10月10日までスキップしますか? 再チャレンジしますか?※オプションにて、 バトルの難易度を変更することができます。 おつかれさまでした。 「褒めてない!」 「……?」 「そんなことないぞっ! ただ、流星町にそういうお店がないだけ!」 「先輩に負けじと頑張んなよっ」 「だって生徒会長だしっ」 スタンプの数がおかしいよ〜 「あれ? さっきとかなりテンション違いますが」 「――さて! このチュートリアルコーナーは、クル☆くるのバトルをいっぱい楽しんでもらう為のコーナーです」 「いきなりバトルと言われても、いったい何をすればいいのやら……」 「物は試し。まずは何事もチャレンジ、だよ♡」 「は、はいっ」 「じゃあ、まず……バトル画面を見てみてね」 「これはHPといって、敵と味方の体力みたいなものだね」 「攻撃を与えたり受けたりすると、HPが減っていくんだ」 「もしかして、敵のHPをゼロにすれば勝ちってことですか?」 「そう! その通り!」 「逆に、味方のHPがゼロになっちゃうとゲームオーバーになるから注意してね」 「そしてこっちはSTUNゲージといって、これも攻撃することによって減っていくんだよ」 「この星がなくなると、どうなるんですか?」 「気絶してしばらく動けなくなっちゃうの」 「おお! それはチャンスですね」 「うん。けど『STUNゲージがゼロになった時に攻撃を受けたキャラクター』だけが気絶するから、それは注意してね」 「なるほど。じゃあ、味方のSTUNゲージがゼロになっても、僕とリア先輩が同時に気絶することはないんですね」 「そうだね。けど、気絶をさせるタイミングは攻撃をすることだけじゃないんだ」 「そうなんですかっ!」 「それについては、また追々話すとして――」 「次はこれを見てくれる?」 「なんですか……?」 「EXゲージっていうんだけど……これも後でのお楽しみ♪」 「もったいぶらないで教えて下さいよ」 「くすくす、焦らされるのもなかなかいいでしょ?」 「次はこれ。クル☆くるバトルの状況が一目でわかる『タイムライン』を見てみてね」 「あれ? なんか僕とかリア先輩のマークがありますね。あ、魔族のもある」 「このマークは『シンボル』といって、キャラクターの位置関係を表すものだね」 「戦闘が始まると、このシンボルが左の方へ向かって動き出すんだ」 「あれ……このACTってところが行き止まりみたいですけど」 「シンボルがこのACTに到着すると、ようやくキャラクターの行動開始!」 「行動が終了すると、また右の方に戻っていくんだ。そしてまたACTに向かって動き出すんだよ」 「なるほど……この画面自体が時間軸のようになっているというわけですね」 「ご名答!」 「左に向かっていくスピードは、敵味方共に同じか」 「だから、この画面を見ることで『どちらが先に攻撃できるか』が、わかるんだよ」 「じゃあ、せっかくACTに到着したわけだし、実際に何かしらやってみよう!」 「ええっと……『霊術』と『詠唱』がありますね。あと一つ灰色のボタンがありますけど、これはお察しですか」 「そうそう。まずは基本的な行動から先に覚えていこうね♡」 「霊術……は、文字通り霊術とかいうもので何かをすると」 「うん。ここに属性のマークがあるでしょ?」 「はい。闇って書いてあります」 「この属性に応じた霊術攻撃をするんだよ。シン君は闇の属性ということだね」 「ふむふむ。いわゆる『たたかう』コマンドですね」 「うわ! なんか『霊術』を選ぼうとしたら、僕が分身しましたよ!!」 「それは分身じゃなくて、行動が終了した時に戻る時のガイドが表示されてるんだよ」 「そっか……要は『行動が終了したら、この位置に戻ってくる』というわけですね」 「うん。で、『霊術』を選択すると、今度は攻撃対象を選択するんだ」 「今は1体しかいないですけど……」 「敵は必ずしも1体とは限らないからね」 「あれ? なんか攻撃対象を選んでたら、もう一体でてきましたよ!? 仲間を呼んだんですか!?」 「増援じゃなくて これは攻撃を与えた時に、どれだけ戻されるかというガイドだよ」 「戻る……? 攻撃を受けると、ACTから遠ざかるってことですか」 「そうだね。だから、自然と攻撃する機会も減っちゃうってわけ」 「今度は詠唱を選ぼうとしたら……わ! また僕が分身した!」 「だーかーらー これも分身じゃなくて、ガイド」 「これは何をガイドしてるんですか?」 「詠唱はね。霊力を高めて、パワーアップすることが出来るんだ」 「ここに霊術LVっていうのがあるでしょ?」 「ええ」 「これが私達の持つ霊力の目安で、LVが大きければ大きいほどダメージも大きくなるんだよ」 「ほほ〜〜。ということは詠唱で、この霊術LVを上昇させることが出来るということですね」 「うん、お利口さんだ♪ けど、詠唱には少しの間だけ時間がかかっちゃうんだよ」 「じゃあこのガイドは、どれだけ時間がかかるか……ってことですね」 「うん。しかも詠唱中は無防備になるから、攻撃を受けたりするともう大変」 「詠唱はキャンセルされちゃうし、いつもよりも多く戻されちゃうんだよ」 「パワーアップにはリスクがつきもの、というわけですね」 「まあ、そのタイミングを見計らう為のガイドと思ってくれればいいと思うよ」 「なるほど。なんとなくわかってきたぞ」 「じゃあ、実際に試してみる?」 「……はい! 物は試し、ですからね!」 「そうそう、その意気♪ じゃあまずは霊術を選んでみてね」 「よし、決まった!」 「お見事!」 「ガイドをよく見て。詠唱が終わる前に、敵がACTに到着しちゃうでしょ?」 「けど、攻撃されない時もあるかなあと思って……」 「そういう時がないとも限らないけど、まずは定石を覚えてから応用していこうね」 「ほ、ほい」 「じゃあ次は、私の行動の時に『詠唱』を選んでみてね」 「あれ……なんか僕の時よりも戻り幅が少ないような……」 「うん。キャラクターによって、詠唱時間に違いがあったりするんだよ」 「へえ〜〜」 「例えば私は詠唱時間が早い代わりに、行動終了後に戻る時間が遅かったりするんだ」 「なるほど。じゃあ、リア先輩は詠唱しまくればいいのかっ」 「それも作戦の一つだね。けど実際は、状況に応じて色々やってみる方が楽しいと思うよ♪」 「しくしく……先輩のお願いを聞いてくれないよう、えぐえぐ」 「す、すみませんっ。つい出来心で……」 「な〜んちゃって♪ 今回の場合は、別に霊術を選んでも特に問題はないしね」 「けど、詠唱した方がダメージも多く与えられるしなあ……」 「じゃあ、最初からそうするようにっ」 「ひ、ひえ〜〜」 「うん。バッチリだね!」 「これで一通りかな?」 「今回のチュートリアル、もう一度聞く?」 「本当に?」 「いやあ、わかりやすい説明。さすがリア先輩」 「えっへん! なんてったって先輩だもん♪」 「じゃあ、実戦に移っちゃおう。今度は真剣勝負だから、頑張っていこうね♪」 「わわ! なんかユニゾンアタックとか出たっ!?」 「いわゆる合体攻撃だね」 「が、合体!?」 「うん。ユニゾンアタックは大ダメージを与えることができる戦法の一つなんだけど……」 「詳しくは次回のお楽しみ♪」 「えぇ〜〜」 「とりあえずは『霊術』を選択して、ユニゾンリーダーを選んじゃおうね」 「あとは、普通の霊術攻撃と同じく、攻撃対象を選ぶべし」 「これって詠唱も出来たりするんでしょうかね?」 「してもいいけど、どうなっても知らないよ♪」 「ううっ、露骨な笑顔が怖いっ」 「ランブル!? なななな、なんだこれわっ」 「どうどう落ち着いて。ACTに敵と同時に到着したから『ランブルアタック』に発展したんだね」 「どういうことですかっ」 「いわゆる力と力のぶつかりあい……ランブルを制する者はクル☆くるを制す!」 「……」 「詳しくはCM2の後で♪」 「わけわかりません」 「とにかく、ランブルアタックのリーダーを選択してみよう。属性、または霊術LVで勝っていれば、ランブルで勝てるはずだよ」 「今、なんかピューッと動きませんでしたか?」 「GOのタイミングで、ついついクリックしなかった?」 「ええ。なんかノリノリだったんで、ついつい」 「ずばりロケットスタートが発動したんだよ♪」 「ロケットスタート!?」 「GOのタイミングに合わせてうまくクリックすると、バトル開始時にぐぐっとACTに近づくんだ」 「そ、そうだったのかー」 「そうすると、主導権を取りやすくなるでしょ。敵よりも先に攻撃できるから、バトルを有利に運ぶ為にもガンガン狙っていこうね」 「なるほど……これは便利だっ」 「さて、早速ですが流星町にお住まいの牛乳バンザイ君からお便りが届いてます♪」 「『前回のチュートリアルで、色々と疑問が残ったままですが、いつ教えてくれるのでしょうか?』」 「ズバリ、今教えちゃいます!」 「リアちゃんサイコー! ヒャッフー!」 「なんだ、このノリは……?」 「まず、今回のバトル参加者は、私と――」 「アタシと」 「私と」 「私よ」 「俺様の出番は?」 「もうちょっと待っててね♡」 「はーい♪」 「私も含めて、みんなはそれぞれ違った天使の守護を受けているの。それが『属性』というものなのです」 「烈火の天使、ヴァルカネルってことは炎かな」 「碧水の天使、スリセル様は水の属性ですね」 「迅雷の天使、エクラエルは雷ね」 そして私が閃光の天使、ルミエル。だから光だね。ちなみにシン君は漆黒の天使アヴァンシェル、闇の属性なんだよ」 「この属性には相性があって、炎と水と雷はそれぞれ3すくみになっているんだ」 「炎は雷に強くて」 「水は炎に強くて」 「雷は水に強くて」 「全員、自己主張が強いぜ」 「けど、光と闇はどうなるのかな?」 「ククク……知ってるくせに、可愛いぜリアちゃん!」 「光は、炎と水と雷に対して強い! 闇も同じだぜ!」 「ずるいですよーー」 「そうだそうだ! えこひいきだ!」 「先輩はともかく、咲良クンは許せません!」 「まあまあ その代わり、炎と水と雷の属性は属性効果が強いんだ」 「属性効果?」 「ダメージの量や、攻撃を受けた時に戻る量が大きいんだよ」 「なるほど〜〜。それならしょうがないですね」 「属性の相性関係はここでいつも確認できるから、参考にしてみてね♪」 「はい、お姉さま♡」 「じゃあ、次はようやく本番だ! バトルの基本中の基本である『ユニゾンアタック』について説明するぜ!」 「このユニゾンアタックは、まさに私達クルセイダースの協力関係がものを言う、超強力な合体攻撃なの」 「合体ですか〜〜」 「そこ! 変なところで、ときめかない!」 「画面を見てみてね。ナナカちゃんとロロットちゃんが縦に並んでいるでしょ?」 「ええ。このままACTに到着すると……同じタイミングで攻撃をすることになる」 「そこでユニゾンアタックが発動するというわけさ」 「ユニゾンアタックが起きると、何かいいことがあるんですか?」 「ユニゾンアタックのいいこと、その1」 「普通の霊術に加えて、ユニゾンアタックの攻撃が追加されます!」 「ということは、本来2回攻撃できるところが、+1回で3回攻撃になるわけですね」 「そうそう♪」 「更にユニゾンアタックのいいこと、その2」 「ユニゾンアタックは、大ダメージ!」 「しかもユニゾンアタックに参加するキャラクターが多ければ多いほど、ダメージが大きくなっていくんだぜ」 「2人、3人、4人と、どんどん強くなるわけね」 「シンも含めれば最大で5人? なんだか、凄いことになりそうだ」 「今回、会長さんはおやすみ中ですけれどね〜」 「ユニゾンアタックのいいこと、その3」 「まだあるか!」 「実はこのユニゾンアタック。詠唱をすることも出来るんだよ」 「そうすると、詠唱時間が一番短いキャラクターに合わせることが可能になるの」 「じゃあ詠唱速度が遅い聖沙と、詠唱速度が速いリア先輩がユニゾンアタックで詠唱したら――」 「先輩さんの詠唱速度が適用される、というわけですね」 「お姉さまと……♡」 「他にも色々な特典があったりするが、細かいことは実際にプレイして覚えていってくれ」 「とにかくユニゾンアタックは出来る限り発動していくべし! って、ことだね」 「けど、ユニゾンアタックを狙うのって、戻った時に一緒でないといけませんから、やや運任せですね」 「そこで『ユニゾン』を使うわけさ」 「このユニゾンを実行すると、ACTに一番近い味方が来るまで、じっと待ってるの」 「なるほど……そうすることで、意図的にユニゾンアタックを発動させることが出来るというわけですね」 「けど、ユニゾンアタックが発動すると、ユニゾンを選ぶことができなくなっちゃうの」 「あと、ユニゾンで発動させたユニゾンアタックでは、詠唱も使えなくなるから注意しろよ」 「そして、ユニゾンを実行するときは敵がACTの近くにいないことをちゃんと確認してね」 「ユニゾンも詠唱と同じく無防備の状態だからな。敵が先に攻撃してくるとユニゾンが失敗になっちまうぜ」 「さすがにメリットが大きい分、リスクも大きいってわけね」 「とにかくこのACTに皆さんが集まれば、全て解決!」 「実はね。ユニゾンアタックを発動させるのは、それだけじゃないんだ」 「まだあるんですか〜!?」 「この緑色に光っているエリアがあるでしょ?」 「はい……あら? 前方にいる方も、このエリアに食い込んでいるような……」 「これを『ユニゾンエリア』と言います!」 「ユニゾンアタックが発動すると、このエリアにいる奴らもまとめてユニゾンアタック出来るようになるんだ」 「おお! そうすれば、より大人数でユニゾンアタック出来るね!」 「ただし注意。あくまでこの『ユニゾンエリア』を利用したユニゾンアタックは、ACTに二人以上いることが必須だぜ」 「ACTに一人、ユニゾンエリアに一人……では、ユニゾンアタックにならないわけですね」 「なかなかややこしくなってきました……」 「難しく考えないで大丈夫。要はシンボルが1マスずれていれば、大人数でユニゾンアタックが出来るチャンスがあると思えばいいよ」 「じゃあ、実際に『ユニゾン』を使って、ユニゾンアタックを発動させてみよう!」 「おいおい。今はユニゾンアタックの練習だぜ?」 「けど、いい選択かもしれない。敵もユニゾンアタックが発動しそうだったから、それをずらしておくのも作戦の一つかもね」 「リアちゃん、優しい! そして聡明!」 「えっへん!」 「あれ? 詠唱でもユニゾンアタックが発生した」 「いいところに気がついたね。実は詠唱を利用してでも、ユニゾンアタックを意図的に発動させることが出来るんだ」 「ただし、ユニゾンと違っていつまでも待つわけじゃないから、これもタイミング次第っていうことだな」 「けど、霊術LVが上昇している分、有利になるからね。ガンガン狙っていっていいと思うよ」 「うん、バッチリ! これでユニゾンエリアも利用した4人のユニゾンアタックが発動するね!」 「ククク……相手は涙目だぜ」 「とりあえず、こんな感じなんだけど……」 「今回のチュートリアル、もう一回聞く?」 「では、以上……リアと」 「パッキーの」 「チュートリアルコーナーでした〜〜」 「また次回をお楽しみにだぜ」 「あるのかい!」 「なんか出たっ! ランブル!?」 「ひいい! 乱暴はいけませんっ」 「みんな、落ち着いて。ランブルアタックはACTに敵と同じタイミングで到達した際に発生するんだよ」 「いわゆる直接勝負ということね。いいわ! 受けて立とうじゃない!」 「けど、負けたらどうすんのさ」 「属性や、霊術LVによっては負けちゃうかもね……」 「そんな!?」 「まずは霊術LVの大きさで勝敗が決められちゃうの。霊術LVが同じの場合は属性でね」 「負けない為にも、今まで覚えてきた詠唱やユニゾンを活用するのさ」 「なるほど〜〜。ユニゾンアタックになれば、霊術LVは参加したキャラクター分増加するわけですし」 「詠唱すれば霊術LVがアップしますものね」 「ま、なるようになれ!」 「わあああ! 押さないでくださーい!」 「落ち着いて、ロロットちゃん。これは逆にチャンス。ロケットスタートがうまくいったんだよ」 「ロケットスタート?」 「カウントダウンのGOが表示された時にタイミング良くクリックすると、バトル開始時にぐぐっとACTに近づくんだ」 「そうすると、主導権を取りやすくなる。敵よりも先に攻撃できるから、バトルを有利に運ぶ為にもガンガン狙ってけ」 「聡明なパッキーさんより、可愛いパッキーさんの方が……♡」 「馬鹿か、こいつは……」 「さあ、今回はお待ちかね。『ランブルアタック』について説明しちゃうよ♪」 「ランブルとはその名の通り、ガチンコさ。さあ、後に続け」 「ガチンコ」 「リアちゃんも」 「ガチンコ♪」 「このランブルは、ACTに敵と味方が同時に到達した際に発生します」 「おい、コラ! 勝手に話を進めんじゃねえ!!」 「ランブルアタックは霊術と魔法がぶつかりあって、威力や属性が強い方が勝つという仕組みなんだ」 「威力ってのは、この霊術LVの数字。この数字が高ければ、ランブルを制すというわけさ」 「LVの数字が同じ場合はどうなるわけ?」 「威力が同じの場合は、属性で勝負!!」 「炎は雷に勝ち」 「水は炎に勝ち」 「雷は水に勝つ」 「光と闇は、炎と水と雷に勝ち……」 「光と闇同士、または同じ属性同士だった場合は、〈相殺〉《ドロー》になるというわけ」 「相殺になると、RUSHも途切れてお互いに仕切り直しだぜ」 「それで、ランブルアタックには何かいいことがあるんでしょうか」 「ランブルに勝利すると、一気にSTUNゲージをゼロに出来るの」 「星の数が1個だろうと9個だろうと、なんでも気絶にさせるわけさ」 「じゃあ、星の数がいっぱいある時に狙う方がお得ですね」 「しかも、ランブルに参加したキャラクター全員が気絶状態になるの!」 「えっ。ランブルって複数人参加できるんですか!?」 「おう! ユニゾンアタック同士のランブルとかも可能だぜ」 「てことはさ。相手がユニゾンアタックしてきたら、それに合わせてランブルを仕掛けるとかすれば大チャンス!!」 「もちろん。けど、もしこっちが負けちゃったら、大変なことになるから注意してね」 「ハイリスク、ハイリターンな戦法ってことか……」 「じゃあ、ミッションスタート。目標はランブルを乗り切れ!!」 「それを選ぶと、敵を1体しかずらせないから、1対2でシン君がやられちゃうよ?」 「それを選ぶと、この後に1対2でシン君がやられちゃうよ?」 「バッチリ、ランブル勝利!」 「お見事!! 5人のユニゾンアタックなら、怖いものなしだね!」 「詠唱での強化がうまくいったね。この後の展開も考えると、いい選択だったかも」 「うん、成功!」 「こんなもんかな?」 「今回のチュートリアル、もう一度聞いておく?」 「ランブルアタックは、相手からの攻撃を受けないで済む唯一の方法なんだ」 「だから敢えて攻撃力の高い敵をランブルで待ち受けるってのも、作戦の一つだぜ」 「以上、リアとパッキーのチュートリアルコーナーでした〜〜」 「まだまだ、もちっとだけ続くんだぜ!」 「リア先輩いないよ?」 「うるせえ! 俺様がリアちゃんの分まできっちり務めてやるぜ」 「パンダの威を借る物の怪め! 成敗いたす!」 「ちょっと、落ち着きなさい。パッキーさんも仲間なんだから」 「けどさ。仲間になるといっても、紫央ちゃんにはロザリオがないし変身できないよ?」 「それがしも裸になれと仰るか!!」 「いや、そうじゃなくて……霊術でしか戦えないんだよ、この魔族は」 「ムムム……ならば致し方あるまい。ここは皆様の支援をいたす!」 「これがいわゆる『アシスト』だぜ」 「バトルのストーリー背景に、アシスト出来るキャラクターがいる場合、クルセイダースの支援をしてくれるというわけさ」 「今は紫央ちゃんが近くにいるから、紫央ちゃんは『アシストキャラ』になるのか」 「左様。それがしは武術だけに限らず、いにしえより伝わる『巫術』もまた行使できますゆえ」 「巫術……? なんかの儀式みたいなもん?」 「紫央の実家は神社だし、御利益じゃないかしら」 「その通り!! それがしは姉上のアシストとして戦いに勇むというわけですな」 「まあ実際、こいつの攻撃自体はなんの役にも立たねえ」 「なんですと!?」 「だが、代わりにクルセイダース全員の攻撃力と、クリティカル率がUPするのさ」 「おお!」 「やるじゃない。後はアタシ達に任せといて!」 「否! それがし、この身が滅びようとも、不屈の精神で物の怪を成敗いたす!!」 「ちょっと! ああっ、もうやめなさい、紫央!」 「紫央ちゃん以外にもアシストしてくれる人はいるの?」 「そうだなあ。噂によると、リアちゃんの姉貴とか天使のボディーガードとかだな」 「ヘレナさんと、リースリングさんが。なかなか頼りになりそうだ」 「あとは、なんかよくわからねー奴もアシストに参加したりする」 「この人どこかで会ったことが……誰だったかなあ」 「さあ? こいつらの他にもいたりするがまあ、それは企業秘密だぜ」 「ちなみに、俺様も気まぐれで、シン様をアシストしてやるぜ」 「最後にもう一つ。今回は特別にロケットスタートのことを教えてやるぜ」 「スピードスケート?」 「バトル開始時に3,2,1,GO! とカウントダウンをするだろう」 「ええ。ついついマウスを連打したくなっちゃうあれね」 「そこは連打をグッと我慢だぜ。GOが表示されるタイミングでマウスをクリックするとだな」 「バトル開始時にググッとACTに近づくの?」 「人の台詞を取るんじゃねーよ!!」 「ちなみに、体験版じゃ使用できないが、EASYモードにすれば自動的にロケットスタートが発動するぞ」 「まあ、製品版を楽しみにしていてくれや」 「ちなみにEASYモードでは自動的にロケットスタートが発動するからな。安心しとけ」 「これで一通り説明したわけだが……」 「今回のチュートリアル、もう一回だけ聞きてえか?」 「まじで?」 「とまあ新要素でお送りしましたチュートリアルコーナー」 「この辺りでお開きとさせていただきます」 「さよなら、さよなら、さよなら」 「次回もまた見ろよ!」 「おい! リアちゃんとの甘いひとときを邪魔すんじゃねーよ!!」 「まあまあ」 「いいじゃん、別に。今日はアタシがメインディッシュなんだから」 「そう……このサリーちゃん。実は今まで戦ってきた魔族と違って、必殺技を使ってくるの」 「今までずっと放置していたこのEXゲージを見てもらえる?」 「攻撃を与えたり受けたりすると、どんどんゲージが溜まっていったでしょ?」 「このEXゲージが100%を超えると、必殺技――エクストラアタックが使えるようになるんだゾっ」 「まあ中ボスクラスになれば、エクストラアタックの一つや二つくらい、持ってないとな」 「中ボス言うなーーっ」 「必殺技だけあって効果は絶大だよ。なるべくサリーちゃんの動きを止める戦法が有効だね」 「とりあえず、こいつだけ狙ってればOK」 「これって死亡フラグ!? うわーーん、いじめだーー」 「けど、仲間がなんとかしてくれる! アタシばっかり狙ってると痛い目に遭うんだからー」 「ちなみにどんな効果があるの?」 「魔界通販お取り寄せー!!」 「魔界から、いろんなものを取り寄せてそれを武器に戦うの! 例えばピコピコハンマーとかお菓子とか爆弾とか!!」 「おい、爆弾なんか使えるのか?」 「ううん。だから、いっつも自爆する」 「使えねーぜ」 「なんだとー!?」 「あはは…… これでわかったかな?」 「待って待って。アタシにはもう一つ、ビッグな秘密があるんだよ」 「アタシのシンボルにくっついている属性と……」 「アタシを攻撃対象に選ぶ属性が同じじゃない時がたまにあるんだ」 「これはアタシがフツーの魔族と違うっていう証拠!! こう見えてもアタシ、色んな魔法が使えるのさっ!」 「シンボルにくっついているこのマークが『攻撃属性』を表してるんだよ」 「サリーちゃんみたいに強い魔族は、複数の攻撃属性を持ってる場合があるの」 「行動が終わる度に変化したりするから、こまめにチェックしてね」 「そんでもって、この攻撃対象を選ぶ時に表示される属性だが、これは『守護属性』と言うんだぜ」 「守護属性は攻撃属性と違って変化しない。まあ自分の体質を表すようなもんだからな」 「敵の弱点を狙って大ダメージを与えたい時は、こっちの方を参考にしてみてくれ」 「今回のチュートリアル、もう一度復習しておく?」 「というわけで――」 「ベルリン!!」 「サリーちゃんの、チュートリアルコーナーでした〜〜♪」 「敵もどんどん強くなってる……これは私達もなんとかしないと……」 「おい! てめーら、リアちゃんがいないからって、調子に乗ってんじゃねーぞ!?」 「いいじゃん、別に。今日は私が主役なんだから」 「何を隠そう、このサリーちゃん。今までの魔族と違って、必殺技を使えるのだーっ」 「EXゲージ? なんだこれ」 「もう忘れてるし 攻撃を与えたり受けたりすると、どんどんゲージが溜まっていったじゃないか」 「使えようが使えまいが、どうせ変わらねーけどな」 「キィーー!! 馬鹿にすんなーーっ」 「必殺技か……なんだか、強そうだ」 「ってことは、できるだけ『サリーちゃんをACTに到着させない』方が得策ってことか」 「ちなみにどんな効果があるのかな?」 「サリーちゃんらしいや」 「あ、そうそう。アタシにはエクストラアタックの他にも、ビッグな秘密があるんだよ」 「シンボルにくっついているこのマークが『攻撃属性』。強い魔族は、複数の攻撃属性を持ってる場合があるんだ」 「行動が終わる度に変化するから、忘れずにチェックだぜ」 「ま、こんなところだが……今回のチュートリアル、もっかい見とくか?」 「必殺技……僕達も使えないのかなぁ……」 「さあ、お待ちかね。特訓の成果を見せるときが来たよ!!」 「なんでしたっけ?」 「守護天使の力を引き出す練習をしてたでしょう!?」 「おお!!」 「守護天使の力を借りることで、アタシ達もサリーちゃんみたいにエクストラアタックが使えるようになったってわけ」 「うんうん」 「でさ。どうやって使うの?」 「ずるー」 「前にも言ったが、エクストラアタックはEXゲージが100%を越えると発動可能だ」 「私達の攻撃カットインが始まって霊術のエフェクトが出ると――」 「わあ!! なんか丸い輪っかが出てきましたよ!!」 「この輪っか。タイマーになってて、タイマーがなくなる前に画面をクリックすると……」 「エクストラアタックが発動されるというわけですね!」 「けど、うまくクリック出来ない場合はどうすればいいのでしょう?」 「安心しろ。EASYモードでは100%を超えると操作しなくても発動するようになっているぜ」 「残念ながら、体験版では使えない。けど、製品版ではしっかり使えるようになるぜ!」 「それならバッチリですね♪」 「それ以外のモードだと、300%まで溜めることができるみたいですけど」 「そう! だから、ユニゾンアタックを利用すれば3連続エクストラアタックをすることもできるんだよ」 「なるほど!」 「ちなみに、このエクストラアタックはそれぞれの個性があってね」 「アタシは『レイジングノヴァ』。大ダメージを与えるぞ!!」 「私は『セラフィックウィスパー』。ダメージはありませんが、HPやSTUNゲージを回復しますよ〜」 「私は『ノーブレスレイザー』。素早い連続攻撃で、相手の動きを止めてみせるわ!!」 「私は『カーディナルブライティア』。相手のEXゲージを減少させつつ、より押し戻す特殊なエクストラアタックだよ」 「僕は『フェイタリティーフォース』。これは一体どんな効果が……っ」 「俺様が手助けするぜ」 「まさか大賢者に覚醒するの!?」 「いや。バットでボールを打つだけ」 「気を落とすなよ、シン様。シン様のエクストラアタックだけは特別なんだ」 「特別?」 「ここだけの話だが、魔王ならではの必殺技さ。今まで仲間になった奴らがこぞって応援に駆けつけるぞ」 「そ、そうなのかー」 「まあ、今みたいにカリスマの無い状態だと、俺様しか仲間がいねーけどな」 「そうか……じゃあ、頑張らなくっちゃね」 「おう、その意気だぜ!!」 「あ、ちなみに体験版だけはあの薙刀小娘と、執事が参加してくれるぜ。特別にな」 「おお、ラッキー!!」 しかも、仲間になった人が仮に敵として現れた場合も、強引に呼び出されて自分に攻撃するとかしないとか。なかなかにシュールだな……。 「ちょっとー! いつまで待たせるのよぅ!! オヤビンが寝ちゃったぞー!」 「オヤビンってことは、この魔族もエクストラアタックを持っているんじゃ……」 「もっちろん! なんと、美味しいもの食べ隊の仲間を呼ぶという恐ろしいエクストラアタックなんだぞー」 「これはどうしても、阻止しないといけないわね……」 「ムフフ、オヤビンばっかり相手にしてたらアタシがフリーになっちゃうぞう!」 「ひいいっ! どうすればいいんですかっ」 「大丈夫! みんな、自分を信じて!」 「今回のチュートリアル、まだ復習しとくか?」 「よしっ。がんばろう!」 「まずいぜ。あの野郎……結界を張りやがった」 「結界だって!?」 「いつもなら、攻撃食らって吹っ飛ばされると場外に飛ばされるだろう?」 「だが、結界は場外に飛ばされない。その代わりにダメージを喰らっちまうんだ」 「そうなのか……けど、そのリスクはお互い様ってことだよね?」 「ああ。けど、相手も強い……油断は禁物だぜ」 「わかった!」 ここに来てたらエラーだよ 「ほほう、最初の講義をスキップとは感心だ。気に入った。うちに来て妹の胸を揉んでいいぞ」 「おはよう、生徒会の諸君!! 私が流星学園理事長の九浄ヘレナである」 「話かけられたとき以外は口を開くな。喋る時は必ず『教えて理事長さん』と言え」 「ふざけるな! もっと気合いを入れろ!」 「諸君は、まだハイハイも出来ない赤ん坊だ。それをチンパンジーになれるよう訓練するのが私の役目だ。わかったか!」 「ふざけるな! もっと声を出せ!」 「よし! じゃあ、早速実戦だ。準備はいいか!」 「このミニグラは至る所で手に入るだろう。諸君はただひたすらにこれを集めるのだ」 「これを集めると何かいいコトでも?」 「集めることに理由はいらん! 任務を終えてから報酬を期待しろ! わかったか!」 「よろしい。では、更なる健闘を祈る!」 「ふざけるな! まだ私の話は終わっていないぞ! ロードしてやり直せ!」 「おはよう、生徒会の諸君!! ライバル……それは美しい響き。ライバルとの勝負はお互いを強くする」 「もっとやれ! そして勝ち抜け! 情けはいらん! 甘えるな!」 「相手の気力がなくなるまで打ちのめしたら、やがて友情が生まれるはずだ。何物にも代え難い絆がな!」 「勝ち続けると何かいいコトでも?」 「完全に勝利した時、私から褒美をくれてやろう。遠慮はするな、わかったか!」 「腰抜けめ!! パパとママの愛情が足りなかったのか?」 「おはよう、生徒会の諸君!! 見事、トロフィーをゲットしたようだな」 「このトロフィーは、諸君の功績を讃え贈られる、栄誉ある勲章だ! 心して受け取るように」 「ふざけるな! もらえることが最大の名誉! もう忘れたか!」 「しかし、トロフィーを全てを集めることが出来たなら、寛大な私よりささやかな幸福をプレゼントすると約束しよう」 「では、更なる健闘を祈る!」 「何を急ぐ! 戦場へ向かう前に戦争が終わるとでも思ったか!」 「おはよう、生徒会の諸君!! 今見ているのが諸君の墓場だ。骨を埋めるつもりで聞け!」 「MAPには様々な施設があり、そこに様々な〈宿敵〉《ヒロイン》が待ちかまえている。心してかかれ」 「まずは〈標的〉《ターゲット》をひたすらに追い続けろ。初心者の諸君が生き残るにはそれしか方法がない」 「だが、訓練された諸君であれば話は別だ。なにせ、攻略に必要な情報がきちんとマーキングされているからな」 「このハートやトロフィーといったマークは何の意味があるのです?」 「ふざけるな! ハートは命、トロフィーは勲章だ。勲章は命を落として貰えるものだ。意味はわかるな?」 「墓場の場所を選ぶのは諸君の自由だ。一度通過した戦場も記録される。同じ地雷を踏むんじゃないぞ。わかったか!」 「何をしてる! この豚のようになりたいのか!」 「おはよう、生徒会の諸君!! なぁに。形あるもの、いずれ壊れるものだ。そのくらいのことで臆するな! 心を鬼にしろ!」 「しかし、このトントロという貯金箱。いくら壊してもまた蘇る。しつこい奴だ」 「そこで諸君は、トントロが元の姿に戻れなくなるくらい、めっためたに破壊するのだ」 「ブレイク、フルボッコ、遠心破砕拳、どんな手段でも構わん。再起不能にしろ」 「壊すとなにかいいコトでも?」 「ない! だが、そうしなければ諸君が同じ目に遭うぞ! わかったか!」 「よ〜し、じっくり可愛がってやる! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」 「遂に強敵サリーちゃんとの初戦を迎えたな。うん、いい戦闘だった」 「だがしかーし! これは地獄の始まりだ。気を抜くんじゃないぞ、心してかかれ!」 「それはさておき、サリーちゃんのエクストラアタックを覚えているか?」 「ひよっこの諸君らが、エクストラアタックでダメージを受けたかどうかは、この際構わん」 「そこで重要なのが、サリーちゃんの利用した『魔界通販』であ〜る」 「市場を繁栄させるには多く消費をするに限るぞ。これで世界の景気も良くなるというわけだ」 「なあに、懐を痛めるのはサリーちゃん本人だ」 「諸君らもそれなりの痛手を負うかもしれんが、じゃんじゃん魔界通販を利用させるべし!」 「もちろん戦闘に限らず、普段の時でも魔界通販を利用する場合があるぞ。そのイベントは要チェックだ」 「通販を利用すると、何かいいことでも?」 「それは通販大好きなメリロットの聞く台詞ではなかろう! いいことは、自らの手で掴みとるべし!」 「というわけで、素晴らしいサービスを受けられるようがんばりたまえ。諸君らの成功を祈る!」 9月10日、深夜。 本日の観測で、遂にHourly Rate ――時間当たりの流星数が180+を記録しました。 これは、著名な流星群の極大時を遙かに越える数字です。 普段から流れ星がよく降ることで有名なこの街では、そう珍しいことでもありません。 再び、リ・クリエが近づいてきたのでしょう。 25年の沈黙を破り、ついに動き始めたようです。 過去のリ・クリエでも、このように長い周期を経たことはありませんでした。 この25という年数の意味すること。 今までの記録から、周期の歳月に比例した影響力があるという結果が残されています。 そして流れ星の降雨量。 日を追う毎に、留まることもなく増加していきます。 私が生きている中でも、記録の中でも、語られたことがない展開を迎えました。 事態の対処法については、周期の悪循環に気づいた12年前から講じています。 しかし、リ・クリエは目に見えるものではありません。 具体的に何が起こるのかさえ、予測は不可能。 今までも、その混乱に乗じて治安を乱す者達が現れたことくらいしかありません。 二次災害の防止――これこそ、私達が世界を維持する為にしてきたことです。 きっと、今回も同じはず。 それらを的確に対処し、リ・クリエが過ぎてしまえば、またいつもの日常へと戻るのです。 そう、いつも通りのリ・クリエであればいいのですけれども。 流れ星と胸騒ぎ。そして代々受け継がれてきた記録の裏付けが、それを認めてはくれないのです。 おそらく……。 過去最大級規模のリ・クリエが近づいている。 確実に。 刻一刻と。 何一つとして、解決の糸口を見いだせぬまま。 「たとえ無力だとしても、私は決して諦めたりしないわ」 「そこまであなたを奮い立たせる理由とは、いったい何なのです?」 「信じる……ってことかしら」 「信じる……?」 「リ・クリエに現れるという、頼りになる神出鬼没の特攻野郎――」 「あぁ……あの話、まだ信じてるのですか」 「そう! だって、私達には――」 「私達には、魔王がいるんだから!!」 「ん……んん……?」 「あれ? なんだこれ……? この、いい匂いはもしかして――」 「朝ご飯!?」 「生徒会長、お・は・よ♡」 「すごい! なんて豪華な!」 「卵2個を使ったベーコンエッグ。マーガリンをた〜っぷり塗った耳なしパン、これも二枚。有機栽培のじゃがいもを使ったマッシュドポティト」 「なんか過去形だ!!」 「更に100品目の色鮮やかなフレッシュサラダ、ノンオイルドレッシング。産地直送、生搾り果汁100%のオレンジジュース。そしてデザートは当然――」 「マスクメロン!!」 「召し上がれ♡」 「いただきます!」 「もぐもぐ……うまい! おかわり! ――ごちそうさま!」 「いってらっしゃい。生徒会長♡」 「きゃっ!」 「いたっ!」 「あちゃ〜〜。ごめんなさ〜い」 「大丈夫ですか、おぜうさん」 「えっ……ウルトラ格好いい♡」 「どうして目を逸らすの!? もっと見つめて欲しいのに!!」 「ならばまず、その可憐なおみ足をお閉じ下さい。目のやり場に困ります故」 「ポッ。あなたになら見られても……キャッ、言っちゃった♡」 「こっ、困ります故……」 「もう、照れ屋な生徒会長♡」 「ああ、お腹空いたなあ……」 「もし。そこの生徒会長。よろしければ、これをどうぞ」 「お弁当? まさか僕の為に?」 「余り物のお裾分けですわ♡」 「まずは1段目。おせち料理のフルコース。数の子だらけ。次に2段目、お重といえば、やはり天重、うな重、かつ重の3拍子」 「うまい!」 「佳境に入ります3段目。和の高級食といえば、握り。イクラとうにがたっぷり。最後を飾る花形といえばやはりデザート。その中身とは――」 「マスクメロン!?」 「あ〜ん♡」 「あ〜ん。もぐもぐ……うまい!」 「くすくす。お口に合いまして?」 「早弁最高!! ごちそうさまでした!!」 「おそまつさまでした。生徒会長」 「もう、お昼か」 「……ぐすん」 「どうしましたか、おぜうさん」 「お金ないの。だから何も買えないの」 「フッ。それなら僕が――」 「貸してあげましょう!!」 「とても太っ腹なの……」 「さあ、何を買おう?」 「あんパン、ジャムパン、カレーパン、メロンパン、焼きそばパン、オムそばパン、うぐいすパン、二色パン、フランスパン。全部なの」 「そして最後はマスクメロン!!」 「お金はどうするの?」 「もちろん、キャッシュで」 「さすが生徒会長なの」 「なに!? 空から隕石が降ってくるだと!?」 「まずい。このままじゃ、みんなが危険な目に……」 「よし、ここは僕に任せてくれ」 「超・必・殺! 生徒会長ビーーム!!」 「ふう……今日の生徒会活動も無事に終了。さあ、遊ぶぞ〜〜」 「リッチにサイダーで……」 「かんぱーい!」 「歌い放題、飲み放題。たっぷり遊ぼう!! 青春を謳歌しよう!!」 「店員さん。例のモノを」 「やっぱり最高のディナーはビフテキだね。ナイフは抵抗なく進み、肉汁がジュワッと溢れ出す」 「みんな、知ってる? ビフテキとはビーフステーキの略なんだよ」 「へえ〜、生徒会長ってものしり〜」 「さっすが生徒会長!!」 「生徒会長なら、当然ですわね」 「生徒会長、最高なの」 「ふふ。褒めてる間にビフテキが冷めちゃうぞ」 「いっただっきまーす!」 「いただきます! あ〜〜ん」 あ……あれ? なっ、なんだこれっ! ビフテキってこんなに水っぽ―― ぐぐぐっぐるじぃっ。 いぎっ、いきができ……な……っ。 「ぷわーーッ!」 「おっはよー」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」 「あれー? 聞こえないぞー? 朝の挨拶は元気よく!」 「お……おはよう、ナナカ」 「おはよう、シン!」 なぜ目の前に水の入った洗面器。金魚のキン君がピチピチと跳ねている。 「なんてひどいことを! キン君の身にもなれ!」 「いやー。アンタが船漕いでるもんだから、つい水に浮かべてみたくなってさ」 「僕が寝てた? するとあれは全部……」 「夢だったのかー!」 がっくりと〈項垂〉《うなだ》れる。 「ぶくぶくぶー」 「ぷわーーッて、またかい!」 「夢? なんかいい夢見れた?」 「もちろん。希望がいっぱい詰まった幸せかつ素敵な夢さっ」 「もしかして――」 「起きたら朝ご飯が用意されてて、通学路で女の子とぶつかって、食い合わせ関係なしの重箱弁当もらって、早弁して」 「なぜかお金持ってて、せこいから貸すしか頭になくて、学園のピンチに必殺技かまして、カラオケ行ってサイダー飲んでビフテキ食べた」 「――とかいう夢?」 「ビフテキは食べれなかった! ナナカのせいで!」 「ふ〜ん。じゃあ、残りは当たりか」 「ぐう、なぜわかるんだっ」 「食ってばっか」 「うぎゃ〜〜。やっぱり夢だったのかーー」 「アタシが普通にご飯作ってるとこで気づきなさいって」 「仰せの通りだけど、それって自分を貶めてない?」 「アンタの貧相な欲望に付き合ってられるか!!」 「こやつめ、言わせておけば!」 「げげっ! 上着おっぴろげてまさか!」 「ふふふ。そのまさかだよ。僕の特濃ミルクを味合わせてあげよう」 「ひっ! 今日もそんなにっ!? 白くて濃いのはいやぁ!」 「その生意気な口に、たっぷり流し込んでやる!」 「キャーー!」 「ちょっと!」 「せっ、せせせ、生徒会室でなんてふしだらな!」 「え?」 「やめないと大声で叫ぶわよ! 人を呼ぶわよ!」 「お願い! 助けると思って、アタシの代わりに飲んで!」 「なっ! なに言ってるの!?」 「うまいのに」 「え!? ちょっとどういうこと!?」 「昔から飲まされ過ぎて、もう嫌!」 「よくわからないけど、ふふふ……不潔よ不潔ぅッ!」 「清潔だよ! ちゃんと殺菌してるし」 「そういう問題じゃなーーい!」 「低温殺菌だから栄養もたっぷりだと言うのに」 「ううー。牛乳いやぁ……ミルクいやぁ……」 「え……牛乳?」 「なんだと思ったの?」 「な!?」 「ななっ、なんでもないわよ!!」 「あ……もしかしてさ」 「〜〜〜っ」 「ヨーグルトだと思ったでしょ?」 「もう、この話はおしまい!」 「ナナカの為にもらってきたんだよ」 「余計なお世話! 自分で飲め!」 「ごくごく!」 「早っ!」 「うん、 うまい!」 「はぁ〜。いいねぇ、アンタは。なんでもかんでも『うまいうまい』で」 「好き嫌いしてると大きくなれないよ」 「アンタのドコが大きくなってんのさ!」 「だからもう、おしまい! そんなことより――」 「よしっ。そろそろ打ち合わせでも始めよっか〜」 「んな!? 人が言おうとしてた台詞を……!」 「あとは誰が来てないの?」 「ええっと、確か――」 「ロロットかな」 「……また先に言われた」 「いきなり遅刻するなんて、許せないわ。呼びに行ってくる」 「ふふん」 「どうしたの?」 「きぃ!」 「アタシも行く!」 「いいえ、結構。どうせ足手まといになるだけだから」 「ミイラ取りがミイラになるもの」 「そんなこと無いって!」 「そっ……」 「おかし、いただき!」 「飢えた獣だ……」 「それ、空っぽよ」 「くぅっ! 騙したな!」 「こんなのに引っかかってるようじゃ、目的地につけるかどうかも怪しいわね」 「副会長め、言わせておけば!」 「役職で呼ぶなーーッ!」 「副会長副会長副会長副会長!」 「キィーー! だから『副』言うなーーッ!」 「喧嘩するほど仲がよい……と」 「お金――!?」 窓際に佇む少女。大切そうに豚を抱え、優雅に読書をしている。 深窓の令嬢――まるで、どうしようもない僕らの為に舞い降りてきた天使のよう。 ちゃんと羽まで見える。ちっちゃくて可愛い羽が。 「は……羽?」 ごしごし。目をこする。 「消えない!」 まだ夢を見ているのか、僕は。 「――!!」 「あれ」 ごしごし。 消えた。やはり夢だったのか!? 「羽なんかありませんよ」 「無いと言ったら無いのです!!」 ぷい。 そして、僕の事なんかお構いなしに読書を再開。絵になる可愛さだ。 「君、ロロット……さん?」 「呼び捨てで構いません」 「あ……はい」 噂で可愛い転校生と聞いてはいたけど、近くで見ると予想以上でびっくり。 「なんでしょう?」 「い、いや。なんでも」 僕は照れ隠しに視線を戻す。 「あぁ、まだやってる……」 「おおーい。ロロットが来たよー」 「どこからっ!?」 「いつの間に」 「たった今、ここに来たばかりに決まってるじゃないですか」 「来たら挨拶ぐらいしてくれてもいいのに」 「なんでそんなに得意げなのかしら」 「『知らぬがほっとけ』と、よく言うじゃないですか」 「え……?」 「ま、転校生で外人さんだから、しょうがないか」 「いいのかな、それで」 「我関せずと読書に勤しまれても遅刻は遅刻よ、ロロットさん」 「確かに遅れましたけど、間に合わせようと努力しました」 「吹き荒れる風、照りつける太陽、降りしきる雨、降り積もる雪。いかなる障害にも決して屈することなく、ただひたすらに前を向き、足を進める」 「そういった弛まぬ努力がなによりも大事。一事が大事。だから、いいのです!」 「よって遅刻の罪は免れました。ぱちぱち」 「ちょっとちょっと!」 「まあまあ。ほら、転校生だし」 「まあ仏よりかは天使だけど」 「!?」 「ギョギョ!」 また夢の続きが! 「天使じゃありません!」 「おっ、怒らないでよ」 「今の羽……」 「しっ!!」 「もう、すぐ脱線するんだから! 今は遊んでる場合じゃないでしょう!?」 「イッツ、コミュニケーション!」 「〈コミニ〉《》ュケーションは皆さん仲良く楽しく遊びましょうと、ガイドブックにも書いてありますけど」 「ガイドブック?」 「さっきからパラパラと読んでるのが、そのガイドブックとやら?」 「ええ。『実話 人間界』という――」 「っと、あわわ」 「へえ! ちょっと見せて!」 「たぶん、読めないと思われますよ」 「異世界の言葉で書かれてそうだしね」 「そ、そんなことより〈コミニ〉《》ュケーションの話ですよ〜」 「バッドコミュニケーション! 今日集まったのは――」 「就任挨拶の打ち合わせだね」 「〜〜っっ!!」 「もしかして会議でしょうか?」 「惜しい」 「はずれなんですね……」 「はずしてないし、もしかしなくても会議!」 「会議と言えばお茶! はーい、お茶です。どうぞ」 「おお、ありがとう。ずず……ほっ」 「しぶっ!! こ、これ……紅茶じゃないわっ」 「お茶といえば緑茶!」 「おお! いわゆるティーグリーンですね」 「なんかそれ、ゴルフっぽいね」 「私も飲みたいです! レッツ、チャレンジ♪」 「ほいほい、どうぞー」 「ごくごく……」 「はう〜〜苦いのです〜〜っ」 「日本茶だもん。当ったり前」 「大人の味というやつだね」 「まだまだ子供のままがいいのです〜〜」 「……まったく。紅茶にしとけば文句も出ないのに」 「あー。もしかして、聖沙。渋いの苦手とか」 「へえ、意外と子供っぽいところがあるんだ」 「ふざけないで! そんなわけないでしょ!」 「ごくっ、ごくっ、ごくっ」 「わお。豪快だねぇ。見ていて清々しいほどの飲みっぷり」 「ふうぅ……ごちそうさま」 「お代わりは?」 「えっ」 「僕も丁度なくなったからさ」 「これは負けられないわ……!」 「ふんっ、いただこうかしらっ」 「さあ、どうぞ」 「……ずず」 「ほっ……」 「なんで、この味! 最っ低! ナナカさんが淹れた方が何倍もまし!」 「シンってばまた出涸らし使って!」 「さ〜と〜うを、さ〜らさら〜♪」 「コラ! 邪道なことをすな!」 「そこまで嫌なら飲まなければいいのに」 「食べ物、飲み物を粗末にしてはいけないのです」 「だよねー!」 「しょーがない。聖沙の為にお代わりを作ってあげよう」 「こ……紅茶が……」 「渋くて苦い大人の緑茶」 「いぎっ、いただきますわっ」 「ずず……ああ、うまい」 「ほっ……お茶はいいねぇ、なごむー。ぼぉぉ……」 「――っとしてる場合じゃない!」 「就任挨拶だっけ?」 「そうよ。誰か考えてきた人、挙手どうぞ」 「それを今から考える為に集まったんじゃ……?」 「ハッ。これだからもう」 「会議とは話し合う内容を事前に予め考えておくものよ。準備すらしてこないなんて会長失格ね」 「そ、そんなことはないぞーっ。目指せ、キラキラの学園生活っ」 「あれ? バラ色じゃなかったの?」 「キラキラ輝いてるほうが、裕福な気持ちになれそうじゃない?」 「そういう理由か!」 「シンプルな言葉。それが果たして、生徒の心を掴めるのかしら?」 「んじゃあ、ご自慢のすんばらしい挨拶をお披露目してくださいな」 「わくわく」 「ふふん、見てなさい」 聖沙は得意げな顔をして、懐から巻物を取り出した。 「本日はお日柄も良く、皆々さま益々のご繁栄を謹んで――」 「長っ!」 「まだ始めたばかりでしょうよ!」 「あーもーわかる! にじみ出てる! 溢れんばかりに!」 「あの……どのくらい書いたのでしょう?」 「どのくらいって、このくらい」 パラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ ララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ 「やっぱ長っ!」 「物事は最初が肝心なのよ。これくらいきちんとやらなきゃ生徒会のメンツが保てないじゃない」 「あの、もう少しきれいに巻き戻せませんか? 横にちょっとはみ出てるのが気になります」 「うるさいわね!」 「これは素晴らしい!」 「え……」 「聖沙を誉めた!?」 「それってさ。お得な再生紙だね」 「知らないわよ、そんなこと!」 「でも朝礼の後でしょ。校長先生の『ありがたいお話』のあとにねえ」 「夢見心地でウトウトしてしまいそうです」 「ふ……ふわぁ……」 「まぁ、こうなるわなぁ」 「けは!」 「――そうそう! 僕たちも生徒の立場になって考えないとっ」 「それじゃ生徒会としての示しがつかないでしょ!」 「生徒会である以前に、私達は生徒なのです!」 「そっ……そうだけどっっっ」 「今、いいこと言ったと思いませんか!?」 「今のでぶち壊し」 「じゃあ、どうするって言うのよ! 他に誰か考えてきたの!?」 「……今日はいい天気です」 「背中で語れば十分だよね、生徒会長!」 「痛い!  痛いよ!」 「あーあーわかった。こうしよう、みんなで一緒に『よろしくお願いします』でいいじゃんか」 「うわ! やる気ねえ!」 「じゃあ、他にいい案があるのかい?」 「なんて逃げ足の速い!」 「会長さん、会長さんっ」 「ん?」 「それっ、やってみたいです!!」 「挨拶かい?」 「やらせてくださいっ!!」 「じゃあ、練習。見ててあげる」 「じー」 「そっ、そそそそっ、そのっ……ほほほんじつ、じつは〜〜実はそのっ、ハンバーグが大好きです」 「そのお日柄も良くっ、おひひひ、おひさまとおほしさまがサンサンキラキラ流れ星っということで」 「こここっ、こんな恥ずかしいことっ!! 会長さんだけ言えばいいじゃないですかっ!!」 「ほ〜ら、言わんこっちゃない。挨拶なんて私だけで十分事足りるわ」 「ねえ、ねえ。アタシは?」 「あら、いたの」 「ううっ。副会長がいぢめるー。会長、びしっと言ってやって言ってやって」 「わかったから、くっつかないで!」 「シンのいけずー、甲斐性なしー」 「く……っ、首締めるなぁ……っ」 「このままじゃカラオケで乾杯どころの騒ぎじゃないね」 「ううっ、なんと容赦ない」 「こういう時こそ、会長の出番でしょ♪」 「あ……リア先輩!?」 「って、もしや……」 「ぴんぽ〜ん タイムリミットで〜す♪」 「なんと!?」 「まぁ」 「時間切れですね。ずず……」 「苦いです!!」 「……先輩。この様子を見て、どう思われます?」 「とっても賑やか」 「ほら、こんな生徒会ありえないって!」 「そんなこと言ってないよ……」 「こんな調子じゃ不信任で解散とかあるんじゃなーい?」 「あはは、悪い冗談だなあ。国会じゃあるまいし」 「あ〜〜」 「わくわくっ。なにやら不穏な空気です♪」 「確か私が一年生の時かな」 「生徒会役員が挨拶しようと並んで来たら――」 「キャッハー! 背中が丸見え! 今こそ生徒会長をやっつける大チャンス!」 「これだから誰も背後に立たせたくない。そして私はまた誰かを傷つけてしまう」 「そっ、それでそれで、どうしたんですか!?」 「聞くまでもなさそうね」 「こうして生徒会は解散しちゃいました。ちゃんちゃん」 「おお〜〜!!」 「そもそもどうしてそんな人達が当選したんだろ?」 「あ、でも今まさに実例が!」 「まさか聖沙……僕の背中を!?」 「するわけないでしょ!! しても正面から行くわよ!!」 「解散。退学。 そして僕は遠洋漁業でマグロ釣り」 「そんなの……そんなのって……僕はこれから一体どういう生活をすればいいんだ……ッ」 「もう牛乳はダメだかんね!!」 「ほ〜ら。さっきも言ったでしょ? こういう時こそ、生徒会長の出番だって」 「は――っ!!」 「そうか、僕は生徒会長なんだ。本来ならマグロじゃなくて優雅にワカサギが釣れるはずなんだ!」 「398ヤード。妄想の飛躍距離更新」 「お得そうな数字です〜」 「とはいえ……」 「解散も悪くないわね」 「なんてことをっ!?」 「あなたが生徒会長の器でないことを、みんなが理解してくれれば十分よ」 「そして、本当に相応しいのは誰かを知る……素晴らしい段取りね♪」 「おおっ! 野望の王国って感じ」 「でも、解散したら再出馬はできないけど、それでもいいの?」 「そっ……それでも別に構いません。……多分」 「やっかむねー。まだ〈あのこと〉《》根に持ってんの?」 「そう。あれは生徒会総選挙の演説をした時のこと」 「彼はあの小憎たらしいものを配達しながらテストの一夜漬けが明けた直後。更に選挙活動で大忙しの毎日」 「おかげでいつも以上に寝不足が続く……」 「しかも仕送りが来る直前日。食費なんかあるわけもなく、朝は牛乳、昼も牛乳、夜すら牛乳、毎日牛乳」 「エンゲル係数低すぎだよなあ」 「エンジェル係数!?」 「そんな状況下、春眠暁を覚えそうな聖沙の大演説に始まり――」 「大ってそんな……」 「――って、褒めてないでしょ!!」 しかも暁を覚えない方だろう。 「ようやく出番を迎えたシンの演説は――」 「『お……』」 「『おじぎり……』」 「身体を張ったパフォーマンス。選挙の結果は周知の通り」 「そっ、そんなことがあったのかー」 「ま。気絶してりゃ、覚えてないわな」 「実力じゃない――幸運で生徒会長になるなんてこと……絶対に認めないんだからっ!」 「生徒会長ってのはね、みんなの『期待』と『責任』を背負う大事な役職なのよ」 「シンは自覚が足りないってさ」 「そっ、そうだったのかーー!」 「教えてくれてありがとう、聖沙」 「ふんっ、わかればいいのよ」 「――って、励ましたわけじゃなーい!!」 「握手しようよ」 「しません!!」 「負けたのがそんなに悔しかったんですねぇ……ずず」 「はい、お砂糖♪」 「ありがとうございますー」 「なに言ってるの、ロロットさん。私は負けてなんかいない。これからそれを証明してみせるんだから!!」 「だとしたら、なおのこと生徒会をやめるわけにはいかないんじゃ?」 「ちなみに再出馬はできないから要注意♡」 「ぐっ」 聖沙、陥落。これで解散は免れた。 「後は――」 ロロットさえ、丸め込めば……っ。 「ずず……」 「しょっぱいです!!」 「あら」 「ロロちゃーん」 「ロロットさん」 「ロロット……」 「ええっと……これが俗に言う四苦八苦ですね」 「四面楚歌ね」 「期待に満ちた瞳で見つめるのはやめてください!! 私は天使じゃないのですから!!」 「んなことどうでもいいから、一緒に挨拶しようよ。ねー、聖沙」 「こんなところで終わるわけにはいかないんだから!!」 「頼むよ、ロロット。後は君さえ頑張ってくれれば、生徒会のみんなが救われるんだ」 「――救い!?」 「どう? ロロットさん」 「みなさん、困っていらっしゃるのですね。それを助けるのは当然なのです!」 「それなら最初から助けてね」 「やるからには徹底的にやるわよ」 「とーぜん! 草一本残さず殲滅!」 「よくわかりませんが、わくわくしてきました!!」 「くすくすっ。なんだかんだで、ちゃ〜んとうまくまとめてるじゃない」 「さあ、先輩も行きましょう!!」 「えっ、えぇ……!?」 「これより生徒会就任挨拶を始めます」 「生徒会役員、入場」 「生徒会書記、ロロット・ローゼンクロイツ」 「生徒会会計、夕霧ナナカ」 「生徒会副会長、聖沙・ブリジッタ・クリステレス」 「生徒会長、咲良シン」 「――で、どうするの」 「どうするって、やるしかないんでしょ」 「は〜〜はうあうあ〜〜〜」 「ま……まずい、緊張してきたっ」 「ほら、はやく!」 「ちょっと押しつけないでよ!」 「ばっ、ばばばばばっ、ばっ」 「あうあうあ〜〜〜」 「シン君、合図♡」 「――そうだ! せーのっ」 「キラキラの学園生活は流星生徒会にガッチリお任せ!」 「いやあ〜。ビシーーッと決まって良かったねっ!! うんうん」 「決まってない!」 「ガッチリ決まったじゃん」 「ガッチリですー」 「ガッツリねっ」 「あんなに笑われて、なんとも思わないの!?」 「楽しくていいじゃない」 「楽しいのはいいことです」 「まさに結果オーライ」 「全然良くない!!」 「息もピッタリ合ってたし」 「先輩が〈突〉《つつ》いてくれたからでしょ」 「先輩、ナイス!!」 「ナイスですー」 「みんながだらしないから、やきもきして気を利かせてくれたのよ」 「あ……あはは あの場にいたら何かしないといけないのかな〜って」 「ほんっっっと、先輩がいなくちゃ何もできないんだから!」 「うう……っ」 「ひいっ!」 「聖沙もでしょ」 「ふぐっ」 「盛り上がったんだし、別に良かったんじゃないかな?」 「またそうやって甘やかす。だめですよ、先輩」 「これだから引き継ぎの仕事もろくにしないでだらけてばかり」 「部活が忙しいんだから、しょうがないっ」 「ケーキを食べてるだけだけど」 「ケーキじゃなくて『スウィーツ』! しかもなんて失礼な!」 「アタシ率いるスウィーツ同好会!! この世の甘い物全てを吟味し批評する至極立派な審査機関なんだからね!! って、ちょっと聞いてんの!?」 「そうですよ。私達はとっても忙しいのです」 「何か部活入ってたっけ?」 「今は……えと、その……」 「色々と体験入部で忙しいのです!」 「要するに帰宅部ということね」 「そう。つまり二人は咲良クンと似たもの同士ってことよ」 「同類憐れみの令なのです」 「んまぁ……シンはちょっと……ねーー」 「今までは準備みたいなものだし、今日からいっぱい頑張ってくれれば問題なし!」 「もっちろんですよ!!」 「実際、壇上に立ってみてわかった。みんなから凄く期待されてるんだって」 「確かに。あの歓声は凄かったねー」 「頭の中が真っ白けっけになりました」 「おかげでいい笑いものよ、まったく」 「〈ただ〉《》ならぬ期待と責任。きっと生徒会長は、僕が想像していた以上に色々と凄いことが……っ」 「〈ただ〉《》でうまい話があるわけないし」 「〈ただ〉《》でさえ先輩の後釜を継ぐわけだから、相当のプレッシャーよ」 「〈ただ〉《》しいことは、いいことです」 「た……〈ただ〉《》より高いものはない、とか?」 「決めたからにはしっかりやろう。その……えっと……」 「引き継ぎ、ね」 「そうそう、それです!」 「よーし、アタシも張り切ってきた!」 「――で、なにすんの?」 「今日の引き継ぎが一番大事で重要なのよ。それを忘れるなんて……」 「そんなに大事でしょうか?」 「大事なの!!」 「ですよね、先輩っ」 「くすくす。そんなに〈これ〉《》が待ち遠しかったんだね」 「そっ、そんな……! そういうわけではなく、その……なんというか……」 「照れない照れない」 「あ、憧れなんです……私には、その……先輩の『ロザリオ』が……♡」 「これ、ね」 「おお〜〜」 「なんて素敵なロザリオでしょう!」 「これをつければあら不思議。立派な生徒会役員に大変身」 「変身できるんですか!? すごいです!!」 「冗談に決まってるでしょ」 「まあ、そうでもないんだけど」 「わくわく!! 早く欲しいです!! 寄こしてくださいっ」 「こらこら。慌てない慌てない」 「このロザリオは、流星生徒会で代々受け継いできたものなの。生徒会役員の証……ってとこかな」 「これさえあれば一目で生徒会だとわかりますもんね」 「しかし、これではすぐに正体がバレてしまいますよ」 「隠す必要があるわけ?」 「今年はみんながこれを身につけて頑張るんだよ」 「そんな……先輩……まるでこれが最後の仕事みたいな言い方……」 「まあ、残りは後始末だけだしね」 「けど……けど……っ」 「ほらほら。泣いたら先輩が困るでしょ」 「泣いてません!!」 「ううっ、先輩……っ、悲しいことを言わないで……っ、ぐしゅぐしゅ」 「アンタが泣くな!!」 「――じゃあ、書記の人からっ」 「はいはいはーーーい!」 「すっごい元気……」 「いいんじゃない。わかりやすくて」 「はい。これからいっぱい頑張ってね」 「うっとり……」 「聞こえてる?」 「とっても素敵です〜〜♡」 「聞こえてませんね」 「へえ。ちゃんと首にかけてくれるんだぁ。いかにも引き継ぎって感じ」 「次は――」 「はい、アタシ!」 「うふふ。実はちょっと欲しかったんだー」 「はい、どうぞ。一生懸命、頑張ってね」 「ありがとうございまーっす!」 「どうどう? 似合ってる?」 「ん〜〜。いつもと変わらないと思うけど。強いて言うならロザリオをつけたナナカって感じだ」 「なんだその当たり障りのない台詞はっ」 「いつも通り可愛いってことじゃない?」 「先輩さんは心優しい方ですね〜〜」 「副会長さん?」 「怒んないの?」 「……っっっ」 「寝てるのかな?」 「この引き継ぎは神聖な儀式なのよ! 心を穏やかにして賜るのが礼儀でしょう!?」 「どうどう、穏やかに健やかに」 「しっ、失礼しました……」 「では、先輩……。お願いいたします♡」 「そんな、かしこまらなくてもいいのに」 「いいえ! 念願の契り……この日をどれほど待ち侘びたことか……♡」 「それだけ副会長になれたことが嬉しかったんですね」 「その嬉しい気持ち、わかりますよっ。けど、二番煎じだと喜びも50%OFFですね」 「怒られる前に続き続きっ」 「はい、どうぞ。これからもたくさん頑張ってね」 「先輩……私、今日のことは絶対……ううん、一生忘れませんから!!」 「うわぁ大袈裟な」 「ふんっ。この気持ち、見た目ばっかり気にしてる人には到底わかりっこないでしょうね」 「なんだとー! 人は見た目も重要だって、偉い人も言ってるんだぞー!」 「ラウンド1」 「ファイト!」 「じゃあ、あとはシン君でおしまいかな」 「あの、ケンカを止めなくていいんでしょうか?」 「大丈夫。すぐ止まるから。 ――んっしょ」 「え……先輩っ、自分がつけてるのを僕に……!?」 「お姉さまの!?」 「隙あり!」 「きゃんっ」 「じゃあ、シン君。つけてあげるから、こっちおいで♡」 「えっ!? そっ、そんなっ、女子だけでいいですよっ」 「ほ〜ら、遠慮しなくていいの♡」 うわああ! 目の前に先輩の大きな胸が!? 吐息が吹きかかりそうで、グッと息を堪える僕。 それに、先輩……いい匂いがする……。 ――って、僕は生徒会長なんだから、こんな不埒なことを考えてはいかんいかん! 「こら、シン!! 鼻の下伸ばすな!」 「ぎくっ!?」 「チャンス!」 「きゃうっ」 「あれ? うまくできないな〜」 「そっ、それなら後ろからやればいいじゃないですか〜〜っ」 「だ〜め。他のみんなが〈依怙贔屓〉《えこひいき》になっちゃうでしょ」 これはこれで、僕だけが依怙贔屓に!! 「んっ……んと―― よし!」 「はい。できあがり♪」 今、顔に当たった……。ほんの一瞬だけど、すっごく柔らかいものが……。 「シン君」 「これからも学園とみんなのことをよろしくね」 「は……っ、はい!」 「ようござんしたね」 「キーーッ! 悔しくなんてないんだからーー!」 「ハンカチ食いしばってたら、説得力ありませんよ」 「今のね。来年はシン君がやるんだよ」 「ええ!?」 そんな……それじゃあ僕があんな風に胸を当てたりなんかして……!? 「――って、僕に胸は無いんだ」 「胸……?」 「うが!!」 「はは〜ん」 「なっ、なんだよ」 「このスケベ!」 「シン君っ、鼻、鼻……!」 「すごいです!! 鼻から赤い流体物が!!」 「はい、ティッシュ」 「どーも」 「ふんっ、外に行って頭でも冷やしてきたら?」 「いいのいいの。いつものことだし」 「ご……ごひんぱいなふ」 「心配なんかするもんですか!!」 「わくわく、どうやれば出来るんですか? 教えてくださいっ」 「覚えなくていいから」 「くすくすっ」 「……うん。これで、みんな名実共に生徒会、だね」 「まだ実感が湧かないなー」 「何をすればいいのか、ちっともわかりません。ガイドブックにも具体的には書いてませんし」 「なによ、いきなり!?」 「鼻血止まった」 「はぁ。これだものね……」 「先輩。何すればいいか教えてちょうだい!」 「教えて下さい、先輩さん」 「もぉ。しょうがないから、リアお姉さんが教えてあげますっ」 「じゃあ、まず書記の人から」 「は……はい!!」 「書記は文字を書くだけがお仕事だと思ってない?」 「ええ、はい」 「ロロットさんの場合、字が綺麗だから推薦されたようなものですし」 「でも、それは大間違い」 「記録するのが役割だから、誰よりも密接に活動していかなくちゃいけないの」 「自分が実際に体験した方が、いっぱい楽しいことが書けるでしょ」 「確かに」 「一般的には文字をカリカリ書き書きするだけですものね」 「ええ……」 「それこそ拷問のようにお手紙や宿題のプリント、奥義書や秘伝書、高額の借用書をただひたすらに書くだけかと想像してました」 「おいおい」 「俄然やる気が出てきました!!」 ああ、また羽が見える。 「次は会計の人」 「ほぇーい」 「気のない返事はやめなさい」 「だってめんどくさそうだし」 「じゃあどうして会計なんかに立候補したのよ」 「え!? それは、その……空いてたから、かな? なんちて」 「はぁ……こんなんじゃ先が思いやられるわね」 「立候補なら、もっとやる気を見せるべきです!!」 「ま、まあ、そうなんだけどさー」 「会計の役目は、生徒会活動の諸経費を管理するのが基本かな」 「もちろん、書記と同じく積極的に活動して、本当にお金を出していいのかな〜、どうなのかな〜って判断したり――」 「なんか責任重大っぽい」 「ソロバンあればなんとかなるでしょ」 「他にも部活動や委員会の予算編成について調査をする時に、リーダーシップを取ったりするんだよ」 「部活動……てことは、アタシの同好会にも予算を出せたり出来るのかな……」 「うふふ……スウィーツぅ……♡」 「なにニヤニヤしてるのよ」 「なにやら気味がわるいですね」 「どうせ、またよからぬことを考えてるんだよ」 「うっさい!!」 「うう……ぐぐ……ギブギブ」 「口は災いの元!!」 「ふう、天に昇るかと思った」 「しょ、昇天!?」 「ナナカさんなら大丈夫よね?」 「はいはーい!! この腕っ節にかけて、会計頑張っちゃいますよ!!」 「現金な奴……」 「アンタにだけは言われたくない」 「じゃあ副会長の人〜〜♪」 「ぷーっ」 「あらあら」 「けどね。冠ついても、副会長は会長の分身。すべきことは同じくらい大変で責任重大なんだよ」 「会長がいないときは代理になったりしなくちゃいけないし」 「きゅぴーん」 「殺気!?」 「私も会長の時は、よく副会長に助けてもらったっけ。去年の生徒会をうまく運営できたのは、頼れる副会長がいてくれたから……」 「え、もしかして……?」 「あの娘のことは一生忘れない……」 ・演出文字 注、前副会長死んでません 「う……ううっ、ぐす……去年の副会長さん、天の御国でもお幸せに……」 「――って、天使じゃありませんからね!!」 「何も言ってないって」 「もしかして、先輩は……」 「今期、あなたが副会長ならもう心配ないわ。私はあなたにとても期待しているのよ」 「そんなっ、いけませんわ。お姉さま……♡」 「お姉さまは手の平を私の頬に添えられ、ゆっくりとその凛々しいお顔を近づけていくの」 「そして、私は瞳を閉じ、誘われるままに唇を……♡」 「ああ、うっとり……お姉さま……♡」 「うっとり?」 「お姉さま?」 「あはは……」 「副会長さ〜ん」 「副会長!?」 「ひいっ、怒らないでください!!」 リア先輩の指導のもと、書記に会計、副会長と各役員の仕事を順々に理解していく。 若干一名が、あまり納得のいっていない様子ではあったけれども…… 「副会長でいいわよ、もうっ!!」 リア先輩の言い分だからと、渋々承知をしたようだ。 「だからって、あなたのことを会長と認めたわけではないからね!! 忘れないでよ!!」 「わっ、わかったよ」 「さすがですね、先輩さん。生徒会マニアとして勲章を授けたいところです」 「――で、肝心の会長は?」 「えっ?」 「会長さんのお役目ですよ」 「そっ、それは、その……んと……」 「先輩。私も知りたいです!! 今後の参考にっ」 「え、え〜〜〜〜〜っと」 「ドキドキ」 「一生懸命頑張ることっ、かなっ?」 「それだけ、ですか?」 「何を言ってるのよ、それって一番大変なことでしょう!?」 「具体的にはどのようなことでしょう?」 「そっ、それは、その……」 「ほら!! 会長は咲良クンの役目でしょ!!」 「お。今、シンのことを会長と認めたね」 「認めてない!!」 「一生懸命頑張る……か……」 「そうしていれば、きっといいことがあるはずだよ」 「いいこと!?」 「いいこと、いいこと……」 「おおっ」 「おおー」 「おっ、おおっ!?」 「お〜〜」 「なぜに波瀾万丈?」 「きっと楽しいことなんですね!!」 「ざっとこんなものかな?」 「ご丁寧にありがとうございます」 「かなりドキドキですが、楽しそうでワクワクします」 「まあ、とにかく。習うより慣れろ!」 「本当に、大丈夫?」 「そういうアンタはわかってんの?」 「ううむ……」 「多分、だけど。会長って、書記や会計、副会長のどんな職務もこなせないといけないってことだと思うんだ」 「違いますかね、先輩」 「え――!?」 「そうそう!! バッチリ!! むしろその通り!!」 「さすが生徒会長に選ばれただけのことはあるね♡」 「いやぁ……そ、そんなことは……」 「ふ……ふんっ! そんなの、私だってわかってたわよ」 「ホントぉ?」 「嘘は800なのです」 「キィャーーッ!」 「じゃあ、今日はこれでおしまい お疲れさまでした♪」 「おつかれさまでしたーっ!」 「さて、と」 「あれ、先輩……何を?」 「去年の資料でも整理しようかな〜って」 「それじゃあ、今日も引き継ぎ頑張りますか!」 「今までなに一つやってなかったくせに!!」 「何を言ってるんですかっ。少しはしましたよ、少しは」 「ほんのちょびっとでしょ! しかもお菓子食べてばっかり!」 「お菓子よりご飯がいいな」 「そんなこと言われると、お腹が空いてきちゃいますね。えへ」 「みんなでやれば早く終わるし。先輩、僕達にできること、なにかありませんか?」 「ぬぬっ。先輩、私も咲良クンに負けじといっぱい手伝います!!」 「そうだね……じゃあ、いっぱい頼んじゃおうかな」 「ゲゲッ」 「そんなー」 「早くも挫折しないでよ!」 「くすくす。 やっぱり楽しいな……みんなと一緒にいるの……」 「もうこんな時間? そろそろ部活行かなきゃ!」 「同好会、でしょ」 「私も行ってきますっ」 「え? 部活入ってたの?」 「今日はフリスビードッグ部の体験入部です♪ ワンちゃんと戯れるので楽しそうなんですよー」 「へえ、運動部かい」 「秋なのに、まだ体験中なんだ……」 「あ〜〜そうだ。私もちょっと用事があったんだ」 「そうなんですか」 「後のことは任せて下さい!」 「そう? 助かるな」 「じゃあ行ってくるっ」 「行ってきまーす!!」 「じゃあ、お願いね。すぐ戻ってくるから」 「いってらっしゃ〜い」 「さて、やるか……」 「……あれ?」 「なによっ!」 「なんで、怒ってんの?」 「怒るわよ!」 「どうして?」 「どうしてって、あなたと、ふ、ふふふた――」 「二人きり?」 「――って、言ってるのっ!!」 「二人きりだなんて、恥ずかしくなるようなこと言わないでくれないかっ」 「あなたが言ったんでしょう!?」 「そっ、そうだけどさ……」 「……帰る」 「ちょっとちょっと!!」 「先輩のお手伝いを放ったらかしじゃないか」 「〜〜っ!!」 「一緒にやって早く帰ろう」 「……ふんっ」 う〜〜ん、やりにくいなあ〜〜。 「……聖沙?」 「去年の行事記録と、諸活動の報告書、及び――」 もうこっちのことなんか気にしちゃいない。すごい集中力だな。 「はい、おしまい! それじゃっ」 「え、うそ……ちょ――」 「行っちゃった……」 本当に終わったのかな……。 「うわ! すご! 僕の分まで終わってる……」 いつも口うるさいだけに、やることはきちんとやるんだよなあ。 しかし、どうしよう。おかげでやることがなくなった。 「なにしよう……そうだ、バイト!!」 ……待てよ? バイトは今日の朝いっぱいで辞めたんだっけ。 朝夕の牛乳配達。牛乳屋の優しい天川のおじさんは、バイト辞めたのにタダで牛乳を分けてくれるって。 そうだよ……なんの為にアルバイトを辞めたんだ。 生徒会長になったからじゃないか!! 天川のおじさんが言ってた! 男はかつての戦場を振り返るべからずって。 頭を切り換えよう。これでもう、勤労学生生活ともおさらばっ。 これから、キラキラの学園生活が待っているんだ!! 「って、生徒会長になってから何かいいことがあったかな?」 一生懸命頑張ってれば、いいことがあるって先輩は言ってた。 ということは、まだまだ頑張りが足りないんだな!! 「よし!」 やることもよくわからないし、とにかく掃除でもしよう!! 「ふーーーー」 机も!! 床も!! 窓も!! ビッカビカ!! 「この生徒会室で。今日から僕が……生徒会長かぁ……」 「えーーこほん」 「僕が流星生徒会会長、咲良シンである!!」 「なんちゃって」 「私が元流星生徒会会長、九浄リアである!!」 「ひいいっ!?」 「まだ、残ってたんだ」 「え、いや、ちょっと手持ち無沙汰になりまして、その……」 「わあ! 今日の作業、もう終わったんだ」 「ほとんど聖沙がやってくれたんで、僕は……」 「その格好見ればわかるよ。お掃除、してくれたんだ」 「はい」 つつ…… 「ホコリ発見」 「ええっ!?」 「えっへん! 先輩はなんでもお見通しなのですっ」 「うはっ。厳しいッ」 「な〜んちゃって くすくす、冗談だよ♡」 「みんなが手伝ってくれたおかげで、早く終わっちゃった。ありがとね」 「いえ、そんな」 「最後に活動日誌を書いておしまいかな」 「日誌、ですか」 「じゃじゃーん! 買ってきちゃいました〜♪」 「おお、新品。しかも5冊セットで超お得だっ」 「これに今日何をしたか記録したり、みんなへの連絡事項を書いたりするの」 「日直当番の学級日誌みたいなものですね。でも、それって書記の役目じゃ……」 「こ〜ら」 「さっき自分で言ったこと、忘れてる」 「ああっ!!」 「会長は書記の代わりも出来なくっちゃ。人に押しつけちゃダ〜メ」 んんっ、 柔らかい指で鼻をツンとされた。 「……わかりました」 ノートと向き合い、今日の出来事を思い返してみたものの……。 「ろくなもんじゃない」 お茶を飲んで挨拶して、ロザリオもらって、先輩のご教授があり、あとは何かしたっけかな。 さて、こんなことを徒然と書いていいものか……ううむ、悩むなあ。 「いやっ、何を書こうかなあって……」 「そんなに力まなくてもいいんだよ。リラックス、リラックスぅ」 リア先輩が僕の背後に回り込んできた。そして、僕の手に触れる。 「こ〜んな感じに♪」 そして僕の手を使って、さらさらと何かを書き始めた。 すぐ横にはリア先輩の顔が、こんなにも近くに!! 「……!?」 今、肩越しに何か当たった!! 柔らかいこれは、紛れもない……お、おお、おっ、おお〜〜〜っ。 「はい、できあがり」 柔らかい手が離れていく。呆然としながら、書かれた内容を見やる。 『えっへん。掃除を頑張ったのだ』 「こういうことを書けばいいの。わかったかな?」 「え、あ、はい」 先輩は気づいてないのかな。まだあの感触が忘れられないよ。 「本当にわかったのかな〜?」 先輩の顔が更に近づいてきた!! こんなところを誰かに見られたら―― 「シンいる?」 「ひぃいいいっ!!」 よりによってナナカの乱入!? これは、やばいっ! 「おかえりなさーい♪」 「毎度!」 先輩……もう、あんな遠くに。 「シン……何してたの?」 「な、何もしてないよっ」 「何かしなよ」 「シン君ね、掃除してくれたんだよ。ピッカピカに!」 「びっ、ビッカビカなのです」 「ふーん。まあ、いいけど」 「ナナカこそ、何をしにきたんだっ」 「ああ、今日さっちんと部活動して帰るから、先に帰ってていいよ」 「ケーキを食べに行くんでしょ」 「ケーキじゃなくて、スウィーツだと何度言ったらわかるんだい!!」 「どっちも同じだよ……」 「アンタこそ、せっかく生徒会長になったんだから、掃除なんかしてないで生徒会活動しなさいよ」 「ナナカが言うなーっ」 「こりゃ失礼っ」 「……まったく」 「ふ〜ん。一緒に帰ってるんだ〜」 「まあ、幼馴染みなんで」 「へえ〜」 「あいつ。一人じゃ怖くて夜道を歩けないって言うから」 「なんだと、こんにゃろ!! ホラ吹くな!!」 「早く行きなよ!!」 「ほーい」 「くすくす。仲が良いんだね」 「そうですかねえ〜」 「じゃ〜〜、幼馴染みの許しも出たことだし。生徒会活動、手伝ってもらおうかな、なんて」 「えっ、さっきので終わったんじゃ……」 「あはははは。みんなには内緒だよ」 「うぎゃ」 秘密兵器がこんなにも残されていたのか!? 「頼まれてくれるかな?」 「い……いいとも〜」 リア先輩と共に去年の活動記録を整理して、今年用に新しく差し替えたりもして。 事務的な作業も先輩がいれば不思議と楽しくなってくる。 それに、またさっきみたいに先輩とムフフなことも。 だから、いかんいかん! 僕は生徒会長なんだから、こんなことを考えちゃダメなんだ! ああ、でもリア先輩と一緒に生徒会活動をするのは、今日でもうおしまいなんだな……。 そんなこんなで、夜もとっぷり。 まあ、そんなに都合良くはいかないのが、現実。 結局、何事もなく。リア先輩は対面にいたから、特に体が触れることもなく。 ――って、僕はなんてふしだらな期待をしてるんだっ!! 「おつかれさま♪」 「ん……」 緑茶のいい香り……。 「これ、先輩が?」 「うん♪ どうぞ、召し上がれ」 「いただきます。ずず……」 「うまい!!」 「そう? 良かった♡」 はぁ……やっぱ、先輩は何でもできるんだなぁ……。 「今日はありがとね。助かっちゃった」 「いやいや、こちらこそ」 「本当はね。どうしようかと思ってたんだ。溜め込んでたら、こんなになっちゃって」 意外と抜けてるところもあるんだな。 「けど、シン君がいてくれたおかげで、とってもはかどっちゃった」 「前役員の人は手伝ってくれないんですか?」 「ううん……これは私の役目だし、他の人は……」 「受験、か。今が大事な時ですもんね」 「うん」 リア先輩は、寂しそうに生徒会室を一望する。別れが惜しいのか、机に優しく触れたりする。 先輩はもしかして、まだ生徒会活動をやっていたいのかな……。 「はい、これ」 先輩から一枚のカードを渡された。 「お願い聞いてくれたから、スタンプカードあげる」 見ると、左上にハンコが1つ押されてる。 「これがいっぱいになったら、いいことがあります。えっへん!」 「ここでも、いいことですか」 リア先輩のいいことって……。 「それは全部埋まってからのお・た・の・し・み♡」 いかん、いかんよ!! 「シン君のおかげでやることも終わったし。そろそろ、帰ろっか」 「は、はい」 邪念を振り払い、荷物をまとめようとしたその時だった。 なんだ、この胸騒ぎ。肌がざわめき、全身に鳥肌が立つ。 「先輩、送りますよ」 「えっ!」 ふとした瞬間、僕はそんなことを言っていた。 「あ、もしかして誰かと約束してます?」 「ううんっ。そういうわけじゃ、ないん、だけど……」 「……他に、誰もいないんだよね?」 「ええ。ナナカはケーキ食べてますし。こんな時間ですから他には……」 「それって、二人きり……」 「ああっ!?」 ちょっと、待て! 僕ってばなんて大胆なことを!? 「ああ、すみません。他意があったわけでもなく、ただこんな時間に女子を一人で歩かせるのは――」 「あ〜あ。後輩クンに心配されちゃった」 「あああ、だから決してからかっているわけじゃなくって――」 「くすくす」 「本当ですよ!!」 「大丈夫。わかってるから♪」 「うう……」 「じゃあ、お願いしちゃおっかな?」 リア先輩と肩を並べて二人きり……。 ちら。 すぐ視線が変なところに行ってしまう!! このまま、いい雰囲気になったりなんかして……。 ああ〜〜いつも以上にドキドキしてきたっ!! 「シン君!!」 まさか、僕の思いが通じた!? 「先輩ッ!?」 いきなり押し倒された!! まさか、いいことがこんなにも早く!? 「しっ、静かにして!!」 なにやら、リア先輩の様子がおかしいぞ。鋭い視線を追ってみる。 すると―― 「なんだ、ありゃあ!?」 「もうっ、どうしてこんな時に……!!」 「先輩、あれは……」 「シン君……びっくりしないでね」 リア先輩が懐から何かを取り出した。見覚えのあるそれは、ロザリオだった。 ロザリオはもう、僕が受け取ったはずなのに。どうして、リア先輩が―― リア先輩の……裸……。裸になって、変身した……。 リア先輩の裸を見てしまったっ! これは正直に伝えるべきか……って、いやいやいやっ! 先輩は見ちゃダメとは言ってないから大丈夫――って、そういう問題じゃなくてっ。 けど、リア先輩の……裸……おっぱ―― 「ああ〜ぁ」 いかん、いかん! 「シン君っ!」 目眩がしてふらついた。 「驚かせちゃって、ごめんなさい」 「いや、そうじゃなくて、その……」 大丈夫そうなのを確認すると、リア先輩はすぐ凛として変な生き物と向き合った。 どうみても『人間』には見えない何か。 見るからにやばい雰囲気が漂う。 「今からこの『魔族』と戦うから、シン君は動かないでね」 言葉の節々から出る緊張感。どうやら冗談ではなさそうだ。 けど、戦うってそんな……女の子一人でなんて危険過ぎる!! 「先輩っ!」 「ああ〜〜ぁ」 だから、雑念を捨てなきゃ!! 「危ないから、そこでじっとしてて!」 「ぼ……僕だって……」 このままじゃ、先輩が危険な目に……しっかりしろ、生徒会長! 「僕だって男です! 一緒に戦います!」 「……私の言うとおりにお願い。首のロザリオを持って!」 「はっ、はい!」 ぎゅうっと力いっぱいに握りしめる。すると、それに呼応して体が熱くなる! 口が勝手に動き始めた。 言の葉で奏でるは、これから起こる戦いの旋律―― 「主を導くは、古の盟約によりて降り立つ漆黒の天使、アヴァンシェル!」 「変身……した……」 もしかして、僕も裸になっちゃったとか……。 さっぱり見てないようですね。 「行くよ、シン君」 「あっ、はいっ!」 バトルのチュートリアルを見ますか? バトルをスキップしますか? 「やっつけた……というより、逃げてった?」 「どんどん強くなってる……これもリ・クリエのせいだとしたら……」 「もしかして、これは大勝利?」 「シン君がいなかったら、どうなってたんだろう……」 「先輩、勝ちましたよ!!」 「さすが生徒会長……変身して戦うことも出来るなんて、やっぱり凄いな……」 「あは……あはは〜〜」 「先輩、これは一体どうなってるんでしょうかね?」 「ううっ。いきなり核心を……」 「『魔族』とか呼んでましたけど」 「しかも、ちゃんと聞いてるし……」 「先輩は今日が初めてじゃなさそうですね」 「……うん。魔族は時々、こうして人間界にやってきては悪さしてるの」 「にんげん……かい?」 「あらら」 まるで他にも世界があるような言い方だ。 「その魔族とどうして先輩が戦ってるんでしょうか……?」 「えと……」 「それにこのロザリオは?」 「う……う〜〜ん」 「ああっ、すみませんっ! これって聞いちゃまずいことでしたか……?」 「シン君……もしかして、怒ってる?」 「まさか!! 生徒会長ですからね、これくらいのハプニングは起こって当然でしょう」 「あ、あの……先輩?」 「……ごめん」 「え」 「明日、ちゃんと話すから」 「先輩……」 「今日は……ごめんなさい」 結局、その後は何も聞けずじまい。 あんなに真面目な顔して言われちゃ聞けないよ。 しかも先輩ん家、学園のすぐお隣だし。あっと言う間に、さようなら。 けど、先輩……かっこよかったなあ。普段はあんなのほほんとしてるのに、戦うときは凛として。 それに引き替え、僕は先輩の言うとおりに身体を動かしてただけで、かっこわるいったらありゃしない。 やっぱり、生徒会長はああやって学園の平和を乱す奴らと戦わなきゃいけないのかな。 これが前生徒会長との差か。ふぅ……生徒会長の道はとても険しい。 「あ……あれ……」 安心したら、今になって足が震えてきた。 やっぱ気丈なわけないよね、あんなバケモノと戦うんだから。 大の男でもびくびくするさ、あははははははははは。 「ひいっ」 背筋がゾォーっ! これは、またさっきの魔族とかいう奴が!? なんだか、とっても嫌な予感っ 「無理無理っ、一人じゃ絶対無理だって!」 僕は脱兎の如く走り去る。 「〜〜♪ 〜〜♪」 「あっ、ああーー」 「きゃんっ!」 「いったぁー。どこ見て飛んでんのよぉ!」 「ああ、すみませんっ、すみません、本当にごめんなさいでしたっ」 「まったくー、ちゃんと前見て飛んでよねっ!」 「あれ……これって、お財布?」 「もしかして中にはいっぱいお食事券が!?」 「ヒャッホー! 牛丼♪ 牛丼♪ 食べ放だ――」 「ん……んんっ?」 「はぁ、はぁ……」 ここまで来ればもう安心だ。多分。 「ちょっとぉ!」 「ひゃあああ」 「このお財布なんで空っぽなのよぅ!」 「ひいいっ、すんません! すんません! まだ駆け出しの生徒会長なんで、許してください!」 「お食事券だと思ったら、ただの紙っきれしか入ってないしぃ!」 「レシートをついつい取っておく癖があって、本当にごめんなさい!」 「もう! 次からはちゃんとお食事券か美味しいものを入れといてよね。はいっ」 え……これって、僕の財布? さっきぶつかった時に、落としたのか。 「あ、あの……わざわざ届けてくれたんだ。ありがとう」 「バイバ〜イ!」 「あれ?」 なんか背中の小さな羽が動いて……空を飛んでる? ごしごしと目を擦る。 「すごいな……女の子がまるで鳥のように飛んでる」 航空力学も真っ青だ。 「てか、なんで怒られたんだろ?」 「ただいまー」 手早く布団を敷いて、前のめりに倒れ込む。 それ相応に楽しいことはあったけれども、どちらかと言えばハプニングだらけな一日でした。 でもきっと明日からもっと楽しいことがあるはずだ。だって、生徒会長だからね。 「生徒会長……か」 その証となるロザリオを手に取り眺める。 天使を呼ぶ言葉が浮かんでこない。興味本位で変身できる代物じゃないようだ。 「また先輩の変身姿を見られるかな……」 だから、いかんて!  生徒会長の楽しさはそこじゃないんだ! ああ、変なことばかり考えるのは、きっと疲れてるからだな。 生徒会長になったことだし、もう予習復習しなくていっか……。 「おつかれ、僕」 バラ色の人生を夢見て、目を閉じる。 ふふふ……早寝が出来るなんて、生徒会長万歳……zzz。 「うう……こんな時間に、誰だよぅ……」 「はい、はーい」 「どちらさまですか〜」 あれ、誰もいない。こんな悪戯をする人がいるとも思えないんだけど。 「おおっ?」 足下に何やらご大層なお荷物が置かれている。きちんとラッピングまでされてるし。 「これは……もしかして、生徒会長へのプレゼントかな?」 部屋の前に置いてあるんだから、間違いないね! 辛抱できずに、その場で開ける。 「遊ぶんじゃねーー!」 「おぉ、ぬいぐるみがしゃべった!」 「はぁ、はぁ……。人の大事な登場シーンを邪魔するとは、さすが魔王様だぜ……」 「人ってそんな。君はどこからどう見てもぬいぐるみじゃないか」 「おう、ぬいぐるみさ。それが喋ってるっつーのに『ギャー!』の一つもねぇんだからな。さすが魔王様だぜ」 「ううむ……普通なら驚くかもしれないけど、今日はもっと驚くことがあったからなあ」 「ほうほう、どんなことよ?」 かいつまんで話してみる。 「ククク……さすが、魔王様だぜ。さっそく天使や魔族を引きつけてやがる」 「さっきから気になってるんだけど……その『魔王様』って誰なんだい?」 「魔王様は魔王様。魔族の王はてめーに決まってんだろ」 「天使に魔族。そして僕が魔族の王? そんな馬鹿げたことが」 「実際、身の回りで起きてるじゃねぇか」 天使の羽。魔族との戦い。飛んでる女の子。 「……確かに」 「ほうら、言った通りだ。さすが魔王様だぜ」 「そう言う君は何なんだ。ただのぬいぐるみとは思えないけど」 「さすが魔王様だぜ。もう俺様が由緒正しい使い魔ってーことを見抜いちまったようだな」 「俺様? 使い魔? 君は一体、何者なんだい」 「俺様は、代々魔王様に仕えている至高の使い魔――」 「その名も大賢者パッキー様だぜ!」 「そうか!  これは夢なんだ!」 「そこで夢とか言うんじゃねーよ!」 「ちょっと待って。これが夢だとしたら、僕が生徒会長になったことも夢になる」 「そしたら、バラ色の学園生活も夢になるのかい!? そんなことは絶対に認めないぞっ」 「どうどう。落ち着けよ、魔王様」 「今日から生徒会長だというのに、しかも魔王……? 僕が魔族の王?」 「ハーッハッハーーー! 我が輩は魔王ナリーーー!」 「キャーーー! 楽しくおいしく食べられちゃうーーー!」 「東西南北春夏秋冬、陰陽五行の響きあり。悪霊退散!」 「この戦い……刺し違えてでも、あなたを〈阻止〉《と》めてみせるッ!」 「私……なんだか、すっごくドキドキワクワクしてきちゃったゾ♡」 「そんな馬鹿なことが……」 「ククク……魔王と聞いただけで邪悪な妄想に浸るとは、さすが魔王様。魔王の血をしっかり受け継いでるぜ」 「なんだって!? じゃあ、僕の父さんが魔王だって言うのか!」 「おかけになった電話番号は、お客様の都合により、かかりません」 「ううっ、電話代払ってない」 「人の話を全く信じようとしない……ククク、さすが魔王様だぜ」 「君はぬいぐるみじゃないの?」 「どうしたよ?」 「父さんからだ」 「キーキー」 窓から伝書コウモリが入ってくる。脚環を取り外し、文を読む。 『今日からお前が魔王だ。使い魔を送ったから後はよろしく候也。父より』 「そんな……僕が魔王ってことは本当だったんだ……」 「コウモリが手紙を届ける時点で怪しむべきだぜ」 「学園の平和を守る生徒会長が、学園の平和を乱す魔族の王様だって……?」 「僕は……」 「僕は一体、どうすればいいんだぁ〜〜〜〜!」 「ああ……やっぱ、これ……このソバを打つ音。間違いない――」 「ナナカだ……」 「おはよ、生徒会長!」 「おはよ……けど、まだ眠い……」 「なに言ってんの。いつもならとっくに起きてる時間でしょうが」 昨日は珍しく夜遅くまで起きていたんだ。確か―― 「よろしく頼むぜ、魔王様!」 「だから魔王ってなんなんだっ」 「それはだな」 「忘れた」 「これでいて、どこが使い魔なんだ……」 「うるせえ! どうでも良いことをいちいち覚えていられねえぜ!」 「もう、いいよ。とにかくこのことはみんなに内緒だからね。特に君はぬいぐるみなんだから喋っちゃダメ。黙ってること」 「ククク……邪悪な企てを巧みに隠蔽しようとするとは、さすが魔王様だぜ」 「だからその『魔王様』っての禁止!」 そのやりとりのせいで寝不足になったんだ。 でも、これって夢だよね、どうせ。 「ああ、うるせえぜ……なんだこの騒音は」 「夢じゃなかった!」 「ほら、起きて」 ナナカに布団をめくられ、万事休す。 「ちょっと、シン!? なんでぬいぐるみと添い寝してんの!」 「いやあ、見ないで!」 「アンタ、いつからそんなメルヘン坊やになったの?」 「こここ、これは父さんからのプレゼントなんだっ」 「誕生日はもうちょい先でしょ?」 「たぶん、お金があるうちに、くれたんだと、思う」 「パンダのぬいぐるみとは……相変わらずおじさんも不思議な人だね」 「おお。よく俺様がパンダってわかったな」 「一目瞭然!」 「――パンダが喋った?」 「ああ、もうおしまいだ。さらば、キラキラの学園生活」 「バレちまったらしょうがねえ。聞いて驚くな、俺様は大賢者パッキー様だぜ!」 「あっそ。アンタもソバ食べる?」 「おう、もらえるもんはもらっとくぜ」 「ちょっと、ナナカ。ぬいぐるみが喋ってるのに驚かないの?」 「それより玄関にあるアレを始末してきてよ」 「おっちゃん、今日もありがとう」 目覚めの一本、届いた牛乳を一気飲み。 そのまま庭へ。 「よしよし、いい子だ」 鶏小屋を捜索するが―― 「卵は今日も無い、か……」 「ナナカも牛乳飲む?」 「いらん! そのパンダにやれ!」 「おう、いただくぜ!」 「あのさ。このパンダを見て少しはおかしいと思わないの?」 「アンタもアタシもまだ寝ぼけてるんだよ。はい、お待ち!」 「おう、出来たての打ちたてだぜ! 俺様のは!?」 「慌てなくても大丈夫だよ。ちゃんと君の分もあるみたいだし」 「いただきまーす」 「ずるずるずるーーッ」 「うひゃー、こりゃうめえ!」 「コシのある麺、絶妙な茹で加減、コクのあるツユ、キレのあるワサビ」 「ソバの味を楽しむ為に、海苔をかけねえときた。これほど極上のソバを食べたのは久しぶりだぜ」 「ほほー。ソバを嗜むぬいぐるみとは珍しい」 「大袈裟だなあ」 「ああ、どこか懐かしい味なのに、どこで食ったかさっぱり思い出せねえぜ」 「うちに来たことある?」 「馬鹿言え。ぬいぐるみに飯を出す店があってたまるか」 「ちゃんと自覚してるし……」 「敬意を表して、てめーを今日からソバと呼ばせてもらうぜ!」 「馬鹿にすんな!!」 「ずるずる」 「ツーーーーン!」 「おおぉおおおお、ワサビ効くぅうううん」 「これで、おめめもパッチリだ」 「ずずずずずーーーッ。くぅ〜〜、うめえ! たまらんぜ〜〜!」 「ああ、パンダが喋ってる。やっぱり夢じゃないみたい」 「現実からすぐ目を背けたがる。これが若さってやつだぜ」 「ぬいぐるみに言われたかないよ」 「あれさ、置いてきてよかったの?」 「学校になんか持ってけないって」 「喋るし動くし、放っておいたら何するかわからないよ?」 「ああ見えても言うことはちゃんと聞いてくれるみたいなんだ」 「パンダって雑食なんだよ?」 「へえ、そうなんだ」 「冷蔵庫の中、漁られたらどうすんのよっ」 「どうせ牛乳と脱臭剤しか入ってないから」 「そういや、そうか」 「ぬいぐるみだから大丈夫だって」 「オッケー、気にしない。むしろ牛乳全部飲んでよし!」 「わかってるとは思うけど、このことは二人だけの秘密だからね」 「二人だけ、なんだ」 「そうそう」 「〜〜♪」 「なんだい。さっきからやけにご機嫌でさ」 「えっ、そう?」 「なんか良いことでもあった?」 「まっ、まあ……良いこと、なんだと思う」 「生徒会長に良いことあるなら、会計にもあったっていいじゃないのさっ」 「そうだね。例えば、早起きしなくて済むとか!」 「……はいはい、そうですね」 「あれ? 違った?」 「まったく、シンらしいよ」 「褒められた?」 「きゃあ!」 「むぎゅっ!」 「つってて……」 「いったぁ〜〜。ごめんなさい……」 「――って、咲良クン!?」 「ああ、聖沙……おはよう」 「ちょっと……道端でボーッとしてたら危ないじゃない」 「副会長、おっはよー!」 「おっ、おはようございますっ!!」 確か、こういう時は―― 「おぜうさん、お手を拝借」 「おぜう?」 「いっ、いやいや。大丈夫? 怪我はない? 立てる?」 「ご心配なく! これくらい一人で立てるわよ」 「じゃあ、ごめん。その下敷きになってるのを……」 「あら、いつの間に」 僕の鞄が聖沙のお尻に踏まれてペッタンコ。 「ああ、ごめんなさい!」 慌てて返される。 「まったく……鞄くらいしっかり持って歩きなさいよねっ」 「朝早いんだ。さっすが副会長!」 「ふんっ、そういうあなた達こそ――」 「って、まさか私と同じ事を考えて……」 「まっ、負けるもんですかッ!」 「えっ!?」 「ああ、行っちゃった」 「朝から威勢がいいね、副会長は」 「副会長とか言ってると、また怒られるぞ」 「んー。大丈夫でしょ」 「おおー! 朝練やってるやってる」 「新しい学園生活へ、ようこそバイト君!」 「生徒会長になると、早く登校できるからいいね」 「早く来たって、別にやることないけど」 「スイーツ同好会は朝練やらないの?」 「この時間に開いてるお店があるならやる!」 「絶対しないってわけだ」 「平和だなあ……」 昨夜にここで激しい戦いがあったなんて、夢みたいだ。 「シンさ。昨日、あの後リア先輩となにしてたの?」 人の心が読めるのか、さすが幼馴染み。 「そっ、それはその……なんというか……」 「わかってるって! リア先輩に手伝ってもらってたんでしょ」 実は逆なんだけど、そういうことにしておこう。 「アタシもよく手伝ってもらったし」 「そうなの?」 「先生に会計の引き継ぎ資料まとめろって言われたから、ちょちょっとやったんだけど」 「計算違いばっかりだったもんだから、大目玉喰らっちゃってさ」 「さては計算機?」 「うん。でも、そこを先輩が助けてくれてさ。しかも、一緒にやろうって言ってくれたんだ」 「へえ」 「アタシが金額を読み上げて、先輩が電卓ビシバシ打ってくれて……」 「ナナカはソロバン派だもんね」 「先輩ってば要領わかってるから早いのなんの。おかげで作業はすぐおしまい。その後、お茶飲んでまったりのんびり」 「さすがリア先輩。生徒会のことならなんでも来いだね」 「経営者の家族だとしっかりしなきゃいけないのかな、やっぱり」 「そういうわけじゃないと思うよ」 「だよね」 リア先輩って、育ちとか関係なしに誰にでも影響力がある。 昨日に限らず、僕だけに限らず、今まで色々なところで助けてくれていたんだ。 まさにこれが生徒会長の器ってやつなのかな。 「おはようございまーす」 「あっ、ああっ、おはようございます」 「今の知ってる人?」 「ううん、知らない」 「さっすが生徒会長、有名人だね!」 「そんなに目立つのかなぁ、僕」 「照れない、照れない!」 「痛い、痛いって!」 「ちょっと、ナナカ。どこ行くの?」 「生徒会室。こんな時間に教室行ったって、どうせ誰もいないし」 「そうなんだ」 「それに机もイケてないし」 「机?」 「まったく、これだから素人は」 「なんの玄人だ」 「おはようございまーす!」 「そんな……!?」 「おや、副会長。なに見てんの?」 「日誌かな」 「もう既に手遅れだったなんて……しかもピッカピカだし……」 「それを言うなら、ビッカビカね」 「また負けた……」 「なっ、なんでもないわよ! それじゃ」 「あら」 「また行っちゃった」 「なんかホウキ持ってなかった?」 掃除する気だったんだ。 「ちゃくせーーき!」 「乱暴だな……ソファーが壊れちゃうよ」 「なによ、アタシが太ってるとでも言いたいの?」 「言って欲しいの?」 「ああ、ウソウソ!」 ナナカと肩を並べて、ソファーに腰を下ろす。 「ここは静かでいいね! 日当たりもいいし」 「さすが生徒会室。これも生徒会長の特権か」 「そうかもねー」 「僕は学食無料とかの方が嬉しいんだけどなあ」 「うーん、そだねー」 「やっぱそうなるには、もっともっと頑張らないとだめなんだろうな」 「ナナカも一緒に頑張――」 肩にふんわりと柔らかい髪の毛が触れた。 「……すぅ……すぅ」 「寝ちゃった」 そうだよな。ナナカは僕よりも早起きをして、朝来てソバを作ってそれから学校行って…… もしかして、この時間に教室でいつも寝てたのかな。 生徒会室はちょうど寝やすい高さにある机。けど、枕は僕の肩。 「くすくす、しょうがないヤツだなあ」 起こさないように、ゆっくりと身体を動かしてやる。 冷えないように上着も掛けて。 「これでよし、と」 そういえばナナカと一緒に登校したのって、すごく久しぶりだな。 この学園に来てから、朝はずっと無我夢中でバイトして、駆け足で学校行ってたし。 今日みたいにゆっくりおしゃべりしながら歩いていくなんてことも当然なかった。 昔は当たり前だったから気づかなかったけど、やっぱり1人よりも2人の方が楽しいね。 これがいわゆる普通の学園生活ってやつ? よーし、一歩ずつ着実とキラキラの学園生活に近づいてきたぞ! 「早速、みんなに朝の挨拶をしてこなくっちゃ」 「おはようございますっ」 「おはよー」 「生徒会長の咲良シンです、おはようございますっ」 「お早う御座います!」 「おはようさんどす。気張ってな、会長はん」 「ありがとうございますっ」 通り過ぎる生徒と挨拶を交わす。なんとな〜く清々しい気分になってきた。 見慣れない車が坂をのぼり、校門の前に停まる。 「なんだ、あれ……」 僕は思わず飛び出した。だって初めて見るよ、こんな車! 「名前はわからないけど、いかにも高そう!」 なんだか凛々しいタキシード? これもまた高そうなのを着た女性がドアを開ける。 「お嬢さま。足下にご注意を」 「おおっ!」 「ふわぁ……ねむねむです……」 さすがお嬢さま。こんな車で送り迎えをしてもらえるとは。 「おっ、おはよう! ロロット」 「おはようございます。ええっと……五十嵐じゃなくて、出涸らしさん?」 「違うよ! シンだよ、咲良シン!」 「ああ、生徒会長さんですね……」 ふらふらしながら歩いてくる。 「やけに眠そうだけど、大丈夫?」 「大丈夫ですよ〜」 そんなロロットの進路になぜか待ち受けるバナナの皮。まるで、謀られたと言わんばかりに落ちている。 「危ない!」 だが、ロロットがバナナを踏みつける寸前に、さっきの女性が素早く片付けてしまった。 「お嬢さまの安全は、この執事であるリースリング遠山にお任せを」 「ありがとうございます、じいや」 「すごい……! これが本場のお嬢さまというものかっ」 「では、本日のご予定ですが――」 お嬢さまはスケジュール管理までされているらしい。 「本日のご予定は19時にお夕食。21時就寝。以上となります」 「こっ、これがブルジョワな生活かーっ」 「お嬢さま、本日もいつも通りの時間でお迎えにあがればよろしいですか?」 「あっ、あの……!」 心なしかロロットがつまらなそうにしているので、思わず口を出してしまった。 「生徒会の集まりがあるから遅くなるんじゃないかな?」 「ああ! そういえば、そうでした!」 「生徒会でしたら仕方ありませんね」 「終わったら連絡するとかでいいんじゃないかい?」 「そうですね! そうします!」 「かしこまりました。旦那様にもそう伝えておきます」 「あぁ、生徒会はなんて素晴らしいんでしょう! 嬉しくて天にも昇る心地です!!」 「てっ、天っ!?」 「良かったですね、お嬢さま」 執事はニコリと笑うと、颯爽と車に乗り込みアクセルを踏み込んだ。 「やっぱり門限があるんだ」 「はい。授業の後、体験入部が終わるとすぐ帰宅の毎日でしたから」 「お嬢さまも色々と大変なんだね」 「でも、生徒会なら平気です。なにせ、とても意義のある立派な活動ですから!」 「立派か……じゃあ、もっと頑張らないとね」 「はい! 望むところなのですよっ」 「――っくしょん!」 「そんな格好してると風邪をひいちゃいますよ、会長さん」 「ああ、ナナカ起こさなくっちゃ! じゃあ、また放課後に」 「はい。放課後が待ち遠しいです♪」 「どうして起こしてくれなかったのよっ」 「あんだけ気持ちよさそうに寝てたらなあ」 「あっ、そ。……ありがと」 鞄を開けて教科書を取り出す。 このなめらかでしっとりとしたマシュマロのような手触りと感触はまさか…… 「ああ、やっぱり!」 「どしたの?」 「これ見て」 「わあ!」 鞄の中で、パッキーが潰れてる。聖沙のお尻で下敷きになったあの時か。 「白目剥いてる」 「白目ないから」 「このまま放っとけば?」 「うん。にしても、いつの間に入ったんだか……」 「んじゃあ、わりいけどプリエ行ってくるわ」 「いってらっしゃい」 「ああ!!」 「いきなり声裏返して何よ!?」 「お弁当忘れた……」 「朝寝坊なんて慣れないことするからでい!」 「ナナちゃん、お弁当少し分けてあげなよー」 「さっちんのは?」 「私のは、やめた方がいいんじゃないかなー。今日のは自信作だし、食べたら卒倒するよー」 「しょうがないなー。では、ナナカ様お手製のおにぎりを分けてあげよう!!」 「本当!? じゃあ、お礼に僕の――」 「さっちん、何もあげなくていいよ。シンは昼飯抜きがいいんだって」 「えっ、まだ何も言ってないのに?」 「人の恩を仇で返すようなヤツに育てた覚えは無い!」 「牛乳が本当に嫌いなんだねー」 「なんで、みんな牛乳だって決めつけるんだっ」 「だって、それしか持ってないでしょ」 しかし、困ったな。生徒会長にもなって昼飯にありつけないなんて。 「おお、そうだ。僕にはこれがあったんだ」 「ロザリオ?」 「それ、美味しいのー?」 「そうさっ。これさえあれば……」 「残念。ダメだって」 「そんな……っ、生徒会長になれば学食無料とかになるんじゃないのか……」 「それはあまりにも専権だと思うよー」 「ムムム、せめてパン1個。いや、ジュースの1杯くらいいいじゃないかっ」 「牛乳飲みなよー」 「そうそう。あの不浄な液体で十分」 「これは何かの間違いだよ。生徒会長なのに……」 「だったら前の生徒会長に聞いてみたら?」 「リア先輩に……」 ううっ。今はとても話しづらいよ。 かといって、牛乳だけで済ますのも辛い。 「ええい、後は野となれ山となれっ」 「お小遣い300円〜〜♪」 「わわーっ」 「今月まだ始まったばかりなのに全財産をもう使っちゃうわけ?」 「大丈夫。明日はきっと食べ放題」 「よ! 無鉄砲だね、楽天家っ」 「本当に大丈夫ー?」 「なんとかなる! だって生徒会長だしっ」 「そんで、全額投資?」 「いや、100円だけ」 「さては、特盛りキャベツパンだねー」 「牛乳とよく合うんだよ」 「ほら! くっちゃべってないで、さっさと買って来る!! お弁当がぬるくなるでしょ!」 「もうとっくに冷めてると思うよー」 無事、特盛りキャベツパンを入手した帰り―― 「あ、先輩だ」 「聞くなら今しかないと思うよー」 「人生を賭けた一発逆転の大勝負ッ!」 「ななななにをするって言うんだよっ」 「食べ放題にしたくないのっ!?」 「そっ、そんなこと……いや、したいけど」 「なら、話は早い! リアせんぱーーい!」 「うぎゃ〜〜」 「大きい声出して、相変わらず恥さらしだねー」 「なに言ってんの、大きくしないと聞こえないでしょっ」 「りーあーせんぱーーい!」 「そんなにしなくても聞こえてると思うよー」 「うん……だから、そのくらいにしてもらえると嬉しいかな」 「ひい!?」 「ひゃあ!!」 「あ……シン君」 「先輩、すみませんっ、すみませんっ! なんでもないんでっ、本当に!」 「こらー! せっかく呼んであげたのに! なに今更ひよってんのよ!」 「いや、だから、そうじゃなくって――」 「あのことは……放課後に、ね」 「じゃあっ」 「あっ、先輩……行っちゃった」 「行っちゃったねー」 「あれ? シン君、どこ行くのー?」 「おかしいな。自然と身体が勝手に動いてナナカから逃げようと――」 「アノコト……?」 「どきっ」 「そういや昨日、リア先輩と二人きりだったよね」 「ぎくっ」 「いや、なんでもない。なんでもないんだよーーー」 「それなら、なぜ逃げる!? こら! 待てーーっ!」 「二人とも元気だねー」 「あ! ナナちゃん、お弁当はー?」 「ハァ、ハァ。なんとかまけたかな……」 「……ちょっと」 「何しに来たのよ」 「えっ、それはその……無我夢中で逃げてきたら、ここに……」 「逃げるだなんて、何か悪いことでもしたんでしょ。まったく、少しは生徒会役員としての自覚を持って欲しいわね」 「悪さなんかしてないよ! ここに来たのはそういうわけじゃなくてその……」 「じゃあなによ」 「ぐぐ……そういう聖沙こそ!」 「見ればわかるでしょ。お昼ご飯を食べてるの」 「お菓子がご飯!?」 「……野菜スティックよ」 「へえ、好きなんだ」 「好きならもっと美味しそうに食べればいいのに」 「〜〜〜っっっ」 「ご飯、もしかしてそれだけ?」 「そうよっ、悪い?」 「そうか……聖沙も僕と同じか……」 「はい……?」 「節約してるんだね」 「はいぃ!?」 「こんなの……節約なわけないでしょう!」 「じゃあ、どうして? そんなご飯じゃおっきくなれないぞ」 「おっ、大きくって……」 「そんな君に……はい、牛乳!」 「ちょっと、どこから牛乳!? 自分で飲めばいいでしょうよ!」 「ああ、大丈夫。僕の分は別にあるから」 「いくつ持ってるの……?」 「うう、僕もお腹空いてきたな。ここで食べていい?」 「……ふんっ。勝手にしたら?」 「あれ、どうしたの?」 「もう戻るわっ。どうぞ、〈ごゆっくり〉《》」 「あっ、ああ。ありがとう」 机の上に去年の議事録が置かれている。 付箋の貼られたページは、生徒会の問題点が未だ改善できていない箇所ばかりだった。 「生徒会活動しに来てるなら、そう言えばいいのに……邪魔しちゃったか」 ついでなので中身を見てみよう。 なになに、学園に於ける七不思議として理事長の存在が―― 「発見!」 「ぎくっ、なぜわかった」 「生徒会長なら、ここにくるかと思ってね」 「肩書きが仇になるなんて……っ。と、その割りには遅かったじゃないか」 「うん、お弁当食べてた」 「ほら、アンタも早く食べちゃいなよ」 「さっきのことは問い詰めないの?」 「お腹いっぱいになったら、どうでもよくなった」 「……いただきます」 「失礼いたします」 「さて、姉上は何処に……」 「姉上?」 「大方ここだと当たりをつけたのですが……見込み違いか」 「あの、君は?」 「……ご無礼」 「あっ、ちょっ――行っちゃった」 「今の1年生だね」 「背中に薙刀袋……薙刀部かな」 「誰の妹?」 「うう〜〜ん。思い当たらないなあ」 「姉上だって。渋いね! アタシも呼んで欲しいな」 「もぐもぐ、ごくごく。特盛りキャベツパンにはやっぱり牛乳だね、姉上も飲む?」 「ぐぼっ!?」 「ほらほら、遠慮しないで全部飲みなよ弟君」 「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」 「はい、お粗末様でした!」 さて、いよいよだな……。 リア先輩と顔を合わすのがちょっぴり怖いよ。 「リア先輩はいない……お、一番乗りかな」 「残念、俺様」 「あーーーーーーーーーーーッ!」 「うるせえなあ」 「すーーーっかり忘れてた!」 「ムブィッ!」 懐に隠して周囲を見渡す。 「ふう……誰もいないか」 「いきなりの抱擁痛み入るが、俺様は男に興味がないぜ」 「見つかったらどうするんだっ」 「細かいこと気にすんなよ、魔王様」 「だから魔王様ってのはやめてって!」 「いいじゃねえか、二人っきりの時くらいよ!」 「二人きり……」 「何度も言うが、俺様は男に興味がねーぜ」 「みんなに魔王だってバレたら大変なことになる」 「いいじゃねえか、全世界が恐怖するその権力とやらを見せつけてやろうぜ」 「せっかく生徒会長になれたんだから、僕はみんなと仲良くキラキラの学園生活を過ごしていきたいんだよ!!」 「ククク……さすが魔王様。仲良しこよしの振りして最後にガツンと裏切るつもりだな」 「いや、それはないから」 「まあ、魔王様が仲良くしたいってなら、そうすればいいんじゃね?」 「勝手にすればいいじゃねえかってこと」 「そんなこと出来るの?」 「魔族つっても、大抵が馬鹿ばっかで、自由気ままにやってるもんさ」 「暴れるのが好き、遊ぶのが好き、食べるのが好き、ケンカ好き、男好き女好き、巨乳超好き。それが普通の魔族ってもんだぜ」 「パッキーもその一味?」 「いんや、俺様は大賢者だからな」 「けど、僕はそのハチャメチャ大好きな魔族の王様なんだよね」 「クックックー。さっきも言ったろ? みんな適当だから忠誠心のかけらもねえのさ」 「なんてカリスマの無い王様なんだ……」 「安心しろ、中には俺様みたいな真面目なヤツだっている」 「真面、目?」 「魔王様に忠実なのは、この大賢者パッキー様くらいだぜ」 「人望ないなあ……」 「まあ、魔王様はまだ成り立てだから、カリだかスマだかゼロかもしんねえ」 「だったら奴らをギャフンと言わせてやりゃあいいのさ」 「どうやって?」 「調子こいてる連中にお灸を据えてやるのさ」 「おお! それならリア先輩がやってたことと似てるね」 「そうそう。そのリアって奴と仲良く楽しくオシオキだぜ」 「パッキー。リア先輩のこと知ってるの?」 「いや……賢人の勘ってやつか。リアとか言う奴と仲良くした方がいいって誰かが耳元で囁きやがる」 「なんだその適当な勘は……あてになるのかな」 「大賢者の名は伊達じゃねえぜ」 「まあ、リア先輩と戦う必要は無いってことがわかって良かった。ホッとしたよ」 「使い魔として当然のことをしたまでよ」 「もうすぐみんな来るから、パッキーは静かにしててね」 「あいあいっと」 「……また出遅れた」 「いらっしゃい」 「ふんっ。昼からずっといたんじゃないの?」 「ははは。ユーモラスだなあ、聖沙は」 「はっ!?」 「ブラ――ッ!?」 「ブラ?」 パッキー隠すの忘れてたよっ。 「そっ、そのぬいぐるみは、咲良クン。あ、あなたのものなのかしらっ?」 「ううっ。そ、そうだけど」 まずいっ、聖沙に弱味を握られるっ。 「その新色……どこで買ったのか……教え……」 「な、なんでもないっ」 「もらいものだから、売ってるところはちょっと……」 「ちゃんと聞いてるじゃない!!」 「ぬいぐるみ欲しいの?」 「子供扱いしないでよっ。そ、そんなこと……」 「だったら、あげちゃえば?」 「やあ、ナナカ」 「なっ!? べべべ別に欲しくなんか……欲しくなんか……」 「知ってる? これ、喋るんだよ。凄いでしょ!」 「ほらほら」 「こら、ソバっ娘! 可愛いほっぺを引っ張るんじゃねえ!」 「ほらね」 「いていて、いてーよ!」 「ほんとだ……喋ってる……」 「ナナカ! 秘密だって言ったのに、ばらさないでよ!!」 「え? もしかして喋るってこと?」 「そうだよ……」 「ああ、ごめん! てっきり一緒に寝てることを黙ってればいいのかと」 「寝てるぅ!?」 「おいおい、誤解を招くようなこと言うんじゃねえ。俺様は男に興味がねーんだから」 「はぁ……ブラックマ……♡」 「きっぱり言わせてもらうぜ。お前にも興味が無い」 「――てぇ! ちょっと、それどーゆー意味よっ!!」 「……うぅ、目を合わせられない……」 「熱でもあるの? 大丈夫かい?」 「うるさいわねっっっ!!」 「よし。こいつのあだ名はヒスで決まりだぜ」 「わぁ〜〜!! すごいです!!」 「ああ、また火種が増えた……」 「パンダさんが喋るなんてすごいです!! ガイドブックにも記載されていない……まさに奇跡です!!」 「何言ってんだ。てめーこそ天使じゃねーか」 「ぎくっ!」 「天使なんかじゃありませんよっ!!」 「ととととにかくっ、パンダさんが喋るのは非常識なのです!!」 「てめーこそ羽を生やして非常識だろうが」 「羽なんかありませんっ!!」 「どうする、生徒会長?」 「バレちゃったものはしょうがない。もう、どうにでもなれ……」 「あはは……ゴメン」 まあ、魔王ということがバレなければいいや。 「おい、シン様。黙ってないで俺様を紹介して欲しいぜ」 「うちのパッキーです。みんなよろしく」 「大賢者パッキー様だ。よろしくな!」 「……きゅん♡」 「パンダさんですね」 「ジャッキーだかパニーだか。いるのはいいけど邪魔しないでよ」 「おういえ!」 「失礼します」 「あっ、リア先輩……」 「これは――!?」 「どうしましたか、パンダさん」 「まさかこの人がリアちゃん!?」 「先輩をちゃん付け!?」 「えっ、えっ!? ぬいぐるみ……?」 「ごちになりやーーす!」 「こら、パッキー! 邪魔するなって言ったのに!」 「あぁ……こいつは極上だぁ……たまんねぇ……」 「私の先輩になにするのよ! 離れなさいっ!」 「あ、けど可愛いかも……♡」 「はぁ……はぁ……これが噂に聞く桃源郷……天の国ってやつかよぉ……」 「びくっ!」 「それ以上言ったらダメですよ!!」 「まさかパッキー。リア先輩のこと……」 「おっ……おおっ……おぅいぇ……いわゆる、ラヴだぜ……」 「ちょ……ちょっと……っ、あっ! そこは――んっ、だ、ダメ!」 「やめな、パッキー!」 「邪魔するんじゃねえ! このじゃりん娘が!」 「先輩が困ってるでしょ!」 「これだからガキだってんだ。見てわからねえのか? 思わず抱きつきたくなるリアちゃんの魅力がよ!」 「どうせ胸しか見てないくせに!」 「おっぱいは重要なことだろう! おっぱいは! なあ、シン様!」 「お……おぱっ……!?」 「先輩さんは、おっぱいが魅力的なんですね」 「女は胸だけじゃない!」 「お姉さまにパッキーさん……♡」 「あっ、あう〜〜」 「はんっ。悔しかったらお前らもリアちゃんみたいにおっぱい大きくしてみな」 「ドキドキ……♡」 「アタシだってね! もうすぐ先輩みたいになるんだから!」 「……たぶん」 「おっぱいは偉大なのですね、会長さん」 「おっ、おぱおぱ……!?」 「みっ、みんなして……私の……っ」 「も〜〜〜! 静かにしてなさいっ!」 「でこぴんっ!」 「ハウ……ッ!」 「スゥゥゥゥゥッ、あっ、アァァアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」 「逝……っちゃ……っタ……」 「はぁはぁ……やっと静かになった……」 「どこに行ったんでしょうか?」 「さあ? 昇天したんじゃない?」 「ビクビク!!」 「あぁ……パッキーを一瞬で沈めるなんて、やっぱり先輩は凄いなあ……」 「当然でしょ」 「先輩がいなかったらどうなってたことか……」 「先輩さんは偉大です」 「もう、みんなして……」 「……けどね。今日で引き継ぎのお仕事はおしまいだから……」 「えっと、おしまい……なん、だけど……最後に、お願いがあって……」 「あの、その……」 先輩、やっぱり昨日のことを話すつもりなんだ。けど、うまく言い出せないでいる。 こんな時、僕は―― 「おい、魔王様。ここはリアちゃんをヨイショするんだ」 「リアちゃんが困ってんだぜ」 「そうか、そうだね。やってみる」 「――先輩!」 「先輩は今まで僕達――生徒会のみんなの為に一生懸命尽くしてくれましたよね」 「何よ、今更。そんなこと、いちいち言わなくてもみんなわかってるでしょ」 「うんうん。先輩がいたから要領良くできたしね」 「本当に助かりました」 「おかげで……その……何て言えばいいのかな……」 「なんだかんだでワイワイ楽しくできたよね」 「最初は面倒なことばかりかと思ってましたけど、やってみると意外に楽しいものでした」 「……そうね。今回ばかりは同意するわ」 「そっ、そうそう。だから、えと……何と言うか……」 「もう、じれったいね!」 「早く言っちゃいなさいよ」 「よくわかりませんが、言っちゃって下さい」 「……うん、僕達は、 先輩の力になりたい」 「人助けは当然なのです」 「咲良クンに言われるまでもないけど」 「みんな……」 「先輩のお願い……聞かせてもらえませんか?」 「ククク……願いを叶える代わりに、その身を捧げてもらおうとは何てあくどいんだ。さすが、魔王様だぜ」 「空気読もうね」 「みんなにここまでしてもらって……私もイジイジしてられない……っ」 「――」 「……うん、決めたっ」 「みんな。これから言うことをびっくりしないで聞いてね」 「ごくっ」 「私のお願い、それは――」 「生徒会のみんなで、この世界を守って欲しいの!」 「ほほー。それは、それは」 「リア先輩のお願いだもの、もちろんいいわよね?」 「みなさんで頑張りましょう!!」 「って、スケールでか!」 「あっ、あれ……? なんか話が違う?」 「クックックー。こりゃあ面白くなってきたぜ」 「世界を救う? 守る? 食べる? えんじぇる? はて、私はどうすればいいのでしょう……?」 「先輩……これは一体どういうことなんですか?」 「あう……」 「おはよう、生徒会の諸君」 「ええっ?」 「流星学園の生徒会では、普段の生徒会活動の他にもとある特殊な任務が課せられている」 「それは学園に限らず町内、果ては全世界を守ることになるかもしれない」 「そこで君らの使命だが、その平和を乱す悪党共と戦い、追い払って欲しい」 「例によって生徒会のメンバーが捕らえられ、あるいは殺されても当局は一切関知しないからそのつもりで」 「なぜに、テープレコーダー?」 「わくわく、とても〈れとろ〉《》な感じがするメカですね!!」 「これは……もしや……」 「なお、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る」 「ちょっ……!!」 「みんな逃げてッ!」 「どっか〜〜〜〜〜ん!」 「わあ!!」 「きゃあ!!」 「ひい!!」 「うわ……びっくりした。本当に爆発したかと思った」 「やあねえ。初めてでそんなことするわけないでしょうよ」 「今、机の下から出てきたけど……ずっとここにいたのかな?」 「さっぱり気がつきませんでした」 「いつから机の下に……?」 「うふふ……ドッキリビックリ大成功!」 「聞いちゃいない」 「やっぱり……。もぉ、お姉ちゃんったら……」 「おっ、お姉ちゃん?」 「もしかしてこの人が先輩の……」 「そ! リアのお姉ちゃんのヘレナよ! よろしく、生徒会の諸君!」 「なんだ、この音」 「おおーーッ!? あれはーーッ!?」 「な――!?」 問題のお姉さんは、明るく元気な挨拶をしておきながら、その手でリア先輩の胸を鷲づかんでいる。 「ヘレナさん! なっ、なにしてるんですかっ」 「なにって見ればわかるでしょ。挨拶よ、あ・い・さ・つ♡」 「あっ、やんっ、お姉ちゃん! また人の胸をくすぐって!」 「生徒会室でそんなこと……ふふふ不健全ですよっ」 「胸を揉むのが挨拶ですか……」 「揉むんじゃなくて、く・す・ぐ・り♡」 「ドキドキドキ」 「妹の私に挨拶する必要なんてないでしょう!?」 「それもそうね。じゃあ――」 「なっ!」 「やっ、やだぁ!」 慌てて胸を隠そうとする二人。 こっちはわかってないようで。 「んーー惜しい! あとちょっとなんだけどね〜〜」 「私はどうでしょうか?」 「うーん。あなたは努力賞くらいね」 「残念です……」 「大丈夫。これから頑張ればいいのよ!」 「そうですね!」 「そう! その意気よ。こんな風に頑張って!」 「んっ、んん〜〜っ。だから、やめてくださいっ! ぺし!」 「ちょ……ヘレナさんっ、そそそそれ以上は――」 「くすくす、どうしたの? そこまでシャイなようには見えないけれど?」 「すげーーッ! ヒャホーーッ!」 「くらえ!」 「プギャッピ!」 「大統領でもぶんなぐってみせらぁ」 「またやってる……」 「ぬいぐるみに目つぶしとは容赦ないね」 「ああ……可哀想に……」 「えっと、君が生徒会長の――シンちゃんよね」 「え、はっ、はひ!!」 「落ち着け、少年」 「はーふー。はーふー」 「じゃあ、これあげるわね」 「なんで知ってるんですかっ」 「う・ふ・ふ♡ 理事長は何でもお見通しなのよん♪」 「え…… ええーーーー!?」 「理事長さん……だったんですか……」 「てっきりお母さまがやっていらっしゃると思っていたのに……」 「理事長は普段、表に出てこないからね」 「しかし、地下でくすぶってるような俺たちじゃあない」 「頭痛い……」 「みんな、ここがなんで『流星町』って呼ばれてるか知ってる?」 「流れ星が良く降るから、ですよね」 「そうなんですか! 全然知りませんでした」 「今度、一緒に見にいこっか」 「本当ですか!?」 「そうだね。みんなで見に行こう!」 「ククク……そして、闇に紛れてムフフなことをしようだなんて、さすが魔王様だぜ」 「あれ、生きてたんだ」 「それでね。まさに今、これからもっと流星が多く降る周期がやって来るんだけど――」 「それがまたロマンチックなんですよね……」 「だよね〜〜」 「んななっ! い、今の撤回」 「でも、流星がよく降るこの時期になるとね。魔族ってのが悪さをして大変なのよ」 「ま、ぞく……?」 「まあ、人間の他にも魔族とか、ほにゃららとかいうのがこの世界には存在するってわけ」 「ほにゃっ!?」 「シン……意味わかる?」 「あっ!? ああ……なんとか、ね」 自分がその親玉とは言えないし。 「聖沙は?」 「咲良クンがわかるなら、私だってわかります!」 「そっか。なんだかアタシもわかったような気分になってきたぞ」 「ロロットちゃんは?」 「えっ、ええ、もちろん! わかりやすい説明ありがとうございます」 「よろしいっ。その魔族をね、影に隠れてこっそりひっそり退治していたのが――」 「じゃじゃーん! 我が愛しい妹、リアだったのです!」 「んっ、やっ、恥ずかしいからやめてくださいっ。ぺし!」 「もう、いけずぅ〜」 「じゃ、じゃあ昨日のは、魔族退治の一環だった……というわけですね」 「そう! だから、このトロフィー。シンちゃんとリアが一緒に魔族を退治したから、その記念」 「おお、すごいじゃん! さっすがアタシの幼馴染みだね」 「いぎっ、一緒に退治ぃ!?」 「うん……といっても僕は先輩の言うとおりに動いていただけなんだけどね」 「ふっ、ふん。今さらわかったの? あなたなんて先輩がいなくちゃ何もできないんだから」 「でも凄いです!! 世界の平和を守るなんてとっても素敵なことですもの!!」 「私も、その方針には賛成よ。咲良クンに出来るなら、私だって……!」 「なんか面白そう! アタシも一口乗った!」 「全員一致、だね」 「なんとかうまい方向に転んでったな。さすが、魔王様だぜ」 「さて、実際にあの場面を見ていたら、どうなってたことか」 「良かったわね、リア。みんながこう言ってくれて」 「うん。みんな……ありがとう」 「これで……これならもう、安心して生徒会をお願いできます」 「本当にありがとう。そして、これからも生徒会をよろしくね」 先輩がぺこりとお辞儀をする。 「あ……」 「お姉さま……」 その言葉を聞いて、寂しさと心細さが一気に押し寄せてきた。 みんな押し黙って先輩を見つめている。とても弱々しい瞳で。 「けど、せっかくみんなと仲良くなれたのに……このままお別れなんて、ちょっと寂しいな」 ああ、そうか。 これでもう、先輩とはさよならなんだ。 いずれ来るものだとわかっていたのに、それが唐突に来たから戸惑っているんだ。 それぞれがきっと思いを巡らせているはず。短かったけど、先輩と過ごした日々を。 楽しかった毎日を。 先輩がいてくれれば、この毎日がもっともっと楽しくなるはずなのに―― 「そんなの嫌ですよ!!」 「お別れなんて嫌です! これでおしまいなんてあんまりですよ! 私は絶対に認めません!」 「先輩さんは……先輩さんには……」 「まだ書記の任期が始まる前に、引き継ぎのお仕事をしていた時のことです」 「肩が凝ります……」 「お団子、いかが?」 「いただきます!!」 「ハァハァ……重いです……」 「どら焼き、食べる?」 「先輩さーん。ちょっとわからないことがあるんですけど……」 「お羊羹、いる?」 「はふー。書記って、大変なんですね……」 「かりんとう、どう?」 「あ。でも、食べるのはお外でね♡」 「先輩さんにはこれまで色々と助けてもらいました」 「その最中で、書記とはなんたるものか。どうやって生徒会活動を楽しめばいいかも教わりました」 「ロロちゃん、字が上手ってだけで推薦されたもんね〜」 「というか、おかし食べてばっかりじゃないかっ。羨ましい……」 「な、なんだか物で釣ってるみたい」 「字を書くだけじゃないって教えてくれたのも先輩さんです」 「何を教わったんだか」 「これからも、もっとも〜〜〜〜っと、楽しいことを教えて下さい、先輩さん!」 「ロロットさん……」 「わっ、私からもいいですかっ!」 「あれは初めて先輩に出会った時のこと……今でも鮮明に覚えています」 「……ねえ、ちょっといいかな?」 「はい?」 「ちょっと、ごめんなさいね」 「えっ……」 「うん。これで、よしっと」 「あ……っ」 「先輩は曲がっていたタイを直してくれました。どこにでもいる一年生に気を掛けてくれる人なんて、そうはいません」 「先輩はそっと優しく私の首元に触れ、私のタイを結んでくれました。細くてしなやかな指先がまるで踊るように……うっとり」 「それがどうしたんでしょう?」 「まだ序章ッ!!」 「ある晴れた朝の登校中――」 「きゃあっ!?」 「なぜか道端でねらい澄ましたようにバナナの皮が置きっぱなし!」 「ま、また……?」 「バランスを崩した私は、そのまま前のめりで倒れてしまいそうになったの。でも――」 「くすくす、大丈夫?」 「ふんわりと私を抱きとめてくれたのは、まがうかたなき先輩の身体……」 「優しくて温かい抱擁……先輩が包み込んでくれた。そして私の耳元で静かにこう囁いたの」 「あなた……『聖沙』でしょ?」 「えっ、先輩。どうして私の名前を……!」 「あなたに興味があるから……では、いけないかしら?」 「わわわ私に……!?」 「くすくす、顔を赤くして可愛いわね。まるで妹のよう」 「ああ、お姉さまの〈妹〉《スール》になれるなら私は……」 「これはノンフィクション?」 「うっ、う〜ん。そうだったっけ、かな……?」 「もちろん、これだけにとどまらず――」 「まだあるの!?」 「下校中に私が猛犬に絡まれた時のこと」 「怯えた私は足がすくんで動けなかった。そこへ――」 「控えなさい!」 「せっ……先輩っ!?」 「私の聖沙を傷つけてごらんなさい、絶対に許さないんだからっ!」 「ああ、お姉さま……」 「もう大丈夫よ。怪我はない?」 「あっ、ありがとうございます!」 「聖沙にもしもの事があったら……考えただけでも恐ろしくて……」 「うっ、うう……」 「お姉さまっ、私は無事です。だから涙を拭いて」 「うう……聖沙、私の聖沙……傷ついたら嫌よ……うう……」 「あの時の先輩はとても勇敢で、すっごく素敵だった。それでいながら弱々しい部分もあったりするのがまた素晴らしくって……」 「そっ、そんなことがあったんだ……」 「あ……あれ? 確か可愛い子犬だったような? しかもかなり記憶と違うんだけど……」 「これは副会長さんの失敗談ですか?」 「というか、どんだけ先輩に迷惑かけてんのよ」 「そうじゃなくて! 私が言いたいのは、えーっと、えーっと……」 「先輩は私にとって憧れの人っ。その先輩が生徒会長に選ばれた時はとっても嬉しくて――」 「それからなの。先輩を見習って、自分も生徒会に入って頑張ろうって思い始めたのは」 「役員に選ばれ、こうして接点を持てた。そして、ようやくお近づきになれたのに……」 「私、もっと先輩と一緒にいたいんです!」 「アタシも賛成! 先輩がいてくれるとホッとするし、安心するし、とっても助かります」 「なにより仲間はいっぱいいたほうが生徒会も楽しいでしょ。以上!」 「けど……私は……」 「会長、副会長に会計、書記。リアの居場所は特にないってわけ」 「いじわるなこと言わないで下さいよ、理事長さん」 「でも、間違ってないでしょ? 役目がないなら、ここには居られないもの」 リア先輩の居場所……? ヘレナさんは今、もしかして凄いヒントを―― 「そうかっ」 「だったら、先輩の役職を作っちゃいましょうよ!」 「生徒の自主性を重んじるのが〈学園〉《うち》の信条」 「だからって、今年の生徒会長はなかなか面白いこと言うわね〜」 「もっ、もしかして、ダメですか……?」 「生徒会の決まりは〈生徒会自身が決める〉《》んだから、私じゃどうにもできないわね」 「僕達が決める……」 「それって会議で決めればいいってことじゃない?」 「そうそう、きっとそうだよ」 「会議です! さっそく決めましょう、その役職を」 「組織的にも立場的にもピッタリなものを考えてご覧なさい」 「役職ですか……天使長、見習い天使……うう〜〜ん」 「普通の会社だと、会長、社長、CEO、GM……いやいや、こういう時は……えと、なんだったかしら……」 「ん……相談役とか、どう?」 「いいね、それ!」 「えっ、ちょ、ちょっとみんな……」 「それでは、リア先輩を生徒会相談役に抜擢する件を、会議で決めたいと思います」 「栄えある第一回目の生徒会会議です!」 「賛成の方、挙手をお願いします」 「賛成!」 「全員一致で、この件は可決いたしましたっ」 「本当に……本当に、いいのかな……」 「いいかどうかを試すんでしょ」 「試す……?」 「そうだ……ここで決めたことはあくまで仮決定。採用されるには――」 「生徒会の規則だもんね。ちゃんとみんなに聞かないと」 「けど、無闇に聞いたところで、よくわかってくれないんじゃない?」 「だから予め前例を作る――いわば試験的に本件を採用し、成果を報告して採決を取る」 「なるほど」 「これが決まれば来年も再来年もずっとずっと先輩さんがいてくれるんですね」 「さすがにそれは……」 「意外とわからないわよ〜」 「ヘレナさん。相談役の件、試してみてもいいでしょうか」 「いいんじゃない。理事長の権限で特別に許してあげるわ」 「ほっ、本当ですか!?」 「理事長さんって、そんなことが出来るんですね……」 「うん。今、私が決めた」 「まさに権力者……」 「本気か冗談か、さっぱりわからん」 「ごめんね。お姉ちゃん、こういう人だから……」 「うふふ。生徒会長、この貸しは高くつくからね〜〜」 ううっ、後が怖いよ。 「でも、これで先輩は――」 「晴れて生徒会の仲間入りです!」 「やったー!」 「みんな……ありがとう」 「良かった……本当に良かった、お姉さま……」 「新生徒会発足おめでと。記念にこれをプレゼント」 「あの……このトロフィーはどうすれば……」 「大事に飾っておきなさい」 うわぁ、すっごい困る。 「頑張ってね。期待してるわよ、流星クルセイダース!」 「流星、クルセイダース……?」 「魔族をやっつけるのに生徒会じゃカッコつかないでしょ。だから、クルセイダース」 おお、クルセイダース。なかなか格好いいかも。 「お姉ちゃん……。えと、ありがと、ね」 「ありがとうございます!」 「よろしく頼んだわよ、クルセイダース!」 「ったく、えらい遠回りしちまったぜ」 「どういうことだい?」 「魔族退治、生徒会活動、理事長のヘレナ。自分の不甲斐なさをアピールしてまで、リアちゃんと一緒にいたいと思う気持ち」 「ククク……利用できるものは毒であろうが何でも使う、さすが魔王様だぜ」 「なっ! リア先輩といたいのは君の方だろっ」 「それはどうかな?」 「ぐぐ……」 「何ぬいぐるみとイチャイチャしてんの?」 「頼むから、パッキーは少し黙ってて」 「はいはい、仰せのままに」 「……えー、とにかくリア先輩も加わり、新しく生まれ変わったこの流星生徒会ですが、これからやるべきことは――」 「生徒会諸活動と魔族とやらの取り締まり、その計画と対策」 「そっ、そうそう。それそれ」 「生徒会活動はなんとなくわかるけど、その『魔族』ってのがいまいちピンとこないね」 「先輩さん。結局のところ、私達はどうすればいいんでしょうか?」 「肩書きで呼ばないんだ」 「言いにくいですから」 「まず、ありがとう。みんなが歓迎してくれたのは本当に嬉しかった」 「私も生徒会の一員として、精一杯頑張る。だから、わからないことがあったら何でも聞いて」 「はい! 魔族ってどんなんですか?」 「確か、まるがちょんでモリモリしていて、クルクルおめめがイーイーイーって感じなヤツだったかな?」 「何それ。そんな説明じゃさっぱりわからないわよ」 「こういう時にケータイ持ってれば、パシャリと記念撮影ができたのにね」 「いやいや。そんな暇ないって」 「シン君も昨日初めて見たんだもの。しょうがないよ」 「よ〜っし。それじゃあ――」 「おおっ!? 先輩さん、何を描くんですか!?」 「魔族の似顔絵、だよ」 「おっ、なるほど」 「生徒会長なら、これくらい出来て当然よ」 「聖沙は描けるの?」 「もっ、もちろんっ。……ラックマ、くらいなら……」 「私は『副』会長だから、いいの!!」 「おかしい。何かが変だ。聖沙が副会長を認めてる?」 「気づくの遅いって」 僕達をよそに先輩がスラスラと筆を走らせていく。 「全くの迷いもなく描けるなんてすごいです!」 「さすが先輩……絵心もあっただなんて……」 「ほんと。アタシは無理!」 「お蕎麦とケーキなら描けるんじゃない?」 「ケーキじゃなくてスウィーツ! しかも蕎麦の絵なんて描くもんか!!」 「美味しそうに描ければいい宣伝になる。これで大儲けだ!」 「うちは味で勝負なの!」 「わくわくっ、どんなのが出てくるか楽しみです」 「――はい、完成」 「おお〜〜〜」 みんなで出来た絵をのぞき込む。 あっ、あれ? こんなんだったっけ? 形はいびつで、黒々とした気のようなものが周囲で蠢いている。 そもそも顔のパーツがわからない。あれほど特徴的な目も、どこにあるのやら。 これは僕の記憶違い? それともリア先輩が―― ああ、とっても得意げに笑ってる。疑いもなく自信満々だ。きっと僕が間違いなんだ、そうなんだっ。 「そっ、そうそう、こんな感じです! みんなわかった?」 「こっ、これが魔族さんですか……初めて見ました!」 「副会長、わかった?」 「も……もちろん! しっかり! 完璧に! 把握したわ」 「じゃあ、アタシもそういうことにしとくっ」 「それにしても見るからに邪悪そうですね」 「うん……こんなやつが悪さをしていただなんて、今まで知らなかったよ」 「スリとかひったくりとか強盗とかしてたのかな?」 「びくっ!! トントロは渡しませんよっ!」 「先輩。けど、この魔族とどうやって戦うんですか? 武道を嗜んでいる人は――」 「すりーぱーほーるど決まったぁーーッ!」 「がっ、ぐっ、ぐるじい、ぎぶぎぶっ」 「茶道部、華道部、麺道部、棋道部、乙女道部は体験入部していましたけど?」 「ここにはいないようね」 「えとね、腕力で戦うわけじゃないの。ううん、むしろ力押しで戦ったりなんかしたらひとたまりもないと思うよ」 「そうなんですか!?  ひぃーーっ」 「ねえ、シン。華奢なアンタがどうやってあのポルターガイストをやっつけたの?」 「これだよ、これ」 「ロザリオがどうしたの?」 「このロザリオが力を貸してくれるんだ」 「えっ、ええーーー!?」 「このロザリオは生徒会に代々伝わるものってことは知ってるよね」 「でも、どうして代々伝える必要があったのか――その答えが、この魔族退治というわけ」 「じゃあ、去年もその前の生徒会の人達も、ずっと魔族と戦っていたと?」 「本来はそのつもりだったんだけど、25年前の大流星雨以来、それほど緊迫した事態にはならなかったの」 「大流星雨?」 「空いっぱいに流れ星が降ってきて、それが星の雨みたいに見えるんだよ」 「25年前の話は両親から聞いたことがあります。それはもう感動するくらいキレイだったと」 「流星が多く降る時期のことを九浄家では『リ・クリエ』と呼んでいます」 「リ・クリエ……」 「リ・クリエは異常気象、超常現象……未だ解明されていない謎の自然現象」 「ほとんどの人がこのリ・クリエは観光的なものとしてとらえているけど、実は――」 「ヘレナさんが言ってましたね。流れ星が多く降るようになると魔族がたくさん現れるって」 「うん。理由はよくわかってないんだけど……」 「先輩がその魔族を追い払うことで、普通の人には何事もなかったように見えていた、と」 「確かに。生まれも育ちもこの町だけど、さっぱり気づかなかった」 「以前のリ・クリエからはさほど問題になるような事は起きなかったのも事実だよ。だから、私やお姉ちゃんだけでもなんとかやっていけた」 「ヘレナさんも先輩と同じようなことを?」 「お姉ちゃんも、ここの生徒――私やシン君と同じように生徒会長だったからね」 「でも、今年は私達にリ・クリエのことを話してくれましたよね?」 「リ・クリエの周期は大体、短くて半年。長くても数年程度。リ・クリエの間だけ、この生徒会がロザリオの力を借りて魔族と戦ってきた」 「以前のリ・クリエまでは、それでずっとやってこれた。だけど――」 「25年間、リ・クリエは一度も巡ってこなかった」 「うん。そして、今年……リ・クリエがやってくるとしたら?」 「25年の集大成。なんだか大変なことになりそう……」 「変ですね。私が知っている話と少し違うようですが……」 「どしたの、ロロちゃん?」 「わーわー! なんでもありません!」 「シン君の言うとおり。これからいったいどんなことが起きるのかも想像がつかないの。だから――」 「ロザリオの――守護天使の力が必要になるわけですね」 「うん。もしもの時に備えるのが、この生徒会に隠された秘密の使命」 「素敵です! 世界を守る天使さまの御力!」 「ちょっと待ってください! どうして、こんな大切なことを秘密にしてるんですか!?」 「みんなが知ったら大騒ぎになるでしょ?」 「そっ、そうですけど、そんな危ないことを先輩がずっと一人でやっていただなんて……」 「生徒会に託されるこの4つのロザリオはね。誰でも持てるというわけじゃない」 「天使の『霊力』を引き出すのに一番適しているのが、今の私達の歳。歳を重ねる度に、その感覚がどんどんと薄れていっちゃうの」 「大きくなると失ってしまうのですか」 「いわゆる夢みたいなもん?」 「そんなこと絶対に認めません!」 「そして、共に戦うにはそれなりの資質、互いの信頼関係が必要になる」 「選ばれた存在だけが、ロザリオの力を行使することが許されるということ」 「そっ、そんなに特別だったんですか僕達は……」 「そうには全く見えないけどね」 「だから解散もあり得る……なんとなくわかってきたような気がしてきた」 「むむっ、じゃあ私もわかりました!」 「とにかく天使さまの御力を賜り、魔族さんをギャッフーンと言わせてあげればいいんですねっ!!」 「そうね。異変に乗じてやってくるなんて、火事場泥棒と同じじゃない。許せないわ」 「だとよ」 この場で、その魔族の王様が自分だなんて言ったら火あぶりどころじゃ済まなそうだな……。 「でも、その魔族ってのを追い払うだけじゃ、解決法にはならないんじゃない? 何か根本的な対策を練る必要があるんじゃないかなあ」 「わあ! 会計さんが珍しくまともなこと言ってます!!」 「ロロちゃんにだけは言われたかない!」 「それは……そうなんだけど……。目に見える影響が魔族騒ぎというだけで、実際は何が起こるかどうかも……」 「こんな時に『あの人』が来てくれたらな……」 聞こえたのは僕だけかな? 誰かを待ち焦がれるような瞳。リア先輩が消え入りそうな声で静かに呟いていた。 だから『あの人』が誰なのか聞くにも聞けず、ただうやむやとした気持ちだけが湧き上がってくる。 「そっ、その時の為の生徒会なんですからっ、みんなで頑張りましょうよっ」 「咲良クンに言われるまでもないわ。ただ、勘違いしないでよ。あくまで先輩の為だからね」 「わくわく! 早くどかんどかんと退治したいですっ!!」 やっぱり少し不安になってきた。 「大丈夫だってー。なんとかなるなるっ」 「だといいんだけど……」 「100円使った事に比べりゃ、大した問題じゃないでしょ!」 「おお、確かに!」 「けど、このロザリオがそんなにご大層なものだったとはねー。ちょっとびっくり」 ナナカは物珍しそうにロザリオをいじくり倒している。 「あ、あれ……っ?」 「どうしたの」 「ちょ……なに、これっ!? いきなり変な言葉が頭に浮かんで……」 「えっ、それってまさか――!」 「……」 「うわ! なんだこれ!?」 「すごいすごい! 変身しちゃいました!」 「ほんと、すっごー! こりゃ、自慢するっきゃないっ」 「なっ、ナナカさん……。なんてはしたない……」 「ぴきーん! しゅわー! きらきらきらー! 変身ですよ変身!? 初めて見ました!!」 「ドキドキドキドキドキドキドキドキ」 「しっかりしろよ、魔王様!」 「パッキーってば、なんてことを言うんだっ」 「大丈夫だって。みんな放心してるぜ」 「そっ、そうかい、良かった。パッキーはなんともないの?」 「ああ、興味ないね」 「僕もそうだと思ってたんだけど、誤解していたみたいだ。実際目の当たりにすると凄い衝撃が襲ったよ」 「幼馴染みの裸ぐらい見たことあるだろ?」 「思い返してもそんな思い出はどこにもないんだ」 「本当に幼馴染みなのかよ?」 記憶の中にうっすらと。しかし、小さい頃だから覚えていない。 「咲良クンッ!!」 「はいぃ!!」 「今の忘れなさいよ!?」 「見てたかどうかも聞かないんだねっ!!」 「見たに決まってる!! だって男の子だもの!!」 「まっ、まあ、そうだけど……」 「副会長さんっ、見ましたか!? 変身ですよ変身!! 一緒に感動を分かち合いましょうよ!!」 「あっ、こらっ!! 今は取り込み中なのにっっっ」 ロザリオの力は、変身することもできるんだね、やっぱり。 「おい、シン様。ヒスなんかほっとけ。それよりもリアちゃんをなんとかしろ!」 「これはきっと夢、夢なんだよ……」 呆然としながら自分のほっぺたをむに〜っとつねる。 「いたたたたっ」 意外とお茶目。 「そんな……裸になってるよ、お姉ちゃん……」 「大丈夫ですか……先輩」 「あっ、やだシン君!!」 「もしかして、知らなかったんですか?」 「だって、お姉ちゃんが……」 「ヘレナさん……そうか、ヘレナさんも変身していたんですよね。それを見ればわかるはず……」 「うん、だけどね。『裸になってるよ!』って言った私にお姉ちゃんは――」 「それはね。リアが勝手にイメージした想像。裸になっているように見えるだけなの」 「変身と言えば、裸でしょ? 私は裸になりたかった。だから、これは私がそう見えるようにしてるだけ」 「嘘だったなんて……。信じてたのに……」 「ヘレナさんが『裸になりたがる』ということを疑問に思わなかったんですか?」 「だって、お姉ちゃんだし」 やけに説得力のあるお言葉です。 「でも、どうしてそんな嘘をついたんでしょうか」 「だって裸になるって知ったら恥ずかしがっちゃうでしょ?」 「……うん、確かに」 「恥ずかしがってたら魔族とはまともに戦えない。リアの安全を考えたら、こうするしかなかったのよ」 「そんな……お姉ちゃんは、私の為に嘘を……」 「それ騙されてますよ、絶対」 「ヘレナさん!!」 「はいはい、な〜に?」 「えっと、いつの間に戻られたんですか?」 「野暮な話はどうでもいいのっ!! そんなことより――」 「こんなこと出来ませんっ、男子の前で……えと、その……」 「裸になるのが嫌?」 「ハッキリ言わないでくださいっ!!」 「すーーっ、プハァーー。お嬢ちゃんよ、君が身につけている〈それ〉《》はただのお飾りかい?」 「ろっ、ロザリオがなんだっていうんですかっ」 「チッチッ。違うね。そのバッジはNYPDの誇りなのさ……すーーっ、プハァーー」 「ヘレナさん。葉巻、ないですけど」 「ここでは俺が〈法律〉《ルール》だ。俺のことはBOSSと呼べ」 「お姉ちゃんたら、またドラマの真似して……」 なんのだろう? 「とにかく変身はできません!」 「なにを言ってるんですか、副会長さん!! とっても楽しそうじゃないですか!!」 「楽しくないッ!」 「あんなのを見せられたら、早く変身したいって思いませんか!?」 「思いませんッ!」 「では、私も早速――」 「人の話を聞けーーッ!」 「どうして邪魔するんですか?」 「男子がいるからダメダメダメーーーッ!」 「シンちゃん。外、行ってきたら?」 「そういう問題じゃなくてダメなんです!」 「まったく利かん坊ですね、副会長さん」 「それはあなたでしょう!?」 「まあ、変身するには理由が必要だしね……」 「てことは、変身しなければいけない状況を作れば……」 「咲良クン!!」 「会長さん、ナイスです! さっそく魔族さんを探しにいきましょう! 早く変身する為にはそれしかありません!」 「ああっ、別に裸が見たいとかそんなつもりでは――」 「墓穴掘ってるぜ」 「いってらっしゃ〜い♡」 「おい、ソバのやつはどこ行きやがった」 「ナナカが行くトコと言ったら、あそこしかないよ」 「って、教室じゃねえか」 「いたいた」 「ほらほら、見て見て! 可愛いっしょ!?」 「ヤッホー、シン君。生徒会活動、もう終わったのー?」 「ううん。だから連れ戻しに来たんだけど……」 「今年の生徒会は凄いねー。仮装パーティでも企画するのー?」 「いや、そういうわけじゃなくて……」 「さっちん! アタシのケータイでも撮っといて!」 ああ、裸になったことも知らないで大はしゃぎ。 ナナカもリア先輩と同じように変身して裸になっちゃったんだよな……。 「あっ、ああ〜〜」 「おいおい、どうした!」 幼馴染み相手に、 いかんいかん! 「見てよ、この大人気っぷり」 「よ……良かったね」 「ホントに可愛いねー。見違えちゃったよー」 「やだ、そんなに褒めないでよ!」 「要するに普段は大して可愛くねーってことだろ?」 「そこまでは言ってないよー」 「さりげなく友人を貶めるとは、ククク……さすがシン様のご学友だけのことはあるぜ」 「邪悪なパンダだねー」 「しかも僕のせいなのかっ」 「もう、みんなして! 照れるじゃない!」 さっぱり聞いてないし。 「ナナカ、みんなの邪魔しちゃだめだって」 「ううん。全然かまわないよー。むしろ会長が来てくれないと――」 「んん? 会長はシン様じゃねーのか?」 「生徒会じゃなくて、ここはケーキ同好会だよ」 「スウィーツ同好会!」 「ナナちゃんはその会長さんなんだよー」 「なにやってんだ?」 「今から試食会だよー♪」 「さっちん、買ってきてくれた?」 「なんと新商品があったよー」 「おお、いいね!」 「えへへー。今出すー」 「わあ、本物のケーキだ!」 「どう? 美味しそうなケーキでしょー?」 「おい、ソバ。俺様が突っ込まなきゃダメか?」 「さっちん……さてはコンビニで買ってきたね?」 「スウィーツはまず人の気持ちが込められているかが大事だって、前に言ったよね」 「ええっと、このケーキも込められてると思うよー。工場のおじさんとか――」 「甘い! 甘すぎる! その甘さはスウィーツだけで十分!」 「一流のパティシエがお客さんの為を思い、手間暇掛けて作り上げた芸術に向かって……」 「なんたる非道! まさに邪道! さあ、パティスリーに謝りなさい!」 「ひいっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」 「愛すべきものへの頑としたこだわり。さすが同好会を統べる会長だぜ」 「とーぜん!」 「生徒会長も少しは見習えよ」 「ナナカ。このケーキ、いらないの? 僕が食べよっか」 「聞いてねえ」 「なに言ってんの!! 工場のおじさんに申し訳ないでしょ!」 「結局、食べるんだよねー」 「魔族さーーん! 出てきてくださーーい!」 「隠れてないで、出てきてくださーーい!」 「いや、呼んだって出てこないんじゃ……」 「わかってます。だからって何もしないでモジモジしてるのは良くありません」 「ふむ、確かに」 「正義の道も一歩から。平和の為なら何でもしますよ!」 「こいつってば普段はちゃらんぽらんで遊んでばかりのくせに意外としっかりしてるぜ」 「根は真面目なんだね」 「天使だからな」 「びくっ、何か言いましたか?」 「ククク……言ってねーぜ」 「ああ、早く変身したいです」 「変身したければ、すればいいと思うんだけど……」 「何を言ってるんですか! 物事には順序があるんです。必然性がなければ変身する理由は皆無」 「理由が無ければ、変身は出来ません。いわゆる火のないところで煙に巻かれるとはこのことなのです」 「ああ、どこをどう突っ込んでいいのやら」 「ククク……そんなにこの天使の裸が見たいのか?」 「そっ、それは誤解だよっ」 「どうすればいいのでしょう。悩みます」 「う〜〜ん」 「ハッ――!?」 「おっ?」 「てっ、天使じゃありませんよ!!」 「気づくのおそいぜ」 遠くから清々しい歌声が近づいてくる。 「昔、ナナカに分けてもらったミネラルウォーターに似た声だ……」 「なんだそりゃ」 「美味しかったですか?」 「うまい! けど、僕は水道水でいいや」 声の主とすれ違う。 「ロロットさん、こんにちは」 「はい、こんにちわです」 「今の人、合唱部?」 「いいえ」 「聖歌隊だっけ?」 「違いますよ」 「じゃあ、なんだ?」 「あの方はヨーデル部の部長さんです」 「へえ、よく知ってるね」 「ヨーデル部は体験入部させてもらいましたから」 「そこも体験入部してたんだ……」 「はい、何が楽しいかはやってみなくちゃわかりません。手当たり次第も数打てば当たるのですよ」 「好奇心の塊だね」 「ヨーデル部ってことは――」 「天使じゃないです!」 「まだ何も言ってねえよ」 「ロロットはその、ヨーデルっての唄えるの?」 「もちろんですよ!」 「ヨーロレイッヒー♪」 「体験入部か、納得」 「それがヨーデルなんだ。すごいね、ロロット! よくわからないけど、まるでプロみたいだ」 「えっへん。任せてください!」 「アルプスが泣いてるぜ」 「いないねー」 「ムッ」 「む?」 「むむむ」 「なんで私についてくるのよ!」 「パトロールしてるんでしょ?」 「違います」 「サボってるのかっ」 「違います!」 「冗談だよ。で、何してるの?」 「教えるわけないでしょ」 「いじわるだなあ……」 「そっちこそ、その……変身見たさについてきてるだけでしょ、どうせ」 「まさか!! ひどい誤解だよ。まず、ありえないって」 「ム……」 「見せる価値もない裸だからって、そう悔しがるなよ」 「な――!? 悔しがってなんかいない!!」 「ククク、とんだ自意識過剰だぜ」 「ぐぐっ……見た目は可愛いくせに」 唇を噛みしめながら、ずんずんと歩いていく。小さい歩幅がどんどんと大きくなり、仕舞いには―― 「ああっ」 颯爽と駆けだしていってしまう。 「待ってよ、聖沙っ!」 追いかけようとしたんだけどね。 「女子トイレに逃げ込むとは」 「そんなに我慢してたんだ……」 「ククク……事実を歪曲させ全てを好意的に解釈する。さすが、魔王様だぜ」 「え、トイレじゃないの?」 「魔王様は、いつもハッピーだな」 外で待つのもデリカシーがないので、校内を適当に散策する。 「魔族なんてドコにいるんだろ?」 「天啓が来れば自然とわかるさ」 「なにそれ」 「わかれば苦労しねえぜ」 「使えない使い魔だなあ……」 呆れながらウロウロしてると、図書館が見えてきた。 「そうか。わからないなら、調べてみよう」 「ねえねえ、魔族に関する本ってある?」 ダメ元で図書委員に訊ねてみる。 「うん、あるよー」 「あるんだ!?」 「今、生徒会で流行ってるの? さっき副会長が借りてったよ」 「聖沙が?」 「ほら、あそこ」 図書委員が指さす方向を見ると、熱心な面持ちで読書に勤しむ聖沙の姿が目に映る。 そういや、前に見た時も何か本を読んでいた。読書が好きらしい。 「いつもは小説しか借りないのにね」 純文学とか読んでそう。けど、今日は魔族についてお勉強中。 僕も負けてられないな。 「邪魔しちゃ悪いから行こう」 「魔王様は読まなくていいのか?」 「うん。僕もトイレ行ってくる」 「だから、便所じゃねえって……」 「あぁ、たまらないぜ」 「クンクンするのやめなって」 「歩く度に弾む柔らかそうなおっぱい。俺様ってば、もうメロメロだぜ」 「なっ!?  どこを見てるんだよっ」 「シン君、さっきは本当にありがとう」 「みんなと一緒に生徒会活動が出来て嬉しいな」 「そっ、そうですか」 パッキーのおかげでついつい胸に目が行っちゃうよ。 「ククク……スケベ心を他人のせいにするとは、さすがだぜ」 「さすがじゃないっ」 「ううん。あんな発想ができるんだもの、さすが今年の生徒会長だね」 面と向かって言われると気恥ずかしい。 「くすくす。照れない照れない」 「なっ、照れてませんよっ」 「そうそう。リアちゃんのおっぱいにドキドキしてるだけだぜ」 「えっ!? あっ、や……やだぁ」 赤くなったリア先輩は胸を腕で覆い隠すが、その大きさを誇張するだけだった。 「お、おっぱいにゃんか興味ありませんからっ」 「……全力で否定されるのも、ちょっと複雑、かな」 「あああ、そりゃあ興味が無いと言ったら嘘になります、はい」 「そっか、シン君も男の子だもんね」 「リアちゃんの前じゃ、興奮するのもしょうがねえぜ」 「もうパッキーは黙っててよ!」 「でも、変なトコばっか見てると女の子に嫌われちゃうゾ?」 結局、手玉に取られる始末。 「そうそう!」 先輩が胸の前でパンと手を合わせる。 「シン君。今、スタンプカード持ってる?」 「え? ええ、持ってますけど……」 上着の内ポケットにしまっていたものを取り出す。 「今日もお願い聞いてくれたから、はい」 これって継続するんだ。 「リアちゃん、俺俺、俺様にも!」 「う〜〜ん。スタンプカードの予備がないの、ごめんね」 「リアちゃんがそう言うなら仕方がねえ! 我慢するぜ!」 「そもそも君は何もしてないでしょ……」 「晴れて生徒会のメンバーになれたことだし。張り切ってパトロールしないとね♡」 上機嫌なリア先輩はくるくる踊るように回る。胸がたゆたゆ揺れて大忙しだ。 「せ、先輩。一つ、気がかりなことが」 「どうしたの? 目が泳いでるよ?」 先輩がいけないんだっ。 「すいません、ちょっと自信が無いんですけど……魔族って、あんなんでしたっけ?」 昨日、見たものは―― うん。そこまで怖くなかった。むしろ可愛らしくてメルヘンな感じがするくらい。 けど、リア先輩が描いたのはまさに世界の終末を彷彿とさせる狂気が渦巻いていた。 しかも、その発信源がよく見えない。〈魑魅魍魎〉《ちみもうりょう》の本体がその絵には存在していないのだ。 じっと見ていると夢に出てきそうで怖い。 「全く何もわかってねえぜ。リアちゃんのやることは何でも正しいんだよ」 「君に言われてもなあ」 「う〜〜ん。似てなかった?」 リア先輩がしゅんとしてしまう。 「ああ、別にそんなことは――」 「やっぱり身体の作りが甘かったかな。いまいちピンと来てなかったんだよね」 「え、身体?」 何度も言うけど、身体と呼べる部位は認識出来ていない。 「確かに目の位置も少しずれてたしね」 「目ですか……」 少なからずその瞳に光は宿っていないだろう。 「う〜〜〜ん、う〜〜〜ん」 先輩はそのまましばらく悩んでしまった挙げ句、その場でもう一つの作品を完成させた。 結果は言うまでもないよね。 「で、どうでしたか?」 「全くの異常なし」 「ホッ……」 「ちぇっ、残念。もうちょっとファッションショーしてたかったのに」 「とっても残念です!」 「時間も時間だし、今日の活動はこれにて。おつかれさまでした」 「おつかれさまでした」 「ぶるぶるっ」 「どうした? ションベンか?」 「ううん、別に……」 「あ、ちょっとごめんね」 「お姉ちゃん? うん、今終わったところ」 「トロフィー?」 「どうしたんですか?」 「ちょっと中を調べてみてって。えーっと、生徒会発足なんちゃらっていうの」 「はいはい」 ナナカがトロフィー『生徒会発足おめでたいで賞』の口に腕を突っ込んでガサゴソと。 「なんか入ってる」 ナナカが5枚の紙切れを取り出して見せる。 「肉まん無料券?」 「おっ、おお〜〜〜!!」 「発足記念にみんなでそれ食べてお帰りなさいって」 「すごい。なんて太っ腹なんだ」 「シッ! そんなこと言ったらヘソ曲げちゃうから」 「やたっ、五ツ星飯店の肉まんだ!」 「みんなでお礼しよう」 ケータイに向かってみんなで敬礼。 「ところで、にくまんってなんですか?」 「わからないで感動してたの?」 「ガイドブックには書いてないの?」 「んなもん。食べてみればわかるって」 「食べ物なんですね。ふむふむ」 「そうですね。味わってみないことには何とも言えません」 「ふふふ、放つ言葉は決まってるさっ。じゃあ、遅くならないうちに行こう」 「あ、でも、私は……」 「いいじゃん、いいじゃん。買い食い楽しいよ」 「遠慮しないで一緒に肉まんをご馳走になりましょうっ」 「いやっ、そういうわけじゃなくてっ、あら――!?」 「みんなすごい勢い」 「まったく、すぐ釣られるんだから」 「そういうシン君だって、ほら」 リア先輩がここよここよと自分の口を指さした。 「おおっと」 慌てて口を拭うが、何もない。 「くすくす。冗談ですー」 「んなっ、騙しましたねっ」 「私達も行こっか」 「……はい」 ムムム、先輩のペースに乗せられてるっ。 「あれ……あの娘」 薙刀袋で思い出す見覚えのある少女が校門の前にいた。 目を閉じて心を澄ましているようにも取れる雰囲気がそこにあった。 二人の静かな足音にハッと気づいて顔を上げる。 「こんばんわ、紫央ちゃん」 リア先輩が挨拶を交わす。紫央って言うんだ。 「先輩殿でしたか」 誰かを待っていたかのような言い草だ。 「先輩殿。今宵は空気がざわめいております故、くれぐれもお気をつけて」 「あはは……紫央ちゃんも無茶しないでね」 「御心配には及びません」 「うん、バイバイ」 別れを告げて、紫央という少女の前を通り過ぎていく。 静寂が訪れ、再び瞑想に耽る。 「お知り合いですか?」 「うん。まあ、ちょっとね」 「もしかして、先輩の妹さん?」 「ううん。紫央ちゃんは――」 「あっ、ごめん」 ケータイがあると大変だ。 「あれ? どうしたんだろ」 「もしもし……うん、ちょっと替わるね」 「僕に? 誰だろ」 「出ればわかるよ」 「ちょっとシン。何やってんの!?」 「ナナカ……。まだ校門だよ」 「早く来ないと冷めちゃうかんね!」 「先輩、急ぎましょう。僕達の分まで食べられちゃいます」 「ええ?」 「ほらほら。肉汁ジュワーって、いい感じ」 「なんだって!?」 「えっ、あれ? やだ、ちょっと」 「こらっ。全部食べたら許さないぞっ」 「やだやだ、なにこれ。なにがどうなって、ちょ……キャーーーーー!」 「おい、ちょっとナナカ。ナナカ? ナナカ!」 「シン君、どうしたの?」 「先輩、急ぎましょう! 何か嫌な予感がする」 「えっ? あっ」 僕は先輩の手を掴んで一心不乱に駆けだした。 「ナナカ! 無事なのか!」 「そんな……そんなことって……」 「私の私の……」 「いったい何が!?」 「こいつがいきなり割り込んで来て全部買うとか無茶言ってるっぽいの!」 「ぽい……?」 「買い占められたら、私達の分がなくなっちゃいます〜」 「怪我は無いんだ。はぁ、良かった」 「ああ、アタシの肉まん……」 「食べられないなんてガックリです……」 「ちょっとぉ〜〜。そんなことにショックを受けてる場合じゃないでしょっ!?」 「肉まんなら明日でも食べられるしね」 「先輩、あれを見て下さいよ!!」 引きつった声の先を見てみると。 「こ、これは……」 「こら! 割り込みすんな!」 「全部買うだなんて嘘はいけません! 見るからにお金持ってなさそうじゃないですか!」 「ぐさっ」 「おいおい」 「ほら! シンも負けずに『とーへんぼく』とか言ってやって!」 「きっ、君ぃ……」 「さては魔族だなっ!」 「えっ、ええ〜〜〜〜!?」 「先輩が描いたのと全然違う……」 「肉まん食べたい……」 「食べたいですね……」 「お馬鹿なこと考えてる場合じゃない!」 「先輩、もしかしてこれが……」 「うん。これが私達の戦うべき相手――魔族だよ」 先輩が唇を噛みしめながらギュウっとロザリオを握りしめた。 「割り込み禁止! あったまきた!」 怒りにまかせ、ナナカがロザリオにハーッと息を吹きかける。げんこつのつもりか? 「ううっ、クラクラする……」 「ソバの裸ぐらいで情けねえぜ」 「奥歯ギリギリ言わせたげるから、覚悟しな!」 「待ってました! 選ばれた者だけが許されるこの必然性!」 「いまこそ変身の刻!」 「世界の危機、肉まんの危機です! 正義は絶対に勝たねばならないのです!」 「やっちゃえ、ロロちゃん!」 「もう、だから男子がいるのにっ!」 「あっ、ああ〜〜っ」 「ケッ、微塵も面白くねえぜ」 「わー! わー! わー! すごいです! 本当に変身しちゃいました!」 「どうですか、これ!」 「う、うん……似合ってると、思うよ、多分」 「ちゃんとこっち見て言ってください!」 「無茶言わないでッ」 「あ……あれー?」 ナナカがロロットの変身を見て放心している。 「言ったでしょ! これだからダメだってっ!」 「すっぽんぽんの、ぽんぽこぽーん」 しかも本日二回目。 「はぁはぁ。これは僕の生死に関わるかも……」 「チッ、天使の裸なんざ興味ねえぜ」 「次は私の番だね……」 「ヒャッフーー! 待ってましたよ大本命!」 「ふざけないで。これは遊びじゃないの」 「はい、わかりました」 「ハァァアウァー」 「ガクッ」 「みんな、変身しちゃった……。残りは私と……。でも、できないっ」 「わかる。わかるよ。誰でも初めては怖いって」 「えと、いやそういうわけじゃなくて、その……」 「でも、わかって。これが私達――この生徒会に課せられた使命なの」 「一緒に、お願い。あなたの助けが必要なの」 先輩は聖沙の手を取り力強く握りしめた。 「お、お姉さま……なんて凛々しいのかしら……♡」 「これだけ懇願されて、断るわけにはいかないっ」 「私も……私も、変身します!」 「もっ、もうダメ」 「しっかりして、シン君!」 「あっ、ああ……そうだ。最後は僕か……」 フラフラになりながら、ロザリオを握りしめる。 「みんなの前で……アタシ……」 視線の先には同じようにフラフラしているナナカの姿があった。 その手には肉まんの無料券が力なく握られていた。 「イー!」 「ナナカっ!」 魔族の片割れが、腑抜けたナナカを狙って突進してくる。 肉まんの無料券を強奪する気かっ。 「よけて!」 ナナカを庇うようにして立ち塞がり、魔族の特攻を顔面ブロック。 「ブフーーッ!」 今まで耐えきったのに、今の衝撃で一気に毛細血管が爆発した。 同時に、血の気も引いてくる。 「後は……お願い。 ガクッ」 「シーーーーーーーーーーーン!」 「シン! シン! 起きてよっ!」 「ハ――ッ!? 魔族はどうなった?」 「咲良クンがおねんねしてる間にこの通り」 「コテンパンですー」 マヌケな感じにぶっ倒れてる。あ、僕もその一人か。 「無茶するんだから、もー!」 「あっ、ああ、ごめん。みんな無事でなにより」 「さあ、魔族達。在るべき場所へ還りなさい!」 「先輩……ちょっと待って」 バケモノのくせに澄んだ瞳が、まるで涙目を浮かべているみたいだったので、つい引き留めてしまった。 「ねえ、君たち。どうしてこんなことを?」 「シン……君?」 「イー」 「ふむふむ」 「え……これと会話してるの?」 「何言ってるか、わからないけど」 「肉まんが食べたくて仕方なかったんだとよ」 「おお、さすが人外生物。言葉が通じるんだね」 「聞かなくてもわかるだろうが」 「そうか……でも肉まんが欲しければちゃーんとお金を払わなくっちゃ」 「シン君。そんなこと言ったって……」 「お金がないなら我慢するの」 「我慢できねえから、こんなことするんだって」 「それじゃ泥棒だよ!」 「ま、まあ至極もっともな意見だけど……相手は人間じゃなくて魔族だから……」 「魔族だってお金を払えば食べられるでしょ?」 「お金さえ払ってくれれば、立派なお客さんアルヨ」 五ツ星飯店のウェイトレス、木村さんがウンウンと頷く。 「そういうこと。わかった?」 頷いてる。 肉まんを食いながら。 「お金は?」 持ってるわけない。 「ナナカごめん。無料券。お代……代わりに払います」 ナナカから無料券を受け取って木村さんに渡す。 「イー♪」 「ちゃっかり5人分。キッチリ食べてやんの」 「しかも無表情で」 「でも音符が出てますね。ご機嫌なんですよ、きっと」 「もうこんなことしちゃダメだぞ」 言葉もしくは想いが通じたのか、やつらは静かに立ち去っていった。 「ちょ……ちょっとシン君」 「ふう、これにて一件落着」 「魔族を追い返さなきゃ」 「ちゃんと追い返しましたよ?」 「そっ、そうだけど……」 「魔族退治って、こんなやり方もあったんだ……」 実を言うと、昨日みたいに物騒な手段で済ますのは気が進まなかったんだ。 だって僕も魔族の一人。眉唾な話だけど、仲間かもしれない存在を意図的に追い出すのは心苦しい。 「ククク……密かに勢力を拡げて人間界を支配しようだなんて、さすがだぜ」 「あのねえ」 懲りずに悪いことをするようなら、また次もなんとかすればいいさ。 「肉まん、残念です」 「まあまあ、また次があるって」 「ごめんね、みんな」 「別に構わないわ。それより、都合良くまとめて調子がいいにもほどがあるわね」 「なんだよ。頑張って戦ったから褒めてほしいのか?」 「そっ、そうじゃないわよっ。ただ自分だけが責任を被るという姿勢が許せないだけ。肉まんの件は生徒会全員一致の意見。オッケー?」 「うん……」 「みんな気にしてないよ。だからあんまり気負わないで」 そうは言っても、みんなの肉まんに対する期待は大きかったしなあ……。 「ちょっと待つアルヨ。助けてくれたお礼ネ。無料券なくても肉まんあげるヨ」 「本当ですかっ」 「おおーー! 木村さん太っ腹」 「ああ、いいことはするものですね〜」 「あっ、いや……私は……」 「ありがとうございます」 それぞれに特製肉まんが配られる。 「あれ、僕の分は……」 「アイヤー。ごめんネ。これで売り切れアルヨ」 「ほら! しょうがないから、半分こ」 「副会長も言ってたでしょ。みんなで決めたことなんだから」 「そうそう。はい、どうぞ」 「……言っておくけど、まだ口つけてないから」 「えっと……小さい方ですみませんが」 次々と自分の分を分けてくれる。 「みんな……ありがとうっ」 結局おおよそ2人分の肉まんをいただきます。 「うまい! これはまた最高級の肉まんだね!」 「また大袈裟な。冷凍モノとの区別もつかないくせに」 「みなさんの想いがたっぷり詰まっていますから、美味しくて当然です」 「そう言われると、なんだか照れくさいね」 「ふんっ。このくらいで組織を手中に収めたと思ったら大間違いよ」 「みんな、ありがとう」 「人の話を聞けーー!」 「――って、いけないっ」 「あれ。副会長はもうお帰り?」 「そうよ。じゃあ、さようなら」 「聖沙ー。肉まんありがとねー」 「お電話ですね」 「誰?」 「私のです」 「早く出なよ!」 「もしもし。じいや? 生徒会活動で肉まん屋さんにいます」 「これって生徒会活動?」 「たぶん言い訳じゃないかな」 「お嬢さまの送り迎えはこの執事ことリースリング遠山にお任せを」 「では、みなさん。ごきげんようです♪」 「執事だって。すっごー」 「すごいね、女の人が執事だなんて」 「驚くところがそこですか」 「普通は男の人じゃないの?」 「それは偏見だよ、シン君」 「女の人はメイドさんになるとか」 「うちのお手伝いさんは、男の人だったりもするよ?」 「そ、そうなのかーっ」 「いやいや。普通は執事もメイドもいないもんです」 改めてロロットとリア先輩がお嬢さまで、うちらが平民であることを思い知る。 「私は学校の方だから、ここでバイバイだね」 「バイバイ、リア先輩」 「ヘレナさんに『うまかったです』とお伝えください」 「なんでもうまくて幸せな子だね」 「うん。ただで食べられることほど幸せなことはないよ」 「生徒会長になれて良かったじゃん」 「こんな調子が毎日続けばいいんだけど」 「どうだろ?」 「どうだかね。一筋縄じゃいかない予感がするんだ」 「うん。生徒会活動プラス魔族の退治。こりゃ忙しいこと間違いなし」 「ナナカは会計になって良かったの?」 「まだよくわかんないかな。けど、嫌じゃないよ。ちゃんと同好会にも参加できてるしね」 「だけど、いきなり変身して戦えとか言われてさ……」 「結構、楽しかったよ。なんかのアトラクションで遊んでるみたいだったし」 「遊びじゃないんだけどね……」 「それに変身した時の服。あんな可愛いの持ってないから嬉しかったなー」 「意外と似合ってたよ」 「って! 意外と!? 失礼な!」 「わわわ、率直に言っただけなんだってば」 「そう言うけどさ。アンタはどうなのよ! 変身しなさいよっ、このこの!」 「やめて、やめてぇ〜」 「待てよ? 変身すると……」 「あっ!! ああ〜〜〜っ!」 「どっ、どうしたの?」 「すっかり忘れてた。アンタ、その……えっと、アタシの見たでしょ」 「変身! 見たんでしょ」 「あっ、ああっ、いや、その、それは、なんと言うか、かんと言うか」 「いやっ、見ないようにはしてたんだっ。だけど、不可抗力だったホント!」 「なっ!? なんだよ、いきなりっ」 「ス・ケ・ベ♡」 「ななななんてこと」 「赤くなっちゃって、かーいー」 「からかうなよっ」 「ソバなんかどうでもいいよ」 「なんですとっ!?」 「やっぱり今日のMVPはリアちゃんに決まりだぜ。豊満な胸、豊かなバスト、たわわに実ったおっぱい」 「やめてよパッキー! 胸しか見てないじゃないかっ」 「ああ、心のメモリアルに新たなレジェンド……だぜ」 「うるさいんだよ、この子はっ」 「むぎゅっ」 「コケケッコー」 「おはよ!!」 「おはよう、ナナカ。今日も元気だね」 「絶好調!」 「――って、何してんの?」 「ちょいと整理整頓」 「なにこれ。針金に花火? またガラクタ集めてきて」 「使える物はガラクタとは言わないの」 「だからって季節外れにも程があるって。湿気ってんじゃないの?」 「ううむ……ここでそれを試すのは、もったいないし」 「室内でやるな!」 「ああ、これじゃ整理整頓にならないなあ」 「整理の基本は捨てること! じゃ、台所借りるよっ」 「どうぞ〜」 「ごちそうさまでしたっ」 「お粗末様でしたっ」 「お皿洗っとくから、学校行く準備しといて」 「あいよっ」 「うう、紅茶飲み過ぎたかしら……」 「あっ。聖沙ーー」 「こんにちは ――って、あれ……行っちゃった」 「こここのままでは大変です。ははは早く羽を隠さないと……」 「こんにちは、ロロット」 「ちょっ、ちょっとロロットっ」 「ああ、逃げなくたっていいじゃないか……」 「というわけなんですよっ」 せっかく手に入れた本当の学園生活。 存分に青春を謳歌しようと思った途端、この手酷い仕打ちはあんまりだよ。 これじゃあキラキラじゃなくてギスギスしてしまう。 僕だって、女子と楽しく〈和気藹々〉《わきあいあい》とやっていきたいんだ。 「ああ、避けられちゃって。可哀想に」 「そんなことはないと思うんだけどな〜」 「僕達は生徒会の仲間なんですから、もうちょっと仲良くなりたいんですよ」 「ククク……そして身も心も支配し、果ては奴隷として従属させるつもりとは、さすがシン様だぜ」 「違うから」 「仲良しなんて無理無理無理。無理で決定」 「どうしてさ」 「聖沙はアンタのこと大嫌いだし、ロロちゃんはそういうの興味なさそうだし」 「そういうのってどういう……」 「あわよくば彼女にしようって魂胆じゃ?」 「そっ、その仲良しじゃなくて、仲間としてだよっ」 「甘い。甘すぎる。プリンにオイスターソースをかけちゃうくらい甘過ぎ!」 「うえ……」 「いくら生徒会の仲間だからって、すぐラブラブになれるわけないっしょ」 「らっ、ラブラブ!?」 「だだっ、だから、そういうことを言ってるんじゃないんだってばっ」 「ナナカちゃんはどうなの?」 「あっ、アタシ!? アタシは、その……」 「ナナカちゃんも女の子なんだから、好きな人の一人や二人くらいはねえ?」 「二人はいないかと……」 「ケーキがあればそれでいいんだろ?」 「なんだとぅ!?」 「ケーキじゃなくてスイーツ、でしょ」 「惜しい! けど、違う!」 「なんなら、相談に乗ろうか?」 「いいですよ、そんなの!!」 「そっか〜。ナナカちゃん、好きな人いるんだ」 「そーゆー先輩はどうなんですかっ」 「え、私?」 「せせっ、先輩の好きな人ぉっ!?」 「そんな声裏返さなくても」 「シン……なによ、その反応」 「ちょっとビックリしただけだって」 「アタシの時は無反応だったじゃないの!」 「私の好きな人。う〜〜ん。えっとね……」 今、リア先輩がこっちを見た? そして、考えたぞっ。 「ひ・み・つ♡」 「あぁ」 「なにガッカリしてんのよっ」 「あああ、もうやめてェ」 「アンタ、もしかしてリア先輩の気を惹く為に相談役をお願いしたんじゃないでしょうね?」 「んばっ!? そそそそそそそんなことあるわけないじゃないかかかっ」 「アヤシイ」 「あれは、みんなの同意があってのことだしっ、僕の意志だけで決めたことじゃないだろっ」 「それもそうね」 「ケホケホ……」 「しかし、シンの方を見ていたのが気にかかる」 「なんでそんなことナナカが気にするんだよー」 「気になるんだから、しょうがないでしょ!」 なんてはた迷惑な逆ギレだ。 「そうか……そうなのか。やっぱり、リアちゃん……俺様のこと……」 僕の腕にしがみついてるだっこちゃんが震え始めた。 「熱い眼差しで見つめるなんて……。俺様に気があるんだぜーーー! ヒャッホーーー!」 「あ、そっか」 ナナカがなるほどポンとおしぼりを割るみたいに手を叩く。 「くすくす。もしかしたら、パーちゃんかもしれないね」 「ぱ、パーちゃん?」 「だったら、どうする? シン君」 「ええっ!? なななな、なんで僕に聞くんですかっ」 「ナナカちゃんに聞いても、ねえ?」 「やめて下さい。聞くなら副会長に」 「いや、それこそやめて」 「おおーー! おおーー! LOVEしてるぜ。麗しのリアちゅわーーん!」 「これ以上は、めっ」 「うっ……!!」 腰に手を当て、お尻を突き出し前傾姿勢。 『だめだゾ、ボク』のポーズで、リア先輩の白魚のような人差し指が、パッキーのおでこの上でピピンとはねた。 「うひゃっ、あっ、ああっ、アアーーーーーッ!」 僕は下向きに垂れた胸に釘付け――って、 「ああ、うっさいパンダ」 「で、何の話してたんだっけ?」 「みんなと仲良くする話だよ……」 「アンタって人は、まだ性懲りもなく彼女彼女彼女彼女ぉおおお!」 「だから、その話はもういいってば!」 「うんうん。みんなと仲良くするのは、いいことだよね」 「そうです、そうです。そうしなくちゃ、生徒会だって楽しくないし」 「え、なに? 彼女が欲しいってワケじゃないの?」 「最初からそう言ってるのに……」 「わかってる、わかってる!」 「いたい、いたいっ」 「まったく。こいつは、少しでも邪念があるとハッキリ言えねえんだぜ」 「そ。だからちょっとつっついたの。変な気起こさないようにね」 「ナナカは僕のことを論文にして学会にでも発表するつもりなのかい」 「そんなん、できて絵日記くらいでしょ」 「絵日記か〜〜。ちょっと楽しそう♪」 「はぁ 何でもいいから、みんなと仲良くできるきっかけが欲しいんだ」 「はいはい! アタシが機関銃もって二人を蜂の巣にするから、それをシンが身体を張って助けるってのはどうかな」 「それじゃあ、ナナカちゃんが仲良くなれないよ?」 「それにマシンガンなんて高くて買えないよ! せめて麺棒くらいにしなくっちゃ」 「麺棒じゃ危ないって。怪我したら大変だよ」 というわけで却下。 「王道だけど、みんなで自己紹介するっていうのは?」 「よし! じゃあ、まずは先輩いってみよー!」 「はい、こんにちは。九浄リアです。趣味は絵を描くこと。好きな食べ物は和菓子です」 「ふむふむ、めもめも」 「スリーサイズは?」 「ブラのカップはいくつッ!?」 「ちょちょっちょ、パッキー!」 「そっ、それは……ちょっと……って、言わなきゃ、だ、ダメぇ?」 「てい」 「マフムッ!」 脳天チョップでぬいぐるみの形がUの字に変わる。 「はい、次」 「はじめまして、咲良シンです。趣味はDIYとガーデニングです」 「すごい」 「でぃあいわい?」 「日曜大工の事だぜ」 「好きな食べ物はビフテキです」 「そうなんだ〜」 「ダメダメ! そんな嘘っぱち! 趣味じゃなくて生活習慣。ただの日課でしょ、それ」 「生き抜く為には必要なんだって」 「横文字使ってかっこつけてるけどさ。雨漏りの修理とか農業してるだけじゃん」 「言っとくけど、それは趣味じゃないから。しかもビフテキなんて食べたことないくせに!」 「ビーフステーキを食べる夢ぐらい見たっていいじゃないか……」 「ちゃんと正直に自己紹介しなきゃ。わかった?」 「本当のことなのに……」 「では、締めをどうぞ」 「アタシ、夕霧ナナカ。趣味はスウィーツ食べ歩き。好きな食べ物はスウィーツですっ」 「そんなこと、もうみんな知ってるよ」 「じゃあ、どうすりゃいいのさ!?」 「ワサビを18金に変えられるとか、蕎麦湯を石油にして大儲けとか」 「できるか!」 「ワサビはちょっと苦手かも……」 「辛いのが嫌でしたら、開封してちょっと経ったチューブとか、常温保存のワサビパックとかいいですよ」 「そんなワサビは邪道だっ」 「うーん。いまいち面白みに欠けるなあ」 「色々と聞けて楽しいと思うんだけど」 「アンタのことなんか聞いても楽しかないよ!」 「ナナカはね。でも、みんなはどうかわからないじゃないか」 「それはそうだけど。せこい節約話は盛り下がるから禁止ね」 「ムムム……いきなり切り札を明かさないでよ」 「なあ、リアちゃん。さっきからツッコミ所満載のところをほったらかしですまねえが、そろそろ止めた方がいいのかい」 「ううん。これはこれでワイワイ楽しくやってるし、いいんじゃない?」 「ワイワイ楽しく……」 そうかっ! 「ねえ。みんなでワイワイするのは、どうだろう」 「ワイワイするならお祭りでい!」 ナナカは勢い余って腕まくり。 「太鼓どこにあったっけ。花火も用意してさ。あとテキ屋」 「いや、無理だって」 「そっか。今、秋まっさかりだもんね」 「秋でも収穫祭とかでお祭りする地域もあるよ」 「なら平気じゃん!」 「季節の問題じゃなくてね」 「祭りがダメなら、リアちゃんを持て囃し讃え奉るパーチーしようぜ」 「パーティー?」 「リアちゃんと過ごす語らいと恥じらいの夕べ。高級ホテルの立ち食いディナーパーチーさ」 「パーティね。パの字ったら、なかなか粋なこと言うじゃないの!」 「だからリアちゃんと――」 「つぁアアアァアアア〜〜ッ!」 「パーちゃん。邪魔しちゃダ〜メ♡」 「それなら歓迎パーティで決まりだね!」 「誰を歓迎するのよ、誰を」 「僕?」 「アタシは?」 「聖沙ちゃんと、ロロットちゃんはどうするの?」 「よ〜っし。みんなゲストだ!」 「えっと……じゃあ、私がみんなを歓迎すればいい、のかな?」 「いやいや。先輩を生徒会に迎え入れたのは僕達ですからってアレ?」 「どうどう、落ち着け」 「う〜〜ん。それを言うなら、歓迎パーティじゃなくて親睦会……かな?」 「おお」 「それ、いいですねっ」 「こんにちは」 「こんにちは〜」 「突然ですが、会議です」 「いきなり何なのよ!?」 「まあまあ、座って座って」 各々が所定位置に着席する。 「ただいまより、第二回生徒会会議を始めます」 「さてお立ち会い。お待ちかねの議題はこちらっ」 「ちょっと待った!!」 「何を言い出すかと思えば親睦会!? そんな話、聞いてないわ!」 「だから会議をしてるんだけど……」 「はて、親睦会とはいったい何なのでしょうか?」 「みんなとワイワイするパーティだよ」 「わあ! それはとっても楽しそうですね!」 「異論のある方、どうぞ」 「はい! とっても異議あり!」 「まずはその企画の意図、目的、見込み。その行動によって生じる弊害や問題点をきっちり説明して頂きたいわ」 「ああ、そうだそうだ。ちゃんと一から話さなくちゃね」 「シンが聖沙とロロちゃんに嫌われてるみたいだから、仲良くしたいんだって」 「あああ、なんでそんな真正直に言うんだっ。もうちょっとオブラートで優しくまろやかに包み込んでくれたっていいじゃないかっ」 「私会長さんのこと、別に嫌いじゃありませんよ♪」 「えっ、ドキッ」 「だからって好きでもないですよ」 「うっ、ガクッ」 「ニコニコして言うところがまた憎いね」 「なお、今のところ、至って普通の関係です」 「じゃあ、これから頑張らなきゃね」 「なにをですか、なにを」 「それで親睦会を? なんて不純な動機なのかしら」 「そうかな〜? 私は機会があればいつでもお近づきになりたいと思ってたけど」 「えっ、そ……そんなお姉さま。私っ、まだ心の準備が……ああ、でもこの機会を逃す手は――」 「聖沙が異議を取り下げるって」 「お待ちなさいってば!」 「別にいいじゃないですか。皆さんで楽しみましょうよ!」 「目先の利益だけ見ていてもしょうがないでしょう? いつどこで、実際に何をやるのか」 「そういったことも考えずに出した企画は認められないわ!」 「――!?」 「そうか。聖沙の言うとおりだよ」 「そうそう。わかったでしょ」 「じゃあ、日にちは今度の土曜日の放課後でどう?」 「異議なし」 「土曜日は出かける予定でしたが、生徒会活動ならば仕方ありません。キャンセルしましょう」 「あっ、あの〜〜」 「聖沙ちゃん。忙しいの?」 「あっ、いえ。そういうわけじゃないんですが……」 「じゃあ、決まりだね。もちろん、私も大丈夫」 「じゃあ、土曜日に決定ーーッ!」 「次は場所だね。場所は、みんなで決めよう。どこがいいかな」 「〈生徒会室〉《ここ》はダメなんでしょうか?」 「生徒会活動の一環とはいえ、遊びに使っていい場所じゃないね」 「まったく不便です」 「公共の集会所とかお得だよ。2時間で、150円とか。あ、和室だとちょっと高くなるからパスね」 「そこじゃ大騒ぎできないじゃん」 「大騒ぎなんてする必要ないわ」 「ちゃんと聞いてた? パーティよ、パーティ! 絶対盛り上がるに決まってんでしょ!」 「別に。踊ったり談笑したり会食したり優雅に音楽鑑賞したりするものと思っていたけれど」 「そうですね。でも、あれは退屈です。ドレスも重くて動きづらいですし、せっかくのお酒も飲ませてもらえません」 「そっ、そうなんだ」 「うんうん。大抵、大人の人ばっかりで話も合わないし、社交ダンスとか……結構、大変なんだよね」 「ででっ、ですよね!」 「ぐぬぬぬ……このブルジョワジイめ……!」 「エレガンスなことをする必要はないと思う。だって僕達は、ただの生徒会なわけだし」 「〈タダ者〉《》ではないけれど……」 「みんなでやるなら、気楽に気軽に楽しくできればいいね」 「いやあ、リアちゃんの言うことは何でも業が深いぜ!」 「あーもう、いいよ。シンの家でやろ」 「僕の!?」 「部屋いっぱい空いてるし。5人くらいならドンチャンできるでしょ」 「そんなことしたら近所迷惑だって!」 「どーせ入居者は管理人のアンタだけでしょ」 「くうっ、全て知り得てる。これだから幼馴染みってやつはー」 「どう、聖沙。まだ抜けてるとこある?」 「ふんっ。即興で決めたことなんか、絶対にうまくいかないんだから」 「まあまあ。なんだかんだ言っても、実際にやるのは僕達なわけだし」 「その中には副会長さんも含まれているんですよね」 「何言ってんのよ! 私が関わるからには、失敗は許されないの!」 「そうそう。その調子だよ、副会長!」 「では、採決を取りたいと思います。賛成の方、宣言をお願いします」 「さあさあ、張った張った!」 「う……」 「聖沙は反対?」 「今回はそこまで反対する理由が見つからないわ……」 「さ、賛成」 「全員一致により、本件は可決しましたっ」 「おめでとう、シン君」 「い、いや、みんなのおかげですって」 「うーん、土曜日が楽しみだ!」 「とっても楽しみです。では、おつかれさまでした〜」 「ちょっと、ちょっと! なに帰ろうとしてるのっ。まだ今日の作業が終わってないのに」 「はて? 何かありましたっけ?」 「棚が手狭になったから、一昨年までの会議録を書庫に保管するって言ったでしょ」 聖沙が腕組みをしながら部屋の片隅に追いやられた書類の山の前に立つ。 引き継ぎの時から見なかったことにしておきたかった作業の一つだ。 「ああ、そういえば面倒だからってずっと後回しにしていましたね」 「しかし、みんなでやれば怖くない。さっさとやろう」 「やっちゃおー!」 「はい、おしまい! みなさん、おつかれさまでしたっ」 「パーティ、パーティ♪」 「とってもわくわくなのですっ」 「嘘……一日で終わるとは思えない量だったはずが、なんでこんなに早く終わるの?」 「あはは、いつもこうだといいんだけど」 「おかげで、雑務はほとんど終わったね。ようやく新生徒会の活動が始まるというわけだ」 「その手始めが親睦会だなんて、理事長のヘレナさんが聞いたらどんな顔するかしらね」 「こんな顔」 「ヤッホー、生徒会の諸君」 「顔近いです! 近すぎます!」 っていうか、熱い吐息がかかりますっ。 「な〜に。もっと近くに寄って欲しいの? もう、イケナイ子」 「誰もそんなこと言ってませんっ」 「あ……っ。でも、これ以上近づけたらキスしちゃうかも」 「きす?」 「んなっ」 「こここっ、公衆の面前ですよッ!」 「お姉ちゃんっ!」 「だ〜〜〜!」 肩をわっしとつかんで突き放す。意外と軽い。 「もお! やめてくださいっ」 その間にリア先輩が割って入ってくれた、ホッ。 「だって、誘ってみたくなる顔してるんだもの。あ、もしかして、コーフンした?」 「もう嘘ばっかり言って。いつも『渋いおじさまが好きなの♡』とか言ってるくせに!」 「んもう、バラさないでよぅ!」 僕はからかわれたのかっ。身体は女の人なのに、全くこの人は……。 「理事長さん。本当に面白い顔してますね」 「あら、ありがとう。でも、あんまり言い過ぎると退学にしちゃうから」 「ひいい!」 今日も権力をホームラン王のようにぶんぶん振るうヘレナさんであった。 「くすくす。やあねえ、冗談よ。私にそんな権限あるわけないじゃない」 「ほっ」 「出来るのは、怒りに任せてこの学園を廃校にすることくらいよ!」 「やっ、やめてください!」 「なんでこんなヤツが理事長なのか甚だ疑問だぜ」 「エルムッ!」 「な〜に、パーちゃん」 「……と、シン様がおっしゃってました」 「ちょちょちょ、パッキー! 人のせいにしないでよっ」 「今年の生徒会長は威勢がいいわね。うんうん、気に入ったわ」 「もお! 唐突にくすぐるのやめて下さいっ!」 とてもくすぐられてるようには見えないのですがっ。 「親睦会、いいじゃない。役員同士の交流を深めるにはもってこいの企画だわ」 「いいんですか、こんなこと……」 「やることやってれば、文句を言われる筋合いはないでしょ」 「そうね。私が見るに……あなた達生徒会の一番足りないもの、それは――」 「そう、チームワークよ!」 「さあ、みんなで手をつなぎましょう」 「なんでそんなこと……」 「逆らうと後で何されるかわからないよ」 恐れおののきながら、みんなで輪になり手をにぎる。 僕の手の平に、ロロットの小さくて温かい手がちょこんと乗った。 「会長さんの手、ヒンヤリして気持ちいいですね」 「えっ、そ、そう?」 ちょっと緊張。 「手が冷たい人は心も冷たいって本当ですか?」 普通は逆だよとも弁解しづらい。 「そんで、相変わらずアタシは無反応ときた」 「だって幼馴染みじゃないか。手を握るなんて些細なことだよ」 「まあ、確かに。一緒にハイキング行った時とか、フォークダンス踊った時とか、海で溺れそうな時に助けたとか」 「ちょっと待って。ハイキングの時は二人で競争したから手は繋いでない」 「あ、そうだね」 「フォークダンスは、ナナカの手前でラジカセが壊れた」 「そうそう! あれはおっかしー」 「そもそも海で溺れてないし」 「二人ともそんなに泳げないもんね。浅瀬で潮干狩りしてたっけ」 「あ、あれ……?」 「なんだろ、この違和感」 「では、お二人が手を繋いだのは今回が初めてということですね」 「ソンナ事ナイッテ、タブン」 「ソウ信ジタイネ」 「みんな、しっかり手を握ったかしら? 強くよ、強く! 仲間はずれの子はいない?」 「お姉ちゃん……」 「なに?」 「握るとこが違います!」 「リア、よく聞いて。私はあなたの熱く燃えたぎるハートを鷲づかみにしているのよ」 「これから生徒会で頑張ろうっていう意気込みを、こうしてみんなにも伝えたい。ただ、それだけなの」 「そっ、そうだったなんて……」 「先輩、それ騙されてますから」 「シンちゃんも、触ってみる?」 「エェッ!?」 「そっ、それはダメぇっ!」 こうして空から未確認飛行物体を呼ぼうとしている風にしか思えない円陣が組まれた。 「よし! これで準備は完了。あとは親睦会で仕上げてちょうだい」 さっきの作業よりも疲れた。 「あ、言っとくけど。親睦会で生徒会の予算を使っちゃダメだからネ♡」 「では、親睦会の成功を祈る」 「ケーキぃ……」 「ナナちゃん、目が¥になってるよー」 「ケーキ食べ放題がぁ……」 「ほら、駄々こねてないで。生徒会室行くよ」 「ケーキィーーーッ!」 「いってらっしゃーい」 「どうなってんの、シン! 話が全ッ然違う!」 「そんな話、してないよ」 「だからと言って逆らえないし」 「あの手刀で三枚に下ろされちゃうね。刺身ときたら、ワサビの出番だ」 「ムキーー! なんの為の生徒会だーーっ!」 「恒例行事じゃないんだから、しょうがないよ。それにケーキは関係ないって」 「ケーキじゃなくてスウィーツ!」 「さっきまで自分も言ってたくせに……」 「そうだ! 生徒会の規則にすればいいんだ。親睦会に予算を割り当てるの!」 「無理無理。そんなのナナカしか喜ばないじゃないか」 「アンタも喜ぶでしょ! お金使わなくて済むんだから!」 「お金がなくてもなんとかなるよ」 「ああ、そういう御仁でしたね」 「――ってことはさ。なんか名案でもあるんだ」 「ないない。それを今からみんなで考えるんじゃないか」 「たまにはアンタの粋な発想で学園を震撼させてよ」 せっかくの親睦会だ。みんなともっともっと仲良くできる何かがあればいいんだけど……。 「こんにちは――って、あれ?」 「おや、珍しい」 「くー」 一番乗りはロロットだった。 優雅に椅子をゆりかごにして、コクリココリコと船を漕いでいる。 膝の上に可愛らしい豚の置物が乗っていた。 「トンカツ食べたい」 どこまでも食い意地の張っているやつだね。 「起こした方がいいかな」 「まだ誰も来てないし、寝かせといてあげたら?」 「ハァハァ。今度こそはっ」 「また――!?」 「相変わらず威勢がいいね」 「どうして、いつもいつも〜〜〜っっっ」 「ああ、うちのクラス。ホームルームしてないから」 「なんですって!?」 「遅れちゃうのはしょうがないって」 「そんな……」 「それに廊下を走ると危ないぜ」 「走ってません! 早歩きですっっっ!」 「ふんっ。もう、どうでもいいわ」 ロロットは癒し系だ。 「先輩、遅いね」 「誰かさんと違って忙しいのよ」 「3年生だもんね。色々あるんだ、きっと」 「前置きをお忘れなく!」 「今日、どうすんの? やっぱ中止?」 「動議を通しといて、そんなことが許されるわけないでしょ!」 「もちろん。やると決めたらやるっきゃない」 「言うね、生徒会長。さては妙案でも浮かんだ?」 「い、今、考えてるとこ」 「情けない。予算がなくても出来ることくらいあるでしょう」 「シンと同じこと言ってる」 「いっ、今のはジョーク」 「ああ、どっかにお金転がってないかな……」 「わああああああああ!」 「ダメですよっ、トントロは絶対にダメなんです!」 「そんなに驚かなくたっていいじゃない」 「大震撼ですよ!」 「やるねえ、ナナカ」 「ククク……邪念だけで世界を揺るがすとは、さすがシン様の幼馴染みだぜ」 「僕は関係ないよ」 「その豚さん……」 「ぶ、豚の形をした置物。いつも持ってるようだけど、一体なんなの?」 「トントロです」 「ああ、おいしそう」 「垂れてる垂れてる」 「お金が入ってるってことは、もしかして貯金箱?」 「はい、その通りです」 「お財布は持ってないの?」 「ええ。必要ありませんから」 「ロロットとは気が合いそうだ」 「理由は全く逆方向だと思うけど」 「だからってトントロはあげませんよ! これはとっても大切なものなんですから!」 「だからもなにも」 「ロロちゃん。お金はいいから、親睦会を盛り上げるナイスアイディアをちょうだい」 「先輩だけが頼みの綱か」 僕らは、なんて頼りないんだ。 「ナナカさん。会計はあなたでしょ」 「そういえばナナカの意見をまだ聞いてなかったね」 「あっ、アタシぃ!?」 「まあ、無理にとは言わないけど……」 「なによ、ちょっとは期待してくれたっていいじゃない!」 「是非聞かせて欲しいわね」 「がんばれ、ナナカっ」 「わかったわかった。そこまで言うなら、やってやろうじゃないのさ!」 「うちのソバ持ってくるよ!」 「持ってくる……。待てよ、そうか!」 「わあああ!」 「あいたっ」 「ああ、ごめんっ」 「危ない、危ない。貯金箱が壊れるぞー」 「大丈夫ですよ。こう見えてもしっかりしてますから」 「どう見えて……?」 「みなさんのように情けないトラップを踏むことは無いということですよ」 やれやれと肩をすくめるロロット。 「呆れる姿勢に両手使って……大丈夫なの?」 「ハワァアア!!?」 「シンは見ちゃダメ!!」 「ここっ、この高級感のある音わっ」 「うう……またやってしまいました」 「ほら、やっぱり壊してるんじゃない」 「違います! 躓いたり滑ったり転んだり、つまらない理由で壊すことはないということですよ!!」 「まあまあ、とにかく拾って拾って」 「幸いにも破片が大きいですね。とりあえず絆創膏を貼っておきましょう」 なるほど、何度も壊してるだけあって手慣れたものだ。 「ごめんなさい、遅くなっちゃった」 「あっ、先輩。こんにちは――って、どうしたんですか、それ」 「お姉ちゃんが持っていけって……」 「それ。土鍋?」 「パーティなら、これしかないって」 良家のお嬢さまが土鍋を手に持ち、ここまで走ってきたのか。 「あつっ、あつつっ。どいてどいてェ、おっ、お鍋が噴いちゃうぅううっ。あつっ、あつっ、あつっ」 「ごめんね。中身はないの」 それは残念。 「素敵だぜ、リアちゃん。まさにプリンセス オブ 鍋……だぜ!」 「鍋か。鍋パーティでもしなさいってことかな」 「具はどうするのよ、具は!」 「そこで『持ってくる』んだ」 「何を?」 「みんなで持ち寄ればお金もかからなくて超お得」 「もしかして、それは俗に言う――」 「面白そうですね!」 おお、もう復活してる。 「えっと、闇――」 「ふんっ。鍋を見れば私だってそう思うわよ」 「このお鍋、役に立ちそう?」 「おお、立ちまくりだぜ!」 「どうだろ、ナナカ」 「とぅわっはは! いいじゃない、毒を食らわば皿までいこう!」 「まだ毒と決まったわけじゃないって」 「お鍋パーティ! どんなものができてくるのか、考えるだけでわくわくしますね!」 「元気だこと。さっきまでお眠りしてたのに」 「だから元気なのです!」 「よほど楽しみだったんだね。一番乗りだったし」 「じゃあ、それぞれ食材を持ち寄って、校門に集合。それでいいかな、シン君」 「お家、初めてお邪魔するから。道案内、よろしく」 「あっ、そうですね」 「腕がなるねえ!」 「どうせソバしかねーんだぜ」 「くくく、メロンソーダにマヨネーズをのせるぐらい甘すぎ。このナナカちゃんがそんな『ありきたりな真似』をすると思って?」 「なんと――!?」 「まさか――!?」 普通の食材では許されないという暗黙の了解――!? 「あ、一つだけ注意。食べられないものはダメだからね。ぬいぐるみとか」 「はーい」 「ククク…… って、オイ!」 「では、レッツゴーです!」 「ううん……ソバ以外のものソバ以外のもの……」 「ククク……無理に考えるまでもねぇだろ」 「素直にソバにするのがナナカらしいと思うよ」 「名前だってソバだしな。ソバ」 「アタシはナナカ! ソバはアンタが勝手につけたアダナでしょうが」 「それにソバならナナカの家からもってくればいいんだし、ただほど安い物はないからね」 「ただほど高い物はないんだっ。日々のおまんまのネタに手をつけるわけにはいかないでしょ」 「でも、僕んちにしょっちゅうもってくるじゃないか」 「あ、あれは――」 「ククク……シン様も人が悪いぜ。決まってるだろ、愛だよ愛」 「別にそういうことじゃありません。おじさんとおばさんに息子をよろしくって頼まれてるから、そんだけ」 「知ってるって。いつもありがとう」 「判ってればよろしい」 「ううっ……素で感謝されてしまった……」 「でもさ、ホントに無理することないって」 「無理とはなによ無理とは! アタシだってほかの食材くらい知ってますから」 「なるほど。ソバはスウィーツを鍋にぶちこむつもりだぜ」 「そんなことするわきゃないでしょ」 「だからおソバでいいのに」 「むきぃぃぃ。絶対。必ず。ソバ以外のものを用意するんだからっ」 「おおっ。今、いっぱいひらめいたっ。どれ買っていこうか迷っちゃいますねこれは」 「すごいじゃないかナナカ!」 「褒めるようなことか?」 「まずネギでしょ」 「鍋には必需品だね」 「つぎに大根でしょ」 「うんうん。それも鍋に合うね」 「おい……いや、なにも言うまい」 「ネギと大根ならいいのが入ってるよ! ヒゲ根もほとんど出ていないし、なんといってもこのツヤ! この張り!」 「わわっ」 「な、なんだ? この妙に横幅のあるいかにも図々しげなおばはんは!」 品川青果店のおばさん。商店街の流言飛語の発生源、通称シナオバの目が、きらりん、と光った。 「ほほう。このパンダのぬいぐるみしゃべるじゃないか!」 「ククク……俺様に惚れるなよ」 「どっから手に入れたんだい? いや、言われんでもわかった。うんうん。あんたも苦労するねぇ」 「またあんたのトコのオヤジさんに、変なもんおしつけられたんだね。で、どんな呪いのアイテムなんだい?」 「呪いのアイテムなの?」 「大賢者パッキー様を捕まえて、呪いとは失礼なヤツだぜ」 「単なる呪いのアイテムにしちゃなかなかに弁が立つようじゃないか!」 シナオバの目が、ぎらぎらと光り出した。 「あんころもちでも食べながら、あんたのこれまでの来歴を、たっぷり聞かせちゃくれないかね」 「あんころもち程度じゃ、グルメの俺様を満足させることはできねぇぜ」 「じゃあ、かしわもちもつけようじゃないか」 「おばちゃん。そのぬいぐるみについては、後でいくらでもシンが話してくれるだろうから、とりあえず、買い物したいんだけど」 「おっと。しまった。いやぁ、真実の探求者としての血が騒いでね。あと、山椒と、わさびと、なめこだね」 「え、な、なんで判ったの?」 「そりゃ、ナナカちゃんがいつも買ってるもんだからね。はい。まいどー」 「全部それ、お蕎麦の薬味かつけあわせだよ」 「ネギや大根なら鍋に合うから、それでいいじゃないか」 「あきらめろソバ。お前の頭はソバで99%汚染されてるんだからな、ソバ娘としての人生を全うしろやソバ」 「そばそば言うな! このパンダが! パンダのクセにパンダのクセにっ」 「でもさ、ソバで悪いってことはないじゃないか。他の人と重なる心配だってないし。それになによりもう買っちゃったし」 「……そうかもだけど」 「さすがシン様。女が落ち込んだと見ればすかさずフォロー。身も心もメロメロにした挙げ句に、パーティのデザートにしようとは」 「僕の心を捏造するな」 「他の人は、こいつらをもって来たアタシを見て、ああやっぱり、という顔をするんだ……。ううっ。それなんかくやしいっ」 「そうだ! ソバから離れようとするから発想が貧困になるんだ。ここはあえてソバに接近戦を挑むべし」 「もう充分接近してると思うよ」 「虎穴入らずんば虎児を得ず! 死中に活を求めるべしっ」 「ナナカが燃えてる……」 「灯油なみに燃えやすいヤツだな」 「ふっふっふ。早速ひらめいた! アタシってば冴えてるっ」 「はやっ」 「ソバと同じ原料をもちいつつ、ソバでない物それは!」 「それは?」 ナナカは、にやり、と笑ってVサインを出した。 「ふっふっふ。それは――」 「そばがき!」 まぁ……ナナカが納得してるからいいか。 「わあ〜〜! どこからどう見ても海ですね〜〜!」 「ああ、ちょっとロロット! 走ったら危ないって――あ」 僕がこけてどうする。 「会長さん。大丈夫ですか?」 「大丈夫、多分」 「これが海ですか〜〜」 「もしかして初めて?」 「いいえ! けど、海というだけで初心にかえるとでも言いましょうか」 潮風を全身で受け止めたくて、ロロットは両手を大きく広げた。 「うう〜〜ん。風がとっても気持ちいいですね」 「うん、気持ちいいね。魚の美味しそうな香りがするよ」 さて、本題はこれからだ。 ついさっき。 「会長さん。つかぬ事をお伺いします。お鍋とは、なんなのでしょう?」 「お鍋の中に食べ物をいれて、グツグツ煮てから、みんなでつまんで食べるんだよ――って、知らないんだ」 さすが西洋風のお嬢さま。 「なんだか不思議な食べ物なんですね。ちなみに、その食べ物とは何を入れるのですか?」 「普通は海の幸、山の幸とかじゃないかな」 「海、山?」 「お魚とかお野菜とか」 「ああ、なるほど。だから、海千山千と言うのですね!」 「全然、違うぜ」 「お野菜はスープとかで煮込んだりするのを見たことがあります。けど、お魚ですか……!」 目がきらきらしていてとっても眩しい。 「お魚が捕れるところ……ええっと……」 「さっきも言ったけど海かな」 「会長さん!」 「海へレッツゴーです!」 「あのさあ、ロロット。まさかとは思うんだけど」 「さあ、お魚を捕りましょう!」 「ちょ、ちょっと!」 慌ててはがいじめにして動きを止める。そのまま素潜りで海に突っ込んでいきそうだ。 「せめて釣り竿がないと捕れないよ」 「釣り竿?」 「ああ、お魚を捕る道具なのですね。長い棒のようなもの……あ! あれとかどうですか?」 「だめだよ、公園の木を勝手に折ったりなんかしちゃ」 「せっかくいれぐい出来ると思ったのに……」 海も知らないくせに、なんでそんな言葉を知ってるんだ。 「ん……?」 豪華な一隻の小型船が岸に着く。 「とうっ!」 タキシード姿の女性が軽快に防護柵を飛び越え、3回ほど前転して着地した。 「お嬢さま。今日は午後のスケジュールをキャンセルしたと伺っておりますが」 「親睦会の食べ物を調達しにきたんです!」 「それで海と。お嬢さま。沖釣り、海釣り、波止釣りのことなら、このリースリング遠山めにお任せを」 「すごい……どうして釣りをしに来たとわかるんだっ」 「じいやは何でもお見通しですね」 「恐縮です」 顔色も変えずに微笑し、ロロットに釣り竿を手渡す。 「せっかくですから、この赤い竿をお使い下さい」 「これで、お魚を釣るんですか?」 「よーし。やっちゃいますよーっ!」 釣り竿を手に持ち意気揚々と腕をまくる。 「釣りーーーッ!」 「ひいっ!!」 「うりゃーーー!」 「あいたっ!!」 釣り竿で顔面をはたかれ、その場にうずくまる。 「あああ! 会長さん、ごめんなさい!」 「釣り竿は振り回して使うものじゃないって」 眉をひそめるロロットから釣り竿を拝借する。 「すごい。ちゃんとルアーもリールもついてる」 軽く振っただけなのによくしなる。たぶん一流の釣り竿なのだろう。 「よし。では一投目」 「会長様。なるべく仕掛けは岸壁に落としましょう」 「なるほど! そうやればいいのですね」 「仕掛けは小刻みに且つ激しく振りましょう。上下に――」 「こう! こう!」 「こんな感じに」 「わかりました」 リースリングさんの動きを、見よう見まねでやってみる。 「おおっ!?」 早速反応がっ。竿に重みがかかってきた。 「ど……どうしたんですか?」 「もう、釣れるかもっ」 「ええっ、本当ですかー!?」 「会長様。竿を沖側に向けて、一気に巻き上げてください」 「はっ、はいっ」 「巻き上げはしっかり。糸は絶対に緩めてはなりません」 「なんかこれ、あんまり動かないんですけど……引っかけてません?」 「いいえ。僅かな手応えは期待できます。諦めずにそのまま力強くどうぞ」 「会長さん、ガンバです!」 「むむっ、むぐぐぐぐ。やっ!」 「ふぁいとです!」 「ったーー! 釣れたーーっ!」 陸に揚がって来たのは、八本足の軟体生物。 「なっ!? なななななんですか、これは! ウネウネしてます!」 獲物に興味津々でありながらも、距離は遙か遠くへ。初めて見れば確かに怖い。 「これは……タコ?」 まずは生だこゲット。 こっ、こんなところでタコが捕れるのかっ。 「タコ……タコ……ええっと――」 「ほほう! お弁当のウィンナーですか」 間違ってはいない。 「どれどれ、シン様が釣ったタコとやらを見てやるぜ」 「真っ黒ですね、パンダさん」 もはやクロクマ君だ。 「これがお魚釣りですね。もう、わかりましたよ! バッチリです! あとは私に任せてください」 「よし、がんばれ〜!」 「わくわく。何が釣れるか、楽しみです!」 僕のやったことを忠実に習って第一投。 あれ。そういえばリースリングさんの姿が見あたらない。 「あれっ、なんか重いです」 「なななななっ、なにか来ましたっ」 「もう!?」 「きゃああ!」 「ちょっと、ロロット!」 引きずられるロロットの身体に、慌ててしがみつく。 「あああ、ごめん!」 「こっ、このままでは海まで一直線……っ」 「うおっ」 柔らかいよ、ロロット――って、いかんいかんっ。それどころじゃないって言うのに! 「手を離すんだ、ロロットっ」 「そっ、それだけは絶対に嫌です!」 「どうして!?」 「親睦会を成功させる為には、絶対に……離せませんっ」 「くう、わかったよっ、そこまで言うなら僕も――」 「ああああああ」 腰を落としロロットを覆うようにして踏ん張るが、全然だめだ! 「くうううっ、負けませんよっ」 「ロロット、早くリールを巻いて!」 「だっ、だめです〜〜! 全然、回りませぇんっ」 「あああああ、海がもう近くに!?」 泡沫に還る日がやってきた。だがそこへ―― 「お嬢さまの安全は、このリースリング遠山めにお任せを」 唐突に全身びしょ濡れのリースリングさんが現れた。 素早く懐から小銃を取り出し―― 海に向かって数発。 そして、なぜか持ち合わせていた太いロープ。先には大きなモリが繋がれている。 「……っ!」 リースリングさんはそのモリを浮きのある方へ向かって力強く放り投げた。 手応えを感じたのか、緩やかにロープを引き始める。すると、こちらの負荷がどんどんと抜けていく。 「さあ、お嬢さま」 息を合わせながら、一緒に引き揚げる。 「こ……これは……?」 「どうやら、本マグロのようです」 モリが巨体の腹部を貫通している。なんという破壊力。 「これが、マグロ!? な、なんて大きいんだ」 「カチンコチンに凍ってやがるぜ……」 「こ……これがお魚……」 「やりました……やりましたよ、会長さん! お魚がちゃんと釣れました!」 「よかった。本っ当によかった!」 「おめでとうございます、お嬢さま」 「すごいです! これで親睦会はバッチリですね!」 「マグロだ、マグロ! 初めて見たよ! これはもう海鮮鍋で決まり!」 周囲の目もはばからずに抱き合って喜びを分かち合う。 「おい、そこの執事。これはやっぱり……」 「リースリング遠山とお呼び下さい」 「甘やかし過ぎるのはどうかと思うぜ」 「釣ったのはあくまでお二人の努力があってこそです。諦めるのはいつでも出来ます」 「まあ、そうだな」 「大漁でーーす!」 「トロだ、トロ! 夢に見た大トローー!」 「で、魔王様はどうするんだ」 「じっとしててもしょうがないからね。散歩してれば何か思いつくかもしれないし」 「思いついても手数は増えないぜ」 「ああ、空から何か美味しい物が降ってこないかな」 「って、またぁ!?」 「うう、ごめん……今のは僕が不注意だった」 「まあ、私もちゃんと前見てなかったから悪いんだけど」 「もしかして同じ空を見ていた?」 「そんなわけないでしょ」 軽く一蹴された。 「そっちは持ってくるもの、決まったの?」 「今、散歩しながら考えてたとこ」 「くすくす、大した余裕ね。何が出てくるか楽しみだわ」 「期待されてるよ、パッキー。もっと真剣に考えなきゃ」 「皮肉よ皮肉っっっ!」 「それに考えるだけ無駄だぜ」 「そっちはどう?」 「今から買い出し」 「買い出し? 余り物の寄せ集めでいいんだって」 「それがなかったのよ。だから、家のお買い物ついでに買ってくるの」 「そっか」 「じゃあ、また後で」 「うん。バイバイ」 「お買い物か……」 「今月はあと200円しかないぜ」 「お金を使わないで買い物できないかな」 「万引きしようぜ」 「そうだ、聖沙についてこう。何かいいアイディアが浮かぶかもしれない」 「おーーい、聖沙ーー!」 「ちょっと、やめて! 町中で人の名前叫ばないでよ!」 「僕もついてっていい?」 「はぁ!? どうしてよっ」 「参考になるかと思って」 「あなたにはプライドってものがないの!? 堂々と敵情視察だなんて……」 「敵? なんの?」 「荷物持ちなら任せて」 「勝手に話を進めるなっ!」 「だめかな……」 「だだだっ、だめといったらダメ!」 「うう……残念……」 「ボクに免じて許してよ」 「むぐっ。そっ、それでも……だ、ダメぇ……」 「チッ。〈堪〉《こら》えやがったぜ」 「ちょっ! アンタ達、何デートしてんの!」 「あ、ナナカ」 「でっ、デートぉ!? ありえないわよ、そんなこと!」 「よく言うよ、二人でイチャイチャイチャイチャイチャイチャしてんじゃないの!」 「んな――っ!? イチャイチャなんて断じてしてない!」 「じゃあ、何してんのよ!」 「お買い物!」 「なんだ、そうならそうと早く言ってよ。ふふふ、聖沙に自腹切らせるなんて、やるじゃないシン」 「ククク……そして財産の全てを我が物にするつもりとは、さすがシン様だぜ」 「さっきから僕は何もしてないよ……」 「美味しいものよろしくね!」 「まったく……」 「……わよ」 「行くわよ、お買い物ッ!」 「行っていいの?」 「言った手前しょうがなくよ、しょうがなく!」 「そっか。ありがとう」 「別に感謝される筋合いなんて無いんだから!」 「どこ行くの?」 「スーパーよ。スーパー」 「それなら『ショッピングセンターいなみ屋』だね」 「どこ、それ?」 「え、知らないの? 流星町では安くてお得なスーパーなのに」 「私がいつも行ってるのはここよ」 「こっ、ここは……!」 その店構えから『高そう』なイメージが漂う、美味しくて確かなスーパー。その名も『カプリコーレ』。 「まままさか、ここに入るというわけじゃ……」 「まさかも何も。最初から、そのつもりだけど」 「こっ、心の準備が……」 「どうしたの。早く行くわよ」 「ええい、ままよっ」 清水の舞台から飛び降りてみた。 「なんて高いんだ……」 いなみ屋と並んでいる商品名が同じなのに、価格は倍以上違う。 「そうなの? いなみ屋には行ったことがないから、よくわからないけど……」 「もっとお得なお店が他にもあるんだよ」 「そんなこと言われたって、ここでしか買ったことがないんだもの。わざわざ他で買う気にはなれないわ」 「チッチッチッ、これだから庶民は困るぜ」 「パッキー?」 「その価値も知らずに食すお前もだぜ、ヒス!」 「鮮魚は全て新鮮な天然物だぜ。一流のシェフが物臭な主婦の為に、捌いたり下ごしらえまでしてくれている」 「しゅ、主婦って……」 「精肉は国産牛、国産黒豚、国産地鶏と大切に育てられた一級品ばかりだぜ」 「輸入肉だってご馳走なのに」 「青果は季節に合ったものを厳選し、当然のように無農薬の無添加だ」 「ぐっ。プチトマトとししとうなら負けないぞっ」 「しけた家庭菜園が有機栽培に勝てるわけないぜ。高いのには理由がある。その価値が品質に表れているんだぜ」 「そうだったんだ……」 「で、お目当てのものは買えたの?」 「じゃがいも、たまねぎ、にんじん。あとお肉」 「お肉ってビフテキ!?」 「ただの鶏肉よ」 「そっか……」 鍋で煮込むものとしては、至って普通のものが集まった。 「待てよ……? そのラインナップ。さては、カレーライスだね」 「そうよ。元々、そのつもりだったし」 「チキンカレーか。聖沙はカレーライスが好きなんだね」 「べ、別に好きじゃないわよ、そんな子供っぽい食べ物」 「カレーくらいしか作れないんだぜ」 「そんなわけないでしょ! ほんと、顔だけしか可愛くないんだから」 「じゃあ、どうしてカレーライス?」 「うるさいわねっっっ。今日はカレーの気分だったのよ、文句ある!?」 「こら! 町中でイチャイチャするな!」 「するか!」 「あれ、リア先輩。まだ集合の時間じゃないですよ?」 「うん……実は、ちょっと困ってて」 「まさか食材が見つからないとか」 「そのまさか。さっき冷蔵庫開けたら空っぽだったの。今朝はまだ残ってたのに」 「誰かが食べちゃったんですね」 「こんなことをするヤツと言えば……」 「いくらヘレナさんでも、そんなことするわけないって」 「わかってんじゃねえか」 「また始まった……」 「人質は預かった。返してピーーー」 「はい、危険物回収」 「さすがだぜ、リアちゃん」 「どうするんですか、先輩」 「う〜ん。お買い物してくるしかないかな」 「預かったって言ってましたし、返してもらいましょうよ」 「でも……」 「もったいないですよ!」 「うん、そうだね」 先輩はテープレコーダーをちょっと巻き戻す。 「返して欲しければ、私の指示通りに動いてもらおう」 「お使いですか」 「そうだな……まずはワインだ。ワインを用意して欲しい」 「パシリですか」 「お子様に買わせるのは忍びないが、これも任務だ」 「なにが任務だか」 「でも、困ったな。この格好じゃお酒なんか買えない」 「大丈夫ですよ」 「そうかな」 「とりあえず行きましょう」 「ワインを手に入れた!」 なかご酒店。両手で数本、ワインを抱えて出てくる。 「すごい……! 大丈夫? 制服で怒られなかった?」 「酒屋のおっちゃんなら僕がお酒飲まないこと知ってますし」 「へ〜。知り合いなんだ」 「ここにはよく空き瓶を持ってきますからね。っしょっと」 「あっ、持とうか?」 「いいですよ」 「ありがとう、シン君」 「これでおしまいだといいんですが」 「〈まずは〉《》とか言ってたもんね……」 げんなりしながらテープレコーダーを再生する。 「無事に入手したようだな。次はパン屋へ向かい、フランスパンを買って来て欲しい」 「ヘレナさんは洋食派ですか」 「ちょっとだけ、嫌な予感がしてきたかも」 「フランスパンを手に入れた♡」 リア先輩の抱えた紙袋の中でフランスパン兄弟が仲良く寄り添っている。 「とってもふかふか」 「硬くないとフランスパンって感じしませんよね」 「ふかふかを食ったことがないだけだぜ」 「ふふふ、そう言うと思った。けど、僕だってふかふかを食べたことはあるんだよ」 「焼きたては美味しいよね〜♪」 「ええ。買ってきたのをオーブンでチンと」 「ふむふむ、オーブンでチン」 「おいおい。それは焼きたてじゃねえぜ」 「違うの?」 「焼き戻しだね。焼きたての方がもっと美味しいよ」 「ちょっと食べてみる? はい、どうぞ」 「え、いいんですかっ!?」 「実は私もちょっとつまみ食いしたいんだよね」 てへっと舌を出す先輩。 「ククク……これで共犯成立だぜ」 「もぉ、パーちゃんにはあげないっ」 「ひどいぜ、リアちゃん!」 「はい、あーん」 「両手塞がってるもんね。 あーん」 「あ、あーーん」 「……」 うわ! 先輩の指に口を当てちゃった。 「美味しい?」 「もぐもぐ……うまいです」 「良かった。じゃあ、私も♪」 にこにこしながら、僕に食べさせた時と同じ指でフランスパンをちぎって食べる。 ああっ、そんな口に近づけたら指が唇に当たっちゃうよ先輩っ。 「くすっ、おいしいね」 「いやいや別に」 「おい! リアちゃんの指を俺様にも舐めさせろ!」 「こっ、こらパッキー!」 「あ……もしかして……当たっちゃってた? ご、ごめんね」 「いやいや、いいんですよっ。うまかったですし」 「リアちゃんの指だ、うまいに決まってるぜ、この野郎!!」 「違います。パンがですよっ」 「ああああああああ、俺様もリアちゃんにあーんされたいぜえええええ!」 「もっ、もお……めっ!」 「シーン」 墓穴を掘るだけだから、もう何も言わないでおこう……。 「せ、先輩。テープの続き」 「う、うん」 「なかなかアツアツだな」 「ぶっ」 「うむ、いいフランスパンだ。よし、次はチーズフォンデュをよろしく頼む」 「げほっ、げほっ!」 「シン君っ、大丈夫?」 ヘレナさん、どこかで見てるんじゃないか……? 「チーズフォンデュを手に入れた♡」 「なんですか、それ」 「チーズに白ワインを入れてとろとろ〜って溶かしたものだよ。パンに絡めて食べたりするの」 「なるほど、それでフランスパン。先輩もよく食べるんですか?」 「まあ、時々、ね」 先輩もお嬢さまだからこういう横文字だらけの洋風メニューをいっぱい食べてるんだろうな。 「先輩、ビフテキ食べたことあります?」 「うん。たまにこのチーズフォンデュも合わせて出てくるよ」 「そうか……ビフテキにチーズフォンデュ……」 「シン君?」 「生徒会長になると、そういうのいっぱい食べられますかねっ」 「私はあんまり食べないけど……」 「ムムム」 やはりビフテキはリア先輩ですらそう簡単には食べさせてもらえない高級品のようだ。 「これでおしまいだといいなあ」 「先輩。思ったんですが、テープ最後まで一気に聴けば良かったですね」 「おいバカ! 謝れ! リアちゃんに今すぐ謝れ!」 「あああ、ごめんなさいっ。今のは無しっ。さあ、次の任務を頑張りましょうっ」 「そっ、そうだね」 「ご苦労だった。この長い戦いも次で終わることだろう。しっかり頼む」 「最後のターゲットはフィッシュ&チップスだ。気を抜くな。成功を祈る」 「ふーー。長いお使いでした」 「付き合わせちゃってごめんね」 「いやいや、気にしなくていいですよ」 「リアちゃんの為ならたとえ火の中水の中……だぜ!」 「あっ、シン君。スタンプカード、持ってる?」 「確か制服のポケットに入ってると思いますけど――」 「じゃあ、取ってあげるね」 先輩がずいっと接近してくる。 「せっ、先輩!?」 いくら僕の手が塞がってるからって、いきなりポケットをまさぐるなんて大胆ですよっ。 「あれ? どこかな?」 「そそっ、そっちじゃないですっ、逆です逆!」 先輩が不必要なまでに密着してくる。しかも深く深く、丹念に探りを入れる。 顔が近いよ、先輩っ。加えて、むにむにっと胸が肘にあた……っ! 刺激的なスキンシップもつゆ知らず、先輩は高々とスタンプカードを掲げた。 「はぁはぁ……」 なんて無防備なのだろう。いつしか僕が僕じゃなくなりそうだ。 やめてと言えない僕も僕だけど。 「はい。今日もありがとう」 「ど、どうも」 「お姉ちゃんの我が儘には、本当困っちゃう」 と言っておきながら、リア先輩は何故か楽しそうだ。 心底嫌がってるわけじゃないんだろう。 「意外と早かったじゃない」 ヘレナさんが仁王立ちして立っていた。 「シン君が一緒に来てくれたから、ね」 星が出てきてもおかしくないリア先輩のウィンク。 「お姉ちゃん。買ってきたから、早く冷蔵庫のもの返して下さいっ」 「そう目くじら立てないでよ。可愛いじゃない♡」 「おっ、お姉ちゃん!? 外ではやめてくださいっ」 もうヘレナさんはリア先輩の全てが好きなのだろう。 胸を抱えるようにして頬を膨らますリア先輩を見て、目眩を起こしそうになる。 「もう、わかったわよ」 お互いの持ち物を交換する。 「これってワインとフランスパンに、チーズフォンデュとフィッシュ&チップス」 「買ってきたのと同じじゃないですか」 「うん、おかわり」 「うふふ。今日もエレガントな夜を過ごせそうだわ♡」 「もぉ、お姉ちゃんたらーーっ」 九浄家の冷蔵庫も、どうやらヘレナさんの支配下にあるようだ。 「よーし、番号。いち」 「いち」 「いち!」 「いちっ」 「えーっと、いち、でいいのかな?」 「全員、自己主張が強すぎるぜ」 「みんな。持ち寄った食材は家に着くまで内緒だよ」 「わかってるって!」 「ロロットのは……運ぶの手伝った方が良さそうだね」 「大丈夫ですよ、これくらい!」 「下り坂ならへっちゃらです。任せてください!」 「ロロットさんの食材……こっち見てるんだけど……」 「しっ! 着くまで内緒なんだから!」 「内緒なんだ」 「では、しゅっぱーつ」 「はい、到着!」 「ここがシン君のお家か〜〜」 「結構、近いのね……」 「リア先輩には負けるけど」 「これってアパート?」 「はい。父が知り合いに泣きつかれて買ったのはいいんですけど……」 「入居者はシンだけしかいないのよね。誰か入ってあげてくれない?」 「住むところは間に合ってるわよ」 「そっか、残念……」 「こんなトコで立ち話もなんだし、遠慮せず入っちゃってくださいな」 「咲良クン。このお菓子、ご家族にどうぞってみんなから」 「ああ、そんな……気にしなくていいのに」 「おお、気が利いてるね! さすが聖沙!」 「気がついたのは、私じゃなくて先輩よ。初めてお邪魔するならご挨拶にってね」 「さすがリアちゃんだぜ!」 「みんなから、だよ」 「どうもありがとうございます。でも、うち……両親がいないんで……」 「えっ、そ……それってまさか……」 「ただの単身赴任。ちゃんと生きてるって」 「まだ、なにも言ってないでしょうよ!」 「母さんは父さんに首ったけで、一緒に行っちゃったんだ。だから、ここに住んでるのは僕と――」 「俺様、俺様」 「君はただのしゃべるパンダでしょ」 「おお〜〜〜〜!?」 「ロロット!?」 「姿が見えないと思ったら、やはりそっちに行ってたか」 「こ……この不思議な生き物は一体……!」 「わあ、すごい! お庭でニワトリ飼ってるんだ」 「ニワトリ……ふむふむ。チキンや卵で有名な、人間界の鳥類ですか」 「こいつの名前、ササミって言うんです」 「なんとまあ、ストレートな」 「このアパートは、ササミとシンの二人暮らしっていうわけ」 「ということは、このニワトリさんを美味しく食べるんですか?」 「うう……痛い……」 「こらこら、ササミ。お客様にダメじゃないか」 「昔は可愛らしいひよこだったんだけどねー」 「その時からササミなんだ」 「ササミは人見知りが激しいんです。ええっと、今日の卵は……と」 「残念。今日も無し、か」 「会長さんっ。頭から血が出てますよ。血が!」 「ただのスキンシップだから平気だよ」 「そ、そうですか。ならいいのですが……」 「う〜ん、いつになったら卵を産んでくれるのかなあ」 「産んでくれれば、シンの食材が1品増えるというのにね」 「しょうがないよ、雄鶏だもの」 「あれ、副会長さん。どうして、そんなに離れてるんですか?」 「あ、いや……ちょっと……」 「もしかしてニワトリアレルギー?」 「そっ、そういうわけじゃないんですけど……」 「じゃあ、もっとこっちおいでよ。家に入れないじゃん」 「そ……そうなんだけど……」 「そんなに恥ずかしがられると、こっちまで照れてきちゃうじゃないか……」 「どうして照れるのよ! しかも恥ずかしがってなんかいないし!」 「はあぁ……やっぱり、かわい――」 ササミと聖沙の目が合った。 「ひっ」 聖沙が怯んだ瞬間を、ササミは逃さなかった。 「きゃー!」 「これはまた凄いアプローチ」 「あら〜〜。副会長さん、ひどい嫌われようですね」 「シン、これって……」 「ああ、ビックリだよ。まさか、これだけササミに懐かれるなんて」 「番犬……いや狂犬よ、この子は。主人にすら牙を向ける鳥頭なんだから」 「それなのに僕以外の人にこれほど懐いたのは初めてだよ」 「本当に懐かれてるの?」 「ササミの武器はクチバシ。敵と思った相手は容赦なくそれで突かれるはず」 「凶器の音が聞こえない。じゃれ合ってる証拠です」 「会長さん……さっき、突かれていましたけど」 「はぁ……はぁ……」 「おつかれさん! どうやら3歩、歩いたみたいね」 「う……うう……これだから動物は……」 「良かったですね。ニワトリさんと仲良くなれて」 「そう思えるあなたが眩しくて見えないわ」 「よーし! 私も頑張って仲良くなりますよ!」 「ああっ、ロロット! ササミに触っちゃダメだって!」 「そうそう。下手したら制服を穴だらけにされちゃうよ」 「ひいいっ、それは危険です!」 「確かに仲良い方が良さそうね……」 「ねえねえ、シン君。これが噂のガーデニング?」 「ええ。せっかくの庭なんで何か育てないと勿体なくて」 「へえ、意外。人は見かけによらないものね」 「いや〜、照れちゃうな〜」 「褒めてないッ!」 「庭師のおじさまはどちらに?」 「たーっはは。ロロちゃん家じゃあるまいし、いるわけないって」 「すごーい、咲良庭園だね。ここでは何がとれるの?」 「プランターでの栽培なんであまり大きいのはできませんけど、アスパラガスとか、ピーマン。シソとか、ヘチマとかですね」 「ヘチマって野菜なの? たわしじゃなくて?」 「シンは食べられるものしか育てません! だからガーデニングじゃなくて農業なの!」 「ヘチマって皮は硬くて食べられないんだけど、味噌煮にしたりするとこれまた『うまい!』んだ」 「そうなんですか〜〜。じゅるり」 「あーこいつは何でも『うまい!』だから鵜呑みにしない方がいいよ」 「それに茎とかから化粧水も採れるんだよ。おかげでお肌もピチピチのツヤツヤ」 「そっ、それは少し興味深いわね……」 「今だとナス、チンゲンサイ、カリフラワーに春菊とかが収穫できますね」 「旬の秋野菜……うーん、おいしそっ」 「ロロットさんは野菜が好きだったりするの?」 「いいえ。お野菜よりもハンバーグとかカレーライスの方が好きですね」 「なんと。てっきり菜食主義だと思ってたのに……」 「どうしてですか?」 「いや、なんとなく……。ううん……なんでかしら?」 「きっと天使だからだぜ」 「それはものすごい偏見ですよ。それに私は天使じゃありません!」 「そうよね、うんうん」 「納得しないでくださーい!」 「これ、お手入れも含めて全部シン君が?」 「ええ。僕の晩ご飯ですからね」 「自給自足してるんだ。びっくりー」 「ククク……家庭菜園と見せかけてケシを栽培し大儲けとは、さすがだぜ」 「うーん、卵はダメだったからなあ。残る希望は、この野菜達だけだ」 「ああーーー!!」 「どしたどした!?」 「ない……。旬の秋野菜が……食べられてるじゃないかーー!」 「たっ、食べられた?」 「見てよ、これ。ナスがヘタしか残ってない。カリフラワーも蕾だけが綺麗になくなってるし……」 「ほんとだ……食べられるところはご丁寧に全てなくなってる……」 「一体、誰がこんなことを……あ!!」 「ま……まさか……」 「ひどいじゃないか……ササミ……」 「あ、なんか怒ってるよ」 「怒りたいのはこっちだよ! でも、十分な餌をあげられてないのも事実だから……」 「皆まで言うな」 「えーっと、ニワトリって……生野菜は食べないと思うんだけど……」 「きゃあー!」 「食べちゃったものはしょうがない。けど、もう食べちゃダメだぞ」 「ほらほら、みんな。次はお家の中にれっつごー!」 「わ〜楽しみ」 「お邪魔しますよー!」 「え、あ、ちょっとみんな待ってーー!」 「お邪魔しまーす!」 「はぁはぁ……お、お邪魔……します……」 「さあ、どうぞどうぞ!」 「お……お邪魔……しまーす」 「先輩。そんな恐る恐る入らなくても」 「あっ、ああ、ごめんなさい。ついつい……」 「僕以外は誰もいませんから。遠慮せず入っちゃって下さい」 「なんだか緊張しちゃって……」 「なんで?」 「そっ、それは……」 「恥ずかしくて言えるわけないよ〜〜」 「今度は何?」 「会長さん! このピンク色の可愛い置物は何ですか!?」 「それは電話だよ」 「これがお電話!?」 「なかなかレトロなインテリアじゃない」 「いやいや、まだ現役バリバリだよ」 「なんと!? ちょっと使ってみても……いいですか?」 「いいけどお金を入れないと動かないよ」 「さすがアナログ電話……」 「お金ですね。わかりましたっ」 「あれ……ん……んっ、んっ、んっ。お金が入りませんね」 「ああ、500円玉じゃ無理だよ。10円玉じゃないと」 「そ、そうなんですか……。がっくりです」 「10円玉、持ってないの?」 「はい。私には〈これ〉《》しかありませんから……」 「なっ、なんと……ッ」 ということは、あの豚の貯金箱に入っているのは全て500円玉!? 「はぁはぁ」 「どうどう」 「じゃじゃーん! 生徒会長のお部屋を大公開!」 「おお〜〜!」 「ご感想は?」 「い、意外とキレイに片付いてるじゃない?」 「な〜んにもありませんねー」 「人がせっかく言葉を選んで言ったというのに!」 「お、お邪魔……しまーす」 「わ! これが、男の子の部屋……なんだ……」 「先輩?」 「違うの、違うの! 変な意味じゃなくて、その、男の子の部屋に来たの初めてだからびっくりしちゃって――」 「あ……しまった」 「ククク……無機質でクールな部屋を演出し、女をたらしこむとはさすがシン様。けど、リアちゃんは俺様のもんだぜ」 「なに言ってんの?」 「先輩、鵜呑みにしゃダメよ。ただ物が無いだけなんだから」 「ナナカの部屋は余計なものが多すぎ。ぬいぐるみとかさ」 「アタシだって女の子よ!? ぬいぐるみの1個や2個は……ねえ、聖沙!」 「ええっ!? そ、そうね。多少はあってもおかしくないわ」 「ふむふむ。副会長さんがぬいぐるみですかー」 「なっ、なによ!!」 「とっても可愛らしいです」 「だねー」 「っっっ!?」 「そういう咲良クンこそ、可愛いぬいぐるみ持ってるじゃないのよ!」 「パッキーが可愛い……か?」 「ぬいぐるみじゃないって。パッキーはただの喋るパンダ」 「ぬいぐるみじゃないんだ」 「リアちゃああああーーん。慰めてええええ」 「めっ」 「会長さんのお部屋……会長さんのお部屋……」 「もう、ロロットさんったら。そんなキョロキョロしてはしたないわよ」 「ああ! お部屋の隅っこに何やら怪しい物が!!」 「ちょっと。勝手にいじったら失礼よ」 「雑誌を発見です!」 「雑誌? そ……、それってまさか……! 男子の部屋だからやっぱり――」 「だっ、ダメーーッ」 「どどどっ、どうしても何も……。もしかしたらえ、エッチな……」 「?」 「先輩も何とか言ってあげて下さいよ〜」 「ドキドキ……」 「だだっ、だめですよ先輩……。ねえ、ナナカさん!」 「シン、お茶淹れるからお湯沸かしてー」 「もうやってるよー」 「ああ、ご丁寧に」 「ちょ!! 人のいない間になにしてるんだよ、聖沙!?」 「わわっ、私じゃないわよ!!」 「人の秘密を握ろうとするなんて、あんまりだっ」 「誤解よ、誤解!」 「ではオープン♪」 「あああ。見ちゃダメだけど、とっても見たい……!」 「見ちゃダメー!」 「もっ、もう知らないっ」 「あっ……」 「ああッ」 「ああっ」 「あーーッ!!」 「あ〜あ」 「編み物実践・冬物特集」 「な、な〜〜んだ。編み物の本なんだ……ホッ」 「あはっ、あはははは……」 「ひ、ひどい……みんなして僕の乙女心を踏みにじって……っ」 「乙女かよ」 「編み物……。ほほ〜、毛糸を使ってマフラーやセーターを編んで気になる人にプレゼントしたりするものなんですね」 「間違っちゃいないけど、シンは自分の為にやってんのよ」 「自分が気になるんですか!! 面白い方ですね!!」 「いや、そうじゃなくてね」 「毛糸の靴下は安くて温かいんだよ。それで、図書館から借りてきたんだ」 「あ、お料理の本まである。シン君って家庭的なんだね。いいお嫁さんになりそう」 「い、いや、そんな……やめてくださいよ」 「まんざらでもないようで」 「副会長さん。これがエッチな――」 「むむーー! むぐぐぐぐーー!」 「何でもない。何でもないのよ、ロロットさん」 「すごいね、手芸が出来るなんて。今度、私にも教えて欲しいな〜」 「私にも教えて下さーい!」 「そ、そんな……まだまだ全然ですって。始めたばっかりですし」 「いいじゃないですかー! 編み物しましょうよ!」 「ほらほら、このニット帽とか暖かそ〜〜」 ああ、二人してそんな抱きついて懇願しないでもいいじゃないですかっ。 「ムムッ」 「はいはい、みなさんお茶が入りましたよ〜」 「お茶〜♪」 「ありがとう、ナナカちゃん」 「ふう……助かったよ、ナナカ」 「デレデレすんな!」 「ふ、不可抗力だよっ」 「まっ、また日本茶ぁ!?」 「ごめんね。ハイカラな飲み物は置いてないのよ、ここ」 「生徒会室といい咲良クン家といい、これは何とかしなくっちゃ……」 「うう、苦いですっ」 「ってえ、何まったりしてるのよ! 今日はみんなでお茶会でもする気!?」 「そうそう! そうだよ、親睦会だったんだ!」 「お茶会でも悪くないね〜ほのぼの」 「だめですよ! 今日はせっかく美味しい物を持って来たんですから!」 「そうだ! ロロットのやつ冷凍庫に入れなくちゃ!」 「入るかー!」 「じゃあ、いよいよ種明かしの時間?」 「そうですね。では、みなさん。持ってきたものをどうぞ」 「私はタコさんにマグロさんです」 「すごい! お刺身セットだ」 「アンタの目は節穴か!」 「マグロ一本。さすがローゼンクロイツ家のお嬢さま」 「月ノ尾公園で釣れたんですよ」 「そっ、そうなのか……」 「やめとき。アンタの釣り竿じゃ絶っ対無理だから」 「でも釣ってきたお魚が、どうしてカチンコチンに凍ってるんだろ」 「ククク……天使のくせに市場からくすねてくるとは、驚きだぜ」 「なっ!? パンダさんはどうして邪悪な出任せを言うんですか! ちゃんと釣ってきたんです。本当ですよ!」 「ロロットが嘘つくとは思えないし。きっと本当なんだよ」 「ククク……天使を庇うことで高い貸しを作ろうとするなんて、さすがシン様だぜ」 「それに私は天使じゃありません! えいっ」 「くすくす。パーちゃん、真っ黒け」 「ブラックマだ。ブラックマになっちゃった……♡」 「聖沙は何を買ってきたの?」 「わ、私!?」 「私はじゃがいもと、にんじんと、たまねぎと、鶏肉よ」 「ああ、わかってない! わかってないよ、副会長!」 「なっ、なにがよ」 「ここは冒険でしょでしょ!?」 「そ、そんなこと言われても……」 「ここは敢えて、さつまいも、大根、長ネギ、馬肉とかを選ぶべし!」 「形と名前が似てるだけじゃない、それ……」 「聖沙ん家の晩ご飯……もしかしてカレーにするつもりだった?」 「そうだけど……それがどうしたって言うのよ」 「ふふふ」 「な、なによ!」 「僕もカレーは大好きなんだ!」 「じゃあ、私は嫌い!」 「なんだこのやりとり」 「みんな美味しそうだねー。楽しみになってきたなー」 「先輩さんのも教えて下さい」 「私はね。チーズフォンデュとワイン、フィッシュ&チップスだよ」 「すっご。横文字ばっか」 「ち、ちーずふぉんでじゅ?」 「言えてないよ」 「わ、ワインですか! 確かお酒ですよね、どきどき」 「このまま飲んじゃだめだよ。料理酒にね、使うの」 「フィッシュ&チップスって、魚の天ぷらとポテトフライのことですよね」 「天ぷらとはちょっと違う気がするけど……」 「作り方は似たようなものだけど、衣に色々入ってるみたい。物によってはビールとか」 「ビール!」 「さっきからアルコールに敏感だね」 「だって普段は飲ませてもらえないんですよ。どんな味がするのか気になるじゃないですか〜」 「ダメよ、飲んじゃ。飲むのはもう少し大きくなってから」 「先輩さんくらいになればいいですか?」 「こらこら、どこを見て言ってる」 「も、もぉ……」 「とにかく不思議なものばっかりで、とても美味しそうです!」 「でもこれ……お鍋にするのよね」 「いよいよ闇鍋らしくなってきちゃった」 「ちょっとちょっと! 何か忘れてんじゃない!?」 「ナナカさんの? おそばじゃないの?」 「ノンノン。これだから素人は困っちゃう」 「どんな玄人だよ」 「アタシはね、そばがきよ! そばがき!」 「なんで反応薄いわけ!? あれだけ必死こいて考えたのに……」 「どんまい」 「もういい! 食ってやる! たらふく食ってやるーー!」 「うまいものになるかどうか疑問だぜ」 「ワクワクしますよ〜」 「ふっふっふ。みんなびっくりして腰抜かすんだから」 「アタシはね、そばがきを持ってきました!」 「なんだ、結局またソバじゃないか……期待してたのに」 「そばがきよ、そばがき! ただのソバじゃないっての!」 「そば……がき?」 「ガイドブックに載ってないの?」 「大和魂の足りない本だね! そばがきってのはそば粉を使ったお団子みたいなものよ」 「茹でたものにワサビ醤油とかつけて食べるんだ」 「ふむふむ。ガイドブックにメモしておきます」 「ワサビ……」 「どうしたんですか、先輩?」 「いっ、いや……なんでも。それより、聖沙ちゃんは?」 「ええっと、私は……じゃがいも、にんじん、たまねぎ、鶏肉」 「おお、至って普通だね」 「どこが普通よ! 見るからに高そうな無農薬有機野菜に国産地鶏じゃない!」 「見た目は変わらないけど」 「聖沙、ちょっとニンジン食べていい?」 「ええ、どうぞ」 「ほら、シン。ちょっとだけかじってみなさいよ」 「こいつに聞くんじゃなかった。先輩、ちょっと食べて感想を」 「ん……あ、フルーティ」 「これよ、これ! アンタがいつも食べてるのとは全然違うのよ!」 「そっ、そうだったのかー」 「美味しそうですね。私にも食べさせてください」 「食え食えー!」 「ひいっ、苦いです!」 「たはっはー。この味がわからないなんて、ロロちゃんは子供だねー。聖沙も食べる?」 「わ、私は遠慮しておくわ。というわけでお次をどうぞ」 「私が持ってきたのは、チーズフォンデュと料理酒に使うワイン、あとフィッシュ&チップスだよ」 「これはまたエレガントそうな洋食ですね」 「意味わかって言ってないでしょ」 「チーズフォンデュは温めてパンとかお野菜に絡めて食べると美味しいんだよ」 「あつあつのとろとろが一番ですね」 「ほほ〜」 「ワインとかオシャレだなあ。まさに先輩ならではのチョイス」 「飲んだことはないけどね」 「フィッシュ&チップスって、これまた脂っこいなあ」 「見るからに太りそうな食べ物ですね〜」 「ろ、ロロットも早く自分の出しなよ」 「はい! 私はタコさんに、マグロさんです!」 「マグロさん、こっち見てるんだけど……」 「さすがお嬢さま。これが格の違いってやつだね」 「どこかで買ってきたの?」 「いやいや、ちゃんと海で釣ってきたんですよ。この目で見たんだから間違いありません」 「そうなんですよ、えへへ」 「すごーい」 「これって養殖マグロ?」 「見た感じ天然冷凍物だぜ」 「どうしてわかるんだろ」 「これを全部、鍋にするのか……」 「闇鍋よ」 「ううむ。もったいないなあ」 「いったいどんなものが出来るのやら」 「楽しみですね!」 「じゃあ、私から。チーズフォンデュとワインに、フィッシュ&チップス」 「あ、もしかして先輩が持ってきた土鍋はチーズフォンデュに使ってたんですね」 「たまにね。お姉ちゃん、面倒だからって粉のまま食べてたりするよ」 「それじゃチーズフォンデュにならないのでは……」 「じゃあ、ワインはズバリ……Beaujolais Nouveauですか?」 「すごい、よくわかったね」 「それしか知らないからですよ」 「ボジョレー、まだ解禁されてないと思うんですけど……」 「ということは、まだ美味しくないんですね。がっかり」 「いっ、いや、そういう意味じゃなくてね」 「フィッシュ&チップスの付け合わせで、よくお姉ちゃんが飲んだり食べたりしてるんだ」 「確かにノドが渇きそうですね。魚フライに、ポテトフライ」 「フィッシュ&チップスだって」 「フィッシュなら私だって負けませんよ。タコさんにマグロさんを持ってきました」 「タコはフィッシュなの?」 「まあクラゲですらフィッシュと呼ばれるくらいだし……」 「これまた活きのいいタコだね!」 「って、生ダコ!」 「うう……ちょっとグロテスクかも」 「うねうねしてとても愛らしいと思うのですが」 「それをこれから料理して食べるんだよ」 「なっ、なんてひどい!」 「でも、うまいよ」 「それならしょうがありませんね」 「ロロットさん。わかったから、逃げ出さないうちにそれをしまってくれない?」 「んでもって、マグロはスルーですか」 「まあ、校門の時からバレバレだったしね」 「じゃあ、次はアタシ!」 「パチパチ」 「もうちょっと盛り上げてよ!」 「わーわー!」 「もう、いいわ。アタシのはそばがきよ」 「そば、がき?」 「さてはナナカちゃん家のおそば屋さん。相当、そば粉に自信があるんだね」 「どうして、わかるんですか?」 「そばがきはソバの香りが一番引き立つものだと思うの」 「よく知ってますねー。麺の時よりも香り高いんですよ」 「へえ〜。おそばの香りなんかあまり気にしてなかったわ」 「うん、僕も」 「こんなんだから作り甲斐があるってもんよおっ!」 「がんばだぜ」 「残るは副会長さんですね」 「ええっと、私は――」 「カレーセット」 「違うわよ!」 「じゃがいも、にんじん、たまねぎ、鶏肉。 って、肝心のカレー粉がないじゃん。これでカレーセットとは片腹痛い」 「だから違います!」 「カレーは大好きです♡」 「違うってば!」 「聖沙ちゃんはカレーが好きなのかな?」 「カレーじゃありませんってばあ……」 「これを全部使ってカレー鍋にするんだね……」 「もう、いいわ……」 「そこで諦めちゃダメ! これはれっきとした闇鍋よ」 「わくわく、美味しくなりそうですよ!」 「あはは そうだといいんだけどね」 「私が持ってきたのは、これよ」 「じゃがいも、にんじん、たまねぎ、鶏肉だね」 「鶏肉はササミ?」 「え……! ササミをこんな姿にするなんて……っ!?」 「そっ、そんなことするわけないでしょうよっ!」 「アンタのペットじゃなくて、部位を聞いてるの」 「あ、ああ、これはもも肉よ」 「無難だねえ。いっそのこと手羽とかぼんじりとかげんこつにしときなよ」 「焼き鳥じゃあるまいし……」 「そういうナナカさんはどうなのよっ」 「そう急くでない。アタシからはそばがきをプレゼント」 「無難だね」 「無難ね」 「無難です」 「そ、そうなの?」 「なんだいなんだい! 食べたことあるのかい、本場のそばがきってやつをさ!」 「そばの字が入ってる時点で納得」 「そばかす、そば茶、そば飯、そば寿司、そば豆腐、そばコロッケ全部ダメなの!?」 「どれもうまいから大丈夫だよ」 「美味しさは正義です」 「そば料理ってそんなにあったんだ〜」 「私は会計さんよりもビックリな食材を用意してきましたよ!」 「もう校門にいた時点でビックリしてたよ」 「どこの魚河岸かと思ったくらい」 「ロロットちゃんは、マグロとタコを持ってきてくれたんだね」 「はい。月ノ尾公園で釣ってきたんですよ」 「はぁ」 「けど冷凍マグロなんて、生のマグロに比べて美味しくないんでしょ」 「ところがですね。このガイドブックに寄ると、冷凍マグロはうま味成分の『いのしんさん』の量が、解凍する時一気に増えるそうなんです」 「すごいね、それ。なんでも書いてあるんだ」 「けど、ロロちゃん。意味わかってないでしょ」 「美味しさは美学です」 「そうそう。とにかくマグロというだけで、僕はもうワクワクしてるよ」 「タコはどうでもいいの?」 「とってもトロが食べたいですっ」 「この正直者め!」 「みんなインパクトたっぷりで、出すのがちょっと怖くなってきちゃったな……」 「先輩も負けてませんよ」 「私は……チーズフォンデュとワイン、そしてフィッシュ&チップスなんだけど……」 「ククク……これを鍋料理にしようだなんて、さすがリアちゃんは凶悪だぜ」 「やっぱり闇鍋はこうでなくっちゃね」 「焼きたてのフランスパン。どうせならそのままで食べたいわ……」 「副会長さん。意外とチキンですね」 「鶏肉だけに」 「はぁ……和洋中の食材がどのようなハーモニーを奏でるのか、とっても楽しみですよ!」 「中華は無いけどね」 「これでみんな揃ったわけだけど――」 「ちょっと待てい! 肝心の誰かがまだ終わってないぞ!」 「ごめんごめん。パッキーを忘れてたね」 「ククク……じゃあ、とっておきの食材を紹介するぜ」 「違う! シン! アンタのじゃ!」 「そっか、シン君がまだだったね」 「ああ、そうでした」 しかし、ササミの卵はダメだったし、野菜も全滅。 残るものは―― 「却下!」 「まだ何も言ってないよっ」 「言わずもがな。上着の中に隠されたそれしかない!」 「や、やだなあ、ナナカ。それ、セクハラだよ?」 「うがーー!」 「どうしたのかしら、ナナカさん」 「きっとお約束の牛乳が出てくることに憤りを禁じ得ないのですよ」 「牛乳、おいしいのにね」 「な、なるほど……」 「じゃあ、ナナカ! こうしようっ。ヨーグルトで、ヨーグルトならいいだろう!?」 「同じじゃー!」 「会計さん、好き嫌いはいけません。大きくなれませんよ」 「はぁはぁ……。その言葉、ロロちゃんにだけは言われたくなかった……」 「それは、どういう意味ですか!」 「とにかく、僕の出し物が牛乳であることに変わりはないからね」 「威張るな! それしか無いからでしょ!」 「まあまあ。どれもこれもみんなが好きなものばっかりじゃないんだし」 「みんなが好きと言えば、カレーライスやハンバーグで決まりです」 「そうよね〜」 「一般的に好物と言われているだけであって、私個人の意見じゃないわよ!」 「そんなに力強く否定しなくても……」 「まあどうせ混ぜるんだ。好きも嫌いも関係ないぜ」 「そうなんだよね。これだけうまそうなものがいっぱいあるのに……」 「鍋料理は絶対よ。決めた以上、引くわけにはいかない」 「それがアタシ達生徒会に課せられた使命!」 「そんなにご大層なものじゃないわよ」 「でも、せっかくならちゃんと食べられるものがいいね」 「何言ってんですか。残さず食べるんです」 「ううっ。さすがナナカちゃん」 「ちゃんとしたご飯が作れるとは到底思えないわ。結局、残して捨てるだけ。やっぱり、この企画は中止すべきだったのよ」 「美味しいものが食べたいです……」 「ん、ちょっと待って……牛乳を使った料理なら!」 図書館から借りた料理の本を手に取りパラパラとめくる。 「そうだ、これにしよう!」 「まずは、お湯を沸かそう。今回は茹でるものが多いので大変だよ」 「そしたらアタシのは椀がきにしよっか。そうすればコンロあくし」 「うん。そうしてもらえると助かる」 「じゃあ、お湯たっぷりめで作っといて。ポット用意しとくから」 「了解」 「お二人とも手際がいいですね〜」 「息もピッタリ」 「昔っから一緒に料理とか作ってますからね」 「まるで長年連れ添い寄り添う夫婦のようです」 「ロロちゃん! 喋ってないで手を動かしなさい!」 「はっ、はーい!」 「うう……このタコ、こんなにかわ――」 「聖沙、大丈夫? 僕が代わりにやろうか?」 「これくらいなんともないわよ!」 「えい!」 「おお、ワイルド!」 「あとは墨をどうするかだな……」 「タコ墨? イカ墨なら聞いたことあるけど……」 「いや、使う当てはないんですけど、もったいなくて」 「お習字に使えますか?」 「たぶん、無理かと」 「じゃあ、いりません」 「というわけで、墨を抜いといて欲しいんだけど……聖沙、大丈夫? 僕がやろう――」 「えい! えい!」 「聖沙ちゃん、すごい……」 「まさに案ずるより薄氷を履むが如しですね」 「意味わからん」 「問題はタコよりもこいつだよ……」 「マグロさん!」 「なんかいつも見つめられてる気がして、ちょっと怖いね……」 「先輩でも怖がるんだ」 「ちょっとだけだよ、ちょっと!」 「そんな先輩も、素敵……♡」 「これだけ体積があると、溶けるのにも時間がかかりそうだ」 「そこでDIYの出番でしょ」 「ああ、ノコギリがあったね」 「すごい。まるで魚屋さんみたい」 「これほどの大物、ノコギリで三枚下ろしにできるかね」 「さすがに無理があるぜ」 「みんなでやればなんとかなる。じゃあ、切るんでマグロ押さえてくれる?」 「おっけー」 「ひやっ、冷たい」 「ちゃんと軍手つけてる? つけないと危ないよ」 「あ、いっけね」 「ああ、どうしても目が合う」 「だよね……」 「ふふふ……トロだトロ……幻の大トロ――って、いかんいかん!」 「今は余計なことを考えるな。マグロを切り刻むことが先決だ」 「わ、わかった。じゃあ、いくよ……せーのっ」 「ひいいい! 危ないですよ!」 「な、なに今の音……」 「わざわざ登場してきたってことは、刺さったのね」 「だ、大丈夫?」 「これくらいなんともないぜ!」 「う〜ん、弱ったなあ」 「こ、この音は――?」 「じいや!」 「マグロのことは、このリースリング遠山にお任せを」 リースリングさんは暴れ狂う刃をものともせず、クールな面持ちでこちらを見据えている。 「今日って、13日の金曜日だっけ?」 「や、やだ。やめてよ、ナナカちゃん」 「も、もしや、じいやさん。それで一体……!?」 「リースリングとお呼び下さい」 そう言うと、まるで自分の腕のようにチェーンソーを操り、音もなく尾の部分を切り落とした。 「さあ、こんな感じに」 リースリングさんは汗もかかず息も切らさず、髪をサッとかき上げると、停止したチェーンソーをこちらにポイと投げた。 「あ、ありがとうございます」 「この、とてもスタイリッシュなお方はどちら様……?」 「じいやです」 「ロロットちゃん家の執事さんだよね」 「覚えて頂き恐縮です。リアお嬢さま」 「シン。これならいけるよ。夢にまで見た大トロが!」 「う、うんっ」 「じゃあみんな! しっかり、押さえて――」 みんなの力を合わせて、マグロを固定する。 「くうぅうう……っ、なんて暴れん坊……っ」 僕は荒々しく踊るチェーンソーをマグロの背中に押しつけた。 「も……もっと強くっ……! 強く擦りつけて! あっ、そ、そこは……っ、ダメ」 「あ、ああっ……シン君、それ……すご……すごいん……っ! ああっ、ああ〜〜」 「はっ、早くぅっ……! これ以上は……だめっ、だめえっ! 痺れるううっ」 「会長さん、そのまま大事な部分を……あっ、ああんっ、いっちゃってください〜〜っ!」 「わっ、わかった! うおおおおっ、いくぞ〜〜〜っ!」 そのまま一気に、えぐるような形でチェーンソーを進めていく。 「やった!」 僕たちは、マグロの切り身を手に入れた! 「やりましたね、会長さん。大トロをゲットですよ!」 「みんなが助けてくれたおかげだよ……」 「感動するのは食べた時のお楽しみ。さあ、料理の続きDA!!」 「はーい!」 「ト、トロ……?」 「どうかしたの?」 「い、いや……なんでもないぜ」 「じゃー、次は包丁。シン、後は頼んだ」 「あれ、ナナカちゃんはやらないの?」 「アタシは潔くパス!」 「ナナカは麺棒とソバ包丁しか使えないんですよ」 「不器用ですね〜」 「ロロちゃんに言われたかないよ!」 「なっ! なんで私が出来ないことになってるんですか!」 「じゃあ、やってみ」 「は、刃物は怖いです……」 「しょうがないわね。私がやるわ。包丁貸して」 「じゃあ僕と聖沙で手分けしよう」 「私だけで十分よ」 「いいからいいから」 「ちょっ、ちょっと人の話を――」 「わあ、会長さん。じゃがいもの皮むき、上手ですねー」 「出来るだけ食べられる部分を残したいからね」 「……勝負」 「じゃがいもの皮をどれだけキレイに早くむけるか、勝負よ!!」 「さあ、始まりました。注目の一戦。解説は九浄リアさんです、どうぞよろしく」 「よろしくお願いします」 「双方、ほぼ同時で手に取りましたじゃがいもですが」 「このじゃがいもは肥沃な大地とミネラル豊富な伏流水を養分にして美味しく育っています」 「日中と夜の寒暖差も味の決め手とのことですが――」 「おおっと! ここで、両者まず1個目を終えようとしています」 「放送席、放送席。実はこのじゃがいも、3個しかありません」 「ということは、次の1個で勝負が決するというわけです! 両選手、皮がまな板に落ちましたー!」 「これはまた長くてキレイなリボンですね」 「さあ、残されたじゃがいもに手をつけるのはどっちだ!?」 「両者の手が触れた!! おおっと、激しい睨み合いというか見つめ合い頬を赤くしてそのまま――」 「って、ラブコメすんな!」 「ししっ、してないわよっ!」 「ナナカ……遊んでないで、ちゃんとお湯見ててよ」 「てへっ!」 「ロロットちゃん。一緒にタマネギの皮でも剥こ」 「聖沙。にんじんを乱切りにしておいてくれる?」 「な! 勝手に仕切らないでよ――って、もう鶏肉に手つけてるし」 「大丈夫、分量はキッチリ均等にしてるから」 「そういう問題じゃない!」 「それ終わったら次はタマネギをスライスね」 「だから人の話を……ぐすっ、聞きなさい!」 「ごめん、悲しかった?」 「タマネギのせいよ! ぐずっ」 「すっご。文句言ってても、しっかり手は動いてるし」 「ええ。あとは調理に入るだけなんですが……」 「じーー」 「先輩、やってもらえます?」 「やたっ」 「私も何かさせて下さい……」 「じゃあ、一緒に先輩を応援しよう!」 「わかりましたーっ」 「じゃあ、今切ったのを炒めればいいんだね」 「先輩……きっとお料理も上手に違いない」 「そんなに期待しないでね」 リア先輩は、野菜を鍋の中に入れて、しゃもじでサッサと炒める。 「ここでこれを」 ワインを直に振りまく。 「ひいいい!」 すると鍋が大炎上! ロロットは逃げ出した。 「う〜ん、いい香り」 しかし、先輩は全く動じない。 「主が召さるるは、無垢なる清流に抱かれし碧水の天使、スリセル……」 「はっはははー。ロロちゃんは恐がりだなー」 「さーて、そろそろ牛乳の出番かな」 「ナナカさん、お湯お湯!」 「ああ、ごめん! ついつい。 おっけー沸いた。隣空いたぞー」 「チーズフォンデュ。湯煎で溶かしておいてくれる?」 「わっかりましたー」 「じゃあ、こっちの鍋にバターと小麦粉を入れよう。そして焦がさないようになじませる、と」 「で、牛乳はどこにあるの?」 「ああ、ここ。僕の上着の中の、ここら辺」 「ええっ、そ……そんなところ!?」 「どれどれ」 「あ……っ、ああ〜〜〜っ、先輩そんなッ」 「こ、こらあ! シン君ったら変な声出さないでよ、も〜」 「ご、ごめんなさい……いきなりでびっくりしちゃって」 「本当に常備してるのね……」 「ええっと、牛乳を少しずつ入れてかき混ぜて……」 「またワイン入れるみたいよ」 「ワインづくしだね。とってもオシャレな感じがするなあ」 「こっちもいい焦げ目がついてきたよ」 「そしたら、煮ちゃいますか!」 「アタシらはそばがきを作るよ」 「はい!」 「こうやってそば粉が入ったお椀にお湯を注いで、スリコギでぐるぐるとかき混ぜる」 「おおっ、おおーーー! なんだかネバネバしてきましたよ!」 「ほらほら、ダマが出来てるからそれを潰すような感じで」 「お、ソバのいい香りがしてきた」 「冷めないうちに下地作ろ」 「うん。マグロ、タコ、たまねぎをきれいに並べて……」 「ドレッシングは何にするの?」 「そばがきだし、和風でいいかな」 「あとはフィッシュ&チップスを添えればいいかしら」 「うんうん。さっぱりとこってりの見事なハーモニーだ」 「はぁはぁ……会計さん。そばがきは、こんなものでしょうか?」 「バッチリバッチリ! ロロちゃん、いいセンスしてるね。うちで働いてみない?」 「アタシの修行は厳しいよ?」 「じゃあやめます」 「根性なし!」 「よし! 海の幸とそばがきのカルパッチョ……で、いい?」 「うんうん。オサレで、いいじゃない!」 「こっちもできたーーー」 「まあなんの変哲もないクリームシチューだけど」 「ちゃんと鍋料理になったでしょ」 「ちゃんと闇鍋も作ったわよ♡」 「凄いですね〜。なんだか普通のご飯みたいになっちゃいました」 「あとは主食にフランスパンとチーズフォンデュで――」 「できあがり!」 「それでは――」 「これがそばがきですか。不思議な味がしますね〜」 「んーー。もちもちしてるーー」 「タコもマグロもおいし〜。たまねぎと絡めてパクッといただきますっ」 「フィッシュ&チップスの脂っこさも、カルパッチョのさっぱりといい感じにマッチしてるわね」 「パリパリ、ホクホクで美味しいですよ」 「嗚呼、麗しの大トロ……まさか大トロを食べられる日が、こんなにも早く来るなんて」 「どうしたの、パーちゃん」 「いや、そのマグロなんだが……」 「パッキーはいらないの? じゃあ、僕が食べてあげる」 「背中の部分を切り取っただろ。それは、ただの赤身だぜ」 「え!?」 「なっ、なにを言うんだ。うまいからこれは大トロなんだっ」 「確かに、そういえば脂身も少ないような……」 「先輩っ、それ言ったら――」 「ああっ!」 「残念だが、あの大トロは――」 「マグロさん……全部はとても食べきれませんね」 「お邪魔なようでしたら始末いたしますが」 「そんなのもったいないです!! 手伝ってもらいましたし、残りはじいやが頂いちゃってください」 「かしこまりました。あの、お嬢さま――」 「どうしました?」 「ご厚意に感謝いたします」 「まあまあ、美味しいマグロにゃ変わりないって。せっかくだし、アタシはワサビ醤油にしてみようっと」 「ツーン、うまい! みんなもいかが?」 「わ、私はいいや。遠慮しとくね」 「控えめなところが可愛いぜ、リアちゃん!」 「私もワサビは遠慮しておくわ」 「ワサビも食べられないなんて、ヒスはほんとガキだぜ」 「な――!? た、食べるわよ。食べればいいんでしょ! もぐっ」 「〜〜〜っ」 「無理して食べなきゃいいのに」 「おいしいわ、本当よ!」 「おお、そりゃ良かった。夕霧庵特製のワサビだからね。じゃんじゃん使って!」 「そんなにかけたら高血圧になるぜ」 「うう……そういう問題じゃない……」 「私にも食べさせてください! あーん、パクッ」 「どう? 美味しいでしょ」 「きゃあ、辛いですよ!」 「新鮮なおろしワサビだからね。よく効いてるよ」 「みんな頑張ってる……。私もチャレンジしてみよ……もしかしたら美味しいかもしれないし」 「ええい、はむっ」 「お!」 「ムムーーッ!? 辛いッ!」 「ムッハー! リアちゃんの悶える姿、超可愛いぜ!」 「ピシッ!」 「ギャース!」 「お、お口直しのシチューを……」 「はぁ……温かくって美味しいです」 「ほんと! とってもクリーミーで、ホッとするよね」 「あれ、ナナカちゃん。牛乳は、大丈夫なの?」 「ああ、これはもう原型とどめてないし。余裕でオッケー」 「そ、そうなんだ」 「こいつの好物を思い出してください。ケーキですよ、ケーキ」 「あ……ケーキには牛乳がたくさん入ってるものね」 「スウィーツ!」 「シチューやケーキはよくてミルクがだめなんて。本当に会計さんは我が儘ですね」 「ロロちゃん、そんなにワサビが食べたいんだね♡」 「ひいいい、シチューに入れるのはやめてくださーい!」 「フランスパンにとろけるチーズフォンデュ。これがまた美味しいわ〜♪」 「さっきのお刺身、残しちゃだめよ」 「また蒸し返す……」 「はぁ〜〜。食べた、食べた」 「お腹がいっぱいいっぱいですよ〜」 「ホントホント。ついつい食べ過ぎちゃったかも」 「では、お待ちかねのデザートです」 「いらん! いらんよ!」 「残しちゃだめなんでしょ」 「くううう、鬼だ。ここにオーガがいるよ!」 「ナナカさんにだけは言われたくないわ……」 「はい、ヨーグルトをどうぞ!」 「うっうっうっ……」 「はむっ、んーーおいし♪」 「会長さん。このヨーグルト、酸っぱいだけで甘くないですよ」 「そりゃそうだよ。ただのプレーンヨーグルトだもの」 「しかも手作りのカスピ海ヨーグルトだぜ」 「こんなの食べらんないよね! みんなでギブアップしようよ、ね! 赤信号みんなで渡れば――」 「さ、砂糖はどこかしら……?」 「裏切ったなーーー!」 「私にもお砂糖くださーーい」 「薄情者ーーー!」 「ナナカちゃん、ファイト♪」 「うう……いただきます」 「目をつぶれば大丈夫だって」 「うん、がんばる」 「はあ〜甘くて美味しいですよー♪」 「そ、そうね……」 「目を閉じてもやっぱりヨーグルトだーーッ!」 「ごちそうさま! いやはや、大満足」 「とんでもない組み合わせでも、こうやって楽しく美味しくできるんだね」 「最初に食材を見た時は、どうなることかと思いましたけど」 「なんとかなるもんだよ」 「みなさんの力を合わせて不可能を可能にしたというわけですね」 「ヨーグルト、完食!」 「おめでとー!」 「じゃあ、そろそろお片付けでもしましょ」 「ちょっと待ってください。まだ残ってるものがありますよ」 「あれ……シチュー作るからって、よけておいたのに」 コンロの上でぐつぐつと煮えたぎる土鍋。 「誰が作ったの?」 「さ、さあ……」 みんな目を丸くしてキョトンとしている。 一体どこの誰がこんな仕掛けをしたというのだろう。 「ウギャ!」 パッキーが音もなく伏す。まあほっといて。 「とりあえず蓋開けてみようか」 ザ・ご開帳。 そして閉幕。 「ちょっと待ったあああ!」 「タコにマグロとそばがきに、じゃがいもニンジンタマネギチキン……」 「フィッシュ&チップスにワインとチーズフォンデュを牛乳とヨーグルトで煮詰めたものだよ!?」 「逃げたら負け……。負けなんだから……!」 「なっ、ナナカちゃん……目が危ないよ」 「今日の決まりは『残しちゃダメ』でしたよね」 「ロロットさん、正気なの!?」 「……わかった。決めた以上はやるしかないっ」 鍋の煮物を全員のお椀に配る。そして一斉に―― そんなこんなで夜もとっぷり。 「ねえ、シン。そういや押し入れのアレ、まだ捨ててないよね」 「アレアレ?」 「『ぽんぽこ』のタメさんにもらったってやつ」 「ああ、花火?」 「HANABI? ふむふむ……」 「ドンドンパチパチ火遊びですか」 「物騒なこと言わないで」 「そんなんじゃなくて、もっと綺麗で素敵なものよ」 「ほほ〜。そうなんですか〜」 「すごーい。シン君家って、何でもあるんだね〜」 「そ、そんなことないですよ……」 「ケッ。ただのガラクタ小屋だぜ」 「みんなでやろうよ、花火!」 「水よし」 「マッチよし」 「ロウソクよし」 「バケツよし」 「花火よーーしッ!」 「やっぱ湿気ってるぜ……」 「気にしない、気にしない。火がつけば大丈夫!」 「じゃあ、始めようか〜」 「ひいっ! なんの音ですか!?」 「ササミじゃないの?」 「ううん……ササミはもう寝てるはずなんだけど……」 「ということは……オバケ?」 「ええッ!?」 「せせっ、先輩っ! そんなのいるわけないじゃないですかっ」 「な〜んちゃって。う・ふ・ふ♡ 冗談だよ、冗談♪」 「聖沙、オバケ怖いの?」 「怖くないわよ」 「声が裏返ってるぜ」 「ロロちゃん。平気だから隠れてないで出ておいで」 「本当ですか〜?」 「オバケさん!?」 「ウギャー!」 「きゃあ、嘘ぉ!?」 「助けて下さーーい」 「ああっ、ロロットに先輩っ。そんなにくっつかれたら、ああああ」 「本当はオバケ、ダメなの〜〜!」 「な、なんと人が悪い……」 ぐいぐいと、控えめに袖が引っ張られる。 「な、なに?」 「……別に。てかさ、ちゃんと見てみなよ。あれ、オバケじゃないし」 「あ……本当だ」 「な、なーんだ。ただの魔族じゃないか。ビックリさせないでよ」 「まったくです」 「が、がんばった……。がんばった、私。今のは負けてない」 「さて、問題も潰えたことだし、花火すっかー」 「って、大ありでしょ!」 「いかんいかん、そうだった」 「ヘチマさんにかぶりついてますが、美味しいんでしょうか?」 「そのままじゃ硬くて食べられないのに……」 「食べる……?」 「あ、もしかしてお庭を荒らしてた犯人って……」 「あ――!?」 「そっ、そうか。ササミじゃなかったのかーー」 「よりにもよってシンの家を荒らすなんて、冷酷かつマヌケだね」 「欲望の赴くままに動いているだけだぜ」 「パンダさんそっくりです」 「豚壊すぞ!?」 「きゃあ、やめて下さい!」 「ササミ、ごめんよ。あとでお詫びに牛乳あげる」 「いや、飲まないから……」 「魔族相手にさ……なんだか緊張感ってもんが薄れてきてない?」 「慣れてきた証拠だね」 「慣れるの早ッ!!」 「さあ、みんなで変身だっ」 「くらぁ……っと、いかんいかん!」 「立ちくらみ起こしてる場合じゃないぜ」 「そうだそうだ。食べ物の恨みは怖いんだぞー。覚悟しろっ」 「わかった? ここは僕ん家で、このお野菜は手塩にかけて育てた大切なものなの」 「だから勝手に食べちゃだめよ」 「しっかり『いただきます』しないと」 「本当にわかってるのかな〜?」 「ああ。一応、わかってくれたみたいだぜ」 「そっか。そいつはありがたい」 「ちょっと咲良クン。もっと厳しく言わなきゃ。とても反省してる風には見えないわ」 「うん……このまま大人しくしてくれればいいんだけど」 先輩と聖沙が不安がるのも無理ないなあ。せめてちゃんと言葉と意志がしっかり伝えられる魔族が現れてくれればいいんだけど。 「パッキーみたいにね」 「こんな雑魚と一緒にしないで欲しいぜ」 「イーッ!!」 「ンがッ!」 「口は災いと味の元なのですよ」 「て、天使のくせに生意気だぜ……」 「違いますってば!」 このままお別れじゃいつもと同じ。何か違う切り口で魔族の説得を試みないと―― 「そうだっ。君たちも一緒に花火するかい?」 「ほら、これが花火」 ひょいっと1本、差し出してみる。 「たっ、食べたッ!?」 「きゃーー!」 「あ、行っちゃった……」 「なんて食い意地……お馬鹿過ぎ」 「食べ物じゃないって、ちゃんと教えてあげれば良かったね」 「呆れて物も言えないわ……」 「さ! アタシ達も花火、花火!」 「ロロちゃん、そーっと火薬んトコをロウソクに近づけて」 「わ! わわっ! すごいです!」 「う〜〜ん。きれいだね〜〜」 「リ……リアちゃんの方が、きれい……だぜ」 「ほら、見て下さいよ、会長さん!」 「ひい!」 「ああ、ごめんなさいっ」 「人に向けたら危ないでしょ。花火をする時は、誰もいない場所に向けるの」 「はい、こうですね」 「熱い! 熱いぜ!」 「パンダさん!?」 「ひどいことしやがって、絶対に許さないぜ!」 「焦げてる焦げてる」 「ブラックマ……♡」 「季節外れの花火もなかなか素敵だね」 「風流ですね〜」 「これにあと美味しいお団子があれば最高なんだけどね!」 「月見じゃあるまいし……」 「お団子ならあるよ。はい、どうぞ」 「わーい、いただきまーす♪」 「先輩、どうして持ってるんですか……もしかして、魔法使い?」 「実は魔女だったのです、えっへん!」 「先輩は和菓子がとっても大好きなのよ。いっつも常備してるくらいにね。そんなことも知らないの?」 「リアクション大袈裟だよ、シン君……」 「シーン。もう、花火おしまい?」 「あとは線香花火かな?」 「ムムッ!?」 「線香花火……?」 「モチモチ、シュワー、ポテッってする可愛い花火だよ」 「なるほど〜」 「咲良クン、どっちが長く持ちこたえるか、勝負よ!!」 「ふふふ、負けないよ」 「おお、楽しそうだね! みんなでやろう!」 「よーい、ドン!」 「あぁ……」 「もう落ちちゃった」 「早いよ!」 「また僅差で負けた……」 「あれ、聖沙も終わってたの?」 「トップは頂きです!」 「まだまだ。アタシが終わってないもんね」 「みんな頑張れっ」 「ククク……俺様が一番だぜ」 「フーーーッ!」 「かっ!? あんまりだぜ!」 「はい、ロロットさんの反則負け」 「ちょ……! ああーーッ、変な声出すから落ちちゃったじゃない……」 「残念だったね」 「ま、一番はアタシだけどね。はっははー」 「違うわよ」 「せ、先輩……?」 「さっきから一言も喋らないと思ったら、めっさ集中してるし」 「リアちゃん、最高! よっ、世界一っ!」 「あっ……ああ〜〜〜」 「落ちましたね」 「もーー! パーちゃんのお馬鹿さん!」 「ガビーン」 「ご飯美味しかったです〜」 「花火も楽しかったしね」 「色々とハプニングも多かったけど、無事に終わってなによりだわ」 「ナイス親睦会! おつかれ、会長!」 「みんなが盛り上げてくれたからね。万々歳だよ」 「皆さんと一緒なら、なんでもできちゃいそうな気がします!」 「うんうん、そうだね」 「そうやって調子に乗ってると失敗するわよ。次もまたうまく行くとは限らないんだから」 「まあまあ。今日のところは笑って許してあげなって!」 「そうそう。いっぱい頑張ってくれたんだからちょっとくらいはね」 「『弘法も筆に謝れ!』なのです」 「えっ、えっ。僕、なんか悪いことしました……?」 「なに情けない声だしてんの。冗談に決まってるでしょ」 「ひどいや、みんなしてっ」 「そうですよ、騙すなんてっ」 「実は思い当たる節があるんじゃない?」 「そっ、そんなことは……」 「くすくす。今日一番の立役者さん。本当に、おつかれさまでした」 「えっ……今日はこんなにですかっ」 「いつも以上に頑張ったからね。ボーナス、ボーナスゥ♪」 「あ……ありがとうございます」 「じゃあ本日はこれにて解散かな」 「夜も遅いし、みんなで一緒に帰ろうか。送ってくよ」 「え、いいわよ、そんな!」 「暗いし危ないって」 「あなたにだけは借りを作りたくないの」 「じゃあ、聖沙ちゃんは私が送ってあげるね」 「え……もしかして二人きり……♡」 「でも、待って。私を送った後に先輩は一人きり。そんなの危険すぎるわ!」 「ああ、揺れる想い。私はどうすればいいのかしらっ」 「どうすんのかハッキリせい!」 「皆様の送迎は、このリースリング遠山めにお任せを」 マントもないのに何かが羽ばたくような音がして、リースリングさんが現れる。 音もなく、高そうな車が狭い道に停められていた。 「それなら安心だね。聖沙、それでいい?」 「ええ、もちろん。その方があなたも疲れなくて済むでしょ」 「気遣ってくれたんだ」 「か、勘違いしないで。あなたのボディガードなんかいらないってことなんだから」 「素直じゃありませんね、副会長さんは」 「違うって言ってるでしょ!!」 「じいやさん、よろしくお願いします」 「ありがとうございます、遠山さん」 「リースリングでございます」 「では、みなさん。ずずいっとお乗り下さい」 「じゃあ、シン君。またね」 「さようなら」 「高級車だ、すっごーーい!」 「今日は本当に楽しかったです」 「ああ、みんな気をつけてね。バイバ〜イ」 「バイバイシ〜ン」 「では」 「まったねー」 「寂しそうだぜ、魔王様」 「うん。今までずっと騒がしかったからね」 「本当に楽しかったな〜。うまい物も食べられたし」 「大トロが食べられなくて残念だぜ」 「まあね。けど、今日の親睦会でみんなと仲良くなれたし、別にいいや」 「ククク……そして奴隷化計画を推し進めるとは、さすが魔王様だぜ」 「なんだか自分が魔王だなんてこと。忘れちゃいそうだよ」 「忘れてもいいが、あとで困るのは魔王様だぜ」 「うぐぐっ、脅しなんかに屈したりしないぞ……っ」 「あ、流れ星だ」 「また降ったぜ」 「うん。これから、どんどん増えてくるんだよね」 「ああ。そして、世界は恐怖の渦に包まれていくんだぜ」 「この空いっぱいに降り注ぐ流れ星。きっと、素敵なんだろうなあ……」 「ククク……本当に気楽な奴だぜ」 「けど、楽観もしてられないんだよね。なにせ、身近なところで事件は起きているわけだし」 「そうそう。庭の野菜は元に戻らないしな」 「ああ。そういえば、そうだったね……すっかり忘れてたよ。みんなといるのが本当に楽しくてさ。今週のおかずが、ほとんど無くなっちゃったってのにね」 「ククク……悦に浸りすぎだぜ、魔王様」 「リ・クリエに乗じて魔族がやってくる。僕は生徒会長――クルセイダースの一員として、その魔族を懲らしめて元の世界に追い返す」 「けど、いつも無意識に庇っちゃうんだよね。魔族の血が騒いでるのかな、いつも注意してバイバイ」 「なんだか憎めないんだよ。お腹が空いてる時の気持ちはよくわかるし……せっかくなら仲良くその思いを分かち合いたいんだ」 「でも魔族全てが、腹が減ったという理由で人間界に来ているわけじゃないぜ」 「支配したい。破壊したい。食欲に限らない欲望をたぎらせて、秩序を乱そうとする奴はそれこそ星の数ほどいるんだぜ」 「わかってるのか? そんな奴らを相手にしても、円満に終わらせたいと言ってるんだぜ、魔王様は」 「僕って魔王――魔族の王様なんでしょ……? どうせなら、それくらいビシッと言って聞かせてやりたいよ」 「だったら悩むことはないぜ! ただ、そうすればいいだけだぜ!」 「やれるかな?」 「やれるともだぜ」 「そうだね! だって、キラキラの学園生活が待ってるんだものっ」 「ククク……さすが魔王様だぜ」 「コケコッコー!」 「ん……ふわぁ……パッキー、朝だよ〜」 「ぐうぐう」 「ちーっす! 越後屋でーっす!」 「ああ、ナナカ。おはよ〜う」 「おはよ! 今日もいい天気だね!」 「ほんと? 布団干そうっと。ほら、パッキー起きて」 「台所借りるよっ」 「どうぞどうぞどうぞ」 「ポカポカ陽気だな〜」 「今週のライスカレー。ちょっと味変わった?」 「うん、少し試行錯誤してみた。おかげで昨日、遅くまでかかっちゃったけどね」 「バイト辞めたと思ったら……カレー屋にでもなるつもり?」 「ああ、それも悪くないね〜」 「へい、お待ち!」 「おお、もう出来た!」 「へへっ、どんなもんだい」 「ずずず……やっぱり、うまいぜ!」 「いつ起きたんだい……」 「カレー弁当さ。たまには、カレーそばにしてみたら?」 「え〜、いいよ。ナナカのおそばはそのまま食べるのが一番なんだから」 「嬉しいこと言ってくれるね、まったく! せいろ1枚追加ァ!」 「ツーーン、うまい! やっぱ朝はワサビに限るね〜。もぐもぐ、ごちそうさま!」 「片付けしとくから、弁当作っちゃいなよ」 「うん、ありがとう」 じっくり煮込んだカレー。これで今週のお弁当は安泰だ。 「よーし、今日はお代わり持ってくぞ〜〜」 「お! 贅沢だね、生徒会長!」 「ねえ、ナナカ。今日の朝ドラなんだけどさ」 「ああ『キララ』?」 「うん。親父さんが下町カジノを経営するって話の後、どうなった?」 「それがもう大繁盛で、キララの学費も賄えるぞってことに」 「やった! これで念願の音楽学校入学決定だね」 「ううん。それが早速、性格悪そうなお金持ちに目をつけられちゃってさ」 「なにかと営業妨害されて、経営が一気に傾いてきたわけ」 「まさか親父さん……」 「そう。魔が差してイカサマやっちゃったの。それがバレちゃって……」 「ああ〜〜! なんでそんなことしちゃうかな〜〜!」 「それだけじゃないの。キララがそこで働いてるってことも学校側にバレて推薦取り消し」 「働いてるってお手伝いじゃんか!」 「ただでさえお嬢さま学校だからね。そういうの厳しいんだよ、きっと」 「はぁ……大好きだったオーボエも質に入れちゃうんだろうな……」 「けど、西方一家はまた一から出直そうって、街を出て行ったとさ。つづく」 「がんばれ、キララちゃんっ」 「知ってる? キララ役の人、もともとモデルだったんだって」 「へえ。だからあんなにガリガリなんだ」 「スレンダーって言ってよね。あんなに背が高くて、無駄な贅肉がないのよ。同性として憧れちゃう」 「僕はもうちょっとふっくらしてる方がいいなあ〜」 「ほほー。シンはグラマラスな娘が好きなわけ。ムッチンプリンでやーらかい女の子が好きなんだ」 「そ、そこまで具体的には言ってないぞ」 「このスケベ」 「なな――!?」 「たははーっ! 赤くなってやんの」 「ななな、なに言ってんのっ」 「焦ってるのが何よりの証拠!」 「く……くうぅ……」 「きゃん!」 「ナナカ?」 「ああああ、アンタって人はぁああ……」 「いきなりなにすんのよっ!」 「ダムッ」 「からかわれた仕返しに人のお尻触るだなんて!! いくらムッチンプリンで、やーらかいのが好きだからって――」 「好きかもだけど、僕は何もしてないって」 「ととっと、とにかくセクハラセクハラ!」 「だから触ってないって!」 ころころ〜。 「あれ……これって魔族じゃん」 「そいつがナナカのお尻にぶつかってきたんだよ、きっと」 「お尻ゆーな! 恥ずかしい!」 「僕じゃないでしょ」 「あ、ああーごめんごめん」 「コラッ、アンタが悪いのよ!」 ナナカはヤケになって魔族の頬を伸ばす。ひどい八つ当たりだ。 「その者に触れてはなりませぬ!」 ナナカはビビって魔族をポイと捨てた。 「わ、わわ……紫央ちゃん、落ち着いて」 「こ、この子……シンのお知り合い?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」 「ご安心召されよ。それがしが来たからには心配ご無用」 「物の怪め、退治してくれようぞ! 成敗ッ!」 「断ッ!」 紫央ちゃんが勇敢に薙刀を振るうも、魔族はひょうひょうと避けてしまう。 問題の必殺仕掛け人は、勢い余って塀を粉砕していた。 「ええい、ちょこざいな。 てぇ、やーッ!」 「あら〜」 電柱が傾いた。 「いきなりどうしたのこの娘」 「う〜〜む」 「斬ッ!」 大きく振りかぶった渾身の一撃。 剣閃が波動となり、周囲の公共物を巻き込んで襲いかかる。 しかし、魔族はころりと転がってあっさり難を逃れた。 「なにっ!?」 「くうううううッ!」 怯んだ隙に魔族が体当たり。紫央ちゃんは数十メートル吹っ飛んだ。 飛ばされながら宙でぐるぐる回転しつつ着地する。砂塵が舞った。 「なんたる不覚……ッ。しかし、まだまだ!」 目も当てられないほどの惨状が加速していく。 「ねえ、止めないの?」 「そんなことをしたら巻き添えを喰らうぜ」 「けど、黙って見ているわけにはいかないよ」 「一番首、討ち取ったり!!」 「おお、勝った?」 「元気そうだぜ」 「憤ッ!」 「怒っ!?」 「自分の気で吹っ飛ばされるし」 「くっ、一筋縄ではいかないということか」 魔族はつまらなそうに大口を開けていた。 「なんか欠伸してない?」 「どうやら飽きたようだぜ」 「飽きたって、危機感ゼロ?」 「ああ、からかって遊んでいただけみたいだぜ」 「紫央!」 「この声は!?」 「一体なんの騒ぎ!? こんな所で何やってるのよ!」 聖沙がうずくまる紫央ちゃんの元へ駆け寄ろうとする。 「近づいては危険です、姉上!」 「姉上ェ!?」 「ちょっと大丈夫? ああ、もう怪我してるじゃない! ハンカチハンカチ」 「だからここは危ないと……」 「つうっ!」 「じっとして。このままじゃ、バイ菌が入っちゃうでしょ」 「うう……かたじけない……」 「まったく、無理するんだから」 「あの……紫央ちゃんって聖沙の妹さん?」 「その話はあとよ。何がどうなってるのか説明してちょうだい」 「その妹ちゃんが魔族と戦ってたわけで」 「え、魔族?」 「あっ、姉上!」 「えっ、や、ちょっと、やだ!」 魔族が聖沙の足を伝って、スカートの中に潜ろうとしている。 「けっ、けしからん魔族めっ!」 「姉上のモゴモゴゴゴゴ!」 「紫央ッ!?」 魔族を追う紫央ちゃんも勢い余って聖沙の太ももに顔をうずめてしまう。 待てよ。魔族は食べ物が好きみたいだから―― 「ままっ、まさか! そこにうまいものが……!」 「すっとこどっこい! あれは、ただの助平でしょ!」 「食欲に限らず、魔族は己の欲望に忠実だぜ」 「ぼぼっ、僕はちゃんと節度を守ってるよっ」 「んなこた聞いてない! 早く聖沙を助けなきゃ!」 「よ、よ〜〜っし」 聖沙は自ら、股ぐらの魔族をむんずと掴んで壁に叩きつけた。 「ふんっ」 「出る幕なさそうね」 「姉上! ご無事で何より!」 「私の……私のを……許さないわ……覚悟なさい……」 「あの……聖沙……」 「咲良クン、変身よ!」 「ボーッとしてないで、戦うの! 早く!」 「はっ、はいぃ!」 「あっ、姉上ぇ!? 往来で堂々と素肌をさらけ出すとは、なんと破廉恥な――!?」 「ああ!? 目がっ、目がぁーーッ!」 「ほっ、ほら! 目隠ししている間に早くっ」 「わっ、わかったっ」 「こら、待ちなさい!」 「姉上! それ以上の深入りは危険です!」 「だってあの子、全然反省してないわよ! 離しなさい、紫央!」 「命に逆らいて君を利す。姉上の身を案じてのことです!」 「……まったく、あなたのブシドー精神にも困ったものね」 「いや、それは武士道じゃないぜ」 「出たな、物の怪め! 叩き斬ってくれる!」 「やだ、やめて!」 「パッキーは、ただの喋るパンダだから害はないよ」 「なるほど、失敬」 「いや……もう手遅れだぜ」 「ねえ、聖沙と紫央ちゃんって姉妹なの? 和と洋、どう見ても血が繋がっている風には見えないんだけど……」 「申し遅れました。それがし、流星学園1年い組の飛鳥井紫央と申します。若輩者ではありますが、何卒お見知りおきを」 「〈い〉《》組じゃなくてA組ね」 「僕は咲良シン。よろしく」 「存じあげております。会長殿」 「アタシ、ナナカ! 夕霧ナナカだよ」 「お初にお目にかかります、会計殿」 「紫央ちゃん。その呼び方、なんとかならないかな」 「では、シン殿。ナナカ殿とお呼びするのは如何かと」 「いや、そうじゃなくてね……」 「紫央は私の妹じゃなくて、従姉妹なの」 「その紫央ちゃんが、どうして魔族と戦っていたんだい?」 「現場を目撃されては致し方ありませぬ。古来より、飛鳥井家は物の怪との戦いを生業として参りました」 「ええ!? 紫央のお家、そんなことしてたの!?」 「危険な家業故、姉上だけには知られたくなかったのですが」 「初めて聞いたわよ、そんなこと……」 「それがしこそ、姉上達が徒党を組んでいることなど露知らず」 「この件については、お互い様というわけだね」 「リア殿だけならまだしも、まさか生徒会の皆様までもがこの戦いに身を投じていたとは」 「先輩のこと、知ってるんだ!」 「左様。リア殿は物の怪退治の手練れ。戦場でのご活躍はめざましいものにございます」 「しかし『此度こそはそれがしが!』と気張ったものの、あのような失態を晒すとは……不覚ッ!」 「違うのよ、紫央。先輩や私達がやってるのは妖怪退治じゃなくて、相手は魔族っていう……えーっと、えーっと」 「ちょっと咲良クンにナナカさん! 魔族ってそもそも何よ!?」 「知ーらないっ!」 「うんと、うんと、う〜〜〜んと、どうやって説明すれば……」 「喝ッ!」 「〈剛毅木訥〉《ごうきぼくとつ》は仁に近し。それがしも更に……」 「もっと修行せねば!」 「修行修行……って、この為に修行してたのね……」 「シン殿。次こそは、それがしの手で必ずや物の怪をねじ伏せてみせましょうぞ」 「では、部活動の稽古があります故、これにて失礼いたします」 「ほぇーっ。こりゃ、ぶったまげたね」 「まさか僕たち以外にも魔族退治をしていた人がいたとは」 「もう紫央ってば、こんな大切なことを黙ってるなんて……」 「まあまあ、悪気があったわけじゃないんだし」 「お姉さん想いのいい子じゃないか」 「なによ。『誰かさんとは違ってね』とか言いたそうな顔して」 「ひどい誤解だよっ。姉妹っていいなあと思っただけなのに……」 「ククク……あわよくば姉妹どんぶりを美味しく頂こうとはさすが――」 「マギィ!」 「むしろ似てるんじゃない? 負けず嫌いなところとか」 「紫央に比べれば私なんて」 いや、いい勝負だと思う。 「けど、あの調子じゃさ、魔族を一人でやっつけるなんて無理だよ」 「うん……紫央ちゃんには悪いけど、魔族のオモチャにされてたよ」 「お、オモチャぁッ!?」 「いいように弄ばれてたね」 「な……なんてこと」 「さっきみたいに協力してくれればいいんだけどなあ〜」 「なんとしてでも、一人で倒したいみたいなんだよね」 「ねえ、聖沙から何とかして説得できないかな」 「ムムム……」 「このまま放ってはおけないよ。いつまた酷い目に遭うかもわからないし」 「……わかったわ。紫央の協力を仰いでみる。無茶をするなと言うよりは確実だと思うから」 「ありがとう」 「あくまでも紫央の為を思ってよ」 「わかってる」 「そいやさ。紫央ちゃん、リア先輩のこと知ってたよね」 「ええ。顔見知り程度だと思ってたけど、今日の話を聞く限り、何か密接な関係がありそうね」 「放課後にでも聞いてみよう」 「おはよ〜」 「先輩! 紫央ちゃんとは、どういう関係なんですかっ」 「私のあずかり知らぬところで、一体どのような契りを!?」 「なっ、なんなの、いきなり〜」 「かくかくしかじか。こういうことがありまして」 「な〜るほど」 「で、実のところどうなんですか?」 「『この家業は先祖代々に受け継がれた飛鳥井家の誇り。たとえその力が及ばずとも、それがしは戦い続けなければならぬのです』」 「『喝ッ!』」 「ひいぃ!!」 「みんなにお願いする前から、私と紫央ちゃんはそれぞれ違う形で魔族退治をしていたの」 「違う形……?」 「紫央ちゃんの言う物の怪――妖怪は、もしかしたら魔族のことを指してるんじゃないかな」 「同一の存在というわけですか」 「たぶん、ね。彼女……霊感が強くて、異質な存在に引き寄せられちゃうのかな。今までも何度か魔族退治の場に居合わせてるの」 「今日も紫央は魔族に引き寄せられた、と」 「それで、みんな。紫央ちゃんの戦い振りを見た?」 「はい。それはもう、忘れられないですよ」 「紫央ちゃんは常人離れした力――『気』を使うことができるの」 「な、なんという非現実的な……」 「なにを今更」 「けど、残念ながらその力は魔族に効果がなくってね……」 「なんと」 「いつも無鉄砲な戦いを挑んでは傷つき、疲れ果て、挙げ句の果てに――」 「魔族は遊ぶのに飽きちゃって、そのまま戦闘終了というわけ」 「あの子ったら……それを退治したと勘違いしてるのかしら……」 「正確には退治できてない。けど、その場の危機を救ったことにはなる」 「毎回、持久戦に持ち込んでは、厳しくも辛いバトルを繰り広げているんだ」 「それでも己の力を信じ、修練を積み重ねて立ち向かう」 「聞こえはいいが、無駄な努力だぜ」 「な、なんと不憫な……っ」 「言わないであげて」 リースリングさんが転がりながら運転席より飛び出した。そして周囲を警戒してから、何事もなかったように後部座席を開く。 「ふわあ……おはようございます」 「おお、ロロちゃん。おはよ!」 「おはよう、ロロット。ロロットの同級生でさ、飛鳥井紫央ちゃんって娘いるでしょ?」 「飛鳥井、飛鳥井……ええっと、 ああ! 巫女さんですね」 「み、巫女さん?」 「紫央のお家は神社なのよ」 「ははあ、それで妖怪退治と繋がるわけだ」 「クラスは違いますけど、確か薙刀部の体験入部で一緒になったことがあります」 「そうだったんだ。強かった?」 「新入生の中では群を抜いて強かったです。練習熱心な努力家で、期待のエースとのもっぱらの噂でしたよ」 「ロロットさんは続けなかったの?」 「ええ、胴着と薙刀が重かったので」 「あら、そう」 「正義感が強いのはいいんだけど、あまり無茶はして欲しくないんだよね」 「ふむ……」 「だったらさ! 仲間にしちゃうってのはどう!?」 「そんなのダメよ! 紫央を危険な目に遭わせられないわ!」 「危機感は皆無ですけどね」 「うん……もうロザリオは残ってないし……戦う力は……」 実際、さっきの戦いでは多少なりとも助けになっていたと思うんだけどなあ。 その類い希なる力に――紫央ちゃんは気づいてないのかな? 「朝からてんやわんやだったねー」 「やっぱり早起きは三文の得……うーん、得なのかな?」 「女の子を魔の手から救ったんだし、胸張りなって!」 「そっか、そうだね!」 「おっはー、さっちん」 「なんかねー。今日、転校生が来るんだってー」 「へえ、また急な話だね」 「何でも遠い外国から来た留学生なんだってー」 「この学園もインターナショナルになってきたね!」 「もともと多国籍じゃん」 「女子かなー? 男子かなー?」 「アタシ男子に一票。さっちん、女子ね。負けたらスウィーツ奢ること!」 「ええーーっ。それってすっごく不利な賭けだと思うよー」 「僕は女子だと思うな」 「アンタの場合、それがいいってだけでしょ」 「なっ!? 失礼だよ、ナナカっ」 「この教室を眺めてご覧なさいよ! どこを見ても女子、女子、女子! これ以上増えたらまた女子校になるじゃない!!」 「だからって誘致してるわけじゃないんだからさ。男子が来るとは限らないって」 「そう? それなら勝負に勝てるかな」 「男子と言ったら男子なの!」 「ナナちゃんこそ、男の子熱望って感じだねー」 「へえっ!?」 「なるほど、そういうことか」 「違う、アタシゃ女子が増えて欲しくないというだけで、別に男子がいいとかそういうわけじゃ――」 「このすけべ」 「うがーー! シンのくせに生意気だぞーー!」 「おはよう、2-Aの生徒諸君!」 「えっ、ヘレナさん!?」 「さあ、着席! これは警告じゃないわ、命令よ!」 「ひーッ」 「さっちん、急いでっ」 「ええーー」 「みんなに嬉しいお知らせよ。今日からこのクラスに新しい友達が増えることになったわ!」 ……。 「なによ、嬉しくないの?」 「おっ、おお〜〜!」 「嬉しいなーったら、ラララッター♪」 「二人とも、何してるのー?」 「わからない……けど、そうしないと何か怖いことが起きそうで……」 確かに、普段表立って出てこないヘレナさんのことだ。わざわざこんな大それたことをしてるんだから、鮮魚が自動販売機で売られてもおかしくない。 「なあに、シンちゃん?」 「いいえっ、なんでもありませんっ」 「そ。さあ、お入りなさい。アゼルちゃん」 アゼルと呼ばれた少女は、どこを見つめるわけでもなく、ただぼうっとそこに立っていた。 「アゼルちゃんはシャロ=マ公国からやって来たキュートな留学生よ。みんな、よろしくね!」 目を伏せて軽く会釈をするが、一言も発さない。 「きっと、こっちの言葉がわからないんだよ!」 「なるほどー。ナナちゃん冴えてるー」 「えっへへーん」 「でもケーキは私が頂きだねー♡」 「な、なんのことかな?」 「シン、どったの?」 「あの子。どこかで――」 彼女の焦点が僕に合う。背筋の裏まで見透かされてるようで、ドキッとした。 「では、自己紹介をどうぞ!!」 「ない」 「以上、アゼルちゃんでした〜〜〜!!」 「よろしく」 そう言ってから、ツカツカと僕に歩み寄って来る。 「ちゃんと話せるじゃん」 「ま、まさか……」 いきなり転校生に目をつけられた!? こ、これが生徒会長の威厳ってやつかー。 案の定、空いていた僕の隣に座っただけだった。 「こ、こんにちは」 華麗に無視を決められる。 「じゃあ、解散。授業がんばるのよ。健闘を祈ってるわ!」 そして担任の先生が出る幕もなく、ヘレナさんの転校生紹介は仰々しく終わりを告げた。 授業中のこと。 隣をフイと見る。そこには転校生らしく机に教材の一つも無い少女の姿があった。 しかし、ノートすら出していないとは。 「ねえ。もしかして節約してるの?」 「それなら僕と一緒だね」 「違う」 きっと戸惑っているんだ。ここは生徒会長として、転校生を助けなければ。 「教科書。僕ので良ければ一緒に見るかい?」 さりげなく側に寄ってみる。 「いたっ」 なにやら紙を丸めたものが飛んできた。 中を開くと『スケベ!』って書いてある。 振り返ると舌をべーっと出すナナカの姿が見えた。ナナカの方がスケベエなくせに。 エビチリのエビだけ食べられてしまった時のような顔をする僕のことなんか無視して、隣の彼女は机の中から教科書を取りだした。 「ちゃんと持ってるじゃないか。それならきちんと出しておかないと」 「うるさい」 「ななっ、そんな風に言わなくたっていいじゃないか」 「授業中だ」 「う……。けどさ、アゼルさん。せめて教科書は開こうよ」 「なぜ『さん』をつける?」 「だってまだ知り合ったばかりだし、失礼かなあと」 「アゼル」 「私はアゼルだ」 「呼び捨てにしてもいいってこと?」 「敬称は不要だ」 こっ、これはもしかしていきなり二人の関係が急展開で大進展っ!? 「だから話しかけるな」 「あたっ」 『ドンマイ!』 笑ってる。ナナカめ〜〜っ。 いらないプリントで作った飛行機をナナカの眉間に向かって投げる。 「こんなん効かないっての、クシャ」 「ねえねえ、アゼルちゃん! 一緒にお昼ご飯食べない?」 「なぜ『ちゃん』をつける?」 「だって女の子だもーん。ねー」 「ねー」 「じゃあなんかあだ名付けよっか」 「アゼル、アゼル……」 「あ、ちょ、ちょっと! 待って〜〜」 「あーたん、あーやん、アゼぴょん、うさぴょん、にんじん、野菜ジュース、健康第一、安全第一、家内安全、マイホーム、ローン地獄……」 「ナナちゃん。連想ゲームになってるよー」 「あれ、シンは?」 「アゼルちゃん追って行っちゃった」 アゼルが至る所で立ち止まっては、静かに周囲を見渡す。 そしてまた歩き出すの繰り返し。行き交う生徒達が楽しそうにおしゃべりしてる。 「案内しよっか?」 うう、無視されるなあ。 「なぜだ?」 アゼルは教室の中を見つめていた。 そこには机を寄せて仲睦まじくお弁当を食べている生徒の姿があった。 「あ、聖沙だ」 「ああ、ごめんっ。友達がいたから、つい」 「ライバルよ、ライバル!」 「なぜ、寄り添いたがる?」 「みんなと一緒にいると楽しいから、かな」 「私といたいのか?」 「えっ、あっ、いや……君は転校生だし、そそ、そんな下心で来てるわけじゃなくて、その……」 「下心か」 「不浄だな」 カニカマが蟹じゃないと知らされた時ぐらいのショックが僕を襲った。けど、カニカマはうまい。 「ちちっ、違うんだよ。僕は生徒会長だし、みんなとバラ色の学園生活を楽しみたいから、えっと、その――」 「なんとなくだけど、放っとけないんだよ!」 「放っておけ」 あっけなく一蹴された。 しかし、ここまで来たら食い下がるしかない。生徒会長の威信にかけて、なんとしても一緒にお弁当だっ。 景観がきれいな教会の周囲は、仲良くお弁当を食べるにはもってこいのスポットだ。 「アゼルもここでお弁当? ここで食べると気持ちいいもんね」 「騒がしいな」 「お昼だからね。しょうがないよ」 「あれ、お弁当持ってないの? 何か買うならプリエがあるけど、こっちじゃないよ」 「ご飯、食べないの?」 「食べる?」 「はっ!? もしかして、ダイエット中だったりして……」 とはいえ、アゼルを見てもダイエットをする必要があるようには見えないんだけどなあ。 「あ、ご、ごめん」 体型をジロジロ見るなんて、失礼だな。 特に気にしていないようで、ホッと胸をなで下ろす。 「やっぱり節約してるんだね」 「節約?」 「うん。何か目的があって、お金を貯めてるんでしょ」 「金とは何だ?」 「え……ま、まあ、生活するには必要不可欠なもので、働いたりすればもらえるもの……だと思うんだけど」 「金は無い」 「あ、そうだった……。外国のお金、使えないもんね」 「必要ない」 「えぇ……?」 なんだろう、噛み合ってるのか不安になる会話の流れだ。 でも、お金が無いっていうのは、どことなく親近感を覚えるなあ。 「ご、ごめん。お腹が空いちゃって……よしっ、ここでご飯にしよう」 どんと腰を据え、おもむろにお弁当箱を取り出して空ける。 「じゃじゃん、カレー弁当。うまそうでしょ」 アゼルは空を見上げた。 「何も食べないと元気がでないよ。僕のカレー弁当で良ければ食べる?」 「遠慮しないで。今日はお代わり分を余計に持って来てるから」 「味は中辛。辛いのが苦手でも、そんなに気にならないと思うよ。たっぷり煮込んだから、野菜も甘くてうまいはずっ」 「もしかして嫌い?」 おっかしいなあ、カレー好きは万国共通だと思っていたんだけど。 「じゃあ、牛乳はどう?」 「牛乳飲むとおっきくなれるよ」 「大きく?」 ぼ、僕ってば、胸を見ながらなんて失礼なことを……! 「いやいや、決してその、アゼルを見て言ったわけじゃ――」 「大きくなるのか」 「う、うん……たぶん」 「変わるのか」 「そ、そりゃ、栄養摂れば色々変わったり、変わらなかったり……でも、変わる可能性は増えるよっ」 「なぜ変わる?」 「そ、それは医学的なことだから、僕はよくわからないっ」 うう、意外と引っ張られるなあ。なんとかして話題を変えたいんだけど……もしかして、わざと? 「変わる必要はない」 「え? そ、それってもしかして……」 「それが霊だ」 「れ、霊……? アゼルが?」 霊って……お、オバケ? ひっ、ひえ〜〜。 「って、脅かさないでよ。ちゃんと足もあるのに、オバケだなんてことあるもんか」 「話しても無駄だ」 「そうそう。怖い話はおいといて、うまいお弁当を食べようよ」 「不要だ」 「じゃあ、牛乳」 「ムムム……好き嫌いするなんて贅沢者だなぁ、アゼルは」 「贅沢?」 「そうだよっ。食べ物を粗末にするなんて贅沢極まりない」 「ふっ」 「え? 今の笑うトコ?」 「私は寡欲に生きている」 「か、よく?」 「人は貪欲に生き過ぎた」 「あの、言っている意味がよくわからないんだけど……」 「それは正しいのか?」 アゼルは空を仰ぎつつ、言いたい放題だ。 「景色はいい」 アゼルの見つめる先を同じように眺めてみる。 晴れ晴れとした空。散り散りに浮かぶ雲と―― 「はうぅううう、お腹が空いたよ〜〜〜ぅ」 フラフラと浮き沈みの激しい低空飛行を繰り返す機影が見えた。 「ん? なんだろ、あれ。ねえ、アゼル」 「――って、いない」 無理矢理押しつけた牛乳も残ったままだ。くう、作戦失敗か……。 「シン! 見つけた! さあ観念なさい」 「カレー弁当、うまいなあ」 「あ、あれ? アゼルはどこ? なんで一人で食べてるの……?」 「振られちゃったよ」 「ええーーッ!?」 「転校生もご飯に誘えないなんて、生徒会長として失格だ。これはもっと精進しないと」 「せ、生徒会長だからなんだ」 「もちろん」 「そかそか、そーだよね! さっすが生徒会長! よっ、大統領!」 「ナナカ、牛乳飲む?」 「いらん!」 「やっぱ辛いものには牛乳が合うねー、ごくごく」 「あれ、パッキー。いたんだ」 「いつもなら、ククク……そして身の回り全てをギラギラにしてしまおうだなんて、さすがだぜとか言ってるのに」 「キラキラね。で、どうかしたの?」 「あっ、いや……なんでもないぜ」 「そう? なら、いいんだけど」 「余ってるなら、俺様も弁当欲しいぜ」 「残念。もう、食べちゃったよ」 「――ってことが、あったんだよ」 「それはそれは。とても興味深いお話です」 「ロロちゃんも帰国子女なんだよね。こっちに越してきて、どうだった?」 「最初は戸惑うことも多かったですけれど、みなさんにとても良くして頂いて、お友達もすぐ出来ましたよ」 「まあ、初日だし……しょうがないってことか」 「ゆっくり仲良くしてきゃ、いーじゃん。少なくとも今年度いっぱいは同じクラスなわけだし」 「だね」 「仲良しになるって、とても良いことだと思います」 「俺様もリアちゃんともっと仲良くなりたいぜ」 「あームリムリ」 「ちょっと、咲良クン。お昼の娘って見たことないんだけど、転校生?」 「そそ。今、ちょうどその話をしてたところ」 「僕らのクラスメイトなんだ」 「アゼルちゃん。シン君のクラスだったんだ」 「先輩さん、知ってるんですか」 「うん。お姉ちゃんが『ハッハー、可愛い娘がまた一人増えたわよ!』って大騒ぎしてたから」 「そうだったんですか」 「しっかりエスコートしてあげなさいよ。生徒会なんだから」 「聖沙もよろしくね」 「うんうん、いい心がけよ。やっぱり生徒会長に任せて正解だったわね」 「お姉ちゃん。神出鬼没もいいけど、ちゃんと挨拶しなくちゃ」 「あら、ごめんなさい」 「あんっ、や……やだ、また!! もおっ、みんなが見てる前でやらないでって言ってるのにー」 「ま、またやってる……」 「ぺし!!」 「ぼぼっ、僕ですかっ」 「ああっ! ついつい……ごめんなさいっ」 「シンちゃんが見とれるのも無理ないわ。リアのおっぱいは最高だもの」 「そっ、そんなことはっ」 「なな――ッ!? 先輩をふしだらな目で見ていたなんて、ゆゆっ、許せないわっ」 「ええっ」 「やっぱりエッチィ目で先輩を見てたのかっ」 「ナナカまでっ!?」 「先輩さんのおっぱいは最高なんですか?」 「そんなこと僕に聞かれても困るって〜」 「けどダメよ、シンちゃん。リアのおっぱいは私のものなんだから」 「誰のものでもありませんっ」 「俺様のもんだぜ!」 「それより、転校生――アゼルちゃんのことなんだけど」 「彼女、遙か遠くの地から単身でこの学園に来たものだから、親戚はもちろん知り合いや友達もいないのよ」 「今日から寮暮らしだし、それはもう寂しさが募り枕を涙で濡らす夜が続くに決まってるわ」 「そんな娘には見えませんでしたが……」 「だからね。生徒会長であるシンちゃんと同じクラスにしてもらえませんかって、先生方にお願いしたのよ」 「それで僕のクラスになったと」 「どうせお願いじゃなくて命令したんだぜ」 「くるりんパーちゃん。ホラばっか吹いてると、その可愛いお口にショットガン突っ込んで容赦なくぶっ放しちゃうわよ」 「ややっ、やめてくださいっ」 「アゼルとは昼休みに、ワイワイ楽しくおしゃべりしましたよ」 「ほほー。それは良かったね♡」 「な、なんで怒るんだよっ」 「怒ってないよ♡」 「で、パンダさん。実のところはどうだったんですか?」 「二人のやりとりを見てる分には楽しかったぜ」 「楽しそうには見えないわけだ」 「アゼルちゃんのこと、何かと気にはかけてくれてるみたいね。安心したわ。これからも仲良くしてあげてね」 「あのっ、ヘレナさん! そういうことなら、私にも協力させてください!」 「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」 「可愛い転校生のお相手を、男子なんかには任せられませんっ」 「だって男子と女子が仲良くしたら……その……不純異性交遊とか、色々と問題が……」 「ふぅん。不純異性交遊? 興味深いわね。具体的に教えてくれない?」 「ええ!? そそっ、そんなこと言えるわけありませんっ」 「いっ、言えないことなのかー」 「くすくす。始めから、シンちゃんには負けられないって言えばいいのに」 「ななっ」 「素直じゃありませんね。副会長さんは」 「違うと何度言えばわかるのかしら!?」 「ロロちゃんの言う通りだよ。素直になっていつもみたいにすればいいじゃない」 「『どっちが先に仲良くなれるか、勝負よ!!』ってね♪」 「先輩も悪い冗談はやめてくださいっ」 「自覚ないんだ……」 「まったく。皆さん、口ばっかりです」 「いや、何も言ってないから」 「ここで私の出番というわけですね!!」 「寂しさも、分かち合えれば、皆ハッピー。さて、その転校生さんを捜しに参りましょう」 「名付けて『明るい仲良し大作戦』ですっ!」 「あっ、ちょっとロロちゃーーん! アタシも行くーー!」 「ねえ、聖沙ちゃんにシン君。どうせなら、みんなでご挨拶しようよ。そうすれば、すぐお友達になれると思わない?」 「もうリアったら、純真無垢な可愛い少女みたいなこと言うんだからっ。胸ばっかり育って、お姉ちゃんは悲しいゾっ」 「ぺちっ!」 「ケチー」 「僕はもう仲良しになったと思ってるんだけど――」 「んぐぐぐ……今回ばかりは先輩の温情に免じて協力、するわ」 「明るいお友達計画?」 「口だけだなんて言ったこと後悔させてあげる!」 「決まりだね。じゃあ、ちょっと失礼して――」 リア先輩が脈絡もなく迫ってきた。 手櫛で髪を撫でるようにしながら整えていく。 そして身体を密着させして、身だしなみのチェック。 「ほら、襟も曲がってる」 ああ、柔らかいものが肘の辺りを擦ったよっ!? 「せせっ、先輩っ。なななあ、なにをしてるんですかっ」 「初めてのご挨拶は第一印象が決め手、だよ♡」 「だ、だから僕は初めてじゃないんですけど……」 「咲良クンっっっ! いやらしいこと言ってないで、今すぐ先輩から離れなさいっ!!」 「次は聖沙ちゃんの番だね」 「え……!? あ……あぁ……」 「お姉さま♡」 「はい、おしまい。じゃあ、行ってくるね」 「ええ。健闘を祈ってるわ」 「は――っ!? これが現実!?」 「ほら行くよ、聖沙」 「わっ、わかってるわよっ」 「けど、あの子……あなた達が思っているほど、簡単には行かないと思うわよ」 「シン君、どこに行くの? 寮はそっちじゃないけど……」 「寮にいるとしたら、僕は入れないじゃないですか」 「男子禁制の女子寮よ。いくら生徒会の役目とはいえ許されないわ。だから、ここは私の出番――」 「けど、あの娘が寮にいるとは思えないんだ」 「アゼルが見つからないよー」 「会計さんのせいで、くたびれ損の骨折り儲けです」 「だって部活もなけりゃお家に帰るでしょ!? そしたら寮しかないじゃない」 「じゃあ、寮にはいなかった……と?」 「せっかくの放課後なんですから楽しまなきゃいけません。きっとあっちこっちと探検してるに決まってます」 「けど、寮に帰れば他のクラスや学年のお友達がたくさんいるから、そっちでも楽しめると思うんだけど……」 「そうなんですか〜。楽しそうです〜♪」 「だから帰らないんですよ、きっと」 「え……どうして?」 「アゼルは騒がしいところが好きじゃないみたいですから」 「だったら図書館にいるかもしれないじゃない」 「ここにいなかったら、ね」 思った通り、アゼルは一人で佇んでいた。 黙祷するわけでもなく、懺悔をしているわけでもない。 カニを食べている時のような静寂の中に、誰も乱せない安息がそこにある。 誰もがその神秘的で不思議な雰囲気に飲み込まれていた。 ただ一人を除いて―― 「いましたよ!!」 「ひっ!?」 「わあ、ロロちゃん。驚かしちゃダメだって!」 アゼルはこちらを見向きもしない。 「あれ、気づいてない?」 「そんなバナナ」 「気づいてるけど、知らんぷりしてるんじゃない?」 「当然よ。初対面で挨拶もなしに声を掛けてるんだから。見てなさい、私がお手本を見せてあげるわ」 聖沙はそう言うと、いの一番でアゼルに歩み寄る。 「ごきげんよう。私は2年B組の聖沙・B・クリステレスよ。あなたがアゼルさん?」 「まだ転校して間もないから、この学校のことまだよくわからないでしょう?」 「もし良かったら案内させて頂けないかしら」 「ここの教会って、とっても素敵よね」 「シャロ=マ公国って、どんなところなのかしら? とっても興味があるわ」 「ね、ねえ……ご趣味とか、好きな食べ物とかは何かしら?」 「あの……聞こえてますか?」 「苦戦してますな」 「そろそろ我慢の限界なんじゃ……」 「シン君、カンペを早く出さないと!」 『グッと堪えて!!』 「ぐぐっと」 「グッとね!」 その後も聖沙は懲りずに様々な話題を持ちかけるが、アゼルは何一つとして反応を示さない。 あれだけ近くにいるのだから、敢えて無視を決め込んでいるんだろう。どうしてかは謎だけど。 聖沙の怒りが沸点に達したのか、踵を返して戻ってきた。 「咲良クンと同じように、た……楽しくお話してきたわよ」 「あはは……おつかれさま」 「よくやった!! アンタはよくやったよ!!」 「負けず嫌いも見上げたもんだぜ」 「何を言ってるんですか。現実から目を背けてはいけません。あんなのダメダメなんですよ。ここは、私に任せて下さい」 ロロットは胸を張って歩いていった。 「転校生さん、はじめましてです! 私はロロットですよ」 「天使か」 「ひえっ。いきなり何を言うんですか!? 私はてててて天使なんかじゃありませんっ」 「帰れ」 「ななっ。なんてひどいことをっ!?」 「さもなくば」 「お、脅しても無駄ですよっ」 「消えることになる」 ふらふら。 「ロロット!」 ヘッドスライディングでロロットの小さな身体を受け止めた。 「アゼル……。そこまで邪険にしなくなっていいじゃないか」 「またお前か」 「どうしてそんなに人と関わろうとしないんだい?」 「関わりだと?」 「僕たちはうるさくて迷惑かもしれないけど」 「迷惑だ」 「そ、そんなにハッキリ言わなくても」 「ま……待って下さい……」 「ロロット、大丈夫?」 「ええ、危うく天に還るところでしたが……」 「賢明だ」 「またそんなこと言って……」 「いいんです。きっと転校生さん――いえ、アゼルさんは戸惑っているんですよ」 「遙か異国の地からやってきたんですもの。文化やらなにやら色々な違いがあると思うんです。きっと、それで――」 「そうだ」 「ほら、やっぱり!」 「お前も違うはずだ」 「ええ、最初は不安だらけの毎日でした。けど、このガイドブックを読んでちゃんと勉強したんです」 「アゼルも意地張ってないでさ。気楽に気軽に楽しめばいいじゃん」 「楽しむ?」 「そうそう、ソンソン♪ 楽しまなくっちゃね! 青春時代は一生に一度しかないんだよ!?」 「不毛だ」 「チッチッチ。そう思っちゃったら負け組決定よ!」 「ところで、スウィーツは好き?」 「スイーツ?」 「大好きに決まってるよねー! ってことで、スウィーツ同好会にカモンカモン!」 「どうだろ、アゼルは節約してるらしいからねえ」 「アンタじゃあるまいし……」 「ま、スウィーツはただのきっかけ。これからほとんど毎日顔合わせるわけだしさっ」 「せっかく同じ学校に通ってるんだから、仲良くしようよっ。そして一緒に楽しもう! ね、シン!」 「うっ、うん! そうそう一緒にキラキラの学園生活だー」 「DAーーーッ! 楽しまないと絶対後悔するよ!」 せめて冷笑でもいいから応じて欲しい。 「はじめまして、かな? 私、3年生の九浄リア」 「九浄?」 「お姉ちゃん――ヘレナとは会ってるでしょ?」 「ヘレナに頼まれたのか」 「あはは……やっぱりわかっちゃった? けどね、生徒会のみんなはそんなことを抜きにして、あなたと仲良くなりたいと思ってるよ」 「私達、お友達になれないかな?」 「さて……やせ我慢が一体、いつまで続くかな〜?」 「だってこんなに魅力的で素敵な子が周りにいっぱいいるんだもの」 「絶対、友達が欲しくなっちゃうはずだよ」 「せ、先輩……♡」 「な、なーんてね。あははははー」 心に染み入る会話の最中、アゼルの視線はリア先輩の豊満な胸に集中していた。 「なぜ大きいのだ?」 自分の胸を両手で押さえながら、時折見比べたりもしていた。 「そっ、それは……毎日牛乳を飲んだり、してるから、かな?」 「ほら、やっぱり牛乳は身体に良いんだよっ」 「あとはいっぱい揉まれてるからだぜ!」 「二人ともうるさい!」 「不思議、だな」 アゼルは喜怒哀楽のどれにも当てはまらない無表情を浮かべる。 今まで味のないガムをずっと噛み続けていた風だったが、その時だけは少し違って見えた。 そして、その場にいる全員がこう思っていただろう。 「あなたが一番不思議です!」 結局、白旗を揚げて生徒会は撤収した。 「あ。巫女さん!」 「おや、ロロット殿。そして、生徒会の皆々様ではありませぬか」 「ごきげんよう、紫央」 「ご機嫌麗しく。しかし、気苦労の跡が見えますな。生徒会活動、お疲れのことかと存じます」 「もうクタクタです」 「ロロット殿に薙刀部へ戻られるよう説く所存でしたが、どうやら生徒会で手一杯のようですな」 「まあ、色々大変なのよ」 「ふむ。では今宵も素直にお帰り下さい。物の怪は、それがしが退治しておきます故」 「えっ……もしかして魔族が出たの!?」 「この辺りで物の怪の気配を感じたのですが」 「そ、そんなことはないと思うんだけど……」 「こいつに反応したんじゃないの?」 「なんと!? 低俗な者に気を取られるとは、なんたる不覚……ッ!」 ちょっと待って。魔族の気配を読み取れるなら、僕のことも……。 「お前はまだまだひよっこだから大丈夫だぜ」 僕は、あの真ん丸魔族以下ですかっ。 けど、僕たち以外にアゼルしかいないっぽいし……彼女も物の怪――魔族だったりして。 「精進が足りませぬ。もっと修行せねばッ」 「修行もいいけど、部活もちゃんと行きなさいよ。せっかく期待されてるんだから」 「ご安心を。もう部活を終えた後にございます」 「ええ、もうそんな時間!?」 「ああ! さっちん待たせたままだった!!」 「ま、いっか。奢らされるし」 「今日はもう解散にしたほうがよさそうだね」 「ですね〜」 「紫央、一緒に帰りましょ」 「合点、承知」 「ただいま〜〜」 そのまま前のめりで布団に倒れ込む。 「どうした、魔王様。やけに疲れてるぜ」 「う〜ん。今日は、〈糠〉《ぬか》に釘を打ってばっかりだったからね〜」 「まあ、そんな時もあるぜ」 「締めの挨拶も、みんな元気なかったしなあ。落ち込んでなければいいけど」 「それくらいでへこたれる奴らじゃないぜ」 「ん、誰だろ」 「はい、グランドパレス咲良です」 「あ、シン? アタシ」 「ああ、ナナカ。もう家?」 「ううん、まだ帰り道。もうさっちんってば容赦ないんだもの」 「賭けに負けたんだから、しょうがないよ」 「でも、美味しかったよ〜♪ ついついお代わりしちゃった」 「あんまり食べ過ぎると、太っちゃうからね」 「平気、平気! その分、いっぱい騒いで身体動かしてるしね!」 「お腹についた脂肪は、そう簡単には落ちないぞ」 「なーによ、シン。その脂肪、胸につけば文句ないわけ?」 「そ、そういう意味じゃないんだけど……」 「むふふー。このスケベ野郎め」 「ななっ!? だったら僕がドキドキするくらいのナイスボディになって欲しいもんだねっ」 「言ったな! 鼻血ブーしても知らないぞ!」 「今時、鼻血出す人なんていないよ!」 「なんだ、元気そうじゃん」 「え? 元気だよ」 「ちぇっ、損した」 「10円損した! 払え!」 「そっ、そんな無茶な……」 「うっそ、冗談だよ。くすくす、今のシンみたいだったでしょ」 「僕はそんなこと思っても言わないよっ」 「たーっはははー」 「ねえ、ナナカ」 「ありがと、ね」 「……な、そ、そんないきなりっ、ずるいよ……」 「じゃあ、また明日」 「って、ちょ! 待ちなさ――」 「顔が真っ赤だぜ」 「うっ、うるさいよ」 「またナナカぁ……?」 「へい、毎度。こちら咲良水産! ご注文は何にしやしょう?」 「ごっ、ごめんなさいっ。間違えました」 「ちょっと今のどういうことよ!」 「な、何のことかな?」 「咲良水産って、どこのどちら様!?」 「た、たぶんかけ間違えたんじゃないかな?」 「さっきと同じ番号よ! もう、こんな時でもふざけてるわけ?」 「ごめんごめん。まさか聖沙が電話してくるとは思わなくて」 「まあ、いいわ。私も、いきなりの不躾電話だったし……」 「で、何か用?」 「あっ、うん。アゼルさんのことだけど……勝負はとりあえず引き分けということにしておくわ」 「勝負なんてしてたっけ?」 「だって仲良しの度合いなんて測れないでしょ。それに、男子と女子が仲良くするなんて不純すぎて推奨できないわ」 「そうかなあ。例えば、僕と聖沙はとっても仲が良いと思うんだけど……」 「馬鹿なこと言わないで。あなたは私のライバルなのよ。好敵手と書かないで、ライバル。その関係に友情が芽生えるはずもないわ」 「そ、そうなのか……」 「そもそも男女は友情よりもね――」 「な、なんでもないわ。そんなこと絶対あるわけないし」 「なになに?」 「とにかく! 明日からはまた違う分野で勝負だからね。これは宣戦布告よ。じゃ」 「あ、ああ。おやすみ」 「おやすみなさい」 「今のは、聖沙なりの激励だったのかな?」 「判断に悩むぜ」 「まただ」 「今度こそ、会長さんのお宅でしょうかっ!?」 「おいおい……どれだけ間違い電話してるんだい、ロロット」 「ああ、よかった。会長さんですね、こんばんわ」 「ケータイにうちの番号登録してないの?」 「なんですか、それは?」 「……今度、教えてあげるよ。で、どうしたの?」 「はい。今日の生徒会活動についてですが、自分の不甲斐なさにホトホト呆れています」 「そう?」 「偉そうなことを言っておきながら、大失敗だったと思うんです」 「う〜ん」 「だからですね。もうちょっとお役に立てる方法を探してるのですが……」 「何かいいアイディアはないでしょうか?」 「ロロットはさ。どうして、そこまでアゼルと仲良くしたいと思うんだい?」 「えとですね。私の古い知り合いにも、転校生さんに似た方がたくさんいたのです」 「た、たくさん……?」 「だから、他人事のようには思えずついつい首を挟んでしまうんですよ」 「口を挟むか、首を突っ込むね。けど、お節介もいいと思うよ」 「そうでしょうか?」 「うんうん。だって、一人じゃ面白くないでしょ? それとも、ロロットは、一人がいいかい?」 「そんな、まさか! こうやってお部屋に一人でいるのは、とても寂しくて嫌ですよ!」 「うん、僕もだよ」 「転校生さんは、寂しくないんでしょうか……」 「寂しくないかもしれないけど、楽しくはなさそうだったね」 「楽しく?」 「僕たちの決意表明、もう忘れちゃった?」 「『キラキラの学園生活は、流星生徒会にお任せ!』ですよね」 「そうそう。そんな感じ! 生徒みんなをキラキラにしなくっちゃ」 「ですね!」 良かった。なんか元気が出たみたいだ。 「あの、会長さん。時々、こうしてお電話してもいいですか?」 「ああ、構わないよ」 「ありがとうございます! じゃあ、今度その番号登録とやらを教えて下さいね!」 「うん。じゃあ、おやすみ」 「今日の電話は大忙しだね」 「モテモテだぜ」 「なっ、そっ、そんなこと無いってばっ」 「ククク……けど、リアちゃんからの電話はないぜ」 「咲良さん家のお宅でしょうか? 私、九浄リアと申します。咲良シン君はいらっしゃいますか?」 「はい、シンですよ」 「あ、よかった♪」 「アパートの電話ですけど、僕しかいませんから大丈夫ですよ」 「ああ、ついつい。ごめんね♡」 「フフフ、残念でした」 「チッ」 「あ、お取り込み中だった?」 「いえいえっ、そんなことは」 「ちょっとね。お風呂入ってたらちょっと気になっちゃって、お電話したの」 「え、てことは今、お風呂上がり?」 「う〜〜ん♪ 気持ちぃ〜〜♪」 り、リア先輩は一体どこから洗うのかなドキドキ……。 「ああ、すみませんっ。で、なんでしょうかっ?」 「アゼルちゃんのことなんだけど――」 「あはは。やっぱり、リア先輩も気になってたんだ」 「え? どういうこと?」 「僕だけじゃなくて、生徒会みんなからそのことについて電話がきたんですよ」 「すごい……みんな、ちゃんと気にかけてくれてるんだね」 「それだけショックも大きかったんでしょう」 「そっか。みんな、大丈夫だった?」 「ええ、それはもう。これくらいでへこたれるような人はいませんよ」 「くすくす、だよね」 「お姉ちゃんがね。珍しく心配してたの。帰ってからも、色々聞かれて……なんか変な感じだったな〜」 「もしかして、シャロ=マのお姫様がお忍びで留学してるとか」 「国際問題に発展する可能性もあるから、慎重になっているとかですかね」 「あはは……そんな、まさか」 「そうだったら面白いんですけどね」 「面白いけど、びっくりしちゃうかも♡」 「ヘレナさんのお願いもありますけど、そういうことは抜きにして友達になりたいんです」 「あ〜〜。さては気になってるな〜〜?」 「よ〜し。ここは先輩として二人の仲を応援してあげよう!」 「そっ、そんなことしなくていいですよっ」 「そっか、残念。な〜んてね♡」 「もう……勘弁して下さいよ」 「抜け駆けしちゃダメだからね♡」 「大丈夫ですって、多分……」 「た〜ぶ〜ん?」 「ぎくっ! い、いまのは言葉の文ですっ」 「くすくす、先輩はなんでもお見通しなのです、えっへん」 「あはは リア先輩には敵いませんよ」 「へくちゅっ」 なんだ、今の可愛いくしゃみは。 「ああ、こんな格好で電話してたら風邪ひいちゃう。ちゃんと服着なくっちゃね、えへへ」 こ、こんな格好って……まさか!? 「シン君が元気そうでよかった♪ じゃ、また明日」 「あ、え、は、はい」 「困ったことがあったら、気軽に話してね。バイバイ」 「あ、はい……さようなら、です」 「くちゅんっ」 「き、切りますね」 「うん、お願い」 「で、でわ〜」 「みんなやる気満々だ。僕も頑張らなくっちゃ」 「生徒会活動は意外と大変そうだぜ」 「やるべきことはまだまだたくさんあるしね。それをしっかりこなしていけば、きっとバラ色の学園生活が!」 「ククク……まず手始めに流星学園を支配下に置くつもりだな、さすがだぜ魔王様」 「よ〜し。もりもり晩ご飯を食べて元気を出すぞっ。今日のメニューはカレーライス!」 「弁当もカレーだったぜ?」 「今週はずっとカレーだよ」 「ククク……血は争えないぜ」 「パッキー、いらないの?」 「もちろん、いただくぜ!」 「よ〜し! みんな集まったことだし、さっそく会議を始めよう」 「アゼルさんのこと以外にも、本来の議題は山積みよ。引き継ぎも終わったことだし、いよいよ本番ね」 「わくわくっ。楽しみですよ〜」 「キラキラ輝く学園生活目指して頑張りましょう!」 「おうっ!」 「じゃあ、早速だけどこれから何をするか決めないと――」 「はいはい! 予算編成しよう!」 「おお、ナナカ。珍しく難しいことに積極的だなあ」 「まーねっ」 「何か企んでるんじゃないの?」 「も、もしかして悪巧みですか……ドキドキ」 「う〜ん。どんな悪巧みか気になる〜〜」 「ちょっとみんなして!」 「アタシだってちゃ〜んと生徒会のことをしっかり考えてるんだからっ」 「頬が緩んでるよ」 「えっ、嘘っ!?」 「やっぱり自覚してるんだ」 「会計さんが弛んでいるのはいつものことですよ」 「ほほー」 「ロロちゃんの悪い口にはオシオキしてあげなくっちゃね〜」 「ほら、もうお遊びはおしまい。今日からは真剣にしっかりやっていくのよ。私がこの生徒会にいる限り、ふざけた行為は絶対に許さないんだから!」 「だったら、一緒に予算予算♪ 会計監査に家宅捜索♪」 「ナナカちゃん。生徒会活動の意味、ちゃんとわかってるよね……」 「他に意見はありませんか?」 「はい、ロロット」 「せっかくの生徒会ですから、もっと皆さんのお役に立てることをしてみたいです」 「あら、なかなか素敵な意見ね」 「誰かさんとは大違い――」 「とか言いたいんか!?」 「ナナカ、先読み過ぎ」 「それってボランティアみたいなものかな?」 「困っている方のお手伝いなら、何でもしたいと思っています」 「そうだ! 名付けて『お助け団』ってのは、どう!?」 「ナナカ、安直過ぎ」 「会計さん。それもとても良くて惜しいのですが、既に組織名は考えてあるのですよ」 「すごい。ロロットちゃん、用意周到だね」 「その名も『Angelic Agent』です」 「エンジェリック……エージェント……なんだ」 「アタシとどっちが安直?」 「ほ、他にご意見は――」 「ちょっと待って。新しいアイディアも結構だけれど、肝心の年間行事を忘れてるわよ」 「毎年恒例のチャリティバザーだね」 「あっ! そ、そうだった……」 「これくらいのこと、ちゃんと覚えておきなさいよ。あなた生徒会長でしょ?」 「う……ご、ごめん」 「本来、会長職のあなたは私よりもしっかりしているべきなのよ。その辺りをちゃんと自覚して」 「うん、わかった。じゃあ、先に年間行事のおさらいをしておこう」 「ロロちゃんは1年生だから初めてだよね」 「はい、さっぱりわかりません! けど、とっても楽しみです!」 「うん、潔くてとてもいい笑顔だね!」 「けど、アタシらも一回しかやってないから、実はよくわかってない!」 「威張って言うことじゃないでしょ」 「確か、入学式に、卒業式に……ええっと、あとは――」 「ねえ、シン君。一度に1年間の行事を全部考えるのは、ちょっと大変じゃない?」 「先輩のおっしゃる通りだわ。12月には流星学園の一大イベントが待っているんだもの」 「聖夜祭かー。去年は参加者だったけど、今年は主催者になるってわけかー」 「クリスマスにお祭りなんて……とっても素敵な予感がします!」 「代わりにすごく大変そうな予感もするけれど」 「欲張ってやると頭パンクしちゃうし、絞ってやりますか」 「二兎を追う者は一等賞ですね」 「よし。とりあえず学園祭までのスケジュールを考えよう」 「10月27日に、チャリティバザー」 「それから……11月19日、20日が二学期の定期試験」 「11月30日に、第一回定期生徒総会」 「そして12月24日のクリスマスイヴに聖夜祭、かな」 「さすが先輩さん」 「えっへん!  これでも3年間、ちゃんと学校に通ってますもの」 「別に普通のことだけど、リアちゃんサイコー!」 「年間行事に生徒会の諸活動。初めてのことばかりだけど、とにかく何かしらやってみよっか!」 「さあ、次はチャリティバザーの準備に取りかかるわよ」 「先輩さん。いつもはどんなことをしているんですか?」 「いつもだと商店街の皆様から不要品を集めて回るのが主流かな」 「おお、リサイクルならシンの大得意分野じゃん!」 「よし、リアカー借りて来る!」 「不要品、結構集まった!」 「よっしゃーっ」 「すごいすごい、去年よりもたくさんあるよ」 「豊作大漁です〜♪」 「ボーッとしてどうしたのよ?」 「あ、うん。ちょっと考え事してて」 「なになに、なんか面白いことでも思いついた!?」 「自分は顔見知りの人が多いから、商店街のことよくわかってるんだけど……意外と知られてないんだなあって」 「うんうん。私もたまに行ったりするぐらいだから、今日はいろんな発見があって楽しかったな」 「もっともっと知りたいです!!」 「商店街の人も協力してくれるってことはさ。〈学校〉《うち》のこと気にかけてくれてるんだよね」 「みんなノリいいもん。学校にお店出す? って、聞いたらすぐ乗ってくるって」 「お店か〜〜。学校にお店がいっぱい並んだら楽しそうだね」 「そうか。それだっ」 「チャリティバザーに、商店街の人も参加してもらうってのはどうだろう」 「んんっ?」 「せっかく身近な商店街なんだもの。うちの生徒にもっと知って欲しいし、利用して欲しいな」 「つまりこういうことね。お店としてはいい宣伝になるし、学園としては盛り上がる」 「おお〜〜なるほど!」 「待ったーッ!!」 「これはチャリティなのよ? 商売っ気が強くなるのは、本来の目的から逸れてると思うわ」 「だったら、出展費用を募金に充てるとかすればいいんじゃない?」 「売り上げの一部とかでもいいですしね」 「けど、お金を取られて商店街の方は納得していただけるのでしょうか?」 「ロロちゃん。 それが『広告宣伝費』ってもんよ!」 「おお〜」 「けど、全員が全員。賛同してくれるとは限らないでしょ」 「だから協力してくれるお店を捜して、アプローチしていけばいいんだよ」 「大抵のお店なら鶴の一声だって!」 「地域密着型のお祭りだね」 「当然、アタシん家も参加するよ! 夕霧庵、流星学園店。売り上げ全部募金しちゃうんだから!」 「太っ腹ですね、会計さん♪」 「けど、それはナナカの親父さんが決めることじゃないの?」 「大丈夫! アタシに任せときなって!」 「でもシン君。これをやるためには『総会』を開かないと……」 「どういうことですか?」 「こういう大事なことを決めるには、ちゃんと生徒みんなで話し合わないといけないってこと」 「生徒総会は来月か。バザーが終わっちゃうな……」 「生徒会規約第14条――」 「本会活動に関する重要事項を議事とし、役員会が必要と認めた場合、及び全会員の4分の1以上の要求があった場合……」 「臨時に生徒総会を行うことが出来る」 「だから、それまでに議題をまとめておきましょう。生徒のみんなにちゃんと認めてもらえるものをね」 「わあ……聖沙ちゃん、素敵」 「そ、そんな……♡」 「あれ。反対してたわけじゃないんだ」 「もちろん。浅はかな考えじゃないかを確認してたのよ」 「ななっ、なんですとー!?」 「いいこと、ナナカさん。私達、流星生徒会で認めたものは何がなんでも成立させるわ」 「おお、望むところでいっ」 「咲良クン。どっちがいい議題を用意できるか……勝負よ!!」 「いや、それは仲良くやろう」 「この感じこの感じ。ようやく生徒会らしくなってきた」 「そうそう。これからが大変だけど、その先にはきっとキラキラの学園生活がっ」 「なんだかこれが実現しただけでもキラキラしちゃいそうっ。ケーキ屋さん、呼んじゃうぞ!」 「あぁ……お店がいっぱい夢いっぱい」 「しかも、それが募金活動に繋がるなんて、とっても素敵です!!」 「まだ決まったわけじゃないから、みんなで頑張らなくっちゃ、ね♡」 「はい!! 任せてください!」 「クルックー」 「おーはーよっとぉ!」 「あれ、シン。まだ寝てる。ほら、起きて!」 「うう……おはようナナカ」 「たはー。こんだけの議題、もうまとめたんだ。さっすが、一夜漬け大将」 「もう時間もないからねえ……」 「うんうん。これなら聖沙もギャフンと言わせられるよ!」 「だから勝負はしてないってば……」 「あっ、アゼル。おはよう」 「寝る、だと?」 「寝るのはと〜っても、気持ちいい〜んだ」 「生徒会長なんだから、昼寝しちゃダメよ」 生徒会長って大変だ。 「ちょっと、アゼル。どこ行くのよ?」 「授業が始まるよーって、行っちゃった」 「お手洗いじゃない?」 「アゼル。結局、戻ってこなかったね」 「転校早々、あんなんでいいのかなあ」 「授業をエスケープするなんて悪い子ですね」 「本当、授業料がもったいないよ」 「やっぱ何か言った方がいいよね」 「もちろんですよ!!  正しいことをするのが私達生徒会の使命なのです。サボタージュは許しませんっ」 「張り切ってるなあ、ロロット」 「最近じゃ、うちらよりも早く来てるしね。感心感心」 「ええ。 なにせホームルームを抜け出して来てますから」 「自分のことを棚に上げちゃダメだよ」 「ごめんなさい」 「お、来た来た」 「とりあえず、今まで出た内容はこんな感じにまとまりました」 「ありがとう、ロロットちゃん」 「いえいえ」 「……そうね。今までのやり方に加えて、部活動や商店街の皆様にも手伝って頂く流れにすると」 「これなら、来てくれるお客さんがもっともっと増えそうだよね」 新しく生まれ変わったチャリティバザー。内容については、十分にネタを集められたと思う。 しかし、何かが足りない。 「せっかくなら今までとは違うんだっていう感じをもっと前面に出したいんだけど……」 「まね。その方がみんなの興味を惹けるだろうし」 「だったら、いっそのこと名前も変えちゃったらいいんじゃないかな?」 「名前……」 「チャリティバザーじゃなくて、他の呼び名を決めるんだよ」 「ナイスアイディア!」 「では、スーパーチャリティバザー。もしくは、スペシャルチャリティバザーとかは、どうでしょう!?」 「あまり代わり映えしないわね」 「失礼な言い方をする暇があったら、副会長さんも何か考えて下さいよ」 「そ、そうね」 「ほら、シンも負けてらんないよ」 「ねえ。就任挨拶の時、生徒みんなに何て言ったか覚えてる?」 「確かキラキラの学園生活は、流星生徒会にしっぽりお任せ! というやつですよね?」 「それだ!」 「ちょっと違うけどね」 「全校生徒に宣言しちゃったもんね。シンのキャッチフレーズを」 「全校生徒に認めてもらうなら、その宣言を生かしていった方がいいと思うよ」 「では、全校生徒が泣いた! とか、どうですか?」 「生かされてないし」 「キラキラ光る……流星学園……お祭り……楽しい……」 「キラキラきらめきときめきあなたと私――」 「って、こんなの恥ずかしくて言えないわっ」 「そうだ!」 「『流星キラキラフェスティバル』ってのはどうかな!?」 「お、いいんじゃない」 「くっ、コンマ1秒遅かったわ……」 「では、そのお名前を企画書に書き添えて――」 「できたっ」 「おめでと〜〜♪」 「キラキラフェスティバル……」 「略して、キラフェスとか?」 「これでもうキラフェスはいただきですね!!」 「何言ってるの。本当の勝負はこれからよ。先生と、全校生徒を相手にしなくちゃいけないんだから」 「ひぇ〜ぅ。ケンカをしてはいけませんよ〜」 「難関続きだってのに頑張るね」 「当然よ。私に敗北は許されないんだから」 「会長さんには勝てないようですが?」 「……確かに。引き分けじゃ勝ったうちには入らないわね」 「あくまで負けを認めないその心意気に感動した。アタシも背を向けず戦いに身を投じよう!」 「あのね、ナナカ。そもそも逃げられないんだから」 「さあ、一刻の猶予もないわ。さっさと先生に見て頂きましょう」 「よしっ。絶対に勝つぞーっ」 「フォフォフォフォフォ」 いきなりラスボスが現れた。 「ファファファファファ」 「怖いよ、お姉ちゃん」 「『お散歩とか言う割には、物騒なツラしてんじゃねえか……』」 「『そう、まるで獲物を狙う獣だな』」 「そそそ、そんなことありませんヨー」 「その顔つき……さては何か企んでるわね」 「ビクビクッ、そそそっ、そんなこと、あああありませんってばーっ」 「ロロちゃん、バレバレ」 「大丈夫だよ。別に悪いことをしているわけじゃないんだから」 「正しいことをしているようにも思えないけど?」 「それはどういう意味ですか?」 「火種は小さいうちに……ってね」 「お、お姉ちゃん……?」 「シンちゃん。その手に持っている物を見せてもらえないかしら」 「待って下さい。これは先生方に提出するものであって、理事長のヘレナさんにお見せするものではありません」 「あら言ってくれるじゃない」 「その後でよろしければ、いくらでもお見せいたします」 「別にいいんじゃない? どうぞ」 「誰もが納得する企画じゃなきゃ、もっかい書き直し。考え直しだよ」 「けど……」 「ヘレナさんにダメ出しくらっちゃう程度のものじゃないんでしょ」 「だったら自信を持って、さ」 ヘレナさんは顔色も変えずに僕から企画書を受け取り、軽く眺めながらページをめくる。 「火元責任者は?」 「火気を使う可能性があるなら、その担当は絶対に忘れちゃダメ」 「あと募金のパーセンテージはあなた達が決めることじゃないわ。先方との相談で決めなさい」 「はっ、はいっ!」 「ねえ、シン。ヘレナさん、今のチラ見で全部読んだわけ?」 「ああ、どうやらそうみたい」 「それで……どうなんでしょうか?」 「そうね。これは没収」 「そ、そんなっ。何かまずいことがあったんでしょうか……」 「さっき注意したトコ以外は、概ね問題ないわ」 「ならどうしてですかっ」 「抜けてるところを補足しながら、私から先生達に掛け合ってみる」 「どうせこれ作るのにかまけて、やらなきゃいけないことほったらかしにしてるんでしょ。まずは、それを終わらすこと」 「それが終わる頃には――キラフェスの準備で忙しくなるわよ?」 「は……はいっ」 「ヘレナさん。ありがとうございましたっ」 みんなでお辞儀をして見送る。 「成功を……祈りますっ」 「ハッハー! 任せときな!」 やけにご機嫌だった。 「人事を尽くして天命を待つ! キラフェスの準備がすぐできるように、いつもの活動をさっさと終わらせよう!」 「よーし、今日も一日――」 「頑張ろー!」 「やっぱり、待ってばかりじゃダメだと思うんだ」 「なによ、いきなり」 「僕……ヘレナさんに聞いてくるっ」 「だから何をよ」 「だって、未だにウンともスンとも言わないんだよっ。キラフェスのこと……」 「ああっ!! 危うく忘れてしまうところでした!」 「大丈夫だよ、お姉ちゃんもやる時はちゃんとやってくれる人だから」 「信じていないわけじゃないんですけど……やっぱりこうも音沙汰無しだと……」 「『おはよう、生徒会の諸君』」 「おお!?」 「『例の流星キラキラフェスティバルの件についてだが――』」 「『なお、このテープは自動的に爆発する』」 「これで、おしまい?」 「まったく。冗談を言ってる場合じゃありませんよ、理事長さん」 「ムムム……ということは、やっぱり――」 「――ッ!? いけないっ、みんな伏せて!」 「どっかーん! おめでとー!」 爆煙と共にヘレナさんが飛び出てきた。 「先生達のオッケーが出たわよ」 「なによ。もうちょっと喜んでくれたっていいじゃない。せっかく頑張ったんだから」 「きゅう〜」 「あれくらいのことでだらしないわね〜。ほら、起きて! 起きないと死ぬわよ!」 「さあ、次は誰っ!?」 いつの間にかみんな起きていた。 「お姉ちゃんっ。後片付けが大変だから、もう火薬は使わないでって言ったでしょ!」 「前もやってたんですか……」 「そう目くじら立てて怒らないでよ。おめでたい時にはドンパチした方が盛り上がると思って」 「あの……ということは、やってもいいってことでしょうか?」 「そう! 臨時生徒総会をね!」 「生徒、総会……?」 「あ。ちなみに明日の朝に決行だから」 「明日……」 「成功を祈ってるわ」 「賛成者大多数により、流星キラキラフェスティバルの開催が可決いたしました」 「こんな簡単に決まっていいのかなあ……」 「気にしない! 決まったもん勝ちよ!」 「みんなも結構気になってたみたいだねー。けど、地元の人じゃないと商店街のことなんて、よくわかんないしー」 「そうなのかなあ」 「ほとんどが寮だったり、車の送り迎えがあるから、放課後に寄り道なんてできないもんね」 「私もナナちゃんが居なきゃ、そうだったと思うよー」 「そういや、一般的な基準に照らすと、さっちんも一応お嬢様だったね」 「自分でも忘れてるけどねー」 「そ、そういえばそういうお嬢さま学校だったね。ナナカと一緒にいるとつい普通の――」 「リズムッ」 「アゼルは今回の企画、どう思う?」 「どうでもいい」 「こんな風にどっちでもいい人もいるわけだし、ね」 「そっか〜」 「今のは納得するところじゃ無いと思うぜ」 「でも、大変なのはこれからだよ。いつもの作業をこなしつつ、お祭りの準備もしなきゃいけないんだもの」 「忙しさに比例して得られるものも大きくなるはずっ」 「シン君、やる気満々だねー」 「掴め、キラキラの学園生活っ」 「キラキラとはなんだ?」 「えっと、それはね――」 「もういいよ」 「キラフェス開催決定。改めて――」 「おめでとう!」 「周知のとおり、本当に大変なのはこれからだと思う。もっともっと忙しくなるかもしれない」 「生徒の期待を裏切るわけにはいかないもの。なんとしても、この企画を成功させるわよ!」 「わくわくっ、盛り上がってきましたねー!」 「腕がなるってもんよ!」 「うふふ、どうなるか楽しみ楽しみ」 今日も休みだというのに、意気込んで生徒会室に集まる。 「ちょっとちょっと。新企画で浮かれてるのもいいけど、肝心なことを忘れちゃダメよ」 「普通に登場してくるなんて珍しいですね、理事長さん」 「あなた達にお客様よ」 「お客様?」 「ヤッホーー!」 「って、サリーちゃん!?」 「魔族をクルセイダースの本拠地に連れてくるなんて……」 「別に隠すほどのものじゃないでしょ。減るもんじゃなし」 「ありがとう、おば――」 「とっとととととぉ。いっけない」 「じゃなくて、へいBOSS!」 「うんうん、いい返事ね。あなたみたいに素直で可愛い娘が、この学園には必要だわ」 「えっへへ。よせやい、BOSSぅ」 ここへ来るまでに何かあったとしか思えないやりとりだ。 「可愛い……?」 「なんなの、そのハテナマーク!!」 「っっとととっと。いけないいけない。落ち着いて、れーせーにれーせーに」 「じゃあ、あとはよろしく頼むわよ」 そう言うと、ヘレナさんは手をひらひらさせて出ていった。 「一体何をどうよろしくすればいいのやら」 「たぶん、魔族退治も忘れずにと言いたかったんじゃないかな?」 「ああ〜〜、そうかも」 「ンベーっだ! アタシのBOSSはオヤビンだけなんだからっ」 ヘレナさんにケンカを売るとは、なかなか見上げた根性である。 「理事長さんは心配性ですね。魔族退治はどこをどう見ても順調じゃないですか」 「果たしてそうかしら? 今もこうして私達の目の前を平然と闊歩してるじゃない」 「でも、別に悪いことをしてるわけでもないしなあ」 「あ、わかった! これからするんだよ、きっと」 「サリーちゃん。ここへ何しに来たのかな?」 「よくぞ、聞いてくれましたっ。実はね――」 「おお?」 「おおおお」 「お……」 「お〜」 「まだ何も言ってないってば!!」 「あのね。アタシを『セートカイ』の仲間に入れて欲しいの!!」 「はうっ」 「仲間だって? どうしたの、風邪でも引いた?」 「どこからどうみても元気そうじゃない」 「そう? けど、季節の変わり目だから気をつけないとね」 「大丈夫ですよ。お馬鹿さんは風邪を引かないと書いてありますし」 「だから、なんで話を逸らすのよぅ!!」 「あのね、サリーちゃん。生徒会へ入る為には、まず選挙で勝たなきゃいけないの」 「それ以前に、学園の生徒でなくてはいけませんね」 「まあまあ。生徒会の役員にならなくてもお手伝いくらいならできるでしょ?」 「それ以前に、この娘は魔族で私達の敵なのよ」 「ようやく改心してくれたというわけですね。まさに私の愛が成せる御業なのです」 「ぷぷぷ。騙されてやんの」 「――ってわけで、今日からよろしくね!」 「どういうわけだかは知らないけど、よろしくっ」 「よろしくお願いしますね、オマケさん」 「お、おまけ?」 「生徒会のオマケのようなものですからオマケさん、です♡」 「ちょっと、あなた達。何を言ってるか、わかってるの?」 「昨日の敵は今日の友」 「『俺とお前と、じゃんじゃん。大二郎〜♪』」 「絶対、何か企んでるに決まってるわ」 「ねえ、聖沙ちゃん。野放しにしているよりかは、私達と一緒にいる分、安全だとは思わない?」 「た、確かに」 「じゃあ決まり、だね」 「ええっと。サリーちゃんを僕たちの仲間にするという件に異議のある方は――」 「はい、ありません」 「先輩の素晴らしい発想に賛同しただけで、咲良クンに同意したわけじゃないからね」 「細かいよ」 その後、軽く自己紹介をしてから、サリーちゃんを含んだ生徒会活動が始まった。 「ん、んん……」 「おっはよう!」 「おはよう、ナナカ……あれぇ。ササミの声がしない」 「そろそろ焼き鳥パーティ?」 「昨日、夜更かしでもしたのかな」 「アンタじゃあるまいし――よっと! ほら、穀潰し。朝ご飯できたぞ」 「も、もっと踏んで欲しい――」 「ズェーーーーッ!?」 「では、今日もうまいお蕎麦をいただきます」 「いただきまーっす」 「ずずずずーーッ。うん、うまい!」 「ななっ、なんだなんだ?」 「祭りの予感♪ いざ行かん、レッツゴー!」 「野次馬だなあ、ナナカは。ずるずるずる」 「シン! ちょっと来てよ!」 「ふへっ?」 「ばったん、きゅる〜ん」 「サリーちゃん?」 サリーちゃんが仰向けになって倒れている。 「コケコッコー」 真向かいにいるササミが雄叫びをあげている。 羽毛が散らばっているところをみると、なにかしらの悶着があったみたいだ。 「ま、まさかサリーちゃん。ササミを食べようとしたのかっ」 「違うよ〜。ちょっと覗いただけなのに、いきなり突かれたんだよ〜」 「番犬ならぬ、番鳥!」 「押忍、番鳥!」 「どうどう、よしよし」 「うん。もうこれで大丈夫だよ」 「わーい♪」 「嘘つきーー」 「ははは、サリーちゃん。もう懐かれてるや」 「ご愁傷様」 「そんなの嫌〜〜」 「えぅー。お腹ペコペコだよ〜ぉ」 「やっぱり食べようと……」 「ナマモノはお腹壊すから食べちゃダメって、ちゃんとオヤビンに言われてるもん!!」 「それなら焼くがいい」 「おお、その手が――」 「イタタタ、やめて! 嘘だってば、ごめんなさーい」 「ほらほら、およし」 サリーちゃんからササミを遠ざける。 「ふーんだ。アンタ如きが『びしょくか』であるアタシの舌を唸らせることができると思ってんの? んべー」 「おおっと新技、ニワトリの羽根乱れ撃ち」 「ヒョエエエぇ、嘘です。ごめんなさーい」 う〜む。また前に出た魔族みたいに、庭園を荒らされても弱るしなあ。 「あ、そうだ。ナナカ、まだお蕎麦って残ってる?」 「うん、あるけど」 「サリーちゃん、良かったら一緒に朝ご飯食べてく?」 「えっ、いいの!?」 「喜べ、お蕎麦だ!」 「えー。牛丼がいいなー」 「いらなきゃ、あげない」 「あわわわワ。冗談だよ、ジョーダン」 「牛丼もいいけど、お蕎麦もいいぞ〜」 「わーい。屋根があるー」 「うっうっ。なぜかもらい泣き」 「なんももらってないよ、ベシ!」 「おう、戻ってきたか」 「へえ〜。これがお蕎麦って言うの?」 「それはパッキーだよ」 「お蕎麦、食べたことないの?」 「人生の100%損してるね」 「全部ですかっ」 「のびる前に食べちまおうぜ」 「それでは改めていただきま〜す」 「いっただきまーす」 「こうやって麺をツユにつけて食べるんだぞう」 「ちゅるちゅるちゅる〜」 「どお?」 「おいしーよーーーーーう!」 「ちゅるちゅるちゅるっ」 「あはは。そんなに急いで食べなくて大丈夫だよ」 「お代わり!」 「ずるずるずる、ツーン!」 「つーん?」 「ワサビいる?」 「いる! なんでもいる!」 「はい、どうぞ」 「ちゅるり――」 「つーーん、辛いっぃいいいっ! 辛いよーー」 「あはは。目が覚めていいでしょ〜」 「もう、ワサビいらない! ツユなしで食べるっ」 「なかなか通だね!」 「それでもおいしーよーーー!」 「ふう、お腹いっぱい。ごちそうさま」 「ごちそうさまー」 「ほら、食べたら片付ける」 さすがのサリーちゃんも、文句を言わずに手伝ってくれた。 「敵の基地を調べにきたつもりが、おいしいお蕎麦を食べられるなんてラッキー」 「ここはなかなか居心地が良いでありますよ、オヤビン♪」 「ギクーンッ! なんでもないよーん」 「で、サリーちゃんはこれからどうするワケ?」 「カイチョーのお家でお留守番しててあげる!」 「ササミが一緒だけど、大丈夫?」 「ヤッパイイデス」 「生徒会活動は、放課後までお預けだからね〜」 「ねえ、サリーちゃんはいつも何してるの?」 「何をするって、生きてたら何かしてないといけないものなの?」 「おおっ、なんか哲学的だ」 「というか、何してるかなんて別に覚えてないしー。あ、でもお蕎麦の味は忘れないよっ」 「嬉しいこと言ってくれるね!」 「あれ? 今日は何かやることがあって、それでカイチョーの家に――」 「あああ、そうだ! 早く、オヤビンに知らせてこなくっちゃ」 「じゃあ、放課後になったらまた学校においで」 「うん ばいば〜い」 「ばいば〜い。転んで怪我しないでよー」 「大丈夫。飛んでるから〜」 そう言うと、サリーちゃんはふわふわと空へと消えていく。 「電線に引っかけそ」 「怖いこと言わないでよ」 「こら、置いてくな!!」 「あれ。今日は、ケーキ食べに行かないんだ」 「スウィーツ!! 部費が出れば毎日でも行くんだけどね!!」 ナナカの健康を考えると、絶対に出したくないなあ。 「いいなあ、すうぃーつ。アタシも食べた〜い。ナナカ、ご馳走して〜〜」 「あんまり食べ過ぎると太っちゃうぞ」 「別にいいもーん。おっぱいが大きくなるなら、ばっちこーい!」 「お腹がおっきくなるかもしれないけどね」 「ええー!? それってオヤビンみたいに……」 「それだけは嫌〜〜っ!!」 「じゃあ、スウィーツを食べる時はアタシと半分こしよう。それで万事解決でい!!」 「うん、うんっ。そうするっ」 「なにその『すうぃーつ』っての」 「おお! わかってるね、サリーちゃん」 「美味しいの!?」 「それはもう。頬っぺたが落ちるくらいに!!」 「ひいい!! 頬っぺが爛れて焼け落ちるだなんて、そんなの怖くて食べられないよっ」 「そう! だからもし万が一スウィーツを見つけたらアタシが始末してあげる」 「な、なんて優しいの……わかった! 見つけたら持ってくるね!」 「くっくっくー。何も知らずにお馬鹿二人が向かいますよ、オヤビン」 「サリーちゃんってさ。どこに住んでるの?」 「ええっ!? えーっと、内緒」 「ずるいぞ、このこのぅ」 「うっひゃひゃひゃひゃ」 「今夜もカレーだけど、ナナカはどうする?」 「カレー!?」 「たまには食べてくっ」 「アタシも食べたーーい!!」 「別に構わないけど……」 「ちゃんとお家に連絡しないとダメ」 「晩ご飯を作ってくれてるかもしれないし、それに心配だってしてると思うよ」 「ご飯なんて誰も作ってくれないからへーきだよ」 「……この手の話は振っちゃまずかったかな?」 「そうかも……よしっ。じゃあ、カレーと一緒に僕のお手製ケーキをご馳走してあげよう」 「ヒイイイっ。いらないよ、いらない!」 「ミルクシェーキ、あのシャリシャリ感が美味しいのに」 「アンタのは、牛乳凍らしただけでしょうが!」 「あれっ、あれあれ? 誰もいないよ〜〜」 「誰かと待ち合わせ?」 「うん、オヤビンと――って、あわわわ」 「逢い引きだぜ」 「な……! 見かけによらず大人なんだね、サリーちゃん」 「そうよ、あっは〜ん♡」 「って、違う違う全然違うの! アタシが会いたかったのは……えと、え〜〜っと」 「あいつ!!」 「痛い痛いっ」 「僕が差し置かれるとは相当気に入られてるんだね、サリーちゃん」 「ハッ!! まさか、こいつがオヤビンを……」 「コケーコッコッコ」 「たたっ、食べたぁ!?」 「ははは。ササミは草とかミミズしか食べないよ」 「ううー、作戦失敗。けど、ご飯が食べられるから、まあいっか」 「ただいま!」 「ただいま〜」 「お腹空いたー」 サリーちゃんはそのまま仰向けになって寝ころんだ。 「ねーねー。ご飯まだぁ?」 「こらこら。タダで飯が食えると思うな、働かざる者食うべからずってね」 「働くの? めんどくさーい」 「じゃあ、ご飯抜き」 「わーん、いじわるー。やるからご飯ちょーだい」 「じゃあ一緒にお風呂掃除しよっか」 「いえっさー」 「よーし。腕によりを掛けて美味しいカレーを作ってしんぜよう」 「温めるだけだぜ……」 「つべたーい」 「ありがとう、お疲れさま」 「ご飯が炊けたぜ」 「ああ、ありがとう。じゃあ、ご飯にしよっか」 ヘルシーな野菜カレー。咲良家の食卓の半数を占める王道メニューだ。 「うん、おいしー」 ナナカはこのカレーに牛乳が入っていることを、10年以上知らないでいる。 「あーん。おいしーよぉー」 そしてもう一人、サリーちゃんが歓喜の余り滝のような涙を流す。 「こんなに美味しいものが食べられるなんて、幸せ過ぎる〜」 「大袈裟だなあ。けど、お世辞でも嬉しいよありがとう」 「オセジ? なにそれ、美味しいの?」 「確かにシンのカレーは美味しいけどさ。他にも美味しいものはたくさんあるじゃない」 「牛丼とかー」 「まあ、あれは違った美味しさというかなんというか……」 「蕎麦とかー」 「ありがとっ!」 「でも、範囲狭すぎ」 「命に感謝。食べられるものは、なんでもうまい」 「そうそう! そうだね、ソースだね」 「ソースかけてみたら?」 「ライスカレーにソースだなんて、ソバに海苔をのせるくらい邪道だね!」 「おおおおおお! これ、美味しいよーーーう♪」 「サリーちゃん、しょっぱくない?」 「ソース入れすぎた?」 「いや、涙が」 「はぁ……これが食べる喜び」 「食べるー!」 「珍しく太っ腹じゃないのさ」 「お風呂掃除してくれたからね」 「じゃあ、アタシもお代わりっ」 「ふふふ、こいつめっ」 「こんなに美味しいご飯が食べられるなら、お風呂掃除でもなんでもするよー」 「じゃあ、いっそのこと住み込みで働いてもらっちゃおうかな、あはは」 「馬鹿こいてんじゃないの」 「それいいね!」 「よし、決めた! アタシ、今日からここに住むっ」 「やだなあ。今のは軽い冗――」 「アタシの部屋は……ま、いっか。後で決めようっと」 「ちょっとサリーちゃん? いきなり、住むって大丈夫なの?」 「うん。全然へーきだよ。そもそもアタシにお家なんて無いし」 「野ざらしのアジトはあるけどね……っと、これは内緒」 「そうか……そうだったのか……。なんだか親近感が湧いてきたぞっ」 「ということはァ?」 「いらっしゃいませ、グランドパレス咲良へようこそ!!」 「うーん。男と女が一つ屋根の下……か」 「アタシの顔に何かついてる?」 「うっふ〜ん♡ アタシのセクティーバディをなめ回すように見るなんていや〜ん♡」 「ま、サリーちゃんなら大丈夫か」 「ククク……早速魔族の女をたらし込むとはさすがだぜ、シン様」 「ちょっと、アンタ。もしかして……ペ○?」 「違うって」 こうして、サリーちゃんはグランドパレスに住むこととなる。 「アタシのお部屋はここの上ッ!!」 「2階?」 「ううん、屋根裏」 え……まじですか? 「みんなもそろそろ、霊術の扱いに慣れてきた頃かな?」 「中華鍋で炒め物ができるくらいの火力はあるかな」 「大自然の美味しい水がいつでも飲み放題ですよ」 「エアコンに電子レンジ、ドライヤーを一度に使っても平気だと思います」 「おお〜。それなら光熱費もバッチリ節約できそうだね!」 「シン君は?」 「あまり家計の助けになるようなことはまだ……」 「だらしないわね」 「ガッカリです」 「しっかりしろ!」 「ええっと。魔族と戦う力だからね」 「次々と現れる魔族相手になんとか勝利しているわけだし……進歩してると思いたいなあ」 「もうちょっと目に見えて強くなりたいです。おっきくなるとか、合体するとか」 「サリーちゃんみたいな魔族も出てきてるし」 「念には念を。歯には歯をというやつですね!」 「で、何かサプライズが?」 「ええっと、お姉ちゃんからもらったアレは……」 「うんっ。みんなにもうちょっと強くなる為の練習をしようかと思ってるんだ♪」 「おお〜〜! やっぱり巨大化ですか? それとも超変身ですか? わくわく」 「うん♪ 新しい技を覚えてもらおうかな」 「いわゆる新技というやつですね! 強敵が現れピンチを迎えるときに必ず使うという噂の!」 「いまのところ全然ピンチじゃないわよ」 「念には念をってことでしょ? 実際、ピンチな時に都合良く新技なんて炸裂するわけないし」 「皆さん、本番に弱いですからね〜〜」 「けど、霊術の扱い方は教えてもらったし。他にやり方があるんですかね、リア先輩?」 「あれ……確かこの辺に書いてあったような……」 「あ、こらー! あっち向いてホイ!」 そっぽを向かされた。 「えーこほん! そこで、ロザリオの中に秘められた守護天使の出番というわけ!」 「あーーなるほど、天使かー!」 「今、思い出したでしょ」 「だってウンともスンとも言わないし、忘れちゃうって。ねえ、ロロちゃん」 「私は天使じゃありませ〜〜ん!」 「守護天使の力は霊術とは違うんですか?」 「え……? ええっと、それは……その……」 「ピッピ!」 回れ右をさせられた。 「おほん! クルセイダースと守護天使は、常に意識を共有しており、両者のシンクロ率が最高潮に達した時……」 「守護天使の力が現世に蘇り、クルセイダースに大いなる力を託す……のです!」 「なんて神秘的なのかしら……♡」 「なるほど。さすが、リア先輩」 「よーし。じゃあ、早速天使様を呼んでみますか、おーい!」 「――って、天使じゃありません!!」 「おーい!」 「まだやってるし……」 「なかなかうまくいきませんね」 「シンクロするには、やっぱり霊力を高めるのが一番かな〜と思ってたんだけど、それだけでもなさそうだね」 「意識をシンクロさせる……ってことは、守護天使が何を考えてるか、理解して同調することなのかな?」 「何もしゃべらないし、さっぱりわからん。ロロちゃん、わかる?」 「そうですね。今日の晩ご飯のことを考えてるのですよ」 「それはあなたでしょう」 「守護天使ねえ。そもそもなんでロザリオに秘められてるのかもよくわからないし、本当にいるのかなぁ……」 「リア先輩?」 「ちょ、ちょっとシン! 後ろ、後ろ!」 「今、シン君の背後にうっすらと」 「え!? お化け!? ギャーーッ」 「違いますよっ! あれは……天使様です」 「あれが……守護天使……」 「咲良クンっ。今のは、どうやったの!?」 「僕、何もしてないけど……」 「何もしてなくても呼べるってこと?」 「それなら私だって……ムムム……ムムッ、ムム〜〜ッ!!」 「おかしいな。もう、呼び出せない」 「もしかしたら、ちゃんといるんだよって言いたかったのかも」 「そういや、なんかふて腐れてた!」 「えええ、怒らせちゃった!?」 「不機嫌なのは、副会長さんだけで十分ですよ」 「ムムム〜〜ッ!!」 「はぁ、はぁ……どう? お出でになったかしら?」 「さっぱりです」 「〜〜っっっ!!」 「そっか……やっぱり、ちゃんといるんだ」 「さっすが、シン。いの一番で成功したね。家計の役には立ってないけど」 「別にいいんだよっ」 「天使様のお力があれば怖いものなしです! 私も会長さんみたいにならなくては」 「咲良クンが出来るなら、私にだって出来るわ!」 「ちゃきちゃきっとやっちゃいますか」 「うんっ。みんなで頑張ろ〜〜!」 こうして、新しい力を使いこなす特訓が始まった。 「はいっ、流星生徒会です。天川乳販店さん、いつもお世話になっております。牛乳ですか。冷蔵庫用に配電が必要ですね、わかりました」 「会計さん。納品の経路はどうなってるか知りたいそうなんですが」 「個々の取り扱ってる業者か、台車でオッケ。足りなかったら、アタシ等が行く」 「このお店はこの区画、ここのお店は火気を使うからこっちだな……」 「はい、お茶どうぞ」 「あ。ありがとうございます。ずず……はぁ、うまい!」 「さて、もう一踏ん張りだね」 「ええ。踏ん張って終わらせよう――と、言いたいところなんですが……」 「会長! とても今日中に終わる作業量ではないと思われます」 「ううむ……そうなんだよなあ」 「明日も何かするべきかしらね」 「それはダ〜メ♡」 「そうは言いますけど先輩さん。〈人間界〉《ここ》は時間の経過が早すぎるんですっ、時が不足しているのですよっ」 「しっかり休養を取るのも仕事の一つだよ。無理して倒れたりなんかしたら、誰が代わりになってくれるの?」 「さっちんに頼む……いや、無理だな」 「先輩の言うとおりだわ。今日、出来る限りのことをやるしかない」 「タイムリミットまで頑張ろうか」 「みんな、おつかれさま。そろそろ校門閉鎖しちゃうわよ」 「導火線のない時限爆弾ッ」 一斉に力なく項垂れるが、誰一人として荷物をまとめようとしない。 「ほら、お帰りなさい。警備の人に生徒会役員が捕まったら大問題よ」 「はい……」 「別に生徒会活動なら、〈生徒会室〉《ここ》じゃなくたって出来るでしょ」 「それに、どうせ明日休むなら一日くらい無理してもいいんじゃない? 夜はまだ長いんだし」 「そっか。そうだよね! じゃあ――」 「それなら、ええトコありますよ。ね、ダンナ!!」 「えっ? あっ! ああ! そうだね、うんっ」 「あら、残念。先に言われちゃったわね」 「ううん。言わなくて正解。だって、あの場所が絶対に一番だと思うから」 「よし! 今からみんなで僕の家に行こう!」 「おおォお泊まりィッヒ!?」 「声裏返して、今更何ビッてんのよ」 「そんなまずいよ。外泊させるだなんて」 「夜更けに帰らせる方が、もっと危ないでしょ!」 「けど、年頃の男子女子が一つ屋根の下でだよ!?」 「ふんだ。アタシが寝泊まりしたって何も言わないくせに」 「ああ、ドキドキする…… この気持ち、バレないようにしなくっちゃ」 「モジモジして気味が悪いわね」 もうだめだった。 「ううっ」 「いいや、なんか寒気が」 「ほら、前閉じて暖かくしときなって」 「あ、ありがと」 「お待たせです〜♪」 「ハァ……ハァ……お待たせ〜♪」 「ロロットさん、それに先輩まで。やけにご機嫌ですね」 「だってお泊まりですよ、お泊まり!! 自分のお家以外で寝泊まりするのは初めてですよ」 「ほほ〜。さすがお嬢さま」 「そそっ、そうなのよっ。わかった?」 「今日も、じいやのお付きがあるので、特別に許可を頂いたのです」 「リースリングさん?」 「くれぐれも――」 「ヒッ!!」 「お嬢さまをよろしく」 「あれ。どっか行っちゃった。護衛はいいのかな?」 「気を利かせてくれてるんだよ、きっと」 「もう片方のお嬢さま――」 「も、もしかして、私……?」 「リア先輩は大丈夫なんですか?」 「だって、一番上のお姉ちゃんだもん。ちゃ〜んと、みんなの保護者にならなくっちゃ♪」 「さすが、お姉さま……」 リア先輩が誇らしげに胸を張る。保護者が一番ワクワクしてるように見えるのは気のせいかな? 「私のリアにエッチなことしたら許さないわよ」 「ヒイッ!!」 「もお! 私だって子供じゃないのにっ」 「子供じゃないから心配なのよ〜〜」 「大丈夫ですって。アタシがついていますから!」 「僕ってそんなに信用ない?」 「男子は獣の皮を被った人と言うそうじゃないですか」 「くすくす、咲良クンにそんな度胸があるとは思えないけど」 「ムムム……ぼ、僕だって……やるときはやるんだぞーっ」 「気張るトコ違う!」 「さ、遊んでる場合じゃなくってよ。早いところ買い出しを済ませましょう」 「今くらいの時間だと、タイムサービスがあるからお得なんだよ」 「ほほー♪」 「そうなんだ〜♪」 「あー。箸が転んでも嬉しい年頃ってやつ?」 「ナナカさん。ロロットさんに少し似てきたんじゃない?」 ん? 何か騒がしいな。 「あら、いいところに生徒会」 「品川のおばさん。今日はもう店じまいですか?」 「それが聞いとくれよ。なんでも牛丼屋に食い逃げ事件が起きようとしてるわけさ。まさしく今、そこにある危機」 「えっ、まじまじ!? これは行くっきゃない!!」 「ちょっと、ナナカちゃん! 私を差し置いて、抜け駆けは許さないよっ」 「二人とも相変わらず野次馬だな〜」 「やだねえ、この子は。真実の求道者と言っとくれ」 品川のおばさんもナナカを追って行った。 「牛丼、食い逃げ……何か引っかかるのよね」 「ここ最近、その言葉をよく口にする人と出会ったような」 「牛丼食べたい!!」 「確かそんなことを言ってたのは、サリーちゃんだね」 「ええっ!! そんな、まさか。サリーちゃんはもう食い逃げなんてしないですよ」 「けど、あまりにも結びつきが強いと思います」 「ちゃんと僕の家で毎日うまいカレーを食べてるんだよ?」 「カレーですか!?」 「カレーだったら満足していてもいいはずよね」 「だって美味しいから――」 「って、何を言わせるのよっ」 「そのカレーに飽きてついつい魔が差したに決まってるぜ」 「いいや、僕はサリーちゃんを信じるっ……いや、信じたい」 「ククク……でなきゃ、カレーを食わせ損だぜ」 「全てが君の思い通りになると思うなっ」 「カレー食べたいです〜」 「私も――って、今はそれどころじゃないでしょう!?」 「とにかく放っておけないね。行こう、みんな」 「あっ、カイチョー!!」 「さ、サリーちゃん……」 トビッコをイクラと騙された時くらいの衝撃が襲う。 「お腹空いたから、お買い物しておいてあげようと思ったんだけどさー」 「ま、まさか……ブルブル」 「でもお金なかった!」 「けど、お買い物をしようとした心意気は買ってくれるよね! だから、今日も美味しいご飯を早くプリーーーーズ!」 「そっか……そうだったんだ……」 「うふふのふー。今日のお仕事、これで終了〜〜〜♪」 「はぁああああ……」 「良かったね、シン君♡」 「信じてたなら、そんなに安心することもないでしょう?」 「ギクッ」 「まったく心配性ですね、会長さんは」 「けど、そうなると犯人は誰なんだろ」 「シンシンシーーン! 大変だ、大変だーーい!!」 サリーちゃんも一緒に、牛丼屋へ足を運ぶとそこには――。 もう、見るからに。 ありえないほど、滲み出るほどに魔族ッ! 「アンタねえ! 金も無いのに飲み食いするたぁ、どういうことでい!!」 それを相手にまったく臆さないのは、さすが商店街のアイドルといったところか。 「オデ、まだ、腹減ってる。特盛り、食わせろ」 「店長さん困ってるでしょ!? さっさとお縄をちょうだいしやがれってんだい!」 「ちょっと、これ。どうなってるの?」 「なんかこのデカブツが牛丼頼んだはいいけど、財布はないわお金はないわで、もう大変」 「特盛り、もっと食わせろ」 「それなのにこの傍若無人っぷり。客商売だからって、なめんじゃないよ!!」 「そもそも店に入った時点で怪し過ぎると思うんだけど……」 「人は見かけによりませんから」 「ロロット。それはフォローになってない」 「オヤビン!!」 「おおっ!? オヤビン!?」 「ちょっと、オヤビン!! どうして牛丼食べてるのよおっ」 「そうだそうだ、ガツンと言ったれ!」 「ずるいずるいずるい!! アタシも食ーべーたーい!!」 「ダメだ、こりゃ……」 「セートカイ、やっつける」 「ほえ?」 「仕返し、逆襲、やっつける」 「あっ、ああ〜〜〜〜!! そうだった、忘れてた!! そうだよ、オヤビン。こいつらがあのにっくきセートカイなんだよ」 「ええ!? あれだけ仲良くしてたのに!?」 「それはこれ。これはこれ。あのときの恨みを晴らすノダッ!」 「そして裏切りですねっ♪」 「チッチッチ。人聞きが悪いな、ロロちーは。ご飯をご馳走してくれたことには感謝してるけど、それとこれとは話が別なのよ!」 「どうどう、とにかく落ち着いてサリーちゃん」 「おおっと、いけねえ。そんなことよりオヤビン、早く!」 「待つ。牛丼、食べる」 「オヤビンったら、ダメだよ食べちゃ! お金ないんだから〜。もう、そんなことよりセートカイをやっつけなきゃ!!」 「言ったことは理解してくれてるけど、戦う気は満々なのね……」 「ふふんだ、ビビっちゃって。オヤビンはね。ななだいましょーって呼ばれるくらい強いんだぞ〜」 「二人のビッグSHOW?」 「ななっ、七大魔将……ッ!?」 「せ、先輩。知ってるんですか?」 「……うん。お姉ちゃんから聞いたことがある。なんでも魔王に次いで強い力を持つ魔族だって噂の……」 「ま、魔王!?  魔族の王様というからには……きっと……凄い力が……」 「そっか。魔王の次なら大丈夫だぜ、なあシン様」 「ビクッ」 しかし、今までの魔族より……引いては、サリーちゃんよりも強そうだ。 なによりもデカいっ。背筋をピンとして虚勢をはるほどに、デカイッッ。凄まじい、貫禄! ほ乳類で言えば、鯨のようなもの。缶詰もまあ、うまい。 「もちろん、アタシも戦っちゃうよ」 こ、これは強敵の予感……! 「な、なんとかやっつけた」 「さて、大人しくなったところで話を聞こうじゃないか」 「ヤダプー」 「この子は、ほんんっっと可愛くないね! 明日のご飯抜きだから!」 「ああん、ウソウソ。ごめんなさーい」 「オデ、美味しいもの、たべたい」 「まだ食い意地が張ってるの?」 「そうじゃなくて。アタシ達は、人間界にはびこる美味しいものを巡って彷徨い続けるその名も――」 「『美味しいもの食べ隊〜♪』」 「ああ、あれか〜」 「そのオヤビンがこの……」 「オデローク」 「ういうい」 「人間界には美味しい物がたくさんあるって言うから、こうして来てみたものの……」 「飯、食えない。すぐ、怒る。オデ、悲しむ」 「無銭飲食してれば、当然の報いでい!!」 「今日のところはこれで勘弁して〜」 「オマケさん! それはずっと大切にしていた安眠枕『寝る寝る寝るね』じゃありませんかっ」 サリーちゃんのとっておき……か。 「まあ、それはまだ持っといて。僕から店長さんに事情を話してみるよ」 「ううーカイチョー大好きー」 話をつけたかわりに、魔族の処遇は生徒会に任せると言われてしまった。 「といっても、今日はもう遅いしなあ……」 「戻ってから、やらなきゃいけないことが山積みよ」 「うう……そういえば、そうでした」 「みんなごめん。よくわからないけど」 「来週、学校においで。一緒にこれからどうしようか考えよ」 「あうう、優しいなあ。さすが、オッパイがデケーだけのことはある」 「そ、それは関係ありませんっ」 「わかった」 そう言うと、オデロークは背中に哀愁を漂わせて闇夜に消えていった。 「ちょっと可哀想なことしちゃったかな……」 「そうやって甘やかすから、つけあがるのよ悪党は」 「あ、そういや、これ。おみやげでもらったよん。今日のお礼だって」 「こ……これは……!?」 おかげで今日の晩ご飯は、とてもハッピーな気分になれそうだ。 「ただいま〜♪」 「お帰り〜」 「って、早! オヤビンと帰ったんじゃなかったの?」 「アジトよりこっちの方が快適なんだも〜ん。それよりご飯、ご飯」 「ふふふ、今日の晩ご飯はなんと――」 「早くて安くて美味しい牛丼弁当で〜っす♡」 「おおおおおおおおおおお」 「けど、残念ながらオマケさんの分はありませんよ」 「えええええええええええ」 「あれだけ迷惑かけたんだから、当然でしょ」 「チイッ。あそこはオヤビンでなくて、セートカイに加勢するべきだったか!」 「あれだけ食べといて、まだ食い足りないってかい」 「食べたのはオヤビンで、アタシは全然食べてないのっ」 「俺様の分すらねーんだぜ。カレーで我慢しろ、ペタンコ」 「ペタンコじゃない! つか、ぬいぐるみのくせに飯食うなーー」 「今日はカレーを特盛りにしてあげるから。ね、シン」 「牛丼、食わせろ。牛丼、食わせろ。牛丼、食わせろ」 「はぁ……しょうがないなあ。じゃあ、これ」 自分の牛丼をサリーちゃんに差し出した。 「二人で半分――」 「ガツガツ、モリモリ。うまっ、うまっ、うまいっ。牛肉うまいっ、肉うまぁ!」 「ぺろんっ。ごちそうさまでした!」 「こ……」 「カイチョー大好き♡ 超LOVEよ♡」 「こらああああああっ」 「何やってんだか。ほら、ドンブリ鉢もってきな。分けてあげるから」 「じゃあ、私からもどうぞ」 「日々是、分かち合いなのです」 「みんなが分けるって言うから、便乗しただけよっ」 既視感を覚えるこの光景が、いつしか涙で滲んで見えなくなる。 「ううう……みんな、ありがとう」 「で、お味は?」 「本当。牛肉のドンブリなんて、初めて食べたかも」 「いつも分厚くて噛み切れない牛肉ばかり食べてますからね〜」 「そ、そうなのよね〜。もぐもぐ」 「庶民の敵がいるっ。なんとか言ってやれ、シン!」 半端に膨れたお腹をお得意のカレーで満たし、一同は作業に取りかかる。 「いっちょあがりっ! 誰かの手伝おっか?」 「ふい〜。お願いします〜」 一人、また一人と任務を完了し、他の人の補佐に回り始めると、一気に終わりが見えてきた。 「これで一通りは終わったかな」 「フーーッイ」 そしてみんなで一斉に床で仰向けに寝ころんだ。 「あっと言う間だったけど、今――何時?」 「10時ちょっと前」 「思ったより早く終わったわね」 「そろそろお風呂の時間ですよ〜♪」 「おお、そうだね。ちょっと準備してくる」 「待て! あのお風呂をこの方々に使わせる気かっ」 「気を遣ってくれてありがとう。けど、大丈夫だよ」 「そうそう。浴槽が狭いくらいどうってことないわ」 「そーゆーレベルの話じゃないの!!」 「おお〜〜っ」 「あとはガスの火をつければ……シャワーになるでしょ」 「すごいです。こんなお風呂、初めて見ました!」 「なになにっ?」 「あちゃ……」 みんながこぞってお風呂を見にやってくる。 「洗い場がお風呂……?」 「ええ。水場とお風呂のコラボレーション。いわゆるユニットバスってやつですね」 「嘘つけ!」 「さあ、順番にどうぞ」 「は〜い♪ では、一番風呂行きま〜す♪」 「ロロちゃんストップ!」 「こんなの使えるわけないでしょ!!」 「こ……こんなのって……」 「そもそも仕切りすらないじゃない!?」 「仕切りがあったら入るのか?」 「まあ……せめて、それがあれば……ね」 「仕切りだ、仕切り! おい、早く用意しようぜ!」 「しゃーない。みんなで銭湯にでも行こっ」 「残念です〜〜」 ひとっ風呂浴びてスッキリ爽快。色々なシャンプーの香りが入り交じってドキドキする。 「さ、さて。そろそろお布団運んでこよっかな……」 「もう寝る準備ですか!? もったいないですよ〜」 「この不良めっ。けど、その心意気やよし!」 「シン君、一緒に運ぼ」 「ええっ!? じゃあ、私も!」 「抜け駆けは許しませんよ♪」 「待ってー」 せっかくの逃げる口実がとんでもないことになってしまった。 「えっと、こっちの方が温かいからみんなの布団4つを持ってきて。僕のは、隣の部屋に移すから」 「何を言ってるんですか、会長さん!」 「みんなで一緒に夜遅くまで遊ぶに決まってるじゃないですか!」 「だからって、男女が同じ部屋で寝るのは問題よ」 「別に修学旅行みたいなもんじゃん。ね、先輩」 「えっ、あ。うん。そうそう。それくらい、フツーだよね。多分」 「それとも男子が側にいるってだけで沸騰しちゃうくらいウブっ娘なのかな〜。聖沙ってば、かーわいっ」 「そそっ、そんなことが、あるわけないでしょう!?」 「じゃあ、決まり。さー行った行ったあ」 沸点に達するのは僕の方なんですがッ。 狭い部屋に布団が敷き詰められ、みんなでその上に座る。 「みなさん、着替えないの?」 「まだまだ。夜はこれからよ、こ・れ・か・ら! 着替えたら眠くなっちゃうでしょうがあ」 「テンション高いね〜ナナカちゃん♪」 「そういう先輩さんこそ、語尾が踊ってますよ〜♪」 「グーグー」 大賢者様もぬいぐるみとはいえ、さすがにご老体か。 「夜更かしゲームと言ったら、これっきゃない! その名もババァ抜き!」 「ババ抜きでしょ。まったくナナカさんらしい遊びだわ」 「ただのトランプと思って馬鹿にしてますよ、ダンナ。かつて魔女狩りとも言われたこの戦いを!!」 「ふっふっふ。さて、どの時代まで食いついてこれるか楽しみだな」 「私は運命に抗い、そして絶対に勝つ!」 「ババ抜きって、そんなにスケールが大きかったんだ〜」 「何やってんのー! アタシも混ぜてー!」 「子供はもう寝る時間だよ〜」 「ここからがアタシの本気。サンクチュアリ、いわゆるゾーンだっちゅうの!」 「うつらうつら……春麗らかに〜」 「ほら。天使なんかもう寝てら」 「はッ、ぶるんぶるん。危ない、危ない、赤ひげ危機一髪です!」 「寝てもいいよ。無理しないで」 「いやいや。せっかくのお泊まり会、今日は朝まで頑張りますよー。おーっ」 「おーぅ!」 「先輩はまだ大丈夫ですよね」 「えっ!? あ、うん! もっちろん、まだまだ平気だよ」 「さっすが」 「えっへん。こう見えてもお姉ちゃんだもん。ちゃーんと、みんなの寝顔をチェキしちゃうもんね〜」 なーんて言ってたくせに。 「すう……すう……」 「まさか先輩が一番乗りとは……」 「お姉さまの寝顔、素敵♡」 「会計さん……これで。この1枚で、勝負を決してみせますッ」 「こ、こんなところで朽ち果てるわけには……!」 「ほら。早くしないと、もう寝ちゃうわよ」 「じゃーかしい!」 「さあ、カミング! カモナマイハウス!」 「おっ」 「くっ」 ロロットの手からペアのカードがひらひらひらと舞い落ちる。 「ぐあっ」 「くう……くう……」 「お、これは不戦勝だね」 「うぷぷ。ナナカ弱ぇ」 「きい、悔しい! こうなったらアタシが勝つまで、トコトン勝負だっ!!」 「あはは、聖沙みたいだ」 「一緒にしないで!」 「覚悟しろ、サリーちゃん!」 「このカードはアタシのトレードマークだもん。大切にしなくっちゃ〜」 「ぬぬぬぬぬ……今度こそ、その手には乗るまいっ」 「残念賞!」 「たはーーまた騙されたあああっ」 「素直過ぎるのも時として罪だなあ」 「あとはカイチョーと一騎打ち。さあ、負け犬はどっちかな、クシシシ」 「聖沙が待ちくたびれてるから、早く終わらせてあげないと」 「もっと弱けりゃ、ずっとシンと勝負ができるってのにね」 「すぅすぅ……しょうぶわまだぁ……」 「ありゃま」 「あれだけ待たされれば……ねえ」 「ああ、それ取らないでっ! ひい、また負けた! もういっちょ!」 「いい加減、諦めたら? もうおめめが真っ赤だよ」 「これは悔しくて流れる血の涙っ!」 「わかったから、ちょっとトイレ」 「勝ち逃げすんなー」 「してないしてない」 「寝言だよ、寝言。ちょっと休憩と横になったら、そのままグゥ」 「サリーちゃん。全然、平気そうだね」 「だってアタシ、バリバリの夜行性だし」 蛍みたいにお尻が光りそうだ。 「みんなあまり夜更かししない人達なんだろうね。疲れてるのにはしゃいじゃうもんだから」 「カイチョーこそ、元気ビンビンだね」 「まあ、よく一夜漬けしてたから」 「なにそれ、美味しいの?」 「さて、そろそろ僕も寝ようかな」 「うん、おやすみ〜」 やっぱり、この中で寝るわけにはいかないよね……。 そう思って、腰を上げようとしたのだが。 「だめえ……行っちゃやだぁ……」 「ちょっ、ナナカ?」 「パッキーさぁん……」 「聖沙ッ、そそそっ、そんなところ……!」 「食べちゃいますよ〜」 「うっそ」 「魔王様……♡」 とか、怯んでる間に羽交い締めにされてしまった。 「とても重いし動けないんだが、柔らかくて温かいかも……」 ――って、生徒会長がいかんいかん! 女子の中に男子一人ってそれはいかんよ! 「俺様がいるぜ〜〜」 「そ、そうだったかー」 しかし、実はこれが生徒会長の特権かもしれない。 「ハァハァ……」 このままじゃ興奮して眠れやしないぞ……。 「ん……んんっ」 太ももに柔らかい肉の塊が押しつけられる。 「やだぁ、くすぐったいってばぁ……」 て、手の平に柔らかい感触。 「そこはダメですよぉ……」 僕の腕を挟み込む肉付きのよいおみ足。 「もぉ、甘えん坊なんだから〜」 「はぶ!」 ぬぬぬぬぬ、もう窒息寸前ッッ。 「――ぷはっ、サリーちゃん!」 「なによぅ」 「そっちで寝かせて!」 「えっ、ええっ!! エッチ! こんな夜更けに乙女の寝床を襲うなんて、エッチ過ぎ! ヨバイだよ、ヨ・バ・イ」 「大丈夫だよ、そんなこと天地がひっくり返ったって有り得ないから」 「失礼しちゃう! ぷんっ」 「はぐっ!!」 な、なぜタライ……? 「というわけで会計監査だっ。びしびし行っちゃうからね」 「おお。ナナカがなんだか頼もしいぞ」 「まーかせて」 「なによぉ。その目は」 「ナナカさんは会計監査とはどういうものか知ってるのかしら」 「へっ。馬鹿にするねい。会計監査って言うのは、学園に潜む会計の不正を暴き、弱きを助け強きをくじく正義の活動でい」 「つまり悪代官をやっつけるんですね」 「頭痛い……そういうことを訊いているんじゃなくて、具体的な活動内容を訊いているの」 「なんだとぉ。正義の活動にいちゃもんつけるんか!」 「悪代官はどこですか!?」 「頼もしくないな。オイ」 「しょうがないよ。生徒会活動なんて今までやったことないわけだし」 「な、なによぉ。その目は」 「なぜ、活動内容を正確に知りもしないで、監査をやりたがるの?」 「ぎく」 「でも、やる気があるのはいいことだよ」 「そういう咲良クンは判っているのかしら?」 「それはこれから教えて貰――」 「だから、ええと、各部活動がちゃーんとお金を使っているかどうかを、調べるってことでしょ? 部室に乗り込んで『たのもー』とか言って」 「会計さんは無知ですね」 「むむっ。自信に満ちた不敵な断言!?」 「そこはですね。いわゆる『越後屋ぬしも悪よのぉ』」 「『いえいえお代官様こそ』」 「とか話している所に、小柄を投げるんですよ。そうすると、机にびしっと刺さって」 「『なにやつっ!?』」 「そんな会計監査はありませんっ」 「え? 会計監査ってなんですか? 弱きをくじき強きを助ける活動の話をしていたのでは?」 「弱きと強きが逆になってるぜ」 「強きをくじくのって大変そうですから」 「弱きをくじいちゃ駄目でしょ」 「それ以前の問題よ。あなたがた全ッ然判ってないわ!」 「今のはナシ! 時代劇とごっちゃになってちょーっとヘンになっただけ」 「で、部室に乗り込んで家捜し、不審物発見! 問いつめてカツ丼出して、不正を白状させて、御用! 勝利!」 「時代劇の話じゃなかったんですか?」 「そんなはずないでしょう」 「外国で長く暮らしていたんだから、この国の慣習への誤解が多くても、仕方がないよ」 「そうです。あくまで外国で天界なんかじゃありませんから。後でガイドブックを読み返しておきます」 「会計監査というのは、そんなに乱暴なものじゃないよ」 「うそっ。生徒会は抜き打ち監査をして部室を捜索する権利があるんじゃないのっ。だ、だまされたぁ」 「部室へ捜索に入ることはあるけど、それは、各部から提出してもらった帳簿や領収書、通帳を調べて、不審な点を発見したあとのことだよ」 「いきなり乗り込むだなんて……まったく非文明的なんだから」 「非文明的ってなんでぃ。こちとら生まれも育ちも江戸っ子でぃ」 「生まれも育ちも流星っ子だけどね」 「一々脇道にそれないで!」 「それになにか怪しいわ。どうしてそんなに部室の検査をしたがるの?」 「ぎく?」 「やましいのでしょう。いいえ、やましいのね。間違いないわ」 「ヤマシクナンカアリマセンヨ。アタシハタダセイトカイカツドウニモエテイルダケナンダカラ」 「おー。これは見事なポールリーディングですね。ぱちぱち」 「ロロットちゃん。ポールリーディングってなぁに?」 「察するに〈棒読み〉《》のことだろう」 「まぁまぁ。最初は誰でもわからないものだもの。仕方ないよ。私だって最初は全然わからなかったし」 「お姉さまもそうだったんですか……なら、仕方ありません」 「リア先輩」 「なぁに、シン君♡」 「会計監査をするには、まず各部から、帳簿・領収書・通帳を提出してもらわなくちゃいけないんですよね」 「うん、そうだよ」 「1人だけいい子チャンぶって、リアちゃんのハートを鷲づかみとは、ずるいぜ、まお――」 「ギャップ!!」 「こちらから提出してもらいに行くんでしょうか?」 「その時に家捜しを」 「ううん。まずは、放送委員会に頼んで、帳簿や領収書、通帳を、生徒会に提出してくださいって学内放送を流して貰うの」 「これが文明的なやり方よ。会計さん♪」 「たまたま判ってたからってえばるな」 「判らない方が開き直ってもカッコ悪いぜ」 「復活はやいですね、パンダさん」 「提出期限はどれくらいに設定するんですか?」 「この場合は、抜き打ちの監査だから明日の昼休みまでに設定出来るよ」 「期日までに提出しない部は、来年、予算の配分が中止になるから、みんなちゃんと出してくれると思うよ。大体は」 「大体ってことは……きびしいんですね」 「これが、いわゆる弱肉定食というやつですか」 「強食ね」 「でも、なんで提出できなかったかを聞くのも生徒会の大事な務めだよ。ちゃんとしたワケがあるなら、助けてあげなくっちゃね」 「とすると……今日は時間もないから、放送委員会に頼む所で終わりですね」 「そうだね。今から一回流して、明日休み時間ごとに一回ずつ流して貰って、放課後から会計監査開始になるね」 「なるほど……」 「って、いつのまにか先輩と二人きりみたいに長い会話を! 全く油断も隙もないんだからっ」 「とすると、これからさっそく放送室へ行かなくちゃ。時間もないし」 ま、放送室は同じ棟だからすぐだけど。 「初めてじゃ色々判らないだろうから……。シン君、二人で一緒に行こうか?」 ってことは、二人きり? 「は、はいっ。ドキドキ……」 「いつのまにかシンと先輩が」 「いつのまにかお姉さまと咲良クンが」 「急接近!?」 「はいはい、私も行きたいです。なんでも知りたいですー」 「そ、そうだね。じゃあ、みんなで行こう!」 「そうだね。みんなには一通り全てのポジションの役割を知っておいて貰ったほうがいいと思うし」 「ほっ……そんなことあるわけないか」 「はもんな!」 「はもらないでよ!」 「すごいなぁ。こんなに部活動ってあったんだ」 机の上につまれた帳簿・領収書・通帳の山。 「……『太い根っこの会』って何してるのかしら?」 「これがみんな現金のなれの果て。つまりこれがいわゆる『兵共が夢のあと』ですね」 「さぁ監査だ監査!」 「これをどうするんですか?」 「各部の活動内容と照らし合わせてふさわしくない出費がないかどうかチェックするんだよ」 「了解! さぁやるぞぉ。腕がなる」 「先輩。ふさわしくない出費というのは、どんな出費なのでしょうか?」 「副会長さんは無知ですね。会計には二重帳簿とか裏帳簿とか、人間が数千年に渡って積み重ねてきた特異な文化の精髄がぎっしり」 「これは問題無さそう……次はこっち……」 「これは実際あったことだけど、空手部が参考資料だって言って、映画のDVDやマンガを部費で大量に購入してたってことがあったよ」 「微妙だなぁ。そういうものだってちょっとは参考になるかも」 「でも、それを認めてしまったら、音楽系のサークルは、それ関係の映画全て、体育会系のも同様に、部費の使途として認めなくちゃならなくなるよ」 「ふんっ。お姉さまの仰ることにケチをつけるなんて百年早いわ」 「あと、会計記録を出していない部があったら……」 「あったら?」 「それは根本的な規則違反だから、問答無用で部費を停止する処置をとって、すぐ喚問して事情を聞いちゃおうね」 「まあ、そんな部は今までなかったからあんまり気にしなくていいと思うけど」 「ナナカさん。随分とはりきっているようだけど、スイーツ同好会だったっけ? 自分のところの会計提出を忘れてたりして」 「スウィーツ同好会! スイーツじゃなくてスウィーツ」 「別にいいじゃない、それくらいのニュアンス」 「それにうちは、部活じゃないから一銭ももらってません。もらえるんならもらいたいさ。スウィーツって高いんだよね……」 「食べてばっかりなんだから貰えなくて当然よ」 「同じようなことしといて部費もらってる部活だってあるのに、不公平だい!」 「とりあえず最初は、生徒会活動を一通り把握しておいたほうがいいと思うから、みんなで見ていこ」 「なにか疑問があったらなんでも聞いてね♡」 「は〜い♡」 「あのさ。これ、おかしいと思うんだけど。っていうか間違いなくおかしい」 「見せてみて」 「マンガ研究会……デッサン人形。色々なポーズをさせられる人形か」 「うわぁ。男の人が使うエッチなお人形さんですね!」 「ロロットさんは少し黙ってて」 「別におかしくないんじゃない? 漫画にだって、ほら……デッサンは必要だし」 「例えば?」 「少女漫――」 「ってそんなことはどうでもいいのっ」 「デッサン人形なら、去年も認めたから問題ないと思うよ」 「問題なのは買った店。『ぽんぽこ』になってるでしょ? あそこには美術の品なんて置いてないんだ、これが」 「あ。そうか。なんでもかんでも置いてあるって言っても、オモチャ屋だもんね」 「も、もしかして、これがいわゆる『良い子はだめよ。成人式まで待ってね』で有名な大人のオモチャ屋さんですか!」 「そうそう。なんでもかんでもはやりのもんは取りあえず置くじゃん。で、これくらいの値段で最近おくようになったものって言えばさ」 「……もしかしてこれ。ショーウィンドウに飾ってあった馬鹿高いアレ?」 「シンが値札見て腰を抜かしたアレ」 「そ、そうだったのかーっ」 「値段からして、これはデッサン人形じゃなくて、フィギアっつったっけ? 30センチくらいのかわいー女の子の人形っぽいね」 「確かにこれくらいの値段だった」 「だとしたらこれは不適切な出費だよ。去年もそうだったのかなぁ……ちょっとショックかも」 「去年までは、ああいうの売ってなかったから大丈夫だと思いますよ」 「没収して、部費を返還させて、同好会へ格下げしよう。そして代わりに――」 「わくわく。なんだか凄いです。正義の気配がします。私も不正をみつけちゃいます!」 「別に凄くないわ。単に商店街に詳しいだけじゃない」 「ククク……まさに負け犬の遠吠えってヤツだな」 「うぐっ。見た目はかわいいくせに……」 「僕らはみんなが楽しく活動出来るようにサポートするのが役目なんだからさ。そんなに強権的でなくていいと思うんだよ」 「とりあえず使い込んだ部費を返してもらって。そして今度の文化祭での活動を審査して最終的な処遇を決めればいいと思うよ」 「そんなところだね。あそこは部員も多いから、部室がなくなったら困る人も多いだろうし」 「むぅ……まぁ先輩がそう言うなら……」 「確かにあそこじゃ部室広すぎるし……」 「これは問題なし……ないなぁ……あ」 「今度こそ大人のオモチャですか!」 「ほらこれ。軽音楽部の楽器代のところ」 「会計さんは無知ですね。それは『やまばがっきてん』って読むんですよ」 「それくらい読めるわい!」 「やまんばさんのとこか……」 「でもこの店は知ってるわ。『山葉楽器店』って中古の楽器屋さんでしょ? 楽器売ってても不思議ないと思うけど」 「うん。うちの音楽系の部活がいつもお世話になっているところだよ」 「でも、ほら、おととい購入した楽器のこの額」 「わわっ。ご、ごじゅうまッ!? 凄い、0がいっぱいぃ!? これだけあれば10年、いや数10年は暮らせる……」 「ククク……これくらいで目を回してたらやってけないぜ」 「これは高価だから、全額請求じゃなくて5%補助になってるね」 「楽器ってこんなに高価なのかしら? 確かに変ね」 「くすくす。みなさん無知ですね〜」 「人間はロックスターが使った中古楽器などをありがたがって馬鹿高い値段で買うものなのです」 「またガイドブック……?」 「珍しく当たりだと思う」 「会計さんは、さりげなく失礼ですね」 「ロックスターが使ったかはともかく、使ったのと同じ楽器ってだけでビンテージものとかいって凄い値になるからね。よくレジの後ろに飾ってあるじゃん」 「そういう楽器には、ロックスターの霊魂が宿っていて、ひとりでに鳴り出したりするのです」 「そ、そうなんだぁ……」 「やっぱりどこか歪んでるわ」 「しょーがないよ。外国暮らしが長かったんだから」 「そういう問題?」 「外国ですよ外国。天界じゃありませんから」 「わざわざ言わなきゃいいと思うぜ」 「いくら5%補助でも、これは認められないね。没収。部活動停止。同好会への格下げ」 「こういう場合はどうするんですか?」 「本来なら没収だけど――」 「やっぱりこういう不埒な部活は潰してさ。同好会とかでまじめに活動しているところにお金を回すべきだね」 「過激だなぁ。確かに使途に問題はあったけど、それはきつすぎだと思う」 「50万のうち47万5千円は自力で払っているわけで、恐らくお金を貯めるのも大変だったろうと思うよ」 「どうして自力だって思うんですか? 偽札とか偽手形とか、偽ドルとかかもしれませんよ」 「軽音楽部の総予算を見たって47万なんてないからだよ」 「あ」 「軽音楽部の部長って私のクラスの子なんだけど……最近まで近所のコンビニでアルバイトしてた。もしかして……」 「きっとお金を一生懸命貯めてたんだよ」 「最近その子の様子は?」 「妙にうきうきそわそわしてて、授業が終わるとすぐ部活へ出てるみたいです」 「よっぽど嬉しかったんだね。部活で毎日弾いてるんじゃないかな?」 「確かに……アルバイトは土日に変更したみたい」 「平日は部活に出てるからだろうね……きっと放っておいても返してくれたと思うよ2万5千円は」 「シン君は、どうして返してくれるって思うのかな」 「だって、せっかく50万近くの大金を払って買ったんですよ?」 「ちょっとでも不正が混じっていたら、青空にひとつだけ小さな黒雲があるみたいで、心底楽しめなくて嫌じゃないですか。甘い考えかもしれませんが」 「でも、不正は不正よ」 「こうやって会計報告を出したからには、僕らに不正行為がばれることは予測してると思うんだ。だから生徒会から呼び出されればそれだけで用件を悟ると思う」 「だからね……呼び出す時に、軽音楽部に関しては一週間くらい猶予をもうけるっていうのはどうかな」 「そのあいだに、不足分に対しての責任の取り方をみせてもらうつもりなんだね?」 「はい。彼女は不足していた分を返還するなり、部長をやめるなりして責任をとると思うんです」 「もし、自分がしたことの意味がわからずシラを切る気なら、没収や部活動停止、同好会への格下げもやむをえないです」 「うん。それがいいね」 「……まぁ、シンがそう言うなら」 「ククク……さすがだぜ、シン様。独裁者として有能な所を見せつけるじゃねーか」 「私も見つけちゃいました! これ不正ですよ!」 「ここですよここ! 陸上部なのに、ジュースばかばか飲んでます。しかも図々しいことに部費で払ってます」 「あー、それは不正じゃないから」 「あ、チェック終わったのはアタシのトコへ回して。他の人も」 ナナカすごいなぁ。話している最中も、チェック続けてる。 おお。手があんなに素早く書類をめくっていく! 「あ、うん。はい、これ。でもどういうことなの? 陸上部でジュースはまずいでしょう。たとえスタミナドリンクだったとしても」 「それジュースみたいな名前だし、一応液体ではあるけどジュースじゃないから。なんか筋肉の発育を促進するとかいうプロテイン系の飲み物らしいよ」 「はい、ナナカ。これチェック終わったの」 「さんきゅー」 「でも、どうしてそんなコト知ってるの?」 「エディって野球部じゃん。で、陸上部と同じの飲んでるって言ってた」 「どろどろしてネバネバして悪い後味がいつまでも残って口の中がいがらっぽくなるまずーいものなんだってさ」 「なるほど。人間のスポーツにつきものの、ドーピングってヤツですね」 「これで最後と。チェック終了」 「早い!? 本当に終わったの?」 「ふふん。毎日、店の会計をチェックしてるナナカ様をなめるなっ」 「シン君。ナナカちゃんを会計にして正解だったね」 「いえ、僕がしたわけじゃないです」 「シン君が生徒会長に立候補したから、ナナカちゃんは会計になったんだよね?」 「へっ!?」 「それは、その……ほら! 腐れ縁ってヤツ?」 「シンって頼りなくてほっとけないじゃないですか」 「つーか、そんなことはどうでもいいって。で、これが最後の怪しい項目」 「園芸部?」 「それ見たけど……変なところはなかったと思うわ」 「1つ1つの出費はね。園芸に関係ないモノはない」 「それなら問題ないんじゃないかな……でも、ナナカちゃんがわざわざそう言うには理由があるんだよね」 「はい。領収書の出費を合計すると帳簿に書かれた分より多いんです」 「裏帳簿と二重帳簿の出番ですね!」 「使い込んでいるってこと……じゃないよね。帳簿の方は?」 「そっちは問題ない。予算通りにきっちり使ってる」 「つまり……領収書を出してもらう段階では、園芸部って書いてもらってるけど、こっち側に請求はしていないものが混じったってこと?」 「……でも、個人の財布から出しているんなら問題ないと思うんだけど」 「みんなは園芸部の活動している場所って見たことある?」 「ビニールハウスが幾つも並んでるくらいしか印象が……」 「3日体験入部しましたけど、凄いんですよあそこ。10棟ある温室内の温度は全部コンピューターで自動制御になってて」 「ええと身体を殺菌しないと入れない研究室まであって、あと、温室でとれたブドウとか桃とかをいただきました。おいしかった」 「随分と楽しそうだったみたいだけど……なぜ入部しなかったの?」 「植物とか育てるの大変そうでしたから」 「よく生徒会に入る気になったな」 「私は面白そうなものには入る気まんまんなんです。つまり虎穴にはいらずんば〈孤児〉《》を得ずです」 「温室が10棟も? 去年は3つしかなかったと思うけど……それに、そんな研究室もなかったし」 「やっぱり……」 「やっぱりって?」 「ビニールハウスとか、滅菌しないと入れない研究室とかって、かなりお金がかかると思うんだよね。アタシらがアルバイトしたくらいじゃ間に合わないくらい」 「部費以外にもなんらかの手段でお金を調達してるってことか……」 「というか、部費なんて比較にならないくらい大金を使ってると思う」 「だって、この領収書の中には、ビニールハウスだの研究室だのに関係があるっぽいもの無かったもの」 「今年建てられたらしいのに、ないって変じゃん?」 「これは呼び出す必要がありそうだね」 「でもこれって不正なのかしら? 学園に損害を与えているわけじゃないし。部費を過大に請求しているわけでもないし」 「部活動は学園生活の一部だからね。部費だって僕らの学費から出ているわけだし、こういう不明瞭な大金が動いているのはよろしくないよ」 「それに、そんな大金を右から左に動かせるなら。学園から部費を出す必要そのものがないかもしれない。その分は別の部活動に回して……」 「先走ったことを言ってもしょうがないよ。とりあえずお金の出所を調査だ」 「なかなか鋭いじゃねーか、ソバ。ソバ屋のレジから小銭をがめているのは伊達じゃねぇ」 「そんな根も葉もないこと言うヤツにはこうだ!」 「言う前にしてるし」 「……思いの外、早く終わったわね」 「あんなに一杯あったのにあっという間でした」 「どこかの誰かと違って、会計はまともなようね」 「副会長さん。自分をそんなに卑下する必要はないと思います」 「私のことだなんて言ってないでしょう!」 「あとは不正の疑いのある部を呼び出せば終わりだよ。これなら会計は任せても大丈夫だね」 「あ、でもシン君。私、園芸部の会計を遡って調べてみるから、ちょっと席を外すね。何かあったら隣の部屋に来て」 「あ、はい判りました」 「私もお手伝いいたしますわ♪」 「ありがとう。けど、ごめんね。去年のことに間違いがあったなら、それは前の生徒会が責任を取らなくちゃだから」 任されたからにはしっかりしなくちゃ。 「問題が見つかったのは、マンガ研究会。軽音楽部。園芸部だね……軽音楽部にはさっきの方針でいいよね?」 「よくわかりませんが、円満に済めばそれがいいと思います」 「お姉さまも同意してるし、問題ないわ」 「ナナカは?」 「……いいんじゃないの?」 「書類見直しているけど……なんか気になるの?」 「ううん。呼び出す部はその3つで問題ないと思う……」 「あ、ちょっと待って!」 「終わりそうなところで、いかにもなリアクション。これが名探偵ってヤツですね」 「ヘレナさんみたいなこと言わないで」 「やっぱり……やっぱり……ない。ないない。うふ」 「うふ?」 「もしかして提出していない部があったの?」 「『和菓子倶楽部』がない! ないよ! 帳簿、領収書、通帳、全部未提出!」 「なんでそんなに嬉しそうなの?」 「せ、正義の味方は不正を発見したら喜ぶものなんでいっ!」 「これは即刻呼び出して尋問拷問自白裁判処罰! 部費停止、部室没収、同好会へ格下げだね!」 「って、やっぱり嬉しそうだ……」 「ククク……生徒会なんていう小さい権力でも、権力は魔性だぜ。会計様は権力をふるえる陶酔感に酔ってるのさ」 「違うわい! 前々から怪しいと思ってたのが証明されたってだけだい」 「あそこっていつも高い和菓子むしゃむしゃ食ってやたら羽振りがよさそうで、しかも上品ぶってるいやーなヤツが会長で」 「それに比べてこっちなんか乏しい小遣いをやりくりして同じお菓子系の活動してるのにどうしてこうも不公平かとずぅーと前から思ってたけど」 「生徒会に提出すら出来ない不正経理をしてたとは、どうせあのお菓子代だって部費を不正に使ってたに決まってる。ついに尻尾をつかんだ!」 「……私怨ね」 「私怨ですね」 「私怨にしか聞こえないよナナカ」 「あ、アタシは正義の心に燃えてるだけだい! これは奴らを同好会に降格して代わりにまじめに活動しているお菓子系の同好会を部活に上げるべきだね」 「例えばスイーツ同好会?」 「って、別にそのね。お菓子系の同好会は他にないってだけで、別に他意はないんだよ他意は」 「正義のココロねぇ」 「私利私欲にしか聞こえません」 「お菓子くらい自分の金で買えや、ソバ」 「か、会計報告を出してないのは間違いないんだから、不正なのは明らかでしょ!」 「だいたい部室がないくせに、部待遇なのも変だと思ってたし、プリエで見せつけるみたいに高そうな和菓子ぱくぱく食べてるのも嫌味だし」 「よろし、だの、さよか、だの、昔は首都だったかもしれないけど、わざとゆっくり喋って人を小馬鹿にしてる態度も気にくわなかったし」 「まぁ、あいつはもう引退してて部長じゃないだろうからつるしあげられないのは、ちょーっと残念だけど」 「なによなによ、和菓子がなんぼのもんよ、そりゃ美味しいのもあるけど、あるけどさ、スウィーツだって美味しいんだから!」 「……やっぱり私怨ね」 「やっぱり私怨ですね」 「やっぱり私怨にしか聞こえないよ、ナナカ」 「シャラップ! ちょーっとばかり私怨が混ざっているのは認めないではないではないかもしれないけど不正は不正、正義は正義!」 「和菓子倶楽部、部費停止の手続きはこれでよしっと」 「てばやっ!?」 「じゃ、呼び出してくる!」 「ちょっとナナカ!」 「って、行っちゃった……」 「どうするのよ」 「でも不正は不正、正義は正義ですよ。カサエルのものはカサエルに」 「カ〈エサ〉《》ルでしょ」 「うーん。どんな事情があるにせよ提出されてないのは事実だし」 「和菓子倶楽部の代表者、またはその代理者は、至急生徒会室に出頭してください」 「繰り返します。和菓子倶楽部の代表者、またはその代理者は、至急生徒会室に出頭してください」 「私怨が絡むと有能なのね……」 「私怨が絡んでいない件でも、会計として有能だと思うけど」 「呼び出し! なんかKGBみたいでカッコいいですね!」 「秘密警察と一緒にしないで。有能だとは思うけど、でも、この件には私怨が絡んでるでしょう。間違いなく」 「でも、呼び出すのは問題ないと思うよ。どういう事情か聞かなくちゃいけないからね」 「和菓子倶楽部の代表を呼んだってどういうことなの!?」 「ふっふっふ。さっそく呼び出してきた!」 「リア先輩。和菓子倶楽部は……」 「和菓子倶楽部どすえ」 「はやっ……開いてますからどうぞ」 「失礼さんどす」 あらわれたのは何度か見かけたことのある1つ上の学年の先輩だった。 「何故にぶぶづけが!」 「これはこれはスウィーツ同好会の会長はんやないどすか。お久しぶりえ」 「別に会いたくなかったけどね」 「つれないお人やわあ」 「お生憎様。引退したんじゃなかったの?」 「うちはもう進路が決まってるさかい、まだ、引退しておらへんえ」 「……まぁいいわ。アンタの方が都合がいいや」 「そない歓迎せんでええよ」 「歓迎してないわい」 「それはそれでよろしいのとちゃいますか」 「知り合いなの?」 「互いの奥の奥までえろう深ーく知りおうてる知り合いどす」 「気持ち悪い事抜かすな! アンタとアタシは敵でしょ敵!」 「どうせ和菓子と洋菓子ってだけなのでしょう?」 「あんたはんも、ややこいひとやなぁ」 「ややこい?」 「えっとね。確か、ややこしい人、面倒くさい人だったかな?」 「わかるでしょ? こういうもって回った言い方して、目の前にいるくせにこっそり陰口言うから嫌いなの」 「うちは正直者なんえ」 「どこが!」 「あー、ええと。わざわざお越しいただいてすいません。とりあえず、そこにお掛けください」 「これは丁寧に、すんまへんな。このままずぅっとたちんぼで話がすすまはるのかと思ってましたわ。では遠慮無く掛けさせていただきますえ」 「あなたが『和菓子倶楽部』の会長の」 目の前の女性は、長い髪をかきあげてから答えた。 「御陵彩錦はうちや。『和菓子倶楽部』になんや用があるいう話どすけど」 「御陵って……」 「そうよ、あの御陵よ」 御陵ってことは、あのでっかいお屋敷に住んでる人なのか! 3年くらい前に、屋敷が建った時、牛乳配達のコースが遠回りになって、慣れるまで苦労したなぁ……。 などと驚いたり感慨に耽ってたりする僕らを尻目にナナカは――。 「アンタのところ、不正な経理をしてるでしょう!」 「はて……なんのことやろ?」 「前から変だと思ってた。毎日毎日、ばくばくばくばく高い和菓子を食べまくって、いったいどこからあのお金が出てるかと思ったけど」 「単に小遣いを一杯貰ってるんじゃ……」 「謎は全て解けた! 部費を不正に使ってたなら不思議なことはないもんね」 「あのねっ、ナナカちゃん」 「あんたはんがひとりでややこし誤解するのは勝手やけど……」 「公の席でないことないこと吹聴されるのは部員のみんなに迷惑やし訂正させてもらってもよろしいわな」 「あの掛かりはぜんぶうちらのポケットマネーなんえ」 「この期に及んで嘘をつくな嘘を、和菓子が高いことくらいアタシだって知ってるんだから」 「あーんなに小さいくせにスウィーツが何個も買えるって。そんなのポケットマネーなわけがない」 「ナナ――」 御陵先輩は扇子でくちもとを隠して、うふふと笑い。 「いややわぁ、そないにえげつないことうちらしとらんわ」 「それに、お菓子をココロの底からたんのするには、自分の財布を傷めなきゃあかんえ」 「財布を傷めるさかい、お菓子をココロからたんのできるんえ」 「タダでも払っても味は同じでしょ。というか、アタシは財布にやさしい方がいい!」 「お金払わなくちゃ味の批評がまともに出来ないなんて、お菓子系の同好会の会長としては失格だい」 「それはそれでよろしいんちゃいますのん。うちらはうちら、よそさんはよそさんやし」 「そやけど、あんたはんも、スウィーツ食べる時は、自分の財布を痛める主義だと、聞いてはったんどすが」 「いや、そうだけどさ」 「では、オチもついたさかい、お開きにしてもよろしやろか?」 「……って、アンタ。まともに答えてないでしょう」 「ククク……今頃気付いたか」 「気付いて楽しんでるんじゃなかったのか!」 「そうどすなぁ。そうかもしれまへんなぁ。そやかて、そんなじゅんさいなこと言われたかて、どう答えたらええものやら見当もつきまへんわ」 「じゃあ、ぐうの音も出ないようにビシッと言うから覚悟しろ。『和菓子倶楽部』から帳簿も通帳も領収書も提出されてないよ!」 「そらそうや。当たり前どす。提出してへんし」 「提出しなかったら部費の即時停止……」 「部から同好会への降格などなどのペナルティがあるって知ってるでしょうに出さないってことは、隠しようもなく後ろ暗いことがあるからでしょう!」 御陵先輩は、ひろげた扇子を口元にあててしばらく考えていたが。 「隠しようもなく後ろ暗いことってどんな事やろ?」 「もちろん、部費があるのをいいことに、和菓子を食べまくってる事に決まってるじゃないの! さぁ吐け吐け」 「あ、怖。うちらはそんなことしとらんけど、あんたはんのスウィーツ同好会が部に昇格したら、そうしよう思ってるんやろ?」 「まぁ、うちらはうちら、よそさんはよそさんやし、それはそれでよろしいんちゃいますのん」 「な、な、な……」 「そんなこと考えてるわけないでしょ!」 「あんたはんは知らんかもしれんけど、生徒会には会計というえらーい役職があってな、そういう〈阿漕〉《あこぎ》なまねはできへんようになっとるらしいわ」 「考えるだけ無駄やからやめとき」 「会計はアタシだ!」 「ほんまに?」 「本当だい!」 「はぁぁ。それはそれは……そうだったんどすか。せいぜいおきばりやす」 「むきぃ!」 「ナナカちゃん。あのね」 「それにな、大変もうしわけないんやけど、うちら部費もらってないさかい、元々提出する帳簿も領収書も通帳もあらへんのや」 「え……ウソ。だって、アンタら部活でしょ!」 「倶楽部やし」 「リア先輩。本当なんですか?」 「うん。ずっと昔からそうなんだよ、確か……」 「なんでもなぁ、ずぅっと昔に、他の学園の茶道部と交流がありましてな」 「当時の理事長はんが釣り合いがとれないのはまずかろうと、名目だけは部活待遇にしてくだはったそうで」 「それ以来、うちらは部活っちゅうことになっとるんえ」 「私、何度も言おうとしたのに……その度に遮るんだもの。ひどいよ、彩錦ちゃん」 「堪忍え、リーア。でも、この人からこうてると楽しくてな。ついついな。うち、いらんこといいやし」 「用事は終わりどすな……ほな、帰らしてもろてよろしやろか?」 「ええ。よくわかりました。わざわざお呼び立てしてすみません」 小気味いい音を立てて扇子を閉じた御陵先輩は―― 「ええて、それがあんたはんらの役目さかい。会計はんもかんにんえ。えらいおやかまっさんどした」 「だから嫌なんだよあの女は。本当に根性悪だ」 「人の話を聞かないからよ」 「でも、さり気なく遮られてたからしょうがないよ」 「負けた気分……」 「和菓子と洋菓子だけあって相性が悪いのですね。これがいわゆる水魚の交わりですか」 「ううん……どちらかと言うと、竜虎相打つ?」 「知らなかったんだからしょうがないさ。それに会計の仕事ぶりとしては立派だったと思うよ」 「そ、そうかな? えっへへ」 「ククク……さすが、シン様。すでにゲットしてある女にまで念押しのフォローで掴みはばっちりだな」 「部活動に例外があるって言ってなかった私も悪かったよ」 「他の部活も呼び出さなくちゃ。ナナカよろしく」 「いいの? よろしくされて?」 「当たり前じゃないか」 「ま、アタシに会計のことなら任せなさい!」 うん。ナナカはやっぱり元気なのがいいよね。 「マンガ研究会と軽音楽部は部費の返還と首謀者は3ヶ月のボランティア活動」 「園芸部は部費の全額返還と、学園祭時には学園へ収穫した果物野菜を提供すること……で決着」 「マツタケやエリンギを密造して利益を得てたなんて……びっくりね」 「変な細菌とかが研究室から漏れて、学園がゾンビの巣になる前でよかったです」 「ゾンビ以前に乙るだろうが」 「不正をしてる子なんていないと思ってたのに、ショックだよ」 「天使と違って人間は邪悪ですから、魔族さんよりましですけど」 「いや、天使もさりげなく毒に満ちてると思うぜ」 「ぱ、パンダさん! て、天使の知り合いがいるみたいな出任せを言うのはやめてくださいっ」 「はぁ……」 「でも、園芸部が利益をあげだしたのは、今年からだったんですよね? 先輩はなんにも悪くありません!」 「そうかな……」 「リア先輩。去年の会計の人はどんな人だったんですか?」 「公認会計士の娘で数字にとっても強くて、会計のことなら任せておいて安心な人だったよ」 「リア先輩が信頼おけると太鼓判押してた人なら、大丈夫ですよ」 「そうだね。いけないいけない、私だけの生徒会じゃなかったよ」 「カバでも飲み込めそうなおっきな溜息ですね。なにかミスとかしたんですか?」 「あ、い、いや。それはないと思う。昨日、家に持ち帰ってソロバンつかってちゃんとチェックしたから」 「へぇ……」 「な、なに? 人を珍獣でも見るような目で」 「……人は見かけによらないと驚いただけ」 「ククク……素直に見直したと言えないあたりが、なんでもかきまわして刺々しくするヒスらしいぜ」 「べ、別に当然なことをしただけ。だって、お金を扱う仕事なんだから、慎重に慎重を期するのが当たり前でしょ」 「これなら今年の会計も大丈夫だね」 「ナナカは昔からしっかりしてますから」 「えへへ。褒めてもなんにもでないからねっ……はぁ……」 「もしかして……ナナカさん。まだ悔しがってるの?」 「なんかひっかかってるんだよね……」 「あれは昨日決着がついたでしょう。同好会から部活動へ昇格したいのなら、地道に実績を積んで、昇格を勝ち取らないと」 「食べてばっかりじゃだめです。働かざる者くうべからず」 「奴らだって、プリエで食べてばっかりのくせに……」 「花より団子ですね」 「でも、和菓子倶楽部だって、実質的には同好会なわけですし、ナナカさんのスイーツ同好会と同格でしょう?」 「まぁ奴らが同好会に格下げになったところで、スウィーツ同好会が部費つきの部活になれる目はないし……あ、でも園芸部の部費が……」 「見直しかけた私が馬鹿だったわ」 「活動実績がないと昇格はできないって」 「にゃにおう。まるでなんにも実績がないみたいな言い方すな!」 「アタシ達は東に新しい洋菓子屋が出来たと聞いては真っ先に駆けつけ――」 「西に新メニューが現れたと聞けばさっそくチャレンジする丈夫な胃袋をもち決して残さずいつも――」 「食べてばっかりですね」 「う……で、でも和菓子倶楽部の奴らだってあんなに高い菓子を、プリエで買ってこれ見よがしに……あれ?」 「どうかした?」 「ナナカさん?」 「やっぱ、おかしい! なにかある!」 「プリエで確かめてくる!」 「ナナカ! って、行っちゃった……」 「なんかただらなぬ様子だったわ」 「秘密のニオイがします! 見に行ってきまーす」 「わぁ、ロロットまで!?」 「? 会計さんなにがやっぱりなんですか?」 「なにがやっぱりなの?」 「わわっ。なんでシンが!? って、聖沙まで!」 「いや、それはこっちの台詞」 「しー、静かに。証拠を押さえる前に気付かれたら大変」 「証拠?」 僕らの隠れている柱の影から少し離れたテーブルに座った御陵先輩と『和菓子倶楽部』のメンツは、煎茶を飲みながら談笑中だった。 「和菓子倶楽部の人達はお菓子を食べているだけにしか見えませんが」 「でも、あんなに何種類も買ったら結構するでしょうに……」 和菓子はみんなちっちゃくて、細工物みたいにこじんまりしていて食べるのがもったいないくらいにキレイだった。 「買えばね」 「どういうこと?」 「買う買わない以前に、このプリエのメニューに和菓子なんてないんだ」 「ええっ。じゃあ、あれは特別に作ってもらってるってこと?」 「えこひいきですね」 「どういうことなの? プリエを私物化してるってこと? でも、ここだって学費で運営されているんだし……」 「そんな特別扱いが許されてるなんて、部費がどうこうどころじゃないよ」 「不正よ不正。でも、いつから? どうやって?」 「……それはぶぶづけに直接訊けば判るんじゃない?」 僕は御陵先輩の方を見た。 先輩は実に満足そうな顔で、 「まずないえ」 とつぶやいた。 「おかえりなさ〜い」 「あれ? みんな暗い顔してるけど……」 「え、あ、いや……」 「……不正の現場を見るって嫌なものですね」 「開いてますからどうぞ」 「どうしてまた?」 「あー、ええと。昨日の今日でわざわざ起こしいただいてすいません。そこにお掛けください」 「では遠慮無く掛けさせていただきますえ」 「いややわぁ。昨日よりややこい雰囲気やね。うちこういうのあまり好きやないわ」 「アタシだってもっと軽いのがよかった」 「で、なんですのん?」 「アンタのところ、不正な経理をしてはいないけど……プリエで不正な行動はしてるよね」 御陵先輩は、ぱっと扇子を拡げて。 「前から変だと思ってた。アンタらプリエで高い和菓子を食べまくって、いったいどこからあのお金が出てるかと思ったけど。ただで食べてるなら当然だよね」 「……!」 「昨日も言いやしたけどな。ただやないえ」 「ウソつくな。お金払ってなかったじゃん」 「ええ。確かに」 「どうやってプリエの人を騙してるんですか? 私も食べたいので教えて下さいっ」 「生徒会の役員が不正をしたがってどうするのよ」 「はぁぁ……会長はん。役員の教育がなってないえ」 「まだなりたてのもんで」 「って、なに和んだ会話してる! そもそも、あのプリエでは和菓子なんて売ってないでしょ」 「どうしてアンタらだけが売ってないものを手に入れられるの?」 「ないものがあるいうのは不思議やなぁ」 「不思議ですますな!」 「いややわぁ。別に不正はしてへんよ。うちらは学園に協力してるだけやし」 「学園に不正の協力者が!」 「越後屋がいるんですね!」 「ちごうて。プリエでな、和菓子もメニューにいれよういう話があってなぁ。それで、商品としてお客はんに喜ばれるもんを作るいうことになって」 「それで、味の向上をするべく、審査員としてうちらに白羽の矢が立ったちゅうだけやし。これがほんまのことや」 「なんだそういうことだったんですか」 「ほんまほんま」 「って納得するな! 洋菓子のメニューが増えても、そんな試食の話、こっちに来たことないやい」 「それはあんたはんのアンテナが感度悪いさかいチャンスをつかまえられへんだけや。悪う悪う考えてばかりやと脳の血管きれてしまいますえ」 「だまされないぞ。プリエは学費で運営されているんだから、その食材費は当然、アタシ達のお金から出ているわけだ」 「それを試食だったとしても、一部の集団が特別にタダでばくばく食べていいわけないでしょうがっ」 「そやかて、うちらはプリエが味見する学園生を捜しているというネタを聞きつけて、自分から売り込みにいっただけやから、そないいけずに責められてもなぁ」 「あんたはんかて洋菓子で同じ噂きいたら、売り込みにいくやろ? 同じ食品系同好会やし」 「話をそらすな。それにプリエに出入りがある部活動っていったら料理研究会が筆頭で、試食の話はまずあそこに行くはず。少なくとも今まではそうだった」 「さっちんがそう言ってた」 「ああ、なるほど。さっちんも去年はそっちに入ってたもんね」 「さっちんは食べるの専門だけど」 「さすがはナナカさんの友達ね」 「……アタシやアンタらの同好会は、ほとんど食べるだけで、そういうつながりは全くないじゃん」 「なのに、どうして今度に限って料理研究会でなくて、アンタらに話がいくのよ」 「カエサルのものはカエサルに、和菓子は和菓子に、ということやないやろか? なぁ?」 「プリエのスタッフの誰かと知り合いなの?」 「さぁ、どうやろ? その辺は企業秘密やね」 「やましいことがないなら名前くらいあげてもいいんじゃない?」 「やましいことあらへんのやから、名前をいう必要もないんやない?」 「なんだかサスペンスドラマみたいです。ドキドキ」 「あのね。疑われてるのはアンタ達なの! アタシは別にね、アンタが憎いとかないの!」 「誤解されてるかもしれないけど、もうね、別にアンタら蹴落としたって、うちの同好会が部に昇格出来るわけじゃないし」 「ちごうたの?」 「違うやい!」 「なら、知らんでもええんやん」 「アタシは不正がないかどうか確認したいだけなの! アンタの情報源が誰なのかさえ言ってくれれば、別にそれ以上のことはするつもりないし」 「アタシはただ会計として納得したいだけなの。名前くらいいいでしょ」 「アタシだけに教えてくれるだけでもいいから。秘密は守るから。もし不正なんかなかったら誰にも言わないから」 「そんなこと勝手に――」 「いいよそれで。不正がないってわかれば」 「ふぅ……」 「あのねナ――」 「そないなこと言われてもなぁ。人には色々ややこい事情があるさかい」 「そうそう! 言えないことってあるよねっ」 「どうして――」 「あんたはんがな。そないに一生懸命言わはると、なんやおかしうなってくるんや。うち、おちょくりやし」 「プリエの人に直接聞いてもいいんだよ」 「窓口になってくれたお人は去年度の末に定年でやめはったから、聞いても無駄どす」 「情報をちょっと教えて貰う程度の間柄で、なんでそこまで隠さなきゃいけないの! そんな態度じゃ疑われてもしょうがないでしょ!」 「疑うのはそちらの勝手や。ただうちらは天地神明に誓って不正はしてへんよ」 「だったら納得させて」 「あ、あのね、ナナカちゃん。これには――」 「リーアはだまっとき」 「ううん。もういいよ」 「あのね、ナナカちゃん。プリエに和菓子を入れて欲しいって頼んだのは、その……私なんだよ」 「ほら、会長って生徒からの要望をプリエの人に伝えるために、3ヶ月にいっぺんくらい話にいくことがあるんだよ」 「それでね。洋菓子もあるなら和菓子も欲しいなぁって、ぽろっと言ったら、そうしようってことになって」 「……なんで、このぶぶづけに? っていうか、別に隠す必要もないんじゃ」 「言わんでもええ言うたのに、しゃーないなぁ。リーアは」 「だって……」 「あの……話が見えないんですけれど」 「リーアはなぁ。生徒会長になるまで、うちら和菓子倶楽部の一員だったんよ」 「でもなぁ。この子、真面目過ぎるさかい、会長になったら特定の同好会に所属しててはあかんえ、言うて同好会を辞めたんや」 「別に決まりじゃないよ。ただ、私が会長になったから特定の部活と関係があるのはまずいかなと思って。けじめをね」 「判るよ先輩。僕が牛乳配達を辞めたのと同じだね」 「違うと思うぜ」 「でも、和菓子好きなのは趣味やから変えられへん。そやからな。プリエから話がきたとき、ああリーアが頼んでくれたんや、と、ぴん、ときてな」 「立場からしてこっそりしてくれたんやから、お礼をいうのもまずい思うてな、黙ってたんや」 「私が早く言えばよかったよ……ごめんね、ナナカちゃん」 「って、なんだかアタシが悪者?」 「知らなかったんだからしょうがないよ」 「今度、僕がプリエの人に会ったら、洋菓子の新メニューの試食は、『スイーツ同好会』に任せてくれるように頼んでおくからさ」 「シン……」 「ククク……さすがは、シン様。女が喜ぶチョイスを心得てるぜ」 「なかなかええ会長はんやな。いつもリーアが話してるだけあるわ」 「いつも、話しているんですか!?」 「別にいつもじゃないよ」 「よく話してると思うんやけど、なぁ?」 「そう……かな?」 「さて、用事は終わりどすな……ほな。帰らしてもろてよろしやろか?」 「ええて、それがあんたはんらのお務めさかい。えらいおやかまっさんどした」 「ナナカはん。手間とらして堪忍な」 「別に……仕事だから」 「あんたはん。きっと、ええ会計になると思うわ」 「うちかて、いつも回りくどく言うてるわけやないんえ。今のはホンマのことや」 「……ありがとう。でも、もう手間かけさせないで欲しい」 御陵先輩は小さく笑った。 「それからな。今度プリエに来るときは、物陰に隠れてでなしに、うちらのテーブルにおこしやす。歓迎しますさかい。プリエの菓子、まずくないえ」 「……やっぱり、アンタ。根性悪だ」 「大漁大漁!」 チャリティバザーのリサイクル商品集め、『ぽんぽこ』でいっぱいもらったのはいいんだけど……。 「シン! もっと気合い入れてリアカー押す! 他のメンツだって今頃ガンガンがんばってるんだから!」 「特に、聖沙! どっちが多く集めるか勝負よ! とか言ってたじゃん」 「って、どうかしたのシン?」 「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」 「今日の夕飯?」 「違う! いいのかなって……」 「うむ。なんだか知らないが、アタシが許す」 「何の根拠も権威もないぜ」 「いいの!」 「いっぱい提供してもらったのは有り難いんだけどさ。こんなに気前よくて『ぽんぽこ』はどうやって儲けてるんだろう?」 「こういうリサイクル品は仕入れがかかってないからじゃない? このリアカー一杯でも仕入れゼロだったりして」 「でも。こういう品ばっかりはけても儲からないでしょ?」 「人集めになるんじゃない? 人が集まれば、値段がついてるものを買う人だって増えるだろうし」 「なるほど! タメさん商売上手だね」 「そうそう。だから気にすることないって。商売上手なタメさんにあやかって、こっちもこの調子でガンガン集めましょう!」 「あやかるなら、シン様の財布がもうかって欲しいところだぜ」 「よ。お二人さん」 「あ、こんにちは」 「こんにちはっ」 「今日も何の進展もなく単に仲がよいねぇ」 「幼馴染みですから」 「なんですか、その微妙に含みのある表現は」 「いやいやぁ、私ゃ単に事実を述べただけだよ」 「そうだよナナカ。仲がよいのはいいことじゃないか。仲良きことは美しきかな」 「まぁ……悪いよりはいいよね。悪いよりは」 「なんか否定的だけど……もしかして、僕たちって仲が悪かったの!?」 「いや、そんなことないって……」 「本当に仲はいいんだよねぇ。困ったもんだねぇ。青春は輝かしくも短く過ぎゆく一瞬のきらめきときめきだと言うのにねぇ」 「けど、いい加減に進展してくれないと、商店街のみんながやきもきしてしまうよ」 「勝手に人をゴシップのネタにすなっ」 「まぁまぁナナカ。おばさんは話題を拡げるのが職業だし」 「うむ。私ゃ真実の使徒だからねぇ」 「八百屋でしょ」 「にしても、さっきから何がネタになってるの?」 「若い二人を生温かく見守る商店街の人情話だよ。こうなったら、私が一肌脱いで事態を革命しちゃおうかね!」 「やめてください」 「人の善意はうけるもんだよ」 「そうだぞナナカ」 「わかってなさ過ぎだよシン……あ、そうだ」 「おばさん。『ぽんぽこ』と『ラフィネ』の他に、チャリティバザーに協力してリサイクル品を出してくれそうなとこって無いかな?」 「ナナカちゃん。江戸っ子なら押すべき所は押して一気に押し倒さないと」 「押し倒すかっ」 「なんかさっきから微妙に蚊帳の外なんだけど」 「知らなくていいの!」 「ククク……シン様は鈍さをよそおい、女を殺すテクニシャンだぜ」 「そんなことはみんな知ってるよ。ネタが古すぎだねぇ」 「いったい、僕のことをどんな風に話してるんですか」 「私ゃ真実の使徒。真実のみが重要なんだよ」 「ううむ。なんか深い!」 「いや、そんなことより、マジでチャリバに協力してくれるお店ってないかなぁ。おばさん顔が広いじゃん」 「茶リバ?」 「チャリティバザーの略だぜ。まったく近頃の女はなんでも縮めちまうんで困っちまうぜ」 「そうだねぇ……中古品扱ってるトコだったら、協力してくれるんじゃないかねぇ」 「古本屋の『近代古書』さんとかですか? でも、あの人、気難しいですよ?」 「ナナカちゃんが頼めばなんとかなるって。その伝で、聞いてくれるところも多いんじゃないかねぇ」 「うーん。どうかなぁ。商売になるわけじゃないし」 「ナナカは商店街のアイドルだからなぁ」 「ア、アイドル!? いやだなぁシン褒めたってなんにも出ないんだから」 「痛い痛い」 「知らぬは本人ばかりだねぇ」 「でも、去年までは生徒会長自らが商店街に来て勧誘なんてしてなかったねぇ。どういう風の吹き回しだい? 経営が悪化してるのかい?」 「いや、チャリティと経営は関係ないから」 「普通は学園に来ないような人にももっと参加して欲しいんですよ。そうした方が、賑やかで楽しくなるじゃないですか」 「ほうほう。賑やか楽しいねぇ……結構なことだねぇ」 「なんかうらやましげですね。景気悪いんですか?」 「いや、そういうわけじゃあないよ。少なくとも流星町の景気は悪くないねぇ」 「だけど、ここらは町内会も高齢化でねぇ、子供も減っちゃったしねぇ」 「神社の〈御神輿〉《おみこし》をかつぐ人も減っちゃってねぇ……祭りも小さくなっちゃったんだよ。さびしいねぇ」 「え、そうなんですか?」 「うん。シンは雨の日も風の日もアルバイト三昧だから知らなかったろうけど」 「そうだ! 品川青果店もチャリティバザーに参加してみたらどうですか? 出来ればおばさんのトコだけじゃなくて、商店街中の店にも!」 「お祭りの代わりにはならないかもだけど、学園とつながりが出来れば、お祭りに参加する学生も増えるかも」 「あ、それ名案」 「だけどうちは八百屋だからねぇ。リサイクル品なんか出ないしねぇ」 「むぅ……そうはうまくいかないか」 ううむ。何かうまい方法はないかなぁ。 「ま、そんなこんなで精神的に不景気な私らを盛り上げるためにも、あんたらには進展があって欲しいんだよ! 長年の視聴者としては!」 「アタシは連続TVドラマかい!!」 「縁側で茶をすすっている老夫婦のように安定しすぎだよあんたら」 「老夫婦って飛びすぎ!」 「シンちゃんが生徒会長になるっていうから、どこまでもついていこうという、いじらしい女心の顛末を、そこら中の人が聞きたがってるんだよ!」 「そういうわけじゃないから!」 「ふふぅん」 「ナナカは幼馴染みだから、僕をほっとけなくて」 「そうそうそれだけそれだけっ」 「ハモるとは、さすが流星商店街ベストカップル投票第一位だねぇ」 「なんですかソレ」 「そのまんまだぜ。きっと」 「去年秘密投票で出た結果さ。おっと当人達には秘密だったんだ」 「勝手に選ぶな!」 「いいじゃねぇかベストカップルなんだから。ワーストなら目もあてられねぇぜ」 「よかないっ。勝手にすな!」 「最新の世論を調べるのも真実の使徒の使命だからねぇ」 「いいことじゃないかベストカップル。仲良しってことなんだから」 「シンちゃんは、相変わらずだねぇ。そこがいいんだよ。あんたにはいつまでもどこまでもそういう初々しい感性を保って欲しいものだよ」 「なんだかよくわからないけど、保つように頑張るよ」 「褒められてないよシン。それって幼稚ってことじゃ……」 「あ、そうだそうだ。ナナカちゃん」 「だから、進展なんかありません!」 「そんな鮮度の落ちたネタは置いておいて」 「はええぜ」 「あんたのトコは被害にあってないかい?」 「なんの被害?」 「食い逃げだよ食い逃げ。このところ、この辺で食い逃げ犯が出没してるんだよねぇ。その様子だと夕霧庵はまだ大丈夫なようだねぇ」 「な、なんて恐ろしい! うちも気をつけなくちゃ!」 「気をつける必要があるもんなんてないじゃん」 「……ササミ?」 「相手がササミじゃ、食い逃げ犯の方が心配だよ。で、おばさん。どんな食い逃げ犯なの?」 「なんかね。変なものを置いていくだけで、金は払わないんだよねぇ」 「変なものってどんなものですか?」 「変なものだよ。訳が判らない道具とかおもちゃらしきものとか。使い方や遊び方すら判らないときたもんだ」 「そりゃ困りますね」 「しかも、なんでも喰うんだよねぇ。大根とか生のまま太いまま囓られたしねぇ」 「わぁっ。ワイルドだっ」 「そういうのは持ち逃げすると思うんですが、即食べるんですか」 「まぁ、人間じゃないんで、風習が違うのかもだけどねぇ」 「人間じゃない?」 「まさかっ」 僕たちは顔を見合わせた。 「そうそうあんな感じの……わけがわからないかたちのヤツらさ」 「って、どこにいるんですか!?」 「あそこさ」 「出た!?」 「大根のつけもの囓ってる!」 「だけど、生の大根を囓るよりは味の判るヤツかも」 「こらーっ。ひとりだけで喰べるな! 抜け駆け禁止!」 この子、なんだか会ったことがあるような……。 「イー!?」 「イー!!」 「そんなにおいしいの? どれどれ」 「おいしいっ。ご飯と合うね!」 「おおっ。これは真実の使徒として撮っておかねばねぇ!」 「って、撮ってる場合じゃないでしょ! やい食い逃げ犯ども!」 「食い逃げ犯? 悪い奴等だねっ!」 「お前だお前!」 「しかも、君が持っているご飯茶碗は、牛丼屋のじゃないか!」 「二重の食い逃げかっ。なんて図々しい!」 「むぅ、もしかして食い逃げってアタシら!?」 「もしかしなくてもそうだ!」 「アタシらは食い逃げ犯なんかじゃないもん!」 「じゃあなんだって言うの、食い逃げ女!」 「なんなのよ! その、不当な呼び方は! アタシにはちゃんと『サリーちゃん』って可愛い名前があるんだからね!!」 「そしてアタシの愉快な仲間達には!」 「モチモチ!」 「ジャンガラ!」 「ティーヌン!」 「そして、みんな合わせて――」 「『美味しいもの食べ隊♪』」 「なるほどねぇ。じゃあ記念に一枚集合写真を」 「え、じゃ、じゃあっ。うまくとってね」 「真実の使徒にまかせておきな。はい、チーズ」 「かわいく撮れた?」 「私ゃ真実の使徒だからねぇ。ばっちりだよ。ほら」 「うわ。ホントかわいい!」 「シン! なんでアンタまでVサインしてんの!」 「いや、つい……君達。どんなハイセンスな名前がついていても、食い逃げは食い逃げだぞ」 「いや、ハイセンスじゃないって」 「食い逃げじゃないぞ! ちゃんと物々交換でもの置いてきたもんね!」 「いつもニコニコ現品払いが、美味しいもの食べ隊のモットー」 「現品じゃなくて現金じゃなくちゃだめだよ。今は物々交換の時代じゃないんだから」 「だから〈ゲンキン〉《》ってなに? そうやっていちゃもんをつけて、アタシらからもっとたかる気だな!」 「わ、逆ギレ」 「とにかく、アタシらは悪くないもん。それなのにみんな迷惑そうな顔をして! 怒った!」 「イーっ!!」 「ん? どうかした?」 「なにぃっ!? もしかしてアンタら、モチモチが言ってた『セートカイ』!?」 「そうだけど……」 「モチモチ達をいじめた奴等の仲間かぁ!」 「もしかして、肉まん騒動で戦った時のこと? あれはいじめたわけじゃ……」 「あの時の食い逃げかっ。ここで会ったが100年目」 「それはこっちのセリフ! ここで会ったが100年目! 今こそ仲間の雪辱を晴らす時がきたのだぁ!」 「さあ! アタシと勝負しろ、セートカイ! お前らなんてアタシ1人でひょひょいのひょいだ!」 「いきなり急展開!?」 「変身! の前に――」 「な、何をしやがるっ」 ナナカが放り投げたパッキーは、シナオバの顔面に見事命中。 「な、なにが! 目の前がまっ黒だよ!」 「きっとパンダの黒い部分が」 「そんなことより、変身!」 「きゅうう〜、負けちったぁ〜」 「正義は勝つ!」 「お腹が減っていただけだい!」 「なにさなにさ! 別にただで大根の漬け物食べたわけじゃないのに! これを代わりに置いていくつもりだったのにヒドイや!」 「これ……なんだろう?」 「さぁ……?」 「魔界で今おおはやりの、ヘヌポルスプクルが判らないとはアンタらもぐり! ほら、こうやってこうやってこうすると、面白い形に」 「……面白いかなぁ」 「面白くない」 「きぃぃっ」 「だから、物々交換じゃだめなんだよ」 「魔界ではそういう風に世界が回ってるのかもしれないけど、こっちではお金で世界が回ってるんだって」 「そうやって屁理屈つけてアタシらをいじめて! 覚えときなよ、セートカイ!」 「今は生徒会というよりもクルセイダースだぜ」 「うるさい、うるさい!」 サリーちゃんはモチモチ、ジャンガラとティーヌンを抱えて飛び去った。 「待てーーって、飛ばれちゃ追いかけられないね」 互いに変身を解いて、ホッと一息。 「まぁ、良かったじゃない。怪我もなく済んで」 「けど、食い逃げされた……がっくり」 「そんなことはどうでもいいんだよ!」 「いや、でも、お金も取れなかったし」 「で、あの珍妙なコスプレはなんだい? しかも二人ともが!」 「は?」 「ケータイでバッチリ撮らせてもらったよ! それにしても、あんた達が年に二度埋め立て地に集まるような趣味の持ち主だったとはねぇ」 クルセイダースの衣装って、確かにそれっぽいかも……。 「いや、あの格好はそういうものでは」 「ま、まずいよシン! おばさんの目が輝いている時は、納得させるまで放してくれないよ!」 「うわ。そうだった!」 「どこで手に入れたんだい、オタクの聖地かい? それとも密林かい?」 「そういうわけでは――」 「それとももしかしてお手製かい! ああ、そうなのかいお手製なのかい、そこまでディープなのかい!」 「ではもう手遅れなんだねぇ。でも真実だから仕方ないねぇ」 「手遅れって何が!」 「そりゃ、オタクになったらフリーターかニートへ一直線だからねぇ」 「……極端すぎるよおばさん」 「偏見入りまくり! 真実の使徒じゃなかったのかい」 「ま。未来のことは、とりあえずどうでもいいけどね。でも、お揃いでコスプレしてるってことは、もしかして、二人はすでにそういう仲と!?」 「くふふ。それはビッグニュースじゃないかい! これはさっそく商店街中に報せなくてはねぇ♪」 「って、やめて!」 「おばさん。あれはコスプレじゃないんです。制服なんですよ」 「制服?」 「学園生と地域住民の交流のためにですね。今年から生徒会でボランティア活動をすることになりまして、その時に着る制服なんです」 「そ、そうそう! そうなんだ!」 「目立たないと覚えて貰えないでしょう? だから少々派手にしてみたんです」 「……なるほど。そういうことかい」 「そういうことなんです」 「なかなか似合ってはいたよ。なら、さっそく、商店街に広めなくては! でかでかと写真入りでねぇ!」 「いえ、それはまだ。活動始めたばかりですから」 「いやいや遠慮せずに……おおっ!」 「お嬢さま、こちらです」 「あ、会長さん!」 「会長さんは魔族さん達を見かけませんでしたか?」 「さっきまでいたけど」 「アタシらがさくっと追い払った」 「走ってきて損をしてしまいました。一人くらいは残しおくのが、親切というものですよ」 「魔族はどこかしらっ!?」 「いないみたいだね」 「おおおおっ!」 「会長さんがザクザクッグシャバキベチャグジュとやっつけたそうです」 「黒い紳士をスリッパの裏で何度も何度も何度も叩きつぶすように。野蛮ですね」 「うわっ。僕はなんて残忍なことを!」 「……それは少しやりすぎかも」 「これだから男は……お姉さま、こんな恐ろしい人に近づいてはいけません」 「これは撮っておかなくちゃね!」 「単に追い払っただけっ。シンにそんなこと出来るわけないじゃん」 「そういえばそうだね。でも、ちょっとびっくりしちゃったよ」 「咲良クンならやりかねません」 「君子は豹変するといいますから」 「激写激写激写!」 「……ところでみんな、リサイクル品は集まった?」 「もちろんよ! そういう咲良クン……」 「……う」 「バ、バザーに出す品物に必要なのは、量じゃなくて質よ! 量では負けたけど質では負けてないわ! この勝負引き分けね!」 「うん。いっぱいあつまったね。ところでロロットちゃんは?」 「目移りして、選べませんでした」 「ダメじゃん。というか買い物じゃないんだから」 「って、さり気なく撮るな!」 「私ゃ真実の使徒だからね。でも、納得だよ。ちょっとずつデザイン違うが、妙な統一感があるねぇ。ははん。ふふん。ほほう」 「撮り続けるな!」 「ふわぁぁ」 「しっかりしろ生徒会長!」 「なんの!」 僕は華麗にステップ。 「よ、よけた!?」 「ふふふ。ナナカのやりそうなことは判るのさ!」 「そんだけ目が覚めてりゃ安心だね」 「実はちょっと眠いけど、今日は企画書の提出だからね」 「ふぅぅん。覚えてたんだ」 「当たり前だろ! ほとんど徹夜したもんね」 「さすが生徒会長! やるねっ」 「徹夜に追いつめられる前に片付けとくもんだぜ」 「シンは夏休みの宿題を、夏休み過ぎてからやるタイプだから」 「なら仕方ねぇぜ」 「夏休み中はバイトで忙しくて、宿題するヒマがなかったんだよ。ああ、僕の灰色の夏休み……」 「でも、今はキラキラにきらめいてんでしょ?」 「うん。だから気合い入れてかなくちゃね。キラキラ輝く学園生活のために!」 「そんなことより、今朝の『愛のよろめきのやつら』の展開はね」 「そんなことよりかい」 「いや、でも、ホント凄かったんだって。赤いちゃんちゃんこを着た美男子がいきなり現れて、みゆきちゃんに白い手袋を叩きつけたんだよ」 「おおっ。それは意表をつきすぎ!」 「どうしたんですか会長さん」 「もしかして昨日、チャリティバザーの企画のまとめで徹夜したとか」 「大方、議題をまとめたノートでも忘れたんでしょう」 「ぎく。な、なんで判ったんだ!」 「ええっ。本当だったの!?」 「嘘からでた真というヤツですね」 「急いで家に戻らなくちゃ」 「だいじょーぶ」 「これは噂のノート!」 「出がけに、シンが机の上に広げたままだったから、持ってきたのさ」 「ありがとうナナカ!」 「いやー、幼馴染みですから」 「幼馴染みっていいね」 「だから自立心が芽生えないのよ! ナナカさん、いくら幼馴染みだからって、ヘルプは駄目よ。駄目人間ぶりにみがきがかかってしまうわ」 「でも、幼馴染みなんだよ。起こしてもらうくらいはデフォルトだよ」 「毎日じゃないぞ」 「当たり前よ」 「もつべきものは幼馴染みですね。目覚まし時計より強力です」 「確かに、ソバのチョップは強力だぜ」 「幼馴染みは、朝起こしに来たり、朝ご飯を作ってくれたり、いたれりつくせりだとガイドブックに書いてありました」 「そのガイドブックって一度見せて欲しいわ」 「目が潰れるから見せません」 「そんなものを参考にしないでよ」 「私も幼馴染みが1つ欲しいです。譲っていただけませんか」 「譲られるか!」 「駄目だよロロットちゃん。幼馴染みは時間を掛けないと手に入らないんだよ」 「インスタントでもいいんですけど」 「リアちゃんと幼馴染みになりてーぜ」 「そんなになりたいんなら、今から幼馴染みってことにすりゃいいじゃん」 「うーん。なんとなく遠慮するね」 「がーん。でも意地悪されるのもクルものがあるぜ」 「はぁ……パッキーさんは、どうして外見だけはこんなにかわいいのに、中身はこんなに変態なのかしら」 「みなさん色々言いますが、幼馴染みに貴賤無しですよ」 「いや、貴賤はないけど、インスタントも違うって」 「それ以前に、インスタントの幼馴染みなんてないし」 「さっき、今からなればいいって言ったのはナナカさんでしょう!」 「いやー、あんまりうるさいから、つい」 「そんな軽い気持ちで、お姉さまを誰かの幼馴染みにしないでください」 「そうです。やっぱりインスタントの幼馴染みはダメです。無添加無農薬がいいんです」 「いや、幼馴染みには農薬ないから」 「確かにそうですね。私の幼馴染みも無添加無農薬。天然ものです」 「だからそれが当たり前だって」 「添加物まみれの幼馴染みってどんなのだろ?」 「ズバリ、食べると死ぬ?」 「シン君。ナナカちゃんを食べちゃうの?」 「不潔よ」 「会計さんは添加物まみれっぽいから会長さん死ぬんですね」 「添加物まみれとはなんだ!」 「それ以前に、食べません」 「小さい頃から一緒な子はいるんですが、朝起こしてもくれないし、食べさせてもくれません、いたれりつくせりではないので残念です……はぁ」 「残念って、普通はしないわよ。全く、ロロットさんの知識は……」 「でも、会計さんは至れり尽くせりなんでしょう?」 「いやー、至れり尽くせりじゃないし、ソバ作るだけだし」 「それに牛乳は飲んでくれないんだ、せっかく一杯あるのに」 「スペシャルな幼馴染みは、朝のチューで起こしてくれるそうです」 「なななななっ」 「わぁ。シン君ってばおませさんだね」 「してないったらしてないったらしてないっ!」 「気の迷いだから!」 「気の迷い?」 「なんでもない」 「気の迷いで、キスを! おませさんはナナカちゃんの方だったんだね」 「破廉恥よ」 「気の迷いでもするかっ!」 「あのね。アタシとシンは、別にスペシャルでもなんでもなくて、ごく普通のそんじょそこらの幼馴染みっ」 「贅沢ですね。幼馴染みがいるだけで人生勝ち組だというのに」 「そ、そうだったのかー。僕が勝ち組だったとは……」 「錯覚ね」 「錯覚ですね」 「うーん、そこまできっぱり言わなくてもいいと思うんだよ?」 「優しいリアちゃんですら疑問形だぜ」 「まぁ、いいじゃん、いないよりいるほうが」 「それにソバ付だぜ」 「そうだね。ちょっとお得な幼馴染みだ」 「その言い方、なんか安っぽ……」 ぺたぺたと廊下にポスターを貼ってると。 「へぇー。チャリティバザーって『流星学園キラキラフェスティバル』って名前になったんだー」 「もしかして、さっちん」 「うん、手伝いにきたよー」 「で、どうかな? この名前は」 「いいんじゃないかなー。デパートのバーゲンぽくってー」 「評価としては微妙っぽく聞こえるんだけど」 「気のせいだよー。それにしても大変だね。まだまだこんなにいっぱいあるんだー」 「生徒総会で認めてもらうためには、まずみんなに知ってもらわなくちゃね」 「生徒会活動って想像と違って、結構、肉体労働」 「ポスターだけで終わりー?」 「ポスター貼りが終わったら、各クラスを回って、ちょっとした説明をするんだ」 「ふふふ。それなら、私にも大いに感謝するよーに」 「なぜ」 「そりゃ、親友が一生懸命なんだから、私も協力してるんだよー」 「うわ。疑いの目だ。心外だよー。生徒会のみんなが頑張ってるって、あちこちで話しているんだよ。つまり私は生徒会の第5列ー」 「第5列?」 「よくわかんないけど、別働隊のことらしいよー」 「我ながら大活躍だよ。えへん。どんどん協力しちゃうよー」 「じゃあさ。このビラ、校門で配ってくれない?」 「えー、歩いている人にビラ渡すなんて、そんな素早い作業を私に要求されても無理だよー」 「じゃあ、クラス回る時に、黒板に字とか書いて」 「でも、私……字汚いし。要求が高度すぎるよー」 「確かに……」 「って、なにが出来るんだよアンタは」 「うーんと、とりあえずないかな。あ、そうだっ。応援してあげるよー」 「なめとんのか」 「まぁまぁ、善意からの申し出なわけだし」 「そうだぞー」 「申し出になっておらんわい」 否定できないや。 「ポスター貼るの手伝ってよ。それくらい出来るでしょ?」 「ええっ、私は不器用ですからー」 「古いよギャグが」 「そっか、これからは注意するねー」 「ギャグの耐用年数はこの際どうでもいい。ポスターくらい貼れ!」 「そこまで言われたら貼るしかないね。でも、失望しないでねー」 「うんしょうんしょ。よいしょよいしょ。ふぅ……どっこらしょー」 「ほら貼った。ふー。いい汗かいたー」 「さわやかな笑顔を浮かべているところ悪いんだけど。これはちょっと」 「ね。曲がってるでしょー。えっへん」 「えばるなっ。真っ直ぐ張れ!」 「まぁまぁ、ナナカ。貼ってくれたことは貼ってくれたし。ちゃんと読める」 「手書きのポスターじゃないんだから読めてあたりまえ! それに、45度以上傾いてたら貼ったとはいわん!」 「無理だよ。私、不器用だもん。腕力無いから紙押さえてられないしー」 「無さ過ぎ!」 「スイーツ以上の重さのものを持ったら負けだと思っているんだよー」 「いや……既に負けてるよさっちん。それにさ。みっちり中身がつまっているチョコレートケーキとかは、ポスターより重いよ」 「シ、シン! どこでチョコレートケーキなんて持ったの!」 「ケーキ屋のお手伝いをした時に運んだんだよ」 「だって、スイーツは別計測だし。スイーツならどんな重さでもへっちゃらー。えへん」 「さっちん、このポスターをケーキだと思うんだ!」 「それ無理ー。食べられないー」 「紙だから無理すれば食べられる。ほら、こうして巻けばクレープ」 「……こんなまずそうなクレープ、並んでまで買いたいと思わないよー」 「買わんでいいから」 「さっちん……あまりいいたくないけどダメすぎ」 「がーん」 「で、でも大丈夫。女は愛嬌があればなんとかなるから。きっとたぶんなんとなく大丈夫だよー」 「うわ。根拠無さげ!?」 「でもさ、本当に生きていくのって大変だよねー。私いろいろ足りないからさ、スイーツだって食べるだけで作れないし……」 「そうなのか……さっちんってナナカより家庭的に見えるけど」 「錯覚錯覚。って、アタシよりってどういう意味!?」 「あ、これはナナちゃんと同じだね。やっぱりうちらは親友、似たもの同士だよー」 「事実かもだし、アタシもさっちんを親友かなと思うことあるけど、そんなことで親友呼ばわりすな!」 「えええっ、親友だと思っていたのに、思うことある程度だったなんて、ショックだよー。晴天の霹靂だよー。ぶるーたすお前もかだよー」 「アンタ、適当言ってるだけでしょ」 「シン君、ひどいよ。ナナちゃんが私のこと敵だっていうよー」 「いきなり敵ですか!」 「ひどいぞ、ナナカ。いくらさっちん相手でも。敵呼ばわりは」 「いつのまにか、アタシ悪者!?」 「二人とも微妙にひどいよー」 「頭いたい……ええい、アタシが貼る!」 「私の分も頑張れー。フレーフレー、ファイトファイトー♪」 「ばばばばばばばばばっばっばばばばばばばばっ」 「おおっ。たちまち廊下いっぱいにポスターが貼られていく!」 「ナナちゃんすごーい。ぱちぱちぱち」 「張り切ってるなぁ」 廊下の一面を『キラキラフェスティバル』のポスターが埋めていく! 僕も頑張らなくちゃ。 「あ、ほらー、あそこー」 「だ、だめだよナナカ! 僕んちの入居希望者募集ポスターなんか貼っちゃ!」 「これだけあるんだから一枚混ぜてもばれっこないって」 「さっちんでもわかるんだから駄目だよ」 「さっちんにもわかるように貼らなきゃ意味がないでしょ」 「二人ともひどいよー」 「とにかく駄目っ」 「一枚くらいいいじゃん。ケチ」 「そういう問題じゃないって」 「はいはい。じゃ、これは剥がして……で、続きをGO!」 「もしかしてさー。ナナちゃんって、結構、生徒会に向いてるー?」 「うん。計算早いし、正確だし、家で帳簿を書くの手伝ってるだけあって、会計監査もおてのものだし」 「おおっ。そんなに有能なんだ。親友として鼻が高いよー」 「うむ。僕も幼馴染みとして鼻が高いかも。けど、さっちん。ポスターくらいは貼れた方がいいよ」 「えへへ。ごめんねー。でも、愛の力ってすごいねー」 「愛の力?」 「でもね、友情の力だって負けていないよー」 「さっきも言ったけど、私、今年のチャリティバザーはすごいって、密かに堂々と宣伝しているんだよー」 「密かに堂々って……なんか日本語壊れてるっぽいよ……」 「例えばね。『駅前に、新しくかわいい雑貨屋さんができたじゃーん、今度いこいこー』」 「『で、話は変わりますが、今年のチャリティバザーはなんだかすごいそうですよー』」 「って、どんな話の最後にもさり気なくつけくわえてるんだよー」 「滅茶苦茶不自然だよ。さっちん」 「生徒会はギラギラ、どきんどきん、ばくばくん、どぅるんどぅるんな学園生活を目指しているんだよっ、てこともついでに言ってるよー」 「……キラキラ輝く学園生活です」 「でもさー、ちょーっと問題ありなんだよー」 「なぜに?」 「宣伝してるんだけどね。『ぽんぽこ』とか『ラフィネ』からの品物が増えただけじゃ、いつもより凄いってほどのインパクトがないんだよー」 「ううむ。言われてみればそうかも」 「なんかもっとキャッチーで乙女心をぐっとくすぐるものが欲しいなー」 「って、言うだけは言うなこの女は、ええい、ぐりぐり」 「はやっ、もう終わったのか!?」 「ふふっ。まかせてっ」 「やめて、ナナちゃん! うめぼしはやめてー、いたいよー、死んじゃうよー」 「死ぬか!」 「私の頭はやわらかいからすぐつぶれちゃうよー」 「アンタの頭は豆腐か! 今度から豆腐女と呼ぶっ。絶対呼ぶ!」 「そういえば、豆腐って、英語でなんとかケーキって言うんだよね」 「そんなことはいいから、とめてー、あれー、死ぬー」 「なんか余裕ありまくりに聞こえるんだけど」 「気のせいだよ。でもでも、まだ死ねないよー。今度さ、『サンスーシー』で新作のチーズケーキが出たらしいよ。だから食べるまではー」 「おおっ。ついに出ましたか! これはスウィーツ同好会として出動せねば! じゃ、さっそく今から」 「あー、痛かった。じゃあ、ユミルにも知らせるねー」 「ナナカさん。君は大事なことを忘れてるようだね」 「『サンスーシー』の新作チーズケーキより大事な事なんてない!」 「そうだーそうだー」 僕は無言でポスターを指さした。 「会計さん。反論は?」 「ありません。ごめんねシン。スウィーツ同好会は大切だし、『サンスーシー』の新作チーズケーキも大切だけど、それも大切だよね」 「……なんかついでっぽい」 「はぁぁ……でも、美味しいスイーツとの比較じゃしょうがないよー」 「そうかもだけど、アタシの立場ってもんがあるからね」 「立場がなければスイーツの方が大事なのか」 「バザーでもスイーツが出れば、とっても楽しいだろうになー」 「それだっ。それだよっ」 「なにが?」 「さっちん、すごいよ。それだよそれ! キラフェスにケーキバイキングっていうのはどうだろう!」 「なるほどっ。いくらか払えば食べ放題とかっ」 「想像しただけで幸せな感じだよー」 「さっちんたまにはいいこと言うじゃん! よーし、これはさっそく商店街で勧誘してみなくちゃね」 「えへへ。私すごいー?」 「凄い凄い」 「当たり前だよ。ナナちゃんの親友だもーん」 「うん。今はさっちんが親友な気がするよ。親友!」 「ナナちゃん!」 「さっちん」 がしっ、と廊下で抱き合うふたり。 「うんうん。仲良きことは美しきかな」 「よーしっ。私も今度のチャリティバザーはスイーツ食べ放題って大宣伝しちゃうよ」 「スイーツのためにがんばるよー。こうしちゃいられないぞー」 「決まってもいないのにさっちんが駆けていってしまった……というかさっちんが走ってるの初めて見たよ」 走れたんだ、あの子。 「って、いくらさっちんがちょっととろいからって、走れるよ」 「そりゃそうだ」 「走るのは結構速いんだよ。でもね……」 「あ、こけた」 「いたーい、でも、スイーツのために!」 「そうか……走れるけど、よくこけるのか……」 「まぁ……ね」 「このアイデアを取り入れれば、大分にぎやかになりそうだ! これは是が非でも『キラフェス』開催をみんなからゲットせねば!」 「おおっ。全てはスウィーツのために!」 「いや、違うって……」 「クラスごとの場所の割り当てはどうなってる?」 「まだ目を通してないの? そこに置いておいたでしょう」 「え、いや、なかったけど」 「嘘っ……あれ? 確かここに」 「会長さん。どうぞです」 「お。読みやすくて綺麗じゃないか」 「すご! 全部明朝体にレンダリングしてある!」 「それを言うならレタリングでしょ」 「こんなこともあろうかと、私が清書しておきました」 「元を作ったのは私よ」 「負け犬の遠吠えってヤツですね」 「む、むかぁ」 「聖沙ちゃんが元は作ったってみんなわかってるよ」 「お姉さまがわかってくださっていれば充分ですわ♡」 「誰が作ったかは置いといて」 「わ・た・しよ!」 「学園側からの補助の申請が出ていないクラスがまだ5つある。予算取り上げて他に回しちゃおう。そしてスウィーツバイキングの値段を……」 「そんなことよりまずは呼び出しよ」 「そんなこととはなんだっ。スウィーツは重要!」 「たまにはスイーツから離れなさい!」 「名前がソバってこと、忘れてるだろ」 「まだ時間もあるし、もう少し待ってもいいじゃないか」 「時間は貴重なのよ」 「ククク……ヒスは権力を振るうのが本当に好きだぜ」 「凄く人聞きの悪い言い方ね。出さないほうが悪いんじゃない」 「そういう時はね。HRで言ってもらうようにするんだよ」 「なるほど、それなら角がたたないですね」 「さすが、お姉さま。気配り上手ですね」 「呼び出せ呼び出せってさっき言ってた癖に」 「過ちを認めるのも大事よ」 「ふむふむ。風見鶏ってヤツですね」 「ロロットさん。あなたとは一度徹底的に話をする必要がありそうね」 「遠慮しておきます。君子は虎穴に入らず虎児を得ずです」 「ねぇねぇ、みんなで何をやってるの?」 「オマケさん、これは生徒会活動というあなたには想像が出来ない有意義なものなのです」 「なんか馬鹿にされてる感じ」 「感じじゃなくて馬鹿にされてるぜ」 「陰口なんて天使らしいや!」 「陰口……だった?」 「正面も正面」 「そういう下っ端天使だって、ひたすら文字を書いてるだけじゃん」 「提出書類の清書は、有意義な作業です」 「ま、そう思い込んでないと下っ端なんてやってられないよね。くしし」 「む。っていうか私は天使じゃありませんのでそこのところ覚えておいてください。まぁ、オマケさんの記憶力では無理でしょうが」 「だって、天使じゃん」 「ち、違います!」 おお、空気読めない人が出現! 「あー、おほん。サリーちゃんも、今日の活動に興味あるかい?」 「うんうん。ある!」 「じゃあ、一緒にやってみようか」 「何を言ってるのよ! 相手は魔族よ魔族!」 「でも、キラフェスの内容を知られるとなんかまずいの?」 「『地球が滅びてしまいます』」 「な、なんだってーっ!?」 「そ、そんな重大な任務を、咲良クンには任せておけないわ。ここはやはりもっと有能な人が会長になるべきじゃないかしら」 「滅亡を目の前にしても、人間は権力を目指してあがくのですね」 「で、リアちゃんと俺様だけが新世界のアダムとイブとして生き残るんだぜ♡」 「冗談ですっ。ごめんなさい」 「そこはかとなく傷ついたぜ!」 「というわけで、やってみようか」 「んー、気が変わった。面倒くさそうだし、やめとく」 「あれ!?」 「魔族とかそういう以前の問題ね……」 「なんかさ、みんな集中力切れてない?」 「いえいえ。御心配には及びません」 「ロロットさんが、一番心配なんだけれど」 「私は最初から集中力ありませんから。切れる心配もありません」 「そんなこと胸張って言っちゃだめだよ。めっ」 「というわけで、ブレークタイム! お菓子持ってきた」 「おお。ナナカ気が利くな」 「まっかせて」 「会計さんが持ってきたということは……おソバですね!」 「お・菓・子!」 「お菓子を食べてる場合じゃないでしょう」 「つまむくらいはいいじゃないか」 「口と一緒に手も動かせるでしょ、ね?」 「お姉さまがそう仰るなら♡」 「じゃあお茶をいれるね」 「私もお手伝いします。あ、ちなみに紅茶飲みたい人はいるかしら?」 じゃあ僕は皿を。 「ある程度の費用は、生徒会費から出るんですか?」 「来客用のお茶は会費だったけど、お菓子とかは、みんなで家からもちよったり、友達からの差し入れだったりしたよ」 「みなさんが、私にお菓子を食べさせてくれるために、いそいそと立ち働いているのを見るのは、わくわくします」 「はいはい。ロロットも手伝う」 「はーい。みなさんお茶が入りましたよ」 「お姉さまがお手ずから淹れくださったお茶……ああ……♡」 「おーい、聖沙ぁ。帰ってこーい」 「ねぇねぇ、なにが始まるの?」 「おやつだよ」 「それって食べられるの?」 「おやつそのものは食べられないけど、食べ物が出るよ」 「なんだろう。アタシ、だんだんおやつが好きになってきた」 「見てから決めるといいよ」 「じゃじゃーん。お待たせ!」 「クッキーに、板チョコに、キャンディーに、スウィーツ! 『カフェ・ローズブランシュ』のモンブラン!」 「うわ〜〜 美味しそー」 「クッキーはともかく、ケーキの方はかなり高かったんじゃない? いいのかしら……」 「江戸っ子に二言は無いやい!」 「生粋の流星っ子だけどね」 「けど、さすがに……」 「ちなみにおいくら?」 「確か……400円くらいだったと」 「ヨンヒャ!?」 「だ、大丈夫!?」 「い……いえ、ちょっと目眩がしただけです」 「椅子ごとひっくり返るなんて、だらしないわね。たるんでる証拠だわ」 「美味しいですね、これ。パティシエさんの顔がみたいです」 「って、何をひょいひょい食べてるかこの娘は!」 「うまうまがつがつはむはむもしゃもしゃ」 「あー、この悪魔っこ! スウィーツを手掴みで食べるんじゃない!」 「魔界には礼儀作法というものがないんですね。野蛮です」 「いきなり食べ始めてたロロットが言っても……」 「五十歩百歩ね」 「美味しい! なにこれ! 甘くて美味しい! こんなもの食べたこと無いよ! 美味しい!」 「うん最高! もう最高! 最高最高!」 「それはタダだからですよ。ほら、タダほど美味いものはないと書いてあります」 「へえー、そうなんだ〜」 「タダだからじゃないやい! それがスウィーツだからでい!」 「スウィーツ! 世界のお菓子の最高峰の一族!」 「和菓子も美味しいと思うけど……」 「スイーツって言うの? 確かにすごく美味しい!」 「ふっふっふ。そんなわけであなたもスウィーツ同好会に――」 「ああっ、これも同じくらい美味しい!」 「……お、同じくらい?」 「うん! 甘くて美味しい! これ何、これ何?」 「同じくらい……」 「それは板チョコって言うんだよ」 「ナナカはなんであんなにショックを受けているんだ? 両方ともうまいのに」 「なんだいその、違いの分からない男を見るような哀れみのまなざしは」 「あのね。値段が4倍は違うものを同じくらいおいしいって言われたら、買って来た方の立場としては、ね」 「オマケさんに違いが分かれと言う方が無駄なのです」 「そう言いつつ、さりげなく4つめに手を伸ばしちゃだめだよ」 「寝る子は育つのですっ」 「これもすごい! 甘くて美味しい! 人間は弱っちいけど、人間界はすごいなぁ」 「すごい……ですか……」 「それはね。いちごキャンディーだよ」 「おいしいっ。あう、噛んだら歯にくっついって変な感じ」 「キャンディーは噛んじゃだめだよ。なめるんだよ」 「キャンディーって……4倍どころじゃない値段差では?」 「おおっ、これも美味しい! 甘くて美味しい!」 「あの子、角砂糖かじってる……ナナカさん、立ち直れるかしら……」 「まぁ、オマケさんの生まれ故郷は、あんなものですよ」 「魔界って貧しいのね……」 「って、いつのまにか私の分のケーキに手を伸ばしてるし!」 「そう怒るなよヒス。天使の生まれ故郷も貧しいのさ」 「わ、私は天使じゃありません! 天使のように可愛らしいだけです!」 「か、角砂糖ごときで……」 「なにぶるぶる震えてるのナナカ? 熱でもあるの?」 「シン君って、察しが悪い時といい時の差がはげしいよ」 「くぉら、そこの悪魔っ娘! 角砂糖ごときをスウィーツと一緒にするなぁぁぁぁぁっっっっ!」 「アンタには物の価値ってもんがわかってないよ! 全然わかってない全くわかってない! そんなんじゃ現代社会を生き残れないよ!」 「ひぃっ。なんでなんでアタシ怒られてるの!?」 「カルシウムが足りないんだぜ」 「カルシウムは、牛乳とか卵の殻とかに多く含まれているんですよ」 「ササミが卵を産んだら、ナナカには殻をあげるよ」 「ちがーうっ。カルシウム不足じゃないっ」 「でもさ、角砂糖ってけっこう美味しいよねー」 「うんうん、うまうま」 「私も子供の頃は結構なめたよー」 「私も〜」 「小さな頃のお姉さまが、無心に角砂糖を舐めている……ああ、なんて可愛らしいのかしら!」 「って、さっちんなにいつの間に入って来てるか! しかも角砂糖食べてるし!」 「だってスイーツの匂いがしたから。スイーツ同好会会員の鑑と呼んでほしいなー」 「アンタ、スウィーツ道をなめてる!」 「ひーん、ナナちゃんが怒ったー。カルシウム不足だよー」 「あの、みなさん、今は生徒会活動中だって知ってます?」 「ああ、そうだったんですか! いつのまにかオマケさんにお菓子を食べさせる催しになったのだと思っていました。目から鱗です」 「も、もちろん、知ってるよ」 「そ、そうよ。自分だけが知ってるみたいな顔しないで」 「教育だ!」 「これは教育するしかないね!」 「おおっ。ナナカがなんかまともなことを」 「アタシはいつもまともだい!」 「咲良クンを今さら教育しても手遅れよ」 「サリーちゃん! アンタにスウィーツのなんたるかを叩き込んであげる!」 「えー、面倒くさそうだからいや」 「あのさ――」 「スウィーツをたらふく食べさせてあげるから」 「なら叩き込まれる!」 「……あのね、みんな生徒会活動をしようね」 「そうだぞ! 生徒会活動〈も〉《》しなくちゃだめ!」 『も』ですか……。 「このポスターを貼ればいいんだね?」 「おばさん、ありがとう!」 「なんだったら、アタシがこの辺りのに声を掛けて、貼ってもらってもいいけど」 「ありがたいけど、気持ちだけもらっておきます」 「こっちが頼んで貼ってもらうんですから、一軒一軒ちゃんと挨拶しないと」 「確かに。シンちゃんも生徒会長が板について来たねぇ」 「そんな……まだまだで」 「そうですよ。頼りなくって」 「なんだか駄目亭主を立ててる若奥さんみたいだねぇ」 「な、ナニ言ってるんですか! もう」 「なんで僕の背中を叩くんだ!」 「照れ隠しだよねぇ。シンちゃんは相変わらず女心が判らないねぇ。これはひとつアタシがレクチャーしてあげようかねぇ」 「いっ、いいです。遠慮しておきます! い、行くよシン!」 「引っ張るなって、ありがとうございます」 「これで参加が決まってるお店のほとんどに、ポスターを貼ってもらったよね」 「ええと……今、確認するから……これもチェック、これもこれも……うん」 「じゃ、今日の生徒会活動はおしまいってことで」 「考えてたより随分と早く終わったよ。それもこれもナナカの――」 おかげだよ、と僕が言う前に。 「じゃ、別働隊と合流しようか」 「別働隊?」 「さっちん。あ、アタシ。そっちはどう?」 「順調! おっけー。部員獲得まであと一押し――」 「え? なに? とにかく、合流するから。くわしいことはそん時に。今、品川青果店の近くの四つ角」 「さっちんがどうかしたの?」 「アタシにもよく分かんないんだけど、ま、会えば判るでしょ」 「お二人さん、こんにちわー」 「スイーツ最高!」 「いきなりっ!?」 「カイチョー、スイーツ最高!」 「というわけなんだよー」 「なにが『というわけなんだよー』か判らないんだけど」 「かくかくしかじかでー」 「おおっ。なるほど」 「って、ごめん。全然わかんない」 「カイチョーって偉いんでしょ」 「ま、まぁ……どうかな?」 「偉いなら、世界の人みんなにスイーツ以外食べちゃいけないって法律出すべし」 「あのね。『サリーちゃん洗脳大作戦』でね、スイーツを一杯食べさせて、スイーツのおいしさを叩き込んでたんだけどねー」 「ナナカ……いくら同好会を拡大したいからって……」 「せめて作戦名は伏せて欲しかった……手遅れだけど」 「あははー。手遅れだねー」 「カイチョー、カイチョー。法律改定、スイーツ買いてえ」 「おーい。サリーちゃんが壊れてるぞ」 「うーん。洗脳が効きすぎちゃったよ。ちょーっと食べさせすぎちゃったかも。20個までは数えてたんだけどねー」 「ひ、人の財布だからってアンタ……人選を間違った!」 ナナカの後輩である岡本さんでも同じことがあったような気がするけど、僕は武士の情けで言わなかった。 「安心して。私、自分の分は我慢して我慢して3つしか食べなかったよー」 「……自分の分は、自分で買ったんでしょうね?」 「まさか、ナナちゃんは太っ腹だって信じてるよー」 「信じるな! とりあえず財布返して。ついでに自分の分は返却しろ」 「けちー。はい」 「ううっ……激減……」 「ナナカオヤビン。カイチョーが法律作ってくれないよ。美味しいもの食べ隊改めスイーツ食べ隊に締めさせる?」 「いや世界に羽ばたくスウィーツ同好会が暴力はいけない」 「僕には、流星町で沈みかけているようにしか見えないんだけど」 「シン君、するどいつっこみだよー」 「はぁ。判ってないよ。みんな判ってないよ!」 「ふふふ。サリーちゃんの洗脳、もとい教育は大いなる野望への第一歩!」 「二歩目があるとは思えないけど」 「こうやって次々と魔族を洗脳してスウィーツ思想に染めていけば、スウィーツ同好会は流星学園という狭い世界から羽ばたき――」 「魔族にまで部員がいるグローバル同好会として名が轟くってものよ!」 ナニも言うまい。 「そして部員激増。超有名同好会として学外にも支部が次々と設立され、ついには海外や魔界にも! 更に日本スウィーツ党の結成!」 「政権奪取! 日本支配! 世界を席巻するスウィーツ革命! 世界は一家、人類が食べるのはみなスウィーツ!」 「うははははははは」 「ナナカ……方向性が変わってるよ」 「グローバルでも同好会なんだー」 「う゛」 「世界中がスウィーツしか食べなくなったらソバ屋はどうするんだよ、オイ」 「あ゛」 「スイーツ! スイーツまんせー! スイーツ以外は豚の餌!」 「そ、そうだよ。スウィーツ万歳だよ!」 「と、とにかく、賽は投げられてアタシはルビコンを渡ったんだから、世界スウィーツ革命が完遂するまで、もはや引き返せないんだい!」 「幼馴染みとして最後の忠告だ。引き返しなさい」 「だいじょうぶだよー。こんな浮世離れした計画がうまくいくわけないからー」 「って、さっちんに言われたくない」 「スイーツ革命まんせー! 世界をスイーツで燃やし尽くすまで!」 「ほら、こんなに洗脳だってうまくいったし。浮世離れしてないって」 「解除してあげなさい」 「人間はね。振り返っちゃいけないと思うのよ」 「シン君、大丈夫だよー。きっと失敗するから。こんなので成功したら今頃部員数だって3人じゃないよー」 「なるほど。って、さっちんなんか今日は知的だな」 「えへへ。ほめて、ほめてー」 「ナナカはんは、いつもにぎやかやねー」 「むむっ。この声は!?」 「会長はん、こんにちは」 「あ、こんにちは。あれ、リア先輩?」 「あ。御陵先輩、こんにちは。あれ、リア先輩?」 「え、えっとね。今日の作業が終わったから久しぶりにお茶菓子でも買おうと思ったら、彩錦ちゃんに会って」 「彩錦ちゃん……って」 「私の友達。和菓子倶楽部の部長さん♪」 「ああ、ナナカがよく言ってる御陵先輩ですか」 「ぶ・ぶ・づ・け!!」 「ひどい言われようやわ」 「仲良きことは美しきかな」 「こんにちわー」 「リア先輩。友達は選んだほうがいいと思いますよ」 「ほんに同感どすなぁ。でも、立候補した中からメンバーを選ぶ生徒会では、それは無理さかいなぁ」 「……どういう意味かな?」 「なぁ?」 「僕に振らないでください」 「シン。こんなヤツに挨拶する必要ないってば」 「さわやかな挨拶は、大切だぞ〜」 「私も無駄な波風立てたくないしー」 「え、えっとね。いきなりケンカごしなのは、よくないと思うんだけど」 「ナナカオヤビン。この人は誰?」 「会長はん。この子はどなたさんえ? 初めて見る顔なんやけど」 「この子はなんというか……」 「ああ、サリーちゃんいわはる人どすか?」 「アタシって有名人!?」 「私が話したんだよ」 「ああ、なるほど」 「サリーちゃんサリーちゃんサリーちゃん……愛らしい名前やねぇ」 「うわ! 褒められちった」 「駄目よ、サリーちゃん! こいつはこんな顔してるけど敵! 油断しないように!」 「わかったぞ! スイーツ革命に立ち塞がるぶぶづけとはお前のことだな!」 「ちゃっちゃとばれてしもうたか、これは不覚やね」 「お前が悪の組織『和菓子倶楽部』の会長なんだなっ!」 「うちが悪の秘密結社、和菓子倶楽部代表の御陵彩錦どす」 「ええっ!? いつの間にそういうことに?」 「サリーちゃんを挑発しないでください」 「ここで会ったが百年目! 美味しいもの食べ隊改めスイーツ食べ隊代表サリーちゃんが、悪の首領に天誅をくだしちゃうぞ!」 「ほんま元気な子やね。でも、そないなややこしことする前にせなならんことがあるんやけど」 「せなならんこと?」 「あんたはんが大好きなことえ」 「アタシが好きなこと?」 「悪魔の言葉に耳を貸しちゃだめ」 「お近づきの印に、つまらないものどすが、これおさめておくれやす」 「こ、これは?」 「そないに怯えんといてえなぁ。食べ物や。〈落雁〉《らくがん》っていうんえ」 「も、もしかしてこれは!?」 「そうよサリーちゃん。これがスウィーツ革命最大の敵! 和菓子」 「ど、毒を食べさせられるところだった! その手には乗らないぞ!」 「あのさ、さっちん。ナナカはサリーちゃんにナニ吹き込んだの?」 「今、言ってる通りのことだよー。しょうがないねー」 「そないこわい顔せんと。それにな、戦ういわはるんなら、戦う相手くらい食べられへんと、戦わはるのは無理思うんやけど」 「むむ」 「それとも、戦う前から恐れをなしてるんえ? まぁ、戦うんは誰でも怖いやし仕方ないどすな。あんたを臆病もんとはだーれも言わへん」 「違うぞ! こんなものくらい一口でパクリだ!」 サリーちゃんは御陵先輩の手から落雁をひったくると。 「ほらね! こんなもの怖くないもん! って、いうか……」 「うわ。これも美味しい! なんていう名前の食べ物だっけ?」 「落雁え。気に入ってもろうてほんに嬉しいおすな」 「気に入ったっ! 落雁、美味しい! 甘くて美味しい」 スイーツ革命、これにてTHE END。 「ほら、失敗したでしょー」 「今日のさっちんは冴えてるな……」 「ほんに嬉しそうに食べはるから、うちも嬉しいわ。もっとたんと食べはる?」 「うん。もっと食べたい!」 「リーア、さっき買うたの渡したげ。代わりは明日にでもうちが買うておくから」 「サリーちゃん。はい。これ全部あげる」 リア先輩が差し出した箱の中には、ちんまりとした落雁が並んでいた。 「うわ。美味しい美味しい美味しい美味しい! 甘くて美味しい!」 「和菓子もええもんやで」 「うんうん。スイーツもおいしいけど和菓子もいいね!」 「今度、スウィーツ食べ隊のお仲間も紹介してや」 「スイーツ食べ隊? 違うよ。美味しいもの食べ隊! 間違えないで!」 「そうやったそうやった。うちとしたことが間違えてしもうた。堪忍え」 「くぅ……」 「ナナカ。サリーちゃんに好き嫌いがないのはいいことじゃないか」 「私も争うようなことじゃないと思うよ」 「って、ナナカちゃん!」 「ナナカ! って、凄い勢いで戻って来た!?」 「サリーちゃん!」 「なに? 今、アタシ落雁で忙しいんだけど〜」 「これを喰らえ!」 ナナカがサリーちゃんに突きつけたのはチョコバナナのクレープ! 「なんか甘くていい匂い! 美味しい?」 「クレープは美味しいぞ!」 「食べる!」 「はむくしゃかぷ、美味しい! 甘くて美味しい!」 「美味しいでしょ! これもスウィーツ! 和菓子なんかよりずっと!!」 「美味し〜」 「まぁまぁ、サリーちゃん。慌てる乞食はもらいが少ないいうことわざがありましてな。そうちゃっちゃと結論ださはらなくてもよろしゅうおまへんか?」 と、言いつつ御陵先輩が差し出したのは、おまんじゅう。 「むむっ、そう来たか!」 「あ、ナナカ……また行っちゃった」 「なんか甘くていい匂い! おいしい?」 「どうやろね。でも、このおまんじゅうは、美味しい言わはる人が多いどすな」 「和菓子も落雁だけやないんえ」 「和菓子美味し〜」 「ちょーっと待ったぁぁぁぁっっ! 異議あり!」 という叫びと共にナナカが差し出したのは、ソフトクリーム。 って、なんか値段のレベルが落ちてるような……。 「もちろん、ソフトクリームは美味しいぞ! さぁ食べた食べた!」 「ぺろぺろはむ、美味しい! 甘くて美味しい!」 「まぁまぁ、結論を出さはるのは、これをたんと食べてからでも遅くない思うんやけど」 と、言いつつ御陵先輩が差し出したのは、モナカ。 「むむっ。今度は、そう来たか!」 「食べ物は、食べんとわからんもんさかいに、それはあんたはんが食べてから決めることや。モナカ、食べはる?」 「和菓子も色々あるんえ」 「あれー? ナナちゃん、このタイミングで戻ってくると思ったんだけどー」 「さっちん!」 「わわっ。な、なに!? もしかしてアタシに食べさせてくれるの? わーい」 「アンタがバクバク食べまくったから、お金がなくなったんじゃい!」 「私じゃないよー、食べたのはサリーちゃんだよー」 「あのね。私、さっきから思うんだけど。別に争わなくてもいいんじゃないかな」 「そうだよー。争いは哀しみを生むだけだよー」 「そやね。さすがは元生徒会長だけあってリーアの言葉には重みがあるわあ」 「ククク……さすがは俺様のリアちゃんだぜ」 「ポモナ!」 「ええい! うるさい! このままではスウィーツが負けてしまう!」 「だからさ。勝ちとか負けとかがそもそもおかしいって」 「なんだよ僕の顔見て溜息ついて」 「シンがお金もってりゃシンから借りるんだけど」 「私の顔を見てもだめだよー。こんな無意味な戦いには、協力したくないしー」 「無意味だと! スウィーツ同好会会員として悔しくないの!」 「私、食べるの専門だしー」 「ちょっと、あなた達。なにやってるの?」 「あ、聖沙」 「日頃の行いには気をつけなさいよ。生徒会役員なんだから」 「聖沙こそどうしたの」 「夕飯の買い出し」 「あのね。なんというか、その……」 「説明すると馬鹿馬鹿しゅうて笑えるんやけど……ややこしことどすえ。一文の得にもならへんから聞かんでもよろしいんちゃいますか」 「はぁ……よく分かりませんけど、そうなんですか」 「あぁっ! その手にもってるのは何?」 「ホントにこの子は、食べ物に目がないわね。駅前で配ってた試供品のキャンディーよ……」 「って、もう食べてる!」 「キャンディー美味しい! 甘くて美味しい!」 「ふふふ勝った! キャンディーは洋菓子!」 「まぁ……どちらかと言えば……」 「洋菓子でしょ! 洋菓子ね!」 「そんな勢い込んで聞くほど重要なことなの?」 「重要じゃないって」 「アタシには重要なの!」 「ふっふっふ」 「和菓子敗れたり!」 「気持ちよう笑ろうてるところ水を差すのはどうかとは思うんどすが、勝ち誇るのはまだ早いえ」 「うちには、まだとっておきがあるんやけどなぁ」 「『〈皇水菓〉《すめらぎすいか》』の羊羹をここで出したらどないなるやろ?」 「くっ。い、いきなり値段の高そうな隠し球を! 卑怯!」 「卑怯って問題なの?」 「……出せるものなら出してみな!」 「ほんに、そうさせてもろうてもかまへんの? うちはかまへんどすが」 「あの。もうやめましょうよ。なんだかお菓子が可哀想ですよ」 「両方おいしいでいいと思うんだけど。なんでそれじゃ駄目なの?」 「いやぁ、うちはそれでもええんやけど、この難儀な御仁が泣きそうな顔で続けたがってはるさかい、不毛な争いや思うけど、仕方ないんえ。かんにんな」 「って、人を可哀想な子扱いするな!」 「勝負とか以前に、一般のご家庭では、両方とも食べるものだと思うよ。私の家もそうだし」 「うちもえ」 「アンタには純粋性が足りない! 和菓子の神様が泣いてるよ!」 「和菓子の神はんは寛大なんえ」 「サリーちゃん! アンタもあまり安いのに転ぶな!」 「でも、おいしいんだもん」 「選んだ人材が間違っていた……」 「そない気を落としてはあかんえ。生きるいうのはまちがえを重ねることやし」 「そうだよね……って、アンタが慰めるな!」 「今、気づいたんだけど。この子いつも、甘くておいしいって言ってるわ。つまり、単に甘いものならなんでもいいんじゃない?」 「あ……そういえばそうだ」 「サリーちゃん。このおせんべいあげるよ」 「いったいどこから!?」 「さっき、品川のおばさんにもらったんだ」 「わーっ! しょっぱくて硬くて美味しい!」 「甘いモノのあとには、おせんべいがうまいんだよ」 「なるほど! おいしいっ!」 「ほんに素直な子やね。見てて心がなごむわ。誰かはんとは大違いどすなぁ」 「それはアタシのことか!」 「うちの口からはなんとも言えへんどすな」 「むぅっ」 「まぁまぁ。おせんべいはスイーツでもないし、甘い和菓子でもないってことで、これを最後にするのが綺麗じゃないかな?」 「綺麗も何も……何をやっているんだか」 「ま、まぁ、シンに免じて、今日は引き分けってことにしといてあげる!」 「ややこしお人やね。別にそっちが勝ちでええんよ?」 「彩錦ちゃん。そうやって挑発しない」 「堪忍え。このお人からこうてると面白いさかいにな。うちいらんこと言いやし」 「人で遊ぶな!」 「そうかんかんにならんとき。ほな、おやかまっさんどした」 「では、みなさんまた明日」 「また明日」 「じゃ、私もばいばーい」 「あ、私もそこまで一緒に行きます! みんな! 遅刻しちゃだめよ!」 「あーあ。勝ってたのになぁ」 「まだ言うか」 「でも、まぁ、いいや。シンの顔つぶすわけにはいかないもんね」 「会計だから?」 「……幼馴染みだから」 「ありがとうございました」 「びくっ」 なんでこの店の店員達さんは、角刈りだったり、サングラスかけてたり妙にごつかったり、袖口から龍の刺青が見えたりするんだろう……こ、怖い。 「いつもありがとうございます姉御。これからも末永くおつきあいくだせぇ」 「おう! おいしいケーキ期待してるからねっ」 「えっへっへ。おみやげまでもらっちゃったー」 まぁ、それはいいんだ。ケーキもおいしかったし。でも。 「『サンスーシー』もキラフェスに出店と。これで商店街以外のケーキ屋さんでリストアップした3軒は完全制覇!」 メモ帳に書かれたケーキ屋リストに、ビシッと赤線を引くナナカ。 「あの店……大丈夫なの?」 「チーズケーキおいしかったでしょ?」 「美味しかったよねー」 なぜか同行してるさっちん。 「うまかったぜ」 「それは確かに。でも……」 「味は69点くらいで、この町にある店じゃ1、2を争う美味しさ」 「そーそー。食べ歩……もとい、キラフェスに出店して貰うなら、あの店は外せないよー」 「69点って、あまり高い点じゃないような気がする」 「ナナちゃんが75点以上、出したの見たことないよー」 「〈辛〉《から》いんだ基準が」 「当たり前じゃん! スウィーツの神様はお目が高いんだから、アタシも大いに精進して、地上のスウィーツを高めるのに協力しないと!」 「ナナちゃんの〈戯言〉《たわごと》はともかく、69点は高いよー」 「そうなのか……」 「戯言とは何だ。ぐりぐり」 「うめぼしはやめてー。スポンジ並みにゆるい頭の中の、生クリームなみにデリケートな脳みそが飛び出しちゃうよー」 「そんだけ言えりゃ遠慮することないね」 「ひーん」 「これこれカメをいじめてはいかん」 「アンタ浦島太郎かい」 「それにしても、住宅街のど真ん中にこんな店があったなんて知らなかった」 「シンが知らないのも無理ないって。去年の年末に出来たばっかだし」 「普通のおうちにちょっと手を加えただけだから判りにくいしねー」 「確かに地味だなあ」 「それに、店員さんは中年のオジサンばっかりで、シンの好きなきゃわゆい女の子とかいないし」 「シン様にとっちゃ何の魅力もないぜ」 「僕の人格が、かなーり歪められているんですが」 「シン君ってそういう人だったんだー」 「そこ、信じないように」 「シンの趣味とは外れてるだろうけど、しょうがないんだよ」 「あの店は、○ヤから足を洗った3人組が、趣味だったケーキ作りでバラ色の人生を拓こうと、貯金を全てつぎ込んで作ったお店だそーだから」 だから、角刈りだったり、サングラスかけてたり妙にごつかったり、袖口から龍の刺青が見えたりするのか。 でも……。 「バラ色の人生を拓こうか……」 そこんところには、ちょっと共感。言葉は違うけど、あの人達もキラキラでワクワクな生活に憧れてたのか。 「味がいいとしても、住宅街のど真ん中で商売になるのかな?」 「やっぱ、苦しいらしいよ。商店街からは外れてるし、みんな顔が怖いし」 「だろうなぁ」 「だからこそ! キラフェスに出店してもらえるってわけ。向こうにとっちゃ宣伝になるから」 「向こうの得にもなるようにしなくちゃね」 「それに、アタシとしてもあの店は潰れて欲しくないし」 「そーそー、おいしいお菓子屋さんは世界の宝だよー。それに、出店してもらえれば、スイーツ同好会サービス価格で特別に食べさせてもらえるかも――」 「こらっ。秘密をあかすな!」 「それが本音か」 「欲望に忠実な奴等だぜ」 「な、なんのことかな? さぁて、商店街へGOだ」 商店街の入り口で、右手と左手に一個ずつ持ったクレープを、交互に食べていた女の子が、こっちに向かって手をあげた。 「ユミル、おまたせっ」 「オッス! 夕霧先輩。さっちん先輩」 「ああっ! もう食べてるー!」 「さすがはスウィーツ同好会期待のルーキー。常に食べる攻めの姿勢は見習わなくちゃね」 「いや、腹へっちって」 「相変わらず豪快だなぁ」 「咲良会長もお久しぶりです。オッス」 「おっす」 「んがくっく」 2つのクレープは、たちまち呑み込まれた。 「はふぅ……うんめぇっ!」 「で、首尾はどうなんっすか?」 「順調だよ」 「『サンスーシー』出店してくれるって」 「そりゃあ楽しみっすね。で、どっから食べ歩きっすか? 商店街の端から絨毯爆撃といきますかい? くぅっ。武者震いがするっす」 「ナナカ……いったいどういう伝え方をしてるんだ」 「そりゃ、久しぶりの同好会活動だって」 「ちがーう!」 「ナナちゃんてばもー。食べ歩きじゃないよ。生徒会のお手伝いだよ。会計さんがそんなこと言っちゃだめだよー」 「食べてばっかの、アンタが言うかアンタが」 「えへへー。気のせいだよー」 「それに、私の前世はリスだったから、いつも食べていないといけないんだよー」 「そうだったの?」 「うん。今決めたー」 「キラフェスを盛り上げるためにも、流星町にあるおいしいケーキ屋みんなに、参加してもらわなくっちゃね」 「そうは言っても、出店したからって儲かるわけじゃないからなぁ」 「その辺は、宣伝になるってことで納得してもらうしかないんじゃない?」 「大丈夫だよー。ナナちゃんが頼めばみんなオーケーだよー」 「夕霧先輩に言われてウンと言わねぇ店なんてねぇっすよ」 そんなにうまくいくわけないよなぁ。 「キラフェスに人が集まるってことを納得してもらえれば、大丈夫だって。ま、その辺の説得は会長さんに任せたから」 「お、おうともさっ」 責任重大だ。 「ええっ。出店してくれるんですか」 まだくわしい説明もしていないのに……。 「やったねシン!」 「あ、ああ」 「おいしいおいしいおいしいっ。しやわせー」 「がつがつむしゃむしゃぱくぱく」 「いつまでも食べてないで次々!」 「突然の頼みなのに了承していただいて、ありがとうございます」 「やったねシン。案ずるより産むが易しってね」 「そうだね……」 なんか引っかかるな……。 「おいしいおいしいおいしいー」 「ほら! 次行くよ次!」 「では、仔細はのちほど。行くよシン」 「ああ、うん」 おかしい……順調すぎる。 どうして渡したパンフレットすら開かずに、みんなOKするんだ? 「おいしいねー。はふぅ。このクリームが絶妙だよねー」 「こら! 今日は同好会の活動じゃないの! 次行くよ!」 「ありがとうございました!」 「むしゃむしゃはぐはぐ」 「ほら行くよ!」 「ああっ。まだモンブラン注文してないー」 「それはまた次の機会! 立った立った」 店員さんや店長さんはみんな、ナナカを見た途端、出店に賛成してくれたような気が……気のせいかな……? 「これで残るは、ショコラ・ル・オールだけ」 「いつ食べにいくのー?」 「今からでもいいっすよ」 「君達、今日は食べ歩きじゃないんだからね」 「そうだぞ! それにアンタらお腹いっぱいでしょ」 「見抜かれたー」 「まだ食べられっけど、がっつくのもかっこわるいっすしね。それに、ショコラは、今、丁度混み始める時間っすよ」 「そだね。ショコラは日を改めて!」 「それにしても……凄いなナナカは」 「いやー、でも、ユミルほどは食べられないかも」 「そうじゃなくて、ナナカってほとんどの店で顔知られてるっぽかったじゃん」 「へへん。なんせアタシは流星商店街小町ですから!」 「範囲せめぇぜ」 「あのさ。もしかして……お店の弱みでも握ってるの?」 「失礼だな君は。そんなワケないじゃん」 「ごめん。でも、あんまり上手くいきすぎるから」 「日頃の人徳ってもんよ」 「そーそー。スィーツ同好会の日頃の活動のたまものだよー」 「こんなに盛んに活動してるんだから、部活にあげてもらえないかな」 「僕を物欲しそうな目で見ても、だめだ」 「けち」 「じゃあ、今日のトコロは解散しよー」 「んじゃ、先輩方。サラバっ!」 「じゃあ、アタシらも帰りますか」 おや? 「ナナカ、この店ってケーキ屋だよね」 僕は『ピース谷村洋菓子店』って書いてある薄汚れた看板を指差す。 「あー、看板とりかえたんだー」 「取り替えた?」 「……戻したんだよ」 「前はね、なんかこじゃれた〈おふらんす〉《》な名前だったよー」 「なんで戻したんだろ?」 「……今更」 「そこは、だめ。まずいから」 「一刀両断ですか!?」 確かに、店内には客がいないし、店の主人らしき人は、今にもクビをくくりそうな顔で溜息ついてるし。はやっていないことは一目瞭然。 「んーー。まぁ、色々あってね……それに実際美味しくないしー」 「ねぇ。ナナカ。そんなにまずいの?」 「話したくもない」 「それは言いすぎなんじゃ……」 「でもー、ユミルだってまずいって言ってたよー」 あの子、なんでも食べそうだけどな……。 「サリーちゃんならどうかな?」 「まずいっていうよー。……前のままだったら」 「前っていつ頃?」 「シン君もわかってないなー。私にそんな昔のこと聞いても無駄だよー」 「半年前」 「なら、その間においしくなってるかも」 店の様子からすれば望み薄そうだけど。 「あり得ないね。この店主、性根が腐りきってるから」 「……いくらなんでもそれはひどくない? 店が汚いんで先入観で見てるんじゃないかなぁそれは」 「店の外見なんて関係ないよ。全然」 「先代の時は、もっと、もっと汚かったんだから」 「ええっ!? これ以上汚かったの?」 「……とにかく、この店はいや」 だが、しかし! ケーキバイキングは品揃えの豊富さが命。 一店でも多く参加してもらいたいところ。 それにこういう店を宣伝してあげて、お客さんが来るようになれば商店街の活性化にも一役。 「交渉してくる!」 「……必要ないよ」 「いや、でも。商店街のケーキ屋さんで一軒だけ外すのはどうかと思うよ?」 「大丈夫。僕ひとりで交渉するから!」 「という意義深い催しなんですよ」 「なるほどね……」 「というわけで、キラフェスに参加して欲しいんです。お願いします」 「意義がある催しだとは思うけど。うちにはねぇ余裕がなくて」 「……そうですか」 まあチャリティだから、儲けがないのは厳しいか。 「! き、君!」 「外で待ってる女の子は君のなんなんだね?」 震える指が差すのはナナカ。 「え、あの、彼女は我が生徒会の会計ですが」 なぜか、店長さんの顔に生気が充ち満ちた。 「ということは、出店すれば、うちのケーキが彼女の口にも入るかもしれないということだね!?」 「どうでしょうか……新作でも出せば食べると思いますけど」 「そうか! では、条件をひとつ呑んで貰えれば、喜んで出店させてもらうよ」 「条件……?」 「キラフェスには新作のケーキを出すから、必ず、彼女に食べて欲しいんだ!」 「あの……それだけでいいんですか?」 「彼女が食べてくれるなら、なんでもするよ! 君の靴だって舐めてみせる!」 「そ、そんなサービスはいらないです。新作が出れば、頼まなくても食べると思いま――」 いや、どうだろう。 ナナカはなぜかこの店を嫌ってるっぽいから。 店長は少しさびしげに笑った。 「うちのだと知ったら彼女は食べないだろうね」 「出来れば……彼女に食べてもらうにあたって、最初、うちの名前は出さないで欲しい」 「……うーん。まぁ、それくらいならなんとか」 「そうか! では出店だ! ありがとう! 本当にありがとう!」 「出店してもらえた」 「……バイキングの評判が落ちないといいんだけど」 「でもさ。ほら、半年経っていれば変わってるかも」 「あり得ないね。あそこ、この流星町で一番まずい店だし。全然美味しくもならなかったし」 「だねー。しかもあの人、まずいって言われると怒るんだよねー。そして、フランスではどうこうとか演説するんだよー」 「そんな人には見えなかったけど……」 「あそこのは、もう食べたくない。っていうかこっちから願い下げ」 「どうしてそこまで……」 「シンには悪いけど、アタシあそこのだけはパス」 これじゃあ店名を隠してくれっていうわけだ。 「ねぇ、シン君。もしかして店長さん、ナナちゃんに食べてもらうのを条件にしたとかー?」 「い、いや、そんなことないよ」 「ふーん。意外。てっきりそうだとばっかりー」 なんでこういうところは冴えてるんだろう、さっちんは。 「絶対に二度と金輪際食べないからねっ」 「わかったわかった。そんなにまずいの?」 「ま・ず・いの!」 ばれたら僕の身が危ないかも。でも……約束しちゃったし……。 それにしても、なぜ店長さんはナナカにこだわるんだろう……。 で、やって来ました『ショコラ・ル・オール』 「成る程。そういうことでしたら出店させていただきますわ」 ショコラの代表者は僕と同い年くらいの冬華さんという方だった。 「いえ。そんなに頭を下げていただかなくともよろしいですわ。ショコラ・チェーン各店舗と地域コミュニティとの交流は大切ですから」 支店長とかではなくて、たまに巡回してくる本店の偉い人で、ショコラを経営する一族の出なのだそうだ。 それにしても、一番有名で、全国展開までしている店と、こんなに簡単に話がまとまるなんて……ついてるかも。 「では具体的な話に移りましょう。当店の出店スペースは、どの辺りを予定なさっているのですか?」 「あ、はい、ここです」 「そ、そんなに広い面積を!? それはもしや、当店にそれだけの価値があるというそちらのご見識の表れ」 「勿論、当店はそちらの見立てに相応しい価値を示すのにためらいはございません」 「あ、いや。そこのバイキングコーナーの一角でして」 「是非、スウィーツバイキングに参加してもらおうと――」 「バイキング?」 いきなり声色が変わったぞ。 「バイキングですって?」 「うわ、この人無知です。バイキングの意――」 僕はロロットの口を押さえた。 「バイキングとは、どういう了見かお聴かせ下さいません?」 「ですから、流星町の主な洋菓子屋さんみんなに声を掛けて、共同でケーキバイキングしてもらうという企画なんです」 「……なるほど」 「納得していただけましたか?」 「ショコラのケーキでバイキングをするなんて、随分と安くみられたものね」 「いえ、そういうわけでは」 「当店は、チョコレートメーカーとして創立102年の歴史を誇る老舗なのよ」 「ケーキ屋としては20年くらいですよね?」 「……」 うわ。なんかまずい雲行き! 「もちろん、もちろん『ショコラ・ル・オール』のスウィーツに対する高い評価は知っています。それに私も月に一度くらい食べますから」 「食べたことがあると。それでいて、バイキングに参加させるおつもりとは……随分と安っぽい舌をお持ちのようで」 「……ほう……アタシの舌は安っぽいと」 「ショコラのケーキを、バイキングのように安価で提供する場に引きずり出そうと考えている方の味覚など知れたもの」 「バイキングを随分とバカにしているように聞こえますけれど……」 「馬鹿になんてしてないわ。ただ、一般的に、気軽に食べられる程度のバイキングに並ぶケーキと一緒くたにしてもらっては困ると言ってるのよ」 「うちがどれだけ素材と製法にこだわっているか……知ってて言ってるのかしら?」 「つまり、バイキングだから参加したくないと?」 「ええ。はっきり言うと、そう言わざるを得ないわね」 「ようやく理解していただけたようですね」 「……はぁん」 「なんですか、その、はぁん、は」 「いえいえ、つい口が滑っただけです。なるほど、この流星町で『ショコラ』だけが特別だと」 「乱暴に言ってしまえば、そうとも受け止められるわね」 「そんなわけあるかーー!」 「今、何と?」 「ああ、何度でも言ってあげる。そんなわけあるか、この高慢ツインテールめ!」 「なんですって!」 「な、ナナカ落ち着いて!」 「じゃあ、なに? 例えば『サンスーシー』のチーズケーキと、ショコラのチーズケーキには、提灯と釣り鐘くらいの差があるってことかい!?」 「『サンスーシー』……?」 「アンタそんなことも知らないで、自分のとこだけ本格派とか言ってたの? バイキングに参加してくれるお店だよっ」 「バイキング……ふふんっ、ポリシーもプライドもないのね、そのお店」 「ところがどっこい。アタシにしてみりゃ、ジャンルが違うだけで点数はあっちの方が上回ってるんでい!」 「な……!? あなたなんかに、どうしてそんなことが評価できるというの!?」 「アタシの味覚を知ってるから、みんなが参加してくれるって言ったんだい!」 「ど、どういうことなの……?」 「会長はシンで、アタシは会計だから決定権があるわけじゃないけど、バイキングを馬鹿にするようなヤツがえらそーにしてる店なんて……」 「出店してもらわなくて結構!」 「そっちが頼んで来たくせに、なんたる言い草! 誰が出店なんかするもんですか!」 「うわ。決裂ですね。これがいわゆる、四分五裂ですね」 「いや、全然違うって。ナナカ、言い過ぎだよ」 「ナナちゃんかっこいーよー、頑張れー!」 「夕霧先輩そこだ行くっす!」 「君達、喰いながらあおるんじゃない!」 うわ。喫茶コーナーからの視線が僕らに集中! 「第一ね。キラフェスは、アンタらの店を宣伝するためにあるんじゃない!」 「このキラフェスは、スウィーツのためにあるんだ! みんなが幸せにスウィーツするために!」 「違うって、キラフェスはスイーツの為にあるわけじゃ――」 「さっきも言ったけど、スウィーツに貴賤無し。味だけで勝負する純粋な世界なのよ!」 「それをつまらないプライドとポリシーを抱えてるヤツに、あれこれ言われたくないね!」 「アタシは、全国にある有名じゃないかもだけど、きらりとおいしいスウィーツのために怒ってるんだい!」 「言わせておけばぁぁぁぁっっ」 「まあまあ、冬華さん落ち着いてっ。お客さんが見てますよっ」 「くぅっ……おほん」 喫茶コーナーから興味津々に注がれる視線に気づいたのか。咳払いをひとつ。 ひきつってはいるが笑みを浮かべると。 「先程からそちらの言い分を聞いていて感じたのですが……」 「あなたは当店に対して、その価値を認めていらっしゃらないように聞こえるのですが、気のせいでしょうか?」 「美味しいけど。この町のケーキ屋の中で飛び抜けて美味しい訳じゃないし」 「な、ナナカ。もうその辺で――」 「ぶっちゃけすぎですよ会計さんっ」 「いつもの君と変わらないけどね」 「優秀なスタッフが最高の素材を用いて、御客様のアンケートを元に日々改良をくわえているのよ」 「ショコラのケーキは、飛び抜けて美味しいんだから!」 「飛び抜けて美味しいっていうのは、今の体制では無理でしょう。多分」 「部外者が偉そうに! よくも知ったような口を!」 どんどん険悪な雰囲気に。僕はどうすればいいんだ! 喫茶コーナーのお客さん達はみんな、僕らに注目してるしっていうか、いつのまにか満員に! 「確かに部外者だけど。これは、大規模なチェーン店にありがちな、構造的な問題だから」 「ふん。そういうこと」 「確かに、ああいう店舗では、工場でケーキでも食事でも一括生産して、全国へ配っているから、味は当たり障りのないごくごく平均値なものにしかならないわね」 「でも、うちをコンビニやスーパーみたいなチェーンと一緒にするなんて物知らずもいいところよ!」 「うちはね、原料こそ一括で仕入れているけど、製作は各店のパティシエが現地でしてるのよ! きめ細かい品質管理をしているの!」 「それくらいは知ってるよ。知ってる上で言ってるんだから」 ああ、もうナナカを止められる者はいないのかっ。 「ね、ねえ。二人とも、食べてばっかりいないでさっ」 「あー。ここまでナナちゃんにケンカを売っちゃうのはまずいと思うなー」 「けど、夕霧先輩の舌は公正っす! 私情にもつれることはないっすから!」 「けど、あの店長さんも頑張るねー」 「悪い人じゃなさそうっすけどね」 「もう他人事みたいに言って……」 「とにかく、あなたみたいな半可通に心配される必要なんてないのよ」 「別に心配してないんだけど、仕方ないねってだけだから」 「自分の間違いすら認めないで喚き続けるなんて、最低ね」 冬華さんはそう吐き捨てると、僕のほうを向いて、絵に描いたような笑顔で告げた。 「ショコラは地域の人達を大切にしたいと思っています」 「しかし、礼儀知らずな上に、たいした味覚もない人が主催するものに、うちの可愛いケーキをお任せできません」 ここまでこじれちゃ、とりつく島もないな。 「判りました。御時間を取らせて申し訳ありませんでした」 「こんな仲間を持って、会長さんも苦労なさっているんでしょうね。でも、選挙で選ばれたんじゃ仕方ありませんけど。では、私はこれで」 「あまりに見事な決裂ぶりに、ほれぼれしました。ドラマみたいでした」 「……そこ感心するところじゃないから。ナナカ、帰るぞ」 「あ、うん……」 「ごめん、シン、こじれさせちゃった」 「しょうがないよ。バイキングは嫌だって先方がいうんだから」 ナナカしょんぼりしてるな……。 言い方は乱暴だったけど、ナナカの言ってたことがみんな間違いだとは思えなかった。 「ナナカ、交渉は駄目だったけど、スイーツは食べていくんだろ」 「え、いいの? でも……」 「今日は珍しく僕が奢るから」 「ええっ!? 明日は雨ですね。というのはこういう時に使うのですね」 「いや、それは無理でしょ。金銭的に」 「どうしてナナカのほうが僕の財布の中身に詳しいんだ!?」 「会長さんは天然ですね。私にですらわかったというのに」 「気持ちだけもらっておくよ。あんがとシン」 僕らは、さっちん達が占拠していたテーブルに座った。 さっきの言い合いのせいか、お客さん達が僕らを注目しているような気がしたけど……自意識過剰だよね。 「ナナちゃん、かっこよかったよー」 「そんなことないって。スウィーツ的には正しかったけど……会計としては問題が多かった気が……」 「ああいうのには名誉会長として、ビシッと言うのがいいっすよ、びしっと」 「びしっと言い過ぎて先輩怒らして陸上部をおんだされたユミルが言うと説得力あんね」 「あはは。そんなこともあったっすね」 「そうだったのか」 「ユミルさんも、陸上部を辞めたんですか。仲間ですね」 「あ、そうだったんすか」 「あそこに私達の可能性はなかったんですよ」 「新作スイーツは注文しておいたからー」 「さっちんて、そういうとこだけは気が利くね」 「えへへー」 しばらくして、僕らの前にケーキがひとつずつ並ぶ。 ショコラの新作チョコレートケーキ『タルト・グアダラハラ』だ。 「ゴージャスっすね」 「『ウィンターデルリンデン』に似たのがあるけど、あれより、洗練された感じだよねー」 「あのさ……これ、チョコレート生地に金紙の切れ端が混じっているんだけど……」 「なーに言ってるのシン君。それは、金粉だよー」 「えええええええっっっ! じゃあこれを集めれば僕も一躍お大尽!?」 「シン君っておもしろいねー」 「高級ワインとかにも入っているそうですから、それほど驚くことでもないと思います」 「いや、でも、これ……高いんじゃないか? こんな高いモノ食べられないよ!」 「会長さん。誰も会長さんに払えと言ってないんですから。値段を気にしてはだめです」 「シン様は小心すぎるぜ」 「って、いたのかい!」 「あ、みんな。あんまり大きな声でしゃべらないほうがいいよー」 「周り見てみなよー」 気づけば、喫茶スペースに溢れているお客達の視線が僕らに集まっていた。 いや、僕らじゃなくて、ナナカひとりに。 みんな、こっちを見ないふりでちらちらとナナカを見ている。 誰もが息を呑み、しーんとしている。 でも、ナナカは周りの様子にはまるで気づかぬ風で、おしぼりで手を丁寧に拭いていた。 「これは……どういうことなの?」 「新作食べる時は、いつものことだよー。それにね、集音マイクで録られているから、不用意なことは話さないほうがいいよー」 さっちんが指差すほうを見ると、紙ナプキンに光る小さなナニかが取り付けてある。まさか小型マイク!? 「なんだかわくわくします」 「だよねー」 いつのまにか、品川のおばさんまでお客にまぎれこんでる! タメさんまでいる! いったいナニが起こるっていうんだ!? 「当店の新作、タルト・グアダラハラはどうかしら?」 声の方を見ると、冬華さんがいつのまにか僕らのかたわらに立ち、こちらを見下ろしていた。 「この優美なデザイン! そして、厳選した南米産の高級カカオ豆、グアダラハラを使用した繊細でかつ情熱的な風味のチョコレート」 「そしてしっかりと焼き上げてサクサクのビスケット生地の中には、カスタードを特許申請中の割合でくわえたガナッシュ!」 よほど新作ケーキに自信があるんだろうな。 「半年以上研究と試作と試食を重ねた新作ですの。うちの優秀なスタッフが真心と気合いをこめて作った自慢のスウィーツ」 「本場の有名ケーキ店にも勝るとも劣らない豪奢を、とくと味わいなさい」 冬華さんは勝ち誇ったようにナナカを見ている。 「もっとも、半可通な舌ではわからないかもしれませんけど」 挑発的な物言いに対して、ナナカはなんの反応も見せなかった。 僕が思わず、はっと見惚れるほど真剣な顔をしていた。 ナナカは手を合わせると静かに呟いた。 「いただきます」 それにつられるように僕らも―― 静まりかえる店内。異様な雰囲気。 店員さん達まで、こっちを心配げなまなざしで見ている。 ナナカは、実に優雅な手つきでタルト・グアダラハラを賞味していく。 僕は食べるのも忘れて、ナナカを見ていた。 銀色をしたフォークを操る指は、僕の背中をばしばしと叩く力から想像もつかないくらいほそく器用そうに見えた。 チョコレートに少し染まったくちびるはやわらかそうで。 長いまつげは細くてそろっていて、綺麗で。 ナナカの姿をこんなにもじっと見たのは初めてだった。 なんか不思議な気分。 まるで初めて見る女の子を前にしているようだった。 「会長さん」 「え、なに」 「食べないならください」 ロロットの皿はからっぽだった。 「……だめ」 「会長さんはケチですね」 色々と反論したかったけど、それよりも先に、僕はスイーツにとりかかった。 うん。うまい! すごくうまい! と、夢中になってフォークを動かしている間にも、ナナカのスイーツは小さくなっていき。 最後のひとかけらが唇にすいこまれていった。 「ふぅ……御馳走様でした」 ナナカのお皿には、何も残っていなかった。 「ねー、ナナちゃん」 とっくに食べ終わっていたさっちんが囁いた。 「おいしかったねー。何点くらいかなー?」 「……65点」 「ええっっ!?」 周りのお客さん達から沸き起こるどよめき。 「あいかわらず辛口っす!」 「勝負の世界は厳しいのですね。あ、なるほど、これが獅子は我が子を千尋の谷底へ突き落とす、ということですね」 「そもそも勝負の世界って何?」 「どうしてそんな低いの!? 半可通が偉そうに言わないで!」 あ、冬華さんがひきつってる。 「65点なら安泰だねー」 「60点切ったら危なかったっすけど」 「これでショコラも一安心だねー」 その言葉に、ギャラリーが一斉に頷いた。 「ど、どういうことなの?」 「低くないよ。アタシはおいしいと思う」 「なら、どうしてそんな低いのよ!」 「ガナッシュにほんの微量混ぜてあるバニラビーンズの隠し味がとても効いてる」 「パート・シュクレ……ビスケット状のタルト生地も、焼き色がしっかりついててさくさくしていて上等」 「デザインもチョコレート菓子が陥りがちな単調さを、フランボワーズが打ち消していていいと思う」 「……半可通というわけではないようね」 冬華さんの顔から、侮りの色が消え―― 「身銭切って食べてますから」 ナナカは冬華さんを見て、微笑んだ。 おおお! なんか、ナナカかっこいいよ! 単なるスイーツ中毒なのかとちょっと心配してたけど。単なるじゃなかったんだ! ソバ以外料理が出来ないヤツとは思えないよ! 「それって褒めてませんね」 「く、口に出してた?」 「ばっちりねー」 「65点かい、からいねぇ」 「でも、ナナカちゃんの判定だから順当なんだろ……じゃ、お墨付きが出たところで俺もひとつ喰ってみるか」 「じゃ、私もひとついただこうかねぇ」 周りの客席では、メールをどこかへ送る人あり。取り出したノートパソコンに何事か書き込んでる人あり。 ナナカの判定をどこかに送ってるとか……まさかね。 「そのまさかだよー」 「え……また口に出してた?」 「うん。でね、流星町では、この2,3年、ナナちゃんの出した点数が、洋菓子屋の絶対基準になってるんだよー。……本人は気づいてないけどねー」 「なんだってぇぇっ!?」 じゃあ、あのメールや、ノートパソコンに書き書きしてるのは……。 「シーっ。本人が気づいちゃったら、点数つけるの遠慮しちゃうかもしれないでしょー。だから、秘密なのー」 「じゃあ、60点切ったりしたら……」 「流星町の洋菓子好きの人は、そのスイーツを買わなくなるってことだねー」 ナナカおそるべし! 「さっきのはどういうことです?」 「チェーン店にありがちな問題のこと?」 「そうです」 「原材料について深く知らないってことだと思う」 「……どういうことです?」 「例えば、このビスケット生地に使う小麦粉。『ショコラ』規模のチェーンになると、原料費を抑えるために、小麦を大量に購入しているでしょ?」 「ええ……そうしていますけど。でも、有機栽培をしている農場とだけ契約していますけど」 「アタシが知ってる小さなお店はね……小麦粉の原料の小麦があるじゃない?」 「え、ええ」 「その小麦を栽培している農家の人の顔も、それがどんな土地で、季節ごとにどんな微妙な出来具合の差が生じるかも全部知ってケーキを作るんだ」 「そういったことを考えつつ、更に、その日の気温や湿度によって生地のこねかたやオーブンの微調整をしているんだよ」 「確かに……そういうきめ細かなことは、うちのような規模では無理ってことね」 「半可通と決めつけて悪かったわ」 「そんなことないって。アタシ半可通だもの。永遠に」 「だって、寿命が何年あったって、世界中のスウィーツを食べるなんて無理だもの。だから永遠に半可通」 「そうかもね……そうでなければいけないわね。よく忘れるけど」 「なんか和解が成立っしたぽいっすね」 「これが、雨降って血が溜まるってヤツですか」 「血がたまったらこわいよー」 「先程あなたは、洋菓子店の価値は、スウィーツの美味しさで決まるんだと、仰ってましたよね」 「なら、我がショコラ・ル・オールも、スウィーツの美味しさのみでその価値を示すといたしましょう」 「あ、はい」 「そちらの出した条件で、出店させていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」 「もちろんです! よろしくお願いします」 「ご協力感謝します! ありがとうございます!」 「いえ、こちらこそ。スウィーツは様々な方に食べてもらってこそですものね」 「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」 「はぁ……。一時はどうなることかと思ったけど、うまくいってよかった……」 「私達も協力したかいがあったよー」 「いやー、うまかったっす」 「有能な書記の存在も忘れてはだめです」 「いや、アンタら何もしてないから」 「そんなことないよ。注文しといたよー」 「精神的に支援してました」 「小腹が減ってっからクレープでも食うっすか?」 「……うわっ」 「うまくいってよかったじゃん!」 「って、いちいち叩かないでよ」 「はっはっは。スウィーツ関係者には悪人っていないよねっ」 そう言って笑うナナカは、いつものナナカで。 でも、ちょっとだけ違って見えた。 「で、と。俺の出店場所はここでいいんだよな?」 「はい。学園から3人手伝いを出すので、よろしくお願いします」 「で、何か問題が起こったらアタシのケータイに」 「いくら私が頼りになりそうだからって、私に連絡してはダメですから」 「そりゃ残念。でも、お嬢ちゃんの番号は知らないから連絡しようがねぇんだがな」 「当然です、教えてませんから」 「はっはっ」 「シン。なんか俺もわくわくして来たぜ」 「僕もですよ」 「正々堂々、学園に入るチャンスなんて滅多にないからな。ナンパでもしまくるか!」 「そんなことしたら、つまみ出すよ」 「きっついなぁ。ま、当日はよろしくな」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「ワクワクして、思わず夜更かししたり、抜いちまったりするなよ!」 「な、なに言ってるんですかタメさん!」 「抜くと言えば、尻子玉ですね!? 是非見たいです尻子玉」 「はっはっは。シンの尻子玉はこーんなにでっかいぞ」 「おう!」 「はいはい。アホな会話はこれくらいにして。ホント、当日よろしく」 「まかせとけって」 「ふぅ。これで出店してもらう店は、全部挨拶したな」 「えっと……全部チェックしました」 「じゃ、今日はこれで解散!」 「え、まだ早くないか?」 「そんなことないって、明日は準備のために早起きしなくちゃだしね」 「いや、なんか引っかかってるんだよ……」 「気のせい気のせい」 「ちょーっと待ってください、重要な件が残っています」 「重要な件?」 「尻子玉ってなんなんですか?」 「まだ言うかこの子は!」 「私の想像では、ゴルフボール大の赤い玉なのですが。で、あんみつにつくサクランボウみたいに、ヌレヌレと濡れているのではないかと」 「……具体的な想像すな!」 「それだっ」 「やはり尻子玉は、私の想像通りだったんですか!」 「いや、そっちじゃなくて、あんみつ」 「あんみつがどうかしたの?」 「商店街を挨拶回りしてて、ずっと頭に引っかかってたんだけど……なんかあちこちの店が飛ばされてる感じがしたんだよ」 「……気のせいだよ気のせい」 「ロロット。リスト見せて」 「尻子玉はどうなるんですか?」 「それはあと。あ、やっぱり……和菓子屋が一軒も入ってない!」 「今からだと急だけど、和菓子屋さんにも出店を頼むのはどうかな?」 「あんみつ食べ放題ですね!」 「それはともかく……というわけでナナカに頼みがあるんだけど」 「さぁて、今日はこれで解散して明日のキラフェスに備えなくちゃ」 「なにをごまかそうとしてる」 「いや、その、あの」 「確か、夕霧庵ってデザートにあんみつを出してたよね」 「記憶にないなぁ」 「気の毒に。その若さで若年性健忘症ですか。あ、でも若いから若年性なんですね」 「あれってさ。『はなむら』が納入してるって、ナナカの親父さんから聞いたことあるよ」 「……おやじはいい加減だから信じないほうがいいって」 「いや。『はなむら』のご主人の彦一さんと親父さんが、縁台で囲碁指してる時に、聞いたから間違いないって」 「く……余計なことを、へぼ囲碁うちが……」 「というわけで、親父さんから話を通してもらって、『はなむら』だけでも、出店してもらえるよう交渉したいんだけど」 「いや」 「いやってなんだよ、それは」 「お菓子はスウィーツだけでいいの! 和菓子なんていらないやい!」 「思いっきり個人的理由ですね。これぞ、無理が通れば道理ひっこむ」 「なんかそれ、微妙に違うって。でも、ナナカだって、自分のうちではあんみつぱくぱく食べてたじゃん」 「それは言わない約束!」 「つーかさ、御陵先輩とそりが合わないからって、和菓子まで悪く言うのはどうよ?」 「やっぱり個人的理由です!」 「と、とにかく! キラフェスも間近だし、今さら場所だってないし、無理無理無理!」 「もしかして……ナナカ、和菓子系はみんなわざとスルーして、出店スペースも埋めて置いたな!」 「ぎくぅっ」 「ぎくり、とするなよナナカ……」 「ぎくりとなんてしてないやい。でも、現実問題として、もう無理! 無理っていったら無理なの!」 「でも、人脈があるわけだし。1店舗くらいスペース確保出来るでしょ。ね、ロロット」 「了解しました! 最初から失敗はくっきりはっきり見えていますが、玉砕覚悟でやってみます! 大船に乗ったつもりでどーんと任せてください!」 「……聖沙に頼めばなんとかしてくれるだろうし、和菓子が好きな人だって結構いるんだから、ナナカの意地だけでそういう人の楽しみを減らすのは――」 「そんなヤツはこの世にいなーい!」 「大きくでましたね会計さん。でも、言ったそばから崩れてますけど」 「ぶぶづけ!」 「スウィーツ同好会のにっくきライバル、和菓子倶楽部の代表者だよ!」 「ああ、御陵先輩か。リア先輩とよくいる」 「違う、ぶぶづけ!」 「あいつは人間じゃないからいいんだい!」 「それは差別です。この世界には天使や魔族だっているんです。あ、もちろん、私は天使じゃないですからね」 「それ以前に、人間だろう先輩は」 「ナナカが嫌だって言うなら、御陵先輩に協力してもらおう」 「ぶーぶー」 「先輩なら、和菓子屋に顔が利きそうだし」 「なるほど、医者の不養生ってやつですね」 「なにから突っ込んでいいものやら」 「それを言うならもちはもち屋だぜ」 「あんなヤツの助けを借りるなら首くくるからね!」 「なるほど。なら私は思わず足を引っ張ります」 「誰が死ぬか! あのね、そもそもあの女に交渉を頼むのが無理なの。なんてってもぶぶづけは和菓子屋に嫌われてるから」 「ほら、見てみな」 と和菓子屋を指差すナナカ。 店内にあるお座敷風の小さな喫茶コーナーには、きちんと正座した御陵先輩。 彦一さんが、そこに和菓子を運んできたところだった。 「うわ。おいしそうですね」 「黄色っぽいから……卵が使ってある系のお菓子かな?」 「ほら、シン。今、彦一のおっさんが、ヤツに上目遣いで怯えながらお伺いを立ててるでしょう」 「単に穏やかに挨拶してるだけに見えるけど……」 「かぁっ。観察力が足りない! ほら、ヤツがなんか偉そうに答えたでしょう」 「ああっ、おっさんがひたすらへいこらひれ伏してる!」 「感想を聞かれたんで、穏やかに答えてるだけに見えるけど」 「きっと、容赦なくこきおろしたんだ! なんてひどい女!」 「和菓子なんてものを作ってはいても、食べ物を作る人にはそれなりの敬意を払うべきなのに! なんて無礼なヤツ!」 「観察力じゃねぇな、妄想力だぜ」 「坊主にくけりゃ〈今朝〉《》まで憎い。朝までずっと憎くて眠れなくなってしまいます」 「前半は同感だが、後半はわけがわからないから」 「ああやって容赦なくこきおろしたあげくに、まずかったことを町内にばらすとか言って、見返りにただでたかったりしてるんだよ! 間違いないね!」 「その確信がどこからくるかのほうが不思議だよ」 「電波を受信してるんだと思うぜ」 「ね、ひどいでしょう。アタシの睨んだとこじゃ、逆においしいって評判を立ててやるからとかうまいこと言って、身銭切らずに菓子をむさぼってるに違いないよ!」 「きっと、自分がこの町の和菓子屋のJIS規格かなんかだと思ってるんだ! 許せないよね!」 いや、そういうナナカこそ、この町の洋菓子のJIS規格じゃないか。 「でもさ、ナナカ。仮にナナカのいうとおりだったとすれば、御陵先輩なら和菓子屋さんを出店させるのは簡単なはずだと思うけど」 「シンは、出店を増やすために悪の力を借りようっていうの! そんなの正義の味方のやることじゃないやい!」 「クルセイダースは副業ですから」 「それ以前に、御陵先輩は悪じゃないでしょ」 「あれ。みなさんおそろいで。こんにちは」 「ふん」 「ふふ。その態度はあまりに大人げないどすな」 「く……こんにちは」 「あの、御陵先輩、頼みがあるんですけど。聞くだけ聞いて貰えませんか?」 「リーアのかわいがってる会長はんがわざわざ頼まはることやし、出来る限り引き受けるさかい、言っとくれやす」 「こんなヤツに頼むこと無いって」 「うちに頼み事があるのは会長さんえ。外野は口ださんとき」 「外野じゃないやい! アタシも生徒会の役員だい」 「なるほど、つまり、生徒会絡みのお話なんや。もしかして……明日のキラフェスのことどすか?」 「ええ、そうです。御陵先輩は、流星町の和菓子屋さんに顔が利くと思うんですが、どうですか?」 「そちらの会計はんが、洋菓子店に顔が利くほどには利きまへんが……よう買うてるさかいに、少々ならお役に立てるかもしれまへんな」 「さんざん和菓子屋脅して――もがもがもが」 僕はナナカの口を塞ぎつつ、 「実は……恥ずかしいことですが、キラフェスに和菓子屋の出店がないことに今さら気づいたんですよ」 「ですから、今からでも、出店してもらえるように交渉しようと思うんです。その際に、先輩の力をお借りしたいと」 「ええよ。と、言いたいとこやけど……」 「キラフェスまでとは、これまた急な話どすなぁ」 「そうですよね……」 「そこでタイムマシンの出番ですよ!」 「どこにあるんだよそんなの」 「ええと……それは、こういう時に便利なセリフがあるとガイドブックに」 「でも、うちは和菓子屋はん達からえろう恐れられているらしゅうので、ちょっと口を利けば、なんとかなるかもしれまへんえ」 「ほら、シン! ホントだったでしょ!」 「ううっ、生徒会長としてここはどうするべきなのか!? 少々あやしげな力の助けを借りてもキラフェスを盛り上げるべきなのか!? それとも正義を貫くか!?」 「なんて、嘘どすけど」 「そ、そうですか」 「もしかして……そちらのお人がそないなこと言うてましたん?」 「アタシが根も葉もないこと言ってるみたいに言うな! シン、こんなヤツのいうこと信じちゃだめだからね」 「それは、みんなの心の中にある。多目的に使えるいいセリフです」 「……なにが」 「もちろん、タイムマシンがです」 「わざわざ御丁寧に調べてはったんか。面白い子やね」 「面白いじゃなくて、真面目だと言ってください」 「他には、ハツカネズミと人間の言葉が色々ある中で一番哀しいのは『だったのに』だとか」 「私は知識の泉ですからどんどん聞いてください」 「いや、そういう豆知識はいいから」 「急な話で本当にすいませんが。ひとつ頼まれてくれませんか」 「そない頼まれたら、無下に断れまへんな、リーアがねぶるように可愛がってはる会長はんの頼みやし」 「シン……可愛がられてるの!? しかもねぶるように!」 「ねぶる……? それって、全身をなめられることですか?」 「全身はなめられていないけど、可愛がられてはいるかも」 「素で返したよこの人!」 「ええわ。そういう素直な反応。ややこしなくて心が洗われるわ。引き受けさせてもらいますわ」 「ふっふっふ。無駄だからやめときな」 「これは異な事を言わはる。なんで無駄やの?」 「ぶぶづけひとりが困るなら何も言わないで済ます所だけど、シンまで困ったことになったら嫌だから言ってあげる」 「どうせ、明日なんだから今から交渉したって間に合いっこないもんね! それにそもそも場所だって全部埋まってるし!」 「しまったそうだった」 「なるほど。あんたはんが事前にそういう手を打ってはったんか。いけずや」 「アタシが画策したわけじゃないもん! もう遅いってだけ!」 「一週間前だったら、話はちごうて来ると思うんやけど」 「いよいよ、タイムマシンですね! どこにあるんですか!」 「それはもちろん、あんたはんの心の中にあるんえ」 「もしかして、私の心から引き抜くんですか! 痛そうです!」 「タイムマシンなんてあるわけないじゃん」 「少なくとも今はまだどこにもないさかい。うちが使ったんは、同じSFでも、予知能力なんえ」 「予知能力……」 「アンタやっぱり人間じゃなかったの!」 「一週間ばかり前のことやったなぁ……リーアにあんじょー頼まれましてな」 「何をですか?」 「和菓子屋はん達との交渉」 「一週間前にタイムスリップしたリア先輩が、頼んだんですね!」 「その話題から離れようね」 「リーアに、下手な訛りで『あんじょー頼むわ』なんて言われはったら、断れるわけありまへんえ」 ナナカは和菓子屋さんと絶対交渉しそうもないからな。ありがとう先輩。 「場所はどうすんの! 今から確保なんて出来ないでしょ!」 「リーアが別の名目で確保してくれてるという話どす」 「うちに頭さげることないんえ。感謝せなあかん相手はリーアやし」 「それなら最初から言えばいいじゃん!」 「でも、一週間前にこうしてる言うたら、反対したんやない?」 「そんなことない! そりゃ文句くらいは言ったかもだし、アタシ個人は和菓子はイヤだけど、出店の幅が拡がるのはいいことだから」 「そないかんかんにならんとき、あんたはんが反対した言わはるんは冗談やし」 「アタシが怒ってるのはそっちじゃないの!」 「アタシと今日、会った時には、全部済んでたんでしょ!」 「そんなら引き受けるとか引き受けないとかごたごたねちょねちょ話をする前に、リア先輩から頼まれてたって、ぱぱぱっと言え!」 「なんかアタシ、悪者じゃない……」 「だって、そないしたら、話があんじょー楽しめないさかい。うちは、あんたはんと話すの気に入ってるやし」 「アタシはイヤ」 「典型的な片思いですね」 「そうやね。悲劇的やわ。涙こぼれてしまうわ」 「どこが悲劇だ!」 「ぶぶづけ。アンタってやっぱり嫌みなヤツだ」 「うちは聖人君子なんやけど……わかってもらえないのは哀しどすなぁ」 「アンタが聖人君子なら、アタシなんて神様だね」 「……結構、仲がいいのでは?」 「なっ」 「会話のテンポがぴったりですね」 「ロロちゃん、耳のお医者さんに行ったほうがいいよ」 「そうなんや。実はこう見えてつーかーなんよ」 「ウソつけーッ!」 「はーい、みなさんお茶ですよ♡」 設営の合間に休憩たーいむ。戦士の休息。 「そういえば……ナナカさんと咲良クンは幼馴染みなのよね」 「それくらい覚えておけよ。ヒス」 「確認しただけよ!」 「なにかきっかけとかあったの?」 「孵化した時、たまたま隣にいたに決まってるよ」 「……アタシら人間なんで」 「ナナカの親父さんと、うちの父さんが友達で、僕らが生まれる前から、家族ぐるみでつきあってたから」 「同類相哀れむというヤツですね」 「間違ってると思うよ」 「考えてみれば、生まれた時からほとんど一緒だね」 「それは模範的な幼馴染みですね」 「えへん。参ったか!」 「そこは威張るとこじゃないだろう」 「いや、これだけ一緒にいるってちょっとすごいじゃん」 「お互い飽きてんだぜ」 「飽きたら100年くらい遭わないのがいいよ。そうすると久しぶりに会った時――」 「新鮮な気持ちになれるのね」 「うん。お互い顔も名前も忘れてるからチョー新鮮!」 「……頭痛い」 「別に飽きたとかはないなぁ。ほとんど家族みたいなもんだし」 「まぁそうだね。そうそう家族家族」 「ふふふ。井の中の蛙大海を知らずとはこのことですね」 「あのね。ロロットちゃん。たまには一般的な辞書とかも参考にしたほうがよいと思うよ」 「私の幼馴染みも負けてませんよ。生まれた時から一緒ですから!」 「……無視されると悲しいね」 「そんなことありません! 私だけはいつでもしっかり聞いています♡」 「俺様だってリアちゃんの言葉は、そのかぐわしい吐息まで残らず聞いてるぜ!」 「なんですって! 私だってそれくらい聞いてるわ!」 「すごーい。二人とも耳いいんだぁ!」 「そこまで聞かなくていいよ」 「それだけ付き合いが長いと、幼い頃の思い出とかいっぱいあるんでしょうね。わくわく」 「わくわく?」 「会長さんに関するおもしろエピソード、聞きたいです」 「おもしろエピソードねぇ……」 「咲良クンなら、粗忽なエピソードが多そうね」 「いやぁ、僕の人生なんて平凡だし」 一番のサプライズは魔王だったことだけど。言えないし。 「会計さん。ここは幼馴染みの意地をかけて何かおもしろエピソードを!」 「まさか無いなんてことはありませんよね? 幼馴染みなんですから」 「あー、シンってば小さいころ、変身ヒーローにはまって、風呂敷を肩にかけてうちの2階から飛び降りたことがあったなぁ」 「また子供じみたことを」 「まぁ子供だから」 「良く覚えてたなそんなこと」 「その時、ナナカちゃんはどうしてたの?」 「飛べないだろうなぁ、と思って、見てた」 「止めなさいよ」 「でも、ほら、万が一飛べたら面白いじゃん」 「飛べません」 「飛べるよ。簡単だよ」 「魔族だからでしょ!」 「でも、そのあと、ナナカが泣きながら助けを呼んできてくれたんだよね」 「鬼の目にも涙ですか」 「誰が鬼じゃ」 「へぇ、ナナカちゃんが泣いたのか〜」 「いくらナナカさんでも泣きますよ。たぶん」 「へー。ナナカでも泣くんだ」 「あの……みなさん、アタシをどんな人間と思ってるのか一度聞きたいところなんですけど」 「もしかしてシン君重傷?」 「そんなたいしたことなかったですよ」 「いや、でもさ、シンの足、人間とは思えない方向に曲がってた。つまさきが後ろ向いてた」 「……思わず想像しちゃったよ」 「あの時は痛かったなぁ」 「カイチョーって軟弱者。二階から落ちたくらいでそんなになるなんて」 「アンタとは違うから」 「それで入院することになっちゃってさ」 「毎日、ナナカちゃんがお見舞いに来てくれたんだね」 「……どうだったかな?」 「一週間に二度くらいだったような……」 「そう……だったっけ?」 「幼馴染みにしては薄情ですね」 「そうね、二階から飛び降りても止めないし」 「止めないよ。二階ってせいぜい背の高さの倍でしょ?」 「アンタ魔族でしょう。しかも飛べるし」 「でも、週に二度来て親身に世話してくれたんだよね?」 「ナナカは、差し入れの果物をいつも食べてたなぁ」 「あ〜〜」 「剥いてあげたんじゃん!」 「うん。でも、ナナカのほうがいっぱい食べてた」 「だって、アンタってばこっちがせっかく剥いたのに、あまり食べなかったじゃん」 「だから残しちゃもったいないって思って」 「ナナカが本当にうまそうに食べてたから」 「アタシのせいだって言うのか!」 「美味しいものがそこにあったんだから仕方ないね」 「病人のお見舞いの品でしょう」 「まぁ、でも、子供だったんだし……」 「他に入院中の微笑ましいエピソードってないんですか?」 「そんなにないよ。一ヶ月もかからず退院したし」 「……そういえば!」 「ナナカはベッドが珍しかったらしくて、ベッドの上でよく飛び跳ねてた」 「可愛らしい〜」 「シンの足の上に着地しちゃったこともあったよね」 「あれは痛かった」 「いきなり微笑ましくなくなったわ……それ以前にしないわよ普通」 「するよ普通」 「ほら、それはその……子供だから」 「いいですか。子供だからといって何でも許されるというものではありません。三つ子の魂百までと言いますし」 「ナナカの家は布団だから! スプリングの感触が珍しかったんだよ!」 「そ、そうそう! 珍しかったんじゃしょうがないよね」 「それに子供だから仕方ないよ」 「お姉さまがそうおっしゃるなら、そうですよね」 「先輩さんがそう言うなら、仕方ないですね」 「って、みんな当事者の言葉じゃないのに納得してる!」 「リア先輩の言葉ですから」 「リア先輩の仰ってることだし」 「先輩さんがそう言ってるんですし」 「リアちゃんの言葉だぜ」 「まぁまぁ丸く収まったからいいじゃないか」 「なんか納得いかないぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっ!」 いよいよキラフェスは明日! 「きゅう……書類書類書類で目が回ります……」 羽まで出てるし。 「ちょっと休んだら?」 「しょうがないわね。倒れられても困るし」 「ククク……心配だと言えばいいのによ。ヒスはまるでヤマアラシだぜ」 「う、うるさいわね!」 「羽が出てるくらいだからなぁ。無理しないほうが」 「は、羽!?」 「空気が読めない女だぜ」 「ご、ごめんロロちゃん。アタシも疲れてるみたい、見間違い」 「羽なんかないよ。うん。ないない」 「あー、ないですねどこにも」 「あ、あり得ないわね」 「みなさん、疲れてるからってミスしないでくださいねっ」 「また羽だしてる! どじー」 「あれー? みんなどうしたの? ほら、ここに羽あるじゃ――」 「ホントに疲れてるらしいね! なんか幻聴が聞こえた!」 「もがもが!」 「幻聴じゃありません! 私にも聞こえました!」 「あー。僕にも聞こえちゃったよ。これが噂の集団幻聴ってヤツだね」 「もがもが……!」 「あ、あれね。もちろん知ってるわ! 集団幻聴くらい」 「そ、そうだね。聞いたことはあったけど、体験したのは初めてだったよ。ちょっと休憩しようね」 「もが……」 「なんだそうだったんですか。そうですよね。私に羽なんかあるわけないですからね」 「きゅう……ガクッ」 ぐったりしたサリーちゃんを、ナナカと僕とでソファにそっと寝かせた。 南無。 「去年もこんな感じだったんですか?」 「うーん……。去年より忙しいかな?」 「出店者が増えてるからじゃん?」 「おー、なるほど」 「働かざる者喰うべからずですから、いいことです」 「でも、私は働かずに食べてしまいますけど!」 「胸張っていうことじゃないでしょ」 「ねぇ、大丈夫かなサリーちゃん」 「ええと、魔族だし」 「そ、そうだよね!」 「ええと、ほらさ。年末を思い出すなぁ」 「なぜ年末なの?」 「うちって、蕎麦屋じゃん? だから年越しソバで」 「ああ、そうだね、お蕎麦屋さんは」 「まぁ、そんなわけで、アタシは勤労少女なのさ」 「ホントですかぁ?」 「ホントだって」 「ナナカは実家の手伝いよくしてるもんね」 「人は見かけによらないのですね〜」 「そーだよ!」 「回復早いのね」 「アタシなんか空飛んでるから誤解されまくり。ふわふわしてる怠け者だって!」 「それが真実でしょう」 「なんだとっ。こんなにばりばりセートカイ手伝ってるのに!」 「アンタが働いてるの見たことないし」 「そんなにはっきりと言わなくても」 「能ない鷹は爪にマニキュアというヤツですね」 「いろいろと……言葉が崩壊してるよ」 「でも、なんとなく伝わって来るわ」 「アタシやっぱり誤解されてるよ!」 「いや、とっても理解されてると思うね」 「みんなひどいよっ!」 「行ってしまいましたね……」 「やっぱり働かないじゃん」 「そろそろ作業を再開しようか」 「そうだね」 「よーし、頑張るぞ!」 「おー、です」 「ええっと、その……餡、ゼリー、アーモンド、だっけ?」 「Angelic Agentですよ、会計さん。じいやと一生懸命考えたんですから、忘れないで下さい」 「なるほど、エージェントなわけだ」 「そのエンジェリックエージェントってさ。具体的には何やんの?」 「ボランティアだから、町内のゴミ拾いとか近郊の奉仕活動とかかな」 「待った!!」 「いきなりそんな大それたことが出来るわけないでしょう」 「今さっき発足したばかりの団体よ。実績もないんだから外部を巻き込む活動は許されないわ」 「そ、そうなんですか……」 「ククク……さすが、ヒス。いちゃもんつけては、誰彼構わず噛みつく奴だぜ」 「か、可愛いくせに言ってくれるじゃない」 「パンダさん……」 「ククク……惚れても無駄だぜ。俺様はリアちゃん一筋!」 「パンダさんにフォローされるなんて……情けないです、しくしく」 「学園外がだめなら、学園内でご奉仕すれば?」 「おお、それは素晴らしいアイディアです!!」 「って、ことで良かった?」 「え? あ、うん。そ、そうよ!」 「学校になら困ってる人もいるだろうしね」 「よし! 早速、困ったちゃんを捕まえにレッツGO!」 「ちょっと待って下さい」 「ただ当てもなく探すのは効率が良くありません。今の時代は情報戦なのです!」 「そっ、そうなのかー」 「それもまたガイドブックに?」 「はい、心のバイブルですから。それでですね。実はもう作戦を考えているのですよ」 「名付けて『新チラシ大作戦』です!」 「『でっつでっつでっつでっつ、でってー♪』」 「『新』って旧があったの?」 「ありませんけど、おニューの方がいいじゃないですか」 「新企画だしね」 「うふふ 作戦名を聞いて、みなさん何をするのかわからずドキドキ〜って顔をしてます!」 「丸わかりなんですが」 「聞かせて聞かせて♪」 「はい! まずはチラシを作ります。それを全校の至るところに貼りましょう!」 「オッケー。で、どれくらい作る?」 「ええっと、ええっと……」 「クラスに1枚は必要として、廊下の掲示板が数十カ所。あとは屋外の施設や掲示板が数カ所ってとこかな」 「だそうです」 「まずは印刷の元になるものを作らなくっちゃね」 「今日はそれをみんなで作ろうと思います!」 「準備は出来てるの?」 「もちろんですよ! よっこいしょ」 「うは! これ、引き継ぎで除けといた古い資料じゃない。廃品回収に出さなかったの?」 「はい。裏面がもったいないので使っちゃいましょう」 「おお、素晴らしきリサイクルかな」 「まずはキャッチフレーズですね」 「これはどう? 『働けど、金は無く泣く、ボランティア』」 「却下」 「『あなたに天使の微笑みを。未来、そして永遠の羽ばたきをあなたへ送ります』」 「キャッチセールスやスパムメールにありがちな怪しさがプンプンしてるぜ」 「不純なものはいけませんよ。エンジェリックの名に相応しいものをお願いします」 「そ、そんな〜」 「『ニーズをキャッチ! よい行いを選んで投げる! これで、どう〜だ!』」 「ええっと、普通でいいんじゃないかな」 「『あなたの街のお助け団、八百万の悩み相談承ります』。サラサラサラっと」 「お〜〜。キレイな字だね」 「えへへ。こう見えてもちゃんとした書記ですから♪」 「けどさ。なんか文字だけってのも、なんとなく味気なくない?」 「じゃあ、絵を描いてみるってのは、どうかな?」 「それはナイスアイディアですね!!」 「んふふ〜〜♪」 「先輩がご機嫌だ」 「やる気も満々だ」 「ええっと。それで、誰が描くのかしら?」 「もちろん、皆さん全員ですよ!!」 「では、みなさん。よーい、ドンです」 「なんかいいモチーフは無いかしら」 「パッキー。ちょっと、こっちおいで」 「る〜〜♪ るる〜〜♪」 「天使、天使、天使……」 「くしゅん! 誰かが噂してます〜」 「うん、いいね! そのポーズ」 「ああ、動いちゃダメ!」 「天使様……とっても素敵な天使がいいわね……」 「おっ、なんか天使っぽくなってきたぞ」 「うふふっ。みんな楽しそう」 「天使のことなら、私にお任せ下さいっ」 「天使なんだから当然だぜ」 「ひいっ! もう、いい加減にしないと、顔にイタズラ描きしちゃいますよ!」 「あ、ごめん! もうしちゃった」 「天使と言えば、やっぱり羽だよね。全てを優しく包み込んでくれる大きな翼!」 「ああ、イマジネーションがどんどんと膨らむわ〜」 「輪っかは……」 「つけなくてよし」 「どうして私を見て言うんですかっ」 「ねえ、パッキー。アンタ、もうちょっと天使らしくならない?」 「無茶言うぜ」 「そこまで!」 「では、発表に移ろうと思います。皆さん、拍手」 「では、まず会計さんからどうぞ」 「はい! パッキーをモデルにして描きました!」 「天使とは正反対なんだけど……」 「ちょっと、WANTEDってどういうことよ!? 可哀想じゃない!!」 「指名手配書だね。 賞金はゼロ円って」 「悪人を懲らしめるという意味ですね。悪くはありませんが、それはクルセイダースのお仕事ですよ」 「そっか。 じゃあ、そっちに使おうか」 「ひどすぎるぜ」 「哀れなパッキーさん……」 「まあまあ、人気者は辛いよってこと!」 「ケッ、なんの慰めにもならねーぜ」 「元気出してね」 「リアちゃん大好き!」 「なんだ、そりゃ!?」 「次は、副会長さんです」 「すごい書き込んでたしね。どんなのか楽しみ〜」 「あれだけ集中してたもん。きっと、すっごいのが出てくるよ」 「ムムム、僕だって負けないぞ」 「印象主義か象徴主義か……さてさて、どちらでしょう?」 「な……なんてプレッシャー。この場でこんなものを出したら笑われちゃうわっ」 「えーコホン。 私の作品は他の方に遠く及ばないものと判断し、自ら棄却いたします」 「ええ〜〜」 「ホッ。これで一安心」 「それは負けを認めることになるんだぜ。それをお前自身が許せるのか?」 「ぐっ……」 「あ、チョー可愛い♡」 「ああ、なんて勿体ない……」 「悔しいけど、今回の勝負に限り負けを認めるわ」 「てか、勝負してないし」 「まったく愚かな行いです。では会長さん、お願いします」 「ふふふ。今日のは自信作だよ」 「これは、貧乏神?」 「天使だよっ」 「あまりにも幸が薄そうだけど……」 「せめて、この頭につけてる〈天冠〉《てんがん》が無ければね」 「あとちゃんと大事なところは隠してください。恥ずかしいじゃないですか〜」 「そっ、そんなこと言われるとこっちが恥ずかしくなるよ……」 「アホだ」 「とても天使に見えないけれど……」 「会長さん。残念ですが、これはノーグッドということで」 「お次は、先輩さんですね」 「えっへん。 結構、自信作なんだ」 「やっぱり凄いのが来たっ!」 「先輩、羽はどこに……?」 「ん? これだよ」 「ど、どこでしょう?」 「ここ、ここ」 「さっきと指してるトコが違う……」 「うん。天使だもの。羽がいっぱいあるでしょ?」 「これが先輩さんの抱いてるイメージですか」 「うん。清くて荘厳な、優しい感じがうまく表現できたと思うんだ」 「そんなに自信満々で言われると何も言えません……」 「だまし絵だったりするんじゃない? 逆さまにしたり、目を細めたりしてさ」 「だましてどーする」 「けど、チラシいっぱいに描かれてるので、文字を入れる場所がありません。残念ですが、これは使えませんね」 「あらら、失敗。夢中になりすぎちゃった、てへ」 「最後はロロットさん?」 「私のはこちらになります」 「おお、可愛らしい。天使の羽だね」 「実はですね。これはアニメするんですよ」 「あ、ぴこぴこしてる」 「チラシをめくることで、地味に楽しめるというわけです」 「すごい仕掛けだね! トランプマンもびっくりだ!」 「けど、紙がもったいないので、ここでしか使いませんけどね」 「あらそう」 「これで全員出揃ったかな?」 「では、改めて多数決を取りたいと思います」 「僕はロロットのが一番いいと思うな」 「うんうん。まさにエンジェル団って感じだし」 「可愛らしくて、とっても素敵」 「これはもうロロットさんので決まりね」 「異議なし!」 「わああ。みなさん、選んでいただいてありがとうございます!」 「良かったね、ロロットちゃん」 「おめでとう」 「えへへ。なんだか照れちゃいますね」 「じゃあさっそく印刷に取りかかるわよ」 「ああ、ダメですよ! それはまだ下書きですから、ちゃんと清書しなくては」 「さあ、これからが本番ですよ!」 「ま、まだやるんだ……」 張り紙作戦の甲斐もあって、さっそく依頼がやってきた。 「園芸部さんから『エダウチ』のお手伝いをして欲しいとのことです」 「枝打ちね。苗木が成長すると枝が生えてくるでしょ。放っておくと日当たりが悪くなったり、枯れた時に病気や害虫が入ってきちゃうんだ」 「そうなる前に枝をなくしちゃうってことか」 「枝があると風で不用意に折れたり、雪が積もったりと苗木に悪影響が多くなるからね」 「へえ〜。さっすがガーデナー」 「おお、そういう素敵なお仕事だったんですか!」 「知らないで引き受けたの?」 「筋さえ通っていれば、問答無用で承ります。それが私達、Angelic Agentなのですよ」 他に依頼がなかったという話もある。 「確かに、この学園の苗木を全部見て回るのは、かなり大変な作業だからね〜」 「孫の手でも借りたいとは、まさにこのことですね」 「園芸部の人達は?」 「既に別の場所で任務遂行中です。私達も負けじと頑張りましょう!」 「で、実際に何をすればいいのかな?」 「腕で豪快にポキッと!! バキッと!!」 「だめですよ! それでは苗木に傷がついてしまいます!」 「じゃあ、どうするの?」 「お待たせ〜」 「誰も待ってないよ。ていうか、早!」 家から持ってきた日曜大工セットを広げる。 「これが手ノコ。切る位置が正確だから、幹に傷をつける心配も少ないね」 「おおーー! では、さっそく切ってきますね!」 ちょい高めにある小さな枝に向かって、ロロットが幹にしがみついた。 しかし、そこでじたばたとしている。 「登れません……」 「脚立持ってきた!」 「早!」 「これなら大丈夫ですね。では行ってきます!」 楽しそうに脚立を駆け上がる。勢いがいいもんだからグラグラと揺れるのなんの。 「ああ〜〜っ!」 「危ない、危ない」 「ゆっくり、ちゃんと登らないと。踏み外したら大変だよ」 リア先輩と一緒に、脚立を押さえる。 「大丈――」 「ぶ!?」 不意に見上げて、僕は思わず赤面してしまう。 ロロットのスカートの中が丸見えで、可愛らしい下着が目に焼き付いてしまったのだっ。 いかんいかん!  と、僕は慌ててそっぽを向いたが、その先に。 「じとー」 「エルデッ!!」 選手交代。 「ロロットー。その辺りにある枝をやってみようか。あんまり根元から切らないようにしてね」 「本当に大丈夫かしら……」 「大丈夫だって」 ロロットは脚立のてっぺんで周囲を見渡している。 「なんだか高い所にいると、と〜っても偉くなった気分になれます」 「わかったから、早く作業を進めなさいよ。後がいっぱいつかえてるんだから」 「副会長さんも早く登りたいんですね」 「な――!? そんなわけないでしょ!」 「馬鹿と煙はなんとやらだぜ」 「嫌いじゃないけど、そこまで好きじゃありません!」 認めちゃっていいのかな? 「では、いきます」 「引くときに力を入れてね。ゆっくり優しく」 「ん……しょ、ん〜〜〜っしょ」 「ペッペ!」 下にいる人は切りくずが落ちてきて大変だ。 「あらあら」 リア先輩の側には落ちてこないようで、ナナカの頭を払ってあげている。 「あっ、あっ、ああ〜っ、もうちょっと、もうちょっとでいけそうですっ」 「がんばれ、ロロットー」 「ふぬっ」 気合いと同時に、小枝がポキンと折れた。 小枝が落ちていき、下にいるナナカの頭にこつんと当たってしまう。 「よしよし」 リア先輩が、その頭を撫でてあげていた。 「バッチリだよ!」 「ナナカもお疲れさま」 「えぅー」 「じゃあ次よ。早く降りてらっしゃい」 「降りる……」 ロロットが地面を見下ろすと、晴れやかな顔が青に染まる。 「ひえええ」 「行きはよいよい、帰りはアラララァ」 「猫じゃあるまいし」 「好奇心が裏目に出たわね。けど、そこにずっといるわけにも行かないでしょ。勇気を出して降りてらっしゃい」 「そっ、そんなことを言われても〜〜無理ですよー!」 「大丈夫。いざとなったら、ちゃんと受け止めるから!」 「シンが」 「僕が!?」 「さっすが。やっぱり男の子は頼りになるね」 「男子なら、それくらいのことが出来て当然よ」 ムムム、これはやるしかないのかっ。 「か、会長さ〜ん。絶対に、絶対に助けてくださいね」 「ははは……。わかったよ」 どうせ脚立を降りるだけだし、いざという時なんて来るはずもないだろう。 「ちゃんと受け止めてくださいね。じゃあ、行きます!」 「えいって、アーッ!」 ロロットが僕目がけて飛び降りてきた。 不意を突かれたが、両手を伸ばしてロロットの身体を抱き留めようとする。 一瞬、とっても柔らかい膨らみがぴったりと手の平に収まった。 だが、その感触に気を取られる間もなく、すぐに重い衝撃が身体全体にのしかかってくる。 そのまま敢えなく押し倒されてしまった。 「あいたたた……」 僕の腹上に跨ったロロットが目をパチクリとさせている。なんと僕はあのまま、ロロットの両胸を鷲づかみにしていた。 ぐにゅっとなだらかな胸が指の圧力で歪む。 触れるだけでとても幸せな気持ちになってくるけど、こっ、これは……いかんよ! 「か、会長さん……くすぐったいです」 「ごっ、ごめんっ、これはわざとじゃなくて、その……」 両手を離したら、胸がぷるんと揺れたっ。 ああ、今度はロロットの柔らかいお尻がお腹の上にあるのが――って、生徒会長がこんなことを考えたら、いかんいかん! 「だ、大丈夫……?」 ロロットの肩をがっしと掴んで起き上がる。 「ふう……ドキドキしちゃいました」 そ、それは飛び降りるのと、胸を触られるのとどっちでドキドキしたんだろう……。 「ロロちゃん。飛び降りちゃダメでしょ。ちゃんとハシゴを下りてこなくちゃ」 「今度は私がやるわ。危なくて見てられないもの」 「くすくす。そんなにやりたかったんだね」 「ちっ、違いますよ!」 ホッ……みんな気づいてないみたいだ。 「ねえ、シン。ロロちゃんの胸、どれくらいだった?」 「う〜ん。手の平サイズって感じかな」 「ほほーう」 「あれれ!?」 「明日の朝食抜きね♡」 「そっ、そんなー」 「なんだか不思議です……バクがドキムネしちゃってます」 「緊張してたんだろ。しょうがないぜ」 「いいえ。それだけじゃなくて……会長さんに触られてから、顔が熱くなってしょうがないのですよ」 「ククク……堕天使まで一直線とは、さすがシン様の巧妙な作戦だぜ」 「そっ、そうなんですか!? それは大ピンチです!!」 「大丈夫。女の子だもの、胸を触られて恥ずかしいのは当たり前だよ」 「そそそそんなこと言われると、本当に恥ずかしくなっちゃうじゃないですか〜〜」 「私だって、お姉ちゃんに触られると恥ずかしいもの」 「しかも今回は男子に触られたからね。 恥ずかしさ倍増!」 「ああいう時はね、頬を引っぱたいてやればいいのよ。男子なんて、それでイチコロなんだから」 ちゃんとみんなに気づかれてるし。 「そ、そうなんですか〜?  でも暴力はいけませんよ」 「ロロットの気が済むならそれでも……」 「じゃあ遠慮なく」 「なぜナナカ!?」 「左の頬を叩かれたら、右の頬を差し出すのよ」 「なんの教え!?」 「ほ、ほっぺを叩くなんて…… だめです! できませんっ」 「もういいですから。 その代わり、今度から恥ずかしくなるようなことは……しないで下さい、ね?」 「は、はい……」 「わざとやったわけじゃないもの。それにロロットちゃんが無事に降りて来られたのも、シン君のおかげなんだから」 「はい、そうですね。本当にありがとうございます」 「いやいや……こちらこそ、ごめん」 「ところで、他のみなさんも男の方に胸を触られたことがあるんですか?」 「……」 「……っ」 「もしかして私だけなんですか!? ちょっとだけ誇らしい気分ですっ」 「貴重な体験でした。ありがとうございます、会長さん」 「えっ、えっ?」 「せっかくなら、皆さんもこれを機に初体験してみてはいかがでしょうか?」 「そ、それは……」 「却下だっ!!」 前回の成果もあってか、Angelic Agentへの依頼もちらほらと入ってくるようになった。 「色々なお願いをされると、様々な体験ができるのでワクワクしちゃいますね」 団長も非常にご機嫌だ。 「さて、今日はどういった活動を?」 「プリエのシェフが、新しいメニューの味見をして欲しいと言っています」 「おお〜。それは役得だね! これが生徒会長ってやつかー」 「ダメですよ。これはきちんとした任務なのですから」 口元が緩んでいる人に、〈窘〉《たしな》められてしまった。 「で、お食事会は僕達だけ?」 「会計さんと先輩さんは傘ゴルフ部に、副会長さんは和菓子倶楽部へ、それぞれお手伝いに向かってます」 「大人気だね」 何をさせられているかは、あまり考えたくないけど。 「今日はお昼ご飯を食べていないので、お腹ペコペコです〜」 「あはは、やる気満々だね」 ドキドキしながら待っていると、貴金属の食器が運ばれてきてた。 「すごい。わざわざ中身が見えないようになってる」 「きっとお楽しみなんですね」 「なんでプレートクローシュを用意しているのかが疑問だぜ」 シェフがそのドームの形をした蓋を取り払う。 「わあ! ハンバーグです!」 「けど、これだけじゃ何の変哲もないただのハンバーグだぜ」 「確かに。元々、ハンバーグランチは定番のメニューだしね。食べたことないけど」 訝しげに思っていると、続いて何やらいい香りのするものが運ばれてきた。 「これはソース?」 「ワインとマッシュルームの香りが高いデミグラスソース」 「ホイップクリームを添えた、コクのある甘口ソース」 「ソフトなチーズソースにバジルの香り」 「チーズとトマトソースのハーモニー」 「醤油ベースのさっぱりソース」 「トマトとチリのピリ辛ソース」 「れろ〜ん」 「差し詰め、多国籍ハンバーグってところだぜ」 「すごいや……。ロロット、もう食べてもいいのかなっ」 「いただきましょうっ」 まずは一つめのソース。 「おいしいです〜♡」 「マッシュルームが多すぎると香りがきつくなるから、ほどほどにした方がいいぜ」 次のソースにチャレンジ。 「濃厚です〜♡」 「ここはケチらず、ホイップじゃなくて生クリームにした方がいいぜ」 続いて黄色いソース。 「とろけちゃいそうです〜♡」 「ちょっと飽きちまうのが難点だな。どうせならモルネーソースにしてみるのも面白いかもしれないぜ」 次は赤と黄色のツートンカラー。 「ケチャップ味です〜♡」 「市販のトマトソースより、ちゃんとトマトを煮込んだソースにしたほうが見た目もダイナミックでいいと思うぜ」 お馴染みの定番ソース。 「あっさりさっぱりです〜」 「大根おろしやシソも欲しいところだが……あまりお子様には向かないと思うぜ」 最後は真っ赤なソースで〆。 「ひいっ、辛いですっ」 「ちょっとスパイスが強い気もするが、このチリソースは絶品だぜ。今度はエビチリにチャレンジか?」 一通りのソースを堪能し、一息つく。 「次はまだですかっ!?」 「あれだけ食べたのに、よく食べられるね〜」 「うふふ……ハンバーグは大好きなのですよ♡」 「もっと食べたいです〜」 「あれ? ニンジンとかインゲンとかがまだ残ってるけど」 ハンバーグだけがキレイに片付けられ、付け合わせの野菜群が隅っこに追いやられていた。 「お野菜――特に、ニンジンはあまり好きじゃないのですよ」 「嫌いなの?」 「そうとも言います」 「うまいのに、もったいないなあ。僕なら喜んで食べるのに」 「会長さん、あーんして下さい」 「ほら、お口を開けてあーんとして下さい」 「なななっ、そんないきなり……」 「喜んで食べられた方が、お野菜も嬉しいと思いますから」 「ううっ。だからってさあ……誰かが見てたら、その……ははは恥ずか――」 「早くしないと、グリグリ押しつけちゃいますよ!」 「むぐぐぐっ」 ななな、なんて強引なんだっ。 「はい、ニンジンさん♪」 「あ……あーん」 「もぐもぐ」 「おいしいですか?」 「とても……うまい……です」 「ふむふむ、どんな風に?」 「味見をしてるんですから、ちゃんと答えないと任務達成になりませんよ」 「ハンバーグじゃないのかっ」 「お味はいかがですか?」 「……バターの味がしました」 「それは良かったですね! じゃあ、次はインゲンさん♪」 「あーん、もぐもぐ」 なんだか恥ずかしいんだけど悪い気分じゃない。 けど、照れてるのは僕だけでロロットは全然そんな感じじゃないみたいだ。 「うふふっ。なんだか楽しいですね」 「あはは……まるで、赤ちゃんの頃に戻ったみたいだよ」 「赤ちゃんですか〜」 「う、うん……」 まあ、鮮明に覚えているわけじゃないんだけれど。 「赤ちゃん、赤ちゃん……」 ガイドブックをパラパラとめくっている。 「ちっちゃくてコロコロっとした可愛い人間ですか、ふむふむ」 「え? ロロット……赤ちゃん知らないの?」 なにか触れちゃまずいことだったのかな……。 「私、こんなことをしてもらった記憶がないものでして」 「そ、そうなんだ。僕は家族によくしてもらってたから」 「家族……家族は、こういうことをやっているんですか。家族って不思議ですね〜」 お嬢さまだからなのか、ロロットって自分が当たり前のようにやってきたことを知らないで生きている。 逆に僕が知らないことをいっぱい知ってるんだろうな。 というか、お父さんとお母さんも冷たすぎるんじゃない? 「それじゃあさ。ロロットも『あーん』してみる?」 「ええっ、いいんですか?」 言っておいて、しまったと思う。さっきも恥ずかしいけど、こっちも恥ずかしいじゃないか。 「わっかりました!」 胸の前でパチンと手を叩き、意気込んで僕と向かい合う。 もうここまで来たら、僕も男だ。やるしかないっ。 「はい、あーんっ!」 「あ……あ……」 「あれ? あれれれれ〜〜。なんだか恥ずかしいですよっ」 「でしょ! けど、僕だってやったんだからさ……」 「うう〜〜」 「僕だって頑張ったんだから、ロロットも頑張って」 ロロットは観念して、ぶるぶると緊張に震えながら小さな口を開く。 「あ……あ〜〜ん」 その必死な姿を見てたら途端に微笑ましくなった。なぜか目までつぶってるし。 「もぐもぐ……ひいっ!」 「じゃあ、インゲンさん♪」 「もぐもぐ、苦いですー」 「筋の通ったふ〜き♪」 「そんなものありませんよッ!」 ロロットの好き嫌いにも困ったものだ。 「ハァ……ハァ……」 なんで、いきなり僕は疲れてるんだ。 「下町育ちなもんだから、リアカー見るとつい乗りたくなるのさ!」 「なんだかフラフラして怖かったですけど、楽しいですね」 「まったくもう、子供じゃないんだから……」 「羨ましそうに見てたじゃん」 「そ、そんなことは……」 「先輩さんも、指をくわえてましたけど」 「まさか指が美味しかったというわけじゃありませんよね?」 「そ、そんな羨ましくなんてないもんっ。私はみんなの先輩なんだからーっ」 「さすが、お姉さま……♡」 「我慢ばっかりしてると身体によくありませんよ。ストレスが寿命を縮めると書いてありますし」 「それは大変だ。じゃあ、帰りは乗せてもらおっと」 「勘弁して下さい」 「きっと先輩さんは重いから大変ですね〜」 「……!!」 「うげ……ロロちゃん……な、なんて恐ろしいことを……」 「だって、私達とはおっぱいの大きさが全然違うじゃないですか」 「失礼が過ぎるわよ、ロロットさん!!」 「そうなんですか? おっぱいは女性の魅力のバロメーターと呼ぶらしいですよ。まったく羨ましい限りです」 「またガイドブック?」 「ええ。けど、おっぱいが大きいと重くなるんで大変だとも書いてあります」 「要するに、だ。ロロちゃんは、リア先輩のようになりたいと」 「はい。私の憧れです♪」 「もう、最初からそう言いなさい。女の子相手に重いとか太いとか言う言葉は禁句なんだから」 「そうなんですか! それは失礼しました」 「う、ううん。いいんだよっ、あは、あはは……」 「重くてもリアちゃんが最高なのは変わりないぜ!」 「こら!」 「ピストン!」 「そっ、そんなことよりも、不要品の回収でしょ!」 「いけません、そうでした!」 「えっと、とりあえずどこから手をつけようかな?」 「会長さんっ、あそこあそこ!」 「あっ、あそこぉ!?」 「って、どこよ?」 「ぽんぽこ……って、オモチャ屋さん?」 「ああ。タメさんちの」 「タメさん……って、お知り合いなの?」 「タメカゲのおっちゃん。通称、タメさんのオモチャ屋『ぽんぽこ』だよ」 「へい、らっしゃい! ――って、なんでえ。また、シンかい」 「ひどいよ、タメさん。そりゃ、お金持ってないけどさ」 「生徒会活動でね。バザーで売る不要品を集めにきたのよ」 「それでここに来るたぁ、お目が高い」 「だって、看板にしっかりと『リサイクル』って書いてありますもの!」 「もしかして、オモチャをリサイクルしてるのかな?」 「タメさんは、リサイクルショップも経営してるんですよ」 「だからガラクタ好きのシンはここの常連ってわけ」 「不要品を集めて再利用するなんて、とっても素敵です〜♪」 「けど、リサイクルショップが不要品を提供したりなんかしたら、商売あがったりじゃない」 「あはは。そうかもね」 「笑い事ではありませんよ。協力者の皆様に苦渋を強いるわけにはいきません」 「大丈夫だって。ほら、値札を見てご覧よ」 「ゼロ……円? タダじゃないですか!」 「最近じゃゴミ出すのにもお金がかかるじゃない」 「そこにタメさんが目を付けたのさ」 「なるほど。タダでもらってるから、タダで売っているわけね」 「そのついでにオモチャ買ってくれりゃあ、万々歳って寸法よ」 「へー。こんなお店があるなんて、知らなかったなー」 「去年も僕とナナカがお世話になったんです」 「ふむふむ。とすると、今年はもっといっぱいたくさんモリモリと必要になりますから――」 「すみませーーん!」 「お、さっそく交渉に入ったみたいだ」 「これ……遊んでみてもいいですか!?」 「ズルー」 「ああ、こいつは相当の暴れ馬だが……お嬢ちゃん、それでもいいのかい」 「望むところです!」 「ははは、気に入ったよ。腰が外れるまでたっぷり30分はプレイするといい」 ロロットが怪しいメカにまたがると、タメさんはスイッチを入れた。 「あわわわわわわわ」 それは『ロデオCAMP3』と呼ばれるダイエット器具だった。 「はううううううう」 上下左右に震い、のの字を描いたりと、ロロットは機械の上で全身を躍動させる。 ごくっ。 先輩ほどじゃないけど、ロロットも胸がちゃんと揺れるくらいはあるんだね。 ちょ、ちょっとドキドキしてきた。 いかんいかん! 変なことを考えちゃ……。 「もももも、もうだめです〜〜」 落馬しかけた瞬間に、ロロットの身を抱き留める。 ふんわりと柔らかい身体が僕の腕の中に舞い込んできた。 「3分でイっちゃいました……頭がふらふらですよ、会長さぁん……」 熱気ムンムンの吐息をつきながら、ロロットは僕の首に手を回して抱きしめてきた。 肌と肌が執拗に密着する。こっ、これはなんと大胆な……っ。 いかんいかん、こんなトコを他の人に見られたら―― 「このオーナメント、とっても素敵でオシャレなのに無料でいいの!?」 「あ〜〜この、初釜セット。欲しいから、バザーでこっそり買おうかな」 「タメさーん! この全自動DVDプレイヤーって、何がフルオートなの? さては、掴まされたね!」 ホッ……みんなガラクタ漁りに夢中のようだ。 だからってこのままずっとロロットと抱擁を交わしているわけにもいかないし。 「くぅ、くぅ」 寝てるよ……。 「ロロット。ねえ、ロロット」 「びくっ!! ああ、すみません。ついつい気持ちよかったものでして」 「えっ! き、気持ちいいだなんて……」 「今はこんなところでウトウトしてる場合じゃありませんでしたね。よいしょっと」 ぴょこんと降り立つ。 「ありがとうございました、会長さん」 「あ……いえいえ」 「というわけでオモチャ屋さん。チャリティバザー用に、不要品を拝借してもよろしいでしょうか?」 「ああ、何でも持ってけ泥棒!」 気前がいいなあ、相変わらず。 「けど、売れ残ったら、ちゃんとそっちで始末しといてな」 しっかりしてるなあ、相変わらず。 「じゃあ、在庫を抱えないよう売れそうな物を選んでいこう」 「ちゃっかりしてるねえ、相変わらず」 「売れそうな物ですか。この『スーパーアラビアン洗濯機』とか面白そうですね!!」 「どう使うのよ……」 「『低燃費仕様の糸切りばさみ』か……なにやらお得そうな匂いがするぞ」 「そもそも燃料はいらん!! 危なすぎる!!」 「まずは……これと、これと。これこれ、近う寄れ、なんちゃって」 「『座布団パソコン』とな!? こ、これが巷で大活躍のパーソナルコンピューターですかっ!!」 「『リバーシヴルヘッドホン』か……これなら重厚なサウンドが楽しめるかもしれない」 「いや、いいんだけどさ……どう見ても不良在庫だって」 「ムムム……私も負けられないわっ」 「聖沙まで!? だったら、アタシもネタ捜し!!」 「咲良クン――勝負よ!!」 「一番、笑い取れた方が勝ちね!!」 「こらこら、ふざけないの」 「遊び心も大切ですが、もうちょっと真面目にやって下さい」 「ああ〜。どれもこれも欲しいのでいっぱい。ええいっ、入れちゃえ!」 「『再使用可能な万能消しゴム』だって! これは恐ろしいっ」 「『ぬいぐるみ式自転車』……なんと可愛らしいのでしょう♡」 「わお! 超プレミアの『ぬいぐるみ式自転車』をハッケーン!!」 「ああ、だめですよ。それは先にこっちが目をつけたんですから」 「このお値打ちなら、牛丼いつでも『食べ・ホゥ・DIE!』」 「だめです。これはバザーに出す大事な品物なんですから」 「おっちゃーん! これ、ちょーだーい!」 「人の話を聞いてください!!」 「何言ってんのよ、天使のくせに」 「な――! なんと恐ろしいっ」 「これはね。魔界通販でも売り切れ必至なんだから!」 「そんなの理由になってませんっ」 「確保!!」 「ダメですってば!」 「まあまあ。それくらい、別にいいじゃないか」 「会長さん……」 「ふふん。差し詰め、兄ちゃんがこの娘のオヤビンってところかい?」 「お、おやびん……?」 「オヤビンがしっかりしないから子分が情けなくなるんだよ!!」 「なっ、情けないぃ!?」 「その点、アタシはオヤビンにチョー信頼されてるスーパー子分1号機」 「ロロットは子分じゃなくて、同じ生徒会の仲間だよ」 「なっ、なんですか。人のことをジロジロみて……」 「うっそー!」 「え、えと……まあまあ。僕たちもタダで分けてもらってるんだし、1つくらい別にいいじゃないか」 「……そうですね。折り紙の面積よりも広い心で、許してあげるのです」 「わーい、ありがとーーっ!」 女の子がロロットに飛びついた。 「きゃあっ」 「げげっ」 「ああーーーッ!」 「なになに!? どした、どした?」 「と、トントロが……私のトントロが〜〜〜」 「大量の500円玉!? おっ、お金がこんなに……っ、ああ〜〜ぁ」 「ちょっとシン! 落ち着いて、気を確かに!!」 「ああ、早く拾わなくっちゃ」 「ブタさんがとんでもない姿へ……」 「えうぅ……」 「あっ、アタシは悪くないよっ。しっかり持ってないからいけないんだっ」 「ちょっと、あなた。その言い方はないでしょう?」 「なんなのよ! その、こ憎ったらしい呼び方は! アタシにはちゃんと『サリーちゃん』って可愛い名前があるんだからね!!」 「サリーちゃん。わざとじゃないんだろうけど、ロロットちゃんが悲しんでるから」 「そ、そそっ、そんなの知ったこっちゃないね!」 「これでも後生大事に持ってたんだよ。大切なものだからってさ」 「うう〜〜〜」 「トントロの欠片が1枚、2枚、3枚……」 「ほら、ロロットちゃん。とりあえず、お金」 「1枚、2枚、3枚」 「は――ッ!! いかんいかん、気を失っている場合じゃなかったっ」 「もう500円玉は片付いたから、大丈夫よ」 「ねえ、シン君。ロロットちゃんが大変なことになってるんだけど……」 「このままじゃ立ち直れないかもしれないわ」 「うう〜〜ん。事故とはいえ、ロロットの貯金箱を壊しちゃったのは事実なわけだし……」 「謝れば、とりあえずロロットも元気になってくれると思うんだけどなあ」 「あ、えと……その……ご、ごごご、ごめ……ごめ――」 「うぅ〜〜〜。やっぱ、やだ!」 「なんで!?」 「そうやって、アタシの乙女心をメッタメタに痛めつけてから、フラフラ〜になったところをみんなで寄ってたかっていじめるつもりなんでしょ!!」 「んなわけあるか!」 「ふんだ。アタシは誰も信じないんだから。信じられるのはオヤビンと楽しいその仲間達だけだもんね!」 「仲間?」 「お! 噂をすれば、やってきたっ」 「あっ、あれは……!」 「みんな合わせて――」 「美味しいもの食べ隊♪」 「まっ、魔族ゥ!?」 「あら。前に五ツ星飯店で肉まん食べてた子たちだ」 「よく覚えてますね。どれも同じような顔してるのに」 「ああー! もしかして、モチモチが言ってた『セートカイ』って……」 「僕達のこと?」 「たぶん。てか、魔族に名前あったんだ」 「ここで会ったが100年目! 今こそ仲間の雪辱を晴らす時がきたのだぁ!!」 「雪辱って、私達はただ注意しただけじゃない」 「え、そなの? わわっ! 偉そうにタンカ切っちゃったよ、どうしよう!?」 「けど、ちょーっとおいたしちゃったかも」 「ほら、見たことか!!」 「だって、アンタ達がいけないんでしょ。お金も無いのに、肉まん食べるから」 「肉まん? なんのこと?」 「前に食べてたじゃない。美味しそうにして」 「アタシは食べてないよ!」 「ああ、逃げた! ちょっと、どういうこと!? ちゃんと説明しろー!」 「うわ! そして裏切りへ」 「ちょっと可哀想だね」 「こらーー!」 「小悪魔さん。仲間割れは、いけませんよ」 「キー! 小悪魔じゃなーい! アタシ、サリー! 泣く子も踊る悪魔っ娘だよ♡」 「昔の人は言いました。隣人と生めよ増やせよって」 「愛せよ、ね」 「トナリビトって、アンタの隣はその兄ちゃんじゃん! そいつと生んだり増やしたりすれば〜?」 「ぼ、僕がロロットと…… フガっ!?」 「形あるもの、いつか壊れるものです。トントロのことは、もういいです」 「わーい、ありがとー」 「しかし、仲の良いお友達とケンカするのは良くありませんよ」 「だって、アタシに内緒で肉まん食べたんだよ!?」 「それでも、にっこり。許してあげましょう。ですよね、皆さん」 なんで、みんなロロットと目を合わせないんだっ。 「そんなこと言われても許せないことは、ぜーったい許さないの!!」 「そんなことでは、小悪魔さんの組織も、たかが知れたものです」 「ほほう! この『美味しいもの食べ隊♪』の団結力を甘く見ないでよね!」 「あれ、もう仲直り?」 「なんか話があらぬ方向で収束してるような……」 「とりあえず諦観しましょう」 「さあ! アタシ達と尋常に戦え、セートカイ!」 「いいでしょう。どちらが仲良しか……白黒をつけようじゃありませんか!」 「安心!」 「か、確実?」 「キラキラの学園生活は、流星クルセイダースにお任せあれ!」 「ククク……高利回りだぜ」 「お嬢さま。及ばずながら、このリースリング遠山めもお手伝いいたします」 「これが本当のチームワークなのです」 「ううー。数の暴力だー!」 「では戦利品として、ぬいぐるみ式自転車を頂きますね」 「そっ、それはダメーー!!」 「どうして、この自転車にこだわるんですか?」 「あなたもね」 「これで……これでお腹いっぱい牛丼を食べるんだもん!」 「自転車で、牛丼……?」 「わかった! 自家発電だ」 「違うよ! そんな環境に優しいことするわけないでしょ! 自転車と牛丼を交換するの!」 「交換って……」 「もしかして物々交換するってことかな?」 「そうそう! 魔界ではジョーシキだね!」 「こんないかがわしいもの、魔界通販から流れてきたもんに間違いないぜ。確かに、牛丼特盛りを注文出来るくらいの値打ちはある」 「そっ、それはすごい!」 「普通の自転車だったら、お得なのでも10回以上はお代わりできるでしょうよ」 「魔界ではそういった取引が主流かもしれません。けど、この世界はお金という通貨で、市場が賑わってるのですよ!」 その手にはトントロの亡骸と500円玉、もう片手にはガイドブックが握られていた。 「じゃあ、それ寄こせ!」 「だだっ、ダメですよ!!」 「ふんだ、ケチ! お金がないから、こうやって物々交換してるのにどうしてわかってくれないの!?」 「うまいものを食べたい気持ちはよ〜くわかる。けど、それが欲しくないものだったら、取引は成立しないって」 「もういいよ! 今日の恨みはいつか……えーっと、えーっと、こういう時は……なんだっけ?」 「利子?」 「そうそう! 利子をたっぷりつけて返してやるもんね! 覚えときなよ、くるせいだーす!」 サリーちゃんは目を回しているモチモチ、ジャンガラとティーヌンを抱えて飛び去った。 「あ、自転車忘れちった、てへ」 「ううむ。同情はするけど、弱ったなあ」 「ぬいぐるみ式自転車が……」 「まだ気にしてたんだ」 「あの可愛い娘ちゃんは、知り合いか?」 「知り合いというか……なんといいますか……」 「あの娘。たま〜に、物欲しそうな目で食玩を見てんだよ。可哀想だから1個サービスしてやったんだが、おまけ残してお菓子だけ食いやがる」 「普通と逆だ」 「うちんとこは可愛いもんだが、他の店でも色々と苦情が相次いでるらしい」 「だからよ。さっきみたいに、格好良くズバッと解決しちゃってくれねえか?」 「そうですね。わかりました」 「代わりと言っちゃなんだが、バザールは全面的に協力させてもらうからよ!」 「不要品、こんなにたくさんありがとうございました」 「タメさん。こんなにもらっちゃっていいの?」 「いいっていいって。夕霧庵の看板娘に頼まれちゃ断れねえさ」 「もう、心にもないこと言って! 照れるじゃない!」 「人気者なのね、ナナカさん……」 「ナナカは商店街のアイドルだもの」 「へえ〜。すご〜〜い」 「羨ましいです〜」 「ちょ、そんなんじゃないって。アイドルならロロちゃんの方が似合ってるよ」 「アイドルというよりマスコットじゃないかしら」 「マスコット? それは具体的にはどういうことをするのでしょう?」 「ふかふかの着ぐるみを着て『こんにちは♪ 私、ウサギの国のラヴィちゃん♪ みんな、よろしくね♪』とかやるんだよ」 「楽しそうです〜〜♪」 「本当にありがとうございました」 「おう! 当日は遊びに行くからな! がんばんなよ、生徒会!」 「ぎょぎょっ!?」 「おはようございます」 「お、おはようですー」 「わわっ!!」 「先ほどまでは平気だったのですが、慣れぬ早起きに苦労されていたようで」 だからって立ったまま寝るとは。 「ロロちゃん」 「はうあっ!!」 「お、おはよう。ロロット」 「おはようございます〜」 「で、なぜここに?」 「ククク……もうこの天使を手懐けてしまうとは、さすがだぜ」 「実は議題のことが気になりまして、いてもたってもいられなかったのですよ」 「おい、さっぱり信用されてないぜ?」 「いえ。会長さんはやってくれると信じていましたよ」 ぎくっ。本当はギリギリだったんだよね、危な〜い。 「私が心配なのは『果たして大切な書類を無事学校まで持ってこれるか?』ということなんです」 「なんと大袈裟な」 「途中で躓きドブに落としたり、電車の網棚に置きっ放しとか、間違ってティッシュの代わりに使ってしまうとか」 「やだなあ。僕はそんなドジっ娘じゃないよ」 「そもそも男だろ!」 「もしかしたら、小悪魔さんみたいな方が狙ったりするかもしれません」 「ありがとね、心配してくれて。でも――」 「そこで私が会長さんを生徒会室までお守りいたします!」 「いわゆる護衛、ボディガードというやつですね」 「いや、それはわかるんだけど……」 君が一番心配だとは、とても言えない。 「では、参りましょう」 「お嬢さま。お車は如何いたしましょうか」 「私だけで頑張ります。今日は徒歩で登校しますね」 「ちょっと待って!」 「ちょっとシン。こんなチャンス滅多にないよ」 「あの高級車に乗りたくない?」 「まあ、乗れるものなら乗ってみたいけどさ」 「じゃあ決まり!」 「ねえ、ロロちゃん。せっかくならさ、一緒に車に乗せてもらっちゃ……ダメかな?」 「え、じいや……どうでしょう?」 「一向に構いません」 「では、それにしましょうか。どうぞ、お乗り下さい」 「いやったー!」 「けど、それじゃあロロットの護衛が……」 「お任せ下さい! 身を挺してでも外敵からお守りいたしますよ」 僕は寡黙なスナイパーにでも狙われてるのだろうか。 けど、これって実は生徒会長になった役得なのかも!? 「じゃあ、お言葉に甘えて」 「ふふっ、安全運転はこのリースリング遠山めにお任せを」 彼女に似つかわしくない微笑で、大事な何かに気づくべきだったんだ……。 「あーーー楽しかった!」 映画のカーチェイスを思わせるハイスピーディングなドライヴ。 車幅ギリギリの狭い公道を駆け抜けるハンドリングは、正直言って凄いと思った。 「けど……けど……ううっ」 「だらしないね、まったく。せっかく高級車の乗り心地を楽しめたっていうのにさ!」 「そ、そうか……これが、高級車なのかーー。僕にはまだ早いみたいだ……」 そんな僕はフラフラになりながらも、気合いでロロットをおんぶしている。 「今日の為に、昨夜は必死に護身術を学んでおられましたもので」 ナナカはノリノリでヘッドバンギングをしていたけれど、ロロットは僕の隣でぐっすり眠っていた。 いい匂いのするサラサラした髪の毛が近くにあって、ロロットの柔らかいほっぺたが僕の肩に乗っかっていて……。 ホントに大した距離じゃないんだけど、車に乗ってる間はまさに天国と地獄を味わっていた。 「まったく……そんなことしなくても大丈夫なのにね」 護衛なんかそっちのけで寝息を立てるロロットがとても微笑ましい。 「申し訳ありませんが、お嬢さまをよろしくお願いいたします」 「いえいえ。じゃ、まずは生徒会室に行って――」 「ひえぇっ!?」 「議題をまとめたノート……家に忘れてきちゃった」 「アンタって人は……ドジっ娘、決定!」 リースリングさんがニヤリと笑う。そしてまた、僕はスリルを2回味わう――のであった。 「ハァ……ッ。ハァ……ッ。待って……待ってったらぁ……」 「待ってよ、ロロットーーーッ!」 「はい、なんでしょう?」 「いきなり走り出すんだもの。びっくりしたよ」 「あの理事長さんが頑張ってくれているんですよ。生徒会室で大人しく待ってるなんてこと出来ませんっ」 ロロットって、こんなに積極的だったんだ。初めて見た時は大人しい女の子だと思ってたのに。 ムムム……僕も負けていられないぞ。 「わかった。僕もロロットに付き合うよ。で、どこ行くの?」 「どこでしょう?」 「当てもなく飛び出したのか……」 「勢い任せはいけませんね」 舌をぺろんと出し、こつんと自分の額に拳を当てた。 「おや、シン殿にロロット殿ではありませぬか」 「やあ、こんにちは。部活の帰りかい」 「いかにも」 「くんくん。とってもいい匂いがします〜」 「修練は多量に汗をかきますゆえ、身を清めた次第です」 「ほんとだ。シャンプーのいい香りがする」 「その……品下った行為はお止め下さい……」 「てっきり石けんで豪快に洗っていると思っていたぜ」 「そそっ、それがしをからかいに参られたのですかッ!?」 「そうだ、巫女さんにも是非協力して欲しいことがあるのですよ!」 「それがしに?」 「流星町を巻き込んだビッグイベントをやるんです!」 「ほほう、それは如何様な?」 「毎年恒例のチャリティバザーにね。商店街の人にも参加してもらおうと思ってるんだ」 「これまた俗っぽい催しであらせらるる。この学園の伝統を汚すことにはなりませぬか?」 「う〜〜ん。そうかなあ」 「どうせやるなら面白い方がいいじゃないですか。もっと新しいことにチャレンジしましょうよ!」 「ふむ。まさに君子は豹変し、小人は面を革むですな」 「難しくてよくわかりません」 「それは……賛成してくれるってことでいいのかな」 「ははは。そもそも政はそれがしの勤めではありませぬから、主君の決めたことにただ従うのみ」 「そんなこと言わないで一緒に楽しみましょうよ。巫女さんも、この学園のお仲間なんですから」 「ロロット殿……」 「そうそう。みんなで盛り上げてくれないと、きっと成功しないと思うから」 「……御意。それがしでよろしければ、いつでも馳せ参じましょうぞ」 「あ……そういえば、紫央ちゃんのお家って神社だったよね」 「さようでございますが」 「お家の人にもさ、是非参加して欲しいんだ」 「ふむ……爺上様にお伝えいたしましょう。これは我らが町を興す一世一代の革易であると!」 「大袈裟だぜ」 「大袈裟で大いに結構ですよ!」 「正式に決まったわけじゃないから、まだ仮の話だけどね。でも、時間も無いから水面下で進めておかないと――」 「なにをおっしゃる。武士に二言はありませぬ」 「そうですよっ。もうクラスのみなさんに言いふらしちゃってるんですから!」 「ええっ、いつのまにっ!?」 「これで中止だなんてことになったら、みなさんに何をされるか……ガクガクガク」 こ、これはなんとしても可決させなくちゃならないなあ。 「先んずれば人を制すと申します。ロロット殿の行為は図らずとも功を奏しているのではないかと」 「はい、できるだけ多くの人に知ってもらった方がいいと思ったので……」 「そうだね。よしっ。一緒に引き続き呼び掛け作戦をやろう」 「いいんですか?」 「後は野となれ山となれだ」 ヘレナさんがいい知らせを持ってきてくれることを信じ、僕たちは生徒への呼び掛けを始めた。 「オマケさん、いいですか? まずは生徒会活動とは何たるかを、この私ロロット・ローゼンクロイツが――」 「ねーねー、カイチョー。どっか遊びに行こうよ〜」 「こら〜〜っ。ちゃんと私の話を聞いて下さいっ」 「ななななっ、なんですかそのふざけた態度はっ!」 「だって、ロロちーは生徒会の下っ端なんでしょ? 聞く意味まるでなし」 「そ、そんな〜」 「こらこら。ロロットは下っ端でもなんでもないぞ。ちゃんとした生徒会書記なんだから」 「そうなのですよ、えっへん」 「ない胸張らないでよ、みっともない」 「オマケさんに言われたくありませ〜〜ん」 「女は胸の大きさじゃないのっ。色気で勝負、うっふ〜ん♡」 「さて今日は何をしようかな」 「あっは〜ん♡」 「ねえ、ロロット。なにかボランティアの依頼は来てる?」 「――って、無視すんなー!」 「今日は……あら。理事長さんから来ていますね」 「ヘレナさんから? さっきは何も言ってなかったけど」 「ええ。つい今し方、送られてきたばかりですよ」 「急用かもしれない。早く見てみよう」 「『ごきげんよう、生徒会の諸君』」 「『さっき連れてきた娘なんだけど、土足だったからたぶん廊下がすっごく汚れちゃってると思うの』」 「『悪いんだけど掃除をお願い。愛しのBOSSより』」 「サリーちゃんって……」 「浮いてるのに土足も何もねえ」 「きっと、アレだ! 理由が欲しかったんだよ、掃除を押しつける理由が!!」 「『フッ、戦うことにいちいち理由が要るのかい?』」 「理由はどうであれ、頼まれたからにはやらなければなりません。それが私達に課せられた使命なのです!」 「せっかくだから生徒会室も一緒にお掃除しよっか」 そして、僕とロロット、そしてサリーちゃんは廊下を受け持つことになった。 「ヒャッフーー!」 サリーちゃんはモップをスケート代わりにして、廊下を滑り回っている。 「おお〜い、危ないぞ〜」 「そうですよっ。それに廊下を走っちゃいけま――」 「きゃあ!?」 普段、転びそうで転ばないロロットも、拭きたての廊下に足を取られてしまう。 「ぷぷぷ、だっさーい」 振り返ってロロットの惨状を笑う。 「サリーちゃん、後ろ後ろ!」 「フンゲ!!」 前方不注意で壁に激突。 「ううう……痛いです……」 「きゅる〜ん」 「まったく……どれもこれも、あのおっちょこちょいで無鉄砲なオマケさんが悪いんです」 「なんだとー!? 天使のくせに、何でもアタシのせいにするなー」 「どうどう、ケンカはやめて。二人を止めて。これじゃあ、いつまで経っても掃除が終わらないよ」 「それもこれもアレも誰も彼も、オマケさんが真面目にやらないからいけないのです!」 「ロロちーこそ、さっきから口ばっかりで何にもしてないくせにー」 「物事にはちゃんと順序というものがあるんですよっ!」 「口を動かすのは美味しいものを食べる時だけ! それがアタシら『美味しいもの食べ隊〜♪』」 「はいはい。じゃあ、こうしよう。誰が一番、きちんと掃除が出来るか勝負するんだ」 「ショーブ?」 「なんだか副会長さんみたいですね」 「一緒にしないでよ!!」 「決闘の場は汚れという混沌に満ちあふれた廊下。誰がいち早く、この廊下に平和を取り戻せるかを競うんだ」 「それに勝ったら、どうなるんですか?」 「敗者は勝者の言うことを素直に聞くこと」 「いいね、それ! カイチョーとロロちーがアタシの奴隷になるってワケだ、うしししし」 「そういうセリフは勝ってから言うものですよ。会長さんとオマケさんをたっぷりコキ使ってあげますからね〜」 お互いの瞳に炎が宿る。 「うん。我ながらナイスアイディア。これで二人とも――」 「ちょっと待って!! なんで僕も対戦相手に含まれてるんだよっ」 「ククク……自分だけ手を汚さずに済ませようとしていたとは、さすがだぜ」 「うわ、なんて邪悪な。僕だって、ちゃんとやるつもりだったんだよっ」 「かかってこいやー!」 「望むところですよっ」 いや、勝負じゃなくてお掃除をね。 「ムムム……これは、どうしてもやるしかないのか……」 「では、パンダさん。審判をお願いします」 「ヒイキはダメよ、コーヘーにね、コウヘイ!!」 「よし。とにかくてめーの持ち場をピカピカにしやがれ。位置について……用意スタート!!」 みんなで一斉に廊下の掃除を始める。 「そこまでだぜ!!」 「ええっ、早いですよ〜〜」 「ぷぷぷ、時間がなかったなんて言い訳は通じませ〜ん」 「ちち、違いますっ」 「ふーー。なんとかギリギリってところかな」 「おお、いい勝負の予感がしますね」 「さあてね。まずは、ペタンコから評価するぜ」 「ペタンコ言うなー!」 「ほう、廊下を一通り水拭きしたようだな」 「超特急でやったもん! これでバッチリVサイン!」 「ただ濡れそぼったままで、乾拭きがされてないぜ。減点」 「ぶーぶー! どうしてよー」 「おい、シン様。そこ歩いてみろ」 「ん? 別にいいけど―― アーッ!」 「ちゃんと拭いておかないと、こうなるわけだぜ」 「せっかくお掃除したのに汚くしないでよー!!」 「ひどい言われよう」 「では、次に天使」 「ててっ、天使じゃありませんよっ」 「なかなか丁寧に雑巾がけがされてるぜ」 「どうですか、オマケさん。これが格の違いというやつなのです」 「きいいっ、悔しくなんか無いモンね!」 「ただ、四隅に汚れが残っているぜ。さてはいらねえ知識を植え付けられたな」 「円を描くようにと、ガイドブックに書いてありましたが」 「隅っこは一番汚れが溜まりやすい。そうして世界はどんどん〈汚〉《けが》れていくんだぜ。減点」 「ぷぷぷ、それ見たことか」 「最後にシン様だが――掃除をするってことは、まさにこういうことだぜ!」 「なにそれ、えこひいきだーッ」 「会長さんのペットだからって、ズルはいけませんよっ」 「掃き掃除から拭き掃除。シミやしつこい汚れを落としつつ、床が乾いたところでワックスをかける」 「ワックスをかけておくと汚れがつきにくくなるからね〜」 「てめーらとの境界線を見てみろ。見事なツートンカラーになってるだろ」 「元々、掃除は得意分野だからな。この勝負は、シン様の勝利だぜ」 「ロロちーがアタシの邪魔をするからいけないんだー」 「邪魔をしてきたのはオマケさんの方じゃないですか!」 「はーいはいはい。負けた人は、勝った人の言うことを聞くんでしょ」 「ぬうう、屈辱っ」 「勝利の味を堪能したかったです……」 「じゃあ、二人とも仲直り」 「そう。お掃除のやり方を教えるから、みんなで一緒に残りもキレイにしちゃおう」 「よーし、ロロちー。次は負けないからね!」 「返り討ちにしちゃいます!」 「いや、だからもう勝負はいいってば」 「シン、終わった〜?」 「うん。そっちは?」 「バッチリ。でね、先輩がお茶とおやつをご馳走してくれるって」 「さすが先輩」 「わーい、おやつぅー」 「抜け駆けは許しませんよ〜〜」 「ずずず……ほっ」 「仕事の後の一杯は、体に染み入るウマさだね!」 「はい、今日はお餅入りのドラ焼きをどうぞ」 「これもらい!」 「それは私の分ですよっ」 「ん〜〜。コホン!」 「ビックーン」 「ひいいっ」 「なにかあったの?」 「いいや、勝利の味をね。ずずず……」 「ククク……いたいけな少女を虜にするとは、さすがだぜ」 「ままっ、まさか買収したのっ!?」 「なに言ってんの。シンにそんなことする財力があるわけないじゃん」 「普通に、そんなことはしないと言ってくれ」 「かはー。どらやきおいしー」 「お茶と一緒に食べると美味しいよ」 「苦いですー」 「ロロちーは子供だなー。どれどれ」 「どわ、にげー」 「この苦みが、いわゆる大人の味なのです」 「なるほどー。さすが、でけーオッパイ持ってるだけはあるね」 「そ、それは関係ないよ、サリーちゃん」 「はぁああ、美味しそ〜」 「食べ物じゃありません、めっ」 「ず、ずずず……」 「会長さん。どうして明後日の方を向いてるんですか」 さりげなく目を逸らしたのに、突っ込まないでよ! 「お掃除するとどら焼きが食べられるんだね〜〜。素敵〜〜」 サリーちゃんが机に突っ伏して幸せに満ちた声をあげる。 「もっと頑張れば、もっともっといいことがあるかもよ」 「やっぱり!」 「反応すなっ」 「けど、まだまだオマケさんは精進が足りませんね。私と肩を並べるにはまだまだ頑張っていただかないと」 「くすくす。ようやく私の気持ちをわかってくれたんですね。素直になるのは、とっても素晴らしいことなのですよ」 「だってさ、ソバ」 「なんでアタシ!? 聖沙の方でしょ!!」 「私に振らないでよ!!」 「返事が聞こえませんね」 「どらやきおいしいよ〜ぐうぐう……」 「うわ、寝てる」 「しかも浮きながら」 「まったく……お子様なんですから」 そう言いながら、ロロットはキョロキョロと周囲を見渡す。 「どうしましょう……このままでは風邪を引いてしまいます」 「そうだね。じゃあ、僕の上着をかけとこう」 「お……重い……」 いきなり険しい顔つきになった。 「牛乳が入ってるからね」 「抜いとけ!!」 「で、この娘はどうするの?」 「寝たまま放っておくわけにもいかないでしょ」 「そうじゃなくて、このまま生徒会のお手伝いをしてもらうのかどうかよ」 「なんか普通に働いてたよね」 「ロロットさんから見てどう?」 「邪魔ばっかりしてはきましたが、やるべきことはちゃんとこなしてましたね」 「今日のところはオマケさんを評価しましょう。空と同じくらい広い心で!」 「まあ、人手があるに越したことはないし……」 「どうでしょう、相談役」 「賑やかで楽しいと思うよ♡」 「オヤビン〜〜美味しいよ〜〜むにゃむにゃ」 「はッ――!?」 「しまった、オヤビンのことすっかり忘れてたーっ!」 「カンとビンはリサイクルしないとダメだよ」 「どら焼きごちそうさま! まったねー」 「忙しいこと」 「次はいつ来るのやら」 「そしたらまたロロちゃんとケンカしそうだね」 「ロロットちゃんは大人だもんね〜?」 「ロロットさん?」 「すう……すう……どら焼き……むにゃむにゃ」 「サリーちゃんと一緒に、ずっとはしゃいでたもんね」 「まったく。どっちがお子様なんだか」 みんなで顔を見合わせて微笑んだ。 「無知とは罪の顕れなのです」 「いきなり、どうしたの」 「キラフェス開催まであと僅かだというのに、それを知らない方がいらっしゃるのですよ!」 「うん、知らない。ブイッ!」 「威張らないでください、オマケさん。あなたは罪人なんですよ」 「はい。その罪を免ずるのが我々、生徒会の役目なのです」 「へえ〜。よくわかんない」 「どっちなんですか!」 「要するに、もっとキラフェスを色々な人に知ってもらおうってことだね」 「そうそう! そうなのです!」 「キラフェスって何? 美味しい?」 「流星学園でやるキラキラでとってもスペシャルゴージャスなお祭りだよ」 「そ、そんなに凄いの〜〜!?」 「しかも、うまいものが食べられるお店もいっぱい来るんだ」 「ホント!? 食べたい!」 「オマケさんは文字通り生徒会のオマケなんですから、強制的に参加してもらいますよ」 「うっそ、ラッキー!」 「ははは、それなら僕達のお手伝いをしてもらっていいかな?」 「うんうん、するする! 絶対する、チョーする! しまくる!」 「素敵な心がけです。じゃあ、一緒に頑張りましょう!」 「ロロちーには負けないもんね!」 「勝負になりませんよ」 「ロロちーってば、そんなに弱っちいの?」 「逆ですよ、逆!」 「じゃあまずチラシでも作ってさ。配ったり貼ったりしてみよっか」 「ナイスアイディアです、会長さん!」 「チラシ寿司!?」 「うまそうだなあ〜」 「ビラですよ、BILL!!」 「チラシの他にも、看板とか作りたいですね」 「おお、それは名案だ」 「カンパン!?」 「では、早速取りかかりましょう」 「無視すんなー!!」 「ちゃんと『キラフェス』という文字を見せないとわからないじゃないですか!!」 「絵を大きくしてもっと目立たせなきゃダメだってばー!」 見た目はいつもの痴話喧嘩だが、両者とも捨てがたい意見を述べている。 「それじゃあ、こうしよう。二人のアイディアを合わせて――」 「最善を得られなければ、無を選ぶのです!」 「カイチョーはどっちの味方をするのよう!!」 「う……っ。どっちのって、そんな……えと、う〜〜ん」 「せっ、正義の味方……かな?」 「この色を使えば派手に見えるんじゃないですかね?」 「文字をおっきくしたり小さくしたりすれば、見栄えが面白くなるよー」 さて、仲も良さそうだし僕はチラシを貼るための看板でも作ろう。 「釘やトントン♪ 当たれやトントン♪」 「カイチョー、なにやってんの?」 「見てのとおりじゃないですか。お歌の練習ですよ」 「ずりー! 一人だけ遊んでるぅー!」 「きちんと見て! 看板作ってるんだよっ」 「きゃあ!! トンカチをこちらに向けないでくださいっ」 「トンカツ!?」 「違いますよ、トントロです! トンカチとは相性が悪いものでして……」 「よく貯金箱を壊すのに使われるからね」 「ハッキリ言わないで下さいっ。そんなことをしたらオロオロ」 「やっだなあ。さすがのアタシでもそんなに極悪非道なことはしないってばあ!!」 「危ない危ない!」 「ショーシンモノだなあ、ロロちーは。そんなんじゃ、またトンカツ落とすぞう」 「トントロですってばーっ!!」 「カイチョーは、そのトンカチで何してんの?」 「こうやってね」 「トン、トン、トンと」 「豚、豚、豚と」 「ほら。看板に釘が刺さって動かなくなった」 「なんだか楽しそう! アタシにもやらせて〜〜」 「大丈夫?」 「よゆー、よゆー」 「ロロットはやっぱり怖い?」 「こ、怖くないですよっ。ちょっと様子を見させてもらうだけなのです」 「大丈夫だよ。出る幕ないから」 「オマケさんに言われると、凄いショックです」 「じゃあ、やってみる!」 「まずこうやって釘を指で支えてね。トンカチをこの平べったいところに打ち付けるんだ」 「な〜んだ、簡単じゃん。おっけー、まっかせといて」 「それでね。ちゃんと狙いを定めないと――」 「よおーーし! 一刀両だあああああん!」 「ああ、言わんこっちゃない」 声にならない痛みで、サリーちゃんが悶え苦しんでいる。 「勢いだけでやると、そうやって支えてる指に当たっちゃうから注意しないと」 「うう……らじゃ……」 「ゆっくり真上から垂直に落とすようにね。そうすると芯がブレないから」 「ゆっくり真上から……」 「リラックス、リラックス。腕が震えてるよ」 「今だ!!」 「あがが……」 衝撃は地味だが、威力は充分。大きい声をあげた方が楽になれるかもしれない。 「今のは少しかすって惜しかった。けど、惜しい方が指に当たりやすいんだよね」 「ど、どうすればいいの……」 「目標をちゃんと見て。そこを」 「ま、まだまだ……今度こそ慎重に……的をしっかり狙っていくぞぅ……」 「てぇい!!」 「ぃっ〜〜! ぃっ〜〜!」 ゴロゴロとその場でのたうち回る。 結局、釘は板に刺さることすらままならなかった。 この惨状を見ていれば、さすがにロロットもやりたがらないだろう。 「か、会長さん! ちょっとだけトントロを預かっててもらえませんか!?」 「ううっ、これは命より重いかもしれない……っ」 「トンカチよしです。トントロよしです」 「サリーちゃんにも言ったけど、手元が震えると指に当たっちゃうから気をつけてね」 「文字通り釘を刺すとは……なかなかやりますね、会長さん」 「狙ったつもりはないんだけど」 「トンカチ初体験です」 「トントロに使ったことはないの?」 「そんなことありえませんよ〜〜っ」 使わなくても、こまめに壊れてそうだしなあ。 「とにかくリラックスでね。落ち着いてやれば怖くないから」 「オマケさんみたく惨めで情けなくならないよう頑張ります」 「フーッ、フーッ」 指が腫れちゃって、反撃するゆとりもない。 「いきます。たぁーっ」 「くは……ぅ、鈍痛……」 その場でロロットがうずくまる。 「これくらいでへこたれると思ったら大間違いですよ、トンカチさん……」 「ああ、力んじゃダメだって――」 「はぁぅ……」 「いやいや、なんのこれしき。オマケさんの屍は私が越えていきます!」 「ひぅっ……」 まさにサリーちゃんの二の舞だ。このままだと埒が明かない。 「う〜〜ん。どうしようかな」 自分でやるのが手っ取り早いんだろうけど、せっかくやる気になってんだ。その気持ちを重んじたい。 なにせ、その好奇心と冒険心がロロットのいいところなんだから。 「ペンチを使って釘を固定すれば……」 「おお! それなら指が危ない目に遭わなくてすみそうですね」 「わあ! できました〜〜!」 凄い斜めってるけど、先端が飛び出してるわけじゃないから大丈夫かな。 「これならもっともっと出来そうですね。ありがとうございます、会長さん♡」 「慣れてきたら、真っ直ぐ刺さるように注意してみよっか。見た目もきれいになるはずだよ」 「真っ直ぐですか。わっかりました〜〜」 ノリノリで打ち込んでいく。字がきれいなだけあって手先が器用なのだろう。慣れるとどんどんきれいに打ち込まれていく。 「ずる〜〜い! アタシもやる〜〜!」 「オマケさんは指でもくわえて見てるといいです」 「もうふやけるくらい、くわえてたんだからーーっ」 「こらこら! 順番、順番」 「看板も出来たし、チラシも印刷終了です」 「おつかれーー! さあ、おやつの時間だ」 「まだ終わりじゃないって。チラシをみんなに配って回らなくっちゃ」 「ロロちー。どっちがたくさん配れるか勝負しよ!」 「なんでも勝負事に持ち込みたがるんですね。まるで副会長さんみたいですよ」 「ええ〜〜。じゃあ、やめる」 というわけで、3人一緒のまま配ることにした。 「流星キラキラフェスティバルをどうぞよろしくお願いしま〜す」 「うぃーす」 「よろすこう!」 「揚子江?」 「キラフェスだよ! 美味しくて美味しい美味しさのお祭りなんだから!!」 「ホントー? それは楽しそうだねー」 「楽しくて美味しいの!!」 「あははー。この子おもしろいよー」 「さっちんも負けてないって」 「巫女さんも、是非よろしくお願いいたします」 「おお、これが噂に聞く祭事のお知らせですな」 「はいっ」 「華やかな祭りの音色に誘われて、物の怪が現れるやもしれませぬ。その際は、それがしめにお任せあれ」 「大丈夫ですよ。なにせ魔族さんにも手伝ってもらってますから」 「なんたることか!?」 「ほら、あちらを見て下さい」 「リジチョーにもあげる!」 「あら、ありがとう」 「この字はアタシが書いたんだよ!!」 「そうなの? なかなか良くできてるじゃない」 「えへへーっ。すごいでしょーー!!」 「今度は文字の大きさをちゃんと考えるといいわ。そうすれば、もっと凄くなるわよ」 「うん、頑張るーー」 キラフ『エ』スになってるのはご愛敬。 「どうですか? これなら心配ないですよね♪」 「成敗いたす!!」 「紫央ちゃん、落ち着いて!」 「おや!? アゼルさん、いいところにいらっしゃいましたね」 「いない」 「そんなアゼルさんにも……はい、プレゼントです!」 そう言ってロロットはキラフェスのチラシを手渡した。 「そんなことをおっしゃらずに」 「遠慮しなくていいですから〜〜」 「遠慮などしていない」 「まあまあ、ぐぐっと」 「ぐぐ……?」 「ぐぐいっと!!」 「このお祭りなら、アゼルさんもきっと楽しくなっちゃいますよ」 「楽しい……?」 「キラキラの学園生活なのですよ!」 「ほら、次行っちゃうよー。置いてくよー」 「ああ、待って下さ〜〜い!」 「じゃあね、アゼル。失礼します、ヘレナさん」 「あら、たくさんもらったわね。ひぃ、ふぅ、みぃ……30枚?」 「この上なく不要だ」 「使い捨てカイロは防臭剤や肥料として再利用できるんだってよ」 「会長さ〜〜ん」 「あれ、ロロット。もうすぐ行くけど」 「今日は水場の確認なんで、教会で集合といたしましょう」 「うん、わかった。これ終わったら行くよ」 「お先に向かってますね〜」 「帰れと言ったはずだ」 「いやいや、まだ掃除が終わってないし。それに、これから生徒会だし。というか、言われて無いし」 ロロットを追うようにしてアゼルが教室から出て行った。 僕に言ったんじゃないのね……。 「あーー!! ちょっと掃除終わってないってば!!」 「待て」 「ヒイイィヤァアア」 「って、アゼルさんじゃありませんか。ビックリさせないで下さいよ〜」 「来い」 「ついて来い」 「あっ。あ〜〜れ〜〜」 「なぜここにいる」 「生徒会活動があるので、まだ帰りませんよ」 「元の世界へ帰れと言っている」 「えっ!? どどどど、どうしてそのことを!? あなたは一体、何者なんですかっ」 「私は――」 「ひえええっ、会長さんっ!?」 「それにアゼルまで」 「もしかして、アゼルも手伝いに来てくれたとか!」 「そうか……じゃあ、どうしてここに?」 「そうです!!」 「アゼルさんはですね。生徒会活動に興味津々なんです」 「でも、本人は違うって言ってるけど?」 「照れてるんですよ! こういうときは――」 「そうそう! いわゆるツンデレというやつなのです!」 アゼルは明後日の方向を見ている。 「アゼルさんもせっかくこの世界に来たんですから、楽しまなくっちゃ損ですよ!」 「まさにグローバルコミュニケーションだね」 「あ、そう……」 「ええと……で、今日は何をするんでしたっけ?」 「さっき自分で言ってたじゃない。水場の確認でしょ」 「そうそう、そうでした!」 「会場となる中庭にある水道の数だけじゃ足りないから、教会の方にあるのを借りてくるんだ」 「ホースを繋いで伸ばすんですよ」 「ほ、本当に興味があるの?」 全員で水道の前で肩を寄せ合った。 「では、ご開帳〜♪」 蛇口を捻ってみる。 「あら。勢いが弱いですね」 「ムムム……故障かな」 「これだとキラフェスでは使いづらいですね。どうしましょう?」 「とりあえずヘレナさんに報告してこなくっちゃ」 「どうしたんですか、唸ったりなんかして」 「あら、いらっしゃい」 「何かお困り事でも?」 「察しがいいわね。ちょっと、これを見て」 「水道料金……明細書?」 数字を見て目の玉が飛び出る。 「ああ……眼鏡、眼鏡」 「落ち着きなさいって。眼鏡なんてないでしょ」 「でも、これだけの敷地。それにプールもありますし、これがどの程度の金額か見当もつかないんですけど」 「いつもの100倍よ、100倍」 「なんと!」 「そう。普段なら、我が流星学園の水は――」 「水は?」 「で、何の用かしら?」 「水はどうしてるんですか、水はっ」 「もしかして、私に会いたくなっちゃったとか?」 「そっ、そんなこと……あるわけないじゃないですかっ」 「あ〜ら、真っ赤になっちゃって可愛い♡」 「からかわないで下さいっ! 教会の水道が調子悪いから報告しに来たんです」 「怒らない、怒らない。冗談に決まってるでしょ」 「――教会?」 「ヘレナさん?」 「匂うぜ……」 「えっ。くんくん……」 ヘレナさんのいい匂い――って、いかんいかん!! 「事件の匂いがする」 「そ、そうなんですか」 「ええ、私。例の件だけど――ああ、やっぱり教会なのね。うん、こっちの話。で、なんとかできそう?」 「あら、そう。わかったわ」 「問題になってるのは教会の辺り。工事の人が気を利かせてバルブを締めてくれたみたいなの」 「だから水が出なかったんだ。けど、それじゃ問題が迷宮入りしたままですね」 「ええ。それに、このまま使えないのも困るから調査をお願いしたんだけど、なんだか立て込んでるみたいで来るのに少し時間がかかるかもしれないわ」 「ということは、待ってる間にも水道料金が文字通り水増しされてしまうと」 「可能性は否めないわね」 「なんともったいない!! 僕にやらせて下さい!!」 「その意気やよし! では、生徒会に事態解決のミッションを命じる」 「了解、ボス」 「勢いで啖呵を切ってしまった……」 「さすがですね、会長さん! まさに倹約家の鑑です」 「そ、そうかな」 「それになんだか楽しそうじゃないですか。とにかくやれるだけやってみましょうよ!」 「よ、よ〜し。頑張ってみるかっ」 とりあえずシスターや周辺にいる生徒に対して聞き込み調査を始める。 「シスターさんはホースを使ってお花に水をあげてるだけだそうです」 「あとは運動部の人が飲み水に使ってるぐらいしか」 「うっかり水を出しっぱなしにしているかもしれませんね〜」 「う〜〜ん。壊れてる可能性も否めない。なんとか原因を突き止められないかな」 「無駄だ」 「無駄なことだ」 「おお、なるほど! きっと無駄使いしてるから、いけないんですよ」 「まずは……そうですね。会長さん、なにか看板になるものを用意しませんか?」 「どうするの?」 「元栓をしっかり締めましょうという注意書きです」 「けど、それだけでは心細いですね〜」 「むう……えっと、シスターはホースで水を散布してるんだっけ?」 「はい。これで無理なく無駄なくムラ無く水を撒いているそうですよ」 「そこに無駄が潜んでいるっ」 「確かこの辺に――あ、あった!」 「理事長さんに伝えておきましたよ」 蛇口を捻ると普通に水が出る。 「あと、看板に文字を書いておきました!」 「水の無駄遣いは命よりも重いという意味です」 「もうちょっとわかりやすくしとこうか……」 「はいっ♪」 ロロットが書道に勤しんでる傍ら、僕は家からもってきたあるものをいじってみる。 「あとはホースと固定してっと」 「針金で固定しておけば――」 「おおっ、シャワーの出来上がりですね!」 持ってきたものとは、いわゆるご家庭のお風呂で使われているシャワーヘッドだ。 「けど、これは普通のやつと違うんだよ」 タメさんとこで譲ってもらったのを自分なりに改良を加えてみた。 「水の吹き出す穴を小さくしたり、ヘッドの中で一時的に水を溜め込んで、噴射するときの水圧を高める」 「こうすることで水の勢いが伸びるから、少ない水量で多く水を散布できるというわけ」 「ところがどっこい。これにより、水の消費量を約50%も節約できるっ」 「100倍の損失が50倍まで軽減されるというわけですね!!」 「効果があるのか疑問だぜ」 「いいのですっ。とにかくやれるだけのことをやっているのですから」 「じゃあ、早速試してみよう」 「おお〜〜っ!!」 「遠くまで飛んでいくでしょ」 「ほらほら。アゼルさんも見に来てください。凄いですよー」 「断る」 だからってそんな距離を取らなくてもいいのに。 「蛇口の開きに関わらず常に一定量。これが節約の秘訣さっ」 「ということは、全開にしても大丈夫なんですねっ」 「えっ!? ダメだよ、ロロット――」 「きゃーーー!!」 「アアーーッ」 圧力に耐えきれず、シャワーヘッドがすっぽ抜けてしまう。そしてホースが水を得た魚のように暴れ狂う。 「止めます、止めます! すみませーん」 慌ててロロットが蛇口を締め直すが、ホースの口から吹き出た水でビショ濡れになってしまった。 ロロットの制服が濡れて、小さな身体にぴったりと張り付いていた。 そして薄桃の生地から浮き出る布の下に隠された少女の秘密。 柔らかみのある膨らみを覆う肌着が、物の見事に透けている。 「ごくっ……」 その先端がぷっくりと微かに膨らみ、突起の色が映えてしまいそうなほどに濡れそぼる。 首筋から雫が胸の曲線に沿って流れ落ちていた。 その一つが、悪戯にロロットの胸の突起を滑っていく。 「んん……っ」 冷たさに身をよじらせているのだが、その姿がやけに艶めかしくて勘違いを催してしまう。 太陽光に照らされて、髪の毛がキラキラと輝いた。 「あーん。冷たいです〜」 ロロットって容姿は幼く見えるけれど、胸もほどよい大きさがある。 変身の時とは違って、着衣で濡れるのもまた――って、いかんいかん! 生徒会活動にかこつけて、こんなふしだらな思考は断じていかん! そんなことばかり考えていたら、ロロットを意識してしまうじゃないかっ。 脳裏をよぎるのは、潤いに溢れ返る白い柔肌。 押し寄せる劣情の妄想を振り払い、僕は蛇口を締めに走る。 「えへへ、服の中までびっしょりですね」 「う……チラッ」 だから、いかんいかん! 抜けないように、もっとしっかり補強をしておこう。 「よ、よし。これで大丈夫かな?」 「くっしゅん」 「ああ、早く体を拭かなくっちゃ」 タオルで髪の毛を拭いてあげる。 「はう〜〜」 「か、体は自分で拭いてね」 「ありがとうございます。あ、会長さんもビッショビショですよ」 「僕は大丈夫だから――ふぇーっくしゅ!」 「ほら、拭かないといけませんっ」 「だ、だめだよ。そんなことしたらタオルが汚れちゃうって」 「本日の敢闘賞ですから、遠慮しなくていいのですよ〜♪」 「よ、よせやい」 ああ、ロロットの匂いがする……。 こ、後輩にドキドキするなんて、先輩失格だ……ッ。 「アーッ!! そこはいいから、拭かなくていいから!」 「な、なんだってんだい!?」 「〈汚〉《けが》れてるな」 「よ、〈汚〉《よご》れじゃないんだ……」 「そ、そんな……」 「ええ。残念ながら、今でも水道メーターは異常な値を指し続けてるわ」 「僕らの節約大作戦が……」 苦労の甲斐もなく、事件は一向に解決していなかった。 「会長さん! ここで諦めては生徒会の名に傷がついてしまいますよ」 「生徒会が信用を失ったら、生徒会は解散して僕は退学。地下に潜って独自の貨幣で過ごしつつ、徳川埋蔵金をゲットだね!」 「埋蔵金なんてもの、あるわけないじゃないですかッ!」 「現実から目を背けてはいけませんよ、会長さんっ」 ロロットにまともなことを言われてしまった……。 「ごもっとも! ヘレナさん……もう一度、もう一度チャンスを下さい!!」 「これが最後だ。二度目の失敗は許されない。意味は、わかるな?」 「ごくっ……は、はい! 絶対に仕留めてみせます」 「BOSSの期待に応えられるよう頑張ります!」 「OK! 成功を祈る」 事件の早期解決に向け、特別捜査官3名が現場に配備された。 「帰る」 「ダメですよ、アゼルさん。これはもう連帯責任なんですから」 「無駄遣いが原因でなければ、他に理由があるはずなんだ。それを見つけなければ……」 「必死だな」 「命が懸かっていれば当然なのです」 「懸かってたっけ!?」 「さあ、会長さん。張り切っていきましょう」 「うう……ロロット、そんなに頑張ってくれて……ありがとう」 「事件の真相を追求する大捜査線。なんだかワクワクしてくるじゃないですかっ」 「僕の命は……?」 笑われた。 「水はちゃんと出る。特に異常なし、か」 「シャワーも壊れてないですね〜」 「平和だ……平和が何故かとても憎いッ」 「平和はとってもいいことですよ♪」 「偽りの平和」 「疑念と悪意に満ちた混沌の世界だからこそ、残酷な事件が起きる」 「不浄だ」 「しかし、それを解決すれば……っ」 「その必要はない」 「アゼルさん?」 「おおっ、何やら怪しい人影を発見」 「落ち着きましょう、会長さん。あの方はシスターさんですよ」 「お、おお、そうだった。そうでした」 美しい景観を担う周囲の植物に水を撒いている。 「気持ちよさそうに鼻歌を奏でていらっしゃいますな」 「釣られてしまいそうです、ふんふんふーん♪」 「耳障りだ」 「なんてひどい!!」 厳しい監視を物ともせず、ご機嫌なシスターは水撒きを終えて教会の中へと戻っていった。 その僅かな隙を狙って猛ダッシュ! 「蛇口オッケー」 「締め忘れ、ありませんっ」 となると、残る理由は水道管が壊れているくらいしか見当がつかないぞ。 「やむを得まい……」 「会長さん……そのスコップは……」 「全部掘るッ! そして水道管をチェックするっ」 「ダメですよ、会長さんっ」 「止めないでくれえっ」 「ここで諦めては、全てが終わってしまうんですよっ」 「ゲームは、まだ始まったばかりなんですから!」 「あ、遊びだったのね……」 「アゼルはそんなこと……ないよね?」 「アゼル?」 「興味ない」 ぷいっとはずした視線の先を追う。 そこで僕達が見たものとは―― 「ままっ、魔族さん!?」 「シーーッ」 僕達の姿に気づいてないか、果ては気にしてないのかはともかく、警戒している様子はゼロだ。 そのまま水道のある場所に行き、蛇口を全開で捻った。 そしてその体を持ってして受け止める。 「行水? それともシャワーのつもり?」 「寒くなってきたというのに元気ですね」 「変だな。あれだけ水を流していれば少しくらいは形跡が残るはずなのに……」 「かかかっ、会長さんっ。アレを見てくださいっ」 「うはっ」 止めどなく流れ出る水は魔族の体に触れた瞬間、気体となって蒸発していく。 パッと見では全く理解できなかったが、あの肉体は熱を帯びている。それも高い熱量を発しているのだ。 理由はわからないけど、あれだけ無駄に消費しているのを見過ごすわけにはいかない。 「なるほど。ようやく犯人を突き止めたぞ」 「うんっ」 「危ないのでアゼルさんは隠れていて下さいっ」 「既にいないよ……」 二人で魔族の前に躍り出る。 「大人しくお縄について下さ〜い」 「素直に言うことを聞いてくれれば、手荒な真似はしない」 「ヒイッ!」 火の玉が飛んできた。宣戦布告とはいい度胸をしてるッ。 「いくよ、ロロット」 「で。なぜ、こんなことをしていたんだい? 何かお願い事でもあったの?」 なるべく刺激しないよう、穏便に尋ねてみる。 「肌が乾いて仕方がない。しかもノドも渇いて仕方がないと言ってるぜ」 「ノドが渇くのですか〜!?」 「それって、もしかして成人病の一種なのではありませんか!?」 それで大量に水分を補給していたというのか……なんて、可哀想に。 「とりあえず、その病気について調べなくっちゃ」 「図書館に行ってみましょう。そこなら何かしら手がかりがあるはずです」 唸る魔族にじょうろで水を適度に垂らしながら、一緒に連れて行く。 「ええっと。確かこのお病気は……糖尿病と言うらしいんですが」 「そ、それは一大事だ……どれどれ」 糖尿病に関する資料を読みあさる。 「インスリン……何やら注射を打てば治るそうですよ」 「注射……」 「この肌を貫くには、熱くて硬くてぶっとい注射を打たなければいけませんね」 「熱くて硬くてぶっとい注射……」 「卑猥だぜ」 「き、君ってやつはっ」 「とのことですが?」 「あらら、逃げ出しちゃいました」 そりゃ僕だって逃げるさ。 「どうして魔族さんは糖尿病に」 「きっと不規則な生活習慣と食生活を送ってるからじゃないかなあ」 「ま、まさか〈流行病〉《はやりやまい》ですか!?」 「魔族だから」 「え……そんだけの理由?」 「パンダさん。自称大賢者のあなたなら、何か知ってるんじゃないんですか?」 「ちっ……呼ばれちゃしょうがねぇな……」 「で、どうなんですか?」 「ククク……わかるわけないぜ、ただ――」 「魔族ってのは世界間移動時に強大な魔力を消耗し、その際に体質が大きく変化する場合がある」 「そのため、思うように体が順応できない者もいるんだって、リアちゃんが教えてくれたぜ。や・さ・し・く・な♡」 「なるほど。たまには役に立ちますね、パンダさん」 「リア先輩といつの間にそんなやりとりを……」 「嘘だよ、嘘」 「君はいけない子だね」 「ふむふむ。私達と違って、ここへ来るのに色々大変な目に遭っているわけですね」 「私達?」 「あわわわ」 「しかし、凄いなアゼルは。一発で見抜くなんて」 「本当です! 会長さん。きっとアゼルさんは生徒会の力強い味方になってくれますよ」 「まだ誘ってもいないのに……」 「けど、問題の解決にはなってないんだよね」 「どこに行ってしまったのでしょう」 「じょうろ出して」 戻ってきた。 「力無き者は、ただ消えゆく」 「なんとかしてやれないかなあ」 「なぜって何が?」 「なぜ、害となる者の力になろうとするのだ?」 「せっかく頑張って来たのに、ホイホイ追い返すのもなんだか可哀想じゃない」 それに悪いことだとわからなくて、やっているんだ。今までの魔族もみんなそうだった。 「そうですよっ。私だって、ここの世界――じゃなくて国へ来た時は、たくさんの方に優しくしてもらいました」 「旅は道連れ、世の情けは人の為にならずという言葉があります」 「ねーよ」 「困ってる方がいるのに、それを見過ごすことは出来ません!」 「違うなんてこと――」 「さっきの言葉と、意味が違う」 つ、突っ込んだッ。 「まあいい」 冷たい瞳のまま、くるりと背を向けた。 「私には、関係ない」 「そんなことないですよっ。アゼルさんにも生徒会のお手伝いをしてもらうんですからっ」 「うぅ〜〜」 「まあまあ、とりあえず犯人が見つかっただけでもよしとしよう」 「そうですね! これで理事長さんにたっぷり褒められちゃいます♪」 まったく。落ち込んだり喜んだり、忙しい娘だなあ〜。 「で、問題は無事に解決したわけだ。おめっと」 「いやあ、実はそうでもないんだよ」 「魔族さんの体は日に日に熱く火照り、血湧き肉が踊り放題なんですよ」 「溜まりに溜まった欲求不満を解消してあげなければ、また違うどこかで誰かがその毒牙にかかってしまうんですよ〜」 「そ、そんなに情感こめないでよ」 「要するに再発を防止しないと、本当の解決にはならないわけさ」 「お人好しだね、二人とも」 「困ってる人をお助けするのは当然のことなのです。ねえ、アゼルさん♪」 「わああっ! いるならいると言っておくれよ、おっかさん!」 「そういうわけでさ。何かいい案はないかな?」 「冷や水が欲しいなら、いっそのこと噴水にでも突っ込んどけば?」 「これでバッチリですね〜」 触れれば火傷しそうな体をどうやって投げ飛ばしたのだろうか。 「さて、どうなることやら」 「大丈夫かな……」 一瞬沈んだが、すぐに体が浮いてきた。 とても気持ちよさそうな顔をしている。これは成功かと思った矢先に―― 「かかっ、会長さんっ。なんだか泡ぶくがっ」 「お、おなら?」 「パヴェルッ」 固唾を呑んで見守っていると、その水泡は次第に数を増していった。 「まっ、まさか」 手を水に浸すと―― 「ぬる!」 「沸騰してるんですかっ」 「早く引き上げなきゃ。網か釣り竿かなんかないの!?」 「はい、もしもし〜」 「悠長に電話してる場合か!」 「……じいや? ええ、私の後ろに……」 「ロロットの後ろ?」 空から釣り竿が降ってきた。 「このロッドなら……ロロット!」 「任せて下さいっ」 ルアーをうまく体に引っかけてFISH ON! 「大漁です〜♪」 「よし! 魚は浮いてこない」 なんてタフなんだ。 「さて、どうしよう」 「これはもう、海に投げるしかない!」 「それで海面が上昇しちゃったら大変だよっ」 「じゃあ、どうすんのさ」 「でも、ご機嫌ですよ〜。魔族さん」 「あれだけのカロリーを放出すれば、そりゃねえ」 「成敗ッ!」 「きゃー、やめて下さいっ」 「悪の化身め、叩き斬ってくれるわ!」 紫央ちゃんが問答無用で魔族に襲いかかった。ロロットは身を張ってかばおうとする。 「危ない、ロロットっ」 「ひっ、きゃあっ! 会長さん……!」 「ダメだよ。触れたら、火傷して痕に残っちゃう」 「あっ、そんなに鷲づかみにしちゃ、ダメですよーっ」 なっ、この柔らかみ……とんでもないところを掴んでしまった。 「やめなさい、このドスケベがー!」 「うう……痛い」 「自業自得」 「ま……まさか……生徒会が敵に寝返るとは!!」 「違うよ、紫央ちゃん。この魔族は……え〜っと味方?」 「ご冗談を!」 「冗談もヘチマもないっての。えとね、これには深い訳があってね――」 紫央ちゃんはナナカに任せるとして。 「あ、あの……ごめん、ロロット。つい無我夢中で……」 「いいんですよ。会長さんは私を守ってくれたのですから」 ああ、ロロットは優しいなあ……。僅かに残った手の平の感触を噛みしめるって、いかんいかん! 「――って、わけ」 「なるほど……それがしの早合点というわけですな。いやはや、お恥ずかしい」 「折角、行水をしてきたというに、汗をかいてはまさに元の木阿弥」 「あ、シャンプーの匂い」 「う〜ん。いい香りです〜♪」 「は、破廉恥ですぞ」 「あーもー。こいつが側にいるおかげで、熱いったらありゃしない。アタシもシャワー浴びて帰ろうかな」 「そうだ。アンタもお風呂の代わり使ったら? 生徒会長の特権てな感じに」 「おおお、その手があったかー。けど、それってズルくない?」 「それが目当てで立候補しておいて、今更なに言ってんのよ」 「会長さん。シャワーって、もしかしてあの室内プールにあるやつですか?」 「そうだけど…… あっ」 「そこのお水はどうなんでしょうか」 「ロロット……ロロット! もしかしたら、それは使えるかもしれない」 「僕にいい考えがある。プールに行こう」 部活動も終わり、閑散としたプール。 管理人さんの許可を得て、ある実験を試みる。 「なるほど。ボイラーで温水に換え、シャワーやプールの水として使っていると」 「ここ」 「これだけの水を温めるのには、相当の燃料が必要だ。けど、こいつがいれば……」 プールの中に投下してみる。 「まあ、結果は見ての通り」 「温泉の出来上がりですねっ」 浸されている本人は概ね満足そうな表情を浮かべている。 「よし。水分を要しているだけで、冷水である必要性はなくなった。それなら話は早い」 「ここを温泉として売り込むんですね!?」 「いや、今は使用後の排水で魔族の欲求が解消されるかを試しただけ」 再度、魔族を釣り上げて向き合う。 「君に今日からボイラーの代わりをして欲しい」 「ぼいらー?」 「ここの温水を作って欲しいんだ」 「君の体質を見る限り、燃焼より伝熱で温度を上げていると見た」 「つか燃えてたら、そこらじゅうが大火事になってるし」 「この伝熱を利用してボイラーの中に貯まっている冷水を温めて、それがシャワーやプールの温水となる」 「冷水を温める時に、少しは熱が冷めるはず。間接的とはいえ、温める体積の量が違うから」 「けど、それじゃあさっき会長さんが言ってた『水分』は得られないじゃないですか」 「確かに。水をかぶるのが大好きみたいだからね」 「ああー!!」 「それで、このプールが魔族さんのお風呂になるんですね!!」 「そう! 真の報酬は全ての作業が終わった後にある。水を入れ替える際に、思う存分プールで水分を補給するといい」 「……ってことを考えてみたんだけど。ど、どうかな?」 「アンタ、やっぱケチの王様だわ。いや、ゴメン。今日は褒めてるから」 「ククク……王様だってさ」 「凄いですよ、会長さん。まさに妄想の域を越えた発想の持ち主です」 「お、大袈裟だって」 「あなたボイラーの構造を知ってるの?」 「ボイラーの外郭があの高熱に耐えうるか、その答えはNOね」 「残念ながら、あなたの理想は現段階で実現不可能よ」 学生風情の浅はかな考えでは、これが限界か。 「けど、燃料を使うお金がタダになるんですよ? 素敵で美味しい話だと思うんですが……」 「そうね。月々に懸かる燃料費の分を差し引いたとして――」 「耐熱工事の先行投資をしても、十分に支出を抑えられるわ」 「ということは――」 「試してみる価値はある、ということよ」 「やりましたよ、会長さーん!」 「おおーっ」 「良かったね、二人とも」 「実際は、もうちょっと合理的な方法でやらせてもらうけど、それで構わない?」 「あっ、あれはその机上の空論みたいなもんですから……専門家にお任せします」 「そちらも今の感じで働いてもらう。それで大丈夫かしら?」 「契約は成立ね。学園の従業員として、よろしくお願いします」 「魔族さんとお互いに手を取り、助け合うことができるなんて……夢にも思いませんでした」 「そう? 意外とあなたの知らない所で助け合ってるかもしれないわよ」 「はい、シンちゃん。頑張ってくれたから、特別にプレゼント」 「ヘレナさん……」 「なぁに?」 「その……たまにはトロフィー以外にも……なんか……」 「もうちょっと頑張ったらね」 「おおお、頑張るぞーーっ!」 「ふぁいとですよ、会長さーーん♪」 「魔族と助け合う?」 「そう……無駄なことだ」 「なかなかご新規さんが見つかりませんね〜」 「もう、ほとんど見て回ったからなあ」 「もっともっと賑やかにしたいので、もっともっとお店の数を増やしたいのですよ」 「となると裏通りとかのアングラなお店を回ってみるしか――」 「あら? あそこは何でしょうか」 古ぼけたビルの半地下へ続く階段。入り口の手前には毒々しいドクロマークの看板が飾られてある。 「なんだったか、あそこ……確かカレー屋だったっけ」 「カレーライスですか!?」 「けどお店の雰囲気が怪しくて誰も行ったことがないんだよな……」 「カレーライスと聞いて黙ってはいられません! ちょっと行ってきます!」 「確か飲食店だったような。って、ロロット……どこ行ったんだ?」 「お嬢さまはお食事に向かわれました」 「リースリングさんっ」 「本格スパイスカレー『愛の国』。私の戦友が経営しております」 「へえ、そうだったんですか」 せっかくなんで紹介してもらうかな。 「ジャクリーン」 「店長さんのお名前ですか?」 「かつてデスマーチ・ジャクリーンと呼ばれていた女」 「ジャクリーンは化学兵器のプロで、片手に枯れ葉剤。もう片手にVXガスを持ち、砲弾の舞う戦場を駆け抜けていった」 「植物は枯れ、獣は泡を噴き、人々は倒れていった。彼女が通った後は、草の根一つ残りはしない……という伝説が」 「そ、それでデスマーチ・ジャクリーン……そんな人とどこで出会ったんですか」 「暗殺訓練をしていた頃の同級生でございます」 「あ……あんさつ?」 「懐かしく良き思い出にございます」 そんな人が作るカレー。確かに薬品とスパイスはどちらも配合が決め手―― 「ろ、ロロットが危ない!」 急いで店内に駆け込もうとしたそのとき、店内からロロットが弱々しい姿で現れた。 フラフラと足取りがおぼつかない。にわかに痙攣しているようにも見える。 「早く解毒しないとっ。リースリングさん! 何ボーッとしているんですかっ!」 「かっ……かはっ……」 「こういうときは何を使うんでしたっけ、えーっとえーっとたしか……」 「プラリドキシムヨウ化メチル。またの名をPAM」 「けど、それより今は――ご無礼」 「ヒッ!」 リースリングさんが不意に僕の懐へ手を伸ばした。 「こちらの方が特効薬になるでしょう」 「ぎゅ、牛乳?」 なんという人だ……僕が牛乳を常備していることに気づいているなんて! 「ごくごく……ぷはーー。あ〜〜生き返ります〜〜」 「カレーと言えば?」 「かれえ。かれえ物を食べた時には牛乳がいい――って、あ、なるほど!」 「水やお茶よりも辛さを和らげると言います」 「それで牛乳と……で、ロロットは大丈夫!?」 「辛かったです〜〜」 「そっか……って、毒でも何でもなかったわけだね。あービックリした」 そもそもロロットに危機が及ぶようなら、リースリングさんがすぐに動くだろうしね。 「お嬢さま。元帥カレーのお味は如何でしたか?」 「元帥?」 「辛さの階級だそうです。偉くなればなるほど辛くなるんですって」 元帥ってことは、大佐とかよりも全然偉いんだろう。 「けど、じいや。いくら私でも元帥カレーは無理ですよ」 「じゃあ軍曹カレーくらい?」 「いいえ。二等兵カレーです」 「それって……」 「超甘口でございます」 カレー好きでも、激甘なカレーが大好きなのね。 前日の準備ということもあり、生徒も参加者が入り乱れ、段々と賑やかになってきた。 「設営はこんなもんかな」 かくいう僕は力作業が一段落し、リア先輩の淹れてくれたお茶を飲んで休憩をしていた。 「会長さ〜〜ん!」 「やあ、ロロット。うまく行ってる?」 「はい、とっても順調です。そちらはどうですか?」 「今ちょうど終わったところ」 「でしたら、これから私を手伝ってもらえませんか〜?」 「うん、いいよ。で、何するの?」 「飲食店で一番注意しなければいけないこと。なんだかわかります?」 「うまくて安い物をちゃんと作っているか」 「ぶぶー。衛生面ですよ。そのお店のものが安全かどうかを身を挺して確かめるのです」 「身を挺するって、僕とロロットが?」 「はい♪ いわゆるモルモットなのです。なので、今から一緒に試食をして回りましょうっ」 「試食……ということは、無料で食べ放題!?」 「そうなのですよ♪」 「おおお、生徒会長ばんざ〜い」 「さっそくレッツゴーなのです」 「お好み焼き屋さん。二重丸です♡」 「ほらほら。ソースが付いてるよ」 「んんっ……ぺろっ」 「お嬢さまがみっともないぞ〜」 「えへへ。じいやには内緒ですよ」 「しかし、どこもかしこも……」 「本当ですね。いくらでも食べられそうです」 「うんうんっ」 「さて、お次のお店は――」 「らっしゃい、毎度!」 「夕霧庵の試食に来たよ〜」 「どーんと特盛りでお願いしますね」 「これは花丸ですね! ごちそうさまでした〜」 「お粗末様でしたっと。というわけで、交代」 「さてはケーキ屋さんの試食に行く気だな」 「当然!」 「どうせなら一緒に参りましょう。次は甘いお菓子のお店ですから」 「本当!?」 「おこしやす」 「ごちそうさまでした」 「あはは……」 「洋菓子好きは、ほんまに不憫どすなあ」 この人は確か、和菓子倶楽部の部長――リア先輩の友達の御陵先輩だ。 「プリエでは、和菓子倶楽部がご協力されてるんですね」 「うう……さすがにお腹が膨れて来たなあ」 「何を言ってるんですか。これもきちんとした任務なんですから、しっかり試食をしなければ」 「リーアも太鼓判を押しとるえ」 「お腹いっぱいなら、無理しなくてもいいんだよ」 「代わりにリーアが食べはるさかい。なあ?」 「そ、そんなつもりで言ったんじゃ……」 「なるほど。先輩さんは食べたくて仕方がないのですね」 「そ、そんなことないもんっ。まるで私が食いしん坊みたいじゃないっ」 「誰も食いしん坊とまでは、言ってへんよ?」 「うぅ……」 「けど、残念ながらその責務は私と会長さんにあるのです! というわけで――」 「プリエ特製の和菓子おす。た〜んと食べてや」 「いただきま〜す」 「いただきます……」 「う〜〜ん。甘くて美味しいです〜〜♪」 「もぐもぐ……うまいっ……だけど、苦しい……」 「しょうがないですねえ。私が食べてあげますよ、ぱっくん♪」 「ああ、すみません」 「ごちそうさまでしたっ」 「うぷ……」 「いい食べっぷりやわあ。なあ、リーア?」 「本当」 「おかげでリーアの味見する分がなくなってしもうたわ。堪忍な」 「な……!」 「では、会長さん。次へ参りましょう!」 「ちょ……お茶を……」 「おはよーおかえりやす」 「はい、ごちそうさまでした。あともう少しでおしまいですよ、会長さん」 「ま、まだ食べるのぉ……?」 「はい。任務を途中で諦めるなど、もってのほかです」 「だ……誰か代わって……」 「こんにちは〜試食をしに来ました」 「いらっしゃ〜い」 「さっちん、ということは――」 「そう! ケーキ屋さんのお手伝いだよー」 「ナナカ……ナナカぁ……」 「高橋さん。まだこちらの話が終わってないでしょう?」 「あれ、副会長さん。何をしてるんですか?」 「尋問されてるんだよー」 「人聞きの悪いことを言わないで。打ち合わせよ、打ち合わせ」 「試食だっけー。ちょっと待っててねー」 「あっ、こらぁっ。んもーっ」 「もぐもぐ……楽しみですね〜」 「って、また何か食べてるしっ」 「さきほどの甘味処でお土産に頂いたクリームあんみつですよ♡」 「また甘い物ですかッ」 「甘くて美味しいものは別腹なのですよ」 「女子の体って神秘的過ぎる……僕には無理……」 「どうせ後の事を考えないで食べ過ぎたんでしょ。まったく計画性の無い人ね」 「いや……どこでもロロットの方が食べてる」 「お待たせ出任せ、即興ケーキバイキング〜♪」 「パティシエさんが腕によりをかけた名作の数々をどうぞご賞味あれー」 次々と運ばれてくるケーキ皿。一つ一つが小粒で小柄だけれど、さっちんの背後で次の刺客が星の数ほど待ちかまえている。 「こ、こんなに……食べきれない……しかもチョコレートなんて重いものを……」 「いくらなんでも作り過ぎじゃない? そんなに食べたら太っちゃうわよ」 「その前にお腹壊す……」 「残ったものは、アタシ達スウィーツ同好会に任せなさいって」 「な、ナナカ! 助かった……」 「ショコラの新作と聞いてすっ飛んできたよ」 「くすくす。見くびらないでください。これくらいどうってことありませんよ。ねえ、会長さん」 「さあ、パーティの始まりです!」 「ヒーッ!」 「もう味がよくわからない……」 「あ……アタシのケーキが……ガクッ」 「これくらいお茶の子ザーサイなのですよ」 「すごいねー。あのちっちゃな体のどこに行っちゃうんだろー」 「あとで太らない秘訣を教えてもらわなくっちゃ……」 「さて、会長さん。次に参りましょう!」 ロロットのお腹は底なしだ……。 「青い空っ」 「広い海っ」 「ないわよ」 「学園にも海を作るべきだと思うのですよ」 「う〜〜ん。ちょっぴり無理かなー」 「ちょっぴりですか」 「海水浴をしに来たわけじゃないのよ」 「Angelic Agentにどこぞの誰かから依頼が来たと言うのですね!!」 「がっかりです」 「そもそもエンジェル団のことなんて、誰も知らないでしょ」 「その通り。だから、その名を知らしめる必要があるわ!」 「な、なんか悪いことでもする気かい? ドキドキ」 「悪事万里の長城を走るというやつですね」 「みんなにお知らせしようってことなのかな?」 「やっぱり先輩は私の良き理解者だわ♡」 「ちゃんと見習ってよね!」 「営業回りというわけですな」 「営業ですか……ふむふむ、お得意様と『だんごう』したり、よその『あくひょう』を垂れ流したり、仕事する振りをして『ぱちんこ』をすることですか」 「しません!」 「天使のくせに腹黒いぜ」 「書かれてある通りに読んだだけなのですが……」 「知識を詰め込むだけじゃなくて、やっぱり実際に体験してみなきゃ」 「ぱちんこをするんですね!!」 というわけで、僕たちはAngelic Agentの営業活動を始めることにした。 「よろずのヘルプ、承ります。Angelic Agentに是非、ご用命くださいませ♪」 「ふむふむ、なるほど。これが営業スマイルというものなんですね」 「こらこら」 「失礼ね。いつも通りと言って欲しいものだわ」 「ヘソで茶が沸くぜ」 「挨拶は基本だよ。人当たりが良いに越したことはないんだもの」 「やっぱりやめた方がいいかしら」 「シンってば、うさんくせ!」 「みんなひどいやっ」 「とにかく本番、行ってみよ〜♪」 「とと、ときゃっきょ――」 なんでいきなり舌を噛むんだ。 「リラックス、リラックス」 「練習通りにすれば大丈夫だって」 「がんばれー」 「わ、わかってるわよ!」 「な、なんで僕だけ逆ギレ……?」 「よしよし、会長さん」 笑顔振りまく聖沙を筆頭に、グラウンドにある運動部を一通り回る。 「ハマチッ!!」 「おおっと、ソフトボール部かな?」 「ゴムボールだ。これはラクロス部だね」 「あ、また飛んできましたよ」 「大暴投だぜ」 薄れゆく意識の中で『ごめんなさい』の声だけがうっすらと聞こえる。 「これだわ!」 「お! なにか名案でも浮かんだ?」 「お詫びの代わりに、ラクロス部から何か依頼をもらえないかしら」 「咲良クン、あなたの死を無駄にはしない!」 「いってらっしゃいませ〜」 「ただいま」 「お願い、もらえた?」 「それなんですが――」 「カバラッ!」 「ああ、パッキーさん!!」 「これまたすごいトコまで来たもんだ」 「これじゃあボールを捜すのも大変そう」 「先輩、それなんですよ」 「頼まれたことは、ズバリ球拾い!!」 「拾う!?」 「わああ!! びっくりさせないで下さいよっ」 「よしっ。頑張って拾うぞっ」 「余り物ならぬ、拾い物には福がある……って奴だから」 「なるほど……拾う門に福来たる、というやつですね」 「来てくれないかな〜」 「いい? 今回の依頼はラクロス部のボールを敷地内から全て探し出すこと」 「あ、今度は特大ホームラン級?」 ゴムボールが、僕らの頭上を軽々と越えていく。清々しいノーコンっぷりだ。 「その前に、あの試合にならないチームを鍛えるべきだと思うぜ」 「いっそのこと砲丸投げ部にしちゃうとか!」 「なに言ってるのよ。これは記念すべき、デビュー戦なんだからっ」 「そうですよっ。まずは何でもやってみるべきです!」 「そうそう。つべこべいわずに始めるわよっ!」 「クタクタです〜」 「弱!」 「スタートダッシュが早かったもんね」 「早けりゃいいってもんじゃないでしょ」 「それに拾っても拾っても――」 「たーまやー!」 「これだから拾い甲斐があるってものさ」 芝をかき分け、目を凝らす。 「ゲット!」 「あ、それはテニス部のだ」 みんな部活の備品をもっと大切にしよう。 「あ、見つけた!」 「ゴミ発見〜♪」 「『ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなきゃダメじゃないか!』」 「『はい、ゴミんなさい♡』」 「ところで言いだしっぺの副会長さんは、どこに行ったんですか?」 「あ、いない。さてはサボってるなっ」 「誰がサボるものですか!」 「ひええ、妖怪芝天狗」 「ああ、もお。芝だらけなっちゃって」 リア先輩が、ぱんぱんと聖沙のお尻を払う。 「とりあえずの戦果はこれよ」 聖沙はラクロス用のボールを12個ほど集めていた。 「サボっていたように見えるかしら?」 「めっそうもない」 「やるなあ」 「そんなに〈副〉《》が欲しいのですね、副会長さん」 「いりません!」 「遠慮しなくていいのにね」 「ところで。咲良クンは、どれだけ集めたのかしら?」 「僕はゼロ」 「ふふん♪」 「代わりにソフトボール10個」 「ふ〜ん」 「軟式のテニスボール9個。バスケットボール2個と、バレーボール1個。あとゴルフボール41個」 「あと――」 「もう、わかったわよ!」 「拾うのって楽しいなあ」 「ああ、良かったね」 「ムムム……ラクロス以外の部活を視野に入れておけば〜〜っっっ」 あのゴムボールだけ見つけるのは、なかなか凄いと思うんだけど。 「咲良クン。どっちが多く落ちてるものを拾えるか……勝負よ!!」 「福は譲らないよ」 そして二人の匍匐前進が始まった。 「そんなんで福が来るわけないのに」 「そうでもないよ? 備品の消耗が少なければ、予算も低くできるし」 「なんと……!」 「そうすれば他のことに予算を回したり出来るかもね」 「ロロちゃん、アタシ達も負けらんないね!」 「ナマ言ってんじゃないよ。ほら、レッツゴー!」 「なにも言ってませ〜〜〜ん」 こうして、生徒会一同はグラウンドのありとあらゆるものを拾い尽くした。 「私も地道な営業努力とやらをしてきましたよ!」 「殊勝な心がけね」 「というわけで、図書館の司書さんから直々に命じられた重大な任務です」 なぜか遠くにいるその司書さん――メリロットさんがため息をついている。 「エンジェル団のデビュー戦だね」 「突っ込まないの?」 「もういいです。さて、肝心の作戦名を発表しましょう。先輩さん、どうぞ」 「『消えた 最重要機密文献を 追え!』」 「おおっ、景気のいいタイトルだね!」 「数日前から、とある本が見あたらないそうです」 「とある本?」 「『乙女のKISEKIは100億光年』という小説なのですが」 「なにそのこっ恥ずかしいタイトル。機密でもなんでもないじゃん」 「それは言いっこ無し♪」 ロロットの熱意ある営業に負け、とりあえず依頼してみたというわけだ。 「聖沙、どうしたの?」 「い、いえ……なんでもないわ」 「奇妙ね。あの本は、確か先日に読んですぐ返したはずなのに。私以外の誰かがあれを……?」 「行方不明になったのは、ここ最近だそうです」 「誰かが借りていったわけじゃないのよね」 「はい。貸出の履歴には無かったようです」 「勝手に持ち出すことも、この図書館じゃ出来ないと思うしな〜」 「ということは、誰かが読んだはいいけど、館内のどこかに置いていった可能性が高い、と」 「要約するとそんな感じですね」 「メリロットさんが見落とすなんてこと、無いと思うんだけど……」 「ちなみにどんな感じの本?」 「パステルちっくな可愛らしいデザインだそうです。背表紙を見れば一目瞭然とのことですが」 「お題の通り、少女小説と見たっ」 「……とにかく手分けして探しましょう。あまり考えたくはないけど、盗まれた可能性もあるわね」 深刻そうな口ぶりに、全員が唾をごくりと飲み込んだ。 本棚に並べてある背表紙を見ても、該当するタイトルは見つからない。 「あれじゃない。これでもない」 「こっちに無いかな〜」 「どうしてこっちに来るのよ! 手分けしなくちゃ、意味がないでしょっ」 いきなりどやされたので、仕方なく別の場所へ向かう。 「ロロット?」 「ふむふむ。なるほど」 「中まで読んでるの?」 「えっ? ああ、またやってしまいました。こんなことをしている場合じゃなかったのに」 こつんと自分の頭にげんこつを当てる。 「てっきり、中身まで確認してると思ったんだけど」 「いえ、なにか面白そうなものを見つけるとついつい夢中になってしまって……」 「あはは。掃除して出てきた本に読みふけっちゃうのと同じだね」 「くすくす、そうですね」 だが、掃除しなくちゃならないほど本を持ってはいない。 「けど、これじゃあメリロットさんがやってることと同じだね」 「うっかり見落としてしまったのかもしれませんから」 「リア先輩も言ってたけど、あの人はしっかりしてるから、そんなミスをしないと思う」 「そうですか。だとしたら、誰かが食べちゃったとか!」 「ははは、パッキーじゃあるまいし」 「久々に思い出しといて、その扱いはあんまりだぜ」 「パンダさん。せっかく出てきたんですから、一緒に協力して下さいよ」 「そうだな……。この図書館はきちんと整理されている。いや、されすぎてるぜ」 「まあ、管理しているのがそういう人だし」 「きっちり背表紙を揃えて並べている。ここは本屋じゃねえからな、わざわざ表紙も中身も見せる必要はないぜ」 「これだけキレイにされてるんだ。きっと戻す方も気を使うはず。これだけ緻密に整頓されていれば当然だぜ」 「完全、完璧に管理されたこの本棚。その中で起きた事件。答えを闇雲に探すよりも、生じた違和感に目を付けるべきだと思うぜ」 一度招集をかけて、パッキーからの情報を伝える。 「違和感ねえ。そもそも、あまり来てないから全然わからないんだけど」 「役に立たねーぜ」 「そういうことなら、常連さんに聞くのが一番だね♡」 そう言うとリア先輩は聖沙の方に視線を移して可愛らしくウィンクをした。 「別に恥ずかしがることでもないでしょ?」 「そうですよ、副会長さん。お友達が少ないからって、気に病むことはありません」 「少なくなんかありません! 読書が好きなだけ!」 「そんな聖沙ちゃんなら、違和感に気づいてくれるかも?」 「ああ、お姉さまに期待されてる……ここはいいところを見せなくちゃっ」 「お任せ下さい」 聖沙を筆頭にして見て回る。 「いっぱいありますね〜。もしかして世界中の本が全てあるんじゃないですか?」 「ははは、さすがにそれはないって。こんなんじゃ済まないよ、きっと」 「保管しておく場所がないからね。けど、出来る限り多くの種類を集めたいから、いくら人気の高い本でも複数入荷することはないんだよ」 「そうなのですか〜」 「取り合いでケンカしちゃいそ」 「ナナカには縁のない話だよ」 「なんだとう!?」 「あっ、あれは……!?」 聖沙が声を上げ、とある本を手に取った。 「この本……図書館にもあったんだ」 タイトルは『雪化粧の〈女〉《ひと》』という本だった。 「これはまた由緒ある純文学だぜ」 「意外にも博識ですね、パンダさんのくせに」 「へえ、聖沙はこういう本を読むんだ」 「あっ、そうそう。そうよ! 悪い?」 「いや、似合ってると思うよ」 「んなっ! ばば馬鹿にしてるの!?」 なんで怒られるんだ。 「雪山で遭難したアベックが『助けて下さい!』と叫んだら、雪崩が来て終わるというのが泣けるぜ」 「そうそう、そうなのよね。あれはもう涙が止まらなかったわ」 「そんなシーンは無い。そもそも読んだことないぜ」 「あああ、あるのよ! そういう感動的なシーンが!」 「う……ぐす……早く誰か来てあげて……レスキューさん……」 リア先輩が読んで泣いていた。 「どうやらヒョウタンからクマさんだったようですね」 「ロロちゃん、アホなのか鋭いのかどっちかにしようよ」 「あああっ!?」 「きゃああ、大声をあげてはいけませんよー」 「ああーー!!」 「ど、どうしたのかな?」 「……謎が全て解けたわ」 「ホント!?」 「これと同じ本がどこかに眠っているはずよ」 「とにかくそれを探しましょう」 「う、うん。わかった」 同じタイトルの本はすぐに見つかった。 外見はなんの変哲もない『雪化粧の女』だった。 「薄々、勘づいてるとは思うけど――」 喋りながら表紙をめくる。 「図書館の本は長持ちするようカバーをしっかりと止めているわ」 「この本にはその処置がなされていない。ということはカバーがはずせるということよ!」 そしておもむろにカバーをはずした。その中にはなんと! 「乙女のKISEKIは100億光年っ」 「言ってて恥ずかしくない?」 「すごいです! どうしてわかったんですか!?」 「そ、それは……勘よ、勘。名探偵の勘ってやつね」 「これで任務達成! さすがだね、聖沙ちゃん」 「うう……すごい罪悪感。でも、嬉しい」 「あら? 貸出人の履歴に副会長さんの名前が載っていますよ」 「本当だ」 「しかも最後に借りてるし」 「聖沙ちゃん、これって――」 みんなで一斉に見やると、聖沙は正座をして詫び文を書いていた。 「Angelic Agentの活動も板についてきたね」 「そろそろ学園制覇も夢じゃないと思います!!」 「天下は1日にして成らず。まだ3日間しか経ってないわよ」 そもそも何を制圧するというのだろう。 「本日は傘ゴルフ部と、和菓子倶楽部から依頼が届いています」 「和菓子倶楽部だとう!? そんなの却下!!」 「なんだい、いきなり」 「せっかく来た依頼になんてことを言うのかしら」 「やるとしてもアタシは降りるね。その傘ゴルフ部とかに行ってくる」 「ナナカってば、和菓子倶楽部に何か因縁でもあるのかな」 「私は別件でプリエに向かわなければなりませんし……」 「しょうがないわね。それなら私が行くわ」 「お願いします、副会長さん」 「すぐにこなして見せるわ。誰かさんとは違ってね」 「そっか〜。頑張れ、聖沙っ」 「〜〜っっ!」 応援したのになんで不機嫌なんだ? 「さて、僕は――」 「シン君。聖沙ちゃんに、付いていってあげてくれない?」 「一人だけじゃ多分、心細いと思うの」 「そ、そうですかね」 「ね。お願い」 そ、そんなに胸を寄せて懇願されては困りますっ。 「けど、聖沙は僕と一緒に活動するの嫌がってますし……」 「多分、和菓子倶楽部の依頼主は私のお友達――御陵彩錦ちゃんだと思うの」 「御陵……先輩?」 「うん。私も和菓子倶楽部にはよくお世話になってるんだ」 「そうなんですか〜」 「というより、元部員なんだけどね」 和菓子倶楽部の人は、みんな和菓子を持ち歩いたりしてるのかな? 「それでね。私が相談役になったって言ったら、な〜んか生徒会のみんなに興味を持っちゃったらしくてね」 「興味……ですか?」 「うん。ずっと会いたいって」 「生徒会室に来ればいつでも会えるのになあ」 「きっと恥ずかしがり屋さんなんですよ」 「ふむ……わかりました。せっかくなんで、きちんと挨拶してきますよ」 「うん、お願い。私はナナカちゃんの応援に行ってくるね」 「じゃあ、私も行ってきます」 御陵先輩か……。 興味があるのに恥ずかしいだなんて、不思議な人だ。 けど、リア先輩。聖沙が〈心細いから〉《》とか、言ってたけど……。 「待ってよ、聖沙〜〜」 「な!? どうして咲良クンがここにっ」 「生徒会活動だもの。一緒にやったっていいじゃないか」 「ここは私だけで充分よ。ビニール傘でも買ってきたらいいんじゃないかしらっ」 「リア先輩が一緒にって言ってたんだ」 「そ、それなら仕方がないわね」 「和菓子倶楽部ってどこで活動してるの?」 「依頼書に案内図が同封されていたわ」 「な、なにこの音は……」 「まるで日本庭園に迷い込んだような……」 「お二人とも、ようこそ。おこしやす」 真紅に染め上げられた〈野点傘〉《のだてがさ》の下で佇んでいる女子が一人。 恥ずかしいのか、扇子で口元を隠している。 この人が―― 「うちが和菓子倶楽部の代表、3年の御陵彩錦どす。あんじょう、よろしゅうに」 「御陵先輩――あの、御陵財閥の!」 「そ、そうだったのか……」 「よう知ってはりますなあ」 「それはもう! 3年くらい前にお屋敷が出来た時、牛乳配達のコースが凄く遠回りになって大変でしたから」 「それはそれは、えろうすんまへんな」 「いえ、屋敷が大きいのは先輩のせいじゃありませんから」 「そういう問題じゃないでしょう! 御陵財閥と言えば、流星町でも1、2位を争う資産家よ」 「大きな屋敷だとは思ってたけど、そんなに凄かったのか!」 「製薬会社に造船所、銀行だって経営してるのよ」 「さよか。うちはよう知らんけど」 「今、親の心子知らずとか思うてはりました?」 「いえいえ! ただ呆然としてしまっただけです」 「くすくす。正直なお人どすなあ」 なるほど。これだけビッグな人を相手にすれば、心細くなるはずだ。 事実、この人から感じられるただならぬ重圧は、尾頭付きの鯛に睨まれているようなものだ。 まあ、写真の中でしか見たことないけど。 「けど、あんたはんの前にいるのはただの女やさかい、くつろいでおくれやす」 「あ、あの……私、流星生徒会の――」 「副会長、聖沙・B・クリステレスはんやね」 「それで、そちらは会長の――」 「咲良シンです。よ、よろしくお願いしますっ!」 「元気があってよろしおすな。そやかて人の話は最後まで聞かなあかんえ」 「も、もう! 咲良クン、失礼でしょっ」 「聖沙だってさっき割り込まれてたじゃないかっ」 「くすくす。仲良しどすなあ」 「そ、そうなんですよ〜。あはは」 「な!? 何を勝手なことをっ」 「シーッ。ここはひとまず協力しようっ。個々でやっても勝ち目がないっ」 「勝ち負けって勝負じゃないんだからっ」 「いつも言ってるくせに」 「そうじゃないっ。御陵先輩が生徒会に依頼をしてきたんだ。不安に思ったらまずいじゃないかっ」 「……私達が仲違いなんてしてたら、依頼を取り消すかもしれないということね」 これだけの威圧感を持った人が、僕達に興味を持ったというんだ。 もしかしたら、僕達は試されてるのかもしれない。 「いいわ。ここで生徒会の信頼を落とすわけにはいかないもの」 「オッケー。頑張ろう」 一時休戦。というか僕は争ったつもりがない。 「よろしおあがりやす。粗茶どすけど」 「え……もしかして、立ち飲みですか?」 「うちは茶道部やあらへん。和菓子倶楽部さかい」 「ということはこの後に和菓子が出てくることも期待できると……」 「こ、こらっ! 図々しいわよっ」 「くすくす。正直でよろしおすなあ」 「あ、あの……和菓子はいいですから、そろそろ今日の本題を教えて頂けませんか?」 「副会長さんもそないに焦らんと、お茶でも飲みはって、気ぃ楽にしはったらよろしおすのに」 「は、はい……ずず……」 「どうしはったん?」 「い、いえ……」 「うまくなかったの?」 「そ、そんなこと……ないわっ」 「どれどれ……ずず……」 「ひゃあ、渋くてうまい!」 「う、嘘でしょ……?」 「目が覚める!」 「もう放課後でしょ!!」 「これ、さすがに渋すぎない?」 「〜〜っっ それを言ったら私の我慢が水の泡でしょうがっ」 「堪忍え。お茶を点てるのはいつもリーアに任しとるさかい、うちもまだまだやなあ」 「いやあ、結構なお手前でした」 「今更もう何を言っても無駄よっ」 「いやあ、うまかったのは事実だし。渋味を楽しむものだってあるでしょ? 例えば、ゴーヤとかコーヒーとか」 「それは苦味!!」 「会長はん、かなりのグルメどすなあ。大人の味をようわかってはる」 「いやいや、それほどでも」 「わ、私だって……!」 「渋いのが嫌なら、僕の牛乳と混ぜて抹茶ミルクにする?」 「いいえ、結構! というか『僕の牛乳』なんて誤解される言い方はやめなさいっ」 わけのわからないことを言って、聖沙は茶碗を片手に―― 「ごくごくごくごく〜〜っ!」 「え、一気に!?」 「う……っ」 「副会長はんもいい飲みっぷりどすなあ」 「ふふんっ。勝った♪」 「ものの道理がわかってはるええ大人は、まったり味わいながら飲みはるもんえ」 なんか負け数が蓄積されてるしっ。 「あ、あの……そろそろ本題を……」 「ああ、そうだった。僕達に何か依頼があったんですよね?」 「うちの願いはただ一つ」 「リーアを返しておくれやす」 「え……!?」 「リア先輩を、ですか」 「リーアは生徒会長になるさかい、和菓子倶楽部を退いたんえ。いわゆるケジメどす」 「倶楽部を辞めても、リーアは大事な友達やと笑って送り出したんやけど……それから一年は針の筵の日々やった」 「それは……なぜですか?」 「うちが淹れた味もしゃしゃりもないぶぶを飲みはって、無理に笑顔を浮かべはる部員はん一同を見とるとなぁ」 「ようやく任期が終わりはって、ああこれでリーアのお茶がいつでも味わえるようになる思ってたんどすけどなあ……」 「相談役を引き受けたから戻らなかった、と言うことですね」 「さっきも言うたけどな。和菓子はお茶請けどす」 「和菓子を楽しむためには、美味しいお茶が必要……」 「確かにリア先輩の淹れたお茶はうまい!」 「御陵先輩の淹れたお茶でも、同じこと言ってたじゃない」 「じゃあ、問題ないってことだ!!」 「会長はん。グルメ言うたこと撤回してもよろしおすか? あまりうちをガッカリさせへんで欲しいわ」 「あなたが味覚オンチだなんて、いずれバレることよ」 「そ、そんな!?」 「リーアのお茶に比べたら、うちのお茶なんて雑巾の絞り水みたいなもんどす」 「それで美味しいお茶を淹れてくれる人を取り戻したいと仰るんですね」 「そやねん」 「けど、その選択は先輩の意志が第一だと思います。私達が決めることじゃありません」 「そないなこと言わはるなら、うちが改めて勧誘してもよろしおすか?」 「それはリア先輩に、生徒会を取るか和菓子倶楽部を取るかを決めてもらうってことですか?」 「物騒な言い方しよるけど、この際ハッキリしてもろた方がええどすな」 「生徒会は、うちのお願いを引き受けてくれはるん?」 「出来ません。きっぱり」 「生徒会構成員個人の好悪で依頼をえり好みしはるわけや。それは生徒会への信頼を裏切る行為やないん?」 「信頼を失ってでも、守らなくちゃならない人なんです」 「くすくす。副会長はん、えらい自信があるんどすなあ。リーアは3度のご飯よりも和菓子が好きなんえ?」 「リア先輩は、私達の道しるべ。相談役をお願いしたのも、去年の生徒会長だからじゃなくて、リア先輩ご自身だから」 「私の憧れる人は、そんな選択をしません! 絶対に!」 「副会長はん」 「ホンマに、リーアのことが大好きなんどすなあ」 「え!? そ、それは……」 「その気持ちようわかるわ。うちかて、リーアのこと大好きやねん」 「抱きしめてキスしたいくらいに好っきやねん」 「お、お姉さまを、抱きしめてきっ、きき、キス……♡」 「――はッ!?」 「そ、そんなこと……絶対にさせないわ!」 「こ、恋のライバル!?」 御陵先輩は、聖沙をちらりと見て―― 「相手にならへん」 「なんですってー!?」 「落ち着いて、聖沙」 「あなたこそ、黙ってないでなんとか言いなさいよ!」 「このままじゃ、お姉さまが……お姉さまが……」 「うん。僕もリア先輩と一緒に生徒会活動をしていきたいって気持ちは同じだよ」 「だったら――」 「だからこそ。この依頼、引き受けなきゃ」 「え……!!」 「御陵先輩。わかりました。そのお願いを引き受けましょう」 「ただ、返すというのはどうも釈然としません。そもそもリア先輩を占有してるつもりはありませんし……」 「あ、そうだ! リア先輩の淹れたお茶が欲しければ、和菓子倶楽部の人も生徒会室に来ればいいじゃないですかっ」 「僕達、しょっちゅうご馳走になってるしね」 「会長はんがいくらそう言わはったかて、生徒会室は部外者立ち入り禁止やねん」 「誰もそんなこと決めてませんって。それに、生徒のみんなが気軽に来てもらえる生徒会室の方が楽しいじゃないですか」 「待てよ? やっぱりまだそんな近寄りがたい雰囲気があるのかな……ううむ、弱った」 「ちょ、ちょっと咲良クン。論点がずれてるわよ」 「え!? あ、すみません!」 「くすくす、これはこれでよろしいんとちゃいます?」 「こないな流れになるとは思ってへんかった。これは会長はんに見事一本取られたわ」 「い、いや……そんなつりもじゃなかったんですけどね」 「うちかて生徒会活動を邪魔するほど無粋やあらへん。けどな――」 「リーアが生徒会にあんまり肩入れするさかい、どないなお人達か知りたくなりまして、依頼をしたんどすえ」 「もしかして試したんですか!?」 「ややわぁ。うち、そないにいけずな女やあらへん。うちの淹れるぶぶが味もしゃしゃりもないのはほんまのことどすし」 「納得してもらえました?」 「『生徒会室においでやす』なんて言わはる会長はんなら、リーアが肩入れするのも頷ける話やわ」 「わざわざお願いして申し訳あらへんのやけど、この依頼……無かったことにしてもよろしおすか?」 「え、ええ……そちらがそれでよろしければ」 「代わりにうちも、機会があったらお邪魔させてもらいます」 「そ、それは是非!」 「期待しとるよ、会長はん」 「は、はい! 良かったね、聖沙っ」 「え? どうして怒ってるの?」 「なんでもいつもいいところ、あなたが取ってっちゃうのよ!!」 「ええーっ。そ、そんなつもりじゃ……ほら、聖沙が先陣を切ったからうまくいったわけだし――」 「ふんっ。そんなのは何の慰めにもならないわっ! 次の依頼こそ、絶対に勝ってみせるんだからっ」 「だから勝負してるつもりは……」 「くすくす。ホンマ、仲がよろしおすなあ」 どこをどう見たら、そう見えるんだっ。 「……リア先輩には、和菓子倶楽部の部室に顔を出すように伝えておきます。御陵先輩が、リア先輩の淹れたお茶を飲みたがっていたと」 「あー、その必要はあらへんよ」 「まず、〈和菓子〉《うちらの》倶楽部に部室はないんえ。活動はいつもプリエでしとるさかい」 「じゃあここは……?」 「茶道部の部室やねん。今日は借りただけどす」 いわゆる青空部室か……。 「舞台までセッティングして……やっぱり試してたんじゃない!」 「くすくす。卒業まで、まだまだ楽しめそうやわ」 「会長さん。どこか当てはあるんですか?」 「う〜ん。今のところ『ぽんぽこ』かなあ」 「タヌキのお店?」 「リサイクル屋さん。まあ、ほとんどゴミばっかだけど」 「そんなのダメよ! もっとお客さんが欲しがる物を探さないと」 「欲しがる物って、どんなのかな?」 「ここは私に任せて下さい」 聖沙が胸を張って言う。 「じゃあ、聖沙にエスコートしてもらおっか」 「まずは、ここね」 「うげっ」 前に親睦会の買い出しで来た高級スーパー『カプリコーレ』だ。 流星町商店街の高級スーパー『カプリコーレ』。 普段、僕が利用している『いなみ屋』というスーパーに比べて、値段が一回りくらい違う。 「不要品があるか聞いてくるわね」 「私も行っていい?」 「お姉さまが側にいてくれるだけで、私は……♡」 「私も行きたいです!」 「迷子にならないでよ」 「よ、よーし。僕も……」 「そんなに大所帯で行ったら迷惑でしょう」 「う……確かにそうだ」 「それに足がすくんでるわよ」 「じゃあ、行ってくるわ。リアカー、ちゃんと見ててよね」 3人は自動ドアの奥へ消えていった。 「みっともないね、まったく!」 「面目ない……」 しかし、間もないうちに戻ってきた。 「段ボール?」 「くっ、ここでの戦利品よっ」 「在庫は本部が管理してるから、それを勝手にあげるわけにはいかないんだって」 「それに生鮮食品ばっかり売ってますから、賞味期限が切れそうなものは処分されてるそうです」 「もったいない……」 「それで段ボールをもらってきたと」 「手ぶらで帰るわけにもいかないそうです」 「おお! こいつは頑丈そうだね〜。しかもキレイだし」 「このくらいで満足しないで! 次はきっと素敵なものを手に入れるんだから」 次に向かったのは高級インテリアを取り扱う『ラフィネ』だ。 「ここなら日用品も多いはずだわ。しかも個人経営だし」 「値札見たくない……」 「何言ってるのよ。不要品を回収しに行くだけなんだから、値札は関係ないでしょ」 「そ、そっか! よ、よし……今度は僕だって……っ」 「私は残るね。色々欲しくなっちゃいそう」 「リアちゃんを差し置いて行くのはどうかと思うぜ」 「リアカーの番してます」 「お願いね」 「楽しそう! ちょっくら行ってくる!」 「私は言わずもがなですよ〜」 和気藹々と店の中へと消えていった。 「遠慮しないで、行ってくればいいのに」 「いや、留守番の言い訳が出来てホッとしてます」 「ちょっと、シン! 助けてよ!」 「いきなり!?」 「もう、遠慮しなくていいのよ」 「いいえっ! これは頂けませんっ」 「気に入らないのね。わかったわ、この彫像とかいかが?」 「そういう問題ではなくて――」 「どうしたの、聖沙」 「あら、シン君。いらっしゃ〜い♡」 「こんにちは、ナタリーさん。チャリティバザー用の不要品を集めに来ました」 「ええ、伺ってるわ。それなのに聖沙ちゃんったら、うちの商品はいらないって言うのよ〜」 「え? ダメじゃないか、我が儘言ったらさ」 「言ってない! そうじゃなくて、もらうものが悪すぎるの!」 「贅沢は敵だぞー」 「はい、値札見てみ」 「ん? いちじゅうひゃくせん……あーあ」 「――ハッ!? こんなのいけません! チャリティバザーなのにっ」 「だからよ、だ・か・ら♡ あと、これとこれも持ってって!」 気前のいいナタリーさんは、遂に陳列しているものまで出し始めた。 「ダメですって。これは、もらえません」 「そうですよ! こんな置物じゃなくて、もっと素敵な物でなければ!」 「こっ、こらあ!」 「まあ、お目が高いお嬢さんね! ちょっと待ってて!」 ナタリーさんはウキウキしながら、奥へ戻って行った。 今度は、何を取ってくるつもりなんだ。 「ロロちゃん、なんてことを……」 「欲しい物を手に入れたいのなら、妥協をしてはいけないのです」 「いや、ロロちゃんの主観で言われてもね」 「どうしよう。確かに欲しくなるようなものが良いけど……」 「こんなにもらえないよね」 「じゃあ、こうしよう」 みんなで輪になり、作戦を練る。 「お待たせ〜♪ 今度は絶っ対に気に入ってくれるはずよ♡」 自信満々に取り出したるは、可愛らしいからくり時計。 「とっても素敵です〜♪」 「さて、気になるお値段は――」 「敢えて見ないの!」 「これでいいんじゃないかな?」 「そうですね」 「では、ナタリーさん。これ〈だけ〉《》、いただけますか?」 「ええ? 他も持っていっていいわよ」 「はい。それはとてもありがたいのですが、あまりにも高価な物が多すぎると保管にも気を使ってしまうもので……」 「そうねえ、泥棒さんに来られたら大変だものねえ。それならしょうがないわ」 「これだけ素敵なものなら、お一つでも十分ですよ」 「あらそう? 気に入ってもらえて嬉しいわ」 「ナタリーさん。ご協力、ありがとうございました!」 「はぁ……やっぱり煮え切らないなあ……」 「いいじゃない。嘘をついたわけじゃないんだし」 「そもそも、嘘をつくくらいなら全部頂くわ」 「まさに嘘も〈方言〉《》というやつですね」 「せっかくのチャリティなんだから、気持ちよく参加してもらいたいもの」 「ノリが良いものにも限度があるってことだねー」 「結局、からくり時計と段ボールだけになってしまいましたが」 「お次は何処へ?」 「打ち止め?」 「違うわ! 違うわよ! まだまだこれからなんだから!」 「ほっほっほ。そこのお嬢ちゃん、何か物欲しそうな顔をしてるじゃな〜い」 「ちょっとは寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」 「ほっ、ほら。次はここよ、ここ」 「ろ、露店なんて珍しいね」 「ど、どんなものが売ってるのかな〜?」 「楽しそうです〜!」 「ホッ……うまくごまかせた」 「俺様の目はごまかせないぜ」 「えっと、そこのお嬢ちゃん?」 「サリーと呼びねえ!」 「サリーちゃん。僕たち、学園のチャリティバザー用の売り物を探してるんだけど……」 「このかんしゃく玉は何?」 「おおっと、そいつは煙を巻いて時速3千マイルで逃げられる優れモンさ!」 「このふわふわした乗り物は……」 「さっき仕入れたものを改造した特注品! 漕げば電力を生み出すエコロジーかつエコノミーな逸品よぉ!」 「おっきなフォークですね〜」 「これは、一流魔族御用達のディナーセット! 今日はフレンチ? それともイタリアン? MPが足りないのはご愛敬!」 ん……? 今、とても聞き捨てならない単語が聞こえたような。 「どれも、これも……何て役に立たないものばかりなのかしら」 「なんか言った!?」 「こんなものをバザーに出せるわけないわ」 「なにそれ。冷やかしだけで帰れると思ってんの!?」 「残念だけど、いりません」 「こっちだって遊びでやってんじゃないんだよ。これは商売なのっ。取引がうまくいくまで絶対に逃がさないんだから!」 「これでお金を取ろうだなんて、詐欺もいいところだわ!」 「お金……?」 「ちょっとちょっと。お金を出してまで集めるのは本末転倒だよ」 「そんなの、わかってるわよ!」 「タダで魔界通販の最新グッズを手に入れようだなんて、なんて図々しい奴ら!」 「ああ、すみません。説明不足だったかな、僕たち流星学園の生徒会で――」 「せいと……かい……」 「今月末のチャリティバザー用に不要品を集めているんです」 「生徒会、生徒会……どこかで聞いたことがあるような……」 「ごめんなさいね。お金を払わなくちゃいけない時点で、お願いは出来ないの」 「お金なんかいらないよ! 代わりに、牛丼ごちそうして!」 「肉無しでよければ作るけど……」 「玉ネギ丼じゃなくて、牛丼!」 「ムムム……じゃあ、ネギだくで手を打とうっ」 「無理するなっ」 「どちらにしても自腹を切ることに代わりないわ。交渉は決裂よ」 「やだやだ! 牛丼食べたい、たーべーたーい!」 「そんなに食べたいなら買ってくればいいじゃないですか」 「買えたら最初からそうしてるよ! 天使のくせに、そんなこともわからないの!? お馬鹿なんだから!」 「て、天使はお馬鹿さんじゃありませ〜〜ん!」 「ごめんね、そういうわけだから」 「買えー! 買わないと帰らせないぞー!」 聖沙の腰回りにガシッと抱きついて離れない。 無視してきびすを返し、ずんずん歩き出す。 「痛い痛い! 引きずるなー!」 「もう時間がないのよ。放してちょうだい」 「ぬぬー。こうなったら、奥の手だっ」 「あっ、やっ、やぁっ、んっ、くっ、くすぐったいっ、ひゃっ、そこはっ、ああっ、くくくっ、ダメっ」 「だ、だめだよ。街中でそんなことをしちゃ……ドキドキ」 「見てないで、ひゃあっ、ななっ、ひいっ、ああっ、やんっ、この娘をっ、ヒッ、なんとかしてよ!」 駄々をこねるサリーちゃんの両腕を固めて、聖沙の体から引き離す。 「どこ触ってんのよ、エッチ!」 「触るトコなんかないじゃないか……」 「ムキー!」 「これで良いかな?」 「あ、ありがとう」 「うう〜〜。牛丼食べたいよぅ……」 なんだか居たたまれなくなってきた。 「なんでそんなに食べたいの?」 「よくぞ聞いてくれたね! 家には腹を空かせた子供が3匹、アタシの帰りを待っているのよ、えうえう」 「3人じゃないの……?」 「うん。だって『魔族』だもの」 「お、噂をすればジャンガラ登場!」 「ひゃあ、出ました!」 「ほら、お腹空いてて可哀想でしょ」 「よくわからないわ……」 「ん? どうしたの、ジャンガラ」 「ええっ!? こいつらが、あの『セートカイ』だってー!?」 「そっかそっか。ここで会ったが100年目だね」 「ど、どういうことかな?」 「しらばっくれちゃって! アタシの大切な仲間をヒドイ目に遭わせたんでしょ!!」 「あーそっか! この子、どっかで見たと思ったらやっぱりあのときの……」 「先輩、ご存じなんですか?」 「五ツ星飯店で戦った時の魔族だよ」 「見分けつかないって」 「ジャンガラ! あのときの恨みを晴らすビッグチャンスだよ!」 「みんな、おいで!」 「アタシ達――」 「食べ物の恨み、晴らしちゃうんだからーー!」 「謂われのない恨みだけど、牙を剥くなら相手になるわ。流星クルセイダース、出動!」 「ええっ!? こ、こんな街中で変身……!?」 「クルセイダースの勝利よ!!」 「聖沙ちゃん、ノリノリだね」 「当然です。悪行は許すまじ、ですから」 「でも、今日はそんなに悪いことをしていたわけじゃ……」 「なによ、咲良クン。魔族の肩なんか持っちゃって」 「はは〜ん、さては――」 「びくびくっ」 「サリーちゃんに一目惚れしたとか」 「いや、それはない。キッパリ」 「キーーッ! 揃いも揃って言いたい放題! サリーちゃんの恨み全開パワーを思い知れ!」 「うぎゃ! そこはリアカーが――」 「危ない、伏せて!」 身近にいた人を庇い、倒れ伏せた。 「あわわわわ! 逃げるよ、みんな」 「みんな、大丈夫!?」 「ケホッ、ケホッ……」 とりあえずロロットとナナカに怪我はないようだ。 「リアカーは!?」 「う……うう……」 聖沙が身を挺してリアカーを守っている。サリーちゃんの投げたそれは爆発物ではなくただの煙玉だった。 「なんとか無事だったみたいね……」 「ねえ、平気なの?」 「これくらいなんともな――」 「聖沙!」 ふらふらとよろめいたところを慌てて抱きかかえる。 「かなり煙を吸い込んだみたいだね」 「こっ、これくらい平気です……っ」 「ダメ! 安静にしてなくちゃ」 「ああ、お姉さま……なんてお優しい♡」 「とりあえずどこか横になれるところがあればいいんだけど」 「さ、咲良クン……一人で歩けるから……っ その……離して、くれない?」 先輩を見ると無言で首を横に振っていた。 「〜〜っっ」 「その調子なら、すぐ良くなるって」 「そうです!」 「横になれる場所を見つけましたよ!」 ロロットが目を向けたのは、聖沙が体を張って守り抜いたリアカーだった。 「な、なんで私がこんな目に……」 リアカーの中で聖沙がぼやいている。 「楽しそうです〜」 「命の恩人を乗せてるんだから、リアカーも本望でしょ」 「それともシン君におんぶしてもらう?」 「ここで結構ですっ」 「ははは……」 「笑い事じゃないわっ。もう少し気を利かせて、リアカーをなんとかしなさいよ……まったく」 「会長さんは、私達を守るだけで精一杯でしたから」 「いや、無我夢中だったから……」 「かっこつけちゃってさ、ニクい奴だね!」 「聖沙ちゃん。お願いだから、もう無茶はしないでね」 「は、はい。ごめんなさい……」 「うん♪ わかればよろしいっ」 その日は結局、これで解散となった。 「今日もカレーだぜ……」 うむむ。戦利品は段ボールとからくり時計のみか〜〜。 「よし、決めたっ」 食器を流しに入れた後、改めて制服に着替え直す。 「どこに行くんだ、魔王様」 「商店街にね」 「不要品集めか?」 「そそ。聖沙に任せっきりだったのも悪かったし。もうちょっと集めておこうかなっと」 「夜道の一人歩きは危険だぜ」 「じゃあ、君も一緒についてきてよ」 「墓穴を掘ったぜ……」 「おい、ソバは来ないのか?」 「ナナカは海苔が切れたから買いに行ってるんだって。まあ、パッキーがいるから別にいっか」 「帰りたいぜ……」 「さて、どこから回っていこうかな?」 「ソバの家から奪ってこようぜ」 「ソバは打ちたてがうまいんだってさ。おじさん、バザーに協力できなくて、とても残念がってたよ」 「じゃあ打ちたてをもらってこようぜ」 「そんなの学園に来てもらうしかないじゃん……」 「咲良クン!?」 「おや、こんばんわ。お買い物?」 「えっ……いや。そ、それは……」 「もう元気になった?」 「ご心配なく。あの程度で弱る身体じゃないわよ」 「そ。それは良かった」 「咲良クンは何をしに?」 「不要品をもうちょっと集めておこうかなって」 「お買い物じゃないんだよね。もし時間あったら一緒に――」 「先に言われた……」 「咲良クン。どちらが多く不要品を集められるか……勝負よ!!」 「見てなさいっ。さっきの汚名を返上してやるんだからっ!」 「まったく効率が悪いぜ」 「突きつけられると断れない質でね……」 「たまには負けてみようぜ」 「わざとかい? もし、バレたらどうするんだよっ」 「想像もしたくないぜ」 そういうわけで、勝負と言われちゃやるしかない。やるからには勝つぞー。 「こんばんわ〜。流星学園の咲良シンです〜」 そして、制限時間いっぱいッ。 聖沙は腕を組み、自信満々のご様子だ。 「それじゃあ咲良クンから、どれだけ集めたか教えて」 「うん、わかった」 「くすくす。こういう時ってあと出しの方が勝つのよね」 「僕は4個」 「ムムっ」 「夜も遅いし、これが限界かなあ」 「ムム〜。なかなかやるわね……まあ、お互いによく健闘したと思うわ」 「ま、今日のところは『おあいこ』ということで――」 「おい、この食器洗い乾燥機を忘れてるぜ」 「ああ! ごめんごめん。パッキーに預けたままだったね」 「あ。5個になっちゃった」 「シーーーン!」 「ナナカ!」 「水くさいねえ、まったく! ちゃんと行き先言っといてよ!」 「抜け駆けするなんて、ずるいゾ」 「みんな……!」 3人も一緒になって、不要品を集めてきてくれたらしい。リアカーに物を運び込む。 「結構、集まったね」 「これくらいお茶の子さいさい!」 「私達だって、やるときはやるのですよ」 いつも『やるとき』だといいのになあ。 「そういや、聖沙が集めてきたのは?」 「副会長さんもたくさんありますね〜」 「はいッ!」 聖沙は自分が集めたものを、リアカーの中にぽぽんと投げた。 「勝負の行方は闇の中ってね」 「4個だぜ」 「パッキーさんがいたから勝てたのよ! それを忘れないで!」 帰り道もみんなで一緒にいろんなお店を見て回り、リアカーにどんどんとお宝が積まれていく。 「おい、ちょっと。起きてるー?」 「今朝のご飯は?」 「カレーライスぅ」 「ダメだ、こりゃ」 「いけない、寝坊しちゃっ――」 「たぁっ!?」 「いたたたた……ごめんなさい」 「――って、また咲良クン!?」 「聖沙、おはよ!」 「お、おはようございます」 「朝から景気がいいねー」 「いいもんですか」 「それに比べて、こいつときたら」 「微動だにしてないんですけど!?」 ああ、視界にノイズが……。 「斜め45度、芯がブレないようにスナップを利かせて素早く腕を振り下ろす」 「直った」 「古いテレビじゃあるまいし」 「聖沙は今日も早いねえ〜」 「お互い様よ、フンッ! 残念だけど、お先に行かせてもらうわ!」 「――って、おおい! シンまでなぜ走る!?」 「か、体が勝手に」 「な――!? 負けるもんですかッ」 「ハァ……ハァ……遅刻でもないのにサ……」 「ハァハァ。さあ、会議よ……」 「ちょ、ちょっと待って。何か飲み物――」 「ごくっごくっごくっ。ぷっはぁ〜〜」 「熱い!!」 「ダメだよ、シン君。一気飲みしちゃ〜」 「ヒーヒー」 「このカラシがたっぷり入ったお水をどうぞ」 「な、なんと見え透いたトラップ……」 「飲んだ!?」 「牛乳かっ」 「いや、からい!!」 「目が覚めると思ったんですけど」 「アホだ……」 「ほら、遊んでないで。時間も無いんだから、ちゃっちゃと始めるわよ」 「『ひどい! 遊びだったのね……』」 「えと。新企画の話だっけ?」 「そう。要点をまとめてきたから、これを見て」 「あ、ついででいいから僕のも一緒に」 「すごい。昨日の今日なのに、二人ともしっかりまとめてきたんだ」 「ちょっと咲良クン。ついでってどういうことよ」 「ついで程度の物しか書いてこなかったの?」 「そ、そういうわけじゃないけど――」 「だったら自信を持って提出なさいよ!」 「うぐっ」 「いついかなる時でも、私達は真剣勝負よ。それだけは忘れないで」 「わ、わかった。渾身の一作です、ぜひ読んでくださいっ」 「勝負にこだわりますね〜副会長さん」 「それが生き甲斐ってことよ」 「青春だね〜」 双方の企画書を読んでみると、互いに書いてある内容はほとんど同じものだった。 「違いと言えば、聖沙が3ページ半。シンが3ページジャストってところぐらいかな」 「ふふんっ、勝った♪」 「でも文章は短くまとめる方が大変なんですよね〜」 「量より質ってやつだね。けど、聖沙ちゃんのも別に質が悪いわけじゃないと思うよ」 「ととっ、というわけで勝負は引き分けね!」 「どういうわけだか」 「じゃあ、お互いのをミックスさせるような感じにしてみよっか」 やりとりは予鈴が鳴るまで続いた。 ヘレナさんのGOサインを聞いた後、僕は身近な友達にこのことを話して回る。 「おーおめっとさん」 「まだ決まったわけじゃないけどね。明日の総会はよろしくっ」 「ああ」 「ねーねー、シン君ー」 「どしたの、さっちん」 「ナナちゃん、見てないー?」 「あれ? てっきり、さっちんのトコに行ったと思ったんだけど」 「へー。流星学園キラキラフェスティバルー」 「そうそう。明日の総会でもっと詳しい話はするんだけどね」 「面白そー。けど、シン君は大変そー」 「あはは……」 これに加えて魔族退治も控えてるしね。 「けど苦労に比例して、いいこともきっとあるはずっ」 「ククク……早速、見返りの報酬を予測済みとは、さすがだぜ」 「そっかー。私も何か手伝えるかなー?」 「そうだね〜。この話をもっと広めておいてくれると嬉しいかな」 「お、噂をすればー」 「お、さっちん先輩! 夕霧先輩は見つかったっすか?」 確かナナカの後輩で、岡本さんとか言う娘だったかな。 「なんか生徒会でねー。キラフェスって、お祭りをやるみたいなんだけど――」 「あー。その話なら、もう知ってるっすよ」 「確か副会長先輩によろしくねって言われたっす」 「へー、副会長さん。1年生にも話してるんだー」 「クラスのみんなに色々話して回ってるみたいっすよ」 「そうなのか〜」 知らないところで地道に活動してるんだなあ。 「あ、ナナちゃんだ」 「もしもし―― えっ!? もうお店なのーっ?」 「待ち合わせ、ショコラっすよね?」 「ショコラだと……?」 「商店街にあるケーキ屋さんだよ。二人ともスイーツ同好会のメンバーだから」 「もう、ナナちゃんのこと待ってたのにー」 「先に行ってると思ってたんすよ。あの人せっかちっすから」 「ははは、よくわかってるなあ」 「シン君、ごめんねー」 「いやいや。気をつけて行ってらっしゃ〜い」 手を振って二人を見送る。 「俺様たちも行こうぜ!」 「そんなお金がどこにあるっていうんだい」 「頼りない魔王様だぜ」 「けど、キラフェスが成功すればケーキが食べられるかもしれない」 「なんでそうなる?」 「キラフェスに出店してもらうんだ。そうすれば食べる機会はグッと広がると思わない?」 「ククク……試食と称して全てを食い尽くすつもりとは。さすがだぜ、魔王様」 「いや、せめて余り物にしとこうよ」 「よし! そうと決まったらそのショコラとやらに――」 「きっとナナカがうまくやってくれるさ」 ケーキも食べないでお願いするのはいささか失礼だと思うしね。 「代わりに、僕たちは地盤を固めておこう」 「あー。ちょっといいかな?」 見かけた生徒達に声をかけて、キラフェスの話をしてみる。 突然の話で頭にクエスチョンマークを浮かべる人が多かったけど、みんな総じていい反応だ。 まあ、たまにはこういう人もいるわけで。 どうせならもうちょっと踏み込んだ話が出来れば確実なんだけどなあ。 そんな中でも何人かは、既にこのことを知っていた。 出所はもちろん―― 「紫央ちゃーん」 「紫央ー」 同時に逆サイドからもお声がかかり、紫央ちゃんがオロオロしている。 「ど、どちらにご挨拶をすれば……」 「どっちでもいいわよ」 「聖沙からでいいよ」 「御意。ごきげんよう、姉上。そしてシン殿もごきげんうるわしく」 「咲良クン。それで私に勝ちを譲ったつもり?」 「紫央はおあいこ。知ってるのよ。あなたもキラフェスのことを説き歩いてるってね」 「みたいだね。予想以上に知れ渡ってる。これなら明日の総会も安泰かな?」 「伝えている人によりけりよ」 「そ、それはどういう意味?」 「美味しい楽しい話ばかりを振りまいて、相手をうまく乗せて引きずり込んだり」 「なっ、なんてひどいことを……」 「あなたよ、あなた!!」 「ねえ、パッキー。そんな感じだった?」 「そう見えてもおかしくないぜ」 「さすがパッキーさん。違いがわかる方は、こうでなくっちゃ」 「だが、クソ真面目過ぎてあんまり興味を惹く内容じゃないのも問題だぜ」 「そ、そうなの聖沙?」 「誰も私だなんて言ってないでしょ!?」 「ええっと……それがしに如何なる用件でしょうか?」 「ああ、そうだった。えと、実は……」 なんか文句を言われる前に、チラリと聖沙の視線をうかがう。 「ここはあなたからでいいわよ」 よくわからないところで律儀だ。 「えっと、実はキラフェスの話なんだけど――」 かくかくしかじかと。 「ふむ……成る程。それで、姉上の言い分とやらは?」 「よっし、私の番ねっ」 二人の演説が終了。 「それで、やるかやらないか。どちらの方がよろしいか、という話になるわけですな」 「そう……明日の総会で賛成する気になるような話ができたかどうか」 「うむ。率直に申し上げましょう」 「ドキドキ……」 「喝!!」 「ひええっ」 「ど、どうしたのよ、紫央。なにか気分を悪くしちゃったのかしら……」 「ふふふ……ははは! それがしは果報者ですな。なにせ学園内で一番、この催しについて理解を得られたのですから」 「え? それってどういう意味?」 「始めシン殿の話にはいささか首を傾げてしまいましたが、姉上の補足があって納得と相成りました」 「ほ〜ら。言ったでしょ♡」 「しかし、その逆。姉上の話を先に聞いた場合……それ以上のことを聞く気にはなれませぬ」 「こいつら、馬鹿だぜ。二人で一緒にやれば、もっとたくさんの生徒を騙すことができるのによ、ククク」 「な、なんて邪悪な……」 「物の怪のくせに、妙案を思いつく。それは如何かな、シン殿」 「ぼ、僕と聖沙の二人で……?」 「ちょっと。二人で一緒にやらなきゃ出来ないなんて、恥ずかしいでしょ!!」 「ううっ、確かに。二人っきりは……恥ずかしいな」 「えっ? な、ななな何言ってるのよ、そうじゃなくって――」 「〜〜っっ!! なんだったかもう忘れちゃったじゃないっ」 「ああ、そっか。要は、わかっていれば一人で出来るのに、わざわざ二人でやることもないってこと?」 「そう、それ! だから、私はあなたの言ったことを覚えるから、あなたも私の言ったことを覚えるのよ!!」 「わ、わかった」 「じゃあ、練習」 「ははは。お二人とも仲睦まじいですな」 「どこをどう見ればそうなるのよ!!」 この練習だけで日が暮れたのは、言うまでもない。 「ちょっと、サリーさん」 「サリーちゃん!!」 「敬称のことは、どうでもいいの! 今はAngelic Agentのお時間なんだから!」 「えんじぇりっくせれなーで?」 「ロロットさん。教えてさしあげて」 「かくかくしかじか」 「わっけわかんね」 「文字通り言っただけじゃ、ねえ……」 「とにかく、サリーさん。まずは依頼がなければこの活動はできないの。それくらいならわかるでしょう?」 「うん、把握」 「じゃあ、まずは依頼を捜しにいきましょう」 「それくらい余裕、余裕♪ このサリーちゃんに任せんさいっ」 「ちょっと待って! もう! どうして勝手に行っちゃうのよ〜〜っ」 「別にいいじゃない。せっかくやる気になってくれてるんだし」 「咲良クン。その発言はあまりにも無責任すぎるわ。会長としてあるまじき行為ね」 「責任を取るのが会長の役目だとも思うけど……」 「くっ。何かにつけて、ああ言えばこう言うんだから」 「聖沙だってそうじゃんか」 「あなたなんかと一緒にしないでよ!」 「むむっ」 「ムム〜〜っ」 「また二人で見つめ合っていますね」 「ホント、仲が良いんだから」 「はいはい、馴れ合いはそこまでね」 「カイチョーお待たせ! 依頼をゲットしてきたぜぃ!!」 「なかなかやるじゃない。見直したわ」 「へへーん」 「で、その依頼とはなんぞや?」 「イ〜!」 「うわ!」 「モチモチ君がどうしてこんなところに……」 校門の前でゴロゴロと魔族が転がっている。 「お家に帰れないよー」 「ちょっとさっちん。なに立ち往生してんの」 「だって、この子。怖いんだもーん。なんとかしてよー」 「無視すりゃいいじゃん!!」 「それが出来れば苦労しないよー」 確かに、気味が悪いし気色が悪い。 「どう? こうすればすぐに依頼がゲットできるでしょ♪」 「なるほど……で、誰に頼まれてこんなことしてるの?」 「そんなこと、聞かなくてもわかるわよ」 「やはり魔王の仕業でしょうか……?」 「ま、まっさか〜〜」 「じゃあ誰だっていうのさ」 「考えるまでもないでしょう!?」 「ハァハァ、まったくサリーさんってば……意外に頭が働くんだから」 「やったー。褒められちったー。凄いだろー」 「なに得意げになってるのよ!!」 「ヒーー!! 怒ってるなら、ちゃんとそう言ってよぉー」 「怒るに決まってるでしょう!? 生徒会が問題を起こして解決するなんて、ただの自作自演じゃない!! 偉そうに胸を張らないで!!」 「まあまあ。サリーちゃんも、生徒会の為に頑張ってくれたんだから」 「カイチョー」 「そう思ってるのはあなたの主観でしょう? そうやって甘やかすから、こんなことをしでかすのよ」 「ちゃんとそれが間違ってるって教えればいいだけなのに、そこまで言う必要があるの?」 「頑張る以前の問題なのよ!! こんなことをする人には、こうでもしなきゃ伝わらないじゃない!!」 「そんなのやってみなくちゃわからないじゃないか!! それなのに聖沙といったら怒るばっかりで――」 「や、やめてよ、二人とも〜〜っ」 「あなたは黙ってなさい!!」 「ほら、またそう言って!!」 「はぁ……いっつも損な役回りなんだから〜」 「会長さんも気苦労が絶えませんねえ」 「ううん。聖沙ちゃんの方」 「二人とも、そこまで!」 「うっ……」 「お、お姉さま……」 「今は二人が喧嘩してる場合じゃないでしょう?」 「た、確かに……」 「仰る通りです……」 「冷静になればきちんとそう思えるのに、すぐそうやって喧嘩しちゃうのは二人の悪い癖だよ」 「うう……すみません」 「けど、元はと言えば咲良クンが――」 「聖沙ちゃん」 「ううっ……」 「とにかくさっさと依頼をこなしますか、ホイ」 「ナナちゃん、ありがとー♪」 「任務完了ですー」 「まずは一件落着っと。後は――」 「うっ、ぐすっ。うわああああん。ごめんなさ〜〜い」 「サリーちゃん……」 「もう絶対にしないから、だからごめんなさ〜〜い、ひぐっ」 「あ、ああ……私こそごめんなさい……。なんだかムキになってしまって……」 「もう喧嘩しない?」 「そ……それは……」 「うわーーん!!」 「わ、わかったわよ!! しないから、ほら。泣きやんで、ね?」 「本当!? やったー!! いやっほー!!」 「な、なんであんなにもすぐ元気になるのかしら……」 「私達が思ってるよりサリーちゃんはずっとずっと子供なんだよ。だから、ああいった間違いをしちゃうこともある」 「けどね。怒ってばっかりじゃ、いつまで経ってもわかってくれないでしょ?」 「……そう、ですね」 「だから、聖沙ちゃんがしっかり教えてあげなくちゃ」 「わかりました。そういうことなら、この私……サリーさんを立派な生徒会メンバーになれるよう教育してみせますわ!」 「サリーちゃんだってばあ!!」 「お、おお! それだったら僕も――」 「シン君はダ〜メ♪」 「そ、そんな〜〜! なんでですかっ」 「会長が責任を取るって話、もちろん忘れてないよね?」 「うぎゃ……」 「というわけで、一回お休み♡」 「すごろくですか」 「たまには聖沙ちゃんのやることを黙って見てみるといいよ」 「ほ、本当によろしいのですか、姉上」 「もちろん! 覚悟はできているわ」 「御意。姉上が腹を切る覚悟をお持ちであれば、それがしも恥じらいを捨てましょうぞ!!」 「うげっ、クッサーー!!」 「や、やはり、やめてはいただけませぬか?」 「さあ、やるわよ」 そう言って聖沙は袖をまくり、洗濯板を手に持った。 「胴着の洗濯……それはまた大変なことを」 「けど、聖沙ちゃん。嫌がってないでしょ」 肌寒くなったこの季節に、冷水を使い、汗が滲んだ分厚い胴着を、ごしごしと洗う。 「ほら、こんな感じよ」 「あわあわ〜〜♪」 「きゃ!! こ、こらあ〜〜っ」 「これ、どうやるの〜?」 「力を入れて汚れを落とすのよ。ほら、どんどんときれいになっていくでしょう?」 「わあ! 本当だ! おもしろーい!」 「ま、まさかそれがしのを……」 「終わったら次に行くわよ。まだまだたくさんあるんだから」 「うう〜〜。やりたいやりたいやりたい……」 「くすくす。今日は我慢、だよ」 「ううう。聖沙もあんな風にちゃんと出来るじゃないか。それなのに、いつもいつも僕に突っかかってばっかりで……」 「聖沙ちゃんのこと、見直した?」 「ま、まあ……ってか、僕は別に聖沙が頑張ってないとは思ってませんし!」 「だったら、さっきの喧嘩。きちんと聖沙ちゃんに謝ってくれる?」 「サリーちゃんが頑張ってるのと同じくらい、聖沙ちゃんだって生徒会の為に頑張ってくれているんだから、ね」 「それはまあ……わかりますけど……」 「それに、シン君は男の子なんだから」 「そんな理由ですか……」 「ううん、冗談。本当は……シン君だから、だよ」 「僕、だから……」 「たはーーおしまい!」 「いやはや。切に感謝いたす。これでまた清々しく武道に励めるというもの」 「どう? バッチリでしょ!!」 「見違えるほどにきれいになりましたぞ」 「なんてったって、このサリーちゃんがお洗濯したんだからね。トーゼン!!」 「おつかれさま。生徒会活動、どうだったかしら?」 「楽しかった!! それに、この終わった〜〜って感じが最高!!」 「くすくす。そうよね。それをわかってくれただけでも嬉しいわ」 「ありがとーーね」 「また次もやろうね!!」 「……ええ!!」 「あ、あの……聖沙」 「くすくす、高みの見物はいかがだったかしら?」 いつもの皮肉だけど、ここは我慢の一手っ!! 「その……さっきは、ごめん!!」 「聖沙のことも考えないで、僕ってば言いたいことばっかり言って……本当にごめん」 「そ、そんな……やめなさいよ! 謝られる筋合いは無いんだから。喧嘩両成敗、なんだから……」 「そうかもだけど……けど、とにかくごめん!!」 「わ、私こそ……その……ごめんなさい」 「ごめんなさいって言ってるのよ!! 聞こえなかった!? だったら大声で言えばいいのかしら!?」 「わわっ、わかったよ」 「もう……どうして、いつもこんな風に言い合っちゃうのかしら」 「それはこっちの台詞だよ」 「そ、それはいつもあなたが私よりも先にいいところを持っていくから……!」 「だからって調子に乗るんじゃないわよ!! それでも私の方がきちんと結果を残せるってことを、必ず証明してみせるんだから!」 「おうとも! こっちだって負けないぞ〜〜っ」 やっぱり聖沙はこうでなくっちゃ。 「それに、今回はあなただけが責任を負わされたみたいだけれど……」 「ま、まあ……僕も責任取るって啖呵を切っちゃったしね」 「そうじゃないわ。本来なら生徒会の責任は連帯責任。私もあなたと同じように指をくわえて見るべきだったんだから」 「聖沙……」 「勘違いしないでよ!! 私が素直に従ったのも、お姉さまのメンツを潰したくなかっただけなんだから!!」 「ううん、そんなことない。ありがとう」 「だからねえ!! そんな風に、自分の方が一枚上手みたいな態度が気に入らないのよ!!」 「じゃあどうすればいいんだいっ」 「あなたはあなたできちんと頑張ればいいの!!」 「頑張ってるって!!」 「もっともっと頑張りなさいよ!! お互いの意地とプライドを懸けて――勝負よ!!」 「わかった。もっともっともっと頑張る!!」 「私はもっともっともっともっと頑張るんだから!!」 「それなら僕はもっともっともっともっともっと!!」 「私だってもっともっともっともっともっともっと!!」 「なんの勝負だか……」 「本当に仲良しですね〜〜」 「あはは……やっぱり、これが二人にとって一番なのかもしれないね」 「よ〜し、あと少し……形を整えて……」 ナナカの手の平に小さな炎がゆらめいている。 「あともう少しですよ、会計さんっ」 「フーーッ!」 「こら! 邪魔すんな!」 生徒会活動の合間に、魔族退治の集中力特訓。 けど、それに関係ない人はお暇なようで。 「あーん。つまんな〜い」 「あー。ミサミサ。おやつ食う〜?」 「あら、いいの? いただくわ、ありがとう」 「ねーねー。ナナカは、なななな何をしてるの?」 「霊力を高める練習でもしてるんじゃないかし――」 「ラ――ッ!?」 「およよ?」 「辛ひ!! にゃんにゃのよ、このおかひ!!」 「ええーッ!」 「ヒィ、辛ひ!! 水水水ーッ!!」 「冷蔵庫の牛乳、全部飲んでいいよ」 「はい、召し上がれ♡」 「ごきゅごきゅごきゅ」 涙目で人差し指を立てる。 「お代わり、どうぞ♡」 以下、同文。 「っぷっはーーー。ハァハァ……は、はりはとう……ほはひまひは……」 「お礼はシン君に、ね♡」 「欲しければいくらでも。はい」 懐から牛乳を差し出す。 「へっこうでふ!!」 「副会長さん、そんなに大きくなりたいのでしょうか……」 「ひまのひままでにゃにをみてひたのはしらッ!!」 「甘くて酸っぱいクッキーだったはずなのに、また騙されちった」 「はまされたのは、こひらのほうひょ!!」 「オマケさん。そのお菓子はどこで手に入れたのですか?」 「アッと驚く魔界通販〜♪」 「怪しい……」 「おソバも取り扱ってるよ〜ん」 「グッドジョヴ!!」 「ひょたばなひをひているばひゃいでは、ないでひょう? ふひょうひんのかいひゅうもほどほおってひるとひゅうのに……」 「何言ってっか、わっかんないよ」 「ヒィ!!」 そしてまた牛乳をがぶ飲みする聖沙であった。 「さて、不要品の回収もまだまだ足りないし、もうちょっと集めに行こうか」 「さっき私が言ったのにぃ〜〜っっ!!」 「オマケさん。常に変な物をお持ちのようですけど」 「魔界通販グッズ?」 「そうそれ。お金もないのに、どうやって手に入れてんの?」 「物々交換♪」 「『お金で買えない価値がある……』」 「何と交換してるんだい?」 「人間界のゴミ」 素晴らしきかなリサイクル。詐欺とも言うけど。 「その魔界通販グッズとやらを商品にするというのはどうでしょう?」 「どうせ役にも立たないものばかりでしょ」 「けど、面白ければ目立つし悪くないと思うよ」 「だね。胡散臭い方がお祭りっぽいし!!」 「物は試しで、ね? 聖沙ちゃん」 「先輩がそうおっしゃるなら……」 「オマケさん。私達生徒会に、その楽しそうなグッズを譲っていただけませんか?」 「別にいいけど。代わりにそれちょーだい」 「トントロですか?」 「それは出来ません」 「いいじゃんいいじゃん」 「ダメったら、ダメなのですっ」 「よいではないか、よいではないか〜」 「ああ……」 「あちゃーー。やっちった……」 サリーちゃんが絡むとすぐ壊れるなあ。 「ごめんごめん! そんなつもりじゃなかったんだって!」 「うう〜」 「あーん、わかったから泣かないで!」 そう言うとサリーちゃんがゴソゴソとポケット(?)を漁り、何かを取り出した。 「瞬間接着剤。その名も『ベタベタ君β』!」 「これで直せるはず! カイチョーよろしく!」 「え、僕が直すの?」 「アタシ、ぶきっちょだもーん」 「『不器用ですから……』」 「しょうがないなあ」 500円玉を回収した後、残った破片に接着剤を塗りつける。 割れ目を合わせてみるが…… 「あれ? うまくくっついてくれないぞ」 液体自体に粘着力が皆無だ。試しに指で触れてもベタつきすらしない。 「これ不良品じゃない?」 「そんなことないもん! ラベルに超強力って書いてあるし!」 「またしても騙されたんじゃないかしら?」 「ないったらないもん!」 「だとしたら、咲良クンの手際に問題があるということね」 「私に貸して」 聖沙が僕の手からトントロの欠片と接着剤を奪おうとする。 その瞬間、聖沙の白い指先が触れた。 「あ、あらっ?」 そのまま手の平が覆うようにして近づいてくる。僕の手の平が吸い寄せられそうだ。 というより、吸い寄せられた! 「み……聖沙、みんなのいる前でなんて大胆な……」 「なっ、なにを言ってるの!? あなたこそ押しつけてこないでよ、いやらしい!!」 「君が僕の手を握るからっ」 「握ってなんか――」 そう言って聖沙が問題の手を振り上げると、後を追うようにして僕の腕が追っていく。 手に持っているもの全てが地面に落下した。 「も……もしかして……」 「くっついちゃった?」 「一体、どうなってるのよ!!」 「ほら! ベタベタ君βは不良品じゃなかったんだ!」 「立派に不良だ!!」 「ねえ、サリーちゃん。説明書とかは持ってないの?」 「邪魔だから捨てちった」 「放しなさいっ!」 「痛い痛い、痛いって!!」 「ダメダメ。無理に離そうとしたら、皮がムケたりしちゃうかもしれないでしょ」 「けど、こんなの……! しかもお姉さまの前でこんな姿……っ」 「気にしないでへーきだよ。な〜んとも思ってないから♡」 「〜〜っっ!! 動じてはダメよ、聖沙。信頼を取り戻すにはまず何とかしないと……!!」 「これだけしっかりくっついてるからなあ。剥離剤はちょっと危ないし、とりあえず水かお湯でもかけてみようか」 「やめた方がいいぜ」 「接着剤の成分が仮に金属プルトニウムだとしたら……」 「ど、どうなるの?」 「ククク……大爆発が起きて、この生徒会室は木っ端微塵だぜ」 「みんな!! 早く外に避難して!!」 「やらないわよ!!」 「どいた、どいたァ!!」 「ななっ、何をする気なの!?」 「あ……もしかして13日の金曜日?」 「今日は15日の月曜日です!!」 「これでひと思いにバッサリアッサリ!!」 「ポックリ逝くに決まってるでしょう!?」 「じゃあ、どうしよっかな。ねえ、ロロちー」 「トントロ……」 「しばらくそっとしといてあげな」 「ど、どうかした?」 「な、なんでもないわっ」 「まずいわ……こんな時に、お手洗いへ行きたくなるなんて……」 「こうなったら最後の手段。牛乳かけてみるべ」 「だーーっ、もったいないよっ。そんなことするなら僕が飲む!」 「ま、まさかさっきの牛乳が……!?」 「牛乳が、どうかした?」 「い、いえ……なんでもありませんわ」 「いくらお姉さま相手でも、こんな恥ずかしいこと……言えないっ」 「今のままじゃ、咲良クンと一緒にお手洗いに――って、そんなことできるわけないでしょう!?」 「んんっ……」 「も、もう我慢の限界!? こ、このままでは危険よ……しっかりして、聖沙」 「くっ、はずしたわね……」 「いきなりパンチなんかして、何をするんだよっ」 「いいから黙って野に伏しなさい!!」 「野伏せりか!?」 「『ご冗談を』」 「当て身で気を失ったところを一気に葬り去ろうだなんて、さすが非道だぜヒス」 「違うわよ!!」 「じゃあ、どうして攻撃してくるんだよっ」 「そ、それはぁ〜〜」 「そそっ、そんなこと言えるわけないでしょう〜!?」 なにやらさっきから内股でモジモジしてるな。語尾も震えてるし。 「ま、まさか……トイレに行きたいの!?」 「サブレッ」 「ハッ」 「フーッ、フーッ」 聖沙が鼻息を荒くしている。どっ、どうなってるんだ!? 不覚を取って気絶してから、僕はどこへ運ばれてるのだろう。 「じょ、女子トイレ!?」 「キッ」 「うぎゃ〜、それは無理!!」 慌てて立ち上がり逃げだそうとするが、その足を払われる。 「ツタッ!」 地べたに顔面を強打した。 「やめて……やめてくれよ、聖沙……こんなことをしちゃダメだ……」 「わかってるわよ!! けど、仕方がないでしょう!?」 「きっと何か助かる方法があるはずだっ」 「もう余裕はどこにも無いのよ!!」 焦燥感と羞恥心が二人の体を熱くする。 「落ち着いて、聖沙。今、オマル持ってくるから!!」 「フーーッ!!」 「そうだ、オムツなら……!!」 「フ〜〜ッ!!」 「もう、お漏らししちゃえば?」 「キーー!! 誰のせいでこうなったと思ってるのよ!!」 「あっ……くっ……」 「ダメ、もう限界。あなたを殺して私も死ぬ!!」 「ヒーー!! わかった、見ざる聞かざる言わざるで居るから!!」 恐怖と緊張で、じんわりと手の平に汗が滲む。 「あれ……?」 すると、にわかに吸着力が弱まった。 「まさか!!」 強引に洗面台へ手を出し、水道から水をかけた。 「ばばっ、爆発したらどうするのっ」 「水じゃだめ……ということは、やっぱり……!」 僕は思いきって聖沙の手をぎゅうっと握りしめた。 「ちょっ、ちょっと、いきなり何をするのよ!?」 女子トイレの近くで、みんなが見守る中、聖沙の手を包み込むなんて……考えるだけで、恥ずかしいっ!! どんどんと二人の手が、汗で湿っていく。 「あ、あら……?」 それはもう衣服で拭いたいほどの汗が充満していた。 その熱気が手の平全てに行き渡ると、いままで引き寄せあっていた手と手が音もなく離れた。 「ご、ごめん」 離れた瞬間、僕は制服の裾でごしごしと汗を拭った。 「汗……もしくは食塩水でも良かったけど、今すぐ用意できる手段が思いつかなくて……」 「そ、そうだったのね……もう、ビックリさせないでよ」 「あはっ、あはははっ。まったく人騒がせだなあ、サリーちゃんは」 「本当よ、もう!! 魔界のグッズなんて、もう懲り懲りだわ……」 「ねえ、聖沙。おトイレは大丈夫なの?」 「あ〜〜ッ! 〜〜っっ! 出てけーッ!!」 こうして聖沙の体裁は守られた。 「事件……?」 「ええ。なんでもうちの女子生徒が被害に遭ったらしいわ」 「それで僕と聖沙が?」 「ヘレナさんの指示だから、仕方なくよ仕方なく!!」 寄りにも寄って僕と聖沙の二人きりにするとは……。ヘレナさんってば、一体何を考えているのだろう。 「そ……そうか! これはきっと僕達の信頼関係を試されているんだっ」 「試す必要なんて皆無よ」 「ホッ……安泰ってことだね」 「ポジティブシンキングにもほどがあるわよ!!」 「じゃあどうすればいいんだい」 「ふんっ。あなたにだってやることがあるんだから、別に無理して来なくてもいいのよ」 「居残りでもしてやるから大丈夫。心配には及ばないって」 「心配なんてするはずないでしょう!?」 「ただの厄介払いだぜ」 「それならそうとハッキリ言ってよ」 「言えば帰ってくれるのかしら?」 「ううん」 「素直じゃないわね!!」 聖沙にだけは言われたくない台詞だ。 「あまり変な事件は起きて欲しくないんだ。キラフェスも近いしね」 「私も警備責任者として見過ごせないわ。なんとしても解決してみせるんだから」 なんだかんだ文句は言うけど、仕事熱心なんだよなあ。 「紫央……もしかして、あなたが被害者なの?」 「不覚……ッ、一生の不覚……ッ!!」 「な、何があったんだい……」 「不肖未熟の働き、死を以て償うべし」 そういうと、紫央ちゃんは薙刀を腹に突きつけた。 「さては介錯に参ったという次第ですな!!」 「違うわよ!! こら、やめなさいっ」 「とりあえず話を聞かせて」 「お気遣い痛み入ります。しかしッ!! 男子に話せる顛末ではございませぬ!!」 耳をふさいで背を向ける。 「も〜いいかい?」 「いいわよ」 「それがし……恥ずかしさのあまりに、もういてもたっても……!!」 「だから、HARAKIRIはやめなさい!!」 「切腹いたす!!」 結局、何がどうなってるのかさっぱりわからない。 「パンツ盗まれたらしいぜ」 「パンツゥ!?」 「腰巻きでございます!!」 「パッキーさん、デリカシーがなさ過ぎよ!! 飼い主がしっかりしないから!!」 「ぼ、僕のせい?」 「お嫁に行けませぬ……よよよ」 「心配しないで、紫央。私達以外は誰も知らないんだから、大丈夫よ」 なるほど。ヘレナさんが紫央ちゃんに気を遣って、聖沙を向かわせたんだ。 「けど、じゃあ僕はどうして……?」 「犯人は暴漢かもしれないでしょ。だから、男手をね」 「頼りない男手。私だけで充分こと足りるのに」 「って、ヘレナさん!?」 「事情はだいたい掴めたかしら。私としても、こんな事件を放ってはおけないのだけれど――」 「そうですね。僕達で犯人を捕まえてみせます。ね、聖沙」 「勝手にリードしないでよ!! 暴漢相手なら紫央がいるし――」 「よよよ……」 よほど堪えたようである。 「シンちゃん。しっかり守ってあげるのよ」 「ふんっ。必要ないことを証明するいい機会ね」 「よろしいっ。その意気よ! 成功を祈ってるわ」 「相手は下着泥棒か……」 「獲物があるというなら、話は簡単だわ。犯人を誘き出せばいいのよ」 「ふふ〜ん。そんなこともわからないの?」 「ああ、囮か」 「答えを先に言わないでよ!!」 「囮って、下着を盗まれるように仕向けるわけだね。で、その下着は――僕の?」 「あなた!! 盗まれたのは紫央の下着よ!? 男子の下着なんて盗むわけないでしょう!?」 「まあ、確かに。ということは……うん! ナナカならきっとわかってくれる」 「どうしてナナカさんが出てくるのよ!!」 「事情が事情だもの」 「あなたの目の前に適役がいるでしょう!?」 「まさか、パッキー!?」 「照れるぜ」 「冗談だよ」 「切ないぜ!!」 「ごめんごめん。リラックスできると思ってさ」 「逆効果よっ。調子が狂って仕方がないわ」 「じゃあ、聖沙が……」 「そう。これは私に課せられた任務だもの」 「ま、まさか聖沙……そ、そんなダメだよっ」 「馬鹿にしないで。下着の一枚や二枚、どうってことないわ」 「だけど今からその……脱ぐだなんて!!」 「はぁ!?」 「ぼ、僕はどうすれば……っ また明後日の方を向いてればいいのっ?」 「そんなことするわけないでしょう!? お家から持ってくるのよっ!!」 「ホッ……それなら安心だ」 「あなたが勝手に勘違いしただけでしょう。余計なことばっかり言って」 「わかった……黙って護衛に徹するよ」 「こっち見ないでよ」 「それじゃあ見張りにならないじゃないか」 「罠を仕掛けるから、あっちを向いて」 「パンツ見られるのが恥ずかしいんだぜ」 「あああ、ごめんっ」 慌てて聖沙に背を向けた。 「どうせ大したパンツじゃねえぜ」 「可愛がられてるからって、君は何てことを……」 「お、ヒモパン」 「ひもっ!?」 「しかも、Tバックか」 「なっ、なんて過激な……」 「違った、Tフロントだ」 「前!?」 「しかも大事なところにチャックが付いてやがるぜ」 「チャックで、どうするつもりなんだ〜っ」 聖沙ってば、そんな下着を持ってくるなんて……ドキドキするじゃないかっ。 「ちなみに全部嘘だぜ」 「本当はしましまの色気ねえ、パンツだぜ」 「しましま……」 よかった。聖沙はやっぱりそうでなくっちゃ――って、いかんいかん!! 「終わったわよ」 「よ、よし。張り込みを始めよう……」 「来ないなあ」 「おかしいわね。紫央と同じような場所に置いたのだけれど」 「きっとヒスのパンツに魅力が無いからだぜ」 「な――!!」 「こら、パッキー! 君にはそうかもしれないけど、みんながみんなそうとは限らないだろう!?」 「大丈夫。聖沙のパンツだって、十分に魅力て――」 「キハァ!!」 「飼い主がしっかり教育しないからよっ」 聖沙は怒って行ってしまった。 「帰っちゃったかな……」 「どうすんだ、魔王様」 「しょうがない。続けよう」 夜も更けてきたな……。 「あれ……聖沙。それって――」 「居残って出来る作業、持ってきたわよ」 「ほら。交代するから、その間に書類でもまとめてなさいよ。私のせいで作業が遅れただなんて言い訳は聞きたくないわ」 「ごめん……てっきり怒って帰ったかと」 「見くびらないで。少し頭を冷やしに行ってきただけよ」 「そっか……ありがとう」 「礼には及ばないわ。さ、門が閉まるまでは粘るわよ」 「あ、ああっ」 しかし、結局最後まで犯人は現れなかった。 「やっぱりヒスのパンツが――」 囮作戦をしばらく続けてはみたものの、犯人は全く姿を現さないでいた。 「ねえ、聖沙」 「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!! どうせ私のじゃ――」 「いやね。やっぱり、情報が足りないんじゃないかなあって」 「紫央ちゃんの為に黙ってはいるけどさ。せめて目撃者でもいないか聞いた方が……」 「キャーー!!」 「悲鳴!?」 「プールの方からだっ」 「うう……ぐすっ……」 「さっちん!!」 「大丈夫なの!? いったい、なにがあったの!?」 「変なのにパンツ盗まれちゃったーーっ」 「犯人を見たの!? どこに逃げたの!?」 「捕まえて来てあげるから、早く教えて!!」 「ひっ、こわいよー」 「落ち着いて、聖沙。さっちんが怖がってる」 「けど――」 「けどじゃない。さっちんを放ってはおけないよ」 「だったら、あなたが側にいてあげればいいじゃない!!」 「こんな状態で聞き出せると思う?」 「ぐ……そ、それくらいわかってるわよっ」 「もう大丈夫。大丈夫だからね」 気が動転しているんだろう。背中をさすって落ち着かせる。 「私はいいから、パンツ早く取り返してきてー。とってもお気に入りなのー」 「ごめん、僕が間違ってた」 「あなたも苦労人ね」 「ねえ、さっちん。犯人とか見た?」 「本当に!?」 「なんかすっごくおっきくて、しかもお洋服も着てないし、なんか変だったよー」 「変なの……」 「とても人間には見えなかったから、怖くて……」 「きっと魔族の仕業ね」 悲しいけど否定も出来ない。 「パンツーパンツー」 「あーあー、わかったわかった」 「なになに!? なにかご馳走してくれんの?」 「事情聴取よ」 「待ちなさい!! 今ならそう――」 「お約束のカツ丼をプレゼント〜♪」 「おおおおおお」 「プリエの余り物ですが」 「シーッ!!」 「疑われるのも悪くないって?」 「ギクッ。そんなわけないって」 「いっただきまーす!」 「『全部吐いてからだ、わかってんだろうな!』」 「ひええええええ」 「えへっ♡ お姉ちゃんの真似、似てた?」 洋ドラにカツ丼は出てこないと思う。 「ああ、オマケさんも遂に悪の道を極めてしまわれたのですね。まさに極道」 「アタシは何もやってないよー! 無気力生活まっしぐらだもんっ」 「いわゆるダメ人間のようです」 「別にあなたを疑ってるわけじゃないの。ただ、ちょっと話を伺いたいというだけよ」 「カツ丼食えるならオッケ!! 何でも聞いて、バッチコーイ」 「あなたのお友達に下着を集めるのが好きな方がいたりしないかしら?」 「下着?」 「そう。下着、女性物のね」 「もしかしてパンツのこと?」 「そうそう、パンツ――」 「って、わざわざ言い換えないでよっ!! 恥ずかしいじゃないっ」 「パンツで腹が膨れるかーっ!!」 「そうよね」 「そうでもないぜ」 「そうなんですか!?」 「リアちゃんのパンティなら♡」 「めっ!!」 「で、どうなの」 「パンツでお腹いっぱいになる変な子は知らないよ。というわけで、カツ丼ちょーだい」 「ガツガツ!」 「冷てぇじゃん!!」 「取り調べ室のカツ丼なんざ、そんなもんよ」 「美味しいご飯はね、出来たて作りたてのホヤホヤじゃないとダメなのっ。もったいないから全部食べるけど。ハグハグ」 「冷たくてもうまいものはうまいよ」 「アンタは常に『なんでもうまい』だ!!」 「ごちそうさま! 今度は作りたてをお願いね!!」 「作りたて……ホヤホヤ……」 「あっ。もしかして、何か名案が思いついたのかな〜?」 「確か女性の下着は脱ぎたてホヤホヤが一番男性に好まれるそうですよ」 「ぬっ、脱ぎたて!?」 「ホヤホヤーッ!?」 「と、ガイドブックに――」 「本当なの、咲良クン!?」 「そ、そうかもしれないけど、そんなことを僕に聞かれても……」 「そうかもしれないだとう!?」 「けど、待てよ。確かに被害者は全てシャワーの利用者。そして盗まれるのもシャワー中の隙を狙われてる」 「話をすり替えるな!!」 「じゃあ、やっぱり……うん。きっと、そうに違いないわ!」 「ま、まさか聖沙……!」 「あなたが代わりに〈して〉《》頂けるのかしらっ?」 「見守っとく!!」 「副会長さんは、これから何をされるんですか?」 「ロロットちゃん。ここは黙って応援してあげるのが一番なんだよ」 「いいこと、聖沙。これは私にしかできないこと……私がやるしかないのよっ」 そう自分に言い聞かせて、聖沙は罠を仕掛けに向かう。 「お、おかえり」 「大所帯じゃ怪しまれるから、他の人は自分の仕事に戻ったよ」 「だからって、どうして目隠ししているの!?」 「いや……見ないように、見えないように、と」 「そんなんじゃ見張りにならないでしょう!? それに――」 「そ、そんな風に意識される方が……よっぽど困るわよ……」 「そ、そっか……そうだね」 「ほら、じっとしてて」 「結びがきついわね。やったのナナカさんでしょう」 「なぞなぞしている場合じゃないのよ。ほら、見張りについて」 肩を並べ、固唾を呑み、様子を見る。 学園内の不安を煽る、許されざる犯罪が起きている。 キラキラの学園生活を邪魔する不届きな事件は、なんとしても解決しなければならない。 しかし今、僕の隣にいる女子は、スカートの下に何も履いてないんだ。 「ゴクッ……」 いかんいかん! いきなり思考がすり替わっているじゃないか! 「くしゅんっ」 「ずず……何がよ」 「寒かったら、上着貸そうか?」 「タミヤッ!!」 「せっかく忘れようとしていたのに思い出させないでよ!!」 忘れたら隙だらけになるぞ、それでもいいのかい聖沙!! もじもじとして内股をすりよせる。よほど落ち着かないのだろう。 けど、もう少しの辛抱だ。 条件は揃っている。犯人は、きっと来るはずだっ。 「さっぱり来ないぜ」 「やっぱりヒスのパンツじゃ効果なしだぜ」 「パッキー!! 聖沙がこれだけ頑張っているんだから、そんな風に言わなくてもいいじゃないかっ」 「あなたに何がわかるっていうのよ!」 「ぬぬっ、だったら僕だって――」 「ちょっと何する気よ、やめなさい! やめなさいったら!」 「あられもなくて、見てられねーぜ……」 結局、努力の甲斐もなく、聖沙の囮大作戦は失敗に終わってしまった。 身を挺して囮作戦に臨んだものの、失敗の連続。 そうこうしている間に、さっちんがまたパクられてるし。 「この際、さっちんに囮をお願いするってのはどうだろう?」 「ダメよ、そんなの! 高橋さんには危険過ぎるわ。だからダメなの……ダメなのよ……」 わかってる。わかっているさ。けどこれ以上、聖沙に恥ずかしい思いをさせるのも忍びないんだ。 「ここは……」 「私が……私がやるしか……」 「ぬぬぬぬ……ここは、やっぱり僕がやるしかっ」 「咲良クン……?」 「僕がやるよっ!! 囮になるよ!!」 会長として、男子として。聖沙だけ恥ずかしい目には遭わせられないっ! 「僕が……やる……ですって?」 「ああっ、僕に任せてよ」 「いいわ、受け取ってあげる」 「う、受け?」 「あなたからの挑戦状……しっかりと受け取ったわ!!」 「どゆこと!?」 「あなたなら犯人を誘き出せると言うのでしょう?」 「いや、まあ、そうなったらラッキーだけどさ……」 「それでもし、仮によ!? 犯人が来たりなんかしたら、あなたの勝ち。潔く負けを認めてあげるわ」 「勝ち負けの問題なの!?」 「どちらが囮としての責務をきっちり果たせるか――勝負よ!!」 納得してもらうには、とりあえず雌雄を決するしかないみたいだな……。 「わかったよ……その勝負、乗ったっ」 「絶対に勝つわ!!」 けど、聖沙が元気になって良かった。 「じゃあ、早速罠を仕掛けよう」 「だったらまずは、これを使うといいんじゃないかしらっ!」 そういって差し出して来たのは、しましま模様の布だった。 「これって、聖沙のパパパン――ッ!」 言えない! 「ばっ、馬鹿!! ちゃんと未使用だから大丈夫よ!!」 「がっかりしてるぜ」 「してないし、そこは論点じゃない! 別に同じ下着を使わなくてもいいじゃないかっ」 「そうしないと公平な勝負にならないでしょう!?」 聖沙のプライドはそこまで追い詰められているというのか……。 「フェアな勝負か……いい響きだぜ」 葉巻をふかす振りをしながらヘレナさんが現れた。 「ほらよ、土産だ。とっときな」 「ここっ、これは……」 「ブルマ!?」 「卒業してまで持ってるなんて……ブルマが好きなのかな」 「退学にして欲しいみたいね」 「そそっ、怒らせるつもりでは! ご勘弁を!!」 「くすくすっ。私のじゃなくて、ちゃ〜んと現役生徒のブルマよん♡」 「あとはわかるな?」 「ごめん、パッキー」 「お、お姉さまのブルマ……♡」 ああ、これはリア先輩が履いているブルマなんだ。握ってるだけで、手に汗が滲んできてしまう。 「そうよ! これなら対等の勝負ができるはずだわ!!」 「けど、お姉さまのブルマを勝負に使うだなんて……」 「うん……いくらなんでも、まずいような悪いような……」 「事情を話せばきっとわかってくれるわよん♡」 「ヘレナさんがそう仰るなら……そうなんですね!」 「素直でよろしい! では、改めて生徒会に犯人捕獲を命ずる」 「はい、お任せ下さい!」 「成功を祈るわ」 「よし……がんばるぞ」 「お待ちなさい」 「神聖なるお姉さまのブルマを、咲良クンに穢されるくらいなら――」 「私が最初に履かせて頂くわ!」 「ま、まあ、いいけど」 バレないように汗をズボンで拭ってから聖沙に渡す。 「お姉さまの……♡」 聖沙って、リア先輩が好きなのかな。 「って、ちょっと!!」 「なぜにこの場で履き替えてるんだよーっ」 「え? あ……ああーー油断したッ!!」 僕が止めなきゃ、どうなっていたんだ…… 「あーー、あああ、あっち行って!!」 「あなたが見ていたら、履き替えられないでしょう!?」 「更衣室あるんだし、そっちに行けばいいじゃないか……」 「そ、そうね。ごめんなさい。行ってくるわ」 ドキドキ……聖沙ってば大胆過ぎるよ…… 「お……オゥ……なんだかいい夢を見ていたぜ」 「おはよう、パッキー。どんな夢を見てたの?」 「俺様の黒縁は、リアちゃんのブルマを使って出来ているんだぜ……ハァハァ」 大賢者様は崇高すぎてよくわからない。 「まあ、あんなババァのブルマはいらねえが」 なんとか誤解してくれているみたいだ。 「お待たせ」 「よ、よし」 いかんいかん! なにがよしなんだ!! 「ククク……本当に履いてきたのか、怪しいものだぜ」 「証拠を見せてもらおうぜ、シン様」 「スカートの裾を持ち上げて、そのまま口でくわえるんだ。そうすれば丸見えだぜ、ククク……」 「そそっ、そんなこと……」 「しなくていい、しなくていい」 「だが、フェアな勝負にならないぜ」 「そ、そうかっ」 「納得しないで!!」 「パッキーさん……」 聖沙が厳しくも緩い表情でパッキーを見つめている。 彼女の頭の中では、ミックスベジタブルのように色とりどりの想いが交錯しているに違いない。 「ククク……ブラックマとそっくりの俺様を殴れるのか?」 「ブラックマは、そんなこと言わないわ!!」 「ブルマなんていつも見せてんだぜ。今更恥ずかしがることもねーだろ?」 「そんなの、わかってるわよ。けど……けど……」 「な、泣かなくても……」 「泣くもんですか!! 見せればいいんでしょう、見せれば!!」 そう言うと、聖沙はスカートの裾を指でつまんだ。 「ま……まさか!?」 素早くスカートを上げて下ろす。 いくらブルマとわかっていても、こうやって見せつけられると意外に――って、いかんいかん! 「ハァハァ……。これで、文句ないわよね」 「リアちゃんは何処だ?」 「キーーーッ!!」 「ま、まあまあ。僕はちゃんと見たからバッチリ」 「バッチリじゃなーーいッ!!」 「ほらほら。ささっと罠を仕掛けなきゃ」 聖沙はゴーヤを初めて食べた時のような顔をして更衣室へと消えていった。 しかし、履き替えた時にそのまま脱いでくれば良かったんだけど、どうしてわざわざ戻ってきたんだろうか。 「タイムアップだぜ」 「くっ……」 「来ないか〜」 「ふんっ。咲良クンも失敗すればおあいこよ、おあいこ」 勝つ可能性が消えた崖っぷちの状況でも、強気な姿勢は崩さない。 聖沙からブルマを手渡される。女子にこんなことされるって、なんかドキドキするな〜。 それに、これってさっき聖沙が履いてたんだよな……下着の上から? もしかして、直に履いてたりなんかして―― ああああああ、僕は生徒会長なんだから、こんなことで悶々としてはいかんいかん! 「よ、よ〜し。じゃあ、行ってくるぞー」 「見せ……なさいよ」 「ズボンを脱げと言ってるぜ」 「言ってないわよ!! ちゃんと履いてるかどうかを確認するだけよ!!」 履き替える時に、そのまま置いてきた――と言いたいところだけど、なんかこんなことを言って来そうな予感はしていた。 だけど、いざ女子の前でズボンを下ろすのには、かなり勇気とガッツが必要だ。 更に晒すものがブルマだなんて、変態街道まっしぐら。他の誰かに見られたら、もうお婿に行けない。 それにさっきからブルマを履いてるという背徳感が僕の心を蝕んでいく。 男心が蝕まれていく。 「わわっ、わかったっ」 よし! ここは敢えて男らしく、覚悟を決めるしか無いんだっ!! 「早く見せなさい!」 「えっ!? もう少しで心の準備が――」 聖沙の手ほどきで、僕のブルマが露見する。 「ふっ、二人とも……」 「おっ、お姉さま!?」 リア先輩は手の平で顔を覆い隠してるけど、指の合間がスカスカだった。 「聖沙ちゃん、何やってるの!?」 「いや〜〜ッ! 見ないでお姉さま〜〜ッ!」 「し、シン君っ、どうしてブルマ履いてるの!?」 「うぎゃ〜〜!!」 「照れるリアちゃんも可愛いぜ!!」 「容赦ねえぜ……」 「先輩なんだもの、ビシーーッとガッツーンと注意しなくっちゃ」 「いっ、いい? 二人とも。いくら恋愛するのが自由とは言ってもね、もね!」 「ここっ、こうして堂々と、え〜〜エッチなことをしてはいけませんっっ!」 「聖沙ちゃん! 男の子のズボンを下ろしたりなんかしちゃダメ!」 「シン君! 男の子なんだからブルマを履いたりなんかしちゃダメ!」 お、怒られた……。 「わわ、わかってくれたかなっ!?」 「は、はひ」 「そ〜〜それならよし!」 「咲良クン! これだと変に誤解されたままよ!? それでもいいの!?」 「それはまずいっ!」 「先輩……こうなったのには深い深い訳が――」 「言い訳は……めっ!」 「本当なんです! さすがの僕だって意味もなくブルマなんか履きませんよ! 僕がブルマを履いてるだなんて、おかしいと思いませんか!?」 「なぜ、そこで黙るんですか!!」 「だって……意外と、似合ってるから……」 「お姉さまに褒められてる……」 悔しがるトコ!? 「返しなさい!! 私の方が似合うってことを証明してみせるわ!」 「もうブルマのことはいいよ!! それより、なんでこうしてるかを――」 「そ、そうだったんだ〜。あーよかった。早合点しちゃったね、ごめんなさいペコリ」 「まあ色々と策を講じてみようかと思った次第で……」 「けど、聖沙ちゃんがシン君のズボンをアレするのは……さすがにやりすぎだと……思う、よ?」 聖沙が地団駄を踏んでいる。 「名誉を挽回したいところだけど、今は咲良クンの番よ。早く罠を仕掛けて来てちょうだい」 僕は挽回よりも汚名を返上したい。 「『TIME UP!!』」 「やっぱりダメか……」 「ふふん。これで勝負はイーブンね」 「犯人を捕まえるんじゃなかったんだ」 「いやいや、もちろんそれが本来の目的です! だから、こうして手を変え品を変えていたんですよっ」 「情けないぜ! なぜか勝ち誇るヒスに、ババアのブルマで股間をおっ立てるシン様」 「下品だよ、パッキー!!」 「結局は二人とも大恥をかいただけで何の解決もしてねーぜ」 「だから、次は……次こそは!!」 「諦めの悪い女だぜ。次は俺様に任せな」 「ど、どうする気なんだい、パッキー」 「ここは大賢者パッキー様が、一肌脱ぐしかないようだぜ!」 パッキーがごそごそと自分の体を漁る。 そして取り出したるは―― ブリーフ!? 「ぬいぐるみのくせに!?」 「いわゆる勝負パンツ……だぜ!」 「くすくす。勝負だなんて、パーちゃんったら聖沙ちゃんみたい」 「そ……そんな……」 性格的には一緒にして欲しくないんだけど、まんざらでもない複雑な表情を浮かべる。 「見ててな、リアちゃん。俺様が男になってみせるぜ」 「がんばってね〜♡」 「パッキーさん……ドキドキ……」 「な、なんで?」 まあ、そんなんでうまく行くわけが―― 「釣れたッ!?」 「やっぱり魔族が犯人だったのね……」 「ま、俺様にかかればこんなもんだぜ。さ、返しな」 「ハデス!!」 パッキーの下着を返す気はないらしい。返さなくていいけど。 「しかし、ここまでだよ……! 君が犯人だったんだね、どうしてこんなことを――」 「下着を取る気はないから、落ち着いて!」 「ふざけんな! 俺様の一張羅だぜ!? なあ、リアちゃん!!」 「知〜らないっ」 「とりあえず大人しくさせなくっちゃ……行こう、みんな!」 「早速だけど話を聞かせてもらおうかしら」 「ふむふむ。白い布が欲しかったから……と」 「どうして私のではダメだったのかしら!?」 「白くないから……だよ、きっと」 察するに紫央ちゃんとさっちんといった被害者は、白い下着を着用していたんだろう。 って、真面目に言っても恥ずかしー!! 「特にふしだらな目的で盗んだわけではないようね」 「ふしだらって例えばどんなことか聞かせて欲しいぜ」 「そそっ、そんなこと……私にわかるわけないでしょう!?」 聖沙がこっちを睨む。 ふしだら……。 「ダメだよ、シン君!! そーゆーこと考えるのは、もーちょっとおっきくなってから!!」 あと1年待てばいいんでしょうか。 「というか、変な話を振らないでよ!」 とにかく、この魔族が男だろうが女だろうが関係なく、ただ白い布を集めていたということ。 白い布を繋ぎ合わせて、白い服を作りたかったらしい。 偶然、更衣室で白いパンツを見つけたから、ずっとここで待ちかまえていたんだろう。 「けどね。それを盗んじゃうのはよくないことなんだよ」 「あら、意外に聞き分けがいいわね」 「そりゃあ、シン様は魔――おおうっと危ないぜ」 「こ、こら!」 意味深なことを言って、みんなにバレたらどうするんだよっ。 「けど、まあこのまま追い返すのもの可哀想だし……」 「聖沙ちゃん。何かいいアイディアはないかな?」 「わっ、私はその……ご、ごめんなさい」 「しまパンしか持ってねーのか。役に立たねえ奴だぜ」 「静かにしてれば可愛いんだから、黙っててよ!!」 「白いもの……白いもの……あ! ちょっと待ってて」 「確かこの辺りに――あった!」 「シーツ?」 「前に使い古しのシーツをもらったんだ。小さく切って雑巾代わりに使ってたんだよ。これでなんとかなればいいんだけど」 「下着じゃなくてもいいわけね……」 「ふしだらな目的じゃないのなら大丈夫かなあって」 「とってもご機嫌みたいだね♪」 その魔族は満足そうな笑みを浮かべて去っていく。それっきり姿を現すことはなかった。 「一件落着おめでとさん!」 「それにしても白いお洋服を欲しがるなんて、おかしな魔族さんですね〜」 「うんうん。魔界じゃ暗闇の黒、鮮血の赤がチョー人気だもん」 「そうなのですか〜。魔界って悪趣味ですね〜」 「天使みたいに貧血の白しか選択肢がないよりマシだもん」 「納得! 白はマイナーで供給も足りてないから人間界にやって来たというわけね」 「魔界通販でも白地のお洋服は超プレミア物だし。ちなみにアタシのお洋服もね!!」 「そんなことはどうでもいいの」 「不審者が学園をまかり通るこの事態を放っておけないわ」 「うん、そうだね。学園のみんなやお客さん、商店街の人達が安心できるようにしておかないと」 「より一層、警備を厳重にする必要があるわね」 「うんうん。その調子。二人も息がピッタリ合ってきた♡」 「またまたご冗談を」 「ちょっと咲良クン。今ので調子に乗らないで欲しいものだわ。勝負の結果が偶然まぐれで同じになっただけなんだからっ!!」 「勝負の話は関係ないと思うよ」 「うーん。やっぱり二人を放ったらかしにしておくべきじゃなかったか……」 「わああ、いきなり声かけるな!!」 「ところで、このブルマ……聖沙ちゃんのじゃないの?」 「すっかり忘れてたわ……」 「……? も、もしかしてシン君の?」 「誤解されるとまずい。ここは素直に謝ろう」 「それが得策ね」 「リア先輩!! 申し訳ありませんでしたッ!!」 「やっぱり息が合ってますね」 「ピッタリンコ!!」 「うるさーーい!!」 「パキッ……もぐもぐ……」 なぜかとっても不機嫌そうな聖沙がいた。 「他のみんなは……まだ来てないのかな」 「会長のくせに、メンバーの時間割くらいも把握してないの?」 「他のクラスまではちょっと……」 「お姉さまはクラブ活動に行ってるはずよ」 「ロロットは……」 「どこかで道草でも食ってるんじゃないかしら。パリッ……うっ」 「そんなんで把握してるとか豪語されても、とんだお笑いぐさだぜ」 「ふんっ、そんなこと咲良クンに言われたくないわ」 僕は何も言ってないけど、反省はしなくっちゃ。 「だめだよ、パッキー。聖沙、なんだか機嫌が悪いみたいだから」 「生理が近いに決まってるぜ」 「ななっ、なんとデリカシーの無いことを言うんだ君はっ!!」 しかし、みんなが来る前にこの澱んだ空気をなんとかしないといけないな。 「ねえ、聖沙。何か……困ったこととか、トラブルとかさ。あったりしてない?」 「失礼ね。いたって順調よ」 カリカリカリと筆を走らせるが、その筆圧に苛立ちは感じない。 「仮にあったとしても、あなたに相談することは何もないわ。自分で解決できるもの」 憎まれ口はいつものことなんだけど、それにも増してご機嫌斜めだ。 「……パキッ……くっ」 そういえば口に物を含んだ瞬間に表情の歪みが増している。 小さく囓っては、サウザンアイランドのドレッシングを絡めてまた口に運ぶ。 食べているのはコンビニとかで売ってる野菜スティックだ。食べたことないけど。 「食べてるやつ、美味しくないの?」 「聖沙が食べてるやつだよ」 「ほれのこと?」 聖沙は口にくわえたものを指さす。水っ気の無い音を立てて、キュウリが折れた。 「まさか嫌いってわけじゃないだろうし……」 「ととっ、当然よ!! 野菜が嫌いだなんて子供じゃあるまいし」 「となるとやっぱり味に問題が……そうだよ、野菜には新鮮さが大事なんだ!!」 「ちょっと待ってて!!」 「お! いい感じに実ってる!」 「お待たせっ」 「な……! どうしたのよ、それ」 「じゃじゃ〜ん! 自家製のもぎたて野菜だよ」 「や、野菜がどうしたのよ。はっ!!」 「なるほど。私の真似でもするつもりかしら? オリジナリティの欠片もないわね」 勝ち誇りながらドレッシングを勧めてくる聖沙は、やっぱり優しい子なんだと思う。 「けど、残念。そうじゃなくって、これは頑張ってる聖沙にプレゼント」 「私に? やめてよ、そんなものいらないわ」 「さっきから変な顔して食べてるからさ。ピピンと来たんだ」 「ななっ!? 悪かったわね!!」 「聖沙はきっと、フレッシュな野菜を食べたいんだって!!」 「はいい!?」 「ええっと……ダイコン、ニンジン、キュウリ。ほら、聖沙が買ってきたのと同じだけど――」 パリンッ♪ 「この音だよ!! やっぱりこれがなくっちゃね」 「咲良クン……もしかして、その為にわざわざ……?」 「他にもセロリやアスパラガス、ブロッコリーとか。ドレッシングもいいけど、生の味を是非楽しんでみてよ。絶対にうまいから!」 「よ、よりにもよってそのレパートリーなの……?」 「さあ、瑞々しいうちに食べると良いよ。しっかり洗ってきたからさっ」 「大丈夫。アスパラとブロッコリーはちゃんと茹でてあるって」 「そんなことは問題じゃないの!!」 「そんなことあるわけないでしょう!? 子供扱いしないでよ!!」 「じゃあどうぞ!」 「困ったわね……せっかく持ってきてくれたんだから、食べないと悪いし……けど……」 「そんなに心配? 完全無農薬だから安心だよ。僕もナナカもパッキーも食べてるんだから」 「パッキーさんが野菜を!?」 「パンダのくせに雑食なんだから、おっかしいよ」 「よくある話だわ。人気キャラクターを利用して、野菜嫌いをなくそうとする方法」 「やっぱり嫌い?」 聖沙はセロリをむんずと掴んで口の中に放り込む。 パリンッという爽やかな音と共に水が跳ねた。 「どうかな? どうかな?」 「目をキラキラさせないでよ! そんな風に見られたら正直に言えるわけないじゃない!!」 「どうせならキュウリにしておけば良かった……」 「うまいわ! うまいわよ! うますぎるわよ! これでいいかしらっ!?」 「おおお、良かった〜〜」 「新鮮すぎて味がきっつい……けど、美容によさそうなのは確かね……」 「泣いてるぜ」 「あまりにも美味しくて、涙目になるほど感動してるだけよ!!」 「そっか、そっか。まだまだあるから、いっぱい食べてね」 「いただきますわ!!」 「ヒスゥ……」 「いや〜。喜んで貰えてなにより。これで生徒会活動もバッチシ!」 「は……はい、これあげる」 「ん? 野菜スティック?」 「受けた恩はすぐ返すことにしているの」 「これを僕に?」 「余り物だぜ」 「聖沙の厚意になんてことを。ありがとう! 遠慮無くいただくよ」 「ほほ〜〜。これはこれでうまいね!」 「やっぱりドレッシングだわ、ドレッシングがないと……」 「あ、ごめん。うまくてもう全部使っちゃった」 「やっぱり野菜はうまい!」 「そ……良かったわね」 「はい! 明日は本番なので、是非よろしくお願いいたしますわ♡」 「ハァ〜〜挨拶回りも楽じゃないわね……」 それでも至る所で笑顔を振りまけるんだから凄い。 「もっと肩から力を抜いて自然にやれば大丈夫だよ」 「何を仰るの、失礼ね。いつも通りじゃない」 「ならいいんだけど」 「まったく……普段、咲良クンの相手をしている私と同じにしないで欲しいわ」 「えっ、違うの?」 「それはあなただけにしか見せない特別な私」 「と、特別!?」 「そう、他の誰にも決して見せることがない姿……」 「聖沙……それってもしかして……ドキドキ」 「あなたを想うと、胸が痛むのSilent Night」 「らしくないわよ、今がチャンスよ、この気持ちを早く伝えるのよ♪」 「待って! 僕にも心の準備ってのが――」 「いざ尋常に……勝負よっ!!」 「ダメね。この詩は没」 「ええええええええ」 「なによ、その反応」 「だって一方的に人を惑わせといて、没はないでしょ、没は!!」 「確かにそうね。あなたの気持ちを再確認し忘れていたわ」 「ぼ、僕の気持ち……そ、それは……そんなこと……」 「何よ」 「だって脈絡ないし、それに今はまだそんなこと……恥ずかしくて言えないよっ」 「何を言ってるの? 耳まで真っ赤よ?」 「だっていきなり愛の告白をされれば誰だってこうなるよ、きっと!!」 「愛ィ!? んなっ、なんでそうなるのよっ!!」 「僕のこと特別だって言うから……」 「そういう意味で言ったんじゃないわよ!! ライバルとして特別扱いしてるというだけ!!」 「な、な〜んだ。それならそうと言ってくれなきゃ……あはは」 「そ、そうよ。告白だなんて、天地が一緒くたになったとしても有り得ないんだから」 「そそっ、そうだよね〜」 「誤解を生む言葉で伝えた私も悪かったわ。こういうことはハッッッキリ伝えるべきよね」 「えと……今の今までずっと黙ってたけれど……」 「私はあなたが嫌いよ!!」 はあ……変な勘違いばっかりしてると、どんどん嫌われちゃうな。気をつけなきゃ。 って、僕は聖沙に嫌われたくないの……かな。 「けど『大嫌い!!』じゃないから、まだいっか!」 「なに一人で納得してるのよ!?」 「おい、いつまでつまらねー夫婦漫才をやるつもりだ?」 「夫婦なんかじゃありません!!」 「おーい」 「あれ、タメさん? 搬入あとで手伝いに行きますけど……」 「ちょうど今、男手が欲しいんだ。ちょっと来てくれんか〜」 「あっ、はーい! 聖沙……どうしよっか」 「仕方ないわ。その間に他のお店回ってくるわよ」 「うん、ごめんね。あ、僕の代わり置いとく」 「まあ!?」 「ウゲエッ」 「また後で!!」 「も、もう見えないわね」 「ゴクリ……」 「パッキーさん……♡」 「お、おい……シン様……」 「抱きッ♡」 「ぐえええ!!」 運ぶであろうそれを見て、ハマチとブリが同じ魚であると知った時くらいの衝撃が僕を襲った。 「パッキー!?」 ちょっと見ない間で、こんなに巨大化するとは、なんて恐ろしいパンダ! 「はっはっは。そいつはえ〜〜っと、ブリ……ブラ……ブロゥ……そうそう、ブラックマンよぉ〜」 「ブラックマン……ああ、聖沙がお気に入りのあいつか〜〜」 それこそパッキーがスクスク成長したと言れても納得しそうな。 この着ぐるみが、タメさんちに寄せられたらしい。 「こいつはどうだい? 売れるかの〜?」 約一名が飛びついてくること間違いなしだ。けど、大きさにやや不安が残る。あまりにもデカい。 「ちょっと相談してみます」 「ムギュ〜〜!!」 「ウエっウエっ」 「さ、次のお店に回るわよ、パッキーさん♡」 「だ……誰か……へるぷみー」 「あーいたいた、聖沙」 「とわーーったったった。いきなり声をかけないでよ!!」 「ごめんごめん。実は、掘り出し物を見つけてね」 「何よ、荷物運びじゃなかったの?」 「その一環。ちょっと聖沙にも見てほしいから、一緒に行こう」 「ここっ、これは〜〜ッ!?」 「ブラックマン」 「ブラックマ!! 『ン』は要らないの!!」 「聖沙・ブラックマン・クリステレス」 「ワラビ!!」 パッキーが容赦なく電信柱に叩きつけられた。 「捨てるなんて、ひどいぜ!」 「自業自得よ!」 「そうさ。やつは散々可愛がった挙げ句、汚れちまったら即座にポイするタイプの女だ。間違いないぜ……」 「そんなことしないわ!! 小さい頃のぬいぐるみだって、今も大切に――」 「やっぱり持ってるんだね、ぬいぐるみ」 「ちちっ、違うの!! 持ってるけど、それは物を大事にしてるというだけで、趣味とかそんなんじゃないんだから!!」 「なるほど。物を長く使い続ける……結構、僕と似てるかも」 「あなたとは一緒にしないで!!」 どうすればいいんだ。 「そっか。じゃあ、この着ぐるみはやっぱり遠慮しとこう……」 「バザー用にって、もらえそうだったんだけど」 「是非、頂きましょう」 「お。聖沙ならそう言ってくれると思ってた」 「ちょっと待って。別に私が欲しくて言っているわけじゃないの。人気キャラクターの着ぐるみなら売れる。当然のことを言ったまでよ」 「そうなの!」 「堂々と『私が買います!』だなんて、恥ずかしくて言えるわけないでしょうよっ」 「けど、これは千載一遇のチャンス……なんとか仕入れて、誰も見てない隙を狙って買うしかないわ」 「じゃあ、タメさん。先にこれ持って帰りますね」 「おう、よろしく」 「では、また後ほど。失礼いたしますわ♡」 「はははっ。お嬢ちゃんに可愛がってもらえるなら、この着ぐるみも本望だ」 「ななっ!?」 年配の方にはバレバレだった。 「リア先生の青空教室〜♪」 「うおーーッ!! リアちゃん最高だぜーーッ!!」 「うるさい、パンダ」 「ケハ……ッ」 「ナナカちゃんも霊術の扱いにだいぶ慣れてきたね」 「霊……術?」 「天使様から授かる御力は、霊の力。それを霊術と呼ぶのですよ」 「よく知ってるね〜。まるで天界からやって来た天使みたい」 「ととっ、ガイドブックに書いてありましたーっ」 「そう。ロロットちゃんの言うとおり、私達クルセイダースが行使する力を霊術と言うんだよ」 「それに対して、魔族が使う力はその名の通り魔法になるの」 「博識なお姉さまも……ス・テ・キ♡」 「ねえねえ、パッキー。僕の力は、どっちに当てはまるのかな?」 返事がない。ただの灰になってしまったようだ。 「どうしたの、シン君?」 「ああっ、いえいえ。なんでもないです」 危ない危ない……。つい弾みで聞いちゃったよ。バレないように注意しないと。 「霊力の強さはね、このロザリオの中に秘められた天使の力をどれだけ引き出せるかがポイントなの」 「そこは気合いでなんとか!!」 「気合いというよりは、集中力の方が大事かも」 「集中力と言えばシンの出番。必殺奥義一夜漬け!!」 「終わった後、抜け殻になるって」 「あとは引き出した力を上手にコントロールして、自分らしい戦い方が出来ればバッチリVサイン〜」 「お茶目なお姉さまも……ス・テ・キ♡」 「すごいな〜リア先輩。いろんなこと知ってるんだ」 「えっへん。先輩だもん、当然だよ」 「さっすが歴戦の〈戦乙女〉《ヴァルキリー》」 「そ、そう言われるとちょっと恥ずかしいかも……」 「それで今日はなにをするのでしょう!? わくわくっ」 「これから先、どんな魔族が現れるのかわからない。だから、しっかり傾向と対策を練らなくっちゃ」 「まるでテスト勉強みたい……頭いた」 「くすくす。スポーツ感覚でトレーニングすれば、そんなに大変でもないよ」 リア先輩はバトンのように武器をくるくると回す。 「さて、じゃあまずは軽く実戦でもしてみよー。う〜〜んと、誰にしようかな?」 「もしかして変身しなくちゃいけないとか?」 「もっちろん♪」 「会長、出番だよ!!」 「ええっ、僕!? 聖沙に抜け駆けとか言われ――」 「お姉さまの戦い振りが見られるなんて……♡」 「ダメだ、こりゃあ……」 「でしたら、私が一番星になります!!」 「星になるってまた不吉な……」 「ダメよ、ロロちゃん!! こういうことはまず、男子が格好いいところを見せなきゃ。ね!!」 「ねじゃないよ、ねじゃ」 埒があかないので、さっさと変身してしまおう。 「おお〜〜会長さん。相変わらず凛々しいですね〜〜」 「見事な変身っぷりでしたよ♡」 「そ、そっか……それならよし」 「見てない見てない!! 見てないよ!! これっぽーっちも見てないってば!!」 「わざとらしいよ、ナナカ」 「お姉さま……♡」 「ホッ……聖沙は大丈夫か」 さて肝心のリア先輩は―― 「あ……ああ、そういえば、そうだったよね、あははははー」 「見ちゃいました……よね?」 「けどね、シン君。変身するのにいちいち恥ずかしがってたら、魔族に隙を突かれちゃうんだゾっ」 前にヘレナさんが言ったことを復唱してなんとか体裁を保とうとしている。 「わかってくれたかなっ!?」 「は、はひっ」 「よろしいっ♪ じゃあ、一番手はシン君だね」 「え……僕だけですか?」 「マウスツーマウスですよ!!」 「それを言うならマンツーマンでしょーが!」 まさか僕が先輩と一騎打ちをするの!? 「咲良クン。あなたなら、きっと空気が読めるはずだわ」 「この勝負、盛大に負けること。いいわね?」 僕はリア先輩の引き立て役かっ。 「くすくす……勝負はもうちょっと先。まずは戦い方の手解きから、ね」 「そ、そっか〜良かった」 「情けないね、まったく。男なんだからシャキッと清々しく勝ちに行け!!」 「ナナカは勝てそう?」 「勝負は時の運だからね。死中に活あり!」 「ムリムリ。二人とも先輩の足下にも及ばないわ」 「そーゆー聖沙はどこまで及ぶってのよ!?」 「私はお姉さまのお膝元♡」 「副会長さんって、本当に変な人ですね〜」 「まあまあ。とにかくシン君がお手本で、ね?」 「わかりました。って、僕はどうすればいいんでしょう」 「まずは武器を構えてくれる? そうしたら――」 「わっ」 先輩が背後にすり寄って来たっ。 「腕をこういう感じに伸ばして……」 先輩のすらりと伸びた指先で手首を握りしめられた。 「脇をキュッと締める」 「キュキュッとですかっ」 「キュキュッとキュートにね♡」 なんで僕だけテンパってるんだ!? それもそのはず。さっきから背中に柔らかいものが触れたり離れたり、かすめたりしている。 これは何なのだ〜って、リア先輩ならアレしかないじゃないか!! 「そしてドーンと胸を張る!!」 「ドーン!?」 リア先輩が胸を僕の背中に思い切り押しつけた。 ふくよかな弾力が背中の上で形を変える。 「ちゃんと……んしょ、背筋を伸ばす!!」 押しつけたまま色々と体を動かすものだから、胸が右へ左へと擦りつけられてしまう。 「そうしたら足を肩幅ぐらいまで――」 肉付きの良い太ももが、スッと股の間から顔を出す。 「くすくす、ビックリしちゃった?」 強引に股を開かれてしまう。足と足は密着したまま。ま、まさに手取り足取りだ。 「硬くなってるよ。私に身を任せていいから……リラックスして、ね?」 「は、はひっ!!」 「こら、シン!! 先輩にくっつきすぎ!!」 「さっさと私に代わりなさいよ!!」 「二人とも邪魔しない! ちゃんと見てて」 「ひえ!!」 「すみませんでしたっ」 リア先輩はいたって真面目だ。 それでいて、こんな風に感じてしまう僕はなんて不純なんだ!! いかんいかん。これじゃあ練習にならないぞ。 「心の準備が出来たら……まっすぐ狙ってみて。まっすぐだよ」 「まっすぐまっすぐ……」 先輩が真剣にやってくれているんだ。僕もそれに応えなくっちゃ。 目をつぶって意識を集中させる。 すると、自然にリア先輩と接している部分へ神経が偏ってしまう。 「ああ……っ」 放たれたものは、文字通り明後日の方向へすっ飛んで行ってしまった。 リア先輩が正面に立ち、ぷうっと頬を膨らませている。 「ぜ〜んぜん、集中できてないゾ」 「鼻の下伸ばして、このスケベ!!」 「伸びてないって!!」 「お姉さまとイチャイチャするなんて羨ま――ではなくて、許せないわ!!」 「ええっ。聖沙ちゃん、それってどういうこと?」 「先輩さんも罪な方ですね。会長さん、ずっと照れてるじゃないですか」 「お姉さまと肌を重ねて寄り添い合うなんて羨ま――ではなくて、不純よっ!!」 「あ……そうだったんだ……」 ううっ、恥ずかしくて目を合わせられないよ。 「ご、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど……」 「先輩は悪くない! シンが不真面目だから――」 「わかった! 次は真面目にやるから見てて」 「シン君……」 先輩の為にも、ここはしっかり決めなくちゃ。 教えられた通り、武器を構えて体勢を整える。 脇を締めて胸を張り、背筋を伸ばした状態のまま足に力を入れて踏ん張りを利かせる。 「まっすぐ……まっすぐに……」 集中、集中、いい目標が見つかった。その先を目指し、己の精神を高めて一気に解き放つ。 矛の先から飛び出した闇の波動は、直線を描いて進んでいく。 捨てられていた空き缶が高々と打ち上げられ、くるくる回転しながら僕の手元に舞い降りる。 そのままゴミ箱へポイ。 「ふ〜〜」 額の汗を拭って大きく息を吐く。緊張にはなんとか勝てたけど―― 「あ、あの……こんな感じで、如何でしょうか?」 「あ、ああ、うん! 上手上手、その調子」 「良かった〜〜」 「やればできるんだから、しっかりと……ね♪」 「いや……あはは、先生の教え方がうまいからですよ」 「そんなことないよ。今のでシン君には素質があるんだなあって、実感しちゃったもん」 リア先輩がずいっと近寄るとその手を僕の頭にふんわり乗せて―― 「よくできました♪」 「あ、あの……」 なでなでされてしまった。 「ん? どうしたの?」 恥ずかしいからやめてとも言いにくい。実際、とても気持ちがいいし。 けど、これって僕は子供扱いされてるってこと……? 「先輩。これ以上、シンを調子に乗らしたらダメ」 「そう? 褒めると伸びる子もいたりするよ」 「そ、そういうことじゃなくて……えっと……」 「あ、わかった。ナナカちゃんもして欲しいんでしょ?」 「あ、いえ……結構です」 「では、代わりに私が!!」 「練習が上手に出来たらね♡」 「は、はい……頑張りま〜す♡」 「ちょっと副会長さん。ちゃんと順番を守ってくれないと困りますよ」 「ロロットさん!?」 「静かだと思ったら準備してたのネっ」 「こういうことは先手必勝なのです。さあ、張り切っていきますよ〜〜!」 「ムムッ、やるわね。負けてられないわ。ほら、ナナカさんも準備しなさいっ」 「ええっ、アタシも!?」 「みんな頑張れ〜〜」 様々な思いが交錯し、皆がトレーニングに励んでいる。 「さっきのだけじゃ物足りない?」 「シン君も子供じゃないもんね……。きちんとご褒美をあげないと」 「ご、ご褒美ですか?」 リア先輩がハンコを取り出してにっこり微笑んだ。ああ、そういうこと。 「あ、持ってます。今出しますから」 スタンプカードにポンと押す。 「次もまた頑張ってね♡」 「は、はい!!」 これが全部埋まったら、どうなるのかな……? 「第二回なのです」 「嗚呼……リアちゃんは今日も可愛いぜ……」 「よっ! お天気お姉さん!」 「お姉さんじゃなくて、お姉さまなの!!」 「え〜っと、今日もトレーニングですか?」 「そろそろ本番いっとく?」 「こういう時に限って魔族が現れてくれないんだもの」 「魔族さんでは物足りません。いっそのこと魔族の王様――そうですね、魔王さんでも出てくれば!」 「ま、魔王!?」 「何よ、声を裏返したりなんかして。みっともないわよ」 「もしかして怖じ気づいちゃったとか?」 「そそっ、そんなことあるもんかー」 「そうだったんだ。まさかシン君が魔王だったなんて……仲間の振りをして裏切るつもりだったんだ」 「違う! 僕はそんなつもりじゃ……」 「人間界は私達が守る。たとえ、この命……刺し違えてもシン君をやっつける!」 「僕の望みはビフテキを食べるというだけなのに〜〜っ!?」 なんてことが起きたら大変だ!! 「魔王……か。そうだね……」 「うんうん。みんな自信もついて良い感じだね。その調子その調子」 ホッ……先輩が気づいたかと思っちゃったよ。 「そうそう! 魔族だろうと貴族だろうと、なんでも来いって感じだねっ」 「こ〜ら。すぐそうやって調子に乗る」 「どれだけ強くなったかを知りたいのなら、やっぱり実戦が一番か……」 くるくると武器を回すリア先輩は、昔バトンガールでもやっていたのかな。 見とれていると、武器の矛先が僕の方を向いて止まった。 「シン君。私と勝負してみない?」 「え、聖沙呼んだ?」 「呼んでないわよ!!」 「実力を計るには、手合わせしてみるのが一番だからね」 ぼ、僕が先輩と戦う? そんなの勝てるわけが―― 「シン君も男の子なら……受けてくれるよね?」 「そ、そんな風に言われたら断れないですよ」 「決闘成立、だね♪」 1対1の真剣勝負か。 「シン様。大賢者パッキーさまからの忠告だ」 「アドバイスでもくれるのかい?」 「リアちゃんは、ずば抜けて『詠唱が早い』ぜ。だが、代わりに若干『動きが鈍い』」 「その弱点を補う戦いを仕掛けてくるはずだ」 「シン様のテンポを崩し、その隙をついて強大な霊術を撃ち込んでくる。その動きに翻弄されること間違いなしだぜ」 「そ、そうなのか……わかった、ありがとう」 「だから、パンチラするまでは、なるべく粘ってくれ」 「ジブラッ」 確かに先輩のスカートは制服みたいに短くて、少しでも激しい動きをすれば簡単にめくれてしまう。 そうしたら、リア先輩の下着が見えてしまうんじゃないのか……っ? 「お姉さまがどれだけ華麗に勝利を飾れるかが見物ね」 「シーン! ここは男の意地を見せてやれー! 倒れてもネバーギブアップ!」 「負けてもきっと得られるものがありますよ〜」 みんな先輩の勝利を信じて疑わない。 確かに。変なことを考えていたら絶対に勝てないぞ。 「じゃあ、位置について」 元生徒会長 VS 現生徒会長。 先輩だからといって臆するのはダメだ。気持ちで負けたら、勝ち目はない。 勝ち目なんてものは、どこまで本気を出せるかで決まるんだ。 「準備はいい?」 「大丈夫です」 「じゃあ、行くよ!」 この戦いは腕力じゃなく、霊力――即ち、精神のぶつかり合いだ。 男子も女子も関係なくて、ただ相手を上回る意識とそれを使いこなせる柔軟さが勝負の分かれ道となる。 素早い動きと、繰り出される幾多もの手数を迎え撃つだけでは戦況を変えられない。 じりじりと前へ。前へ。リア先輩は左右に動いて僕の視界を攪乱する。 動きに合わせてスカートが翻る。そういえばパッキーがくだらないことを言ってたな。 一瞬、僕の思考が固まった。 「危なっ!」 その隙をリア先輩は見逃してくれない。 「どこ見てるの!」 「ど、どこって……」 ああ、またスカートが! 「はぁっ!!」 「ひっ」 このままじゃリア先輩の大事な所が丸見えに!? 思わず目をつぶってしまう。 「あ、あれ?」 目を開けるとリア先輩のふくれっ面。 「でこぴん!」 「も〜〜。全然集中できてないゾ」 「す、すみません」 「真面目にやらないと大怪我しちゃうんだから!」 言い訳のしようがないな……ここは素直に謝ろう。 「すみませんでした」 リア先輩に嫌われちゃったかな……。 けど、スカートのヒラヒラが気になっていたなんて、とても言えないよ。 「ふふん♪ 情けない負け方だこと」 返す言葉もない。 「次は聖沙ちゃん?」 「はい、お姉さま。お手柔らかにお願いします♡」 「ちゃんと真面目に!」 「は、はいっ!」 「第二回戦の始まりです。さて、会計さんと会長さん。この試合をどう読まれますか?」 「しょーがないよ、シン。リア先輩はアタシ達から遠く離れた高値の花なんだから」 「それを言うなら〈高嶺〉《》でしょ」 「お二人ともドン無視ですね」 「文武両道のお嬢さまで、育ちはいいし気だてもいい」 「高嶺の花……たとえ遠い存在だとしても、同じ生徒会長として負けたくないんだよ」 「じゃあさ……どうしてあんな負け方したの?」 「それが言えれば苦労しないのですよ」 「そんなに重いことなの?」 「こういった場合、人は大抵トラウマを持ち合わせているものです」 「シンにそんな辛い過去があったなんて……」 「さあ、わかりませんが」 「適当言うなー!」 「おおっと、ここで副会長さん。まさかのギブアップ!?」 「も〜〜〜! みんな不真面目すぎ!」 「ごめんなさい、お姉さま! けど……これには深いわけがあって――」 頬を赤らめて俯いたまま、キョロキョロとリア先輩の下腹部を気にしている。 視線をどこに持っていけばいいかを悩んでいるということは、僕と同じ理由で負けてしまったんだ。 「どうして真面目に出来ないの……?」 「だって……お姉さまの動きがあまりにも良すぎて、あの……そのスカートが……」 「それが……どうして?」 「スカートがめくれてしまって、集中できないんですっ」 「そうよね、咲良クン!!」 「あっ、ええ! そうです、そうなんです! チラッと見えたら、まずいなって目を閉じたら――」 「あ、あの……お姉さま?」 「も、もお! みんなしてエッチなんだからっ!」 「どうもすみませんでしたッ!」 「真面目な話かと思えばそんな理由で負けくさりおる……」 「お、落ち着こう、ナナカ」 「アンタは雑念が多すぎるんだ!!」 「会計さんの武器で、その雑念とやらを断ち切ってはいかがでしょう? バッサリと!!」 雑念の根源と言えば、やっぱり……。それをあの剣でたたっ切るの!? 「ひえええ! わかった、わかったから! 集中して頑張りますっ」 そんなところに意識が向いてる自体、僕はまだまだ生徒会長として未熟なんだ。 こんなんじゃ、魔族の王様にだってなれやしないぞ。 「ナナカ! 僕に気合いを入れてくれないかっ」 「た! た! た! た!」 「いっちょあがり!!」 間髪容れずに往復ビンタをしてくれるのは、やはり幼馴染みといったところか。 「目、覚めた?」 「もう大丈夫! よ〜し。リア先輩、もう一度だけチャンスをお願いします」 「うん、いい顔になったね」 「次は勝ちに行きますよ」 それぞれの立ち位置へ。 「では、はじめ!」 合図と同時に飛び出した。 「ハァ……ハァ……さすがにギブアップ、かな」 「もしかして私の勝ちですか!?」 「おおおお、すごいやロロット!」 「びくとりー、やりましたー! 初勝利ですー!」 「みんな強いんだもん。ビックリしちゃったよ〜」 「とか言っちゃって。先輩は休みなしの4連戦でしょ。ロロちゃんが最後に疲れてるところを漁夫の利っただけだし」 先鋒の僕はコテンパンにやられたわけで。 やっぱり先輩は強い。まだまだ敵いっこないなあ。 「でも、これで少しはお姉さまに近づけたかしら……」 「まだまだ始めたばかりだもん。これからどんどん強くなっていくはずだよ」 「そうなればいいんですけどね」 「生徒会――クルセイダースは生徒の中から選りすぐられた精鋭なんだもの。きっと、すぐだよ」 「だってさ、シン! アタシ達、素質あるんだって!」 「選抜とか言ってるけど、ナナカさんは咲良クンに便乗してきただけでしょう」 「ロロットさんは押しつけられただけよね」 「え? そうでしたっけ? 変な言いがかりです」 「咲良クンは……」 「余計な雑念に囚われないよう、しっかりするべきだと思うわ」 「聖沙ちゃんも、ね♡」 「猛省いたしますわ……」 「みんなも今のままで満足はしないでね。もっともっと立派になってもらわなくっちゃ」 「先輩に追いつけるよう頑張ります」 「そんなんじゃダ〜メ。私なんか追い越しちゃうくらいに、ね!」 「そうしないと……」 「うん! みんな、お疲れさま♪」 リア先輩は満面の笑みを浮かべると袖口から何やらゴソゴソと取り出した。 「頑張ったから、特製の源氏巻を召し上がれ♪」 「まあ! カステラみたい!」 「美味しそうです〜」 「しかしまあ、いつもながら見事なお手前で」 「お菓子を持ち歩くのは、女の子のジョーシキだよ」 「いただきます〜」 「わ、一口で食べた」 「ちゃんと味わって食べなさいよ」 「先輩さん、お代わりはありませんか?」 「ごめんね。今のでおしまいなの」 「残念です〜」 「緑茶が恋しい!」 みんなが源氏巻で夢中になっているところ、リア先輩がスッと身を寄せてきた。 「あと、シン君には……」 そう言って取り出したるは、いつものハンコ。 「みんなには内緒、だよ」 「あ、ありがとうございます。けど、僕だけいいんですか?」 「シン君、すごく強かったもん」 「散々だったじゃないですか」 「それだけこっちも本気にならなきゃダメだったってことだよ」 「それにシン君と最初に手合わせしなければ、ロロットちゃんにも負けなかったかも……なんちゃって♡」 リア先輩は悪戯っぽくぺろんと舌を出す。 なんだか照れくさくなって、源氏巻をぱくんと口に放り込んだ。 「うまい! ごちそうさま!」 「お粗末様でした♪」 「『仕事の後に飲む1杯は格別だぜ、なあ坊主』」 「解せないぜ……」 「どうしたの、シケた顔しちゃって。飲みが足りないんじゃないの?」 「聞いてくれ、BOSS。好きな娘と仲良くする絶好のチャンスだってのによ」 「それなのに何故、俺様はいつもハブにされてるんだ!?」 「あ〜〜。それは辛いわね〜〜。まあ、飲みなさいって」 「お、おう!」 「『遠慮すんな。今日は俺の奢りだ』」 「ごくっ、ごくっ、プハーーッ!!」 「あら、いい飲みっぷりじゃない。禁酒法を免れたマクブレイヤーをがぶ飲みするなんて」 「アンタッチャブルってか? お代わり!」 「ねえ。思い切って、その娘のこと押し倒しちゃいなさいよ!」 「押し倒すだぁ……?」 「男は度胸、女は愛嬌。パンダは最強」 「おお、最強だぁ!! 俺様に任せとけ!!」 「うふふ……面白くなってきたわね。ほら、もっと飲んで♡」 「ゴクゴクッ。……ヒック」 「おぉっ、俺様はやるぜーー!!」 「飲んどけー!!」 「ん……なんだ?」 「いや、別に……ちょっと変な感じがしただけ」 「あっそ」 「残念ながら本日が最終回です」 「え〜〜〜〜〜」 「みんな、ありがと」 「じゃあ、今日は一気に最終奥義までレッツゴウ!」 「う〜〜ん。実はもう、それほど教えることも無いんだよね」 「私達クルセイダースは、もはや最強というわけですか!?」 「ううん。そうじゃない。私の教えられる範疇をもう越えているってことだよ」 「それは一体どういうことなんですの、お姉さま」 「今回のリ・クリエは、今までとは比べものにならないほど大きいって話、覚えてる?」 「はい……だから、何が起こるかわからないんですよね」 「うん。そして、人間界にどんな魔族がやって来るかも到底わかり得ない」 「そんな相手に、今までの知識なんて役に立たないもの」 「これからはみんなで一緒に、実戦で覚えていかなくっちゃ」 終わりは始まり。本当に過酷なのは、このトレーニングを終えた後の本番なんだ。 「犬も歩けば棒に当たれ、というやつですね」 「ぶっつけ本番ってことか」 「そしたら早速、魔族を捜しに行っとこう!!」 「なるほど、パトロールね」 「見つからないに越したことはないけど」 「私達は魔族さんの屍を踏み越えて強くなるしか、道はもう残されていないのですよ!」 「そこまで修羅場じゃないけどね」 「会いたくなった時に――」 「それ以上はダ〜メ」 「ククク……ヒック、見つけたぜリアちゃん」 「おお!! これはまた虫の良すぎる展開ですね!!」 「なんか君、どこかで会ったことがあるな。うわっ、しかもお酒臭い」 「けど、可愛い……♡」 「色合いと口調。聖沙の反応を見る限り、奴しか思い当たらない」 「も、もしかしてパーちゃん?」 「リアちゃん……リアちゃん……ヒック」 「環境に応じて進化を遂げてしまうとは、まさに大自然の神秘ですね」 「ククク……リアちゃん……ククク……リアちゃん、ヒック」 「退化してない?」 「弱化してるよ。もう、ぬいぐるみのくせにお酒なんか飲んでだりして……」 「ちょっと待って下さい。このお姿――パンダさんは、魔族さんだったんですか!?」 これはまずい、バレてしまうっ。 「『イー』しか言えない奴らと一緒にすんな!! 俺様は大賢者パッキー様だぜ!?」 「そうよ! こんなに可愛いんだもの。魔族のはずないわ」 「こら、シン! 飼い主なんだから、何とかしろ!」 「わ、わかった。とにかくパッキー落ち着こうか。ほら、水でも飲んでさ」 「うるせーー!! そんなんでノドが潤うわけねーだろ!!」 「俺様の渇きを癒やしてくれるのは……ヒック。リアちゃんしかいないんだぜ!!」 「パーちゃん。どうして、お酒なんかに手を染めたの……?」 「リアちゃんがいけないんだぜ!! リアちゃんが俺様を狂わせる……俺様の胸を締め付ける」 「その痛みから解放されたくて、俺様は酒に溺れちまったってわけさ……」 「意味わかんね」 「だからって、どうして……」 「それはな。俺様が……俺様が……」 「俺様がリアちゃんのことを大好きだからだぜ!!」 「ええっ!」 すごい……パッキーって、告白が出来るんだ……。 リア先輩と言えば、成績も優秀で運動神経抜群の優等生。 この学園を経営する九浄家のお嬢さま。そして、元生徒会長! そのリア先輩を相手に媚びもせず、臆したりもせずに堂々と自分の気持ちを伝えることができるんだ。 「嬉しくない。嬉しくないよ。そんなお酒の勢いに任せた告白なんて――」 「嬉しくないよ!!」 「ズガーーン!!」 「お見事です! これがいわゆる年の瀬というやつですか」 「年の功ね」 「さすがお姉さま……♡ さて、傷ついたパッキーさんは、どうぞこちらへ」 「ククク……素直に従っておけばいいものを!」 いつもなら灰になっているはずのパッキーが、リア先輩の側にグンと近づいた。 不意をつかれたリア先輩が、パッキーの怪しい力に包まれる。 意識を失ったその体を、パッキーが抱え上げた。 「俺様にかかれば、こんなもんだぜ!!」 「パッキー! 一体どうするつもりなんだっ」 「リアちゃんはいただくぜ! そして俺様に忠実な女となるのさ!!」 パッキーは曲がりなりにも魔族の一人。 大賢者ということがもし事実なら、人間を洗脳してしまうのもたやすいことなのかもしれない。 「じゃあな!」 言葉よりも先に、手が出ていた。 「やめてよ、パッキー。そんなことをしたら、リア先輩がリア先輩じゃなくなっちゃう」 「ククク……ケケケ……俺様の知ったことかー!!」 「いやらしい笑い声!! こんなのパッキーさんじゃないわ!!」 「これ、止めないとまずくない?」 「パンダさんには申し訳ありませんけど、ここはしっかり反省してもらいましょう」 「ケケケ……もう勝った気でいやがるぜ」 「アンタ如きに負けたらご先祖様に顔向けできなくなるからね!」 「俺様を甘くみると痛い目に遭うぜ!?」 「分身したっ!?」 「リアちゃんもいねえクルセイダースなんざゴミだぜ。俺様の代わりと遊んでな!」 「あ、こら! 待て!」 「ケケケ……」 「くっ。まずはこいつらを何とかしなきゃ」 「パッキーさんじゃない、パッキーさんなんて可愛くもなんともないわ!」 「懲らしめてあげましょう!」 「まだ倒れないんですか!?」 「もう、しぶといわね!」 「まずいな、これじゃキリがない」 「ここはアタシ達が食い止めておくから、シンは先輩を!」 「うん、わかった!」 「確かこっちの方に逃げたはず……あ!」 地面に倒れている人を見つけた。 「リア先輩――!!」 外傷も悪戯された形跡もない。気を失っているだけで、呼吸もしてる。 リア先輩は無事だった。 「パッキーは何処に行ったんだ……?」 キョロリと見回す。すると、すぐ隣にパンダのぬいぐるみが転がっていた。 紛れもなくパッキーである。 「ククク……側にいるだけで俺様をイカせちまうなんて。さすがだぜ、リアちゃん……ファーッ!」 リア先輩のフェロモンにやられたのか。無理もないけど。 「それにしても飲み過ぎ!」 「我を失うとは、情けねえ。うう、頭が痛いぜ」 「自業自得だよ」 まあとにかく、元通りになったみたいだ。 「リア先輩、リア先輩」 「ん……んん……シン、君? あれ、私……」 「きゃあっ!!」 「先輩!?」 リア先輩はいきなり僕にしがみつき、身を震わせた。 「急に意識が飛んじゃって、それから全然覚えて無くて私……」 あのリア先輩でも、こんな風に怖がったりするんだ。 「大丈夫ですよ、リア先輩。もう怖がらなくても平気ですから」 「え……あ!」 状況に気づいて、ようやく体を離した。 「ご、ごめんなさい」 狼狽えるリア先輩が、いつもの凛々しい感じと対比して微笑ましく感じられる。 「いや、リア先輩にも怖いものがあるんだなあって」 「なっ!?」 「べ、別に怖がってなんかないよ。ちょーっとビックリしただけなんだからっ」 慌てて体裁を取り繕っている。 「それにね。私だって女の子だもん。怖いものなしみたいな言い方はすっごく失礼だゾ!」 結局、どっちなんだ。 「ところで、ぱ……パーちゃんは……?」 「ほら、隣に」 「うう……助けて、リアちゃん……」 「キャー!!」 「キャタツ!!」 今日ばっかりは同情の余地もない。 「大丈夫ですって。何かされたわけじゃないですから」 「な、何かって……?」 「え!? ぼ、僕の口からはとてもとても……」 「シン君の、エッチ♡」 「どんなこと想像したのかな〜?」 「くすくす。な〜んてね」 いつものリア先輩に戻り、早速手玉にとられてしまう。 やっぱりリア先輩には敵わないや。 「パーちゃん……いつもはもうちょっと紳士的なのに、どうしてお酒なんか……」 し、紳士的? 「パッキー自ら飲むとも思えないし、そもそもお酒も買えません」 「誰かに飲まされちゃったのかな〜」 「パッキーにお酒を勧められる人といったら――」 「おらーー! パンダーー! もっと飲めーー! zzz……」 「本当にごめんね」 まだ誰とは言ってないのに妹さんも大変だ。 「あ、いたいた!! 先輩は――」 「無事だったのですね、お姉さま!!」 「そっちもやっつけたんだ。怪我はなかった?」 「所詮パンダさんの分身です。私達の敵ではありませんよ。余裕でVなのですっ!」 「おお、やったね」 「みんな……ありがとう。心配かけて、ごめんなさい」 「先輩が無事なら、それでいいですよ。ね、みんな」 「何かあったら、タダじゃ済まさないわよ!!」 「な、なんで僕が?」 「で、犯人はどこ?」 「薄皮煎餅になっちゃった……あはは」 「それもまた……♡」 「しかし、先輩さんの青空教室。早速、効果てきめんですよ」 「全然、緊張しなかったもんね」 「うん。いつもより力が出せた気がする」 「これもお姉さまのおかげですわ」 「そっか。ちゃんとみんな強くなってるんだね。良かった♡」 リア先輩は満足げに微笑んだ。 「じゃあ、一仕事終わったし。お茶にしよっか」 「大賛成ですー!」 「いよ! 待ってました!」 「お姉さま。今日は私が紅茶を――」 「ううん。今日は私にご馳走させて」 「いつもご馳走してもらってるような気が……」 「聖沙は苦いから日本茶を飲みたくないんでしょ。まったくガキなんだから」 「なっ!? 違うわよ!!」 「砂糖を入れれば良いのですよ♪」 「シン。そこのハンペン、ちゃんと持って帰りなよ」 「わかってるって」 スクラップにされたパッキーを拾い上げて、耳打ちする。 「お酒はほどほどにね」 「悪い」 「あまり変なことばかりしてるとリア先輩に嫌われちゃうよ」 「そ、それだけはゴメンだぜ……」 ま、今回は魔族だってこともなんとか誤魔化せたから大丈夫だろう。 「シン君、シン君」 「これ、持ってる?」 そう言って差し出したるハンコ。 「あ、ああ! ありますよっ」 「助けてくれたお礼に、ね」 「え……いつもより多くないですか?」 「スペシャルボーナス。みんなには内緒だよ♡」 「あ、ありがとうございます!」 そもそも僕以外にスタンプしてもらっているのを見たことないんだけど。 「満タンになるまで、がんばってね」 「は、はい!」 スタンプが全部埋まる頃には、僕も先輩みたくなってるかな。 「頑張ってね、生徒会長さん♪」 「よ、よーし、がんばるぞぉっ!」 「パーちゃんの力って、やっぱり……」 「じゃじゃーん。これが私の愛車です♪」 「先輩、まさか免許持ってるんですか!?」 「さすがお姉さま……♡」 「リアだけにリアカー。なんちゃって」 「では、商店街に参りましょうか」 「レッツゴウ!」 みんなでリア先輩のお車をゴロゴロ転がす。 「早速、不要品を献上してもらえば良いのですね!!」 「違うよ、ロロットちゃん」 「では、奉納ですか?」 「それもハズレ。商店街の皆さんからチャリティバザーの商品になるものを譲ってもらうんだよ」 「そのガイドブックに書いてあることが全てじゃないから、気をつけないとね」 「びくっ。ど、どうしてわかったんですか」 「『フッ。君の事は全てお見通しさ……』」 「お姉さまったら、本当にお優しいわ。ご丁寧に説明をしていただいて」 「ロロットは帰国子女だもんね」 「それで全てが許されると思うな!!」 「そもそもロロットさん。こっちに越して来て結構経ってるでしょう?」 「アゼルでもそんな間違いはしないぞっ、たぶん」 「では献納してもらいましょう! これで間違いないですよね?」 「寄付してもらうんだよ、ロロットちゃん。それがチャリティバザー」 「なるほど〜! それは載っていませんでした」 「ははは、変な本だね」 「なにせ不可能という文字すらありませんから」 「それが言いたかっただけなのね。で、どちらに伺えばよろしいのかしら」 「先輩さん。もったいぶらずに教えて下さいよ」 「それを決めるのは私じゃないよ」 「ハッ!? お姉さまが私に期待している!?」 「僕ですよね、やっぱり」 「ちょっと咲良クン!! 自意識過剰にもほどがあると思うわ!!」 「おっ、聖沙になにかいいアイディアがあるのかな?」 「えっ! そ、それは……えと……」 「こ〜ら、シン君。さっき聖沙ちゃんが言ったことを忘れちゃった?」 「『どちらに伺えばよろしいのかしら』って、シン君に聞いたんだよ」 「ぼ、僕だったの? てっきり先輩に聞いたのかと……」 「二人して先輩を頼りすぎ! 情けないねえ、まったく」 「ムムム……ナナカにそんなことを言われるなんて、確かに情けないな」 「ちょっと、それどういう意味!?」 「よ〜し! 不要品集めを始めよう!」 「そうそう、その調子♪」 お店の中から、そのご家庭に余っているものまで全て引き取ります。 「ナナカ。タメさんちは後回しね」 「へえ〜〜。こんなお店があるんだ。シン君、よく知ってるね」 「僕もナナカもここで育ったようなもんですから」 「私だって、生まれてからずっと流星町に住んでるのになあ〜」 「先輩は、お買い物にしか来ないでしょ?」 「だって商店街に……ねえ。お買い物以外で、何をしに来るの?」 「ははは。それがそもそもの違い。ここは僕達の生活空間なんですよ」 「よく遊んだりもしたし」 「デートとかする人だっているんですよ」 「毎日が新発見ですよ。先輩さんも恋人さんと一度デートをしてみてはいかがですか?」 「良家の令嬢と言えば、政略結婚。どこぞの御曹司といったフィアンセの一人や二人くらい、居ても当然なのです」 「な、なんと……!!」 「そ、それは……その……」 「まさか、デートのお相手がいらっしゃらないのですか? 先輩さんともあろうお方が」 「そそっ、そんなこと言われちゃうと……えと……」 「ちょっと待って。ということは、ロロちゃんにも婚約者が居るってわけ?」 「そう見えますか?」 「いや、全然!」 「失礼ですね! じゃあ、どう見えるって言うんですか!!」 「天使」 「ななっ!? 違いますよ!?」 「そ、それで、先輩。本当のところは……」 「嘘ですよね! 嘘とおっしゃって下さい、お姉さま!」 「そ、それはね……えと、あの……」 「そういう聖沙ちゃんはどうなのかなっ?」 「わ、私はその……お姉さまと同列に扱うのも〈烏滸〉《おこ》がましい、ただの平民庶民いやいや愚民ですものっ」 「それにこの心は、もう……然る御方いっぱいに満たされていますわ……♡」 「ま、まさか……シン君?」 「ドキッ」 「で、婚約者はいるの!? 教えて、先輩!!」 「話を元に戻さないでよ〜〜」 「このままじゃ気になって夜も眠れなくなりますっ」 「シン君がどうして気にするの!!」 「咲良クンの気持ちなんて、どうでもいいわ! 先輩、教えて下さいっ」 「も〜〜! 内緒っ!」 ど、どっちなんだ〜〜。 「いないんですね」 「言ってみるものです」 「ロロットちゃんったらーっ!」 「じゃあ、なんで隠したがったんだろ」 「それがリアちゃんのお嬢さまたるプライドというやつだぜ……リアちゃん最高ー!」 「めっ!」 「ウアーッ!」 「あービックリした」 「私はずっと信じてたわよ」 とか言いつつ、みんなで一斉にホッと息を吐く。 「もお! 私はただシン君を誉めてただけなのに」 「私の知らないお店、いっぱい知ってるんだもの」 「先輩だって……僕達の知らないことをたくさん知っているじゃないですか」 「そ、そんなことないよ」 「ロロちゃんもね。アタシ達とは別世界の人間だもの」 「そうそう。天使じゃなくて人間ですよ」 「って、別世界ぃ!?」 「ちょっと! どうしてその中に私が含まれていないのかしら?」 「副会長さんは愚民ですからね」 「ほら、シン君。次はどんなお店を教えてくれるのかな?」 「あっ、ああ、はい! じゃあ、次に行こう!」 「ちょっと、シンちゃん!」 「あ、品川のおばさん。さっき旦那さんから、一眼レフ頂いちゃったんですけど、いいんですかね?」 「そんなことはいいから! どうしたのよ、そのべっぴんさんは」 「そ……そんな……」 「先輩さんを指されてますが」 「はじめまして。私、流星学園3年の九浄リアと申します」 「たまげたね! 今時の女の子にご丁寧な挨拶されちゃったよ。しっかりしたお嬢さんだ。私ゃ品川麗子」 「なにせ生粋のお嬢さまですから」 「ナナカちゃんってば!」 「私だって名前だけならお嬢だよ――って、九浄さんったら学園の!」 「はい。この度は流星学園チャリティバザーにご協力いただきまして、誠にありがとうございます」 「ちょっと、やめとくれ。私らゴミあげてるだけなんだからさ」 「このカメラ、高そうですよ?」 「うちの売り物を寄付できればいいんだけどねえ。さすがに当日まで新鮮なままってのはなかなか」 「何を売られてるんですか?」 「品川青果――八百屋さんだから、野菜とか果物を売ってるんだ」 「では当日、市場みたいにお店を出されるというのは、いかがですか?」 「お嬢ちゃんもうまいこと言うねえ! まあ、そういう催しだったら喜んで参加させてもらうけど」 「にしても――」 おばさんが僕とリア先輩を見比べている。 「シンちゃんも偉いスケコマシになったもんだねえ」 「ナナカちゃんがいるってのにねえ」 「このリアちゃんってのが、シンちゃんの『これ』とはねえ」 おばさんは小指を立てた。 「なー! 何を言ってるんですかー!」 「照れない照れない。おおっと、こうしちゃあいられない」 「おばちゃん、ちょっと待った!!」 「認めたくないって気持ちもわかるけどね。これは、私のライフワークなんだから邪魔しないどくれ!」 「そうじゃなくて――もう! 先輩も止めるの手伝って!」 「えっ、えっ」 「おばちゃんは真実の伝道師。そのお口にかかれば、商店街――いや、町中に根も葉もない噂が広がっちゃう。あっと言う間なんだから!」 「えええ!?」 「だから、早く止めないと大変なことにっ」 「え……えと……」 リア先輩が視線を僕に向けた。困っている。なんとかしなきゃ。 「とにかく嘘はいけません!! これは真実じゃないんですから!」 「麗子さん! 違いますから、考え直して下さい!」 「私をそう呼ぶのはあんたとうちの人くらいだよ。冗談なら、早くそう言っとくれ」 冗談も何も、勝手に勘違いしただけなんですが。 「よかったねえ、ナナカちゃん」 「だーーッ!! よくないわッ!!」 「下町育ちは粗忽でね! また遊びにおいでよ、いつでも歓迎するからさ」 「あ、ありがとうございます……」 おばさんはウキウキしながら自分のお店に戻っていく。まるで新しいオモチャを得た子供のようだった。 「ハァ……ビックリした」 「副会長さんも口から魂が抜けてますよ」 「驚いたのはこっち。先輩も違うなら始めから全力で否定しちゃってよ」 「そんなこと言われても……ね、ねえ、シン君?」 「うっ……そりゃ、全面否定されると……ちょっと悲しいです」 「ちょっと悲しい?」 「すごく……悲しいです……」 「逆でしょ!? リア先輩が彼女だなんて、アンリアルすぎ!!」 確かにリア先輩と恋人同士になるなんて夢のような話だけどさ……。 「夢物語!! 絵空事よ!! 悲しむ以前の問題なの!!」 「もぉ、みんなして言い過ぎ! そんな言い方をしたらシン君が可哀想でしょっ」 「では、庶民代表の会長さんにも少なからずチャンスはあるということですね?」 「えっ!? そ、それは……その……」 「安心しろ。リアちゃんは俺様にぞっこんだぜ」 「ややっこしい! 黙ってな!」 「わ……私はね! みんなが思ってるほどお嬢さまじゃないもん!」 「テーブルマナーは苦手だし、ドレスは馬子にも衣装だし、お腹が空いてお弁当を休憩時間こっそり食べたりだってするし……」 「それに……うぅ……」 「あ……先輩、その……ごめんなさい」 「そういったもの全部引っくるめて、お姉さまの魅力ですわ……♡」 「と、とにかく! 不要品集めも終わってないのに、おしゃべりして遊んじゃダメ! わかった?」 「そうそう。会長なんだから、しっかり仕切ってよ」 「ナナカが一番騒いでたじゃないか」 「会計さんが特に必死でしたね」 「さあ次は、ぽんぽこにレッツゴウ!!」 うやむやにされた。 気を取り直して次のお店へ。不要品と言えば、リサイクルショップ。 為景さんの営む行きつけのお店『ぽんぽこ』へと向かう。 「タメさん、こんにちは〜」 「おう、らっしゃい。ついさっき洗面スプレーってのが届いたんだけどよ」 「気になりますけど、今日は別の用事で――」 「わかってらい。この時期と言えば、バザーだろう?」 「さすがのタメさん。話が早い」 「よしきた。こっちに来てくれ」 「お二人とも、かなり親しいようですが」 「シンはここの常連。タメさんもシンもガラクタ集めが大好きだから」 「おーい、みんな。運ぶの手伝ってー」 「なあ、シン。初めての子もいんだから、紹介くらいしてくれよ」 「ああ、すみません。ええっと、こちらは――」 「こんにちは。はじめまして、九浄リアです♪」 「シンの後輩か? まるで妹さんみてえだな、はっはっは」 「い、妹?」 「いたっけ?」 「いないよ!」 「いやいや! リア先輩は先輩なんで……」 「先輩? てーことは……おおっと、いけねえ!」 「悪い、悪い。若ぇ子はどいつもこいつも若々しく見えちまうからよぉ」 「なーに言ってんだか。おべっかなんて、アタシらにゃ通用しないよ」 「かー。相変わらずきっついね、お嬢は」 「ま、ご年配の方から見たら1、2歳の差なんて微々たるもんだし」 「だからって先輩のことを妹扱いするなんてね……」 けど、もし先輩が僕の妹だったりなんかしたら……。 「兄さん。お風呂沸いたよ。背中、流してあげよっか?」 「さっき怖い夢を見たの……。だから、兄さんと一緒に寝てもいい?」 「ねえ、知ってる? 実はね。私と兄さんは、本当の兄妹じゃ――」 いかんいかん! やっぱり血は繋がってないと――って、そうじゃない! 「む〜〜」 「今、私が妹だったら……とか思ってたでしょ」 「ギクッ。そ、そんなこと……あはは」 「もぉ、バレバレなんだからっ」 「ふーんだ。どうせ年上には見えませんよーだ」 「僕は何も言ってないですってば」 「後輩ですよ、妹ですよ」 「もう機嫌直してくださいよ〜」 「なっ、別に怒ってなんかいないもん!」 「よく言いますよ。見るからに不機嫌じゃないですかっ」 「先輩なんですから、もうちょっとしっかりしないとそれこそまた年下に間違われたり――」 「『お兄ちゃん……リアのこと、いじめないで……お願い……』」 「えぇっ? そ、そんないじめてなんか……」 「なーんて引っかかるようじゃ、まだまだだね」 「えっへん! 真のお姉さんはいつでも一枚上手なのです♪」 お姉さんぶってるところが、既に子供っぽいような気もするのだが。 「ほら。運ぶんでしょうが」 「ブラックマのキーホルダーが……♡」 「ここは宝の山ですね〜。興味津々丸なのですよ〜」 「ああ、それは商品だからダメだよっ」 「ん〜〜。リアちゃんに悪いことしちまったからな。ついでにもってけ泥棒」 「え……いいんですか?」 「いいってことよ。これに免じて許してくれや」 「そんな……気になさらないでも」 「ははは。女に歳の話題はやぶ蛇ってな。肝に銘じとくわ」 「為景さん……。ありがとうございます!」 「けど、こんなにいっぱい運べるかな……」 「『頑張ってね、百万馬力のお兄ちゃん♡』」 「ぐう……」 やっぱり先輩には敵わないや。 「ん……なんだろ」 「シン君、手伝わなくても大丈夫?」 「ああ、平気です。もうすぐそこですから」 「到着です〜♪」 「ふぅ〜。みんなお疲れさまー」 「じゃあ、後はこれをしまっておしまいだね♪」 「はーー疲れた。早く帰って湾岸ビッグボーイズ観よ」 「ナナカさんたら、ああいった低俗なドラマが好きなのね」 「意外。聖沙も観てるんだ」 「ハンバーグばっかり出てくるドラマなんて観てないわよ!!」 「観てるんだね」 「ハンバーグですか! 美味しそうですね〜」 「先週、牛肉が差し押さえられてどうなるか!? って、ところまで来たんだけどね」 「豚肉で代用したりするんだよ、きっと」 「先輩も観てるんですか」 「友達に楽しいって勧められてからかな」 「先輩さんもハンバーグが大好きなのですね♪」 「そ、そういうわけじゃ……好きだけど」 「大人気なドラマなんですね〜」 「ロロットは観てないの?」 「はい。私にはドラマチックな毎日があればそれで充分なのです」 「ははは。僕と同じだ」 「アンタはテレビが映らないだけでしょ」 「いっけない。おしゃべりしてたら見逃しちゃう」 「よーし、さっさと片付けちゃおー!」 「ほらほら! 見て見て! あれだけいっぱいあれば美味しいものもありそうでしょ!!」 「よ〜〜し、サクッといただいちゃおーー!」 「ゲゲッ!!」 「もう暗いし危ないよ。早くお家に帰らなくっちゃ、ね」 「ムッカー。なに子供扱いしてんのよー!!」 「目線の高さを同じにすれば言うこと聞くとか思ってんでしょ!!」 「だって、その方がお話しやすいから……」 「それがバカにしてんのよぅ!!」 「どうしたんですか、リア先輩?」 「誰よ、アンタ」 「僕は流星生徒会、会長の咲良シン。よろしくね」 「よろしく〜♪」 「――って、あの悪名高いセートカイだとぅ!?」 「お、僕達って有名人?」 「悪い方だけどね」 「これは願ってもないチャンスだよ!! 今こそ日頃の『うっふ〜ん♡』を晴らすべき!!」 「ガーン!! お色気アタックが通用しない!?」 「もうバカにして許せない!!」 「にっくきセートカイが相手なら情けは無用、悩み無用!! 美味しいものを奪っちゃえ!!」 「わーー。やめてくださ〜い!!」 「あ……! あの子……前に肉まん食べた時に現れた魔族だよっ」 「ってことは、そのお仲間が――」 「そうとも!! 人呼んで魔界のアイドル伝説、アタシこそサリーちゃん」 「へえ〜そうだったんだ」 「聞いたこともないわ」 「そもそも魔界のことなんか知りませんよ」 「だったらその胸に、アタシの名前をハンコでポンっと押したげる!!」 「なんだからよくわからないけど大変なことになっちゃったね」 「客観視してる場合じゃないでしょ、先輩。こういう時こそ――」 「クルセイダースの出番、だね♪」 「よし、行こう!!」 「ま、まさかこのサリーちゃんが敗れるとは……うぼぁー」 「これはまた一流のやられ方ですね」 「ありがとー♡」 「って、褒めてないだろー!?」 「サリーちゃん。君が盗もうとしていたものは、今度のチャリティバザーで商品となる大事なものなんだよ」 「うるさーい。よこせ、よこせー!! 美味しいものよこせー!!」 「あれ? あれれ? どれも役に立たないガラクタばっかじゃん。こんなの食べられないよ」 「『クピポ』」 「せ、先輩?」 「美味しいものがない!! だまされたぁ〜〜」 「美味しいもの……?」 「んん!?」 「はい、おまんじゅう。美味しいよ♡」 「なな!? これでアタシをバイシューする気だね!? その手にゃ乗らないよ!!」 「先輩、もうちょっとあったりします?」 「うん、どうぞ♡」 転がっている魔族に分けてやる。 「わーー!! この裏切り者ーー!!」 「サリーちゃんの分、なくなっちゃうよ?」 「じゃあ食べる! パク」 「どう? 美味しい?」 「うえ〜〜ん」 「泣き出したッ!?」 「美味しいよぉ〜〜!」 「そ、そこまでうまいのか……」 「おっぱいデケーお姉ちゃん、ありがとー」 「どういたしまして。けどその冠言葉は恥ずかしいからやめてね」 「ああ〜〜。牛丼はこれよりも、ずっとずずい〜〜っと美味しいんだろうなあ〜」 「ねえ、サリーちゃんとやら。美味しいものにこだわってるみたいだけど、一体なにが目的なワケ?」 「ふっふふー。こう見えてもアタシ達は魔界でも有数のグルメと呼ばれるその名も――」 「アイドルはどこへ行ったのかしら……」 「人間界には美味しいものがたくさんあるって聞いたからね!! これは行くっきゃない!!」 「それならちゃんとしたお店で食べた方がいいと思うよ」 「やだやだ! だってすぐ怒られるんだもん。こちとらお礼に秘蔵の魔界通販グッズまであげてるのにさ」 「魔界通販グッズ……?」 「そんなガラクタじゃ遠く及ばないスーパーアイテムだよっ」 「それでちゃんとお金は払ってるの?」 「お金? なにそれ。美味しいの?」 「そりゃ怒られるって!!」 「なんでよう!! きちんと物々交換してるでしょ!?」 「あのね、サリーちゃん。人間界ではこういうお金を使わなきゃダメなんだよ」 リア先輩は、1円玉をサリーちゃんに見せる。 「もらい!!」 「よーし。これで牛丼食い放題だね!!」 「え、えーっと……」 「お金を取るのは泥棒なんだよ!! やっちゃいけないことなんだ!!」 「お金だけじゃない。人から何かを盗むってのは犯罪で、怖いお兄さん達に捕まって暗い牢屋に閉じこめられちゃうんだから!!」 「ええーー!? そんなの、いやだよーー」 「い、いいよ、シン君。そこまで怒らなくても……」 「1円を笑う者は1円に泣くんです」 「あ、そっか……シン君はサリーちゃんがお金の事を知らないから教えてあげてるんだね」 「つまりはそういうこと。さすが、先輩。よく見抜きましたね」 「えっへん」 「まあ、にわかに私情も入ってるけど」 「サリーちゃん。そんなにお金が欲しいなら、牛乳配達でもしてみるかい?」 「やだよ、そんなの。めんどくさいじゃん」 「働かざる者食うべからず。そんなんじゃうまいものにはありつけないよ」 「なによ偉そうにしちゃってー!! 絶対に美味しいもの食べてやるんだから!! ポイ!!」 「ああーーっ!! なんてことを!?」 「ここは俺様に任せろっ」 放り投げられた1円玉を、パッキーが口で捕捉した。 「ククク……ナイスキャッチだぜ」 「リアちゃんの1円玉だからな!!」 「で、どこに?」 「ンガンック」 「覚えてなよ、セートカイ。このクツジョクはいつか晴らしてやるんだから!!」 「あ、でもまんじゅう美味しかったよ!! またご馳走してね!! バイバーイ!!」 「まったく人騒がせな娘だね」 「リアカーも無事よ。何も取られてないわ」 「魔族さんも色々いらっしゃるんですね〜。ビックリしました」 「まさか人型の魔族もいるなんて思いも寄らなかったわ」 「あんな姿で来られたら、全然見分けがつかなそー」 「見た目でバレバレですけどね」 君が言うか。 「案外、身近なところにいたりなんかして」 「は、ははは……」 「り、リア先輩……?」 「あんな娘まで人間界に……思ってるよりリ・クリエの影響は大きいのかもしれないね」 「ああゆう魔族は来なかったと?」 「私が知ってる範囲ではね。今まで出てきた魔族って、個性があまりないでしょう?」 「ああゆうのが魔族だと思ってたけど」 「魔界では全然違う姿らしいんだ。人型とか動物型とか色々いるらしいんだけど、異世界に移動すると、ああいう姿になっちゃうの」 「でも、あの娘は、魔界での姿そのままで現れたと思うんだ。と言うことは……魔族が、もう簡単に人間界へ来れちゃうってことなんだよ」 「早く……早くあの人が来てくれないと……」 「あの人?」 「え!? あ、ああー! なんでもない、なんでもないよっ」 「そう言われると気になる……」 「くすくす。それはね。ひ・み・つ、だよ♡」 「あーーもうこんな時間! 早くお片付けしちゃお♪」 「ビッグボーイズ始まっちゃうー!!」 「リア先輩の言ってた人って、誰なんだろう」 「きっと俺様のことだぜ……ククク」 「ああ、気になって眠れない〜〜!!」 「寝たらまずいだろ、魔王様。例の企画書はまとめなくていいのか?」 「あああ、そうだった!! 今、何時っ?」 「そうね、大体――」 「うわー!! もうこんな時間かっ!?」 「まだ早いぜ」 「いつもお昼寝ばっかりしてる君と一緒にしないでよっ」 「生徒会長も大変だぜ……」 ただいまより臨時生徒総会を行いたいと思います。 「って、普通だなあ」 生徒総会が始まるよ 「軽すぎる」 生徒総会、いざ尋常に始めェ!! 「堅すぎる」 生徒総会が始まるぜ!? 「僕はパッキーかっ」 ううう……どうすればいいんだ……。 「ぐぉ〜〜」 「まったく人の気も知らないで……」 「はい。お茶、どうぞ♪」 「どうしたの、何かお困り事かな?」 「あっ、リア先輩」 「お茶淹れてたのにも気がつかないんだもん。よほど集中してたんだね」 ヘレナさん並に神出鬼没のような気もする。 「みんなは何処か行っちゃったの?」 「ええ。生徒に告知してもらってて……僕はというと、演説内容を考えてこんな感じです」 「なるほどね」 消しゴムのカスが一杯になった机の上を見て、リア先輩はこそばゆげに微笑した。 「先輩……何かいい案でもありませんか?」 「今年の生徒会長さんは、すぐに諦めちゃう人なの?」 「あ、いやっ、別に諦めたというか、そういうわけじゃ……」 「ガッカリだな〜〜。すぐ誰かに頼っちゃう人だったなんて」 「いやいや、そんな! 考えますよっ、自力で頑張りますっ。よーし、がんばるぞーっ」 「くすくす、冗談♪ その為の相談役なんだしね」 心を見透かされているようで恥ずかしい。 「けどね、シン君。人に聞くのはすっごく簡単なことでしょ? だから、つい聞いちゃう」 「そうやって人に頼ってばっかりいたら、いざ自分でなんとかしなきゃって時に困っちゃうんだよ」 「だ・か・ら。誰かに聞くなら、まずは自分のアイディアを出してからの方がいいと思うよ♪」 「ごもっともな話で……」 「思いつくまで待っててあげるから、ね」 リア先輩は僕の正面に座り、両手で頬杖をついた。 カリカリと筆を進める僕を、リア先輩は頭を左右に揺らしながら見つめている。 「これって、僕達生徒会が発足して初めての企画じゃないですか」 「賛同してくれるかどうか考えると不安で不安で……」 「なるほど。それで行き詰まってるんだ」 リア先輩は緩やかに立ち上がり、今度は僕の隣に座った。 「ねえ。シン君はこのお祭りで、生徒のみんなにどう感じて欲しい?」 「感じる……」 「みんなのどういう思い出になって欲しい?」 「楽しんで欲しい。楽しい思い出になって欲しいです」 「忘れないで。シン君もね。生徒の一人なんだよ」 「もう一度聞くね。シン君はどう感じたい?」 「ぼ、僕も楽しみたいです」 「そう! だから、まずは自分が楽しい気分にならなくっちゃね」 「こーんな顔してちゃ、楽しいアイディアなんて浮かばないよ♡」 柔らかい指先で僕の頬をつまんで横に伸ばす。 「やっ、やめへくらはいっ」 「今度は上下にびろーん」 「ふんげーっ」 「シン君の肌……とってもキレイだね」 「え、ええっ?」 「む〜〜。なんか悔しい……」 「えいえい!!」 「ヒー!」 「くすくす。ごめんごめん。せっかくの素敵なお肌がビロンビロンに伸びちゃうね」 「ビロンビロン……」 「あーー! ダメだよ、そんなこと書いたらーー!」 「先輩の名言集だっ」 「もーー! ダメダメーー!」 「ちょっと鉛筆返してください!」 「変なことしないって約束してくれなきゃ返しませーん」 「ん……なんだか楽しそうな声――」 「おお!? これはリアちゃんとくんずほぐれつのチャーーンス!!」 「だが、ここでスチール!!」 「ぐわっ」 「華麗なるドリブル、そして――」 「ダンクシュウツ!」 パッキーが地面に叩きつけられた。 「『ふっ……決まった……』」 「へ、ヘレナさん……?」 「ちょっとシンちゃん。私の可愛いリアと何イチャイチャしてるのよぉ」 「こ、こらーっ」 「ん♡ 相変わらずいい触り心地ね♡」 「んふふ♪ シンちゃんも触りたいの?」 「ヒャー! そ、そんなこと……出来るわけないじゃないですかっ」 「なによ、今更照れちゃって。さっきまでシンちゃんがしてたことじゃない」 「な!? してませんって!!」 「私に内緒でちちくりあってたくせに」 「ちちっ、ちちくっ……!?」 「触れるなら触りたいんでしょ」 「お、お姉ちゃんったら! シン君はそういうエッチな子じゃありませんっ!! ね?」 「本当に〜?」 「もぉ! シン君、困ってるじゃないっ」 「あらあら、優しいお姉さんだこと。だったら、遊んでないでさっさと演説内容まとめちゃいなさいよ」 「くすくす、リアもまだまだお子様なんだから〜〜」 ヘレナさんは手をひらひらさせて出て行った。 その後ろ姿に向かって、リア先輩はあっかんべーをする。 「そういうところが子供っぽいって言われるのでは……」 「あっ!?」 「もお、シン君のバカバカバカーー!」 「り、リア先輩っ、やっ、やめてーっ」 痛いと言うよりくすぐったい攻撃に僕は身をよじらせる。 「いい、シン君? いますぐ演説のまとめを終わらせること! これは先輩命令ですっ」 「わからないことがあったら、何でも先輩に聞いていいからね。特別サービス♡」 「は、はあ……」 まったくコロコロ変わって、大人っぽいやら子供っぽいやら……。 リア先輩が手に持つバレーボールを空に〈放〉《ほう》った。 光の矢がそれを追っていく。 緩急のあるアップダウン。左右に螺旋を描くようにして動く力。 落下速度も念頭に置いてのリフティングを繰り返し、衝突の度に光の屑が弾けている。 いつしかボールは目線よりもずっと高い場所に打ち上げられ、陽の光が視界を邪魔する。 リア先輩はそこからはずっと目を閉じていた。 頭の中で思い浮かべている軌道をイメージするだけで、バレーボールの挙動を制御できるのか。 「ん……っ!」 一瞬、気を高めると同時にボールが垂直に高く弾かれた。 ボールに辛く当たっていたはずの鋭い光の矢は、柔らかなベールへと姿を変えた。 そしてボールを労るように包み込む。 先輩は空に向かって腕を伸ばし、人差し指を立てた。 光のベールはその細い腕を取り囲むようにして、地を欲するボールの道を造り出す。 リア先輩の体を軸にして、ボールは螺旋のスロープを滑り降りていく。 緩やかに。ふんわりと先輩の腕の中に戻って来た。 僕はうっとりとその姿に見とれてしまう。 「カバチッ」 「あっちゃー、失敗。ごめんごめん!」 先輩と同じようなことをしても、大抵はこうなる。 「うわー!」 今度は転がってるボールに躓いてしまった。 「足下がお留守になってるわよ」 「ちゃんと拾わないから……」 「なかなか難しいですねえ〜」 「練習してれば、すぐ出来るようになるよ」 先輩は僕達と知り合う前からこの修練をやっていたんだ。 「よ、よ〜し。僕だって!」 「ねー、カイチョー。なにやってんのー?」 「特訓さっ」 「へー、楽しそ。ちょっと貸して」 サリーちゃんは唐突にボールを奪うと、指の腹にのせたまま小悪魔の吐息で一気に回転させた。 めまぐるしく回り続けるボールが、指の上で小刻みに跳ねていた。 「よっと」 軽く指で弾いただけなのに、ぽんと校舎の屋上なんか軽く越えてしまうくらいに飛び上がった。 当然、目で追えるわけもなく。 気づいた時には、猛烈な速度で落下して地面にめり込んでいた。 それでもなお勢いよく回り続けるボール。 「すごい……それ、どうやってるの?」 「魔法だよ」 文字通りだった。 「おいで」 その声に呼び戻されて、ボールはヨーヨーのように戻りご主人の手の平に吸い付いた。 「やっ、とっ、さっ」 手首を返して腕や肩、うなじと移動する。 背中をバネにして放ったボールを尻尾の先でキャッチした。 「ククク……リアちゃんのセクシーショットをゲットだぜ」 「パッキー!! 今、出てくるのはまずいよ!!」 「ほっ!」 尻尾でツンと突かれたボールはふわりと浮いて、すぐ地面に向かう。 そのボールがサリーちゃんの腰を通過した間合いを見計らって、くるりと体を捻り―― 「バーニングシュートぅ!!」 「ダーーァツ!!」 炎を纏ったボールを元気に蹴り飛ばし、パッキーが被弾。出てこなければやられることもなかったというのに。 サリーちゃんは僕らが難航している特訓を、どこぞのサッカー選手が息抜きしてるように軽くこなしてしまった。 「凄いなあ」 「へへ〜ん。これくらい朝飯前ってね」 「なんだか自信が湧いてきましたよ」 「憧れちった?」 「いえ。オマケさんに出来るなら私もすぐ出来そうです」 「そっかそっかー」 「――って、アタシのことバカにしてる!? なによぅ、下手っぴのくせにぃ!!」 「まだ慣れてないだけですから」 「ふんだ。どうせ慣れても変わんないって」 「はいはい、ケンカはそこまで」 「放して下さーーい」 「ほらほら、サリーちゃんも」 「きゃあ、変なところ触らないでよエッチ!!」 「触りようもないって――」 「あだだっ」 「もう失礼しちゃう! みんなアタシよりも弱っちぃくせに!!」 「何を寝ぼけたこと言ってるんですか」 「偉そうにしちゃって。アタシより強い奴がいるってゆーの?」 「もちろん!」 おお、ロロットが強気だ。 「何を隠そう、先輩さんです」 人任せかい。 「おっぱいがデケーだけじゃん!! そんな奴がアタシより強いわけないもんね!」 自然と腕組みをしているだけなのに、腕の上に乗っかった胸が自己主張している。 「かっ、勝ったと思うなよー!!」 「……サリーちゃん。私と勝負してくれない?」 「セクシー勝負はちょっと待った!! あと1000年、いや100年待って!! そうすればアタシもボインバインにっ」 「そ、そういう勝負じゃなくてね」 「聖沙じゃあるまいし」 「しないわよ!!」 「ていうかそこまで生きられないってば」 「違うよ、サリーちゃん。勝負はこれで……ね」 リア先輩は武器をかざして挑戦的な目線を送る。 「ふ〜ん。人間ごときがアタシに勝てると思ってるんだ」 「生意気なのはおっぱいだけかと思ってたけどさ」 「もう胸の話はいいから、ね」 「いい度胸してるじゃん!! わかった、勝負しよ」 リア先輩が戦闘時でしか見せない凛とした姿勢。 サリーちゃんはいつも通りなのに、空気だけは張り詰めていた。 二人が向き合う。武器を構えているのはリア先輩だけ。 「準備はいいかな?」 「どっからでもど〜ぞ」 リア先輩の額から流れ落ちる玉のような汗。 ぎりっと噛みしめた瞬間をサリーちゃんはしっかりと見据えていた。 「威勢が良いだけじゃん。ダッサダサ。動かないならアタシから――」 唾を飲み、瞬きをしただけなのに。目の前の光景が豹変する。 連続して放たれる力がリア先輩を襲った。その数は1、2、3。 先輩は的確にそれを相殺して撃ち落とす。 「ふーん、なかなかやるじゃん」 顔色も変えずに第二波を送り出す。サリーちゃんの意志に忠実な力が、リア先輩の体に牙を剥いた。 「くうっ!」 衝撃に震える先輩の表情が険しくなった。 「ほ〜れほれ、まだまだ行くよ〜〜♪」 意のままに繰り出される技の数々は、リア先輩の立ち位置を押しやっていく。 相殺というよりも受け流している印象が強い。 狙っているのか、それとも振り回されているのか。 「防戦一方。手も足も出てないよ」 「そんな……! お姉さまが押されてるの!?」 「いや!」 「ぬぐぐ……」 いくら魔法を撃ち込んでも、先輩の牙城は崩れない。 サリーちゃんは今まで相手を見下したような表情だったはずなのに、唇を噛んで焦慮の色が濃くなっていた。 「な、なんで効かないの〜〜っ!?」 数多の魔法は威力が衰えることもなく、貪欲に律儀にリア先輩を喰らおうとしている。 「わああ!」 時折、リア先輩が威嚇するようにして光を放つ。 目標は雑に、ただ脇をかすめるだけなのに、相手はオーバーアクションで体をよじっていた。 「むっかつく!! セコセコしちゃって許さないんだからー!!」 煩わしさを覚えたサリーちゃんは、魔法の発動を早めていく。 威力は据え置きのまま数が膨れあがるも、代わりに的が絞れていない。 リア先輩の迎撃が目に見えて減った。 「くううっ! 当たれ、当たれー!!」 押されていたはずであるリア先輩の足が、一歩ずつ、一歩ずつ前に向かって踏み込んでいる。 「はあっ!!」 懐に潜り込んだリア先輩が、武器をかざす。 「避けられた!?」 でんぐり返ってサリーちゃんは被害を免れる。 「あっぶなーー!」 「けど、ぶっぶー。残念でしたー。チョー隙あり♡」 魔法を放ったまま、リア先輩は硬直している。 「お姉さま!?」 「いただきっ!!」 けど、先輩の目は諦めていなかった! サリーちゃんの体が宙に浮いた。 いつも浮いている位置よりも高い場所へ。 水面を飛び跳ねる人魚のように体をくねらせた。 さきほどよけたはずの光が、サリーちゃんの背中を包み込んでいる。 光は人魚が纏う水しぶきとなり、大気の泡沫となり融けていく。 と、スローモーションはここまで。 「きゃああーーっ」 リア先輩は吹き飛ばされたサリーちゃんの体に手を伸ばし、しっかと抱き留める。 だがその勢いはとどまらず、二人してごろんごろんと衝撃に身を任せて前転を繰り返す。 地面に踵を立てて、急ブレーキ。 轍を作り、ようやく二人の動きが止まる。 「あはは……ちょ〜っと、やりすぎちゃったかも♡」 芝生まみれになったリア先輩がぺろんと舌を出した。 「先輩の大勝利〜〜!」 「ま、まあ、私は最初から信じていたけれど」 「凄い、凄いです! 巷のアクション俳優も真っ青なスタントシーンですよ!!」 「なるほど……避けられるのを見越して折り返すとは。さすがですね、先輩」 「ギリギリでしたけど」 「ちょっとセコかったし」 「いいのよ! 勝てば官軍なんだから!」 「けど、サリーちゃん。すっごく強かった。少しでも気を抜いたらすぐやられそうだったもの」 他の魔族に比べてもサリーちゃんはずば抜けて強い。 「それを相手に善戦できるのも、これも日頃行っている練習のたまものというわけですね」 「そうそう。みんなもこうして練習や実戦経験を繰り返していけば、もっとも〜〜っと強くなるはずだよ」 「ええーー!?」 「あら、お早いお目覚めで」 「お疲れさま、サリーちゃん。とても良い勝負だったよ。やっぱり強いんだね」 「んふふー、そう? すごいでしょ!! よく言われるんだー」 「――って、違う!! ちょっと、ちょっと! 強くなるってどーゆーこと!?」 「え……だって、僕達流星クルセイダースが強くなるための特訓だし」 「そうなの!? どうしてそういうこと早く言ってくれないのよう!! うっかり加勢しちゃったじゃないのさー!!」 「協力してくれるんじゃなかったの?」 「まずいよ、まずいよ。セートカイがもっと強くなったら大変だー!!」 「そんなことになったら……アタシ達、美味しいモノ食べ隊の逆襲は――」 「ダメダメ!! そんなの絶対にダメえーー!!」 「なにがダメなの?」 「ぎくぎくっ」 「怪しいわね」 「アー。あー。アー。怪しくなんかないですヨ〜」 「では、オマケさんも元気になったことですし。次の練習相手はこの私、ということで」 「どどど、どうしよ〜〜」 「って、そうだ! 本気で戦うからあっちが強くなっちゃうんだよ」 「ここはわざと手を抜いて負けちゃえば……うふふ、我ながらあくどいアイディアだね〜」 「よーし。ロロちーが相手か……きっと弱っちいから、負けても痛くないな」 「オッケー! ババッチコイコイ!」 「いっきますよー♪」 「いったーい! ちょっと何すんのよー!!」 「なんと!? 手応えありと思ったのですが……さすがですね、オマケさん。今度こそは――」 「いっけない!」 「ぐ……ぐはぁっ……ヤラレタ〜〜」 「バタン」 「きゅ〜」 「ロロちゃんの……勝ち?」 「はぁ……こんなに弱いとは思いませんでしたよ、オマケさん。非常にガッカリです」 「失望しました。弱すぎです。お茶でヘソが沸くほど弱すぎます」 「ぐ……」 「いわゆる雑魚さんです」 「ムッキーーー!! ムカツク!!」 「図星だからですよ」 「弱くなんかないもん! 弱くないもん! 弱くないんだからー!」 「そういうのは勝ってから言ってください」 「もう怒った! やっぱ本気でいく! さあ、どんどんかかってこーい!!」 「めっちゃ強いし……」 「ロロットさんの時とは桁違いじゃない……」 「オマケさんもやればできるじゃないですか」 「フーッ。フーッ。言ったでしょ……これがアタシの本気モードなの!」 「最初から手抜きしなければ良かったのにね」 「ハァハァ……こ、これはいい練習になったぞ」 「うんうん。まさに特訓って感じ」 「ぬぬぬ……セートカイが強くなっても大丈夫だよね! オヤビンならきっと大丈夫!」 「それにつけても、やっぱりサリーちゃんは凄いね」 「えっ。ええっ、そう?」 「クルセイダースを全員相手にできるなんて、さすがだよ」 「あはっ、あはは〜。まあねー。これくらい」 「まあ私には敵いませんけど」 「なんだとー!? もっかい戦えー!!」 「それはまたの機会に」 「そだね。もう疲れたー」 「うう……お腹空いたよぅ」 「ですねえ〜」 「何もしてないくせに!!」 「そういうときは――はい、柏餅♪」 「おお!? ねえ、食べていいの?」 「いっぱい頑張ったからね。どうぞ召し上がれ♡」 「わーい、いただきまーす!」 「みんなにも、ね」 「制服だろうが何であろうが、いつでもどこでも出てくるね……」 「謎が多いのもまたス・テ・キ♡」 「お! もう一個いただきっ」 「ちょっとーー!」 「ボーッとしてるからですよ。少し分けてあげますから元気を出して下さい」 「アタシもあげるー」 「葉っぱなんていらないから返してちょうだい!!」 「みんなお子様だね。そのまま食べるのが一番美味しいのに」 「ま、スウィーツには敵わないけど」 「あれ。先輩のやつ柏の葉が残って――」 「はわわっ! ぱくっ! モグモグ……」 「う〜〜ん。モチモチして美味しいよ〜〜! リア、だーいすき!!」 「んーーぐりぐり。おっぱいさいこーー!」 サリーちゃんもまだまだ甘えたい年頃なんだなあ。 「あ〜〜。カイチョーってば羨ましがってる〜〜」 「そ、そうなの、シン君……?」 「微笑ましく見てただけですよっ!!」 「まさに母性の愛が溢れんばかりに。素敵です」 「せめてお姉さんくらいにしてよ〜〜」 「けど、欲しがったってダメだよーん! このおっぱいはアタシのだもん!」 「私のよ?」 「ヒィーーッ!! 出たーーッ!!」 「ごろにゃ〜〜ん♡」 「お菓子食べた〜〜い♡」 「こ〜ら。さっき食べたばっかりでしょ」 「あと、ちょっとだけ! ちょっとでいいから! ほんのちょびっとでいいから! ね! おねがーい」 「もお、しょうがないんだから〜」 「わーい、リアだーいすき」 「よしよし♡」 「すんごい猫なで声」 「完ッ全に餌付けされてる」 「羨ましいわ……」 「そんなにお菓子が食べたいのですか? 副会長さんは、食いしん坊さんですね〜」 「な!? ち、違うわよ!!」 「じゃあ何さ」 「そ、それは……」 「もしかしてサリーちゃんみたいに、リア先輩に甘えたいとか?」 「食いしん坊で悪かったわねっ!!」 というわけで、リア先輩から頂いた餡ころ餅をみんなで食す。 「う〜〜ん。おいしいよ〜〜。幸せ過ぎて涙が〜〜」 「本当にお菓子が好きなんだね」 「もう大好き。チョー好き。アンタが大好き。好き好き大好き」 「それなら、ちょっとお手伝いしてもらおうかな」 「生徒会活動を……ね♡」 「ええ〜〜。やだ〜〜」 「めっ。ワガママ言わないの」 「カイチョー代わりに行ってきてー」 「まあ、別にいいけど」 「そっか、そっか。せっかくな〜〜。美味しい――ああ、なんでもない。なんでもなーい」 「ええ!? 美味しいなに?」 「残念だな〜〜。せっかく美味しい――ああっと、なんでもない」 「ずるい、ずるいー! わかったよー。手伝えばいいんでしょー」 「ありがと♪」 完全にヘレナさんの妹だなあ。 「じゃあ、行くよ。カイチョー」 「別にいいって言ったよね?」 「それはただ、代わりというだけで――」 「一緒なら早く終わるでしょ!! ほら、ヘッチェゴー!」 「わ〜〜」 「プリエに用ですか?」 「ここが私達の部室みたいなものだからね」 「リア先輩の部活って――」 「和菓子倶楽部、だよ♪」 らしいというか、なんというか。 けど、生徒会長になった時に名目上辞めていることになっているらしい。 「おいでやす、会長はん」 「おや、こんにちは〜」 リア先輩の友達の御陵先輩だ。 「彩錦ちゃんは和菓子倶楽部の部長さん」 「和菓子倶楽部でしたっけ」 生徒会長になった時に名目上、辞めていることになっているらしいけど。 「ってことは――」 「それでね。今日のお手伝いなんだけど――」 「ねえねえ! 美味しいものって何!? 早く教えて〜〜!!」 「リーアの言うてはるとおり、きさんじな子やなあ」 「アタシ、サリーちゃん! 美味しいもの食べ隊の特攻隊長だよ!!」 「ね。適任でしょ?」 「くすくす。ほんまやわあ」 「今度のキラキラフェスティバルにね。和菓子倶楽部もお店出そうかなあって」 「それでね。私達とプリエのコックさんとで共同開発した新作を発表しようと思ってるの」 「新作ぅ?」 「和菓子の新作♡」 「美味しいものってそれかーー!!」 「今日はその試食会にご招待したというわけ」 「な〜んだ。それならそうと言ってくれれば、いくらでも協力したのにー」 「くすくす。現金な子やなあ」 「あ、カイチョー。もう帰っていいよ」 「そ、そんな〜〜!?」 「アタシの食べる分が減っちゃうでしょ」 「たんとあるさかい。構へんて」 「けどね。実験作だから、美味しいとは限らないかも……」 「大丈夫ですよ。リア先輩が考えたものならきっとうまいはず!」 「うんうん。リアはオッパイでけーからね」 「それは関係ないと思うよ」 「あ、彩錦ちゃん!?」 「後輩に偉い好かれてはるなあ。羨ましいわあ」 「そ、そんなことないってば〜〜もお! さ、準備準備」 「へーへー」 サリーちゃんと二人で待つことになる。 「何がでるかな? 何がでるかな?」 「ドキドキするなあ」 「やっぱさ。リアのおっぱいが一番でっかいよね」 「い、いきなり何て話題を」 「アタシも早くリアよりおっきくなりたいなあ〜」 「それでね! 全世界を魅了して美味しいものをたくさんプレゼントしてもらうの!」 「Uh-huh」 「すっごいムカツク!!」 「そっか。サリーちゃんも女の子なんだね。よし! じゃあ、牛乳をいっぱい飲んで胸を大きくしよう!」 「イェア、目指せナイスバディ!!」 「お待たせ〜〜」 「ひいッ!!」 「どんなお話してたの?」 「ゆ、夢のあるお話です」 「そうなんだ。あとで私にも聞かせてね♪」 「リアちゃんには必要ない話だぜ」 「おやつ、おやつ! 早く、早くぅ!!」 「はいはい。そんなに慌てないで」 「わあ!! おいしそう!!」 「これは……カステラですか?」 「味噌松風〜♪ 和風のカステラみたいなものかな」 「作りたてさかい、まったりして美味しおすえ」 「ねえ、ねえ!! 食べていい!? 食べていいでしょ!?」 「た〜んとおあがりやす。ほら、パンダはんも」 「おう、いただくぜ」 「シン君も遠慮しないで。あーん」 「ほら、あーん♪」 「くすくす。リーアはほんまに可愛いおすなあ」 「なっ。なんで笑うの、彩錦ちゃん」 「会長はん、照れてはりますやろ」 「てーてて、照れてなんかー。いないっす、よー」 「も、もしかして迷惑だった?」 「いやいや、そんな! 食べます、食べます! あーん。もぐっ」 「くすくす、良かった♡」 「ずるいぜ、シン様! リアちゃん、俺様にもあーんしてくれーー!!」 「はい、あ〜ん」 「いらね〜〜」 「いけずなこと言わはって。遠慮せんとおあがりやす」 「もうちっとおっぱいが大きくなったらな!」 「ほたえるのも大概にせえよ?」 「は、はいーーッ。頂戴いたしますーーッ!」 「う〜〜ん、美味しいよ〜〜!」 「はい。お代わり、どうぞ」 「――って、せっかくの試食なのに役立たずな感想ですみません……」 「構へんよ。なんもかんも、そう素直に言わはる方が嬉しおす」 「そうそう。あ、お茶もどうぞ」 「ありがとうございます。ずず……ホッ」 「なんて言うか……言葉では表せない美味しさだね!!」 「しっとりとしてモチモチとした柔らかさ。まさに古都を感じさせる上品な味わいだぜ」 「君はぬいぐるみのくせしてグルメだね」 「ま、アタシ達美味しいもの食べ隊には到底及ばないけど」 「ごちそうさまでした〜」 「ありがと〜〜。とーーっても美味しかったよ♪」 「リーアの考えはったもんはいつでも好評やねえ。さすがやわあ」 「好きこそものの上手なれというやつですね」 「ああ〜〜。こんな美味しいモノが魔界にもあったらなあ〜」 「魔界には和菓子って無いの?」 「こんなに美味しいの誰も作らないし、そもそも作りたがらないんじゃないかな?」 「へえ……」 「ご飯作るのだってさ。面倒だーって嫌がっちゃうもん」 「魔界って何もないんだ。本当に空っぽ。すんごくつまんない」 「だからこうして人間界に遊びに来てるんだー!!」 「ははは」 「そっか〜。だったら和菓子が欲しいって、魔王様にでも頼んでみたら?」 「ははは、魔王って――」 「ブホッ! ゲホッ!」 「急いで食べたらあかんえ」 「うぷぷっ、リアって見かけに寄らずお子ちゃまだっ」 「〈魔界に〉《》ね。魔王はいないんだよ」 「魔王なんていたら、アタシ達が好き勝手できなくなっちゃうもん」 「魔王はん言うたら部下がたんといはってねえ、世界を滅ぼしたりするんやないの?」 「はっ、ははは……っ。滅ぼすだなんて、そんなことするわけが――」 「あっはっはー。仮に魔王がいたって、どーせ誰も言うこと聞かないよっ」 「そっか……魔王って……いないんだ」 本人の僕ですら夢のような話と思っていたのに、先輩は魔王の存在を信じていたりするのかな。 だけど、今この場で「いますよー」なんて言えるわけもないし。 けど、なんでかな。リア先輩が寂しそうだ。 御陵先輩みたいに世界を滅ぼすとか思っている人が大半なんだから、いないに越したことは無いと思うんだけど……。 ま、まさか……九浄家先祖代々の仇敵とかだったりなんかして!? ヒェー!! 「あれ!? あったよ、和菓子」 「んん?」 サリーちゃんは何やら禍々しい色をしたカタログを読み広げている。 「無いと思ってたけど……ほら、魔界通販にちゃんと和菓子がある」 「ほほ〜。それが魔界通販のカタログなんだ」 「びっくり、びっくり。作ってる魔族もいるもんだね」 「好き勝手やられてはるなら、和菓子を作られてもええんやないのん?」 「そっかー。納得」 和菓子を作る魔族か……。 まさか、お二人のどちらかが魔族だなんてこと――。 「よし、決まった。注文、注文」 「もしもし? アタシ、サリーちゃん。アタシの原動機付きスリッパと、この和菓子を交換で」 「じゃじゃーん! 和菓子のお菓子ー!」 「早っ! なんて便利なんだ……」 「はい、リア。さっきのお菓子くれたお礼」 「いいの?」 一つ一つビニールに包まれたお菓子。 ひらがなで『せんべい』とわかりやすく書いてある。 「そっちのおねーちゃんにもね」 「おーきに」 「カイチョーにもあげる」 「えっ。僕は何もしてないよ?」 「さっき牛乳くれたじゃん」 サリーちゃんてワガママでぶっきらぼうだけど、恩義を忘れたりしないんだなあ。 「なんか失礼なこと考えてるでしょ!! やっぱあげないっ」 「ああ〜〜っ」 「さあ、冷めないうちに頂いちゃって!!」 「は〜い」 「なんのおせんべいやろかねえ」 パリっと粋ないい音がした。 「ワサビせんべいやわ。美味しおす。けど――」 「リーア?」 「美味しい! 美味しい! ワサビくらい……っ、ワサビくらい大丈夫だよっ」 「すっごい涙目なんですけど……」 「美味しくて涙が出てるのっ」 「そう!? 良かった じゃあ、カイチョーの分もあげる」 「あぅ〜〜」 「ほんま、いじらしいわあ〜」 リア先輩も色々と保つべき体裁があって大変だ。 「あー忙しい! あー忙しい!」 「急いては事をし損じますよ、会計さん」 「忙しい振りでもいいからしてみなさいよ、ロロットさん」 「おお、なるほど! それは名案です」 「ロロット、この懸案をリストアップしといて」 「ひえー!!」 「さて、次は――」 「はい、お茶どうぞ♪」 「ずず……はぁーー生き返るっ」 キラフェスの準備でてんてこ舞の生徒会室。 リア先輩も自分の作業があるというのに、こうしてみんなを気にかけてお茶を出したりしてくれる。 これが会長たる会長ゆえの心配りというやつか。僕も周囲にもっと気を配れるようにならないとな。 「よし! じゃあ、ついでに牛乳もどうぞ」 「いらん!!」 「抹茶ミルク……」 「お電話ありがとうございます。流星生徒会――」 「え!? 魔族が!?」 通報があったものの、商店街はいつも通り平和に賑わっていた。 「この忙しい時に現れるなんて、まったく卑怯な魔族さんです!!」 「その割にはノリノリだね」 「これも正義の成せる業なのです」 「で、肝心の魔族はどこにいんの?」 「この辺りにある古本屋だって聞いたわ」 「本屋さんで悪いことをする魔族……」 「ククク……きっとエロ本でも読んでるに違いないぜ」 「ほほ〜。エロ本とは、いわゆるエッチな本というわけですね」 「ロロちゃん。それ、そのまんま」 「いわゆる男のロマンというやつだぜ。なあ、シン様」 「見え透いたネタ振りはやめてよっ」 「む〜〜」 「やっぱりっ」 「お姉さまの言うとおりだわ。ホント、男子っていやらしくて不潔なんだから」 「まだ何も言ってないって!」 「シン君もね、そういうのに興味があるのはわかるけど……」 「うん、まあ……健康的な男の子なら、しょうがないことだよ……ね」 「そうそう! そうなんですっ」 「こ〜ら、調子にのらないのっ」 「ひどい濡れ衣だ……」 「いっそのこと身も心もビショ濡れにしてあげますよ?」 「その後、一気に乾燥してあげる♡」 「なんという地獄絵図っ」 「ククク……邪魔者は消えた。これで、リアちゃんのハートは俺様のもんだ――」 「ずぇええええっ!!」 「そもそもアンタが悪い」 ちゃんと見極めていた。 通報を受けたお店――古本屋『近代古書』を見やると、その入り口に魔族が座っていた。 「入場規制? 営業妨害?」 「ううん。ちゃんとお客さんは入れてるみたい」 「しかもお互い全然気にしていないようですね」 表だって迷惑をかけているという様子はない。 「こんなところでわざわざ本を読むこともないでしょうに」 「君、君。ここで、なにしてるの?」 「シン君ったら!!」 「わ、わわ〜〜っ」 腕を掴まれて引き戻される。 「不用意に近づいたら危ないよっ。何してくるか、わからないのに……」 「何もしやしませんって」 「油断は禁物なんだから〜っ」 「あっちこそ隙だらけだし。それに誰の邪魔もしてないじゃないですか」 「それに、いきなり武器をつきつけて『大人しくしろ!』なんて僕にはとても……」 「似合わないですね〜」 「無理はよくないな、うん!」 「柄にもないこと言うもんじゃないわよ」 「みんなして、ひどいや!!」 「あ、いや、不注意だったのも確かなんで……心配かけちゃって、すみません」 「ううん。シン君の言うとおりかも。こっちこそ、ごめんね」 「こうして二人は無事、よりが戻ったのでした〜」 「ちょっとー!! 何言ってんのー!!」 「ダメよ、そんなの!! 二人の関係はここでおしまいなんだから!!」 「そもそも始まってなんかいねーぞ!!」 「もお! みんな好き勝手言って〜〜!!」 ほったらかしの魔族は、僕達のことなんかお構いなしで読書に耽っている。 「で。さっきの続きなんだけど……聞かせてくれないかな?」 聞くところによると、魔界にはろくな本がないらしい。 「なるほど……やはりエッチな本ばっかりなのですね!!」 「もぉその話はおしまい!!」 魔界通販から入手する輸入品だけでは飽きたらず、こうして人間界にやって来たのだという。 「それで、お金がないから立ち読みをしていると」 「どーりで。やけに静かだと思ったら、そういうこと」 「通報してきたのはお店のご主人というわけだね」 「立ち読みなら他にもいるじゃない」 「皆さん、よく見て下さい。ちゃんと座ってますよ」 立ち読みならぬ座り読み。 「いつからここにいるのかな〜」 「そんなのは頭の上に積もった雪を見れば一目瞭然なのです!!」 「いや。雪、降ってないし」 「開店からって、そりゃ……短時間ならいざしらず、それだけ長い間いればそりゃ怒られるって」 しかも今日に限ったことではなく、昨日も一昨日もいたそうな。 「それでついに痺れをきらした、というわけね」 「お金があれば、問題ないんだろうけど……」 「お金、か……」 「ねえ、君。もう読み飽きちゃった本とかさ、持ってる?」 一冊の本を貸してもらう。 「なにこれ、さっぱり読めないわ」 「下手な字ですね〜」 「どうどう。ロロちゃんの言うことをいちいち気にしたら負けよ」 ぐいぐいと耳を引っ張られる。 「おいおい。こいつは絶版になった三界位相幾何学の専門書じゃねえか」 「知ってるの?」 「その手の専門家にはたまらねえ逸品だぜ」 「ふ〜〜ん。よくわからないけど、高そうだね」 「ああ。もし人間界でこれを欲しがる奴がいたら、相当の高値が付くかもしれねえな……」 「……ごくっ」 「この本を物々交換――とまではいかないけど、売ることはできるかもしれない」 「ああ、なるほど!」 「ここは古本屋だからね。君が持っている本をここに売れば、お金になる。そのお金を使えば、君が読みたいと思った新しい本が買えるようになるよ」 「もしよければお店の人に話してくるけど……」 一発返事でオッケーだった。 「じゃあ、お店の人と話に行こっか」 「あ、せっかくだからキラフェスの話もしてこよっと」 「す、すごい……まさかこんなに高く売れるなんて……」 「おお! いくらだったんですか?」 「英世先生ぇーーッ!!」 「はい、予想通りの反応ありがとう。で、お目当ての本は買えそう?」 ブームの過ぎたゴシップ本が買いたいらしい。50円均一だから20冊までがんばれる。 「良かったね♡」 こうして魔族と拳を交わすこともなく、事件はあっさりと解決してしまった。 「読書が好きだなんて……魔族にも色々いるんだね〜」 「今までいなかったんですか?」 「うん……だから、ついいつもの調子で警戒しちゃうんだよね」 今までずっと魔族と戦っていた先輩から見れば、僕の行動は不可解に思えるんだろう。 僕はパッキーのような魔族がいることを知っているから、目くじらを立てることがない。 あまり自覚はないけれど、僕だって魔族なわけだし。 「けど、一番ビックリしたのは今日のお裁き」 「今までは必ず揉めてたんだよ。私の言うことなんか絶対に聞いてくれないし」 「魔族ってみんなそういう子達ばっかりなんだって思ってた。諦めてたのかな」 「それなのに、今日は魔族がちゃんと言うことを聞いてくれた。シン君は争わずに解決しちゃった」 「ちゃんと魔界に追い返した方が良かったですかね……」 「違う、違うよ! 私だって……本当は、こうやって仲良く納得してもらえるのが一番だと思ってる」 「けど、好き勝手やられちゃうと、困る人がいっぱい出てくるのも事実だから……」 魔族との戦いで、リア先輩は必ずと言っていいほど、凛として緊張感を身に纏う。 普段見せているほのぼのとした表情からは想像できないほどの変わり様だ。 それだけクルセイダースの任務を真剣に捉えているんだろう。 「それを力以外で解決する術を私は知らなかった。けどね、シン君が教えてくれたんだよ」 「あ、えと……根気強く諦めなければ、なんとかなるかと思っただけで……」 「やっぱりシン君は凄いね」 「あ……ありがとうございます」 「鼻の下伸ばすな! たまたまのくせに!!」 「わ、私だって交渉人の真似事くらいできるんだからっ!」 「お二人とも見苦しいですよ」 「まあ次もまたこんな風に平和的に解決できることを願いつつ」 「けど、魔族がここまで素直になるのも気味が悪いわ」 「なにか催眠術とか使ったんじゃないの?」 「人聞きの悪いこと言わないでよ」 「あ、わかりました!」 「会長さんは、きっと魔族の王様さんなのですよっ」 「王様の言うことを聞くのは、当然のお約束なのです」 「シンが王様?」 「王様といったら、トランプみたいに王冠つけて着飾って、おひげをつけて……」 「あはっ、たーっはっはっは!」 「笑ったら失礼よ、ナナカさん……ぷぷっ、くすくす。語尾はおじゃるとか……くすくすっ」 「おいおい。魔族は好き勝手やるんだろ? 魔王だからって言うことを聞くとは限らないぜ」 「確かに。聞いてたらクルセイダースの立場がなくなっちゃうもんね」 パッキーナイスフォロー! けど、王様はおじゃるなんて言わないと思う。 「いやー、ごめんごめん。想像したら止まらなくて。ま、シンは生徒会長が一番お似合いだよ」 「冠として副の字をプレゼントするわ」 「いや、遠慮しとく」 「けど、やっぱり気にはなりますね〜。魔族さんは傍若無人というイメージが強いですから」 「今日のは好戦的でもなければ、暴れん坊でもないし、やる気もなにもなかったもんね」 「戦う意志が元々無かったんじゃないかな」 「というより、戦える力がなかったんじゃねーのか?」 「パッキーさん。それはどういう意味なのかしら……?」 「それだけ弱っちい魔族ですら、人間界へ足を運べるようになってやがるんだ」 「魔力を持たない魔族が現れることなんて、今までになかったことだよ!」 「異常事態。ありえないことが起きる可能性……」 「どんなに強い魔力を持ってる魔族だって、人間界へ来るのは凄く大変なはずなんだよ。それなのに……」 「魔力がなくても人間界へやって来ることができたら、魔族がたくさん押し寄せてくるかもしれない!」 僕らが思っているより、深刻な事態に陥ってるのか……。 「やっぱりこれも、リ・クリエの影響なんだ……」 「ムムム……これはなんとかしないと、いけないのかも?」 「なぜに疑問系?」 「こ〜ら。そう言うときは『俺がなんとかしてやるぜー!』ぐらい言ってくれなくっちゃ」 「そうだよ。それが流星生徒会、そしてクルセイダースのリーダーなんだから」 「そっか。そうだったのか……よ、よ〜〜し!」 「ぼ、僕がなんとかするぞーっ!」 「そうそう。その意気、その意気」 うまく乗せられてしまった。 「さて! 戻って続きしよっか」 「そうだね。思ったよりも早く片付いたし」 「こんなことなら、咲良クン一人で行けば良かったのに」 「役立たずなんですねえ、皆さん」 「おめーもな」 「シン君は今日のMVPだね。ちゃ〜んとキラフェスの宣伝までしてるし」 「古本市とかやれそうな感じでしたよ」 「おめでと〜〜。良かったね♪ じゃあ、いつもの♡」 「あっ、アアッ!? 先輩、そこはっ」 いきなり僕のポケットに手を突っ込んでゴソゴソと漁りはじめる。 「こ〜ら、恥ずかしがらないのっ」 「いや、そんなこと言われても――あっ、ああ……! そんなところ、だめっ!」 しかも胸が腰に当たってるっ。 「はっけ〜ん♪」 ズボンのポケットに入れてなくて良かった。 「はーい、よくがんばりました♪」 「ありがとうございます……」 人の体をまさぐったりするのも、無意識にやるもんだから困る。 「結構、たまってきたね。あともう少しだから、頑張って」 「は……はいっ!」 これが全て埋まった時、キラキラの学園生活が少しでも成就すれば万歳だっ。 「皆さん、こんにちは。流星生徒会会長に立候補しました、九浄リアです」 1年前のこと。 リア先輩は壇上に立ち、僕は座席からそれを見上げていた。 新任の生徒会長。先輩のフルネームを知ったのは、ちょうどその時だった。 九浄先輩と言えば―― この流星学園を経営する九浄家の娘で、それはもうお嬢さまとしか喩えようがないほどの育ちと嗜み、風貌があった。 成績は常に上位の座を守り、運動では男女問わずにその視線を釘付けにしていたと噂に聞くほどだった。 完璧に限りなく近いその煌びやかな素行は、たちまち学園全域に広がり、誰もが羨み尊ぶ人気者となる。 そんなリア先輩が生徒会長に立候補した。 九浄家の娘ということを抜きにしても、全員一致で当選したのはまさに必然であった。 その時の僕はバイトに学校にと慣れないこともあって、生徒会のことなんて頭になかったのだけれども。 初めて生徒会長のリア先輩を目の当たりにして、凄いんだなあと圧倒されたことを覚えている。 生まれ育ちだけならいざしらず、その人の本質までも僕とは大きく隔たりがあって―― 自分のいる座席から、壇上までの距離よりもずっとずっと遠く離れていたように感じるくらいだった。 とても同じ校舎に通っているとは思えない――とても神秘的で高い存在に位置する人だと思っていた。 遠くから眺めては、よく憧れていたものだ。 僕もリア先輩のようになれたらなあって。 それから一年経って。 憧れの人は、今では頼れる先輩として共に生徒会活動に勤しんでいる。 そりゃ、キラキラの学園生活を過ごしたくて生徒会長に立候補したわけだけれども。 リア先輩がキラキラした学園生活を送っていたように僕は思っていたし、それを見て立候補しようとしたのかもしれない。 理由の全てではないけど、その一つであることは間違いないだろう。 「ねえ、シン君っ」 だから、少しでも僕がリア先輩のような生徒会長になれていたらいいんだけど。 「えい」 「ホンゲ」 や〜かい指で頬をツンとされた。 「もう、みんな出かけちゃったんだね」 「あ、ああ、はい」 「で、どうしたの? ボーッとして……何か行き詰まっちゃった?」 「あ、いえ。そういうわけじゃなくて――」 「さては別のことを考えてたな〜〜?」 「こ〜ら。ボーッとしてる暇は無いんだゾ」 「うぐ……すみません」 「謝るよりもまずは頭と手、そして体を動かすっ」 見透かされているようじゃ、リア先輩にはまだまだ遠く及ばない。 「うおっし、やりましょう!」 机の上にA3サイズの白紙を広げる。 「何をするの?」 「出展者の配置を決めようかと。今、商店街で参加を希望している方のリストはこれです」 「生徒の希望者は?」 「別紙になってます」 「お、しっかり分けられてる」 「その方がわかりやすいですからね」 「これをもとに配置図を作る、と」 「ええ。それで、パンフレットの案内図作成まで持っていければなあと」 「うんうん、いいんじゃない。どこにどんなお店があるか、わかってると便利だもの」 「実際、どこをどういう風にするか、まずは見て回りましょうか」 「うん♪」 「エントランスと受付はここになります」 「せっかくのお祭りだし、ここにおっきなアーチを作れたらいいね」 「どれくらいがいいかな〜?」 「こ〜〜〜〜〜〜んくらいの!」 大きく腕を伸ばし空をかくようにして、目一杯の大きさを表現する。 「そんなにですか」 「おっきすぎちゃった?」 「腕がなるなあ〜」 「くすくす。さっすが、男の子。力仕事には期待してるよ♡」 みんなと一緒に頑張って、先輩がびっくりするくらい大きくしよう。 「ここには受付を置きましょうか」 「テントも必要だね」 「晴れるといいなあ」 「てるてる坊主、用意しとかなくっちゃ」 「そうだ! パーちゃん、てるてる坊主になってみない?」 「お、俺様がリアちゃんのテルンテルン坊主にっ!?」 「白いスカートを履けばバッチリだと思うよ。私のを貸してあげる」 「リアちゃんのスカートを!?」 「けど、一日中吊されるんじゃ……」 「それくらい我慢するぜ!!」 「なんちゃってね♪ 冗談だけど♡」 「だってパーちゃんのウエストじゃブカブカだと思うし」 「そんなことは無いと思うぜ。試しにスリーサイズ教えてくれ」 「えーっと――」 「こっ、こら〜〜! それは内緒!!」 「クッ、惜しかったぜ」 「先輩くらいスタイルが良かったら、隠すこともなさそうだけど」 「え……。そ、そうかな?」 「……! けどね! だからって、女の子のスリーサイズを聞くのは失礼なんだゾっ!!」 「す、すみませんっ」 「人を騙そうとするパーちゃんなんて嫌いっ」 「ギャース!!」 自業自得だ。 「う〜〜ん。ちょっと言い過ぎちゃったかな?」 「いい薬です」 「そっか……ご主人様がそう言うなら、そういうことで」 「ぬいぐるみのくせにスリーサイズを知りたがるなんてなあ」 「そう言うシン君は……知りたくないの?」 「興味……無い?」 「無いと言えば、嘘に、なり、ます」 「けど、所詮数字ですからねっ。そんなんで全部がわかるわけでもないですし、あはははははは――さあ、配置を決めよう、決めよう!」 「ホッ……そっか。良かった〜〜」 リア先輩が大袈裟なまでに安堵した。 「シン君もやっぱり男の子なんだ」 やっぱりその程度だよね。 「シン君にちゃんと女の子扱いされてるんだって安心したよ♡」 「そんな……僕は――」 「こっそりサイズ教えてあげよっか」 「えっ!!」 「なーんちゃって。嘘ぴょ〜ん」 「嘘ぴょんちゃん」 両手をウサギの耳のようにして、ピコピコと指を折り曲げる。 「そ・れ・で。『僕は――』の後は何て言おうとしたの?」 「んがっ」 「気になるなー」 リア先輩をいつでも女性として意識しているけど、そんなことを口に出して言えるわけがない! 「教えませんっ」 「もう! こんなことしてる場合じゃないんですからっ!」 「わ〜〜。怒られちゃった♪」 僕が今まで見ていた凛々しい先輩とは違う、まるで小悪魔のような女の子。 憧れてるのは今でも変わらないのだが、生徒会を始めてから驚かされることばっかり。 特に二人きりの時は、僕をからかったりスキンシップをしたりと、年下を相手にやりたい放題だ。 「ご、ごめんなさい……」 「へ!?」 「ちょっと、やりすぎちゃった? そんなつもりじゃなかったんだけど……」 「あ! いえ!! 配置。いっときますか!!」 「う、うんっ。そうだね」 先輩ってば、僕が怒ってると思って心配しちゃったのかな。 こういう可愛いところもあったりするから、本当に気が抜けない。 「水場が多いので、飲食店はこちらにしようかと」 「ナナカちゃんのお店とかだね」 「ええ。校舎前は広いから、全部入るでしょ。これでバッチリ」 「ねえねえ。プリエにキッチンあるから色々と使えるんじゃないかな〜?」 「あ、確かにそうですね。けど、お蕎麦茹でたりするのはたぶん専用の鍋とかじゃないと……」 「じゃあ、プリエのキッチン使って出来るお店と、そうでないお店を分けて考えよ」 「そうなるとスペースが余っちゃうから……」 「他のお店もやっぱりここに来てもらった方がいいね」 「うまく分散させられるようにしよう」 「で、ここにキラフェス実行委員会本部を『どど〜〜ん!』と設置」 「生徒のリサイクル出品は去年と同じ場所の方がいいだろうし……」 「だとしたら、やっぱりここに『どど〜〜ん!』と広げちゃうのが一番だね」 「ライブの申請も来てるし、ステージもここに『どど〜〜ん!』と置きましょう!」 「どど〜〜ん♪」 「こんなところかな」 「リア先輩……?」 「もいっこオマケにどど〜〜ん!」 「あはっ、あはははっ」 「えっ、なになにっ? なんで笑うの〜〜?」 「だって先輩……キャラ変わりすぎなんですもの」 「ええーー! それは心外だな〜〜。シン君がどんな風に思ってたか知らないけど、昔から私はこんなんだよ」 「そ、そうなんですか……意外だ」 「『意外だ』だって。失礼しちゃうなあ、もぉ」 「あ、いえ、そのキャラ。オッケーです」 「じゃあ何? シン君は今まで私をどう思ってたの?」 「そ、そりゃ……壇上で喋ってる時とかすごく格好良かったし、お嬢さま的な感じとか強くて……」 「そ、そんなこと無いよ」 「やっぱり大人なんだな〜〜って思ってました」 「どうして過去形!? 今だって、シン君よりも大人ですっ!」 「たかだか一年じゃないですか」 「一年の差は大きいんだよっ。三千年の歴史を以てしても覆せないんだからっ。ぷんっ」 「そうやってふて腐れるところが大人じゃないんですよ」 「う……そっか。そうだよね……」 「よ〜〜っし。ここは大人のゆとりを見せつけてあげないと!」 腰に手をあて、胸を張る。 「えっへん。余裕たっぷり♪」 当然胸が誇張されるわけで。 「シン君の言うことにはもう惑わされないぞ。さあ、かかってきなさいっ!」 「あ、もう僕の負けで」 体は立派な大人ですから……。 「ふう……ただいま〜〜」 「はい、お疲れさまでした」 「あ。ありがとうございます。ずずず……あれ、いつの間にお茶を?」 「『あっ』と言う間に、ね」 「早いな〜」 「えっへん。先輩ですもの」 「僕もロロットにとっては先輩なんで出来ますかね?」 「ちょびっとだけ無理かな」 あと一歩ということか。 「配置も決まったことだし、案内図を作りましょう」 メモをしたノートを片手に白紙と向き合った。 「校舎の前は……えと、どこだったかな」 ページをめくって確かめる。 「夕霧庵さん、ぽんぽこさんに品川青果さん。今、アプローチしてるケーキ屋さん全部と、先日の近代古書さんもここかな」 「足りてない?」 「いやいや」 ノートに書かれてるお店の名前を全部。しかも会話になかったお店まで補足されている。 「次はプリエ、プリエ……」 「和菓子倶楽部はキッチン使いたいからプリエにしてもらっていい?」 「ええ、大丈夫だと思います」 「あと蒸し器を使うなら、肉まん屋さんもそこに」 「五ツ星飯店ですね」 「うふふ。美味しかったから、肉まんで覚えちゃった♡」 「じゃあ配置の順番はこんな感じでトントントン」 先輩の言葉を追うようにして、僕がお店の名前を書いていく。 ノートを見返す必要もなく、あっさりラフが出来上がってしまった。 「あとはこれを清書すればバッチリだね」 先輩が既に腕まくりをしている。やる気満々だ。 「先輩、やりたいならやっていいですよ」 「あはは、バレちゃった?」 「むしろお願いします。僕はその間、お茶を淹れる練習でもしておきますよ」 「うふふ。お代わりよろしくねっ」 「うんっ。こんなもんかな」 「お、できましたか」 「はい、どうぞ♡」 そのとき、幕府という言葉が頭に浮かんだ。 歴史の教科書で見たことがあるような絵が描かれている。 「これは浮世絵……?」 そこには東海道五十三次が広がっていた。 ご丁寧にガイドの文字は右から左に流れる横文字になっており、平仮名も古い読み方になっている。 これならお年寄りにも優しい。 とはいえ、さすがにわかりにくいと思うんだけど……。 「なんか地図っぽくていいでしょ」 しかし、リア先輩は自信たっぷりの笑顔を浮かべた。 まあ、これはこれでなんとかなるかな……。 「これはまた個性的ですね」 「もうちょっとお祭りっぽい方が良かったかも」 「これがどう変わるんですか?」 「もっともっと楽しい感じになると思うけど、少しうるさくなっちゃうからな〜」 リア先輩の芸風はとても真似できない。僕にはお茶くみだけで精一杯だ。 とにかくパンフレットの地図が完成したッ! 「パンフレットの原稿に追加がなければ、もう印刷してしまいますよ〜〜」 「注意事項、禁止事項、安全の手引きは渡してるはずよね?」 「はい、預かっています」 「アタシの楽しいコラムは採用された?」 「ページの都合上、残念ながらボツになってしまいました」 「ガビョーン」 「どうせろくでもないことを書いたんでしょ」 「おやおや、生徒会長からのご挨拶が抜けてるんじゃない?」 「それがですね。会長さんってば恥ずかしいから書きたくないと――」 「代わりに会計からのご挨拶を――」 「わかった、書きます! 今すぐ書きます!」 「ちい。あと一歩のところをッ」 何をそんなに主張したいんだ。 「そんなページをわざわざ用意しなくていいのになあ……」 「生徒会の代表なんだもの。『どーん!』と胸を張らなくちゃっ」 「そっか……。去年だってリア先輩が書いているんだ。どーんと挨拶するぞっ」 「その調子♪ その調子♪」 「去年のパンフにご挨拶のページなんて無かったけどね」 「あら? 案内図のページがないわよ」 「ちゃんと提出したの?」 「したした」 「適当なこと言って。どうせ忘れたんでしょう」 「提出しましたよね、リア先輩」 「うんー」 「先輩を引き合いに出すなんて卑怯だわっ!!」 「確かに受け取ったはずなんですけど、ありませんね〜〜」 「ロロちゃん、さてはドジして失くしちゃった?」 「会計さんに言われるほど落ちぶれてはいませんよ」 「う〜〜ん。どこにいったんだろ」 「ねえ、ロロットちゃん。パンフレットって何処かに持っていったりした?」 「生徒会室と理事長室くらいですけど」 「理事長室?」 「ヘレナさんのところへ?」 「はい。理事長さんを味方にすれば先生方に文句を言われてもねじ伏せられると思いまして」 「いや、文句というか、問題がないかを見てもらうとかにしようね」 「てことは、ヘレナさんに一度渡したことがあると」 「はい、仰る通りです」 「嫌な予感がする」 「ヘレナさんのとこ行ってみましょう」 「どうぞ、開いてるわよ」 「『フゥ……仕事中の一杯もまた格別だな。まあ、飲めよ』」 「お酒ですかっ!?」 「コーヒーよ、コーヒー。で、足の組み替えを気にする生徒会長さんが何の御用かしら?」 「気になってませんっ」 「シン君。乗せられちゃダメだって」 「えと、ロロットからパンフレットの原稿を見ていただいたと思うんですが――」 「ちゃんと返したわよ。一枚、違うものがあったから抜いておいてあげたけど」 「もしかして、それは浮世絵みたいなやつですか?」 「そうそう。あれってリアのお絵描きでしょ。私に見せたいからって、わざわざ手の込んだことするんだからあん」 「ぺち」 「いやん、つれない反応♡」 「実はですね。その絵は、キラフェス会場の案内図だったんですよ」 「え〜〜っ! そうだったの? それは気づかなかったわ」 「それで、その……絵を返して欲しいんです」 「それは困ったわね……。申し訳ないんだけれど、もう私の手元には残ってないのよ」 「ええーー!! もしかして捨てちゃったんですかー!?」 「そんなことしないわよ。勿体ない。せっかくの芸術品にねぇ」 「ビンゴ! コンクールに応募しちゃったわ♡」 「また〜〜!?」 「またって前にも同じようなことが?」 「そうなんだよ。お姉ちゃんったら、いつも勝手に応募しちゃうの……」 「はへ〜」 「ちゃんと取り消しといてね。コンクールの為に描いたわけじゃないんだからっ」 「そっか〜。案内図だったのなら、ちゃんとNGを出しておくべきだったわね。ごめんなさい」 「ズバリ。あの絵は案内図として、パンフレットとして何の価値もないわ」 ハッキリと物申せるのは、ヘレナさんただ一人だけだろう。 リア先輩が塩を振った水菜のように萎れていく。 「ヘレナさん。そこまで言わなくても……」 「甘いわ! 福梅並に甘ったるいわよ、シンちゃん!」 ヘレナさんが砂糖をふんだんにまぶしたモナカを食べながら、コーヒーをすする。 「リア。あなたの絵はとても素晴らしいわ。けど、この案内図にその才能を求めてなんかいない」 「自覚なさい。あなたは先輩なのよ。あなたが自信満々に作れば、誰もそれを否定なんかできやしないわ」 「夢中になるのもわかるけどね。ちゃんと相談役らしく、生徒会の一員らしく振る舞いなさい」 「忘れないで。生徒会はあなただけじゃない。他にも頼れるたくさんの仲間がいるってことを」 「そっか……そうだったんだ……ごめんね、シン君。気を遣わせちゃったみたいで……」 「あ……いや、あれでもいいかな〜とは思ったんですけど」 「遠慮しなくていいから……ハッキリ教えてね」 「はは〜ん。さては、リアに嫌われたくないから黙ってたのね」 「『フッ。俺はただ、リアを傷つけたくないだけさ』」 「とか強がっちゃって!? も〜〜、可愛いわねーーっ♡」 「そ、それって……」 「違います、違いますよ!! リア先輩に見とれていて――じゃなくて、リア先輩の絵にーっ」 「もぉ、お姉ちゃん! シン君が困ってるでしょっ」 「あ〜ら、怖い怖い♡」 「そんなんだから、リアにすぐ甘えるのね。任せっきりにした生徒会長も同罪」 「勝手に応募したお姉ちゃんも、ね」 「クッ……さすが私の妹、なかなか抜け目ないわね」 「勘違いしちゃって悪かったわ。本当にごめんなさい」 「けどね。応募を取り消しても絵が戻ってくるのは相当先になっちゃうわ」 「しょうがない……また作り直しましょう」 「それが一番だね」 「『甘さは苦みに任せて押し流すものさ。そうだろう?』」 「どうでしょう? さ、シン君。早く戻ろう」 「お姉ちゃん。大切なことに気づかせてくれてありがとう」 その呼びかけにヘレナさんはひらひらと手を振った。 「というわけで、みんなの力をお借りしたいっ」 「ごめんね……」 「いいっていいって。みんなでやればすぐ終わるっしょー」 「水くさいですよ、先輩さん」 「先輩の為なら、たとえ火の中水の中でもお助けいたしますわ」 「みんな、ありがとう……」 「で、タイムリミットは?」 「本日中に印刷をしておきたいですね」 「じゃあ、すぐ始めよう。ノート、ノート……どこいったかな?」 「シン君。配置場所なら大丈夫、覚えてるから。指示をお願いできる?」 「は、はい。じゃあ、ナナカはエントランス」 「聖沙は中庭、ロロットはプリエをお願い」 「わかりました〜」 「僕は校舎前をやるね」 「エントランスは受付だけだから、大丈夫だね」 「楽勝っ」 「その分、凝って作ってね」 「くすくすっ。じゃ、中庭に行くよ。真ん中に本部、そこから囲むようにして1-A、1-B、1-C」 「大丈夫? で、次は2-C、2-B、2-A。間にステージが入って、向かいに3-A、3-B、3-C」 「2-A、2-B……ええっと」 「2年生は逆向きで並んでるから注意してね。今のとこ繰り返した方がいい?」 「こ、これくらい大丈夫ですわっ」 「忘れちゃうから当たりつけときなよ」 「校舎前はお好み焼き屋、夕霧庵、古本市、ケーキバイキングのコーナーにはショコラ・ル・オールと――」 「ヒーー手が追いつかないっ」 「慌てないで。途中からもう一回繰り返すね」 「ケーキバイキングにショコラ・ル・オール、サンスーシー、カフェローズブランシュ」 「ウィンターデルリンデン、ブルクシュタット、トリコロール、ケーニヒスベルク」 「どんなもんよ!!」 「多すぎだって」 「あとは品川青果とぽんぽこでおしまい」 「よしっ!」 「次はロロットちゃんね。プリエは和菓子倶楽部と五ツ星飯店、あと残りは駆け込みのお店だから……」 「お楽しみコーナーにしておきましょう」 「うん。それがいいね♪」 リア先輩がスラスラと読み上げてくれたおかげで、前回と同じようにすんなりと下地ができあがってしまった。 念のためノートと照らし合わせてみたが、間違いは一つも見当たらない。 「しっかしまあ、よくここまで正確に覚えてますね〜」 先輩と言うよりかは『リア先輩』だからなんだろうな。 「じゃあ、仕上げに入ろうっ」 学園の見取り図とにらめっこしながら、風景やイラストを加えて楽しい感じに。 「こんなのどう?」 「パンダさんですね!!」 「ちょっとナナカさん。もうちょっと可愛く描きなさいよ。こんな風に――」 「私もこっそり描いちゃお」 「万国旗を並べて――」 「ダッサいからやめて!!」 「パンダさんに触角をつけちゃいましょう」 「昆虫にしないでよぉ!!」 「うわ! こんなところにクリーチャーがいるっ」 「あはは……それパーちゃんなんだけどね」 そんなこんなで白地の部分がどんどんと埋め尽くされていく。 「やっぱりみんなと作る方が楽しいね」 「出来上がっていくと、もうすぐお祭りなんだって実感が湧いてくるでしょ。ワクワクしてきちゃう」 かなりざっくばらんな感じに仕上がった。 「見ているだけで楽しくなっちゃいそうです」 「ブラックマにイタズラ描きばっかりしてェ!!」 「色鮮やか!!」 「モノクロになっちゃうけどね」 「これならお姉ちゃんも納得してくれるかな」 「あら、いいのが出来たじゃない」 「これまたいいタイミング」 「終わるまで待ってたからに決まってるじゃない。って、冗談だけど」 「突っ込む隙なし」 「うんうん。こういうのを期待していたのよ。これでこそ、今年の生徒会って感じがするわ」 「にしても――ぷっ……くすくす。これじゃあまるで『パッキーを捜せ!!』じゃない」 「一部、違うのも含まれてますけど」 「リアが描いたものまで含めるとかなり難易度が高そうね」 「かっこよく描いてあげたんだけどな〜〜」 「しかし、こんなに遊んじゃっていいのでしょうか……」 「去年のパンフレットと見比べるとやりすぎている感があるわね」 「なんだかメッチャクチャだし」 「いいじゃない。そういう型破りな生徒会があったって」 「そうだよ。だから私も、みんなと一緒に生徒会を続けていたいと思ったんだから」 「みんなと一緒に弾けて作った方がいいものになる。お姉ちゃんは、そう言いたかったんだね」 「さあ? あなた達自身、そうした方がいいと思って作ったんでしょ」 「もぉ照れちゃって♪」 「そう見えるリアが羨ましいわ。私よりもリードした生徒会長を褒めないと拗ねちゃうわよ」 「拗ねませんよっ」 「あら、まだ白紙のページがあるじゃない」 「それって会長さんにお願いしたあれじゃないですか」 「みんなと一緒に弾けて作る……か」 「というわけで、生徒会長の挨拶ページは生徒会全員からのご挨拶に変わりました!」 「やっとアタシの時代が来た!!」 「まったくしょうがないわね」 「会長さん。いい逃げ道でしたね」 「もちろん、リア先輩にも書いてもらいますからね」 「うん!」 「去年、書けなかった分を思う存分どうぞ!」 「もおっ!!」 みんなであっという間に書き上げた。 「完成ッ」 「おめでと〜!!」 「おつかれー!!」 「さあ、ロロットさん。急ぐわよ」 「印刷しに行ってきまーす!!」 「ふーー」 「じゃあ、シン君。スタンプカードのお返しで〜す♪」 「ギョッ。いつの間にっ」 「くすくす、内緒。よくがんばりましたっ」 「あれ。いつの間にかリーチだ!」 「最後の一個は、そう簡単にはあげないからね♡」 やっぱりそういうオチですか。 「ちょっと、なにそれ!? アタシにもちょーだいよ!!」 「じゃあ、立派なパンフレットも出来上がったことだし、私からお祝いしてあげる」 「二科展って何ですか?」 「シンってば、そんなのも知らないの?」 「悪かったね」 「アタシも知らないけど」 「ちょっとした美術の展覧会よ」 「あっ、思い出した。お姉ちゃん……ちゃんと取り消してくれたよね?」 「ところで二人とも、リアの絵を見てどう思った?」 「ちょっとーー!!」 「リア先輩の絵ですよね?」 どうも何も……。 ああっ、リア先輩が見つめてる。これは正直に言っておこう。 「すみません。その……よくわかりません」 「そう? ジャンルは意味わかんないけど、粋な絵って感じ」 「確かに芸風が豊かだよね。器用だよなあ、リア先輩は」 「でしょ、でしょ!! 自慢の妹なんだからぁ〜〜ん!!」 「も、もぉやめてよぉ……」 「だからね。ついつい魔が差して応募しちゃうのよ」 「いつもそんなつもりで描いてるんじゃないんだからーっ」 「わかったわよ。取り消せばいいんでしょ、取り消せばっ」 「けど、意外に評価されたりして」 「でしょ! でしょ!」 キラフェス準備の傍ら、忙しさの合間を縫っては――。 「あらま、木っ端微塵」 「ナナカちゃんってば、すっごいパワー」 「これだけの火力があればひとたまりもないなあ」 「う〜〜ん。いまいち狙うタイミングがねー」 「いくら強くても当たらなければ意味がないわ」 「聖沙ちゃんは相手の動きを止めるのがお得意だね」 「けど、いまいち決定力に欠けてるわけで」 「野蛮な戦い方しか出来ないものね、ナナカさんは」 「なんですとー!?」 「けどね。そういう時に、お互いの持ち味を生かして戦うのがポイント」 「と言いますと?」 「例えばまず聖沙ちゃんの攻撃で相手の動きを鈍らせてから、そこにナナカちゃんが『ずごおおおごおおおおん!!』」 「『BAGOOOOOON!!』」 「あのリア先輩……」 「ロロットちゃん、治療の準備しといてね」 「は〜い、バッチリですよ〜♡」 「そ、それってまさか……」 「今日は看護婦さんなのです〜〜♪」 「ちょっと痛いかも。えへ」 「えへ、じゃあありま――」 「覚悟なさい!」 「わああああ!!」 「ちょっと!! 逃げたら練習にならないじゃない!!」 「そうだよ、シン君。反撃すれば巻き返せたのに」 「不意討ちですよ!?」 「だが、ここでアタシのターン!」 「私は噛ませ犬!?」 「ヒぃッ!!」 「タハーーッ!!」 「痛いの痛いの飛んで日にいる夏の虫」 「あ、ありがとう……」 「ね? みんなの活躍にも個性がどんどん出てきたでしょ」 「僕は標的だし、先輩は何もしてないじゃないですか」 「私は相手のやる気をなくす係みたいなものだし、シン君は……」 「僕は?」 「そ、その……よくわかんないところが個性かな?」 「なんと適当な」 「適当じゃないもんっ。ちゃ〜んと先輩として今まで見てきた結論ですっ」 「また適当な」 「適当じゃないってば〜っ!!」 「とにかくまだ未知数ってことなんだからっ。シン君は今よりもっとも〜〜っと精進しなくっちゃ!」 「そうそう。アンタが一番弱っちいなんて話にならないんだから」 「がんばってようやく先輩に追いつける程度でしょうけど」 「下手な鉄砲休むに似たりと言いますからね」 「ムムム……生徒会長がこんな立ち位置で良いのかっ」 「どうなるかはシン君次第、だよ」 「よ、よ〜し! 先輩っ……付き合って下さい!!」 「まあ!!」 「大胆ですね〜〜」 「そ……そんな付き合ってだなんて……ドキドキ」 「そないなことして。会長はんをからかったらあかんえ、リーア」 「あ、御陵先輩。どうも、こんにちは。僕がからかわれるってどういうことですか?」 「練習に付き合う、だよね。あはは……みんなが口裏合わせるからついつい」 「あーーそういうことか!!」 「そうそう! そうなの!」 「そうよね!! そうに決まってるわ!」 「求愛コマンドではなかったんですね」 「ロロットはんは、素直な娘やね〜」 「出たな、ぶぶづけ!! 今日こそ渾身の必殺技で『ギャフン!!』と言わせてやるぅ!!」 「『ギャフン!!』と、これでよろしおすか?」 「くぬう……今日はこのくらいで勘弁したげる!」 「それはおーきに。リーア、これ差し入れどす」 「わ〜〜ありがと〜〜♪」 「和菓子倶楽部の差し入れってことはやっぱり……」 「和菓子で〜〜っす♡」 「スウィーツの方がよろしおすか?」 「ソバはソバ屋ってね!!」 「それを言うならお餅ですよ」 「ロロットさんに突っ込まれるなんて……」 「わざわざすみません――って、和菓子ですか」 「だって私達、和菓子倶楽部だもんね」 「そやねんなあ」 「なるほど、納得」 リア先輩がいつも和菓子を持ってるのは、部活のおかげだったのかな? 生徒会長就任時に、けじめだって辞めてたみたいだけど。 「では、いただきまーす」 「ありがとうございます。いただきますわ」 「ぐぐっ……」 「あんたはんは食べへんの?」 「たとえアタシのプライドが許してもね。ケーキが許してはくれないノダッ」 「スウィーツやあらへんの?」 「じゃあ、代わりに僕がいただきますっ。あーーん」 「ちょっとタ〜ンマ♡」 「あーー」 「はい、おっきなお口は閉めましょうね♡ だらしないゾ」 「もしかして……」 「まだ練習、続けるんでしょ?」 「おあずけですね」 「食べてから動くと体に悪いんだよ。動いた後に食べれば、ちゃ〜んと栄養がつくんだから」 「なるほど。その秘訣が先輩さんのナイスボディを作り上げたというわけですね」 「後はよく噛むこと。もぐもぐ」 「ちゃっかり食べてるし」 「私だって食べるの我慢してるんだゾ」 「リーアはいつも食べてはるやろ。それくらい我慢おし」 「わーーっ!!」 「あはは。練習が終わらないとリア先輩も食べられないんですね、わかりました」 「もおっ、彩錦ちゃんったら〜〜」 「くすくす、堪忍え」 「じゃ、一勝負いこっか」 「はいっ!」 「凛々しおすなあ」 「そりゃうちの相談役ですもの」 「ナナカさんが胸を張ることじゃないでしょう」 「おやおや。大福さんがまだ余っているじゃないですか」 「あ、それは――」 「いただいちゃいますね、ぱく! ぱく!」 「美味しいです〜〜」 「二人とも堪忍な〜〜」 「よっこいしょ」 「はい、お疲れさま〜」 「ふーーっ。さすがに重かったあ〜〜」 「後でモミモミしてあげるからね」 「わあ! これは何のお道具ですか〜〜?」 「うふふ、これはね。杵と臼って言うんだよ」 「お餅を作るのに必要なんだ」 「ああ! お餅をぺったんぺったんするやつですね!」 「『ぺったん♪ たんた、もちぺったん♪』」 「ああ、楽しそうです〜」 「豚汁作るのだって楽しいと思うよ」 「そうですね! 包丁でたくさん切れるので、ワクワクしちゃいます〜♪」 「指を切らないようにね」 「トントロ食べないようにね」 「いくら私でも食べませんよ!!」 「わはは、いってらっしゃ〜い」 「ん、どうしました?」 「美味しそうだよね」 「さ! お餅、お餅っ!」 お餅に豚汁におでん、おにぎりと。 当日に本部で有志やお客さんに振る舞うお食事作りの下準備をする。 僕達の担当は、お餅だ。 「餅米も用意したし、お水もオーケーだね」 「しっかし、杵臼持ってるなんてビックリしましたよ」 「えっへん。和菓子好きなら当然ですっ」 「ほほう……さすがだぜ、リアちゃん。匠お手製の高級ケヤキ臼5升サイズとは、かなりいいもんじゃねえか」 「いくらか言わなくていいよ」 「ククク……」 「いいってば!!」 「シン様が一生遊んで暮らせるぐらいの値段だぜ」 「ヒェー!! 100万円もするの!?」 「それで生き抜けるのかよ!!」 「じゃあ、まずは餅米を研いじゃおっか」 「あ、はーい!」 水場に移動して、餅米をボウルへあける。 「これはまたすごい量だな……」 「いっぱい食べてもらえるといいね〜〜」 量が尋常じゃないので二人で手分けをすることに。 「むむっ?」 「ストップ・ザ・シン君」 「ダメダメっ。すぐに水を替えなくちゃ」 「まだまだ水が濁るじゃないですか。そうしないと糠が取れないし……」 「せっかく取れた糠がお水と一緒に吸収されちゃうでしょ。だから、最初はお米を研ぐんじゃなくて、すすいであげるの」 「水の入れ替えは素早く手早く潔く、だよ♡」 「なるほど。いや〜、ずっと水の色がお米と同化するまでやってたもんで」 「その気持ち、わからなくもないけどね。私も水が透明になるまで研いでたことあったし」 「あるある。けど研ぎすぎるのも問題なんですよね」 「栄養もたっぷり欲しいもの」 「こんな感じでしょうか?」 「美味しくしたいなら、こうやって――」 リア先輩がいきなり僕の背後に回って強く腕を掴んだ。 「男の子なんだから、もっと力強くっ。豪快に爽快に手際よくやらなきゃっ」 「は……はい……」 リア先輩ってすぐに手取り足取るクセがあるんだよな……。 「こんな風に、モミモミって擦り合わせるようにしてゴシゴシするんだよ♡」 「うっ」 濡れたリア先輩の柔肌と触れあう。 「ほら、もっと音を立てるようにして……」 「はぁっ……はぁっ……」 「もぉ、そんなに息があがっちゃって……あと少しだから我慢して」 「白いの……流しちゃうね」 「はい、おしまい! どう、わかったかな?」 「なるほど。これでもうバッチリです!」 「じゃあ次は杵と臼だね」 「う、ウス!!」 「くすくす、つまんな〜い」 「笑ってるのに……」 「杵と臼。略して?」 「ネウ?」 「K・I・S・S♡」 「これを使うのは明日ですよね。どうするんだろ」 「では、まず臼にお水を張りましょう」 「お水入ります」 「そこへ杵も突っ込みますって――」 「ビシ!!」 「ツッコミ!?」 「はい、これで出来上がり♪」 「出来上がり……水遊びでもやりますか?」 「違うの! こうやって予め水に浸しておくことで、木が割れないようにしたり、傷の隙間にお餅が入ったりしないようにするんだからっ」 「そ、そうでしたかっ」 「まるで子供の遊びみたいな風に言って〜〜。そんな子には――」 「ひゃっ」 「ほ〜〜らほら!!」 「ひいっ、冷たいっ」 「それそれ〜〜!! 悔しかったらかかっておいで〜〜」 「ぬぬっ、そんなこと言っていいんですか? 制服が濡れたら大変なことに……」 「透けちゃうってこと?」 「あ……もしかしてシン君。その、見たいの……かな?」 「えッ!?」 「そっか。それなら……見せて、あげよっか?」 「なーんちゃって! くすくす」 「くう〜〜先輩め〜〜っ! 覚悟しろーー!!」 「わわっ。緊急回避っ」 「待て待てーー!!」 蛇口からボウルに水を溜め、先輩目がけて飛ばす。 「うふふ〜〜♪ 当たりませんよ〜〜だ」 リア先輩が華麗にスキップしながら逃げ回る。 「ぜ〜んぜん平気だもんね♪」 陽気にくるりと一回転した時に、何かが見えた。 「先輩……その背中がッ」 「あっ、あうっ。あーーっ!」 頭隠して尻隠さず。 正面は全くの無傷であったが、背面は水浸しになっている。 制服がピッタリと張り付いて上下の下着は透けてるわ、肉付きのいい体のラインが浮かびあがるわで……。 「い……いつのまに……」 お尻とそれを包む下着の輪郭がはっきり見えて思わず唾を飲み込む。 いかんいかんっ、見つめちゃいかん!! 「きゃあ!! じっと見ちゃダメ!!」 「ええ!? チラッとしか――」 「や、やだあっ!! も〜〜っ!! シン君のエッチ!!」 「うう……ずぶ濡れ……」 「濡れそぼるリアちゃんサイコーー!!」 「ドライクリーニングはいかが?」 「バトルフェイズ!?」 「ピギャーー!!」 「あれ? あの子は……」 アゼルだ。塔をみあげているけどどうしたのかな……。 「関わりにならないほうがいい気がするぜ」 「そんなわけにはいかないよ。ヘレナさんからもよろしくって言われてるし」 「魔王様がそういうなら仕方ないぜ。だけど、俺様は黙ってるからな」 「ねぇどうかしたの」 返事がないので僕はアゼルが見ている方を見た。 塔じゃない。塔より少し上のなんにもない場所を見てる。 青い空。白いちぎれ雲。 「晴れてるね」 「なぜだ」 「何もない事に、誰も不安を感じないのか」 「……雲ならあるよ」 「広大な空漠に不安を感じないのか?」 「そういうものだからだよ……空には基本的に何もないものだし」 「それとも……何か……あるの?」 「……何も」 アゼルは、ふい、と顔をそむけた。 あ、そうか、ごまかそうとしてるみたいだけど。来たばっかりだから迷っているんだね。たぶん。 でも、迷子だなんて照れくさくて言えないんだろうな……。 「アゼルはさ、学園の施設って誰かに案内してもらった?」 学園案内にかこつければ、色々回っているうちに、アゼルの目的地にもつけるだろうから、アゼルにも恥をかかさずに済むじゃないか。 「いや、無駄じゃないよ。ここで青春の貴重な一ページを刻むなら必要だよ!」 うむ。この様子だと、学園案内をされたこともないようだ。 なら、学園案内も出来て一石二鳥。 あ、いかにもうるさそうに歩き出した。 「そっちに何があるか知ってる?」 「もちろん知ってるとは思うけど、なんと武道館があるんだよ」 結構、足早だな。というか、僕、思いっきり邪魔だと思われてるのかも。 だけど、転校生が最初は心を開かないのは普通だからしょうがないよね。 「うちの学園は、女子のあいだでけっこう武道が人気でね。合気道部、剣道部、長刀部、槍術部のどこも部長が女子なんだよ」 「女子の方は全国大会にもしょっちゅうでてるしね。男子は地区予選敗退レベルだけど……」 「野蛮だ」 「武道と言うのは、人殺しの方法だ」 「人を殺すならわざわざ武道を習う必要なんてないよ。多分。殺人犯とかで武道やってた人なんてあんまりいないと思うもの」 「戦国時代とかに武術やってた人は、そりゃそうだったかもしれないけど、こんな平和な時代に、わざわざ習うんだから、もうそれは全然違うものだよ」 「必要がないからだ」 「ほら、あそこに見えるのが、知識の宝庫、図書館。知ってるとは思うけどね」 「お金がない学生が知識を深めるには最適な場所。でも、はしゃいじゃいけない、厳格な司書さんがいるからね」 「利用の仕方知ってる?」 「……いや」 「じゃあ今度、利用方法を教えてあげるよ」 「教会はもう知ってるよね。でも正式名称は知らないでしょう?」 「正式名称は、聖オーフェリア教会っていうんだよ。由来はよくわかんないけどね」 「今日は静かだけど、土日になると一般の人も来るんだよ」 「中、入る? ……までもないか」 「ふ?」 「あんな所に神などいない」 アゼルの唇に浮かんでいたのは……冷たい笑みだった。 おそらく軽蔑の。 「……そうか、アゼルはそう思うのか」 「いるかいないかは僕には判らないけど、信じてる人もいるからね」 「じゃあ、アゼルの生まれたところには神様がいるの?」 宗教に関してなにかタブーでもある地方で生まれたんだろうか? それとも逆に、周りに心底信じている人がいっぱいいて、その反動なんだろうか? 「ここはもう知ってるよね?」 「まぁ、でも、取りあえず紹介すると、手前が新校舎。正式名称エレーレート舎」 「僕も生徒会長になるまでそんな正式名称があるなんて知らなかったよ」 「今さらだけど、中も案内する?」 「了解。で、奥に見えるのが旧校舎で」 「……正式名称」 「あ、正式名称ね。なんだったかな……そうそう。オーロイアエール舎。ここには職員室とか理事長室とか生徒会室があって……」 「そうそう。何か困ったことがあったら、生徒会室に来てね。いつでも相談に乗るからさ」 「困ることはない」 「そういうのは予測できないものだから。知っておいても損はないよ」 「中は」 「じゃあ案内する」 「いらない」 「そっか。じゃあ旧校舎の七不思議は知ってる?」 「夜中にピアノを弾く手首に、昔温室があった屋上で2月29日だけ咲き乱れる幻の花に、真夜中に歩くと濡れてもいないのに濡れた音がする廊下に……」 「ひとりでに円周率を計算し始めるパソコンに……」 「ええと、あとは、そうだ! 旧校舎が火事になった日時になると、突然逆回転を始める呪いの時計……あれ? 5つしかないぞ」 うーん。乗って来ないなぁ。話題が悪いんだろうか。 「まぁいいや。とにかくあと2つあるんだけど、ここに来る前にアゼルが通ってた学園ではそういうのってあった?」 「この国の学園では、七不思議ってよくあるんだけど、国が違うと違うのかもね。ま、どれも伝聞ばっかりで、実際に体験した人には会ったことないけど」 「って、あれ……」 あ、もうあんなに離れてる! 「喉かわかない?」 「ちょっと待って、お茶もらってくるから」 「遠慮することないって、お茶はタダだから」 「!」 「タダなのか!」 「もしかして……知らなかったの?」 「こほん」 アゼルは咳払いをすると、そっぽを向いた。 でも、テーブルについてくれたからよしとするか。 僕は自動給茶器でふたりぶんのお茶をコップに入れる。 「というわけで、お茶どうぞ」 「色々と回ったけど、どう?」 アゼルは両手で抱えるように持っているコップを、ゆっくりと回していたが。 「なぜ構う?」 「生徒会長は生徒達みんなが楽しく過ごせるように気を配るものだからさ」 「それに……アゼルは全然楽しそうじゃないし」 「そう見えるよ」 そうか。ヘレナさんがアゼルを気に掛けて欲しいというのは、きっと、知らない環境で緊張して身にまとっているかたくなさをほぐしてほしいという事に違いない! うまく話が通じないのだって、もしかしたら言葉があまりよくわからないせいなのかも。 国際交流、グローバリズム、人類は皆兄弟。がんばらなくちゃ。 「楽しいのが?」 「いや、楽しいのは大事だよ!」 「同じことでも楽しくするのと、つまらないままなのは全然違うから」 「同じ事なら楽しい方がいいじゃないか。だからさ学園で過ごすなら楽しいのがいいよ」 「同じだ」 「そんなことはないよ。生徒会活動だって、きっともっと淡々と事務的にやるってことも出来るはずだし、そうしてる人もいると思うんだ」 「でもさ、僕は……なんというか、基本的に初めてすることは何でも楽しく感じるんだ」 「どきどきすると言うか……わくわくすると言うか、冒険してるみたいというか」 「もし、つまらなくなっても、始めた頃のことを思い出せれば、また楽しくなってくる」 「自分がやってることは楽しいことなんだって思える」 「だから僕はなんでも楽しいよ。もちろん生徒会も、この学園も」 「そんなわけでさ。自分がいる場所は楽しくしたいし、そこにいるみんなにも楽しくなって欲しいんだ」 「アゼルだって楽しさを感じるようになれば、学園生活だって楽しくなるよ。キラキラの学園生活のはじまりさ!」 「確かに、食べなくちゃ死ぬとか、そういう切実さはないけど、楽しさっていうのは、生きていく上で、大切なものだと僕は思うよ」 「必要ないのだな」 「でも、同じ水分でも水よりお茶はおいしいよ」 アゼルはゆっくりとお茶を飲み干した。 「今月の27日にチャリティバザーがあるってこと知ってる?」 「家具とか古本とかも出品されるから、部屋に足りないものがあったら覗いてみるといいよ。安く手にはいるかもしれないからね」 「チャリティバザーとはなんだ?」 あと半月で開催というのに、こんなに知名度が低いとは! これは問題かも。 だけど、あれこれ悩むより、出来ることをしよう! 今日出来ることは今日しよう! 「チャリティバザーっていうのは、この学園のみんなや商店街の人が、自分にはいらなくなったけど、他の人ならいるかもしれないものをもちよる催しだよ」 「リサイクルにもなるし、みんなの親睦も深まる有意義なものなのさ! ここも会場になる予定。是非是非参加してね! 見て回るだけで楽しいよ」 「こういうのって、外国のほうが盛んだって聞いたことあったんだけど、アゼルの故郷……シャロ=マ公国はそうじゃなかったの?」 「それとも呼び方が違うのかな?」 「いらないなら捨てればいい」 「でも、欲しがってる人の手に渡ったほうがいいじゃないか。そのほうがそれこそ無駄にならない」 「そりゃ、安く手に入れればいい加減に使う人だっているだろうと思うよ」 「でも、そういう人ばっかりじゃない。古本屋さんで手に入れた本が、心にずっと残る本になったりするじゃないか」 「当日にはここにも店が並ぶし、あっちの広場には生徒達が中心になって出店する場所が出来る予定」 「生徒会ではいつもよりにぎやかで楽しいのを目指してるんでよろしく!」 「……アゼルはそればっかりだね」 「そういう言い方をすれば全てが無駄だよ。生きていける最低限のもの以外は全て無駄になっちゃうよ」 「もしかして……その最低限も無駄だとか言うの?」 「じゃあ何なら無駄じゃないの?」 「無い」 素っ気ない声だった。まるで常識を語っているような。 ニヒリストなんだろうか? でも、なんというかそれだけじゃないような……。 「全部、無駄なんだ。アゼルにとっては」 「じゃあさ、どうしてアゼルはここにいるの?」 「アゼルがここにいることも無駄なの?」 「ほら、アゼルがここにいることは無駄じゃないでしょ? 全てはそこから始まるんだと思う」 「この世界に生まれたからには、なにかがあるんだよきっと」 太陽はほかほかしていて、風はきもちよくて、空はどこまでも青くて。 学園のあちこちからはみんなのざわめきがして。どこか遠くからピアノが聞こえてきて。 意味はないのかもしれないけれど、全てがきれいだった。キラキラしていた。 「僕は……アゼルとは逆かもだけれど、無駄なものなんてないと思う」 不意にアゼルは足を止めた。 「お前は」 「全てが無駄であり、誤りであり、偽りであったと証明されたら、どうする?」 それは、今まで僕が聞いたアゼルのセリフの中で、一番長いものだった。 「そんなことは証明されないさ」 「それに、そんなこと言ってるアゼルだって、自分がここにいることは否定できないでしょ?」 「そもそも無駄とか無駄じゃないとかそういう議論をすることじたいナンセンスなんだと思うよ」 「だって僕らは生きているんだもん」 アゼルは何事もなかったように、再び歩き出した。 「〈泡沫〉《うたかた》だ」 僕は慌てて追いつく。 「生も死も単なる見え方。その価値を問うことに意味はない」 まるで、世界を見下ろしているみたいな言い方だった。 「……単なる見え方なら、なんで僕らは死が判らないの? 考えるのが恐ろしいんだろう」 アゼルの小さな背中は、遠く見えた。 「いずれ判る」 いかんぞ、シン! こんな雰囲気に呑み込まれては! こういうニヒリスティックな感情は、思春期によくあるアレに違いない。僕にはそういうのがあまりないからよくわからないけど。 とりあえず、青春らしくきらめいて元気に言ってみる。 「じゃ、またね!」 アゼルは、一瞬、僕の顔を見たけど、すぐきびすを返した。 小さな声。 「全ては神の意のままだ」 全ては神の意のままに? でも神はいないんじゃないの? 問おうとする前に、アゼルは寮の中へ消えてしまっていた。 「ふぅむ。難しい」 「な、俺様の予想通り、関わってもしょうがないぜ。というより、積極的に関わるべきじゃないぜ。今後は」 「……変わった子だなぁ」 「あれでその感想かよ。大物だぜ」 「ククク……さすが、魔王様は守備範囲が広いぜ。手が出せそうな所には布石を打っておく。学園ハーレム化計か――」 「バクラ!!」 「さぁて、今日の夕飯は何にしようかな……」 「選ぶほどの金があるのか?」 やっぱり7時過ぎてのタイムサービスを待つか……。 「お、リアちゃんの香りだぜ!」 「動物だね。まるで」 「俺様は大賢者パッキー様だからな! 心にけものの一、二匹飼ってて当然だぜ」 「わけがわからないよ」 「むむ……微妙に違うぜ」 「残念。リアちゃんじゃねぇほうだぜ」 「生徒会長君。元気にやっておるかね」 「ヘレナさんこんにちは。もしかしてヘレナさんも、タイムサービス目当てですか?」 「ただいま重要任務を遂行中である」 「重要任務ですか」 やはり、タイムサービスかぁ……あれって狙いの食品をゲットするのは、なかなか大変なんだよなぁ。 「そのうえ重要機密なのよ」 「もしかして! 九浄家に代々伝わる、狙った食品を確実に獲得する方法でもあるんですか?」 「うわ、俺様はしばらくひっこんでるぜ」 「パッキー? あ」 「可愛い女の子が、いつも制服でふらふらしているなんて、国家的損失でしょう?」 「だから、純粋な善意から無理矢理お洋服を買ってあげることにしたのよ!」 「無理矢理ってところで善意が感じられないんですが」 「可愛い娘にこれ似合うかな、あれ似合うかなって、色々お買い物するの楽しいわよね」 「やっぱり」 「あ、しまった重要機密なのに話してしまったわ」 「いや、もともとバレバレです」 「『なお、このテープは、30秒後自動的に消滅する』」 「テープって古いですね」 「どうアゼル? 気に入ったの見つかった?」 アゼルはいつもと同じように、面倒くさげにしているだけだ。 「試着とかしてみれば」 「ははーん。それで着替えているのを覗くつもりね」 「そんなつもりはありません! 無いからねアゼル」 「『あっはっは。ばれてしまいましたか』」 「『やめてください、僕の心の声を勝手に言うのは』」 「そうなのか?」 「根も葉もないことを言うのはやめてください」 「この服どう? こっちも可愛いわね。あ、こっちも似合うわ!」 へー。確かにどれも似合いそうだな……。アゼルってよく見なくても可愛いし。 「あーん。ヘレナ迷っちゃう♪」 「あら駄目よ。ここで帰ったら、大変なことになるから」 「大変なこと?」 「アゼルちゃんがいじめたってお姉さん泣いちゃう。脚ばたばたさせてここで泣いちゃう泣いちゃうわよ」 「ヘレナさん、何歳ですか」 「レディの歳を聞くなんて野暮よ」 「まぁまぁ。取りあえず見る前に飛べで着てみなさいな。これとか!」 「……いらない」 「まぁまぁまぁまぁまぁ!」 「あっ」 という間に、ヘレナさんはアゼルを試着室に連れ込んでしまった。 「ほうら、脱ぎ脱ぎして」 「うふふ。ほら、そんなに無造作に脱がない♡」 どきどき。 「下着まで脱いじゃうなんて大胆♡」 「脱いでない……な、何をする!」 「リアのおっぱいは私のだけど、たまにはスレンダーなのもいいわね」 「殺す」 「まぁまぁ、胸囲を測っているだけじゃない。もう」 いったい何をやっているんだ!? 「じゃあスカートも脱ぎ脱ぎしちゃいましょうね」 ひっ? 「うーん。すべすべ」 「な、なにするっ」 「あら、いけない、パンツまで脱がしちゃったわ」 「殺す殺す殺す!」 も、もしかしたら今、この箱の中では全裸のアゼルが……。 「いかーん! 悪霊退散悪霊退散!」 「あらぁ。暴れるからブラジャーまで」 「な、なんと!」 「殺す殺す今殺す即殺す!」 「魔王様だったら透視能力があるはずだぜ」 「な、なんですとぉぉっ。い、いや、僕はそんなふらちなことはっ」 「うふふ。そんなに暴れちゃ、いつまで経っても着られないわよ」 「頭の中で、ひらんやこっくりおかいこさま、と唱えると、透視能力が発動するんだぜ」 「なんと神秘な! ひらんやこっくりおか……ぼ、僕はそんなこと断じてしないぞ!」 「しても無駄だけどな。冗談だから」 「思春期の男の子の純情をもてあそぶな!」 「そうそういい子ね……ほら、出来たわ」 「だーめ、まだ脱いじゃ。男の子にも見てもらいましょうね」 「じゃじゃーん」 「おおっ。かわいい」 「でしょう? ふふーん。私の見立てに間違いはなかったわね」 「そんな風にそっぽ向いてちゃ駄目よ」 ヘレナさんはアゼルの顔を両手ではさむと、強引に鏡の方を向かせた。 「ほうら。可愛いでしょう」 「……なんだ」 「可愛いとは……なんだ?」 「こういう場合にふさわしい言葉よ」 「その1。深い愛情をもって大切に扱ってやりたい気持ち」 「その2。愛らしい魅力をもっている。主に、若い女性や子供・小動物などに対して使う……どちらの方かしら?」 「その2です。つまりその……」 僕はちょっとぶっきらぼうに言ってしまう。 「似合ってるってことだよ」 う。なんか口に出して言ったらほっぺたが熱くなったじゃないか! うわ。鏡越しに目が合っちゃった。 「……可愛いのか?」 「あ、うん。か、可愛いよ」 「シンちゃんってば、女の子の扱いを心得ているわね。さすが生徒会長」 「そ、そんなことないですよ」 「でも、駄目ね。肝心な点が」 「な、なにがですかっ!? というかそれ以前に、女の子の扱い方なんて心得てないですよ」 「乙女心を騒がすには、残念ながら歳が若すぎるわ。男は30過ぎてからが本番だもの。特に後半からが」 「あの……そんなに年取ったら生徒会長やってられないです」 「これからも精進なさい。理事長命令よ」 「ぜ、善処します」 「うーん。もうちょっと手を加えてみようかしら」 「間に合ってます」 「シンちゃんに掛けるのも面白いけど、今はアゼルちゃんを遊……もとい、可愛くする時間ね」 「じゃあ眼鏡をかけてみるのはどうかしら」 「や、やめて」 「遠慮しないで。私の変装用具の1つだから」 「で、今度はこっちね」 「うわ、ネコミミ! いったいどこから?」 「淑女のたしなみよ♡」 「そんなたしなみは要りません」 でも、可愛いかも……。 「でも、ネコミミつけたアゼルちゃんのこと、可愛いと思ってるんじゃないの?」 「え、あ、それは、その……」 「あっ。あ、うん……」 「も、もう、これ以上はアゼルをオモチャにしないでください!」 変な趣味に目覚めてしまいそうだ。 「もしかして……変な趣味に目覚めちゃいそうだとか?」 「ち、違います」 「……気は済んだか」 「うーん。もうちょっと着せたいけどね。今日はここまで!」 「そのうち。アゼルちゃんが自分から着るようになるでしょう」 「ありえない」 「それは、どうかしらね。生きているってことは変わっていくことだから」 珍しくまともなセリフを! 「さぁて生徒会長からお墨付きももらったことだし、買うわよ」 「って、ここで脱ぎだしちゃだめ!」 「どこで脱いでも同じだ」 「うーん、アゼルちゃんには同じでも、年頃のやりたいさかりの男の子には大問題なのよ」 「さり気なく変な形容詞をつけないでください」 「やりたいさかりとはなんだ?」 「え、ええとそれは……」 「無駄だな」 「ええと、僕が不当に言われているのはともかく。こんなとこで着替えるのは駄目だよ」 「シンちゃんはまだまだね。女の子が無愛想をよそおっているときは、実は照れているのよ」 「そ、そうだったのか!」 「照れてなどいない」 「あらあら。残念ね。女の子が照れるのはいいわよ〜。可愛いし♡」 「そんなにごねていると、周りの注目が集まっちゃうわよ」 「あの中で脱げばいいんだろう」 アゼルは、いつもと同じようにうるさげに呟くと、試着室に入ってしまった。 可愛かったな……着て帰ったっていいのに。 「覗きたい?」 「うんうん。覗きたいわよね。生徒会長さんはお年頃だから」 「『そうです。覗きたいです。もうギンギンです』」 「と答える流星学園生徒会長であった」 「って、僕のセリフを勝手に作らないでくださいっ」 「本人にもわからない心の声を代弁してあげただけなのに」 「本人にも判らないならヘレナさんには判りませんっ」 「だって、私は不可能を可能にする特攻理事長だもの」 「……理由になってません」 「ねぇ、パッキー。アゼルをどうすれば、友達の輪に引き込めるだろう」 「小さな親切、大きなお世話ってヤツじゃねぇか。1人でいたいヤツだっているだろうぜ」 「でも……あ……」 「今日は、散歩にはいい日ですよね」 一緒にお散歩か。ついにそこまでの仲に。さすがは生徒会書記! 「どう見ても違うだろう」 「お日様がぽかぽかで、足取りも軽くなってきますよね」 「あれは、天使が謎の転校生に絡みついてるようにしか見えないぜ」 「せめて、つきまとっているくらいにしといてあげなよ」 「アゼルさん。そうやっていつも暇そうなのはよくないと思います」 「青春の時間はダイヤモンドで出来た砂粒よりも貴重だと書いてありました」 「暇なら部活動にはいるとかすればいいと思いますよ。出て入って出て入ってを繰り返せば、アゼルさんにも合った部活が見つかります」 「ズバリ。経験者は語る、なのですよ!」 「どんな部活があるか判らないなら、私がババババンと教えてあげます!」 「なにせ私は、30の部活に入って出た自他共に認める部活クイーンですから」 「で、どんな部活がいいんですか? 血湧き肉躍る部活ですか?」 「それとも少々謎のニオイがする部活ですか? それとも、静かに語り合う類のですか?」 うーん。ロロットの頑張りは判るけど、なんというか明らかに迷惑そうだ。 まぁ、僕がアゼルにしてることも端から見れば同じなのかもしれないけど。 「こんにちは。ロロット。アゼル」 「ふふん。もう私たちはマブダチですよ」 「……いや、そうは見えないけど」 「会長さんの目は顕微鏡ですね」 「それを言うなら節穴だよ」 「もう、私たち親友ですよね。アゼちゃん」 「親しくなろうとするのはいいけど、無理矢理はよくないよ」 人のことは言えないかもだけど。 「無理矢理じゃありません。私、慎重でさりげないですよ」 「理事長さんに、それとなく気に掛けてくれと言われたじゃないですか」 「いや、滅茶苦茶露骨だよロロット」 「やっぱり会長さんの目は顕微鏡です。ささいなことが拡大して見えてます。それに時には強引さも必要です」 「ううむ。確かに」 「私の長年の観察によればですね。アゼルさんは、誰とも親しくなった様子もないし、大層遺憾の状況です」 同感だけど……。 「あのね。そういうことを本人の前で言うのが露骨だと」 「人間か……あわわ」 「この国というか、この学園生活をもっとエンジョイするべきです。ここはとっても楽しいんですから。特に生徒会活動は」 「僕の言葉は聞いていないね」 「会長さんは失礼ですね。小川のせせらぎのようにそこはかとなく聞こえていますよ」 「つまりですね。私が言いたいのは。せっかく、唐天竺からありがたいお経を取りに来たのに、いつも仏頂面なんてもったいないってことです」 「お経は取りに来ないよ」 「お経とはなんだ」 「それがいけないんです。疑問に思ったことは自分で調べないといけません。そうすると知識が深みにはまって世界がもっと楽しくなります」 「ううむ。まともな意見だ……って深みにはまって?」 「わざわざ調べる程、興味はない」 「面倒くさがりさんなんですね。でも、大丈夫です。面倒くさがりなのは私も負けていませんから。えへん」 「そんな人のために役に立つのがこのガイドブックです。大抵のことは、書いてあります。この『実話 人間界』に!」 「とってもいかがわしい感じだよ」 「そんなことありません、『実話 人間界』は、てんか…… あわわ、おほん!」 「それはともかくですね。私は、生徒会に入ってからとっても毎日がハッピーです」 「そうだ名案です! アゼルさんも生徒会へ入ればいいんです。そうすればハッピーでキラキラでドキドキな学園ライフが始まります」 「あれ……アゼルは?」 「これが微塵隠れですか!?」 「撒かれてしまった? さてはエージェント!?」 でも、どこへ!? 「こういう時にはコックリさんに聞くのが一番です」 「準備をしているあいだに追いつけなくなっちゃうよ」 「あ、私のです。はい、もしもし」 「エージェントの追跡なら、このリースリング遠山めにおまかせを」 「い、いったいどこから?」 「じいや、アゼルさんはどこにいるか判りますか?」 「距離138ヤード。新校舎の入り口に入り、階段へ向かっております」 「ありがとうじいや」 「いえ、お嬢さま。お困りのことがあれば、このリースリング遠山めになんなりとお申し付けください」 「細かいことを気にしたら負けです」 「はぁはぁ……わ、私をまこうなんて、はぁ、きゅ、99年ばかり早いです」 「はぁはぁ、なぜ、99年……?」 「ぜぇぜぇ、私は謙虚なんです」 「って待って!」 「ねぇ。何かあのクラスに溶け込めない原因があるの? みんな良い奴らだと思うんだけど」 転校生が、ささいな行き違いで新たな人間関係に溶け込めないのは、よくあることらしい。 「誤魔化そうとしても無駄です。私の目は会長さんの目と違って、顕微鏡じゃありませんからばっちりです」 「問題おおありです。アゼルさんが誰かと話しているのを見たことがありません」 「確かに。教室でもだ」 「それに、授業に出席してないのもいけません! この前なんか授業時間中なのに、教会にいたじゃないですか」 「そうだぞ。授業時間中にほとんどいないじゃないか」 「教会は無駄じゃありません」 「そうじゃなくて授業が無駄ってこと?」 「いつも寝ている私だって、授業に出るだけは出ていますよ」 「起きていなさい」 「会長さんは要求水準が高いです。なら言葉より行動で示してください」 「行動?」 「授業中に私が不覚にも寝ていたら、誰にも見つからないように、そっと起こしてくれるとありがたいです」 「ついでに、今、授業で解説されている教科書のページも教えてくれると、グッドジョブというやつです」 「……そもそも学年が違うんだけど」 「命拾いしましたね」 「なんでアゼルが教会にいるって知ってるの?」 「教会で寝るのは本当に希少価値があるほどたまにです」 「ダメじゃん」 ロロットがいうとおり、アゼルが誰かと親しくしてる様子はない。 だいたい、休み時間だって教室にいないし。 「でもさ。せっかくこんなに多くの同世代の人と時間を共有しているんだから、せめて、友達くらい作ったほうがいいよ」 「まぁ友達というのは作るのじゃなくて、自然になるものだけど……でもね、きっかけを逃がしたら、なるものもならないよ」 「転校初日にみんな話しかけて来た時も、あんな態度じゃ」 「質問されて答えることから意義深い交流がはじまるんですよ」 ううむ。難敵だ。 「アゼルさん。もしかして故郷にいる親友に遠慮して、友達を作らないようにしているとかなのですね!」 「私にも心の友がいます。今は遠い空の下、会うのもかないませんが」 「きっと私がひとりでいるより、友達と一緒にいるほうが、彼女もよろこんでくれるとおもうのですよ」 「あ、次の時間は教室移動でした! 急がないと!」 「あ、そうだった」 「会長さん、さぼりはだめですよ」 「その点に関して、僕はロロットのほうが心配だよ」 「アゼルさん、またあとで会いに来ますからね! 授業でるんですよ!」 じゃ、僕も行くか。でも、その前に。 「あのさ、アゼル」 「迷惑だと思っているかもだけど、ロロットのこと嫌わないでね」 「彼女は君のことが心底心配なんだよ」 「どうして判る?」 「いや、そんなの判るでしょう。あの様子で」 「判らない」 「他者だ」 「そりゃ、完全には判らないけど、でもさ、つきあっていればある程度は判るものじゃないか、特にロロットは判り易いし」 「お前はあの娘のことをどこまで知ってる?」 「……どこまでって」 珍しいことにアゼルは、僕をまっすぐ見ていた。 こ、これは有意義なコミニュケーションのチャンス! 「ええと――」 「ロロット・ローゼンクロイツ。お嬢様で帰国子女。リースリング遠山さんという底知れない実力を持つ執事さん付で、もちろん大金持ち」 「特にあの豚の貯金箱は脅威。なんと中身は500円玉のみ! あの貯金箱にいくら入っているか考えると戦慄を覚える」 「だって1枚だけでも500円! 500円と言ったら大金だからね!」 「でも肝心なのはそこじゃない。まだ知り合ったばかりだけど、頼りにならなそうで実は頼りになる生徒会の仲間さ!」 うん。なんか今の僕は生徒会長って感じだな! 軽蔑したように鼻を鳴らすと、アゼルは僕から視線を外し歩き出し。 「って、あ……」 まるでかき消したように姿を消した。 周りを見回したけど、見つからない。 それに、僕にはリースリングさんがいなかった。 「はぁ……お茶がおいしい」 「お茶ばかり飲んでて飽きない?」 「お茶はおいしいし、健康にもいいんだぞ」 「はいはい。アンタはそういう人だったね」 「俺様も巻き込まれてすっかりヘルシーライフだぜ」 「ふぅ……うまい」 「で、くつろいでるトコ悪いんだけど、リサイクル品どこで調達しようか?」 「うーん。『ぽんぽこ』にはリア先輩と聖沙が行ってるし」 「ロロちゃんは『ラフィネ』へ行ったから……『近代古書』かな」 僕たちは商店街の顔なじみだから、新たに協力店を開拓する任務を引き受けたのだけど。 「あそこはケチだからなぁ」 「ううむ……だとすると、『白猫堂』かな、気は進まないけど」 「あー、あそこかぁ……なんで気が進まないの? 小さいころよく遊んだじゃん」 「ナナカが壺に入って出られなくなったことがあったね」 「間抜けだなソバ」 「それはシンでしょ」 「あ、そうだった……でも、大きなカメを割ったのはナナカだったぞ」 「でもさ、あとで謝りに行ったら、あのカメはたったの500円だったよ」 「な、なんだってーっ。そ、そんな高価なものだったとは! ますますあのお店には顔出しづらいじゃないか!」 「いや、割ったのアタシだし」 「でも僕と遊んでてじゃないか」 「もしかしてシン……あれ以来、あの店に行ってないとか?」 「だ、だって500円だぞ! 大金じゃないか! きっとあの爺さん、今でもナナカと僕のことを恨んでるよ!」 「俺様も500円が大金のような気がしちまったぜ……よくない傾向だぜ」 「いや、もうあれ、弁償しといたよアタシが」 「……そ、そんな大金を! す、すげーな、ナナカは」 「というわけで覚悟を決めて『白猫堂』へ行こう」 「だね……あれ?」 「あ、アゼルじゃん」 「うわ……」 「あんなにヴァンダインゼリーを……飽きないのかね」 「サプリメントってあんなに種類があるんだ……」 「あんなにおいしくないものを、たくさん……見てるだけでげっそり」 「俺様は、リアちゃんを美味しくいただきたいぜ」 「ビンゴ!!」 「もしかして……アゼルってああいう物ばっかり食べてるんじゃ」 「食べるっつうか飲むっつうか。あの量からするとそれっぽいね」 「お金がないのかな。ここはひとつ生徒会長である僕が」 「金がないのはアンタも同じ」 「う……お金がないのは哀しいな……」 「ちなみに今の所持金は?」 「320円」 「うそ!? 思ったより多い」 「自動販売機の釣り銭口を探るのは素人だよね。お金は自販機の下に落ちていることが多いんだ」 「って、そんな切実なミニ知識を披露すな。泣けてくる」 「ああいうのって、商店街のスーパーのほうが、ここより安いよね。確か今日はバーゲン品にもなってたし」 「教えてあげたら?」 「うむ。こういう生活に必要な豆知識なら、アゼルも喜んで聞いてくれるに違いない!」 僕らは席を立つと、レジから出たアゼルに声をかけた。 「こんちわっ」 すたすた。 わ、どん無視! 「相変わらず、難攻不落だね」 「ナナカも、話しかけたりしてる?」 「うんにゃ。アタシはもう諦めた」 「江戸っ子だし」 「ねぇ、アゼル。それいつも買ってるの?」 「それを買うなら、商店街にもっと安い店があるよ」 「……安い?」 アゼルの足が、ぴたり、と止まった。 「一個あたり10円は安いかな」 「正確には、12円だ」 「こまかっ」 「商店街とはなんだ?」 「ええっ。知らないの!? いくらマイナーな商店街かもだけど、あんまりだよ。こちとら商売あがったりなわけだ」 「大袈裟だよナナカ……」 「えええええええええっっっっ!? シンが買ったの!? 有り得ない!」 「買ったのはヘレナさんだよ」 「なるへそぉ。リア先輩んちは金持ちだもんね」 「そういえばこの前の服は、あれから着てる?」 「いいなぁ。いらない服なら、アタシが欲しいっ」 「なによその沈黙は」 「ネコミミと猫グローブに、尻尾までついてるんだけど」 「へ、ヘレナさんってそういう趣味なんだ……」 「面白がってただけのように見えたけどね。それに……」 「それに?」 「あの、そのね。ボリュームというかなんというか……」 ナナカはアゼルの胸をちらり、と見た。 「あー。……ご、ごめん。アタシが着るのは無理だわ」 「なぜ謝る?」 「もうシン! 恥をかかせるな!」 「なんで僕がどつかれなあかんのや!?」 「つっこみ?」 と、いうわけで、リアカーをがらがら引きつつ、3人連れだって商店街まで来たわけだけど。 「この通りを中心とした辺りが流星商店街」 「物は安いし、負けてくれる所はあるし、お店の人はみんな親切だし、いい商店街だよ」 「とりたててスペシャルな商店街じゃないけどね」 「スペシャルな商店街ってどういう商店街なんだ?」 「アレだよアレ。見上げると卒倒しそうな高さのビルが、延々と並んでいる感じかな? うーん、そんなの商店街じゃないやい」 「自分でオチをつけるとはやるな」 「いやー、だって、そんなの商店街じゃないじゃん」 「ヴァンダインゼリー」 「もうちょっとだから」 「あ、そうだ。今度のキラフェスでリサイクル品を集めているんだけど、リサイクル品を提供してくれそうなとこの心当たり無い?」 「無理だよ。転校生なんだし。家具とかが足りないくらいだと思うよ」 「あ、そうか。でも、それなら、何か欲しい物とかあればキラフェスで手にはいるかも」 「おう、シンにお嬢じゃねぇか」 「こんちわー」 「おや、この辺じゃ見かけない娘だな」 「ええと、この娘はアゼル。謎の転校生」 「こんちわ、アゼルちゃん。俺はこの商店街で『ぽんぽこ』って店をやってる、為景シンスケ。出来ればうちをごひいきに」 「くはっ。こいつあ参った。アゼルちゃんは流行りのツンデレってヤツか」 「それともクーデレか?」 「なにそれ?」 「いや、フィギア置くようになってからよ。そういった専門用語が身についちまってな」 「にしてもよ。シンも気が多くてお嬢もてぇへんだな」 「またもライバル出現ってことじゃねぇか。なかなかのかわい娘ちゃんだし。お嬢だけじゃ満足できず生徒会を作ったってのに、いやはやなんとも」 「どうして、この辺の人はすぐそういうことに結びつけるんですか」 「暇だからじゃない?」 「きついなぁ、お嬢は」 「だがなシン。恥ずかしがらなくてもいいんだぜ。俺も若い頃もそんなもんだった。実はモテモテだったんだぜ」 「……有り得ない」 「だけどよ、お嬢。俺はともかくシンの顔は、モテそうな顔だと思わねぇか? 俺が同世代の女だったら放っとかねぇなぁ」 「なんか微妙に気持ち悪い設定なんですけど」 「がはははは」 「だ、大丈夫ですよ。ほら、シンって今までもてなかったし、これからだって絶対、きっと……たぶん、おそらく……もてないだろうと思うし」 「でもよ。生徒会って女の子ばっかりなんだろ? 一人くらい、シンにメロメロになっても不思議じゃねぇぜ」 「う……いや、まさか、そんな」 「あのですね。僕は生徒会活動に、そういう不純な要素を持ち込むつもりはありません!」 「恋っていうのは、始まっちまえば、止められねぇものよ」 「……た、確かに」 「万引きよ!」 「こっちの方に行ったはずだよ……あの、もしもし、万引き犯さんがこちらに来ませんでしたか?」 「ええと、見かけませんでしたが……って、リア先輩!」 「あ、シン君。ナナカちゃん」 「仕事サボって何おしゃべりしているの!?」 「おい、万引きってもしかして」 「あ、為景さん。そのもしかしてなんです」 「魔族が飛んできて、オモチャをごっそり。すいません」 「いいってことよ。店番を押しつけたのは俺だしな。それに、外にあったもんってことは、タダのもんばっかりだしな」 「魔族の姿は撮れたんだけど。逃げられちゃったよ」 リア先輩が差し出してくれたケータイを見ると。 「こりゃ、正真正銘の魔族だね」 「間違いない」 「お、こいつら、このところ商店街で、食い逃げしてる奴等じゃねぇか」 「そうなんですか?」 「ああ、変ながらくた置いてくだけで、金払わねぇんだよ」 「でも、どこへ行ったんだろう? この辺に逃げ込んだみたいなんだけどな……」 「僕らのリアカーを!」 「素早いわね。ちょろちょろちょろちょろ卑怯よ」 「でも、ゆっくり逃げる泥棒はいないっしょ」 「そうだね。もっともだよ」 「お姉さままで何をまったりしていらっしゃるんですか!」 「シン、クルセイダースの出番だよ! 追いかけよう」 「そうよ! 鈍くさいんだから」 「大丈夫だよ。彼らが逃げてった方は路地が多いから、うまく追いつめれば袋のネズミだし……。ナナカと僕はこっちから、聖沙とリア先輩はそっちから」 「落ち着いてて偉い偉い。さすがは生徒会長」 「ふ、ふん。私だってそれくらい思いついてたわよ」 「どーだか」 「あれ? アゼルは?」 「ありゃ? でも、今は魔族を!」 「もう逃げられないわよ。観念なさい!」 「ピンチだって」 「盗人がたけだけしい! アンタはこうなって当然なの!」 「危ないっ」 背後から魔族がひとり! 「あ、ロロちゃん!」 と思ったら、そのさらに後ろからロロットが! 「お嬢さま、この路地です」 「そこの魔族さん、私の集めたオモチャを返すのです」 「ロロットさん!」 「まぁ、ロロットちゃんまで」 「憎い登場の仕方じゃん」 「真打ちですから」 「相手が二匹になったけど、こちらは4人だから楽勝よ」 「油断しちゃ駄目だよ。勝てそうなのと、勝てるのの間には、凄く距離があるんだからね」 「リア先輩にだけは素直だね」 「そ、そんなことないわよ」 「リアちゃんは渡さないぜ」 「プルナッ!?」 「アタシの仲間をいじめるな!」 上空を見ると、空から女の子と魔族が降りてくる? 「人間が空から降りてくるなんて、ありえない!」 「いや、どこからどうみても魔族でしょ。あの娘も」 「羽があるものね」 「羽があるから魔族とは限りませんよ! 天使だって羽はあります。 あわわ、私には羽なんてありませんよ!」 でも、なんだかあったことがあるような……。 「みんな! 人型の魔族は強力だよ!」 「とうっ、サリーちゃん見参!」 ふわり、と女の子は地面に着地。 「あなたも万引き犯の仲間ね!」 「万引き犯とは失礼な! アタシらはそんな悪の集団じゃないもん。格好よくてセンシティブな団体名があるんだもん!」 「出来れば教えてくれないかな。それから、あなたの名前も」 「よくぞ聞いてくれました。アタシは『サリーちゃん』!」 「万引きグループのくせに、随分と間抜けな名前ね」 「万引きグループじゃないもん!」 「でも、その人は万引きしてたらしいよ」 「嘘だ!」 「でもね、証拠の写真もあるんだよ」 「まさかぁ……って、ホントだ!」 「魔界通販グッズがなくなったからって、何も交換せずにパクっちゃダメでしょー!」 「なんだか、万引きしたヤツが責められてるみたい」 「魔族さんも反省したりするんですね。これは意外です」 「まともな人達だったんだ」 「お姉さま、騙されてはいけません! いくら反省してるからって魔族ですよ!」 「美味しいもの食べ隊の名声に傷をつけちゃダメだかんね! 食べ物が欲しいなら、ちゃーんと物々交換しなくちゃ」 「物々交換って……お金払ってないじゃん!」 「……所詮は魔族ね」 「あのね、サリーちゃん。お金を払わない食べ物を手に入れたら、それはやっぱり万引きと変わらないんだよ」 「お金ってなに?」 「魔界って物々交換なんだ……」 「雑魚達は、滅多にこっちにこられないから、貨幣経済ってものがわかってないんだぜ」 「むきー。雑魚じゃないもん! アタシはオヤビンの一の部下! その名も名高いサリー・ド・ゼノサイド・(以下略)!」 「こんな立派な名前の雑魚なんていないよ!」 「立派というより長いよ!」 「人の名前をけなすな! 折角フルネーム言ったのに、怒った!」 「わわっ、非を認めてたくせに逆ギレ!」 「これがいわゆる逆鱗に触れたというヤツですね」 「ロロットちゃん。なんとなくだけど、用法が間違ってるよ」 「いつものことなのに、きちんと注意してあげるなんて……お姉さま立派です」 「なにぃっ!? もしかしてアンタら、モチモチが言ってた『セートカイ』! あの極悪暴力破廉恥集団!?」 「生徒会だけど極悪暴力集団じゃないぞ! 破廉恥なんて言いがかり!」 「破廉恥なのは咲良クンだけよ」 「それも言いがかりだっ」 「あれはいじめたわけじゃなくて、その子が――」 「あの時の食い逃げかっ。今度は逃がさないからね」 「それはこっちのセリフ! ぎたんぎたんのぼこぼこにしちゃうからね!」 「こっちも負けないぞ!」 「お嬢さま、このリースリング遠山、加勢いたします」 「じいやありがとう!」 「で、でも、素人が参加できるものでは」 「いや、この人、どう見ても素人じゃないから……」 「きゅぅぅぅ〜〜、負けちゃったよぉ……」 「ふぅ。なんとか勝った……」 「私達には正義があるんだから当たり前よ」 「なにが正義だ! そっちがずるさえしなければ勝てたのに……」 「聞き捨てならないわ! 私達は公明正大よ」 「人間のくせに変身したじゃん! ずるいずるいずるいっ」 「私は天使ですから、ずるくありません」 「そういう問題かなあ……?」 「あわわ。私は天使じゃありませんよ。天使のようにかわいいという比喩です。単なる比喩ですから気にしないでください」 「みんな優しいから言わなくても平気だぜ」 「哀れみの目で見ないでください」 「なぜ消滅させない」 「あ、アゼルさんっ? いつからそこに?」 「気配……しなかった……」 「気が抜けてたからじゃん?」 「消滅って……サリーちゃん達を消すってこと?」 「食い逃げでそこまで!?」 「そうよね……いくら魔族でも、これくらいで消すのは……」 「今回は、一応悪いことだと判ってたみたいだし」 「思いっきり、ボコボコにしちゃったから、これで許してあげるってのはどうかな?」 「『ぽんぽこ』から持ち出したのはこれで全部?」 「それで全部だよ。こいつも反省してるし、今回は許して、お願いっ」 「これからは食い逃げとかしちゃダメだよ」 「食い逃げって?」 「うわ。根本的」 「な、なにを今さらとぼけて! 反省の色がない!」 「いや、これは……本当に判ってないっぽい」 「文化のギャップって大きいね」 「魔界にはガイドブックがないのでしょう。哀れですね〜」 「馬鹿にするなぁ。『人間界の歩き方』ってベストセラーならあるぞぅ!」 「なんか迷いそう」 「あれ、アゼルは?」 「いないよ……」 「ホント、謎の転校生だぜ」 「もうしないよー。だから許して!」 「まぁ、そういうなら……」 「約束だよ。二度としちゃだめだよ」 「しないしない」 「でさ、お金って食べられるの?」 「……うーん。硬貨は無理だけど、お札なら食べられるかもしれない」 「魔族にまで真摯に答えるとは、なんてお優しいお姉さま……♡」 「判ってもらうまでの道は遠そうだね……」 「まあ、初めて話が通じたわけだし、ゆっくりやっていこうよ」 「今日も、頑張った!」 「っていうか、頑張んないと前に進まないし。あー肩こった」 「骨折り損のくたびれもうけと言うわけですね」 「あなた方は消極的すぎるわよ!!」 「いい? 私達は生徒全員の民主的意志決定の結果として、彼らを善導するべく選ばれたんだから、刻苦勉励するのは崇高な義務」 「聖沙ちゃん、そんなに固く考える必要ないよ。できることを一生懸命やればそれでいいんだよ」 「そ、そうですね」 「いい言葉だなぁ」 「おっぱいが大きいだけあって、先輩さんは言うことも立派です」 特定の箇所に、なんとなく集まるみんなの視線。 「話の内容と、む、胸は関係ないぞ〜っ! 事件は現場で起きているんだ!」 「そ、そうだよそうだよ」 「いや、おっぱいが大きいのは大切だぜ」 「え、ええっと、あのね、そういうことじゃないと……も、もぉっ」 「くはっ。昇天!」 「みんなして下品が過ぎるわ。胸の大きさに関係なく、お姉さまの言葉は立派なんです」 聖沙は、ちらりと、先輩の胸を見た。 「関係アリと」 「みたいですね」 「え、えっと、その……」 「関係ないんですっ!」 なんだろう、このなんか引っかかる感じは……。 「ん? シンどったの?」 「ええと、ちょっと忘れもの」 「ドージ」 「ふん。こんなにそそっかしくて、役職がつとまると思っているのかしら?」 「ふむふむ。目くそ鼻くそを笑うというヤツですね。この場合、どちらがどちらかと言いますと」 「言わんでいい、言わんで」 「じゃあ、みんな今日はここでさよなら!」 「おー。んじゃ、明日ね」 「シン君。さようなら。また明日ね」 「……さよなら」 「骨は拾ってあげますから」 「って、単に学園に戻るだけだろうが」 どっちだ……? 「魔王様。なんか感じたのか?」 「うん……なんかひっかかる感じ」 「魔族相手に一人はやばいかもだぜ」 「うーん。なんか違う気がするんだ」 「ふぅむ」 こっちか! うーむ。 こっちだな……。 「プールだぜ」 「プールだね……あ……」 「誰か泳いでる……アゼル!」 「謎の転校生だけあって、行動も謎だぜ」 「……ふぅむ。何度見ても小さいぜ」 アゼルは僕らの前で水からあがった。 水に濡れたショートカットがつややかに光っていた。 「ククク……さすがだぜ、魔王様」 「なにがだよ」 「生徒会の女――リアちゃん除く――だけでは飽き足らず、更に触手を拡げるべく品定めとは。英雄色を好むとはこ――」 「吐血!」 「だ、誰だ!?」 僕は、さっとパッキーを隠し。 「誰だと言われれば……生徒会長、咲良シンだ!」 「……お前か」 「あー、おほん。あのね。プールは勝手に使っちゃいけないんだよ。転校生だから知らなかったんだろうと思うけど」 「見たな」 「い、いや別に見てないよ! 着替えとかそういうのは!」 「うん。だから見てない。見てないって」 「誰にも言うな」 「言わないよ。誰にでも間違いはあるからさ」 「誰にも言うな!」 「うん。誰にも言わない二人だけの秘密だ」 「なぜ……」 「え……なに?」 「言えば、殺す。噂が流れても、殺す」 行っちゃった……。 「言うな!」 「言わないよ!」 今度こそ行っちゃった……。 じゃなくて! 「勝手にプールに入っちゃだめなんだよ!」 聞こえたかな? 「魔王様、隠してくれてありがとうだぜ」 「いや、パッキーってアゼルと顔会わせるの嫌がってるみたいだったし、でも、なぜ、なの」 「あいつは……」 「いや、まぁ、なんとなく会いたくないだけだぜ。でも、大賢者の予感は良く当たるんだぜ。血液型占い並にな」 「全然あてにならないんだね」 「……それにしても」 「ククク……さすが、魔王様。咄嗟に二人だけの秘密だなんて、思わせぶりな言葉がいとも簡単に出てきやがる」 「そんなこと言うやつは、こうだっ」 「NOOOOOOO」 それにしても……不思議な娘だな。 この前と同じ違和感……。 「もしかして……また忘れもの?」 「そ、そう、そうそう!」 「シン君……もしかして生徒会の仕事を家にまで持ち込んでいて睡眠時間が足りないとかじゃないよね? 無理しちゃ駄目だゾ」 「大丈夫ですよ。無理なんかしてません」 「先輩。咲良クンがそのように健全なはずがありません! 単なる不注意か――」 「若年性健忘症?」 「そんなわけないだろ!」 「アルツハイマーですね」 「もっとひどい」 「じゃあ、シン。10年前の約束覚えてる?」 「10年前……」 「忘れちゃったの……?」 う……こっ、これは石にかじりついてでも思い出さねば! 「ちょ、ちょっと待って! 今すぐ思い出すから!」 「そんなこと言って……全然覚えていないんだ……シンは軽い気持ちだったんだろうからしょうがないけど……」 「タイム! 頭のこの辺まで浮かんでる感じなんだ!」 「思い出す必要はありません!」 「なぜ?」 「それはズバリ、結婚のお約束ですね!」 「そ、そうだったのかっ」 「そうだよね。ふたりは幼馴染みだものね。それくらい当然だよね」 「人間の幼馴染みというものは、若気のいたりでそういうお約束を安易にしてしまうものなのだそうです」 「考え無しの咲良クンなら、約束してそうね」 「ごめんナナカ! 僕は全然覚えて無くて……」 「あ、あー、あの、その、そんな真剣に謝られても」 「そうですよ。若気のいったりきたりはよくあることですから」 「あー、その、っていうかね。そんな約束してないから」 「ええっ!? 会長さんも会計さんも幼馴染み失格です」 「失格とはなによ失格とは! あのね、幼馴染みだからって誰でもが結婚の約束とかするってワケじゃないの!」 「そうだよ、ロロットちゃん。幼馴染みがさ。男の子同士や女の子同士だったら、そんな約束できないでしょう?」 「そ、そんな! できないのですか!」 「いや、まぁ、小さい子の約束だから、そういう組み合わせもあるかも……そういう趣味や嗜好の人もいるし」 「って何の話だっけ?」 「え、ええと。とにかく。そんなわけで今日はさよなら!」 「なにがそんなワケなんだか……ま、いいか。んじゃ、明日ね」 「シン君、バイバイ。また明日ね」 「君の尊い犠牲は忘れない! で、いいんですよね?」 「ええと……なんと言っていいものやら」 「この前と同じかよ」 「だと思う」 「きっと、また転校生だぜ。やれやれ」 「アゼル……か……」 「魔王様よ、こいつは結界だぜ」 「結界?」 「結界の力を魔王様は感じてんだぜ」 「アゼルが……? まさか……」 「さぁな。ま、こんくらいの弱いのなら人間だって張れるぜ」 「結界ってのは、厳密なルールに則って作れば、作った本人に特別な力が無くても発動するもんだからな」 「そうだったのか〜」 「問題は、何の為に結界を張っているか、だ」 でも、結界……なんでアゼルが? 「ぺったんこだぜ」 「な、なにが?」 「おっぱいに決まってるぜ。背泳ぎだからよくわかるぜ」 「アビスッ!」 「誰だ!」 「ええと……生徒会長?」 「また……お前か」 「プールを勝手に使っちゃいけないってことは、覚えてる?」 「この前、言ったじゃないか」 「別に使っちゃいけないって言ってるわけじゃないんだ。泳ぐならちゃんと許可を取って……アレ?」 「どうしてアゼル一人がここに?」 「……知らん」 休みなのかな? もしかして……結界の力? 謎の転校生ってパッキーが言ってたけど。本当にアゼルは謎だ。 でも、今、正面から聞いたって答えてはくれないだろう。 「泳ぐの好きなの?」 「泳ぎたいならさ。部活に入ってみるっていうのはどうかな? そうすれば、こんな風にこっそり泳ぐ必要もなくなると思うよ」 「いや、でも、プールを勝手に使うのは――」 「部活とはなんだ」 「知らないの?」 「ええと、部活っていうのは、みんながそれぞれ、自分が好きなことを、学園の仲間達と学内の施設を使用してすることを言うんだよ……かな」 「そんなことを言うなら、今、アゼルが泳いでいたことだって無駄だと思うけど」 「無駄か?」 「学園の規則はとりあえずおいておいて……アゼルが無駄と思っていなければ無駄じゃないと思うよ」 「そうなの? でも、アゼル楽しそうだったよ」 「……無駄だ」 「あのさ。無理に無駄だってことにしようとしてない?」 「そんなことはない」 「あのさ。TVとか新聞とか見てると、遊びとかはみんな無駄だって、言いたがる人っていっぱいいるよ。実際」 「だけど、そういう人達だって自分が無駄じゃないと思う物は平気で無駄じゃないって言うんだ。ためになるって言うんだ」 「あと、勉強になるからしてるとか言い訳したり……そういうのってカッコ悪いと思うんだ」 「なにが言いたい?」 「なんで楽しいこと……しかも自分が好きなことを無駄って言うのか、僕には判らない」 「確かにさ、他の人のためにはならなかったり、迷惑なことだってあるかもしれないよ」 「でもさ、それでも、本人が楽しいなら無駄とは言い切れないんじゃないかな……度を越していたらそれは確かに困るけど」 「だから言うな」 「言わないよ。でも、プールを使うときは許可を貰ってね」 「だから言わないって、もしかして、許可の取り方が判らないの? なら僕が代わりに――」 「なぜ、お前は――」 「言うなよ」 「何度も言ってるけど、勝手にプールに入っちゃダメなんだよ!」 「ダメなんだよぉぉぉぉ!」 シーン。 「黙れ」 あっと言う間に着替えたらしい。 「聞こえてたなら、返事をしてよ」 「見つからないようにする」 「見つからなければいいのだろう?」 「でも、僕が見つけちゃったぞ!」 「なぜ、お前だけが気づいた?」 もしかして、僕が魔王だから? 「次からは見つからないようにする」 「それじゃダメだって!」 無視して行っちゃった……。 「ククク……さすがだぜ、魔王様。生徒会の女ども(リアちゃん除く)には飽きたらず、新たな女にコナをかけるとは、英雄色をこの――」 アゼルが……なんで結界の張り方なんて知ってるんだろう。 「はい、ナナカさん。これチェックして」 「だぁぁぁっっ。どうしてこんなに書類が多いかな! これはきっと悪の秘密結社ぶぶづけの陰謀に違いなーい!」 「確かに去年よりは多いけど。今年は規模が大きくなったから仕方ないよ」 「なんか目がしょぼしょぼしてきた……だが、これも、みんなが楽しめるキラフェスのため、頑張るぞ」 「これからますます大変になるのに、今から気合いをいれてるようじゃ駄目ね」 「はい。この目薬効くよ♪」 「ふぅ。さわやか〜」 「……お、お姉さま。私も目が疲れてきたような気がするんですけれど……」 「はい、どうぞ♪」 「ああ、お姉さまの目薬……効きます……はぁぁ……♡」 「なんか俺様も目が疲れてきたぜ」 「いいけど、どこにさせばいいのかな?」 「まずはリアちゃんに膝枕してもらい――」 「マナスっ!?」 「馬鹿は放っておいて……はぁ、頑張るか。ロロちゃんですら黙々と作業してるんだ――」 確かにロロットは目までつぶって静かに作業を……。 「くぅ……すぅ……くしゅう……」 「寝てるし!」 「ハッ!?」 「だ、誰ですか生徒会の仕事中に寝ている不敵な輩は!」 「アンタでしょうが」 「まぁまぁ。しょうがないよ。ロロットちゃんだって疲れているんだよ」 「ええ。だからといって、日頃のお勉強は欠かせないのです」 「そっか、それは大変だ」 「昨夜はトマト団の団長が出て来たんですよ。これは見逃すわけにはいきませんから!」 「それって……テレビ?」 「人間界のお勉強なのですっ!」 「深夜ドラマは録画しとけ!」 「はぁ……猫の手も借りたいというのに……」 「イーッ!」 「お、おかえり〜」 「はい。ありがとう」 僕は、二人にポケットにいれておいたイチゴキャンディーを渡した。 「あー、いいなー、アタシも欲しい!」 「これは手伝ってくれたお礼だからダメー」 「って、咲良クン! 魔族となに談合してるのよ!?」 「ヘレナさんの決済が必要な書類を、理事長室へ届けてもらったんだよ」 「あ。じゃあこれも決済が必要だから。よろしく」 「オッケー。今度はこれお願い」 書類を受け取ると、窓から飛び立って消えた。 「……なんだかあの子達、ロロットさんより勤勉みたいね」 「聞き捨てならない発言ですね。私だって勤勉ですよ。さっきのだって眠っていたのではなくて、単に目をつぶって精神を集中していただけです」 「寝息までたててたくせに」 「……まぁ、してくれるだけマシね。サリーさんなんて何もしようとしないし」 「なんて失礼な!? アタシはモチモチより仕事してるぞ!」 「モチモチって……働いてる子のどっち?」 「あのロッカーの上で寝てるヤツ。アタシは少なくとも起きてるもんね。さっき寝てた天使よりまし」 「オマケさん。重要なのはどれだけの仕事量をこなしたか、です。寝ているとか起きているとかはこの際、問題じゃないんです」 「いや、それも充分問題でしょ」 「でも、サリーさんが何にもしていないのは確かね」 「サリーちゃんは生徒会の役員じゃないんだし、最初から期待しちゃあ……ねえ?」 「期待くらいしてくれてもいいじゃん!」 「でも、どうせ何も出来ないんですよね?」 「くぅ、屈辱!」 「だけど、そのうち、オヤビンがなんとかしてくれる!」 「オヤビン?」 「あわわ、なんでもないっ」 「とにかく、アタシは知的労働者だもん。それにふさわしい労働ならいくらでもしたげる!」 「知的労働の意味判ってるの?」 「馬鹿にすんなっ。知的労働は知的労働だいっ。椅子に座ってぼーっとしてること」 「それ労働って言わない」 「無理を押し通して言うなら、『痴的労働』だぜ」 「アタシはインテリだから。耳の穴から脳みそがどぼどぼ溢れちゃってるよ」 「微妙にグロテスクな表現ね……」 「溢れる以前に空っぽでしょうけど」 「むぅっ。アタシは溢れる智恵の泉だよ!」 「まぁ知的でも射的でもなんでもいいや。働いてくれるならさっ」 「あのね。サリーちゃん。頼みたいことがあるんだけど」 「今この瞬間から暇じゃなくなった。ああ、忙しい忙しい」 「どこが!?」 「そうか。残念だなぁ。知的労働得意だって聞いたからだったんだけど」 「してもらえれば、サリーちゃんのことが知的だってみんな納得だったのに……」 「も、もしかしてアタシが知的だって信じてくれてたの!?」 「私もサリーちゃんが知的だって信じてるよ」 「頭を使わなくて済んで、身体も疲れない簡単なことならやってもいい!」 「それってもがもが――」 「まったく、少しは空気を読みなさいよ」 「あのね。アゼルが、授業をさぼって何をしてるか調べて欲しいんだ」 実はずっと気になってた。 アゼルは、近頃ホームルームにも姿を見せなくなった。 今日だってホームルームからまったく姿を見ていない。 「シンってばあの娘のことがそんなに気になるの?」 「だって、ヘレナさんから言われてるし」 「まぁ、そうだけどさ……」 「それに……アゼルにも、もっとキラキラな学園生活を送って欲しいしね」 「私も気になってるんだけど、サボってまで、アゼルさんに付き合うわけにもいかないし……」 「でも、サリーちゃんなら、授業中に外にいたってサボリじゃないもんね」 「ねぇ。お願いできるかな」 「……アゼルって。セートカイが、アタシを汚い手で騙し討ちしたとき、あとから来た子?」 「正々堂々と戦って、数の差で負けたくせに、だまし討ちとはひどい言いがかりですね」 「……君も一言多いよロロット」 「ええっと、アゼルって。いつも1人でいる胸がない子?」 ううっ。なんだか合ってるっぽいけど、『はい』と言いにくい表現だな。 「そうです。あの胸が全然なくて暗い転校生さんです」 「うわぁ。直球」 「でも、外れちゃいないぜ」 「あー、あの子ならパス」 「どうして」 「何のかんの言って、働きたくないだけよ」 「そっ、それもあるけどっ」 「あるんかい」 「信じていたのに裏切られて哀しい……」 「お姉さまをしょんぼりさせるなんて許せないわ!」 「わわっ。あ、あのね。その、それだけじゃないって!」 「なんか、こう、近寄りたくないっていうか。いやーな感じがするんだ。あの子からは。むわーんと」 僕は小声で囁いた。 「そういえばパッキーもアゼルのこと避けてるよね」 「結界とか張ってるから?」 「……かもな」 「どうしてなの」 「なんとなくってだけだぜ」 「随分と苦しい言い訳ね」 「まぁまぁ二人とも。私たちには判らない何かがあるのかもしれないよ? 魔族には近づきにくい体質の持ち主だとか」 「こんな苦しい言い訳まで真面目に受け取るなんて……お姉さまったら、相変わらず心が広いんですもの……素敵♡」 「あくまで例えばだけど……」 「どういうわけか解らないけれども、そりが合わない人たちっているでしょ? 天使と魔族なんてそういう感じだし」 「そうなの!?」 「うーん。少なくとも天使だからじゃないよ。天使なら平気で近寄れるし」 サリーちゃんがいきなりロロットに抱きついた! 「ね、こんな感じに」 「な、なにするんですかぁっ」 ロロットの背中から盛大に羽が飛び出す。 「ああっ。トントロがぁぁぁ!」 割れた貯金箱から、500円玉がぶちまけられて、きらきら。 「あちゃー。大惨事」 「わ〜〜っ、ごめーん!」 「もうっ、ただでさえ忙しいのに!」 「とにかく、拾ってあげないと」 「この丸くてキラキラしたのは、なに?」 「それがお金だよ」 「もしかして、これがあれば牛丼が!」 こ、こんなにいっぱい! いったいいくらなんだ!? もしかしたら一生遊んでくらせるかも。 「それはないぜ」 「平均的な家庭の一ヶ月分にもならないと思う」 「な、なんと……生きてくって凄いことなんだな……」 「こんだけあれば一枚くらいなくなっても……」 「許しません」 「ひぃっ。ね、ネコババなんて、しないってば」 「お金ももちろんですが、トントロのかけらが一枚でも欠けてたら、オマケさんに天罰が下る予定です」 「ひぃっ」 「目が本気だわ……」 「全部そろったら直してあげるから、そんな怖い顔しないでね」 「お願いします〜」 「でもさロロちゃん。あまり言いたくないけど、そろそろ羽しまったら?」 「あわわわわ。は、羽なんてありませんよ!?」 「そうだよね。ないよね。綺麗だけど……」 「そうです。ないんです。見えてるなら目の錯覚です。人間には羽なんてありませんから!」 「全くだぜ」 ううむ……。 アゼルは今日も授業に出てこなかった……。 というか、授業だけじゃなくてホームルームもだけど。 気になる……とっても気になる……。 何かに反抗してるとかだったら、簡単なのかもだけど、そういうわけじゃなさそうだし。 ああ、なんとかしたいなぁ……。彼女にもキラキラドキドキで一杯な学園生活を過ごして欲しい。おせっかいかもだけど。 でも、どうすりゃいいって言うんだろう。授業中はさぼれないし、放課後は生徒会の活動があるからそれどころじゃないし……。 生徒会の会長が1人だけのために、授業をさぼったり、生徒会活動を疎かにするわけにはいかないもんな……。 ヘレナさんにも言われてるから、気に掛けなくちゃいけないとは思うけど……授業中はさぼれないし、放課後は生徒会の活動があるからそれどころじゃないし……。 「ううむ」 「魔王様。トイレに行きたいならこっちじゃないぜ」 「うなってたかもだけど、トイレじゃないよ」 「思春期の悩みか。なら大賢者パッキー様に話してみるがいいぜ」 大賢者。とか言うからかえって信用が……ま、いいか。 「アゼルのことなんだけどさ」 「なんだ思春期とは関係ねぇのか。で、謎の転校生がどうかしたか?」 「アゼルって授業にも出ないし、友達も出来る様子がないじゃない?」 「でも、ありゃ、自業自得ってもんだぜ」 「そうかもだけど、このままにしておくわけにはいかないよ」 「放っといてもいいんじゃないかと思うぜ」 「そういうわけにはいかないよ」 「でも学園当局が何も問題視してないってことは、あいつが授業に出ようが出まいがどうでもいいって思ってるってことだぜ」 「でも、ヘレナさんは気に掛けろって……」 「今、生徒会忙しいんだから、転校生に人員さけるわけないだろ」 「キラフェス終わったら気に掛ければいいと思うぜ」 なんとなくだけど、それじゃあ遅い気がするんだよな……。 「だからさ。サリーちゃんに頼んで、アゼルが授業サボって何をしているか、探ってもらおうかと思ってるんだけど」 「……引き受けてもらえないと思うぜ」 「魔王様は気づいてないのかもしれないけどな。あのサリーっていうペタンコは、謎の転校生を避けてるぜ。間違いなく」 そう言われてみれば、そうかも……。あんなに人懐っこいのに、アゼルにじゃれてるところは見たことないからな。 「『おはよう生徒会長君』」 「『君を呼んだのは他でもない』」 廊下で会っただけだけど。 「『シャロ=マ公国からの留学生アゼルを捜し出してくれたまえ』」 「あの、僕には生徒会活動が――」 「『諸君の健闘を祈る。なおこのテープは30秒後に自動消滅する』」 「そろそろテープってメディアはやめませんか?」 「テープじゃなくっちゃ駄目なのよ」 「年寄りだからだぜ」 「あら。あなたに比べればぜーんぜん若いわよ」 「あの、それって……」 「どっかーん!」 「きゅ、急になんですか!?」 「30秒経ったから」 「ああなるほど。でも、なぜ僕なんですか?」 「たまたまここにいたから、じゃなくて。アゼルちゃんとシンちゃんって、ちょっとだけ親しいじゃない」 「僕がアゼルと?」 「そうよ。競馬でいうなら半馬身はリードしてるわ」 「錯覚です。アゼルは僕のことなんて相手にしてないですよ」 「つれなくふるまうのは気にしてるからよ」 「いったい何年前のラブコメですか」 「王道はいつでも美しいものなのよ」 「でもね。シンちゃんじゃなくちゃ駄目。これには確固とした根拠があるわ」 「それはなんですか」 「女の勘よ」 「うわ。根拠レスだ」 「『咲良シン君。君がこの件を担当するのは決定事項だ』」 「『判りましたボス。不肖この咲良シン、全身全霊をもってこの件に当たらせていただきます』」 「『うむ。期待している。なお、任務が失敗した場合君の身柄に関して、当局は関知しないからそのつもりで』」 「って勝手に会話を進めないでください」 「ノリが悪いわね」 「僕だってアゼルのことが気にならないわけじゃないですよ。でも、さっき言いましたが、生徒会長がサボったりするってのは……」 「大丈夫」 「HEY カモン!」 ヘレナさんが指をぱちんと鳴らすと。 「なんでしょうBOSS」 「うむ。教えたとおりの登場の仕方で満足よ」 「カイチョーがごねるから、換気口からなかなか出られなかったよ。あそこって狭いんだから!」 「僕のせいかっ」 「では例のブツを」 「へい。大オヤビン……じゃなくてBOSSボス」 「『コピペロボくん』」 「なんですかこれ?」 小さなマネキンにしか見えないんですが。 「魔界通販で手に入れたこのお宝を使えば、サボタージュもエスケイプも自由自在!」 「この賢いコピペロボくんがあなたの代わりに全部やってくれるのだ」 「あのー、全く似ていないんですが」 「この鼻の部分のボタンを押せば、あら不思議、押した人とそっくりに」 どうせやらされるハメになるのなら。 「……じゃあ、ポチッとな」 確かにマネキンではなくなったけど。 「うわぁ。カイチョーそっくり!」 「どこが!? 目の下に繋ぎ目とかあるし! 鋲が見えてるし! 頭にプロペラみたいなものがついてるし!」 「そっくりね。これなら大丈夫」 「昔のアニメのロボットっぽいダサカッコ良さが、なんともいい味ね。まさにレトロフューチャー」 「やっぱりそれって似てないって事では!?」 「あとはこのネジでゼンマイを巻いてやればおっけー」 「ゼンマイって……」 「ゼンマイとはまたエコロジーね」 「頭のねじをキリキリ巻けば、目覚めるよ」 「プロペラじゃなくてネジだったのか!?」 「じゃ、さっそくキリキリっと回して」 「さぁ、起動せよジャイアントシン! 今こそその力を見せるのだ!」 ジャイアントシン? 「ま゛」 「完璧ね」 「ここまで似てるとはびっくりだ」 「大丈夫。手は打ってあるから。生徒会のみんなに怪しまれるかもしれないけど、ばれることはないわ」 「なんですかその微妙な言い回しは!」 「というわけで、心おきなく任務を遂行してきたまえ」 「滅茶苦茶心配なんですが」 「これ以上ごねられたら、ヘレナなにしちゃうか判らない! シンちゃんの身になにが起きるか想像もつかないわ! うーん。わくわくしちゃう」 「シン様。諦めた方がいいと思うぜ。相手が悪いぜ」 「……闇雲に捜してもアゼルが見つかるとは思えませんが」 「最新の情報によれば、アゼルちゃんはフィーニスの塔付近にいるはずよ」 「どこからの情報ですか?」 「勿論。女の勘よ」 アゼルはアゼルは……。 「いないなぁ」 「女の勘なんて、あてにならないぜ」 「でも、来るまでに移動しちゃったのかも」 「魔王様は前向きだぜ」 「で、なんでこっちへ行くんだ?」 「前、アゼルを教会で見かけたことがあったから」 「いたぜ」 「やっぱり、教会へ向かってるみたいだね」 「あんな所、何が面白いんだかわからんぜ」 「大賢者ならああいう場所にも縁がありそうだけど」 「大賢者だからこそだぜ。俺様の人生を掛けて言わせてもらうが、神は、俺様達のことなんて気にしちゃいないぜ」 「そんなこと判らないじゃないか」 「まぁな。それこそ神のみぞ知るだけどよ」 誰もいない教会。アゼルは最前列に座っていた。 「やぁアゼル。奇遇だね」 「……また、お前か」 「隣いいかな」 「あのさ」 「アゼルはどうしてここに来るの?」 「ここには誰もいないんじゃないの?」 「……静かだから」 「確かに、静かだね」 「それに、静かな場所で、1人になりたくなることってあるよね」 「だからって、授業をサボったりしてまでそうしちゃまずいと思うんだよ」 「それにさ。1人になりたくなるって言うのは、色々な人と付き合ってく中で、ふと、そういう気持ちになる時があるってことでさ」 「最初からずっと1人なのとは違うと思うんだ」 「アゼルはいつも1人じゃないか」 「……うるさくなった」 音もなくアゼルは立ち上がった。 「アゼルは……人が嫌いなの?」 無言のまま遠ざかる足音。 「それならなんで、この学園に通ってるの?」 アゼルは授業に出ていない。HRにだってあまり顔を見せない。でも、いつも学園には来ている。 答えは何もなく、足音は教会から出て行った。 どこにいるんだ? 「いい加減に諦めた方がいいと思うぜ」 そうなのかもしれない。だけど。 「あ!」 「アゼル!」 「そういえばさ。図書館の利用方法は、まだ教えてなかったよね」 「それにさ。図書館ならいつでも静かだよ」 「……うるさい」 「大丈夫。図書館ではどんな人も騒げないから。怖い人がいるからね」 静まりかえった図書館の中に、メリロットさんの声だけが響く。 「以上が貸し出し方法です。覚えて戴けましたか?」 「それとも、もう一度最初から説明いたしましょうか?」 無言の圧力がメリロットさんから加えられる。 「返事したほうがいいよ」 僕が忠告したら、口をいっそう、ぎゅっとつぐんだみたいだ。 「では、もう一度最初から説明いたしましょう」 「最初から説明いたします。まず――」 「使わないから、いい」 「使う使わないは関係ありません。覚えて戴けましたか?」 細い腕がすっと伸びると、手がアゼルの肩に置かれた。 「な、なにを……」 アゼルは振りほどこうとしたが、ほそい指のどこにそんな力があるのか、逃げられないようだ。 っていうか、僕もやられたから知ってるけど、あれって指の痕がつくんだよな。 「覚えて戴けましたか?」 「……お、覚えた」 「嘘をついていらっしゃいますね」 「では、最初から説明いたします。まず、この図書カードに借りる本の書名を書きます」 「……覚えてる」 アゼルがいかにも面倒くさげに答えると、メリロットさんは、笑いもせず。 「このカードは、借りる本の書名を書き込むものです」 「では、最初から説明いたします。まず、この図書カードにあなたが借りたいと希望する本の書名を書きます」 「ここまでは理解出来ましたね」 「では、最初から説明いたします。まず――」 「り、理解した!」 「借りる時、まず、図書カードに借りたい本の書名を書く」 「そこまで理解していただけて、うれしうございます。では続きを……その前に」 メリロットさんの目が僕を捕らえた。 「咲良シン君。あなたは生徒会長ではありませんでしたか?」 「そ、そうですけど」 「チャリティバザー開催まで後僅か。生徒会は忙しい筈です。それなのになぜ、ここにいらっしゃるのですか?」 「えっと、それは……」 「丁度、人手を必要としていた所でした。手伝って戴けますね?」 右手でアゼルの肩を掴んだまま、左手の人差し指が指し示す。 「その移動書架に、書架に戻すべき書籍があります。分類に従って戻していただけますね?」 「あの……ぱっと見て、100冊以上ありそうなんですけど」 「安心なさってください。98冊ですから」 「……了解しました」 「ありがとうございます。では、アゼルさん。貸し出し方法のレクチャーを再開したいと思いますが、よろしいですか?」 「しなくていい」 メリロットさんの目は、カエルを睨むヘビのようだった。 「再開してよろしいですか?」 「……よ、よろしいです」 「ちなみに、そういう時は、『はい』と答えるのがふさわしいと思います。では、再開させて戴きます」 アゼルがまるで救いを求めるように辺りを見て。 僕と一瞬だけ目があったけど、すぐ目をそらした。 ええと……この本は政治経済で、この番号だから……ここか。 「メリロットって女。ただものじゃねぇぜ」 「確かにそうだね。あのアゼルを圧倒してるんだから」 「いや、きっと、魔王様が思ってるのとは……」 「いや、なんでもないぜ。おっと、その本は、こっちだぜ」 「あ、本当だ」 「よいしょっと……」 さて、次の本はと……。 「無駄な苦労だ」 小声なのは、メリロットさんの怖さが染みこんだからかもしれない。 「アゼル。説明終わったんだ。御苦労様」 アゼルは僕の顔をちらっと見ると、すぐ顔をそむけ。 「書籍が一杯あるからいけない」 僕は作業の手を休めずに答えた。 「必要がないことばかり書いてある」 「そうかな……僕はそんなに読むわけじゃないけど、いっぱいあっていいと思うな」 「いっぱいあれば、僕にあった本がそれだけある可能性が増えるからね」 「精度が高い情報なら、レポートで充分だ。空想なら必要ない」 「役に立たないってこと?」 「じゃあ、図書館もいらないね」 「一冊で充分」 「そうすれば借りる手続きを覚えなくてもいいってわけだ」 メリロットさんのレクチャーはよほど堪えたらしいな。 「他のは無駄ってこと?」 「だから。お前の今の苦労は無駄だ」 「その一冊って言うのは、どんな本なの?」 「神の言葉が書いてある本だ」 「それだけが真実で、だから必要ってこと?」 「でも、そんな本があったとしてさ。それがどうして神の言葉だって判るの? 誰かがでっちあげたのかもしれないじゃん」 僕が数冊の本を書架に戻しているあいだ、アゼルは黙っていたが。 「それは……遥か昔から伝わる本だからだ」 「だからっていって、その本が真実とは限らないじゃないか」 「……神を疑うのか」 「それが神様の言葉かどうか判らないって言ってるだけだよ」 「そんなことはない!」 突然の大声。 僕は、くちびるに指をあてて。 「シー。静かに」 「あ、ああ……」 「どうしてそんなことないって言えるの?」 アゼルはひとつ大きく息を吸うと、再び小声で。 「……神の言葉を捏造するなどという涜神行為を、我が〈同胞〉《はらから》はする筈が無いからだ」 「そっか。アゼルの故郷には、そういう本があるんだ」 「誰でもが一冊ずつ持っている」 「だとしても、神様の言葉を聞いて本に書いた人が、神様の言葉の意味をちゃんと理解したかは判らないんじゃないか」 「神の言葉だ。誰でもが間違いなく理解出来る方法で伝えられた筈だ」 「神様の言葉だから?」 「でも、神様だって嘘をつくかもしれない。謎かけだってするかもだし。なぞなぞだって出すかもしれない」 「どうして神がそんなことをする!?」 またも大声。 「だから静かにっ」 「だ、だって、お前が変なことばかり……言うからだ……」 「どうしてって……うーん」 「相手が神様だけに、僕なんかじゃ判るはずがない」 「……判らないなら。言うな」 そういえば天川のおじさんが言ってたっけ。宗教と政治の話は持ち出さないほうがいいって。 でも、ちょっと変な内容の会話かもだけど、アゼルとこんなに話が出来たのは良かったかも。 「まぁ、アゼルは不満かもしれないけど、この国には一杯本があるんだよ」 「でも、アゼル的観点からしても、図書館は結構いいと思うよ」 「……どうして?」 「ここなら教会と違って、書棚の奥に入れば、入り口から見られることもないし、隠れる場所もいっぱいあるしね」 「……困るだろう」 「お前が、私を捜すのが難しくなる」 「捜して見つけ出して欲しいの?」 「……そういうわけではない」 「そりゃそうだよね」 アゼルは移動書架をじっと見ていた。 まだ書架に戻していない最後の一冊だった。 「興味あるの?」 「へぇ、そうなのか、興味ないのか」 僕は移動書架から、その本を抜いた。 フルカラーの分厚い写真集だった。 「山の景色の写真集か。へぇ……」 綺麗だなこれ。 アゼルが僕の後ろから覗き込んでくる。 きっと、何か言ったら、すぐ目をそらしてしまうだろう。 だから僕は何も言わずに、ゆっくりと写真集をめくっていく。 『山々の刹那』という写真集は、四季それぞれのアルプスを一年を通じて撮り続けたものだった。 夕陽に染まる高原。冠雪した峰々。 夜の。朝の。 夏の。秋の。冬の。春の。 四季うつろいの宝石が閉じ込められている写真集。 最後のページを閉じると同時に、アゼルは小さな溜息をついた。 「さて、これも書架に戻さなくちゃね」 僕は立ち上がると、小さな移動書架を押して、写真集のコーナーへ移動し始める。 「……写真集とはなんだ?」 「色々な風景や人なんかを撮って、その中から、テーマとかにそって、厳選した写真を集めたものだよ」 「写真……?」 「写真知らないの?」 まさか。 「……知ってる。当たり前だ」 僕は、それ以上、追求しなかった。 「……ここだな」 写真集のコーナーの、この本とぴったりの隙間に、戻してやる。 「さて、これでようやくおしまい、と。書架をカウンターに返してこなくっちゃな」 「早く行け」 僕は、笑いを必死にこらえつつ、その場から立ち去った。 きっとアゼルは、僕がいなくなったら、すぐ、この写真集を借りるんだろう。 「わあ! なんだい、いきなり」 「『のんきに逢い引きしやがって』とか言ってるぜ」 「いや、別に逢い引きとかじゃないから……何かあったの?」 「なにやら、変わり身が活動限界だってよ」 「な、なんだって!?」 「とりあえずこれを上から着て!」 「は、白衣!? マスク!? サングラスまで!?」 「時間がないわ!」 「やぁ、諸君!」 「お、お姉ちゃん! シン君が大変なことに! いくらお姉ちゃんから、今日のシン君にはツッコミ禁止って言われても、これ以上は!」 手は打っておいたって……突っ込むなって言っといただけ!? 「あまりにペース早く作業をしていると思ったら、おかしくなっちゃって!」 って……壊れるまでは僕より有能だったってことか!? 「能力以上にはりきるから……やっぱり咲良クンに会長は無理なのね」 「つまりこれは、役不足ってことですね」 「ああ、突っ込みたいけど、そんな場合じゃない!」 「ま゛ ま゛ ま゛ ま゛」 うわうわっ。目が点滅している! 「シン、しっかり! しっかり!」 「うわっ。そんなにゆすっちゃだめだよっ」 「あ、あっちぃ。シンの身体が凄い温度に!」 「会長がなんらかの事情で活動できない場合は、副会長がその権限を」 「人というのは、どんな時にでも、権力を欲しがるものですね」 「きゃぁぁっっ。シン君の口から煙が!」 「ま゛ ま゛ ま゛ ま゛ ま゛ ま゛ ま゛ ま゛」 「ふふふ。女の勘に従って駆けつけてみれば私の出番ね! リア、みんなを避難させなさい! ここは私がなんとかするわ!」 「で、でも!」 「『ここは不可能を可能にする。俺に任せろ』」 「う、うん。お姉ちゃん信じてる! みんな待避して」 ヘレナさんは、もうもうと吹き上がる白煙の中にすっくと立ち、親指をぐっと立て。笑った。 「シンを助けてください!」 「可愛い女の子の頼みは、聞くことにしてるのさっ」 「ナナカちゃん!」 「シンっ! シンっ!」 「あとはお姉ちゃんに任せて、行こうみんな!」 ほ……みんな待避した。 「サリーちゃん! この音はなに!?」 「え、ええと……自爆装置が起動してる音らしいよ」 「なんでそんなものが!?」 「当たり前じゃん。ロボットに自爆装置はつきものだよ」 「活動限界と共に自爆する……納得ね」 「納得できません! ってどうするんですか!?」 「こうするのよ!」 「あちょー! とぅ! たぁっ! もいっちょ、とうっ!」 「うわぁぁぁっっ。なんて無茶な!」 「あ、止まった」 「うそっ……」 「首が取れて、自爆装置につながる部分が外れたのかも」 「さぁて、シンちゃんは、ここでコピーと入れ替わるから変装を脱いで」 「サリーちゃんは、お仲間と一緒に、その壊れたロボットを……取りあえず理事長室まで運んで!」 「オーケー。BOSS」 きびきびと指示を下すヘレナさんは、なんかカッコよかった。 僕は白衣とサングラスを脱ぎながら尋ねた。 「どう言い訳するべきですかね」 「そうね……サリーちゃんの魔界通販で、変なものを注文して食べたから。でいいんじゃない?」 「あー、そんなら『アタマヨクナーレ』っていうお菓子があるよ。副作用がすごくて、10年くらい前に廃止になってるけど」 「それね」 「いかにも駄目そうなネーミングですね」 「そういえば、ヘレナさん、どうして止め方が判ったんですか」 「電気製品がおかしくなったら叩くでしょう。普通」 「そうだったんだー。でも、でんきせいひんってなに?」 「あのロボットって電気製品じゃないの?」 「ゼンマイだよ」 「あー、そういえばそうだったわね。忘れてた」 カッコいいは訂正。偶然だ。単なる偶然だ。 「シンちゃん。単なる偶然だって思ってるんじゃない?」 「他になんだって言うんですか……」 「女の勘よ!」 はぁ……。 今日は商店街の人達との打ち合わせ。 「打ち合わせうまくいくかな」 「今さらなにびびってるかな。みんな顔見知りだし、うまくいかない理由がないでしょ?」 「そりゃそうか」 タメさんあたりだって、助け船出してくれるかもしれないしね。 「ま、何かあったら、この流星商店街小町に任せなさい!」 「流星小町じゃないあたり、微妙に効果範囲が狭いぜ」 「そういうアンタは微妙に失礼だな」 「これこれ喧嘩はいかんぞ。あれ……?」 「どったのシン?」 アゼルが洋服屋の前で行ったり来たりしてるの発見。 「へぇ。あの子もああいうことするんだ」 「ああいうことって?」 「決まってるでしょ」 「決まってるぜ」 「うう……僕だけ判らない……」 「あの服いいなぁかわいいなぁ、でも高いなぁ、でも試着だけでも……試着したからって今買わなくちゃいけないってわけじゃないし……」 「でも、今買わなかったら誰かが買っちゃうかも、でも、でも、高いし……ううううううう」 「てな具合に悩んでるんだぜ」 「でも、そうやって真剣に悩むのも楽しみのうちなのさ。乙女の買い物は時間がかかるって覚えときなっ」 「そうだったのかっ。ナナカは、どんな時にもズバッと決断してサックリ買っちゃうイメージだけど……」 「ってことはよ。ソバは女じゃないってことだぜ」 「なんだとぉ。アタシだって服を買おうか買うまいか悩むことくらいあるやい!」 「ケーキに全財産を投資しているのかと思ってた」 「金はスウィーツに化けて、服買う金なんかないんだろ? 見栄張るのはみっともないぜ」 「むきぃ。このパンダめ!」 「スパムッ!」 そっか。アゼルもそういうのを楽しむのか。 だとすると、声掛けるのも悪いなぁ。 「おっと。早く行かないと打ち合わせの時間に遅れてしまうぞ!」 「わわっ。もうそんな時間!?」 「助かったぜ……」 「急ぐよ! やっぱアタシがいないとシンはダメだね」 「なぜそういう結論に?」 「ふぅぅぅ……」 「ほーら、万事うまく行ったでしょ。えっへん」 「別にお前が胸張ることでもねぇぜ」 「ま、そりゃそうだけどさ」 「そんなことないよ。ナナカのおかげもあるって」 「もうシンってば! アタシを褒めてもなんにも出ないよ!」 ナナカが僕の背中を叩こうとするのを、華麗にスルー。 「むむっ。さすが幼馴染み」 「ま、これくらいは判るよ……あれ?」 アゼルが洋服屋の前で行ったり来たりしてるの再び発見。 「うわ。あの子まだいた!?」 「3時間は経ってるよね」 「アタシなんて、最大悩んでも20分なのに……」 「悩むのが楽しいとか言ってた割には、短いぜ」 「アタシは江戸っ子なんだいっ」 「流星っ子だけどね」 「にしても、シンは、あの子がそんなに気になる?」 「そりゃ、気になるよ」 「ふーん……気になるか」 「ま、アタシの方が胸あると思うけどな」 「こんな風に物陰から覗いてると、変な人と思われるよ!」 「試着するところを覗くなんて、アタシの目の黒いうちはやらせないからね!」 「するか! お……」 アゼルはぴた、と立ち止まると。洋服屋の方へ踏み出しかけ……。 何かに気づいたみたいに立ち止まり。 頭を軽く振ると、回れ右をして、怒ってるみたいな足取りで行ってしまった。 「もしかして……お金がないのかな? 女の子の服ってメチャクチャ高いらしいから」 「布地が少なきゃ少ないほど高いぜ。例えば水着とかな」 「そんな紐水着をリアちゃんが着たら俺様は――」 「ビキニッ!!」 「それ関係ないから」 「お金がないのか……」 「そういうシンだっていつもないでしょ」 「う、痛いところを」 「アゼルは、いつもじゃなくて、今日たまたまかも」 「ますます痛いところを! でも、アゼルさ。前もヴァンダインゼリーを山のように買ってたよね」 「そういえばそうか」 「やっぱりお金無いんだよ」 「でも、いくらなんでもシンより持ってないってことはないでしょ」 「それは……ありえない! いくらなんでもひどすぎる! そんなの駄目だよ!」 「駄目だよってアンタ……で、どうするの?」 「どうするって? 今日の生徒会活動はこれで終わりだよ」 アゼルは気になるけど……。 「あのさ。飛鳥井神社へ行かない?」 「藪から棒だね」 「あそこって、この辺りの守り神様じゃん。キラフェスの成功を祈願しにいこうかなぁと」 「おおっ。いいね。それ」 「ほ……よかった」 「シンってば、あの子のこと妙に気にしてるからさ、後でもつけようと思ってるんじゃないかって心配で」 「ストーカーじゃあるまいし」 「幼馴染みがお縄になるなんて、見たくないからね」 「変な心配すな」 「もしかしてアタシ達って……」 「みなまで言うな」 「結局、ふたりでストーカーだぜ」 「たまたまでしょ!」 「しー」 「……しょうがないじゃん」 神社に向かう道すがらアゼルを見つけて。進む方向が一緒で。 「最初に隠れたのはシンでしょ」 「それは……なんとなく反射的に」 立ち止まっていたアゼルが、すたすたと歩き出した。 それを、抜き足差し足でつけている僕ら。 「にしても、どこ行くつもりなのかな?」 「寮に帰るんじゃないか?」 「確かに学園へ向かってはいるけど……さっきから何度も立ち止まってるじゃん」 「空き巣に入る家を探してるんだぜ。謎の転校生だけに」 「ダウラっ!」 「もしかして、僕らと同じくキラフェスの――」 「そりゃないって」 断言されると寂しいが、まぁそうだろうなぁ。 「おや?」 アゼルが、また立ち止まった。 「ああやって立ち止まって、じっと地面見て……なんか意味があるのかな?」 「意味って?」 「ナイアルラトホテップを呼び出す儀式とか?」 「なんだそれ」 「なんかそれっぽいじゃん」 アゼルは歩き出す。そして僕らも。 なんだ? なんか頭の隅が少しかゆくなるような……こそばゆい変な感じ。 アゼルが立ちどまった場所? 「ナナカ、あのさ……」 「早く行かないと見失っちゃうよ」 「……うん」 ナナカはなんにも感じていないのか。気のせいかな……? 「もしかしてシンの推測通りなのかな?」 「ほら」 アゼルは鳥居の前で立ち止まっていた。地面をじっと見ている。 「でも、お参りって雰囲気じゃない気が」 「じゃ、お礼参り?」 「なぜ!?」 「んじゃ、丑の刻参り?」 「まだ明るいって」 「おお。アゼル殿」 「今日こそは参拝ですかな? 麩字多加菜簾美之命様は、いついかなる時でもおいでになった方を分け隔て無く歓迎して下さいますぞ」 「アゼル殿?」 「もしや御気分が優れぬのでは?」 アゼルは、不意に顔をあげ。 紫央ちゃんを一瞥すると、そのまま踵を返し、立ち去った。 「お参りじゃないみたい」 「おや、これはシン殿にナナカ殿」 おおっと見つかってしまった。 「え……こ、こんにちは」 「堂々としなさいよ」 「でもさ」 「アタシら成功祈願に来たんだから立派な客でしょ?」 「こんにちは紫央ちゃん」 「あのさ。キラフェスの成功祈願に来たんだけど、ここってそういう御利益もあるの?」 「勿論。神の霊験には果てがありません故」 キラフェスが成功して、学園のみんなのキラキラドキドキがもりもりと盛り上がりますように……。 「あのさ。ここってどんな御利益があんの? ごめん、今さら」 「同じくごめん。僕も知らない」 「いえ。それだけ当神社がこの地に溶け込んでいる証。まことに有り難いことです」 「おほん」 「当飛鳥井神社は、麩字多加菜簾美之命様を主神とし、悪霊退散、学業成就、安産祈願、一陽来復、開運紹興、金運招来、失せ――」 「要するに、神社が扱いそうなことはなんでも扱ってるってことかい」 「そんなすごい神社だったのか!」 「感心するところ?」 「そういえばさ、さっき、アゼルに今日こそはって言ってたよね」 「あ、そういえば……ってことは」 「アゼル殿は此処へ数度ばかりいらしておりまして」 「いつもあんな感じ?」 紫央ちゃんは苦笑いを浮かべた。 「今日こそは、などと申してしまったのをお二方に見られてしまって、それがし汗顔の至り」 「此処においでになる理由は人それぞれ、それを強制するのは神社の巫女などしてる者として褒められた事ではありません」 「理由はひとそれぞれか……」 ま、そうだろうな。 「アゼルが転校生だってことは知ってるよね?」 「其れ以上の事は殆ど存じておりません」 「それでもあえて尋ねるんだけど。紫央ちゃんから見てアゼルってどんな人だと思う?」 「アゼル殿とは、あまり会話をした事もなく、かといって、これといった話を聞いた事もありませぬ故、印象以上の事を語れませぬが」 「それでいいよ」 紫央ちゃんは、しばらく考え込んでからつぶやいた。 「……不器用そうな人でありますな」 「不器用?」 「それがしには、そういう風に見受けられるというだけですし、まだ未熟者故、正しく見て取っているかどうかは判りかねますが」 「まぁ世渡り上手そうではないわな。というか敵を作りやすそうなタイプ?」 「根拠という程の事ではありませぬが、爺上様の知り合いの武道家にああいう雰囲気を纏った方がおりました故」 「アゼルもそういうのを身につけてそうってこと?」 紫央ちゃんはひとつかぶりをふり。 「いえ、そういう意味ではありませぬ。それに、それがし少しは武道を嗜んでいるゆえ、アゼル殿が鍛錬の類をしておらぬ事は判ります」 「ただ、なんと申しましょうか……一つことばかり考えたり願っていたりする方は、他のことに不自由になるものであるらしく」 「それがしがアゼル殿に似てると申し上げた方も、そのような方でありました」 「求道者……という言葉が相応しいかと」 「あまり参考にならぬ識見を得々と語って仕舞いました。それがしもまだまだ未熟」 「いや、なんとなくだけど、参考になったよ」 「アゼルが求道者ねぇ……」 「そういえば生徒会は、まだ物の怪退治に手を出しておられるのですか」 「まぁたまには……」 「ほら、でも、いつでもさ、紫央ちゃんがいるわけじゃないし」 「確かに。ただ、その気を察知できぬとは、それがしもまだまだ未熟。更に修行せねば!」 「生徒会の方々もお気をつけ召されよ。近頃物の怪どもの暗躍は激しくなっております故」 「昨夜など、ついに神域たる当神社にまで、その醜悪な姿を現しおって……!」 「なにか被害があったの?」 「いえ。奴らが何もせぬうちに、それがしが発見し事なきを得もうした」 「紫央ちゃんは大丈夫だったの」 「はっはっは。奴等め、それがしの恐ろしさ肝に銘じておるらしく。こちらの姿を見ただけで逃げ散り申した」 逃げたというか、面倒になって帰ったっぽいな。 「そ、そか。よかったね〜」 「賞賛の言葉をいただき、恐悦至極に存じます。お二人もあまり無茶や無理をなさらぬよう」 「紫央ちゃんも、ね」 「ははは、心配ご無用! 流星町の平和はそれがしにおまかせあれ!」 かっこよく見得を切る紫央ちゃんを見て。 本当のことを知らないほうがいいこともある、と思った。 「それ勘違いだから」 「生徒会活動にかこつけて、覗きスポットを開拓し、学園の女どもを――」 「カンマッ!」 「設営を始める前に、設営予定地の現状を記録しているだけだよ。木々の配置とか特にね」 「チョップの前に説明が欲しいぜ」 「立ち直り早いね」 「いいじゃねぇか。木の一本や二本、ケチケチするなよ。そんなことじゃいい魔王様になれないぜ」 「そういう訳にはいかないよ。自然は大切だし、切ることになったらお金がかかっちゃうじゃないか」 「ククク……さすが、魔王様。その浮いた経費を独裁国家の富に――」 「それも勘違いだから」 「撮っておいた写真に細工して、それを根拠に、後から無いこと無いことを言いつのって金を毟り取ろうって魂胆か」 「単なる転ばぬ先の杖だよ」 「謎の転校生だぜ」 「なに見てるのかな?」 アゼルは、中庭の芝生に腰掛け、膝の上に置いた何かを熱心に眺めていた。 僕はそっと近づいて背後から覗き込んだ。 アゼルは弾かれたように振り返った。 膝の上に広げてあるのは、山の写真集『山々の刹那』だった。 「あの写真集借りたんだ」 「か、借りてなどいない」 「じゃあ……勝手に持ち出したの?」 「ひ、人聞きの悪いことを。こ、これは、その……」 「なぜか手元にあった」 「借りたんでしょ?」 「本など無駄だ。借りない。落ちてた」 「一心に読んでたじゃん」 「勘違いだ」 アゼルは本を閉じ、関心がないみたいに、自分の傍らに素っ気なく置いた。うーん強情だなぁ。 「なら、図書館に返さなくちゃ」 ちょっとし意地悪心で、僕が本に手を伸ばすと。 「何をする!」 アゼルは本をさっと抱えた。 「だって……読まないんでしょ?」 「そ、それは……そうだ」 「じゃあ僕が返しておくよ」 「今すぐの必要はないだろ」 「メリロットさんに無断で持ち出したと思われたら怖いよ」 「怖い?」 「あの人、なぜか図書館の蔵書の現在位置を全部把握してるらしくてさ」 「延滞や持ち出しをしていると、休み時間毎に不意に現れて、本を返すように、丁寧な口調で告げるんだ」 「本を返却させられた翌日、髪の毛が真っ白になっていた生徒もいるらしい」 「もしメリロットさんが怖いなら、僕が返しに行くけど」 「こ、怖くなどない」 怖いのか。 「それに……あり得ない」 「あれだけの数を把握している筈がない」 「なんだ、その、物知らずを見るような目は」 「……僕もあり得ないと思ってたし、単なるうわさだと思ってたんだけどね」 あれは……。 「……いったい何があった?」 あれは恐ろしい……。 「どうした?」 「ごめん……思い出せないんだ……なにかとてつもなく恐ろしいことがあった気がするんだけど……思い出そうとすると震えと頭痛が……」 「延滞でさえあれだけ恐ろしいんだから、無断持ち出しだと思われたらどんな目に遭わせられるか……」 「どんなとは?」 「そんな命知らずは、ここ10年出ていないから判らない……だ、だが」 「ふ」 「正規の手続きを踏んで借りたのだから恐れる必要などない」 「なんだ。やっぱり借りたのか」 「きれいだものね」 「……気まぐれだ」 「アゼルでも気まぐれなんて起こすんだ」 さて、僕は作業に戻るか。 このままだとアゼルも写真集を読めないだろうから。 「それはなんだ」 「あ、これ。デジカメだよ」 「デジカメとはなんだ?」 「カメラだよ。デジタルカメラ」 「カメラ?」 「もしかして……カメラ知らないの?」 「し、知ってる。カメラだなカメラ」 アゼルの母国っていったい……。 「知ってるとは思うけど、一応。カメラって言うのは、写真を撮るための機械だよ」 「写真を撮る?」 やっぱり。アゼル、写真ってなんだか知らないんだ。 僕はデジカメをアゼルの前で操作してみせた。 「この部分を、撮りたい光景に向けて。で、このボタンを押すと」 それから僕は、メモリから今撮ったばかりの画像をロード。 「今の光景が、記録されてるでしょ?」 「その写真集に納められた光景も、これとは作動原理は違うけど、カメラで撮影したものなんだよ」 アゼルは写真集の表紙をまじまじと見つめ。 「……こ、これの元になるものなのか」 「そうだよ」 「もっとも、僕はプロの写真家じゃないから、そういう綺麗な写真は撮れないけどね」 「写真家?」 「こういう、人の心を動かすような写真を撮る事を職業にしている人達のことだよ」 「……信じられん」 不意に僕の視線に気づいたのか、アゼルはそっぽを向き。 「む、無駄な存在だな」 無理にそんなこと言わなくてもいいのに。 「生きていくのに必要ない。無駄だ」 「まぁそう言ったら大部分のことは、そうだね」 「馬鹿らしい。無駄ばかりだ」 「でも、綺麗だね」 「そうだな」 「感心などしていないぞ!」 「していない」 「あー、はいはい」 「興味もない」 「ないぞ」 「わかってるよ」 僕は笑みが浮かぶのをこらえつつ、アゼルから離れた。 作業再開。出来れば今日中にデータの整理までしたいしね。 うん。順調。 これなら、下校時間までに生徒会室に戻って、データをパソコンに移して整理できるだろう。 僕はアゼルの方をちらっと見た。 すっかり集中してる。よっぱど気に入ってるんだろう。 写真というのは、ちょっと意外だったけど。 あ、読み終わったみたいだ。 また最初から読み始めてる。 おっと。あんまり見てると気づかれてしまうな。さあ、仕事仕事。 もうすぐ撮り終わるな……。 「何をしている?」 「わ」 いつのまに、アゼルが隣に立っていた。 「アゼルか……びっくりした」 「デジカメ?」 「ええと……カメラ。デジタルカメラだよ」 カメラもないなんて、アゼルの母国ってどんなトコなんだろ? 「ええと……知ってるとは思うけど、カメラって言うのは、写真を撮るために機械だよ」 「写真?」 写真も知りませんかそうですか。 「も、勿論知ってる。写真だな写真」 「知っているとは思うけど……この部分を、撮りたい光景に向けて。で、このボタンを押すと」 アゼルはしばらく呆然としていた。 「お前が、これほど超絶な技を持っていたとは!」 「僕なんか素人だよ」 「これだけの物を作れるではないか」 「……もっと凄い写真なら一杯あるけど」 「……本当か?」 「見に行く?」 「関心などない」 じゃあなんでついてくるんだ? と口に出さない程度には、アゼルのことが判って来ている僕だった。 「図書館では静かにね。怖い人がいるから」 「怖くない」 「怖いとは誰の事でしょうか?」 振り返るとメリロットさんが立っていた。 数々の伝説に彩られた図書館の司書さんだ。 「咲良シンくん」 「あなたは生徒会長ではありませんでしたか?」 「そうですが……」 僕の背中を、つめたい汗が流れ落ちた。なんかとてもやばい気がする。 「まぁまぁ、メリロット。ここは穏便にね」 「それを理事長のあなたが言いますか? 示しがつきませんよ」 「シンちゃんは、その娘をここに案内してくれたのよ」 メリロットさんはアゼルの方を向いた。 「この子が、噂の転校生ですか」 「そうよ。アゼルちゃん」 「初めまして。流星学園の図書館司書を務めさせていただいておりますメリロットです」 メリロットさんは礼儀正しく一礼したが。 アゼルはそっぽを向いていた。 「ふふ。そういう風に孤高を気取ってるのもかわいいわよねぇ。思春期の複雑な乙女心って感じで」 「初めまして、流星学園の図書館司書を務めさせていただいておりますメリロットです」 アゼルはうるさげにその場を離れようとしたが メリロットさんの腕が優雅にかつ素早く伸びると、ほそいゆびが、アゼルの肩を掴んだ。 「離せ!」 「図書館ではお静かに」 微笑んだままだ……こ、怖い。 アゼルは、一瞬助けを求めるような眼差しを僕に向け…… すぐ逸らした。 「あの……」 「礼儀作法は大切ですから」 正論だった。僕はヘレナさんの方を見た。 楽しそうだった。 前のときも、メリロットさんにきちんと挨拶しなかったからなあ、アゼルってば。 だから、今日こそはと目をつけられたのかもしれない。初めてじゃないのに『初めまして』って。 アゼルはひとしきり、無言のまま抵抗を試みていたが。ついに。 「……アゼル」 「アゼルさんですね? しっかり覚えました。ではこちらへ」 「は、離せ!」 「お静かに」 メリロットさんはアゼルを離さないまま貸し出しカウンターまで連行した。 「貸し出し手順はご存じですか?」 「使わない」 「ご存じでないようですね。ではお教えいたします」 「必要があるかないかは関係ありません。利用する可能性がある方には、覚えていただきます」 「アゼル……そう意地を張らないで、覚えるだけ覚えなよ」 「東に図書館内で騒ぐ者がいれば、どこからともなく現れ、優しく、だが、しずまるまで延々と諭し」 「なんですか急に」 「西に貸し出し方法が判らぬ者がおれば、どこからともなく現れ、覚えるまで懇切丁寧に解説し」 「南に延滞をした不届き者がいれば、どこからともなく現れ、本の返還を要求し」 「北に無断持ち出しをした愚か者がいれば、どこからともなく現れ、トラウマとなって永遠に残る制裁を加える……」 「そんな超有能な司書さんに私なら逆らわないわね」 「どなたかは存じませんが、そのような方には私も逆らいませんね」 「あ、そうだいいこと思いついたわ♡」 「ちょうどここに、私が返却しに来た本があるから、これを借りなさい」 そう言うとヘレナさんは、一冊の本をカウンターに載せた。 アルプスの山々を撮った『山々の刹那』という写真集だった。 「昨日、借りたばかりではないですか。お気に召しませんでしたか?」 「じゃなくて。感動しちゃって、欲しい欲しい欲しい欲しいって感じで、インターネットで注文しちゃった」 「だから、他の人にもどんどん読んで欲しくってね」 「そこまで気に入っていただけたのなら、勧めた甲斐がありました」 「ホント。あなたの勧める本に外れってないわね」 「長いですから」 「……断る」 「だーめ。理事長命令よ。借りないとひどいんだから♡」 「アゼル。単に手順を覚えるより、実際、借りたほうが手順も覚えやすいよ」 「それに、これがさっき言ってたやつ。僕が撮ったのより凄い写真ってやつだよ。ほら」 僕はアゼルに見えるように写真集を広げた。 真っ白な雪に覆われた峰々が目に飛び込んでくる。 「どう?」 アゼルは、ぷいっ、と顔をそらし。 「……興味ない」 「まぁまぁ、とりあえずは見てみなよ」 「なら別の本に変更なさいますか?」 「借りない」 「別の本に変更なさいますか?」 「……これでいい」 「では、『山々の刹那』を例として、当図書館の貸し出し方法を説明させて頂きます」 「はい。その通りでございます」 「以上で当図書館の貸し出し方法に関するレクチャーは終わりです。ご静聴ありがとうございました」 メリロットさんの指がアゼルの肩から離れた。 あれきっと跡になってるな……僕もそうだったし。 アゼルはまるで待ちかねていたみたいな素早さで、写真集を手に取ると胸に抱きかかえた。 「あら〜。アゼルちゃんってば、そんなにそれが読みたいの? さっきからずーっと、ちらちら見てるし」 「べ、別にそういうわけではない」 「そうですよ。アゼルはこんな物には、何の興味も無いんですから」 「そ、そうだ。興味などない」 無理しちゃって。 「なんだ、興味ないの。つまんなぁい」 「この図書館のあの辺には、そういう写真集がいっぱいあるんだけどね」 アゼルは、ヘレナさんの指先にある写真集のコーナーを見て、一瞬目を輝かせたが。すぐそらし。 「……興味などない」 「あら。つれないのね」 「当図書館としては、本を破損させず、且つ期日までに返却していただけさえすれば良いのです」 「中身を読んでいただけようがいただけまいが私の関知する所ではありませんから」 「嘘ばっかり。本が大好きな癖に」 メリロットさんはひとつ咳払いすると。 「こほん……ですが、私個人としましては、借りてくださった人と借りられた本の出会いが、掛け替えのない素敵な物となる事を願っております」 写真集を胸に抱えたアゼルは、きょろきょろしていた。 「今の時間。さっきの中庭なら人がいないよ」 「そうか!」 「一刻も早く読みたいなどとは思ってないからな」 さっきの中庭に戻った僕は、作業を再開。 すっかり集中してる。もしかしたら気に入ったのかな? さっき、表紙を見た時にだって、ひどく感心していたようだったし、そうなのかも。 写真っていうのはちょっと意外だったけど。 本当に、食い入るように見てるな……。 お、読み終わったみたいだ。 写真集を胸に抱えちゃって幸せそうな顔してる……。 よほど感じる物があったんだろう。 「はぁぁ……」 なんか可愛いな……。 「か、感動などしてない!」 「……おっと、仕事仕事」 「してないからな!」 「……こんなものかな」 ちょっと寒くなってきたし、引き上げるか。 随分とたくさん撮ったけど……結局、何枚撮ったんだ? おお。あと2枚分しかメモリの空きがないじゃないか。ギリギリ。 「アゼル。寒くなって来たからそろそろ帰ったほうが」 と僕は呼びかけたのだけど。 写真集の中の景色に没入しているアゼルの耳に、僕の声は届かないようだ。 夕日をあびて、ショートの髪が黄金の藁束みたいに輝き。 つり目気味の目を飾る睫に、光の粒がきらめいていた。 いつもぎゅっと閉じられた唇が、感嘆のあまりか、ほんのわずかに開いてやわらかそうだった。 あと2枚。撮らないのもなんかもったいないよね。 僕は、そっと近づいていく。 気づかれたら、今のアゼルは消えてしまう。そんな気がして。 すぐ側まで行っても、アゼルは気づかなかった。 僕は息をとめたままデジカメを構えると。 「えっっ!?」 アゼルが、はっ、と顔をあげた。 その顔は、ひどく狼狽していて、無防備だった。 可愛かった。 「な、何をした!」 「……アゼルの顔、写真に撮った」 どうして? という戸惑った顔。 どうしてだろう? 「ええと……撮りたかったんだよ」 「撮りたかった?」 僕はうなずいた。 「……お前の行動は、わけが判らない」 「うーん……。なんというか、今の表情を残したかったんだ」 「残したかった?」 「うん。ずっと残したかったんだよ」 今の感情とか空気とかが思い出せるように。 「ずっと……?」 アゼルに見つめられているとこそばゆくて、僕は顔をそらした。 「でもまぁ、ずっとって言っても。データやプリントアウトしたのが無くならない限りだから100年くらいかな?」 「けど、少なくとも、僕が生きている間くらいは大丈夫」 ああ、何言ってるんだろう。とっても頭悪そう。 アゼルは不意に立ち上がると、僕に背を向けた。 「何も残りはしない」 「……もしかして、急に撮ったから機嫌悪くした?」 アゼルは何も言わず足早に立ち去った。 冷たい風が僕の足下を吹き抜けていった。 「はい承認!」 「じゃ、ある程度まとまったからヘレナさんのトコに……」 「はい、チョコレート」 「ジャンガラずるいー。アタシもチョコレート欲しい!」 「アンタも何か手伝いなさいよ」 「手伝わないけど、チョコレートだけ欲しい欲しい!」 「オマケさん。働かサルもの食うべからず、です」 「働かなくても食べたいの!」 「じゃあこの柏餅をあげるね」 「わーい」 「あ、でも、サルは働かないのですから、皆、飢えて死ぬじゃないですか。ずいぶんと変なことわざですね」 「大変大変たいへーん」 「高橋さん! 廊下を走っては――」 「そんなささいな事は気にしちゃだめだよ。シン君、たいへんだよー」 「大変なのは判ったから」 「きっと、たいしたことじゃない」 「あのねあのね。りょーちゃんがおたふく風邪で倒れちゃったって」 「なんだってぇ!? 確かに早退してたけど……」 「りょーちゃん?」 「大友リョウコ。うちのクラスのキラフェス実行委員」 「こんな歳までおたふく風邪になってなかったんだ……お気の毒だよ」 「熱っぽいんで帰りにお医者さんに寄ったら、そういう診断だったんだってー」 「……当日は無理?」 「無理だよー。あー、実行委員がひとりになっちゃって大忙しだよー」 「有能でないほうが残るなんて……」 「枯れ木も山の賑わいですね」 「なにげにひどいねいつも」 「なにその、気の毒な子を見るような目は!? 私、傷つくよー。ぷんぷん」 「誰か代わりを……って無理か」 「アタシアタシ!」 「そんなことないでしょう」 「手伝うくらいはしてくれる子が多いけど、実行委員となると責任が大きいからね。当日だってやることがたくさんあるし」 「なんだかよくわからないけど手伝う!」 「責任があるからこそ、率先して引き受けるべきです!」 「みんなにそれを望むのは無理だよ」 「アタシ無視されちゃってる!?」 「オマケさんですから」 「でも、それは、前日までの手伝いなら補充が効くってことだよね。大友さんって何してたの? あれ、さっちんは?」 「逃げたんじゃないの?」 「どうしてこういうのだけは素早いかな……」 「そりゃ、アタシ疲れることはやりたくないけどさ」 「大友さんの前日までの分担は、受付の設営と正門の飾り付け班だよ。結構、力仕事だね」 「それじゃあ補充しないとキツイか」 「ナナカさん、悪いけど、また頼めるかしら?」 「また?」 「遊軍として動いてもらっている子がいるの」 「ちょっと待って聞いてみる」 「あ、ユミル。そっちはどう? よしよし順調ですか。相変わらず力強いね」 「でさ、悪いんだけど、受付の設営と正門の飾り付けを手伝ってくんない? はいはい。もちろん忘れてないから、じゃあ」 「オーケーだって」 「おめでと! アタシが出撃するまでもなかったね!」 「いっそ、彼女に実行委員になってもらえば」 「当日、スウィーツが食べられなくなるから絶対嫌だって」 「……はぁ」 「めっ。溜息ついても事態は進展しないんだから〜」 「そうですね……大友さん、当日は無理だろうし。ロロットの知り合いに誰かいない?」 「ふっふっふ。そう言われるだろうと思って、こっそり調べておきましたよ」 「そういう前置きはいいから」 「会計さん。私の有能さに嫉妬してますね。でも、駄目ですよ。書記の地位は渡しませんから!」 「大友さんは、記録係よ」 「ああっ。それは私の台詞です!」 「記録係かぁ……それなら大丈夫じゃない? 写真部が自主的に記録はしてるし、記録係は他に二人いるし」 「そもそも、なぜ記録係が3人もいたのよ」 「そういえばなんでだろう? 昔からそうだったから、気にしたこともなかったけど……」 「生徒会の備品としてデジカメが3台あるからじゃないか?」 「順番が逆でしょきっと」 「一人捕まえてきたよー」 「うろうろしてたところを、えいやっと。誉めて、誉めてー」 アゼルって、マイペースで押しが強い人に弱いのか。 さっちんも、人の話を平気で聞かないからなぁ。 「アゼル。キラフェス当日だけでも実行委員をやってもらえないかな?」 「実行委員とはなんだ」 「うわ。根本的!」 「そんなこと判らなくても大丈夫だよー。私だって、よくわかってないんだからー」 「そうなのか」 「判ってください!」 「ねぇねぇ。りょーちゃんって当日、カラメル屋さんだったよねー?」 「カラメルって……」 「なにやんだよそれ」 「えーっ。違うのー? カラメルをかき回す係じゃないのー?」 「キラフェスの様子を記録する係だよ」 「それって、当日、デジカメをもって適当にぶらついていればいいってことだよねー」 「そこまで楽じゃないと……思うよ」 「デジ、カメ……」 「というわけで、アゼルちゃん。とーっても楽ちんな役目だから深く考えなくっても大丈夫だよー」 「人数だけそろえばいいから、やる気なくても大丈夫。ひとりやらなくても、他の人がその分もなんとかしてくれるからー」 「いい加減なことを教えちゃだめよ」 「……どうでもいい」 「そうそう。どうでもいい役目だから、てきとーにやれば平気だよ。私がばっちり保証するよー」 「何の保証だ何の!」 「記録係やってくれるなら、今日からキラフェス終了時まで、これ貸してあげるよ」 僕は、デジカメを机の上に置いた。 アゼルの視線がデジカメの上で止まった。 「好きな物撮っていいからさ」 「撮る……」 「ちょっと咲良クン! 生徒会の備品を勝手に――」 僕は、アゼルにデジカメを差し出した。 「キラフェスが終わったら返してね」 アゼルはおずおずと腕をのばし、僕の手からデジカメを掴んだ。 「……撮れる限り撮っていいから。逆に、撮りたいと思わなかったら、一枚も撮らなくていいから」 「ええええっっ」 「何考えてるのよ!」 「……撮らない」 「それでもいい。とにかく、預けたから。なくさないでね」 「ロロット。記録係の所、変更しておいて」 「……了解です」 「何を撮っても……いいのか?」 「うん。アゼルが撮りたいと思ったものならなんでも」 「撮らないからな」 「それでもいいよ」 アゼルは何も言わずに生徒会室から出て行った。 「シン君すごいねー。とりあえず額面上だけは記録係を補充したよー。お役所みたいー」 「それって感心するところじゃないだろ……いいの?」 「いいんだ」 「確かに……サリーさんと違って、持ち逃げするような子ではなさそうだけど」 「さりげに不当だ! 交換しちゃうかもだけど持ち逃げはしないよ!」 「やはり、枯れ木も山の賑わいですね」 「シン君。何か考えがあるんだね?」 「考えってほどのものじゃないですが……アゼルが写真を撮りたがっているような気がしたんです」 「何よそれ!」 「そっか……じゃあうまくいくかもね♪」 そういうとリア先輩は優しく笑った。 「忙しい忙しい」 「魔王様。3月ウサギみたいだぜ」 「なに、それ?」 「アゼル……」 また塔を見上げてる。 いや、塔じゃなくて、はるか上空を見ている。 「なにしてるんだろう?」 「塔見てるんだろ」 「見ればわかるよ。なんであんなとこ見てるんだろ?」 「きっと塔マニアなんだぜ。なんにでもマニアはいるもんだぜ」 「それ絶対に違う。それに、正確には塔じゃなくて――」 「ほっといたほうがいいと思うぜ。こっちも忙しいしな」 「でも、生徒会長として、そんなわけにはいかないよ」 「小さな親切大きなお世話って言葉もあるぜ。つか、いつも会話にならねぇじゃねぇか謎の転校生とは」 「でもさ、ひとりだけ楽しくなさそうなのはほっておけないよ」 「俺様は黙ってるからな」 「アゼル。あそこに何が見えるの?」 返事がないので僕はアゼルが見ている方を見る。 やっぱり何もない。 「今日も晴れてるね」 「そうか。アゼルは晴れた空が好きなんだ」 「確かに、よく晴れた空って、見てるだけで心が洗われる気がするよね」 「ずっと見てたくなる気持ち判るよ」 「でもさ。そういう感動って誰かと分かち合いたくなったりしない?」 「アゼルはさ、青い空のどんなとこが好きなのかな?」 「僕は、さっきも言ったけど、このどこまでも透明で、心の底まで澄み切ってくるみたいな感じが好きだな」 「それとも。あそこに何かあるの?」 「アゼル? あれ?」 「謎の転校生なら、とっくに行っちまったぜ」 誰の? ここには僕しかいないのに? って、そうか。 「パッキー。いつのまにケータイなんか買ったんだ」 「俺様の財布は、魔王様のと一心同体だぜ。買えるはずねぇだろ」 「って、僕の財布がいつのまにパッキーのと一緒に!?」 「あのな。さっきソバから押し付けられたろ。連絡用に」 僕は、ポケットに突っ込んでおいたケータイを引っ張り出した。 「なにやってるのよ!」 「あ、頭が……」 耳元で怒鳴られて……くらくらする。 「処理しなくちゃいけないこといっぱいあるでしょ! 早く戻って来なさい!」 「ご、ごめん。用事は終わったから、今すぐ戻るよ」 さーて、お仕事、お仕事! いよいよキラフェスも明日! でも、感慨にふけってる暇なんてないのだ! 「いよいよ明日はキラフェスよ!」 「はーい、シン。これ、会計報告」 「ありがと。承認っと。ポン」 「ねぇねぇ。このビスケット食べていいの?」 「この生徒会メンバーが選出されてから初めての大イベント。是非とも成功させなければならないわ!」 「それこそが我々の神聖な義務なのです!」 「これが、出展者リストの最終版。私の労作です」 「我々は一丸となって、キラフェス終了まで気を抜くことなく、与えられた責任を全う」 「そして、流星学園生徒会の名をたからしめ――」 「ビスケット食べちゃうよ? いっただっきまーす」 「ひとりで食べるのはだめですよ」 「うーん、おいしい!」 「ええっと、警備の人員表は――」 「とっくに出来てるわよ」 「別にお礼なんていらないわ。当然のことだもの」 「聖沙の言う通り、是非とも成功させなきゃね。みんなのキラキラ輝く学園生活のために」 「はぁ……。咲良クンって、本当に天然ね」 「今、シン様にドキっとしたろ。え、おい」 「してないわよ!」 「オマケさん、少しは控えてください」 「ええ〜〜、いいじゃんいいじゃん」 「頑張るのはいいけど、もうちょっとリラックス♪ 肩の力を抜いとかないと、キラフェス終了までもたないぞ〜?」 「お姉さま……そんなにも気にかけていただけるなんて感激です♡」 「リアちゃんは誰のことも気にかけてるぜ。ヒスだけが特別じゃねえぞ」 「まぁまぁ。ここはどちらをより多く気にかけているか、公平に確かめるのがいいと思います」 「さあ! 先輩さんの右手を副会長さんが、左手を会長さんが――」 「お忙しい所、失礼します」 「大変大変。ステージ用の資材が足らないんだってー」 「申請された分は用意してあるはずだけど」 「多めに持ち出した不届き者が複数目撃されております」 「なんですって。秩序を乱す輩は許せないわ!」 「今、他の警邏委員が査察しております故、それがしが詰め所に戻るまでには判明するかと」 「彼らが出し物の設置にそれを使う前に取り戻さないと……直ぐ行くわ」 「お供いたします」 「穏便にね……って、行っちゃった」 「副会長さん一家は、いつでも猪突猛進ですね。はむ」 「あーあ、なくなっちゃった……しゅん」 「あ、それからナナちゃん」 「ん? なに? っていうか、どうしてさっちんまで来たの?」 「バイキングの配置、計画通り並べたんだけど、実際やるといろいろ問題がでてきたみたいだよー」 「そっちでなんとかしといてよ」 「はっはー。私に何を期待しているのかなー」 「はぁ……そうね、アンタはそういう娘よね」 「さすが、親友。私のことよくわかってるよねー」 「……シン。ちょっと外すけど、いい?」 「ほい、行ってらっしゃい」 「アタシがいないと心細いだろうけど、これ持ってて」 「お守り。んじゃ行って来る!」 「ふむふむ『金運招来』ですか。同情するなら金をくれって奴ですね」 「微妙に違うと思うよ」 「あのさ、いつもいつも気になってるんだけど。結局、お金ってなんなの?」 「まだ判ってないみたいだぜ」 「オマケさんは本当に知恵が足りませんね。お金というのはですね――」 「はいはい。今はお金よりやることがあるでしょ」 「こんにちは。忙しそうやね」 「あれ? 彩錦ちゃん、どうしたの?」 「これつまらないものやけど、差し入れどす」 「つまらないものなら差し入れないでください」 「ほな。これは下げさせて」 「うわ。おいしそう! 食べる食べる!」 「素直な子やね。リーア、この子貰ってってええ?」 「だ〜め♡」 「いけずやわあ」 「食べる食べる、今、食べる」 「だーめ。みんなが戻って来てから。って、いつのまにかビスケットが!?」 「オマケさんが食べてしまいました。私、最初から最後までばっちり見てましたし」 「見てないで止めろよ」 「アタシだけじゃないやい! 天使だって食べてたじゃないか!」 「1:10くらいです」 「いや、そっちだって7は食べたね」 「にぎやかどすな。童のようにあどけなく戯れるおふたりさんを見ていると、なんやほほえましう心持になりますえ」 「微笑ましいかなぁ」 「そんなに残ってなかったんだから、いいじゃないか」 「では訂正しましょう。7:70と」 「そうそう、それでよし」 「――って、馬鹿にすんな! それじゃあ変わらないじゃないかっ」 「ええ。変わらないようにしましたから」 「むきぃ、この天使!」 「わ、私は天使じゃありません! 天使のように可愛らしく清らかというだけですっ」 「天使天使天使天使天使天使!」 「くぅぅっ。オマケさんの分際で態度が大きいです!」 「きれいな羽やね。天女の羽衣みたいにはんなりしてるんどすな。ほんま、ええ触り心地」 「は、羽なんてありません!」 「彩錦ちゃん、何か用事があったんじゃないの?」 「和菓子コーナーの配置が終わったさかい、見てもろうと思うたんどすえ。でも、忙しそうやし。ええわ」 「羽も引っ込められないドジっ娘!」 「いつもフワフワだらだらしているオマケさんに言われたくありません!」 「すみません、リア先輩。僕こっちやっときますんで、見て来てもらえますか?」 「うん、判った。すぐ戻って来るから」 「おーきに。リーアは借りてくさかい。なるべくすぐ返すよって堪忍な」 「アタシは知的労働者なんだもん! フワフワだらだらして見えるのは見かけだけなんだもん」 「オマケさんの考えていることなんてたかが知れてます。どうせ牛丼のこととか、お菓子のこととか、悪巧みとかだけです」 「牛丼とかお菓子のことなんて考えないぞ! 考えるとお腹がますますすいちゃうもん!」 「悪巧みは否定しないのか……」 「じゃあほとんど何も考えていないんですね」 「なんにも考えていない知的労働者……ぷぷっ」 「む、むかついたぁこの天使! 今日という今日はどっちが上か思い知らせてやる!」 「オマケさんの親分をちょちょいと倒した私に対して、いい度胸じゃないですか! 身の程を教えてあげます!」 「ふたりとも! 今は生徒会活動中で――」 「天使一人で倒したんでもないくせに偉そうな! こっちこそ、そっちに身の程を教えてあげる!」 「言いましたね……後悔したって知りませんよ」 「誰が後悔するもんか! 表に出ろ!」 「ロロット! サリーちゃん! ……行っちゃった……」 ……いきなり静かになった。 キラフェスを準備しているみんなが立てるざわめきの中で、生徒会室だけが静かだった。 「……静かだな」 「静かになったな」 「あ、アゼル!? いったいどこからなんでどうして!?」 「この騒ぎはなんだ?」 「何って……」 「もしかして……明日キラフェスがあるの知らないの?」 「……キラフェス?」 「がーん……」 僕はがっくりと膝をついた。 「って、ちょっと出て行くの待った!」 「……離せ」 「じゃあ、どうして急に現れたかだけでも教えて」 「うるさいので、隣の部屋に。静かになったから出てきた」 「……朝から資料室にいたの?」 どうもそうらしい。 「そうだ。そんなに暇ならキラフェスの準備に参加して」 「って、あれ? アゼル?」 行ってしまった。 みんな行ってしまった。 僕だけが残った。 トイレ行きたくなった……。 そして誰もいなくなった、か。 「ほら、朝ですよ」 「うう〜〜ん、ハッピーライフ〜〜ン」 「ああ、気持ち悪い。ほら、起きろ!」 「ひぐっ」 「おはよ」 「おはよう、ナナカ……」 「ぐうぐう……もう食べられませえ〜ん」 「ロロちゃんも起きて」 「おふと〜〜ん」 「甘えないの、この子ったら」 「あれ? みんなは?」 「先輩と聖沙は朝に用事があるからって、先に帰っちゃったよ」 「今日はやけに人が少ないなあ」 「でも、教会の方は賑やかですよ。ちょっと行ってみませんか!?」 「あのさあ。もしかして、今日……日曜日じゃない?」 「やあ、アゼル。朝のお散歩かい?」 「あれは何だ?」 「教会ですよ」 「あそこで、みんなお参りしてるんだっけ?」 「じゃなくて礼拝でしょ、日曜礼拝」 「日曜礼拝とは何なのだ……?」 「たまには自分で調べてみるのも楽しいですよ」 「やるねえ、ロロちゃん」 答えられない時は、こうすることにしよう。 礼拝堂からパイプオルガンの伴奏に合わせてきれいな歌声が響いてくる。 毎週やってるんだよなあ、こんなこと。 「さて、ロロちゃんの好奇心も満たされたことだし帰りますか」 休むことも仕事だって、リア先輩言ってたしなあ。 さて、今日はどうしよう。 放課後。なにやら校門の方が騒がしい。 「来たよ、カイチョー!」 「オデ、お前、待ちきれない」 なるほど、納得。 「さあ、どうぞ。ようこそ、生徒会室へ」 「咲良クンってば、この人達と歩いてよく平気でいられるわね」 「壇上で喋ることより、よっぽど気楽だよ」 「肝が据わってるんだか、だらしないんだか、はっきりしろ!」 「おはぎ、いかが?」 「それアタシがもらったんだぞう! 取るなこの馬鹿天使ッ」 「おはぎ、うまい。ありがとう」 図体の割には礼儀の正しい奴だ。 「もっと、食わせろ」 図々しい奴だった。 「さて、これからどうしようかな」 「どうしようったって、お腹が空いたらまた前みたいなことしちゃうんでしょ?」 「アタシはカレー食ってるから、へーきだよ」 「サリーちゃん、ずるい。お前、食わせろ」 「だだだだ、だからねっ。ひもじいオヤビンの為に、一肌脱いでおくんなましっ」 放っておくと食い物はおろか、僕たちまで食べられかねないな。 「よし。じゃあロロット。まずは二人にこの世界での経済について説明してあげて」 2分後。 「ぐおお〜〜〜。すぴ〜〜〜」 「それ、うまいのか?」 「会長さんっ。ここは義務教育じゃないので、勉強する気がないなら帰ってもらいたいんですけど」 「帰るって……アジトに?」 「魔界に、かな」 「そそそそ、それだけはご勘弁! せっかく苦労して人間界にやってきたんだから、許してよー」 「美味しい物を食べたくて人間界にやって来る……魔族は全部こんな人ばっかりなのかしら」 「へんだっ、美食家のアタシらを三大欲求に囚われてるトンチキと一緒にしないでもらいたいねっ」 「あら、お客様?」 「お客様がいる時くらい、くすぐるのはやめてくださいっ」 「リジチョー、こんちゃー」 「おや、まあ。これはまた大物を釣り上げてきたわね〜」 「なにやら七大魔将と呼ばれる方だそうで」 「シンちゃん、凄いじゃない! 魔族の幹部と談合するなんて、どういう裏取引をしたっていうの?」 「ななっ、なんてあくどい言い方を……」 「もぉ、お姉ちゃんったら。ちゃんと言葉を選んで話さなきゃダメでしょ」 「順当たる和平交渉、まさに無血のチューリップ革命といったところですね」 「話をややこしくしないで」 「要するに、腹を満たす為には何かしないといけない」 「わかってるんじゃないですか……」 「けど、経営者でもない一介の学生が、資本も無しに雇用をするのは難しいと思うわけなのです」 「もっともらしいこと言うじゃない」 「えへへ。ところで、経営者って何ですか?」 「なるほど。それでスポンサーの当てを捜している、と」 「そこまで面倒を見てもらうわけにはいきません。これは、生徒会。いや、クルセイダースの役目ですから」 「追い払うだけが、役目じゃない……か」 「腹を膨らますには、まず働いてお金を稼ぐこと。そうね、アルバイトでもしてみたら?」 「アルバイト?」 「アタシはカイチョーん家で、ショーフしてるよショーフ」 「それを言うなら家政婦ね」 「それにタダの居候」 「オデ、アルバイト?」 「けど、相手は魔族ですよ。雇ってくれるお店があるとは、とても――」 「だったら、あなた達が斡旋してあげればいいじゃない」 「僕達が?」 「例えば、シンちゃん。〈あなた〉《》なら、多少は融通が利いたりするんじゃないかしら?」 「バッカだねー、こんなこともわかんないの? アタシもわかんないけど」 ヘレナさんは何でもお見通しってことか……。 「ああ、なるほど! 会長さんだから、その権力と権威で何とか誤魔化せるというわけですね」 「よし、そういうことにしようっ」 「わかりました。なんとかしてみます」 「咲良クン。安請け合いとは思えないけど……本当に大丈夫なの?」 「やるしかないよ」 けど、牛乳屋はダメだな。自転車が壊れる。 「案ずるよりも言うが易し、行うが難し」 「どっちだよ」 「だけど、お金のことも知らないで、いきなり働かせるのは……ねえ」 「にしても、この子ってば本当に大きいわね〜。目立ちすぎ」 「先輩さんみたいに、おっぱいも大きいですよ」 「この子はタダのデブ。可愛いくてエロいリアと一緒にしないで」 「目立つ……」 「ねえ、シン君。まずは生徒会で雇うってのは、どうかな?」 「それも考えましたけど、支払うお金が無いんですよ」 「目的があれば予算は組めるでしょ。それに今なら……」 「キラキラフェスティバル!」 「そう。それでね、このオデロークちゃんを――」 「ふむふむ。なるほど、それは名案! ナナカ……今の用途で予算をちょっと割けるかな」 「うん。それくらいどうってことないと思う」 「いける?」 「ダメでもやっちゃる。このナナカちゃんに任せなさいっ」 「何か決まったみたいですよ。良かったですね、オマケさん」 「天使も立場はオマケじゃね?」 「働く前に、覚えておくべきこと。それは忍耐……いわゆる我慢っ」 「それでサンドイッチマンと」 オデロークの巨体を看板で挟み込んでみた。 「これを着て流星町を一巡り」 「それだけ?」 「うん、それだけ。簡単でしょ。で、賄いは、どの程度までいけそう?」 「牛丼1杯くらいなら……なんとか!」 「牛丼!」 「流星学園の広告塔というわけですね」 「まあイベントものだし、着ぐるみと思われるから安心ね」 「いいなーいいなー。アタシも牛丼食べたいなー」 「じゃあ、一緒にやって分けてもらいなさい」 「うん、そうするー♡」 「ククク……巧みに騙し、元手を増やさず人手を倍にするとはさすがだぜ、シン様」 「君は偏屈だね。さすがだぜ、大賢者様」 「オデ、頑張る。牛丼、食わせろ」 「何か問題を起こしたら、即契約は破棄だからね」 「牛丼、食える。我慢、平気」 「いってらっしゃ〜い♪」 さて、僕達も作業に取りかかろう! 「さあ、遂に明日が本番。みんなで一緒に頑張ろ〜っ」 「おーー!」 「ぷっハァー! くったくたっ」 「やれるだけのことはやったかな……」 「何か見落としてることとかないかしら?」 「大丈夫。バッチリだよ」 「残りは明日の本番を待つだけですね」 「とりあえず――」 「おつかれさまでしたっ」 プロジェクトが発足してから、早数週間。 「あっと言う間だったなあ〜」 「なにもう終わった気でいんのよ。本番は明日よ、本番は!」 「今日は早く寝て、明日に備えなきゃ」 「今夜はドキドキして眠れるか心配です」 「遠足前夜じゃあるまいし」 「聖沙は眠れなかったんだね。結構、かわいいところあんじゃん」 「私にだってそんな時期くらいありました!!」 「あっちこっち走り回ってるから体は疲れてるし、横になればきっと眠れるよ。ねえ、ロロット」 「くぴーー」 心配には及ばないなあ。 「明日、うまくいくよね!」 「そうでなくっちゃ。なにせ僕達のデビュー戦だからね」 「そうそう。最初くらいはミスっても大丈夫だし!!」 「怖いこと言わないでよ……」 「せっかくのお祭なんだから、気楽に気軽に楽しもう!!」 「うん。そうだね」 「明日が終わっても、次は聖夜祭があるんだし」 「また忙しくなるんだね〜。その忙しさに比例して、きっと素晴らしいこともたくさんあるはず!」 「おうおう、盛り上がってきたねっ!」 「クルセイダースの活動も順調だし、そろそろ中間ボーナスとか出ちゃったりしてくれないかな?」 「それなら、もうとっくに出てるじゃん」 「女の子にいっぱい囲まれて」 「美味しいものも食べられて」 「可愛いナナカちゃんと一緒に肩を並べて帰れるし」 「それはいつもと同じだよ」 「にゃははは」 「それに自分で可愛いとか言うな」 「なにをー」 「ヘレナさんの言ってたリ・クリエの問題。何事も無く済んじゃいそうだしね」 「そうだといいねェ……」 「流れ星びゅ〜んびゅ〜ん」 「これだけ降ってると、願い事がいくつあっても足りないや」 「お願いなんて一つ叶えば十分だって」 にしても、星の降る数が日に日に増してるなあ。 「さーて。熱いのをひとっ風呂浴びて、さっさと寝るか」 「ああーーー!」 「なに大声だしてんの、近所迷惑よ」 「いっけない、係員証が足りないからもうちょっと作らなきゃいけなかったんだ。あ〜〜なんか他にも忘れてそうだ」 「もう、しょうがないね! アタシも手伝ったげるっ」 「だーめだよ、早く寝なくっちゃ」 「遠慮しなさんなって! そうだ。せっかくだからみんなも呼んでみよ」 「いいよ、そこまでしなくて!」 「実はアタシもやることが残ってるのでしたっ」 「威張るな! というか、迷惑じゃないか……」 「ごめん。もう呼んじゃった」 「早いよっ」 「実は入場者の名簿作成で、ちょっとわからないことがありまして」 「ほら、ちょうど良かったじゃんっ」 「人のこと言えないから、もういいや」 「困った時は先輩に任せなさ〜い」 「くすくす……この借りは大きいわよ」 「そういえば、有志の人のタイムテーブルって、出来てる?」 「ああー!! それ私の作業でした、ごめんなさい!!」 「明日が無事に終われるか、この上なく不安だぜ」 そして―― 朝が来るッ! 「みんな集まったかな」 「一緒に登校してるんだから、大丈夫でしょ」 「あら? ロロットさんの姿が見えないけど」 「ホントだ、大変」 「みなさ〜〜〜ん!!」 「見て下さい。と〜っても、盛り上がってますよ!!」 「うんうん、すごい熱気」 「はしゃぎすぎると後で大変よ」 「しょうがないって。寝不足だからこそ、ハイテンション! 祭だ、祭だーッ!」 「ははは、無理はしないでね」 当日の実行委員も含めたみんなで、今日の段取りを打ち合わせる。 「休憩は交代制でお願いします。本部で必ず引き継ぎをしてから、休憩に移るようにして下さい」 「他に質問のある方、いらっしゃいますか?」 「いませーん」 「おお、さっちん。実行委員だったんだ」 「ナナちゃんのお手伝いをしようかなーってね、えへへ」 「うれしいこと言ってくれるじゃないの」 「ご褒美のケーキ、楽しみにしてるね♡」 「帰れ!」 「此度は姉上の初陣をもり立てるべく、馳せ参じた次第です」 「いいわよ、そんなことしないで」 「不届き者は、それがしが早々に成敗いたしますので何卒ごゆるりとご視察なさってくださいませ」 「ありがとう。けど、ちゃんと本部へ連絡してからにしなさい」 「リーアの晴れ姿をもう一度見られるなんて、嬉しいわぁ」 「晴れ姿だなんて大袈裟だよ、彩錦ちゃん」 「後輩に負けたらあかんえ。あんじょ〜おきばりやす」 「うん。ありがとう」 なんだか実行委員に見知った人が多いなあ。 「おや。アゼルも実行委員だったんだ」 「じゃあ、実行委員になってみよう」 「嫌だ」 「どうして、ここに?」 「騒がしい」 「静かなところが好きだったじゃない」 「そっか〜。今日はどこも騒がしくなっちゃうからね。静かなところ、どこかあったかな」 「お前が、うるさい」 「? アゼルもさ。どうせなら、一緒に楽しもうよ」 「そう! 楽しまなきゃ損だよ。色々、お買い物でもしてみたら? 掘り出し物とか結構あるかもよ」 「シンー。なにやってんの、もう始まっちゃうよ」 「あっ、ああ。今、行くー」 生徒会と実行委員のみんな、そして出展してる商店街のみなさんの前に立つ。 「それでは今日も一日、張り切っていきましょう!」 「よろしくお願いしまーーす!!」 こうして流星学園キラキラフェスティバルが始まりを告げた。 「これをもちまして、流星学園キラキラフェスティバルを終了いたします。皆さん、おつかれさまでした」 「オーライ。そっち持ったら、せーのでいくよっ。せーのっ」 「オッケー。よし、運ぼうぜ」 「その装飾、全部はずしちゃってー」 「この一ヶ月間。あれだけ長い間準備してきてたのに、あっと言う間でした」 「それだけ楽しかったってことだよ」 「なんだか寂しいですね。一日にして、元通りだなんて」 「そうだね。けど、その分しっかり思い出に残さなくちゃ〜って気持ちになるでしょ」 「はい。とてもいい思い出になりました。ねえ、アゼルさん」 「おや、いつのまにかお掃除終わってますよ」 「ばいば〜い。またねー」 「それがしも役目が終わりました故、お先に失礼いたします」 「私も帰るー」 「夜道、気をつけてね」 「みんなありがと。おつかれっ」 「ナナカさん。ゴミ袋って余ってる?」 「ごめん、もう切れちゃった。確か本部に余ってるはず」 「了解。ちょっと取ってくるわね」 「ふぅ……これで資材は全部撤去できたかな」 「よう、シン。今日はありがとな」 「いやいや、こちらこそ。どうもお疲れさまです」 「おかげで噂話と若いエキスをたんまり吸わせてもらったよ」 「おお。確かに、肌がツルツルだ」 「やだねえ、この子は。化粧よ、化粧」 「また来年もやって欲しいのう」 「来年は次の生徒会が決めることですからね〜」 「次、生徒会長になる人が今日のことを体験して、どう思ってくれたか」 「もし、楽しかったのなら、きっと来年も出来るはずよ」 「そっか……。そうだといいなあ」 「もしかしたら今回の件がきっかけで、生徒会長になる人が殺到したりして」 「そっ、それは言い過ぎかと」 「だはは。期待してるよ。それじゃ」 「ああ、はい。気をつけてお帰り下さい〜」 「くすくす。ちょっといじわるしちゃったかしら?」 「いや、そんなことないです。むしろ嬉しいと言うか……あはは、何言ってんだ恥ずかしいな」 「リアもきっと嬉しいはずよ。自分の跡を継いでくれたのが、あなた達で」 「けど、本当の戦いはこれからよ。生徒会の健闘を祈ってるわ」 ヘレナさん。いつもふざけてるのに、時々こうやって真面目な顔して言うんだからなあ。 「どーしたの?」 「えっ……ああ、ナナカか」 「なーにシケた面してんのよっ。ほら、もうほとんど片付いたし、行った行ったァ」 「えっ、どこに?」 「祭りの後は、アレに決まってんでしょ」 「後の祭り?」 「あーもーしゃらくさいね、まったく! 打ち上げよ、打ち上げ」 「おお、行こう行こう! 急げ、急げ〜〜」 「あっ、こら。待てーー!」 「お帰りなさい、シン君」 「まったく、どこで油売ってたの?」 「もう待ちくたびれましたよ」 「みんな……って、こっ……ここっ、これは!?」 「どうどう、落ち着け。まあ、無理だとは思うけど」 「ゆゆっ、夢にまで見た――」 「サイダー!」 「河奈さんちの差し入れだって」 「サイダーッ!」 「しゅわ〜」 「サイダーッッ!」 「しゃわしゃわ〜」 「サイダーッッッ!」 「しょ、しょわ〜」 「はい、では皆さん。本当にお疲れさまでした」 「お疲れさまでした〜ッ」 「ささやかではありますが……ごほん。本日の大成功を祝しまして――」 「どうしてナナカさんが仕切ってるのよっ」 「会長さんの通訳をしてるんですね」 「カモン、サイダーッッッッ!」 「ほら、シン君。みんなが待ってるよ」 「は――っ、いかんいかん。つい、嬉しくて……」 「会長さんっ。早くっ♪ 早くっ♪」 「でっ、では……皆さんお手を拝借」 「一本締めじゃあるまいし」 全員でサイダーの瓶を手に持つ。 「事故もなく無事終われて、本当に良かったですっ。本当に嬉しいですっ」 「サイダーもあるからね」 「今日は否定しないっ。というわけで、乾杯!」 「かんぱーーーい」 「どうよ、夢にまで見たサイダーのお味は」 「また、それか」 「けど、いつも言ってる『うまい』より……いつもよりずーっとずーっと、うまい!」 「ええ、会長さんのおっしゃる通りです。なんの変哲もない炭酸水が、こんなにも甘く感じられるだなんて!」 「これはスパークリングウォーターじゃないから」 「いやあ、サイダーが飲めるなんて。本っ当、生徒会長になって良かったぁ〜〜〜」 「副会長でも飲めるわよ」 「おお、聖沙も良かったね」 「皮肉よ、皮肉!!」 「本当に嬉しいんだね、夢が一つ叶ったんだもの」 「うふふ、生徒会長として企画を成功させることかな?」 「ううん。サイダー飲むこと」 「ななっ、それもそうだけど……。リア先輩の言ったことだって嬉しいって!」 「だ、だよね〜」 「まったく……こんなふざけた人が生徒会長だなんて、やっぱり認められないわ」 「そうですか。じゃあ、私がやります!」 「おお、それ名案かも」 「ちょ、ちょっと、ナナカっ」 「はじめまして。会長のロロット・ローゼンクロイツです」 「じゃあ、シン君の代わりに、全部やらなきゃね」 「早々に返上いたします」 「そもそもそういう意味で言ったわけじゃないのっ」 「わかってる。今日のことは、みんながいたから成功できたんだ」 「当然よ。私達に失敗は許されない。常に勝利を目指すのみ!」 「副会長さんは敵に回したくない方、ナンバーワンですね」 「それは喜んでいいのかしら」 「みんなの力を合わせて大成功。とっても素敵なイベントになったね」 「まさにバラ色の学園生活ってやつですか、会長」 「うん! よ〜っし。もっともっと頑張って、もっともっとバラ色でキラキラの学園生活にしていくぞー!」 「おーーっ」 「でさでさ。サイダーまだ余ってる?」 「目をときめかせて、そう焦りなさんな。多めにもらってるから、大丈夫――」 「う〜〜んっ、疲れた体にこの一本。ぷはーーー、サイダーうめえ!」 「ゲプ。ごちそうさまでした」 「ここまでは誰にも見つからず戻ってこれたぞ」 「日曜だから当然だぜ」 「せっかく盛り上がってるのに」 「シン? なにやってるの?」 「ぎくぅ。な、ナナカ!? どうしてここに!?」 「帰る途中」 「そ、そうか。なら僕もそうだ」 「生徒会室に忍び込んで、キラフェスの準備をしようと思ってたんじゃないの?」 「ぎくぎくぅ」 「リアクションがわかりやすすぎだぜ」 「な、ナナカだってそうなんだろ!」 「アタシは帰る途中だって」 「リア先輩に『今日くらいは休みなさい』って言われたでしょ?」 「リアちゃんに言われちゃなぁ。俺様もまずいなぁって思っちゃいたんだぜ」 「いきなり裏切り!?」 「人聞きが悪いぜ」 「でもさ、帰ってもやることないし」 「家庭菜園を世話したり、ぼろアパートを修理したり、ササミに襲われたり、いろいろやることあるでしょ?」 「襲われるのは余計だって。ナナカの方こそどうなんだよ?」 「アタシは実家の手伝いをしよーかな、と」 「いつもしてるじゃん」 「このところ忙しくて、余り手伝えてないんだよねぇ」 「だからって言って、シンまで手伝うことないのに」 「だが手伝う」 「せっかくの休みなんだから、ちゃんと休んだ方がいいよ」 「日頃、ナナカにはお世話になりっぱなしだしね」 「そんなこと気にしなくてもいいって」 「気にしてはいない。感謝してるんだ」 「世話って言っても、朝たまーに起こしたり、たまーに蕎麦を打ったげるだけじゃん」 「すごく助かってるって」 「あの蕎麦はうめぇぜ」 「色々してるのはこっちの勝手だし」 「だからこっちも勝手に手伝わせてもらう」 「一銭にもならないよ?」 「感謝の気持ちにマネーはいらぬ」 「お。なんかカッコいいじゃん」 「金がたまらなそうな思想だぜ」 「じゃ、ばしばしこき使っちゃうからね」 「……ちょっとはお手柔らかに」 忙しげに立ち働く夕霧のおばさんは、僕といくらでも話したそうだったけど、それでは手伝いにならないので挨拶にとどめて奥の厨房へ。 「ただいまっ。今日はシンが手伝ってくれるって!」 「お久しぶりです」 無言のまま、こちらに小さく会釈してくれたのは、夕霧のおじさん。 どこもかしこもごつくて、白い割烹着がはちきれている。 その上、白い帽子の下は、見事につるんつるんのスキンヘッドだ。 ほそっこくて小柄でおしゃべりで美人なおばさんと、何もかも対照的。 すごく無口な人で、つきあいの長い僕ですら声を聞いたことがないんだけど……。 『よくきたな。まぁゆっくりしていけ』 『手伝いでゆっくりはまずいでしょ』 『はっはっは』 夕霧のおじさんは、小さく笑った。 なぜか目と目で通じ合うものがある。 「またアイコンタクトしてる」 「なぜか判るんだよなぁ」 『いっそ、シン君がうちの娘込みで夕霧庵をついでくれれば』 『またまた冗談を』 『シン君なら俺も安心だしな』 ううむ。 たまーに、通じ合ってないんじゃないかと思うこともある。 「シン様よ」 「蕎麦打ちに興味があるからよ。手伝いが終わるまで、ここに置いておいてくれると嬉しいぜ」 『あの……この人形、ここで預かってもらってもいいですか』 『俺の前の棚の上にでも置いておいてくれ』 本当にいいのだろうか? ……通じ合ってるんだから大丈夫だよね? さてと、着替えたと。 はりきってやるぞ! メニューは、僕が前手伝った時と変わっていない。 「呆然としちゃってどったの?」 「改めて見ると……ナナカんちの蕎麦って高い!」 「そっかな? おいしい蕎麦屋はみんなこんなもんだよ」 「う、うわ。うわうわ。こ、こんなに高かったのか!?」 僕は、こんなに高いものを、週に2回は、ばくばくむしゃむしゃ食べていたのか……。 「なーにを今さら。いつも平気な顔で食べてるくせに」 「でもなぁ……意識すると」 「アタシ、おやじが作ってくれた蕎麦を食べる時、お金払ったことないよ」 「そりゃ当たり前でしょ」 「シンも同じ」 「シンはさ、うちにとって家族の一員みたいなもんだってこと」 「ナナカ……そう言ってもらえると……嬉しい」 「そんなわけだから、気にしないこと!」 「うん。ありがとナナカ」 「ま……それだけじゃないんだけどね」 「なんでもないっ」 「でもさ、ちょーっとでも心苦しいなら、本格的な家族になっちゃえば?」 「本格的って?」 「アタシと結婚して、お婿に来るとか?」 「な、なに言ってんだよ」 「なーんてね。冗談、冗談」 「ちょっとはマジになった?」 「なるかっ」 んで、お手伝い。 いらっしゃいませ。注文取って、出来たの運んで、ありがとうございましたで、片付けて、の繰り返し。 「はーい、いらっしゃい!」 「よ。今日はシンが手伝いか」 「夕霧家にはいつも世話になりっぱなしですから」 「そう言えばよ。キラフェスまであとちょいだな。順調かい?」 「おかげさまで」 「俺なんか大したことしてないぜ。感謝すんなら、生徒会の別嬪さん達にしなくちゃもったいないって」 「感謝してますよ」 タメさんにオシボリを渡す。 「あんがと。で、お嬢は?」 「おじさんと一緒にソバ打ってます」 「シンが客の対応して、お嬢がソバ打ちか……なかなか素敵な未来図だな」 「未来図?」 「20年後の夕霧庵のさ。いよっ。未来の若旦那」 「シン、なに手間どってんの?」 「おっ。未来の若女将の登場だ」 「そのジョークは聞き飽きましたから、注文してください」 「シンじゃ嫌か?」 「こんな甲斐性なしだめです。お金もないし。で、注文は?」 「か、甲斐性なし……」 「きっついなぁ。若旦那としては反論ねぇのか?」 「うう。金がない身がうらめしい」 「確かに、シンはだめだめだよなぁ」 「そんなことないです」 「お金ないぞ」 「今ないだけで、将来は違うかもしれないじゃないですか」 「だがよ。甲斐性なしなんだろ?」 「シンは、生徒会長ばりばりやってますよ。甲斐性なしじゃありません」 「シンのこと、甲斐性なしで金がないって言ったの、お嬢だったと思うんだが……」 「……注文しないとたたき出す」 「おー、こわこわ。じゃあ、天ぷらソバ」 「シン、あがっていいって」 「え。でも、まだ早いでしょ」 「いいのいいの」 「アタシはこれから流星学園までソバを出前に」 「寮から注文があったの?」 「違うよ。出前先は生徒会室」 「そっか。そろそろみんなお腹を減らしてる頃だね」 「そゆこと」 「そんで、出前すんだら、そのままあがっていいってオヤジにも言われてるし」 「気が利くなあ、ナナカは」 「へへっ。とーぜんでい」 「ちわ〜。夕霧庵から出前で〜す!」 「ざるそば、6人前!」 目の前には予想通りの光景。 「ええっ。誰が出前なんて頼んだの?」 「わ、私は頼んでません」 「頼んではいませんが、お腹にグッドタイミングです」 「あー、いいにおい! それなに!? なに!?」 「じゃーん。アタシの実家、夕霧庵のお蕎麦!」 「食べ物?」 「食べ物! おいしいよ!」 「食べる、食べる、今すぐ食べる!」 「お前、食べ物ならなんでもいいんだろ?」 「え……あ、あのね。なんで?」 「そろそろお腹が空いてる頃だと思って」 「私じゃありませんよ?」 「……えっと、サリーさん?」 「違うよ。リアのお腹に決まってる」 「ああ、腹の虫まで可愛らしいぜぇ……」 「腹が減っては戦が出来ぬ」 「それに、抜け駆けはいけないなぁ、抜け駆けは」 「生徒会長と会計を仲間はずれに生徒会活動をするなんて」 「これは新たなイジメ!?」 「イジメかっこわるい」 「もおっ、なんでシン君まで来ちゃうかな!」 「生徒会長自ら決まりを破るなんて駄目だぞ。前生徒会長として怒っちゃうぞ」 「現にここにいるリア先輩に言われても説得力ゼロです」 「ああ、あんなに可愛いかったシン君が、私に逆らうようになっちゃうなんて……」 「わっ、私じゃありません!」 「今まで隠していましたが、今、お腹が鳴ったのは私です」 「隠してないでしょうよ!」 「まぁまぁ、話はそのへんにしておいて。みんなお腹減ったでしょ? はい、どうぞ」 僕とナナカは、テーブルの上に、お蕎麦を並べていく。 「これおソバ? 長くてほそーい!」 「こら。手づかみで食べちゃ駄目よ」 「うー。早く食べないと飢え死にしちゃうよ」 「はむはむ。これはおいしいお蕎麦ですね」 「もう食べてるし!」 「みんな。ご飯の前にはいただきますだよ」 「お姉さま……お腹が鳴るほど空いている時でも、礼儀作法を忘れないそのお心……立派です!」 「これくらい当たり前だよ」 「いただきます! はむっ」 「――!? 美味しいっ! うわ、美味しい!」 「そうでしょそうでしょ、ソイソースでしょ」 「……! こ、これは確かに……」 「うん。美味しい〜〜♪」 「口の中でほろほろとほぐれていくこの感触。まったりとしつつ、それでいてしつこくなくて、はんなりとした上品で濃厚な味」 「天国の蜜か、はたまた、堕落へと誘う誘惑の蜜か……まさに美味!」 「えっと……どう突っ込めばいいものやら」 「ソバの味を形容してるように聞こえないぜ」 「美味しいものは、なんでもこういう風に褒めればよいと、ガイドブックに書いてありました」 「形容はともかく、おいしいと感じてくれたらオッケー!」 「おいしいっ! うまーい! さいこー!」 「このお蕎麦って、ナナカちゃんのお父様が?」 「アタシが打ちました!」 「そうなんだ……凄い!」 「人は見かけによらないのね……」 「会計さん。見栄を張ってはいけませんよ」 「自分の狭い常識に囚われてると怪我するぜ天使」 「私は天使じゃありません!」 「これはナナカの打ったソバだよ。昔からずっと食べてる僕が言うんだから間違いない」 「俺様も保証するぜ」 「まだまだオヤジには遠く及ばないけどね。けど、いつか越えちゃる!」 「しかし、大袈裟だなあ。みんなして、そんなにうまいうまいって。ナナカを褒めちぎってどうするつもり?」 「こんな美味しいものの味がわからないなんて! 生徒会長として、それ以前に男として、いえ人間としてどうかと思うわ!」 「人間失格!?」 「この味なら、文句なし。誰でも美味しいって言うと思うよ」 「会長さん。お熱でもあるんですか? 病院へGOなのです」 「美味しくないなら、アタシにちょーだいっ」 「……美味しくない?」 「い、いや、そういうわけじゃないっ。うまいことには代わりないけど……」 「……なるほど。判ったぜ。そういうことかよ」 「あー、アタシもなんとなく判った」 「やっぱり病院行きですね!」 「シン様はよ。夕霧一家が作ったソバ以外喰ったことがねぇんだよ。たぶんな」 「ナナカかオヤジさんが打ったソバしか食べたことなかったから……これが普通のものなんだって思ってた」 「なんて贅沢で恩知らずなんでしょう!」 「いや、そこまで怒らなくても」 「ごめんナナカ……うまいとは思ってたけど、世界的に見てもおいしいものだとは思ってなかった……」 「いきなり世界まで行かなくても……大丈夫、怒ってないって」 「理由に気づくまでちょっとショックだったけど」 「これからは心を入れ替えて、いつも感動と感謝を込めて食べるようにする」 「いや、しなくていいから」 「しかし、こんなにも美味しいお蕎麦を、常日頃から食べられるのですから、会長さんは勝ち組ですね」 「僕は勝ち組だったのか!」 「ナナカさんがいなければ負け組ってことよ」 「そ、そうかーっ」 「……聖沙、ありがと」 「なっ、なによ。突然」 「あんなに怒ってくれて」 「べ、別にナナカさんの為に怒ったわけじゃないもの。価値あるものは、その価値に相応しい扱いをされるべきだと思っただけ」 「ありがと。もし気に入ってくれたんなら、お店の方にも食べに来てね」 「そ、そうね。考えておくわっ」 「みんな! 伸びちゃう前に食べてね。そば湯もあるよ!」 「ああああああああああああっ」 「いったいどうしたの!?」 「おソバがなくなっちゃった……」 「そりゃ食べたらなくなるぜ」 「美味しかったです〜〜」 「ふぅ……なんだか緑茶が飲みたい気分ね」 「はい、どうぞ!」 「お茶もおいしー」 「食休みしたら。生徒会活動再開! 今度はアタシとシンも参加していいよね?」 異議を唱える仲間は、もちろん誰もいなかった。 「つきあわなくてもいいのに」 「迷惑かな?」 「そゆわけじゃないけどさ。会長は本部で、どっしりと腰を落ち着けてりゃいいの」 「他の人がきびきび動いてて、自分がまったりしてるとなんか落ち着かなくって」 「貧乏性だぜ」 「もしかして……アタシ頼りない?」 「だって、他の面子じゃなくてアタシについてきたじゃん」 「誰か手伝おうかなー、と思ってたら、たまたま、ナナカが席を立つところだったから」 「そんだけ?」 「そんだけ」 「即答かい」 「ここは、『他の子とじゃなくて、ナナカと一緒にいたかったんだよ』とか甘くせつなく熱くささやくとこでしょーが」 「なんだよそれ」 「そうすりゃイチコロだぞ。女ってやつは」 「『他の子とじゃなくて、ナナカと一緒にいたかったんだよ』」 「棒読みじゃあねぇ」 「他の子とじゃなくて、ソバと一緒にいたかったからだぜ」 「パンダじゃねぇ」 「パンダじゃねぇ!」 「ううむ。奥が深いな」 「で、見回ってて気になったとことかあった?」 「そうだね。みんな楽しそうで本当に良かった」 「大成功?」 「少なくとも今のところは、ね。お客さんもいっぱい来てくれたし」 「ま、なんてっても、アタシの力が大きいね」 「うん。商店街の人がみんな参加してくれたのはナナカの力が大きいよ」 「いやー、あはは」 「じゃなくて! アンタは生徒会長なんだからさ」 「『俺の力だぜ。崇め奉れ』くらい、びしっと言ってもいいんじゃん?」 「僕ひとりじゃ、何も出来なかったよ。みんなのおかげさ」 「みんなね……サリーちゃんは?」 「ええと……みんなをリラックスさせる係?」 「物は言いようだぜ」 「しかも疑問系だ!」 「お腹減った?」 「いや、そんなことないぞ!」 「そんなことあるじゃん」 「空耳! つまり幻聴!」 「ちょっとつまもうか」 「無理!」 「無理って……あ。そうか」 そう。周りじゅうから食べ物のにおいがするのに、僕には手に入れる方法がほとんど無いのだ。 はぁぁ、生徒会長なのに。 「これがきっと、群衆の中の孤独ってやつなんだ」 「違うだろう、飽食のなかの飢餓ってやつだぜ」 「ええい、真面目そうで馬鹿馬鹿しい話をすな!」 「シン様。ここはひとつとりあえず喰ってから金を払わない手で行くしかないぜ」 「ま、万引き!?」 「そうでなければ、その辺に並べてあるのを、とりあえず手にとって、飲み込むんだぜ」 「無銭飲食!?」 「どっちも変わらん。それになにより、シンは顔が有名すぎる」 「ゆ、有名でなければいいのか!?」 「良かないけど。幼馴染みが餓死するよかマシ」 「ここは開き直って、万引き置き引き生徒会長になるしかねぇぜ」 「おお。なるほど……じゃない!」 「アンタ生徒会長なんだから大丈夫でしょ」 「ええっ、じゃないでしょ。なんてっても生徒会長。キラフェス開催の中心人物。ちょっとくらいなら奢ってくれるって」 「いや、でもさ」 「あそこでサンドイッチ出してるから顔出してみれば?」 今、生徒会長の権威が試される時が! 「ええい、まどろっこしい!」 「わわ。引っ張るな! こ、心の準備がまだ」 「生徒会長? 誰それ?」 「ぼ、僕ですが……」 「ふぅん。そうかい。で、用件はなんなの?」 「ええと……」 「もしかしてアンタ。腹が減ってるからメシよこせとか言うつもり?」 「め、滅相もない!」 「へっ。アンタの卑しい魂胆なんかお見通しさ」 「お、恐れ入りました!」 「いいか金のないやつは客じゃあないんだよ!」 「ひぃ。お許し下さい!」 「だが許さん! この精神注入棒でその腐った性根をたたき直してやる! そこになおれ、100叩きだ!」 「お助け!」 案ずるより産むが易し。 売り子さんの前で腹を鳴らしたら、いつくしみの視線とともに食べ物が! 「しかも。タダだよ!」 僕の前には、紅茶とハムサンドとチーズサンド。 初めて生徒会長の(食物的)素晴らしさを実感した! 「だからって、感動で涙ぐみますか?」 「だって、だって、タダだよ!」 「苦学生だもんね、シンは」 「人の情けが身にしみる……」 「ま、生徒会長なんだから、これくらいの役得はあっていいんじゃん?」 「そ、そうか……これが生徒会長の権力の味」 「それに、シンは商店街の人気者なんだから。食事のひとつくらい奢ってもらえるって」 「……って本格的に泣いてるし」 「これが生徒会長の権力の味! 権力ハムに権力チーズ」 「まずそうだぜ」 「珍しく同感」 「確かに……金属っぽい味になって来たような気が」 「そういう時は、パワーハムにパワーチーズって思えばいいぜ」 「あ、安直!」 「だが、そう思うと、再びうまくなって来た気が!」 「横文字って不思議だぜ」 「はぁ……安上がりだねアンタ」 「ほんとに、おいしいなぁ」 「なんだよ」 「そんなにガツガツ食ってないで、もう少し食事を楽しめよ」 「そうそう。消化にも悪いし」 「でも……見回り中だから」 「一応相手がソバとはいえ、女と同席しているわけだしな。もう少しいちゃいちゃしてもいいと思うぜ」 「ぶっ! げふんげふん」 「なっ、なに言ってんの!」 「あー、そうか、ソバは女じゃねぇのか」 「アタシは女だ! そこじゃなくてなんでシンといちゃいちゃしなきゃいけないの!」 「この食事だって、ソバが強引に誘ったんだぜ。これは気があると見るのが正常な判断ってもんだぜ」 「その判断は強引だよ。ナナカとメシ食うくらい日常茶飯事だし」 「そ、そうさ! いつものことなんだから!」 「ナナカがそういう意図で僕を誘うなんて、あり得ないね」 「そっ、そうそう。シンが男だなんて考えたこともないし」 「僕だって、ナナカが女だなんて考えたこともないよ」 「……ちょっと待った」 「かわいい乙女であるアタシに対して、いくらなんでもそれはひどすぎない?」 「そう言われても……ナナカは、ほら、幼馴染みだし」 「それと性別は関係ないでしょ」 「ナナカだって、僕をそういう目で見たことないだろ?」 「あ、あるわけないでしょっ!」 「アタシら単なる幼馴染みなんだから」 「ククク……面白いぜ」 「さてと、アタシは見回り続けるから、シンはゆっくり食べてなさい」 「え、僕も行くよ」 「いいって、いいって。このあたりの見回りはアタシの仕事だから」 ナナカは行ってしまった。 まるで、逃げるみたいだった。 「シン様がちゃんと口説いてやらないから怒っていっちまったぜ」 「シキム!?」 「なんで僕がナナカを口説かなくちゃいけないんだよっ」 僕らは幼馴染み。それだけなのに。 「ナナカ、こっちこっち」 「どうしてアンタがここに!?」 「僕だってスイーツを食べたくなることくらいあるさ」 そう言いつつ、僕はさりげなくナナカをテーブルへ導く。 「ほら、ナナカ。スイーツ全種類とっておいたぞ」 「うわー。シン君気が利くねー。明日は雨かなー」 「さり気にひどいね君も。さっちんの分も用意してあると言うのに」 「ごめんごめーん。これは大雪かもー」 もしや、あの『ピース谷村洋菓子店』のスイーツを混ぜておいたことがばれてる? 「あ、ごめん。うれしいけど。なんで?」 「ええと……日ごろの感謝で僕の奢り!」 「ええええっ!?」 「シン君。嘘はいけないなー」 「嘘とはなにを根拠に!?」 ま、まさか、ばれてる? 確かに、こうして並べると、精鋭揃いのスイーツの中で、あそこのだけなんか野暮ったい。 「うふふー。シン君が奢るなんて出来るわけ無いなんてことは、武士の情けで言わないよー」 「……ちなみに君の分は払ってもらうから。日頃の感謝ないし」 「日頃の感謝は判ったけど……代金ホントに大丈夫?」 エディにちょっと借りたけど。 「大丈夫!」 それに、僕の前には紅茶しかないけど。 「せっかく男の子が奢ってくれるのに、そういう野暮なことは言わないもんだよー。さ、ナナちゃん座って座って」 「だから君には奢らないっての」 「やっぱ、アタシも後で払うよ」 「そういうことはあとあと。さっ、早く召し上がれ」 「いただきまーす!」 ナナカは皿いっぱいに並んだスイーツを丹念にながめまわしていく。 「美味しい美味しー。『サンスーシー』のチーズケーキは幸せの味がするよー。このがっしりしたビスケット生地がまた格別だよー♪ うきゅー♪」 視線が、あのケーキ屋さんのスイーツで止まった。 中に入った生クリームが、今にも溢れそうなほどぱんぱんに入ったエクレア。 生クリームの中には、チョコレートのかけらがびっしり入ってる。 見るからに雑で、大雑把だ。 「あふぁぁ……『カフェ・ローズブランシュ』のオレンジガナッシュは太陽をいっぱい浴びたオレンジが効いてるよねー♪ くふぅー♪」 気づかれた。 あの店のケーキをナナカはどうするだろう? 「『ウィンターデルリンデン』のシュバルツベルダーはチョコレートとサワーチェリーのコンポートの組み合わせがぜっぴーん♪ あーもうあーもう♪」 でも、取ってあるケーキを残すなんてことはない気がする。 「うふふぅ。あーもう最高だよー。『ブルクシュタット』のスペシャルブッセはあまーいカスタードがやみつきになるよねー♪」 「おおっ! 『ショコラ・ル・オール』のフランボワーズショコラ! 古典的だけどチョコと木イチゴのムースがねー!」 「この甘さと酸味の組み合わせの絶妙さはなかなか出せないよー♪」 ナナカは僕の顔を見た。どういうことって聞いてる。 そういうことなんだよ。って目で答えた。 「さぁてぇ。半分ずつ食べちゃったからー。どれから食べようかなー」 「一個だけ口つけてないじゃん」 さっちんはエクレアにだけは手をつけてなかった。 「女の勘だよ。見るからに危険がデンジャラスだよー」 「はぁ、迷っちゃうなー。どれもこれも美味しいしー。奢りだと思うともっと美味しいしー」 「だから君にはおごらんって」 ナナカはちいさく溜息をつくと、見るからに野暮ったいエクレアに手を伸ばした。 「うっふっふぅ。どれにしようかなー。迷う迷う迷うー」 ナナカが口をつけた途端、白いクリームが生地の間から溢れ出す。 いくらなんでもクリームの入れ過ぎじゃないか? こぼれそうなクリームを、ナナカは器用に舌先でおさえながら、エクレアを食べていく。 おいしそうでも、まずそうでもなく、ただ平静に。 くちびるについた最後のクリームが、ぺろり、と舐め取られて、エクレアはあとかたもなくナナカの胃袋におさまった。 「ねぇねぇ、ナナちゃん。そのエクレアどうだったー?」 気づくと、ナナカの背後にいつのまにかあの店長が立っていた。 祈るように手を組んでナナカの言葉を待っていた。 「やっぱ、おいしくない……25点」 「ひ、低っ!」 店長はうつむくと、肩を小さく震わせ始め、いきなり駆け出してどこかに行ってしまった。 「うわ。低いねー。見た目からして野暮ったいもんねー」 あまりに店長さんが気の毒で。 「野暮ったくてもおいしいものだってあるだろう」 「まぁ、そうだけどねー。なんかオーラが泉でねー」 「女の勘の次はオーラですか」 「じゃあ、シン君に半分あげるよー」 「もともとシン君のお金で奢ってもらったものだしー」 「君にはおごってない」 「ナナちゃん、これはねー。試食してもらうためだからー、怒っちゃ嫌だよー」 「な、なんのことよ!?」 「わかってるくせにー。はい、シン君」 さっちんはたまに見せる極局所的な器用さを発揮して、エクレアを半分こにして僕にくれた。 それなりに覚悟して食べてみたのだが。 「……なるほどー」 「そんなにまずいかな、これ。ちゃんと甘いよ」 「アンタの味覚の基準はそれかい」 「しょっぱかったら、困るよー」 「それは問題外」 「それに……なんというか……懐かしい感じの味」 「お金払ってまで食べたくないって感じかなー」 「ふたりとも、ここに恨みでもあるの? ごく普通に甘いスイーツじゃないか」 「アンタは角砂糖でも『うまい!』でしょ」 ナナカはちょっと笑った。 「ほんとーにアンタは変わらないね。美味しいもの食べさせても、いつでも甘くて美味しいなんだから」 「わ、悪かったねっ」 「ずっと昔。これと形だけはそっくりのエクレアを食べた時も、同じ反応だったね」 「え……これとそっくりなのを僕が?」 「そう。たっぷりの生クリームの中に、チョコレートチップが入ったエクレア」 「うちでお菓子が出たことなんかなかったけど……」 「シンがうちに遊びに来た時、何度かね。味はこれと比べるのも失礼なくらい美味しかったけど」 思い出す。 ナナカのおばさんが、僕らに出してくれたケーキ。 「思い出した?」 「……思い出した」 並んでエクレアをほおばるナナカと僕。 ナナカは本当に幸せそうで……。 「すごく……おいしかった」 「甘くておいしかった、でしょ?」 「そうだ……僕はそう言った」 「アンタって、食事に対する形容が貧困だったよね。昔から。どんなものでも美味しそうに食べちゃってさ」 「でも……あのケーキは確かに……美味しかった」 「そっか。ホントに美味しかったんだ。よかった」 たっぷりの生クリームの、甘く濃くて、それでいてどこかさわやかな味。 ちょっと苦みが強いチョコチップが、生クリームには絶妙だった。 「思い出してる?」 確かに、店長さんには気の毒だけど、このエクレアとは比較にならない。 「あれがアタシにとって99点のスウィーツ」 「あ。前、言ってた99点のスイーツって、それなんだー」 「うん。思い出だから、本当の味より美味しくなってると思うんだけどね」 「へぇ。ナナちゃんにそこまで言わせるくらい美味しかったんだー。食べてみたかったなー」 「どうして無くなっちゃったの?」 「店が潰されちゃったんだ」 「ええええええええっ!!」 でも、だとすれば。 「……どうして、このエクレアは、どことなく懐かしい感じがするんだろう?」 「それは――」 「そのエクレアを作っていたのが、私の父だからだと思います」 「い、いきなり誰ー!?」 いつのまにか戻ってきた店長さんはどこか嬉しそうだった。 なぜだろう、さっきまで落ち込んでるように見えたのに。 ナナカは驚いた風もなくその言葉を引き取った。 「『ピース谷村洋菓子店』の先代、この人のお父さんは、アタシが知っている中で――」 「最高のパティシエだった」 「『ピース谷村洋菓子店』は、アタシの初恋の店だったんだ」 「初恋?」 ケーキをもくもくと食べ続けるさっちんが口を挟んで来た。 「その渋いロマンスグレーのおじいさんに夢中だったとかー?」 「いや、ハゲてつるつるだったし、じいさんには惚れてなかった」 「あー、そっちの初恋じゃないのか。もぐもぐ」 「アタシの初恋なんかどうでもいいのっ! と、とにかく」 「外見は、このエクレアみたいに野暮ったかったけど、味が最高でね。食べるたびに、とっても幸せになった」 「……もしかして、スイーツに拘るのは」 「じーちゃんのスウィーツがそもそもの始まり」 「ナナちゃんの99点かー」 「気むずかしい人だったなぁ。でも、アタシには優しかった……」 ナナカは遠くを見る目をした。 「それは……あなたが純粋にスウィーツが好きだったからだ」 僕らと同席していた店長が、そっと口をはさんだ。 あんなに嫌っているように見えたのに、同席することについて、ナナカはなにも口を挟まなかった。 「今、思えば、父にとって……あなたは、もっとも素直でかつ敏感な舌で、自分のスウィーツを味わってくれる最高の人間だったんだ……おそらく私よりも、ずっと」 でも、なぜこの人も、あんなに低い点をつけられて、嬉しそうなんだろう? 「おわ。ナナちゃんって年上キラーだねー」 「なんだか微妙に使用法が違うでしょ、それ」 「谷村のじーちゃんは、よくうちのお蕎麦を取ってね」 「行くと、ただでスウィーツを食べさせてくれることもあったし、厨房に入れてもらったこともあったなぁ……」 「スウィーツを作る手つきが魔法みたいでね。なんであんなに素早く出来るんだろうって、不思議だった」 「新作を作ると、真っ先にあなたに食べさせていた」 「私の舌より、あなたの舌を信頼していた」 「父は秘密のレシピ帳を持っていてね。生きているあいだ、一度も私に見せてはくれなかった……」 「だけど、あなたは何度も見せてもらっていた。正直、妬ましかったよ……だから私はあんなことを……」 亡くなってたのか。 「あれー? さっきさ、ナナちゃん、店が潰されちゃったって言ってたよねー?」 「あ、そう言えば」 味のレベルは残酷なほど違うとはいえ、店は引き継がれたわけで。 「判った! 潰れたも同じってことなんだー」 「なるほど……って、もう少し発言をオブラートに包んだほうがいいと思うよ」 「……潰したんだよ。私がね」 店長はうなだれた。 「……谷村のじーちゃんには、ちょっとしたコンプレックスがあったんだ」 「コンプレックス?」 「ほぼ独学でスウィーツ作りの腕を磨いた人だったから、もちろん、本場で修行したことなんかなかった」 「だから、本場のスウィーツと比べれば、自分のはまがいものだと思い込んでたみたい……」 「そんなこと全然なかったのに」 「だから、跡継ぎはまがいものにならないように、本場で修行して、本物のスウィーツを作れるようになって欲しいって……そんなことを夢見てた」 「あと20歳若かったら、自分が本場に修行へ行きたいって、何度も聞かされたよ。何度も何度も……」 ナナカは谷村のおじいさんとのやり取りを思い出しているのか、小さく笑った。 「そしてね。息子が修行から戻ってきて店を継いだら、是非アタシに、本物の味を知って欲しいって」 「亡くなる一週間くらい前だったかな……じーちゃんから蕎麦の注文があって、届けに行ったんだ」 「一ヶ月くらい前から店が閉まってて、心配してたんだけど……その時はとっても元気そうで」 「なぜか、店のスウィーツを全種類ひとつずつアタシに食べさせてくれてね」 「いつもと同じように美味しくて、アタシは嬉しくてホッとしてた。店だってまた開くんだろうって思った」 「そしたら、もうすぐ修行を終えて帰って来る息子が作るスウィーツはこれより美味しいよ、ってアタシに言ったんだ……」 「もしかして……それが最後?」 「そう。じーちゃんは、それから間もなくして亡くなっちゃったんだ。奥さんはかなり前に亡くなってたから、商店街のみんなでお葬式出した……」 「……それ覚えてる。僕も参列した……ナナカはわんわん泣いてた」 「……幼馴染みは余計なことまで覚えてるんだから、困る」 「お互い様でしょ」 「それでお店が潰れた……あれ? 潰されたんじゃなかったっけー?」 「そうだね……潰れされたんだ。私に」 店長は弱々しく笑った。 「その頃、私は父の作っていた野暮ったいスウィーツが嫌いだった……客に出すレベルのものではないと思っていた……だから……」 「店で出すスウィーツの種類を、全て変えてしまった。父の痕跡がなにひとつ残らないように、いかにも町のケーキ屋といった感じの店も改装した」 「『ピース谷村洋菓子店』なんて泥臭い名前が見るのも汚らわしく思えて『アレクサンドリーネ』に改名した」 「父のパティシエ人生の結晶だったレシピも……全て捨ててしまったんだ」 「『アレクサンドリーネ』!」 「い、いきなり何さ」 「天川のおじさんが、『あそこのケーキを買うくらいなら、角砂糖でも舐めてたほうがマシ』だって教えてくれたことがあった! あのケーキ屋さんか!」 「あ……失礼しました」 「……事実だからね」 「どうしたのー?」 「いっけない! アタシ、資材の最終搬入に立ち会わないといけないんだ!」 「今、休憩時間じゃなかったの?」 「ええっ。これからがいいところなのにー」 「休憩時間だけど、これは立ち会わないといけないんだ。だから、ごめん! 残ったスウィーツは食べといて」 「わーい、まかせてー!」 「ちょ、ちょっと待ってよナナカ……」 行っちゃった。 「スイーツの大増援だー。わーい」 「なんだね?」 「ナナカは、あの店が新規開店した時、まっさきに駆けつけたんでしょう?」 おじいさんとの約束だったのなら間違いない。 「来てくれたよ。そして……私は彼女を、ののしったんだよ」 「もしかして……ナナカ容赦ない評価を?」 「……15点だった」 今よりひどいじゃないか! 「それってもう、食べ物ってレベルじゃないねー」 「私は、本場の味がわからないくだらないヤツだ、と彼女を罵倒して、店から叩きだした……」 「でも、あの……こう言ってはなんですけど。他の人の反応だって悪かったんじゃないですか?」 「ああ……そこまではっきりと言ってくれる人はいなかったが」 「全員叩き出した……なんてことは?」 「……私は彼女にこそ褒めてもらいたかったのかもしれない……父の味を一番よく知っていた彼女にね」 「だからこそ、彼女だけは許せなかったのかもしれない……理由はどうあれ、愚かだったよ」 「なるほどねー。それで評判がひろまってああなっちゃったんだー」 「でも……ナナカだけは通い続けたんじゃないですか?」 「ナナちゃんて義理堅いところあるものねー」 「……だから、知ってたんだ」 「うん。不思議だったんだよ。なんで低い点数を出すお店に何度も行くのかってー。らしくないじゃーん」 「その上、ナナちゃん怒鳴りつけて追い出すんだよー。客を追い出すんだよー」 「彼女が最後に来てくれた時……君もいたね」 「いたよー。すごかったよー」 「すごかった?」 「この人ねー。ナナちゃんが12点って呟いたら――」 「12点!?」 どんなスイーツなんだ!? 「私も頭にきてしまってね……彼女を怒鳴りつけてしまったんだ。もう二度と、売るものかって」 「それで、ナナちゃんもついに切れちゃって。『二度と食べてやるかこのドラムスコ』って大喧嘩。それが半年前だよー」 「あの……こういう事を聞くのは失礼かもしれませんが。その時点でリピーターは彼女達――スイーツ同好会しかいなかったのでは?」 店長は小さく頷いた。そりゃあ、潰れてしまうわけだ。 「それ以降は……一ヶ月にひとりくらいしかお客が来なくなってね……遅ればせながら、ようやく私は、自分の間違いに気づきはじめたんだ」 「他の店のスウィーツを食べてみたら……私のなどとは比較にならない……どこをどうすればまともになるかすら判らない……」 「そうしてようやく、私は最初から彼女が正しかったことを悟ったんだ」 「ナナちゃんはスイーツに対して妥協しないものー」 「だけど……ナナカはもう店に来てくれなくなった」 「店の前はなるべく通らないようにしてたよ。通る時は顔そむけてたしー」 「よっぽど嫌いなんだと思ってたけど、違ったんだね」 きっとあのお店にはいい思い出があるから、見るに耐えなかったのだろう。 「……私は彼女が、父のスウィーツを幸せそうに食べていたことを思い出してね」 「父のスウィーツを作ってみようと思いついたんだ。野暮ったい父のスウィーツなら簡単に作れるとも思った」 「レシピは全て処分していたけど、手伝ってた頃のことを思い出して再現した……」 「だけど、そうして出来たスウィーツは、父の作ったものの足下にも及ばなかった……」 「だろうねー。99点だもんねー」 「父こそが本物だったんだ。偉大なパティシエ。学ぶべき人はすぐ隣にいたのに……」 「私は気づかなかった。気づこうともしなかった。いや、気づいていたのかもしれない」 「だから……私は父のレシピを捨てたのかもしれない。くだらない男の嫉妬で……」 「もしかして、その時から今までずっと、お父さんのスイーツを再現しようとしてたんですか? もしかして看板も元通りにして?」 店長は小さくうなずいた。 「12点だったんですよね?」 店長は、またも小さくうなずいた。 「なら、たった半年で13点もあがったんじゃないですか! そう簡単にできることじゃありませんよ!」 「低い点数はもうあとは上がるしかありませんからー」 「それは励ましてるの、さっちん?」 「……今の私は、彼女にそう評してもらえただけで満足だよ……」 「父の足下にも及ばないが、少なくとも、スウィーツと呼べるものにはなったのだからね……」 「これで、いつの日か、うちの評判が高まって、彼女がまた店に来てくれるようになるまで、頑張れるよ」 「このままじゃ、そんな日がいつ来るか判らないよ!」 「ナナカ!?」 ナナカは汗びっしょりだった。まるで長距離を走ってきたみたいだった。 「ナナちゃんすごい汗ー。はい、ハンカチー」 「はぁ、はぁ……ありがと」 「ナナカ、水」 「あっ、さんきゅー」 「ぷはぁっっ。くぅぅ。うめぇっ!」 ナナカはそれでもまだ苦しげにあえぎつつ。 抱えてきた袋から、数冊のノートを取り出して、店長に渡した。 「……こ、これは!? 10冊全部ある! どうしてあなたが!?」 それは古ぼけてくたびれたノートだった。 「おじいさんのレシピ帳だよ」 「でも、これは……全部処分してしまったはず……」 「アタシは小さい頃から店の手伝いで早起きでさ。だからゴミ回収車が来る前に、ゴミ捨て場でこれを見つけられたんだ」 店長はノートをひろげた。 インクと鉛筆で書かれた几帳面な字と、スイーツのスケッチが紙面を埋め尽くしているのが見えた。 「だけど……ずっと渡す気になれなかったんだ……」 「持ってたって、作ることなんて出来ないけど……これの価値も判らずに捨てちゃうアンタに渡すよりはマシだと思ってた」 「だけど、今のアンタになら渡してもいい気がしてさ」 そうか……席を不意に立ったのは、これを家まで取りに行くためだったのか。 「その方が、おじいさんも喜ぶと思うしね」 店長はノートを抱きしめて泣き出した。 「『ピース谷村洋菓子店』の見た目は野暮ったいけど絶品のスウィーツを、また食べさせてね」 店長は何度も何度も頷いた。 何か言おうとしているようだったが、言葉にならないようだった。 「言葉なんかいらないよ。味は言葉より雄弁だもの」 「すぴーすぴー、むにゃむにゃ……」 「重くない?」 「それほど」 「ぷかぷか浮かぶ魔族ってのは、その性質上軽いもんなんだぜ」 「へぇ」 「あんなに食べてるのになぜだろう?」 「燃費が悪いんじゃない?」 「それとも見た目以上に、飛ぶって大変なのかな?」 「あ、流れ星」 「いまさら珍しくもないよ」 さっきからずっと、空一面おしげもなく降ってくる流れ星。 「ま、そうなんだけどさ。なんか気分出るじゃん」 「そうかな?」 「見慣れた光景も、言葉の魔術でロマンチックに」 「今、ナナカにはロマンチックって言葉は似合わない、とか思ったでしょ!」 「……ちょっとは」 「あのさ。女の子とふたりきりで夜道を帰ってるんだから。ちょっとくらいロマンチックな雰囲気になってもいいとか思わない?」 「くぅ……すぅ……」 「ふたりきりじゃないし」 「シン様。そういう時に突っ込みを入れるのは野暮だぜ」 「アンタも黙ってろ」 「こうやって夜道を歩くのだって、別段珍しくないしなぁ」 「でもさ、こうやって一緒に帰るのって久しぶりかも」 「そうかな? このところはいつも一緒じゃないか」 「あー。そういうことじゃなくて……」 「ふ、二人っきりってこと」 「だから二人っきりじゃないじゃん」 「はぁ……シンってば相変わらず凄い朴念仁」 「ううむ。褒め言葉に聞こえない」 「褒めてないし」 「そうだったのか!」 「でも、まぁ……変わってなくて良かったかも」 「変わるわけないじゃないか。僕は僕だもの」 「でもさ、ほら、人間って簡単に変わったりするじゃん」 「僕は、海外に修行に行って帰って来たりしてないから」 「旅行する金なんかないでしょう」 「ものの喩えだよ」 「判ってるって」 「僕が変わるような何かがあった?」 「いつのまにかアンタ生徒会長なんかになっちゃうしさ」 「いつのまにかって事はないだろ。一応、選挙で選ばれたぞ」 「いや、だから、そういう意味じゃなくってさ」 「バイトしなくなったなぁ……」 「いや、それもアタシが言いたいこととちょい違う」 「でも、関係はあるか?」 「どっちなんだよ」 「アンタってさ、バイトバイトに明け暮れてたせいもあって、あまり女の子に縁がなかったじゃん」 「というか、キラキラの学園生活に縁がなかった」 「それが今じゃ、生徒会長さまで、周り中、女の子ばっか」 「だって、生徒会の構成がそうなっちゃったんだから仕方ないだろ」 って、なんで僕はこんな言い訳を。 「みんな可愛いから意識しちゃうでしょ?」 「確かに可愛いけど……」 「『ナナカほどじゃないよ』」 「とか、言って欲しいんだぜソバは!」 「黙れ。紛らわしい声色使うな!」 「言って欲しい?」 「な、何言ってるかなアンタまで。そんなワケないでしょっ」 「可愛いとは思うし、たまに、ああ女の子っていいなぁとか思うけど」 「たまにかよ」 「そりゃ思うよ。僕はそこまで朴念仁じゃないし」 「正直者めっ」 「しょうがないだろ」 「ま、そこはやっぱりアンタの美点。やっぱシンはシンだね」 「当然」 「そういうナナカだって、なんも変わってないじゃん」 「10年前から全然」 「……いや、それはいくらなんでも」 「変わってないって」 「っていうか、ここは、いつのまにか年頃になってすっかり女らしくなった幼馴染みにドキドキするとこでしょ!!」 「な、なに見てんのよ」 こうして改めて見ると……あちこち丸くなって柔らかそうになって……。 可愛くなって……。 「……言われてみれば、若干、胸がおおきくなったよーな」 うわ。思わずセクハラ発言! 「な、何言ってるか! この淫行生徒会長が!」 「これがシン様の本性だぜ」 「しかも若干!」 「ご、ごめん。でも、まずは見ないと!」 「そう力一杯言われても……確かに、見ないと判らないけどさ」 「っていうか、改めて見なくてもいいでしょ! 見慣れてるくせに!」 「いや、見慣れすぎてるのが悪いのかも……」 「あー、おほん。で、見ちゃったものはしょうがない」 「その上で聞くんだけど……もっと大きい方が好きとか?」 「な、なにを聞くんだ何を!」 「例えばリア先輩くらい?」 「そ、そんな邪な目で先輩を見たことはないぞ!」 「〈邪〉《よこしま》じゃなければ見てるんだ」 「しょっちゅうじゃないって!」 「仕方ねぇよ。シン様も男だから」 「でも俺様は許さないぞ! リアちゃんのおっぱいは俺様のもんだからな!」 「ラキン!!」 「まぁ、あの胸は凶器だから……女のアタシでもたまに見ちゃうし……」 「揺れるとすごいよね」 「うん……って、アンタ思いっきり邪じゃん!」 「墓穴!?」 「おっと、シンがスケベなんで行き過ぎちゃうとこだったよ」 「シンのスケベさに関しては後日改めて審問するということでよろしく」 「するなっ! っていうか、しないでください」 「リア先輩の意見も聞いてみるか」 「聞かんでいい」 「それと、さっきはごめん……」 「えっと……その……ナナカもさ……」 「だから、なに?」 「なんというか、可愛くなったよ」 「な、なな、なに言ってるかな幼馴染みに!」 「……でも本当だって」 「ま、まぁ、シンが本心でそう言ってるのは判るけどさ」 「だからって言って、アタシにそういうこと言ってもね」 「じゃあどういう相手に言うんだよ?」 「そういう台詞は、口説きたい相手にいいなさい!」 「……口説くって……それじゃあナンパ男みたいじゃないか」 「あー、判ってる判ってる。シンがそうだなんて思ってないから」 「じゃ、生徒会長さん。さっさと帰って今日の疲れをちゃーんと取りなさいよ!」 「え、あ、ああ。ナナカの方こそご苦労様。おやすみなさい」 「おやすみ、シン」 ナナカは小さく手を振ると、商店街に消えていった。 「つい条件反射で学校に来ちゃったけど、今日って日曜日なんだよね」 「まあ、誰もいないわな」 「無人の校舎に忍び込むなんて、わくわくしちゃいます」 「生徒会なんだから、堂々としなさいよ」 「けどリア先輩には今日くらい生徒会活動は休めって言われてるしなあ」 「休まなかったら、どうなるんでしょうか?」 「大目玉を食うことに」 「それって美味しいんですか?」 「怒られるんだよ」 「ひえーっ。先輩さんに叱られるんですか〜」 「普段ニコニコしてる人ほど、本気になって怒ると怖いことが多いからね」 「うう〜っ。天使も危うきには近寄らずなのです」 「怒られるのも嫌だし、アタシは家の手伝いでもするよ」 「おお、久々だね」 「そそ。最近忙しかったから、たまにはね」 「お休みなのに大変です〜〜」 「ま、意外とそうでもないもんよ。それじゃ」 結局、僕とロロットが残った。 「会長さん。今日はこのあと何か用事でもありますか?」 「用事?」 「はい、そうです」 用事、用事……。 な……ない!? 用事がない!? 今までずっとアルバイトをしてから気づかなかったけど、休日にやることがない!! やったー!! 「ないよ、もちろん。だって、生徒会長だしっ」 「生徒会活動がなければお休みですものね。とはいえ、何もやることが無いのも、それはそれでつまらなくありませんか?」 「……そうだよね。せっかくキラキラの学園生活を送れるようになったんだ。それなのにやることがないなんて……」 「もっと楽しく青春を謳歌しましょうよ!」 ロロットが乗り気だ。 こ、これはロロットと楽しく過ごせるチャンスかも!? 「あ、あのさ、ロロット――」 「それでですね。お暇なら、一緒に探検でも行きませんかっ?」 「へ? 探……検?」 「はい、探検です♪」 「いつもお休みの日は『探検の日』にしてるんですよ」 「知らないことが山ほどあるのです。なにせこの街に降りてまだ1年も経っていませんからね」 「降りて?」 「あわわ、在り居り侍りなのですよ!」 「で、その探検ってのは何をやるんだい?」 「行動力を以てして、未知なるものを既知な存在に変えるのです」 「ふむふむ。要するに知らないところに行ったりして見聞を広めるわけだね」 「はい。その通りなのです♪」 「それで、このポスターはどうするの?」 「探検のついでにキラフェスのお知らせもしようかと」 なかなか機転が利いている。 「では参りますよ。レッツゴーなのです!!」 ロロットが僕の手を掴んで―― 一瞬にして、景色が揺らいだ。 「ちょ――!! ロロット、待って!!」 「いきなり止まッ」 「そうでした、そうでした。大切なことを忘れていましたよ」 「うぐぐ……」 「わあ!! 今度は何!?」 目の前で、見るからに高級そうな車が急停止した。 そして運転席から人影が飛び出し、三転してから匍匐する。 「ヒー!!」 「お嬢さまの安全はこのリースリング遠山めにお任せを」 「あっ、危ないじゃないですか〜〜っ!! もっと余裕を持って停めてくださいよっ」 「ご安心を。精密に停車しますので、このリースリング遠山に誤差の範囲など不要でございます」 「というかその銃が一番危険ですから収めてくださいっ」 「じいや。今日は会長さんと探検しますので〜」 「……了解いたしました」 「まあ、危ないところに行く気はないので大丈夫だと思います」 「会長さん。そこは自信を持って言わないと、じいやが納得してくれませんよ」 「大丈夫です!!」 「肩の力を抜いていただいて結構です。力むと怪我をする要因が生まれますので」 そんなことを言われても、凄いプレッシャーなんですが!! 「お嬢さまの身になにかありましたら、こちらにご連絡下さい」 「あ、ご丁寧にどうも」 名刺をいただこうとした瞬間だった。 紙の端から鋭利な刃物が飛び出した!! 「もしもの時にはこちらを」 「使いませんて!」 「それでは引き続き探検をお楽しみ下さい。失礼いたします」 「気をつけて帰るのですよ、じいや」 「はい、お嬢さま」 こんな狭い路地でわざわざドリフトしなくても……。 「さあ、会長さん♪ 猛ダッシュで参りますよ〜〜♡」 「わわーーッ!!」 「ペタペタ」 「おい、天使。ポスター張ってるだけじゃねえか。これのどこが探検なんだ? どっちつかずになるじゃねえか」 「パンダのくせにまともなことを……」 「天使は二物を与えるのです」 「って、何を言わせるんですかー!!」 「けど、よりによって住宅地を回るとは……ここに何か面白いものがあるとは思えないぜ」 「そうかな? 煌びやかな住居。整えられた路地。庭師の芸術に目を奪われる。色々と発見もあるんじゃない?」 「天使はお嬢さまだろ。これくらいのブルジョワ感なんぞ大したことないぜ」 「そうだった……」 噂によるとリア先輩よりもお金持ちらしい。なにせお抱えの執事までいるんだからなあ。 これくらいで満足できるとは―― 「会長さん!! 可愛い番犬さんがいますよ!!」 番犬というか子犬だな。 「トイプードルを放し飼いにするなんて、まさに無法地帯だぜ」 「なるほど。法を守り抜くには番犬さんが必要なんですね」 「この犬はアウトローって、そうじゃねえよ。室内犬が出歩いてるからおかしいと言ってんだ」 「そんなことも知らねえとは、本当にお嬢さまかどうかも疑わしいぜ」 「おいでおいでー」 「おい、無視すんじゃねえ!!」 「あっ、やんっ」 「ろ、ロロット?」 「えへへ。指を出したらペロペロされちゃいました」 「な……な〜んだ」 いきなり艶めかしい声をあげるからビックリしたよ。 「指を舐められるとゾクゾクしちゃうんですよね〜〜。不思議です」 「くすぐったくなるんじゃない?」 「自分で舐めると何でもないんですけど」 「予測できないところを舐められるからだよ」 「おお〜!!」 「それくらい常識だぜ」 「それはないと思うけど」 「そうは言いますけど、私が知らないことはそれこそ湯水の様に溢れかえっているのです」 「ゆ、湯水……?」 「なので、自分が非常識なんてことは百も承知なんですよ」 「謙虚だなあ、ロロットは」 「だからこそ、人間界での常識を得るために様々な発見を必要としているんです!!」 「この世界には私の知らないことがまだまだた〜〜っくさん眠っているのですから!!」 「うんうん。いい心がけだよ」 「本当は楽しいからってだけなんですけどね♡」 「正直だなあ、ロロットは」 「さようなら、トイプードルさん♪」 「ポスターはこんなもんかな。ロロット、次は――」 「おおーっと!!」 引きずられることで、ロロットがエネルギッシュだったことを思い出す。 普段はまだ大人しいほうなのだ。けど、二人きりになるとリミッターがはずれるのかな。 「けど、ここはキラフェス準備で結構行ってると思うんだけど……」 「生徒会活動で行くのは、いつも平日じゃないですか」 「休日に来ることは、そんなにありませんからね」 「確かに。人は多くなるもんね」 「向かう時間や日付によって移り変わる景色と雰囲気。それが新発見の糸口なんです」 「例えばあそこのラーメン屋さん。いつもランチをやっているのに今日はやってません」 「休日だからね」 「その『違い』が重要なんです」 「どうして違いにこだわるの?」 「私の故郷には違いが無かったんですよ」 「どういうこと……?」 「時間の移ろいが無かったんです」 「四季もなく、朝も昼も夜もない場所だったんです」 「それって例えば凄い北か南の方とか?」 「もっと遠い場所です。きっと会長さんが知らないところでしょう」 「天界とか?」 「ちちっ、違いますよ!!」 「時間が変わらない、か。さっぱり想像できないなあ」 「退屈でしたよ。だって何の変化もないんですから」 「うーん。確かに。けど、それはそれでいいこともあるんじゃない?」 「どうしてそう思うんですか?」 「時間が経たないってことは、ずっと長生きできるってことでしょ」 「そうかもしれません。けど、何もしない、何も感じないで生きることにどんな意味があるのでしょうか……」 「私は今、こうして時間が進んでいくという感覚が楽しくて仕方がないんです」 「皆さんと一緒に生徒会活動をしていて、本当にそれが実感できます」 「そうだね。僕も生徒会長になってからは、時間の進みが早く感じちゃってる」 「それだけ充実して楽しいんですよ」 「楽しい時は早く過ぎるって言うからね」 「本当ですね。もう、お昼の時間です」 「どこかでご飯でも……」 「会長さん!! ここいらで一つ提案です。『ふぁあすとふうど』というやつを食べたいのですが」 「ファーストフード。まあ、あるにはあるね」 「確かここら辺に……っと、ありました! ネズミのお肉をミンチにして――って、ネズミさんですか!?」 「違う違う! どこのデマ? ちゃんとしたお肉のハンバーグをパンに挟んで食べるんだよ」 「ハンバーグですか!?」 「その名もハンバーガー。それがなんと100円で食べられるんだよ!!」 これならお財布にも優しい。 「500円玉でも買えますか?」 「なんと!? それなら5つも買えるじゃないかっ」 「それなら決まりです!! ハイスピーディングで行きましょう!! さあ早く!!」 「てか、目の前」 とりあえず100円で買えるチーズバーガーとチキンバーガーを買ってみた。 「では、5つでお願いします」 「そんなに食べるの?」 「お釣りは邪魔なのですよ」 「さ、さすがお嬢さまだ……どっち食べる?」 「ハンバーグがいいです♪」 ハンバーガーの入った袋を手の上にポンと放る。 「えと……お箸かフォークは無いんですか?」 「そっかそっか。これはね、こうして袋を開いて口をあーんと開けて――」 「え? あ、ああーーっ!」 「ぱくっ、もぐもぐ…… うまい!!」 「そ、そんなはしたないこと……するんですか〜〜」 「他の人を見てみなよ。みんなそうしてるでしょ」 「朱に交われば頬が赤くなります」 「恥ずかしいのは最初だけだよ。ほら、やってごらん」 「はい……ドキドキ。あ〜〜ん、ぱっくん」 「わあ〜〜。とっても美味しいです〜〜」 「うん。相変わらずうまいなあ」 「こうやってむしゃぶりつくなんてことは、普段のお食事では御法度ですからね。そう考えるだけでもドキドキです」 「値段もお得だしね」 「いわゆるジャンクフードだぜ」 「ジャンクだろうがジャンプだろうが、うまいものはうまいんだよ」 「まずいとは誰も言ってねーぞ。ただ健康面を考えるとどうしてもな……」 「パンダのくせに細かいこと言うんだから」 「食べたいのなら、私の分を1個分けてあげますよ」 「おおお、なんて思慮深い!! さすが天使様だぜ!!」 「パンと愛情は分かち合うものなのです。そして私は天使じゃありません。もぐもぐ」 「美味しいですね、会長さん♡」 「う、うん!」 こうやって女の子と一緒にファーストフードにありつける日が来るなんて。 まさにこれが夢にまで見たキラキラの学園生活かも!? 「こうやっていると、まるでデートをしているみたいですね」 「で、デート!?」 そうかっ、これがいわゆるおデートといわれるものなのかーっ。 「けど、これはデートじゃありませんよ」 「えっ。そ、そうなんだ」 「これは探検ですから、デートじゃありません。そもそもデートと言うものはですね――」 「男女が前もって時間や場所を打ち合わせて会うことと書いてあります」 「ま、まあ、その通りだけど……」 「デートって楽しいんでしょうかね〜? ただ会うだけなら、そんなに楽しいとも思えないんですが……」 「そっ、そんなことないよ!!」 「じゃあ、具体的にはどのようなことをするのでしょうか?」 「そ、それは……それはね!!」 「まず会ったら一緒に手を繋いだりなんかして、そのまま一緒に遊園地で遊んだりする」 「そして一緒に手作りのお弁当を食べたりして、仲良く一緒にお昼寝をする」 「一緒にきれいな夕陽を眺めてから、今度は一緒にレストランに行ってうまいビフテキを食べるんだっ!!」 「おお〜〜!! それはなにやら楽しそうですね〜〜」 「そうでしょ、そうでしょ。ソイソースでしょ」 「いつか会長さんと一緒にちゃんとデートができたらいいですね」 「えっ!! そ、それってもしや……ドキドキ」 「美味しいビフテキとやらをお腹い〜〜っぱい食べてみたいです♪」 色気より食い気か……。 「生徒会に入るまでは、お休みや放課後といった時間を使って探検をしていたんですよ」 「すると生徒会活動のせいで、探検できなくなっちゃったんだね」 「いいえ、そんなことはありません。生徒会では、私一人では見つけられない発見がたくさんありますもの」 「そっか。それなら良かった」 二人でおしゃべりしながら過ごしていたら、アッという間に暗くなってしまった。 「ロロット、そろそろ帰らないとリースリングさんが心配してるんじゃない?」 「ああ、そうかもしれませんね。お気遣いありがとうございます」 「あはは、本当はもっと一緒に楽しく過ごしていたいんだけどね……」 「会長さん?」 「あああ!?」 思ったことをそのまま言葉にしちゃったけど、これって常識的に考えればまるでロロットに気がある発言だぞ!? 僕がロロットのことを気にしてる……そりゃ可愛くて、とてもいい娘だけれど。 「会長さん、どうされたんですか?」 全く気がついてないところをみると、世界の変遷に興味があるだけで僕という存在には興味ないのかな……。 「くすくす、おかしな会長さんです♪」 先輩なのに情けない。このままじゃ慕われるどころか軽蔑されてしまう。 よしっ、もっともっと頑張ってロロットに尊敬されるような生徒会長になろう!! そしてロロットの興味を惹くような男になるんだっ。 そうすればまた、こうしてロロットと一緒に―― 「もしもし、じいや? 今、海の近くにある公園に――」 「いまお空にピューって」 「ああ、流れ星」 「きれいですね〜〜」 「うんうん。ところで電話はいいの?」 「ああ!! ごめんなさい、じいや。お迎えをお願いいたします」 「こんなにきれいで素敵なものが、世界の脅威になるなんて信じられません」 「うん……けど、何が起こるかもわからないからね」 「おかしいんです。私が聞いた話では、別に困ることはないはずなんですよ」 「え? リ・クリエがかい?」 「はい。これは一過性のものですから」 「ていうかさ。なんでロロットが、そんなことを知ってるの?」 「ほへ?」 「リ・クリエが大したことじゃないってこと。僕なんかつい最近まで知らなかったのに」 魔王だっていうのにね。 「あっ!! ああーーっ、そ、それはですね……えと……え〜〜っと」 「もしや、好奇心に任せて図書館でいっぱい調べたとか!?」 「そうです!! その通りなのですよ」 「けど、図書館にそんな本が置いてあるとも思えないしなあ」 「もう!! いきなり否定しないでくださいよ!!」 「え、え〜〜っと。その情報はですね。全部ガイドブックに書いてあることなのですっ」 「へえ〜〜凄い本だね。今度見せてよ」 「そ、それはできないのです。というより私の母国語で書かれてますから読めないのですよっ」 「ああ、そっか。すごいなあ、バイリンガル」 「えっへん、なのです」 「お嬢さま。お迎えにあがりました」 「じいやが遅れてくるなんて珍しいですね。どこかに行かれてたんですか?」 「ええ。本日のディナーを狩りに」 「か、狩り?」 「では、帰りましょう。会長さん、今日は本当にありがとうございました」 「こちらこそ、ありがとね」 「お楽しみになられましたか?」 「それはもう! 有意義な一日でした。なんといってもハンバーガーを食べたんですっ」 「あの囚人服を見ていると過去の自分を思い出します」 マスコットキャラの話か? 「今度は、ビフテキを食べに参りましょうね」 「一緒にお腹いっぱい食べましょう!」 「そ、それって……もしかして……」 「はい! 探検じゃなくて、デートの約束ですっ」 「お、おおっ。おおーーっ!」 やったっ! デートができるんだっ。ロロットとデート! けど、ビフテキっていくらぐらいするんだろう……そ、それまでにお金を貯めておかなくっちゃ。 「ひいっ! 何するんですか!」 「くすくす。じいやったら、やきもちなんか妬いたりして大人げないですよ」 嫉妬だったのか!? 「では参りましょう。ああ、もうお腹がペコペコですよ〜」 「本日のディナーは松阪牛のビーフステーキでございます」 「えっ!? それってビフテ――」 「お〜〜それはそれは。1週間振りではありませんか。楽しみですね〜〜」 「松坂1週間!?」 「会長さん。また明日にお会いしましょうね。おやすみなさい♪」 「あ、ああ……おやすみ」 「さ……よ……う……な……ら」 ガックリとその場で膝をつく。 「まさに無情だぜ」 「アォーーッ!!」 お客さんや参加者に振る舞うご飯作りも一息ついたところ。 「あれ? もうすぐ始まるってのに、ロロットは何処行っちゃった?」 「ククク……これからつまみ食いタイムだというのに馬鹿なやつだぜ」 「こらーっ」 「会長さ〜〜ん!!」 「おお、いたいた。いきなりいなくなるからビックリしたよ」 「ビックリするのは、これからですって」 「わあ!! なんで変身してるの!?」 「今頃気づいたんですか? さあ、時間もないので早く変身して下さい」 「だから、どうして!?」 「いいから早くして下さいっ!!」 「や、やめて〜〜っ」 「ハァハァ……で、どうするのさ……」 「ステージを盛り上げる為には、盛り上がることをしなくてはなりません。そこでですね」 「今から楽しい嬉しいヒーローショーをやりますよ〜〜っ!!」 「なんと!!」 「ちゃんとステージの使用許可はとってありますよ。スケジューリングもバッチリンコです」 「いつの間に!!」 「ついさっき決めました」 「なんという土壇場……」 「ヒーローショーだ? ガキじゃあるめえし」 「客寄せもできないくせに、ワガママ言わないで下さいよ」 「俺様は見せ物じゃねえぞ!!」 「ほら、皆さんも待っていますから」 「シーン!! こっちこっちぃ」 「あれ。ナナカまで変身してる」 「なんてったってアイドル――じゃなくて、ヒーロー役だもんね」 「ナナカがヒーローぉ!?」 「声裏返すな!! アタシで悪いか!!」 「私と会計さんのユニットで『ふたりはクルくる』をやろうと思います」 「そのクルくるって、何の略?」 「クールなくるせいだーす、です」 「ナナカがクールぅ!?」 「アタシだけか!?」 「クルセイダースは5人じゃないの?」 「それじゃあ『クルくるファイブ』になっちゃうじゃありませんか!!」 「というより人手不足なので却下です」 「他の人は何をやるの?」 「『は〜〜い、みんな! こんにちは!! あれー? 聞こえないぞぉ、もう一回。うんうん、みんな元気いっぱいだね〜〜♪』」 「いつも通りのようにも見えるけど」 「ヒーローショーには欠かせないという、みんなの『お姉さん』です」 「うふふっ、お姉さんだって♡」 それにしてもこの先輩、ノリノリである。 「それじゃあ残るは……」 「クマー」 「聖沙……じゃなくて、ブラックマは何をするの?」 「ブラックマさんはですね。戦闘員さんです」 表情は見えないけど、負のオーラを身に纏っている。 「どうしてそんな目に……」 「この姿でヒーローは務まりませんから」 「納得すなー!!」 「最後に会長さんです」 「会長さんは悪の魔王様になって頂きます」 「えっ……。ま、魔王って、ええーーっ!?」 そ、そんなもしかしてロロットは僕が魔王だと気づいてこんなことを……!? 「悪い魔王様だったら、ちゃ〜んとお仕置きしてあげないとね♡」 「り、リア先輩まで……!?」 「大丈夫ですよ、会長さん。消去法で決まっただけですから」 「そ、そうなのかー。余り物には福があるって、ん?」 「最初に謝っとく。痛くしたらゴメン」 「そういうことかーー!!」 「台本はこちらです」 ざっと見て、頭にたたき込んでおく。魔王様は、たっぷりと脂の乗ったコテコテの悪役だ。 「聖沙、もう覚えたの?」 「台詞一個だけだし……」 「あらすじはですね。まず仲良しの女の子が二人いました」 「それがアタシ達、ふたりはクルくる!!」 「その女の子が同じ男の子のことを好きになっちゃうんです」 「しかし、それはとっても悪い魔王様で、二人のことを騙すはおろか利用までしていたんです」 「咲良クン、最低ね」 「僕じゃないのに」 「それに気づいた二人は友情を取り戻し、悪い魔王様をやっつけます」 「聖沙ちゃんの出番はどこに?」 「そこで爆発する時に巻き込まれる役です」 「感動必至のストーリーだね。よし、いっちょ派手にやりますか!!」 拒否をする暇もなく本番が始まる。 「乙女の恋心を悪用するなんて許せないわ」 「けど、そんなことで私達の友情を壊せると思ったら大間違いよ」 「知恵……力……勇気……。それがいったい何になる? それの先には何がある?」 「何よ、偉そうに。なんでも『うまい』としか言わないくせに!」 「くはっ」 「いつも出涸らしのお茶ばっかり煎れる悪行三昧。見過ごすわけにはいかないの!」 「ぐほっ」 「ムムム……魔王とは関係ないことまで……」 「ファファファ。見ているがいい。この世の全てを破壊してやる!!」 「そんなこと絶対にさせないわ!!」 「私達の名にかけて!!」 「いくわよ、クルくるシアン」 「いくわよ、クルくるピンク」 「さっさと」 「魔界へ」 「お帰りなさい!!」 「さあ、会場のみんなも二人を応援してーー!! 二人にみんなの力を分けてあげてーー!!」 「ナナちゃん、がんばれー。負けるなー」 「後方支援はこのリースリング遠山めにお任せを」 「みんなの声が聞こえるわ……」 「悪を倒せと轟き叫ぶ声が聞こえるわ!!」 「果てしなく無意味!! そして無謀なり!!」 「どんどん力がみなぎってくる。みんなが私達に力を貸してくれているんだわ!!」 「ファファファ。そんなもの、この魔王様には通用しな――」 「ちょっ……! 今のフライングでしょ!!」 「先手必勝なのです!!」 「心の準備はいいかしら?」 「ふたりはクルくる本気モーードッ!」 「ば、馬鹿なー!?」 「今よ!!」 「いっけえーーっ!! クルくるパワフルダイナミックスペシャルゴージャスキラキラアターーック!!」 「クマー!!」 「ぐわあああーーっ!!」 「これが夢見る乙女の力」 「そ、そんな馬鹿な……ウボェアーーッ!!」 「こうして世界の平和は守られたのでした♪ みんな〜、応援ありがとう〜!! この後も流星キラキラフェスティバルを、いっぱいい〜っぱい楽しんでいってね!!」 盛大な拍手と共にヒーローショーは幕を閉じた。 「皆さん! お疲れさまでした!!」 「おつかれさまでした〜」 「なんとかなるもんだー」 「怪我もなくて本当に良かった」 「すごく盛り上がったし」 「そ、その。ドンマイ!!」 「けど、おかげでほら!! お客さんがいっぱい中庭に集まってくれましたよ」 「うんうん。大成功、だね」 「みなさん、ご協力ありがとうございました」 「うい!」 「ククク……では、持ち場に戻るとしますよ」 「その前に、次の台本を渡しておきますね」 「午後には『ふたりはクルくる マッシヴハート』を披露いたしますので、皆さんよろしくお願いしますよ」 新作でも、配役は何一つ変わっていなかった。 「しっかり覚えてきて下さいね♡」 そしてまた爆発オチだった。 「休憩入りま〜〜す」 「おや、シン殿。お疲れさまにございます」 「やあやあ。紫央ちゃんも休憩かい?」 「それがしは祭りの熱気に感化されておりますゆえ、休息は不要にて候」 「で、何してるの?」 「監視……とでも申しましょうか。不届きなる者を見つけては即・滅・斬!」 「無理しないでちゃんと休憩は取るんだよ」 「お心遣い、痛み入ります」 まあ、不届き者もいないようだし、これはこれでいい休息になってるのかな。 「先ほど、ロロット殿もお休みに向かわれましたぞ」 「あ、そうなんだ」 「背丈の高い御仁と一緒に歩いておりましたな」 「ああ、リースリングさんかな?」 「シン殿! あの御方をご存じなのですか!?」 「ま、まあ。ちょっとだけど」 「一寸足りとも隙のない、まさに手練れと申す者。誠に素敵な御方であった……♡」 聖沙と従姉妹の血が通っているだけのことはある。 「あれ……トントロだ」 パイプ椅子の上で、見覚えのある豚が鎮座していた。 「こんなところに貯金箱を置いとくなんて……」 このままじゃサリーちゃん辺りが…… 「あーつかれた。どっこら――」 「ショーーック!!」 とか言って腰を下ろしかねない。 壊されないように他の安全な場所へ持って行こう。 「わ、重い……」 「ククク……さすが、シン様。そのまま現金丸ごとパクっちまおうだなんて、かなりあくどいぜ」 「金銭欲に目が眩むとは、生徒会の長としてあるまじき愚行。その腐った性根、それがしが叩き直してしんぜよう!!」 「ひどい誤解だよっ」 「しかしパッキー殿がこう申しておるではありませんか!!」 「ククク……その通りだぜ」 「物の怪……?」 「ノンノン、可愛いブラックマちゃんでございま〜す♡」 「それがしを謀るとは卑怯なり!! 恥を知れ、成敗いたす!!」 「ヒスの従姉妹じゃねーのかよ!?」 というか、そのキャラはブラックマじゃないし。 「矛の速贄となるがよい!!」 「ヒーーッ!!」 「わ! 危なっ」 これは一刻も早くトントロを何処か安全な場所に持ってかないと。 「お、ロロット!! いいところに――」 「どうしてトントロを!?」 「ヒぃ!!」 ま、まさか僕を盗人と勘違いをして!? 「ギャ!!」 「し、シン様……」 「紫央ちゃん、大丈夫!?」 「微動だにしない……リースリングさん、なんてことを……!」 「急所をはずしております」 「そういうことじゃなくて――」 「ただの催眠銃ですから、ご安心を」 「へ?」 「すや……すや……」 パッキーが健やかすぎる。 「……どうして、こんなことを?」 「トントロの安全確保が最優先でしたもので」 「そうだったんだ」 その割にはよく壊れているような気がする。 「じいやったら、いきなりなんですもの。会長さんが驚かれるのも無理はありません」 「念には念を。目には目を。歯には歯を」 「てっきり僕が狙われたものとばっかり」 「狙われるようなことをお考えで?」 「そ、そういうわけじゃ……」 「大丈夫ですよ、じいや。会長さんはトントロを奪ったりなんかしませんから」 「壊すだけかと思いきや、まさか奪うつもりでいたとは……ッ」 「誤解ですってば!! ほら、はい!!」 「ありがとうございます〜〜♡」 「任務完了。ご協力に感謝いたします」 「これがないとお買い物ができませんからね」 「では参りましょうか」 「あれれ? 会長さんは、お一人なんですか?」 「かはッ、痛いところを……」 「でしたら、私達と一緒に楽しみましょうよ!!」 「えっ、いいの……?」 「その方が楽しいじゃないですか。ねえ、じいや」 「戦場で生き残る確率が高まるかもしれません」 「そ、それってどういう意味でしょう?」 「くすくす。照れているんですよ、きっと」 「ほ、本当にいいの?」 「はい!! じゃあ、早速行きますよ」 「え!? あ!? ああーーッ」 僕の手を掴んでよーいドン。 「ほら! 遅れたらダメですよ、じいやっ」 「了解です、お嬢さま」 「お待たせしました♡」 「待ってましたー」 「なんかご馳走になっちゃってすみません……」 「いいのいいの。なんといっても生徒会長だもん、ねー♡」 「ねー♡」 ロロットがノリノリだ。 それもそのはず。和菓子倶楽部特製のバニラアイス載せお餅入りどら焼きが目の前にあるのだから。 「じゃあ、遠慮なくいただきま〜〜す」 「あの……お気に召しませんか?」 「もう……じいやったら、まだあのことを気にしているんですか?」 「前に差し入れで頂いたケーキを食べようとした時に――」 「毒が盛られている可能性がございます。まずはこのリースリング遠山が安全を確かめましょう」 なるほど、護衛らしいお仕事というワケか。 「そんなことを理由にして、私の分を食べちゃったんですよ!」 「あの時のお嬢さまには戦慄を覚えました」 「怒られたんですね……」 「まさか1個限りとは露知らず、言い訳のしようもありません」 食べ物の恨みは怖いと言うけど、リースリングさんの苦労も窺える。 「そんなことを言わなくたって、最初から半分こにするつもりだったんですよ。それなのにじいやったら……ぱくぱく」 心中お察しします。 「聞こえてるし!?」 「ほらほら! 早く食べないとアイスクリームが溶けちゃいますよ」 「では、頂きます」 「どうですか、じいや」 「おいしゅうございます」 「先輩さんが選ぶ和菓子は当たりばっかりですから」 「お嬢さまも色々と経験されているようで、なによりです」 「じいやこそ。いくら執事だからと言って、悪の組織や猛獣と戦ったりしてばっかりではいけませんよ」 否定しないってことは、まさかしているのだろうか? 「じいやは執事かもしれません。けど、それ以前にじいやはじいやなんですから」 「お嬢さま……」 「はい、じいや。あーん♪」 リースリングさんにそれを要求するのは、ハードルが高過ぎやしないか!? 「あーん」 それを、いとも簡単にこなしてしまった。 「美味しいですか?」 「コク……」 「良かったです♪」 ロロットとリースリングさんの間には、僕では到底計り知ることのできない絆があるのかもしれないな。 「ねえ、ロロット。リースリングさんなら、アレとか得意そうじゃない?」 「アレは……なんでしょう?」 「射的だよ」 「なんだか楽しそうですね!! やりましょう、会長さん!!」 「おう、よってらっしゃい!」 「遊びに来たよ、タメさん」 「1回100円で弾丸10発。さあ、はったはった!!」 標的は生唾を飲みたくなるほどのガラクタばかりだ。 「よ〜〜し。じゃあ、まずこんな感じで的を狙って……」 「お! 当たりました」 「くっ、やっぱり落ちないか……!!」 「落ちないともらえないんですか?」 「うん……まあ、重い物だからしょうがないんだけど」 「ははは、毎度あり〜」 あれはタメさん秘蔵の自律型丸ポストエクスアンリミテッド。こういうときでないと手に入らなそうな代物だ。 「なんだか楽しそうですね〜〜」 「じゃあ、次はロロットの番」 僕の真似をする感じで、適当に的を狙うが―― 「はずれです〜〜」 「残念、惜しかったっ」 「次はじいやの出番ですよ」 「申し訳ありませんが、害も無く無抵抗な者を撃つことは出来ません」 「僕は、よく撃たれているような気が……」 「でしたら、上手なやり方を教えて下さい」 リースリングさんは、ロロットの背後に回った。 「スナイパーライフルはこのように構えるようお持ち下さい。そしてこの照準を対象に合わせます」 「おおー。こういう風に見るんですね〜〜」 「脇を締めて、発砲時に軸がずれないように固定しましょう。引き金を引いて下さい」 「えいっ」 「おーー! 当たりましたーー!」 しかしターゲットは微動だにしない。 「ご立派です、お嬢さま」 「ありがとうございます。けど、じいやのおかげですよ」 「しっかし、落ちないなあ……自律型丸ポストエクスアンリミテッド」 「むう〜〜。なにかいい方法はありませんかね〜〜」 「ははは、諦めて他を狙えばいいってことさ」 「そうすると負けた気分になりますね。これは諦められませんよ!!」 「お嬢さまに敗北は似合いません。さあ、もう一度ご一緒に」 「じいやを信じます」 「リースリング遠山めにお任せ下さい」 「がんばれ、二人ともっ」 「今です、お嬢さま」 「たあっ」 「間髪入れずに連射しましょう」 幾多もの衝撃が、巨大な丸ポストを刺激する。その衝撃で重心が不安定になった。 「最後の一撃で沈めましょう」 衝撃と自重に耐えきれず、自律型丸ポストエクスアンリミテッドが横転した。 そのままゴロゴロと転がっていき―― 「わあああ!!」 それが相次ぐ連鎖になって、乗っていたものを全部落としてしまった。 「任務完了」 「すごい……これって全ゲット?」 「やったーー! やりましたーー!」 ロロットと手を取り、喜びを分かち合う。 「くうーーッ! 持ってけ泥棒ーーっ!!」 結局、3人分だけもらうことにした。 「さすがですね、じいや」 「……ありがとうございます」 「いや〜〜。こちらこそありがとうございます」 念願の自律型丸ポストエクスアンリミテッドを手に入れたぞっ。 ちなみにロロットはメトロノーム。リースリングさんは有刺鉄線のネックレスをもらっていた。もちろん、つけてはいないが。 「どうですか? キラキラフェスティバルは」 「美味しい物をご馳走になり、素敵なプレゼントまで頂いて……本当に素敵な催しですね。お嬢さま」 「うふふ。じいやにそう思ってもらえるなら、大成功ですね♡」 「こうやって毎日を楽しく過ごせるのも会長さんのおかげなんですよ」 「お嬢さまも喜んでおられます。感謝の言葉を送らせて頂きたい」 「い、いや、僕は何もしてないって。ただ、みんなと一緒にキラキラした学園生活を過ごしたいと思ってただけだし……」 「この学園に来て、生徒会に入って。最初はどうなることかとドキドキしていましたが、わくわくすることばかり続いて、本当に幸せなんですよ」 ロロットが目をキラキラさせている。 「これであの子も一緒だったら……」 その輝いていた瞳に陰りが見えた。 「故郷にいた大切な友達を思い出していました」 「友達……」 「はい。本来なら、その子も一緒に流星学園で楽しく過ごしているはずだったんです。それなのに……」 「その友達は、今どこにいるの?」 「今はきっと……」 ロロットは寂しい目をしたまま、空を仰いでいた。 その友達は遠い空の彼方、手を伸ばしても届かないような場所にいるのだろうか。 その友達って、天使なのかな。 「この楽しさを伝えることが出来てさえいれば……きっとあの子もわかってくれたはずなのに……」 「ロロット……一体、何があったんだい?」 「いいんです。もう過ぎてしまった、ことなのですから……」 そうやって諦めたような言葉を並べておきながら、どうして唇を噛んでいるんだ。 「ごめんなさい。せっかくの楽しい雰囲気を台無しにしちゃいましたね」 「あ、いや……」 いつも底抜けに明るいロロットでも、ああいう表情をするときがあるんだな。 僕が何かしてあげられればいいんだけど……今は余計なお世話になりそうだ。 「お嬢さま。次はどこに連れていっていただけるのでしょうか?」 「そうそう、そうでしたね! 今日はこの私にドドーンと任せて下さい!」 ロロットは胸を張る。 「さあ、会長さん! 全てのお店を回るくらいの勢いで、参りますよーーっ」 「わっ、わわーーっ。もう、ロロットってばーーっ」 けど、引っ張り回されるってのも、楽しくなってきたぞ。 「はふーーっ。お腹いっぱい夢いっぱいだ〜〜」 「お土産もいっぱいもらっちゃいましたね♡」 「役得役得っ♪」 「お嬢さま。お荷物でしたら、このリースリング遠山が――」 「いいんですよっ。じいやはお客さんなんですからっ」 みんなでどっしりとベンチに腰を掛ける。 「いや〜〜満足満足。やっぱりキラキラの学園生活はこうでなくっちゃ」 「ジャクリーンの作ったカレーも最高に美味でした」 リースリングさんも旧友と久々に会えたようで、とても嬉しそうだ。 けど、ロロットは…… 「あれま」 リースリングさんの膝を枕にして、健やかに寝息を立てていた。 「あれだけはしゃいでいれば、当然か」 「お嬢さまも昔とは違い、とてもおおらかで明るくなりました」 確かに、最初は大人しくて、こんなに活発な女の子だとは思ってなかったからな。 「最初はお一人だけで、よくお出かけをしてはいましたが、それでも家に帰ると一人きりでとても寂しがっておられました」 「ご両親は……?」 「旦那様と奥様のお二人。しかし、ご両人とも家業で忙しく、世話をするのはもっぱらこのリースリング遠山めが」 「しかし生徒会に入られてからは、家に帰られてもひっきりなしにそのお話をされて……とても楽しそうです」 「僕達が変なこと教えてるようにならなければいいんですけど」 「そんなことはございません。お嬢さまは、生徒会のお勤めをこなすようになってから、どんどんと大人に近づいております」 「それなら良かった」 「恥ずかしながら、このリースリング遠山もよく諭されておりますよ」 いつも険しい顔をしているリースリングさんも、ロロットを見ている目はとても優しい。 リースリングさんは、ロロットのお姉さんみたいな人に見える。 「リースリングさんにとって、ロロットはまるで妹みたいですよね」 「いいえ。かつての身分で喩えるなら〈大佐〉《カーネル》とでも申しましょうか」 上官ですか……。 「そう思えるほど、このリースリング遠山にとって大切な主人にございます」 「執事の鑑だなあ」 「そんなことはございません。お嬢さまの寂しさを拭えていなかったのですから」 「護衛でもなく世話役でもなく……お嬢さまが本当に欲していたのは――」 「一緒に楽しめる素敵な仲間――お友達と過ごす充実した毎日だったのかもしれません」 「友達、か……」 「生徒会の皆様には感謝の言葉もございません」 「いやいや! こっちだってロロットに凄い頑張ってもらってるし、一緒にいて楽しいし……」 「あとは、お嬢さまの仰っているご友人がお側にいさえすれば……」 ロロットのことだから、その友達にもこの楽しくてキラキラした学園生活を伝えたいとか思ってるんだろうな。 そんな仲の良い友達が一緒にいれば、もっともっと楽しくなるだろうし。 けど、僕やリースリングさんがどうこうすることで解決することにも思えない。 出来うる限り、力になりたい。ロロットの笑顔が、僕達にとっても元気の源なのだから。 「申し訳ございません。一方的にお話をしてしまって」 「いえいえ。リースリングさんと話せて僕も楽しかったですよ」 「恐縮です。そろそろ休憩時間も終わりのようですが……」 「あ! いけないっ」 「お嬢さま、お時間です」 「すう……すう……お代わりお願いしますぅ……」 「相当、疲れておいでのようです」 「そっか……しょうがありませんね」 ロロットの肩を担いで、そのままおんぶの体勢にもっていく。 「お嬢さまをお送りするのでしたら、このリースリング遠山めにお任せを」 「リースリングさんはお客さんですって、ロロットも言ってましたよね?」 「じゃあ、持ち場に戻ります。まだまだ見所はたくさんあると思うんで、楽しんで来てくださいよ」 「じゃあ行くよ、ロロット」 「むにゃむにゃ……大当たりですぅ〜〜」 そして、僕とロロットはリースリングさんに見送られ、再び生徒会の仲間達がいる本部へと戻っていった。 「よし。あくまで自然に行くぜ」 「お邪魔しマンモス」 「ぱ、パッキーさん?」 「ぬわ!!」 「咲良クンまで……」 「さらば、青春の七光り!!」 「ちょっと待ちなさいよ!!」 逃げようとしたところ、首根っこを掴まれた。 「うぐぐ……このことはお互いに内緒でね、内緒!!」 「そんな大声だしたら、それこそバレるでしょうよ!! とにかく入りなさい!!」 「はぁはぁ……まさか聖沙がいるなんて。あの後、てっきり家に帰ったものだと」 「ちょっとした用事で学校には来てたのよ。ここに寄ったのはそのついで」 「ついでの割には、色々と山積みのようだけど……」 「そっちこそ忘れ物とか言って、白々しいわね」 「はふぅ……」 「今日は休むように言われてなかったっけ?」 「わかってるわよ。けど、落ち着けないんだからしょうがないでしょう?」 「ははは…… やっぱり、今日はお互い様だ」 「あなたなんかと一緒くたにしないで欲しいわね」 そう言って机に向かう聖沙であったが―― 「おう! そこいらを見て来てやったが、特に誰もいなかったぜ」 「パッキーが脅かさないでよ……」 「ああ、もう! 後ろめたい気持ちのままじゃ、集中できないし何も手につかないわ」 「う〜〜ん。今日は先輩の言うとおり、素直にリフレッシュするのがいいかもしれないなあ」 「リフレッシュねえ……」 「そうだ! お茶でも淹れようか?」 「生憎、間に合ってるわ」 そう言って自前のティーカップをすする。 「……ごくり」 「な、なによ。あなたも飲みたいって言うの?」 「え!? そんなことないないっ、ないってばさ!!」 「……もう、バレバレよ。まったくしょうがないわね」 「いや、だから僕が淹れるってばー」 「あなたにはとても任せられないわ」 「どうしてだよっ」 「ヒスが嫌がるのも無理はねえ。なにせシン様の淹れるお茶は超がつくほどまずいからな」 「そ、そうだったのかー!!」 「なんてことを!? そんなにハッキリ言ったら可哀想じゃない!!」 「ククク……やはり頭ん中じゃ、そういう風に思っていたというわけか」 「うぐっ。ど、どどっ、どうしてそう邪悪に曲解するのかしら?」 「じゃあ他にどんな理由だっていうんだよ?」 「そ、それは……咲良クンが淹れると、紅茶じゃなくて日本茶になるからよっ」 「な、な〜〜んだ。そういうこと」 「ケッ。ヒスのくせにつまらねえフォローなんかいれやがって」 「人を無理矢理悪者にしないでよ!!」 「よ〜し。じゃあ、紅茶にするぞ〜〜っ」 「だから私がやると言ってるでしょう!?」 「じゃあ、この牛乳はいかが?」 「要らないわよ!!」 「歯痒いぜ……」 「ありがとう! 頂きま〜す。ごくごくごくごくごくごくごくごっ」 「もう少し味わって飲みなさいよ!!」 「ぷはーーっ、うまい!」 「もう……っ」 「うまい! うまいよ!!」 「あら、そう。良かったわね」 「聖沙が淹れた紅茶、うまい!!」 「って、うるさいのよ!! そんなお世辞を言われてもさっぱり嬉しくないわ!!」 「僕が淹れるよりも格段にうまいや……一体、どんな魔法を使ったんだ」 「きちんとした作法があるのよ。無頓着のあなたにはとうてい真似のできないやり方がね」 「そっか〜〜。僕の知らないことを知ってるなんて聖沙は凄いなあ」 「今のは皮肉よ、皮肉!! ほら、かかってきなさいよ」 「いやあ、凄いとしか思えないから」 「ふんっ、張り合いのない人。そんな人に誉められたって微塵も嬉しくないんだから」 「見てらんねーぜ……」 「まったく咲良クンに調子ばっかり狂わされて、リフレッシュなんてできやしないわ……」 「リフレッシュより、リラックスの方がいいかもしれないなあ」 「リラックスねえ……」 「例えば芝生の上で、のびのびとお昼寝をしてみるとか……ずずずっ、うまい!」 「あら……さっき飲み干したんじゃないの?」 「ん? さっき聖沙が淹れた残りだけど?」 「また出涸らし飲んでる……!! それだから、あなたにお願いできないのよーー!!」 「さあ、リラックス。始めようか」 「なぜ、ついて来ちゃったのかしら……」 「リアちゃんに怒られるよりましだと思うぜ」 「たまには、こうやって息抜きをするのも悪くないって」 「……他に誰もいないわよね?」 「なにキョロキョロしてるんだい」 「だってこんなところを誰かに見られたりなんかしたら……」 「どうなるの?」 「ご、ごごっ、ごかい……され……たり、なんかしたら……」 「豪快に何をする気?」 「大の字になるのよ!!」 聖沙はやけっぱちに体を伸ばし、背中から倒れていった。 追うようにして、僕も芝生の上で寝転がり大の字になる。 季節は秋。木々も褐色に移ろい始めてはいるものの、日差しは温かく心地よい。 見上げると雲一つ無い青空が広がっていた。 ちょうど風上に聖沙がいた。 緑の香りと一緒に聖沙の匂いが流れに乗ってくる。 髪の毛の先が風になびいて、僕の肌に触れた。 くすぐったいけど、気持ちもいい。 喚いていた聖沙も、澄んだ空気を大きく吸い込んでいた。 「ねえ、午前中はどこへ行ってたの?」 「そこよ、そこ」 「へえ〜〜。教会に行ってたんだ。じゃあ、あの讃美歌を歌ってたのも聖沙?」 「私だけじゃないわよ。まあ、その一人ではあるけれど」 「聖沙ってきれいな歌声なんだね」 「私だけじゃないって……言ってるでしょうに……」 聖沙に背を向けられてしまった。 聞こえた讃美歌を思い出しつつ、鼻歌を奏でてみると、これがまた意外にも清々しい。 鼻から力がスーッと抜けていく。 「教会で聖沙が歌ってた讃美歌を真似してみたんだけど、どうかな?」 「はあ……全然、違うわよ」 「しかもヘタ」 「容赦ないなあ……」 「こうやって歌うのよ」 聖沙が讃美歌を口ずさみはじめた。 聞き覚えのある有名な曲。 その音色とリズムに合わせて僕も声を揃えてみる。 男女の混声――明らかに僕は音痴だが、そこを気にする人は誰もいない。 慣れてくると、聖沙が低音のパートを歌い出す。 しかし、すぐに釣られてしまう僕。 「もう……そんな調子じゃ、きれいに聞こえないじゃない」 「う、うん。ごめん」 「別にいいわよ。讃美歌なんてものは、自由に歌うものなんだから」 「しかし、伴奏もないのによく歌えるね〜〜」 「聖歌隊なら、当然よ」 「聖歌隊か……僕もやってみようかな……」 「男性コーラスが少ないから歓迎されると思うけど……まずは主旋律がしっかり歌えるようにならないとね……」 「ああ……そうだね……」 「ええ……そうよ……」 日だまりの中に、僕達がいる。 いちいち考えることもどうでもよくなって……ゆったりと空を仰いでいた。 雲が流れていないと、時間の経過も忘れてしまいそうになる。 「聖沙ぁ……」 「聖沙……?」 「まあ……しょうがないか……」 ちょっと黙っていただけで、すぐに寝入ってしまうほど体は疲れていたのだろう。 聖沙も生徒会に入ってから、ずっと頑張っていたし。だから、今日くらいは―― 「怒られたら、そのときに考えよ」 余計なお世話とか言われそうだけど、僕は聖沙に気づかれないよう注意して、着ていた上着をかけてみた。 「すぅ……すぅ……」 「よしっ」 ちょっぴり男らしいことをして大満足。 今日は温かいし、薄着の方がちょうどいい。 木々のさざめきに耳を傾けながら、目を閉じる。 はぁ……なんだか僕も眠く……なって、き……た……zzz。 「不覚だわ……。咲良クンよりも先に眠るはおろか、上着までかけてもらうなんて」 「……もう。こんなことをして、咲良クンが風邪をひいたらどうするのよっ」 「起きる気配もなし」 「本当に、よく寝てるわね。よほど疲れていたのかしら」 「しょうがないわね……。もうちょっとだけ、寝かせてあげる。はい、上着」 ん……聖沙の匂い……。 「さっさとこの借りを返したいわね……なにかいい方法がないかしら」 「ううん……聖沙ぁ……」 「な!? ど、どんな夢を見ているのかしら……」 「ま、まさか……ゴクッ」 「聖沙のとってもいい匂い……」 ぐぐっ、苦っ、苦し……っ。 「ぷわっはーーー。ハァハァ……ハァハァ……」 「なんてふしだらな夢を見てるのかしら!?」 「ええ!? そんなの見てないよ!!」 「だって私の匂いがどうとか、こうとか……」 「あ、ああ、それは多分……これの匂いだと思う」 そう言って上着を見せた。 「あ、ああ。そういうこと……」 「うん。確かに聖沙の匂いがする」 「ちょ……やめなさい!!」 「ていうか、僕そんなことを口走ってたの!? ギャーーッ」 「優しさの裏には、そういう不純な目的があったのね……最ッ低」 「誤解だっ。ものすごい誤解だよっ」 「ちょっとそれ貸しなさい!! 洗って返すから!!」 「いいよ、別に!! そんなことしなくてっ」 「あなたがよくても私が困るの!!」 「やめて伸びる――ふ……ふぇっ、ふぇっくしょん!!」 「ずずっ……はっくしょん!!」 「早く着なさいよ。私のせいで体を壊したなんて言われたくないもの……」 「感謝をされるようなことは何もしてないわ!! むしろ私こそ――」 「僕が何かした……?」 「もう忘れてる〜〜〜っっっ」 「なんで怒るのさ!?」 「その無神経さに怒ってるのよ!!」 「はいはい。そこまで」 「ヒッ!?」 「り、リア先輩……」 「二人とも仲良しなんだから〜〜♡」 「どこを見たらそう映るんですかっ」 「制服着せ替えっこしてるくらいだし」 「着せ替えっこなんて、してませんよ!!」 「そうそう!! 咲良クンが私に上着をかけてくれたので、それをお返ししただけなんですからっ」 「へえ〜〜。シン君、優しいんだ」 「だからあなたにお礼を言われる筋合いはないのよ!!」 「うんうん。それなら、お礼をするのは聖沙ちゃんの方だもんね〜」 「あ、ありがと……う」 「どういたしまして……」 「これで、気が済んだかしらっ!?」 「いやいや! 気が済むもなにも、僕は……」 「だったら、もう一度ちゃんと聞こえるように言えばいいのかしら!?」 「わーわー! わかった、わかったってば」 まったく、上着1枚をかけたくらいで、なんでこんなに突っかかってくるのだろう……。 「ところで、二人とも学校へ何をしに来ていたのかな?」 「はッ!?」 「そ、それはその……」 「もしかして、生徒会活動をしに来たのかな?」 「な〜〜んてね。ちゃんと息抜きしてたんだから、いいんじゃない」 「お姉さま……なんて、お優しいのかしら……♡」 「たまにはのんびりするのも、なかなかいいでしょう?」 「ですね〜〜」 「あなたはのんびりしすぎよ。こんな時間まで居眠りするつもりじゃなかったんだから」 「だったら、すぐ起こしてくれれば良かったのに」 「きっと、気持ちよく寝てたから、起こせなかったんだよね。聖沙ちゃん、優しいから」 「次があったら、即! 起こしてあげるわ、覚悟なさい!!」 次なんて到底なさそうだけど、あったらあったでまあいっか。 「じゃあ、リラックスも出来ただろうから、ちょっとだけキラフェスの準備しとこっか」 「えっ、いいんですか?」 「ほんのちょっとだけ、だよ」 「警邏のスケジュールは、今言った通りよ。何かあったら、すぐ私に連絡をすること。いいわね?」 「硬い、硬い! 笑顔、笑顔! 祭りだ、わっしょい!」 「不審者相手にヘラヘラできるものですか」 「だったらニコニコするってのは、どうかな?」 「同じでしょうよ!!」 「慌てない、慌てない♪ リラックス、リラックス♪」 「いつものように怖い顔していたら、お客さんが逃げ出してしまいますよ」 「ロロットさん? 自分が何を仰っているのか、わかっているのかしら?」 「そこでですね。不器用な副会長さんの為に、いいものがあったので借りてきちゃいました!」 「無視しないでよ!!」 「――って、ここっ、これは……」 「パッキーでか!!」 「違うよ、ナナカちゃん。これはね、ブラックマだよ。パーちゃんは、その子のそっくりさん」 「ガーーン! 誤解だぜ、リアちゃん。俺様の方が……先なんだ……オリジンなんだぜ!?」 「売り物にされていただけ、パンダさんよりも有益です」 「おい、こら天使!! 表ぇ出やがれ!!」 「天使じゃありませんので、華麗に無視です」 「で、これをどーすんの?」 「もちろん。着るんですよ」 「どこの〈どいつ〉《》が?」 「副会長さんです」 「おお、そいつは名案かも。けど、聖沙……さすがに女子が着ぐるみを着て歩くのは――」 「これはチャンスね!!」 「いっ、いえいえ。なんでもないわ」 「こっそり目をつけてはいたけど、願ってもない展開になったわね」 「いいわ。私がそれを着て警備にあたればいいのでしょう」 「いいね、いいね! お祭りらしくなってきた!」 「けど、やっぱり大変だよ……やるなら僕が――」 「みくびらないで。あなたに出来ることくらい、私なら軽々とこなしてみせるわ」 「聖沙ちゃん。ご挨拶をどうぞ♪」 「ああ……身も心もブラックマ……♡」 「聖沙……ちゃん?」 「まるで絵本の中にいるみたい……なんてステキなのかしら……♡」 「聖沙! 聖沙! 挨拶、挨拶」 「は――ッ!?」 「ククク……あ、お邪魔してます」 「なりきりですよ、なりきり」 「これならもう万全だね。学園の平和は頂きだっ」 「それがそうでもないんだよ〜」 「何か問題でも?」 「だって、こんな姿じゃ動きづらくて、変な人がいても捕まえられないと思わない?」 「だ・か・ら。シン君が、しっかりサポートしてあげないとね♡」 「クマ!?」 「さーて、流星キラキラフェスティバルが始まりますよー」 「それじゃあ、今日も一日がんばりましょう!」 「オーー!!」 「じゃあ、まずは入場口周辺から行こう」 「どうしてあなたが仕切ってるのよ!!」 「普段通りに喋ったらダメだよ、聖沙。子供の夢を壊さないで!」 「はい、ブラックマさん。これでも食べて頑張って♡」 「ククク……あ、いただいてます」 「じゃあ、私は部活に行ってくるから。あとはよろしくね」 「しっかりリードしてあげるんだよ♡」 ど、どうやってリードすればいいんだっ? まずは入場口で怪しい人がいないかをチェックしよう。 周囲に気を配りつつ、風船も配る。 ここでブラックマの出番だ。 「はい。僕が風船渡すから、お願いね」 「ククク……あ、どうもです」 老若男女、様々なお客さんが続々と入ってくる。 「ククク……風船もたまにはいいものですよ」 「おー! ブラックマだー!」 「かわいー♡」 おっ、早速大人気じゃないか。 「蹴っちゃえ、蹴っちゃえ」 「ねーねー。だっこしてー」 着ぐるみの宿命か、必要以上に愛を注がれる。 もふもふとした部分にビシバシと蹴りを入れたり、甘えたくってタックルしてきたり。 本当に子供って容赦ない。 ここは我慢だ、聖沙っ。怒っちゃダメだっ。 「みんなー。ブラックマが可哀想だから、それくらいにしとこうね〜」 「えー」 「やだやだー」 ブラックマはずずいっと僕を遮るようにして躍り出た。 「ククク……あくせくしたって、はじまりませんぜ」 「はははっ、そっくりー」 なんというか、パッキーみたいだ。 「わーい、フカフカ〜♪」 「だ、大丈夫なの?」 コクコクと頷こうとするが、顎がつかえてうまく頷けない。 きっと『これくらいのこと、どうってことないわ』なんてことを言ってるんだろう。 「ブラックマがみんなに風船くれるって!」 「ちょーだい!」 「ありがと〜〜」 「アタシもついでに、ありがとー♡」 「パパーー。あのブラックマ、本物みたいー」 「喋るときにね。ちゃーんとクククって笑うのー」 凄いな、聖沙。本物はよく知らないけど、ちゃんと目利きに適っているんだ。 パッキーの真似なら僕も出来そうなんだけど……。 この可愛らしい邪悪さは、とても真似できないな。 「ブラックマ。みんな大好きかな〜?」 「私は大好きー」 「僕はコブラックマ。右腕のサイコガンでズギューンってするのが、超格好いい」 なんか色々あるんだね。 「ねー、チャック開けてもいい?」 「ククク……それだけはやめてください」 「やっぱり、しましま模様の布が入ってるんだ!」 「しましまか〜〜」 「って、何でそんなこと知ってるの君!?」 「誰でも知ってるよ。ねー」 「ねー♪」 み、聖沙……君の下着事情は、町内全員に羞恥ならぬ周知の事実というわけなのか!? 「え……あ、ああ!?」 狼狽えてる隙を突かれ、ブラックマがこちらにゆら〜っと倒れてきた。 「ククク……ごゆるりと」 「ムギュ」 「甘えんぼだなー」 「いいなー。私もだらだらしてもらいたーい」 ななっ!? なんなんだ、いきなり。聖沙がのしかかってきたぞ!? 「しましま模様の布は、ブラックマがそういう謎の生き物というだけで、私の下着とは全く関係ないの!」 「え……もしかして、それを伝える為に?」 「わかった!?」 「お兄ちゃんとブラックマ、ラブラブだー」 「だらだら、らぶらぶ〜♡」 そういえば着ぐるみの聖沙と抱き合ってるんだ。 まあでも、よそから見ていればクマと人間が仲良くしているようにしか見えないはず。 だからって、恥ずかしいものは恥ずかしいんだってば! 「ねえ、早く離れないと……」 着ぐるみの中でなにやら聖沙がもがいている模様。 「ご、ごめんなさい……しばらく……このままで、お願いっ」 「足が……」 下半身に力が入っていない。もしかして―― 「つった?」 「だけど――」 「ブラックマにも足をつるってお話があるから……大丈夫だから……」 そういう問題なのかいっ!? 「ねーどうしたの?」 「ククク……ピンチだっていつかは終わりますよ」 不意にもたれかかったものだから、その拍子でやっちゃったんだろう。 僕も力の抜けた聖沙の体と着ぐるみの重さを支えるだけで精一杯だ。 ちょっとだけ支えてもらえば、体勢を立て直して抱き上げられるんだけど……。 そんなことしたら聖沙に怒られるかもしれないけど、このまま放ってもおけないよ。 「ねえ、ちょっと君たち……」 「あっち行こうぜ〜」 「バイバーイ。ククク……ごゆるりと」 だ、だれか〜〜 「まさに一触即発、危機一髪。それがしがいなければ、今頃大惨事でしたぞ」 最初、ブラックマを暴漢と思って突貫してきた紫央ちゃんである。っていうか、暴漢に襲われてるのが僕って、トホホ。 「姉上も人気のないところくらい、かぶり物を脱いでは如何ですか?」 「姉上じゃなくて、ブラックマ!!」 「し、失敬。ブラックマ殿」 「顔ぐらい出さないと息苦しいんじゃない?」 「何処に誰がいるかわからないのに、脱げるわけないでしょう。私は子供の夢を壊したくはないの」 「しかし、そのままですと、物の怪の同類と見なされますぞ」 「俺様の同類……?」 「案外それを望んでいたりして」 「無言だ」 「無言ですな」 「本当は脱ぎたくないだけだぜ」 「〜〜〜っっっ!!」 「麗しき乙女は、どちらでしょうか?」 「お客さん。会場はあっちですよ」 「これは失礼。恋に彷徨い、愛に迷ってしまいましてね」 「不可思議なことを申す」 「ヤマト・ナデシコ。貴女は非常に良い素材をお持ちのようです。ただ熟されるのに少々お時間を頂かなくてはなりません」 「早熟な実の酸いを楽しむという理もありますが……」 「ぶぶっ、無礼な!! そこに直れ!!」 「私、こう見えても妥協ができない性質でしてね。時が来るまで待ち焦がれるといたしましょう」 「直れと言っている!! 神妙にせよ!!」 「まあまあ紫央ちゃん落ち着いて」 「これはこれは……」 「な、なんでしょう?」 「お名前を伺ってもよろしいかな?」 「咲良――」 「ミス、サクラ。なんと麗しいお名前でしょう」 「み、ミス?」 「貴女はお名前に適う美貌をお持ちの女性です。ミス、サクラ」 「あの僕、男なんですけど」 「非礼をお許し下さい。本能を揺さぶる貴男の魅力に惑わされてしまったのです」 褒められてるのに相手が男の人だとショックが大きい。 「さて……最後に残られましたね」 「貴女こそ我が運命の女性」 「えっと……それ、メスかオスかもよくわからないクマですけど」 「ご安心を。私の目に狂いはありません。今日ほどクマを愛しくも愛らしく感じたことは無いでしょう」 本気で言ってるのか、わざと言ってるのか。掴みづらい人だ。 「プリンセス・ベア。私と愛の逃避行へ旅立ちましょう」 言うやいなや、ブラックマの腰に手を回して抱き寄せた。 「ちょちょっ、ちょっとやめて下さい」 「さわさわ」 腰を回した手が聖沙のお尻を撫でている。 「姉上――いや、ブラックマ殿に何をする!? 退け!! さもなくば――」 どうするかも言わず、紫央ちゃんは薙刀を構えて突っ込んでいく。 「失礼……」 「紫央!!」 前髪をかき上げて、紫央ちゃんの猛攻を軽々と避けていた。 「ぐぬぬ、不届き者め……姉上から即刻離れよ!!」 「愛に障害はつきものですね。さわさわ」 「このぉおおお! 成敗――」 「やめてください!」 荒ぶる紫央ちゃんを遮って、気づくと僕が体を乗り出し男の手首を握りしめていた。 「これ以上、彼女の嫌がることをしたら、僕が許さない!」 「許さないとは……私をどうするつもりなのでしょう?」 「……知りたい? こうするのよ!」 聖沙が着ぐるみの足で男の股間を蹴飛ばした。 「さて、痴漢を1名。本部まで連行するわ」 「……ご安心を。私は逃げも隠れもいたしません」 「それなら……いいですけど」 「私も無粋ではありませんよ。それならそうと最初におっしゃっていただければ……」 「お二人は恋仲であるということです」 「こ、こいなか……?」 「シン殿に、姉上……それがしの知らぬ間に夫婦のちちっ、契りを交わしていたと申すのですか!?」 「ななっ、紫央ったら何を言ってるのかしら!? 嘘に決まっているじゃない、そんなこと!!」 「お二人の未来に幸あらんことを。失礼いたします」 「あ、ちょっと待って下さい!!」 「乙女と愛を語る為には、一刻の猶予もままなりません。貴重な時を邪魔されるわけにはいかないのですよ」 その男はバラの花吹雪で身を隠し、煙を巻くようにして消え去る。 と、思ったら前屈みのまま普通に走って逃げていた。実は相当、痛かったんだ。 「追いかけよう!」 「ええ!」 「ああ!?」 隣にいた巨体が大地へダイブし、はずれた頭がコロコロと転がっていく。 そういえば、聖沙。着ぐるみだったね。 「行って……私はいいから、早く行って!!」 「わ、わかった!」 「お願い!!」 「祭りの空気に酔いしれてしまったようです。今後は気をつけることにいたしましょう。さようなら、生徒会長の君」 「さようなら〜〜」 これでようやく平和が訪れた。 「ねえ、パッキー。今の人……きっと魔族だよね」 「よくわかったな」 「うん。変な人はもうみんな魔族だと思うようにしてる」 「ひどい誤解だぜ。しかし、その中に魔王様も含まれてるわけだが」 「こ、こら。壁に耳ありなんだから、その話は禁止」 「ちょっと咲良クン?」 爽やかな石けんの香り。 「ああ、おかえり聖沙。ちゃんと捕まえて注意しておいたよ」 「そう。私のライバルなら当然の結果ね。で、どこにいるのかしら?」 「いないけど」 「もう帰っちゃった」 「ちゃんと話を通しておいたの?」 「うん。セクハラしちゃダメだって、しっかり言い聞かせたよ」 「ということは、まだ勘違いされたままじゃない!!」 「ふぐっ、ふーっ。私達が夫婦ってことよ!!」 「ああっ、あー」 「紫央には私から言っておいたけど……さっきの人は誤解したままなんだから!!」 「大丈夫だよ。だって、あの人……聖沙の姿は見ていないもの」 「あ……そういえばそうね」 「僕とブラックマが夫婦だと思ってるだけだって」 「ダメよ!! それだって立派に誤解されたままじゃない!」 「聖沙……君は僕のために、わざわざそんなことまで心配してくれるのか〜っ」 「ふざけないで。ブラックマは誰のものでもないんだから」 「そっちなんだ」 「無情だぜ」 「まあ、けど……ありがとう」 「一応、ね」 「聖沙にお願いされたんだもの。ちゃんと捕まえなきゃ後が怖いからね、あははは」 「そ、それのことじゃなくって……」 「〜〜〜っっっ! 警備の続き、さっさと行くわよ!! 見てなさい、今度は私が捕まえてみせるんだから!」 着ぐるみを脱いだ後でも、僕は聖沙と一緒に警備をすることになっていた。 「おかえり、聖沙。警備は順調かい?」 「特に問題ないわ。当然でしょ」 「もしかして聖沙も休憩?」 「そうだけど」 「お、奇遇だね。実は僕もなんだ」 「せっかくだから――」 「お断りよ!!」 まだ何も言ってないのに……。 「私の趣味を見せる訳にはいかないの。咲良クンが相手なら尚更のこと!」 「それじゃあ、ごゆるりと」 聖沙はそう言って、どこかに行ってしまった。 「残念賞!! ナナカちゃんと休憩一緒だったら楽しい時間が過ごせるのにね♪」 「ナナカが一緒だと、たかられるからなあ〜」 「たかれないじゃん」 「ムムム……そんなことないよ、だって生徒会長なんだものっ」 「わかったから、さっさと休憩行ってきな」 「いってきま〜す」 「エディ、どこにいるんだろ」 この人波じゃ友達を探すのにも一苦労だ。こういう時にケータイが便利なのかっ。 「あれ、聖沙……」 古本市で、立ち読みならぬ座り読みに没頭する聖沙の姿があった。 「あぁ……なんてロマンチックなのかしら。心に染み入るわ……」 「素晴らしい本を読んでいると、想像力がかき立てられるわね。あ、素敵な詩を思いついちゃった♡」 一冊の本を大切そうに胸へ当て、想い耽る。 「万引きは犯罪だぜ」 「そんなことするはずもないでしょう!!」 「何かいいもの見つかった?」 「ささっ、咲良クゥン!?」 「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけどさ。何、見てるの?」 「一緒には回らないって伝えたはずよ! それなのに、どうして――」 「偶然、通りかかっただけなのに……」 「はっ。まさか私の後をつけてきたのかしら」 「私が知りたいのよ!!」 「誤解だって。友達を捜してたんだけど、なかなか見つからなくてさ」 「それでお一人?」 「そう。残念ながら」 「ふふん。人望がないのね。生徒会長のくせに」 「そう言うヒスこそ、誰もいないぜ」 「私は一人でお買い物がしたかっただけなのよ!!」 「ククク……どうせ、誰にも見せられない代物を買うつもりだぜ」 「何を仰っているのかしらね。副会長の私に後ろめたいことなんて何一つないもの」 「じゃあ、何を読んでたか教えてくれるよね!」 「〜〜〜っっっ。わ、私が読んでたのはね……そう、純文学よ!」 「ほほ〜〜」 「あなたも読んでみるといいわ。黒ずんだ心が洗われるわよ、きっと」 「だってさ、パッキー」 「咲良クンに言ってるの!!」 僕って心が荒んでいるように見えるのかな……。 「で、お薦めは?」 「どうせ、そこら辺に置いてあるでしょう」 なんて適当な。聖沙が指し示す本を手に取る。 「ここっ、これは……!!」 「落ち着いて読みなさいよ」 「不健全だよ、聖沙!! ここっ、こんなのっ」 「しかも、登場人物の立場がシン様と同じ生徒会長だぜ……」 「聞きたくないけど……それは一体、何を示唆しているんだいっ」 「ヒスがこのような展開を望んでいる……ってことだぜ!」 生徒会長が勝ち気な男の子――副会長に襲われて……ああ、これ以上はとても言えないっ 「ちょっと、咲良クン。さっきから何を言ってるの?」 「君はまさか……この内容を現実にするべく副会長になったのかい……」 「副職になったのは、あなたのせいでしょう!! もう、いいわ。その本を貸して」 「きゃあ!! これって、お耽美小説じゃない!?」 「不健全過ぎるよ、聖沙!! 男の子同士でイチャイチャする本を読んでるなんてさ!!」 「こっ、こんなの絶対に変よ!! おかしいわよっ!!」 「さすがだぜ、ヒス。これの著者は何もわかっちゃいねえ」 「このカップリングなら、シン様に似ている方が攻めるはずだぜ。その間違いに気づくとは……さすがだぜ、ヒス」 「違う、違うわ!! そういう意味じゃなくて――私が読んでいたのは……!」 「だったら何を読んでたの?」 自分の胸に納めていた本を差し出してきた。 「『G線上のトライアングル 〜姉妹の〈輪舞〉《ロンド》〜』……?」 パラパラと中身をめくって見ると、合間に可愛らしい女の子の挿絵が見えた。 頬を赤くして見つめる先には線の細そうな美男子が黄昏れている。 その彼は違う年上の女性に興味があり、その女性は最初にいた女の子がお気に入りとのこと。 「こ、これって、ラブストーリー?」 「少女小説!! これだって歴とした文学なんだからっ!!」 「そっか。聖沙は小説を読むのが好きなんだね」 「何よ……。文句があるなら言ってご覧なさいよ」 「いやいや、そんな。聖沙にとっても似合ってると思うよ」 「〜〜〜っっっ!! もう馬鹿にしてえ!! あなたなんか……」 「嫌いなんだから!!」 「僕、なんか悪いコトした?」 「それがわからないから嫌われるんだぜ」 「そ、そうだったのかー! けど、大嫌いじゃないから、まだ挽回できるっ」 「何を挽回するんだ……?」 気の向くままにふらついてみる。 「お、ぽんぽこでぬいぐるみ売ってる」 子供達が群がる中で、何人か女子生徒も紛れていた。 「ぬいぐるみが好きなんだね〜」 「ガキって証拠だぜ」 「あ、そうだ」 商品であるぬいぐるみの隣に、こっそりパッキーを陳列してみた。 「うん。馴染んでる!」 「おい、こら!」 「すみません、すみません! このブラックマ下さい! すぐ下さい! お金ならあるだけ払いますから!!」 「ビクッ!!」 「――ということは、ブラックマじゃなくてパッキーさん?」 「俺様はリアちゃんのもんだぜ!!」 「ごめんごめん。すぐ飛びついてくるとは思わなくって」 「紛らわしいのよ!!」 「ククク……今のうちから人身売買をしようだなんて、さすがだぜシン様」 「パンダは天然記念物だから無理だって」 「天然記念物だと、コノヤロー!! 馬鹿にしたら許さねえぜ!?」 こういうときだけ、人並みの扱いを要求するんだから。 「パッキーさんを売ろうだなんて、この人でなし!」 「ひひっ、人でなしッ!?」 そういや僕達って魔族だったんだ。 「――じゃない! そう言う聖沙こそ、パッキーを買おうとしてたじゃないか……」 「あれは……その……」 「パッキーさんを助けようとしただけよ!!」 「ブラックマじゃなくて?」 「もういいじゃない! そもそも咲良クンが悪ふざけしなければ、こんなことにはならなかったんだから!!」 「ううむ、まったくもってその通りだ。ごめん」 「わかればいいのよ、わかれば。それじゃ」 「お詫びに僕もブラックマのぬいぐるみを捜すよ!!」 「えっ。い、いいわよ、そんなの。別に欲しいって訳じゃないもの」 「ぽんぽこには無くても、他のお店にあるかもしれない。諦めるのはまだ早いよ」 「だから、捜さなくていいの!!」 「あ、さっちん。どっかのクラスで、ブラックマ売ってるとこなかった?」 「ブラックマ? あー、さっきバスケ部のとこで見たかもー」 「ありがとう!!」 「人の話を聞けーー!!」 「行こう」 「一緒に、行こうよ」 「あ……う、うん」 「それはまるで、小説の中にあるワンシーンのようで」 「不意にかけられる優しくて柔らかい言葉が、頭と心の中で繰り返される」 「行こう。行こう。一緒に行こう」 「吸い寄せられて、引き寄せられて」 「差し伸べられた手に、思わず触れてしまいそうになるくらい」 「彼の笑顔が眩しく見えた」 「時間切れだもの。諦めるほかないでしょ」 休憩時間も終わりに近づき、結局ブラックマを見つけることはできなかった。 「まったく、うまく乗せられたわ。あなたの暇つぶしに付き合わされるなんてね」 「あはは」 「ずっと冗談ばっかり言ってるくせに、いきなり真剣な顔したりなんかしたらビックリするじゃない……」 「聖沙ならその違いがきちんとわかるかなあってさ」 「何よ、それ。その自分だけ知った様な言い方、気に入らないわね」 「そんなことないって」 「いいえ!! いつもそうよ。私のこと見透かしたような言い方ばかりしてるわ」 「そんなこと……」 僕はいつも聖沙の考えてることがわからなくて、モヤモヤしてるんだ。 「私なんて、咲良クンのこと……全然、知りもしないのに」 「僕のこと……」 けど、それはどうやら聖沙も同じだった。 「そうよ!! わかったわ。私ね、みんなに勘違いされるのが怖くてあなたをずっと避けていたの」 「けど、それってあなたから逃げている証拠よね。だから弱味につけ込まれるんだわ!」 「つけ込んだ覚えは無いんだけど……」 「私……もっと咲良クンのこと知りたい」 「敵を知り己を知らば百戦危うからずよ!!」 「そ、それでかー」 「決めたわ。この後も、あなたと一緒に警備を続ける」 なんだか複雑な話になってきたけど、昔よりは一緒にいる時間が増えるってことかな? この学園に入学をして。 テストの度に、挑戦状を叩きつけられて。 生徒会の選挙でも、敵対心はバリバリで。 生徒会活動でも噛みついてきて。 それでもなんとかうまくやってきて。 今こうして、共に作り上げた楽しくて賑やかなお祭りの中にいる。 巡りに巡って、僕と聖沙はその中にいる。 「行きましょう」 「一緒に、行きましょうよ」 聖沙の勢いに圧倒された僕は、差し伸べられた手を思わず掴んで握った。 「あ、ああ、ごめんなさい。まさか、本当に触ってくるなんて思わなかったから……」 「こっちこそ、ごめん!! ついつい……」 「ハァ……またしても負けたわ……」 「ふ、ふんっ……咲良クンってば、華奢なくせに手の平はちゃんとした男の子なのね」 「ど、どういうこと?」 「頑張ってる人は、手の皮が厚くなるってお父様が言ってたわ」 「へ、へえ〜」 これは褒められてるのかな。恥ずかしいんで、僕も対抗してみる。 「聖沙の手こそ……柔らかくてスベスベして、とってもキレイだね」 「なによ、それ!? 私が頑張ってないとか言いたいわけ!?」 「ええ!? ちゃんとお手入れしてるし、女の子だなあと思っただけだよ!!」 「〜〜〜っっっ。またそうやって馬鹿にしてえ!!」 「してない、してない!! というか、またなんだ!?」 「いいわ、真実を教えてあげる。さあ、警備の時間よ!!」 聖沙と二人きりの時間は、まだまだ続きそうだった。 「右よし、左よしっ。全方位よし。誰もいないな」 「そりゃ日曜だから当然だぜ」 「休みでもついつい生徒会が気になってしまう。やることもまだまだ残ってるしね」 「生徒会バカってやつか」 「なんとでも言うがいい」 生徒会室にも人の気配はなさそうだ。まさに今がチャンス! 「きゃ!!」 「聖沙!?」 「いきなり私の後ろに立つなんて、なかなかやるじゃない」 「聖沙こそ、気配殺して何やってんの……」 「今日はお休みなのよ!? お家でゆっくりしてなきゃいけないんだからっ」 「そう言う聖沙だって! リア先輩に言われたじゃんかっ。『今日くらいは休みなさい』って」 「お互いに見なかったことにしようか」 「そ、そうね。今日ばっかりはあなたの意見に同意させてもらうわ」 聖沙は書類をまとめて鞄に入れた。 「ちょ、ちょっと商店街までお買い物に行ってくるわね」 「あ〜〜ビックリした」 「ククク……これで弱味を握れたぜ」 「いや、お互い様だし」 「魔王様じゃねえよ。俺様さ」 「今のことを告げ口しちまえば、リアちゃんに気に入られること間違いなしだぜ!」 「そんなことしてリア先輩が喜ぶと思ってるの?」 「ククク……魔王様も俺様にひれ伏すなら今のうちだぜ」 「なっ、なんてあくどいんだ」 「ひぃいやぁあ!!」 「わー!!」 「ひぐっ……」 「会長さん、いるならいるって言って下さいよ〜〜。てっきりあの後に帰ったものとばっかり」 「ごめんね」 「いえいえいいのです。おでこよりも広い心が私にはありますから」 「確か接着剤が工具箱にあったような……」 一緒になって破片を拾う。 「会長さんは、何をしにいらしたんですか?」 「え? 僕は――」 「わかりました!! さては、先輩さんの差し金ですね〜っ」 「違う違う! まだ何も言ってないよ!?」 「あわわ……この後、先輩さんと一緒になってお仕置きするんですね、そうなんですね!」 「だから、しないって!」 「ここは逃げるが勝ちなのです!」 しっかり宣伝ポスターを抱えたまま飛んでった。 「まったくバカばっかだぜ」 「せっかくボンドが見つかったのに……」 「呆れた生徒会長様だぜ」 「やっぱりみんな後ろめたいんだね。なんか僕までドキドキしてきたよ」 「ったく、だらしねえな。少しはソバを見習え」 ナナカは休みと聞いて、最近疎かになっている家の手伝いをすると言っていた。相変わらずサッパリしている。 「よし……僕も始めるとしよう」 「何を始めるのかな?」 「そりゃあ生徒会活動を――」 「って、わわわ!」 「どうしたの? 今日はお休みなのに」 「ええっと……わわわ、忘れ物を取りに……」 「ふ〜ん。それって、この作りかけの店舗リストですか? それとも募金箱を作るための段ボールですか」 なんという金の斧銀の斧。ここはやはり。 「どちらでもないです」 「じゃあ、この安倍川餅かな〜?」 「ぶっぶー。これは私のお菓子で〜す」 全獲得ならずっ。 「んもーっ。しっかりお休みしなさいって言ったのに」 「だ、誰も休んでないとは言ってませんよ?」 「生徒会室に遊びに来たとかいう言い訳はめっ、だよ」 ばれてるし。 「聖沙ちゃんもロロットちゃんも……みんな言うこと聞かないんだから〜〜」 「うぐっ。先輩……知ってたんですか」 「えっへん。先輩はなんでもお見通しなのです♪」 そういえばドアを開く音も聞こえなかったしなあ。 「って、そこにずっといたんですかー!!」 「ほらほら。そんなことはいいから、店舗リスト埋めちゃお」 「私はその間に、募金箱組み立てておくから。それが終わったら一緒に飾り付けでもしようよ」 「えっ? えっ?」 「来ちゃったものは、しょうがない。だから、早く終わらせてゆっくりしよ♡」 「はい、お茶もどうぞ♪」 「ついでにお茶菓子も」 「おお、さっきの安倍川餅〜」 「頑張り屋さんにはご褒美をあげないと、ね♡」 「あの……先輩」 「ごめんなさい、僕……先輩の言うこと聞かないで、ホント悪い後輩ですよね」 「もぉ。気にしないの♪」 「私がシン君だったら同じことしちゃうもの、きっと。だから、もう怒ってないから安心して」 「そう思ってるのに、どうして休むように言ったんですか?」 「それはもちろん。先輩だからです」 先輩って色々大変だなあ。 何かと身の周りのことに気がついて気を利かせたりとか、後輩が気を揉んだり気に病むことがないよう気を遣ったりとかして。 言いつけを守らなかったのに、こんな優しくしてくれるなんて思ってもみなかった。 まだまだリア先輩から学ばなきゃいけないことが多すぎる。 「よっし、おしまいだ!」 今僕がしなきゃいけないことを終わらせて、どんどんと先輩から吸収していかなくっちゃ。 「じゃあ募金箱の飾り付けをやっちゃお〜」 「やりましょーっ」 「う〜〜ん、おつかれさまだ〜〜」 「あはは、思ってたより時間がかかっちゃったね」 「まあ、ゆったりまったりやってましたし、しょうがないですよ。はい、どうぞ」 「あらら。ありがと〜」 「先輩みたいに美味しいかどうかはわかりませんけど」 「くすくす。人に淹れてもらうお茶なら、何だって美味しいよ♡」 「あ〜あ。暗くなるのも早くなっちゃったね〜〜」 「気づいたらあっと言う間に冬ですよ」 「ひゅ〜〜どろどろ。夜の学校って結構、怖いんだよ〜〜」 脅かしてるつもりなのだろうか。 「そりゃまあ、誰もいませんからね。今日は特に」 「けど、シン君がいてくれるから安心、だね♡」 「いや、まあ、僕もそんなに得意ってわけじゃないですけど……」 「じゃあ怖いんだ!」 「なっ。怖くなんかないですよ」 「そっか〜。じゃあじゃあ! ちょっと一緒に外行ってみない?」 「夜の校舎出歩いては歌って回った〜♪」 「お散歩しよ♡」 「警備員の人に見つかったら大目玉ですよっ」 「ドキドキして楽しそうじゃない?」 「せ、先輩……」 「それじゃあ、やっぱり暗い夜道が怖かったりしちゃうのかな〜? 男の子のく・せ・に♡」 「怖くなんかありませんって! わかりました、行きましょう」 「うん、決まり!」 うう、それでも人気がないってのはやはり怖いものだ。 それよりも、誰かに見つかったりすることの方が今は怖い。 「先輩……ちなみに、どこ行くんですか?」 「怖くなんかないよ」 「誰もそんなこと聞いてませんって」 「ほら、シン君っ。もうちょっと側にいてくれないとはぐれちゃうでしょ」 「別に人混みってわけじゃないんですから」 「先輩の言うことはしっかり聞くこと!」 そう言って手首を掴まれた。 「わ、わかりましたよ」 微かに先輩の腕が震えてる。 あれだけ僕を怖がりと言っておきながら、自分の方が怖がってるみたいだなあ。 そういえば前に魔族をオバケと勘違いした時も、こっそり尻餅をついてたし。 「先輩、怖いなら戻りましょうか?」 「怖いのはシン君でしょっ」 意地っ張りな人だ。 「そりゃこれだけ静かだと、さすがに怖いですよ」 「だから、怖くないように先輩が側にいてあげるって言ってるの」 「んもーっ、信じてないでしょーっ」 「で、どこに行くんですか」 「あっちあっち!」 「そっちはどんどん暗くなりますよ」 「そんなのわかってるもん! だけど、今日はあそこに行きたいのっ」 「も〜〜、どうなっても知りませんよ」 「シン君と一緒なら大丈夫だもん」 なぜ『あの場所』へ行きたがるだろう。 先輩を駆り立てる何かがあるのだろうか。 向かったのは、高台にある学園の名所。フィーニスの塔。 視界が開けて一面に広がる夜空の星々が瞬いて見える。 それだけなら、よくある景色と同じものだ。 けど、この流星町でしか見られない瞬間がある。 一瞬のきらめきがそぼ降る雨のように降り注ぐ。 流星町のこの場所でしか見られない幻想世界が、目の前に広がった。 「わあ……」 「到着〜〜♪」 月の光よりも、それは地面を明るく照らしていた。 闇が晴れ光を得た瞬間に、リア先輩の顔色も明るい笑顔に変わる。 「ほらほら、見て見て〜。きれいでしょ。これが見たかったの」 「へえ……ここからだとこんなによく見えるんですね……」 近くに照明もなく、空に限りなく近い場所で、僕とリア先輩は空を仰いでいた。 「先輩はもう何度かここで見てるんですか?」 「うん。お姉ちゃんと一緒に、ね。あの時は、こんなに降っていなかったけど」 「そっか〜。これもリ・クリエのおかげ……そう思うとなんか不思議な感じですね」 「僕達にとっては脅威かもしれない存在なのに、これだけきれいなものを見せてくれるですから」 「ああ、うん……そうだね」 「本当は異変なんだからリ・クリエの『せい』なのに、つい『おかげ』って言っちゃうんですよね」 「そう思えるのが、シン君のいいところなんじゃないかな?」 「僕の……」 「今までクルセイダースとして、生徒会長としてやってきたことも全部。そんなシン君だからと考えれば、納得がいくもの」 「まだまだ全然、色々追いついてないです。それがもどかしくて……」 「そんなに焦らないでいいと思うよ。ゆっくり自分のペースで進んでいけばいいんだから」 「ええ。まずは目の前にあることから、しっかりやっていきたいです」 「うん! キラフェス、絶対に成功させようね」 「この流星以外にも何かリ・クリエの影響が及ぶことってあるんですか?」 「う〜〜ん。実際は、よくわかってないんだけど、あるにはあるね」 「魔王が現れる」 「リ・クリエが近づくと、今まで必ず魔王――魔族の王様が現れていたんだよ」 やっぱり魔王は世界の脅威と思われている存在なのかっ。 それがリ・クリエを恐れている原因だとしたら、僕はクルセイダースの敵になること間違いなし!! 待てよ? もしそうだとしたら、何も心配することはないじゃないか。 だって、僕が何もしなければ、平和のままなんだから。 「魔王は……いつ来るのかな……」 「さ、さあ。たまには来なかったりすることも、あるんじゃないですかね〜」 「それはそれで困っちゃうよ!!」 やはり悪を根絶やしにしなければいけないのか〜〜!! 僕とリア先輩は戦う運命にあるというのか!? 全く想像がつかないし、戦う理由もないんだけど……。 というか父さん。よく生き残れたね。 「ちょっと何してるのよん♡」 「ひっ!!」 「お、お姉ちゃんっ」 「あら、シンちゃんも隅に置けないわね。リアをこんなところに連れ出して何をしでかすつもり?」 「なっ、ただのお散歩ですよ」 「『若さ故の過ち……か。だが、限度という言葉も知らねえ小僧が口にする台詞じゃねえな』」 「もぉ、シン君をいじめないで。言ってることは本当なんだからっ」 「わかってるわよん♡ 流星を見たくてここに来たんでしょ」 「でも、一人だと怖くて行けないからって、わざわざシンちゃんをボディガードにするなんてね」 「お姉ちゃん!!」 「あら、もしかして図星?」 「そ、それもなくはないけど……それだけじゃないもん! シン君に見せたかったの!」 「そうよね、うんうん。リアは後輩想いの優しい先輩だもんね〜〜」 「先輩……ありがとうございます」 「けど、お姉ちゃんがからかうから、先輩として立場がなくなっちゃったじゃないっ」 「大丈夫ですよ。僕にとっては尊敬する先輩に変わりないですから」 「そ、そんなこと言われたって……もぉ、知らないっ」 「あ〜〜っん! 照れちゃって本ッ当に可愛いんだから〜〜!」 「お姉ちゃんったら!」 「つねらないでよぅ」 まったく効いてなさそうだ。 「そう言うヘレナさんこそ、どうしてこんな所に?」 「ん、ちょっとメリロットと、ね」 「メリロットさんと……?」 女の人と星を見に来るなんて、まさかそういう間柄なのかな。 「なにエッチなこと考えてるのよぅ」 「考えてませんよっ」 「いいのよ、若いんだからもっともっといっぱい妄想なさい」 「はいそこまで。私だけならいざしらず、シン君までからかわないで下さいっ」 「良かったわね〜。いい先輩が側についていてくれて」 「今更持ち上げったって手遅れなんだから。ぷんっ」 「私も用が済んだし、あなた達のお楽しみも済んだでしょ。遅くならないうちに帰るわよ」 「お姉ちゃん一人で帰れば〜?」 「あらそう。一人でいたいみたいだから、シンちゃん一緒に帰りましょ♪」 「バイバイ、リア〜〜。気をつけてね〜〜。夜道は怖くて危険なのよ〜〜」 「お姉ちゃんのいじわる〜〜!」 結局、3人で騒がしく家路に就いた。 「便りが無いのは良い知らせとか言うけれど」 「お留守番だって大変だもんね」 「トラブルがあるよりマシか……」 「じゃあちょっとだけ、お手伝いしてもらってもいいかな?」 「ええ、ここらで出来ることがあれば」 「ありがとう!」 スケッチブックを抱えた生徒がぞろぞろとやってきた。 「美術部のみんなにね。シルクスクリーン販売より、似顔絵描きをやった方がいいよって提案したら乗ってきてくれたんだ」 「それでね。お客さんになって欲しいの。シン君に!」 「サクラをさせるってわけか……さすがリアちゃん、可愛いくせに悪知恵が働くぜ」 「〈咲良〉《》だけにね。なんちゃって」 「シン様じゃ力不足だぜ。俺様に任せな」 「客寄せパンダにもならないじゃん」 「最初にシン君で見本を作っておけば、お客さんがそれを見て寄って来てくれるでしょ」 「僕の似顔絵ですか。うう、ちょっと恥ずかしいなあ〜〜」 「ちゃ〜んと格好良く描いてあげるから、ね♡」 リア先輩までもが鉛筆を握りしめていた。 「先輩って美術部でしたっけ?」 「ううん、違うよ♪」 それなのにスケッチブックまで持ち合わせていた。 「まさか先輩も描くとか?」 「もっちろん♡ 提案した張本人だもの♪」 リア先輩、ものごっつ描きたがっている。 「だから嫌なら俺様が変わってやるぜ!?」 「嫌だなんて言ってないっ! わっかりました、やりましょう!!」 「チッ。大人しくリアちゃんの椅子にでもなってるぜ」 「パーちゃんにはもっと大事な役目があるから楽しみにしてて」 「ヒャッフー!!」 「ああ! けど募金できるキャッシュが無い……」 「気にしないで。お代はサービスしてあげる♡」 促されるままに、パイプ椅子へ腰掛ける。 「ここでパーちゃんの出番だよ」 「待ってました!!」 「いったいどうなってやがる!」 「パーちゃん、にっこり」 「は〜〜い♡」 「僕が聞きたいよ、どうしてこんな姿勢で――」 「シン君、キリッと!!」 「はいっ!!」 リア先輩からの注文はこうだった。 パッキーを胸の上でぎゅうっと愛くるしく抱きしめて欲しい。あとは格好良く。どうなの、それ。 「うわ〜〜! かーわいいー」 「男子たるもの、羞恥に耐えることもまた修練ですな。心より敬服いたす」 「無様だな」 「ぷぷぷ。カイチョー、だっせぇー!!」 「自尊心はもうコッペパンに挟んで食べちゃうしかないな……」 「すっごい、シン君。おかげで大人気だよ!」 「そ、そうなんですかっ」 僕らのやりとりに興味を持ったお客さんが美術部員の方へと流れていく。 「ほっ……、それなら良かった」 「あとちょっとだから、ちゃんと凛々しい顔をしててね♡」 「そもそも人形を抱きしめて凛々しくするのは、絵的にはアリなのかな?」 「意外性があって楽しいかな〜って」 「おお、なるほど」 芸術は奥が深い。 「なんちゃって 本当はシン君の可愛いトコも描きたかっただけだよ♡」 「んなー!!」 「ほら、動いちゃダ〜メ」 「くううっ」 リア先輩、楽しそうだなあ。僕もなんだかやりたくなってきたぞ。 「アァ……太ももサイコー」 パッキーの目線が、リア先輩の足に向けられている。 そんな足だけ見てたって――と思い、ふと目を向けた瞬間だった。 リア先輩が足を組み替えたっ。 太ももが程よい弾力で揺れた。それだけじゃないっ。ほんの一瞬だけ両足の間に何かが見えた。 黒タイツに覆われた何か。 あ、あれはもしや――って、いかんいかん!! 「目つぶし!!」 「ギャーーッ!」 「なんでもありませんっ」 何か違うことを考えよう、歴代総理大臣の名前でも――。 「うんっ。出来上がり♪ お疲れさまでした」 「ハァ〜〜」 「うんうん。これはかなりいい感じに仕上がったと思われます」 「おお〜〜。見せてもらっていいですかい?」 満面に笑みをたたえ、スケッチブックを差し出す。 それを手に取り言葉を失う。なんという悪人面!! 「僕の顔ってリア先輩にはこう見えてるのか……」 「しっかし全然シン様に似てねえな」 「それじゃあ似顔絵にならないって」 「だが、相変わらずいい絵を描く。さすがだぜ、リアちゃん」 「上手だよね。似てないけど」 「似せるだけが全てじゃないってことを知ってやがる」 「ちょいワルで可愛い感じが出てるでしょ」 「コラボレーション?」 「そうそう!! コラボレーションかつレヴォリューション」 「確かに革命的だけど……」 まあモデルが僕だってわかる必要はないし。上手な絵描きさんに描いてもらいたいもんね。 「じゃあ、これを飾ってお客さんを待ちましょうか」 「まさにWANTEDって感じ♡」 「それが今回のテーマか!?」 「じゃあ次はシン君の番だね」 「今度はシン君が私をモデルにして似顔絵を描くんだよ」 おおっ、これは願ってもないチャンス!! 「下手くそですけど、やらせてくださいっ」 「おや? やる気満々だね」 「いや〜〜。先輩を見てたらウズウズと」 「ムズムズの間違いじゃなくて?」 「ぶ!!」 「くすくす、冗談だよ♡」 あながち冗談でもないところがリア先輩の凄いところだ。 「じゃあ、どんなポーズにしたらいい?」 「なんでもいいよ。シン君のお好きなように♡」 「チャンスだぜ、シン様。ここは普段じゃお願いできないような注文を!!」 「そ……そうか。お祭りだしねっ。じゃあ……セクシーポーズで!!」 「え、え〜〜っと、具体的にはどうすればいいの、かな?」 「そ、それは先輩の思うセクシーさでっ」 「そんなのわからないよ〜〜っ!」 「じゃあ普通でお願いします」 「諦めるのはまだ早いぜ!! わからないなら俺様が教えてやるっ!!」 パッキーが丸いおぼんを持ってきた。 「リアちゃん。まずこれを両手で持ってくれ」 「そしたらリアちゃんの大きな胸をおぼんに載せるんだ。肩の荷も下りて一石二鳥だぜ!!」 「パファ!!」 「パーちゃんのエッチ!! そんな恥ずかしいことできないもんっ!」 「じゃ、じゃあですね。そのおぼんでウェイトレスさんごっこでも」 「うん……それくらいなら」 モジモジとしながら、両手を背中に回してからおぼんを持つ。 前傾の姿勢になり、上目遣いでこちらを見やる。 「こ、こんな感じかな?」 何も言わなくても勝手にセクシーなポーズになるんだな。 似顔絵には全く関係ないけれど。 「やっぱり恥ずかしいよ〜〜」 「さっきまでやりたい放題だったんですから、これくらい我慢我慢」 「あれは先輩の特権だもん」 「先輩はワガママなんて言いませんよ」 「うぅ〜〜。シン君のいじわるっ!」 「ほらほら、モデルは動かない」 「いじわるいじわるっ」 「ほう……」 先輩の描いた絵を誰かが眺めている。 「流星学園にようこそいらっしゃいました。どうぞ楽しんでいって下さいね」 凄い豹変っぷりだ。 「これは似顔絵――いや、自画像でしょうか」 「いやはや素晴らしい。度胸と愛嬌に溢れ、男女のどちらであるかを惑わせるほどです」 「男ですけどね」 「これほどの画力とセンス。両者を併せ持つ方に出会えるとは、気まぐれに訪れた散歩道で四つ葉のクローバーを見つけたようなものです」 「それって……僕がですか?」 「ここに描かれているのは、あなたのお顔ではありませんか」 「え……ええ、そうですけど。僕に見えます?」 「もしや双子のご兄弟がいらっしゃるとでも?」 「それは新展開だぜ」 「お兄ちゃんがいたんだ」 「いたら僕がびっくりですよ。というか、なんで弟扱いなんですかっ」 とにかく、この人はリア先輩の絵を僕の似顔絵と何の説明もなしに見抜いたのだ。 「残念ですけど、その才能の持ち主は僕じゃないんです」 「まさか、その喋るぬいるぐみでしょうか?」 「大賢者パッキー様だぜ」 「いくら喋るぬいぐるみとはいえ、さすがにこの絵を描くのは無理でしょう」 「おい、勝手に決めつけるな!!」 「となると残られたのは……」 「はい。こちらにいる九浄リアさんが描かれたものです」 「初めまして。喜んで頂けたようで何よりです♪」 「天は二物を与えずという言葉がありますが、あなたという人の前では意を成しません」 「え、えと……」 「類い希なるこの芸術性。それに加えて、誰もが羨む美貌までも兼ね備えているとは」 「そ、そんなことないです……」 「ご謙遜を。堂々と胸を張ると良いでしょう」 先輩も褒められて嬉しそうだな。 「むしろ三物を与えられたと言っても過言ではありません」 あと一個はどこだろう? 和菓子を持ってるところだろうか。 「チッ、胡散くせえ野郎だ」 「お客さんになんてことを言うんだい、君は」 「特にあのツラが気に入らねえぜ!!」 「な〜んだ。嫉んでるだけじゃないか」 「胸を張れとか言ってやがる!! おっぱいをよく見せろってことだぞ!?」 「ははは、考えすぎだよ」 待てよ? 二物が三物に増えたのって、まさか……。 「似顔絵一枚いかがですか?」 「ご丁寧なお誘い、痛み入ります。しかし、まだ散策をはじめたばかりでしてね」 「そうですか。色々見て回って是非楽しんで下さいね♪」 「いや……それが、なにぶん学園の地理に疎いものでして」 「もしかして初めていらしたのですか?」 「ええ、お恥ずかしながら。それで……もし、よろしければご案内いただけないものでしょうか?」 「ええ、もちろんいいですよ♪」 「如何致しましたか?」 「俺様のリアちゃんに近づくんじゃねえぜ!!」 「所有格で女性の方を物扱いするとは感心できませんね」 「スカしてんじゃねーよ!? 文句があるならやってやんぜ!? シッ! シッシッ!!」 「どうどう。落ち着いて、パッキー」 「どうもすみません。口の悪いぬいぐるみでして。僕からちゃんと言って聞かせます」 「君がぬいぐるみの飼い主であらせらるると」 「はい。僕は生徒会長の咲良シンと申します」 「良かったら僕がご案内しますよ」 「誠に恐縮ですが、そこのお嬢さまからお誘いいただきましたものでして」 「あ、そっか。生徒会長さんに案内してもらった方がいいよね。じゃあ、お留守番代わる〜」 「すみません。じゃ、行きましょうか」 「麗しき乙女たちとの語らい。それは鮮度の高い甘美な果実でございます」 「しかし、甘いそれはあまりにも儚く、そして脆い。私はその貴重な時間をこよなく愛して止みません」 「要するに僕とは一緒に回りたくないと」 「ご明察のとおり」 「ついに本性を現しやがったな!? こいつはタダのナンパ野郎だぜ!!」 「な……ナンパ?」 「男の人が女の人に声をかけて、どこか遊びに行っちゃうやつですよ」 「それくらい知ってるもんっ!」 「俺様だってリアちゃんと一緒に遊びたいぜ!!」 「パッキーも本性が出たね」 「シン様だってそうだろう!?」 「僕!? 僕は……その……」 「では、こうしませんか? 彼女に誰と付き添いたいのかを選んで頂くのです」 「上等だ!! それで白黒つけようじゃねえか!!」 「麗しの君、それでよろしいかな?」 「あ……う、はい」 「せっ、先輩!? いいんですか、そんなこと言っちゃって!!」 「大丈夫っ。私に任せて」 ほ、本当に大丈夫なのか……? しかし、パッキーは無いにしても、この人……結構いい顔立ちをしている。 もしかして先輩ったら一目惚れなんかしちゃったりとか、そんなことが!? くうう……そう思ったらなんかドキドキしてきたぞっ。 「じゃあ、せーのでいくぜ?」 「一万二千年前から愛してました!!」 「おい!! 抜け駆けだぞ!?」 「愛を語るには一刻の猶予もままならないのです」 先輩は頬を赤く染めてモジモジとしている。 こ、これはもしかして……そんなまさか!? 「え、えっと〜〜」 「ごめんなさい!!」 「ククク……ざまあねえぜ」 「……なるほど。そういうわけだったのですね」 「俺様の勝ちだな。さあ、リアちゃん。桃源郷に旅立とうぜ」 「パーちゃんもごめんなさい!!」 「そ、そんなパナマ!?」 「先輩、それって――」 「始めから選ぶつもりなど無かった」 「な……な〜んだ。そうだったのか〜〜」 「そう思っていたのであれば、そもそもこの提案に乗る必要は無かったのではありませんか?」 「ハッキリ言わないと納得してもらえないと思ったので」 「さすが私の見初めた女性です。しかし、こうも端的に告げられてはとりつく島もございません」 「私、ナンパとかされたことがないので、どうしたらいいかよくわからなくて、その……」 「困らせた私が悪いのです。どうか素敵な笑顔のままでいて下さい」 「本当に、ごめんなさいね」 「まあ……参加者があと一人増えていたら、結果は変わっていたのかもしれませんが」 「今はまだ、知られざる真実……とでも申しておきましょう」 謎の多い人だ。 「では新たな恋路の旅へと戻ります。失礼いたしますよ」 「あ! ちょっと待って下さい」 「まだ何か?」 「誠に申し訳ないんですけど、学園内でナンパされると他のお客さんに迷惑がかかるかもしれないんで……」 「ご心配なく。迷惑をかけることなどもってのほか。私は麗しき女性と共に、有意義な時間を過ごそうと努めているだけですから」 「そうかもしれませんけど、そんな風に思ってくれない人もいるので……」 「ご忠告に感謝いたします。しかし障害があるほど恋は燃えたぎるものですから」 「あ……ブラックマさん」 「これはこれは。つぶらな瞳と魅惑の腰つき。貴女と語らうひとときこそ、私にとって甘味を食するようなものでございます」 「甘味処はプリエにご用意してますよ♡」 しかし、口説いた相手がまずかった。 「ククク……ちょっと付き合っていただきますよ」 「ははは、逆に誘われてしまうとは予想外。なかなか強引なお方ですね。ですが、それもまた魅力的」 そのまま校門の外まで連れていかれるな……。 「よろしくね、警備員さん」 「警備員……?」 「お礼にこいつも」 「おい!! なんで俺様も!?」 「クマ〜〜♪」 「一時はどうなることかと思いましたよ」 「どうなるもなにも、休憩時間はまだなんだからナンパにお付き合いはできないけどね」 「えっ。それって、休憩時間だったら行ったかもしれないってことですか?」 「行かない行かない」 「そ、そうですよねっ! さっすがリア先輩っ」 「な〜るほどう。さっきのため息はそういうことだったんだ」 「シン君は、私が初対面の人にナンパされて係をほったらかしちゃう人だ……と思ってたわけね」 「そんなとこまでは思ってませんって!!」 「ちょっとは思ってたんだ?」 「ショックだな〜。そんな風に思われてたなんて」 「だって先輩っ、格好いい人にナンパされてるし……なんか、褒められてまんざらでもないんですものっ」 「けど、そのままどこかに連れてかれて、大変な目に遭ったりなんかしたら僕……」 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ〜」 「それでも心配なんですっ。先輩はお人好しだし優しいし――」 「意外に世間知らずなところもありますから」 「もしものことがあるかもしれないじゃないですか」 「もしもなんてぜ〜〜ったいにありません!!」 「だって先輩だもん」 「そんな理由じゃ……」 「なによ、なによう!! シン君なんか黙って見てただけのくせに〜〜っ」 「先輩が任せてとか言ってたじゃないですかっ」 「そうゆー時はね! 先輩の言うことを無視していいのっ」 「無茶苦茶な……」 「わわっ、わかりましたっ。その代わり、リア先輩も見知らぬ男の人とあまり親しくしないでくださいねっ。心配しちゃいますから」 「シン君。私が男の人と仲良くしてるのが、そんなに嫌だった?」 「わかった! シン君、ヤキモチ焼いちゃってたんだ」 「妬いてなんかいませんよっ!!」 「んふふ♡ そっか〜。ごめんごめん」 「違うって言ってるのに!!」 「シン君。心配してくれて、ありがとね」 いきなり真面目に言われるから調子が狂う。 「けどね。先輩を侮っちゃダメなんだからーっ」 「は、はい……肝に銘じます」 まったく、リア先輩って掴み所が難しいんだから……。 「お疲れさま〜」 「お疲れさまです〜」 「定刻通り戻ってきたわね。さすが、私のライバルといったところかしら」 「ライバルは関係ないでしょ。休憩どうだった?」 「じいやと一緒にお店巡りをしてました。と〜っても楽しかったですよ」 「紫央と一緒にね。いいお買い物ができたわ」 「そいつは良かった」 「会長さんはお一人で回られるんですか?」 「う〜〜ん。たぶんそうなるかな。エディが見つかればいいんだけど」 「寂しいわね。ナナカさんでも誘ってあげたら?」 「休憩が合えばそうするか」 「なかなかお熱いですね〜」 「そ、そんなんじゃないって」 「あ、先輩。お疲れさまです」 待てよ? このタイミングで戻ってきたということは―― 「あれ。みんなも休憩?」 「私と副会長さんは、今さっきまで」 「みんな『も』ってことは、まさか……」 「うん♪ 今から休憩、だよ」 お。これはチャンスかも? リア先輩も休憩なら一緒に回れるかもしれない。 ここはいっちょ僕から誘ってみよう。 「ねえ、シン君。一緒にキラフェス回らない?」 「いきなり出鼻を挫かれた……」 「お姉さまと一緒に!?」 「ほらほら、お着替えに行きますよ。良い子の皆さんがブラックマさんを楽しみに待っているんですから」 「ちょっ、咲良クン!! お姉さまとっ、ダメぇ〜〜っ」 聖沙がロロットに引きずられていく。 後輩なのにリードできるなんて、ロロットは凄いなあ。 それなのに僕と言ったら……。ムムム、このままでは生徒会長として、男としていかんぞ。 よし! 今日こそは僕がリードしてやるんだっ。 「はいっ、一緒に行きましょう!」 「リア先輩。どこか行きたい所はありませんか? 何処でもいいですよ」 まずは、懐の大きいところをアピールするぞ。 「地の底でも、空の果てでも」 「シン君に決めて欲しいな♡」 くっ。いきなりそうきたかっ。 しかし、リア先輩の行きたいところなんて既にチェック済みさ。 「わっかりました。任せて下さい!」 「プリエに来たってことは、和菓子倶楽部?」 「その通り」 リア先輩と言えば和菓子しかないっ。 「ついさっきまでここのお手伝いしてたんだよ〜」 「うがーー。そうだった!!」 「うふふ♡ けどお客さんじゃないと食べられないでしょ♪」 「味見とかしてたんじゃ?」 「試食とこれは別腹なんだゾっ」 ふんと鼻を鳴らして胸を張る。 「会長はん、おこしやす。何人様でご来店どすか?」 「あ、はい。2名でお願いします」 「来ちゃった♡」 「あらまあ」 「シン君が連れてきてくれたんだよ♪」 「そうやって人のせいにしたら、あかんえ」 「んもーっ。彩錦ちゃんったら」 先輩が誤解されているっ。ここは素早くフォローしよう! 「リア先輩の言うとおりですよ。僕がここにしようって決めたんです」 「あかんえ、会長はん。たまには和菓子やあらへんことも教えてあげんと、いつまでも箱入りお嬢さまのままやからなあ」 「ちょっと彩錦ちゃん。それじゃあ、まるで私が和菓子しか知らないみたいだよ」 「そやないん?」 「違いますー!」 「会長はんの前では、ええ格好してはるもんなあ、リーアは」 「え、いつもは違うんですか?」 「ダメー! ストップ!」 「堪忍え。これ以上は内緒みたいやわ」 「うう……気になる」 「シン君は知らなくていいことなのっ」 「もう既に知ってはるかもしれんしなあ」 「シン君! 早くメニュー決めるっ」 「あ、はい! え、えーっと……」 うう……和菓子ってどら焼きとかおまんじゅうじゃないの? 地方の名前とか、見かけない漢字ばかりで、どれが美味しいのやらさっぱりわからない。 そう言うときは必殺奥義。 「今日のオススメで!」 「へーへー。お茶でも飲んではって」 熱い日本茶を置いて、御陵先輩は厨房に戻っていった。 「二人とも仲が良いんですね」 「いくら友達だからって言い過ぎだよっ」 頬を膨らませて怒るリア先輩。 先輩が丸め込まれてるなんて、すごく新鮮だな〜。 「彩錦ちゃんといい、お姉ちゃんといい。わざとああいうことするんだもん」 「それだけリア先輩を可愛がってるってことですよ」 「そんなの嬉しくないよ〜〜」 「どういうのが嬉しいんですか?」 「ちゃんと誠心誠意、子犬を愛でるようにして欲しいな〜」 「くすっ。シン君が可愛がってくれる?」 「えっ!? ぼ、僕がですか」 「そう!」 先輩を可愛がる……? 可愛がるってどんなことをすればいいんだろう。 誠心誠意で子犬を愛でるような……。 首の辺りをくすぐったり、首輪つけたり、フリスビーを投げたりと。 ううっ、なんか変なことしか思いつかないぞっ。 「くすくす。悩んじゃったりなんかして、可愛いんだから♡」 頭を撫でられ、逆に可愛がられてしまった。 そうか! 「えっ、シン君!?」 「よ〜しよし。良い子、良い子」 逆に撫で返してみる。 「こ、こら〜〜っ。ダメだよぉ、それは先輩だけの特権なんだからっ」 「可愛がって欲しいんですよねっ!」 「それはそれで、これはこれなの〜〜っ」 「だったら、これでどう〜だ!」 もうヤケになって首をくすぐる。 「く、くすぐったいよ〜〜」 「二人して何してはるのん?」 「特製葛餅二つ、お待たせはんどす」 「わ〜〜♪」 「ほんに仲がよろしおすなあ」 「リア先輩と御陵先輩の仲に比べれば、まだまだ……」 「会長はん。ヤキモチ妬いてはるん?」 「ち、違いますっ!」 「くすくす。『あ〜ん』でもして、おあがりやす♪」 「あ、それ名案かも〜〜」 「先輩まで!?」 また僕は顔を赤くして照れるのか。 これじゃあ、いつものパターンと同じだ。ここでイニシアチヴを取られちゃいけないんだっ。 そう思った僕は、楊枝を使って葛餅をリア先輩の口元に運んだ。 「はい、あーんしてくださいっ」 「シン君!?」 「おやまあ」 「ほら、あーんですよ!」 「わっ、私がするの〜〜?」 「よろしおあがりやす♪」 「くすくす。観念しい、リーア」 「そんなーっ。こんなの恥ずかしいよ〜〜」 「恥ずかしくなるようなこと、いつも僕にしてくるじゃないですか」 「いつも……?」 「『あーん』は先輩の特権だもんっ。だから、シン君はしちゃダメっ」 「あ〜ん」 「彩錦ちゃん?」 「リーアがせえへんなら、うちがいただきますさかい」 「それはもっとダメ! んもーっ、わかったよお」 「ほんまに難儀やなあ」 リア先輩は意を決して僕と向き合い、目を閉じて口を開いた。 こうしてもらうのはかなり恥ずかしいけど、なかなか嬉しかったりする。 ゆっくりと先輩の口の中へ、葛餅を運んでいく。 「ぱくっ……もぐもぐ」 「うん 美味しい♪」 一転して、ぱあっと顔が明るくなった。 頬に手を添えてうっとりしながら美味を堪能している。 「じゃあもう一個、どうぞ」 「あ〜ん、ぱくっ♪」 こうやって美味しそうに食べてもらえると、あげてるだけのこっちまで嬉しくなる。 リア先輩が普段これをやりたがる気持ちもなんとなくわかってきたぞ。 「んーー 美味しい♡」 「ほんまに嬉しそうやねえ」 「だって試食の時より、ずっとずーっと美味しいんだもん♡」 慣れてしまえば、どうってことないことか。 「というか、やっぱり食べてたんですね」 「くすくす。会長はんの方が一枚上手やねえ」 「シン君の分がなくなってる……」 「さっきリーアにあげたんと違うん?」 「あれは僕のだったのかーーっ」 「彩錦ちゃん。もう一個だけ、追加お願い」 「毎度おーきに♪」 お茶をすすってホッと一息。 「お待たせはん」 「早!!」 おまけでリア先輩の分もついてきた。 今度は互いにあーんをせず、ゆっくりと味わう。 「美味しおすか?」 「くすくす、良かったね」 「なあ、リーア」 「リーアは、ほんまに年下の男の子が好きなんやねえ」 「なーーッ!!」 「彩錦ちゃんっ、どうしてそんなこと――」 「どーもこーも、いつもと違うた笑顔を見せてくれはるんやもん」 「そ、そう……?」 「うちなんか、あーんなんてもんしてもろうたことないわ」 「え!? 本当ですか?」 なんだか意外だ。普段からやっているわけじゃないのか。 「さっき言ったでしょ。あーんは先輩の特権なんだから、同い年の子にはしないの」 「けど、他の子に同じことしてはる?」 「誰彼構わずやることじゃないでしょ。私だってちゃんと人を選んでするもん」 「そ、それって――」 「リーアは会長はんを特別扱いしてはるんやろ?」 「な、なんと!?」 「もちろん♪ だって、シン君は私の可愛い後輩クンだもん」 「そ、そういうことか……がっくり」 「くすくす。ちょっとお手洗い行ってくるね」 リア先輩が席を立った隙を見計らって、御陵先輩の扇子がスッと耳元に寄せられた。 「落ち込むことあらへん。他におらんなら、無意識に会長はんがオンリーワン言うてはるようなもんえ」 「せっかくデートしてはるのに、和菓子倶楽部だけでええのん?」 「で、デートじゃないですよっ」 「他にも楽しいお店がぎょうさんありますやろ」 「そ、そうですけど……」 「シャキッとおし!」 「恋愛に先輩も後輩も関係あらしまへん」 「れ、恋愛!?」 デートに恋愛、まるで僕がリア先輩を好きみたいじゃないかっ。 「別に僕とリア先輩生徒会の仲間ってだけで、そんな特別な感情は――」 特別な感情はない? ないのかな? よくわからない。 けど、リア先輩と一緒にいるのは楽しいし、出来ればもっと長い時間いたいと思う。 「同じ目標があって。同じ喜びを味わえて。同じ辛さを分かち合える」 「そないな関係、ほんに羨ましいわあ」 「僕とリア先輩が、ですか」 「くすくす。一番ヤキモチ妬いとるのは、うちの方かもしれんなあ」 「お待たせ〜。じゃあ、次は――」 「先輩。せっかくなんで他も見て回りませんか?」 「えっ? あ、うん。いいよ〜」 「どうもごちそうさまでした。えっとお代は――」 「サービスでええよ。そん代わり、最後まであんじょうおきばりやす」 「ありがと〜〜♪ だから彩錦ちゃん大好きっ」 「リーアは払ってなあ。ぎょーさん食べてはったし」 「うーっ。いじわるっ」 「御陵先輩、本当にありがとうございましたっ」 「めっそーもない」 「美味しいおにぎりですよ〜」 「おでんもありますよ〜」 「ねえねえ、シン君っ。豚汁も食べようよっ」 「あつっ、あつっ」 「んもーっ。慌てないの♡」 本部で振る舞っていたものを食したり。 「天王寺、アイッ!」 知り合いバンドのライブを見ながら、一緒に掛け声を合わせて飛び跳ねてみたり。 「ほらほら、カイチョー。この風船をこん中に入れて――」 「わ! わ! やめて〜〜っ」 「じゃじゃーん! でかぱいコンビ!」 「サリーちゃん、声大きいよ〜〜っ」 「きゃああっ」 男女の組み合わせで楽しくしていれば、そりゃデートと言われてもおかしくない。 実際、今までデートなんかしたことないからよくわからないけれど、多分こんな感じなのかな。 楽しい時間の最後を告げる鐘が鳴る。 「え〜〜っ。もうそんな時間?」 「休憩ももうすぐ終わりですね」 この後、僕とリア先輩は再び各自の持ち場へと向かう。 一緒にいられるの時間は、僅かにしか残されていない。 そう思ったら急に切なくなってきた。 リア先輩と、もっと一緒にいたい。 「シン君、寂しそうだね」 「名残惜しそうな目、してる」 「どうしてわかるんだろ」 「えっへん。先輩はなんでもお見通しなのです」 いつもなら悔しいなとかやられたなとか思うのに、今回はそう見抜かれてとても心地よく感じた。 「残念に思ってくれて嬉しいな。だって私も同じ気持ちだったから」 「ええ、僕もです」 ああ、そうか。この一体感がとても気持ちいい理由なんだ。 「休憩時間がもっと、も〜〜っと続けばいいのにね」 「あはは」 「ありがとね。付き合ってくれて。とっても楽しかった」 この瞬間を、ここで終わりにはしたくない。 もう一度。今一度。一度きりでもいいから。 リア先輩と一緒に公園いったり街に出たりして、きちんとしたデートをしてみたい。 そんな感情が沸々と湧き上がってきた。 けど……。 またデートしましょうだなんて、言えるわけないっ。 そもそもこれはデートにカウントされているかもわからないわけだし。 うう……ドキドキして目を合わせられないや。 「あ、そだ! 忘れないうちにやっておこ」 そう言って取り出したるはいつものハンコ。 けど、今は一緒に遊んだっていうだけなのに、スタンプされることもないと思うんだけど。 「これは今まで、私の見えないところで頑張った分♪」 「こっ、こんなに……!?」 「――で、最後に」 「キラフェス成功のお祝いに、ね♪」 「え……まだ終わってないですよ」 「終わるときまでに、こうやってスタンプ押せるチャンスがあるかわからないもの。だから、予約スタンプ♡」 「それに、こうやって色々見てきて、答えは大体わかってるでしょ?」 「誰もが楽しめる、みんなで作り上げるお祭り。それが流星キラキラフェスティバル」 「生徒も商店街の人も、お客さんもみんなキラキラしてたよね」 「充分大成功、でしょ♪ よく頑張りました」 「あ……すごい……」 「すごいよ、シン君! スタンプ、いっぱいになってるー」 「ははは……本当に埋まるとは」 「おめでとう! 私のスタンプ人生初の快挙だよ〜〜」 「前人未到ってやつですか!?」 「うん♪ なにせシン君にしか発行してないもん」 「ええっ。そうだったのかー」 そりゃ初めてなわけだ。 「けど、どうして僕だけに? みんなに渡しているものだと、てっきり思ってましたが」 「ちゃんとよく見て。このスタンプカードは特別な人にしかあげられないの」 「生徒会長専用」 「えっへん。そうなのですっ」 生徒会長による生徒会長への引き継ぎみたいなものか。 「てことは去年はリア先輩が?」 「ううん。私が今年から編み出したんだよ」 初代でしたかッ。 「そ・れ・で。スタンプが全部埋まったらどうなるか、覚えてるかな?」 「ええ、はい。リア先輩が、僕の願いを何でも聞いてくれるってやつですよね」 「その通り♪」 「何でも……」 な、なんでもいいのかっ。 無制限だと逆にどんなお願いをするべきかと悩んでしまう。 次もあるかわからないし、これが最後のチャンスかもしれないわけで。 こうなったら普段お願いできないようなこと―― 「何でも、何してもいいんだよ♡」 ううっ、リア先輩はわざと言ってるのか? こんな言い方されたら、どうしても変なお願いをしたくなる。 それこそ、エッチなお願いだって聞いてくれるかも……。 ここまで無防備なのは僕を信用しているからなのかもしれないんだっ。 せっかく今まで築き上げてきた信頼をここで崩すわけにはいかないよ。 なんでだろう。リア先輩には嫌われたくない。 今はただ、そういう想いが強くなっている。 どうせなら、リア先輩ともっともっと仲良くできるお願いをしなくっちゃ。 ……待てよ? そうだ! あれを言うなら今しかないっ! 「せ、先輩っ」 「決まったかな?」 「そ、そそっ、そのっ! ぼぼ、ぼぼぼぼっ、ぼきっ」 「落ち着いて深呼吸♪ 深呼吸♪」 「すーーっ、ハァ……」 「先輩! 今度また、僕とどこかへ遊びに行きませんか!?」 だ、ダメなのかっ!? 「お願いは、それでいいの?」 「本当に、それでいいんだね?」 「男に二言はありません!」 緊張の一瞬。後は野となれ山となれ! 「うん。もちろんオッケー、だよ」 「やった〜〜っ!」 「くすくす。もっと凄いお願いにすれば良かったのにね」 「例えばどんなお願い?」 「それは……その……」 「内緒♪」 ごまかされた。 「けど、最後のスタンプは予約なんだから、キラフェスが終わるまでしっかり頑張らないとダメだからね」 やった! リア先輩とデートの約束を取り付けることができたんだっ。 「よ〜〜し! じゃあ、行ってきます!」 「ケガしないようにね〜」 「zzz……」 「よっこらせ」 「むにゃむにゃ。もう食べられないよぅ〜」 「まったく。人の気も知らないで幸せな奴だぜ」 「いっぱいはしゃいでたし、手伝いも頑張ってくれたから疲れたんでしょ」 「まあな」 「おやすみ、サリーちゃん」 「カイチョー。お代わり〜」 「ははは、お代わりはもうないってば」 「ん? 電話だ」 「もしもし、グランドパレス咲良です」 「シン君? 私、リアだよ」 「ああ、どうもこんばんわ」 「夜分遅くにごめんね。もう寝てるかなとは思ったんだけど」 「いやいや、興奮冷めやらずなんでお気になさらず。で、何でしょう?」 「今日言ってたお願いのことなんだけど」 「あっ。ああ! はい、それが、どうしました?」 「明日のお休み。シン君は何か予定あったりする?」 「えっ。いや、特にありませんけど」 「そっか。良かった♪ そうしたら明日――」 「一緒にお出かけしよ♡」 「キラフェスも無事に終わったしね。せっかくだから早いほうがいいかなと思って」 「そ、それはもう! 願ったり叶ったりですよ」 「じゃあ決まりだね♪ お昼過ぎからでいいかな?」 「ええ、わかりました。で、先輩はどこか行きたいところとかあったりします?」 「う〜〜ん。シン君のお願いだから、シン君にお任せっ」 「じゃ、じゃあ! 13時に、商店街で待ち合わせましょう!」 「じゃあ、明日の『デート』楽しみにしてますっ」 「え……デート!?」 「それじゃ、おやすみなさい!」 「し、シン君!? ちょ――」 はぁああ……言っちゃった。リア先輩とデートするって言っちゃった! 「おい、やけにハッピーなツラをしてるじゃねーか」 「明日先輩とデートするんだ♪」 「先輩……? ま、まさかリアちゃんと、デートするっていうのかーー!?」 「いやいや、待て待て。落ち着け俺様」 「シン様がリアちゃんとデートなんか出来るわけないぜ。ククク……なんてったって俺様にぞっこんだからな」 「ってことは『よろしおす』に違いねえ。なんだ、そういうことか。ちゃっかりしてるぜ」 「ああ、そいつは良かったな。先に寝るわ。楽しんでこいよ」 「おやすみ〜〜♪」 ああ、何処行こうかなっ。 やっぱりデートと言ったら公園とか一緒に歩いたりして、あわよくば手なんか繋いじゃったりして……。 くう〜〜っ。こんなにドキドキしてたら、眠れないよ〜〜っ。 「あのお願いってデートだったんだ……」 「男の子……しかも年下の子とデートするなんて……」 「そんなつもりじゃなかったのに……けど、どうしてかな。凄く嬉しい」 「や、やだもお! シン君のバカッ。いきなりデートだなんて、不意討ちだよぅ」 「これじゃあ緊張して……明日……先輩らしく振る舞えるか、わからないよ〜〜っ」 「もお!」 「……明日、どんなお洋服着ていこうかな……」 「おねえちゃーーん!」 「もーーまたお酒飲んでーー」 休みだから休みなさいって言われても、どうも落ち着かない。 そりゃさ。当日、僕らが倒れたりしたら、周りに凄い迷惑がかかりまくるなんてことは、リア先輩に言われなくたって判るけど。 いや、判っていないからこうして来ちゃったわけで、やっぱりリア先輩は正しいんだ。 「そうだぜ。魔王様もまだまだだぜ」 「……口に出してた?」 「どうだかな。でもよ。俺様は大賢者だからな。魔王様の考えくらいお見通しってことだぜ」 「プリエでお茶飲んで帰るか」 「それが賢明だぜ。お茶はタダだしな」 「ただでないお茶もあるんだよ?」 「魔王様にとって、ただでないお茶は存在しないだろ?」 「……謎の転校生かよ」 アゼルはプリエの隅で、ヴァンダインゼリーを飲んでいた。 「あれしか食べねぇんだな。本当に」 「まさか……」 「あんなもんしか食べられないなんてかわいそうだ! きっとお金がないんだ!」 「いや、他のもん食べられないだけかもしれないぜ」 「いや、きっとお金がないんだ! じゃなかったら、あんなものばっかり食べないよ!」 「……落ち着けよシン様」 「落ち着いていられないよ! だって、ひどすぎるよ!」 「どうどう、あれを買えるってことは、シン様よりは金持ちってことだと思うぜ……まぁ、どっこいどっこいだろうが」 パッキーがなんか言ってたけど。僕は無視。 「僕、アゼルに奢る!」 「おいおい。正気かよ?」 「今の僕なら、カイワレラーメンが買える!」 「あー。あれか」 「カイワレラーメンは、流星学園のカフェテリア『プリエ』が誇る、もっとも安いメニュー」 「しこしこと歯ごたえのある麺と、ことこと煮込んだ鶏ガラスープは絶品! 具は男らしくカイワレが数本のみ」 「ご静聴ありがとうございました」 「あれなら僕にだって奢れる!」 「まぁそうかもだが……いくら訳がわからん女だからと言って、カイワレラーメンはアレじゃないか? ほとんどなんも入ってないんだぜ?」 「カイワレ大根が入っているじゃないか」 「まぁ……シン様には他のものを奢るのは無理か」 「僕には金がない! けど、それでも奢る!」 「だけどよ。あれ奢ったら、無一文だぜ?」 「それでもいいんだ!」 「あいつがラーメン食ってるのを見ながら、ただのお茶か水を飲んでるしかないんだぜ?」 確かにそれは少々辛いかもしれない。だがしかし。 「自分が豊かな時に奢るなんて簡単さ。自分が苦しい時に奢るのこそが、生徒会長っぽいと思うんだよ」 「ククク……さすがはシン様。そうやって自己犠牲を見せつけて、変人女のハートとついでにその身体も鷲掴み――」 「ガルムっ」 「これは決定事項だから」 「やれやれ……でもよ。買う前に、奢るって言ったほうがいいんじゃねぇか?」 「そんなことしたら、断られちゃうかもしれないじゃないか。というか、アゼルなら――」 「いらない、と言って立ち去るのが目に見えるぜ」 「だから不意打ち! これしか無い!」 僕は、愛用の財布をそっと開いた。 小銭を全部合わせれば――というか小銭しかないけど――いける! やってやるぞ! ラーメンをゲットした! 「ああ……すごくい匂い……」 「カイワレはどこだ……一本、二本……三本かよ!」 「これが……これがラーメン! 僕の全財産!」 「この匂い。この温かみ。今、僕の手の中には、全世界を合わせたより貴重なものが!」 「嗚呼、ラーメン……おお、ラーメン……」 「あのな。シン様」 「……はっ、な、なんだよ」 「そんなにうっとりするんなら、いっそ、自分で喰っちまったらどうだ?」 「な、なにを言うんだ!」 「考えてもみろよ。あの女が、差し出されたラーメンを受け取ると思うか? どうせ、『いらない』とかほざくだけだぜ」 あり得る。 「そうしたら、結局は自分で食べることになるんだぜ? それとも捨てるか?」 「ぱ、パッキー! なんて恐ろしいことを言うんだ!」 「なら。今、ここでシン様自らが食べたとしても、ちょっと過程を省いたってだけで、たいした違いはねぇだろ?」 「一度断られたくらいじゃ諦めないさ。食べてくれるまで何度でも頼み込む!」 「どうしてそこまで燃えるかね?」 「男にはやらなければならないことがあったりするのだ」 「自分の分は、水しかなかったとしてもか?」 お茶の給湯器は故障中だった。 「……たとえ、自分の分が水しかなかったとしても」 「シン様の決意はよく判ったぜ。俺様はもう止めねぇぜ。やれるとこまでやってみろ」 「言われなくても!」 僕は、アゼルが座っていた場所へ視線を―― 「いないな」 「いないんじゃ、しょうがねぇぜ。そいつは伸びないうちに、俺様達で喰っちまおうぜ」 僕は、無言のままアゼルが座っていたテーブルへ向かい、ラーメンとパッキーをそっと置いた。 「カイワレだけとはいえ、うまそうだなぁ……って、なにやってんだシン様」 「椅子をなでまわして、座っていた女のケツが残したぬくもりを楽しむとは、マニアック――」 「シャパンっ!」 まだほのかに温かい。席を立ってから時間は経ってないはず。 「捜してくる! パッキー。僕とアゼルが戻ってくるまで、ラーメンにもしものことがないように見張っておくんだ!」 「アゼルさん!」 「アゼルちゃん!!」 「アゼル〜! アゼル〜!」 「ええと……アゼル……たん?」 でも、くじけちゃいけない! 僕にはまだラーメンがあるんだ! 「あ、会長さん。ごちそうさまでした」 「のびちゃうともったいないんで、食べさせてもらいました」 「なっ……」 「いやー、うまかったぜ」 「美味しかったですね。これが俗に言う素ラーメンですか」 「カイワレが入ってただろカイワレが」 「気づきませんでした……ショックです」 僕は、〈0.1〉《レイコンマイチ》の期待をこめて、ドンブリを覗き込んだ。 「駄目ですよ会長さん。ラーメンはすぐ食べないと、のびてしまうんですからね」 「もう少しで食べられなくなるところでした。危ない危ない。危機一髪です」 「俺様はちゃーんと見張ってたぜ。でもよ。伸びちまったらもったいないっていうのにも一理ある」 空だった。麺の一筋。カイワレの一本。汁の一滴すら残っていなかった。 「ただ見ているより、もったいない事態を防ぐ方が優先と考えてな、お相伴にあずからせてもらったぜ」 「これで明日への活力が沸いてくるというものです」 「イイコト言うぜ」 僕はその日。 真の無と絶望を初めて知ったのかもしれなかった。 そりゃさ。当日、僕らが倒れたりしたら、周りに凄い迷惑がかかりまくるなんてことは、リア先輩に言われなくたって判るけど……。 「謎の転校生のおでましだぜ」 「もしかしたら、アゼルも、キラフェスのこと考えて、わくわくが止まらなくて、学園に来ちゃったのかな?」 「ありえねぇぜ」 「……何をしてるんだろ?」 「なんか手に持ってるぜ」 「きっと、キラフェスの配置場所の地図だよ!」 「……腑に落ちねぇぜ」 「そう? じゃあきっと、校内図を見ながら歩いて、施設の位置や道を覚えようとしているんだよ」 アゼルは立ち止まり、手に持った何かを覗いた。 「どうかしたのかな?」 そして、じっと地面見ている。 「また立ち止まったぜ」 アゼルは、少し歩いては立ち止まり、また再び歩き出す。 「きっと、キラフェス本番の様子を想像しつつ歩いているんだ。イメージトレーニングって奴さ」 いきなりアゼルが顔をあげた。 何かをじっと見た。 「何を見てるんだろ?」 「見えないものが見えたりするんだぜ」 「この学園の歴史は古いからな。オカルトの1つや2つ、いや、100や200はあるだろうぜ」 「この辺にもうじゃうじゃいるぜ。死霊どもがな! 感じるぜ! あの女が視線を向けている場所に、血まみれの男がいるのを!」 「そ、そうだったのか! 見慣れた学園風景がホラー映画の舞台に一変!?」 「なんも見えねぇから安心しな」 「……うそ?」 「俺様は大賢者だが、そっちは専門外なんでな」 「驚かさないでよ」 アゼルは再び歩き出した。 それにしても、何を見ていたのかな。 僕は、アゼルが立ち止まった場所に立ち、アゼルが見ていた方へ目を向けた。 美しいきらめきが目に飛び込んできた。 日差しを受けてきらめく蜘蛛の巣だった。 「ほう。あいつがあんなものに目を惹かれるとはな」 きっちりと渦巻き状に編まれた巣は、ほころびひとつなくて。まるでガラスとダイヤで作ったブローチみたいに輝いていた。 「明日は雨でも降るんじゃねぇか?」 「……雨上がりの蜘蛛の巣も綺麗だろうね」 「でもよ。あいつに言わせりゃ。そういうのは無駄だってことだぜ」 そうなのかな。 「間違いなく、これを見ていたよ」 「生物学的に珍しい蜘蛛なんじゃねぇか? 奴は蜘蛛マニアなんだぜ。ひょっとすると、スパイダーウーマン?」 僕は、指の先から糸を発射するアゼルを想像してみた。 「……いや、それはないだろう」 「会長さん発見しました!」 「会長さんは悪い人ですね」 「ええっっ!? なにゆえ僕が悪人!?」 「皆まで言わずとも判っているんです。会長さんもたぎりたつ若い血潮を抑えきれず、生徒会活動をすべく学園に留まっているんですね」 「いや、だって、リア先輩が……」 「先輩さんの言葉では、この情熱は抑えられないのです。青春は爆発だそうですから」 リア先輩には悪いけど。僕だってこのまま帰れそうもない。 「ロロットだってそうなんでしょ?」 「えっ。違いますよ? 私はこれから会長さんの陰謀に巻き込まれて、生徒会活動をさせられるだけなんですから」 「会長さんも、って言ってただろ?」 「……えーと、それは空耳だと思います。人間と言うのは、得てして、都合よいことばかりを聞きたがるものだそうですから」 「じゃ、帰っていいよ」 「何を言っているんですか。抜け駆けはいけません!」 「いけないことをしてると、ドキドキします〜」 「しーっ。静かに」 廊下では音がよく響く。 「生徒会室の前まで人影はないようですね」 「チャンスだな」 「そうね。行くなら今ね」 「そうだね……って」 「副会長さんも生徒会活動に来たんですね!」 「ち、違うわよ! お姉さまの言葉に逆らって生徒会活動をしようなんて、そんな大それたことしないわ!」 「そういう聖沙はなぜここに?」 「そ、それは……もちろん、あなた達みたいな不埒者が現れないか監視するためよ!」 「でも、行くなら今ね、とか言ってたじゃん」 「そ、そんなこと言ってません! 咲良クンの空耳よ!」 「あ、その台詞。私も聞きました」 「俺様も」 「空耳よ! 空耳ったら空耳!」 「ククク……俺様のつぶらな瞳と愛くるしい姿をまっすぐ見つめながら、空耳だって言ってみな? ほれほれ」 「ひ、卑怯よ……ブラックマそっくりの姿でそんなこと言うなんて!」 「勝ったぜ」 「みんな不埒者仲間ですね」 「そんな仲間はいや……」 「ああっ。先輩さん!」 「お姉さま!」 「リアちゃん!」 不自然な沈黙。 「……あー、おほん」 「こらっ。みんな先輩の言いつけは守らなくちゃだめなんだぞ」 「え、ええと、だからね」 「無理して当日に倒れたら、みんなが迷惑するんだよ。だから、休みの日にはしっかり休まなくちゃだめだぞ」 「だから、その……わかったかな?」 「そ、そう……」 「あの。わかりはしたんですけど……」 「青春の血潮という野性が、理性を駆逐したんです」 「ごめんなさいお姉さま」 リア先輩は、困ったなという風に笑った。 「みんな、しょうがないな」 そのみんなに、リア先輩自身が含まれているということは、言われなくても判っていた。 結局。そろそろみんなお腹が空いてるだろうと、ソバを届けに来てくれたナナカも加わり。 サリーちゃんまで遊びに来て。 結局、日が暮れるまで、僕らはキラフェスの準備をしていた。 もっとも、サリーちゃんは遊んでいただけだったけど……。 「うわ。すっかり暗くなった!」 「一人だけ忘れ物があると言って引き返し、学園を支配するための魔法陣を設置しようとは」 「そんな能力ないから」 「まぁ、歴代の魔王様の誰にも、そういう能力はなかったけどな」 「魔王様は、どーんと構えてりゃいいんだぜ。なんてっても魔王様だからな。魔法陣とかそういう小細工は部下にまかせときゃいいんだ」 「部下なんていないじゃないか」 「そういうのが得意な奴らがいた……ような……アレ?」 「でもまぁ、大賢者たる俺様がいるじゃねぇか」 「ひとりかよ……でも、だとしたら、魔王は何をするんだ?」 「女遊びでもしてりゃいいんだぜ。なんてっても魔王様だからな」 「君は本当にいい加減だな……あ」 流星の雨が音もなく流れ始めた。 「街中と違って、灯りがあんまりないせいか……凄い」 だからか。 だからかもしれない。 僕が、帰ろうとせず、フィーニスの塔の下の広場に行ったのは、流星が綺麗だったからかもしれない。 そして。 アゼルがいた。 降り注ぐ流星を見上げていた。 青白い光に照らされた横顔が綺麗だった。 「こんばんわ」 これはチャンス! 何か話さなくちゃ。 「なんでこの町が流星町って呼ばれるか知ってた?」 アゼルは小さく首を振った。 「この町は、ずっと昔から、どこよりもたくさん流星が見えるんだ」 「……単純なのだな」 「そんなものだよ」 「どう思う?」 「生まれた時から見てるから……不思議とかはあんまり思わないな……でも、綺麗だ」 「そうか……」 「アゼルはどう思った? 外からこの町に来た人は、夜空を見てみんなびっくりするものなんだけどな」 「単なる物理現象だ。驚くべき事ではない」 「なるほど……そうかもね」 フィーニスの塔の上空から降り注ぐ流星は、あとからあとから降り注いでは、地面や建物にぶつかる遙か手前で消滅し、あとかたもなく消えていく。 限りなく限りなく、一晩中。 「だが……」 「あの写真集を撮った人物なら、この光景を美しい物に撮るだろう」 そうか。やっぱり美しいと思ってるんだ。 アゼルは無愛想で、授業をさぼりまくって、何を考えているのかよくわからないけど。 でも、僕らと同じように感じるんだ。 当たり前の事だけど。 これだけ多いと、どんな願いごとだってかないそうだ。 アゼルがみんなに心を開いて欲しい。 キラフェスがうまくいって欲しい。 でも、流星はすぐに消える。願いを言い切る前に消えていく。 「流星が消える前に、願いごとをすればかなうって、昔から言うんだけど……アゼルの国でも同じような話はあるの?」 「……なんだそれは」 「そうか、アゼルの国にはないんだ」 「でもさ、流星が消えるまでの時間って短すぎて、なんにも言えないうちに終わっちゃうんだけどね」 「キラフェスがうまくいって欲しい……なんて短い願いだって間に合いやしないもんね」 もうひとつの願いはちょっと言えない。 「願うなどという選択肢はない」 アゼルは、いつのまにか歩き出していた。 「我々は神から与えていただくだけだ」 小さな背中が夜の中に溶け込んでいく。 「願いなど……必要ない」 僕は暗闇に取り残された。 「悪いけど、今、相手にしてる暇ないから!」 「そうだと思ったよー」 「手伝いに来てくれたんだ」 「あははー、まさかー」 「そもそも、高橋さんは何故ここにいるの!? あなたにもやることがあるでしょう?」 「そういえば、あの無差別ナンパ男さんって、まだ捕まらないの?」 「紫央が追いかけてくれてるんですけど、逃げ足早いみたいです」 「あーっ! その人なら私も声かけられたよー。ここに来る途中だったから無視したけどー」 「うわ。ホントに無差別」 「などなど問題が山積みなんです。ですから、会計さん。この友達さんをなんとかしてください」 「と、いうわけだから」 「だ・か・ら! 忙しいだろうと思って、増援をつれてきたよー」 「増援?」 「空き教室で捕まえてきたー。だから、好きに使ってあげてー」 「あのね、高橋さん。無理やりはよくないと思うよ」 「じゃあ後はまかせたよー」 「って、こらぁぁぁぁーっ……逃げ足は速いんだから」 「で、どうするのよ?」 「どうするって?」 「まぁまぁそう言わずに。参加してみれば面白いものですよ」 「私の豊かで麗しい人生経験から言わせてもらえば、とりあえず参加してみることです」 「参加して参加して参加して、ついに楽しい生徒会にたどり着けました!」 ん? 待てよ、これはチャンスかも! 「ちょっと待ったぁぁっ!」 この行事で、アゼルを一気に学園に溶け込ませるのだ! だとすれば、ここは、清水の舞台から飛び降りるつもりで! 「学食1日分でどう!?」 「まぁ、飛び降りたとしても、シンならそんなもんだね……」 「それって買しゅ――もがもが」 「副会長さん。面白い交渉の邪魔をしてはいけません」 「くっ……じゃ、じゃあ二日分!」 「ええっ!? そんなの無理でしょ」 生徒会長にはやらねばならぬ時があるのだ。 「プリエで好きなもの頼んでいいから!」 「あのねシン君。余り高額なのは問題があると思うよ」 「いや、それ以前に無理だから」 「だけど! ここでしりぞくわけにはいかないんだ!」 「本気の目だ」 「……シン、アンタ偉い!」 「そ、そう?」 「アタシも協力するよ! 半額までなら出す!」 「いや、でも、これは僕が生徒会長として」 「いいからいいから! アタシに半額任せなさい!」 「ヴァンダインゼリー二日分」 「いや、そんなものじゃなくて……」 「好きなものはない」 「なら、別にアレじゃなくたって……」 「アレでいい」 「……わかった。ヴァンダインゼリー二日分ね」 「契約だ」 「うわぁ、焦げてる焦げてる!」 僕は慌てて、焼きそばをコテでかき回す。 「こうやって、かき混ぜて均等に火を通さないといけないんだよ」 「面倒だ」 「……契約」 「次は?」 「ええと、まず味付けにソースを掛ける」 「ぶっかけるなぁっ!」 「真っ黒」 こ、これは食べられない……。 でも、もったいないから……後でオデロークに食べるか聞いてみよう。 「次は何をかける?」 「……いきなり難易度の高いことをさせて悪かった」 「じゃあ……こっちでジャガイモ剥いて」 「な、なんだその恐ろしい包丁の持ち方は!」 「刺す」 「僕を刺してどうする!?」 ヤクザの出入りみたいに、腰だめに包丁を構えたアゼルから、包丁をとりあげて。 「違うのか?」 「違う違う。こういう風にもつんだ」 「刃を上にしないっ……わわっ。ふりあげるな!」 なんて危険がデンジャラス! 「刺せない」 「刺さんでいい刺さんで……」 「そうそう。そのままジャガイモに」 「そうじゃなくて! 僕のやってるとおりにやってね?」 「こうやって、浅めに包丁をあてて、滑らせるようにゆっくりと皮を剥くんだ」 「って、深すぎ!」 あれだと、剥いたあと、何も残らないぞ! 「剥いた」 予想通り、剥いたあとには何も残っていなかった。 「あのさ……ここはもういいから、卵割ってもらえないか?」 「いきなり叩きつける!?」 「ええと……卵割ったことない?」 「割っている」 確かに、たたきつければ割れるけど。 「その風船を配ってくれない?」 「風船もって、立っててれば大丈夫だから。んで、近づいてきてくれた人に渡せばオーケー」 「じゃあ、ちょっと練習してみよう」 僕は、アゼルに近づく。 「全部、渡されても……」 「終わり」 「そうじゃなくて! ひとり一個ずつ!」 「もう一回やるよ」 うむ。渡してもらったぞ。 ちょっと、じゃなくてかなり無愛想すぎるけど……多くを望むのは無理か。 それに、子供たちの笑顔に触れていれば、アゼルだって無愛想じゃなくなるはず。 「……そうそうそんな感じ」 僕は受け取った風船を返した。 「あー。今のは練習分で、ノーカウントだから」 「……くっ」 さて、アゼルはどんな様子かな……。 うわ。愛想なさ過ぎ。子供達もなんとなく取りにくそう。 「あのさ……もう少し愛想よくなれないかな?」 「こういうのはさ、配るほうが楽しそうなほうがいいと思うんだよ。そのほうが風船だってとりやすいし」 「楽しくない」 「でも、ほら、子供たちがよってくれば楽しくなるよ。だから、ちょーっとでいいから笑ってみてよ」 「注文が多いな」 「契約」 「にっ」 わわっ。子供が引き潮のように引いていく! 「楽しいな」 やる気なく、無愛想でもよくて、ほとんど動かないものじゃなきゃだめか……。 そんなわけで、アゼルには看板をもって立ってもらったのだけど……。 本当に立ってるだけだ……。 なんか違うなんか違う! っていうか、いつのまにか働かせるのが目的になって、楽しみを感じてもらう目的からずれてるじゃないか! 「マドモアゼル。私と優雅な午後の紅茶を楽しみませんか?」 「え、あ、あの、私、キラフェスの実行委員なので」 わわっ。あっちではリア先輩がナンパされてるっ!? 「先ほどこの会場で、素晴らしい紅茶セットを手に入れたのは、貴女に会う前触れだったのですね」 いかにもあやしげなキザ男は、ごくさりげない動作でリア先輩の手をとると 「そして、お嬢さんのお美しい手指には、労働など似合いませんよ。その指は、私と優雅に〈紅茶時間〉《ティータイム》を楽しむ為にこそ相応しい」 「あの、そういうのは困ります」 「困惑される顔もまたお美しい。あちらになかなか美味しい紅茶を出してくれるカフェがありますから――」 「先輩が嫌がっているんでやめてください!」 「あ、シン君」 「そういう君は彼女の恋人とでも?」 「ち、違いますっ」 「それでしたら、人の恋路に口を差し挟むのは野暮というもの」 「こ、恋路!?」 「まだ若いから判らなくても仕方がありません。しかし、そのような振る舞いは、風雅とは言えませんよ」 「そもそも、恋路なんて始まっていませんっ」 「それは、貴女がお気づきになっていないだけです」 紫央ちゃんの薙刀を男は軽く避け。 「嫉妬深さもまた女性の魅力のひとつ」 「ええい、そこに直れ!」 「愛する男を手に掛けて、その思いを永遠とする……貴女のその情熱にほだされてしまいそうです」 「巫山戯るでないこの慮外者!」 「つれない人を振り向かせるのも、恋の醍醐味」 「ええい、ちょこまかと!」 「貴女の情熱の前に命を散らすのも、人生の終わりとしては悪くないとは思うのですが、まだその時ではない」 紫央ちゃんの攻撃は、かすりもしない。 「あの人、普通じゃないよ」 「それほどまでに終わりにしたいなら、協力するのにやぶさかではないぞ!」 「まだ見ぬ出会いがある限り、私は死ねないのですよ」 「ええ、それは判ります。変人ですね」 「そういう意味じゃなくて……紫央ちゃんの攻撃を、ほとんど動かずに捌いてる」 「えいっ、このっ、とあっ」 「貴女の愛の形は美しい。ですが、そのような愛の形でなく、別の愛の形を賞味してみてはいかがかな?」 「とうっ」 「勇ましい姿も美しいが――」 男はいつのまにか紫央ちゃんの背後に回ると。 「きゃぁぁぁっっ」 その細い背中をつつつつ、となぞり 「何をする乙女の敵!」 「恥じらいを含んだ花も、賞賛すべきものです」 「ぐぐっ」 紫央ちゃんは飛ぶように離れると、薙刀を構えなおした。 「巫山戯るのもいい加減に!」 「この程度で殺気立つとは、未だ人生修行が足りませんね」 「成敗!」 とても避けられるとは思えない神速の突きが男を襲った。 「ふっ。貴女の情熱確かに受け取りました」 「う、嘘であろう……」 男は、アゼルからひょいと奪った看板で、薙刀の先端を受け止めていた。 「しかし、其の程度の激情に駆られて、生命を殺めようとしてはいけませんよ」 ぽきり、と薙刀に切断された看板の半分が、男のつま先に落ちた。 「痛そう」 「あ。あの大丈夫ですか?」 「麗しのマドモアゼルに心配を掛けていただくほどの事はありません。恋に痛みはつきものですから」 男の視線が、まだ呆然としている紫央ちゃんを見た。 「世界は美しい。生きている者はそれだけで美しい。それを忘れない事です」 そして、視線がアゼルをとらえた。 「もっとも、貴女はそう思っていないのかもしれませんが」 「耳に心地よくない台詞は、五月蠅いもの。ですが、女性をこれ以上苛立たせるのは、私の本意ではありません」 そう言うと、男は一礼し。 「さらばっ」 いきなり大量の薔薇の花びらが舞い狂ったと思うと、男はそれに紛れて走り去った。 「……それがし、まだまだ修行が足りませぬ……それをあのような軟派男に指摘されるとは……く、屈辱」 「とりあえず追い払ったじゃない」 「そうそう結果オーライだよ」 「それがし、この祭が終わったら、三日ほど山籠もりをする所存です。連絡がつかなくても心配めされるなと、姉上にお伝え下さい」 「ねぇ、アゼル」 「あの人、知り合い?」 「知らん」 「……ホントに?」 とりつく島もなかった。 だけど、それはいつものアゼルで、その態度からなにかを探るなんて出来そうもなかった。 でも、あの意味ありげな台詞はなんだったんだろう……。 「アゼルは楽しんでるかな?」 「……ちゃんと仕事してるかな? じゃねぇのか」 「そうかもしれないけど……でもさ」 「まぁ、謎の転校生は、楽しむってぇことがわかってねぇからな」 「そういうこと」 「アゼルはアゼルは……」 「……いたぜ」 アゼルは人ごみから外れた場所で、カメラを上空に向けて構えていた。 カメラの向いている方を見ると、赤い風船が青空を背景に浮かんでいる。 撮るのかな、と思ったんだけど。 アゼルはボタンに指をかけたままで。 撮らない内に、風船は高く高く舞い上がってしまった。 「どうしたのかな?」 僕は、アゼルの方へ駆け寄った。 「調子はどう?」 「そういえばさ、今、どうして撮らなかったの?」 「……別にいいだろう」 アゼルは顔をそむけると、足早に歩き出した。 「何枚くらい撮った?」 「あ、別に撮りたくなければいいんだよ。ノルマがあるわけじゃないし」 「産地直送のジャガイモがたっぷり入ったシチューだよ!」 「いいにおいー。おいしそー!」 アゼルが不意に顔をあげた。 「そうかいそうかい! じゃあサービスしちゃうよ」 その視線を追うと、シナオバが、満面に笑みを浮かべ、たっぷりシチューが入ったお椀をさっちんに渡していた。 「わわっ。こんなにいっぱいどうしよー」 「でもでも、スイーツは別腹だから大丈夫かー」 「気に入ったら、是非うちをごひいきに」 「しっかりしてるねー」 別になんてことないやり取りだったけど、アゼルはふたりにカメラを向けた。 でも、ボタンに掛った指はなぜかためらい。 ためらっている内に、シナオバは別の生徒の相手をしはじめた。 「うーん、おいしー、おいしー」 食べてるのを見ているだけでうまそうだ。 ふたたび、アゼルのカメラが向いて、指がボタンに掛った。 今度こそ撮るのかなと思ったんだけど……。 ボタンに掛った指はためらい続け。 「おいしかったー」 さっちんは、シチューを食べ終わってしまった。 「当たり前じゃないか! うちの旦那の目利きはちょっとしたもんだからね」 「ほんとだねー、友達にも宣伝しちゃうよー」 アゼルは撮らないまま、きびすを返して歩き始めた。 そうかそういうことか。 「あのさアゼル」 「生徒会活動だからって言って、撮る物が決まっているわけじゃないんだ。何を撮ってもいいんだよ」 「一見、なんてことない光景でもいいんだよ」 「事前に伝えておかなくてごめんね」 「……なぜ謝る」 「アゼルはさ、いかにも記録っぽい光景を撮らないといけないと思ってるんでしょ?」 「……違う」 「……え、違うの?」 「もしかして……もう一杯撮っちゃって、残り枚数が不安なの?」 「それなら、本部にパソコンがあるから、そこで今まで撮った画像データを保存して、新たに撮り始めればいいよ」 「説明が足りなくてごめんね」 「……撮っていない」 「一枚も?」 アゼルは少しためらってから、小さく頷いた。 「でも、撮りたい光景がなかったわけじゃないんだよね?」 「とりあえず、枚数とか気にせずに、思うがままに撮ればいいんだよ」 不意にアゼルが顔をあげた。 その眼差しが向けられている方を見ると―― 人混みの向こうに、背が高く、妙に目立つ格好をした男の人が立っていた。 彼もアゼルを見ていた。 いや、違う、アゼルと僕を見ていた。 なぜか、頭の芯に、ちりちりした不思議な感覚が響く。 「……ほう」 男は、一瞬目を細め、不意に口元に笑みを浮かべた。頭の中に響いていた不思議な感覚が消える。 男はこっちに向かって歩き出す。 その歩みは優雅で、人波を突っ切ってくるのに、人波を避けるそぶりすらなく、すたすたと近づいてくる。 脳裏に、確信めいた直感が浮かんだ。 もうあの感覚は消えていたけど、あの人は普通の人間じゃない。 アゼルを庇うように前へ踏み出しかけた僕を―― 冷たい声がさえぎる。 いつのまにか目の前まで来ていた男は、かすかな苦笑いを浮かべ。 彼は僕の方を向くと。 「心外ですね。紳士たる私が、場所柄も弁えずに暴れる無頼漢の類だと思われてしまったとは。まだ修行が足りないですか」 僕はいつのまにか握っていた手を開いた。手のひらにじっとりと汗をかいていた。 彼は、アゼルのデジカメに目を留めた。 「それにしても、どういう心境の変化ですかな?」 「他ならぬ貴女が、この世界の記録を残そうとするとは」 アゼルはなぜか目をそらした。 「ふむ。気まぐれですか」 「あの……知り合い?」 「あり得んっ!」 「それはどうですかな? 実際、こうして知り合ってしまいましたからね」 「これ以降、知り合いということになりますな」 強引な人だ。 「……忘れろ」 「美しい女性の望みは、出来うる限り叶えて差し上げるのが私のモットーではありますが……」 「残念ながら女性に関する記憶力には自信がありまして」 男は愉快そうに笑い。 「ここで我ら3人が出会ったのも何かの縁。記念写真でも撮っていただけませんか?」 「それは非常に残念」 男は大して残念でもなさそうに呟くと、 「もっとも貴女が断るのは必然。貴女はご存じなのですから」 芝居がかった動作で、袖口の飾りをひらめかせて、腕をひろげ、 「全ての光景は、夢幻のごとく消えるうたかたに過ぎないと」 「! ……私は」 「貴女も、その少年も、私も、今、周囲で楽しげに歓談している人々も、全て無になるのですから」 「それは……」 声におびえを感じて、僕はアゼルを見た。 「少なくとも、今のこの世界は失われる。二度と取り返せない」 「でも、それは……」 「そう貴女は知っている。誰よりも知っている」 「……知っている。でも」 なぜかわからないけど、アゼルは怯えていた。戸惑っていた。 「ふふ。これは予想外ですね」 「戸惑う貴女は美しい。悩む貴女は美しい」 「悩んでなど」 「揺れる貴女は美しい」 「揺れなど」 「なによりも弱い貴女は美しい」 気づいたら、アゼルの前に立っていた。 「お前に庇ってもらう必要など――」 「アゼルは怯えてる。判る」 「そ、そんなことは……」 僕は男を真っ正面から見た。 「あなたの言ってることは全然わからない。でも、アゼルが嫌がってる。怯えてる。だからやめてください」 視線が僕をとらえた。 「面白いですね。他ならぬ貴方が彼女を庇うとは」 「どういう意味ですか」 「そう簡単に答えが得られても面白くないでしょう」 「はぐらかさないで下さい!」 「わかりますよ。貴方ならごく近い将来、嫌でも。なぜなら貴方達こそが、この大いなる流れの――」 「軟派男、観念なさい!」 「聖沙! 紫央ちゃん!」 「アゼル殿と、シン殿から離れ、大人しく縛につくがよい!」 「まったく咲良クンは頼りにならないわね! 女の子一人まともに守れなくては、生徒会長なんて務まらないわよ」 「これはこれは、凛々しくも麗しい戦乙女。私を追い求める貴女の情熱にあてられてしまいそうですね」 「戯けたことを。好んで追い掛けている訳ではない!」 「そなたのように秩序を乱す輩を見ると、正義の血が騒ぐのだっ」 「乙女の血潮を熱く騒がせるとは、私もつくづく罪な男のようだ」 「あの……聖沙。これってどういうことなの?」 「この変態はね、朝からずっと会場をふらついて、女の子を見境無く軟派しまくっている色魔なのよ!」 「色魔とは心外ですね。美しい女性を見つけたら、声を掛けるのが男のたしなみ。花の蜜に魅了される蜜蜂と同じ性」 「笑止! 嫌がっている相手につきまとい続けるのは、単なる物のわからぬ慮外者に過ぎぬ!」 「つきまとった覚えはありませんが」 「現にアゼル殿につきまとっていたではないか!」 「ああ、なるほど。貴女のジェラシーを刺激してしまったというわけですか」 「さっさと縛につかぬ場合は、少々痛い目に遭ってもらうかも知れぬが、よろしいか?」 「よろしいでしょう。女性の熱いアプローチを受けるのもまた、美しい男の定め」 「いざ参らん!」 ぶん、と薙刀が一閃。男は、ほとんど動きも見せずひらりと避ける。 「貴女の情熱的な一撃、確かに見せてはもらいました。だが、私をこの場につなぎ止めるには、少々、愛が足りないようですね」 「減らず口を!」 ぶん、とまたも薙刀が一閃。だが結果は変わらない。 「おのれちょこまかと」 「女性を過度に苛立たせるのは、私の本意ではありません」 男は、僕とアゼルに視線を向け。 「滅多におめにかかれぬ光景も見せていただいた事ですし、ここら辺りが潮時でしょう」 そう言うと、一礼。 「待てぇーー!!」 「こらぁーー!!」 紛れて消えるんじゃないのか……。 「アゼル、大丈夫?」 「っ……な、なんだ」 「問題ない」 「……それならいいけど」 「あの人はさ、何を言おうとしていたんだろう?」 「アゼルになら判ったんじゃないの?」 「考えるまでもない」 「……そうなの?」 アゼルは僕の顔をみようともせず、やけにキッパリと言いはなった。 「全て戯れ言だ」 「そろそろ休んだほうがいいよ」 「でも……みんな働いてるのに、僕だけが……」 「なに言ってるの。逆よ逆」 「逆?」 「今、私達はみんな手を離せない仕事に手を取られてるけど、あなただけは暇でしょう?」 「暇ってわけじゃ……」 「暇でしょう」 「むっ」 そりゃ、ちょっと手が空いてるけど……。 「それに、あなた一人がいなくなったところで、たいした影響なんかないんだから」 「聖沙は過剰に攻撃的だなぁ。それじゃ収まるモンも収まらないよ」 「ヒスだから仕方ないぜ」 「シン君。手が空いてる人から、休みを取っていかないと駄目なんだぞ」 「でも、なにかあったら……」 「こ〜ら。私達をちょっとは頼りにしなさい!」 「……そっか。そういうこと」 「さすが、お姉さま。咲良クンをあっけなく納得させたわ……」 「でも、このそこはかとない不満はなに?」 「って、なんで僕を睨む?」 「内容は変わらないのに、角が立ちませんね。これが亀の甲より年の功というやつでしょうか」 「そんなに変わらないよ」 「ってわけで、さっさと休んでこい!」 おおっ! どこもかしこも大盛況! 楽しそうな人達を見てると、こっちまでしあわせになるなぁ。 「で、シン様よ」 「せっかくサボってるってのに、なにさまよってんだ?」 「サボりじゃないぞっ」 「認めたくない気持ちは判るぜ」 「だからっ、違うっ」 「もしかして謎の転校生を捜してんのか?」 僕はいつのまにかアゼルを探していた。 「あの女はやめたほうがいいぜ。大賢者である俺様が言うんだから間違いないぜ」 「別にそういうんじゃない」 「ただ、ちょっと心配なだけだよ」 新しい環境に不慣れな転校生を心配するのは、みんなの明日と幸せのために頑張る生徒会長としては当然のこと。 「ククク……さすが、シン様。敵を欺くにはまず味方から。自らさえ騙し、女を油断させてモノにしようと――」 ベンチに座ってるアゼル発見。 「隣……いい?」 いきなり座ると、逃げられそうだから確認。 返事がないからいいということにしよう。 「大丈夫? 随分と疲れてるようだけど」 「疲れてなどいない」 「そうは見えないけど」 「……いない」 疲れてるのか。 「いっぱい撮って疲れたんだ」 「じゃあさ、何か――」 何か二人で飲もうか、と言いかけたけど、考えてみたら僕には金がない。 「本部へ行けば、お茶くらい出すよ」 「お茶じゃなくてコーヒーの方がいい?」 「じゃあ……牛乳とか?」 「……ない」 「撮れない」 「撮れないって……どうして?」 「デジカメだから、フィルムの残りとか気にしないでいいんだよ?」 「……ありすぎる」 「撮りたいものが?」 アゼルは少しためらったあと、小さく頷いた。 「だからさ、なにを撮ってもいいし、デジカメだから残りを気にする必要はないんだよ」 「パソコンの操作方法が判らないなら僕が――」 「そういうことでは……ない」 「じゃあ、どうして?」 「迷惑だった?」 「……迷惑だ」 「そっか……無理やりやらせちゃったようなものだもんね」 「その通りだ」 「い、いや……違う」 「違うって?」 「その……お前は……悪くない」 「でも、僕が無理やり」 「そうだ、お前が悪い……でも、違う……撮れないのは違う」 どういうこと? って聞こうとした瞬間。 僕らの後ろから複数の鳥のはばたきが沸き起こった。 アゼルが息を呑んで振り返る気配。 僕も振り返ると、芝生の上に群れていた鳩たちがいっせいに飛び立つ所。 アゼルはカメラを向けて、今にも撮りそうだった。 でも、そのまま、指は動かず、鳩達は飛び去る。 アゼルは哀しげに目をふせた。 少なくとも僕には哀しげに見えた。 シャッターチャンスを逃しちゃったからなのかな? 「惜しかったね」 「でも、まだいくらでもチャンスはあるよ」 「どうせ……何も残らない」 「……なんでもない」 「何も残らないってことはないと思うけど」 「なんでもな――」 アゼルは僕を見ないまま立ち上がりかけて、弾かれたように振り返った。 「アゼルの弟?」 「そんなものはいない」 アゼルのスカートの裾を5、6歳くらいの男の子が掴んでいた。 「と、このお姉ちゃんは言ってるけど、ホント?」 男の子は小さく首を振った。 「だからいない」 「もしかして……ママとはぐれた?」 男の子は小さくうなずいた。 「どの辺ではぐれたの?」 「……あっち」 男の子は、漠然と右の方を指さした。 「……あっち?」 「うん。あっち」 確認はしたけど、手がかりには全くなってない。 「……ええと、君の名前は?」 「佐東イツキ」 「イツキ君っていうんだ」 イツキ君は小さくうなずいた。 「イツキ君。お母さんは僕たちが捜してあげるから心配しないで」 「たちではない」 「え、そうなの?」 「お前一人でやれ」 アゼルは僕を一撃で切って捨てると、 「離せ」 イツキ君はアゼルのスカートをますます強く握った。 イツキ君のすがるようなまなざしがアゼルを離さない。 「勝手にしろ」 「なつかれたみたいだね」 「一緒に捜してあげようよ。ね?」 「……仕方ない」 とりあえず僕らは、イツキ君が指さした方へ向かった。 「あっ、さぼりだー」 「いや、単に休んでるだけだから」 「そういうナナカは?」 「もちろんスイーツをむさぼりに来たんだよー」 「違う! アタシは午後の搬入の監督に来たの!」 「それはともかくアゼルちゃん。私がカラメル係に推薦したんだから、まじめにやってくれないと、私の責任になっちゃうよー」 「されていない」 「カラメルじゃないって。それにアンタ、責任なんかとりゃしないだろ」 「カラメル係がカラメルを作り続けないと、砂糖が焦げて大変なことにー」 「ちょっとは人の話を聞け!」 「ああっ! いつのまにか隠し子までー」 「隠し子!? ま、まさか!」 「ほら、目鼻立ちなんか二人にそっくりー」 「い、言われてみれば……」 「似てない」 「ナナちゃんもひとりくらい隠しておけばよかったのにー」 「迷子だよ」 「判ってるって……シンにそんな甲斐性ないし」 「だめだよナナちゃん。男はみんなそういう言い訳するんだから。甲斐性がなくても産ませるだけは出来るものー」 「……迷子だ」 「捜してみようと思ってるんだけど」 「ねぇ。お母さんとはどこではぐれたの?」 「……ここ」 ナナカは、まわりをぐるりと見回し、僕もつられてぐるりと見回す。 人、人、人、人。 「本部で放送してもらいないよ」 「……その方が早いか」 「さっちん。さっきの、この子にあげな」 「とっくに、食べちゃったよー」 「その背中に回した手はなんだ?」 「気のせいだよー。何も隠してないよー」 アゼルがさっちんが背中に隠したソフトクリームをひょいと取り上げ。 「……これ」 「ああっ。私のソフトクリームがー、どろぼー」 「何も隠してないんだよね?」 「なるほど、つまり、さっちんのでもないわけだ」 「え、あ、うー」 「食べろ」 「お姉ちゃん、ありがとう!」 アゼルはそっぽを向いた。 「私があげたのにー」 「あげてない!」 「聖沙、紫央ちゃん。巡回ご苦労様」 「咲良クン。ま、まさか、その子は……」 「ああ、この子は」 「ひ、人さらい!」 「はへ?」 「それは真ですか!? なんと破廉恥な」 「犯罪者はみんなそういう言い訳をするのよね」 「シン殿! 男なら潔く自らの非を認めて切腹するべきかと。介錯ならそれがしが」 隠し子の次は、人さらい。 みんな……僕の事をどういう人間だと思ってるんだ……。 アゼルがイツキ君をかばうように進み出た。 「……この子、迷子だ」 「……なんだ。そうよね。それが順当よね」 「おお、それがしとしたことが、大変失礼しました」 「……誤解しようのない誤解が解けてよかった」 「誤解とはいえシン殿に対する誹謗、責任の取りようもありませぬ。いかような罰も受ける所存であります」 「紫央、あなたは悪くないわ。咲良クンの日頃の行いが悪いせいなんだから」 日頃の行いの辺りには、大いに異議を唱えたいとこだけど。 「……僕も気にしてないよ」 「なんと寛大な! それでこそ人の上に立つ者の態度。尊敬いたします」 「でも、無計画ね」 「なにが」 「わざわざ捜すより、本部で放送してもらったほうが早いわよ。考えが足りないわ」 「……今、向かってるとこ」 「わ、判ってるわよそれくらい」 緑茶のこうばしい香りがした。 「あ。シン君。もう少し休んでいても大丈夫だったのに」 「お邪魔させてもろうてます」 「こちらこそ差し入れありがとうございます」 「今、お茶いれるね。アゼルさん、データいっぱいになったの?」 「そういうわけじゃないんだ」 「なるほど、生徒会長が人さらいとは大胆やね」 「彩錦ちゃん、冗談でも言ってはいけないことがあるよ。シン君がそんなことするはずないもん」 じーん……。 僕の人格を信じてくれるのは、リア先輩だけです……。 「おおこわ。そない怒らんといて。リーアが可愛がっとる子ぉがそないな悪さするはずありまへんもん」 「当たり前だよ。はい、どうぞ」 リア先輩が、僕とアゼルとイツキ君の分の茶を入れてくれる。 「ぼんは熱いの平気?」 「平気」 「かわいらしい子やね。会長はんの小さい頃とそっくりや」 「そうなの? でも、どうして彩錦ちゃんが、シン君の小さい頃を知ってるの?」 「……あー、うち、ほんまいらんこといいや。会長はん、すまんどすな」 「あのー、話が見えないんですが」 「リーア。隠しといて堪忍え。この子、うちと会長はんの隠し子なんや」 「か、隠し子!? え、う、うそ!」 「なるほどじゃない!」 「合理的だ」 「合理的じゃない!」 「ばれてしもうたさかい、いつもみたいにママって呼んでええんよ。呼んでくれたら柏餅あげるさかい」 「……お姉さん、ママじゃない」 「この子、商売人に向いてへん」 「違うのか」 「当たり前だよ。シン君が子供作るようなエッチなことするはずないもん! 彩錦ちゃんはすぐ人をからかうんだから!」 「さりげなく買収しようとしたでしょう!」 「リーア。会長はんは殿方のほうがええん?」 「そ、そういう意味じゃないの! し、シン君は男の子だけど、でも、その、そういうことはしないの!」 「と、とにかく、早く放送してあげなくちゃね!」 「佐東マサミさん。佐東マサミさん。子供さんの佐東イツキ君が中央広場のキラフェス本部でお待ちです」 「迷子はどこですか迷子は!」 「おお。この子が迷子ですか! 迷子って初めて見ました! ほほ〜。ふーむ」 イツキ君はアゼルの背後に隠れてしまった。 「怖がらせるな」 「怖がらせてなんていません! ちょっと好奇心を発揮してしまっただけです。そうですよね、じいや?」 「迷子の親探しなら、このリースリング遠山めにお任せを」 「こんな人混みじゃ無理ですよ」 「って、もういない!?」 「忍者みたい」 「じいやですから」 「でも、名前も顔も知らないのに……」 「御両親の身柄を確保しました」 「さぁ、こちらへどうぞ」 リースリングさんがうながすと、御両親が現れた。 二人とも泣きそうな顔をしていた。 「ママ! パパ!」 イツキ君は、御両親に駆け寄り、そのまま身体ごとぶつかるように抱きいた。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」 緊張がきれたのか泣きじゃくるイツキ君。御両親の目にも涙が光っていた。 「よかったね」 「いい光景ですねー」 リースリングさんが黙ってうなずいた。 アゼルは3人に向かってデジカメを構え。結局、撮れなそうだった。 御両親が僕らに向かって繰り返し繰り返しお礼を重ねるうちに、イツキ君もようやく落ち着き。 御両親と手をつながれて、帰りかけたけど不意に御両親から手を離し、僕らの方へ駆け寄ってきた。 「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」 まぶしい笑顔だった。 アゼルが弾かれたように椅子から立ち上がり、デジカメを向け。 ボタンを押した。 イツキ君は「にっ」と笑顔を浮かべ、アゼルと僕にVサインした。 「デジカメのお姉ちゃん。お兄ちゃん。本当にありがとう!」 そう言うと、イツキ君は御両親の元へ去っていった。 「……ありがとう」 その、小さな呟きを聞いたのは、僕だけだったと思う。 もうキラフェスの終了まであとわずか。 「いっぱい撮ったね」 僕がマウスをかちかちクリックすると。 アゼルのデジカメにぎっちりと記録された光景が、本部に持ってきたノートパソコンに転送される。 保存用のフォルダに並んだサムネイルを開いていく。 賑やかなキラフェスの光景。 焼きそばを焼いている生徒達。 白熱する値切り交渉。買いすぎてふうふう言ってるおじいさん。 新校舎、旧校舎、教会。 いそがしそうな商店街の人達。 カメラを向けられてVサインするおじさん。 巨大な大根を片手にもって豪快に笑っているおばさん。 赤い風船。風船を追い掛ける子供。 芝生でお弁当をひろげている親子連れ。 夕日を浴びてそびえるフィーニスの塔。 「楽しんだ?」 「……楽しくない」 楽しんでくれたみたいだ。 本当は聞かなくたって、アゼルが撮った光景で判る。 それに、楽しくなかったら、何度も何度も本部にやって来て、データを保存していくはずがない。 「楽しくなかったかもしれないけど。とてもいい写真ばっかりだと思うよ」 「……そうか」 「うん。また、何か行事があったらさ。頼むよ」 「……いやだ」 「いやだからな」 「判ってるよ」 嫌じゃないんだ。 「ばっちり、保存させていただきました」 僕はデジカメをアゼルに渡した。 まだ撮る? とか聞くと、アゼルは撮らないと言いそうだったから。 アゼルは本部から、キラフェス会場をしばらく見ていた。 「ここからは無かった」 そう言うと、デジカメを構えて、撮り始めた。 ここから撮ったことはなかったってことか。 夕暮れに染まり始めた会場は、あちこちで片付けが始まっていた。 魔法がほどけていくみたいで、ちょっとだけ寂しい光景。 「ねぇアゼル」 「あの子を撮ったあと……どうして撮れるようになったの?」 アゼルは返事をしてくれない。 でも、彼女がカメラを鳴らす音は心地くて。 カメラに夢中な彼女は、生き生きしていて。 返事なんてなくてもいい気がした。 それに、気まぐれだ、としかアゼルは言わないだろうし。 不意に、アゼルの唇から言葉がこぼれた。 「あの瞬間」 「……え?」 「何か素晴らしいものがあった」 「撮らずにはいられなかった」 「それだけだ」 無駄だって言わないんだ。アゼル。 彼女が無駄って言わないのが、なんかうれしかった。 アゼルの手がとまった。 「お前」 「え、あ、別に、アゼルのこと見てたわけじゃ」 「……なに?」 「名前は?」 「……僕の?」 アゼルは顔をそむけて、うつむき気味で、 「判れ」 「前、自己紹介したから知ってるかと思って」 「聞いてない」 改めて言おうとすると、ちょっと照れる。 「咲良シンだよ」 アゼルはデジカメをしばらくいじくっていたが、不意に僕に向けて構えた。 アゼルは、手でデジカメをもてあそびつつ呟いた。 「余った」 「そうだろうね」 「余ったからだ」 「判ってるってば」 「それだけなんだからな」 アゼルは足早に本部から出て行った。 僕は、僕が写ったデータだけを、新しい別のフォルダを作ってそこにいれた。 隠しファイルにしてしまったのには……意味はないと思う。 静かだった。 いや、ただ静かなだけではなかった。 木々の梢はそよとも動かず、どんな弱い風すら吹いていなかった。 「いつもながら、ずいぶんとうまく化けているものね」 「天使というのはいながらにして神々しいのかと思っていたのだけど」 「お前は人間の真似がうまいな」 「卑しい同士、化けるのも簡単か」 「その辺にしておいたらどうだ」 「俺達は一時的に手を組んでいるとはいえ、友好的とは言いがたい。お互い不快になる前に、さっさと済ませてしまうのが賢いやり方だろう」 「……同感だ」 「その姿をしているということは、市街地での魔法陣の設置は終了した、ということか」 「そう。予定されている77の魔法陣のうち、市街地の44は設置完了よ」 「確認した」 「残りは?」 「私とパスタが学園に潜入し、作業にあたるわ」 「妨害の可能性は?」 若い男はふたりをうながした。 「……天界に動きはない」 「奴らには争いを起こす気概などないからな」 「……そうでなければ、一時とはいえお前等などとは組まぬ」 「七大魔将のうち、我らに与せぬ者達、オデローク、メルファスが人間界で活動中であることが確認されているわ」 「いやしい人間にすら勝てぬ者など取るにたらん」 「アーディンもそのうち来るんじゃない?」 「どうとでもなる。挑んでくれば少しは楽しめるし、利用できるなら利用すればいい」 「3人のうち、警戒すべきはメルファスだけだ。誘ったのだがな」 「あれが私達に挑んでくると? ありえないわ」 「気まぐれだからね彼は」 「学園で会った」 「ほう」 「お前等と同じく、とるに足らん」 「く……」 「あなたにとってはそうだろう」 「だが、作業にあたる連中にとっては脅威だ」 「あら、ずいぶんとやさしいのね」 「余裕を見込んであるとはいえ時間は限られている」 「もう一人は?」 「確認されていないわ。人間界にも魔界にも」 「奴らはどうせ動かない。奴らはただ観察し記録するだけだからな」 「だが、機会があれば、魔女と、一度はやりあってみたいものだ」 「生徒会は? 接触したのだろう?」 「パスタに注意を促してはおいたわ。それで十分でしょう」 「ふむ……今は、それでいいだろう」 「あなたの気にしている魔王が、出現した兆候はないわ」 「単なる言い伝えだ」 「いや。魔王は実在する」 「リ・クリエが臨界に達した時、魔王は必ず現れる」 バイラスはどこか嬉しそうに笑った。 「あー、シン君だー。ちゃっ!」 「うん、こんにちは、さっちん」 「ちがーう、ちゃっ!」 「ち……ちゃ!」 「おおおぉ〜、よくぞ言った、言ってくれたぞー」 「そんな大喜びする事なの?」 「私はコンニチワの圧縮言語『ちゃっ!』をひろめようとしてるんだよー」 「だからチャリティバザーのテーマは『ちゃっ!』で、ひとつヨロシクたのむねー」 「い、いやだ」 「なぬー!?」 「ち、ちゃあぁぁあ〜〜〜〜っ」 「『ちゃ』で怒りの感情を表現されても、どう答えていいものやら……」 「ありゃ? 咲良先輩じゃないっすか」 岡本さんが、配膳コーナーのほうからやって来た。 お盆には二人分のカレーライス。冷たい水がなみなみと注がれたガラスコップには、スプーンが突っ込まれている。 「ひょっとして、さっちん先輩とお茶の約束してたっスか? 何か注文があるなら、自分が運んでくるっすよ」 「ううん、僕は生徒会として、プリエの下見に来たんだよ」 「バザーに備えて、テーブルとイスの数や、コンセントがある位置を確認しておかなきゃね」 「この手のデータ的な資料は生徒会室にあるけど、実際には違ってる事もあるからさ」 「そうだったっすか。会長のお勤め、お疲れさまっす」 「ユミルー、私はナナちゃんを差し置いて、シン君を誘えないよー」 「はぁ……ナナちゃんも苦労するねー」 「さてはてほほ〜〜。ナナちゃんが生徒会でお留守のあいだは、スイーツ同好会は私の天下じゃーい!」 「という事で――」 「うぃっす」 岡本さんが、プリエ特製カレーライスとミニサラダをテーブルに並べる。 「品評会するんだ? さっちんはスイーツ同好会の副会長だもんね」 「待った待った! カレーはスウィーツじゃねーぜ?」 「カレーには、リンゴとかハチミツとか入ってるから、別にいいんだよー」 「屁理屈な気もするけど、それもそうだね」 「でも、こんな時間にカレーライスを食べたら、晩ゴハン食べられなくなっちゃうよ?」 「これはオヤツのカレーだから大丈夫だよー。私は育ちざかりなんだよー」 「その割には、ちんまいぜ」 「えっへへへー、大器晩成なんだよー」 「未完の大器って言葉もあるぜ。間食しまくってても、出るとこ出てねーし、身についてねーだろ」 「若いということは、それだけでエネルギーを消費するんだよー」 「さ、さっちんて、たまに達観した物言いをするよね」 「えっへん! それでは本日の会議をはじめるよー」 「『カレーライスのゴハンに乗っかってるレーズンは、スイーツか否か』についてー」 「く、くだらねえ。老成した奴が考える議題じゃねーぜ」 「ねえ、さっちん、酢豚のパイナップルみたいなもんじゃないかな? アレはお肉を柔らかくするんだよ」 「旦那ー、カレーのレーズンにゃー、ルーと接触した形跡は、みじんもありゃせんぜー?」 「な、なんて事だ……っ!」 「……なぜ驚く?」 「はい、自分も意見するっす。美味しければ、なんだっていいんじゃないっすか?」 「会議しゅーりょー」 「はやっっ!?」 「結論は出たのだー。かくなるうえは……いっただっきまーす」 「うっす。いただきますっす」 「あははは、ナナカがいたら、とても出来ない品評会だね」 食事モードに入ったさっちんと岡本さんに目礼し、僕はテーブルから離れる。 そして、プリエの再チェック。 ……うん! 完璧だよ。聖沙が整理したデータに、間違いはひとつもなし! 「ようシン様、なんで女子寮に来たんだ? ここは男子禁制だぜ?」 「たしかに僕は入れないけどさ、管理人室を訪ねる事はできるよ」 「ちょっと寮母さんに会っておきたくてね」 「寮母といえば百戦錬磨の肝っ玉カーチャンが相場……そこまで守備範囲が広いとは、さすが魔王様だぜ」 「パッキー? 言ってる事がよく分からないよ」 「ククク……、そうやって純朴なフリをして、年上の母性本能をくすぐるんだな。さすが魔王様だぜ」 「おお、シン殿ではありませぬか! 妙なところでお会いしましたな」 「あれれ? 紫央ちゃん、今寮から出てきたよね?」 「はい。病欠した級友のお部屋を訪ねてきたところです」 「本日分のノートやプリントを持ってお見舞いし、友情の証として喝を入れて参りました」 「うーん、季節の変わり目だからね。いくら気を張ってても、体調を崩しちゃう人はいるよ」 「否、それがしの級友に関しては、心掛け以前の問題! 自業自得ですぞ」 「彼女は職員室から古新聞を集め、チリガミ交換に出そうとしたのです。まったく、けしからん!」 「いい事だと思うよ」 「断じて否。彼女は古新聞を霧吹きで湿らせ、文字通り目方を水増ししておったのです」 「重ければ重いほど、たくさんの品物と交換してもらえますからな」 「しかし、〈天網〉《てんもう》〈恢恢〉《かいかい》〈疎〉《そ》にして漏らさず!」 「この悪事の最中に誤って自らが濡れネズミとなり、その結果風邪をこじらせてしまったのです」 「さぞや無念だったろうね、その子……ホロリ」 「……なぜ同情する?」 「物の怪の言う通り。情状酌量の余地はありませぬ」 「そうかな? 紫央ちゃんは、きちんとお見舞いして、その友達の事を思いやってるじゃないか」 「も、もっとも、それがしが注意するまでもなく、寮母殿にこっぴどく叱られて、級友は猛省しておりました」 「ふーん、いい寮母さんだね。やっぱり会っておきたいな」 「寮母殿に御用が? どうしてまた?」 「一度お話を聞いてみたくてさ」 「10月27日にチャリティバザーがあるよね?」 「生徒会として、新しい事を立案したいけど、その前にいろんな人の意見を聞きたいんだ」 「生徒のみんなや、先生方。去年のバザーに参加した有志の方や、それに――」 「それに、生徒に愛情を注ぎつつ、教諭とは違った観点を持つ人物。つまり、寮母殿ですな?」 「流星学園にはお嬢さまが多くて、寮もお洒落だよ」 「けれど、寮生の人達はお高くとまったりしないし、とても楽しそうに学園生活を送ってる」 「アゼルも、きっと今にうちとけて、寮ではしゃぐと思う」 「たしかに級友の行為も、自由闊達な気風ゆえのヤンチャと言えなくもありませぬ」 「ふむぅ……」 「シン殿、もしお邪魔でなければ、寮母殿との会合の場に、それがしも同席させてはもらえませぬか?」 「えっ? う、うん、全然かまわないよ」 「むしろ男子ひとりで乗り込むのは心細いし、僕のほうからお願いしたいくらいさ」 「突然の申し出をご快諾くださり、感謝いたします」 「ふーん、紫央ちゃんは、生徒会活動に興味があったんだね。来年は聖沙のように、立候補するの?」 「否、それがしには荷が重すぎます」 「ただ……姉上が勝負を挑んでおられる御仁の仕事ぶり、この目で見てみたくなりましてな」 「ぼ、僕はたいした事してないよ?」 「偉材は、みなそう仰います」 「本当に、それほどじゃないんだってば。ついてくれば分かるよ」 「はい、喜んでお供いたしますぞ!」 紫央ちゃんを連れて、僕は学生寮の管理人室へ向かう。 「あら、シンちゃん。どうしたの?」 「いや、その……ヘレナさんがグラウンドにいるなんて、珍しいなと思いまして」 「私は理事長よ? 流星学園の敷地内は、どこであろうと私のお庭だわ」 「いいえ、それだけじゃない。大切な生徒たちが住む、流星町の事も熟知しておく必要がある」 「この街のすべてが、私のテリトリー」 「どこにでもいて、どこにもいない。それが九浄の家督を継ぐ者……」 「よ、よく分からないんですが……?」 「それはつまりね――あっ! 顧問の先生ハッケーン!」 ヘレナさんは、テニス部のコートを駆けてゆく。 顧問の先生に背後から接近。 『だ〜れだ?』と目隠しをしてビックリさせたあと、ポケットから何か書類を取り出して手短に会話。 ヘレナさんは先生のサインをもらい――おや? あの書類はキラフェスの企画書じゃないか? 「ええーと、どこまでお話したかしら? そうそう、リアのオッパイについてだったわね」 「ち、ちがいます!」 「くす……赤くなっちゃって」 「でもシンちゃんは男子なんだから、きちんと知っておく必要があるわ」 「いくらリアのオッパイが大きくても、あの子はまだ子供なの。その時が来たら、優しく壊れ物扱いしてあげてね?」 「そ、そそそその時って……だ、だだだだから、ちがいますってば!」 「キラフェスの事でヘレナさんに手伝ってもらってますが、認可のサインや判子をとるために走らせるなんて、まるで――」 「私を便利使いしてるようで、気がひける?」 「たしかに学園では、小さな買い物一つするにしても、責任ある立場の先生方に、その旨を説明して納得させる必要があるわ」 「これは何十年も前からのシステムで、うまく機能してるの。一概に否定できない」 「理事長と言えど、強権をもって特例を断行すべきじゃない。通すべき筋は通さなきゃ」 「ですが……」 「うふふ。シンちゃん、私も生徒会長だったわ」 「いろんな仲間といろんな事をやって……そして任期を終える間近、ようやく気付いた事があるの」 「いつの時代にも、シンちゃんのようにキラキラを目指して一生懸命な子もいれば、シラけて何もしない子もいる」 「でも、大部分の生徒は、そのどちらでもない」 「何かをやりたいけれど、何をどうすればいいのか分からない……」 「あ……!」 「んもう、シンちゃんてば私ばっかり見て。そんな子たちを気にかけてあげないなんて、理事長は悲しいゾっ!」 「って、おおっと、陸上部の先生ハッケーン!」 「わかりました。僕は反対方向に走って、そのままキラフェスのために駆けずりまわります!」 「卒業してOBになったら、そのとき一緒に走ってください!」 「あらまあ、天然で口説いちゃってるわね。さすがはリアがロザリオを託した男子」 「ご褒美に……じゃじゃーん! 柏餅を贈呈しましょう」 「あ、あの……これから方々を駆けつつアンコを頬張るのは、かなりキツイんですが……」 「わかったわ……じゃじゃーん! 柏餅×2」 「ち、ちょっと、ヘレナさん!?」 「さあさあ、素直に受け取らないと、倍々で増えていくわよ」 「じゃじゃーん! 柏餅×4」 「流星町は、あっという間に柏餅で埋めつくされちゃう! ひいぃ〜、おそろしや〜!」 「うう……っ。はぐっ、はぐっ!」 「ごぢぞうざばでじだっっ」 「くす……そうか。シンちゃんは今、生徒会長なのね」 「夕暮れ前の商店街はキッツイぜ。うまそうな匂いが漂いまくってやがる」 「くんくんくん、これは……あれとあれと……調味料は、ふむふむ……」 「うん、わかった。お肉を抜けば、僕ん家にある食材で作れるよ」 「よろしく頼むぜ! 肉がいちばん重要な気もするがな」 「それは言いっこなし」 「……って、違う! 僕はキラフェスの事を伝えたくて、商店街に来たんだってば!」 「毎年、チャリティバザーには商店街の人たちが参加してくれてたんだ」 「だったら説明する必要はねーんじゃね? 店主どもは、みんな知ってんだろ?」 「去年までとちがって、今年はキラキラフェスティバルだよ」 「どんな風にしたいか、キムさんやタメさんや、みんなに聞いてみなきゃ。で、最後は品川のオバさん」 「ククク……、お喋りな八百屋のおカミを誘っておけば、すぐにキラフェスの噂が商店街を席巻するって寸法か。さすが魔王様だぜ」 「う……今回ばかりは、パッキーの言葉を否定できないよ」 「まおう、とな?」 「うわあああっ!?」 「そ、そこまで驚かずとも良いではありませぬか」 「ち、ちちち違うんだよ紫央ちゃん、僕はその……そう! マオー石鹸を捜しにきたんだ」 「ミルク石鹸の一種でさ。これひとつあれば、身体はもちろんのこと、顔から頭髪、果てはヌイグルミまで洗える優れ物だよ」 「はて? 聞いた事もありませぬが……」 「シン様、無理がありすぎるぜ」 パッキーのせいでしょ!! 「それがし、やはり頭髪はシャンプーとリンスで洗い、お顔は洗顔フォームでお手入れしたいですな」 「意外だぜ。薙刀小娘は、灰汁で髪洗ってんじゃねーのか?」 「物の怪め、それがし女を捨ててはおりませぬぞ!」 「うん、紫央ちゃんは買い物袋をさげてるし、どこから見ても女の子だよ」 「あ、否。これは……」 「大根、ニンジン、白菜、かぼちゃ」 「ミカンにサトイモ、お餅にスルメ、コンブにお魚」 「とどめは清酒か。渋い好みだが……薙刀小娘よ、その年端で女を捨てちゃいけねーぜ?」 「ですから、捨ててはおりませぬ! この品々は神前のお供え物ですぞ」 「それがしは飛鳥井の巫女、日々の買い出しもまた、修行の一環」 「いい食材を選んでるね、どれも新鮮でうまそうだよ」 「おお、判っていただけるとは感慨無量。お使い係に甘んじてきた甲斐がありましたぞ」 「妙な喜び方だぜ。ひょっとして、それしかできねーんじゃね?」 「供えたあとは、神様のお下がりとして宮司や巫女が喰うはずだぜ。もちろん、ちゃんと調理してな」 「ギクギクッッ」 「それなのに、お使い役ばかりって事は、薙刀小娘は料理の腕前が――」 「シ、シシシシン殿! このような刻限に、このような場所でお会いするとは予想外!」 「そして、その覇気に満ちたご尊顔……チャリティバザーがいよいよ始動し、準備に奔走しておいでですかな?」 深くは追求しないけど、紫央ちゃんて話題を逸らすのが苦手なんだね……。 「それがしにも、バザーで何かお役に立てる事はありませぬか?」 「今年は、チャリティバザーじゃなくてキラフェス……キラキラフェスティバルをやるんだ」 「ふむ、公約通りに事を運べたようですな」 「うん。だけど、ぜんぜん形になってなくてね、今はキラフェスの事をみんなに伝えてる段階だよ」 「なるほど。一人でも多くの人に告げるべく、生徒会の皆様がそれぞれ尽力されておるのですな」 「シン殿が、姉上とご一緒でないのも道理」 「わかりました。及ばずながら、お手伝いさせてくだされ」 「参拝客に、キラフェスの事を話しておきましょう」 「すっごく助かるよ、紫央ちゃん!」 「大した事ではありませぬ」 「では、それがしはお供えがありますゆえこれにて。姉上によろしくお伝えいただきたい」 「うん、聖沙も喜ぶに違いないよ」 「んしょ……っと!」 「重そうだね、僕も持つよ」 「ありがとうございます。ですが、この程度ならば、どうという事はありませぬ」 「姉上がお泊まりにくる時は、供え物の量も増えますが――」 「きっと、その時は聖沙と半分こして、運ぶんだろうね」 「ふふ、やはり分かりますか?」 「機会があれば、シン殿も是非お泊まりにいらして下され」 「えっ!? う、うん」 「それでは、また」 「いきなり誘われたから、ビックリしちゃったよ」 「お色気の要素は、コレッぽっちもねーがな」 「てゆーか、女とか言う以前に、薙刀小娘はまだまだ無垢な子供だぜ」 「じゃあ僕もだね、紫央ちゃんとは一歳しか離れてないしさ」 パッキーと話しつつ、僕は商店街を歩く。どのお店からキラフェスの事を話そうかな? 「はぁい、シンちゃん♡」 臨時生徒総会が無事に終わり、キラフェスはいよいよ本格的に動きはじめた。 漠然とした構想だったものが、日毎に具体性を帯びていき、新しい議案が次々と決まってゆく。 その事を商店街のみんな伝えようとした矢先、思いがけずヘレナさんと出会ってしまった。 ……もしかして僕たち生徒会より先に、有志へ説明してまわってるのかな? 「土曜の午後って、ワクワクするわ〜〜」 「でも週休二日だと、こんな風に心は弾まない……不思議よね」 「ええ、なんとなくわかります」 「午前中一杯、学校の授業があるのに、土曜日の方が日曜日よりもウキウキしますね」 「キラフェスまで、その嬉しさは続くわ」 「それもわかります。口では、うまく言えませんけど……」 「会長のシンちゃんが感覚的に理解してれば、全然OK! ドーンと行っちゃえ!!」 「あと、私は何も告げてないわよ?」 「うふふ、せっかく会えたのに、立ち話じゃもったいないわね」 「ついてらっしゃい。おすすめのスウィーツ屋さんがあるのよ」 「うーんと、100円以内のメニューは……」 「な、ない!? どうして! 駄菓子屋さんなら豪遊できる金額なのに!!」 「こーら! こういう時は目上の人を立てて、ご馳走してもらいなさい」 「い、いいんですか? それじゃ遠慮なく注文します」 「ええ、男子はモリモリ食べなきゃ。変な格好つけて、甘いものを食べない奴は失格!」 「お待たせしました〜〜」 そして運ばれるケーキの数々。 「……うまい!」 「う・ふ・ふ♡ シンちゃんとお茶が楽しめるなんて、理事長の役得ね」 「うまい?」 「なぜかって? 学園の職員は、特定の生徒と食事するべきじゃないもの」 「うまい……」 「堅苦しいのは分かってるけど、ソレはソレ、コレはコレ」 「うまい」 「んもう、リアには内緒よ?」 「……喰い慣れてねースウィーツに〈中〉《あ》てられちまったか。シン様の言語中枢がイカれてやがるぜ」 「それでよくまあ、平然と会話できるな?」 「フォフォフォフォ、伊達に理事長やってねーぜ?」 「そう。私はあくまで生徒会のOGであって、現役じゃないわ」 「私が協力したのは、先生方からキラフェスの許可を取りつけるところまで」 「商店街の人たちへ伝えるのは、シンちゃんの役目よ」 「う、うまい……」 「な〜に? 私にお礼を言うのは、まだ早いんじゃないかしら?」 「理事長はこれ以上、手伝ったりしない。あとは生徒会が考えて、動くのよ?」 「責任は私がとるわ。心配しないで、やりたい事はすべてやりなさい、思い切ってやりなさい」 「あー、俺様にも分かるぜ。なんだかんだ言って、ヘレナはシン様を支援してるってな」 「うふふ、お喋りがすぎたかしら」 「うまいっ」 「はい、ごちそうさま。シンちゃんが渋い男に成長したら、その時は私に奢ってもらうわ」 「あら? あのクルマは――」 「やはりヘレナですか」 「はぁい、民子ちゃん♡ 商店街のど真ん中で何してるの?」 「車載型のドップラーレーダーを改良し、テスト中でございます」 「ご機嫌麗しく」 「お察しの通り、このレーダーによって、お嬢さまの生存率はますます向上する事でございましょう」 「うふん、民子ちゃん。私は出無精の司書のために、オミヤゲを買ってたのよん♪」 「じゃじゃーん! 流星町で一番カロリーが高いスウィーツ♪」 「あなたも暇だったら、顔でも見にきたら? 喜ぶわよ、メリロット」 「……了解しました。テスト走行がてら、学園までお送りいたしましょう」 「ラッキー♪ シンちゃんも乗ってく?」 「左様でございますか。今後とも、お嬢さまをよろしくお願いいたします」 「では、失礼――」 「じゃあねーん♪ あっ、パーちゃん、復旧はまかせたわよ」 「ったく、世話がやけるぜ」 「ぐはっ!! あ、あれれ? よかった……僕、言葉がもどってる」 「ほう……ブレーキかけねーで、見事に人を避けていきやがる」 「いいドライビングテクニックだ。きっとあの執事はA級ライセンス持ってるはずだぜ」 「リア先輩には敵わないと思ってたけど、ヘレナさんにはもっと敵わないや」 「最後に黒い波動が見えちゃったけど、素敵なハッパをかけてもらったよ」 「黒かねーぜ? ありゃ立派な友情だ」 「シン様も、ヘレナと同じ歳になった時、ちゃんとああいう仲間をもっとくんだぜ?」 「うん、そのためにも、まずはキラフェスに最善を尽くさなきゃね!」 おや? あの二人が話してるなんて、めずらしい。 「じゃんけん、ホイ!」 「ほいー」 「ぬぐぐ……また引き分けとは! あいこで、ショ!」 「しょー」 「ホイ、ホイ、ホイ! ホホイノホイッ!!」 「ほいほいほーい、ほほいのほーい」 僕が来たことにも気付かず、さっちんと紫央ちゃんが、すさまじいスピードでジャンケンしている。 しかも、すべて引き分けで勝負がつかず、あいこの連続だ。 「ショ、ショ、ショ!! ショショイノショッ!!」 「しょしょいのしょお〜〜っ!」 「とんでもねー確率だぜ。無の世界に生命が発生するほどのな」 「そのたとえ、サッパリわからないよ?」 「はあ、はあ、はあっ」 「ふひー、ふひー」 「やりますな、さっちん殿。なかなか勝敗が決まりませぬ」 「うう〜〜。寮のリアカー借りにきただけなのに、なんでこんなに疲れるんだよー」 「リアカーは一台きり。需要は薙刀部とスイーツ同好会の二つ」 「来るべきキラフェスにそなえ、どちらの部も運搬の足が欲しい」 「ならば、お互いの代表者による勝負となるのが、自明の理」 「私のお弁当あげるから、リアカーゆずってよー」 「それがしの本能が、お断りせよと申しております」 「ほんじゃー、絶対に決着つくようにコインで決めよー!」 「ごそごそ、もぞもぞ……はーい、ギザ10だよー♪」 「表がでたら私の勝ち、裏がでたら紫央ちゃんの負けだよー」 「ふむ、実に公明正大な決定方法ですな。まさに運否天賦! それがし異論ありませぬ」 「おいおい……」 「し、紫央ちゃん……」 「俺様が思うに、薙刀小娘はけっこうアホだぜ。なあシン様?」 「他の言い方があるでしょパッキー。紫央ちゃんは、無垢だからペテンにひっかかったんだよ」 「しーっ、シン君しいぃーーーっ!」 「さっちん殿、いかがいたした?」 「おや? これはシン殿ではありませぬか。それがしの勝負を観戦なさっておいででしたか」 「紫央ちゃんは集中してたけど……さっちんは僕に気付いてたんだね?」 「えへっ、えへへー」 「なにげにずる賢いぜ」 二人の〈経緯〉《いきさつ》をかくかくしかじか。 「――というわけでシン殿! 真剣による演舞や、体験薙刀の会場設営のため、どうしてもリアカーが要るのです」 「え、ええーと……」 「どうしてもって事はないよー」 「そっちは部員いっぱいいるんだし、人海戦術で準備したら、きっと楽しいってー? ねえシン君ー?」 「う、うーんと……」 「ぬぐぐっ」 「い、否、それがしのほうこそ問いたいですぞ? そもそも洋菓子同好会にリアカーがいるのですかな?」 「あったら便利そうだからー。コンロとか冷蔵庫運ぶ時、役立ちそうじゃないー?」 「それに私、スイーツより重いもの持ったことないんだよー」 「では、リアカーも運べますまい」 「体育の授業で、重いコンダラ運んでるから平気ー。ほらほら、みてみてー」 「ごろごろごろー、ごろごろごろろーん」 「……まさかそのまま進んで、持ち逃げするつもりでは、ありますまいな?」 「ぎっくぅーん」 「ちと、おさがり下され。それがしのほうが、うまく運べますぞ」 「んじゃー、シン君に私たちの運びっぷりを見てもらって、どっちがリアカーをゲットするか決めてもらおうよー」 「望むところです」 「ぼ、僕は望んでないよ。てゆーか、なにを基準に判定すればいいの?」 「しーらなーい」 「さ、さっちん、君ね……」 「では、それがしの番ですぞ」 「ごろごろごろごろごろっ」 「ごろご――うん? ご、ごろごろごろごろごろっ」 「お待ちください」 「じ、じいや殿!?」 「リ、リースリングさん、どこから現れたんだろ?」 「ふしぎだねー、転送装置で瞬間移動したみたいに出てきたよー」 「何故それがしの手を掴まれるのですかな?」 「ごく僅かですが、車輛が右に傾いております」 「おそらくハブ……ベアリングが数個、砕けているものと思われます」 「このまま長時間運搬に使用すれば、積荷が損なわれ、ひいては牽引者の手も傷つきましょう」 「そうなんだー? 私ちっとも分からなかったよー」 「紫央様」 「そ、それがしは、あの……大事には至らぬだろうと……その……」 「いったんお下がりください」 「お嬢さまのご学友のリアカー修理は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「はやいっっ!?」 「修理とグリスアップ、完了にございます」 「じいや殿、お手が錆と油で汚れておりますぞ!」 「どうという事はございません」 「それでは失礼いたします。ごろごろごろごろごろごろごろごろ」 「じいや殿……肌こそ荒れてはおらぬものの、なんとも勇ましい手指でありました」 「そりゃーねー。あの手の拳銃を二丁も使いこなすと、そうなっちゃうんだよー」 「なんでそんなことさっちんが知ってるの?」 「聞かない方がいいと思うぜ……」 「それがしも、あんな手になりたい」 「そんな事よりいいのか? 執事の奴、リアカー持ってっちまったぜ?」 「あ……ああー!? リースリングさんは、ロロットちゃんの手下だよー」 「って事は、リアカーには別の任務が出来たってことだ。一応、一件落着だね」 「落着ではありませぬ!」 「そうだそうだー」 その後、二人のクレームに付き合わされたのは言うまでもない。 「はぁい、おふたりさん♡」 「あー、リジチョーだ! ちゅーすっ」 「サリーちゃん、チュース!」 「ヘレナ……さん?」 「リジチョー、なんでこんなとこにいるの?」 「勝手にシン様にくっついて来た、ペタンコが言う台詞じゃねーぜ」 「魔族が変装してるんじゃなくて、本物のヘレナさんですよね? どうしてサリーちゃんみたいに、フワフワしてるんですか?」 「うふふのふー、アタシにあこがれてるからに、決まってんじゃんっ。サリーちゃんは、魔界のアイドルなのだー♪」 「そうね、一度でいいから、サリーちゃんのように空の散歩を楽しみたいわ」 「うん、わかります。子供っぽいけど夢だけど、僕も自由気ままに空を飛んでみたいですから」 「あっ! いや、ちがいます! ヘレナさんが幼稚って事じゃないですよ!」 「くっはぁー! シンちゃん、惜しい!!」 「そこは、いくつになっても純真な幼心を失わない素敵な女……って方向で口説かなきゃ、ね?」 「ぼ、ぼぼぼ僕、ヘレナさんに求愛する度胸ないですよ」 「うふふ、別の意味で腹を据えてもらうわよ? この先クルセイダースが苦境に陥ったら、飛んでもらうんだもの」 「ん……んん? ああっ、わかった! リジチョーは風船にブラさがってるんだ!」 「ピンポーン♪ 大当たりー。賞品に大福餅あげちゃう。ほら、グイッとやってくんな」 「わーい♪ リジチョー好き好きー」 「サリーちゃん、風船って?」 よく見てみると、ヘレナさんの両肩から細いワイヤーが数本、天空にのびている。 「ほらほら、あそこだよ」 ワイヤーの先には、たしかに風船が浮かんでいた。 「僕、目測に自信ないんだけど……そんなに大きくないよね?」 「うん、カイチョーん家のオコタくらいかな」 「それじゃ浮力が足りなくて、人間は浮かせられないよ」 「ノンビリふわふわ空のお散歩も楽しいけど、コレは逆バンジーよ?」 「なにソレなにソレ、たのしそー!」 「リースリング遠山より、ヘレナへ。聞こえますか? オーバー」 「感度良好よ、民子ちゃん。オーバー」 「第4旋回ポイント通過。オジョーサマコプター針路固定」 「これより緊急脱出のテストを行ないます。覚悟はよろしいですか? オーバー」 「いつでもOKよ♪ オーバー」 「了解。オジョーサマコプターの操縦は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを。オーバー」 「な、なんだ……!? 沖のほうから猛スピードでヘリコプターが――」 「いいえ、オジョーサマコプターでございます。お間違えなきように。オーバー」 「あわわわわ、トントロの大オヤビンが飛んでくるよ!」 水平線の上空に、ピンク色の点があらわれる。 点は急速にふくらんで、見覚えのある形……トントロの姿になってゆくが、サイズがケタちがいだ。 その背中ではプロペラが高速回転しており、一応、航空力学に基づいているらしい。 「技術力の無駄づかいだぜ」 「来た来た来た来た来たぁーーーーーーーーっっ」 「じゃ、いってきまーす! シンちゃん、下から私のスカートのぞいちゃ駄目よん♡」 「……へ?」 「ヒャッホーーーイ♪ さーいこぉーーー」 「え……ええぇぇーーーっっ!?」 巨大トントロの鼻から〈刺股〉《さすまた》のようなY字型の棒がのび、ワイヤーを引っ掛け飛び去ってゆく。 「ガッコーのほうに飛んでくよ」 「いいないいな、おもしろそー! アタシもまぜて、リジチョーッ」 遠方の空、あっという間に小さくなる巨大トントロ。 やがてお尻のハッチが開いて宙ぶらりんのヘレナさんを回収し、オジョーサマコプターの機影は完全に空の彼方へ没してしまった。 「えー? えー? えー?」 「放心するほどじゃねーよ。ありゃ、軍隊がやってるこった」 「敵地に送り込んだスパイとかを、空から回収するとき、今みたいにやるんだぜ」 「ハッ!? もしかして……」 「この先、魔族に取り囲まれて絶体絶命のピンチになったら、アレをやって逃げろと!!」 「俺様やってみてーぜ」 「い、いやだ! あんなの怖すぎるよ、絶対にいやだー!!」 何事もなかったかのように晴れてる大空のもと、僕の絶叫がむなしく響きわたる。 「さてと、飛鳥井神社の掲示板はどこだったかな?」 「ケーダイって、しんどい場所にあるんだね。ここまで階段のぼりつづけて、へろへろへろ〜」 「よく言うぜ、ペタンコは飛んでんじゃねーか」 「うっふーん♪ アタシは魔界のアイドル、飛んでる女ー」 「けっ」 「ヒドッ!?」 「あ、掲示板はあそこだね」 「紫央ちゃんにお願いして、キラフェスのポスターを貼りだしてもらおう」 「って、あれれ!? もう貼ってあるよ。しかも手作りじゃないか」 「ペタンコを完全スルーとは、さすがシン様だぜ」 「む? む、むむん?」 「素直に感心してるんだよ。ほら見てごらん、開催日はもちろん、現状で決定してるステージやイベントの詳細まで書かれてる」 「ははーん、こりゃ薙刀小娘ひとりじゃなく、ヒスも手を貸してんだぜ?」 「いい事じゃないか。聖沙も、ひと言教えてくれればいいのに……」 「ヒスの性格を考えな。陰の努力を、これみよがしに喋ったりするかよ」 「ねーねー、これなんて書いてあるの? アタシ、人間界の字よめな――」 「ほぎゃあっっ!?」 「サ、サリーちゃん?」 「く……なんと、不甲斐ない」 「こんにちは紫央ちゃん。今日は巫女さんのお勤め中なんだね」 「巫女……」 「それがし、飛鳥井の退魔師として修練をつみ、矜持もありましたが……自惚れておりました」 「どーした? シン様に突っかかって、自爆した時のヒスみたいな顔してやがるぜ?」 「物の怪に看破されるとは、ますますもって情けない……」 「うーん、何かあったの? 僕でよければ話を聞くよ。人に言えば少しは気持ちが楽になるもんだしさ」 「そ、そうですな、ご厚意に甘えねば失礼にあたる場合もある……お話しいたしましょう」 「ほんの半刻前、それがしは完膚無きまでに叩きのめされましてな……」 「た、大変だ! 相手は誰なの!? いや、そんな事より、すぐ病院に行かなきゃ!! さあ!!」 「否、ご心配なく。傷ひとつ負っておりませぬ」 「そう。それがしが弱すぎて、対決になっておりませぬ……」 「じいや殿の眼光に射すくめられ、身動きがとれず……一の太刀すら放てなかった」 「リースリングさん? ロロットの執事の? そっか、試合を申し込んだんだね」 「お察しの通りですが……醜態を演じてしまいました」 「試合の申し出を、じいや殿はそれは丁寧に辞退されましてな」 「それでも、ただ一度でいい、手練れの技を拝見したく――」 「おおかた、執事を挑発してイナされたんだろ?」 「いや。じいや殿は、人を軽くあしらうような、不作法者ではありませぬ」 「あの御仁は、本物の不動心をお持ちの達人」 「挑戦的に睨みつけたそれがしに対して、じいや殿は――」 「やっぱ、挑発してんじゃねーか!」 「じ、じいや殿は穏やかに、それがしを見つめ返されましてな」 「慈愛と言ってもよいお顔……」 「それなのに眼光は猛禽類のように〈炯々〉《けいけい》としており、それがし恐怖のあまり、その場で降参してしまったのです」 「負けを認めるのも、強さのひとつだよ?」 「は、はい。爺上様からも、常日頃からそう聞かされております」 「しかし、物の怪を調伏すべく今日まで練り上げてきた『気』が、じいや殿にまったく通用せぬとは……」 「ごらんください、シン殿」 「すぅ……」 「……っ!!」 「す、凄いね、鳥がみんな逃げちゃった」 「否、断じて否! 凄くなぞありませぬ!!」 「それがし、たしかに飛鳥井の巫女として気を体得いたしました」 「なのに同時に、神域の鳥獣草木までも怯えさせている、この体たらく!」 ああ、それでサリーちゃんが飛んでっちゃったんだね。 「じいや殿は、それがしを威圧する気を放ちつつ、なのに神木はざわめかず、鳥たちは囀っておりました」 「一体どのような鍛練を積めば、あんな境地にたどりつけるのやら、見当もつきませぬ……」 「そんなもん、シン様にも分かるわけねーぜ?」 「うん、ちっとも分からない。だけど分かる事もあるよ」 「ねえ紫央ちゃん、僕はむかし、走るのが遅かったんだ」 「みんなと駆けっこしたら、いつもビリでさ」 「何回やっても、ビリッケツだった」 「だけどね、たとえ最下位でも、タイムがちょっと短くなってれば、僕は僕に勝った事になるんだ」 「そうやって、自分に勝ったり負けたりして、今じゃ人より速く走れるようになったよ」 「まあ……実際には、牛乳配達のおかげなんだけどね。あははははっ」 「姉上がシン殿に挑むお気持ちが、なんとなく理解できましたぞ」 「シン殿ならば、あるいは――」 「眼光の鍛練に、付き合ってもらえませぬか?」 「いいけど、僕やりかた知らないよ?」 「簡単ですぞ? ただ相手の双眸を、しっかり見つめればよいのです」 「そうなんだ? じゃあ、やってみよう」 「はい、ありがとうございます! では、さっそく――」 「じろじろ」 「……ぅ」 「ギロギロ、じろじろ、じーー」 「……くひっ」 「くくく、ふ……くふふふふっ」 「紫央ちゃんヒドイや、どうして笑うの? 僕たちニラメッコしてるんじゃないんだよ?」 「す、すみませぬ。くふふ……け、決して、シン殿のご尊顔が可笑しいわけでは……く、くふふふっ」 「それがし、よく考えれば、殿方と見つめ合うのは初めてでして……くふふふふ!」 「だったら初々しく頬を染めて、ポッ とか言えよ。そりゃねーぜ?」 「だ、黙れ物の怪……くふっ、くすくす、なにゆえこんなに笑ってしまうのやら……くふふふふふ」 「うーん……」 紫央ちゃんの笑みを見て、僕は不思議と晴れやかな気持ちになってくる。 子供の頃、転んで膝を擦りむいたり、ケンカして泣いたあと、どういうわけか笑いがこぼれてきた。 きっと、いまの紫央ちゃんの微苦笑も、それと同じものだ。 懐かしくて心地いい。 こんな想いにさせてくれる紫央ちゃんは、リースリングさんと同じ『気』を持っているのだろう。 「くふ、くふふふ、まことに申し訳ございませぬ……とりあえず、お茶を淹れてまいります」 笑いすぎて涙目になりながら、紫央ちゃんは社務所へ向かう。 お茶とお茶菓子をごちそうになったのち、僕とパッキーは神社をあとにした。 「スイーツ同好会だよ、全員集合ー!」 「おいっすぅ〜」 「こっちの方から、ホンニャラした陽気がただよってると思ったら、やっぱりさっちんか」 「理解しがたい感知能力だが、さすがシン様だぜ」 「ナナちゃんは生徒会で大忙しであーる。よって副会長の私が臨時で指揮をとるんだよー」 「声がちいさーい」 「おいっすうぅ〜!」 「全員て、たった2人じゃねーか」 「ううん、ユミルもいれて3人だよー。ほらあっちー、町内会の掲示板のとこにいるでしょー」 「あ、ホントだ」 「えっへんー、3人よればモン……モン……ええーとー?」 「もんもん?」 「そうなのだー! 私は悶々とした夜を数えてるのー、ナナちゃんが最近あそんでくれないからー」 「これも全部シン君のせいだよー、この罪作りー」 「どうして僕、いきなり責められてるの?」 「ねーねー、ツミツクリってなに? おいしいの?」 「おうよ! 三界で一番うまい刺身だぜ」 「おいしそう。食べたいなー、じゅるり」 「いや違う、多分」 「さっちん先輩、キラフェスのポスター貼ってきたっす」 「そうだったんだ、ありがとう岡本さん」 「ういっす。でもお礼はいいっす。自分は夕霧先輩に頼まれただけっすから」 「それでも、ありがとう」 「ナナカらしいや。この公園には町内のいろんな人が来るもんね。効果絶大だよ」 「あれれ……? よく見るとポスターの色合いが他と違うような……?」 「気にしない、気にしないー」 「ユミルおつかれー、そんじゃー、こっちも活動はじめるよー」 「おおー、はやく美味しいもの食べたい食べたい食べたいよ」 「おっほんー! それでは本日のトキメキ試食会議をはじめるじぇい!」 「今日のお題。じゃかじゃん! 駄菓子はスイーツか否かー!?」 さっちんはカバンの中から茶色い紙袋を取り出し、みんなに駄菓子を配る。 「え? 僕ももらっていいの?」 「えっへへー。ナナちゃんのお財布で買ったから、大丈夫だよー」 「ナナちゃんのものは私のモノ。私のモノは私のモノ。これはハムラビ法典によって定められてるのー」 「そいつぁスゲー」 「いや違う、絶対に」 紙袋をよく見ると、屋号の判子が手作業で捺されている。 「見覚えがあるよ。懐かしいね。小さい頃は、住宅街の路地裏にあった駄菓子屋さんへ、みんなで行ったんだ」 「あのお店、バリバリ健在っす」 「そだよー、部活帰りの学生がおでんとか買って、この公園で食べてるんだー」 「うん、学校で買い食い禁止令が出ても、みんな通うよね」 「しかも、流星学園は買い食い解禁ときたもんだー。理事長さん大英断ー」 「いただきまーす! はむはむ」 「ちゅるるる、かはーっ! 中途半端に凍らせた、真っ赤なゼリー美味しー」 「それはイチゴ味っす」 「ブドウ味は紫色で、メロン味は黄緑色だよー」 「合成物の塊か。なるほど、こりゃあソバがいたら喰えねーぜ」 「食べたら舌が緑色になっちゃう、インチキ梅仁丹」 「お湯いれたら逆にマズくなる、ラーメンの破片」 「味は二の次、変わり玉キャンディー」 「正体不明の平べったい揚げ物。美味し〜〜♪」 みんなで駄菓子漁りに没頭する。 「ごちそうさまでしたー」 「では聞けーい者どもよー。結論を申し述べるー」 「唯一の真理は己が心のなかにありだよー♪」 「要するに自分でうまいと感じるんなら、なんでもありって事?」 「えへっ、えへへへ〜〜」 「もしもし、ナナちゃんー?」 「うん。ちゃんとスイーツな活動してるから大丈夫。安心してー」 「じゃーねー、あとで合流するよー」 「あははは、今日の活動は僕たちだけの秘密だね」 「ういっす。実は自分、秘めごと大好きっす」 「美味しければ何でもいいのだー」 「みんな、腹ごしらえもすんだし、ナナちゃんのとこへ報告にいくよー」 「でも、その前に極秘任務だー。ポケットごそごそ……」 「テレレテッテレ〜♪ そこらで売ってる蛍光ペンー」 「あ、分かっちゃった」 「なにがだ?」 「さっき、ポスターの色が違って見えると言ったよね? ナナカがスイーツ同好会のとこに蛍光ペンを引いたに違いないよ」 「ぴんぽーん。ダテに幼馴染みやってないねー」 「もっと言えば、今夜あたりナナカはこう考えるよ」 「『うちだけ目立たせるなんてズルイや。やっぱ正々堂々いくんだい!』」 「んでー。夜中に消しゴムもってここまで来るけどー、蛍光インクは消せないんだよねー」 「そして、いろいろ悩んだあげく――」 「ぜんぶの部活に蛍光ペン引いちゃうんだー」 「うん、さっちんはナナカの親友だね」 「えへへー。近ごろ夜は寒いし、今のうちに私達でやろうよー」 「ラクガキしてもいいの?」 「もちろん! にこにこマークや星をたくさん描いてさ」 「いえっさー!」 午後の陽射しのなか、僕たちはポスターを公平なものにした。 さっちんがスイーツ同好会をコッソリと花丸で囲ったけど、それくらいはご愛嬌だろう。 あれれ? 寮の前に人だかりが出来ている。 「はぁい、紫央ちゃん♡ お次はニンジンの輪切りよん」 「ヘ、ヘレナ殿、それがしはこのような曲芸をしにきたのでは、あまりせぬ!」 「ふっ、聞く耳もたんわ! ポ〜イ♪」 ヘレナさんの放り投げた食材が、放物線を描く。 「ぬぐぅ……烈ッ!」 紫央ちゃんが猛然と薙刀がうなり、食材は空中で〈下拵〉《したごしら》えされてゆく。 「はいはい、ごめんなさいよ」 サリーちゃんが大皿を持って地面スレスレを飛行し、落ちてくる食材をすべて受けとる。息のあった連携プレーだ。 「てゆーか、何なさってるんですか、ヘレナさん?」 「あら、シンちゃん」 「知ってる? 私が現役の生徒だった頃、ミロテア寮には、寮生専用の小さな食堂があったのよ」 「お話の最中にご無礼。それがし、これにて御免をば――」 「ダイコン、千六本! ポ〜イ♪」 「轟ッ!」 「ヒョエエエぇ、これ落とさないようにするのタイヘンだよっ」 「ヘレナさんは寮生だったんですか?」 「いいえ、違うわ。でも友達が住んでたの」 「その子は寮の食事が美味しい美味しいって、いつも言ってて……でも、寮生じゃない私は、ご馳走になる資格がなかった」 「そろり、そろり……」 「キャベツ、みじん切り! ポ〜イ♪」 「震ッ!」 「あわわわっ! だんだん拾うの、難しくなってきてないっ?」 「昔の寮生は三食昼寝つきだったんですか!?」 「残念だけど、私が理事長になる前の年、需要がなくなって食堂は廃止されちゃったわ」 「うん、プリエもあるし、自炊する人は自分でやっちゃうだろうし……」 「そそくさ、そそくさ……」 「甘いわ小童! 我の凶眼から逃れられると思うてか!!」 「ええーい、ヘレナ殿! それがしは飛鳥井神社より、学生寮へ食材の寄付に参っただけですぞ!?」 「下拵えは寮生の役目ではありませぬか!」 「本番ではその通りよ、でも今日はテストだもの」 「フォフォフォフォ、そんなわけで……ジャガイモ、さいのめ切り! ポ〜イ♪」 「ああっ、落したら食材が傷む……! かくなるうえは、颶ッ!」 「っっとととっと。わーい、ラクチンになったよ」 「シンちゃん、キラフェスで寮がどんな出し物をするか、把握してるかしら?」 「う、うーん。確か喫茶室を……」 「あっ、ひょっとして!」 「ええ。キラフェスの時だけ、寮のお料理を再現する事にしたんですって」 「今日はひと足はやい試食会。念願のメニューがついに味わえるわ」 「27日には、噂を聞きつけた卒寮生も、遊びに来るかもしれない。本当に楽しみね」 「ヘレナ殿! 先達は敬うべきではありますが、それがし現役生の事もお考えくだされ!」 「ひとこと言わせていただきますぞ! 退魔の刃は、お野菜を斬るものではありませぬ!!」 「臆する事なく、面と向かって理事長に意見する一年生か。今後の成長が楽しみね」 「そんなわけで、もう一丁♡ カブラの、かつら剥き! ポ〜イ♪」 「どんなわけですか!? 閃ッ!」 「ん……んん? よっしゃー サリーちゃんカンペキー」 「『退魔ミコのホコリ』より『モッタイナイの心』がデッカイ紫央ちー好き好き♪」 「フォローになっておりませぬぞ……」 「寮のご飯は、菜食中心だったんですか?」 「まさか。食べ盛りの子が大勢いるのよ?」 「さあ紫央ちゃん、お魚を三枚におろしてもらうわ」 「そ、それがし、魚は丸ごと焼いて食べよと教えられているものでして……」 「甘ったれるな、そんな事で全国大会に行けると思ってるのか!? 夢にまで見た真紅の大優勝旗は欲しくないのか!?」 「紫央ちゃんは薙刀部ですよ?」 「あ、そーれー、ポ〜イ♪」 「あわ、あわわっ」 「じいや殿!?」 「お嬢さまのご学友の救済は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「ヤッホーー! バンバン撃たれたお魚が、キレイなオサシミになって降ってきたよ。キャッチキャッチ♪」 「いやいやいや! 無理無理無理ー!」 「噴ッ! 下拵えは以上ですな。今度こそ失礼つかまつる!」 「はい、お疲れさま」 「これからお料理と試食会よ。紫央ちゃんも、せっかくだから食べていきなさいな」 「結構!」 「んもう、民子ちゃんお願い」 「紫央様、鍛練後の栄養補給は、理にかなっております」 「じいや殿がそう仰るのならば、ご相伴に預からせていただきますぞ」 「シンちゃん、あなたもいらっしゃい」 「会長として、かつての寮の事を知っておくのは、いい勉強になるわ」 「ところで……うふふ、紫央ちゃんてば、けっこうノリノリだったでしょ?」 「ギクゥ!?」 「アタシもアタシもっ、美味しいもの食べたい♪」 ヘレナさんの厚意で、僕は復元された寮のご飯を楽しんだ。 何だか懐かしい、家庭的なあったかい味だった。 「ちょっとはやく来すぎたかな?」 「よう魔王様、公園なんぞで何するつもりだ? リアちゃんが今日は休めと言ってたぜ?」 「うん、だから休日を楽しみに来たんだ。一日中部屋に閉じこもってたら、逆に疲れちゃうからね」 「何の音だ?」 「拍子木だよ」 「そりゃ分かってるぜ。だが、どういう合図だ?」 「紙芝居〜、紙芝居〜。美味しいもの食べ隊〜♪ 紙芝居も見てみ隊〜♪」 見星坂公園の入口、住宅街の坂の下から、年配のおじさんがごっつい自転車を押しながら歩いてくる。 そのあとに続く大勢の子供たちと、明るいハシャギ声。流星町の自治会が文化保存のために行なっている、紙芝居。 「ちょん、ちょん、ちょんちょんちょん〜♪」 「そっか、今日はサリーちゃんなんだね」 紙芝居をはじめる前、オジさんは来訪を告げるべく、小気味よく拍子木を打ち鳴らしつつ町内を一周する。 けれど大抵の場合、一番最初にオジさんにくっついて来た子供が、その役を譲ってもらう。 「はじまり、はじまり〜♪」 「はむっ、はむっ。お菓子おいし〜〜♪」 「あははは、目的はお菓子のほうだったの?」 紙芝居が終わり、オジさんが去ったあとも、サリーちゃんは公園でお菓子を食べている。 「ん……んん? どっちもだよ」 「うん、紙芝居を見るには、おじさんからお菓子を買うルールだからね。僕のおすすめは、5円のソースせんべい」 「アタシ、紙芝居が美味しいなんて知らなかった」 「世間知らずにもほどがあるぜ」 「あっはーん♪ アタシは魔界の清純派アイドル、箱入り娘のサリーちゃん」 「ごみ箱か?」 「ンベーっだ! カイチョーにはお菓子あげるけど、パッキーにはやんなーい」 サリーちゃんから、紙芝居のお菓子を分けてもらう。お手伝いのご褒美にもらったそうだ。 「おお、懐かしいぜ。『ヨーグル』じゃねーか」 「へえ、名前を知ってるなんて詳しいんだね、パッキー」 「もぐもぐっ、かはー! 美味し〜〜♪」 「ごちそうさま!」 「はあぁ……お腹空いたー」 「はやっっっ!?」 「そりゃ、消化がはやいものだし」 「もっと食べたい食べたい。ねーねーカイチョー、紙芝居って今度はいつ来るの?」 「今日はあと二ヶ所まわってるはずだよ」 「見星坂公園、月ノ尾公園、飛鳥井神社の境内の順で公演してゆくんだ」 「りょーかーい! 次は海のほうで、次の次は紫央ちーん家だね」 「美味しいもの食べ隊つれて、いってきまーす。カイチョーも一緒に行こうよ!」 「うん。休日いっぱい、紙芝居を追いかけるのも楽しそうだね」 「やれやれ、シン様ともあろう者がガキっぽいぜ。拍子木を打ちたいから付いてくなんてよ」 「え? 僕そんなこと言ってないよ?」 「ダイケンジャとか自慢してるくせに、ちょんちょんやりたいんだ!?」 「ギクッ! う、うるせー、このペタンコがっ!」 「ちょん、ちょん、ちょんちょんちょーんっ♪」 「うるせーっつってんだろ!!」 そんなこんなで、僕は美味しいもの食べ隊と合流して、一路月ノ尾公園へ向かう。 よく考えれば、グランドパレス咲良の住人たちばかりだ。こんな風に休日をすごすのも悪くない。 「よう魔王さま、こんなとこウロウロしてどーする気だ?」 「爽やかな青空のもと、秋風にさそわれるまま、散策を楽しんでるんだよ」 「……俺様すべて分かったぜ」 「リアちゃんに今日は休むよう言われたが、遊ぶ金がねーもんだから、無目的に住宅街を徘徊してるわけだな?」 「落涙するくれーなら、部屋でジッとしてやがれ!」 「雨戸をしめきった暗い部屋の隅っこで、体操座りたまま思い出し笑いとかして一日すごすなんて、あんまりじゃないか」 「お、俺様そこまで言ってねーのに、さすがシン様だぜ」 あれれ? 二人きりなのに、パッキーが僕のこと『魔王』じゃなくて『シン』と呼んでる? 「気炎万丈スイーツ同好会の精鋭女子に告ぐー」 「ユ、ユミル……アタシが生徒会で留守してるあいだ、さっちんはいつもこんな号令かけてたの?」 「いや。今日のさっちん先輩は副会長として気合いを入れてるみたいっす」 「えへへー。今日はナナちゃんのために、かっこいい漢字いっぱいおぼえたんだよー」 「そうだったんだ! すまないねぇ……苦労かけちゃって。努力のベクトルがトチ狂ってる気もするけど」 ナナカたちとバッタリ出会う。パッキーはいち早く察知して、呼称を変えてくれたんだ。 「やあ、みんな。この面子はスイーツ同好会かな?」 「シン君、ちゃーっ!」 「咲良先輩、ういっす」 「奇遇だねシン、せっかくだからアタシらと一緒に来ない?」 「えー? ダメだよー、ナナちゃんはボンッキュッボーンだから、男湯にはいれないよー?」 「そ、そんな事しないやい!」 「あの……話が見えないんだけど?」 「えっへんー! 本日の会議ー」 「『銭湯のフルーツ牛乳は、スウイーツと言えるか否かー!』」 「あとイチゴ牛乳とコーヒー牛乳も検証するっす。もちろん湯上がりに」 「シン! 言っとくけど、このテーマ決めたの、アタシじゃなくてさっちんだからねっ」 「ふーん、これからみんなで銭湯に行くんだね」 「そ! 回数券まとめて買ったら、1枚余分にくれてさ。だからシンもおいでってば」 「うん、行かせてもらうよ。あそこの銭湯ならタオル貸してくれるもんね」 「ナナカ、お礼にミルキー牛乳をどうぞ」 「素のミルクはいらん! でも、フルーツ牛乳ならアリ!」 「そっかー、シン君が飛び入り参加なんだー」 「条例だと混浴できるのは10歳までだけど、きっとシン君なら女の子っぽいし女湯にうっかり入れんじゃないかなー」 「なな!?」 「うーん……?」 「否定してよ! 僕だって少しは成長してるんだから!」 「シン君痩せ我慢してないー? ナナちゃんとアワアワするの楽しいよー?」 「ナナカとは子供の頃一緒にお風呂はいったことあるし、もういいよ」 「なんと!? お風呂でナナちゃんとシン君の、甘い触れ合いがー!?」 「変な想像してんじゃないやい、大昔の話だいっ」 「たしかに、甘かったね」 「シ、シシシ、シン!? こ、子供の頃から、そんな風にアタシを……っ?」 「うん、スイカだよ」 「ほら、夏休みにナナカん家のお風呂で、スイカを冷やしたじゃないか」 「でも、親父さんが気付かずに焚いちゃって……」 「お風呂が沸いた時、湯船には煮えたスイカがぷかぷか浮かんでたんだ」 「ああ、あったね、そんなの」 「あはははは。ホカホカで真っ黒になったスイカを見て、アタシらキャーキャー大騒ぎしたっけ」 「そんで、そこにシンのおばちゃんが遊びに来た」 「そうそう。母さんは滅多にない事だからって大喜びして、スイカを切ってくれた」 「中味はちゃんと赤かったね。むしろ甘みが増してて、美味しかったな」 「なるほどー、その事件からこっち、ナナちゃんはスイーツに夢中ってわけかー」 「ちがわいっっ」 「でも妙にリアルなお話だったっす」 「そりゃ、スイカを煮ちゃったのは、本当にあった事だし」 「えへへー、もうすぐお風呂ー。ナナちゃん、お腹の流しっこしようねー♪」 「いいけど、普通は背中じゃない?」 「シン様。たまには俺達も流しっこしよーぜ」 「まあ、たまには裸の付き合いも悪くないね」 「ど、どうして、聖沙が唐突に出てくるの!?」 「パッキーさんと咲良クンが、裸でお付き合いをしている関係だったなんて……っ」 「違う! 大誤解だよ!! みんなフォローしてっっ」 「まっかせといてー」 「副会長さん。アメフトの『タッチダウン』は『触り倒す』って意味だよねー?」 「な、なに言ってんの、さっちん?」 「お触り……ふ、不潔よーーーーー!!」 「あっれー? 私、失敗したのかなー?」 「せ、成功すると思ってたんだ?」 「待って聖沙! お願いだから、僕の話を聞いてよ!」 キラフェス前の休日、こうして僕は、ひとっ風呂浴びる前に全力疾走で運動するハメになってしまった……。 「よう魔王様、なんでまた神社なんぞに来たんだ?」 「ここは、街が見渡せる場所のひとつだからね。週末のキラフェスを前にして、流星町がどんな雰囲気になってるか見ておきたいんだ」 「街中をすこし離れたとこからじゃないと、感じられない空気もあるよ」 「おいおい、ヒスの影響か? 微妙にポエマーはいってやがるぜ」 「ととっ、すまねえ。ククク……、本当の目的はペタンコとオデ公の監視だな?」 「高みから見りゃ、あの目立つデカブツがちゃんとサンドイッチマンやってるかどうか、丸分かり」 「同族にも気を許さず、バレねー位置からしたたかに見張るとは、さすがシン様だぜ」 「あれれ? いつもの曲解はともかく、僕の呼び方が変わったという事は……」 「やっぱりだ。こんにちは、紫央ちゃん」 僕は、反応がない紫央ちゃんに歩み寄る。 「おいシン様、あと半歩で薙刀小娘の間合いに入っちまうぜ?」 「困りますな。心眼を試しておったのに、実況されては元も子もないですぞ」 「こんにちは紫央ちゃん。ごめんね、邪魔しちゃって」 「いやいや、その物の怪に言った次第。シン殿はお気になさらず」 「ケッ、俺様だけかよ」 「今日は薙刀部のほうじゃなくて、巫女さんのお勤めなんだね」 「否、部活ですぞ?」 秋風が吹き抜け、気のはやい葉っぱが、もう舞い散ってくる。 ヒラヒラと落ちてきた葉っぱのひとつが、薙刀の刃に触れた刹那、真っ二つに斬れてしまった。 紫央ちゃんは微動だにしていない。 「この具合でございます」 「す、すごい切れ味だ」 「左様。キラフェスにそなえ、研ぎましたゆえ」 「薙刀部は演舞の出し物だけでなく、研ぎ屋として皆様のご家庭の包丁を預かる予定ですぞ」 「そっか、練習をかねて、愛刀の手入れをしてたんだね」 「然り!」 平素よりも、輝きが増している刀身。 それも視界を幻惑させてギラギラと射すよう光じゃなく、お陽様をやわらかく映しだしている。 「いい薙刀だね」 武器のことはまったく知らないのに、僕はごく自然に呟いてしまう。 「よろしければ、手にとってみて下され」 「い、いいの? 僕が持っちゃっても?」 「優れた道具は、主を選ぶもの」 「飛鳥井の薙刀をご覧になり琴線にふれたのならば、シン殿には資格があるという事です」 「ちょっと待って。過大評価もいいとこだよ。僕は薙刀の扱い方を全然知らないんだ」 「せいぜい子供の頃に、スス払いのホウキを振り回して遊んだ程度だってば」 「それで充分ですぞ」 「うーん、いいのかなぁ……」 紫央ちゃんから薙刀を受けとる。 案外と軽い。 ……てゆーか、軽すぎないか? 羽毛ほどの手応えしかない。 再び落葉。 さきほどと同じく、舞い散る葉っぱが薙刀の刃に―― 触れない。 葉っぱは刃を避けるように〈翻〉《ひるがえ》り、そのまま境内の地面へ。 「負けました」 「……は?」 「それがしは、たった今シン殿に敗れたのです。もっと修行せねば」 「う、うん。それじゃ薙刀を返すね」 「飛鳥井の薙刀は、凶事における吉兆となるべし」 「得物は己が身の一部。無用に落葉を切り裂くなど凶兆です。まだまだ未熟者のあかし」 「へぇー! 今度は刃にトンボがとまったね」 「否、長い尻尾が生えておりますぞ。これはカゲロウですな」 「そうなんだ? 久々に見たから、ちがいが分からなかったよ」 「では、今後もお参りに来てくだされ。鎮守の森は生き物の宝庫ですぞ」 「しかし、このような秋口にカゲロウとは、なんもと珍しい……」 冷たく強い風が吹くも、カゲロウは薙刀の鋭い切っ先にとまったまま動こうとしない。 「これ、休憩はそこまでにしておきなされ」 「今日は貴重な秋霖の晴れ間。冷えこんで水場が凍れば、タマゴが産めませぬぞ?」 紫央ちゃんは薙刀を揺らすことなく、不動のまま言い聞かせる。 カゲロウはフワリと飛翔し、森の中へ。 「寒くなってまいりましたな。熱いお茶を淹れてまいります。しばしお待ちを」 そのまま境内でお茶を飲み……。 「よきお参りでした」 「うん、いいお茶ごちそうさま」 「うーん、なんとなく言いそびれちゃったよ」 参道の階段をおりながら、僕はパッキーに話しかける。 「なにをだ?」 「葉っぱは斬れちゃったけど、カゲロウがとまって休んだ事のほうが、ずっと凄いじゃないか」 「紫央ちゃんは、ちっとも意識してないけどさ」 「当たり前すぎると、逆に気付けねーもんだぜ」 「ま、余計なこと告げずに見守っとけばいーんじゃね?」 「薙刀小娘には才覚があるぜ。もっとも今のとこ、あるってだけだがな」 「って事は、門外漢が下手に口出ししちゃったら、その芽を潰しかねないね」 「うん、大人しく見守っていこう」 「そうしとけ。うまい茶のためにもな」 「あははは、パッキーの目的はそっちなのね」 サリーちゃんとオデロークは、うまくやってるだろうか? 僕はこっそり様子を見に来たけど―― 「会長、オデ、頑張ってる」 「カイチョー、こんちゃー!」 「あ、あっさり見つかっちゃったよ」 「あたりめーだぜ? オデ公は、デカブツで視点が高ぇーんだ」 「オマケにペタンコが空中から見おろしてやがる。バレねーように尾行するのは至難の業だぜ」 「キラキラキラ〜♪」 「フェス、フェス、フェス」 オデロークが巨体を揺らしながら進み、そのまわりを連れ添いのサリーちゃんが旋回している。 「ねーねー、カイチョー。いろんな人にオヤビンを見てもらえばいいんだよね?」 「うん、そのほうが宣伝になるからね」 「んじゃーオヤビン、ここネリ歩こう! 商店街は人いっぱい、いっぱい、ゴハンいっぱい」 「歩く、ねりねり」 「オデ、広告塔、キラキラ、キラキラ」 「フェスフェスフェス〜♪」 「心配しなくても、二人ともうまくやってるね」 「牛丼、牛丼、キラ丼〜♪ ベニショウガ食べホーダイ タマゴは有料〜っ」 「牛丼、牛丼、フェス丼」 「……いいのか?」 「ま、まあ許容範囲」 商店街での広報活動は大成功だ。 オデロークの巨体を見て着ぐるみだと思ってるのだろう、ちびっ子たちが群がってくる。 「んがー?」 「うわあ……」 「ガキが殺到すりゃ、当然の帰結だぜ」 ちびっ子たちはニコニコ笑いながら、オデロークに殴る蹴るの暴行をくわえる。 「だ、大丈夫? 痛いでしょ? 苦しくないかい、オデローク?」 「平気、オデ、くすぐったい」 「それより、生活、苦しい」 「……ホロリ」 「なぜ泣く?」 「えーい、オヤビンに毒針ぷっすぅ〜♪」 「んあー?」 さりげなくサリーちゃんも加担している……というか煽動しているように見えるが、見なかった事にしておこう。 「キラ、フェス、キラ、フェス」 魔将であるオデロークを見て、つくづく思う。 魔族と人間は、必ず共存できるはずだ。 僕は魔王だけど、例えそうじゃなかったとしても、同じように感じた事だろう。 「キラフェス、キラフェス、みんな来てねー♪」 「キラフェス、キラフェス」 「そう言えば、オデロークはどうして人間界に来たの?」 「アタシは美味しいもの食べたいから。オヤビンもおんなじ」 「美味しいもの、魔界、来ない」 「だから、オデ、来た」 「うごー?」 「ん……んん? ちっちゃい子ばっかり寄って来てるね?」 「この子たちのパパとママに向かってキラフェスの宣伝したら、牛丼特盛りだよ」 「いや、そんな予算は――」 「ここは魔界のアイドルサリーちゃんにおまかせ。お色気パワーで、パパさんたちもメロメロよーん」 「うっふーん♪」 「あっはーん♡」 「ヒョエエエぇ!? ぶるぶるぶる、がくがくがくっ」 「うが……オデ、卑猥?」 「卑猥ではないが、肥満だぜ」 「オデ、腹出てる。けど、腹減る」 「キラフェス、広める。牛丼、喰う」 一生懸命なオデロークを見て、僕は励まされる。生徒会長として、もっと頑張らなきゃ! 「うーんうーん……?」 「どうぞ」 「うむむ? う、うーんと……?」 「あっ、リア先輩が来てる。僕、出直したほうがいいですか?」 「あら、大歓迎よ。用件をどうぞ」 「はい、ええーと……」 「う、ううーん? むむん? むーん……」 どうしちゃったんだろ、リア先輩? 「リアの事なら気にしなくていいわよ?」 「は、はあ」 「ん、んん……おっほん! キラフェスの事で、生徒会長として報告にやって参りました!」 「あらま、勇ましいこと」 「本番は明日に控え、準備はほぼ完了しました」 「ベストではないかも知れませんが、生徒会としてやれる事は、すべて全力で当たったつもりです」 「んもう、リアと同じで、お堅いんだから。お姉ちゃんプンプンだゾっ」 「うふふ。シンちゃん、流星学園の特徴はなにかしら?」 「二階建てです」 「生徒の自由と責任を重んじる校風よ」 「す、すみません! そっちのほうの質問でしたか」 「シンちゃんはその生徒たちの長たる男子……報告に来るのが、1日早かったわね」 「で、ですが明日まで、もう生徒会としての仕事は無いんですよ?」 「それでいいのよ。いまの段階では、生徒会長は具体的な執務をする必要はないわ」 「でも理事長室なんかに来ては駄目。ゆっくりと校内を巡りなさい」 「視察ですか?」 「結果的にはその通り。けれど、そんなに構えないで、シンちゃん」 「もっと気楽に、友達として、後輩として、先輩としてみんなに接すればいいの」 「命令は下さずとも、指揮官がただ現場にいてくれるだけで、いい緊張感と安堵の空気が生まれるものよ」 「あ……! ヘレナさんが学園中に神出鬼没なのは――」 「こーら。今は私のお話じゃないでしょ?」 「か、重ね重ねすみません……」 「シンちゃんは、生徒会でもクルセイダースでも、今までの固定観念を打ち破って、前向きに改革を進めているわ」 「それはとても重要な資質よ。無用な形式にこだわって、それを萎えさせないで……ね?」 「は、はい。わかりました」 「正直言って、よく分かりませんが、今のヘレナさんの言葉は覚えました。だから、何回でも思い出せます」 「ならばよし!!」 「ああっ!? 分かったよ、お姉ちゃん!」 「ストローを使ってアンコだけ吸い出したんだ。正解間違いなし、えっへん!」 「ブッブー」 「うう……またハズレた」 「リ、リア先輩?」 「えっ、えぇ……?」 「きゃああーっ、シン君いつからそこにいたの!?」 「リアちゃんに、一体なにがあったんだ?」 「フォフォフォフォ、頭の固い妹のために、私がクイズを出したのだよ」 「皮を破らずに、柏餅のアンコだけを食べるには、どうすればいいのかね?」 「うーんうーん、むーんむーん……」 「物質転送機でアンコを取り出す」 「惜しい!」 「こ、この答えがですか? まさか、それじゃあ――」 「まず食べる人の全身をアンコで覆って、それからお餅でコーティング。そしたら皮を破らずにすみますよ」 「シ、シン君……そんな無茶な――」 「ピポピポピンポーン! シンちゃん、大正解〜♪」 「ええぇーっ!?」 「あ、当てちゃったよ。僕どうすればいいんだろう?」 「とりあえず、喜んどけ」 「そうね。頭の回転が早い君には、これをプレゼント!!」 「お姉ちゃんズルイ! そんなの実際にやったら、アンコの中の人が窒息するじゃない!」 「たしかに柏餅の大きさを制限してなかったけど、そんなのインチキだよっ!」 「あ……でも、あらかじめ空気穴を開けておけば――」 「ううん、騙されちゃ駄目! そんな大量のアンコを一人で食べられっこないもんっ。ぷん!」 「あらあら? 正解を知っても認めないとは……もう、リアったらなんて堅い子なのかしら」 「うふん♡ お姉ちゃんが、揉みしだいて柔らかくしてあげるわ」 「わ、私のどこをですか?」 「も・ち・ろ・ん……♪」 「シ、シン君……!」 「あ、はい。僕はお邪魔にならないよう、出て行きますね」 「その前にヘレナさん。もしよかったらキラフェスの準備のことで、感想をお聞かせください」 「感無量!」 「うふふふっ」 「し、失礼しました」 「はいはい、またおいでー」 「シ、シン君……待って! そうじゃなくて、助け――」 「シンちゃんてば気が利くわねえ! そ〜れ〜♪ うりうりうり〜〜」 「あっ、はうん! や、やあぁん、くぅぅんっ」 いよいよ明日、キラフェス開催だ。街の様子はどうなってるだろう? 僕は住宅街、汐汲商店街、飛鳥井神社をめぐり―― 「おっほんー! それでは本日の会議、はじまりはじまりー」 「ういっす」 あれれ? ナナカはいないけど、あの面々はスイーツ同好会じゃないか。 「ちゃんと残さず、おやつを食べられるかー?」 「ういっス」 ど、どうしてサリーちゃんまでまじってるんだろう? 「生徒会とか夕霧庵で忙しいナナちゃんに代わって、今日も私がスイーツ同好会をしきるのだー」 「キラフェスのケーキ屋さんも準備が終わって、時間あるしー」 「同好会副会長として精出してるね。こんにちは、さっちん」 「あー、シン君ー。ちゃっ!」 「カイチョー、ちゃっ!!」 「ちゃっ」 「ういっチャ!」 「う、ういっちゃ」 「つつがなく式辞が終わったところで、今回の議題はコレだよー」 「『辛いカレーのあとに食べる甘いカレーは、スイーツと言えるか否かー』の巻」 「な、なんて無理がある議題なんだ」 「おい、とりあえずスウィーツって単語くっつけりゃ、なんでも通ると思ってねーか?」 「ちゃっ!」 「変な挨拶でごまかしてんじゃねーぜ!」 「えへへー。ナナちゃんが復帰するまでのあいだ、試食会は私に任されてるのだよー」 「メニューに不満があっても、ユミルたちに残されてる権利は、黙秘権のみだー!」 「こんなこと言ってるけど、いいの?」 「ぐっ、上級者になるまでの辛抱っす」 「アタシは別にどうでもいいやー。くんくんくんっ、いい匂い。早く食べたい食べたい、食べたいよっ」 「んじゃー、商店街のカレー屋さん愛の国でテイクアウトしたのを順番に並べてくねー」 「ファントムカレー、クフィールカレー」 「アパッチカレーと、シャイアンカレーと、コブラカレー」 「以上であーる」 「もういっこあるよ?」 「それはナナちゃんのお土産用にとってるF-8カレーだよー」 「っっとととっと。いけないいけない。じゃあ食べちゃダメだ」 「ナナカのを引いても、5皿分だね。3人で食べるには多すぎない?」 「このカレーは、おやつだから平気だよー」 「いっただきまーす♪」 「かはー! カラカラ、美味し〜〜♪」 「そだー! ナナちゃんのはシン君が持ってってよー」 「うん、任せといて」 「あ、先輩。お帰りになる前にひとつ教えてくださいっす」 「自分、最近気になってるっす。『カレーライス』と『ライスカレー』どっちの呼び方が正しいんすか?」 「うーん、僕ん家はカレーライスのほうだよ」 「確か夕霧先輩はライスカレーって言ってたっす」 「ん……んん? すばる屋の店長さんは、ゴハンにカレーぶっかけてるのが『ライスカレー』だって言ってたよーん」 「そんでね、お皿の半分くらいにゴハン盛って、残りのなんにもないとこにカレー敷いたのが『カレーライス』なんだって」 「その説はあやしいっす。まったく逆の言い伝えもあるっす」 「うーん、真相は一体――」 「みんな何言ってるのー? それはどっちもおやつでお菓子のカレーだよー」 「ちゃんとしたカレーは、魔法のランプみたいなシルバーの器に、ルーがはいってるやつじゃないー?」 「どうしたの、みんな?」 「僕そんな高級なの食べたことない」 「こいつ……こんな出で立ちのくせに、意外とお嬢様だぜ」 「うわー。失礼だよー! 意外も何もお嬢様なんだからー」 「アタシもちゃんとしたカレー食べたい!」 「そっか〜〜。じゃあ、今度持ってきてあげるね」 「うわ、辛いっす!!」 「ああー! ユミル、フライングー!」 こうしてみんなで楽しくカレーパーティを始めた。 「おはよ〜〜」 「ニュース、ニュース! ニュースだよー」 「景気のいい話をよろしくっ!」 「えっとねー。明日、教育実習の先生が来るんだってー」 「な〜んだ、そんなこと」 「なんだはないよー。まだ誰も知らないのにー」 「へえ、うちのクラス?」 「んー。隣のクラスー」 「ってことは、聖沙のクラスか」 「しかもねー。女教師なんだよー」 「シン君つまんないねー。そこは健全な男子としてベタな反応をしてもらいたいものだよー」 「興味があったとしても相手にされないって」 「な、なにぃー!?」 「図星だからって怒らないの」 「ムムム、ナナカめ〜〜っ。言わせておけば〜〜っ」 「悔しかったら彼女の一人や二人でも作ってみな」 「よ、よ〜〜し。やってやろうじゃないか」 「ダメだよ、そんなことしたらー。ナナちゃんが可哀想だよー」 「ちょっ、さっちん! いきなり何言うのさっ」 「あ、いけない。逃げるが勝ちかもー」 「こ、こらーー! 待てーー!」 「うぃーす。朝から大騒ぎだな」 なんかいつも、こうしてはぐらかされてるんだよな……。 「こんにちは〜〜」 「こんにちは♪」 キラフェスが終わった直後ということもあり、生徒会室は色々な荷物で溢れかえっていた。 「まさに後の祭りってやつですね」 「くすくす。シン君ってば、ロロットちゃんみたい」 「先に片付けでもしましょうか」 「そうしたら大きな物から先に運んじゃお〜」 向かい合って端と端を持ち、腰を上げる。 「な!! ナナカっ」 「いらっしゃ〜い♪」 「リア先輩っ!?」 「ちょっとシン! 先輩になにやらせてんのよっ」 「何って荷物運びだけど――」 「まったく、気が利かないやつだね! 先輩、いいですよ。アタシが持つからっ」 「こういう力仕事はこのナナカちゃんにお任せあれってね!」 「そ、そう? じゃあ、お願い」 「だからいつも言ってるでしょ! 女の子にはね〜〜。くどくどくど――」 重い物を運びながらよく喋る奴だ。 「そう言うナナカだって女の子じゃないか」 「立派に女子やってるでしょ」 「あ、アタシも女の子扱い、してくれるん、だ……」 「だってスカート履いてるし」 「そんな理由で!? だったらアンタも履くか、てやんでい!」 「あとは……」 真正面にあるであろう膨らみに視線を向ける。 「こ、こら、シン! いくら幼馴染みだからって、そんなとこ見ちゃ……」 「ま、まあ、ナナカも女の子ということで」 「ま、まあ? アタシだってね! リア先輩ほどじゃないけど……それなりに、そこそこは〜〜ううぅ」 「そ、そうなんだ……」 「確かめて、みる?」 「嘘だよ、スケベ!!」 ナナカにからかわれながらの荷物運びも終わり、全員で室内の掃除をする。 あっと言う間に、いつもの生徒会室に戻った。 「みなさん。キラフェスはお疲れさまでした〜」 「おつかれさまでした!」 「デビュー戦は華麗に勝利を飾れましたね」 「当然よ。私達は常にビクトリーロードを走るんだから」 「この調子でさ。もっともっと楽しいことやっちゃおうよ」 「今なら何やっても許してもらえそうじゃない?」 「テストをなくすとか!」 「それはちょっと難しいかな」 無理ではないのか。 「プリエを牛丼屋にしちゃえ!」 「それは無理かな」 それは無理なのか。 「じゃあ、もう一度キラフェスをやってしまいましょう!」 「キラフェスもいいけど〜。生徒会の活動と言えば、もうすぐ12月、でしょ」 「12月に何かあるんですか?」 「そっか。ロロちゃんは流星学園で過ごす初めてのクリスマスだもんね」 「12月のメインイベントと言えば聖夜祭で決まり♪」 「聖夜祭!?」 「去年のお姉さまは……それはもうこの上なく素敵だったわ♡」 「そう言う聖沙ちゃんだって聖歌隊で頑張ってたでしょ」 「背ぇ高い?」 「高くない! せ・い・か・た・い!」 「讃美歌とか歌ってクリスマスをお祝いするんだっけ」 「毎年恒例の行事だもんね」 「けど、今年は生徒会だから主催の方に回るってわけかー」 「まだまだ2ヶ月もあるんだし、どうやるかゆっくり考えていこ♡」 「んだね」 「聖夜祭ですか〜〜。なんだかワクワクしますね〜〜」 だが聖夜祭よりも前に、もっと大変なことが待ち受けていることを、そのときの僕達には知るよしもなかった。 登校すると臨時の朝礼で生徒全員がホールに集められた。 「もしかして例の教育実習生かね?」 「教育実習生が来るのに、わざわざこんなことしたっけ?」 「してない」 「だよね。だとするとじゃあ、他にも理由があるんじゃない」 「皆さん、ごきげんよう。今日は教育実習生の千軒院先生をご紹介するわね」 ヘレナさんの声に導かれ、壇上に女性らしき人影が現れる。 「ほら、思ったとおりだ」 「遠くてよく見えないなあ」 「千軒院です。どうぞ、よろしくお願いします」 そう言い放ち、千軒院先生は壇上から降りていった。 「彼女の担当科目は数学。2年B組を担当してもらうから、仲良くしてあげてちょうだい」 「なかなかきつそうな先生だね」 「クールなところがアゼルに似てると思わない?」 聖沙とうまくやれればいいんだけれど。 「では、これで朝礼はおしまい。今日も一日、がんばって勉強をするのよ!」 親指を立てる姿が目に浮かぶ。 「普段の朝礼で、ヘレナさんがマイク取ったことなんてないよね?」 「恒例の式典くらいか」 「特別扱いされてんのかな、あの先生」 「そのままこの学園で雇いたいくらい優秀な先生ってことかな?」 「だからって、あんなことされても嬉しくないでしょ。普通は」 「目立ちたがり屋ならまだしも、そうは見えなかったしね〜」 「アゼルはどう思う?」 ああ、またどこかに行っちゃったよ。 「次の授業なんだっけ?」 「ん、数学」 「授業を始めます。速やかに着席し、以降の私語は一切禁止とします」 掴みから厳しい先生だった。 「いやー。暗くなるのも早くなったね!」 「ナナカのマシンガントークが終わらないからだよ」 「秋と言ったら、お喋りの秋だもの!」 「ナナカには食欲の方がお似合いだよ」 「秋の食べ物には美味しい物がたくさんあるからね〜」 「ひゅう! 流れ星!」 「あ、また降った」 「どんどん降る量が増えてきたね〜」 「これもあの……リ・クリエってのが影響してるんでしたっけ」 「どんなことが起きるんだろうなあ〜」 「どうせなら楽しいことが起きて欲しいね」 「一つだけ」 「一つだけなら、何が起きるかがわかってるんだ」 「一つだけ……ですか」 「へー。聞きたい聞きたい!」 「リ・クリエが近づいてくるとね……」 「近づくと……?」 「魔王が来る!」 「ひょ!?」 「ちょっと先輩。いきなり何を言うかと思ったら……」 「本当なんだよ〜っ。前回のリ・クリエも、そうだったって聞いてるんだから」 「魔王と言ったら……ねえ、シン」 「世界をドカンと景気よくやっちゃいそうじゃない?」 「そ、そんなことは無いんじゃないかな〜」 「そうだよ、ナナカちゃん。魔王は――」 「とにかく魔王は却下。ま、アタシをウキウキさせるようなことをしてくれるなら、話は別だけど」 「善処します」 「あああ、いやいや! どんなことが起きてもいいように、僕達生徒会が頑張らなくっちゃいけませんよねっ」 「うん。その為のクルセイダースだもんね」 にこやかに笑おうとするが、ちょっとだけリア先輩が寂しそうだ。 「先輩ってば、そんなに魔王が怖いの?」 「え!? いや、そういうわけじゃ……」 「そういうときはね。流れ星にお願いしよう!」 さっき見ていた時よりも、短い間隔で星が降りしきっている。 「今ならお願いし放題の出血大サービスでい!」 「楽しいことが起きますようにっ!」 「このまま何事もなく過ぎますように」 天川のおじさんに先月分の牛乳瓶を返しに行った後―― 校門に差し掛かったところで、見知った顔にでくわす。 彼は確か…… 「おや、これはこれは。生徒会長の君ではありませんか」 「この度はキラフェスにご来場いただきまして、誠にありがとうございました」 微妙に棒読みだったのだが、気づいていない。 「私、このような優男ではありますが、意外にも義理と人情に厚い方でしてね。いや、お恥ずかしい話ですが」 「えと、ここで何をしてるんでしょう?」 「先日の催しで知り合った女性の皆々様に感謝とお礼を……と、思いまして」 その手には色々と貢ぎ物が用意されている。 「今日は祝日で、学校はお休みですよ」 「ははっ。そうでしたね。勤勉で清楚なお嬢さまばかりが通られる理由がようやくわかりましたよ」 誰のことを指してるかはわからないけど、今のところ問題はなさそうだ。 「失礼ですが、生徒会長の君――」 「あ、えと、僕……咲良シンって言います」 「咲良シン! なんと甘くも絢爛な響きでありましょうか」 その表現はあまり嬉しくないなあ。 「もし、よろしければお名前を頂戴してもよろしいですか?」 「私、メルファスと申します。以後、どうぞお見知りおきを」 よし。これで不審者リストを更新できるぞ。 「それで生徒会長の君」 どうしてもそう呼びたいらしい。 「学園の頂点に鎮座する貴方へ、是非とも伺いたいことがありまして」 「あ、いや、そんなことないですよ」 「この学園内で一番、バラの似合う素敵な女性を教えていただけませんか?」 それはトゲのある人ということでいいのだろうか。 「あそこのお屋敷に住んでる九浄ヘレナさんという方がとてもお似合いかと」 「そうですか。ありがとうございます。では、またお会いいたしましょう」 バラの花びらをはためかせて去る。 これでうちの生徒が被害に遭うことはないだろう。 さ、僕も生徒会室に向かおう。 「ワギャーーッ!!」 「行動早っ!!」 「お! らっしゃい! アタシが一番ノリさあ! みんなが来るまでトランプするぞう!」 「どこが勤勉で清楚なお嬢さまなんだか……」 「おっちゃん、いっつもありがとうっ」 よし、先月分の牛乳瓶も返したぞ。そしたら、すたこらさっさと学校へ―― 「ごきげんよう、お嬢さま。私と甘くも切ない至高のひとときを過ごしませんか?」 「えっ、えっ!?」 「一目で私を虜にするとは、なんと罪深い御方なのでしょう。その罪を償う為には私とそこにある喫茶店で――」 「ひゃうあっ!! そ、そんなの、困りますうっ」 「セクシー&ビューティー。それでは、高級フレンチで私とワイングラスを交わしてみませんか?」 「そそそっ、その……ごめんなさいっ!!」 おお、あれが噂に聞くナンパというやつか。 色々と女の子に声をかけて、すぐさま振られてはいるものの、めげずにまた次の女の子にアタックをする。 度胸があるなあ。僕には到底真似できなさそう。フランス料理は、フレンチポテトが関の山だ。 そんな男前と目が合ってしまう。 つかつかと僕に歩み寄り、こう言い放った。 「私とお茶でも如何でしょうか?」 そろそろ口説きのネタがつきたということか。 なんで僕が口説かれているんだ!? 「あまりにも衝撃的な出会いに気が動転しているようですね。けど、あなたの側を片時も離れるつもりはありませんから」 「や、やめて下さい」 「怖がることはありません。それこそ雛を愛でるように優しく労るのが紳士の努め」 「だから、なんで僕を口説いてるんですかっ」 「ふふ……粗暴な一人称もあなたのアイデンティティーとするなら、私もそれに習うだけです」 「意味わからないんですけどっ」 「ウィ、マドモアゼル。とにかく体を休めましょう。どこか落ち着ける場所へ……」 彼が僕の腰に手を回す。なぜかお尻に触れている様な気もした。 マドモアゼルって確か女の子のことだよね。 「もちろん、朝までと言われても異存はありませんよ」 「あの、僕……男なんですけど」 素早く体が離れていく。その間およそ0.6秒。 「これは失礼。あなたのただならぬ魅力に惹きつけられてしまったようです」 「いや……まあ、わかってくれたなら別にいいんですけど」 とにかくこれ以上関わりたくはない。早々に立ち去ろう。 「な、なんですか?」 「無礼な振る舞いを深くお詫びいたします」 「は、はぁ……」 「私、メルファスと申します。以後、お見知りおきを」 自己紹介なんかされても困るんだけどなあ……。 「もしよろしければお名前を伺ってもよろしいですかな?」 「僕ですか? 咲良シンです」 「咲良……シン……。ああ、流星学園の生徒会長をされてる」 「僕のこと、知ってるんですか」 「流星学園キラキラフェスティバルの主催者と言えば、この街では相当の有名人ですよ」 「それに加えて――」 「いえ。そのお名前を以前にも聞いた覚えがありましてね」 「まあ、そんなに珍しい名前でもありませんから」 「さて。私はまた、新たなる出会いと感動を求めて彷徨うとしましょう」 「ほどほどに頑張ってください……」 「では、ごきげんよう。生徒会長の君」 そう言って、メルファスさんはまたナンパをしに戻っていった。 変な人だけど、そんなに悪い人ではなさそうだ。礼儀も正しいし。 さ、気を取り直して学校に行こうっと。 「それでね! 荷物運びのお手伝いしたら、肉まんご馳走してもらったの!」 「オヤビンは図体がでかいだけあって、力持ちだからね」 「肉まん食べたいです〜」 「働いて食べる飯はうまかろう!」 「うん! 今なら何でもかんでもやっちゃうよ!」 「サリーちゃん。変わったね」 「キラフェスのお手伝いも、結果としては大成功でしたし」 「魔族ってのも、なかなか捨てたもんじゃないね」 「こうなったのもシン君のおかげかな」 「みんなのおかげ、ですって」 「そうかな〜?」 「そうですよ。悪いことをした時だけ連帯責任とか言うのは不条理にも程があります」 「よく言うよ。最初は、魔族だからって差別してたくせに!」 「平等、公平。それが私のモットーです」 「サリーちゃんにはいっぱい頑張ってもらったし……生徒会でお礼とかできないかな?」 「お! いいですね」 「わーーい! またなにかご馳走してくれるのー!?」 「う〜〜ん。いっつもそのパターンばっかりじゃん。別の形でなんとかなんないの?」 「贅沢は言わないよ! それこそ牛丼でオッケー!」 「いや、ナナカの言うとおりだよ。どうせなら物として残るものよりも、その人の為になることが出来ればいいんだけどなあ」 「食べ物はそのまま胃の中に入ったら終わっちゃうもんね」 「サリーちゃん。牛丼が大好き?」 「うん! 大好き!」 「オヤビンも牛丼は好き?」 「超好き!」 「それならさ。牛丼屋で働いてみない?」 「な〜るほど! その手があったね」 「働くとどうなるの?」 「毎日、牛丼が食べられるかも!」 「ホント!? それならやる! 今すぐやる!」 「サリーちゃんに、アルバイトを紹介するんだね」 「ええ。で、オデロークも一緒に雇ってもらえればいいんですけど」 「さ、さすがにそれは……どうかな〜」 「アンタの口利きでなら、余裕でしょ」 「それは買いかぶりすぎ。うまくいけばいいんだけど……ま、ダメ元で聞いてみよう」 オデロークにも事情を話し、共に牛丼屋へ向かう。 「まあ容姿はああいう感じですけど、しっかりやるとは思いますんで。ええ、色々と――」 そんな感じで交渉開始。 「見てみな、サリーちゃん。二人が牛丼屋で働けるように、シンがあんなにも頑張ってるんだよ」 「ううっ、カイチョー。アタシらの為に……」 「オデ、感動。仕事、頑張る」 「そうだよ、二人とも。シン君が二人を信じてるんだから、それにしっかり応えてあげなくちゃね」 「カイチョー、オデ、信じる。オデ、カイチョー、信じる」 「牛丼、食う」 「食いまくる!」 「お待たせ〜〜」 「お帰り! どうだった?」 「Wピース!!」 「やったね、シン君」 「賄いの牛丼だけじゃなくて、きちんとお給料も支払ってくれるそうな」 「お給料? ってことはお金までもらえるの?」 「しっかり貯金しておくんだよ」 「牛丼も食べられる上に、お金まで……これって夢じゃないよね、オヤビン!」 「夢、違う。頬、痛い」 「店長さん。キラフェスで、二人の働いてる姿を見たんだってさ」 「それで快諾するたぁ、店長さんも粋だねえ、こりゃ!」 「二人とも、良かったね。明日から、頑張るんだよ」 「わーい♪ カイチョー大好き♡」 「カイチョー、大好き」 「うがっ、やめれーーっ」 「ぎゅう……」 「どーーん!」 こうして、オデロークとサリーちゃんは、めでたく流星町の住民として新天地を切り開いたのであった。 「カイチョーも、何か困ったことがあったら遠慮無く呼んでね。すぐ飛んでいくから!」 「オデ、協力する」 「ありがとう……じゃあ、まず僕の上からどいて欲しいかな……」 サリーちゃんが仲間になった! オデロークが仲間になった! 「ガツガツ! ガツガツ!」 「よく噛んで食べないと、大きくなれないぞ」 「ぷはーっ、ごっそうさん!」 「お粗末様でした」 「いやあ、何から何まですまねえなあ。魔王様の使い魔として、全く不甲斐ないったらありゃしないぜ」 「そう言う割には、何も手伝おうとする意志が感じられないんだけど」 「気持ちだけなら負けないぜ! けど、湿気だけは勘弁な」 「ぬいぐるみはこれだから……」 「ぬいぐるみでも魔王様の使い魔に代わりはないぜ!?」 「魔王、魔王。魔王ね〜〜」 「ねえ、パッキー。そもそも魔王って何なのかな?」 「魔王はどこから来て、どこへ向かうのか? やけに哲学的だな」 「リ・クリエに乗じて、魔族が人間界になだれ込んでくる。普通に考えれば、魔王はその魔族を率いて人間界を侵略しに来るようなイメージがあるじゃない」 「まあ、そういう魔王がいてもおかしくはねえぜ」 「正直さ。僕にとっちゃ、そんなことよりもキラキラ輝く学園生活を楽しむ方がいいんだよね」 「人間界を征服すりゃあ、もっとキラキラするかもしれねーぜ?」 「そんなことしたらギラギラしちゃうよ……」 「ククク……ギラギラパラダイスだぜ」 「けど、魔王だからって人間界を支配するほどの力があるとも思えないんだけど」 「力だあ?」 「うん。建物をハチャメチャに壊したり、たくさんのひとがどっか飛んでいっちゃうような力。僕なんかビールケース3つ持ち上げるだけでも精一杯なのに」 「所詮、それが魔王の限界だよ。オデロークを相手にしたら、一対一でも勝てないと思うよ」 「ビール瓶60本分。リサイクルすれば1本5円だろうから、およそ300円分の力ということになるな」 「ムム……そう言われると、結構な力かもしれない」 「けどよ、魔王様。そんな力がなくたって、見事にオデロークを従えてるじゃねえか」 「従ってなんかいないよ。ただ、僕達の仲間になってくれたってだけでさ」 「七大魔将と言えば、やりたい放題の食い放題。そのくせ食えねえ奴らばかりが集まる生え抜きの自己中軍団だぜ?」 「そんな奴らが言うことホイホイ聞いて、人様のお役に立とうってんだ。そういう風にできるのも、才能ってもんだろ」 「その才能が、魔王の力だったりするのかな?」 「……いや、そんな力は聞いたことないぜ、多分」 「う〜ん。こんな調子でいいのかなあ〜」 「魔王の力でないとすりゃあ、それはきっと魔王様――シン様自身の力なんだろうな」 「けど、それじゃあ君の求める魔王様とやらにはなれないんじゃない?」 「さあ〜? そもそもシン様に何も求めちゃいねーし」 「期待されないってのも、なかなか切ないもんだよ」 そう言っている間にも、空では星が延々と降り続いていた。 「どったの、シン」 「くすくす、お腹が空いちゃったとか?」 「ナナカじゃあるまいし……」 「人を食いしん坊扱いするな!」 「お腹が空いてるはずないわよね。あれだけお菓子を食べているんだもの」 「お菓子は別腹! ちゃんとお腹がペッコペコなんだから」 「どっちなんだよ……」 「会計さんの胃袋は底なし沼ということですね」 なんだ、なんだ? 「ちょっと、シン。本当に大丈夫?」 「あ、ああ。大丈夫。何ともない。ありがとう」 「お腹が空いたら……はい、柏餅♡」 「だから違いますって」 「あれれ? あそこに誰かいますよ!」 ロロットが中庭の方を指さした。 「照明もないのに運動部の練習とは思えないけれど……こんな時間にどなたかしら?」 「まずいな……」 「咲良……クン?」 「ちょっと見に行こう」 「なんか気になるんだ。みんな、お願いっ」 嫌な予感が的中した。 見たことのある容姿をした魔族が数匹。学園内を徘徊していた。 「またしても魔族さんが遊びにいらっしゃったというわけですね」 「今度はどなた? 潔くやられ隊?」 「……みんな、気をつけて」 「先輩……?」 「この子達……いつもの魔族とは違う!」 いつもなら、この数匹が自分勝手にあっち行ったりこっち行ったり忙しなく動いていたはずだ。 しかし、今回は、規則的に並び、その隊列を崩さぬまま、じっとこちらを見据えている。 言葉をかけることもなく、禍々しいオーラを放ち出す魔族達。 その体の節々から、魔力が溢れている。 会話を交わすことに、興味はまるでないようだ。 「やられる前にやるってね!」 「待て、こらーー!」 「ナナカ、ストップ! 深追いしない!」 何匹かは取り逃がしたものの、なんとか撃退に成功した。 「なんなのですか! あんなに強い魔族さんがいるなんてビックリですよ〜〜っ」 「まさかあいつら相手に苦戦を強いられるなんて……正直、ショックかも」 僕達は戦いに勝利したとは思えない表情を浮かべている。 今までは、やぶからぼうに刃向かってくる者を、僕達が力を合わせ迎撃するだけで済んでいた。 しかし、此度は違う。 組織として動き、自律した思考を持つ……チームワークを知り得た魔族達と戦ったのだ。 付随する魔力も今までとは桁違いに強かった。 せっかくクルセイダースの活動にも慣れてきたってところなのに、今までの楽勝ムードはもはや影も形も残っていない。 「やっぱり一筋縄じゃ、いかなそうだね」 リア先輩が深刻そうな顔つきで呟いた。 「もしかして、あいつらよりも強いのが今後現れるかもしれないってことですか?」 「うん……たぶん」 僕らの不安をものともせず、空では流星が瞬いている。誰の視界にも、それはきっと映っていない。 「今日はもう遅いから、明日考えましょう。それで、いいかな?」 全員が静かに頷いた。 帰りの足取りは、それぞれ重く感じたことだろう。 「なんだかさ。寝首をかかれたって感じ」 「昨日の?」 「うん。しばらく平穏だったからってのもあるけどね」 「今までが、うまくいきすぎたんだよ」 「確かにそうかも。ほい、お待ちどう」 「だからってさ。ウジウジしているのもらしくないじゃん?」 「うん……いただきますっ。ずず〜〜っ」 「うはっ、つううううんっ!」 「アタシ達。ようやく目が覚めたと思わない?」 「う、うん……これなら確実に覚める……」 「そうそう! シンが生徒会のリーダーなんだから、一番しっかりしてもらわなくちゃ」 「大丈夫だよ。別にへこたれてるわけでもないし」 「そっか。そうだよね! そうこなくっちゃ」 「ナナカの方こそ大丈夫? 帰り、ずっと俯いてたじゃないか」 「ちぃ、見られてたか。そりゃあ、うまくいかないことがあれば、アタシだって悩みはするさっ」 「けどね。アンタの元気がアタシの元気! いただきまーす!」 「くはあっ。ちょっとワサビ入れすぎた!」 「これはちょっとどころの騒ぎじゃないっつううんッ」 「おはらっ――」 「勝負よ!!」 「わああっ、いきなりなにするんだよっ」 「副会長さんが復讐に燃えています! 私も負けてはいられません。ごごごごご」 「二人ともあれだけ落ち込んでたのに……」 「見くびらないで。あの程度のこと、あなたから受けるいつもの屈辱に比べれば可愛いものよ」 「ははは。みんなして、いつも通りだ」 「負けず嫌いには関係なしってね」 となると、残るは――。 「おっはよーーん! みんな、元気してるかなーー!?」 はわあ、ありえないご挨拶だ。 「私が先輩なんだから、みんなを元気づけてあげなくっちゃ」 「さて! 今日も楽しい楽しい生徒会活動を始めちゃお〜〜♪ レッツ、がんばりんぐ♪」 「先輩さん、変ですよ」 「ハッキリ言うか、この娘は」 「お姉さま。無理はなさらないで」 「み、みんなして……がくっ」 きっと僕達のことを気遣ってしてくれたのだろう。優しい先輩だ。 「みんな。昨日のことだけど……」 「もしかしたら、昨日以上に強い魔族が今後モリモリ現れてくるかもしれない。なるべくそういうことになって欲しくはないけどね」 「だからって、そうならないようにと願うより、そうなってもいいようにしておくほうがベストだと思うんだっ」 「まったくもって!」 「まだ負けたというわけじゃありませんからね。かろうじてセーフです」 「生き残るには勝つしかない。勝負の世界では常識よ!!」 「なによう。全然、平気そうじゃない。心配して損したわね」 「お姉ちゃん!」 「話はリアから聞いてるわ。それなのに、みんないい顔しちゃって」 「なにがなんだか燃えたぎる情熱という感じです!」 「その気持ち、とっても良くわかるわ〜♡」 「けど甘く見てはダメ。もうあなたたちは、未知の領域に踏み込んでいるのだから」 「未知の領域……?」 「今まで九浄家が行って来た魔族退治――私はおろか、リアですら。それこそ、私達の母親でさえ、あれほどの力を持つ魔族に出会ったことがないと思うわ」 「今回のリ・クリエが、どれだけ大変なものか、わかってくれたかしら」 「けど、忘れないで。九浄家の一人だけが戦っていたあの頃とはもう違う。それも事実よ」 「うん! 今はみんながいる。仲間がいてくれる!」 「相手が強くなろうとも、こっちがそれを上回れば取り立てて問題ないでしょ?」 「至極もっともですが、どう強くなればよろしいのでしょうか」 「いい質問ね。それで今日は、これを持ってきたの」 「特訓メニュー?」 「そう。これさえ実践すれば、あら不思議! 強くなっちゃうかもしれないわ」 「かもとか言わないのっ」 「これ、ヘレナさんが作ってくれたんですか?」 「そうなのよ〜とか言ってあげたいけれど、残念ながらその手に詳しい別の人」 九浄家の人脈は計り知れない。 「では、改めて。流星クルセイダースに、対魔族戦闘用強化訓練及び定期警邏の任を命ずる」 「あなた達が頼りよ。がんばってね」 以前の魔族がまた現れたりしてないか、パトロールをして安全を確かめる。 「今のところ、日が出てるうちには目撃されてないみたいだ」 「けど、そろそろ生徒や先生とかに被害が出てもおかしくないね」 「こんな時間に学園内をうろついてるのはヤンキーさんくらいですよ」 「こんなところで、たむろしないって」 「うん。魔族相手じゃ、逆にシメられちゃうよ」 「だから、いないって!」 誰であろうと、何か起こってからじゃ遅い。手遅れにならないための、パトロールなのだ。 「夜の校舎窓ガラス壊して回る方が多いそうですけど……」 「ロロちゃん。そのガイドブック、最新版に換えた方がいいと思うよ」 「シッ、静かに。誰かいる……」 「いきなりですか!? って、モゴモゴ!!」 「静かにしろ!」 「誰かいるの?」 「ヒィッ!!」 「ほ……ホ〜〜ホッケキョ」 「ふざけているの?」 会心の鳴き真似だったのにっ。 「ねえ、シン。もしかして、あの人……」 「うん。教育実習の千軒院先生だ」 「あれが魔族さんなんですか!?」 「だから声が大きい!」 「会計さんの方が大きいですって!」 「そこで何をしているの?」 もうだめだ。観念しよう。 「こんばんわ〜〜」 「あなた……」 「僕ですか? 僕は流星学園の――」 くっ、容赦なく阻止されたっ。 「さっすが有名人♪」 「茶化さないでよ」 「もう下校時間はとうに過ぎてるはず。生徒会長が、こんな時間まで何をしているの?」 「え、えっとですね……」 「なんとびっくりパトロールです!! 実はこの学園内にまぞ――モゴゴゴ」 「こらこら! うちらのこと話したら、ややこしくなっちゃうでしょうが!!」 「伏線は張り巡らした方が面白くなりますよ」 「いいや、ナナカの言うとおりだ。魔族退治のためにパトロールをしていると話しても、うまく伝えられるかどうか……」 「それで誤解されてもアレだしね」 「何をヒソヒソとお喋りしているの?」 「えっとですね……実は夜の見回りも、生徒会活動の一環でして……」 さあ、どうだ……? 「早く帰りなさい」 ホッ。 「千軒院先生も、気をつけてお帰り下さい」 「ありがとう。さようなら」 そう言って、彼女は闇の中へと消えていった。 「ああ〜〜っ。ビックリした」 「つまんないです。てっきり、あの先生さんが魔族を率いる大ボスだと踏んでいたのに」 「いきなりそんなこと言ったら、向こうがビックリするってば」 「シンってば、ロロちゃんの冗談を真に受けちゃってさ。まるで大ボスだと決めつけてるような言い草だね」 「あ、いや……さすがに、そこまでは……」 「アタシは怪しいと思うね。唐突に教育実習生が来るなんてさ」 「私は無実だと思っていますよ」 「どっちなんだよ!!」 「逆に僕達が怪しまれたら本末転倒だ。なるべく目立たないようにして、パトロールを続けよう」 「言いつけを無視しちゃっていいんですか? 仮にも先生さんですよ」 「大丈夫だって。なんせ、こっちは理事長さんのお墨付きだし!」 「後ろめたいことをしてるわけじゃないけど、ああやって威圧されるとどうにもね……」 まあ、もし怒られたらヘレナさんに相談でもしよう。 「はい、お茶を召し上がれ♪」 「あ! ありがとうございます」 「アタシが淹れようかと思ってたのに、くぅっ! 一歩遅かったか!!」 「嘘つけ」 「ずずず……っ、ほっ」 「美味Cーー♪」 「そう? 良かった」 「ああ、早く家に帰って『〈7時だZ〉《しちじだぜっと》』が見たいよー」 「だったら喋ってないで早く終わらす」 「へー。ナナカちゃんも見てるんだ」 「先輩も見てるんですか」 「うん。彩錦ちゃんに勧められてね」 「ぶぶづけが?」 「うん。洋介くんの『ロイロイ!』が、もう最高だって言ってたよ」 「くっ……あの殺伐ネタをチョイスするなんて、なかなかわかってるじゃない。敵ながらあっぱれ」 「さっぱりわからない」 「シン君は男性アイドルのバラエティ番組なんて興味ないでしょ?」 「そんなことないですよ」 「うわ、きもっ。聖沙が喜ぶぞ」 「いや、バラエティってトコね」 「でも、手には届かないけど、やっぱりアイドルって憧れるわー」 「う〜〜ん。そうかな〜〜」 「あれだけダサいことしても、絵になるんだし。普通の女子ならイチコロだって」 「それはナナカちゃんが普通ってこと?」 「もち!」 「ということは、周りが全員異常ということになるね」 「黙れ!」 「リア先輩だってさー、一人や二人。憧れの人がいるでしょ?」 「うりうり。ぶっちゃけちゃえ!」 「魔王よね、ま・お・う」 「まおっ!?」 「お姉ちゃん!?」 「魔王って、キングオブ魔族?」 「そう、それそれ。いわばダークヒーローに憧れたくなる純な乙女なのよ〜♡」 「そ、それはお姉ちゃんでしょっ」 「ハンッ、あなたに乙女とか言われても嬉しくないわよ」 「リア先輩がダークヒーローに憧れてるとはねー」 「うう〜〜っ」 「実にホッとした! リア先輩も普通の女子だったんだね〜」 「ちょっとナナカちゃんっ、それどーゆー意味っ!?」 「本来は、お嬢さまだものね。ま、私もだけど」 「全然そんなんじゃないんだから〜〜っ」 「ところで、シン。さっきから何も喋ってないようだけど」 「えっ……? ええっ?」 「さてはリアに好きな子がいると聞いて放心しちゃった?」 「なっ、なぜに僕が!?」 「ふーん。アタシはなんともなかったのに?」 「憧れと好きは土俵が全然違うじゃないかっ」 「あ、わかった♪ 魔王って言葉にビックリしたんでしょ」 もしやヘレナさんは僕が魔王だと知っているのだろうか。 「大丈夫よぉ。魔王はそんなに悪い人じゃないもの」 「もし悪い人だったら、今頃人間界は魔族でいっぱいになってると思わない?」 「言われてみれば、確かに」 「だから、そんなに怖がらなくても大丈夫よ♡」 「怖がってなんか――」 「怖がらなくても大丈夫よ♡」 ……これは話を合わせておけということか……? 「魔王、マジで怖いです。ガクガク」 「かーっ、天下の生徒会長が情けない」 結果としてかっこ悪くなっちゃったけど、まあ魔王だということがバレないだけましか……。 魔族は他にも所々で目撃されていた。 どいつもこいつも高台にあるフィーニスの塔を目指している。 「馬鹿と煙は高いトコが好きってね」 「サリーちゃんは、どうなのさ」 「高いトコ大好き!!」 「相当な数が流れ込んでいるみたいよ」 「一騎当千。それがしがまずは先陣を切りましょう」 「紫央は最後の仕上げが待っているんだから」 「おお! そのような大役を仰せつかるとは。この力、温存しておきますぞ」 「理事長さん。ちょっとしたお願いが……」 「了解。侵入を許可する」 「じいやからの連絡です。敵影、多し。くれぐれも注意せよとのことです」 「自家用ですか……」 「みんな。覚悟はいい?」 このときの為に、色々と特訓をしてきたんだ。 「いけます!」 「そこまでだっ」 「にゃははは。飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこのことにゃん♪」 いつもの人形みたいな魔族の中に、人の〈形〉《なり》をした者が紛れている。 いや、その子を中心に、魔族が整列しているではないか。 「その子って……子供?」 「にゃーーっ!! パスタを子供扱いするんじゃにゃーい!!」 「こう見えてもパスタは七大魔将の一人。そしてこの子達はパスタの忠実なシモベなのにゃん」 「ニャー!!」 「ってことは、学園を騒がしていた張本人って……」 「うん、この子で決まりだね」 「七大魔将ってさ。確かサリーちゃんのオヤビンもそうじゃなかったっけ」 「あー。そういえば、こんな奴いたっけかー」 「オマケさんは、どうしてそういう大事なことを忘れてるんですか」 「だって、どうでもいいじゃん。そんなことより、美味しいものが食べたいよ」 「どうでもいいとか、言いたい放題にゃん!」 「邪魔する奴は許さにゃい!! このまま八つ裂きにしてやるにゃーっ!!」 全力の力をぶつけた甲斐もあり、なんとか相手の動きを止めることができた。 しかし、戦闘をこれ以上長引かせるのは、正直言ってつらい。みんなの足も疲労で震えている。 「嘘にゃ〜〜。ここまで抵抗してくるなんて、人間のくせに生意気にゃん……」 「魔族もいるよ〜」 「天使もいるしね」 「違いますよ!?」 「天使と魔族と人間が手を組むなんて……なにか企んでるに違いないにゃん!」 「企んでるのはそっちでしょう!?」 「ねえ、何が目的なの?」 「そんなことをわざわざ教えるほど馬鹿ではないにゃん」 「口を割らぬのであれば、潔く腹をくくるべし! それがしが引導を渡してしんぜよう!」 「ヒッ!! 刃物を向けるなんて危ないにゃん!」 「ピストルはもっと危険にゃーーっ!!」 「ライフルだそうですよ」 「にゃう〜〜っ。こうなったら、バイバイがビクトリーなのにゃん」 「お前らなんて、パスタよりももっともっと強〜〜い、バイラスにゃまがメタメタにしちゃうんだからにゃーー!」 「で、次は?」 「お、覚えてろにゃん」 「やなこった」 「にゃぎぃいいい! 下級魔族が馬鹿にするにゃああああんっ。慰めてバイラスにゃまあああっ」 「やるねえ、サリーちゃん」 「へへー」 「やられ役の大先輩ですからね」 「もっと誉めてー」 「バイラス=ニャマ。一体、誰なんだろう」 「多分『にゃま』は敬称だと思うよ」 「バイラス、バイラス……うう〜〜ん」 「あー思い出した! 確か七大魔将の一人だったかなー」 「ねえ、サリーちゃん。七大魔将の名前、わかる限りでいいから教えてもらえないかな?」 「オヤビンでしょ。さっきのパスタでしょ。それにバイラスと……」 「あとの4人は?」 「パスタも含め、残りは別に有名でもないからね。すっかり忘れちった」 というより、魔族の中では群を抜いて『バイラス』が有名ということなのだろう。 その知名度は強さの証でもある。 「パスタもかなり強い魔族だと思う。けど、それよりも強い魔族がいるっていうのか……」 「バイラスは凄く強いらしいよ。なんでも、そのとき一番強いと噂された天使と魔族を、見境無しに倒しちゃったこともあるくらい」 「ひええっ。天使までもですか!?」 「うん。事実、魔界では最強の魔族だって噂されてるよ?」 「そんなのが来たら、大変じゃないのさ!!」 「人間界が支配されたりなんかしたら……」 「その前にさ。まずは魔界を支配するんじゃないかなあ?」 「魔界なんか支配しても、面白くないってば」 「だとすると……次にこの人間界を狙ったとしても、おかしくないな」 「早まった了見は、考えるだけにしなさい。みんなが混乱しちゃうわよ」 「す、すみません。つい」 「けど、ついに黒幕が姿を現したようね。まだまだ、わからないことばかりだけれど――」 「ごめんなさい、ちょっと図書館に寄って帰るわ。みんなは先に上がって」 「私も行く!」 「今の戦いで疲れているでしょう。今日は私に任せて、ゆっくり休みなさい」 「先輩が行くなら僕もっ」 「アタシも!!」 「お供いたします!」 「まだまだ頑張りますよ〜っ」 「ほら、言わんこっちゃないでしょ。民子ちゃん。悪いけど、みんなをお願い」 「ご自宅までは、このリースリング遠山めにお任せを」 「え、わ、わーっ」 「じ、じいや〜〜!?」 「まったく……足をガタガタ言わせてるくせに、口ばっかりは達者なんだから……」 「けど、その強い意志……まさか、あなた達に励まされるなんてね」 「ここまできたら、やっぱり『あの力』が鍵になりそうよ。メリロット……」 「挨拶は元気よく!! おはよ!!」 「ナナちゃん元気があまりに余ってるねー」 「なに言ってんの。こう見えても生徒会活動に、魔族の退治。特訓に、スウィーツ同好会と大忙しなんだから」 「凄いなー。じゃあ、テストもバッチリってことだねー」 「おうよ!!」 「さっちん、今。なんて言った?」 「好きなケーキは、レアチーズケーキー♪」 「んなこた聞いてない!!」 「テスト……」 「そうそう、それそれ!!」 「良くない、良くない! すっかり忘れてたけど、いつからだっけ」 「んー。バッチリ来週からだよー」 「なんと!? さっぱり勉強してないよ!! こ……これはまずいっ! ねえ、ナナカっ」 ナナカは灰になりました。 「よっしゃ!! シンのノートは無事だーっ!!」 「無事もなにも、授業の内容を丸写ししてるだけだよ?」 「それだけでも心強い!!」 「日頃の予習復習がないとダメなんだってば……」 「どうしたの、二人とも」 「先輩ってば、お気楽!! テストですよ、テ・ス・ト!!」 「あ〜〜、もうそんな時期か〜〜」 「先輩こそ、悠長にしてていいんですかいっ」 「だからね、ナナカ。予習復習のおかげで、一夜漬けが功を成すんだよ!?」 「ええい、あがくな!! 死なばもろとも!!」 「ナナカと心中するなんて、死んでもお断りだよっ」 「心中なんて人聞きの悪いことを。ただ、アタシに勉強教えてくれればいいんだって」 「そんな余裕はもうないのっ!!」 「アンタはもう特待生を狙わなくても平気でしょ。なにせ生徒会長なんだから」 「お、そうか!! 生徒会長なら、成績が悪くても大丈夫なんだっ」 「シン君。さすがに、それはないと思うよ」 「ええーーっ!! 嘘ですよね、リア先輩!?」 「う〜〜ん。少なくとも去年の私にそんな特権はなかったな〜〜」 「ま、まさか……そ、そんなことが……」 「事情を話せば、お姉ちゃんは納得してくれると思うけど……生徒のみんなはどう思うかな〜?」 「まあ、シンが生徒会長になれたのだってさ。成績トップだからってのもあるんじゃない?」 「ぐぐぐ……生徒会長の威厳を保つ為には、テストで高得点を取るしかないということなのか……っ」 「リア先輩も上位ランクの常連だったしね」 「ってか、みんな頭良すぎるんだよー!! くしょー!!」 「こっちだって、いつもタイトロープを走ってるのに……」 「あんびりーばるぶ」 「ば、バルブ……?」 「ただでさえ不勉強の私が、何の用意もしないままテストを受けるハメになろうとは」 「仲間ゲットおおお!!」 「弱者はよく群れたがると言いますし、よよよ……」 「って、アタシも弱者!?」 「残るは……」 「聖沙の魂が抜けてる!!」 「まさか授業で遅れを取るようになるとは……不覚すぎるわ」 「アミーゴ!!」 「普段から勉強をしない方達と、一緒にしないで!!」 「あいつ、裏切りもんだっ」 「裏切り者には、死あるのみですよ。もちろん、死して屍拾うことなしです」 「ああ。このままでは、生徒会の為に塾を辞めた示しがつかないわ……」 「聖沙も苦労してたんだね」 「それはこっちの台詞よ、だらしない!!」 「しょうがないっ。リアお姉さんが、みんなのテスト勉強をお手伝いしちゃいますっ♪ えっへん!」 「え……本当ですか!?」 「うんっ。頼りになるかは、わからないけど……勉強したことは、大抵覚えてるしね」 「それに生徒会活動のせいでみんなの成績が落ちちゃったら、誰も生徒会に立候補してくれなくなるもの」 「大丈夫ですよ。生徒会に入ればテストで成績が悪くても許してもらえる法律を作ればいいのです」 「ロロちゃん、それ名案!! さっそく会議で決めちゃおーっ」 「そんなことをしている暇があったら、単語の一つでも覚えなさい!!」 「けど、そんなことして大丈夫なんですか? 先輩だって自分の勉強があるのに」 「うん。心配いらないよ。だって、テストがないんだもん」 「テストが……ないですと?」 「だって、先輩は受験生だもの……」 「うわああああ!! 3年生って、ずるい! アタシも3年生になるーー」 「私も飛び級しちゃいますーーっ」 「その代わり、3年生には受験勉強が控えてるんだけどね……」 「そしたら、ずっと2年生でいいやっ!!」 「子供のままでいたいのです。そして大好きなおもちゃに囲まれて……」 と、とにかくっ! テストをなんとかしなければっ。 「さあ、勉強会よ!!」 「なんで副会長さんの真似をしてるんですか」 「私、こんな恥ずかしい事してないわよ」 「自覚がないとは……」 「じゃあ、早速始めちゃいます♪」 みんなでテーブルを囲むようにして座る。 「現代文の4択は、消去法で解くと正答率が高いなあ」 「漢文は置き字を読まないようにするだけでも随分違うわね」 「なんでそんなこと知ってんの!? ずるいぞ!!」 「水兵リーベ青い船」 「僕の船だよ」 そして、あっと言う間にお昼の時間。 「ああ、お腹が空いたなあ……」 「そんときゃ、アタシにお任せってね!!」 「勉強してる時とは比べものにならないくらいの元気っぷりですね〜」 「ロロちゃんに言われたかない!!」 「お手伝いするよ〜〜」 「じゃあ、お湯をお願いっ」 「私はどうすればいいのかしら」 「ロロちゃんの居残り勉強に付き合ってあげて」 「ええーーっ。今は休憩時間じゃないんですか〜〜」 「シン君はどうするの?」 「ああ、言わなくても勝手に動くから」 黙々と食器を並べる。 「へえ〜。まさに阿吽の呼吸、だね」 「ツーツートントン♪」 「ツートントン♪」 「モールス信号か?」 「ツーカーじゃないんだ」 「ほい、後はソバ待ちだよっ」 「急かすね、旦那。こいつは負けらんねえ」 「私もおソバを作りたいです〜」 「ほら、よそ見しないで単語の一つでも覚えなさい!!」 「へい、お待ちどう!!」 「待ち侘びていました〜〜っ」 「あっ、もう……こらっ!! どうして逃げるのよう!」 「だって、副会長さんが怒るんですもの〜〜」 「慣用句をいくら教えても間違えるからよ!!」 「それはいつものことじゃないかな」 「疲れた体に、これ1杯!!」 ソバを山盛りにしたお皿が並ぶ。 「せいろじゃありませんね」 「ワガママいうなっ」 「じゃあ、みんなで一緒に――」 「いただきます♪」 「ワサビ要る人は?」 「要りま〜す」 「要ります!!」 「ええっ!? ロロットさん、わかっているの? ワサビよ!?」 「私は副会長さんのように敵前逃亡はしないのです」 「その意気やよし! 景気づけにたっぷりぷりんと入れてあげよう」 「プリンですか〜♡」 「うわぁ……」 「聖沙はどうする? おろしたてで美味しいよ」 「ちょい待ち。聖沙にワサビはちょっと早いかもしれない」 「な!? どうしてよ」 「だって、大人の味だもん。わかるかなあって」 「それはどういう意味かしら!? 年下のロロットさんにはわかって、私にはわからないとでも!?」 「たかだか1年じゃないですか。五十歩進んで百歩下がるようなものです」 「そんなだからテストの点が悪いのよ!!」 「ワサビ。どうすんの?」 「この勝負、受けて立つわ!!」 「へへへ、毎度♪」 ナナカは営業向きだとしみじみ思う。 「いただきま〜す♪」 「かはっ!! かっ、辛いです〜〜」 「こ、こんなの……けほっ、なんともないんだから……っ、えほっえほっ」 「わ、私は、遠慮しとくね」 「先輩もちょっとだけ入れてみなよ」 「わ、私はおソバを美味しく食べたいだけなんだっ」 「美味しく食べたいならワサビが一番!」 「うんうん。慣れちゃえば、なんてことないですよ」 「そ、そうかな……。シン君がそう言うなら、ちょっとだけ試してみようかな」 「オッケー! じゃあ、ちょっとだけね」 「ぐすっ、ぐすっ」 「あらら……」 「ご、ごめん。リア先輩……泣くほど嫌いだった?」 「ううん。ひぐっ。お、美味しいよ? けどっ、けどねっ。ぐすっ、涙が出ちゃう」 「だって女の子ですもの」 「アタシだって女だい!!」 「ずるずるずるーーっ」 「くはーーっ。ごっそーさん!!」 「ちょっと、ナナカ。ちゃんと噛んで食べなきゃ」 「アンタはオカンか!!」 「ごちそうさまでした〜〜」 この後も勉強会は続き、あっという間に日が暮れていく。 「ナナちゃん、起きなー。そろそろ始まるよー」 「はっ!? 〈1914〉《行く意思》無いよ戦場へ!?」 「世界史は明日だよー」 「嘘DAッ!?」 「さっちんは余裕そうだね……」 「諦めるのも作戦の一つだよー」 それはなんの対策にもなっていないと思うけど。 「アゼルはバッチリ?」 アゼルは何も言わず、そっぽを向いた。 そのまま机の上に伏せてしまう。 「筆記用具も用意しないで、やる気あるのかな……」 「アゼルよりもアタシを心配してよー」 「人の心配してる余裕なんか、ありゃしないって」 まあ、やるだけのことはやったんだ。頑張るしかないっ。 「はぁ……疲れた……」 「終わった……」 「まだ明日があるじゃないか」 「アタシの中ではもう終わったようなもんってこと!!」 「シン君に八つ当たりしたら可哀想だよー」 「そういうさっちんは、どうなのさ」 「今回はナナちゃんといい勝負かもー」 「やっぱり終わった……」 「ちょっとー! 聞き捨てならないよー!?」 「うるさい……」 今日は半日授業だし、これからどうしようかな。 「終わったーーっ!! ヤッフーー!!」 「やれるだけのことはやった……はず……ガクッ」 「さあ、遊ぶぞーーっ!!」 「テストが終わり! テストが終わり!」 「テンション高いなあ」 「もうさっきから、こればっかり」 「さあ、これを機に生まれ変わりましょう! 新・生徒会!!」 「もうすぐ聖夜祭だよね」 「聖夜祭! 聖夜祭!」 「ちょっとは落ち着きなさいよ、ナナカさんっ」 「月初めに少し触れたけど、その後色々大変だったもんね〜」 「いやーーッ!! テストの話はやめてーーッ!!」 「そんなにテストが嫌だったのかしら」 「終わった後は、いつもこんな感じだよ」 「聖夜祭も大切だけどさ。なんだっけあの……パスタが言ってた強い魔族――」 「バリウムさん!!」 「バイラスでしょ。それのことも注意していかないとね」 「それじゃあ、生徒会長さん。掛け声、よろしく♪」 「いざ、キラキラ輝く学園生活の為に!!」 「特盛り、一丁!」 牛丼屋の中から威勢のいい声が響いてくる。 「どう? 頑張ってるっしょー」 「見違えたよ。まさかあのオデロークに元気な声が出せるなんてね」 「そりゃそうだって。なにせ馬が頭にニンジンつり下げてるようなもんだし」 親分なのにひどい言われ様だ。 「たま〜につまみ食いして怒られてるみたいだけどね」 「味見とか言っておけばいいのに」 「意外に腹黒いね、カイチョー」 「おや……これは生徒会長の君」 「こんにちは、メルファスさん」 「キザな兄ちゃんがいる!」 「ちょっと、サリーちゃん! 人を指さしちゃダメだって!」 「これは最高の誉め言葉を頂き、恐悦至極に存じます」 「あれ。今日はナンパしないんですか?」 「出会いがあればいつ如何なる時でもお声を掛けさせていただきますよ」 「ナンパするなら、アタシとかどう? うっふ〜ん♡」 「さすがに犯罪……ですから」 「ああーっ!! なんか馬鹿にしてるー!!」 「申し訳ございません。私……実は、魔族のお嬢さまが少々苦手でして……」 「へえ、アタシが魔族だってよくわかったね」 「うん……って、魔族!?」 「ええ。その名もサリー様でいらっしゃいます」 「なんで知ってるの!?」 「女性のことは〈須〉《すべから》く興味がありますので」 「メルファスってストーカー?」 「はい。追尾を少々」 「その方が犯罪ですけど……」 「ははは、気の利いた軽い冗談ですよ」 「サリー様は七大魔将の一人、オデロークと共に行動をされている御方ですからね。噂をよく耳にいたします」 「有名人なんだね」 「えっへへ〜〜、照れちゃうな〜〜」 「しかし七大魔将と恐れられていたはずの存在が、まさか人間界に馴染んでアルバイトとは……」 「人間界は美味しいものがたくさん食べられるしね」 「はい。魔将の肩書きなど気にせず、人間界のルールに即して存分に楽しむのがよろしいかと」 「メルファスさんもナンパばっかりしてますもんね」 「それが、深淵より託された私めの背負いし業でございますから」 「今更なんですけど、メルファスさんって魔族なんですか?」 「左様でございます」 「しかも七大魔将の一人とか」 「そのように私を呼ばれる方も、時々いらっしゃるようですがね」 「そっか〜〜。そうなんだ〜〜」 「生徒会は、魔族を退治するクルセイダースという役割も担っています。僕はメルファスさんと戦わねばならないのでしょうか?」 「私が拳を振るう時。つまり、それは貴方が私の愛する女性の皆々様を傷つけ、穢し、辱めを与えた時でしょう」 「貴方が無作為に魔族と戦うことを望むのであれば、話は別でしょうけれども」 「いやいや、そんな気はサッパリ無いですから」 「ええ。そうでなければ、魔族に仕事を斡旋するなど到底できませんよ」 「人間界のルールとか言ってましたけど、メルファスさんのような魔族が他にもいたりするんでしょうか」 「ええ、それはもちろん。貴方の身近にいる方もまた、本当は魔族なのかもしれませんよ?」 この人、まさか僕の正体を見抜いているのか……!? 「ただ、住み慣れている魔族について申し上げると、見た目ではわかりません。いくら潜んでいてもおかしくはありませんよ」 「それに魔族のみならず、他の種族が紛れていることもあるようですからね……」 「メルファスさん。あなたは一体……」 「女性をこよなく愛するしがない流浪の男に過ぎませんよ」 甘ったるい笑顔を振りまいてくれる。 「今日は不思議なものです。貴方は男性であるというのに、ついつい話し込んでしまう」 「ま、まさか男の人に気があるとか……」 「そう思っていただいても、一向に構いませんよ?」 ぞぞぞーーっ。 「カイチョー、モテモテだね」 「や、やめてよっ」 「ふふふ。それでは、ごきげんよう」 魔族といっても、色々な思惑があって人間界に訪れている。 その目的が他人に害を及ぼすだけのものでなければ、誰にその存在を悟られることもない。 魔法を使うわけでもなく、霊術を行使するわけでもない。 この世界にある法律や規則を守り、集団の中に紛れ込んで暮らしている。 そんな人達はもう、人間と称されていても不思議ではないだろう。 「うちの生徒ってさ。楽しければ何でも来いだよね」 「それってナナカさんのことじゃないの?」 「バレた!?」 「仮装ダンスパーティ、とても楽しみです〜〜♡」 「けど、魔族の動向も定まらないし、油断は禁物だよ」 「聖夜祭を盛り上げる為にも、頑張ってこなさないといけないな」 「そうだね♪」 「よし、張り切っていこ〜〜っ」 「さぁて今日もキラキラの学園生活目指して頑張るぞ!」 「魔王様、制服まで着て張り切ってるとこ悪いんだが」 「今日は日曜日だぜ」 ここんところ、キラフェスの色々で忙しかったからなぁ。 「もう一回寝るか?」 「せっかく早く起きたのに、もったいない」 「じゃあ、冬に備えて編み物でもするか? 俺様、腹巻きが欲しいぜ!」 「そうだ! 今日は――」 「タマネギはこれで終わり! 次はホウレンソウか」 「誰か来たぜ」 「ササミぃ元気か? シンに食べられたりしてないか?」 「ケッケー、コケー、コケー」 ナナカだ。 「いつも元気だね。この調子で卵がんがん産んでくれりゃいいのに……オスじゃなぁ。あ、こら、くすぐったいって」 「コケー、コケー、コケッコー」 「ナナカ、おはよう」 「おっはよう。休日に農作業とは、精が出るねえ」 「久しぶりに手が空いたから、植え替え中」 「そか、苗のは大丈夫だったんだ」 「家の中だったからね」 ナナカはポケットから取り出した軍手をはめた。 「悪いね」 「いいっていいって。それにさ、うち庭ないから。苗の出来は?」 「タマネギとホウレンソウはいい感じ」 「そりゃよかった。これ植え替えればいいの?」 「こっちのプランターにお願い」 「了解!」 僕たちは並んで作業を始める。 ちいさな葉を出しているホウレンソウを苗床からプランターへ。 「今年のは元気いいね。いい色つやしてる」 「ペットボトルを輪切りにしたのを、苗床に入れたのがよかったみたいだよ。根が絡まなくなったし」 「ペットボトル集めに協力した甲斐があったってもんよ」 「お前等、息あってんな」 「毎年やってるから」 「もう何年になるかなぁ」 「十二、三年ってとこ」 「シン様よ、いっそ、このぼろアパート潰して、農業やったらどうだ。人いねぇんだし。大都市の近郊農業って結構儲かるらしいぜ」 「あ、その話シナオバから聞いたことある。トラックとかで野菜運んで来て売ってるおばはんって結構金持ちだって」 「僕にもキラキラ輝く農業生活が! あ、でも、ダメだ。住むとこなくなっちゃう」 「ソバんちに転がりこめばいいぜ」 「おお、それいいアイディアかも!!」 「ククク……いわゆる同棲だぜ」 「どどっ」 「同棲!?」 「ナプル!!」 「勘違いされるような言い方すな!」 「普通に間借りするだけならまだしも……ど、同棲だなんて……」 「そ、そうだよねっ。せめて居候ぐらいにしてもらわないと」 「そ、そうそう! それそれ」 「え、あー。そ、そうだ、あのさ、今年は残念だったね」 「え……出来はいいと思うけど……」 「でも、秋の収穫は少ないでしょ? 魔族に荒らされちゃったから」 「ああ。けど、サトイモやダイコンは大丈夫だったし」 「あ、土の中だからか」 「で、ナナカが植えてくれたダイコン、これは今日収穫出来ると思う」 「やったっ。アタシの日頃の行いがいいからだねっ」 「どこがいいんだか」 ホウレンソウを植え替えて。グリーンピースとコマツナを苗床に撒いて。菜の花をプランターに直まきして。 「きゃぁぁぁぁ」 「み、ミミズこわ〜い」 「似合ってないってナナカ」 「あはは。アタシもそう思った」 「ほい、ササミ。あげる」 「コケーッ」 んで、ダイコンを収穫。 「よいせっ。おお太い!」 「ククク……ソバの脚みてぇだぜ」 「チョゴリ!」 そんなこんなで労働に勤しんだ一日が終わった。 「ふぅ。いい汗かいた」 「風呂使う?」 「おいおい、アレを女に勧めるなよ」 「先でいいの?」 「平然と受けてやがるぜ!」 「後片付けとか、道具の手入れとかしたいし」 「手伝うよ」 「いいっていいって。今日はいっぱい手伝ってもらったし」 「じゃあ、その間に、蕎麦打っちゃうから」 「ありがと!」 「シン様よ、もうちょっとこうなんというか……」 「いや、なんでもないぜ。まぁ、こういうのもありっちゃありか」 んで、ナナカのソバをいただいて楽しい一日が終わった。 お蕎麦おいしゅうございました。 「アタシもお腹減ったぁ! なんか喰いたい!」 「そっか、もうそんな時間かぁ」 「生徒会活動の最中に、そんな間抜けな音を立てるなんて、生徒会長として恥ずかしいわよ」 「いや、今、お腹鳴ったのシンじゃなくて――」 「副会長さんは耳が悪いですね」 「今、お腹が鳴ったのは先輩さんです」 「お姉様のお腹の音……激務につぐ激務でお腹が空いてしまったのですね」 「完璧な中にもかいま見える麗しい人間性……。思わず聞き惚れてしまういい音でした」 「同じ音でも凄い差別」 「あ、あのね」 「嘘つくな、天使。今の音はリアちゃんじゃない」 「リアちゃんだったら、ご飯三杯はいけるはずだが、今のじゃ飯が喉をとおらないぜ」 「違うって言ってくれるのは嬉しいけど……なんか嫌かも」 「先輩さんの専門家相手では偽れませんね。実は今の音は私です」 「話をややこしくするな!」 「かさばる物の運搬は、このリースリング遠山めにお任せを」 「ロロットのじいやさんどうしてここに?」 「お嬢さまの御言いつけ通り、夕霧庵に生徒会室への出前を頼んだところ、ナナカ様のお母様がお出になられまして」 「今、家の者は忙しくて手が離せないと……」 「しかし、流星学園の生徒会室には旦那様に劣るとも優らない、立派な打ち手がいると聞きました」 「なので、その方に任せるように、と」 「押しつけておきながらひどい言いぐさだね、まったく!」 「悔しかったら、おいしい蕎麦を打てと、お母様からのご伝言です」 「蕎麦打ちの道具および材料一式を生徒会室へ持っていくように依頼されました」 リースリングさんは、一体どこから出したのか、蕎麦打ちの道具一式を生徒会室にセッティングし始めた。 「くぅっ。腕がなるね!」 「あ、あの……事態がさっぱり判らないんですが……」 「そろそろお腹が空く頃だと思って、じいやに頼んで出前して貰ったのです」 「予想とは少々違う形になってしまいましたが、これはこれで良かったのです♪」 「ロロットさん! 何を考えているの! 生徒会活動中に出前を頼むなんて――」 「まあまあ、腹が減っては戦が出来ぬってね。ここで作るなら出前にもならないし」 「そういう問題じゃないでしょう!?」 「それに――」 「みんなにも、アタシの打ったお蕎麦。食べてもらいたいし」 屈託のない晴れ晴れとしたナナカの笑顔を前に、聖沙は怯んでしまう。 そして蕎麦包丁を手に持つと、普段とは全く異なる神妙な顔つきに変わった。 そして、要領よく蕎麦を仕上げていく。 テキパキ動く姿に、生徒会の全員でついつい見入ってしまう。 毎朝、ナナカは僕ん家の台所で、こんなにも生き生きとしながら蕎麦を打っているのだ。 「ナナカさん……凄いわね」 「蕎麦打ってる時のナナカは、何も聞こえてないんだ」 「凄い集中力だね」 「わくわく……できあがりが楽しみなのです〜〜」 「ううー。お腹空いた〜〜」 「はい、お待ちどう! ほら食いねえ!」 「いい匂い! これはきっとナナカのお蕎麦だーっ」 「今まで何を見ていたのかしら……」 「お腹が待ちくたびれてしまいましたよ」 「ご馳走になって……いいのかな?」 「どうぞどうぞ! じゃんじゃんお代わりしてね」 額を拭う仕草が輝いて見える。 「シンはさすがに飽き飽きしちゃった?」 「いやいや! ナナカのお蕎麦はいくらだって食べられるよ」 「へへっ」 照れくさそうに鼻の下を指で擦っていた。 「それではいただきます〜〜ずるずる」 「いただきます! ずずずっ……うん、おいしいっ!」 「こ……これは!!」 「凄く美味しい!!」 「ふふん、参ったか!」 「しかも打ち立ての出来たてだから、更にうまいはずっ」 「私もです!」 「これほどの腕利きなら、お店で出されても十分じゃないかしら」 「ま、親父の方がもっと美味しいけどね。悔しいけど」 「けど、いつかは越えてやる! でしょ?」 「おうともさ!」 「もしかして、彩錦ちゃんが言ってた美味しいお蕎麦屋さんって……」 「きっと夕霧庵のことじゃないですかね」 「うんうん。きっとそうだよ。常連さんだって、言ってた」 「え、えーと、そんな人は見たことナイデス」 「常連なんだ」 「そんなことより、喰え喰え!」 「なるほど……これがまさしく! おいしい料理をレストランで食べた時……ええと、確か……」 「シェフの顔が見たいねまったく、というやつですね」 「それを言うなら、シェフに挨拶がしたい、だよ」 「ま、まぁ言い方はともかく、おいしいと感じてくれたらオッケーでい!」 「カイチョーはずるいよね。こんなにも美味しいお蕎麦を、今までずっと毎日食べていたんだから」 「今まで!?」 「ずっと!?」 「毎日!?」 「ま、まあ、幼馴染みだし……」 「ずるいです」 「ずるいわね」 「ずるいかも」 「そ、そんな恨めしく言われる筋合いはないぞっ」 「そう言いながら、会長さんには感動がないじゃないですか。いつものようにうまいうまい」 「私達、びっくりしたもの。こんなに美味しいお蕎麦を食べたのは初めてだったから」 「他で食べたのも美味しかったけど、それに輪をかけて絶品だったわ」 「そ、そこまで言わなくても……」 「そ、そりゃ……ナナカの打つお蕎麦はうまいと思うけど……そこまで感激するわけじゃ……」 「こんな味オンチが生徒会長だなんて! なんと嘆かわしい!」 「会長さんは味覚が麻痺しているんですね。可哀想です……」 「う〜〜ん。さすがに今日ばかりは、フォローできないかも」 「ナナカさん、気にすることないわ! 咲良クンが判らなくても、世界はあなたの味方よ!」 「別にいいんだって。シンには『うまい!』以外の褒め言葉がないんだし」 「それではお蕎麦のJIS規格に申し訳が立ちません!」 「シン様は、な。これ以外の蕎麦を食べたことがないんだぜ」 「そ。そういうこと。だから、いつものように『うまい!』ってね」 そうか……毎日ナナカが作ってくれるから、自然と普段の献立に入っていなかったってことか。 「試しに、普通のお蕎麦がどんなものか……味比べしてみたら?」 「では、皆さんでお蕎麦を作りましょう!!」 「よーし、腕がなるぜ」 「ぱ、パーちゃんも作るの?」 こうしてみんなにも作ってもらった、お蕎麦をすする。 「あはは、やっぱしそう来たか」 「けど、やっぱり……ナナカのお蕎麦が一番だ!」 「そ、ありがと♪」 「……ごめん、ナナカ」 「え、な、何よ急に」 「おいしいとは思ってたけど、こんなにもおいしいものだとは思ってなかった……ごめん!」 「いや、そんな、わざわざ謝らなくてもいいし!」 「これからは、一噛み一噛みに心を込めて、食べさせてもらうよ」 「い、いやそこまでしなくても……でも嬉しい」 「ナナカさんってばお人好しね。私なら、二度とお蕎麦なんか作ってやるもんですかって言うところだわ」 「よかったね、シン君。ナナカちゃんのお蕎麦がどんなにおいしいか判って」 「いつのまにか、いい話っぽい感じですね」 「みんなも、ありがと」 「こちらこそ。ごちそうさまでした」 「とっても美味しかったよ」 「いえいえ、お粗末様でした」 「ナナカ……いつも美味しいお蕎麦を打ち続けてくれて、ありがとう!」 「ははっ、よせやいっ」 そういって、ナナカは始終照れくさそうに笑っていた。 「ナナカさん、こんにちは」 「あ、冬華さん。こんにちは」 冬華さん? 「姉小路冬華さん。ショコラ・ル・オールの代表の方」 ショコラって言ったら、ケーキバイキングにも出店してくれた有り難いケーキ屋さんのひとつだ。どうりで見覚えがあるわけだ。 「生徒会長の咲良さん。流星キラキラフェスティバルではお声をかけてくださって、ありがとうございました」 なぜ僕の名前を? これも生徒会長の権威ってヤツ? ナナカが僕をひじで軽くこづき、小声で。 「打ち合わせで何度か顔合わせてるでしょ」 「……失礼しました。こちらこそ、キラフェスでのご協力ありがとうございました」 「こんにちは。キラフェスでのご協力ありがとうございました」 「礼を言われるには及びませんわ」 流石は客商売。スポンサーはおろそかにしないってことか。 「特に、ナナカさんには、大変お世話になりましたから、お礼を言わねばならないのはこちらの方ですわ」 「そ、そんな改めて言われるほどのことじゃありません」 「ナナカと何かあったんですか?」 「スウィーツの奥深さを改めて教えていただきましたわ」 「そんな……アタシはただ、その……食べただけで……」 「ご謙遜を。それに、あなたが言っていた通りスウィーツは味が全て、味わわなければ何も始まりませんわ」 「なんかいい言葉じゃないか」 「し、シンまで何言うかな……あの時は、アタシ色々生意気で……思い出すと恥ずかしい」 「あの時のことは、私も恥ずかしいですからお相子ですわ」 何があったかは良くわからないけど、二人の雰囲気からして悪いことじゃなさそうだ。 「ナナカさん。また店にいらして下さいね」 「言われなくても喜んで」 「たまにはご馳走させてくださいな」 冬華さんは、ちらりと僕を見て 「その時は、彼氏とご一緒に」 「お久しぶりです。キラフェスの時はお世話になりました」 「礼を言われるには及びませんわ。こちらも得るところは多分にありましたから。特にナナカさんからは」 あの時のことか。 「え、いや、そんな改めて言われるほどのことじゃ……」 「そんなことありませんわ。あそこまでスウィーツを愛してくださる方なんて滅多におりませんもの」 「あ、余りからかわないでください。アタシはただ……食べるだけですから……」 「ナナカさんはおっしゃってたじゃありませんか。スウィーツは味が全てと」 「あの時は色々と生意気言っちゃって……思い出すだけで恥ずかしいよ」 「いいえ生意気なんかじゃありません。あれは全く正しくて、それでいて作る方がしばしば忘れそうになることですわ」 「スウィーツは、味わってくださる方がいなければ、意味がないものですわ。だから、食べるだけなんて言っちゃいけません」 「私達はスウィーツがより高い場所へ行くための、両翼なんですから」 「いやあ……あはは」 ナナカは恥ずかしそうに頭を掻いていた。 「よかった。すっかり仲良しになったみたいで」 「そこはスウィーツを愛する者どうしですからね」 「スウィーツ愛に国境なし!」 「ナナカはよくそちらの店に?」 「こちらとしては、もう少し足繁くいらして欲しいですわ。ご馳走しますのに」 「いえ、あくまでお客ですから、お金を払わないわけには」 「そんな遠慮なさらなくてもいいのに」 「お客としては当然ですよ」 「お友達としていらっしゃればいいのに。この前、二人でスウィーツの食べ歩きをして、メアドも交換したでしょう?」 「それとこれとは、違いますから」 「でも、そういう芯の通し方は好ましいですわ」 「ナナカらしいや」 「そ、そうかな?」 「ナナカさん。また食べ歩きしましょうね。勿論、店にもいらして下さい。いつでも歓迎しますわ」 「その時は、彼氏とご一緒に。御馳走しますわ」 「か、彼氏!?」 「ち、違います! シンはその、えと……た、単なる幼馴染みですからっ」 「そ、そうですよっ」 冬華さんは僕らを面白がるような目で見てから、 「また私どもが参加出来そうな催しがありましたら、是非声をかけてくださいね」 というと、丁寧に会釈して行ってしまった。 「はぁ、びっくりした……」 「冬華さんって、ああいうことを言う人なんだね……」 「ま、まぁ、男と女が並んで歩いてたら、よく言われる冗談だって」 「冗、談……そんなもんなのかなあ」 「そ、そんなもんよっ」 さて、今日の特売品はなんだったかな……。 「有難うございました! またの御来店をお待ちしています」 「うん。期待してるからね!」 あ、ナナカだ。ということは……。 「あ、シン」 「今、ナナカが出てきたケーキ屋さんって隠れた名店なんだ」 「いや、見つけない方がいい迷店。今の所は」 「ひどっ。そんなにまずいの?」 「聞いた事ない? 『アレクサンドリーネ』って」 「ああっ。天川のおじさんが、『あそこのケーキを買うくらいなら、角砂糖でも舐めてたほうがマシ』だって教えてくれたことがあった!」 「そうそう、それ」 「だけど……『ピース谷村洋菓子店』って看板に」 「店名、元に戻したんだよ」 「なんでわざわざ? あ、そうか! あんまりにも悪評が広まっちゃったんで出直すんだ!」 「でも、それなら『ピース谷村洋菓子店』なんて名前に戻さないで、もっとおしゃれな名前にすればいいのに」 「シンは覚えてない……よね」 「アンタさ、あの店のお菓子食べた事あるんだよ。アタシん家に遊びに来た時に」 「……うーん」 「溢れそうなくらいに詰まった生クリームの中に、チョコチップが入ったエクレア」 「……ナナカのうちで?」 「ちょっと形が悪かったけどね」 「アンタって、大昔から食事に対する形容が貧困だったね。だから本当においしがっているやらいないのやら」 「でも……あのケーキは確かに……おいしかった」 「そっか。よかった」 舌に鮮やかに蘇る、たっぷりの生クリームの、甘く濃くて、それでいてどこかさわやかな味。 「あの店に行けば、あのおいしさがまた味わえるのか……」 いつか必ず買いに行こう。 その前に、お金をなんとかしなくちゃいけないけど。 「そん時は俺様の分もプリーズだぜ」 「勿論だよ」 「……そうだったら良かったんだけどね」 「そうなの? でも、あんなおいしかったのに」 「代替わりしちゃったから」 「……もう、あの味は味わえないんだ」 「今のところね」 「あの人ってそんな見込みがあるパティシエなの?」 「なんでそう思うの?」 「それだけの悪評があるのに、スイーツ好きのナナカが目をつけているんだから」 「い、いや、そういうわけじゃ――」 「でも、ね。ほら、先代の味を覚えているものとしては、見守っていく義務があるじゃん」 「スウィーツに厳しいソバらしくねぇな」 「いや、まぁ……そうかな? でも、谷村さんだって心を入れ替えて頑張るって言ってたし」 「谷村さんが、張本人?」 「そ。店長である本人がそう言ってるんだから間違いない」 「甘いぜ。スウィーツの鬼の異名が泣くぜ!」 「いや、そんなことないよ。義理固いナナカらしいよ」 「べ、別に義理とかそんなのじゃなくて……先代から見守っててくれって言われちゃったし……」 「それに、谷村さんの目は本気だったし、先代の血を引いてるんだから、味覚が悪いってはずはないし」 「いつか、昔の味が戻るといいね」 「そん時は、シンにも知らせるよ。そうしたら……その、あの……シンも一緒に食べに……」 「い、いや、なんでもないから!」 「うん。僕も連れて行って」 「わ、判った!」 「う、うまくいっちゃったよ! 一緒に……で、デート……」 「て、てへへっ」 「やれやれ、いつの事やら」 「う、うるさい!」 「生徒会長さん」 声をかけられたのは『ピース谷村洋菓子店』の店長さんだった。 確か、谷村さんだったっけ。 「先日は催し物に参加させていただきまして、どうもありがとう」 「いや、そんな言葉では言い表せないくらい感謝しているよ」 「いえ、僕はただ、商店街の方に一人でも多く参加して貰ってキラフェスを盛り上げたかっただけですから」 「そう君は言うだろうが……そのおかげで、私はあの子と和解出来たよ。本当にありがとう」 「あの……気になってたんですが、ナナカと何があったんですか?」 ナナカは意味もなく人を遠ざけたり嫌ったりはしない。 それは幼馴染みである僕にはわかっている。 「差支えなければ教えていただけませんか?」 「……まず一つ最初に言っておきたいのは、彼女は全く悪くない、という事だ。全て私が悪い」 「全て私の傲慢が招いた事だったんだ」 「あの子は……夕霧さんは、うちの父が作るお菓子の大ファンでね」 「父も彼女を気に入っていて、新作のスウィーツが出来ると、あの子に真っ先に食べさせていたよ」 「気難しい父が、彼女といる時はいつも楽しそうで……」 「それでいて、彼女が食べるのを見ている時は、なりたてのパティシエが師匠に食べて貰っている時みたいに緊張していた」 「今思えば父にとって彼女は、最も素直かつ敏感な舌で自分のスウィーツを味わってくれる、最高の人間だったんだ」 「私には一度も見せてくれなかったレシピ帳も、彼女には平気で見せていたよ」 「もっとも、彼女は作る方には余り関心がなかったようだが」 「今も同じですよ。食べてばっかり」 「だが、私は父のスウィーツが嫌いだった」 「なぜ……ですか?」 「なんというか……スマートではなかった。野暮ったかったんだ。いかにも町のケーキ屋さんという感じでね」 「他の店を例にあげるのはナンですが、『ショコラ・ル・オール』のケーキみたいに可愛くないって事ですか?」 「可愛い……というのとは少し違うが、言わんとする事は判るよ。そういう事だね」 「父はほぼ独学でスウィーツ作りを学んだ人でね。本場で学んだ事なんか勿論なかった」 「父もそれをずっと気にしていて……私には本場で学んで欲しいと強く思っていたようだ」 「おいしかったんでしょう?」 「……当時の私は、本物のスウィーツは本場にこそあると思っていたんだ。そして……父もね」 「青い鳥だよ」 「ああ……なるほど」 「青い鳥は、すぐそばにいる。教訓はあるのに、何度でも人は繰り返す。私もそうだった」 「私は本場へ修業に行き、修行を終える直前に父は他界してしまった」 「帰って来た私は、本場の本物のスウィーツを身につけて来たと慢心していてね」 「店で出すスウィーツの種類を全て変え、いかにも町のケーキ屋といった感じの店も改装した」 「『ピース谷村洋菓子店』っていう名前も『アレクサンドリーネ』に改名した」 「『アレクサンドリーネ』!?」 天川のおじさんが『あそこのケーキを買うくらいなら、角砂糖でも舐めてたほうがマシ』だって教えてくれた事があったよ! 「驚くのも無理はないよ。この町内である意味、有名だったからね」 「愚かだったよ。全く」 「新装開店の日、彼女は真っ先に駆け付けてくれて……そして情に流される事なく実に冷静に評価を下してくれたよ」 「何点って言われたと思うかな?」 「……40点くらいですか?」 「15点だったよ」 あの柄の悪い人達がやってる『サンスーシー』が69点だったよな……。 「でも、あの……他の人の反応はどうたったんです?」 「みな、気まずそうな顔をして何も言わずに出て行ったり、おいしいと口では言いつつ逃げるように去るばかりだったよ」 「だが、彼女に対してほどの怒りは湧かなかった」 「私は彼女にこそ褒めてもらいたかったんだ。父の味を一番よく知っていた彼女にね。だからこそ、彼女だけは許せなかった」 「でも、もしかしたらですけど、ナナカは通い続けたんじゃないですか?」 「ああ、そうだ。最近は、彼女と彼女が連れて来てくれる女の子達しかリピーターはいなかったよ」 『スイーツ同好会』のメンツか。 「半年くらい前に、彼女達が来てくれてね。その時、12点と言われたよ」 ただでさえ低いのに、下がってるじゃん! 「私は彼女にモンブランを投げつけて追い払った」 そんな事をされたんじゃ、ナナカも怒るはずだ。 「それでも私は、彼女がまた来てくれるだろう、と思っていた。情けない事に客である彼女に甘えていたんだな」 「だが、1週間経っても、1か月経っても、3か月経っても彼女は来なかった」 「店には誰も来なくなった……そして、ようやく気付いた。私のスウィーツは誰からも嫌われていたと」 「はじめから謝っておきます。ごめんなさい。でも言わせてください」 「さすがにもう遅すぎるかと……」 「そう言われても仕方がないよ」 「彼女が正しかった。そのうえ、ただまずいというだけでなく、ちゃんと批評してくれたのは彼女だけだったのだ」 「人が来ない薄暗い店内で茫然としていた私は……不意に、彼女が父のスウィーツを幸せそうに食べていたことを思い出した」 「だが。そうして出来たスウィーツは、父の作ったものの足下にも及ばなかった……」 「青い鳥ですか」 「そういう事だよ」 「それからは、誰もお客の来ない店で暗澹たる気持ちで過ごしたあと、必死になって父の味に近づこうと努力した」 「だが……もうお客に来てくれる人は誰もいない……」 「君が話を持ちかけてくれなかったら……店を閉めていたと思う」 「だけど、君のおかげで、彼女は私のスウィーツを食べてくれて、彼女は再びこの店に来てくれるようになった……」 「相変わらず厳しいが、私の努力は認めてくれた」 「ですから、別にそんなつもりで――」 「有難う。本当に有難う」 「『ピース谷村洋菓子店』……もしかして!」 「溢れそうなくらいクリームの中に、チョコチップが入ったエクレアがありませんでしたか?」 「それはきっと、父の作ったエクレアだ」 「ナナカのうちで出された事がありました……あれは……おいしかった」 「君にも約束するよ。いつか、あの味を取り戻してみせると」 「小麦粉や牛乳が違うと思うんですよ」 「成程。確かに、父のレシピには、材料の産地までは書いてなかったな……」 ナナカと『ピース谷村洋菓子店』の店長だ。 「電話番号とかメモしてある帳面はなかったんですか」 「あいにくと全部処分してしまった可能性が高そうだ」 「だが、取りあえず探してみるよ。見つからなかったら一つ一つ試していくしかないか」 すっかり和解してるみたいだ。よかった。よかった。 「今日の特売品の目玉は、マツザカ牛!」 「特売でも買えない! っていうか、僕が特売品の事を考えてたとなぜ判る!?」 「幼馴染みだし」 「あーなるほど」 「生徒会長さん、こんにちは」 「あ、お久しぶりです」 「あの節はどうもありがとうございました」 「いえ。僕はただ、キラフェスを盛り上げたかっただけですから」 「いつか、父に負けないスウィーツを作る事で、あなたにもお礼をさせていただきます」 「がんばってくださいね」 うん。前より全然イキイキしてる。 立ち去る足取りもしっかりしている。目標が出来たからなんだろうな。 「アタシが生きている間になんとかなるかなぁ」 「そんなこと言ってるけど、実は期待してるんでしょ?」 「幼馴染みは何でもわかっちゃうんだね」 「幼馴染だし」 「ま……何でもじゃないけどね」 「なんでもない!」 「今日はミート・オア・チキンですね!」 「はいぃ?」 「サラダの国のカボチャ姫が人間界に降りて来て、よい子にプレゼントをくれるんですよ」 「景気がよさそうな奴じゃん! 美味しいものくれるかな?」 「そうか、ハロウィンか」 「もうそんな季節なんだ」 「流星町ってハロウィンが盛んだよね」 「ハイカラなんですよ」 「昔からの貿易港だしね。アタシのちっちゃい頃から騒いでた」 「なるほど。みなさんがチョンマゲをしていた時代からですね」 「女の子はチョンマゲしないって」 「その頃じゃ、男だってしてねーよ」 「私は、毎年カボチャのお菓子を作るわ」 「聖沙は、トリック・オア・トリートってしたことない?」 「正しくミート・オア・チキンと呼ばないとお菓子は貰えませんよ」 「なんと! お菓子が貰えるのか! カボチャ姫すげー!」 「私はないな、なんか……恥ずかしくて」 「人の家に押しかけるのは、ちょっと」 「なんだよ。ヒスらしくねぇな。腕を組んで人を見下して、お菓子をよこしなさい! って言って回ったとばかり」 「パッキーさん、それは誤解よ!?」 「ハロウィン……お菓子食べ放題の日だった……」 「食べ放題って? あ、そうかハロウィンだからだね」 「シンと二人して流星町商店街を回ったもんだ」 「おっと、幼馴染みっぽい思い出の登場ですね!」 「二人だけのスウィートメモリーでい!」 「走馬灯のようによみがえる記憶の数々」 「いや、走馬灯はまずいだろう」 「ジャックランタン作るの楽しかった」 「ジャ、ジャックランタン!?」 「ナナカって、あれ作るの上手なんですよ」 「ま、まぁね、毎年作ってたから自然と」 「中身を綺麗に取らないと髪についちゃうから大変だった」 「髪につくって?」 「中を捨てちゃうなんてもったいなーい!」 「大丈夫。シンのお母さんが、カボチャ入りのチーズケーキにしてくれたから。あれ、おいしかった」 「食べたーい!」 「ケーキで腹ごしらえを終えて、夜になりゃ、狩りの時間の始まりでい!」 「狩り?」 「狩るといえば、オジヤですよ!」 「ジャックランタンをかぶって、懐中電灯を用意すればお菓子狩りの準備は万端!」 「狩りなのかよ」 「商店街を全部まわって、お菓子をもらったね」 「ま、まさか……ジャックランタンをかぶって?」 「ええ。そういうものだと思ってたんで」 「カボチャを頭にかぶるのがハロウィン本来の正装だと書いてありますね」 「そうだったんだ……ジャックランタンを……」 「あれ? リア先輩、顔色悪いですよ?」 「た、多分、蛍光灯のせいだよ」 「懐中電灯なんて何に使ったの?」 「手に持って、下から顔を照らすに決まってるじゃん」 「趣味悪いわね」 「なぜか、そういうものだと思ってたんだ」 あの頃、僕らはいつでも一緒だった。 「……がくがくぶるぶる」 「じゃんけんして負けた方がピンポンダッシュ。家の人が外に出てきた所で、暗闇からぬっと現れて」 「『命がおしけりゃお菓子を寄こせ!』って」 「ひ、ひぃ!」 「な、なんでもないよ。あはは」 「アタシらにかかれば、お菓子を差し出さない家はなかったね。あっはっはっは!」 「なるほど。さっそくジャックランタンをかぶって町を練り歩きます」 「アタシは中身が欲しい!」 「色々間違ってるぜ」 「しょーがないじゃん。子供だったんだからさ」 「子供ならなんでも許されるんですね。なら、今日から私は子供です」 「むむ。アタシはみりきあふれる大人だから駄目か! 残念だ!」 「いや、アンタが一番子供だから」 「なんだとぉ!」 千軒院先生の厳しさは、予想をはるかに越えていた。 「か、過酷な授業だった」 「習ってない数式使う問題を私に当てるなんてひどいよねー」 「いや、あれはずいぶん前に習った」 「シン君の裏切り者ー! おかげで私は課題どっさりだよー」 「アレ、アタシですら覚えてる数式だったんだけど……」 「親友にまで裏切られたよー」 「廊下に立たされるなんて、今時ありえねぇぜ」 「横暴だよねー」 「いや、アンタら駄目すぎ」 もしかして……。 先生が過酷なんじゃなくて、僕の友人どもが駄目すぎなのか? 「千軒院先生? 素晴らしい授業だったわ」 友人ども駄目説にプラス1ポイント。 「緊張感が漲り水を打ったように静まり返った教室。厳しくも判りやすい教え方。どんな質問にも動じず答える高い見識」 「あれこそが授業よ! 教師はああであるべきだわ!」 「そ、そうなのか」 「副会長さんの目は節穴ですね。ひどい授業でした。数式が全然わかりませんでした」 「……さっちんと同レベルだ」 「会計さん! 今、さりげにひどい事を言いましたね!」 「まぁまぁ。千軒院先生も初めてだから張り切っているんだよ。そのうち、丸くなるよ」 「教育実習生って言うと……何にでも一生懸命でちょっと空回りする所もあるけど、そこがまたかわいらしいってイメージがあるんだけどね」 「それで、着慣れていないスーツが微妙に似合ってないんでしょ?」 「で、しょっちゅう転びかけて、そのたんびにずり落ちそうになる眼鏡をなおす仕草がいいんでしょ?」 「髪はちょっとくせっ毛で、しかも僅かに赤味がかっていたから、教育指導のゴジラに説教されたりしてたね。先生なのに」 「そうだったそうだった……懐かしいな……」 「なんだか随分と具体的ね」 「うん。だって、小学校の時に教育実習で来てた先生だもの」 「葉月先生……立派な先生になったかな……」 「シンの初恋の相手だもんね」 「ななっ!? 違うよっ」 「くすくす。照れない照れない。ちっちゃい頃の事なんだから」 僕の初恋は、葉月先生じゃない。 僕の初恋は…… 「生徒と教師のあいだの禁断の恋というやつですね。わくわく」 「ククク……さすがはシン様。世界ハーレム化のために、年上のリサーチも欠かさないんだぜ」 「ふ、不潔よ!」 「お、奥さん! いけませんわ米屋さん! 僕はもうもうもう! という会話をするのが決まりだそうです」 「ええと……なんの決まりなのかな?」 「いや、単にあこがれて、ぽわーっとしてただけだし」 「咲良クン。小さい頃からぼんやりして優柔不断なのね」 「僕にどうしろと?」 「シン君は、その先生のどんなところが良かったのかな?」 「ええと……なんというか……優しいところというか……」 「あの先生、胸が大きかったなぁ」 「そんな所まで言わなくてもいいじゃん!」 「でも、ほら、シンってば、廊下で先生とぶつかって、胸に顔埋めて、鼻血出したことが……」 「わぁわぁわぁわぁ!」 「でかいってリアちゃんよりもか!?」 「も、もぉ、パーちゃんったら!!」 「先輩があの年になったら、抜かしてる、と思う」 「というか、シンってばあの頃から巨乳好きだったのか!?」 「くぅぅ……いやでも牛乳飲んどくべきだったかッ」 「なるほど、やっぱり会長さんの第一ターゲットは先輩さんですね」 「やっぱり、そういうことになっちゃうよね……。まずいな、このままじゃ……」 「そうなのシン君?」 「いや、その、あの……っ」 「きっぱり違うと言ってくれないし……」 「ミサミサはリアより胸が小さいから駄目だってさ」 「駄目で結構。胸の大きさで女の人を推し量るなんて! 咲良クンは最低ね!」 「何も言ってませんが!」 「となると、会計さんは最初から問題外ですね」 「なんだとーっ。問題外って事はないでしょ!」 「戦力差はあきらかだぜソバ」 「きゅう」 「あっ、アタシだって昔より大きくなったんだから! そうでしょ、シン!」 「僕に振らないでよっ!」 「やっぱり、そういう目でしか女性を見られないのね。破廉恥だわ」 「そ、そりゃあ……比較して大きくなってるのは事実だけど……」 「ほら、幼馴染みがこう言ってくれてるんだから大きくなってんの!」 「大きくなっても先輩さんには敵いません」 「うぅ……確かに……」 「あ、あのね。胸が大きくてもいい事なんかないんだよ? 肩はこるし変な眼で見られるし」 「勝者の余裕だ……」 「でも、ほら、ナナカにもいいところ一杯あるんだからっ」 「……例えば?」 「え、ええと……ソバ打つのうまいじゃないか!」 「いや、こういう場合……なんか違う……」 「くすくすっ……ま、いいや。シンらしいし」 ナナカのいいところは、たくさんある。 けど、それを言うのはあまりにも照れくさかった。 「無茶だよー。やめよーよー」 「いきなり何を?」 「いや、俺、こう見えても野球好きなんだわ」 「確かに、思ったよりややっこしいね……はぁ……」 「いや、野球は簡単だぜ。3塁に向かって走らない、って事を覚えれば何とかなるぜ」 「何も思い浮かばないよー。っていうかー、今、何も考えてないこと思い出したよー」 「そんなこったろと思った」 「ひどいよー」 「いったい何の話なの?」 「いや、ね。聖夜祭に参加しようかな、と」 「参加もなにも生徒会は主催者だよ」 「スウィーツ同好会として参加するってこと」 「ああ。自由参加」 「ああいうのはさー。参加するものじゃなくて、楽しむものだよー」 「それは違うぜ! 野球は、見ているのもいいが、参加してこそ価値があるんだぜ!」 「申請書類も手に入れてはあるんだけどね。色々と厄介でさ」 「入部希望者ならいつでも歓迎だぜ!」 「エディ、野球の話なんて誰もしてないよ」 「なんとっ!」 「ナナちゃんが生徒会に入ってから、ただでさえ活動が低迷中なんだからさー」 「参加しろって言ったのはアンタでしょう!」 「あれー? そうだったっけー?」 「ナナカさん! 英語の辞書返してもらえないかしら?」 「あ、ごめんごめん。はい、これ」 「あら? この書類は――」 「ちょっとね」 「無謀だよー。頭がパンクしちゃうよー」 「参加すればいいじゃない」 「まぁ、その気ではあるんだけどね。何をしたらいいものやら……」 「生徒会長としては、参加してくれた方が嬉しいな」 「参加してくれる人が多い方が、キラキラで楽しい催しものになると思うし」 「シン君の裏切り者ー」 「ここは、迷っているナナちゃんに――」 「『ナナカが参加したら、ただでさえ少ない二人の時間が減ってしまうよ』」 「って言わなくちゃー」 「それ僕?」 「えへへー。似てたでしょー」 「いや、全然」 「言葉の前に、熱いベーゼをつけると効果的だよー」 「そ、そんなこと私の前でしないでね!」 「しないよ」 「しないんだー。がっかりだね、ナナちゃん」 「アタシにどう答えろって言うんだ! 変なこと言ってる奴にはこうだ!」 「いやー、梅干しはいやー。マロンペースト並にゆるい頭がトロトロに溶けちゃうよー」 「参加したらいいんじゃない? 同好会から部に昇格出来るかもしれないわ」 「いや、まぁ、そう思ってたんだけどさ」 「それが動機かよ」 「うぎゃー、しまった!」 「ま……抜きんでた活動が出来ればの話ね」 「副会長さーん? 何で私の顔見るのー?」 「出来れば、ね」 「なにー?」 「やるよ!」 「何をー?」 「アンタ、悔しいでしょ! 聖沙を見返してやりたいよね!」 「別にー」 「絶対に昇格してやるんだから!」 「アンタもな」 「昇格出来るなんて規則はなかったと思うけど」 「うるさい! やると言ったらやるの!」 「で、何をやるの?」 「そ、それは……これから考えるの!」 「というわけで意見プリーズ!」 「急に言われてもー」 「アンタ、聖沙が来た時いたでしょうが!」 「あー、そう言えばーそんな事があったようなー」 「そもそも、スイーツ同好会の会議になぜ僕が?」 「枯れ木も山の賑わいだよー」 「アドバイザーって事で」 「賢い俺様も、もれなくついてくるぜ」 「シン君いるほうが、ナナちゃんはりきるしねー」 「そそっ、そんなことないやい」 「聖夜祭に出場するからには、聖夜祭を盛り上げるものじゃなくっちゃいけないっすよね」 「もりあがるといえば、人間大砲だよー」 「誰がやるんだ」 「やってもいいっすよ。体は丈夫っす」 「そういうのは……許可出来ないよ。なんか危ないし」 「それ以前に、そんな技術ないでしょ」 「盛り上がるといえば、カラオケ大会だよー」 「やってもいいっすよ。喉は丈夫っす」 「あ、それいい! なんせ会場と機材さえあれば出来る!」 「歌いまくりっすよ。景品も全部ひとりじめっす」 「なるほど! 景品用意しなくていいねー」 「そういう事っす」 「いいのかよそれで」 「学園の行事でそれはまずい。そもそも、スイーツ同好会と関係ないじゃん」 「景品がスウィーツって言うのは? で、アタシらがみんな食べる!」 「ナナちゃん天才だよー」 「悪っすね」 「それ以前に、活動実績にはならないと思うよ」 「あーそうか。これ以降、スウィーツに関連してる事以外は禁止ね!」 「盛り上がると言えば、モツ鍋だねー」 「話聞けよ!」 「確かにモツ鍋は盛り上がるっすよね」 「闇鍋でもいいかもー」 「闇鍋も盛り上がるっすね」 「聞いてないね」 「鍋が駄目だなんて、シン君ストイックだねー」 「お前らがずれてるだけだぜ」 「聖夜祭だってこと忘れないでね」 「大丈夫。今、思いだしたよー」 「聖夜祭、聖夜祭、聖夜祭……ううむ」 「パンクバンドを組むってのはどうすか? ドラムなら出来るっすよ」 「私はボーカル&トライアングルー」 「なんだその組み合わせは」 「ごめん。アタシなんもできん」 「練習あるのみっすよ!」 「あのね。さっきも言ったけど。活動実績にならないと思うよ」 「ぶーぶー。ナナちゃんとシン君、意見もしないで反対してばっかりだよー」 「研究発表……とか?」 「そんなら、あれどうすか? 夕霧先輩が前書いた『ウィーン菓子の発展と、ハプスブルク家』を発表するっすよ」 「な、なんか凄いじゃん! ナナカが書いたの?」 「ま、まぁ……」 「立派なのは、題名だけなんだぜ」 「そんなことないっす。レポート用紙50枚に及ぶ労作っすよ。読むと感動っすよ」 「盛り上がらないよー!」 「そうだよねえ。研究発表じゃ……」 「そ、ソバ占い」 「水に落としたソバの切れ端の動きによって明日の運勢を占うの」 「おお、占いは盛り上がるよねー」 「水にソバを落とす係、やってもいいっすよ」 「お願いだから……反対してちょうだいよ、アンタら……」 「で、出し物決まった?」 「全然。今日も、帰ったら考えるよ」 「お前らスウィーツ同好会って無能だもんな」 「それじゃあ、部に昇格なんて夢のまた夢だぜ」 「わかってらい!」 「っていうか、部に昇格とかは結果そうなる事もないとは言えないって程度だよ」 「ま……そうだろうね。判ってるんだけどね」 「なんだ、今日は弱気だぜ」 「幼馴染みの前で意味もなく強気でもしょーがないじゃん」 「いや、でもさ、聖夜祭に出てもらえるのは嬉しいよ」 「だけどさ、ただ出るだけじゃ……」 「枯れ木も山のにぎわいって奴だぜ」 「僕は楽しんで欲しいよ。参加する人みんなに」 「……楽しむか。なにが楽しいかなぁ」 「スイーツに関するものって考えれば、おのずと絞られると思うけど」 「ケーキバイキングは盛り上がるけど、キラフェスの二番煎じだし……お金がなあ」 「学園主催じゃないからね」 「研究発表じゃ盛り上がらないだろうし……」 「発表の仕方によるんじゃねぇか?」 「たとえば?」 「全裸に生クリー――」 「思いつかないからってパッキーに当たっちゃ可哀想だよ」 「はぁ……アンタって、やっぱ鈍い」 「そ、そうなのかーーっ」 「あのさ。いっそ、自分で新種のスイーツを作って発表するとか!」 「それは、アタシに対する挑戦か!?」 「そんなつもりないけど」 「ごめん。アタシが作れないだけだから」 「あんなにうるさくスウィーツスウィーツ言ってるのに作れないのかよ」 「うるさいうるさいうっさーい!」 「復活早いね。でも、本当に不思議だ」 「自分で言うのもなんだけど、舌が肥えすぎちゃって」 「自分で作ったのが、5点くらいだったらどうしよう……」 「最初はみんなそんなもんじゃないの?」 「そうかもだけどさ」 「シン様だったら、何出そうが、うまいうまいって答えるぜ」 「だから、それじゃあ駄目なの!」 「僕なら何食べても平気だよ。特にナナカが作ってくれたものならば」 「あ、あのね。そんな角砂糖でも喜ぶような人を喜ばせるだけじゃダメでしょう!」 「そういうものなのかぁ……蕎麦とか凄くうまいのに」 「蕎麦とスウィーツは別物なの!! 比べる土俵が違う!!」 「ごめん。僕の味覚が駄目で。考えてみれば、ナナカのソバが美味しいってことも理解してなかったわけだし」 「い、いや、そういう訳じゃないの……ま、いいけどね」 「美味しいって……本当に美味しいって言って欲しいだけなんだけど」 「せつねぇぜ」 「あーあ、聖沙もリア先輩も……」 「ロロちゃんはどうか知らないけど、女子はみんなケーキだのクッキーだの作れるのにアタシだけ……」 「さっちんも作れないんじゃないの?」 「あ。そうだったそうだった!」 「岡本さんは?」 「作れない! なんだ大丈夫じゃん!」 「って、アタシらスウィーツ同好会ってダメダメじゃん!」 「遅いよー」 「ごめんごめん。ちょっと」 「ナナちゃん、色々考えて遅くなっちゃったんでしょー」 「ま、まぁね。ほら、その、聖夜祭の出し物とか」 「違うでしょー。シン君との事でしょー?」 「ぎ、ぎくぅ! なぜ判る!? い、いや、違いますよ?」 「わざわざ夜こんなとこで話すのだって、ホントは聖夜祭のことじゃないからでしょー?」 「せ、聖夜祭のことだい! 出し物決めなくちゃいけな――」 「シン君、周りにいっぱい女の子現れて、うはうはだねー」 「べ、別にシンが誰を好きになろうがアタシは」 「嘘はだめだよー」 「嘘なんか……別に……」 「だめだよー。ナナちゃんは危機意識が足りないよー」 「べ、別に危機なんて……シンがもてるはずないし」 「そっかー。ナナちゃんが好きな男の子は、もてない程度のつまらない男の子なんだー」 「それならいいんだけどさー。でも、女の戦いになったら結構、不利だよー?」 「べ、別にそんなつもりないけど。ち、ちなみになにが不利だとさっちんは思う?」 「具体的に言うとねー、胸ではリア先輩に負けてるー」 「ううっ。で、でもシンは胸の大小なんて気にしてないもの……多分」 「頭の良さでは聖沙ちゃんに負けてるー」 「ううっ。だ、だけど、それなら、アタシと幼馴染みやってないもん……多分」 「年下が好きだとしたら、ロロットちゃんやサリーちゃんにも負けてるよー」 「で、でも、シンはそんな趣味無い! た、多分」 「そしてー、乙女度では全員に負けててー」 「乙女度ってなんでい!」 「なんていうのかなー。無いとは言わないんだけどー、ナナちゃんのは判りにくいんだよー」 「危機は理解したー?」 「で、でも――」 「思い出の物量では勝ってる! これだけは間違いなし!」 「でもさー、それを言うなら、奥さんが愛人に旦那さんを取られるなんてことは、ほとんどないはずだよねー」 「それにー。幼い日の約束とか、そういう定番のアイテムがないんだよねー。確かー」 「お、思いだせないだけだい! たぶん!」 「覚えてない時点で駄目だよー」 「そ、そう……かなぁ……」 「そうだよー。もっとなんとかしないとー!」 「――で、出し物考えて来た?」 「ごまかしたー」 「ごまかしてなんかないやい!」 「僕は水だけでいいよ」 「何遠慮してんのよ」 「でも、相談に乗るくらいで、こんな高いものご馳走して貰うの悪いし」 「手遅れ手遅れ。アンタの相棒はすでに食べ始めてるって」 「くぅ。うまいぜ!」 さっちんも岡本さんも、お構いなしに食べている。 「というわけで、素直に奢られなさい」 「後で払うよ」 「無理しない。食費消えちゃうでしょ。払うなら出世払いで。モンブランでいい?」 「……うん。ありがと、ナナカ」 出世払いとか言うけど、僕とナナカは一体いつまで一緒にいられるのだろうか。 「ごくん。美味しかったー。……甘いのにしつこくない後味も絶品だねー」 「そう言うだろうと思って、もう来てるし……って無くなってる!?」 「ご馳走様でしたー。私のために注文してくれてありがとー」 「なぜ、そうなる。っていうか、アンタら食ってばっかりじゃないか!」 「ちっちっち、同好会活動中だよー」 「よく食べるなぁ。夕飯食べられるの?」 「食べ盛りっすから」 「別腹だよー。スイーツ袋があるんだよー」 「人外だぜ」 「聖夜祭の出し物を話し合うんでしょ!」 「スイーツが目の前にあったら食べなくちゃー。次はガトーショコラー!」 「いやあ、うまいっすね!」 「チョコレート会社が元だけあって、カカオの苦味が絶品だよー」 「今日は聖夜祭の出し物を考えるために集まったんでしょうが!」 「考えてるよー。今、ナナちゃんに怒鳴られて考えが引っ込んじゃったよー」 「釣堀ってのはどうすか? 爺ちゃんの友達の従兄弟がしてるんで、ノウハウ手に入るかもしれないっすよ」 「スウィーツ同好会に関係ないでしょ!」 「そうだー! 魚の中にスイーツを仕込んでおけばいいんだよー。前もってビニール袋にいれたスイーツを飲み込ませておくんだよー」 「さっちん先輩、冴えてるっすね」 「まじめに考える!」 「あのさ。やっぱり、スイーツを作って発表するとかが順当だよ」 「そ、それは……そうかもだけど……」 「そうっすね。こんなの作れたらいいっすね〜〜」 「出来てるものがあるんだから作らなくていいよー。貴族は働かないものなのだよー」 「さすがナマケモノの女王は、言うことが違うっすね」 「それに、私達だーれもスイーツなんて作れないし」 「んだんだ」 「相変わらず駄目駄目だなぁ」 「みんな駄目仲間だよー。鉄の団結だよー」 「そんな団結は却下だ!」 「くぅぅ。うまかったぜ。ソバ、あんがとよ。コーヒー注文していいか?」 「……もう勝手にして」 「こちらのサービスですわ。どうぞ」 「姉ちゃん気が利く――」 「冬華さん、いけません。油断も隙もないんですから」 「食べるのは真剣勝負。敬意を払うべきスウィーツのお代は自分で払わないと」 「相変わらず生真面目ですこと」 「こう言ってはなんですが、他のお客さんに対して不公平ですよ」 「そうですよ」 「ナナカさんに対しては、顧問料をお支払いしてもいいくらいなんですのよ」 「な、何言っているんですか……もう」 「実際、ナナカさんがちょくちょくいらっしゃるようになってから、御来店になるお客様が50%増加しました。ナナカさんのおかげですわ」 「50%!?」 「アタシの評価とお客さんの入りに関係なんてないですし……そんな、あんまりからかわないで下さい」 「はぁ……知らぬは本人ばかりだねー」 「そこが会長のいいところっすよ」 「そもそも、ナナカさんの舌が、御代を頂戴したかしないかで変わるとも思えませんわ」 「だから、敬意ですよ。市販のスナックなら容赦なく食べますから」 「敬意を払われているなら、喜ぶべきなのでしょうけど。たまには友人としてご馳走させてくれたっていいんじゃない?」 「そう言われると嬉しいけど、そういうわけには……意地悪だなぁ。もう」 「駄目だよナナちゃん。そこは御相伴に与らなくっちゃー」 「なぜアンタがそう言うかな?」 「だって、私だって奢って貰えるものー。同好会の会長なんだから、部員には配慮しなくちゃだよー」 「いいお話っぽかったのが台無しだ!」 「うふふ。スウィーツの前でケンカをさせるわけにもいかないし……私はこれで」 「ナナカさん。またスウィーツの食べ歩きしましょ」 「是非とも!」 いつの間にか、二人とも友達感覚の会話が成立している。 スイーツを通して出来た人間関係……この同好会も然り。 ただ単純に、甘い物が好きでしているだけじゃない。 それなのに、どうしてナナカはケーキを作りたがらないのだろう。 冬華さんも、自分でケーキが作れるみたいだし……。 「咲良先輩なに見てるっすか?」 「あ、うん。冬華さん……かっこいいなって」 パティシエと言えば力仕事だと聞くし、女の人でも厨房に立てるってのは実をいうと珍しくて、実は凄いことなのかな。 「シンってば、ああいう服装が好みなんだ」 「べ、別にそういうわけじゃないって」 「服装じゃねぇよ。あの女みてえにキュッとしまったケツが好みだぜ!」 「なっ!! パッキーと同じにしないでよっ」 「健全な男子としてはちょっと問題だねー」 「ふむ……なるほど、ああいう制服が好みなのか。ショコラの制服か……」 「もしもーし、僕の話聞いてる?」 「ふふふ〜ん♪ ふふふふ〜ん♪」 「機嫌良さそうだね」 「えへへ。判る?」 「そんなに今朝の『キララ』でハッピーな展開があったとか?」 「それがさ、凄いことに」 「なになに? ドキドキ」 「西方一家が離散しちゃったところまでは話したっけ?」 「うん。親父さんはマグロ漁船に。お袋さんは東京へ出稼ぎに、そして兄さんは行方不明」 「で、お袋さんについて東京に出てきたキララだったんだけど、お袋さんは新興宗教にのめりこんじゃって」 「うわ。あのいつも挫けずポジティブシンキングなお袋さんがそんなことに!」 「収入を全部教団に納めちゃうようになったお袋さんに絶望して家を飛び出したキララの足は自然とあの音大へ」 「そ、それで?」 「音大のキャンパスを埋め尽くす学生達が失われた未来のようでせつなくて悲しくて、キララは人のいない方へいない方へ歩いていくの」 「でね。迷い込んだのは倉庫。楽器がいっぱい並んでいる中にあのオーボエが」 「まさか!」 「思わぬ再会に、キララは感激して、泣きながらオーボエを吹くの。その音色はキャンパス中に響き渡って」 「もしかして、行方不明になっていたお兄さんが、その音色に誘われて」 「大当たり! しかも、その音色に感心した教授たちが、入学試験を特別に受けさせてくれる事になったんだよ」 「なんと! なんてハッピー! それならナナカの機嫌も良くなるってもんだ」 「いや、それはそれ。これはこれなんだけどね」 「じゃじゃん!! 出し物決まったJ!」 「メイド喫茶?」 「そうメイド喫茶」 「なんとメイド喫茶!」 「一部の人間は盛り上がりそうだぜ」 「シン君が大好きなものだよー」 「そう言われても、話で聞いたことしかないし……」 「なら、これを機会に知ればいいんだよー」 「でも、制服どうすんだよ?」 「それはアタシの人脈で解決済み!」 「肝心のスイーツは? 誰も作れないんだよね?」 「美味しいもの食べ隊に手伝ってもらう……ってのは無理か」 「雇用主の特権でなんとかするんだよー」 「奴ら、料理の方はちょっと……なんでも焼くだけだから」 「ワイルドだなぁ」 「あ、そうだ。レモン水!」 「レモン水?」 「ミネラルウォーターにレモンを入れて出せば大丈夫! 前にひよこ館っていうケーキ屋さんがそうやってた!」 「す、すごいケーキ屋さんだね、それしか出さないなんて」 「んなことあるわけないでしょ!」 「まあ給仕というなら仮装にも関連するし、いいと思うんだけど……」 「けど、それじゃあ、スイーツ同好会としての活躍にはならないと思うよ?」 「くううっ、やはり問題はスウィーツかッ」 「最初から考えておこうぜ」 「コンビニでスウィーツを買って来て出すしかないかっ」 「高いよー」 「やっぱりさ、簡単なものでいいから自分達で作ってみようよ」 「そんなのダメだよー! お客さんを悶絶させちゃうしー」 「何を作る気だっ」 「だーーっ! だから、作らない!」 「でも、ナナちゃん、シン君を悶絶させるのはいいかもだよー。介抱にかこつけ――むぐぐぐぐぐぐ」 「作らない!」 「うめぼしはやめてー」 「とにかくメイド喫茶で決まり! スウィーツのことは後で考える!」 「強引だなあ……」 「会計さんっていやしんぼですね」 「仕事中にいきなり喧嘩売るか? だが江戸っ子としては受けずばなるめぇ!」 「食べ物のことばかり連呼する人はいやしん坊だとガイドブックに書いてありました」 「ああ、スイーツね」 「まぁまぁ。ナナカちゃんは発音が飛びぬけていいから仕方ないよ」 「いや、これは発音とかそういう問題じゃなくて」 「昔からそんなにいやしん坊さんだったんですか?」 「いやしんぼいやしんぼ、やーいやーい」 「スイーツスイーツって連呼はしてなかったな。昔は」 「そうなんですか? 意外ですね」 「意外たぁなんだ」 「どっちかというとガキ大将って感じで」 「音痴で横暴だったのね」 「偏見でい! アタシは昔からいい子だったんだから。ね、シン」 「お、音痴じゃないとは思うよ」 「なによその間は」 「横暴だったんですか」 「横暴じゃなかったでしょ! 色々とこまやかで気のつく所も」 「いつも走り回ってたね」 「あ、アンタだって一緒だったでしょう!」 「うん。いつも引きずりまわされてた」 「ナナカさんが主犯だったのね」 「人を犯罪者みたいに言うな! 一緒だった事実はかわらないやい!」 「高村さんちのブルドックの綱を外した時は大変だったな……凄い猛犬でさ」 「まさか、噛み殺されたとか!」 「そしたらここにいないぜ」 「はうっ! もしかして会長さんはゾンビさんですか!?」 「すげー、ゾンビ! 魔界にも滅多にいないよ!」 「いるのね……」 「アタシがシンを犬から救ったのさ! えへん」 「勇敢だったんだね」 「あの時は頼もしかったなぁ。でも、綱を外したのはナナカだったけど」 「オチがつくのね」 「いや、それはたまたまシンの印象に残ったってだけ!」 「あと、探検ごっことかもよくやったな……」 「シン君けっこうヤンチャだったんだね」 「いえ。計画はナナカ、リーダーもナナカでした」 「い、いや、全部がそうじゃなかったはず!」 「でも、僕だったら塀の上だけを歩いて流星町を一周するとか、そういう無謀な事はしないよ」 「あー、あれは楽しかったね……」 「そうだよね。あちこち覗いたおかげで、追い掛け回されて大変だった」 「会計さんはワイルドですね」 「こ、子供らしい子供だったんだい!」 「私はそんな事しなかったわ」 「ごめん。私もしなかった」 「天、おほんおほん、私の住んでいた国には、塀とかありませんでしたし」 「子供は魔術を間違って、すぐ火をふくよね。よく生きてたもんだ」 「そりゃお前だけだろう」 「お、おかしいな……ここは、セピア色の思い出が出てきて、シンとアタシの二人だけの空間が出来るはずだったんだけど……」 「懐かしいなぁ……」 他愛ない思い出かもしれないけど、僕とナナカの間には共通のものがいっぱいあるんだ。 その関係が今でも続いている。 幼馴染みとして……僕がキラキラの学園生活を送りたいと言ってた時に、たくさん応援してくれたのもナナカだったっけ。 古い記憶も大切だけれども、今こうして紡いでる時間だって、僕にとってはとても貴重なものだ。 ナナカは、どうなんだろう……? 「それでどどめ色の思い出はないのですか?」 「セピア色だと思うよ?」 「ちょっと待って」 「やっぱり無いんじゃ……?」 「いや、そんな事はない! 今日は脳の調子が悪くて。チューニングしなくっちゃ」 「爆竹を……いや、だめだ。大根でちゃんば……いや違う、ピンポンダッシュ……違う!」 「無いのね」 「待ったぁっ! ナスをジャガイモに……だめだし、タコ事件! いやあれも違う……落とし穴とかよく掘って……ちがーう!」 「無いんですね」 「い、いや、そんなことないって」 「ははは、懐かしいことばっかりだ……。大きなタコに縛り付けられて、空中に浮かぶか実験されたっけ……」 「き、危険ね……」 「い、いくらなんでもそんな事は。猫を縛り付けたくらいだったよ?」 「バッカだなぁ。普通に飛べばいいのに」 「いや僕だよ。タコに夕霧庵参上、ってでっかく書いてさ」 「あ……うー。……そ、そうだったかも」 「飛んだんですか? わくわく」 「飛ばなかった。重すぎた」 「つまらないオチですね」 「悪かったね!」 あんなので飛べると思ってた頃が懐かしいなぁ……。 「今日は進展あったー?」 「それどころじゃなかったよ。魔族の強いのが――」 「そんなのはどうでもいいのー! ナナちゃん、シン君1番、平和は2番、3時のおやつはサンスーシー!」 「そもそも、それどころ、とか言ってちゃだめー」 「はい復唱! シン君1番、平和は2番、3時のおやつはサンスーシー!」 「シンが1番、平和が2番、3時のおやつはサンスーシー!」 「で、どうだったのー?」 「もうだめだなー、ナナちゃんは。幼馴染みなのにー! エポックメイキングな思い出なしなしだよー」 「いやいや! そのうち思い出すよ、多分。こんな長年つきあってたんだから……一つくらいは、ねえ?」 「なんで私に聞くかなー。そのうちじゃ遅いのー。それに結婚の約束くらいしてるもんでしょー? 普通、幼馴染みだったらー」 「う、うぐ……結婚の約束だなんて、そんな恥ずかしいこと……するわけないでしょうがっ」 「けど飛距離がないと逆転できないよー」 「でも、ま、まだ逆転とかいうほど離されては……」 「あのねー、ナナちゃん。自分がリードしてると思い込んでて周回遅れだよー。サッカーでも無いのに決定力がなさすぎだよー」 「うう……アタシもそれに今更気づかされてショックだ……」 「あのさー、シン君がナナちゃんを嫌いってわけはないと思うんだよー」 「いくら胸が足りなくて、ソバしか打てなくても、そうゆーの関係なくつきあいが続いていたんだからさー」 「励ましとけなしどっちかにしろ!」 「冷静な状況判断だよー。愛の鞭だよー」 「とにかくねー。こうなったら正攻法しかないと思うんだよー」 「せ、正攻法? わ、わかった、交換日記だ!」 「なに遠回りしすぎて迷子になってるかなー。もう心も体も子供じゃないんだからー」 「そ、そうだよねっ。大人っ、心も体も大人な付き合いを――」 「って何言わすんじゃ!!」 「ナナちゃんのエッチー。誰も何も言ってないのに自爆しないでよー」 「そうじゃなくて、口実を作って二人だけで会ったり、二人だけになったりするんだよー」 「そ、そんな漫画やドラマみたいな! アタシには、無理!」 「もー、だめだよーナナちゃん。女は度胸だよー」 「女は……度胸……」 「そのとーり! 判ったかなー?」 「わ、判りました師匠!」 「えっへん。まっかせなさーい」 「ここに来るように言われたけど、誰もいないね」 「コーチの方はどなたですか?」 「うーん。いないね」 「この手の事に詳しい人とはどんな方なのでしょう」 「古武術とかそういうジャンルの人かも」 「先入観は恐ろしいぜ」 「おほん。みんなアタシに注目しろーい!」 「あれ、サリーちゃんどうしたの?」 「アルバイトさぼっちゃ駄目よ」 「むっかぁ! アタシがコーチだい!」 「ええええええっ!」 「えーこほん。では改めて自己ショーカイ! 本日、セートカイの特訓を受け持つサリーちゃんです」 「アンタが先生……不安だ」 「なんだとぉ」 「これは一大事です! 理事長さんは魔族と手を結んだんですよ!」 「そ、そんなに大事かな……?」 「そうすることで、私達を負けさせようとしているんですよ!?」 「そ、そんなことないって」 「お前等忘れてるかもしれねーが、ここにいるクルセイダースの誰よりもペタンコは強いぜ」 「少なくとも今の所はな」 「確かに……一対一だったら、勝てないかもしれないわね」 「でもさ。こういう戦隊モノの場合、最初に出てきた頃の怪人って、味方になると弱くなるのがセオリーじゃん」 「昔、ナナカのうちでよく見せてもらったなぁ」 「そんな小さい頃には同棲してたんですか」 「ちちっ、違わい!」 「なんとなくチョーむかつく! アタシが先生なの! もう容赦しないんだから!」 「リジチョーからだってビシビシやるように言われてるし。カクゴしときなよっ」 「それで、サリーさん。どのような特訓をしていただけるのかしら?」 「特訓か……」 「くふふ、よくぞ聞いてくれました。何を隠そう、このサリーちゃん――」 「ちょっと待った!」 「え〜〜。今、いいところなのに」 「あのさ、サリーちゃんて、みんなの実力とか知ってる?」 「馬鹿にすんなー」 「戦ったことがあるものね」 「でもさ、あれから色々あって、アタシ達も強くなってると思うんだ」 「でしょでしょ。だから、今の実力を知ってもらうほうがいいと思うんだけど」 「一理あるね」 「会計さんどうしたんですか!? 知恵熱でちゃいますよ」 「サリーちゃんの前で模擬戦するってのはどうかな? ジャンケンで2:2:1に分かれればバッチリ」 「アンタさ、ジャンケンの時の癖、直ってないね」 「最初に出すのが決まってる」 「そ、そうだったのかーー! そういえばナナカにはジャンケンでいつも負けてるような」 「べ、別にアンタと組みたかったから同じのを出したわけじゃないんだよ? たまたまだからね」 「別にわざわざ言わなくてもいいじゃないか……」 「哀れだぜ」 「うるさ――」 「おっと待った。今はヒスとリアちゃんと戦うための作戦タイムだぜ」 「なんか作戦あるの?」 「作戦?」 「僕としてはさ、最低でも攻撃と防御に役割分担するのがいいと思うんだ」 「でも、僕もナナカも攻撃タイプでしょ。となると力押しかな」 「しっかりしろナナカ」 「聖沙は足止めをしてくるはずだから、どうやって接近するか……僕が囮になろうか?」 「せっかく二人になったんだから……」 「ナナカ!!」 「え、あ、うん、ごめん。なに?」 「一生懸命考えてるのは判るけど、二人なんだから二人で考えようよ」 「そ、そうだね。あははは」 「何か思いついた?」 「え、えっと……」 「おおおっ! リアちゃんの変身シーンが始まるぜ!?」 「あ、こら! まだ作戦会議中だっていうのにっ」 追っていった先を見てしまいそうになるが―― 「ううっ、いかんいかん!」 慌てて目を逸らし、ナナカと向き合った。 「ええいっ、リア先輩には負けられない……っ、アタシだって――」 「あ、アタシも変身、しよっかな……」 こ、これは前門のリア先輩、後門のナナカ!? 「わざわざ僕の目の前で変身しなくたって……」 「そ、そんなことわかってらい! けど、けど……」 「アタシら幼馴染みでしょうがッ!! 裸くらい、なんてことないやい!」 「そ、そうかもだけど……やっぱり恥ずかしいよっ……」 「アタシだって逃げ出したくなるくらい恥ずかしいさ。けど、こうでもしなきゃ……」 「こうでもしなくっちゃ、シンは……」 「行くよ、シンっ!!」 「行かないで!!」 まじまじと見てしまった。 小さい頃とは比べものにならないほど、女性の曲線がくっきりとしている。 いくら幼馴染みだからって、慣れるものじゃない。 逆にその姿を普段の時まで思い出すから、いつもドキドキしてしまうじゃないかっ。 「ど、どうだった?」 「――って、アタシの馬鹿っ!! 何、変なこと聞いてんだっ」 けど、ナナカも恥ずかしいのを我慢して頑張っているんだ。 ぼ、僕だって―― 「僕も変身する。ナナカ……しっかり見ててね!!」 「ちょっ!! シン!?」 「変身で恥ずかしがってたら、敵にやられちゃうからねッ!!」 「やっ、違う!! そうじゃっ、そういうことじゃないのに〜〜っ」 「あの二人……なにをやっているのかしら」 「メオトマンザイ?」 「二人ともお顔が真っ赤ですね」 「ソバの苦労も水の泡だぜ」 「変・身ッ!!」 「だーーっ、やめれーー!!」 「裸になるのを恐れてはダメよ。防具を脱ぐことで強くなることだってあるんだから!」 「そうか! 確か僕の持ってるゲームの中でも、裸の方がアーマークラスの数字は低い。そんなキャラがいた!!」 「その通り! いいところに気づいたあなたには、このトロフィーをプレゼント!」 「アタシは『くの一』じゃなーーーい!!」 「おはよっ」 「おはよう」 「おは」 「おはようアゼル」 「お帰りはあちらですよー、ご主人様」 「いきなり帰れ!?」 「えへへー。どう、今の? メイドさんっぽかった? 練習ー」 「いきなり帰してどうする」 「あれれー?」 「先が思いやられる……」 「うーん。じゃあこうだー!」 「えへへー。ゆっくりしてってやー。いい子いまっせー」 「一時間5000円ぽっくりだよー」 「5000円か! 安いぜ!」 「おひとり様ごあんなーい!」 「どうかな?」 「バッチリだぜ!」 「いらっしゃいませ!」 「ほう。今日は若夫婦そろってるな!」 「な、なに言ってるんですかタメさん」 「今、おひやお持ちしますね。いつものでいいですか?」 「おうよ」 僕はナナカのおやじさんとアイコンタクト。 『月見ひとつ』 『月見ひとつ。それからモリ2枚あがり』 『了解』 「にしても、よくわかるな」 「何がですか?」 「夕霧のオヤジさんが考えてる事さ」 「いや、なんだか判るんですよ」 「こりゃアレだな。シンが入り婿になるしかねぇって事よ」 「婿ぉ!?」 「んなっ、なんでそうなるんですか!」 「理解しあうのは大事だぞ」 「ちょっとタメさん! 勝手に決めつけないでよ!」 「そ、そうですよ。ナナカも困ってるし……」 「ありゃりゃ困ってるのか。そりゃ失礼」 「べ、別に困ってるってわけじゃ……」 「お、お客さんが来たぞ」 「言われなくても判ってらい!」 「あ、久し振り、元気?」 僕に挨拶をすませると、ティーヌンは田舎そばを2枚乗せたお盆をもってお客様の方へ行った。 あっちで働いてるジャンガラも元気そうだ。 すっかりお店の雰囲気に溶け込んでいる。よかったよかった。 モチモチは、神棚の上で寝ていた。 堂々と雰囲気に溶け込みまくっているが、これはまずいだろう。 僕は、モリをとりにいくついでに、神棚からモチモチをとりあげた。 「モチモチ、起きなって」 なんとなくアイコンタクトがあったような気がしたので振り返る。 『シン君。そいつは厨房へ』 『いいんですか?』 『どっかに寝かせておくさ』 「ザル一丁、モリ一丁!」 重々しくナナカのオヤジさんがうなずいた。 「ねぇ、シン」 「あ、あのさ、その……」 「手伝い? 別に構わないよ」 「い、いやっ、そういうことじゃなくて――」 「その代わり、またうまいお蕎麦をご馳走して欲しいな」 「いや、だからっ、その――」 「あ、いらっしゃい!」 「あ……い、いらっしゃい」 「ほら、お客さんが待ってるし」 「あ、うん」 「場所を間違えた……これじゃ二人きりになんて……」 「な、なんでもない!」 『シン君』 『あ、はい』 『もうあがっていいよ。今日は助かったよ』 『いえ、これくらいお安いご用です。いつでも呼んでください』 『いっそ、シン君、ここの婿になってくれよ』 「ぶっ!!」 『そ、それはナナカにも都合があるでしょうしっ』 返事がこない。 たまに、通じてない時もあるのではと思う事がある。 しかし、今のは本気で言っているのかな、親父さん……。ナナカには聞こえないから助かったけど。 もし聞こえてたら、ナナカはどう思うんだろう。 「あああああ! アタシの馬鹿!」 「店でなんか二人きりになれるわけないじゃん! 親父もいるし……」 「え、えーっと……ナナカ?」 「ひぃっ!?」 「ど、どうかしたの?」 「……はぁ……アンタはいいよね悩みがなくて」 さっき君の親父さんに頭を悩まされたばっかりだというのに。 「僕にだって悩みの一つや二つ、ちゃんとあるんだからっ」 「うぐ……」 婿入りに動揺してただなんて、ナナカの前で言えるわけがない。 「あ……明日を生き抜くことについて」 「ああ、そうだった……それもあったか……」 「ソバの悩みは別のことだろ?」 「えっ、そうなの?」 「うるさいパンダ! 無いったら無いったらないの!」 やっぱり聖夜祭の事だろうな……僕と似たような悩みじゃ、ないんだろうな……きっと。 「僕あがりだから」 「あ、うん。お疲れ様」 「今日はあんがとね!」 「いえいえ。これくらい大した事ないよ。いつも世話になってるね」 「じゃ、また明日」 「うん、じゃあね」 「ソバの悩みってなんだと思う?」 「聖夜祭の事だよ。多分。スイーツの調達とか」 「でも、僕にはお金もツテもコネも無いしなぁ……うむむ」 「はぁ……ソバも気の毒だぜ」 「えへへー。差し入れだよー」 「突然、どういう風のふきまわし?」 「昨日、なんとなくねー。ケーキ作りたくなってねー。作ってみたんだよー」 「さっちんって料理できたんだ……」 「期待していーよー? 初めて作ったのに、なんとか食べられそうなケーキが出来たしー」 「初めてなのかよ……それ出来るって言わない」 「まーまー」 さっちんが箱をぱかっと開くと―― 「ええと……ショートケーキ?」 「こ、これは。なんとなく抽象絵画を描きたくなるケーキだね……」 「馬に蹴られたみたいです……ということは、このケーキさんは恋路を邪魔したんですね! なるほど」 「もはやコメントのしようがないわ」 「はい、お皿とナイフ♪」 「ありがとうございますー。じゃあ、切るよー。どう切れても恨まないでねー。かまえー」 「なに包丁を振り上げてる!? なぜ目をつぶる!?」 「私が切るよ」 「試食はしたの?」 「そんなの怖くてしてないよー」 「怖いのかよ!」 みんなに一切れずつ配られたけど、誰も手をつけない。 「あれー? みんなどうして食べないのー? きっと美味しいはずだよー、たぶん」 なぜかみんなが僕を見た。つまり期待されてる? 生徒会長として、みんなの期待に応えずばなるまい! 勇気を振り絞り、ケーキを口に運んだ。 「アンタ……うまいしか言葉を知らない人みたいだぞ」 「いやいや! 別に嘘ついてるわけじゃなくて――」 「え……まじ?」 「あら? 見た目はともかく、味はきちんとしたケーキね」 「本当……美味しい」 「なんだよ。ちゃんと食えるじゃねーか」 「ほほう、なかなか美味しいですね」 ナナカも腹をくくって、ぱくんと一口。 「会長、出来映えはどうでしょうかー?」 「39点」 「ナナちゃんひどいよー。素人が作ったケーキに点数つけないでよー」 「聞いてきたのはアンタでしょう!!」 「ひどいよー。初体験で一応食べられるケーキ作ったのにー。誰か褒めてよー」 「十分うまかったって」 「うまいしかボキャブラリーがないシン君に褒められてもー」 「初めて作ったのでこれなら上出来だよ」 「でも、これ……ホントにさっちんが作ったの?」 「そうだよー。信じてよー。私だってスイーツ同好会のメンバーなんだからー」 「それはアタシに対する当てつけか?」 「さっちんも、ケーキ作れるんだ……」 「やったー! これでスイーツ同好会の威厳は保たれたー!」 「会長のナナカちゃんなら、もっと美味しいものが作れるのかな?」 「お蕎麦も美味しい会計さんなら、きっと作れるはずです!!」 「あ、アタシ……蕎麦以外、ほんとてんでダメだから、さ」 「ケーキなんて、あはっ、あははは……作ったことないし」 「ナナカも作ってみればいいじゃないか。物は試し。結構、うまくいくかもよ」 「私みたいにねー」 「あ、アタシは……その……」 「試食してくれる人も、いっぱいいるし」 「いいって! 病人が出ても困るしっ」 「ふふ〜ん。じゃあ、私の方が会長よりも立派だってことで決まりだねー」 「ななっ、なんだとー!?」 ナナカ……あれだけスイーツが好きなのに、どうして自分は頑なに作ろうとしないんだろう。 「なんですか」 「うわー、機嫌悪そー」 「べ、別に」 「判ったー。今日、私がケーキ作って来たからでしょー? 図星ー?」 「うう……そんな事じゃないやい」 「そういう事にしといてあげるよー」 「でもね。39点のケーキでも、シン君の反応悪くなかったでしょー?」 「ま、まあ……確かに」 「気持ちはわかるけどー、いつまでもこのままじゃ駄目だよー」 「クッキーとかケーキとか作れば、男の子はイチコロなんだからー」 「い、イチコロ……かぁ」 「とりあえず、作ってみるべしだよー」 「やっぱ無理」 「わ。断定ですかー」 「それにどうせ、あいつ……うまいしか言わないし」 「もう、しょうがないなー。じゃあやっぱり正攻法しかないねー」 「何もしなかったわけじゃない。二人になろうと努力した!」 「二人になるだけじゃ駄目だよー。もっと積極的にいかなきゃだよー」 「どゆこと?」 「二人きりになったら、ぐいぐいと抱きついたりするの。そしたらさりげなく、ええっと……」 「おっぱい押し付けてみたり!!」 「おっぱい!?」 「なななな、んなこと出来るかーッ!」 「やると言ったらやるしかないのー! リア先輩からリード奪うなら、密着して直にアピールしなくちゃだめだよーっ」 「で、でも、リア先輩相手に……そんなものじゃ……」 「だったら、とことんまで迫るんだよー。既成事実を作っちゃえー、危険な城彰二だよー」 「情事でしょうが!! あ、アンタ……しかも意味わかって言ってんの?」 「私がわかってなくても、ナナちゃんが判ってれば問題なしだよー。とにかく、それくらいしないとー」 「そ、そっか……」 「が、がんばる」 「その意気だよー」 「色々、ありがと」 「どういたしましてー、それから結果は教えてねー」 「……アンタ、もしかして面白がってるだけとか?」 「えへへー。まっさかー」 「シンのジャンケンのくせ、直ってなかった……くふふ」 「な、なんでもない! ほら、気合い入れて行こう!」 「うん。今日の模擬戦の相手は、ロロットとサリーちゃんのペアだから」 組み合わせ分けのジャンケンで、僕もナナカもグーだった。 で、聖沙とリア先輩がチョキ。ロロットがパー。 「順当ならサリーちゃんが攻撃で、ロロちゃんが防御だろうね」 「アタシが攻撃で、天使が防御!」 「オマケさんばかりが、カッコいいほうを取るなんて許しません!」 「なんだとぉ! アタシの方が強いんだい!」 筒抜け。 「はっ!? オマケさん、言い争っている場合ではありませんよ!」 「アタシが攻撃だい!」 「会長さんと会計さんにこっちの会話が筒抜けです!」 「なにぃ!? スパイだな!? 卑怯だぞー!」 「これはゆゆしき事態です。こうなったら、相手の裏をかくべく二人とも防御を」 「それならいっそ、二人とも攻撃の方がアタシの好みだな」 「むむむ。その辺で妥協しましょう」 「はっ!? またも全て聞かれてしまいました!」 「やるなカイチョー!」 「いや、そっちが大声なだけなんだけど」 「シン。アタシら別の場所で作戦会議しよ」 「やった! 二人きり!」 「おおっ、いい作戦でも思いついた?」 「も、もちろん! ええと、そのロロちゃんをさ」 「回復能力もってるからどうにかしないとね」 「あ、うん。そうそう!」 「こういうのはどうだろう。最初はサリーちゃんに集中して」 「助けようとロロちゃんが近づいて来た時か、ロロちゃんが回復で手一杯になったら勝機でしょ」 「そこで。いきなり攻撃対象を変えれば。合図はチョキを見せるで」 「うん。なんとかなりそうじゃん」 皆まで言わずとも通じるのが、ナナカのいいところだ。 「さて、作戦も決まったし戻ろうか」 「しまったせっかくのチャンスを……」 「ソバはまだ戻りたくないんだとよ」 それって、まさか…… 「なっ、なにを言うかこのパンダわっ!!」 「そ、そうだよ、パッキー! まだ作戦会議中だし、今戻ったら向こうの作戦が聞こえちゃうから――」 「そうそう! だから戻りたくないのっ。さっすが幼馴染み! 判ってくれるね!」 「そ、そりゃ判るさ。付き合い長いから」 「肝心なことは全然判ってもらえないんだけど……」 「もっと積極的にいかなくちゃ!!」 「おおっ、作戦変更? けど、いきなり突撃するのはさすがに無謀じゃないかな……」 「あ、え、いや、その、作戦とかそういうの性にあわないから、そういう出たとこ任せがいいなぁ、って。あはは」 「僕はそれでもいいけど。実戦では、戦いながら勝機を見出さなくちゃいけないからね」 「……アンタ、真面目だね」 「いつも通りと言って欲しいな」 「出たとこ任せか……」 「足元!」 「え、あっ!」 ナナカの足がもつれ、倒れそうになるところを僕が手を伸ばしてキャッチしようとする。 しかし間に合わず、そのまま二人して蹴躓いてしまった。 「あ……!?」 手の平に伝わる柔らかい感触。目で見えているものよりも大きな膨らみが、そこにはあった。 二人は転んだまま、目をパチクリとしている。 な、ナナカの胸を……バッチリ触ってしまった。 「きゃあっ!」 「ご、ごめん!!」 慌てて手を放すと、ナナカが両腕で胸を覆い隠した。 今までこんな反応見たことがない……幼馴染みなのに……。 今はナナカを女の子として意識してしまっている。 「こ、こっちこそ……ごめん。ちょっとビックリしちゃって」 「いや、だって……その……さ、触っちゃったし」 「そ、そんな風に言わないでよ! ほら、もう忘れる! 恥ずかしいじゃないのさっ」 「ま、まあ……今のは事故みたいなもんだし。それに……助けてくれたわけだし」 「その、ありがと……」 「で……大丈夫?」 「あ、うん。大したことないよ」 「あっ! 血が出てるじゃないかっ」 「ちちんぷいぷいのぷい! 痛いの痛いの飛んでけ!」 「な、何、恥ずかしいこと言ってんでい!」 「い、いやさ! 昔、お互いよくやったじゃん」 いつも駆けずり回ってたナナカに僕がしてあげた方が多かったけど。 なんだか照れくさくなって、つい話題を逸らしてしまう。 「こ、こんな歳になって、変なことすなっ!」 「もういっそのこと傷口舐めてやれよ。きっと喜ぶぜ」 「だだだだ誰が喜ぶか!」 「想像しろよ。シン様の柔らかくも熱い舌が、傷口の周りを這いまわるんだぜ」 「し、しようか?」 「しなくていいの! こんな傷くらい何ともないやい!」 「やれやれ」 「戻ろ戻ろ! 対戦相手を待たせちゃ悪いから!」 ナナカはいつも通り元気なままがいいんだけれど。 いつもと違うナナカを見ていたら、いつしか僕のドキドキが止まらなくなっていた。 「あ、あのさ……」 「ふ、二人っきり……だね」 「大丈夫だよ」 「あ、当たり前でい! シンがアタシを襲う度胸なんてあるわけないもんね」 「僕が!? な、何を突然言い出すんだよ!」 「だって、ほら、あ、アタシは女で、アンタは男でしょ」 「……僕がそういう事する人だと思ってるの?」 「違う! そういうわけじゃ……」 「ってか、アタシはあるわけないって言ったでしょ!」 「度胸さえあればナナカを襲うような人だって事じゃないかっ」 「ソバは襲って欲しいんだぜ」 「な、なななな」 「こら、パッキー。パトロールの最中に、そういうこと言うのはどうかと思うよ」 「へいへい。俺様が悪かったぜ」 「ナナカも。こういう時に変な冗談言わないでね」 「あ、うん……そ、そうだよね。ちょっと緊張してたのかも」 「普通の魔族相手だったら、僕らだけでも何とかなるだろうし」 「あの強い魔族達が現れてピンチになったら、僕が魔族を引き付けるから、ナナカは携帯でみんなに連絡して」 「そんな! 危ないよ!」 「大丈夫。みんなが駆けつけてくれる時間くらいは稼げるよ」 「あ、アタシだって……」 「シン様が囮ってのは、順当な判断だな」 「どうしてさ!」 「シン様も俺様も、携帯もってねーぜ」 「それが理由かい!」 「携帯持ってると凄いんだろうね。最新式のだと、写真を送ったりゲームも出来たりするらしいし」 「いや、かなり前からだって」 「すげーぜ。電話の癖にどうやって写真を送れるんだ? 魔法か?」 「FAXがついてるんじゃないかな?」 「いや、ついてないって」 「そうか、念写だ! きっと念写の原理を科学的に解明したんだ!」 「最新の科学はすげーぜ」 「それ科学じゃないから!」 「せっかく暗闇で二人きりだってのに……どうしてこんなアホな話を……」 「念写でもないなら、どうや――」 「デジカメとかパソコンで画像をデータにしてるでしょ? それと同じ」 「……何かいる」 闇が濃くなったような気配。 「別に……何もいないよ」 「いや……こいつは……魔族くさいぜ」 「この怪しい気配が……魔族……?」 「やっほー」 「なんだサリーちゃんか」 「なんだとは失礼しちゃう!」 「バイトで説教されて居残りでむしゃくしゃしていたところで、怪しい気配を感じたからわざわざ駆け付けたっていうのに!」 「説教ってどうして?」 「バイト中にお腹がすいたな、と思ったら、目の前に牛丼があって……えへへ、つい」 「ついじゃない! そりゃ怒られるわ!!」 「怪しい気配って……じゃあ、僕がさっき感じたのも……」 「うん。なんかアタシも知らない気配がいっぱいあった」 「ええっ!? じゃあ、みんなに緊急メールしなくちゃ!」 「送信、と。これでよし」 「おいでなすったようだぜ」 「あそこか!」 「あ! また同じやつだっ」 「いや、待ってシン、こいつらなんか……いつもと違う!!」 「耳だ! 耳がついてる!」 「猫耳じゃん!」 「姿はちょっと可愛らしいかもしれないけど……油断しちゃだめだ」 「それに、今、あったまきてんだから!」 「あっ、逃げてく!」 「へへん、よわっちい奴らは逃げ足が速いや」 「あっちはフィーニスの塔! どうする? すぐ追いかける?」 「いや、深追いは危険だ。みんなが集まるのを待とう」 「ああ、二人っきりの夜が台無し……」 「ナナカ、大丈夫? どっか怪我でもした?」 「え、あ、大丈夫。元気、元気!」 「ならいいけど、無理しちゃだめだよ」 「し、心配してくれてありがと……」 「心配してくれるのはありがたいけど……はぁぁ……」 「ったく……シン様は、ほんと朴念仁だぜ」 「まぁ……下半身だけ男よりはいいけど」 「そんなんじゃ、学園ハーレム化計画なんて夢のまた夢だぜ」 「そんな夢見てないから!」 「はぁぁ……休みの日も特訓に生徒会のお仕事……くったびれた!」 「アタシもー」 「アンタは生徒会の仕事はしてないでしょうが!」 「スイーツ同好会の出し物の準備もしてるんでしょ?」 「そっちは、ユミルがよくやってくれてるから」 「さっちんは?」 「あはは。一生懸命じゃないわけじゃないんだろうけど……察して」 「な、なるほど」 「そうだ! 魔界通販でスイーツ取り寄せてやるぞ!」 「魔界のスイーツ……」 なんか、黒と緑色でどろどろして、あちこちピクピク動いてる物を想像してしまった。 偏見はいけないよね。 「黒と緑のまだらで可愛いやつなんだよ。新鮮だとピクピク痙攣してて楽しいし! 勝手に動くしね!」 どうやら想像通りのものらしい。 「こ、厚意は嬉しいけど……ほ、ほらサリーちゃん生徒会の仕事とアルバイトで大忙しだからさっ」 「ナナカはいいヤツだなぁ! 心配しなくても大丈V!! それくらい朝飯前!」 「朝飯前はお腹がぺっこぺこだけどね」 「それはサリーちゃんに限って言うと、大丈夫じゃないと思うよ」 「え、ええと……サリーちゃんに聞きたい事があるんだけど」 「なになに? なんでも聞いて!」 「バイラスってさ。魔界最強って言ってたじゃん」 「言ったけど……それがどうしたの?」 「ならさ、バイラスっていうのが、魔界の王様? 魔王?」 ごめんナナカ。僕が魔王。魔王のくせに魔界の王様らしい威厳も力もさっぱりないんだけれど。 「残念だけど、ハズレ。本当に魔王だったら、わざわざ魔将と呼ばれるわけがないもん」 「そっか。そうだよね」 「ということは、そのバイラスってのより魔王は強いのかね?」 「有名じゃないから弱いんじゃない? アタシも、そういうもんがいるらしいって事しか知らない」 「魔王なのに有名じゃないのか」 有名じゃなくてよかった。 「サリーちゃんの口ぶりだと、魔界の支配者ってわけでもないんだ」 「うん。そうだよ」 「今、思いついた! 魔王ってヨボヨボのヨレヨレなんだよ!」 「ええっ!? どうして!?」 「どしてシンが驚くの?」 「い、いや、なぜそう思ったのかなぁって」 「存在だけはそれなりに知られてるってコトは、大昔は超有名! ってコトじゃん」 「でも、今じゃ知名度で七大魔将に劣るんだから、存在感がゼロってコト」 「つまりさ、もうヨボヨボの隠居で、なんにもしてないんだよ」 「魔界公団住宅の片隅で、魔界年金だけを頼りに一人暮らしって感じかな?」 「コウダンジュウタクとかネンキンとか判んないけど、そんな感じ」 「ククク……お前らにかかっちゃ魔王も形無しだぜ」 「寂しくて死んじゃってたりして」 「ウサギか……」 動物扱い、しかも殺されちゃったよ。 でも、こういう風に思われてた方が、僕にとっては安全かも。 「シン? どしたの?」 「あ、いやね、その魔王にちょっと同情しちゃって」 「ああは言ったけど、さすがに死んでるってことはないんじゃないかなぁ」 「サリーちゃん、魔王に関して悪い噂ってないんでしょ?」 「うん。良いも悪いもなんにもないよ」 「ならさ、名前の割には大して悪い事してないんだよ。恨まれてもいないようだし」 「人を裏切ったりしてないなら、信頼できる仲間とか家族とかいるかもしれない」 「だったら、一人って事はないよ。多分」 「僕にとってのナナカみたいな、幼馴染みもいるかな?」 「幼馴染みね……」 「いるならきっと幸せだと思うんだ」 「シンもアタシがいて幸せ?」 ナナカは嬉しそうにほほえんで呟いた。 「きっといるよ」 「へい! いらっしゃい!」 「どうぞこちらへ!」 「お品書きをどうぞ」 あー、働くっていいなぁ。 「あ、シン。モリそば2枚あがったって」 僕が運んだソバをみんながうまそうに食べている。 自分が作ったわけじゃないけど、ちょっと幸せになる。 そう思って見れば、夕霧庵は幸せでキラキラしてるじゃないか。 『シン君。それ』 「はい。それから、月見ふたつ」 『まかせな!』 親父さんはいつにも増してキレがいい。 「君も頑張れ!」 「そっちも頑張れ!」 みんな労働の汗――彼らに汗腺があるかは定かでないが――を流す。 その汗はきらきらと美しい。 多分。 気持ちよさそうに寝てる……。 見なかったことにしよう。 「シン。なんかいい笑顔してるね」 「ナナカこそ、今日はいつにも増して生き生きとしてるよ」 僕らは意味もなくハイタッチ。 仕事は順調。職場の人間関係も良好。 世はすべて事もなし。 「うん。なんかね。ちょっと前に恐ろしい事があったような気がしたけど」 「不思議だね。僕もそんな気が」 「でも、働いて、ソバで幸せになるお客さん達を見ていたら、すがすがしい気持ちになって来てさ」 「そうだよね。きっと恐ろしい事なんてなにもないんだよ」 僕らは微笑みあう。 「あ、お客さんだ」 「うん。お蕎麦で幸せになってもらおう」 僕らは極上の笑顔で戸口の方を見た。 「いらっしゃい……げげっ、ぶぶづけ!!」 「お二人はんとも、余裕どすなぁ。テストも近いいうのに」 「て……テスト」 「来週やさかい、現実逃避もほどほどにしとかなあきまへんえ」 「きぃぃぃぃ! うるさい!」 「お客はんに対してその態度は、いかがなもんかと思いますけどな」 「え、ええと、どうぞこちらへ」 「いつもの」 「いつもの?」 「そこで、えらいふて腐れた顔してはるお人なら、わかりますやろ」 「……田舎そばとデザートのあんみつ」 「もしかして……常連なんですか?」 「残念どすけどなぁ、うちに限っては、100年通わへんと常連はんと呼べへんそうどす」 「だから常連じゃないんだい」 「ナナカ……子供すぎ」 「うるさい!」 「ここの田舎そばは、腰が強うて美味しおす。それに、ナナカはんとお喋りするんも楽しゅうてなあ」 「だめですよ。そんなこと言って、ナナカをからかったりしたら」 「あら、バレてしもうたわ」 「ナナカじゃ先輩に勝てないんですから……あんまりいじわるしないであげて下さい」 「負けてないやい!」 「その台詞が負けてるって事だぜ」 「うううう、うるさい!」 「好きな子にはついついな。せやけど別に、勝ったから言うて身ぐるみ剥いだりせえへんのに」 「そんな心配してません」 「ナナカはん。久しぶりに、勉強教えたってもええんよ?」 「い、いいや……断る!」 「えっ……御陵先輩に勉強教わってたの?」 「もうそのことは忘れて!」 「ほんま、つれへんお人やわ〜」 「テスト前だっていうのに、僕はなんでここにいるんだろう……」 しかも、両手にはクレープ。 ちなみに、チョコバナナとカスタード生クリーム。ほっかほか。 「そんな細かいことは気にするな!」 「だが、しかし……ケーキをご馳走してくれると言う言葉は魅惑的過ぎたんだ!」 ぱくり。うまい! うまいがしかし! 「諦めて楽しもうぜ」 「だ、だが、しかし!」 「シン君。悩んでると、クレープが美味しくなくなっちゃうよー」 「はふぅ。むしゃぱくがつがつ、うまいっすね。うまいっすね」 「ユミルを見なさい! 全然悩んでないから!」 「でも、テスト! っていうか、君たちはテスト大丈夫なの?」 「燃え盛る火も、みんなで飛び込めば怖くないんでい」 「それは錯覚!」 「私は平和主義者なんだよー。非暴力、無抵抗、不服従だよー。テストに対して不服従を貫くよー」 「冬休みが潰れてもいいならそれでもいいけどね」 「なんとかなるっすよ」 「いや、なんともならないって」 「ノリ悪いよ、シン」 「ゲームで現実なんか見たくないよー」 「だからね、ゲームじゃなくて現実だから」 「でも、それは先輩が出来るからっすよ。自分なんか赤点以外とったことないっす」 「休みはいつも、半分くらい出席っす。ま、それが当然っすから」 「大物だ……」 「大物だねー」 僕は沈黙の中、両手のクレープをおもむろに食べ終えた。 「……判った。そこまで覚悟してるなら君には何も言うまい」 「うっす」 「ナナカとさっちんも、これくらい悟りきってるなら、何も言わないけど」 「ごめん。今日はシンまで誘って悪かった!」 「しょうがないねー。明日から勉強するよー」 みんな判ってくれたようだ。 「という事で今日は食べるぞ!」 「次はショコラ・ル・オールへGO!」 「おー!」 しかも、目の前にはスイーツがふたつも。 ちなみに、アーモンドのガトーショコラと木イチゴのティラミス。 「ループしてるよシン」 「だが、しかし、ケーキを奢ってくれると言う言葉は魅惑的過ぎたんだ!」 ぱくり。うまい! 泣けてくるうまさ! うまいがしかし! 「いい加減、諦めて楽しもうぜ。結局、二つも奢られてるじゃねぇか」 「だ、だが、しかし! うまい! このうまさが憎い! うまい!」 「シン君。悩んでると、スイーツが美味しくなくなっちゃうよー」 「もぐもぐ……うまいっすね。うまいっすね」 「あそこまで悟れたらねー」 「そうだねー」 「俺様もテストないぜ」 「私もパッキー君みたいになりたいかもー」 「羨ましがられる程の境遇でもねぇけどな」 「色々と捨てちゃいけねぇもんを、捨てちまったぜ」 「恥とか?」 「ひでぇぜ」 「わかったー、良心だー!」 「ひでぇな、おい」 「はふぅ。食った食った食ったっす」 「今日はこれでお開きに」 「きらーん」 「ナナちゃん! 次に来た時は、ショコラのスペシャルチョコメロンパフェ食べようって言ってたよねー?」 「ああっ。そうだった! 忘れてた!」 「私とユミルは一足先に帰るけどー、ナナちゃんは食べて行くんだよー」 「え、アタシだってもう」 「作戦発動だよー。ANプロジェクトだよー!」 「い、今!?」 「えーえぬぷろじぇくと?」 「なるほど、後は若い二人にまかせるっすね」 「ちょ、ちょっとっ」 「シン君。ナナちゃんに最後まで付き合ってあげてね」 「これ自分の分のお代っす。注文しといたっす。じゃ!」 「さらばー」 「こ、これが……」 「スペシャルチョコメロンパフェ……」 「こ、このメロン……網がある、アンデスだね……」 「いや、マスクメロンだよ」 「こ、これが伝説のマスクメロン!」 いつも、スーパーや八百屋の一角に、目が眩んでしまう値段をつけられて飾られているアレ! マスクメロンが皮ごと、カップに刺さっているのは壮観。 それを支えるやや黄色みがかったアイスクリームは雪山。 そこに繊細なレース編みのようにからみつくチョコレート。 「い、いったい、これいくら?」 「聞かない方がいい、とだけ言っておく」 「う、うん、聞かない」 「あ、あの、その……ええとね」 「ね、値段は言わないで!」 「じゃ、なくて、その、これさ、大きいでしょ?」 「あ、ああ、そうだね」 「アタシ一人じゃさ、その……た、食べられないと思うんだよね」 「だから、その……さ……ええと……」 「ごくり」 なぜか、ナナカの様子を見ているだけなのに、僕の喉がなった。 この緊張はなんだ? 「そのね……あの……だから……残すのもったいないよね?」 「そう……だね」 「だから、ね。あー、うー」 「ええいままよ!」 「一緒に食べて!」 落ち着け僕! 何を緊張してるんだ? ナナカは全部食べられない、残すのはもったいない。 だから僕にもくれる。 オーケーオーケー。何も問題ない。 「わ、判った。食べるよ」 なぜ、どもるかな、僕は。 「はあああぁぁぁ……よかった……」 「あ、その、よかったって言うのは、アタシひとりじゃ食べられないからだよ?」 「わ、判ってるって」 「な、ならいい……じゃ、さっそく」 ナナカのスプーンが、ひどくゆっくりとした動きで、巨大な雪山の一角をすくいとった。 僅かに黄色みがかったアイスクリームを乗せたスプーンが、僕の方へ向けられる。 「え、ええと……向き逆だよ?」 「い、いいのこれで!」 「だけど、自分の方を向けないと食べられないよ?」 「だって、これはアタシが食べるんじゃないから!」 「じゃ、じゃあ誰が!?」 「アンタ以外誰がいるのよ!」 「僕!?」 「だ、だ、だから! 口を開けろ!」 「あああああああ。だから、あ、あ、アタシが『あーん』してあげるから口を開けろって言ってるの!」 「はぁはぁ……ぜぇぜぇ……アタシは言ったよ……言っちゃったよ……」 「え、えええええええ!」 「えええじゃない! アンタは酸欠の金魚みたいに口をぱっくり開けてればいいの! 考えるな!」 「いや、でも、それはどうかと思うよ!? 小さい子供じゃあるまいし!」 「小さかろうが大きかろうがどうでもいいでしょ!」 「良くない!」 「いいじゃない! 口をちょおっとあけるくらい! すぐ済むから! 痛くないから!」 「歯医者か!」 「歯医者と違って、アタシはああああああ、甘いよ! ぱくっとめしあがれ!」 溶けかかり始めたアイスクリームを乗せたスプーンが、ずずいのずいと接近してくる! 「え、いや、ちょっと待ってナナカ! とりあえず水飲んで落ち着け!」 「落ち着いたらこんなことが出来るか!」 「だ、だから落ち着くんだ! パッキー止めて!」 「止めないのが武士の情けだぜ」 「ええい、アタシはここまで乙女心の出力をMAXにして頑張ってるんでい! だからアンタも口を開けろ!」 「な、ナナカ!? 目が血走ってるよ!?」 「目の一つや二つ気にするな! な、なにごとも経験でい!」 「ええい、開けろ! 開けやがれこの野郎!」 「いやだぁぁ」 「なんだとぉ! アタシが相手だとあーんが出来ないっていうのかい!」 「リアちゃんのあーんならいいんだぜ」 リア先輩が、僕に……。 「シン君。お願い、口を開けてね?」 「せ、先輩、あの、その僕は!」 「お姉さんの言う事を、き・き・な・さ・い。ね?」 「シン!」 「は、はい! うぉぉ!?」 なんと精一杯身を乗り出したナナカのもつスプーンの先端が、今まさに僕の唇をこじ開けようと!? 「なぜ立ってまで逃げる!」 「今のナナカ、怖い!」 「うるさい! アンタが一口食べれば、極上の笑顔を見せてやる!」 「いや、そんな血走った眼をして言われても、説得力ナッシング!」 じりじりと追い詰められていく。 背後は壁! ピンチなのか!? 「ええい、うるさい! アタシのあーんを喰らえ!」 「なんだか判らないけど嫌だ!」 ごつん、と背中に硬いものがあたった。 もう壁!? 「ふっふっふーっ。もう逃げられないよ!」 な、なんでだ!? パフェを一緒に食べるだけのはずなのに、なぜ僕はこんなにピンチ? ここはなんとか切り抜けなければっ!! 「ほ、ほらっ! 静かにしないとっ! 周りの視線がっ!」 「あ……う……」 「え、ええと……」 ナナカは、ぎこちない手つきで、自分の口元にスプーンを運んだ。 「おいしい」 「そ……それは良かった」 ナナカは自分のポケットから財布を取り出すと、テーブルの上に紙幣と小銭を並べて、 「これでぴったりのはずだから……あ、あとよろしく!」 「え、ええ!?」 「アタシ、テスト勉強するから! じゃあ!」 「ええええっ!? ちょ、ちょっとナナカ!」 行ってしまった……。 「おしかったぜ。つくづく負け犬回路全開だぜ」 「ぱ、パッキー、なにしてるの?」 「この、スペシャルチョコメロンパフェって奴、すげーうまかったぜ」 空だった。 「シン様も、ソバのスプーンにあった奴食えばよかったのに――」 「あんなこと出来るか!」 「うーん、ナナちゃん、へたれだねー」 「あーあ、ナナちゃんの長すぎた恋もおしまいかー」 「勝手に終わらせるな!」 「でもー、最近、シン君なにか隠してるっぽいんでしょー?」 「ナナちゃんにも言えないコトだからー、きっと女がらみだよー」 「ま、まさかシンに限ってそれは……」 「その言葉にしがみつくのはいい加減にやめなよー」 「きっと、リア先輩あたりと決定的なことがー」 「ま、まさか! いくらなんでもそれは……」 「どうかなー?」 「リア先輩と付き合ってるなら、シンは言うよ!」 「隠している方が燃えるってこともあるよー」 「こっそりAB、もしかしてCまで行ってるかもー」 「ええっ! そ、そんなまさか!」 「玉の輿ねらいー。既成事実つくっちゃったかもー」 「やめて! そんなの嫌! っていうかあり得ない!」 「そんな事態を防ぐためにもねー、ナナちゃんが先にエッチなことしちゃえばいいんだよー」 「そんなこと出来るか! 無責任なことゆーなっ!」 「もう、贅沢だなー。あれも出来ないこれも出来ないじゃ、恋の戦に負けちゃうよー」 「でも、でも、でも……」 「こうなったら、暗い所で二人っきりになって肉弾幸だよー」 「なんですかその妙に暑苦しい単語は!?」 「自分の肉体を弾丸にして、恋の戦にビクトリーだよー」 「ご、ごく……具体的にはどうすれば……?」 「暗い所で、お腹が痛いフリしてさすってもらうとかー。胸が苦しいフリして揉んでもらうとかー」 「そのまま茂みにつれこんで、押し倒してー、こっ、これ以上はあまりにも過激だから言えないっ」 「そんなことできるか!!」 「出来る出来ないじゃないのー! するのー」 「ANプロジェクトどうだった? シン君、あーんしてくれた?」 「真昼間に人前であんなこと出来るか!」 「ナナちゃん。羞恥心は恋の敵だよー」 「そうは言っても……」 「人目がなければいいんだよねー?」 「いや、そういう問題――」 「人目がなくても何も出来ないんじゃ、本当になんにも出来ないよー?」 「アタシはもっと、乙女っぽい展開を……」 「乙女も歳とればおばあちゃんだよー」 「婆ちゃんと爺ちゃんの乙女チックな恋愛ってのも悪くないでしょ!」 「そこまでシン君がフリーだといいねー」 「人目がなくて、昼間じゃなければいいんだよねー」 「そういう事に……なるのかな?」 「ならー。暗い所で二人っきりならなんでも出来るよねー?」 「あー、それは……」 「お腹が痛い振りくらい出来るよねー?」 「それくらいなら……」 「シン君にさすってもらっちゃえー」 「し、シンにお腹を!?」 「そしたら、お腹だけじゃなくて胸も苦しーって言うのー」 「そ、そんなこと言ったら、む、胸揉まれちゃうじゃん!」 「オーケーだよー」 「えええっ! だ、大胆!」 「するんだよー、絶対だよー!」 「む、胸を……」 「二人っきり……暗闇……もしかしてチャンス?」 「このごろ、独り言が多いような気がするけど」 「気のせい気のせい。あはは」 「そんなにテストやばい?」 「そうそう! やばいんだテスト! あはは」 「不憫だぜ」 「やっぱり……でも、パトロールを休むわけにはいかないんだ」 「え、あ、判ってるって」 「チャンス……でも……しかし……」 「いないね」 「けど……今やらないで……いつ」 「向こうも毎日ってわけじゃないんだろうね」 「だけど……お腹でも無理なのに……胸なんて……」 「どうかしたのナナカ?」 「え、ええっ、どどどどドウモシテマセンガ」 「さっきからおかしいよ」 「い、いや、別に」 「もしかして……お腹の調子でも悪いの?」 「え、あ、ど、どうして?」 「お腹押さえているから」 「い、いや……」 ナナカはいきなり、お腹を押さえてしゃがみこんだ。 「う。ううっ……」 「な、ナナカ!?」 「……実は……さっきからお腹が痛くて……」 「無理しなくてもよかったのに」 「無理しなくちゃ駄目なんでい!」 「無理は駄目だよ」 「うう、痛い痛い痛い……くぅぅぅぅぅ」 「し、シン……ちょっと……さ、さす……」 「さすってみて」 「……苦しい演技だぜ」 女の子のお腹をさするなんて! いや、でもナナカだし、幼馴染みだし。 「そ、そんなに苦しいの?」 「く、苦しいっ。なんだかズキズキする。盲腸と腸捻転が大回転は直滑降。ううくぅ」 「滅茶苦茶だぜ」 言葉が支離滅裂になるほど苦しいんだ!! こんなに苦しんでいて何もしないのは幼馴染みとして間違ってるだろう。 「わ、わかった! さ、さするよ!」 「判ったのかよ」 「う、うん……さすって」 僕はなぜか、ごくり、とつばを飲み込んだ。 べ、別にナナカのお腹をさするだけで、なんてことないのに。 「さ、触るよ」 な、ナナカのおなか。 「韻を踏んでる!?」 落ち着け僕。うわ、温かい……。女の子の体温。 しかも柔らかい……。 「さ、さするよ」 あ、髪の毛からいい香り。シャンプーかな。 それに、綺麗だな艶々してて。 それに、思っていたより全然華奢で……それなのに、こんなにも気持ちがよくて……。 いかんいかん! そうじゃないだろう! ああ、ああ! ナナカを楽にしてあげるつもりが、なにふしだらなことを! 「ど、どう? 少しは楽になった?」 「う……ええと……その……」 「む、胸も苦しいの……これが、ううっ、時代劇でよくある持病の癪って奴かも……」 「ええっ!? む、胸がぁっ!?」 落ち着け僕。胸をさすってくれなんてナナカは言ってないんだぞ。 「さ、さ、さすってもらえれば苦しくなくなるかも」 「あ、ああ胸をさすればいいんだね……」 「って、ちょっと!! 胸をさするっていうのは、いくらなんでもアレだよ!」 「は、恥ずかしい……けど、ここが正念場……っ」 「お、お願いシン……苦しいの……」 「ど、どうすればいいんだ!」 「あ、アタシ、死んじゃうのかな……むむ、胸をさすってもらえなくて……」 「お、お願いシン……こんなことシンにしか頼めないよ……」 「そそそそそそそそ、そこまで言うなら!」 「何をしているのかしら?」 背筋がぞっとするような冷たい声。 「ひぅっ」 「生徒会は役にも立たない見回りにかこつけて、不純な異性交遊をしているのかしら」 「そそっ、そんなことしてませんっ」 「そうです! 私が具合が悪くなったんで少し揉んでもらった――」 「不自然な言い訳ね。それに、具合が悪いようには見えないし」 「でもさっきまで本当に苦しそうだったんです! ナナカは僕に嘘をつくようなやつじゃありません!」 「誰でも嘘の一つや二つくらいつくものよ」 「それはそうかもしれませんが。でも」 「それとも、そんな確信があるくらい深い仲なのかしら?」 「幼馴染みです」 「そう……」 千軒院先生は、僕らを値踏みするような目で見た。嫌な感じだった。 「……? まさかこの子……」 「シンは悪くありません! 私が――」 「……まぁいいでしょう」 「二人とも早く帰りなさい。特に咲良シン。これで二回目の注意よ」 「これ以上不審な行動を見かけたら、生活指導主任の先生に掛け合う必要も出てくるわ」 「そ、そう言われてもですね……」 「今はテスト期間。警備は警備員に任せればいいでしょう」 「先生っ。これは生徒会にしか出来ないことなんです……。だから……」 「あなた、特待生なんでしょう? 成績が楽しみね」 「夕霧さん。あなただって、成績が芳しくない方だったわよね」 「うう……でも、先生こそ、なぜこんな時間に?」 「あなた達のような生徒がいるから、見回っているのよ」 「ぎゃふん!」 「……わかりました。あと少ししたら帰ります」 「夜道には気をつけなさい」 「……やっぱりおかしい」 「お前の腹痛がいきなり治っちまった事がじゃねぇか?」 「痛くなくなったんだ。よかった。でも、今日はこれで切り上げよう」 「あ……うん」 ちょっとホッとしてた。 もうちょっとでナナカの胸を意図的に揉んでしまう所だった。 本当はそんなつもりじゃなかったのに、それは良くないことだってわかっていたのに……。 「じゃあ、何がおかしいって言うんだ?」 「い、いやっ。千軒院先生、見回りって言ってたけど……理事長のヘレナさんから話は聞いてない」 「じゃあ、勝手にやってるってこと?」 「やる気があるのかもしれないけど……」 「怪しい?」 夜、出没する魔族と関係が……即断はよくないか。 「と言っても、何の根拠もないけどね。さ、帰ろう」 「うう……貴重なチャンスを……」 「何か言った?」 「で、どう!? ももも、揉んでもらったのかなー?」 「んなこと出来るかーッ!」 「ううー。決死のおさわり作戦もだめかー」 「もう、こうなったらアタシがシン君に迫ってあげるー! で、ナナちゃんはそれを手本にするのーっ」 「そそっ、それは駄目! 絶対駄目!」 「大丈夫だよー。別に私はシン君にお熱じゃないし、本気になんてならないからー。たぶん」 「け、けどシンが……もし……もしかしたら……」 「あちゃー。こりゃ、相当重傷だねー」 「けど、さっちん! アタシもね。さすがに待ってばかりじゃ、ダメだと思って!」 「おおー。何か考えてきたー?」 「悪人ぽい笑いー。何か企んでるなー?」 「アタシだって恋する乙女でありますから、ちゃんと手は打ってあるのだよ」 「なんとー!? いつのまにー?」 「ふっふっふ。明後日は――」 「あー、シン君の誕生日だったねー。ということは――」 「プレゼントはすでに用意してあるのだ! もちろんリサーチもバッチリ」 「それはナイスだよー。シン君もそれでイチコロだよー」 「しかも、ライバル候補達はプレゼントを準備していないはずなのだ!」 「なんとー。抜けがけ狙いかー」 「ナナちゃんちょっと黒いよー! でも、乙女だものー。がんばれー」 「うん、頑張るっ!」 「お疲れ様」 「お疲れ!」 「充実した一日でした。終わってみればテストというのも悪くないかもしれませんね」 「まだ始まってもいないわよ」 「そんな! もういいじゃないですか! 終わった事にしましょう。もう教科書もノートも見たくありません」 「見なくちゃだめだよ」 「大丈夫かしら……」 「お嬢さま、お迎えにあがりました」 「副会長様。御心配には及びません」 「お嬢さま、テスト直前の予習復習はこのリースリング遠山めにお任せください」 「緻密なカリキュラムを組み、一秒の隙もなく、徹夜でお付き合いいたします」 「ひぃ。た、助けてください!」 「これなら大丈夫そうね」 「さぁ、お嬢さま。赤点殲滅プロジェクト『テスト虎の穴』の準備は出来ております」 「み、みなさん、さようなら〜〜」 「それじゃあ、私達も帰ろうか」 「負けないわよ咲良クン! 慣れ合うつもりはないからね!」 「でも、また負けるんだぜ」 「ムキィ! 見てらっしゃい!」 「さよなら!」 「また学校でね」 「さようなら!」 生徒会長になってよかった……。 仲良く勉強会が出来るなんて、夢みたいだ。 「楽しそうだね」 「うん。キラキラの学園生活っていうのはこういうものなんだなぁ」 「ククク……流石はシン様。学園ハーレム化の企みを、キラキラの学園生活のイメージで隠蔽するとは」 「なんで君はすぐ、人を邪悪にしたがるかなぁ」 「そんな企み、アタシが許さないんだからね!」 「企んでなんかいないって」 「クックックー。そういうお前も仲良く勉強会に参加してる時点で、シン様の手のうちだぜ」 「とにかくハーレムは駄目! 却下! そんな不健全なのは駄目!」 「だからしないよ、そんな事。望んでもいないし」 「それならよろしい」 「ナナカは帰らないの?」 「なにっ!? そんなに消えて欲しいか!」 「ズバリ目障りだ」 「こらパッキー! 僕の声をマネして変なこと言うな!」 「心の声を代弁しただけだぜ」 「そんなことを思った試しがないよ」 「そ、そっか……あはは」 「判った! 何か用事だね。もしかして、明日、店を手伝って欲しいとか?」 「テスト直前にんなわけないでしょ」 「それもそうか。じゃあ、なに?」 「なにキョロキョロしてるの?」 「い、いや、誰もいないかなって」 「いると何かまずいの?」 「……よし、いない。確認」 「はぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「な、なに!?」 「これ!」 「こ、これは高枝切バサミ!?」 「シン様の体の一部をこれでちょっきんか! 過激だぜ」 「ちがわい! 誕生日プレゼントでい!」 「もしかして……僕に?」 「他に誰がいる!」 「すまねぇなソバ。だがよ。この凶器は俺様の手足にはちょっとばかり扱いづれぇぜ」 「ハサミでなぐるのはまずいよ」 「と、とにかく、これはアンタにあげるから持ってけ泥棒!」 「ええと……ありがとう」 「どういたしまして」 「前の壊れてたからうれしいよ。さすがは僕の全てを知り尽くした幼馴染み」 「むぅ……」 「反応が淡白だ!」 「だって、もらえるなんて思ってなかったから、ちょっと感動して」 「そ、そう、ならいいの」 「じゃあ、そういう事で! さいなら!」 「あっ、ちょっ……!!」 ナナカ……。 「高枝きりばさみは地味すぎだよー」 「もうちょっと……インパクトのある物にすればよかったかな……」 「あれだよー。裸の上にー、リボンだけをまきつけてー、シン君の布団にもぐりこめばよかったんだよー」 「んんんんなこと出来るか!」 「あ、そうだー。ナナちゃん、プレゼントにカードつけたー?」 「手紙? なにそれ?」 「アイラブユーって書いたカードをつけなきゃー」 「そ、そんな恥ずかしいこと出来るか!」 「だめだよー。肝心なこと忘れちゃー。カードが重要だったのにー」 「そうなの!? ってか、そういうことは事前に言え!」 「乙女の常識だから、知ってると思ったんだよー」 「アタシ乙女失格!?」 「だめだなーナナちゃんは」 「だめって言うな!」 「それに、こういうのはアタシには不自然だよ。もっと時間をかけて愛を育んで――」 「シン君とナナちゃんが無人島に二人きりだったらよかったのにねー」 「あうう」 「こうなったら実力行使しかないよー」 「じ、実力行使!?」 「シン君の貞操を奪うんだよー。男はそれでイチコロだよー」 「あ、アタシが!? え、ちょ、ちょっとっていうか、それって逆!」 「ならー、せめて唇くらい強奪しなくちゃだめだよー」 「そ、そういうのは、こう、なんていうか、いつか、二人の雰囲気が高まった時に」 「いつかって、いつなんだろうねー」 「うぐ」 「へたれー」 「プレゼントを渡せなかっただけでそこまで言うか!?」 「渡せなかったんでしょー」 「ナナちゃん。ほんとーにシン君のハートを捕まえたいのー?」 「それは、アンタが一番よく知ってるでしょう」 「まーねー。でも、待ってるだけじゃダメだって、ナナちゃんが一番わかってるでしょー?」 「実力行使するべきだよー」 「じ、実力行使って……殴るのか!? シンを殴れって言うのか!」 「どうどう。違うよー」 「もうこうなったら、シン君の貞操を無理矢理奪うしかないかもー」 「なななな、アンタなに考えてるんでい!?」 「いっそのこと、唇を奪うくらいしなくっちゃー」 「そ、それってキス!? さすがに無理矢理は……」 「ってか、出来るわけないでしょ!」 「するのー!!」 「み、耳が耳が……」 「しなくちゃだめー!!」 「う……なんか……めまい……」 「おいおい、シン様大丈夫か?」 「た……大した事ないよ」 「顔色も悪いぜ。無理しないで今日は寝てろ」 「そういうわけには……明日から」 「今更ちょっとばかり勉強したって成績なんざ変わらないぜ」 あ、まためまい……。 「テスト勉強に、パトロール。たまに商店街の手伝いに行ったりしてるみたいだけどよ」 「アルバイト漬けだったころと変わらないよ……」 「忙しいからって、ここんトコさっぱり寝てねーじゃねぇか」 「みんなの生徒会長だしね……これくらい当然……」 「平気ならいいんだけどよ……それで体を壊したら元も子もないぜ? 病院に入る金もないんだからな」 「あ……あぁ……」 「魔王様? 笑えないギャグだぜ」 「お、おい! 魔王様!? こ、こいつはやべえぜ……。こら、しっかりしろ!!」 「寝てるだけかよ!!」 え……? なにか柔らかいものが僕の唇に一瞬!? 僕は跳ね起きようとして―― ちょちょちょ、ちょっとこれは!? 目の前にナナカ。 長い長い付き合いの中で、前代未聞の接近。 で、僕の唇にあたっているやわらかくあたたかい感触。 つ、つまり僕らは。 ほんの一瞬。 くちびるにあたる柔らかく湿ったあたたかい感触が、もっと濃くなった。 密着する。粘膜と粘膜が押し付けあう。いや、押し付けられる。 まるで、ナナカがわざと唇に唇を押しつけたみたいだった。 キスみたいだった。 キス。キス。キス。 きっと、そんな風に感じたのは僕の錯覚。 ちょっとしたお互いの体の動きのベクトルがもたらしたいたずらだったに違いないのだけど。 でも、僕は動けなかった。息もできなかった。 魔法にでもかかったように。電気にしびれたように。 止まるなら心臓だって止まってたろう。 ひどく永い時間にも、一瞬にも思えた時間のあと。 どちらともなく僕らの唇は離れていく。 目の前の唇は、少し濡れて、冬の青白い光の中、きらきらしていた。 「あ……え……ええと……」 言葉が出てこない。 何か言わなくちゃいけないのに、出てこない。 「な、ナナカ! これはその、あの」 事故というのはなぜかためらわれ、かと言って、強い意志があったわけでもなく、でも、なりゆきとも言えなかった。 「だ、大丈夫そうだねっ。あはははは」 「え、ええと、べ、勉強はかどってるかな、とか思って、来ちゃっただけ」 「そ、そうなんだ。でも、あの」 「そんだけ、そんだけ、そんだけだから!」 「えっと、あの、今のは、その」 「倒れてるからビックリしちゃったけど、大丈夫そうだね」 「じゃ、アタシはこれで! 明日のテストもファイト!」 「ちょっと待っ――」 っていうか。 「何だったんだ……」 いや、あれだ、いわゆるキスだ。 違う、だって、僕とナナカはそんな関係じゃ。 でも、ナナカのほうから唇を押しつけて来たような。 でも、そんな気が。いや、ありえない。だって、僕らは。 幼馴染み……だろう? それなのに……どうして、この胸はドキドキとしているのだろう。 「魔王様よ。溜息ばっかりついてどうした?」 ナナカと僕は……。 唇に残っている感触。 「おいおいシン様。唇を指先でなでたりして気味が悪いぜ」 「え!? い、いや〜〜、ちょっとかさついて荒れてるかなって」 「なんだ。色気がねぇぜ。俺様は、シン様がどっかの女とキスしてるのを思い出しちまってるのかと思ったぜ」 「だだだ、誰とキ、キスするって言うんだよ」 「ま、そりゃそうなんだがよ」 キス。 いや、違う。意図的にしたわけじゃない。不意に起きた事故のようなもの。 それなのに……僕はナナカとのキスをついつい思い浮かべてしまう。 「そりゃな。乾燥してる上に生活めちゃくちゃだからな。だから玄関でバタンキューだったりするんだぜ」 「気をつけねぇと、テストが終わるまでももたねぇぜ」 「シン様、やっぱ、変だぜ」 「べ、別に変なとこはないよ?」 「もしかして玄関に」 「ほっぽっとかれたのを恨んでるのか?」 「いや、そういうわけじゃ――」 「仕方ねーだろ。俺様じゃ、倒れたシン様を運ぶ事なんてできないからな」 もしかしたら。ナナカは倒れてる僕を部屋まで運ぶためにかがみこんで。 それで僕が気配で急に起きて、それで、唇が……。 柔らかかった。温かかった。 あれが、キス。女の子とする初めてのキス。 僕はナナカと……。 「おいおい! 大丈夫か?」 「しっかりしろよ。テストは明日からだぜ」 考えてもしょうがない。 そうだ。考えてもしょうがないんだ。 とりあえず、今は……。 「勉強しなくちゃ!」 「なんだよ急に」 「テストは明日から! 頑張るぞ!」 「30分も遅れてごめんねー」 「お詫びに板チョコ買って来たよー」 「ええとー。あのー。いらないなら私が食べちゃうよー」 「どうしたのー? なんか様子が変だよー」 「もしかしてー。……ホントに実力行使しちゃったー?」 「えええっ! ホント? ホントにホントにホントー?」 「……ほんと」 「うわ。うわー。うわわー。なになになにー? なしくずしー? 事故ー?」 「……寝顔を見てたら……その……」 「うわうわわわわわー! すごいよーナナちゃん! 師匠である私を飛び越えたよー!」 「飛び越えたって……アンタ」 「もう私が教えられることはなにもないよー。っていうかー、師匠って呼ばせてー」 「呼ばなくて……いい」 「そっかー。無理矢理やっちゃったんだー。すごーい」 「む、無理やりっていうか……」 「無理矢理でもなんでも結果良ければすべてよしー。いくら朴念仁で唐変木のシン君でも意識してくれるよー」 「そ……そうかな……」 「不安ならー、ここでもうひと押しだよー。もっとすごい既成事実を作るんだよー」 「もっと凄いのって……」 「こ、これ以上は恥ずかしくて、さすがの私でも言うのを躊躇っちゃうよー」 「けど、親友の為だものー。私頑張るー!」 「う……ごくりっ」 「次はズバリ夜這いだねー!」 「んなこと出来るかッ!」 「ん、どったの? 元気ないね」 ナナカに変わった様子ないな。 「お、おはよう」 「テストだから景気悪いのは仕方ないけど。せめてカラ元気出さなきゃ!」 「う……ん。そうだね」 気にしてないのかな? 「はぁぁ……そうは言っても、いやだなぁ、テスト」 「う……ん」 「ふふん。これでシンも、アタシら成績が平均ライン以下の者の辛さが判ったか!?」 「いや……それはどうかな」 「くぅっ。余裕じゃん」 いつもと変わらないなぁ。 「僕だって、もともとテストなんか好きじゃないし。無いなら無いで構わないし」 「そんなもんかい」 そうか。きっとあれは事故だったんだ。 だって、相手はナナカだもの。 やっぱり、僕が倒れてたから顔を覗き込もうとして、それで。 だけど、僕はナナカと……キスをした……。 その事実が僕の胸を、締め付ける。 それっきり、気まずい雰囲気のままが続いている。 本来なら、僕から切り出して謝るべきなんだろうけど。 言えない……。ナナカがあまりにも普通過ぎるから。 ナナカは優しいから、まるで何事もなかったかのように接してくれているのかもしれない。 けど、それはそれで寂しい。 ナナカにとって僕は、ただの幼馴染み……。 キスをしたくらいで、崩れてしまうような関係じゃない……。 「昨日は……ごめん」 「あの時、急に起きあがっちゃったりして」 「あ……ああっ、あのこと……。あれは、うん……まぁ……」 「その、キスしちゃって……」 「ううーーっ ハッキリ言うなーっ、恥ずかしいでしょうがっ」 「ご、ごめんっ」 「キスしたことで……シンがこんなに思い悩んでる……アタシのせいで……」 「やっぱり無理矢理は良くない、よね……。とにかくシンを元気づけてあげなくっちゃ」 「けど、だからって……ハッキリ伝えるのは恥ずかしいし……」 「こ、こら、シン! そんなんでへこむなっ」 「ええっ!!」 「あっ、あれは……なんというか、そ、その……」 「あれは事故だもの! しょーがない、しょーがない!」 「事、故……」 「いやあ、ドラマみたいなことが実際あるもんだね!!」 「だから、シンが謝ることないって」 ナナカは不意に立ち止まる。 そして僕の鼻先に、人差し指がつきつけられた。 「アレはなかったこと。いい?」 「え……でも」 「アンタもアタシもこのことは忘れよ。アタシら二人ともが忘れれば、なかったって事」 「そんな風には――」 「あれはノーカン! あんなのキ、キスじゃないの! 事故なの!」 「そう……だよね」 ナナカは妙に肩をいからせて歩き始めた。 「ファ、ファーストキス……だったけどさ」 「ええっ。そ、そうだったの!?」 「忘れるの! 今のも、昨日のことも! ついでにテスト勉強も! とにかく忘れるべし!」 「アタシは……一生忘れられないけど……」 「ナナカ……?」 「はぁ……けど、また振り出しだぁ……」 うう……気まずい。 ナナカは忘れようって言ったけど、ナナカの顔を見るとどうしても思い出してしまう。 あの柔らかくて小さな唇に、つい目が……。 「ナナカさぁ……やっぱり……気にしてるよね?」 「も、もうその話はしないって言ったでしょっ。大丈夫、気にしてないからッ」 「そ……そう。それなら、いいんだけど」 「アンタこそ気にしすぎなんじゃないの……?」 「そりゃ、するよ……」 「ほ、本当……?」 「だって、ナナカの初めてのキスを奪っちゃったんだから……」 「んなーー!? はっ、恥ずかしいこと言うなーーっ」 「あ、アンタは……どうなのよ。どーせ、アンタだって初めてだったんでしょっ」 「よく、おわかりで」 「だから、おあいこ!! よって忘れてしまえば、問題なし」 「う、うん……気にしないように頑張るよ」 やっぱり、ナナカはあのことを忘れたいのかな。 忘れるだけで、本当に今まで通りの関係に戻れるのかな……。 「なんだなんだ! アタシとああなったのが溜息つくほど嫌だったの!?」 「いや違う! そういうわけじゃなくて――」 「あれは事故なの! だからしょうがないの! だから溜息もつくな! 禁止!」 「おい、シン様よ。そうやってずっと天井見てるがよ。明日の勉強しなくていいのかよ」 「いや……するよ……もちろん」 「気にしてもしょうがないぜ」 「な、何を?」 「キスのことだぜ」 「なんでそれを君が!?」 「あのな。俺様は、基本的にシン様といつも一緒なんだぜ。決定的瞬間は見逃しちまったがな」 「決定的瞬間って何だよ!?」 「まぁ、奴が忘れろって言ってるんだし、事故で片付けられない事もねぇようだしな」 「そう……なのかもしれないけど……」 「ま。シン様がどう思うかは、それとは別の話だけどな」 僕の気持ち。 あのキスを引き金にして、わき上がるこの気持ち……。 けど、ナナカはそれを頑なに拒もうとしている。 もし、偶然ではなく意図的なキスをした時に……。 僕達の関係は、どうなってしまうのだろう……。 「これから『サンスーシー』に行かない?」 「あー、いいねー。大賛成!」 「そうだ! 『ウィンターデルリンデン』にも……いや『ブルクシュタット』と『トリコロール』にも!」 「スイーツ同好会、発進ー!」 「君たち」 「『カフェ・ローズブランシュ』にも行かなくちゃ。『ショコラ』にも」 「クレープも食べたーい」 「君たち。楽しそうなところすまないんだけど」 「判ってるよー。シン君にも御馳走するよー。ナナちゃんがー」 「あ、なんだそんな事か。シンも来るならそれでもいいよ」 滅多に食べられない豪華絢爛たるケーキ達。 「じゃなくて、僕が言いたいのはね」 「私、家に夕食はいらないって連絡するよー」 「そうしろそうしろ! 今日は食べまくるぞ!」 「あのね。今はテスト期間中なんだよ」 「そういえば! 期間中に行けば半値になるサービス券があった!」 「どこのー? いつまでー?」 「『サンスーシー』の。ええと……あった!」 「なんと明後日までだ! 財布に挟んだまま忘れてた」 「気づいてよかったねー」 「期間中のとこだけ聞こえてるフリするな! テ・ス・ト・期間中!」 「シンは鬼だ!」 「あ、ユミルからメールだ」 「……うわ、鬼だ!」 「なになに……『自分はそれでもいいっすが、先輩方、テストは大丈夫っすか?』」 「これなら鬼じゃないでしょ。鬼じゃ。先輩思いのいい後輩じゃないか」 「今、ナナちゃんにとって、現実をつきつける人たちはみんな鬼なんだよー」 「うぉぉぉ! テストがにくい! 勉強がにくい! アタシは蕎麦屋になるんだから、勉強なんていらないの!」 「あ、ナナちゃん壊れたー」 「状況は大して変わらないだろうに、さっちんは余裕だね」 「悟りを開いたからねー。賢者モード、発動!」 「どんな悟りだ……」 「うぉぉぉ! テストがなんだぁぁぁぁぁぁ!」 「あのさ!」 ナナカの唇を見ると、キスを思い出してしまうから、僕は少し目をそらす。 「テスト……終わったね」 「一時はどうなる事かと思ったけど……どうにもならなかった」 「だめじゃん」 「あははは」 「エディやさっちん達と、カラオケいけばよかったじゃん」 「だから。今日は店を手伝う約束してたの」 「さぁ、遊ぶぞーって言ってたくせに」 「思い出しちゃったね」 「というか、忘れないでよ」 「シンこそ、ついていけばよかったじゃん」 「みんなが揃った時がいいよ」 「まぁ……そうだね」 「みんなもそう思ったから、後日改めてって事になったわけだし」 「でも、アゼルは来ないだろうけどね」 「一日目のテストは完全な白紙だったらしいし」 「今日はそもそも来てなかったし……」 「あの子に関しては……うまくいかなかったね……」 アゼルにもキラキラの学園生活を送ってほしいけど……。 「でも、ほら、きっとうまく行くよ。まだ時間あるし!」 「そうだよね!」 重苦しい雰囲気。 いかんいかんっ。僕も落ち込んでばかりいないで、たまにはナナカを元気づけてあげないと! ナナカの喜ぶ話題と言えば、やっぱり……。 「そういえば」 「ナナカってさ。スイーツが好きだよね」 「な、なにを今更なことを。大好きだよ」 このまま突っ込んでいけば、いつも通りの幼馴染みトークに戻るはずだ! 「それでスイーツ同好会に入ったの?」 「え、えっと……それは……」 「今はいないけど、先輩方の活動内容を見て、入ったんだよね?」 「そう……だったかな?」 「どうだったかな……?」 「ナナカは料理上手じゃないか。そっち系の同好会や部活に入るって選択もあったと思うんだけど」 「ええとそれは……家業を学校にまで持ち込みたくなかったんじゃないかな、多分」 「多分?」 「だから、スウィーツが好きだったからっていう以外、動機はなかったと思うよ」 「先輩達はさ。自分でスイーツを作ったりはしなかったの?」 「覚えてないな……きっと、食べさせて貰ったとしても、そんなに美味しくはなかったのかも」 「ナナカは舌が肥えてるからね。基準が辛いんだよ」 「でも、ナナカに、スイーツを作る才能がないとは思えないんだけど」 「評論家と作家が別なのとおんなじ」 「ナナカが作ってくれるお蕎麦はあんなにおいしいのに」 「蕎麦とスウィーツは全然違うから」 「そうなのかな……」 「モンブランで蕎麦を作るとか! 逆に蕎麦でモンブランを作るとか!」 「形が似てるだけで全然違うの」 「第一、そんなのはどっちにも失礼」 「無理矢理言うなら、蕎麦ブラン?」 「無理があるぜ」 「あ〜〜。今のナシ」 「よろしい」 「でも、ナナカが作ったスイーツなら、きっと、おいしいと思うよ」 「そんな風にはうまくいかないよ……多分」 即日採点、翌日公開。流星学園の先生は仕事が早い。 こんなもんだよな……。 予想通りとはいえ、ちょっとショック。 キスしちゃった後は……散漫になってたからな。 ナナカのせいじゃないけど。絶対に違うけど。 忘れろって言われたのに、忘れられない僕が悪いんだけど。 でも……ああいう事を忘れられる人なんているんだろうか? そういえばナナカはどうだったのかな? いつも、見事に全教科平均点で、順位もきっちり真ん中なんだけど。 無い。 おかしいな……。 これはおそらく……赤点……寸前だ……。 「……シン」 「……ナナカ」 もしかして……ナナカもあれを意識して僕と同じように。 「アタシの……せい?」 「違うよ。全然違う! ほら、生徒会活動で忙しいから! いや、それを言い訳にするわけじゃないけど」 「ちょっとは意識してくれたんだ……けど、ごめん……やっぱアタシのせいだ……」 「ま、いいじゃん! シンは一桁スレスレの二桁なんだからさ」 「ま、いいや。赤点じゃないし。終わった終わった!」 「過ぎたるは及ばざるがごとしって言うしね!」 「過ぎたるは猶及ばざるが如し、っていうか、テストの点に関してそれはどうよ?」 「細かいことは気にすんな! アタシは過去を捨てる女なのさ!」 ナナカは、忘れられるんだ……。 「うーん。自由参加の集まりが思ったほどよくないね」 「何件なの?」 「期待できないケーキ屋荒らし同好会含めて五件です」 「スウィーツ同好会! ってか、期待できないは余計だ!」 「去年と同じだね……」 「え。そうなんですか?」 「うん……去年は、この部門初めてで、みんなに知られていないからだと思ったんだけど」 「お姉さまは悪くありませんわ。初めてでは仕方ないですから」 「でも、今年、集まりが悪いのは会長がだらしないからだわっ」 「うむむ」 「残念です。盛り上がらないとつまらないです」 「そこでアタシ達が盛り上げちゃうってわけ!!」 「まさか本当に企画を立ててくるなんて……」 「聖沙がアタシの事、たきつけなかったっけ?」 「本当に参加するとは思わなかったのよ! けど、神聖な聖夜祭にメイド喫茶なんて……」 「なんだとう! メイド喫茶だって、神聖な風にすれば神聖だい!」 「まあ、自由参加部門には、神聖な催しに限るなんて決まりはないわけだし……」 「常識的に考えれば判る事を、いちいち決まりにはしないでしょうよ!」 「そうですね。盛り上がって来ましたね。会計さんと副会長さんの猫いくさをやればいいんですよ」 「いや、盛り上がる場所が違うぜ。それにキャットファイトだろう」 「その常識があるから、自由参加部門に人が集まらないんだよ!」 「参加するにあたってハードルが高いんですよ。聖夜祭は」 「でも、そんなことを言ったって……聖夜祭のセオリーみたいなものでしょう?」 「けど、誰が聖夜祭がそうあるべきだと決めたのかな?」 「誰がって……伝統よ」 「確かに伝統は大切だと思う。けど、リア先輩だって、もっとみんなに参加して欲しいと考えたから、この部門を作ったんでしょう?」 「うん……そっか。自由参加部門を作るだけじゃ駄目だったんだ」 「それを僕たちでリニューアルしてみるってのはどうでしょう!」 「おお!! それはとてもワクワクします!!」 「つまり、メイド喫茶は浮いてなくなるってワケか」 「でも、そうなると、聖夜祭らしさがなくなったりしないかしら?」 「勿論、伝統を残した形のまま、進めていこう」 「ってことは、ダンスパーティも……」 「勿論残します! 誰がなんと言おうと!」 「よりよい聖夜祭にパワーアップさせる……その内容をみんなでいっぱい増やしていきましょう!」 「会長さんは、欲張りですね〜〜。けど、その考えには賛成です」 「うん。いいと思うよ」 「責任重大だわ」 「やるからには、成功あるのみ!」 「当然よ」 「というわけで、聖夜祭を更に盛り上げる作戦に異議のある方は?」 「異議なし!!」 「でも、不思議ですね」 「何が?」 「なんで会計さんはメイド喫茶を思いつけたんですか?」 「決まるまでズイブンと悩んでいたみたいだったけど」 「アタシは追い詰められると常識を越える女なのさ!」 「すごいね」 「あ、判りました! 会計さんは影響されやすいタイプなんですね!」 「どういう事?」 「この前、TVでメイド喫茶の特集をやってました」 「きっと、ラーメン屋台の特集をやっていたら、ラーメン屋をやっていたんですね」 「ちがわい! ショコラの制服がかわいかったからでい!」 「やっぱり、影響されやすいタイプなんですね」 「あう」 「今日の練習はおしまい!」 特訓中の間、ナナカの姿は見あたらなかった。 ナナカがいないっていうだけで、どうにも寂しい。 「ごめん、ごめん。遅れちゃった!」 「いやあ、千軒院先生にちょっと呼び出されちゃってさ」 ああ……赤点すれすれだったからか……。 「で、特訓は?」 「今、ちょうど終わったところだよ」 「ありゃ、残念。せっかく変身までしたのに。じゃあ、片付けするから――」 「ちょっと待って! みんな変身は解かないで!」 「あそこ!」 「ニャー!」 あの魔族達が現れた! でも、七大魔将のひとりであるパスタを破った僕らにとって、彼らは怖くなかった。 「行こう!」 魔族達は整然と退却していった。 「もう私達のビクトリーロードを妨げるものはありませんね!」 「調子に乗らないの」 「魔界のアイドルであるアタシの特訓のおかげ! 感謝しろ」 「シン君? どうかしたの?」 「手ごたえの割には、あっさりひきあげたってか?」 「そう言えばそうだね」 「勝てないって思ったからじゃないかしら」 「確かに僕らは優勢だったけど……いつもはもっと戦うじゃないか」 「そうだよね」 「目的を果たした……みたいな」 「違うって。アタシら面倒なこと考えたりしないもんね」 「サリーさんを基準にするのはどうかと思うわ」 「ナナカ? どうかしたの?」 「不機嫌そうだけど」 「べ、別に。何も、うるさい」 一瞬だけ僕を見て、すぐそらされた瞳は、まるで熱を帯びて潤んでいるみたいで、 なぜか、ドキっとして僕も眼をそらした。 「なんでもないならいいんだけど……」 「う、うるさい! なんでもないの!」 「あ、アタシ、ちょっと寄ってから戻るから、ごめん!」 「ナナカ……」 どうしたんだろう。 まさかキスのことを……いや。 今日の様子はそれとは違う。 頑張りすぎて、体調を崩してたりしなければいいんだけど……。 「どうしたんだろう……シンが女の子と話してるなんていつものことなのに……」 「ふふ……。やっぱり、思ったとおりね……」 「んじゃ、俺、プリエ行ってくるわ。焼きそばパンを俺の手に!」 「頑張って! さて、僕は弁当と――」 「牛乳だねー」 「なぜわかる!? しかもさっちんが!?」 「いつもだからー」 「誰にだって判るぜ」 「ま、いいや、牛乳は身体にいいんだから」 「あ、アタシはちょっと用事があるから!」 「じゃあ食べるの待ってるよー」 「お昼休みいっぱいかかるからいいって! じゃ、また後で!」 「用事ってなんだろう?」 「昨日と同じでトイ――」 食事の時にはやめようね。 「シン君、心当たりないのー?」 「無いよ」 「恋人なのにー?」 「誰が?」 「シン君とナナちゃん」 「違うよ!」 「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」 「進展なしかー。せっかく師匠を超えたのにー。何をやってんだかー」 さっちんは、どうしてこんな事を言い出すんだろう。 もしかしてキスしちゃった事をさっちんに。 いや、あれは僕らの間で、事故ってことで決着が。 「な、なんでそう思うのかな?」 「なんでってー、うーん、なんのかんの言って、二人は仲良しさんだしー、一緒のこと多いしー」 「それは幼馴染みだし……生徒会でもクラスでも一緒だし」 「ふーん……」 わからない。 今日のさっちんは、いつもとは違って格段に表情が読みにくい。 「おいおいシン様。このお嬢をじろじろそんなに見てると、気があると思われちまうぜ」 「ないよ」 「即答は失礼だぜ」 「あははー。そんな勘違いしないよー」 「アタシのマニアックなかわいさに、シン君がよーやく気付いたと思うだけだよー」 「いや、そんなに判りにくい物には、俺様だって気付かないぜ」 「みんな節穴だよー」 「そっかー、幼馴染みかー。ずっと、ずっと、ずずずぅっとー」 幼馴染みか。 そうだよな。あれくらいのハプニングじゃ、僕らの関係は変わらないよね。 きっと、ナナカだってそう思ってるんだろう。 幼馴染みだから……。 いや。 幼馴染みでも実は内緒にしていることがある。 魔王だということ。 それを知られたら、ナナカも変わるかもしれない。 けど、逆の立場だったらどうだろう。 ナナカが魔王だったら、僕は変わるのか? いや、変わらない。ナナカはナナカだ。 だから、きっとナナカも変わらない……と、信じたい。 僕がそう思うからって、ナナカも同じように感じてくれるだなんて。 さすがに楽観的過ぎるかな……。 「今日は紫央ちゃんにインタビュー!」 「い、いんたびゅーでありますか!? それがしの身に、そのような晴れがましい事は初めてです」 「色々と至らぬかもしれませぬが、よろしくお引き回しの程、お願い致しまする」 「そ、そんな畏まられると……」 「単に聖夜祭についての意見を聞いて回っているだけなんで、堅くならずに」 「生徒会長おん自ら学園の行事に関する下々の意見を徴しているのでありますか! なかなか出来る事ではございません」 「そんな大した事じゃないよ。それに、僕はみんなに選ばれて生徒会長になっただけなんだから。下々とかそんなのは――」 「右も左もわからぬ未熟者ではありますが、誠心誠意お答えいたす所存です。さぁ、なんなりとお聞きくだされ」 「ええと……紫央ちゃんは初めての聖夜祭だよね」 「はい! 異教の神事を体験するのは初めてでありますので、眼をしっかりと開き、全てを見てやる所存です」 「ハロウィンは?」 「ナナカ殿。あれは元来異教の祭りでは御座いません。この国発祥の由緒あるものなのですぞ」 「えええええっ」 「遥か古の昔、春卯院と申す都の貴族が、南瓜の滋養の豊かさに感激し――」 「このような素晴らしき食物を与えてくれた八百万の神々に感謝して祭りを開いたのが始まりゆえ」 「この祭りが唐天竺へと広まり、いつしかハロウィンと呼ばれるようになったのですな」 「ええと……いろいろ苦しくない?」 「身体壮健で、万事快調でありますゆえ、御心配召さるるな」 「クリスマスは?」 「あれはこの国にて形骸化した行事でありますれば、参考になりませぬ」 「え、えっと……聖夜祭だよね肝心なのは」 「そうそう。聖夜祭聖夜祭」 「異教の祭りゆえ、色々と恐ろしき事があるのは覚悟しております。特に聖餐祭こそ恐ろしき」 「恐ろしい……事って?」 「なんでも異国の人間は、救い主の肉と血を啜るとか」 「そして、降霊術により邪霊を聖堂へ下ろし、エロイムエッサイムエロイムエッサイムと唱えるとか」 「だが、安心召されよ。邪霊が現れれば、それがしの小狐丸が目にもの見せるでありましょうから」 僕とナナカは顔を見合わせた。 言葉はなくても、通じる。 だめだこれは。 「あのね紫央ちゃん。そんな恐ろしい行事はしないから」 「そうなのですか?」 「クリスマスと同じく、この国へきて形骸化してるから」 「なんと! それは真でござりましょうか!?」 「そうそう。第一そんな邪悪な行事、アタシらが仕切れるわけないじゃない」 「言われてみればそうですな。シン殿にそのような邪悪な事が出来るわけもなし。面目ない」 「やはり……海を越えると形骸化してしまうのですな」 紫央ちゃんはどこか残念そうだった。 「あんたはんの方から訪ねてきはるゆうたら、珍しい事どすな」 「今日は、生徒会の用事があるから仕方ないの」 「ええとですね。今度の聖夜祭なんですけど、今いろんな方からご意見を伺ってましてね」 「もう今年も終わってまうんやね……」 「そして数ヶ月で3学期も終わり、アンタは卒業。せいせいするね」 「出来れば、店の方にも来てくれなくなればいいんだけど」 「あんたはんの望み通りになるんやさかい、そないカンカンにならんときぃな」 「え……ちょっと、それどういう意味よ」 「うちな、ここを卒業したら、遠い遠いとこへ行くんどすわ」 「ま、マジ!」 「うちのこと、心配してくれはりますの?」 「べ、別に、アンタがどうなろうと知ったこっちゃないよ」 「あの、ナナカをあんまりからかわないで下さい。基本的に善人なんですから」 「そないなこと、言われへんでも知っとりますえ」 「……本当の事なんですか」 「もう最後なんやね。嘘みたいやわ。とうにわかっとった事なんやけど」 「リーアには言わんといてな。うちが自分で言いますさかい」 「アンタの事なんて話題にもせん!」 「まぁ、うちのことはどうでもかまいまへんわ。それより、聖夜祭の話どすな?」 「うち、踊りたいわ」 「あ、ダンスパーティですね。去年と同じ」 聖夜祭後のキャンプファイアーでジングルベルとかをフォークダンス調にして踊った。 「ジングルベルはいやや」 「ジングルベルは悪い曲やあらへん。せやけど、ムードがないゆう風には思わへん? なぁ?」 「ムードですか……」 「そうやねん。ムードは大切やし」 「確かに…… べ、別にアンタの意見に賛成したわけじゃないんだからね! アタシもそう思ってただけなんだから!」 「ムード……ムード……」 「シン様、無理に理解しようとすんな。一番苦手なもんだろ?」 「あ、うう……」 「無理に理解せえへんでもええんよ」 「そうなんですか!」 「納得すな!」 「ムードいうんはな、二人の間がうまいこといっとったら、自然に沸いてくるもんやし」 「そこで、ダンスゆうわけなんよ」 「何がそこでだかわからないけど説得力が!」 「どこに!?」 「いちいち突っ込み入れてはるあんたはんも、踊りたいお人がいてはりますやろ?」 「え、あ」 「そっ、そうなの!?」 「べ、別にそんなのいないもん!」 「難儀なお人や」 「まったくだぜ」 「そっか……いないのか……」 ホッとしている傍ら、自分も含まれていないのかというガックリ感もある。 「……安心した?」 「あー、ほら、それは……」 「アタシもさ、すっかり可愛くなって悪い虫が寄るようになって来たってわけでね」 「そ、そのー。幼馴染みとしては私の身を案じたりしたりしちゃうかな、と」 「そ、そりゃ……」 「そんな虫、見たことねーぜ」 「うっ、うるさい!!」 「ワギャン!!」 「そんなこんなで、日頃打ち明けられへん恋心をそっと示す手段としても、ダンスは悪うありまへん」 いるんだ。そういう相手が。 なら、僕とキスしたことを忘れたがってるのも当然か……。 「って、アタシにかこつけて、自分の願いをかなえようっていうんでしょう! アンタさっき、アンタもって言ったでしょ。『も』って」 「細かいお人やわ」 「ま。アンタみたいに根性悪じゃ、望みは無いでしょうけどね」 「あらへんやろね」 「自覚あるんかい!」 「性格の問題やあらへんよ。うちは天使みたいなええ性格やし」 「リーアや」 「せやから、リーアや。うちの踊りたい相手」 「友情の証ですか」 「それもないとは言わへんよ。せやけど、もう少し生臭いわ」 「えええええっ。あ、アンタそういう趣味だったの!?」 「うちもな、そないな趣味やない思とったんやけど、たまたま好いた相手がリーアなんどす」 「なるほど……って、ええっ!?」 「反応おそっ!」 「そやかて言えへん。今年限りで去っていく友人に、そないな思いを向けられとったゆうん知ったら、リーアかて困るやろうし」 「切ないわぁ……そやけど、せめてな、最後くらいええ思い出作りたいんよ」 そう言う先輩はどこか夢見るような、憂いを含んだまなざしを投げた。 「……そういうのよくわからないけど、せ、せいぜい頑張りな」 「からかわへんの?」 「誰かを好きになるのは……仕方ないことだし」 「あんたはん、やっぱりええ子やわ」 「あ、それからな、さっきからの諸々、あれ全部嘘やさかい」 「全部嘘やねん」 「か、からかうな!」 「今日は一日平和だったね」 「なんかさ」 「こうして、いつもみたくシンと一緒に帰ってるとさ、リ・クリエとか魔族とか、ないみたいだね」 「帰れば美味しいもの食べ隊の奴らがいるじゃん」 「あ、そうか」 「僕だって、サリーちゃんと顔を会わせるしね」 「でも正直、現実感がなくって」 「まぁ……そうだろうね」 「おいおい。危機意識無さ過ぎだぜ」 「確かに、魔族と戦ったりしてるんだから、普通じゃないって事は判るんだけど……」 「想像力がない奴だぜ」 「でもさ、このまま何事もなく終わればいいのに」 そうすれば、僕が魔王の正体を現さなきゃならない可能性も減る気がする。 なんにもないのが一番だね。 「それは無いと思うぜ」 「パンダの縫いぐるみがそう言ってもねぇ……」 「俺様が超合金だったりすれば、信じるのかよ」 「それはそれでウソくさ」 「とりあえずは、聖夜祭頑張らないとね」 「じゃあね」 「むにゃ……もう食べられないよー。……別腹やぶけちゃうよー」 「古典的な寝言だぜ」 「さっちんさっちん」 「うみゅ〜。かしわもちー?」 「あれー、シン君だー」 「もしかして、私ねてたー?」 「ばっちり」 「うんむー。セントラルヒーティングのせいだねー。あははー」 「5%くらいはな」 「あれー。ナナちゃん一緒じゃないのー?」 「うん。辞書取りに教室へ寄るって言ったら、先に帰るって」 「めずらしいねー。シン君置いて先に帰るなんてー」 「そういえば……」 「シン君は知らないだろうけどー。ずばり、ナナちゃん彼氏が出来たんだよー」 「今頃、商店街でスイーツ三昧だねー。らぶらぶー」 「まさか」 「気になるー?」 「ナナカだって女の子なんだし……そういうのに興味がある年頃だし」 「うんうん。いい兆候だねー」 「う、うんそうだね。ナナカは可愛いんだから、魅力に気付く男が出たのが遅いくらいだ」 「そっかー。シン君、ナナちゃんのこと可愛いって思ってたんだー」 あれ? 今、僕……ナナカのこと可愛いって……。 「でもー、ナナちゃん負け犬属性持ちだからー」 「負け犬属性?」 「うまいこと言うぜ」 「ナナちゃんは肝心なところで敵前逃亡しちゃうからねー」 「それはシン君が一番よく知ってると思うけどなー」 幼馴染みなのに、さっぱり思い当らなかった。 「あ、そうだー。ナナちゃん、あそこに行ってるんじゃないかなー」 「どこ?」 「デートの現場へ乱入してー、相手をぼこっちゃだめだよー?」 「別に妨害とかするつもりないから。僕はお父さんのような眼で相手を確かめるだけ」 「ふふーん」 「まったくー、二人とも世話がやけるんだからー」 「あははー。なんでもなーい」 さっちんに言われるまま、『ピース谷村洋菓子店』へと向かう。 「シンじゃん、どったの?」 「え、あ、いや、ちょっと通りかかったから」 「ふーん。まぁ、いいや」 「あ、そうだ。ちょっと食べてく?」 「シンだって、先代の味を知ってるわけだからさ」 「でも、いいの?」 「お金のことなら大丈夫。試食だから」 彼氏と一緒って雰囲気じゃないな……。 でも、ナナカはもともとフランクだから、こんなもんなのかもしれない。 「カロリーが摂取できるチャンスを逃す事は出来ないぜ!」 「アンタら、そこまで必死なのかよ」 もしかしたら、店の中に、ナナカの彼氏がいるのかも!? 「じゃあ御馳走になろうかな」 「いらっしゃいませ」 「彼にも試食お願い。シンも先代の味、知ってるから」 店内には、ナナカと僕以外誰もいない。 ということは、彼氏はこの人……? まさか。でも。いや。しかし。 「どうかした? 何かさっきから変だよ」 「大丈夫。食べても死なないから」 「そんな心配してないよ」 「どうぞ。まだまだ父には遥か及びませんが、召し上がってください」 見覚えのあるエクレア。 はるか昔にナナカと一緒に食べたのとそっくりだ。 中に入った生クリームが、今にも溢れそうなほどにぱんぱんに入ったエクレア。 でも、記憶の中に残るそれは、何かと比べようもないほどに、おいしかった。 「アンタは、甘ければなんでもかんでも『うまい!』だからね」 「うん……でも……」 昔のとは全然違う。別物みたいだ。 「昔のは……同じように甘くて濃かったけど……口の中ですっとクリームが溶けるっていうか……舌触りがなめらかだったというか……」 「後味も……べとつかないというか……濃いのにさわやかっていうか……」 「見た目はかなり似て来たんだが……まだまだだね。彼女にも31点と言われたよ」 「でも、キラフェスの時より、おいしくなってるって」 「あの……材料とか同じなんでしょうか?」 「調べて判った中で手に入る限り同じにしているんだがね」 「同じでも、作る人が歳とったり、跡継ぎが引き継いだりすると、出来が変わっちゃうんだ」 「どうもクリームが違うんで、農場を調べてみたら、配合飼料に変わっちゃっててさ。味もね」 「微妙なんだ」 「舌を頼りに、色々と試行錯誤するしかないね。今日はありがとう」 「いえ。僕は食べただけなので」 「いや。貴重な意見だったよ。また気が向いたら来て欲しい」 「なんだい?」 「好き勝手に酷評してるアタシが訊くのもなんだけど、あれこれ言われるの嫌じゃない? 作るの嫌にならない?」 「正直、たまには褒められたいと思うよ」 「でしょうね」 「でも、それが今の私の実力だからね」 「食べてくれる人には、何を言われても感謝してるよ。これは本当なんだ」 「そして、まずは作らなければ、食べてももらえないからね」 「そっか……そうだよね」 「まずは作らなければ、食べてもらえないか……」 「ナナカ、携帯」 「なに? シン? いいけど」 「はい、さっちんがアンタと話したいんだって」 「なんだろ? もしもし」 「ごめんねー。ナナちゃんに彼氏が出来たっていうのは嘘だからー」 気が気じゃなかった。とすると、ナナカは普通にエクレアを美味しくするために、通ってたってことか! 僕と一緒に食べたエクレアの味を……。 「勘違いで修羅場ったりするのも面白いかなーと思って」 「それはさっちんが面白いだけでしょっ」 「じゃ、ゴーヤキャンディーはいらないから、気が変わったよー」 「シン君はー、私がゴーヤキャンディー買ってきてって頼んだから、商店街へ行ったのー」 「頼まれたっけ?」 「そういうことにしておくんだよー。わかったー?」 「なんだか知らないけど、判った」 「じゃ、ナナちゃんに代わって」 「うん。はい」 「ナニ話してたの? ゴーヤキャンディー? なにそれ? ふーん。まぁいいや。じゃあ、また後で」 「ゴーヤキャンディーなんてどこに売ってんの?」 「いや……知らない」 「頼まれたんでしょ?」 「えっと、でも、ほら、さっちんだし」 納得してくれたようだ。親友をそういう扱いでいいのか。 「にしても、ゴーヤキャンディーとはね。何でも食べるんだから……」 「甘きゃなんでも美味しいっていうアンタなみの味覚なのかも」 「ひどいなぁ」 「どっちに対してだよ」 「でもさ。シンだって本当に美味しいものは判るんだよね」 「大抵の甘いものはおいしいけどね」 「角砂糖でもな」 「昔のあの店のスウィーツは、本当に美味しかったでしょう?」 鮮やかに蘇る、エクレアの味。 「ホントに美味しそうに食べてたんだから」 「頬がゆるんでる」 「え、本当?」 「しょうがないじゃないか、それくらいおいしかったんだから」 「そうだね。すごくしあわせそうだった」 「アンタの幸せそうな顔、今でもよく覚えてるもんね」 「さっちん、アタシ」 「うん。みんな言わなくても判ったよー」 「おお! 持つべきものは親友だ!」 「かわいそーに」 「……何が?」 「シン君に振られちゃったから慰めて欲しいんだねー。一晩中でもつきあってあげるよー」 「まだ振られてないわい!」 「まだかー。時間の問題だねー。さぁ、お姉さんの胸で泣くがいいよー」 「ちがわい! それに誰がお姉さんだ!」 「冗談だよー。ホント、ナナちゃんて怒りんぼさんなんだからー」 「電話じゃなかったら梅干だ!」 「で、なにー? なにー?」 「アタシね」 「もしかしてー、スイーツ同好会に入った動機と関係あるー?」 「なんだ判ってるんじゃん」 「えへへー。協力するよー」 「んじゃ、俺、プリエ行ってくるわ」 「健闘を祈る!」 「今日こそは焼きそばパンだぜ!」 特盛りキャベツパンもうまいのになあ。 「さっちん、アタシらも行こうか」 「珍しくプリエ?」 「えー、今日はお弁当じゃないのー」 「あのな。昨日話したろ」 「あー。そうだったーそうだったー」 「なんかあるの?」 「昼休み、スウィーツ同好会の打ち合わせをね」 「シン君には秘密の相談なんだよー」 「秘密?」 「い、いや。秘密ってわけじゃないけど、シンだって出し物知らない方が、サプライズでしょ?」 「でも、事前に計画を提出するんだから、判っちゃうよ?」 「食べた時にびっくり昇てーん」 「そんな危険な!? ダメだよそんなの!」 「ちゃんと食べられる! と思うから安心して。多分」 「でも、はじ――」 「もごごごご」 「恥をかくのはアタシ達だから、シンは心配しないで!」 「じゃあ、また後でね!」 秘密のメニューを用意するのかな? ちょっと楽しみかも。 さて、僕は生徒会室にでも行くか。 ただいまの時刻は11時である。 気持ちが逸っていたのだろうか。思ってるより早くに来てしまった。 ちなみに待ち合わせは13時だ。 遅れるのだけは許されない。なんといってもリア先輩と一緒にデートをするのだから。 まあ、パッキーにこの格好を冷やかされるのも嫌なので、寝てる間に出てきたかったというのもあるけど。 「しかし、2時間前行動はさすがにやりすぎたかな……」 「えっ……。し、シン君?」 リア先輩が僕の顔と自分の手首を照らし合わせる。 「わ、わ、こっちじゃなかった」 慌てながら、ケータイ電話で時刻を確認する。 「まだ……その、早くない?」 恥ずかしさで顔が噴火してしまいそうだ。 「せ、先輩こそ、早いですよね」 「えぇ!? わ、私は……えと……その……」 「そうそう! 来る前にちょっとお買い物でもしてよっかな〜。なんちゃって」 「オチをつけたら嘘だってバレるじゃないですか」 「嘘じゃないもん!!」 「お姉ちゃんにからかわれるのが嫌だから早く出てきたなんて言えないし……」 「その……遅れるより、ましですよね」 「そ、そうだね♪」 お互いに無言で見つめ合う。 衝撃的な待ち合わせで頭の片隅に追いやられていたが、リア先輩の私服姿を見るのは初めてなのだ。 普段の制服姿もさることながら、どうしてこうも胸が目立つ服装をわざわざチョイスしてくるのだろう。 リア先輩を見ているだけでドキドキしてしまうじゃないかっ。 「これ、変……かな?」 「そはっ、そんなことないですっ。めちゃめちゃ似合ってますって!!」 「そんなに力説しなくても けど……ありがとう」 「先輩は何を着ても似合いますよ、きっと」 「くすくす、おべっかなんて使わなくてもいいのに。これ、お姉ちゃんが選んでくれたんだ」 ヘレナさんのニヤケ顔を思い浮かべつつ、心の中でガッツポーズ。 「まだ待ち合わせの時間じゃないけど……どうする?」 「……よし、行きましょう!」 ハプニングだけど、ラッキーなことこの上ない。なにせ先輩と過ごす時間が伸びたのだからっ。 「あ、こんにちは〜〜。昨日はありがとうございました♪」 「またなにかありましたら、是非よろしくお願いします」 お店の人達と挨拶を交わす。 「キラフェスが終わってから、すぐ声を掛けられるようになっちゃった」 「流星学園の生徒も結構いますしね。まさかこんなにも早く馴染んじゃうなんて」 「キラフェスの効果は抜群だ♪」 「あれー。こんにちわー」 「高橋さん……だよね。昨日はありがとう」 「なんてことないですよー」 「さっちんはお買い物?」 「ショコラ・ル・オールのケーキをお持ち帰りだよー」 そう言って高そうな箱を見せびらかす。 「あんまり振ってると崩れちゃうよ」 「大丈夫ですってー」 「さっちんも、ケーキが好きなんだなあ」 「女の子なら誰でも大好きだよー。ねー、先輩?」 「けどねー。ナナちゃんにはなるべく内緒だよー」 「教えたら食べられちゃうからね」 「そうそう。私も内緒にしといてあげるからー」 「なにを?」 「なんでもないよー。じゃあねー」 ルンルンとスキップしながら去っていく。 「ああ、ケーキが崩れちゃう……。食べるときにガッカリするんだろうな……」 「それが、さっちんの醍醐味とでもいいましょうか」 しかし、ショコラ・ル・オールか……。確か、店長が姉小路冬華さんという若い人だったっけ。 キラフェスで、ナナカが結構お世話になったみたいだしなあ。 「先輩。ちょっとショコラ覗いてもいいですか?」 いつ見ても景観だけで萎縮してしまう、自分とは別次元の世界がここにある。 自分で行こうと言っておきながら、ビビってちゃ話にならない。一人だけならまだしも、側にリア先輩がいるのだから。 僕は勇んで足を踏み込んだ。 「いらっしゃいませ。ショコラ・ル・オールへようこそ!」 「こ、こんにちは〜〜」 「これはこれは、生徒会長さん!」 「えっとですね……ちょっと近くに来たので、ご挨拶でもと……」 「そのようなこと、気になさらないで。さあ、どうぞこちらへ」 「あ、いや、挨拶をしに来ただけなので」 「そう仰らず」 僕達は強引に客席へ案内された。 「だから、そのっ、今日は生徒会活動というわけじゃないんでっ」 「プライベートの時まで足を運んでいただけるなんて光栄ですわ♪ 少々、お待ち下さいね」 そう言ってショコラの店長さんは奥に行ってしまった。 「あはは…… 大変なことになっちゃったかも?」 「はぁ……ドキドキ」 「シン君……?」 「あ、すみません! 僕……あんまりこういうお店に来たことないから、ついつい緊張しちゃって……」 「へえ〜〜。そうなんだ〜〜」 「さすがだなあ、先輩は。こういうところ慣れていそうですもんね」 「そ、そうでもないんだけど……」 「と、とにかく! ソワソワしないようにしないとかっこ悪いゾ」 背筋を伸ばしてシャキッとしよう。 「お待たせいたしました♪」 店長さんが白いお皿をテーブルに置いてくれる。 「まず、こちらはバナーヌショコラでございます」 お皿の上には、見たこともないチョコレートケーキであろうそれが上品に佇んでいた。 「ごく……っ」 「ちょっとシン君っ」 「はっ!!」 目を輝かせている場合ではなかった。なぜこのような展開を迎えているのかを明確にしなければ。 「これは一体……そうか! 新作ケーキの試食ですね」 「和菓子倶楽部じゃないんだから」 「ええ。残念ながら新作ではありませんけれど、当店の人気商品を是非ご賞味いただければと思いまして」 「それってもしかして……」 「う〜ん。ご馳走してくれる……ということじゃないかな?」 「なんと! けど、そんなつもりで来たわけじゃないのに……」 「お代のことは気になさらないで。私からのお礼みたいなものですから」 「えっ……いいんですか?」 「おかげさまでいつもよりお客様の入りがほら!」 客席といい、ショーケースの前といい、なかなかに繁盛しているようだ。 「まあ日曜ですからね」 「シン君、そこはボケちゃダメだって」 「じゃあ、このケーキを食べてもいいんですかっ!?」 「ええ、もちろん」 これがいわゆる、生徒会長の特権というやつか〜〜っ。 「せっかくのご厚意だもんね♪」 「うふふっ。どうぞごゆるりと、当店のスウィーツをお楽しみ下さいませ♪」 「可愛いケーキだね〜♡」 棚からぼた餅とはよく言ったものだけれど、これはまったくもって嬉しい誤算だ。 「はい、あ〜ん♪」 見とれてる間にリア先輩がフォークを差し出している。 「もぉ。落としちゃうゾ?」 「わ、わかりましたっ」 「身を乗り出さないで大丈夫だよ。ちゃんと口まで運んであげるから」 「いやあ……クセでいつもこうやっちゃうんですよね」 「へえ〜。クセになっちゃうくらい『あ〜ん』をしてもらってるんだ」 「はっ!? いや! そういうわけじゃなく――」 「もしかして、いつもナナカちゃんにしてもらってるとか!?」 「ナナカがやるわけないじゃないですか!」 「そっか……じゃあ、お母さんに?」 「だから、違いますって!」 「くすくす。甘えん坊さんなんだ♡」 「くぅう」 「はい、召し上がれ♪」 「あ〜ん。もぎゅもぎゅ……」 口の中いっぱいに広がる甘みと苦み。これを言葉で表すとするならば―― 「じゃあ次は先輩の番ということで」 「わ、私はしなくていいよ〜〜」 「僕にだけさせといてそれはないでしょう」 「それはダメなのっ。あーんしてもらえるのは生徒会長の特権なんだからっ」 「えっへん。そうなのです」 「じゃあ、元生徒会長のリア先輩もオッケーですね。なので、あーん」 「だからもぉ、いいってば〜〜」 「如何でしょう? 当店自慢のスウィーツは」 「あーん、ぱくっ。もぐもぐ」 わ、見つかる前に速攻で食べた。 「ええ、とても甘美かつ上品な味でございました」 「それはそれは♪ で、生徒会長さんの方は……」 「そうですね……」 真剣にこの味を考えてみる。たまには『うまい!』以外の言葉で表現した方が、失礼がなくていいかもしれない。 よし、決めた! 「たとえて言うなら『板チョコを丸かじりした時』と同じ感動がありました」 「当店のチョコレートが……板チョコ……ですって……?」 「はい! 銀紙を残さなくてもいいと言われた時の喜びが蘇ってきましたよ!」 「ちょっと、生徒会長さん!? 失礼にも程があるんじゃないかしら!?」 「言っときますけど。我らが姉小路グループは、チョコレートメーカーの老舗」 「素材にも作り方にもこだわりにこだわりを持ち、大勢のお客様に喜んでもらおうと日夜研究と鍛錬に励んでいるのよ!!」 「え、ええ……だから、うまいと――」 「それがどうしてよりによって板チョコと!」 「ま、まあまあ。落ち着いてください」 「チョコレートもいわば嗜好品。それに対する情熱と愛情を理解して言ってるの!?」 「僕にとっては板チョコも嗜好品……いや、贅沢品なんですよ」 「板チョコ丸かじりは、一年にあるかないかの大盤振舞いですからね……」 「な、なんと不憫な……」 「とにかく、僕にとっては板チョコくらいに贅沢な食べ物だということなんです」 「な、なんだか納得がいきにくいけれど……侮辱をしているわけじゃないのね」 「もちろんですよ! こんなにうまいケーキを誰が馬鹿にするもんですか!」 「味覚もまた人それぞれだもんね」 「ごめんなさい。私も言い過ぎたわ」 「いえ……なんか誤解を招くような言い方しかできなくて、すみません」 「だったら、そうね……。以降はうちのチョコレートで喩えてもらうとか」 「そうすれば、板チョコの代わりにショコラのチョコレートの名前が挙げられるでしょ」 「そういうことなら……ちょっと! こちらのお客様にフルコースをお願い」 「え……いいんですか!?」 「くすくす。ショコラの味をしっかり胸に刻み込んで下さいね」 「わわっ、凄いいっぱいこんなに……」 「お味はどうかしら?」 「それでもやっぱり『うまい』なんだね」 「はぁ〜〜。うまかった〜〜」 「くすくす。食いしん坊なんだから」 「そう言うリア先輩だって、残さず食べてたじゃないですか」 「だって折角ご馳走してもらったんだもーん」 「これで、ちょっとは食通になれたかなあ……」 「う〜〜ん。もうちょっと食べないとわからないかも?」 「な!? なんで笑うの〜?」 「だって先輩、僕より食いしん坊なんだもの」 「そんなことないってばー!」 先輩が僕の背中をポカポカと叩く。 なんとも心地よい。 「今日は誘ってくれて、ありがとね」 「いえ、そんな。なんだか行き当たりばったりでしたし」 「予想外の事になる方が、ドキドキして楽しいじゃない?」 「ま、まあ確かに」 「デート、凄く楽しかったよ」 「こんなに楽しいデートなら、スタンプ使わないでも行きたいなあ〜〜」 「え、それって……」 「うん♪ また行こうよ」 「は……はい!」 何でも願いを聞いてくれる。 リア先輩とデートをするなら、そういうことを理由にしなければ叶わないと思っていた。 けど、こうしてまた次の約束ができるようになったのだ。 そう思っただけで、胸が躍る。 夕陽の光をいっぱいに浴びて、僕とリア先輩はお互いに微笑みあった。 くう〜〜っ! キラキラの学園生活、最高っ。 「次もまた、ショコラ・ル・オールに行きます?」 「あ、チョコレートはしばらくいいかも」 「わはははは」 「こらーー! 笑っちゃダメーー!」 「たっだいま〜〜♪」 「おう、おかえり」 「おかえり」 「たっだいま〜〜!」 「ああ、うるせえなあ、もう!」 「いや〜〜楽しかった」 「そうかい、そうかい。誰が相手だか知らねえが、そりゃ良かったな」 「誰ってリア先輩だよ」 「なんだ、リアちゃんか。ったく、大したことない女だ――」 「ぜ〜〜って、嘘だろおいーー!!」 「本当だって」 「ククク……冗談を言って俺様を〈誑〉《たぶら》かすとは、さすがだぜ魔王様」 「君は信じる心を本体に置き忘れてきたようだね」 「待てよ……クンクン。これはリアちゃんの香り! ま、まさか……そんなことが……」 「さすがパンダ」 「も、もしもだぜ? 仮にだ。魔王様がリアちゃんとデートをしたとしよう」 「するとアレか!? 手を繋いだりとか、腕を組んだりしてよお。あの豊満な胸の先がクリクリ当たっちゃうような展開があったりしたってわけか!?」 そういえばデートだっていうのに、いつもよりスキンシップが少なかったような……。 「はは〜ん。さては、サッパリ進展がないと見た」 「いいんだよ、別に!」 「ま、その調子じゃ相手にならねえぜ」 「な、なんだとーっ」 「ククク……いつか俺様もリアちゃんに抱かれて、おっぱいを頭の上に載せてみせるぜ」 「リア先輩をそんないやらしい目で見るんじゃないっ」 「ケッ。いい子ぶってんじゃねーよ」 「パッキーは悪い子なんだね。じゃあ、今日の晩ご飯は抜きということで」 「僕はうまいチョコレートをたくさん食べたから、あまりお腹が減ってないんだ」 「おい、嘘だろ」 「おやすみ〜〜」 「お願いですから、ご飯作ってくださいよ! シン様ーーっ!!」 「まったく、しょうがないんだから……」 「もぐもぐ……うまいッス!」 「おはよう、生徒会の諸君!!」 「諸君と言われても僕しかいませんが」 「寂しいわね。だったら私と遊びましょうよ」 「まあ……別にいいですけど。何して遊ぶんです?」 「男と女の遊びといったら……ねえ、ウフフ♡」 「そんなこと私の口から言わせる気?」 「な、なにをする気ですかっ」 「シンちゃんのしたいこと……してもいいのよ♡」 「そ、それって、いわゆる……も、ももっ、モテ遊びッ」 「こ〜らッ」 「てぃひっ」 「すぐそうやってシン君をからかうんだから」 「だってシンちゃんったら、何もしないでボーッとしてるんだもの」 「密かに特訓してたんだよっ」 「『精神集中、ぴーきぴきどかーん!』」 まさか今日の献立を考えながらニヤニヤしていたとは、とても言えない。 「そう、特訓よ!! 素晴らしい特訓方法を教えにきたんだったわ」 「リアから聞いたわよ。なにやらシンちゃんの家に、素敵なものがあるらしいじゃない」 「え、何を話したんです?」 「あ、ああ、あれのこと、かなぁ?」 「今からそれを試しに行きましょう」 「今から?」 「あったわ、これこれ!」 「ああ、ゲーム機のことですか。そんなに珍しいものじゃないでしょう」 「うちってね。結構、厳しいんだよ。だから、家にゲームとか全然ないの」 「そう! 育ちが厳しいから、こんなにも逞しくなるのよ!!」 「そっちの〈育ち〉《》じゃありませんっ」 まあ女の子だけなら、テレビゲームなんてそうそうしないだろうし。 「で、ゲームが特訓と何の関連性が?」 「ズバリ、イメージトレーニングよ」 「略してイメトレ!」 「そんな都合のいいこと言って。本当はただ、ゲームして遊びたいだけのくせに」 「ゲームを全然しないあなたが、どうして関係ないと言えるのかしら?」 「遊びだろうと集中力を高められるなんて、一石二鳥じゃない。動体視力を鍛えるのにも適しているし」 「そっか……そういうことだったんだ……」 こうしてリア先輩は騙されていくのか。 「けど、ゲームし過ぎると目が悪くなりますよ」 「とにかく! ゲームを利用して訓練あるのみ! 黙って俺に付いて来い!」 いったい、何を力説しているんだ。 うわ! 「ごめんね、シン君。こんなことになっちゃって……」 せ、先輩近いよ……。胸、当たりそ……。 「こうなっちゃうとお姉ちゃん聞かないから、何かゲームさせてもらえないかな?」 「べ、別に構いませんよ」 「うふふ、ありがとね♡」 「じゃあ、ヘレナさん。どんなゲームがやりたいですか?」 「シンちゃんのオススメ!!」 「なによこれ!! 理不尽すぎるわ!!」 「まあ、昔のゲームはみんなそんなものです」 「いきなり落とし穴に落ちるとか、ナイフが飛んでくるとか……」 「しかも、この後ろに付いてくる助手! ベラベラ喋るだけで、なんの役にも立ってないじゃない」 「ヘレナさん、ハードボイルドなのが好きかと思って、サスペンス系のゲームを選んだんですけど」 「今日の私はゲームをしに来たのよ。ちゃんとゲーム出来るものをプレイさせて」 「そうですか」 「『やっぱり無罪でした!!』じゃ、全然スッキリしないじゃない!!」 「え……それって、ちゃんと犯人を――」 「ねえねえ、シン君。この調子なら、もうちょっとだね」 「あとは難しいゲームをやらせれば、さすがに懲りるはずだよ」 理不尽でなく、難しいゲームか……。 「よし!! 浅草到着!! やったよ、ももこ!!」 「そ、そんな……僕ですらクリアしたことがないのに……」 「お姉ちゃん。このゲーム、前にやったことあるでしょ」 「ん? 初めてよ? 最初は苦戦したけど、まあ慣れればどうってことないわね」 「うう……どうしよう、シン君」 「このままじゃ、うちのゲームを全てクリアされてしまう……っ」 「ハァーーッ、堪能したわ。じゃあ、帰るわね。ありがとう、シンちゃん」 「まだまだ若い子には負けられないわ〜〜♡」 「あはは……結果オーライ、かも」 「まあ、楽しんでもらえたなら何よりです」 嵐は去ったので、片付けようとしたところ―― リア先輩が僕の仕草を見てそわそわとしている。 「一緒にゲームしませんか?」 「……うんっ!」 本当は、リア先輩もやりたかったんだな。 とりあえず、ケンカにならないよう対戦を避けて、協力プレイのゲームを選択。 「ね、ねえ。これはどうやって持つのかな」 「コントローラーは、こんな風に持つんですよ」 「おお〜〜、なるほど〜〜」 なんだか、いつもと逆の立場になるというのも新鮮だ。 「じゃあ、僕が先に行きますんで、後を追うように」 リア先輩の表情は真剣そのもの。なんだか正座までして、可愛いなあ。 「先輩そこで僕のパンチに合わせて!」 「キック! キック! キック!」 「やったーー! 倒したーー!」 ステージのボスであるドラゴンを倒した瞬間、リア先輩はコントローラーを手放して僕に抱きついてきた! さっきまで何度も寄り添って来た体が、一気に押しつけられるっ。 リア先輩の柔らかい体。そのなかでも特に心地よい膨らみが、僕の腕を挟み込んでいた。 「せ、先輩っ」 「やったね、シン君! これでゲームクリア!?」 「い、いえ……これがまた、この後に連続して戦わないと……」 「ええーー。そうなのーー!?」 「あ、あと……そんなにくっつかれると操作がうまく……」 「えっ、あっ! ご、ごめんなさいっ」 温かな感触が離れていく。 少し惜しい気もするが、ドキドキしているところがバレる前に済んで良かった。 「楽しくて、ついつい夢中になっちゃうね」 リア先輩が喜んでいると、僕まで嬉しくなってしまう。 「じゃあ、クリア目指して頑張りましょう!」 「おーうっ」 ようやくステージ終盤。ボスを倒して、仲間になるキャラクターの元へとたどり着く。 「こうやって、いろいろな仲間を助けていくゲームなんだね」 「ま、助けたといっても泥棒なんですけどね。このキャラ」 「石川五右衛門っていう大泥棒なんですよ」 「あ、それ知ってる。ねずみ小僧さんとかとよく一緒に挙げられるよね」 「嘘か本当かわからないですけど、義賊だったとか」 「義賊、かぁ……」 「私ね。みんなに悪者扱いされてる人でも、素敵な人はいると思うんだ」 「例えば、魔王とか」 「え……!」 「い、いえ! 例えばですよ、例えば! ゲームとかじゃ、よくラスボスとかになってますしっ」 「シン君、もしかしてあのこと……」 「あのこと……?」 「う、ううん! ねえ、次はどうするの?」 「今度はドラキュラのお城に行くんだったかな〜」 「え……ドラキュラ……?」 「それってもしかして……怖い?」 「怖いかもしれませんけど……」 「う、ううん! やるよっ。怖いのなんて、大丈夫だもん!」 そう言っておきながら、次のステージになると、リア先輩は定期的に画面から目を背けたりなんかして。 こうしてリア先輩と一緒に、しばらくの間ゲームを楽しんだ。 「あっ、シン君♪」 「どうも、こんにちは」 「お買い物?」 「ええ、晩ご飯の買い出しに」 「そっか〜〜。シン君の旦那様って幸せだろうな〜〜」 「僕、男なんですけどッ」 「あ、ごめ〜ん」 てへりと舌を出すリア先輩。 「あのね、さっきサリーちゃんに会ったんだよ」 「すばる家ですか?」 「ううん。お買い物とか言ってたけど、その時にね――」 「あ……。あのことは、誰にも内緒って言われてるんだった」 「何したんです?」 「う、ううん! ちょっとお喋りしてから、バイバイって」 今日は僕が買い物するって言っておいたんだけどなぁ。 「ねえ。せっかくだから、私もついていっていい?」 「リア先輩の用事はいいんですか?」 「お姉ちゃんのおつまみを頼まれただけだもん。別にいいよ」 「後でどうなるかわかりませんし、ついでに買っておきましょう。白髪ネギのコチュジャン和えとかオススメですよ」 「あ〜〜。ネギは……」 「ま、いっか♡」 「リア先輩。さすがに、ネギ買い過ぎじゃありません?」 「いつも私に辛いものを食べさせてるんだもんっ。これくらい、なんてことないよ」 いったい、どういうことだろうか。 「それにしても今日は暑いね〜〜。なんだか汗かいちゃって、もう大変」 「そんなに?」 過ごしやすい日差しとは言え、肌寒い方だと思うんだけど……。 やはり肉付きがいいと――って、いかんいかん! なんて失礼なことをっ。 「はぁ……っ、はぁぁ……っ。ん……っ、はぁぁ……」 熱っぽい吐息が隣から聞こえる。 「なんだろう、これ……。さっきからドキドキして……体が熱い……?」 「しかも……んっ、んんっ……な、なんだか胸が……すっごく切ないよぉ……」 「先輩、どうかしました?」 いつもまったりしているはずのリア先輩が、いつになくそわそわとして落ち着きがない。 「う、ううん。大丈夫。元気元気」 「なんだか顔も赤いですし……」 「そ、そんなことないって。きっと寒さのせいだよ〜」 「ならいいんですけど」 さっきまで暑いとか言ってたのに……。 もし本当に寒いんだとするなら、男としては放っておけないな。 さっきみたいにからかわれてばかりじゃ、いられない。 「あ、あの……リア先輩」 「んっ……♡ なぁに?」 ああっ。今日のリア先輩……なんだか色っぽい。 いつもとは違う方向性の年上らしさが垣間見える。内股がいつもより露骨な気もするし。 このままじゃ、リア先輩に引き離されてしまうぞ。なんとしてでも食い下がっていかなければ。 「寒いなら、これを」 「えっ……!」 男らしく上着を差し出す。 「こ、これ……良かったら、どうぞ!」 「ど、どうしたのかなシン君……。いきなり上着を渡してくるなんて……」 「けど、あんな顔を真っ赤にして必死になってくれてるんだもの……それを断るのはひどいよね。年上としてッ」 「う……うん、ありがとう……」 リア先輩はそれを受け取るやいなや、羽織りもせずに何故か顔に近づけていった。 「すぅ……ううん……♡ シン君の匂い……」 「え、えぇ……っ!?」 いや、匂いを嗅いでもらう為に貸したわけじゃないんですがッ。 「くふぅ……ううん……すぅ……はぁ〜〜」 「あ、あの〜〜」 「え、あ、ああーーッ!!」 「や、やっぱりおかしいですって」 心配になって手を伸ばしたら、体にうっかり触れてしまい―― 「はぁぁ……っ、ん!!」 「きゃあ!! な、なんでもないの!! なんでもないったら!!」 「何でもないわけないじゃないですかっ」 「い、今ので私……。まさかこの感じ……、体がすごく敏感になって……ああ!!」 「や、やだっ! こ、こんなこと……シン君に知られたりなんかしたら私……」 「先輩……!」 「これは風邪ね」 「ち、違います!!」 「なるほど。それだからネギをあんなにいっぱい……」 「さすがね、シンちゃん。じゃあ、それをどうすればいいかもわかっているはず」 「確かお尻に――」 「そそっ、そんなことしません!! というか、いきなりなんですかっ」 「さあ、病人は大人しくお尻を出しなさい!!」 「だっ、だめえ!! 今、お尻の方なんか見られたら……!!」 「けど、ヘレナさん。あれは迷信ですよ。ちゃんと栄養分として摂取した方が、効果あるんです」 「だ、だから、ダメぇ!!」 なぜ舌打ちをするんだ。 「そういうことなら仕方がないわね」 「けど、本当に風邪だったりしたら――」 「か、風邪じゃないから!! 大丈夫だからっ!!」 「なにか変なものでも食べたんじゃないの〜?」 「変なもの……変なもの……」 「――!? まさか、サリーちゃんのアレが!?」 「思い当たる節でも?」 「ううん! ううん! ないのないの! なんでもないのっ」 「そうですか。けど、大事を取って休んだ方がいいですよ」 「いいえ、まだよ。私のお使いが終わってないもの」 「えっ、ええ〜〜っ。そんな……」 「冷蔵庫に置いといた私の柏餅を食べたのは、いったい誰なのかしらね〜〜?」 「けど、具合悪そうですよ。お使い……大変だと思いますけど」 「風邪じゃないなら、平気よ。それにシンちゃんがサポートしてくれるだろうし」 「うう〜〜」 「ふふん。私にネギを食べさせようなんてするからよ♪」 「……? ヘレナさん、もしかしてネギが苦手なんですか?」 「ええ、そうよ。人間だもの。苦手なものの一つや二つくらい、あってもおかしくないでしょ」 完全無欠のヘレナさんにも、苦手なものがあったのか。 「僕は嫌いなものありませんよ」 「だとすると、シンちゃんは人間じゃないのかもね」 「ぎくっ。せっ、先輩……行きましょう!」 「あ……う、くっ……!!」 「いってらっしゃ〜〜い♪」 「それにしても、リア。なんであんなに興奮してるのかしら……?」 結局、隣で歩くリア先輩はずっと何かを堪えるようにしながら俯いていた。 時折ぶるぶると震えたり、ふらついたり。 その度に僕の方へもたれかかっては―― 「あ、きゃ、ああんっ!!」 とか言って、すぐ距離を取る。 「はぁ……はぁ……ご、ごめんなさい……」 「きつかったら、無理しなくていいんですよ……」 「あ、ありがとう……で、でも……」 「だ、だめ……もう、過敏になりすぎてて……シン君に触られたりなんかしたら、もう……」 な、なんかとても艶っぽくて、なぜか僕までドキドキしてしまう……。 いつも自然と女性らしさを醸し出してはいたけれど、今みたいに露骨なアピールも新鮮だ。 いざとなったら、僕が先輩を支えて、そうしたらうっかり胸にタッチなんてことも―― いかんいかん! 頭が色香にやられてしまっている。 こんなことにならなくたって、僕はリア先輩のことを魅力的に思っているんだ。 何とかおつまみ用ににぼしを買い直し、家路に着こうとしていたところ。 「ヤッホー!! 元気してるぅー?」 「さ……っ、サリーちゃん!!」 「どうだった、さっきのジュース。元気でたっしょー!」 「ジュース?」 挨拶代わりに、リア先輩のお尻を軽くポンと叩いただけなのに。 「いっ、ひや……っ!!」 その勢いに震える両足が堪えきれず、崩れ落ちる体の行き場を捜して僕にのしかかる。 「わ……!」 抱き留めた手の平の上に、ちょうどリア先輩の大きくて柔らかい胸が押しつけられた。 それを僕はうっかりしっかり握りしめ―― 「は……っ、くっ……! うう〜〜っ」 熱い……! リア先輩の胸が焼けるように熱い! そして、とっても……柔らかかった。 「う……うぅ……」 「も、もうだめぇ……っ! くっ……ううっ……」 腕の中で、先輩は体を波打たせ、ハァハァと呼吸を繰り返していた。 「あっちゃーー。元気になりすぎちゃったみたいだね」 「いつもお菓子ご馳走してくれるから、お礼にジュースをプレゼントしてあげたの」 「僕には?」 「カイチョーとは『びじねす』の関係だからね」 「そっか……。で、何を飲ませたの?」 「ズバリ、元気が出るジュース!! その名も『赤まむし&YOU』」 「そ、それってもしや……」 「すっごくゼツリンになれるらしいよ♪」 魔界通販で取り寄せたのだろう。名前のいかがわしさはもとより、効果も絶大だったみたいだ。 しかし、サリーちゃんに悪気はないようだし、この笑顔で迫られたら疑いもなく飲んじゃうな。 「あ……っ、ああ……っ、はぁ……あぁ……」 それでリア先輩がずっと違う意味で元気になっていたというわけか。 「ごめんね、リアー。不良品だったって、クレームだしとくよ」 「う、ううん。いいの……いいの……。そ、それなりに……気持ち、よかったし……」 「てことは……ず、ずっとリア先輩は……」 必死に気持ちよくなっちゃうのを我慢して…… 「ブフッ!」 「わーー、カイチョー!!」 「や、やだあ!! もう、シン君ったらーー!!」 結論。サリーちゃんからのプレゼントにはご注意あれ。 「……もう、こんな時間か」 「すやすや……」 「ちょっと……ロロットさん……今、寝たら確実に……死ぬわよ……」 「死人に口なし、だぜ」 「だ、ダメだ……このまま寝たりしたら、明日になっちゃう……」 「みんな〜〜。目が覚める渋〜いお茶だよー」 「いただき!!」 「あっ、ありがとうございます。けど、緑茶だと聖沙が――」 「必要……なかったみたい」 「リアちゃんが淹れたお茶なら、何杯でもイケるぜ!!」 「ウヴァーー!!」 「あはは……さすがにロシアンルーレット緑茶はやりすぎだったかも」 「何を入れたんですか……」 「それは、秘密♪」 「渋い!! もう一杯!!」 「ごくっ、ごくっ……ぷはーーっ」 「よし、覚醒!!」 「おめでと〜〜」 「とはいえ、他の人が……」 「まだまだ明日もあるし、寝るならしっかり寝たほうがいいと思うんだけど……」 「おや、誰だろ?」 「お嬢さまの送り迎えはこのリースリング遠山めにお任せを」 「もしかして、終わるまで待ってました?」 「いえ、草むしりを少々」 「な、なんでそんなこと。本当にすみません」 そして、聖沙も一緒に連れて帰ってもらい、僕とナナカ、リア先輩の3人で勉強を再開。 「みんなもあんまり無理しないでね」 「大丈夫ですよ。まだ徹夜までしてるわけじゃないし」 「まだだ……まだ終われんよ……」 「ナナカちゃん、すっごく眠そうだよ?」 「――はっ!? そ、そういうリア先輩だって!! 無理しない方がいいんじゃないですかっ」 「私? 私は全然、平気だよ」 「それに、私はみんなの保護者だもん。無理して倒れないように見張ってなくっちゃ」 「くうう……先輩風に煽られとる……このままじゃ飛ばされてしまう」 「ナナカ。眠かったら寝ていいよ」 「キーッ!! 人の気も知らないで、こやつは!」 「カイチョ〜〜。お腹空いた〜〜」 「ああ、そろそろご飯か……」 「ぎゃあ!! サリーちゃんまで増えた!!」 「待てよ、ご飯……!?」 「ご飯を食べる→お腹いっぱい→サリーちゃん退場→リア先輩はそのままおやすみ」 「→めでたくシンと二人きり!?」 「これだーーッ!!」 「なんだよ、いきなりっ」 「お腹も心も満たされるなんと素晴らしい戦略っ」 「え、えと……ナナカちゃん?」 「ベンキョーし過ぎてお馬鹿になったんじゃないの?」 「みんな! アタシがソバ打ってくるから、ちょっと待ってて!!」 「あっ、私も手伝――」 「いいって、いいって! たらふくご馳走したげるから、お腹いっぱい空かして待っとけー!」 「うん、待ってるーー♪」 「なんだあのテンション」 「う〜〜ん。体を動かしてないと寝ちゃうのかもね」 「うお! 地震だっ」 「き、気合い入ってるなぁ」 「ナナカちゃん……あんなに頑張ってたら、逆に疲れて眠くなっちゃうんじゃ……」 「ふぅーーッ!! お待ち!」 「いい汗かいてるね、ナナカ……」 「そりゃあもう。なんといっても、今日はシンのおた――」 「シン君の……?」 「お、おっ、おう……っとっと。お代わりが見られるぞーーっ」 「僕のお代わり……?」 なんか変だなあ。僕がお代わりしないくらいのきわどい量をいつも盛ってくれているのに。 「リア先輩もたんと召し上がれ!」 「何か企んでるな?」 「そそっ、そんなことはありませんヨ!!」 「リアを太らせようとしてるんじゃね?」 「んなことするか!」 「大丈夫だよ、リア先輩。ソバはダイエットにも効果的なんだから! たぶん」 「う、うん……いただきま〜す」 「はぁはぁ、よしよし……後はいっぱい食べさせれば……」 「かっ、辛い!!」 「ワサビ入れといたよ」 「ううーーっ」 「徹夜で頑張るんでしょ。だから目が覚めると思って」 「そりゃいい考えだ。と、言いたいところだけど――」 「きいいいい! この小悪魔はなんてことをっ!」 「えっ、あ、やだ。ナナカ、怒ってる?」 「怒るわああああああ!」 「ひーーん!」 「元気だなあ……」 というか、リア先輩が苦しんでるのにどうしてナナカが怒るんだ? まったく、ナナカは優しいんだから。 「ぐす……っ、ぐすっ」 「大丈夫ですか、リア先輩」 「だ、大丈夫だもん!」 「けど、これでまたこの後も頑張れますね」 「いいなあ、ナナカちゃんは」 「こうして、シン君に元気を分けてあげられるんだもの」 「ま、まあ古い付き合いですからね」 「ちょっと……妬けちゃうかも♪」 「なっ!? ぼ、僕とナナカはそんなんじゃないですよ。ただの幼馴染みですから」 「私も何かできればいいんだけどな」 「リア先輩にだって、いつも元気をもらってますよ」 「そう……?」 「今日こうして勉強見てもらってるのだってそうですし」 「それ以外にも……」 「何かな? 何かな?」 「い……いっぱいありすぎて、困りますっ」 「本当は思いつかなかったとか」 「そ、そんなことないですよ!!」 「くすくす、いいんだよ。別に無理しないでも」 挙げれば何故かリア先輩との距離が遠ざかるような気がして何も言えなかった。 僕こそリア先輩に元気をもらってばかりで、僕から与えることがないって言うのに。 「リア先輩は側にいてくれるだけでホッとするというか、安心できるというか……」 「だ、だからって! ずっと頼りっぱなしじゃ……その……」 「えへへ。シン君も、もっと私に甘えていいんだよ♡」 「けど、シン君は男の子だもんね。そんなこと言われても、あまり嬉しくないかな」 「そ、そうなんですっ」 「そっか。ごめんね……」 うう……どうしてリア先輩の前で素直になれないのだろう。 それは、きっと―― 「うへえ……ひでー目に遭った」 「お、おかえり。ナナカは?」 「なんかヘバったみたい。玄関でグーグー寝てるよ」 「玄関で!?」 「まあ、あれだけはしゃいでいればねえ。っしょっと」 「わわっ、シン君……力持ちなんだ〜〜」 「まあ、これくらいは……」 リア先輩だったら、果たしておんぶできるのかな……。 って、いかんいかん! それじゃナナカよりリア先輩の方が重いと言っているようなもんだ。 そして空いている部屋に布団を敷き、ナナカを寝かせて勉強に戻る。 サリーちゃんはまたどこか流浪の旅に出かけたか。 「リア先輩。もういい時間ですけど……大丈夫なんですか?」 「うん。平気だよ」 「けど、遅くなったら心配されるでしょうし」 「平気平気。シン君の家に行くって言ってあるんだもの。お姉ちゃんがフォローしてくれるもん」 それはそれで嬉しいやら悲しいやら。 「それよりも、ナナカちゃんを置いて帰れないよ」 「なんでです?」 「だ、だって……年頃の男の子と女の子を一つ屋根の下に残して置くだなんて……」 「そ、その……」 「先輩がちゃーんと見張ってるから、変なことはさせないのですっ」 「変なことなんてするわけないじゃないですかっ。ナナカがお泊まりなんて、今までにしょっちゅうなんですから!」 「あ……そっか。幼馴染みだもんね」 「心配というか、深読みのし過ぎですよ」 「それとも、リア先輩は二人きりになるとすぐそういうことをしちゃう人なんですか?」 「も、もおっ! そんなことしないもんっ!」 まったく……年上振っておきながら、この手の話題にはてんで弱いんだから。 まあ、僕もそんなに強い方じゃないから、こういう澱んだ空気はさっさと流してしまいたい。 「おっ、いいタイミング」 「父さんからの手紙かな」 「こ、コウモリ……?」 「伝書コウモリですよ。ええっと――」 「誕生日……おめでとう?」 「あーーっ!」 「えっ……シン君。今日、お誕生日だったの?」 「はい、そうみたい、です」 「どうして教えてくれなかったのっ」 「忘れてたんですよっ! 生徒会とかテストのことで頭がいっぱいだったから……」 それ以前に、自分から教えるなんて恥ずかしくてできません。 「そっか……さすがに父さん母さんは覚えてたか……」 「あ、あのね。シン君。ごめんね。知っていたら――」 「いやいや! いいんですよっ」 「ううん! 今からでも遅くないから、プレゼント買ってくるっ」 「いいですよ、そんなこと!」 「ダメーッ。シン君は大人しくお家でお勉強して待ってること!」 「ああ、もう!」 聞き分けのないリア先輩の腕を取ろうと手を伸ばした瞬間―― 「きゃっ」 柔らかい弾みが手の平に収まった。 なんと大きな胸を鷲づかんでしまったのだ! 「ご、ごめんなさ――」 慌てていたのか、地面に倒れ伏せていたパッキーに足を取られてしまう。 「アペピ!!」 「しっ、シン君ー! しっかりしてーー!」 ああ、頭が温かくて柔らかい枕の上にある……。 しかもなんていい匂いが…… 「ああ、良かった♪」 「つつ……」 「ごめんね。なんか夢中になっちゃって……」 「そんな……僕の方こそ、その……先輩の胸を……」 「あ、ああ! そのこと……あれは事故だから、ね」 ここは、優しいリア先輩の膝の上か……。 どうりで気持ちがいいわけだ。 「けど、年に一回しかない誕生日なんだよ? 誰にも祝ってもらえないのは悲しいよ」 去年まではナナカに祝ってもらっていたと、なぜかリア先輩の前で言えなかった。 「だからせめて、私だけでもお祝いできたら……」 「リア先輩、誕生日のプレゼント……」 「このまま膝の上で、少し眠るとかでも……いいですか?」 「だ、ダメならいいんですっ」 「くすくす。シン君の甘えん坊さん♡」 そう言って、リア先輩は僕の頭を静かに撫でてくれた。 「ちょっとだけ、だよ♪」 勉強の疲労も相まって、太ももの心地よさに全身が溶けていく。 ちなみにリア先輩の胸が遮っていて顔がよく見えないのは内緒だ。 「けど、少し休んだらまたお勉強だからね」 優しくも厳しい先輩から、僕はこんなにも元気をもらっているのだ。 「会長はん。こないなとこで、なにしてはるん?」 「あっ、こんにちは。えと、リア先輩は――」 「シン君、テストどうだった?」 「あっ、ま……まあ、それなりに出来たと思います」 「そっか♡ まだあと1日残ってるから、しっかり……ね」 「は、はい! 頑張りますっ」 「で、何か私に御用かな?」 「あ、いや……それだけです。勉強教えてもらったし、リア先輩には報告しといた方がいいと思って」 「健気な子やねえ。さすがリーアの育てはった会長はんやわあ」 「くすくす。育てられた覚えはないって顔してはるけど」 「そ、そんなことないですよっ。リア先輩には、感謝してます」 「えへへ。そう言われると、なんだか照れくさいね」 「素直で頑張り屋の会長はんに、ご褒美あげはったら?」 「あ、それ名案♪」 ご、ご褒美……? なんだろう、ドキドキ。 「この後、ちょっとだけ時間取れる? あ、テスト勉強があるから難しいかな〜〜」 「そ、それくらい! 大丈夫ですっ」 「うふふっ、それなら決まり♪」 「『またここかいな』って、がっかりしてはるやろ」 「そ、そんなことないですよっ」 「かんにんえ。リーアもうちも、ここが一番のお気に入りやさかい」 「美人の先輩方と一緒にお茶ができるんですもの。がっかりなんて、するわけないですよ」 「もう、お世辞なんか言わはって。いややわあ」 「は〜い。まずは、お茶をどうぞ〜」 「えらいお〜きに」 「例の和菓子。出来てはる?」 「もうすぐ来るって♪」 「なにが来るんですか」 「それは来てのお楽しみ♡」 キッチンからお声がかかり、御陵先輩が席を立つ。 「はい、お待たせさんどす」 「こ、これは……!!」 「金箔を散りばめたお羊羹だよ」 「な……なんと!?」 ま、眩しくて直視できないっ。 「ちょっと見た目が悪趣味かもしれへんなあ」 「お腹に入れれば同じやもんとか、思ってはるやろ」 「ななっ!? そんなこと思ってないもんっ」 「会長はんは、どないやろ?」 「はぁはぁ……いいですね、これ……」 「さすがリアの育てた会長はんやわ」 「それは関係ないもんっ!」 「こ、これっ。食べてもいいんですか!?」 「かまへんかまへん。よろしおあがりやす」 「いただきまーっす!!」 「私も食べちゃお〜」 しかし、洋式のテラスで和菓子を食するのも、なかなかおつなものである。 それに加え、御陵先輩とリア先輩という美人に囲まれながらのお茶会は、まさしく両手に花っ! 幸せで息が詰まりそうだ。 この状況も、生徒会長たるが故の特権と言えよう。周囲の眼差しをチクチクと感じる。 「なあ、会長はん」 御陵先輩が身を乗り出してきた。 そして顔をじっと見つめてくる。 「な、なんでしょう」 「やっぱ似てはるわ」 「芸能人のユッくん」 ああ、その人のことはナナカが言ってたな。 「今、愛のよろめきの奴らに出てますよね。主人公の義弟役かなんかで」 「そやねん、そやねん」 「そうかな〜〜? そこまで似てないと思うけど」 「確かに。会長はんの方が、可愛らしいかもしれへんなあ」 「こ〜ら。男の子に可愛いだなんて言っちゃ失礼なんだゾ」 「そやかて、ほんまのことやし。母性本能をくすぐるようなところがそっくりやねん」 「そ、そうなんですか?」 「う〜〜ん。私はテッペー君の方が似てると思うんだけど」 「ああ、少しMっ気のありそなとこ?」 「そ、そんなこと言ってないもん!」 こうやってタレントの話とかを聞いていると、お嬢様な二人もごく普通の女の子なんだなあと思う。 「そやけどな。ユッくんの役柄上は似てへんかもしれんけど、会うてみたらそっくりやねん!」 あれ? リア先輩も至って普通のリアクション。 「テッペー君は、私生活だと結構チャラチャラしてはるし」 「あはは……やっぱりそうなんだ」 「あ、あの……平然とタレントのプライベートについて話されてますけど」 「も、もしかして実際に会ったことあるんですかっ」 「たま〜にな」 や、やっぱりお嬢様だった!! 「私は全然だけどね」 「リーアは、芸能関係に興味あらへんしな」 「タレントさんは、TVで見るから楽しいんだよ」 「くすくす。リーアらしいわ」 「す、すごいや……芸能人とお友達だなんて……」 「友達? そんなもんやあらへんよ」 「ただの顔見知りやねん。うちの友達はリーアや、クラスのみんな」 「それにシン君とか、ね♪」 「家柄で付き合うとるようなもんやし……自分の友達くらい、うち自身に選ばせて欲しいわ」 「彩錦ちゃんはね……しょうがないよ」 お嬢様には、お嬢様なりの悩みというものもあるんだなあ。 「そやけどな。有名人に会うたことある言うたら、リーアの方が凄いんえ」 「総理大臣に会うたことがあるんやって」 「だ、だめだよ、彩錦ちゃんっ。その話は内緒!」 「ええっ。どうしてですか!?」 「だ、だってぇ〜〜。別に会いたくて会ったわけじゃないんだもの〜〜」 会いたくないのに総理大臣と会うって、一体どんな経緯でそうなったんだ……。 「私は偉い人とか有名人なんかよりも、どうせならもっと不思議な人と友達になりたいな」 「まさか宇宙人に異世界人、超能力者のお友達とか言わはるつもり?」 「うう〜ん。ちょっと近いかも」 「くすくす。その方が確かに面白くなるかもしれへんなあ」 僕は芸能人でも総理大臣でもないわけだけど、今の言い方なら僕も該当するのでは? なんといっても、魔界の王者――魔王なんだから! ……魔界で暮らしたことないけど。 「それ言うたら、既にぎょーさん友達いてはるんやない?」 「あ〜〜、確かに。ロロットちゃんに、サリーちゃん。美味しいもの食べ隊のみんなとオデロークちゃんとかね」 リア先輩もロロットの正体に気づいてたのか。 「羨ましいわあ。いろんなお友達がいてはって」 「御陵先輩だって、すぐ仲良くなれますよ」 「ほんま?」 「ホンマ、ホンマ」 「さよか〜」 「お友達はいっぱいいた方が楽しいもんね♪」 「お茶もしばいたことやし、うちもええ加減勉強に戻らへんと」 「うん、頑張ってね」 「御陵先輩、受験勉強ですか?」 「それやのうて、帝王学どす。えらい、おやかまっさんどした」 「ばいばーい」 「さ、さようなら〜〜」 「御陵先輩って、帝王になりたいんだ……」 「そうじゃなくて」 「彩錦ちゃんは、お家の跡継ぎだからね。流星学園を卒業したらもう、後継者として働くんだよ」 「なるほど。そういえば、リア先輩の進路って――」 「今のところは、進学かな。もう推薦もらってるし」 「さすが、リア先輩」 「それで、どこの大学に?」 「リ・クリエのこともあるからね。なるべく流星町から通えるところにしたんだ」 それでヘレナさんもあの歳で理事長を……。 「いや、リア先輩もヘレナさんも。御陵先輩も将来に制約があるんだなあって」 「そう見えちゃうかもしれないね。だからって、自由にさせてもらっていないわけじゃないもの」 「彩錦ちゃんも本当なら通学なんかしないで、お家で英才教育受けるだろうし」 「お姉ちゃんなんか飛び級までして海外留学してるし、結構やりたいことはやってるんだよ」 「私も今、こうしてみんなと一緒に楽しく生徒会活動してるわけだしっ」 数少ない自由の選択肢で、僕達と過ごすことを選んでくれたリア先輩。 時々、不安に思うことがある。 例え、リア先輩からの魔族の退治協力を頼まれていたとしても、普段の生徒会活動にまで巻き込んでしまっている。 もっと僕達がしっかりしていれば、もっとリア先輩は自由にしていられたのかもしれない。 限られた自由を、僕達が占有していいのだろうか、と。 「どうしたの? さっきから元気がないゾっ」 「悩み事があったら、先輩に話してごらん♪」 「僕、もっと先輩と一緒にいたいです」 ネガティブな思考に任せて、いきなりなんてことを!? 「ぼ、僕だけじゃなくてっ。他のみんなも、そう思ってるはずですっ」 「あっ、あはは、そっかそっかー。そうだよね〜〜」 「でも、みんなと過ごせるのもたった数ヶ月しかないんだ……」 リア先輩が湯のみを持ちながら、しみじみと呟いた。 「今が楽しいから、つい時間が止まって欲しいな〜とか思っちゃう」 「けどね。ずっと生徒会は続けていられないんだよ」 「いつか終わる時が来る。卒業しなくちゃいけないんだ」 みんなで楽しく過ごしているこの一分一秒は常に経過しており、それは決して取り戻すことは出来ないけれども――。 「だからって、私達の絆は終わらない。そうでしょ?」 「私ね。シン君のお家が、とってもお気に入りなんだ」 「えっ、どうしてです?」 「あの場所になら、いつになってもみんなが集まれる」 「たとえ、生徒会が終わったとしても、あの場所にみんなが集まれば、いつでも生徒会の頃に帰れるんじゃないかなって」 「えへへ……ごめんね。勝手にそんな願望押しつけちゃって」 「いや、嬉しいですよ。何もない……ほとんど一人で暮らしてるようなあの家を……」 「またみんなで集まって、色々したいね♡」 その後、これからの生徒会活動をどうしていこうか、日が暮れるまで話し続けていた。 リア先輩が参加できる残り少ない活動期間の中で、絆をもっと強くする為に。 テストも終わったことで、堂々とクルセイダースのパトロールを再開することが出来るわけですが。 「どうせやるなら、もっと楽しくやりましょうよ」 「ただお散歩してるだけだしね」 「ま、まあ? お勉強続きでいたものね。少しくらいは大目に見てもいいんじゃないかしらっ」 「確かに。なんでも楽しいものに仕上げていくっていうのは、素敵なアイディアだもんね」 「いいんですか、先輩?」 「い、いや……なんか嫌な予感が」 「大丈夫だよ。もしもの時は、先輩の私がしっかりみんなをフォローしてあげるんだから。えっへん!」 な〜んて、笑っていたのも束の間。 「ききっ、肝試しぃ〜!?」 「そう! 魔族さんを捜しながら、同時に学園の七不思議を解明してしまいましょう!」 「へえ、それで肝試し。面白そうじゃん! で、学園の七不思議って――」 「図書館からしっかり借りてきました。これが『流星学園7不思議1300年度版』です」 「1300年……ってことは去年は別の? しかも著者と監修が、九浄ヘレナって……」 「うっわ、適当っぽい!」 「お、お姉ちゃん……なんという本を……」 「とにかく最新号なんですね。どれどれ……」 「ほ、本当に肝試しするの〜? そういうのは、ちょっと……」 「しっかりフォローしてくれるんですよね、リーア先輩♪」 「お姉さまに守られるなんて……♡」 「う、うう〜〜」 「さあ、皆さん。早速、変身してレッツゴーなのですよ!!」 「学園の七不思議の一つ……」 「ごくりっ……」 「実は、3つしか不思議がない」 「おお、それは不思議だ!!」 「それなのに、どうしてプールに来てるのかしら?」 「どうやら、3つのうちの一つが、このプールで起きていることなのだそうです」 「誰もいないはずのプール。しかし、時折水音が響き始めるのだという」 「えっ、そ……それでプールに?」 「い、今は私達がいる、わよね?」 「けど、水に入ってるわけじゃないから、変な水音は――」 「な、なんか聞こえた……」 「う、嘘でしょ?」 「あ、あああっ、あそこに……」 「人影が!!」 「……誰だ?」 「キャーーー!!」 「ちょっ、み、みんな……!?」 一緒になって逃げだそうとしたものの、何かに掴まれて身動きが取れない。 「ま、まさかオバケが……!? うぎゃーー!!」 「ご、ごめんなさい……っ。足が……動かなくて……」 このままリア先輩を置いていくわけにはいかない。 しかし、オバケを相手にするのはさすがの魔王でも……って弱!! 「そこで何をしている」 「あ、アゼル……?」 「な、な〜んだ。アゼルさんだったんだ……はぁ、ビックリした」 「なぜだ……? なぜ、ここに侵入できる……? まさか……」 「僕達は普通にパトロールしてるだけなんだけど……アゼルこそ、何してるの?」 「私は……」 「……散歩だ」 「散歩……?」 「もっ、もお! こんな遅くにプールを散歩なんかしてたらダメなんだぞっ」 いや、そんなことより突っ込むべきところがあるような。 「ふっ……」 「なっ、何ですかっ」 「足が震えているぞ」 そう言って、アゼルは去っていってしまった。 「大丈夫ですか? リア先輩っ」 「だ、大丈夫……ありがとう、シン君」 「みんな逃げちゃったし……どうします、これ?」 「少なくとも、七不思議の一つはこれで解決したってことだよね?」 「まあ、あと一つしかありませんけど」 「私をこんな目に遭わせる為だけに、この本を用意したとしか思えない……」 「ま、まあヘレナさんのすることですし……」 「シン君!! もう一つの謎も解明しよっ。そうすれば、お姉ちゃんの悪ふざけもおしまい!」 「けど、いいんですか?」 「こっ、怖くなんかないもん! 怖いのはシン君の方でしょっ」 もう、素直じゃないんだから……。 「や、やっぱりやめましょうよ……」 「魔族だったら大変じゃない」 「けど、オバケだったらもっと大変ですよっ」 「いいのっ!」 リア先輩ってば、ムキになっちゃって……。 また足腰が立たなくなっても知らないぞ。 「フィーニスの塔は、夜になると世にも恐ろしく奇妙な影に包まれる」 「きっと今度はサリーちゃんだよ、きっと」 「さっきがアゼルだからって、それはないですよ」 「ないは、ないなの!」 「もうわけわからん……」 ただでさえ不気味なこの周辺は、いわくまでつくと更に恐怖心が募ってくる。 確かに、この雰囲気はオバケが出てもおかしくなさそうだ……。 リア先輩が強気なのは面持ちだけで、体は小刻みに震えている。 僕の服の裾をつまんでいただけのはずが、いつのまにか腕を掴んでいた。 「だ、誰もいないよね……」 「それを知る為のパトロール……うっ」 リア先輩が僕の腕にしがみついてきたっ。 今日は制服の時と違って、戦闘服での密着。 ちょっとでもリア先輩の方を向くと、白く膨らんだ肌が見えてしまう。 ――いかんいかん! けど、このまま胸を覆い隠す布が、ぺろんと下にめくれたりなんかした日には……。 「……何か、気配がする……」 リア先輩が、神妙な顔つきになる。 けど、それよりも僕はリア先輩の胸が気になって仕方がない。 「……ちょっと、見てきます」 「あ……し、シン君っ! お願い……置いていかないでぇ……」 リア先輩の腕を振り払うと、止められてしまった。 「わ、わかりました」 よそ見をしながら、またリア先輩の両腕の中に自分の腕を入れようとしたのだが―― すっぽりと、リア先輩の谷間の中に入ってしまった。 そして、その勢いに負けて胸の衣服がはがれるように―― 「きゃ……きゃあ!!」 「ご、ごめんなさい!!」 慌てて胸を両腕で覆い隠すリア先輩。 おしあげられて、更に膨張してみえるよっ。 「も、もお! いきなりなにするかと思ったらぁっ」 「い、いや! ちょっと暗くてよく見えなかったから……」 「シン君のエッチ!」 ああ、リア先輩に嫌われてしまった……。 「いくら男の子だからって。こんなことをしたら、女の子に嫌われちゃうゾ」 ぴぴんとおでこをつつかれた。 「すみません、不注意で……」 「もう、いいよ。その代わり、もう二度としないこと。わかった?」 そういって、リア先輩がたしなめるポーズを取った瞬間―― うまく戻ってなかった衣服がぺろんとはがれてしまう! 僕の目は釘付けになる。だが、しかし―― 「霧……?」 ああ、せっかくのチャンスが黒い煙に巻かれてしまった! って、いかんいかん! 「り、リア先輩……そ、その胸が……」 「や、やっぱり学園の七不思議って……」 「や、やだ……やっぱりおばっ、オバケーー!!」 リア先輩はそれどころじゃなかったので、僕の手の平で先輩の乳房を覆った。 うおっ。よく見えないけど、リア先輩の胸の形が文字通り手に取るようにわかってしまった。 「し、シン君!?」 ひんやりとはしているものの、膨らみと柔らかみが直に感じられる。 そして中心に少ししこった硬い突起物。こ、これがあるってことはやっぱり、リア先輩はずっとノーブラで戦闘を…… 「じゃないくて! 先輩、早く胸を隠してください!」 「もお、今はそれどころじゃないんだよおーっ! 早く逃げなくっちゃ呪われちゃうよお!!」 「僕はそれをどうにかしないと、どうにかなっちゃうんですってば!」 「そこにいるのは誰ですか!?」 この声が誰かはともかく、今の僕らが見つかったら非常にまずい! 僕はリア先輩の胸を押さえたまま、一緒になって逃げ出した。 結局、七不思議はほとんどが不思議のままで終わってしまった。 「で、どうしたんですか。そのお顔にできた紅葉まんじゅうは」 「七不思議の一つだよ」 「もお、知らない!」 「そいえばさ。今日ってハロウィンだよね」 「サーロイン?」 「牛肉のステーキよ」 「もしかして、ビフテキ!?」 「そうじゃなくて ハロウィンは秋の収穫を祝うお祭りなんだよ」 「ふむふむ。『悪い子はいねがー?』というやつですよね」 「それは、なまはげ!」 「実際、子供達が仮装とかして、大人の人からお菓子をもらったりできるんだよ」 「まじで!?」 「ハロウィンやりましょうよ!!」 「仮装ねえ……ヒゲメガネくらいならシンの家にありそうだけど」 「実用的な物以外は置いてないよ」 「うそこけ!」 「サリーちゃんなら、仮装してるようにも見えるし……そのままでもいいんじゃないかな?」 「本当!? ラッキー♪」 「じゃあ、オマケさんを筆頭にお菓子をもらっちゃいましょ〜〜」 「トラック オブ トリートメント」 「あら、そういえばハロウィンだったわね」 今の情報でわかるのか。 「つーわけでBOSS、お菓子ちょーだい!」 「いいだろう。これが今回の報酬だ」 結局、演劇部から借りてきた衣装を使って、ハロウィンごっこ。 ヘレナさんは袖から草餅を取り出し、サリーちゃんにプレゼントする。どこかで見たことのある光景だ。 「わーーい、ありがとーー!」 「オマケさん、その調子でもう一つゲットです!」 「それじゃあ一号生筆頭にした意味がないじゃないですか!!」 「くすくす。はい、どうぞ」 今度はリア先輩が豆大福を出してきた。 なるほど、この二人は血の繋がった姉妹と言えよう。 しかし肝心のロロットは浮かない顔をしている。 「どうしたの? これ、嫌いだった?」 「残念ですが、先輩さんからはいただけません」 「ハロウィンは大人の人からお菓子をもらうもの。先輩さんであろうとも、世間から見ればまだまだ子供なのですから」 リア先輩を子供呼ばわりするとは、なんて恐ろしい娘だ。 「くっ、くくっ……ぷふーっ」 ヘレナさんが文字通り腹を抱えて笑う。肝心のリア先輩はさっきから放心状態だ。 「あはは、おっかしぃ。リアが子供だなんて、なかなか面白いこと言うじゃない」 「面白くないよ〜〜っ!」 「リアは大人よ。だって――」 「こんなに立派な胸を持っている子供が、どこにいるっていうの?」 「やっ、みんなが見てるのに〜〜っ」 「それとも中身が子供で、体だけはオ・ト・ナ?」 「こっ、こら〜〜っ」 「おっぱいでけーと大人になっちゃうんだ〜〜」 「だったら小さい方がいいですね。お菓子がもらえるうちは、子供のままでいたいのです」 無邪気と言うか、なんというか。 「あ〜〜ん。大福みたいで気持ちいいわ〜〜♡」 「や、やめて下さい、ヘレナさんっ。教育上、良くないですよっ」 「くすくす……ねえ、シンちゃん。小さいのと大きいのはどっちが好み?」 「答えないと、やめないわよ」 「し、シン君っ。あっ、ダメ〜〜っ」 リア先輩を人質に取るとは、なんて卑劣なのだろう。 しかし、このままでは僕が――じゃなくて、リア先輩が大変なことになってしまうっ。 やむを得ない。意を決して僕は叫ぶ。 「胸は大きい方がいいです!」 「誰も胸のことなんか聞いてないわよ」 「うがっ」 まさか大福の大きさを? って、わかりにく! 「な〜んて、冗談よ♡ そっかそっか〜。シンちゃんもち〜ゃんとした男の子なのね〜〜」 「もぉ、そうやって人のことすぐからかうんだからーっ。ぺち!」 僕が恥をかかなくても、最初からそうすることで止められたのだ。 「ふふふっ。素直でよろしいっ」 「もぐもぐ。元気だしなよ、カイチョー」 「ぱくぱく。人の好みは千差万別なのです」 「結局、食べてるし。しかも着替え早!」 「で。ハロウィンなのにカボチャはどうしたの?」 「カボチャ?」 「カボチャ頭をかぶるのがハロウィン本来の正装であると書いてあります」 「へえ〜〜。そんなのかぶったら、本当に仮装パーティだね」 みんなは気づいてないのだろうか。さっきまで、サリーちゃんがカボチャの中に入ってたことを。 「しょうがないわ。これでもかぶってなさい」 「え!? きゃあ!!」 高そうな壺をリア先輩の頭に被せた。 さすがのリア先輩も、ヘレナさんの前では形無しである。 「やっぱりハロウィンのバケモノは、こうでなくっちゃね。はい、お菓子」 「――っぷはあ!」 「だ、大丈夫ですか?」 「ハァハァ……シン君、ありがとう……」 「ほほ〜。バケモノがいいのですか。それなら、オマケさんのオヤビンさんなら、もっとお菓子がもらえそうですね」 「ロロちー、名案! よ〜〜し、次はオヤビンも連れてくるぞーっ」 「ふふふっ。楽しみにしているわ♡」 「もぉ、お姉ちゃん! いくらなんでも今日ばっかりは許さないんだから〜〜っ」 「柏餅をあげると言っても?」 リア先輩にも、まだまだ子供の一面が残されているらしい。 みんなでお茶をしながら、去年の生徒会活動記録――聖夜祭のアルバムを眺める。 写真には、厳かに飾られた文化ホールが写されている。 「去年の聖夜祭、素敵だったなあ〜〜」 「だってお姉さまが企画されたものだもの。華麗でとても神聖な、歓喜溢るる催しだったわ……♡」 「そ、そうだったかな〜」 「聖餐式にキャンドルサービス。ダンスパーティとか、なんか色々と初体験だったしね」 「初体験! これはまたそそられる単語ですね!!」 「まさにロマンティック……♡」 「こんなに評判がいいなら、今年もそれで行くっきゃない!」 「ロウソクで火遊びしてみたいです〜」 「ちょっと待って。そんな軽々しく言うけど、そう簡単にできるのかな?」 「確かに。お姉さま率いる生徒会だから出来たことなのかもしれないわ……」 「い、いや……だから、そんなに大それたことをしているわけじゃ……」 「えーっ、おほん!」 「うん、そうだね。去年は去年。今年は今年だもん」 「相談役、待ってましたっ」 「仮に去年と同じ聖夜祭にするとして……ロロットちゃんはどう思う?」 「私は初めてです! だからとっても楽しみです!」 「けど、他のみんなは?」 「去年と同じ事の焼き直し、焼き回し、使い回し、猿回し」 「それじゃあ、あまり面白くありませんね」 「ま、欲を言えば違う聖夜祭ってのも見てみたいよね。讃美歌、覚えるのも大変だし」 「ナナカさんのような生徒が多数派なのよね……」 「いわゆるメジャーってやつ?」 「どちらにしても、去年と同じ事をやろうとしたってどうせ忠実に再現は出来ないわけだし……」 「そうだ!!」 「だったらさ! いっそのこと、僕達で新しく作っちゃおうよ!」 「おお!! それはとても名案です!!」 「なるほど。地味に変えるより、その方が手っ取り早い」 「けど、新しいことをやるのは、それなりのリスクも背負うことになるのよ?」 「うう……確かに。そりゃ、失敗するかもしれないけどさ……」 「それでも自分たちのやり方で盛り上げた方が、もっともっと楽しくなるんじゃないかなっ」 「私達のやり方……」 「ぶっちゃけ、行き当たりばったり」 「去年の初体験も気にはなりますけど、新しいことならそれはそれで大歓迎です!」 「上等じゃない。咲良クンに気後れするくらいなら、受けて立つわ!」 「あーっ! じゃあ、アタシもアタシも! アタシだってシンを応援するぞっ。支援するぞ、協力するぞーっ」 「ちょ、ちょっとぉ! 誤解されるような言い方に変えないでよっ!!」 「熱意とはまた違ったアピールですね、会計さん」 「う、うるさーいっ」 「なんで怒るんですかっ」 「失敗を恐れず、楽しいことに挑戦をする」 「うん。さすがキラフェスを成功させた人達だね♪」 「失敗しても、大丈夫です。皆さん、笑って許してくれますから!」 「ナナカチョップ!」 「やるからには最初っから勝ちに行くよっ!」 「じゃあ、今年の聖夜祭は……キラフェスみたいに、また色々やっちゃいましょうということでいいのかな?」 「そこまで言うからには、何か面白い事……用意してるんだよね?」 「そ、それを今から考えようかと」 「みんなで一緒に、ね♡」 「はいはい!! クリスマスと言えば、やっぱりスウィーツ!! みんなで食べよう、クリスマス!」 「讃美歌を今時な感じにアレンジしてみたら、どうかしら!?」 「私は仮装パーティーとか、してみたいです!!」 そんな感じで色々とネタを出し、その場で企画書を練り上げていった。 「改まって、何のご用どすか?」 「えとですね。今度の聖夜祭なんですけど、今いろんな方からご意見を伺ってましてね」 「もうそないな季節なんやねえ。あと数ヶ月で卒業。侘びしいどすなあ」 「3年生にとったら、最後の聖夜祭ですからね。楽しい思い出を作って欲しいですし」 「せっかくだから、ね♪」 「そやねえ〜〜。すぐには思いつかへんわ」 「どんなことでもいいんですっ。こんなのが楽しいな〜ってのが、あったら是非」 「楽しい楽しい……」 「うち。踊り踊りたい」 「舞妓さんをやりたいですか?」 「見せもんやあらへん。みんなで楽しく踊るねん」 「ああ!! 確か、去年もやりましたね!」 「キャンプファイヤーのダンスやろ。なぜか曲はジングルベルで」 「だ、だってえ〜〜」 「うちらはもう子供やあらへん。ダンスと言えば、大人御用達の社交ダンスで決まりやろ?」 「ムーディーな曲に合わせてステップを踏み、好きな人と手を触れる。そないに優雅な一時を楽しみたいわあ……」 「好きな人と踊る……」 「彩錦ちゃん……好きな人、いたんだ。ねえ、教えてよ〜〜」 「本人のいるまえでは、あきまへん」 「ええーーっ!?」 「けど、そこまで言わはるなら、仕方あらへん」 「ま、まさか……」 「そ、そんな……彩錦ちゃんが、シン君のことを……ど、どどどっ、どうしよう」 「うちはな……」 「リーア、一筋やねん♡」 「ちょっ、ちょっとーー!! 彩錦ちゃーーん!! 冗談言ってからかうのはメッ! なんだから〜っ」 「嘘やあらへん。うちはリーアと踊りたい」 「も、もぉ! シン君が見てるのに、冗談言っちゃダメだよっ、め!」 「冗談やあらへんて。3年間、ずっと一緒に過ごしてくれはったんやもん。最後の聖夜祭、リーアと踊りたい」 「彩錦ちゃん……」 「リーアと最後の思い出を作りたい」 「もぉ……ずっとお別れになるわけじゃないんだから……」 「こ、これは美しい友情! ムーディーなダンスは是非、取り入れましょう」 「あんじょうよろしゅうに♪」 「けど、僕……ダンスなんか踊ったことないしなあ。踊れるようにならなくっちゃ」 「それなら安心え。本場のお嬢さまが、リードしてくれはるやろ」 「そうか! リア先輩がいる……九浄家の娘なら、きっとダンスはお手の物。それなら大丈夫だっ」 「ちょ、ちょっと〜〜」 「リア先輩。ご教授のほど、よろしくお願いいたします」 「えっ……ええ〜〜っ!?」 「ま・さ・か。踊られへんこと、あらへんやろうしなあ〜」 「お……踊れるもんっ。ダンスなんて、ちょちょいのちょーいなんだからっ」 「さすが、リア先輩っ。期待してますよっ」 「お、おうともさーっ」 「どうしたの、お姉ちゃん?」 「なにか大事なお話でもあるんでしょうか」 「なかなかいい読みをしてるじゃない」 ヘレナさんがブラックのコーヒーをすする。 「前にも話したリ・クリエのこと。まだ覚えてるかしら」 「はい。けど、なんでしょう。実感というか、どうなるのかいまいちよくわからなくて」 「流星が降るというくらいじゃ、何もわからないわよね」 「けど、こんなに降っているのを見るのは、生まれて初めてだよ」 「そうね。それは私も同じ。前回のリ・クリエが起きたのは、私が生まれる少し前のことだから」 「それなら僕の父さんや母さんも知ってそうだな」 「この流星町に起きている現象は、私達のお母様から聞いてる話とほぼ一致するわ。リ・クリエで決まりね」 「ねえ、お姉ちゃん……もしかして、あのことをシン君に話すの?」 「リ・クリエが近づくと、人間界は魔族の出入りが激しくなるでしょう。それに乗じてかどうかは知らないけれど――」 「ある者が、人間界で必ずその姿を現しているの」 「魔王よ」 僕が魔王だということを、この二人は知っているのだろうか。 それを知っているから、こうして僕を呼び出したのか。 そして、それを知った上で、僕をどうするつもりなのだろう。 緊張で息を飲む。 「お姉ちゃんったら、またシン君のことからかってるの?」 「へっ?」 「珍しくまともな顔するもんだから、ビックリしちゃってるよ。ねえ?」 「え、あ、その……」 普段ヘラヘラしてる人ほど、真剣になると凄みを増すものだからなあ。 「ま、それもそうよね」 ヘレナさんがふうーっと大きく息をついた。 「はい。お茶でも飲んでリラックスしよ♪ そんなに緊張する話じゃないから」 「どちらかというと呆れちゃうかも」 とにかく、僕が魔王だということでつるし上げられたというわけではなさそうだ。 しかし、ここに来ていきなり魔王の話なんてされるとは、うっかり腰を抜かすところだったよ。 「私達九浄家が、ロザリオを代々守り続けている一族だって話は、最初にしたよね」 「気の遠くなる年数で引き継がれているわ。それだけリ・クリエにまつわる話も、それなりに伝えられ残されているということなの」 「それでね。話の中に必ずといっていいほど現れるのが――」 「魔王、というわけですね」 「そう。魔王の存在を追っていけば、自然とリ・クリエの謎を解明できそうな気がしない?」 「まあ、何かしらの関連性はあるでしょうね」 「今回のリ・クリエは、過去最大級の影響があると、既に今の段階で報告されているわ」 やはり歴史ある九浄家。なにか、そういうリ・クリエを調べる機密機関が動いていたりするのだろうか。 「それでね。少しでも生徒会の人達に、リ・クリエのこと……魔王のことを知ってもらいたいの」 確かに魔王というものが、どんな存在であるのかは知りたいところでもある。 父さんをイメージしてもあまりピンとこないし、聞いたところでまたろくでもないコウモリの伝言が送られるだけだ。 「けど、そんな大切なこと。どうして僕だけに?」 「そ、それは……その……」 「魔王のこと、知りたい?」 「よろしい! いい返事にお応えして、我らが九浄家に伝わる魔王の話をしてあげるわ!」 「あいつの名前はM☆A☆OH♪」 「魔王♪ 魔王♪」 「後ろ姿が渋いぜ、M☆A☆OH!」 「魔王! 魔王!」 「格好いいけど、ちょいとワルだぜ。そんなところがイケてる、M☆A☆OH♪」 「ハーイ、ハーイ」 「世界の運命この手に掴み、拳を握ればビッグバーン♪」 「BANG、BANG」 「敵か味方か、ダークヒーロー♪」 「今日も私を連れ去って♡」 「正体不明のイカしたあいつがM☆A☆OHだぜ」 「M☆A☆OHだぜ」 「――っといった感じなの」 うわあ、しかもオチてないし……。 「まさか今のが九浄家に伝わる魔王の話ということなんでしょうか?」 「まさかもまさかの! これがいわゆる伝統というやつよ」 リア先輩が柏餅を食べながら顔を赤くして俯いている。さては買収されたのか。 しかし、九浄家ってどんな一族なのか、いよいよもってわからなくなってきたぞ。 「まあ、今のは遊びで作っただけだけど」 「ずるっ」 「けど、歌詞の中身は本当よ。お母様からは、そう聞かされてるの」 「なんか外見のことしか覚えていないみたいですけど……」 「そりゃあ格好いい人を見たら、そうなっちゃうのも無理ないわよね〜」 「きっと先代の魔王様……とってもダンディで素敵な方だったに違いないわ〜〜♡」 ヘレナさんが目をキラキラさせて年甲斐もなくときめいている。 先代魔王って、やっぱり父さんってことになるのかなあ……それって。 正体を知ったらガッカリしちゃうのかな。 ……って、待てよ? それはリア先輩のお母さんが、僕の父さんと知り合いってこと? 「えと……その! 魔王の名前は……知らないんですか?」 「魔王は魔王でしょ。魔が名字で王が名前かもしれないけど」 「前回はそんなに大変じゃなかったみたいで、魔王が誰だかもよくわからないまま終わっちゃったんだって」 「そうだったんだ」 結局、魔王のことについて、あまり有益な情報は残されていなかったということだ。 「けど、ヘレナさんが魔王に憧れるなんて……」 「だってもうズバリ私の好みなんだもの〜〜♡」 「それはお姉ちゃんの勝手な理想像じゃない。そんな風に見えただけで、本当にそうかまではわからないんだからっ」 「あ〜ら、そんなことを言っていいのかしら?」 「わ、わわっ。ごめんなさいっ」 「ななな、なんでもないのっ」 「うふふ。まあ、そういうわけだから」 「どういうわけだか知りませんが……まあ、参考になりました」 少なくとも魔王に対して悪い印象を持っているわけでもなさそうだ。 ヘレナさんはアレだけど、リア先輩もそんなに嫌悪している様子はない。 もしかしたら、姉妹揃って実は魔王のおっかけだったりするかもしれないぞ。 それがわかっただけでも安心できる。これならたとえ、僕が魔王だとバレても退学にはならないかな。 けど…… 「あなたが魔王? 全然違うわ! あなたなんて、渋くもちょいワルでもないじゃない!」 「私の機嫌を取るために嘘をつくなんて本ッ当、最低ね。よって退学!」 ヒィイイ。どちらにしても四面楚歌! とにかく、ヘレナさんの言う魔王になれるまでは正体は隠しておこう。 なれるかどうかはわからないけど 「あなたなんて、貧弱でなよなよしたカイワレ大根みたいなものよ!! それが魔王を名乗るだなんて豆腐にウスターソースをかけて冷や奴と騙すくらいの罪よ!!」 「この流星町から永久に消え去るがいいわ!!」 ああ、こんな情景を思い浮かべるなんて。僕がどれだけ魔王に相応しくないかが、見て取れる。 このままじゃ僕の代わりに魔王が現れて―― 「ククク……新しい魔王の登場だ! おっぱいでけー女は全部、俺様のもんだぜ!!」 「いやあ、助けてーーっ!」 「イタズラされちゃ〜〜うっ!」 「や、やめろ〜〜っ!」 「ククク……これは偽魔王様。俺様に協力したら、ビフテキの半分をわけてやろうか?」 「くっ。それを引き合いにだすなんて、卑怯だ……っ」 「報酬に惑わされるなんて、やっぱり偽物は最低だね!」 「あんたなんて、牛すじ肉でもかじってればいいんだわ!」 そ、そんな展開になったら、いよいよもって大変だっ。 「おい、勝手に俺様を悪者扱いするんじゃねーよ」 「ねえ、パッキー! 渋くてちょいワルの男になりたいんだけど、どうしたらいいのかな!?」 「なんだよ、いきなり」 「そうしないとキラキラの学園生活は疎か、この世界までもが大変なことに!!」 「……待てよ? 渋くてちょいワルと言えば、ヘレナの好みまんまじゃねえか」 「さては魔王様、ヘレナの事を? ククク……それなら邪魔者は消えるし、好都合だぜ」 「ったく、しょうがねえな。俺様が男のイロハってやつを叩き込んでやるぜ」 「パッキー先生、お願いしますっ!」 「シン君。どうして、そっぽ向いてるの?」 「男は背中で語るものさ」 「そ、そうなんだ。シン君、何か飲む?」 「コーヒー。きつめのブラックで……」 「なければ緑茶のストレート」 「ストレートじゃない緑茶……?」 「ずず……うま――じゃなくて、都会の雑踏に揉まれた俺の体を潤す……格別な味だぜ」 「そう、良かった♪」 「お代わりを要求する。異存はないな?」 「もちろん♪」 「ねえ、シン君。ここにあるペットボトル、誰のかわかる?」 「チッ、ナナカの野郎。ゴミと心は置き忘れるなと、いくら言っても聞きやしねえ」 「もう残ってないから、捨てとくね」 「おい、ペットボトルはリサイクルじゃねえ。不燃ゴミに捨てるんだ」 「し、シン君がそんなことをするなんて……!」 「だろ? 俺も案外ワルってことさ」 「う〜〜ん。そこまでワルじゃないとは思うけど」 「ってことは、ちょいワルってことですよね!!」 「おい、素に戻るな!!」 「ああ、しまった!!」 「むむ〜〜っ」 「シン君が変だなあと思ったら、そういうこと」 「へ……変?」 「だって、ずっとパーちゃんの物真似してるんだもの」 僕の渋さって、その程度なのか〜〜。 「どうしたの? いきなり、そんなことをし始めるなんてビックリだよ」 「なんでも渋くてちょいワルになりたいんだってよ」 「ちょちょっと! パッキーっ」 「リアちゃんだけには逆らえねえ。悪いな、魔王様」 忠誠心の低い使い魔だなあっ!! 「それで俺様が直々にご教授してやったというわけさ。まあ、俺様をクジラに喩えるなら、シン様はキクラゲぐらいにしかなってねーけどな」 「比較になってないよ……」 「そ、それって……まさか……お姉ちゃんの好みに合わせようとしてるのかな?」 「よし、予行練習はバッチリだ。さて、次は本番と行こうぜ」 「ええ!? 見事に失敗してるじゃんかっ」 「リアちゃんは俺様にぞっこんだからしょうがねえ。けど、ヘレナ相手になら大丈Vサイン」 「そ、そんなの無理だって〜〜」 「スイッチョン!」 「後は俺に任せな」 「よし! 流れ弾に当たる気持ちで行ってこい!」 「フ……」 「もしかして、パーちゃんの真似?」 「うう……終わった……」 さようなら。キラキラの学園生活。 「シン君……そんなにお姉ちゃんのことを……」 「先輩。こんなのに、わざわざ付き合ってくれてありがとうございます」 「え!? あ、う、うん。ごめんね、何の力にもなれなくて……」 「いいんです。僕には向いてないって最初からわかっていたことですから……」 「う、うん。無理は良くないと思うよ。けど……」 「けどね! 無理しなくてもシン君は充分魅力的だから! そのまんまが一番いいと思うよ!」 「だから……だから……だから、ね」 「う〜〜っ、ふぁいとっ!」 「シン様、どんまい!」 誰かに頼りっきりとは良くないことだ。 「ヘレナさん。ここはこういう感じで、こうしておくのはどうでしょう?」 「そうね。これはこうしてこうこうすればいいんじゃないかしら」 「二人とも、仲良さそうだな〜〜」 「……んぱい」 「先輩!」 「え!! あ!! はい!?」 「今の話、聞こえてました?」 「え、うん! もちろん、もちろん……って」 「ご、ごめんなさい。嘘です」 「どうしたんですか、今日は。さっきから上の空ですけど……」 「えっ、そ……そうかな、あははは……」 「も、もしかして……どこか具合でも悪いんですか!?」 「ううん、大丈夫! ほら、元気いっぱい、だよ」 「本当ですか……?」 「大丈夫ですっ」 そう言う割には、いつものように胸を張っていない。張られても目のやり場に困るのだが。 「困るわよ。大切な話をしている時にボーッとされちゃ」 「う、うん。ごめんなさい」 「それでですね。まずはこのやり方を――」 「ふふ〜ん」 「ヘレナさん、どうかしました?」 「ううん。なんでもないわ。そ・れ・よ・り・も♡」 ヘレナさんがずいっと背中に身を寄せてくる。 「ねえ。理事長室に来てるからって、そんなに緊張しなくてもいいのよ」 「え、いや……別に緊張なんか――」 「そうかしら? その割には、ほら……こんなにカチカチ」 「いっ!! ど、どこ触ってるんですかっ」 「どこって私の口から言わせる気? 純情そうな見かけに寄らず、いじわるなのね」 「お、お姉ちゃん……」 「ほら、こっちを向いて。心が落ち着くおまじないをしてあげる」 「ムギュッ」 「もう……全然リラックスしてないわよ。どんどん硬くなってるじゃない」 「んふ♡ 聞き分けのいい子は好きよ♡ だから、これをあげる♪」 な、なんかどさくさに紛れて奇妙なトロフィーをもらったぞ……。 「ちょっとお姉ちゃん!!」 「なによ、リア。珍しく声を荒げちゃって」 「またそうやってシン君のことをからかうんだからー!」 「そう見えるかもしれないけど、私の愛情表現なんだからしょうがないでしょう? ほら、いつもあなたにだって、してるじゃない」 「そ、そうかもだけど」 「シンちゃんって着やせするタイプなのね。脱いだら本当は凄いのかもしれないわ」 「なっ!? まさか――」 「うふふ♡ ボタンを一つ、二つ……」 「そ・こ・ま・で!!」 リア先輩がぐいっと間に入ってヘレナさんを阻んでくれた。 「もう何よ。せっかくいいところだったのに、邪魔しないでよぉん」 「シン君が困ってるじゃない」 「そうかしら? もしかしたら、喜んでるかもしれないわよ」 「だって、カチカチなところを優し〜くモミモミしてもらえれば……嬉しいわよねえ」 「もお! お姉ちゃんったら〜っ!」 「肩だけど♪」 「あら〜? リアはどこだと思ったのかしら〜? も・し・か・し・て……」 「し、知らないっ!」 「おませなのはその胸だけじゃなかったのね〜。お姉ちゃん、ホッとしたわ♡」 「もおーーっ! とにかくこれ以上シン君をオモチャにしたら許しませんっ」 「なに言ってるの? シンちゃんはあなたの物じゃないのよ」 「お姉ちゃんの物でもありませんっ」 「そんなことないわよね〜〜♡」 「あっ、いや……それは、その……」 「お姉ちゃんにそう迫られたら、頷くしかできないでしょ!! わかってて、そういうことするんだからあっ」 「やあねえ。私だって無理矢理なんてしないわよ。けど、シンちゃんが悦んでるなら、それでいいじゃない。ね♡」 「よ、悦ぶって……こ、これ以上はダメだってばーーっ」 「子供が出しゃばるんじゃないわよ!」 「ま、まあ二人とも喧嘩はそれくらいに――」 「少し黙ってて!!」 一体、何がどうなってるんだ……!? 「あ〜ら、リア。どうしたの、こんな遅くまで学校にいるなんて珍しいじゃない。早く帰らないと警備員さんに怒られるわよ」 「ちょっと話があるの。大事な話」 「それで私を待っていた、というわけ?」 「うん……一緒に帰ろ」 「で、大事な話って何かしら?」 「えっとね。シン君のことなんだけど……」 「シンちゃんが、どうかした?」 「お、お姉ちゃんのことが、好き……かもしれないの」 「あら〜〜♡ 私も罪作りな女ねえ。けど、残念。私の好みは全然違うもの」 「私の好みは、リアが一番よくわかっていると思ってたけど」 「それなのに……どうして、あんなことをするの?」 「あんなこと?」 「好きでもないのに、からかったりなんかして! シン君が可哀想じゃない!」 「……ああ、さっきのアレ?」 「そう! シン君が断れないことをいいことにやりたい放題して……悪のりにもほどがあるよ!」 「そうね。私もちょっと調子に乗りすぎたと思うわ。ごめんなさい」 「あ、う、うん……わかってくれたのなら、いいんだけど――」 「ねえ、教えて。どうしてリアがそんな心配をするのかしら?」 「シンちゃんに頼まれたの? 私の気持ちを聞いて欲しいって。それとも自分の気持ちを伝えて欲しいって?」 「う、ううん。そういうわけじゃない……それに、ハッキリしたことじゃないから……」 「そうでしょう? けどもし、彼が私のことを本当に好きだったりなんかしたら――」 「あなたにそんな心配されたりしても、余計なお世話だって思うかもしれないわよ」 「それをちゃんとわかって言ってるのかしら?」 「っ……!」 「あ、ちょっと! ちょっと、リアったら〜〜!」 「ああ、もう。どうせ帰るところは一緒なのに、今からどこへ行くつもりなのかしら」 「にしても、リアってば……さっきのことで、あんなに思い詰めちゃったりなんかして……」 「も〜〜っ、本当に可愛いんだからあん♡」 「そんなんだから、ついついイジワルしたくなっちゃうのよね〜〜♡」 「けど、シンちゃんにリア。お互いに鈍感なのもまた……困ったものよね……」 「あぁ、羨ましいわ。私も早く、渋くて素敵なおじ様にさらってもらわなくっちゃ」 さて、今日も元気に生徒会室へ―― 「シン君、シン君。リア先輩が呼んでるよー」 「モテモテだねー」 「そんなんじゃないって」 「ナナちゃんいなくて良かったねー」 「どうして? ナナカ、どこ行ったの?」 「一度に複数質問されると頭がパンクしちゃうよー」 「じゃあ、いいや。ありがとう、さっちん」 「あ、シン君。ごめんね、ちょっと話があって」 「もう生徒会室に行きますけど」 「え、えっと。なるべく人がいないところの方がいい、かな」 な、なんなんだろう、ドキドキ。 そういえば最近、リア先輩の様子がおかしかったけど……これは、もしかしてとても大切なお話!? そうなると、否が応でも期待してしまう。 やっぱり二人きりで話をするといったら―― 「ねえ、シン君……。シン君って、今……好きな人とか、いる?」 きたあああああっ。 ああ、緊張して言葉が出ないっ。 おおおおおおおっ。 「もしかして、お姉ちゃんのことが好きなの!?」 「わ、わわっ」 「なんでそうなるんですか!? 僕がヘレナさんのことを好き……って」 「そりゃ、嫌いじゃないですけど!! 年齢差というか、それにヘレナさんの方が全然相手にしてくれてないですし……」 「って、どこをどう見たら僕がヘレナさんのことを好きだなんて思うんですかっ!!」 「ご、ごめんなさいっ」 「あ……ああ!! すみません、つい……」 いかんいかん、ついつい声を荒げてしまった。 「えと……もう一度、聞きますね。リア先輩は、どうして僕がヘレナさんのこと好きだなんて誤解したんですか?」 「だって、シン君……。前にお姉ちゃんから魔王の話をされた時に凄くガッカリしてたから……」 「それでお姉ちゃん好みの人になろうとしてたし……!」 もしかして、渋くてちょいワルな人になろうとしてた時のこと? 「いやいや! 別に、そういうわけであんなことをしたわけじゃないんでっす!」 うう〜っ。文字通り魔王らしくなりたいからと思っていただけだとは、とても言えないな……。 「とと、とにかくですね! ヘレナさんのことを好きっていうのは凄い誤解ですからっ!」 はあっとリア先輩が大きく息をついた。 「魔王みたいになりたいと思っても、ホイホイなれるわけじゃないんだから……シン君はね、シン君らしくしてれば大丈夫だよ」 まあ、魔王なんですけどね。 「けど、実際魔王の振りをしてみた感想ですけど……僕には無理だってわかりましたし」 「そうそう。やっぱりシン君はそのままが一番だよ♡」 励ましてくれてるのかな。でも、先輩は僕のことを魔王だと知って言ってるわけじゃないだろうし……。 「けど……お姉ちゃんが魔王に憧れてる気持ちも、よくわかるんだよね」 「だって、私も――」 「私だって魔王に憧れているんだよ」 「姉妹だなあって思った?」 おちゃらけてるのはヘレナさんだけかと思っていたけど、リア先輩にもそんな節があったのか。 「だって、女の子なら誰だって憧れるでしょう? 世界を救ってくれる格好いい人がいたら……」 『魔王』が世界を救う? 『愛』の間違いではないのだろうか。 しかし、ヘレナさんに加えてリア先輩まで、魔王という存在に憧れているとは……。 「遅くまでパトロール、ご苦労さま」 「こんばんわ、ヘレナさん」 「お姉ちゃんはお仕事?」 「ん。ちょっと図書館に、ね」 「そうですか。じゃあ、行ってきます」 「ちょっと待って。たまには私も同行していいかしらん?」 「ええ。けど、もし魔族が現れたら――」 「もちろん、私も一緒に戦ってあげるわよ♡」 「なんなの、その反応は。私だって現役の時は一人で大活躍してたんだから」 「ああ、そっか。ヘレナさんにも、そんな時期があったんですね」 「まだまだ、いけるわよ〜♪」 「もぉ、無理しちゃダメだからね」 「ちゃちゃーん! ヘレナが仲間になった!!」 ヘレナさんが仲間になった! 「浮かれすぎ」 「だって私の時は、弱っちい魔族しか現れなかったんだもん♡」 「だから、強いと聞いただけで燃えてくるわけ」 「ビックリして腰が抜けちゃうかも」 「そうね……意外にドキドキしてるかも」 「ほら、やっぱり。こんなにドキドキしてる」 「それはいきなり私の胸を触るから!! 自分の胸を触りなさいっ、ぺち!」 手を当てるだけでいいのに『触る』だなんて、リア先輩ってば大胆なんだから……ドキドキ。 「シンちゃん!」 「気をつけて。何か怪しい気配がするわ」 いきなりマジにならないで下さいよ。 「もしかして……魔族?」 「どう? シンちゃん、わかる?」 「姿も見えないのに、そんなのわかるわけないよ」 「大体でいいの。思うがままに」 「ど、どうでしょう? そんな感じはしてる、かも、です」 「お姉ちゃん?」 「あそこ!!」 「あ! またいつものやつだっ」 「ううん、違うよ! 耳を見て!」 「猫の耳みたいなのがついてる」 「うわ本当だ、また新しい魔族……っ!」 「感心するのは後回し。向こうはやる気満々なんだから」 「あっ、また逃げるか!」 「大丈夫。あの先は高台だから袋小路よ」 「どうする、シン君?」 「とりあえず他のみんなと合流しましょう。それで一気に追い込む!」 「やっぱさー、魔族ってサイアクだよね〜」 「あなたの口が言いますか」 「アタシはちゃんとした目的を持ってるからいいの。それに比べて、あのパスタってやつは人に言えないようなことしてるんだよ」 「何も言わないというのも優しさ、というじゃありませんか」 「くはーーっ。天使って、誰でも信じるんだね!」 「信じる心がなければ信頼は生まれません」 「じゃあ、ロロちーはさ。あのパスタってやつを信じるわけ?」 「いいえ。それとこれとは話が別です。ただそれを魔族さんという枠組みで考えるのは、あまりにも大雑把ですよ」 「小難しいこと言わないでよ」 「こう見えてもオマケさんをちょっとくらいは信用している、ということです」 「へえ、嬉しいな」 「オマケさんは単純な人だと、わかっていますからね」 「よくわからない奴は信用できないと」 「平たく言えばそういうことになります」 「あーーなんだか喉が渇いてきた」 「柄にもなく真剣な話をするからですよ」 「そんなときは、はいお茶♪ それにお菓子♪」 「わーーい!」 「ありがとうございます〜〜」 「はい。シン君もお茶をどうぞ♪」 今日の活動記録を書きながら、ホッと一息。 「だからですね。わからない人というのは、得てして悪い場合が多いのですよ」 「バイラスのこと?」 「もしかしたら、ですよ?」 「そのバイラスさんが、魔王さんだったりするんじゃないでしょうか?」 ま、まあ……普通はそう思うよね……。 「魔界で一番強いと言うなら、それが王様で決まりじゃないですか。私はそう睨んでいます、きらーん」 「ふむ……オマケさんにしては、やけに納得のいく説明です」 「アタシが思うにね。魔王はきっと弱っちいんだよ」 「なるほど。それでズル賢いことを考えたり、卑怯な手を使ったりして、他の人を陥れているというわけですね」 「そうそう! きっと根暗で、誰でもすぐ裏切っちゃうような悪い奴に決まってる」 「なんと腹黒いのでしょうか。腹白い私が爪の垢を炒めて食べさせちゃいます」 うわあ、ひどい言われようだな……。 けど、僕が割って否定するのも何かおかしいし。 「今もセコセコと誰かを騙しては、ウハウハしてるんだ」 「働くことも億劫だとか思ってる、非生産的な生き物と断定できそうですね」 「そんなことないよ!」 リア先輩が吼えた……? 「魔王は悪い人じゃないもん!! 本当は強くて優しくて頼りがいがあって……」 「偉そうにしているだけが王様じゃないんだよ!! みんなのことを思いやって、みんなの為にも世界をまとめようとか思っているんだから!!」 「それに……今回のリ・クリエだって、魔王がきっとなんとかしてくれるはずなんだよ!!」 「七大魔将なんか、目じゃないんだから! 卑怯な手を使わなくたって、ちゃんと勝てちゃうんだから!!」 「それなのに……二人とも魔王にひどいことばっかり言って……」 「あ、あの……先輩さん?」 「うう〜〜。なんだか、よくわからないけど、ごめんなさ〜〜い」 一体、リア先輩に何が起きたというのだろう。 フォローしてくれるのは嬉しいんだけど…… 「あの……リア先輩。ちょっと落ち着いて」 「らしくないですよ」 「は……!! 私……っ、やだ!! ついっ」 「私こそごめんなさいっ。なんだか熱くなっちゃって……もおっ、リアのお馬鹿っ」 「本当に……ごめんね、二人とも」 「いきなり怒鳴るから、ビックリしましたよ」 「ねえ、どうして怒ったりなんかしたの? アタシ達、別にリアの悪口を言ってたわけじゃないんだよ?」 「魔王が誰かわからないんだから、勝手にそうなんだって決めつけちゃ可哀想でしょっ?」 「それに……自分の知らないところで悪口を言われたら悲しいじゃない」 先輩として体裁を保とうとしているが、やや無理がある。 「先輩さんの仰る通りですよ!!」 けど、すんなり納得してるし。 「例えばシン君が魔王だったりなんかしたら、大変だよ?」 「なな!? そうだったんですかーーっ!?」 「うひゃーー!! ドッキリビックリのんびりどころの騒ぎじゃないよ!!」 「違う、違う! 例えばの話、だよ」 ホッ……。 「けど、私はね。魔王が悪い人じゃないと思ってるんだ」 「そう思えるのは、憧れてるからですか?」 「ううん、逆。魔王がとてもいい人だから、憧れるんだよ」 リア先輩がどうしてそこまで魔王の肩を持つのか、不思議でたまらなかった。 「リ・クリエが近づくと必ず魔王が現れる。魔王が悪い人なら、もう世界が破滅しててもおかしくない」 「それなのに、私達は今もこうして元気に生きている。きっと魔王がリ・クリエをなんとかしてくれたんじゃないかな?」 「確かに……いい人でなければ、世界を救おうだなんて思いつかないでしょうしね」 「うん。少なくとも私はそう思ってる。だから、今回もきっと……なんとかしてくれるんだって、私は信じてるんだ」 先輩の言う通り、魔王がなんとかしてくれるとするならば……やはり、僕がなんとかするしかないんだ。 けど、もし先輩の憧れる魔王が僕だと知った時に、リア先輩はどんな顔をするのだろう。 タイムセールも無事確保。腹ごしらえをしたら、特訓開始だっ。 「シンく〜〜ん!!」 「はぁ、はぁ……。やっと見つけた」 「リア先輩。どうしたんですか?」 「何も言わないで帰っちゃうんだもの〜」 「ああ、ごめんなさい。ちょっと急いでたもので……」 「なにしてたの?」 「夕ご飯。なるべくお得なものを狙うのにタイムセールは見逃せないんですよ」 「くすくす。シン君ってば、まるで主婦みたいだね」 「生活懸かってますから。で、僕に何か?」 「何か用があったんじゃないですか?」 「な、なんだったっけかな〜」 「もしかして、忘れちゃったんですか?」 「リア先輩って、意外とおっちょこちょいですもんね〜」 「な!? 違うもんっ、さっきまでちゃんと覚えてたんだもん!!」 「忘れちゃうってことは、大事なことじゃないってことか」 「もぉ〜〜っ。いじわる言う人は、持ち物チェ〜〜ック」 「やましい物は何もありませんよ」 「あら、キャベツしか入ってない……」 「今日はキャベツ丼ですからね」 「どうやって作るの?」 「キャベツに塩コショウをまぶして炒めるんですよ。それをご飯の上に乗せて、ソースとマヨネーズを和えて出来上がりです」 「……それでおしまい?」 「もぉ!! 育ち盛りの男の子が、そんな食生活で大きくなれるわけがないでしょーっ」 「けど、うまいんですよこれ!」 「うまい、まずいの問題じゃないのっ」 リア先輩にぐいぐいと引っ張られる。 「せ、先輩? どこへ……」 「先輩として、この由々しき事態を見過ごせませんっ。私が今日の晩ご飯を作ってあげますっ」 「ええーっ!?」 「ほらっ。もっかいスーパーに行くんだからね〜」 「もう、タイムセール終わってますってばー!」 「せっかく炒めるならキャベツだけじゃなくて、他のお野菜とお肉がなくっちゃ」 それ以外にも、リア先輩は色々と買っていた。 「肉野菜炒め……先輩、作れるんですか?」 「私、みんなによく『お嬢さま』って、からかわれてるじゃない?」 「からかってないと思いますけど……」 「本当はそんなんじゃないってこと、証明してあげちゃうもんね〜」 そう言って腕まくりをしたリア先輩が厨房に立つ。 「僕も何か手伝いましょうか」 「『座ってテレビでも見てて下さいな♡』」 「リアちゃんの手料理が食べられるなんて夢のようだぜ!」 「何してんだ?」 「テレビを見ようかと」 「もうアナログ放送は終了したぜ?」 「ああ。そういえば、うちのテレビはゲーム専用だったよ」 「どうしたんだ。らしくないぜ?」 「いや……今日のリア先輩。いつもと違って、何か変なんだよ」 「魔王様も充分おかしいけどな」 「こ、こら! リア先輩が近くにいるんだから、シーッ」 「別にバレたって、いいじゃねえか。リアちゃんは魔王のこと、そんなに嫌ってないんだろ?」 「九浄家の人はね。だからってさ。今更、打ち明けるなんてこと――」 「シン君ー。塩コショウは〜〜?」 「は、はいー!」 「うん、ありがと♪」 「お皿くらい並べましょうか?」 「大丈夫だから、任せといて。じゃあ先、お風呂にする? それともご飯?」 「……ご飯で」 「了解♪ もうちょっとだけ、待っててね♡」 「おかしい。やっぱり、おかしいよ」 「おい。これ以上、リアちゃんを侮辱したら俺様の黒目が火を噴くぜ」 「だって、お風呂は台所なのに『先、お風呂? それともご飯?』とか聞くんだよ」 「なんだ、そりゃ。まるで新婚さんみてえな台詞だな」 「ははは、まっさかあ」 「用もないのに部屋に転がり込んで飯を作るなんて、まさに押しかけ女房じゃねえか」 「まるで僕に気があるみたいじゃないか」 「まあ、そんなことは天地が一緒くたになっても有り得ねえがな」 「そこまで言うか、この口は」 「ひゃっ、ひゃめろーー」 「きゃああ!!」 「ギャーッ!!」 中華鍋が大炎上!! リア先輩が手を抑えながら尻餅をついている。 リア先輩の手を掴み、洗い場に突っ込んだ。 そしてもう片方の手で、鍋に蓋を載せてとりあえず鎮火。大災害には至らなかった。 「先輩。手、痛くない?」 「だ、大丈夫。ビックリして、すぐに手を引っ込めたから」 蓋をあけて鍋の中身を確認する。 「あちゃ……少し焦げちゃったね」 「どうして、あんなことに?」 「香り付けにワインを入れようとしたんだけどね……思ったより火が上がっちゃって」 「野菜炒めに……ワイン?」 「う、うん。せっかくだから、もっと美味しく出来ないかなと思ったんだけどね。失敗しちゃった」 「な、なんと……先輩が作ってくれるというだけでも嬉しいのに、そんなところまで考えてくれるとは……」 「またーー。おだてるのが上手なんだからー」 「違いますって! そりゃ、わざわざ家にまで来てくれて、ご飯作ってくれて、僕の体まで気を遣ってもらって」 「か、体って……」 「そんなことまでしてもらえるなんて、僕は幸せ者ですよ」 「シン君だから、かな」 「シン君だから、そうしてあげたいなって思うんだよ、きっと」 「せ、先輩……それって……」 「だって、放っておけないんだもん♡」 やはり僕の保護者というわけか……。 「けど、最近は……そうでもなくなってきちゃった」 「さっきは助けてくれて、ありがとう……ね」 「本当はね。ちょっと火傷してたかも けど、シン君がすぐに水を用意してくれたから」 「大変じゃないですか!!」 「平気平気。ほら見て。なんともないでしょ?」 リア先輩が手を差し出して、僕の顔に指を近づける。 そのまま手の平で僕の頬に触れようとして―― 「先……輩?」 慌てて引っ込めた。 「わ、私……今、何を……」 「ご、ごめんね。ビックリさせちゃって」 先輩の温かい吐息がかかる距離まで顔が近づいていた。 あのまま僕が声をかけなければ、どうなっていたのだろう。 「あ!! ご飯の続きっ。今度はもう無理しないから、あとちょっとだけ待っててね♪」 思わず放ったパッキーが、壁にめり込んでいる。リア先輩が無事だから、パッキーも本望だろう。 「さて、復習でもしとこう」 サボったら、またテストの時に慌てたりしてしまうだろう。 そしてまた再び、リア先輩の力を借りるわけにはいかない。 先輩も来年になったら卒業してしまうのだ。 先輩……。 「おや〜? お勉強とは、感心感心♪」 「お、完成ですか」 「栄養満点、カロチンたっぷりの肉野菜炒めで〜っす」 そして二人でテーブルを囲む。 「おおっ、うまい!」 「隠し味のワインが決め手?」 「もぉ! それはいいっこなし」 キャベツ丼よりも豪勢な食事で腹を満たす。 ちゃんとパッキーの分も残してあるからね。 「ま……魔王……さ……ま……」 「ペプシッ!!」 まったく油断も隙もない。 「え……魔王……?」 「あははははー。いくらリア先輩が憧れてるからって、そんなにライバル心を燃やさなくてもいいのに、もうパッキーってばー」 「その話、まだ覚えてたの……?」 「ま、まあ、何度か会話のネタに」 「や、やだぁ……もぉ忘れてよぉ……」 ホッ。なんとかバレずに済んだかな。 「シン君も、魔王のこと……気になってるの?」 「ま、まあ、それなりに。なにせリ・クリエと関係あることですしねー、あははー」 「本当に……そうなのかな……」 「危険な魔族も増えてきて、更に強い魔族の話まで。未だに安心できない状態が続くのに……」 「魔王はいつまで経っても、現れてくれない」 「最近は、こうまで思っちゃうんだ。本当は魔王なんて、いないのかもしれない……」 魔王はいるよ! 声をあげて言いたいところだが、なんの確証もないところで言ったとしても信じてもらえるわけがない。 言葉だけじゃ、慰めにもならない。 だからって、僕がリア先輩の魔王であることを告白したところで尚更、信じて貰えそうもない。 リア先輩が思い描いている魔王は、僕と遠くかけ離れてるかもしれないけれど。 そんな魔王になりたいと、僕はずっと思っていたんだ。 「だ、だったら僕が……」 「僕が先輩の魔王になるよ!」 「だ、ダメですかね……?」 「くすっ」 「うふふっ、シン君ったら……私、そんなに落ち込んでるように見えた?」 「あ、いや……まあ、なんといいますか……」 「後輩クンに励まされるなんて、私……先輩失格だな〜〜」 励ますというか慰めるというか。 僕が魔王ですみませんとか、立派な魔王になってみせますとか、様々な思いを詰め込んで言葉にしたら、そうなった。 「先輩。ずっと魔王に憧れてるとか言ってたじゃないですか。世界を救ってくれるヒーロー的な存在。それをいないだなんて言うもんだから……」 「あらら、誤解させちゃったみたい。ごめんね」 「リ・クリエのことを諦めたように聞こえたかもしれないけど、それは全然違うの」 「憧れの魔王を見つけること。それを諦めただけ」 「先輩、あんなに魔王のこと……」 「う〜〜ん。今はもう、そんなに憧れてないかも」 「えっ、ええーー!?」 「いないかもしれないからね。その人に頼ってばかりもいられないでしょ」 「けど、それじゃあリ・クリエはどうなるんです?」 「だって、魔王と同じくらい頼りになる人が、私の側にいるんだもん。平気、だよ♡」 だ、誰なんだ……? 「その人はね。色んなことに一生懸命で、とっても頑張り屋さん」 「普段は大人しい顔した癒し系の男の子だけど、いざというときにビシーッと決めるから、とっても頼りになるの」 「しかも、自分の為だけじゃなくて、誰かの為にいっぱいがんばれちゃう」 「例えば、みんなにキラキラ輝く学園生活を送って欲しいと思う人……とかね」 「ここまで言えば、誰のことを指してるか……わかっちゃうよね?」 「な、なんと言ったらいいのやら……」 「だ・か・ら。シン君がなるんだったら、私の魔王じゃなくて、みんなの魔王……にならなくっちゃ♡」 「う……す、すみません」 「くすくす。謝らなくてもいいのに」 「だって……そんなつもりじゃないのに、人の為とか言われると……罪悪感が」 「今度の聖夜祭だって、みんなを楽しませようとする気マンマンでしょ? だから、みんなも賛同してくれた」 「そうなんですかねぇ……」 「自然に出来てることが、シン君のいいところなんだよ♡」 「だから、しっかり。みんなの魔王にならなくっちゃね♪」 「も、もう魔王の話はいいですからっ」 「私だけじゃないよ。お姉ちゃんも憧れる魔王だからね〜」 「学園の生徒も、流星町の人も、人間も天使も魔族も、みーんなが認める魔王にならなくっちゃ」 「ひえ〜〜っ。もう勘弁して〜〜っ」 「くすくす。期待してるからね♪ 頑張れ〜〜♪」 「もう憧れてないのは、ね。魔王よりも、気になる人が出来ちゃったから……だよ♡」 「よ〜〜し、みんな集まれ〜〜」 全員、変身して準備もオッケーだ。 「えーこほん。本日、セートカイの特訓を受け持つサリーちゃんです」 「魔界のアイドルが一肌脱いであげちゃうもんね。うっふ〜ん♡」 「脱いだらそこでアイドル人生終了ですよ」 「ロロット先生……」 「――って、今日はアタシが先生なの! ヘレナからビシビシやるように言われてるからね。カクゴしときなよっ」 「サリーちゃんも立派な魔族だからね。色々と対策を講じるには一番頼りになると思うよ」 「オマケさんに教えられるとは、クルセイダースも地に堕ちたものです」 「アンタもその一味だけどね」 「くふふ、よくぞ聞いてくれました。何を隠そう、このサリーちゃん秘蔵の――」 「魔界通販グッズ〜〜♪」 雲行きがいきなり怪しくなってきた。 「ここにある地獄のピッチングマッシーンから、みんなに向けてすんごいのが飛んでくよ」 「出てきたものを、みんなの武器で打ち返す。いわば逆1000本ノックってやつ?」 「普通にバッティング練習なんじゃ……」 「うるさい! ほんじゃあ、ちょっと練習してみよっか」 そのまま冥土の土産にされそうな鋭い弾道が僕の頬をかすめて横切り、そのまま空の彼方へ消えていく。 しかもなんだかコゲ臭い。 「なんか途中でホップしたよ?」 「これでもジャイロ式だからね」 「『ジャイロに聞いたらどうジャイロ』」 「ジャイロに何の意味があるっていうの!?」 「ギャグの解説を求められてもねえ?」 「私に突っ込んだんじゃないと思う」 「とにかくアンタらは鈍すぎなの。特にカイチョー!」 「えっ。僕?」 「ああ〜」 「言われてみれば」 「わかる気がします」 「そんなことないと思うけどなあ」 「くすくす。だからみんなに鈍感って言われちゃうんだよ」 「肌は敏感な方だと思うんだけど……」 「野郎のくせにスベスベしくさりおって!」 「本ッ当に許せないわっ」 「これでは会長さんの精神を鍛える特訓になりそうですね」 「そんなのは激しくご免だよ」 「はい。じゃあ、もういっちょ行っとくよ!」 「なんだ、なんだ? 何か楽しそうだな?」 ああ、パッキー。今のタイミングで出てきちゃダメだと何度言えば――。 「ハウブァアアアッ」 「あちっ、あちっ、あじじじじっ」 パッキーが燃えさかり、のたうち回る。 「投げてるこれって、火の玉じゃないですか!!」 「違う違う。ファイアーボール」 「同じDA!」 「魔力と真心をギッシリ詰めた特製魔球だよ」 「それをただ打ち返せばいいのでしょう? そんなの簡単よ。まず私が――」 聖沙、あっけなく撃沈。 「ちなみに、どこ飛んでいくかわからないから、気をつけてね」 「はよ言わんか!」 「わくわく……スパルタ特訓ですね。ロロット、いっきまーーす」 以下略だった。 「ねえ、これってもしかして……」 リア先輩が霊力で盾のようなものを作りだす。 そして向かってくる炎の玉の衝撃を堪え、撃ち落とした。 「打ち返すんじゃなくて、受け止めるんじゃないかなあ?」 「うん、そうとも言う」 「そういうこと。それならアタシにも出来そうじゃん」 「かはっ!」 世の中そんなに甘くはなかった。 「さすが特訓……今までとは比べものにならないハードさだ……」 「うん。これは気を引き締めていかないとね」 「よし! 僕は敢えて打ち返す方を選ぶよ!」 「ふっふっふ。後で泣きを入れても知らないぞう」 ピッチャー第一球、投げました。 「これだあああ」 ホームランとは言えないけれど、ピッチャーライナー! 「わ! わわわーーっ!」 魔界通販グッズに見事命中。しかしそのまま煙を噴いて―― 「こ、これはまずいっ」 「きゃ〜〜〜っ!」 これのおかげで、炎に対する恐怖心が少しだけ和らいだ。 ような気がした。 「パッキー、醤油とって」 「おう」 「ちょっと、これウスターソースじゃないかっ」 「紛らわしいんだよ」 「僕の中落ちがひどいことに……」 「さすがの魔王様も、ゲテモノはうまいと言わねーんだな」 「おつくりにソースはありえないって」 「中落ちを刺身とは呼べないぜ」 「ああ、けど食べないと強くなれないもんなあ……」 「今日はたくさん動いたからな」 「あれ……意外にうまい!」 「おお? どれどれ……」 「くはっ!」 「ああーーっ。今日は疲れたなあ〜」 「人を騙しといてスッキリした顔してんじゃねーよ!」 「あれで強くなっていればいいんだけど……どうだろう?」 「メニュー開いて、ステータスを選べば一目瞭然だぜ」 「パッキーってば、ゲームやり過ぎ」 「クソゲーしかねーだろ!!」 「せっかく魔王なんだからさ。いきなりパワーアップして強くなるとか、そういう粋な秘密とか無いの?」 「まあ、あるにはあると思うぜ」 「そうだよね〜〜。世の中そんなに甘くはな――」 「って、あるのかい!?」 「ああ。シン様、そんなことより醤油戻してくれ」 「そんなことって、凄い大事なことじゃないかっ」 「やっぱり魔王には秘められた力があったんだっ。それさえ手に入れれば……」 「ククク……学園の平和も、奨学金も、世界の全ても、可愛い女も、み〜んなみんな魔王様のものだぜ」 「さりげなく人を邪悪にしないでよ」 「おい! これ、ウスターソースじゃねえか!!」 「ねえ、その最終奥義。あるなら早く教えてよ」 「最終奥義とか言って、シン様もゲームに感化されすぎだぜ」 「次世代機が欲しいなあ……」 「魔王の秘密ねえ……正直に話すとだな、忘れちまった」 「なんと……。そういう大事なことを忘れたら、使い魔としての存在意義がなくなっちゃうよ?」 「こう見えても俺様はなあ、この体がすり切れちまうくらいの年月を生きているんだぜ」 「それで記憶がすり減っちゃったら、その体をぬいぐるみに移してまで生きてる意味がなくなっちゃうじゃないか」 「まあ……そうかもしれねえな」 「パッキーが頑張ったという証を残すためにも、それは絶対に思い出した方がいい」 「魔王様は、物忘れの激しい俺様を責めてるわけじゃないのか?」 「もちろん。パッキーがわざわざぬいぐるみになったのだって、深いワケがあると思ってるから」 「そうか……もう、そんな理由なんて、とっくの昔に忘れちまったなあ……」 「頑張って思い出してみなよ」 「ああ、記憶を辿ってみるさ」 「うん。ついでに魔王の秘密もよろしくね」 「俺様……もしかして乗せられたのか……?」 「どう? この辺?」 「ああ、いいぜぇ〜〜」 「ぬいぐるみが筋肉痛って、ありえないよ」 「若え奴らと一緒にするんじゃねーぜ。あっ、そこっ、いい〜〜っ」 「けど、こんなになるまで頑張ってくれたんだね。ありがとう」 「そうしないとやられちまうからな」 一日遅れで来たのだろう。かくいう僕も、昨夜は疲れてバタンキューだった。 「情けないなあ、僕。あれだけ小さな女の子を相手に苦戦して……」 「大きさは強さに比例しないぜ。なにせ俺様はこう見えても強いからな!!」 「彼女だけならまだしも、バイラスとかいう最強の魔族までいるみたいだし……僕なんか最弱の魔王かもしれないってのにさ」 「つい先日まで、ただの人間として生きてきたんだ。そんなもんだぜ」 「あーーっ。そんなんじゃダメなんだって! もっと強くならなくっちゃ!」 「どうした、いきなり」 「悠長にしてたら、コテンパンにやられちゃうよ! だったら、そうなる前にやるしかないじゃないかっ」 「じゃあ、どうすんだよ」 「どれだけ文句を言っても、嫌がっても、魔王である事実を変えることはできないんだ」 「それなら、もっとみんなに認められる魔王になりたい」 「その為にも、強くならなくちゃ……! よ〜し。何をすればいいかわからないけど、とりあえずやるぞっ」 「いい心がけだぜ」 「よ、よーし。まずは父さんを越える魔王になってやるぞ〜〜っ」 「そうかそうか。先代の魔王様なんぞ越えちまえって……」 「ああーーーーっ!!」 パッキーがおもむろに葉巻を取り出す。 「くそっ! くそっ! つきやしねえ!」 「しゃあねえ、これで我慢してやるぜ」 そう言ってストローを口にくわえた。 「ふぅ……これがいわゆる大人の味ってやつだぜ」 「というか、ここ禁煙だよ。で、さっきのリアクションは何?」 「ふぅ……。そうか。魔王様も俺様の知らないうちにでかくなりやがったぜ」 「ということはだ。そこまで意志を固めたというわけだな」 「いや、ごまかしても無駄だから」 「ククク……ついにこれを渡す時が来たようだぜ」 「もったいぶらないで早く教えてよ」 「先代の魔王様から、覚悟を決めるまでは渡すなと言われている代物さ」 「な……! なんとっ!? そんなサプライズがっ!?」 「その封印とやらを解き放つ時が、ようやく来たというわけだぜ!!」 「お、おお〜〜っ」 「ってさ。それだけ仰々しくしといて、なんか思い出してなかった?」 「実は忘れてたんじゃないの?」 「くそっ! くそっ! 石がイカれてやがる!」 普段、吸ってもいないタバコを持ち出すなんて、相当焦っているんだろう。 けどまあ、パッキーがいなかったら、このことを永遠に知り得ることができなかったわけだし。 「ありがとう、パッキー。思い出してくれて」 「だから来るべき日に備えて用意してたんだっつーの!」 「全く素直じゃないんだから……」 父さんからの手紙を、定規で固定し封を切る。 「『魔王の力を目覚めさせる方法』……?」 これはまたかゆいところに手が届く内容だ。 「なになに……『気合いと根性』」 気の利いた出だしの割には漠然としすぎてないか? 「おお、そうだ! それが鍵だったぜ!」 「それがきっかけなら、今まで発揮できてもおかしくないんじゃないの?」 「だからこそ『自覚』ってもんが必要なんだ」 「自覚……?」 「魔王様は結局の所、本当は魔王になんかなりたくねえと思っているわけさ」 「うぐっ。そりゃあ、キラキラの学園生活が犠牲になるリスクを背負ってるわけだもの」 「100%そうなると決まったわけじゃねーだろ? ゲームの魔王だって良いところがあるじゃねえか」 「主人公が成長してくれるまで待つところとか」 「あれは腰痛だから動けないんだよ」 「けどな、魔王様。自分が魔王だと思わなけりゃ、そりゃ内なる力も応えてはくれねーぜ」 「なるほど、納得。確かに都合のいい時だけ、魔王の力を頼ろうなんて虫が良すぎるもんね」 「おおっし、なんか色々と思い出してきたぜ!」 「本当!? もっともっと聞かせてよ、パッキー」 「おう、任せとけ」 「よ〜し、お茶いれてくる!」 「おう、悪いな」 「ずずーーっ」 「うええ、また出涸らしかよ……」 「それで、それでっ?」 「まったくキラキラした瞳で見つめやがってよ……」 「続き、続きっ」 「さっき、自覚の話をしたよな? 力を目覚めさせるトリガーは、頭の回路を切り替えるんだ」 「切り替える……?」 「心を落ち着かせて、魔王になった自分をイメージしてみな」 「よ、よ〜し……」 「いったい何事だというのだっ」 「はい! 勇者一行の猛攻かと思われます!」 「ええい、四天王はどうした!?」 「既に虫の息かと存じます!」 「ククク……なかなかやる。遂に魔王の出る幕というわけだな。迎え撃て! 返り討ちにしてやる!」 「御意っ」 「いざ、出陣!」 「……なにも起きないなあ」 「ちょっとイメージが違うんじゃねーのか?」 というか今のはなんだ? 「よ、よ〜し。今度こそ……今日から僕は魔王になるんだっ」 「わあ!! 地震だっ!!」 突然、部屋の床が震え始めた。 「しかも台風まで!? やばいよ、これっ!!」 自分を軸にしてつむじ風が巻き起こる。 「な、なんだこれ……!!」 「ククク……早速、片鱗を現しやがったぜ」 パッキーが風で浮き、天井に張り付ついたまま応答する。 「おおっ!! まさか、これが魔王の力なのか……」 「そのまさかだぜ」 「すごい!!」 体中から力がみなぎり、溢れてくる。 「ここで霊術使ったらどうなる?」 「家が吹っ飛ぶぜ」 軽くため息をついた瞬間―― 僕の体から全ての力が抜けてしまった。 「あ……あぁ〜〜」 足腰にも力が入らない。 「はぁ……はぁ……何だい、今の? ちょっと一息ついただけなのに」 「気を抜くと終わるってのは、まだ使い慣れていない証拠だぜ」 「はぁっ、はぁっ……こりゃ、疲れる〜〜っ」 「フィーバータイムを長く続かせる為に、気合いと根性が必要なわけだ」 「なるほど……魔王になるのは簡単だけど、その力を使いこなすには、頑張らないといけないわけか……」 「一筋縄ではいかないぜ」 「大変だけど、これさえあればバイラスとも渡り合えるかもしれない。だったら、やるしかないっ」 「その意気だぜ!!」 「けどよ、魔王様。水を差すようで悪いんだが……」 「魔王ってことを隠してるうちは、誰にもバレないところでしかその力を使えねーぞ?」 「なんで? こっそり使えないの?」 「それだけ派手だと、さすがに無理だぜ。それにシン様は気づいちゃいねえと思うが、髪の色が変わってたぞ」 「ええ!? 生徒会長が脱色なんかしちゃまずいって!!」 「魔王になった時の副作用みたいなもんさ。まあ、一時的なもんだから安心しとけ」 「でも、そうなると……確かに、みんなの前だったら一目でおかしいと思われちゃうな……」 「待てよ!? みんなが知らないうちに、魔王の力で魔族を追い返しておけばいいんじゃない?」 「そうすればさ。普段はみんなとキラキラの学園生活が楽しめるじゃないかっ」 「うん、そうだ。そうに違いないっ。ふふふっ、頑張るぞーーっ」 「ククク……大人しい顔して裏じゃ何をしてるかわからねえ。人を騙して徳を得る。その思考はさすが、魔王様だぜ」 「君はどうして人を腹黒くしたがるんだっ」 けど、これで解決の糸口を掴めたっ。後は僕の努力次第。 「パッキー。こんな僕だけど……本物の魔王になる為なんだ。手伝ってもらえるかい?」 「おう、もちろんさ!!」 こうして、僕が本当の魔王になる特訓が始まった。 魔王の力で、みんなを守るんだっ。 「おい、大丈夫か?」 「はふぅ……なんのこれしき」 「テスト勉強に、パトロール。日夜の特訓。たまに商店街の手伝いに行ったりしてるみたいだけどよ」 「そ、そんなにやってたっけ……?」 「おうさ! そのせいで、ここんトコさっぱり寝てねーじゃねえか」 「ま、まあ生徒会長だしね……。それに、テストだからって、リ・クリエは待ってくれないし……」 「まあ、平気ならいいんだけどよ……それで体を壊したら元も子もないぜ?」 「魔王様?」 「あ……あれ?」 「おう、目が覚めたか」 なんか日が暮れてるし!! 「庭でいきなり眠りだしやがってよ」 「え……パッキーが僕を運んでくれたの?」 「いくら俺様がマッチョで力強いと言っても、持てる荷物はお箸くらいだぜ」 「どこの箱入りお嬢さまだよっ」 「そのお嬢さまが運んでくれたんだぜ」 「箱入りじゃないもんっ!!」 「リア先輩!?」 「もぉっ。シン君のこと、放っておけば良かったかな」 「なっ、なな!? なんでリア先輩がここにいるんデスカッ!?」 「そんなに驚かなくても」 「俺様と楽しい休日を過ごす為に決まってるぜ」 「な、なんとーー!?」 「楽しくお勉強を、ね」 「ククク……エッチなお勉強ならいつでも大歓迎だぜ」 「も、もぉパーちゃんったらっ 冗談ばっかり言ってると、綿抜いちゃうよっ」 「ヒェエエエッ!! それだけはご勘弁っ」 「先輩どうして……」 「来たらシン君、いきなりお外でグッスリなんだもん」 「くは……恥ずかしいところを見られちゃったのか……」 「いくらお天気が良くても、日が沈んだらすぐ寒くなっちゃうんだから。あんなところで寝てたら、あっと言う間に風邪ひいちゃうよ?」 「まったく……だらしない後輩クンなんだからっ」 「返す言葉もございません」 「そんな可愛い後輩クンをですね。先輩が特別にお世話してあげちゃいます!」 「えっへん。リア先輩の特別授業だよ♪」 得意げに問題集を見せびらかす。 「生徒会長の先輩として、ちゃんと面倒を見てあげないとね♡ 「ってことは、リア先輩……僕を心配してわざわざ……」 「こ〜ら。本当は、心配かけられないようにしなくっちゃいけないんだよ」 「ムムム……僕ってば、先輩に甘えてばっかりで……」 「うふふっ、甘えん坊さんなんだから♪」 「んな〜〜っ」 こ、これ以上先輩に格好悪いところは見せられないっ。 「よ〜っし。僕、頑張ります!」 「うんうん、その調子♪ じゃ、始めよっか」 「この数式は1年生の時に習ったでしょ? それを応用して使うの」 「先輩……よく覚えてますね……」 「さっきだって、去年やった2年生の問題まで覚えてたじゃないですか」 「う〜〜ん。忘れられないんだもん、しょうがないよ」 それで片付けられるのもリア先輩だからこそ。 「あ、先輩」 「ん? 何かわからない?」 「さっきは布団まで運んでくれて、ありがとうございます」 「いえいえ。先輩として当然のことですから」 「男子を寝床に連れてく先輩なんて聞いたことないですよ」 「な〜に、シン君。なにかエッチなことでも期待しちゃったの?」 「ふぐおおおおっ」 パッキーが勝手に妄想をして卒倒する。 「そ、そんなこと……」 「恥ずかしいから、思っていても口には出さないんだよね」 「思ってませんよっ!!」 「うふふっ、冗談なのに赤くなっちゃって」 「も、もうっ! 先輩ってば、すぐからかうんだから」 こういうところはヘレナさんにそっくりだよなあ。 「そんなこと言って。先輩のほうこそ期待しちゃってるんじゃないんですか?」 「僕は何も言ってませんよ。それなのにエッチだとかどうとか」 「……期待してないとか言ったら、嘘になっちゃうかも?」 「え……ええっ!?」 こ、この展開はまさか――って、いかんいかん! これもリア先輩の計略だ。こうして、また僕をからかっているんだろう。 こっちだって、やられてばかりじゃ堪らない。ここで一発ギャフンと言わせたいんだけど……。 ぼ、僕に出来るかな……ドキドキ。 「それじゃあ――」 「ぼっ、ぼぼ僕に、お、おおっ、押し倒されても……文句ないってこと、でででっ、ですよね!」 「えっ、えっ!?」 「せせっ、先輩が……先輩がいけないんだっ。僕のこと……僕のことを……っ」 「ちょ、ちょっとシン君!? な、なに!?」 「先輩が……先輩が……っ!!」 「や、やだ!! シン君、ちょっと、それは――」 「先輩が僕のことをからかうから……」 ぷはぁと大きく息を吐く。お芝居とはいえ、恥ずかしい〜〜っ 押し倒した僕の背に、リア先輩が腕を回す。 「ごめんね……そんなつもりじゃなかったのに、私……ひどいことを」 「シン君も……男の子なんだよね」 そして、ふんわりと抱きしめる。 顔に柔らかい感触。リア先輩の温もりが伝わってきた。 耳元で優しく囁かれ、頭がぼうっとする。 気持ちよくて思考が麻痺してしまいそうだ。 「あっ!! や、やんっ……」 鼓動が伝わってくるぐらいまで、無意識に顔をおしつけてしまう。 「ね、ねえ、シン君? もぉ、そのくらいで……んっ」 「はぁ……先輩……」 「だ、ダメだよ、シン君。あ! ああっ、んっ……そ、それ以上は、本当にダメなんだからっ。んっ……ね!?」 「あ!! ああーーっ!! ご、ごめんなさい!! ごめんなさいーっ!」 慌てて我に返る。そのまま飛び起きて、リア先輩から距離を取った。 「はぁああ……ビックリした」 「うう……すみません……」 「うふふっ、本当に甘えん坊さんなんだから♪」 「僕、調子に乗って変なこと……」 「大丈夫だよ、気にしてないから」 大人の笑みを浮かべて、リア先輩は余裕な見せる。 その割には、心拍数が高かったようにも思える……。 「ほ、ほらっ、お遊びはおーしまい♪ ラストスパート、がんばろっ」 「シン君の体……ちゃんとした男の子だった……。あのまま続いてたら……どうなっちゃってたんだろ……」 「だ、ダメっ。私……先輩なのに、こんなこと……」 僕の運命をそう簡単に処理しないで、と言いたいのもやまやまだけど―― 「ここは意を決しなければ。ええい、ままよっ」 「やっちゃった!!」 「シンがまた一位だって!!」 「な、な〜んだ。ビックリさせないでよ」 「って、やったあ〜〜っ!」 「良かったね、シン君」 「ありがとうございますっ! どれもこれも先輩のおかげだ……」 「ううん、そんなことないって。これは正真正銘、シン君の実力だよ。やればできる子だって、私……ちゃんと、わかってたもん」 「ま、また負けた……」 「しかも2位。よく頑張ったね〜、よしよし」 「ナナカちゃんは、どうだったの?」 「たまには現実から目を背けないとね!!」 「喉元過ぎれば全部を忘れるのです。テストなんか知りませ〜ん」 「そっか」 これで僕の学園生活もひとまず安泰だっ。 「ねえ、シン君。別に今週くらいは休んでもいいんじゃないかな〜?」 「それはそれ。これはこれ」 「その代わり、交代制にしてるんですから」 「明日の為に、今頃勉強を頑張っているみんなの為にも、今日一日を頑張りますっ」 「そっか。集中するにもメリハリがあった方がいいもんね」 「じゃあ、今日はみんなの分まで頑張っちゃお♪」 まあ、僕はリア先輩と二人きりというだけでも、パトロールをする価値があるってものだ。 リア先輩が目を見開いている。 「ま、まさか……思ったことを口走ってたとか!?」 「ううん、違うよ」 目線は僕の背中を越えた先に向けられていた。 「また、あなた達?」 「これで二回目の注意よ。早く帰りなさい」 「今はテスト期間。警備は警備員に任せればいいの」 「こんなことばかりして、成績に響いたらどうするの? あなた、特待生なんでしょう?」 「先生!」 「あなた3年生ね。本来、先輩は後輩を注意して然るべき。一緒になってやることではないのよ」 「これは、理事長の九浄ヘレナが直々に命じたことなんです。だから――」 「だから教育実習生にそれを注意する権限はない」 「それで私を脅したつもり?」 「そ、そんなつもりじゃ……」 「理事長の妹は権威を傘にやりたい放題をする。そう認識されてもおかしくない言い方よ」 「うぅ……」 「わかりました。あと少ししたら帰ります」 「そう……夜道には気をつけなさい」 「先生こそ寄り道してると危ないですよ」 ここに来て確信に変わる。珍しく、いけすかない先生だ。 「先輩、ごめんなさい。僕のせいで……」 「ううん。私が軽々しくお姉ちゃんの名前を出しちゃったのが、いけないんだよ。あんな風に返さたら手も足も出ないよね、あはは」 苦笑しながらも唇を噛んでいる。相当、悔しかったのだろう。 「あの先生。こんなところで何をやってるんですかねえ」 「見回り……かなあ」 「仕事だとしても……ヘレナさんは絶対に許さないと思うなあ」 「うん。たぶん、勝手にやっているんだと思う。それだけ、やる気があるとも取れるけど――」 「何か他に目的があるなら――」 「話は別、だね」 お互いに怪しむ関係はよくないと思うけど、こちらも遊びでやってるわけじゃないんだ。 「頼りない先輩で、ごめんね」 「シン君のこと……守ってあげられなかった」 「いやいや、そんな! 僕なんか、いつも先輩に助けてもらってばかりで……」 「次は、頑張るからっ」 「次こそは、ビシーーッと言い返しちゃうんだから〜〜っ!」 「い〜〜っだ!!」 「あは……あははっ」 「えっ、えっ? なんで笑うの〜〜?」 「だって、先輩……テンション、コロコロ変わりすぎなんですもん」 「だから、つい……」 「も、もぉ! 先輩を馬鹿にしたら、いけないんだゾっ!」 「次は僕も一緒です」 「僕もリア先輩と一緒に張り合いますから」 「う……うん……」 「今度は僕が先輩を守っちゃいますよ」 「とか言うと、さすがにカッコつけすぎですか?」 「こ、こら〜〜っ。先輩をからかっちゃダメ〜〜っ!!」 「も、もぉ……シン君ってば、たま〜にドキっとさせるんだからぁ……っ」 「ここのところ、パスタって子を見かけないなあ」 「一回やられたくらいで、だらしないですねえ」 「テスト期間もあったし、意外と空気が読める人なのかも」 「そんなんじゃないと思うけどなあ……」 手分けしてパトロールを続けるが、これといって異常もない。 静かすぎて逆に怖いくらいだ。 「実は先輩さんと会計さんが、こっそりうっかり退治してるのかもしれないですね」 「魔族に会ったら連絡することになってるからね。大丈夫だとは思うけど……」 「いきなり襲われたりなんかしたら、わからないわよ」 「異常なーし! こんなもんかな?」 「そうだね。さっさと戻ってお茶にしよ」 「にゃっふっふっふーっ。別れて行動するなんて、愚かにも程があるにゃ」 「あなたは……!」 「確か……マカロニ!?」 「パスタにゃ!!」 「けど、お前らがパスタの名前を覚えておく必要などないのにゃ。なぜなら――」 「ここでお前らは骨を埋めることになるからなのにゃーーっ!」 「な、なんなの……!?」 「この音……魔族があんなに!!」 「にゃ〜ふふ〜のふ〜♪ チーム・パスタの総勢力を結集した最後の戦いにゃん」 「今まで散々っぱら邪魔してくれたお礼を、まずはお前たち二人にたっぷり返してやるにゃん!!」 「他の奴らは、この後にまたゆっくり料理してやるにゃん♡」 「ど、どうしよう、リア先輩……」 「悠長に連絡している暇はない……っ」 「ナナカちゃん、ちょっと目を瞑って」 「いくよ!!」 「にゃ!? 何をする気にゃん!?」 「にゃああっ、まぶしっ!!」 「ナナカちゃん。逃げよう!」 「気づいて、シン……!」 「威嚇をするとは、姑息なやつにゃ。さっさと捕まえてタコ殴りならぬネコ殴りにゃーーっ!!」 「わあ、追ってくる!!」 「しょうがないっ、時間稼ぎするよっ!」 「あら……どうしたのかしら」 「フラッシュ、フラッーシュ!!」 「校舎の方……」 見覚えのある光――温かくて優しい光が遠くで瞬いた。 「あれはリア先輩の……!」 「また光りましたよ!?」 「何かあったのかもしれないわっ」 「みんな、急ごう!!」 「はぁ……っ、はぁ……」 「くうっ……こ、このままじゃ……」 「にゅふふ。逃げられると思ったら、大間違いなのにゃん♪」 「最後はパスタがトドメをさしてやるにゃん!!」 「そうはいくかっ!」 「シン君っ」 「ハァ、ハァ……お待たせしました〜〜っ」 「怪我はない!? 大丈夫!?」 「みんなっ」 「しばらく大人しいと思ったら……今度は何をするつもりなんだっ」 「お前らと遊んでいる暇は無かったのにゃん。おかげで任務は順風満帆にゃん」 「任務だって……?」 「けど、それではパスタの怒りは収まることを知らないのにゃん!! 憎きお前らを打ち倒すまでは!!」 「者共〜〜っ、出会え出会えなのにゃーーっ!!」 「リア先輩……遅くなってごめんなさい」 「ううん、そんなことないよ」 「まだ、いけそうですか?」 「うん、大丈夫。シン君が来てくれたから」 「わかりました……いきましょう!!」 「さあ、地獄のロードレースが始まるにゃーん!!」 「一人なんかで、僕達に勝てるものかっ」 「にゃるほど、それは名案にゃ。お前らの言うとおり、やっぱり仲間が必要なのにゃ」 「えっ? まだやるの!?」 「者共、一網打尽にゃーーっ!」 「はぁ……はぁ……これでもう……」 「終わりと思ったら大間違いにゃん」 「やっぱり……」 「もうやめましょう。これ以上、あなたのプライドとお体を傷つけたくはありません」 「もう勝ったつもりでいるなんて、馬鹿にするにも程があるにゃーー!!」 「だって、戦う意志のある仲間が誰もいないじゃないか」 「にゃっはっは。こんなこともあろうかと、予め傭兵を雇っていたのにゃん」 「負ける気マンマンじゃん」 「これで大勝利を収めるのにゃ!! さあ、カモーーン」 「オデ、登場」 「ええ!? オデローク!?」 「パスタと同じ魔将の一人にゃ。……って、なぜにオデロークを知ってるにゃ!?」 「オデロークは僕達の仲間なんだよ……」 「ニャント!? それは一体、どういうことにゃ!! 何の為に牛丼を奢ったのにゃん!?」 「牛丼、うまい。恩、返す」 「やっぱりそうにゃん。義理堅いのは、よい子の証にゃん」 「こっちの約束はどうなるのよっ」 「オデ、約束、守る」 「ど、どうなってるの?」 「にゃがーーっ!! 一緒にクルセイダースをやっつけるにゃーー!!」 「完全、完璧なる敗北にゃ……」 「どうしてにゃ!? 前の時は、すぐにへばっていたはずにゃ!! それを見越した見事なる作戦だったはずにゃのに……」 「こっちだって、君がいない間に特訓をしていたんだ」 「勝つために、ね」 「ニャントちょこざいな真似を!! インターバルを用意している場合じゃ無かったにゃ」 「しかーし!! まだまだパスタの攻撃は終わってないにゃん!!」 「恩、終わり。オデ、帰る」 「ちょっ、ちょっと待つにゃーー!!」 「さて、どうしましょっか?」 「にゅぐぅうう。今更パスタをやっつけたところで手遅れなのにゃーーっ!!」 「手遅れ……?」 「そう! 既にこっちの準備は万事オッケーにゃん!! あとは……にゅふふ、バイラスにゃまのやりたい放題なのにゃ♡」 「何をするつもりなの!?」 「それはだにゃ。それは……それは……えっと……」 「ひ、秘密なのにゃ!! もとより教えるはずがないのにゃ」 「知らないんじゃ……?」 「知ってるに決まってるにゃ!! パスタとバイラスにゃまは、一体同心なのにゃ!!」 「熟語を間違えるなんて、挙動不審な証です」 「ロロちゃんに突っ込まれるなんて……」 「ぎにゃーー!! もう、お前らに話すことは何もないにゃん!! バイラスにゃまにベッコボコにされる日を、せいぜい待ち侘びてるがいいにゃん!!」 「どうして悪役はこうも逃げ足が速いのばっかりなんだろね」 「おかげで何も聞けず仕舞いだったわ」 「パスタさんの言ってることはよくわかりません」 「魔族の人達は、何を狙っているのかな……。何をするつもりなのかな……」 「僕達で、調べなくっちゃ」 「このままずっと待ちかまえているだけじゃ何もわからない。だったら、自分たちでなんとかしなくっちゃ」 「僕達が自ら動いて謎を解明するんだ。魔族の目的、リ・クリエのこと。そして僕達がすべきことをハッキリさせよう!」 「その方がいいですよね、リア先輩」 「えっ……あ、う、うん。もちろんっ」 「聖夜祭も控えてるしね。また忙しくなるぞう」 「望むところだわ」 「うっう〜〜っ。燃えてきましたーーっ!」 「よ〜〜し! 決まったら早速――」 「で、どうすんのさ?」 「そ、それは、またこれからみんなで一緒に考えるとして……」 「まったく。毎度毎度、勢いだけなんだから」 「面目ない」 「ううん。シン君がこうして突破口を開いてくれる。みんなの気持ちを引き出してくれる」 「生徒会長にシン君がなってくれて、本当に良かった」 「リア先輩……」 「けど、今日はさすがに疲れちゃったし、無理しないでゆっくり休もうね♪」 「は〜〜い」 「聖夜祭のスケジュールはこんな感じで良いかしら?」 「賛成ー」 「賛成ですー」 「異議無し♡」 「バッチリかと」 「当然よ。じゃあ、今日はもうおしまいね。お疲れさま」 「お疲れさまでした〜〜っ!」 「ロロちゃん、今日はどこ寄ってくー?」 「肉まんが食べたいです〜」 「聖沙も寄ってく?」 「たまには寄り道するのも悪くないわね」 「よっしゃ!! あとの二人は?」 「私も行くー♪ もちろん、シン君も行くよね?」 「僕は――」 「ごめん……僕はいいや。ちょっと寄ってくとこがあるから」 「タメさん家?」 「ま、そんなとこ」 「はぁ……ガラクタ集めもほどほどにしときなよ」 「先輩もいってらっしゃい」 みんなと別れた後、僕は気の向くままに歩いていた。 学園の敷地は奥に向かうほど静けさを増す。 生命の息吹が感じられない。人はおろか獣や虫の気配も感じることができなかった。 まるで踏み入ることを禁じられた聖域。その場所に、僕が誘われている。 今までにない、神経を逆撫でするような感覚が僕を襲ったのだ。 文字通り人間業では出来ないことだろう。 だとすれば、魔族の仕業としか思えない。 そして、その魔族は僕を意図的に呼び寄せている。 僕が特別だと、知り得ている証だ。 僕の正体を知っている誰かを、そのまま見過ごすわけにはいかない。 「終焉の鍵。我は其の意志に服する者也」 「千軒院先生……!」 「シーッ」 リア先輩が柔らかい人差し指を僕の口に押し当てた。 「どうして、ここに……!」 「どうしてって……それは……」 「し、シン君が……いないから」 「そんなことはどうでもいいのっ! あれ、教育実習の千軒院先生だよね?」 「格好が違うと、雰囲気も変わるんだなあ」 「感心してる場合じゃないでしょっ。どう見てもワケありなんだから」 「あの人が僕を呼んだのかな……」 「せ、先輩っ。これって、どう見ても怪しいですよね」 「うん……彼女が魔族であることは間違いないと思う」 「とりあえず応援を呼びましょう」 「ちょっと、どこ行くの!? 私がケータイで呼ぶから――」 「誰かが、私の空間に紛れたようね」 「クルセイダース」 彼女は視界の妨げとなる草木を焼き払う。瞬く間に僕達の姿が露わになった。 「これでもそれなりに注意を払って気づかれないようにしていたの」 「まさか最後の最後で見つかるなんて思ってもみなかった。あなた達の洞察力を見誤っていたのかもしれない」 「それが大きな誤算ね」 「千軒院先生。これは一体、どういうことなんですか?」 「話す必要がない。それが私の答えよ」 「だからって、見逃す気はなさそうですね」 「逃げる気なんか、もともと無いくせに」 その笑みは賞賛か。それとも哀れみか。 「けど、その選択は間違っている」 鉛をぶつけられたような風圧にのけぞる。 振り払うようにして変身、僕達は溢れる魔力を受け流した。 「天使の力……」 「天使が人間に従属するなんて、哀れな末路を辿ったものね」 「何を言っているんだ……」 「消え逝く者に、理解する必要があって?」 大きく目を見開いた途端に、木々が轟々と唸りをあげた。 そして鋭利な〈風刃〉《ふうじん》が肌をかすめていく。 後ろに押しやられ、姿が遠ざかる。それを踏ん張りながら、じりじりと前に進もうとする。 「身動きを許可した覚えはない。そのまま釘付けになって……逝け!!」 杖を振るうと、僕達は重力を失った。 「ぐあっ!」 天地が逆さまになり、地面に打ち付けられる。 顔をあげると、すぐ目の前に彼女が杖を構えていた。 急いで矛を盾にしても、二転三転と吹き飛ばされてしまう。 圧倒的……ッ! 為す術を捜す前に先手を潰された。 リア先輩は―― 「くううっ!」 背後から襲いかかるも、彼女はその動きを封じる伏線を張り巡らしていた。 杖の軌道が炎陣を描き出し、光が衝突してもその魔力を相殺するまでには至らない。 リア先輩もまた、同じようにして弾き飛ばされる。 何も語らず、その人は僕達を見据えている。 根底の威力が桁違い。 先輩が脂汗を垂らし、下唇を噛む。 表情が絶望の色へと染まる前に、何か手を打たなければ。 そう思った瞬間、リア先輩が張り裂けんばかりに大声をあげた。 「シン君、逃げて!」 「私が食い止める。だから……!」 「そんなことしたら、リア先輩が――」 「いいから逃げて!」 「殊勝なこと。己の身を挺して守るほど、この子を大切に思っているのね」 「シン君は……シン君は……」 言葉にならない。 震えて歯が噛み合っていないのだ。そんな調子で全力が引き出せるのか。 そういった状況なのに、自分が囮になって僕を逃がそうとしている。 「みんなを……お願い……っ」 先輩の意志は固い。僕がみんなのもとに急いで応援を呼ぶのが得策なのだろうか。 「逃れたところで、私に抗える可能性があるとでも?」 例え、今のクルセイダースが束になっても、勝てる可能性は……わからない。 けど、その状況を作り出すには、リア先輩という犠牲を生むことになる。 そんなことは……絶対に嫌だ! 僕にはどうすることもできないのだろうか。 「――っ!?」 ――あるじゃないか! 僕には魔王の力があるじゃないか。 この日、この時の為に、日夜励んできた逆転の力があるじゃないか。 それを解放すれば、この危機を脱する可能性が見いだせる。 けど、リア先輩に魔王だということがバレてしまうかもしれない。 それがなんだって言うんだ! 「気合いと……根性……」 「あなたはどの未来を選択するの?」 「僕がリア先輩を守る。魔王の力で――!」 「なに……っ!?」 相手を怯ませるだけの一撃に、神経を集中させる。 武器を構え、地面を蹴り、弾みをつけて勢いよく飛びかかった。 「待っていたよ」 魔王の進む道を阻む者がいた。 彼は武器も持たず、自身の強靱な――鋼にも勝る拳だけで僕の勢いを食い止めた。 衝突で生まれる摩擦と波動は凄まじく、僕達を起点にして地面が円形に窪む。 僕は勢いを止めない。更に押し込んだ! 彼は笑っていた。 僕が歯を食いしばるのを見て喜んでいた。 悔しかった。 最後の切り札を、彼は楽しんでいた。 許せなかった。 生まれて初めて、怒りを覚えた。 だが、僕の怒りを彼は受け止め、飲み込んだ。 拳はただれ、皮膚は焼けこげていた。 それでも、彼は悠々としている。体の損傷を歯牙にもかけていなかった。 「この様子では、まだ不完全のようだな」 「誰なんだっ!!」 「俺の名は、バイラス」 パスタの言っていた七大魔将、そして最強の魔族。 魔王の力でさえ、手玉に取れる。それが最強の魔族を名乗れる由縁なのかもしれない。 もはや全身の力が抜け、絶望の予兆すら感じることができないでいた。 そう。 全ての終わりが近づいていた。 「行くぞ、ソルティア」 「何を言う!?」 「目的は完遂した。ここにもう用はないだろう」 「魔王が現れたのに、悠長なことを……!」 千軒院先生――ソルティアは、バイラスを振り切って僕に杖を振りかざす。 バイラスは見向きもせず、身動き一つしなかった。 それなのに―― 大地が震え、ソルティアの両足が揺らいだ。 「魔王には、手を出すな」 バイラスが、ソルティアの邪魔をしたのだ。 なぜ、仲間割れを……? なぜ、僕に手を出すなと……? その隙を見計らって、リア先輩が僕の肩を抱えた。 「今のうちに!」 「は、はい……っ」 最後の力を振り絞り、立ちつくす二人から遠ざかっていく。 「バイラス。なぜ、止めたの?」 「フフッ……」 「答えて!」 「行くぞ」 「ハァ……ハァ……助かった……の、かな?」 安全なのを確かめて、その場にペタリと座り込む。 全身が気だるくなり、肩で呼吸を繰り返していた。 ただ戦うだけならいざ知らず、魔王の力を限界まで引き出したのだ。 いつも以上に疲れてしまうのも至極当然である。 体を疲弊しつくした代わりに、心がようやく落ち着きを取り戻した。 腕に温かくて柔らかい感触が蘇る。リア先輩に肩を貸してもらっていたんだ。 ああ、そうそう。 リア先輩の前で魔王になっちゃったんだ。 髪の毛の色も変わったし、ご丁寧に名乗りもあげた。 しかも相手にバッチリ見抜かれていた。 もはや言い逃れることも、体裁を取り繕うことも叶わない。 さらば、キラキラの学園生活。 けど、リア先輩も無事だし……まあ、いっか〜〜 「リア先輩……大丈夫ですか?」 「シン君!」 「えっ? わわわっ!」 リア先輩が僕の体にしがみついてきた。 肩も口も震えている。 いつもはあんなにも大きく感じられた体が、まるで雨に打たれた子猫のように小さくなっていた。 「良かった……良かった……ううっ、ひぐっ……シン君、シン君……」 円らな瞳は涙に濡れそぼっていた。 膝は崩れ落ち、僕の胸に全身を預けていた。 震えは加速する一方である。 あの時、本当は逃げ出したくなるくらいに怖かったんだ。 太刀打ちできない相手が一度に二人も現れたんだ。無理もない。 それなのに、先輩という肩書きと、僕を守ろうとする一心だけで、精一杯気を張ってくれたんだ。 緊張の糸がほどけ、今になって恐怖が荒波のように押し寄せてきたのだろう。 誰かに支えてもらわないと、ここから動く事もままならぬくらい。 「大丈夫。もう、大丈夫ですから」 頭に手を回して、優しく撫でる。 僕はリア先輩の勇気に救われた。 今度は僕が、リア先輩を助ける番だ。 「うっ……ううっ……シン君っ、良かった……良かったよぉ……」 繰り返し、繰り返し。 髪を撫で、背中を叩き、まるで子供をあやすかのように、リア先輩を慰める。 僕はしばらくの間――リア先輩の震えが止まるまで、縮こまった体を離すまいと強く抱きしめていた。 「ねえ、パッキー。消耗品はこんなもんでいいかな?」 「街中でぬいぐるみに話しかけるのは、どうかと思うぜ」 「どうした、魔王様」 「君こそ街中で魔王とかいうのはどうかと思うよ!?」 「だから、なんなんだよ」 「女の子がよそ見してる」 「はぁ?」 街灯に寄りかかって休憩していた僕に突っ込んできた。 僕がいなければ、街灯に頭をぶつけていたことだろう。 「大丈夫ですか?」 「ちゃんと前を向いて歩かないと危ないですよ」 「は、はい。ごめんなさい」 そよ風が体当たりをしてきた程度の軽さ。 女の子は居心地が悪そうに眉をしかめ、ふらふらと彷徨い歩いている。 まさしく迷子の子猫ちゃんと言ったところか。 「なにかお捜しですか?」 「よそから来られたんですよね?」 「どどっ、どうしてそれがおわかりになるのですっ!?」 「さっきからキョロキョロしているようだったので……」 「そ、そうだったんですか。はぁ……気をつけなくては……」 「気をつけてどうにかなりそうですか?」 「うう……不安になるようなことを仰らないで下さい……」 不安にさせるつもりは無かったんだけど。 「捜し物なら、お手伝いしますよ」 「い、いえっ。けけけ結構ですっ!」 そう言って、女の子はおぼつかない足取りのまま逃げていく。 「あんなやつ放っておけばいいのによ」 「困った人に声をかけてくれない街だなんて、思われたくないでしょ」 「そうかぁ?」 「僕が生まれ育った街だからね。出来れば好きになって欲しいし」 「なんだ。どうした、惚れたか?」 「惚れた! とか言ったら、どうする?」 「そんな台詞。恥ずかしがり屋の魔王様に言えるわけがないぜ」 「じゃあ、聞かないでよ!!」 「余計なお世話だと思われたに違いないぜ」 「う〜〜ん。さすがに食いつき過ぎたかな」 「胡散臭い建前を抜きにしても、魔王様がそこまで入れ込むのは珍しいと思うぜ」 「あの子さ……どっかの誰かに雰囲気が似てるんだよ」 「ああ、あいつか」 「そうそう、あいつ――って、誰?」 「自分の胸に聞いてみな」 「わからないんだね」 まあ、僕もわからないけど。 「さ、帰ろっか」 「おや、シン殿ではありませぬか」 「やあ、紫央ちゃん。キラフェスではお疲れさま」 「先の催しでは大成功を収め、生徒会も順風満帆でございますな」 「まだまだ始まったばかりだよ」 「して、次なる大仕事は?」 「大きな行事と言ったら、12月にある聖夜祭かな」 「聖夜祭とな! それがしもまだ未経験の催し。如何様に行われるかを楽しみにしております」 「こりゃプレッシャーだ」 「しかし聖なる夜とはまた、胸がときめく甘美な響きでございますなぁ……」 「紫央ちゃんって神社の娘じゃなかったっけ?」 「左様ですが、聖夜と聞いて胸躍らぬ乙女はおりますまい」 「そっか。紫央ちゃんも女の子なんだね」 「……それはどういった了見で」 「いやあ、メルヘンチックだなあと思って」 「それがしをからかいに参ったのですか!!」 「なんでそうなるの!?」 「武士の気概はあれど、乙女の心を置き捨てたわけではありませぬ!!」 「わああっ、ごめん! そんなつもりじゃ、ひいっ!」 「わくわくっ」 「ロロット……?」 「殿中でござるっ」 また何か間違った知識を得ている。 「失敬。校内で抜刀するとは、些か物騒でありますな」 「ちょっとどころの騒ぎじゃないからね……」 「どうせまた、デリカシーの無いことでも言って怒らせたんでしょ」 「さすが姉上。数多の乙女心を読破し、純情たるは何事かをしかと学んでおられる」 「こ、こらっ!」 「私にも教えて下さいよ〜〜っ」 「そ、そんなの知らないってば!」 「なんだあ?」 「サリーちゃんがスクワットでもしてるんじゃない?」 「カイチョー!」 「晩ご飯食べた?」 「いや、これから作るところだけど」 「作らなくていいよ。よっこいしょ」 「……? どういうことだい、サリーちゃん」 「オヤビン、カモーン」 「オデローク!?」 「意外に頑丈なアパートだぜ……」 「はい、これ。オヤビンからの差し入れ」 「ん……こ、これは……!!」 「早くて安くて美味しい牛丼だよ〜〜!!」 「おおお〜〜!! もしかして、キラフェスのお礼かなんか?」 「ううん、ちょっと違うかな。キラフェスの時にね。アタシ達、牛丼屋にスカウトされたの」 「へえ!!」 「それで今日からアルバイト。今日だけ余計にもらったんだ〜」 「も、もしかして……」 「カイチョーにはいつもご飯ご馳走になってるからね。そのお礼だよ」 「カイチョー、牛丼、食う」 「ありがとう、オデローク」 「情けは人のためならずとは、まさにこのことだぜ」 見返りなんか期待してなかった分、喜びもひとしおだ。 「うう……うまい!」 「牛丼、最高」 「今日は食いっぱぐれないぜ!!」 「みんなで食べると美味しいねー♪」 パッキーが現れるまでは、質素な一人だけの食事が続いていた。 それが今では大所帯になり、とても賑やかである。 牛丼を食べているのものあるけれど、こうしてワイワイするのもまた素敵な味付けになる。 「これからはさ。一つ屋根に暮らしている同士、仲良くしようよ!」 「オデ、お前、仲良し」 「うん、うん! 手を取り助け合い、頑張っていこうじゃないかっ」 「けど、牛丼いつも持って帰れるわけじゃないからね」 世の中はそんなに甘くなかった。 「はぁ……お腹が空いた……」 「そりゃあ俺様の台詞だぜ」 「月初めで油断したよ。まさかカレーを作り忘れるなんて」 「くすくす。空腹も我慢できないなんて、生徒会長失格ね」 「会長と関係あるの?」 「忍耐力が試されてるのよ。私だって、今日はお昼ご飯を抜いてるんだから」 「そっか……聖沙もひもじいのを我慢しているんだね」 「ちっ、違うわ! 一緒にしないでよっ」 「そんな時は皆さんで豪勢に外食をしませんか?」 「さっきの話を聞いてなかったのかしら!?」 「だって、副会長さんが可哀想だったんですもの」 「一緒にお食事をするお友達がいないなんて」 「いるわよ!! ご飯を抜いたのは、そういうことじゃなくて――」 「いったい、どうしたって言うんだい?」 「う、うう……それは……その……」 「……だ、ダイエット」 「店員さーん!」 「ちょっと聞きなさいよーっ!!」 「ははは、ロロット。お昼は食券でセルフサービスだよ」 「誰か呼んだかにゃ」 「ご注文は何にするにゃん?」 「にゃ、にゃん?」 「早く決めるにゃん!!」 「え、ええっ!?」 「ただの冷やかしは罰金として一億万円頂くにゃん♪」 「これだけ忙しいんだから当然にゃ」 「そ、そんなあ。せっかく今月分のお小遣いが手に入ったんだぞぅ……」 「さあ、どうするにゃん?」 「う……うう……じゃあ……ぐっ、かいわれラーメン」 「かいわれラーメン? 貧乏人に食わせるご飯はないにゃん」 「な!!」 「そっちの女はどうするにゃん?」 「わ、私は……」 「トンカツラーメンとかお似合いですよ!!」 「そ、そんな脂っこくて太りそうなもの……食べられないわっ」 「好き嫌いの多い方ですね。じゃあ、私が頂きます。大盛りで!」 「油ものは面倒だから、他のメニューにするにゃ」 「なんと物臭なのでしょう! サービス精神というものが無いのですかっ」 「作るのが楽チンな、かいわれラーメンがオススメにゃん」 「何を選べばいいんだ……」 「ちょっと!! さっきから黙って聞いてれば!!」 「ヒステリックなお客には退店してもらうよう命令されてるにゃ」 「誰がヒスですってー!?」 「まあまあ、聖沙。気持ちはわかるけど、とにかく落ち着いて」 「なんて態度の悪いウェイトレスなのかしら」 「まったくです。手揚げじゃなくても、トンカツくらい用意できるでしょうに」 「作り方の問題じゃないのよ!! この人ったら私達のこと馬鹿にして!」 「用が無いならさっさと帰るといいにゃん」 「むっかーーっ。あなた、名前はなんと言うの? 教えなさい!」 「名乗る必要などは皆無にゃん」 「パスタ」 「ちょっと咲良クン! なにを悠長に注文しているの!?」 「いや、名札に書いてある」 「貧相な割に頭が働くにゃん」 「そ、それくらい……」 「ドンマイですよ、副会長さん。ちなみに私は気づいてました」 「〜〜っっっ!」 「しかし、パスタさんですか。美味しそうなお名前ですね〜〜じゅる」 「にゃんと!?」 「どうやって料理しましょうか。ゆで加減はアンダンテ?」 「ぱ、パスタをどうする気にゃっ!? 明太子ベースは気持ち悪いので勘弁して欲しいにゃ!!」 「別に取って食べたりするわけじゃありませんよ」 「けど、食ってかかる人はいるようなので」 「まあまあ!」 「どさくさに紛れてどこに触ってるのよ、エッチ!」 「誤解だって!!」 「というわけで、さっさとトンカツラーメンを3人前持ってきて下さい」 「いらないわよ!」 「これ以上パスタの邪魔をすると、営業妨害で訴えてやるにゃ」 「素敵なプリエも、あなたのせいで台無しよ。こっちこそ訴えてやるんだからっ!」 「勝手にするがいいにゃん」 「やれやれ……」 「はぁ……無駄にエネルギーを消費したわ……」 「いいじゃないか。痩せるよ」 「カロリーを消費しなきゃ意味がないのよ!!」 「どっちも同じだと思うけど……」 「それでも腹が鳴るなり棒々鶏。仕方がありません。ここは私が人肌を脱ぎましょう」 「ま、まさか『私を食べて』……!?」 「実はお弁当があったんです」 「最初からそれを食べなさいよ!!」 「ええ? もちろん、これ『も』食べるつもりでしたけど」 「重箱だ……」 「どれだけ大食いなの……」 こ、この重箱をいただくという夢にまで見たシチュエーション!! いとも簡単に実現してしまった……っ。 「こ、これがいわゆる生徒会長の特権……!?」 「はあ?」 「いただきまーすっ♪」 「どうぞ、召し上がれ。じいやお手製のスペシャルランチですよ♪」 「う……ごくっ」 「くすくす。副会長さんも、遠慮せずにいっぱい食べて下さい♪」 「いっ、いただきます……」 みんなと一緒に食べるご飯は、いつも食べてるラーメンよりも幸せな味がした。 「ほらほら、こっちですよ〜〜っ」 「わーわー。引っ張らなくても、自分で歩けるってば!!」 「歩きじゃなくて、走ってくださいっ!!」 「ふぅ、ふぅ……朝早くから、どうしたって言うんだい」 「会長さんに、とっておきの新発見をお知らせしようかと」 「教会で?」 「えへへ。会長さんもきっと知らないはずですよ」 「うん……朝に教会なんか来たことないしなあ」 「なんと、ここはですね。夜な夜な不気味な歌声が聞こえるんだそうです!!」 「今は朝だって」 「シーッ!! お静かに」 耳を澄ませてみるが、歌声なんか聞こえない。 「おかしいですね……他人の空耳というやつでしょうか」 「歌声ねえ。教会で歌うといったら聖歌隊しか思いつかないけど」 「聖歌隊!! これはまた神聖な響きですね!!」 「不気味と言ってたのは、どこの誰?」 「ちょっと、何をやってるのかしら」 「ひゃあ、オバケ!!」 「もう! いきなり大声出さないで!! 頭に響くじゃない、うう……」 「聖沙。どうしてここに?」 「聖歌隊の練習よ。ほら、聖夜祭も近いから」 「へえ〜〜。聖歌隊……って、聖歌隊だったの!?」 「去年の聖夜祭。あなたは何を見ていたの?」 「歌は聞くものだし」 「ああ言えば、こう言って!!」 「副会長さん……素敵です……」 「そう。ロロットさんも、入隊したら?」 「是非!!」 「と言いたいところですけど、今は生徒会活動で手一杯なのですよ」 「それは聖沙だって同じだよ。こんなに朝早くから大変だね」 「これくらいのこと、なんてことないわ」 「私も副会長さんを見習って、低血圧になりたいと思います」 「何を学んでるのよ!!」 「けど、練習って……何も聞こえなかったけど?」 「もうとっくに終わったわよ。今は後片付け」 「下っ端さんは、やることがたくさんあって大変なんですね〜」 「隊長だもの。仕方がないわ」 「話が噛み合ってないんだけどさ。聖沙が聖歌隊の隊長?」 「ええ、そうよ」 「これはまたビックリです」 「入学式の歓迎式典。あなたは何を見ていたの?」 「歌は聞くものですし」 「そのセリフは、もう聞き飽きたわよ!!」 「この後、皆さんでどこかに参りませんか!?」 「下校になると、すぐ元気になるんだから」 「だって会計さんはケーキ屋さん。先輩さんは和菓子屋さん。ずるいじゃないですかー!」 「部活動だし、しょうがないって」 「私も何か食べたいです〜」 「いつも道草食ってるくせに」 「では、お嬢さま。後ほどお迎えにあがればよろしいのでしょうか?」 「う〜〜ん。そうですね〜〜」 「あれ……あの娘、またいる」 「ひうっ」 「最近ね。よく見かける女の子がいるんだ」 「女の子……」 「いつもなにしてるんだかなあ」 「まさか、咲良クンをつけ狙っているとか」 「咲良クンをねじ伏せるのは他の誰でもない。この私よ!」 「いきなり何!?」 「違いますよ、副会長さん。きっと、その子は会長さんのことが気になっているんです」 「な、なにその素敵なシチュエーション! そ、そんな乙女チックな出来事が、現実にあるものなのね……ドキドキ♡」 「会長さんに思いを寄せる女の子。気になります」 「うんっ、うんっ」 「だから、そうと決まったわけじゃ――」 「ほら、あそこに隠れてるわ!」 「どれどれ――」 「隠れてるつもりだろうけど、丸見えだわ。なかなか可愛らしい子ね……それなのに咲良クンのことを……」 「だから違うんだって!」 「ロロットさん……?」 「エミリナ、どうして……」 「……お二人とも、すみません。どこかに立ち寄る件は、無しにしていただけませんか?」 「別に構わないけれど……ねえ、咲良クン」 「うん、大丈夫だよ」 「ありがとうございます。では、じいや……帰りましょう」 「車を早く出して下さい。お願いします」 「承知いたしました」 見知らぬ少女は車に向かって手を伸ばす。 だが、届くはずもなく。肩を落として、くるりと車に背を向けた。 悲壮感の漂うその姿に、僕達は声もかけられず、ただ見送ることしか出来なかった。 「今の……なんだったのかしら……」 「実は僕じゃなくて、ロロットが気になっていたとか言うのは無しだよ」 「ふざけないで。何か気づいたことは?」 「ロロットの様子がおかしかった」 「あなたもそう思う?」 「うん。名前に敬称をつけてなかった」 「そういう問題じゃないでしょ!!」 あの子とロロットの間に、一体なにがあったというのだろう。 「なるほど。ってことはさ。やっぱロロちゃんの知り合い?」 「今日、それをハッキリさせようかなって」 「ふーん。そんなすぐ会えるかね?」 「たぶん……いや、きっと今日もいると思う」 「ほら、あの子ね」 「うわ。怪し過ぎ」 「ずっと気になってたけど、そういうことだったんだ〜」 「みんなには私から話しておいたわ」 「さんきゅ」 「けど、余計なお世話になったりしない?」 「ずっとこのまま校門で張り付かれるより、ましだと思うわ」 「ロロットの様子も気になるしね」 「そりゃ面倒見の良いことで」 「ちょっと、いいかな?」 「ひゃああええ」 「はい、残念。そちらは行き止まり」 「そんな!!」 「ごめんなさいね。けど、このまま問題になったらあなたも困るでしょう?」 「うう……」 「ロロットちゃんのこと。知ってるのかな?」 「ロロットも君の事を知っていた。名前は確か――」 「私、エミリナと言います。そ、その……」 「囲まれるとその……話しづらい……です……」 「ああ、ごめん!」 「ということは、話してくれる気になったのかしら?」 「どうしてそう尋問したがるかなあ」 「私、ロロットと小さい頃からずっと一緒に暮らしてた……ええっと……」 「いわゆる幼馴染みってやつ?」 「はい! その幼馴染みというものです、多分」 ということはこの子も天使なのか。 「それで、エミリナ……君はロロットを捜しに来たってことかな?」 「厚い友情、泣かせるねえ!」 「その割には、あまり歓迎されていなかったような……」 「聖沙ちゃん!」 「あ! ご、ごめんなさい……つい……」 「いえ、お気になさらないで下さい。仰る通りですから……」 これ以上、立ち入るのは失礼かもしれない。 「ロロットならもうすぐ車で来るとは思うけど……会っても話せそう?」 「それは、わかりません……」 「大抵、ロロちゃんから話しかけてくるからさ。逆の立場があまり想像つかないよ」 「ロロット……こちらでも、そのように振る舞っていたのですね」 エミリナは少しだけ元気に笑う。 だが、その表情がすぐに引きつった。 「みなさん、おはようございます♪」 「あ、あれ? ロロット……おはよう」 おや、すこぶる元気なようだけど……なぜかいつもと違って車がない。珍しく歩いて登校をしている。 イコール、リースリングさんも側にいないということだ。 「あ、あの……ロロット!」 「し、知りません!」 「ちょっと、ロロットさん! お友達に対して、その態度はないでしょう!?」 「エミリナなんていうお友達は、そのっ……し、知らないのですっ」 「ロロットさん!!」 「いいのです! もう、いいのですから……」 エミリナが引き留めている間に、ロロットはそそくさと昇降口に消えていった。 「エミリナさん! せっかく会いにきておいて、あんなので納得できるの!?」 「いいのです……私が悪いのですから」 「ケンカでもしたの?」 「言いたくなければ、別に言わなくていいんだよ」 「すみません……」 「ちょっとセートカイ! 最近、たるんでるんじゃないの!?」 「いきなり失礼なことを言わないでよ」 「昨日の夜! アタシがね――」 「くんくん。いい匂いがするよ〜〜」 「って、学園内に迷いこんだわけ!」 「そこになんと魔族が群れをなしてるから、もうビックリ!」 「美味しいものいただき隊の皆様じゃないんですか?」 「そう! 抜け駆けしてまた美味しいものを食べてるに違いないと思ったんだけど……」 「どうせ残ってないとかいうオチだったんでしょ」 「ところがどっこい! 美味しいもの食べ隊のみんなじゃなくて、全員違う魔族だったんだよ!!」 「違う魔族……?」 「『イー!』じゃなくて『ニャー!』って鳴くの!」 「あれって鳴き声だったんだ」 「しかも凄く強いの!! いくら最強無敵のサリーちゃんでも多勢に無勢じゃ敵わないもん」 「だから、尻尾を巻いて逃げ出しちゃった」 「ほほ〜。この尻尾をですか、にぎにぎ」 「こ、こらぁんっ。さ、触っちゃ、ひうっ、らめえー!」 「サリーさんのお仲間とは別の魔族が入り込んでいる、ということ?」 「そう! それで美味しそうなものを食べていたんだよ」 「プリエの残飯でも漁ってたんじゃねーのか?」 「だからね。あの強そうな魔族を追い払って、アタシが残飯をいただくという寸法なの!」 「注文式のお店で、残飯が出るわけないでしょうに」 「くんくん。これはまた事件のニオイがしますね、会長さん」 「そんな……! 僕の知らない間に、そんなことが起きていたなんて……」 「役立たずの生徒会は、クビ!」 「ヒャー!!」 「由々しき事態ね。見過ごせないわ」 「新種発見……わくわくしてきますっ」 「キラフェスが終わって少し気を抜きすぎてたかもしれない」 「もうちょっと引き締めていくわよ」 「望むところなのですーー」 「はぁぁ、つっかれた〜〜」 「何よ、だらしないわね。大したこともしてないくせに」 「そういう無駄な争いをするから疲れるのですよ」 「ごもっとも」 「そんなに余力があるなら、特訓をもっと厳しくした方がいいかもね〜」 「うえっ」 「愛の鞭なら喜んで……♡」 「お前達だな……」 「あれ? 警備員さん?」 「見るからに不審者じゃない」 「俺の恋路を邪魔しやがるのは、お前らだな!?」 「こいじ……?」 「英訳するとラブロードだよ♪」 「それを邪魔するということは……会長さんはいわゆるスケコマシというやつですね!」 「なんで僕が!?」 「それはどういうことかな?」 「ナナカ、目が笑ってないよ」 「最近のシン君、聖沙ちゃんともロロットちゃんとも仲良しだからね〜」 「わ、私ぃ!?」 「ただの仲良しではありませんよ。大の仲良しです」 「ってことは、聖沙とロロちゃんの彼氏!? というか、聖沙とロロちゃんと仲良しってどういうことだーっ」 「わ! わ! わ! ナナカ、とにかく落ち着いてっ」 「俺がこいつらの彼氏だって……?」 「違うわい! こんなオバチャン……こっちから願い下げだ!」 「オバチャンですってぇ!?」 「まったく失礼な方ですね!!」 「確かに。名前も名乗らねえのは失礼だな」 「俺様の名はアーディン! 泣く子も黙る七大魔将の一人ってばよ!」 「魔将!?」 「ということは魔族?」 「おうよ!」 「なんで魔族は、こうも変な奴ばっかりいるのかね」 「元気だせ、シン様」 「うるさいよ」 「魔族さん! あなたの宣戦布告はしっかり受け止めました!」 「覚悟なさい! 乙女を愚弄した罪は重いんだから!」 なかなかの強敵。しかし、地道な特訓の成果もあってなんとか勝利をものにした。 「はぁ、はぁ、なかなかやるじゃない……」 「なんてこった。こいつらただの人間じゃねえし……その力、さては天使の力だな!?」 「ちちっ、違います! 天使じゃありませ〜〜んっ」 「おめーじゃねえよ」 「ちょっと、ちょっと! 聖沙とロロちゃんがシンと急接近ってどうなってんの!? こ、これはピーーンチ!!」 「ほら、もうさ。無益な争いはやめとこうよ」 「くううっ! 男同士で握手だと!? そんなこと出来るか! 俺の愛は永遠に不発だぜっ!」 アーディンはメカジキ並のスピードで逃げていった。どうりでカジキマグロはあまり脂がのっていないわけだ。 「不滅と言いたかったんでしょうかね〜」 「あいつ、馬鹿決定」 なんだったんだ、一体……。 「はふぅ。色々と大変でしたねぇ〜〜」 「まあ、大事な聖夜祭の前にさっさと片付いたから良かったわ」 「これでもう、安心して生徒会活動に励めるよ」 「おうおう、腕がなるねえ!」 「みんなノリノリだね じゃあ、来週の定期試験も大丈夫そうかな?」 「ええっと、リア先輩。今、なんと?」 「テ・ス・ト♡」 「うわあああああああああああああああああ」 「すっかり忘れてましたあああああああ」 「くらぁ……」 「わわーっ、聖沙ちゃん。しっかりー!」 「いいや、待て待て! 諦めるにはまだ早い! 今からやれば――」 「テスト……終わった……」 「そもそも始まってないから!」 「ど、どうすれば良いのでしょうっ」 「例えば過去に遡る方法を見つけるとか」 「はーい、お任せ安心! 魔界通販〜♪」 「ダメだよ、シン君。現実逃避しちゃ」 「け、けど……もしテストで悪い点を取ったりなんかした日には――」 「生徒会活動にかまけて、本業を疎かにしただと……?」 「そんなふざけた組織なんざ、即解散だ!!」 「なんて事態に!?」 「ちょっと咲良クン。生徒会の威厳にかけて勝負――」 「している場合ですか!! ここは皆さんで手取り足取りするしかありません!」 「ムムム……確かに」 「って、手取り足取りなんて、恥ずかしいじゃないっ」 「じゃあ、どうすればいいんですか!」 「みんなで一緒に勉強すれば、いいんじゃない?」 「それだーー!!」 「そうそう! この生徒会には学年トップクラスの頭脳を持つ人が3人もいるじゃないかっ」 「テスト前には、土日を挟みますものね。みなさんに教えていただければ、問題ありません」 「ちょっとー!! あなた達に教えてばかりじゃ、私達の勉強にならないじゃない!」 「大丈夫! ちょっとくらい成績が下がっても、赤点取らなきゃオッケ!」 「そういう問題じゃないのよ! そうよね、咲良クンっ」 「うう……いつもは予習復習してるから平気だったんだ。けど、最近は全然してなかった……」 「しっかりしなさいよ、私のライバルでしょう!?」 「そうですよ! とにかく会長さんが頼りですからね!」 「よーし。じゃあ、明日の放課後……シンの家で勉強会DA!!」 「おおっ、ナナカちゃん燃えてるぅ♪」 「そりゃあもう! 成績がお小遣いにリンクしてますから!」 「イコール、スイーツか……」 こうしてみんなの生徒会人生を賭けた戦いが、唐突に始まりを告げた。 「……うう……」 「クケッ」 「きゃあ、きたーー!!」 「好かれてますねえ、副会長さん」 「ああ、いらっしゃい。どうぞ、どうぞ」 「お邪魔しま〜す♪」 「ロロット……凄い荷物だね」 「ほへ!?」 ま、まさか泊まり込んでするつもりなのかな……。 「これはですね!! そ、その……」 「さ、参考書だよね〜〜。ロロットちゃんは、それくらいやる気マンマンってこと!」 「そそそ、そうなのです!」 「そっか。がんばろう、ロロット!」 「はっ、はい〜〜」 「あれ? ナナカは?」 「ちょっと遅れるって連絡があったよ」 「……? なんだろ。一番やばいっていうのに」 「ほらほら! 一刻を争うのですから、早く始めますよ!!」 「わかった、わかった」 「ええっと、聖沙ちゃんは……」 「あ、シン君。ちょっとお台所、貸してもらってもいい?」 「別にいいですけど……何するんですか?」 「え!? えーっと、みんなのお茶菓子を用意しようかな〜〜なんて」 「おお、ありがたい。けど、先輩は勉強しなくていいんですか?」 「うん。だって3年生は、テストがないんだもん」 「な、なんと……」 「あっ、あとね。台所には、入ってきちゃダメだぞ♪」 「さ……というわけで始めるわよ……」 「ほらほら会長さん! 時は馬なりですよ!」 「さあ、始めましょう!!」 「それにしてもナナカさん……遅いわね……」 「うぃーーっす!! お邪魔します!」 「やっと来た」 「はぁはぁ……つかれた……」 「まったく何やってんだか。はい、飲み物」 「サンキュー♪」 「うぎゃーー!!」 「牛乳渡すな、水渡せ!!」 「ふぅふぅ……あ、そうだ。リア先輩!」 「騒がしい奴だなあ」 「会計さん。ちゃんと買ってきてくれましたかね?」 「もう、子供じゃないんだから。大丈夫でしょ」 「ん? なになに?」 「いいえ、なんでも!」 「頭が熱暴走……」 「それは処理が速い時に起きるんじゃありませんでしたっけ?」 「入れ替えたら?」 「シンと交換……いやいや、ここは百歩譲って聖沙と交換でい!!」 「ちょっとそれどういうことよ!?」 「五十歩百歩ということではありませんか?」 「あら、そう。それならまあ、いいわ」 「みんな微妙に現実逃避してない?」 「ゲームしてるアンタが言うな!」 「こっ、これは気分転換の一環で――って、してないよ!」 「はぁぁ……やっぱり気移りしちゃうわね……」 「もうちょっとの我慢ですよ。ドッキリはもうすぐですから」 「ドッキリ?」 「あわわわ! 私は天使じゃありません!」 「にしても、リア先輩……遅いなあ。なにか手こずってるのかな」 「ちょ……! シン、どこ行くの!?」 「ん? 台所」 「ああああ、そちらに行ってはいけません!」 「会長さんが床に足を取られて動けなくなるからです!」 「ははは。いつでも入居できるように、立て付けは注意してるからね」 「ああ、嘆かわしい」 「さ、咲良クン!! ここの問題がわからないから教えて」 「お、どれどれ。ああ、ここはこうすれば――って、聖沙が僕に聞くってのも珍しいね」 「人を珍獣扱いしないでよ!!」 「どこが!? しかも、それくらい聖沙なら解ける問題だと思うけど」 「うぐっ……」 「ととっ、解けるわよ!!」 「そっか。やっぱりね。じゃあ、行ってくる」 「わかりました。私が会長さんの代わりに様子を見に行ってきます」 「ロロちゃんナイス!」 「会長さんはテストに命が懸かっているのですから、しっかり勉強していて下さい」 「い、命が!?」 「シーン! ここの問題なんだけどさ」 「ナナカさんったら、こんな問題もわからないの? ここはね――」 「あ、いいよ。シンに聞くから」 「遠慮しなくていいわよ、別に」 「……聖沙? なにゆえ邪魔をする……? わざととは思えないけど……」 「シーン! 消しゴム貸して」 「わざとじゃないとするならば……更に質が悪い……」 「シーン! 喉乾かない?」 「牛乳嫌いなんでしょ」 「むむむ……!」 「ムムム〜〜!」 「なに二人で見つめ合ってるの?」 「な――!? 見つめ合ってなんかいません!」 「まさか聖沙が……いやいや、まさかね……」 「たらいまれす〜〜」 「あ、お帰りロロット」 「れろ〜ん」 「ロロちゃん、ヨダレ!」 「は――ッ!! じゅるじゅる」 「みんな……なんか変だよ」 「なんか隠し事でもあるんじゃないの?」 「ないないない! あーるわけない!」 「『でーも止まらない〜♪』」 「テストでいっぱいいっぱいなんだ。しょうがねーだろ」 「パッキーさん……素敵♡」 「それにこいつが変なのは昔からだぜ」 「まあまあ、ナナカちゃん。今日は素敵な日なんだから、スマイルスマイルぅ♪」 「あら? 先輩さんがいらっしゃったってことは――」 「うん、準備オッケー」 「どんな凄いお菓子が出てくるのかな、ドキドキ」 「じゃあ、みなさん! 配置について下さいっ」 「合点!」 「え? え?」 「せーのっ」 「お誕生日おめでと〜〜!!」 「えっ、えっ!? なになにっ、誰のっ?」 「まだわからねえのか、このニブチン。今日の日付を言ってみろ」 「11月17日――って」 「僕の誕生日だーーッ!! すっかり忘れてたよーーっ」 「おめでとうございます〜〜♪」 「ナナカちゃんがね。教えてくれたんだよ」 「せっかく生徒会のみんながいるんだし、いつもと違ってパーッとお祝いしようってことにね」 「ま、まあ。ご両親も赴任中だし……一人でお祝いするのは寂しいでしょ」 「じゃあ皆さん。いきますよ〜〜」 「う〜まれ〜て、今日まで〜み〜んなか〜ら〜♪」 「あ〜いさ〜れ〜て〜き〜た〜♪ シ〜ン君の〜♪」 「た〜んじょうび〜で〜す〜♪ お〜めで〜と〜う〜♪」 「はーい! シン君へのバースデープレゼントは……こちら!」 「アンタが夢にまで見た、ビフテキでい!」 「ビ……フ……テキ?」 「も、もしかしてお腹いっぱいなんですか? それなら私が――」 「ああ、いやいや! 僕が想像してたのとなんか違うから……」 「それって豚肉なんじゃないかな? 俗に言うトンテキ」 「トントロッ!?」 「ほら。冷めないうちに食べなさいよ」 「はよ食わんか!!」 「く……うっ、い……いっただっきまーーす!」 「もぐもぐ……」 「お味は如何ですか!?」 「うぐ……っ、う……」 「うぅ?」 「ま、予想通りの反応だけど」 「けど……う……ううっ、うまいよ……」 「ほらほら。男なんだから泣かないの」 「なっ、泣いてなんかいないやいっ」 「しっかり噛むんだよ♪」 「ええ、もう……噛みしめながら」 これがビフテキ……。 生徒会のみんなが僕のために用意してくれた最高のプレゼント。 「うっう〜〜羨ましいです〜〜」 「天使はいつでも食えるんだからいいじゃねえか」 「ふはあ……幸せいっぱいだぁ……」 「まだまだお楽しみはもちっと続くぞい。ね? ナナカちゃん」 「おおーーッ」 「ナナカさんにしては普通よね」 「いいじゃないですか。会長さんは何でも美味しく食べる人ですから」 「だからケチったわけじゃないんだぞー!」 「言わなきゃいいのに」 「あれ? どうしたの?」 「い、いや……ちょっとばかりしみじみしちゃって……」 「もしかして、またイメージ違い?」 「ケーキって丸いんだなぁ……」 「いや。今までずっと、これだったから」 「そうそう! これが本場モン。どう? 食べきれる?」 「いやあ。ビフテキもご馳走になったし、さすがにこれは無理だよ」 「そっか、そっか。じゃあ、みんなで分けるっきゃないよね」 「ケーキはみんなで食べた方が、うまいしね」 「わ〜い」 「じゃあ紅茶でも淹れるわね」 憧れのビフテキを食し、ケーキをみんなで食べる幸せのひととき。 生徒会長になって本当に良かった。 だからこそ、この立場が危うくなる前に…… 「よーっし! この後もがんばるぞーー!」 「おーっ!」 大変だったはずのテスト勉強が、すっごく楽しくて―― あっという間に過ぎていく……。 「お疲れさま〜」 「はぁぁ……時が止まってくれないかしら」 「憂鬱です〜〜」 「今日はみんな。本当にありがとう」 「あなたというライバルが生まれた日だもの。お祝いするのは当然のことよ」 「そ、そっか」 「うふふ。私の誕生日……楽しみにしてるね♪」 「ひぇぇ」 「毎日、誕生日にして欲しいのです」 「わはは。そしたら逆にありがたみがなくなっちゃうって」 「それじゃあ、さよなら」 「またね〜〜」 「バイバイです〜〜」 「ばっ、ばいば〜〜い!」 「ふぅ……さて、また始めるか〜」 「よ、よ〜し。今がチャンス!」 「今日のやつ。ナナカが手配してくれたんだ」 「ふぇ!?」 「ちゃんと覚えていてくれたんだね」 「そ、そりゃあ、もちろん」 「最高のプレゼントだったよ」 「そっかそっか。そりゃそうさ! みんなの愛情がたっぷり詰まったプレゼントだもの」 「しかし負けるな、ナナカ! アタシからのプレゼントが最高になるはず! さっちんもそう言ってた!」 「はぁぁ……やっぱり生徒会長になって良かったなあ……」 「あ、あのさ、シン。感慨に耽ってるとこ悪いんだけどさ。ちょっと目、閉じてくれない?」 「いっ、いいから!」 「オッケー?」 「オッケーもなにも……よくわからないって」 「だ……ダメだっ……キスなんて、恥ずかしいっ、やっぱ無理ッ」 「カハッ!!」 「シン! 勉強教えてくれてサンキュ!」 「な、なんだよ、いきなり」 「だってずっとヘラヘラしてるんだもの。ちょっと気合い入れてやろうと思って」 「気合い入れるのはナナカの方でしょ」 「大丈夫だって。アタシはやるときゃやる女だよ!?」 「どうだか」 「言ったなー!? よーし、帰って勉強する。しまくってやる! そしてアンタの鼻をあかすッ」 「ははは。こっちも負けないぞ」 「んじゃ、帰る! バイバイ!」 「あ、ナナカ!」 「誕生日、祝ってくれてありがとう」 「…… な、なに言ってんの、毎年のことじゃん!」 「やっぱりナナカは、僕の最高の友達だよ」 「……そ、そうだよ、ね……」 「ねえ、シン。もっかい、目……閉じてみない?」 「やだよ。またチョップされる」 「だよねー! そうよねー! 普通、そう思っちゃうよねー。あはははーーっ」 「ヘラヘラしてるのはナナカの方だと思うけどなあ」 「うっさい!」 ナナカはひたすら笑いながら帰っていった。 「よし……とりあえず、やるだけのことはやったはずっ」 「シン君は元気そうだねー」 「本番で寝ないようにね。前日はしっかり睡眠を取らないと。さっちんも元気そうだね」 「うん。連休はぐっすりー」 「もうちょっとだけ足掻いてみようかなー」 「悪いことは言わんから、やめとけ」 「うん、そうしとくー」 「もう寝てるー」 「さては徹夜したな」 「おーい、ナナカ。起きろー」 「ん……んん……もうちょっとだけ……」 「アゼルは勉強した?」 「そうやって周囲を油断させる作戦だねー。けど騙されないぞー」 「騙す……だと?」 「勉強してないとか言ってる人に限って、すっごいしてるんだよねー。けど自分の偏差値を上げる為に、偽装工作するんだよー」 「アゼルの言うとおりだよ」 「平均点下がれば、赤点突破ラインも下がるんだよー?」 「さっちんはいつもギリギリ過ぎるんだって」 「そのスリルがたまらないんだよねー。絶叫マシンに乗ってるみたいでさー」 「だったら遊び感覚で勉強すればいいじゃん」 「おー。それはナイスアイディアかもー」 よし、頑張ろう。 「ぐぅ、ぐぅ……」 「何問か落とした……」 「何問か解けたー♪」 さて、明日もあるし……どうしようかな。 「んああああ、テストなんてなくなれー!」 「おお、アゼル! 珍しく意見が合ったね。なんか怪しいエネルギーでサクッと無くしちゃってよ!」 「なに二人で馬鹿やってんの」 「アタシとアゼルは運命共同体。共にテストを無くす為に立ち上がるのだッ」 「一緒にするな」 「もう裏切り!?」 「ナナちゃん。諦めるなら最初から諦めなよー」 「くううっ、これがお嬢さまのゆとりか!!」 「私はまだ諦めてないぞー」 「悪いことは言わん。無駄だから、やめとけ」 「そうだねー。そうしとくー」 「ふんっ……」 「やっぱり今のは笑うトコ?」 「気楽な……奴らだ……」 「笑ってなどいない」 長いようで短いテストが終了。 さーて、今日くらいは勉強のことを忘れるぞーーっ。 「みんな、テストお疲れさん!」 「過ぎたことは桃と一緒に川へ流しましょう。さあ、新しい生徒会活動の始まりです!!」 「次のイベントは――ずばり、聖夜祭ッ!!」 「聖夜……なんて甘美な響きなのかしら……♡」 「それでどうするの、シン君?」 「どんなことをしたいかは大体まとめましたけど、あとは生徒の承認を得られる資料を作れるかどうか……」 「会長さんなら大丈夫ですよ」 「そうね。咲良クンなら出来るわ。というより、それくらい楽にこなしてもらわないと困るわね」 「ちょっと二人とも、シンを買い被りすぎなんじゃない?」 「私のライバルなのよ? 私に出来ることは、咲良クンにも出来るはずよ。そういう仕組みなの」 「そうですよ。信頼あってこその物種です」 「な……なんなんだ、この二人……?」 「ま、まあ、いいや」 「とにかく!! 楽しければなんでもオッケー!!」 「最後の聖夜祭だから、思い出に残るといいな〜」 「もちろんですわ! そうよね、咲良クン!」 「そうですよね、会長さん!」 「ななっ、なんなんだ……この二人はっ」 「そ、そうさね、シン!」 「こ〜ら。だからってみんな、シン君ばっかり当てにしないのっ」 「は、は〜〜い」 「賛成者大多数により、以上の内容が可決いたしました」 「これにて生徒総会を終了いたします。皆さん、お疲れ様でした」 「なんか前にも似たようなことがあったわよね……」 「気にしたら負けですよ、副会長さん」 「きっとキラフェスのことがあったから、みんなも支持してくれているんだよ」 「そして賽は投げられた。あと1ヶ月はやるっきゃないと」 「そういうわけだね」 「では皆さん。新しい聖夜祭成功に向けて、がんばりましょう!」 「おーーっ!!」 「ん? この音は――」 「会長さんを捕捉しました!」 「ロロット! どうして制服に……?」 「学校へ行くからに決まってるじゃないですか」 「今日は日曜だよ。それにキラフェスが終わった後だしさ。誰もいないって」 「だからこそ行く甲斐があるというものじゃありませんか」 「ええ!? ま、まさか泥棒をするつもりじゃ……」 「四の五の言わずについて来てくださいっ」 「お嬢さま。お急ぎであれば、こちらをお使いになりますか?」 「脱脂綿とクロロホルムで何をする気ですか!!」 「わかった、わかった。けど、学校行くなら僕も着替えなきゃ……」 「それなら私にお任せ下さい!」 「展開早いよ!!」 「しかもどこに横付けしやがった!?」 「これで準備は万端ですね。では行って参ります」 「いってらっしゃいませ」 「お土産、楽しみにしていて下さいね〜」 「プリエ……?」 「実はですね、昨日のキラフェスで和菓子倶楽部さんにとあるお話を伺ったんです」 「プリエに幻のメニューがあると」 「幻の……メニュー?」 「気になりますよね」 「う、うん。かれこれ、カイワレラーメンしか食べたことないけど、そんなメニューがあったなんて知らなかったよ」 「私の情報網を侮ってはいけません」 「その出所と言ったら……」 「あ! 御陵先輩っ」 「敵に塩を送る暇はないんと違います?」 いつになく殺伐としている。 「もしかして限定付きとか」 「幻と言われるくらいですからね。会長さんの分、私の分。そしてじいやの分と、最低で3つは必要になります」 「俺様の分は?」 「ぬいぐるみが物を食べるなんて現実的ではありません」 「こういうときばっかオブジェ扱いにしてんじゃねーよ!?」 「静かにおし」 「そうです。厳粛に静粛に、来るべき時に備えて正座をしていましょう」 「和菓子の道もまた礼に始まり、礼に終わる」 「あの……やっぱり和菓子なんでしょうか?」 「幻の和菓子なんですよ!!」 「な!? なんだ、なんだ!?」 「鐘の音が3つ」 「こ、これは限定3つということですね!!」 「たぶんですけど」 「たぶんなんだ」 「おいではった」 「こ……これが……幻の和菓子!!」 「この和菓子は如心松葉。手間暇がかかる上に、作れる職人はんが限られとる幻のメニューどす」 「なるほど……それが、どうしてこのプリエに?」 「不定期に仕入れてるみたいですよ。謎の職人さんが、謎のご厚意で作っていらっしゃるそうです」 「そんな幻の品が目の前にあるんですよ!? もっとこう、感動ってものがあるじゃないですかっ」 「僕、これ食べたことある」 「これ、ソバスティックだよね」 「会長さん、なんと行儀の悪い物言いを!?」 「あ、いや……よく昔、ナナカん家で食べたことがあったな〜って」 「会計さんのお家って『ぶろーかー』でも営んでるんですか?」 「いやいや、蕎麦職人の親父さんがいるんだよ」 「おそばが幻とどのような関係が?」 「如心松葉は蕎麦菓子の一つどす。謎の職人はんて、まさか……」 「ナナカの親父さんだったりして」 「もしもし、リーア。今すぐ夕霧庵に向かいますさかい。あんじょうよろしゅうに」 「夕霧はんに惚れ直したわ。えらいおやかまっさんどした」 そう言って、御陵先輩は足早に立ち去っていった。 夕霧庵は何気に人気店だよなあ。 おかげで無事、全員分を確保することが出来た。 「わー、わかったよ! 僕の分をあげるから」 「会長さん……なんとお優しいのでしょうか」 「まあ、僕にとっては幻というより思い出の和菓子だからね」 「会計さんと一緒に食べていたんですか」 「そそ。ナナカがさ。この棒の端をくわえてね、反対の端を僕にくわえさせるんだ」 「それで一緒に食べていって、先に折った方が負けになるの」 「顔がこんなに近くなるから恥ずかしいって言ってるのに『いいから、いいから』ってやりたがるんだ」 「そのくせ、負けるのはいっつもナナカだったけど」 「へえ〜それは楽しそうですね」 「今となってはいい思い出だよ」 「せっかくだからやってみませんか?」 「ぼ、僕がロロットと!? そ、それは……」 「いいじゃないですかっ」 「や、やめとこうよ! ロロットの分をもらうのはさすがに悪いって」 「いいんですよ。ちゃんとじいやの分はありますし、会長さんのお慈悲に私……心を打たれました!」 「だから、そういうことじゃなくて――」 「大丈夫です。私はちゃんと勝ちを狙っていきますから」 「それが困るんだってばーっ」 「はひ、どうぞ」 「んふ♡」 目が……目が合って顔が近いっ。 ツルツルスベスベの白いお肌がどんどんと近づいてくる。 「はむはむ」 恥ずかしがる様子が微塵もなさそうだ。 躊躇いもなく食べ進んでいく。なんて、恐ろしい! だからって、素直に負けるというのも男らしくない。 よし! ここはなんとか、ロロットを笑わせて―― 「はぐっ」 「もぎゅもぎゅ、ごっくん。わーい、勝ちました〜〜♪」 「お迎えに上がりました」 こういうときばっかり、物音一つ立てないんだからっ。 「はい、お土産のソバスティックですよ〜〜♪」 「お嬢さま……?」 「お口を大きく開けないといけませんよ」 「細いから大丈夫だよ」 「いえ、そうではなく……やはり立ち食いは……」 「ですから、お嬢さま……」 「決死の上陸作戦を思い出して下さい」 「あの時は、飲むことも食べることも許されませんでした……ぱくっ!」 「いかがですか?」 「美味しゅうございます」 「くすくす。ちゃんと噛んで食べないといけませんよ」 「私めの為にわざわざ……ありがとうございます」 「いえいえ、日頃お世話になっているお礼ですよ」 「しかし、ビックリです。まさか会計さんのお父様が和菓子を作れるだなんて」 「和菓子というか……ソバの創作が好きだからさ」 「まだまだわからないことがたっくさんあるんですね〜〜。けど――」 「知らないことを知れば知るほど、どんどんそれを好きになっていく自分がいます」 「そっか良かった」 「街であれ、人であれ、学園であれ、なんであれ。発見に次ぐ発見で、どんどん好きな物が増えてきちゃいますね」 「いっぱいあって大変だ」 「えへへ、浮気はほどほどにしないといけませんね」 「お嬢さま。本日のディナーは幻のピラフでございます」 「グリンピースは抜いて下さい!」 なんでも好きになるわけではなさそうだ。 「微分、積分、いい気分〜♪」 「はいはーい」 「お電話ありがとうございます、グランドパレス咲良です」 「会長さん!? 今、お電話してても大丈夫ですか?」 「ロロット? ま、まあ、平気だけど……どうしたの?」 「実はですね……わからないのですよ」 「ん? 何か難しいのでもあった?」 「いいえ。わからないのは――」 「眠らないでお勉強をする方法です!!」 「頑張ってはいるんですけれども、鉛筆を握った瞬間に――」 「くぅ……くぅ……」 「わーわー! 起きて起きて!」 「はぅあ!! またしてもポートピアに迷い込んでしまいました」 「ユートピアね。う〜〜ん。さっきの勉強会ではそんなことなかったのになあ」 「やはりお家に帰るとまったりしちゃってダメですね〜〜」 「ある程度、緊張感がないと。リースリングさんに見張ってもらうとか」 「じいやは優しいので、あまり向いていないと思います」 「そっか……じゃあ、エミリナにお願いするってのは?」 「もう隣でスヤスヤしてますよぅ〜〜」 「だ、だったらさ……えと、その……」 「そうです! また、会長さんと一緒にお勉強すればいいのです」 言い淀んでいたものをさらりと言ってのける。 「って、こんな夜遅くに大丈夫なの?」 「明日はお休みですし。お勉強とあれば、平気ですよ」 「リースリングさんは?」 「会長さんなら安心だと言ってます」 そっか。信用されているってのは、逆にプレッシャーだな。 なにかしたら大変なことになるという――って、僕は何をする気なんだ!? いかんいかん。生徒会長なんだから、後輩をしっかりと正しい道へ導かないと。 「うん。わかった。じゃあ家で待ってる」 「は〜い♪」 さて、お茶でも用意しておこうかな。 「こんばんわー!」 「お待たせしました〜♪」 「緊急事態の為、ご容赦下さい」 「おい、執事。あんまり天使を甘やかすのはどうかと思うぜ」 「拷問という浅ましい文化は、今すぐにでも滅びるべきだと考えております」 「ご、拷問……?」 「では、じいや。頑張ってきますね」 「ひぃ〜〜渋いです〜〜」 「目覚ましにはもってこいでしょ」 「おお〜。なるほど」 「じゃ、始めよっか」 「はい♪」 「春麗らかに……うつら……うつら……うららかに……」 「お! ロロちー発見っ。しかも隙あり」 「どくばり、プスーーッ!!」 「ひゃおお!!」 「頭隠してお尻丸出し!」 「いきなり何するんですかーっ」 「寝てたから起こしたげた」 「ぎくっ」 「ねーねー。なにやってんの?」 「お勉強ですよ。今日はオマケさんの遊びに付き合っていられないのです」 「なーんだ、つまんない」 「サリーちゃんもやる?」 「はぁ……オマケさんは自由人ですねえ」 「羨ましい?」 「確かに……勉強しなくても済めば一番なのかもしれません。けど……」 「けど?」 「楽しいことも、苦しいことも。嬉しいことも、悲しいことも。全部ひっくるめて、素敵な毎日なんだと思います」 「楽しいことしかなかったら、それが楽しいことだと気づけないじゃないですか」 「うん、そうだね」 「だから辛いことも苦しいことも悲しいことも、みんなみんな楽しむことに繋がるはずなのです」 「ははは。勉強も楽しんでやれたらいいのにね」 「まったくです〜〜」 しばらく鉛筆の走る音だけが響いていた。 「会長さん。ここはどのようにすれば良いのでしょう?」 「ええっと、主語と目的語をはっきりさせて……わかりにくかったら、こうして線でも引いて――」 「ふむ……ふむ……」 「……ロロット?」 「かくん……っ、かくん……っ」 「ああ、また船漕いで……」 「ぶるんぶるん! ああ、このままじゃいけませんっ」 「なんか飲む?」 「それは名案です! 目覚ましにお茶を淹れてきますね」 「作り方、わかる?」 「なんとなくわかりますので、台所をお借りしますね」 「ほいほい」 大丈夫かな……? 「お、ありがとう」 「ほほ〜〜。なるほど、会長さんはノートをしっかり取っているんですね」 「これがないと、予習復習がね。ずず……」 「お、うまい!」 「えへへ。失敗は成功のもとですからね」 あれ? 慣用句間違ってないぞ――って、つっこみどころはそこじゃない。 さっきまで、ロロットは対面に座っていたはず。 なんか近い。というか隣。 「では、先ほどの続きをば……」 わざとやってるわけじゃなくて、自然と来たって感じだな。 筆記用具やノートも、さっき僕の方に向けた後だったし。 それなのに、僕だけがドキドキして、なんだか恥ずかしい。 僕の方が先輩なんだから、しっかりしなくっちゃ。 「2年生はこんな難しいのもやるんですか〜〜?」 うう。柔らかい二の腕が当たる……。 「はぁぁ……これはお勉強も頑張らないといけませんね」 「今頑張っておけば、後で楽だと思うよ。こんな風に根詰めて勉強しなくてもいいし」 「そうなのですか!?」 「いつもサボってるからこうなるの。毎日しっかり予習復習ってね」 「けど、今回は会長さんも大慌てですけど」 「そ、それは……生徒会が楽しくて、ついつい……」 「ですよねーー♪」 「うう〜〜。会長さんですら難しいことを、私がやるだなんて無理ですよ〜〜」 「そうです! 私達、一緒に頑張ればいいじゃないですか!」 「会長さんが側にいてくれれば、きっと私……何でも頑張れると思うんです!」 「まあ、そんな気がするというだけで、結果は伴わないと思いますが」 「しかし、そういう前向きな姿勢が一番大切なのです。だからいいのです」 「ははは、そうだね。まずは、眠気に勝たないと」 「ううーー。もう寝ませんよ〜〜っ」 そして二人で話をしながら、ノートを文字で埋めていく。 「会長さん。今日がその、誕生日だったんですね」 「うん。僕もすっかり忘れてたけど」 「この世に生まれた素敵で大切な記念日なんですよ? 忘れてはいけません」 「あはは…… ロロットはさ。誕生日いつ?」 「私の……ですか?」 「うう〜〜ん。この世界で生まれた日ですから……12月25日、ということになりますね」 「ということは?」 「あわわ」 「今日は素敵なプレゼント、ありがとうね」 「あれだけで満足してはいけませんよ」 「実はですね。こっそり私からのプレゼントを用意しておいたんですよ」 ローゼンクロイツ家のお嬢さま直々のプレゼント!! 流星町きっての資産家が用意するプレゼントは、いったいどのようなものなのか!? プレゼントはその気持ちが大切なのであって、価値ではないッ! 「プレゼントはこちらです」 「こ、これって……ロロットの貯金箱じゃ……」 「ええ。こちらはトントロの弟分、ピートロです」 「ロロットとお揃いの置物か〜〜」 ロロットと一緒というだけで嬉しくなる。 しかし、この中に入れられるお金がないのはご愛敬。 「はい、どうぞ。落とさないように気をつけて下さいね」 「うん。ありがと――うあ!」 それを持った瞬間。ずしんとくる重みを感じた。 さては、この中にギッシリと何かが詰まっているのではあるまいか。 くああっ。命など……この重みに比べれば……軽い……軽すぎるッ! しかも取り出せるフタが見あたらないぞっ。 中身を取り出すには、その可愛いフォルムを破壊するしかない。 しかし…… 「大切にして下さいね♡ 壊したりしたら泣いちゃいますから」 「お、おうともさ!」 秘宝はそのまま、僕の宝物にならざるを得なかった。 「グッドタイミングです♪ この後、何か用事があったりします?」 「う〜ん。家帰って勉強でもしようかなと」 「ダメですよぅ。先日からずっと勉強ばっかりじゃないですか」 「まあ確かに」 「それでですね。軽く息抜きに、お出かけでもしませんか?」 「ほんのちょっとだけですけどね♪」 「うんうん、行く行くっ」 「そうと決まればレッツゴーなのです!」 「え、あ! ちょ、ちょっとーー!?」 「今日は宙に浮いてましたね」 「ちゃんと自力で走らせてよ……」 やってきたのは商店街。 「ゆっくりお茶でもしましょうか」 「あれ? そういえばエミリナは?」 「お誘いしたんですけれども、今日は探検があるといって断られてしまいました」 「わはは、ロロットそっくりだ」 「私とエミリナは親友ですからね〜〜」 まあ、慣れてなくても、きっとリースリングさんが付いているから平気だろう。 「では参りましょう♪」 「いらっしゃいませ! ショコラ・ル・オールへようこそ! 何名様ですか?」 「2名です〜〜」 「これはこれは流星学園の生徒会長さん! その節はどうもお世話になりました」 「いえいえ。こちらこそ」 「ああ、キラフェスで出展されたケーキ屋さんですね」 「ええ。また次回もよろしくお願いいたしますわ」 「是非とも」 「で、確かそちらの方は――」 「改めまして。私、生徒会書記のロロット・ローゼンクロイツと申します」 「これはこれはご丁寧に……私は――」 「ろっ、ローゼンクロイツ!?」 「普通にお茶しようと思ってるんですけど、いいですか?」 「えっ、ええ!! もちろんですわ! こちらへどうぞっ」 「さて、一番控えめなのは――」 「何にしましょうかね〜〜」 「むむッ!! こ、この金額は……なかなかッ」 「字が難しくて読めないのです〜〜」 「お、お待たせいたしました〜〜」 出てきたのはお冷やではなく、紅茶とケーキのセットだった。 「あれ? まだ注文してないですよ?」 「本日のオススメでございます」 「おお! これは好都合ですね、会長さん。悩まなくて済んじゃいました」 「ちなみに、これ……おいくらですか?」 「いえいえ! こちらはサービスですからっ」 「え……それって……そ、そんなのダメですよっ。今日は客として来てるんですからっ」 「どうぞご遠慮なさらずっ。こちらこそローゼンクロイツ家のご息女とは知らず、とんだご無礼を……」 「ロロット。なんかしたの?」 「なんかって、なんでしょう?」 「例えばここのケーキを全部食べ尽くしたことがあるとか」 「さすがの私でも半分くらいが精一杯ですよ」 「今、ローゼンクロイツの名前が出ましたけど……店長さんは、お爺さまのお知り合いですか?」 「い、いえ……。父がカテリナ様に常日頃からお世話になっておりまして……」 「お婆さまですか」 「流星町にショコラを開店できたのもの、カテリナ様のおかげだと伺っていたものですから……」 「こんなに素敵なお店を呼んでくるなんて、お婆さまも素敵です〜〜」 「ははーーっ。恐悦至極に存じますーーっ」 「へ〜〜。ロロットって凄いんだなあ」 「別に私はなんでもないですよ。お爺さまとお婆さまが立派なだけですから」 「それに、流星学園は他にも立派なお家の人がいらっしゃるじゃないですか」 「先輩さんや、先輩さんのお友達。巫女さんに、あと……さっちんさんとか」 「はぁぁ……僕の周りには、そんな人ばっかりなんだなあ……」 「会長さんは心が豊かなのですから、いいじゃないですか♪」 「そ、そうかな……」 「まさかお嬢さま自ら足を運んでいただけるなんて……光栄のいたりですわ」 「何を言ってるんですか。他のお店にもちょくちょく足を運んでますよ」 「な、なんと……よろしければ、お届けにあがりますけれども……」 「それでは意味がないのです。自らの足で探検しなければ、真実を突き止めることは出来ません」 「確かに。出前よりも、お店で食べた方がうまいもんね」 「その通りなのです♪ さっすが、会長さん。よくわかってらっしゃいます」 「できたてのホヤホヤが一番だし」 「……わかりました。少々、お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」 「あ、ええ、はい」 「で、こちらはいただいてよろしいのでしょうかね?」 「う……うむぅ……」 「けど、お店としてもこのまま戻すわけにはいかないでしょうから……食べちゃいましょう!」 「もったいないもんね」 というわけで、感謝をしつついただきます。 「美味しいです〜〜」 「ありがとうね、ロロット。なんが僕までご相伴に与っちゃって」 「いえいえ。どれもこれも、お爺さまとお婆さまのおかげですから」 「私はいつも自由にさせていただいて……いつかはお爺さまとお婆さまに恩返しが出来ればいいんですけど」 「なにかプレゼントでもするとか」 「プレゼントですか。ふむふむ……そうですね! 何か考えておきます〜〜」 「お待たせいたしました」 「凄い、湯気が立ってる……」 「今ちょうど、パティシエの手が離せなかったもので……手作りといってはなんですが……」 「もしかして、店長さんの……?」 「はい! だからといって、他のパティシエに腕は劣りません。出来たてですから、お熱いうちにどうぞご賞味下さいませ」 「いただきまーっす!」 「……ぱくっ」 「お、おおおおっ、おおおおおおおおおっ」 「スポンジにじんわりと染みこんだあつあつのチョコレートが、絶品です〜〜」 「出来たてならではの味ですわ♪」 「すみません……わざわざ、こんなことまでしていただいて」 「いえいえ。そうやって喜んでいただけるのが、なによりの幸せですもの」 「やっぱり美味しさは愛情ですね♪」 「いや〜〜。うまかったし、いい息抜きになった」 「ええ、本当ですね! この後のテスト勉強も、なんだか頑張れそうです!」 「あはは、やっぱりケーキのおかげ?」 「それも……あるのですが……」 「会長さんと一緒にいられたおかげだと思います」 「本当はですね、その……どうしても……会長さんに会いたくなってしまって……」 「けど、生徒会活動もないとすると会うきっかけがないですから……」 「そんなことないって! 別に気にしないで、いつでも会いに来ればいいよ」 「いいんですか!?」 「っていうか、いつもロロットが何かしらきっかけを作って誘ってくれてるでしょ」 「そうでしたっけ?」 「今日だってそうだしね。僕もロロットと一緒にいるほうが楽しいし、元気もでるから」 「えと……その。また、行こうね」 「……はい!」 さ〜て、もう一踏ん張りだ。 誰かの視線を感じる。 「ササミ?」 「君はハトじゃなくてニワトリでしょうが」 「こそこそ……」 「ひっ!」 「エミリナ?」 「ひゃあっ。人違いです〜〜っ」 「こそ……こそ……」 「不用意に近づくと、ササミに襲われちゃうよ?」 「ひええええええ!」 エミリナってば、なにやってるんだろ? 「会長さ〜〜ん! 会計さ〜〜ん!」 「やあやあ、ロロちゃん」 「こんにちは、さっちんさん」 「こんにちはー」 「テストはどうだった?」 「ええ! いつもよりかはバッチリでした♪」 「そっかそっか。それは良かった」 「会計さんは、どうでしたか?」 「え? アタシ? ボチボチかな〜」 「そうなのですか。それは良かったですね〜」 「しかし、お小遣いアップはならず……」 「会長さんは――」 「う……ぐす……」 「ちょっとちょっと!! なんで勝手に沈んでるの!!」 「大丈夫よ。特待生も会長職も、安泰だから」 「ということは退学も退職もなく、今まで通り一緒にキラキラの学園生活を送れるというわけですね」 「はぁ……良かったです〜〜♪」 「けど、次はちゃんとしないとなあ……」 「次は、私が目一杯お勉強のお手伝いしちゃいますから♪」 「それもいいけど、自分のことも頑張りなよ」 「ナナカもね」 「ウヒ」 「というか、どうして私には聞かないのかなー?」 「俗に言うお察しだぜ」 「それでですね。テストも終わったことですし、この後、どこかへ出かけませんか?」 「おっ、いいね!」 「いくいくー」 「オッケーだそうです〜〜」 ロロットが手を振る先には、リースリングさんとエミリナがいた。 「みんなはご飯、食べた?」 「食べましたか〜〜?」 二人は首を横に振る。 「そっか。じゃあ、うちに来る?」 「毎度ッ。友達連れてきたよーー」 「あれー? ナナちゃん家、来たことないんだー」 「実家がソバ屋ってことを話したくらいだよね」 「食べ物屋さんは、カレーライスかハンバーグのお店しか探検していなかったもので……」 「くすくす……まるで、子供みたいですよ」 「な!? そんなことはありませ〜〜ん!!」 「好き嫌いはいけませんよ、ロロット」 「むう……今の台詞。しっかり覚えていて下さいね」 「んじゃ、普通に天ざる――」 「あれ……わんこ、そば?」 「わんこそばとは、なんでしょうかね……?」 「ななっ、なんとっ。か、書いてないですっ」 「椀子そばはねー。お椀に入ったお蕎麦のことだよ〜」 「ほほ〜。博識ですね、さっちんさん」 「まんまやん」 「そして、お客様のお椀が空にならないよう、ソバが自動的にリロードされるという、古くから伝わるおもてなしでございます」 「おもてなしですか〜〜」 「ナナカ……椀子そばでも、いい? なんか二人とも興味津々だし」 「ま、まあ……それで、いいなら……」 「天ざるよりリーズナブルだしな」 「うちはそんなにケチじゃないやい!」 というわけで、厨房ではナナカの親父さんが凄い勢いでソバを茹でていた。 「じゃあ、お椀持った?」 「持ちました〜〜」 「じゃあ位置について、よーいどーん」 「なんで競争!?」 「ちゅるちゅるちゅるる〜〜!」 「ごちそうさま〜〜って、あら!?」 「食べきったはずなのに……なぜ、お椀にお蕎麦が!?」 「ふっふーん」 「さすがそば屋の一人娘」 「見事なお手前です」 「ナナちゃんが目にも留まらぬ早業で、みんなのお椀にお代わりのお蕎麦を入れたんだよー」 「そうなんですか〜〜」 「ということは……食べ放題ということですね!」 「ふっふっふ。ニコニコしていられるのは、いつまでかな〜」 「苦しくなるまで食わせちゃる!!」 「望むところです〜♪」 「二人とも、生き生きしてるね〜〜」 「テストが終わったからじゃない?」 「ほい、ほい、ほい!」 目まぐるしいスピードで、ロロットとエミリナは蕎麦を食べていく。 ナナカもテンポ良くお椀に放りこんではいるものの―― 「はぁ……っ。はぁ……っ」 「頑張れ、ナナカー」 「ナナちゃん、パパはまだ諦めてないぞー」 「まだまだ食べられますよ。ねえ、エミリナ」 「はい〜」 「ちょっとアンタ達!! そのちっちゃな体のどこに入ってんのさ!?」 「かれこれ一人当たり100杯以上を食しておりますが――」 「お嬢さま達にとってはオードブルのようなもの!」 「いちいちピストルを構えないで下さい」 「はぁ、はぁ……ダメ……参った……」 「わーーい! 勝ちましたーー」 「けど、ロロット。ご飯はゆっくり噛んで味わうものなのでしょう?」 「あ! そ、そうでした……ということは、私達の負けですね」 「やはり椀子そばではなく、普通のお蕎麦にしましょう」 「まだ食うんかい」 「ありがとうございます、会計さん」 「いいって、いいって。うちでわんこそばなんか頼む人いないから、久々に楽しかったよ」 「ナナカの親父さんもすっごい頑張ってたし」 「二人ともお祭り好きだからねー」 「ほら。じいやも、のびないうちにいただきましょう」 「……頂きます」 「ちゅるちゅるちゅる」 「あ! そうです、エミリナ。ワサビを入れてみてはいかがですか?」 「ワサビ?」 「まさかロロット……」 「好き嫌いが誰にでもあることをしっかり教えてあげるのです。私だって体験した道なのですから!」 「あわわ ええっと、会計さん。ワサビをいただいてもよろしいですか?」 「おうとも、下ろし立て一丁!」 「これをめんつゆにといてから食べるんですよ」 「なるほど……。ドキドキ……ちゅるるっ」 「どうですか?」 「むむっ……なんだか鼻にツーーンと……」 「そうでしょう、そうでしょう。だからといって、好き嫌いは――」 「スキッとしてて、とっても美味しいです!!」 「こんな素敵な食べ物があるのですね!! 教えてくれてありがとうございます!」 「凄いね、エミリナ。ロロちゃんはてんでダメなのに」 「むーーっ。なんだか悔しいですーーっ! 私もワサビを美味しく感じたいのです!」 「無理はしない方がいいと思うよー」 「うっ、ぐぐ……がんばるのです……」 「ちゅるるっ」 「はぐうっ!! 辛いです!!」 「うまいものは、お好みの食べ方が一番だよ」 「ですよねー♪」 「こんなに美味しいのですけれど……ちゅるちゅる」 「あれ? ロロちゃんのめんつゆ、かさが増えてない?」 「あの執事さん、やり手だよー」 「ありがとうございます、じいや♪ では――」 「ちゅるる〜〜」 「って、それでもやっぱり辛いです〜〜」 「ありがとうございました〜〜」 「これで一通りのお店は回りましたね」 「うん。みんな嬉しそうで良かった」 キラフェスでお世話になった商店街の方々に挨拶をして回る。 「次もまた参加されたいと仰っている方が大勢いましたね」 「来年もまた、やれるといいね」 「やりましょうよ!! きっと今回のことで刺激を受けた方が我こそはと立候補してくれるに違いありません」 「その時はさ。ロロットが生徒会長になってリードすればバッチリじゃない?」 「私が会長さんですか……あまり想像がつきません」 「大丈夫だよ。そんなに大変な役職でもないし」 「そうでしょうか? 会長さんを見ていると、やはり選ばれし者が就くお仕事かと思います」 「何事も率先して動けるロロットならきっと出来るさ」 「そうですね、任せて下さい!!」 「って、そう言われると、なんだか照れくさいですね……えへへ♪」 「まあ、まだ先のことだし。ゆっくり考えなよ」 「いざとなったら、会長さんには相談役になってもらいます」 「僕が相談役か……あまり想像つかないなあ」 「くすくす。さっきの私と同じことを言ってますよ」 「ありゃ」 「どうしたんですか、会長さん」 僕とロロットの行く先々で、熱烈な視線を感じていた。 「いや……さっきから誰かに見られているような気がしてね」 「私はずっと会長さんを見ていましたけれど?」 「そ、それはそれで恥ずかしいから勘弁してくれないかい」 わざとそっぽを向いて油断をさせよう。 そして何の前触れもなく振り返る!! 「は!?」 「逃げられた……」 「魚にですか?」 「そんなに大きくないよ。小柄な女の子だね」 「ほほ〜。いわゆる追っかけというやつですか」 「しかもどっかで見たことがあるような、ないような……」 「アイドルからしてみれば、ファンなんてそのようなものらしいですよ」 「ていうかアイドルじゃないし」 「生徒会長って学園のアイドルじゃないんですか?」 「それは去年のことを指して言うんだよ」 「リアちゃんが歌って踊るところを見てみたいぜ……嗚呼」 「しかし、女の子に追っかけられるなんて、会長さんも色男ですね〜〜」 「シン様は色男なんて柄じゃないぜ。強いて言うなら、俺様のことさ」 「モノクロキャラが何言ってんだか」 「まったく物好きな奴もいたもんだぜ」 「ちょっと待って。別に僕を追っかけて来ているとは限らないでしょ」 「じゃあ、パンダさんですか?」 「それもそうですね」 「そわそわ」 「きょろきょろ」 「なんだありゃあ」 「前に商店街で会った女の子だ」 「そいつが、どうしてこんなトコにいやがるんだ?」 「さあ……」 誰かを捜しているみたいだけど、この学園の生徒なのかな。 「ひぇっ!!」 「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」 「ぶるぶる……な、なにか御用ですか……?」 「いや、僕は特に無いんだけど……君は、なにか学園に用があるの?」 「ど、どうしてそう仰るのですかっ」 「見たところ、うちの生徒じゃないみたいだし、その……すごく目立ってるよ?」 「そ、そんな……こっそりひっそりとしていたはずなのに……」 「誰か捜してるの?」 「えっ……ど、どうしてそれがわかるのですか……!」 「なんかそんな風に見えたから」 「あなた……普通の人間じゃありませんね」 「人の心が読める……確か、エスパーという方なのですねっ」 「はわわわ! やっぱり違いましたかっ」 「〈アレ〉《》さえあれば、こんなことにはならなかったのに」 「うう……しかしこれ以上、事を荒立てるわけには参りません」 「僕が知ってる人なら呼んでくるよ?」 「結構ですっ」 「まあまあ、遠慮しないで」 「や、やめてくださいっ」 「な!? なんで逃げるの!?」 細い腕をうっかり掴んでしまった瞬間―― は、羽……? 「い、今のうちにっ」 またしても逃げられてしまった。 「今日はお買い得過ぎたなあ」 「ククク……わざわざタイムセールをつけ狙い、小売店を赤字に陥れようとは悪徳すぎるぜ、魔王様」 「その恩恵に与っている君の台詞かい?」 「あっ、あのっ」 「あ、エミリナ……こんにちは」 「こ、こんにちは。その……会長さん」 君まで、そう呼ぶんだ。 「エミリナもお買い物?」 「いえ……そういうわけでは、ないんですけれども……」 「じゃあ、お散歩とか?」 「散策……でしょうか」 「おかしく、ないんですか?」 「似たようなことが大好きな人を知ってるからね」 「もしかして、ロロットですか?」 「ロロットは好奇心が旺盛ですからね。かつては私に見知ったことを色々教えてくれたりしたんですよ」 「今は違うの?」 「とりつく島もないですから」 「そっか。それで君も負けじと探検をしているわけだ」 「そ、そういう勝負をしているわけじゃないんですけれど……」 「知りたいんです。この世界――この街のことを、もっと」 「ロロットの大好きな、この場所を……もっと知りたいんです」 「君もまだ、こっちに来たばかりなんだよね」 「え、ええ。そうですけれども」 「ロロットが好きなところは沢山あるけど、その一部でよければ紹介するよ?」 「え……いいのですか?」 「まあ商店街で良ければだけど」 「是非ともお願いしますっ」 「ロロットってば、お店のガラス窓に張り付いてさ。顔がこんな感じに潰れちゃってるの」 「そこでロロットが言った台詞。『これがいわゆるウィンドウショッピングですね!!』」 「もう、ロロットったら……」 「それとね。学校の帰りに、ここで肉まんをみんなで一緒に食べたりしたんだ」 「肉まん……ですか?」 そうか。当然、食べたことがないんだよな。 「よ、よーし」 なけなしの100円玉をギュッと握りしめた。 「キムさん、肉まん一つ!」 買ったそれを半分に分けて渡す。 「いいのですか?」 「いいっていいって。僕もちょうど食べたかったし」 「じゃあ冷めないうちに、いただきま〜っす」 「はむ……」 「この肉まん。ロロットも食べていたんですよね……」 「もちろん、そうだよ」 「これで私も、少しはロロットの言う楽しさを知ることができたでしょうか……?」 「そんな難しいことを考えてないでさ。熱いうちに食べちゃいなよ。その方がうまいからさ」 「ロロットは食いしん坊だからね。満面の笑みを浮かべてご飯にありつく」 「当然、その時は頭の中を空っぽにして、味覚に神経を集中させるんだ」 「そして一言。『うまい!』」 「も、もしかしてさ。お肉は嫌いだった?」 「あ、いえ。なにやらお腹の方が満たされて、幸せな気分になります」 「これがロロットの言っていた『美味しい』ということなのですね」 「その通りっ」 なんとか喜んでもらえたようだ。 「ロロットはこうして、皆さんと日々を睦まじく過ごしていたのですね」 「そこまで大袈裟に言うほどじゃないと思うけど」 「本当に、楽しそう」 「それなのに私は、ロロットの話なんか聞きもしないで……」 「エミリナ……?」 せっかく肉まんをご馳走したというのに、暗く沈んで俯いてしまう。 「ロロットと何があったのか、よくはわからないけど……君たちは、友達なんだよね?」 「だったら、一緒に仲良く楽しく過ごした方がいいと思うよ」 「君はそうする為に、ロロットの元へ来たんじゃないのかい?」 「そうしたいから、ロロットの大好きなものを知ろうとしてるんじゃないの?」 「わかりません。けど、そうすることで、少しでもロロットが私を許してくれるのなら……」 「許す余地があるなら、私を避けたりなんか……しません、よね……」 「エミリナ……」 「今日はありがとうございました。肉まん、美味しかったです」 「それでは、さようなら」 弱々しい面影を残したまま、再び街の中へと消えてゆく。 「エミリナーー!!」 「何か力になれることがあったら、気軽に言ってね!」 「じゃあ、気をつけて! バイバイ!」 これで少しでも元気になってくれれば幸いだ。 なんだか照れくさかったけど、すぐにエミリナの方から顔を背けた。 「面倒見がよろしいのですね。お嬢さまが信頼を寄せるのもわかる気がいたします」 「任務遂行中ですので、失礼いたします」 「あ、ちょっと!!」 ロロットもいないのに、なんでリースリングさんが……? 「ありがとうございます、アゼルさん!」 「何の用だ?」 「実はですね。大変なお知らせがあるのですよ」 「あー!! どうせ大したことないとか思ってるんでしょう!! いつもはそうかもしれないですけど、今日ばっかりは桁違いなんですから!!」 「なんなのだ」 「実はですね……。エミリナと会いました」 「〈同胞〉《はらから》か」 「はい、私の幼馴染みです。今日、その姿を見かけました」 「噂によると、少し前から人間界に来ていて、ずっと私のことを捜していたそうなんです」 「エミリナは人間界へ向かうのを頑なに拒んでいました。それなのに、どうしてだと思います?」 「なにかしら理由があるはずなのですよっ。だって……アゼルさんも、わかっているのでしょう?」 「霊質から物質に移ろう危険性」 「それによって、なにかしら体に悪い影響があるかもしれないんですよね」 「それはお前も承知の上だろう?」 「もちろんですっ。そんなことは十も百も承知です」 「だったらエミリナを連れて、共に帰れ」 「どうしてまた、そういうことを言うんですかっ」 「霊質ではなくなることで、二度と天に還ることができなくなる」 「それでもいいのか?」 「そんなことは……わかっています」 「霊が血と成り、肉と成り。お前はこの世に、その骨を埋めるのか」 「ここに来た時から、その覚悟はできています。けど、エミリナは……」 「エミリナも同様に、その覚悟を決めたということだ」 「そんなこと……!?」 「だが、お前の目的とは違う。見聞を広めるよりも、執拗にお前を捜し続けている」 「己の身を顧みず、人間界へ足を踏み入れた。その理由など、言わずともわかるだろう」 「もしかして、エミリナは私の為に……?」 「そこまで諭しておきながら、それはないじゃないですかー!!」 「ちょっと待って下さいってば〜〜っ」 「すみません、会長さん。今日なのですが、少し早めにあがってもよろしいでしょうか……?」 「ん、別に構わないけど。何か用事?」 「えっ!! な、なんでそれを!?」 「あ、いや、普通にそう思っただけだけど」 「かっ、会長さんはエスパーですか!? なんと恐ろしい方!」 用もないのに休むとは思えないしなあ。 「そういうわけで、今日はすみません」 「いいよ。気にしないで」 「会長さんは私の用事を気にしているようですが……」 「そりゃ、まあ、ねえ」 ロロットのことだし。 「予め言っておきますけど、変なことをするわけじゃありませんからね!」 そんな風に念を押されると余計気になっちゃうなあ。 活動を終え、商店街のタイムセールを狙いに向かう。 「こっそり、こそこそ」 あれ? ロロットじゃないか。 「おーい、ロロ――」 行く先を誰かの影に阻まれた。 「リースリングさん!?」 「見つかってしまいましたか」 「わざと邪魔しませんでした?」 「誠に申し訳ありませんが、お嬢さまは別の任務を遂行中でございます」 「任務?」 「極秘任務でございます」 スパイごっこにでもはまっちゃったのかな? 「心が読めるのですかっ」 「心を見透かされるようでは、拷問に耐えきることができませんよ?」 どんな拷問ですか。 「なにかお嬢さまにご入り用であれば、このリースリング遠山めになんなりとお申しつけ下さい」 「例えば魔族が現れたので助けて下さいとか?」 「おやすい御用です。お嬢さまもきっとお喜びになるでしょう」 リースリングさんが仲間になった! 「では、任務に戻りますので。失礼いたします」 「頑張って下さいね〜」 さて、僕はタイムセールに…… 「こ、こんにちは! 会長さんっ」 「やあ、エミリナ。今からタイムセールに行くんだけど、一緒にどう?」 「人間の方達は、こうして栄養分を摂取されているのですね」 「まあね」 正確には、人間ではないかもしれないけど。 「さっきから誰かの視線を感じるんだけど……エミリナは?」 「会長さんの視線くらいですけど」 「そ、そんなに見つめた……?」 「会長さんったら、エミリナとあんなにくっついて……ニヤニヤしすぎですっ」 「あわわわわっ」 あれってロロットじゃないか。 前にエミリナがやっていたことと同じだけど、立場が逆転してる? 「さっきね。ロロットが――」 なにかが頬をかすめていった。 これはまさか、リースリングさんから『言ったら当てる』のメッセージ!? 「ロロットがどうしたんですか!?」 「ロロットが……ロロットる」 「会長さん。もしかしてロロットのことが好きなんですか?」 「もちろん、私も好きですよ♡」 「けど、好きな人と言葉を交わせないのが、こんなに辛いだなんて初めて知りました」 「う、うん……そうだよね」 「ロロットと早くおしゃべりがしたいです……」 「早く仲直りできると、いいね」 「……はいっ!」 「エミリナ……そんなに私と……」 「それなのに、私は……」 「あの……会長さん」 「ん? どうしたの」 「えっと、今日なのですが……早めにあがってもよろしいでしょうか?」 「うん。別に構わないよ」 「最終的に終わればオッケ!!」 「ナナカさんは、夏休みの最終日に宿題をやる派ね」 「ぎくっ! なぜ、わかったっ」 「わかるわよ、それくらい」 「さては同志!?」 「一緒にしないで!!」 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。では、さようなら」 「うん。また明日っ。バイバイ、ロロット!」 「ロロットちゃん。何かあったのかな?」 「ちょっと、元気なかったですよね」 「無駄に元気な挨拶は、逆効果だったかなあ〜」 「ううん。そんなことないと思うよ」 「少しは力になれればいいんですけど」 「ロロットちゃん。いつも積極的だからね。こうも消極的だとこっちが調子狂っちゃう」 「ええ。だから、ロロットが話したくなるまで、待とうかなって」 「へえ〜〜。シン君って大人」 「そ、そんなことないです。って、子供扱いしないでくださいっ」 「違うよ、シン君。そんなつもりで言ったわけじゃ――」 なんだろう。嫌な予感がする……。 「はぁっ、はぁっ、エミリナは……エミリナは……っ」 「やっぱり、いるはずないですよね……」 「あれだけひどいことをしてしまったんですもの……当然、ですよね……」 「エミリナに……謝りたい……そして――」 「おい、てめえ」 「あ、あなたは!?」 「この前の借りを返しに来たぜ」 「ええっと……どなたでしたっけ?」 「そうしてまた俺を油断させるつもりだな? だが、そうはいかん!」 「すみませんが、今はあなたの相手をしている暇はないのです」 「おおっと。まさか逃げるつもりじゃねえだろうな」 「違います! 私には大切な用事があるのです」 「だったら俺を倒してから行け!」 「……ぷいっ」 「俺を……無視しただと?」 「七大魔将として恐れられている、怒号のアーディンを無視しやがったな!?」 「お前は俺を怒らせた。すぐ後悔することになるぜ! 素直に戦っとけば良かったってな!」 「ひっ……!?」 「きゃああっ!」 「ちっ、はずしたか」 「はぁ……っ、はぁ……っ。間に合った……」 「エミリナ!!」 「大丈夫ですか? ケガはありませんか?」 「え、ええ。私は平気です……けど――」 「お嬢さま方の安全は、このリースリング遠山めにお任せを」 「ピストルだと? んなもん、効かねえなあ。俺を誰だと思っていやがる。恐怖の七大魔将――」 「じいや、いつものを!」 「クッ、RPGでは学園に損傷が……!」 「……わかりました。ここは私に任せて下さい!」 「だ、大丈夫です。私に、任せて下さい」 「おい、こら! 人様の自己紹介はちゃんと聞きやがれ!」 「え、エミリナは……」 「エミリナは、私が守るのです!!」 「ふっふっふ、やっとその気になったか」 「ぐわはは。嬉しいぜ……無抵抗な相手より、ちょっとくらい足掻いてもらわねえとな」 「その方が倒した時に清々するってもんよ!」 「お嬢さま……援護いたします」 「お願いします、じいや!」 「ふんっ!」 「なんだよ、もうビビッってんのか?」 「つ……強い……ただ威嚇されただけなのに……体が、動きません……っ」 「確か他にも仲間がいたよなあ。そいつらの相手もしなくちゃならねえってことは――」 「さっさと終わりにした方がいいな」 「くっ!!」 「あばよ!」 「……会長さんっ!」 「……う……うぅ……?」 「ふぅ……ギリギリセーフっと」 「か……会長さん!?」 「予感が的中。ケガはない?」 「エミリナは?」 「だ、大丈夫です!」 「お見事でした、リースリングさん」 アーディンの足の小指に銃弾がめり込んでいた。 さすがに強靱な肉体でも、ここは痛い。おかげでアーディンの攻撃も和らいだ。 「来やがったな」 「そっちこそ性懲りもなく……またやられに来たのかっ」 「馬鹿野郎! 前のは油断しただけだ! 今回の俺に微塵も隙はねえ」 「チャック開いてる」 「嘘ぉ!?」 「嘘に決まってるじゃない」 「あああ、開いてやがる!」 「本当だったんだ」 「チャックも閉めたし……よし! これで、俺に微塵も隙はねえ」 「ロロット。戦える?」 「一緒に守ろう。エミリナを!」 「これでどうだっ!?」 「まだまだぁ!」 「しつこいですね!」 「……! 学園を背にすれば……!」 リースリングさんは素早くロケットランチャーを取り出してアーディンに向けた。 「うおおおおおおおお〜〜〜〜」 ロケットはアーディンを引き連れたまま、空へと消えていく。 そして夕焼けの空に、流れ星がまた一つ。 「……! エミリナっ、エミリナは……!?」 「大丈夫だよ。ほら……」 「良かった……エミリナ……」 「ロロットが……守ってくれたから……」 「いいえ! 私こそエミリナに助けてもらいました……」 「エミリナは私のことを、ずっと見守っていてくれました。それなのに……それなのに、私は……」 「え、えっと……その……あの……」 やれやれ……絶好のチャンスだというのに、二人とも不器用なんだから。 僕はロロットの肩に、無言で手を置いた。 そして強く頷き、彼女を促す。 今までずっと、伝えたいのに伝えることのできなかった言葉を、勇気を出して伝えなきゃって。 「え、えっと……エミリナ……その……」 「ご、ごめんなさい!」 「エミリナの気も知らないで、私……ずっとエミリナにひどいことをしていました……本当に、ごめんなさい」 「ごめん、なさい……ひっく……ご、ごめんなさい……うう……」 「今までずっと、一人ぼっちにして……ごめんなさいっ。寂しくさせて……ごめんなさいっ……うっ、ぐすっ」 「な、泣かないで、ロロットっ。わ、私……」 「ロロット……ロロット……うう、ぐすっ、うう……私こそ……ひっく、ごめんなさいっ」 「ごめんなさい、ごめんなさいっ、うう、ぐすっ……うわああああああ」 「ずっと、ずっとロロットとお喋りしたかった……っ、うっ……ひぐっ、わあああああっ」 「あらあら……」 「まったく……子供みたい……ぐすっ」 「ま、これにて一件落着ってね」 「ほらほら。せっかく仲直りしたんだから、二人とも泣きやんで」 二人の背中をさすってなだめる。 「う……ひっく、ありがとうございます……会長さん……ずずっ」 「ぐす……ずず……」 二人して鼻をすする。そして顔を見合わせると―― 「……ぷっ、くすくす! エミリナ、凄いお顔ですっ」 「ロロットだって……うふふっ、くすくすっ」 笑い合った。 「くすくす……っ、ふぅ……はぁぁ……泣いたり笑ったりしたら、疲れちゃいました♡」 「うふふっ、もう……ロロットったら」 「……。私が意固地なばっかりに……ずっとエミリナを一人にして、ごめんなさい」 「いいんですよ、もう。それに……私は一人ぼっちじゃありませんでしたし」 「じいやさんが、ずっと私の側にいらっしゃいましたもの」 「エミリナ……知っていたんですか!?」 「ええ、もちろん♪」 「そんな……じいやの尾行が気づかれるなんて……」 「さすがはお嬢さまの親友であらせられます」 「くすくす……違うんですよ」 「エミリナ様。お嬢さまはずっとあなたのことを気にかけていらっしゃいますよ」 「……エミリナ様。それはくれぐれもお話にならぬよう念を押したはずですが……」 「だって、じいやさんの株を下げるわけには、参りませんもの♡」 「それでは、失礼いたします」 「こ、こらっーー! じいやーーっ!」 「もう……っ。じいやったら……」 「やっぱりロロットは優しいです。昔から変わっていませんね」 「えへへ……」 「けど、昔よりも立派に、大きくなった気がします」 「それはもちろん! この人間界でたーっくさんのことを体験していますからね!」 「わ! ロロット! シーーッ!」 「ふぇ?」 仲良きことは美しきかな。 「人間界に来てから、およそ1ヶ月が過ぎました――」 「ねえ、ロロット。天界と違って、人間界は時間の進みが早く感じられますね」 「実際、違うみたいですよ。ほら、エミリナが前に言っていたじゃありませんか」 「そうですね。ロロットが人間界へ向かってから、おおよそ1週間くらいだと思っていたのですが……」 「人間界では10ヶ月以上も進んでいた、ということになりますからね」 「しかし、それではあまりにも忙しすぎると思いませんか?」 「そんなことはありません! 忙しい毎日の方が充実していますもの!」 「そう……ですか……」 「ごめんごめん。お待たせ〜っ」 「お待ちしてました〜〜♪」 「じゃあ、公園でいいかな?」 「ロロットは最近、事ある毎に会長さんのお家へ入り浸りです」 「そのときに見つけた望遠鏡というもので、今日は遊んでみるとか……」 「それで、それで! この望遠鏡をどのようにして使うのですかっ?」 「慌てない、慌てないの」 「会長さんのお家は、本当に宝の山ですね」 「ただのガラクタだぜ」 「夢が詰まってるものは、なにがなんでもトレジャーなのです。綿しか詰まっていないパンダさんにはわかりませんね」 「うるせー! 愛が詰まってんだよ!!」 「んっと……こんなもんかな。はい、どうぞ。片目を瞑って覗いてみて」 「んん〜〜」 「な、なんとーーっ!!」 「エミリナっ、エミリナっ。これは……凄いですっ、早くこちらへ!!」 「エミリナったら!!」 「えっ、あ! は、はい〜〜っ」 「そこは、いつもよりも大きく鮮明に流れ星が映し出されていました」 「天界では絶対に見ることができない空が、そこにはありました」 「今年はたくさん降ってるからね……よく見えるでしょ」 「天か――じゃなくて、私達の生まれ故郷からは、見えませんものね」 「そうなんだ。全国どこでも見られると思ってたけど」 「空が……真っ白なんです」 「果てしなく白い空……青空も雲も夜空も星も、何もないのです」 「え、エミリナっ」 「人や季節の移ろいもない世界なのです」 「それに比べて、この人間か――」 「むぐぐぐぐぐっ」 「と、とにかくっ 元々の生活に比べれば、今の生活はとても楽しくて素敵です、と言いたかったんですよね、エミリナは」 「むぐぐーー」 「けどですね。エミリナは一つ勘違いをしていますよ」 「もが……?」 「私がこうやって色々なことを経験できているのは、〈人間界〉《ここ》だから……という理由だけではありません」 「この地で出会った人々。流星学園の方達、生徒会の方々。そして――」 「会長さんがいてくれたからなんですよ」 「皆さんがいらっしゃらなかったら……故郷と同じままだったかもしれません」 「だからこそ、皆さんにこうして出会えたことを、心から嬉しく思っています」 「そして、これからも皆さんと一緒に楽しく過ごせたらいいなあと」 「もちろん! エミリナもその中に含まれているんですよ」 「まずは聖夜祭ですね!! そして聖夜祭が終わったら――」 「冬休みとか新年のお祝いとか。まだまだ楽しそうなことが目白押しだね」 「うう〜〜ん♡ 今からとっても楽しみなのです〜〜」 「そういえば、会長さん! 流れ星には、素敵な曰くが付いているとか」 「曰くと言うか逸話と言うか。流れ星が輝いている間に、お願い事を3回唱えると、その願いが叶うというやつだね」 「おお! 早速やってみましょう!」 「じゃあ僕もっ」 「ほら、エミリナも一緒にやりましょうっ」 「間に合いましたか!?」 「オロオロ。ど、どの流れ星でしょう?」 「これだけ降ってるし、どれかはうまくいったんじゃないかな」 「うふふ。それならバッチリです。お二人は、どんなお願いをしましたか?」 「え!? えと、そ、それは……その……」 「私……は……」 「どうしたんですかっ。お二人ともハッキリしてませんね」 「家内安全、健康第一ってね。あはははははは」 「そ、そういうロロットは、どんなお願いをしたのですか?」 「それはもちろん――」 「これからもずっと、皆さんと一緒にいられますように」 「おい、こら! また記録が消えてるじゃねーか!!」 「電池きれてるんだから、バッテリーバックアップのゲームはやっちゃダメだって」 「ああ、またヨウチエンからか……やってらんね〜」 「このゲームでも一緒にやろうよ。ほら、おもしろRPG」 「パスワードなんかいちいち覚えてられねーぜ!!」 「ちゃんと呪文ノートがあるから大丈夫」 「ちっ……しょうがねえな」 文句を言われながらも協力プレイ。 「パッキー! アイテム、ちゃんと分けようよ!!」 「アタァアーー!!」 「あ、誰か来た」 「ほっとけ、魔王様!! 一気にボス倒しちまおうぜ!?」 「タイムタイム」 「ひえっ!!」 「おや、エミリナ」 「こ、こんばんわ……」 「ん? ん? んん?」 「あ、あのっ!! そ、そのっ!!」 「え……ええっと。その、誠に……残念ですけれど、ロロットは……えと、いません!!」 「ってことは、エミリナ一人?」 あれ、この音は……。 リースリングさんが、ここまで送ってくれたのか。 「そっか、そっか。どうしたの?」 「誠に申し訳ないのですが、お時間いただいても……よろしいでしょうか?」 「長く……なりそう?」 「……こく」 「じゃあ、入って入って。寒いでしょ」 「なんだ、天使弐号機か」 「お茶入れてくるから僕の代わりをお願い、エミリナ」 「おい、負けたらどーすんだよ!!」 「そしたらやり直せばいいさ」 しかし、エミリナだけで来るなんてなあ……。 残されたロロットは今頃何をしてるんだろう。 探検でもしてるのかな? いいや、きっと遊び疲れて寝ちゃってるんだろうな。 ここのところは、僕と一緒にあっち行ったりこっち行ったりしてるしな。 聖夜祭もあるし。 ロロットと過ごす聖夜祭か〜〜。 うん、楽しみだ。 って……。 失礼だな……エミリナが来ているのに、ロロットのことばっかり考えて。 けど、エミリナ……こんな時間にわざわざ来るなんて、どうしたというのだろう。 オドオドしているのはいつものことだけど、今日は違った気迫が感じられる。 「こ、こんな感じでしょうか」 「おうおう! よっしゃあ、キックは任せとけ」 「では、パンチで参りますね」 「よろしく頼むぜ!!」 「ボスは倒せたかい?」 「ああ、すんげえ楽勝。この天使弐号機は役割分担ってのがちゃんとわかっていやがる」 「今まで苦労してたのが馬鹿みたいだぜ。つーわけで、シン様との共闘はもうできねえ」 「シン様とは対戦ゲームしかやらないことにするわ」 「くっ、使い魔のくせに非協力的な……」 「あ、あの……パンダさん。そろそろ終わりにしてもよろしいですか?」 「おう! しっかりパスワードメモっといてくれよな」 「パスワード?」 「また次遊ぶ為に必要な『約束の言葉』みたいなもんさ」 「また……次に……ですか……」 「どうした、天使?」 「……はい、そうなんです」 「私……実は、天使なのです!!」 「……で?」 「なっ……!」 「なんなんですか!! そのっ、天使なんですよ!? 少しは驚いたりするとか、怖がるとか……ないんですか!?」 「驚く?」 「怖がる?」 「ないないない!」 「何を今更って感じだぜ」 「ということは、ロロットのことも……」 「やっぱり、天使……なんだよね?」 「なんか突っ込んだらまずいかなって空気があったからなんだけど、本当に天使だったんだ」 「まあ、それを知ったところで今までと何も変わらないんだろうけど」 「いいえ。話す相手が会長さんで、ホッとしました」 「そっか……お茶どうぞ」 「はい……いただきます」 そっと一口つけてから、エミリナが真剣な面持ちで見つめてきた。 「けど、ここは人間界。世界や生きる者達が時と共に移ろう空間なのです」 「私達の故郷である天界とは違い、きちんと変わっていくのですよ」 「天界って、どんなところなの?」 「天界とは、霊質の高い生物しか住むことができない世界なんです」 「霊質……?」 「天使の使う力は霊術……いわば霊の力だな。体を構成してる比重のほとんどが霊力の場合、その存在を霊質と言うのさ」 「代わりに物質界――人間界や魔界で生きる者達は物質と呼ばれています」 「とすると魔族も物質というわけだね」 「ええ……稀に、霊質を持ち合わせている魔族もいるにはいるそうですが」 「物質の者は天界へ立ち入ることはできません。ですが、霊質の者は物質界へ立ち入ることが出来るのです」 「ロロットや、エミリナのように?」 「はい。ですが……」 「霊質が物質界に降り立つと、体は次第に物質へと変化をしていくのです」 「天使がまあ……人間みたいになっちまうってことだな」 「ってことは……ロロットやエミリナが、人間になってしまうってこと!?」 「会長さん、落ち着いて下さい。完全な物質化には相当な年月をかけなければなりません」 「だから、物質に推移してしまうことは、最たる問題にはならないのです」 「じゃあ、他に何が問題だって言うんだ?」 「天使が無断で物質界へ向かうことは、禁じられています」 「ロロットは無断で?」 「相変わらず無茶をする奴だぜ……」 「けど、どうして禁じられてるの?」 「私達天使は、物質に変わることを悪影響として捉えています」 「天使によっては物質界の環境に適応できず、体調を崩してしまう者もいるそうなのです」 「な、なんだって……?」 「最終的に故郷へ戻ることが出来なくなるはおろか、命の危機に至ることもあるのです!」 「そ、それは……ロロットの身が危ないという……ことなのかい?」 「それは、わかりません……ただ、可能性はあると、だけ……」 「問題は……それだけに限りません」 「ま、まだあるのかいっ」 「流れ星の異変――リ・クリエが起因していることはご存じですか?」 「リ・クリエだって……!?」 「……天界でも共通した呼び方なんだな」 「天界では流れ星を確認することが出来ません……しかし、人間界で調査をしている天使から、今回のリ・クリエについて連絡がありました」 「リ・クリエの力が波紋となり、人間界にいる天使達にどんな影響を及ぼすかもわかりません」 「だから、取り返しが付かなくなる前に、リ・クリエの余波が少ないであろう天界へ……一刻も早く戻らなければ……」 「そうしなければ……ロロットは……ロロットは……」 「ロロットだけじゃない! 君だって同じじゃないかっ」 「だけど……こうなることをロロットは知らなかったのです。だから、それを伝えに――」 「……君が、ロロットを置いて……先に帰ることは、ないだろうしね」 「今回のリ・クリエは、過去最大みたいなんだ。流れ星がこんなにたくさん降るのは、未だかつて無いことだってヘレナさんが――」 「……!? ちょっと待ってくれ」 「過去に一度も……。いいや、一度だけ……」 「俺様がまだ……ぬいぐるみじゃなかった頃に、一度だけ……」 「そうだ! 思い出した! こいつはまるで、初めてリ・クリエが起きた時みてーだ!!」 「なんてこった、あのときと同じ規模ってことか……」 「それってどれくらい?」 「言葉では語り尽くせねえが、尋常でない影響力があったことだけは確かだ」 「クソッ! 俺様がこんな姿でさえいなければ……」 「パンダさん……あなたは……一体……」 「ま、まあ、パッキーのことはいいんだ。とにかく天使が人間界にいては危険だ、と。そういうことだね?」 「それで、エミリナは……僕に、どうして欲しいのかな?」 「それを話す為だけに、来たわけじゃない……よね?」 「え……えと……あの……」 「ごめんごめんっ 困らせるつもりはなかったんだけど……」 「しっかりしやがれ、エミリナ。てめーは、その為に来たんだろうが」 「……わかりましたっ」 「ロロットに。天界へ戻るよう、説得して下さい!!」 「説得、か……」 「きっと会長さんなら……会長さんの言うことなら、ロロットは聞いてくれるはずですから……」 「てことは、エミリナも試してみたんだね?」 「は、はいっ。で、ですが……」 「説得しても、私ではダメなんです……。ロロットの笑顔に吸い込まれてしまうのです」 「……ロロットに天界へ戻ろうと伝えても……」 「ロロットは拒みもせず、代わりに人間界の楽しいことや素晴らしいことを私に教えてくれるのです」 「こんなにも素敵な世界から……逃れる必要はありませんって、私に示唆するために……」 「もし、リ・クリエが過ぎたらまた、人間界へ来られるの?」 「さきほど話した通り……人間界へ来ることは天使の間では禁忌に触れることなのです……」 「だから……人間界に再び来られるかどうかの保証は……何もありません……」 「ロロットもそれをわかっているはず……ですから、天界へ戻ろうなんてこと……絶対に、思わないはずです……」 「けど、天界に戻らなければ!! ロロットが……ロロットが……」 「私は……どうすれば……。どうすれば……ロロットは……」 「私は……弱虫です……結局、一人では……何も、出来ない……」 「一人で何でも出来る人なんて、いやしないさ」 「行こう、一緒に」 「ロロットを説得しに行こう!!」 「ん、こんな時間に……?」 「は〜〜い!」 「会長さん!!」 「えっ、ロロット!?」 「エミリナが、こちらにお邪魔をしていると――」 「あ、エミリナ!!」 「こんな夜中に一人でお出かけなんかして……心配したじゃないですか〜〜!」 「ご、ごめんなさい、ロロット……」 「まったく……私が寝ている間に、抜け駆けなんて、ずるいです!!」 「あはは、やっぱりそうだったんだ」 「それでは皆様。後はごゆっくりと」 「じっ、じいやさん!?」 な、なんという手練れ。 かく言うリースリングさんは、どう思っているのだろう。 けど、こうやって機会を作ってくれたということは。 リースリングさんもまた、ロロットの身を案じているのか……。 そりゃあ、そうだよね。 別に、亡くなるわけじゃ、ないんだもの。 居なくなる、だけなんだから。 「ロロット。ちょっと、散歩でもしようか」 「今日もザーザー降りですねーー♪」 「雨じゃないんだから、その表現はどうかと思うよ」 「この流れ星は、どうしてリ・クリエが近づくと増えるんでしょうかね」 「大災害の予兆……みたいなものかなあ?」 「きちんと理論的に、かつ論理的にですよ」 「それだったら、リ・クリエだって……理論的に説明がつくものじゃないと思うな」 「最近思うのですが……」 「このリ・クリエにも大切な意味があるのではないでしょうか?」 「リ・クリエの意味……」 「その答えがなんなのかは……全然わからないんですけれど」 「リ・クリエの意味か……。考えたこともなかったなあ」 「リ・クリエは一過性。過ぎてしまえば、事なきを得る……と、私は教えられてきました」 そんな話は聞いたことがない。 ということは、天使の中ではそのように伝えられているのだろうか……。 「けれども、それが正しいとは限らない。自分の目に見えるものだけが全てではないのですから」 「僕達はただ、リ・クリエがこういうものだからと、簡単にそれを受け入れて。それが何を意味するのかも、気にしてないで……」 「けど、今はもう……気になっていませんか? リ・クリエの秘密」 「う、うん。ロロットに言われたから……だけど……」 「初めて私が……会長さんのお役に立てたような気がします♪」 「これは今までずっと、会長さんが私にしてきてくれたこと、そのものなのですよ」 僕はずっとロロットと過ごしてきて。 ロロットに巻き込まれる毎日が楽しくて。 でも、同じようにロロットも僕といるのが楽しくて。 そして、どんどん大きくなっていったんだ。 「ロロット……なんだか凄く立派になった」 「えへへ……そうですか?」 「どれもこれも会長さんがいろいろなことを教えてくれたからですよ」 自然と出るその言葉が……胸に響く。 「これからは、会長さんに教えられるだけじゃなくて、私からも教えてあげられるようになりたいです」 未来を語り合うことが……素直にできない。 「あ、あのね。ロロット」 「はい。なんでしょう」 「エミリナから……聞いたんだ。その――」 「天界へ戻るということ、ですか?」 「知って、たんだ……」 「今日は二人でそのことを……話していたんですね?」 「いくら私でも、エミリナのことを観察していればすぐにわかりますよ」 「エミリナ……人間界は面白くありませんか?」 「ち、違うのです!! そ、そういうわけでは……」 「だったらいいではありませんか! このまま一緒にずっと――」 「エミリナはロロットの身を案じて言っていたんだよ」 「……物質化の、ことですか?」 「エミリナ。そこまで話したということは、もう……」 「……ええ」 「体に悪影響が出る可能性は、元々承知のうえ。それぐらいの覚悟は持ってきたつもりです」 「それに幸い……私に異常は出ておりません。体の不自由もありませんし、体調を崩したこともありません」 「それは一緒に過ごしている会長さんが、一番知っているはずですよ」 「だから心配することはありません」 「けど……けど、ずっとここにいたらもう……天界には……」 「それも覚悟のうえです」 「けど……今度のリ・クリエは……台風みたいな、ものじゃ……済まないんだよ……」 「過去最大級に匹敵する……。それによって、ロロットの体にどんな影響が及ぶか……本当に、わからないんだ……」 「俺様がまだ、ぬいぐるみじゃなかった時のことさ。同規模のリ・クリエがあった時――それはもう、ひどかった」 「それこそ世界の破滅を予感させるような大災害。それに乗じて乱れ、混沌に陥る世界」 「その中で天使は……どうなってたか……思い出したくも――」 「パンダさん」 「んあっ?」 「天使だけでなく、他の方々はどうなったのですか?」 「人間界から身を退いて、私達だけが助かったとしましょう」 「けれど、人間界に残された皆さんは、どうなるのですか?」 「そ、そいつは……」 「正直言って……わからない。けど、僕達は……僕達でなんとかする。だから、ロロットは――」 「私だって……」 「私だって!!」 「クルセイダースの一人なんですよ!?」 「そんなことはわかってるっ。けど……けどっ……」 「どうしてわかってくれないのですか、会長さん!!」 「どんな理由をつけても、私は天界へ戻りたくないのですよ!!」 「天界へ戻れば、身の安全が保証されるかもしれません。けど、私にとってはそんなことよりも――」 「会長さんと一緒にいたいのです!!」 「ロロット……!」 「天界へ戻ったら、会長さんと一緒にいられなくなるじゃないですか!! だから……」 「だから……どんな言い訳をしてでも……私は……人間界に……残り……っ、残りたい……」 「ロロット……お願い……私と一緒に天界へ帰りましょう……」 「霊質でなくなった天使は……とても非力です……リ・クリエの影響で、全てを失う」 「だったらまだ……いずれまた、人間界へ来られる可能性を残しておきましょう!!」 「そうすればまた……会長さんに会える日が――」 「可能性、か……」 「理論的にも、論理的にも説明できない現象を前にして。可能性なんて言葉……何の役にも立たないよ」 「けど、それにすがるのは……別に自由だと思うんだ」 「ごめんよ……エミリナ」 「僕も……やっぱりロロットと同じ気持ちなんだ」 「そしてもう、本当は片時も離れたくなくって……ああ……。なんで最初から、言わなかったんだろう」 「ロロットの身になにかあったら――」 「僕が守ればいいんだって!!」 「エミリナ……君の大切な友達を……僕が守る。守れる確証なんてない……けれども――」 「みんなが幸せになれる可能性があるなら、それに託したい」 「そんな可能性……」 「それが……あったりするんだよ。とっておきの切り札が、ね」 「ロロット……本当に、体は大丈夫なんだね?」 「会長さん。この羽が見えますか?」 「人間界に来てから1年くらい経ちますが、未だ霊質の状態を維持できています」 「その証が天使の羽――今までずっと内緒でしたけど、実は私……天使なのです」 「うん。知ってた」 「エミリナに聞いたんですものね……」 いや、その前から知ってはいたが。 「それでね。信じてもらえるか、わからないけど……」 「僕もさ。実は魔王なんだ」 「魔王……魔王……魔族の王様ですか?」 「そうだよ。僕は人間じゃない。魔族なんだ。しかも魔王」 「ま、まおっ!?」 「ムギュ!!」 やっぱり倒れたか。 「ロロットは平気?」 「は、はいっ。ちょっとフラ〜ってしちゃいましたが……」 「ごめん。今までずっと内緒にしてて」 「いいのですよ。お互いに……事情があるわけですから」 「うん……最初は、どう思われるかが怖くてね。言い出せなかった」 「けど、今はこの魔王の力が……心強く感じるんだ。ロロットのことを守れるのなら」 「リ・クリエを、もしかしたらなんとかできるかもしれないから。そうしたら、もう打ち明けちゃってもいいのかなって!」 「魔王と天使がこうして出会った。それはただの偶然なのかもしれない 「けど、リ・クリエの存在と同じように、きっと意味があるはずなんだ」 「僕はその可能性を信じたい。ロロット……魔王の僕を信じてくれるかな……?」 「魔王であろうがなかろうが……会長さんは、会長さんです」 「ところで、これからは魔王さん……とお呼びした方がよろしいですか?」 「ああ、いや。普通でいいよ」 「そうしたら、さっき話した方向でいいかな?」 「いいですとも!」 「じゃあ、行こう!」 「お帰りなさいませ、お嬢さま」 「お、おかえりなさい……」 「エミリナ……ロロットが天界へ戻る話だけど……」 「本当にゴメン!!」 「ごめんなさい、エミリナ。けれど、やっぱり……天界へ戻るわけには参りません」 「みんなでリ・クリエをなんとかしたいんだ。だから……」 「だから、エミリナ……お願い」 「……いいのです。もう、なんとなく……わかっていたことですから」 「天界にいた頃。ロロットは、とってもわがままだったんですよ」 「な……!!」 「自分が楽しいと思うことしかやろうとしなかったんです」 「え、エミリナっ。どうしていきなりそんなことをっ」 「人間界に来たのもですね。美味しいものとは何なのか、知りたい一心だったんですから」 「や、やめてくださいっ。会長さんの前で……まるで食いしん坊みたいな言い方! 恥ずかしいじゃないですかっ」 「うふふ。でも、本当のことですよね?」 「そ、そうかもですけど…… そ、それだけじゃありませんっ」 「あの時に比べてロロット……」 「見違えるほど、大きくなりましたね」 「あの時のあなただったら、リ・クリエをどうにかしようなんて、きっと思わなかったでしょうから」 「そ、そんなことありませんよぅ」 「そう思いませんか? じいやさん」 「……お答えいたしかねます」 「ちょっ、ちょっと、じいやまで!!」 「嬉しいんです。ロロットが立派になったんだなあって」 「だから私も……見習わなくては!!」 「以前のように、もう迷ったりなんかしません。だから、心に決めたのです。ロロットと一緒にいるって」 「ロロットだけを置いて帰るわけには参りません。私も一緒に……リ・クリエと対峙したいと思いますっ」 「おっ……おおーー」 「え……エミリナ……」 「リ・クリエなんかに負けられませんもの。がんばりましょう、ロロット」 「エミリナーーっ!!」 「わっ、わわっ!!」 「う……ぐすっ……ありがとうございます。ありがとうございます……エミリナぁ……」 「もう……ロロットったら……」 「これで、いいんですよね?」 「お嬢さまがご自身で決めたことですから、問題ありません」 「ちなみにリースリングさん。ロロット達が天使だってこと、気づいてました?」 「ええ、さすがに」 「ですよね」 「あなたがただならぬ存在であることも」 「なるほど、そういうことね。了解したわ」 「何ができるかわかりませんが、出来うる限りのお手伝いをさせていただきます」 「本当に心強いよ。ありがとう」 「天使の力。少しでもお役にたてればいいのですが……」 「エミリナ……そのことなんですが、実はですね。まだ人間界に、お仲間が潜んでいるんですよ」 「え……私の他にですか?」 「お仲間ってことは……天使?」 「ま、まだ天使がいたのか……」 「今度のお休みの時にでも、一緒にお話を」 「そうですね。一人でも多い方が絶対に良いと思います」 「そっか……誰なんだろう?」 「それは会ってのお楽しみです」 「僕の知ってる人かな?」 「教えて下さいよ〜〜」 「くすくす、内緒です。だって秘密にした方が面白いじゃないですか〜」 「そんな理由かい」 「では、皆さんと一緒に楽しい聖夜祭を過ごすべく……がんばって行きましょう!」 「今日集まってもらったのは他でもない」 「プリエの新人ウェイトレスさんについてですね」 「うん。僕らだけならまだしも、他の生徒からクレームがたくさん来てるんだ」 「どんだけー?」 「これほど!!」 「わあ!! こんなに来ているんですね〜」 「たったの数日でこんなによ」 「これが1年とか続いたら、いったいトイレットペーパーいくつと交換できるんだ……」 「けど、あんな調子じゃ1ヶ月。それこそ、一週間も持たないんじゃないかな〜?」 「謎のウェイトレス、荒野に散る!」 「『バキューン!!』」 「こらこら、物騒な」 「けど、いきなり解雇ってのも可哀想じゃありませんか?」 「優しいのね。あれだけコケにされといて」 「コケにされたのは副会長さんですからね」 「まあ、穏便に済ませられるに越したことはないけど」 「それで作戦会議というわけね、納得」 「本人のいる前で、よくそんな話が出来るにゃ……」 「これでもパスタなりにサービス精神旺盛で接待をしているにゃ!! それをあーだーこうだと言いたい放題」 「そこでですね!! ここは潔くこの現状をしっかりくっきりはっきりお伝えした方が良いと思うのですよ!!」 「では、先輩さん。お願いします」 「このままだと、辞めてもらっちゃうかも」 「にゃふーんだ。たかだか生徒の分際で、そんな権力があるわけないにゃん」 「ちなみに、この人。理事長の妹ね」 「理事長さんというのは、この学園で一番偉い方なんですよ」 「ってことは、その人に頼めばパスタはイチコロ……ぎにゃーー!!」 「意外と頭は働くようね」 「な、なんと……リア先輩にそんな発言力があったのかーっ」 「いや、ないから」 「うにゃあ〜〜。辞めさせられたら非常に困るにゃん!! なんとかして欲しいから頑張るにゃん!!」 「よしよし、聞き分けのいい子だ。普段もそれくらい素直になればね」 「にゃにをー!?」 「実情を報告したところで、問題は解決していません。なにせ、パスタさんはウェイトレスを自任しているのですから」 「そう。精一杯頑張ってるにゃ」 「けど、改善する気はさらさらないと」 「でしたら、私が協力いたしましょう!! 名付けて『ウェイトレス危機一髪』大作戦」 「ハッキリ言って、パスタさんのサービスは最低です。客商売のなんたるかを全くわかっていません」 「ニャント!!」 「そこでですね。私と一緒に、立派なウェイトレスになれるよう練習をするのです!」 「客商売を教えるなら、ナナカが適任だと思うよ」 「会計さんは完璧すぎます。パスタさんに真似出来るわけがないじゃないですか」 「いいこと言うねえ」 「というか私も無理です」 「そこで私が身を献げます。人のために尽くすことは慣れっこですから」 「本当は自分がウェイトレスやりたいからじゃないの?」 「よし、わかった。じゃあ、アタシは黙って見てる!」 「わざわざ宣言しなくていいよ」 「さあ、パスタさん。一緒に頑張りましょう」 「にゃう〜〜。なんだか気が乗らないけど、これもバイラスにゃまの為にゃん……」 「残りの方々はお客さんになって下さい」 「よしきた。じゃあ、まずはお冷やをもらえるかい?」 「お水はサービス満点のセルフサービスにゃん♪」 「そうじゃありません! お水をしっかり持ってきてあげるんです。こんな風にですね」 「うう……いきなりお湯が出てくるなんて、ビックリです……」 「大丈夫? ヤケドしなかった?」 「情けないにゃ。水くらい、パスタがさっくり汲んできてやるにゃ」 「ギニャーー!!」 同じ罠にはまったようだ。 「青い方だよ、青い方のボタン!」 「さすがですね、会長さん」 「まあ、僕にとってはジュースの代わりだからね」 「ああ、おいたわしや」 「どうしても赤い方を押したくなっちゃうんですよね。ミサイルとか発射しそうじゃないですか」 「お冷やと関係ないし!!」 「次はおしぼりをもらえるかしら」 「おしぼりをどーぞだにゃ」 「ちょっと雑巾を絞らないでよ!!」 「だったら、ビールを持って来ればいいのかにゃ?」 「それは〈搾り〉《》違いかと」 「おしぼり、お待たせしました。お盆にのってるこちらをどうぞ〜」 「おう、シン様。ちょっと汗かいたから、体を拭かせてもらうぜ」 「いきなりポッと出は――」 「あちィイイイイイイ!!」 「言わんこっちゃない」 「おしぼりは温かい方がいいと思ったんですが」 「熱すぎるんだよ、馬鹿天使ッ!!」 「パンダさんも白い布を身に纏えばあら不思議。天使の仲間入りです」 「や、やめろおおおおっ。あっ、あじゃーーッ!!」 「しかし、基本すら出来ないとは……」 「これはもう絶望的ね」 「まあまあ、千里の道も一歩からと言うし」 「そうそう。諦めないで頑張ろう。そうすればきっと……」 「出来るようになりますか? 信じてもいいですか?」 「う……うう……が、がんばれ、ロロットっ」 「はい、頑張ります!」 「にゃう〜〜。もう疲れたにゃ〜〜」 「何を言ってるんですか。次はお料理ですよ!!」 「ま、まさかアタシ達が試食をするとか」 「もちろんですよ。なにせお客さんですからね」 「嫌な予感がするわ……」 「その……ちょっと手伝おっか?」 「それでは練習になりません!! 私達の手で必ず完成してみせますっ」 「もう嫌〜〜!!」 「あれもこれも全部、パスタさんの為にやってるんですよ」 「本音を言うと?」 「一度、オシャレで素敵なプリエのキッチンの中に入ってみたかったのです♪」 「正直な娘だ」 ロロットはパスタの襟首を掴んで、厨房に消えていく。 「ロロットって、エネルギッシュだよなあ」 「よく付き合ってられるよね」 「ホント、ホント。パスタもよく頑張るよ」 「いや、アンタがね」 「すみませ〜ん」 「おや、もう完成?」 「いえいえ。実は注文を取り忘れていました、えへへ。何をお食べになりますか?」 「じゃあ、かいわれラーメン」 「アタシもそれでいいや」 「私も……」 「私も」 ラーメンくらいなら、作り方を見ればなんとかできるだろう。 「一つだけアドバイス」 「ちゃんと……味見をするんだよ」 「ラジャーー!!」 そして二人はそのまま戻ってこなかった。 「さあ、パスタさん。今日も一日、頑張りましょーっ」 「もう勘弁して欲しいにゃ……」 「やけにやつれているね、パスタ」 「今まで料理をしてこなかったことを激しく後悔しているにゃん……」 「遅れは取り返せばいいのです。この世に不可能という文字は無いのですから」 「ロロットは平気なの?」 「えへへ。こう見えても意外に頑丈なんですよ」 確かに、ストレスで胃に穴が空くことはなさそうだ。 「それで、美味しいものはいつ来るのさ?」 「サリーちゃん!! どうしてここに……」 「お食事にご招待したんですよ」 「グルメといったらオヤビンだけど、アタシだって負けちゃいないさー」 「サリーちゃんを唸らせるほど、豪華なものを考えてるのか」 「今日はビーフステーキランチに挑戦しようかと思っています」 「ビフテキ!? プリエにそんなメニューあったっけ!?」 「カイチョーの目が霞んで、きっと見えなかったんだよ」 「涙がにじむ……けど、その苦しみを乗り越えて今があるのかっ」 「さあ、死なばもろきゅう。張り切って行きましょう!!」 「助けて、バイラスにゃまぁ……」 「いってらっしゃーい!!」 「お待たせしました〜〜♪」 「あれ、パスタは?」 「なんか煙を吸いすぎたので、休んでいますよ」 「パスタだって! 美味しそうな名前!」 「前は煮ても焼いても食えない女の子だったけどね。結構、頑張ってるよ」 「ひええっ、パスタさんを頂くつもりだったんですか!?」 「そ、それはどういう意味だいっ」 「カイチョー。アタシをた・べ・る? うっふ〜ん♡」 「いや、いらない」 「即答すんなー!!」 「そんなことより、ビフテキ! ビフテキ!」 「ビフテキ♪ ビフテキ♪」 「あ……それがですね……えへへ〜」 「やらしい笑いして、どったの」 「ごめんなさい。実は真っ黒焦げになっちゃいました」 「ああ……なんともったいない……」 「カイチョー! せっかくだし食べちゃおうよ」 「発ガン性物質が多いからな。やめとけ」 「ぬいぐるみなら、ガンにならないよね。パッキーお食べ」 「いらねーよ!!」 「なるほど。こりゃ煙が出てもおかしくない」 「だからパスタさんが一酸化炭素中毒になったというわけですね」 「それ、やばくない?」 「あのさあ。ロロちーって、お料理超ヘタクソでしょ」 「そそそ、そんなことはありませんっ。あーっ、あるかもしれませんけど――」 「うまい料理を作りたいから、頑張ってるんでしょ」 「そ、そうなのですっ。会長さん、ナイスフォロー」 「ふ〜〜ん。まあ、天使は料理なんかしなくてもいいもんね」 「天界にいる間はご飯を食べなくても生きられますからね」 「けど、お腹いっぱいにならないと幸せな気分になれないじゃないですか!!」 「うんうん。そのまま横になって牛になれちゃうくらい幸せ」 「いわゆる、ビフテキの食物連鎖というやつですね」 「というより、私は天使じゃありません!!」 「こんな調子じゃモーモーちゃんも浮かばれないよ」 「せめて他の部位が天へ召されますように」 「こうなったら、そうだね。アタシに任せて!!」 「オマケさんがお料理するんですか?」 「そう! 美味しいもの食べ隊の特攻隊長、このサリーちゃんが泣く子も黙る料理を作っちゃう!」 「なるほど……確かに、美食家は極めると、己の味しか認めなくなると書いてあります」 「ロロットが教わるのはいいけどさ。肝心のパスタはどうするんだい?」 「今はくたびれモードですからね。試食でもしてもらいましょう」 「がんばってー」 間もないうちに、厨房から悲鳴が聞こえた。 「てへ☆ そういえばアタシ作るより食べる方が好きだった」 「オマケさんに期待した私が愚かだったのです」 「まあまあ、二人とも押し問答はそれくらいに」 「やっぱり先生がいないと、ダメですね〜」 「ここに残ってる人で誰かいないの?」 「ククク……ここでようやく俺様の出番だぜ」 「毛が入るから、ダメー」 「火に近づいたら溶けちゃいますよ」 「燃えるんだよ、馬鹿!」 「こうなったら会長さんにお願いするしかないようですね」 「ぼ、僕……?」 「前にも言ったでしょ。ちゃんと味見をするんだよって」 「ええ。だから、完成した時にしっかりやっていましたよ」 「出来たあとじゃなくてね。作ってる最中にするんだ」 「そうすれば、料理の一番うまい瞬間がわかるじゃない」 「なるほど! そうすれば焦げつくこともないというわけですね」 「見れてればわかると思うんだけど」 「やるねえ、カイチョー。さすがアタシの見込んだ男」 「ありがと。そんな感じで作ったのが、これね」 「おお!! ホッカホカの――」 「もやし炒めライス」 「シャキシャキして、美味しい!!」 「ご飯が進みますね〜〜」 「はぁ……ようやくまともな飯にありつけたにゃ……」 「これがまともか……?」 「どう、パスタ? お料理よりも接客を頑張った方が楽ちんでしょ」 「そうした方が賢明にゃ……」 「しかし、お料理もなかなか奥が深くて楽しいですね♪」 「美味しいものを作るんだもの。そりゃ楽しいに決まってるよ」 「それだけじゃないさ。こうやってみんなに『うまい!』と言われるのも、なかなか嬉しいもんだよ」 「次もまたうまいものを作ろうって気になるしね」 「はぁぁ〜〜。私もいつか『うまい!』と言われるものを作ってみたいです〜〜」 「にゃふーん。そんなのどうせ無理に決まってるにゃ」 「何を人ごとのように言ってるんですか」 「にゃにゃ?」 「これからも、一緒に頑張りましょうね♡」 「もう勘弁してにゃーーっ!!」 「ふむふむ。なるほど、犯人は再び犯行現場に戻る習性があるそうです」 「いわゆる帰巣本能というものです」 「そんな習性、あるわけねーよ」 「無習性ですか」 「美味しいものがたくさんあるプリエは、普通に魅力的だろうしね」 「馬鹿言え。全ての魔族がそんなんだと思ったら大間違いだぜ」 「食い気なんざ、世界三大欲求の一つにしかならねえ」 「世界三大欲求……。会長さん。なんですか、それは?」 「ええっと、確か食欲。睡眠欲。それに後は――ああっ!」 こ、この続きは、女の子を相手には恥ずかしくて言えないよっ。 「えと、その……日光、浴」 「ここには性欲と書いてありますが」 「だ〜〜っ!! 女の子がそういう恥ずかしい台詞を言っちゃダメなのっ」 「恥ずかしいことなんですか?」 「性欲ですか……一体、どんなに凄い欲望なんでしょうかね!?」 「も、もうパッキーのせいだぞっ」 「性欲ってのはな。体の奥がウズウズ、ムズムズしてくるのさ。ああ、抱いて!! ああ、抱くぜ!!」 「それなら、体に覚えがあります!!」 「じいやと……よく……」 「な、なんという……二人はそんな関係だったとは」 「怖い夢を見た時とか、一緒に寝てるだなんて。確かに、会長さんの仰るとおり恥ずかしいことなんですね」 「会長さんには、性欲ないんですか?」 「そ、それは……秘密だよっ」 「ずるいですよ〜〜! 教えて下さい〜〜!」 「ククク……隠すということは、あるんだぜ」 「見事な誘導尋問ですね!!」 「そりゃ……少しくらいは……って、今は性欲の話をしている場合じゃないの!!」 「お前ら、公衆の面前で何をふざけているにゃん」 「これはこれは、パスタさん」 「さっきから注文は何かと聞いているにゃん。早く決めるにゃん」 お金さえあれば、こんな恥ずかしいことをしなくて済むのだが…… 「ま、まだ悩み中〜〜」 「もうお前らしかお客さんがいないのに、いつまでも居座るから店じまいができないにゃん!」 「これも生徒会活動の一環なんです」 「こら、ロロット! シーッ」 「営利企業は、公益団体に絶対服従なのですっ」 「チンケな公僕に言われるほど腹立たしいことはないにゃん。水が飲みたいなら、グラウンドに行くがいいにゃん」 「あれは運動した後じゃないと美味しくないんですよ」 「あーだこーだばっかり言って!! もう邪魔はしないで欲しいにゃん!!」 「しょうがないですね。じゃあ、待っている間に私がウェイトレスのお手伝いをしていましょう」 「えっ!? そ、それは激しく結構にゃん」 「その間、チェックは会長さんに任せますね」 「勝手に話を進めないで欲しいにゃん!!」 「遠慮しないでいいですよ。お水を運ぶくらい、なんてことないですから」 「そういって途中ですっ転んで大惨事とか、お掃除する場所を増やす気にゃーーん!!」 「パスタさんじゃあるまいし、そんな失敗するわけないじゃないですか」 さて……。 「ギニャーー!! 冷水器が壊れたにゃーー!!」 「ひえーーっ。会長さん、助けてくださーいっ」 「パッキー、工具箱貸して」 「持ってねえよ!!」 「あいつら……俺のパスタちゃんを困らせやがって……絶対に許さねえッ!」 「待てよ!? これはパスタちゃんのピンチ。ここでパスタちゃんのハートをガッチリ掴んじまえば……」 「『アーディン様、大好きにゃーん♡』ってラブラブになれること間違いなしっつーことか!!」 「うおおおお、ここは俺がパスタちゃんを救うしかない!! えええいっ、やってやるぞぉおおおっ」 相変わらずのパトロール。 「まったくオマケさんの言ってることは、当てになりませんね」 「平和が1番、電話は2番!!」 「『3時のおやつはまだかしら♪』」 「けど、逆にこれだけ静かなのも不気味だわ」 「もしかしたら、何かを企んでるかもしれないしね」 「会長さん。いかが致しましたか?」 「いや……」 「お腹が空いたんですか?」 「それはロロットでしょ」 「えへへ。バレちゃいました♡」 「お前達か。最近、魔族のことを嗅ぎ回っているという奴は」 「しかも、魔族を魔界へ追い払っているそうじゃねえか。人間ごときがふざけた真似をしやがる」 「だが、そんなことよりもだ!! 俺の愛する人を傷つけている。そいつが俺を怒らせた!!」 「いきなり変なことを言わないで下さい」 「愛する人って、サリーさんとかオデロークさんになるのかしら?」 「オデロークだと!? あんなゲテモノを……ううう、もっと更に許さねえ……!」 「オデロークって有名なんだ」 「あいつも七大魔将の一人だろう。まあ俺様に比べればマイナーだがな」 「え、それってまさか……」 「俺様は七大魔将の一人、人呼んで疾風のアーディン」 「疾風? どこらへんが?」 「今日はそんな気分というだけだ」 「こいつ。馬鹿決定」 「おい女。いい度胸してるじゃねえか」 「一人だけで何ができるというのですか」 見たところ、オデロークやサリーちゃんのように手下を引き連れている様子もない。 「俺様は一匹狼よ。誰にも従わねえし、誰も従えねえ」 「カリスマ性が無いんですね〜。可哀想に」 「群れるのは弱い奴らが好むものさ。俺はそうする必要がない」 「そうとう自信があるというわけだね」 「〈人間界〉《ここ》で暴れるのは久しぶりだ。存分に楽しませてもらうぜ」 「復讐劇はおしまいですか?」 「さっきから揚げ足ばっかり取ってんじゃねえええ!!」 「こ、これは……!」 「なんてプレッシャーだっ」 「七大魔将と呼ばれる者が、どれほどのものか。その弱っちい体に叩き込んでやる!」 「くっ、強い……」 「こっちは5人掛かりなんですよ〜〜」 「くそ……! ただの人間だと思って、少しなめてたぜ」 「追い詰めるなら今しかないわ!」 「無理はダメ! 相手はまだ動けてる……っ」 「今日のところはこのくらいで勘弁してやる。だが、次はもう手加減なしだ」 「アーディン!」 「てめーのツラだけは覚えたぜ。あばよ!」 逃げ足は疾風の如く。 みんなで変身を解き、ホッと一息。 「はぁぁ……なんとか勝利、ですね」 「こりゃ、美味しいもの食べ隊なんか可愛いもんだよ」 「けど、いい刺激になったと思うわ」 「これは……」 「これはもう、特訓しかありませんね!!」 「アーディンさんをコテンコテンなパンに焼き上げちゃいましょう♪」 「と、その前におやつでも……」 「賛成ー!」 「ま、まあ、少しくらいは勝利の美酒に酔ってもいいんじゃないかしらっ」 「くすくす。しょうがないんだから」 その夜は、みんなとお茶で乾杯をした。 「それでは、お嬢さま。行ってらっしゃいませ」 「はい♪ ありがとう、じいや」 「ロロット。行ってらっしゃい」 「ええ、行ってきます♪」 「あ……! そうですっ。このガイドブックを参考に、人間界を色々と見て回ると良いですよ」 「え……あ、はい……」 「お、ロロット。おはよう!」 「あ。おはようございます、会長さん!」 「エミリナも、おはよう」 「あ……お、おはようございます……」 「リースリングさんと一緒にお見送りかい?」 「は、はいっ」 「そっか。エミリナも編入してくればいいのに、ね」 「おおーー!! それは名案かもしれません!」 「ヘレナさんに頼めば、なんとかしてくれるかも?」 「あ、あのっ。そ、それは――」 「そうと決まれば、善を急ぐのです〜!」 「ちょっと二人とも!! あっち、あっち!」 「ちょっと! こんなところで生徒の迷惑でしょう!?」 「とにかく……ね? 泣きやんで――」 「うっ、うう……うるせえ、ババァ!!」 「私のお姉さまになんてことを!!」 「聖沙ちゃん……」 「お姉様のことを侮辱したら、許さないんだから!!」 「えっと、否定はしてくれないのかな?」 「ちょっと通してね〜〜」 「これまた、アーディンさん。また性懲りもなくやられに来たんですか?」 「ひっく、ぐす……っ。二度も負けちまったんだ……もう言い訳のしようもない」 「意外に潔い方ですね」 「そもそもあなたは、何の為に僕達を襲ったんですか?」 「戦うのに理由が要るってのかよ」 「いやあ、七大魔将と呼ばれるくらいだし、しっかりとした信念があるんじゃない?」 「ま、まあ……ねーこともねーが……」 「うん、やっぱり。さすが七大魔将、他の魔族とは大違いだね」 「よ、よせやい」 「つい先日。七大魔将の一人に会ってね。同じような感じだったから」 「ま、まさかソルティアとかバイラスか……? だったら、ふふん。まあ、悪くねーな」 誰かは知らないけど、オデロークとは言わない方が良さそうだ。 「お前は――ええっと……」 「あ、生徒会長の咲良シンです」 「お、おお。そうだな。会長の心意気に免じて、俺の素晴らしい信念を教えてやろう」 「なんでもお前ら生徒会が、とある女の子にいじわるしてるという噂を耳にしたんだ」 「えぇ?」 「どこのどなたですかっ。そんなあくどいことをする人は!」 「なんでもプリエとかいう店で散々こきつかっているとか」 「プリエで……?」 「しかもよ。お前らがクルセイダースになって、色々と邪魔をしやがったらしいじゃねえか」 「なんだか、私達が悪人みたいな言いぐさですねえ」 「そこでな。俺はその娘を守るために、こうやって立ち上がったというわけよ!!」 「それで、アーディンさんはその娘のなんなのですか?」 「そ……それはその……よ、よせやいっ 恥ずかしいだろぉ?」 「そ、それは……ズバリ片思いというやつですね!!」 「ばっきゃろう!! 両思いだっちゅうの!!」 「わあ〜〜素敵ですね〜〜♡」 「あの娘の為なら俺は死ねる!!」 そっか。ロロットも恋愛に興味があるんだな……。 「愛する人の為なら己の身を捧げてでも尽くす。憧れます〜〜 ですよね、会長さん♪」 「な、なるほど……ロロットはそういうのが好み、と」 「だろう? というわけで、生徒会! 俺にスッキリとやられてくれ!」 「残念ですが、それは出来ません」 「頼むーー!! この通りーー!! 土下座ーー!!」 「うっわ、ダサダサ。七大魔将のくせにプライドってもんがねーの?」 「あぁ!? なんだとう!?」 「これはこれはオマケさん」 「お、おう……なんだよ か、可愛いじゃねえか……」 「ちょっとー、カイチョー!! なによ、その反応はー!!」 「そうですよ!! 他の女の子――しかもオマケさん程度のお子様にうつつを抜かすなんて――浮気は犯罪ですよ!!」 「くはっ!! いけねえ、いけねえ。俺としたことが、パスタちゃん以外の女に目が眩んじまうなんて」 「ほぉら、カイチョー♪ サリーちゃんのセクシービームで悩殺してあげる♡」 「な!? オマケさんっ、変なことをするのはやめてくださーい!」 「なんでロロちーが邪魔するのよう!」 「二人ともストップ!! 今、アーディンがパスタって……」 「イタリアン?」 「パスタ……さん?」 「おうさ! パスタちゃんと言えば魔将のアイドル。俺と同じ七大魔将の一人よ!」 「ちなみにアタシは魔界のアイドルでーっす♪」 「だから、そうじゃなくって! パスタと言ったら、ほら……プリエの」 「ああーーッ!! ウェイトレスさん!!」 「そ、そんな……パスタは魔族だったのかーっ」 「全然気づきませんでした……」 「なにロロちー。知らなかったの? だっせぇー」 「気づいてたなら教えて下さい!! 背任行為で訴えますよ!!」 「てことは、僕らがパスタの邪魔をして。それに腹を立てたアーディンが襲ってきたと」 「にゃ……」 「パスタ!!」 「うおおお、パスタちゃんっ! その荷物はまさか、俺の為に手料理を!?」 「違うにゃ!! 初めてのお使いにゃん! これはプリエで――」 「とか、真面目に仕事している場合じゃなかったにゃん! アーディン!! これはどういうことにゃ!!」 「パスタちゃんの為に生徒会をやっつけに来たのさ!」 「やられたのはアーディンさんの方ですけどね」 「頼む! それは内緒で!」 「魔族ってことは内緒にしなくていいの?」 「ああ、それはオッケー!」 「それが一番機密事項にゃ!!」 「馬鹿アーディン! せっかくパスタがこっそり忍び込んでいたのに……今までの我慢が水の泡にゃん!」 「そうか、パスタちゃん……。全部、あいつら生徒会のせいなんだな」 「お前が馬鹿過ぎるせいにゃ!!」 「そ、そんなひどいこと言わないでおくれよ〜〜」 「もう作戦は失敗にゃん!! 今までの苦労が台無しにゃん! も〜〜〜これじゃ、バイラスにゃまに嫌われちゃうにゃん!」 「ば、バイラスだとぅ! あんな奴より、俺の方がかっこいいぞ!?」 「馬鹿アーディン!! 馬鹿アーディン!! バイラスにゃまが一番に決まってるにゃん!!」 「うおおおお、馬鹿馬鹿いうなーーっ」 「なんなんだ、これは」 「ふむふむ……いわゆるバカップル♡ というやつですね」 「カップルなんかじゃ断じてないにゃ!! もうパスタの乙女心はメッタメタに傷ついたにゃ……」 「もうプリエなんて辞めてやるにゃーー!!」 「そ、そんな……考え直してくれ! 俺はパスタちゃんのウェイトレス姿がもっと見たい!」 「皆の者! 出会え、出会えなのにゃ!」 「うわ!! 魔族がいっぱい!!」 「アーディンを総攻撃にゃーー!!」 「う、わ! や、やめろーー!」 「そういうわけで、お前らには嫌味なほど世話になったにゃ」 「どういうわけだか……」 「今回の経験を生かして、次のお店でも頑張って下さいね」 「ギニャーー!! もう二度と、ウェイトレスなんてやらないにゃん!! 帰る!!」 「あんなに魔族を従えて……本当に魔将だったんだ……」 「びっくりですね〜〜」 「しかし、パスタは何の為にこの学園に忍び込んでたんだろ」 「それは、きっと……愛ですよ!」 「あ、愛……?」 「バイラスにゃまさんに、好きとか嫌いとか」 「ラブロマンスというやつですね……♡」 な、なんだろう。さっきからロロット、恋愛沙汰に興味津々だなぁ。 「うう……ひでえ目に遭った……」 「見事に振られちゃいましたね」 「ぷぷぷ、かっこわるーい」 「うるせえ! うるせえ! うるせえ!」 「くそう。まさかあんな奴に入れ込んでるなんて……」 「しかし、あいつじゃあ見た目くらいしか勝ち目がねぇし……ちぃっ! どうすりゃあパスタちゃんに振り向いてもらえるんだ!?」 「まあ元気だしなって」 「お! そうか! お前がいたな!!」 「ふっふっふ。こいつらが加勢してくれりゃあ、あのバイラスだってボッコに出来るかもしれねえ」 「慰めてくれて、ありがとな! その厚意に免じて、一匹狼のアーディンがお前らの力になってやろうじゃねえか」 「まさに愛の成せる業なのです!!」 「そ、そん代わりよ。俺がピンチになったときは、ちゃんと助けてくれよな!」 「どうします、会長さん」 「まあ、いいんじゃないかな。悪さをされるよりかは何倍もましだよ」 「じゃあ、時と場合によるということで」 「おう、よろしくな!」 アーディンが仲間になった! 「あら、やるじゃない。猛獣を手なずけるなんて」 「えっ、ヘレナさん……?」 「そうね。百獣の『王』なんて目じゃないわよね。うんうん、シンちゃんならこうでなくっちゃ」 「そんなあなたにプレゼント♪」 「知ってるわよ。あなたが、学園の平和維持活動に奮闘してるところ。ずっと見てたんだから」 「『ふっ、私は何でもお見通しだぞ』」 時々、この冗談が本当のような気がしてならない。 「会長さーーん! こちらですよーー」 「はぁはぁ、お待たせ〜〜」 「あれ、アゼル?」 「ほら、理事長さんにお願いされていた件があったじゃないですか」 「ああ、アゼルの。キラフェスで忙しかったから、すっかり後回しになっちゃったね」 「ご無沙汰しております」 「何を言ってるんですか。まだこの学園案内ですら、十分にされていないんですよ」 「たまには学園外に行ってみるのもいいんじゃない?」 「それは名案ですね!!」 「けど、自分の庭ですら迷うような方ですから……不安でむせび泣いたりするかもしれませんよ」 「下らん」 「そこでですね。同じ留学生であるこの私が、異邦人の先輩として色々と案内してあげようかと思います!!」 「ロロットって帰国子女じゃなかったっけ?」 「いつも流してるくせに、こういう時ばっかり突っ込まないでください」 「アゼルさんだって、この世界のことをもっとよく知りたくて来たんでしょう?」 「でしたら、どのような理由なんですか?」 「ほら、やっぱり。そこは照れても仕方がありませんよ♡」 「照れてたのかー」 「そういうわけでして。私と一緒に探検の旅へレッツゴーなのです♪」 「ほらほら! 船が見えますよーっ」 「どこを見てるんですかっ」 「はは〜〜ん。さては会長さんに恋しちゃいましたね」 「ええー!?」 「今日はそんなアゼルさんにもってこい。公園というものは夜になるとですね。それはそれは愛の発展場として大流行なのだそうです」 「そうなのか……知らなかった……」 「えへへ。現場を押さえたことはありませんけどね♡」 「ま、まさか今日の探検って……」 「大人の秘境探索術です」 「そ、そんなの……」 「興味がない」 「けど、そんな時間まで大丈夫なの……?」 「生徒会活動であれば、じいやも許してくれるでしょうしね」 「生徒会活動なのかな、それは……」 「これもアゼルさんを大人にする為には、避けて通れぬ道なのです!」 「あ、あのさっ。さっきの僕に恋してるっての――」 「それはない」 「……だよね」 なぜかホッとした。 「わくわく……!」 ロロットは、前傾姿勢で海を見つめている。 「あ、アゼル? さっきから同じ体勢だけど、大丈夫?」 二人とも長時間、よくその場で立っていられるなあ。 特にアゼルなんか身動き一つしないし。 「アゼルさん! アゼルさん!」 「もうすぐなんですから、しっかり見ていて下さいっ」 「それは見てからのお楽しみです♪ この私が調べた結果によりますと、もうそろそろのはずなのですが……」 「あ! ほら! アゼルさん、見て下さい!」 水平線に眩しい太陽が沈み、夕焼けが海をオレンジ色に染めていく。 海面に映し出される夕陽が、海のさざめきに揺れていた。 その光景を、アゼルは何も喋らずに見入っていた。 反応は今まで通りだけれども、視線は明後日を向いてはいなかった。 「きれい、だな」 「そうでしょう、そうでしょう! まさに心が洗われるというものです」 「ふっ、心を洗うなど……」 「慣用句、ですよ。もうっ、アゼルさんってば本当に無知なんですから」 「なんだと……?」 「しかし無知は良いことなのです。これから何かを知って、ちゃんと覚える余裕があるのですから」 「どうですか? 心の日記帳にしっかり記憶しましたか?」 「心が洗われるなら……」 「それを記憶することなど、出来るわけがない」 「屁理屈ばかり捏ねないで下さいよ。きれいなものはきれい、でいいじゃないですか」 「アゼルさんは、こういうきれいな景色は好きですか?」 視線を逸らす。 「好きなんですね!」 「何も言っていない!」 「……っ、か、帰る!」 「そうですか。じゃあ、もっと景色が素敵なところに向かいましょう!」 「というわけで、会長さんにバトンタッチ」 「ネタ切れなのね」 しかし、あとは流星を良く見られるスポットくらいだけど……。 「いい」 「ここで、いい」 そういうと、アゼルは体育座りをして、沈んでいく夕焼けをずっと眺めていた。 「さ、さて。ドキドキ……そろそろ、いい時間だけど……ロロット?」 「寝てるし……」 アゼルはすっくと立ち上がる。 「え……! 夜のお楽しみは、見ていかないの……?」 アゼルは無言で僕達を指さした。 「発展場」 「ぼ、僕達が!?」 「大人の秘境探索」 「ロロットの!?」 「ぶ! 勝手な言いがかりじゃないかっ」 僕の言うことなんか無視して、アゼルは空を仰いでいた。 「心には、留めておけない」 「どうして……?」 「あ……! ちょっ……」 「すぅ……すぅ……アゼルさ〜〜ん。むにゃむにゃ……」 ロロットを抱えたまま、すぐに動けるはずもなく。 そのままアゼルが立ち去っていくのを、ただ眺めていた。 「はぁ……不思議な娘だなあ」 僕もまたアゼルと同じ空を見上げる。 「ふふっ、ロロットも違った意味で不思議だけど」 アゼルを喜ばす為に走り回って、結局自分の探検はできず仕舞い。 僕の腕の中で、心地よさそうに寝息を立てている。 起こしちゃうのも何だか悪い気がして。 誰かの為に頑張れるロロット。ちょっと無茶で無鉄砲なロロット。 そういう元気なロロットと一緒にいるのが、最近は楽しいと感じるようになった。 「しかし……」 次第にちらりほらりと、男女が見え隠れする。 噂通り、恋人達が港の夜景や流星を眺めに現れる。 もちろんお互いの距離は僕達と同じくらいに寄り添っている。 てことは、僕とロロットも同じように見えたりするのかな……ドキドキ。 「ハウ!?」 「お迎えにあがりました」 「あっ! ああ! こんな時間まで……心配かけて、すみません」 「いいえ。会長様がお側にいらっしゃるので安心しております」 それなのに、どうして銃を構えているの!? 「ほら、ロロット。リースリングさんが迎えに来てくれたぞ〜」 「お嬢さま。念願の発展場でございますよ」 「もう食べられませんよぉ〜〜うふふ……すやすや」 「こりゃ、ダメですね……」 ロロットの肩に手を回し、お姫様のように抱きかかえる。 「うふふぅ……会長さぁん……私、意外に重いですぉ……?」 「だって先輩さんみたいに、おっぱいがおっきくなったんですもの〜〜すぅすぅ」 「ロロット……っ、なんという寝言を……!」 「本当ですよぉ……だったら、触ってみますかぁ〜〜?」 「……一体、何をされていたのでしょう?」 「なっ、なにもしてませんってばーーっ」 「くれぐれも節度をお守り下さいませ」 「わー! わっかりました……」 さて、僕も帰ろう……。 「鍋が焦げついた時は、米のとぎ汁に一晩浸しておくといいらしいぜ」 「あれ? アゼル?」 「おーい、アゼルー!」 「どったの、シン?」 「いや、今から授業だっていうのにさ。アゼルが……」 「またサボってんだ」 「サボテンダー♪」 「けど、なんか具合が悪そうだったなあ」 「ああ、お手洗い」 「シン君、デリカシーなさすぎだよー」 「なんで僕!?」 「会長さーーん!」 「おや、ロロット」 「アゼルさんは、もうお帰りになりましたか?」 「それがさ。授業中に出たっきり帰ってこないんだよ」 「またしてもサボタージュですか!?」 「ううん。トイレだと思ってたんだけど……」 「いやね。出るとき、どうも調子が良さそうには見えなかったからさ」 「ふむふむ……」 「わかりました! アゼルさんはきっと、トイレの花沢さんに捕まったんですよ!!」 「花子さんじゃ……」 「こうしてはいられません! 早速、助けにいかなくては!」 「わ! わーーっ」 「いませんねえ」 「保健室にもいなかった。一体、どこに行ったんだろう」 「アゼルさん……もしかして……」 「居場所、わかった?」 「い、いいえ! 全知全能の私でもさすがにそこまでは」 「トイレじゃなかったのか……とすると、どこかで倒れてるのかも……」 「そうだとしたら大変だっ。早く探さないと!」 「アゼルの行きそうなところって……」 「たぶん、ここですよね」 「失礼しま〜〜す」 「……誰もいませんね」 見込み違いだったか。 「……しっ! 誰かいる」 「オバケさんですか?」 「そ、そんなわけ……」 長椅子の上で誰かがうずくまっている。 「アゼル!?」 「アゼルさんっ。一体、どうしたんですか!?」 「う……うるさい」 「頭が痛いの?」 「じゃあお腹?」 「違うと言っている。問題ない」 「横たわっといて、問題大ありじゃないか……」 「やっぱり……アゼルさん……」 「何か病名に思い当たる節でも!?」 「え!? そ、それは……そのですね……ええっと、その……」 「どうしよう。やっぱり病院に連れて行った方が……」 「はうあ!! そ、そんなことをしたら……大変です!」 「いいえ、こっちのお話です!」 「こおゆう時は……えっと、えっと――」 「あ! ありました! アゼルさんのお病気はですね――」 「ズバリ生理なのです!」 「はい、女性は月に一度――」 「わーー説明はいいからっ!」 「……違――」 「いいから、ここは私に任せて下さいっ」 「けど、それならそれで、何かしらの対処法があるんじゃないかな……」 「ロロットは、どうしてるの?」 「え、えっと……私、生理は未体験なものでして……」 ロロットって、晩成型――いかんいかん! 「困ったな……とにかく誰かに助けを頼まなくっちゃ」 「うむ。30点」 「うわー。相変わらず辛口だー」 「甘党だけどねー♪」 ううっ、恥ずかしい! けど、これもアゼルの為。生徒会長としての勤めッ!! 「あ、あのさっ、ナナカ――」 「会計さんっ! 生理の時はどうすればいいのですか!?」 「ふぇっ!?」 ああ、僕のガッツを返しておくれっ。 「だからなんで僕なの!?」 「ロロちゃんに変なこと吹き込むな!!」 「そんなことして、何の得があるのさ!」 「すみません……私が不甲斐ないばっかりに……」 「い、いや、ロロットは悪くないさ。人間、成長には多少なりとも差はあるだろうし……」 「まあこいつは人間じゃねーけどな」 「パンダさん!! 都合のいい時だけ出てこないで、大事な時に出てきて下さいよ!」 「悪いな。あのアゼルって女だけはどうも苦手なんだよ……」 「でさ。話が見えないんだけど」 「アゼルがさ……その……苦しんでるんだ。ねっ、ロロット」 「え!? ええ! そうなのですっ」 「生理痛が激しいんだとよ」 「ハッキリ言うなーっ!」 「わかった、わかった。で、どこにいんの?」 「教会で横になってると思う」 「そっか。じゃ、行こうロロちゃん」 「ごめんね、ナナカ。ありがとう」 「会長さんは行かないのですか?」 「あ、いや……さすがに……」 「男子が一緒じゃ恥ずかしいでしょ。さすがのアゼルもさ」 「生理って恥ずかしいものなのですか?」 「そんなに恥ずかしいお病気なのですか!?」 「ど、どうだろね、さっちん」 「花も恥じらう私に振るのは反則だよー」 「どうなのですか、会長さん?」 「男子はならないから、わからないよっ」 「ほほ〜〜。男性の方はならないお病気なのですね」 「というか、ロロちゃん。生理、来てないの?」 「生理さんが来る……? ええ、ここには来てませんが」 「大人しい顔して意外だよー! さすがの私もビックリだよー」 「相手は……ま、まがっ、まさか!?」 「ないない!! そうじゃなくて、まだ生理を体験したことがないだけなんだって」 「だからなんでアンタがそんなこと知ってんだ!!」 「さっき教えてもらったからだよっ」 「変な話をするんじゃない!!」 踏んだり蹴ったりだ。 「女子って大変だよなあ〜」 「あ?」 「ああいうのが毎月やってくるっていうんだから」 「おい、魔王様。それは本気で言ってるのか?」 「本気だよ! だから、女の子は大切にしてあげなくっちゃね」 「はぁ……そうじゃねえよ。言っとくが、アゼ公は――」 「アゼル!? もう、体……大丈夫なの?」 「そっか。それは良かった。ナナカ達にちゃんと教えてもらったんだね」 「あ、うん。お大事に……」 「問題など……ない」 つくづく不思議な娘だよなあ。 「ただいまです〜〜」 「お、お帰りなさい」 「アゼル。元気だったよ」 「どうやら私の勘違いだったみたいです。申し訳ありません」 「いやいや! 元気なら、それでオッケー」 「どこぞの誰かさんが良からぬ妄想してたんじゃないの?」 「な!? そんなのしてないって!!」 「誰もシン君とは言ってないよー」 「このス・ケ・ベ♡」 「くううっ」 「一過性の症状……。アゼルさん、やっぱり……適応できていないのでは……?」 「はぁぁ……さすがに寒くなってきましたね〜〜」 「気温の低下……天界では、このような変化はありませんでした」 「アゼルさんが人間界に来て、初めての冬を迎える……」 「やっぱり今日見たものは、少なからず人間界に来たから――」 「あ! アゼルさん! お待ちしてました!」 「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよっ。私以外、他に誰もいませんから」 「体の具合は、いかがですか?」 「良好だ」 「けど、すぐに再発するかもしれないですよね……?」 「やっぱりここに来てから、体の調子があまり良くないのでは?」 「もう! どうしてそんな風に言うんです!? お体が、どうなってもいいと言うのですか?」 「問題ないと言っている……くっ」 「ほら! やっぱり……」 「アゼルさん……ここの環境に、適応できていないんでしょう」 「じゃあなんなのですか!?」 「お前には、関係ない」 「関係ありますよ! 私達は――」 「これは私の問題だ。放っておけ」 「そんなことできません!」 「だったら、少しは自分の身を案じろ」 「私は平気です。アゼルさんの何倍も人間界にいて、体調もほら……バッチリなのですから♪」 「どうしてこうも、みんなして己の身を顧みず無茶なことをするんですか……」 「みんな……だと?」 「……実は、エミリナも来ているんです。人間界に」 「私の幼馴染みです」 「せっかく人間界へ来たというのに、ずっと私のことを追ってばかりで……」 「もし人間界に適応できなくて、体の具合が悪くなったりしたら、いったいどうするんですか!」 「お前こそ、適応できぬ可能性を考えていないのか」 「私は覚悟を決めて来ました。たとえ、どんなことになろうとも。人間界へ来るのですから、それくらい当然です」 「私に覚悟がないとでも、言いたいのか?」 「い、いえ、そういうわけでは……」 「けど、エミリナは違うんです! 最初から、人間界が危ないって……だから一緒に行くのも拒んでいたはずなのに……」 「エミリナもまた、相応の覚悟を決めて来た……ということだろう」 「何の為に……?」 「お前を追って、いるのだろう?」 「……! そ、それはもしかして……」 「……その身を案ずる気持ちは、お前と同じだ。たとえ自分がどうなろうとも、な」 「エミリナ……そんな……」 「あ! ちょっと、アゼルさん! さっさと帰らないで下さいよぅ!」 「話は終わった。問題はない」 「私には、私の使命がある。それを果たす覚悟もな」 「アゼルさん……あなたは一体、何の為に……?」 「お前には、関係ない。エミリナを連れて、早く還れ。天界に」 「今日のタイムセールは、いまいちだったなあ〜」 「キャビアは瓶詰めだし、長持ちするんだ。しょうがないぜ」 「キャビアなんて買えないよっ!」 おや……? あの後ろ姿は……。 「リースリングさーーん!」 「ヒェッ!」 「失礼いたしました」 「お、お買い物ですか?」 「ええ。カプリコーレにて、本日の獲物を調達しに」 「獲物、ですか」 「おっ、おっ。この香りはキャビアか!?」 「瓶に入ってるんだから、匂うわけないって」 「子持ちのチョウザメでございます」 獲物だけあって、生ですか。 「さすがローゼンクロイツ家の夕食はひと味違うなあ」 「あ、今日……ロロット、遅くなるかもって……」 「ご連絡は承っております」 「そう、ですか……」 「……何か?」 「ああ、いえ! ロロットってば、いつにも増してやる気満々みたいで、その……」 「正直にお話し下さい」 「あはは…… いや、最近……ロロットが帰るの遅くなっちゃって……」 「お家とか、大丈夫ですか? やっぱり厳しかったりして……」 「お嬢さまの身を案じていらっしゃるのですね?」 「ま、まあ、それもありますけど……その……リースリングさんもお目付役でしょうから……」 「ロロットのご両親に何か言われてるなら……えと……僕に出来ることなら……」 「ご安心下さい。旦那様も奥様も、わかっておいでです」 「元々、お嬢さまは好奇心が旺盛な御方ですから、なるべく好きなようにするのが一番と、お二方も仰っております」 「しかし、お嬢さまは優しい。ずっと我慢していらっしゃったのでしょう」 「我慢……?」 「あまり、心配をかけないように……と」 「そ、それじゃあ! 今は、心配かけてもいいってことに……? そしたら生徒会に入ったのだって……!」 「ご謙遜をされているようですね」 「お嬢さまも『生徒会の人と一緒なら安心だ』と思ったのでしょう」 「僕達……と……」 「生徒会の皆様となら、心配をかけることもないと思ったのではありませんか?」 「そ、それなりに危ない橋を渡っているような気もしますが……」 「胸をお張り下さい」 リースリングさんが、僕の胸に拳を当てる。 「このリースリング遠山も学園内は管轄外。お嬢さまの身をお守りできるのは、会長様だけでございますよ」 「今後とも、お嬢さまをよろしくお願いいたします」 リースリングさん、かっこいい……。 その生き様、仕草の全てに惚れ惚れとする。 僕のあずかり知らぬ人生経験が、彼女をそうさせているのだろう。 「それでは失礼いたします」 「あ、あの……!」 「リースリングさんは、どうして執事をやっているんですか?」 「私に宿った人の心が、お嬢さまの為に尽くせと言っているからです」 「……じっくりコトコト……」 「ああ、パッキー。ちょっと出といて」 「ういー」 「うん……うまい! これで今週のご飯は――」 「おう、シン様。天使からの電話だが……」 「そのまま外に出てみるといいぜ」 「あれれぇっ、れえ!?」 携帯を持ったまま、ロロットが尻餅をついた。 「あれ? 電話じゃなかったの?」 「ええ。一応、大丈夫かどうかをお伺いしてから訪ねようと思ってましたから」 僕が留守にしてたら、どうするつもりだったんだ。 「昨日はお世話になりました」 「それで……今日来たということは?」 「えへへ。また一緒にお勉強していただけないかな〜と」 「なるほど。了解」 「押しかけ女房ですみません」 「にょ、女房って……」 「奥さんはもう一人いますよ」 「こ、こんにちは……」 「……!? これはまさしく両手に華っ」 って、いかんいかん。二人は勉強をしに来ただけなんだから。 「お花ですって!」 「きれいなものに喩えられるとは、光栄ですね〜」 ふう、なんとかごまかせたか。 「私の目はごまかせませんよ」 「さ、さすが……」 「お邪魔いたします」 「どうぞどうぞ」 「あれ? ロロットは……?」 「台所だよ、きっと」 「……? どうしてわかるのです?」 「なぜなら、そこにカレーがあるからさ」 「カレー?」 「会長さんのお昼ご飯ですか〜〜?」 「ああ、もう、ヨダレ拭いて」 「ん、んん……っ」 「ロロットは、カレーが好きなの?」 「ええ。それはもちろん! ハンバーグと同じくらいに好きなんですよ」 「そうなのですか」 「それに昨日もカレーライスだったじゃありませんか」 「え……あの美味しい食べ物がカレーライスだったんですね」 「その通りです!」 「また一つ……勉強になりました〜」 ああ、このやりとりを見ていると和むなあ……。 「けど、会長さん家のカレーライスも興味津々です〜〜」 「もしよかったら……お昼ご飯、食べてくかい?」 「良かったですね、ロロット。好きなものをまたいただけるなんて」 「ああ、幸せ過ぎてテストのことを忘れてしまいそうです」 「わはは。お昼ご飯はまだまだ先だからね」 「は〜い」 しばらく二人で向き合い、勉強しているところで、ちょっとした違和感に気が付いた。 「エミリナは……その……。テストあるの?」 「え? テスト……?」 ロロットの脇で静かに僕らの様子を眺めている少女。 エミリナは、きくらげって実はキノコなんですよと言われたような表情を浮かべている。 「テストというものはですね。日頃の成果を発揮する学生の試練なのですよ〜〜」 「けどあまり楽しくないのですよ〜〜」 「そうなのですか〜〜」 「しかし、このテストを乗り越えれば、幸せな毎日が帰ってくるのです〜〜」 「おお〜〜。頑張りましょうね、ロロット!」 ほのぼの。 「あれ? けど、エミリナまで勉強することはないんじゃないの?」 「何を言っているんですか会長さん。備えあれば嬉しいな、なのですよ」 「実はですね。エミリナにも学校へ来てはいかがですかとお誘いしているのです」 「一緒に学校へ通うのです。そして一緒に登下校をするのですよ」 「そして一緒のクラスになって、一緒にお勉強したりお昼ご飯を食べたりして――」 「私達と一緒に、生徒会活動に参加して……キラキラの学園生活を過ごすのです♪ 良いアイディアだと思いませんか?」 「うんうん。そうできると素敵だね」 「どうしたの? なんか浮かない顔してるけど……」 「え!? いえいえっ、そんなことはありませんっ」 「大丈夫ですよ。そこら辺は大人の事情というやつでスカッと解決すると思いますから」 「じゃあ、一緒にお勉強する記念として、秘蔵の大学ノートをプレゼント!!」 「おいおい。貴重な私財を擲っていいのかよ」 「大丈夫だよ。廃品回収でたっぷりもらってるから」 「秘蔵じゃねーぜ」 「会長さんは……優しいんですね」 「自慢の生徒会長さんなのです」 「あはは……」 「だから、ロロットも――」 「ロロット。手が止まっていますよ」 「あわわわ! いけませんっ。もうゆとりの時間はないのでしたっ」 「もうすぐお昼ご飯だから、がんばろうっ」 「はいなのですー」 ようやくお待ちかね、お昼の時間がやってきた。 「いただきまーーっす♪」 「お代わりもあるからね」 「ぱくっ……ん……」 「ひいっ、辛いっ!」 「けど、後を引かない辛さで、すっごく美味しいです〜〜」 「とてもクリ〜ミ〜な味わいですね」 「これが会長さん家のカレーライスなんですね」 「今日は牛乳を多めに入れてるんだ。もし辛かったら普通に飲むといいよ」 「わーい。会長さんのミルクです〜〜♪」 「ああ、もう。口の周りについっちゃってるよ」 「んっ、んん〜〜」 「ははは、まるで赤ちゃんだなあ」 「赤……ちゃん……?」 「わからないことがあった時は、すぐにガイドブックを開くのです〜」 「家族が愛を育むことで生まれる新しい命ですか」 「そうです。そして私がまるで赤ちゃんのようだと――」 「って、会長さん! それってどういうことですかー!?」 「だって人にお口を拭いてもらうなんて……ねえ」 「くすくす。だらしないですよ、ロロット」 「少しはしゃいでしまっただけなのです。いつもは華麗にテーブルマナーをこなしてみせますよ」 「けど、それは堅苦しくて、お料理を楽しめないのでしょう?」 「そうなんですよ〜〜」 「まあまあ、ゆっくり焦らずね」 「というわけで、お代わりです!!」 「もう食べたんだ」 「あ、あの……その……わ、私も……お願いしていいですか?」 「揃いも揃ってかい。ちゃんとしっかり噛んで食べないとダメだぞ」 「はーい」 「はーい」 「しっかし、あの二人は仲が良いね〜」 「そうか? 俺様には魔王様と天使の方が仲良さそうに見えるぜ?」 「そりゃあ、生徒会の仲間だし」 「その割にはスキンシップが激しいぜ。同じことをヒスやソバに出来るのか?」 「そっ、それは……。な、なんというかロロットは放っておけないというか…… だって僕、先輩だしっ」 「リアちゃんにそんなことされてんのか!? だとしたら生かしちゃおかねーぞ!?」 「されてないされてない!」 「だとしたら……」 「さーて、お代わり輸送〜〜」 「おい、こら! 待ちやがれ!」 「お帰りなさいです〜〜♪」 「あ、う、うん」 「もしかして、お代わりなかったんですか?」 「いやいや、そうじゃないんだけど……」 うう〜〜パッキーが変なこというから妙に意識しちゃってるじゃないか……。 「は、はい。どうぞ」 「ありがとうございます〜」 「はい、エミリナも」 「日々の食事に感謝いたします」 「いただきまーす」 「もぐもぐ。美味しいです」 「それはもう! 自慢の会長さんですから!」 「ロロットったら、さっきからそればっかり」 「私も会長さんをしっかり見習って、立派なお嫁さんになるのです」 「ちょっと!! お嫁さんって、どういうことだーーっ」 「ほらほら、会長さんもお口にたっぷりカレーがついてますよ」 「拭いてあげますね〜♪」 「い、いいってば――」 「さっきのお返しなのです〜〜」 「先輩だから、じゃねーのか?」 「う、うるさいよっ」 「くすくす。変な会長さん♪」 「もしかして、エミリナもしてもらいたいんですか?」 「ちちっ、違いますっ」 「またお代わりかな?」 「エミリナは食いしん坊ですからね〜〜」 「ロロットには言われたくありませんっ」 「よし、ごちそうさまでした」 「ふぃ〜〜お腹もいっぱい幸せいっぱいです〜〜」 「ふふふ。ロロットはお腹いっぱいになるとすぐ寝ちゃうんですよね」 「大丈夫ですよっ! 今日はちゃんと会長さんがついていますからっ」 「僕も眠くなってきたかも……」 「だったら一緒にお布団へレッツゴウなのです」 「一緒に布団って、なっ、ろ、ロロットっ!?」 「くすくす、冗談ですよ♡」 「はぁ……ビックリした……」 「さーー。ラストスパートですっ。がんばりましょー!」 「おっ……、おーう!」 「ロロットが……いつも笑顔でいられるのは……」 「ロロットには……この人がいるから……」 「このままじゃ……ロロットは……。なんとかしないと……」 「ああだこうだ」 「ああだううだ」 「やんややんや」 「なにやってんだ」 打ち合わせが長引くと、そのまま僕の家にくるのが、いつの間にやらお決まりになっていた。 「――というのが、聖夜祭なんですよ〜♪」 「なるほど〜〜」 「しかし、その聖夜祭は流星学園の生徒しか楽しめないものらしいです」 「えっ……そうなのですか……」 「となるとエミリナやじいやと一緒には……とても残念なのです」 「まあ、それを……今年は変えられないかなあって」 「さすがは会長さんです!」 「違う違う。みんなでそう決めたでしょ」 「えへへ、そうでした」 「先月のキラフェスでたくさんお世話になったし、少しでも恩返しが出来ればと思ってね」 「どのように、するのですか?」 「今年の聖夜祭はね。生徒が主体になって、流星町の人を招待できないかなあと」 「ということは、じいやもエミリナも一緒に楽しむことが出来るというわけですね!!」 「そうすれば、校門よりも先の場所へ行けるだろうし。二人で探検も出来るんじゃない?」 「流星学園の敷地内も、凄いきれいで素敵なんですよ〜〜!!」 「というか、日曜日とかなら普通に入れるけどね」 「ああああ、そうでしたーーっ」 「あら……? もしかして、あまり興味がありませんでしたか?」 「い、いえ、そんなことはありませんっ」 「学園は面白いものが多いからね。結構、楽しいと思う」 「そうそう! 学園にはですね……フィーニスの塔という、謎めいた建物があるのですよ」 「フィーニスの……塔?」 「なんでも毎回足を踏み入れる度に構造が変わるとか、60階の頂上にはどこぞのお姫様が囚われているとか」 「ええ!? 10000階あるんじゃないんですか!?」 「まあそんな噂があるってだけで、実際に入った人は誰も――」 「フィーニスの塔なら、お姉ちゃんが入ったことがあるみたいだよ」 「なんかやり直しが利かなくて辛いとか言ってたけど」 「その方がスリリングで楽しいと思うけどなあ」 「人生にリセットは利きませんからね」 「それでですね。今年の聖夜祭はフィーニスの塔を囲んでしようという話をしているのですよ」 「どれもこれも、生徒総会で承認を得なくてはダメだけれどね」 「余裕っしょ!」 「はぁ……♡ 皆さんと一緒に過ごすクリスマス……今からとっても楽しみです〜〜♪」 「その聖夜祭、とやらはいつ頃にやるのですか?」 「12月24日。クリスマスイヴに拍手喝采、大開催♪」 「12月……」 「たった1ヶ月くらいの辛抱ですよー」 「それだと、リ・クリエが……」 「え!? い、いいえ……12月なんですね!」 「余裕があると思っていても、準備してたらあっという間だかんね」 「そうね……魔族の動きも気になるし……」 「これから色々と大変になっちゃうかもね」 「楽しいことのためなら頑張っちゃいますよ! そうですよね、エミリナ?」 「えっ、ええ……」 「そんな調子ではせっかくのハッピーライフが楽しめませんよっ。ほら、元気よくいきましょー!! おーっ!!」 「おっ、おおーっ」 「おい、天使ども」 「ふぇええ!?」 「浮かれるのは大いに構わねえがな、大事なことを忘れるんじゃねぇぞ」 「なっ、なんなんですかいきなり」 「目先の利益ばっか追って、身近な問題から目を背けてはいけないぜ」 「お腹が減りましたね」 「おお、確かに!!」 「というわけで、シン様。ご飯、作ろうぜ」 「作ろうとか言って、君は見ているだけじゃないか」 「それなら私がお手伝いしちゃいますよ!!」 「食べ物を粗末にしちゃあいけねーぜ」 「なにを言ってるんですか、パンダさん!!」 「私一人だけだったらそうなるかもしれませんが、会長さんと一緒なら大丈夫なんです!!」 「そうですよねー、会長さん♡」 「ケッ、お熱いこった。だったらさっさと作りやがれ。俺様はリアちゃんと遊んでる」 「パーちゃん、めっ。今は聖夜祭の打ち合わせで忙しいんだから」 「しゅ〜ん。大人しくしてます」 「願ったり叶ったりだね、パッキー」 「じゃあ、行きましょう。ほら、エミリナも♪」 「それでやっぱりカレーライスですか!?」 「なんかそれを言われると変えたくなるなあ……」 「ええ〜〜っ。別に嫌味で言ったわけじゃないのですよ?」 「そうだっ、確かナナカの――」 「カレーライスがいいですよね、エミリナ」 「わ、私はなんでも……」 「会長さんのカレーライスがいいのですぅーー」 「きゃーー」 「ほらほら、じゃれてないで。大丈夫だよ。カレーの文字は残してるから」 「カレーライスなのに、カレーじゃない」 「その名も――」 「カレーうどんとは考えたな」 「考えるもなにも、簡単に調達できる材料があるからね」 「ナナカの汁を使わせてもらったよ」 「ほほ〜〜会計さんのお汁ですか〜」 「アタシん家のソバ汁ね」 「うう〜〜ん。とっても美味しいのです〜〜♪」 「ああ、もう。ロロット、口の周りが大変なことになってるぞ」 「んっ、ん〜〜っ」 ティッシュでロロットの口を拭いてやる。 「えへへ。ついつい夢中になっちゃいました〜」 「くすくす。ロロットちゃんったら、赤ちゃんみたい」 「赤さん!? ち、違いますよ!! これはですね……え、え〜〜っと」 「男女の親交が深まるとですね、一時的に幼児退行してしまう現象が起きる場合もあるのだそうです!」 「どんな変態プレイだ?」 「変態ではありませんっ。私達は健全な間柄なのですっ」 「へえ〜〜。シン君とロロットちゃんって、いつのまにかそんな仲良しになったんだ〜〜」 「ど、どうですかね?」 「いや、私に聞かれても」 「ちょっとシン! ロリコンは犯罪よ!?」 「そうよ、不純すぎるわ!!」 「幼児退行しただけで人を幼子扱いしないで下さい!! お二人とは学年が1年しか違わないんですから!」 「ごちそうさま〜〜」 「ナナカちゃん、聖沙ちゃん。お片付けしよ」 「いいや。まだ、話が終わって――」 「い・い・か・ら♪」 「わ、わーー!」 「よーし、まとめ続きでもしよっか」 再び聖夜祭のことについてまとめる作業。 ロロットと二人で、楽しい聖夜祭を思い描く。 ロロットは、それを事細かに――場合によっては大袈裟に――エミリナへと伝える。 それなのに、なぜかエミリナの反応がおぼつかない。 僕からしてみれば、糠に釘を打ってるようにも見えた。 「エミリナ……もしかして迷惑なのですか?」 「さっきから、ずっとつまらなそうにしているから……」 「い、いいえ……それは……その……」 「私は……エミリナにも楽しんでもらいたい」 「エミリナと一緒に、楽しく過ごしたい。だから一緒に楽しめる聖夜祭ならと思って……」 「もし、それが迷惑だったら教えて下さい。もうしませんから」 「そんなことはありません!! 私もロロットと一緒に……」 「だったら一緒に考えましょう!!」 楽しさを分かち合おうとするロロットがいる。 こうして誰かを巻き込んで、我が道をどんどんと切り拓いていくのだろう。 僕は、そんなロロットと一緒に生徒会活動をこなしてきたのだ。 「じゃあさ! せっかくだから、ここの部分はエミリナの意見で決めちゃおう」 「ええ〜〜!?」 「責任重大ですよ〜〜」 「ひ、ひえー」 「あはは、心配しないで大丈夫だよ。ちゃんと責任は僕らが持つから」 「ええーー!? そうなんですか!?」 「ちょっと、ちょっと!!」 「もう……向こう見ずなのですから、ロロットは……」 きっとロロットは、今エミリナにしていることを……ずっと僕にしてきてくれたんだな。 「どうも〜っ」 お世話になっている店主さんに挨拶をする。帰路、僕は休日の散策としゃれ込んでいた。 「日曜日の商店街って僕は好きだな。平日と違って、独特のワクワク感があってさ」 「自室に遊び道具なし。ショッピングする金もなし」 「散策と称して自己を洗脳しつつ、有能な人材がいないかマンウォッチングとは、さすが魔王様だぜ」 「なぜ、そう悪意に解釈するかな君は?」 「……っと! おおう」 少し向こう、夕霧庵の軒端。出入口の戸を拭いていたナナカと目があって、軽く会釈する。 ナナカも僕に笑顔で目礼し、手早くケースを拭き終えてから、店内へ戻ってゆく。 「ありゃ……ソバと痴話喧嘩でもしたのかい、魔王様?」 「ううん。どうして?」 「普段のソバなら、魔王様に肉薄して、キャッキャキャッキャ話しかけてくるぜ」 「いつもならね。だけど今はお店を手伝ってるんだ」 「ナナカはああ見えても、仕事とプライベートをきっちり分けるタイプだよ」 「魔王様もソバも不器用なだけじゃね?」 「まあ、いいか。働きぶりを冷やかしがてら、天ザルでもゴチになろうぜ」 「はいはい、また今度ね」 「遠慮しすぎだぜ。行列はねーし、メシ時の修羅場も終わってんだろ?」 「たしかに土日は、食事時にものすごく忙しくなる事はないよ」 「その代わり、いつまでもお客さんが途切れずに、ゴハンを食べに来るものなんだ」 「なるほど、そりゃいかんぜ」 「そこらの客の前で、いつもの夫婦漫才おっぱじめたら、魔王様の体面まるつぶれだ」 「それに天ザルなんて贅沢品を食べる、お金持ってないし」 「本当の理由はそっちかよ!」 「あたっ……! どうもすみません、お怪我はありませんか」 「いえ、それがしの方こそ、失礼つかまつった」 「なんだ薙刀小娘じゃねーか。慌てて走って、どーしたい?」 「部活帰りかな。こんにちは、紫央ちゃん」 「おお、これはシン殿に物の怪ではありませぬか!」 「只今それがし、悪党に追われておりまして……できれば匿っていただきたい」 「悪党だって? まさか魔族――」 「見つけたー!!」 「咲良クン、紫央を捕まえてちょうだい!!」 「え? そんな事いきなり言われても……こ、こうかな? きゅ……っと」 「シ、シン殿、そんな風に小指と小指を絡めて手を握られると、それがし照れてしまいますぞ……?」 「あっ、なんてふしだらなななな! あなたは生徒会長失格だわ!」 「聖沙がこうしろって言ったんじゃないか」 「言ってねー」 「紫央に手を出さないで! とうっ!!」 駆けつけた聖沙が、見事な手刀で紫央ちゃんと僕を切り離す。そして、流れるような動作で、聖沙は紫央ちゃんの手をしっかと握る。 「ふふん! つーかまーえたー♪」 「ハッ!? う、裏切りましたなシン殿。それがしを戸惑わせ、油断させるとは……さすがは生徒会長ですぞ」 「そんなパッキーみたいな褒め方はやめて!」 「――って、悪党は聖沙の事だったのかい?」 「失敬な! 私は紫央と一緒にお買い物したいだけよ」 「さあ、お洋服屋さんへ行きましょう」 「ぎ、御意! それがしも武人のはしくれ、此の期におよんでは、潔く観念いたしましょう」 「ただし! ……そ、それがしを着せ替え人形にするのは無しですぞ?」 「しないしない。紫央が嫌がる事なんてしないわ」 「……や、約束ですぞ?」 「うーん、一件落着したのかな? じゃ、お邪魔しちゃ悪いね、僕はこれで」 「待ちなさい咲良クン!」 「すぅーーー。はぁーー。……キッ!」 「紫央をつかまえてくれた件に関して、咲良クンにお礼を言う事はやぶさかではないわ」 「要約すると?」 「ムッ! 重ね重ね、感謝いたします。ぺこぺこぺこ!」 「いやいや、これちらこそ。ぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこ」 「キィッ! このままでは負けてしまう。かくなるうえは土下座しか――あっ!?」 「私を手玉にとって、素直にお礼を言わせたわね?」 「ふん、いい気にならないで! それで私に勝ったつもり? 今のはわざとお礼を言ってあげたんですからねっ」 「姉上、その言い訳は苦しいかと……」 「んぐぐ……ち、ちょっと待機してて咲良クン!」 「シン様よ、ヒスのやつ必死で言い訳考えてるぜ?」 「わわっ、パッキー! しぃーっ」 「うーんうーん……ムムム?」 「あ、姉上、ここでシン殿に会えたのもご縁ですぞ。我等のお買い物に、付き合ってもらってはいかがですかな?」 「し、紫央ちゃん、そんなの聖沙が承知するはず無――」 「そうね。咲良クンの都合がよければ、ご一緒願いたいわ」 「み、聖沙……?」 「馬鹿な……聖沙が僕を誘うなんて、これはきっと夢なんだ」 「目を覚まして現実世界に戻るには……パッキー、僕を力いっぱいにぶってくれ!!」 「承知したぜ」 「ぐはぁっ!」 「い、痛い。くぅ……けど、まだ目が覚めない。もっとぶってくれ!」 「シン様、ひどく赤面してるぜ?」 「な、何やってるのよ……?」 「い、嫌なら別について来なくてもいいのよ?」 「でも、ほら、えっと……そうそう!」 「流星町は平和だけど、お休みの日には浮かれてる男子がいるかもしれないでしょ?」 「そんな人に、紫央がナンパでもされたら大変だもの」 「姉上、お言葉ですが、それがしは自分の身くらい自分で護れま――」 「……じろりっ」 「くひん……!」 「咲良クンがそばに居てくれたら、一応、ボディガードになるわ」 「あ、そういう事か。分かったよ。ついでに荷物持ちも」 「ええ……まったく理解が遅いんだから、生徒会長失格よ」 「さあ、行くわよ」 「やれやれ、厄介な二人だぜ」 「同感です」 「ビックリしたわ」 「はい、まさか品物を選ぶ前に、割引宣言されるとは」 洋服屋さんの軒端で、聖沙と紫央ちゃんが目を丸くしてる。 「咲良クンて顔が広いのね。お洋服屋さんとも知り合いだったなんて」 「うん、ここの店主さんからは、端切れをもらってるからさ」 「いろんな端切れを集めて、パッチワークでエプロンを作ったり、こたつカバーにしてみたりね」 「それで、出来がよければ、ここに陳列してもらえるんだ」 「もちろん、納品せずに、僕が個人で使ってるのもあるよ」 「ふーん」 「ご、ごめん、所帯じみてるよね、こんな話」 「い、いいえ! そんな事ない。素敵な趣味だわ」 「あっ!? 素直にお礼言ったわね? これでさっきのは引き分けよ!」 いつもの聖沙の反応。 僕は自分でもよく分からないけど、ホッとする。 意外にも、聖沙が愛用しているのは高級ブティックではなく、僕やナナカも馴染みにしている商店街の洋服店だった。 聖沙は店頭にならんでいる、お買い得品の洋服を、楽しそうに見てゆく。 「紫央、そっちは紳士服のコーナーよ?」 「ギャル物の隣が紳士服とは、カオスだぜ」 「ちいさなお店だからね。慣れれば使い勝手がいいんだよ? 家族で気軽に来れるしさ」 「あ、姉上、それがしも端切れに協力したく存じます。ここはスカートではなく、無難にジーンズを購入――」 「そんな地味なの駄目! 紫央は絶対に可愛らしい服が似合うんですからね!」 「たとえば――うん、これなんか素敵ね」 聖沙が女の子女の子した洋服を手にとり、紫央ちゃんにかざす。 「聖沙ってセンスいいんだ。よく映えてるよ紫央ちゃん」 「もちろん! 紫央のためですもの」 「そ、それがしは、当世のイナセな着物は……」 「そうね、他にもっと似合う服があるはずよ――まあ!! これなんてどう?」 「あ、あああ姉上、そんなフリフリでピラピラした服は……い、色はそれがしの好みなのですが」 「薙刀小娘にお人形さんみたいな服か。マニア心をくすぐるぜ。俺様、ヒスを見直した」 「そ、それがしのような無表情な女童に、そのようなフリルがどびゃ〜っとした着物は――」 「なに言ってるのよ。紫央はすっごく表情豊かだわ。ただ仲良くならないと、それが分かりにくいだけ」 「い、否。それがしは武道を通じて不動心を学んでおります。いたずらに顔付きを変えたりなどは――」 「ななっ!? もっと良いお洋服を発見したわ! ほらほら、今までで一番上品!」 「ひぃ!? そ、そんなドピャラ〜ッとしたドレスを、一体どこで着ろと……!!」 「おっほん! 姉上、それがしを着せ替え人形にはせぬと、申されたではありませんか」 「ええ、だからしてないわよ? 色んな服を紫央にさし掛けてるだけ」 「ふ、不覚! たばかられました」 あ、そーか……! 本物の姉妹のようにたわむれている聖沙と紫央ちゃんを見て、僕はふと気がつく。 先程ぶつかった時、紫央ちゃんは本気で逃げてたわけじゃないのだと。 洋服選びが嫌で仕方ないのなら、僕の手を振り払って、何処かへ逃走すれば事足りる。 聖沙にしてもそうだ。 僕を誘ってくれた紫央ちゃんの――妹の顔を潰したくなかった。 だから、あーだこーだと理由をつけて僕を同行させて……いいな、この二人の関係って。羨ましいや。 「結構、時間がかかってしまいましたな」 「くすくす、楽しい時間はあっという間にすぎるって本当ね」 「お役に立てず、申し訳ない」 「もが、もがもが」 僕はパッキーの口を塞ぎながら、二人に謝る。 「咲良クン、私は『楽しい時間』って言ったのよ? 頭をあげて」 「ぐいんっっ」 「って、ふんぞり返らないでちょうだい!!」 「姉上、これからどちらへ参りましょう? まだ時間がありますし、いつものようにブラックマのお店へ――」 「わー、わーっ、わー!」 「むぐっ、むうううっ」 「さ、咲良クン、なにか聞いた? 聞いてないわよね? そう、それでいいのよ」 「ブラックマのお店か〜〜。可愛らしいね、聖沙は」 「ちょっとあなた!」 聖沙が紫央ちゃんの口を解放して、僕に詰め寄ってくる。 「わ、私が通うわけないでしょう! そ、そんなお店!!」 「そ、そっか。なら、いいんだけど。洋服店ならともかく、そっちは僕も恥ずかしいし……」 「あら……?」 「くすくす……にやり」 「あ、姉上、ご尊顔に悪代官のほくそ笑みが――」 「キッ!」 「な、なんでもありませぬっっ」 「咲良クン、次はブラックマのお店に行くわよ。荷物持ちしてくれるんでしょ?」 「え、ええぇっ!?」 「ま、待ってよ! たった今、行かないって言ったじゃないか!」 「ふんっ、何年何月何日何時何分何秒に言ったのよ!?」 「み、聖沙……!」 「はあぁ〜、まったく仕方ないね。今日は最後まで付き合うよ」 「くふふ、逃げようと思えば逃げられるのに、シン殿もそれがしと同じですな」 僕は清々しく観念し、聖沙と紫央ちゃんと並んでファンシーショップへ向かう。 「もが、も……が……がくん、グッタリ――」 「いい日だったね、パッキー」 「あれれ? 寝ちゃったんだ?」 「すや……すや……すや……」 「おやすみパッキー。だけど、僕の夜はまだ終わってないよ」 「マフムゥ!? リ、リアちゃん……そ、そうとも俺様たちの夜はこれからだぜ。すやすや」 「リアちゃん、みなまで言うな……すやすや、俺様は女に恥かかせたりしねーぜ」 「寝言なの、パッキー? 僕はシンだよ?」 「ぐはっ!? な、なんて凄い力だ」 「はあ、はあ、むはぁ! や、優しくしてあげるぜ……すやすや!!」 「ち、ちょっと! 寝ボケたヌイグルミに、人違いで初体験を奪われそうになってる、思春期の男子の身にもなってよ!!」 「はあ、はあ、はあ……口では嫌がってても、ココはもうこんなに……すやすや」 「もうこんなにじゃないよ!!」 「ほらリアちゃん……ササミも俺様達を応援してるぜ。すやすや」 「き、君はリア先輩に、そんな変な口説き文句を言うの?」 「コケーコッコッコ!」 「あれ? なんかササミの声が近づいてる?」 「リアちゃん、怖がらなくていいんだぜ? はみはみはみ……すやすや」 「ぞわわわっ、耳を甘噛みしないでってば!」 「安心しなリアちゃん! 俺様、すやすや、責任とるぜ!!」 「そういう事を論じてるんじゃない! てゆーか、ヌイグルミのパッキーが、どう責任とるんだよ!?」 「そりゃあ……すやすや……」 「いいよね、いいよね! ごめん……ね……っ、う! すやすや!!」 「なんて夢を見てるんだ君は!!」 「コケコッコー!!」 「ササミ、どうしてココに!? 誰がドア開けたの!?」 「コケーコッコッコッ」 「ちょっ、やっ、やだ! やめて!!」 「って、あああ!? 咲良クンとパッキーさんが、抱きあって……」 「誤解だよ、僕は寝ボケたパッキーに襲われて、一方的に抱かれてるんだ!」 「羨まし――じゃなくて、幼稚よ!!」 「た、助かった……!」 「ちょっとササミ、もう食材横取りしないでよ!」 よく見ると、聖沙はカプリコーレのマークがプリントされたレジ袋を片手に下げており、その中身をササミが狙っている。 「はい、ササミ」 「コケッ」 気絶してるパッキーを口にくわえさせた。 そして、そのままササミは庭へ戻っていく。 「下味をなじませるのに時間がかかるの。もうしばらく待ってね」 「け、けがらわしい!!」 「違う! ちがーう! 寝ぼけたパッキーが、僕に襲いかかって来たって説明したでしょ!!」 「ま、守ったけど……じわっ」 「あ、血の涙……本当なのね」 「目が覚めれば、いつものパッキーに戻ってると思うよ」 「聖沙が夜食を作りに戻って来てくれたのに、常軌を逸した現場を見せちゃったね」 「カプリコーレで買った良い食材も、ササミに半分食べられちゃって……」 「ふ、ふん! 勘違いしないちょうだい!」 「咲良クンがお誕生日だから、みんなに内緒で手料理を作りに来たんじゃないわ」 「ええーと……あの、それは……そ、そうよ!」 「テストだから!」 「今回の試験に、調理実習はないよ?」 「お料理はどうでもいいの!」 「聖沙は、わざわざ夜更けに、どうでもいい事をしにくるの?」 「どうでもいいわけないでしょ!!」 「咲良クンの脳が栄養不足で、テストの時に実力出せなきゃ困るもの」 「私、そんなあなたに勝ったって、嬉しくもなんともないわ」 「だから、ご飯を……でも……」 「ササミに取られた分は僕が弁償するよ」 「やめて!!」 「そ、そんなの……お生憎さま! 別に落ち込んだりしてないんですからね!」 「私はお料理が得意だもの。残った食材で、美味しいものを作ってみせる!」 「うん! テスト対策ばっちり調えて、勝負しよう!」 「は、はじめて私に勝負を挑んできたわね?」 「そうだっけ?」 「ふふん、仕方ないわね、受けて立つわ!」 〈下拵〉《したごしら》えがすむまで、僕と聖沙はテスト勉強をする事にした。 「……ちらっ」 「演習を解いてるといつも思うわ」 「小学生の時は問題文が『〜〜しましょう』って敬語だったのに、中学にあがった途端『〜〜せよ』って命令文になったでしょ?」 「わかるよ、その理不尽な感じ」 「僕も牛乳キャップの『あけろ』表示に腹を立てた口さ。お客様に向かって、それはないんじゃない? ってね」 「??? 知らないわ? そんな高圧的な牛乳があったかしら?」 「ううん、ないよ。間違えて『あけ〈口〉《ぐち》』を『あけろ』と読んじゃったんだ」 「ムッ! 負けないわよ。子供の頃は折り紙の『のりしろ』を『糊しろ!』だと思い込んでたわ」 「僕なんて理科のテスト問題で『日光が無ければどうなりますか?』に、『修学旅行へ行けなくなる』と解答したよ」 「なによ! 私なんて枕詞の事を、男の人と女の人がベッドの中で交わす会話だって思ってたんですからね!」 「そんなの、どうって事ないさ」 「僕は中学の頃、なんだか分からない間違いで、辛い目にあったよ」 「図書室で『SM小説を貸してください』と言ったら、その場にいた女子一同からヒンシュクを買ったんだ」 「ち、ちょちょちょちょっと、咲良クン!?」 「アレほどまでに、みんなが顔をしかめた理由が未だに謎だよ」 「当たり前でしょう!!」 「ど、どうしてなの?」 「なぜって……ハッ!? あなたまさか、SF小説と勘違いしてるの?」 「そうじゃないの?」 「だって僕、クラスの友達から、SFは『サイエンス・フィクション』の略で、SMは『すっごく・満足できるSF』の事だと教えてもらったよ?」 「違うわよっっ、咲良クンはからかわれたのよ!!」 「そうだったのか……じゃあ、本当のところSMは何の略なの?」 「あの、だから……え、SMっていうのは、その……」 「うんうんうんっ?」 「サ、サササ……あぁ、うぅー!」 「あれれ? 聖沙も眉をひそめてるね?」 「んぐぐぐ……!」 「キィーー! わざとじゃないようだから許してあげるわ! ありがたく思いなさいよね!」 「あ、ありがとう?」 「お料理してくる!! 咲良クンは、ここで待ってなさい!!」 おや? いつの間に、勘違い合戦がはじまったんだろう……? 「オヤスミナサイ」 「うん、おやすみ。ご飯、美味しかった。ありがとう」 「お、お礼を言われるほどのもんじゃないわ。あんなの……」 「本当はカレーライスを作りたかったのよ」 「そっか、聖沙はカレーライスが好きだったね」 「あ……!? ち、違うわよ!」 「カレーなら日持ちするでしょ? 数日続くテストにはもってこいよ」 「そうとも、3日目が一番美味しいもんね」 「な、なによ! ふん、分かったわよ! 今度作りなおしてやるわよ!」 聖沙はジャンプし、足首を屈伸させて軽く準備体操をする。 「バイバイ!」 「ねえ、もう一度だけ聞くよ? ホンッッットに送らなくていいのかい?」 「全力で走って帰るから大丈夫よ」 「そ、それに……お家まで来るのは、もうすこし待って……」 「……じゃあね!!」 聖沙が走り去る。 軽快な靴音は、すぐに夜の闇にかき消されて、聞こえなくなってしまった。 代わりに、ヌイグルミの寝息。 「うわ、パッキーがササミの布団になりかけてる……けど、こんな寒空で寝ると風邪ひくよ?」 「すやすや、ああ、憧れのリアちゃんとついに……むにゃむにゃ、まるで夢のようだぜ……すやすや」 「いや、ソレ夢だってば」 「ササミ、ちょっとごめんね」 パッキーを回収して、僕は自室に戻る。 「……なんだろう、このフワッとした感じ?」 「あったかい匂いがする? どうして……」 「……あれっ!?」 「鍋いっぱいに、味噌汁が作ってある」 誰が? いつ? そんなの分かりきってるじゃないか。 僕はお椀にすくって、まだ熱い味噌汁を飲む。 カレーライスと同じで、味噌汁は各家庭ごとに味が異なる。 「うまい! これが聖沙ん家の味なんだね」 一日目のテストが終了した。 僕と聖沙は、どちらからともなく生徒会を自習室にして、今日もテスト勉強をする。 お堅い言い方をすれば、本来の使用目的から外れてるけど、これくらいの役得は許されるだろう。 「いーんじゃね? リアちゃんは内緒で認めてくれたぜ? もぐもぐ」 僕の心情を読んだらしく、パッキーがフォローしてくれる。 「パッキーさん、なに食べてるの?」 「それ柏餅じゃないか。いつ買ってきたんだい?」 「やれやれ、二人とも気付いてなかったのかよ?」 「2時間ほど前にリアちゃんが様子を見に来て、差し入れに置いていったぜ」 「し、しまった! 黙ってりゃ、3つとも俺様のものだったのに!」 「ひとり1個ずつだって、お姉さまに言われなかった、パッキーさん?」 「き、気付いてやがったのかヒス?」 「いいえ。でも好きな人の事くらい分かるわ」 「パッキーさんて、愛する〈女性〉《ひと》の言いつけを破るのね……」 「ク、ククク……もちろん冗句だぜ?」 「根つめて勉強ばっかしてねーで、ここらで一息入れたらどーだ、お二人さん?」 「そうだね、それじゃ僕がお茶を淹れ――」 「待って!!」 「咲良クン、あなたは日本茶かコーヒーにするつもりでしょう?」 「うん、そのほうが和菓子に合うからね」 「座ってて! 私が紅茶を淹れます!」 「な、なによ、その不服そうな返事は!? 淹れ方次第で、和菓子のお味を引き立てる、紅茶になるんですからね!」 「う、疑ってるわね? 見てなさい、勝負よ! 吠え面をかかせてやるんだから!」 聖沙が紅茶を淹れている間に、日が暮れてしまった。 不思議な事に、テスト期間中は、何故か魔族の活動が小康状態にある。まるで魔族が、テスト問題の作成や試験監督、答案用紙の採点で忙しいかのように。 「ずず……もぐもぐ」 「んくっ、ずず……」 「うん。いいお茶だったね」 「ム……ッ」 「柏餅も美味しかったね。はなむらの逸品かな?」 「ムムゥ……」 「えっと……」 「……キッ!」 「へへーっ、感服いたしました。濃い紅茶が、これほど和菓子に合うとは、不明にして存じあげませんでした」 「分かれば、よろしい!!」 「ふふん、私の勝ちよね?」 「……聖沙、どっちが後片付けするか、ジャンケンで決めよう」 「僕はチョキを出すよ」 「え……!? えっ!?」 「じゃんけんホイッ」 「ホ、ホイ!」 「〜〜っ」 「シン様は手の内明かしたのに、なんでパーを出しやがるんだヒスは?」 「ムッキィーーー!!」 「さあ、テストは残すところ明日一日だよ。勉強を再開しよう」 「仕方ないわね、今回のテストはみんな危ないもの。あとちょっと付き合ってあげるわ」 「あっ!? ま、待ちなさいよ!!」 「咲良クンが変な意地を張ったせいで、お茶の時間にお喋りできなかったじゃない?」 「だから今しましょう。きちんと勉強しながら!」 「意地なら、聖沙も相当なものだけど……」 「な、なによ! 咲良クンのせいでしょ!」 「もし今回のテストで、あなたが1位じゃなかったら……」 「聖沙は万々歳かな?」 「私が1位で咲良クンが2位ならね……」 「それか、いつものように咲良クンが首席で私が次席……それ以外の結果はイヤよ」 「私達の間に誰かが入り込んだら、勝負が台無しになっちゃうもの!」 「???」 それだったら、1位と2位である必要はない。僕たちが251位と252位でも問題ない事になってしまう。 もっとも、それを言ったら、聖沙に叱られるだろうけど。 「わかった!? 咲良クン!」 「う、うん、僕がいい点とれるように、こんな遅くまで一緒に居てくれたんだね」 「ありがとう。聖沙は暗いとこが苦手なのに」 「そ、そんなことあるわけないじゃない!」 「け、けど……ただ、ちょっとだけ……不安になるというか……」 「聖沙?」 「私ね。かなりはやい段階で、お父様とお母様におねだりして、子供部屋を与えてもらったの」 聖沙はそれ以上何も語らず、僕の目を見つめてくる。 聖沙の事をほんの少しでも知っていれば、誰にだって分かる事だ。 多忙で帰宅時間が遅い両親に心配をかけたくないが故に、聖沙は子供部屋を欲したのだろう。 そして、それはすぐに叶えられた。 もちろん両親は帰宅後、子供部屋のドアをこっそり開けて、幼い聖沙の寝顔を見たに違いない。 そして、安心した。 けど、その頃の聖沙は? 人は一人きりで眠れるようになるまで、日数を要し、その間に色んな想いを経てゆく。 幼子だった聖沙は、誰よりもはやくそれを達成した。 「……でも、だから普段の夜は平気なの」 「私は幼い頃に、一番怖い夜を経験したおかげで、魔族がはびこってる夜なんて、どうって事ないわ」 「ふ、ふっふーん、咲良クンは、そんな夜を経験した事があるのかしら?」 「僕は子供の頃に父さんと一緒に寝た夜が、今までで一番恐ろしかった」 「ちょっと咲良クン! それは、あんまりだわ! 訂正しなさい!」 「いやだ。聖沙には僕が味わった恐怖が、わからないんだよ」 「お父様のそばで眠ったのが怖かっただなんて、そんなの……そんなの……っ!」 「だってさ、父さんは人食いザメが肉薄してくるメロディを口ずさみながら、ヒゲがチクチクするホッペタを、一晩中僕に近づけてきたんだよ?」 「多分、僕がはしゃいで、なかなか寝つかなかったせいだと思うんだけど」 「それって、あなたが悪いんじゃない」 「くすくす……本当に、お馬鹿なんだから」 最終下校時間を過ぎ、僕たちは警備員さんに追い出されるようにして、下校する。 「パッキーは眠っちゃってる。結構、遅い時刻だね」 「そうね。でも私は大丈夫よ?」 「ああ、僕も平気さ」 「ど、どうしてあなたまで準備体操するのよ?」 「これから走るからに決まってるじゃないか」 「ま、まさか……!?」 「送るよっ」 「イヤよ!」 「聖沙っ」 「ちょっと! ついて来ないでよ!」 「暗いところが好きじゃないって言ったよね?」 「も、もう忘れたわよ、そんな話!!」 「どうしてこんな場所に来るの? いつも聖沙が帰る方向と、違うじゃないか」 「うっ、うるさいわねっ、こっちが近道なのよ!」 「僕をまこうとしてない?」 「ぎっくぅ!?」 「聖沙は運動音痴なのに、その足の速さはなに?」 「私は咲良クンから逃げる時だけは、死に物狂いで走れるのよ!!」 「命をかけるほどの事なの!?」 「またここに戻ってきた。結局、遠回りじゃないか」 「文句があるなら帰りなさいよ! 私にひっついて走るなんて、みっともないわね!」 「じゃあ二人で並んで歩けばいいんだ。そしたら全然普通だよ」 「お断りです! 誰が咲良クンなんかと!!」 街灯の向こう、息も乱さず軽やかに駆けていた聖沙の姿が、唐突に消え去る。 「ぐ……!」 「路地か!? しまった、見失った……!」 この辺りは、流星町でも、とりわけ高級住宅が多い地域だ。力走の鬼ごっこで攻めても、土地勘がある聖沙のほうが有利というわけだね。 「すうぅぅっ」 「みぃーーーさぁーーーー! おぉーーやぁーーーすぅーーーみぁーーー!!」 「大声で挨拶しないでよぉー、恥ずかしいわねぇー! ご近所に聞かれたらどうするのよぉー!!」 「充分すぎるほど聞かれてるぜ?」 「パッキー、もう起きたんだ?」 「走って揺られて、トドメに叫ばれりゃ、誰だって目を覚ますぜ」 「あんだけパワーがありゃ、ヒスは夜道でも安全だろ。それにこの辺は、お上品で治安がいいんだ」 「無理強いせずに、ヒスが自分から誘ってくるまで、待ってた方がいいぜ?」 「そうだね。だけど今夜は走りたい気分だったんだ」 「そりゃ、魔王様もヒスとおんなじで、喜んでるからだ」 「そ、そうなの僕って? うーんうーん……?」 「明日はテスト最終日だぜ? ごちゃごちゃ考えてねーで、とっとと寝ちまえ」 「それもそーだね」 テストはすべて終了した。 人事は尽くし、あとは天命を待つばかりだ。 放課後―― 生徒会の面々とその友人が、当たり前のように生徒会室に集まってきた。 答え合わせや、テスト勉強の苦労話。ヤマが当たった、外れたなどなど。 とにもかくにも、全員同時に、緊張から解放され喜びを分かちあいたいのだろう。 「あれま、新しい生徒会の会計はんは、お客さんにお茶のひとつも出さはりませんのん?」 「な、なんでぶぶづけがここに!?」 「うちはリーアと遊びにいく約束しとったんどすえ?」 「その前に、生徒会室に野暮用がある言うリーアに付き合うて、ここまで来たんどすけど」 「ご、ごめんなさい彩錦ちゃん。いまお茶淹れてるから!」 「生徒会で最高級のお茶葉つかいますね。もう少々お待ちください」 「そないなことせんでもええんよ。おかまいなく」 「このぶぶづけ! アタシにイチャモンつけたいだけじゃんかっ」 「く……っ。雑巾の絞り汁を混ぜてやれ。たら〜ん」 「ナナカさん、なんて事を!!」 「大丈夫だよ。ナナカは、前もって仕込んでたハチミツを垂らしてるのさ」 「バラすんじゃないやいっ」 「……咲良クンて、ナナカさんの事よく知ってるのね?」 「あっはははー、腐れ縁てやつだな」 「アホなお子やね、ナナカはんは。腐れ縁て、悪縁いう意味なんやよ?」 「……あっははー、腐っても幼馴染みだしさ」 「なんでそういう言い方するかなー? くぴくぴ、こくこく」 「おおー、くさい仲だ」 「オヤビンも、牛丼ネギだく食べたあとでゲップしたら、超くさいんだよ」 「シンとアタシを、そんなのと一緒にすんな!!」 「二人の関係って――」 「はい聖沙、お湯持ってきたよ。あとは御陵先輩と紫央ちゃんの分だね」 「ええ、私達はそのあとで……って、ちょっと咲良クン、なによこれは!?」 「熱湯になるまできちんと沸かしなさいよ! ぬるま湯で紅茶いれるなんて言語道断だわ!」 「シン様を茶坊主あつかいで叱りつけるとは、さすがヒスだぜ」 「くぴくぴ、ぷはぁ〜っ! ナナちゃん、紅茶おかわりだよー、はやくはやくー。今度はレモンティがいいなー」 「空気読め! タダだと思って、ジャブジャブ飲んでんじゃないやい!」 「タダなのか!?」 「どうぞ、お入りなさいな。アゼルさんの席もあるよ?」 「無用だ」 「セートカイはにぎやかだねー。みんなが集まってくるよ。ぺろぺろ、ぴちぴち」 「サリー殿、そのお行儀はどうかと……紅茶はスプーンで一匙ずつ、すくって飲むものではありませぬぞ?」 「えー? だって、こうやったほうが楽しくて、おいしいよ」 「わかります! ラーメンさんも、レンゲのスプーンの柄のほうをつかって、ちゅるちゅるスープを吸った方が美味しいですっ」 「あ、僕もそれやってた」 「それが正解どす。作法はあくまでも作法。堅苦しいお行儀は二の次にして、お茶もおマンマも楽しんだ者勝ちやわ」 「わーい、ほめられたー! ありがとー」 「かたじけない、姉上」 テーブルの上。 テープレコーダーが『さあ再生ボタンを押せ!』と言わんばかりにデンッと置かれている。 「ポチっとなー」 「さ、さっちん。我が親友ながら、アンタ怖いものなしだな……」 「リジチョー、こんちゃー!」 「はい、もう『おはよう』じゃなくて『こんにちは』の時間なのです」 「こんにちは、生徒会とその関係者の諸君」 「リアルタイム? お姉ちゃん、どこに隠れてるんだろ」 「まずはテストお疲れさま」 「なお、本日の君達の任務だが――」 「いえ、『なお』の意味がわかりません」 「特別に休暇命令を与える」 「ひゃっほーい!」 「いや、サリーちゃんは毎日が日曜日じゃんよ」 「お仕事する時はお仕事に集中して、遊ぶ時は全力でお遊びなさい。その方が物事はうまく運ぶものよ」 「うん、メリハリをつけてこそ、キラキラとした学園生活が送れます」 「ねーねー、りじちょーさんがこう言ってるってことは、私らが遊ぶお金は、生徒会費から出るんだー?」 「ラッキー。ゲーセンで人形キャッチャーやりまくろー。ブラックマの限定ヌイグルミが入荷されたんだよー」 「――どこ!? どこのゲームセンター!! 教えなさい!!」 「ふふっ、世の中そんなに甘くはないわ、大人の世界で夢を叶えるのは大変な事なんだから」 「私達はまだお子様ですよ?」 「メリロットの財布から、商店街の通販でためたスタンプカードをパクッて――おっほん!」 「メリロットの厚意で、スタンプカードを譲ってもらったわ。商店街で豪遊してきなさい」 「テープレコーダーの下敷きになってるやつだねー?」 「そう、それ」 「め、目ざといね、さっちん」 「でも、スタンプカードじゃ、大して遊べないでしょ?」 「うっひゃー! 何十枚もあるよ。このサービスポイント、商店街ぜんぶの店舗で使えるし、本当に豪遊できるじゃん!」 「ええ、少なく見積もっても5万円分よ」 「ごっっっ!?」 「ご、ごごごご、ごご、ごま……ん……え……はぅ!! し、心臓が……!!」 「きゃあー!? シン君しっかりして!」 「カイチョー、寝るな! 寝たら死ぬぞ! 目をさませビンター!」 「痛てててててっ」 「メリロットは苦節10年かけて、コツコツ貯めてたのよ」 「すごいです、屈折10年ですか。どおりで司書さん、無愛想になるわけです」 「うわっ!? 投げナイフが!!」 「じいやからの伝言です」 「ふむふむ……『私のスタンプカードも3年分たまっております。よろしければ、みなさんでお役立て下さい』だそうです」 「あっ、柄のとこにカードが貼り付けてある」 「すごいねー、窓もドアも閉まってるのに、どこから飛んで来たんだろー?」 「サンキュ! 民子ちゃん」 「ま、また!」 「ふむふむ……『いいのでございます、ヘレナ』だそうです」 「た、民子?」 「じいやの本名ですよ。ご存知なかったんですか?」 「なんですとぉー!? じいや殿は、源氏名をお使いだったと?」 「げ、源氏名って……芸者さんじゃないんだから」 「でも、じいやは芸達者ですよ?」 「あーーっ。それがし、じいや殿のような達人になりたいと祈願して絵馬を奉納しましたが、お名前を書きなおさねば!」 「用件が終わったところで、このテープは自動的に――」 「き、来た、いつものパターン!!」 「みんな逃げてーっ」 「ナナカはん。よっこらしょ……っと!」 「こらー! アタシの首根っこつかんで、楯にすんじゃないやい!」 「じいやが常々言ってますよ。人体は手榴弾の遮蔽物として有効なんです」 「ひいいぃぃ!?」 「――自動的に巻き戻されるから、あとで理事長室まで持ってきてちょうだい」 「はあぁ〜……最近はテープも高いのよ。CDやDVDばかりになっちゃったもの」 「きゅぴーん! これって高いんだ。アタシもーらい!」 「駄目だよ。ドロボーはいけない事だって、前にも言ったよね?」 「ぷぅーんだ、おぼえてるよ。でもリジチョーならブツブツコーカンしてくれるって!」 「たしかに、お姉ちゃんなら快諾しそう」 「姉妹やし分からへんのやろ。そやけど、あの理事長はんが興味をもつアイテム言うたら、相当なもんどすえ?」 「そっか、サリーちゃんは、そんないいもの持ってないか」 「うふふのふー、こないだ魔界の通販でめずらしいの買ったんだもんねっ」 「ごそごそごそ……ジャジャーン! 恐怖・悪辣百鬼地獄悶絶爆乳薬『オッパニューム』」 「す、すごい。サリーさんがそんな画数の多い漢字を喋るなんて!」 「あー、そこなんだ、驚くとこはー」 「また露骨にウサンくさい商品名やね。その効用って、もしかしてそのまんま――」 「咲良クンは聞いちゃ駄目!」 「聖沙? どうして僕の耳を塞ぐの?」 「そう! つるんペタンなヒンニューオッパイも、この薬をつかったら、ぼいんぼいんのバユンバユンになるのだーっ」 「うちらは間に合うてますさかい……理事長はんも要らへんのとちゃいますか?」 「いま一瞬、アタシを見ただろ!?」 「ナナちゃんのは立派だよー」 「立派言うな! オッサンくさいわ!」 「私の事は棚にあげて……うーんと、生徒会役員のなかだと、ロロットちゃんが一番ちいさ――」 「わわ〜っ!?」 「さ、さっちんが狙撃された!?」 「ふえ? じいやから電話です」 「もしもし私です。はい、はい……そうですか、わかりました。よろしく、どうぞ〜」 「さっちんさんのお肩に毒サソリが乗っかってたので、じいやはついウッカリ、実弾射撃で仕留めちゃったそうです」 「そうだったんだ、ありがとうー。私無傷だけど、ちょっと死ぬかと思ったー」 「いや、信じるなよ?」 「てゆーか、今更だけど、窓ガラスも割らずに、どっから狙撃してんだリースリングさんは?」 「さっきから何が起こってるの? なんで窓ガラスが割れずに、弾丸が飛来したの?」 「うるさいわねっっ、目も閉じてなさいよ!!」 「だから、聞こえないってば」 「はいはーい、名案があります。私よりオッパイがちっちゃいのは、あの人ですよっ」 「大きくなるのか!?」 「なるよー! アタシも姉妹品の『キョニューム』を使ったおかげで、こんなにおっきくなったのだ!」 「いやいやいやいやいやいや?」 「一体何があったの? あんなに落胆したアゼルは見た事ないよ」 「アゼルさんはきっと胸が小さいことを悩んでいるのですよ」 「アゼルは、やっぱり悩んでたのか!」 「行こう、みんな。アゼルも強引に連れてって、一緒に遊ぶんだ」 「そして、どこかで甘いものを食べよう! 哀しかったり、怒ったりした時は、スイーツが一番いいよ」 「さっすがシンだ、よく分かってるじゃん!」 「ポイントカード、忘れずに持った? さっそくショコラ・ル・オールに予約だいっ」 「粋がるんもええかげんにおし。心を震わす女の子には皇水菓の栗羊羹で決まりやないの」 「洋菓子なんて所詮は油モン……なんぼ食べても、お腹にお肉がつくだけどすえ?」 「その点、和菓子はぜーんぶオッパイになりますさかい」 「ほ、ほんと……!?」 「嘘どすけど」 「あ、彩錦ちゃん」 「むっかぁー! ちょっとオッパイがデカイからって、イバるんじゃないやい!」 「……どうして、流れが胸の話になってるの?」 「い、いいから! はやくアゼルさんを誘いに行くわよ!」 聖沙が僕の手をつかむ。 僕は聖沙に手を引かれ、アゼルを追いかける。 テストの最終日は、まだまだ続きそうだ。 「そうそう、聖沙は恋愛小説よりも、政策書籍や組織論に詳しいよね?」 「ななっ!? ちょっと咲良クン、あなたの中では私は一体どんな女子なの?」 「どこの世界に、そんな本を愛読する女子校生がいるっていうのよ?」 「だ、だってほら、聖沙は生徒会でいつも僕をサポートしてくれるじゃないか」 「関連する議題をうまくまとめてくれたり、各部署への通達も、聖沙がいるおかげで要点を簡潔に伝えられるしさ」 「政策書籍はともかく、そういうのは一朝一夕じゃ出来ないすごい事だよ? だからすごく一生懸命に勉強してるんじゃないかなってさ」 「な、なによ。それくらい生徒会役員を自認してれば、自然にできる事だわ」 「副会長さん、ご立派です〜」 「例外もいるけど……」 「おお〜っ、色々と奥が深そうですね」 「ロ、ロロット殿……」 「で、冗談抜きで本気なら、咲良クンに私はどう見えるのかしら?」 「うーん、剣客商売モノ……もとい! 華麗な乙女剣士と、それを手助けする美少女魔法使いのファンタジーとか読んでそうかな」 「惜しい! ジャンルが違います、シン殿」 「ま、まあ、そういうのも読んだ事あるわ」 「夜に支配された異世界で魔王を倒したあと、朝を迎えた勇者のお姉さまと妹の魔法使いは、新たな旅に出るの……うっとり」 「ぎくっ! ま、魔王」 「朝立ちの旅ですね、憧れちゃいます」 「……あ、憧れで済ませちゃ駄目よ、ロロットさん。私達ならそれを実現できるもの」 「リ・クリエに乗じて悪事を働こうとしている魔族を、お姉さまと力を合わせて退治すればいいのよ」 「そうして最後に魔王を倒せれば、こんな素敵なハッピーエンドはないわ」 「はいっ、魔王さんは、魔界の王様です。きっと極悪人に違いありません」 「私は魔王さんにコッペパンを蒸してあげます」 「たしか教会では、パンを分かち合うのは家族のあかし……?」 「よ、よかった! ロロット、天使の君なら分かってくれると信じてたよ!」 「間違えちゃいました。魔王さんをコテンパンにのしてあげます」 「はうあっ!! あと、私は天使じゃありませんから!!」 「咲良クン、どうしたの? あなた苦渋に満ちたお顔してるわよ?」 「みんな、単語の響きだけで魔王を悪役扱いしてないかな? 実際に知り合ってみれば、魔王はそんなにヒドイ奴じゃないかも?」 「私は本をたくさん読んでるつもりだけど、そんな魔王は聞いた事ないわ」 「そうよ!!」 僕は一人、気分転換に高台の広場までやって来た。 「俺様もいるぜ、魔王様」 「パッキーはいいんだよ、僕のこと知り尽くしてるんだから」 「誤解を招くような言い方は、照れるぜ」 「はあぁぁぁ〜」 「深いタメ息だな、魔王様」 「……あ、あれ? パッキーに魔王様って呼ばれても、あんまりガッカリこないよ?」 「そうか……つまり僕は、魔王が誤解されてる事と、みんなに正体を隠してる事が嫌なんだ」 「今ごろ自覚したのかよ?」 「うすうす思ってたけどさ、意識したくなかったんだ」 「特に聖沙は、魔王に敵愾心を燃やしてるだろ? とても打ち明ける気になれないよ」 「目標に向かって一途なところは、見習いたいけどね」 「気に病みすぎだぜ。魔王様は、悪い事なにもしてねーじゃん」 「けど、僕は仲間を騙し続けてる」 「そのまま黙ってりゃいいんじゃね? せいぜい魔王様がウジウジする程度で、誰も困らねーだろ」 「今は大丈夫だけど、この先どうなる事か……」 「そんなもん誰にも分かりっこねーぜ?」 「ま、仮にいまヒスに打ち明けたら、魔王様の立場は確実にヤバくなるだろーな」 「君もそう思うんだ?」 「嘘も方便。我慢しろい!!」 「あはははは、よくバラしそうになっているパッキーが言う台詞じゃないよ」 パッキーのおかげで僕はすこし笑う事ができた。 ……さあ! 気分を切り換えて、みんなの所へ戻ろう! 「こ、今夜の魔族は手ごわかったね」 「みんな怪我はないかな? やせ我慢なんかしたらダメだぞっ」 「私は無事です。お姉さまが身を挺してかばってくれたから♡」 「気にしないで。仲間なんだから、あたりまえだよっ」 「アタシは平気。ピンピンしてる」 「僕も」 「シン様はいつでもビンビンだぜ」 「ふ、不潔!! やっぱり私達の変身シーンが目当てなのね!?」 「誤解だよ。そんなもの見たくない」 「んな!? そんなものってどういう意味かしら!」 「はいはい、二人ともそこまでだよ。パーちゃんも、こうなる事分かってて、からかっちゃ……メッ!」 「くはぁ〜……い、いいぜ。リアちゃんに叱られるの、癖になっちまいそうだ」 「くぅ、くぅ、くぅー」 「ありゃま、ロロちゃん寝ちゃってら」 「戦い疲れたんだね、きっと」 「ひぐっ、うぐ……うえーん、会計さんが私のアンコロモチ食べちゃいましたー」 「ナナカちゃん……めっ!」 「食べてないやい、ロロちゃんの寝言だい! てゆーか、夢の中でアタシに何させてやがんだ」 「そうだよ、チョコレートケーキを盗み食いするならともかく、ナナカがアンコロモチだなんて」 「……そ、そうなの?」 「ハッ!? ちっがーうっっ」 「くぅ、くぅ、くぅー、むにゃむにゃ」 「立ったまま熟睡してる……ロロットを自宅まで送り届けてから、今夜は解散だね」 「そうね。でも私達が手を貸すまでもなく、ボディガードの人が迎えに来るんじゃないかしら?」 「ああ、アソビニン遠山さん?」 「リースリング遠山でございます」 「どひゃー!? い、いつの間にアタシの背中を取ったのさ」 「ナナカ様……あなたの戦術には一定の癖があり、毎回3手目で行動が読めてしまいます」 「そ、そうなんだ? 今度から戦い方変えてみよっと」 「お嬢さま、栗入りメロンパンでございます」 「くぅ、くぅ……ふらふらふら〜」 「ロ、ロロちゃん、見事に誘導されてる……」 「か、簡単に誘拐されちゃうな、この子は……」 「リースリングさんは徒歩でここまで?」 「いえ、クルマでございます」 「うひゃあ!? 真後ろに停まってるよ。そんな音ちっともしなかったのにさ」 たまに、ステルスモードになるんだよな……。 「くぅ、くぅ、くぅー。はぐはぐ、もぐもぐっ」 リースリングさんは、ロロットを丁寧に抱えて後部座席に寝かしつける。 「ロロットの事お願いしますね」 「はい、お嬢さまの夜のおともは、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「くぅ、くぅ、くぅー。ぷらぷらぷらっ」 リースリングさんは眠っているロロットの手を取り、僕たちにバイバイをさせる。 「すごい加速ね。もう見えなくなったわ」 「はやいでしょ? お姉ちゃんもあれと似たようなクルマを持ってるんだよ」 「時々、ドライブに連れてってくれるんだけど――」 「いいね。魔王を倒したら、ヘレナさんに頼んで、みんなでドライブに行こうっ」 「賛成だわ。いま、こうしてみんなと居るのは楽しいけど、魔王を退治すればもっと楽しくなるはずだもの」 「その日が来たら、私がお弁当を作るわ」 「じゃ、アタシはデザートのスウィーツを買ってくるさ」 「んで、ロロちゃんは食べる係っ」 「咲良クン、黙ってたら、荷物持ち兼お弁当箱を洗う係にしちゃうわよ?」 「うん、僕はそれでいいかな」 「あーあ、聖沙ひどーいっ」 「聖沙ちゃん……メッ!」 「ち、違うわよ! お姉さまも誤解なさらないで!」 「ちょっと、咲良クンも反撃してきなさいよ。勝負にならないでしょ!!」 「変なの……シン疲れてるの?」 「そ、そうかも……」 「はーい、それじゃ本日の活動はここまでだよ」 「シン君、聖沙ちゃん、ナナカちゃん、気をつけて帰ること。お家に着くまでがクルセイダースだからねっ」 「あと、お姉ちゃんのドライブはやめた方がいいと思うよ?」 「ここまで決めさせといて!?」 「だって10回に9回がパトカーとのカーチェイスになるんだもん」 「暗いや」 「当たり前だぜ。高台からここまで、どんだけあると思ってんだ?」 「あ……僕歩いて来たの? どうりで夜中になっちゃってるわけだ」 「フラフラと遠回りして……考え事か?」 「そんなとこ」 「疲れてボォーッとしちゃったよ。気付かないうちに、こんな場所まで来るなんて」 「いや、魔王様は気付いてるはずだぜ?」 「ここは聖沙と一緒に、晩ご飯を食べた、大切な場所だからね」 僕はベンチに腰掛ける。 今夜はご飯はないし、聖沙も座っていない。ベンチは夜気に冷やされ、凍りつくほどつめたい。 「みんなに……聖沙に自分の正体を隠してることが辛いんだ」 「パッキーは分かってたかな? 聖沙の変化に」 「最近の聖沙は、僕にとびっきりの笑顔を見せてくれるよ」 「いい事じゃねーか。こんな真夜中にウジウジ悩む必要なんかねーぜ?」 「僕が魔王だとしても?」 「日夜戦ってる魔族の王が、実はいつも隣にいる僕だったと知られたら……聖沙はもう微笑みかけてくれないかも……」 「こんな想いをするくらいなら、最初から白状しておけばよかった」 「そしたら、魔王としての僕と、人間としての聖沙の関係が築けてたかも知れないのに」 「過去に『もし』は禁物だぜ? そんなこと思い悩んでも、なんにもなりゃしねえ」 「だいだい天才も馬鹿も、その都度テメーにとって最良の選択をしてるもんなんだぜ? それを後悔するってのは筋違いだ」 「分かってるよ。だけど、聖沙との関係を失うのが怖くて、理屈じゃ割り切れない」 「僕は多分、聖沙の事が好きなんだ」 「多分だあ? ふざけてんじゃねーぞシン様、全然わかってねーぜ!」 「ぼ、僕は聖沙が好きだ!」 「そして聖沙に惹かれれば惹かれるほど、魔王である自分のことが嫌いになってゆく」 「僕、魔王じゃなければいいのに……」 「そいつは贅沢な悩みだぜ? 普通、人間ってのは何かが足りなくて悩むもんだ」 「だがシン様は人間であると同時に、魔王の力も持ってるんだぜ?」 「その力は邪魔になるもんでもねーだろ? 要は魔王様の心の持ちようだぜ」 「だいたいシン様は、魔王がどういうもんか分かってんのかよ?」 「うーんと、僕以外の魔王だと、父さんしか知らな――あ、あれれ!?」 「僕は父さんのこと好きだよ? 家族として尊敬もしてるし、僕が楽しい子供時代を送れたのは、父さんのおかげだ」 「そら見た事か。シン様は魔王に悪いイメージを持ちすぎなだけだぜ?」 「人間にだって色んな奴がいるだろ? 魔族もおんなじだ」 「そりゃあ中には、世界を支配しようとした奴だっていたけどな」 「そっか、パッキーは歴代の魔王に仕えてきたんだっけ?」 「おうよ! けど、俺様が知ってる本物の魔王ってのは、世界征服なんてチンケな野望に取り憑かれるような小物じゃねーぜ?」 「だんだん思い出してきた。シン様は初代の魔王様に似てるんだ」 「あん時のリ・クリエは、そりゃもう大変だったぜ?」 「魔界、人間界、天界……三界の森羅万象、なんでもかんでも吹っ飛んじまうほどの大乱世でな」 「そ、それで初代魔王さんはどうなったの!?」 「いや違う! 初代魔王さんが、その時どうしたのか知りたいよ! 最後はどんな結果になったの!?」 「それはな……」 「覚えてねえや」 「パ、パッキー……」 「覚える事が多すぎて忘れちまった。クセモンだぜ、魔王様に仕えるべく長生きするってのもよ」 「はああぁ〜」 「うん? あははは、ため息がまっしろ。聖沙の吐息みたいだね」 「やれやれ、悩むのも笑うのも、結局はヒスの事じゃねーか」 「それじゃあ……魔王のしてる事が正しいのか? それとも間違ってるのか? それを決めるのは僕って事かな?」 「うん、答えはまだ見えないけど、気が楽になったよ」 「それと、ありがとうパッキー。悩みを聞いてくれてる間、僕を魔王様じゃなくて、シン様と呼んでくれて」 「バッキャロー! 俺様を見てる暇があったら、魔王様自身を見つめなおしやがれ!」 「その前に、少しだけパッキーを見てもいいよね? 君の身体、波止場の夜霧をすってタプンタプンになっちゃってるよ?」 「ゲェーーー!? 俺様こんなスタイルじゃ、リアちゃんに嫌われちまうぜ!」 「ええーと、元に戻すには雑巾みたいに絞って――」 「もみ洗い&ドライクリーニング、8時間コースで頼むぜ!!」 「……ぼ、僕、徹夜?」 「もぐもぐ、リースリングさんて料理も上手なんだ」 「えっへん、じいやは何でもできるんですよ」 「……♪」 「くすくす。副会長さん、いい食べっぷりです」 「聖沙は、すごい笑顔でご飯を食べるんだね、知らなかったよ」 パスタとの一悶着のあと、ロロットのすすめで、聖沙と僕はリースリングさんお手製の重箱弁当をご馳走になっている。 「……♡」 「うっとり……ブタさんのように、むさぼり食べている姿を見ていると、心が満たされます」 「でも不思議だな。野菜スティックを食べてる時の聖沙は、こんな事ないんだよ?」 「生徒会室に一人きり、苦虫を噛みつぶしたような顔しながら、眉間にシワ寄せて、ニンジンをパキパキと――」 「あたりめーだぜ。てゆーか察しろ、シン様」 「みんなで食事をすると、いつもより美味しく感じますね」 「おおっ、ロロットも僕と同じだね」 「わあ! 会長さんも、そうお感じになるんですかっ」 「お弁当ってのもポイント高いかも。お皿に盛ったご飯より、ウキウキわくわくした楽しさを覚えちゃうんだ」 「おおーーっ、会長さんも私と同じです」 「あははは。僕たちだけじゃなくて、みんなそうだってば」 「まあ、それ以前に、うまくなきゃ駄目だけどね。リースリングさんが聖沙を見たら、きっと喜んでくれるよ」 「そうですね♪」 「……ごっくん♪」 「ふぅ〜。……ご馳走様でした」 地域制圧型のごついヘリコプターが、流星学園の上空でホバリングする爆音。 同時にプリエの窓に向こうに、垂れ幕が吊るされる。美しい毛筆で書かれた、その文字は―― 『お粗末さまでございます。お嬢さまのお弁当は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを』 「あ、見てたんだ」 「じいやが喜んでいます」 「リ、リースリングさん……」 「ああ、食べちゃった……節制してたのに……」 「い、いいえ! 明日から……そう明日から頑張ればいいのよ、私!」 「おいヒス、今日を頑張れねー奴に、明日はこねーぜ?」 「ほ、ほら、せっかくロロットさんが重箱をすすめてくれたんだもの」 「後輩の厚意を無下に断るなんて、副会長として、仲間としてできないじゃない? 礼儀は重んじなきゃ」 「礼儀……」 「なによ?」 「聖沙は、ちゃんと『ご馳走様』が言えるんだね」 「当たり前でしょ!」 「でも、野菜スティックの時は言ってなかったよ?」 「んぐぐぐ……なによなによ……」 「なんで口ごもってるんですか、副会長さん?」 「おんどにゃ〜! とっとと出て行けにゃ!」 「あの子、またモメてるわね」 僕たちと悶着を起こした時と同様に、向こう側のテーブルでパスタが騒いでる。 「お客様は神様ではないにゃん、店側にもそれなりの権利があるんだにゃ」 「まったくです。食べ物屋さんに入店したぐらいで、人は神様になれません」 「そういう事を論じてるんじゃないと思うよ?」 「なんで残すのにゃ!? もったいない! 食べ残すぐらいなら最初から頼むにゃ!」 「ビンボー人に用はにゃいけど、半分以上残す金持ちはもっと嫌いにゃ! 罰金3億兆円を支払えにゃ!」 「うんうんうんっ。ホロリ……」 「な、なんで泣いてるのよ。咲良クン?」 「う、ぐすん……だって、パスタが言ってる事は正しいよ?」 「間違ってはないけど、物には言い方があるわ」 「ちゃんと接客を学んだうえでマナーを諭さなきゃ、正論も無意味よ」 「にゃふん、貧乏人ども、こいつをくれてやるにゃ」 「こ、これはさっきの残りなんじゃ……?」 「特別価格の5000円で喰わせてやるにゃ。ありがたく、たいらげるがいいにゃ」 「〜〜〜!!」 「もう我慢ならないわ! 訴えます!!」 「んなっ!?」 聖沙の直談判の途中で、ヘレナさんは申請をあっさり押し退けた。 「どうしてですか? プリエはみんなの憩いの場じゃないですか。ウェイトレスの無法は看過できません」 「そうですよ、ヘレナさん。状況は説明した筈です」 「どうどうどうどうどう、よーしよしよしよしよし」 「ちょっとロロットさん、なんの真似!?」 「ひえぇぇぇ!? こうすれば大人しくなるって、ガイドブックに書いてあるのに、効果ありません」 「まあまあ、落ち着いて聖沙。ロロットに声を荒らげなくてもいいだろう」 「そ、それもそうね。ごめんなさい、ロロットさ――んんんっ!?」 「ひうっ、副会長さん、またまたお怒りのご様子です」 「ロロットさんの事じゃないわ、咲良クンよ」 「僕がどうかした?」 「……い、いつまで私の手を握ってるのよ?」 「あ、あれ? なんでこんなことに!?」 というか、聖沙がここまで僕を引っ張ってきたような。 「話は分かったわ」 「分かって下さいましたか!!」 「ずっと手を繋いでいたいけど、シンちゃんと聖沙ちゃんはクラスが別々だもの」 「理事長の強権を行使して、二人を同じクラスにしてあげましょう。ついでに席も隣同士に!」 「う・ふ・ふ♡、我ながらイキなはからいね」 「そういう事を要請してるんじゃありません!!」 「おや……?」 「はうあっ、会長さんが手を離しました。お二人は終わってしまったんですね」 「まだ始まってもいないわよ!」 「聖沙、ほんの少しでいい、冷静になってみて。君ならヘレナさんの変化に気付くよ」 「リア先輩を可愛がる時のように、ヘレナさんは僕たちをからかってる」 「いつもの事じゃない?」 「でも、パスタの件での返答は、真剣な声音で容赦がなかったよ」 「思うところがあって、今はパスタちゃんを泳がせているの。無用の騒動は避けてちょうだい」 「ですが――」 「これは理事長命令であり、かつてクルセイダースであった私の厳命よ」 「そ、そうですか……」 ヘレナさんも、多くは語れない……そんなオーラを醸し出している。大人の事情というやつだろうか。 「聖沙。ヘレナさんもこう言ってる事だし――」 「なによ、この程度であきらめる気!? 生徒会長のくせに情けないわねっ」 「あらま! 納得しかけてたのに、シンちゃんてば、聖沙ちゃんの事はろくに見てないのね」 「もうヘレナさんには頼りません」 「パスタさんの問題は、生徒会やクルセイダースから独立した組織、『Angelic Agent』としてあたらせていただきます」 「おおーーっ。天使団、出動ですね! おまかせください」 「『Angelic Agent』? 翻訳すれば『レーダー上の未確認物体のような特約店』ね」 「はわわ!? そ、そんな意味だったんですか?」 「大変です。まだ開店準備もしてません。すぐにじいやに相談して、必要な商品を仕入れてこなきゃですよ〜」 「な、なにを売るつもりなんだ? 個人的にスゲー気になるぜ」 「わざと、ものすごい誤訳をしないでください!!」 「うふふふ、冗談よ」 「けれど……ふぅ、このままじゃ、聖沙ちゃんたちも寝覚めが悪いわね」 「分かったわ。高級ブティックにも納品されてる『痩せて見える鏡』を、クリステレス家へ贈呈しましょう」 「メリロットも愛用している優れ物よ。それで矛を納めてくれない?」 「はい、承知しました」 「あ、いいんだ、それで」 生徒会のみんなで、プリエにやって来た。 僕たちは入口に立ち、サンプルメニューをあれこれ眺める。 「うきうき♪ 今日のおすすめランチはなんでしょうね」 「どれどれ……秋をイメージした、紅葉おろしハンバーグか」 「ごくり……」 「し、仕方ないわね、みんながハンバーグを注文するんなら、私も合わせてあげるわ」 「聖沙ちゃん、みんなで別々のを注文して、取りかえっこするのも楽しいよ?」 「はい、お姉さまがお望みなら、私は満漢全席から塩ご飯まで、何でもオーダーします♡」 「僕の財布は冬だから、お茶とか、お湯とか、お冷やとか……」 「あははは……せ、せめてお湯の事は、白湯って言おうね」 「ああ、パスタちゃん……」 「ほへ? モジャモジャでゴツイ人がいますね」 「ネコ耳つけてやがるぜ。犯罪者じゃね?」 「パスタちゃん、今日も健気に頑張ってる……そんな姿も色っぽいぜ。はあ、はあ、はあ」 「エスプレッソ? そんなの面倒くさいにゃ、お前はこれ飲んでればいいにゃ。特製のカルキ水、380円にゃ」 「にゃにゃにゃー!? ボンゴレは貝ガラも残さず喰えにゃーー!」 「……あの勤務態度の、どのへんが健気なんだろう?」 「むはぁ〜、パスタちゃんの可愛らしい服……み、見えねーかな?」 「きゃんっ!? な、何を見ようとしてるのかしら?」 「なにコイツ、すっげー挙動不審」 「僕たちより年上だよね? OBの人か、新任の体育の先生かな?」 「赴任のお話は聞いてないけど……」 「もしもし? 本校は関係者以外、立入禁止ですよ?」 「うるせーババア! パスタちゃんを愛でてる時に邪魔すんじゃねえ、ぶっとばすぞ!」 「バ、バ、ババ……」 「……許せないわ!!」 「息の根を止めるのね。手伝うわ」 「お、お姉ちゃん!?」 「こにゃー! うっさいにゃ! お前ら何やってるにゃ、店先でたむろされると迷惑にゃ!」 「だいたいサンプルケース見て、あれこれ悩む奴にかぎって、性根がひねたビンボー人にゃ」 「そんで一番の安物を喰ってから、味つけがどーたらこーたらイチャモンつけてくるんだにゃ」 「わ、わかる! わかるよ!!」 「しかもそういう奴にかぎって、店内で注文前に、メニューとにらめっこするんだ」 「昼間のかきいれ時で、超忙しいってのに、そいつのせいでテーブルがまわせやしない!」 「そのくせ、これは何だ? あれは何だ? どれが一番美味しいんだ? いくらまけてくれるんだ? って、トチ狂った了見の質問してきてさ!」 「味なんて個人の好みなんだから、答えようがないやい!!」 「ぐすん、その気持ち、わかりすぎるにゃ」 「泣かない泣かない。お客さんに涙を見せちゃダメだってば、ね? はいハンカチ」 「お前、いい奴だにゃ」 「アンタこそ、できた女だいっ」 ナナカとパスタの間に、種族を超えた友情が芽生えた。 「ただの愚痴じゃねーか」 「それを言っちゃ、お終めーよ」 「危ねー、危ねー。……パスタちゃんに心を奪われて、物事の本質を見失ってたぜ」 「こんな不平不満のうずまく吹き溜まりに居ちゃ、パスタちゃんが病んじまう」 「よし……俺と一緒に駆け落ちしよう! 二人だけで結婚式をあげるんだ!」 「そして赤い屋根と白い壁の庭付き一戸建てに住んで、子供は3人作ろう。大きな犬も飼おう!」 「素敵……あなた、ひょっとしてパスタさんの彼氏なの?」 「ストーカーにゃ。幼○偏愛者のアーディンにゃ」 「お、俺は変質者じゃねえ! 情熱的なんだ!」 「物は言いようね」 「粘着質なムッツリにゃ」 「よ、容赦ないね」 「チ、チッキショー! 全部お前らが悪いんだ!!」 「ぼ、僕たち? どう考えても八つ当たりだよそれ」 「他人に責任転嫁するような奴は小物にゃ。そんな男に喰わせるメシはねーにゃ、どっかに消え失せるにゃ」 「パ、パスタちゃん、俺は――」 「パスタはお仕事してるにゃ! お前に来られると迷惑なのが、分からないにゃ!?」 「ご、ごめんよ〜〜っ」 「グレてやる! ヤケ酒飲んでやる!」 「でも金もってねーから、そこらへんの原チャリから、シュポシュポであの(以下略)」 「おーい、2ストは避けたほうがいいぜ?」 「……パスタ、もうすこし言葉をオブラートに包んだほうがいいよ?」 「あんな奴に気をつかう必要ないにゃ」 「アイツにも困ったもんにゃ。一人前にパスタの彼氏気取りで」 「ま、まさかパスタさんに、彼氏がいるなんて!?」 「違うにゃ! パスタのステディは、もっと凛々しくて格好いいバイラスにゃまにゃ」 「バイラス……」 「パ、パスタさん……まさか二股!?」 「にゃんだ? お前は彼氏の一人もいないのにゃ?」 「な、なによ悪い? 私に文句あるの?」 「にゃふん、別に〜っ」 「ム……ムムムゥーー! なんか、すっごく負けた気分だわ」 「ほれ、お前らの仲間は席についてるにゃ。さっさとエサをかっ喰らうがいいにゃ」 「もぐもぐもぐ♪ ハンバーグの正しい名は、ハンバーグステーキだそうです」 「な、ななななんだってぇー!? じゃあビフテキと同じって事じゃないか!!」 「う、うーん。似てるのは原材料だけかも?」 「合い挽きだぜ!」 「ロ、ロロちゃん。自分ひとりで先にハンバーグ食べてるし」 「もうロロットちゃんが勝ったって事で、いいんじゃない?」 生徒会室の空気が、局所的に淀んでる。 プリエで小馬鹿にされてからこっち、聖沙は腹の虫がおさまらないようだ。 「み、聖沙ちゃん、紅茶はいかが? 気分が落ち着くよ」 「ありがとうございます、いただきます」 「う……っ!」 「ちょっとナナカさん! 熱いじゃない!」 「淹れたての紅茶を一気飲みすりゃ、当たり前だい! てゆーか、アタシに怒鳴るな!」 「ムキィーー! 怒鳴ってないわよ!」 「ここはパッキーの出番だな。その可愛さで、聖沙をメロメロにしてやって」 「ほっとけ、ほっとけ」 「ほっとけ……ホットケーキ」 「あ、じいやの矢文です」 「ふむふむ……『承知いたしました。明日の朝食は、ホットケーキをご用意いたします』ですか。わーいわーい♪」 「頼むよ、パッキー」 「分かってねーな。ヒスは『あの日』なんだ、2・3日もすりゃ元に戻るぜ」 「うーん、パスタは泳がせておくよう、ヘレナさんから言いつけられた……」 「かと言って、聖沙をこのままにしておげば、生徒会の業務に支障が生じる……」 「聖沙ってば、こう見えても有能だもんね。他の誰にも代わりは努まらないや」 「どうして、ここまで怒ってるのかな?」 「私が思うにですね、男日照りで、万年一人上手だという事実を指摘されちゃったからですよ。間違いありません」 「んななななななな!?!!」 「男日照りってなに?」 「それはさすがにひどいぜ。ヒスもそこまで言われてねーし」 「なんだか分からないけど、ひどい事なんだね」 「ふぅ、先輩として何とかしたいけど、こういう事は経験豊富な人に頼んだ方がいいね」 「呼んだ?」 「『鎮める方法は俺が知ってる。俺に任せろ』」 「……ロロットちゃん、リースリングさんに、なにかご提案がないか聞いてみて」 「くすくす。無視を決め込むとは成長したわね、リア」 「うひゃ!? か、火事だ! あっちあっち、窓の向こう!」 「ふえ? 違いますよ、会計さん。あれはじいやの狼煙です。見て分からないんですか」 「わかるか、そんなもんっっ」 「ふむふむ……先輩さん、じいやはこう言ってます『では、ピストルを使った平和的な解決方法で、パスタ様を処断――』」 「駄目ですっっ」 「てゆーかよ、あの執事は、何でここの会話を知ってやがんだ?」 「聖沙、落ち着いて」 「これが落ち着いていられますか!!」 「じゃあ、落ち着かなくていいよ」 「お、落ち着いてやるぅ!!」 「なんだかなー」 「要するに、聖沙はパスタに負けて悔しい。見返してやりたいって事じゃん?」 「その通り! 聖沙ちゃんも彼氏をつくって、溜飲を下げればいいのよ」 「な、なるほど……!」 「お姉ちゃん! 将来の伴侶になるかも知れない人を、そんな気持ちで決めちゃいけません!」 「んもうー、お堅いわね。オッパイはこんなに柔らかいのに」 「や、やめて……ぅ、あ〜んっ!」 「本当に付き合わなくてもいいのよ」 「誰かに彼氏のフリをしてもらって、パスタさんの目の前で、私と交際中の演技をしましょう」 「その手もあったか……」 「でも簡単に言うけどさ、むずかしいよ? 聖沙は男の子とその……」 「い、イチャイチャした経験あるの?」 「んな!?」 「あ、あるに決まってるでしょ! 馬鹿にしないでよ!」 「へえ、あるんだ」 「キィーッ!! なによなによ!!」 「ぁうん……み、みんな素で流さないで。お姉ちゃんを止めてちょうだい!」 「もう、いけずぅ〜。止めてだなんて心にもない事を言うのは、この乳か。この乳か〜っ」 「オッパイは喋りませんっ!」 「リア、はじめから不可能だと決めつけてたら、なにも成し遂げる事はできないでしょう」 「いまは無理でも、奇跡を信じて揉みつづけてれば、いつの日か喋るオッパイになるかも知れないわ!」 「なりません!」 「でもガイドブックには、理事長さんのお言葉とおなじ事が書かれてますよ?」 「シ、シン君、こっち見ちゃ……メッ!」 「うふふ♡、シンちゃんには、はやすぎるわね」 「わ、私がお姉ちゃんを引きつけておくから……だ、だから、シン君たちは会議を……か、会議を続け、て……」 「ぅああぁ〜〜っ」 「い、いいのかな?」 「お姉さまの遺志を無駄にできないわ」 「リアちゃんは、まだ生きてるぜ?」 「僕たちを捨て身で守ってくれてる先輩の為にも、できるだけはやく決議しよう!」 「じゃあさ、彼氏役はどいつに頼むの? 何組の誰?」 「別に男子じゃなくてもいいのよ。女子に男装してもらえば事たりるわ」 「部外者には頼みにくい……という事は生徒会関係者の誰かね」 「わくわく、私やりたいです」 「ロロットが? それだと、こんな感じかな?」 「ベイビー、私に惚れると焼け石に水だぜ」 「ボツ」 「ひぐ……っ、私ではお役に立てませんか?」 「よしよし、ロロちゃんの心意気は立派だった」 「そうだ、ナナカなら喧嘩っぱやいし、面倒見もよくて〈義侠心〉《ぎきょうしん》にあつい。彼氏役に適任だよ」 「ナナカなら――」 「このスットコドッコイ! 薬味をいっぺんに全部ぶち込むやつがあるか! ツユの風味が消しとんじまうじゃねーか」 「って、なんだとぉ!? ソバ喰いを自称しながら、ソバの花を見たことがねえだ!? てやんでい、バーロー、このコンコンチキめ!!」 「まあ、こんなとこだろう」 「論外だわ、恋人同士の会話にならないもの」 「勝手に妄想して、ダメ出ししてんじゃないやい!!」 「じいやはどうでしょう? 副会長さんより背が高いですし、殿方役にピッタリですよ」 「そうねぇー」 「男女交際においては、次の三点を肝に命じておいて下さい」 「相手を活動不能のショック状態に陥れる事、永続的な損傷を与える事、大量出血させる事」 「すなわち標的は、脳と心臓でございます」 「……リースリングさんには、私達よりもロロットさんを守ってもらいましょう」 「はい、私の身の安全の確保は、あの執事ことじいやにおまかせください」 「身長で選ぶなら、他に誰がいるかな」 「ねえねえ、聖沙の役得で、リア先輩にお願いすればいーじゃんよ?」 「だ、駄目よ、そんなの! お姉さまはあのままでいいの! 男装なんてもっての他だわ」 「それなら、先輩の先輩のヘレナさんは? 実質、生徒会のラスボスだし、頼みやすくない?」 「ヘレナさんだと……」 「帰んな。ミルクくさいガキに用はねえ」 「それでも女になりたきゃ……私の腕の中でなりな」 「は、恥ずかしいっっっ」 「ほんわぁ〜♪ ちょっと素敵かも。さすがはお姉さまのお姉さまだわ」 「聖沙の趣味って……」 「じゃあ、ヘレナさんにお願いするって事で決まりだね」 「んまあ、私とおデートん?」 「はい、この提案はどんなものでしょうか?」 「やだ」 「んぐぐ……私が彼女役ではご不満ですか?」 「うんっ♪」 「ど、どうして僕を睨むの?」 「うふふ、聖沙ちゃんも悪くはないんだけど……覚悟はいいのね? こんな風になっちゃうわよ?」 「はぁ、はぁ、はぁ……ぁ……ぅ! ううぅ〜」 「リ、リアちゃんが、へたばってスゲー事になってるぜー!?」 「て、丁重にご辞退申しあげます」 「あらん? 大人の階段のぼるなら、いつでも手を出し――おっほん、手を貸してあげるのにぃ〜」 「結構です。私一人で登れます!」 「さすがは一人上手な副会長さんです。ぱちぱちぱち」 「あっ、なるほど、一人上手って踏み台昇降運動の事なんだ?」 「違うわよっっ」 「まったく、なんて人脈の層が薄いのかしら。こうなったら、クラスの適当な男子に頼むしかないわね」 「そっか、隣のクラスの誰かと聖沙が……」 「あ、あのさ、僕じゃ駄目かな?」 「えぇっ!?」 「咲良クン?」 「ち、ちょっとシン待って。なんで急にそんな――」 「急じゃないよ。消去法だけど、生徒会関係者の中じゃ、僕が残ったわけだし」 「そう言えば、咲良クンも生徒会役員だったような……?」 「これでも会長だってば!」 「ふんっ、仕方ないわ。この際あなたでもいいわよ」 「仕方なくよ、仕方なく!! 誤解しないで」 「さ、そうと決まれば、さっそくプリエへ乗り込みましょう!」 「え……そ、そんな……二人が……っ!」 「はわはわ、うきうき♪ 私もついて行きまーす」 「アタシも! わ、分かってるシン? これはあくまでお芝居だからね!!」 「なに焦ってやがんだ、ソバは?」 「うっさい! リア先輩の回復を待って出撃だいっ」 「わ、私は平気……い、行きましょう、みんなで」 「っっしゃあー!! 気合入れていくわよ!」 「み、聖沙?」 「たのもぅーーーーっっ」 「デートの時って、こうやってお店に入るの?」 「な、なによ! 咲良クンが私をリードしてくれないからでしょ!」 「にゃんだ? 誰かと思ったら、いつもの貧乏人どもにゃ」 「ランチサービスの時間はおわったにゃ、熱湯で顔洗って、明日の昼に出なおしてこいにゃ」 「おほほほ、ごめんあそばせ」 「今日はお食事ではなく、彼氏ともども、お茶を嗜みにきましたの」 「にゃぬ? お前の彼氏? コイツが? じろじろじろじろじろじろ」 「うわ、ものすごく胡散臭そうに観察してるし……」 「お席をご用意して。ハイティーセットを頂けるかしら?」 「ハイティー?」 「ああ、あの紅茶やコーヒーのオツマミに、ちっこいケーキやスコーンを適当にたくさん盛りつけて、クリームやフルーツをポコポコ並べたやつかにゃ?」 「カロリーだけなら破壊神級にゃ、あんなもんスキ好んで喰う奴はブタになるにゃ」 「スウィーツを愚弄する言い方は許せんっ」 「にゃ? 他にも誰かいるにゃ?」 「ナナカちゃん、抑えて抑えて」 「持ってきてやるから、現ナマ用意して、そのへんで喋ってるといいにゃ」 「では、参りましょう、ダーリン」 「そ、そうだね、ハニー」 「シン君、落ち着いて! 右手と右足を同時に出して歩いてるよ!」 「ちょっと咲良クン、しっかりしなさい!」 「だ、だって恋人同士の練習もせずに、聖沙がここに直行するから……」 「聖沙は経験あるんだよね? こういう時、男子はどうすればいいの?」 「え……ええぇ!?」 「ダ、ダンディーでセクシーでゴージャスな彼氏を演じて、ノーブルでアバンチュールなフレンチトークをすればいいのよ」 「それ適当に単語並べただけでしょ!」 「あわわっ、会長さん、副会長さん。恋人は腕を組むんですよ〜」 「し、知ってるわよ。こうよね」 「痛ででで! ギブギブギブ!!」 「聖沙違う! それ脇固め!」 「じいやの手裏剣です。あ、お手紙つきですね」 「ふむふむ……『関節技はすべて力学の応用でございます。あと3Kgほど力を加えれば、骨折に至るでしょう』だそうです」 「わかったわ、やってみる」 「わからないで! やらないで!」 「お待たせにゃ……って、何やってるにゃ? とっとと席につけにゃ」 「きゃん……!?」 聖沙が慌てて僕から離れる。助かった。もうすこしで、腕をへし折られるところだった。 男女の恋愛は命懸けと聞き及ぶけど、あれは本当だったのか……。 うーんと、レディーファーストで、映画俳優みたいに振る舞えばいいのかな? 「咲良クン? どうして椅子の上にティッシュを敷くの?」 「い、いや、ハンカチにすべきなんだろうけど、さっきトイレで使っちゃったから……」 「失敬にゃ! ちゃんと掃除してるにゃ、そのまま座っても汚くないにゃ!」 「そ、そう」 僕たちは席につく。パスタは配膳を終えた。映画とかだと、椅子に座ったあと指パッチンして、ボーイを呼ぶんだよね。 「お行儀悪いことしないで!」 「え? そうなの?」 「呼んだかにゃ?」 「あ、来ちゃった」 「彼氏彼女だって言うから、気を利かせて二人きりにしてあげたのに、何の用にゃ?」 「マスター、いつもの」 「パスタはマスターじゃないにゃ」 「それに、お前のいつものって、水とかツマヨウジとか紙ナプキンかにゃ?」 「い、いいえ! もっとムードがあるもの……そ、そうよ、お酒を持ってきて!」 「聖沙ちゃん、アルコールは……めっ!」 「そんなもん、学内で出せるわけないにゃ。子供ビールとウソシャンパンにしとけにゃ」 「じゃあ、それで」 「わかったにゃ、しばし待ってろにゃ」 「間がもたないよ、聖沙っ」 「ごく自然に、いつも通りお喋りして!」 「し、自然にね……」 「聖沙、君が興味をもっている家庭菜園だけど、野菜には相性があってね、大根の隣にイチゴを植えると――」 「何を口走ってるの、シン君」 「ほ、ほら、シンには彼氏役なんて無理無理……」 「あーん、ぱく♪ ザッハトルテさんは美味しいですね」 「ロロちゃん、本来の目的わすれて、午後のお茶を楽しんでる……」 「持って来てあげたにゃ」 「聖沙、乾杯しよう……くすっ、君の瞳に三三九度」 「たっはははー、シンに女子を口説くなんて無理むりっ」 「……お前ら、本当に付き合ってるのかにゃ?」 「僕たちは、正真正銘の恋人同士だってば!」 「そ、そうよ、このまえ新婚旅行で熱海にお泊まりしてきたんだから!」 「聖沙ちゃん、それを言うなら婚前旅行だよ」 「ほんとかにゃ〜〜」 「彼氏彼女なら、乾杯なんかしないで口移しで飲むはずにゃ。なんでそうしないのにゃ?」 「う、嘘よね、そんな事?」 「パスタは嘘言わないにゃ。人間界のことを日夜勉強してるにゃ」 「パプアニューギニアのホームコメディ『パパは牛乳屋』では、恋人の二人が、マウスツーマウスでミルクを飲んでるにゃ」 「そ、そうだったのか。牛乳屋さんは正義だ、この世の秩序だ。僕たちはそれを遵守しなきゃ」 「バカーッ、ウソ八百に決まってら、そんなもん!」 「ぐびりっ」 「さ、咲良クン?」 「な、ななな何する気、シン!?」 「わ、わわわ分かったわよ……ごくっ」 「み、聖沙まで……ま、まさか?」 「ほれほれ、ぶっちゅ〜! 恋人だって証明するにゃ」 「あわあわっ、会長さんのお口が、タコチューさんですよ」 「だ、ダメ、そんなの絶対ダメ。やだヤダやだ」 「ロロットちゃんには、まだ早すぎだよ。はい、ごめんなさいね」 「ひ〜ん、先輩さん、目隠ししないでください」 「シンにできるわけない。キスなんかできるわけないんだっ」 「……ごっくん」 「……ほっ」 「な、なによ!?」 「シ、シンどーいう事!? なんで聖沙に!!」 「さ、さささ咲良クン、放して! お願い、やめて! はじめてのキスは海が見える丘でしたいの!!」 「……っっ!!」 「調子に乗るなっ。どりゃあ〜っっ」 「ぶばぁーっ!?」 「ああ、ぜんぶこぼれちゃった。もったいない……」 「なによなによ!! 私とキスできなかった事より、飲み物のほうが残念なの!?」 「にゃぷぷぷぷ、やっぱりお前らは恋人同士じゃにゃいにゃ。さっき教えた口移しなんて、デタラメにゃ」 「なんですって!? あなた嘘つかないって言ったじゃない!!」 「その通りにゃ。パスタは嘘つかないにゃ、間違いをするだけにゃのにゃ」 「ムッキィィーーーーーー!!」 「どのみち、お二人のサル芝居でバレバレだったのですよ」 「あれれ? 聖沙とナナカ?」 「なんで密着してやがんだ、ソバとヒスは?」 二人が一緒にいるのは珍しくないけれど、寄り添いあってるところなんて見た事がない。 声を掛けるタイミングを逸してしまい、僕はなんとなく、木陰から様子を見守る。 「いいことナナカさん? 敗因を綿密に調べて、それを解決すれば、おのずと勝利がつかめるものよ!」 「だからって、こんな真似しなくてもさ」 「なによ、パスタさんに小馬鹿にされて悔しくないの!? 恋人ゴッコの練習に、付き合ってくれるって言ったじゃない」 「そりゃ協力するよ? だって聖沙がまた……シ、シンと……そんなの……」 「??? 咲良クンは関係ないでしょ?」 「そ、そっか! てへへへへ」 「恋人たちは、こうやって腕を絡ませたまま歩いて――」 「よいしょ、よいしょ、うんとこドッコイしょ。あ〜、こういうの慣れてないから動きにくいや」 「プリエにいった時も、このまま私たちは隣あって座るのよ?」 「咲良クンと私は、向かい合って座っちゃったせいで、パスタさんに見破られたんだわ」 「う、うーん?」 「不服がおあり、ナナカさん? 私の論理に、どこか破綻してる部分があるかしら?」 「それ以前にさ、どっちが男役やんの?」 「え? えっ!?」 「あぁ〜〜、もしかして決めてなかったんだ?」 「な、なによなによ! 女子同士が恋人でもいいじゃない。愛は自由なはずだわ!」 「さ、行きましょう、ロサ・ナナカさま」 「なにそれ? アタシのこと?」 「ええ、ナナカ薔薇さまという意味よ。素敵でしょう?」 「ワ、ワケわかんないよ」 「し、紫央ちゃん、いつから僕の隣に!?」 「あ、姉上があのような……っ」 「うん、さっきから笑ったり怒ったりして、くっつき合っててね。なにがなんだかサッパリだ」 「確かにくっつきすぎですぞ。まったくけしからん!」 「そ、そんな怒らなくても。聖沙の事だから、きっと考えがあるんだよ」 「シン殿、お互いこのような物陰にひそみ、ご同輩となったのも何かのご縁。協力していただけますかな?」 「紫央ちゃん? どうして僕に腕を絡めてくるの?」 「お、お察しくだされ」 「あ……! この体勢は、あの二人の前で……」 「然り。不本意ではありますが、それがし等が寄り添っているところを、姉上に見せつけるのです」 「うん、そういう事か」 「お分かりいただけましたか。かたじけない。では参りましょうぞ」 「いいよ? いっせーの……はいっ!」 「たらったらったらったウナギのダンス〜♪」 僕は紫央ちゃんと腕を組んだまま、片足を上げてステップを踏む。 聖沙とナナカは、何か悩み事があるらしい。 僕じゃ力になれそうもないけど、このダンスを見て沈んだ気分が和らいでくれれば幸いだ。 「たらったらったらったコブタのおどり〜っ♪」 「さ、さっちん殿、いつからそれがしの隣に!?」 どういうわけか草むらからさっちんが飛び出してきて、僕とは反対側の紫央ちゃんの腕を取り、一緒に踊る。 「たらったらったらー♪」 「さ、咲良クン……?」 「な、なにやってんの、アンタら?」 「いや、僕と紫央ちゃんはただ、聖沙とナナカに喜んでもらおうとダンスを……」 「それがしは違いますぞ!!」 「ナ、ナナちゃん……う、うぅ〜〜」 「はむーっ」 さっちんはハンカチを広げて、噛みしめる。 「くうぅーーーーん」 「な、なんで泣きそうな顔して、アタシを見つめるのさ?」 「さっちん殿、心中お察しいたしますぞ」 「あんがとねー。はい、紫央ちゃんの分のハンカチだよー」 「はむっ」 「う、うぅーーーっ、えうぅーーーーっっ」 「し、紫央、あなたまで何故そんな顔して私を見るのよ?」 「……パッキー、僕どうすればいいんだろう?」 「こんな時はな……」 「逃げな!」 「うん、そーする」 「ふあぁ〜。ねむねむです……」 「こ〜ら! まだ寝ちゃ駄目だゾ、ロロットちゃん」 「むみむみぃ……でも先輩さん、夜のパトロールは美容に悪いのですよ」 「く……た、確かにそうかも」 「明日、うちで作ったヘチマの化粧水もってこようか?」 「それじゃ手遅れじゃん。いまロロちゃんをシャキッとさせなきゃ」 「しなびた大根さんは、砂糖水に浸すとシャキッとするって、じいやが言ってました」 「無理はよくないよ、ここんとこ魔族が増えて、みんな疲れてるし……」 「ロロット、保健室でちょっと仮眠してきたらどうだい?」 「こんな夜更けの校舎の中に入ったら、自爆霊さんがウヨウヨです。どかーーん!」 「そんなわけないじゃん。自縛霊は自爆できないから、性質が悪いんだってば」 「ち、ちょっと。季節はずれの怪談はおやめなさいよ」 「あん? ヒスはオバケが怖えーのか?」 「こ、怖くなんかないわよ!!」 「よっしゃ! ここはひとつ、大賢者パッキー様が、目の覚めるような話をしてやろう」 「えうぅ……パンダさんを止めてくださいよ、会長さん」 「うう……けど、結果的に目が冴えるなら……」 「た、たしかにシン君の言う通りかもしれないけど……」 「ククク……リアちゃんのお墨付きが出たぜ。心して聞きやがれ」 「ひいぃぃっ」 「流星町は海辺にあるよな? って事は川も流れてるってわけだ」 「人間てのは力がないから、土手や水門を作って必死で治水工事をしやがる」 「これは、そう……数十年前、川に堤防が出来た頃の話だぜ」 「ひええええっ」 「〜〜〜」 「聖沙? どうして僕の服の袖口を握りしめるの?」 「う、うるさいわねっ。シワをのばしてあげてるのよ!!」 「流星学園の学生たちが、コックリさんをはじめやがった」 「き、興味本位でそんな事しちゃ、メッ! だゾ」 「ああ、不用意に神託なんぞ授かると、とんでもねー事になっちまう。これは教訓譚として聞いてくれ」 「ふ、ふふん、それなら怖くないわね」 「面白がってはじめたコックリさんだが、やがて生徒の意志とは関係なしに、文字が並んでいった」 「テニハボウレイヲキテナク――手には亡霊於きて哭く――」 「こ、こ、怖くないのよね?」 「それっきり、文字は並ばなくなった」 「ほっ、終わりですね」 「それではいつも通り、二手にわかれてパトロールしましょう」 「あれ……? あのさ、それって文字の順番を入れ換えたら、別の文章にならない?」 「ソバにしては鋭いぜ。つまり、こーいうことだ」 「テイボウニキテハナヲクレ――堤防にきて花をくれ――」 「ひえぇっ!? 続きが気になって、別行動できません」 「だ、だ、誰が花を欲しがってるの?」 「そりゃ、もちろん――」 「ぎゃああぁーーーっ!?」 「にゃ? いかにも魔族の断末魔のような『ぎゃああぁーーーっ!?』って悲鳴が聞こえたにゃ」 「こっちかにゃ? 巻き込まれたらメンドーだから、こっそりのぞくにゃ」 「こそこそこそ……」 「にゃ、にゃ、にゃんと!? パスタの仲間が、ぎったんぎったんにボコられてるにゃ!!」 「大量虐殺の犯人は、クルセイダース……にゃぬ?」 「あいつのマヌケづらには見覚えがあるにゃ。プリエで夫婦漫才してた、せーとかいとか名乗るビンボー芸人にゃ」 「そうか、諸悪の根源はあの連中だったのか!!」 「にゃうん!? お前、どっから出てきたにゃ?」 「あのへんの暗がり」 「パ、パスタを暗がりに連れこんで、なにする気にゃ!?」 「またストーキングしてたにゃ!? いいかげんにしにゃいと、バイラスにゃまに通報するにゃ!」 「な、なんでいなんでい! バイラスバイラスって! あんな野郎より、俺のほうがカッコイイってのによ!!」 「カッコわるいにゃ」 「……知ってるかいパスタちゃん? バイラスの野郎は汗臭えーんだぜ?」 「バイラスにゃまはいつもヘブン状態なのにゃん」 「それに比べて、お前は体も息も獣くさいし、陰口たたくような男は根性も腐ったニオイがするにゃ」 「ぐ、ぐううっ……」 「俺のほうがカッコイイったらカッコイイんだ!!」 「見ててくれ! クルセイダースをケッチョンケッチョンにぶちのめして、カッコイイのを証明してやるぜ!」 「別にそんなこと、お前に頼んでないにゃ!」 「お、俺、この戦いが終わったら、パスタちゃんと結婚するんだ」 「バッチリ死亡フラグにゃん」 「ふぃ〜、仕事もすんだし帰るとするか、シン様」 「ねえ、パッキー。さっきの話……結局、どうなったの!?」 「んぐぐ……聞きたくないけど、聞きたい……」 「テイボウニキテハナヲクレ――堤防にきて花をくれ――の続きか?」 「ここの生徒は、昔からお人好しが多かったらしくてな」 「怖いの我慢して、なけなしの小遣いを出し合って、弔いの花を買ったんだ」 「そんで、みんなして堤防に行って、水面に花を捧げたんだとさ」 「いいお話じゃん?」 「はい、ハッピーエンドは素敵です」 「ククク……甘いな、まだ終わらねえぜ? 花が沈んだ瞬間、水面に奇怪な波紋がひろがりやがった」 「ボクウキテハナヲテニイレ――僕浮きて花を手に入れ――」 「や、やっぱり怖いオチがつくんだね……!」 「ま、待ってパッキーさん、どうして文章が途中で切れてるの? そのあと何が続くのよ?」 「……知りたいのか? 後悔すんなよヒス?」 「お終いの言霊はな――」 「ハレテテイボウナニヲキク――晴れて堤防何を聞く――」 「な、何が聞こえ――」 「おうテメーら、覚悟しやがれ! 俺の名は――」 「で、出たあぁ〜〜〜!?」 「ぐはぁ……空がマックラだ……」 「夜ですから」 「あれ? なによこの人、幽霊じゃないわよ。戦って損した」 「いーんじゃない? こんな夜中に胸元全開で学校内にいたんだから、変質者に決まってるってば」 「そうだね、今回はクルセイダースじゃなくて、生徒会として不審者に天誅を下したという事にしましょう」 「お、俺ひょっとして、勘違いでシバキまわされた……?」 「チッキショー、このやり場のない怒りを両足に込めて、全力疾走で逃げてやる!!」 「有言実行で逃走したね。ま、いっか」 「ちなみに、ハレテテイボウナニヲキク――晴れて堤防何を聞く――の『ナニ』だがな」 「昇天できた霊魂が、優しい生徒たちにお礼の音を聞かせたんだ」 「あらら? いいお話だねっ」 「俺様は、愛するリアちゃんを怖がらせたりしねーぜ」 「だが、これはたまたま上手く事が運んだにすぎねえ。失敗すりゃ、祟りがあったかも知れねーんだ」 「そんなわけで、くれぐれも遊び半分でコックリさんをやっちゃいけねーぜ?」 「にゃーい」 「と、まあそれは置いといて……ま、負けたにゃ、しかもめっちゃカッコワルく!」 「あの筋肉馬鹿は、とことん使えない男にゃ! ここはやっぱり、パスタが何とかするしかにゃいにゃ!」 「でも今夜は帰って、コタツで寝るにゃん」 「おまたせにゃ〜ん! お料理ができたにゃ」 昼休みがはじまって数分後、何の前触れもなくパスタが生徒会室へやって来た。 聖夜祭をひかえ、僕たち生徒会は昼食がてら、軽く打ち合わせをするつもりだった。 一般生徒の意見も参考にしようと、紫央ちゃんにも同席を願っている。 「れろ〜ん、ぺろぺろ♪」 「ロロットさん、野菜スティックはそうやって食べるもんじゃないわよ」 「でも、野菜さんにまぶしたドレッシングの方が美味しいのです。ちゅっぱっぱ〜」 「肝心の野菜のほう食べてないじゃんよ」 「てゆーか、聖沙のお昼ご飯またこれ? そんなんで、よくお腹いっぱいになるなぁ」 「わ、私は小食なの」 「あ、分かった! ドレッシングのほうに、たっぷりカロリーが含まれてるんだねっ」 「がーん!?」 「あ、姉上? 精神的な衝撃は分かりますが、ご来客ですぞ?」 「み、みんな、パスタだよ。知ってるよね?」 「お前、こんな連中を束ねてるのにゃ? 大変だにゃ……」 「いきなり乗り込んで来て、『こんな連中』あつかいしないでちょうだい!」 「まあまあ、生徒会は学園関係者の緊急事態にも対応しなくちゃ」 「今日はどうしたんだい、パスタ?」 「パスタのお話、聞いてくれるのにゃ? 小さな猿山のボスとはいえ、さすがは人間どもの上に立つ男にゃ」 「全然褒め言葉になってねーぜ」 「お前らに色々と迷惑をかけて……本当にすまみせんでしたにゃ」 「うんうん、スミマセンだね」 「お詫びのしるしに、特製ランチを用意したにゃ。パスタが、よりに腕をかけてお料理したのにゃ」 「嘘です。私達をだまくらかす気ですよ! そうは〈豚〉《》屋が、おろしません!!」 「ヒ、ヒドイ、ヒドすぎるにゃ! 天使のくせに、信じる心を持ってないにゃ」 「天使じゃないから、いいのです!」 「特製ランチ……」 「なーんだ、やっぱお腹空いてんじゃん、聖沙」 「ナナカ殿、それは言わぬが花というものですぞ」 「す、空いてないわ! 私のお腹はパンパンよ! プクプクのタポンタポンで、ぽっちゃり系になってるんですから!」 「み、聖沙ちゃん、すごいこと言っちゃってる」 「とにかくパスタさんの手料理なんて願い下げだわ!!」 「……ちっ」 「今なにか舌打ちが――」 「ぐすっ、ぐしゅん、ひっく! パスタ、パスタ……みんなに喜んで欲しくて、一生懸命お料理したのに……えーんえんえん」 パスタが僕にすがりついて、泣きだしてしまう。 「あーあ、泣かしちゃった。アタシ知ーらない」 「夜中の3時ぐらいから起きて、下ごしらえはじめたのに……しくしくしくしく」 「聖沙、君は……」 「ち、ちょっと泣かないでよパスタさん。咲良クンも、どうして責めるような目で私を見るの?」 「すっごく豪勢なメニューだけど、全部食べても100キロカロリーを越えないように、作ったのに……ちーん、ぐしゅぐしゅっ」 「ひっ、100!?」 「喜んでご馳走になるわ、パスタさん!」 「心変わりはやっっっ」 「ほ、本当に豪勢なお料理だわ。でも……」 「どんどん運んでくるにゃ、お前らは座って待ってるにゃ。先に食べはじめてて良いにゃ」 「いえ、これがそれがしの行儀作法。まずは目上の方から頂いてもらわねば」 「……うっさいにゃチンチクリン。お前には言ってにゃいにゃ……」 「はい? い、今なにか、そこはかとなく悪意にみちた声が……」 「空耳にゃ、気にするにゃ」 「僕、配膳を手伝ってくるよ」 「咲良クンがやるなら、私もやる! 勝負よ!!」 「うーん、何人も行くと、逆に能率が悪くなっちゃわないかな?」 「ふ、ふん、言ってみただけよ。あなたを試してやったのよ。大人しく待ってるわよ!」 「じゃあ、行ってきまーす」 「パスタ、僕も運ぶのを――おや?」 「にゃぷぷ、にゃぷぷぷぷっ」 みんなに食べてもらうのが嬉しいんだね。分かるよその気持ち。 「ド腐れ生徒会め、どうやって料理してくれよう……にゃっふっふっ」 え? 料理はもう済んだはずじゃ? しかもこの笑い方は、自分じゃ善かれと思ってても、結果的に悪い事を企んでる時の品川のオバサンとそっくり……? 「きらきらきら〜 ホカホカお料理さんが輝いてます」 「ネコまんまとかいうオチを予想してたけど、なにこれ? マジで美味しそう」 「た、食べたいけど、このお料理もしかして……」 「怪しいよ。これで本当に100キロカロリー?」 「それがしの見立てでは、少なく見積もっても富士山の八号目ぐらいのカロリーはありそうですぞ」 「ひいぃぃ!?」 「あ、姉上、お気を確かに!」 「ねえ、まだまだ運ばれてくるんでしょ?」 「どんどん平らげて片づけなきゃ、お皿がテーブルに乗り切らないよ」 「会計さんも、たまにはイイコトおっしゃいますね〜」 厨房付近―― 「ほれ、こいつを運ぶにゃ。パスタは奥で肉切り包丁研いで、デザートを用意するにゃ」 変だ……デザートに、どうしてそんな刃物を? 「くんくんくん! こっちからいい匂いがするー」 「やあ、サリーちゃん」 「あっ、カイチョーだ、こんちゃー」 「わおわお、それなに? 美味しそう。食べたい、食べたいっ」 「そうだね、ご飯は大勢で食べた方が美味しいよ。サリーちゃん、向こうのテーブルに――」 「きゃっほ〜! いっただきー! ぱくんっ」 「あ、待ってよ、つまみ食いはお行儀悪いってば」 「むぐぅ!?」 「ばったん、きゅる〜ん シビシビシビシビシビシビ……」 「サ、サリーちゃんが倒れて、痙攣してる!? まさかこの料理は――」 「大変だ。みんなが危ない!!」 「致死性はないようだね」 「言い換えれば、私達を動けなくして、いたぶるつもりだったのかも……」 「それがし、礼儀を守って正解でした!」 「ああううああ、痺れて動けないぃ……」 「じいやが言ってたフグ毒ですね。治すには砂風呂に入るのです。わくわく……」 「ああっ!? 手遅れだったか!!」 「おい、チャンスだシン様! ソバと天使にイタズラするなら今のうちだぜ!」 「するわけないでしょ!」 「ま、魔族より極悪なこと考えるヌイグルミにゃ……」 「って、どういう事にゃ!? たった二人しか倒れてないにゃ、パスタの計略破れたりにゃ!?」 「パスタさん! イタズラにしてはやりすぎだわ。どういうつもり!?」 「うっさいにゃ、お前らは邪魔なのにゃ」 「もう知能犯はやめなのにゃ、これより実力行使にうつるにゃ!!」 「く……許せないよ、パスタ」 「さ、咲良クンが、めずらしく怒ってる?」 「こんなに美味しそうなのに、毒入り? 食べられない? 食べ物を粗末にする子にはお仕置きだ!」 「あ、そっちなんだね」 「パ、パスタが負けるにゃんて……」 「でも負けは負けにゃ! こう見えてもパスタは七大魔将の一人。敗北者の仁義は心得てるつもりにゃ!」 「き、君は魔将だったのか!?」 「仁義って……?」 「脱ぐにゃっっ」 「ええぇ!?」 パスタは意を決したよう顔付きで、被服の留め具をプチプチと外し―― 「み、見ちゃ駄目!!」 「へああぁ〜!? 目が、目がああぁぁ〜〜……っ!!」 「仲間割れかにゃ? 逃げるなら今しかないにゃ!!」 「バイラスにゃま以外に見せるわけないにゃ。馬鹿バカば〜か! お尻ペンペンペ〜ン!!」 「速い!?」 「咲良クンを戦闘不能に陥れて逃げるなんて、なんて卑劣なの」 「いえ、シン殿をやったのは姉上です」 「――というわけです」 「そう、事情は分かったわ。シンちゃん」 「ヒスに眼球を潰されたのに、何事も無かったかのように復活するとは、さすがシン様だぜ」 あの後、僕たちは理事長室に直行した。 パスタを泳がせておくように言いつけられていたが、生徒に毒を盛るようでは捨てておけない。 証拠物件の毒入り料理を持参して、僕と聖沙はヘレナさんに掛け合っている。 「うぅ……まだ舌がシビれてるや」 「砂風呂に入れなくて、残念です」 「さすがにメリロットの解毒剤は効き目バツグンね」 「しくしく、食べれないゴハンなんて、ヒドイよぉ」 「呼ばれてないのに、ジャジャジャジャーン」 「オデ、喰う、まかせろ」 「オヤビンも匂いに釣られて来ちゃったー。でも、それ毒入りなんだって」 「オデ、毒とか、平気」 「はぐっ、はぐっ」 「オデロークが食べてくれるのか。だったら僕、もったいないと怒る必要なかったね」 「いや、怒れよ」 「そうよ、怒り狂いなさいよ! クルセイダースが全滅してたかも知れないのよ!」 「う、うん。せめてパスタが七大魔将だった事だけでも、教えて欲しかったです」 「シンちゃん……私はあなた達を信頼してるわ。騙そうとしたわけじゃないの」 「実はね……」 「……今回は魔族の動向がおかしいでしょう?」 「その原因を調査して分かったんだけど、どうやら魔族は、リ・クリエの力を悪用するつもりらしいの」 「ううん、それだけにとどまらず、リ・クリエの力を増幅するために、何かやっている……」 「何かって……」 「それを突き止めるために、パスタちゃんを泳がせていたのよ」 「もはや、クルセイダース単体で当たるには、事が大きすぎるわ」 「別動隊を組織して、パスタちゃんの素行を偵察……うまくいけば、残りの魔将の所在も、突き止められる筈だった」 「『筈だった』……?」 「すごいです〜、私達のほかにもクルセイダースみたいなのが居るんですね」 「だったら最初から、そう説明して下されば――」 「……お姉ちゃんの判断は正しいよ、聖沙ちゃん」 「私達はほぼ毎日、プリエでパスタちゃんと会っていた」 「もし、パスタちゃんが七大魔将だと知らされていれば、どうだったかな?」 「そりゃあ、知らんぷりするってば」 「うん。私達とパスタちゃんは、一生徒とウェイトレスとしての態度が取れなかったでしょう」 「平静を装っても、不自然さは隠せない。必ず悟られてしまう」 「ま、まさか、僕たちがパスタを倒しちゃったせいで、ヘレナさんの計画が御破算になったんじゃ?」 「責任を感じる必要はないわ。すべてが水の泡になったわけじゃないもの」 聖沙……。 「行こう聖沙。パトロール強化だ!」 「う、うるさいわね、いま私もそう言おうとしてたのよ!」 「飯、完食」 「はわわっ、お皿まで食べちゃいました。お相撲さんってスゴイんですね」 「お、美味しそうなのに、アタシは食べられなかったなんて……」 「食べたい、食べたい、食べたいよー、うえーん」 「んもう、しょうがないわね。はい、これ」 「ひゃっほーい♪ リジチョー、ありがとー」 「別にいいわよ。どうせ、リアのだし」 「プリエをパトロールするの?」 「なによ! 犯人は現場に戻るっていうでしょ!」 「パスタの……いや、魔将たちの犯行は、まだ始まってないよ。もっとリ・クリエが近づいてからだと思う」 「その前に、クルセイダースが倒せればラッキー。パスタのお料理は、そんなものだったのさ」 「もう、プリエでパスタさんがウェイトレスする事はないのね」 「ちょっと、寂しくなるかも……」 「じ、冗談よ! 寂しいわけないじゃない! さあ、パトロールを続けるわよ!」 聖沙ってば人が良いんだから……ヘレナさんの判断は大正解だ。 「ム、ムムム……むぅ〜ん……」 すこし肌寒い生徒会室。 聖沙と僕は残務にあたっている。 リア先輩とナナカとロロットは、既に帰宅した。 実をいうと僕の分担はもう終わっているが、なんとなく聖沙を残して退出したくない。 「次善策は……と……である……ってことね」 外は真っ暗だ……。 先月、キラフェスの相談をしていた頃は、まだこの時間帯は夕暮れだった。 それが今では薄暮さえ通り越して、完全な夜。気温も相応に低くなり、外気を宿して冷たくなった窓ガラスは曇っている。 「あと記録しておくべきなのは……この懸案と……そう、これも……」 聖沙は、まだ見ぬ後輩のために、細かくノートをとっている。 キラフェスは大成功だったけど、ちいさな不手際や問題はいくつもあった。 僕たちの代が、キラフェスをやり直す事はもう出来ない。だからせめて、次代の生徒会が役立ててくれるよう、その事を記録に残しておかなきゃ。 聖沙は頑張ってるね。こんな時、リア先輩なら……。 よし、紅茶を淹れよう。僕にだって、それくらいは出来る! たしかキラフェスで貰ったティーサーバーがこのへんに……あ、あった! 「ぐぐ、一体どうすればいいんだ?」 「……何してるのよ、咲良クン?」 「い、いや、聖沙に紅茶を淹れようとしてさ」 「キラフェスのバザーで、保護者の方が寄贈してくれたティーサーバーがあったでしょ?」 「あれが売れ残ってたんで、貰ったのはいいんだけど……はははは、使い方が分からないや」 「ふ、ふふん、仕方ないわね。私に貸してごらんなさい」 「ごめん。かえって聖沙の手を煩わせたね。仕事も中断させちゃったし」 「ティーサーバーの操作って、難しいんだ……」 「簡単よ?」 「おお、なるほど〜」 「咲良クンも、意外と不器用なのね」 「変な音がするから、てっきり、曇ったガラスに落書きしてるのかと思ってたわ」 「ひ、ひどいっ」 「あーあ、シン様いじけて、窓に落書きしはじめたぜ……」 「ヒス、ちゃんとフォローしとけよ?」 「わーい、正義のヒーロー、ぷりっち仮面だ」 「わかったわ。咲良クンと私、どっちが絵心があるか勝負よ!」 「フォローになってねーぜ!」 「お茶葉のセット完了。制限時間は、紅茶が二人分淹れ終わるまで。よーい、ドンッ!」 「咲良クン、そのシイタケの断面図みたいな象形文字は何?」 「一目瞭然じゃないか。美少女仮面パピリン、推参!」 「人間だったのか、それ……俺様には、でき損ないのエリンギにしか見えねーぜ」 「咲良クンて正義の戦隊が好きなの? じゃ、私はクルセイダースのみんなを描いて見せるわ」 「咲良クン、ナナカさん、ロロットさん……そして、お姉さまと私♡」 「シン様とソバと天使は、棒人間かよ!」 「……ねえ、咲良クン。私たちが会った事もない、ずっと昔の生徒会役員も、こんな風に落書きしたのかしら?」 「たぶん……してるんじゃないかな」 「そう……それなら私達もやりましょう!」 「いいの? 聖沙はこういうイタズラ、怒って注意しそうなのに」 「もちろん、教室じゃしないわよ?」 「でも、生徒会室は教室とは全然違う。かと言って職員室や保健室でもない」 「うまく言えないけど、独特の雰囲気があるの」 「これってきっと、先代の会長だったお姉さまや、私達ぐらいの歳だったヘレナさん、もっとずっと昔の生徒会の人達の手で、大切に作られてきた空気だと思うの」 「あれ、今の音……」 「紅茶が淹れ終わった音よ。知らないの?」 「あ……! はじめてなのに、私に淹れようとして……」 「あ、あの……その……あ、ありが……」 「パッキーさん、落書きの判定して! 私の勝ちよね?」 「おう! 大賢者パッキー様が、厳正な審査をしてやるぜ」 「勝負の結果は――」 「どっちも負けだ!!」 「ヒデーったらありゃしねえ。デッサン狂ってやがるわ、パースも異次元だわ、もう見てられねーぜ」 「な、なんで二人同時に、俺様をつかむんだ?」 「ぎゃあああぁぁぁ〜!? 俺様の身体で窓を拭くんじゃねぇー!!」 「ちょっと……咲良クンの帰り道、こっちじゃないでしょう?」 「今夜は寄り道をしたい気分なんだ」 「そう言って油断させておいてから、送り狼に変身する作戦だな。さすがシン様だぜ」 「ななっ!? ケ、ケダモノ!!」 「違う!!」 「夜遅くまで居残ってたから、聖沙の父さんと母さんは心配してるでしょ! だから僕は――」 「ふっふーん、お気遣いなく。私は両親に信頼されてるもの」 「うん、大丈夫……」 「とにかく家まで送るよ。こんな暗い夜道で、女子の一人歩きは危ないからね」 「もし、聖沙の身になにかあったりしたら……」 「えっ、それって……」 「聖沙はまっすぐな子じゃないか。こんな事になるかも知れない」 「私は一途な女子、聖沙・バーバラ・クリステレスよ!!」 「バ、バーバラ? 私のBはブリジッタのBなんだけど……?」 「今日は生徒会で遅くなっちゃった。急いでお家に帰らなきゃ」 「あ、前方に急カーブ発見!! でも私は曲がった事が大嫌い!!」 「『曲がった物事』と『曲がり道』は、何の関連もないわよ?」 「ドッカーン!! まっすぐ進んで、ガードレールをブチ破っちゃった。そのまま谷底にゴロゴロゴロ〜」 「どこの世界に、生身でガードレールを破壊する女子校生がいるの!?」 「でも負けない。私は猛者・ブル少佐・クリキントン。大ケガ負っても我慢して、一直線にお家を目指すわ!!」 「猛者じゃなくて聖沙!! どこの誰よブル少佐って!? なんで名前に階級が含まれてるのよ!?」 「あ、栗きんとんはいいんだ?」 「はい! 妄想ストップ!!」 「これからいいとこなんだよ? ハードカバー本で全48巻におよぶ、聖沙の波瀾万丈な下校物語が――」 「どんだけ長いのよ!!」 「リアルでヒスん家に着くまでは続くぜ?」 「どーせ、シン様と一緒に帰る気はねーんだろ?」 「ボケとツッコミを繰り返しながら、気がつきゃ無事にヒスん家へ到着。シン様はそれを狙ってんだ」 「な、なんでバラしちゃうのさ、パッキー」 「咲良クンて……」 「ハアァァ〜」 「一緒には帰らないけど、ちょっとご飯でも食べていかない?」 「ふふん、ドキッとした? これで引き分けよ!」 「ムゥ……」 僕たちは商店街へやって来た。 聖沙は冗談で、一緒に食事をしようと言ったわけじゃなかったんだ。 「お店が、ほとんど閉まってる……遅すぎたわ。たまには咲良クンにご馳走しようと思ったのに……」 「どこか開いてるお店知らない?」 「フランス料理や懐石料理じゃなくてもいいかな?」 「い、いいに決まってるでしょ。いくら私でも、普段からそんな良いもの食べてないわよ」 「それじゃあ……」 「あっ、キムさんとこのシャッターが半分あいてる!」 「あれは半分しまってるんじゃ……?」 僕は半開きのシャッターの下から、五ツ星飯店を覗き込む。 「おーい、キムさんキムさん。まだやってる?」 「ち、ちょっと咲良クン!? お止めなさいよ!!」 「キムさん、キムさーんっ」 「なにネ、なにネ? どうしたアルか、シン君?」 「こんな時間に悪いけど、何か売れ残ってないかな? 夕飯まだ食べてないんだ」 「それはいけないネ。シン君くらいの子は、ちゃんと食べなきゃ駄目アルヨ」 「春巻きと、中華チマキが余ってるアルよ。良かったら持ってくネ」 「あ、あの、お代をお支払いしま――」 「いいネ、いいネ。その代わり、また今度忙しい時にお店を手伝って欲しいアルヨ」 「さて、お次は――」 「え……ええぇ!? まさか他のお店もまわるつもり?」 「悪いねぇシンちゃん。今日は大忙しでさ、大根とワカメのサラダしか残ってないんだよ」 「それで充分だよ、品川のオバさん」 「お、おいくらですか?」 「いいって、いいって、どうせ残り物さね」 「うちの宿六に今更ワカメを食べさせたって、もう手遅れ……昔はフサフサだったのに……うぅっ、キラリ!」 「あ、血の涙」 「それにしても……おやまあ、ナナカちゃんを差し置いて、こんな夜更けに逢い引きかい?」 「ナナカさん……」 「お嬢ちゃん、確か生徒会の子だね? シンちゃんも隅に置けないねえ、ふぇっふぇっふぇっ」 「そ、そんなんじゃないってば」 「行こう、聖沙! じゃあね、品川のオバさん。ありがとう!」 「あいよ。またいつでもおいで」 「もう……もおぅ〜! ホンットに恥ずかしかったんだから!」 「『五ツ星飯店』の春巻きと中華チマキと、『牛田精肉店』の野菜コロッケと餡ドーナツと――」 「暢気にベンチに腰掛けて、ご飯並べてるんじゃないわよ!!」 「食べないの? だったら僕が全部もらうけどさ」 「ふん、そんなもの――」 「た、食べるわよ!」 「いいこと、くれぐれも言っておきますが、私は咲良クンと食事したいんじゃないわ」 「商店街の皆さんのご厚意を、蔑ろにしたくないから――」 「『品川青果店』の大根とワカメのサラダと、イタ飯屋『ナタリポン』のトマト&チキンパスタ――」 「聞きなさいよ!!」 「この季節、夜の波止場って、あったかいんだよ? 昼間の太陽のポカポカが、海面に残ってるんだろうね」 「風邪ひく心配はないから、聖沙も座りなって」 「だ、誰があなたの隣になんか!!」 「最後は『天川乳飯店』の牛乳。僕の人肌じゃなくて、ちゃんとウォーマーで熱々になってるやつだよ」 「本日のディナーは以上でございます」 「さすがシン様、微妙にカオスな取り合わせだぜ」 「ほら。このベンチは大きいから、テーブル代わりになるよ。ご飯の配膳完了!」 「僕はこっち側。聖沙の席は、そっちだね」 「ふ、ふんっ」 聖沙がベンチに腰掛けるの待ってから、僕はミルキー牛乳のキャップを外す。 「かんぱーい! 生徒会とクルセイダースに幸運があらん事を!」 「カ、カンパーイ」 「はぐっ、はぐっ!」 「もぐっ、もぐっ!」 「もっと、ゆっくり食べなよ。残り物だけど、どれもウマイんだよ?」 「ククク……どうせ喰わねーと間がもたねーんだぜ」 「う、うるさいわね!! ちゃんと味わってるわよ!!」 「晩ゴハンはいつも一人だから、誰かと二人で食べるのに、慣れてないだけよ!!」 「し、知らなかったんだ、ごめん」 「僕ん家はアレだけど、聖沙のところもだなんて……あ、いや、これは馬鹿にしてるんじゃなくて――」 「気にしなくていいわよ、咲良クンは地雷を踏んだわけじゃないもの」 「ふふん、墓穴は結構掘ってるけど」 「……うちの両親はお仕事が忙しくて、夜は同じテーブルにつけないだけよ」 「その代わり、朝はいつも家族一緒に食べてるわ。もう10年以上もそうしてる」 「そっか、いいご両親だね」 「ええ、尊敬してるわ」 「だから私はせめて、いい成績をとって、お父様とお母様を喜ばせたいの」 「うーん、もっと簡単な方法があるよ?」 「たまには晩ゴハンを、みんなで一緒に食べてごらん。そしたら、すっごく楽しいはずさ」 「パ、パクパク……パク……」 「お腹いっぱいになった? 女子には多すぎたかな」 「し、勝負よ、咲良クン! どっちがたくさん食べるか競争だわ!」 「はむっ、むしゃっ、あむあむっ!」 「ふぐぅ!?」 「う……うぅ……ぅ……ぅ……」 「慌ててかき込むからだよ」 僕は聖沙の背中を、軽く何度も叩く。 「ぅ……ん! はあぁぁ〜っ」 「……キッッ!!」 「痛ててて、どうして僕の背中を叩くのさ? 僕はノド詰まってないよ」 「なによ、ナナカさんに、いつもこうされてるじゃない!」 「あれは前後の流れがあって叩いてるの! いくらナナカでも、だしぬけに背中バンバンなんてしないよ」 「え? そ、そうなの?」 「そうとも、思い返してごらん」 「ええーと……」 「この隙に! はぐはぐはぐっ!!」 「って、ちょっと! 卑怯な手つかって、私に勝とうとしないでよ!!」 「てゆーかよ。なんでいきなり、ソバの名前が出てくんだ?」 「今日はご馳走様、咲良クン」 「本当にここまででいいのかい? 僕はいくら遅くなっても両親に叱られっこないし、聖沙の家まで送れるよ?」 「ま、まだ、お家には……」 「寂しそうだね?」 「そ、そんな事ないわよ!」 「ええーと……ほら、たくさん食べちゃったでしょ? カロリー消費する方法を考えてたのよ」 「だから、お家まで全力疾走で帰るわ!!」 「名案だね。それなら安全だ」 「でしょ!!」 「じゃあ、また学校で。オヤスミ、聖沙」 「咲良クン、目をつぶって……」 「くわっ」 「見開くんじゃなくて、瞼を閉じるの!!」 「そう、それでいいのよ」 み、聖沙……? どういうつもりだろう? ま、まさか、僕にキ、キ、キ、キスを? どきどきどき。 「告白します」 どきどきどき、バクバクバク! 「あのね、商店街で晩ゴハン集めたこと、恥ずかしいって言ったでしょ?」 「あれは嘘……」 「ホントはとっても楽しくて、咲良クンが羨ましかった」 な、なんだ、そういう告白か……。 「痛った!?」 「じゃあね、おやすみなさい!」 聖沙が宣言通り、自宅へ走り去ってゆく。 「聖沙ー! 背中を叩くのは、今みたいな感じでバッチリだよ!」 「ふーんだ、変な期待してたでしょ? 咲良クンなんかに、捧げるわけないじゃない!」 「はやいな、もう姿が見えなくなった」 「さ、帰るよ、パッキー」 聖夜祭を来月に控え、生徒会活動も忙しさを増してきた。 僕は生徒会室に居残り、次の会議が円滑に進むよう議題の覚書をノートに記す。窓から射しこむ夕焼けが、頬に熱い。 「もう夕方ね」 「ん〜〜」 「こ、この前と同じね。私達しか残ってないわ」 「……咲良クン、聞いてる?」 「リアお姉さまって素敵よね♪」 「うん、僕もそう思うよ」 「なによ! ちゃんと聞いてるんじゃない!!」 「だから、聞いてるって頷いたじゃないか」 「うるさいわねっ! 私はお仕事終わっちゃったの!」 「そんなの見れば分かるよ」 「だったら私を使えばいいじゃない、そのための副会長でしょ?」 「咲良クンは会長なんだから、陣頭指揮くらいしないさいよ!」 「陣って……ここには、僕たち二人しか居ないじゃないか」 「それに、僕の作業は後30分くらいで終わるんだ」 「聖沙の気持ちは嬉しいけど、手分けするほどの量じゃなくてさ」 「さ、30分ね、わかったわ。お掃除するのに、ピッタリの長さよ」 「小1時間前に、ナナカとロロットがビッカビカに掃除したのに?」 「んぐぐ……」 「……キィッ!!」 「な、なんで僕、ガン見されてるの?」 こ、困ったな。聖沙の行動様式が謎すぎる。 「うろうろうろうろうろうろ」 うーん……? 聖沙が怒りっぽい。 → カルシウムが不足している。 → 結論。そんな時にはミルキー牛乳だ。 「聖沙」 「なに!?」 「僕のミルクでよければ飲む?」 「へ、変態!! いらないわよ、そんなの!!」 残念ながら、推測が浅かったようだ。 「ちげーよ、シン様の言い方が悪ぃんだぜ」 「そわそわそわそわそわそわ」 うーん、うーん……? 聖沙が怒りっぽい。 → お腹が空いている。 → 結論。そんな時にはご飯だ。 「さっきと変わんねえじゃねーか!」 「……なによ!!」 「これが済んだら、一緒にご飯を食べに行こう」 「ふ、ふふんっ、まったく仕方ないわね、受けて立つわ。商店街へ、リベンジよ!!」 「……ご飯は、もっと気楽に食べようよ」 「そ、それもそうね」 「おっほん……セルフ・コントロール、セルフ・コントロール……」 「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」 聖沙は窓辺で、楽しげな旋律をハミングする。 「ああ、陽が沈んじゃった」 「ううん、咲良クンは20分で終わらせたわ。夕焼けが、それより短かっただけよ」 「はやく済んだのは、聖沙のおかげかも」 「さっきのは聖歌だよね? 綺麗なハミングだから、聞いてて能率があがったんだ」 「な、なによ、褒めたって、お菓子なんかあげないんだから」 「なんで唐突に、お菓子なんて単語が出てくんだよ?」 「いまお菓子を食べたら、ご飯が美味しくなくなっちゃうよ?」 「さあ、お店が閉まる前に行こう!」 「咲良クン、私のハミングが心地よかったの?」 「うん、すごく」 「そ、そう……ぁ! ツーンッ」 「聖沙、いい機会だから、聖歌について教えてくれないかな?」 「分からない事があってさ、僕ずっと気になってるんだ」 「ふん、咲良クンなんて分からない事だらけでしょ?」 「そのほうが楽しく勉強できるじゃないか」 「そ、それは、そうだけど……」 「聖沙は聖歌隊だったよね? 讃美歌の事で質問があるんだ」 「はあぁ〜 流星学園はミッション系よ? あなたよく入学できたわね」 「だって、僕ひとりじゃ調べようがないよ。モロビさんとコゾリテさんは、手がかりが無いじゃないか」 「ほら、聖夜祭の頃に、教会でみんなが歌ってるだろう?」 「モロビさんとコゾリテさんの所に、シュワさんが遊びに来るっていう明るい歌詞のやつ」 「教会の絵画には、たくさんの人が描かれてて、誰がモロビさんで、誰がコゾリテさんなのか分からないんだ。今度教えてくれないかな?」 「な、何を言って……モロビさんとコゾリテさん……モロビとコゾリテ、シュワ……?」 「ハッ!? ま、まさか諸人――!!」 「不思議だよね。絵画の中じゃ、あんなに大勢が描かれてるのに、どうして歌詞では三人きりなんだろう?」 「ぷるぷるぷる、わなわなわな」 「……キッ!!」 「ど、どうして魔族と対峙してる時よりも怖い目で、僕を睨むんだい?」 「なんで首根っこを掴むの!?」 「商店街までの道すがら、咲良クンを逃がさないためよ」 「本物の讃美歌ってものを、歌って歌って歌って歌ってあなたに分からせてあげるんだから!!」 な、なんか怖い!? いつもの聖沙じゃない、助けてパッキー!! 「す、すやすや……すやすや……」 巻き添え喰わないように、寝たフリしてる! なんて役に立たない大賢者だ! 「ねえ聖沙、ココでよかったの? 開いてるお店が何軒もあったのに」 「い、いいじゃない、別に……」 前回とおなじように、ベンチにご飯を並べつつ、聖沙が口を尖らせる。 「そうだね。冬になったら寒すぎて、こんな風に公園で食べられないよ」 「秋の気配が残ってる今のうちに、ここでのご飯を満喫しよう」 「そ、そうよ、私はそれが言いたかったのよ!!」 僕たちは、それぞれベンチの両端に腰掛け、『いただきます』と手を合わせる。 「ん、美味し……まむまむっ」 「ガツガツガツガツ!」 「美味しいけど……咲良クンて、ひとり暮らしよね?」 「お母様の手料理、ずっと食べてなかったりするの?」 「そりゃ、母さんは父さんと、ラブラブだからさ」 「省略しないの! ちゃんとお話して!!」 「この前のご飯の時は、私が両親の事を教えたでしょ?」 「咲良クンもそうして。それで引き分けよ!」 「やっぱり勝負か。うーん、何から話したものかな……むしゃむしゃむしゃ」 「はむはむはむはむ」 「僕の父さんは、お人好しでさ――」 「オンボロアパートのグランドパレス咲良も、もともとは父さんの友達のもので、それを結構な値段で引き取ったんだ」 「ええ、その話は聞いた覚えがあるわ」 「その延長みたいな事だけど、会社の友達が、上司のミスを押しつけられて左遷されそうになってさ」 「父さんは、友達をかばって、身代わりに遠いところへ飛ばされてるんだ」 「な、なんて会社なの!」 「あははは、でも父さんは楽しそうだったよ。会社のお金で旅行が出来るぞ! ってね」 「で、父さんにベタ惚れの母さんも、くっついて行っちゃった」 「……咲良クンは、どうして付いて行かなかったの?」 「僕は流星町が好きなんだ」 「いや、この理由はちょっと違うかな……流星町に住んでる人達が好きなんだ、うん」 「ぁ……」 「で、でも寂しくないの? ご家族と離ればなれなのよ?」 「うーん、そうは感じないな」 「たとえばね、僕ん家の庭にある家庭菜園は、母さんが作ってくれたんだよ」 「だから僕は世話を欠かしたくないし、そこで採れた野菜は母さんと一緒に育てたような気がする」 「父さんなんて、もっと凄いかな?」 「キュウちゃんを使って、僕と通信してるんだ」 「ユニークね。九官鳥を伝書鳩のように訓練してるの?」 「ううん、キュウちゃんは伝書コウモリ。吸血のキュウ」 「さ、さすがは咲良クンのお父様だわ」 「こんなの序の口さ」 「一番スゴイのは、僕が小さかった頃のできごとだよ」 「あの頃も、父さんは自分からビンボーくじを引いて、1年間ほど海外へ単身赴任してたんだ」 「母さんは、まだほんの子供だった僕のために、残ってくれた」 「外国からじゃ、キュウちゃんは飛ばせないわね」 「飛べるみたいだよ?」 「そんなだから、ぜんぜん寂しく無かったんだけど……」 「昔さ。学校で、父さんを描くって課題が出たんだ」 「子供の頃によく出された宿題ね?」 「うん。一週間以内に、似顔絵を描いて提出しなさいってさ」 「その時……みんなしてお父さんの自慢話をはじめてさ――」 「知ってる? ナナカの親父さんてスキンヘッドなんだよ? そのほうがソバを作る時に衛生的だからって、本当はフサフサなのに剃りあげてるんだ」 「そんなわけで、ナナカが似顔絵描くの一番はやかったよ」 「くすくす、ひどい言いぐさね」 「ちなみに、ビリっけつは僕」 「ほら、父さんは留守だろう? かと言って写真を見ながら描くのはインチキみたいで嫌だった」 「だから心の中の父さんを思い出そうとしたけど、困ったことに、どんな髪型をしてたか忘れちゃってたんだ」 「そ、それは無理ないわよ。一年間だもの。小さな子は、そのあいだに覚える事がたくさんあるわ」 「大丈夫だよ聖沙。それでも僕はちゃんと描けたから」 「……描けた? 思い出したから、じゃなくって?」 「ああ、母さんが髪型の件を伝書にして、キュウちゃんを飛ばしてね」 「なんと父さんは、すぐに飛行機乗り継いで、3日後には家へ帰って来たんだ」 「そして、似顔絵のモデルになって、またすぐ海外の任地へトンボがえり」 「目の前にいる父さんが描けるんだって、僕はワクワクしたよ」 「でも忙しい身だから、家に滞在したのは3分ぐらいだった」 「そ、そんな短時間じゃ、似顔絵は無理だわ」 「……聖沙? 僕は『描けた』って言ったよね?」 「あ……! ま、まさか……!?」 「うん、父さんは、ツルツルぴかぴかのスキンヘッドになってた」 「く……くく、くすす」 「しかも、飛行機のトイレで剃りあげたもんだから、入国審査で不審者扱いされて捕まったらしいんだ」 「僕の宿題のためにそうしたって言ってたけど……」 「だったら無理して帰ってこなくていいよ! 髪型が分からなかっただけで、父さんの顔は鮮明に思い出せるんだから!」 「くすくすくす……」 「だけど後日、教室の後ろにみんなの父さんの似顔絵が貼りだされた時は、壮観だったよ」 「ナナカの親父さんと、僕の父さんが特に目立っててね。二人の絵が並んだ様は、どっかの寺院の謎の守護神みたいだった」 「咲良クンのお父様って……くすくすくすくすくすっ」 聖沙って、こんなにいい顔を見せるんだ……。 「あ、あれれ!?」 「あ、いや……今夜も流れ星が綺麗だなって」 「めずらしくないでしょ? 流星町ではしょっちゅう星が降ってるもの」 「う、うん……なんとなく空を見上げたかったんだよ」 「変な咲良クン……」 僕は咄嗟にごまかす。 それまでは何の計算もなく、聖沙とお喋りをしていた。 ……僕は聖沙に正体を知られたくない。 もちろん、僕の父が先代の魔王であった事も絶対に秘密だ。 けれど僕は、少なくともこのご飯の間だけは、そんな懸念を意識せず、ごく当たり前に家族のお話ができていた。 「咲良クン、冷める前に食べてしまいましょう」 放課後、僕はプリエにやって来た。 「やあ、聖沙も来てたんだ」 プリエの出入口で、聖沙とバッタリでくわす。 「パスタさんなら居ないわよ?」 パスタに対する苦情が生徒会へ寄せられ、その投書の数は日毎に増えている。 「ヘレナさんはパスタを注意する気はないそうだけど……一応、動向を把握しておかなきゃ」 「聖沙もそう思ったんだね? ひと言相談してくれれば、付き合ったのにな」 「お、おおおお断りよ! 誰が咲良クンとお茶なんて――」 「そうだね。生徒会長と副会長がつるんで視察に来たら、パスタを警戒させちゃうよ」 「そ、そうよ! 私もそう考えたのよ!」 「でも……あーあ、咲良クンを出し抜けるかもって期待したのに、無駄足だったわ」 「じゃあね、私はもう行くわ」 「む……」 僕は右に半歩移動して、聖沙に道をあける。 ……が、聖沙も同じ方向に動いたため、僕は結果的に道を塞いでしまった。 「わ、私もう行くから」 「むむ……」 僕は左に半歩移動して、聖沙に道をあける。 僕は左へ。聖沙もまたまた同じ方向へ。 「どういうつもり?」 「ち、違う、他意はないよ。僕は聖沙に道を譲りたいんだ」 「咲良クンの施しなんて受けないわよ! 本気で譲るんなら、会長の座を私に明け渡しなさいよ!」 「なんで話が、そんなに飛躍するの?」 「さすがシン様だぜ。反復横跳びで身体を鍛えて、健康対策はバッチリじゃねーか」 「はぁ、はぁ、はぁ……あくまで私の邪魔をするのね? ちょこざいな!」 「違うってば。これは偶然が重なって起きた、不幸な事故だよ」 「ここまで動きが同調するとは、ある意味奇跡だぜ」 「分かったわ。勝負よ咲良クン! 私はあなたを越えてみせる!」 「だから、そんなつもり無いんだってば。いいかい聖沙? 僕は左に避けるよ?」 「咲良クンが左なら、私は右よ!」 「うん、それで全てうまく行くね」 「う……ま、まただ」 「ムキィーー! 騙したわね!?」 「誤解だよ。僕たちは向かい合ってるから、左右がアベコベで、お箸をもつ方の手が――」 「咲良クンがお箸なら、私はフォークよ!!」 「ア、アホだ。アホの子が二人いやがる……」 「決めた。僕はもう動かない」 「はじめから、そうしなさいよ! じゃあ今度こそ、ごきげんよう!」 「はぎゅぅ〜〜……っ」 聖沙がプリエのガラス扉に激突し、その場にうずくまる。 一枚板のガラスは丁寧に磨き抜かれており、その存在を視認させぬほど透明だ。 「い、痛……痛くないわ!」 「ハッ!? ね、狙われている……? 魔族が私に個人攻撃を……?」 「どこからどう見ても、聖沙の自爆だったけど?」 「んぐぐぐ……」 「うるさいわねっ、寝不足でちょっと油断しただけよ!」 「睡眠不足?」 「生徒会の業務で、僕にサポートできる事があったら、どんどん投げてくれていいんだよ?」 「ふん、私は副会長の職責くらい果たせるわよ」 「……意地っ張り。ぼそっ」 「って、パッキーが言ってたよ」 「言ってねーぜ!!」 プリエを後にし、僕は聖沙を教会まで送る。 生徒会活動で多忙な日々。クルセイダースとしての活動。もちろん勉学も忘れない。そして更に、聖沙は部活動に所属している。 聖歌隊の隊長―― それだけ色んな事を頑張ってれば、寝不足にもなるよ……。 「ぁ……ふ……ん……ぅ……」 「ア、アクビなんてしてませんからね!」 「いや、聞いてないし」 「むしろ聞きたいのは、どうして素直に送らせてくれたのか……かな?」 「僕の方から持ちかけておいて何だけど、教会まで付き添うの、断られると思ってたよ」 「ふふん、私は情と理を、きちんと分けて考えられるもの」 「よく言うぜ。いつも感情ムキ出しでシン様に突っかかってんじゃねーか」 「そ、そそそそれは咲良クンのせいだわ」 僕は聖沙に恨まれるような事したかな……? 「でも聖歌隊の活動となれば、話は別よ」 「ほら、ここってミッションスクールでしょ? 入学式や卒業式といった行事では、聖歌隊が合唱のリードをとるの」 「うん、入学式ではじめて聖歌隊を見た時は、圧倒されたよ」 「私もスゴイなって感激したわ」 「でも……ふっふーん、聖夜祭の聖歌隊は、もっとも〜っと素敵よ?」 「クリスマスをお祝いする、主役とも言える存在……だから練習の時間を大事にしなきゃ」 「私は隊長として、失敗できない。体調不良なんて自己管理できてない言い訳だもの」 「というわけで咲良クン。私を無事、礼拝堂まで送り届けなさい!!」 「御意。騎士役、ありがたき幸せ」 「な、ななな何を言ってるのよ。あなたなんて従者その3ぐらいだわ」 「聖歌隊の子達は、まだ来てないみたいだね」 「うつら、うつら……」 うわ、聖沙ったら船を漕いじゃってるよ……。 「ここへ来て、気がゆるんじまったんじゃね?」 「人目がある外では、無理やり気ぃ張って目を覚ましてたとは、ヒスらしいぜ」 「うつら、うつら……がくん! ぅー? ぁ、うつら、うつら……」 「誰も居ないし、すこし仮眠しなよ」 僕は聖沙を長椅子に誘導しようとるすが、 「うつら、うつら……ぅ……ん、ふるふるふるっ」 ほとんど睡眠状態にありながら、頑なに拒絶されてしまった。 「聖沙……聖歌隊の子達がくる前に、責任をもって起こすから、安心してお眠り」 「うつら、うつら……ぅ、ん……」 「すぅー、すぅー、すぅー」 「もう爆睡してやがるぜ」 「しぃ! パッキー、静かに」 「へいへい」 「すぅー、すぅー、すぅ……」 へぇ……聖沙の寝顔って―― いかんいかん! 女の子の寝顔を観察するなんて、悪趣味じゃないか! 僕は聖沙に背を向け、しばらくのあいだ教会内を見学する。 ステンドグラス越しの陽光は適度にあたたかく、聖沙が寝冷えをする心配はなさそうだ。 おや? あの額縁は……。 よく見ると、礼拝堂の入口には絵画や写真が掲げられている。 クリスマスに集い、祭典を祝っている村人たち。隣には、去年の聖夜祭を写したスナップ写真。大勢の聖歌隊員。 聖沙が写ってる……。 ほんの一年前なのに、写真の中の聖沙は、ずいぶんと幼く見えるな……。 今年の聖沙は隊長だ。何十人もの聖歌隊の指揮をとる。 たった5人の生徒会でいっぱいいっぱいになってる僕より、ずっと立派じゃないか。 「すぅー、すぅー。……うーん……ックマぁ……」 「……パッキー、女子はお腹を冷やしちゃいけないよね?」 「やれやれ、俺様はリアちゃんに操を誓ってるんだが……シン様の命令とあれば、しかたねーぜ」 眠っている聖沙の腹部に、パッキーがくっつく絹擦れの音。 僕は背を向けたまま想像する。 子供部屋を与えられ、両親からはなれた場所で寝る事になった幼子。 はじめてベッドで一人になったけど、その胸の中にはヌイグルミが居てくれるから寂しくない。 ……あははは、こんな姿を思い描いたのがバレたら、聖沙にどやされるね。 「すぅー、すぅー、すぅ……ムギュ〜〜〜ッ」 「ぐえぇ〜っ。で、出ちまう出ちまう内臓でちまう」 「飲み込んで」 「こ、古今例がないひでえ命令だ。さすがシン様だぜ、ぐげぇっ!」 「ねえシン、聖夜祭はどんな感じにすんの?」 「もちろん、キラキラ!」 「うーん、ちょっとイメージできないわ。咲良クン、もっと具体的に言ってみて」 「こ、こう、なんていうか、参加したみんなが綺麗に輝いて、大きく光ってワーイワーイみたいなのかな?」 「な、なんか、とてつもなくシュールな光景が思い浮かんじゃった……」 「しかも、どうして疑問形でお話するの? 会長なんだから、しっかりしなさいよ!」 「う……ま、まだ漠然としか考えてなくて……」 「あれ? そういや、ロロちゃんは?」 「ロロットちゃんは用事があって、先に帰っちゃったみたい」 「そんなわけでシン君、今日の会議は私が書記代理なのです。えっへん!」 「あ、はい……?」 「シン君、黙ってちゃダメだゾ……めっ!」 「え? 久々に先輩が音頭を取ったから、てっきり議長をやりたいのかなって」 「あらら? その反対で〜す」 「もちろん私も聖夜祭に思い入れはあるよ。でも、それは一参加者としてかな」 「生徒会はシン君たちの代になったんだもん。今日の私は、お口にチャック♪」 「おすまししてるリアちゃんも、魅力的だぜ」 「ぴきゅーん! 咲良クン、どっちが議長をやるか勝負よ!」 「じゃあ、今日は会議やめっ」 「んな!? 私じゃ不満だって言うの? ふん、分かったわ、宣戦布告とみなしてあげる」 「シンと聖沙は、とっくの昔から争ってるじゃん」 「そういうのじゃなくてさ、ちゃんと議題が決まってない事だし、今回はもっと気楽にやろうよ」 「肩の力を抜いて、みんなで聖夜祭について漫談してれば、いいアイデアが出るんじゃないかな?」 「ま、漫談て……私たちは芸人じゃないのよ」 「うん、予算をつぎ込んで、芸能人を呼ぶって案もありだね」 「悪くないけど、それ別に聖夜祭じゃなくてもいいんじゃない?」 「そうよ。咲良クンは聖夜祭の意味が分かってるの? クリスマスをお祝いする聖なるお祭りなんですからね」 「そのまんまじゃないか」 「んぐぐ……っ」 「ふ、ふっふーん、ミッション系の学園とは言え、クリスマスの事をよく分かってない人も多いわ」 「だから今年は、本場のクリスマスを演出するような、そんな聖夜祭にしましょう!」 「……イメージがボンヤリとしてるって点じゃ、僕とどっこいどっこいだね」 「ムムッ、私のほうが具体的だわ! 今すぐ図書館で調べてきてやるんだからっ」 「あのさ、本場モノだから、みんなが喜んでくれるってわけじゃないよ?」 「そうかな? 本物の事を勉強しておけば、役に立つと思うけど?」 「そこだよシン。『本場』と『本物』はぜーんぜん違うんだいっ」 「よく分からないわ……」 「えっと、それじゃスウィーツにたとえて説明すんね」 「アタシの知ってるパティシエが、フランスでお菓子作り修行をして帰って来た」 「その人は、フランスの一流店でお墨付きをもらったほどの、腕前と感性の持ち主」 「意気揚々とお店をオープンして、本場の味をそっくりそのまま再現したんだけど……」 「サッパリ売れなかったんだ」 「当たり前だわ」 「どうして? ケーキは凄くうまいんだよ?」 「フランスのお店はフランスに住んでるお客さんを相手に、スイーツを作ってるのよ?」 「それをこの国で、そのままやっても失敗に終わるわ」 「そう! 要は本場のレシピを勉強したあとで、自分なりにどう昇華するか。それがそのお店にとっての本物になるんだ」 「そっか、夕霧庵とおなじだね?」 「遠くからおソバを食べにきてくれるファンもいるけど、基本は流星町の人達を相手にしてる」 「もっと厳しく言っちゃえば、うちから半径2キロの圏内に住んでるお客さんがメイン!」 「だから手抜きなんてしようもんなら、一発でおマンマの食い上げだいっ」 「分かったわナナカさん、私達――」 「うん、僕たち……流星学園にとって『本物』の聖夜祭にしよう!」 「キィーッ! それ私が言おうとしてたのに」 「ま、負けないわ!」 「キラフェスは大成功で盛り上がったもの、あれが私達の本物よ」 「あの時はみんな、『もっともっと楽しくしよう』って一生懸命だったね」 「一番ハリキッてた張本人が、なに言ってんのさ?」 「そうね……例年の聖夜祭は厳かなものだけど、それに楽しさをプラスしましょう」 「まず讃美歌は外せないわね!」 「いや、それ毎年やってるじゃん」 「いいえ、今年は聖歌隊だけじゃなくて、他のみんなにも参加してもらって合唱したいの」 「おおっ、それは盛り上がりそうだね」 「聖沙は聖歌隊の隊長……」 「そうだ! 普段から何かに打ち込んでる人達に、聖夜祭でどんな事やってみたいか聞いてまわろう。絶対に参考になるよ」 「出発!!」 「ふふん、どう? 咲良クンより先に言ってやったわ」 「べつに構わないけど……」 「なによ! もっと悔しがりなさいよ!!」 「ハイハーイ! じゃあ、まずはスウィーツ同好会からの提案!」 「って、ありゃ?」 「そーいやさっき、アタシはスウィーツでたとえ話してたのに、なんで最後はおソバになっちゃったんだろ?」 「似たようなもんじゃないか。モンブランにはおソバが乗ってる事だしさ」 「なぬぅ!?」 「さ、咲良クン、あれはおソバじゃないのよ?」 「嘘だ、どう見たって麺類だってば。食べた事ないけど、それぐらい分かるよ。聖沙は僕を騙そうとしてるんだね?」 「失敬な! だったら今度作ってあげるわよ!」 「ア、アタシが作――カフェ・ローズブランシュで買ってきてやる!!」 「うふふふ、モンブランは置いといて、みんなちゃんと会議してるじゃない」 「だんまりオシマイ! 私もみんなと一緒に行くよっ」 「ねえ咲良クン、この書類なんだけど」 「うん? ああ、これはね――」 「くぅ、くぅ、くぅ〜」 放課後の生徒会室。 今日の参加は自由だ。僕たちは思い思いに、残務を片づけている。 聖夜祭に関する会議がないのに、聖沙はいつものように生徒会室を開放した。 「ほんと律儀だよね」 「咲良クンこそ」 「な、なによ今の会話は? 二人は分かり合えてますみたいな……」 「偶然だわ! 私はあなたのことを認めてはいないんだから!」 「私は……わ、私はそう! 肉まんについて思いを巡らせてたのよ。生徒会や聖夜祭の事なんて、これっぽっちも考えて無かったんだから!」 「ふんっ、そうよ!」 「でも、どうして、唐突に肉まんなの?」 「ククク……何の関連もない単語を口走っちまうほど、焦ってたって事だぜ」 「くぅ、くぅ、くぅ……ほえ?」 「あーあ、食い物の名前だしたもんだから、目ぇ覚ましちまったぜ?」 「くんくんくん……お菓子の匂いが近づいてきます」 「御陵先輩かしら? 今日はお姉さまはいらしてないのに変ね」 「ナナカかも? そう考えるのが妥当じゃないか」 「う、うるさいわね。ちょっと言ってみただけでしょ」 「こんちゃー! 遊びに来たよ、カイチョー」 「どっちもハズレだぜ?」 「カイチョー、おみやげに牛丼くーぽん券もってきたよー」 「ふんふんっ、くんくんっ」 「あっひゃひゃひゃひゃ! ロロちーがアタシの匂いかぎまわして、こしょばいよー」 「な、なんという事でしょう」 「オマケさんはオマケなのに、本体のお菓子がありません。手抜かりじゃないですか!」 「ご、ごめんなさーい……って、あれ? なんで怒られてるのアタシ?」 「はうあ!? くんくんくんっ、オマケさんに騙されました。お菓子の匂いは、なおも大接近ですよ」 「みんな、お疲れ! 来るの遅くなっちゃった」 「ふんふん!」 「くんくんっ」 「うびゃあー!? アタシの身体に密着して、なにすんだアンタらっっ」 「会計さんはズバリ、お菓子を差し入れに持ってきましたね? 私の見立てでは、菓子パンです」 「う、うん、冬華さんからプレッツェルいっぱい貰って……てゆーか、ロロちゃんは犬か?」 「ワンコじゃありません、天使ですっ」 「や、やっぱり……」 「はわわっ、私は天使じゃありません。そんじょそこらの人間ですっっ」 「ぱくぱくぱく♪」 「こら! 食べてもいいけど、ちゃんと断ってから食べな」 「お断りします。もぐもぐもぐ」 「そういう意味じゃないやい!」 「いきなりむさぼり喰うんじゃなくて、お茶いれてみんなで食べようって言ってんだい!」 「つまみ食い禁止! 2人のプレッツェル、一時没収!!」 「ああぁ〜〜!? う、うぅーー! わんわんわん、がるるるるるるっ」 「わぅー、わぅー、わんわんわんっっ」 「い、犬が二匹に」 「はい、もうすぐみんなの分、淹れ終わるわよ」 「わーい、おこりんぼのミサミサ、ありがとぉ!」 「失敬な。私だってちゃんと笑えます!」 「そうともサリーちゃん。聖沙が微笑んだ顔は、とても素敵だよ」 「んな!? なななな、なに言ってるのよ咲良クン!」 「シン……?」 「んく……ほんわぁ〜。副会長さんが淹れた紅茶は絶品ですね」 「知ってる? 出涸らしにも、通のワビサビがあるんだよ?」 「ありません」 「ありゃ? 聖沙ってば一人前淹れわすれてら」 「あ、私はいいのよ。これから聖歌隊で練習があるから」 「そうなんだ? ごめんね、忙しいのに淹れさせちゃって」 「いいのよ、こうしてると心が落ち着くもの。おかげでいい声で歌えそうだわ」 「それじゃ、お先に失礼します」 「うん、お疲れー」 「行ってらっしゃい」 「い、行ってきます」 「ぬ……?」 「もぐもぐもぐ♪」 「パクパクパク」 「んく……」 「くぴくぴくぴ」 「二人とも食べ過ぎだよ。聖沙の分も残しておこうね」 「なんでさ? 聖沙は戻ってくるなんて言わなかったじゃんよ」 「う、うん、そうだけど……」 「僕、聖歌隊を見学してこようかなって。その時ついでに、プレッツェルを手渡してくるよ」 「はあ? シンは讃美歌なんて興味なかったくせに」 「だって、聖夜祭で合唱するじゃないか。僕は生徒会長として聖歌隊の様子を見ておかなきゃ」 「それ、今日じゃなくてもいいじゃん」 「今日できる事は今日しなきゃ、グダグダになっちゃうよ」 「ロ、ロロちゃんやサリーちゃんとも、何か打ち合わせを――」 「すぴー、すぴー、すぴー」 「こ、この子たち……」 「喰ったら寝る! 俺もこいつ等みてーに生きたいぜ」 「じゃあ、僕は教会へ行ってくるね」 「ア、アタシも行くっっ。生徒会の会計として! それならいいでしょ!」 「最初から、来ちゃイケナイなんて言ってないよ、僕?」 「そ、そうだよね。てへっ」 「なんで黙ってるの、ナナカ?」 「たは、たはははは……ひとつ聞いていい? シンさ、もしかして聖沙に気があるんじゃない?」 「それは、ええーと……」 「そうだね、紫央ちゃんは『気』の退魔巫女さんだから、飛鳥井家に縁がある聖沙も『気』があるかもしれないよ」 「なんだい、その微妙な誤魔化しかたはっ。今までこの手の質問しても、完全否定だったのにさ!」 「ナナカこそ、こんな事で怒るなんて、はじめてじゃないか。一体どうしたんだよ?」 「どうもしないやい! しかも、はじめてじゃないやい!」 「アタシは、ずぅーっと昔からこうだったけど、今日はじめてプンプンしてるんだい!」 「お、怒って矛盾してない? だから牛乳を飲みなって、いつも口を酸っぱくして言ってるのに……」 「カルシウム不足じゃないやい!!」 「おや、これはシン殿とナナカ殿。お二人揃って、どちらへ行かれるのですかな?」 「教会まで、聖歌隊を見に行くんだ」 「おおっ、これは奇遇ですな。それがしもですぞ」 「へぇー、意外」 「姉上に影響されましてな」 「落ち込んだ時や、進むべき道に迷った時……聖歌隊の歌声を聞くと心が落ち着き、よい気分転換になるのです」 「そうなんだ? 大急ぎで行こうよ、ナナカ」 「黙れ元凶っ」 「僕が何したって言うんだよ?」 「ム、ムカつくぅ〜っ。スウィーツの装飾品が食べられないと気づいた時ぐらい、ムッカムカーっ」 「なんですとぉ!? それほどまでに怒り心頭とは!」 「そのたとえ、よく分からないんだけど……」 「説明している暇はありませぬぞ! ただちにナナカ殿を教会へ運びましょう!」 「よ、よぅし、勝負だナナカ。どっちが先に教会へ着くか競争しよう」 「なぬぅ、勝負だあ? アタシを誰かさんと間違えてんじゃないやいっ」 怒っているナナカをなだめつつ、僕たちは教会へ――。 「すやすやすや……」 「讃美歌を聞いて、パッキーが眠っちゃった」 「安らかな寝顔ですな。無理もありませぬ」 「確かに気分が和らいだ。怒ってるのが馬鹿らしくなってきた」 「うん、何があったか知らないけど、つまらない事なんか忘れちゃいなよ」 「つまらなくなんか、ないやいっ」 「ま、また怒ってる……」 「みんなが聞きに来てくれるなんて、思わなかったわ」 「お礼を言われるほどの事じゃないさ」 「いいえ、おかけで聖歌隊の子達も、普段よりいい意味で緊張して歌えてたもの」 「そっか……聖沙、ハイこれ」 「パ、パッキーさんを貰っていいの? 喜んで頂くわ!!」 「姉上、その勘違いの仕方は、さすがに無理があるかと……」 「くすくす、冗談よ。お菓子を持ってきてくれたんでしょ?」 「メールしてくれれば、生徒会室まで取りに戻ったのに」 「でも……ぱくぱくぱくっ」 「あ、姉上!?」 「紫央ちゃん、どうしてビックリしてるの?」 「姉上が立ち食いしているお姿なんて、はじめて見ました」 「た、たまにはいいでしょう! たくさん歌って、お腹が空いてるんだから。ぱくぱくぱく」 「あっ、気付かなくてゴメン! 紅茶を魔法瓶にいれて、持ってくればよかったな」 「ううん、このままでも美味しいわ」 「みんなも食べて。その方が美味しいし、残り物には福があるって言うでしょ」 「うん、ショコラ・ル・オールで残って、更に生徒会室で残ったお菓子だよ。きっと、幸福と幸運が詰まってるね」 「残飯みたいに言うんじゃないやいっ。プレッツェルは、もともと残り物なの」 「昔は教会でパンやワインを作っててさ、神父さんが余ったパン生地でお菓子を作ったのが、事始めなんだってば」 「お詳しいですな、ナナカ殿は」 「スウィーツの事なら、まかせなさい」 「パクパク、むぐむぐ。ふえぇ〜、これが福のお味なのですね。違いがイマイチ分かりませんが」 「……ロロット、どうしてここに居るの?」 「聞いてください会長さん! オマケさんは、生徒会室でグースカピーなんですよ。まったく仕方のない人です」 「いやいやいや? もぐもぐもぐ」 みんなで歓談しつつ、プレッツェルを平らげる。 「それがし新発見いたしましたぞ」 「讃美歌を聴いたあと、皆でお菓子を食べると、いつもにも増して心が癒されます」 「うん、アタシもうまく言えないんだけど、いい気分だな」 「不思議……CDやテレビで讃美歌を聞いても、こんな風にならないのにさ」 「歌声を生で聞いてたおかげじゃないかな?」 「んもう、褒めてくれたって、何にもあげませんからね!」 「惜しい……シン殿、実に惜しい推察ですな」 「正解は姉上だからこそ、ですぞ?」 「姉上は雑誌に詩歌を何作も投稿し、諸先生方より高い評価を得ておいでです」 「歌詞に想いを込めて歌う事くらい、造作もありませぬぞ」 「わっ、わー、わあー! 紫央、余計なお喋りするんじゃありません!!」 「咲良クンとナナカさんも、いま聞いた事は忘れてちょうだい!」 「なんでさ? スゴイと思うな。恥ずかしがる事ないじゃん」 「聖沙が詩歌を投稿? そうか、サラリーマン川柳だね」 「ちょっと! 咲良クンの中で、私は一体どういう女子なのよ!?」 「そうだね、僕にとって聖沙は――」 「い、言わないでぇー!!」 「ね、ねえシン、アタシは?」 「ソバ」 「ぶ、ぶたれた。グーで……」 「当然ですな」 「くすくす、羨ましいわ。咲良クンとナナカさんの関係って」 「聖沙と紫央ちゃんの関係だって素晴らしいさ。二人は姉妹であり師弟であり親友だよね」 「そういう事じゃないっての。どこまでズレてやがんでい、この男はっ」 「とにかく聖沙が、とても綺麗な歌声してるって事は分かったよ」 「僕も歌ってみたいなぁ」 「たっはははー、シンにできるわけないってば」 「そうなのよね……男子と一緒に歌えれば、理想的な音色になるんだけど……」 「み、聖沙……? まさか本気なんじゃ?」 「咲良クンが望んでるんだもの。本人に向上心があるのは、素晴らしい事だわ」 「でも、うーん……メロディを奏でる事ができても、歌詞がむずかしいのよね」 「そうだね、讃美歌にはおかたいイメージがあるよ」 「ち、ちょっとシン! 聖沙は隊長なんだから、そんな言い方は――」 「いいえ、貴重な意見だわ」 「私たちの――みんなの本物のために、魔族のサリーさんはもちろん、いろんな人が種族を越えて歌えるお歌にしたいの」 「ひとまずド素人の僕が、見よう見まねで、聖沙の事を思い出しながら歌ってみるよ」 「ええ、聞かせて。参考にするわ」 「おっほん……」 「ホゲ〜〜〜♪ ボェ〜〜〜♪」 「失敬な! 私そんなの歌ってないわよ!!」 「うわぁ……学業では秀でておいでなのに、天は二物を与えずとは真理ですな」 「知ってたけど、ここまで悪化してたなんて……」 「ホゲェ〜〜〜♪ ボェ〜〜〜♪」 「ロロットさんも、楽しそうに真似しないの!!」 「ん、こく……」 「はふぅ……くすっ、信じられないわ。あなたにも、美味しい紅茶が淹れられるのね」 「よかった。気に入ってもらえて」 聖沙と二人でベンチに腰かけ、魔法瓶いっぱいの紅茶を飲む。 いつも生徒会室で紅茶を淹れてもらってるお礼に、僕は聖沙を月ノ尾公園へ誘った。 聞けば、聖沙には僕が出涸らしばかり飲んでいるという誤解があった。確かに100回中99回はそうだけど、言い換えれば1回はマトモな味わいだ。 その豪勢な1回を、僕は聖沙に味わって欲しかった。 「紅茶の事だと素直になれるんだな、ヒスはよ」 「んな、ななな!? か、勘違いしないでよ咲良クン」 「出涸らしを、そこそこ飲めるように淹れられるあなたなら、キチンとやれば美味しくなるのは当たり前なんですからね!!」 「んくんく、うまい! ……のかな? 出涸らしになれてるから、ちょっと自信ないや」 「だけど、聖沙に喜んでもらえて、よかったよ。あははは」 「わかったわ、勝負ね!」 「ははは……は? ど、どうしてそんな流れに?」 「ふんっ、私が淹れる紅茶じゃ不満で、出涸らしのほうがいいんでしょ!? 負けないわよ!!」 「深読みしすぎだよ。てゆーか、勝負の内容はどうするの?」 「一種のリハビリね。この紅茶を手始めに、少しずつ美味しく淹れていって頂戴。私もご馳走してあげるわ」 「聖沙の紅茶は、いつも生徒会室で飲んでるよ? それに、この紅茶も美味しいと言ってくれたよね?」 「も、もう一口飲むわ。ひょっとしたら、何かの間違いかもしれないもの!」 「くん……」 「……ん、ごく」 「ん……はぁー」 「くすくす。ほら見て……はぁ〜〜。紅茶を飲んだあと息を吐くと、まっしろだわ」 「ま、まっしろ……」 「美味しいわよ、ふん!!」 「そっか、この時期には、こういう楽しみ方もあるんだね……はあぁー!」 「んもうー、本気で喜んでるんだから咲良クンは! 嫌味なら私だって張り合いがあるのに……はあー、はあぁーっ!」 「冬の吐息はおもしろいけど……昼間でも海風が結構冷たくなっちゃった。ココで晩ご飯は食べられないね」 「なによ! だらしないわね、生徒会長失格じゃない! 防寒具を完全装備して、激辛のカレーライスを食べれば大丈夫よ」 「マジでやるのか? かなりシュールな光景だぞ?」 「毎年、秋風が吹く頃になると、聖歌隊の練習は本格的になってくるのよ」 「テ、テメーからフッときながら、華麗にスルーしやがるとは、さすがヒスだぜ」 「聖夜祭を目前にすると、シスターはいつも仰るわ。男が欲しいって」 「そりぁあ、シスターだって人間だぜ? 禁欲生活を送ってても、人肌が恋しくなるってもんよ」 「な、ななな何を勘違いしてるの、パッキーさん! 聖歌隊に男子の声が欲しいって事よ」 「男子なら……今年の聖夜祭は、一般生徒も加わって合唱するから大丈夫だよね?」 「ふぅ……。それがそうでもないのよ。参加希望者が来ないわ」 「ど、どうして? 讃美歌合唱の告知やポスターは、もう貼りだしてるよ?」 「ええ、私が責任をもって掲示したわ。あのポスターは聖歌隊のみんなで描いたんだもの」 「歌を歌うのは楽しい……」 「うん、だから、みんなも聞いてるだけじゃなくて一緒に歌って欲しい……この前、そう言ってたよね? 聖沙らしいや」 「私だけじゃなくて、聖歌隊みんなの心よ」 「ただ、合唱となると男子と女子が集うでしょ? 讃美歌をきちんした形にするためには、混声四部の練習が絶対に必要なの」 「そろそろ歌の稽古をはじめなきゃ間に合わないのに、参加希望者がまだ誰もいないなんて……」 「み、聖沙らしいや」 「咲良クン、それはさっき聞いたわ」 「言葉は同じでも意味が違うよ」 「ちょっと話を聞いただけでも、聖歌隊のことを難しく捉えられちゃうんじゃないかな……」 「目指すべきは、完璧な讃美歌じゃなくて『僕たちの本物』だよ」 「頭がかたいわね、私って……混声四部なんて二の次だわ。必要なのは老若男女……つまり『みんな』って事は分かってたのに」 「僕の歌声が、まったく参考にならなかったせいかも?」 「フ、フォローしてってば!」 「……じゃあ、僕の駄目な声のかわりに、唄ってみたい歌の事を言うね?」 「堅苦しい譜面じゃなくて、子供の頃にみんなで唄ったようなのがいいな。すごく楽しかったんだ」 「あなたが言ってる事、なんとなく伝わってくる……それでいて、聖夜祭にピッタリな曲が好ましいわよね?」 「でも……思い浮かばないわ。そんな曲、どこから持ってくるの?」 「咲良クンならどんな歌を歌いたいかしら? 率直に教えて」 「僕ならどこかで聞いた歌よりも、オリジナルソングを歌いたいな」 「さ、さすがに無理よそれは」 「うん、だから聖沙が歌詞や曲調をキャッチーにして、歌いやすくすればいいんだよ」 「聖沙は聖歌隊の隊長じゃないか。それってスゴイよ。きっと出来るはずだっ」 「す、すごくないわよ、私なんか!」 「そんなの本人は分からないよ。僕が凄いって感じてるんだから、間違いなく凄いってば」 「すごくないって言ってるでしょ!」 「そっか、聖沙はスゴクないんだ」 「あ、あれれ?」 「ふっふーん、『すごいわよ!』って言い返すと思ってたでしょ?」 「本当に、私のこと全然分かってないんだから」 「咲良クン、私はすごくないけど……まかせてちょうだい、やってみるわ!」 「な、なによ! その『えっ!?』って。自分から提案しておいて、あんまりじゃないのよ!!」 「嫌がってたのに、聖沙が急に引き受けてくれて、驚いちゃったんだよ」 「だ、だって、それは……咲良クンが……」 「僕が、どうしたの?」 「さ、さ、さ、咲良クンが――」 「この世界は刺激的で、とても楽しいですね」 「はい、まだまだたくさん、面白い事があるんですよ。このガイドブックによれば――」 ロロットとエミリナがあらわれて、突堤へ歩いてゆく。二人とも会話に夢中で僕たちに気付いていない。 「そ、それって天界の書庫から、無断で持ち出した禁書?」 「盗んだわけじゃありません。死ぬまで借りているだけで、何も問題もないのです。こうした行為を『死人にシナチク』というのです。えっへん!」 「えーと、意味がわかりません」 「私も分かりません! でも、同義語の項目に『馬の耳に粘土』と書かれてます」 「えっと、何だっけ?」 「あっ! だ、だからね、私は咲良クンが――」 「ロロット、そんなに急がないで。置いてきぼりにされたら、私また迷子になっちゃいます」 「私もはじめはよく迷子になって、じいやに助けてもらいました」 「エミリナ、まずは基本を覚えましょう。人間界には東西南北という四つの方位があるのです。わかりますか?」 「ほーい、ほーい、ほーい、ほーい」 「か、完璧です! 私が教える事はもう何もありません」 「くすっ、神様が私にまだ言うなって諭してるのね」 「だから、何を言おうとしたの?」 「言いません!」 「咲良クン、紅茶ごちそうさま。私さっそくお家に帰って、考えてみるわ」 「送るよ、今日こそは」 「結構です」 「……どうして、そんなに聞き分けがいいのかしら?」 「シン様は従順を装いながら、『帰る方向が同じだ』とか『僕は散歩してるだけだ』とか言って、ヒスに忍び寄るつもりだぜ」 「『うん』じゃないわよ! 集中したいから、一人で帰るの!」 「あっ、それじゃ追跡できないや」 「つ、追跡って言わないでよ、ストーカーみたいじゃないのよ!」 「じゃあね、バイバイ、さよなら、まだ日中だけどお先にオヤスミナサイ」 「明るくても全力疾走で帰るんだ、聖沙って」 「ま、気分の問題だ――って、ヒスのやつ急停止しやがったぜ?」 「咲良クン、やっぱりさっきのこと言うわ!」 「あのね、私は――」 「――――――――」 「き、聞こえないよ……って、聖沙が苦笑してるって事はワザと?」 「あーあ、手ェ振って行っちまいやがったぜ」 「パッキーは、聖沙がなんて言ったか分かる?」 「そりゃあ、俺様は魔王様より長く生きてるから、読唇術ぐらい心得てるぜ」 「教えるのは構わねーが……俺様の口から聞きてーか?」 「やめておくよ」 「それでこそ魔王様だぜ」 私が彼に自己申告した通り、作詞の作業は難航中だ。気分転換に、生徒会室に置いてあるのとよく似たティーサーバーで、紅茶を淹れてみた。 いい匂い。 でも、お部屋の湿度が増してしまった。書籍に湿度は大敵。 窓を開けて、私はお部屋の換気をする。 「……はぁ……っ」 なんとなく息を吐いてみる。 白い。 まだ紅茶を飲んでないのに、もう真っ白だ。 きっと波止場はもっと寒いのだろう。 肩を落としてガッカリしてる自分に気がつく。 もう冬。彼と公園のベンチで食べる晩ご飯は、春までお預けという事だ。 「神様、ありがとうございます」 本当に神様がいるのかどうか分からない。 それでも、私は天に向かって感謝を呟く。 あの時、波止場での別れ際、彼に伝えようとしたら霧笛が鳴り響いてしまった。 だからきっと、私の声は彼の耳にとどいてない。 それでいいと思う。 ……そう思う事に決めた! あんなのは、場の空気に流されて言っちゃっただけ!! てゆーか、どうしてムキになってるのよ、私は!? 「……すぅー。……はぁー」 深呼吸をしてみる。 効果なし。心はちっとも落ち着かない。 ……隊長だから私がすごいですって? だったらあなたは何なのよ!? 聖歌隊の隊長よりも、もっとすごい生徒会長じゃないのよ!! いつも私より一歩先を歩いてるくせに!! そ、そりゃあ、私だってあなたが期待してくれるのは嬉しいけど……。 「あ……!? ぶんぶんぶんっ」 慌ててかぶりを振る。 いつの間に『彼』から『あなた』に格上げしていた。 手にしていたレジ袋の中で、ジャムの瓶が小気味よく鳴る。 プリントされたマークは『いなみ屋』、私がお買い物をした事もないスーパー。 あのあと、晩ご飯を買いに商店街へ行ったら、あなたとばったり出くわしてしまった。 歌詞づくりをサボっているようで気まずかったのに、あなたったらそんなこと少しも感じてやしない。 ――やあ聖沙、お疲れさま。 ――ねえ知ってる? 『いなみ屋』にだって、うまいお買い得品があるんだよ? ――そうだ! いいものがあるよ! さっき、ポイントと引き換えで貰ってきたんだ。 ――はい、イチゴジャム。 ――それも、じゃじゃーん! ほら3個もあるんだよ? ――外国の人は紅茶にイチゴジャムを入れて飲むんだよね? 僕だってそれくらい知ってるさ。 ――甘いものは勉強の時に欠かせない。歌詞づくりに役立ててよ。 「が、外国の人ですって? なんなのよ、その大雑把な言いようは!!」 思わず口をついて、言葉を発してしまう。 もちろん返事はない。ここは私の自室で、あなたはこの家の場所も知らないのだから。 確かにあなたが言う通り、そういう飲み方をする国はある。 ……でも、うちじゃしないわよ! んもう、ぜんっぜん分かってないんだから! たまには、そんな飲み方もいいかも知れない。 私はレジ袋からジャムの小瓶を取り出す。 小瓶のラベルを見て、素っ頓狂な声をあげてしまった。 『とっても甘いイチゴジャム』 『すっごく甘いイチゴジャム』 『むちゃくちゃ甘いイチゴジャム』 3種類のイチゴジャムが、それぞれの小瓶に詰められている。 ハッキリ言って、違いがサッパリ分からない。 なにこれ嫌味!? 私を肥えさせる気? 普段からダイエットしてるって知らないの!? ……知らないのよね、あなたときたら。 だからこのプレゼントも、きっと天然だわ。 「くすくす……」 神様にお礼を言った夜空を見上げたまま、私の頬は緩む。 幼い頃から不安でしかたなかった暗い刻限。 過去形だ。 テストの前後からだろうか? 私は夜が怖くなくなってしまった。 「あ、おかえりなさーい」 窓を閉めて、出迎えに向かう。 「お父様ったら……はいはい、そんなに急かさなくても、いま開けるわよ!」 ベルの音を聞いただけで、帰って来たのがお父様とお母様のどちらなのか、分かってしまう。 玄関へ早歩きしつつ、楽しい気分でお小言ひとつ。 「まったく、お父様は子供っぽいんだから!」 「悪いわね、付き合ってもらって」 「いいよ、ちょうど散歩に出たかったとこだし」 僕は聖沙と二人で、飛鳥井神社へ向かっている。 なんでも、紫央ちゃんが貴重な本を入手し、その鑑定を聖沙に依頼したらしい。 「あのさ、聖沙が読書家なのはともかく、本の事ならメリロットさんに聞いたほうがいいんじゃないかな?」 「そ、それは、その……」 「どうして赤面してるの?」 「咲良クンって、なんでそうズケズケと聞いてくるのよ!?」 「どうして、上等のマシュマロのような頬が、色づきはじめた林檎のように緋色に染まってゆくの?」 「ひ、比喩表現で言いなおしても駄目!!」 「ふふん、仕方のない人。でも絶好の機会ね!」 「紫央が手に入れた稀覯本を読めば、咲良クンも乙女心が分かって、デリカシーを持つようになるわ」 「おお、姉上にシン殿。お待ちしておりました」 「遊びにきたわよ、紫央」 「当家にお越しになるのも、お久しゅうございますな」 「もう、つい先日、お泊まりしたばかりでしょ」 「姉上には、何泊もして頂きたいのです。いっそ、当家で下宿されてはいかがですかな?」 「う、うーん。魅力的な提案だけど……ごめんなさい」 「聖沙は、よく来てるんだ?」 「当たり前よ。紫央のお宅とは、家族ぐるみのお付き合いだもの」 「然り。姉上のおかげで、それがしは厳しい修行の最中でも、乙女心を失わずにすんでおります」 「特に姉上から頂いた『虹色恋愛ラプソディ』『さくらんぼキッスに乾杯』は、それがしの宝物です」 「ち、ちょっと紫央! 咲良クンの前でなんてこと言うの!」 「よく分からないんだけど……?」 「いいのよ、分からなくて!!」 「いや、虹は見た事あるから知ってるよ? でも、さくらんぼがイメージできないんだ」 「メジャーなフルーツよ?」 「違うよ。フルーツという単語は、バナナを意味するもんじゃないか」 「奮発してバナナ、背伸びした贅沢でパイナップル、清水の舞台から飛び下りたつもりでブドウ。僕の世界にはこの3種類のフルーツしか存在しない」 「ひ、ひとり暮らしの男子って……」 「ハッ!? いけない、こんな所帯じみた話をしに来たんじゃないわ……紫央!」 「承知! 例の件ですな?」 「先に謝罪しておきます。稀覯本は姉上を呼び寄せる口実。実は他に野暮用がございましてな……」 「紫央ちゃんがそんな真似するなんて、一体なにがあったの?」 「私達、姉妹も同然なのよ。なんでも相談してちょうだい」 「その……恥ずかしながら……」 「言いなさい!」 「で、では……思い切って言います」 「姉上! じいや殿は……否、リースリングお姉さまは、それがしのものです!」 「姉上は先輩殿一途なはず。リースリング殿にモーション掛けたりせぬよう、くれぐれもお願いいたします!」 「ふっ、百合の血か……」 「え、ええーと……紫央は誰の事を言ってるのかしら?」 「ほら、ロロットの執事兼ボディガードで――」 「あっ、ロドリゲス佐藤さんね」 「リ、リースリングさん、何故ここに?」 「鎮守の森のジャンク屋で、魔弾を購入しておりました」 「そ、そんな露骨に怪しいお店が、飛鳥井神社に!?」 「では失礼。これからもお嬢さまをよろしく」 リースリングさんは軽く会釈して、参道を去ってゆく。 「ああ、気配を完全に消して姉上の背後に接敵……一分の隙もない身のこなし。ホレボレいたしますぞ」 「そういえば、足音たてないんだね、リースリングさんて」 「くひんっ♪ 鳥居の下でキチンとお辞儀をなさってます。なんと素晴らしいお方である事か♡」 「それがし、リースリングお姉さまを見ておると、胸の高鳴りが止まず、微熱のように頬が熱くなってきますぞ」 「この子、君の妹だよ?」 「……あなたの後輩よ」 「それがしも、お姉さまと同じ手練れの境地に、達しとうございます。まずは足音を消す訓練から――」 「く……情けない、なんと無様な!」 「紫央、止まりなさい!!」 「そこでジッとして、右脚の袴をまくり上げるの!!」 「迂闊! 見抜かれるとは……っ」 「どうしたの、聖沙?」 「紫央は右脚を痛めてるわ。いつもと足の運びが違ってたでしょう?」 「スゲー、よく分かったもんだぜ。足音たてねーよう、変な歩き方してやがったのに」 「う、うーんと……女の子の太股だから、僕は見ちゃいけないよね? お稲荷さんでもお参りしてくるよ」 「いいえ、右膝を擦りむいただけの傷。こんなもの見られても構いませぬ」 「さ、さささ咲良クンのエッチ。どうして太股って限定するのよ?」 「う……そ、それは……」 僕が返答に窮している間に、聖沙はポケットから小さな救急セットを取り出し、手際よく紫央ちゃんを手当てしてゆく。 膝小僧のかすり傷。子供の頃に誰もがこしらえた怪我だ。 「シン殿、ご存じですか? 姉上のポケットにはソーイングセットも常備されております」 「乙女は、かくありたいものですな」 「んもー、話を逸らさないの!」 「あっ、こらぁっ! なによこの傷口、水で適当に洗っただけじゃない」 「駄目じゃないの。怪我した時は消毒しなさいって、いつも言ってるでしょ!」 「め、面目次第もございません」 「紫央は怪我する事を恐れないけど、傷を見るのは苦手なのよね。まったく子供なんだから」 「バ、バラさないで下され〜……っ」 「さあ、消毒するから覚悟なさい」 「くひぃ……それがしにも年相応の羞恥心が。赤チンだけはご勘弁を!」 「へぇー、珍しく面倒見がいい聖沙の姿が、おがめるんだね」 「ムッ! 珍しいだけ、余計よ」 「否、シン殿はまだ、姉上を理解しておりませぬな」 「こう見えても、魔王のように冷酷無比な一面があるのですぞ?」 「聖沙が魔王か……悪くないね」 「最悪よ!!」 「そうです、ヒドかったですぞ!」 「傷の消毒が嫌でほったらかしておったら、姉上はキレましてな」 「なんと、赤チンで、それがしの肌にブラックマの落書きをしたのです! 残酷にもほどがあります!」 「なんてショボい魔王だ……」 「む、昔の事でしょ! 咲良クンの前で、余計なおしゃべりはしないの!」 「もがもがぁ」 聖沙が紫央ちゃんの口を塞ぐ。 「あら?」 聖沙が小首を傾げ、手を紫央ちゃんの額へうつす。 「紫央、あなた熱だしてるじゃないの!」 「はて? 自覚はありませぬが……こほっ、けほ!」 「た、たった今、自覚しましたぞ」 「風邪をひきかけてるんだわ! 毎晩、遅くまで魔族退治をしてるんでしょう!?」 「それが飛鳥井家の誇りならば! たとえこの身が朽ち果てるとも、魔物の跳梁をくいとめてみせますぞ」 「だ、駄目よ、そんな――」 「と、昨日まで思っておりました」 「昨夜おそく、力尽きたそれがしを、偶然通りかかったリースリングお姉さまが介抱して下さいまして……」 「その折にご助言を賜りました」 「まずは己の力量の限界が見極められる境地まで、精進すべきだと。自己犠牲の精神を発揮するのは、それからでも遅くはない――」 「立派な御仁です」 「リースリングお姉さまを見つめていると、心臓がドキドキし、頬が赤くなり、頭がクラクラして、喉が乾いてきました」 「これは初恋に違いありませんぞ!!」 「……それって、まんま風邪の初期症状だよ?」 「な、なんですとぉーー!?」 「紫央、あなたまさか……そんな状態でリースリングさんに会ったせいで、恋に落ちたんだって勘違いしてるんじゃ?」 「そ、そんな筈はありません。姉上はそれがしのファーストラブを否定なさるのですか!?」 「おい、薙刀小娘。俺様見て何か感じねーか?」 「物の怪を凝視すると……鼓動がはやくなりますな」 「じゃあ、僕だと?」 「頭がぼぉーっとして、考えがまとりませんぞ」 「私を見つめてごらんなさい」 「姉上を見ると……か、顔が熱くなってきて……」 「ふ、不覚! それがしともあろう者が、かような思い込みをするとは!!」 「ふぅ、やれやれ」 「紫央、今日のお勤めはお休みしなさい。お家に風邪薬ある? 夜は早めに床につく事。わかった?」 「ぎ、御意」 「やや残念な気もしますが、今後は一手練として、じいや殿を尊敬する事にします」 「正直なところ、ただの風邪だとわかり安心しましたぞ」 「それがし、同性に惚れてしまい、戸惑っておったのです。恋愛と憧憬をはき違え、同じ道をゆく上輩に想いを寄せるなど愚の骨頂!」 「し、失敬な! お姉さまと私の愛は、もっと純粋なものよ!!」 「聖沙、誰もそんなこと聞いてないよ?」 「紫央、傷口の消毒がまだだったわね。覚悟なさい!」 「くひぃーーっ。……し、染みますぞ〜っ」 「それにしても、紫央がこんな怪我をするなんて、何年ぶりかしら?」 「風邪というのもありますが、鍛練中に心が乱れまして……それがしも、まだまだ未熟ですな」 「例の本の中身が、あまりに衝撃的だったもので……」 「え? えっ? あれ本当に手に入れてたの!? 絶版になった『キスのすべて』でしょう!?」 「女の子はキスが大好きだものね。私は経験ないけど、やっぱり読んでて、甘酸っぱい気持ちになれる内容だった?」 「お寿司の本でした。ポロッ」 「あ、落涙」 「……ポロポロポロッ」 「なんなんだ、この従姉妹は!?」 「僕に聞かないでよ」 「僕のお願いは……」 聖夜祭が、素晴らしくキラキラと成功しますように―― 生徒会活動の途中、ほんのしばらく手空きの時間が出来た。遊びにゆくには短すぎ、ちょっと休憩するには長すぎる寸暇。 僕と聖沙は、生徒会長と副会長として、飛鳥井神社へ願掛にやって来た。 「ちらっ」 「ムム……まだお願いしてるわね」 「負けないわ! どっちがたくさんお願い事できるか、勝負よ!!」 「うーん、あんまりいっぱいお願いしたら、神様は聞き届けてくれないと思うよ?」 「ふふん。飛鳥井神社の神様は、そんなにケチじゃないわよ」 「本当にそう……」 「ちっちゃな頃から、私はここで願い事をしてきたの……」 「気前がいい神様なんだね、いくつも願いを叶えてくれるなんてさ」 「そんなこと言ってないわよ?」 「え? だっていま聖沙は――」 「神頼みをして、望みを何でも叶えてもらおうなんて、身勝手すぎるわ」 「ココでのお願いをキッカケにして、その時々の夢を現実のものにできるように、自分で頑張るって事よ」 「ムッ! 子供の頃から、理屈っぽい女子だと思ったでしょ?」 「ううん、聖沙にあやかりたいなってさ」 「僕、お願いをやりなおすよ」 「聖夜祭を成功させるため、生徒会活動に全力を出したい」 「けど、最近は魔族が色々と出てきて、それどころじゃない」 「……どっちかひとつ、神様に解決して欲しいなんて、虫のいいこと考えちゃってた」 「聖夜祭も、魔族の事も、僕たちが自分でなし遂げなきゃいけないってのにさ」 「か、感服いたしましたぞ!」 「きゃんっ!? ビ、ビックリした」 「んもうー、紫央ったら、こっそり背後に近づかないでよ」 「申し訳ございませぬ。流星町一の手練、じいや殿の真似事をして、識別接敵をば試みておりました」 「しかし……!」 「それがし、じいや殿の心技体に憧れ、消しゴムにお名前を書いて、使い切ろうとしておりましたが、今日を限りに止めます!」 「な、なんだそのマジナイは?」 「一歩を踏み出そうとせぬ者は、永遠に願いを叶える事ができぬでしょう」 「さらに毎晩、尊敬の君であるじいや殿のお名前を、ノートに緑のインクで200個書き記しておりましたが――」 「こ、怖えー。こいつ、怖え……」 「そっちは続けます」 「続けんのかよ!」 「姉上、それがし地道に鍛練をつみ、じいや殿を越えて見せますぞ!」 「頑張ってね紫央。咲良クン、私たちも応援しましょう」 「あと、ついでに物の怪退治は、姉上の妹こと飛鳥井紫央にお任せを」 「ついでかよ! ……って、もう俺様ツッコむのに疲れちまったぜ」 「まったくこの子は、人の気も知らないで危ない事ばかり……」 「いい紫央? よくお聞きなさい。魔族は私達が退治し――」 「そうとも! 僕たちにも、紫央ちゃんの魔族退治を、お手伝いさせてもらえないかな?」 「ち、ちょっと咲良クン、何を言って――」 「そ、そうよ紫央。代々、飛鳥井家の人は、物の怪との死闘を演じてきたわ」 「あなたはこれまで一人で踏ん張ってきた。でも近頃は、魔族の数が増えてるでしょ?」 「私たちと一緒に戦っても、それは卑怯な事じゃないし、飛鳥井家の誇りもけがさないわ」 「あ、姉上……それほどまでに、それがしの身を案じて……」 「はっはっはっ! 仕方ありませんな。それほど仰るのなら、物の怪退治に付き合っていただきましょう」 紫央ちゃんが、仲間に加わった。 「ただし、くれぐれも、それがしの足手まといにならぬよう、お願いいたしますぞ」 「ぷーっ。紫央ったら調子に乗っちゃって」 「いいじゃないか、紫央ちゃんなりに喜んでるのさ。おかげで、これからは紫央ちゃんが無茶しないよう、見ていられるよ」 「ええ、気分がずっと楽になったわ」 「と、ところで姉上」 「飛鳥井家の誇りなんぞより、じいや殿の強さの秘密や、戦術のイロハなどをご存知ないですかな?」 「じ、自分で努力するって宣言した矢先に、紫央……」 「こうやって改めて見ると、飛鳥井神社って広かったんだ……」 「たまに一人でお参りするのもいいね。境内に佇むと清々しい気持ちになれるよ」 「俺様もいるぜ」 「パッキーはノーカウントさ」 「おう、魔王様と俺様は一心同体。考えはすべてお見通しってもんよ。白昼堂々、現場の下見に来るとは、さすが魔王様だぜ」 「現場って?」 「縁日の夜に、薙刀小娘をそこらの暗がりに連れ込んで、あんな事やこんな事をするつもりだろう?」 「ククク……聖なる神職を肉奴隷にしちまおうとは、恐れ入ったぜ」 「……それ以上邪推したら、君を聖沙ん家の養子にだすよ?」 「ひ、ひぎいぃぃぃーーーーっっ!?」 「ガクン! ぶくぶくぶく……」 「き、気絶するほど嫌なの?」 「どうせ、ご飯時に目を覚ますからいいか……さあ、願掛けしよう」 「僕がつかみ取りたい夢は――」 「おや? シン殿ではありませぬか。聖夜祭の成功を祈願しに参られたのですかな?」 「うん、そんなとこだよ」 「殊勝な事です」 「いかがでしょう? せっかくいらしたのです。お茶でも一服してゆかれませぬか?」 「よい茶葉が手に入りましてな。それがしの手前でよろしければ」 「それじゃ、お言葉に甘えよう」 「聖沙は紅茶で、紫央ちゃんは日本茶か……二人は似たところがあるね。本当に仲がよくて、実の姉妹みたいだよ」 「そう仰っていただけると嬉しいですな。しかしシン殿、ひとつ訂正させて下され」 「姉上とそれがしは、実の姉妹のつもりです。従姉妹ですし、血はつながっておるも同然ですぞ」 「おまけに、ひとつ屋根の下で一緒に育ったと申しても、過言ではありませぬ」 「10年以上も前から、姉上はしょっちゅう飛鳥井家に滞在しておりますゆえ」 「そ、そんな昔から!?」 「はい、クリステレス家のご両親はご多忙でしてな。懇意にさせてもらっておる当家は、喜んで姉上をお預かりしました」 「もっとも、はじめは『姉上』と呼べませんでしたが……」 「どうして? こんなに仲が良いのに」 「父上と母上を、横取りされそうな気がしたのです」 「……はじめての滞在時、それがしは応接室を覗きにゆきました」 「そこでは綺麗な長髪の子が、父上と母上に、それがしが聞いた事もない難しい言葉をつかって、丁寧に挨拶をし、謝意を述べておりました」 「ち、ちょっと待ってよ」 「聖沙らしいけど……そんなのは、子供としておかしいって!」 「仰る通りです。まだ年端もゆかぬのに、姉上は気を遣い、自ら一線を引いておったのです」 「まさか、紫央ちゃんにも?」 「いえ、それがしには、まったく溝を作らず、クォーターである事を鼻にかけず、友として接して下さいました」 「……だからこそ、余計に悔しかった。父上と母上は、それがしよりも姉上を評価しているのではないかと」 「姉上と違い、それがしの髪はカラスのように黒くて短かったし……」 「それは関係ないでしょ」 「ふふっ、ちびっ子だった姉上も、同じ事を言いましたぞ」 「そして……」 「そして、せっかくのばしていた美しい髪をばっさり切って『勝負よ!!』と叫んだのです」 「受けて立ったのかい?」 「当然です、無性に腹が立ちましたので」 「もっとも、何に対して怒りを覚えたのか、未だに判然としませぬ……」 「勝敗は?」 「忘れました」 「……本当に?」 「本当という事にしてくだされ」 「姉上とは、その後何年間も様々な勝負をしておりましてな。たまには、それがしが勝つ事もあったんですぞ?」 「まったく……聖沙は子供の時から、誰彼かまわず勝負を仕掛けてたんだね」 「否!」 「シン殿、それだけはあり得ませぬ」 「姉上は、実力を認めた相手にのみ、勝負を挑むのです」 「現にそれがしより、遥か先に進まれた今では、従前と変わらずお付き合いしておるのに、勝負のショの字も出てきません」 「敗北から学び、成長してゆく好機が、それがしにはもう望めぬのです……」 「そうしてその後、髪がもとよりも長くなった頃は、もう姉上は無敵を誇られておりました」 「流星学園でシン殿が現れました。あとはご存知の通りです」 「僕は、聖沙と勝負してるつもりはないんだけど?」 「ふむ、つまり姉上は、当分勝てないという事ですな」 「お二人の行く末、それがしが見守らせていただきます」 「実は、シン殿にちょっぴりヤキモチを焼いておるのですよ。姉上と勝負ができるとは、羨ましいかぎりですぞ」 「ねえ紫央ちゃん。直接勝負しなくても、聖沙を見る事で、成長できるんじゃないかな?」 「僕が思うに、聖沙は自分自身と勝負してるんだよ」 「自分に勝てない人は、他の誰にも勝つ事ができない」 「はて? それがしは、とっくの昔に姉上の克己心を見抜き、尊敬しておるつもりでしたが……」 「ふむ、いけませんな。シン殿と話をしていると、それがし……どんどん悔しくなってきます」 「あははは、笑顔でよく言うよ」 「紫央ちゃんはイイ子だね。聖沙の事をとても気に掛けてくれて」 「と、殿方に誉められるとは……それがし、照れてしまいますぞ」 「おっと! お茶がまだでしたな、淹れてまいります」 「シン殿は日夜、姉上から紅茶を振る舞われておるとの事。それがしの日本茶がお口にあうかどうか、自信がありませぬが……」 「ご馳走というか、聖沙は僕に紅茶の勉強をさせてるんだよ。僕が出涸らしを愛飲してるのが、我慢ならないんだってさ」 「その点、日本茶はいいよねっ」 「知ってる? どんな種類のお茶も、ずぅーっと出涸らしを淹れつづけてたら、いつの間にかほうじ茶になるんだよ」 「くひ……っ」 「一粒で二度美味しいって、まさにこの事だね」 「な、なるほど。姉上の気持ちがわかりましたぞ」 「シン殿に本物の日本茶を淹れましょう。小一時間ほどお待ちくだされ」 「そ、そんなに!?」 「本物は時間がかかるのです」 「ええーと、あ! 僕、急用が――」 「ひいぃっ!?」 「本物の味を覚えていただきます。決して帰らぬように」 「薙刀で地面に縫いつけられた!!」 「紫央ちゃんは、聖沙よりも負けん気が強いんじゃ……こ、怖い」 「紫央ちゃんが戻ってくる前に、薙刀はずせば脱出できるよ。パッキー手伝って!!」 「パッキィ〜〜〜〜!!」 いつもと変わらぬ登校風景。モーニングおソバをご馳走になってから、僕はナナカと一緒に流星学園へ歩く。 「ふぃー、ふぃー、最近歩くのはやいってば、シン」 「そんなつもりないけど?」 「生徒会長になってから、学園生活が楽しくて、自然に早足になってるんじゃない?」 「二人とも自覚無しかよ。シン様は成長期だぜ?」 「や、やった! 僕は脚が長くなったんだね!」 「えー? 見た目変わってないじゃん」 「そっか、おんなじ比率で胴も伸びてんだ!」 「あ、あんまりだ!」 「おはよう、咲良クン、ナナカさん」 通学路の途中、聖沙が僕たちに合流する。 キラフェスが終わったあたりから、聖沙は僕たちと登校するようになった。 「またするの?」 「咲良クン! どっちが先に学校へ着けるか、勝負よ!!」 「今朝も競歩ごっこ?」 「失敬な。そんなみっともない真似しないわ」 「生徒会役員として一般生の模範となるよう、交通ルールを守りながらゆっくり安全に歩いて、どっちが先に登校できるか!?」 「つまり私は、咲良クンに会長としての資質を問うているのよ」 「そ、そんな大層なものだったの?」 「だからさ、やってる事は競歩と同じじゃんよ?」 「脚が長くなった分、手加減してやんな。ヒスの顔を潰しちゃなんねーぜ?」 「敵の施しは受けないわ!!」 「ほんと、聖沙って勝負にこだわるんだ」 「なんでさ?」 「ふっふーん、ナナカさん『勝つ』の反対は何かしら?」 「『カツ』の反対は『コロッケ』に決まってるじゃないか」 「キィ……ッ!」 「うんうん、シンに勝つのはむずかしいよねっ」 「あれ? あそこに居るのは――」 「ロロちゃんと、エミちゃんだ」 「明け方近くに、お空がピカピカ光って、お水が降ってきました。天界では見られなかった不思議な現象です」 「あれはですね、エミリナ。神様が人間界の写真を撮ってるんですよ」 「そして生徒会の営みに感激して、涙をお流しになったんです」 「パンダさん?」 「あっ、会長さん、副会長さん、会計さん、おはようございます」 「ど、どうもです」 「色々ありましたけど、私たち仲直りできました」 「はい、皆さんにはご心配をかけしてしまい、すみませんでした」 「いいって、いいって。これで一安心だね」 「咲良クンが一安心なら、私は百安心よ!」 「……甘いぞっ、シン! 女の友情は、スウィーツみたいにいかないんだから」 「見てな?」 「♪ダ〜ル〜マ〜さ〜ん〜が〜……」 「♪転んだっっ」 ナナカは手刀で、ロロットとエミリナの繋いだ手を切ろうとする。 「ふぎゃっ!?」 「お嬢さまとエミリナ様の友愛の保障は、この執事ことリースリング遠山めにお任せを」 「う、撃たれた! アタシ撃たれたよ!!」 「って、あれ? どこも怪我してない?」 「峰うちでございます」 「しかし、次は……」 「し、しませんしません、もうしません! お二人の絆は永遠です!!」 「こ、怖い……」 「じいや? ピストルがバキューンって鳴ってましたけど?」 「お嬢さまとエミリナ様の新しい門出を喜び、祝砲を撃たせていただきました」 「ひえぇ〜っ、遅刻しちゃいますよ〜っ」 「ま、まあ、とにかく……よかった!」 昨夜に引き続き、僕は自室でテスト勉強する。 「うーん?」 僕は卓上に教科書を開き、ノートにシャーペンを走らせていたが、その動きが鈍くなる。 よくない傾向だ。形の上では勉強していても、何も頭の中に入ってない。 目は教科書の記述を機械的に追っているだけで、精読にはほど遠い。 手指は確かに文章を書いているけど、その文字を見ても無意味な記号であるかのように、錯覚してしまう。 「ぜんぶ素通りしてる……これは、普段の勉強がおろそかになってたって事だ」 「テストは明日だってのに、ヤバいよね……?」 「やれやれ、俺様が睨んだ通りだぜ」 「どうしよう? どうすればいい?」 「そうだ! 敢えて、横になって考えよう」 「駄目人間の思考じゃねーか!」 「ふああぁぁーーーんっ」 僕はアクビをしながら上体を倒して、そのまま身体を横たえ―― 「きゃんっ!?」 「ななっ?」 なんだろう? 上体を半分倒したところで、不意に頭部が、あたたかくて柔らかい感触に包まれる。 「ぁ……ぃゃ……や、やめ……私そんなつもりじゃ……で、でも……」 「ああ、柔らかくていい匂いだ」 「ば、馬鹿……そんな事ない……」 「僕こんな枕、持ってたっけ?」 「はい? マクラ?」 「ぐはぁ!?」 僕の上体は後方に倒れ、当初の予定通り床に寝ころがる。ただ、枕が消失するとは予想していなかったので、後頭部を素直に打ちつけてしまった。 「み、聖沙!?」 「テスト勉強を投げ出すなんて、どういうつもり!? 私との勝負はどうしたのよ!!」 「それは、たった今やったでしょ」 「状況を整理して、改めて驚いたんだ。よいしょ……っと」 僕は身を起こし、いつの間にか来訪していた聖沙と向かい合う。 「な、なによ?」 「いらっしゃってやったわよ」 「三つばかり質問があるけど、いいかな?」 「望むところよ。私には、やましい事なんてないもの」 「まず、ひとつ目」 「どうして僕の真後ろで息を殺してたんだい? ちゃんとお邪魔してくれれば、歓迎したのにさ」 「パッキーさんに、そうして欲しいって頼まれたのよ」 「おうよ! シン様はテスト勉強が進んでなかったからな。こんな時、気合をブチ込んでくれる人材は、ヒスしかいねーぜ!」 「俺様の手引きで、こっそり不法侵入させてやったってわけだ」 「は、犯罪じゃないわよ? パッキーさんがドア開けてくれたんだもの」 「うーん……じゃあ二つ目」 「どうやって部屋に入ったのかは分かったよ。だけど門から玄関までは、どうしたの?」 「今夜はササミと格闘する音が聞こえなかったじゃないか」 「番犬がわりのニワトリごとき、一度戦えば動きを見切れるわよ」 「フン!」 「三つ目」 「ふんっ、何でもお聞きなさいよ」 「聖沙が苦手なものは?」 「暗いとこ」 「へぇー」 「あ……っ!?」 「ムキィーー! お・勉・強・す・る・の!!」 聖沙はちゃぶ台を連打して、僕にテスト勉強の再開をうながす。 まったくの正論だ。おとなしく聖沙の忠告に従おう。 「聖沙もテスト勉強するんだね。僕の見張り役だけじゃなかったんだ」 「言わなかった? 私は咲良クンと対等な条件で勝負するのよ?」 「それにその言葉、そっくり返すわ」 「昨夜は緊張して気付けなかったけど……」 「あなたもお家で普通にお勉強してるのね。ううん、普通以上だわ」 「あははは、一夜漬けだから、そう見えちゃうんだよ」 「嘘ばっかり」 聖沙は僕のノートを手にとり、中身をあらためる。 「板書はもちろん、授業中に先生が話したポイントまで、細かくノートにとってあるわ」 「でも一時限は限られてるから、どうしても走り書きや、崩れた文字になっちゃってる……」 「……毎日、お家で授業内容を思い出しながら、自分なりに注釈をくわえて、ノートをもう一度清書してるのね?」 「テスト勉強も、普段のマメな努力の延長……」 「ふ、ふふん、天才じゃなかったのね咲良クンて、なーんだ」 「イヤミで言ってるつもりだろうが、そんな素直な笑顔じゃ効果ねーぜ?」 「ずるいや、聖沙のノートも見せてよ」 はじめた見た聖沙のノートは、余白を贅沢に使い、見た目の分かりやすさ優先で記されていた。 バランスが決して崩れない几帳面な文字。赤と青のボールペンによるマーキング。 ところによっては、蛍光緑とピンクのマーキングが施されている。 「……ア、アンダーラインを引きすぎて、どこが重要なのか分からないでしょ?」 「それは嘘だ。重要度によって、色を使い分けて、組み合わせてるじゃないか」 「なんで一目で見破っちゃうのよ!?」 「おおっ、ここは参考になりそうだ。ちょっと写させてね」 「私も咲良クンのを写させてもらうわ。ちょうど分からないところがあったの……いい?」 断るわけが無い。 僕たちは、それぞれにわからないところを教え合ったり、ノートを見せたりしてテスト勉強する。 生徒会の業務をこなしている時よりも能率がよく、お喋りしているのに集中力が持続できる。 こういうパートナーが居るのは、とても嬉しい。 カリカリカリカリッ 「もう、こんな時間だ……軽く何か食べて、もう一踏ん張り勉強しようよ」 「そうね、おむすびと御味御付けでよければ、私が作っちゃうわよ」 「あのお味噌汁、もうないよ?」 「……マ、マズくて捨てちゃった?」 「ううん、全部飲んだよ」 「有り得ないわ。だって、あんなにたくさん作ったのに」 「就寝前に一杯、夜中に起き出して二杯、おはようと同時に一杯、朝飯に一杯、昼飯に一杯、夕飯で二杯、勉強前に一杯飲んだら、底をついてしまった……」 「どんだけ飲んでるのよ!!」 「聖沙のお味噌汁がうまかったんだから、仕方ないじゃないか」 「わ、わわわ私が作ったんじゃないわよ!」 「謎の魔族が不法侵入して、カツオ節とニボシとコンブでおダシをとって、お味噌溶いて、お豆腐と油揚げとおネギを刻んで入れて、魔界に戻って行ったのよ!」 「そんな魔族がいれば、シン様の心労はもっと軽いぜ」 「じゃあ、お料理好きの親切な魔族さんの為に、今夜は僕がカレーライスを作ろうかな」 「家庭菜園の野菜をたっぷり入れた、ヘルシーカレーにしよう。いい、聖沙?」 「ふ、ふん! なんで私に聞くのかしら?」 「シン様、別にお返ししなくていーんじゃね? その魔族がまた来るとは限らねーぜ」 「え……? つ、作ってくれないの?」 「うん、来るか来ないか分からない魔族じゃなくて、ここに居る聖沙のために作るよ」 「ありが――ん、んんっ、コホンこほん!」 「ふ、ふふん! 作りたかったら、作ればいいじゃない!」 「うん、聖沙も食べたかったら、食べてねっ」 「わ、私は別に――」 「んぐぐぐ……っ」 「おやすみなさい、咲良クン」 「聖沙のおかげで、テスト勉強がはかどったよ。ありがとう」 「お、お礼を言うなんて筋違いよ。私は正々堂々と勝負したいだけなんですからね!」 「こ、今夜も走って帰る気かい?」 「なんだか駆け出したい気分なのよ」 「要するに、嬉しいって事だろ?」 「よ、喜んでなんかないわよ!」 気分以前に、聖沙はこの辺りの道になれてない。いつ転ぶともかぎらない……。 かと言って、僕に送らせてくれないだろうし……うーん。 「……パッキー、お願いしていいかい?」 「まかしてくんな!」 パッキーが自分の頭を叩くと、両目のまわりの黒い部分が、スポットライトのように輝きはじめた。 二つの怪光線が、夜道を明々と照らしだす。 「それなら安心だわ。パッキーさん、ステキ♡」 「じゃあ、あとは任せたよ」 「だけど根本的な疑問として、そんな部位から大発光したら、パッキー自身の目が眩むんじゃないの?」 「う、うるさいわねっっ」 「ちょっとパッキーさん、私の口真似しないでよ!」 パッキーは聖沙をからかって逃げ出す。 それを追う聖沙。パッキーは僕よりも、聖沙と仲良しなのかもしれない。 学年順位、発表―― 掲示板の前が、大勢の生徒でごったがえしている。 学年ごとに順位が貼り出され、あちこちで沸き起こる歓喜と落胆の声。 「こんな結果に終わるなんて!」 流星学園に入学してから今日まで、トップと2位はいつも同じ。 だから、字面が変化しただけで、全然違う印象を受けてしまう。 「咲良クンが4位で、私が5位。今回ばかりは、私たち互いに――」 「さようなら、聖沙……今まで楽しかったよ……」 「咲良クン? 何よいきなり?」 「そうだね、サヨナラは言わないよ。ただ、僕のこと忘れないで……」 「ど、どうしたの咲良クン?」 「ハッ!? まさか脳の手術でも受けるんじゃ? なんで、ひと言いってくれなかったのよ!!」 「聖沙ちゃん? 普通、こういう時は『転校するの?』って聞くものよ?」 「て、ててて転校!?」 「しねーよ。シン様に引っ越すゼニなんか、あるわきゃねーぜ」 「聖沙……僕は退学処分になっても、しばらくは流星町にいるよ」 「た、退学ですって!?」 「色々忙しいと思うけど、時々は一緒にご飯を食べて、生徒会のみんなの話を聞かせてね……う、うぅぅっ」 「さらば、僕のキラキラ輝く学園生活」 「なんだか聖沙に叱られてばかりで、本当にキラキラしてたのか、はなはだ疑わしいけど……うう……っ」 「咲良クン、落ち着いて! 授業料が払えないのなら、私がお父様にお願いして工面を――」 「シン様は特待生だぜ? 学費は全額免除に決まってんじゃねーか?」 「だ、だけど、僕はもう……もう……ううぅぅ、ぐすぐす!」 「うふふ、今までトップを独走してたから、もしやと思ってきてみれば……シンちゃんやっぱり勘違いしてたのね」 「特待生の権利は、常にトップじゃなくても大丈夫なのよ?」 「ぶえ? ぞーだっだんでずが?」 「ちょっと、涙で顔がグシャグシャじゃないの! みっともないわね」 「ほら、ハンカチ! ごしごしごし」 「むにむにむに」 「はい、チーンして」 「で、でぼ……びざのバンガヂが汚れで……」 「汚れてもいいから、さっさとするの!」 「ちーん、ぶみぶみ」 「これでよし……っと」 「ありがとう、そのハンカチ貸して。洗濯してから返すよ」 「失敬な! 私だってお洗濯ぐらいできるわよ」 「いや、そういう意味じゃねーぜ?」 「うふふふ、二人のように息がピッタリの会長と副会長は、本校はじまって以来じゃないかしら?」 「少なくとも、私やリアの代よりも、生徒会の絆は深いわ」 「そのシン君を放校処分にするなんて、とんでもない」 「よ、よかったあぁ〜」 「そうよ、辞めるなんて許さないわ! 私達の勝負は、まだ決着がついてないんだから!!」 「た・だ・し♡ 次はトップを取らないと危ないかもよ、シンちゃん?」 「き、肝に命じておきます」 「じゃじゃーん! それじゃあなた達に、これを進呈しちゃいましょう」 「さぁて、お次はお家でお勉強してるリアのところへ行かなきゃ。はー、忙しい忙しい」 ヘレナさんは、十指を妖しく蠢かせながら、九浄邸へ突進してゆく。 三年生はもうテストがない。自習しているリア先輩を褒めて、いつものようにお祝いするのだろう。 「くすくすくす」 「そうね、順位が落ちたのは残念だけど、咲良クンと私の間は、誰にも邪魔されなかったわ」 「……? 褒められたもんじゃないよ?」 「な、なによ! 順位が私と前後するのは、嫌だって言うの!?」 「そうじゃなくて、成績が下がった事がさ」 「ねえ聖沙、今後も時々、勉強会をしようよ。今回は数日しか出来なかったけど、それでもスゴクはかどったんだ」 「わ、私も、咲良クンとなら……」 「もう仕方ないわね、これからも付き合ってあげるわよ」 「ひ……っ!?」 「あ〜〜。そろり、そろり」 「紫央、どうして私を避けるの?」 「さ、避けるなど人聞きが悪い。せっかくの秋ですし、それがしモミジ狩りに行こうと思い立ちまして」 「うん、校庭には何本もモミジの木があるもんね。葉っぱをテンプラにするとうまいんだよ」 「って、あれれ? モミジの木なら、飛鳥井神社にたくさん生えてなかったっけ?」 「ぬぐぐ……!」 「まさか……紫央、こっちに来なさい!」 「お断りいたしますぞ。それがし、これにて御免」 「お待ちなさい!」 「何位だったの? 言いなさい!」 「そ、そそそそれがしにも黙秘権はありますぞ」 「あ、姉上、お放しくだされ」 「聖沙、無理強いはよくないよ」 「ム……ッ! いいのよ、妹なんだから」 「よ、よくありませぬ」 「なら聞き方を変えるわ。もちろん紫央は10番以内よね?」 「おや? お空に飛行機が――」 「ごまかさないの!!」 「それがし、飛行機雲を追いかけてきます!」 「お待ちなさいったら! さてはテストの結果が悪かったのね? 今夜からみっちり勉強よ!!」 「し、仕方ないではありませぬか。それがしは飛鳥井神社の跡取り娘ですぞ?」 「『気』の鍛練をし、巫術の修行を欠かさず、そして流星町に潜む物の怪を退治する日々」 「これで多少、成績が落ちたとしても、ご愛嬌というものです」 「そんなの言い訳よ!」 「仕方ないって言うなら、私が今日から紫央のお部屋に泊まって、真夜中までお勉強させるのも仕方ない事よね?」 「パ、パッキー殿、姉上を止めてくだされ!」 「ほう、シン様じゃなくて俺様に助けを求めるあたり、物事の道理をわきまえてんじゃねーか」 「だったら分かるだろ、薙刀小娘よ?」 「あきらめな」 「あ、バッサリ……」 「ヒス、あとは任せた」 「パッキーさんの頼みとあれば、断れないわ。図書館へいらっしゃい、紫央」 「ひいいぃぃぃーーー、姉上は本気ですぞぉぉーーーー」 「いいねー、賢い人たちの会話って……はああぁ〜」 「ナナカ? 今回はどうだった?」 「えっへへへ〜♪ 私とナナちゃんも、仲良く並んでんだよー」 「ブイー!」 「うん、二人は親友だもんね」 「違うってば。さっちんのピースサインの意味は――」 「我等の学年順位、ビリから二桁以内ー。これぞスイーツ同好会クオリティー」 「知らない、そんなクオリティは知らない。アタシいつまでも平均の女」 「あっ、会長さんに会計さんにさっちんさん! ごきげんようです」 「ブイブーイ♪」 「さあ、ロロットちゃんもご一緒にー! ビクトリーのブイだあー」 「ブイだあ〜っ」 「大負けしてんじゃねーか!」 主を指し示す言葉は無限に存在する 我が同胞だけでなく、卑しい魔族や脆弱な人間にすらある だが、過不足無く形容する言葉は、あり得ない 主の完全さに比べれば我が同胞達すら不完全だ 不完全な存在は、完全な存在を朧な概念以上には説明出来ない それ故、私は、あの夜、私の身に起こった出来事を正確に形容する言葉を持たない あの夜。自らの纏う穢れた肉体の違和感に寝付かれなかった夜 転々と寝返りを打ち続けた末、まどろみの薄い膜が意識を朧にしていった刹那に、あの方は現れた 貧弱な語彙で述べる事を許していただけるなら、主は純粋な光だった 光と言っても、視覚的なものではない 確かに視覚神経は光を感じたが、それは外部からの刺激では無かった かと言って私自らから発した物でもなかった 貧弱な語彙で無理矢理語れば、私の中からでも外からでも無く、どこからか現れ、私という存在と重なった、としか言えない それは主の眼差しだったのかもしれない 幾千億の塵芥の中から私を見つけ、見つめて下さったのかもしれない いや、あり得ない 主は見つけなどしない。この世界の森羅万象は全て主の裡にあるのだから 恐らく、私に行動をさせる時が来たという印だったのだ いや、主の意志を忖度するのは畏れ多い。確かに何かを感じたと述べるに留めるべきであろう 光は私を刺し貫き、全身を満たした 懐かしく温かくもあり、凍るように冷たくもあった 畏敬の念に心が揺さぶられた 主が現れた事は一瞬にして理解出来た …… 一瞬だったのか。それとも長い時間だったのか 気が付けば、主は立ち去っておられた 光は無く、穢れた世界の闇の中、私は一人だった だが、夢では無かった 刹那に、啓示されたのは、光り輝く世界 それは穢れた世界に生まれ落ちた私には理解する術がない世界 新たな、そして完璧なる世界 そして、私の中に力があった。自らの物ではない力が。計り知れない力が 大部分の天使は、宿らせただけで、身も心も崩壊するであろう力が 新たなる世界の為の力が 理解した 私がここに存在するのは、この力を宿らせ振るい、新たなる世界をもたらすために造られたからだったのだ 力を預かった私がするべきことは明白だった 主の意図を実現すること そして、主の意志は私の意志でもあった 「日常業務ってこんなに楽だったのか!」 「キラフェス終わっちゃったしね」 「確かにそれもあるけど、みんなのスキルがあがったのも原因だよ」 「これがいわゆる、一皮剥けたというヤツですね」 「人間が昔脱皮して大きくなった名残が、言葉に残っているのですね」 「なんだかそこはかとなく馬鹿にされている気がします。ぷんぷん」 「おほん。そういえばあの3人の姿見ないわね」 「3人?」 「もしかして……魔族の人達の事かな?」 「ああ、あいつらなら――」 今日休んでたはずのアゼルがなぜここに? 「学園に来て大丈夫なの?」 「やはりアゼルさんは不良さんですね!」 「不良?」 「そりゃ、授業はエスケープしてばかりだからそういえなくもないか?」 「学園に来てはまずい、ということは。ずばり『自宅謹慎』です! エスケープしていた罰なんですね。不良です」 「あのねロロットちゃん。病気で休んでたのに出てきて大丈夫なの? という発想は無いのかな」 「おおっ。それは目からロココです。流石、おっぱいが大きいだけのことはありますね」 「ろ、ロロットさん、なんてはしたない! お姉様はそういうのに関係なく立派です」 「こら、シン! 先輩の胸を見るな!」 「見てない! で、アゼル、もう風邪は大丈夫なの?」 アゼルは無言のまま、僕にデジカメを差し出した。 「わざわざ返しに来てくれたの?」 「明日でも良かったのに」 なぜかアゼルは、そっぽを向いて呟いた。 「……返す」 「ちょっと見ていい?」 「……別に」 僕はアゼルからデジカメを受け取ると、ノートパソコンにつなげた。 デジカメでも見られるけど、大きな画面で見たいしね。 転送……これでよし。 写真データの日付……昨日のもあるけど今日のも。 「アタシにも見せて!」 僕は慌てて、データ表示を詳細から縮小版へ切り替えた。 「何隠してるのさ! 独り占めずるいぞっ!」 「サムネイルに切り替えたんだよ」 「わぉ。シナオバ! タメさんも!」 ナナカの手が僕からマウスを奪って、クリック。呼び出し。 シナオバが近所のおばさん達に、真実と称するネタを披露している光景が全画面表示。 「そっくりです。まるで本人さんが目の前にいるようですね」 「写真なんだから当たり前よ」 「でも、いい写真だと思うよ」 僕はアゼルの顔を盗み見た。そっぽを向いていた。自分が撮ったものを見られるのが恥ずかしいのかもしれない。 アゼル、写真撮るのに夢中で登校して来なかったんだ。 よほど気に入ったんだな。 「なに? お姉さんになんでも聞いてみなさい」 「生徒会の役職で、記録係ってあったような気がするんですけど。今、どうなっているんですか?」 リア先輩はかわいらしく小首をかしげて。 「各行事では、その都度、委員の中の誰かがすることになってるし、通年では写真部が代行してるから、いつのまにか消えて」 「……あ」 リア先輩はニッコリと笑って続けた。 「正式な記録係は、活動開始時に任命することになってたから今さらおけないけど、今は正式な記録係がいないから――」 「何らかの理由で記録係がいない場合は、記録係代理を生徒会長が任命出来るという、生徒会の規則が適応出来るよ」 僕はそっぽを向いているアゼルに声を掛けた。 「ねぇアゼル。デジカメ気に入った?」 「あのさ。生徒会の役職に記録係っていうのがあってね」 「各行事や学園の日々の様子を記録するっていう役目なんだけど、試しにや――」 「係になれば、役員でいる間はずーっと、そのデジカメを使ってていいんだよ」 「本当か!」 「みんなもアゼルが撮った写真見ただろ? アゼルに生徒会の記録係になってもらうっていうのはどうだろう? 適任だと思うんだ」 「なるほど。流石はアタシの幼馴染み」 「な、なによ。私だってその程度のこと考えてたわよ」 「負け犬は誰でも、あとからそう言うんです」 「みんな賛成みたいだね。勿論、私も」 「どうかなアゼル?」 アゼルはデジカメを見て、そこから引き剥がすように視線をそらし。 「こ……断る」 「難しく考える必要ないって。キラフェスの時みたいに、好きなように撮ればいいだけなんだから」 「デジカメだって、気に入ってくれた人に使って貰いたいはずだよ」 僕はアゼルの手にデジカメを押し付けた。 ちいさな手だった。 「こ、断る!」 「記録係がいないのもさ。このデジカメがアゼルの事を待っていたからなんだよ」 「これからよろしくねアゼル」 「……好きにしか撮らないぞ」 「好きなものしか撮らないぞ」 「うん。そうして」 「……なら、いい」 「話がまとまったところで、クルセイダース出撃よ!」 「い、いったいどこから!?」 「出撃って……魔族が悪さを?」 「理事長さんと一緒に魔族が潜入して来ました! 秘密基地をつきとめられるとはピンチですね! わくわく」 「何がわくわくよ。それに、あの子はティーヌンでしょう」 「ここ秘密基地だったんだ……ドキドキ」 「こら! ティーヌン! 仕事さぼってなにしてる!」 「仕事って?」 「ふむふむ……ええっ。夕霧庵で魔族が暴れてる!?」 「みんな事態は判ったわね?」 「『出撃だ!』」 「アゼルも来ない?」 「シャッターチャンスがあるかもしれないよ」 「行く」 なぜかそこら中に割り箸が散乱した店内で、包丁持ったナナカのおやじさんと魔族がにらみ合ってる! 美味しいもの食べ隊の魔族より、ふたまわりばかり大型。 「うわ。結構、強そう」 「確かに会計さんのお父様はムキムキですね」 「そっちじゃないわよ」 「……いい絵」 「ああっ、モチモチが!」 神棚の上には、魔族にやられたのかモチモチが倒れていた。 「仕事さぼって寝てるだけだって」 「ほ……」 「それはよかった……じゃない! あんにゃろ、バイト代からさっぴいてやる!」 「えっと……どういうことかな?」 「3人とも、夕霧庵で働いてるんですよ」 「結構あいつら真面目なんだ。一人を除いて」 「……さっさと滅ぼせ」 「狙撃しますか?」 「ちょっと待って。ねぇ、君。なんで暴れてるの?」 「ええっ。暴れていない? 楽器を鳴らしていただけ?」 「楽器?」 「割り箸を楽器だと思ってるらしい。割る時の、ぱちんって音が気に入ったんだって」 「オイオイ」 「無銭飲食じゃないんだ」 「他の音程が出るのはないかって聞いだけなのに、怒られたんで、カッとなってしまったそうです」 「なるほど。判ります。私も初めてCDを見た時、思わず放り投げてしまいましたよ。同じですね」 「同じ……なのかな?」 「この店のは不良品だ、他の音程のをよこせって言われても……他の音程のはないんだよ」 「あ、驚いてる」 「そもそも楽器じゃないし。食器だし」 「がっくりしてるみたいね」 ナナカのおやじさんは、包丁を下ろすと僕を見た。 つきあいの長い僕でさえ、ナナカのおやじさんが喋っているのを見たことがない。 でも、なぜか目と目で通じ合うものがある。 『シン君ありがとう。俺が言っても聞き分けてくれなくて』 『しょうがないですよ。言葉通じないんですから』 ううむ。判る。判ってしまう。我ながら不思議だ。 『シン君は頼りになるなぁ。うちの娘込みで夕霧庵をついでくれよ』 ……本当に通じ合っているのだろうか? 「反省してるみたいね。俺はなんてことをしてしまったんだ! って言ってるのかしら?」 「おおむね正解だけど、ちょっと違う」 「どこがよ」 「ミュージシャンの俺が食器と楽器を間違えるなんて最低だ! だって」 「反省の方向が微妙に間違ってるわ」 「魔族でもミュージシャンなんているんだ」 「事情は判ったし、当人も反省してるみたいだけど……シン君、どうする?」 「滅ぼせ」 僕はおやじさんを見た。 『生まれも育ちも違えば誤解もあるさ。ここは穏当に』 「では、こうしたらどうです?」 「ふわわ……おはよう」 「おはよっ!」 「馬鹿だな」 「朝っぱらからいきなり!?」 「でもさー、真実は朝でも夜でも真実だよー」 「うぉ、なんかもっともらしい!」 「泣いたな」 「あー、シン君、目がうさぎみたいだー」 「裏切られたな」 「僕が?」 「誰に?」 「そんなの決まってるよー。シン君がナナちゃんにだよー。ナナちゃんに別の春がやって来たんだよー」 「ついにか! でも裏切られたと思うなよ。朴念仁なシンが悪いんだからな」 「アンタら黙れ」 「魔族を許すなど愚かな事だと骨身に染みただろう」 「ええと……もしかして、リンガーのこと?」 「誰だそれは」 「昨日のミュージシャン」 「ええっ!? 出前持って来てくれた人ってミュージシャンだったのー? 人間に見えなかったけどー」 「夕霧の新しいお相手はミュージシャンか」 「せめて人間にしときなよー」 「怠惰で粗暴で野蛮な魔族が約束を守る訳がない。これに懲りて、奴らに情けなど掛けない事だ」 「心配してくれてありがと」 「べ、別に心配などしていない」 「あいつなら、営業時間いっぱい真面目に働いてたよ」 結局、割った割り箸の分、および、1時間近く営業不能になった分の弁償として、数日働いてもらうことになったのだ。 「働いてお金貰えたって喜んでた」 「お金貯めて、テルミン買うんだって」 「なぜにテルミン!?」 「魔界にないんじゃない?」 「てるみーん?」 「世界で初めて発明された電子楽器よ。手で触れずに演奏する不思議な楽器」 「なるほどー」 「あ。でも、ヤツに関して一つむかついたことが!」 「矢張りな。所詮魔族」 「仕事のあとで蕎麦出したんだけどさ。あいつ、アタシの打ったのよりオヤジのの方がうまいとか言いやがって!」 「ま、事実だけどさ。くそぉ。いつかぎゃふんと言わせちゃる!」 「あ、でも、一つ困ったことが」 「ふ。所詮魔族。面倒を起こしたか」 「彼さ、本当にミュージシャンらしくて、一晩中歌ってるんだよ。おかげで寝不足……ふわわぁ」 「家主なんだからビシっと言ってやんなきゃ!」 「でも、こっちの世界でいうところのデスメタルらしいから、騒がしいのは仕方ないよ」 「デスメタルじゃ仕方ないねー」 「そうか? っていうかデスメタルって判ってんの?」 「食べられないことくらい知ってるよー」 「まさか……自分の家に泊めているのか!?」 「ごめん。うち狭くて。店にはあの3人が転がってるし」 「いいっていいって、空き部屋だらけだし数日の事だから」 「ナナちゃんの新しい恋人とシン君が一つ屋根の下かー。ドラマの予感だねー」 「友人としてインタビューされたら、『シンならいつかこういう事件に巻き込まれると思ってました』って言っとく」 「アンタら黙れ!」 「『狂乱する神の下僕』めっけ! そっちは?」 「『呪われた床屋に刻まれし三つの聖痕』あった!」 「『腐乱する不死者』『道端の殺戮』『豚殺しの朝を迎えよ』ならここに」 「わざわざ、ありがとうございます」 「利用者の便宜を図るのも図書館司書の役目ですから」 「これで全部?」 「ええと……『聖なる虐殺』『屠殺場334』『人類殴殺』『殺戮の朝をおろがめ』『黒大福教正餐』……」 「全部だぜ」 「にしても、みんなオドロオドロシイというか、グロいというか、アレなジャケットばっか」 「デスメタだからな」 「……なんだそれは?」 「デスメタル……多分」 「……ふぅむ」 「アゼルは、なに借りるの?」 「なになに『そこにある日常』?」 アゼルは、昔懐かしい路地裏の光景が表紙の写真集を背中に隠すと。 「質問しているのはこちらだ」 「音楽CDだよ」 「……趣味か?」 「うん。お客さんの」 「客?」 「シンのとこのミュージシャン」 写真集を大事そうに抱えたアゼルと、メリロットさんがくれた紙袋にCDを詰め込んだ僕らは、外へ出た。 「リンガーが人間のデスメタルを聴きたいって言うからさ」 「だからって希望を聞いた上に、借りるまでするか? ったく、シンってばお人好しなんだから」 「でも、彼、お金もってないから買えないし。魔族は図書館カードもってないし」 「ナナカだって、図書館カード使わせてくれたじゃん」 図書館では一人頭、最大5アイテムまでしか借りられないのだ。 「袖振り合うも多生の縁ってヤツ」 「……なぜそこまでしてやる」 「出来る事しかしてないよ」 「同族ではないのだぞ」 「変わらないよ」 「変わらない?」 「うん。少なくとも僕は、彼らが僕らと姿形以外で変わりがあるとは思えない」 「ロロちゃんもサリーちゃんもアタシらと変わらないしね」 「あ、ロロットに天使だって言っちゃだめだよ」 「バレバレだけど、本人は隠してるつもりみたいだから」 「……わかった」 「でもさ、シンのとこって再生出来るの?」 「やっぱね。オヤジが昔使ってたのがあるから貸すよ」 「サンキュー」 「そういや、アゼルは家具とか揃えた?」 隣にアゼルはいなかった。 僕らが慌てて振り返ると、アゼルは立ち止まって何かを見ていた。 「フィーニスの塔がどうかした?」 僕はアゼルが見ている方を見た。 「撮りたいの?」 アゼルは、すたすたと歩き出した。 「もしかして……何か見たの?」 「未確認飛行物体!?」 「何もない」 「なーんだ」 「……何も見えないならそれでいい」 「おっはよう」 「おっす、お二人さん」 アゼルはデジカメを僕らに向けていた。 「アゼル、おはよう」 「おはよ!」 「ニュースだよニュース!」 「挨拶もなしにいきなりかよ」 「だってねー、アゼルちゃん聞いてくれないんだよー。ひどいんだよー」 さっちんをドン無視して、教室の風景を撮ってるアゼル。 アゼルを記録係にしたのは、とりあえず成功みたい。 「ニュースって?」 「美人実習生がやってくるんだよー。ボインボインでザーマスメガネで。いかにも女教師って感じなんだよー」 「しかも教育実習生なのに、容赦なく当てまくるきっつい授業をするんだー」 「妙に詳しい情報だね」 「そうそう! その反応が欲しかったんだよー。アゼルちゃんドン無視でー」 「なぜそこまで、知っている?」 「半分以上、出任せと見た!」 「違うよー。ドジで初々しい新人さんだとパターンだから、ここはひとつ意表をついてー」 「出任せじゃん」 「……偶然か」 「明日、教育実習生がやってくるのはホントみたいだぜ」 「うちのクラス?」 「残ねーん、隣のクラスー」 「慣れない授業でドジして、聖沙に突っ込まれなきゃいいんだけど」 「教育実習生はエロイ質問に立ち往生して、オタオタするのが定番だろ?」 「するなよ」 「えろい質問とはなんだ?」 「大人になりゃわかるぜ」 「不潔だな」 「ま、ボインボインの部分だけでもホントだったら、男どもが喜ぶだろうぜ」 「ぼ、ボインボインなの?」 「ボインボインに反応したな! このスケベ!」 「スケベなのか?」 「シンのおっぱい好きは常識だろ」 「基礎中の基礎だぜ」 「そうだったんだー。覚えておくー」 「異議あり!」 「まぁ、ボインボインもビシビシも根拠ないし」 「アゼルちゃんといい、実習生の先生といい、プリエのウェイトレスさんといい新人だらけだねー」 「たった3人でだらけかい」 「なんか狙われた学園の転校生は時をかける少女って感じで、学園モノのドラマみたいだよー」 「学園モノのドラマとはなんだ?」 「ええと……学園を舞台にしたお話かな?」 「絵空事か。くだらん」 さっちんは、いきなり、アゼルを指さすと。 「謎のてんこうせー!」 「ドラマチックー」 アゼルは無言のまま、デジカメを構えた。 「なるほど、実習生さんの登場で、先輩さんのおっぱいクイーンの座がピンチということですね」 「そ、その呼び方は遠慮したいな……」 「先輩は、お、お、おっぱいクイーンなんかじゃありません!」 「『ちっちっち。だからお前は坊やなんだよ』」 「お、お姉ちゃん!? いつからここに!?」 「あ、お姉ちゃん、やめてぇぇ」 「おおおっ」 「このヴォリューム! この張り! この形! それに加えてこの感度! おっぱいクイーンは間違いなくリアね」 「あ、ああっ。ん、んふぅん、いやぁん」 ヘレナさんの手で、しぼりだされた先輩の胸が視覚に暴力! 見てはいけないのに見てしまう! 「もういい加減にしてっ」 「ムキになっちゃって。そこも可愛いけど」 「な、何しに来たのよお姉ちゃん!」 「扉の前でうろうろしていた役員を連行して来たんだんだから褒めて」 「う、うろうろなどしていない」 「入って来てくれればよかったのに」 「たまたま通りかかっただけだ。帰る」 「だーめ。アゼルちゃん。あなたは記録係代理補佐になったんだから、生徒会に出席するのは義務なのよ」 「義務なのか?」 「どうだろう? そういうこと考えたことなかったから」 「当然のことだと思う」 「義務よ」 「義務とかってメンドくさーい」 「義務だったんですか? みなさん楽しいからここにいるものだとばかり」 「あれれ? 私、なんかおかしなこといいました?」 「ロロットさんらしいわ」 「聖沙は楽しくないの?」 「べ、別に咲良クンのおかげで楽しい訳じゃないわよ」 「はいはい! アタシもアタシも! 面白いし、お菓子も出てくるし!」 「食い気かい!」 「サリーちゃんらしいね」 「義務は、それぞれの立場に応じてしなければならない務めだ。楽しい楽しくないは、不要だ」 「でも、楽しくちゃいけないってことはないでしょ?」 「義務が楽しい! 最高だよ」 「楽しいのはいい事だけど、そろそろ次のビッグイベントの準備にも取掛かってね」 「聖夜祭ですね」 「あなた達がどんな企画をあげるか、楽しみにしてるわ」 「聖夜祭とはなんだ?」 「アゼ公が積極的だぜ」 「……義務だ」 「はいはいっ! 私も知りませーん」 「アタシだって知らないぞ! 参ったか!」 「ロロットちゃんもアゼルちゃんもサリーちゃんも。去年はここにいなかったもんね」 「聖夜祭っていうのは、12月のメインイベントだよ」 「キラフェスみたいに美味しいものいっぱい!?」 「食べ物はあんまりでないかな」 「がっかりだ」 「賛美歌とか歌ってクリスマスをお祝いする行事だからね。ちょーっと地味だね」 「聖沙ちゃんが聖歌隊で歌ってた姿は、素敵だったよ」 「お、お姉さまに見られていたなんて……感激です!」 「青果隊……野菜とか果物をもって集まるんですね」 「なんだ、食べものがでるんじゃん! 肉も希望! あと牛丼!」 「そっちじゃないの! 聖なる歌!」 「去年は参加するだけだったけど、今年は主催する側ってわけか」 「キラフェスが成功したんだから、今度もうまくいくって」 「なぜ行事などする」 「公式的にはそう決まってるからだけど」 「因習か。くだらない」 「僕はわくわくしてる。だって、僕らの力でもっと楽しくって素敵なものに出来るチャンスが来たんだから!」 「まったく、咲良クンはいつも無計画なんだから。具体的にはどう楽しくするのよ」 「例えば……新しい出し物を考えるとか」 「おっぱいクイーンを選ぶというのはどうでしょう! きっと盛り上がりますよ!」 「『おっぱいクイーンコンテスト』略して『ぱいコン』です」 「反対!」 「会計さんは自信がないんですね?」 「なんだとぉ! 大事なのは形だい! 大きさじゃないやい! ね、アゼルもそう思うでしょ?」 「はーい、いい子のみんなごきげんよう! 今日は教育実習生の千軒院先生をご紹介するわね」 そう言い放ち、千軒院先生は壇上を降りていった。 「素っ気な!」 「緊張してるのかな?」 「鬼だ!」 「いきなり課題の山だよー。ひぇーん」 「うむむ。さっちんの妄想が当たっていたとは……」 「理事長が紹介するだけのことはあるね」 「そう言えば……今までは新任の人が来ても、自己紹介させるだけだったよな」 「少なくとも僕らが入学してからは」 「シン好みのムチムチ女教師だったな」 「やっぱり好きなのか! スケベ!」 「そ、そんなことはないぞ」 「美人嫌いー?」 「そういうわけじゃないけど……」 「好きなんだな! 胸か! 胸なのか!」 「どうしてそうなる」 「もしー、ああゆー美人が好きなら、ナナちゃん頑張っちゃうよー」 「アタシがなに頑張るっての」 「牛乳だってごっくんごっくん飲んじゃうよー」 「なら僕のを!」 「バリヤー! やめろって言ってんの! この朴念仁!」 「……あの女はやめろ」 「やめるもやめないも、僕のタイプじゃないし」 「そ、そうか、なんだぁ」 「あ、あのさ、シンってどんなタイプが好きなの?」 「余りそういうの考えたことないし」 「じゃあさ、アタシとさっちんとアゼルのうちだったら誰?」 「ナナちゃんは眼中にないみたいだしー」 「なんだとっ」 「私の魅力はマニアックだからー、シン君にはわからないだろうしー」 「自覚してるのかよ」 「消去法で、アゼルちゃんがタイプってことだねー」 「でも、女は胸じゃないってことでもあるか……」 「ナナちゃん微妙にセクハラで失礼なこと考えてるー」 「か、考えてないやいっ」 「シン君の好みは無乳なのかー」 「失礼なのはアンタの方だ」 「好みなんか考えたことないってホントに」 「ムニュウとはなんだ?」 なんで僕に聞くかな。 「無乳って言うのはねー、もがもが」 「さっちんの戯言だから気にしないで。あはは」 「好みかどうかは股間の反応を見ればまるわかり」 「それはアンタでしょう!」 「健全な男はいつも発情してるんだぜ。ケダモノだからな」 「アゼルっ! 変なトコにカメラを向けるな!」 「反応してるのか」 「違う!」 「反応してない!」 「不健全なのだな」 「その方がまだマシです」 「タマヤとはなんだ?」 「昔、大きなお祭りでね。玉屋さんと鍵屋さんという花火屋さんが交互に花火を打ち上げて、玉屋さんの方が見事だったから」 「見てる人達が思わず『たまやー』と叫んだことから来ているんだって」 「花火か」 「図書館に花火の写真集があったよ」 「べ、別に興味などない」 「私も見つけました! たまやー」 「これもリ・クリエの影響なんですよね?」 「何が起きるのだ」 「興味あるんだ?」 「アゼルさんも生徒会の役員だもの、ある程度は知っておくべきかもね」 「でも、僕らだって詳しいこと知らないよ」 「魔族が現れるようになるってことくらい」 「先輩はもう少しご存じなのですよね?」 「え、もっと色々起こるんですか? わくわくします〜♪」 「わくわくか……」 「一つだけ確実なことがあるんだよ」 「ワクワクすることですね!」 「みんなもっと寄って」 「うわ秘密の匂いです」 「先輩とこんなに近くに……ドキドキ」 「こらシン! 先輩と密着するな!」 「リアちゃんは俺様のもんだぜ!」 「サランコット!?」 「……リ・クリエが近づいてくるとね」 「近づくと?」 「ひぇぇぇぇぇ!」 「またまたぁ、そうやってアタシらを驚かせようとして」 「先輩さんは、たまにお茶目です」 「むぅ。本当なんだよっ! 前回のリ・クリエもそうだったって聞いてるんだから」 前回ってことは……父さん? 「魔王って、どうやったら撃退出来るのでしょうか?」 「そ、そんないきなり。話し合うことだって――」 「何を言ってるの咲良クン! 魔王と言えば、魔族の王。きっと今までの魔族とは強さも凶暴さもスケベさも桁外れに違いないわ」 「口から火を吐くのはお約束ですね」 「火を吐くとき、背びれが光るのもお約束」 「硬い皮膚はミサイルをも弾き飛ばす強さよ」 「金色に輝く翼で空を飛びます。むぅ。天使でもないのに羽がついているなんて許せませんね」 「頭も七つくらいあるとか」 「鋭いカギ爪は一撃でビルも引き裂くに違いないわ! なんて恐ろしい敵なのかしら! でも、私達は負けない!」 「みんな、あの落ち着いて、魔王はね――」 「こ、怖いですね。映画じゃなくて本物の怪獣です!」 「きっと、人とかバリバリ食べちゃうんだ。シンの100万倍はスケベだろうから、女の子をいっぱいさらってハーレム造ったりもするんだ。サイテー!」 「珍しくナナカさんの意見に同意ね。魔王も所詮は男。人間のクズね」 「い、いや、そんなことは……」 「副会長さん、それは間違いです。魔王さんは人間のクズじゃありません」 ロロットが僕を弁護してくれてる! 「そうだよ。みんな知りもしないでひどいよ」 「何か知っているのか?」 「そ、そういうわけじゃないけど、知らない人のことをそこまで悪く言うのは――」 「会長さんも間違ってます。魔王は人間ではありませんから、人間のクズとは言えません」 「そうね。人間に含めるなんて、私もまだまだね」 「みんなひどいよ! 魔王はそんなに悪い人じゃないんだから!」 「ええっ。そうなんですか?」 「魔王なのに?」 「お母様がそうおっしゃってたもの」 「じゃあ、リア先輩のお母さんは、前回のリ・クリエの時魔王と会ったんですか?」 「うん。何度か助けられたって」 「これって変じゃん。魔王なのに?」 「リア先輩のお母様には失礼ですが、本当に魔王だったんですか?」 「わざわざ自分で名乗ったんだって」 「うさんくさ!」 なにをしているんだ、父さんは。 「もしかして……根拠はそれだけなんですか?」 「そんなことないよ。強くてカッコよかったから、絶対だよ」 「……と、お母様が」 「きっと全部ヤラセです」 「そ、そんなことないもん!」 「ターゲットを手下に襲わせ、わざと助けて信頼を得る。よくある手口だとガイドブックに書いてありました」 いや、それは無いだろう。父さんには詐欺をやるなんて発想がない。 ひっかかることは始終あるけど。 「な、なんて悪辣な遣り方! でも信頼を得て何をする気だったのかしら?」 「あのね。魔王って名前だからみんなはそういう風に――」 「副会長さんは無知ですね」 「信頼を得るのは、犯罪者、中でも詐欺師の常套手段」 「なるほど。たまにはまともな事も書いてあるんだ」 「先輩さんのお母様に何かを売りつけようとしたに決まっています。魔王ハミガキとか、魔王のツボとか、魔王キャンディーとか、魔王百科事典とか」 「セコイ」 「セコクないんだもん!」 「お姉さま! 私達が必ずや悪徳商法の仇を取ります!」 「打倒魔王!」 ううっ。僕は打倒されちゃうのか……。 「悪徳商法じゃないのに……しくしく」 木々がざわめいているのに、異様だった。 「お前は特別扱いされていた」 「だからこそよ」 「そう云う事か」 「何の話にゃ?」 「あなたが判らなくても問題ないことよ」 「説明するにゃ! にゃあにゃあにゃあ」 「説明してやれ」 「私達は泳がされているということよ」 「学園を経営しているのが九浄一族だということは知ってるわね?」 「そうにゃの?」 「愚かだな」 「にゃにおう!」 「九浄一族は魔王との関わりが深い。しかも、あの一族は、天使でもないくせに私達魔族と戦う力を持ってるわ」 「奴らはリ・クリエが近い事も知っている。だから、あの地に何者かが干渉してくる事を予期していた」 「だけど、こちらが何者で何を狙っているかは判っていない」 「それをつきとめるために泳がせているのよ。私とあなたを」 「そ、それってばれてるって事にゃ! 大変にゃ!」 「ばれてもいいのよ」 「そうにゃのか?」 「九浄の戦力は生徒会と合力しても取るに足らない。あなたの部下を撃破するのさえ怪しいレベルよ」 「つまり、向こうが無駄な知恵を使ってくれたおかげで、こちらは堂々と入り込めたというわけ」 「にゃんだ。怖がってそんしたにゃ」 「何か言いたそうね」 「生徒会は、お前たちが魔族だと知らされていない」 「……そうだとしても問題ないわ」 「魔王かもしれないわけだな」 「古びた伝説よ」 「だが、敵は生徒会の戦力無しに、こちらに対抗できると考えている可能性がある」 「にゃ……つまり……九浄と生徒会以外の敵がいるってことかにゃ? 魔王かもしれないのにゃ?」 「その敵とかが出てきたってパスタがやっつけてやるにゃ! もし魔王が出てきたって倒してやるにゃ!」 「期待してるぞパスタ」 「えへへ。頑張るにゃ!」 「でも、魔王なんているのかにゃ?」 「いるさ」 「可能性を考慮せざる得ないだろう」 「あら? 信じていなかったんじゃないの?」 「前回のリ・クリエで、九浄家の者が魔王と称する存在と接触していた事は確認した」 「別々の世界に情報源がある以上、あなたも信じる事にしたと云うわけね」 「完全に信じたわけではない」 「天界には魔王の実在を示す記録は残っていない。そうだったわよね?」 「でも、魔界には数は少ないけど実在を示す記録が存在する。それらによれば、魔王の出現は全てリ・クリエと一致している」 「情報が少なすぎる」 「もちろん、全てのリ・クリエで魔王が出現したかどうかは断言出来ない」 「記録に残っていないだけで出現していたのかもしれないし、魔王が出現しなかった時もあったかもしれない」 「でも、魔王とリ・クリエには有意な関係があるというのは確か」 「そして、魔王がリ・クリエを鎮めたという記述も数例だけどあるわ。それが事実とすれば、魔王こそが我ら最大の脅威」 「でも、数度の大規模なリ・クリエを経てなお三界が存続しているのは、紛れもない事実よ」 「ただ。魔王が今回も現れるかは判らないわ」 「現れるさ」 その声には確信があった。 「だとしても、世界は造り替えられる」 「大した自信ね」 「自信ではない」 「それが主の御意志だ」 「とぅ! たぁっ! やぁっ!」 「怨敵退散! やぁっ! とぅ! たぁぁっ!」 気合い入ってるな。それに踊っているみたいに綺麗だ。 アゼルも撮るのに夢中だ。 「でぇい! とぅあっ! おりゃぁぁぁっ!」 「たぁぁっ!」 紫央ちゃんは僕に気づき、手を止めた。 「気合い入ってるね」 「シン殿。お早う御座います」 「あ、アゼル殿まで!? それがしとした事が不覚!」 「それだけ集中してたって事だよ」 「いくら集中していたとはいえ、気配すら察せなかったとは我が未熟さ以外の何物でもありませぬ。お恥ずかしい所をお見せしてしまいました」 「あの……それがしの未熟な技など記録してもつまらぬのではありませんか?」 「つまらないなら撮らない」 「つまらなくないって」 「……ですが、それがしの技は薙刀部の諸先輩方に比ぶれば未だ未熟。あれしきの事で無駄に熱くなってしまうとは」 「キラフェスに現れ、女子を見境なく口説きまくった挙げ句、それがしを愚弄し去って行った軟派男めを思い出すと、どうにも力が入ってしまうのです」 「ああ。あの変な人」 「乙女の血潮を熱く騒がせるとは、私もつくづく罪な男」 アゼルについて、妙に思わせぶりなことを言ってた。 あの変な男と何があったのか訊いても、アゼルは答えてくれないだろうけど。 「結局は紫央ちゃんが追い払ったじゃないか」 「いえ、あの男が退いてくれたのです」 「それがしが不覚を取ったのは、たかが軟派男と相手を侮っていたからであり、そうした心の隙さえ無ければ捕縛出来た、と思っておりましたが」 紫央ちゃんは悔しそうに唇を噛んだ。 「彼我の動きを思い返し、どうすれば捕縛出来たかと、試技を重ねれば重ねる程、判ってしまったのです。それがしではあの男を捕縛出来た筈がないと」 「いえ、判るのです。あの男が持てる力の万分の一すら現していなかった事まで」 「この世には、真に恐ろしい相手がいるのですな。それすら判らなかった未熟。それがしは未熟すぎます!」 「悔しくて、心が乱れ、力が入って無駄に熱くなってしまう我が身が恥ずかしく悔しく堪りませぬ」 「あれだけ動ければ見事な物だ」 「ですが」 「少なくとも私は撮りたいと思った」 そう言うとアゼルはそっぽを向き、怒ってるみたいな足取りで立ち去った。 「紫央ちゃん、僕も薙刀の事とかよくわからないけど、今の自分の力を知ったのは悪い事じゃないと思うよ」 「確かにそれはそうですが」 「それにね。誰かと比較する事って意味がないと思うんだ」 「人によって進んでいく早さは違うんだから、無理に並ぼうとする必要なんてないと思う。紫央ちゃんは紫央ちゃんなんだからさ」 「素人が偉そうにごめん! じゃあね紫央ちゃん!」 アゼルを追って走り出した僕の背中に紫央ちゃんの声が届いた。 「シン殿のお言葉、心に染み申した! それと、アゼル殿にお気遣いに感謝いたすとお伝え下さい!」 背中が見えて声を掛けたけど、アゼルは立ち止まりもしない。 「紫央ちゃんがありがとうって」 アゼルが更に足早になった。 恥ずかしいんだ。落ち込んでいる紫央ちゃんに、言葉を掛けずにいられなかった自分が。 写真に触れてから、アゼルは変わってきている。そんな気がする。 「あの娘に、感謝される憶えは無い」 ようやく追いついて並ぶ。 「僕は伝えただけだから。それからアゼル」 「アゼルに写真を撮って貰いたいって人がいるんだけど、頼めるかな?」 写真屋から出てきたアゼルは、ナナカにお釣りを渡した。 「アゼル。見せてよ」 僕らに封筒がつきつけられる。 「どれどれ……へぇ……」 デジカメのデータをプリントアウトした写真。 今夜にも魔界へ帰るリンガーの記念写真だ。 夕霧庵を前にして、リンガーを真ん中に、僕とナナカと、ナナカのおやじさんとおふくろさん、美味しいもの食べ隊の3人が仲良く並んでいる。 「ほら見て、柄にもなく、リンガーのやつ緊張してる」 「あ、確かに」 「……わからない」 「ほら、視線が妙にまっすぐ」 「それに、腕(?)がきっちり左右対称になってる、緊張でガチガチなんだよ」 「デスメタルのミュージシャンの割りに、シャイじゃん」 「そういえばテルミンは?」 「やまんばさんで」 「バイト代で買えたんだ。よかった」 「……なぜだ」 「テルミンに興味があったんだって」 「なぜ、私に」 「最初の日。アゼルが写真撮ってたからだって」 「……それだけなのか?」 「リンガーのお別れ会出ないの?」 アゼルは、くるりと踵を返した。 「待って!」 僕は面倒くさげな顔で振り返ったアゼルに、封筒から取り出した2枚の写真を渡した。 「リンガーが渡してくれって」 ベッド以外なにもない自分の部屋で、アゼルは写真を見ていた。 夕霧庵を前にして、アゼルを真ん中に、シンとナナカと、ナナカの両親と、美味しいもの食べ隊の3人が仲良く並んでいる。 撮ってくれたお礼にと、リンガーがアゼルのデジカメで撮ったものだった。撮ったといっても、ボタンを押しただけだったけれど。 「リンガーか」 「私が奴らの名前を覚えてしまう日が来るとは」 「……無駄な事だ」 そう呟くと、アゼルはゴミ箱に写真を捨てようとしたが、 結局、自分が撮ったのと並べて、壁に画鋲で貼ったのだった。 「おや。生徒会長の君ではありませんか」 「なぜ僕が生徒会長だと!?」 こんな挙動不審な人にまで僕の正体が? これが有名税って奴なのかな。 「この前お会いした時、そのように呼ばれていらっしゃいましたから。私の勘違いであればお許しを」 「いえ、間違ってませんけど」 「彼女は? 今日は一緒ではないのですか?」 「アゼルは彼女じゃありません」 「それは失礼。なかなかお似合いのカップルだと思ったのですが」 「今、学園の中から出てきましたよね? 部外者は立ち入り禁止なんです。ここに書いてあるでしょ」 「私、女性に対する用事は、どんな規則よりも優先させる信条なので、無視させていただきました」 「無視しないでください」 その手には色々と貢ぎ物が用意されていた。 「ですが、悲しいかな。花々のごとく咲き乱れている筈の女性達が、今日に限って姿を見せてくれないのですよ。もし訳をご存知であればお教え願えませんか?」 「先週から流星学園は男子校になりまして」 「な、なんという悲劇! この世には神はいないというのか!」 キザな男は、よろめき、貢ぎ物の数々が道に散乱。 僕は慌てて散乱した貢ぎ物を拾い集めて渡し、 「すいません! 今の冗談ですから!」 「ははっ。そうでしたか!」 立ち直りはや! 「だから図書館の淑女以外は誰もいないというわけですか」 「図書館の淑女?」 「うつくしい方ですよ。真面目でなかなかガードが固く、一見すると難攻不落の淑女ですが」 メリロットさん、不運な。 「実は隙が出来るとかわいらしい人だと、私の第七感が告げているのですよ」 「とにかく、敷地内をうろうろしないでください」 「女性に対する用事は何よりも優先されるという事情を考慮した上で善処しましょう」 駄目だこりゃ。 「失礼ですが、生徒会長の君。差し支えなくばご尊名をお聞かせ願いたいのですが」 「……咲良シンです」 「咲良シン! なんと甘美な! なんと甘酸っぱくもせつない響きでありましょうか! 咲良シン! おお、咲良シン!」 「おほん。あなたの名前は?」 「失礼しました。私、メルファスと申します」 「メルファス……」 不思議な響きだ。 「以後、どうぞお見知りおきを」 「珍しい響きですが、どちらの方ですか?」 「生徒会長の君がつれていらっしゃる彼なら判りますよ」 「彼……? ええっ!?」 パッキー? 「では、ご縁があればまた。さらばっ」 「ぺっぺ……」 花びらが口に入っちゃったよ。 「……奴は魔族だぜ」 「しかもかなり強いぜ。魔将レベルだぜ」 「えええっ!? ただの軟派男じゃないの?」 「軟派男ではあるが、ただのじゃないぜ。俺様の賢者アンテナにぴぴっと来た感じじゃ、少なくともオデ公より強いかもしれねえ」 「なにも感じなかった……」 「あそこまで大物となるとな、魔力の気配くらい隠せるんだぜ。だがよ、大賢者様の目はごまかせないぜ」 「だけど、向こうもパッキーに気づいてたみたいだ」 「生意気だぜ」 「じゃあ、僕が魔王だってことも……」 「そこまではどうか判らねぇが、魔王様が普通の人間じゃない事くらいは、気づかれてると思った方がいいぜ」 「……まずいんじゃない?」 「キラフェスの時に気づかれてたぜ多分。だから今更騒いだってしょうがねぇぜ。魔王様なんだからよ、もっとどーんと構えてろって」 「なんでこの前、言わなかったのさ」 「魔将レベルの魔族が現れたとなったら、クルセイダース出動ってことになったろ?」 「当たり前じゃないか……あ」 そうか、パッキーは気を利かせてくれたのか。 出動となれば、騒ぎはあの程度じゃすまなかっただろう。 そうなればキラフェスだってどうなったか判らない。 それに……紫央ちゃんの言葉が正しいなら、メルファスは攻撃されても強大な力を抑え、あくまで軟派男として振る舞っていたのだ。 あれ以上の悶着を起こすことは、彼も望んではいなかったろう。 「ありがとうパッキー」 「別に、魔王様にお礼を言われる筋合いはないぜ。面倒だと思っただけだぜ」 「ただでさえいろいろ面倒なんだからな」 「ふぅ……12年ものの角瓶は大人の味わいね」 「そういうセリフは、暴飲をしない方が言ってこそ似合う物ですよ」 「失礼ね。私は単に強くて酒量が多いだけよ」 「強いからと言って、一晩で4本も空けるのはいかがなものかと思いますね。味わうなら量を控えるべきです」 「水と氷でほとんど透明になるまで薄めて飲むのが大人かしら?」 「私の勝手です。そもそも私は飲みなんてしなかったのに、あなたが無理矢理……」 「色男に口説かれたそうじゃない?」 「げふんげふん」 「で、返事は?」 「断ったに決まっています」 「今回も断ったの、つれないわね」 「そもそも、あの人は部外者です。流星町の住民でもないんです。あなたは理事長なんですから、入れないようにシステムを構築するべきです」 「七大魔将の侵入を阻止するなんて人間の科学では無理よ。それに、あなたが強力な結界を張ったら、ばれてしまうでしょう?」 「それはそうですが」 「そんなに嫌なの? まぁ、歳の割に若作りだものね。もう少し渋い外見にすればいいのに」 「それはあなたの趣味です。そもそも、嫌とかそういう問題ではありません。仕事時間中に来られると迷惑です」 「時間外ならいいのかしら?」 「よくありません」 「脈はないのね。彼も気の毒に」 「そういえばあの人、携帯電話もってたわよね」 「ええ、いつのまにか」 「メアドくらい教えたんでしょう?」 「教えていません!」 「無理矢理、教えられはしましたが……」 「教えてあげればいいのに」 「30分毎にメールが来たりしたら嫌です」 「メール打てるの?」 「打てます! 知ってるでしょう!」 「あの人がよ」 「あ……ええ、私と話しながら盛んに打ってました。それはそれは大した速さでしたよ」 「すっかりこの世界に適応してるのね」 「霊質が劣化していない所からすると、魔界へ頻繁に帰ってはいるようです」 「なんで稼いでいるのかしら?」 「さあ……おおかた、魔界の品を人間界に横流しでもしているのでしょう」 「ねえ、メリロット」 「なんですか?」 「あなたもこれを美味しいと思うのよね?」 「ええ、まぁ……量が多くなければ」 「私達って種族は違うけど、味覚はほとんど同じよね」 「……なにが言いたいのですか?」 「私達って驚くほど似てるってことよ」 「確かに種族は違うわ。でも、私とあなたは友達になれたでしょう?」 「……そうですね」 「口説いたり、口説かれたり。魔族も人間と同じなのよね。どうしてそんな簡単なことが判らないのかしら?」 「きっと種族は重要ではないのですよ。その証拠に、人間同士とて分かり合えないではありませんか」 「分かり合える人もいるわよ」 「現にこうして私とあなたは一つのテーブルに座っているじゃない?」 「酔っていますか?」 「少しね。でもたまには夢くらい見てもいいじゃない?」 メリロットはコップを取ると、限りなく薄いウィスキーを一息で飲み干した。 「分かり合えるのは例外ですよ。それに時間もありません」 いかにも農業日和な青空。 今日はグリーンピースの苗を植え替える。 この前は、タマネギとホウレンソウを植え替えたから、魔族に荒らされちゃった庭も、徐々に埋まっていく。 「魔王様よ。これっていつ食えるんだ?」 「来年の五月くらいだね」 「待ち遠しいぜ。ま、世界が続いていりゃだけどな」 「コケコケコケェェェェェッ!」 「ひぅっ、な、なんだこれは!」 「アゼ公か攻撃されてるぜ」 「コケコケコケコッケェェェェェ!」 「くぅっ、いたいいたいいたい殺す殺す殺すっ」 派手にちらばった羽毛が、攻撃の激しさを物語っている。 いつものことだけど。 「お、お前、これをなんとかしろ!」 「コケコケコケコケコケッ!」 「ひぃぃぃぃぃっ!」 「ササミ! どうどう、よしよし」 「痛い痛いっ! は、早く助けろ」 「ササミササミ。この人は大丈夫だから。ほら、ミミズ」 「コケェェェッ!」 ミミズ断末魔。 「どうしたの急に?」 「お前の家を撮っていたら、この不思議生物が攻撃してきた!」 そう言いつつ、ミミズを引き裂き食べるササミに向けてデジカメを構えるアゼル。 「ごめんね。ササミはシャイだから、初対面の人はとりあえずじゃれてみるんだよ」 「さっきのは攻撃だ」 「言い聞かせたから、次はちょっと痛い程度になるって」 「次はない」 「何をしていたのだ?」 「家庭菜園だよ」 「家庭菜園とはなんだ?」 「百聞は一見に如かず。こっち来て」 「畑か」 「畑とまでは言わないよ。家で片手間に出来る程度だから家庭菜園なんだ」 「お前が育てているのか?」 「食べるのか?」 「勤勉だな」 「無駄って言わないの?」 「目的があり、その目的が生存に必須なら無駄ではない」 「そこまで必死じゃないけど……で、なんでわざわざうちまで?」 アゼルはデジカメを開いて、液晶画面を見せてくれた。 「これだ」 画面を見せるために、寄り添うように立つアゼルは、僕よりさらに小さくて華奢だった。 「どうかしたか?」 次々と写真を送りながらアゼルが聞いてくる。 「い、いや、なんでもない。で、この猫が何か? 別に問題はなさそうだけど……」 送るのを止めた写真の中では、流星商店街のアーケードの上で猫が昼寝をしていた。 「もしや魔族!?」 「もういい」 この写真をわざわざ見せるってことは。 「気に入ってるの?」 「べ、別にそういう訳ではない。たまたま撮っただけだ」 「可愛いね」 「な、何をニヤニヤしている」 「気のせいだって」 「どうやって降りるのか気になっただけだ」 「どうなったの?」 「目の前で器用に降りた」 「降りるまで待ってたんだ」 「おほん。用件は」 またも幾枚か写真が送られ止まった。 牛丼屋で働いてるオデロークの写真だった。 「ちゃんと働いてるみたいだね」 「労働は尊いね」 「いや、そうではない! なぜ追い払わない」 「オデロークを? なんで?」 「魔族を追い払うのはお前達の仕事だろう」 「これも仕事のうちだよ」 「お前の言っていることはよくわからない」 「僕はさ。クルセイダースの仕事は魔族を追い払うことじゃなくて、人間と魔族のあいだに起こるトラブルを解決することじゃないかな、って思うんだ」 「だったら追い払え」 「オデロークは、この世界に美味しい物を探しに来ただけで、別に悪いこと考えてるわけじゃない」 「問題はお金がないことなんだから、働いて稼いだお金で食べてくれれば全部解決でしょ?」 「こんな化け物を進んで雇う人間はいないはずだ。この魔族が自分を働かせるように脅迫したのだろう。問題だ」 「そんな無法を放置していたら、お前たちの評判も下がる」 「心配してくれたんだ」 「大丈夫。オデロークは脅迫なんかしてないから」 「根拠の無い信頼は価値の無い妄想だ」 「根拠も何も、僕が今朝方、牛丼屋さんに口利きしたんだから」 「な、なんだとっ!」 「牛丼屋さんの方も、オデロークがキラフェスで真面目に働いてたの見ててくれてさ。すんなりまとまったよ」 「着ぐるみじゃない事にびっくりしたみたいだけどね」 「ついでにサリーちゃんも雇ってもらったんだ。ふたりとも大喜びしてたよ。これからは牛丼を堂々と食べられるって」 「……どうしてだ」 「そりゃ、お金さえ払えば、お客さんだもん」 「マナーは必要だけどさ。ああ見えてオデロークは素直だから、注意されればすぐ覚えるよ」 「あの娘はともかく、これはお前たちから見れば異形の怪物だろう」 「会計の娘は、お前の古くからの知り合いだし、魔族にも慣れているから、お前が無理を言えば、化け物どもを雇うだろうが」 「美味しいもの食べ隊のこと?」 「そうだ。だがそれは例外と知るべきだ」 「そもそも、奴らは排除するべき物だから、お前たちは抵抗を粉砕するに足る戦力が与えられている」 「あの力は単に選択肢を増やすためのものだと思うよ」 「選択肢?」 「魔族がみんないい奴らだとは思わない。でもそれは、人間の中にだって悪い奴らがいるのと同じだよ」 「魔族とトラブルはいっぱい起こるけど、でも人間同士にだっていっぱい起こる」 「トラブルを起こした人を全部排除するなんて横暴でしょ? それ以外の手段も探して実行するために僕らはいるんだ」 「まさか……お前は奴らと自分達が違わないと言うのか? おぞましい存在だとは思わないのか? 怖くないのか?」 「ちょっと姿形が違うだけだよ。些細なことさ」 「些細だと? お前とこの魔族は全く違うだろう」 「食い意地が張ってる人なんて、この世にいくらでもいるさ。オデロークはその上、経済を知らなかった。それだけだよ」 「そう言えば、女の子を口説くのが好きな人もいたなあ。その行為自体に問題があると言う人もいるだろうけどさ」 「それなら、ナンパする人はみんな攻撃しなくちゃいけなくなるものね」 「……まるで同族のように言うのだな奴らを」 内心、ぎくり、とした。 確かにそうかもしれない。僕は魔王で彼らは魔族で。 権威は全然なさそうだけど、僕は彼らの王様なのかもしれない。 でも。 「同じだと考えてなんとかしようとする方が、最初からろくに知ろうともしないで、敵と味方に分けるより、全然いいと思う」 「中途半端に知ったつもりで、足下をすくわれるぞ」 「何も知らずに、ただ戦うよりマシだよ。戦いに未来はないけど、判ろうとすることには未来がある気がする」 「それにさ。わざわざこの世界に来てくれたんだから、いい思い出を持ち帰って欲しいじゃないか」 「この世界と、この世界に住む人達を好きになって帰ってくれれば最高だよ。お互いの世界でそういう人が増えれば、争いだって少なくなると思うしね」 ちょっと気恥ずかしかった。それに、漠然と考えていたことをこんなにまとめて言葉にしたのは初めてだった。 でも、これこそが、僕の信じていることだって、判った。 「な、なぜ感謝する?」 「オデロークが問題起こして、僕らの評判が落ちるといけないと思って、わざわざ教えに来てくれたんでしょ?」 「あの化け物を追い払えるのは、お前達しかいないからだ」 「お前は変だ」 「お前みたいなものは見たことがない。お前の方があの不思議生物よりよほど不可思議だ」 「魔王様よ」 「昼間、アゼ公とのやりとり、結構立派だったぜ」 「今までの魔王達ってどうしてたんだろう?」 「どうしてたって何がだ?」 「魔王って言うとさ。普通、魔族を率いて、人間界を支配したり侵略したり、天使と戦ったりする存在じゃない」 「実際、歴代魔王のうちの何人かは、本気で三界を支配しようとして天使や魔族と戦ったぜ」 「その魔王達はどうなったの?」 「世界征服なんざ出来やしなかったぜ」 「凄く強かったのに?」 「所詮肉体ベースは人間だから老いるし、ずば抜けて強いのはリ・クリエの時だけだからな」 「そっか……強いって言ってもずっと強いわけじゃないのか。よかった」 「ほう。なぜだ? 世界征服できないって言ってるんだぜ」 「何で父さんが、僕に魔王を継がせたんだろうって不思議だったんだ」 「いわゆる魔王なんて、僕はする気がこれっぽちもないし。それは父さんだって判ってたろうしって」 「あのお人好しが、暴力とバイオレンスの世界に息子を放り込むわけないだろ?」 「相手が魔族だろうが人間だろうが天使だろうが親身になってよ。いつ騙されるかとハラハラしたぜ」 「実際何度も騙されたしな。俺様のフォローがなかったらどうなった事か」 「今回に比べりゃリ・クリエの規模が小さかったとはいえ、最後まで敵も味方も傷つけず、世界を救ったんだから立派なもんだったぜ」 やっぱり、父さんは凄かったんだな。 「こんばんわー」 「うわ!?」 「あ、ごめん、部屋に入る前にはノックするんだよね」 「部屋に入ってから、しかも、部屋の内側からノックしても意味ないぜ」 「そんなことないよ。前は気づかなかったんだから」 「そうだぞ! きっと100年経てば、ノックするのをたまに忘れるくらいになるさ!」 「進歩遅すぎだぜ」 「カイチョー、夕飯はもう食べちゃった?」 「今日は、まだ食べてない」 「それはラッキー! なななーんと! 今日はオヤビンとアタシがご馳走してあげるんだ!」 「カイチョー。さしいれ。もってきた」 「うわぁ。こんなにいっぱいどうしたの?」 オデロークが背負ってきた袋には、牛丼がいっぱい。 いちにいさん、たくさん! 「オデ、働く。ごほうび、もらう」 オデロークがいると、部屋は凄く狭く見えた。 っていうか、良く入れたな……オデロークって身体柔らかいのかも。 「あたしだって真面目に働いてるんだから! えっへん」 「牛丼、食べる。カイチョー、感謝。恩、返す」 「そういうわけで! カイチョー食べてね」 「んだんだ。えんりょ、するな」 「……じゃあ遠慮無く。いただきます!」 とてもうまい牛丼だった。 ちょっと冷めてたけど、今まで食べたどんな牛丼よりうまかった。 「感謝、足りない」 「アタシ達の感謝の気持ちは、お月様くらいでっかいんだぞ!」 「カイチョー、仲間。仲間、助ける」 「二人とも……」 「シン様が魔族と戦ってるような時はどうすんだ?」 「そんなの関係ないって。牛丼の恩だから!」 すごく嬉しい夜だった。 「聖夜祭はいつだ?」 「知らなかったの?」 「必要がなかった」 「今は興味を持っているんだ」 「今でも必要はない」 「12月24日だよ」 「べ、別に教えてくれなくていい」 「聖夜祭か……」 「お姉さま。何か気に掛かることがあるのですか?」 「お姉ちゃんの話だと、今回のリ・クリエは聖夜祭の頃らしいんだよ」 「そんな! 今年の聖夜祭はピンチ!?」 「それを防ぐための私達クルセイダースでしょう。しっかりしなさいよ」 「楽しいお祭りを妨害しようなんて無粋なヤツはこてんぱんでぃ!」 「……12月24日か」 「あとたったの2ヶ月なのね」 「心配しなくても大丈夫。油断は禁物だけど時間はあるって」 「心配なんかしてないわよ。咲良クンはともかく、みんなの力を合わせれば何でも出来るわ」 「素直に、シンの力も認めればいいのに」 「聖沙ちゃんだって判ってるんだよ」 「お、お姉さまがそうおっしゃるなら……そういうことにしといてあげるわ!」 「……うまくいくといいな」 「キラフェスと同じようにうまくいくさ、みんなの力があれば」 「でも、会長さん。とりあえずは目先のことも片付けなくてはなりません」 「あ、そういえば何か苦情が来てたって話が」 「プリエの新人アルバイトが横暴だそうよ」 とりあえずは知り合いから情報収集。 「生徒会のみなはんお揃いで、なんの御用事どすか?」 プリエの一角を使って部活動中の御陵先輩から聞き込みをする。 「先輩たちは、プリエをよく使っていますよね?」 「和菓子倶楽部の準部室みたいなもんやしね。それがどないしはりましたん?」 「新入りのウェイトレスさんというのはどこにいますか?」 「ああ、あの可愛らしお人どすか」 「食べはります?」 「つれないお人やわ」 「なら、パスタが食べるにゃ!」 「この方どすえ」 「わっ、ちっこい」 「労働基準法とか大丈夫なのかしら?」 「お姉ちゃんの許可が出てるから大丈夫だよ」 「……多分」 「なんだお前ら。金がないなら出て行くにゃ。貧乏人はいらにゃいのにゃ!」 「いきなり暴言!」 「う……存在を否定された」 「大丈夫ですよ会長さん。会長さんにはお金はないかもしれませんが、誰もがひれ伏す権力があるじゃありませんか」 「そんなものがあっても、お金がないなら意味がないにゃ。ここでは、お金を払う人だけが偉いのにゃ」 「……僕、ここにいちゃいけない気がしてきた」 「ああっ、シン君がますます小さくなっていくよ」 「そないにかんかんにならんとき。食べはります?」 「わ。くれるかにゃ! 相変わらず、いい人間にゃ!」 「落雁ひとつで……サリーさんと同類ね」 「うーん。美味しい! これ早く新メニューになるといいにゃあ。そうしたら毎日たかるのに」 「客からたかるのかい」 「来年の1月から採用されるんだって」 「そ、そんにゃの駄目にゃ! それじゃあ遅すぎるにゃ!」 「なんで1月だと遅すぎるんですか?」 「そ、それは、えっとその秘密にゃのにゃ」 「アルバイトが一ヶ月契約なのかな?」 「それ以前に、この調子だと遠からずクビになるような」 「こらそこの貧乏人、がっくりしてる場合じゃない! お前の権力で1月を明日からにするにゃ!」 「ごめん。それは無理」 「本当に役立たずなのにゃ!」 「パスタはん」 「なんだいい人間? もうひとつくれるにゃ?」 「厨房のおばちゃんがメンチきってはりますえ」 「にゃぁぁぁぁぁ! また折檻されるにゃぁ! 絶壁悶絶唐辛子は嫌にゃのにゃ!」 「絶壁悶絶唐辛子?」 「見とったらわかりますさかい」 「あ。あっさり捕まった」 プリエ。そこは一見優雅で温かい空間。 だが、しかし! 冠絶した地形効果により、厨房の支配者であるまかないの人達の絶対支配下にあるノーマンズランドなのだ! 「ふにゃぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!」 アゼルは、四肢をぴくぴくさせて悶絶しているパスタの横に立つと、デジカメを構えた。 「と、撮る……にゃ……ガク」 容赦ないなぁ。 「い、いきなり」 「な、なんなんですかこの魔族さん達は!」 「みんな気をつけて! この子達、いつもの魔族と違う!」 「確かに、隊列なんか組んで……」 「なんか頭良さそうです」 「シン! 話し合いでなんとかならないの!?」 「こっちの話を聞く気はないみたいだ」 「どうするんですか会長さん!?」 「やるしかない!」 「ソルティア!」 「人間の時間単位で2時間3分前に行われた、クルセイダースとの戦闘記録よ」 「こんなのいつのまに記録してたにゃ!」 「見事なまでの敗北ね。パスタ」 「今日は計画通り順調で特に報告する必要があることは何もない、と、あなたは言ってたわよね?」 「あ……そ、それはにゃ」 「あなたの部下達がクルセイダースに敗北したのも計画通りというのかしら?」 「……だから、それは……」 パスタは、ちら、とバイラスの表情をうかがった。 「あ……あの……」 「隠そうとしたのは、無能と言われるのが怖かったから?」 「なにおう! パスタは隠そうとなんてしてないにゃ! 魔法陣の構築は予定通り進んでいるのにゃ!」 「今日までは」 「でも、これからはどうかしら? 彼らの妨害で予定が狂ってくるかもしれないわよ?」 「リ・クリエまで2ヶ月を切ったというのに……先が思いやられるわね」 「うまくいくといいな、か。これが偽善というものか」 「……お前がどう思おうが、リ・クリエは起こる」 「いいわね。狂信的な方は気楽で」 「そのくらいにしておけ」 「記録を見た限り、彼我の戦力差は僅かだ。今回は敗北したが、次やれば勝てる可能性はあるだろう」 「ふん。戦力差は僅か……ね」 「バイラスにゃまの言うとおりなのにゃ! 次やれば勝てるにゃ! 今夜はたまたまにゃ」 「クルセイダースめ! 一回まぐれで勝っていい気になってるのを、こてんぱんにしてやるにゃ!」 「クルセイダースへの対処は、パスタ。君に任せるよ」 「任されたのにゃ!」 「今更だけど、本気で敵対してくる魔族って強かったんだ……」 「いきなり強くなるなんて反則です」 「最近は順調に勝ててたから、油断してたわ」 「昨日の奴ら、軍隊みたいだった……」 「訓練された動きだったぜ」 「お姉さま、昨夜のような魔族達に出会ったことは? 魔族にも軍隊とかあるのでしょうか?」 「ごめんね……九浄家では、ああいう種類の魔族と戦ったことがなくて、忠告とか情報提供が出来ないんだよ」 「あれ? みんなどうしたの? 元気ないね」 「ふーん。なんかつまんなーい」 「そうだサリーさん! 魔族にも軍隊とかあるのかしら?」 「命令したり命令されたりなんてメンドー」 「サリーちゃんとオデロークさんは?」 「アタシとオヤビンは気が合うだけだよ。オヤビンになにか命令されたことなんかないし。たまたまオヤビンの方が強くて頼りになるってだけ」 「七大魔将で部下がいっぱいいる人とかいないの?」 「あー、そういえば一人群れてるのがいるって聞いたけど、よくしらない」 「つくづくオマケさんは頼りになりませんね」 「オデロークはいいヤツだけど、そういうのにはうとそうだし」 「いつまで考えてても仕方ないわ。あちらは待ってくれないんだから」 「そうだよ!」 「何よ藪から棒に」 「待ってくれたことなんてなかったんだよ」 「これまでだって、いつも僕らはぶっつけ本番。敵の強さを知ってて戦ったことってほとんどないんだよね」 「そういえば……敵の強さとか事前に知って戦ってたことなんてなかったな」 「情報提供出来なくてごめんね」 「やれやれ、素敵に無計画な方々ですね」 「アンタも仲間のひとりだ」 「みんなバッカだなー」 「そんな私達に負けたサリーさんはどうなの?」 「今じゃ仲良しだからいいんだい」 「つまりさ、今までと状況はなんにも変わってないんだ」 「いや、それどころか、前より良くなっている」 「は? 何を言い出すのよ!」 「僕らが強くなってるって事だよ。クルセイダースを始めたばかりの僕らだったら、昨日、勝てなかったでしょ?」 「そっか。アタシ達、強くなってるんだ」 「当たり前よ。昨日の自分に負けるなんて恥ずかしいわ」 「聖沙の言う通りだ。僕らは、敵より強くなるんじゃなくて、今日より明日の自分が強くなるようにしていけばいいのさ」 「今まではそれを意識してなかったけど、これから意識するようにすれば、モリモリ強くなれるよ!」 「おー! なんか会長さんがいいこといってる気がします。ザボンを一個あげましょう」 「ザボン?」 「座布団の事ではないかしら?」 うん。いつものみんなだ。 「典型的な精神論だ」 「うわ。空気読まない発言」 「流石はアゼ公だぜ」 「ふっふっふ。単なる精神論じゃないわよ」 「お姉ちゃん! また机の下から!」 「あの。片手に持っているガスマスクは?」 「みんなが落ち込んじゃってるんじゃないかと思って、笑気ガスを部屋に充満させる準備をしてたのに、無駄になっちゃったわ」 「無理矢理明るくしてどうするつもりですか!?」 「笑う角には福来るですね。だから皆さんは部屋の隅で笑わないと」 「みんないい顔してるじゃない。流石は私が信頼している生徒会の諸君ね」 「さっきの発言がなければ、いい台詞なのに」 「昨日の自分より今日の自分が強くなればいいのよ。それで問題解決ね」 「非論理的だ。それで敵に勝てるとは限らない」 「そんなことないわよ。私達は確かに魔族より弱い」 「いきなり結論!?」 「でもね。その強さが魔族の弱さなのよ」 「どういうことです?」 「魔族は元々強いし、寿命も長いから、成長のスピードがひどく遅いのよ。でも、人間は早く成長する。つまり」 「今、互角ならすぐ追い越せるってことですか?」 「それが人間の力よ」 「具体的に能力を向上させる方法がなければ、精神論だ」 「ふふふ。この特訓メニューに従えば、あら不思議。当社比でモリモリ強くなっちゃうかもしれないわよ?」 「お姉ちゃん……どうしてそう微妙な言い回しをするのかな」 「疑問形だし」 「これ、ヘレナさんが作ったんですか?」 「秘密。女は謎が多いほどいい女なのよ」 底知れない人だ。 「私達も精一杯フォローするけど。終局的にはあなた達が頼りよ。がんばってね。指導教官も呼んであるから」 「おお。ますます頼もしい」 「では、サリーちゃん。あとはよろしく」 「OK。BOSS」 「さて、みんな魔力養成ギブスはつけた?」 「身体重いよ……」 ちょっと身体を動かすだけで全身から金属の軋む音。 「重力って、ヘビィなものなのね……」 「あれ、ロロットちゃんは?」 足元から声。 「ここにいます。動けません。みなさん私に構わず特訓してください」 「アゼルさんも、私達の苦しみを知るためにギブスつけてください」 「じゃあ、本気でガンガン攻撃しちゃうから防いでね!」 「ええっ!? この状態で?」 「よけられっこないわ!」 「あのさ……霊術の特訓なのに、どうしてこんなギブスを?」 僕らはみんな――サリーちゃんと、アゼル除く――怪しいギブスを全身に装着していた。 二昔前の劇画っぽいスポコン漫画に出てきそうなヤツだ。 「……ええと」 「ちょ、ちょっと待って! BOSSから貰ったカンペは……」 「カンペがあるんだ……」 「あ、生徒会室に忘れてきちった!」 「まぁいいじゃん! BOSSのくれたメニューにそう書いてあるんだから! 効果が無くてもアタシのせいじゃないし」 「うわ。無責任発言です! そういう発言が出る時には、大抵ろくでもないことが起きるものだとガイドブックに書いてありました」 「まともな事も書いてあるのね」 「この訓練には一理あると思うぜ」 「お前らは強くなったぜ。大賢者たる俺様が保証してやる。だがな、だからこそ、今までのやり方では限界が来てる頃だぜ」 「そーそー、ゲンカイがきてるんだよ!」 「つまりだ。お前らは霊術を、肉体を動かすことの延長として捉えてるんだよ。肉体で霊術を制御しようとしている」 「でも、それじゃ霊術は使いこなせないんだぜ」 「それじゃ霊術は使いこなせないんだぜ! わかったか!」 「指導教官って楽な仕事ですね」 「お前らは、無意識のうちに、肉体で制御できるレベルに霊術を抑えているんだぜ」 「霊術を使いこなすにはイメージが大切。だからこそ、逆に肉体を不自由にすることで、肉体の枷を外すってわけだ」 「なるほど。そういうことだったのか。アタシってすごいな」 「賢く見えるパッキーさん……ステキ♡」 「つまり……攻撃を防ぐ時なんかは、手でかざした盾をイメージするんじゃなくて、盾を空中に浮かせて防ぐ感じかな?」 「さすが、俺様のリアちゃんだぜ」 「最後でぶちこわしだったけど。話はわかった」 「じゃあ、始めるとしますか」 「うわぁぁぁ!」 「なんで俺様までぇぇぇ!?」 「ひぇぇぇぇぇ」 「うぐぅっ」 「私は無実です! ああああっ!」 「きゃぁぁぁぁぁぁ!」 「本日はここまで!」 1時間後。 余り長くやっても効果がないそうで、これでおしまい。 でも、僕達ぼろぼろ。 しかも、やり慣れたやり方が出来なくなったせいで、弱くなったような……。 「はっはっは。弱いぞ弱いぞセートカイ!」 「くうう。オマケさんに笑われるのは最悪です。これがいわゆる目くそ鼻くそを笑うというやつですね」 「いや、その使い方だと、アタシ達も目くそ鼻くそって事になるから」 「はうっ。それは不覚です。オマケさんと同レベルなんて……」 「はっはっは。同レベルだ!」 「あれ? なんか変?」 「仕方ないわよ。思うように動けないんだから」 「でも。みんな、最後のほうは結構防いでたよね?」 「今までは防御をする時、盾をイメージする方向に腕を突き出したりしてたけど、そうしなくても霊術ってちゃんと発動するんだ」 リア先輩がそう言った途端。光り輝く魔法陣が先輩の背後に出現した。 「後光がさしていらっしゃるお姉さま……ステキ♡」 「アゼル! 今の撮った?」 「あれ? アゼルさんがいませんよ」 「さっきまでパチパチ撮ってたのに、どこいっちゃったんだろう?」 アゼルは、いつか見た時と同じように、フィーニスの塔の上に広がる空を見ていた。 「図書館にいなかったから、ここかと思った」 「また、あそこを見ているんだ」 アゼルは僕の方を見ようともしなかったが、ぽつり、とつぶやいた。 「……特訓はどうした」 「今日のところは終わったよ」 「ボロボロにされちゃった」 「見てて飽きちゃった?」 依然として僕の方を見ないアゼルの横顔。 どこか哀しげに見えたのは、夕日に染まっているせいだったのか。 「相手は強いのだろう?」 「どれくらい強いのかすらも良く判っていない」 「恥ずかしながら」 「人間は急速に進歩する、とヘレナは言った。だが、相手が遥かに強ければ追いつけない」 「そうなる……かな?」 「追いつけなければ敗北する」 「敗北は死。怖くないのか?」 「……正直、実感わかないけど……その時は怖いだろうと思う」 「想像しろ。自分が死んでしまう時のことを」 「自分の死が無理なら。他の人間の死を想像しろ」 「例えばお前の幼馴染みが、息もせず、笑いもせず、ただの骸となっている光景を。惨たらしく凍りつき焼けただれひき潰され、半分こぼたれた肉塊を」 想像してしまった。 「どうしてお前達が、戦わなければならない?」 なぜだろう? でも、後に引けない確信はあった。 それは意地とかそういうのじゃなくて、それが正しいとわかっているから。 魔王として? 生徒会長として? いや、僕として。 気づくと、僕の顔をアゼルが見ていた。 「僕らを心配してるの?」 「……そうだよね」 顔をそらしたのは、心配しているからだ。 「安全より危険を選ぶのは非合理的だ。生物の本能に反している」 「でも、僕ら以外は誰も、魔族やリ・クリエを知らない。僕らが何とかするしかないんだ」 「怖くないのか?」 「怖いよ。でも、みんなと一緒だから」 「……勝手にしろ」 その口調がどこか寂しそうだったのは気のせいだったろうか? 「ねえ、パッキー」 「なんだよ魔王様?」 「せっかく魔王なんだからさ。不思議な力に目覚めたりして、いきなり強くなるとか、そういう裏技はないの?」 「ない事も無いぜ」 「そうだよね……そういうのは魔王を倒す勇者の特権だよね」 「勝手に自己完結するんじゃないぜ。俺様はあるって言ってるだろ」 「大賢者の言葉を信じろ。でも。その方法は忘れちまったぜ」 「使えない使い魔だな……」 「でも、魔王様はそういうの余り好きじゃなかったんじゃねぇのか? 突然、世界征服だの、魔界征服だのやりたくなったのならやめたほうがいいぜ。止めないけどな」 「……心配かけたくないから」 「アゼ公にか?」 少しドキッとした。 確かに、僕の脳裏に真っ先に浮かんだのはアゼルの顔だった。 「……みんなにだよ」 「確かに、一気に強くなりゃ、この前の魔族達くらい一ひねりだぜ」 「絶対に勝てるくらい凄い力があれば、誰にも心配かけずに済むと思ったんだ」 「だけどな魔王様。力をいくらつけても心配はなくならないぜ」 「力なんてもんは果てがないんだぜ」 「今は最強でも、どこかに自分より強い奴がいる可能性はあるし、将来、自分より強い奴が出てこない保証もない」 「それに年取れば弱くなっちまうかもしれない」 「そりゃそうかもしれないけど」 「最強なんていうのは所詮比較級だぜ。だからいつ追い抜かれやしないかと、心配になる。力があること自体が心配のタネになるんだぜ」 「圧倒的に強ければ、そんな不安なんてないかもしれないよ?」 「絶対なんてもんはないぜ。それを頭に入れておかないと、今度は傲慢の罠に引っ掛かる。そして、どうでもいい雑魚に足を掬われるんだぜ」 「力を求めるのは一概に悪いとはいえないぜ。だが、その限界を知っていないとろくな結果にはならないぜ」 「なんか、パッキーかっこいい。大賢者っぽい」 「ぽい。じゃなくて大賢者だぜ。だがな。これは受け売りだぜ」 「謙虚だね」 「そりゃな。初代魔王様の言葉だからな。俺様に言わせりゃ、今までの魔王様の中で一等強い魔王様だったぜ」 「どんな人だったの?」 「とにかく最強だぜ」 「最強は判ったから、どんな人?」 「ふっ……そんな昔の事は忘れちまったぜ」 「かっこよく言ってもだめ」 「うちはいっぺんしか見たことありまへんけど、ショートカットの女生徒やったかなあ」 「それがし、薙刀部で遅くなってしまった時に幾度か目撃しましたが、一瞬見ただけですので、しかと人相までは判りませぬ。女性であったように思われます」 「見た見たー。幽霊かと思っちゃったよー。顔? あははー。私になに期待してるかなー。でも、女の子だったよーな気がするよー?」 「と、下校時刻過ぎた遅い時間に、たまたま学園にいた人たちが、女生徒を目撃しているんだ」 「同じ子なのかな?」 「下校時刻には必ず帰宅、帰寮するよう徹底するべきよ。それと――」 「クルセイダースとしても夜の見回りを強化しなくちゃね」 「反対だ」 僕らは意外そうな顔をしていた、と思う。 アゼルが、表裏問わず生徒会の活動についての意見を示したのは、初めてのことだったからだ。 「私は、生徒会の役員だ」 「反対って……夜の見回りに?」 「お前達が、何の報酬もなく自分の身を危険にさらして誰かを守る必要はない」 「警察でも軍隊でも民間警備会社でもないのだ。義務も無い。非合理的だ」 「流星町を守れるのはアタシ達だけなんでぃ!」 「本当にそうか?」 「そうだよ。その証拠に私達九浄家は代々、ロザリオの力で戦って――」 「それだけの長い年月、この町だけに魔族が現われているというのは非合理的だ。世界各地に現れていると考えるべきだ」 僕らしか戦えない、と最初からいわれて、そういうものだと思っていたから考えてもみなかった。 確かに、ここ以外に現われる可能性もある……というか、ここだけにしか現れないというのは不自然だ。 「世界各地に現れている、とすれば、世界各地で流星町と同様の問題が起こっている事になるわね……」 「対魔族の公的機関があると考えるのが合理的だ」 「世界規模の秘密機関……なんだかワクワクします」 「でも、流星町には私達以外で魔族と戦っている人なんていないよ」 「紫央は……数に入らないか」 「この町は魔族が余り出現しない、だから、九浄家で対処出来たし、その機関の人員も配属されていない、と考える方が自然だ」 「ちょっと待ったぁっ! じゃあ、他の場所では、もっと強い魔族がわらわら現れて、それに対抗する人間達と戦っているってこと?」 「そうなるな」 「残念だけど。そうはならないのよね」 「アゼルちゃん。なかなか面白い見解だけど、残念ね。魔族は、基本的にこの町にしか現れないのよ」 「それは、不自然ではないですか?」 「この町の或る所に、天界、人間界、魔界をつなぐ特異点があるらしくてね。ここは一種の中立地帯らしいの」 「でも、ここからどこかへ行く事は出来るんじゃ?」 「彼らにとって、この世界に長く滞在するのは健康によくないらしいのよね。だから遠出しないみたいよ」 「じゃあ、流星町以外では魔族とのトラブルは起きていない?」 「そういうこと。だから、アゼルちゃんが言うような秘密機関は存在しないのよ。魔族相手に戦えるのは、クルセイダースだけ」 「だから、君達で何とかしてもらうよりほかないのだよ、人類の剣であるクルセイダースの諸君!」 今日も一時間練習して、それから生徒会のお仕事。 で、たちまち真っ暗。僕達はパトロール。 「暗いね」 「夜だからね。先輩は大丈夫ですか?」 「えっへん。お姉さんに任せなさい。私は慣れてるから」 そうか、リア先輩とヘレナさんは、いや、九浄家の人達は、ずっと昔から夜遅くまでパトロールをして、流星町を守っていたのだな。 「あ、あそこ! なにかいる! きゃぁ怖い!」 「って、抱きつくほどのことはないでしょ?」 「むぅ……まぁ怖かないけど」 「ほふぅっ」 ナナカが離れたと思ったら、なにかやわらかくてステキな感触が反対側の腕に!? 「ほ、本当になにかいるよ!」 「だ、大丈夫ですよ。きっと、噂の女生徒ですって」 パッキーの気持ちがわかるような気がする。 「むぅ……アタシの時と反応が違う」 「俺様のリアちゃんに羨ましいぜ!」 リア先輩は、僕からぱっと離れて。 「べ、別に抱きついてなんかいないよ。ちょっと足元がね」 「いえ、わかってます。正体を確かめなきゃ」 「この気配は」 「なんだアゼルちゃんだったんだ」 「って、ことは噂の女生徒って」 僕らはアゼルに駆け寄る。 「なにしてるの?」 「下校時刻までに、帰らなくちゃ駄目だよ」 「……本を借りていた」 例によって例のごとく、写真集ばっかりだった。 「うわ。活字がなさそうで読みやすそうな本ばっかり! アタシでもバリバリ読めそう」 「アゼルちゃんは小説とかは借りないの?」 「読めな……読みづらい。興味が無い」 「遅いから送っていくよ」 「むむっ!?」 「どったのシン? って、もしかして」 「いる!」 小径沿いの木立の影に、幾体かの黒い影! 互いを発見したのは双方同時。暗闇に緊張が走った。 「あいつら!」 猫のような耳をはやした魔族達は、戦闘隊形を組んで、じっとこちらを見ている。 「向こうから襲いかかってくる感じはしない」 「退け」 「ここで退けない! だって、アタシ達はクルセイダースなんだよ」 「だけど、こっちの人数はこの前より少ないよ」 特訓を始めてまだ二日。そして今日は人数も3人。 相手から来ない様子だから、退く事もできそうだ。 「もう一人来たよ。しかもおっきい!」 「ピンチ?」 退くべきだったか!? 「あれー、みんな真っ暗なところでなにしてるの?」 「アルバイト終わったから遊びに来たんだけど、もしかして遅すぎた?」 「いや、グッドタイミング」 特訓を始めてから大した日数は経っていない。 でも、僕らは何かを掴みかけている気する。 それを確かめるためにも、ここで一戦するのは無駄じゃない。 それに、サリーちゃんの助けだって得られる。 「アゼル。早くここから離れて」 「……不合理だ」 「そうかもしれない。でも、僕らはクルセイダースだから」 「だね。アタシ達は人類の剣だもんね」 「負けないもん」 「行こうみんな! 学園の平和を守るために!」 魔族達は、隊長らしき魔族の声を合図に戦闘を打ち切り、負傷した仲間を庇いながら退却していく。 「勝ったの……?」 「こら、逃げるな!」 「無理してもしょうがないよ。こっちも追えるほど元気はないし」 「あー、ばれてた?」 「くそぉ。雑魚のくせに、生意気にも連係攻撃なんかしてきて、戦いにくいったらありゃしない」 やはり苦戦だった。 押し気味ではあったけど、相手を圧倒は出来なかった。 「でも、今までと違う気がする。なんというか……今、水がひいてくみたいな感じがしない?」 「あ、アタシもする。ざわざわしていた空気が薄くなってくっていうか……」 「なんだろうこの感覚?」 「へえ。カイチョー達、人間なのにわかるんだ」 「この辺り一帯から、魔力が引いていってんだぜ」 「そうか、魔族達が戦闘を打ち切って退却していくから、戦闘で高まっていた魔力の気配が消えていってるんだ」 「アゼルは、大丈夫だったかな?」 「って、逃げなかったんかい?」 「生徒会の役員だ」 ロザリオはないけどアゼルも仲間だものね。 「先輩。ロザリオの予備ってないんですか?」 「残念だけどないんだよ」 「ククク……流石はシン様。手近の女どもの裸にあきてきたから、新しい女の裸を合法的に見ようとは」 「シン! そういう意図なの!?」 「断じて否!」 「僕じゃないよ」 「アタシでもない、とすると」 「ち、違うよ!」 「この音はなんだ」 「はーいサリーちゃんがばっちり解説! お腹がうーんと空いてるとお腹が鳴るのさ!」 「不思議だな」 「アゼルのお腹じゃん」 そっか、アゼルお腹が空いてるのか……。 「これからさ、みんなでご飯食べにいかない?」 「賛成! で、どこ行くの?」 「アタシも賛成! 牛丼牛丼!」 「私も賛成だけど、サリーちゃんって牛丼以外のものって食べるのかな?」 「くれるならなんでも食べるー」 「そうなんだ」 「奢るからさ」 「シン!? 食い逃げはまずいよ!」 「そういう風に決め付けるのは、どうかと思うよ?」 「食い逃げとはなんだ?」 「お店でお金を払わずに、食べることだよ」 「無駄のない合理的な行動だ」 「やっちゃだめだよ」 「悪いことだからだよ」 「悪事なのか」 「悪事も悪事、大悪事でぃ。食い逃げカッコ悪い」 「悪事であるならしない」 「さぁ食いねぇ食いねぇ!」 「うるさい。こんなに油が浮いて、いかにもいやしげなものを食べられるか!」 「美味しいよ。お姉さんがばっちり保証しちゃうから」 「保証などいらん。食物は栄養があればいい」 「アゼルが食べないとアタシ安心して食べられないじゃん」 「毒見かい」 「もしかしたら……アゼルはお箸が使えないんじゃない?」 「なんだと!」 「そういえば、いつもヴァンダインゼリーとか箸使わないで済むものばっかりだもんね」 いいぞナナカ。僕の意図を読んで一緒に挑発してくれる。 「無礼な! あのような簡単な道具、使えるに決まっている」 「でも、使ってるの見たことないし」 「だね。口ではなんとでも言えるし」 「箸が使えないなんてアゼルかっちょわるい!」 「私の言葉を疑うのか!」 「疑うわけじゃないけど、無理しなくていいんだよ?」 「一週間特く――いや、なんでもない。とにかく、使える!」 「手でつかんで食べられるものに変えるよ」 「待て!」 「箸が使えるのを見せればいいのだな!」 「無理しちゃって」 「無理などしていない! 見ていろ!」 僕とナナカは視線を交わした。うまくいった。 「見ていろ!」 アゼルは箸を手に取ると、 「どうだ! 使えるだろ!」 「食べないとね、何とも」 「こんなに無駄に熱量がある上に脂が毒々しく浮いているものをなぜ私が……」 「無理しなくていいんだよ。箸が使えなくたって生きてはいけるから」 「ちょっと恥ずかしいけどね」 「うるさいうるさいうるさい! 食べればいいんだな!」 「アタシもいただき!」 「こ、これは!?」 「なに、これ、美味しい!?」 「なんだこの食物は!?」 「ラーメンだよ」 僕の全財産と引き替えだけど、それは言っちゃいけない。 「ラーメン?」 「正確には、もやしラーメン。五ツ星飯店が誇る秘伝のダシを使ったスープはまさに魔性の味!」 「お嬢さん、そのコピーは声に出さないでくれるとありがたいアルね。恥ずかしいアルよ」 「魔将だと!? 魔族と関連してるのか!?」 「魔将の味ってことは……もしかしてオヤビンが原料に!? ひ、ひぃぃぃ。ごめんねオヤビン、美味しいよー」 「そういうことじゃなくて、ええと……味に魔力があるみたいで一度食べたらやみつきってことだよ」 「そ、そうか……なら問題ない」 そう言いつつ、アゼルは夢中になってはむはむ喰っている。 「確かにやみつきになる味だね」 「ここの初めて食べたけど美味しい」 「病みつきになどなる筈がない。たかが食物……はむはむ、不合理だ、はむはむあり得ない。単なる栄養補給だ、だが、はむ、これは、なんと、ずるるるるる」 「アゼルってラーメン知らなかったんだ」 じゅるる、とアゼルは麺を口からぶらさげたまま顔をあげると。 「もちろん知っている。ラーメンだな!」 知らなかったなこれは。 「なぜ、お前は一人だけ食べないのだ?」 「僕は水が好きなんだ」 僕、泣いてないよね。偉いよね偉いよね。 「そうか」 そんなわけないです。 ああ、なんて残酷なにおい……。 「シン大丈夫? もうすぐ来るから」 「もうすぐ?」 「な、なんでもない」 「うまい! 水ってうまいなー。おかわり」 「はいアル。そしてもやしラーメンもネ」 僕の前にはお冷と、なぜかもやしラーメンが! 「ええと……僕は何も」 「友情アルネ」 キムさんの視線をたどると、照れくさそうなナナカと、ほほえんでいるリア先輩がいた。 ありがとうナナカ! ありがとうリア先輩! 「いただきます! うわ。うまい! うまい、うまい!」 「アンタは本当になんでもうまいだね……」 「うまいっ! 最高、うまい!」 「こりゃ、オヤビンにも教えなきゃ! 美味しい!」 「そうか……もしかしてこれが美味しいということなのか……」 「そうだよ。これがうまい――美味しいって事だよ」 「ああ、私は今、美味しいのか!」 「うんうん、うまいし、美味しい」 「シン君泣いてる……」 「アタシまで思わず貰い泣き……」 「ああ、もうこんなに僅かだ。ずるずる。いや、食物は食べれば無くなるのが当然だ。合理的だ」 「だが、なんだこの寂しさは!? たかが栄養の摂取にこれは……無駄に感情が揺さぶられる……何だこれは……」 「そ、そこまで大層なものかな……?」 「くはあ、美味しい! 美味しすぎる! 人間界はすげー!」 「もしかして……この液体も飲めるのか……油が浮かんだ怪しげな液体も……」 「だが、この匂い! うう、飲みたい……ぐっと飲んでしまいたい……なんと荒々しい非理性的な情動なのだ」 「飲んでも大丈夫だよ」 「わ、判っている。ラーメンだからな」 アゼルは丼の縁をぐっと掴むと、豪快に飲み干した。 「ぐっ……こくっ……こくっ……こくっ……」 僕も追いついて、ごくごく飲み干す 同時だった。 たちまち、僕らの丼は空に。スープの一滴も残っていない。 丼を下ろすと目があった。 「美味しいな」 笑っていた。 可愛いな、と思った。 「なぐごはいねがぁぁぁ。わるいごはいねがぁぁぁぁ」 「ロロットさん、何を口走ってるのよ!」 「悪い子を捜す時は、こういう風に叫ぶのがしきたりだと」 「何を騒いでいる? 下校時刻は過ぎた。帰れ」 「あ、すいません。ってアゼル」 「……お前たちか」 「アゼルさんこそどうして」 「こんな遅い時間に騒いでいると不良ですよ」 「それは、お前だ」 「また本を借りてたの?」 うーん。図書館に通うのは悪いことじゃないけど、メリロットさんにもそれとなく早めに帰してくれって言っておいた方がいいのかな? 「もしかして、遅い時間にうろついている女生徒って」 「だろうね」 2回目だし。確定だろう。 「お二人ともアゼルさんを疑っていますね!」 「疑うって何を?」 「皆まで言わなくてもわかります。謎の転校生は怪しいのが定番ですから」 「実際、未来人だったり宇宙人だったり侵略者だったり異次元人だったり超能力者だったり怪しさ大爆発です」 「ガイドブックに書いてあったのね。最初から何も疑ってないんだけど……」 「でも! アゼルさんは絶対に違うのですよ! 私がばっちり保証します!」 「随分と自信満々だけど、根拠は?」 「それはて……おほん」 「だって、生徒会の仲間ですから。天使みたいに善良なんですよ」 「天使みたいにね……」 「ロロットは何を言っているのだ?」 「ええと……アゼルはいい子だっていっているんだよ」 「当たり前だ」 「私ほど正しき道を歩んでいる者はいない」 授業にほとんど出ていない学園生が正しいのか? 「なんだその沈黙は」 「……送っていくよ」 「なぜついてくる」 「寮の方もパトロールしなくちゃいけないから」 「敵は案外身近な所に潜んでいるものなのです。寮の地下に怪物の巣があるのはよくあることです」 「と、ガイドブックに書いてあったのね?」 「いえ、一昨日じいやと見たホラー映画です」 「誰か来る」 「え、だって、アゼルさんが噂の女生徒じゃ」 「寮の地下の怪物ですね!」 「あなたたち、何をしているの?」 「聞いたことがある声のような……」 「千軒院先生!」 小径ぞいに並ぶ灯りに浮かび上がったのは、千軒院先生だった。 冷たい目で僕らを見ていた。居心地が悪い。 「聖沙・ブリジッタ・クリステレス。それと……」 「咲良シンです」 「ロロット・ローゼンクロイツです」 「彼女はア――」 「生徒会の役員方が校則を率先して破るのはいかがなものかしら?」 「いえ。近頃、下校時刻後に不審者が徘徊しているという噂が広がっていまして、生徒会で独自に調査しているんです」 「それは、理事長から伺っています。つまり――」 先生は、アゼルを見た。眼差しは冷たかった。 でも、どこかおもしろがっている不遜な光が含まれてる気がした。 「彼女が不審者だということ?」 「図書館に行っていただけだ」 「証明できるかしら?」 「図書館の司書が」 「成る程。せいぜい尻尾を出さないようにする事ね」 先生は、暗闇に消えていった。 「あの先生、嫌な感じです」 「厳しい人よね。けど、授業はわかりやすいのよ」 「あてまくるから気が抜けないけどね」 「あれ? どうして知らないの?」 「アゼルさん、授業出ていないのね!」 目の前のテーブルには、高そうな器に一つずつ盛りつけられた和菓子。 「あんじょー、撮ってなぁ」 御陵先輩と数名の和菓子倶楽部部員が見守る前で、アゼルは緊張した様子もなくデジカメを構えた。 「見せて頂いてもよろしおすか?」 アゼルがデジカメを渡すと、御陵先輩はモニターを覗き込み―― 「よろしおすなぁ」 和菓子を写した写真のできばえは悪くなかったようだ。 「ちょーっと待った! アゼル、騙されちゃだめよ!」 「騙されているのか?」 「そうよ。アタシの苦い経験からすると、このぶぶづけ野郎は、アンタの写真に満足していない!」 「いややわぁ。うちが波風立てへん方に話を運ぼうと気ぃつことったのに、ぶちこわしやんか。いけず」 「こいつの『よろし』ってのはね、アタシらの『良かった』とは違うのよ! 『どーでも』がくっついてるのよ! どーでもいいって事なの」 「仕方ありまへんなぁ。うちとしては、言葉で言うてもわからへんやろうから、違う方法でわかってもらおう思てたんやけど」 「言葉を用いない方法があるのか?」 「アンタはんの言い方やと、非論理的ゆうことになりますな」 御陵先輩は円盤状の和菓子が盛られた皿をアゼルの方へ差し出した。 「よろしゅうおあがりやす」 「どうでもいいものなのか?」 「お食べになりはったらわかりますえ」 アゼルは和菓子へ素直に手を伸ばして取り、かじった。 謹厳で冷たくさえ見える顔がほころぶ。 「……美味しい」 なんでだろう。 この頃、アゼルが可愛いな、って思う瞬間が増えている気がする。 「スウィーツのほうがもっと美味しいんだい!」 「うちな、あんたはんの事、好きやけど。状況をわきまえへんお子は、無粋なだけどすえ?」 「むぅ。というか好きとか言うな! サブイボ立つ!」 アゼルは、静かに食べ終えると、もう一度自分の写真を見た。 「……おいしくなさそうだ」 「そういうことえ。残りのお菓子もよろしゅうおあがりやす」 「貰う」 そういうことか。 アゼルは、その辺の石ころや建物を撮るように、ただお菓子を撮った。 だから写真にも欠落したものがあったのか。 「みな、おいしかった」 「あああああっ! パスタのお菓子を食べるにゃーー!!」 「そろそろ押しかけて来る頃やろ思て、あんたはんの分も用意してありますえ」 「おー! お前は人間の中で最高にいいヤツにゃ!」 「お客にお菓子をたかるウェイトレス……クビだよね普通」 「ヘレナさんに話が行ってないのかな……?」 あの人に限って、それは無さそうだけど。 「あー、うまいにゃ! うまいのにゃ!」 アゼルがウェイトレスさんに向けてカメラを構えた。 「次も期待にゃ! これが楽しみで働いてるにゃ」 「働いてる? 暴れてるの間違いじゃ」 「僕はなんとも」 「ふほぅ。うまいにゃ! ほっぺた落ちるにゃ! 人間か――ここの食べ物はうまいにゃ!」 「あの様子……誰かを思い出さない?」 サリーちゃんとウェイトレスさんって似てる。 「って、なにパスタのこと撮ってるにゃ!?」 「嫌か?」 「仕事さぼって食べ物むさぼり喰っているところなんて、撮られたくにゃいにゃ! 脅迫に使う気だにゃ!」 「いい表情だから撮った」 「ぱ、パスタがいい表情にゃ?」 「生き生きとして、生の悦びに溢れている」 「褒められてるのかにゃ?」 「うん。いい顔してるって事だよ」 「そ、そうかにゃ。なんだお前もいいヤツだにゃ」 「にゃんだ最高にいい人間? もうひとつくれるにゃ?」 「にゃぁぁぁぁぁ! またまたまたまた折檻されるにゃぁ! 絶壁悶絶唐辛子スペシャルは嫌にゃのにゃ!」 「あ、あっさり捕まった」 南無三。 「撮るにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 今日も特訓したり生徒会活動したりで。 あっ、という間に。 「今日も御苦労さまって感じ」 「どったのシン? 今日は見回りじゃないでしょ?」 「ちょっと用事思い出した」 「おっと、アタシも思い出した!」 「知ってるよ。今日は夕飯買い物があるんだろ?」 「う〜〜」 アゼルは写真集のコーナーにいた。 本棚に立てかけた脚立に腰掛けて写真集を読んでいた。 「ア……」 あまりに熱心に読んでいるので、声を掛けるのがためらわれた。 人気のない図書館で、アゼルがページを捲っていく音を聞いていた。 名残惜しそうに、何度も前のページに戻るので、ゆっくりと進んでいく。 蛍光灯の光が、つやつやした髪に、天使の輪を作っていた。 こんなに綺麗な女の子をはじめて見た気がした。 僕は、どこか心の底がざわめくような、それでいて不快じゃない不思議な時間から、アゼルが写真集を閉じてため息をついたことで、現実に引き戻された。 不意に目があった。 「あ、その、邪魔するつもりはなくて」 「べ、別にか」 と、言いかけてアゼルは口ごもり顔をそむけた。 「別に感動しているわけでない、でしょ」 「……今更、そんな事を言っても信じないだろう」 「信じてもいいけど」 「信じなくていい」 「そっか。無駄なことじゃないの?」 「……んんっ」 アゼルは、咳払いをすると脚立から降りて、 さっきまで見ていた写真集を開いて、僕に突きつけた。 「いきなり言われても」 それは外国とかの絵葉書みたいな町じゃなくて、この国のごく平凡な、言ってみれば流星町の街角を撮ったような写真集だった。 「ええと……何が?」 「私のと」 「ああ、アゼルが撮ったのと?」 「なぜ、ごく普通の風景が、いつも見ているのとは違う特別な物のように見えるのだ?」 「そりゃ……彼らはプロだから」 「これは本職は教師である写真家が撮ったものだ」 「じゃあ、腕がいいんだよ。それともセンス? 両方かな」 「これもだ」 「使用した機材にライカR6と書いてある」 ライカって有名なカメラだったような。 「……もしかしてデジカメを使っていないからってこと?」 「同じ機材を使用したと書いてあるものが何冊かあった」 「それだけが理由とは思えないけど」 「だが、同じ道具を使えば何か見えてくるものがあるかもしれない。合理的な思考だ」 「うーん」 「お前、使ったことはあるか?」 「ううん。ない」 僕らの前に琥珀色の紅茶が入ったティーカップが一つずつ。 「……あ、ありがとうございます」 「良く出来ました」 礼をするように仕込まれたな。 「僕もいいんですか?」 「では、1人だけ何も無い事になりますがよろしいですか?」 「戴きます」 誰もいない図書館。 メリロットさんとアゼルと僕は、ひとつのテーブルを囲んで座る。 「いつから?」 「彼女が帰宅時間以降、本棚の影に隠れて、写真集を見ていたのを見つけて以来です」 「……隠れていた訳では無い。気づいたら時間が過ぎていただけだ」 「ビスケットを食べてくれるようになったのは、あなたが彼女にラーメンを奢った次の日からですけど」 「ラ、ラーメンは関係ない」 「そういう事にしておきましょう」 「何か?」 「……何でもない」 「あ、そうだ。メリロットさんはライカってカメラ知ってますか?」 「な、何故それをお前が聞く?」 「昔使っていましたよ」 「だそうだよアゼル。聞きたいことがあるなら聞けば」 「べ、別に聞きたい事など」 「どんな感じのカメラなんですか?」 「デジタルカメラと違って、色々と手間がかかりますよ」 アゼルが少しだけ身を乗り出した。 「押すだけではないのか?」 「光線の具合や、被写体との距離を見て、自分で調節する必要がありますね」 「成る程。そんな微妙な操作が必要なのか」 「どこかにしまってある筈ですから、捜しておきますよ」 「い、いや、その必要は無い。旧式な物なのだろう」 「見てみたいな」 「何故お前が見たがる!?」 「じゃあ、一緒に見せてもらおう」 「あ……だから」 「ね」 「……ふぅ」 「な、なぜ私の顔を見る!?」 「随分と表情が豊かになりましたね」 「さ、錯覚だ!」 アゼルは、残った紅茶をいきなり飲み干し。立ち上がった。 「か、帰る」 「ご馳走様は?」 「……ご馳走様でした」 「咲良くん」 「送っていってあげなさい」 アゼルは僕を追い払おうとはしなかったけど、しばらく口を開かなかった。 「……お前が悪い」 いつも通り、いきなりで、しかもわかりにくい。 「お前がラーメンを奢るから。知ってしまった」 こっちを見ないまま喋る、いつものポーズ。 なんだかアゼルの横顔ばかりを見ている気がする。 「ヴァンダインゼリーは不味い」 「食費が掛かるようになった」 「あー、なるほど。他のものも食べるようになったんだ」 だからビスケットか。 「無駄だ、全くの無駄だ。不合理だ。単なる栄養補――」 「そもそも何故、こんな事をお前に話す?」 「僕は楽しいけど」 「……お前はいつも不合理だ。わからない」 「うーん。僕は単純な人間だと思うけど」 アゼルはまた黙り込んだ。 空を流れる流星が、きらり、きらり、と光る度に、横顔がぼんやりと照らされる。 「……どうして来た」 「図書館に?」 「こんな遅い時刻に」 「アゼル、写真に夢中だし、下校時刻後に学園にいることが多いみたいだし、また遅くなってるんじゃないか気になって」 「パトロールの日では無い筈だ」 「だから、アゼルが、その、心配だったんだよ」 「お前は誰でも心配する」 「アゼルは特に危なっかしいから」 「……危なっかしいだと?」 「うん。だから目が離せないっていうか」 「お前の方が余程危うい」 「おぞましい者達と平気で話したり、挙句に働き口まで世話する」 「おぞましくないよ。別に」 「アゼルだって、うまいもの食べたいと思うでしょう?」 「無駄だ。栄養は補給できればいい」 「でも、不味い物よりうまいものがいいでしょう?」 「姿かたちなんて大した問題じゃないよ」 「色々な違いから起きる問題だってみんなが知恵や力を合わせれば解決できるよ。1人では駄目でも、みんなとなら大丈夫」 「だからか」 「一人でないから強くもない癖に、強い相手と戦えるのか?」 「うん。そうだねきっと」 アゼルは黙り込んだ。 その沈黙は、どこかさびしそうだった。 「アゼルさ。何のかんの言いながら、僕らの写真撮ってるじゃん」 ノートパソコンの液晶画面に次々と表示される写真データ。 「……たまたまだ。意図していた訳ではない」 「あ、副会長さんが何か読んでますよ」 「題名は『至福』か。確かにとろけそうに幸せそうな顔してる」 「な、なんでこんな写真があるのよっ!?」 「撮った」 「拡大と」 「わぁぁっ! 駄目なのこれは!」 「もしかして、エッチな本でも読んでたとか?」 「エロ本読んでニヤニヤしてんだぜ」 「咲良クンじゃあるまいし違います! 削除!」 「うわ。横暴、っていうか冤罪だ」 「勝手に消すな」 「やっぱエロ本だったんだぜ」 「違います! こういうプライベートな写真は撮らないでください!」 「表題までつけた写真だったのだぞ」 「聖沙ちゃん横暴だよ」 「がーん。で、でも、違うんですあの、その」 「野蛮だな」 「アゼル。大丈夫。残ってるから。サリーちゃん、聖沙抑えて」 「な、何するのよ! 放して、放してったら!」 「ゴミ箱を開いて……あったあった拡大と」 「『恋する乙女は★ドキドキ! ときめきサマーヴァケーション』って書いてありますね」 「あー、確かにこれは恥ずかしいわ」 「何が恥ずかしいのだ?」 「あ、これティーヌンじゃない?」 「モチモチは、出前なんてしないから違うけど……二人のうちのどっちだろ?」 「ジャンガラだ」 「よくわかるなぁ。アタシだってたまに間違えるのに」 「わかるだろう。様子が違う」 「私にだって見分けくらいつきますよ。これはオマケさんですね!」 「自慢する事かしら」 「おー! これアタシ! ちょーキュート!」 「お前いいヤツだな!」 「べ、別に撮りたくて撮ったわけではない……」 「そういえば、サリーちゃんってアゼルのこと避けてなかったっけ?」 「あー、そういえばそんなこともあったような気が」 「これはいわゆるあれですね。酒に交われば赤くなる……あれ? なんでここでお酒を飲むと赤くなるなんて言葉があてはまるんでしょう?」 「随分とややこしい勘違いね」 「私がお前たちに染まっているというのか!」 「近頃、アゼルさんも摘むようになったので、三時のおやつの取り分が減ってしまいました」 「わ、悪いか。食べる為に出されるのだし、私だってお前らの仲――」 「セコイなアンタ」 「いえ、私の分が減ったのを嘆いている訳ではありません。ただ事実を言っているだけです」 「アゼル? どうかしたの?」 「なんでもない……帰る」 「すごい汗だよ! どこか具合が悪いの?」 アゼルはいきなり立ち上がると、生徒会室から出て行ってしまった。 「いない……」 「アゼルは?」 「僕が出た時にはいなかった」 「心当たりがあるの?」 「え、いえ、ほら、アゼルさんはやっぱり女の子ですから。だから色々あるとガイドブックに書いてありました」 「女の子だから?」 「ああ、大変な人は大変だから。でも、急になるか?」 「人によっては、急に具合が悪くなることもあるよ」 「紫央なんか凄く重いみたいで」 「面倒くさいよね……」 なんか口を出せないっぽい雰囲気。 僕は一人寂しい男の子。 またもアゼルが魔族と遭遇してる! 「アゼルさん! 今、助けますから!」 「こら! アゼルから離れろ!」 アゼルを取り囲んでた魔族が、素早く戦闘隊形をとって、僕らに対峙した。 魔族から溢れる魔力の気配が闇に満ちていく。 「アゼルこっちへ!」 魔族達は、アゼルが僕らの背後へ逃げるのを止めなかった。 じっとこちらを見ている。 「さぁていっちょやりますか!」 「アゼル、僕らの後ろに隠れてて」 「特訓の成果見せちゃいますよ!」 魔族達は、悲痛な叫び声とともに、ばらばらになって逃走した。 「勝った!」 「あいつらの強さってこんなもんだったっけ?」 「早くも、特訓の成果が現れたんでしょうか?」 「なんか僕ら、少年マンガの主人公みたいだな」 「傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲ですね!」 「努力、友情、勝利でしょ」 「あれ? 帰ったんじゃない?」 「ひとりで大丈夫かな……魔族に出会ったりしなきゃいいんだけど」 「こら、天使!」 「な、なんなのにゃ」 「お前、名前は?」 「まさか知らなかったにゃ!? 最初に自己紹介したにゃ!」 「必要がない」 「パスタにはパスタっていう可愛い名前があるにゃ!」 「パスタか。だが、お前も私の名前を知らない」 「馬鹿にするにゃ! お前はアゼルにゃ!」 「……なんか調子狂うにゃ」 「用は?」 「明日、生徒会が学園に来るか教えろにゃ」 「来る筈だ。だが、パトロールはない」 「好都合なのにゃ。プリエに迷惑がかからないにゃ。こっそり勝てば、これからもお菓子が食べられるし、バイト代が出るまで働けるにゃ!」 「戦うのか?」 「子分をいっぱい集めて襲わせるのにゃ!」 「負ける」 「にゃに!?」 「先程。お前の部下達が生徒会に敗北した」 「にゃにぃ!? うそつくにゃ!」 「見ていた」 「……どうだったにゃ?」 「順当な敗北だ」 「やつら強くなってるにゃ?」 「こうなったら、パスタも出るしかないにゃ」 「このままだと、バイラスにゃまを失望させてしまうにゃ。ここで一発挽回なのにゃ!」 「期待されていない」 「そ、そんなことないにゃ!」 「なぜ、それほど一生懸命なのだ?」 「バイラスへの個人的な好意ゆえか?」 「な、なぜにゃ!? なぜパスタがバイラスにゃまラブと知ってるのにゃ!?」 「露骨にわかる」 「にゃにゃにゃにゃにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 誰にも言うにゃぁぁ!」 「言わない」 「お前、思ったよりいいヤツなのにゃ」 「既に皆が知っている」 「……お前優しくないにゃ」 「それにしても『愛のよろめきのやつら』は凄い展開だよね」 「なんですかそれは?」 「凄いんだ。全然先が読めないドラマで。先週なんて、みゆきちゃんが美少年だと思ってたら、なんと美少女だったんだ!」 「ほほ〜〜。よくわかりませんが、凄いんですね」 「シンはアタシから筋聞くだけで、出演者知らないから……いいなぁ、サプライズが大きくて」 「咲良クンって物事に簡単に感心するタイプよね」 「でも、それは何事にもいいところを見つける、いい性格ってことだよ」 「リアちゃんは優しいぜ! その優しさを俺様にも分けてくれ、プリーズ」 「……む」 「どうかした? あ」 「……なんか、おかしな感じがする」 「ざわざわしてます」 「魔族……でも、どこにいるんだ?」 方向がわからない。四方八方から魔力の気配を感じる。 まさか!? 「姉上! ここは危険ですぞ! あとはそれがしに任せてお逃げくだされ!」 「物の怪どもが、学園に満ちあふれております! ですから――」 「出たな、物の怪! 此処へのこのこと現れたのが運の尽き――むぐぐぐっ」 「すぐそうやって薙刀を振り回さないの!」 「サリーちゃん。魔族見かけなかった?」 「そこら中にいるよ。ねぇ、何が始まるの? わくわく」 「怨敵退さ――もごもごっ」 「あのね、紫央。この子は仲間なの」 「あ、じいや。はい。わかりました!」 「理事長さぁん!」 「『俺を呼んだのはお前か?』」 「仔細は民子ちゃんから聞いたわ。了解、学園上空への侵入を許可する」 「じいやからの連絡です。学園内に敵影多数だそうです」 「どういうことなの!?」 「今、じいやが空から学園を見たら、魔族さんの姿をたくさん確認したということですよ」 「具体的には、どれくらい」 「どれくらいですか? そ、そんなにいるんですか!?」 「もしかして……30くらい?」 「50以上だそうです」 「ご、ごじゅう!? マジやばいじゃん!」 「あれだけ強い魔族が50も……」 「ピンチだぜ」 僕は、アゼルがいなくてよかった。と、なぜか思った。 「ここに立て籠もって迎え撃つしかないわ」 「攻撃は最大の防御ですぞ。結果など考えず、突撃するのみ! それがしも、これからは馳せ参じましょうぞ!」 紫央ちゃんが仲間になった!! 「ロロット。リースリングさんに、魔族の配置を聞いて」 「あ、はい。じいや、魔族の配置は?」 「ここを取り巻いて、10余りの部隊が配置されているそうです」 「判った!」 「しかも、これからはずっと応援に駆けつけてくれると言っています」 「それは心強い! みんな行こう!」 リースリングさんも仲間になった!! 「お、おう! こちとら江戸っ子でぃ! 立て籠もるなんて性にあわねぇぜ」 「正義は勝ちますよ」 「立て籠もっていても勝てそうもないけど、幾ら何でも無謀だわ!」 「シン君。わかるの?」 「ええ。おそらく」 「成る程な」 なんのかんの言いつつ、変身したみんなもついてきてくれる。 「こんな派手な喧嘩はひさしぶり! わくわくする!」 「それがし、先陣を承ります」 「紫央。あなたは最終兵器だから後ろから来て」 「おお。姉上も漸くそれがしの実力を認めてくださりましたか!」 「信じやすいヤツだぜ」 「放送で学園生と職員は建物内に待避させたわ。存分にやりなさい」 勢いに乗って、ヘレナさんまで仲間になった!! 「有り難うございます」 「……何か作戦があるみたいな口ぶりね」 「敵の大将を直接攻撃するんだ」 「賞を射んと欲する者はマズイ馬を射よ、ですね」 「将を射んと欲する者は先ず馬を射よですぞ」 「いくつもある魔力の気配の中で、一番大きく強いのがある所に、大将がいる」 「な、なによ、私だってもう少しで思いついたんだから!」 「敵が僕らを包囲する前に、突破するんだ」 旧校舎を駆け抜けて、一気に広場へ。 一番魔力の気配が強いのは……。 「あっちだ!」 「フィーニスの塔じゃん」 「最短距離で突撃だ」 「うわ。魔族さんたちですよ!」 僕らの猛攻に、魔族達は戦意を失い四散し逃走。 「これに懲りたら、二度と我が小狐丸の前に立ち塞がろうとなどと思うでない!」 「紫央、置いていくわよ」 「あ、お待ちくだされ!! 姉上ー!!」 逃走する奴らに構わず、フィーニスの塔へ全力で突貫。 「じいや! え、うん」 「会長さん! 前方に魔族がいるそうです」 「脇道は?」 「そちらにもいるって!」 「ニャーッ!」 またも前方に立ち塞がる魔族達。 「来たな!」 「今、あなたたちに構っている暇はないんだけど」 「向こうは暇人みたいですね」 「蹴散らすだけよ!」 「行くぞ!」 僕らの勢いは止まらない。 一分もかからず、魔族達は敗走。 でも、構っている余裕はない。 背後からも左右からも、魔族の気配が迫ってくる。 僕らの素早い行動に包囲陣を破られた彼らだったが、既に立ち直っているようだ。 「急いで!」 「いったいどこに!?」 ここの筈なんだけど、すぐ身近にでっかい気配もする。 しかもすぐ目の前に。 オデロークよりも更に巨大な気配なのに、魔族がいない。 「にゃっにゃっにゃっ! あらわれたにゃ貧乏人ども!」 「なんでプリエの不良ウェイトレスさんがここに?」 「お姉ちゃんがみんなを待避させたはずなのに」 「それ以前に、今日は日曜日だぜ」 「幾ら問題のあるウェイトレスさんでも、巻き込むわけにはいかないわ」 「お前等、不良だの、問題があるだの、失礼なのにゃ!」 「日付間違えて学校に来ちゃったんだよ」 「ドジな人ですね。やっぱり不良でスカタンです」 「ここは危ないから、どこかに隠れていてください。お願いします」 魔族達の気配が、ひたひたと迫ってくる。 巨大な気配も消えていない。 「あ、あのにゃ。パスタは――」 「親玉はどこに潜んでいるのかしら?」 「ウェイトレスさん。安心してください。僕らが絶対に守りますから」 「もしかして、パスタを心配してくれてるにゃ?」 「僕らは、地域と学園を守る流星生徒会ですから!」 「じーん……」 「お前等いいヤツらにゃ! ちょっと感動したにゃ」 「じいや!?」 「た、大変です! ここ完全に包囲されてるそうです!」 「じいやと理事長さん、強行着陸するって言ってます!」 「だめだっ!」 いくらリースリングさんが恐るべき人で、ヘレナさんが変人だとしても、悲しいかな普通の人間。ヘリコプターを魔族から守りながら僕らを救出はできない。 「ふっふっふ。これで逃げられないのにゃ生徒会!」 「まさか!? ウェイトレスさんが大将だったんですか!?」 「言われてみれば一番でかい気配が目の前に! これは意表をつかれた!」 「『愛のよろめきのやつら』よりサプライズ!」 「その通りにゃ! 魔界七大魔将ナンバー2のパスタにゃのにゃ!」 「なんでそんなのがウェイトレスしてるのよ!」 「魔族だからお金に困っているのでは?」 「パスタちゃん。こんなことしたらプリエ、クビになっちゃうよ」 「大丈夫なのにゃ。お前等の口は明日からサイレントにゃ! 落雁もバイト料もちゃんと貰うのにゃ!」 広場を包囲している40体を越す魔族。 その上、今までの魔族よりも更に強い魔将。 絶体絶命! 「だが、お前等はパスタを心配してくれたにゃ。ちょっと感動したにゃ。だから、周りの奴らには手をださせないにゃ」 「パスタと親衛隊が相手してやるにゃ!」 パスタの背後から、更に数匹の魔族が現れた。 確かに、他の雑魚より魔力の気配が濃い。 「くぅぅっ。人間のクセに生意気にゃ……」 僕らは立っていた。 パスタは膝をついていた。 広場を取り囲む魔族達は、沈黙していた。 「パスタ……君の目的は何なんだい?」 「そんなの教えられないにゃ!」 「こういう時は、拷問をして白状させるものだそうです。チベット式拷問とか、石抱きとか、色々あるそうです」 「わぁ、面白そう! それアタシにやらせてー!」 「そ、そんな脅しには屈しないにゃ!」 「拷問って……やれないよそんなこと。尋問がせいぜい」 「この状況じゃ……尋問も無理よ」 幾らパスタと幹部を撃破したと言っても、広場を取り巻く魔族達が襲って来たらどうなるか判らない。 こっちも緊張が切れたのか、紫央ちゃんなんて気絶してるし。 「今日のところは引き上げるのにゃ。次会った時がお前等の最後にゃ!」 その声に応じて、広場を包囲していた魔族達のうち10人ほどが、パスタと親衛隊の周りに集まり、彼らを支えながら退却しようとする。 「プリエ辞めちゃうの?」 「にゃ?」 「急にプリエをやめると、いろいろな人が困るよ」 「辞めるもなにも、もう、いられないにゃ。お前等がパスタをクビにするにゃ!」 「辞めなくてもいい。ヘレナさんにクビにしないように頼んでみるよ」 「咲良クン! 何を言っているのよ!」 「そうにゃ! 何を言ってるにゃ!」 「君達は、学園生を襲っているわけでもないし、器物を破壊しているわけでもない」 「そういえば……そうだね」 「かと言って、何も目的がないなら、あんなに整然と行動する筈がない」 「なんかシンが賢く見える」 「だからますます判らない。何の為に放課後うろうろしてるんだ?」 「目的なんかあるわけないじゃん。魔族なんだから。きっと暇なんだよ」 「お前みたいな下級魔族に、バイラスにゃまの考えが判るわけがにゃいのにゃ!」 「バイラスにゃま?」 「い、今の無しにゃのにゃ! 引き上げにゃ!」 潮がひくように、魔族達は退却していく。 追撃する余力はなかった。 「なんとか終わった……」 「バイラス=ニャマって、中南米の人みたい」 「多分『にゃま』は『様』なんじゃないかな」 「バイラス……なんか聞いたことある……ばーいーらーす……うーん」 「そういえばオデロークもそんな風に呼ばれていたような」 「サリーさん。あなた知ってるなら七人全員の名前を教えなさい」 「やだぷー。なにその偉そうな言い方」 「うーんと、オヤビンと、さっきのパスタと、それとバイラスと……」 「もったいぶってないで、あと4人も教えて!」 「知らないよ。バイラス以外はそんな有名じゃないし」 「ま、小娘じゃそんなもんだぜ」 「残念」 「でも、それだけ飛び抜けて有名ってことは強いのね。きっと」 「強いと言っても所詮は魔族さんですよ。天使より全然弱いですよ」 「アタシが聞いた話だと、バイラスって一番強いと噂された天使と魔族に喧嘩ふっかけて、二人同時に倒しちゃったことがあるらしいよ」 「ひええっ。天使までもですか!? で、でもきっとデマですね。天使が魔族に負ける筈ないですから。そうですよね?」 「私にそんなこと言われても困っちゃうよ」 「そんな魔族がこの流星町に来てるってこと?」 「やっぱり、この世界を支配しようとしているのかな?」 「だからさ、そんなめんどくさいことしないって」 「だろうな」 「でも、パスタさんと繋がりがあるのは確かね。しかもあのセリフからすると、バイラスこそが何かを企んでいる元凶って事ね」 「やっぱ尋問くらいしたかった」 「大丈夫だよ。まだチャンスはあると思う」 「シン君が、最後に彼女を引き留めたでしょう?」 「だから、もしかしたらだけど、ウェイトレス続けてくれるかも。私も彼女がウェイトレス続けられるようにお姉ちゃんに頼んでみるし」 「流石はリアちゃん。親しくなって情報を引き出そうって考えか。惚れ直すぜ」 「シン君もそういう考えだったんでしょ?」 「え、いえ。僕はただ、彼女がプリエを急に辞めると、色々困る人がでそうだな、と思っただけで……それに彼女は、そんなに悪い人じゃないと思うんですよ」 「まぁ……謀略を巡らすってタイプじゃなさそうだね」 「でも来るかしら?」 「さっちん、今なんて言った!?」 「だからテストだよー」 「ええと……聞こえなかった。シンは?」 「『だから』のあとなんか気分が悪くなる瞬間があって、それから『だよー』って」 「奇遇だね。アタシもそうなんだよ」 「テスト」 「わ、ふたりとも、真っ白になってるよー」 「おお戦う前に燃え尽きてるじゃん。アゼルちゃん。撮っとけば?」 「ばっちり撮ってるじゃーん。あとで見せてー」 「はっ!? 僕は今、いったいどうなってた!?」 「真っ白になってたよー」 神様! 僕に現実と対面する勇気を下さい! 「さっちん、テストっていつから? 来月くらいだよね?」 「来週だよー」 「ら、来週……」 特待生だからこそ、この学園に通えている僕の、明日はどっちだ!? 「テストか……」 「テストね……」 「容赦ないね」 「珍しい光景だ」 「こんな気分でテストに臨むのは初めてだ……」 「いいじゃん……シンは一夜漬け得意なんだから」 「僕はさ、今まで日頃最低限の予習復習はした上で、テスト前に一夜漬けをしてたんだよ……今回はその下ごしらえが全く出来てないんだ」 「わ、私だって、生徒会活動の為に塾まで辞めたのに……これで成績が落ちたら馬鹿じゃない! 咲良クンが一位から転落しそうな今こそチャンスなのに!」 「なんだなんだ二人とも贅沢な! アタシなんて平均点から赤点へ転落の危機だい!」 「一人だけレベル低いぜ」 「ふふふ。みなさん暗いですよ。私なんかもうばっちりですよ」 「いつの間に勉強を!?」 「ロロちゃんが一番駄目そうだと思っていたのに!」 「裏切られた気分だわ」 「ロクでもないオチがつく予感がするぜ」 「じたばたするからいけないのです。最初から――」 「あー、それ以上言わないでいい」 「でも、先輩は流石です。こんな状況でも落ち着いていらっしゃるなんて」 『ごめん。わたし三年生だからテストないんだよ』 「リア先輩、声を出さずに口を動かすのはやめてください」 「何か重要なことを聞き漏らしたような気がするよね」 「……何も言ってないから大丈夫だよ」 「こういう時は、生徒会の役員一同いさぎよく玉砕ですよ」 「でもでもっ僕は特待生を続けられるかがかかっているんだ!」 「この状況で随分とでっかい野望ですね」 「シン様は生活がかかってるんだよ。ついでに俺様の生活もな」 「生徒会長だから大丈夫じゃない?」 「あ、そうか! 僕は生徒会長なんだから特待生の地位は保証されてるんだ!」 「シン君。規則を勝手に作っちゃだめだよ」 「もしそうなら、去年の私は特待生だったはずだと思うんだけど?」 「そ、そうか……そうだよな……」 「先輩、一時の夢でも見せてあげてくださいよ」 「でも、現実逃避してもテストは来るよ」 「まぁまぁみなさん、私達は生徒会の役員なんですからどうとでもなりますよ」 「な、なにか名案が!?」 「幸い、会長、副会長、会計、書記全員が仲間なわけですから。生徒会役員は自動的にテストの点を満点にするという規則を作ればいいんですよ」 「おおっ! その手があったか! ロロちゃん天才!」 「そんなのいけないわ! でも、でもっ」 「こうやって人は堕落していくのね……」 「特待生とはなんだ」 「成績優秀、品行方正で、授業料免除や奨学金の支給などの特典を与えられている学生のことだよ」 アゼルは、じっと僕を見た。 「その目は絶対に疑っている!」 「シンじゃしょうがないかも」 「咲良クンじゃね」 「会長さんですからね」 「傷ついた……」 「……疑ってはいない」 「似合わないと思っただけだ」 パスタはいるかな? 「こらぁ! そこ水ばかり飲んでいるんじゃにゃい!」 相変わらずだ。 「そこいちゃいちゃしてるカップル! ここはラブホテルじゃないにゃ! さっさと注文して喰って、続きは体育倉庫の隅ででもするにゃ!」 うーん。相変わらず態度悪いなぁ。 もしかして……ヘレナさんは、前からパスタが魔将だって知っていたのかな。 だから、パスタの意図をさぐるために辞めさせずに泳がせていたとか。 まさか……ね。 戦った時のやりとりからして、聞く耳がないわけじゃなさそうだから、いつかはうち解けて、話してくれればいいんだけど。 「お前等の抗議なんか聞く耳にゃいにゃ! 熱湯で顔洗って出直してくるにゃ!」 聞く耳……あるといいなぁ……。 「絶壁悶絶唐辛子メタスペシャルはいやにゃぁぁぁぁ!」 ああやって、折檻されてるところを見ると、魔将になんか見えないなぁ……。 今日は、気分を変えて静かなところで勉強してみるか。 紅茶をのんびり飲んでいる場合ではないのに……。 「これがライカか……」 「ええ。これがライカですよ。ライカM3という種類ですね」 「動くのか?」 「長い間、倉庫の奥に仕舞ってありましたが、昨日確認したところ、きちんと作動しましたよ」 「旧式だな」 「そうですね。色々と手間がかかります」 「……古色蒼然だ……わざわざこんな機械を使うとは、酔狂だ……」 そう言いつつ、アゼルは嬉しそうに旧式のカメラをなで回していた。 紅茶に口をつけようとしないのは、夢中になっている証拠だろう。 「モニターはどこだ?」 「無いよこれには」 「なに!? どんな写真を撮れたのかその場では判らないのか?」 「デジカメじゃないからね。現像してみないと判らないよ」 「げ、現像は知っているぞ。常識だ」 「露光とか感光とか露出とかは?」 「も、勿論常識だ」 相変わらず負けず嫌いだな。 実のところ、僕も良くは知らないけど。 「借りてもいいだろうか?」 「写真の撮り方や写真機の操作方法の書いてある書籍も借りたほうがよろしいですよ」 「そ、そのような物はなくても大丈夫だ」 「だが……念の為に借りさせて貰おう」 本当に相変わらずだ。 それにしても。 「アゼルは余裕だね。定期テストは大丈夫なの?」 「そういう咲良くんはどうなのですか?」 「え、ええ、まぁ、ぼちぼち……」 「確か、特待生でしたよね?」 「え、あ、ま、まぁ……お世話になっています」 縮こまる僕。 ああ、こんなところで紅茶を飲んでいるのが悪いのか。 「定期テストとはなんだ?」 「ええっ!? 嘘!?」 「定期テストというのは、当学園の生徒に自らの学力を悟らせる為のものです」 「なお、テストの結果、当学園に相応しくない学力の者には、強制的な手段をもって、相応しい学力へ到達させる為の補習というものが課されます」 「成る程。お前は自らの成績が生徒に相応しくないと判定される可能性が在るが故に、恐慌に陥っていたのだな。理解した」 「いや、そこまで酷くはならないと思うけど……」 「では問題ない。何故怯えている?」 「あー、もう! アゼルは余裕でいいな!」 「余裕?」 「成績大丈夫なんでしょ?」 「関係がない」 「ええと……テストが?」 「受けない」 「駄目じゃん」 うわ。本気の目だ。 「ということはアゼルさん……勉強とかしてないよね?」 駄目だ。本当にアゼルはテストを受けないつもりだ! 「成る程。判りました」 「ええっ!? 認めちゃうんですか!? 教職員なのに!?」 「ライカは、アゼルさんのテストの結果が出たら、お貸ししましょう」 「な、なんだと!」 「勿論、学園生として相応しい結果でないと駄目ですからね」 「書籍の方もお預けです」 「う……べ、別に借りずとも困らないぞ」 「ライカは?」 「で、デジカメがある!」 「それは残念ですね。私はもう使わないものですから。お貸ししてもいいと思っていたのですけど」 「なな、なに!」 「これは、古道具屋にでも売ってしまいましょうか」 「ま、待て!」 「そのテストとやらはいつだ!」 「来週だけど」 「テストが終わるまで売るのは待て」 「テストを受けるのですね?」 「そ、そういうわけではないが、待て」 受ける気だ。 「テスト前にみんなで勉強会でもしよう」 「しない」 「ちゃんとテスト勉強したら、ラーメン御馳走してあげるから」 アゼルの目が、宙を泳いだ。 恐らく、プライドと欲望が拮抗しているのだろう。 「食べる。勉強する」 呆気な! 「じゃあ、放課後、図書館で。OK?」 「判った」 でも、アゼルさん、いいんですかこれで。 ライカとラーメン。頭文字『ラ』の完全物欲で。 「そういうことなら、テストの結果が出るまでお待ちしましょう」 「貸してくれるのだな?」 「結果さえ満たせば。契約書でも交わしますか?」 「いや、いい、きっとお前たちは約束を守るだろう」 今、お前等ってアゼル言ったよな。 この僕も、約束を守る人間だと思われてる。 つまり、信頼されているって事じゃないか。 「なんだ?」 「いや、なんでもないよ」 ちょっと嬉しかった。 「そろそろ、生徒会いえ、クルセイダースを始末するべきではないかしら」 バイラスは物憂げに口を開いた。 「彼らが大した脅威ではないと判断してから、僅か10日程しか経っていないが」 「10日余りで、パスタを倒すまでになった……此れが脅威でなかったら何が脅威だと言うの?」 「昨日は不覚をとっただけなのにゃ! もう一度――」 「あれだけ多数の部下を動員して、しかも敗北した……これ以上は無駄ね」 「パスタに指図するにゃ!」 「パスタ。お前の言う通りもう一度やれば勝てるかもしれない」 「だからバイラスにゃま、もう一度チャンスをくださいにゃ!」 必死の懇願に答えた声は、優しかったがビロードじみた冷たさを秘めていた。 「だが、これ以上お前の部下が減ると、魔法陣の構築に支障を来たす。だから今、お前とお前の部下を戦わせるわけにはいかない」 「……そんにゃぁ」 「私が出るわ」 「奴らはパスタの獲物なのにゃ! 邪魔するにゃ!」 「あなたの方が彼らの獲物なんじゃないの?」 「アゼル……あなたは、反対しないわよね? 彼らの成長ぶりを肌で感じている筈だもの」 「反対する理由があるのかしら?」 躊躇いを感じさせる沈黙のあと、アゼルは口を開いた。 「反対する理由はない」 「理由はないけれど反対したいのかしら? 随分と不合理ね」 「顔色も悪いみたいだけど」 「……お前なら彼らを破るだろう。一度敗れれば彼らも抵抗の愚を悟り、妨害は止む」 「悟らないわよ彼らは」 「お前でも負けると言うのか?」 「悟るも何も彼らは全員死ぬんだから」 「な……」 「で、でも、あいつらはパスタを助けたにゃ! バイトだって続けられるのにゃ」 「そこまでする必要はない。脅かせば充分だろう」 「脅威を完全に零にするには、これが一番でしょ?」 「学園がなくなるわけじゃないのだから、バイトだって続けられるわよ」 「それは……そうだけどにゃ……」 「大丈夫か? 顔色、本当に悪いにゃ」 「反対意見はないようね。では明日にでも――」 バイラスが簡潔に遮る。 「理由を聞かせて欲しいわ」 「今、何よりも優先されるべきは、魔法陣の完成だ。違うか?」 「だからこそ、パスタでなく、私が出るのよ」 「お前には、魔法陣の設置を監督する役目がある。パスタとその部下達だけでは、実際に作動する魔法陣が作れるか心もとない」 「それに。生徒会以外の敵にどう対処する? 今はお前もパスタもその部下達も失うわけにはいかない」 「そのときは、あなたが出ればいいでしょう?」 「お前が生徒会を攻撃する事こそが、敵の狙いかも知れないぞ」 「……生徒会は私達をおびき出す囮と言いたいの?」 「その可能性は否定しまい」 「魔法陣の完成までは、生徒会への敵対行為はするなと?」 「そうだ。魔法陣さえ完成すれば、戦力に余裕が生じる」 「でも、魔法陣の構築を、生徒会が妨害してきたらどうするの?」 「生徒会の警邏する時間とコースの情報を入手し、遭遇を避けつつ作業をすればいい。幸いここには生徒会のメンバーも居る事だしな」 「……命令するのか」 「命令ではない提案だ。反対する理由は無い筈だ」 「パスタ。万が一生徒会に遭遇したら、戦わず退却するように徹底してくれ」 「そんなことしたら、みんなの士気が下がるにゃ……」 優しくだが冷たい声が答えた。 「敗北が続くよりは下がるまい。それに、これ以上君の部下が、無駄に怪我をする必要もない」 「……判ったにゃ」 「では、どうするの? 奴らを放っておくの?」 「いや、手頃なのをぶつける」 「誰を?」 「アーディンを使うさ」 「彼なら生徒会を倒せる可能性はあるわね。でも、どうやって? 彼はあなたの頼みなど聞きは――」 ソルティアはパスタを見た。 「ああ、成る程ね」 「な、なんなのにゃ?」 「パスタ。君ならあの男を動かせるだろう?」 「会いたくにゃいにゃ……」 「君にしか頼めない事なんだよ。パスタ」 パスタの顔が、明かりをともしたみたいに輝いた。 「バイラスにゃまのためなのにゃ! がんばるにゃ!」 「待つにゃ!」 「なぜ、呼ぶ?」 「生徒会のパトロールコースと時間を教えて欲しいにゃ」 「明日、しかも大まかにしか判らない」 「それでもいいにゃ」 「判ったら知らせる」 「了解にゃ」 「パスタの顔に、何かついてるかにゃ?」 「利用されているだけだぞ」 「……そんなことないにゃ! バイラスにゃまは……」 「判っているのだな。不合理だ」 「うるさいにゃ。パスタの勝手にゃ。それに」 「バイラスにゃまに、期待してるとか、君にしか頼めない、とか言われるとにゃ。心がぱぁっと明るくなるにゃ。それだけでうれしいにゃ」 「……愚かだ」 「うるさいにゃ!」 「でも、お前、人のこと心配するのにゃ。ちょっと見直したにゃ」 「不思議に思っただけだ」 「お前は大丈夫にゃ?」 「何がだ」 「さっき顔色悪かったにゃ。風邪でもひいたのか?」 「じゃあ、食べすぎだにゃ」 「あのさ……シン」 「今回の試験じゃ、アンタとアタシ、似たもの同士じゃん。アンタは特待生の危機だし、アタシは赤点の危機」 「言われてみれば魂の兄弟だ」 「だからさ、ここは一致団結して危機を乗り切らないかなー、なんて」 「いつもと同じく授業のノート貸すよ」 「それじゃ一致団結してないでしょ! 一緒に勉強会しようっていってるの!」 「ごめん」 「そ、そうだよね……アタシじゃ足でまといか……あはは」 「そうじゃないって。僕、アゼルと勉強するって約束したから」 「ええっアゼルと!?」 「リア先輩とじゃないの!?」 「なぜリア先輩?」 「え、いや、その、ほら、先輩はテストないからあいてるし」 「先輩と勉強なんて恐れ多いよ」 「だよね、あはは……ライバルはリア先輩と思っていたのに……」 「ん、どうかしたの?」 「でも、アゼルならおっぱい星人のシンに対しては、まだアタシのほうが有利なはず……でもでも、それでもあえてアゼルなのか!?」 「おーい、ナナカ!!」 「な、なんでぃ! びっくりさせるねぃ!」 「べ、別になんでもないよ。あはははは」 「お前も気の毒な奴だぜ」 「うるさいやいっ」 アゼル、先に図書館へ行っちゃったのかな? あ。 あそこにいるのは、アゼルと……。 「はぁ……あんなのと話したくないのにゃ」 「では、やめろ」 珍しい組み合わせ。 「やっぱり、お前に相談するだけ無駄だったのにゃ」 「なら、するな。仕事に戻れ」 「言われなくても戻るにゃ……はぁ」 とりあえず話は終わったみたいだ。 「おーい、アゼル!」 「げげっ。じゃ、じゃあにゃ!」 逃げられるとちょっとショック。 まぁ、しょうがないとは思うけど。 「ねぇ、アゼルはパスタ――ウェイトレスさんと仲がいいの?」 「だって、親しそうに見えたよ」 「気のせいだ」 「でも……ってどこ行くのアゼル!? そっちは図書館じゃないよ」 「データの転送くらい覚えなよ」 デジカメのメモリ一杯になった写真データをパソコンに転送。 「お前がいるから問題ない」 「ひとりで出来たほうがいいって、データの整理だって出来るしね」 「お前がやるから問題ない」 デジカメからデータを転送してパソコンへ保存するなんて簡単なのに、全然覚えてくれない。 「はい。おしまい。それにしてもいっぱい撮るね」 「足りない」 振り返ると、アゼルはさびしげな顔でモニタを見ていた。 「写し足りない」 「これでも?」 「この世界は、貴重な一瞬に満ちている」 アゼルの言葉はかすかな熱を帯びていた。 「だが、カメラを向けた瞬間、宝石めいた一瞬は過ぎ去っている。写真には、宝石の痕跡だけが残る。悔しい」 「撮る方法はある筈だ。写真家達は確かにその一瞬を撮っているのだから。技術か? 感性か? 機材か? その全てが恐らく足りない」 「アゼルは写真と出会って随分変わったね」 肯定とも否定ともつかぬ曖昧な返事。 昔のアゼルだったら考えられない。 「誤解しないでね。悪い意味で言ってるんじゃないんだ」 「アゼルはさ、キラフェスで一番最初に撮った写真を覚えてる? 迷子の男の子の」 「記憶力はいい」 「そういう事を言ってるんじゃないんだ。ええと、あの時、どうして写真が撮れたの? あの子を写す前は全然撮れなかったじゃん」 「無駄を恐れていた」 無駄だ。と言うのはアゼルの口癖のひとつだった。 「時は有限だ」 「なんか難しいね」 「それに撮れる数も有限だ」 「そうだね。実際こうしてメモリが一杯になってるわけだし」 「無駄なものを撮ってしまったら、本当に撮るべき光景が撮れないかもしれない。だが、どの光景にも惹き付けられる瞬間があり、全てが撮るべきものに見えてくる」 「何を撮るべきか判らなかった。結果として、無駄な行動になるのが怖かった。躊躇いのうちに撮りたい光景は消えていった」 「じゃあ、どうしてあの子を?」 アゼルは小さく笑った。 「あの子供がこちらに向けた笑顔を見た瞬間、シャッターを押していた。そして一つだけ理解した」 「どんなものも一瞬。撮りたいと感じた瞬間に撮らなければ消えていく。なぜなら美しいものは今現在の一瞬にしか顕現しないのだから」 「だから撮る。撮らずにはいられない」 弾む声。 「知っているか? この世界が美しい瞬間に満ちている事を」 「朝早くシャッターが閉まった商店街も、誰もいない校舎も、冬の空を流れるちぎれ雲も、冷気に澄んだ青空も」 「グランドを走り回る生徒達も、中庭で談笑している生徒も、生徒会の連中が無駄話をしている時の横顔――」 不意に声が途絶えた。 「大丈夫!?」 胸を押さえてしゃがみこんだアゼルは、明らかに様子がおかしくて、駆け寄ったけど―― 「大丈夫だ」 と、手で邪険に払われた。 「でも、苦しそうだし」 額に手をあてれば少し熱いような……。 「ご、ごめん。熱があるかなと思って」 「当然だ」 「そういう意味じゃなくて。アゼルって体温高めの方?」 「興味無い。知らない」 そう言うと、アゼルは机に手をつき身体を支えて立ち上がった。 少しよろめいてる。 「帰ったほうがいいよ。送ってく」 「お前と約束した」 「具合が悪くちゃ勉強だって出来ないよ」 「大丈夫だ……ラーメンのためなら」 そっちかい。 「今日は具合が悪いんだから、ノーカウントにするよ」 「今日しなくても、ラーメンは御馳走してくれるのだな?」 「……なら帰る」 いいんだろうか。テスト勉強がラーメンのおまけで。 「ぱ、パスタちゃんから!? パスタちゃんから俺に!?」 「おおおおおお! ついに俺様の魅力が伝わったのだぁっ!」 「アーディンだよ。パスタちゃーん♪」 「なになに? 君の頼みならなんだってしちゃうよぉ?」 「……な、なにぃ!? いじめられてるぅ!?」 「生徒会って奴らにいじめられてるのかぁっ!!」 「判った! 俺がやっつけてやる!」 「ふわぁぁぁ……」 「トラックが飲み込めそうなあくびですね」 「し、してないわよ! それに撮らないでよアゼルさん!」 「うう……因数分解が……サインがコサインが……」 「ふわぁぁぁ」 「え、えっと……みんながんばってるみたいだね」 「あっそびに来たよー」 「うわ。なにこの死屍累々!?」 「みなさんテストで大変なのですよ」 「テスト? それって食べられる?」 「いーなー、お化けにはテストもガッコもなくて」 「おばけじゃないやい」 「おい。シン様。さっさとしねぇと授業始まっちまうぞ」 「あ……ふぅあ……そうだね……」 「連絡事項は?」 「あ、はい。今日からテスト終了日まで放課後の生徒会はありません。朝はこうして集まるけど……連絡事項の伝達だけです。でも、パトロールは続けます。以上」 「咲良クンたるんでるわよ! 生徒会長なんだから」 「ひっかりひなふちゃ……ふわぁ」 「だから、撮らないで!」 「奥まで撮れた」 「お、奥までってどういうこと!?」 「ナナカ、なにやってんだ? いきなり会計ノートなんて広げて?」 「シンもしゃっきりして! いかにも生徒会活動してるところを撮ってもらうんだから。欠伸軍団なんて恥!」 「そ、そうね。別にそんなことがなくても、私はきちんと活動してるけど」 「と、言うわけで、今、撮ってよ今! 会計活動に勤しむアタシの雄姿を!」 「駄目だ」 「な、なぜ?」 「それは会計さんが嫌われているからです」 「アタシなんかした?」 「という訳で、私を撮ってください。スマイル0円です」 「なぜ私まで? 遠慮しなくてもいいんですよ」 「嫌われてるんじゃない?」 「ぶいー。ぴーすぴーす」 「しかも、オマケさんだけは撮影ですか!?」 「自然だ。お前らは自然ではない。自然に生徒会活動しろ。作為では撮る気にならない」 「な、なんか本格的」 「え、ええと、みんなテスト勉強はどうかな?」 「新党滅却すれば火もまた涼しいです。これは最初から名前が滅却などという政党は終わっているという意味です。つまりあきらめました」 「こんなひどいのは初めてだ」 「私の方がひどいことになっているわよ!」 「副会長さんは、どんな時にも張り合うんですね」 「そうだ! 最初からないものだとあきらめればいいんだ!」 「ナナカさん、もう少し真面目にやりなさい」 「だって、もともとアタシ一芸入試だし」 「確か蕎麦打ちだっけ?」 「うちの学園って、たまにラディカルなことするのね……」 「はぁぁ……アゼルは余裕だね」 「人生の大事ではない」 「それはちょっと」 「なるほど為になる言葉ですね」 「素晴らしい割り切り! 師匠と呼ばせて!」 「みなさんしっかりしてください!」 「ねぇねぇ! あたしも落ち着いてるよ! ししょうってよんで」 「最初からテストがないオマケさんはそれ以前です」 「アゼル。ライカは?」 「人生の大事だ」 「変わり身早いぜ」 「漢字は人生の大事ではない」 「でも、漢字が読めないのは人生でも困るよ。多分」 「読める漢字が少ないだけだ」 「こんちわ!」 「あれ、ナナカ? 何しに来たの?」 「何かとは失礼な! アタシだって勉強に来たんだい!」 「……お前のラーメンはない。ライカもだ」 「ラーメン? ライカ?」 「あー、おほん。ナナカはどこが判らないのかな?」 「全部!」 「そんなに爽やかに言われても困る」 「だからアタシも混ぜて♡」 「ラーメンはやらないぞ」 「物で釣ったのかよ」 「人聞きの悪いこと言うな。僕はただ、アゼルになんとかテストを受けてもらおうと知恵を絞ってだな」 「物で釣ったんだ」 「お前は、ラーメンという目標も無しにテスト勉強をするのか?」 「目標ってアンタ……」 「不合理だな」 「ふぅ……今日は勉強した!」 「いつもしなくちゃ駄目だよ。っていうか、僕のノートをひたすら写してただけじゃん。しかもさんざんっぱら喋りながら」 「写すとよく覚えられるんでい」 「いつもコピーで済ましているナナカの台詞じゃ……」 「あー、それにしてもシン、苦戦してるね」 「う……それを言うな」 「ふわぁぁ。つまんねぇなぁ。こんなもんやめて、パーっと騒ごうぜ」 「夕日に向かって叫ぶとか? それならお金いらないから」 「経済ってのがあるのを失念してたぜ」 「にしても、アゼル、これじゃ本当にやばいよ。漢字全然読めて無いじゃん」 「……1割は読める」 「なるほどね。シンが物で釣ってでも勉強させる気になるわけだ」 「どうせこの世界は終わる」 「なるほど! その手があったか!」 「いつかはね。でも、テストの前じゃないよ」 「う、なんて過酷な現実」 「滅びる方が過酷だよ」 「滅びるのではない。終わるのだ」 「どっちでも同じだよ」 「……別にいい雰囲気ってわけでもないか」 「ん? どうしたナナカ?」 「なんでもない! んじゃ、アタシは店の手伝いがあるから!」 「じゃ、また明日!」 「って、ナナカ……行っちゃった」 「夕霧さんは?」 「今、帰っちゃいました」 「紅茶が一杯分無駄になってしまったようですね」 「飲む」 「それにしても、あいつ何しに来たんだ? 写してだべって帰っただけか?」 「不合理だ」 「ああ、成程」 メリロットさんは紅茶をティーカップに注ぎながら、なぜか僕らを見た。 「そういう事ですか」 「こういった事は、当事者でないほうが良く判るものです」 並んで歩く僕とアゼルの後ろに、冬の夕日が作る長くて頼りない影。 「アゼル。数学は大丈夫そうだよね」 「まだ改善の余地はある」 「そうやって得意科目ばっかりやってちゃだめだよ」 「得意だからする訳ではない。余地があるからだ」 「国語系で赤点を取ったら、ライカ貸して貰えないよ」 そういえば。僕が送っていくって言っても、邪険にしなくなったな。 「どうしろと?」 「数学はこれ以上一切勉強しない。その代わり、国語系に重点を置く」 「……国語は無数にある言語の内のたった一つに過ぎない」 「でも、その国語でテストは記述されているんだよね」 「国語も、赤点を回避できるぎりぎりのレベルまでしかしない。選択肢と漢字の書き取りさえ出来れば、そこまで到達できる筈だ。多分」 「……他は放棄すると? それでいいのか?」 「よかないけど、それ以上は、今からじゃ間に合わない」 「……論理的だ」 「理科は出題範囲に出てきた化学式の丸暗記。英語は同じく出題範囲に出てきた単語の丸暗記。数学以外の全教科で応用問題は全部捨てる」 幸い、アゼルの記憶力はいい。 「というか、他に道はないだろうね」 気づくと、アゼルはじっと僕の顔を見ていた。 「お前は大丈夫なのか?」 「人に教えるのは勉強になるんだよ」 「私がライカを借りられないと、お前は何か損をするのか?」 「ライカに夢中になっているアゼルを見てみたいからかな?」 「見てどうする?」 「どうもしないよ。見てみたいだけ」 子供みたいにライカに夢中になっているアゼル。 最初、出会った時からは想像もつかなかないアゼル。 見てみたくってたまらない。 「それだけか?」 「そんなものだよ。誰かの手伝いをする時の理由なんて」 「そうかもね」 「暗いですね。いかにもお化けさんとかでそうです」 「そうね。出るのは魔族だろうけど」 「それにしても、こんなに暗いと……」 「ロロットさん! 咲良クン! パトロール中に欠伸なんかして弛んでるわ!」 「ごめん……」 そうか、欠伸してないつもりだったけど、無意識にしてたか。 「確かに欠伸は二つでしたが、組み合わせが違います。今のは私と副会長さんでした」 「し、してないわよ」 「会長さん。試験一週間前なんですから、パトロールの方もお休みにしたらどうでしょう」 「でも、パスタさんと戦って以降、魔族さん達に会ってませんよ」 「暴れるのをやめてくれたのかな?」 「きっと、そうですよ。学生の本分は勉学ですから、今から帰って――」 「たった三日間遭遇しなかっただけで、どうしてそういうお気楽な結論になるのかしら?」 「単なる偶然か、かなりの損害を受けたから鳴りを潜めてるか、そんなとこでしょ」 「副会長さんは人を信じる気持ちが欠落しています」 「人じゃなくて魔族!」 「まだ不審者探しのパトロールを続けているのかしら?」 「……いい加減、お遊びはやめなさい。私だって試験の準備で忙しいんだから、余り手間をかけさせないでよ」 「遊びじゃありません! これは生徒会の」 「遊びよ。訓練を受けているのでもないあなた方がどうやって不審者を捕まえるのかしら? 正義の味方みたいに変身でもするつもり?」 「な、なんでわか――もごごっ」 「でも、これだけの人数がいれば、不審者は逃げると思います」 「逃げる保障はあるのかしら?」 「相手の強さも知らずに、勇者ごっこにふけって痛い目を見ない事ね」 「勇者ごっこなんかじゃ――」 「それに今はテスト期間。学生なら勉強しておきなさい。それとも余程自信があるのかしら」 「勿論です! 余裕で赤点セーフです」 「あなた達の成績を見るのが楽しみだわ」 そう言うと、千軒院先生は、規則正しい足音を響かせて去っていった。 「あの先生。ますます嫌いになりました」 「目の前で変身してやろうかと思ってしまったわ」 「でも、クルセイダースを知らない人からすれば、あんなものなのかも」 それにしても、千軒院先生こそ、何をしてたんだろう。 宿直で見回り中なのかな……? 「今すぐ手を出しはしないわよ。彼らが心配?」 「そうかしら? 随分と情が移ってしまったんじゃない?」 「主の御心は絶対だ」 「では、贖罪かしら?」 「贖罪?」 「この世界を滅ぼす事への贖罪よ」 「罪も罰もない。全ては御心のまま」 「ご立派な狂信者ぶりね。でも――」 ソルティアはアゼルが首からぶらさげているデジカメを指差した。 「あなたはなぜ、滅びる定めの世界の記録を取っているのかしら?」 「暇つぶしだ」 「愛してしまった世界が滅びると決まっているなら、せめて、記録だけでも残しておきたい――そんな感傷的な動機じゃないの?」 「馬鹿馬鹿しい!」 「そうね馬鹿馬鹿しいわね。だって、私達だって消えるのですもの。勿論、あなたが、せっせと溜め込んでいる記録もね」 「……だから暇つぶしだ」 「そういうことにしておきましょうか」 「合理的に考えれば、あなたがそんな事を考えるはずないものね」 「この世界は滅びるのではなく、再創造されるだけだと云う事を、あなたも知っているのだから」 ちょうどその頃。 「ここかぁっ!?」 「ここが流星学園かぁっ!?」 「それともここかぁっ!?」 「こうなったら愛しのパスタちゃんに場所を聞かねばぁっ!」 「着信拒否ぃ!? なんてこったい!」 「何をやっているのですか、アーディン」 「ああ? なんだ軟派野郎か。なぜ俺に近づいてきた?」 「相変わらず自意識過剰ですね。たまたま顔見知りが喚いているのを見てしまっただけですよ」 「そんなことはどうでもいい! 流星学園っつーのはどこだ!」 「あちらですよ。この通りを――」 「あんがとよ!」 「……あれだけでは判らないでしょうに」 「それに、たどり着いたところで、こんな時間では開いていないでしょうに……」 「お姉ちゃんから聞いたんだけど、明日は、シン君の誕生日なんだって」 「なぬっ」 「ええっ。そうだったのか!」 「なんでシン君まで驚くの?」 「すっかり忘れてました」 「なるほど。卵から生まれた日ですか」 「どこの爬虫類よ」 「ナナカちゃん、まさか知らなかったの?」 「い、いや、知ってましたよ勿論。でも、別に言うほどのことじゃないじゃん。だから言わなかっただけ」 「冷たい幼馴染みですね」 「はぁ……計画が。いや、でも試験期間中だし……」 「ナナカ。ぶちぶち愚痴ってるけど、テスト勉強が進んでないの?」 「……ま、まぁね。ぜんぜん。あはは」 「笑ってる場合じゃないと思うわ」 「この選択肢は露骨に間違えでしょう?」 「つまりこれは4択に見えて、3択なわけさ」 「だけど僕らにとっては大助かりだよ。一個減るんだから」 僕がアゼルに教えているのは、テストで使えるテクニックというやつ。 正直、まともなテスト対策とは言いがたい。でも、この際仕方がない。 「それから、これとこれは似たような選択肢でしょう? となると正解はどちらかの可能性が高いんだ」 「正解に近い紛らわしい選択を混ぜておけば引っ掛けやすいからね」 「四択乃至三択で似たような選択肢が二つ混じっていれば、どちらかが正解である可能性が高いという事か」 「そういう事」 「写真集をノートの下に隠して見てちゃだめだよ」 「次は漢字をチェックしてみよう」 「何にでも一生懸命なのだな」 「自分の勉強をほったらかして一生懸命だ。お前、馬鹿だ」 「アゼルより勉強は出来るかも」 「うるさい。人間の勉強なんて、私には元々必要ないんだ」 もしかして、アゼルも人間じゃないのかな? そうだったとしても、生徒会には天使も魔族もいるんだし、蕎麦屋でも牛丼屋でも魔族が働いてるし、その辺でナンパをしてる魔族までいる。 それに、僕自身が魔王で使い魔までいるんだから、今更だけど。 「もしも僕が一生懸命に見えるとしたら、手を抜いて出来る事なんてないからかもしれない」 「不器用だな」 「でもさ、手を抜くと後悔しちゃうでしょう? 後悔はしたくないんだ。だから出来るだけの事をするんだ」 「他人の為にもか?」 「ううん。僕はきっとエゴイストだよ。他の人が楽しそうだと僕も楽しいんだから、結局、みんな自分のためなんだから」 「馬鹿だ」 「断言しますか」 メリロットさんが紅茶を配ると、アゼルの口から自然なお礼がこぼれた。 アゼルも角が取れて丸くなったな。 「テスト勉強の進み具合はどうですか?」 「うーん。ぼちぼち」 「それは大抵の場合『進み具合は捗捗しくない』という意味ですね」 家に帰ってから深夜まで勉強してるけど……追いつけるかなぁ。 「こちらは順調だ。ピックアップした漢字は覚えた」 「それはよかったですね」 「試験問題は一通り読めるようになった」 「……それはよかったですね」 「ライカは私のものだ」 「貸すだけですよ」 「少し間違っただけだ」 そう言うとアゼルは紅茶に口をつけた。 「これ、うまい」 「新しいブレンドを試してみました」 不思議な味だ。 「出涸らしのティパックで淹れたのとは違うなぁ……」 「疲れがとれたような気がしませんか?」 「眠気もとれてきた気が」 「テスト勉強に疲れているお二人のために、ブレンドを変えてみました。効いているようですね」 「って、なにがですか!?」 「秘密の成分がです」 「頭が冴えてきた」 「こ、これなんかヤバイもんが入ってるとかじゃないですよね?」 「ですから秘密の成分です」 詳しくは聞かないことにしよう。 「どこだぁ! 奴らはどこに隠れてやがんだぁぁ!」 「こんなところで何をしているの?」 「おい、お前。流星学園はどこだ」 「ええ、知ってるわ。パスタが生徒会に虐められてる場所ね」 「そうそれだ! って、なんでお前パスタちゃんを知ってるんだ!?」 「そんなことより、彼女の身を案じたら?」 「おお、そうだ。こりゃ一刻の猶予もねぇぞ! うぉぉぉぉっっ!」 「ふんっ……やはり魔族は汚らわしい」 「ここが流星学園か! 奴らの妨害にもめげずついに辿り着いたぜ!」 「生徒会はどこだ! 生徒会はどこにいる!」 「な、なにをやってるにゃ!?」 「ああっ。愛しのパスタちゅぁぁぁぁぁん」 「近寄るにゃーー!」 「判ってるぜ。その冷たい言葉が愛の鞭だってことはな! さぁ、もっとビシビシ言ってくれるがいいぜぇ! 俺はますます大炎上だぜ!」 「というわけで、生徒会の奴らはどこだ!?」 「土曜日は半日だから、もうここにはいないにゃん」 「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」 「畜生、出直しだ! パスタちゃん、絶対に奴らはやっつけてやるからな! 昼寝でもしながら待っててくれぇ!」 「役に立たない男にゃ……」 「さぁ、生徒会一丸となって勉強会よ!」 「気合入ってるね」 「当たり前です! 面目を施せなければ、生徒会の威信は地に堕ち、統べる権威を失った学園は無秩序と混沌の弱肉強食の戦場と化し」 「弱きものは虐げられ、強き者もその強さ故に奢り高ぶり、無意味に命を散らしていく――」 「いったいどこの世紀末救世主伝説だよ」 「会長さんの家は人がいないので安心ですね。これなら少々騒いでも平気です」 「騒ぐのかい!」 「もちろんです。勉強会ですから」 「勉強会は騒ぐものなのか。騒ぐのは苦手だが騒がねば」 「わーわーわー」 「静かにしてね」 「騒がなくていいのか?」 「え、えっと、せっかく集まったんだから勉強しようね アゼルちゃんもカメラをしまって」 「記録係だ」 「アゼルさん。人間界の勉強は私に任せて下さい!」 「一緒に覚えましょう。水平リンベー青い船」 「成る程。今のは覚えなくていいのだな」 「その通りよ」 で、あっというまに。 「ふぅ……もうこんな時間か。今日のところはそろそろ――」 「まだまだよ! 私はまだまだ戦えるわ!」 「……ああ、頭の中をありおりはべりいまそかりが行進してます……今昔物語ぃ……」 「ボストン茶会事件をどうにかして……お茶がお茶が海にぃ……」 「戦えるのはお前だけみたいだぜ。ヒス」 「みんな危機意識が足りないわ」 「聖沙ちゃん。この辺でお開きにしよう。そうしないとアレの時間が」 「アレ?」 「なんでもないのよ。特に咲良クンには」 「仲間はずれ!?」 「はぁぁ……でも、満足でした」 「勉強はかどったんだ。よかったね」 「会計さんの打ってくれたお蕎麦にです」 「ありゃうまかったぜ」 「うまかった。満足した。皆いい顔をしていた」 「確かにおいしかったけど……」 「肝心の勉強はどうだったのよ!」 「聞かないのが武士の情けというものです」 「アゼルは、写真ばっかり撮ってたみたいだったけど」 「問題ない。化学式は丸暗記した」 「なんですか改まって」 「みんな準備はいい?」 「どんと来いです!」 「な、何が始まるんですか!?」 いきなり、僕の周りで爆発音がはぜた。 いつのまにか目の前にはケーキまで!? 「ええと……あの……これは?」 「だから、お誕生日おめでとう♪」 「さぁさぁ! 江戸っ子なら一気に蝋燭を消しな!」 「江戸っ子じゃなければ、一本一本消すんですね」 「うう。中途半端に消すのはいけないのか」 「悩む前に消しなさいよ!」 「おお、一息で消えた。案外やるじゃん」 聖沙は、丸いケーキを手早く切り分けていく。 「すごい……6分の1、つまり60度分もが僕のものになるのか!」 「うまい! 本当にうまい!」 「会長さん、明日も誕生日にしましょう! いえ毎日!」 「毎日一歳ずつ年取ってたら、シン様、4月もたずに死んじまうぜ」 「ケーキだけじゃないよ」 リア先輩が僕に、可愛いリボンで包装された小さな箱を手渡した。 「僕に……ですか?」 「そうだよ。開けてみて」 「これは、セラミック製の砥石!」 「うん。前、来た時、シン君がその辺の石を拾って砥石代わりにしてるって聞いたから、それじゃあ刃だって痛みやすいしね」 「有難うございます!」 「会長さん、私からも誕生日プレゼントです」 「ずっしりと重いね」 「あけてみてください」 「こ、これは! 超豪華なシャンデリア!」 「会長さんがいつもお金がないのは、きっとゴージャスというものを知らないからです。ですから、これを日々見て贅沢気分を満喫してください」 「ありがとう! これで僕もゴージャスライフ!」 「根本的にお金がない問題は解決してないんだけど」 「それ以前に、天井が落ちるぜ」 「ありがとう。箱にしまっておいて、ゴージャスな夢を見るよ!」 「今日は、お前の誕生日だったのか?」 「うん。そうみたいだね」 「なぜ私だけ知らない?」 「べ、別に仲間はずれとかじゃないよ! だって、アゼル、金曜日土曜日と学園に来なかったじゃない」 「そうですよ。友達なんですから、会っていたら言いました!」 「なぜ図書館で言わなかった?」 「僕自身、さっきまで忘れてたんだ」 「成る程」 「ごめんね。怒ってるよね……」 「なぜ知らなかったか疑問だっただけだ」 「誰の誕生日にも興味は無い」 「まぁアゼルならそうだよね……」 いかにもアゼルらしい反応だよね。でも、ちょっとがっかり。なぜだろう? 「私はね。別に積極的にあなたの誕生日を祝おうとか全然考えてないし、今でもそんなに祝いたい気持ちでもないのだけど」 「生徒会の中で一人だけプレゼントを選ばないのも不自然だからあげる。それだけなのよ」 「む……さっさと開けなさい」 「おおっ。これはCDプレイヤー!」 「どうせ持っていないんでしょう?」 「そもそもアルバムを買う金がないぜ」 「ありがとう! いつかは判らないけど、必ずこれを生かして見せるよ!」 「よ、喜んでくれてありがとう……今度アルバム貸すわ」 「今は不要なのだな」 「今はね。でも永遠ってわけじゃないさ」 「だから何か貸すわよ!」 「ふはは。ここでシンの全てを知り尽くした幼馴染みたるアタシの出番! 今、何がシンに必要か、ばっちり判ってるんでぃ!」 「さすが、腐れ縁で発酵しきった人間関係だけはありますね」 「その言い方はちょっと」 「じゃーん。はい、これ」 「おおっこれは! 高枝切バサミの新しい奴! これはよいものだ!」 「前の壊れかけの奴、だましだまし使ってたでしょ? それに、これ最新型だから前より高い場所まで切れるし」 「この前さ、庭の隅の杉が大きくなりすぎたけど、切るのが大変だってこぼしてたじゃん」 「なんという事前の情報収集!?」 「うむ。さすがは僕の全てを知り尽くした幼馴染み!」 「褒めろ! 喜べ!」 「喜ぶ!」 「じゃ、記念撮影! アゼル撮って撮って!」 「こら、首に抱きつくな!」 「ツーショットという奴ですね」 「な、なに言ってるかな、もう! 誕生日高枝切バサミ記念!」 「……不自然な写真は却下」 「ええっ。ひどっ」 「あれ? アゼルちゃん、顔色悪いよ」 「え……あ、本当! 大丈夫?」 「問題ない。帰る」 「えー、お開きですか!? 枕投げは!?」 「この娘。かばんが妙に膨らんでいると思ってたら、マイ枕なんぞ持って来てたのかい」 「試験前だというのに、弛んでるわ!」 「シン君。アゼルちゃんを送ってあげて」 「夜道の二人連れはかえって危ない! シンが送り狼になる!」 「咲良クンにそんな度胸ないわよ」 「会計さん。野暮はいいっこなしです。ここは若い二人に任せて」 「見合いじゃない! アタシもついてく!」 「あの――」 「お前の手に入れてくれた過去のテストをしてみた」 「どうだった?」 「お前に教わった方法を使って赤点は免れた」 「なら、本番もなんとかなるかな?」 「問題は違う。だから不確実だ」 「方法って?」 「選択問題で正しい答えを見つける方法とかいろいろ」 「……シンに教わったんだ」 「……前は人の言うことなんて聞かなかったのに」 「教えてもらわなかったのか?」 「そんなことないよ。シンは誰にでも丁寧に教えてくれるもの。誰も特別扱いなんかしないんだ」 「いつでも手を抜かないのだな。お前らしい」 「手を抜くとか抜かないじゃないよ。これくらい大した事じゃないから」 「ナナカ? どうかした?」 「な、なんでもないっ。じゃあねシン!」 「どうかしたのか?」 「なんか、言いたげだったような気がしたんだけど」 「大切な事なら言う」 「そっか。そうだね」 僕らは黙って学園への道を歩いた。 その沈黙は、ぎこちないんじゃなくて、居心地がよかった。 「綺麗だな」 「なぜか綺麗に見える」 僕はアゼルの視線を追った。 夜空に流星がひとすじふたすじ流れていく。 次々と流れ続ける。 「単なる物理現象なのに不思議だ」 僕にとっては見慣れている光景。でも美しい光景。 「知っているか。図書館に流星町の夜空ばかりを撮った写真集があると」 「……そういう人がいるんだ」 「ああ、いる」 アゼルの細い腕が天へのび、流星をつかむように手が開かれた。 「最初は何が写真家に夜空を撮る気にさせたのか判らなかった。でも、その写真集は美しかった。写真家の腕がいいのだと思った」 「だが、今なら判る。この町の夜空は美しい」 流れていく。流れていく。流れていく。 「いつからか綺麗に感じるようになった。特に今日は綺麗だ」 呟きとともに、アゼルは僕を見た。 「お前と一緒だからか?」 何の〈衒〉《てら》いもなくつむぎだされた言葉。 まっすぐに向けられたまなざし。 「ど、どうかな」 「空は空か。我らに関係がある筈がないな」 それきり僕らは黙った。 心地よい沈黙の中、寮へつくまで夜空を見ていた。 「綺麗ね」 「これだけ流星が流れていれば、どんな願いだってかないそうだと思わない?」 「美しさは恐怖を隠す仮面。偽りの流星です」 「もちろん知ってるわ。あなたに言わせれば、破滅と絶望の兆しなんでしょ?」 「それでもね。流星は流星」 「それなら、プラネタリウムで願い事を言えばいいではないですか。あれなら速度も持続時間も方角も思いのままですから」 「今夜は一段と即物的ね」 「希望的な事を言える気分ではありませんから」 「結果が出たの?」 「空間歪曲による放射光現象――」 「その前に、コーヒーくらい飲んだら」 「本当は、紅茶がいいのですけど」 「私が準備する時にはあきらめて」 「判っていますよ。では、お言葉に甘えて」 「……苦いですね」 「豆も、淹れかたも、いつもと同じなんだけど」 「知ってしまったからかもしれませんね」 「……臨界を越えるの?」 「空間歪曲による放射光現象の観測の結果……十二月末、恐らく聖夜祭開催日にリ・クリエは臨界を越えます」 「〈原初物質化〉《プリ・マテリアライズ》による空間崩壊を起こす確率は?」 「このまま進行すれば100%。世界は〈原初物質〉《プリ・マテリア》に還元されます」 「あなたが嘘つきならよかったのにね」 「生憎と嘘は苦手です」 「つまり世界が終わるってことね」 「天界、人間界、魔界は崩壊しこの世界は終わります。あくまでこの世界ですけれど」 「でも、彼ならどうにかしてしまうかもよ?」 「彼はあの方ではありません。ですからそんなに楽観的にはなれません」 「しかも、今回は……あの男が動いています。おそらく天界魔界を通じて最強の狂戦士が」 「あの人って、私の好みとはずれているのよね」 「ヘレナの好みなどどうでもいいです」 「勝てるの?」 「勝てる場所へ引き込んでも……2割ですね」 「必ず勝てる目算もないのに戦いを挑もうと考えているなんてらしくないわ」 「成り行きですよ」 「あの子達に戦わせたくないのね」 「……確率の問題です。彼らより私の方が勝ち目があるだけです」 「すぐやるぞ! かならず勝つぞ!」 ノートと教材の山を前にして僕は腕まくり。 今日は早朝から勉強だ! 一夜漬け王の本領発揮! で。 僕の前、テーブル越しに、ちょこんと座ってるアゼル。 「来るのが悪いってわけじゃないけど……どうして?」 「勉強会。ラーメン」 「テストまで勉強会しないと、ラーメンが奢って貰えないと思ってるんだぜ」 まぁいいか。勉強してくれる気にはなってるわけだし。 「……判った。始めようか」 「今日は静かだな」 今日は→今日でない日は静かではなかった→でも図書館ではいつも静かに勉強している→図書館以外でアゼルと一緒に勉強した日→昨日の、ここでの勉強会。 「この前は、ロロットやナナカに色々質問されたから賑やかだったんだよ」 そうだ。 今、僕らはふたりっきりなんだ。 アゼルはノートに、英語の教科書をひたすら丸写しにしていく。 暗記には筆写するのが一番いいのだそうだ。 シャープペンシルがさらさらとノートを滑る音が絶え間なく響く。 細くて白い指。真っ直ぐ伸びた背中。 綺麗で高価なお人形さんみたいなアゼル。 「静かだな」 図書館でだって、僕らはそんなに話さなかった。 でも、図書館は広かったし、他の学園生達も勉強してたし、メリロットさんの存在もあって、沈黙を当たり前に受け入れていた。 でも、今はふたりっきり。 前、魔族達のことでアゼルが訪ねて来た時には、気にならなかったのに。 「何か話しかけた方がいいのか?」 「勉強会だからね。雑談は余りおすすめできない」 あれ? 今、アゼル、ちょっと残念そうだったような。 「でも、邪魔にならない程度ならいいんじゃない?」 「別に、取り立ててお前と話したいわけではない」 「む……本当だからな」 「お前は胸が好きなのか?」 「乳房の発育のよい女性を愛好しているのか?」 「なんでいきなり!?」 アゼルはひどく真面目な顔をしていた。 「生物学的に言うと、乳房の発育のよい女性の方が、異性を惹き付ける力が強く、よって子孫を残しやすい故に、生存競争において優位だ」 「そうだ。だから、男性が乳房の発育のよい女性を愛好するのは合理的だ」 「ええと、僕は、そういう基準だけで相手を好きにならないと思う」 「好きか嫌いか?」 「……嫌いじゃないよ」 「好きなのだな」 「あの……なんでいきなりそんな質問を?」 「高橋とロロットが全く別の場所で同じ事を言っていた」 「高橋? ああ、さっちんか」 ロロットはガイドブックの受け売りだな。多分。 うーん。深い意味はないんだろうなぁ。 「私は乳房の発育が悪い。九浄リアは非常にいい。夕霧ナナカ、聖沙・ブリジッタ・クリステレスは平均的だ」 なんて相づちを打てばいいんだ!? 「これらは観察により判明する客観的な事実だ」 もう少し会話しやすい話題を選んでくださいアゼルさん。 で、勉強が終わると……。 「ラーメン!」 「インスタントだけどね」 『中華弐千四川上海北京風ラーメン』ワゴンセールで5杯100円。 高いだけあって、ネギを刻んで入れて、生卵を入れて味をまろやかにして、ちゃんとした丼にいれると、かなりいい感じ。 「いいのか?」 「これはテストが終わったら御馳走するラーメンとは別だから安心して食べて」 「丼を抱え込んでなくても大丈夫だから」 「インスタントだから、五ツ星飯店のとは比べものにならないと思うけど」 「そうかよかった」 「うまい! うまい!」 アゼルが幸せそうだ。 こんな顔を見せてくれるようになるなんて、思わなかったな。 「ん? 何を見ている?」 「唇の端からラーメンが垂れ下がってる」 「は、早く言え!」 ちゅるちゅると吸い込まれる。 可愛い。 「お前は食べないのか?」 「あ、食べるよ食べる」 インスタントラーメンは伸びやすいんだよね。 「お前と食べると美味しい」 僕は丼に顔をつっこむようにラーメンを食べる。 今のセリフに、深い意味はないんだろうな……。 じゅるじゅると、ラーメンをすすって食べる音だけが響く。 なんかぎこちない。 こういう時、何を話せばいいんだろう。 アゼルはスープまで飲み干すと、デジカメを取り出して 僕に向けた。 「食べてるところ撮られると、ちょっと」 「お前は面白い」 ぐっ、とアゼルが近づいてくる。 息がかかりそうだ。 「そ、そうかな、普通の顔だと思うけど」 「なんとなく撮りたくなる」 「単に食べてるだけなんだけど……」 「それに作ってくれたラーメンも美味しい」 「作ったってほどのものじゃ……」 僕は照れ隠しに、丼に顔を突っ込むようにしてスープを飲んで、カメラから隠れる。 スープを一気に飲み干して、不意に顔をあげて、アゼルからデジカメを取り上げる。 「な、何をする」 慌てるアゼルを激写! 「や、やめろ! 恥ずかしい」 「これでオアイコ」 カメラを返す。 「お前は生徒会長。私は記録係。撮られるのがお前。撮るのが私」 「あ、ふたりでオモシロい事してる! アタシにも写させて!」 「駄目だ。私は撮影係。お前は生徒会の備品」 「そうか! アタシはオマケじゃなくて備品なんだ! ふふふ。これでロロちーに反論出来るじゃん。アタシはオマケじゃなくて備品なの! って」 「オマケも備品も大して変わらないよ」 「そうなの? ちぇっ」 「何しに来た。ラーメンはない。あっても渡さない」 「あ、いけない言うの忘れてた! さっきナナカが来てお蕎麦置いて帰っていった!」 「何を遠慮してるんだろう? 上がっていけばいいのに」 「勉強中だったからだろう」 「って、それってもう随分前なんじゃ」 「うん。そーだよ」 「お蕎麦伸びちゃう! そういうことは早く伝えてよ」 「カイチョー安心して、伸びる前にアタシが食べたから。今、来たのはそれの報告!」 「お前の作ったラーメンの方がうまいぞ」 「いや、それあり得ないから」 「どこだ!?」 「どこに隠れている生徒会!」 「ぬぬぬ、強い俺を恐れて逃げ回る癖に、か弱いパスタちゃんを影でいじめにいじめるとは! 卑怯者めらが!」 「俺様は勝つ! 俺様正義! うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 「ふっふっふっふ」 「弱者は逃げ足が速いと言うが、事実だと身に染みて判ったぜ!」 「か弱いパスタちゃん相手に変態行為ざんまいな生徒会、卑怯な手しか使えない弱虫どもの集まりらしく、逃げるのは一級品!」 「俺ともあろうものが散々振り回されたぜ」 「昨夜など、奴らの術中にはまって無駄に体力を使わされたぜ。俺をはめるとは、浅知恵しかない弱虫の人間どもにしてはよくやったと褒めてやる」 「俺様は、どんなうんこな敵にも美点を見つければ、褒めてつかわす謙虚な男だからな!」 「だが、一日中待ち伏せをしていれば、奴らとていつかは現れざるをえない! 俺は謙虚なだけでなく忍耐強いからな! 賢いぜ俺様!」 「さぁて。待っている間、ひとねむり……と」 「ぐぅぅぅぅぅぅ」 「終わった!」 「何もかも終わったよー」 「終わった終わった。シン。すごーく久しぶりにカラオケでもいかね? タダ券拾ったからよ」 「あのー。みんな、まだ一日目なんだけど……」 「思い出させるな!」 「空気読めよ」 「終わったも同じー」 「シン、アタシが生徒会を首になっても頑張ってね!」 どうだったかは訊くまい。 「あ、アゼルはどうだった?」 「埋めた」 「そ、そう……」 「今日はテスト勉強しないのか?」 「おふたりとも、随分とお窶れですね」 「問題ない。睡眠が不足しているだけだ」 「ここんところ寝不足で」 「励みすぎだぜ」 「成る程。励んでいるのだな」 「そこはかとなく下品な会話をするのはやめていただけませんか?」 「どこが下品なのだ?」 「あなたは判らなくてもいいんです。どうぞ」 「有り難う」 「あ、どうも」 またも不思議な味。 「本当に疲れが取れるな」 ありがたいけど、絶対に成分は訊かないことにしよう。それが大人。 「だが、なぜ、4杯あるのだ?」 書棚の影に隠れていたナナカが逃げるより先に、メリロットさんの右手が襟首を掴んだ。 「なんだよナナカ。一緒に勉強したいならそういえばいいのに」 「それと」 「ひぇぇぇぇ」 メリロットさんの左手が電光石火の早さで動き、机の下に隠れていたロロットを掴みだした。 「お前は、紫央と一緒に勉強していた筈だ」 「だって巫女さんは厳しいんです。『ロロット殿! 書き取り100回。素振り100回ですぞ』って」 「成績が悪すぎるからだ」 「素振りはいらんだろう」 「皆さん。閉館時間まで勉強にお励みください。ですがくれぐれもお静かに」 そう言うと、メリロットさんはカウンターの向こうに引っ込んだ。 「ちょっとシン!? なにこの紅茶! 一口飲んだだけで凄い元気が出てくるんだけど」 「はうううぅぅ! 目が冴えます! それになんでも出来るような気がしてきました! もしかしてこれはガイドブックに書いてあったご禁制のコ――」 「はうぅぅっ! な、なんでもありません」 「はい。あ、じいや。え、司書さんにですか?」 「……はい。心配性ですね。これくらいでは依存症になりませんよ」 「判りました」 なぜか、メリロットさんはロロットの分の紅茶をとりあげてしまった。 「まだ全部飲んでいません!」 「入れ替えてくるだけです。それから図書館では携帯を切って下さい」 やっぱりデンジャーなのか。 でも、訊くまい。 「で、ふたりともどこが判らないの?」 「明日の分、まんべんなく!」 「奇遇ですね、同じです!」 「……具体的に」 「つまり、ノートのここからここまで教えて」 「私もです」 「全部じゃないか!」 「そのようだな」 「ロロットは学年が違うのだから、一緒にするだけ無駄だ」 「逆です。みなさんは上級生さんですから、私の疑問には全て答えられる筈です」 「会計さん? なんで顔をそむけるんですか? 会計さーん」 「今日ははかどりました」 「あの紅茶がよかったのかな。集中力が途切れなかった」 「よくないよくない」 「何故だ? 疲れも眠気も取れるぞ」 「でも、意外だな。アンタらひたすら勉強してた」 「勉強会なんだから」 「そうです。マクラ投げはお泊まり会でするものです」 「この前、マクラを持ってきてたのは誰だっけ?」 「会計さん。まぬけですね」 「アンタだ!」 「静かにしろ」 「……アタシの考え過ぎか」 「なんでもないっ!」 「会計さん、大丈夫です。会計さんはそもそも考えてないですから」 「静かにね。うん?」 テーブルの下で僕のズボンが軽く引っぱられた。 顔をあげると、アゼルがこっちを見ていた。 いつものアゼルだった。 「アゼル、送ってくよ」 「もうそんな時間? じゃ、また後でねシン」 「今日はお二人でパトロールですか。大変ですね」 「ロロット。君もだから」 「私も大変でした!」 どうしてアゼルは、僕のズボンを引っぱったんだろう。 あんなことしなくたって、ちゃんと送って行くのに。 運動部員がいない寂しいグランドに、バスケットボールのゴールの長い影が巨人みたいだった。 「おしまいか」 「そうだね。今日で勉強会はおしまい」 アゼルの言葉は短くて。でも前より判るようになった。 「並んで歩くのも最後だ」 「遅くなったらまた送ってくよ」 「そ、そうか」 「アゼルって、危なっかしいから」 「危なっかしいのはお前だ」 「じゃあ、二人とも危なっかしいということで」 「いや、お前の方だ」 「じゃあねアゼル! 明日でテストも最後だから頑張ってね」 「お前も」 「勿論さ」 「気をつけるように言ったんだ!」 「べ、別にお礼を言われる筋合いはない」 「お休みなさい」 「お、おやすみ」 「魔族さんやーい」 「ちょっとロロちゃん! わざわざ呼び寄せてどうする!」 「逆です」 「熊を避けるためには、大きな音を立てて歩くのがいいんですよ。熊は人間を怖がっていますから、人間が近づいてると知れば、自然と逃げるんですよ」 「おー。なんか正しいっぽい。ガイドブックも役に立つことあるんだ」 「昨日『動物空前絶後』でやってました」 「魔族は熊じゃないし」 「むむむっ!?」 「あ……なんか感じる……」 「なんか変な気配です。熊でしょうか?」 特訓の成果か、みんなも魔力の気配を感じられるようになってる。 「みんな、静かに」 魔力の気配がする方に近づいていくと。 「ぐぅおおおおお〜。がぁぐぅぅぅ〜。ぶぉぉぉぉ〜」 「これは、私の予想通り熊ですね」 「確かに……人間のものとは思えない唸り声だ……」 「どうしよう? 熊に霊術って効くのかな?」 「がぁぁぁぁ。ぐぅぅぅ。ごぉぉぉぉぉ」 「東屋の方から聞こえてくるね」 「ここは大きな声を出して、接近を教えてさしあげるべきでは?」 「でも……魔力の気配を出す熊なんているのかな」 「見てみるしかないんじゃない?」 「『地球。様々な種類の生物が溢れている青い星。その中には我々のまだ知らない生物も無数にいるのです』」 どこか遠い世界へイッてしまったロロットを置いて、僕らは東屋へ近づいた。 「『さぁ知的好奇心の赴くまま探求の旅へ出かけましょう。本日の動物空前絶後で取り上げるのは、魔力を使う熊』」 僕らは魔力の気配が充満している東屋の中を覗き込んだ。 「発見者にちなんでロロットベアーと命名しましょう」 「……いや、すでに名前があると思うな、コレ」 大男がひとり寝ていた。 「ごがぁぁぁぁ。ふぐおぅぅぅ。ごごぉぉぉぉ」 凄いいびきだった。 「……魔族かな?」 「そうなんだろうねぇ。全然危険そうじゃないけど」 「番組に出演する時には、会長さんと会計さんも一緒に出してあげますから、命名は私にさせてください」 「だね。あの魔族達と同じ目的でここにいるならグウグウ寝てるわけないし」 「どうする? 取りあえず起こす?」 「起きてください。こんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよ」 「む……む……」 「皆さん、その熊は私が発見したんですよ」 「ん……んん?」 くわ。と大男は目を開けた。 「会長さん、会計さん! この人、熊じゃありませんよ!」 「とっくに判ってるよ」 「むむ……ふわぁぁ。よく寝たぜ」 「って、真っ暗じゃねぇか!?」 「あの、どうしてこんな所で寝ていたんですか?」 「夜になってるじゃねぇか!」 「くそぉ。またしてやられたぜっ! この頭脳明晰な俺を眠らせてやり過ごすとは! どこまでも卑怯卑劣下劣悪辣狡猾なやつらめ!」 「あの……この熊男さんは、何を怒っているんでしょう?」 「敵に騙されて眠らされてしまったらしいね」 「なんと卑劣な! その相手の名前はなんて言うんですか?」 「そうだろ! お前等も卑劣だと思うよな? そりゃそうだ奴らの事は誰だって卑劣に思うぜ」 「か弱い女の子をよってたかって変態性欲の餌食にする変質者集団だからな!」 「学園にそんな集団がひそんでいるなんて……ショックだ」 「ふははははは、兄ちゃん大丈夫だ。最強無敵の俺様に任せな! 悪逆非道な生徒会は俺様がぎったんぎったんにやっつけてやるぜ!」 「生徒会?」 「生徒会め! 今度会った時がお前等の最後だぜぇぇぇぇぇ!」 大男が天にも響く声で吠えると、男を中心に魔力が吹き出し、東屋の屋根が吹き飛び、辺りが黄金色に輝いた。 絢爛たる光はまっすぐに上へ伸びて、大聖堂の尖塔のように夜の中に立ち上がった。 「凄い魔力だ!」 「こ、これパスタより上だよ!」 空間が魔力を濃厚に帯びて、びりびりと震えている。 「ロロットベアーさんは、七大魔将のひとりなんじゃないですか?」 「もしかして……こいつがバイラス?」 「今夜はぐっすり寝て! 明日の昼こそが奴らの終わりだぜ!」 凄い力だ。 だけど……あんまり賢くなさそうだな。この人。 「もし現れないなら、この敷地内の建物を片っ端からぶっ壊してやるぜ! そうすりゃ奴らも隠れてるってわけにゃいかなくなるってもんだぜ!」 「俺様冴えてる! クレバー! がははははははは」 豪快な笑い声を響かせながら、大男は駆け去った。 「ううむ。凄い迫力だった」 魔力の波動が薄れ、徐々に消えていく。 「アタシらのこと、カンッペキに忘れてたね。あの人」 「馬鹿ですね」 「間違いなく馬鹿だ」 「明日の昼か……幸いテストは終わってそうだけど」 「テストが終わって消耗した直後にあんなのと戦うの? いやだなぁ」 「大丈夫です。答えが判るところを埋めて、次に残った選択肢を埋めれば、残り時間はたっぷりありますから。その間に英気を養うのです」 「寝るんかい」 「寝るんじゃありません。英気を養うんです」 「しかし、やっかいだな……」 「馬鹿ですから大丈夫ですよ」 「馬鹿かもしれないけれどあの力は馬鹿に出来ないね。あいつが学園の建物とか壊しまくったら大変だし、戦う時に周りに気を遣ってくれるとも思えない」 「出来れば、開けた場所で戦いたいけど」 「会計さんが囮になって誘導するんですね」 「なんでアタシが!」 「そりゃ、会計さんは会長さんの幼馴染みですから」 「作戦を提案した人間が率先して危険に身をさらすべきだ」 「今、気づいたんですけど。あんまりこの辺って、見回りで来ませんね」 「スルーかよ! 大男の気配を追ってるうちに来ちゃったんだ」 「……誰かいる」 アゼルが、あのネコミミ魔族達に囲まれてる! 「助けましょう!」 「って、会長さん飛び出して行っちゃいました!」 「シンっ!」 「アゼルを離せ!」 僕の声に反応したのか、魔族達はアゼルから離れると、隊列を組んで対峙してきた。 「……問題ない」 「シン! 一人で行っちゃうなんてどういう気!」 「会長さん、急がば回れですよ」 「わけわからん」 「変身――」 僕が変身しようとしたまさにその時。 魔族達は、隊長らしきヤツの叫び声と共に、夜の闇の中へと消えた。 「退却……した?」 「私達に恐れをなしたんですよ」 「でも……怖いから逃げた感じじゃなかった……」 戦うなと誰かに命令されているのか? 「シンが、学園内で暴れないでくれって、頼んだのを聞いてくれたのかな?」 「でも、それなら、さっきのロロットベアーさんはなんなのでしょう? 明らかに私達を狙ってますが」 「助っ人で呼んだとかじゃない?」 「でも、まぁ、アゼルに何事もなくてよかった」 「こんな時間に何をやってたの?」 思わず声が尖ってしまう。 おやすみなさいって言ったのに、出歩いてるんだもの。 「返していない本が寮にあった」 平然と言うのが、なぜか少しだけにくらしかった。 「テスト終わってからでいいじゃないか」 「シン、アゼルは無事だったんだしそんなに怒らなくても」 「怒っていない」 「図書館は本の整理で明日から25日まで休みだそうだ」 「だから返しに?」 落ち着け。アゼルは無事だった。言ってることには筋が通っている。 「……メリロットさんは怖いからね」 「ちゃんと返していればね。でも」 「生徒会の誰かを呼んでくれれば良かったのに」 「携帯を持っていない」 「携帯くらい買いなさい」 「持っていないシンが言ってもねぇ」 やるだけはやった。 人事は出来る範囲で尽くした、あとは天命を待つだけだ。 「あのー。みんな、一日目と全く同じ会話なんだけど……」 「へへーん。今度は本当に終わりだじぇい!」 「最初から終わってたけどな」 「私なんか始まる前に終わってたよー」 どうだったかは、やはり訊くまい。 「アゼルはどうだった?」 なんでしょうかこのデジャブありまくりの会話の連打は? 「もうテストは終わったから勉強会も終わり」 「ラーメン奢るよ。今日は駄目だけど、いつがいい?」 「お前に任せる」 「じゃ、絶対に奢るから楽しみにしてて」 「ロロットに聞いた。お前はお金が無いそうだな」 「あ、うん。でも、気にしなくていいよ」 「無理しなくていい」 「でも、約束だから」 「……お前は絶対に守るな」 「アゼルも僕という人間が判ってきたね」 「好きで判るようになったわけではない」 「シン! そろそろ準備しよ!」 「あ、ああ。そうだね。覚えてたんだ」 「あたぼうよっ!」 「準備?」 「うん。この後、生徒会のちょっとした仕事があってね」 「手伝う」 「え? でも、アゼルはこういう時いつも」 「私は生徒会の記録係だ」 「貼り終わった」 「咲良クン。本当にこんな作戦で大丈夫なの?」 「そう言いつつもつきあってくれるのが聖沙のいいところだね」 「素直になれよヒス」 「わ、私はフォローする準備をしてるだけ!」 「これならアタシだって引っ掛かるもん。だいじょーぶ。カイチョー天才!」 「うーん……馬鹿そうだったけど、ここまで馬鹿かなぁ?」 「僕らを捜してるんだから、来るさ」 学園のあちこちに、『生徒会はこちらです』と書いてある矢印マークを張った。 矢印の向きに従って進んでくれればここへやって来るはず。 いくらなんでも露骨すぎるかなぁ。 「ロロットベアーさんは来ますよ。間違いありません」 「ロロットちゃんと仲良くなれそうな名前だね」 「私が発見者ですから、命名しました!」 「そうだったんだ。すごいねロロットちゃん」 「いっぱい褒めてください」 「違いますから」 「はっはっは! ついに見つけたぞ生徒会!」 「うわ。本当に来た」 「信じられないわ……」 「うーん。こんなに簡単にひっかかるとは」 「愚かを通り越して滑稽だ」 「お前等の悪行三昧もこれまでだぜ! お前等にかつて虐げられた誰かが、親切にも居場所を教えてくれたのだ。ぬわっはっはっはっは!」 「実物を見ると、あの作戦で納得だわ」 「人を見かけで決め付けるのはよくないと思うよ? でもこの場合は……」 「言葉を濁すあたりがリアちゃんの優しさだぜ」 「はっ!? もしかしてパスタちゃんがこっそり教えてくれたのか!? 隠れた愛なのかぁっ!? そうなんだな! 矢印貼るパスタちゃん萌え!」 「俺、このドツキアイが終わったら、パスタちゃんと結婚するつもりだぜ!」 「……戦うのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ」 「油断しちゃ駄目だよ」 「こいつどう見ても馬鹿だけど、あふれた魔力だけで、東屋の屋根を吹っ飛ばしたんだから」 「そんなに強いんだ……まさか、この人がバイラス?」 「違います。ロロットベアーです」 「ぬぅぅぅっ。そこの乳が無駄にでかい女! 俺様をバイラスとは失礼にもほどがあるぜ!」 「わ、私……肩こりになりやすいし、お姉ちゃんにいつもいたずらされるし、いろいろ気にしてるのに……」 「リアちゃんの美乳になんて暴言を! あいつは敵だぜ」 「最初から敵だよ」 「俺様の悶絶素敵な名前を教えてやるからよく聞け! 俺の名前はアーディン! あんな女たらしの若造より俺様比較で100倍強いぜ」 「いや1000倍! いや10万倍! いや1億兆倍!」 女たらし……まさか。 いや、あのメルファスさんがバイラスってことは……。 けど、メルファスと名乗ってたから違うのか。でも偽名かも。 「こらぁ! バイラスにゃまの悪口を言うな!」 「その声は、愛しの愛しのパスタちゅあぁぁぁぁん! 結婚式はどこがいい? 俺、パンフレットいっぱい集めたんだぜ!」 「ペドで自惚れ屋のお前なんか話にならないにゃ! バイラスにゃまの方がもっともっともっともっともーっと比較にならないくらいカッコいいにゃ!」 「パスタちゃん、見ててくれ! やってやるぜぇぇぇ!」 アーディンが一声吼えると、溢れる魔力が空間をびりびりと震わせる。 「こっちもいくよ!」 「だああああああっ! 俺様敗北ぅぅぅぅぅ……」 大音響と共に、アーディンの巨体は吹っ飛び、地響きを立ててグランドに落ちた。 「勝った……」 「はぁはぁはぁ……もうくたくた……」 「馬鹿だけど強かったわ……」 「昔のみんなだったら勝てなかったよ。すごく強くなった」 「やーい、やーい、弱虫毛虫ぃ〜」 「これを機会に、ロロットベアーに改名しましょうね」 「カッコ悪いにゃ」 「すまん……パスタちゃんすまん……変態どもをやっつけられなかったぜ……俺様カッコ悪すぎ……うぉうぉうぉうぉ……」 「うわ。泣いてる……」 「泣いてなんかいないぜ……埃が目に入っただけだ……」 「撮るんじゃねぇ!」 アーディンはゆっくりと立ち上がった。 「くそぉ……お前らこんなに強いくせに……か弱くて儚くてちっこいパスタちゃんをよってたかってイジメるなんて最低だ……」 「か弱い……か?」 「まさか。横暴そのものよ」 「失礼な奴らなのにゃ」 「この鬼畜野郎どもめ! お前ら人間の風上にもおけないぜ!」 「そんなこと魔族に言われても」 「そういやそうか。はっはっは。こりゃ一本とられた!」 馬鹿だけど悪い人じゃなさそう。 「それに、いじめてないし」 「なにぃ!」 「お前等、パスタちゃんの上履きを隠したりにおいを嗅いだり、リコーダーをこっそりなめたり、盗んだブルマをかぶって(以下略)」 「してません!」 「しかもなにその変態ぶり。いくら咲良クンだって、そこまで手広くはしないわ」 「では、スクール水着を着たり、リコーダーをなめたりはしていたわけですね。なにが楽しいのか判りませんが」 「狭い範囲でもしてません」 「パスタちゃん! どうなんだよ!」 「こいつらは確かにパスタの敵だけど、そんな変態じゃないにゃ」 「じゃあ、どうして俺に助けなんか!?」 「ぬくふぅ」 「く、くそぉ。バイラスか! あの野郎が!」 「……ぱ、パスタも悪かったにゃ」 「俺様騙された! くそぉ。バイラスと、あの無いこと無いことふきこみやがった女教師め! 許さねえぞ!」 「追いかけましょう!」 「でも、あの人、もう来ないような気がする。性格的に」 「最後に言ってた女教師に騙されたってどういうこと?」 「会長さんも会計さんも無知ですね。女教師というのは女性で教職に就かれている方々のことです」 「そういう問題じゃないと思うんだ」 「アーディンは相手にならなかったか」 「楽しそうだな」 「あの男の事だ。さぞや見苦しかっただろうと思ってね」 「生徒会が強くなっているのを喜んでいるみたいに見えるけど」 「放って置けば狼になるわ」 「生徒会の殲滅を優先せよと言いたいのかい?」 「リ・クリエの時点で、彼らが大きな脅威になるのは明白よ」 「まさか。奴らは単なる人間だ。短命で脆弱な――」 「短命だからこそよ」 「どういう事だ?」 「短命だからこそ、彼らは急速に成長するのよ。これまでの戦いから算出された成長曲線の急上昇ぶりは恐ろしいものがあるわ」 「成る程。我々は生徒会と、その背後に隠れている敵の両方を相手にしなければならない訳だな」 「だからこそ」 「だからこそ、今は何も出来ないというのが俺の意見だ」 「この3人で同時に攻撃すればいいだけじゃない。一人が生徒会と戦い、あとの二人が警戒していれば、何が出ても十分対処出来るわ」 「……ふっ」 バイラスは、アゼルとソルティアを等分に見た。 「出来ると思うのか?」 「そうね。私達には無理ね」 「返事を躊躇ったあなたも判っているのでしょう?」 公園に完全な沈黙に包まれた。 「す、すごーい」 「勝った」 「いろいろな意味で負けたよー」 「お、そんなによかったんだ」 教えた甲斐があったなぁ、と思いつつアゼルの答案を覗き込む。 辛うじて赤点ではないが、これは……。 「ねー、すごいよねー」 「さっちんに勝っても……」 「ひどーい」 「お前の狙い通り、選択問題と漢字、化学式、制覇した」 数学の点数は予想外に悪いけど、妙に難しかったからなぁ。 千軒院先生、教育実習生なのに力入れすぎ。 「点数でも態度でも負けたよー」 「そういう意味ですか……」 「すげ! なにこの点数!」 「堂々とした態度! 俺、負けた! 点数でも負けた! 完全な敗北!」 「低レベルな争いだぜ」 「なんでカメラをー? まさかー?」 「いい表情だ」 「ひーん。アゼルちゃんあくまー」 「そういえばナナカは?」 「休み時間になった途端に、教室を出て行っちゃった。答案を校庭の隅に穴掘って埋めにいったんだよー」 でも、そこまで言われるほど悪かったのか……。 アゼルはいきなり僕のテストを取り上げた。 「わ。アゼルちゃん大胆」 「人に見せようともしないのだから、たいした点ではあるまい」 「シン君の答案は目の毒だよー。学年7位だよー」 「うぉぉ。まぶしい!」 「何をするんだアゼル!」 「破いた」 「なぜに!?」 「……なんとなく」 「なんとなくで破るかなぁ」 「わかるよー。なんとなく破きたくなるよー」 「うむ。判るぞ判るぞ」 「判るだろ?」 「会計さん! 判りますその気持ち!」 「判るよねロロちゃん!」 「私だって返って来たテストを校庭の隅に埋めに行ったんです!」 「同士!」 「でも、会計さんが千軒院先生に怒られているのを見てやめました。君子怪しい浮き輪に近寄らず、です。沈みそうな浮き輪にしがみついたら沈みます」 「聖沙ちゃん、テスト悪かったの?」 「な、なにをしているのアゼルさん!」 「見せろ」 「すとーっぷ!」 僕はアゼルが破こうとする寸前で答案を奪い、聖沙に返した。 「機嫌悪くするような点じゃないと思うけど」 「それは勝利宣言かしら?」 「そんなつもりじゃ」 「ヒスはよ。シン様より、点が悪いから機嫌悪いんだぜ」 「ふん。べ、別に悔しくなんかないんだから! たまたま8位になっただけなんだから!」 「え、えっと……もうすぐ聖夜祭だね」 「そうだ! 聖夜祭聖夜祭! アタシらは未来を目指してすすむんでぃ!」 「そうですね! 過ぎたことは振り向かないのです!」 「た、立ち直り早いわね」 「記録した」 「そっとしておいてやれよ」 「……気分転換に場所変えようか」 「去年はここが聖夜祭の中心でしたね」 「うん。教会だと全校生徒は入らないからね」 誰もいない講堂に僕らの声が響く。 部活動の再開は明日からだ。 「だってお姉さまが企画されただけあって、華麗でとても神聖な、歓喜溢るる催しだったわ……♡」 「そ、それほどでも」 「聖餐式にキャンドルサービス。おはいそなダンスパーティ。なんかミッション系の学園みたいで、色々と初体験だった」 「ナナカちゃん。みたいじゃなくてそのものだってば」 「キャンドルサービスというと、火をつけた巨大な真っ赤な蝋燭を振り回して、並んだ蝋燭に火をつけていくというエキサイティングな催しですね!」 「いや、そんな面白い、もとい過激なものじゃないって」 「そもそも、屋内で火の使用許可を取るのは大変なんだから。キャンドルサービスをするのだって苦労したのですよね」 「そんな大したことじゃないよ。キャンドルサービスは伝統だから」 「ここだけなのか?」 「主な催しはそうだよ」 「撮影は楽そう――」 「一般学園生の自由参加部門は、教室でもやるけどね」 「スイーツ同好会はメイド喫茶だっけ?」 「バリバリがんばるじぇい」 「伝統を重んじる聖夜祭の雰囲気にはそぐわない気がするわ」 「でもさ、そういうこと言ってると、一般生徒にとっては、敷居の高いものになっちゃうんじゃないかな?」 「自由参加部門の参加者が少なかったのは、その辺が原因だったんだね」 「賛美歌とか覚えるの、大変なんだよねー。かっこいいけど」 「そういう行事なんだから仕方ないわよ」 「……リア先輩」 「ここが主な会場だったってことは、催し物が変わる度に、いちいち片付けていたってことですよね?」 「うん。時間が詰まってて大変だったよ」 「お。何か思いついたの?」 「会場を分散させるというのはどうでしょう?」 「確かにその方が時間には追われないけど、適当な会場がないよ?」 「自由参加部門のは教室を、それから外も使えばどうでしょう?」 「12月末に外はきついわよ」 「全部の行事じゃないよ。たとえばダンスパーティとか」 「ダンスパーティか……」 「フィーニスの塔の下の広場で踊るというのはどうでしょうか?」 「あたりまえだけど講堂より広い!」 「ここを会場にすればブラスバンドを入れても、全員が踊れるね」 「あった!」 「なんだソバ? 金でも落ちてたか?」 「ライトアップの設備! ライトアップされたフィーニスの塔の下で踊るっていいんじゃない?」 「踊りながらぶるんぶるん振るえるリアちゃんのパイオ――」 「ちょっと眠っててね」 「でも、寒さという根本的な問題があるわ」 「火をつければいいんですよ!」 「過激だなぁ」 「許可が……あ、そうか。外なら講堂よりは許可がとりやすい」 「そうだ……キャンプファイアーだ!」 「広場のど真ん中でぼんぼんと?」 「そうそう。ライトアップされたフィーニスの塔の下、巨大なキャンプファイアーの周りでブラスバンドの演奏にあわせて、みんなで楽しく踊るんだ!」 「アゼルも何か意見ある?」 「……お前たち仕事なのに楽しそうだな」 「キラキラの学園生活なんだから、楽しくなくちゃだめさ」 「聖夜祭だって、楽しくなりますよ」 「催しものをいくつか講堂外へ出せば、講堂を使う時間的な余裕も出てくるから、演劇部とか軽音楽部とかも参加しやすくなるね」 「確かに、音が出る系の部は、教室より講堂でやりたいか」 「なんか盛り上がりそうだ!」 「みんな。覚悟はあるのかな?」 「覚悟……ですか?」 「大きな催しものを一つ変更すると、あちこちに影響が波及して、去年とは聖夜祭丸ごとが根本から変わるよ? 大丈夫?」 「お姉さまの言うとおりね。新しいことをやるのは、それなりのリスクも背負うことになるものだもの」 「確かに。失敗するかもしれない。でもね」 「みんな見えたでしょう? ライトアップされたフィーニスの塔の下、巨大なキャンプファイアーの周りで、楽しそうに踊っている学園生たちの姿をさ」 「見えました!」 「ばっちりでぃ」 「咲良クンが見えて、私に見えないわけないでしょう!」 「うん……見えたよ」 「あの幸せそうな姿が、本当になる可能性があるなら、やってみる価値はあると思うんだ」 「可能性なんて腑抜けたこと言わないでよ。実現するの」 「お前達はきっと成し遂げるのだろうな」 「アゼル。頑張ろうね」 「そうですよ。アゼルさんだって生徒会の一員なんですから」 「そう……だな」 僕はとっさにアゼルの体を支えた。 小さかった。吐く息が熱かった。小刻みに震えていた。 「大丈夫だ……立てる」 「でも」 「アゼルさん。顔色悪いわよ」 僕の腕を払おうとする力は弱々しかった。 「具体的な検討作業は試験休みが終わる明後日からって事で。今日はここで解散しよう」 「送っていくよ」 「いい!」 またアゼルが腕を払おうとする。 その力がぞっとするほどに弱々しくて、僕は思わず離してしまった。 「……すまない」 アゼルは、あの弱々しさからは想像もつかなかった素早さで、広場から駆け下りていく。 「わかってます!」 「アタシも……」 僕らはアゼルを追いかけた。 寮までの道を走りとおしたのに、追いつけなかった。 まるでどこかに隠れてしまったみたいだった。 おや、珍しい組み合わせ。 「ああ、オデやんかい」 「オデやん?」 「ああ、オデーレクさんのことだよ。外国の人は名前が妙ちきりんで覚えにいくいからね」 「評判はどうだ?」 「真面目だって評判だよ。もっともたまーにつまみ食いをするのが玉に瑕らしいけどね。味見とか言っときゃいいのに」 オデロークが何かしでかしたら、生徒会の責任になっちゃうと思って、アゼルは心配で様子を聞きに来てくれたんだ。 「差別されたりしてないのか?」 「流星町は昔から外人さん多いからねぇ」 「そんなものか……」 そっか。オデロークの事も、ちゃんと心配してるんだ。 「で、アゼルちゃん。そんなことより――」 「おばさん。アゼル。こんにちは」 「な、なんでお前がここに!?」 「買い物。おばちゃんこのキャベツ頂戴」 「あいよ」 「アゼル。おばさんと仲よさそうだね」 「別にそう云う訳では無い」 「何を言っているんだい。買ったり売ったり、撮ったり撮られたりする仲じゃないか。あたしゃ美人だからね! おほほほほほほほほ」 シナオバを撮った写真は結構あったけど、理由は違うだろうな。 「……そういうわけではなく、面白いだけなのだが」 やっぱり。 「で、時にシンちゃん。最近どうだい?」 「最近ですか? テストは終わったけど今度は聖夜祭も近づいてるからそっちで忙しくなりそう」 「そんなことはどうでもいいんだよ。それより、ナナカちゃんと進展あったかい?」 「ナナカ? ナナカとこいつの間に何かあるのか?」 「ふふ。興味があるようだねアゼルちゃん。実はこのふたり――」 「あのねおばさん。僕とナナカは単なる幼馴染みなんです。おばさんの期待するようなことは、なーんにもないんです!」 「相変わらずの展開だぜ。ソバも気の毒に」 「期待通りじゃないが予想通りってわけかい。やれやれ」 「だそうだよアゼルちゃん。ナナカちゃんには気の毒だけど、私ゃ真実の使徒だからね! 今後の展開を見守ってるからね」 「気の毒? 展開?」 「お、おばさん。もう少し話を聞いてたいけど、用事があるんで!」 アゼルはデジカメを構えて、勤労するオデロークを撮った。 「頑張ってるみたいだね」 「魔族の事など心配していない」 「……ふぅん」 「ほ、本当だからな!」 「あ、サリーちゃん、仕事さぼっちゃ駄目だよ」 「違うって、オヤビンがこれ二人に奢りだって」 僕らの前に差し出されるほかほかの牛丼みっつ。 ふたが持ち上がってしまってるくらい、景気のいい盛りかただ。 「もしかして……これは奴が作ったのか?」 「そうだぞ! オヤビンは中々器用なのだ! えへん」 「おお。俺様の分もあるぜ!」 「ありがとう! オデロークにもお礼言っておいてね」 「腹鳴ってやんの! はらぺこはらぺこー」 「ちょうどいいからお昼にしようか?」 「お、お腹など」 「むしゃむしゃはぐはぐがつがつ。うん。うまい。うまいっ」 アゼルは丼に顔を突っ込みそうな勢いで食べている。 11月も半ばを過ぎたけど、まだ日当たりのいい日なら、公園のベンチに並んで座っていても寒くない。 「そんなに急いで食べなくても、牛丼は逃げないよ」 「はぐはぐむしゃがつはむはむ。お前もちゃんと食べろ!」 「うん。食べてるよ」 「うめぇなぁ」 「うまい! なんてうまい! ああ、堕落した私は……でも、うまい! なんと人間の食文化は魅惑的なのだ。うまいうまい!」 たちまち僕らの牛丼は空っぽ。おなかはいっぱい。 「ごち」 「……ふはぁ」 「うまいな」 「魔族が作っても美味しいのだな」 「そりゃ、オデロークは一生懸命なんだからさ。上達も早いよ」 「そういうわけでは」 「いや……そういうことか」 「今、思ったんだけどさ。シナオバにしてもタメさんにしても、あっさりオデローク達を受け入れちゃうのは」 「のんびりしてんだよ」 「じゃなくて、昔も魔族がこうやって働いてたことがあるからじゃないのかな? どっかでそういう記憶が残っているのかも」 「世界中が、流星町みたいになれば、魔族とも戦わなくてよくなるのになぁ」 「そうしたらクルセイダースは失業だぜ」 「でも、困っている魔族とか、魔族と人間のトラブルの解決の手伝いは出来るよ」 「相変わらず、金にならなそうだぜ」 「いつかお前の言ったとおりかもしれん」 「お前は言った。人間も天使も魔族も変わらないと」 「うん。今でもそう思ってる」 「でも、だからこそ争いはなくならないのかもしれない……」 その呟きは僕へではなく、アゼル自身の心の内へ向けられたものな気がした。 「……すぅ」 肩にかかる重み。 いつのまにかアゼルは、僕の右肩に頭をもたれかけて眠っていた。 「こうしてるとそれなりに可愛いじゃねぇか」 「いつも可愛いよ」 心地よい温かみが肩から伝わってくる。 アゼルって軽いな。 それに、あったかい。 すぐそばに寄せられた顔を見ないようにしても見てしまう。 やっぱり可愛いなぁ。 いい香りもする。 女の子って、いい香りがするのかな。 「シン様よ。鼻をぴくぴくさせて匂いを嗅ぐとは、結構フェチだな」 「そんな事してないよ!」 「騒ぐと起きちまうぜ。いいじゃねぇか匂いフェチでも」 「よくない」 小声で言い合う僕らに、いきなり影が落ちた。 「おや。これは珍しい光景ですね。近頃は、七大魔将が牛丼屋でアルバイトをしたり、ウェイトレスをしたりと珍しいことばかりだ。私もですが」 顔をあげると、以前、メルファスと名乗った魔族がいた。 パッキーによれば、オデロークより強いらしい。 「生徒会長の君。相変わらず魅力的ですね」 「僕は男です」 「美と魅力の前には、性の差や種族の差など小さいものです」 「何か用ですか?」 「珍しき光景に心惹かれ、思わず言葉を漏らしてしまっただけですから、そんなに警戒なさらずとも平気ですよ」 どう対応すべきなんだろう。 相手は少なくともオデローク以上に強力な魔族だ。 メルファスという名前だって本名か判らない。 この前のアーディンの話からして、バイラス本人かもしれない。 みんなを呼んだほうがいいんだろうか? 「愛らしい寝顔ですね。生徒会長の君が心ときめかしてしまうのも無理はない」 「起こしちゃ駄目ですよ」 でも、アゼルを危険に巻き込むわけにはいかない。 「心得ております。それにしても、これだけ珍しい事態が立て続けに起こっているとなると、奇跡とやらも起きるかもしれませんね」 「奇跡?」 「もっとも、起こってしまえば、それは奇跡ではないわけですがね」 「あなたは何者なんですか?」 「愛と美と魅惑の崇拝者ですよ」 「そういう意味じゃありません」 「これはしたり、生徒会長の君とは、それなりに印象的な運命の出会いを繰り広げたと思っておりましたが、私の錯覚でありましたか」 「私の名はメルファス。以後、おみしりおきを」 「あなたがバイラスじゃないんですか?」 「いやはや、七大魔将の筆頭と称される彼と勘違いされるとは! 間違えられて喜ぶ方々もいらっしゃるでしょうが、私は嬉しくありませんな」 「もしかして……バイラスってもてないとか?」 「いえ。なかなか顔立ちのよい優男ですよ。現にその気がないくせに、かなり女性を騒がしてはいます」 「ですが、本人は周りに咲き誇る花に目もくれません。そのような生き方は、私にとって一番縁遠くあって欲しいものですから」 「……あなたも七大魔将の一人なんですか?」 「そのように私を呼ばれる方も、時々はいらっしゃるようですね」 強い魔族だと知ってはいたけど、まさか本当に魔将だったとは! 「七大魔将の一人なら、いつかは僕らと……?」 「失礼な質問ではあるかと思いますが、生徒会長の君は、自分の意志を女性に、暴力や言葉で無理やり押し付けようとなさる方ですか?」 「ま、まさか」 「であるなら、私と生徒会長の君が戦う事はないでしょう」 「私の拳は、貴方が私の愛する美しき女性の皆々様を傷つけ、穢し、辱めを与えた時のみ、貴方に対して振るわれる事となりますから」 「貴方が、名を上げようと私を狙う魔族や、一部の教条主義的な天使の方々のように襲い掛かって来ると云うのなら、話は別ですが」 「ええっ!? 天使にも、そういう人がいたんですか? 天使というからには、平和主義者ばかりと思っていましたが」 「いえいえ。魔族や人間にいろいろいるように、天使にもいろいろな方がいるのですよ」 「そりゃ……そうか」 とすると、僕達クルセイダースとは戦う理由がないということか。 「……僕らが、あなたと戦う事はなさそうですね」 「それは重畳。私も麗しの生徒会長の君とは戦いたくありませんからね」 「そんな事をしている暇があるならば、素敵な女性とのひと時を楽しみたいですから」 「おおっと。生徒会長の君をこれ以上独占していると、彼女が機嫌を悪くしてしまうでしょうね。では御機嫌よう」 「あなた方の将来に幸あらん事を」 なんか誤解されてるっぽいよな。 僕とアゼルはそんな関係じゃないのに。 「……んんん」 アゼルは僕の顔をぼけたまなざしで見て、 バネ仕掛けみたいな勢いで上半身を起こし、ベンチから立ち上がった。 「わ、私は、寝てなどいなかったぞ!」 「いや、それは……ちょっと苦しくない?」 「誰にも言いやしないよ」 「お前がそう言うなら、いい」 「かわいかった」 「わ、忘れろ!」 「また会おう。アーディン」 「ち、畜生ぅぅぅぅぅ! いつかはお前をぉぉぉぉぉぉぉぉ」 徐々にアーディンの存在は小さくなり、 「ぱ・す・た・ちゃ……ん……」 と言う声を最後に完全に消滅した。 「なぜだ……?」 「なぜ、奴が……戦わない……?」 「さぁね」 「でも、いいのかしら? バイラスとクルセイダースでは勝負にもならないと思うけど?」 「……単に疑問に思っただけだ」 「あなたにとっても、その方がいいかもね。バイラスがクルセイダースに負けでもしたら、あなたが彼らと戦わなければならないんだから」 「でも、あなたは戦えるのかしらね?」 「……主が」 「……そうお望みであれば」 「この前、アーディンを見つけてから、アゼルのピンチを救った時、思ったんだけど」 「魔族さん達が逃げていった時ですね」 「僕らの巡回コースって結構見落としが多いのかな?」 「確かに……あの辺って巡回した記憶がなかった」 「私は前から気づいていたけどね!」 「なら言えよ。カッコ悪いぜヒス」 「うーん。シン君は魔族達には戦う気がなかったって言ってたよね?」 「はい。でも怯えて逃げるという感じじゃありませんでした」 「アタシ達と出会ったら逃げろって命令されてるって感じだった」 「私達と出会いにくい場所を選んで現れている。そして出会えば逃げる……そういうことなのかな?」 「行動パターンを読まれている?」 「いえ、事態はもっと深刻です。きっとこれはスパイです」 「あのウェイトレスさんが、私達の情報を盗んでいるんですよ!」 「……ピンと来ないな」 「彼女、そんなに目先が利くとは思えないし」 「それに私達と接点がないよ」 「きらーん。誰がスパイか判りましたよ!」 「やっふー。遊びに来たよー」 「スパイはオマケさんです!」 「ええっ!? アタシ、スパイ!? 知的労働者?」 「もっとありそうもないわ」 「だね。買い置きのお菓子を盗み食いするのがせいぜい」 「むむ。なんかアタシ間抜け扱い!」 「違うよ。信頼してるってことだよ」 「そうか! 天使以外はみんないいヤツだな!」 「ロロットちゃん。根拠もないのにスパイなんて言っちゃ、めっ」 「しゅ〜ん」 「実地で確かめよう!」 「あ。いつもこっちへは行ってないわ」 「副会長さんもうっかりさんですね」 「あなたに言われたくないわ」 「結構。巡回してないとこいっぱいあったんだ」 ナナカが手に持った園内図にチェックをいれていく。 「道が細かったり、木の枝が上に被さっていて暗いところを見落としているね」 「あと、行き止まりの道もほとんど」 「でも、今の時間でも暗い道を、遅い時間に行くのは危ないです」 「危ないから見回るんじゃねぇか」 「危険は避けるべきだ」 「みんなおまぬけ! 飛べばいいじゃん。上からだとよく見えるよ」 「僕ら飛べないから」 「でも、ロロットさん。暗い道を避けてたらパトロールにならないわ」 「乙女を捨てている副会長さんなら問題ないでしょうが」 「今のはちょっと聞き捨てならないわ!」 「『恋する乙女は★ドキドキ! ときめきサマーヴァケーション』だもんね」 「あ、あれは、その」 「捨てていないなら夜道は歩くな」 「パトロールもないのに下校時刻後にふらふらしているアゼルさんに言われたくありません!」 「まぁまぁ聖沙ちゃん。アゼルちゃんはみんなの身を心配してるんだし、ロロットちゃんに悪気はないんだよ」 「そうです。先輩さんはよくわかっていますね。私は正直なだけです」 「なおさら悪いじゃない!」 「だが危険が増すのは事実だ」 「だからこそ見回らなくちゃ」 「でも、見回る範囲が増えると人手が足りないね」 「出来ない事は出来ない。無理するな」 「そうだサリーちゃん! 協力してくれない?」 「もしかしてそれって知的労働? アタシ知的?」 「いや。痴的だ」 「がーん。なんかひどいこと言われた気がするっ」 「サリーちゃんなら出来るよ」 「カイチョーはアタシのことよくわかってるね! 知的労働まかせて!」 「オヤビンにも頼んでみる!」 「魔将を学園へ入れるのか」 「でも、すでに一人いるし」 「ということがあった」 「はぁ……面倒だにゃ」 「私からの情報を元にしても遭遇率は上がるだろう」 「でも、いくらなんでも、オデロークは参加しないだろうにゃ」 「参加する」 「にゃぁぁぁぁぁぁ! あいつは喰ってればいいのにゃ!」 「飛行能力のある魔族も加わるとなると、発見される率はあがる。気をつけろ」 「もしかして心配してるにゃ?」 「みんなには生徒会と遭遇したら逃げるように言っておくにゃ」 「何だ?」 「バイラスにゃまと変態アーディンが戦うの見たにゃ?」 「力の差がありすぎた。愚かだ」 「でも……ちょっと判るのにゃ」 「恋するとみんな馬鹿になるのにゃ……アレは元々馬鹿だったけどにゃ」 「恋したことにゃい?」 「無駄とかは関係にゃいにゃ。する時はしてしまうものなのにゃ」 「弛んでいるからだ」 「気づいたらたった一人の相手を、目で追い掛けてしまうものなのにゃ」 「そんな相手はいない!」 「なにムキになってるにゃ」 「はいはい、牛乳ね」 「牛乳は身体にいいんだぞ!」 「見て見てー、今日のは自信作なんだよー」 「見せるな! 食欲が失せる」 「あー、見ちゃったんだ……」 「お詫びにあげるよー。これ卵焼きー」 「いらん」 「え、僕? ちょ、ちょっと、だってまだ何も食べて」 「さっさと来い」 「もしかして午前中で一杯になっちゃったの?」 「そうだ。自習しているクラスで一杯撮った」 「休み時間ならともかく、授業をさぼっちゃだめだよ」 「私は記録係だ」 「それ以前に流星学園の生徒なんだけど」 「ちゃんと授業出てね」 「それに、デジカメのデータの転送くらいは自分で出来た方がいいよ」 「お前が出来るなら問題ない」 「問題あるわよ……アゼルさんは今日もヴァンダインゼリーなのね」 「まずいんじゃないの?」 「まずい。堕落してしまった」 「え? どういう意味」 「味を気にするようになってしまった」 「いいことじゃないの?」 「聖沙はまた野菜スティックだね」 「悪い?」 「悪くはないけど、そんなご飯じゃ大きくなれないぞ」 「余計なお世話よ。ダイエットなんだから」 「寂しそうだから牛乳をあげるよ」 「結構」 「まずいのだな」 「そんなことないよ! 牛乳はうまいんだよ!」 「お前の周囲の人間は皆、嫌がっている」 「なまぬるい牛乳なんて嫌に決まっているでしょう」 「飲んでみる?」 「……お前がくれると言うなら」 「勇敢ね」 「神妙にお縄を頂戴しやがれ!」 「はぁはぁ……階段上がると目が回るよー」 「転送終わり、さぁ、僕も弁当にしようか」 「こういう事か……。アゼル、データの転送くらい出来るようになりなよ」 「こいつが出来るから問題ない」 「そうだよねー。出来る人がせっかくいるんだから、してもらえばいいんだよー」 「なんて怠惰な発想なのかしら」 「頼られると男の人は、グッと来るんだよー」 「シン、今日の数学の課題、写させて!」 「たまには自分でやりなよ」 「こら、グッと来てないぞ!」 「……うまい」 「まさか!?」 「これうまい」 「信じられない……」 「ほら、グッと来てるよー」 「あ、アタシも牛乳飲む!」 「えええっ!?」 「……うっ」 「あー、ぐっとじゃなくて、うっと来ちゃったんだー」 「徹底的に駄目なのね」 「どうしてなんだろう? うまいのに……」 「それも飲んでいいか?」 「こ、ここ暗いね……見通しも悪いし……」 「あ、あんまりくっつかないでください」 「あ……ごめん」 「お姉さまにわざと密着するなんて咲良クン最低!」 「くぅ、シン様! せっかく俺様がリアちゃんのおっぱいで押し潰されて至福を味わってたのに!」 「どうしてパッキーさんって、可愛いのに最低なのかしら」 「誤魔化そうとしても駄目よ!」 「聖沙ちゃん。感じない?」 「いくらお姉さまでもひどいです。咲良クンで感じてなんかいません!」 「あ、あのね、だから、そっちじゃなくて」 「来た!」 ネコミミ魔族達と遭遇した! 「咲良クンがヘンな事ばかりするから気づかなかったじゃない!」 「濡れ衣だ!」 「まずいぜ! 変身する暇がない!」 彼らは僕らの接近を感知していたのか、整然と隊形を組み待ちかまえていた。 こっちはなんの準備も出来ていない。 「聖沙、リア先輩! 僕が奴らをひきつけますから、その間に変身を」 「私が囮になるわ!」 「駄目だよ! 危なすぎるよ!」 魔族達は隊長らしき者の叫びと共に、整然と退却を始めた。 「え……どういうこと?」 「今なら有利に戦えたはずだよね」 「やっぱり……僕らとは戦わないつもりなのか」 闇の中、もはや魔族の気配の名残すらない。 「そもそも彼らは……いったいなんのためにこの学園で活動してるんだ?」 いかにも農場日和な青空。今日はコマツナの苗を植え替え。 植え替えが終わったら、真冬にそなえて作物の覆い作り。 「シン様は勤勉だな。たまの日曜日なんだから朝寝を楽しもうとか思わないのか?」 「こんなに天気がいいのに勿体無いよ」 「天気が悪けりゃ朝寝するのかよ」 「アパートに雨漏りが起きていないか点検しなくちゃいけないし、起きればやることはいっぱいあるしね」 「結局は、いつでも早起きなんだな」 「なぜソバじゃないと思うんだ? 願望ってやつか?」 いきなりキッチンに連行された僕の鼻先に突きつけられたのは、『ショッピングセンターいなみ屋』のレジ袋。 「作れ」 顔をそむけたまま、ぶっきらぼうにそう言うと、アゼルはテーブルについた。 中身を覗くと『中華弐千四川上海北京風ラーメン』が3袋。 「もしかして……僕の分も?」 「た、たまたま3袋もってきただけだ」 「そうか。アゼルが3袋分食べるんだね。でも食べすぎじゃない?」 「食いすぎなら残りは俺様が始末してやるぜ」 アゼルは顔をそむけたままで、 「私は1袋分しか食べない」 「あとは勝手にしろ」 ああ、そういうことか。 「うん。わかったよ」 手早くネギを刻み、 「そういえばさ、アゼル。ライカ見せてもらった?」 「図書館は明日からだ」 素早く卵をとき、 「じゃあ、明日は図書館へ行くんだ。遅くなるなら迎えに行くよ」 迎えになんて来るな、とか必要ないとか言われなかっただけなのに、嬉しい。 「シン様。手止まってるぜ」 「おっと」 出来上がったインスタントラーメンに、といた卵と、ネギを入れて味を整える。 ちょっとだけ隠し味のだしをくわえておいしくして、丼に入れれば出来上がり。 「はい、おまっとさん」 「うまそうだぜ」 アゼルはおもむろにデジカメを取り出してラーメンを写してから、 「いただくぜ!」 僕がラーメンをすすりながら、日曜日でもアゼルは制服なんだな、でも、たまには私服のアゼルも見てみたいな、とか思っていたら。 「なぜって?」 「ここ一週間毎食このラーメンだが、これほどおいしくない」 「1週間ってことは……21袋!? 5杯100円だから……400円も!?」 アゼルって僕より金持ちなんだな……。 「ネギとか卵とか入れたか? 入れねぇと微妙だぜ?」 「入れた」 「あんまりどっさり入れちゃだめだよ」 「色々量を変えて試した。だが、これより美味しくない」 アゼルは再びラーメンをすすり始めた。 しきりと首をひねっている。 「判った。お前はあの不思議生物の卵を使っているのだな」 「ササミはオスだから卵を産まないよ」 「では、高い卵を買っているのか」 「シン様が買ってるのより安い卵はないぜ」 「1パック12個入りで45円だからね」 「判らない。先週からずっと配合や時間を変えて、ラーメンだけを作って食べているのに……」 アゼルは首をひねりつつ、スープを飲み干していく。 「慣れれば美味しく作れるようになるよ」 「矢張り、お前か」 「様々な配合を試し、卵も私が使ったものの方が良質。であるなら、これより美味しいのが出来た事があっても不思議は無いはず」 「確かにそうなるね」 「だが、ここで食べる方が美味しい」 「お前と一緒か、一緒でないか。違いはそれだ」 アゼルは僕をまっすぐなまなざしで見た。 「つまり、お前と一緒に食べるから美味しいのだ」 どきっとした。 「ええと……一人で食べるより一緒に食べる方が美味しいって言うよね」 なに動揺しているんだ僕は! 「お前の呼気または毛穴から、空気中に放散している化学物質がラーメンを美味しくしているに違いない。合理的だ」 僕は芳香剤か旨味調味料ですか? なんか哀しいぞ。 「アゼ公の名推理に感動して声を失っているんだぜ」 「単なる合理的推論だ。分析装置があればそれが何か判明するのだが。残念だ」 「お前も残念に思うのだな」 「残念違いだぜ」 「いいにおいだ〜」 「あ! カイチョー、らーめん食ってる! 食べた〜い」 「ごめん。なくなった」 「おい」 「あれ? アゼルどうしてここにいるの?」 「それを聞きたいのは私だ」 「アタシのねぐらってここだもーん」 「お、お前たち一緒に住んでいるのか!」 「い、一緒ってわけじゃないぞ」 「一つ屋根の下だぜ」 「カイチョーって心がひろいよね」 「……そうだったのか。オスとメスで一つの巣。魔族と番いか」 「つ、つがい!? 違うよ! 僕は一階、サリーちゃんはその上!」 「……そ、そうか。そうだな」 「よかったなアゼ公」 「べ、別に事実を確認しただけだ」 「アゼルも住みたい? 住みたいなら一部屋くらい貸してあげる」 「別に……そういう訳ではない」 「こんちわ」 「ごめん。食事済んじゃったよ」 「こういう場合、こんにちは。では無いのか?」 「ナナカぁ! カイチョーが意地悪! アタシに内緒でらーめん食べてる。あ、ソバ! ソバちょーだい」 「……どうしてアゼルが?」 「もらっちゃえ! いっただっきまーす!」 「ラーメン作って貰いに来た」 「……それだけ?」 「わざわざインスタントラーメン持ってやって来たんだぜ」 「じゅるじゅるじゅる! 美味しい美味しい! 美味しいよぉ!」 「ふーん。そうなんだ……」 「他に訳があるはずがない」 僕と食べたいから来てくれたわけじゃないんだよな。 「まぁ、何事もなかったならいいんだけど」 「何があるって言うんだ」 「俺様は何もない一番の原因はシン様にあると思うぜ」 「どういう意味?」 「そうか。お前もこいつと一緒に食事をしに来たのだな」 「べ、別にアタシは、こいつの親に面倒見てって頼まれてるだけで」 「って、お前も?」 「この男から放出される科学物質が、食事を美味しくするらしい」 「なんだいそりゃ!?」 「それにしても、化学物質とはね」 「合理も行き過ぎると不条理だぜ」 「ずっと、そう思っててくれればいいんだけど……はぁぁ」 「い、いやね、今日のキララの展開思い出してさ」 「苦しいぜソバ」 「ため息吐くほど暗い展開だったの? 音大に入れたんじゃなかったの!? もしかしてまた事件が!?」 「天然すぎるぜシン様」 「うん。教授たちの満場一致の推薦で入れて、お袋さんも喜んでくれて、下宿の住人達も大喜びで大宴会!」 「祝いの席でオーボエ吹いたら、失踪していたお兄さんがその音色に誘われて現れてね。再会できたんだよ」 「ため息つくところがないよ」 「でもね。お袋さんはクトゥグア様の力で娘が音大に入れたと信じ込んじゃって……その夜、出家しちゃったんだよ」 「ほら会長さん見てください! 自由参加の申し込みがこんなに!」 「ちなみに、一番早く申し込んだのはスウィーツ同好会だからそこんところよろしく」 「キラフェスがうまくいったおかげだよ」 「この盛り上がりを生かさなくっちゃね」 「それくらい私も考えてるわよ。聖歌隊だって、もっと多くの人に参加してもらおうと色々案を練ってるところなんだから」 「こりゃアタシ達も負けてらんないね!」 「おお。みなさん燃えていますね! アゼルさん! 私達もなんかやりましょう!」 「ええと……そうです! 生徒会の様子を撮った写真の展示とか! それで親睦を深めましょう!」 「……写真の展示か。いいんじゃない?」 「アゼルは学園生全員を撮るつもりなんでしょう?」 「べ、別にそんなつもりはない」 「ここのところ毎日1クラスずつ撮ってるじゃん」 僕はノートパソコンを操作して、アゼルがここ数日の間に撮ったデジカメのデータのサムネイルを表示した。みんなが集まってくる。 「本当だ。シン君よく気づいたね」 「うちのクラスのほとんど全員が写っているみたいですね」 「1年のA組から撮っていってるのね。律儀ね」 「ぐ、偶然だ!」 「となると、一番の問題は天王寺さんだね」 「天王寺?」 「あらゆる部を掛け持ちする、お姉ちゃんより神出鬼没な人なんだよ」 「授業時間の前後にはクラスにいるだろう」 「彼女も授業にろくに出てないのよ。紫央が怒っていたわ」 「それは難しそうだ……」 「い、いや別に全員を撮ろうとしている訳では無い」 「アゼ公。データの転送をシン様任せにしてるからだぜ」 「だからって言っても……シン、よく見てるね」 「アゼルの撮る写真ってなんか好きなんだ」 「わ、私は好きなように好きな写真を撮っているだけだ」 「うん。それでいいよ。展示する写真は僕らで勝手に選ぶから」 「だから気にしなくていいよ」 「私に任せてください! 大胆に面白写真を選びます!」 「……出来の悪いのを勝手に選ばれては困る」 「ひ、ひどいです!」 「じゃあ、アゼルが選んでね」 「勝手に選ばれるよりはいいからというだけだからな」 で、霊術の訓練を途中でしたりしているうちに。 「ふぅ。今日も充実した時間だった」 「楽しい時間が過ぎるのは早いですね」 「ロロットさんの言葉を聞いてると、私達遊んでいるみたいね」 「シン! 帰ろ帰ろ!」 「ちょっと待って。アゼルどうしたの?」 ぶつくさ言いながらも、写真を選んでいたはずのアゼルは、机に突っ伏していた。 「アゼルちゃん、大丈夫?」 「……出来が悪いものばかりだ」 自分が写した写真にダメージを受けているらしい。 悪くなく見えるんだけど、写した人にはこだわりがあるんだろう。 「まだ聖夜祭まで日があるんだから、ゆっくり選べばいいよ」 「うう……自己嫌悪だ……」 「アゼル。今日はライカを見せて貰うんでしょう」 アゼル復活。 「今日はパトロールないから図書館へ一緒に行くよ」 「遅くなるだろうからさ」 「……別にいい」 「でもさ、アゼルは魔族に何度も遭遇してるから」 「何かされた事はない」 「今まではね。これからは判らないでしょう?」 「アゼルさんは相変わらずですね。人の厚意を素直に受け入れられないと、私のような人気者にはなれませんよ」 「なる気はない」 「ことさら私に冷たいです!」 「……相変わらずじゃない。前なら断ってたのに」 「そういうわけで、ナナカごめん」 「ナナカ? なにこっち睨んでるの?」 「なんでもないやい!」 「? それならいいんだけど」 「罪なシン様だぜ」 「これがライカか!」 「ええ。ライカM3というタイプです」 「確かに旧式だ……でも……何かいいなこれは……ここを押すと……ほう。これがシャッターボタンか……予想より軽い」 アゼルは出された紅茶に口もつけずに、旧式のカメラをいじくっている。 ずっと欲しがっていたオモチャを与えられた子供みたいだ。 「デジカメとは本当に違うのだな」 「機械式ですから色々面倒ですよ」 「電気部品がまったく無いのだな……ふむふむ」 メリロットさんは小さく肩をすくめた。 「……聞いてませんね」 「よほど嬉しいんですよ」 僕らは顔を見合わせて笑った。 「おお! ファインダーから見た感じが、目で見ているのと余り変わらない」 「ビューファインダーが等倍に近いですからね」 「本に書いてあった通りフレームがくっきりしてるな」 ちんぷんかんぷんだ。 「撮り方や操作方法の書いてある書籍はこちらです」 アゼルは、メリロットさんの言葉なんてまったく聴いてない風で、今日に備えて買っておいたらしいフィルムを取り出して、ライカに入れようとしている。 「入らない! どこをどうやるんだ? 不合理だぞ」 「アゼル。操作方法も判ってないのに、文句を言うほうが不合理だよ」 メリロットさんの台詞が終わる前に、アゼルは貸し出し手続きを始めている。 「咲良くんの言葉は聞こえるのですね」 「たまたま耳に入っただけだ」 「そういうことにしておきますね」 貸し出し手続きが済んだ途端。アゼルは本を開き 「なるほど……こういう風に入れるのか……」 早速、フィルムを入れようと格闘し始めた。 「アゼルさん」 「む……むむっ……こうか!」 またもメリロットさんは肩を竦めた。 「おお! 見たか咲良シン! フィルムが入ったぞ!」 そう言って僕を見上げたアゼルは、心底嬉しそうだった。 どきり、とした。 「うん見た。見たよ」 アゼルのこういう顔をもっと見たいと思った。 「ほら、入れられたぞ!」 「よかったですね」 「まずは何を撮ろうか……」 「アゼルさん。ライカを貰ってくれませんか?」 「私はもう使いませんから」 「い、いいのかっ!?」 メリロットさんは小さく頷いた。 「ありがとう! 大事にする!」 「大事にするだけじゃなくて使ってあげてくださいね」 「勿論だ!」 「アゼル。良かったね」 アゼルは、はにかむように笑った。 「お前のおかげだ!」 僕がカメラをもっていたら、その瞬間のアゼルを撮っていただろう。 だけど、写真なんかなくても、一生忘れやしない。 「おふくろさんは、キララに、音大に入れたのはクトゥグア様のおかげなんだから――」 シャッターの音に僕らは振り返った。 ライカを構えたアゼルがいた。 寝不足らしく、目が充血していた。 アゼルはどこかはにかんだような笑みを浮かべて呟いた。 「これが一枚目だ」 「ずいぶんと古いカメラね」 「私のだ」 「本格的だね」 「メリロットさんがアゼルに譲ってくれたんです」 「うまくたかりましたね」 「違う。譲ってもらった」 「物はいいようですね」 「おっはー」 「うわ。なにその、かっちょ悪いカメラ。ださ」 「だって、アタシのよりかっちょわるいもん。見てみて最新式!」 「うわ」 「こ、これは」 「懐かしいね」 「アタシもアゼルに刺激されて魔界通販で買ったんだ。牛丼と交換でさ。今朝届いた」 「ペタンコ。おまえ騙されてるぜ」 「これは日光写真ね」 「カイチョー、みんながいじめるよ。これかっくいーカメラだよね?」 「いや、これは……カメラとは言えないな」 「がびーん」 「うわ。泣きべそとられた!」 「ぴーす! 美人に撮ってー!」 「無理を言うな」 「ひどいよー。傷つくよー。あんまりだよー」 「どうして不意打ちで撮るかなー。ポーズ取ってる時に撮ってよー。意地悪だよー。ほら、魚拓のポーズだよー」 「素の方がいいからだ」 「そっかー、私はナチュラルな魅力にあふれているんだー」 「前向きだな」 「俺も撮って撮って」 「つまらん」 「ひどっ」 「あっちで何か光りましたよ!」 ロロットの指差した方向から―― 「魔族の気配だ!」 「なにが光ったんだろう?」 「こういう時、悪い人たちのすることは火遊びと相場が決まっています」 僕らは変身しつつ光った方へ駆ける! 「また光った!?」 「ニャー」 「シン君、今の」 なぜか魔族達はパニック状態で、滅茶苦茶に飛び回っている。 「何があったの?」 「……ストロボ」 「ストロボ?」 「あ、そうか。ストロボか」 「どこかに強いロボットさんが?」 「魔族達は混乱してるよ! 今、不意打ちすれば一人か二人捕まえられるかもしれない」 「そうか! 何をしてるか聞き――」 アゼルが僕らの方へライカを向けた。 「うおっ。まぶしっ」 「な、なんですか今の!? 目が目がぁぁ」 悲鳴とともに、魔族たちはてんでんばらばらに逃げていったけど、僕らもまぶしさの残りで目がちかちかして追いかけるどころじゃなくなった。 「あ、アゼルちゃん。びっくりしたよ」 「うー。魔族さん達逃げてしまいました……」 「お前らのその姿、撮っただけだ」 「タイミング悪いよ。あの光は?」 「シン様もストロボくらい知ってるだろ?」 「暗いとカメラって写らないから」 「あ。そうか。咄嗟によく思いついたね」 「彼らを撮ったら、眩しさでパニックを起こしたようだ。悪い事をした」 悪い事をした? 「アゼルさん随分と落ち着いてますね」 「そうか?」 「だって、魔族さん達に襲われたんでしょう?」 「も、勿論だ。だが、夜の撮影もして見たかった」 「カメラが思わぬ所で役に立ったね」 「私の大活躍で、何事もなくてよかったです」 「何したんだよ」 「心から心配しました! アゼルさんって危なっかしいですから」 「お前ほどではない」 「また図書館?」 「……そうだ」 「シン君。アゼルちゃんを送っていって」 「え、あ、はい。勿論です」 「男は子連れ狼になるものです」 「い、いきなり子供? だ、だめだよシン君! 物事には順序があってね」 「送り狼だろ」 「そ、それも先輩が許さないんだから!」 「どっちもなりません!」 「このカメラはとても不便だ」 夜の静かな学園に、弾んだ声が響く。 「嬉しそうだね」 「嬉しいものか。色々な調整を全部自分でしなければいけないし、その場では、どんな写真が撮れたのか見る事すら出来ない。不便極まりない」 「無駄だらけ?」 「ああ、無駄だらけだ。フィルムなどという余計な物まで買わなくてはいけない。どう考えてもデジカメの方が優れている」 「でも、嬉しそうだね」 「嬉しくなど――」 アゼルはほんの少し笑った。 「お前の前で、飾っても仕方が無いな。私は」 少し言葉を選ぶように少しだけ黙り、 「そうだ。どんな写真になるか予想もつかなくて、胸の奥がざわついている。高ぶっている。冷静さからは程遠い、でも、それは少しも不快ではない」 「ワクワク、ドキドキしている」 「使い方、合っているか?」 「うん。合ってる」 「そうか。こういう気持ちなのか。ワクワクとかドキドキというのは!」 僕は息を呑んだ。 そう言って振り返ったアゼルの顔は、本当にあどけなくて。愛らしかった。 もっとこういう顔を見たいと思った。 「今まさにドキドキしてるなシン様」 「う、うるさい」 「でも、なんでアゼルばっかり魔族に襲われるんだろう?」 「……さぁ」 「心当たりはない?」 「私だけが襲われているとは限らない」 たまたま僕らが助けてるのがアゼルだけなのか? かといって、変な奴らに襲われたという届出もないし……。 「アゼルはさ。魔族が怖くないの?」 「……どういう意味だ?」 「何度も襲われているにしては、いつも落ち着いているし、商店街で最初に魔族に出会った時だって、怖がってる様子は無かった」 「それに、ストロボを焚いた事を、悪い事した、とまで言ってた」 「彼らは恐怖を呼び起こすようなデザインではない」 「確かにそうだね」 「それに、襲われていると言っても、今の所、何かされた事は無い」 「何も? 襲い掛かって来るような気配も?」 「無かった」 いったい、彼らは何をしているんだろう? 「私が襲われたほうがいいのか?」 「そんな事ないよ!」 「僕はね、いつもアゼルのこと気に掛けているんだから! 本気で心配してるんだから!」 「そ、そうか。いつも本気なのか」 「本当だよ。本気で気に掛けてるんだよ」 「な、何度も言うな」 「ロロットも言ってたけど、アゼルってさ、危なっかしいんだもん。周りの事全然気にしてないっていうか、気にしなさすぎ」 僕は、寮の入口の脇にある掲示板を指差した。 「こういうのちゃんと読んでる?」 「読まない。今まで何も問題は無かった」 「ここには、寮の改築工事が来週の頭の12月3日から来年の3月いっぱいまで、行われるって書いてあるけど、知ってた?」 「……アゼルの部屋って何号室?」 「知らない」 「えーと、何階?」 「4階の一番奥だ」 「改築されるじゃん!」 「だからどうした?」 「だ・か・ら。3階より上は全部改築されるから、改築工事の間、引越しなきゃいけないってことだよ!」 「なにっ!? どうしてそんな重要な事を知らせないのだ」 「知らせてるじゃん。ここに。寮でも話題になってたろうし」 「……寮では誰とも話さない」 「あー。……ということは引越し先は?」 「無いに決まっている」 「あ、でも、11月26日までに事務へ申し出れば、12月1日までに部屋を用意してくれるって書いてある。よかったね」 「ほっ……問題ないではないか。驚かせるな」 「ごめんごめん。でも、これからは掲示くらいは見るんだよ」 「問題は無かった。必要ない」 「問題だらけだぜ。今日は11月27日だぜ」 「あっ! ってことは、もう間に合わないよ!」 「うーん。明日、ヘレナさんに頼んでみるよ」 「というわけで、アゼルがピンチなんです」 「アゼル! カメラしまって!」 「……判った」 「なんとかしろ」 「アゼル! もうちょっと言い方が……」 「何ともならないわ」 「お前は理事長だ。この学園の最高権力者だ。何とでもなる筈だ」 「アゼルちゃん。お前呼ばわりされて、私があなたの事をどう考えるか、想像したほうがいいと思うわ」 「意味は伝わる」 「先週の月曜日からずぅっと掲示してあったわよ。今更どうにもならないわ」 「頭を下げろと言うのか」 「あら、そんな事は言ってないわよ」 「アゼルちゃん以外は、みんな手続き済みよ。皆が守っている規則を、たった一人の違反者の為に曲げられないわね」 「僕が悪いんです!」 僕は深々と頭をさげた。 「な、なぜお前が謝る!」 「僕が生徒会の活動にアゼルを引っ張り込まなければこんな事にはならなかったんです! 僕が悪いんです!」 「いや、違う、咲良シンは悪くない! 私が単に――」 「彼女は熱心に活動しているようには見えなかったけど?」 「そんな事ありません! アゼルは今度の聖夜祭で、学園生全員の写真を撮って展示するというビッグプロジェクトを遂行中なんです!」 「積極的に参加してくれているんです!」 「べ、別に私は積極的なわけでは」 「アゼルは自分からこういう企画はどうだろう、って言ってくれたんです!」 「彼女は今まで撮りためた写真の中から良いのを選んだり、図書館で写真集を見てヒントを得ようとしたり――」 「更にいいシャッターチャンスを求めて学園中を歩き回ったりと大忙しなんです!」 「掲示板を見るのを忘れてしまったってしょうがないんです!」 僕はまっすぐにヘレナさんを見た。 「つまり、シンちゃんが悪いのね」 「では、シンちゃんに責任を取って貰わなくっちゃね。そうね――」 「私が悪い。私が掲示板を見なかったからだ。咲良シンは悪くない」 「つまり、アゼルちゃんが悪いのね」 「違うんです」 「もういい。お前が私の事を気に掛けてくれているのは判る。でも、これは私が悪い。だから、私が責任をとらなければならない」 アゼルはヘレナさんに深々と頭をさげた。 「お……理事長。私の不注意が全ての原因だ。す、すいませんでした」 「では、聖夜祭の写真展楽しみにしてるわ」 「生徒会活動にのめりこみすぎて掲示を見なかったんでしょう? だったら、最後までのめりこみなさい。それがあなたの責任の取りかたでしょう」 「部屋はこちらでなんとかしてみるわ」 「使い勝手はどうですか?」 僕らに紅茶を出しながら、メリロットさんが尋ねてきた。 「造作もない」 「カメラ譲ってもらった日の夜。徹夜して参考資料読んでたくせに」 「ふふ。頑張ってください」 アゼルは何か言いかけて、結局、恥ずかしそうに呟いた。 「……難しい」 「そうですね。そこがいいとおっしゃる方もいるようですが」 「昨日から、アゼル、はしゃいじゃって大変なんだ」 「うう……言うな」 「それはそれは、お譲りした甲斐がありました」 「譲ってくれる前に修理したのか?」 「いえ」 「本当にいいのか?」 「勿論ですよ。私はもう使いませんから」 「こういうカメラは大切に使っていなければ、動かなくなってしまうものなのだろう? これはちゃんと動く。つまり大切にされていたものだ」 「それを、いいのか?」 メリロットさんはアゼルの正面の席につくと、優しい声で 「私は写真を撮るのが趣味というわけではないのです。私にとってそれは単なる記録装置、最近はもっぱらデジカメばかり使っています」 「ですから、ライカをカメラとして愛してくださる方が使ってくださったほうが、ライカも幸せだと思いますよ」 「……大切に使う」 「記録することが趣味なんですか?」 「趣味というか……代々、記録するのが好きな家系なのですよ」 「会長さん。ちょっと秘密のお話があるのです」 「でも、ここじゃあいつみんなが来るか」 「じいや! わかりました。ありがとうございます」 「大丈夫です。じいやがうまくやってくれました」 「うまくやったって……?」 「みなさんがここへ来ないように、じいやが足止めしてくれてます」 聞きたいけど、聞かないほうがいいんだろうなぁ。 「それに、最終防衛ラインもあります」 「最終防衛ライン?」 「表に、入浴中の札をさげておきました」 「何故入浴中?」 「乙女の入浴中に入ってくるものは死あるのみですから」 「駄目駄目だぜ」 「姉上! いらっしゃらないのですか?」 「うわ。紫央さんは計算外でした!」 「おや? 入浴中!? これは失礼。乙女の入浴中に入室するものは死あるのみですからな。出直して参ります」 「うまくいきました」 「マジかよ」 「なるべくさっさと済ませてね」 「秘密を言うにしては情緒が無いですが仕方ありません」 ロロットは大きく深呼吸をひとつしてから、重々しく口を開いた。 「会長さん。実は私にはふたつ重大な秘密があるのです」 「聞いて驚かないでください。実は私は天使なのです。会長さんを信頼してうちあけます」 「あー、ええと、知らなかったよ。びっくりだ。そうだよねパッキー」 「お、おう。俺様もびっくりだぜ。そうかそうか、すげーぜ」 「隠していて心苦しかったので、少しすっきりしました」 「ええと……でも、なぜ突然?」 「実は、もうひとつの秘密と関わっているのです。どちらかといえば、そちらのほうが重要なのです」 ロロットはまたもや大きく深呼吸すると、重々しく口を開いた。 「実はアゼルさんも天使なのです」 「そうだったのか……」 アゼルがしばしば、人間を妙に客観視して喋ってたから、違う世界の人かもとは思っていたけど。 「でもよ。どうして奴はこの世界にいるんだ? 物見遊山気分のお前はともかく、奴はガリガリに真面目だぜ」 「物見遊山とはなんですか! 私は人間界の楽しそうな出来事を調査体験して探究心を満たすべく来たのです」 「ちっちゃな可愛い探検家と呼んでください」 「物見遊山じゃねぇか」 「ロロットはアゼルがここへ来たわけを知ってるの?」 「それを言う前に……会長さんはアゼルさんばかりが魔族に襲われるのを不思議には思いませんか?」 「うん。思ってた」 「私は、魔族さんがアゼルさんを狙うのは、リ・クリエに関係がある、と睨んでいるんですよ」 「根拠は?」 「アゼルさんは、今回のリ・クリエが三界に及ぼす影響を調査するために天界から派遣された調査団の一人なのです」 と、言うことは、アゼルはリ・クリエについて、僕らの誰よりも詳しいってことか。 「あ、疑ってますね! 私、アゼルさん自身の口から聞きましたから間違いありません!」 「他のメンバーが天界に引き上げたあとも、彼女は志願して人間界に残っているそうなのです」 じゃあ、カメラが好きなように見えるのも、単なる調査のためなのかな……。 「私の名推理によるとですね。アゼルさんは、調査の途中偶然、今回のリ・クリエに関して、人に言えないような何かとんでもない秘密を知ってしまったんですよ」 「それを魔族さん達に狙われているのではないでしょうか?」 「でもよ。それが事実だったとしてもだぜ。アゼ公がその秘密とやらをペラペラ喋るとは思えないんだが」 「性格的に口が堅そうだよね」 「そこは会長さんがうまくやるんですよ」 「僕、そういうの苦手だよ」 「いや、シン様は、鈍い割には女殺しだぜ」 「大丈夫ですよ。私の見るところ、会長さんとアゼルさんはかなり仲良しですから、そのうち、ぴろーとーくで」 「いきなりアダルトだぜ」 「ぴろーとーくって何?」 「枕合戦の時に飛び交う罵り合いの事です」 「アゼルと枕合戦か……努力してみるよ」 「素かよ!」 「みなさんには秘密ですよ。もちろん、私が天使であることも」 「みんな知って……いや、秘密にしておくよ」 「リ・クリエまであと一月を切った」 「我らの望みがかなう日は近い」 「我らね」 バイラスはどこか温度に欠ける笑顔を浮かべるとパスタの方を見た。 「パスタ。魔法陣の構築は順調かい?」 「はいにゃ」 「生徒会の妨害は?」 「彼らの巡回を避けているせいで僅かに進捗が遅れてはいるけれど、誤差の範囲内に収まっているわ」 「ふむ……よくやってくれているようだね、パスタ」 「はいにゃ!」 「生徒会の方は?」 「取り立てて何も。聖夜祭の準備。訓練。パトロールだ」 「聖夜祭……ああ、リ・クリエの日に予定されている行事」 「最後はダンスパーティだそうにゃ。パスタも好きな人と踊ってみたいにゃ」 バイラスはなぜか笑った。 「俺は魔王と踊らせてもらうさ」 「またカメラが増えたのね」 「千軒院先生にその言い方はないんじゃないかしら?」 「あの子が好きなの?」 「……咲良シンは、単なる監視対象だ」 「ふぅん。私は個人名なんてあげなかったけど?」 「単なる推理だ。生徒会に男はアレしかいない」 「そう。ならいいの」 「あの子との事も時間潰しというわけね」 「……お前こそ。どうしてこの企てに参加している?」 「愚問ね。立場が異なる私達が一致した唯一の目標。それはリ・クリエを確実に起こす事でしょう?」 「世界の滅び。それがお前にとって何の得になる?」 「バイラスは大方、ゲートが崩壊し、三界を隔てる境が消滅すれば、魔界から天界へ侵攻できるなどと考えているのだろう」 「パスタは非合理的な感情ゆえに、バイラスに従っているだけだ」 「だがお前は違う、リ・クリエが臨界に達した時、世界が滅びることを知っている筈だ」 「世界は滅びはしないわ。正しく再創造されるだけよ」 「だが、その新しい世界にお前はいない」 「そうね。今の私はいないわ。だけどそれでいいのよ」 「私は生まれ変わって、天使になるのよ」 ソルティアはそれが楽しくてたまらないという風に笑った。 いきなり左手をむんずとつかまれた。 「わぁ朝から情熱てきー! ナナちゃんも頑張らなくちゃー」 引きずられて廊下へ。 「もしかしてデータがいっぱいに?」 「そうだ。フィルムを使い切ったから、転送してくれ」 「フィルム?」 「ちょっーと待ったお二人さん! あと2分でHRだよ!」 「うるさい。緊急だ」 「だからってHRをサボるな!」 「はぁ、ナナちゃんは駄目駄目さんだねー」 「なんでぃ!」 「こういう時は、アゼルちゃんに対抗してシン君の右手をむんずと掴んで引っ張らないとー」 「駄目だ。この男は私が連れて行く」 「そうはいくか!」 むんず、と右手を掴まれた。 「さぁ、女の戦いだよー。左右に分かれてハイホーハイホー」 なんだか居た堪れない僕。 「そして! 痛がるシン君がかわいそうになって手を離した方が本当のお母さんだよー」 「アタシはシンの母さんになりたいんじゃないやいっ」 「私も遠慮する」 「母さんは今の母さんだけで十分だよ」 「当たり前だぜ」 「ええと、戦いが始まっちゃう前に、アゼルに一つ聞きたいんだけど」 「使い切ったのはフィルムだよね?」 「だから転送を」 「フィルムはパソコンに転送出来ないんだよ」 「写真屋さんで現像して貰わないとね」 「も、もちろん、知っている」 「こ、これは!? シンの性格からしてとても、マズイ展開!?」 「アゼルはさ、まだ流星町に詳しくないでしょ? 生徒会活動が終わったら、アタシがアゼルを写真屋さんへ連れて行ってあげる!」 「ナナちゃん、ナイス提案だよー」 「駄目だよナナカ。今日はパトロールだろ?」 「そうだ! アゼル、生徒会活動が終わったら、僕と写真屋さんへ行こう!」 「そしてさ、商店街のポイントが溜まったから、帰りに約束してたラーメン御馳走するよ」 「ラーメン! 判った! 是非連れて行ってくれ!」 「あう……最悪の展開」 「ナナカ、さっきからどうしたの?」 「ナンデモナイデス」 「やぶへびだったねー」 「うるさいやいっ! さっちんなんかこうだ!」 「うめぼしはいやー、やぶへびだったー」 「咲良シン」 「明後日というのは……日曜日だな」 「もう少し早くならないだろうか?」 「いや無理」 「そうだな。我ながら不合理だな」 「でも……早く日曜日にならないかな……」 「写真が出来るのがそんなに楽しみ?」 「ちが――」 アゼルは否定しかけて、言葉を飲み込み、 「うん。楽しみだ」 「いい写真が撮れてるといいね」 「それは判らないが……楽しみだ」 「これから日曜日まで、ずっと、ワクワクしていると思う」 調査で撮ってたら、こんなこと言わないな。 アゼルは本当に写真が好きなんだ。 「出来たら、メリロットさんに見せに行かなきゃね」 「言われるまでもない。だが、誰よりもお前に見せてやる」 別に深い意味はないだろう。 メリロットさんに会うよりも、僕と先に会うってだけだ。 「アゼルはさ、写真が本当に好きになったね」 「うん。好きだ。好きになってよかった。こんなに、ワクワクしてる」 アゼルは素直に笑った。 やっぱりかわいらしい女の子だ。 「咲良シン。お前のおかげだ」 僕の手がぎゅっと握られた。 「あ、アゼル」 小さな手で、少し冷たかった。でも、心地よくてこそばゆい。 「ずっと、言わなくてはと思っていた」 澄んだ瞳が僕をまっすぐに見上げてくる。 吸い込まれそうだ。 「私があんなに邪険にしたのに、お前がしつこく接してくれたから、図書館も写真集もカメラも知った」 「メリロットとも仲良くなってデジカメだって貸してもらえた」 「別に僕がいなくたって出会ったよ」 「そんな事はない」 「僕がしたことなんて大した事じゃないよ」 「お前にとっては大した事ではないのだろう。でも」 「私にとっては大した事だったのだ」 そんなこんなでラーメンも食べて。 アゼルを送って歩く寮までの道のりは、とても短かく感じた。 「これは……今更言うことではないが」 「今日も……送ってくれて有難う」 随分と今日は素直だね。 と言うのはやぶ蛇だって事は僕でも判る。 「ううん。アゼルって放って置けないからさ」 「私は危なっかしくなどない。お前の方が余程危なっかしい」 「そうかなぁ……」 「そうだ。少しは反省しろ」 「うーん……思い当たらない」 「お前はいつも前ばかり見てるから、反省する暇など無いのだろう」 「僕だって反省くらいするよ」 「思い当たらないのだろう?」 不意に、会話が途切れる。 アゼルは寮へ、僕は家へ帰らなくちゃならない。 だけど、もう少し。 なぜか、そんな気持ちになって、 「そう言えばアゼル」 「ええと……引越し先決まった?」 「まだヘレナからは何も聞いていない」 「そっか……でも引越しの準備はしとかなきゃね」 「出来てる」 「当日、手伝うよ」 「ありがとう……でも、手伝って貰うほど荷物がない」 「家具とかは?」 「何もない。私物はこのライカと服くらいなものだ」 「あの服。大切にしているんだ」 「そういうわけではない。もったいないだけだ」 「……ホント?」 「本当だ! 可愛いからとかそういうわけではない!」 可愛いから気に入っているらしかった。 「ニヤニヤするな!」 「引っ越したら冷蔵庫くらい買いなよ」 「冷蔵庫?」 「も、もちろん知ってる」 「もし、何か買いたい物があれば商店街を案内するからさ」 「ありがとう……その時は頼んでやる」 「アゼルちゃんの引越し先が決まったわよ」 「よかったねアゼル」 「べ、別に私は野宿でも良かったんだ……でも、お前のおかげだ」 「素直じゃないですねアゼルさんは。そういう時は、会長さんに抱きついて喜びを表現するものですよ」 「で、出来るか!」 「なかなかいいアパートよ。家賃は安いし、学園からも近いし」 「庭では管理人さんが丹精込めて育てている食べられる植物が四季折々の姿を見せてくれるし、なんと可愛いペットまでいるのよ」 「……出来すぎの物件ですね」 「うん……でも、なんか知っている気が」 「グランドパレス咲良っていうの、立派な名前でしょう?」 「なんか聞いたことのあるアパートだなぁ」 「特に名前の部分にそこはかとない親しみがありますね」 「同感」 「をいをい」 「きっと住環境の良さで有名なんだよ」 「引越しの時は、みんなも手伝ってあげてね。場所はシンちゃんが案内してくれるから」 「え、僕、そのアパート知っているんですか?」 「シンちゃんが一番よく知ってるわよ」 「ってオイ! シンの家じゃん!」 「なんとぉ!」 「おお! これはびっくりです」 「知っててボケてるのかと思ってたぜ」 「あのアパートにそんな立派な名前があるなんて想像もつかないわよ!」 「嘘はついていないわ。あそこは学園からも近いし、なんと言っても、生徒会長が管理しているんだから安心でしょう?」 「安心じゃない! 全然安心じゃない!」 「な、なぜって、それはその、一つ屋根の下に男と女が」 「そんなの決まっているわ!」 「今にも崩れそうですね。確かに」 「いや、それは外見だけの印象だ。内部を見た限り、よく手入れされていて、安全上の問題は無いと思う」 「いや、違う、全然違う」 「シンちゃん、学園から家賃だって払っちゃうわよ」 「家賃……なんて響きのいい言葉。僕もこれでニューリッチ?」 「って、そういう問題じゃないでしょう!」 「そうか。サリーちゃんからは取ってないのに、アゼルから取るのは問題かも」 「ちがーう」 「でも……悪くない案かもしれない」 「ええっ、お姉さままでなんということを!」 「アゼルちゃんは何度も魔族に遭遇しているでしょう? こうも続くと偶然とは思えないよ」 「……魔族はアゼルさんを狙っているということですか」 「そういうことよ」 「さすが理事長さんですね。行き当たりばったりの思いつきに見えて、実は色々考えているんですね。これがいわゆる馬鹿の考え休むに似たりですね」 「すげー間違いだぜ」 「確かにその方が、行きも帰りも一緒だし、守りやすい……」 「責任重大だ。僕、頑張ります」 「べ、別に守ってもらわずとも……だが、お前がそこまで言うなら……守ってやられてもいいぞ……」 「って、もしかして反対しているのはアタシだけ?」 「そして、守られているうちに、女の子のほうは、男の子に心をときめかせるようになって」 「ある雨の日の晩に、雷が怖くて男の子の部屋にやってきた女の子は、ついに――」 「ついに? それから先はどうなるんですか? わくわくの予感です」 「く、下らない。でも、どうなるのだ?」 「問題はそれよ! それから先があってはいけないわ!」 「そうそう八百八町を揺るがす大問題でぃ!」 「生徒会が不純異性交遊奨励するの反対!」 「不純異性交遊!? ぼ、僕らはそんな関係じゃないよ」 「これからなるんでぃ! 許さないんだから! っていうか、どんな関係だってぇんでぃ! 一から十まで洗いざらい吐きやがれ!」 「不純異性交遊とはなんだ?」 「ええっ!? えっと、それはね」 「大丈夫。シン君はそんなことをする男の子じゃないから」 「確かにお姉さまのおっしゃる通りね。そんな度胸は無さそうだもの」 「あっけなく納得してるし!?」 「そういう意味じゃなかったんだけど」 「リアちゃんは優しいぜ! シン様は男として情けねえぜ」 「ううっ……でも、これでうまくまとまるなら」 「つまり、へたれなんですね」 「少なくともへたれじゃないぞ!」 「よくわからないが……不純異性交遊というのが、罪深いものだとすれば、咲良シンは、私にそのような事をするはずがないぞ」 「……断言しちゃうんだ」 「こいつが私に、害をなすはずがない」 そんなにも僕のことを信頼してくれているんだ……。 「でもね、ナナカちゃん。真面目な話。このままだと魔族とアゼルちゃんを守る私達との戦いに一般学園生を巻き込んだりするかもしれないわよ?」 「ですけど……」 「リ・クリエが終わるまでの、一時的な処置よ」 「うーむ……」 「でも……アゼルは不純異性交遊すら知らないわけだし……」 「それに、サリーちゃんが屋根裏にいるから大丈夫か」 「屋根裏じゃなくて2階との狭間ね。で、大丈夫って何が?」 「まぁ判らなきゃいいんだよ判らなきゃ。あはは」 「ナナカちゃんも納得してくれたみたいね。じゃ、引越しはみんな手伝ってあげるのよ」 「いらない。私物はない」 「教材は?」 「全部ロッカーにしまってある」 「不良がいるわ!」 「不良ですね」 「夜中に学園内へ忍び込んで窓ガラスを割っちゃだめですよ」 「なぜそんな不合理な事をする?」 「教材をロッカーにしまいっぱなしにする人は不良で、不良はそういうことをしなくちゃいけないのです」 「しなくちゃいけないってことは無いと思うよ?」 「そうか、それが決まりならする」 「しちゃだめだからね」 「相変わらずやることが滅茶苦茶ですね」 「失礼ね。いくら私でも、美味しいウイスキーにお醤油を垂らしたりはしないわ」 「アゼルさんを咲良くんの所へ住まわせた事です」 「判っているわよ」 ヘレナは、理事長席で脚を組みかえると、琥珀色の液体が満ちたグラスに口をつけた。 「寮の改築工事をしたかったのは本当よ」 「もし……アゼルさんが掲示に気づいたらどうするつもりだったのです?」 「その時も、シンちゃんの家に入れちゃうつもりだったわよ。大義名分はあるんだから」 「アゼルさんを魔族が狙うから、護衛が必要だ、ですか」 「本当は、この前、シンちゃんがアゼルちゃんを連れて来た時、シンちゃんへの罰としてアゼルちゃんの世話をさせるつもりだったんだけどね」 「性格的に彼の行動が予測出来ますからね。では、なぜそうしなかったのですか?」 ヘレナは嬉しそうな顔をした。 「あのアゼルちゃんがね。シンちゃんを庇って、自分が悪いって言いだしたからよ。あの子が自分から頭を下げるなんて、想定外だわ」 「シンちゃんは天性の人たらしよ。私の目に狂いはなかったわ。あれで渋い中年だったら……惜しいわ」 「ですが、それだけでは、魔王には足りませんよ」 「大丈夫よ。多分」 「お酒、全然減ってないわね。さぁ、ぐいっと!」 「真面目な話をしているんです」 「なぜ、アゼルさんばかりが狙われるのでしょうね」 「天使なのは、間違いないのよね?」 「ええ。シャロ=マ公国は、天使が人間界に正式ルートで入ってくるときによく使う隠れ蓑ですし……」 「言動、反応からみて、ほぼ間違いないでしょう」 「だけど、それは、彼女が狙われる理由にはならないのよね」 「ええ。この学園に天使はふたり。更に、ロロットさんの友人も、流星町に来ているようです。ですが狙われるのは彼女だけです」 「おそらく、彼女にだけ固有の何かがあるのよね」 「それをあぶりだすために引き離す……結構、策略家ですね」 「いえ、生徒会長さんに賭けているのよ。彼なら、アゼルちゃんの心の扉を開いてくれるかもってね」 「もし、彼女に人には言えない、魔族に狙われるような秘密があっても、シンちゃんになら話してくれるかもよ」 「ヘレナは相変わらず、魔王を信じているのですね」 ヘレナはいたずらっぽく笑った。 「違うわよ。我らが生徒会長を信じているのよ」 「おんや? なんか落ちてら」 「やあナナカ、こんなところで何してるの? あ、わかった、日向ぼっこだね」 「違うって。ほらそこ、落とし物があるんだ」 「何だろう? あの手のひらサイズの茶色い立方体は」 「み、見て分からないんだ? お財布に決まってんじゃない」 「まさか! ナナカは冗談がうまいんだから。財布はもっと平べったいもんだよ」 「嘘じゃないってば、ほら!」 ナナカは謎の立方体を拾い上げ、僕に手渡してきた。ずっしりと重く、肌に馴染んだ革の手触り。 「た、たしかに財布だけど……なにこの重さと分厚さ?」 「そりゃ札束がギッシリ詰まってるからだぜ」 「さ、さささ札ぅ!? はうぅっ、心臓が……! フラァ〜〜〜……ッ」 「こらこら、失神するな、しっかりしろい!」 ナナカは僕から、恐怖の財布を取りあげる。 「どひゃー、ズッシリ……お嬢さまが多いもんね、流星学園ってさ」 「落とした子は困ってるだろうね、職員室に届けてくるよ。でも誰のだろう?」 「ありゃりゃ? 学生証がはいってる……持ち主は三年生か」 「うびゃ!? ぶ、ぶぶづけのじゃん……」 「そっか、御陵先輩のなら納得だよ」 「お財布が、まだあったかい。近くにいるっ」 「じゃあ手分けして探そ――」 「すうぅーーーっ」 「おーい、ぶぶづけーっ」 「リラックスしてるのに、美容院で『肩の力をぬいて〜』って毎回言われちゃう、怒り肩のぶぶづけーっっ」 「ひ、ひどい……」 「はーい、ナナカはーん!」 「ほれ、お財布落としてたよ。アタシに感謝しな」 「おーきに。そやけど、えらい素直に返してくれるんやね」 「ふふふふ……拾いに主には、お礼を1割支払うもんでしょ?」 「和菓子倶楽部の財産を、スウィーツ同好会の運営費に……わーっはっはっは。こいつぁ、いいや!」 「ナナカ、嬉しいのは分かるけど落ち着ついて。せっかくいい事したのに、まるっきり悪玉の笑い方になってるよ」 「ちゅーちゅーたこかいな……はい、ほな1割受け取っておくれやす」 「してやったり〜!」 「って、なんじゃコリャ!?」 「ちゃんと書いてありますやろ?」 「ああコレ、いま商店街でやってる福引きのチケットですね」 「3年生は自由時間がぎょーさんありますさかい、今度リーア誘うてガラポンまわしに行くんえ」 「こ、こんなもん夕霧庵も協賛してるから、家に帰れば山ほどあるやいっ」 「ほな、うちはこれで」 「あ、くれぐれも言うときますけど、うちはシブチンやないんよ? 現金は持ち歩かんと、カードでお買い物する主義やから」 「ほな、おやかまっさんどす」 「ほぇーい、ばいばーい……がっかり……」 「そ、そこまで気落ちする事なの? せっかくだから福引きやりにいこうよ」 「えっ!? ア、アタシと……?」 「うん、そうだね。行こう行こう、今すぐ回しに行こうっ」 「残念賞はティッシュ、9等はセッケン、8等は入浴剤。なんて豪華なんだ!!」 「あっはははー、シンてば所帯じみてるんだから。せめて、7等の調味料セットを狙わなきゃ」 「いや、1等の温泉旅行ペアチケットを期待しよーぜ?」 「それはいいよ。ナナカとは子供のころ一緒にお風呂はいったからさ」 「ア、アタシは、いま入ってもいいけど……」 「うん? なにか言った?」 「な、なんでもないやいっ」 この日の放課後は、ナナカに応援してもらいつつ、ガラポンをまわしてすごした。 戦果は……ティッシュは、いくらあっても困るもんじゃない。 「ふーん。そんでロロちゃんと聖沙と一緒にお弁当たべて、ホンワカした気分になったんだ?」 「うん、今度はナナカもおいでよ」 「あんがと。でも……」 「甘いよシン。プリエもいいけど、せっかくのお弁当なら、もっと素敵な場所で食べなきゃ」 「それもそーだね、中庭や高台とか?」 「むふふふ、今は放課後だよ? 学園の外でおやつ食べたってOKなんだいっ」 「……どうしてゴハンの話から、突然おやつが出てくるの?」 「てへっ」 「ナナちゃん、あけてー」 「さっちん? 生徒会室に遊びに来たんだね。いま開け――」 「待った! ぶぶづけの罠かもしんない」 「やい、さっちん。合い言葉を言ってもらおうか。自動車とキクラゲの共通点は?」 「どっちもスイーツじゃないよー」 「よし! 入んなっ」 「えっへへへー、持ってきたよナナちゃん」 「あれれ? このメンバーは、スイーツ同好会だね?」 「外はいいお天気! そんじゃ出発だい。シンも来てよっ」 いつの間か、ナナカは籐製バスケットを両手に下げている。パッキーが三体は余裕で入るほどの大きさだ。 「キラフェスも好評のうちに終わった事だし、本日のスウィーツ同好会は――」 「もぐもぐもぐ」 「ち、ちょっと。アタシの分も残しててよっっ」 海が一望できる飛鳥井神社の参道で、僕たちは午後のティータイムを楽しんでいる。 バスケットはナナカがショコラ・ル・オールから借りてきたもので、中にはスコーンやプチフール、各種ジャムに、クランベリージュースが詰まっていた。 「うん、うまい!」 「ほらシン、やっぱり場所って大切でしょ?」 「白い階段に腰かけて、果てしなく青い空と海を愛でながら、優雅にスウィーツを味わおうよ」 「参道の階段は、花こう岩だよ?」 「う……細かいツッコミはやめて、英国貴族風のネーブルなおやつを堪能しろいっ」 「ナナカ、それは『ネーブル』じゃなくて『ノーブル』だよ?」 「いいんじゃないかなー? ぱくぱく。ジャムはマーマレードだし柑橘系つながりだよー」 「参道の両サイドには、純和風の灯籠が等間隔で一の鳥居のとこまで並んでるけど?」 「そのへんは、脳内消去で見なかった事にすればいいっす。もぐもぐもぐ」 「スイーツ同好会って……」 「駄菓子屋でラーメンやゼリー買ってきて、境内で食い散らかしてるガキ共とかわんねーぜ……」 「ちがわいっ、スウィーツはもっと高貴だいっ」 「南の風に誘われて、輝く砂浜を見下ろしながら、潮の香りにつつまれるんでいっ」 「……? あなたたち、こんなところで何してるのよ?」 「これは皆さんお揃いでお参りですかな。ようこそ飛鳥井神社へ」 聖沙と紫央ちゃんが、スーパーのレジ袋を下げて、参道の階段をのぼってきた。 袋の中味はカボチャばかり。そうか、ハロウィンで大安売りしてるんだね。 「そうそう! 聖沙なら分かってくれるよね。ここで南の風に誘われて――」 「もう11月よ? 北風が吹きはじめてるわ」 「輝く砂浜を見下ろしながら――」 「参道の下のほうは磯よ?」 「うん、流星町の岸壁は埠頭と磯ばかりだもんね。砂浜は隣町に行かなきゃ無いよ」 「潮の香りにつつまれ――」 「潮というより、風向きによっては磯くさいですぞ?」 「う、うぅ……さっちん、ユミル! アタシを援護しなっ」 「いんじゃんホイー」 「ほいっす」 「わーい、私の勝ちだよー」 「チョコレート」 「こらーっ、いちはやく食べ終わって、遊んでんじゃないやいっ」 「副会長さん、じゃんけんホイー」 「ほ、ほいっ」 「くすん、負けちゃったよー」 「ふふん、グリチルリチン酸アンモニウム」 「おお! ナイスいんちきですぞ、姉上」 「はい、階段を上がりきったから、この勝負は私の勝ち!」 「ず、ずるい……でも、なんだかスゴクどーでもいいや」 「うん。ナナカ、ムキにならずに、お菓子も勝負も楽しもうよ」 「シン、そこは『お菓子』じゃなくて『スウィーツ』だってば」 「くすっ、飲み物が足りないでしょう? 熱い紅茶はいかが? その代わり、私と紫央も混ぜてちょうだい」 「えへへ、大歓迎だよ聖沙」 そんなこんなで僕たちは夕暮れ近くまで、ちょっと背伸びした午後のスイーツを楽しんだ。 「それでねー、そのブドウ狩りってばヒドかったんだよー」 放課後の教室。 珍しい事にさっちんが愚痴モードに入り、ナナカと僕は聞き役になってる。 「僕、ブドウ狩りの経験はないや。ミカン狩りならした事あるけど」 「アタシもブドウはないなぁ。イチゴ狩りは子供時分に何度か行ったけどさ」 「うん、僕も一緒だったよね。紙コップにいれたミルクを片手に、新鮮なイチゴを摘んでは浸けて――」 「あっはははー、そうそう、最後のほうはイチゴミルクになっちゃうんだよ、あれって」 「あの頃のナナカは牛乳大好きだったのに……いつから、拒むようになっちゃったの?」 「アタシをこんな風にしちゃったのは、アンタの所為だいっ。毎日、白いのをいっぱい飲ませて……う、うぅぅっ」 「もー! いちゃついてないで、お話聞いてよー。ぷんぷんー」 「ちょっ、ジャレあったりなんか、してないってば!」 「えっと、なんだっけ? ブドウ狩りだよね?」 「スイーツ同好会の活動として、行けばよかったんじゃないかな?」 「そんなの出来ないってー」 「はじめから楽しくないの分かってたんだもん。ナナちゃんとユミル誘えないよー」 「なんでそんなのに行くのさ?」 「うちってママが厳しいから、家族旅行を家族全員でちゃんとやんなきゃいけないんだよー」 「家族旅行をちゃんと?」 「さっちんとこは兄弟が多いからね〜〜」 「うん。先月でまた4人くらい増えたってー」 な、なんとお盛んな……。 「それでね。ヘチマとかは天井に絡ませて栽培するでしょー?」 「うんうん、僕ん家でやってるね」 「あんな感じで園内にブドウがたくさん成ってて、取り放題の食べ放題だったのー」 「す、素晴らしいじゃないか!」 「でも、高さが160センチしかないんだよー」 「じゃあ、狩り取ってる間は、ずっと中腰ってこと? けど食べ放題なら、それくらい我慢できるよ」 「まだまだ罠があるんだよー」 「ベンチがどこにもないし、おトイレや洗面所もなくて、もちろんタオルもなんにもなしー」 「うひゃあ、そりゃキッツイね」 「みんなには逆に迷惑かけちゃったよー、しゅーん」 「……みんな?」 「ありゃ? でもさ、シンやアタシならともかく、さっちんの身長だと屈まなくてもいいんじゃない?」 「それは心外だよー、私も大きくなりたいのにー」 「分かる、分かるよさっちん。僕もやや小柄だから……ぐすんっ。ミルクでよければ、何本でもプレゼントするからね」 「ありがとー、でも私はナナちゃんとの身長差をキープしたまま、おっきくなりたいのー」 「な、なんで、そんなややこしいこと考えてんの?」 「えー? だって、ナナちゃんがちょっとうつむいて、私が顔をクイッて上向けたら、理想的なキスができるじゃないー?」 「ふーん、なるほど、そうだったんだ」 「感心してんじゃないやいっ、アタシは百合じゃないぞ!?」 「ナナちゃんになら……いいよ……んー」 「目ぇ閉じるなっ、口すぼめんなっっ」 「あははは。いつの間にやら、愚痴じゃなくなってるね」 「私は友達に文句言ったりしないよー」 「いや、言ってんじゃん?」 「それは心外だよー」 「今までのは、ナナちゃん連れ出して、美味しいブドウのスイーツ食べにいくための前フリだってばー」 「前フリ長すぎ!!」 その後も話題はコロコロ変わったけど、一時間半後、さっちんはどうにかナナカを誘うところまで到達した。 ……僕はなんだか疲れてしまった。 「こねこね……」 「さすが堂に入ってるね、ナナカちゃん」 「てへっ、いつもシンとパッキーのを作ってますから」 放課後の生徒会室、ナナカがソバ粉をねっている。 夕霧庵で秋ソバの新粉を仕入れ、まずは生徒会の仲間に味見をして欲しいとの事だ。 「ほえ? そのおソバさんは、灰色じゃありませんね?」 「ロロット。穫れたてのやつは、ほんのり緑色してるものなんだよ」 「そ、そうだったんですか!」 「でも、じいやに内緒で、夜中にコッソリ食べてるインスタントおソバは灰色なのです」 「ちょっとロロットさん。そんな偽物と本物を一緒くたにしたら、ナナカさんに失礼でしょ!」 「いいっていいって。即席麺は、アレはアレで有りだと思うし」 「もうちょっと待ってな。みんなのおやつに、十割ソバを湯掻くからさ」 「はーい わくわくわく」 「熱いお湯をたっぷり用意するんだっけ? 簡易コンロでやっておくねっ」 「ありがとうございます。こねこねこね……」 「こねこね……こね、と! はぁ、はぁ、はぁ……っ」 「ナナカ、疲れてない?」 「そりゃ、毎朝こねてる倍の量だからな、ソバの細腕にゃキツイだろうぜ」 「僕に半分やらせてよ、ナナカ」 「なんのこれしき! 親父なんて、この10倍は平気でこねてんだい」 「ふん、情けないわね。会計を支援できないなんて、それでも生徒会長なのかしら?」 「副会長さん? ソバ打ちに、生徒会の役職は関係ないですよ?」 「ふ、ふふん、真の力添えってものを、見せてあげるわ!」 「おほん……ナナカさん聞いてちょうだい。私はよくお家でパンを手作りするの」 「生地をこねるコツは、嫌いな人の顔を思い浮かべればいいのよ。そうすれば力がはいるわ」 「なるほど、そりゃ名案だね」 「ちなみに私は、いつもある男子の事を……くすりっ」 「み、聖沙? どうして僕を見て、ほくそ笑むの?」 「嫌いな奴、嫌いな奴……ぶぶづけ、ぶぶづけ、ぶぶつけ……」 「い、いきなり彩錦ちゃんを連想するんだね」 「どりゃああぁ〜!」 「本当だ、すっごい力がみなぎってくるや」 「あんがとね聖沙! とびきり美味しいおソバができそうっ」 「お、お役に立てて何よりだわ……」 「教えた本人が、引いてんじゃねーよ」 「ふえぇぇ〜。ゴハンは、みなさんと一緒に楽しく食べると美味しいのに、下拵えの時は怨嗟や憎悪に満ちててもいいのですか?」 「うっ、う〜ん。どうなんだろうね?」 「リーアいてはります? こないだのキンツバとギンツバの件やけど――」 「あ、彩錦ちゃん!? いま入っちゃ――」 「よかった。ココにおったんどすな」 「あはは……入ってきちゃった……」 「ぶぶづけぇ〜〜。いつも涼しい顔して、アタシを手玉にとってんじゃないやいっ」 「ナ、ナナカさん、こねるのに夢中で御陵先輩に気付いてないわ」 「……何してはりますの、アレは?」 「おりゃああぁ〜! 和菓子倶楽部がナンボのもんじゃーいっっ」 「彩錦ちゃん、違うんだよ? ナナカちゃん、ソバ打ちしてて……ね、ね?」 「よろしおす、事情は飲み込めたさかい」 「ほんなら……しぃーーっ」 御陵先輩は人指し指を口元にあて、僕たちを黙らせる。そして、そのまま忍び足でナナカの背後へ。 「ぶぶづけ、ぶぶづけ、大人のぶぶづけーっ!」 「ふう、打ち終わった」 「かつてこれほど晴々としたソバ打ちがあっただろうか? いやないね。いわゆる反語」 「ほな、切り分けて麺にしましょか?」 「おうともさっ」 「って、ウヒャー!! ぶぶづけ、いつからそこに!?」 「ふっ、和菓子に背中をとられるようでは、スウィーツも大した事ありまへんな」 「もはや意味不明なのですよ」 「せ、扇子から鋭い刃物が!?」 「な〜んてな」 そう言ってソバ包丁が現れた。 じゃあ、今の音は何? 「せやかて、うちはお嬢さまやさかい。こないな包丁や使うたことないんどす」 「ほれ見たことか! 黙ってアタシに任せときなっ」 「ええソバの香り。思うとった通り、ナナカはんの方が上手やわ〜」 「褒めたって敵は敵! はい、お待ちどう!」 「うわーい♪ 美味しそうです。はやく湯掻いて、食べましょう」 「茹でるんくらいは、うちにやらせておくれやす」 「いいや! アタシがやる!」 「あれまあ。優しおすなあ」 「優しさじゃないやい!」 そうして結局、ナナカが全部作ってしまった。 しっかり、目の敵にしている御陵先輩の分まで。これが客商売の性というやつか。 「ずるずる……うまい!」 それにつけても、ナナカが作るソバはやっぱり最高だね! 「なんだろう、ホンワカしたこの感じ? 秋なのに春先のぬくもりが漂ってるよ」 「そんなもん、あの八重歯に決まってるぜ」 「ナーナーちゃ〜ん! あーそーぼっ♪」 「だああーーっ! 恥ずかしいな、もう! 黙って入っといでッ」 「お邪魔するねー」 「さっちんが夕霧庵に? スイーツ同好会の作戦会議かな?」 「ありゃ、シンも一緒なんだ?」 「ひえぇーん、シン君いつからそこにー? さてはタダご飯を食べにきたんだねー?」 「そりゃアンタのこった、さっちん」 「えっへへへー、アッシは食べ盛りですけん、世話になりますのぅー」 「その割には、育ってないじゃんよ?」 「ぐさぁーっっ! それは心外だよー、ナイーブな乙女心が海より深く傷つけられたよー」 「かくなる上は、ヤケ喰いモードー。突撃ーっ」 「ナナカ。僕は、たまたま居合わせただけなんだ。じゃあね、同好会頑張って」 「ま、待って、行かないでよ。ちょうど良かった。シンにも相談に乗って欲しかったんだ」 「相談だなんて……水くさいよ、ナナカと僕の仲じゃないか」 「僕の牛乳で良ければ、5リットルでも6リットルでも、いつでもどこで好きなだけ――」 「うっさい! さっさと入んなっ」 「営業中に僕が来ちゃっていいのかい?」 「知ってるくせに。平日の今時分は暇なんだってば」 「うーんうーん。むーん……何をお呼ばれしようかなー」 「難しく考えないでさ、パッと思い浮かんだの注文していいよ」 「あれ? 夕霧庵のメニューを頼むんだ?」 「てっきり、ここにスイーツを持ち込んで、同好会の活動をするんだと思ってたよ」 「いくら私でも、そんな失礼な事できないってー。お店屋さんだよここー? 遠慮しなきゃー」 「んじゃー、サクッとお願いいいかなー? 『テンプラ入りキツネわかめチカラそば大盛り』が食べたいよー」 「ちっとは遠慮しろいっ」 「と言いたいところだけど、今日は特別だよ?」 「やっふぅ〜! ナナちゃん太っ腹ー、さすが会長だねー」 「おやじ、『テンプラ入りキツネわかめチカラそば大盛り』と『かけソバ』ねっ」 ナナカが厨房に注文を通す。 「僕の分は、自動的に決められちゃうんだ」 「えへへ、バランスとって相殺しなきゃ。その代わり今度の朝ソバは奮発するよっ」 親父さんがソバを作っている間、ナナカは僕に相談してくる。 「ほら、ロロちゃんに話しかけようとしてた子がいるでしょ?」 「たしか、エミリナって名前だったよね」 「そう、その子っ」 「ロロちゃんとエミちゃんは、気まずいオーラ出しまくりだけどさ、本当は仲良いと思うんだ」 「うん、ロロットが呼び捨てにするくらいだもんね。かなり親しい人じゃないかな?」 「でも、今は冷戦中っぽいじゃん?」 「友達同士の事だから、アタシらがとやかく言うこっちゃないけど、やっぱり仲直りして欲しいしさ」 「きっと、あの二人はキッカケがつかめないんだろうね」 「そんな時には、美味しい食べ物だいっ」 「あの二人を夕霧庵に招いて、ご馳走するってのはどーかな?」 「いい考えだよ。うまいものを食べながらだと、会話も弾んでくるしね」 「でしょでしょっ、特にロロちゃんには、絶対ききめあるって!」 「けどさ、ロロットの好物はハンバークとか洋食系だよ?」 「さあさあ、そこでスウィーツ同好会副将の出番到来ってわけよ」 「ロロちゃんの味覚は、さっちんに近い気がすんだ」 「うんうん! なるほどなるほど!! もっともだもっともだっっ」 「なんでそんなに力強く頷くの、シン君ー?」 そうこうしてる間にソバがやってきた。 「いっただきまーすー」 「さっちん、いつも言ってるでしょ。もっと、ゆっくり食べなって」 「へぇー、ときどき食べに来てるんだね?」 「むしろ、アタシが誘ってる感じかな?」 「これは商店街の住人しか知らない事だけど、さっちんはさ、ワンテンポ遅れた招き猫なんだよ」 「にゃうーん♪」 「うん。さっちんの気配は、ひなたぼっこしてグーグー寝てる猫のそれだね」 「えっへへ〜」 「……褒められてねーぜ?」 「さっちんが来るとね、その店は千客万来で商売繁盛すんの」 「まさか、そんな福の神みたいな――」 「真実だいっ」 「それなら、さっちんが商店街中をまわったら、ものスゴイ事になるじゃないか」 「ううん……さっちんはね、気にいったお店にしか入んないんだよ。ズルイ人や意地悪な店主がいるとこには、近寄りもしない」 「うーん言われてみれば、ごく稀に鋭いツッコミいれるし、さっちんは実際に、幸福の生き神様なのかも……」 「どうなの、パッキー?」 「リ・クリエとは無関係だな。俺様の管轄外だぜ」 「おーほほほほ、我を崇めよー。私はある意味、飛鳥井神社のご祭神と互角に戦えるんだよー」 「……嘘はいけないよ、さっちん」 「な、なにを根拠にー?」 「だって、さっちんが副会長やってるスイーツ同好会は、全然人が集まってないじゃないか」 「ありゃりゃ!? い、言われてみれば、その通りだね」 「スイーツ同好会は、いつまでも二人きりだよー。私はナナちゃんを独り占めしたいんだもーん」 「ナナちゃーん、ぴとぉ♪ ぽにゃーん、すりすりすりー♡」 「必要以上に、なつくんじゃないやいっ」 「てゆーか、アタシら二人じゃないってば」 「ユミルもいるじゃんよ?」 「夕霧先輩……とってつけたように、自分を出してくれなくてもいいっすよ……」 「てへへへへ」 さっちんが幸運の星のもとに生まれたのかはともかく、僕はナナカの思いやりに心うたれた。 会長の僕よりも、よっぽどロロットの事を見ている。そして、見ているだけじゃなくて行動を起こすための準備も怠らない。 僕も見習わなきゃ……! 「ようシン様、なんでまた図書館なんぞに来たんだ?」 「もう一度、魔族に関する本を探してみたくてさ」 「前に生徒会で調べたが、たいした成果はなかったんだろ?」 「だけど念には念をだよ。それに流星学園について記された書籍も、読んでおきたいしね」 「そーいや、学園に魔族の大群が押し寄せてると、ペタンコが言ってやがったぜ」 「よっしゃ! 資料本を漁ってりゃ、何かのキッカケで俺様の記憶が蘇えるかもしれねえ。入ろうぜ」 「シン、昔のソバは美味しくなかったはずだよ」 「今みたいに湯掻くんじゃなくて、麺を蒸籠でむしてたんだって。これじゃバサバサのボソボソで、ソバ粉が台無しっ」 閲覧机に座るなり、いつの間に近づいてきたのか、ナナカが話しかけてきた。 「やあ、ナナカも図書館に来てたんだね」 「シンの方こそ、アタシとおんなじ目的じゃない? 魔族の本さがしてんでしょ?」 「その通りだけど、どうしてナナカはソバの民俗本と、お菓子の歴史本をかかえてるの?」 「たっはははー、本格的に調査する前の、準備運動みたいなもんだってばさ」 「苦しい言い訳だぜ」 「サボッてんじゃないやい。ちゃんとした読書モードになってから、魔族と流星学園のこと探るんだいっ」 「うん、期待できそうだね」 「ナナカの集中力は僕よりすごいんだ。考えてごらんよ。物心ついた時から商店街の雑踏を耳に、勉強してたんだからさ」 「むふふ、さすが幼馴染み。アタシの事よくお分かりで」 「ただちょっと、ナナカは物事の本番にそなえて充電しすぎて、漏電しちゃうだけだよ」 「うっさい、持ち上げといて落すな!」 期せずしてナナカと合流し、僕たちは図書館で調べ物をはじめる。 「魔界にもスウィーツってあるのかな?」 お菓子の歴史本を流し読みしながら、ナナカが聞いてくる。 「きっと、あるはずだよ」 「サリーちゃんを見てると、魔族もお腹がすくし、ご飯食べなきゃ倒れちゃうんだってわかるでしょ」 「ちっちゃい子だっているだろうから、魔界のお菓子もあると思うよ」 「じゃあさ、魔界にも家庭料理があるって事だよね」 「クルセイダースが魔界のオフクロの味を再現して、魔族にご馳走するとかってどう?」 「そしてたら、人間界で悪さしてる魔族は、ホームシックにかかって、魔界へ帰るんじゃない?」 「荒唐無稽に聞こえるが、心理戦としちゃ極めて有効だぜ」 ナナカの立案に、僕は心が暖かくなってくる。 僕の正体を明かしても、ナナカなら受け入れてくれるんじゃないだろうか? 「シン? 急に真面目な顔しちゃって、またアタシをからかうつもり?」 「そ、そのお菓子うまそうだね」 僕はやっぱり言い出せず、ナナカが開いている本のページに視線を落す。 「これ?」 「そう、そのバームクーヘン」 「こらこら。バームじゃなくて、バウムクーヘンだいっ」 ページには大きな挿絵が描かれており、百年以上昔、どのようにしてバウムクーヘンが作られたのか解説されている。 「へぇー、炎のうえで棒に生地を塗りつけて、クルクル回して焼きしめて……それを繰り返すと、あの年輪ができるのか」 「そうともさ。んで、最後に棒を抜きとって、分厚く焼き上がった生地を切るわけると、アタシ等が知ってるバウムクーヘンの形になるわけ」 「作ってるあいだは、棒をずぅーっと回転させなきゃなんないから、かなりの重労働だなぁ……」 「って、げげ! 昔はワンコが動力源だったんだ!?」 挿絵を仔細に観察すると、棒の端にはハムスターの羽根車を大きくしたような物体が連結されていた。その内部では、犬が一生懸命に走っている。 「ほほー、調理法そのものは簡単だね。来年のキラフェス、うちの出し物はコレにしようかな。ユミルひとりでも出来そうだし」 「ソバよ。今どき犬コロをそんな風に使ったら、動物愛護団体が黙っちゃいねーぜ?」 「あ、そっか……じゃあ、どうしよう?」 「あれれー? ナナちゃんだー。シン君もいるねー。こんにちわー」 「あ、動力源だ」 「うんうん、動力源じゃん」 「間違いなく動力源だぜ」 「な、なになに、なんなのよー?」 ほかの図書館利用者の妨げにならぬよう、小声で歓談したあと、僕たちは本腰をいれて調査に移った。 さっちんにも手伝ってもらい、流星学園と魔族に関する本を色々と探してみたものの……。 ……目新しい発見は、特になかった。 「見てなよ、シン? 今度こそ上手くいくってば」 「んむむむ……むむむーん……」 放課後の生徒会室。僕はナナカの実験につきあう。 「そいやっっ」 ナナカが握りしめた手をパッとひらく。その手の平には型崩れしたプチケーキがひとつ。 「また失敗だね」 「ナナちゃん、はやく成功させなきゃ、お茶がさめちゃうよー」 「め、面目ない……っ」 「ヒャッホー! またまたイッタダキー♪」 「ア、アタシの手順のどこにミスがあるっての? 和菓子にできる事が、スウィーツにできないわけないやいっ」 「ソバよ。リアちゃんの真似しようって心意気は立派だが、一朝一夕じゃ無理だぜ?」 「パッキー君の言う通りだよー」 「だけど成し遂げようとする向上心は、立派じゃないか」 「いいってばー、ナナちゃんは今のまんまで素敵なんだよー、無理して和菓子の召喚師になんなくてもー」 「和菓子じゃなくて、プチケーキ使ってるからスウィーツだいっ」 「マロンケーキ美味しい〜♪」 「ねーねー、もっと連敗してよナナカ。ぜんぶアタシが食べちゃうからー」 「うっさい! 次こそは……っ」 「……先輩はこの制服のどこに和菓子を仕込んで、どうやって取り出してんだろ?」 「こ、こうかな?」 「うむむむ……うむむーん……」 ナナカが目を閉じる。これで5度目の挑戦だ。 リア先輩や御陵先輩といった面々が、自由自在に和菓子を手にあらわす様を見て、スイーツ同好会会長として黙っていられないのだろう。 ナナカは生徒会活動の合間を利用して、果敢に困難へ立ち向かっている。 無事にケーキが取り出せたあかつきには、みんなでお茶を楽しもうという事で、さっちんが紅茶を淹れたものの、すこし早すぎたようだ。 「そいやっ」 ナナカが握り詰めた手をパッとひらく。その手の平には、やっぱり型崩れしたプチケーキがひとつ。 「ィヤッホーー! チョコレートケーキだ。またまたイッタダキー♪」 「どうしても形がくずれちゃうね」 「う……それさえなきゃ、わりといい線いってない、アタシ?」 「いい線どころか成功してるよ。ちょっと崩れても、味はおなじじゃないか」 「そりゃ全然ダメダメだってばさ」 「はあぁ〜、アタシは先輩の柏餅みたいに、手品っぽく取り出したスウィーツを、シンに食べて欲しいのに……」 「そっかー。おソバ以外でも、シン君を餌付けしたいんだねー」 「さ、ささささっちん、なに言ってんの!?」 「うひひ、わかってやすぜー? ナナちゃんはシン君の事がー」 「わー、わあー、うわあぁーーっっ」 「だからねーって、あれ? ナナちゃん、指に溶けたチョコがついちゃってるよー?」 「あ、本当だ。洗ってこなきゃ」 「私にまかせてー。あーん、はむ……ちゅぷぅ、ぺろぺろ」 「ぎ、ぎゃぁあああ〜!? なにしやがんでい、さっちんっ」 「んー。ナナちゃんの汚れた指を見てたら、つい綺麗にしたくなっちゃってー」 「おや〜? ナナちゃん、まだチョコがついてるよー? ……いいよねー?」 「やだい、やだい、やだいっっ」 「僕ティッシュもってるけど、いる?」 「遅いよシン、さっさと寄こせっっ」 「あと、それからさ……柏餅とプチケーキじゃ、どうしたってプチケーキのほうが潰れやすくないかな?」 「言われてみれば……な、なんてこったい!!」 「はじめから気付けよ」 「えへへー、恋は盲目ってやつですなー」 「うぅー」 この日、ナナカはあと3回頑張ったけれど、プチケーキはすべてサリーちゃんに食べられてしまった。 「さあ、はじめるザマスよっ」 「ナナカ? どうして僕ん家の前にいるの? はじめるって何を?」 「大掃除に決まってるじゃん」 「スス払いには、まだはやいよ?」 「そんな年中行事じゃないってば。アンタがちゃんと生活してるかチェックすんの」 「なんてったって、オジさんとオバさんから頼まれてんだ。アタシはシン専用の監督だい」 「ククク……理屈をふりかざしているうちは、足踏み状態のままだぜ?」 「う、うっさいよ!」 「玄関の鍵あいてるから、普通に踏み込めるけど? 入りなよナナカ」 「お、お邪魔します」 「……緊張してない?」 「し、してないやいっっ」 ナナカと僕は、まず台所まわりから掃除をはじめる。 「うん、家事をしてると無心になれるね」 「ここは……ヨシッ」 「そっか、わかったよナナカ。ありがとう」 「ここも……クリアッ」 「魔族の事とかちっとも解決してないのに、僕はキラフェスの成功で気がゆるんでた」 「気持ちを切り換えるためにも、雑念はらって頭を休めなきゃ」 「だから大掃除なんだね?」 「へっ!? あ……う、うんっ、そうともさ! たはっはははー」 「苦しいくらいに好意的な解釈かまして、偵察みえみえのソバを精神的に追いつめるとは、さすがシン様だぜ」 「パ、パッキー、なに言ってんのさ?」 「ピアスが片方だけ落ちてねーか? 鏡にルージュの伝言が残されてねーか?」 「シン様に買えねー食材がねーか? 使いこなせねー調味料が置かれてねーか?」 「ち、ちがわいっ、アタシはお掃除に来たんだい。こうやって、フキフキフキ〜」 「って、ああっ!? 長い髪の毛が落ちてる……っ」 「しかも甘い匂いがして……誰んだっ!?」 「僕のじゃないかな? 髪は抜け落ちても、のびる事あるらしいし」 「その完璧なキューティクルは天使だぜ? 毎日いいもん食ってる証拠じゃねーか」 「シン様は栄養足りてねーから髪質バサバサだぜ」 「ひどいや、事実を言わなくてもいいじゃないか」 「ロ、ロロちゃんときましたか!? そいつぁ予想外だっっ」 「待って……ここはシンのバスルーム……まさか、まさかアンタ!?」 「ぼ、僕がなに? ロロットの髪は、この前にみんなでお鍋したとき、落ちちゃったんじゃないかな」 「あ、あはっ、あはは……そりゃそーだ。シンにそんな真似できっこないしさ」 「でもシン、親睦会って結構前じゃんよ。ちゃんとキレイにしときなっ」 「労働のあとのお茶はいいねぇ……和むー、ぼぉぉ……」 「お掃除お疲れさま。お茶のおかわりいる?」 「ううん、三杯飲んだから、もういいや。ごちそうさま」 「ぼへらぁー。……よく晴れた午後の、お陽さま射してる畳のお部屋か……」 「ふわぁぁん……ちっちゃい頃、この時間は、お昼寝タイムだったね」 「ああ、僕ん家やナナカん家で、一緒に寝転がってた」 「アタシ、今すっごい寝ちゃいたい気分だよ。無理だけどさ」 「どうして無理なの?」 「な、なんでって……そんなの……」 「しかも秋ソバの匂いがして……誰んだっ!?」 「ナナカに決まってるじゃないか」 「たは、たははははっ」 結局ナナカは昼寝せず、僕の生活態度を一通りチェックしたあと帰っていった。 掃除したせいか、いつもより部屋に射しこむ日光が明るく感じる。 夜、眠れなくなっちゃうだろうけど、久々に昼寝してみよう。 「どう、いけそうシン? やっぱ、アタシが半分持つよ」 「いいって。僕は平均身長よりやや小柄だけど、これくらいならヨイショ……ッと!!」 「わっ、担いじゃった。やるじゃない、シン」 小豆がつまった重い麻袋をふたつ、僕は両肩に乗せてかかえ持つ。 放課後、僕はナナカに誘われて、クルセイダースの自主トレをはじめた。 ……けれど、言われるまま着いた場所は、おなじみ夕霧庵。 「あははは、たしかに筋トレになるけど、ちゃっかりお店のお手伝いか。ナナカらしいや」 「シンの身体も鍛えられるし、一石二鳥だいっ」 「でも、お店じゃなくて、これは夕霧家のつとめだな」 「……? 小豆を飛鳥井神社に持ってく事が?」 「そうともさ! 毎年、秋になったら奉納してるんだ」 「知らなかった……」 「ま、大したこっちゃないしさ」 「ふーん、そのへんは道すがら聞こうかな」 「その前にナナカ、戸を開けて」 「はいよっ」 両手が塞がっている僕の代わりに、ナナカが夕霧庵の出入口を勢いよく引く。 汐汲商店街を抜けて月ノ尾公園へ。波止場ぞいに東へ進めば、飛鳥井神社の一の鳥居だ。 「むふふー」 小豆袋を運ぶ道中、ナナカはずっとニコニコしている。 「シンたら、いつの間か逞しくなったんだな。それ一袋で20キロちょいあるんだよ?」 「ぶっちゃけると、腕力は関係ないよ? タワラ担ぎで肩に乗せてるだけなんだ」 「それでも、アタシはビックリしたさ」 「二つで40キロ越えるって事はさ……」 「むふふー。その気になったら、シンはアタシを、人さらい抱っこ――」 「どおりぃゃゃやあああああっっっ!!」 キムさんが業務用の小麦粉袋を三つ背負って、商店街へ歩いてゆく。 一袋30キロ。全部でおおよそ100キロだ。 「ええーと、ナナカごめんね、聞こえなかった」 「だ、だからさ、シンはアタシを抱っ――」 「ずおりぃゃゃやあああああっっっ!!」 品川のオバサンが、タクワンがみっちり詰まった漬物樽をふたつ、両脇に抱えて商店街へ歩いてゆく。 おそらく、かるく200キロは越えているだろう。 「なんだって、ナナカ? もっと大きな声で言ってよ」 「ア、アタシもシンに抱き上げて欲し――」 「牛丼、食わせろ」 オデロークが牛を十数頭ほど抱えて、牛丼屋さんへ歩いてゆく。 おそらく総重量は、軽く5トンは越えているだろう。 「……ナナカ?」 「あはは……なんでもないっ」 「さあ、シン! 参道のぼりなよ、アタシが後ろから背中ささえとくからさ」 「うん、頼むね」 「いつも、ありがとうございます。よきお参りでした」 「イヤイヤこちらこそ。紫央ちゃん、コレたのむよ」 大量の小豆を奉納したあと、紫央ちゃんに会う。 ナナカは懐から古ぼけたお守りを差し出し、紫央ちゃんに手渡した。 「ふむ……お持ちするのは、同じものでよろしいですかな?」 「あったぼーよ」 「ナナカ? 初期不良だったお守りを、交換してもらうの?」 「し、失礼な! 飛鳥井の品にマガイモノなんぞありませぬ!」 「シン殿。神札は授かったのち一年経てば返納し、また新たに求める習わしですぞ?」 「そうだったんだ? 使い捨てだと思い込んでたよ」 「ア、アンタ罰あたるぞ?」 「シン殿への戒めはともかく……本当にコレとおなじものをお求めですかな?」 「アタシだって乙女だい。恋愛成就のお守りは、乙女の基本だってば」 「ナ、ナナカ殿がお持ちになっておったのは、安産祈願の守符ですぞ?」 「げげっ!」 「こ、この一年間……どおりで進展しないわけだ……ぐはっ」 「まあまあ、案ずるより産むがやすしと言うじゃないか」 「ナナカは選挙に当選したし、キラフェスも大成功だった。お守りのご威光もあったんだよ」 「おお! よきフォローです。それがし参考にさせていただきますぞ」 「一応ツッコんどくが、安産とは微妙に意味が違うぜ?」 「きゃうっ!? せ、精神的ダメージが大きすぎて、足に力がはいんないや……」 「危ないな……オンブして送るよ」 「か、肩を貸してくれるだけでいいってば」 「そっか、じゃあそうしよう」 「たははは、お守りじゃなくて、アタシのせいか……」 「ごちゃごちゃ言ってないで、ほら行くよっ」 ナナカに肩を貸して、僕は参道の階段をゆっくりと一段ずつ降りてゆく。 下につくまで、いつもの三倍ほど時間がかかってしまったものの、なぜか懐かしい感じがした。 「あ……シンも来たんだ」 「ナナカこそ、ロロットのこと気にかけてるんだね」 「シンだって、そーじゃん」 1年D組。一階にあるロロットの教室。 三々五々、生徒たちは退出してゆくが、なかには教室に残り由無し言に花を咲かせてる者も多い。 勉強とは関係ないけれど、こういう時間も大切な学園生活の一部だ。 「ロロちゃんいないや……でも、ちょっとホッとしたかも」 「僕もだよ。来てみたはいいけど、なんて言葉かければいいのか分からないんだ」 「たははは、アタシもおんなじ」 「前もってアレコレ計算しなくても、会って自然に話すだけで解決する事だってあるよ」 「あの二人は、きっとそれだな」 「エミリナって子と……えいやっ、もうエミちゃんって呼んじゃおうっ」 「ロロちゃんとエミちゃんは、ケンカしてるっぽいよね?」 「どっちかっていうと、冷戦中かな」 「友達同士の問題だから、先輩のアタシはしゃしゃり出ない方がいいんだけどさ……」 「後輩を心配するのは良いことだよ」 「あんがと……」 「一年生の教室って懐かしいや」 「二年生になって二階にあがってから、当たり前すぎて意識できなかったけど、窓からの景色が全然違うね」 「ナナカは放課後、スイーツ同好会の復活にむけて、教室でしょっちゅう作戦会議してたっけ」 「あははは、そうそうっ」 僕はナナカと、いつまでもここで話していたい誘惑にかられる。 と同時に、チラチラとこちらを見やる一年生の視線を感じ、居づらさを覚えてしまう。 「てへっ、アタシら悪目立ちしてるっぽい?」 「一年生の教室に上級生が、それも生徒会役員が二人はいってくれば、仕方ないさ」 「アタシ等は、たまたま出くわしたけど、ひょっとしたらリア先輩や聖沙も、様子を見に来てたのかも?」 「うん、ありえるね」 「このまま一年の教室でダベッてたら、逆にロロちゃんに迷惑かけちゃうな」 「ああ、僕たちは退散しよう」 「そだね、ここはアタシらの居場所じゃないよ」 「ま、ロロちゃんとは生徒会やクルセイダースで会えるし、それに……」 「本音言っちゃえば、アタシも後輩にかまってる余裕なんてないんだけどさ。あははは」 「ええーい、いったいどの場所なんだいっ」 「どこだって、同じだよー」 「そんな事ないやい、聖沙が通学路に絶景ポイントがあるって教えてくれたんだいっ」 「……? やあ、二人おそろいで、どうしたの?」 「あ、シンッ。いいとこに来てくれたよ、手伝ってくんない?」 「何をさ?」 「このへんに、夕焼けがすっごくキレイに見えるとこがあるんだいっ」 「副会長さんが、ナナちゃんにそう言ったんだよー」 「通い慣れてる、この道に? うーん、心当たりないなぁ……」 「やっぱ、そーだよね? さっきから探してんだけど、見つかんなくってさ」 「たははは、聖沙にちゃんと、具体的な位置を聞いとけばよかった」 「副会長さんに、携帯で聞けばいいのにー」 「うん、それが一番確実だ」 「じ、自力で見つけたほうが、感動が大きいってもんよ」 「……聞き忘れちゃったのが格好悪くて、電話かけれないんでしょ?」 「ギックン!?」 ナナカと聖沙がどんな会話をかわしたのか分からないけど、かつがれたわけじゃなさそうだ。 ただ通学路は山裾に沿って敷かれており、住宅街より高い位置にあるものの、生い茂った樹に遮られて展望はよくない。 「そんないい眺めなら、僕も見てみたいな」 「素敵な眺めならあるよー? ほらホラ、ここココー」 「どこのこと言ってるの?」 「この中だってばー、ナナちゃんのスカート、ぴら〜ん♪」 「ぎゃああぁーーーーっっ!?」 「ナ、ナナカのパンツが……ブフッ、鼻血ブースター」 「ありゃ、シンたらショックで倒れちゃった」 「むふふー、そっか。一応アタシの事を、女子として見てくれんだね」 「絶景かなー、絶景かなー」 「って、いつまでめくり上げてんだいっ。さっさと下ろしてよ」 「うーんうーん、巨大パンツ魔神が襲ってくるよ……」 「う……シンはアタシの事なんだと思ってるんだろ……?」 「パンツの化身なんじゃないかなー?」 「やだいっ、そんなのっっ」 薄れてゆく意識のなか、ナナカとさっちんの声が聞こえる。 僕にとってナナカは…… 定期テスト1日目が終了した。 帰路、僕は遠回りして、商店街まで足を運ぶ。 軽く運動すれば、頭の回転がよくなると聞き及ぶ。明日、テスト2日目を無事に乗りきるべく、もうすこし散歩をしておこう。 「あれ? あの面々は……」 「よっしゃ! 本日のスウィーツ同好会議をはじめるよ」 「ひゅーひゅー! やんや、やんやー!」 「……あの、自分は家に帰って、テスト勉強したいんすけど。ほかの部活と同好会も、テストに備えてお休み中じゃないっすか?」 「だからだよー、ユミルー」 「そそっ。いま活動して結果残せば、和菓子倶楽部を出し抜けるってもんさ!」 「そ、そんな事しなくても、いいじゃないっすか」 「ナナカ? テスト中なのに、スイーツ食べ歩きを断行するの?」 「おりょー? シン君も参加しにきたんだねー、大歓迎だよー」 「僕はただの通りすがりだってば」 「シン、アタシ等はテスト中だからこそ、スウィーツに成績を賭けるんでいっ」 「い、言ってる意味が分からないんだけど……?」 「ほら? 勉強してると頭が疲れて、甘いもの食べたくなるでしょ?」 「うん、頭脳労働に糖分補給は必須だよ」 「それじゃん! スウィーツたらふく味わってから机に向かえば、勉強の効率アップ間違いなし」 「その通りなのだー、ナナちゃん冴えてるぅー」 「そうなのかな……?」 「少なくとも、間違ってないと思うっす……ですが……」 「ユミル頑固だよー。まだ納得できないのー? んじゃー、副会長の私がフォローするねー」 「こんなお話があるよー?」 「サクラの枝を折っちゃった事を正直に話して謝った少年は、大統領になったのー」 「だから、そこいらへんにいる男子もサクラの枝を折ったら、総理大臣になれるんだよー」 「ナナちゃんとおんなじ、逆転の発想だねー」 「それ、違う」 「違うっす」 「さっちん! もうちょっとで、ユミルが落とせそうだったのに……!」 「お、落とすって何すか、夕霧先輩!? 自分やっぱり今日は失礼するっす」 「あ、僕も――」 「おーほっほっほっほー、スイーツ同好会血の掟そのいちー」 「『来る者は去らずー、追う者は拒まずー』」 「ユミルー、秘技・地蔵固めー、だきゃーっ♪」 「ぐわっ……う、動けないっす」 「さあ、ナナちゃんもシン君をつかまえるんだよー! すりすりすり〜〜」 「さっちん先輩、はなして下さい。自分その気はないっす!」 「う……アタシがシンに、その技かけんの?」 「さ、さすがにそれはちょっと……」 「じゃあねナナカ。お互いにテスト頑張ろう」 「お、おうともさっ! ば、ばいばいシン」 「あちゃー、ナナちゃんー」 「笑うなら笑え!! この根性なしをっ」 スイーツ同好会と別れて、僕はしばらく散歩を続けた。 定期テスト2日目が終了した。 どうにか全科目やっつける事ができた。 解放感にひたって思いきり背伸びしたい気分だ。どうせなら広くて眺めがいい場所でやろう。 「ス、スイーツ同好会がこんなところに?」 「ありゃまー、シン君もスイーツ決起集会にきたんだねー」 「見な、あの大空をっ」 「この空のもとには、何千何万種類というスウィーツがあるんだい」 「それに比べてテストなんか、どんなに頑張っても、たった100点じゃないか。小さい小さいっ」 雄大な景観のなか、ナナカが非論理的で大変にみみっちい演説をしてる。僕は幼馴染みととして、止めるべきなんだろうか? 「見よー! あの空の向こうは、無限の大宇宙だよー」 「多分あっちのほうで、お互いの存亡をかけた惑星間戦争とか、時空連続帯の攻防戦が繰り広げられてるよねー?」 「いや、疑問形にされても、どう答えていいものやら……」 「それに比べて、たかがテスト。ちっぽけ、ちっぽけー」 「どうして岡本さんは、そんな素直に聞いてるの?」 「自分、赤点の常習犯でしたが、通販で睡眠学習キットてにいれたおかげで、今回は自信があるっすから」 「なにー!?」 「ユミル、アンタ今日で破門だよっ」 「な、なんでっすか!?」 「んじゃー、次のスイーツ試食会は、ユミルの奢りって事だねー。賛成の人は手をあげてー、ハーイー」 「はーいっ。2対1で可決か……いやあ、民主的だね」 「むっちゃ独裁的っす! 会長なんとかしてくださいっす」 「え〜〜」 苦労して、半ば自暴自棄になってるナナカとさっちんを、なだめすかす。 結局、スイーツ同好会会長と副会長の横暴を諭せたのは、小一時間後だった。 僕はただ、ここで背伸びして深呼吸したかっただけなのに……疲れた。 「むふふー、テストの結果も出たことだし、アタシは無罪放免だい。天下太平、問題なーしっ」 「……あるよね?」 「う……聖夜祭にむかって、心機一転してるのに、水を差さないでよ」 「ナナカは補習代わりの宿題だされたでしょ? 聖夜祭に全力投球するためにも、ソレちゃんと提出しなよ?」 「宿題は日曜の夜にやるもんと、相場が決まってるのさ!」 「そっか。やる気があって安心した。今日でよければ宿題に付き合えたけど、ナナカの都合もあるもんね」 「ア、アタシいますぐ帰って、宿題はじめるっ」 「僕は別にナナカを急かしたわけじゃないよ? ゆっくりでいいから、自分のペースできちんと仕上げ……うん?」 不意に、僕の周囲に影が差しこむ。 「こらこら、アタシが宿題やるからって、全身暗くするほど驚かないでってば」 「違うよ、僕は――」 「ヒョエエエぇ、カイチョーどいてぇ〜〜〜っ」 「ジャキ!?」 「ぐはっ」 いきなりサリーちゃんが墜落してきて、僕に……いや正確にはパッキーに激突した。 「きゅる〜ん あいたたた……」 「ん……んん? でも、そんなにイタくない? あわわ、パッキーがクッションになってくれたんだ?」 「あーあ、ダメージ大きすぎて気絶してら」 「ありがとね、パッキー。お礼にこんど紅ショーガあげちゃう」 「多分いらないよ……って、どうして空から降ってきたんだい、サリーちゃん?」 「ビックーン! そ、そうだったっ」 「うっ、ぐすっ、お顔がイタイよーっ、おでこチクチク、ほっぺたピリピリして、ちゃんと飛べないのー!」 「本当、リンゴみたい」 「ま、まさか食い逃げして、つかまって往復ビンタされたんじゃ!?」 「ムキー! アタシもうそんな事してないよっ」 「カイチョーん家で、お顔洗ったら、こーなっちゃったの!」 「うちの炊事場で?」 「そうだよ? お皿キレイにするやつをチュルーッて出して、ペトペトしたの」 「ま、まさかそれって……」 「大変だっ、食器用の中性洗剤じゃんよっ」 「サリーちゃん、夕霧庵へ来なっ」 「オシボリ、ほんわぁ〜♪ ぬくぬくイイ気持ち〜」 「はい、顔こっち向けて、ジッとしてなよ。ぬりぬりぬり」 「むーむー」 ナナカはサリーちゃんを連れて帰ると、霜焼けのように赤くなった額や頬や鼻に乳液を塗り、かるくマッサージをはじめた。 歳のはなれた妹の面倒をみる、できたお姉さんの風情だ。 「サリーちゃんのお顔に、クリーム塗っといたからさ。あとは――」 「クリーム!? ぺろ〜ん♪」 「フンゲ!! 苦え! ぺっぺっぺっ!」 「当たり前だい、ソフトクリームとかじゃないやいっ」 「サリーちゃん、なめ取ったりしたら、またズキズキになっちゃうよ」 「あわわわ、ぶるぶるぶる、がくがくがくっ」 「まったく、食器用洗剤で顔洗うなんてさ」 「ごめんなさ〜〜い」 「あれは顔の脂が取れすぎちゃうんだ」 「普通の洗顔フォームなら3、4回すすげばOKだけど、食器用のは10回以上流さないと洗剤が落ちないんだ」 「そう、いつまでたっても顔がヌルヌルしてて、水でいっぱいゴシゴシしたよ」 「そんでさ、顔洗った直後はスッゴイ気持ちいいんだけど、すぐに肌が熱っぽくなって、ヒリヒリしてくんの」 「そうそう! 空なんか飛んだら、風が冷たくてイタイのイタクナイのって」 「たははは、痛いんでしょ?」 「……ねえナナカ、やけに詳しくないか?」 「ひょっとして、ナナカもサリーちゃんと同じ事した経験があるんじゃ?」 「うぅ……っ」 「サ、サリーちゃんは、アブラ分をしっかり取らなきゃね。うちで、たぬきソバ食べていきな」 「いえっさー天カス、天カス、うれしいなっ」 「ふ、不憫な子。やっぱチクワ天ソバにしてあげる」 「ヒャッホーイ! ナナカすきすきーっ」 しばらくして、ナナカは厨房から熱いソバを三人前はこんできた。 軽く腹ごしらえをして、僕はこの日ナナカの宿題を見た。 そう言えば、生徒会にはいるまでは、二人でよくこうしてたっけ。 僕はノンビリと歩きながら、聖夜祭の催しについて考える。 人は気の向くままに散歩したり、お風呂にはいったり、自転車をこいでいる時に、いいアイデアが浮かぶらしい。 「困った。さっぱり思いつかないよ」 「シン様は、考えすぎだぜ? たしかに急がず歩いてるけどよ、心は全然ゆったりしてねーじゃねえか?」 「く……っ。ノンビリ、ノンビリ、ノンビリ。このまま住宅街まで、まったりお散歩だよ!」 「切羽詰まってるようにしか、見えねーぜ?」 キラフェスの成功は、生徒のみんなのみならず、汐汲商店街の協力をはじめとした、流星町の人たちの協力によって得られたものだ。 だから、聖夜祭も―― 「申し訳ございません。まさか、そのような事態にいたるとは……」 「別にいいよー? 湯船が花ビラでフタされて、すごーく熱かったしー」 「たはははー、やっぱさ、理想は理想のまま憧れとくのが、一番いいねっ」 「おお、慰めの言葉をかけて下さるとは、なんと心優しい乙女たちでしょう」 「おや、この方は?」 確か、どこかで会ったことがあるような……。 「お初におめにかかります。私は流浪の紳士、その名をメルファスと申します」 「あ、どもども、ご丁寧に。僕、流星学園生徒会長の咲良シンです」 「ほほう、生徒会長の君ですか」 パッキーが僕の脇で、キザくさい奴と舌打ちしていた。 「わーい、シン君だ。丁度良かったー。私を見て見てー」 「うっふーん、アッハーン どうどうー? 魔性の女の匂いだよー」 「こらこら、シンにモーションかけてんじゃないやいっ」 「魔性っつーか……くんくん、トイレの芳香剤の匂いがするぜ?」 「無理もありませんね。ぬいぐるみの身では、高貴な秋バラの香りなど、到底理解できないでしょう」 「微妙に塩素の匂いもまじってやがるぜ? おい、これがキザの言う、高貴とやらか?」 「ありゃ、マジで塩素? あがり湯が足りなかったのかな? くんくんっ」 「えへへー、きっと私だよー。ナナちゃんの裸に見とれちゃって、かかり湯するの忘れてたのー」 「見とれんなっ」 「……ポッ」 「頬染めんなっっ」 「あー。みんなで銭湯に行ってきたんだね?」 「そうともさー、一番風呂でいっ」 「私はバラ湯の用意をしたのみ。湯浴みはしておりませんよ。さすがに女湯へはお邪魔できませんからね」 「男湯入れよ」 「その行動は私の美意識に反します」 「『バラの湯』なんて銭湯、流星町にあったっけ?」 「違うってば。湯船にバラの花ビラいっぱい浮かべた、お風呂の事だよ」 「ほら? 人ってお風呂に浸かってる時に、いい考えが浮かぶっていうじゃない?」 「だからー、どうせなら銭湯のおっきなお風呂にはいってー、聖夜祭のこと考えようとしたんだよー」 「さっちん? その言い方だと……ひょっとして何も思いつかなかったの?」 「わ、私はうら若い乙女のお二人に、バラ湯を楽しんで頂きたかった。決して思索のひとときを台無しにする気はなかったのです」 「わかってるって。メルファスに頼んだの、アタシ等だもんよ」 「映画とかで、花ビラ浮かべたバスタブに、恋人同士がはいったりするでしょー? あれに憧れてたんだよー」 「まあ、でも実際にやっちゃうと、かなり厳しかったさ」 「どうして? すごく贅沢なお風呂じゃないか」 「うーんとねー、お湯の表面が真っ赤っかな花びらで、びっしり覆われててねー」 「しかもプカプカ揺れるから、大きな湯船全体が変な生き物の内臓で、ドックンドックン脈打ってるみたいなんだよー」 「やめろ、気持ちわりー比喩表現は! 脳裏に鮮明なイメージが浮かんじまったじゃねーか!!」 「それでねー、排水口にバラの花ビラが、すぐ詰まっちゃうのー」 「膝小僧すりむくとさー、関節なもんだからカサブタがヒビ割れちゃって、ピラピラしちゃうでしょー?」 「あんな感じで、洗い場のすみっこに、花ビラが折り重なってカサカサしてたんだよー」 「うああああっ、お願いさっちん、そんなリアルな喩えしないでっ」 「生徒会長の君。私はナナカ嬢とサチホ嬢に、迷惑をかける気はなかったのです」 「むしろ、私の苦労もわかっていただきたいですね」 聞くところによると、メルファスさんは自由自在にバラの花吹雪が出せるらしい。それなのに―― 「残念ながら、そうではありません」 「瞬間移動で姿を消す時のみ、魔力の残照としてバラの花ビラが具現化するだけなのです」 「大変だったのですよ。まず銭湯の開店前、番頭さんにバラ湯の売り込みをし、正式な許可をもらってから、無人の女湯に私一人で入りました」 「そして、瞬間移動で男湯に移ったのですが、花ビラの量が足りないから、一度表に出直して、もう一度(以下略)」 「またまた玄関口に出て、番台を通って、女湯に入って、瞬間移動で男湯に移って、またまたまた――」 「その『大変だった』は『面倒くさい』と同義語じゃねーか!」 「シ、シュールだ……」 「メルファス、ぼやかない、ぼやかない! アタシ等かなり楽しかったよ」 「そだねー、面白かったー。ちょっとくらいトラブルあったほうが、盛り上がるしねー」 「うん!?」 「それって聖夜祭のヒントになるかも!」 「でかした、さっちん。褒めてつかわすっ」 「ほにゃー?」 「結果的に、乙女たちのお役に立てたのなら幸いです」 「ただ……私の記憶が正しければ、銭湯の入浴料はラーメン一杯の値段に等しかったはず。いつの間に値上がりしたのでしょう?」 「メルファスさんは、意外と庶民的なんだ……僕も人のこと言えないけど」 「人間界は常に変化し、まったく興味がつきませんね」 「願わくば、この世界が永遠に存在せん事を……それでは失礼いたします」 メルファスさんは、バラの花吹雪を舞わせ、消え去った。 「うわっ!? 服のなかに花ビラはいっちゃったよ」 「ひーん、ぺっぺっぺーっ! 私なんてお口の中だよー」 「こらーっ、天下の公道にこんなもん散らかしてんじゃないやいっ」 「いや、心苦しい。公徳心にあふれるナナカ嬢の仰る通りですね」 「すぐに掃き清めますから」 携帯ホウキと携帯チリトリを手に、掃除をはじめるメルファスさんに、僕は親近感を覚える。 バラ湯を満喫したナナカとさっちんも、そうだろう。 人間と魔族は分かり合える。 リ・クリエは言わばトラブルだ。それを解決したあと、両者はより強く交歓できるんじゃないだろうか? 11月も今週で最後。いよいよ聖夜祭の待つ12月だ。 僕は一足はやくクリスマスの装いとなった汐汲商店街をめぐって、心の準備を整える。 そうだ……夕霧庵も商店街のクリスマスイベントに、協賛してるんじゃないだろうか? ナナカに頼んで、商工会議所の企画書を見せてもらえれば、きっと参考になるはずだ。 「オッジさーんっ」 あれ、ナナカの声が? 「オジさん、ちょーだいな」 「おじさんはやれないね、ナナカちゃん。あんな宿六でも、あたしの亭主だよ」 「たっはははー、こりゃ一本取られちゃったい」 少し向こう。品川青果店でナナカが買い出しをしている。品川のオバさんと談笑しつつ、野菜を入念に吟味中で、僕に気付いた様子はない。 笑顔を浮かべていても、眼差しは真剣そのもの……という事は、お店で使う食材を選んでるんだね。 「わ〜お、いいのが入ってんね。じゃ、ソレとコレと……あっちのやつ頼むよ」 「いつもながら、ナナカちゃんは目が利くねえ」 「そりゃもう、この道十数年のベテランだいっ」 「10数年も想い続けてるのにねぇ……健気なナナカちゃん応援して、オマケしとくよ」 「オ、オバさん、言っちゃダメだかんね!!」 「あいよ。人の恋路を邪魔する奴は、旨煮にされて死んじまえってね」 喋りながら、品川のオバさんは目にもとまらぬスピードで、野菜を袋につつんでゆく。 夕飯用の買い物客とくらべて、数倍の速さだ。 普通なら、朝の仕込みの時点で、夕霧庵の仕入れは終わっている。 今時分、ナナカが買い出しに来るのは、お店が繁盛して、追加で食材が必要になったからに違いない。品川のオバさんも、それが分かって急いでるんだ。 「お代はいつもどおりツケでお願い。月末にまとめて払うからさ」 「はい、まいど。相変わらずナナカちゃんは、気っ風がいいねぇ」 「でも意中の男子とねんごろになりたきゃ、エサを撒いとくもんさ」 「どうだい、巷で流行ってるブリッコとかやってみたら?」 「やだい、そんなのアタシじゃないやい」 「それにオバさん、ブリッコはハタハタの卵のことだってば」 「ありゃま、一本取り返されちゃったよ」 「どもー、いつも美味しいお野菜あんがと。じゃーねーっ」 ナナカは買い物客を見事に避けて、早足で夕霧庵へ帰ってゆく。 お店がかなり忙しいんだろう。僕がお邪魔しちゃ悪いや。 聖夜祭の事をあれこれ考え、結局僕は汐汲商店街をもう三周した。 聖夜祭まであと二ヶ月。 汐汲商店街の飾りつけを見れば、雰囲気作りの参考になるんじゃないかと期待して、ここへ足を運んだ。 けど、すこし心が進みすぎてたな……クリスマスイルミネーションには、まだ早かった。 それどころか、今日は―― 「会長さん、こんにちわです」 「やあ、ロロットも来てたんだね」 「ミート・オア・チキン♪」 「今日はハロウィンですよっ」 「呪文を唱えりゃアラ不思議! 大人のひとが、我先にお菓子をプレゼントしてくれるんです」 「さっき、シナオバさんから、カボチャの煮っ転がしをいただきました。美味しかったです」 「それはお菓子なんだろうか?」 「おい天使よ、トリック・オア・トリートと言いたかったんだろうが『オア』しか合ってねーぜ?」 「しかも、勘違いした言葉のほうにも誤りがある。ミート・オア・チキンじゃなくて、ビーフ・オア・チキ――」 「タンぺッ!!」 「パンダさん、お昼寝ですか?」 雑踏のなか、正確無比にパッキーが狙撃された。 リ、リースリングさんだよね? 外傷もなく命に別状はないけれど、気絶するほど痛い弾丸で、僕も狙われている? こ、これはロロットに突っ込みをいれるなという警告だ。 「なーんだ、パンダさん変なこと言ってましたが、寝言だったんですね」 「ち、ちが……」 「はうあっ!! 呪文を間違えてました!」 「そ、そうっ。そうなんだよ、ロロット」 「ガイドブックを調べなおしますね」 「いや、正解はさっきパッキーが言――」 「会長さん、載ってましたよ! ぱちぱちぱち」 「デッド・オア・アライブ♪」 「ちがーーう!!」 マンホールのフタが開いて、リースリングさんがクルクルと回転しながら飛び出してくる。 「うっとり……じいやは、いつも格好いいですね」 「お嬢さまのチョメチョメは、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「なんですか『チョメチョメ』って?」 「申し訳ございません。少々、思い浮かびませんでした」 「なんでもかんでも人から教わるのではなく、お嬢さまご自身が物事をお調べになる……私めは、その向上心を尊重したかったのでございます」 「あっ、確かに、ひとことじゃ言いづらいですね」 「ソレはソレ、コレはコレでございます」 「ど、どうして銃口を僕に!?」 「てゆーか、ご愛用のオートマチック拳銃じゃなくて、今日にかぎってリボルバーなのは一体――」 「お嬢さまが『デッド・オア・アライブ』をお望みですゆえ……」 「『1・オア・8』でございます」 リースリングさんは、リボルバーの回転式弾倉を適当にまわす。 「『イチかバチか』運を天にまかせて、やってみるという事ですね。わくわくわく」 めずらしくロロットが正確な格言とその意味を述べる。会長として、先輩として褒めたいのはやまやまだけど、今はそれどころじゃない。 「撃鉄あげないで! 運まかせで引き金ひかないで!」 「ほっ、助かった」 「冗談でございます。この通り、弾は一発も装填されておりません」 「ポルカラッ!?」 弾丸がバッチリ発砲されて、たまたま汐汲商店街でナンパしていた優男に命中した。 「くすくす、じいやったらウッカリさんですね」 「お嬢さまの警護以外のケアレスミスは、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「そんな事ありません。じいやはボディーガードのほかに、お料理も完璧じゃないですか」 「会長さん。今夜はじいやが、カボチャのプディングを作ってくれるんです。うちに来て、一緒に食べませんか?」 「う、うん、お誘いありがとう。けど用事があっていけないんだ。ごめんね」 「いいえ! 分け前が減らなくて、むしろ嬉しいですよ♪」 「では、会長さん、パンダさん。ごきげんようです」 ロロットとリースリングさんは、颯爽と去ってゆく。 ふと見ると、さきほど流れ弾に倒れた人は、姿を消していた。 汐汲商店街の散策は、またの機会にしよう。 「ああ、肩が凝った……ような気がする」 「なんだ、その言い方?」 「いや、千軒院先生の授業は窮屈でも、僕は筋肉がこわばるような運動してないし」 「おいおい、気づまりでも肩は凝るもんだぜ?」 「知らねーなんて、どんだけ幸せな学園生活送ってきたんだ?」 「うーん? キラキラを目指してはいるけどね」 パッキーと徒然に話ながら、僕は一階へ向かう。 厳しくはあるけど、千軒院先生の教鞭の取り方は理にかない、教育実習生として優秀だと思う。 ただ腑に落ちない点がひとつ。どうして、こんな時期に赴任ししてきんだろう? 流星学園は毎年春期に実習生を数人受け入れる。秋期に単身でやってきたのは、僕が知るかぎり千軒院先生が初めてだ。 「シン様よ、天使の教室なんぞに何の用だ?」 「一年生の噂話を聞きたいんだよ。他の学年にも、教育実習の先生が来るのかどうかさ」 「きらーん! 会長さん、やっぱり匂いを嗅ぎつけてきましたね」 「それでは思う存分、お食べください。わくわく」 ロロットが机の上に、大小様々な形をした黄色い物体を大量に置く。すべて丁寧にラップでくるまれており、おそらく食料の一種だと推測される。 「ロロット? それは?」 「ほへ? お菓子に決まってるじゃないですか。家庭科の調理実習でつくったんです」 「こ、こんなにたくさん?」 「はいっ! ハロウィンで余っちゃったカボチャを、13個つかいました」 「仕入れすぎだぜ、いくらシン様でも喰いきれるわけねーよ」 「パンダさんは無知ですね。会長さんなら、これくらいムサボリ食べてくれますよ。うきうき」 「うん、これで三週間は生きられるね」 「……カボチャと牛乳だけで、喰いつなぐのか?」 「まずはカボチャのマフィンです。はい、アーンしてください」 「えぇっ!? ロ、ロロットが僕に食べさせてくれるの?」 「なぜオロオロしてるんですか? ナウなヤングはこうするんだって、ガイドブックに載ってましたよ」 「いつの時代の情報だ?」 「って、やんのかよ!」 「だって、うまそうじゃないか」 「会長さん、もっとお口を大きく開けてください。ぜんぶ入らないじゃないですか」 ま、丸ごと突っ込んでくる気なのか? 「あーーーーーーーーーーん」 「バッチリです。投入しちゃいますね? そ〜れ〜っ♪」 マフィンがロロットの手指からはなれた瞬間、フォークが超高速で飛来して命中。勢いは止まらず、マフィンごと後ろの壁に突き刺さる。 僕は恐怖で大口を開けたまま身体が硬直する。もし、今のが首に当たっていたら……。 「ひえぇっ!? 跡形もなく食べちゃったんですか? 会長さんスゴイです」 「まだまだありますよ。もっと食べちゃってください」 「カボチャのブラウニーはいかがですか? えーい♪」 「おお〜〜!! 一瞬で食べちゃうなんて、食欲旺盛ですね。カボチャのケーキとプリンもどうぞ♪」 「カボチャ大福も、召し上がれ♪」 ……もしや、この正確無比な神業は、リースリングさんでは? 「ロ、ロロット、ちょっとストップ!」 「ふえ? ガツガツお食べにならないんですか?」 「もちろん、いただくよ」 「けど僕だけじゃなくて、お家の人の分も、ちゃんとオミヤゲに残してあるかい?」 「ハワァアア!? 忘れてましたよっ」 リースリングさんが、特殊部隊さながら窓から飛び込んでくる。 「お嬢さまの手料理の試食は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「ああ、やっぱり……壁に刺さったのを回収してる……」 「つーか執事よ? 平日に学内へ入っちまっていいのか?」 「3秒……」 あ、逃げた。 「なるほど。3秒ルールですね。さすが私のじいやです」 「微妙に違う……」 その後ロロットは、家族に贈るお菓子をカバンにしまい、残りを僕にくれた。 僕はお礼を述べつつ、教育実習生について尋ねてみたけど、一年生の学級に赴任するという噂はなかった。 「休日の波止場で何する気だ?」 「土日は大道芸人が来てたりするんだ。聖夜祭の参考に見物しようと思ってさ」 「イベントの賑やかしにはイイだろうが……それってクリスマス関係ねーだろ?」 「し、しまった!!」 「ま、せっかく来たんだ。ブラついてこうぜ」 「……耳慣れた寝息が、聞こえやがるぜ」 「うん、しかも生徒会室でよく耳にするね」 「ご機嫌よう」 「すやすや……じいやぁ、くぅ……くぅ〜〜」 「お嬢さまのお昼寝の膝枕は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 すぐ横のベンチにリースリングさんが腰かけ、ロロットは無垢な寝顔で眠っていた。僕たちが寝息に気付くまで、リースリングさんは気配を消していたようだ。 「も……もう食べられません、すやすや……」 生徒会室で居眠りしてる時よりも、気持ちよさそうだね、ロロット。 「なぜ不言不語なのですか、シン様?」 「えっ!? い、いや、ロロットのお昼寝の邪魔しちゃ悪いと思いまして」 「天使の寝顔に見とれてたのに、もっともらしく体面を保つとは、さすがシン様だぜ」 「しぃーっ、しぃぃーー!!」 「ご安心を、潮騒には子守歌とおなじ効果がございます。それにお嬢さまは食休み中。滅多なことでは起きません」 「もしかして、ここでお弁当を食べたんですか? リースリングさんの手料理は美味しいって、ロロットはいつも自慢していますよ」 「ははは、ロロットの事だから『はい、アーンして』を、リースリングさんにやってそうですね」 「給食です」 ……じ、冗談の反撃かな? 「くぅ、くぅ……じいや、水平線がまっすぐです……」 「はい、お嬢さま、このリースリング遠山めにもよく見えます」 「海を眺めに来たんですか?」 「お嬢さまが海をご覧になり、秋を見てみたいと望まれたのでございます」 「私めは、飛鳥井神社の紅葉をおすすめしたのですが……」 「そっか……じゃあロロットは、流星っ子になれたんですよ」 「詳しくご説明ください。私めの感性では理解できませんので」 「か、解説するほどの事もないんですけど……」 「この町の昼と夜は、海の方から駆けあがってくんですよ」 「分かります」 「光も風も、いったん海上に舞いおり、潮の香りを含んでから山裾の流星町にとどいております」 「季節も同じなんです」 「長雨が明けて、町にいても海の匂いが遠く感じるようになると、空がキレイな水色になってます」 「そのとき月ノ尾公園の突堤から水平線を見て、隅から隅まで一本線を目でたどれたら、それが秋です」 「ふふ……」 「す、すみません、前衛詩人みたいで滑稽ですよね」 「とんでもございません。お嬢さまも同じ事を仰っておりました」 「この世界は境界が存在する事によって、成り立っております」 「水平線がなければ海と空はありません。海岸線がなければ流星町もありません」 「へ、変な考えかた……」 「いいえ、私めではなく、図書館司書の禅問答でございます」 「ただ、あの司書が得意なのは、既にある物事を計算し分析し定理を求める事でございます」 「お嬢さまのように、新しい発想は生めません」 「くぅ、くぅ……なんにもなかったら、天界みたいになっちゃいますよ……くぅ、くぅー」 「う……は、羽が出てきた」 「シン様と私めは、何も聞かなかった、何も見なかったのでございます」 「秋は短く、冬の到来も間近……お嬢さまが野外でお昼寝されるのも、今年はこれが最後でございましょう」 「はい、海が凪いだら、いっぺんに寒くなります」 「ご忠告、感謝いたします。そうなる前に屋敷に戻りましょう」 リースリングさんは言いながら、ロロットに視線を落として、そっと髪をすく。 僕が言うまでもなく、海辺の気象を熟知してるんだろう。 僕は目礼し、大道芸人が玉乗りしている広場へ向かう。 サリーちゃんとオデロークは、真面目に働いてるだろうか? ちょっと様子を見てこよう。 「うが? オデ、知らない」 「そんな意地悪しないで、教えてくださいよ。食いしん坊のお相撲さんなら、分かるはずです」 「オデ。力士、違う。知らない」 「ねーねーロロちー、もういいでしょ? アタシとオヤビン、配達の帰りなんだから」 ロロットがオデロークをつかまえて、問い詰めている。 「あっ、カイチョーだ。こんちゃー」 「やあ、三人揃って何してるんだい?」 「カイチョー、助けて」 「お相撲さんはダダッ子さんですね。私はいじめてるんじゃないですよ?」 「ンベーっだ! 牛丼が冷めちゃったら、ロロちーのせいだもんねっ」 「配達は終わったんじゃないんですか?」 「テンチョー、オデ達のまかない、作って待ってる」 「そうだそうだー、はやく戻って牛丼食べたいよ」 「逃がしません。お相撲さんとオマケさんは、私に隠してるんですね?」 「違うのに、もおーっ」 「ロロット、事情は知らないけど、むやみに人を疑うのはよくないよ」 「えうぅ……私は悪くありません。聞いてくださいよ会長さん。実は――」 「うふふのふー、カイチョーがロロちーつかまえてるスキに……すたこらさっさっさ〜♪」 「さっ、さっ、さっ♪」 「しくしく……途中で行っちゃうなんて、魔族さんはヒドイですね〜〜」 「真面目に仕事してるんだから、邪魔しちゃダメだよ」 「ひぐっ……私は迷惑なんてかけてませんよう。道を尋ねていたんです」 「あーっ!! そう言えば会長さんは、お買物の達人! 場所を知ってますね?」 「すうどん屋さんはどこですか?」 「うどん屋さんなら、ここをまっすぐ行って――」 「違います。すうどんのお店を探してるんです」 「私が想像するに、おうどんをお酢で食べる専門店なんですよ。間違いありません」 「ええーっと、リースリングさんはどこかな?」 「……? じいやならさっき消えちゃいましたよ。どろろーんって」 「一緒にすうどんを食べたかったんですが……そうです、会長さん代わりについてきて下さい♪」 「ぐ……っ」 「ロ、ロロットは、かけそばって知ってる?」 「ひえぇっ!? 算数は苦手なのですよっ」 こ、困ったな、どう説明すればいいんだろう? 「うわーい 必ず来てくれると信じてましたよ」 「お嬢さまの酢うどん製作の準備は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「……準備?」 「酢うどん専門店は、ローゼンクロイツ家の情報網をもってしても、その存在が確認できません」 「その代わり、グランドパレス咲良の炊事場に、ウドン4玉および各種お酢と調味料をとりそろえておきました」 「どうして僕ん家に!?」 「はーい! 私酢うどん作りたいです。わくわく、うきうき」 「それでは、さっそく参りましょう。逃がしません」 「ぼ、僕の事ですか?」 高級車に送られて、創作料理の実験場へ。 僕とロロットは味見を繰り返しつつ、色んなお酢と調味料を調合してゆく。 その結果、ほとんど奇跡といえる偶然でうまいタレが完成し、僕たちは自称酢うどんを堪能した。 ……けれど、この日つくったタレはその後二度と再現できず、僕とロロットとリースリングさんにとって、幻の味となった。 そして、なんでかリースリングさんが仲間に加わった!! 「さあ、今日の生徒会は長丁場になるよ。月曜日はその週の活動指針を決めるからね」 「それで、なんでプリエへ来るんだ?」 「会議にそなえて腹ごしらえさ」 「そんな金ねーだろ?」 「平気だってば。プリエは、お水とお湯とお茶とスティックシュガーが無料なんだ。滋養強壮に、砂糖水をつくって飲んでおこう!」 「昆虫かよ!!」 予期せず、テーブルのほうから耳慣れた後輩の悲鳴があがる。 「はわはわはわわ……」 駆けつけてみると、ロロットはバナナを指さし呆然としていた。 ケーキセットをきれいに食べて、デザートのフルーツ盛り合わせも平らげたようだけど、適当に切られたバナナだけが手付かずで残されている。 「か、会長さん大変です。このバナナを見てください」 「うまそうだ」 「はい、とっても美味しいですよ♪」 「いい事じゃねーか? 何をうろたえてやがる?」 「ハッ!? 違います、話題を逸らさないでください、パンダさん!」 「バナナシールが付いてないんですよぉ〜。しくしく、さめざめ」 「はあっ? なんだそりゃ」 「ロロット、アレは滅多に手に入らないよ」 僕はごくたまに、お買い得な見切り品のバナナを一房購入する。 おおよそ10回に1度は、バナナのなかのひとつに、親指サイズのちいさなシールが貼られている。 『バナナシール』というのが正式名称なのか僕は知らないし、原産地の農家を示すものか、出荷工場のマークなのかも不明だ。 「天使の言ってる事が理解できるとは、さすがシン様だぜ」 「自炊してる人なら、誰でも知ってるってば」 「まったくです。パンダさんも大した事ないんですね」 「そう言う天使も、テメーで飯つくってねーだろ?」 「て、ててて天使じゃありませーんっ」 「反応遅いぜ」 「きらーん! 会長さんも興味がおありなんですね。それじゃ、特別にお見せします♪」 ロロットは僕を見て瞳を輝かせながらガイドブックを開く。今回開いたページには、大学ノートが挟まれていた。 「わりと自慢のコレクションです、ぱちぱち」 「す、すごいね、バナナシールをこんなに集めるのは、大変だったでしょう」 「はい、もうお腹ポンポンです」 使い込まれたノートの各ページに、シールが整然と貼られている。 シールには絵や模様や数字が記されており、同じものは二つとない。 特にそこに描かれている絵は、美術にうとい僕にも分かるほどデタラメで、デッサンの土台も遠近法も理屈もない。 「私はコレとコレとコレが、お気に入りなんです」 ロロットは、シールをいくつも指してゆく。アルファベットと数字だけのものもあるが、それ等はロロットの関心を引かないらしい。 僕が見せてもらったのは、二人で水浴びしている天使。玉乗りする魔女と少女。畑で踊る姫と騎士。 擬人化された自動車が家を守り、スプーンを飲み込んだニワトリもいれば、魔族がハープを奏でているといった具合の絵。 今まで意識した事がなかったけれど、バナナシールに描かれている絵は自由自在で、それぞれがひとつの風景と言っていいかもしれない。 ただそうした夢のような眺めが、ちいさな空間に素朴な線と色で印刷されている。 「この人はじいやで、こっちは会長さんにソックリです」 「へぇー、ロロットは素直な感性をしてるんだね。一枚一枚に世界を感じてるんでしょ?」 「ほへ? そんな風に難しく考えたことありませんが……好きなものは好きです!」 「どーでもいいがよ、こんだけ集めるには、何万本もバナナを喰ったはずだぜ?」 「ひうっ、そんなに食べてません。人を全自動バナナ処理機みたいに言わないでください」 「デザートのバナナに、いつもシールがついてたんです」 「吹いてんじゃねーぜ、どんだけ確率低いと思ってんだ? おおかた執事が仕込んでんだろ?」 「ツァモ!?」 どこからともなく矢が飛んできて、パッキーに突き刺さる。ぬいぐるみのパンダでなければ、大怪我をしているところだ。 「あっ、じいやの矢文です」 「ふむふむ……『私めは細工しておりません。お嬢さまの人並みはずれた幸運がなせる技でございます』だそうです」 「それなのに……ドキドキ、びくびく、今日はシールが付いてませんでした。大不運です」 「よくない事が起こる前触れなのですよ。会長さん注意してください」 「うん、わかった。クルセイダースのみんなにも伝えておくよ」 「ひえっ、バナナシールのこと言っちゃったら、ダメダメですよ? そのノートを見せたのは、会長さんがはじめての人なのです」 「そうなんだ? じゃあそれは内緒にして、用心するように知らせるね」 「あーん、ぱっくん♪ もぐもぐ〜」 「ったく! なんだかんだ言って、そのバナナ喰うのかよ」 「あ、復活した」 ロロットが最後の一口を食べ終わるまでの分秒、僕はあらためて内緒のノートをめくる。 ロロットと親密になれた気がする、どうって事ない秘密の共有―― 「世界を支配した後の事を考えて、今から演説の稽古とは、ククク……さすがシン様だぜ」 「き、君は、いったいどんな過程を経て、そんな結論に到達したんだ?」 文化ホールの場内に足を踏み入れた途端、パッキーが毎度お馴染みとなった、あさっての方向に僕をヨイショをする。 あれ……? だけど『魔王様』じゃなくて『シン様』? こんな場所に誰かいるのかな? 「我が忠勇なる流星学園の生徒諸君! 敢えて言おう、天使であると!!」 「や、やっぱりそうだったんだ?」 「ひぃいやぁあ!! 会長さんいつからそこに!? あと私は天使じゃないのですよっ」 「落ち着いて、ロロット。僕はパトロールのパトロールをしてるんだよ」 「ほへ? 会長さんは変な言葉を喋りますね」 「よ、よく言うぜ……」 「ほら、近ごろ魔族が強くなってきたでしょ? クルセイダースの訓練も大切だけど、もう一度学内を調べなおそうと思ってさ」 「文化ホールなんて滅多に来ないから、もしかしたら魔族の巣窟に……と心配したんだけど、大丈夫みたいだね」 「そうだったんですか。会長さんは色んなところに〈日没〉《》しますね」 「……ロロットは一人で何してたんだい?」 「おい、訂正してやれよ」 「よくぞ聞いてくれました! こんど一年生で標語大会が開かれるんです。うきうき」 「うん、僕たちも去年やったよ。みんなで新しい標語を考えて、優秀な人は文化ホールの発表会で表彰されるんだ」 「はーい♪ 私は表彰式の予行演習をしてたわけです。ぱちぱち」 「すごいや、ロロットは受賞したんだねっ」 「ふえ? 会長さんはセッカチさんですね、まだ応募もしてませんよ」 「でも、ご期待ください。私は見てのとおり、コトワザが得意中の得意なんです、えっへん!」 「そんなもん、外見から判断しようがねーぜ?」 「やれやれ、パンダさんは人を見る目がありませんね」 「そりゃ俺様に、天使を見る目はねーよ」 「てっててて、私は天使じゃ、ありません」 「どんなもんですか! 5・7・5なのです!」 「わ、和歌とかの定型詩を踏まえなくても、いいんじゃ……」 「会長さん、勝負は〈ナマモノ〉《》だから分かりませんよ? きっと私は入賞します」 「い、いや、格言と標語は関連性がうすくない……?」 「だから訂正してやれってばよ」 「わくわく、ドキドキ……会長さんには、特別に私が作った標語を教えちゃいますね。感想をお聞かせくださいです」 「うん、僕でよければ」 「おっほん! 『チカンはエッチだ、気をつけよう』」 「『気をつけよう、暗い夜道はブラックマ』」 ひ、非常に困った。 あまりに微妙すぎて論理的に説明し辛いけど、ロロットの標語は何かが間違っている。 「いかがでしょう、会長さん♪」 ロロットが瞳を輝かせて、僕を見つめる。 「……くいくいっ」 パッキーが両目を曇らせて、僕の袖口を引っ張る。 天使の勘違いを正すにゃ、大変な時間と労力を要するにちげーねえぜ? 俺様、そんなものに付き合わされるのはゴメンだ。とっとと逃げちまおう、シン様! パッキーはアイコンタクトで、そう語っている。 「会長さん、まだまだいっぱい、考えたのがあるんですよっ♪」 駄目だ、僕はここに残ろう。ロロットひとりを置いてけぼりにできないよ。 「俺様、お先に失礼するぜ」 「げぇー!? 鍵がブッ壊されちまったぜ!」 「なんの……! 出入口は、まだまだあらーな!」 「こ、こっちも開かねぇーっ!!」 リ、リースリングさん……。 「パンダさん? なんで急に、漫談はじめてるんですか?」 「ちげーよ!!」 「ロ、ロロット……あのさ、標語というのはね――」 僕は慎重に言葉を選びながら、標語について説明してゆく。 ロロットは素直に聞きながらも、ときおり差し挟んでくる質問は、どれも素朴であったけど本質をついていた。 おかげで、僕もロロットと一緒に、いい勉強ができた。 残る問題は……。 すべてのドアの鍵が破壊された文化ホールから、どうやって外に出るかだ。 いなみ屋のタイムセールまで、あと数分と迫った。 買い物オバサンたちの猛攻と渡り合うべく、そろそろ準備運動を始めよう。 「じいや、こっちですよ、はやくはやく」 「お嬢さま、差し出がましいようですが、良質の食材ならば通販で購入できます」 「ロロット? 買い物時に居るなんて、珍しいね」 「じいやの美味しいご飯を見習って、私もお料理の勉強しにきたんです」 「うん、それはいい事だね」 「聞きましたかじいや? 会長さんもこう言ってます」 「お嬢さま、私めは人にものを教えるのが、あまり得意ではございません」 「えうぅ〜、そんな事ばっかり言って……せめて食材の選びかたくらい、伝授してください」 「……シン様も、ご同伴願えませんか?」 「はい、構いませんよ?」 リースリングさんが僕に頼みごとをするなんて、滅多にない事だ。 ロロットの買い物を導くくらいワケないと思うんだけど……そんなに、説明するのが苦手なんだろうか? 「おお〜っ、会長さんは、商店街のプロフェッショナルでしたね」 「うわーい それでは一緒に、お魚屋さんまでついてきてもらいましょう」 ロロットはスキップしながら、リースリングさんと僕の手を引く。 着いたお店は、汐汲商店街にある魚屋さん『〈魚来亭〉《ぎょらいてい》』。 僕の部屋で親睦会をひらいた時、ロロットはマグロを持ってきた。きっと、魚料理に思い入れがあるんだね。 「シン様、あとは委ねました」 「お魚か……僕、中落ちの選別しかできませんよ?」 「ひいぃ!?」 リースリングさんが、突き刺さるような圧力を宿した眼力で僕を睨む。 「イ、イカを煮るなら、大根もついでに入れるとウマイですよ」 「……っっ」 「ナ、ナスビを煮るなら、エビの殻も入れておけば、色ツヤがよくなってウマイんです」 「会長さん、まずはお買い物が先ですよ?」 「はいはーい♪ 食材を見る目を鍛えましょう。じいや、生きのいいお魚さんを選んでくださいなっ」 「申し訳ございませんお嬢さま、みんな絶命しております」 僕たちと店主さんの間に、名状しがたい空気が流れる。 「お嬢さまとこのリースリング遠山めのフォローは、生徒会長こと咲良シン様におまかせを」 「ち、ちちちちょっと待ってください! 自爆四散したあとで、僕にどうカバーしろと言うんですか!?」 「褒めてませんっっ」 「まったく何をやってんだかよ」 「いいか? 生きのいい魚の選びかたってやつはな――」 パッキーが魚河岸バリの知識を披露しながら、ロロットに鮮魚の選びかたを教える。 ただ単にウンチクをたれたいだけに見えなくもないけれど、とにかく大助かりだ。 ……もしパッキーが居なければ、僕はどうなっていたんだろう? 「きょろきょろ、ウロウロ」 「ロロット? そわそわして、どうしたんだい? 落とし物?」 「会長さん、いいところへ来てくださいました。『ツブテ』を探してるんですが、このあたりには小石しか転がってなくて……」 「ツブテは小石の事だよ?」 「なんと!? そうと分かれば……ひょいひょいひょいひょいっ」 「そんなもの拾い集めてどうするの?」 「薫にブツけてやるんです。めらめらめら〜っ」 「だ、駄目だってば! お友達にそんな事しゃイケナイよ!」 「友達なんかじゃありません」 「じいやの車に搭載されている人工知能、ドリームスーパーカー・タミコ3.0『薫』の事に決まってるじゃないですか」 「き、決まってるものなの?」 「そうですよ? 理事長さんが乗ってるヘレナ2000『鬼藤』と、おそろいです」 よ、よく分からない……。 「天使は、生きとし生けるものすべてを愛します。つまり、無機物はやっつけちゃっていいんです♪」 「はうあっ!! て、ててて天使じゃありません」 「一人でノリツッコミするほど、追いつめられてやがるぜ」 「ロロット、とにかく落ち着いて。何があったんだい?」 「会長さん、聞いてくださいよ。話せば長いのですが――」 「うん、話せば長いんだね」 「近ごろ、薫がイジメるんです。きっと、じいやと私の仲に嫉妬してるに違いありません」 「短ぇーな、おい」 「送り迎えしてもらってる最中に、予習復習しろだの、宿題忘れるなだの、歯みがけとか、お風呂はいれよとか口うるさいんです!」 「そ、それは全然、意地悪じゃないよ……」 「それでもギャフンと言わせたいんです。むかむかむか〜っ」 「うーん、予習復習でよければ、僕でもお手伝いできるよ? 薫に指摘されたのは、教科書のどこらへん?」 「はーい、薫を見返してやりましょう」 「えっとですね、数学の――」 リースリングさんの車が到着するまでの、わずかな分秒、僕はロロットに勉強を教える。 ふと、ある疑問が僕の頭に浮かぶ。これは『薫』の思うツボなんじゃないかな? 「うん? 足元がカサカサ鳴ってる……?」 「ようシン様、靴にゴミクズが貼りついてんぜ」 「潮風に吹かれて転がってたんだね。ゴミ箱はどこだっけ?」 「っっとととっと! いけないいけない。包み紙飛んでっちゃった」 「ようシン様、ペタンコが貼りつきに来たぜ?」 「こらこら、サリーちゃんの事を、ゴミみたいに言っちゃ駄目だってば」 「ンベーっだ! パッキーは連れてってやんなーい」 サリーちゃんはプリプリ怒りながら、きちんとゴミを拾う。よく見ると、僕の靴にひっかかっていたのは、子供向けお菓子の包装紙だった。 「あっち行こ、あっち! ロロちーが、スティックキャンディー好きなだけくれるんだよ」 「……? ロロットが何してるって?」 「えうぅ、またハズレ……変な自動車のメッサーシュミットントロです……」 「す、すっごい事してるね」 月ノ尾公園の片隅、ロロットは大量の食玩に囲まれて、ガックリと肩の力を落している。 そばには、フタが全開になった段ボール箱がひとつ。大人買いしたのだろう、中身は食玩付きのスティックキャンディーばかりだ。 パッケージの絵を見るに、トントロにそっくりなマスコットキャラの、色んなフィギュアが入ってるらしい。 「あむあむ、ころころ、ギャリギャリッ。かはー、あまあま、美味しー!」 「会長さんも、おひとつ……と言わず50本は、お食べください」 「いいのかい?」 「どうぞ。私が欲しいのはコッチだけなんです……」 ロロットは言いながら、未開封の食玩袋を手にとる。 「……食いしん坊のロロちーが……珍しいね? お大尽ってやつ?」 「オマケさんは、黙ってキンタロキャンディでも舐めててください」 「これってさー、かじってもかじっても、キンタロの絵が出てきてオモシロイね」 「懐かしいな。景品のオモチャは新しくなっても、飴は昔のまんまか」 「むうんっ、今度こそアタリを引いてみせますよ」 「ひぐっ、またまたスカです……ミニスカートントロです……」 ロロットの手のひらには、流星学園女子の制服にそっくりな衣装を着た、小さなトントロが乗っている。 気になり、改めてパッケージの製造元を調べてみると、ローゼンクロイツ家の関連会社名が記されていた。 一応、デザイン流用に関して、流星学園の許可は得ているようだ。きちんと版権表記がある。きっとヘレナさんの趣味だな。 食玩フィギュアの一覧図に男子生徒……いや、ダンシセイトントロのラインナップがないのが証拠だ。 「はふん……お願いします、当たってくださいですっ」 「ひえぇっ!? 大ハズレですよ! 鬼の角が生えた図書館司書・メリロットントロが出ちゃいました」 「こんなの、いりません。ポイッ」 「ひ、ひどい」 「魔除けのお守りになりそう。アタシもーらいっ」 「それも、ひどい」 「う、うぅ……もう、これ以上は買えないのです……神様、今度の今度こそ……」 ローゼンクロイツ家が製造に携わってるんだ。お家の人に頼めば、望むだけ手に入れられるだろうに……。 「ロロットは偉いね。ちゃんと自分のお小遣いで、お菓子を買ってるんだ」 「わ、私は偉くなんかありませんっっ」 「だから……あんなこと……」 落胆してる原因は、お目当てのフィギュアが入手できないせいじゃなかったのか。 「会長さん、試しに開けてもらえませんか? そしたら、うまくいくかも知れません」 「さっきまでと、違うのが出てきた!」 「……タキシードを着て、優雅に二丁拳銃を構えてるトントロ?」 「アタリのひとつ、エレガントントロです」 「それは会長さんに、差し上げますね」 「この前、私も当てて、じいやにプレゼントしたんです。とても喜んでくれました」 「……私、友達だった子がいて……その子に、エレファントントロをあげたいんです……」 「ほら、一覧図に載ってます♪」 「子像の姿をしたトントロで、大きな耳を羽ばたかせて、自由にお空を飛べるんですよ。えっへん!」 僕は頷くけど、そんな解説よりも、ロロットが『友達だった』と過去形で話した事のほうが気がかりだ。 「ロロちー、なんだか寂しそうだね?」 「……私は家族や会長さんたちと居られて、幸せいっぱいです。だから大丈夫なのですっ」 「ふーん、そうなんだ?」 「……ロロちー、見てみて! ぽっきん。食べても食べてもキンタロキャンディー」 「でもでも、ぱっきん。斜めに食べたら、ジャイアント高田馬場なのだーっ」 「オマケさん……」 ロロットの後方にある植込の中から、リースリングさんがヨロヨロと現れた。 けれど、いつもの颯爽とした登場ではなく、手を口にあてて小刻みに肩を震わせ、顔をそむけている。 「じいや?」 「なに爆笑を我慢してやがんだ? ペタンコのあんな下らねえギャグが、執事のツボにハマッちまったのか?」 「バトンッ!?」 「お嬢さまのレアゲッターは、このリースリング遠山めにお任せを」 リースリングさんは、ロロットの手の平に、小さなトントロフィギュアを乗せる。 「て、天使のトントロ……?」 「ヒャッホー! それシークレットだよ、いいないいなっ。アタシにちょーだい!」 「触らないでください。これはあの子のものです。オマケさんには渡しませんっっ」 「じいや、ありがとうございます。大好きです♪」 「くすくす……じいやも面白いなら、思いっ切りニコニコすればいいのに」 「そうですよ、リースリングさん! みんなで笑いあえば幸せになれるです!」 「そんなわけで――」 「海風が冷たくなったって? あははは、冷たいのは僕の彼女さっ」 「お嬢さま。私めはこれより甲種警護配備にもどります。それでは」 「むぐむぐ、美味しいー♪」 「オマケさん、やっぱり私もキャンディー食べますね。れろ〜ん」 「日曜日に、図書館くんだりまで来て勉強か……大変だぜ、特待生ってのも」 「違うってば。昨夜、クルセイダースは物凄く強い魔族たちと交戦したでしょ?」 「今後のことを考えて、魔族について詳しく書かれた本がないか、もう一度図書館を調べてみたいんだ」 「……そりゃ結局のところ、勉強だぜ」 「うむーん、手がとどかないです」 「こちらのご本でございますか?」 おや? ロロットも来館してるね。僕とおなじく魔族に関する書物を? 「じいや、その右隣のやつです……そう、それです『流星管理職100の裏ワザ・和解編』を取ってください」 「お嬢さまの背がとどかない本棚は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「あれれ? そこはハウツー本のコーナーじゃないか」 「ほえ? 会長さん、こんにちわです」 「やあ……って、随分とロロットらしくないのを借りるんだね?」 「なんと! この本だけじゃないんです。ねっ、じいや?」 「『休戦への道・世界の調停条約集・自由自在応用編』もございます」 「他にも、副会長さんからおすすめしてもらった、『ピエロさんシリーズ』の恋愛小説だってあります」 「恋人同士が90パーセントの確率でケンカして別れて、100パーセント寄りをもどす物語ばかりだそうです」 「ジ、ジャンルがバラバラなんだけど、ロロットは愛読書の幅がひろいんだね」 「……違います……」 突然気落ちしたロロットを見て、僕は共通項を悟る。 和解、調停、寄りをもどす―― 「ロロットは、誰かと仲直りする手段が書かれた本を、さがしてるんだね?」 「もうちょっと言葉を選ぼうぜ、シン様」 「歯に衣を着せても無駄だよ、そんな本はないんだからさ」 「ひぃいやぁあ!! そ、そうなんですか!?」 「ねえロロット……何かひとつすれば、その人との関係が元に戻る……なんてのは、ありえないんだ」 「思い返してごらん? いろんな出来事が積み重なって、仲が変わっていったんじゃないかな?」 「残念ながら、僕にはそこまでしか分からない」 「仲直りするためには、変な本に頼ったりしないで、ロロットが自分で考えたほうがいいよ」 「なんてったって、その人の事を一番よく知ってるのは、ロロットのはずなんだから」 「わ、わかりました……でも、会長さんのお話、もっと聞かせてください」 「うん、こんなのでよければ」 「あっ、立ち話もなんだね。自習コーナーに行こう」 「ひえぇっ!? あそこは競争率が高いんですよ。私、さきに行って場所取りしてきます!」 「僕は大勢の人たちに、背中を押してもらってます」 「いまロロットに伝えたのは、その人たちが言ってくれた台詞の、孫引きばかりなんですよ」 「このリースリング遠山も、お嬢さまに……」 「無意識のうちに取ってしまう挙措から、その人間の心理状態を把握する方法でよければ、教える事ができましたが……」 「人の仕草が意味するところは、果たして天使のそれに当てはまるか? 僕にも分かりません」 「だけど、たとえロロットが人間だったとしても……リースリングさんは、敢えて具体的な方法は言わないでしょうね」 「なんとなく分かります。僕もロロットの執事になったつもりで、話してきますよ」 「じいやー! 会長さーん! 場所取り大成功です、はやく来てください〜っ」 「うわ、館内であんな大声をっ」 僕は慌てて、ロロットのもとへ小走りする。リースリングさんは、こんな時でも気品あふれるスタイリッシュな足取りだ。 「おお〜〜!! 会長さん、こんにちわです」 洋服屋さんの中から、だしぬけにロロットが出てきて、僕をつかまえる。 「いいところで、お会いしました。私にグレかたを教えてください」 テストが近い。僕は夜食用のお買い得品を買いに、スーパーいなみ屋へ行く途中だった。 「えっと……グレるというのは、非行に走って不良になるアレの事かい?」 「はい、生活態度を崩して堕落するソレです!」 「私は今日から、長い変形スカートをはいて『スケバンおロロ』になるんです。ごごごごごご」 「はふん……でも、あんな変な服どこにも売ってなくて……」 「し、信じれないよ。ロロットが、そんなのに憧れてたなんてさ」 「ほへ? 私だってなりたくありませんよ?」 「ケンカしちゃったお友達と、仲直りができなくて……」 「こういう時は、非行に走ってグレるのが人倫の道であると、ガイドブックに書いてあります」 「なにその極論は!?」 「おいシン様、狙われてんぜ?」 ふと気がつくと、僕の手の甲に、赤い光点が揺れている。レーザーポインターだ。 僕が自覚した途端、光点は腕へ移動して肘へ、肩へとのぼり……も、もしかして頭部で停止してる? リ、リースリングさんのメッセージかな? ロロットを説得して、非行を止めなきゃ! 「おろろろーんっ、せっかくラブレター書いたのに、突っ返されちまった!」 「せめて封を切ってくれても、いいじゃねーか。なんで分かってくんねーんだよっ」 「チッキショー、こうなったらグレてやる! テレビのフンコロガシ特集見ながら、カレーライス喰ってやる!!」 「『愛の国』に入ってっちゃった……」 「おぎゃああぁぁーっ!?」 「ど、どうしてカレー屋さんから爆発音が?」 「お店の方はじいやのお友達ですからね」 「ぅ……ぐぉ……っ! 非行に走る子を見ると、胸が張り裂ける……ガクンッ」 「ひえぇっ! グレると、こんな末路をたどっちゃうんですか!?」 「ま、過程はともかく、結果は似たようなもんだぜ」 「はわはわわ……私は一体どうすればいいんでしょう?」 「仲直りすればいいんだよ」 「はーい♪ それもそうですねっ」 「会長さん、お友達と仲直りする方法を教えてくださいです。わくわくわく」 「ロロット、それは君が自分で考えきゃいけないことだよ」 「はうぅ……」 「考えて考えて考えぬいて……もし人の手が必要になったら、いつでも僕に声をかけておいで。喜んで協力させてもらうからね」 「ふえぇ〜、むずかしくて分かりませんけど……」 「分かりました。お家に帰って、いっぱい頭をひねってみますね」 「お嬢さまの送迎は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「あ、スナイパーライフルのレーザーポインターが消えてる」 「それでは会長さん、ごきげんよう」 リースリングさんは、自動車のドアを開けて、うやうやしくロロットを導く。 ほんの一瞬、リースリングさんは『愛の国』へ視線を送る。いつの間にか軒先に店主さんが出てきており、二人は短く目礼。 「『スーパーマーケットガーデン作戦』遂行完了でございます」 「そうだ、スーパーだよ。僕、いなみ屋にいくとこだったんだ」 「ぐごごご……ぐごごご……ぷしゅるる〜、むにゃむにゃ……ふひひひっ」 「……どうしよう? 倒れたまま熟睡して、いい夢みてるね」 「とりあえず、そいつのオデコに『肉』って書いとけ」 「いよいよテスト1日前だね」 「ようシン様、タイムセールにゃまだ早ぇーぜ?」 「ううん、今日は奮発して百円つかうんだよ」 「昨夜の勉強会のおかげで、遅ればせながらエンジンが掛かってきたんだ。あとは良質の燃料を補給すればいいんだ」 「……百円でか?」 「これだけあれば贅沢できるさ。モヤシの見切り品とか、中落ちの見切り品とか、挽き肉の見切り品とか、バナナの見切り品とか」 「そんなもんばっか喰ってると、不完全燃焼おこしちまうぜ?」 「会長さん、そんな時にピッタンコのご飯がありますよ」 「うわっ!?」 だしぬけにロロットがあらわれて、僕をグイグイと引っ張ってゆく。 「会長さん『うとんじる』屋さんは、どのお店ですか? 教えてくださいな♪」 「え……? なんだって?」 「おお〜! さすがは会長さんです。晴れの日の貴重なメニューをいただくには、それ相応の理由がいりますね」 「どうしても、お知りになりたいのであれば……」 いや、聞いてないし……もしかして、誰かに話したいのかな? 「ちょっと恥ずかしいですけど、特別に告白しちゃいます」 「こ、告白!? ドキドキドキッ」 「実は私……」 「ここしばらく、会長さんとは何のつながりもないお友達と、ケンカしてたんですよ」 「その子はとても分からず屋で、私の話なんか全然聞かないで……」 「でも、本当に石頭で、お友達の事わかってなかったのは、私の方だったんです」 「色々あって、その子とようやく仲直りできました。これも生徒会のみなさんと、じいやのおかげです♪」 「リースリングさんはともかく、僕は何もしてないよ?」 「クルセイダースをやってると、たくさん学べるんです。ありがとうございました」 「そっか……どういたしまして」 「さあ、そこで『うとん汁』の出番なわけです!!」 な、何故に!? 「会長さんもそう思われるんですね? それではご一緒に、仲直りの記念として『うとん汁』を啜りにいきましょう♪」 「そ、それは、どんな食べ物なの?」 「まったくもって不明です! だから、幻の美味しいご飯に違いありません!」 「会計さんのお家にあると睨んでたんですが、売ってませんでした……」 そりゃメニューに載ってないよ。 てゆーかナナカめ、面倒くさいからロロットを正さなかったね? 「私の想像では、甘辛い和風のダシに山椒がピリリときいてて、片栗粉でトロミをつけたお汁なんですよ」 「しかも、おソバに似てるけどシャキシャキとした繊維質の歯ごたえをもつ麺に、鶏肉の具がいっぱい乗ってるのではないかと」 「う、うまそうだ……」 「シン様、気をしっかり持て!!」 「ハッ!? い、いけない……いいかいロロット、よく聞いて? 疎んじ――」 そこらの商店の窓から、リースリングさんが華麗に跳躍し、ロロットの正面に着地する。 「お嬢さまの携帯電話の充電は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「エミリナ様より、ご連絡でございます」 「どうもです、じいや」 「はい、もしもし?」 狼狽するロロット。携帯の向こうの言葉は聞き取れないけど、わずかに漏れてくる声音から女子だと分かる。 エミリナという子が、お友達なのかな? 「仲直りのお食事会は、テストが終わってからにしなさい? 参考書と演習問題を用意してるから、お勉強しに戻ってきなさい?」 す、すごくロロット想いの友達じゃないか! 「なんでそんな意地悪するんですか!? もういいですっ、絶交ですっっ」 「えぇーっ!?」 「電話切っちゃ駄目だってば!」 「こ、このやり場のない怒りを、どこにぶつければいいのでしょう? ごごごごご」 「テスト勉強にぶつければいいんだよ」 「……ロロット、僕をお屋敷に連れてってくれないかな? そしたら『うとん汁』の事が調べられるよ」 「ほへ? ローゼンクロイツ家に、秘密を解く鍵があるんですか?」 「う、うん、むしろ現国の勉強をすれば明らかになるよ」 「分かりました。参りましょう。そして、あの不人情なエミリナに自慢してやるんです。わくわく」 「車の用意はできております、こちらへ」 結局僕は、ロロットの二度目の仲直りと、テスト勉強を手伝う事になった。 学年は異なるものの、基礎的な事柄をおさらいする、いい機会だ。 「はぁ……憂鬱です……」 「やあ、ロロットもかい?」 校門を出たところで、ロロットとバッタリ会う。 「テストは折り返し地点をすぎたよ。残り1日、お互いに頑張ろうね」 「ほへ? そんな些細な事はどうでもいいんです」 「えうぅ……私にはテストより、お友達のほうが大切です。ここで待ち合わせしてるのに、来てくれない……」 「うーんと、友情は大事だけど、テストと比較するようなもんじゃないよ?」 「お嬢さま、この周辺にはいらっしゃいません」 「うう〜。また嫌われてしまったのでしょうか?」 「いいえ、お嬢さまとご友人の友愛の保障は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「テストが終わる10分前に、私めはご友人を校門までお連れいたしました」 「その後、お嬢さまがお見えになるまでの間、散策したいと申し出られまして……」 「そうですか。きっと、この世界に興味津々なんですよ」 「まさか、私めの監視網を突破できる実力の持ち主とは、想像しておりませんでした」 「おお〜〜!! あの子もなかなかやりますね」 「迷子になってるのかも? さがすの手伝うよ」 「ありがとうござい――」 「はうあっ!?」 「羽ばたく音が近づいてくる……うわーい、飛んで戻ってきたようです♪」 「……飛行能力を有したお友達なの?」 「カイチョー、ロロちー、こんちゃー。遊びにきたよ」 「あ、サリーちゃんの事だったんだね」 「違います。そしてオマケさん、あなたには幻滅しました」 「ひぐっ、出会い頭に、アタシひどいこと言われてる?」 「ロロット、そんな言い方しなくても……サリーちゃんは、牛丼屋さんのバイトを頑張ってるんだよ?」 「うっ、ぐすっ。うわああああん」 「ああっ、よしよし、泣かなくていいんだよ」 「な、なんですかこの状況は? 私が悪者みたいじゃないですか」 「極悪天使めー! 牛丼職人の苦労を知らないだろー。しくしくしく、ンベーっだ!」 「な、泣きながら反撃してる……」 「牛丼なら、私にだって作れます」 「ウッソだーい。ロロちーは食べてばっかりじゃないかーっ」 「うっ、そ、それなら証明してみせますっ」 「ギュウゥ〜〜〜〜〜……」 「ぐすぐす……ロロちー、なんでアタシを抱きしめるの?」 「ドーーンッッ」 「擬音でギュードン言ってるだけじゃねーか!」 「ロ、ロロット? どうしてサリーちゃんを押し倒すの?」 「会長さんはご存知ないんですね? 牛丼はこうやるんだって、私は理事長さんに教えてもらったんです」 「ヘ、ヘレナさん……」 「ひっく、えぐえぐ痛いよー、倒れた時にぶつけたよ、うえーん」 「オマケさん。牛丼作りに集中してください!」 「材料の用意はこれでよし。下拵えは、こうしてああして、ねちっこく……」 「ふひゃあ!? ロ、ロロちー、なんでアタシのからだを撫でまわすのー?」 「すべては牛丼のためです。幼い肢体を這いずり回る、私の指の動きに感じてください」 「あ……あふ……ひゃ……んくぅ!」 そしてしばらくまさぐっていると。 「えっへへへ〜。ロロちー、大好きーっ」 「ざっとこんなもんです。生きとし生けるものすべてに愛の牛丼を授けるのです」 「ロロちーのこと、オヤビンの1・25倍好きーっ」 「あんな大福餅のような方と比べられても、あまり嬉しくないです」 「ひぐっ、うぐ! ごめんなさいー、アタシのこと嫌いにならないでー」 「わ、私もお友達に嫌われちゃったもしれないんです……えっく、ぐすん、ぐすん」 「もらい泣きしちゃってる……」 「お嬢さま、翔跡を探知しました」 リースリングさんのマイペースぶりも凄まじいな。 「ご友人は秋風に流され、見星坂公園へ飛ばされてしまったようでございます」 「まったく、エミリナはウッカリさんですねっ。じいや、公園まで迎えに行きましょう」 「はい、車の用意は整っております」 「わーいわーい、ロロちーよかったね〜」 「もらい喜びしちゃってる……」 「これもオマケさんのおかげです。一緒に参りましょう」 「イイの、イイの!? のせて、のせてっ」 「何だったんだろう、一体?」 「天使のダチが無事発見されて、ペタンコとも仲良くなれた。もうそれでいいじゃねーか」 「そ、そうだね。僕も最後に笑えるよう、テスト勉強やっとくよ」 テストの結果発表が終わった。聖夜祭まであと約一ヶ月。草案もほぼかたまり、これからは生徒会として、全力で準備にあたるばかりだ。 けれど……。 「今からだと、12時間以上だね」 「何がだ?」 「僕の睡眠時間さ」 「答案用紙は、まだ返ってきてないんだ。聖夜祭をキラキラさせるためにも、今日は帰ってすぐ寝て、思いっきり頭を休めるんだ」 「どおりで、今朝フトンをあげねーと思ったら……うん?」 「お、おい、待ってくれシン様。晩飯はどーすんだ?」 「夢の中でビフテキ食べるから、大丈夫だよ」 「俺様、そんな器用な真似できねーよ!」 「あれれ? リースリングさんの車かな?」 「失礼」 「はぅ……っ!?」 「現場、7・0・2、クリアー」 「……うーん……」 「……え? 僕、いつの間に帰ったの?」 「うわーい、おふと〜〜ん♪」 「なりません」 状況がサッパリ分からない。僕は通学路にいたはずなのに、どういうわけか自室でチャブ台に突っ伏していた。 そして、生徒会の集まりでもないのに、ロロットが対面に座り、更に信じがたい事に、あのリースリングさんがお嬢さまをたしなめている。 「会長さん、じいやを止めてください! 私に復讐させようとするんですよ」 「復讐からはなにも生まれません。私はケンカしてたお友達と仲直りして、それを学びました」 「許すことで憎悪はぬぐい去られます。ですが、忘れることはできません」 「う、うん……すごく含蓄がある言葉だけど、今の状況にまったくそくしてないね」 チャブ台の上には一年生の教科書が置かれ、今回のテスト範囲とおぼしきページに付箋がはさまれている。 「しかもロロットは、『復習』と『復讐』を、ワザと間違えてないかな?」 「ギクゥッ!!」 「旦那様と奥様、およびご友人からのお願いでございます。テストで分からなかった箇所を、復習して下さいませ」 「あのぅ……もしかしてロロットの勉強をみせるために、僕を拉致ったんですか?」 「強制連行しないで、ちゃんと言って下さい!」 「時間の節約上、やむを得なかったのでございます」 「生徒会活動、クルセイダース、リ・クリエの危機……それらを考慮すれば、お嬢さまが自習できるのは、今この時しかございません」 「で、本音は?」 「マダンッ!!」 「このリースリング遠山。砂漠や寒冷地、熱帯雨林での生存方法ならば、教練できるのでございますが……」 「うわーい、ざぶと〜〜ん♪」 「き、今日のじいやは怖いです……ビクビク!!」 「ロロット、観念して勉強しよう」 「心配してくれるご家族のためにも、しっかり復習して、次のテストでいい結果を残そうじゃないか」 「ひいいっ、私がテストで良い点数をとるなんて、九分九厘不可能ですよ」 「つまり九割一厘可能なのでございますね? 旦那様と奥様、およびエミリナ様にその旨を報告しておきます」 さすがはヘレナさんの友達だ。 もしリースリングさんが本気になれば、僕はもちろん聖沙やリア先輩ですら、口では敵わないだろう。 僕は集中力が途切れがちなロロットの注意をひきつつ、テストの復習をはじめる。ちょっとした家庭教師気分だ。 聖夜祭まで、残すところ一ヶ月をきった。汐汲商店街は早くもクリスマスの装いだけど、流星町の人たちはどんな感じだろう? 僕は月ノ尾公園へ足を運び、波止場で憩う親子連れや恋人たち、忙しく立ち回る沖仲仕の様子をみて見る。 海風が気持ちよく、そして冷たい。海辺はもうすっかり冬だね。 「あ、あの……困ります……」 「おお、なんと控えめなお嬢さまでありましょう。貴女の淑やかさをたとえれば、そう……まるでカスミ草のような儚さ」 「メ、メルファスさんが、またナンパしてるや」 「キザ野郎め。あんな口説き文句で、ひっかかる女はいねーぜ」 「……おっほん!」 メルファスさんは、ちらりと僕とパッキーに目礼したあと、再び美辞麗句を並べたてる。 「嗚呼、その純情可憐な花を守ってさしあげたい。しかし、触れるだけで貴女は手折れてしまうでしょう。なんと得難き恋である事か」 「ご、ごめんなさい……そんな風に言われても、どうお答えすればいいのか、わからなくて……」 「この殿方は、ロロットのお知り合いですか?」 「はい、お腹が空きましたね」 「ち、ちょっとロロット。せっかく話しかけてくれてるのに、その態度は失礼ですよ……っ」 「え? だって言ってる事が、ちっとも分からないじゃないですか? だから何も喋ってないと同じです」 「ふっ、おみそれしました。ロロット嬢は物事の本質を見極めておいでだ」 「貴女の真紅の薔薇のようなその瞳に、私のすべてが映っている……おお、恋い焦がれるこの身は、燃え尽きてしまいそうです」 「メルファスさん? ロロットの目の色は澄んだ青ですよ?」 「ロロット嬢。貴女の青薔薇のようなその瞳に、私のすべてが映っている……おお、恋い焦がれるこの身は……」 「いやいや、水系の色彩に、燃える表現は相応しくないですね。困ったものだ」 「安直な野郎だぜ。比喩のネタくらい、仕込んどけ!」 「仕込み……おっと、そう言えば私のポケットの中に、あんぱんとミルキー牛乳がございます。いかがですか、ロロット嬢?」 「牛乳を常備してるなんて、メルファスさんはいい人だねっ」 「判断基準はそこなのかよ!」 「アンパン……たらーん♪」 「ロ、ロロット、よだれよだれ……!」 「むっむむ〜〜」 「ああ、そういえば。親しくない人から食べ物もらっちゃいけませんって、じいやに言われてるんです」 「ならば懇意になろうではありませんか、今夜にでも」 「お二人の貞節の死守は、執事ことこのリースリング遠山めにおまかせを」 「じいやの登場は、いつも格好いいですね。うっとり」 「ほう、この方が……」 「レッドアラート。標的捕捉、トリガーオープンでございます」 「い、いきなり銃口を向けなくても――」 「って、問答無用で撃ってるし!」 「惚れ惚れする腕前だぜ。全弾、キザ野郎の急所に命中してやがる」 「カスミ草のお嬢さま、よろしければ、お名前をお聞かせ願えませんか?」 「ひ、ひええぇっ! た、たた、助けてくださ〜〜〜いっ」 「ま、実弾しこたま喰らって、ピンピンしてる男がせまってくりゃ、普通はビビるぜ」 「ふふっ、まさに穢れなき白絹を引き裂くかのような悲鳴……おもわず劣情を覚えそうです」 「メルファスさん、表現がイケナイ方面に傾いてきてませんか?」 「どんだけカートリッジもってやがんだ、執事は?」 「お見事です。曳光弾と曳光弾の間に、目に見えない四発の弾丸が含まれていますね」 「通常弾、徹甲弾、炸裂弾、焼夷弾と見ましたがいかに?」 「次からは、フォロウポイントも混ぜておきましょう」 「妥当なご判断ですが、しかし……」 「豆鉄砲と言えど、わりかし痛いので、そろそろお止めいただけませんか?」 「デザートはザクロでございます」 リースリングさんは、懐から大きなトンカチのような物を取り出し、メルファスさんに放り投げる。 「キャッチ」 「それでは」 「ロロットとお友達を連れて、行っちゃったね」 「このザクロ……いえパイナップルをどうぞ。周辺市民の安全を考慮すれば、生徒会の君が持つべき代物です」 メルファスさんは、妙に大きなトンカチを僕に手渡してくる。 「なんですかコレ? 戦争映画に出てくる手榴弾みたいですね」 「本物ですよ」 「な、なんか白い煙が、出てきてるんですけど!?」 「生きてこそ、浮かぶ瀬もあれ……またお会いしましょう」 「あ、あばよっっ」 「ちょっと、パッキーまでそんな――」 「ああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜……っ!!」 「向こうに人だかりが……なんの騒ぎだろう?」 「どーせ、ペタンコが食い逃げしたとか、オデ公が大食い新記録を達成したとかだぜ」 「ムキー! アタシとオヤビン、マジメにやってるよ! いま配達からもどったとこなのに、ひっどーい!」 「ひどい。オデ、怒る」 「――って、シン様が言ってたぜ?」 「言ってないよ!」 「まただ。今度は拍手まで起こってるよ」 「ん……んん? ホント、楽しそう。なんだろね?」 「わざわざペタンコが飛び上がらなくても、オデ公ならここから覗けるだろ?」 「オデ、デカイから、見える」 「キラキラ、踊ってる、ロロット」 クリスマスまで、もう一ヶ月を切っている。ロロットは聖夜祭の宣伝をしてるんだろうか? 僕は人垣をかきわけて、騒ぎの中心地へ向かう。 「よい……しょっと!」 人々の足元をくぐり抜け、なんとか現場に辿り着く。 「いた! ロロッ――」 「そうです、はなれないようにギュッと手をつなぐんです」 「こ、こうですか? ぎゅう〜……っ」 「私たちで、足をシャッシャーってやって、ピョンピョーンってするんです♪」 「よ、要するに、躍動的なダンスですね」 オデロークが言った通り、ロロットが踊っている。 ただ生徒会の広報活動じゃないらしく、ロロットは周囲を気にしてない。 お友達と一緒にいるのが楽しくて、自然と手をつないでいるうちに、ダンスに発展したんじゃないだろうか? うわ、羽根が出てる。 「また二人で踊れるなんて感激です。もう絶対にはなしませんよ」 「ロ、ロロット……! は、羽、羽っっ」 「はいっ、キラキラのクルクルで跳ねまわりましょう」 「ち、違います……!」 「ヤッホーー、面白そう! アタシも、混ーぜてっ♪」 「どうぞ、どうぞ、3人で手をつなぎましょう」 「くるくる、きゅる〜ん どーでもいいけど、ロロちー羽でてるよ? やーいやーい、天使もろバレ」 「て、ててて天使じゃありませーんっっ」 「ホ……ッ! それでは、あらため……くーるくーる、くるくるん♪」 「ククク……、天使が魔族と踊ってやがる。何気に歴史的瞬間だぜ」 「ひいい、クルクルクルクル、目がまわっちゃうよ〜っ」 そうして3人のダンスも一段落つき。 「聖夜祭ではダンスパーティがあるんです、私の踊りはこれで決まりですよっ」 「二人で作った甲斐がありましたね。サリーさんも、ありがとうございます」 「ふらふらふら〜、クルクルクル〜」 「ああ、創作ダンスだったんだね?」 「会長さんも、ご覧になってたんですか!」 「えっへん、どんなもんですか! 熱々のお好み焼きの上で踊る、カツオブシを表現したんですよ」 「え……? そ、そうだったんですか……?」 「なるほどぉ〜」 「納得できるとは、さすがシン様だぜ」 「うきうきっ♪ 仮装ダンスパーティになるかもですよ。そうなったら、会長さんと私たちみんなで、お好み焼きの格好しましょうね」 「うん、いいよっ」 「い、いいんですか……?」 「オデ、踊り、もっと見たい」 「くるくるん、ふらふらん……オヤビン、バトンタッチ……がくんっ」 「踊り、好き、まかせろ」 「ほへ? お相撲さん、クリスマスに雲龍型土俵入りは関係ないですよ?」 「ひ、ひええぇっ! お、お肉の壁が急接近して……! た、たた、助けてくださ〜〜〜いっ」 「くすくす、私たちのダンスが、みなさんを幸せな気分にしたんですね。はい会長さん、パンダさん、バトンタッチです」 「カイチョー、パッキー、踊る」 「うわあああぁぁぁぁーーーーーっ!?」 キラフェスは生徒のみんなと、汐汲商店街をはじめとする、流星町の人たちの協力で大成功をおさめた。 さて、聖夜祭はどうしよう? おなじように町内の人たちを招きたいけど、キラフェスの焼きなおしにはしたくない。 僕は〈徒然〉《つれづれ》に考えながら住宅街を歩く。 ひょっとしたら気のはやいお家が、クリスマスのイルミネーションを飾っているかも知れない。そんな冬の空気を吸えば、聖夜祭のヒントが得られそうだ。 ……というのは、虫のいい期待だった。さすがにまだ10月だもんね。町並みはいつも通りだ。 「ムッ、咲良クン」 聖沙がカプリコーレのレジ袋を下げて、向こうからやって来た。 半透明の袋の中には、カボチャがいっぱい……そっか、そう言えば今日は―― 「やあ聖沙、ハロウィンの買い物帰り?」 「ふふん、大ハズレ。私は買い物から帰って、また出かけるところよ」 「だけど、レジ袋を下げてるじゃないか?」 「んぐぐ……ちょっと忘れ物をして、お家まで取りに戻っただけでしょ!」 「これから飛鳥井神社にお邪魔して、紫央と一緒にカボチャのお料理をするのよ」 「いいえ、手伝っていただかなくて結構! これくらい、私一人で運べるんですからねっ」 「シン様は、まだ何も言ってねーぜ?」 「へぇー、スゴイや! カボチャの煮物はすっごく難しいのに!」 「な、なんで煮物って限定するのよ?」 「ハロウィンに似合うよう、裏ごししてカボチャのスフレを作るつもりよ」 「それなら朝食に出せて、お父様とお母様に楽しんでもらえる……」 「でも毎年作り過ぎちゃうの。スフレばかりだと、すぐ飽きるのがネックよ」 「それなら、チーズケーキにカボチャをまぜてごらんよ? 色も味もうまくなるからさ」 「いいアイデアね! さっそく今年から、やってみましょう!」 「ハッ!? ……ふ、ふんっ、それくらい私だって考えてたわ!」 「うん、他にもうまい調理法があったら、また今度教えてよ」 「ハロウィンが終わったら、品川のおばさんから、余ったカボチャを分けてもらうんだ」 「そうねぇ……カボチャの種は捨てずに、お食べなさいね。いちばん栄養があるんだもの」 「あ……! さ、咲良クンのこと、小馬鹿にして言ったわけじゃないのよ? うちでは種も――」 「僕はいつも、カボチャの種を塩と砂糖で煎ってるけど?」 「キーーッ! 悪かったわね、どうせうちはお塩だけです! これで勝ったと思わないでちょうだい!!」 聖沙はプリプリ怒りながら、飛鳥井神社のほうへ行ってしまった。 スフレにケーキか……クリスマスに関連する洋菓子を、聖夜祭で振る舞うのもいいね。でもこれはナナカの領分かな。 あれこれ思い描きながら、僕は散策を続ける。 「すうぅぅぅ〜〜〜っ! ……ふはあぁぁぁ〜〜〜〜っ!」 僕は中庭のベンチに腰かけ、脱力する。 「盛大な深呼吸だな、おい」 「外の空気を思いっきり吸いたくもなるさ。千軒院先生があんなに厳しいなんて、予想外だよ」 「気張った教育実習生なんざ、あんなもんだぜ?」 「はふうぅ〜〜〜〜……」 見るからに疲れている聖沙が、目の前を横切ってゆく。僕に気付いた様子はない。 「無理ないや、千軒院先生は聖沙のクラスの担当だもんね」 「ヒスのやつ、森林地帯に入ってくぜ?」 「そんなゲリラみたいな言い方よしなって。普通に小径を歩いてるんだよ。並木道をのんびり行けば、心が癒されるからね」 「ヒスはガックリ項垂れてたぜ? 木を見上げる余裕ねーだろ」 「そっか……ねえパッキー、僕たちで聖沙を励ましてこよう」 簡単に追いついてしまった。 聖沙は木立に囲まれた小径で物言わずたたずみ、その瞳に涙を浮かべている。 「聖沙、どうしちゃったんだろう……こ、声をかけるべきかな?」 「大した事ねーだろ? どうせ教育実習生と言い争って論破されたとか、そんなのだろうぜ」 「君はどうしてそう、悪意に解釈しちゃうの?」 「聖沙は人一倍感受性が強いんだよ。生徒会選挙の事を未だに気にしてるのが、何よりの証拠じゃないか」 「あの涙は、そう……きっと黄葉しはじめた木々を見て、こんな風にたそがれてるのさ」 「ああ、もうすっかり秋なのね……」 「ん……くすんっ、舞い散ってゆく落葉を見ていると、わけもなく涙がこぼれてくるわ」 「どう、聖沙らしいよね?」 「そーかあ? リアちゃんは正真正銘だがよ、俺様の見たところヒスはエセお嬢さまだぜ?」 「ま、あの涙の理由は、こんなこったろ」 「ふわあぁぁ、眠たい……。ゆうべ夜更かしして、少女マンガを読破したものね」 「それにしても何だか顔がかゆいわ。夜食のシメサバが当たったのかしら?」 「ぷるぷるぷる、ワナワナワナ」 「ぎょっ!? み、聖沙、いつの間に肉薄してきたの?」 「ちょっと咲良クン……私の肖像権を侵害して、なに勝手な妄想してるのかしら?」 「ぼ、僕ひとりじゃないよ。パッキーだって――」 「すやすやすやすやすやすやっっ」 「パッキーさんは、気持ちよさそうに熟睡してるじゃないのよ!!」 「どこが!? 冷や汗たらして、タヌキ寝入りしてるじゃないかっ」 「咲良クン、私は別に怒ってないわ? ただあなたの間違った解釈を訂正して、真実を知ってもらいたいのよ」 「う、ウソだ、君は怒り狂ってる」 「いいから私の釈明をお聞きなさい! 寝不足でアクビしちゃったのは認めてあげる」 「でもマンガに没頭なんかしてないわ。私はもっとクリエイティブな作業に、熱中せざるを得なかったの」 「う、うん……たじたじ」 「なぜ後退って、逃げようとしてるのかしら?」 「あ、足がひとりでに……多分、防衛本能だよ」 「それじゃあね、聖沙!」 「お待ちなさいよ! 咲良クン、あなたは誤解したままだわ!」 「私がお夜食にとったのは、テリヤキチーズハンバークよ!!」 「夜中にそいつぁ自殺行為だぜ?」 「テリヤキが、どれほどカロリー高い代物か分かってんのか? デブまっしぐらだぜ!」 「ムッキィーー! なんですってぇー!? 許さないわよ咲良クン!!」 「だから、パッキーが起きてるんだってばっっ」 秋口の青空のもと、僕はしばし聖沙と追い掛けっこする。 聖沙が落ち込んでなくて、ひと安心だ。 それよれも心配すべきは、僕の身の安全だろう……。 「何がだい?」 「今日は文化の日で学園が休みだ。そして、この高台で見晴らしがいい……って事はだな、魔王様は嘲笑うつもりだろ?」 「そんなの全然面白くないよ」 「休みなのを忘れて、登校してきたマヌケな奴を見つけるんじゃねーのか?」 「そんな性格ねじれた真似しないってば!」 「ここからだと流星学園が一望できるよね? 建物の配置を見ながら、聖夜祭の飾りつけを考えたいんだ」 「校門から入場した人たちは、どこをどんな風に通ってゆくか……」 「クリスマスの気分を盛り上げるには、どの場所のイルミネーションに凝ればいいのか……」 「ここからは流星学園が見渡せるわ。紫央、あなたは遠目がきくのよね?」 意外にも先客がいた。学園の諸施設を見下ろせる場所に、聖沙と紫央ちゃんが立っている。 「分かってるわね。ぬかっては駄目よ?」 「愚問!」 二人はものスゴイ集中力で眼下を観察しており、僕がやって来た事に気付いていない。 なるほど、聖沙も聖夜祭の構想を練るべくここへ……立派な副会長がいてくれて、僕は果報者だよ。 「銀杏の木には、雌株と雄株があるの。知ってるわね? 重要なのは雌株のほうよ」 「常識!」 ……銀杏? 「飛鳥井神社の銀杏を見た感じだと、ギンナンの実が落ちてくるのは11月20日前後よ」 「承知!」 「ええっと……イチョウとギンナンと聖夜祭に、どんな関連性が?」 「さ、さささ咲良クン!? いつからそこに! ぬかったわ紫央!」 「あ、あああ姉上、我々の計略は失敗する公算が大になりましたぞっ」 「どうして、そんなに狼狽してるの?」 「ふ、ふふんっ、取り乱してなんかいないわ! 私はいつでも威風堂々、泰然自若。それこそが生徒会長に求められる資質よ!」 「あ、姉上、秘密を知られてしまいましたぞ! せ、せっかくの次善策が水泡に帰すやも知れませぬっ」 「ちょっと紫央、焦らないでちょうだい」 「それがし、今秋も失態を演じるのは御免ですぞっ」 「よく分からないけど、僕がそばに居ちゃまずいんなら、離れてるけど?」 「い、否! シン殿は信頼がおける御仁! ただ、その……物の怪は……」 「俺様がどうしたい?」 「咲良クン、飛鳥井神社の参道に、銀杏がたくさん生えてるのを知ってるかしら?」 「飛鳥井の神域では、一切の狩猟と採取が厳禁……しかし、ドングリとギンナンのみ、特別に許可しておるのです」 「うん、いいよね。ドングリは子供に必要だし、ギンナン拾いは大人も一緒に喜ぶよ」 「その通りですぞ。しかし……」 「去年の秋にね、誰かがギンナンを根こそぎ取っていっちゃったのよ」 「それはやりすぎだね。いくら許可されてても、限度ってものがあるのに」 「然り、巫女として看過できませぬ。手口から見て玄人の技……おそらく仕出し弁当の業者でしょう」 「今年は曲者に先じて、当社のみならず付近一帯のギンナンをすべて回収し、警告代わりにいたす所存!」 「ええ、それで高台へ来たのよ。ここから流星町を見れば、どこに銀杏が生えてるか一目瞭然だもの」 「そっか……わかったよ。聖沙と紫央ちゃんの計画は、誰にも話さない。約束する」 「シン殿なら、内緒にして下さると信じておりました。ですが物の怪は……」 「紫央ちゃん、心配ないよ。パッキーはこう見えても義理堅いんだ」 「俺様は興味ねーな。誰かに喋るのも面倒くせーぜ」 「くすくす、パッキーさんたら」 「でも、咲良クンは意外と物分かりがいいのね。見直してあげなくもないわ」 「ううん、分からない事もあるよ? 二人とも、どうして制服を着てるの? 今日はお休みなのに」 「はい? 聞こえないわね」 「面目ない。就学日と間違えましてな」 「し、紫央! 馬鹿正直に答えるんじゃありません!!」 「で、ですが久々に姉妹そろっての登校」 「このまま帰宅するのはもったいない。せっかくだから学内をお散歩しようと仰ったのは、姉上ですぞ?」 「こらぁっ、それはジョークよ! しぃっ! しいぃーーーっっ!!」 「さ、咲良クンこそ、何故ここへあがって来たのかしら?」 「シン様は、学園を見下ろして、聖夜祭の配備を熟考してたんだ」 「違うよ、祝日に勘違いして登校しちゃう、トンマを探してたのさ」 「……あ、あれれ!?」 「パ、パッキー!」 「シン殿。それがしと刃を交えてみませぬか?」 「い、いやだっ」 「はて、一向に聞こえませぬな」 「紫央。飛鳥井の御祭神。麩字多加菜簾美之命の慈悲を、咲良クンに見せつけておやりなさい」 「御意!」 「ああああぁぁぁぁ〜〜〜〜っっ!!」 「ふん、遅かったじゃない。待ってたわよ」 「聖沙? どうして僕ん家に……」 「決まってんだろ?」 「そっか! 聖沙も家庭菜園をはじめたいんだねっ」 「苗床づくりは、洗剤の空き箱を利用するといいよ。防水性だからね、種が発芽するまでの仮鉢に、うってつけなのさ」 「物置に空箱がたくさんあるから、好きなの持ってってよ」 「いらないわよ! 私があなたを訪ねる理由なんて、生徒会の用事に決まってるでしょ!」 「残念そうに、肩を落とさないでちょうだい!」 「お邪魔します」 「聖沙? ブーツの型崩れを直すんなら、古新聞をクルクル丸めて中に――」 「そんなこと考えてません!!」 「だけど、何か思い悩んでる感じだったよ?」 「そこまで大袈裟じゃないわ。ただ……」 「咲良クン、あなたはなぜ二階に住まないの? そのほうが日当りもいいし、安全でしょう?」 「うーん、深い意味はないんだけどさ。しいて言えば、僕はここの管理人だから、一階の玄関脇の部屋にいるべきじゃないかな?」 「管理って……無人なのに?」 「ぐ……っ! こ、これでも、大昔は割と住人がいたらしいよ? 父さんの話だと、2階は特に人の出入りが激しかったんだって」 「学生さんが多かったのかしら?」 「さあ? けど、ほとんどの人が半月以内に出て行っちゃったんだって」 「い、いくら何でも短すぎるわ。たったの二週間で解約するなんて、一体どうなって――」 「わ、わわわ私、帰らせていただくわ!」 「まだ用件を聞いてないよ?」 「クククッ、気付いちまったかヒスよ? グランドパレス咲良の階段は、バッチリ14段だぜ?」 「い、言わないでパッキーさん!!」 「それがどうかしたのかい、パッキー?」 「二階で寝泊まりするとな、最初の晩に、遠くからこんな声が聞こえてくるんだぜ……『一段あがった嬉しいな』」 「2日目の深夜も、やっぱり声は遠いが1日目よりハッキリと……『二段あがった嬉しいな』」 「入居者はどうしても悟っちまうぜ。声の主が階段の下のほうにいるって事をな。だが、その姿は全然見えねーんだ」 「11日目の丑三つ時ともなれば、階段の上のほうから……『あと三段だ嬉しいな』」 「そして最後の14日目……階段をのぼりきって、二階へあがるその夜は――」 「きゃあぁぁーーっ!?」 「ぐっ! く、苦しいよ聖沙……そんな思いっきり抱きつかないで」 「いやあぁーーっ、やめてぇーーっ! 来ないでぇーーっっ!!」 「ぐ……ぐぐぐ……は、肺が……い、息ができな……い……っ」 「やだあぁーーーーっっ!!」 「あ……視界が……灰色に……暗いよ、父さん……」 「……あれれ? ここは……僕の部屋……?」 「も、もう……あなたは本当に仕方のない人ね。打ち合わせの最中に、お昼寝はじめちゃうなんて」 「そ、そっか……たしか聖沙が生徒会の事で、僕ん家にやってきて……」 「それから、どうしたんだっけ?」 「ほ、ほら? 聖夜祭のアイデアを、私達二人でまとめたでしょ?」 「終わったと同時に、咲良クンは知恵熱を出して、寝込んでしまったわ。だから覚えてないのよ」 「そうだったのか。ごめん、迷惑かけちゃったね。会長失格だよ」 「そ、そそそそんな事ないわよ?」 「聖沙? やけに素直だね、君らしくないよ?」 「失敬な! 私はいつだって素直です!!」 「ああ、ヒスの根っこは従順だぜ? ククク……だから俺様が即興でつくった階段の怪談を、真に受けやがった」 「その昔、ここの二階にゃイビキのウルセー魔族が住んでてな。そいつの騒音公害のせいで、みんな出ていっちまったわけだ」 「え? 階段の怪談? ダジャレ? 二階? う、うーん……」 「っっっ」 「あああぁぁ!? 思い出したよ、聖沙! たしか君は――」 「思い出すなーーっっ!!」 「はぅぅ!? ぐぅ……ま、またこんな……ぐ……ぐぐ……苦し……」 「不可抗力とはいえ、咲良クンと抱き合っただなんて、私は認めないわ!」 「み、聖沙……やめ……こ、呼吸が……っ」 「やめて欲しかったら、もう一度気絶して、すべてを忘れなさい! えいっ、サバ折り!!」 「あ……視野が……黒色に……寒いよ、母さん……」 「一応ツッコんどくがよ、ヒスが一方的に抱擁したにすぎねーぜ? 抱き合ったとは言えねーよ」 さて、月曜日の放課後だ。はやく生徒会室に行って、今週の活動指針を決めなくちゃ。 「さあ、今日は月曜日だものね。咲良クンより先に生徒会室へ行って、今週の活動方針を決めてみせるわ!」 「やあ聖沙」 「あら咲良クン」 「せっかくだから、一緒に行かない?」 「くすくすっ、絶対イヤ」 「な、なにも走り去らなくたっていいじゃないか」 「おおうっ!?」 「ご、ごめんなさい、私急いでたもので……って紫央じゃないの!」 「こちらこそ、慌てておりまして……と、おお! 姉上!!」 「ちょうどよかったですぞ。それがし、姉上を探しておりましてな。このノートをお受け取りくだされ」 「これは?」 「先のお泊まりの折、お話ししたではありませぬか? それがしも姉上に憧れて、小説をしたためたのですぞ!」 「まあ、完成したのね! 偉いわ。まずは完結させる事が大切なのよ」 「えっへん! ささっ、是非その習作をお読みくだされ」 「渾身の物語ゆえ、どんなに急いでも読破に小一時間はかかりましょう。その間、プリエでお茶でも一服かたむけませぬか?」 「じゃあ、僕はお先に――」 「お、お待ちなさいよ! 私と一緒に、生徒会室へ行きたいんでしょ!?」 「え……けど小一時間かかるんだよね?」 「五分以内で終わらせるわ」 「それは不可能ですぞ。ささっ、ご一読くだされ」 「……紫央、表紙をめくる前に聞いておくけど、この物語のジャンルは何かしら?」 「現代バトル学園ファンタジー恋愛ネオホラーですぞ」 「まさか身分を隠した王子様と、見習い魔法使いと、意志をもった剣が主人公じゃないでしょうね?」 「いいこと紫央? まず基本中の基本として、目覚まし時計ではじまるイントロ、詩ではじまる冒頭、最初に主人公が自己紹介をはじめちゃうのは減点対象よ?」 「次に確認しておくと、異世界からの声ではじまるプロローグで気がつけば異世界にいたり、気絶して目が覚めたらパラレルワールドだったりしないわよね?」 「ファンタジー要素も、桜の樹の精霊や、ウサギが出てきてアリスネタになるのは駄目よ? エスパーや霊能力、超能力探偵事務所も厳禁」 「あっ、もちろん陰陽師も含むわよ?」 「ギクギクギクッッッ」 「紫央ちゃん?」 「く、くひぃ……ですが姉上、お約束の展開でも、身分を越えた恋愛劇が描けておれば、それは合格ではありませぬか?」 「ええ、その通りよ。ただし……」 「飛んできたボールや暴走する車、またはそれによって割れたガラスの破片から好きな人を守ったり身代りになったりするエピソードは読者に飽きられてるわよ?」 「ギクギク、ギクギク!」 「それに禁断の恋愛? 親に愛されなかった幼年期を送った財閥の御曹司が、拾ってきた子と一緒に暮らしたりしてるんじゃ?」 「そして恋しちゃうキッカケが、学園祭の劇で女装だったり、代理見合いで女装なんていうのは、もってのほかよ?」 「ギクギクギク、ギクギクギク!!」 「うわ……容赦なく、メッタ斬りにされちまったな……」 「そ、それがし……出直して参ります……ノ、ノートをお返し……っ」 「いいえ、これは預かっておくわ。今度お泊まりにいく時に、きちんと感想を言わせてちょうだい」 「そ、そんな駄作……お読みに……ならずとも……っ」 「紫央、みんなそこから始まるのよ? この程度でくじけないで、お互い頑張りましょう!」 「姉上……はい、精進いたします……それでは失礼をば……」 「はい、五分経ってないでしょ?」 「こえー、ヒスは魔将よりこえーぜ」 「褒めるところは褒めて、最後は励ましてたけど……」 「紫央は私の妹よ? だから、敢えてお世辞を言わずに、厳しい意見を言ったの」 「それは分かるさ。だけど、やっぱり読んでからのほうが良かったんじゃない?」 「……咲良クン、生徒会室に着くまででいいから、読んでみる?」 「うん、面白そうだね」 旧校舎までの道すがら、僕は紫央ちゃんの処女作を流し読みする。 まだ序盤しか見てないものの、聖沙が指摘した通りの内容だ……。 「うぅーっ、寒ぃーっ! リアちゃんと二人きりで、押しくらまんじゅうしてーぜ」 「そんなの成立し得ないよ、あれはみんなでやる遊びじゃないか」 「ぶるぶるぶる……まだ秋だけど、風が吹くと一気に体温奪われちゃうね」 「って、狂ったかシン様!? もっと冷え込む高台なんぞにのぼって、どーする気だ!」 「下見だよ、ここは使えるかもしれない」 「クルセイダースの訓練場にか?」 「ちゃんと分かってるじゃないか、パッキー」 そう、昨日僕たちが戦った魔族は手強かった。 いや、単純に力だけで考えると、一対一ならば、これまでのお気楽ムードで撃退できたかも知れない。 けれどクルセイダースがそうであるように、魔族たちもお互いをカバーしあい、連携攻撃を仕掛けてきた。 「魔族だって仲間を想う気持ちは、僕たちと同じなんだ。ますます争う理由がないよ」 「そういうのは、まっとうに戦えるようになってから言うセリフだぜ」 「ぐ……っ!」 言葉につまる。パッキーの意見はもっともだ。この先どうなるにせよ、守護天使の能力を鍛えておくにことした事はない。 高台の広場は、訓練場の候補になるだろう。 昼間は運動部がランニングに来るものの、生徒が完全下校した夜は、誰もこんなところへ近づかない。クルセイダースの訓練に巻き込まれて、怪我人が出る心配もない。 「寒いわね、もう!」 「あれれ?」 「さ、咲良クン!?」 フィーニスの塔の方から、聖沙が秋風から逃れるかのように、小走りで駆けてきた。 「そっか、聖沙も下調べに来たんだね」 「ハッ!? ち、ちちち違うわ! 私の心を見透かしたつもりに、ならないでよねっ」 「私は……そう! 咲良クンに勝負を挑みたくて、待ち構えてたのよ!」 「こ、こんなところで? 寒さのガマン比べなんて、僕はちょっと……」 「そんなの私もお断りよ!」 「ええーと、うーんと……」 「ご、ご覧なさいな、あそこの木を。枝に鳥がとまってるでしょ?」 「30秒間ジッとしてれば、ポイント20ゲット! 先攻は私! 1……2……3……」 「聖沙、いくら何でもその勝負は無理があるって」 「うるさいわねっっ、じゃあ他にどうしろって言うのよ!?」 「寒……!! くしゅんっ」 「女子の制服は風に無防備だよね。よかったら、パッキー貸そうか? カイロ代わりになるよ」 「いいのッ!?」 「シン様の命令とあらば嫌とは言えねーぜ」 「ああ、パッキーさん……」 聖沙がパッキーに手をのばしてくる。 「きゅぴーん。貸与期限について、咲良クンは一切言及してないわ。よって私が一生借りたとしても、法的に問題なし……」 「い、嫌だ! ヒスの目はマジだぜ!!」 「い、いやぁーっ、大きな蚊が飛んできて……! きゃんっ!?」 「それはガガンボだね。血は吸わないから、叩き潰しちゃ可哀相だよ」 「ノンキなこと言ってないで、追っ払ってちょうだい! うっ、うぅーーっ!」 「ほら、落ち着いて……取ったよ」 「ホ……ッ! 不本意ながら感謝の意を示すわ。ありがとう」 「ガガンボ?」 「咲良クン、私のお礼よりも、昆虫に関心を示すなんて、どういうつもり!?」 「だ、だって夏の虫なんだよ? 秋口に珍しいじゃないか」 「まったくですな」 「あれっ? 紫央ちゃんと来てたんだ?」 「いいえ? 紫央、あなたこんな所に一人で何してるの? 風邪ひくわよ、さあ戻りましょう」 「否、それがしは飛鳥井の巫女。やけにキツイ風に誘われ来てみれば……」 「んなっ!? ま、また飛んで来たわっ」 「二百十日はとうに過ぎておるのに、風虫が舞っておるとは……」 「風虫?」 「ガガンボの事ですぞ。本来なら聖夜祭を来月にひかえ、雪虫を呼び吉兆とすべきですが……不覚!」 「晩夏に行った、風鎮めの神事が不完全だったようです」 「これほど風が吹き、大気が騒げばいろんな虫が湧くもの。それがしただちに帰参し、神事をやり直してきます!」 「虫って……虫の知らせとかの虫も、含まれるの?」 「似たようなものですな。癇の虫、泣き虫、弱虫、いろいろとおりますぞ」 「……じゃあ、不安の虫は?」 「当然おりますな」 「おっと、歓談したいところですが、それがし急ぎますゆえ、これにてっ」 「手伝うわ!」 「お気持ちだけ頂いておきますぞ。こればかりは、それがし一人でやり遂げねばならぬ務め!」 やがて風がゆるやかに変化し、冬の到来を感じさせる〈清澄〉《せいちょう》な空気を運んできた。 夕焼けが眩しい。そのおかげか、昨夜の戦いに対する寒心がやわらいでゆく。 「紫央ちゃんが成功したんだね」 「『不安の虫』か……聖沙はすごいね、パッキー? ちゃんと分かってたんだ」 「ふう、やれやれ。これでヒスに拉致られる心配はねーぜ」 「あははは、安心のしどころが違うってば」 「やあ、聖――」 「〈聖央〉《》ちゃんも、本を借りに来たの?」 「……どこのどなたかしら、聖央さんって? 人の名前も覚えられないようじゃ、生徒会長失格ね」 「くっ。い、いいじゃないか、聖沙と紫央ちゃんは姉妹だし、一心同体さ」 「ククク……兄弟は他人のはじまりとも言うぜ?」 「これ物の怪、縁起でもない事を言わんでくだされ」 「くすくす、私と紫央は他人からはじまって、姉妹になれたのよ? だからこの関係は、簡単に壊れやしないわ」 「姉上……」 「あははは、聖沙のほうが一枚上手だったね、パッキー?」 「さ、ついてらっしゃい。姉として紫央を鍛えてあげるわ」 「おや? お空に鳥が――」 「逃がさないわよ!」 「ひいぃっ!? 姉上は本気ですぞ、シン殿お助けくだされっ」 「うーん、姉妹や家族の事に、僕が口を挟むのもどうかと思うよ?」 「そ、そう言いながら、なぜ咲良クンまで一緒に来るのよ!?」 「たまたま方向が同じなだけだよ。僕も図書館に用があるんだ」 「ふんっ、私達の邪魔はさせないんだから! どうせなら、手伝っていただくわ!」 「いいけど? 一体なにを――」 「ん……っしょ」 聖沙が、古今東西あらゆる食文化とそのレシピ本をあさり、読書机に山積みにする。 「僕が運んだのは、こっちに置けばいいのかな?」 「く、くうぅ〜……」 「情けない声を出すんじゃありません」 「あ、姉上ぇ〜……」 「嫌いな給食が食べられなくて、お昼休みや掃除の時間中も、教室の後ろに居残って一人でもくもく食べてる子みたいだね」 「シン様、喩え方が庶民的すぎるぜ」 「これら大量の書物を、すべて読めと?」 「ええ、実践の前に、まずは理論を把握しておきなさい。三日もあれば読めるわ」 「無理ですっっ」 「お料理の本は写真ばかりで字が少ないから、読破できなくもないよ?」 「それがしは飛鳥井の退魔巫女ですぞ? 日々の修行に忙しい身……とてもそんな暇はありませぬ」 「あら? 恋愛小説は愛読してるのに?」 「ギクッ!」 「に、二兎を追うものは一兎をも得ずと申します。それがし、鍛練を優先し、お料理はまた後日あらためてという方向で、ひとつ……」 「そう来たか!」 「いいこと紫央? 健全なる精神は健全なる肉体に宿るというでしょ」 「トレーニングの基礎は健康管理。そして、すこやかな心身は日々の食事によって作られるわ」 「だから、お料理の勉強をなさい!」 「そ、そう来ましたか。さすが姉上、手強いですな」 「あなたのためを思って言ってるのよ。さあ、咲良クンも説得してちょうだい」 「紫央ちゃんは、お料理がヘタッピなの?」 「ち、ちょっと! もっとオブラートに包んで聞きなさいよ!」 「ぬぐぐ……それがしも、お料理くらいはできますぞ? むらがるお惣菜を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」 「ただ、母上や父上や姉上や親戚一同のほうが上手いため、それがしの手料理を振る舞う機会はありませぬ。悪しからず」 「あー。……うんうん」 「慈愛に満ち表情で、うなずかないで下され!」 「お料理くらい、学ばずとも作れますぞ? それがしは『気』の使い手ですからな」 「料理は愛情と聞き及びます。つまり食べる人を思いやる心……」 「すなわち『気』が充実しておれば、おのずと美味しいお料理が完成するというもの!」 「な、なんですかな?」 「紫央ちゃん、論法としてはイイ線いってるけど、どこか間違ってない?」 「勉強したくない子の、ただの屁理屈だわ」 「姉上! 飛鳥井家が代々受け継いできた『気』を、愚弄なさるおつもりですか!?」 「論旨をすり替えるんじゃありません!!」 「くうう〜、見抜かれておりますぞ……っ」 「紫央の手料理は、いつも大味なのよ。お汁粉にも、お砂糖ばっかり入れてるじゃない」 「それのどこがいけないのですかな?」 「ねえ、どうして唐突にお汁粉の話になるの?」 「今月の中ほどに、ちと作る用事がありましてな」 「だ、だったら、こんな大量のハウツー本は要らないってば」 「内容を家庭でつくれる甘味にしぼれば、2・3冊でおさまるよ。さっそく選び出そう」 「おお、それならそれがしにも読めそうですぞ」 「んぐぐ……せっかくだから、紫央にお料理を教え込もうと思ってたのに」 「本当に咲良クンは生徒会長失格だわ」 「姉上? この件に関しては、生徒会とは何の関連性も見受けられませんぬが?」 「それ以前に聞きたいんだがよ、一度にこんな何十冊も借りれるのか?」 「あ……3冊までだったわ……」 「な、なによなによ!?」 その後、聖沙は逆切れしつつお料理本を厳選して、紫央ちゃんが借りるのは結局1冊だけになった。 「さあ、今日の生徒会活動も頑張ろう!」 「勉強と生徒会とクルセイダースで青春するんだ。めざせ! キラキラの学園生活!!」 「ククク……シン様の力が覚醒すれば、ギラギラした青春を送ることもできるぜ?」 「そんな血なまぐさそうなのは、イヤだよっ」 「やあ、みんな――」 「う〜〜ん……いい匂い」 生徒会室には聖沙が一人。 その行動理念は不明だけど、教科書を顔に密着させて匂いをかぎ、ウットリしている。 「ハッ!? さ、さささ咲良クン! ち、違うのよ、あの……こ、これはっっ」 ……見なかったことにしよう。 「よーし、今日も生徒会に顔出そっと!」 「特待生として会長としてクルセイダースの一員として青春するんだ。めざせ! キラキラの学園生活!!」 「ククク……シン様がその気になれば、ギトギトした青春を送ることもできるぜ?」 「そんな脂っこそうなのは、ゴメンだよっ」 「きゅうぅ〜〜〜……っ」 「み、聖沙!? せっかくやり直したのに、どうしてドアの真ん前に立ってるんだよ」 「うるさいわねっっ、あなたを待ち構えてたのよ!」 「あ、タンコブが……」 「痛くないわ!!」 「派手にドアがブチ当たったのに、マジでか?」 「感じないわ!!」 「そ、そう……それじゃ、もう一度再開するね」 「仕切り直しにこだわるって事は……咲良クン、見たのね!?」 「み、みみみ見てない、見てない、僕は何も見てないさ!」 「おうよ! シン様はヒスが教科書をクンクンして、ニタニタほくそ笑んでる現場なんぞ、目撃してねーぜ?」 「いやあぁーーっっ、やっぱり見てるじゃないの!」 「キィーッ! かくなる上は……」 「聖沙、どうして鍵を?」 「咲良クンを逃がさないためよ。これで密室に二人きりだわ」 「ひぃ……っ! ぼ、僕に何する気!?」 「何も……あなたが秘密を守ってくれるかぎり、身の安全は保障するわ」 「ただし、もし誰かにさっきの事喋ったら……キッ!」 「そ、そこまで恥ずかしがらなくたって、いいじゃないか。僕も教科書や参考書の匂いをかいだりするよ?」 「嘘っ!!」 「本当さ、使い込んだやつに限るけどね」 「自分で書き込んだ注釈やアンダーラインが多くなってくると、蛍光ペンとボールペンのインクの匂いが混ざり合って、いい香りが生まれるんだ」 「ええ、まるで雨上がりの新緑の森を吹き抜けてゆく、爽やかなそよ風のような……」 「どういうわけか、そのへんの紙に書き込んでも、あの匂いは作れない」 「不思議よね、私も試したけど無理だったわ」 「理屈で考えると、参考書をめくる度にページが空気に触れて酸化してるんだと思うよ。そして、本来の樹木の匂いに近づくんだ」 「きっと、そうしたページが何百枚も重なって、森の匂いになってゆくのね」 僕は机の上に置かれた、聖沙の教科書を見やる。 表紙は閉じられているけれど、それで充分だ。聖沙の勉強ぶりが、よくうかがえる。 本の腹を観察すれば、持ち主がどれくらい読み込んでいるかが分かるんだ。 じっくり読んだページは、紙が白色から肌色に変化する。一枚見ただけじゃ気付けないけど、一冊を使い込めば色の違いがハッキリ出てしまう。 聖沙の教科書は、三分の二のページ肌色で、まだ授業で習ってない残りの部分は白い。 ……そっか、聖沙が成績優秀なのは、才能に乗っかってるんじゃなくて、地道な努力を続けている結果なんだね。僕も見習わなきゃ! 「な、なによ……褒められたって……う、嬉しくなんかないわ」 「ふふんっ、私はあなたの事が嫌いなんですからね!」 「も、もしかして僕、声に出して言っちゃってた?」 「はわはわわっ、ドアに鍵がかかってるのですよ。これじゃ生徒会室にはいれません」 「うわーい♪ 開きましたっ」 「あーあ、執事の奴、鍵を狙撃してブッ壊しやがったぜ」 「んぐぐ……ひょっとして、リースリングさんにも見られてたのかしら?」 「ふむふむ……『見ておりません、聖沙様』だそうです。どういう意味でしょう?」 「い、いやあぁぁーーーーーーっっ」 「会長さん、副会長さんこんにちは! 今日も楽しく生徒会しましょうね」 「あ……ぁ……ぁ……あ……ぁ……」 「み、聖沙……」 「お姉さまぁ〜〜♡」 生徒会室へ行こうと新校舎のエントランスを一歩出た刹那、聖沙が肉薄してきた。 そして急停止。 「な、なんで咲良クンなのよ!?」 「き、君はその問いかけに対して、どういう返答を望んでるんだい?」 「うるさいわねっ、私は真剣なのよ」 「ここで偶然ウッカリ、お姉さまとぶつかるのを待ってたわけじゃないんだからねっ!」 「答え言ってるし」 「ただ、校舎内には何百人もいるよ? リア先輩と聖沙が衝突する確率は、ゼロに近いんじゃないかな?」 「その点は心配ご無用。私は運がいいのよ」 「そ、そうかなぁ?」 「そうよ! ご覧なさいな、私はクォーターなのにブロンドよ!」 「ほ、本物のブロンドなのよ? 染めてるんじゃなくて」 「見れば分かるよ」 「あなたね。クォーターがブロンドで生まれてくるなんて、遺伝学的にどれほど確率の低い事か分かってるのかしら?」 「つまり、私には幸運が約束されてるんだわ!」 「あのさ、聖沙の言う通りだとして……どうして、リア先輩とぶつかるの?」 「せっかく生徒会……副会長になれて、ロザリオまで掛けていただいたのに、お姉さまと私の距離はちっとも縮まらないわ」 「こんな時の打開策はただひとつ! 運命の事故が二人の仲を急接近させるのよ!」 「さあ、もうお喋りはお終い。私の統計によれば、そろそろお姉様が出てくる頃ねっ」 「それはもはや、確率や幸運は全然関係なくて、人為的な事件なんじゃ?」 「き、来たっっ!!」 「きゃうんっ♪」 「ごめんなさい、私ったらドジで! お怪我はありませんか、お姉さまっ?」 「ありまへんえ?」 「むぎょっ!?」 「うちは大事あらへんわ。副会長はんこそ、どっか擦り剥いたりしてひん?」 「あ……私は平気です……」 「……ま、予定調和みたいに受け身してはりましたさかい、ピンピンしてますやろ」 「ほな、ごきげんよろしゅう」 「コショコショ……ちなみにリーアは、うちが東口から旧校舎へ行かせたよってに、今頃は生徒会室におるんとちゃいますか?」 「にやり」 「ハッ!!」 「くすくす、ほなごきげんよう」 「ええーと……生徒会室に行こうか、聖沙」 「み、見破られている? よりによって御陵先輩に? まさか私はブロンドに生まれた事で、全ての運を使い果たしてしまったの?」 「選挙でシン様に負けた時点で、ヒスは運が悪ぃーぜ?」 「まだ勝負はついてないんだからっっ」 「そうよ、今からでも遅くないわ。咲良クンに勝って私が生徒会長になるの!」 「そうすれば、お姉さまの寵愛を賜れるはず……勝負よ、咲良クン!!」 「あの……無茶苦茶な論理なんだけど大丈夫かい、聖沙?」 「ムッキー! だから可哀相な子あつかいしないでって言ってるでしょ!」 聖沙をなだめすかしながら、僕はどうかにして生徒会室を目指す……。 「よう魔王様、今日は日曜だぜ? 登校するこたねーよ」 「授業がなくても出ておきたくてね」 「ギンナンを拾うには、ちっとばかし早ぇーぜ?」 「ギンナンも捨てがたいけど、ロロットが居るかどうか見に来たんだ」 「昨夜、物凄く強い魔族たちと遭遇したろ?」 「なんとか退けたけど……戦ってる最中、ロロットの動きがおかしかったから」 「天使はいつもおかしーぜ?」 「言動だけ見ると、確かにロロットは元気いっぱいだよ? でも、ずっと何かを気にかけてる感じがするんだ」 「そんな心配事、あやふや過ぎるぜ。ここで天使に会えたとして、どーやって接するつもりだ?」 「うーん、計算せずに色々話そうと思う」 「ほら、僕は天使の人たちの内界を、全然知らないよね? だから、考えたところで分かってあげられない」 「ほお……テメーが分かってねえって事をちゃんと自覚してるとは、さすが魔王様だぜ」 「どうして僕を褒めるの?」 「そいつが酌み取れてりゃ、三界の誰とも付き合えるってこった」 「さあ、天使を探しに行こうぜ」 「う、うん?」 「きゃん!? だ、誰!!」 「あれれ? 教室を間違えちゃった?」 「合ってるわよ。ここは1年D組、ロロットさんの教室よ」 「ふっふーん、咲良クンも気になって様子を見に来たのね? でも私のほうが一足早かったわ!」 「おいヒスよ? 肝心の天使がいねえじゃねーか。早いの遅いの、勝ち負け以前の問題だぜ」 「よかった、僕ひとりじゃなかった! 聖沙もロロットを探してるんだね?」 「ええ。生徒会室に居ないから、てっきりココかと……」 「一応あなたは会長だから、気付いてて当然よね?」 「最近のロロットさんは、一人になると、心ここにあらずって顔で流星町のほうを見てるわ」 「ううん、そこまで詳しく見てなかった」 「ちょっと! もっとロロットさんの事を心配しておあげなさいな!」 「し、してるってば。パッキーもそうだよ」 「俺様は心配してねーぜ? シン様とヒスの気苦労も、まあ似たようなもんだ」 「天使の奴は人間界を理解できてねーが、受け容れてるぜ? 観念上の事だけじゃなくて現実にな」 「それは天使を仲間にしてる、シン様とヒスも同じだぜ? だから大丈夫ってワケよ!」 「う、うーん? むずかしくって僕には分からないよ。聖沙はどう?」 「な、ななな納得したに決まってるでしょ! パッキーさんの言う事ですもの」 「ほほう?」 「……なによ!?」 「ククク……ヒスのお手並み拝見といこうぜ、シン様!」 「い、意地悪だねパッキー。僕たちは、ロロットの集中力が散漫になってる理由すら、知らないんだよ?」 「会っても悩みを打ち明けてもらえず、談笑だけで終わっちゃうかもしれない」 「それでいいのよ」 「誰かとお話するだけで、思いがけず心が晴れるものよ。ヒントが得られる事だってあるわ」 「そっか……うん! ロロットを探そう」 「図書館なんてどうかな? 土日に開放されると、リースリングさんがよく本を借りに来てるんだ」 「いいわね、ロロットさんも一緒に居そうだわ」 「僕たちも行こうよ」 「ふ、ふん、あなたは本当に仕方のない人ね」 「ちょっと! 二人同時に出ないでよ、つっかえちゃうでしょ!!」 「もう少し踏ん張れば、このまま廊下に行けそうだよ?」 「きゃあぁー!? どこ触ってるのよ、変態!!」 「ぐはぁっ」 「はい、よろしくお願いします。それじゃっ」 僕はテストのヤマを記したノートを寮母さんに預け、寮の管理人室を後にする。アゼルに直接手渡したかったけど、不在だそうだ。 ……頼まれたわけじゃないんだ、仕方ないよ。 けど、転校してきたばかりで最初のテストに望む同教生に、これくらいの事はしておきたい。 寮の玄関から踵を返し、少し進んだところで思いがけず聖沙と出会う。 「やあ、聖沙」 「いま見学したいけど……ううん、テストの後にしましょう。そのほうが、きっと生活感に溢れてるわ……」 「聖沙ってば!」 「さ、咲良クン、いつの間に……っ」 「ムッキィー! 私の邪魔をして、テストで点を取らせないつもりね!? そんなずるい妨害に負けないんだから!!」 「あ、あの、僕はたまたま通りかかって……話が見えないんだけど?」 「おっほん! 私はテスト勉強の息抜きに、お散歩してるのよ。効率よく頭を使うには、適度な休息と運動が必要だわ」 「ハッ!? あなたもなのね! お散歩勝負、受けて立ってやるわ! かかってきなさい!」 「……それって、どういう基準で勝ち負けを判定するの?」 「お散歩中なのに、なぜ私が立ち止まって、寮を眺めてたのか気になるの? ええ、咲良クンがそう思うのも無理ないわ」 「ほら? ここってとても素敵な建物でしょう?」 「ス、スルーして、聞いてもいねーこと語りはじめやがったぜ」 「ううん、僕は聞きたいよ。男子禁制の女子寮だからね」 「うふふ……見てると、寮生の子たちが毎日集まって詩をよんでる光景が思い浮かぶでしょ?」 そ、そうだろうか? 「そして毎週日曜日には、スミス婦人のお部屋で、お茶会をひらいてても不思議じゃないわ」 ……誰、スミス婦人て? どうして既婚者が流星学園の生徒なの? 「けれども、最近はそうでもないらしいのよね。私が思ってるよりも生活感に溢れてるみたい」 「ほぉ〜〜」 「まあ、それでも美しいことには変わりないのだけれど♪」 「へえ、いいな。寮生活」 「まだ噂だけど……あと何年か経ったら、男子寮も作るかもしれないんですって」 「ええっ!? も、もちろん男子と女子は、フロアごとに住み分けるんだよね?」 「当たり前でしょう。同じお部屋で暮らすわけないじゃない!」 「でも……そうなると今のまま、女子寮ではいられないわ」 「寮生の子は、ここは神聖な居心地のよさがあるって言ってたわ」 「その良さが消えちゃう前に、もう一度見ておきたくて……くすっ、テストが終わってからの、お楽しみね」 「いいなぁ、僕は中に入りたくても、入れないや」 「多分、私が在学中は女子寮のままでしょうけど……」 「はじめて男子が入居したら、どんな出来事が起こってしまうのか? 想像すると面白いわね」 「そうよ、ヒロインは寮生の女子にして……ライバルや寮母さん、サブキャラの配置はどうしましょう……」 「憧れの彼が寮生になって……うん。男子は一階よね、やっぱり……」 「なにか勘違いした彼が、プチ夜這いをかけてヒロインに反撃されるイベントは必須よね……問題はそのあとのあらすじを……」 聖沙は楽しそうに独りごちながら、学生寮の裏手へ歩み去ってゆく。 聖沙にとって、テスト後の自分へのご褒美は、女子寮の内覧なんだろう。 それに比べて、僕はテストの事しか頭になかった。どうせなら、聖沙みたいに楽しみを作りたい。 あれこれ考えながら、僕も歩み去る。 「テスト1日前か……ああ、足が重い……」 「無理もねーぜ。テスト勉強に、パトロール、日夜の特訓、家庭菜園の手入れ。オマケに商店街へ時々手伝いに行ってりゃ、寝不足でブッ倒れちまわあ」 「ううん、牛乳配達しなくていいし、朝はゆっくり寝れてるよ」 「ただ今回のテスト……首位とるのは無理かも……特待生の資格を失いそうだよ……」 「待てよ? 1日前だと思うから苦しくなるんだ」 「そうとも! 24時間前だと……いや1440分前だと……いやいや86400秒前だと認識すれば、心にも余裕が生まれるはずさ!」 「勉強しようぜ」 「聖沙? どうして僕ん家に……今日もみんなで勉強会だっけ?」 「な、なによ! 買い物帰りに、ちょっと通りかかっただけでしょ!」 「ここは天下の公道なのよ? 私は咲良クンに会いに来たんじゃないんだから!!」 「うん、両手にカプリコーレのレジ袋下げてるもんね」 「そうよ! こんにちは、それからさようなら!」 「さ、さよなら」 「もう行っちまったぜ?」 「まさか偶然、聖沙に会えるなんて思わなかった」 「テスト前日なのに、買い物のお手伝いしてるんだね。聖沙は、偉いや」 「そんなわけねーだろ。あいつん家が何処だか知ってんのか?」 「知らないよ? 住宅街の方だろうけどさ」 「あのへんに住んでる奴が、商店街の帰りに、なんでこんなとこ通るんだ?」 「言われてみれば……?」 「はぁ、はぁ、はぁ!」 「聖沙? 落とし物かい?」 「わ、忘れ物よ! はい!!」 聖沙がレジ袋をひとつ、僕に突きつけてくる。 「も、もう……はいっ!!」 「ええーと、僕が荷物を半分持って、聖沙のお家まで送れと……そう解釈すればいいんだね?」 「違うわよ! お菓子しか入ってないもの、重いわけないでしょ!」 「うん、チョコレートにプチ大福、胡麻クッキーと黒カリントウ、その他もろもろだね」 「ええ、頭脳労働のお供に最適なお菓子を、ギッシリ詰め込んであるの」 「そして今日はテストの前日よ。だから……はいっ!!」 「ひ、ひひひひょっとして、僕にくれるの!?」 「なに狼狽してるのかしら? あなたはコレをもらって然るべきなんですからね?」 「いいの? こんな親切してもらってすまないね」 「な、ななななんで私が、咲良クンを気遣わなくちゃならないのよ!?」 「どうして、取り乱してるの?」 「沈着冷静です! よくご覧なさいな!」 「私が持ってるほうの袋にも、まったく同じお菓子が入ってるわ。頭が疲れたら甘いものを食べて、お勉強を続けるの」 「あなたと私! 対等な条件でテスト対策をして、結果を競い合わなきゃ、勝負が成立しないでしょ?」 「だから……」 「……う、受け取りなさいよ……」 「ホ……ッ」 「聖――」 「ふんっ、いい気にならないでよね! コレで対等、私は卑怯者じゃないんだから!」 「本来なら、このお菓子で一週間は食べつなぐところだけど」 「つなぐな、つなぐな!」 「今回は一晩かけて食べながら、テスト勉強させてもらうよ」 「うん、はやく帰ってテスト勉強しよう。まだ5合目なんだ、ここで油断したらお終いだよ」 「さあ、すぐに帰ってお勉強しましょう。まだ1日目がすんだところよ、本当の勝負は明日ね」 廊下でバッタリと聖沙に出会う。 「や、やあ……」 「あ、あら……」 「ちょっとあなた、私について来ないでよね」 「誤解だよ、昇降口に行こうとしてるんだってば」 「私もそうに決まってるでしょ」 必然的に聖沙と隣りあい、下校すべく昇降口を目指す。いつの間にか僕たちの歩調ははやくなってゆく。 「ま、負けないわ! 私が先に帰るんですからね!!」 「ぎょっ!?」 廊下を過ぎた刹那、聖沙は三段ぬかしで階段を駆け下りてゆく。 聖沙はこんなに運動神経がよかったっけ? 「きゃ……!!」 「あーあ、自爆しやがったぜ」 「大変だっ、聖沙っっ」 「聖沙、気をしっかり持つんだ! はいっ」 「なんで……しゃがみ込んで……私に……背中を……向ける……のよっ?」 「僕に負ぶさって! すぐに保健室へ運ぶよ」 「そんな……みっともない……真似……できない、わっ」 「意地張ってる場合じゃないでしょ!」 「し、失敬な……! 誰が……強情ですって!?」 「私は……ち、ちょっと片足……捻っただけよ。全然……普通に……歩けるんですから……ねっ」 「お先に……失礼っ」 「ちっとも歩けてないじゃないか」 「うぅーっ! い、痛……くなんかないわ。私はお芝居して……あなたをからかってるのよ……っ」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「ま、ヒス自身が言う通り大した怪我じゃねーな? 擦り傷もねーし、2・3時間ほど安静にしてりゃ回復するぜ?」 「ホッ、よかった」 「安心するのは……私の方よ……っ」 「はぁ……はぁ……帰りたい……」 「ねえ聖沙、おんぶじゃなくて、肩を貸すのはどうかな?」 「はぁ……はぁ……ぃ、ぃゃ……恥ずかしい……わけじゃないのよ?」 「うーんと、僕の代わりに紫央ちゃんを呼んでこようか?」 「やめて! 紫央は今回のテストで、10番以内にはいるって頑張ってるの! 邪魔できないわ」 「勝負はおあずけね。咲良クン、あなたは先に帰ってて。どうせ2・3時間ジッとしてれば治るんだもの」 「さっき帰りたいと言ったよね? 聖沙は1分でも長くテスト勉強したいはずだよ」 「な、なによ、人の揚げ足とらないでちょうだい。第一あなたは私のお家がどこにあるか、知ってるの?」 「あ、知らないや」 「ゼッッッタイに教えないわ!!」 「そっか……なら仕方ないね、分かったよ」 「そ、そうよ、分かればいいのよ。まったく素直じゃないんだから」 「うんうん、最後の手段を使うしかないね」 「シン様? 俺様の首根っこつかんでどーする気だ?」 「ぼふんっ」 僕はパッキーを自分の顔に貼りつける。 「ぬおぉぉお!? シ、シン様の吐息と唇が、俺様の胸とヘソを愛撫してやがる!」 「こんな公衆の面前で、羞恥プレイを強要するとは……さ、さすがだぜ」 「パッキー、冗談はいいから」 「はいよ」 「おいヒス、これでシン様に住所がバレる心配はねーぜ?」 「……私がナビゲートして、咲良クンに行き先を指示するわけね?」 「そう、声が聞こえやすいよう、僕にくっついてもらうけどさ」 「うるさいわねっっ、イチイチ言わないでよ!」 そんなこんなで、僕はどうにか聖沙を自宅まで送ることができた……らしい。 「くすくす。グールグールグール」 「み、みみみ聖沙? 僕になにしてるのさ!?」 お家の入口とおぼしき場所で、聖沙は目隠しされたまま立っている僕を数回まわす。 「グールグルグル……これであなたの方向感覚は、完全に狂ったわ」 「ひ、ひどい! こんなの仔猫を捨てる時みたいじゃないか!」 「パッキーさん、あとはよろしくね。グランドパレス咲良に着くまで、アイマスクの役をお願い!」 「やれやれ、難儀なこった」 夜半、聖沙から電話がかかってきた。 昼間の件で、これ以上ないほど遠回しな謝意と、いつもの宣戦布告。 足の痛みは完全におさまった、テスト勉強に支障はない、勝負の本番は明日だと。 テストが終わって結果発表も済んだ。聖夜祭まで残すところ一ヶ月ちょい。生徒会として、いよいよ本格的に動きはじめる段階にきた。 「安直だぜ、図書館でクリスマスのウンチクでもあさるつもりか?」 「それもあるけど、本命は昔の卒業文集かな」 「初開催から去年までの聖夜祭の写真は、生徒会室にファイルされてるでしょ」 「けれど、アレはあくまで役員視点で撮ったもの……僕が知りたいのは、生徒個人が受けた印象なんだ」 「文集を読んでゆけば、聖夜祭についての記述も見つかるはず。それを書いた卒業生が、どんな人だったかも、きっと感じられる」 「聖夜祭でどんな事が思い出に残ったのか、調べておいて損はないさ」 「げぇーっ、えらく骨の折れる作業だぜ。丸一日かかるんじゃね?」 「テスト勉強よりは気楽! さあ、行こうっ」 「あっ、聖――」 声を掛けようとしたものの、途中でどうにか聖沙の名前を飲みこむ。読書机につき、真剣な面差しで自習中だ。邪魔しちゃ悪い。 聖沙は何かのプリント用紙とにらめっこしている。 ……いや、違う。テストの問題用紙だ。結果と順位は発表されたけど、まだ答案用紙は戻ってきてない。 復習を兼ねていちはやく自主採点し、解けなかった問題に挑んでるんだろう。 「ここを……こうして……うん、正解ね……」 僕は少しばかり危機感を覚える。 予習復習は大切だけれど、その両方を均等に行うのは難しい。必ずどちらかに偏りがちとなる。 ただ予習と復習に優劣はなく、要はその人と勉強の相性だ。やりやすい方を重んじればいい。 僕は予習派。そして、聖沙は復習派だろう。 聖沙はこんなに努力してる……。もし、聖沙が予習派に転向すれば、僕たちの席次はあっけなく入れ代わるんじゃないだろうか? 「ここは……違うわね……ムッ、ムムム……」 こっちも、ウカウカしてられないや。 参考書の本棚はどこだったかな? さがそう。 僕は忍び足で、ソッと聖沙のそばから離れ―― 「お待ちなさいよ。無視して帰っちゃうなんて生徒会長失格でしょ? 挨拶くらいして欲しいわね」 「き、気がついてたんだ?」 「当然よ。私は咲良クンが嫌いなんだもの。あなたの足音は、特別な周波数に変換されて、聞こえてくるの」 「……本当?」 「う、嘘じゃないわ!」 「僕もずっと前から聖沙の事が――」 「は、はいぃ!?」 「僕の目には、聖沙の髪が金色に輝いて見えるんだよ」 「キィーッ! それって当たり前じゃない!」 「んもーっ、私を手玉にとってる暇があるんなら、この問題に答えていただくわ」 聖沙が数学の問題用紙を指さす。最後の設問にだけ、いろんな計算式が書き連ねられており、苦心したあとがうかがえる。 ああこれか……すごく性格のひねくれた、引っかけ問題なんだよね……。 「私には解けなかった。でも、咲良クンは正解したでしょ?」 「ど、どうして断言するんだよ?」 「この設問の配点は13点だもの。帳尻あわせの中途半端な数値ね。そして、あなたと私の点差も13点だったわ」 「うん、僕でよければ、その問題の答えを教えるよ」 「駄目」 「解法は私の力で見つけてみせるわ。だからあなたは、ヒントのみ与えてちょうだい」 「こりゃ大変な要求だぜ。正解が言えれば、楽なんだがな」 「う、うーん。ヒントヒント……ここはだね、聖沙……」 僕は素人教師となって、たじろぎながら聖沙を導いてゆく。 む、むずかしい……! 生徒会の会議で聖沙を納得させる事の方が、よっぽど簡単だ。 「うーんうーん……」 「途中までは、なんとかいけたのよ。ほら、この部分を見て」 「うん?」 これでは、どっちが教える側なのか分からない。僕は照れくさくなり、周囲の視線を気にする。 しかし、読書机には僕たち二人のほか、誰も座っていない。 誰かの席取りの印として、全ての椅子の前に本が置かれている……が、数が多すぎる。 1・2冊なら分かるけど2・30冊も積まれている。 あ、あれれ……? 全部、卒業文集じゃないのかな? しかも部や同好会が、仲間うちで発行したミニコミ誌まで揃ってる。 こんな本ばかり集めてくるのは、僕が知るかぎり一人しかいない。 「ヒントは三つあってさ、まずは――」 「ム……? あっ、ああ……」 聖沙にとことん付き合おう。そうすれば復習も能率よく、はやく終わるに違いない。 そのあと、二人で文集を読み進めたいな。 「咲良クンは、飛鳥井神社の表参道をのぼって、鳥居の下で待ち構えるの。私は裏参道へまわり込むわ」 「別にいいけど?」 「紫央は必ずそっちに逃げるはずよ、ひっつかまえてちょうだい。その後は私に任せておいて」 先程から、僕はずっと小首をかしげている。 クリスマスまで残すところ一ヶ月をきった今日、僕は聖沙に呼びだされた。 重要な相談があるの、と前置きして聖沙が語り出したのは、生徒会や聖夜祭の懸案じゃなく、クルセイダースや魔族やリ・クリエの危惧でもなかった。 聖沙の妹分である紫央ちゃんに、大変な心配事があるらしい。 けれど、どうして紫央ちゃんを捕まえる必要が? そもそも、何を悩んでるのか聖沙は説明してくれない。 ……姉妹の事だもんね。人に言いにくい心痛もあるんだろう。深く追求しないでおこう。 「ぼおぉ〜〜〜〜」 「する事がないや。いつまでここにいればいいのやら……」 「く、くおおおーーっ!?」 「死にそうな悲鳴を、あげるんじゃありません!!」 「ですが、おトイレの中で待ち伏せするなんて、あんまりですぞ」 「うるさいわねっっ、こうでもしなきゃ紫央は捕まらないもの」 「うむ、さすがは姉上、それがしの事をよく分かっておいでですな」 「ちょっと! 閉じ込めないでよ!!」 「ごゆっくり」 「……僕はもしかして、姉妹喧嘩に巻き込まれた?」 「いまごろ自覚したのかよ? もしかしなくても、そうだぜ」 「おぉ!? な、何故シン殿がそこにおるのですか!」 「も、ものすごく元気だね紫央ちゃん? 不安があるようには見えないよ」 「不安はなくとも不満ならありますぞ。シン殿、道をお譲りくださいませんか?」 「咲良クン、どいちゃ駄目!」 「も、もう追いついて来た!? 姉上は本気ですぞーっ」 「お待ちなさい、紫央!」 「ええーと……僕は何をどうすれば正解なのかな?」 「なんとー!? 裏参道が戸締りされておるではありませぬかっ」 「逃がさないわよ、観念なさい!」 「この前のテスト結果は何なのよ、後ろから数えた方がはやいじゃない! 紫央は10番以内に入るって約束したでしょ!!」 そ、そんな宣言したんだ。 「き、記憶にございませぬっっ」 「いいえ、絶対に言いました!!」 「何年何月何日何時何分何秒に言ったのですかな?」 「怒るわよ!? そんな言い逃れは認めません!」 「姉上は、すでに怒髪天をついておりますぞっ」 「紫央が言い訳ばかりするからよ!!」 「姉妹喧嘩っつーより、母子喧嘩だぜ」 「変だね? 紫央ちゃんは、こっちへ走ってこないよ」 「そりゃシン様に捕捉されたら、完全に退路が断たれるからな」 「シン殿。お参りがお済みならば、すみやかにお引き取り下され」 「いや、今日は参拝に来たんじゃないよ」 「や、やはり……! 生徒会長ともあろう者が、姉上の片棒をかつぐおつもりですか!?」 「失敬な! 人聞きの悪い言い方しないで! 私は紫央に、お勉強させたいのよ!」 「いいお姉さんじゃないか」 「あ、姉上、人は勉強やテストの点のみに生きるのではありませぬ。肝心なのは心のありよう!」 「それがし、今後は中身で勝負しとうございますっ」 「せ、正論なのに、屁理屈に聞こえるよ?」 「くすっ、紫央の言う通りね」 「おお、共感していただけましたか。やはり姉妹ですな!」 「でもね、中身とテストの両方で勝負しても、いいんじゃないかしら?」 「そうだね。どこをどう考えても、その両方で構わない」 「ぬぐぐぐ……」 「おや? お空に虹が――」 「誤魔化すんじゃありません!!」 「まあまあ聖沙、世の中には完璧な人間なんて居ないんだからさ」 「お聞きになられましたか、シン殿もこう仰っておりますぞ? それがしに苦手科目が5つや6つあっても、構わないという事ですな」 「多すぎるわよ! 克服する努力をしなさい!!」 「うーん、それよりも自分が得意な教科を磨いて、誰にも負けない武器にしたらどうかな? 総合点で苦手な科目を補って、成績上位を目指すんだ」 「一理あるわね……紫央、あなたの得意科目はなに?」 「体育ですな」 「……ムッ」 「じ、冗談ですぞ?」 「それがしの得意科目……得意……点が取れるもの……」 「うむむ……」 「くふん。くふ、くふふふふふふ……」 「紫央?」 「し、紫央ちゃん待って! どうして抜刀するの!?」 「もういいのです、もう……」 「な、何が?」 「シン殿……それがしと一緒に、逝こうではありませぬか……」 「ど、どこへ!?」 「咲良クン、逃げてー! 紫央に変なスイッチが入っちゃってるわー!!」 「入れたのは聖沙でしょっっ」 「おや? お空に夜光雲が――」 「うわあっ!?」 「シン殿、どちらへ……? それがし、ひとりぼっちは嫌……ついてゆきます、どこまでも……」 「きゃあぁーーっ、やめてぇーーっ! 来ないでーーっっ!!」 「紫央、落ち着きなさい! もう10番以内だなんて言わないわ、次は12番以内でいいから!」 紫央ちゃんが僕を追いまわし、その紫央ちゃんを聖沙が追いかけてゆく。 ……リースリングさんがひょっこり現れ、紫央ちゃんの薙刀を取り上げるまで、この逃走劇はつづいた。 せっかくだから、飛鳥井神社で聖夜祭の成功を祈願しておこう。 「仮装ダンスパーティですって?」 「うん、きちんとしたダンスは去年の聖夜祭でやっちゃったしさ」 「今年のクリスマスイブは、みんなが思い思いの姿で踊るのね? 悪くないわ」 「まだ稟議に通してないけど、メインイベントのひとつになると思うよ。決定すればお祭気分が、盛り上がるんじゃないかな?」 「分かったわ、勝負ね?」 「えっと……誰の扮装が一番素敵か、コンテストするの?」 「それもいいけど、私はまず咲良クンのアイデアに、突っ込めるだけツッコミをいれるわ」 「注意事項の草案を出しておきましょう。コスプレ大会になっちゃったら、本来の主旨に反するもの」 「ありがとう、助かるよ。僕一人だと、どうしても脇が甘くなっちゃうからね」 「もう、お礼なんて言わないでよね……そんなだから勝敗がつかないのよ」 聖沙はノートを開いて、この提案を練り上げるべく覚書を―― あれれ? 筆が進んでないや。 「私は……どんな格好すればいいのかしら?」 「紫央から巫女服を借りて……いいえ、神聖な浄衣だもの、遊び半分でつかっては駄目よ」 「聖沙は、そのままで仮装になるでしょ?」 「んな!? それはどういう意味かしら!」 「髪を解けばいいんだよ」 「……い、いやよ……」 「どうしてさ? みんな見慣れてないから、きっと目立つよ」 「失敬な。人を珍獣みたいに言わないでちょうだい」 「長くて綺麗な髪なんだし、おろしても似合うってば」 「ふ、ふんっ、当然よ!」 「じゃあ見せて」 「いや!!」 「もしこの先、私があなたを認めるような日がくれば、その時に見せてあげる」 「でも、100パーセントありえないわね」 「それか、見え透いたお世辞じゃなくて、私が髪をおろしたくなるような言葉を吐いてごらんなさいな」 「くすっ、こっちも咲良クンじゃ無理ね」 「俺様にまかせとけ。シン様、耳を貸しな。そんな時はこう囁きゃいいんだぜ? コショコショ……」 「うん、うんうん、なるほど」 「ちょっと! パッキーさんに聞くなんて、ずるいわよ!」 「なによ!?」 「触らないから、見せてごらん……」 「エ、エッチ! 変態!!」 「うるさいわねっっ」 聖沙は髪をムチのように使って、僕を叩いてくる。 くすぐったい攻撃を浴びながら、僕は断念する。聖沙が髪をおろした姿は、当分拝めそうもない。 「ポテッ!?」 「パッキー、いきなり奇声あげて、どうしたの?」 「愛しいリアちゃんの気配がするぜ。こっちだシン様」 「そっちは商店街の福引会場だよ? 先輩なら和菓子屋さんじゃないかな?」 「あらあら? シン君とパーちゃん、ガラポンやりに来たんだね」 「ほ、本当にいた」 「ヒャッフーー! B-93発見、ワレ突入ス!!」 「キアリッ!」 「おやまあ、パッキーはんどす」 「ククク……、風切る扇子のその重低音、ズバリ隠し武器の鉄扇とみたぜ……ガクンッ」 「きゃあぁ!? パーちゃん、しっかりしてっ」 「ああ、リア先輩がパッキーを抱きしめてる……意識があれば、狂喜乱舞しただろうに」 「堪忍な。またリーアに悪い虫が飛んで来はったんかと思ってなあ」 「ぜ、絶対に嘘だ。しかも『また』って一体何人を――」 「うわっと!?」 「避けられた? うちの護身術が……やりますなぁ会長はん」 「あ、あの……護身のわりには、えらく攻撃的ですが?」 「んもうー、彩錦ちゃんてば……メッ! だからね」 「堪忍堪忍、そないに怒らんとって。リーアと久々にお出かけできて、浮かれとるんどすわ」 「あ、彩錦ちゃんは、ウキウキすると、男子を45人もノックアウトしちゃうの?」 「うん、よく分かりますよ、その気持ち」 「僕も父さんが泊まりに来た夜は、ついはしゃぎすぎて、お互いに四の字固めをかけあったまま寝ちゃいました」 「うっ、う〜ん。お姉ちゃんが私の胸を触ってくるのと同じ、かな……?」 「分かってくれはりますの? さすが会長はんやわ。ほなプレゼント」 御陵先輩は、リア先輩の胸元からパッキーをつまみあげて、僕に手渡す。 「うちらがガラポン回しとる間、パッキーはんの手綱を、あんじょう握っといておくれやす」 「うん、狙うのは1等の温泉旅行ペアチケットだゾ」 「まかしとき♪」 「ええーと……九浄家や御陵財閥なら、ガラポンで当てなくても、余裕で行けるんじゃないですか?」 「会長はん」 「たしかに九浄家と御陵財閥なら、一年中でも一流旅館に逗留できますえ」 「そやけど家督をはなれて『リーア』と『うち』やったら、そんな事ないんえ」 「そろそろ回しちゃおうね。ジャンケンで決めた通り、始めは私からだよ」 「リーア、おきばりやす!」 リア先輩がガラポンをまわす。 「あはは…… ティッシュいる?」 「う、うーん……リアちゅわぁ〜ん、すりすりすり」 「パッキー、くすぐったいよ。僕の胸板だってば」 「うっ!?」 「ぼええぇぇ〜〜〜っっ」 「な、なんて失礼な反応なんだ」 「次はうちの番やね」 「安心しとき、見事に引いてみせます!」 御陵先輩がガラポンと対峙する。 「おいシン様、すぐにズラかろうぜ」 「尋常な気迫じゃねーぞ? ハズレたらどうフォローするつもりだ?」 「あー」 「うー」 「会長はん、コレあげますさかい。6等のサラダ油セットどすえ」 「ま、またいっぱいお買い物して、福引券あつめようよ彩錦ちゃん。ね?」 「御陵先輩、ささやかなお礼に、よかったら僕のテントをお貸ししますよ」 「会長はん……?」 「僕、子供の頃にキャンプに行きたかったけど、色々あって行けなかったんです」 「そしたら母さんが庭にテント張ってくれて、そこで飯ごう炊さんしたり、夜は天体観測して、寝袋で眠りました」 「トイレは自宅だし、猫の額みたいに狭かったけど、すごく楽しかった」 「あ! ス、スミマセン、御陵先輩は年上なのに、こんな提案しちゃって」 「おおきに会長はん、ぜひ貸してもらいたいわ」 「決まりだね! あとは誰のお庭でやるかだよ」 「とりあえず、うちのアパートの物置にしまってあるんで取りいきましょう」 「だけど、古いタイプのテントだから、張るのが大変ですよ?」 「ええて、ええて、その方が楽しおす」 そんなわけで、僕は御陵先輩に古いタイプのテントを貸す事になった。 「ええ後輩いてはるなあ、リーアは」 「ごめんねシン君、付き合わせちゃって」 「全然構いませんよ。クルセイダースに関係あるんなら、僕も見ておきたいんです」 放課後、僕はリア先輩に誘われて、波止場へやって来た。 「お姉ちゃんが、私たちのために母船を作ってくれたんだよ」 「子供番組の戦隊ヒーローモノに出てくる、移動基地みたいなのですか?」 「うっ、う〜ん。ココで待ってなさいって言われたから、普通のクルーザーだと思うけど……」 「お姉ちゃんの事だし、ね? 今日はシン君が私の騎士だゾ」 「は、はい、頑張りますっ」 「うらやましいぜ。俺様はあくまで大賢者……シン様がナイト・で・ないとだぜ」 「あれれ? 海の向こうから何かが……」 水平線上に、ピンク色の点があらわれる。 点は水煙をあげながら急速にふくらんで、見覚えのある形……トントロの姿になってゆくが、サイズがケタ違いだ。 その腹部はホバークラフトを思わせる部分があり、プロペラが高速回転する騒音も聞こえる、一応、物理法則に従っているらしい。 「あは、あははは……コレだよね、きっと」 「おい、ものすげー技術力だが、動きがなにやら怪しいぜ?」 「うん、行き足が止まらずフラフラしてるように見えるね」 「お、お姉ちゃん大丈夫かな?」 「きゃあ!? 乗り上げちゃった」 巨大なトントロは、身体をやや斜めにして突堤に乗り上げ、完全に停止。 ほぼ同時に口が開き、中からヘレナさんとリースリングさんが降りてくる。 「はぁい、ヤンチャな理事長ヘレナよ♡」 「お姉ちゃん、はっちゃけすぎです!」 「誰も褒めてねーぜ?」 「うずうず……」 「シ、シン君? まさか乗りたがってるの?」 「だ、だって、ホバークラフトなんてはじめて見たんで、つい――」 「いいえ、ホバークラフトではなく、オジョークラフトでございます。お間違えなきように」 「うふふ、シンちゃん。はやる気持ちはわかるけど立入禁止。今日はお披露目だけよ」 「どうにか接岸できましたが、制動に問題があり、納品できる状態にあらず」 「騒音もはげしく、隠密行動には不向き……改良の余地だらけでございます」 「んもう、民子ちゃんたら。そんなにハッキリ言わなくたっていいでしょ」 「でも、研究は続けるわよ。九浄家とローゼンクロイツ家が技術提携すれば、不可能なんてないわ」 「はい、摩擦係数がゼロに近い点を生かし、将来的には、極めて短い滑走距離で離陸させる事も夢ではございません」 「陸海空の万能トントロですか! ス、スゴイや!」 「シ、シン君、目がロロットちゃんみたいになってるよ?」 「失礼、旦那様よりお電話が……」 「もしもし、お嬢さまの執事こと、リースリング遠山でございます」 「焼きビーフン? すぐに馳せ参じます」 「ヘレナ。火急の公用ができましたので、これにて失礼いたします」 「民子ちゃん、ばいばーい♪」 「さてと、公開式も終わった事だし、私たちはお茶にしましょう」 「お姉ちゃん……大きいトントロちゃんは、このまま放置していいんですか?」 「二代目高橋組の若い衆が引き取りにくるから、そのへんは心配なし! いらっしゃい二人とも、いい店を教えてあげるわ」 「……? 若い衆?」 ヘレナさんに連れられて、リア先輩と僕は不思議なレストランで日本茶を飲んだ。 帰路、月ノ尾公園に寄ってみたら、オジョークラフトは跡形もなく消えていた。 「ぽむぽむ♪ なむなむなむ……」 「パンパンッ、ごにょごにょ……」 今日はリア先輩に誘われて、飛鳥井神社へお参りに来た。 「これでよし、だよっ」 「キラフェスが無事に終わって、次は聖夜祭か。もちろん最善はつくすけど――」 「うん、神頼みくらいしていいんだよ」 「おんなじように、私や他のみんなの事もちゃんと頼ってね、シン君」 「あ……は、はいっ」 「それを僕に教えるために、ココまで連れてきてくれたんですね」 「あはは……バレちゃったね」 「確認しちまうあたり、シン様もまだまだだぜ」 「そ、そんなこと言ったって、リア先輩が神社にいるなんて、めずらしいじゃないか」 「そうかな? こう見えても九浄家は、飛鳥井神社の氏子なんだゾ」 「ええっ!? だ、だって流星学園はミッション系ですよ? 九浄家はずっと理事長をつとめてるから、てっきり――」 「えっへん、九浄家はズバリなんでもあり!」 「うはぁ〜ん、そんな節操がないリアちゃんも可愛いぜ」 「言われてみれば紫央ちゃんも通ってるし、気にする事じゃなかったかも……」 「カイチョーこんちゃー、リアこんちゃー」 「やあ、サリーち――」 「あらあら、社務所のほうへ飛んでっちゃったね」 「うん、紫央ちゃんと遊ぶ約束してるんでしょうね」 「私と彩錦ちゃんも、子供の頃はよくここで遊んだよ」 「なまじ遊具がある公園や遊園地より、神社の境内の方がいろんな事ができるんだもん」 「それに年に一回、11月だけ『ぜんざい』が配られるの。みんなには内緒だゾ」 「『ぜんざい』って、お餅にアンコをかけた甘味ですよね? あ、あれがタダで!? なんて豪勢なんだ!!」 「実はね、シン君。それがちょっと違うの」 社務所―― 「紫央ちー、こんにちワンコそば〜」 「こんにちはと言いたいところですが……これサリー殿、その手に持っておるのは破魔矢ではありませぬか?」 「これハマヤっていうんだ? 牛丼屋さんの壁に飾ってあったよ。でも武器なんだから、つかわなきゃ」 「ねーねー、紫央ちー。アタシ、ハマヤ飛ばしてみたいよ」 「ほうほう、よきかなよきかな、その心意気!」 「しかし破魔矢を射るには、専用の弓が必要ですぞ。お待ちですかな?」 「ううん、牛丼屋さんにそんな弓なかった。ここに置いてあるなら、アタシにかしてチョーダイ」 「残念無念、ついさっき売り切れました」 「プゥー! 飛ばせないなら、あとでハマヤ返してくるよ」 「うむ、よき心掛けですぞ」 境内―― 「くすくす。サリーちゃんたら、私の時とおんなじかわされ方してるよ」 「あわわっ、ちっちゃい時の事だからね!」 「自爆して、うろたえてるリアちゃんも素敵だぜ」 「カイチョーばいばいぶー、リアばいばいぶー」 「サリー殿、お待ちなされい」 「ヒャッホー! 弓が見つかったんだねっ」 「否、そうではありませぬ」 「霜月の神事では、参拝客にぜんざいを振る舞います。その日はサリー殿もおいでませ」 「ゼンザイってなに? 美味しいの?」 「うん、甘くて何杯でも飲めちゃう」 「??? 飲むんですか?」 「シン殿、飛鳥井神社のぜんざいは西の方言でしてな、要するに東で言うところの、お汁粉ですぞ」 「ん……んん? おしるこってなに? 汁まみれの女の子?」 「ち、ちょっと! サリーちゃん、そんなこと言ったら、ダメーッ!」 「お汁粉っていうのはね……待ってて、分かりやすいように、絵に描くよ!」 リア先輩は枯れ枝をひろい、サリーちゃんに解説すべく、境内にお汁粉の絵を書きはじめる。 「小豆とお餅がこうなってて……」 こ、これは……。 「〜♪ 〜っ♪ 〜〜」 「ぬぅ……っ!?」 「じ、11月の飛鳥井神社に、そんな行事があるなんて知らなかったよ」 「シン殿。神事とは、なにも屋台が並ぶお祭りばかりではありませぬぞ」 「ああ、だから僕は気付かなかったんだね」 「むむ? む? むむん? ぜんざい、おしるこ……」 「むずかしくて頭ごちゃごちゃ〜。なんで、わざわざ言いかえるの?」 「言霊です。『ぜんざい』は漢字で書くと『善哉』となります」 「『善哉』『善き哉』『よきかな』」 「そういう意味だったんだね。彩錦ちゃんにも教えてあげようっと……かきかきかき」 ま、まずい。神聖な境内の地面に、名状しがたい何かが……! 「シン様、あとは任せたぜ? ガクンッ」 「パ、パッキー?」 「あわわわわ、リア……がくがく、ぶるぶるっ」 「でーきた♡」 「はて、この絵は、外宇宙の禍々しい神々ですかな?」 「ヒョエエエぇ、なにこれ? 怖いよ怖いよ、オヤビン助けてーっ」 「サリーちゃん、どこに行くの?」 「ハッ!? そ、それがしは社務所に詰めねばならぬゆえ、これにて失礼いたします」 紫央ちゃん? まさか逃げたんじゃ? 「んもー、せっかく描いたのに」 「あ……ぁ……あ……」 っっっ!? 言葉がうまく出てこない。僕の身に一体なにが起こったというんだ!? 「せっかくだからシン君に解説しちゃうね このお汁粉のポイントは二つあるの」 「う……ぅ……う……」 「分かってくれるんだね♪ シン君の言う通り、小豆の溶け具合と、お餅の焦げ目が――」 あ、鳥が……。 「困ったな」 「別に困ってねーだろ?」 「うん、大丈夫といえば大丈夫なんだけどさ……」 キラフェスは好評のうちの終わった。 僕たちは生徒会として次の大イベント、聖夜祭の成功を目指して邁進中だ。 しかし開催まで相当な期間があり、いまは準備の準備の準備の準備段階と言える。 「リア先輩に相談したいけど、わざわざ全学放送で呼びだすほどでもない事案か……」 「優先順位もひくいし、こういうのはむずかしいね、パッキー」 「俺様に聞かれてもなぁ」 僕は手空きの時間を利用して、リア先輩を探してみるも、見つけられなかった。 「プリエにも居なかったし、九浄家へ帰っちゃったのかな?」 「だがリアちゃんの鞄は、生徒会室に置いてあったぜ?」 「そうなんだよね……」 「ねえパッキー、君がリア先輩の残り香をかいで、僕を導いてよ」 「俺様たしかにリアちゃんにホの字だが、そんな変態じみた特殊能力はもってねーぜ」 「つーかよ? 生徒会室で業務しながら待ってれば、リアちゃんは必ず戻ってくんじゃね?」 「あ……それも、そっか」 「さて、これから――」 「だーれだ♪」 せ、背中を直撃する、このふたつの柔らかな感触は、間違いなく―― 「だれーや?」 僕の胸板に……寸分の狂いもなく心臓の真上に押し当てられている、この棒状の物体は、おそらく扇子だ。 「はぁい、リア先輩だゾ♡」 「や、やっぱり」 「会長はん、ご機嫌よろしゅうに」 「……どうして、扇子から殺気が迸るんですか?」 「はて、何の事ですやろ?」 「ようリアちゃん、いま新校舎から出てきたよな?」 「うん、そうだよ?」 「え……? 僕たったいま校舎のなかを、ひと通りまわってきたんです。だけど先輩たちは、どこにも居ませんでした」 「あは、あはははは……」 「先輩? どうして苦笑いを……ハッ!? す、すすすすみませんっっ」 「会長はん、何を謝ってはるん? うち等はお手洗い行ってたんとちゃうよ?」 「うーん、それじゃ単に入れ違いだったんですね」 「それもハズレかな。シン君、私たちはね……」 「じゃじゃーん! なんと三階にいたんだよ」 「そうでしたか」 「って、ちょっと待ってください! 新校舎も旧校舎も二階までしかありませんよ?」 「うちも、ほんの30分前までそう思とったわ。屋根に見えてはる出窓は、ただの飾りなんやてね」 「ところが、そうじゃなかったんだよ、ね?」 「さっき隠し階段を発見して、屋根裏の三階を探検してきたんだゾ、えっへん!」 「そ、そんな隠しフロアが!? どうやって行けばいいんですか?」 「くすくす、シン君に教えたいけど……こればっかりは、内緒♪」 「『自分で見つけた方が、きっと素敵だぜ。なあ、坊や?』」 「ぼ、僕が自力で、隠し階段の場所をつきとめるんですか?」 「三階はなんも無いとこやったけど、ほんに上々のお時間やったわ」 「もし運よう見つけはったら、仲のええ子を連れてってあげはったら?」 「ほな、うちは部活がありますさかい、失礼します」 「うん、私も生徒会室にいってくるよ。またね、彩錦ちゃん」 リア先輩と御陵先輩は、それぞれ別方向へ去ってゆく。 僕は新校舎オーロイアエール舎と旧校舎エレーレート舎の飾り窓を、交互に観察する。 屋根裏の事なんて気にも止めずに、一年半も学園生活おくってきた僕は、三階へ辿り着けるだろうか? そもそも、リア先輩はどんなキッカケがあって、隠し階段を発見したんだろう? 「ククク……リアちゃんとあの黒ストは親友って事だぜ」 「確証はねーがな、リアちゃんはヘレナの妹だぜ? 入学前から知ってたんじゃねーか?」 「で、卒業を前にして、黒ストひとりにだけ、秘密を明かした……そんなとこだろうぜ」 「うん。先輩らしいよね」 「ところでシン様よ? リアちゃんに用事があったんじゃねーのか?」 「あっ、しまった!!」 「会長さん、会長さん。お茶の葉っぱが無くなりました。買い置きはどこにしまってあるんですか?」 「そ、そんなこと全学放送で聞かないで!」 「ロ、ロロットちゃん……メッ!」 流星学園のそこかしこが笑いさざめくなか、僕は生徒会室へ駆け出す。 「あれれ? リア先輩に御陵先輩じゃないですか」 「こんにちは、シン君」 「まいど、おーきに。会長はん、ご機嫌よろしゅう」 「ま、まいどって……御陵先輩、なんだか楽しそうですね?」 「うん、彩錦ちゃんは喜んでるんだよ。グランドパレス咲良を見てみたいって言い出してね」 「リーアのあとを継ぐお子が、どんなとこに住んではるんか、気になりましてな」 「いまなら仲介手数料ゼロ、礼金ゼロ、敷金一ヶ月で即入居できちゃうゾ!」 「せ、先輩、そんな営業しなくてもいいですってば」 「だって、彩錦ちゃんがここで暮らせば、シン君に会う機会が増えそうなんだもん」 「ヒャホーーッ! それなら黒スト大歓迎だぜ」 「み、御陵先輩、本気でここに住むつもりですか?」 「さあ、どうですやろ? 内覧させてもろてよろしおすか? お庭はさっき拝見させてもろたんどすけど」 「それは全然構いませんが――」 「あっ! 菜園に入ったって事は、ササミが襲いかかってきたでしょう? お怪我はありませんか?」 「ササミ? ああ、カシワはんの事やね」 「コケッ!? コケコッコ!」 「ササミの野郎、怯えてやがるぜ……」 「カシワはんは、ウチに眼力で勝負を挑んできはりましたさかい、ちょっと挨拶したってん」 「は、はあ……どっちも無傷でなによりです」 「シン君、それじゃ中を案内してあげて」 「嬉しそうやね、リーア」 「シン君のお家に入ると、ワクワクしちゃうんだよ」 「お二人とも、どうぞ」 「――と、だいたいこんな感じです」 「杉やね」 「天井板やよ。腕のええ大工さんが建てたんやね」 「シ、シン君、気付いてなかったの?」 「元々このアパートは父さんの友達のもので、それを咲良家が買い取ったんです。だから建物の詳しい事とか、僕は何も分からなくて……」 「会長はんが、ごく自然に住んではるからこそ、ええ雰囲気なんかも知れませんな」 「う、うーん、実感わかないなぁ……」 「おっと、立ち話もなんですから、お座り下さい。いまお茶淹れますね」 「あ、お構いなくだよ」 「いいのかシン様、ここにゃ出涸らししかねーだろ? 心の広いリアちゃんはともかく、今日は黒ストもいるんだぜ?」 「たしかにリーアには、ええもんを飲んで欲しいわ。会長はん、台所お借りいたしますえ? 今日はうちがお茶淹れてきましょ」 そしてみんなでまったり。 「んっく、ふう……いつもながら、彩錦ちゃんのお茶は美味しいね」 「本当だ、うまい!」 「し、信じられねえぜ……! 出涸らしを、ここまで見事に淹れるとは」 「そないに褒めんでも。ま、その事は置いといて、さっきのお話の続きやけどね……」 「ここはな、柱や格子や主要なとこは、みんな楢材やよ。ほんで押入れや台所なんかの作り付けの家具は、檜製やわ」 「価値わかってねーだろ、シン様?」 「シン君、天井板の木目がタテ・ヨコたがい違いになってるでしょ? それに、このお部屋の長押は二段だよ」 「『真』に通じるもんがある。和室の事よう分かってはる職人の仕事やわ」 「す、すみません、いきなり言われてもピンときません」 「シン様よ、床板に継ぎ目がほとんどねーだろ? こんな一枚板いまどき手にはいらねーぜ?」 「か、買いかぶりだよ。グランドパレス咲良が、そんな凄いわけないさ」 「現にこの部屋の窓は粗悪品で、風景がゆがんで見えるし、炊事場の鏡だって像が黄ばんでるじゃないか」 「ううん、波うってる窓は大正ガラスの特徴だよ? パーちゃんが言った通り、もう作られてない貴重品なの」 「鏡もその頃のもんやわ。黄色がかって柔らこぉ映るんは、昔の銀メッキやから」 「ぎ、ぎぎぎ銀っっっ!?」 「ぶくぶくぶく……」 「きゃあ!? シン君しっかりして」 「あれまあ、失神しはって」 「気絶してリアちゃんに膝枕してもらうとは、恐るべき神算。さすがシン様だぜ」 「会長はんは天然やなあ。妬けてしまうわ」 「あはは……シン君が気がつくまで、ココでゆっくりしていこうよ、彩錦ちゃん」 「ほな、お茶のお代わり淹れてきましょか?」 「それよりも、私は彩錦ちゃんと、お喋りしたいな♪」 「ウチもおんなじ気持ちやよ、リーア」 「うん……それで、どうするの? 本当にシン君のところに引っ越す? まだ時間はあるよ」 「残念やけど、見に来るんが1年遅かったわ」 「リーア、このアパートは宝箱どす。来年、卒業してしまううち等の居場所やない」 「宝箱か……うまいこと言うね」 「うーんうーん、象さんがいっぱい……」 「あらあら、どんな夢を見てるのかな、シン君」 「こりゃ目を覚ました時にゃ、リアちゃんと黒ストのご教授を忘れてやがるぜ」 「それはそれで、ええ事やわ」 「そうだぞパーちゃん。変に遠慮しないで、自由気ままに使ったほうが、お家は生き生きしてくるから、ね」 どういうわけか、部屋を案内している途中で、僕は眠ってしまったらしい。 目を覚ました僕に、御陵先輩は賃貸契約の意志はないと、丁重に断ってきた。 少し寂しいけど、予想していた答えだ。 相変わらず、ここの住人は僕とパッキーとサリーちゃんとササミだけど、それも気楽な事じゃないか。 気分転換に高台の広場へゆく途中―― 「41……42……43……」 「63……64……65……うっ、う〜ん。コレでいいんだったっけ、かな……?」 フィーニスの塔へとつづく小径で、リア先輩と出会うも、僕に気付いた様子はない。 遠く波止場のほうから港湾の雑踏がかすんで聞こえ、道の向こうでは運動部がランニングをしている。 「リア先輩ってば!」 「きゃあぁ!? お姉ちゃん、もう堪忍して下さいぃっ」 「あ、あらあら、シン君? いつからそこに?」 「たった今ですけど」 「リ、リアちゃんの反応は一体……ヘレナと何してるんだ? まさか実の姉妹でありながら、あんな事やこんな事まで?」 「んもー、お姉ちゃんと私は、パーちゃんが考えてるような関係じゃありません。ぷんっ」 「くっは〜、拗ねたリアちゃんも可愛いぜ」 「リア先輩も高台の空気を吸いにきたんですか?」 「うん、サリーちゃんのお話を聞いて、ここへきたの。気持ちを引き締めたくって……シン君もそうなんだね」 「でも、運動部が走ってて砂埃がたってるから、すこし待ったほうがいいと思うよ」 「はい、そうします」 「1……2……3……」 「せ、先輩? さっきから何なさってるんですか?」 「くすくす、フィーニスの塔を見上げてるんだよ」 「不思議な塔だね……私たちにとっては当たり前の景色でも、ほかの町からやってきた人は必ずビックリするもん」 「すごく古い建物なんですよね? 流星学園が創設される前からあると聞きます」 「そうだよ、もしかしたら流星町の歴史より、古いかもしれないんだって」 「そっか、だから僕は方向音痴になっちゃったんだ」 「流星町にいれば、どこからでもフィーニスの塔が見えます。だから知らない番地を歩いてても、道に迷いっこありません」 「以前、どこまで買い出しにいけるかと実験して、半日ほど走り続けた事があるんです」 「そしたらフィーニスの塔が見えない町まで行っちゃって……あっけなく迷子になりました」 「あはは……でも、うん。私もきっと迷っちゃうだろうね」 「シン君、もうひとつ当たり前だけど、当たり前じゃない事があるんだゾ? 気付いてるかな?」 「長距離を走るときは呼吸法と、腰の高さを一定に保つのがポイントという事ですか?」 「えっ、え〜と……」 「シン様、会話の流れを読もうぜ。フィーニスの塔の不可解に決まってんだろ」 「噂レベルなら……塔には悪霊が監禁されているとか、異次元空間への扉だとか、永久にループする迷宮とか、一度入ったら帰って来れないとか――」 「う〜〜。九浄家が代々管理してる塔なんだよ? そんな妖しくないもんっ」 「す、すみませんっっ」 「立入禁止だから、いろんな想像が膨らんじゃうんだと思います」 「えっへん! 中に入れなくても、外から塔を眺めて分かる奇妙な現象なーんだ?」 「チックタック、ちっくたっく……ブブーッ! 時間切れだゾ♡」 「せ、先輩、もうちょっと待ってくださいっ」 「いいや待てぬ!!」 「くすくす、シン君と一緒に数えてみたいんだよ。フィーニスの塔が何階建てなのかをね」 「はい? あ……あれれ!?」 「僕、塔が何階あるのか知らないや。まわりにもハッキリ答えられる人はいません」 「私のそばにもいないよ。誰も知らないんじゃないかな?」 「わ、分かりました! じゃあ、僕たちで数えてみましょう」 「うん。いっくゾ〜」 「1……2……3……4……」 「……6……7……8……9……」 「69……70……71……」 「あは、あははは……」 「と、途中でわからなくなりました……」 「ほう、面白しれーな」 「可視領域じゃねーが、あの塔は壁面の意匠が、一定のパターンで構成されてやがるぜ?」 「ゴクリ……そ、それで?」 「言ってみただけだ」 「もう、期待させないでよ、パッキー」 「悪りぃ、悪りぃ」 「も、もう一回数えてみようよ、シン君」 ……リア先輩と僕は、もう一度チャレンジしたけれど、やっぱりフィーニスの塔が何階建てなのか、判然としなかった。 「ツケカット!?」 「キャッフー、キャッフー!」 「発作?」 「ちげーよ、麗しのリアちゃんがいるぜ」 「どこに? パッキーは目がいいんだね」 「俺様が誘導するから、シン様は追躡接敵にうつってくれ」 「て、敵?」 「まずはリアちゃんの隣にいる、あの忌ま忌ましい黒ストを撃沈しちまうんだ」 「シン様が刺し違えたあとで、俺様はリアちゃんと愛の逃避行だぜ」 「それ僕、捨て駒じゃないか!」 「あらら? シン君にパーちゃん、偶然だね」 「お、おい、シン様押すなよ! 押さねーでくれよ!!」 「……? 僕なにもしてないけど?」 「ああぁっ、俺様ムリヤリ押されちまったぜ」 「サワケッ!」 扇子一閃、パッキーは僕のところへ弾き返される。 「ク、ククク……大賢者パッキー……闘いの中で、闘いをうろ覚え……ガクンッ」 「きゃあ!? パーちゃんが死んじゃった!」 「生きてます。ご飯の時間になったら目を覚ましますよ」 「そ、そうなんだ?」 「もうー。彩錦ちゃんてば、やりすぎだゾ。ぷんっ」 「堪忍ね。サッカーボールが飛んできはったと思いましてなあ」 ああ、完全に気絶してる。御陵先輩、絶対にパッキーだと分かってて撃退したんだ。 「シン君はお買い物? くすくす、私もだよ。これから手芸屋さんに行くの」 「はあぁ……会長はん。リーアに、あんじょう言ったっておくれやす」 「彩錦ちゃんてば、私なら大丈夫だよ」 「無謀やわ」 「どうしたんです? お二人が揉めてるなんて珍しいですね」 「会長はんの言葉やったら、リーアも耳を傾けますやろ。アドバイスを頼んます」 「……? リア先輩、ホウレン草の茹で汁は除草剤になりますよ?」 「家庭菜園の事やおまへん。編物についてどす」 「うわあぁ〜っ!? あ、彩錦ちゃん、バラしちゃうなんてヒドイよ!」 「うちはリーアのためを思て、心を鬼にしてますのや」 「うっ、う〜んと、それじゃ……シン君は会長だから、話してもいいかな?」 「これからどんどん寒くなるよね?」 「生徒会で夜おそくまで頑張ってるみんなのために、私が編んだ防寒具をプレゼント えっへん!」 「推薦で進学決まっとって、自由な時間とれるんは分かるけど……」 「リーアはアレが読めますん? 楽譜みたいなんが渦巻き型に並んではるんを」 「ウズマキ? 彩錦ちゃん、なに言ってるの?」 「あっ、ああ……」 「わかりました? 会長はん」 「おおよその状況は把握できました」 御陵先輩が言ったのは、編物の指示書の事だ。 「うん、だからシン君。この事は私たちだけの秘密だよ。クリスマスに、手編みのセーターをみんなに贈るからねっ」 「い、今から四着も編むんですか!?」 「シン君……私も生徒会役員なんだから、みんなとお揃いで五着だよ」 「会長は〜ん……っ」 「リ、リア先輩、服は流行りすたりが激しいものです」 「みんなに長く、いつまでも愛用してもらうには、もっと小物がいいんじゃないでしょうか?」 「言われてみれば……それじゃ、手袋を編もうかな?」 「無理……っ」 「み、みんなをあたためるんなら、むしろマフラーのほうが――」 「うんうん、それって素敵だね♡」 「大きすぎやよ〜……っ」 「んもうー、さっきから何なの彩錦ちゃん!」 「なあ、リーアは、どないして編み物する気なん?」 「えっ、えぇ……? よく分からないけど、好きな色の毛糸玉と、あの大きな棒を二本買えばいいんだよね?」 「棒て……その言い方が、もうアカンやないの」 「耳掻きが巨大化したみたいなヤツだよ?」 「リーアが言わんとしとる事は分かっとります。初心者なんやから、もっと無難なんにしとき」 「し、初心者じゃないもんっ」 「せ、せせせ先輩、あの――」 「シン君も、なんでドモってるの! ぷんぷんっ」 「ん、んん……おっほん」 「先輩、よく考えれば手袋もマフラーも、すぐに痛んじゃいます。ここは変化球で勝負して、数年間はもつ贈物はどうでしょう?」 「それだと……土鍋敷かな?」 「ク、クリスマスに、それはちょっと」 「じゃあ、電話敷きだゾ」 「最近はみんな携帯を持ってます」 「なら、花瓶敷きだねっ」 「い、いい! 最高です! それに決定しましょう!」 「ひとつ聞いてもよろしおすか? 生徒会のみなさんは、my花瓶を持ってはりますの?」 「な、ない……」 「あは……あははは……」 その後、紆余曲折を経たのち、毛糸のコースターを編むという方向で話が落ち着いた。 ……あの雲はどこに飛んでゆくんだろう? 「あれれ? どうしてリア先輩が女子寮にいるんですか?」 「あらシン君、校内をパトロールしてるの?」 「そんなとこです」 「私は……あははは、ちょっと休憩中」 「そうそう、知ってた? 寮にはちゃんと男子トイレもあるんだよ?」 「だから、あと何年かしたら、男女共同の学生寮になるんじゃないかな」 「へぇー、寮生活も面白そうですね。僕が三年になる頃、入居できるといいんですけど……」 「うーん、さすがに来年はまだ無理だね」 「来年かぁ……」 「私が一年生だった時ね、ミロテア寮には友達が住んでたんだよ」 「でもキラフェスが……チャリティバザーがはじまる前に、家庭の事情があって辞めちゃったの」 「遠くの町に引っ越したとか、まだ流星町で暮らしてるとか、いろんな噂が流れたけど、私とはそれっきり……」 「もうずっと会ってないけど、その子は私の友達なんだよ」 「このまま永遠に離ればなれかも知れないけど、やっぱり友達なんだよ」 「うんシン君。ここで下手な言葉をかけてこないのは、合格だゾ」 「単に黙ってる事しかできなかったんです」 「私にはそれで充分だから、ね?」 「その代わり、ナナカちゃんや聖沙ちゃんやロロットちゃんの事、ちゃんと見てなきゃデコピンしちゃうゾ?」 「僕ちょっとプリエを見てきます。投書があったんで」 「いってらっしゃい。私はもうしばらくここにいるよ」 「先輩もあとから来てくださいね。だって、まだ今年なんですから」 「くすくす、はーい」 僕は女子寮に背を向けたまま、一度も振り返らずに走る。 いまリア先輩を見てしまうのは、多分とても失礼にあたるはず……。 放課後。僕たちは気をひきしめるために、クルセイダースの訓練を行なう事にした。 リア先輩は開始時間までの猶予を利用して、和菓子倶楽部のトレーニングに顔を出すそうだ。 運動部の練習風景なら容易にイメージできるけど、和菓子倶楽部はどんな事をするのか、まるで想像がつかない。 「見学してみりゃいーんじゃね?」 そんなわけで、僕はプリエに向かってる。 「リア先――」 「久々に、お手合わせお願いするよ、彩錦ちゃん」 「ほんに久しぶりやね。リーアが生徒会に入らんなあかん言うて、休部届け出して以来とちゃう?」 「わ、和菓子倶楽部の試合?」 「おおっと御陵選手が、九浄選手の神経を逆撫でしてるよー。解説のサリーちゃん、これって作戦かなー?」 「そんなことより、お腹すいたね」 「なんで、この二人が混じってやがんだ?」 「ほないくえ? ほい、柏餅」 リア先輩がいつも僕たちにそうするように、御陵先輩の手のひらには、どこからともなく柏餅が出現する。 「じゃん! 柏餅×2」 「やりまんなぁ、両手から取り出すとは」 「まだまだ現役だよ、えっへん!」 「はい、高橋さん。どうぞだよ」 「サリーちゃんも、お食べやす」 「ぱくぱくまむまむー、美味しいよー」 「もきゅもきゅはぐはぐ、美味しいねー」 「やっぱり、喰うだけの要員かよ!!」 「小手調べは済みましたさかい、本腰いれていきましょか?」 「ふんぬっ、三色だんご」 「じゃん! 焼きマンジュウ」 「源氏巻っ」 「それじゃこっちも、バラの花びらお羊羹」 「おほほほ、生徒会で腑抜けてもぉたわけやないんやね、リーア」 「むしろ私は鍛えられてるんだから〜」 「うはぁ……、戦闘スタイルのリアちゃんも愛くるしいぜ」 「先輩は変身してないよ?」 「感じねーか? 研ぎ澄まされた気迫は、美しいもんだぜ」 「ふんぬっ、マスカットモナカ」 「じゃん! いちご大福」 「リーアの持ち弾は、次でおしまいどすな」 「ふっ、それはどうかな?」 「……その道に 入らんと思ふ心こそ 我身ながらの 師匠なりけり」 「ならいつつ 見てこそ習え 習はずに よしあしいふは 愚かなりけり」 「ほほう、黒ストの奴……」 「あうー、頭痛が痛いよー」 「ひいー、難しくって頭が割れちゃう〜」 「じゃーん! キントンだね♪」「ふんぬっ、キントンさんやよ」 「……」「……」 「腕は衰えてないようやね、キントンは霜月にふさわしい和菓子え」 「彩錦ちゃんこそ、くすくすくす」 「ほな、お茶にしましょか。会長はんもおいない」 「あ、観戦してたのバレてる……」 「かはー、美味しー」 「じゃーねー。私はナナちゃんにバレる前に、ごちそうさまだよー」 「おそまつさんどした」 「……シン君、ちゃんと気付いてた? 彩錦ちゃんが私に手加減してくれてたの」 「ま、まったく分かりませんでした」 「これまでは、それでも、どうにかやってこれたけど……」 「手加減を知ってるのは、相手の力量を見抜いてるって事だよ」 「この先は、もっと腕を磨かなきゃ駄目だゾ、お互いにねっ」 魔族、魔将、リ・クリエという単語は出さないけれど、先輩が今後のクルセイダースについて語ってるのは明らかだ。 「なんや知らんけど、お茶はもっと気楽に飲みなはれ」 御陵先輩に緊張をほぐしてもらい、リア先輩と僕はお茶のひとときを満喫した。 「うっ、う〜ん……」 聖オーフェリア教会の鐘楼のもと、リア先輩が考え込んでいる。 「うっひょー! 憂いの表情を浮かべたリアちゃんも、たまらねーぜ」 「君はリア先輩だったら、何でもいいんでしょ?」 「あらあら、シン君にパーちゃん。ごきげんよう」 「こんにちは先輩。何かお困りですか?」 「き、教会の鐘を、私の手で鳴らす事ができないかなって……」 「そのね、ほら! ロロットちゃんは天使……のようなものだから、エミリナちゃんも、きっと天使……のような何かだよ」 「だから鐘の音を聞かければ、心が安らぐと思うんだ?」 「今あの二人は気まずい感じだけど、すこしでも仲直りのお手伝いがしたい……」 「リアちゃんのアイデアでも、そいつは賛成できねーぜ」 「そんな事ないさ。それとなく後輩を手助けする、いい案だってば」 「着想を否定する気はねーよ。だがこの教会は鐘は、和音が狂っちまってるぜ?」 「天使は鈍感すぎて気付いちゃいねーが、もし天使Bが敏感なら逆効果になっちまわあ」 「ま、鐘自体の物はいいぜ? 惜しむらくは、手入れがイマイチなんだ」 「神父さんやシスターは、きちんとお務めしてるよ?」 「鐘楼付きのマイスターはいねーだろ?」 「うん、専属の人はいないね……」 「パッキーは詳しそうじゃないか。なんとか直せない?」 「荒療治だが……音色は二の次でいいから、いっぺんガンガン鳴らせ。思いっきりな」 「こちらリア。大佐、聞こえるか?」 「き、聞こえますよ? 僕、先輩の隣にいますから」 「てゆーか大佐なのかよ、シン様は?」 「礼拝堂に侵入した。シン君とパーちゃんも一緒だ。大佐、指示をくれ」 「鐘の引き綱なら、祭壇の横っかたにありますけど?」 「その程度のツッコミで、俺を止める事はできん」 「あの……さっきから、どうして柱の影に隠れてるんですか?」 「わからない、だがこの柱を見ていたら無性に隠れたくなったんだ」 「いや、隠れなければならないという使命感を覚えたというほうが、正しいかもしれない」 「それでね。こうして隠れてみると、これが妙に落ち着くんだ」 「生徒会の相談役はこうあるべきだという、確信に満ちた安らぎのようなものを感じる」 「隠れたままだと、鐘が直せませんよ?」 「んも〜〜。ぷんっ」 「今は余計な事を考えるな。神父に内緒で、勝手に鐘を鳴らす事が先決だ」 「よ、よく分からないけど、手順を説明します」 「僕と先輩が、全力で祭壇まで走り、その勢いのまま引き綱に飛びついて、力任せに鐘を鳴らすんです」 「そして俺様は扉をあけて、退路を確保だぜ」 「覚悟はいい? 3……2……1……」 「あはははははははっ」 「せ、先輩、どうして大笑いしてるんですか?」 「だって、おかしいんだもんっ」 「はぁ、はぁ、はぁ、ここまで逃げれば大丈夫だね」 「神父の野郎に、俺様たちの面は割れてねーぜ?」 「ぜーはー、ぜーはー! ヘレナさんにばれたら特待生資格、剥奪かも」 「心配しないで、私がお姉ちゃんからシン君を守ってあげるから♡」 「でも、その前にごめんなさい」 「ロロットちゃんとエミリナちゃんの事は、その場で考えた理屈なの」 「本当は、卒業までに一度でいいから、教会の鐘を鳴らしてみたかったんだよ」 「ち、ちょっと先輩……!」 「くすくすくすくすっ」 「そんなオチャメなリアちゃんも、可愛いぜ!」 「おっ、和音が完璧になってるぜ」 「ミッションコンプリート」 リア先輩の笑みが、教会の鐘の音色と調和する。たまにはこんな放課後もいいと思う。 「とっても、静か……」 「はい。この時間に、グラウンドが無人だなんて変な感じです」 確か、この時期になると部活動が休止になるんだよなあ。 なんだったっけ……思い出せないけど、まあいっか。 「面白いですよね」 「学校は、時間や状況がほんの少し変わっただけで、いろんな表情を見せてくれます」 「生徒会やクルセイダースを一員になれたおかげで、余計にそう感じちゃうんです」 「うん、学園のいろんな顔を見ておくのは、大切な事だからね」 「でも、シン君たちには見れない表情もあったんだよ?」 「僕たち? それじゃ、先輩が一年生だった頃の……」 「あはは……私が新入生だった時、生徒会は群雄割拠の戦国時代だったから、ね?」 「戦費がかさみすぎちゃったんだろうね。それで……」 「ななななんと!? ばばーん!! 体育祭のパン喰い競争で、食パンが吊るされちゃったの」 「ろ、六枚切りですよね?」 「ううん、サンドウィッチ用の18枚切りだよ?」 「ひ、ひでえ。ひどすぎるぜ、暴動もんだぜ」 「えっへん! 体育祭のまっただなか、本当に反乱がおきちゃいました」 「このまんまじゃイケナイって事で、一般の生徒のみんなが、団結して立ち上がったんだ」 「こうして生徒会は悔い改めましたとさ。ちゃんちゃん」 「流星学園でそんな事件があったなんて……」 「ま、ヘレナは基本的に、生徒の主体性にまかせてるみてーだしな」 「だがよ、たしかに薄っぺらい食パンが引き金になっただろうが、それだけじゃねーはずだぜ?」 「一般生徒が無軌道に大騒ぎを起こしたところで、生徒会の組織を、改善させるほどの力はねえ」 「って事は、確固たる目的を持って、みんなの先頭に立ったヒーローかヒロインがいたんじゃねーか?」 「うーん、そんな行動力がある人で、思い浮かぶのは……」 「くうぅ……っ、学園革命を起こしたヒロインの雄姿、見てみたかったぜ」 「わ、私じゃないもんっ」 「……パッキーは、リア先輩の名前を出してませんよ?」 「ククク……俺様、リアちゃんに惚れなおしちまったぜ」 「ぷんっ! パーちゃんたらカマをかけるなんて、メッ!」 「すごいなあ、先輩にはかなわないや」 「う〜〜。わ、私じゃないんだよ? 卒業しちゃった先輩なの。シン君、信じてないでしょーっ」 「し、信じてますってば」 「んもー、だったらどうして走って逃げるの、シン君!」 「貸し切り状態だから、駆けだしたい気分なんです」 「くすくす、だったら私は、シン君をつかまえたい気分だゾ」 先輩と僕は、しばらく追い掛けっこを楽しんだ。 実際のところ、生徒会を改善した偉大な生徒は誰だったんだろう? ……伝説は伝説のままに。無理に調べないでおこう、うん。 2日目にそなえて、はやめに帰ろうとした矢先―― 「はいはーい、そこの生徒会長、左に寄せてとまりなさい」 僕はエントランスで待ち構えていたリア先輩に、つかまってしまった。 「先輩? 三年生はテストがないはずなのに、どうてし校舎にいるんですか?」 「自由参加だよ。私たちは好きな日に登校して、教室でお勉強していいの」 「いいなあ」 「くすくす、来年はシン君たちの番だゾ」 「いつものリアちゃんも最高だが、やさぐれた警官のマネもなかなかだぜ」 「それじゃ、リクエストにお答えしちゃおっかな」 「はいはーい、ここに息吐いて。匂いごまかしても無駄だから」 「ククク――うおっ!?」 「パーちゃん?」 「す、すまねえ、気持ち悪くなってきたっ」 「俺様さっきヘレナと酒盛りしててな、このままじゃ――」 「そっか、テスト中に気がついたら、パッキーの姿が見えなくなってたけど……」 「てゆーか、君は真っ昼間から何してるんだ?」 「お、お姉ちゃんも……お酒を嗜むのは夜だけにしてって言ってるのに、もお!」 「し、失礼するぜっ」 「うちの同居人が、お見苦しい姿をさらしてしまい、申し訳ございません」 「私の方こそ、お姉ちゃんによく注意しなきゃだよ。ごめんね」 「いえ……ところで、先輩はここで何をしてたんです?」 「ふっ、我は不動の関所ナリ」 「エントランスに陣取って、テストを頑張ってない子をとっ捕まえちゃうゾ」 「今後の生徒会活動のためにも、九浄家に連行のうえ、ビシッと猛勉強させちゃうんだ」 「くすくす、シン君の事は信じてるよ? 通ってよし!」 「ええーと、生徒会がらみでテストが危なそうなのは、若干名しか思い当たらないんですが?」 先輩と僕は、暗黙の了解で若干名の氏名は明かさなかった。 パッキーが戻って来たあと、リア先輩は僕に柏餅を二つ手渡してくれた。 テスト勉強の合間に食べなさいという事だろう。うん、気合を入れて明日に備えよう! 解放感に足どり軽く、僕は生徒会室へ。約束や定例会議はないけれど、もうみんな集まってるだろうか? テストが終わった喜びを分かち合い、答えあわせをし、一緒に文句を言い、解けなかった問題を教えあう。そんな、みんなの姿が目に浮かぶ。 「あらあら?」 「リア先輩、やっぱりいらしてたんですね。聖沙とナナカとロロットは――」 「ぎゅむっ♡ シン君、ゲット〜〜」 唐突に、先輩は僕の片腕をガッチリつかんで、階下へいざなう。 「う〜ん。コレとコレと……あと、そっちのお茶葉も美味しそうだね」 「高級品ばかり懐におさめてるな。さすがリアちゃん目利きだぜ」 「そ、それは窃盗行為なのでは?」 「ち、違うんだよ? 姉妹同士なんだから、ドロボーさんじゃなくて、ポッポナイナイだもんっ」 「僕ひとりっ子だから分からないんですが……そういうものなんですか?」 「くすくす、そういうものだよ」 リア先輩は僕を連れて、理事長室にやって来た。 あいにくヘレナさんは留守だったが、リア先輩は勝手知ったる様子で、戸棚や机の引き出しを物色。 果ては本の裏に隠されていた高級和菓子まで発見し、次々と僕に手渡してくる。 「私がこんな事できるのは、お姉ちゃんだけなんだから、ね?」 「リアちゃんの意外な一面が見れて、俺様ますます惚れちまったぜ」 「んもー、生徒会室でお腹を空かせてる可愛い後輩のために、仕方なくやってるんだよ」 「その割には、すごく楽しそうですけど?」 「あはは……うんっ、こんなとこかな」 「お姉ちゃん、紅茶とお菓子をお借りしますね」 「野郎ども、ズラカルぜ?」 先輩と僕は、両手いっぱいに洋菓子と和菓子を抱え、扉へ向か―― 「どろろ〜ん♪」 「はぁい、ヘレナよ♡ 忍者のように、煙といっしょに華麗に登場♪」 「お姉ちゃん、お願いだから人間界の物理法則にしたがってください」 「あらん、したがってるわよ? これは民子ちゃんの技だもの」 「そんな事より……ふむふむ、お菓子を見る目は確かなようね」 「で、主犯はどいつ?」 「こいつ」 「ぼ、僕!?」 「ふーん、う・ふ・ふ♡」 「ごふ……っ、リアちゃんだぜ。シ、シン様は、未必の故意による共犯者にすぎねえ……」 「パーちゃん、信じてたのにっ」 「す、すまねえ……げふっ、まさかビリヤード台の上で、こんな責め苦を受けるとは予想外だぜ」 「あらん、八本脚のビリヤード台は貴重品よ? ここで気持ちよくなれるパーちゃんは幸せ者だわ」 「あ……あああぁぁ〜! ……ガクンッ!」 「フォフォフォフォ、偽証罪は償ってもらった。お次は――」 「ま、待ってください! リア先輩は、生徒会のみんなの事を思って、やっちゃったんです!」 「お、お姉ちゃん、悪いのは私です!」 「その通りね」 「リア、悪いのはあなたが負い目を感じてる事よ?」 「私は生徒会のOGで、リアのお姉ちゃんだぞ? 遠慮なく持っていってちょうだいな」 「ただ……うふふ。身内だからこそ、耳をそろえて対価を支払ってもらうわよ?」 「チョコにクッキー、おセンベにキャラメル、柏餅……」 「そうね、今日の為替レートで換算すれば、ざっと1427パイね」 「な、なんですか、その変な通貨単位は!?」 「いや〜ん、わかってるくせに♪ リアのエッチ〜ン♡」 「んもうー、せっかく感動したのに。ぷんぷんっ」 「そんなわけでシンちゃん、あなたは戦利品を抱えて、先に生徒会室へ戻ってなさい」 「い、いやです。先輩一人を残していけません」 「シン君、私の事はいいから……みんなのおやつをよろしく頼むよ!」 「さあ、お姉ちゃん! 好きなだけお揉みなさいっ」 「その心意気やヨシ!!」 「実は最近、お尻のほうにも興味がでてきたのよね」 「えっ、えぇ……っ?」 「どっかの地域では、お尻のお肉の事を『モチ肉』っていうそうよ? うふふふ、リアはモチモチかしら?」 「い、いや……です……お、お姉ちゃん、やめ……」 「ぼ、僕、失礼しまーす」 「シン君、待って! 助け――」 「いいや、待てぬっっ」 「あ、そ〜れっ♪ うりうりうりうり、もみもみもみもみ♡」 「ふあっ!? ぁ……きゃうっ、ん……くぅーーん」 「よう、今日は特売日じゃねーぜ?」 「買い物に来たんじゃないよ。聖夜祭の参考になるかと思ってさ」 はやいもので、もう11月下旬になってしまった。汐汲商店街は、そろそろクリスマスの飾りつけがはじまる頃だ。 街並みの美観を大切にしているため、路上に派手なイルミネーションは置かれないけど、その代わり店内の装いは凝っている。 「こっちのお店はどうかな?」 「上品に飾ってはるね。そやけど、うちの琴線には触れへんわ」 「んもー、彩錦ちゃんのお眼鏡は、厳しすぎだよ」 「うち等にとっては最後の聖夜祭やからね。妥協したないんよ」 通りの角から、リア先輩と御陵先輩があらわれた。 「こんにちは、二人でお買い物ですか?」 「ヒャッフー! リアちゃんと偶然出会うなんて、俺様たち運命の赤い糸で結ばれてる!?」 「おい黒スト、ダブルデートと洒落こもうぜ!」 「よろしおすな。ほな、リーアとうち、会長はんとパッキーはんの組み合わせやね」 「そ、そうだったのか!? パッキーは僕のこと……」 「シン様も悪くはねーが、そんな素ボケは勘弁だぜ」 「くすくす、偶然じゃないから、デートはおあずけ!」 「それじゃ、先輩たちも――」 「そう、商店街をお散歩して、聖夜祭のヒントをさがしてるんだよ。えっへん!」 「来るべくして、ここへ来た。会うべくして、うち等は会うたんやね」 「なにかな、シン君?」 「やっぱり僕は、まだまだ先輩におよびませんね。パッキーだけじゃなくて、クラスの友達も連れてくるべきでした」 「そうしなきゃ、商店街をいくら参考にしても、視点が偏っちゃいます」 「リーアに追いつき、追い越せたかどうかは、来年考える事やよ、会長はん?」 「確かに、一年の差はなかなか埋まらないゾ?」 「でも、シン君は自分の力で、その事に気がついたんだもん。きっと素敵な生徒会長になれるから、ね?」 「ほんなら、まあ、今年の聖夜祭をどないしてくれはるんか、お手並み拝見させてもらいましょか?」 「彩錦ちゃんてば、わざとプレッシャーかけてるでしょ?」 「おほほほ、堪忍な。可愛いお子は、ついいぢめたなんねんよ」 「う、うーん……御陵先輩、教えてください。今ここで一番欲しいものは何ですか?」 「そんなん、とうの昔に決まってます」 「これやよ」 御陵先輩は、仔猫をツマミあげるように、リア先輩の襟首を持つ。 「あ、わかった、制服が欲しいのかな? くすくす、卒業したら二人で記念に渡しっこしちゃおうねっ」 「そっか、サッカー選手が試合のあとで、ユニフォームを交換するのと同じですね」 「……違います」 「お黙りやす。ふんぬっ」 「ク、クククッ、俺様は……落ちるが……リアちゃんは、落ちねえ……ぜ? ガクンッ」 「まだ時間はあります」 「……? よく分からないけど、パーちゃんに乱暴したら、メッ! だよっ」 その後しばらく、僕は気絶したパッキーを連れて、リア先輩たちと一緒に商店街を見てまわった。 まだおぼろげだけど、聖夜祭らしい雰囲気作りの参考になったと思う。 「あ、シン君……」 「せ、先輩、どうして変身してるんですか!? まさか魔族が!!」 生徒会室にゆこうと旧校舎にはいった矢先、思いがけずリア先輩と出会った。 「う、ううん、違うよ? ちょっとね……」 「……シン君ついて来てくれるかな? クルセイダースに関係ある事だから、ね?」 「はい、構いませんが……先輩、なんだか気落ちしてませんか?」 「うっ、う〜ん。あははは……」 意気消沈しているリア先輩を一人にしておけず、僕はあとに続く。 道すがら、リア先輩はタメ息に似た呼吸を繰り返すだけで、ひと言も話しかけてこない。 そして、着いたのは―― 「先輩のお家じゃないですか」 「な〜にリア? まだ帰ってくるのは早いでしょう?」 「やれやれ、張り合いのないお返事ね」 「私……」 「うふふ、話してごらんなさい。シンちゃんも、よく聞いておくのよ」 「……お姉ちゃん、私のロザリオを、今から他の誰かに譲る事ってできますか?」 「できるわよ。でも何故?」 「よ、よかった……」 「質問にお答えなさい」 「私は来年卒業します。そのせいだと思うんですが、ロザリオの適齢期をすぎちゃったようなんです」 「最近は、天使の力も伸び悩んでて、私はみんなの足を引っ張りがち……」 「お姉ちゃん、私がクルセイダースの一員でいるには、もっと強い武器が要るんです!」 「それが手に入らないんなら……」 「才覚のある子を見いだして、ロザリオを……閃光天使ルミエルの力を禅譲するのね?」 「先輩、引退するつもりですか!?」 「せ、生徒会は任期いっぱいまでは続けるよっ」 「やっぱ、そんな事か」 「パッキー! 気付いてたんなら、リア先輩を止めてよっ」 「悄気てるリアちゃんを見るのは辛ぇーがよ、萎えた志を自らたたむってんなら、俺様なにも言えねーぜ?」 「う・ふ・ふ♡ 魔族やリ・クリエと関わりたくない。でも楽しい生徒会は続けたい。もうワガママ、意のままイケナイ子♪」 「リアったら、自己完結して傲慢不遜なこと言うんだからっ。胸ばっかり育って、お姉ちゃんは悲しいゾっ」 「そ、そんなんじゃないもんっ!!」 「ヘレナさん、何気にキツイ言い方しますね」 「わ、私だってシン君たちと一緒に戦いたい! でも、このままだと足手まといだから……だから……」 「リア、それは自惚れだわ」 「あなた、まるで守護天使の技を、究めたような物言いよ?」 「ちょっと聖槍をお貸しなさいな」 「……? どうぞ」 「懐かしいわね……」 「うわわっ」 「はい、返すわよ」 「お、お姉ちゃん、今のは何!? 私あんなの知らないっ」 「ただの素振りよ?」 「え……っ?」 「ほ、本当に?」 「ああ、技でも何でもねーぜ? 単に切っ先が、音速こえちまったにすぎん」 「た、単にって……」 「う〜〜。引退は中止! お稽古してきます! シン君、手伝って!」 「フォフォフォフォ、それでこそ我が妹。期待しておるぞ」 リア先輩と共に鍛えあうべく僕も変身した。 その後、訓練のあとの心地いい疲労感を覚えながらも、しかしヘレナさんのような素振りは、ついに出来なかった。道のりは遠そうだ。 11月も今週で最後。週末になると、いよいよ聖夜祭の12月だ。 今年で最後となるリア先輩から、すこしでも多くの事を学んでおきたい。 僕は待ちきれず、生徒会室じゃなくて直接3年A組まで迎えにゆく。 「シン様よ、勇み立つのは分かるが、落ち着こうぜ?」 「う、うーん、けど気力は充実してるんだよ?」 「リア先ぱ――」 「何ヶ月ぶりやろなあ。こないして、みんなで放課後に残るんは」 「すごく懐かしいね」 放課後、3年生の教室。 リア先輩と御陵先輩、それに見知らぬ先輩たちが思い思いの格好で腰かけて、机を囲んでいる。 感慨深いリア先輩の声音に、僕は足が止まり、はからずもドアの影から中を覗くかたちになってしまった。 「推薦で大学にいく人、あえて一般受験を選んだ人……」 「専門学校にいく者、就職する者……ひと通り道が決まって、今は長めの休み時間みたいなもんやね」 先輩たちは、いろんなお喋りをはじめる。 「このままずっと教室に居残りたいね」 「ほな……してみいひん?」 「くすくす、どんな事になっちゃうのかな……やってみたいゾ」 「警備員さんがまわってくるまでやったら、夜中まで教室におれるわ」 「上手にかわせれば、朝までお喋りできちゃうかも?」 愛着のあるクラスメイトと過ごす、思慕の時間。僕の知らないリア先輩の姿がそこにある。 「邪魔しちゃ悪いぜ? ここは、はやる気持ちをおさえとけ」 「うん……軽率だったよ。出直そう」 僕はそっとドアから離れる。 「あ! あそこにいるのは……っ」 「やあ、アゼル、お疲れさま!」 生徒会室を向かう途中、ぼんやりと校舎を眺めてるアゼルに、僕は声をかける。 単なる四角い箱とちがって、エレート舎もオーロイアエール舎も、流星学園は見てて飽きない建物ばかりだ。 「……? 疲れてない」 「そうじゃなくってさ、キラフェスお疲れさまっ」 「もう一度言う。疲れてない」 「い、いや、これは挨拶だってば」 「不可解だ」 「この建物はさらに奇妙だ。なぜ飾りが消え失せている?」 「も、もしかして、キラフェスのデコレーションのこと言ってるの? それなら土曜日に――」 「土曜はうるさかった」 「そ、それはキラフェスが――」 「日曜は静かだった」 「この建物は土曜のみ外観が一転したが、基本的な形態は同じだ。察するに四季の変化のようなものか?」 「あはっ、あははっ!!」 「なぜ笑う?」 「ご、ごめん、あはははは、はははは!」 「謝罪は求めてない。何故お前が笑ったのか理解できないだけだ」 「ははは、ははは! ん、んんんっと! はあ、はあ……ぼ、僕はアゼルの言葉を聞いて、思い出し笑いしちゃったんだ」 「そうか。思い出すという行動は理解できる」 「あのさ、こんな昔話知ってるかな?」 「タヌキと人間が化かしっこの勝負をした。負けた方は住処を奪われるっていう、ルールでね」 「先攻は人間だよ」 「春先に、人間はタヌキを小さな丘のうえに連れていった。そこからは、見渡すかぎり田んぼ広がってるんだ」 「『一年かけて、ここから見える色を変化させる。ここで見ててくれ』そう言われて、タヌキは丘のうえから景色を眺める事にした」 「茶色一色だった田んぼは、水が引かれて空の青色になり、その次は稲が芽吹いて黄緑色に――」 「夏には濃い緑色になって、秋は稲穂の金色で、刈り込みがすんだ冬には雪で真っ白になった」 「そのさまを見てタヌキはビックリ。とても敵わないと降参したのさ」 「本当はタヌキのほうが、化かすの上手なのにね。あはははは」 「……理解した」 「人間もタヌキを化かすのだな? ならば、土曜のみ校舎が急変したのも、それと同義だ」 「うん、お祭りは一瞬の夢みたいなもんだから、そう言えなくもないね」 「夢……?」 「ただ化かすという言いかたは、人聞きが悪いかも……いま語ったのは、方便のお話だよっ」 「方便……?」 「知ってる……方便とは、方法、手段、術策の事だ」 「……ふふ、ならば私も方便だ」 「あ、行っちゃった」 「まあいっか。噛み合ってない気もするけど、アゼルとお話できたし」 「クククッ、アゼ公のトンチキぶりを見て、タヌキを連想するとは、さすがシン様だぜ」 「えっと……褒められてるのか、おちょくられてるのか、よく分からないや」 「どっちでもねーよ」 「ふつう娘っ子はキツネにたとえるもんだぜ? そっちのほうがタヌキより趣向があって上等じゃねーか」 「ま、言い換えりゃ、直感でタヌキっぽいアゼ公は、まだまだジャリってこった」 「ねえ、パッキーはナナカや聖沙をからかう時、かならず本人の前で軽口をたたくよね?」 「どうして、アゼルの時だけ、居なくなってから言うの?」 「……ジャリってのは、ある意味ジイさんバアさんより、怖ぇーんだよ」 「勝負に敗れたタヌキは、その後どうなった?」 「別にどうにもならなかったよ? もともと住む世界が違うからね、人間がタヌキのお家を奪う必要なんて、最初からなかったのさ」 「そうか。ならば私は方便ではない。私は夢ではなく存在している」 「ああ、また行っちゃった……」 「不思議だよね、アゼルは。留学生だからかな?」 「天使のほうが、まだ解しやすいぜ。俺様はアゼ公みてると、心気がスリ減っちまう」 「ちょっと寝るから、リアちゃんが来たら起こしてくんな。ガクンッ」 「ぐおぉぉぉぉ、ぐおぉぉぉぉ!」 めずらしくイビキをかくパッキーを連れて、僕は旧校舎へ。さあ、気持ちを切り換えて、生徒会活動だ。 「そう言えば……」 アゼルは何か部活動をやらないんだろうか? 今度、機会があれば尋ねてみよう。 「シン君、こんにちは〜〜」 完全撤収の確認中に、さっちんが声をかけてきた。 「やあ、スイーツ同好会はケーキバイキングだったよね? ちゃんと後片付けは終わった?」 「そんな事より、アゼルちゃん今日も出席してなかったよー?」 「そ、そんな事って……うん、アゼルは病気なのかな? お見舞いに行こうか?」 「旦那は人が良すぎですぜー? サボリに決まってるでやんすよー」 「フリョーだー、フリョーだよー。私も授業にでない勇気がほしいよー」 「いや、それ勇気って言わないから」 「私も授業にでない蛮勇がほしいんだよー」 「いやいや、それ言いかた変えただけだから」 「はぁい、ヘレナよ♡」 「アゼルちゃん、アゼルちゃん、理事長室まで出頭しなさい。これは命令であーる♪」 「ほにゃら〜!? 大変だよ、大本営よびだしだよー」 「うわぁ……きっと出席日数の事で、叱られちゃうよ。僕、アゼルをヘルプして来なきゃ!」 「じゃーねー、バイバ〜イ」 「ノックもせずに失礼します。ヘレナさん、あの――」 「はぁい、シンちゃん♡ そろそろ来ると思ってたわ」 「以上で、本ボードゲームの説明を終了いたします。ルールは、ご理解いただけました?」 「理解した」 理事長室にはメリロットさんも居て、テーブルの上には複雑なスゴロクのような盤面と、小さなルーレットが置かれていた。 「本来なら、正当な理由なき欠席の罰課題は、この部屋のお掃除……」 「はっはっはー。でも今回は、ゲームに付き合ってもらうぜ?」 「承知したと言っている」 「ヘレナを負かせば、今後毎日お休みしても、公欠あつかいです」 「え……ええぇっ!?」 破格の好条件じゃないか。……要するにアゼルが勝てる見込みは、ほとんどないって事かな? ヘレナさんは、どうしてこんな事を? 「お前、何しにきた?」 「アゼルの役に立ちたくてさ。クラスメイトだもんね」 「あらん、いいじゃないの? アゼルちゃんには、心強い軍師が必要よん?」 「理事長に、その司書がいるようにか?」 「ふふっ、その通りです」 「それでは……じゃじゃーん! 戦闘開始♪」 「ま、待ってください」 「いいや、待てぬ!!」 「そ、そんな……っ、大急ぎで解説書を読んじゃいますから!」 僕はルーレットのわきにある小冊子を取り、流し読みする。 「僕も手伝うよ、アゼル?」 「ふんっ、好きにしろ」 「うん、基本的には国取り合戦だね」 応用的には、かなり高度なゲームだ。プレイヤーはA国、B国、C国の三つにわかれて、世界制覇を目指してゆく。 ヘレナさんvsメリロットさんvsアゼルと僕。 驚いたことに説明書きは極端に少ない。 その代わり視覚的に分かりやす図解と挿絵、舞台のモデルとなったであろう実在の風景写真が、モノクロでたくさん載っている。 僕がひらいている解説書を、アゼルが背伸びしてのぞきこむ。本当はルールを理解できてないんだろうか? 「……ふふ」 あれれ? 写真を見てるのかな? 「安らぐ写真ばかりだ、好ましい……」 「これらの国は、実際にはどんな色をしている? 知っているか?」 「残念ながら判断できません。白黒写真のフィルムには、黄色が黒くうつるものと、白く発色するものの二種類があるのです」 「そうか、分からんのか……」 「アゼルさん、もうゲームは始まっています。集中してください」 メリロットさんがルーレットを回し、出た目の数だけ駒を進める。 「解説書の光景に見入るより、盤面をごらんください。それのみならず、この世界の事も」 「目さえ開けていれば、光景はどんどんはいってきますよ」 「開けている。色んなものが見えてくる。いままで目にとめなかったもの、すべてがだ」 「素晴らしい事だわ。それはアゼルちゃんに、何か教えてくれてるはずよ」 「たしかに示唆している。だが、何やら理解できん」 「分からずとも、忘れなければいいのですよ。忘れなければ、きっとなれます」 「……? 何になるんですか?」 「んもう、私たちにも分からないんだから、聞かないでよぉ!」 変な会話だ、集中できない……。 「このゲームは、相手国のキングをとったほうが、勝つんですか?」 「いいえ。王や王都の代わりになるものが存在すれば、戦いはいつまでも終わりません」 「げ、現実的ですね」 「終わりがなければ世界は存続し、遥かに遠い未来となるでしょうが、やがては人は天使を超えますよ」 急に現実的じゃなくなったような……? 「人は戦ってばかりだ」 「あらあら、暗い言いかたね。理事長さんは悲しいゾ?」 「アゼルちゃんが言った事は否定しないけど、人が人の世界を変えてきた原動力は、為せば成るという素敵に元気な楽天主義よ」 「愚かだ」 「そうでしょうか? 否なる気を、是なる気に変えて、物事を見てみてはいかがでしょう?」 「ただの感傷にすぎん。そんなものを教条とはきちがえるな」 「くすっ、私は天に向かって唾をかけることよりも、夢を見たいのです」 「興味はない」 「う、うーん……」 困った。分からない。 アゼルとヘレナさんとメリロットさんの間では、会話が成立してるのに、僕はついていけない。 「ならば酔え、天の子よ。今はただ酔え、あなたの想い、存分に染みとおるまで」 「くだらん。是非なき必要だとは思えん」 「そうかと言って、気ままな幻想が犠牲を強いるのも、道理に反しますよ?」 「うーん、うーん、うーん」 「あっ!? ああ……ひょっとしてメリロットさんは、勝負の最中に三味線で相手を惑わす人だったんですか?」 「ふふっ、それはヘレナです」 「ひっどーい。むしろ私は三味線よりも、女子のオッパイを弾くタイプよ」 「ちょ……! ま、まさか――」 「あ、そ〜れ〜っ♪ うりうりうりうりうりうり」 「どこ触ってるんですか、やめて下さい!」 「あ、あん……っ、生徒が見てる前で、こんな……!」 「め、目のやり場に困るね……」 「……無意味だ」 「うふふ、意味は自分の力で見いだすものよ」 「アゼルちゃんは、夜中にチョコマカしてるでしょ?」 「ふ、不良だったの!?」 「学園内でも夜道は黄泉道よん? 気をつけないと、こんな目にあっちゃうんだからん♪」 「う、うぅ〜……っ、もっとマトモな仕儀で、アドバイスできないのですか!」 「よろしい! さあ、勝負をつづけるわよ」 ……僕のサポートも虚しく、アゼルはボロ負けしてしまった。ヘレナさんは、ワザと勝ちを譲ようなる人じゃない。 留学生であり、国の習慣も異なる事も考慮にいれて、今までの欠席日数は御破算に。その代わり、明日からはキチンと登校するように。 生徒を目にかける理事長として、恩情にあふれる裁定だ。 そして見届け人は僕……明日からもっと、アゼルのことを気にかけなきゃ! 「ああ、ロロットの重箱弁当……うまかったなぁ」 「ま、まだ余韻に浸ってやがんのか? もう放課後だぜ?」 「つーか、どこ行く気だ? 旧校舎とぜんぜん方向違いじゃねーか?」 「今日は、高台で息抜きしてから、生徒会活動をはじめるよ」 「疲れてんのか?」 「ううん。人がいなくて静かな場所へ行って、あらためて思い出すんだ。あの重箱を……」 「あのうまさを記憶に刻み込めれば、この先10日間は白米だけで生きてけるさ」 「俺様はイヤだぜ! ちゃんとメシつくってくれ!」 「ウットリしてんじゃねーよ!!」 おや? あの二人は……。 「待ってくださいよ、アゼルさ〜ん……っ」 「待つ義務はない」 「どこ行くんですか?」 「どこかだ」 「えうぅ……それじゃあ、分かりませんよ」 「ついて来るな」 意外にも高台の広場に、よく知った顔がいた。 学年が異なるのに、どういう知り合いなんだろう? スタスタと歩くアゼルを、ヨタヨタと追いかけてるロロット。歩調がまったく合ってない。 「やあ、二人とも何してるんだい?」 「呼吸」 「はーい♪ 会長さんもご一緒にどうぞ。アゼルさんとお茶会を開きましょう」 「うきうき。お菓子もあります。じいやの手作りなんです。ぱちぱち」 「人間の手は雑菌だらけだ」 「じいやの手はキレイです!」 ロ、ロロット……怒って羽が出ちゃってるよ。 「……そうなのか?」 「分かった」 「おお〜っ、やっと分かってくれましたか」 「分かったから、帰れ。そのお菓子をもって立ち去れ。お前は分かっているはずだ」 「ひえぇっ!? 私のことはいいんですよ。このお菓子はアゼルさんと一緒に食べたくて、作ってもらったんです」 「待ってくださ――」 「きぃいやぁあ!! トントロがぁ〜っ」 「ロロット! 手を切ってない? どこも痛くない?」 「私のせいなのか?」 「ひぐっ……うぐ! 私が勝手にコケちゃったんです。アゼルさんは悪くありません」 「しくしく……ぐすぐす……」 「ロロット、セロテープを貸して。修理道具をいつも持ち歩いてるよね?」 「……私もやる」 「ほ、本当ですか? きらきらきら〜」 「嘘ではない。だから羽をしまえ」 「ひうぅ……てててて天使なんかじゃありませんっ」 「泣くな。余計な水分を失うと、ゼリーの補給が大変だ」 僕とアゼルとロロットの三人は、高台の草むらに座り込み、トントロの破片をくっつけてゆく。 「くぅー、くぅー、くぅー」 「くっついた……違う……ソイツをよこせ」 「この破片だね?」 「もうすぐ直る」 泣きつかれたロロットが、アゼルの膝枕で寝息を立てている。 ロロットは許可を得たわけじゃなく、遊び疲れた幼子が突然横になって眠ってしまうように、いきなりアゼルのほうへ倒れこんだんだ。 「なぜ口角をひく?」 「な、なにかな?」 「なぜ口角を上端にひいているんだ? その動きは何かの信号か?」 「あははは、二人が微笑ましくて、つい頬がゆるんじゃってさ」 「微笑みというやつか。理解した」 「くぅー、くぅー、お菓子ぃ……くぅー、くぅー」 「お前、お菓子がとても好きだろう?」 「へ、変な聞き方をするね?」 「お前が食べろ。そして内緒にしろ」 「どうしてさ? ロロットにすすめられたのは、アゼルじゃないか?」 「私の事はいい。コイツはお前の仲間だろう? だったら、そうしろ」 「くぅー、くぅー、おんなじですねぇ……くぅー、くぅー」 「あ? え……っ!?」 「な、なんでもない。お菓子をもらうよ」 僕は咄嗟に取り繕い、ロロットがアゼルに強引に手渡したお菓子を譲り受ける。 驚きの声をあげた理由……きっと目の錯覚だ。ロロットの羽のように、ハッキリ見えたわけじゃない。 ほんの一瞬にすぎなかった。ロロットを眠らせてるアゼルの姿が、深い森の中の大きな大きな木の根方のように見えた。 巨木の緑色の苔むした力強い根張りのあいだで、葉群からもれてくる柔らかな陽光を、白い羽に踊らせながら眠る天使。 どうして、アゼルの事が、そんな風に見えてしまったんだろう? 「くぅー、くぅー、一緒に食べるんですよぉ……くぅー、くぅー」 「食べた」 そうか、だからアゼルは僕にお菓子を。 アゼルは甘いものが苦手なんだろうか? 「くぅー、くぅー、くすくす……」 トントロが元の姿に戻ったあとも、アゼルはロロットが目を覚ますまで膝枕を続けてた。 「うわ、信じられないよ!」 生徒会室に行く途中、小径の先に見知った二人の後ろ姿。 スタスタと一直線に歩くアゼルと、ぽにゃぽにゃと蛇行するさっちんが連れ合って、教会のほうへ進んでいる。 アゼルはともかく、さっちんは敬虔とはほど遠い。おおよそ馬があわない両名が、一緒に居るなんて! 僕はなんとなく、二人のあとに続いたけれど……。 「♪♪♪」 「ね、ねえ?」 午後の陽射しのなか、聖オーフェリア教会を背景にして、アゼルとさっちんは不動無言。しかも表情まで固まっている。 「」 「にらめっこじゃないよね? アゼル、さっちん何してるんだい?」 僕は二人の前に歩み寄る。 「お、お前……!」 「ひえええ〜〜っ!?」 「殺す!!」 「ち、ちょっと待って!! どうして急に、僕が殺意の対象になっちゃうの!?」 「アゼルちゃん、お顔変えちゃダメだよー」 「お前のほうこそ」 「顔つきが固定されていたとしても、既に手遅れだ。コイツがカメラの前に立ってしまった」 「え……? カメラ?」 「あああっ!!」 僕のうしろ数メートル、タイル張りの地面に上に、とても小さなオモチャがひとつ。 カメラの模様が印刷された厚紙が、四角く折られている。子供用雑誌の付録についてきそうな、日光写真機だ。 その下部には小石や小枝が敷かれており、間に合わせの三脚として、撮影に理想的な角度が設定されているのだろう。 「あははは、懐かしいね」 「むむ〜〜っ、ひと言あるよねー?」 「スミマセンでした!!」 僕は慌てて、二人のそばを離れる。 「まー、ワザとじゃないし、イイけどねー」 「よくない。あと1枚だ」 「その最後のひとつを、うまく撮ればいいんだよー」 「そうか、理解した」 「ほいじゃー、セットするねー」 さっちんは日光写真機をいじって、感光紙を入れ換える。 そうそう、たしかこんな紙だった。小さくて白い厚紙に青っぽい白黒写真が撮れるんだ。 「コレねー、ゆうべお部屋のお掃除してたら、本棚の裏から出てきたんだよー」 「えへへ〜。10年くらい前のだねー、きっとー」 「では、もう手に入らない貴重品か?」 「ううん? 今でも、ちっちゃな子たちは持ってるよ。ときどき飛鳥井神社で、撮って遊んでるのを見かけるしさ」 「僕とナナカも日光写真機で、撮影ごっこしたよ」 「えへへ〜、私もだよー」 「ついさっき教室でー、ナナちゃんと私とサリーちゃんは、アイドルっぽく撮ったのだー」 「……私は撮ってない」 「謝罪は一度でいい」 「セット完了ー」 「貸して、僕が撮るよ」 「無用だ。その代わりお前も加われ」 「教室での被写体は三名だった。ここでもそうすべきだ」 「うん、喜んでっ」 「変な理屈だよー?」 「まー、いっかー。人が多いほど写真は楽しいもんねー。ナナちゃんとサリーちゃん、お仕事で帰っちゃったのー」 「ああ、それでアゼルとさっちんの、不思議な組み合わせだったんだ」 納得しながら、僕は厚意に甘えさせてもらう。教会を背にし、アゼルとさっちんの間に立つ。 「♡♡♡」 「あのさ、日光写真は撮影に時間かかるから、ポーズを変えちゃイケナイけど、普通に喋るぶんには問題ないよ?」 「そ、そうなのか!? オイ、話が違うではないか?」 「えへ、えっへへへー、両手に花だねー、シン君ー♪」 「さっちん……アゼルに間違った説明したの、誤魔化そうとしてない?」 「ギックンチョー」 「別に構わん。会話は不要だ」 「僕は聞きたいな。どうして、この場所を選んだの?」 「アゼルちゃんが、フィーニスの塔のとこらへんか、教会の前をリクエストしたんだよー」 「高台は常に風が吹いている。そのカメラは転がってしまう」 「教会前は、そこそこ開けていて陽当りがいい。風もやわらかい」 静かな眼差しを、オモチャのカメラに向けて、アゼルが答えてくれる。必要ないと宣言したのに、自らすすんでお喋りしてる事は、ツッコむだけ野暮だろう。 「アゼルちゃんてさー、いっつも塔のほうを見てるよねー? なんでー?」 「さ、さっちんは、人のそういう仕草に目ざといよね?」 「……この教会は、塔を見るように建てられている」 「流星学園ができる前から、あるそうだよ」 「理解している。遠い遠い昔から、何も言わない塔を見ている」 「お待たせー、大成功だよー♪」 「おお……っ」 「あははは、こんなのでも案外よく撮れるんだよね。日光写真てさ」 「はいー、これはアゼルちゃんのだよー」 さっちんは、世界にたった一枚しかない僕たちの日光写真を、アゼルに贈る。 「くれるのか!?」 「アゼルちゃん、今のうちに、目に焼き付けたほうがいいよー?」 「そうだね、油断してると忘れちゃうからね」 「……? 不明瞭な会話だ」 「えっと……日光写真は、ちゃんとしたカメラで撮ったの違って、写したのが定着しないんだ」 「そうだよー、お陽さまが沈むころには真っ白に戻っちゃうのー」 「なんだと!?」 「でも、そういうもんだしねー」 「……そうか、これも消えるのか……」 「『も』?」 「もう、あなた達ったら、その写真はそんなに無意味なもんじゃないゾ?」 「ぎょっ!? い、いなり出現しないで下さい」 「はぁい、礼拝堂から忍び足で出てきたヘレナよ♡」 「やれやれ、最近の子ときたら、携帯のデジカメばかり使ってるから知らないのね」 「日光写真は、普通の現像とおなじように定着液につければ、ずっと消えないんだぜ?」 「そうなのか!?」 「さすが、りじちょーさん物知りだねー」 「フォフォフォフォ、しかも私は裏情報を持っているのだよ」 「じゃじゃーん! 司書室の奥にアナログな暗室があってね、定着液が山ほど貯蔵されてるのよん♪」 「という事は、メリロットさんの私物ですか?」 「ええ、定着をお願いしてごらんなさい。間違いなく引き受けてくれるわ」 「分かりました! 図書館へ行こう、アゼル、さっちん!」 「ほいキター」 「お、おい……」 「感謝する」 「だ〜め! 言いなおし!」 「何故だ?」 「アゼル、お礼の仕方が堅苦しいってば」 「ここは『あんがとねー』だよー」 「あ、あんがと、ねー……」 「う・ふ・ふ♡ どういたしまして、いってらっしゃーい」 僕たちは図書館へ。 司書の仕事をこえた個人的な頼みなのに、メリロットさんは快く聞きいれてくれた。 きちんと定着処理された日光写真を手に入れ、アゼルはそれを大事そうに生徒手帳にはさみ込み、ポケットの中へしまった。 秋の色をした蒼空から吹き降ろしてくる風が、気持ちいい。 キラフェスは、生徒のみんなと流星町で暮らす人たちの協力を得て、大成功のうちに終わった。 ただ、僕には心細い気色もある。アゼルは、本心から楽しんでくれたのだろうか? 「ほっとけほっとけ。アゼ公は騒ぐのが嫌いなんだろ?」 「だからこそ、アゼルを探してるんだよ。聖夜祭の意見を聞かせて欲しいんだ。ほら? クリスマスは静かなイメージがあるじゃないか?」 「だがよ、教会や高台に居なかったし、他の人気がない場所にもいねーぜ?」 「女子寮に引きこもってんじゃね? もう諦めな」 「らしくないよパッキー。いつも僕の背中を押してくれるのに、どうしてそんな事いうのさ?」 「し、知らねーよ」 パッキーの態度に首をかしげつつ、僕は飛鳥井神社へ向かう。アゼルに会える確率は低いだろうけど、あそこも静かで心安らぐ空間だ。 「いた!!」 「いるのか!?」 「ここは素晴らしい。教会とおなじく、聡明で情愛に満ちた気があふれている」 「だが主のお姿は見えない。残照なのか、それともお前が言うよう、ここにおられるのか?」 「え、ええっと……僕にはアゼルが居るって事しか、分からないよ」 「……愚問だ」 「境内で近所の子たちが遊んでる……う、うるさいかな?」 「不快ではない」 「おお、これはシン殿にアゼル殿、ようこそお参り下さいました」 「……? お前は生徒にして神官なのか?」 「はい、まだ未熟者ですが」 「学園の教会は神をいただき、この社でも神がまつられている。どちらが偽物だ?」 「両方とも本物ですぞ。信仰は数あれど、つまるところ皆おなじでしょうな」 「お前は、主のお姿を見た事があるのか?」 「ありませぬ」 「では何故、自信をもって断言する? 見てもいないのに、分かるものなのか?」 「ふむ……アゼル殿、それがしが立つこの大地は丸いですかな?」 「丸い」 「それをご自身の目で、ご覧になったと?」 「そうだ。写真で見た。だから私の目でとらえた事になる」 「それがしも、アゼル殿と一緒ですぞ」 「ぼ、僕にはついてけない話題だね」 「否、至極簡単!」 「なにが容易なものか。もし神がここに居られるとして、それではこの世界の有様はどうした事だ?」 「このままゆけば破滅は必定。それはお前が仕える神のご意志なのか?」 「当社のご祭神にかぎって言えば、滅びはありえますぞ?」 「愚かな。お前は神官の身でありながら、何を口走っている?」 「飛鳥井がまつる神は、自然の息吹が凝りて生まれし命ゆえに、自然の気の衰えはそのまま、その身にかえります」 「神のありさまは、今という時の世界の命力を映しておるにすぎませぬ」 「馬鹿な。それでは何故この場所は、これほどまでに清浄なのだ?」 「境内で遊ぶ子供たちをはじめ、参られる方々の心が澄んでおるゆえですな」 「違う。ここの綺麗な空気を吸えば、おのずと心が安らぐからだ」 「うーん、二人とも言ってる事は似てるよね?」 「確かに、ここは悪くはないが、木々が繁茂しすぎて日陰が多い。すべてを無に帰し再生すれば、もっとよくなる」 「まるで神去られるような口ぶりですぞ?」 「では、飛鳥井の神域をつくり直すとして……はて、まずは鎮守の森に何を植えられるのですかな?」 「図書館で植物の図鑑を見た。ここの木の事は理解できる。私ならカシ、シイ、コナラを植える。それが森になる」 「足りませんな」 「ア、アゼル、いけない」 「だって、流星町は海風が直にあたるんだよ? まして飛鳥井神社は丘にあるから、矢面にたってるようなもんだ」 「タブノキとか、イヌビワとか、ネズミモチとか防風林になってくれるのがないと、森が枯れちゃうってば」 「然り」 「私のやり方では駄目なのか? だが神官は簡単だと言った」 「紫央ちゃんは嘘つかないよ。ただ、アゼルが簡単な人じゃなかったんだ」 ほ、本当かな? 「ここに来てよかった。理解すべく思索する」 有言実行か、アゼルは考え込んでる面差しのまま、表参道をおりてゆく。とても声をかけられる雰囲気じゃない。 聖夜祭のことは、また日をあらためて聞こう。 「アゼル殿は、なんとも不思議な気をお持ちですな?」 「僕にそれを感じる力はないよ。アゼルと紫央ちゃんは、どっちもスゴイんだって事は分かるけどさ」 「二人とも、僕にはちっとも飲み込めない、難しいやりとりをしてたもんね」 「実はそれがしにも、サッパリ分かりませぬ」 「し、ししし紫央ちゃん?」 「アゼル殿との問答で喋ったのは、ぜんぶ母上の受け売りでしてな。いやはや、もう少しツッコまれれば、返答に窮するところでしたぞ」 「でも最後にシン殿が仰った木の部分……あそこは、それがしも了承しておりました」 「否、この町に暮らす者ならば、誰でも知っておりましょう」 「アゼルは転校生なんだ。クリスマスの頃には、もっと流星町に馴染んでるさ」 「ならば、それがしは初詣にそなえて、母上よりもっとお話を聞いてまいりますぞ」 アゼルから数分遅れて、僕も神社をあとにする。 空と海の青さ見て、ふと僕は思う。アゼルの目にも、おなじ色に見えてるのかな? さて、サリーちゃんとオデロークは、うまくやってるかな? 様子を見に行こう。 そう考えて汐汲商店街へ出かけようとしたものの、途中で足が止まる。 あの二人が頑張りはじめてから、まだ半日も経ってないじゃないか。いくらなんても心配しすぎだよ、出直そう。もっと信用しなくちゃね。 家に引き返そうとした矢先、僕と同じように妙な歩調をしてる、アゼルと出会う。軽く会釈するも、その視線はあさってを見ており、まだ僕に気付いてない。 アゼルは歩いては立ち止まり、またしばらくして歩きだす。 かのように見えて180度の方向転換。そして数メートル歩いて、再び停止。散歩にしては様子がおかしい。 「やあ、アゼル」 「お、お前こそ」 「僕はサリーちゃんとオデロークに、会おうと思ってたとこさ。でも、今日はやめておくよ」 「あの女は何をしている?」 アゼルは僕から視線を外して、あらぬ方向を……いや、すぐ横にある見星坂公園を見て、首を傾げる。 聖沙が穏やかな面差しで一人たたずみ、何かしてる。 「あら? アゼルさんに咲良クン、ごきげんよう」 「なんだ。『あの女』って、聖沙のことだったんだ?」 「ななっ!? 聞き捨てならないわね。『あの女』って誰のことかしら?」 「あなたは生徒会長なのよ? そんな品のない物言いがありますか! ふふん、人の名前も呼べないようじゃ、会長失格ね!」 「そ、その通りだけど、僕じゃなくてアゼルが言ったんだよ?」 「まあ、アゼルさんが?」 「ちょっと、咲良クン!!」 「無駄な議論だ」 「そうかなぁ?」 「そんな些細なことより……何をしている?」 「私? 落葉を拾ってるだけよ?」 「黄葉がはじまったばかりでも、風に吹かれて、気のはやい葉っぱが散ってくるわ」 「へぇー、お掃除してたんだね。僕も手伝うよ」 「清掃か。理解した」 「失敬な! 私は押し葉を作ろうとしてるんです!」 「それは何だ?」 「うーんと……見てもらったほうが、早いわね」 聖沙はポケットから、文庫本を取り出してページを開く。そこには、緑色に黄色が溶けてゆくような銀杏の押し葉が一枚、はさまれている。 「……触っていいか?」 「くすっ、もちろん」 「よかったら、どうぞ? これは去年つくったものよ。私は充分に堪能したわ」 アゼルは押し葉を手に取り、指先でヒラヒラさせる。 「堅い。何故だ?」 「押し葉だからさ。僕も時々つくってるよ。わざわざ栞を買うなんて、お金がもったいないからね」 「んなっ!? あなたと一緒に、しないでちょうだい!」 「私は毎年、黄葉した落葉をあつめて、じっくり選び抜いてるんです!」 「何故、ここで行なう? 色彩が変化した植物なら、学園にたくさんある。この公園の葉は中途半端だ」 「あ、それは僕も感じてたよ」 「そうね……たしかに高い場所にある流星学園や、飛鳥井神社のほうが先に黄葉するわ。あっという間にね」 「きっと風が当たるおかげよ。どれも綺麗な赤一色や、黄色一色」 「それにくらべて、見星坂公園はゆっくり黄葉してゆく……」 「でも、私はこっちのほうが好きなの」 「色が面白いからよ」 言いながら、聖沙は地ベタに落ちている葉っぱを拾って、アゼルと僕に手渡す。 晩夏の深緑を宿しつつ、秋を迎えて青葉から黄葉へ移ろいつつある葉っぱの、絶妙な色加減。さまざまな色が、たった一枚の落葉にあらわれてる。 「こ、これは……何色と言えばいいんだろう?」 「識別できん。不思議な色だ」 アゼルは、聖沙がそうしたように、自分で落葉を拾って確かめる。 「おなじ色合いの葉っぱが、二つとない。何故だ?」 「ごめん、答えられないや。そういうものなんだ」 「私は四季を経験した事がない。これがそうなのか?」 「コレがっていうか……コレもそうね」 「鳥が歌ったり、草木が萌えたり、季節に香りがふりまかれたり。そうしたもの全部が四季よ」 「そうか。理解し――」 「そうだ。アゼルも、今年の黄葉を押し葉にしてみたらどうかな?」 「……方法を知らん」 「分厚い本に挟んでおけば、いいだけよ?」 「できる事なら、本を何冊も重ねて、ギュゥ〜ッて押さえつけたほうがいいわね」 「待て。それでは製造中は、本が閲覧できないのか?」 「うん、そうだよ」 「……ふふ、矛盾しているな」 アゼルが微苦笑を浮かべて、落葉を何枚も拾い、僕もそれにならう。 聖沙はアゼルと勝負する気はないらしく、押し葉のコツをあれこれと教えてくれる。 完成は今月中旬かな。 教会へ向かう。 せっかく流星学園に通ってるんだ。クルセイダースで守護天使の力も借りてる事だし、たまには礼拝しなきゃね。 誰もいない礼拝堂の中央に、アゼルが佇んでいた。みんなには見せたことがない、穏やかな面持ちだ。 こ、困った。こんな涼しげなアゼルの邪魔をしたくない。 きっと、ここでこうする事が、一番のリラックスなんだろう。好奇の目で見たりせず、気付かれぬようそっと退出するには、どうすればいいんだろう。 「そ、そんな露骨に嫌な顔してないでよ」 「……何だ?」 「い、いや、僕は礼拝に来たんだ」 「ごめん、アゼルの邪魔になっちゃったね。僕、すぐ出ていくからさ」 「お前が神前に額ずくというのであれば、止める道理はない」 「ここでの暮らしは気骨が折れるが、教会の静寂は好ましい」 「そりゃ、礼拝中は喋らないけど……」 「けど、何だ?」 「発声はバッチリ! さあ、はじめるわよ」 「自主的にお稽古されるとは、さすが姉上ですな。その心意気、見習わせていただきますぞ」 「あれらは何だ?」 入口からこちらにやってくる聖沙と紫央ちゃんを見て、アゼルがあからさまに物憂げに問うてくる。 「あれは聖沙と紫央ちゃんだよ」 「知っている」 「さ、賛美歌の練習をするんじゃないかな?」 「……あれらが唄うのか?」 「あ、あれらとな?」 「ちょっと! 人を指示代名詞で呼ばないでちょうだい!」 「聖沙はこう見えても、聖歌隊の隊長なんだよ、アゼル?」 「こう見えても? それはどういう意味かしら?」 「では、聞こう」 「えっ? え、ええ、いいわよ? そういう歌だもの」 聖歌隊の面目躍如、聖沙が賛美歌を声高らかに唄いあげ、紫央ちゃんが唱和する。 アゼルが、気持ちよさそうに聞き入ってる。聖沙の歌がそれだけ素敵って事だね。 「いかがだったかしら、アゼルさん? あと、ついでに咲良クン」 「うまかった!」 「食べ物の時と、おんなじ言い方して欲しくないわよ!」 「ですが、たしかにお上手ですぞ?」 「そうとも、アゼルもそう感じてたよね?」 「し、知らん!」 「信仰というものは、心の深みに埋めておくものだ。だから、その……」 「然り。姉上は人一倍の努力をして、隊長の座につかれました」 「それ故、耐え忍んで鍛え抜かれた信仰を、切々と美しくお唄いになられるのですぞ」 「も、もう、紫央ったら」 「あ、あんなものは……」 「戯れ歌だ!!」 「グッガアアァーーーーーーーーーン!?」 「姉上!? お気をたしかにっっ」 「どけ!」 「アゼル、待って!」 走り去ったアゼルを追い、僕は教会を飛び出す。 「来るな!」 「一緒に謝りに行こうっ」 「わ、悪くはなかった。あの隊長にそう伝えておけ」 「それはアゼルが、自分で言わなきゃイケナイってば!」 アゼルは答えず、校舎の中に入ってしまった。 僕は180度針路を変えて、教会へ戻る。事情を説明するのは、はやいほどいい。 代返するのは今回だけだからね、アゼル!! 魔族たちの数が増え、次第に強くなってきた。しかも、流星学園に出没する頻度が高い。 どういうワケだろう? 高台から学園を見渡せば、何か手掛かりがつかめるかも。 「アゼルさん、チーズ」 「チーズとは乳製品の名称だ。私はチーズではない」 高台の広場では、メリロットさんがカメラを構え、アゼルを撮ろうとしていた。 「この場合の『チーズ』は、ニッコリ笑ってという事だよ」 「そうか。理解した」 「こんにちは咲良くん、いい撮影日よりですね」 「そっか、アゼルはメリロットさんと組んで、撮影会してるんだ?」 「その女が写真を撮る機械を持って、勝手に出現したにすぎん」 「撮られるのは、ご不快ですか?」 「嫌ではない」 「だが、チーズは理解したが同意はできない。作り笑顔を浮かべてしまっては、その写真は真実を写した事にならぬ」 「それも一理ありますね」 「では撮りますよ」 アゼルの目が泳いでいる。咄嗟にどこを見ればいいのか、迷ってるんだろう。 メリロットさんがシャッターボタンを押した瞬間―― レンズが外れて、ネズミのオモチャが飛び出し、アゼルのオデコにぽこんと当たる。 「冗談です」 「冗談ではない」 「ぷっ! くくく……っ、あははははは!」 「何故笑う?」 「アゼルさんは、冗談をご存知ですか?」 「理解している。冗談とは、ジョーク、駄弁、無駄口、ふざけて語る小話、こっけいな事柄だ」 「そ、それは理解じゃなくて、意味だよ。あはははははっ」 「どちらも同じだ」 「違うってば。あー、おかしいっ」 「この女の一連の行動は、冗談に該当せん。それなのに、何故お前は笑う?」 「メリロットさんの外しっぷりと、ネズミが当たって地面に落っこちてからの変な静寂と、アゼルの受け答えが面白かったんだ」 「ああ、分析したら笑いが引いちゃった……」 「絶対ウソだ」 「理解したと言っている」 「くく……メリロットさんは、今のをやるために、アゼルを追ってきたんですか?」 「イ、イケナイ。その様子を想像したら、またおかしくなってきたよ……ぷっくくく」 「そんなところです。ヘレナから、イタズラカメラを押しつけられて、処置に困っておりました」 「それで何故、私のところへ来る? お前は図書館に居たいのだろう?」 「あなたが興味深いからです」 「アゼルさんは、どうしてこちらにいらしたのですか?」 「来たいと思ったからだ」 「思うがままに思うことを為すには、後事を託せる者が必要ですよ?」 「お前にはいるのか?」 「います」 「あの理事長だろう!」 「ど、どうして怒るのさ?」 「お前があの女とどうしようが、無駄な事だ」 「皮相的には、その通りです」 「しかし、ヘレナと私は、ひとつの身体の魂と心のような間柄。私たちは元々ひとつであり、別れは関係ありません」 「私の胸のうちにあるのは、ヘレナへの気遣いばかりです。そんなせまい愛しかもてない自分を、恥ずかしく思います」 「私になんだかんだ言って、所詮お前は、あの女の陰守りにすぎぬではないか!」 「それで充分。ヘレナがいて、私ははじめて満たされるのですから」 「アゼルさん、あなたはどうですか?」 「私は私なりに、あなたの事も結構好きですよ」 アゼルが僕の顔を見る。友達として言葉を掛けたい。 だけど、二人の会話は、何か大きな主語が省略されていて、僕にはそれが見当もつかない。 「やはり笑えん」 メリロットさんが再度、イタズラカメラでアゼルを撮る。 「理解できん。その冗談は冗談ではない」 「お前、冗談を言え」 「ええっ!? い、いきなりなの?」 「お前のまわりでは、いつも人が笑っている」 「笑顔は、冗談だけで生まれる表情じゃないんだけど……ええっと……」 「『ジュース何本用意した?』『10っす』」 「『平均台って怖いよね?』『平気んだいっ』」 「なぜ笑わん?」 「笑った」 「アゼルさん。今は平行線ですが、あなたと咲良くんは、きっといつか道が交わりますよ」 「理解できん」 「くすくす、それではご忠告に従い、私は図書館に戻るとしましょう」 「お前も私を構いに来たのか?」 「ううん、ちょっと景色を眺めたくてさ」 「そうか。私とおなじだ」 「お邪魔なら出直すよ?」 「気にするな」 高台から流星学園を見渡す。アゼルは波止場やフィーニスの塔ではなく、僕に合わせて視線を動かす。 「あ、ホラホラ! プリエからさっちんが出てきたよ。歩き方に特徴あるから、すぐ分かっちゃうんだ」 「ここからは人の姿がよく見える」 「うん、だけど表情までは分からないね」 「……私はここでいい。もっと高みにのぼってしまうと、眩しすぎて姿も何も見えん」 「太陽の輝きのこと?」 「……お前はその眩さを何と見る? すべてを滅ぼす邪悪な光か、浄化しつくす神の手か」 「わ、わからないよ」 「私も、わからん」 僕はしばらくのあいだ、アゼルと並んで学園の放課後を見下ろす。 結局、魔族の動向はつかめなかった。 「ううぅ……私はどうすればいいんでしょう?」 「そんなこと言わないで教えてくださいよ。私たちの仲じゃないですか」 「大した間柄ではない」 図書館へ本を借りにきたところ、アゼルとロロットに出会った。 玄関前で何やらモメてるようだ。ロロットがアゼルの袖口を握りしめ、はなそうとしない。 「やあ、二人とも何してるの?」 「一人だ。私は閲覧室へ、写真集を見にきたにすぎん」 「しくしく、私も居ますよ」 「勝手にくっついているだけだ。はなせ」 「私だって本当は、離れたくありませんでした」 「ケンカしちゃったお友達と仲直りするには、どうすればいいんでしょう?」 「知らん。エミリナという者を連れて、さっさと帰れ」 「その連れ方が分からないんじゃないですか〜」 「どこに連れてくんだい?」 「ひえぇっ!? な、ななな何でもありません」 「う、うんうん、どうって事ないね。だから落ち着こうよ、ロロット」 「羽をしまえ」 「アゼル……! しいっ、しいぃーーーーっっ」 「て、ててて天使なんかじゃありませんっ」 「そ、そうとも! どこからどう見ても人間さ!!」 「それは違う」 「ア、アゼルってば……!」 僕とロロットから視線を逸らすためだろう、アゼルは図書館二階のテラスを仰ぐ。それでいて、決してロロットを振りほどかない。アゼルなりに気を遣ってるんだね。 「ひぐぅ……っ」 「……? ○?」 「ほえ? テストは×ばかりです」 「私もだ」 「気が合いますねっ、きらきらきら〜♪」 「いや、それはちょっと……」 「だ」 アゼルは図書館の二階を、外壁を見据えたままだ。 「あっ、そうか! アゼル、君もマークを見つけたんだね」 「そうだ。アレは何だ?」 「図書館と校舎は古い建物だよね? 改修は何度もされてるけど、なるべく昔の部材を生かしてるんだ」 「あのマークは、耐火レンガを作ったメーカーの刻印だよ」 「くわわっ! 私には見えませんよ? そこらへんのレンガは、ザラザラのまっ平らです」 「すべてにあるわけじゃないよ」 「うーん、模様にしないためだろうね。何百個にひとつくらいの控えめな割合で、まぎれ込んでるんだ」 「あっちの隅にもある、◎だ」 「へぇー! すごいや、それは僕、発見できなかった」 「何故マークが複数ある?」 「色んなメーカーのレンガが使われててさ、全部で何種類あるか分からないんだよ」 「入学したての頃、友達と一緒にさがしてまわって、遊んだっけ」 「お友達……」 「わ、私も見つけてみせます!」 「あ、あれ? 袖口をはなしちゃったね」 「会長さん、向こうの窓の下にありました! 『疎』って文字のマークです!」 「は、羽が……」 「おっほん! そのレンガは結構多いよ。隣町の疎水用に焼かれて、余ったのが流用されてるんだろうね」 「◇だ。右から二番目の円窓の、左横にある」 「うむむむ、私はもっと珍しいの見つけてきます。ごごごごごっ」 「真正面のやや右下……*のマークがある」 「ア、アゼルは目がいいんだね?」 「会長さん、会長さん♪」 ああ、またまた羽が……。 「大発見です。変なのがありました。『所鉄製イセウユリ』ってなんですか?」 「それは反対から読むんだ。リュウセイ製鉄所だよ」 「なるほどぉ〜! そう言えば、大昔の字は逆から読むんだって、副会長さんが言ってました」 「うん……? ちょっと待って。アゼルが見つけるのは、記号のマークばっかりだよね?」 「会長さん、ここの文字はむずしいんです。読めるようになるまで、時間がかかっちゃいます」 「し、知っている!」 「そこ、五!」 「あっち、六!」 「ハワァアア!? 怒りながら、すこしでも知ってる漢数字のマークを、指さしてますよっ」 「ロ、ロロット……火に油をそそぐような言い方は、止めようってば」 「……怒っていない」 「はーい♪ 宝探しみたいで楽しいです」 「そうだ。理解できる」 「待て、逃げるな」 「ふえ〜?」 「私はお前に助言を与えられん。だが逃避に手を貸す気は毛頭ない」 「こんな無駄な真似をする暇があれば、エミリナのところへゆけ」 「む、無駄じゃないのですよ」 「いつかエミリナと一緒に来て、マークの探しっこして遊ぶんです……土日は生徒じゃない人も、図書館を使えますから」 「だが人前で羽は出すな」 「ひーん!? だ、だだだ出してませーんっ」 「あはははは」 「ごめんよ」 「天使の輪をもつアゼルが、ロロットに言い聞きかせてるのが、なんだか微笑ましかったんだ」 「輪? そんなものはない」 「髪の毛の艶の事だよ。よく手入れしてるんだ? サラサラで綺麗だもんね」 「『天使の輪』とは比喩か?」 「そうだよ?」 「くすくす、いま天使が通りましたね」 「違う。走っていた」 「はわわわわっ!?」 「お、お喋りしてて、いきなりシーンってなる時があるじゃないですか?」 「この世界では、あの静かなのを『天使が通る』って言うんです。えっへん!」 「よき表現だ。知らなかった」 「アゼルさんに教えてもらった、お返しですよ」 「私は何も教示してない」 「いいんです。にっこり」 「それじゃ私は、行ってきますね♪」 「ロロット、なるべく急いだ方がいいよ」 「どんなに焼き上がりがしっかりしてるレンガでも、雨風にさらされてマークは消えてゆくからね」 「が、頑張りますっ」 ロロットが去ったあと、アゼルと僕はもうちょっとだけマークを探して、それから館内へ入った。 ……細かく指摘すると、ロロットが言った『天使が通る』は間違ってる。この言葉は大勢で雑談中に、期せずして訪れる静寂をあらわす。 アゼルと僕の沈黙は、それではなかった。 だけど、こんなツッコミは無粋だろう。 近ごろ魔族の数が増えて、どういうわけか夜間にプリエで目撃される事が多い。念のため、様子を見てこよう。 「あ、あれ!?」 放課後のプリエに、耳慣れた明るい談笑はなかった。いつもなら、大勢の生徒がお茶を楽しんでる時間帯なのに、誰もいない。 「うふふ。よぉ〜く見てなさいよ、アゼルちゃん?」 「わかった。見ている」 配膳口に最も近いテーブルのそばで、アゼルとヘレナさんが立っていた。 テーブルにはジュースの小瓶が、何本も並べられている。どれも栓が開けられておらず、未開封……二人であんなにたくさん飲むんだろうか? 「シュウッ」 ヘレナさんの繊手が一閃。次の瞬間、小瓶がまっぷたつに割れて、ジュースが吹きこぼれる。 「す、すごい技だけど、もったいない」 「違う。すべて賞味期限が切れた品だ」 「はぁい、シンちゃん♡ お手伝いに来てくれたの?」 「シャウッ」 「う、うん、僕にはこんな必殺技、とても真似できないや」 「違う。無意味だと言っている」 「私は王冠を外す方法を尋ねた。この理事長は単に割っているにすぎん」 「あらん? こうすれば何かの拍子に、スポンッて抜ける事があるのよ?」 「えっと……栓抜きを使えば、いいだけなんじゃ?」 「……不要だ」 アゼルがテーブルに視線を落す。 よく見ると、既に栓抜きが置かれ、そのまわりには歪んだ王冠が何個も転がっている。 プリエを含めて、流星学園に設置されている清涼飲料水の自販機は、紙コップタイプと、小瓶タイプの二種類だ。一般に普及している缶タイプは、一台もない。 缶ビールより、瓶ビールのほうが美味しいでしょ! だから、生徒が飲むジュースも瓶にすべし! それがヘレナさんの方針だ。 「もう一度だ」 「失敗だ」 「うまく外れたよ? 成功じゃないか?」 「駄目だ。王冠が歪んでしまった」 「あ……ああっ、そうだったのか!!」 アゼルの目的は分からないものの、僕は合点がゆく。綺麗な王冠を集めようとしてるんだ。 父さんや母さんが、僕くらいの年齢だったころ、町中に瓶ジュースの自販機が、普通に設置されていたそうだ。 そして子供心から、いろんな銘柄の王冠を収集したという。 流星学園にある自販機は、マイナーメーカーのものが多い。今のご時世、かたくなに瓶ジュースを製造してれば、そうなっちゃうんだろう。 そのおかげか、色々と面白い絵柄の王冠が散見される。 「ねえアゼル、この小瓶は当たりクジ付きだよ」 「クジだと? それは何だ?」 「缶ジュースの自販機で、電子ルーレットの当たりアタリ付きのがあるだろ? アレの瓶バージョンだよ。いや、瓶のほうが元祖なのかも」 「王冠の裏にシールが貼ってあってさ、めくるまで当たりかハズレか分からないんだ」 「ええ、ワクワク感があるって点では、こっちのほうが優れてるわ」 「そうか、理解した。当たれば喜びそうだ」 「変な言い方だね、自分のことなのに?」 「じゃあ、誰だい?」 「フォフォフォフォ、私たちのまわりにいる女子で、こういう変な物を集めてるのは誰かね?」 「あ、ロロット――」 ロロットは最近、落ち込んでいる。 アゼルはアゼルのやりかたで、精一杯、ロロットを元気づけようとしてるんだね。 「おい理事長、酒を注文して、その王冠を私によこせ」 「残念♪ お酒は断ってるのよ」 「ば、馬鹿な!? ヘレナさんが……!!」 「願掛けなさってるんですか?」 「んもう、心掛けよ」 「あっ、そうそう、アゼルちゃんは願を掛けられるほうよね?」 「……知らんと言っている」 「これはコインよ」 唐突に、どこからともなく硬貨が三枚飛来し、テーブルに突き刺さる。 「くすっ、民子ちゃんね。でも、どういう意味かしら?」 「うーんと……?」 「そうだ、幼い頃に、父さんから教えてもらいました。コインを添えて栓抜きを使うと、王冠は曲がらないんです」 「本当か?」 「じゃじゃーん! 完璧だわ。さすが民子ちゃんねっ♪」 『どういたしまして、ヘレナ』と記された矢文が、テーブルに命中する。 「めでたいわ! さっそく、お酒を頼まなくっちゃ! メリロットを誘って祝杯よ!」 「あ、あの、禁酒してるんじゃ?」 「半日も我慢したのよん? もう充分だわん♡ シンちゃんとアゼルちゃんにも、ウソシャンパンをご馳走するわね♪」 アゼルはヘレナさんに構わず、黙々と王冠を外してゆく。 頬を緩めていたアゼルが、不意に真面目な顔をして僕を呼ぶ。 しまった……! ジロジロ見られちゃ、不機嫌になって当たり前だ。 「流星町には瓶の自販機がない。何故だ?」 「ううん、一昔前はあったんだ。その頃の写真集とかがあれば、きっとうつってると思うよ?」 「そうか。見てみよう」 「っ!?」 アゼルは、裏面にアタリと描かれた王冠を、こっそりと自分のポケットにしまい込んだ。 僕は愉快な驚きの声を我慢し、見てみぬフリをする。 アゼルにとってアタリの王冠は、ロロットへの想いと今日の出来事を思い出す、よすがとなるはずだから。 ただ困ったことに、守護天使の霊力とその技を鍛えるには、どうすればいいのか? 今のところ分からない。 てっとりばやくて確実な方法は実戦経験を積むことだけど、それでは危険が大きすぎる。 まずは普通の運動部とおなじく、筋力トレーニングをはじめよう。素体となる僕たち自身が強くなれば、きっと変身後の能力に反映されるはずだ。 「で、スポーツの本を借りに図書館へ来たわけだが……」 「邪魔だ」 「世界はこんなに広いのに、いきなり接近戦ですか?」 「通せ」 「駄目です」 大判本を何冊も抱えたアゼルが図書館前から去ろうと右往左往し、その都度メリロットさんに阻止されている。 「イヤです」 「すでに帰っております。この図書館が私の寓居です」 「や、やっぱりそうだったんだ!?」 「おや、咲良くん、こんにちは」 「あの、メリロットさん? どうしてアゼルを通せんぼしてるんですか?」 「規定数より多くの本を、持ち出そうとしているからです」 「あ……うん、たしかに」 「アゼルさん、半分置いていって下さい。一度にそんなにたくさん、読書する必要はありません」 「私は読まん。ただ本の中の写真を見るにすぎん。したがって読書規約に抵触はしない」 「見たいものは見たい。すべてが見たい」 アゼルは真剣な目つきで、ものすごい屁理屈を述べる。 「私には信念がある、だからどんな風にもなびいたりはしない。お前はどうだ?」 「いい言葉ですが、使いどころを間違っていますね」 「お前は微笑している。私で遊んでいるな?」 「あなたの表情には恩讐が隠れています。私と遊びませんか?」 アゼルが言う通り、メリロットさんは楽しそうだ。 図書館司書として、みんなに厳しく優しい人だけれど、言い換えれば職務上、特定個人に対して情愛をかけたりしない。 それなのに、これは一体どうした事だろう? 「行かせなければ、殺す!」 「行ったら、超殺す」 「おい、お前。この女を何とかしろ」 「ぼ、僕が!?」 「無理だよ、口喧嘩はケーススタディだもの。年下の僕たちが、メリロットさんを言い負かすなんて、逆立ちしたって不可能だってば」 「咲良くん、あなたは生徒会長であり、権限を有します」 「……認められません。生徒会長だからこそ、アゼル一人を特別待遇しちゃいけないんです」 「私には、お前の助けなど必要ない」 「いま求めたじゃないか?」 「アゼルさん、流星学園に通う者の最重要課題は、自由と責任を守ることにあります」 「勉学・部活・個人行動などすべてにおいて。それがヘレナの定めた基本理念です」 「勝手に決めた事だろう」 「その信念を持たず真実を正視できないのなら、あなたはその制服を着て図書カードを持つ資格がありません」 「カ、カードを? では、一冊も借りられなくなってしまうのか?」 「うーんと、それじゃメリロットさん、僕の自由でこうしますね」 アゼルが抱えている本を、僕は半分取り上げる。 すべて写真集だ。それも世界遺産や景勝地のものじゃなくて、流星町の家並みや路地裏、人々の日常の生活を写したものばかり。 「何をする!?」 「そっか、アゼルは留学生だもんね。みんなの事を学ぼうとしてるのか〜」 「そんなところだ。だから返せ」 「ちょっと待ってね」 「アゼルが上限いっぱいの冊数を借りて、それでも足りない残りの本は僕が借ります。それで、どうでしょう?」 「何の問題もありません」 「ただし、咲良くん名義で貸し出した書籍は、咲良くんの責任において返却してください」 「それでは図書カードを――」 メリロットさんは僕から図書カードを受け取ると、その場で、裏面の貸出表に書名を記入してゆく。 「なんなんだ、お前……お前たちは?」 「図書館司書です」 「生徒会長だよ?」 「知っている! はやく手続きを済ませろ!」 「いま終わります」 「本は素晴らしく、知識は素敵なものです。しかし、それだけでは足りない事もありますよ?」 「信ずれば全ては真、疑えば全ては模糊の混沌。なにが現でなにが虚夢か、決めるのはあなたです」 「だが……この世界とは、それほどまでに不安定なものなのか?」 「人の数だけ世界があるのです」 「疑うことのみを知力と思い込み、信ずるべきも信じず、あるものをないと否定すれば、残るのは迷いの闇だけですよ?」 「う、うるさいと言っている!」 「咲良くん、図書カードをお返しします」 アゼルが女子寮へ向かって、一直線に駆けてゆく。 「もし彼女が転倒して、書籍が傷つけば……咲良くん、分かっていますか?」 「ぐ……っ! ア、アゼル待って!!」 「寮の自室で読むんだね、玄関まで本を運ぶよ」 「感謝はしない。私はお前に頼んでないからな」 「別にいいよ、これくらい。ただ……」 「どうして閲覧室を利用しないの? 図書館内なら何冊だって見放題なのに」 「……お前は知らないのか?」 「私があそこで写真集や画集を見ていると、あの女は肉薄して語りかけてくる」 「まさか……図書館は私語厳禁だよ? あっ! 本の内容を解説してくれてるのかな?」 「あの女は喋り続ける、ボソボソと小さな声で、途切れることなく次々と」 「だから私は口を挟めず、次から次へとボソボソと、催眠術のように途切れることなく喋り続ける」 「さらにだんだん眠たくなってきて、あの女はボソボソと小さな声で、口を挟めず次々と――」 メリロットさんが生徒にそんな真似をするなんて、信じられない。 さらに信じられないのは、アゼルが僕に愚痴をこぼしてる事だ。たとえ不平不満であれ、アゼルと僕はコミュニケーションをとっている。 ひょっとして、僕たちがこうなる事を望んで、メリロットさんはわざと、信じられない真似を生徒に、アゼルが愚痴をこぼして、コミュニケーションをとっている。 不平不満であれ、信じられないのは僕たちが―― ああまずい、感染しちゃった! 僕まで言葉がおかしくなっている! スポーツの本は、改めて借りにゆこう。 魔族が強くなってきた。 撃退するにせよ、平和的に事をすませるにせよ、僕たちクルセイダースも対等な力が必要だ。強くなるために、トレーニングしなきゃ! 訓練できそうな場所をさがして、僕は日曜日の学園内を散策する。 「……? お前は何をしている?」 「うちは詩集を読んでます」 中庭でアゼルと御陵先輩に出会った。 アゼルは大判の写真集を片手に小首を傾げて、噴水縁に腰かけた御陵先輩を見つめている。 「書物とは、屋内で閲覧するものではないのか?」 「アゼル? お陽様のもとで読書しても、全然構わないんだよ?」 「あれま会長はん、ごきげんよろしゅう」 「何故お前が解答を知っている? あの司書は、そんなこと言ってなかった」 アゼルが今度は僕に聞いてくる。 「ええっと……本の読みかたに、これという正解はないんだけど……」 「アゼルはんは、メリロットはんの事を言うてはるん?」 「そら世俗から離れとったら、一般常識に疎なってしまいますさかい。衆生と一緒に暮らさんと、衆生の気持ちは分からへんわ」 「ほんなら、うちと一緒に読んでみぃひん?」 「私は踏査中だ」 「まあ、そう言いなさんな。大きい写真集、持ってはるんやないの? 図書館で借りたんやろ?」 「御陵先輩は、読書しに学園へ?」 「ホンマはリーアに会いに来てんねん」 「そやけど、生徒会室でなんや難しい顔してはるし、邪魔できまへん。素直に退散やわ」 「うちは会長はんやリーアと、しょっちゅうお喋りしとるんやけど、アゼルはんとはお話した事ありまへんし」 素っ気ない返事。という事は、アゼルは偶然ここを通りかかり、御陵先輩に声を掛けたのだろう。 「要らん言うたら……アゼルはんは、いっつもプリエでお冷や飲んではりますし。あんまりお水ばっかりとっとったら、お腹壊してまうえ?」 「半分は水分の補給だ。もう半分は売り切れで仕方なくだ」 「ヴァンダインゼリーのこと?」 「そうだ。あそこはすぐに在庫が切れて、非効率的だ」 「たしかに、けったいやね。売り物はあんまり仕入れんと、試供品配ったりしてはりますし」 「試供品とは何だ?」 「お客さんなんかに無料で渡す、新製品のサンプルとかだよ」 「そうそう、アゼルはんコレどないどすか?」 御陵先輩は、ポケットからヴァンダインゼリーを二つ取り出す。 「っっっ!!」 め、目の色が変わった……。 「ぎょーさんもらいましてな。うちはもう味わいましたし、アゼルはんも食べてみぃひん?」 言いながら、アゼルは御陵先輩の手からゼリーをふんだくる。 「アゼル、お礼言わなきゃ」 「か、感謝する」 アゼルは、お腹が空いてたんだろうか? はやくもひとつを開封してゼリーを吸う。 「ん……甘い」 「新製品の、ヴァンダインポリフェノールゼリー・干しぶどう味やよ」 「ふ、ふたつ、いっぺんに……」 「ん……渋い」 「ヴァンダイン軟骨ゼリー・ぶどう柿味やよ」 「そうか。色と味は理解した」 「……? パッケージに書いてあるじゃないか?」 「ゼリーの味はパッケージの色で識別可能だ。特に文字を学ぶ必要性はない」 「あ、ごめん。留学してきたばかりだもんね」 「……読めないという事はない。理解しがたいにすぎん」 「アゼルはんは、ここの字ぃに馴染めてませんの?」 「……この世界の言語はさほど難しくないが、文字と文章は無意味なまでに複雑怪奇だ」 「だけどエライよ、僕たちと、ちゃんとコミュニケーションが取れてるじゃないか?」 「僕なんて、こないだ通学路で、外人さんに道を尋ねられてさ」 「『波止場はどこですか?』と質問されたのは分かったんだ。そして、僕はその答えを知ってる」 「それなのに、頭の中って必死に文章を組み立てちゃって、しかもそれがまとまらない」 「結局、咄嗟に口から出たのは『ディス・ウェイ!』のひと言だけだった」 「とにかく、道をまっすぐ行けばよかったから、何度もブンブン指さして『ディス・ウェイ!』『ディス・ウェイ!』『ディス・ウェイ!』」 「まわりから見れば、僕の応対は滑稽だったろうね」 「ちゃんと答えられたんやから、立派やありまへんの? うちなんか、もっと間抜けやったんよ?」 「海外の子と文通しよ思て、丁寧な長文で英語のお手紙だしたら、ごっつい流暢な返信がきよってね」 「なに書かれてはるんや、ちっとも分からへんかって、返事書かんとソレっきりにしてもぉたわ」 「そうか。理解できる」 「アゼルはんは、目ぇで見て分かるように、写真集借りたん?」 「……少し、違う」 「ちょっと見せてもろても構いまへんか?」 「も、ものすごい勢いで流し読みするんですね」 「はい、返すわ。ええ写真集やね」 「何故わかる? お前はほんの数秒見たにすぎん」 「たしかにうちは、ちょろっとしか読んでへんけど、その本は最小限の注釈しか付いてへんよ?」 「では悪い写真集なのか?」 「ちゃうんちゃう? 意図的に少のぉしてはるんやろ」 「見る者にそれぞれ思い出があったら、その注釈は心の中でナンボでも膨らみますえ?」 「アゼルはん? 時間かかっても構いまへんし、自分のペースで読んでいったほうがええよ?」 「読むための適切な処置が、分からん」 「まずもって、アイウエオ・カキクケコという50音が無駄だ」 「母音と子音の規則性と法則は認めるが、単なる文字の羅列であり意味が見いだせん」 「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔いもせすん」 「言葉遊びだよ。昔の国語で――」 「待て。いま理解する……イロハ……」 「それは50音だ。しかも意味ある歌だ」 「アゼルはんは、頭のええお子やないの?」 「他にもありますえ?」 「聞かせろ」 「まあ、座りなはれ」 「座る」 「ほな、会長はん?」 「あ、はい。僕は生徒会室へ行きます。リア先輩の悩みを解決しなきゃ! それに――」 僕は視線で挨拶を交わし、二人の妨げにならないよう、そっと噴水からはなれる。 それに……うまい! 御陵先輩はアゼルと喋りたがってて、見事にそれを達成しましたね。 「天地星空 山川峰谷 雲霧室苔 人犬上末 硫黄猿生ふせよ 榎の枝を慣れゐて」 「……さっきと異なるが、意味がある」 「やはり50音だ。しかも世界を示す言葉だ」 できる事ならアゼルの隣で拝聴したいけれど、僕は旧校舎へ向かう。 海から渡ってくる風に、草木がサワサワと鳴っている。ゆたかな葉群に囲まれた高台の広場。 「うん、この海風が吹く頃は……そろそろだね」 「なんの時期だ?」 「あ……!!」 「ほ……っ、なんだお前か」 「やあ、誰かと待ち合わせしてるの?」 「わ、私はロロットなど待ってはいない!」 「ロロットはアゼルと友達になりたがってて、お菓子を片手によく会いに来てたよね? そして、一緒にお喋りしてたじゃないか」 「違う。私は一方的に追跡されたにすぎん」 「う、うーんと、友達になれた後も、今まで通り仲良くしてていいんだよ?」 「違うと言っている」 「ロロットは仲間と疎遠となり、復縁する方法を模索していた」 「だが先程、無事に仲直りできたと報告に来た」 エミリナの事かな? 「いまロロットが私に会いに来れば、それは関係が再び壊れてしまった事を意味する」 ほっこりとした想いが気持ちいい。アゼルはアゼルなりに、ロロットの事を気遣ってるんだね。 「ねえ、ロロットはその子を連れて、アゼルを誘いに来るかも知れないよ? 友達は多いほどいいじゃないか」 「……ロロットを呼んでこようか?」 「じゃあ、アゼルはここで何をしてるのさ?」 「うるさいと言っている」 「私はこれよりこの場で、ヴァンダインゼリーの吸引を開始する」 「あ、ああ、いつも食べてる好物のゼリーだね?」 「そうだが違う。特に好きではない。合理的な栄養摂取のためだ」 「食事中、私の口は塞がるからお前との会話は成立しない」 アゼルは半分も吸わないうちに、ゼリーから口を放す。息継ぎではないようだ。 「こういう精神状態の時に食事をすれば、いつもより美味しいと聞いた」 「だが同じ味だ」 「単に食べ飽きてるんじゃなかな? ずっと同じゼリーなんだしさ」 「ありえん、同じではない」 「ヴァンダインビタミンゼリー・グレープ味、ヴァンダインファイバーゼリー・マスカット味」 「ヴァンダインエネルギーゼリー・赤ぶどう味、ヴァンダインコラーゲンゼリー・白ぶどう味、ヴァンダインミネラルゼリー・種なしブドウ味」 「これほど豊富な種類があれば、飽きる事はない」 「ゼリーはゼリーじゃないか」 「それより木苺なんてどう? 今時分、このあたりに成ってるんだよ」 「キイチゴとは何だ?」 「説明するより、食べてもらったほうが、てっとりばやいかな」 「このへんに……あった!」 「その小さな球状物体が不規則に結合している赤いものが、美味しいという事なのか?」 「ちょっと誤解があるような……形や色は関係ないんだ」 「木苺はいろんな種類があるから、季節によっては黄色いのが成ったりするしね」 「小さな球状物体が不規則に結合している赤いものと黄色いものが、美味しいという事なのか?」 「うまいかどうか、食べれば分かるよ。ほらっ、ア〜ンして」 「じ、自分で食べられる!」 「ぱくっ」 「ん……んん? これが美味しい……という感覚なのか?」 「僕には答えられないよ。好みは人それぞれさ」 「もっと多く食べて検証したい。キイチゴはどこだ?」 「ええーと……慌てないで、地道に探さなきゃ」 知る人ぞ知るスポットだ。すでに何人か生徒が訪れた後らしく、周辺は木の根と葉が覆う古道のようになっている。 「あっちの藪にいけば、たくさん成ってるけど、木苺の幹にトゲが多くて危険なんだ」 「わかった。あっちか」 「だから、危ないんだってば!」 「トゲに注意すれば問題ない」 「ど、どうしてトントロが、こんなところに!?」 「そういえば、さっきロロットが置いて行った」 「トントロを手放すなんて、信じられないよ!」 「一時的な事だ」 「仲直りの記念に、両手いっぱいに赤いものを摘むと宣言して、藪の中へはいって行った」 藪の中から、セロテープをくくり付けた矢が飛来し、地面に突き刺さる。 ロロットは安全だろう。リースリングさんがついていれば、トゲで怪我する事は絶対にない。 「な、直そうか。このあたりの木苺を食べながらさ」 「……了解した」 トントロが元の形に復元されるまで、アゼルは10個以上の木苺を食べた。 ただ、うまいか否かは、自信が持てなかったらしい。 さて、買い物にでも行こうかな。 ア、アゼル!? まさか汐汲商店街で会えるなんて思わなかった。 「やあ、アゼ――」 「なんとアゼル嬢! このような場所で邂逅するとは、まさにありうべからずな希少な機会」 この人って確か、キラフェスで不審者扱いされてたメルファスとか言う人だ。 「本意ではない。プリエのゼリーが売り切れていた」 「ああ、それでここまで買いに来たんだね?」 「渋々だ」 「アゼル、顔色が良くないよ?」 「大丈夫だ、気の病にすぎん。私は人混みを好まん」 「いえいえ、根はもっと深いでしょう?」 「アゼル嬢。このままでは、貴女は妹背の君になれません」 「そんなものに、なる気はない」 「お芋さん?」 「初めまして。私、薔薇の似合う男メルファスと申します」 「あ、どうもご丁寧に。僕は、流星学園の生徒会長、咲良シンです」 「ちなみにお芋さんではなく、お嫁さんの事ですよ」 「なる気はないと言っている」 「おお、その冷たい挙措で、私の恋の熱病を癒してください。アゼル嬢の抱擁を、ずっと待ちわびております」 「一生待っていろ」 「誓いましょう。外見のみで、貴女をお慕いしているのでありません」 「オイ、なぜ私の胸部を見てうなずく?」 「もう一度言います」 「言わない方が良いと思いますが」 「ろくに内面を見ようとせず、ただ上っ面の印象のみで判断するのは誤りです」 「それらは幾多のいつわりにすぎません」 「……? なんだか違和感があるような」 「しかしそんな私の心を、みんなは好んで軽蔑します」 「違う。その回りくどさが嫌いだ」 「ならばハッキリ言いましょう! 貴女をたとえるなら、そう! それは美しい夏の日!」 「文脈がつながってない」 「なのに今は真冬の曇天。おお、アゼル嬢! 貴女は友に恵まれれば、才を発揮できるのに!」 「何を言う! まるで運まかせではないか。私は遠慮しておく」 「ですが、まず受け入れなければ。それが貴女なのですから」 「えっと……メルファスさん、もしかして口説いてるんですか?」 「こいつは私に求愛してなどいない」 「ふふっ、伝わっていますね。安心しましたよ」 「それではまた、いつか、どこかで!」 「やっと行ったか……」 「ア、アゼル! 具合悪いの? 真っ青じゃないか!」 「気疲れしたにすぎん。休めば治る」 「だけど、いなみ屋のタイムセールはもうすぐだよ? 特売品のゼリーを買いに行くんだよね?」 「あそこは流星町のオバちゃんたちが群がって、争奪戦になるんだ。体調が悪いときに挑んだら、とても品物ゲットできないってば」 「そ、そうなのか?」 「ついでだし、僕が買ってくるよ」 「う……わ、忘れるな!」 「うん? ゼリー以外にも買うものがあるんだね」 「私は頼んでない。お前が勝手にやる事だ」 言いながら、アゼル震える手で、僕に500円玉を手渡してくれた。 「ありがとう。柔軟性と反射神経を鍛えるには、もってこいの場さ」 「いってきます、アゼルはここで待っててね」 対魔族戦に匹敵する、厳しい特売セールから生還し、僕はアゼルのもとにヴァンダインゼリーを持って帰った。 その後、アゼルの身体の調子が気になって、僕は女子寮まで強引に荷物持ち。 アゼルは終始無言だった。 「ねえ、アゼル」 「私に用か?」 「うん、ちょっとさ――」 「まだ何も言ってないでしょ!」 「僕は油断しちゃって忘れてたんだけど、来週はテストだよ? ちゃんと対策たてて勉強してる?」 「い、要る要らないじゃなくて、生徒はみんな、受けなきゃイケナイんだってば」 「良かったら一緒にテスト勉強しないかい?」 「ヴァンダインゼリーもあるよっ」 「ぢゃん♪」 「ダメですぜ旦那ー? そんな露骨にモノで釣ったりしちゃー」 「私は、どうしてもナナちゃん誘いたいとき、うどんアイスとかソバアイスを持ってくるんだよー」 「いや、ソレ僕と変わらないってば」 「ちなみに、ショッパイ味なのだー」 「どうでもいい。私は空腹ではない」 「お腹が空いてれば、いいの?」 「おい、お前」 「私ー?」 「しゅーん」 「お前が私の疑問に答えられたら、勉強してもいい」 「図書館で色んな本を読んで、この世界について調べた。意外にも真理をついたものが多かった」 「人は何が正しいのか理解しているし、どうすればいいのかも理解しているのだろう」 「それなのに何故、行ってはいけないと分かっている道を歩いてゆくのだ?」 「あう〜、むずかしくって頭が痛いよ〜」 「問いかけが漠然としてて大きすぎるけど……そういう方向を、歩かなきゃならない時もあるんだよ」 「うーんと、たとえばアゼルは今日、寮から歩いてきたよね?」 「私、さりげなくスルーされちゃってるよー」 「整備された小径を歩いて、昇降口の階段をのぼって、教室に入って自分の席に座って――」 「当たり前だと言っている」 「だけどさ、極端なこと言っちゃえば、あんな綺麗な道は要らないさ」 「アゼルの靴が踏む部分だけを整備してれば、あとは石コロが転がってたり、雑草がのび放題でも構わない」 「階段の手摺りなんて使わないし、あんなに広い幅も無駄じゃないか。アゼルの身体の分あればいいんだ」 「それは無駄ではない」 「私は小径の地面すべてを踏破せんが、舗装は必要だ。昇降口の手摺りと空間の広さも有用だ」 「そう、その通りだよ」 「ええっと……だから僕が言いたいのは……う、うーん、うまく言えないや」 「考えたら頭が痛くなってきた。勉強はまた明日だ」 「ありゃまー? アゼルちゃんて、お腹いっぱいでも、心はカラッポだねー」 「さっちん?」 「オマケに甘いときたもんだー」 「アゼルは辛いよ」 「いやいやいやいや? 明日になったら、明日の自分にとって明日は今日だから、明日じゃないんだよー」 「ええっと……」 さっちんが自分では理解してるんだろうけど、他人にはチンプンカンプンな言葉で説明をはじめる。 「だからー、明日になったら、明後日が明日の明日になっちゃって、お勉強する予定の明日は永遠にこないんだよー」 「つまりー、明後日になったら、明々後日が明後日の明日になるわけでー、やっぱり明日っていう日は――」 「あ、あああ頭が痛くなってきた……!」 昨日の勉強会のおかげで、遅まきながら頭のエンジンが掛かってきた。 明日はテスト本番だ! 「だからって、日曜の生徒会室へ、自習しに行くこたぁねーぜ?」 「いい意味での緊張感が欲しいんだよ」 「僕ん家でテスト勉強してると、昨日の楽しさばっかり思い出しちゃうんだ」 「まあ、止めねーが……俺様は、いまからしばらくタダのヌイグルミだぜ?」 「……? いいけど?」 ひょっとしたら、先客が居るかもしれない。勉強しに来るとすれば、聖沙だろう。そう想像してたのに、意外にもアゼルとロロットに出会った。 「おや、会長さん。こんにちわです」 「誰か来そうだから、嫌だったんだ……」 「やあ、二人ともテスト勉強かい?」 「えっへん! 私はアゼルさんに報告してたんですよ!」 「既に理解した。散々か聞かされた」 「こういうのは、何度言ってもいいんですよ」 「内容によるよ。素敵な事なら、いっぱい話したいものだからね」 「いい事ですよ、キラキラキラ〜」 「私、お友達とケンカしてたんですが、おかげさまで無事に仲直りできました」 「それは素晴らしいや。おめでとう!」 「はいっ♪ アゼルさんにも心配かけちゃって、申し訳ありませんでした」 「し、心配などしていない!」 「わざわざこんな場所へ連れ込んで、用件はその吉報のみか?」 アゼルの言うことは、もっともだ。どうして、ここに来たんだろう? 「うきうき。実は生徒会室に来たワケはですね――」 「はうっ!! あ、ありますよ〜っ」 「ないと言っている。お前たちの関係は修復された。だから、すみやかに帰れ!」 アゼルが出ていくんじゃなくて、ロロットに帰るように言ってる? なんだか変な感じだ。 「ドキドキ……仲直りの記念に、この世界で大昔から伝わってるという『神の味噌汁』をつくるんですよ♪」 「……そんなものがあるのか!?」 興味津々に身を乗り出したアゼルとは対照的に、僕はロロットの誤った知識を脳内で分析する。 うーん、コトワザの間違いなら、すぐに分かるんだけどな……。 「生徒会室には簡易コンロがあるんです、一緒に作りましょう、アゼルさん」 「この件に関しては、同意せざるを得ん」 「で、どうやって作る?」 「わかりませんっ」 「……やはり帰れ!」 「うーん、うーん」 「流星町は海辺の町です。昼あげって言って、日中にとれたお魚さんとか売られてて、新鮮なんですよ」 「私の想像では、『神の味噌汁』は昼あげの海産物をふんだんに使った、美味しいお味噌汁です。間違いありません」 「うーん。あ……ああっ!? ち、ちょっと待てよ! それは『神のみぞ知る』の聞き違――」 い、今……外からリースリングさんに狙われた……。 「お前、味噌汁とやらの調理方法は、熟知しているな?」 「自炊の基本だから心得てるけど……どうして、知ってること前提で聞いてくるの?」 「それではお味噌と具材の買い出しに、出発進行ー♪」 ロロットを中心に、僕たちは『神の味噌汁』を作る事になった。 ふと見ると、下ごしらえを終え、手持ち無沙汰になったのか、アゼルは本棚に並んでいる歴代生徒会のアルバムを開いている。 「おんなじ生徒会室でも、雰囲気が違うよね? その代ごとの、みんなの性格があらわれてるんだよ」 僕はアゼルに、知ったふうな台詞をはく。実はリア先輩の受け売りだ。 「見れば理解できる」 「もうすぐ、できあがりますよ♪ わくわくわく」 休日の生徒会室に、漁れたての海産物の涼しい香りと、お味噌汁の熱々の匂い。この部屋を包む空気は、たとえようもなくあたたかい。 生徒会活動とは無関係だけれど、この部屋でこうやっておさんどんをした役員も、かつて居たんじゃないだろうか? 「いただきますですよ〜♪」 「いただく」 テスト前日、生徒会室でアゼルとロロットと一緒に作った神様のお味噌汁は、とてもうまかった。 ……白いご飯が欲しい。 定期テスト1日目が終了。下校の足をそのままのばして、僕は波止場へやってきた。 覚悟はしてたけど、勉強の備えが足りなかったせいで、精神的なダメージが大きい。しばらく月ノ尾公園で気分転換してゆこう。 「アゼル、君も来てたんだ? お散歩かい?」 「不思議な気の流れを感じて、ここへたどり着いた」 「何故だ? 何故、潮騒を聞いていると、心が安らいでくる?」 「どうしてと聞かれても……そういうものだとしか、僕には答えられないよ」 「それはおかしい」 「学園の高台や、通学路からも海が見えるのに、これほど温和な気分にならん」 「う、うーん、波の音のおかげかも?」 「そうそう、たしか生まれてくる前、母さんのお腹の中にいる時の音が、さざ波と同じだという説があるよ」 「これは世界が生まれる音か。理解した。ならば、もっと聞いておこう」 「はーいエミリナ、それじゃご本を読みますね。聞いてて下さい」 「わ、私はまだ、ここの文字が分からないから、お話を教えてくれるのは嬉しいんだけど……その……」 すぐ近くのベンチに、ロロット達が腰かけていた。 皮装丁の古めかしい本を開いて、2人で仲良くのぞきこんでいるため、僕とアゼルに気付いてない。 「い、いいのですか? 明日もテストがあるんでしょう? 絵本よりもお勉強を――」 「そ、そんなもの、どうでもいいんです」 「タイトル『ピーターパン』♪ ピーターパンは――」 懐かしさのあまり、僕はロロットの朗読に耳を傾ける。 幼語りに、両親から何度も聞い――あ、あれれっ!? ピーターパンはどんなお話だったっけ? 子供たちと一緒に空を飛んでいるシーン、海賊と戦っているシーン。印象に残った場面は思い出せるけれど、全体的な展開は見事に忘れてしまってる。 アゼルは波音と童話、どっちに耳を澄ませてるんだろう? ようやく定期テストの全日程が終わった。 明日、学年順位が発表されるまで不安は残るけれど、今更ジタバタしても仕方がない。やれるだけの事はやったんだ。 よし、気分を切り換えよう。 どこかで、思いっきり背伸びしながら深呼吸したい。広くて、見晴らしがいい場所で。 「あ、あれっ!?」 「やあアゼル! 君も気分転換に来たんだ? 僕とおんなじだねっ」 アゼルは高台から波止場を見下ろし、ジッと目を凝らしている。 「なにを見てるんだい?」 「……あれはなんだ?」 「ええっと、突堤についてる大きな客船のことかな? 僕も船名は知らないよ」 「違う。もっと先だ」 「水平線のあたり? あそこを航行してるのは、タンカーかコンテナ船だと思うけど……双眼鏡がなきゃ、ちょっと分からないね」 「違う。もっと手前のすべてだ」 「ぜ、ぜんぶ? う、うーん、僕には普通の海しか見えないんだけど……」 「海は知っている。だが、あの模様はなんだ?」 「海原に図案なんてないよ? 赤潮も青潮も、このへんじゃ発生しないしさ」 「そんな色ではない。よく見ろ。微妙だが海の系譜の色彩で、縞模様が走っているではないか」 「あれに規則性や法則があるとは思えん。だが偶然や無秩序と断言するのは早計だ」 「あ……! も、もしかして――」 「ええ、アゼルさんは潮道の事を仰ってるんですよ」 唐突にメリロットさんが現れる。 図書館の絨毯敷きの床じゃないのに、足音もたてずに、どうやって来たんだろう? 「またお前か。なぜ私について来る?」 「それは誤解です。たまたま私の出先に、アゼルさんが居るんですよ」 「そっか、潮流の濃淡を見てたんだね。たしかにアゼルが言う通り、海が染め分けられてるよ」 「……ふふ、そうだろう?」 「ねえアゼル? シャロ=マ公国に海はないの?」 「そ、そうだ。何もない」 「ふーん。じゃあさ、フィーニスの塔の向こう側に行ってみない? いま時分なら、あっちから眺めた方が潮道はキレイに見えるよ?」 「別にいい。もう理解した。アレは単なる海水の流れにすぎん」 「せっかく高台にのぼったのに、もったいないじゃないか」 「私に構うな」 「私のこのあたりで、お前に関わるなと言っている者がいる」 アゼルは自分の頭の斜め上を、くるくると指さす。 「僕のこのへんで、アゼルと一緒に居ようといってる奴が居るんだ」 僕は自分の胸を指さす。 「お前の神は、そんなところにいるのか?」 「アゼルの頭の上にいるのって神様なの?」 「いない。このあたりで交感するだけだ」 アゼルはたった今指さした空間に、手をヒラヒラさせる。 「面白いね、シャロ=マ公国の信仰かな? なんて名前の神様なの?」 「興味深いですね。私にもお教え願えませんか?」 「人……この国の言語では発音できん。聞き取れずとも知らんぞ?」 「私の神のお名前は……」 「――――」 「なるほど。私の聴覚には、無音として識別されますね」 「ぼ、僕にも分からなかったや」 「……ふふっ」 不思議だ。アゼルはたしかに何かを呟いた。シャロ=マ公国の事を勉強してない僕には、それがどんな神様の言葉なのか想像もつかない。 けれど、語句を越えた音色を思い出させる。 ちいさい頃に駆けまわった野原、木の葉をわたる風の音、芽吹きの音、散華の音。 「無駄だったな」 「いいえ、極めて有益です」 「私には咲良くんとアゼルさんの出会いは、未来への布石に思われてなりません」 「お二人はお互いに引きあう事によって、色々と知ったり考えたりしています」 「褒められてるんだと思うけど、ちょっとピンと来ません」 「当然です。たとえるならこれは、百年千年の計」 「無意味だ。そんな先は――」 アゼルは不意に口をつぐみ、もう一度、潮道のほうに顔を向ける。 「景色が凍りはじめている……かすかな亀裂が感じとれる……やはり消えゆくのだろう」 「き、消える? 秋が終わって冬の前は、毎年こんな感じだよ?」 「アゼルさん、ここから見えるすべては、死にかけているわけではありません」 「息づいています。枯れては芽吹き、生まれては死ぬ。はかなく、たしかで、愛おしい」 「お前は何が言いたい?」 「こういう事ですよ」 「な、何をする!?」 メリロットさんは、両手でそっとアゼルの耳を塞ぐ。 「お静かに。目を閉じて」 完全に無音ではないらしく、アゼルはメリロットさんに言われるまま瞼をおろす。 「……なんの音だこれは?」 「春を待つ芽がふくらむ音、樹皮が育つ樹肉におし裂かれてゆく音、花びらが開く日のために身をととのえる音」 そう、それ! 僕はさっきアゼルの神様に感じた音! 「そんなものは知らん!」 「静かに目をひらき、耳を澄ませばいいだけですよ」 「余計なお世話だ!」 「では世界が安らぐ音ではなく、私の言祝ぎを贈りましょうか?」 「汚毒のほうがマシだ!!」 「オイ、潮道とやらが明瞭に見えるのは、あっちだな?」 「私は行く。だがお前たちは来るな!」 「行っちゃった……アゼルはとっつきにくいのか、素直なのか分からないや」 「くす……純朴なんですよ、とても」 メリロットさんと僕は、その場にたってアゼルを見送った。 アゼルは一度だけ振り返ったけど、僕たちがまだ居るのを認めるや、慌てて走り去ってしまった。 「……まったく、非合理的だ……」 「やあアゼル、どうしたんだい?」 「どうにもできん」 「何故プリエは、肝心な時にかぎって、ヴァンダインゼリーが売り切れている?」 「ほ、僕に聞かれてもなぁ……」 「そうだ、生徒会室においでよっ」 「ヴァンダインゼリーの買い置きが、たくさんあるんだ」 「本当か!?」 「うん、会議に煮詰まった時なんかに手軽に食べれるよう、必要経費で用意されてるのさ」 「だけど、みんないいアイデアを出してくれるから、ちっとも減らなくてね」 「ロロットなんて、あのゼリーあんまり好きじゃないみたいだし」 「当然だ。あれだけ食事していれば」 「そんなわけで余ってるから、好きなだけ持ってっていいけど?」 「タ、タダなのか!?」 「死蔵しとくより、アゼルに貰ってほしいよ。生徒会は、みんなの役に立たなきゃ」 僕がアゼルを連れて、生徒会室へ戻ると―― 「よっ、お帰り」 「奥さーん、旦那さまがお客さんつれてきたよー。お茶二つ追加ねー」 「はいぃ!? ちょっと高橋さん! なんで私の方を見て言うのかしら?」 「そ、そうだ、そうだ!」 「否、一理ありますな。姉上は副会長ですぞ? 生徒会長の女房役ではありませぬか?」 「キーーッ! 心の中では私こそが生徒会長よ!!」 「隠れ恋女房の副会長さんに、押しかけ世話女房のナナちゃんだねー」 「シン君には過ぎたるもの二つあるー。一つ私にくださいなー」 「待たれよ。さっちん殿に、姉上は渡しませぬぞ?」 「そんなの要らないもーん」 「んなっ!? そんなのとは何よ!!」 「あらあら? あははは……お、お茶なら私が淹れちゃうよ?」 「おーきに、うちもついでにオカワリもらうわ。リーアのは最高やしね」 「私には、お茶菓子の替え玉ください♪」 「み、みんな、どうして生徒会室に残ってるのさ? しかも、面子が増えてるじゃないか?」 「聖夜祭に向かって一直線に、実地調査をはじめてる筈なのに……?」 「たっはははー。テストが終わって、結果発表の憂鬱から開放された日くらい、寄り道したいんだいっ」 「うんうん、それって大切な事だよ♪」 「アゼルさんも座って。いま、とびっきりのお茶淹れるからね」 「いらん。私はゼリーを受け取りに来たにすぎん」 「ああ、アレね? ちょっと待ってて」 聖沙が簡易冷蔵庫をあけて、各種ヴァンダインゼリーを取り出す。 「賞味期限は……来年の今頃ね。アゼルさんに譲っても、問題ないわよ」 「ひえぇっ!? そのゼリーは、美味しくないのですよ」 「関係ない、栄養は摂取できる」 「いんや、メチャメチャ関係ありますえ?」 「うち等くらいの子ぉは、自分が美味しいと感じるもんを食べたほうが、よう育つんやよ?」 「アゼルはんも、無理せんで食べたらどない? ほんなら来年の今頃には、大きいなってますわ」 「くすっ、私は大学にいっても、生徒会の相談役やってそうな気がするよ♪」 「その時は、うちもリーアの隣におるかもしれへんね。まだまだ好きに、やらせてもらいますよってに」 「ふふん、来年の私は生徒会長になってるわ、合法的にねっ! 覚悟なさい?」 「いや、普通に今の一年生だと思う」 「なになに、将来のこと?」 「アタシはどーしよ? 大学で研究したい事もないしさ、てゆーか入れる頭もないし」 「やっぱ、夕霧庵の女将だい!」 「調理師免許、持ってはりますの?」 「へっへーんだ! 調理師免許試験の受験資格は、二年以上の実務経験なのだ!」 「アタシは物心つく前から、夕霧庵の看板娘やってたんだ。もう、資格バッチリ!」 「まあ、受けるだけなら、受けれますね」 「ぎゃふんっっ」 「私は2年生になっても、3年生になっても、生徒会やり続けていたいです」 「宣戦布告よ、紫央! 受けて立ちなさい!」 「はて? ロロット殿の心意気は立派ですが、何故それがしとの勝負に、つながるのですかな?」 「私の後任はあなたに決まってるでしょ! 次代の生徒会長の座を、勝ち取りなさい!」 「くひぃ〜、それがしに、そんな大任はつとまりませぬ〜っ」 「ほへ? 巫女さんが会長さんになったら、流星学園の制服は、巫女服になっちゃいますね。わくわく、キラキラキラ〜」 「うっ、う〜ん。それは無理なんじゃないかな?」 「私は、お嫁さんになりたいんだよー」 「さ、さっちん、さりげなく美味しいとこ持ってくな、アンタは」 「えっへへへー、ナナちゃんのお婿さんでもいいよー?」 「やだい、やだいっっ」 「あははは。アゼルは、こうなりたいって夢はあるかい?」 「……思ってるだけでは、何も叶わん」 「この世界は……」 「……帰る!」 「はい? 行っちゃったわよ? ゼリーを引き取りに来たんじゃなかったの?」 「はぅあっ!? お帰りなさい」 「ゼ、ゼリーを忘れた」 「……感謝する」 「……僕?」 「そうだ。夢なぞ聞くな!」 「目の前にいるたった一人の事も分からんのに、私の未来など私に分かるものか!」 「ええー? よく分かんないけど、もいっぺん好きになれば、いいんだよー」 「好きになった覚えはない!!」 アゼルはヴァンダインゼリーを両手いっぱいに抱え、今度こそ退出してしまった。 「さっちん、何なのさ?」 「あちゃー、テキトーにカマかけたら、ズバリだったみたいだよー」 「サッパリわかんないや」 僕は腰かけ、リア先輩が淹れてくれたお茶を、二人分飲む。 みんなで、来年の今頃アゼルが何をしているか、徒然に談笑する。 不思議なことに、あれほど特徴的にも関わらず、これといったイメージが思い浮かばなかった……。 「変な色だ」 「セピアカラーです」 「その写真は、白黒から現在のような総天然色になる過程で発明されたフィルムを使って、撮影したものです」 へぇー、めずらしいね。 クリスマスの事を調べようと図書館へやってきて、僕は思いがけない光景に出会う。 アゼルとメリロットさんが、閲覧室に隣り合って腰かけていた。卓上には写真集が何冊も積まれている。 「写真の色彩を見ても分かるように、この世界は段階をおって進歩しているのです」 「そこまでは聞いてない」 「ふふっ、失礼しました」 「あ、あれれ!? 写真集以外もあるんだね」 僕は二人に目礼しつつ、同席する。 机の上に置かれた何冊もの写真集。飾らず気取らず、なんでもない町並みや人々の生活を撮影したもの。だけど、その中に一冊だけ、図鑑がまじっている。 「カメラ大百科ですよ。アゼルさんは、写真に興味がおありのご様子なので、私が持ってきました」 「写真を撮る機械そのものに、関心はない」 そう言いながら、アゼルはカメラ大百科を手にとり、ページをめくってゆく。 「カメラをカメラで撮影したのか。無意味だ」 「あははは、もしかしてアゼルの笑いのツボに、ハマッちゃった?」 「種類が多すぎる。どれが一番良いカメラだ?」 「使用目的によりけりですが、性能から言えば一眼レフが無難でしょう」 「どれだ?」 あ、そっか。アゼルは留学してきたばかりだから、まだこの国の文字がよく読めないんだ。 だから写真集に惹かれてるのかな? 「これです」 「うわ、高級品ですね」 「金額に興味はない。このカメラの何がどう良いんだ?」 「肉眼でとらえた光景に、もっとも近い写真を撮る事ができます」 「ただし、構造上の欠点から、撮影の瞬間はファインダーから像が消失して、対象物が見えなくなります」 「見えないものを撮るのか?」 「直前と直後は見えますよ」 「だが、撮りたいと感じた瞬間は見えんのだろう? 結局、まがいものの写真ができるというわけか?」 「思ってたのと違ってても、ゼロよりはましだよ」 「それでは、この写真集はいかがでしょう? すべて一眼レフを用いて撮影されていますよ」 メリロットさんが、山積みされた本の中から、特に薄っぺらい冊子をアゼルに手渡す。 「あ、その表紙は――」 「美しい」 アゼルが開いたページには、アゼルの髪の色とおなじ朱に塗られた部屋と、石製のベッドの写真。 「これは何処だ?」 「流星町だよ」 「この近くか!?」 「飛鳥井神社の隣に実在しています」 「行ってみたい!」 「無理です。もうありません」 「お前は矛盾している」 「綺麗だ」 アゼルが次のページの写真に見入る。石製のベッドの上で、仲良く寄り添い眠っている、きらびやかな衣装を身にまとった若い男女。 「安らかだ。私もこんな風に寝てみたい」 「……そのお二方は死んでます」 「嘘を言うな。生きてるようにしか見えん」 「屍蝋化してたんですよ」 「シロウとは何だ?」 「あのねアゼル、そこはマイナーな遺跡で――」 僕は知ってるかぎりの事を、アゼルに話す。 僕が生まれる数年前、日曜写真家の男性が飛鳥井神社わきの山道を散策中に、偶然発見したんだ。 長雨に崩れた山肌。粘土でていねいに隙間を塞がれた石戸。 それを開けてしまった彼を、責める事はできない。僕だって、きっとそうした筈だから。 そこは手付かずの遺跡で、内部が一面朱色に塗られた石室だった。 奇跡としか言いようがない。 太古に安置された王様とお妃様の亡骸は、自然のイタズラで屍蝋化し、生前そのままの姿をとどめていた。 彼は震える手で何枚かシャッターを切ったあと、大急ぎで山をおりて警察を呼んだ。 そして、知らせをうけた警官たちを連れて、遺跡に戻った時―― すべては失われていた。 盗掘にあったんじゃない。 密閉される事で保たれていた色彩は、流れ込んできた新しい空気に触れて、あっけなく色褪せ消え去ってしまった。 まるで生きてるかのような、王様とお妃様が寝かされていた場所には、ふたつの土塊だけが残った。 「他にも埋葬品があったのかも知れませんが、もはや永遠に分かりません」 「そして、残された写真はわずかです」 「流星町で育ったみんなは、学校の社会見学で、かならず遺跡の見学にいくんだ」 「そのあとは博物館の定番コース。僕とナナカも行ったし、聖沙と紫央ちゃんも見たはずさ」 「ええ、復元されたものでよければ、博物館に常設展示されていますよ。お二方の姿も、その写真そのままに再現されてます」 「うん、あそこなら、入り口で流星学園の生徒手帳を見せれば、無料で入館できるしね」 「そうか、今すぐ行ってこよう」 「ですが、結局はまがいものですよ?」 「ゼ、ゼロよりはマシだ」 「思い立ったが吉日。実に有意義な閲覧でしたね」 「はい、なんだかイイ気分ですね」 「さあ、生徒会室に行こうっと! 今日はアイデアが出そうだっ」 「その前に写真集をすべて、本棚に戻しておいてください」 「ぼ、僕がですか?」 「アゼルさんは退館しました。咲良くんは彼女のクラスメイトです。この関係が意味するところは、明白ではありませんか?」 色々あった11月も、あと数日でおしまい。いよいよ聖夜祭の本番、12月を迎える事になった。 ドキドキする。裏返しのテスト用紙を前にして、先生の『はじめ』の声を待ってる時みたいな気分だ。 生徒会とクルセイダース! 両方ともガンバらなきゃ!! 「シンくん、むずかしいお顔になっちゃってるゾ」 「そ、そそそそんな事ないです」 「んもお、私に嘘ついたら、メッ! だよ? 今日はお茶葉の買い出しにきただけなんだから、ね?」 「は、はい、気楽にいきましょう」 「くすくす、本当にわかったのかなぁ〜?」 「聖夜祭まで、もう一ヶ月しかないんじゃなくて、まだ一ヶ月もあるの! いいね?」 「いまから心を張りつめてると、とても当日まで身体がもたないという事ですか」 「えっへん! その通り。相談役の言うことを聞きなさい」 リア先輩と徒然に話しながら、商店街の入口にさしかかる。 「うっ、う〜ん。まだ何か隠してる……のかな?」 「いや、そういうんじゃなくて……」 どこか違和感がある。 正直に相談したいけど、僕自身がその不調和の原因が何なのかつかめてない。 「くすくす、私と二人きりじゃなくて、他のみんなと一緒のほうがよかった?」 「ヘ、ヘレナさんみたいに、からかわないで下さい」 「ぷんっ! 私はお姉ちゃんじゃないもんっ」 リア先輩と二人で歩き、いつもと変わらない会話を―― 二人? あ……そうか! あの手この手でリア先輩にアタックするパッキーが、今日にかぎって大人しいせいだ! どういう事だろう? 汐汲商店街前の交差点で、アゼルとバッタリ出くわす。ちょうど信号は赤だ。 「あらら? 奇遇だねアゼルさん。こんにちは♪」 「アゼルもお買い物かい?」 「そうだ。ヴァンダインゼリーを探しに、こんな遠くまで来た」 「プリエは売り切れが多すぎる……まったく非効率的な……」 「だったら僕たちと一緒に、スーパーに行こうよ」 「うー。やっぱり、私と二人が嫌だったんだね?」 「せ、せせせ先輩ってば」 「あはははは♪」 「アゼル危ない! まだ赤信号だってば!!」 僕はイタズラ猫をとっつかまうるように、アゼルの襟を握って強引に歩道へ連れ戻す。 「きゃああぁーーっ!?」 間一髪。僕とアゼルから10センチと離れてない場所を、自動車が通りすぎてゆく。 運転手に睨まれてしまった。非は完全に僕たちにある。 「ぶ、無事でよかったぁ〜」 「なぜ大声を出した?」 「アゼルが、無茶な真似したからだよ!」 「? お前たちが無駄に立ち止まってるから、先行したにすぎん」 「青信号になるまで、渡っちゃいけないの!」 「私は青より、赤のほうが好ましい」 「そういう問題じゃないでしょ!」 「あ……ああっ、シンくんと二人きりがいいって言ったのは、本気じゃないから、ね?」 「そ、そうとも。ちなみに、ちょっとショック」 「あは、あははは……も、もっとお姉ちゃんみたいに、冗談がうまくならなきゃ駄目かな、私」 アゼルに注意してるうちに、信号は赤から青へ、そして再び赤に変わってしまった。 「はい、シンくんにご褒美だゾ。彩錦ちゃんからもらった、チューインガム♪」 「へぇー、珍しい銘柄ですね。ありがとうございます」 「シンくん、スタンプカードを出して。今のお手柄分を、おしちゃうゾ」 「よぉしっ♪ 大サービスしちゃえ」 「じゃじゃーん! いっぱいになりました!」 「ハンコが埋まると、いい事があるのさっ」 「はいシン君。賞品のボールペンと、目玉クリップと、チューインガムだよ♡」 銀行の粗品みたいだ。 お礼を言いつつ、僕はチューインガムを三等分して、リア先輩とアゼルに手渡す。 「くんくんくん。ねーねー、甘い匂いがするよ、それ何ナニ?」 「ひいいっ、アゼル……ぶるぶるぶる、ガクガクガク」 「おい、私にガムとやらは不要だ。あの魔族にやれ」 「うん、いいけど?」 「駄目だよシンくん。アゼルさんも、自分でプレゼントしなきゃ、ね?」 「そうか。そうする」 「ヒョエエエぇ!?」 僕がそうしたように、アゼルはサリーちゃんに、チューインガムをすべて手渡す。 「アゼル……?」 「いただきまーす。はむはむはむ」 「まむまむまむ、美味しいけど変なお菓子だよぉ、あむあむあむ」 「ひょっとして、はじめて食べるのかな?」 「ぷっくぅ〜?」 「ビックーン!?」 「なーんだ! アゼルだって笑えるんじゃないよぉ♪」 「……青信号だ。行くぞ」 サリーちゃんを含めて、いつの間にか4人となり、僕たちはようやく横断歩道を渡った。 先輩が約束した通り、本当にいい事があったね。 聖夜祭まで、あと約二ヶ月となった。さて、どんなクリスマスにしようかな? 聖夜祭の開催も、町の人たちに少なからず手伝ってもらう事になるだろう。ナナカと僕は、汐汲商店街にそこそこ人脈があるけれど、流星町全体となると疑問だ……。 流星町の人たちに、もっとも顔がひろいのは―― 「――顔がきくのは、紫央ちゃんだね」 「ま、この町に住んでて、飛鳥井神社しらねー奴ぁモグリだぜ」 「これはシン殿ではありませぬか。キラフェス、お疲れさまでした」 「んなっ!? なんで咲良クンが、ここにいるのよ?」 「お参りでしょう。境内は万人に開放しておりますゆえ」 聖沙と紫央ちゃんが、カプリコーレのレジ袋を提げて、裏参道からやって来た。半透明の袋の中には、大小のカボチャがいっぱい詰まっている。 「やあ、お帰り。姉妹そろって夕飯のお買い物かい? 今夜はカボチャづくしだね」 「当たらずといえども、遠からずですな」 「大ハズレだわ。どこの世界に、カボチャばかり五つも六つも食べる女子校生がいるのよ?」 「聖沙、なんてこと言うのさ! カボチャはうまいじゃないか!」 「なにムキになってるのよ!?」 「シン殿、今日はハロウィンですぞ?」 「毎年、姉上とそれがしはカボチャのお菓子をつくり、神社へ遊びにきた子供たちに、おすそ分けしておるのです」 「ええ、今年はパンプキンケーキとスコーンよ」 「そうなんだ? 惜しかったなぁ、僕もちっちゃかったら、もらうとこなのに」 「うむぅ、シン殿にも是非、ご賞味いただきたいところですが……」 「ちびっ子たちが、あっという間に平らげちゃうものね」 「それだけ二人が作ったものはうまいって事だね。お菓子のお料理ができるなんてスゴイや」 「くひ……っ!? し、然り!」 「退魔の修行に明け暮れつつも、それがしは乙女の心を捨てておりませぬ。お料理のひとつや、ふたつ……っ!」 「くすっ、くすくす、紫央が……くすくす」 「咲良クンは知ってるかしら? 紫央はね、食材を切るのがとっても上手なの。もう鉄人なみの腕前よ」 「お、お褒めにならんでくだされ。それがし照れてしまいますぞ」 「でも、肝心の調理ときたら、それはもう――」 「もがぁっ!?」 「なんとぉー!? 姉上の唇は、カサカサのパリパリに荒れておりますぞ!」 「もっがぁも!! もんがもがもがもががぁも」 「ふむふむ、秋が到来して空気も乾き、唇が痛くて仕方ないのに、やせ我慢しておったと?」 「もんがもも、もんがもんがが! もがもがもがもももん!」 「承知!!」 「ささっ、ここはひとまず、それがしのお部屋にゆきましょう。唇にハチミツを塗り、早急に応急処置をせねば!」 「それではシン殿、失礼つかまつる」 「あ、うん、お料理ガンバッてね」 「も、もがあぁーー!!」 「あら〜〜 カボチャごと、聖沙を引きずって行っちゃったよ」 「ある意味、火事場の馬鹿力だぜ」 「忙しいみたいだから、お話はまた今度にしよう」 「それにしても、紫央ちゃんは、子供たちと本当に仲良しなんだね。10年後の聖夜祭が楽しみだな」 「どんだけ先のこと考えてやがんだ!?」 「他に驚くとこがあるんだぜ? 気付かねーのか?」 「もちろん分かってるよ?」 「荒れた唇にハチミツを塗って治せるなんて、大変な忍耐力だね。僕はどうしても舐め取っちゃうんだ」 「感心したのは、そっちのほうかよ!」 仲むつまじい紫央ちゃんと聖沙の姉妹ぶりを、徒然に語りながら、僕とパッキーは表参道をおりてゆく。 キラフェスが成功した要因を考えてみる。 もちろん、生徒会のみんなや、汐汲商店街をはじめとする、流星町の人たちが手伝ってくれたからだ。 だけど、もっとも根幹に関わる部分は……一番最初に、ヘレナさんが僕たちを軌道修正してくれたおかげだと思う。 生徒会長として、ひとことお礼を言っておきたい。 「いや、知ってます」 「はぁい、お礼ならいいわよ♡」 「どうして、知ってるんですか!?」 「でも、きちんとアリガトウを言いに来た男子を、このまま帰すのも忍びないわね」 「だからシンちゃん、実験に協力してもらうわよ?」 「え? 何か研究なさってるんですか?」 「ええ、もちろん! 可愛い妹についてね。ポチッとな♪」 「い、いま何か、変なボタン押しませんでした?」 「フォフォフォフォ」 「な、なんですか、この落下音は?」 「ぐほぉっ!?」 「く、暗い!」 「てゆーか、カボチャくさいぜ」 「大成功!」 「こ、今度は何!? 釣り竿のリールを巻くような音が聞こえますよ?」 「それは私が、釣り竿のリールを巻いてるからよ」 「シュールな会話だぜ」 「はぁ、はぁ、はぁ、視界が戻った……な、なんだったんだ、今のは?」 「んもう、シンちゃんたら冷静なんだから。理事長さんはツマラナイ反面、頼もしいゾ」 「ところで、頭をぶつけたりしなかった? 首は痛くない?」 「はい。急に真っ暗になってビックリしたけど、平気です。ムチウチの心配もなさそうですよ」 「シン様、とりあえず一歩横に避難したほうがいいぜ? 上を見てみな」 「うん……?」 「ぎょっっ!!」 「へ、ヘレナさん……僕の頭上に、巨大なジャックランタンが、揺らめいてるんですが?」 「今日はハロウィンだもの。それ私が作ったのよ。ヒモで吊るして、自由自在に動かせるわ」 「今シン様の脳天に落っこちてきたのは、あの薄気味悪いカボチャのバケモノだぜ」 「へぇー、器用なんですね、ヘレナさん」 「ええ、子供の頃、リアに何個も作ってあげたもの」 「いいなぁ姉妹って、微笑ましいです」 「リアはジャックランタンが苦手でねぇ、キャーキャー泣いて、逃げまどってたわ」 「あ、あの……?」 「ここ数年、九浄家でジャックランタンを作らなかったのは、リアを油断させるための策略よ」 「今夜、リアが寝静まったら、お部屋の天井のすみっこに、ランタンがボオォーと浮かびだすように仕込んでおくの」 「そして、怖がってビクビクおどおどするリアのお顔めがけて、さっきのシンちゃんのように、ランタンがスッポリ♪」 「この計画、完璧なり!!」 「う、うーんと……子供時代ならともかく、成長して立派になられたリア先輩に、通用するでしょうか?」 「あらん? リアったら本当は今でもオバケが苦手なのよん♪」 「うまくいったら、まっさきにシンちゃんに連絡するわね。吉報を待っててちょうだい」 そして深夜、グランドパレス咲良の電話が鳴り響き、受話器の向こうでヘレナさんが実況中継をはじめた。 汐汲商店街内に足を運ぶと、辺りは小気味よいフライの音とうまそうな匂い、そしてみんなの談笑に満ちていた。 「じゅわぁ〜、じゅわわぁ〜♪ カラアゲ、テンプラ〜♪」 「テンプラ、むずかしい。牛丼、楽」 「いんや、慣れの問題さね。このカボチャは売りもんじゃなし、そんだけ揚げられりゃ上出来だよ、オデやん」 「くんくんくん、美味しそー」 大通りに据えられた露台を囲む、あたたかな光景。 「あ、そっか、今日は――」 ハロウィンの後夜祭。僕は勝手にそう呼んでいる。 売れ残ったカボチャを店主さんたちが持ち寄って、揚げ物や煮物、おまんじゅうを作り、道行く人たちに無料で配るんだ。 後生大事に置いておいたところで、カボチャは痛んでくる。そうなる前にお客さんに食べてもらう。 品川のオバさんが音頭をとっているこのささやかな催しに、今年はサリーちゃんとオデロークも参加しているらしい。 「よう、シン! そろそろ来る頃だと思ってたよ」 「はっはっはっ、甘辛いカボチャのフライが、ビールによく合うんだなコレが!」 「タメさんお酒くさ〜い」 「いいってことよ!」 「何がいいんだい。まったく、まっ昼間からできあがっちゃって」 「むしゃむしゃ、ぱくぱく。かはー、カボチャ美味しー」 「あははは、今回も盛り上がってますね」 「おかげさまネ。シン君のぶんも、ちゃんと取り置きしてるアルよ」 僕は、五ツ星飯店の紙袋にギッシリつまった、カボチャのフライを受け取る。 「作ったのはオデ君ネ」 「オデ、作る」 「はむはむもしゃもしゃ。うふふのふー♪」 「サリーちゃんは、食べてばっかりネ」 「この子は本当に美味しそうに食べるからね。いい客引きになるってもんさ」 「……おや? いかんいかん、風が出てきたな」 瞬時に酔いがさめて、タメさんは空を見あげる。 日光がやや弱くなり、湿気を含んだ海風が商店街の通りを吹き抜けてゆく。 「こいつぁー、ヤバイか……夕立がくるぞ」 「ほんじゃま、ちぃとはやいが今年はお開きだね。残った品は、みんなの店先でオマケにしちまおう」 「ほいきたネ」 商店街の人達は連携が阿吽の呼吸で、あっという間に露台をかたす。 力仕事を受け持つオデロークがいるおかげで、なおさら撤収がスムーズだ。 「カイチョー、カサかりてきたよ」 「そのカボチャの美味しいやつ、あの顔色が悪そうで胸ペッタンコな奴に持ってってやろう!」 「ぷぷぷ、アタシ名前だしてないのに決めつけてやんの」 「じゃ、じゃあ誰の事なの?」 「そんなのアゼルに決まってるし!」 「いっつもムッツリしてるのは、お腹空いてるせいじゃない? カボチャ食べたら、ナナカみたいになるんだよーん」 「うん、いい事だね。届ければ、きっと喜んでくれるさ」 「いえっさー! そんで、アゼルってばどこに居んの?」 僕はカボチャのフライを片手に、サリーちゃんを連れて、アゼルを探しに向かう。 運がいい事に、夕立はすぐに止んだ。けれど、雨のほかに問題が……。 道中、サリーちゃんが辛抱しきれず、カボチャのフライをバリバリと食べはじめた。あまりに美味しそうにしているので、僕もつられて食べてしまった。 半分ほど食べ進んだところで、ようやくアゼルを発見。 困ったな……残り半分となったカボチャのフライを、なんと言って譲ったものか。楽しい思案のしどころだ。 「はあぁ〜、息が詰まりそうだったよ。気分転換に図書館へ入ろう」 「憂さ晴らしなら、高台のほうがいいんじゃね?」 「素敵な静寂にひたりたいんだよ」 「ま、実習生があんなんじゃ、そう思うのも無理ねーぜ」 教育実習生の千軒院先生は、予想外に厳しい人だった。 授業中は、いっさいの私語を禁止して、教壇から生徒を威圧するような視線を送ってくる。 重すぎる沈黙。ふさぐ必要もないのに、心が滅入ってしまう。 同じ静けさでも、図書館のそれは全然違う。ここには森林の中で休んでいるかのような、安らぎがある。 生徒が喋らない点はおなじなのに、どうしてこれほどの差が生じるんだろう? 「どうも」 メリロットさんと目礼を交わす。 「蔵書整理ですか?」 「空調のメンテナンスを」 館内で心地よい雰囲気を生徒に与えるのと同様に、図書館司書のメリロットさんにしかできないお仕事だ。 湿気は本の大敵。メリロットさんは、他の誰も気付かないわずかな湿気を、逃さず察知する。 その都度、窓を開閉する事で、エアコンだけでは足りない微調整を完璧にこなす。 そのおかげで、湿気が多いこの国の、ましてや海辺の街の流星町で、図書館の本は理想的な状態で保管されているんだ。 僕は前に一度、お手伝いを申し出たたけれど、開閉の加減が分からなくて、ギブアップしてしまった。 「メリロ――」 簡潔な遣り取りと、爽やかな静けさ。 余計なお喋りは無用。閲覧机に移りなさい――メリロットさんは、無言のうちにそう語る。 「お友達が、あちらでお待ちですよ」 「友達?」 聖沙かな。 「ん……んん? むむむ……」 「サ、サリーちゃん……!?」 「あふぅ……うつら、うつら……っっとととっと……ふむふむ……」 サリーちゃんが眠気と戦いながら、一生懸命に読書している。 その手に持っているのは絵本のように見えるけど、よく観察するとハードカバーの子供向け小説だ。 「うとうと……すぴーすぴー、むにゃむにゃ……」 「ギクーンッ! あわわわワ……うむ、なるほど……」 「……サリーちゃんは、人間でいったら何歳なんだろう?」 「咲良くん。サリーさんは人間じゃありませんから、その疑問は成立しませんよ」 まあ、僕も魔族なんだけど。 「サリーさんは、サリーさんの時間を生きています。それで充分ではありませんか」 もっともだ。僕は何も言えず頷く。 授業で気疲れしたせいだろうか? 僕はメリロットさんの後ろにある書棚が、そのまま彼女の身体の一部であるかのような錯覚に陥る。 メリロットさんの生きてきた時間が、地層になって堆積してる感じだ。 「それに加えて……女性の歳を知りたがるのは、野暮というものですよ」 「ククク……自分に振られちゃ困る話題ってことか」 「メリロットさんはヘレナさんよりも上だから……」 「野暮というものですよ」 「ううっ! や、やめよう、パッキー。メリロットさんがいくつだろうと、メリロットさんに代わりはないんだ」 「ふふっ。それでは、ごゆっくり」 「スイーツ同好会のピーンチ!! シン君助けてーー!」 「ナナちゃんとユミルがケンカしちゃって、もう大変なのー」 「ええっ。なぜに?」 「ナナちゃんは量より質でー。ユミルは質より量っていうもんだからー」 「ううむ……今回ばかりは、岡本さん派かな」 「私はどっちでもいいんだけどねー。けど、このままじゃ会長であるナナちゃんの横暴が激しくなりそうでー」 「後輩相手に大人げないなあ。もういっそのこと、さっちんが会長になったら?」 「私が!? それはいいアイディアかもー!」 「とりあえずはナナカの真似をしてみるとか」 商店街のケーキ屋さんを一通り回った後に、住宅街のサンスーシーでテイクアウトのオーダーをする。 「シン君は何が食べたい?」 「えっ? そんな、いいって」 「いいって、いいってー。荷物持ちのお礼みたいなもんだからー」 「そ、そう……ありがとう。じゃあ、チーズケーキ」 「了解ー♪」 「サンスーシーの店長さんは、パパとお友達らしいんだー。それで割引できるんだよー」 強面の店員さんと、お友達……? 「よーし! スイーツ、コンプリートー♪」 「おっ、おー!」 「それじゃあ、いただきまーす」 青空の下、さっちんの試食会が始まる。 「さて、点数はいかに!」 「むむむー。これは、ズバリ……」 「100点!」 「こいつはどう!?」 「うーーん、苦いよっ。0点!」 「ほとんど主観だぜ」 「そんなこと言われても、好きか嫌いかしか選べないよー」 「はぁ……やっぱり、ナナちゃんって凄いなあー」 「ナナカはね〜〜。人生賭けてるし」 「もっと肝心なことに、人生賭けたほうがいいのにねー」 「スイーツの査定は無理だけどー。恋愛の査定なら負けないぞー」 底なしの明るさ。なんにでも前向きなさっちんは、一緒にいるだけで僕も元気になる。 「よしっ。じゃあ、僕も……いただきます!」 「もぐもぐ……うまい!」 「やれやれ、シン様も同レベルだぜ」 「くすくす、うまいだけしか言わないもんねー」 「あ、いたいた! おーい、さっちーーん!」 遠くから、ナナカと岡本さんが駆け足でやってくる。 「あれれー。二人ともケンカはどうしたのー?」 「いやあ、量が少なすぎると質どころか味もわからなくなっちゃってね」 「まずいものを大量に食って、ひどい目に遭ったっす」 二人ともいろいろな意味で負けずぎらいだ。 「何はともあれ、二人が仲良しに戻って良かったよー」 「よーし。じゃあ、お祝いにサンスーシー寄ってっかー!」 「賛成っす」 「さっちん今、サンスーシーのケーキを食べたばかりじゃ……」 「ふふふ、甘いものは別腹なのだよー♪」 スイーツ同好会の面々は意気揚々とスイーツを食べに向かった。 僕は時々思う。 スイーツ同好会が組織として維持できてるのは、実はさっちんのおかげなんじゃないだろうか? 「そう。どこにでも縁の下の力持ちがいるってことを忘れないで」 「ヘレナさん!?」 「さっちんの行動は任侠に通じている……生徒会長として、いいことを学んだわね」 「は、はぁ……意味わかりませんが」 「というわけで、トロフィーをプレゼント♪」 な、なぜ仁義……? 土曜日の生徒会室。 役員のみんなは思い思いの時間にやって来て、それぞれのペースで執務をこなし、帰っていった。 ナナカはさっちんに誘われ、ロロットはリースリングさんと食事に、聖沙は紫央ちゃんと約束があるからと。 僕は一人、会議用の草案書に修正を加え続けている。 「会長はん、お茶がはいりましたえ?」 「うふふ、すごい集中力ね。私たちが遊びに来たことに気付いてないわ」 「リーアが忘れ物取りに帰って、うちと入れ違いになったんも、気付いてへんねやろなあ」 「理事長はんも一服どうぞ。うちの手前は、妹はんには遠ぉにおよびまへんけど」 「んっく……あら、とっても美味しいわよ?」 「お粗末さんどす」 「ただ、うちは和菓子に一家言おますけど、茶道は礼儀として習たにすぎひんのどすわ」 「美味しければ、それで充分よ。お茶の味わいなんて、その日の体調によって、コロコロ変わるんだもの」 「お茶とお茶菓子と茶道……この『道』ってのがクセモノね」 「へえ。素直に技を楽しんどったらええもんを……道にしてしもたら、ややこい事になってまいますのに」 「道……わかっとっても、むつかしいもんどすわ」 「んもう、本当はちゃーんと理解してるんでしょ?」 「理屈だと……そうね、そこのホワイトボードは、いつみても白いわ」 「当たり前やありまへんの?」 「そうでもないわよ?」 「私が現役の生徒会長だった頃から、あのボードはあるの。何年も経って、少し黄ばんでるはず」 「それなのに私は、白いと感じる」 「季節によって、窓から差し込む陽射しは変わるし、もっと細かく言えばお陽様の通り道は、毎日すこしずつ変わってるのよ?」 「けれど私にとっては、いつも……朝も昼も夜も、おなじ白さに見えてしまう。どんどん議題を書きたくなってくるわ」 「つまり……理事長はんにとっての、リーアとおんなじゆうことどすか?」 「そうね。いつまでも幼くて危なっかしくて……けど可愛い妹よ」 「リーアにとっての会長はんも、そうやったらええんどすけど」 「うふふ」 キラフェスでは、紫央ちゃんにも色々とお世話になった。聖沙によろしく伝えてくれるよう頼んだけど、やっぱり面と向かってお礼が言いたい。 今日は神社にいるだろうか? 僕が参道の階段をあがり終えると、社務所の軒端で、紫央ちゃんとリースリングさんが話し込んでいた。 「瓜坊のストラップをお求めとは、じいや殿は亥年生まれですかな?」 「いいえ、お嬢さまへのお土産でございます」 「ふむ……トントロもイノシシも似たようなものですな。そのようなわけで、じいや殿。それがしと戦ってくださいませんか」 ……どんなわけなんだろう? 「い、言えた! ごく自然に会話を誘導できましたぞ。これで、じいや殿との対戦が叶いますな!」 これ以上無いくらい、不自然で脈絡なかったけど……。 紫央ちゃんの頭の中は、リースリングさんと試合する事でいっぱいなのだろう。僕の来訪に気付いていない。 「では、失礼いたします」 「な、何故お帰りに!?」 用事が済んだからだろう。 「じいやどの、それがしと刃を交える勇気は、おありですかな?」 「ございません」 「あ、あの……そうキッパリ言われると、二の句が継げぬのですが……」 「ええーい、もうまわりくどい真似はいたしませぬ!」 「じいや殿は、相当な手練とお見受けいたす! それがしに稽古をつけて下され!」 「剣道三倍段と申しますが、それがしに言わせれば薙刀は九倍段ですぞ。じいや殿と、対等に渡り合って見せましょう!」 「僭越ながら、このリースリング遠山。段位を持っておりません。有段者が素人を打ち倒せば、刑事において不利でございます」 な、なんだか怖いこと言ってるような? 「不意打ち、御免!! てぇ、やーッ!」 「くううっ!?」 な、なんだったんだろう、今のは? 速すぎてサッパリ分からなかった。 「は、反則ですぞ、じいや殿! いきなり伏して、それがしの脚を払うとは!!」 突然攻撃をしかけた紫央ちゃんも、どうかと思うが。 「仰る通りでございます。今の戦法では、二度と紫央様に土をつける事はできないでしょう」 「お、お待ちくだされ。二度目はないという意味ですかな? それがしは、もっと修行がしたいのです!」 「そう急ぐ必要はございません。紫央様はこの先、どんなものにでもなれましょう」 「それがしの道は、既にして飛鳥井の退魔巫女に定まっておりますぞ!」 「飛鳥井の家督が、いかなる重さを持ち合わせているのか、私めは存じあげません。しかし……」 「世の中は何か常なる飛鳥川、昨日の淵ぞ今日は瀬になる」 「じいや殿……?」 「なるほど、深いね」 「シ、シン殿、いつからそこに!?」 「い、否、そんな事より、じいや殿のお歌は、一体なんなのでしょうな?」 「紫央ちゃん? 普通に古典の授業聞いてれば、分かるはずなんだけど……」 「ししし知っておりますぞ、それくらい。さすがはじいや殿ですな! それがし感服いたしましたぞ!」 「ちなみに解釈はね、飛鳥川は水の流れが――」 「おお、お黙りなされい! それがし、知っておると申したではありませぬか!!」 キラフェスのお礼代わりだと強引に説き伏せて、僕は歌について解説する。 ……困った事に、紫央ちゃんは武人として、リースリングさんにますます惚れ込む結果となってしまった。 サリーちゃんとオデロークが、牛丼屋さんで働くことになった。問題ないと思うけど、クルセイダースの司令官である、ヘレナさんに報告しておこう。 僕は旧校舎を訪ね、理事長室のドアをノックする。 「見たいものは、見たいんだから、仕方ないでしょ!」 「そんなに見たければ、見せてあげますよっっ」 「……なんだろう?」 「シン様、俺様たちもまぜてもらおうぜ!」 パッキーに突き飛ばされて、僕は理事長室に転がり込む。 「咲良くん?」 「はぁい、いらっしゃい♡」 「ねえ、シンちゃんも思うでしょ? 図書館の地下にある、秘密の書庫が見てみたいって?」 「だから、閲覧したい場合は私に申請してくださいと、いつも言ってるではありませんか?」 「妥当な理由と判断できれば、地下室の鍵をお貸しいたします」 「ケッ」 「どうしてガッカリしてるの、パッキー?」 「はあぁ。ヘレナは図書館の規約くらいご存知でしょう?」 「不動の大図書館という異名をとる私に、いちいち説明させないでください」 「そんな別名はじめてきいたわよ? メリロットは単なる出不精じゃないの」 「どう評されようが結構です。私が読書にひたる、至福の時を邪魔しないでください」 「うふふ。私も無上の幸福が欲しいの」 「メリロット……あなたの、その澄んだ声で、この本を朗読してくれないかしら? 理事長の激務に疲れたこの身を、癒してちょうだい」 「ヘレナ……」 「も、もう……それならそうと、はじめから言ってくださればいいのに」 「僕も聞きたいです」 「どうぞ。こほん……! それでは、読み上げます」 「源造の節くれだった無骨な手が、静子の内腿を乱暴に撫でまわした。『あっ!? う……うーん』と静子は――」 「め、メリロットさん!?」 「ちょ……! なんですか、この本は!? これ以上は読めませんっ」 「やだやだ、読んでくれるって言ったじゃない!」 「そんな約束していませんっ!」 「なによう。いい年こいて、こんなラブロマンスも朗読できないって言うの?」 「ふ、ふんっ……。恥じらいに年齢は関係ありません」 「そんなんだから、耳年増って言われるのよ」 「ぬ……」 「わ、わかりました。そこまで言うのでしたら、最後まで読み切りましょう!!」 「良かったわね、シンちゃん!」 「ドキドキ……って、僕に振らないで下さいっ!!」 そういうわけで始まった、メリロットさんの朗読会。 ヘレナさんは始終、悪魔のような笑みを浮かべていた。 「きょろきょろ?」 秋晴れの小径を歩いていると、唐突に草むらからサリーちゃんが出てきた。 「やあ、こんなところで何を――」 「じゃあねー! バイバーイ」 「あからさまに胡散臭いぜ? 尾行しちまえ!」 「待ってよ。詮索するのは、よくないってば」 「あっ!」 「ヒョエエエぇ!? カ、カカカカイチョー、アタシをつけてきたの!!」 「うっふん、さすがはサリーちゃん♪ セートカイもトリコにしちゃう、魔界のアイドルぅ♡」 「ククク……たまたま通りかかっただけだぜ」 「ンベーっだ! そんなこと言っても、ドロダンゴの秘密は教えてあーげない」 「ケッ! なんか隠してると思ったら、そんなのかよ」 「ハッ!? あわわわ、これってユードージンモンてやつ? ひどい、ひどいっ」 「ただの自爆だぜ」 サリーちゃんの後ろをよく見ると、中庭の塀の陰に、ドロダンゴがいくつも隠されていた。 「へぇー、上手に作れてるじゃないか。いま乾かしてるところかい?」 「ちょっとぉ! 盗まないでよ」 「ごめん、触らないってば。だけどサリーちゃん、人聞きが悪いよ?」 「どうせパッキーなんて、休み時間にこっそりドロダンゴを潰してくタイプだしぃ!」 「俺様を陰湿なキャラにするんじゃねえ!!」 「こんな表面がヒビ割れてる無様なやつは、くれるっつっても要らねーよ」 「本当だ、亀裂がいくつも走ってる……」 「もう! だから秘密にしてたのに!」 「ねーねー、カイチョー。ドロダンゴの表面を硬くするには、どーすればいいのよぉ!?」 「いろんなトコの土まぜてたら、まんなかの芯はカチカチにできたの」 「それだけでも、スゴイよ」 ドロダンゴ製造におかける試行錯誤は、誰もが通る道だ。 僕も流星町のいたるところから土を集めて、様々な配合を試したけれど、なかなか納得のゆくものは作れなかった。 「パッキーなら分かるんじゃないかな?」 「あのなシン様よ? 大賢者だからって何でも知ってるわけじゃねーぜ?」 「はぁい、秘密の通路から登場したヘレナよ♡」 噴水の中からヘレナさんが現れ、僕たちに近づいてきた。 「リジチョーだー!」 「よし。それでは、さっそく本題にはいろうか」 「私はその昔……幼き頃、ドロダンゴマスターの異名をとった女……」 「フィーニスの塔の根元にあるサラサラの砂をつかえば、表面にツヤが出て硬度も増すのだよ」 「ヒャッホー! いいこと聞いちゃった。アンガトー♪」 「情報提供はギブ・アンド・テイク……ドロダンゴの中心を硬くする技を教えてくれたまえ」 「いえっさー! 教会のとこと、女子寮のうらと、カイチョーん家の畑の土をまぜれば、カッチンコッチン!」 「うふふ、これでやっと完璧なドロダンゴが作れるわ。私もまーぜて♪」 「おおっ! アタシがあつめた土と砂、エンリョなくつかってくんなっ」 「コネコネコネ……」 「まぜまぜまぜ……」 サリーちゃんとヘレナさんは、一緒になってパーフェクト・ドロダンゴに挑戦する。 二人の作り方は、僕が知っているそれとは異なっている。配合と工程は、育った時期と場所によって微妙に違ってくるようだ。 僕もやりたいけれど……先程から、生徒がチラチラと僕たちのほうを見ている。 「ん……んん? カイチョーはドロダンゴ作らないの?」 「いや、仲間に入りたいのは、やまやまなんだけどさ……」 「僕は生徒会長として、クルセイダースの一員として、もうすこし威厳のある人格になったほうが、いいと思うんだ」 「でもリジチョー、やってるしぃ?」 「私に威厳がないとでも……?」 「そ、そそっ、そういわけではっ」 「サリーちゃん、僕もまーぜて!」 僕は10年ぶりくらいに、ドロダンゴを作る。 「だけどヘレナさん、その服はモロに汚れませんか?」 「あらん? だからこそ、シンちゃんがいるんじゃないの」 「はい。洗濯する前に、レモン汁かシャンプーで手揉みしておけば、汚れが落ちますよ」 「ヤッホーー! カンペキー♪」 「こ、この音は……いけない! 隠れなきゃっ」 どこからともなく響いてくるヤキイモ屋さんの汽笛。咄嗟に僕は電柱の影に身を潜める。 「ほえ? もぐもぐもぐ〜」 「さ、さっちん、どうしてこんな所でヤキイモたべてるの!?」 何がなにやらサッパリ分からないけれど、さっちんは電柱の裏にしゃがみ込んで、ホクホクと湯気をあげるヤキイモを頬張っていた。 「それは心外だよー。スイーツ同好会副会長の誇りが、著しく傷ついたよー」 「こんな所だからこそ、食べるんだよー。もぐもぐ」 「ま、まずい、近づいてきた……気配を消さなきゃ! 無念夢想……っ」 「はぐはぐはぐ〜、あっちち! ふぅー、ふぅーっ」 「ほう……気合入れてやがんな。大学生がヤキイモ屋台をひいてるぜ」 「やっぱ、こうでなくっちゃな。自動車なんざ邪道ってもんよ」 「パッキーは、あの屋台の怖さを知らないんだよっっ」 「行っちゃったよー?」 「ふうっ」 「ようシン様、なんで冷汗三斗ってツラしてんだ?」 「……去年の冬、あのリアカーが家の前を通りかかったから、大奮発して一個買ってね」 「そしたら、ひと冬の間、グランドパレス咲良を起点に、ヤキイモ売られちゃって……」 「買えない切なさは、春まで続いたよ……」 「んっ、ぐすん、ひっく……シン君には、つらい過去があったんだねー、えぐえぐ」 「……泣くような事か?」 「しくしく、さめざめ……もぐもぐはむはむ〜、ごっくん……ぐしゅんっ」 「泣きながら喰ってんじゃねーよ」 「だって、美味しいんだもんー」 「私の十余年におよぶ食べ歩きだとー、近くの大学のボート部が、代々バイトを受け継いでるリアカーのヤキイモ屋さんこそー、町内で一番なのだー!」 「つまんねー事に、貴重な成長期を費やしてんじゃねーよ!」 「パッキー君、怒っちゃダメだよー。ヤキイモはもっと楽しくたべなきゃー」 「はーい。シン君におイモさん半分あげるねー。パッキー君と分けっこするんだよー」 「あ、ありがとう! ぱくぱく……うまいっ」 「お、おいシン様、ぜんぶ喰うんじゃねーぞ? 俺様にも分けてくんな。お腹と背中がくっつきそうだぜ」 「えっへへへー、まんまるお腹でナニ言ってるんだよー」 「ほら、パッキーの分だよ」 「くうぅ〜、シッポの部分かよ、チャッカリしてるぜ。もぐもぐもぐ」 「う、うめぇ!」 「去年よりも……うまい! おイモの種類を変えたのかな?」 「ううん、同じだよー。いつもより美味しいのは、場所のおかげだねー」 「こんなトコがか?」 「ほらほらー、立ち食いの駅ソバとかって、あんまり美味しくないけど、美味しいよねー?」 「ま、ありゃあ、うまさの半分は雰囲気だぜ」 「ヤキイモもそれと同じだよー、お外で隠れながら食べるのが最高なのだー!」 「そっか、僕ん家の菜園にはサツマイモも植えてあるんだ。収穫したら、一緒にヤキイモ作ろうよ」 「うん、約束だよー」 しばらくの間、僕とさっちんは、ヤキイモの隠れ喰いに興じた。 ……コレはコレでうまいけれど、病み付きになったら、ちょっと困りそうだ。 強くなるには、どんな訓練をすればいいんだろう? 個々人が力をつけるだけじゃなく、連携しながら戦う方法は? 見当もつかない……。 生徒会室を出て新校舎へ、2年A組へ向かおうとするけど、僕の足は重い。 「よう、なんで放課後に、わざわざ教室へ戻るんだ?」 「休み時間の遊戯用に、サッカーボールとバレーボールが置かれてるからね。それ借りて、みんなと練習したいんだ」 「そしたら、チームプレイの基礎が学べるんじゃないかな?」 「そいつは微妙だぜ。クルセイダースはスポーツじゃねーだろ」 「これはシン殿。こんなところでお会いするとは、縁がございますな」 「やあ、紫央ちゃん。ここで何を――」 「むっ!? おりましたぞ!」 「し、ししし紫央ちゃん!? こんな場所で、薙刀を抜き身にしたら危ないよっ」 「すべては強くなるため……それがし、参ります!」 「てやーッ!」 紫央ちゃんは薙刀を振りかざし、廊下の向こうへ突進してゆく。その先に居るのは…… 「なんとっ!?」 御陵先輩は扇子を軽やかにしならせ、紫央ちゃんの薙刀を弾き飛ばす。 「飛鳥井はん、ゴンタはあきまへんえ?」 「くひんっ」 「し、紫央ちゃんが、あっさり返り討ちにあうなんて……」 僕は二人の元に駆け寄り、落ちている薙刀を拾いあげて手早く袋にしまう。これで安全だ。 「や、やはり、それがしの目に狂いはありませんでしたな!」 「いきなりなんしはりますの?」 「彩錦殿、まずはご無礼をお許し下され!」 「それがし修行のため、手練の者をさがしております。お互いに鍛練を積み、兵となれれば理想的ではありませぬか」 「だからと言って、不意打ちするなんて、紫央ちゃんらしくないよ」 「否! てっとりばやく相手の実力をはかるには、この戦法しかありませぬ」 「む、無茶苦茶な理屈だぜ」 「否、断じて否! 剛の者ならば、躱すか、反撃してくるはず……!」 「ちょお待ちなはれ。飛鳥井はんのお眼鏡違いで、カタギの者やったら、モロに薙刀食ろてしまいますえ?」 「そん時は、どないしはるおつもりやったんどすか?」 「か、考えてなかったの?」 「いやぁ、それがしの推測通り、彩錦殿は護身術の使い手でありましたな!」 「いかがでしょう、さっそく武道館で他流試合を――」 「うちの事はよろしい」 御陵先輩は、扇子で紫央ちゃんの頭を軽く叩く。 「飛鳥井はんのお気持ちは分からんでもありまへんけどな、道徳的にメチャメチャ間違ぉてはりますし」 「お、おや? お空にメザシ雲が……」 「イワシ雲だってば」 「誤魔化さんでもかまいまへんえ。うちの流派でええんでしたら、強よぉなる心得や、なんぼでも教えますさかい」 「おお、かたじけない!」 「僕にも聞かせて下さい」 「ふん、誰もいてへんようやね。ちょうどええどすわ。こっちおいでやす」 御陵先輩に手招きされて、紫央ちゃんと僕は、無人の教室に入る。 「ふんふん、飛鳥井はんに、ヤイトはまだはやすぎますなぁ」 「はて、ヤイトとはなんですかな?」 「お灸の事だぜ」 「んなっ!? そ、そそそそれがし急用を思い出しましたぞ、これにて失礼!」 「おほほ、逃がしまへんえ?」 「お、お放しくだされ〜っ。じたばた、じたばた!」 「御陵先輩? どうして、紫央ちゃんを人さらい抱っこするんですか?」 「きかん坊には、昔からこのお仕置きやし」 「く、くひぃ〜〜っ!?」 「お尻ペンペンなんて、あんまりですぞ! それがし、花も恥じらう女子校生なのに!」 「そない言うてるうちは、まだまだ子供どすえ」 「くひんっ、てひんっ」 「飛鳥井はんには先がおます。焦らへんでも、なんぼでも高みにのぼれますさかい」 「そやから、よう覚えときなはれ」 「正義なき力は無能なり、力なき正義も無能なり!」 「な、なるほど。奥が深いね、紫央ちゃん」 「シ、シン殿、それがしの恥ずかしい姿を見ないでくだされっ」 「いや、あの、御陵先輩の言葉ちゃんと聞いてる?」 「この事は、姉上には内緒でお願いいたしますぞぉ〜っ」 「う、うん。それじゃ、僕はもう出るから、薙刀はここに置いておくね?」 「おやまあ。終いまで見届けてくれはっても、かまいまへんのどすえ?」 「彩錦殿、それがしのお尻を何回ペンペンするおつもりですか!?」 「百回に決まってますやないの」 「ひ、ひゃくですとぉぉぉーーーーっっ!?」 廊下に戻って、僕は御陵先輩のわきまえを何度も呟く。 クルセイダースのみんなにとって、正しい道理とは何だろう? それがハッキリすれば、必ず連携して強くなれる……! 放課後、僕は足早に九浄家へ……ヘレナさんに会いにゆく。 ちかごろ魔族が手強くなってきてる。いや単純に力だけで考えると、一対一ならば、これまでのお気楽ムードで撃退できるかもしれない。 けれどクルセイダースがそうであるように、魔族たちも仲間同士で助け合い、連携攻撃を仕掛けてくるようになった。 僕たちがもっと腕を磨くには、どうすればいいんだろう? まずは先達のヘレナさんに、尋ねてみよう。 「それでは失礼いたします、ヘレナ」 「メリロットさん?」 ほとんど僕と入れ違いに、九浄家のお屋敷から、メリロットさんが出てくる。退出の挨拶から推せば、ヘレナさんは在宅中のようだ。 「ごきげんよう、ヘレナにご用ですか?」 「は、はい。ちょっと相談したいことがありまして」 「彼女を頼るとは、よい人選ですね」 「僕もそう思います。メリロットさんは、ヘレナさんと午後のお茶でしたか?」 「ふふっ、それもありますが、本棚の修理にうかがっておりました」 「九浄家には、作り付けの本棚がたくさんあるものの、どれも痛んできておりまして……」 言いながら、メリロットさんは九浄家の偉容をふりあおぐ。 明治か大正時代に立てられた洋館で、近代建築というらしい。 時々その筋のマニアが、学園の敷地内に入り込んでは無許可で九浄家を撮影し、ガードマンにつまみ出されている。 作り付けという事は、本棚もその当時のものなんだ……凄いや。 「最近は、直せる職人がおらず、私が駆り出される始末です。まったく困りますよ」 「……メリロットさん、なんだか楽しそうですよ?」 「そ、そそそそうですか? いけませんね、ヘレナにつけ込まれてしまいます」 「あははは、やっぱり九浄家では書物が大切にされてたんですね。理事長室の本棚を見て、そうじゃないかと思ってたんですよ」 「ええ、ご想像の通りです。どんな高価な調度品よりも、大切にされているのです」 「私がヘレナの事が好きな理由の、ひとつですね」 「ただの四角い物体にすぎないのに、1ページ1ページに刻まれている言葉の意味は、本当はその本棚におさまり切らないほど深遠なもの……」 「しかし、書物はそんな素振りを微塵も見せず、誰かの手によって開かれるのをジッと待っています」 「その姿は尊いものですよ」 「ありがとうございます、メリロットさん」 「……? どうなさいました?」 「メリロットさんのおかげで、悩みが解消されたんです」 「は、はあ、それは何よりです」 そうとも、ヘレナさんに教えを乞うのは、時期尚早じゃないか。なまじ新必殺技とかを望まずに、これまで培った戦法をさらに洗練させなきゃ! 「それでは、私は図書館へ戻ります」 「僕も生徒会室へ……旧校舎へ向かいます」 「ふふっ。それなら、途中まで一緒ですね」 信じがたいことに、僕はメリロットさんと隣り合って歩く。 貴重な体験だけど、旧校舎は九浄家の隣の隣。あっという間の出来事だった……。 「ごきげんよう」 僕がたまたま波止場を通りかかると、リースリングさんが問答無用でピストルを突きつけてきた。 あたりにロロットの姿はない。つまり、この状況を制止できる人が、誰も居ない? こ、殺される……!! 「率爾ながらものをお尋ねしますが、短銃身での射撃経験はございますか?」 「俺様、あんぜ?」 「それではパッキー様に、お貸しいたします」 リースリングさんが、パッキーにピストルを二丁手渡す。 「おいおい、サタデーナイトピストルじゃねーか。こんな粗悪品じゃ、弾がまっすぐ飛ばねーぜ?」 「暴漢による襲撃を想定しておりますゆえ、敢えてその拳銃を選定したのでこざいます」 「ま、構わねーぜ? 執事の得物はマトモだしな」 「ええーと、話が見えません……」 「失礼、ヘレナより連絡でございます」 「もしもし? 天使は1番、電話は2番、3時の狙撃はリースリング遠山でございます」 「民子ちゃん、そっちの準備はどう?」 「お嬢さまの送迎車の姉妹品の耐久試験は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「こっちも用意できてるわ。いっちゃうわよん?」 「クラシック・ロケットモード、ポチッとな♪」 「な、ななな何事ですか!?」 突堤に停泊している大型輸送船の外殻に大穴があき、内部から高級車が飛び出してくる。 「あれに見えるは、デイドリームスーパーカー・ヘレナ2000『鬼藤』でございます」 「ヤッホーイ! Gキャンセラーは作動良好よっ」 「も、もしかして、あの自動車にヘレナさんが乗ってるんじゃ……」 「てゆーか、僕たちの方へ、自由落下してくるんですけど!?」 「射程圏内に入りました。これより迎撃を開始します」 「ちょっとチョットちょっと!!」 「よし来たっ」 「あ、あれれ? 弾が弾かれてる……?」 「撃ち方やめでございます」 「ホラよ執事、返すぜ」 「はぁい、現代に蘇った正義の理事長ヘレナよ♡」 「ヘ、ヘレナさん、お怪我はありませんか!?」 「じゃじゃーん! 無傷よん♪」 「全弾命中したのに、蜂の巣になるどころか、塗料すら剥げてねーぜ」 「そりゃもう、民子ちゃんがボディの分子構造を、改良してくれたんだもの」 「現用兵器で傷つける事は、不可能でございます」 「ど、どういう車なんですか?」 「うふふ、クルセイダースの司令官に相応しいでしょ? しかも専用のステルス戦闘機!」 「シンちゃんも、免許をとったら乗っていいわよ」 「本当ですか? 楽しみだなぁ」 「……乗りてーのか?」 「操縦性は、いかがでございましたか?」 「性能自体に問題なし。でも言語回路に不具合があるわね。たまに鬼藤が関西弁で喋るのよ」 「ヘレナは、関西弁がお好きでございますか?」 「大好物っ♪」 「ならば、問題ございません」 「くすっ、それもそうね。耐久試験はこれでおしまい!」 「さあシンちゃん。お家まで送るわ、お乗りなさい」 「……シン様の武運長久をお祈りいたします。それでは」 「え……? リースリングさんは乗らないんですか。それじゃ、さようなら」 どうしてリースリングさんが乗らなかったのか、その理由はすぐに分かった……。 今日は、夕霧庵のお手伝いをしよう。 夕飯前、お客さんが少なくてノンビリした空気に満ちている店内。ナナカはおらず、その代わり客席には―― 「さあ、何でも好きなものを注文なされい。それがしの奢りですぞ」 「ヒャッホー! 紫央ちーのお腹、ぷくぷくぅ〜」 「……それは、どういう意味ですかな?」 「太っ腹ってイミだよ。ロロちーがおしえてくれたの」 「ロ、ロロットには僕から突っ込んでおくよ」 「あっ、カイチョーだ。こんちゃー!」 「おお、シン殿。これは奇遇ですな。ささっ、どうぞ隣にお掛けください」 「ううん、僕は皿洗いにきたんだ。お客さんじゃないよ」 「紫央ちゃんたちは、ちょっと早めの晩ご飯?」 「否。今月中旬、当社で小ぢんまりした神事がありましてな」 「その折、氏子に粗飯を馳走するための銅の汁椀を、店主殿に借りに参った次第ですぞ」 「じゃあ、なんでメニュー開いてやがんだ」 「紫央ちーとアタシ、おやつ食べにきたの♪」 「し、然り。それが情義というものではありませぬか?」 「それにサリー殿は、宮掃除に尽力してくれたのです。ご褒美をあげねば!」 「あははは、紫央ちゃんらしいね」 「ん……んん? どれも美味しそう♪ 何頼もうかな」 「かけそばでも、盛りそばでも、遠慮はいりませぬ」 「決めたよ、きゅる〜ん お汁粉・極上ひとつ!」 「ご、極上とな?」 「ま、ペタンコくれーのジャリは、甘味がありゃソレ言うわな」 「お、お値段は……」 「な、なんと……ッ!?」 額に冷や汗を浮かべる、紫央ちゃん。 夕霧庵の極上お汁粉には、小豆とお餅の他にも、栗キントンやタピオカとか、僕の普段の食生活とは縁のない高級品が、色々と入っている。 もちろん僕の一年分の生活費よりも、高い品だ。 「いち、にい、サンマのシッポ、ゴリラのむすこ、ナッパ葉っぱ……」 紫央ちゃんがデーブルの下で、可愛らしい刺繍がほどこされたガマ口のお財布をひらき、手持ちのお金をあらためる。 「おっほん……サリー殿はご存知ですかな? お汁粉は、とっても苦いお薬ですぞ?」 「紫央ちゃん、君は……」 「シイィーーーッ!」 「えええ、そうだったんだ?」 「は、はい……流星町に病魔跋扈せし往古、人々は飛鳥井神社に集い、平癒を願って銅の器に盛られたお汁粉を食べたと伝えられております」 「銅……すなわち赤い色には病魔を――物の怪を退ける効用がある……」 「そんなわけで、物の怪であらせらるるサリー殿がお汁粉・極上を食べれば、大変な事になってしまいますぞ!!」 「し、しかし……お汁粉・並ならばなんとかならなくもありませぬ……」 「しかも、お汁粉・並はお薬ではなく、甘いお菓子ですぞ……」 なるほど、その帰結にもってくための講釈だったんだ 「てゆーかよ、器の色と中身は関係なくね?」 「それを言ってしまっては、身もフタもございませぬ」 「紫央ちー、アタシわかった。注文決めたよ」 「お汁粉・並ふたつ!」 「は、破廉恥な!?」 「紫央ちー、なんでパニクッてるの?」 「そ、そそそそれがしは冷静ですぞ!」 飛鳥井神社へお参りにきた刹那、紫央ちゃんの大声が聞こえてきた。 本人は落ち着いてると主張するも、どう見ても狼狽中だ。対照的にサリーちゃんは、無邪気に小首を傾げている。 「どうしたの、二人とも?」 「ねーねー、カイチョー、聞いて聞いてぇ!」 「シ、シン殿!? 聞かんでくだされ」 「紫央ちーね。ブラジャー持ってないんだって!」 「えっ!! てことは、まさか……つけてな――」 「シン殿、ご無礼!!」 「ククク……さらしでも巻いてるんだぜ」 「そそっ、それがしは……え、えと、その……」 「つけているのは、運動用の下着でございます!」 「スポーツブラかよ。色気がねーぜ」 「お黙りなされい!」 「ま、まあ……部活動もあるしね。汗もいっぱいかくだろうし……」 「冷静に解説するのはおやめ下され……」 「う〜〜ん。ブラジャーなんて、邪魔なだけだと思うんだけどな〜」 「乙女の嗜みですぞ」 「けどよ。巫女ってやつはノーブラノーパンは当たり前じゃねーのか?」 「な、なにを言い出すんだ、君はっ。いくら、巫女さんだって……」 「ふむ……確かに」 「なるほど。それなら、ミコサンの紫央ちーがノーブラにノーパンでもしょーがないね」 「うむ!」 「だから、それがしは違うと!!」 「ってことは、アタシもミコサンだーー!」 「ノーブラ仲間♪ ノーパン仲間♪」 「も、もうおやめ下され〜〜」 「ペタンコもセクシーバディに憧れてたんじゃねーのか?」 「なにかに縛られて生きたくはないからね」 「哲学だなあ」 「それに今はまだまだ成長期だもん! もうちょっと大人になったら、ボインボインのバインバインだー」 「サリー殿は、そうなられても下着をお着けにはならぬというわけですか」 「もっちろん!」 「サリーちゃんがボインバインで、下着を全くつけない姿か……」 「ククク……恒例の鼻血か?」 「いや、想像がつかなくて」 「ムキーーッ!!」 「しまった! 図書カードを更新しなくちゃ!」 放課後、僕は急ぎ足で図書館へ向かう。 片手にはやや古ぼけた図書カード。 流星学園に入ってから、それほどたくさんの本を借りたつもりはなかったけれど、ふとあらためると裏面の貸出表が埋まっている。 あと一冊で記録スペースが無くなってしまうだろう。 「今どき、厚紙の図書カードかよ!」 「僕も最初ビックリしたよ。どうして電子カードじゃないんだろうってね」 「まったくだぜ。パソコン全盛のこの時代、そのほうが管理が楽だろうに」 図書館の前にあるベンチの前で、メリロットさんが佇んでいた。僕は運がいい。館外ならば、普通にお話ができる。 「はい、こんにちは」 見ると、メリロットさんも僕と同じように、その手に図書カードを持っている。わずかに土に汚れている事から、誰かの落とし物だろう。 「更新を繰り返して、20枚目の図書カード……ふふっ、この生徒は大変な読書家ですね」 「学生課に届けて来ましょうか?」 「いいえ、この持ち主にかぎっては、すぐやってくるでしょう」 僕は安心する。 図書館内で騒いだり、本を汚したり返却期限を破ってしまうと、メリロットさんから恐ろしい目に遭わされるという。ただ、図書カードの紛失に関しては例外だ。 「あら? 咲良くんもカードを持っていますね」 「はい、更新しようと思って」 「それは、よい事です」 「……カードを作った日。私がなんと言ったか、覚えておいでですか?」 「もちろんっ」 入学してすぐ、僕は図書館を訪ねてメリロットさんに会い、生徒手帳を見せてカードを作ってもらった。 昔ながらの厚紙製のそれを新入生に手渡しながら、メリロットさんは……その時はまだ名前をしらなかった図書館司書のお姉さんは、こう説明をしめくくった。 「大事にお使いください――です」 「ふふっ」 あの日、メリロットさんと約束した通り、僕は図書カードを大事に持っている。 もはや黄ばんで角はすり減っているけれど、その裏面の貸出欄には、流星学園に入学してから今日までの約一年半の間に、僕が借りた本の題名が消えずに記されている。 「メリロットさんは、もうひとこと言われましたよ?」 「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもある――ですね」 そうなんだ。これまで僕はメリロットさんと、決して多くの事は話していない。 なのに、どんな言葉を交わしたかはハッキリ思い出せる。メリロットさんほど論理的であると同時に、詩的なものの言い方をする人を、僕は知らない。 「あははは、二年生も半分過ぎて、ようやく1枚消化です」 図書カードの裏面、貸出欄に記録された題名を、一番上から順番にひとつひとつ辿ってゆく。 それだけで、その時、どんな場所で、どんな風に本を読んだのか、その記憶が蘇ってくる。 本の内容のみならず、メリロットさんと交わした会話も。 「20枚かぁ、その生徒さんはスゴイや」 「クリステレスさんです」 「聖沙だったんですか。どんな本を読んでるのかな? どれどれ――」 「きゃああぁっ!? なんで咲良クンが、そこにいるのよっっ」 「そっか、聖沙の性格なら、大急ぎで取りくるはずですね」 「私のカード、見るんじゃないわよ!」 「えーいっ、ジャンピング・ヒップ・アターック!」 僕に一撃を加えざま、聖沙は鮮やかな手つきで図書カードを取り戻す。 「なにしてるのよ! 女子のプライベートを覗こうとするなんて、生徒会長失格だわ!」 「そ、それもそうだね、ごめんよ」 「確かに、お渡ししましたよ。クリステレスさん」 「あ、はい、ありがとうございます」 「それでは咲良くん、新しい図書カードを発行いたします。窓口へお越しください」 「お願いします」 「えっと、古くなったカードは返却するんでしょうか」 「その必要はありません、大事に持っておいてください。卒業してからも、ずっと」 「あ、そうなんですか」 「ふふん! そんな事も知らないなんて、あなたはまったく仕方のない人ね!」 「クリステレスさんも、2枚目を作る時……ご存知なかったではありませんか」 僕は2枚目の図書カードを手に入れた。単純に計算すると、このカードがいっぱいになる頃、僕は卒業だ。 メリロットさんに会いたくなれば、いつでもこの図書カードを取り出せばいい。 ただそれだけで、不変の思い出が蘇る。 その事に気付いたのは、卒業後、何年も経ってからだった。 「いけない、忘れ物しちゃったよ」 「さすがに、もう誰も残ってないや」 呟いた僕の声が、黒板や机に跳ねかえって微かに木霊する。 窓の向こうには冷たい秋風。桟がカタカタと鳴っていた。 無人の教室には、寂寥感とはすこし異なる温かみがある。 「さ、さっちんが寝てる……だから、どこかぬくかったんだ」 「お嬢のまわりは、いつも春の陽気だぜ」 放課後、みんなと談笑したあと、そのまま眠ってしまったのだろう。さっちんは、自分の机に突っ伏して熟睡している。 「さっちん起きなよ? 風邪ひいちゃうってば」 さっちんの肩に手を置いて、軽く揺する。 「すぴー、すぴー、うぅーん……ナ、ナナちゃん。そんなとこ、おいたされたら私……だ、だめだよー」 「な、なんの夢を見て――あれっ!?」 「机の中に、教科書ぜんぶ入れっぱなしにしてある……」 「まったく……ちゃんとお家に持って帰って、勉強しなきゃ駄目じゃないか」 「むにゃむにゃ……私は学園に、お嫁さんをさがしにきてるから、いいんだよー」 「それを言うならお婿さんでしょ?」 「すぅ……すぅ……シン君も候補だったんだけどねー」 「か、過去形なんだね」 「寝言なのに会話を成立させるとは、さすがシン様だぜ」 「いや、寝たままだとマズイって。ほら、さっちん……起きてっ」 「ん……んんー? んん〜〜?」 「ふわああ……ここー、どこー?」 「よかった、起きてくれたよ」 「へくちゅっ! ううー。さ、寒いよー」 「うん、秋も深まってきてるしね」 「わあーー、こんなところに温かいお布団があるー」 「さ、さっちん?」 「はぁぁ……凄く温かくて……んっ、気持ちいよぉ……んっ、んん……」 ふんわりと優しい香り。僕はさっちんの柔らかい体に包まれた。 さっちんに抱きしめられ、僕も温かくなる。 体の凹凸もわかるし、さっちんも普通に女の子なんだな……。 「って、いかんいかん!」 パッキーに助けてもらい、僕はどうにか、さっちんをキチンと起こす事ができた。 聖夜祭をひかえてパトロール強化だ。僕は文化ホールへやって来た。普段、ほとんど訪れない場所だからこそ、魔族が潜んでないか入念にチェックしておかなきゃ! 「会長はん、ご機嫌よろしゅう」 「おほほ。ちぃと、おいたしてましてな。椅子にうちの名前を落書きして残そぉ思とったんどすわ」 「み、御陵先輩がそんな事するなんて……」 「誰にも見つからへんよう、下の方に記念でちょろっと書いとっただけどす。文化ホールは、うちにとって馴染み深いとこやし」 「こ、ここがですか?」 「そうどすえ?」 「あ……ははーん。さては会長はん、朝礼や生徒総会のほかで、足運びはった事ないんどすな?」 「はあ、普通はそうなんじゃ――」 「土日に図書館が一般開放されてはりますやろ? あれと同じで、文化ホールも生徒や市民の演奏会や朗誦会に使われてはるんどすわ」 「そ、そうだったんですか」 ……気のせいだろうか? いつもより楽しそうに喋ってるような? 「そうどす。ほんでうちがいっつも座らしてもろてます席が、そこ。今しゃがんどったとこどす」 御陵先輩は扇子を指示棒のようにして、その座席がどこか僕に教えてくれる。 不意に御陵先輩の眼差しが憂いを帯びる。 僕たちのほかは無人の講堂。 「御陵先輩、あの――」 「そう言や会長はん? サリーちゃんいうお子が、和菓子倶楽部に、ようお菓子食べにきてはりますえ?」 「あの子は人間やのぉて、なんかの族と違いますの?」 「え、ええーと……たしか、タイチュート族だったような……」 「魔族」 「隠さんでもよろしい。流星町はそういう土地と違いますの? こないだは、サリーちゃんの友達も試食会に来はりましたわ」 「せ、先輩は落ち着きはらってますよね。どうして、そう思うんですか?」 「現に、飛鳥井神社に百足封じはあっても、魔族封じは置いてはりまへんやろ?」 「たしかに……」 「……御陵先輩、僕の事はどう思われますか?」 「会長はんは、ええ男子どすえ?」 「ドキン!?」 「愛想言わへんお子は、うちにとってはみんなええ子どす」 「な、なんだ……」 「なに気落ちしてはりますの? むつかしいんよ、その気質を持ついうんは」 「そないな会長はんやから、サリーちゃんもこの町にいてはるんと違いますの」 「和菓子倶楽部には、魔族に不安を感じとるお子もおりますけど……開国の御代に、異人はんを見るようなもんどすな」 「な、なるほどぉー!! うんうんうんっ」 「頷きすぎだぜ」 「そやし、聖夜祭に、みなはんでクリスマスソング歌ういうんはどないどす?」 いきなり聖夜祭の話題になり、僕はすこし戸惑う。 「サリーちゃんの友達のなかに、自称・作曲家の子がいてはるそうどすわ」 「うちは流星学園に入ってから今まで、ここで色んな演奏きかしてもらいましたけど、音楽に国境はありまへん」 「聖夜祭で魔族はんと一緒に、歌たり、踊ったりしたら、偏見はのぉなるんとちゃいますやろか」 「い、いいですね、スッゴク!」 御陵先輩の心の中では、文化ホール、サリーちゃん……魔族、聖夜祭がきちんと同列に並んでいる。一瞬でも、それに疑問を浮かべた自分が恥ずかしい。 「ま、具体的な事は、なんも思いつかれへんのどすけどな」 「いえ、御陵先輩は考えてますよ」 僕はしばらく、話し込む。 御陵先輩と別れて、文化ホールを退出する。当たり前だけど、講堂内より空気が冷たい。 見上げると、空が高く雲がうすい。秋風がどんどん透き通ってゆく。 御陵先輩の情緒にふれたおかげか、僕は柄にもなくそんな想像をした。 昨夜戦った魔族は、これまでの相手とくらべて格段に強かった。 なんとか退けたけど……もし、あれが住宅街だったら、僕たちは流星町の人たちを、巻き添えにしてたかも知れないんだ。 この先、どんな風に戦えばいいんだろう? 戦闘中に何を優先させるべきか分からない……。 すこし意外な場所で、ヘレナさんと会う。 こちらに気付いた様子はなく、追いかけて挨拶しようとするも、僕は歩を止め目を逸らす。 は、恥ずかしい。見ちゃいけない! ヘレナさんは公衆トイレに入ってゆく。 「おい、ヘレナの奴、用具室に入ってったぜ?」 「こ、個室のドアと間違えたんだよ」 「そんなわけあるかよ。しかも、入ったきり出てこねーぜ?」 「う、うーん……?」 しばらく待ってみたけれど、ヘレナさんは一向にあらわれない。 失礼は承知で、僕は用具室の長細い扉の前まで歩みよる。 「お返事がないね……」 「向こう側にゃ、人の気配すらねーぜ?」 「ねえ、パッキーの見間違いだったんじゃないの?」 「俺様はリアちゃん以外の事で、シン様にウソはつかねーぜ」 「あははは、先輩の事ならつくんだ」 僕はわざと乾いた笑いを浮かべて、用具室のドアノブに手をかける。 「マ、マジかよ!? そんな馬鹿な!!」 「誰もいない……」 突然、足元の床が無くなって、僕はパッキーをくっつけたまま、自由落下する。 「うわっ、わわっ、うわあ!?」 「ど、どうなってやがる!!」 「わ、わかんないよ。だけど、なんだか急なスベリ台を、滑ってる感じだ」 「ぐはぁっ!?」 「カルパスッ!?」 「……いたた……ここは一体……?」 「おい、ここは理事長室だぜ!」 「ということは、隠し通路だね」 壁と天井を改めて眺めてみる。本棚か、額縁か、鏡か……僕とパッキーがどこから出てきたのか、もはや分からない。通路は巧妙に隠されてる。 「ヘレナさんは……ここにも居ないね」 僕はパッキーを連れて、見星坂公園に戻った。先程と同じように用具室の扉を開けたけれど、今度は床が外れなかった。 「僕にバレたせいで、この通路は閉鎖されちゃったのかな?」 「そんな理由がどこにある? 緊急事態じゃねーんだ、使えなくて当たり前だぜ」 僕はようやく思い至る。ヘレナさんは、敢えて見せてくれたんだ。 おそらく、流星町全体にこの通路は張り巡らされているだろう。有事の際、避難経路として使えるように。 クルセイダースの司令官として、自分はサポート役に徹する。だから、あなたたちは強くなる事に専念しなさい。 そういう意味だ。 「よーしっ、頑張ってトレーニングするよ、僕!」 「おいシン様よ、その思慮深さと気合いに、水をさすようで悪ぃんだが……」 「隠し通路を滑ったせいで、ズボンの尻がテカテカになっちまってるぜ?」 とりあえず僕は、ズボンをはきかえに家へ戻った。 最近、魔族が強くなってきた。単身で力任せに挑んでくるのではなく、仲間と連携した攻撃を仕掛けてくる。 サリーちゃんや美味しいもの食べ隊のように、僕たちの話に耳を傾けてくれるタイプもいるけれど、そうではないものも増えてきた。 これから僕は、どうすればいいんだろう? 「咲良くん。あなたが上を向いて歩くには、まだ早すぎますよ」 「メ、メリロットさん」 考え事をしながら歩いているうちに、僕は高台の広場へ着く。 どうしてココへ来てしまったんだろう? 視界の端にあるフィーニスの塔を、無意識のうちに目指してしまったのか、単に学園の中心地だからか。 「熟考は大切ですが、堂々巡りをするくらいならば、しっかりと前を見て歩いて下さい」 「前を……ぅ、うわっと!?」 僕はいつの間にか遊歩道をはずれ、草むらに分け入っていた。 足元、爪先ほんの30センチ先に、アイスキャンディーの棒で作られた墓碑が立てられている。 「どんなものであれ、塋域は神聖な場所。土足で踏み荒らすべきではありません」 「ギ、ギリギリセーフ!!」 フィーニスの塔のすぐ近く、人目につかないこの草むらには、流星町の子供たちが勝手にペットの墓場にしている一画がある。 どこに秘密の抜け道を作っているのやら、子供特有の嗅覚をもって流星学園内に勝手に侵入し、許可なく埋葬してゆく。 それほど数が多くないため、生徒会への投書で問題になった事はないし、ヘレナさんとメリロットさんもこれを黙認してるらしい。 「朝寒の夜明けの露が、毛皮についています。冷たいでしょう」 「え……? あっ!?」 メリロットさんの前にある草むらが、不自然に小さく盛り上がっている。拙いお墓のひとつ。 カマボコ板の墓碑には、鏡文字のひらがなが記されており、明らかに幼子の手によるものだ。 よく見ると、盛り土の一部が崩れてしまっている。 幼子がここへ来て、墓穴を堀り、大好きだったペットを埋めたけれど、ちょっとだけ力が及ばなかったのだろう。 「土をかけ直しましょう」 僕はメリロットさんのそばへ、歩み寄る。 お墓には、牛乳ビンに活けた花が供えられていた。 ビンの中の水はすべて蒸発し、花は枯れて干からびている。 飼い主だった子は、もうずっと訪れていないようだ。 僕は付近の土を拾い、ムキ出しになっている毛皮を覆い隠すように、手早くその上に一筋かける。 「子供たちは、なぜここに亡くなったペットを埋めにくるのでしょう?」 「うーん、お家に庭がないんじゃないですか?」 「しかし、地面ならば、見星坂公園にもあります」 「みんなが遊んではしゃぎまわるとこじゃ、ゆっくり眠れません」 「それに、ここはフィーニスの塔の根元です」 「塔は流星町のどこからでも見えます。塔を見れば、いつでも逝ったペットに会える……そういう事じゃないでしょうか?」 「……なるほど、興味深い意識です」 「主とともに野に山に飛び駆け、最後はフィーニスの塔が見えるこの場所で、安らぎの時を迎える。懐かしい人も心も、今は求めるを得ない」 「あの塔は、天にまで続いているのかも知れません」 「ならば、塔を伝っておりてくる天使がいたとしても、無理からぬ事です」 「天使は名前の通り、天からの伝言を、彼方から此方へと届ける使者、かそけきものたち」 「心弾む伝言、悲しい伝言、励ましの伝言……この子はどんな言葉を受け取ったんでしょうね?」 メリロットさんは両の手のひらで包み、自分の体温であたためた土を、お墓に落とした。 僕は黙ってうなずいた。それ以外に何ができただろうか? 「ぜーはー、ぜーはーっ」 「走っても無駄だぜ? 薙刀の音も鉄砲を撃つ音もしてねえよ。終わっちまったんだ」 「ううん。これから練習試合が、はじまるのかも知れないよ! ぜーはー、ぜーはーっ」 先日――僕は油断して、テストの事を忘れていた。 困った時の神頼み。虫のいい話で、飛鳥井神社へ学業成就のお守りを買いに来たけど、社務所に居たのは紫央ちゃんのお母さんだった。 聞けば、紫央ちゃんはリースリングさんを相手に、修行しているという。 稽古場は、境内で〈合祀〉《ごうし》されているお稲荷さんの前! 「あの二人が戦ってるところなんて、滅多に見られないよ!」 「ヤジウマ根性まる出しじゃねーか」 「小狐丸を、お返しいたします」 「もう、よろしいのですか?」 「私めの手には、あまる薙刀でございます」 「ご冗談を……! それがしの手をすべて躱しておきながら、何を仰いますやら」 「私めは、円を描いていたにすぎません」 「居た! ぜーはー、ぜーはーっ」 「おお、シン殿ではありませぬか。大慌てで、いかがなさいました?」 「ほれ見やがれ、この様子じゃ試合終了だぜ」 「応援がてら、観戦でもしようかなって」 「そうでしたか……いやはや、しかし……」 「終わるどころか、はじめる事すらできませんでした……」 「それがしの太刀筋は、じいや殿に見切られてしまい、斬り結ぶ事さえかなわず……」 「つまりボロ負けしたわけだな?」 「ぬぐぐぐ……っ」 「これから、始めればいいんじゃないかな?」 「シン殿!!」 「ち、違うって! 今もう一勝負すればって意味じゃないよ。気持ちを新たにして、修行を続ければどうかな?」 「そうでしたか……。確かに、じいや殿と対峙する事で得られたものもありますぞ」 「テメーの負けを認められる奴は、大きくなれるぜ」 「すでにご母堂より、座学がおすみと想像しますが、薙刀の要諦は円環をもって相手を幻惑する事でございます」 「現時点において、紫央様は直線的に過ぎます」 「そ、それがしは、知識が実践に伴っておらぬと?」 「ククク……バッサリ言い切りやがった。俺様より容赦ねーぜ」 「『円環』をものにすれば、本来、紫央様が斬るべき輩に対しても、有効でございましょう」 「あ……! 先程じいや殿が見せてくださった動きはっ!!」 「修行をやりなおし、強くなるには……それがしも、じいや殿にあやかり、二刀流の修行をすべきですかな」 「さ、さすがに安直すぎるよ、紫央ちゃん」 「その薙刀ならば、一振りで充分でございます」 「……作者銘は?」 「無銘ですぞ」 「それではやはり、小狐丸の刀匠は、飛鳥井家に敬意を払っていたのですね」 「伝家の宝刀と聞き及んではおりますが、詳しい来歴はそれがしにも分かりかねます。ご興味がおありでしたら、次のご参拝までに調べておきますぞ」 「紫央様、お気をつけて。よい薙刀ですが……よすぎます、恐ろしいほどに」 「そうでしょうか? 小狐丸などという名前、妙に可愛らしくて迫力に欠けますぞ?」 「そういう刃には、精霊も宿れば、魔物も憑くものでございます」 「ふむぅ、分かりませぬな……小狐丸を封印し、もう使うなと申されておるのでしょうか?」 「うーん、使い方次第という事かも?」 「それでは、お嬢さまの警護に戻りますので、私めはこれにて」 「は、はい! 本日はありがとうございました!!」 「なにを惚けてやがんだ、薙刀小娘?」 「くふん、くふふふふ……くふふふ……っ」 「紫央ちゃん、笑うのを我慢しなくてもいいんだよ?」 「い、否、得体の知れない笑いでしてな。くふふふふ……」 「人間ってやつは、嬉しい時と、死ぬほどの恐怖が過ぎ去った時に、笑うもんだぜ」 「くふ、くふふふふ……そ、それがしは、どちらでしょうな?」 「紫央ちゃんは、その薙刀を使い続けるの?」 「もちろんですぞ!」 「じゃあ、嬉しい笑いだよ」 秋晴れの青空に、紫央ちゃんの笑い声がこだまする。紫央ちゃんは着実に成長してる。僕も頑張らなくちゃ! 紫央ちゃんが、僕の呼びかけに応えてくれるようになった!! さて、どこでテスト勉強しようかな? 部屋に帰るか、図書館を利用するか、生徒会室へ行くか―― エントランスで放課後の予定を考えていると、いきなり二階からサリーちゃんの挨拶。 「ヒャッホー、つるつるつるぅ〜♪」 「ぎょっ!? サ、サリーちゃん、手すりを滑っちゃ危ないよ!」 「ヘーキだってぇ! ぴょ〜んっ」 「着地、9・95だよー、上手だねー」 三々五々、生徒のみんなが帰ってゆくなか、いつの間にやって来たのやら、さっちんがサリーちゃんを褒めそやす。 「うん、たしかに見事な運動神経だけど、それよりも注意を――」 「ん……んん? 10・0じゃないの」 「満点を出すには、審査員が何人もいるんだよー」 「いえっさー! セートショクン、アタシの技を見てくんなっ」 サリーちゃんは階段を駆けあがり、もう一度、手すりを滑ってくる。 「ヤッホー♪」 「にょっほぉ〜」 「ど、どうして、さっちんまで滑って遊ぶのさ!?」 「それは心外だよー、サリーちゃんの事が心配でシンパイで、そばについてやってるんだよー」 「う、嘘だ、遊びたかったんだっ」 「ねーねー、得点は?」 「コレッ、サリー殿! 学舎でなんたる狼藉! ここは公園ではありませぬぞ!」 「もう! だってコレおもしろいしぃ。紫央ちーもやろうよぉ!」 「ええーい、どこへゆく!? それがしの忠告をお聞きなされい」 「うふふのふー♪」 「ほにゃらんらら〜」 「うわーい♪」 「否! それがしはサリー殿を追跡し、結果的に滑ってしまったにすぎませぬ」 「はぁい、さりげなく学内をパトロールしてるヘレナよ♡」 「リジチョー、こんちゃー! シンサインやって!」 「0点!!」 「なにをやっとるか、ちびっ子ども! 落ちたら大怪我しちゃうでしょ。お止めなさい!」 「ラリアート、ラリアート、ラリアート」 「ほにゃらっ!?」 「くひんっっ」 ヘレナさんが腕ずくで、みんなを階段の方へはたき落してゆく。 「残るは一人ね。特待生で生徒会長のシンちゃんには――」 「え、え!?」 「レッグラリアート!」 「こ、今度からはカイチョーん家の階段でやるよ。ばったん、きゅる〜ん」 「お願いだから、や、め……て……ガクンッ」 「本日、クルセイダースの君たちに集まってもらったのは他でもない」 といっても、ナナカと朝飯を食べていたら電話で呼び出されたのだが。 「とある重要人物の護衛をお願いしたいのだ」 「誰なんですか?」 「迷わず行けよ。行けば、わかるさ」 「護衛なんて楽勝、楽勝! さっさと終わらせちゃおう!」 「あんじょう、よろしゅうに」 「では、これにて」 「ちょっと待ってよ、ナナカ!」 「ぶぶづけの護衛だなんてゴメンだい!」 「この功績がきっかけで、スイーツ同好会が部活に昇格するかもしれないじゃないかっ」 「代わりといってはなんだけど……私達で、テスト勉強のお手伝いするから」 「ああ、それはラッキーかも! ほら、ナナカ! 赤点とったらお小遣いダウンだよ?」 「う……わ、わかったよっ」 「ナナカはんは、ツンデレどすなあ」 「デレてないわーー!!」 「しかし、そんな護衛が必要になるだなんて……さすが、財閥の令嬢」 「護身術にも長けてるくせに……普通の男子よりも強い野蛮な女!!」 「そない褒めてくれへんでも」 「褒めとらん!!」 「うん……それがね。普通の人間相手だったらいいんだけど……」 「えっ、それってまさか……魔族を相手に?」 「そうなんだよ。最近は魔族まで襲ってくることがあるらしくて……」 「人気者は辛いわ」 魔族にまで狙われるとは、どれだけ大物なのだろう。 「いたよ、オヤビーン」 「アカネ、発見」 「おやまあ。お早うさんどす」 「あか姉自体に恨みはないけど、これもお仕事なんでね」 「ま、まさかサリーちゃん……」 「オデ、アカネ、捕まえる」 「まさか誘拐をするつもりじゃ……」 「みんな……彩錦ちゃんを守るよ!」 「うんっ。ナナカ……」 「この貸しは高くつくかんね」 「おーこわ」 「きゅ〜〜、やられた〜〜」 「オデ、完敗」 「ええ〜い、おぼえていやがれーー!」 「オデ、逃げる!」 「あっ、こら!!」 「次やったら、もうご飯抜きだからね!!」 「ええーー!! じゃあ、やめるーー!!」 「彩錦ちゃん、大丈夫?」 「おーきに。傷一つありまへんえ」 「アンタさあ。悪いことすんのも、ほどほどにしときなよ」 「ほんまになあ。うちはただ、リーアと睦まじく学園生活を送れればええんどすけど……」 「ぶぶづけ……」 「大丈夫ですよ……御陵先輩は、僕達が守ってみせます」 「会長はん……」 「うち、会長はんに惚れてまうかもしれまへんわ」 普段明るく笑顔を絶やさない御陵先輩。 お嬢さまという誰もが羨む境遇とはいえ、人知れぬ苦労を抱えているのだろう。 僕達に出来ることがあるなら、出来る限り協力したい。 「いいこと言ったわね、シンちゃん! あなたにはこれをあげちゃう!」 「しかし、こういうシチュエーションって憧れるわよね……サスペンス&アクション!!」 「私も渋いおじ様に守られたいわ……♡」 「けど、犯人は一体……」 「おおかた、うちの婚約者候補の誰かやろなあ」 「こ、婚約者が……?」 御陵先輩の世界は、僕には到底理解できない領域にあるのだということを知った。 うん、明日からテストだし、今日は図書館で勉強してゆこう。 窓から射し込む日光と電灯が、館内の壁と本棚を飴色に照らしている。 普段よりも生徒の数が多いけれど、思った以上に静かだ。 閲覧机についている大半の者は、常連じゃない。本を借りたり読書に来たのではなく、自習のために図書館を利用しているのだろう。 こういう場合は、ともすると友達同士で談笑がはじまり、騒がしくなってくるものだけど―― メリロットさんが本を数冊抱えて、本棚の間を行ったり来たりしている。 この図書館司書の前で、不用意なお喋りは禁物だ。普段から図書館を愛用している生徒なら、誰でも知っている。 メリロットさんの行動は、蔵書整理にかこつけた監視なのだと。 いつもなら、メリロットさんは床一面に敷かれた絨毯のうえを無音で歩くのに、自習にくる生徒が多いこの期間中、あからさまに靴音を響かせる。 ただし、不機嫌というわけじゃない。本をあつかう手つきは丁寧で無駄がなく、その声は図書館の静寂にとけ込む穏やかさを持っている。 「ああぁ〜っ、かったりぃ。テスト勉強なんかやってらんねーよ」 閲覧机で面倒くさそうに教科書を見ていたエディが、禁句を呟いてしまう。 「では、図書館に用はありませんね」 ……あくまで声音が落ち着いているだけで、その内容は容赦ない。 「ひいぃっ!? ご、誤解です。俺ちょっと口が滑っちゃって――」 「退出を命じます」 メリロットさんの手が、エディの首筋にソッと触れる。 「くはっ……」 その瞬間、エディは失神して床に倒れる。 すぐに屈強な図書委員が二名やってきて、エディを出入口へ連れ去ってゆく。 どういう技なのか不明だけれど、噂ではさっちんが見よう見まねで、この秘術を修得したという。 ……怖くても、図書館での礼儀を守っていれば、メリロットさんほど協力的な人はいない。 僕は閲覧机に空いてる席をみつけ、さっそく腰かける。 「すぅ……すぅ……すやすや〜〜」 い、いけない、対面で紫央ちゃんが居眠りしてる。 「し、紫央ちゃ……ん?」 いけなくない。 紫央ちゃんは自習ではなく、読書に来ているようだ。目の前には教科書、ノート、筆記具の類はなく、文庫本が一冊開かれた状態のまま伏せられている。 図書館で、うっかり何かを出しっぱなしにして片づけないでいると、すぐメリロットさんに捕捉され制裁発動。 どんな小さなものでも、所定の場所へ移動させなきゃならない。 「すぅ〜。すぅ〜。すぅ〜」 たったひとつの例外は、本だ。 生徒が読みかけの本を、閲覧机に開いたまま伏せてあったとしても、メリロットさんは決して勝手に片づけたりはしない。 無闇に触れてはいけません。生徒が迷子にならぬよう。 ページの反対側にはまだ知らない世界が隠されており、本はその伏せられた形によって、残りの世界に入るための入口を示しているのですから―― そう、メリロットさんは心得てる。 「くす……」 「くひんっ!? ん……ぅんー、ん?」 メリロットさんは、紫央ちゃんにデコピンを一発。 さあ、頑張ろう。優しい罰をもっと見たいけど、自習しなきゃね。 「気が重い……」 思わず弱音が口をついて出てくる。 テスト1日目が終了した。最善はつくしたものの、いかんせんテスト勉強をはじめるのが遅すぎた。 成績が下がっても自業自得だけれど、クルセイダースの活動は一般のクラブとは性質が異なる。 「まさかヘレナに陳情して、理事長の慈悲にすがろうって腹じゃねーだろうな?」 「ぐ……っ! 甘えた期待なのは分かってるよ」 「でも、万が一、ひょっとしたら、もしかしたら、ヘレナさんは理解を示してくれるかもしれない事も無きにしもあらずさ」 「甘めーよ。砂糖どころかサッカリン並に大甘だぜ。そこ見てみな?」 理事長室のドアが、わずかに開いてる。さあ、覗け! ホラ、中の様子をうかがえ! と言わんばかりに。 「そ、そぉ〜〜っと」 「はぁい、シンちゃん! ……と、独り言で挨拶しちゃってるヘレナよ♡」 「〜〜っ!?」 僕は驚愕の声をあげそうになるも、必死で我慢する。 どういうわけか、ヘレナさんは扉の真正面で仁王立ちになっていた。その右手にはデザインナイフ、左手には金属片を持っている。 「ああ、まったくトロフィー作りも大変ね。材料費が学園運営の経費で、落ちないんだもの」 あ、あのトロフィーは、ヘレナさんのお手製だったんですか!? 「う・ふ・ふ♪ だけどあの子たちは、テストを頑張ってるんだもの。私もご褒美あげなきゃ」 「必要なのはシンちゃん、ナナカちゃん、聖沙ちゃん、ロロットちゃんの4人分かしら? 三年生はテストがないから、リアのトロフィーはお預けね」 あの……さっきから棒読みですよ? 「リアは守護天使の力を借りて、魔族を退治しながらも、学業において実に優秀な成績をおさめてきたわ」 「先代のクルセイダーであるこの私も、同じだった」 気のせいだろうか? ヘレナさんの言葉が、とても説明的に聞こえる。 「フォフォフォフォ、そして現在の私は、司令官としてトロフィー作りにいそしんでいるのだよ。こうやってシコシコと」 「うーん、今回の定期テスト、シンちゃんたち4人は大丈夫かしら?」 「うふふ、こんな心配をするなんて、余計なお世話ね」 「私の後輩たちが、リ・クリエが近づいてるからと言って、学生の本分である勉強を、おろそかにするわけがないもの」 ヘ、ヘレナさん……また棒読みに戻ってますけど? 「まさか『クルセイダースが忙しくて、勉強する余裕がありませんでした』とか――」 ギクッ!? 「『生徒会役員だから、テストの点が悪くても特別あつかいしてください』なんて――」 ギクギク!! 「そんな言い訳する子がいたら、理事長さん情けなくって泣いちゃうゾ?」 「それにしても、私はいったい誰に向かって喋ってるのかしらね?」 ぼ、僕ですよね? 「……今からでも遅くない。テストに最善をつくすよ」 「はじめから、そーしとけ!」 ヘレナさんとパッキーに背中を押されて、僕は勉強する決意をかためる。 旧校舎の昇降口についた時、ふと廊下の方を振り向くと、今度はロロットが理事長室を覗いていた。 「なんだろう?」 道端で、子供たちがはしゃいでる。 それ自体はごくありきたりな光景だけど、みんなが同じ方向へ駆けてゆく。あの路地からも、この路地からも。 「行ってみよう!」 「ったく! 天使みてーに目を輝かせやがって、シン様は子供かよ?」 「行きたいんだから、しょーがないってば」 「飛鳥井神社に来ちゃった……」 境内には大勢の先客、子供たちがいた。駆けまわって影踏みをしている子たち、カクレンボしている子たち、舞台に座って楽しそうにお喋りしている子たち。 秋が深まり気温も下がり、みんな頬が赤い。けれど、風邪をひくおそれはないだろう。 拝殿の前に簡易机が置かれ、コンロに乗った寸胴鍋から、盛大な湯気と熱々で甘い匂いが漂っている。 「やあ、お疲れさま」 匂いに誘われるまま僕は歩く。オタマを片手に、火加減を見ている巫女さんは、もちろん―― 「おお、シン殿。ようこそ参られました」 「ささっ、ゼンザイを……お汁粉をお召しくだされ。塩コンブもございますぞ」 「神社でお汁粉つくって、子供たちに配ってるんだね?」 「否、年少にかぎった、もてなしではありませぬ。もっとも、平日のこんな時間ですから、大半は子供たちですが」 「飛鳥井神社には、こんなイベントがあったんだね」 「これでも立派な神事ですぞ?」 「もとは『鍵渡し』と称された斎食ですが、残念ながら詳しい謂れは失伝しております」 「銅の汁椀を用いる事から、学者先生が色々と推測されておるものの……諸説紛々、定説なしでしてな」 「うーん、子供が食べてる時にコケちゃっても、お椀が割れないようにじゃないかな?」 「実はそれがしも、そう思っております……よっと」 残りわずかなのだろう、紫央ちゃんは寸胴鍋を傾けてお汁粉をすくう。 どれ程たくさんの子たちに振る舞ったのかな? 僕は境内で元気いっぱいに走りまわっている子たちを、目で追う。 「あ、あれれっ!?」 影踏みをしている子と、その子たちの影の数が合わない。目の錯覚かと焦り何度も見直してみたのに、いくら数えても影のほうが一人分多い。 「し、紫央ちゃん……あの影――」 「なんと、シン殿にも見えますか?」 「心配ご無用、アレはああいうものですぞ? 一緒に遊んでおるだけで悪さはいたしませぬ」 「姉上とそれがしが、境内でママゴトをしておった頃には、既にアレがおりました」 「おおっと。あれの事は、姉上にはご内密にお願いいたしますぞ? きっと卒倒なさりますゆえ」 「う、うん……そう言えば、聖沙は来てないんだね?」 「テスト勉強がありますからな」 「そっか、明日もテストだもんね。紫央ちゃんは、ちゃんと対策してるかい?」 「そ、そそそそれがしは、テスト勉強のためにも、お汁粉を作っておったのですぞ?」 「こ、こここ効率よく物事を学ぶには、脳に糖分を与える必要が、あるのではありませぬか?」 ……ものすごく言い訳じみて聞こえるのは、気のせいだろうか? 「よっと……お持たせいたしました、シン殿のお汁粉です」 「……それで最後だよね?」 「然り。残り物には福があります。お受け取りくだされ」 「紫央ちゃんの分が、無くなってるじゃないか」 「僕たち二人で分けっこしようよ。幸福の力は、半分こにしても一つのままで大きいさ」 「素敵なお考えです。では、遠慮なくいただきましょう」 神事が意味するところは知らないけれど、僕は紫央ちゃんと、一杯のお汁粉を分かち合う。 ふと見ると、ちいさな影は鬼ごっこをはじめていた。 テストも無事に終了し、順位も発表された。悲喜こもごもあるけれど、ここは心機一転、聖夜祭にむかって全力で準備をはじめよう! 「おでかけですかー? ほにゃにゃのにゃ〜♪」 心の中で気合を入れた僕のところへ、廊下の向こうからノホホンとした声が急接近。さっちんが、お掃除モップに乗って、廊下の隅から隅まで器用に滑っている。 「さっちん、手抜き掃除しちゃイケナイってば」 「大丈夫だよー、私はこの道のプロフェッショナルだもんー」 「こんな時間にやってるという事は……テストの成績が悪かったバツだね?」 テスト結果発表の時節になると、各階でよく見られる光景だ。 課題レポートの提出だけでは、ちょっとアレな点数をとってしまうと、お掃除かワックス掛けをやらされるハメになる。 厳しくはあるけど、温情に溢れた罰則。流星学園では、問答無用で落第という事はまず無いのだから。 「えっへへへー、答案用紙の名前のとこにうっかり『さっちん』て書いたら、センセーに怒られちゃったよー」 ……さっちんは、来年も二年生かもしれない。 「だ、だったらなおさら、ちゃんとキレイにした方がいいよ?」 「私、遊んでないよー? シン君も、こういう拭き方した事あるでしょー?」 「うーん、雑巾二枚をスケート靴みたいにして、床掃除はやったけど、モップは未体験だね」 「ありゃまー? コツをつかめば簡単だよー、やってみるー?」 「……ううん、いい」 「そっかー、楽チンだけど、面倒くさいもんねー。私このあと、ワックス掛けもやんなきゃ駄目なんだよー」 ……さっちんは、どれだけ低い点をとったんだろう? 「ほにゃらー、廊下を全部磨くこと考えたら、気絶しそうだよー。いい方法ないかなー?」 「知ってる? 古くなった牛乳は、良質のワックスがわりになるのさ。よかったら、僕のミルクをつかってよ」 「古くなった牛乳も常備してるとは、さすがシン様だぜ」 「だって、何かの役に立つかも知れないじゃないか。実際、さっちんに有用だよ?」 「ミルクは便利だよねー、レバーとか内臓系の臭みもとれるしー」 「よく知ってるね!」 「えへへー、私も女の子ですからー」 「ちょっ、僕は男だよ!? どうせなら家庭的とかに――」 「じゃーねー。お掃除ですよー、ほにゃにゃのにゃ〜♪」 「私の滑りに、ブレーキはいらぬのだー」 「はにゃ〜ん……ガクンッ」 「あーあ……」 聖夜祭に向けて全力で頑張ろう! だけど同時に、魔族の動向からも目が離せない。 ヘレナさんなら、魔将の情報を何かつかんでるんじゃないだろうか? 聞きに行こう。 「よいしょ、よいしょ……っ」 九浄家の駐車場にダンボールが何箱も積まれ、メリロットさんがそれを一つずつ、玄関へと運んでいる。 「おや、咲良くん? こんにち――」 「わあぁっ!?」 メリロットさんがダンボール箱を落としてしまい、大量のジャガイモが地面を転がってゆく。 「うっ、ううぅ〜っ!」 「拾うの手伝います」 「ありがとう。助かります」 僕とメリロットさんは、二人でジャガイモを拾う。額に汗を浮かばせながらも、九浄家のお屋敷周辺の空気が気持ちいい。 これは土の匂いと、朝露に濡れた深い緑の匂いだ。そういえば庭園には、モミの木が生えているらしい。 「このダンボール箱の山は、全部ジャガイモなんですか?」 「卵にニワトリ、クランベリーにクレソン、各種フルーツに粉末ジンジャー」 「こっちはエシャロットにスペアミント、シェリー酒にローズマリー、あとアンチョビの缶詰もありますね」 「う、うーん、お酒の肴ですか? それにしては、甘いものもまじってますけど……」 「クリスマスのお料理に使う材料ですよ。ヘレナったら気が早いのですもの」 「きっと、本番前に試作品を作るつもりでしょうね」 「よいしょ……っと」 「お一人で運ばないでください。手伝いますってば」 「メリロットさんも、ヘレナさんも水くさいや。一声かけてくれたら、すぐに駆けつけたのに」 「咲良くん。ヘレナはああ見えても、公私は混同しないのですよ」 「え……メリロットさんは、こうして呼ばれてるじゃないですか?」 メリロットさんと僕は、二人でひとつのダンボール箱を持ち、お互いの呼吸にあわせて、ゆっくりと運ぶ。 「本来なら、係の方に屋敷内へ運んでもらうところですが、お忙しいらしくて……」 「ああ、それで山積みになってるわけですか」 「よいしょっと」 「あの……肝心のヘレナさんはどこに?」 「はぁい、お待たせメリロット♡ シンちゃんも来てたのね、ちょうどいいわ」 「あ……ヘレナ、台車を持ってきてくれましたか?」 「じゃじゃーん! ほら見てみて、新しい携帯よ♪」 「そんなのいいから、台車持ってきてください!!」 「お、思いっきり『私』モードですね……」 「うふふ、メリロットとシンちゃんの、はじめての共同作業、激写!」 「なに勝手に、撮ってるんですか!!」 「くす、冗談よ。台車はちゃんと持ってきてるわ」 「もうメリロットたら、せっかちさんね。わざわざ手で持って運ばなくても、私が来るまで待ってれば良かったのに」 「ああ……言われてみれば、その通りですね」 「終ーーーーー了ーーーーーっっ♪」 「ぜーはー、ぜーはー、台車を使っても、玄関先の階段のところは、結局人力じゃないですか!」 「うーん、赤く上気したお顔が可愛らしいわよ、メリロット♡ 一枚撮らせてねっ」 「駄目です!」 「えっと……僕お邪魔みたいなんで、そろそろお暇しますね」 「んもう、帰っちゃうなんて、お姉ちゃんは悲しいゾッ」 「せっかくだから、私たち3人で記念写真を撮りましょう」 「……ヘレナ、それでは生徒会のみなさんも、お呼びしませんか?」 「それもそうね。じゃあ、みんなを呼び出してくるわ」 約30分後、いつもの面々が集まり写真を撮った。 「大丈夫です。みんな揃ってますよ」 後日、メリロットさんはヘレナさんからデータを受け取り、そう言いながら、この写真を人数分プリントアウトして配ってくれた。 本当に全員そろってる。 僕は一人一人目で追いながら、そう思う。 九浄家のお屋敷の前で、窮屈そうに肩を寄せ合っているメリロットさんとヘレナさん。 ヘレナさんにイタズラされて苦笑いしている、リア先輩。 リア先輩の隣になれずに、頬を膨らませて拗ねている聖沙。 クリスマスの品々を珍しそうに見て、瞳を輝かせているロロット。 リア先輩に抱きつこうとするパッキーを、ニコニコ笑顔で阻止しているナナカ。 みんなとくっつきながらも、そっぽを向いているアゼル。 そして僕。 揃ってる、誰も欠けてない。 大丈夫。 聖夜祭まで、残すところ一ヶ月をきった。 「そろそろ時期だね。商店街でお手伝いしなくちゃ!」 「スマン。俺様にゃどーいう頃合いなのか、サッパリ分かんねーぜ」 「クリスマスを前にして、街灯や電飾を直しておくのさ」 汐汲商店街の電灯は、行政じゃなくて店主さん達をはじめとする、流星町の有志によって設置点灯されている。 当然、電球は不定期に切れる。だけど家庭用と比べて危険が大きいため、専門業者に頼んで電球を交換してもらう。 ただ、イチイチ業者を呼んでいたら費用がかかり過ぎてしまう。だから年に一度、12月直前の今時分に切れていた電球をすべて新品に取りかえるんだ。 「で、僕は運び役だよ。お世話になってるんだし、これくらいしなきゃね」 「ん……んん? こうやって回して……」 「イエッフー! ぴったんこ♪」 「看板、明かり、新しいの」 「っっとととっと、次はあっちぃ! 向こうのライトとりかえたらオシマイッ」 商店街の中では、既にサリーちゃんとオデロークが分担作業で電球を取り外し、ほぼすべて交換し終えていた。 考えてみれば僕よりずっと適任だ。 サリーちゃんは自由に空を飛べて、街燈の担当にうってつけ。オデロークは背が高くて力もあり、看板のほうを見ている。 「終わったよぉ! これでオダチンの牛丼・特盛食べれるね、うふふのふー」 「オデ、牛丼、大盛」 「あわわわワ、オヤビンがそんなチョットでいいなんて!」 「牛丼、大盛。味噌汁、おしんこ。ギョク一丁!」 「その手があったかぁ!」 「やあ、二人ともお疲れさま。どうやら、今年から僕の出番はなさそうだね」 「カイチョー、こんちゃー! アタシ、手ぇよごれちった。ふきふきふき」 「このペタンコ! 俺様のボディで、手ぇ拭いてんじゃねーぜ!!」 「パッキー、オデ、フキフキする」 「く、来るんじゃねえ!!」 「フキフキ」 「あああぁぁぁぁ〜っ」 「ヒョエエエぇ、パッキーが揉みくちゃにされてるよぉ!」 「むはぁ……い、いいぜ〜っ」 「なにをウットリしてるんだ、君は?」 サリーちゃんとオデローク、魔族と魔将が流星町のみんなの役に立っている。 嬉しいけれど、僕にできるお手伝いが減ってしまい、すこし寂寥感を覚えてしまった。 僕は小径を進み、フィーニスの塔へ向かう。 今日はずいぶんと寒い。クリスマスまで残すところ一ヶ月をきり、空気はひと足先に真冬の冷たさを宿している。 「うん、下見に来てよかった。ここなら学園の中心だし、聖夜祭のメイン会場に相応しいや」 「シンちゃんにとっては、世界の中心もおなじね」 「ヘ、ヘレナさん? どうして、こんな場所に……お一人ですか?」 「はぁい、可愛い生徒たちの未来を思い描いて、お散歩中のヘレナよ♡」 「未来? 聖夜祭の事ですか?」 「ブーブッブブブゥー!」 「考えてたのは、もっと先のみんなの姿♪ だってリ・クリエを防げれば、世界のすべてに未来が訪れるんだもの」 「しかも、その姿はひとつじゃないわ。シンちゃんたちに色んな可能性があるように、世界の未来も無限大なのよ」 「ぐ……っ、プレッシャーをかけないでください」 「あらん? この程度でへこたれる男の子じゃないでしょう?」 「将来の自分と仲間の関係を、想像してごらんなさい。きっと戦うための気合がはいってくるわよ」 人間としての僕、魔王としての僕。未来はどちら側なんだろう? 「うふふ。考え事をするには、ここは図書館よりもうってつけね」 「そうかな? 吹きっさらしで、凍えちゃいますよ?」 「ええ、初雪じゃない初雪が降ってるものね」 「よぉく目を凝らしてみて。雲のすぐ下のあたり……光の点がキラキラしてるでしょ?」 「あっ!? ほ、本当だ……無数の銀粉みたいなのが浮かんでます」 「いいえ、あれは浮かんでるんじゃなくて、降ってるのよ。ただ空気があまりに乾燥してるから、途中で蒸発してるだけ」 「こ、こんな雪があったんだ……」 「地面にまでとどかない、こっそりと降る雪……フィーニスの塔の上の方には、積もってるかも知れないわね」 「この塔は流星町に、もっとも深く根をおろしてる」 「私やシンちゃんには家族がいるわ。寮にいる子たちにも故郷がある。メリロットだって思い出を持ってるの」 「でも、この塔には何も残ってない。人の尊さも、血や爪や髪の毛も……フィーニスという名前も便宜上つけられたもので、正確な事はなにひとつ分からない」 「塔が崩れ去っても、涙を流す人はいないでしょうね」 「ヘレナさん? 未来について語ってた筈なのに、微妙に話題が過去の事になっちゃってますけど?」 「未来は、過去に守られてるものよ?」 「ぼ、僕には難しいです……」 「未来と言われても、せいぜい、そうだなぁ……今年のクリスマスプレゼントを思い浮かべるくらいですよ」 「誰にどんなものを贈るか、誰からどんなものを贈られるか……」 「う・ふ・ふ♡ それで充分よ」 「あーあ、さっきから待ってるけど、やっぱり降ってこないわね」 ヘレナさんがもう一度、青空を振り仰ぐ。いや、僕が来る前から、何度も見ていたのだろう。 「……幼い頃は、母から毎年クリスマスプレゼントをもらってたわ。なかでも一番思い出に残ってるのは、スノードームよ」 「スノードームって、ガラス玉のなかに風景があって、粉雪みたいなのが降るやつですか?」 「そう、それよ」 「どこで買ってきたのか、ドームのガラスの中には、九浄家にそっくりな洋館がはいってたわ」 「窓から見える部屋には明かりが灯ってて、美味しいお料理の匂いと、みんなの笑い声に満ちている」 「ドームを逆さまにすると、雪はすべてを包み込むようにゆっくりと降り……やがて地面に積もって、静かにみんなを見守ってた」 「……どんなに強く揺すっても、雪は外に出られないのよ」 「子供だった私は、我慢できなくなって、スノードームのガラスを割っちゃったわ」 「その瞬間に、あの世界は失われた。雪のように見えたのは、なんだか分からないドロドロした液体で……もう元には戻せなかった」 「でもね、最近こう思うのよ。世界の外に出ようとするんじゃなくて、世界の中に入る事ならできたんじゃないかしら?」 「スノードームの未来ですか。ヘレナさんて結構可愛らしいことを空想するんですね」 「んもう、シンちゃんったら『結構』は余計だ。あと、そういう台詞はリアに言っておあげなさい」 「は、はい…… ィックション!」 「ふふっ、お喋りがすぎたかしら。理事長室にいらっしゃい。熱々の紅茶を淹れるわ」 「嬉しいな、いだきます」 ヘレナさんについてゆき、高台をあとにする。 不思議な雪は、いつの間にかやんでいた。 ……僕がヘレナさんの言葉の意味を理解したのは、ずっと後になってからだった。 開催まで一ヶ月を切った聖夜際に、魔族の動向とリ・クリエか。今日も、生徒会とクルセイダースは忙しい。 僕は昇降口から旧校舎へ向かおうとして、ふと階段上に見知った顔を見つける。 御陵先輩だ。 声をかけるには、やや遠い。僕は視線を交えて、挨拶しようとするけれど……何かがおかしい。 御陵先輩は、僕に気付いてない。それどころか、誰の姿も見えてないだろう。どういうつもりか、瞼をおろしたまま、ゆっくりと階段をおりてくる。 危ない! そう声を荒らげて注意すべきなのに、できない。 御陵先輩の穏やかな表情を見ていると、僕が邪魔をするのは、烏滸がましいような気がする。 万が一の場合を考えて、僕は階段の下で待ちかまえる。もし先輩が足を踏み外しても、ここにいれば受け止められるだろう。 ただ同時に僕は信じてうたがわない。そんな心配は杞憂に終わるはずだと。 一段ずつ階段をおりてくる御陵先輩に、不確かな様子はなく、安心感に満ちている。 ついに先輩は、何事もなかったかのように一階へ、僕の真横へ着く。 「覚えてしもた19段……うちはもう目ぇつぶっとっても、よそごと考えとっても降りられる……」 「……御陵先輩?」 「あれま、会長はん。見てはりましたん? ご機嫌よろしゅう」 「はやいもんどすなあ、もう11月も終わってまいますし」 「はい、12月になったら――」 「生徒会のみなはんが、卒業式をどないなふうにしてくれはるんか、期待しとりますえ?」 「えっ!? あ、はい……」 「ほな、うちは和菓子倶楽部がありますさかい、これで」 御陵先輩は軽くお辞儀をして、プリエのほうへ去ってゆく。 思いがけず卒業式という言葉を聞いて、僕は驚いてしまい、返礼を忘れてしまった。 御陵先輩を真似て、僕も瞳を閉じる。 この世界がリ・クリエに見舞われるのは、卒業式の前だろうか、後だろうか? その時の事を想像しながら、階段をのぼってみる。 「おっと!?」 三段もあがらないうちに、つまずいてしまった。 今日から一年後、僕は御陵先輩のように階段をおりられるかな? 新校舎のエントランスを出て、僕は一直線に図書館へ向かう。 聖夜祭まであと一ヶ月をきり、生徒会は大忙しだ。 それに呼応するかのように、魔族も不穏な動きをみせ、油断のできない毎日が続いている。 そして、リ・クリエ―― 魔族については、以前に図書館で調べたてみたけれど、めぼしい成果は得られなかった。 駄目でもともと、今日はリ・クリエについて記された本がないか、探しに行こう。 「助かったわメリロット、探してる余裕なくって」 「お安いご用です。どうぞ、一押しの推理小説は、これですよ」 「うふふ、面白そうね、どんな物語かしら」 僕が到着すると、図書館の前で、メリロットさんがヘレナさんに文庫本を手渡していた。 「こんにちは。ヘレナさんは、探偵物がお好きなんですか?」 「はぁい、素敵なお話なら、ジャンルを問わずツマミ喰いするヘレナよ♡」 「んもう、いけずぅ〜。節操がないですねってツッコみなさいよ」 「どのように書物と接するかは、人それぞれです。正解はあっても、間違いはありません」 「うーん、僕は読書してると胸を張って言えるほど、本に接してません……」 「あらん? 私はオッパイが張る前から、いろんな本を読んでたわよん?」 「り、立派ですが、他の言いようはないんですか? まったく」 「そうね……」 「生まれてはじめて夜を明かした日、私は探偵小説を読んでたの」 「眠らずに朝を迎えた」 「たったそれだけで、自分がもう子供ではなくなったように感じたわ」 「あっ! 僕もはじめて徹夜した時、そう思いました」 「夜は考えてたよりずっと長かった。サンタクロースがプレゼントを配って歩くには充分よ」 「ふふっ、ヘレナにしては可愛らしいたとえですね」 「そんなわけでシンちゃん。聖夜祭、楽しみにしてるからね」 「ぐ……っ、最善をつくします」 「さ、咲良くんにプレッシャーかける、前フリでしたか……」 「だって〜ん、シンちゃんは図書館に来たんでしょ?」 「つまり、メリロットと一緒に楽しい時間を過ごしちゃう……ちょっとくらい、ヤキモチ妬いて、からかったっていいじゃない」 「私は、咲良くんと変な事なんてしませんっっ」 「変な事って? 私、ホクホクでウキウキな一時って言っただけよ?」 「えっと……ヘレナさんにとっては、本も好きだけど、本を選ぶ時間も同じくらい喜ばしいという事ですか?」 「ピンポーン♪」 「ヘレナ……わかりますよ、その感じ」 「ええ、私はメリロットが、図書館で本を読んでる時の、微笑みが好きなの」 「ち、ちょっと! 恥ずかしいではありませんか……っ」 「な〜に、照れてるの?」 「あとね。読書灯に照らされた横顔や、本棚を指差す手の形も大好き。目をつぶってても思いだせるわ」 「う、うぅ……!」 「そ、その小説の犯人はヤス! 主人公の助手ですっ」 「うわ……ものすごいネタバレを……」 「あらあら、平気よ? 話の運びと、台詞回しで犯人はすぐ分かっちゃうもの」 「私はむしろ、推理してゆく過程と、キャラクター同士の駆け引きに魅力を感じるわ」 「じゃあねシンちゃん。メリロットのなだめ役、任せたぞ!」 「そ、それは、聖夜祭の準備より大変そうなんですけど……」 ヘレナさんと別れて、僕はメリロットさんを追うように、図書館へ。 僕がなだめるまでもなく、メリロットさんは司書の仕事をはじめた途端、沈着冷静な装いになった。 ……リ・クリエに関する書物は、一冊も無かった。 「つかれたよ〜。ばったん、きゅる〜ん」 「サリーちゃん、どうしたのさ?」 家に帰ってくると、サリーちゃんが玄関先でひっくり返っていた。まるで駄々をこねてジタバタしたあと、力尽きた子供のようだ。 「ピッキーン! いま失礼な想像したでしょ? ムキー! 魔界のアイドルにむかって〜っ」 「な、なんだか怒りっぽくなってない?」 「もう! この町が意地悪なせいじゃない!」 「待ってよ。流星町にかぎって、そんなはずないってば」 「だって、道端に『神社・すぐ』って掘った石が立ってるのに、いつまで歩いたって着かないんだもんよぉ!」 「あっ! あー。……飛鳥井神社の〈丁石〉《ちょういし》かな? 古い標識みたいなやつだよ」 「よく知んないけど、きっとソレ!」 「あははは、僕もサリーちゃんと同じ目にあって、クタクタになった事があるよ」 「あの丁石はね『神社はすぐ近所』じゃなくて、『神社はこの道まっすぐ』という意味なんだ」 「あわわわ、そんなのサギじゃない!?」 「つーか、ペタンコは羽生えてんだぜ? 飛んできゃいーじゃねーか」 「うふふのふー。人間みたいに歩いた方が、迷路っぽくて楽しいしぃ♪」 「あんがとね、カイチョー! まっすぐ行けばいいんだ? バイバイッ」 「違うよ?」 「ん……んん? っとととっと! 一直線って言わなかった?」 「流星町には飛鳥井神社の丁石が、ぜんぶで52個あってね」 「『すぐ』の方向に進むと、ご町内をグルグルまわって、最後に鳥居のとこに着くんだよ」 「ヒョエエエぇ、なんでそんな事するの?」 「ぼ、僕にも分からない。昔からそうなんだ」 「ねーねー、石が何個あるか知ってるって事は、カイチョーは数えたの?」 「うん、牛乳配達をしながらね。おかげで流星町に詳しくなれたよ」 「いいないいなー、アタシも探検してくるよ。ヒャッホー! 今度こそバイバイッ」 「今のやり取りに、邪悪な笑みを浮かべるようなとこあったっけ?」 「大ありじゃねーか。魔族を解脱させるとは、さすが魔王様だぜ」 「ご、ごめん。難しくって分からないや」 キラフェスが無事成功をおさめ、次は二ヶ月後の聖夜祭だ。 まだ草案もできていないけれど、図書館でクリスマスの本を借りて、勉強しておこう。 「メリロットさん? こんにちは、表にいるなんて珍し――」 「し……!」 メリロットさんは人指し指を立てて口元にあて、眼光をもって僕を黙らせる。 どんな意味が込められているのか、メリロットさんは花壇のわきに石をひとつ積む。石はすでに数個、積み上げられている。 「これで8周。私は図書館のまわりをグルグルまわって、お散歩中なのです」 「あ……ああっ、なるほど! いい運動になりますね!!」 「……どーかと思うぜ、それ」 学園には、図書館がメリロットさんの家だという噂がある。 もし事実なら、メリロットさんは流星町の誰よりも広い部屋で暮らし、誰よりも多くの品物……特に本を抱えている事になる。 同時に、図書館の周囲は坪庭のようなものだろう。 「本を借りた寮生を、途中まで送っておりました」 「長らくホームシックにかかって、部屋に引きこもり、それゆえ多くの本を読んでおいででしたが……」 「キラフェスの準備が始まったおかげで、癒えてきたようです」 「生活にリズムができ、毎日が規則正しくなると、寮生は郷里を想う事がなくなる……」 「一年生ですか? それじゃ、入学してから半年間も……」 「彼女は来年も一年生のままでしょうが、それもまた一興です」 メリロットさんは厳しい人だ。同時に、生徒を気遣う心は先生たちよりも強い。 もっとも、一度見切りをつけられると、卒業するまで相手にしてもらえない恐ろしさも併せ持っている。 「咲良くん、閲覧室のそばに、クリスマス専用の書棚を設けておきました」 「あ、はいっ」 「一応注意しておきますが、生徒会長と言えど、一度に借りていいのは3冊までです」 いつもながら、涼しい顔で仕事がはやい。 ふと僕は、メリロットさんが特設書棚を設置してゆく様子を、思い浮かべてみる。 この人の衣装はメイドさんの服のように見えるけれど、本人に言わせれば単なる作業着だ。 土日に図書館が一般開放される時、ごく稀に事情を知らない人がメリロットさんに無遠慮な視線を投げかけてくる事がある。 それでも、彼女はいっこうに意に介さない。 この服を着ている間、メリロットさんは流星学園の生徒をみる図書館司書だ。 信じられない事に、これ以外の服を着ているメリロットさん見た生徒は、未だに一人も居ない。 「教職員の中には居ますよ?」 「ええーと……僕はクリスマスの本を借りてきますね。聖夜祭までに読みきれるといいなぁ」 「お気をつけて……年月はあなたが想像しているよりも、はやく過ぎ去ってゆきます」 「それでは失礼。あと1周で3キロなのです」 じ、冗談じゃなかったんだ……。 僕はすぐに、お目当ての本を見つける事ができた。 メリロットさんの代わりに図書委員が貸出係をしていた館内は、普段よりちょっと騒がしかった。 「ようシン様、タイムセールにゃまだはえーぜ?」 「今日は特別さ。ハロウィンが終わったからね。売れ残ったカボチャが、投げ売りされてるんだ」 「早めにお店に行って、いいのを選ばなくっちゃ!」 「あれまぁ、会長はんやないどすか。ご機嫌よろしゅう」 僕が汐汲商店街に突入しかけた矢先、カボチャゲッターの先達があらわれた。両手の下げたレジ袋に、見るからに品質のよいカボチャが、いくつも入っている。 「こんにちは御陵先輩。カボチャの様子はどうでした?」 「やっぱり品川青果店が一番やね。カプリコーレは、余剰が出てはっても関連企業のほうに回してしもうてますし」 「いなみ屋のんも悪ぅはありまへんけど、ご近所の奥様方がいろうてはりますさかい、傷が多いんどすわ」 「そうですか、情報ありがとうございます。やっぱり品川のおばさんのところが、狙いめですね」 「みなはん、ええカボチャを探してはりますえ? あんじょう、お気張りやす」 「はい。だけど……」 「御陵先輩とこんな話ができるなんて、ちょっと意外でした」 「どないしてどすか? うちかて会長はんたちと――」 「彩錦ちゃん、お待たせ。お豆腐屋さんでオカラもらってきたよ」 「あれ? リア先輩もご一緒でしたか?」 「リーア、お疲れさんどす。これで、カボチャとオカラのお団子がこしらえられますわ」 「あ……ああっ! 和菓子倶楽部の活動中なんですねっ」 「ピンポーン♪ 大正解〜。あとね、カボチャ大福も作っちゃうんだゾ。えっへん!」 「ごくり……うまそうだなぁ。自分じゃスイーツ作らないナナカに、見習わせたいですよ」 「シ、シン君……めっ!」 「これこれ。幼馴染みの気安さからやろうけど、ご本人はんのいてへんところで、そないなこと言うもんやありまへん」 「ナナカはんには、ナナカはんの主義があるんとちゃいますの?」 「す、すみません。ごもっともです」 「ほなまあ、反省のしるしとして、会長はんのミルクいただいてもよろしおすか?」 「いいですよ。これでよければいくらでもお持ちください」 「五本もあったら、充分どす」 こ、こいつを五つもですかッ! 「えっ、えぇ……? ナナカちゃんの事でシン君を注意して……なんで彩錦ちゃんがミルク受け取るの?」 「リーア! しぃーーっ」 「ちゃんと気付くとは、さすがリアちゃんだぜ」 牛乳の大きさには気づいてないけど。 「えっと……僕の牛乳に何か?」 「まるっきり分かってねーとは、さすがシン様だぜ」 「牛乳は身体にいいんだよ?」 「論点はそこじゃねえ!」 「おほほ……ミルクつこて、カボチャの牛乳羹を作りたいんどすわ」 「そんな和菓子があるんですか!? 更にうまそうだ……」 「興味ありますの? 和菓子倶楽部は、来る者は拒みまへんえ」 「次の試食会で、リーアとうちがこさえたもん、出させてもらいますさかい」 「とりあえず今は……会長はん、お返しどす」 御陵先輩は、形の良いカボチャをひとつ、僕にくれた。 「ありがとうございます!!」 「あらあら シン君……」 「あーあ、受け取っちまったぜ……」 「ほんならね、会長はん。今度の試食会、楽しみにしとりますえ」 僕は会釈して御陵先輩と別れ、商店街の入口に立ったまま、受け取ったばかりのカボチャを、〈矯〉《た》めつ〈眇〉《すが》めつ眺める。 「かなりの逸品だ。御陵先輩は目利きだったんだね」 「感心してる場合かよ」 「あのねシン君、よく聞いて。彩錦ちゃんは、手作りしたカボチャの牛乳羹を、ご馳走してくれるよ?」 「本当ですか!? 嬉しいなあっ」 「だ、だから、ね? シン君はお返し用に、そのカボチャでお菓子を作っておかなきゃいけないってこと」 「え……ええぇっ!? たったアレだけのやり取りに、そんな意味が含まれてるんですかっ」 「そこが黒ストの怖ぇーとこだぜ」 「ぼ、僕どうすればいいんだろう?」 「うっ、う〜ん……ファイト♪ かな……?」 僕はしばらく立ち尽くしたあと踵を返し、品川青果店ではなく図書館へ向かう。 お菓子作りの本を借りてこなきゃ……! 「あっ、シン君だー」 「こんにちわ〜」 生徒会室にゆこうと旧校舎にはいった途端、さっちんと出会った。 「ナナカに会いに来たの?」 「それもあるけど……えっへへへー」 「高橋探検隊、いまならスタッフ募集中だよー。シン君も入りなよー」 「新しい同好会を結成したの?」 「ううん、違うよー。気がむいた時だけ、流星学園をウロチョロするんだよー」 「たとえば、新校舎と旧校舎。二階建てなのに、屋根に出窓があるよねー?」 「という事は、きっと秘密の屋根裏部屋があるんだよー」 「そこを見つけて、私の秘密基地にして、ナナちゃん連れこんで……」 「ポッ♡」 何をする気だろう。 「廊下の天井のどっかに、隠し階段があるはずなんだよー」 「それでは、我が探検隊の優秀な隊員たちを紹介しちゃうよー」 「もういるんだ」 「ヘイッ、レッドサリーちゃんカモ〜ン」 「にょろにょろ〜」 サリーちゃんの服と髪飾りは薄いピンク色だ。寛大な目で見れば、レッドと称していいかも知れない。 「さっちんタイチョー、ごほうびチョーダイ」 「はーい、キャラメルだよー」 「あむあむ、ころころ」 「ヘイッ、ブルーサリーちゃんカモ〜ン」 「にょろにょろにょろ〜」 サリーちゃんの髪はうすい水色だ。大雑把な見解では、ブルーと言えなくもない。 「はーい、クッキーだよー」 「さくさく、ぱくぱく」 なんだろう? 見ているとホロ苦い虚しさ覚えてしまう、この光景は。 「ヘイッ、イエローサリーちゃんカモ〜ン」 「にょろにょろにょろにょろ〜」 もはや黄色の要素はどこにもないけど、そんな事はどうでもいい。 「はーい、チョコレートだよー」 「もぐもぐ、まむまむ。かはー、おいしー」 「ねえ、サリーちゃんが一人三役という事は、隊員は一人だけかな?」 「私とナナちゃんの二人で充分だよー、わかってよー」 「いや、あの、サリーちゃんが居るし三人なんじゃ……?」 「さっちんタイチョー。アタシ何すればいいの?」 「うん、それじゃーねー、天井にあやしいとこがないか見てみてー。私じゃ背がとどかないんだよー」 「おやすいゴヨウでやんすっ」 「ふんっ、ふぅーん!!」 「タイチョーどの、パワーが足りなくて高く飛べないであります、もっと燃料をくださいであります」 「じゃあ、プチケーキー」 「もしゃもしゃっ」 「タイチョー、まだ足りないでありますっ」 「モンブランいかがー?」 「うまうまうまっ」 「もひとつオマケに、地域限定ブラックモンブランだよー」 「ぶらぶら、もぶもぶ……ああ、おいしかったー!」 「ふんふんっ、ふんぬぅーっ!!」 「タイチョーどの、お腹が重くて高く飛べないであります。はたらいて運動して、ヤセてくるであります」 「ほんじゃーねっ、牛丼屋さんのバイトがあるから、アタシ帰るよ。バイバーイ」 「えー?」 「さ、さっちん……」 「うぅー、シン君、私に肩車してー」 「そしたら天井調べられるよー」 「肩車って……」 「ほらー。早くー」 「わ、わかったよっ 天井に届くかどうか分からないけど……」 僕はさっちんに背を向けて、しゃがみ込む。さっちんの柔らかい足が肩に乗った。 「ひゃうっ!? くうぅーーん……フトモモにシン君の吐息がー、こしょばいよー」 「そ、そんなこと言ったって……」 「さぁて、今日のスウィーツは――」 「って、うびゃぁぁあ!? シン! さっちんのスカート覗きこんで、なにやってんのさ!?」 階段からナナカがやってきた。なにやら、ものすごい誤解の存在を感じる。 「さっちんか!? さっちんがいいのか!! 特殊性癖なのか!? そーなのか!!」 「ナナちゃん、ひどいよ〜っ」 「えっへへへー、けど私はナナちゃんがいてくれればー、シン君と三人でもいいよー?」 「……これより、スウィーツ同好会査問会議を開廷する。被告人の二名は真実のみ語ることを、スウィーツの神に誓うように」 旧校舎の廊下で、僕はナナカに一連の出来事を説明することに……あまりに荒唐無稽なため、とても話し辛かった。 ただ、さっちんはナナカと一緒にいられて、とても楽しそうだった。 「有罪!」 ……僕は苦しかった。 放課後、僕は図書館へ足を運ぶ。 キラフェスは大成功だった。その事は素直に嬉しく思う。 だけど、何をどんな風にして良い結果が生まれたのか、僕は具体的に説明できない。ただ、みんなのおかげとしか……。 「うーん、政治関係の書棚かな? それともハウツー関係で、処世術の本をさがした方がいいんだろうか?」 「やめとけ」 「キラフェスで生徒会がやった事を分析して、勉強するつもりだろ?」 「そんなもん所詮は、小手先のテクニックにすぎねーぜ? しかも先の先まで計算して言動とるってのは、ある意味テメーを捨てるってこった」 「パッキー……」 「シン様がシン様だから、キラフェスはうまくいったんだぜ? シン様でなくなったシン様に、誰がついてくるってんだ」 「うふふ、その通りね」 「ヘレナさん、どうして図書館に!? ……って、調べ物ですよね」 「シンちゃん……私も去年のリアに、パーちゃんと同じことを言ったわ」 「去年ということは……生徒会長だったリア先輩に……?」 「あ……っ!」 「この件で私のお喋りはここまで。あとはシンちゃん自身でお考えなさい」 「くすっ。でも、もう分かってるわね」 「はい、ありがとうこざいます」 「あ、そうそう、あとひとつだけ勘違いを訂正させてちょうだい」 「私は読書に来たんじゃなくて、本を盗みにきたのよ」 「ど、どうして、そんな事を? ヘレナさんは理事長ですよね? ここの蔵書は、すべて九浄家の管理下にあるんじゃ?」 「そうでもないわ。なんと言っても、メリロットが司書なんだもの」 「んもう、あの子ったら、勝手に秘密の書斎を作ったりしちゃうし♪」 「メ、メリロットさんには、いろんな噂がありますけど……」 「それにしてもヘレナさん、楽しそうですね」 「ええ、もちろん! 地下の書庫に潜入して本を失敬。メリロットが仕掛けたトラップをかわしながら脱出!」 「久々に面白かったわ。はい、これ」 ヘレナさんが僕に一冊の本を手渡してきた。 奇妙な書物だ……。 印刷や製本技術に〈通暁〉《つうぎょう》してないけれど、僕にもこの本の異様さが分かる。 全ページに古めかしい羊皮紙が使われているのに、経年による褪色や汚れがまったくない。 うわっ!? キチンと製本されてるのに、印刷じゃなくて写本だ! い、いつの時代に書かれたんだろう? ページをめくっても、ホコリやカビがたたない。 それどころか、ボールペンや蛍光ペンといった現代的な匂いが漂ってくる。 「どうかしら、その本?」 「あ、すみません、勝手に開いちゃって。お返しします」 「チラッと読んでたわね? どんな内容だった?」 「うーん。文章の言い回しが、ちょっと古風ですね」 「だけど、古典の教科書のような難しさじゃなくて、明治や大正時代に書かれてた普通の文体だから……」 「これなら時間をかければ、全然読めますね」 「私には永遠に読めないわ。その本の鍵が破れないのよ」 「鍵って……? 普通に誰でも開いて、読むことができるじゃないですか?」 「パーちゃんたら……」 よくわからないけど、ヘレナさんが僕の呼びかけに応えてくれるようになった!! 「知っとるかね? メリロットは座る大人物なのだよ」 「な、なんですか、それ?」 「メリロットは、座ると私よりも背が高くなるのさ♪」 「ち、ちょっとヘレナさんっ、そんなあからさまな……っ」 「よし! 反応ないわね」 「メリロットは異常に耳がいいから、もし図書館にいれば、今の言葉を聞いてスッ飛んでくるはず!」 「さあ! お留守のうちに、コッソリ本を戻してきましょう。バイバイ、シンちゃん」 「パッキー、僕も表に出るよ。用事が無くなっちゃった」 「ようシン様、いまヘレナが持ってきた本な? ありゃ最近、誰かがしたためた魔導書だぜ」 「反応うす!」 「だってファンタジー関係の書籍なんて、本屋さんにいくらでも並んでるじゃないか」 「はあぁー、シン様こそ本物の大人物だぜ」 「……咲良くん、なにか?」 「こ、ここここんにちはっ」 図書館以外の場所でメリロットさんに出会い、ビックリしてしまった。 あまりに無遠慮な驚きように、メリロットさんは気を悪くしたのだろう、僕は慌てて挨拶をする。 メリロットさんは、基本的に無口だ。 ただそれは不機嫌なのではなく、僕たちような年頃の男子と女子に、どう接すればいいのかよく分からない様子だった。 そして、はじめて図書カードを作ってから数ヶ月後、僕はようやく気付いた。メリロットさんは、きちんと挨拶をする生徒がお気に入りなんだ。 「いいお天気ですね」 僕はご近所づきあいのような、無難な話をする。 会話のデッドボール。 「毎年、秋には長雨があるのに、今年はどういうわけか、晴れの日がつづいています」 もう一投。 「興味深いですね。秋霖が極端に短く、その代わりのように流れ星が多い……」 今度は僕が、ボールを受け取れなかった。 どう答えたものだろうか? 流星学園に入学してから生徒会長に当選するまで、メリロットさんは僕に、最低限度の親切を示してくれた。 もちろん、メリロットさんの仲間として認められているわけではなく、図書館司書が全校生徒に向ける親切だった。 ところが最近、それに変化が起きているように感じる。 「雲の形が変わりました」 メリロットさんが空を見上げ、僕もそれにならう。 「木々を揺らす風の音も、大きくなりました。冬のはじまりです」 「はい、冬の海風が冷たくて気持ちいいです」 青空は目に清々しい。 この感覚は……本を読み終えて、気負いも緊張もなく爽やかな気分になれた時と似ている。 「この高台からは、海が見えますね」 「……昔、流星町の漁師はみな、伴侶が編んだ世界にひとつしかないセーターを着て、沖へ出たそうです」 「手編みかぁ。あったかそうですね」 「いいえ。夫が水死体となって港に戻ってきても、きちんと見分けられるようにする知恵です」 「咲良くんは、仲間を見分けられますか?」 「できます!!」 「って、あれっ!?」 空から視線を戻して答えるも、そこには誰も居なかった。 「ヒッキーなら、図書館へ行っちまったぜ。シン様が考え込んでる間に一応、さよならは言ってたけどな」 「う、うーん」 メリロットさんの言動が変わってきたように思ってたけれど、僕は自意識過剰だったのかな? キラフェスが好評のうちに幕を下ろしてから、数日が経った。 僕は流星町の人々が憩う波止場に、足を運ぶ。 商店街をはじめ町内みんなの協力のおかげで、キラフェスは大成功をおさめた。 月ノ尾公園で時間を過ごす人たちの様子は、いつもと同じなのに、僕にとっては感慨深い。 聖夜祭が終わる頃には、僕の見方はまた違ってくるんだろうか? 露骨にマンウォッチングするのも気がひける。僕はなんとなく海上へ視線をうつす。 「あれ……あんな位置に、〈浮標〉《ブイ》なんかあったっけ?」 「ヘレナさん、こんにちは。釣りですか?」 「今日……この辺のお魚は、みんな逃げちゃってるわよ?」 どうして、そう断言するんだろう? 「それにしても、あのブイに気付くとは、なかなか鋭いわね。日常のちいさな変化を見抜くその眼力、大切にしなさいよ?」 「買いかぶりですよ。それより、アレは一体――」 「リースリング遠山より、ヘレナへ。完了でございます。オーバー」 「よーし、いくわよ民子ちゃん! 緊急浮上!!」 浮標が波間に消えてしまった。いや、海没したんだろうか? 「3……4……5……」 突然、海面が広範囲にわたって、白く泡立ちはじめる。そして、白色がピンク色に変化し、ほんのわずか膨らんだ瞬間―― 「……遅い」 海中から巨大なトントロが出現して、突堤脇に停泊する。ロロットが抱えている貯金箱とくらべて、サイズがケタ違いだ。 鼻の穴から海水が排出されており、その付近がメインタンクである事をうかがわせる。 同様にお尻のシッポがスクリューのように回転中で、一応、造船工学に基づいているらしい。 「技術力の無駄使いだぜ」 「ヘレナ、司令塔より失礼いたします」 巨大トントロの黄色いリボンが開き、内部からリースリングさんが現れる。リボンがハッチのようだ。 「超伝導電磁推進機関、トントロ聴音器をはじめ、艤装に不具合なし」 「目玉魚雷発射管、次発装填装置、発泡剤ほかの兵装も作動良好でございます」 「金氏弁には、ヘレナと私めとメリロットのコードを登録しておきました」 「ト、トントロ型の潜水艦?」 「潜水艦という呼び方は、犬に対して『犬』と声をかけるようなもの」 「本艦の正式名称は、オジョーサブマリンでございます。お間違えなきように」 「んもう、民子ちゃんたら気がはやい娘ね。性能テストの途中でしょ? 命名式には、まだ遠いんだからっ」 「……ヘレナ、それではもしや?」 「緊急浮上11秒ジャスト! 遅い!! これが実戦なら乗組員は死んでるわ」 「5秒まで縮めなさい」 「厳しい注文だぜ」 「お嬢さまの秘密兵器の慣熟操作は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「ロロットの?」 「潜行してゆく……」 「うふふ、民子ちゃんたら♪」 「あの〈艦〉《ふね》はロロットちゃんだけじゃなくて、シンちゃんやリア――クルセイダースみんなのものよ」 「もっとも、シンちゃん達が搭乗するような状況は、望ましくない。リ・クリエが順調に回避されれば、オジョーサブマリンも必要ないわ」 「きっとその時は、ロロットが観光潜水艦に改造して、海底探検やっちゃいますよ」 「悪くないわね。そうなったら、一緒に深海デートしましょう♡」 僕はしばらく波止場にとどまり、オジョーサブマリンのテストを見学した。最終的に、リースリングさんは3秒で緊急浮上できるようになった。 興味本位から艦内を見てみたい。 けど、この艦がクルセイダースに引き渡される事がないように、リ・クリエの脅威を最小限に食い止めよう! 「リ――」 学園内にリースリングさんが居るなんて、めずらしい。声をかけようとするも、僕は慌てて口をつぐむ。 よく考えれば、土日は図書館が一般解放される。プライベートで本を借りに来たんだろう。 リースリングさんは、優雅に歩みながら、分厚い本のページをめくってゆく。 意外な一面だ。ゆっくり読書するために、適当な場所へ移動するのも待ちきれない。その気持ちはよく分かる。 ……いいお顔だな。僕もあんな顔で本を読みたい。 「見つけましたぞ! この邂逅、一日千秋の思いで待っておりました!」 「じいや殿、それがしと勝負してくだされ!!」 「し、紫央ちゃん……そんな唐突に、聖沙みたいなこと言わなくても、いいじゃないか」 「これは、シン殿もご一緒でしたか」 「袖振り合うも一生の不覚! 審判役をお願いしますぞ!」 「なんちゅー強引な奴だ。薙刀小娘はヒスにそっくりだぜ」 「ことわざは、ロロットゆずりかな?」 「リ、リースリングさん、本を閉じて……まさか試合する気ですか?」 「お嬢さまのご学友との無用な戦闘は、この執事ことリースリング遠山めの任務ではございません」 「む、無用とは心外な! それがし、手練の領域に達するべく、じいや殿の胸を借りたい所存!」 「シン様、紫央様、それでは失礼いたします」 「ええーい、待たれい!」 「逃げるおつもりかっ! この鮒ザムライ、芋ざむらい!」 「いや、リースリングさんは武士じゃないし」 「って、紫央ちゃん何してるの!? それ真剣じゃないかっ」 「ご心配にはおよびませぬぞ?」 「飛鳥井の薙刀は魔物を調伏する刃。人を斬りつけたところで、ちょっと切れ味が悪くて痛いだけです」 「す、すごく物騒なこと言ってない?」 「ふおぅっ!?」 「私めの不意打ちを防げたのは、紫央様で二人目でございます」 「天稟は認めましょう。それでは――」 リースリングさんは、図書館の本を片手に華麗な跳躍をみせる。 そして残像を残したまま、あっという間に姿がかき消され、見えなくなってしまう。 「てゆーか『くのいち』かよ、執事は?」 「否、それがしの追跡をかわすためでしょうな」 「敢えて読書の邪魔をして、試合を申し込みましたが……そのような下世話な挑発にのる御仁では、ありませんでしたか……」 「じいや殿と戦えるよう、もっと修行せねば!」 「うーん。のんびり励んだほうがいいと思うよ?」 「そう性急にならなくたって大丈夫さ。リースリングさんは、紫央ちゃんの才能を認めてたじゃないか」 「否、断じて否! 天分がある者なぞ、ごまんとおりましょう。研鑽を積まねば、路傍の石で終わってしまいます」 「ですが……シン殿の仰る事も、ごもっとも……」 「おお……愛刀・小狐丸を落とすとは、なんと情けない……」 「し、紫央ちゃん、怪我してるの!?」 「恥ずかしながら無傷ですぞ」 「ただ、その……両手が痺れ、膝も笑っておりましてな……これでは、じいや殿の突きを防いだとは言えませぬ」 「薙刀は僕が持つよ。袋に入れればいいんだね?」 「かたじけない」 「あの……ご厚意に甘えるついでに、肩を貸していただけませぬか? それがし、武道館へ参りとうございます」 「ああ、いいとも」 「おや? シン殿、どちらへ? 武道館の方角ではありませぬぞ」 「さっき僕の言葉にも、一理あると言ったでしょ? 中庭で休憩していこう。いまの季節は、ベンチに座って空を見上げると気持ちいいよ」 「シン殿……」 「承知いたしました。回復し次第、すぐに再戦を申し込みますぞ」 「い、いや、僕そんなこと言ってないし」 「うーむ。それがしは如何なる鍛練をすれば、じいや殿の関心が得られるのやら……」 現時点での二人の実力差はさておき、リースリングさんはロロットには機知に富んだ会話をし、僕たちには礼儀的な挨拶をする。 けれど紫央ちゃんに対する言動のみ例外的で、そのどちらでもない。 「おお! うっかりしておりましたぞ。シン殿、先程の失態、くれぐれも姉上には内緒にしてくだされ!」 「うん、約束するよ」 紫央ちゃんは、きっとリースリングさんの態度に気付いていないだろう。 僕は自分でもよく分からないけれど、その事は指摘しなかった。 「紫央ちゃんは、ライバルが欲しいのかもしれないわね」 「ヘレナさん!? ええっと……聖沙の従姉妹だから?」 「そうかもしれない……けど、もっと強くなる為には、今のままじゃいけないって思ってるんじゃないかしら」 「けど、あなたなら彼女の心を支えてあげられるかもしれないわ」 「僕が紫央ちゃんを……?」 「あの子も使命に縛られている……せっかくのお年頃なのに可哀想でしょ」 「それって……僕達も含まれてます?」 「さあ〜? 他にもいるかもしれないけど♡」 「僕達は自由にやらせてもらってますよ」 「そうね。けど、紫央ちゃんにも夢はあると思うの」 僕も一応、魔王という使命を背負ってはいる。 けど、僕はキラキラの学園生活を送るという夢がある。 今のところ、両立できていると思う。バレたら終わってしまうけど。 「使命だけに囚われない生き方を、教えてあげて。あなたなら、できるでしょう?」 ヘレナさんは、僕の使命ってのを見透かしているのだろうか。 しかし、紫央ちゃんも出来ることなら生徒会……クルセイダースの仲間として協力していきたい。 そして、一緒にキラキラの学園生活を過ごすんだ。 「……わかりました。出来る限り、やってみます!」 「よろしい! ご褒美に、このトロフィーをプレゼントするわ」 「あと、図書館で暴れちゃだめってことも教えてあげるのよ」 「あー、シン君だー。ねーねーコレなんだか分かるー?」 「コレは……?」 通学路でさっちんと御陵先輩に出会う。一緒に下校しているのだろう。 さっちんは僕の姿を認めるや、唐突に手のひらサイズの黒い円柱物体を手渡してきた。 「どこからどう見ても万年筆だね。さっちんは、古風な筆記用具を愛用してたんだ」 「それはうちのんやし。こないだ伯父貴からもろたんどすわ」 「それさー、モノはいいのに壊れてるみたいなんだよー」 「どれどれ? 先輩、イジらせてもらっていいですか?」 「かまいまへんえ」 「あれれ? インクが出ないね?」 「でも、けっこう重いよー? きっとインク満タンなんだよー」 「目詰まり起こしてはるんやろか?」 「うーん、だったら叩けば直るのかな? けれど、そんな不具合あるものを、姪御さんに贈るわけないし――」 「イロマ!?」 「パ、パッキー……?」 「俺様のドテッ腹に銃弾が……ヌイグルミでなければ……死んでるところだ、ぜ……ガクンッ」 「なーんだ、暗器だったんだねー」 「ほうほう……あんじょう分かりましたわ」 「な、なに? ええっと、万年筆から火薬の匂いがする白煙が、立ちのぼってるんだけど?」 「シン君ー。それもういっぺん、私に貸してー」 「えっへへへー、なかなか作りが凝ってるねー」 「どないですやろなあ? ほんまもんみたいに書きもんに使われへんねやったら、怪しまれてまいますし」 「お胸のポケットに入れとけばー? 指示棒がわりになって便利だよー」 「あー、でも護身用としても実用性がイマイチかー」 「そうやね、22口径では心許ないわ。せいぜいピンチの時に、相手をビビらす威嚇用やけど……」 「それだったら、ド派手に思いっきりパーン! って鳴ったほうがいいよー」 「はあぁ、困りましたわ。せっかくのプレゼントやし。手許に置いときたいけど、こないな子供騙しやと――」 「ふ、二人とも何のお話してるの!? 物騒なこと言ってない!?」 「あちゃー、シン君てば聞いちゃダメだよー、女の子は色々あるんだからねー」 「そうどすえ。もし会長はんがロロットはんとええ仲にならはったら、その時分かるかも知れまへんわ」 「ぼ、僕、ますます混乱してきましたが……?」 たしかに女子二人のやりとりを、男子が聞き耳立てるわけにはいかない。僕は数歩はなれて、一緒に歩く事にする。 「ペン先が鋭くて面白ーい。コレ最後は手裏剣みたいに投げられるよー」 「翔びクナイやね。もちろん修得してますえ」 ……もっと離れておこう。 「はぁい、シンちゃん♡ どうしたの?」 「キラフェスの決算が出たので、報告にあがりました」 僕は書類を携えて、理事長室へやってきた。 ヘレナさんはいつも通りの笑顔で僕を迎えてくれて……意外なことに、メリロットさんもいる。椅子に腰掛けて読書中だ。 「さっそく、チェックさせてもらうわ。シンちゃんは、そこに掛けてて」 うーん、予想外でもないかな? 理事長室には、本がたくさんある事だし、メリロットさんがいても不思議はない。 「ふむふむ、上出来ね……」 僕に気付いているのかいないのか、メリロットさんは自分の進度で本を読み、ページをめくってゆく。 メリロットさんをひと言で説明しようとすれば、口数のすくない司書、本好きの女性、メイドさんみたいな服を着た人……様々な言い方ができる。 けれども、他の誰とも違う、メリロットさんがメリロットさんである証拠は、ページをめくる音だ。洗練された韻律のように美しい。 「うふふ、綺麗な音色でしょ?」 書類に目を通しながら、ヘレナさんがイタズラっぽく話しかけてくる。 「メリロットがページをめくる音よ。簡単そうだけど、誰にも真似できないわ」 「どうやったら、あんな澄み切った音が出せるのかしら? 人知れず、そっと耳を撫でるように、心地よく」 僕は一瞬、ドキリとする。 メリロットさんはヘレナさんといる時だけ、生徒には決して見せない微笑みを浮かべる。ああ、こんなにも楽しそうな顔で笑う人だったんだ。 「こんにちは、咲良くん」 「んもう、メリロットったら挨拶が遅すぎよ。いくら本に夢中になってたからって、理事長さん悲しいゾっ」 「お詫びのしるしに、とびきり美味しい紅茶を淹れてちょうだいな」 「ふふっ、承知しました」 「あ、もちろん三人分ね♪」 「い、いただきます」 幸運にも、僕はメリロットさんの紅茶をご馳走になった。 決算書類に不備はなく、ヘレナさんから太鼓判をおしてもらった。 紅茶は、とてもうまかった。 キラフェス成功の余韻に浸るうち、ついつい僕は気が弛みがちになっていた。 切迫して殺気立つ必要はないけれど、魔族と向かい合うには、常に緊張感をもっておく事が肝心だ。 心をひきしめよう! ……どうやって? 自戒の堂々巡りに陥るのは良くないなぁ。 「こんな時は神社にお参りして、境内でノンビリしよう」 「ま、少なくとも、あそこの空気は流星町で一番澄んでるぜ。いい気分転換になるんじゃね?」 そんなわけで、僕は飛鳥井神社へ―― 「ん? 向こうからガキ共が群れて来るぜ」 子供達が凄い勢いで逃げていく。そんなに慌ててどうしたのだろう まさか、魔族が――!? 「会長はん、どないしはりました?」 「み、御陵先輩……?」 まさか、先輩までもが魔族……なわけないか。 「何事ですか!? 子供たちが、一斉に参道を駆け降りてゆきましたぞ!」 「おお、彩錦殿のみならず、シン殿もおいででしたか。ようこそ、お参りくださいました」 「あの、子供って……」 「ヤキイモ焼いてはりましてなあ。お小言ゆうたら、一目散に逃げてしまいましたわ」 「な、ななななんですとぉー!?」 御陵先輩が扇子の先で、境内の片隅を指す。紫央ちゃんも眉をひそめて、そちらに顔を向ける。 見ると、青竹を四方に立ててしめ縄でぐるりと囲み、その中央で何かが焼かれていた。 大晦日やお正月に、役目を終えた旧年の破魔矢や熊手を、あんな風に焼いたりするけど……どうして、こんな秋口に? 「くんくん……ヤキイモの、ほっこりと甘い匂いが……じゅるり」 「ハッ!? 否否否! けしからーん! 神火をなんと心得ておるっ!?」 「飛鳥井はん、うちが拾てきますし。しめ縄くぐらせてもろても、よろしおすか?」 「お気持ちはありがたいのですが、氏子の不始末は神職の責任! それがしがゆきます」 「かたい、かたい。巫女はんは、もっと柔らこうしとった方が可愛らしいもんどすえ」 紫央ちゃんの返事を待たずに、御陵先輩は焚き火へ近づいてゆく。 「あれっ!? 燃やしてるのは破魔矢とかじゃなくて……扇子?」 「然り。あの焚き物は神事のひとつ」 「舞踊やお茶の関係者らが、稽古や舞台で愛用して古くなった扇子を神火で焚き上げ、己が道の上達を祈願しておるのですぞ」 「ふーん、そんな行事があったんだ。確かに神聖な火だ。サツマイモを放り込んだりしちゃいけないね」 「だけど……」 逃げ出した子供たちは、ヤキイモを取りに戻ってくるんじゃないだろうか? 僕は鳥居のところから海の方を振り向き、表参道を見下ろす。 子供達はその場でオロオロしていた。 「あれじゃ、あのまま帰っちゃうな……」 「はぁ……仕方ありまへんなぁ」 「こないなことしたら、あきまへんえ」 御陵先輩が、子供達に出来たヤキイモを笑顔で渡す。 「ご足労をわずらわせましたな、かたじけない彩錦殿」 「ただ、子供たちにとって境内は遊び場とおなじ。焼納も毛色のかわった焚き火にしか見えず、お祭り気分で、ついはしゃいでしまったのでしょう」 「こちらこそ我がまま言うて、堪忍な。そやし、あのおイモさんのお値段、いかほどですやろか?」 「ざっと見積もって、学童用の守符が五つ分といったところですな。カエルの刺繍がほどこされ、交通安全に効き目がありますぞ」 「ほな、おイモさんの代わりにお守りを五つ、買い置きさせてもらいますわ」 すごいや御陵先輩って。 「お二人とも、本日はよきお参りでした」 「うん、本当に来てよかったよ」 「晩秋には、甘い菓子の神火もおこします。その折には、是非またお参りにいらしてくだされ」 「はい、これは会長はんと飛鳥井はんに」 「ふおぅ!?」 「子供達がな。分けてくれはった。ええ子達やわ」 御陵先輩がヤキイモを、柔らかく放り投げてよこす。 僕と紫央ちゃんと、反射的に両手を出して受け取るけど―― 「あ、熱いいぃっっ!!」 「み、みっともないですぞシン殿。心頭を滅却すれば、ヤキイモもまた……ま、また……っ」 「くう〜〜っ、熱いですぞぉーー! それがし、実は猫手なのですぅーーっ!!」 「はよ言いなはれ。ぱたぱたぱた〜」 御陵先輩は僕と紫央ちゃんの手許に、扇子で風をおくる。 境内で食べた罰当たりなヤキイモは、とてもうまかった。 大忙しだったキラフェスの準備、そして大成功の余韻。その影で、魔族たちの動向に変化があらわれていた。 サリーちゃんや、美味しいもの食べ隊とはタイプの異なる謎の魔族が、流星学園に集まってきてるという。 「うーんと……」 「で、学園を調べるならともかく、なんで商店街に来るんだ?」 「ほら、サリーちゃんとオデロークは、よくこの辺にいるよね?」 「ま、ペタンコとオデ公は、牛丼屋でバイトしてやがるからな」 「それ以外の時も、このあたりで見かけるからさ。魔族は人が大勢いるところが、好きなんじゃないかな?」 「だから、商店街や学園に惹かれるんだよ」 「うん、魔族は案外さびしがり屋なのかも……僕もそんなとこあるし」 「ちょっと待て。そいつは楽観的すぎらーな。孤高な奴も中にはいるんだぜ?」 「それじゃますます、魔族は人間と変わらないじゃないか」 五ツ星飯店のドアが開き、お皿に中華まんを山盛りにした木村さんが現れる。 「木村さん、こんにちは」 食べ物を前にして、木村さんは喋るのをひかえ、視線で笑みを投げかけてくる。 あらかじめ厨房で作っておいた熱々の中華まんを、トングを使って店頭の蒸籠に入れてゆく。 学園帰りの生徒や、お母さんと買い物にきた子たちが買い食いするから、こうしなきゃ追いつかない。 「木村さん、キラフェスではお世話になりました」 僕が話しかけてしまったせいだろう。手許が狂い、中華まんがひとつ木村さんの手のひらに落ちてしまう。 木村さんが反射的に手を振り、その結果、中華まんが弧を描いて放たれる。 「ああ、もったいない!」 「ぱっくん♪」 サリーちゃんが飛来して、空中で中華まんにかぶりつく。 「ナイスキャッチね」 「もぐもぐ……かはー、豚まんおいしー♪」 「それ、落としそうだったやつだから、お代はいいネ」 「ヒャッホー! キムさん、もっとポイポイやって」 「そんでアタシが、ぱくぱくキャッチしたら、お店の宣伝になるよぉ!」 「大道芸みたいで、お客さん寄ってきそうネ。でも食べ物をオモチャするのは、よくないアル」 はやくも知己になったらしく、サリーちゃんと木村さんは親しげに話しこむ。僕は、声をかけるタイミングを失してしまった。 「サリーちゃん、交代」 「ええ〜〜。もうそんな時間?」 「オデ、肉まん、食う」 「あー、わかったわかった。今、お金だすー」 「イイヨ、イイヨ。サービスネ」 「サリーちゃん、美味しいもの食べ隊の財務省なんだ」 「ザイムショー?」 「お財布の管理してる人ってこと」 「うん。だって、オヤビンはお腹空いてるとなんでも食べちゃうから」 「オデ、お金、食う」 「だから、普段はアタシがこうやってお金を出すことにしてるの」 「ククク……ペタンコのやつ、陰でこっそり使いこんでるんだぜ」 「そんなことしてないもん! これは美味しいもの食べ隊の汗と涙で勝ち取ったお金なんだからー!」 「オデ、サリーちゃん、信じる」 「うふふ。これだから、オヤビン大好き」 「本当はちょっぴりヘソクリがあるんだけど」 「じゃあ、バイトに行ってくるー!」 「変わったなぁ……」 僕はしばらくの間、オデロークとお喋りをした。生徒会のみんなと一緒にいる時と、おなじ安らぎ。 少なくとも汐汲商店街にいる魔族に、危険性はない。僕はそう確信した。 「ようシン様、今日は特売日じゃねーぜ?」 「あのね、僕は毎日お買い得品あさってるわけじゃないよ。商店街のお手伝いもするんだ」 「そんで労働の対価に、あまり物を分けてもらうんだろ?」 「うん、ご厚意には素直に甘えなきゃね。その方が相手も喜んでくれるしさ」 「って、ソバん家じゃねーか! さんざん前払いしてもらってね?」 「別にゴハン食べに来たんじゃないってば。いつもお世話になってる、お礼をしなきゃね」 「ようこそ、お越しくださいましたな」 「えっ!? ど、どうして紫央ちゃんが、夕霧庵に?」 「おお、これはシン殿ではありませぬか。お食事に参られたのですかな?」 「ううん、お店を手伝いに来たんだ」 「殊勝な心掛けですな。それがし、間もなくあがりますので、ちょうどよいところでしたぞ」 「あいにくと、看板娘のナナカ殿は、同好会の活動でご不在」 「しかし、シン殿のお力添えがあれば、これからの夕飯時もうまくお店がまわせるでしょう」 「紫央ちゃんは、夕霧庵でバイトをはじめたの?」 「あ、あの、そんな立派なものではなく……その、習い事とでも申しましょうか……」 「そっか、ソバ打ちの修行をはじめたんだね」 「い、否……」 「ぬぐぐ、決して賞賛に値する事では……シン殿、お掛けになって、しばしお待ちくだされ」 「お、お待ち、お待ちどお、どうさまです、です……っ!」 紫央ちゃんがお盆にお汁粉を乗せて、あぶなっかしい手つきで運んでくる。 「紫央ち――」 「手出しは無用! それがし一人で、見事運んでみせましょう!」 「が、頑張れ……頑張れーっっ」 「……そんな気張るような事か?」 「ふぅ……どうぞ、熱いうちにお召しあがりくだされ。お代は結構ですぞ」 「そう言えばメニューにお汁粉もあったね。紫央ちゃんの習作かい?」 「然り。ですが、まだ途中までしか、作り方を教わっておりませぬ」 「本日のお料理修行は、終わりましてな……あとは、見よう見まねでやってみました」 「スゴイや、完璧にできてるよ? それじゃ、ご馳走になるね」 「んっく」 「お、お味のほどはいかがですかな? 率直にお聞かせくだされ」 「う、うーん……間違いなくお汁粉だけど……何だろう?」 「たしかに甘い事は甘いのに……あんまり甘くないね、変な感じだよ」 「やはり、そうですか。それがしも、そう思います」 「ふむぅ……剣術とおなじく、プロの料理人の技は、一日で修まりませぬか」 「急がねば……今月の神事で、お汁粉を作る必要がありましてな」 「去年までは母上のお手製でしたが、今年からそれがしが任されることになりまして……」 「ふーん、夕霧庵に師事するとは、紫央ちゃんらしいね」 「単に内緒で腕前みがいて、家族をビックリさせてーんじゃねーか?」 「ギックゥ!!」 「し、紫央ちゃん? まさか図星なんじゃ――」 「そ、そそそそれがし、巫術の修行がありますゆえ、これにて失礼つかまつります!」 「あはは、紫央ちゃんは大人なところと、子供っぽい気質が同居してるね」 「あたりめーだぜ。シン様たちも、そうじゃねーか」 「じ、自覚ないけど……んっく」 「あれれ? 紫央ちゃん戻っ――」 「あ、シン! 手伝いに来てんだ!?」 「あんがと。でも水くさいや、言ってくれれば同好会休んで、すぐ帰ってきたのにさ」 「いいよ、僕はついさっき来たとこなんだ。これ食べ終わったら、皿洗い開始!」 「お汁粉? シンにしちゃ、珍しいの食べてんね」 「うん、ナナカもどうかな?」 「クククッ……ソバよココだぜ? シン様はココに口つけて飲んだぜ」 「だ、だから、なんだってんでいっ」 「分かってんだろ? 間接キスでグイッとやんな!」 「そんなアブノーマルな事しないやいっ、杓子でキレイに飲むやいっっ」 「ナナカは、夕霧庵の和菓子ならパクパク食べるもんね」 「そうともさー!」 「って、おんや? くんくん……」 「な、なんだこりゃ? 作ったの誰だい!?」 「匂いだけでよく分かるね? それ紫央ちゃんのだよ」 「あ……ああー、うんうん、そーいやそんな話聞いたっけ」 「むふふー、そんでさシン、これ甘かった? 親の仇みたいに、お砂糖いっぱいだよ?」 「え……? そんな筈ないよ。だって大して甘くないんだもの」 「たーっはははー、ちょっと待ってな」 「ほい、お塩をパ〜ラパラ♪ これで激甘になるかんねっ」 「なるほど、スイカに塩ふって食べるのと同じか」 「どらどら? 俺様もご賞味するぜ……ぐびりっ」 「サルミ!?」 「パッキーが感激するほど、うまくなったの? ……んくっ」 「ぐわぁっ!?」 「甘すぎて舌が……は、歯が溶けちまうぜ……っ」 「あー、あぁーー、ああぁーーー!!」 「はいよ、塩コンブ2人前、ちゃんと用意してあるってば」 「はむはむ……」 「ぱくぱく……はあぁ〜、生き返った」 「てへっ、酸いも甘いも塩の味ってやつだね」 「し、紫央ちゃんらしいよ。まっすぐな性格で……甘くならないから、ドンドンお砂糖を投入しちゃったんだね」 「紫央ちゃんが、塩をわすれる、これ如何に?」 「ナナカ、エプロン貸してよ」 「ちゃんとツッコめ! アタシも言ってて恥ずかしいんだいっ」 僕は久々に、夕霧庵でナナカと一緒に働く。 ……紫央ちゃんがお汁粉を作るのは、今月の何日だろう? 聞き損ねてしまった。 キラフェスや聖夜祭とは無関係。生徒会への投書や『Angelic Agent』への依頼でもない、ちいさな懸案。 生物学の授業中、理科室のケージからハムスターが一匹逃げ出してしまった。豊かな緑に囲まれた流星学園では、捜索は困難をきわめるだろう。 探すのは今日1日だけ。そう決めて、僕は建物を順番にあたる。寒いんだから、きっと屋内に隠れてるはずだよ。 「死んでますね」 「そりゃ生きてれば死ぬわよ」 学園内でプリエの次に食べ物がありそうなところ。僕はまっさきに九浄家のお屋敷を訪ねた。 「あっ!? お、遅かったですか……」 メリロットさんは両方の手のひらで包み、温めるようにハムスターを持っている。 ヘレナさんの明るい挨拶とは対照的に、メリロットさんの手の中にいる艶やかな毛皮をしたそれは、ピクリとも動かない。 「それ、理科室から出ちゃったハムスターです……凍えちゃったのかな? 今日は冷え込んでますし」 「外傷はありません。凍死か、心臓麻痺か、いずれかでしょう」 「オリを飛び出して、外の世界が見られて……感激しすぎちゃったのかしら、ハムちゃんは?」 「感傷的すぎますよ、ヘレナ? どんな生き物も、死ぬことを許されるべきです」 「ま、正論よね」 「……もしも、私が永遠に生きられるとすれば?」 「メリロットが永遠を主張するならば、あなたは時間の終わりがどんなものか、知ってなくちゃならないわ」 「存じあげません」 「んもう、だったらメリロットも、私と変わらないじゃないのよ」 「ふふっ、そうですね」 ハムスターを引き取って埋葬したい。けれど、どんな言葉をかけて二人の会話に入ってゆけばいいのやら、見当もつかない。 「……咲良くんが、死を意識したのは、いくつの時ですか?」 メリロットさんが両手でハムスターを包み込んだまま、話しかけてくる。 「3歳か、4歳の頃ですね。夜、怖くなって、寝つけなくなりました」 「いまは普通に眠れますけど……」 「私もそのへんね。死んだらどうなるのか、実験してみたわ」 さ、さすがヘレナさんだ。僕はそんなこと思いつきもしなかった。 「興味深いですね。どんな結果がでました?」 「まず、死んだ小鳥や魚に昆虫、あとは腐った果物なんかを集めて、ベッドの下にこっそり並べた」 こ、この人は、幼い頃から鳥瞰的な視点を持ってたんだろうか? 「結局、状態が変わるだけで、消滅したものはひとつもない。これが結論よ」 「それは有意義な実験です」 「あと、私の頭の状態も変わったわ。実験してるのが両親にバレて、お母様に思いっきりブたれたもの」 「それはもっと有意義な事です」 「きゃ……っ!?」 メリロットさんの手の中で、突然ハムスターが動きはじめる。 「そ、そんな馬鹿な……!」 「じゃじゃーん! 生き返ったぜ! メリロットてばやっるぅ〜、ひゅーひゅー♪」 「ありえませんっっ」 「だ、だけど、現に蘇生したじゃないですか! たまにそういう事ってあるんですよ」 「私は奇跡や偶然は嫌いです!」 「フォフォフォ、必然だよメリロット君」 「知ってる? ハムスターって寒いところにいると冬眠しちゃうの。そんな時は、体温を分け与えてあげれば、目を覚ますわ」 「うーん、という事は最初から生きてたんですね」 「って、あああ!? だから私に、ハムスターを温めろと命じたんですね! ご自分でやればよいではありませんか!!」 「だってぇん。メリロットのほうがお手手がぬくぬくしてるから♪」 「けど、手が冷たい人は、心が温かいというくらいですから、私は――」 「違うわよ、メリロット。手が温かい人は、心がもっと暖かいもの」 「まあ、本音を言うと、生物室に返しにいくのが面倒だったから」 「というわけで、よろしく!」 「あ、ちょ、ちょっとヘレナーー!」 結局、メリロットさんはヘレナさんの手玉に取られっぱなしだ。 クルセイダースの活動とは別に、自主的に学園内をパトロールする。文化ホールは僕たち生徒には、もっとも馴染がうすい場所だ。 選挙や生徒総会で何度も出入りしているけれど、教室や生徒会室といった日常空間じゃない。 そのおかげで、いつここへ来てもまわりが目新しく、いい意味で緊張感を覚える。 「ちゅっど〜〜〜〜〜ん!」 「はぁいヘレナよ、文化ホールでシンちゃんと二人きりね♡」 「ど、どうして、椅子の下から這い出てきたりするんですか!?」 「そうなのよ、本音を言えば爆発物を使いたいけど、きっと消防署の許可がおりないわ」 「会話をしましょう、ヘレナさん!」 「んもう、シンちゃんたら、リアみたいなお小言うんだからっ。お姉ちゃんは嬉しいゾっ」 「悲しいじゃなくて、嬉しいんですか?」 「ええ、あの子は来年三月で卒業だもの」 「姉妹のつながりは続いても、学園に来なくなれば、お小言をならべる機会も減るでしょう」 「ちょっと寂しいわね……」 「だから最後はビックリどっきり盛り上げちゃうわよん♪」 「うむうむ! 椅子には色々と仕込めそうね。あと緞帳に細工をして、他にもたくさん――」 「な、なんの事ですか?」 「悪巧み♡」 「まあとりあえずリ・クリエをシンちゃん達にちゃっちゃっとなんとかしてもらって――」 「なんと楽観的な」 「それでね! 卒業式までには、すべてが解決するはずだから……」 「式典の真っ最中に、思いっきりイタズラしてやるわ! リアだけじゃない、三年生全員にねっ♪」 「そ、そんな事したら、校長や教頭が激怒しちゃいますよっっ」 「あらん、卒業式の主役は三年生よ?」 「あの子たちみんなに、一生の思い出に残るようなイタズラをしてあげたい……」 「うふふ。これは流星クルセイダースの司令官たる自分への、ご褒美よ♪」 「いいな……僕もそんなのして欲しいですよ」 「こーら! 二年生のシンちゃんには、まだはやすぎるゾ?」 「でも、シンちゃん、ナナカちゃん、聖沙ちゃんの卒業用のイタズラも、もちろん考えてるわ」 「どんな内容かと言うと――」 「わああぁ〜!! ネタばらしはやめてくださいぃぃ!!」 僕は両手で耳を塞いで、文化ホールから賭け出す。ホールを出る直前にヘレナさんの方を振り返ると、そこには満面の笑み。 うん、僕は三年生の全員を知ってるわけじゃないけれど、生徒会長として僕を選んでくれた人たちなんだ。 その期待にこたえるためにも、リ・クリエを阻止して、無事に卒業式を迎えてもらおう! 旧校舎へゆく途中、御陵先輩の姿を見かけた。普段、落ち着いている先輩にしては稀な事に、足早にどこかへ向かっている。 「黒ストは、ババくせーぜ」 「君は口が悪すぎだよ。御陵先輩は大人びてるって言うんだ」 「ちげーよ、片手にクルミをふたつ持ってやがったんだ。殻付きのやつな」 「ああ、お年寄りが、よくそうやって弄んでるよね」 「ククク……シン様もそう思うだろ?」 「誘導尋問してる場合じゃないよ。先輩のあとに続こう!」 「なんでまた?」 「だって凄いじゃないか! 学園内にクルミの木が生えてるのかな? 僕たちも拾いにいこうよっ」 「所帯じみてるぜ……」 「クルミは保存食になるさ!!」 「分かったから、力説すんな」 あ、あれれ? 九浄家のお屋敷に来ちゃった。 僕は事前に来意を伝えてない。門柱の影からそっと様子をうかがうと、御陵先輩とリア先輩が駐車場の付近で話し込んでいた。 二人で一緒に、クルミを拾いにゆく約束をしているんだろうか? 「いい加減、食い物からはなれよーぜ?」 「彩錦ちゃん、中へはいって。お茶淹れるよっ」 「おーきに。そやけどお気遣いなく。大した用事やありまへんし」 「リーア、コレもろてくれまへん?」 「うん、なにかな……?」 「アーモンドの種、ふたつどすわ」 「わあ! めずらしいね」 「す、すやすや、すやすや」 アーモンドの種をクルミと見誤ってバツが悪いのか、パッキーがあからさまなウソ寝をはじめる。 「よかったら、九浄家の庭園のすみっこにでも、植えたって」 「うーんと、それじゃモミの木のそばがいいかも。種はふたつ並べて埋めればいいの?」 「そうやね、あんまり離さんほうがええかもしれまへんわ。アーモンドの実が成るには、二株いりますさかい」 「へえ〜。私アーモンドの木って、見たことないよ」 「どないゆう事のない木……せやけど、お花は綺麗なんどすえ」 「桃よりおそぉて、桜よりはやい……余人を気にせんでお花見するんに、これほどええもんはありまへん」 「その時になったら、お花見にしようね♪」 「ええ、来さしてもらいます」 「……せやけど、なんぼはよぅても、芽が出てから花が咲くまで、五年はかかってまいますし」 「あらら、長いね」 「――いと年経たる巴旦杏の、ところ得顔に棲まい」 「彼の懐かしき星の道を――」 「星の道を、彼方へ」 「リーア……」 「んもう、彩錦ちゃんたら……ゲーテを真似しちゃ駄目だゾ」 「あれまあ、さすがどすなあ。バレてまいましたわ」 「くすくす、この目でアーモンドのお花を見たら、どんな歌が浮かんでくるのかな? 楽しみだよ」 「それで彩錦ちゃん、種はどれくらいの深さに埋めればいいの?」 「あんっ?」 「あぁ〜〜。種は一晩ほど水に浸けて、皮をふやけささなあかんそうどすわ」 「あはは…… 知らないんだね、彩錦ちゃん?」 「か、堪忍え……」 「うんうん、やっぱりお家にはいって、ね? お姉ちゃんの本がたくさんあるから、きっとアーモンドの事も調べられるよ!」 「ほな、遠慮のぅお邪魔させてもらいます」 御陵先輩とリア先輩は、屋敷の玄関へ。僕は門の前からはなれる。 「リアちゃんは、友達想いだぜ」 「御陵先輩だってそうさ、五年後の約束を交わせる人がいるなんて、羨ましいよ」 改めて生徒会室へ小径を進みながら、僕はクルセイダースの重責を再認識する。 リ・クリエを阻止しなきゃ、五年後の世界はないんだ……。 放課後。僕たちは気をひきしめるために、クルセイダースとして自主的に訓練を行う事にした。 ……だけど、具体的に何をどうすればいいのか分からない。 いいアイデアが思い浮かぶまで、僕はあれこれ考えながら、お散歩する。 「む、無意識のうちに商店街へ来ちゃった。ここに戦力強化のヒントがあるのかな?」 「ただ単に、骨の髄まで所帯じみてるだけじゃね?」 「ほ、ほら、食生活に気をつかえば、健康な身体になるよね。スポーツ選手はみんなそうじゃないか」 「クルセイダースも、いいものを食べるようにすれば、強くなってくはずさ」 「その理屈で言うと、毎日みてーに高級料理喰ってる天使が、最強って事になるぜ?」 「おっとシン殿、御免候」 「紫央ちゃん? 巫女服を着てるね、神社のお使いかい?」 「ふむぅ、どうお答えすればよいものやら……半分は正解ですぞ」 「どらどら?」 「うっひょー、塩コンブがぎっしりだぜ」 「パ、パッキー、人様の買い物袋を勝手にのぞいちゃ、イケナイってば!」 「否、普段なら物の怪を斬り捨てるところですが、これは見られてもどうという事ありませぬ」 「気に入ったぜ薙刀小娘。こいつを肴に一杯やるんだな? 渋いぜ、俺様も相伴させてくんな」 「失礼な、それがしは狂水なんぞ嗜まぬわ! 成敗ッ!」 「ゾダン!? き、斬ってんじゃねー、か……」 「当たり前だよ。オジサンあつかいされたら、そりゃ紫央ちゃんだって怒るさ」 「おお、嬉しいですぞ。シン殿はそれがしを、乙女として見てくれておるのですな?」 「……う、うん」 「なんですかな、その意味深な間は? しかも、吃っておられましたが?」 「き、気のせいだよ。ちょっと生徒会の事で、考え込んでたんだ」 「己が職責に、思いをめぐらせておったと? 奇遇ですな、それがしもですぞ」 「飛鳥井の者として食材を揃え、一介の女子としてお料理を習っておりましてな」 「うーん? 半分正解って事は、料理のほうはプライベートかい?」 「お、お恥ずかしい」 「夕霧庵で、お汁粉の作り方を習っておるのですが、なかなか上達しませんで……」 「薙刀の修行とおなじですな」 「鍛練をつみ順調に上達しながらも、ある日いきなり壁にぶつかり伸び悩む」 「切磋琢磨と煩悶の時をへて、再び腕を上げ、そしてまた次なる壁に出会う。その繰り返しですぞ」 「し、失礼、おかたい話でしたな」 「ううん、参考になったよ」 「紫央ちゃん、いつか手料理をご馳走してね」 「それでは霜月の神事の折、当社へご参拝くだされ。それがしお手製のお汁粉を、振る舞わせていただきますぞ」 「ああ、寄らせてもらうよ」 「では、禊ぎがありますゆえ、それがしはこれにて」 「……なるほど、大量の塩コンブは、付け合わせだったのか」 「さあ、僕たちも行こう、パッキー。うまく言えないけど、紫央ちゃんからヒントがもらえたよ」 「あ、まだ失神してる……」 「ちょ……! ヘ、ヘレナどこ触ってるんですか、止めてください!」 「オッパイ触ってるの♡ やーめなーい♪」 ほんのわずかだけれど、メリロットさんとヘレナさんの遣り取りが、聞こえてくる。 見ると、理事長室のドアがわずかに開いていた。イケナイと知りつつ、僕はつい覗いてしまう。 「何の前フリもなく、いきなりこんな……!」 「うん、予行演習よ。今度は図書館で不意打ちするからねっ」 「ここでは口で抵抗できても、あそこは私語厳禁……声も出せないわよん?」 「ヘレナ。それ、ものすごく親父くさい発想ですよ?」 「私の中の男を目覚めさせた、君がいけないのだよ」 「もう! おどけないで下さい!」 メリロットさんがヘレナさんの戒めから逃れる。 「私のなんてイタズラしなくたって……ほら」 メリロットさんの手が、ヘレナさんの頬に触れる。 「ヘレナ、あなたの肌はとても美しい」 「メリロット……」 「いっぱい詰まってます。元気、水分、幸運、夢、未来なんでも詰まってます」 「……魔法が錆びついたような、私の肌とは違います……」 「私の目には、あなたも同じように映るわよ?」 ヘレナさんがメリロットさんの手を握りしめる。 「ほら、こうすれば、見るだけじゃなくて感じる事もできる」 「メリロットの手には、見えない未来をつかみ取ろうとする、大いなる力がみなぎってるわ」 僕は扉からソッと離れる。 ごめんなさい――心の中で、メリロットさんとヘレナさんに謝る。これ以上は覗き見るべきじゃない、お二人は尊敬できる人なんだから。 ……残り一年半の学園生活で、僕はあんな風に励まし合える仲間が、得られるだろうか? そんな事を考えながら、僕は生徒会室へ向かう。 「そ〜れ、ポッチャーン♪」 「ヒョエエエぇ、冷た〜い!」 月ノ尾公園にサリーちゃんが居る。それ自体は珍しくない。 サリーちゃんはすっかり流星町の一員となり、いろんなところに出没しているから。 ただ…… 「ブルブルブル、がちがちがちっ」 サリーちゃんは波止場の縁で中腰になり、海のほうにお尻を向けたまま、微動だにしない。 どういうわけか寒がってて、歯の根が合わない音を響かせている。 「こりゃまたペタンコの奴、古風な釣りをしてやがるぜ」 「釣りだって? あんな姿勢で、どうやってするのさ?」 「よく見な、シッポの先っちょが海に浸かってんだろ?」 「あ、たしかに」 「ん、んん? カ、カカカイチョー、ここここんちゃー」 「サリーちゃん、そんな事してると霜焼けになっちゃうよ? ほらっ」 僕はサリーちゃんのシッポをつかみ、海水から引き上げる。特にエサはついてない。 「ほんわぁ〜、カイチョーの手がヌクヌクゥ〜」 「って、ジャマしないでよぉ! ロロちーにお魚持ってくんだから!」 「ロロットに?」 「うん、なんかロロちー元気ないの。きっとお腹空いてるんだよ」 「牛丼あげようと思ったんだけど、アタシつい食べちゃって……」 「うふふのふー、代わりにお魚釣れば、お金かかんないしぃ! アタシって頭いいぃ!」 「う、うーん、だからって、そのやり方は無理があるよ」 「ンベーっだ! ロロちーは、ここでおっきいの釣れるって言ってたんだからっ」 「親睦会の時か……」 「そ〜れ、もっぺんポッチャーン♪」 「ヒイイイっ、ちべたいよぉーっ」 「……パッキー、なんとかしてサリーちゃんに、マグロでも釣らせられない?」 「俺様に、そんな通力はねーぜ」 「ブルブルブル、さむさむさむっ」 「うん、サリーちゃんは、どんな魚料理が好きなの?」 「タ、タタタタコヤキー♪」 「そっか、タコヤギなら、僕ん家にある食材でつくれるよ。焼き器もあるしさ。一緒に作って、ロロットに持ってこう」 僕は再度、サリーちゃんのシッポを海水から引きあげる。 「っっとととっと。ロロちーも、タコヤキ好きなの?」 「タコヤギが嫌いな人なんか居ないさ」 「おいシン様、念のために確認しとくが、ワザと言ってんのか? そのタコヤ『ギ』ってのはよ」 「タコ……やぎ?」 「流星町の子供に大人気だった、隠れ名物!!」 「もう店じまいしちゃったけど、以前、おじいさんがやってるタコヤキ屋さんがあってね」 「僕はナナカやクラスのみんなとお小遣いを持ち寄ってよく買ってたんだ」 「けど、おじいさんはケチンボで、タコじゃなくて、チクワと、コンニャクと、梅干しを使ってたよ」 「それで僕たち子供がギャーギャー文句を言たら、おじいさんは怒っちゃって……」 「看板に点々を書き加えて『タコヤギ』屋さんに、なっちゃったんだ」 「チクワや、コンニャクや、梅干しにそっくりな味がする、タコヤギのお肉入りタコヤキの誕生さ」 「ねーねー、それ美味しいの?」 「凄くうまかったよ。値段も安かったしね」 「シン様が言うんだから、タダ同然だったんだろうな。ガキども相手にしてた、ジイさんの気苦労が忍ばれるぜ」 「アタシ、タコヤギ焼いて、ロロちーに持ってく!」 「それじゃ、僕ん家に出発しよう」 僕はサリーちゃんを連れて、グランドパレス咲良に向かう。 「どうだシン様? 魔族だって、我欲だけで生きてるわけじゃねえぜ? 捨てたもんじゃねーだろ?」 「捨てた事なんて、一度もないさ」 サリーちゃんに手伝ってもらい、僕は数年ぶりに流星町の――子供限定の――隠れ名物・タコヤギを再現した。 焼き上がる頃、どこで話を聞きつけたのか、リースリングさんが半分引き取りに来た。 残り半分は、僕とサリーちゃんで平らげた。 図書館で本を借り、高台の広場へやって来た。 冬を前にした秋晴れの、あたたかな日。たまには屋外で読書してみたい。 メリロットさんにおすすめの場所を尋ねてみたかったけれど、あいにく席を外していた。 「わざわざ、こんな高いとこで本を読むのか?」 「うん、ここなら滅多に人がこないからね。中庭とかで誰かに見られたら、気取ってるみたいで恥ずかしいじゃないか」 「そんな理由かよ!」 「メ、メリロットさん?」 探していた人に出会えた。メリロットさんは真剣な面持ちで、遠方に亭亭とそびえ立つフィーニスの塔を見つめている。 僕に気付いているのか、いないのか判然としない。 「こんにちは?」 今度こそ、メリロットさんはこちらに顔を向ける。 そして、僕をうかがうような沈黙。 「いかがなさいましたか?」 「この辺りで本を読もうと思いまして」 「それはよい事です」 「メリロットさん、他におすすめの読書スポットはありますか?」 と、図書館利用者に、こういう端的かつ正確な返事をするところが、本当にメリロットさんらしい。 「その時々で興味がある書物を、好きな場所へ持ってゆき本を開けば、それが正解です」 「うーん、どこがいいかなぁ……」 「メリロットさんは、読書しにここへ?」 「そんなところです……ページはめくりませんが、読書につながる思索のため……」 「私にとって、ここは世界の中心です。ここからはすべてが見渡せる……」 「この世界には、一生かかっても到底読みきれないほど、本があります」 「それでも読んでみたいものです」 「あの塔を建てた者たちも、そう考えたのかも知れませんね」 む、むずかしくて何を言ってるのか、イマイチ分からない。 「図書館司書ではなく、私個人のおすすめでよろしければ、お話しできますよ」 「ぜひ、教えてください」 「野外ならば、どこでも構いません。ただ、ひとつだけ……」 「寝転がって本を読んでみてください。そうするだけで、印象が違ってきます」 「そ、そうかな? さっそく試してみますね」 草むらを数歩ゆき、仰向けに寝てみる。 途端に、風景の見え方が変わった。 それまで見えていた様々な色が遠のき、視界いっぱいに白い雲と青空が広がる。 背中から立ちのぼってくる土と草の匂いに、僕は安らかな気持ちになってゆく。 読書したくてやって来たはずなのに、僕はしばらくこのままジッとしてしまう。 やがて、すこし離れた林の縁、枝葉が揺れる気配。ずっと遠くにある波止場の潮騒が聞き取れるようになる。 すると次第に、自分の身体が小さくなるような錯覚。 それに反比例して、フィーニスの塔が、どんどん僕のほうに近づいてくるような気がする。 本当は冬を前にして冷たいはずなのに、背中から伝わってくる感触は、どうしてかあたたかい。 「うつら、うつら……ぐう、ぐう、ぐう」 「見つかんないよー」 「ほんま、いざ探すゆうことになったら、そう都合よぉ見つからへんもんどすなあ」 さっちんと御陵先輩が、植込みをのぞきこんでいる。落とし物だろうか? 普通に考えると、この二人の組み合わせは珍しいはずなのに、こうして目の前にいると、不思議なことに調和がとれたコンビという印象を受ける。 「こんにちは、お手伝いしましょうか?」 「あー、元凶のシン君だよー! こんにちはー」 「ほんにまあ、諸悪の根源はんの、お見えやわ。ご機嫌よろしゅう」 「あ、あの、どうして僕、いきなり非難されてるの?」 「うぅ〜っ。生徒会が忙しいからって、近頃ナナちゃん遊んでくんないんだよー」 「リーアもやし。生徒会活動せなあかん言われてしもたら、うちではよう誘えまへんわ」 「うーん……ナナカやリア先輩に会いたいなら、生徒会室に来て下さいよ。歓迎するのに」 「それじゃー、ナナちゃんと二人きりで乙女トークができないよー」 「会長はん、人の上に立つもんやったら、察しなはれ」 「えへへー。だからシン君、棒ちょうだいー」 「棒って?」 「ククク……肉棒はリーサルウェポンだぜ」 「あきまへんえ、パッキーはん」 「タバラッ!?」 「大好きなお子を、生徒会から取りもどしたい。そやから、さっちんはんとうちは、共同戦線はる事にしましたんよ」 「動機は異なれど、目的がおんなじやったら利害関係は一致しますさかい」 「作戦のゼロアワーは過ぎてるのだー! アレを見よー!」 さっちんが、噴水からやや離れた地面を指さす。 「……なんだ、あれ?」 お皿に盛られたケーキが置かれ、そのわきに大きなザルが転がっている。 「ストロベリー・レアチーズケーキだよー」 「いや、それは分かるんだけどさ……」 「スズメをつかまえる罠の、ナナカはんバージョンどす。あとはつっかえ棒をかまして、うちらは茂みに隠れて待っとったらええゆう寸法どすわ」 「でも、ちょうどいい棒きれがないんだよー」 「そうや……会長はん、牛乳もってはります?」 「すみません。ぜんぶ飲んじゃって、空ビンしかありません」 「それで充分やし」 「は、はあ……?」 「あ、そ〜れ〜っ! ぐるぐるぐるーっ」 さっちんが牛乳ビンに長い紐をまきつけてつっかえ棒の代用とし、その上に御陵先輩がザルを乗せる。 「ナナちゃん捕獲用トラップ、完成だよー」 「ほな、茂みに行きましょか」 「お、幼馴染みとして、ナナカの名誉のために言わせて! いくら何でも、こんな見え見えの――」 「ナナちゃーん、トゥトゥトゥトゥ〜」 「っ!? 〜〜っ!? 〜〜〜?」 「はよおいない。はよおいない」 「♡」 「今どすえ!」 「ほりゃあ〜っ」 「や、やっぱり罠だったのか、コンチキショーッ」 「かくなる上は、このスウィーツだけでも味わってやる! むしゃむしゃっ」 「あーーん、私のケーキがーー」 「さあて、ほんならお次はリーアどす。ケーキの代わりに柏餅を置いて――」 「私、そんなのに引っ掛からないもん! ぷんっ」 「リ、リーア、いつからそこにいてはりましたの?」 「さっきから見てたよ。んもー、こんなことしなくたって、いつでもお茶くらいするのにっ」 「ほんま!?」 「ナナちゃん、私たちもお茶しようよー。はい、あーんして♪」 「ぱくぱくぱくっっ!!」 「くすん、くすん、ナナちゃん怒ってるよー、シン君なんとかしてよー」 ひどく苦労しつつ、僕はナナカをなだめる。これは生徒会長のつとめ……なんだろうか? 「お帰りやす」 「み、御陵先輩? どうしてココに……ひょっとして僕を待ってたんですか?」 「会長はんと出会たんは、偶然どすわ。うちはコレを郵便受けに放り込んで帰ろうと思とっただけやし」 「お茶葉の缶ですか」 「なあ、生徒会の集まりで、リーアが会長はんのお部屋にあがる事も、あるんとちゃいますの?」 「はい、進捗状況によっては、ココでみんなと会議をひらきますよ」 「ほんなら、コレを受け取っておくれやす」 「生徒会役員やのぅても、差し入れくらいはできますやろ? リーアにはええお茶を嗜んで欲しいんどすわ」 「ほんまは和菓子倶楽部の会長として京菓子を贈りたいんやけど、かさばってまいますし。ものによっては鮮度もお味に関わりますさかい……」 「それにあのリーアが、和菓子をお土産に持って来ぇへんはずがありまへんわ」 「分かりました。ありがたく頂戴しますよ」 千代紙が貼られた、お茶葉の缶を受け取る。未開封なのに手に持っただけで、ほのかに日本茶のいい匂いが僕の身を包みこむ。 「高貴な香りだぜ。こいつぁ相当な高級品――」 「ね、ねねね値段は言わないでくださいっ」 「会長はん、品質も大事やけど、お茶は楽しんだ者勝ちどすえ? その場に合うてはったら、白湯でもかまいまへん」 「……念のために聞きますえ? お茶淹れる道具は持ってはりますの?」 「急須と茶漉なら、ちゃんとありますよ。だけど、御陵先輩からうまい淹れ方のコツを、習ったほうがよさそうですね」 「ふん……」 御陵先輩が、いつもより鋭く重い音をたてて扇子を閉じる。 僕は気のせいか、それが既に扇子を越えて、威厳ある指示棒に変化したかのような錯覚に陥ってしまう。 「よろしおす。リーアが目をかけてはる男子の頼みとあっては、お断りできまへんわ。うちは茶道部やのぅても、お茶の作法は心得とりますし」 「そ、そんなお固くならなくたって――」 閉じられた扇子が空を切る。 「二言は認めまへんえ。はよお上がりやす」 「よ、よろしくお願いします」 「ふんふん。女子と二人で部屋へ入るのに、そういう意味ではちぃとも気負うてはりまへんな? リーアが目ぇかけるんも、当たり前どすわ」 僕は御陵先輩じきじきに、お茶の淹れ方を教わった。スパルタ的なものじゃなくて、懇切丁寧な指南。 習い覚えたそれは、作法を重んじた格式ばったものというより、むしろ家庭で誰もが楽しめるお茶だった。 定期テスト1日目が終わり、僕は飛鳥井神社へお参りに向かう。 最善は尽くしているつもりだけれど、テスト勉強を始めるのが遅かったせいか、いつもほどの手応えがない。 「テストの事で、困った時の神頼みかよ?」 「ううん、点数をお願いする気はないよ。自信をくださいとお祈りするんだ」 「そういうとこは、妙に几帳面だよな」 「はいはーい、みんなちゃんと並んで。ホラそこ! 押さないのっ」 「うむ、慌てずとも全員分ありますぞ」 境内には大勢の子供たちがおり、みんなキチンと一列に並んで嬉しそうにはしゃいでいる。 列の先頭、拝殿の正面には簡易机が置かれ、コンロに乗った寸胴鍋。盛大な湯気と、熱々で甘いお汁粉の匂い。 「見てみてー、牛丼屋さんできたえた、このオタマさばき!」 「お見事。さすがは、シン殿の肝入りで居着いたサリー殿ですな」 サリーちゃんと紫央ちゃんが火加減をみつつ、お碗にお汁粉をよそって、子供たちに手渡してゆく。 子供たちは気の合う友達とともに、鳥居や舞台や参道の階段に腰かけ、ハフハフッとお汁粉を食べる。 「俺様もゴチになりたいぜ」 「ああっ。カイチョーだ、こんちゃー!」 「おお、シン殿! よくぞ参られました。どうぞ、お並びくだされ」 「えっと……いいのかな? 小さい子限定じゃないの?」 「否、参拝客のみんなに、お汁粉を振る舞う神事ですぞ? 平日のこんな時間ゆえ、学童が多いだけです」 「カイチョーは、列のいちばん後ろね。友達だからって特別あつかいできないよ」 「うん、分かってるさ」 サリーちゃんが列整理とおさんどんする中、僕は10分ほど経って、ようやくお汁粉にありつく。 「並いっちょー、アガリ♪」 「ささっ、グイッと開けて、功徳をお積みなされい」 「え……? 強制一気飲み? せっかくだから、味わって食べたいなあ」 「お料理したのはそれがしでしてな……あまり自信がないのございます」 「うめーぜ? はぐはぐはぐっ」 「ちょっとぉ! パッキーってば『いただきます』しなかった!」 「心の中で言ったぜ」 「あははは。じゃあ、パッキーの分も含めて……いただきます! ぱくぱく」 僕は待ちきれず、二人の前に立ったまま供応に与る。 「サリーちゃんは偉いね。ちゃんと、みんなに順番守らせてたじゃないか」 「ん……んん? 牛丼屋さんの店長さんが、色々おしえてくれたからね」 「あと、勝手に食べ散らかされたら、あとかたづけメンドクサイしぃ!」 「って、ムキー! そんなとこにワリバシ捨てるなーっ」 「うむ! サリー殿は、下手な人間よりよほど立派にて候」 「しかし……一体全体、魔族とは何なのですかな?」 「……僕らと変わらないよ」 「ならば安心ですぞ!」 「ただいまー。紫央ちー、あと二杯分だよ。アタシたちも食べよーよ」 「承知! すでに、よそってありますぞ!」 「ヒャッホー! 紫央ちーってスゴイね。こんないっぱい、お汁粉つくるんだもん」 「否、飛鳥井の巫女ならば、当然の事ですぞ」 「でも、テスト中なのに、スゴイすごい♪」 「ギクゥッ!?」 「そう言えば……よくこんな余裕あったね」 「そ、それは〜〜」 「あ、そっか。紫央ちゃんは普段から、地道に勉強してるんだね」 「し、然り! 不断の努力の賜物ですぞ」 「それがし、平素よりテストなんぞ諦めておりますゆえ、ここぞという時に、うろたえたりいたしませぬ!」 「ご、ごめん。何か変だよ、それって」 「あわわわ、紫央ちーって、後ろ向きにポジティブなんだね」 「ぬぐぐぐ……は、破滅的に豪気と言ってくだされ」 「いや、それもどうかと思うぜ?」 「ど、どうかこの事は、姉上には内緒に……」 「あむあむあむ、かはーおいしかった。ごちそうさま♪」 「紫央ちー、うぷぷぷぷっ」 「アタシ、ミサミサに告げ口してくるね。バイバーイ」 「な、なんですとぉー!? この小悪魔めっ、待たれーいっっ」 紫央ちゃんが、サリーちゃんを追いかけてゆく。立場が逆になったような、人間と魔族の鬼ゴッコ。 戻ってくるまで時間がかかりそうだ。 寸胴鍋とお碗の後片付けをしておこう。いい気分転換になる。 きっと今日のテスト勉強がはかどるぞ。 テスト1日目が、無事に……かろうじて終わったけれど、まだ五合目だ。 明日のために、図書館で勉強していこう。 館内の空気は、予想していたものと少し違っていた。 僕は閲覧席へ、図書館を利用するときは必ずそこへ座る。 足元の絨毯は柔らかい。掛け時計の秒針が、時を刻む音が聞こえる。 メリロットさんがあらわれ、僕と視線のみで挨拶をかわす。 すでにして、静謐な図書館を守り通したのだとうかがえる、柔らかな面差し。 ……テストがはじまると、普段は図書館を利用しない生徒が大勢おしかけてくる。それ自体は良いことだ。 けれど、テスト勉強に来たはずなのに、彼等はいつの間にか、自習中の教室のように談笑をはじめてしまう。 そして、メリロットさんに館外へ摘み出される。弁解の機会は与えられない。 「朗誦くらいはいいですよ」 「英語や古典のテストに役立ちそうですね」 メリロットさんが、わずかに首をかしげ、僕を定位置へうながす。 平素と変わらない沈黙なのに、朗らかな印象を受ける。 定位置――と言っても、もちろん予約席はない。 図書館にやってくる常連の生徒は、学年の差に関係なく、それぞれが自分の役割を果たしている。 閲覧机に自分の椅子を定め、毎回、決してその場所を移さず譲らない。中には少し離れたソファーを、お気に入りの場に定めた人もいる。 そうやって、お互いがページを捲る音に耳を澄ます。自分のまわりの、ほんの数人と時間を共有する。 名前も学年も分からない、ちょっと不思議な顔見知り。 生徒会長に当選した今じゃ、みんなは僕の事を知ってるだろうし、こっちから尋ねれば自己紹介もしてくれると思う。 けれど、それを質問するのは、何かが違う気がする。 本を読む喜びを大事にする人たち、それを分かち合える人たち、それだけで充分なんだ。 定位置につく直前、僕の足は止まる。見知らぬ生徒が僕の場所で、真面目にテスト勉強をしている。 当然の事ながら、図書室の席を独占する権利はなく、突発的に常連でない誰かが座ってしまった場合は、素直に諦めるしかない。 図書館の仲間が、僕に気付いて挨拶がわりの苦笑を投げかけてくる。 そっか、メリロットさんが楽しそうだった理由は―― 僕はいつもと違う席に着き、メリロットさんの方を見る。 窓から射し込む、午後の陽光が、図書館司書の顔に意味深い陰影を与えていた。 ……さあ、テスト勉強をはじめよう。 「どうした? テストが無事終わったってのに、景気の悪ぃタメイキなんぞつきやがって」 「流星学園はね、テストの翌日に学年順位が発表されるんだよ」 「気がはえーな。ま、おおかたヘレナの教育方針だろうぜ」 「……僕、今回は何位だったんだろう? 特待生なのに、みっともない成績だと困るな……」 「そろーり、そろーり……」 「薙刀小娘が、みっともねー忍び足で歩いてるぜ?」 「キョロキョロ? 今のうちに脱兎のごとく下校を……そろり、そろり」 「かくれんぼか、それとも鬼ごっこかな? やあ、紫央ちゃん」 「ひ、ひいぃ〜〜〜っ お助けをぉ〜〜〜っ!!」 「えっ、あれっ。ちょっと待ってよっ」 「紫央ちゃんてばっ!」 「ば、馬鹿な!? それがしが姉上に追いつかれるとは!」 「……っと、シン殿でしたか、おどかさないでくだされ……」 「いや、あからさまに挙動不審だったから、声をかけたんだけど」 「もしかして、聖沙を避けて帰ろうとしてたの?」 「おや? お空に五色の雲が――」 「う、うーん。言いづらい事なら無理に聞かないよ」 「否、たいした事ではありませぬ」 「ただ、その……ほんのすこし姉上に見得をきりましてな。此度のテストで10番以内に入ってみせると……」 「大見得じゃねーか。俺様の人物評だと、薙刀小娘は結構アホだぜ?」 「ぶ、無礼な! 平均点のやや下のあたりを、低空飛行しておるにすぎませぬ!!」 「紫央ちゃん……それで、いきなり10番以内だなんて……」 「難易度高いぜ」 「然り、それがしも冗談のつもりでした」 「先日、姉上がお泊まりに参られ、姉妹水入らずのパジャマパーティとなりましてな」 「華やいだその場の空気に流されて、つい口が滑り……」 「言うは易く、行なうは難し。いやはや、舌禍とは恐ろしいですな」 「嘘も方便と言うけど、聖沙の性格だと通じないだろうね」 「う、嘘ではありませぬ! 姉上に約束した時点では、まだ事実ではないと言えなくもなかったのですぞ?」 「たとえば、一年生がそれがしの他9名を残して、全員が風邪をひいて欠席する可能性も、あったわけです」 「ねーよ!!」 「聖沙も鬼じゃないんだ。紫央ちゃんが頑張ったとこを見せれば、きっと分かってくれるさ」 「順位は明日貼りだされるよね。自信はあるかい? もちろん、10番以内なんて無茶言わないよ」 「うむ、確実に前回の順位を下回りますな!」 「自信満々に、無い胸はって言う台詞か?」 「キィーッ!! 姉上に及ばずとも、多少は膨らんでおりますぞっ!!」 「し、紫央ちゃん、どうするつもり? 今日明日は誤魔化せても、いずれ聖沙にバレちゃうよ」 「さぁて、問題はそこですな」 「他人事みたいな言い方してんじゃねーよ」 「くううっ! それがしは、どうすればいいのでしょう?」 「とりあえず、帰る時はコソコソしないで、むしろ堂々としてたほうが、見つかりにくいと思うよ?」 「司直の手から逃げる技を教えて、どーすんだ?」 「じ、じゃあ、他にどう言えばいいの?」 「俺様に任せな」 「ふむ。物の怪には妙案がおありですかな?」 「あるわけねーぜ、諦めな」 「無念っ」 「うわぁ……まあ姉妹の事だからね、僕とパッキーは、あんまり口出しできないさ」 「ご、ご助言、感謝いたします」 「ハッキリ言われて、腹が決まりました。それがしも飛鳥井の巫女。潔く自首しますぞ!」 「ようヒス、いいお日和だなっ」 「ひいぃ〜〜っ!!」 「は、はやい!? てゆーか、ちっとも覚悟完了してないよ……」 テストは全て終わった。僕は解放感にひたりたくて、遠回りして帰る。秋晴れの空が、目に気持ちいい。 「いっかいて〜ん!」 「それはインチキだよー」 「あれ? この妙に間延びした声は――」 視線を落とすと、そこは見星坂公園だった。 「ヤダプー、アタシちゃんと一回転したもんね。賞品のキャンディーちょーだい」 「サリーちゃん、羽パタパタさせてたよー、反則だよー」 「ん……んん? し、知らなーい!」 さっちんとサリーちゃんが、ブランコの前で言い争っている。 「話が見えないけど……サリーちゃん、すっトボケてるよね?」 「シン君、こんにちわー!」 「カイチョー、ちゃっす!」 「じゃ、そーゆー事で! すたこらさっさだぜ〜♪」 「サリーちゃん待ってよー、キャンディーあげるから、私の話を聞いてってばー」 「ホント!? きくきくきくっ」 「う〜んとー、私とサリーちゃんは公園で遊ぶ約束したんだよー」 ……どういう、いきさつがあって、そうなったのか知りたいけど、この際その件は置いておこう。 「それでねー、ブランコで一回転できるかどうかって、お話になったのー」 「ああ! 子供の頃にみんな挑戦したよね、それ!!」 「うん、どうせだから何か賭けて、二人でブランコ対決って流れになってー」 「クル〜ンっとまわれたほうは、キャンディーいっぱいもらえる♪」 「……そして、サリーちゃんは羽で浮かんで、ズルしたわけだね?」 「八百長ならいいよー。でも、イカサマはダメだよー」 いや、八百長もどうかと……? 「イカサマがバレると、くだらない体面を守って、最後は血が流れる事になっちまうぜ」 「そうなんだぞー」 「ヒョエエエぇ!? そ、そうなの? アタシもうやんないよ、ごめんなさ〜〜い」 「はい、約束のキャンディーだよー」 「ヒャッホー! お徳用サイズなのだ。いま袋あけるね、カイチョーも食べよっ」 「っっとととっと、袋がかたい……っ!」 「うぅ〜。結局、ブランコで一回転って、叶わぬ夢だよね……」 「ううん、ナナカと僕は、ちっちゃい頃に成功したよ?」 「ぬなー!? 幼児期にそんな偉業をなしとげたと、申されたかー?」 「大した事じゃないよ、普通のじゃなくて箱型のブランコならできるんだ。まあ、勢いつけるのに、だいぶ時間かかるけどね」 「開かないーっ、ぐぎぎぎぎ……!」 「そんな神業をやっちゃったら、一躍みんなのヒーローに……」 「ま、まさか、それでナナちゃんはシン君のことー!? この恋泥棒めーっ!」 「いや、僕たちは――」 「うわっ!!」 「わわ〜っ!? キャンディーが降ってきたよー」 「うふ、うふふのふー、飴だけに雨がふるってやつ?」 「じゃっ!!」 「逃げなくてもいいのにー、包みがしっかりしてるから、拾えばぜんぜん食べられるんだよー?」 「さっちん、今の思い出の続きだけどさ……」 僕はさっちんと一緒に、地面に散らばったキャンディーを拾いつつ、話を続ける。 「僕たちが大喜びしてブランコから降りた途端、父さんと母さんとナナカの親父さん達が走ってきてね」 「あははは、こっぴどく叱られちゃった。よそん家の親御さんに叩かれたのは、あれが初めてだったよ」 「ひょっとしてー、シン君のお母さんも、ナナちゃんをブッたー?」 「うん、軽くだけど」 「いいなシン君はー、ナナちゃんと思い出いっぱい共有してるんだもんー」 「でも秋は恋の季節だぜー? 私もガンバるのだーっ」 「よく分からないけど応援してるよ、さっちん」 「えっへへへー、ちっとも分かってないよねー」 僕とさっちんはキャンディーを全て拾い、サリーちゃんの分も含め三等分にわけっこした。 聖夜祭の開催まで、残すところ一ヶ月とわずか。どんな事をすればキラキラするんだろう? いつもの廊下を歩きながら、頭の中で、ぼんやりとクリスマスのイルミネーションを思い描く。 「そうだ! いつもの風景を彩ればいいんだ」 「なんでい、急に?」 「今、説明するよ。廊下よりも……うん、エントランスに行こう。あそこは吹き抜けだし、見栄えがいいよ」 「エントランスホールのど真ん中に、大きなツリーを置こう!」 「そして階段や手摺りや窓にも、ピカピカ光る電飾をほどこしたら、素敵じゃないかな?」 「悪かねーがよ、聖夜祭は校内と屋外のどっちがメインなんだ?」 「そ、外だった……」 「紫央ちー、いっくよ〜!」 「サリー殿、無理はおやめなされいっ」 「ヒャッホー! 5段抜かし、ピョ〜ンッ♪」 「うわっ、危ないよ!」 気がつくと、サリーちゃんが階段を遊び場にして、紫央ちゃんがそれを制止していた。 「だいせいこー」 「校内で遊んではなりませぬ!」 「ぷぷぷ。紫央ちー出来ないからって、そう悔しがらなくてもいいのにぃ〜」 「ななっ、なんですとー!? それがしにもそれくらいのこと……」 ああ、なんか嫌な予感がする。 「飛鳥井の表参道で鍛えし、それがしの階段抜かし! とくとご覧あれ!」 「押しとどめてたのに、勝負をはじめるとは、さすがヒスの妹分だぜ」 「ふん。6段抜かし、完了。ざっと、こんなものですぞ」 「プーンだっ、そんじゃアタシは7段抜かしイッちゃうもんね」 「ヤッホーー♪」 「ちょこざいな! ならば、それがしは8段抜かしですぞ」 「なんだ、この展開?」 「二人ともやめなって!」 「テストで惨敗を喫した今、サリー殿にまで敗れるわけにはゆかぬのです」 「いや、それ、比べるような事じゃないし!」 「問答無用! やーッ!」 「おやシン殿? なぜお顔を伏せるのですかな? それがしの勇躍をご覧くだされ」 「このまま着地し、見事に勝利を――」 「紫央ちー、パンツ見えてるよ?」 「なんですとぉーッ!?」 「ななっ!? バ、バランスが――」 「ぬぐっ……むぐぐぐぐぐぐぐ〜〜っっ」 「あわわわ、紫央ちーの足が腫れてピンク色に……」 「ま、ゆきすぎた遊びは、大抵こんな結果でお開きになるもんだぜ」 「紫央ちゃん、保健室に運ぶよ。おんぶとだっこ、どっちがいい?」 「ぬぐぐぐ……なんのこれしき……っ」 「紫央ちー。大丈夫……?」 「しかも、一気に19段抜かしで下りてきやがるぜ?」 「お嬢さまのご学友の荒療治は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「えっと、今日は何をしに?」 「ヘレナの頼まれ事を済ませた帰りでございます」 「それがし、痛いのは嫌ですぞ! じいや殿、優しくしてくだされっ」 「紫央様……」 「このリースリング遠山めが愚考しますに、サリー様は羽をもって滑空できますゆえ、対等の勝負は成立し得ぬのではないでしょうか?」 「ハッ!? た、確かに――」 「せいっ」 「ひいっ!?」 「ガクン……ッ」 「凄いや! 腫れが、みるみるひいてくよ!」 リースリングさんは、19段抜かしで二階へ戻り、何処かへ去ってしまう。 「んしょ、んしょ……紫央ちー重いぃ!」 「気絶しちまったからなぁ……」 「アタシ一人じゃ運べないよ〜っ! カイチョー、パッキー手伝って〜っ」 「やれやれ、しょーがねな……ったく!」 「何だかんだ言って、手を貸してくれるんだよね、パッキーはさ」 僕たちは酷く苦労しつつ、紫央ちゃんを飛鳥井神社まで運んだ。 そして、重大な事実を悟った。 紫央ちゃんの足はすでに治ってるんだから、こんな遠くまで連れて来なくても、学園の保健室に寝かしつければ良かったんじゃないかと。 テストの憂鬱は忘れて、全力で聖夜祭に取り組もう。 まずは周到な準備をしなきゃ。その為にも、ヘレナさんに意見を聞いておくべきだ。 キラフェスが成功した土台には、ヘレナさんの協力があった。 生徒会の分別を越えて、僕たちが勇み足を踏みそうになったら、すぐに指摘してくれた。 聖夜祭でもツッコミ役をお願いしたい。 「はぁい、在室中のヘレナよ♡」 「おお、シン殿ではありませぬか」 「ぎょっ!? し、紫央ちゃん……学園を辞めちゃうのかい? そんな事って――」 「シンちゃん、それはあんまりだわ」 「ええ。いくら飛鳥井さんの成績が、ちょっとアレだからといって、理事長室にいるだけで退学処分を連想なさるのは、いかがなものかと」 「な、なんですかな『ちょっとアレ』とは?」 「学年順位が二百――」 「わあっ、わあぁぁあっ、わああああああーっっ!」 「し、紫央ちゃん、落ち着いて。今回が惜しかったんなら、次のテストで上を目指せばいいさ」 「あの……それがし、毎回トホホなのですが?」 「フォローしてくだされ!!」 「飛鳥井さん、その前にヘレナと私のフォローをお願いいたします」 「おっと、そうでしたな」 「紫央ちゃん、なにを?」 「飛鳥井の巫女として、狐狗狸めを追い出すだけですぞ」 「コ、コックリさん!?」 「はい、ヘレナが遊び半分ではじめたのですが……お告げが終わったあとも、ここに居座り帰ってくれないのです」 「もう、いけずぅ〜、メリロットだって、面白がって色んな質問してたじゃないのよ」 よく見ると執務机の上に、五十音と数字と『はい』と『いいえ』が記された紙が敷かれている。 小さい頃、神秘好きのクラスメイトが、よくやっていた遊びだ。 「理事長室より、妙な気が漂っておる故、来てみれば案の定……」 「本当はテストの結果が悪くて、クリステレスさんのカミナリから、逃げて来たのではありませんか?」 「ね、ねえ、この部屋にコックリさんがいるの? 僕には何も見えないよ」 「そこに、おりますぞ?」 紫央ちゃんが、お酒の入った棚の上のほうを指さす。 ……壁しかない。 「私にも見えないわ。もし居るならコックリさん、もっと真面目に答えてちょうだい」 「お告げのほとんどが、ウケ狙いでしたね……」 「ええ、将来の旦那様の名前や、赤ちゃんの数を聞いたら――」 「私は3750人の子を生むそうです」 「10月10日ごとに3つ子を生めば、誤差も計算に入れりゃ、今から1000年後くらいにはそんくらいの数になってるぜ」 「イヤです!!」 「否、狐狗狸は往々にして、ワザと占いを外しますぞ?」 「はい。狸親父のごとく老獪なモノであり、人を狐疑させる言霊を残してゆく」 「然り。尋ねられるまま、なんでもお告げをして、己が力を誇示するような、高慢チキではありませぬ」 あれれ? 巫女の紫央ちゃんはともかく、メリロットさんもコックリさんの事が分かってるんじゃないのかな? 「随分と思慮深いのね。つまりこういう事かしら?」 「コックリさんは、私たちが知らなくていい事は適当に誤魔化して、未来にわたってずっと大事に覚えておくべき事だけを示してくれる……」 「その通り! さすがは女傑、お察しがはやいですな」 「うふふ、私が生涯のお友達の名前を聞いたら、『メリロット』っていうお告げが返ってきたんだもの♪」 「それは正しい答えですね、絶対に」 「メリロットも同じ質問をしたけど、お告げは『ヘレナ』じゃなかったわ」 「う、うーん、聞き方がまずかったのかも?」 「メリロットさんにとって、ヘレナさんはお友達じゃなくて、親友なんですよ。僕にはそう見えます」 「そ、そう! そうなのですよ、ヘレナ!」 「あら? 嬉しいこと言ってくれるじゃないの? ちなみに、メリロットが聞いたお告げは、そこの紙にメモって――」 「ひあっ!」 メリロットさんが、執務机に……メモ書きが記された紙の上へダイブする。 普段は物怖じせずに、落ち着きはらってる人なのに、一体どんな答えが書かれてるんだろう? 「はぁ、はぁ、はぁ、証拠隠滅です」 「やれやれ、狐狗狸がこちらを見て笑っておりますぞ?」 「精神が成熟しておるヘレナ殿とメリロット殿だからこそ、大事には至っておりませぬが……」 「あまり感心できませんな。理事長や図書館司書たる者が、かような物の怪を呼ぶとは」 「おや? ……ふふっ」 「な、なんですとぉー!? ええーい、言われるまでもないわ! はよぅ行きなされい!」 「ふぅ、ふぅー。……やっと帰りましたぞ」 「紫央ちゃん? どうして怒ったの?」 「立ち去る際に、からかわれたのですよ」 「ようよう飛鳥井、退魔巫女とて油断はするな? 魔族と物の怪では違うぞや?」 「うむ。一言一句たがわず、狐狗狸の口上ですな」 「メ、メリロットさんにも見えてたんですか?」 「はい、そういう体質ですから」 「さあ、お二人のフォローは終わりましたぞ。お次はシン殿! それがしのテストの点数を、フォローしてくだされ!」 「い、いや、結果発表まで終わったのに、僕にどうしろと? それより、聖夜祭のことでヘレナさんに、お話が――」 「このままでは、それがし姉上にとっちめられます! お助けくだされ!」 僕は苦労して、紫央ちゃんをなだめる。 メリロットさんがおすすめの参考書を貸してくれるという方向で、話は落ち着いた。 ヘレナさんは、キラフェスの時と同じく、自由と責任をもってやりたい事をやるように、僕にアドバイスをくれた。 「もうすぐお茶が入るよ〜。みんなでお茶菓子食べるのは、それからだよ。ね?」 「ほんわぁ〜、なごむ〜。リア先輩のお茶って、いつもいい匂いですよね〜、ぼおぉーーっ」 「ナ、ナナカ、おやつの前に居眠りしそうだね」 「サリーちゃん、また匂いに誘われたんだね? だけど、窓から入っちゃいけないよ」 「ごめんなさ〜い。でもリアのお茶はおやつの印! 美味しいもの食べ隊としては見逃せないんだもんっ」 「うふふのふー、今日のおやつは、なっなっな〜にかな〜♪」 「ったく、タダ飯ばっか喰いにきてんじゃねーぜ? ペタンコは牛丼屋のバイトも、腹が減った時にしか、やってねーだろ?」 「パッキーだって、アタシと似たようなもんじゃない。そんなこと言うなら、何かいいもの出してよ」 「いいぜ? 手をだしな」 「いえっさー♪ わくわくわく」 「ぺっぺっ!」 「ちょっとパッキー!!」 「こらああ!! 魔界のアイドルになんて事すんの、この黒カビ生えた大福モチッッ」 「ヴァニエ!!」 「やりやがったな!? 覚悟しやがれ、こんにゃろー!!」 「いったぁー!」 「もう許さないっ、牛丼屋さんでボロ雑巾としてつかってやるっっ!!」 「そっちこそ、電車とバスの吊り革にして、人々のお役に立ててやるぜ!」 「ムキィーー!」 「小悪魔と大賢者が、対等に戦ってる……」 「ケンカするほど仲がいいってね」 リア先輩がドアを開ける。ゲンコツの応酬をしているサリーちゃんとパッキーは、お互いに転がりながら廊下の方へ。 「こ〜ら。ケンカする子は、バツとしておやつ抜きの刑です」 「うっ、ぐすっ。うわああああん。アタシもお菓子食べたいよっ」 「ダーメ! 反省しなさいっ」 な、なんだか可哀相になってきた。 先にチョッカイを出してたのはパッキーだし、引いては同居人である僕の責任だ。 「せ、先輩、あのですね……」 僕は苦労して先輩を説得し、サリーちゃんと一緒におやつを食べた。 意外にも、パッキーは自分のお菓子をサリーちゃんに半分わけた。きっと、やりすぎだったと反省してるんだろう。 「あれ……どうして、僕ん家の前に?」 高級車が二台、グランドパレス咲良の前に駐車されている。 うち一台のルームミラーには、小さなトントロキーホルダーが提げられており、ロロットの……ローゼンクロイツ家所有の車だとうかがえる。 「設置完了でございます」 「いつもながら、いい仕事ね」 「念のため、解除方法を聞いておくわ」 「ブラックボックスの留め具を、甲乙丙丁の順序でお外しくださいませ。ただし、ネジは反時計回りではなく、時計回りでございます」 玄関口から、ヘレナさんとリースリングさんが、颯爽と出てくる。ボロアパートの中から登場するには、あまりに不釣り合いな二人だ。 い、いや、そんな事より―― 「ヘレナさん!」 「はぁい、シンちゃん。お帰りなさい♡」 「あ、どもども、タダイマ」 「……じゃなくて、うちで一体なになさってたんですか?」 「シンちゃんのお父様に許可は頂いてるわ。けど、何をしたかは内緒♪」 「リースリングさん!」 「会長さまの『なにがし』は、このリースリング遠山めにお任せを」 「ちゃんと言ってください!!」 「『坊や、この世界には、知らなくていい事があるんだぜ? それを覗いたがために、眠れぬ夜を数えちまってもいいのかい?』」 「あ、あの、ものすごく気になるんですけど?」 「んもう、リ・クリエ対策の一環よ。別にプライベートを覗くようなものは仕掛けてないから、安心なさい」 「それじゃ帰るわよ。学校まで競争しましょう、民子ちゃん」 「鵺の啼く夜は、気をつけて……」 「な、なに? なんなの!?」 「俺様が教えてもいいぜ、シン様?」 「知りたい! ああ、けど知るのが怖いぃっっ」 11月が終わってゆく。来月の今頃は聖夜祭も済んでいる。 そのとき僕は、清々しく笑っているだろうか? 未練たらたら悔やんでるだろうか? 飛鳥井神社の、表参道をのぼりながら考える。 「目的さえハッキリしてりゃ、失敗しても後悔するこたねーぜ」 「それもそっか。もちろん成功めざして、最善をつくすけどね」 「大成功に決まってらーな」 「どうして、断言できるのさ?」 「魔王様の心中じゃ、三界が消滅しかねねーリ・クリエと、一学園の聖夜祭がおんなじ重さで同居してるんだぜ?」 「そんな大人物が指揮官つとめてりゃ、しくじるわけねーぜ!」 「こ、こそばいヨイショだよ。それって、現実が見えてない証拠かも知れないし」 「現実か? そーだな……」 「聖夜祭の事で神社へ願掛けしに行って、自らに気合をいれるつもりだろーがよ……賽銭もってんのか?」 「ぐう、ぐう、ぐう」 「眠りながら参道を歩くとは、さすが魔王様だぜ」 「あっ!? す、すみませんっ」 目を閉じて、人気の無い参道をゆく途中、僕は誰かにぶつかってしまった。 ……なんだろう、これ? 「はぁい、シンちゃんにオッパイの谷間をもてあそばれちゃってる、ヘレナよ♡」 「うぎゃああぁーーーーーっ!?」 「もう、いけずぅ〜。そんな思いっきり、後退らなくてもいいじゃないの」 「あ、ああっ、あうあう、ガクガクガク、ブルブルブルッ」 「落ち着きなさい。シンちゃんは考え事してたんでしょ? 気にしてないわ」 「でも世が世なら、潔く責任をとって、私のお婿さんになるところよね」 「あれ? 入り婿が前提なんですか?」 「うふふ、私と添い遂げれば、九浄家のひとつ屋根の下で、リアと義兄妹になれるわよ?」 「ぼ、僕がリア先輩のお兄さんに?」 「お兄ちゃん、お兄ちゃん♪ お兄ちゃん♡ お兄ちゃんっ」 「お兄ちゃん? お兄ちゃん……っ、お兄ちゃん!? お兄ちゃん!!」 「お兄ちゃんっ、お兄ちゃん! お兄ちゃん!! お兄ちゃんああぁぁぁあんっっっ」 「……色々とトラブルが発生しそうなので、結婚だけは勘弁して下さい」 「あらん、けっこう楽しそうなのに、理事長さんは悲しいゾ?」 「シンちゃんが渋い男に成長したら、改めて私のオッパイを奪いにいらっしゃいな」 「ぐ……っ、お願いです。胸の話から離れてください」 「だって民子ちゃんが戻ってくるまで、退屈なんだもの」 「珍しい……神社で、リースリングさんと待ち合わせてるんですか?」 「いいえ。民子ちゃんと二人で、お参りにきたの。私は聖夜祭の祈願に……シンちゃんも、そうでしょう?」 「民子ちゃんは鎮守の森の奥深くに、野暮用があったらしいわ。さっき帰ってきたところよ」 「じゃあ、お二人の用事はもうお済みなんですね。僕と入れ替わりになっちゃったわけですか」 「私はそうね。でも、民子ちゃんの本当の私事は、まだ終わってないわ」 「そう言えば、リースリングさんのお姿が見えませんね」 「原石を見つければ、磨きたくなるものよ。私がシンちゃんやリアや、クルセイダースの子達にそうするようにね」 「ヘレナ殿、よきお参りでした」 「じいや殿も、よき……ぬぐぐっ、よ……よき……」 「あれれ? 紫央ちゃん、薙刀が抜き身だよ? 危ないってば」 「民子ちゃんの仕業ね?」 「誰も褒めておりませぬ! じいや殿は、それがしをからかいに参られたのですか!?」 「実戦的な薙刀の型48手を、お見せくださると言うから、愛刀・小狐丸をお貸ししたのですぞ!」 「そ、それなのに……」 「薙刀はどこにも異常なさそうだけど?」 「尋常でないのは、じいや殿ですぞ!」 「最初の型以外、難しくて真似できませぬ! 否、疾すぎて見極める事さえかないませんでした!」 「紫央様、最初の型のみ覚えて、あとは全てお忘れください」 「な、なんですと!? それでは、残り47手は無意味ではありませぬか!?」 「意味はあるわ」 「同じように、基本となるものの他は、みんな忘れておく事。今は、それが正しいわね」 「正しいぜ」 「うん、説明し辛いけど正しいね」 「が、含蓄のあるお言葉……」 「お恥ずかしい……それがし、じいや殿より手練の技を伝授して頂けると思い込み、ひとりで浮かれておりました」 「それも正しいわ。思い込みというのは恐ろしいけれど、まずは思い込まなきゃ何も始まらないものよ」 「ヘレナ殿……」 「はて、なにゆえシン殿まで、感服されておるのですかな?」 「僕も色々あるんだよ」 魔王の事とかね……。 「うふん♡ 紫央ちゃんが今すぐモノにしたいと望むなら……別の48手でよければ、手取り足取り、ゆっくり教えられるわよん♪」 「でも、私に紫央ちゃんは厳しいわ。だから、ね? シンちゃん♡」 「別の……?」 「ガキ共には通じないぜ。いわゆるエロいことだ」 「な、なんと!? そちらの秘伝は、またの機会ということで、ひとつご勘弁を……」 「フォフォフォ。あとは若い二人にまかせて、学園に戻るわよ」 「う、ううぅー。鉄壁のじいや殿が去ってしまう……そ、それがしは、シン殿に助平な48手を……?」 「うわあっ!? いきなり何するのっ」 「乙女には守りたいものがありますからな。あと、たったいま習った型を、試させては頂けませぬか?」 「い、いやだ!」 「まあ、そう仰らずに」 紫央ちゃんから逃げて、僕は参道を駆け下りる。 願掛けはできなかったものの、適度に運動したおかげか、あれこれウジウジと思いを巡らす事が無くなった。 ヘレナさんはきっと、ここまで見越して、僕達をからかったんだろう。 「ば、馬鹿な!?」 僕は自分の耳を疑う。 何気なく学園内の小径を歩いていたら、いきなり遠慮会釈もなしに、ヤキイモ屋さんの音が響いてきた。 男の人が正門へと去っていく。ヤキイモ屋台のリアカーが止まっていた。 メリロットさんはその手に、ヤキイモが数個入った紙袋を抱えている。ヤキイモを購入したらしい。 「こ、これは、違うのですよ、咲良くん」 「必要な情報と品物は、すべてネット上で手に入ります」 ……唐突に、何を話しはじめるんだろう? 「もちろんヤキイモも、通販で購入できるのですが……」 「おそらく保存期間と運搬の利便性を優先した結果でしょう。すべて薬品漬けでスッパイ味わいなのです」 「先に私の論理的帰結を申し上げれば、あれ等はおよそヤキイモにあって、ヤキイモにあらず」 ただ単にマズかったという事だね、うん。 「そして同時に、流星町にはとても美味しいと評判のヤキイモ屋台がある、と聞き及びます」 「残念ながら通販はやっておらず、ヘレナとリースリングに頼んで、買ってきてもらいました」 「食べてみたところ、美味ではありますが、やはり配送過程で冷めてしまっており、真に研究したとは言いがたいのです」 わ、わざわざ調査しなくたって……。 「いかにして出来立てを入手し、検証すべきか思案しておりました折、通販は不可能でも、デリバリーなら頼めると知り、お越しいただきました」 平日の流星学園は、関係者以外立入禁止なんだけど……どういうコネがあったんだろう? けれど、メリロットさんが、自分からこれほど饒舌に語るなんて、滅多にない事だ。せっかくだから聞いておこう。 「お、おイモは、単位面積あたりの収穫をお米と比較すると、カロリーは約2倍。非常に効率的かつ合理的な食料なのです」 「しかも、この紙袋は古新聞を折って作られていますね。形状、強度ともに申し分なく、実に興味深い」 「ただ、ひとつだけ理解できない点があります」 「ヘレナとリースリングが買ってきてくれたヤキイモは、すべて丸っこかったのです」 「ですが、同じ屋台で購入したにもかかわらず、私の手許にあるのは、長細いものばかり……偶然こうなってしまったのでしょうか?」 「ううん、注文のしかたですよ」 「あの屋台のヤキイモ屋さんは、『五本ください』と言えば長細いの、『五個ください』だと丸っこいのを取ってくれるんです」 「そうでしたか。ネットや書物では知り得ない知識ですね」 「しかし、また疑問が浮かびます。なぜ分類する必要があるのでしょうか?」 「うーん、外で食べ歩いたり、ホクホクの食感を求めるなら、丸っこいほうを」 「本を読みながら、片手で手軽に食べたいときは、長細い方を選べって事じゃないですか?」 「な、なるほど。それもまた、私が知らなかった知識……知恵です」 「もっと咲良くんとお話をして、学び知りたいところですが、本日はこれにて失礼いたします」 「ヤキイモが紅茶のパートナー役に適任かどうか、これより試験するのです」 今日のメリロットさんは、どこか変だ。聞いてもいないことを、どんどん喋ってくる。 「これを一個……いえ、一本お渡しします。此度の件はくれぐれもご内密に。ようございますね?」 「喜んでいただきますけど……どうして、僕にくれるんですか?」 「ククク……口止め料だぜ」 「なんの事さ?」 「う、うぅ……っ! たしかに手渡しましたよ、それでは」 「見たわね」 「そう。私だけしか知らない、メリロットの秘密」 「あの子はね。外の世界を知らなさすぎるの」 「メリロットさんが……物知りそうなのに?」 「ええ、彼女は自分の目で、足で。五感を活用した見聞が足りない」 「インドア派だからでしょうか」 「まあ、それもあるけど……そうしなくちゃいけない理由があったのも事実よ。けどね……」 「せっかく生まれてきたんだから、閉じこもってるのはもったいないでしょ♪」 「そう思ってね。私と一緒に留学をしたことがあるの。そこで知り合ったのが、民子ちゃん」 「それ以来かしら……メリロットも、こうして外に出るようになった。今は忙しくて、あまり遠くには行かないけどね」 「くすくす……さすがに屋台の人を呼び寄せるのは、やり過ぎだわ」 「シンちゃんも、メリロットにいろいろ教えてあげて」 「ぼ、僕が……ですか?」 「ええ。シンちゃんは特に、メリロットが知らなそうなこと……いっぱい、知ってそうだもの」 「そんな大したこと……僕にはないですよっ」 「くすくす。そうやって謙遜するところが、あなたらしいわね」 「けど、そんなことはないのよ。私だって、みんなからたくさんのことを学んでるもの」 「あなたも同じように、メリロットから色々学んでおくといいわ。リ・クリエのことも……ね」 メリロットさんが管理している図書館は知識の宝庫だ。 様々な文学、世界の歴史……そして、リ・クリエの真実。もちろん、それだけに限らない。 どれもが、興味深いこと。一人だけで得られるものなんて、たかが知れているんだ。 「はい! やってみます!」 「その意気やよし! あなたに、これをプレゼントするわ」 「というわけで、私にも何かちょーだい♡」 結局、トロフィーとヤキイモ半分を交換することになった。 僕がいなければ、ヘレナさんがヤキイモをもらうはずだった……のだろう。 「うーん。うーん……」 こんなに試験で苦戦しそうなのは初めてだ! 「ふわぁ……シン様、いい加減寝ようぜ」 「でも! まだ予定の半分も復習が済んでないんだ!」 「明日できることは明日しようぜ」 「そういうわけで寝ようぜ」 「……ちょっと待って」 「明日になったら、するの?」 「もちろん。明日の明日に出来る事は、明日の明日にやるんだぜ」 「それって……いつまでもやらないのでは?」 「そうも言うぜ」 「駄目じゃん!」 「シン様。出来ない事は出来ないぜ」 「ほら。布団が、『あたしと寝てぇん。寝てしまえば気持ちいいわよぉっ』て、シン様を呼んでるぜ」 「う……で、でもやるんだ!」 「諦める時だぜ。時間だけはどうしようもないぜ」 「どうしたのカイチョー?」 「試験勉強してるんだよ」 「しけんべんきょーってナニ?」 「知らない方がいいものかもね」 「じゃあ、知らなくていいや!」 「うー、時間が時間が!」 「なんだか知らないけど、時間がないんだな!」 「うん、まぁ、そういうこと」 「なーんだ。そんなの簡単!」 「ほ、本当!?」 「ホント!」 「じゃじゃじゃーん『マジックまっしゅルーム』!」 サリーちゃんが手に持っていたのは。 「二人ともどうしたの?」 「キノコだね……」 「キノコだぜ。幻覚とかそういうヤバいのはお断りだぜ」 赤と青と緑のまだら模様が、キュートと言えなくもなくないキノコだ。 しかも、ぴくぴく動いてるし。 「げんかく?」 「大方、それを食べると、時間があるような妄想に捉われるか、やたらハイになって勉強の効率が上がるかのどっちかだぜ」 「サリーちゃんの厚意は嬉しいけど……僕は健全な男の子でいたいんだ」 「ぶー、なんか誤解されてる!」 「こうなったら無理やり使っちゃうぞ!」 「うわぁタンマ!」 「落ち着けペタンコ!」 「ぽちっとな!」 「うわぁ胞子が!」 「シン様! 息吸っちゃ駄目だぜ!」 「ねぇねぇ二人とも息止めてなにしてるの? 窒息ごっこ?」 「そんなことしないよ!」 「幻覚にしちゃ、元のまんまだぜ」 「げんかくがなんだかは知らないけど、これは違うぞ!」 「このキノコが弾けると、周囲の直径20メートルくらいの空間が隔離されて、外とは違った時間の流れになるんだ」 「って説明書に書いてあったような気がする!」 「気がするかよ」 「はは、まさか」 「だが……隔離されてるのは本当臭いぜ。結界だってここまで完璧じゃないぜ」 「本当?」 「本当だぜ。外の気配が完全に遮断されてるぜ。時間の流れも……100分の1くらいだぜ」 「じゃあ、ここで一時間勉強しても!?」 「外では、36秒しか経たないって事だぜ」 「凄い! 試験勉強し放題だ!」 明日までに全部終わらせちゃうぞ! 「出来た!」 「やったぜシン様!」 「やったね!」 「これで試験は完璧だ!」 「それにしても凄いもんだぜ。この結界の中にいりゃ、眠たくもならなきゃ、腹も空かないぜ」 「褒めて褒めて!」 「いや、お前を褒めてるわけじゃないぜ」 「照れちゃう照れちゃう」 「夢落ちにならなきゃいいんだけど」 「そういうブラックな台詞は、俺様の領分だぜ」 「たまに人の役に立つって、嬉しいね!」 「さぁて試験対策も終わったし……サリーちゃん、解除してよ」 「ほっとけば消えるよ」 「ちなみに、消えるまでどれくらい時間かかるの?」 「ええと。中にいる人の感覚だと100年。外の時間だと1年だよ」 「あっという間だよ」 「そ、そんな馬鹿なこと……」 「大丈夫! ここに入っている限り、お腹も空かないし、歳も取らないから!」 「……で、出る方法はあるんだよね?」 「だから。ほっとけば消えるよ」 「他には?」 「無いよ。100年っぽっち待つの簡単だもん!」 「破壊出来ないの!?」 「……完全に隔離されてるぜ。おそらく、ここで暴れたらアパートは壊れても閉鎖空間は残るんだろうぜ」 「……そんな」 「世界を破壊するくらいの力なら、破壊出来るぜ」 「みんなでトランプでもしようか」 「夢落ちならよかった!」 「あ、もうこんな真っ暗だ」 「このごろ時間が経つのが早い気がする」 「楽しい時間は早く経つものです」 「お腹すいたー」 「じゃあ、今日はこれで解散で」 「シン、帰ろ」 「どったの聖沙? 真っ青だよ」 「せ、世界が……せ、世界が……」 「扉の外になんかあるの?」 「な、何もないわよ! だ、だから問題なの!」 「何もないならいいじゃん」 「帰ろうナナカ。あれ、どうしたの?」 「な、な、な」 「何だこりゃぁぁ!」 「あー、おほん。今、俺様もちらっと見た所からして……なんか世界が滅びちまったみたいだぜ」 「な、なんだってぇぇぇぇぇぇ」 「そ、外に何もないからって、世界が滅びたなんてまさか!」 「そ、そうだよ! きっと見間違え!」 「ほー。何もありませんね」 「本当だ……」 「じゃ、アタシちょっと偵察に行ってくる!」 「お、お茶入れるね!」 「これは、あれだ」 「暗くなってるから気付かなかったんだね」 「な、成程」 「そういう問題じゃないでしょう!」 「ガイドブックによれば、のすとらだむすという人が、予言していたそうです」 「古いよ! 古すぎるよ!」 「ただいまっ!」 「閉めて閉めて!」 「すげーよ! 何にもない宇宙に、生徒会室が浮いてる!」 「浮いて……るんだ」 「浮いてる……のね」 「浮いてる……のか……」 「と、とにかく。まずは世界が滅びた原因を突き止めて」 「突き止めた所で、滅びちまったもんはどうしようもないぜ」 「身も蓋もない!」 「そんな事より未来の事を考えようぜ。俺様達はアダムとイブにならなくちゃならないんだぜ」 「あ、アダムとイブって……ま、まさか!」 「し、シンとアタシが!? わ、わわわっ、ど、どうしよう!」 「い、いやよ!」 「ヒス。お前なんか最初からノー眼中だぜ! リアちゃん、人類再建の為に俺様と子作りしようぜ!」 「遠慮するよ」 「がーん。こんな状況でも断られるとは!」 「で、では、お姉さま、わ、私とお姉さまで……」 「何だか私だけ仲間外れです。ぷんぷん」 「帰りにラーメンでも食べて帰ろうか」 「牛丼がいい!」 「サリーちゃんはいつでも牛丼だね」 「牛丼最高!」 「じゃあ、みんなで行こうね」 「みんな何、現実逃避してるのよ! 商店街だって無くなっちゃったのよ!」 「どうしてこうなったんだろう……」 「だからよ。過去に戻れねぇ限り、原因を追究したって無駄だぜ」 「過去へ戻れればいいの?」 「魔界通販に、そういうグッズもあるの?」 「まさか。幾らなんでも」 「あるよ! はいこれ!」 なんか、どこかで見覚えのあるような車だなぁ。 「過去へも現在へもひとっ飛び『ペロリアーン』!」 「微妙な名前ね……」 「動くんですか? オマケさんの出す道具はどうも信用がおけません」 「大丈夫! 動力は人力だから!」 「じ、人力!?」 「な、何よこれ! 自転車に車のボディっぽいカヴァーが被せてあるだけじゃない!」 「カッコいいでしょ!」 「……行こう!」 「ちょ、ちょっとマジ!? 人力だよ!? 魔界のグッズだよ!?」 「でも、ここでいつまでもこうしていても、何もならない」 「シン君の言う通りだね」 「やれやれだぜ」 「何だかワクワクして来ました♪」 「こりゃ覚悟を決めるしかないJ!」 「しょ、しょうがないわね……」 「みんな乗り込んだね。サリーちゃん。戻る時間は設定できるの?」 「大体正確に設定できるから任せて!」 「だ、大体なんだ……」 「10月1日でお願い」 「おっけー!」 「これって点検くらいしたのよね?」 「ヒスよ。まともな答えが返って来ないと判って聞くのは愚かだぜ」 「私は当たり前の事を聞いてるだけよ!」 「した!」 「し、したの……よ、よかった……」 「じゃあ出発だ!」 「おう! 江戸っ子は思いっきりの良さが肝心よっ!」 「地獄の底までつきあうぜ」 「会長さん早くしましょう! どんな結果になるか楽しみです!」 「世界を救いに行こう!」 「はい、お姉さま!」 「じゃあ出発!」 僕らは一斉にペダルを踏む! ぐんぐんと加速していく感覚! 「どうしてアタシらだけ残ってるの!?」 「自転車は?」 「自転車じゃなくて、『ペロリアーン』だ!」 「どうも、あれだけ時を超えちまったみたいだぜ」 「なんだってぇ!」 「あれ? こんな所にネジが」 「あ、それ。組み立て直したら、一個余った奴」 「まぁまぁ。オマケさんのメカですから、ネジが余らなくても駄目だったのですよ」 「そうだね!」 「成程!」 「納得だね」 「サリーちゃんのメカじゃしょうがないか」 わきあいあい。 「納得しないでよ!」 「あれ? シン。なにやってんの?」 「ナナカこそ、どうしてここに?」 「あ、アタシは、ええと、さっちんと待ち合わせ」 「もしかして……シンもさっちんと?」 ナナカの事で話があるっていうから来たんだけど……。 「さっちん……もしかしてアタシのために!?」 「え、あはは。なんでもないっ」 「え、ええと……隣座っていい?」 僕はベンチの右側に詰めた。 「ベンチに並んでふたり! いいシチュエーション」 「ナナカ? 顔が赤いよ?」 「え、ななななんでもない!」 「それならいいんだけど……」 「しょうがないなぁ、人を呼びだしておいて来ないとは!」 「さっちんだし、忘れてるのかも」 「時間間違えてるんだって」 「あー、ありうる」 「しょうがないなー、しばらくふたりで待ってみよっか?」 「やった! ふたりっきり!」 「どうしたのナナカ? ガッツポーズなんかして」 「え、あはは、なんでもない」 「あ、そういや、今日パーの字は?」 「え、さっちんが連れてこないよーにって」 「我が友! 気が利くじゃん!」 「話ってなんだったんだろう?」 「さぁ?」 「ナナカの方は?」 「え、あ、ええと、ちょっと二人で買い物に」 「うーん。ますます判らない。それなのに何で僕を?」 「なんかね。ナナカについて話があるっていうから来たんだけど」 「へー。そうなんだ。なんだろ?」 「心当たりない?」 「ないないない。きっと大した事じゃないよ!」 「でも、わざわざ僕を呼び出した上に、パッキーまで排除しておくなんて」 「ええと、それは、その、そういう気分だったんじゃない?」 「ナナカも心当たりがないんでしょ?」 「え、ま、まぁね」 「よほど秘密にしておきたい重大な相談だったんじゃないかな……」 どうも気になる。 「電話したほうがいいんじゃない?」 「せっかくのふたりきりのチャンスを……」 「ナナカ、携帯置いてきた?」 「そ、そういうわけじゃないよ! そだね! かけてみる!」 「ここはかけるふりかけるふり……」 「電波が届かない所にいるか、電源切ってるみたい」 「ええっ!? それはまずいじゃん!」 「まずいって? 電源切ってるだけでしょ?」 「もしかして! 何か事件に巻き込まれて電話に出られない状態に!」 「いや、それは、ないでしょ」 「でも、あのポヤヤーンとしたさっちんだよ! 知らない人に飴玉で誘われてつれていかれたとか!」 「いくらなんでもそれは……」 「ナナカは心配じゃないの? それとも何か心当たりが?」 「そ、そういうわけじゃないよ」 「どうしてさっちんの話に……うう……」 「そうだ! 家にかけてみたら?」 「あ……うん……」 「はい。もしもし。夕霧です。サチホさんいらっしゃいますか?」 「あ、はい。そうですか。お大事にと伝えてください」 「では、失礼します」 「どうしたって?」 「熱が出て、寝込んでるんだって」 「ええっ風邪?」 「え、あ、そうそう」 「あのさっちんが風邪をひくなんて! よほどタチの悪い風邪に違いない!」 「そ、そうだね」 「これからお見舞いに行こう!」 「僕は、さっちんの家、知らないから、案内して」 「え、でも」 「家に帰ってお見舞いの野菜かなんかを用意して……」 「じゃあ、30分後夕霧庵で!」 「ちょ、ちょっと待った!」 「ええと、さっちん家ってああ見えてキビシーんだ」 「そうそう。だから男の子が行ったら、オヤジさんが暴れて大変。さっちんにも迷惑かかっちゃうよ」 「だから、アタシだけで行くよ」 「もう! ナナちゃん何をしてるのさー」 「風邪じゃなかったの?」 「ナナちゃん。そんな言い訳考えてる暇があるのにー、なんで行動しないかなー」 「そんなの急に言われても……」 「せっかくセッティングしたのにー」 「せってぃんぐ?」 「あああ、な、なんでもない!」 「このままじゃ、やっぱり80コースだよー」 「80コース?」 「アタシだって心の準備が必要なんだい!」 「その準備は、いつ出来るのかなー?」 「もう、こうなったら、私がなんとかしちゃうよー。覚悟してねー」 さっちんは、ナナカの肩をがっしり掴んだ。 「え、覚悟って、なに」 「行くよー」 「ちょ、ちょっとアンタ何考えて、って、あ」 二人の顔が急速に接近していく! 「って、え、ま、マジ? え、ええっ、や、やめっ」 ちゅ。 き、キスしてる! さっちんがナナカにキスしてる! なぜ、なにゆえ? なんで!? 「ふはぁ……」 ナナカは眼を開けて口を開けて茫然としている。 へんじがないまるでしかばねのようだ。 「さぁてー、次はシン君だよー」 さっちんが、笹を狙うパンダのような眼で、僕を見た。 「え、何が? え、ええっ!?」 さっちんの手が、僕の肩にかかる。 「これも友情だからー」 「なにがこれも!? え、ええっ、ちょ、ちょっと」 なぜさっちんの顔がどんどん大きく? 大きくなるのは、僕の顔に近付いてくるからか。 ああ、なるほど。簡単なことじゃないか。 え、でも、なんで近づいて来るんだ? ってか、この距離はぁぁぁ! 「な、なななななななななな」 さっちんが、僕にキスをした。 あたまのなかまっしろ。 「大成こー!」 「な、なにやってるアンタぁぁぁぁ!」 やわらかくてあったかかった。 きもちよかった。 「だから、ナナちゃんのファーストキスを、シン君のファーストキスが間接キスだよー」 「なんだそりゃぁぁぁぁぁ!」 そうか……あれが女の子とのキスなのか……。すごい……。 「私なりに配慮したんだよー。私とシン君が先にキスしたら色々問題だからー、ナナちゃんと先にしたしー」 「アンタがシンのファーストキスを奪ってどうする!」 「だからー、事前にナナちゃんとファーストキスは済ませておいたよー」 「つまり、私はセカンドで、ナナちゃんのファーストとシン君のファーストが間接だからー」 「間接だけど、ふたりはファーストキスだよー。私自身は二度目だからー問題ないよー」 「なんだその超論理は!」 「だって、ナナちゃん、放っておいたら何もしないしー」 「だ、だからって!」 「間接でもファーストだよー。シン君もわかったー?」 天真爛漫に笑っているさっちんは。 とてもかわいらしく見えた。 「シンがさっちんの顔に見とれてる!」 「あははー、気のせいだよー」 さっちんは、こんなにかわいかったのか……。 「ききき、気のせいじゃないやい!」 「めでたしめでたしー」 「あれ、御陵先輩。こんにちは」 こんなところで、珍しいな。 「これからお出かけどすか?」 「はい、そのつもりでしたけど……もしかして、僕に何か御用事ですか?」 「あれま、お察しがようて助かりますな」 「いえ、その、なんだかいつもより元気がないような気がしまして」 「うちが?」 「……そうどすか。いつものんびりしてはる会長はんにまでわかってまうんやったら、もったいぶっても仕方ありまへんな」 「あ、その、すみません」 「そないな顔せんといておくれやす。誉めとるんどすえ?」 「えっ、そんな、誉められるような事は何も……」 「くすくす。会長はんはほんまに楽しいお方どすなあ」 「こうやってお話しとるだけで、心がなごみますわ」 なんだか少しだけ、御陵先輩の表情が和らいだような気がした。 「それで、どういった御用向きでしょうか」 「へえ。実は、会長はんを見込んでご相談がありましてな」 「うちをしばらく、会長はんの家にかくまって欲しいんどす」 「おおきに」 「それで、あの……詳しく聞かせてもらってもいいですか?」 「勿論、お話しさせていただきます」 御陵先輩はお茶で軽く舌を湿してから、僕に向き直る。 「うちは今……逃げよる最中なんどすわ」 「逃げるって、誰かに追われてるんですか!?」 「まあ……追われとる言うたら、そうかもしれまへんな」 「大変だ! すぐ警察に知らせなきゃ!」 「その必要はありまへん。そういう意味とは違いますさかい」 「こっからは、うちの身の上話になってしまいますけど……お付き合いいただいてもよろしおすか?」 「ええ。僕にできる事ならなんでも」 「相変わらず……会長はんはお優しい方どすな」 御陵先輩の頬が、やんわりと緩む。 こういう微笑み方もするんだなあ。 「それで、本題どすけど……うちの進路が決められとるいうんは、ご存じでしたな?」 前に、風の噂で聞いたことがある。御陵財閥の令嬢は、既に婚約者がいると。 「はい。あの……許嫁の方がいらっしゃるんでしたよね」 「政略結婚言うても、構いまへんえ」 「うちは昔から、親の敷いたレールの上を、否応なしに進んで来とりましたさかい」 以前にも少しだけ聞いた話だ。 お金持ちの家のしきたりは縁遠くて、僕にとっては現実味のない話だけれど。 「せやけど、一生親の言いなりいうんは、空しい思いますやろ?」 「そりゃ確かに……上手く想像できませんけど」 「ふふっ、素直どすなあ」 「そやし、うちかて人の子やさかい、親にわがまま言うて一つだけ約束してもろたんどすわ」 「学生でいてる内は、勝手にやらしてもろても構わへん、いう風にな」 「そう、だったんですか……」 「もっとも、その約束が有効なんは、親の目が届く流星町という範囲に限られてますし……」 「何より、その学生生活も、もうすぐ終わってしまいます」 そっか……。 先輩は学園を卒業したらすぐ、婚約者の人と結婚させられちゃうんだ。 そしたらもう、進路なんて決められないし、今までみたいな自由もない。 「好き勝手に旅行行く機会も、もっと広い世界を見て回る夢も、手の届かんとこに取り上げられてまうんや思たら、切なくてかないまへんわ」 「まぁ、これまでかて、ほんまに自分で選んだ道やったんかどうかは、怪しいところどすけどな」 結局、誰かに用意されたレールの上に戻らなくちゃいけないって事なのかな……。 「あの、先輩、僕……」 「あれまぁ会長はん、えらいしんみりしはって。気にしすぎとちゃいますの?」 「え、あ、すみません。相談されてる側がこんなんじゃ、ダメですよね……」 「いいえ。ちぃとも悪い事やありまへんえ」 「こうやってな、親身になって話聞いてくれはるだけで、うちは気分が晴れるんどす」 「婚約者とのお茶を、ほっぽり出してきた甲斐がありましたわ」 「あの、いいんですか、それ……」 「目の前に現実突きつけられとったら、なんや気分悪うなってきましてな」 「その上落ち着かへんし、不安やし……もう誰かに気持ち打ち明けな、おられへんかったんどすわ」 「せやかて、こんな取り留めのない愚痴や、リーアには言われまへんし……」 「えっ? どうしてですか?」 「そら勿論……最初はリーアを頼りにしとりました」 「せやけどリーアかて、立場はうちとそう変わりまへん」 結婚こそ決められてはいないけど、良家のお嬢さまという点では、同じようなものなのかもしれない。 「リーアにはちゃんと、リーアの将来がありますさかい」 「うちがこれ以上わがまま言うて、親友を煩わすわけにはいかんのどすわ」 「それで、リア先輩のところには相談に行ってないんですね」 「へえ。いらへん心配は、かけとうないんどす」 そうやって自分の境遇を受け入れられるぐらい、友達思い。 先輩だって、人の事言えないくらい、優しいじゃないですか。 「それにな、リーアのお屋敷やったら、うちが隠れとんやすぐ見つかってしまいますし」 「どうせ進む先が来まっとるんやったら、少しでも長い事寄り道しときたい思いましてな」 リア先輩、隠し事は苦手そうだしなあ。 「それで、まぁ、他に頼れそうなお方を捜してきた、いう次第なんどす」 「うち、これでもな、まだまだわがまま言いたいお年頃なんどすえ?」 僕なんかよりずっと大人だと思っていたけれど、こうしてみると、先輩も年相応に普通の女の子なんだと思えてしまう。 自分とは違う世界の住人だと思っていた人を、身近に感じる。 これって、失礼な事じゃないよね……。 「……会長はん?」 「あ、はいっ、なんでしょう!?」 「ふふっ。急にうちの胸ばっかり見つめて、どないしはったんかと思いましてな」 「ええっ!? べべっ、別にっ、見つめてなんていませんってば!」 やっぱり大人だなあとは思ったけれど。 「ほんなら、ちらちら覗き見してはったいう事どすな?」 「それはそのっ、御陵先輩の事が気になってたからで、特別胸だけに興味があったというわけではっ、あぁ……」 語るに落ちる。墓穴に落ちる。 「くすくす。ほんまに楽しおすなあ、会長はんといてると」 「いやあ、それはどうも、恐れ入ります……」 だけど、先輩のために何かできる事はないかって考えて……。 それで、先輩のために何かしてあげたいと思ったわけで……。 だから、そんなの仕方ないじゃないですか。 「あの、先輩」 「へえ。なんですやろか、改まって」 「先輩は、まだしばらく、お家に戻りたくはないんですよね」 「そうどすな。かくまってくれいう話で切り出してますし、そういう事で間違いありまへん」 「ほんまやったら、もっと遠くまで、もっと色んなところまで、行ってみたいんはやまやまなんどすけど……」 「それじゃあ、寄り道ついでに、もっと別の場所に行ってみませんか?」 「別の場所?」 「はいっ。相談できる仲間は、他にもいるんですから!」 「なるほどね。事情はわかったわ」 「つまり、御陵さんをレールから脱線させればいいのですね!」 「アタシは気が進まないけどね、ぶぶづけに協力するなんてさ」 「どこに連れて行かれるんかと思たら……生徒会のみなはんに、知恵をお借りするいう事どすか」 「やっぱり、まずかったですかね?」 「まさか、そんな事ありまへんえ。会長はんらしいやり方やし」 先輩にそう言ってもらえるなら、心強い。 「彩錦ちゃん、あのね……」 「なんや、結局リーアまで付き合わせてしもうたね」 「もおっ、私だってちゃんと相談に乗れるのに……」 「堪忍な、リーア。頼りにしてへんかったわけやありまへんし」 「ううん、気にしないで。私も、彩錦ちゃんの気持ちはよくわかるから」 「リーア……おおきにな」 この二人は、本当に仲がいいんだな。 きっと離れ離れになっても、この関係だけはなくならないんだろう。 「それで咲良クン。あなたは何か、具体的な案を考えてるの?」 「ええっと……とりあえず、遠いところに旅に出られればいいかなあと」 「なにそれ。それじゃあ何も考えてないのと同じじゃない!」 「道を外れたいわゆる外道! どんな悪行に手を染めればいいんでしょうか」 「いや、ロロちゃんの方が脱線してるってば」 「遠くに旅立つなら、やっぱり船か電車だと思うな」 「なるほど。じゃあチケットをとって荷物をまとめれば、完璧な計画ですね!」 「それのどこが完璧なのよ! そもそも計画ですらないわ!」 「うちはそれでも構いまへんえ。当てのない旅も、また一興」 「へんっ! アタシはぶぶづけがいなくなってくれるんだったら、何でもいいけどね」 「そんな事言うて、ほんまは寂しいくせに」 「んなわけあるかーっ!」 「そうどすか? うちは寂しおすえ」 「う……ちょ、調子狂うからやめろってんだい! とっととどっか行っちまえ!」 「ナナカ、〈狼狽〉《うろた》えてたら説得力ないよ」 「うるさーい! シンのお願いじゃなきゃ、絶対話聞かなかったんだから!」 「もお、無理しちゃって……」 「それで、一体どのようにすれば不良になれるのでしょうか」 「僕、チケットの買い方なんてわからないや……」 「そういう事でしたら、こちらをどうぞ」 「うひゃあ!?」 「世界中どこでも利用可能な、無期限クルージング・パスでございます」 「海浜公園の港から船が出ておりますので、お使い下さい」 「ありがとうございます、リースリングさん」 「それでは早速、非行を開始しましょう!」 「どっちか言うたら、逃避行やね」 「え? 今から?」 「確かに、善は急げって言うけど……」 「せめて、行き先ぐらい決めた方がいいんじゃないかしら。荷物だって……」 「構いまへん。手ぶらでも旅はできますし」 「御陵先輩がそう言うなら、いいんじゃないかな」 「ほなそういう事で、行きましょか」 「え? 僕ですか?」 「当たり前どす。旅に道連れはつきもんやし」 「何より、こうしてうちを誘うたんは、どこのどちらさんやったかなあ?」 「うぅ……そりゃ、僕にできる事ならお付き合いするとは言いましたけど……」 でも、今更先輩一人だけを送り出すのは、無責任だしなあ。 「それなら平気よ。何も問題ないじゃない」 「咲良クンが不在の間は、私が生徒会長を代行するわ」 「なるほど……って、いいのかな」 「私の方が優秀だからいいのよ」 「和菓子倶楽部の方は、私とナナカちゃんで様子を見ておくよ」 「そんな、勝手に!」 「それじゃあ私は、じいやと一緒に隠蔽工作をして、会長さん達の痕跡を抹消しておきます!」 「そのサービスは遠慮しておくよ」 「ほな、会長はん。覚悟はよろしおすか?」 「僕で良ければ、お供します!」 ここまで来たら、もう放っておけないじゃないか。 御陵先輩の自由を探して旅立つぞ! 「話は決まりましたね! それじゃあみなさんで、会長さん達をお見送りしましょう!」 「これでやっと、会長の座が私のものになるね♪」 「はっ!? ぶぶづけは兎も角、シンまでいなくなっちゃ駄目じゃん!」 「断固は――」 「きゅぅ」 「ナナカ様、暫く眠っていてくださいませ」 「彩錦ちゃん、しばらくは会えないかもしれないけど、元気でね」 「リーアも、しっかりな」 誰も僕に見送りの言葉をかけてはくれないのだろうか。 「会長はん、行きますえ?」 「あ、はいっ!」 「ヘレナ、もう出て来てもよろしいのでは?」 「ふう。やっと行ったわね、あの子たち」 「これでよろしかったのでしょうか」 「ええ、パスはちゃんと渡してくれたみたいね。ありがとう」 「そうではなく、行かせて良かったのかと……」 「あれくらいの冒険は、理事長権限で許可してあげちゃうわ」 「彼女のご両親にも、直接会って事情を説明してくるつもりだし」 「随分と肩入れしているようですね」 「そりゃ、教え子が自分たちの未来を模索してるとあっちゃ、放ってはおけないじゃない♪」 「そういうものですか」 「それに、あんなのまだまだかわいいもんよ」 「若さ故の過ちってやつ? 昔は私たちもぶいぶい言わせたわよねえ!」 「さて、記憶にありませんが」 「んもう、民子ちゃんのいけずぅ」 「ま、いいわ。とにかく、あの子たちの旅が素敵なものでありますように」 「御陵先輩。そろそろ出発の時間みたいですよ」 デッキから海を眺めていた先輩に並ぶ。 「やっぱり、不安ですか?」 「そう見えはります?」 「うちはなぁんも、不安に思てまへんえ」 「頼りになる会長はんが、隣にいてくれてはりますさかいなあ」 「そ、そんな……照れますね」 「会長はんこそ、後悔してはりまへんの?」 「まさか! 僕は御陵先輩と一緒なら平気ですよ」 「みんなも快く送り出してくれましたし、それに、先輩ならもう一つぐらいわがままを言っても、大丈夫だと思いますから」 「くすくす。あんまり格好つけすぎても、似合いまへんえ」 「え、いや、そんなつもりじゃ……」 「せやけど、ほんまにな、会長はんに話して良かったわ」 「これから、よろしゅうに」 僕と御陵先輩を乗せた船が、ゆっくりと動き出す。 これから、どこまで続くのかわからない、僕たちの旅が始まるんだ。 「お前は結局、どうするつもりなんだ?」 「だからさ、ダンスの相手だよ」 今、学校の面々が気になってやまないのが、聖夜祭のダンスパーティーだ。 「んで? 誰と踊るつもりなんだ?」 「特に考えてないけど」 「おいおい、せっかくの一大イベント、絶好のチャンスなんだぜ?」 「だって、ダンスなんてした事ないしさ」 「俺だってした事ねーさ。なんだ、そんなちびっちゃい事、気にするなって。問題は、誰と踊りたいかって事なんだから」 「ふうん……そんなもんか」 「おまえは本当に天然クンだよな」 「失礼な」 「んな事より、どーなんだ? 本当は一緒に踊ってみたい女の娘、いるんじゃないのか?」 「な、誰にも言わねーからさっ、こっそり教えてくれよ、なっ」 「僕、そういうの興味ないな」 「おいおい、興味ないって……」 「……というよりさ……僕、少し考えてる事があって……」 僕は学校を退学した。 結局、僕はあの学校にいても仕方がない……。 そう思った僕は、自分の家に籠もって、またパッキーとササミ、3人で元通りの安穏な生活を過ごす事にした。 だが、それでも仕方がないと思う。 リ・クリエは続いている。だが、二十数年の末に起きたリ・クリエだ。そうそう簡単に終わるものでもないのだろう。 この流星町を憂いて、戦おうとしている人たちはたくさんいる。後の事はそういう気概ある人たちにまかせた方がいいのではないだろうか。 何も僕が頑張らなくてもいい。 それでいいのだ……。 と、僕がいつもの通り、畑で作物の手入れをして戻ってきた時だ。 「し、シンっ!!」 ナナカが血相を変えて走ってきた。 「どうしたんだ……?」 「大変だよっ……大変だよっ!!」 「が、学校がっ……!!」 「暴れ牛が!」 「シン様危ないぜ!」 「パッキィィィィィィィィ!」 「パッキー! パッキー!」 描写したら即発禁になるくらいボロボロだ! 「うるさいぜ……そんなに耳元で叫ばれたら眠れないぜ」 「眠っちゃだめだ!」 「あきらめる時だぜ。人間だったらとっくに死んでるぜ……」 「しっかりして! 今すぐ繕ってあげるから!」 「無駄だぜ、こんなに壊れちまったら、そんな事してもな……」 「そんな!」 「ククク。流石魔王様。そうやって部下を心配してるフリをして、感激させて、いざという時に命も捨てる程働かせようとは」 「そんなこと考えてないよ!」 「ふ。そうだよな。シン様はそんな事、考えないぜ」 「なんとかならないの!」 「そんな顔すんなよ」 「予備のぬいぐるみでもあれば、それに魂を移せばいいんだがな」 「ぬいぐるみと俺様を重ねて、テクテクマヤマヤ・マクマクコンコン 身代りになーれって言えばいいんだぜ」 「ぬいぐるみがあればいいんだね!」 「無理しなくてもいいぜ。このグランドパレス咲良に、そんなファンシーなもんはないって知ってるぜ」 駅前のゲーセンで取ってくれば! いや、でも、お金が! それに、あったとしても、取りに行って戻って来るんじゃ間に合わない! 「そうだ! 取りあえず枕に!」 「生き物の形をしてねーと駄目だぜ……ああ目が見えなくなって来やがったぜ……」 「そんな! 予備の体とかないの?」 「……ふふ。そう悪かない人生だったぜ……」 「パッキー!」 なんとかならないのか!? 「そうだ! パッキーが送られて来た時の箱に何か!」 箱は後で役に立つと思って、押入れにしまっておいたはず! 「おおっ! 箱の底にぬいぐるみが!」 パッキーそっくりだけど、なんともまばゆいオーラをまとっている。 なんかヤバい予感が……あ、こんな所に書きつけが! 「シン様……きっとシン様は、初代にも勝るとも劣らないすげぇ魔王になるぜ……」 「うわ。いかにも遺言っぽいセリフ!?」 迷ったり書きつけ読んだりしてる暇はない! 「テクテクマヤマヤ・マクマクコンコンでいいんだよね?」 「ああ……ルミエルの奴が怒ってやがるぜ……もっと光を……ガク」 「パッキー! 今、助ける!」 「テクテクマヤマヤ・マクマクコンコン 身代りになーれ!」 間に合わなかったのか!? 「パッキー……僕がしっかりしていれば……」 「うーん……ここは……」 「シン様! ってことは……」 「復活だぜ!」 「よかった……」 「お、おおっ! なんだか生まれ変わったみたいだぜ!」 「大賢者だった頃の力がよみがえって来てるぜ! いやそれ以上かもしれないぜ!」 パッキーの体からなんか凄いオーラが! 「凄い!」 「クックック……今の俺様なら、七大魔将なんて目じゃないぜ!」 「リ・クリエとだってガチンコ勝負ができるぜ!」 「これなら……魔王様を私が一人占めにする事だって出来るわ!」 「い、今のはなんだ? なんか俺様の意識が一瞬……」 「俺様とか野蛮だわ! 俺様っ娘なんて魔王様に嫌われちゃう。そんなのいやだもん!」 「ぱ、パッキー? どうかしたの?」 「まさか……こ、これは邪悪ボディ!?」 「邪悪ボディ?」 「大賢者だった頃の俺様が、持てる知識の全てを総動員して作り上げた不死にして最強無敵のボディ!」 「ああ、ホント、素敵なボディ! 邪悪なんてひどいよ!」 「二重人格!?」 「シン様……俺様を消せ……今なら間に合う……」 「ひどい魔王様! 私を消すなんて! あんまりだよ!」 なんかヤバい感じ! そうだ書付に何か! 「『使用不可』……ってこれだけっ!?」 「ああ……意識が……」 「なんかフェミニンな気分になってきたぜ」 「ふぇ、ふぇみにん?」 「うふ。ああ、いい感じ……久しぶりにデリシャスな気分!」 「で、でりしゃす!?」 「シン様って……かっこいいね」 「き、君は誰だ!」 「ひどいよ! ずっとずぅっと一緒だった妹の顔を忘れるなんて!」 「まだ二月経っていないと思うんだけど……っていうか妹!?」 「シン様って素敵♡」 「あは。妹なのに、シン様って変だね」 「これからはお兄ちゃんって呼ぶね!」 「だめ? お兄ちゃん?」 「だめってことはないけど……い、いや、ダメだ!」 「なんで? なんでなのお兄ちゃん?」 「僕はひとりっこだ!」 「そう思いこまされてたんだねお兄ちゃん。でも大丈夫。これからはずっと二人だよ♡」 「もうお兄ちゃんに寂しい思いなんてさせないからね!」 「私の身も心も全部お兄ちゃんにあげる!」 「い、いきなりなぜ押し倒す!」 パッキーと同じサイズなのに、はねのけられない! 「私のお兄ちゃんへの思いを知ってもらいたくて……」 「恐がらなくていいんだよ。お兄ちゃん。私が全部してあげるから」 「チャ、チャックを下ろすな! お、お助けぇぇぇぇぇ」 「うれしかった……これで、身も心も前も後ろもお口も全部お兄ちゃんにあげられたよ」 「しくしく……は、初めてだったのに……」 パッキーとこんな関係になってしまうなんて……。 「コケーコケッ!」 「ササミ!」 「さては、お兄ちゃんの愛人!? お兄ちゃんを返せですって!?」 「え、ええっ!? ササミはそんなこと言わないと思うけど……」 「コケコッコー! コケーコケー!」 「なんですって!? お腹にはお兄ちゃんの子が!?」 「そもそも、ササミはオス!」 「お兄ちゃんは絶対に渡さないんだから!」 描写したら即発禁になるくらい残酷な方法で、ササミは消されてしまった! 「うそつきですね。中に誰もいませんよ」 「さ、ササミ! ササミ!」 「お兄ちゃんに他の女が色目を使うなんて許さないんだから!」 「パッキー! もうこれ以上、僕の仲間達に何かするのは許さない!」 「禁呪縛鎖!」 「う、動けない……な、何をした!」 「大丈夫だよお兄ちゃん。今は色々惑わされてるみたいだけど、私にまかせてくれれば全部うまくいくから」 「そうだ! お兄ちゃんに色目を使いそうな女の子を、みんな消しちゃえばいいんだ!」 「これがあの女たちのキャンパスね」 「みんな逃げろぉぉぉぉぉ!」 「禁呪隕石!」 「うわぁぁぁぁ」 「学園がぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「……何人か逃してしまったようね」 「逃がさない!」 「世界ごと消えちゃえ!」 「究極魔法!」 そして、世界は滅亡した。 「あれ……僕は?」 「あ、お兄ちゃんよかった、目を覚ましてくれたんだ」 「永遠の世界」 「よかった……本当によかった……」 「何が起こったんだ……」 「ちょっとやりすぎちゃって、お兄ちゃんの体まで粉砕しちゃった。てへ」 「でも、お兄ちゃんの魂は、枕に移しておいたから大丈夫だったよ」 「ついでにリ・クリエも消しちゃったから、もう私たちを邪魔する者はいないよ」 「ふふふ。お兄ちゃん……ずっと一緒だね」 「カイチョー。お腹空いた〜〜」 「ねえ、サリーちゃん。ずっと不思議に思ってたことがあるんだけど」 「んー? それに答えたら、ご飯つくってくれるー?」 「よし、乗った」 「サリーちゃんの部屋ってさ。僕の部屋の上にあるよね」 「けど、上の部屋は空き部屋のまま。とすると、1階と2階の間に住んでるってことだよね」 「そだよ」 「その間ってとても人が生活できる高さは無いと思うんだ」 「魔族なら生活出来る狭さ――と、言いたいところだけどブブーー」 「じゃあ、なにか仕掛けでも?」 「うん。魔界グッズで買った空間歪曲装置を使ってるんだよ」 「へえ〜〜。そうなんだ」 しかしながら怪しいグッズだ。 「ちょっと中、見せてもらってもいい?」 「残念賞。この装置は魔力の鍵が掛かってるんだ。だから、魔力を察知しないと通ることすら出来ないのだー」 「そうなんだ……」 待てよ? だったら、魔王の僕なら入れるってことかな。 「試しにお邪魔してみてもいい?」 「だから無理だって言ってるのに〜〜」 「おい、やめとけよ。何が起こるかわからねーぞ?」 「大家なんだし、それくらいきちんと把握しておかないと」 「もうしょうがないなあ。じゃあ、カイチョー。アタシの部屋までひとっとびー♪」 「わ、真っ暗!」 「あ、あれ……なんか装置がおかしい……」 「ま、魔力に反応してる!?」 「わ、わわっ!! なんか暴走し始めたよーー!!」 「な、なんだか飛ばされるーー!!」 「わあああーーっ」 「こ、ここは一体……」 「――お待ちしておりました」 凛とした声に迎えられる。ゆっくりと視線を移す僕。 落ち着いた物腰で、僕――いや、サリーちゃんを見つめる女性。 いかにも聡明な顔立ちで、確かな自信に満ち溢れている。 「私の名はメイヴィス。あなたが来られるのをずっと待ち望んでいた」 「アタシを……?」 「そう。我々を導く、失われた希望」 「ロストプリンセス」 「ねえ、カイチョー。ぷりんせすって何?」 「お姫様ってことじゃ……?」 「おお!! ってことは、アタシお姫様? 魔界のアイドルから、プリンセスにクラスチェーーンジ!!」 「む……カレンがいない……一体、どういうことだ?」 「しかもなぜ、二人……しかし、両人ともに魔力を感じるではないか」 「ホントだ!! カイチョーから魔力が溢れてる!! ってことは、カイチョーも人間じゃなかったんだね!!」 「ま、まさか……プリンセスが二人……。闇の姫君は二人も存命していたというのか!!」 「ぷぷぷ、カイチョーもプリンセスだって!!」 「カイチョー、というのか」 「い、いえ。本当は――」 「先輩! これは嬉しい誤算ですね!! リリアンも、さすがにビックリです!!」 「リリアン。この者達が、例のプリンセスなのか?」 「うーーん。そうだったような、そうでないような……」 「確か『イインチョー』さんと呼ばれてましたし、『カイチョー』さんの方が偉いだろうから、たぶん親戚ですね……」 「はい! この人達で間違いありません!!」 「さすがオヤビンでヤンス!!」 「ええっ!? ちょっと!!」 「なんだか面白くなってきたッ」 「一緒にこの……魔女界を救って欲しいのだ」 そしてなぜか、僕とサリーちゃんは闇のダブルプリンセスとして、この世界――魔女界を救うことになってしまった。 「え、えっと……僕、男なんですけど……」 「私をからかうつもりなのか? 魔女でもないのに、魔法を扱えるはずがない」 「それに、どっからどうみても可愛い女の子じゃありませんかー♪」 僕の苦行はまだまだ始まったばかりだ……トホホ。 「待っててねロロット。僕は必ず強くなって、流星学園に戻るよ」 ローゼンクロイツ家が所有する輸送機『オジョーサマコプター』の中で僕は呟く。 応える人は居ない。座席に腰かけているのは僕ひとりきり。そして操縦室にはリースリングさん。乗っているのは僕たち二人だけだ。 「防空識別圏を離脱しました。偽信を打ちつつ、回避行動にうつります。シートベルトを着用してください」 「何だか分かりませんけど、分かりました」 「海岸線を視認。コース4・0・3、マーク18、オメガ航法開始。訓練場へは、第三薄明に到着予定でございます」 言われている事の半分も分からないけど、僕は安心して頷く。 リースリングさんに任せておけば間違いない。ロロットが全幅の信頼をよせてる執事さんなんだから。 そのロロットは搭乗しておらず、僕も敢えてパッキーに留守をまかせてきた。 僕は使い魔のパッキーに頼らず自分自身を鍛えるために。リースリングさんは僕を訓練するために。 それがロロットやクルセイダースのみんなを守る事につながるはずだ。 「ふう、今夜の魔族は手強かったね」 「ハワアッ!? 会長さん怪我しちゃってます」 「うん? ああ平気だよ。この程度なら放っておけば治るってば」 「えうぅ……いやです、ちゃんと治療させてください」 ロロットに治癒霊術を施されて、僕の傷は治りはじめる。戦いの疲れも消え、喉が潤い、気力も満たされてゆく。 そんななか、ふと思った。 ロロットは天使だからこそ、これほどまでに霊術が優しく、強いんじゃないだろうか? もし変身前の能力が、変身後にも反映されているのなら―― 「そうだ、僕は身体を鍛えるべきだ!」 メリロットさんのツテで、僕は特殊部隊の訓練に2週間ほど参加する事になった。聖夜祭に間に合うスケジュールだ。 「伏撃でございます。バルカンファランクス、命中まで0・3秒」 「な、何事ですか!?」 「核電磁パルスを検出。C3システムは使用不能となりました。目視進入に移行いたします」 「どうして迎撃されてるんです! 訓練じゃないんですか!」 「実戦訓練でございます」 「そんな話聞いてま――」 「うわあっ、火がぁー!!」 「側方に〈遮断煙幕〉《ジャミング》、眼下に〈彼我不明艦船〉《スカンク》」 「チャフデスペンサー作動。コンポジット推進薬に点火し、失速フラッターを抑制」 「タービン破損、リアクターコア爆発まで42秒でございます」 「ば、爆発って!?」 「リースリングさん、操縦しなくていいんですか!?」 「ただいま定刻通り降下開始点を通過。現在推力3分の1、エンジンは通常インパルスに切り換えました」 「分かるように言ってください!」 「高度3000m、酸素ボンベ無しでパラシュート降下が可能でございます」 「まさか僕にここから飛びおりろと?」 「い、いやだ!!」 「お嬢さまのパートナーの育成は、この執事ことリースリング遠山めにおまかせを」 「シン様が流星町に生還ないし戦死するまで、お供いたします」 「あああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 「もしもし? 天使は1番、電話は2番、3時の落下はリースリング遠山でございます」 「はぁい、ヘレナよ♪ 民子ちゃん、シンちゃんに代わってくれるかしら?」 「もしもしーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」 「シンちゃん? あなた今、食料とか入ってるリュックサック抱えてるでしょ? 中にご褒美いれておいたから開けてみて」 「ごそごそーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 「そうそう。そのトロフィー突っ込むために、水と缶詰と救急箱を捨てちゃったから、現地でなんとかしてね♪」 「ええぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」 「怒っちゃヤダ〜。代わりに民子ちゃんのリュックに、焼きビーフン2ヶ月分を入れておいたわ」 「2ヶ月ーーーーー!? ちょっとーーーー! 訓練は二週間のはずじゃーーーーー!?」 「ヘレナさん、もしもしーーーー! もしもーーーーーーし!!」 「ぐはっっっ」 パラシュートが開いた反動で、僕は携帯電話を落してしまった。拾う事なんて不可能だ。 「あと15分で海岸堡へ降下。陣外決戦でございます」 「……いきなり、そんなハードな戦闘を?」 僕の意志とは無関係に、パラシュートは降下してゆく。 ああ、自ら望んだ事とはいえ、みんなのもとに帰れるのはいつの日になるんだろうか? リ・クリエが本格化するまでに生還しなきゃ……。 「むむ……?」 「どうした、シン様」 「いや。なんか感じる……こっちだ!」 「魔族がこんなところにっ」 「ええい、待たぬか!!」 「紫央ちゃん!?」 「小癪な物の怪め! 成敗――」 「うわあああっ!」 「し、シン殿……?」 「ダメだよ、紫央ちゃん。あれはいつも戦ってる魔族とは違う……強さも別格なんだ」 「しかし、このままでは物の怪を逃してしまいますぞ――」 「……つぅっ」 「紫央ちゃん!! 怪我してるじゃないかっ」 「な、なんのこれしき……っ、ううっ」 「ひとまず逃げるよっ」 僕はうずくまる紫央ちゃんの体をひょいと持ち上げた。 「スタコラサッサだぜ」 「ここまでくれば平気かな」 「そ、それがしを軽々と……」 「は――!?」 「お、おろして下され! おろして下され!」 「わっ、わっ! 暴れないで暴れないで!」 「ふぅ……ま、全く余計なことをっ」 「これくらいの怪我、少し不利になったというだけでございます。あのまま続けていれば……」 「強がるのもそのくらいにしとけ。そんな足で走れるのか? 魔族の攻撃も避けられねーだろうが」 「とりあえず、手当しなくちゃ」 「足だして」 白くて健康的な足。 太ももや脹ら脛の肉付きは程よく、足首はキュッと引き締まっている。 鍛えられているのだろう。典型的なスポーツ少女……いささか無茶をし過ぎるところはあるが。 生傷の耐えないことばかりしているのに、その足はまさに女の子を感じさせるものだった。 赤く腫れ上がった箇所が、足の白さで露骨に目立っている。 擦り傷と打撲か……まずは、消毒をしよう。 「ちょっとしみるよ」 「これくらい、なんてことないでしょ?」 「し、しみるのは……ご勘弁を……っ」 「あっ、こら!」 そういって逃げだそうとする足をつい掴んでしまった。 「ひゃああっ!」 「ご、ごめん!」 指がそのまま吸い込まれそうなほど、柔らかい足だった。 「つ……っ、うう……」 「ごめんごめん。なるべく痛くしないようにするから」 歩くのも不自由なようで、さすがに観念したのか。 紫央ちゃんは患部から目を背けるようにしながら、足を伸ばす。 あ……さっきのでスカートがめくれあがってしまったのか、太ももの谷間が大きく開かれて…… 白い下着が……っ。 「シン殿……?」 「じゃ、じゃあ、いくよ……?」 患部に消毒液を吹きかけていく。 「んっ……くうっ……ううんっ……」 その感覚に身もだえる紫央ちゃん。 「ちょっと痛いけど、我慢してね」 「ひっ……」 「あ……っ、んっ……んんっ、ううっ……つうっ……くぅんっ!」 仕上げに、患部へ絆創膏と湿布を貼る。 「はぁ……っ、はぁ……っ。終わり、ですかな?」 「うん。これで大丈夫かな。けど、あまり無茶はしちゃだめだよ」 「しかし、このままではリ・クリエ、が……」 紫央ちゃんが弱々しい声を出している。 「それがし……今まで生徒会の皆々様と活動を共にして参りました」 「一緒に魔族と戦ったこともあるよね」 「しかし、そこでそれがしと言えば……とんだ役立たずではありませんか!」 「そ、そんなことないって! すごく助かっているよ!」 「しかし、それがし独りでは……ご覧の有様」 「皆様は着実に力をつけていらっしゃるというのに、それがしは……それがしは……」 「世界の大事という時に、物の怪一匹すら撃退することもできず……」 「このままでは肝心な時に足を引っ張ってしまう……それがしは……っ、それがしは……っ」 「っく! 泣いてなどおりませぬっ。これは苦渋の汗でございます……っ」 紫央ちゃんが、目元を袖で拭う。 「僕だって、このロザリオがなくっちゃ魔族と渡り合うことすら出来ないんだよ?」 「いいえ! それがしにはわかるのです。じいや殿といい、シン殿といい。生身の人間とは思えない、ただならぬ気を感じるのです」 「しかし、じいや殿に訊ねてものれんに腕おし……なんのご教授もして下さらん……」 「修行に次ぐ修行を重ねるも、物の怪は日を追う毎に強さを増し、それがしとの差が開かんばかり……」 「このままでは……このままでは……っ」 いつも明るく猛々しく振る舞っていたはずの紫央ちゃん。僕達の影に隠れて、こんなにも思い詰めていたのか。 「僕じゃリースリングさんの代わりになれるかわからないけど……」 「もし良かったら、紫央ちゃんの修行に付き合わせてもらえない? 協力するよ!」 「ほ、本当でございますか!?」 「おい、シン様。無責任なことを言うのはよせ。生身の人間が魔族と張り合えるわけがねーだろう」 「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃなかい。それに、紫央ちゃんは生身でも戦える」 「いつもサポートしてもらっている代わりに、僕がサポートしてあげられれば……」 「ねえ、パッキー。大賢者の君なら、何かいい方法を知ってるんじゃない?」 「まあ……シン様が魔族を引きつけてやれば、倒せないこともないぜ」 「それは誠ですか!!」 「ただまあ、時間が相当かかっちまうことは覚悟するんだな」 「それでも出来ることなら、頑張ろう!」 「まったく普通に戦えば楽勝なのに……面倒くせえなあ。けど、そういうガチンコな考えは嫌いじゃないぜ」 「シン殿……パッキー殿……」 「それがし、なんとしてでも物の怪退治の術を会得してみせます! そして見事、敵を討ち取ってみせましょうぞ!」 「じゃあ、早速だけど始めようか」 「まずは霊力に通じる『気』の力を高める訓練だぜ」 「気、とな?」 「魔族に肉体的な衝撃を与えても、さっぱり効果がねえ。とすると貫通してるのは、お前の持つ気の力だろう」 「なるほどう。それで、このような格好を」 「まあ、それはシン様の趣味だ」 「元々、運動神経はいいからな。まだ発展途上な部分を強化するぜ」 「それがしの巫術……まだまだ未熟であったか……っ」 「というわけで意識を極限まで高める練習だ」 「御意! 精神統一など容易いことっ」 「ククク……それだけで終わると思ったら大間違いだぜ」 「まだあるの……?」 「ここでシン様の出番だぜ。薙刀小娘が瞑想している隙に悪戯するんだ」 「いぎっ、悪戯っ!?」 「な、なんとっ!?」 「おい、こら! 瞑想を続けろ! 何があっても目を開けるんじゃねーぞ」 「そ、そのようなこと……」 「強くなりたくねーのか?」 「うっ、ぐっ……」 「けど、無防備な人に悪戯をするなんて……」 「シン様も協力するって言ったよな?」 「うぐ……っ」 「いかなる状況でも取り乱すことなく、意識を高められること……特にお前はすぐ感情的になり過ぎる」 「心を澄ませていれば、極限までその力を引き出すことが可能になるだろうぜ」 「な、なるほどう。ならばやむを得まいっ」 「さあ、シン殿。参られよっ!」 「いや、僕の方こそどうすればいいのやら……」 「シン様が普段女の子にしたいと思ってる悪戯妄想を実行すればいいだけだぜ」 「そ、そんなこと考えて――」 とりあえず耳に息をふっと吹きかける。 「くっ、くううっ!」 人差し指で背中をすすーっとなぞる。 「あっ、あううっ、ううんっ!」 身もだえる紫央ちゃん。今度は腰を指でつんと突く。 「ひゃふっ! ふううっ!」 それでも紫央ちゃんは直立したまま、目を頑なに閉じたままだ。 「ぬるい。ぬるいぜ、シン様。もういっそのことおっぱいまで揉んじまえ!」 「お、おっぱいですと!?」 「それはただの痴漢だよ!!」 「今のままでも十分痴漢だぜ」 「くっ……これしきの苦行は覚悟の上……しかし、む、胸に触れるというのは……」 「い、いや! やめよう、紫央ちゃん。悪戯するなら他の場所でも出来るから」 「ククク……さすがだぜ、シン様。ちゃんと、おっぱいよりも敏感な場所を知っていやがる」 「ななんと!?」 「しかも今の衣装であれば、下着もつけていないはず! ならば、ダイレクトに触ることが可能だぜ!」 「そ、それだけはご勘弁を!」 「じゃあ、どうするってんだ?」 「ムムム……ならば……ええい、致し方あるまい!」 「さ、さあシン殿! どうぞ、ごゆるりと!」 「ちょっ!!」 そう言って胸をどーんと張る紫央ちゃん。 「か、かかっ、覚悟完了にして候。な、なるべく優しめにお願いいたします……」 無防備な女の子を相手にその胸を触るだなんて―― 「は……っ、ひゃふっ」 な、なんだ今の……っ。 指がそのままとけいってしまいそうなまろやかな感触。 ただ、その輪郭を覆うようにしただけなのに、柔らかい反発が手の平に返ってくる。 まさに女の子のそれ……このままぎゅうっと力を込めたくなるほど、頭が惚けてくる。 「あ……っ、う……くうっ」 そして丁度膨らみの中心に、少し硬度を帯びた突起物を確認する。 まさか巫女さんって、上も下もつけていないのかっ。 「よーし、そこまで」 「はぁ……っ、はぁ……っ」 「し、紫央ちゃん?」 紫央ちゃんがこちらに背を向けてしまう。 「そ、それがし……くすぐられて変な顔をしていたでしょう……も、もう恥ずかしくて……」 「そんなことない! 凄く、その……可愛かったよ」 「かかっ、かかかかっ、可愛いなど……っ! こ、これは恋の修行ではございませぬっ!」 「ああ、そうだ。これは至極真面目な特訓だぜ」 「ええい、表情の掴めぬ物の怪め! 気を高める特訓と称して、それがしをからかっているのでは!?」 「何言ってんだ。そうやってすぐ恥ずかしがるから、全力が出せねーんだぞ」 「シン様がサポートをするってことはだ。二人は一心同体、守るのも攻めるのも息の合った行動が必要になる」 「そういった中で、ついおっぱいに触っちまうのは事故みてーなもんだからな」 「それでいちいち顔を真っ赤にしてたんじゃ、敵に隙を見せちまうだろう」 「な、なんと……。パッキー殿は、それがしの羞恥心を鍛える為に……」 「疑ってしまい、申し訳ない……」 「そうそう。だから慌てふためく若造共を見て楽しんでるとか、そういうわけじゃねーんだぜ」 「パッキーって、嘘ついてる時……白目なくなるよね」 「ギクッ。どうしてそれを!?」 「元々白目ないでしょ」 「だ、騙したな、シン様」 「い、いや……瞑想は効果あっただろ? それでも十分、パワーアップ♪」 「成敗!!」 「ギャバン!!」 パッキーの悪ふざけも済んだ後、僕達は模擬戦などを繰り返した。 紫央ちゃんの動きは素早く、その姿を捉えるだけで精一杯だった。 そして、修行も終わり、ホッと一息。 「粗茶でございます」 「ありがとう、いただきます」 「しかしながら、普通の体術から動きを読み取られてしまうとは……まだまだそれがしも未熟ですな」 「いやあ、もういっぱいいっぱいだったよ」 「シン殿は今まで武道を嗜んだ経験はおありですかな?」 「いや……色々と忙しくてね。習い事はもちろんのこと、部活動は今までも全然」 「それでいてあの動き……なんとも惜しい人材でございますな」 「僕も紫央ちゃんを見てて、薙刀をやってみたいなあって思ったよ」 「誠ですか!? シン殿であれば、すぐさま頭角を現し、優秀な武士になれるでしょう!」 「それは言いすぎだって」 「も、もしも……ですぞ? ご興味があるなら、薙刀についてお話しいたしますが」 「是非、よろしく」 「御意!!」 紫央ちゃんが嬉しそうにかつ楽しそうに薙刀談義をしてくれる。 こんなにも熱心に語って……本当に好きなんだなあ。 僕達はまったりとお茶をしながら、ゆっくりと暮れなずむ冬の空を見上げていた。 そしてしばらくの間、紫央ちゃんとの修行が続いた。 「じゃあ、今日はここまで」 「お疲れさまにございます!」 「ふぅ……どんどん強くなってるね、紫央ちゃん。パッキーも形無しだよ」 「なんで俺様がこんな目に……」 「これも〈偏〉《ひとえ》に、シン殿とパッキー殿のご協力があってこそ。節に感謝いたす」 「それはそうと、シン殿。本日も皆々様には気づかれずに?」 「……かたじけのうございます」 「毎度毎度……このお忙しい時期にお手間を取らせることはおろか、内密にして欲しいという願いまでお聞き頂いて」 「平気平気、気にしないで」 紫央ちゃんも聖沙に劣らず負けん気が強いからなあ。 みんなにあまり弱いところは見せたくないのだろう。 けど、見せてもらえている僕は……紫央ちゃんにとって、少しは特別な存在なのだろうか。 「しかし、シン殿の貴重なお時間を頂いておきながら、それがし……」 「いいって。僕も紫央ちゃんに会いたくて来てるようなもんだし」 ふと出た言葉。こういう理由でもなければ、紫央ちゃんと二人きりになることもない。 けど、それを自覚すると途端に恥ずかしくなる。 それは紫央ちゃんも同じだったらしい。 「あ、ありがたいやら、照れくさいやら……」 「けれども、それがし……乙女の心は忘れずにいるものの、それに相応しい立ち振る舞いができておらず……」 「そ、そんなことないって!」 紫央ちゃんが女の子だってことは、前に直接触れた時に十分わかっていたこと。 特訓の最中はお互いに真剣そのものだけど、ひとたびこう話す場になれば、心拍数が加速していく。 無鉄砲でやんちゃな子だけど、とても厳かで礼を重んじるところが女の子らしい。 髪が揺れた時にのぞくうなじとか、すらりと伸びた足とか、細く引き締まった腰まわり。 そして柔らかくて透き通った肌……。 「それに比べて、シン殿は男の鑑とでも申しましょうか」 「よく見た目で女の子っぽいって言われるけどね」 「そんなことはござらん! その体格、腕っぷし。そのお名前の如く芯のしっかり通った精神力……どれをとっても完璧な御仁であらせらるる」 「まさに生徒会長たる器に相応しい存在ですぞ」 「そ、そんな……大袈裟だって」 「文武両道でありながら、日頃の生徒会活動をこなし、果てはそれがしの修行にまでお付き合いいただいて……」 「それがしも……シン殿のようになれるでしょうか……」 「なんかそれ……僕がリア先輩みたいな生徒会長になりたいって思ってた感じと似てるね」 「けど、結局答えは僕は僕らしい生徒会長になるのが一番だって思ったんだ」 「だから、紫央ちゃんは僕になるんじゃなくて、紫央ちゃんをもっともっと高めていくように頑張る方がいいと思うよ」 「そういうのがわかったのも、僕が生徒会でみんなと一緒に過ごしてからかな……」 「生徒会……ですか……」 「それがしも……生徒会の役員になれるでしょうか?」 「なれるかどうかを考えるよりも、なれるように頑張るのが一番じゃないかな?」 「悩むよりまず手を動かせ……全くその通りでございますな!!」 「シン殿には感謝をしてもしきれませぬ……ここは一つ、女性らしい恩返しを思案せねば!」 「紫央〜」 「姉上、お待ちしておりました」 「最近、なんか頑張ってるみたいじゃない? 大会、期待してるわよ」 「そそっ、それは、その……」 「あ、姉上! 今日はですな。ちと姉上を女性と見込んで、お聞きしたいことがありまして……」 「私は元々女です!」 「そ、そういうひねくれた意味ではありませぬ!」 「ただ……それがしでは……女性のなんたるかがよくわからないのでございます……」 「ま、まあ!! 可愛い妹の頼みだもの」 「私が答えられる範囲のことであれば、アドバイスできると思うわ。聞かせて」 「かたじけない……実は、男子に喜ばれることが何なのかをご教授いただきたく」 「え……あなたもしかして……」 「い、いいえ! いつもお世話になっている恩返しでございます! それだけにて候!」 「もう、紫央ったら……こんなに恥ずかしがっちゃって。きっと誰か好きな人でも出来たのね」 「なるほど。男子に喜ばれること、ね……その人とデートぐらいはしたの?」 「で、デートぉ!?」 「その様子じゃまだみたいね」 「そ、そんなおデートなど……で、出来るはずが……」 「喜ばれるよりも、まずはその距離をじわじわと縮めていった方がいいと思うわ」 「ムムム……さすが恋愛の達人ですな」 「達人と呼ばれるほど、デートなんかしてないけど」 「流星町にいいお店があるわ。感謝の印にそこへご招待してあげたら?」 「な、なるほどう……。お食事にお誘いするというわけですな」 「いいえ。お食事だとちょっと急すぎるわ。そうね、お茶をするくらいが丁度いいんじゃないかしら」 「お茶であれば、いつもそれがしの粗茶をご用意しておりますが……」 「そういうお茶じゃなくて! オシャレなお店でお菓子を食べながらお話をするの」 「な、なるほどう」 「けど、お茶をするだけじゃ友達同士でも出来るわ……」 「ここは姉として、妹の恋を成就させるべく、しっかりアドバイスしなくっちゃ」 「そうね……あとは最後の切り札さえあれば完璧よっ」 「おお!! それはなんという秘奥義で!?」 「……き、ききっ、キスよ」 「な、なんとお!?」 「そ、そうよ。キスさえしてしまえば、男子なんてイチコロなんだから」 「な、なるほど……おデートというものは、そこまでするものなのですか……」 「って、無理でございます! 接吻など、それがしには……」 「けど、紫央にはまだキスはちょっと早いかもしれないわね」 「――って、私もしたことないんだけど」 「何を申す! そ、それがしにだって……ムムム……っ」 「無理しないでいいのよ。手を繋ぐだけでもきっと幸せな気持ちになれるわ」 「子供扱いしないで下され! そ、それがし……胸を触られているのですぞ!?」 「それ故、接吻程度であれば……ううっ、接吻くらいしてみせます!」 「御免っ」 「あっ、ちょっと待ちなさい!」 「もう……本当に負けず嫌いなんだから。一体誰に似たのかしら」 「けど、紫央もそういうことを考えるようになったのね。私も負けられないわっ」 「それにしても……紫央の好きな人って誰なのかしら……?」 「けど、胸を触られてるような関係って……」 「は――!? 私……既に負けてる!?」 今日の生徒会活動が終わった後―― 「い、いいの? 本当に」 「それがしにお任せあれ! このお店は庭のようなものですからな。あっはっは」 「シン殿には生徒会活動の合間を縫って、修行に協力していただいております。せめてものお礼でございます故」 「そ、そう。じゃあ、遠慮無く……」 「こんにちは。またお邪魔します」 「あら、生徒会長さん。お久しぶりです」 「えと、こちらの方……初めてかしら?」 「あれ? そうなの紫央ちゃん」 「ははははは。そ、それがし……別の店と勘違いをしていたようでございます」 「しかし冷やかしのままでは帰れませぬ。さあ、参りましょうぞ」 「どうぞ、ごゆっくり♪」 「ささ、ごゆるりとお座り下され」 紫央ちゃん、さっきから落ち着きがないような……チラチラと手に隠した紙を見ているし。 「ご注文は何になさいますか?」 「チヨコレイトケエキを二つ。あとはお茶をよろしくお願いいたします」 「はい、ガトーショコラにダージリンティでよろしいかしら?」 「お任せいたします」 「そういえば。ナナカさんはいらっしゃらないの?」 「あ、ああ、はい。今日は僕、招待されたんですよ」 「それはそれは。今後ともご贔屓にお願いいたしますね」 「シン殿……ナナカ殿と、ここへ来られたことが?」 「うん。そうだけど」 「シン殿……そ、それがしの他にもおデートを……」 「いいや! 今日は、シン殿へのお礼をする為に……な、なのに……」 「何故、このようにもやもやとした感情が沸々とわいてくるのでしょう……」 「シン殿と一緒にいるだけでも楽しい気持ちでいられたというのに……」 「今ではどうしてこうも胸が痛むのであろうか……」 「お会計は、ここに……」 「それがし……気分が優れませぬので、これにて失礼をば」 「ま、まだケーキ来てないよ?」 「御免ッ!」 「あっ、待って紫央ちゃん!」 「こ、この気持ち……やはり、それがしはシン殿に――」 「待ってよ、紫央ちゃん!」 「離して下され!」 「どうしたの、いきなり」 「な、ナナカ殿と……シン殿は恋仲……始めに言って下されば、このような失礼をせずに済んだものをっ」 「先ほど、店長殿が申したではありませぬかっ。店によく、二人で顔を出していると!」 「違うよ、紫央ちゃん。それは――」 「こ、この感じ――!!」 「さらば!」 「紫央ちゃん、魔族が!」 商店街の一角で、猫型の魔族が暴れている。 クルセイダースとして、このまま放っておくわけにはいかない。 「修行の成果を発揮するいいチャンス……けど、体調が万全でないときに戦うのは危険過ぎる」 「お、お待ち下され!」 「先ほどのは、その……少し癇癪を起こしてしまっただけでございます」 「本番でそんな調子だともっと危ないよ」 「そ、それはシン殿が……」 「シン殿が他の女子とおデートされているとお聞きしたので、つ、つい……」 「だから、違うって! ナナカとはキラフェスの時の勧誘でいったんだよ」 「だから、別に彼女とかそんなんじゃないよ」 「なんという不覚っ。それがしの早合点だったとは!」 「本当に、行ける?」 「お任せくだされ。準備は万全にて候」 「僕は相手の動きを抑えるだけに集中するから……頼んだよ!」 「そ、それがしが……物の怪を……」 「やったね、紫央ちゃん!」 「シン殿……シン殿ーーッ!」 「わっ、わわっ!」 紫央ちゃんは形振り構わず抱きついてきた。 「それがし……遂にやりましたぞ! この手で、この腕で物の怪を!」 「うんうん、良かったね」 そう言って、紫央ちゃんの柔らかい髪の毛を優しく撫でた。 「あぁ……こんなにも嬉しいことはありませぬ……これが出来たのも――」 「そ、それがしはなんと破廉恥なことを!!」 「いやいや、別にいいって」 「しかし、不思議でございます……恥ずかしい気持ちもありながら、離れたいとは思いませぬ……」 僕も同じく、紫央ちゃんとこのままずっと抱き合っていたい気持ちの方が勝っていた。 「それがしが攻撃している間……物の怪の技をひたすらに抑えるシン殿の姿……なんと凛々しいことか」 「このように力強い体に抱きしめられては……それがし、胸のドキドキが止まりませぬ……」 「紫央ちゃん……」 紫央ちゃんの顔が近い。熱い吐息が、微かに触れ合う。 「ま、まさか……ここでまさに、姉上直伝の秘奥義を使うべきかと!?」 「そ、そんなこと出来ませぬーーっ!!」 頬が真っ赤に染まっていく。 「ま、まさか……本当に気分が優れなかったの!? 熱があるんじゃ」 僕はそのまま額を重ねて熱を測る。温かい……そしてとてもいい匂いがする。 「し、シン殿……それがし、も、もう……限界でございます」 「こ、こんなにも愛おしい方のお顔が近くにあれば……我慢することができませぬっ」 そう言って、紫央ちゃんは思い切り瞼を閉じて、そのままぐいっと顔の距離を近づけた。 「……ん、ちゅう……っ!」 唇がやんわりと重なった。 「それがしの、ファーストキッスで、ございます……♡」 それから後、紫央ちゃんは部活動と共に生徒会活動のお手伝いを積極的に参加してくれた。 一緒にキラキラの学園生活を送る為に。 「それがし、来年の生徒会総選挙に出馬いたします!」 「当然ながら、生徒会長に立候補いたしますぞ!」 「その暁には……その……相談役は是非、そ、その……」 「シン殿にお願いいたします♡」 キラキラの学園生活は、これからもずっと続きそうだ。 「商店街もクリスマスムード突入だね〜」 「だが、魔王様はクリスマスに過ごす恋人一人もいないってんだから切ないぜ」 「君に言われたくないよ」 「わりいなあ。俺様にはリアちゃんがいっからよお!」 おや? 街中で耳を澄ませているのは…… 「エミリナ〜〜」 「あっ、会長さん」 「どうしたの、こんなところで」 「商店街を探検していたんです。そうしたら、軽やかな音に聞き入ってしまいまして」 「素敵な音色ですね……」 そう言って、エミリナはまた目を閉じた。 「クリスマスになると毎年こんな感じなんだ」 「エミリナの故郷には」 「天界には、クリスマスというもの自体が――」 「って、ててっ」 まあ、ロロットの幼馴染みということで大体のことは把握はしているけれど。 「やあやあ、シン君ー」 「っと、エミリナちゃん? こんにちはー」 「こ、こんにちは……っ。さっちんさん……でしたっけ?」 「そーそー」 「今日はナナカと一緒じゃないの?」 「親孝行だからね、ナナちゃんは」 ああ、今日はお店の手伝いか。 「さっちんも親孝行すればいいのに」 「それするとパパとママが倍返ししてくるからねー。ほどほどにしないとー」 「そんな私は友達孝行をすることにしたのだー」 そう言って取り出したるは、1枚のチケット。 「カラオケ2時間無料券だよー」 「カラOK!?」 「友達孝行とか言って、ソバの代わりが欲しかっただけだぜ」 「邪悪なパンダ君だねー。否定はしないけどー」 「というわけで、一緒にカラオケでもいかがかなー?」 「ドキドキ……行ってみたいです……」 「ロロットも呼ぶ?」 「ロロットは、アゼルさんに用があるといって出かけてしまいました」 「そっか……じゃあ、ちょっと珍しいメンツだけど3人でいってみようか!」 「えっへへー。楽しみー♪」 「それで……二次会は夕霧庵ってわけですか」 「ナナちゃん、いつものー」 「まったく あいよ」 「今日はエミちゃんもいるし、全員うちの奢りでい!」 「わーい!」 「気前がいいぜ!」 「あ、ありがとうございますっ」 『親父さん、ありがとうございます』 『なあに、気にすることはないさ』 「いやー、それにしてもビックリしたねー」 「パッキーの音痴具合に?」 「なんだと、コラ!!」 「エミリナちゃん。すっごくお歌が上手なんだよー」 「しかも覚えが早いから、知らない歌もすぐ歌えるようになるんだ。凄いよ」 「も、もう会長さんまで……」 「あー、また聞きたいなー」 「さっちんさんこそ……とても素敵な歌声でしたよ」 「そうー? ありがとー」 「たくさんのお歌を知ってるんですね」 「まー、こう見えても普通の女子ですからー」 「他にも色んな歌が知りたいです」 「さっちんが誰かに物を教える日がくるとは……!」 「ひどいよナナちゃーん」 「うちにタメさんから譲ってもらったカラオケテープがあるけど……」 「テープって」 「それはとても興味深いですね……」 「じゃあ、帰りに寄っていきなよ。貸してあげるから」 「ほ、本当ですかっ?」 「やるねー、シン君。ナナちゃんも焦っちゃうくらい積極的だよー」 「そ、そんなんじゃないって ねえ、エミリナ」 「わくわく……楽しみです……♡」 「聞こえてないし」 「外じゃ寒いだろうから、中で待ってて。すぐ探してくるよ」 「シモン!!」 「まだ何も言ってねーだろ!!」 「お、お、お邪魔します……」 「じゃあお茶いれてくるね」 「え、えっと……こういう時は確か――」 「ど、どうぞお構いなく」 「ははは。そのガイドブックにも、ちゃんとしたことが書いてあるんだね」 「ええっ、いつもはちゃんとしてないのですか」 「たまに曲がった知識を、ロロットが披露してくれるよ」 「も、もう……ロロットったら……」 「どうぞ、ごゆるりと。さて、カセットは――」 「そういえば、さっきのカラオケ。歌をまるで初めて歌ったような言い方だったけど……」 「あ、ああ……こうして皆さんが聞き取れる音、声として歌うのは初めてだったので……」 「あ、ああーっ。違います、え、えと……その……」 「頭の中で歌ってるとか、そんな感じ?」 「いえ……私達の言葉は、その……よく聞き取りにくいのだそうです」 「そうなんだ。どっかの言葉じゃ、Hを発音しなかったりするみたいだしね」 「たぶん、それとは全然違うぜ」 「それは、僕にも聞こえないかな? 良かったら、聞かせて」 「エミリナの声、とってもきれいだったからさ」 「そ、そんなこと……」 「わ、わかりました。やってみますっ」 エミリナはすうっと大きく深呼吸をした後、 口を黙々と動かした。 ハミングをするような動作から始まる無音の旋律。 それはきっと想像するに、とても優しくきれいな歌声なのだろう。 しかし、残念ながら耳にすることは出来なかった。 「シン様。そういうときは目を閉じてみるのさ」 言われたとおりにする。すると―― あ……っ。 微かに聞こえる。 暗闇の中に一筋の光。エミリナの透き通った声が頭の中を突き抜けていく。 光はやがて暗闇の扉を分かち、開かれた先には―― ああ、なんて心地いいんだろう。 これがまさに〈『天使の歌声』〉《Angel’s Bless》というものなのだろうか。 「はぁ……おしまいです……」 僕は夢中で拍手をしてしまう。あまりにもその感覚が神々し過ぎて、感想を言葉で述べることが出来なかった。 「え……まさか、歌が聞こえたのですか……?」 「うん。ちょっとだけだけど……僕の想像だけかもしれないけどね」 「そ、そんなことが……」 「もしかして、会長さんも天――」 「はうううっ」 「ごめんごめん。カセット、ちゃんと探さないとね」 「ふぅ……けど、やっぱり声に出して歌う方が清々しくて気持ちいいです」 「ははは。いい発見が出来て良かったね」 そういえば、身近にも歌を歌っていた人がいたような…… 「あ……聖夜祭のこと。ロロットから聞いてる?」 「ええ、もちろん!」 「そのプログラムの中に、みんなで歌を歌うってのがあるんだ」 「今回の聖夜祭は一般の方もゲストとして呼ぼうかって話にしようかと思ってるんだよ。だから、エミリナも誘われてるとは思うけど……」 「どうせなら、聖歌隊の一人として。一緒に参加してみないかい?」 「聖歌……隊、ですか?」 「うん。ちょっとその隊長に聞いてみるよ。ちょっと待ってて!」 「わざわざ呼び出すくらいの価値があるんでしょうね」 「ククク……すぐに物事を損得で測りたがる。さすがヒスだぜ」 「それって褒めてないでしょう!!」 「まあまあ。僕もびっくりだったんだ。是非、専門家にも聴かせたくてね」 「ふ、ふ〜ん。そこまで言うなら、しっかり聴かせていただくわ」 「会長さん……そこまで大袈裟にしなくても……」 「いやいや。エミリナに歌ってもらったら、もっともっと聖夜祭が盛り上がるんじゃないかな?」 「偉く買ってるわね……」 「エミリナさん。聖歌隊としても、聖夜祭で一緒に歌って頂ける方を広く募集しているわ」 「普段こんなことはしないんだけど……咲良クンがどうしても聴かせたいっていうから」 「うん。これは僕だけにはもったいない」 「だから別にテストとかそんなんじゃないわ。緊張しないで、のびのびと歌ってね」 「は……はいっ。わかりました」 またしても大きく深呼吸をしてから、カラオケでさっちんと一緒に歌っていた曲を奏でる。 マイクがない状態なのに、心にまで響き渡る声。 伴奏もないのに、しっかりと歌い上げる音感。 高低の幅が広い。 音の伸びも、心地の良い聞こえだ。 歌い終わった後、チラチラとこちらの様子を窺うエミリナ。 僕は拍手。 「どう、聖沙?」 「素敵……♡」 「素晴らしい歌声だわ! どうして今まで内緒にしていたの!?」 「今日の今日まで、歌ったことがなかったんだって」 「え……じゃあ、その歌も今日初めて……?」 「は、はいっ……すみません」 「いや、謝ることじゃないって」 「さっきの歌。ちょっと、このメロディに合わせてもらえる?」 聖沙は同じ歌の歌詞を違う音程で歌い始める。 それに合わせてエミリナが重ねてくる。すると、きれいな混声合唱になっていた。 「リズム感も申し分ない上に、和音の合唱まで完璧にこなせるなんて……」 「逸材だわ!!」 「それくらいなら俺様にも出来るぜ」 「そう。それは聖夜祭が楽しみだ」 「ネタにマジで答えるなよ」 「しかし、なんといっても歌声の透明さがもう……♡」 「エミリナさん。テストをしたわけじゃないけど、リードとしては合格よ!!」 「これは皆さんと一緒になんとしても歌ってもらわなくっちゃっ」 「み、皆さんとって……」 「他の聖歌隊の人達と、生徒全員の前で?」 「ええ。これは練習すればもっと素敵な声になるはずよ。そうすれば、みんなのお手本として――」 「お、お手本なんて、そんなっ。わ、私には無理ですよぅ……」 「そんなことないわ。私、確信したもの」 「け、けど……私……もう、ここにいる方達だけでもこんなに恥ずかしくて……」 「あら、まあ……もったいないわ」 「いきなり初めからみんなの前でってのは、さすがに緊張しちゃうかもね」 「それに、普段の練習はさすがに生徒じゃないと」 「ヘレナさんに言えばなんとかならないかしら」 「まあ、なんでも理事長任せってのはさすがに」 「そうだ……! だったら、普段の練習は僕の家でやるってのはどう?」 「それは名案ね」 「今は空き部屋ばかりだし、少し騒いでも近所迷惑にもならないから」 「それなら……どうかしら?」 「うん! それがいいよ!」 「しかし、エミリナさんのおかげでインスピレーションがモリモリ湧いてきたわ……」 「もしかして、クリスマスソングの?」 「ええ!! 忘れないうちに作ってくる! じゃあ、咲良クン。エミリナさんをしっかり繋ぎ止めておくのよ!!」 「そんな溜息ついちゃって。もしかして、嫌だった?」 「いえいえ! そういうわけではなく……えと、その……」 「私もロロットのように、自ら進んで行動を起こせればいいのですが……」 「起こしたようなもんだよ。少なからず、エミリナは僕達の前で歌ってくれたんだから」 「じゃあ、これからは放課後。僕の家で、一緒に練習しよう」 「もちろん、ロロットも一緒に……ね!」 そして早速、放課後に集まり歌の練習が始まったわけなのだが……。 「さあ、カラオケ大会の始まりでい!」 「わーい、ナナちゃんサイコー」 「ほら、アゼルさんも一緒に歌いましょう!」 「そ、それがし……カラオケは少々苦手でございまして……」 「カラオケとは全然違うぜ」 「どうしてこんなことになっちゃったのかしら……」 「まあ、楽しければいいんじゃないかな」 みんなを呼んだのは楽しいからというのもあるけど、実はちょっとした狙いがあった。 「皆さん、歌を歌うのが大好きなのですね〜」 「ストレス解消!!」 「カロリー燃焼!!」 「じゃあ、順番にやっていこう」 なぜかデュエットを組むことに。 「スイーツ!」 「アゼルさん。よろしくね」 「なぜ私がこのようなことを……」 「先輩さんっ。盛り上げていきますよー!」 「うんっ。頑張ろうね♪」 「シン様。俺様の足を引っ張るんじゃねーぜ?」 「わ、わかったっ」 「ええっと、私は……」 「うう……エミリナ殿……。それがしと、でございます」 「薙刀さん! 是非よろしくお願いいたしますっ」 「しかしなんと不甲斐ないことか……」 「どうしたのですか?」 「それがし、あまり俗世の歌謡曲を良く知らんのでございます」 「それは私もですよ……?」 「それだけではござらぬ。数多の御仁の前にて声をあげるなど……滅相もない!」 「ガイドブックによると、巫女さんはよく神社のお祭りで歌ったり踊ったりするそうですが……」 「そういえば、紫央って舞踊しかしてないわね」 「薙刀さん……」 「大丈夫ですっ。恥ずかしいのは一緒です。それに……」 「恥ずかしいというだけで、こんなにも楽しいことを諦めてしまうのはもったいないですよ」 「エミリナ殿……」 「薙刀さんが一緒に歌っていただけるのなら、私も頑張りますっ。だから……」 「ムムム……これで腹を括れぬようでは武士の名折れ。義を見て為さざるは、勇なきなりとはまさにこのこと」 「たとえ聞き苦しくとも、玉砕覚悟で参りましょうぞ!」 「まだ聞き苦しいと決まったわけじゃないでしょ」 そうして順番に歌を歌い、聞いてる側は盛り上げる。 カラオケボックスとはいかないまでも、みんながみんな楽しんでいた。 「はぁ……なんと爽快にして愉快!」 「まさに、学びて思わざれば則ち〈罔〉《くら》し、思いて学ばざれば則ち殆しとは、このこと也!」 「薙刀さんも、しっかり歌えていたではありませんか」 「いやはや……童謡の類で誠に申し訳なく……」 「いいえ。どれも素敵な歌ですよ。それを楽しく歌えることが出来れば、なんだっていいんだと思います」 「なるほど……浮世離れしていようがしまいが関係ないと」 「そうです。だから恥ずかしがることはないのですよ」 「そう言うエミリナも、今日ここに来るまではとっても照れていましたけどね〜」 「ろ、ロロットっ」 「じゃあ、ウォーミングアップも終わったところで……クリスマスソングの練習を始めようか」 「はーーい!」 「リースリングさんは、呼ばなくても大丈夫?」 「ええ。すぐに起こしては可哀想ですから」 まあ呼ばなくてもその辺で待機しているような気もするが。 みんなが帰った後も、ロロットだけは爆睡で、それに合わせてエミリナも残ってるといった感じだ。 「今日はどうだった?」 「とっても楽しかったです……♪」 「あんなに遠慮してた紫央ちゃんも、すっかり歌が好きになったみたいだしね」 「ええ、本当に良かったです」 「うん……エミリナも、ね」 「今日……みんなの前で、たくさん歌ってた」 「僕と聖沙だけじゃない人達の前で、ね」 「そ、そうでした……あああ、今になって……」 「もう恥ずかしいとか考えるよりも、歌を歌う楽しさの方が大きくなってきたみたいだね」 「うう……言われたら恥ずかしくなりますよぉ……」 「ははは。まあ焦る必要はないけど、どんどん慣れていけばいいさ」 「会長さん……今日はもしかして、その為に?」 「それはちょっとだけ。どちらかというと、みんなとワイワイやりたかったっての本音かな」 「そうだったんですか……ありがとうございます!」 「いやいや、だから僕は――」 「こういう時、会長さんはすぐ照れ隠しをされるのだと伺っています」 「ククク……見抜かれてるぜ」 「お、おお、おかえり」 「お手伝いするから、早くご飯つくってー」 「わかったわかった。じゃあ、今日はカレーライスにしようか」 「くすくす……ロロットったら」 「ちなみに今日〈も〉《》カレーだぜ……」 それから後も、エミリナはロロットと一緒に足繁く僕の家に通った。 ずっとロロットと一緒に来ていたから、やっぱり二人は似たもの同士なのかなあと思っていたのだけれど…… 「すぅすぅ……」 「また寝てるし……」 「ロロットはいつも元気いっぱいなんです。だから、いつも遊び疲れてすぐに寝てしまいます」 「エミリナはそうじゃないの?」 「あまり人の前で眠るというのは……ちょっと恥ずかしいです」 「そっか。やっぱり……ロロットとエミリナって違うんだね」 「違う……ですか?」 「うん。二人とも仲良しだし、似てるところもあるといえばあるけど……よく見ると全然違う」 「そんなことを言われたのは初めてです」 「天使は個性がない方々がほとんどです。だから、皆一緒のように見えるものなのです」 「ロロットはその同じであることに退屈さを感じ、様々な個性が生活するという人間界に憧れていたのかもしれませんね」 「確かに。ロロットも凄く個性的だし」 「まあ天使は個性を潰すことで、悪意を無くすという考えだからな」 「て、天使!? 天使じゃありませんよっ」 「抜けてるところはそっくりだぜ」 「けど、別に僕とパッキーしかいないわけだから……疲れた時は無理しないでね」 「はい。お気遣いありがとうございます」 「ククク……そして寝込みを襲うつもりとは、さすがだぜ」 「えっ、えっ」 「もしそうだったら、既にロロットを襲ってるよ」 「襲っちゃったのですかー!?」 「違う、違う。そうじゃなくって」 まあけど、エミリナの健やかな寝顔というのも、たまには見てみたいな。 きっととても可愛いはずだ。 「シン君、こっちだよー」 「副会長はんは準備してはるさかい、うちらと一緒にな」 「僕じゃちょっと勝手がわからないので、助かります」 「今日はよろしくお願いしますっ」 「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。リラックス、リラックスぅ♪」 「ほほ〜〜。こうして毎週集まっていたのですねー」 今日は日曜日―― 学園の敷地が一般開放されるタイミングに合わせて、エミリナを連れてきた。 日曜日と言えば、教会で礼拝が行われる。 そこで、聖歌隊が活動しているというのだ。 聖沙に招待され、普段礼拝に来ない僕達も一緒に参加することとなった。 「じゃあ、行こうか」 エミリナは緊張と好奇心が入り交じり、いつもより落ち着きがない様子だった。 「あら、いらっしゃい。珍しいわね、礼拝に来るなんて」 「ちょっと聖沙にお呼ばれしまして」 「あなたはオマケ。ゲストはエミリナさんよ」 「もしよかったら、讃美歌を歌う時にも一緒に歌ってね」 「じゃあまた。終わった後にでも♪」 「ああ、聖歌隊の助っ人ってエミリナちゃんのことだったのね」 「もう聞いていたんですか」 「ええ。普段の日にも練習できないかって相談されたもの」 「行動が早いなあ……よほどエミリナを引き込みたいんだ」 「けど、ごめんなさいね。そういった特例はあまり出したことがないから」 「い、いえ……別にいいのです」 パイプオルガンの演奏が始まり、礼拝の開始を告げる。 教会員が一斉に起立をし、神父さんが招詞を詠みあげる。 そして次は、讃美歌を歌うのだ。 僕は隣にいるエミリナと一緒に、聖沙から借りた歌詞の該当箇所を開いた。 聖歌隊の列に並ぶ聖沙を見やる。 わずかにウィンク、そして―― きれいに揃った混声四部合唱が礼拝堂に響き渡る。 エミリナがその音色を前に、歌うことを忘れ、一心に聴き惚れていた。 頌栄の讃美歌であるがゆえに短く終わり、祈祷が始まる。 礼拝中に私語は厳禁だ。エミリナの表情を見て、その様子を窺う。 まだ瞳はきらきらとしたままだ。 いい影響になっただろうか。 こんなに大勢の前で歌うとまではいかなくても、よりいっそう歌に興味を持ってもらえればと思って連れてきたのだけれど。 異変は次の讃美歌を歌うところで起こった。 聖歌隊の歌に合わせて、エミリナが大きく歌声を響かせたのだ。 「すごい……」 神聖な場所だからこそ引き立つものもあるだろう。 文字通り天使の歌声――。 その声に魅せられ、教会員は歌を止めてしまい、耳を澄ましていた。 そんな様子を気に留めることもなく、伴奏や聖歌隊の合唱に合わせてのびのびと歌い上げるエミリナ。 日を追う毎に、新しい歌を知る度に。彼女の持つ歌唱力の真価が明確になってくる。 ――そして、瞬く間に時が過ぎ、最後の祝祷をもって礼拝が終了。 後奏の後、僕達ははぁっと大きく息をついた。 「すばらしいわ!」 ヘレナさんの拍手を引き金に、礼拝堂内でスタンディングオベーションが始まった。 「えっ、えっ……」 エミリナは一人、何が起きたかもわからない様だった。 「礼拝中の讃美歌、エミリナの歌にみんな聴き入っちゃってたんだよ」 「えっ……そ、そんな……」 「なるほど。聖沙ちゃんが推してくるのも確かに頷けるわ」 「そうなんです! だから是非、彼女を聖歌隊の練習に参加させて欲しいんです!」 「そうね……特例を出すよりも、もっと簡単にかつ、早く聖歌隊に入れる方法があるわ」 「ズバリ、編入よ!!」 「これがここ数年の編入試験問題」 「あっ、ありがとうございます」 「ちなみに流星学園には一芸入試というものがあってね」 「けれど、それだけでは普段の授業で遅れを取ってしまうのではありませんか?」 「ま、まあ、確かに……」 「勉強もしっかりこなした上で入学した方が、後々の為にいいと思うのです」 ナナカに爪の垢を煎じて飲ませたい。 「それに学園一番である優等生の会長さんに教えてもらえるなら……きっと大丈夫です!」 「プレッシャーだなぁ……」 「あれ? ロロットは?」 「お勉強をすると言ったら、足早にどこかへ行ってしまいました」 「逃げたか……」 「お勉強もしっかり取り組めば、楽しいと思うのですが……」 「まあ、得手不得手があるだろうし……エミリナは、どこまで習ってる?」 「ええっと……ロロットの教科書を読んだ程度です」 「そっか。じゃあ、とりあえず基礎から始めてみよう」 「お疲れさま。お茶どうぞ」 「ここのところ、会長さんと一緒にいる時間が多くなりましたね」 「あっ……ごめん。ロロットも一緒にいないと……やっぱり嫌だった?」 「いえいえ! そういうわけじゃなくて……その……」 「私自身も、会長さんと一緒にいたいと思うようになりましたから……」 「〜〜」 「そ、そっか……あはは、嬉しいな」 「嬉しい、のですか?」 「そりゃそうだよ。エミリナみたいに可愛い子に、そんなこと言われたら」 「か、かわ……!?」 「ーーッ」 「か、顔が熱いです 早く冷まさないと……ごくごくっ」 「もっと熱いですっ」 「落ち着いて、エミリナっ」 「ふぅ……ふぅ……」 「ご、ごめんね。まさかそんなに驚くとは思ってなかったから」 「会長さんは悪くありません……私がすぐ、恥ずかしがってしまうから……いけないのです」 「ずっとそうやって消極的に生きてきた……だから、ロロットともケンカをすることになってしまったんです」 「初めからこのように出来ていれば、もっと早くにロロットと……」 「そして会長さんと一緒に楽しい学園生活を過ごせていたのかもしれません」 「けど、エミリナは今。自分の未来を自分自身の力で切り開いてるじゃないか」 「自分自身……」 「そう。歌を知ってから、ここまで……」 「そんなことはありません! 背中をずっと押して下さったのは、他でもない……」 「ずっと応援してくれた、会長さんなんです」 「きっと私一人では、歌という存在。そして歌を歌うという楽しさを知らないでいたはずなのです」 「それを教えてくれました。本当にありがとうございます」 「い、いや。僕じゃなくて、さっちんだから……ね」 「でも、歌の素晴らしさを教えてくれたのは、会長さんなんですよ」 「す、素晴らしさって……そんなご大層なことじゃないって 聖歌隊に誘ったのは聖沙なわけだし」 「くすくす……会長さんまで、照れちゃっていますね」 「けど、運命の引き金を引いてくれたのは、会長さんです。これだけは間違いありません」 「もし私のガイドブックを記すとしたら、会長さんのお名前を一番に挙げさせていただきます」 「いいよ、しないで」 「私……この前の礼拝で思ったんです。こんなにも私の声に耳を傾けてくれる人がいることを知って」 「もっともっと歌のこと勉強して、もっともっと素敵な歌を歌えるようになって……」 「たくさんの人に、聞かせたいって思ったんです」 「その為には、この世界のこと……歌だけじゃなくて、全てのことをもっともっと知っていかなければなりませんね」 だから試験勉強にも立ち向かうって気持ちになったんだ。 「エミリナなら、きっと出来る」 「うん。僕も手伝うよ、エミリナの夢を叶える為に」 「夢……」 「うん。叶えよう、一緒に」 そして無事、エミリナは流星学園に入学した。 すぐさま聖歌隊の次期隊長候補として、聖沙と一緒に聖夜祭へ向けて練習を始めた。 クリスマスソングといい、エミリナの歌声といい、これはきっと、とても素晴らしい聖夜祭になることだろう。 確信を持って言えるのは、エミリナが僕達の側で今日も素敵な歌声を披露してくれているから。 そして、新しく生まれた夢を追う為に、エミリナもまた僕達と同じ時間を過ごしていく。 今日もまた、エミリナは天使の歌声を響かせていく。 これからも、ずっと―― 「撃ちますよ! メリロットさんは、下がっててください!」 「無駄です」 フィーニスの塔の内部で、焦った僕の大声と、〈怜悧〉《れいり》この上もないメリロットさんの声が反響する。 そう。声はたしかに壁面に当たり、跳ね返ってきている。絶対に耳鳴りなんかじゃない。 「咲良くんは既に、霊術による攻撃を5回行使しています。そのいずれも、状況を打破できませんでした」 「この6発目で、うまくいくかもしれません!」 メリロットさんと僕は、フィーニスの塔の中で迷子になってしまった。 この歳になって、そんな子供じみたミスを犯した事が滑稽で、はじめ僕は笑っていた。 けれど、そんな楽しさは今やすっかり消え去っている。この壁の向こう側に脱出したい。すぐにでも。 「くっ、また駄目か……」 手応え無し。 放たれた攻撃霊術は、長い光跡を曳いて闇の中へ消えてしまった。 どこにも命中しない。たしかにそこに内壁があるはずなのに。 「霊力の残量は、一回戦分といったところですか? それは使わずに温存しておいてください」 どうして分かるんですか? そう問いかけて僕は口をつぐむ。 ここ数時間一緒に居て、メリロットさんの性格がわかってきた。きっと教えてくれないだろう。 数時間前、僕は一人で図書館へやってきた。パッキーは生徒会室で、リア先輩に熱烈アタック中だ。 「それじゃ、今日はコレとコレ……2冊借りていきますね」 「それでは図書カードをお出しください」 「おや、クリスマスに関する研究書ですか?」 図書カードに書名を記入しつつ、メリロットさんが話しかけてくる。 「ええ、聖夜際の参考になればと思って」 「あと、できればシャロ=マ公国で降誕祭とかやってるのか調べたいんですが、そういう資料本て置いてありますか?」 「残念ながら当館の蔵書にはありません」 「そうですか……」 「アゼルさんの事を、気にかけているんですね? ありがとうございます」 「? どうしてメリロットさんが、お礼を言うんですか?」 「なんとなくです」 メリロットさんの漠然とした答えに、僕はもっと取り留めのない生返事をする。 いつものメリロットさんなら簡潔に、正確無比に言葉を発して用件を伝えるのに、これはどうした事だろう? 「図書カードをお返しします。返却期限は一週間後です。閉館時は出入口のポストに投函してください」 「はい、どうも」 耳慣れた台詞に目礼して、僕は図書館を退出する。 メリロットさんの事もちょっと気にかかるけど、他に優先すべき問題が山積みなんだ。 生徒会。クルセイダース。魔王の僕。聖夜際。そして、まだみんなと打ち解けられないアゼルの事。 「忘れ物ですか?」 「し、失礼しますっ」 「図書館から出られない!? そんな馬鹿な!!」 「なるほど、興味深い現象です。私も試してみましょう」 今度は、図書館の扉をあけた途端、理事長室に出てしまった。 「ふむ、狂っていますね」 「ど、どうなってるんだ?」 「空間が不安定になっています。リ・クリエの影響かもしれません」 「リ・クリエの事をご存知なんですか!?」 「趣味です。長年研究していますから」 「アゼル、待って」 「フィーニスの塔の中へ入ってゆきましたね。校則で立入は禁止されているのに、困ったものです」 「アゼルも僕らみたいに、混乱してるんじゃないでしょうか? ちょっと呼んできます!」 「私が行きます。咲良くんはヘレナに報告してきてください」 「アゼルは僕のクラスメイトなんです」 「……分かりました。それでは私たち二人で追いかけましょう」 そしてアゼルを見つけられないまま、僕らは迷子になってしまった……。 「地道に脱出を試みましょう。時間はかかりますが、こういう場合は壁に手をついて進めば、必ず出口にたどり着けます」 「は、はい。だけどさっきから、階段を上がり続けてますよ。今何階くらいかな……」 「いえ、私は階段を下り続けていますが?」 アゼルの姿を探し求めて、もうどれくらい経つんだろう? 僕は時計を持っていない。 メリロットさんの携帯電話は、とっくにバッテリーが切れてしまった。 ずっと暗闇にいるせいか、時間感覚があやふやになっている。 塔内に踏み込んで、ほんの10分しか経っていない気もするし、何十日も閉じ込められているようにも感じる。 不思議な事に空腹を覚えない。眠くもならない。だけど、普段なら徐々に回復してゆく守護天使の霊力は、減ったきりだ。 魔王の力を解放すれば脱出できるかも……でも、魔王になる方法が分からない。 「どこだ……壁は……」 「ひゃああっ!!」 「ど、どこを触っているのです!!」 「えっ、今のはもしかして――」 「どさくさに紛れて変なことをしたら許しませんよ!!」 「そ、そんなこと言われても手元はおろか足下も――ああッ」 「きゃあああ!!」 どすんと倒れてしまったが、倒れた先には柔らかくていい匂いのするものが。 こ、これはもしかしてメリロットさんの……!! 「ちょっ……咲良くん!!」 「ふがふが、もがもが」 「あっ、や……っ、そんなところ……んっ、んん〜〜っ」 ま、まずい……なんか変な気分になってきた…… 立ち上がろうと手をついたが―― 「あああっ!! だ、だめっ、それ以上は……ゆ、許しませんよっ、あっ、んっ。んああっ」 「い、いや、不可抗力で――」 「そ、そんな言い訳をしたって、指は動いたまま――」 「え? 僕、指は何も……」 「え……っ」 そう言ってる側から、メリロットさんの体が僕の手から離れていく。 「さ、咲良くん……? ど、どこへ行くのです?」 「え? メリロットさんが逃げてるんじゃ――」 「いいえ。私はそんなこと――って、じゃあこの手は誰が!!」 「!? メリロットさん!!」 慌てて手を伸ばすが、メリロットさんを掴めはしなかった。 「きゃっ、やっ、やめなさい! あっ、うっ、ううっ!!」 「こ、こら!! メリロットさんをどうするんだっ。くっ、待て!!」 「だ、大丈夫です。咲良くん……私は一人でなんとか――」 「や、やめてっ! あっ……きゃああああ!!」 「メリロットさん!!」 ま、まさか……メリロットさんが誰かに連れ去られたのか!! 「くっ!! 待て!! メリロットさんを返せーー!!」 しかし、塔の中で僕の声が届く事はない。 まさか……アゼルが!? しかし、何の為に……。 いいや!! 真実はまだ闇の中だ。アゼルもまた、メリロットさんと同じように拉致されてしまったのかもしれない。 どうする? 何にせよ、このままのたれ死ぬわけにはいかない。 この塔を探索しよう。 生きて戻るんだ! こうして、果てしのない冒険劇が幕を開ける。 果たして、僕は塔の最上階へたどり着くことが出来るのだろうか……? こんな暗い場所でふたりっきり。 って何考えてるんだ、今はパトロール中だぞ。それにふたりっきりだからって別に何も。 「ええと、その、ね。ふ、ふたりっきりだね」 「ふ、ふたりっきり!」 い、いやナナカは別にそういう意味で言ったんじゃないぞ多分。 「え、あ、べ、別にそういう意味じゃないんだ」 「わ、判ってるよ」 「だ、大丈夫。今の僕らなら、みんなが駆けつけてくるまでの時間くらいは稼げるって」 「あ、そ、そうだよね。あはは」 「シン?」 「大物だぜ」 パスタか!? 魔将と1対2は分が悪い。 「みんなに連絡して!」 「え、あ、うん」 「魔族!」 しまった! 大きい気配にまぎれて気付かなかった! 「なにぃ生徒会とにゃ!?」 「隠れる暇はなさそうだぜ」 「最後だって言うのに、運が悪いにゃ」 「こ、ここであったが百年目でぃ! 覚悟しろ!」 パスタから吹き出す魔力が、肌に響く。 すごいプレッシャーだ! 「なんだ2匹だにゃ! これならビクトリー確実にゃ!」 「な、なんでぃ。アタシらに負けたくせに」 「数でこっちが勝ってるなら負けないにゃ」 悔しいがパスタの言うとおりだった。 七大魔将と言われるだけあって、僕ら二人に対してパスタは圧倒的。 こんなにも僕は、みんなに助けられていたのか。 「ふたりとも、さっさとミンチにゃ」 魔力でも帯びているのか、パスタの爪がぬめりを帯びた妖しい光を放った。 相手の数が少ない今がチャンス……仲間が増えたら勝ち目がない。 「ぐ……やるしかない! ナナカ!」 小道の明かりに浮かんだナナカの顔は、額いっぱいに汗をかいて、苦しそうだった。 「ナナカ!? 大丈夫!?」 「な、なんでもない、大丈夫だから!」 まるで、自分で自分を抱えるように震えていた。 あとじさる足元はおぼつかなげ。 僕は、ナナカの前に立った。 「アタシ戦える! だ、大丈夫!」 「無理しないで。すぐにみんなが来てくれるさ」 「来るぜ!」 「シャァァァァァ!」 「くそにゃ……よくねばるにゃ」 「シン、もう、戦えるからどいて! ねぇどいて! アタシ、一緒に戦える!」 「大丈夫。あと1時間でも2時間でも戦えるさ」 防ぐだけなら何とか。 味方はまだか! 「強がりもそこまでにゃ!」 「これで、2対10にゃ!」 包囲された! 絶体絶命? 「お前馬鹿だぜ」 「お前、最初の2匹、新手の3匹で1足す2足す3イコール6だぜ」 「ええと……こうにゃって……こうなって……にゃにゃ」 「にゃるほど!」 「って、うるさいのにゃ!」 「挑発してどうする!」 「時間を稼いだぜ」 「アタシが前に出る! だからシンは休んでて」 「駄目だよ!」 「ノーブレスレイザー!」 雑魚魔族のひとりが、どこからか飛んできた光の直撃を受けて燃え上がった。 「新手にゃ!? でも、一人にゃら――」 「何やってんのよ咲良クン!」 「シン君! 遅くなっちゃってごめん」 「ヒーローは最後に参上です」 「じゃあ、ヒーローはアタシだ!」 「みんな!」 「あともう一歩だったのにゃ! でも、ここは退却にゃ」 「覚えていろにゃ! でも、どうせお前らは手遅れにゃ!」 魔力の気配が引いて行く。 「今、パスタちゃん。手遅れって言ったよね」 「ええ。何がなんでしょう?」 「副会長さんは判っていませんね」 「何よ!」 「判るの?」 「もちろん、義務です」 「義務って?」 「悪役は逃げていく時に、ああいうセリフを言わなければいけないんですよ」 「シンってば、アタシの事ほっぽっといてみんなと……」 「あ、アタシ……今なにを……」 「ナナカ! どう? 動ける?」 「な、なに言ってるかなシン、人を病人扱いするな!」 「ごめんね遅くなっちゃって」 「いいえ。防ぐことだけに全力を注いでたんで、なんとかなりました」 「だらしないわね。攻撃は最上の防御よ」 「アタシが調子悪かったから……」 「咲良クン、最低!」 「ええっ!? なにゆえ!?」 「暗闇をいいことに、ナナカさんにおぞましいことをしたのね!」 「ず、図星だったのね! いくら咲良クンでもそんな事はしないと思っていたのに!」 「何かいる!」 闇の向こう。 暗闇を煮詰めたようなねっとりとした気配が漂ってくる。 「確かに……いるね」 「みんな油断しないで!」 「油断なんかしてないわよ」 「アタシを……見てる……」 ナナカはさっきよりも激しく震えていた。 「会計さんは自意識過剰ですね」 僕はナナカを庇うように前へ出た。 「シン、大丈夫だよ! アタシは大丈夫! 今度は大丈夫だから!」 濃厚な気配を秘めた木立は、ざわめきひとつ立てず静まり返っている。 だが、僕らはそこに近づく事も、逃げるために遠ざかる事も出来なかった。 「今なら造作もないわね」 この声!? 気配がゆらめいた。 まるで手品のように、巨大な気配が溢れ出す。 さっきのパスタなど、オモチャにしか思えないほどの禍々しさ。 「う! すごい……」 「あ、ああっ……な、なにこれ……」 「逃げたほうがいいのでは!? 36計アブハチ取らずといいますから」 「相手が逃がしてくれるとは思えないよ」 「逃げても無駄なら、戦うしかないわ!」 そういう聖沙の声は、震えを帯びていた。 夜が震撼した。 「今度は何!?」 「もう一人!?」 禍々しい気配がひそむ場所と小道を挟んで向かい合う木立に、巨大な気配が現れた。 何の前触れもなかった。 禍々しさはなく、ただ、静かな気配。 だが、夜のしじまを瞬時に凍らせるほどに鮮烈だった。 不意に最初の気配が消えた。 数瞬後、それを見届けたとでもいう風に、二番目の気配が消えた。 武器を握り締めていた僕の手が、じっとりと汗ばんでいた。 「なんだったのかしらあれは……?」 「寒い……」 ナナカは自分の身を温めるみたいに、自分で自分を抱き締めていた。 「今すぐ熱いお風呂入って……寝たい」 「な、なんでもない……なんでもないの」 これが、12月の最初の日に起きた事件。 僕は、なにがナナカをそんなに怯えさせているのか判らなかった。 「いらっしゃい!」 「何よ。アタシがここにいちゃ悪いって言うの?」 「起きてて大丈夫なの?」 夕霧庵を手伝ってるナナカの様子はいつもと何も変わらなかった。 「あったりまえでしょ」 「昨日、ひどく具合が悪そうだったから」 「たまたまだって。アタシだってか弱い乙女なんだからああいう日もあるって事」 「あのさ。そこは、誰がか弱い乙女なんだって突っ込むトコじゃない?」 「……大丈夫ならいいんだ」 「え、あ、そ、そう」 「念のため、今日は休んだほうがいいんじゃないかな」 「ええと、その、大丈夫だから」 「あれー、シン君だー。夜這いー?」 「あ、アンタいきなり何言ってる!」 「おう、ついにか! ついにそこまでになったか! シンも隅におけねぇなぁ」 「今、昼間だよ」 「真昼間に大胆だねー」 「そうくるか……」 「なに! 抱いたのかい!」 「線の細さからすると、シンが抱かれたって線もありだな」 「こうしちゃいられないよ! さっそく真実の使徒としては、この特ダネをひろめなきゃね!」 「そもそも真実じゃありません」 「抱かれも、抱きもせんわ!」 「ごきげんよろしゅう」 「げげっ! ぶぶづけまで!」 「昨日倒れはったゆうふうに聞きましてなぁ」 「リア先輩も余計な事を……」 「お見舞いにな、おまんこーてきましたんよ」 「真昼間から卑猥なことを言うな!」 「おまんこーてきただけやないの、いけず」 「判っている癖に連発するな!」 「そやけど、たまには具合悪なるんも、悪ぅないえ」 「気になるお人が心配してくれはったり。桃缶やマスクメロンがいただけますさかいなぁ」 「なるほど! でも、具合が悪くならなくても、御陵先輩のうちなら幾らでも」 「格差社会の現実だぜ」 「あんたはん、もしかしてマスクメロンの方がよかったんどすか?」 「ごめん。マスクメロンは無理だけど、拾ってきたサッカーボールなら」 「そんなこと言ってないでしょ! もう、人をなんだと思ってんでぃ!」 うん。いつものナナカだ。大丈夫に見える。 「会長はんのくれはるもんやったら、どないなもんでも嬉しいんとちゃいますの?」 「な、な、べ、別にそういうわけじゃないやい!」 「そないかんかんにならんとき。そやけど、なんで具合悪かったん?」 「赤飯炊きはりました?」 「とっくの昔だ!」 「赤飯かぁ……どういう味かも忘れちゃったなぁ……」 「そういえばそんな食物があったぜ」 「あー、不憫な」 「愛妻弁当だぜ」 「あ、愛妻!? なな何を言ってんだよ!」 「だだだ誰が妻だ新妻だ!」 「新妻とまでは言ってないぜ」 「あーおほん。中身はお赤飯だから」 「な、なんとあの、伝説のお赤飯! 赤い飯と書くめでたい時にしか出ないし、うちでは、めでたいときにも出ないあのお赤飯! ちなみに木星のは大赤斑!」 「落ち着け」 「アンタが昨日、あんまりなこと言うから、作った」 「このずっしりした重み……くぅぅぅ! すごいよナナカ! 女神様だよ!」 「い、いや、それほどでは……」 「ククク……流石はソバ。こうやってシン様を餌付けしようっていうのか。だが、迂遠だぜ、夜這――」 「ええと、あのさ。なんか昨日千軒院先生がうちに来てさ」 「単なる家庭訪問だって」 「担任でもないのに?」 「仕事熱心なんじゃないの? 実際、うちのクラスでも何人かされてるし」 「……それ聞いたことあったな。そういえば」 「アタシの解き方のどこが悪いとか色々、課題まで出された。あー疲れた」 「オヤジは、あんまり気に入らなかったみたい。千軒院先生のこと」 「あの先生には気をつけろなんて言うんだもん」 「あの温厚なオヤジさんがそんなこと言うなんて珍しいね」 「おはよう!」 「おっは」 「おはよアゼル!」 「おはよ――」 「あ、待ってアゼル!」 「はぁ……今日も逃げられちゃった」 「よくやるねー。今でもアゼルちゃんに話しかけるのは、シン君とナナちゃんだけだよー」 「というわけで、今日からパトロールは無し。聖夜祭の準備頑張ってね」 「ええっ!? どういう事なのお姉ちゃん!」 「いきなり呼び出されて、何が、『というわけで』か判らないんですが」 「いい加減慣れた。唐突なのはいつもの事だし」 「私のひみつ情報網によれば、不審者はもう学園には現れないから」 「いくら理事長がそう仰っても、何の根拠も無しには納得できません」 「ひみつは秘密だからひ・み・つ」 「秘すれば鼻という奴ですね! ガイドブックに書いてありました」 「鼻はこっそり噛むのが乙女のたしなみなんですよ」 「僕も納得できません」 「珍しく気が合うわね」 「恥知らずですね。鼻を人前でかむのは恥ずかしいですよ」 「一昨日の夜、パスタと戦ったあとに現れたアレは、明らかに強力な魔族でした」 ナナカが震えていた姿を思い出す。 「あんなのが徘徊してるのに、ここでパトロールをやめるわけにはいきません」 「そうだよ。お姉ちゃんはあの場にいなかったから判らないんだろうけど」 「せめて正体を突き止めなければ」 「千軒院先生よ」 「なぜ、ここで先生の名前が」 「あなた方が遭遇した気配の片方は、千軒院清羅先生だったと言ってるのよ」 「千軒院先生の本名はソルティア。七大魔将のひとりだったのよ」 「オデロークさんや、パスタさんと同じ……」 「ま、魔将の割には大した事なかったよね。あはは」 「本当にそう思ってるなら、ソバ、お前、やられるぜ」 「ショックだわ……真面目で教え方もうまい、いい先生だったのに……」 「ヘレナさん、なんでそんな事を知っているんで――あ、いいです言わなくて」 どうせひみつの情報網だろう。 「もしかしたら最初から知ってたの?」 「知ってたら雇わないでしょう? 常識的に考えて」 怪しい。 「ああん。みんなに疑われちゃってる♪ ヘレナ哀しい!」 「千軒院先生を尋問すべきです! そして彼らの企みを聞き出すべきです!」 「訳を吐かせるには、ごーもんですよ!」 「いくら魔将だからって拷問なんて駄目だよ」 「数学の問題を山ほど解かせるんですよ!」 「相手は数学の教師だぜ」 「むむ。最高の拷問が通じないとは流石は魔将ですね」 「何するにも、その前に、身柄をおさえないとね」 「今のアタシたちじゃ……無理だ……」 「でも、これ以上野放しにしているわけにはいかないわ!」 「その点に関しては大丈夫」 「今朝、千軒院先生の机の上にこれが置いてあったから」 「辞表!?」 「なにがひみつ情報なんだか」 「昨日、家庭訪問に来た時には、そんなこと、なにも」 「ナナカちゃんちに?」 「ふーん。で、何を?」 「いきなり課題を出されました。どっちゃり」 「怪しいですね! ずばり暗号ですよ。XYZファイルですよ!」 「課題って数学の?」 「そ」 「もしかして……読むと洗脳されちゃうとかかな?」 「ナナカ。読んで変な感じがしたりしなかった?」 「い、いやぁ心配して貰う程のことは、だってまだ開いてもいないし」 「そんな能力があったら、今頃、あなた達みんな洗脳されてるわよ」 「そういえばそうだね」 「ナナカちゃん。その課題、私に見せて」 「はい! どうぞ!」 「しめしめ、課題やらずに済みそう」 「彼女が消えたので、今日からパトロールはなし! 納得?」 「聖夜祭まで一月ないことだし。潮時よ」 「なんでいきなり辞めたのでしょうか?」 「魔族は気まぐれなものだから、教師をしてみたかっただけじゃないかしら」 「そんな理由じゃ納得できないよ」 「なるほど、教師が出来るほどの知能の持ち主でも、所詮は魔族ということですね」 「納得するのね……」 「気配のうちひとつが千軒院先生だったとして、もう一つは?」 「そうよ気配は二つだったわ」 「魔将かな?」 「千軒院先生より強い感じだった……」 「実力不明の謎の存在と言えば、ズバリ魔王ですね!」 「ぎくりっ」 「あれが魔王なんだ……あんな凄いのが……」 恐らく僕しか気づいてなかったけど、ナナカは震えていた。 魔王に怯えていた。 「魔王ではないわ」 「え……あんな凄かったのに……」 「なら……バイラスですか?」 「恐らくね」 ソルティア。バイラス。 どちらにも僕らは勝てない。 少なくとも今はまだ。 「魔王はあれよりも……強いんだ……」 こんなに怯えているナナカに、僕が魔王だなんて言ったら……。 「どうしてバイラスまで現れたのでしょうか?」 「気まぐれでしょ」 「ねぇパッキー」 「パンの耳に砂糖をまぶして揚げたのは貧乏くせぇがうめぇのは認めてやるぜ」 「それはどうでもいいから」 「じゃあ、なんだよ。パトロールが中止になった事についてか?」 「千軒院先生の気まぐれならいいんだ」 「魔将っていっても、魔族だからな。気まぐれ大いにありだぜ」 「でも、パスタも千軒院先生もバイラスも気まぐれ?」 「ま、ありえねぇな。共通の目的があると考えるのが自然だぜ」 「だとすれば、まだ終わっていない」 「それくらいヘレナだって考えてるぜ。多分、生徒会の他の奴らもな」 「なのにヘレナさんが僕らに調べさせないって言うのは……僕らじゃ彼らに勝てないからなんじゃないか?」 あの二つの気配。 両方とも今の僕らでは到底勝てない。 「学園を預かるものとしては、生徒がミンチにされるのを見過ごすわけにゃいかねぇからな」 「僕らが、もっと強ければ……彼らに勝てるくらい強ければ、ヘレナさんはパトロールを続けさせたんじゃないかな」 「かもな。けどよ、出来ない事は出来ないぜ」 「そうだけど。でも僕は魔王で、魔王の力なら」 「今の魔王様の力じゃ、一人じゃパスタと戦うのだって危ないぜ。デブ相手が精々だぜ」 「それは昨日よくわかった。それからオデロークはデブじゃなくて、ああいう種族なんじゃないかな」 「見た目がデブだからデブだぜ。でもよ。随分と力が解放されて来たぜ」 「そう……かな……?」 「世界を血の海に沈めて、数え切れない女どもを侍らせて、一晩で一万人切りが出来る日も遠くないぜ」 「いや、そんな事はしたくないけど」 「無欲だぜ」 「無欲じゃないよ。僕はもっと強くなりたい」 震えていたナナカの姿が頭に浮かんだ。 「このままじゃ学園だって守れない! だから強くならなくちゃ」 「まずは、小指だけで逆立ち出来るのを目指すよ」 「突き指するのがオチだぜ」 「そうだ! 押入れにタメさんのトコで手に入れたバーベルがあった筈だ!」 「シン様、その言葉待ってたぜ」 「バーベルってそんな深い意味をもつ言葉だったの?」 「ちげーよ。シン様が自ら進んで力を求める時を待ってたんだぜ」 「ご、ごくり。なんかパッキーがシリアスだ」 「俺様はいつでもシリアスだぜ。大賢者パッキー様だからな」 「突っ込みどころが多いセリフだけど、あえて突っ込まないよ」 「実は先代の魔王様から、シン様が覚悟を決めたら渡せって言われてるもんがあるのさ」 「な……! なんとっ!? そんな燃える少年漫画みたいな展開がっ!?」 「魔王の必殺技、魔王拳の奥義が記された巻物だぜ」 「なんかダサいけど強そうだ!」 「だが、これを伝授されたら、これから先シン様は、血で血を洗う冥府魔道を逝く事になるぜ」 「ご、ごくり」 「一子相伝だからな、シン様の兄弟もこれを狙っているんだぜ」 「僕、一人っ子」 「だな。渡せってのも巻物じゃねぇし。単なる手紙だからな。ほらよ」 「開ける前から、有り難味が薄れてる気が」 「いや、しかし、父さんが無駄なものを僕に託す筈がない!」 僕は気を取り直すと、父さんからの手紙を、定規で固定し封を切る。 「『魔王の力を目覚めさせる方法』! これだよこれ!」 「これだけ?」 「いや、そんな筈はねぇ」 「何か忘れてるんじゃないの?」 「待て待て、ちょーっと待て、焦るなシン様」 「忘れてるんだ……」 「ふっふっふ。俺様の焦らしのテクにシン様はメロメロだな」 「そんな気持ち悪いセリフにはごまかされないぞ」 「いや、ごまかしているわけじゃないぜ。有り難味が増すように勿体ぶってるだけだぜ」 「『気合と根性』だけで魔王の力が出てくるなら、今までのピンチの時にだって――」 「思い出したぜ! 『自覚』だぜ『自覚』!」 やっぱり忘れてたんだ。でも、今は言うまい。 「自覚っていうと……魔王である事を自覚するって事?」 「その通りだぜ」 「自覚してたつもりだけど」 「かもな。だが、シン様は心のどこかで自分が魔王である事を否定してたんだな」 「そうかも……」 「その心が妨げになって、覚醒が遅れに遅れてたって訳だ」 「だが、今やシン様は、それを受け入れた。準備が出来たって事だ」 「よし! バーベル持ってくる!」 「待ちな。必要なのはそういう肉体的な訓練じゃないぜ」 「焦らすなぁ」 「頭を切り替えるんだぜ。パチッとな」 「どういう風に?」 「僕は魔王の咲良シン! 流星学園の2学年だ」 「そして生徒会長。キラキラの楽しい学園生活を満喫するぞ!」 「……なにも起きないよ」 「僕は魔王って言う以外は、いつもどおりだからな」 「ううむ。難しい」 「シン様が日常を愛してるのは判るぜ。だが、桁外れの力ってのは、日常からはみ出すもんだぜ」 「難しく考えんなよ。すげーでかくて強いパワーを想像すればいいんじゃねぇか」 「……台風とか? 火山とか? そういうものになっちゃった感じ?」 「取りあえずやってみるしかないぜ」 「よ、よ〜し。今度こそ……今日から僕は魔王になるんだっ! 台風だって起こすし火山だって爆発させるぞ!」 「しかも台風まで!? それに部屋の温度が上がってく!? やばいよ、これっ!!」 自分を軸にして熱風が舞う! 着てる服が今にも燃えそうだ! 「消化器! いや、水、水っ!!」 「慌てんなシン様。これが魔王の力だぜ」 「まさか、これが!?」 「でも、肌が鱗になったり、角が生えたり、爪がダイヤモンドになったりしてないけど」 「なるわけねーだろ」 「そっか……すごい!!」 「うぉうぉうぉぉぉぉぉ! この力があれば、千軒院先生だってひとひねり――」 「には、程遠いけどな」 パッキーの言葉に、我に返った瞬間。 「あれ……」 「まぁ……初めてだからこんなもんか」 「う……動けない……」 「しょうがないぜ。使い慣れていないんだからな」 「こんなの使いこなすには気合いと根性が……あ、そういうことか」 「頑張らなくっちゃ!」 この力さえ使いこなせるようになれば、千軒院先生もといソルティア、いや、バイラスとだって渡り合えるかも。 「シン様は、自分が魔王だって事を、生徒会の奴らに言うつもりか?」 「え……まだ、それは、ちょっと」 「でもよ。魔王の力を使ったら魔王だってばれるぜ」 「どうして? 戦闘中にこっそり使えばいいじゃん」 「まぁ、生徒会の連中は気のいい奴らだから、火事場の馬鹿力っていや、力の方はごまかせるかもしれねぇが、髪の色まで変わっちゃな」 「ええっ!? 髪が真っ青に!?」 「なんで青なんだよ。金だよ金」 「学園則違反だ! ああ……僕のキラキラの学園生活よさようなら」 「一時的なもんだから、心配ねぇぜ」 「ほ」 「告白しない限り、いざという時の隠し球ってこった」 「最初から見せるつもりなんかなかったよ」 「ある程度力がついたら、一人でパトロールするつもりだったからね」 「そうすれば、普段はみんなとキラキラの学園生活が楽しめる」 魔王の力を使って、みんなを守るんだっ。 そうすれば、ナナカが怯えてる姿だって、見ないで済む。 「んぬぬぬぬぬぬ! 僕は魔王だ!」 「みなぎって来た!」 「今夜はことのほか気合い入ってるな」 「だって! 僕が魔王の力を使えるようになれば! 一人でパトロールだって出来るじゃないか!」 「実力不足からヘレナさんに心配かける事もなくなるし、みんなを魔王の力で守れるじゃないか!」 「一人で学園をパトロールするってか?」 「そうすれば、魔王の姿を見られることもないしね! おおおおおおおおおおっ!」 「……らしくねぇな」 「いや。なんでもねぇぜ」 「周りに言わずにこっそり単独行動なんて、シン様らしくないぜ。ソバの奴が震えてたのがよっぽど堪えたようだぜ」 「頑張るぞ!」 「遅い春だぜ」 「ふわぁぁ……」 魔王になる特訓も大変だ。覚悟はしてたけど楽じゃない。 筋肉痛ならぬ、脳痛? 気合いと根性の使い過ぎでだるい。 「おはようシン!」 「おふぁよふ……」 「どったの? 家の修理でもしてたの?」 じっと覗きこんでくる。ああ、ナナカのまつげって長くて綺麗だな。 「え、えっと、アタシの顔に何か?」 「え、あ、いや」 僕はさりげなく顔をそらして。 「そう、家の修理してたんだよ」 「住人もいないのに、よーやるよ」 「いつ入居者が現れるか判らないじゃないか!」 「世界が滅びる方が先かも」 「それに、美女が入居して来たら困るし」 「そりゃライバルが――」 「あわわなんでもない!」 「美女でもなんでもいいや。入居してくれるなら」 「シン様、女ならどんなのでもいいとは飢えすぎだぜ」 「なにぃ! そういうことかい!」 「女の人と飢えってどんな関係が?」 「え、それは……判んなくていいの!」 「ソバ。今入居すればシン様に襲われ放題だぜ」 「ぼ、僕がナナカを襲うわけないじゃんかっ」 「だ、誰が襲われると判ってて入居するか!」 「だ、だから襲わないよ」 「わ、わかってらい!」 「いっそ……襲ってくれるくらいのほうがよかったかも……」 「元気にやってるかね諸君!」 「今日はどんな御用ですか?」 「ナナカちゃん。ソルティアの課題の事だけど」 「何か判ったんですか!?」 「企みが明らかになったんですね!」 「隅から隅まで読ませて貰ったわ」 「お、お姉ちゃん! あんな怪しげなものを全部読んだら洗脳されちゃうよ」 「大丈夫ですよ。理事長さんには馬の耳に念仏ですから」 「ロロットちゃん。後で理事長室に来るように」 「ひぃっ!? いったい私が何をしたと言うんですか!?」 「身から出た錆ね」 「あの女は、いったいアタシをどうするつもりだったんですか?」 「ナナカちゃん。この課題やりなさい。これは理事長命令よ」 「え、えええええっ!?」 「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください!」 「待たない。これ素晴らしいもの」 「お、お姉ちゃん、本当に洗脳されちゃったの!?」 「中間考査の結果から割り出したナナカちゃんの弱点を、的確に補強して学力をあげる為によく考えて配置された問題の数々!」 「一見意地が悪い問題も、ただの悪問ではなくて、解法を発見する事でステップアップを導くようになっているわ」 「流石だわ……」 「しかも芸術的なまでにさりげなく隠されたヒント」 「それだけじゃないのよ。一日のノルマは2問。一時間真剣に取り組めば十分解けるレベルに調整されている」 「これをノルマ通りにこなしていけば、3学期の頭には、ナナカちゃんは数学に関して、100番以内に入れるわね」 「個人向けの課題はこう作るべし、という模範といっても過言じゃないわ」 「……あの。なんだか、教師としての千軒院先生を激賞している気がするんですけど」 「そうよ」 「彼女、人に教えるという方面に関しては、上ね」 「上って何がですか?」 「あ、それはこっちの話」 「お姉ちゃん。課題として良く出来てるのは判ったけど、まさか、それだけじゃ無いんでしょう?」 「そうですよ。相手は学園に潜入していた魔将ですよ。何か仕掛けが」 「種も仕掛けもないわ。単なる課題。しかも教え子の事を真摯に考えて作られた課題」 「空城の計という奴ですね」 「そもそも、計略が無いでしょう」 「教師としては優秀だったって事か」 「と、言うわけで、ナナカちゃん。この課題をこれから毎日やること」 「ま、マジですか!?」 「マジよ。これから毎週月曜日にやった範囲を私の所へ提出すること。理事長命令ね」 「そ、そんなぁ……」 「ナナカさんがしたくないなら私がします!」 「ラッキー!」 「だーめ。これはナナカちゃん用で、聖沙ちゃんには簡単すぎるから」 「し、シン! 手伝って!」 「うん。いいよ」 「シンちゃん。勉強嫌いのナナカちゃんの学力が向上するチャンスを奪っちゃだめよ」 「……むむ。確かにそれはよくないかも」 「ナナカ。頑張れ」 「説得されんな!」 「今日も眠そうだね。またまた修理?」 「ま、まぁね」 魔王のための特訓してるから、とは言えないものな。 「いよいよ、あのアパートも駄目なんじゃん?」 「え、どうして!」 「そんなに毎日修理が必要なんじゃ先が見えてるよ」 「いや、大した事ないからホントホント」 「それに、他に住むところもないしね」 「だったら、うちに来ればいいじゃん」 「えええっ!」 ナナカと同棲!? 「人手が必要ならアタシも手伝うし――」 「べ、別にその誤解しないでね。住みながら修理するのには限界があるじゃん。ふ、深い意味とか全然全くないんだから!」 「わ、判ってるよ。あたり前だろ」 そ、そうだよな。ナナカにはそんな気はないんだ。幼馴染みだからってだけなんだ。 どうも僕は、キス以来意識しすぎだよね……。 「そ、そのあのね! 売り飛ばせとか壊しちゃえとか言ってるんじゃないの」 「ずっとうちに住めって言ってるわけでもなくて、そんな同棲とか」 「や、やっぱり、同棲!? でも、それはその」 「あ、え、あ、そ、そんなのじゃなくてどどど同棲ってアタシ何を! 今のなし!」 「う、うん。判ってるよ」 「だからそのアレだよ。一ヶ月とか一週間とか三日くらいで、その間にアパートを徹底的に修理したほうがいいんじゃないかってだけなんだから」 「日数が減る辺りが、へたれだぜ」 「ううう、うるさいやい!」 「でも、あの、ええと、その、大丈夫だから!」 「だだだ、だからシンが同棲する気でもアタシはその心の準備が!」 「いや、大丈夫なのはそっちじゃないから! 第一全然壊れてないし!」 「だから壊れてないし」 「だって、昨日も一昨日も――」 「え、ええと、それは、たまたまだよ。たまたま! 基本的には戦車が突っ込んで来たって大丈夫!」 「そりゃ言いすぎだぜ」 「そ、そっか、ならいいんだけどさ。先走ったこと言ってゴメン!」 「こっちこそ心配かけてごめん」 「いいっていいっていいって! アタシ、幼馴染みだからってシンに干渉しすぎかも」 「単なる幼馴染みなのにね」 「そっか……単なる幼馴染みだもんな……」 そうだよな……キスしたってそうなんだよな。 「そ、そうだよ。あはは」 当たり前じゃないか。 「ダンスの曲目はこれでいいね?」 「ダンスかぁ……はぁ……」 「あれ? リア先輩、ダンス嫌なんですか?」 「そ、そんな事ないよ」 「見抜きました! 先輩さんはダンスが苦手なんですね! きらーん」 「お姉さまに限ってそんな筈ないでしょう! 白鳥のように優雅に踊られるに決まってます!」 「そ、そうだよ、白鳥だもん」 「こりゃ、期待しちゃうね」 「瀕死の白鳥にならなきゃいいんだけど……」 「リアちゃんの胸がぷるんぷるん揺れ――」 「じゃあ、今日の生徒会活動はここまで!」 「終わった終わった!」 「ナナカさん課題やってる?」 「うぐ。思い出させないで……」 「ナナカ、帰ろう」 「ごめん。今日はさっちんと待ち合わせ」 「ナナちゃん、遅いー!」 「さっちん、生徒会活動なんだから無理言わないで」 「私にも渡世の義理があるんだよー。おひかえなすってー」 「アンタ、口に出す前に、考えて喋れよ」 「早くしないと図書館しまっちゃうよー」 「驚く事かな? もうすぐ下校時刻なんだから図書館が閉まるのは当たり前だよ」 「そうではなくて、高橋さんの口から図書館という単語が……」 「余りに意外すぎて、驚く事すら思いつきませんでした」 「みんなひどいよー。ナナちゃん、慰めてー」 「じゃ、早く行こうか」 「慰めてくれないー」 「スイーツの本でも借りるの?」 「ぎ、ぎくぅ、べ、別にそういうわけじゃないって、あははは」 「じゃあ蕎麦関連?」 「アタシにゃ蕎麦とスウィーツしかないんか! アタシだって繊細な乙女だぞ!」 「し、シンが謝らなくても、ほら、アタシは、まぁ、そう言われてもしょうがないとこあるし!」 「認めましたね」 「うぐ、ち、違わい! それ以外だってあるんでぃ!」 「じゃあねー。シン君、ナナちゃんは借りてくからー、嫉妬しちゃだめだよー」 「誰が誰に?」 「シン君が私にー」 「この頃はわかんないよー」 さっちんはそういう趣味じゃないから平気だろう。 って、そういう趣味の女の子だったり、男だったりしたら僕は嫉妬するのか!? 「お、遅いって言ってた奴がなに立ち話してる! じゃあねシン!」 そう言えば、ナナカが同好会活動でもないのに、帰ろうって言って断られるなんて珍しいな。 まぁ、この年にもなって、いつも一緒なんて変だし。実際、いつも一緒ってわけじゃないし。 「シン様。集中が途切れてるぜ」 「あれ……そうだった?」 「ちょっと休憩しようぜ」 「まぁ、形にはなって来たぜ」 「世界を守るって言うのは、素敵だが実感が湧かない、だそうだぜ」 「いきなり何?」 「いや、思いだしたんだよ。先代が言ってたんだぜ」 「父さんが?」 「そうだぜ。だから、守りたい奴らの顔を思い浮かべて魔王になるんだってな」 ナナカの顔が浮かんだ。 「ソバの顔でも思い浮かんだか?」 「……ち、違うよ」 「パッキーだったら、リア先輩だね」 「リアちゃんのためだったら、魔王になって一撃で世界だってまっぷたつにするぜ!」 「守ってないじゃん」 「ふわぁ……」 「え、ええと、ぼ、僕の顔に何かついてる?」 なんでだろう。ナナカにジッと見られるとどきまぎする。 「アンタ。アタシに何か隠してるでしょ?」 「え、な、何のことやら?」 思い当る事がいろいろ。 「しらばっくれるねい! アンタみたいな健康優良快眠男がほぼ一週間寝不足なんてあり得ない!」 「ねぇ。何か心配事でもあるの?」 「い、いやそういうわけじゃ」 魔王の特訓なんて言えない。ナナカには言えない。 「はぁ……ソバも無粋な女だぜ」 「年頃の男が、夜中夢中になって女に言えない事と言ったら……なぁ?」 「判らないとはお子チャマだぜ」 「僕も判らないよパッキー」 「ふ。大賢者である俺様に万事任せておくがいいぜ」 「し、シン! アンタまさか! 毎晩毎晩えっちなDVDを!」 「見てないよ! どうしてそうなるかな!?」 「シン様の言うとおりだぜ。見てるんじゃなくて、使ってるんだぜ」 「そ、そうなの? え、うそ、いやだ! 信じらんない! シンがそんなエロスなんて!」 「え、え、ええっ?」 「でも、ま、まぁ、そりゃ、シンだって年頃なんだし、エディほどじゃないにしても興味あるだろうし、そういうのに関心が何もないのもアレだし……」 「って言いつつちょっと距離置いてるじゃないか!」 「き、気のせい気のせい。それに……」 「異性に関心ない『うほっ』の人だったら凄く困るし……ただでさえショタっぽいんだから……そっちの方面のライバルまで出てきたら……」 「ま、まさかアンタ! そういう趣味じゃないよね!?」 「え? な、何が何やら」 「せ、せめてお、女の人のエッチなのだよね?」 「って、ど、どういう意味!? っていうか、ナナカは何を訊いてるんだぁっ!?」 「う、うるさいエロシン! えんがちょ!」 「ひどっ!」 「な、うまくごまかせただろう?」 「出任せにしても酷すぎるよ! 第一、うちにはDVDを見る機械なんてないじゃん!」 「大切なのは結果だぜ」 「最悪だよ!」 ナナカは一日中、なんとなーくよそよそしかった。 「へ・ん・し・ん! とぁ!」 「いいぜいいぜ。だいぶスムーズになって来たぜ」 「あとは持続時間だぜ。とりあえずの目標は3分だぜ」 「パッキーずるいよ! 一人だけ夜食の用意してるなんて!」 「勘違いするんじゃないぜ。これはシン様の夜食だぜ」 「このカップ麺が食えるようになるまで3分だぜ」 「なるほど。半生の麺を食べたくないなら頑張れと!」 「そういうことだぜ」 「おー、いいにおいがするぞ! 食い物だな!」 「さ、サリーちゃん!」 「凄いカイチョー! 髪の色が違う! ゴージャスだ!」 「しまった! こ、これはその、あの」 魔王だってばれちゃう! 「ふ。ペタンコ。お前は男心ってもんが判ってないぜ」 「おとこごころ?」 「大賢者である俺様に万事任せておくがいいぜ」 「嫌な予感が……」 「シン様は髪の毛を染めてるんだぜ。つまり不良だぜ!」 「おー、ふりょーか! 不良は知ってるぞ! コンビニの前でうんこ座りしてる奴らだな!」 「真面目な人間ほど、ああいう反社会的な事へ憧れるものなんだぜ」 「おお! 判ったぞ! カイチョーはフリョーになりたいんだな!」 魔王がマイナーでよかった……のか? 「黙っててくれたらよ。そこのラーメンやるぜ」 「黙ってる! いっただきまーす!」 「はむはむずるずる。はふぅん。ごくごくごく。ごちそうさん!」 「はや!」 「カイチョーがフリョーになったなんて知ったら、ナナカ達が悲しむから言わないであげるよ!」 「う、うん……よろしく」 不良のほうが魔王よりマシかも。 「今日の特売は……」 「肉が食いたいぜ」 「特売のビーフジャーキーがあったらね」 「料理じゃねぇぜ!」 「今日は無理を聞いていただいて有難うございました」 ナナカ、さっちんと岡本さんと冬華さんだ。 「お礼を言われるほどの事はありませんわ」 「でも営業中にわざわざすいませんでした」 「ショコラの裏口で何してるんだろう?」 「あのぽややんとしたお嬢あたりが、盗み食いして捕まったんだぜ」 「ナナカさんは、働いている彼らをこそご覧になりたかったのでしょう?」 「でも……忙しい現場を本当に見せていただけるなんて。いくらお礼を言っても足りません」 「ですからお礼は結構ですって。でも、もし気が済まないのなら、礼は、みなさんの頑張りで示してくださいな」 「厨房見学らしいね」 「作れもしねーくせに。猫に小判だぜ」 「ナナカさん。聖夜祭が終ったら食べ歩きしましょうね。今度はパリにでも一緒に」 「ぱ、パリっ!?」 「だいさんせーい! 持つべきものはお金持ちの友達だよー」 「腹がなるっす」 「どうぞどうぞ。その時はお友達もご一緒に」 「アンタら遠慮を知れ!」 「ふふふ。では、また」 「いつ見ても、キビキビしててカッコいい人っすね。筋肉はないっすけど」 「それにしてもー、ナナちゃん目標高すぎだよー。下には下があるんだよー」 「下を見てどうする!」 「お金が落ちてるかもー」 「こんちわ、ナナカ。さっちん。岡本さん」 「ぎくぅ!? ど、どうしてここに!?」 「買い物。ナナカ達は?」 「こんにちわー。エロシン君だー」 「ひ、ひどい!」 「先輩も男だったんっすね。ぬはは。僧帽筋ないっすけど」 「おうよ! 男は下半身だぜ!」 「ぬいぐるみが言ってもねぇ」 「捨てた肉体が懐かしいぜ」 「スイーツ同好会の活動?」 「え、えっと、まぁ、そんなとこ」 「厨房におじゃましたんだよー。私、大勝利したよー」 「なにに?」 「つまみ食いの誘惑とのハルマゲドンに勝ったよー」 「んなもん自慢するな!」 「あとはせい、もがもが」 「言っちゃだめっす」 「サプライズがなくなるでしょ!」 「サプライズ?」 「なんのことかな? じゃ、じゃあ、買い物頑張って! じゃね!」 「サプライズってなんだと思う?」 「売れてないアイドルがサプライズって言ったら、裸になって写真集とDVDだぜ」 「へ・ん・し・ん! じゅあ!」 「なんか変なノリだが、いい感じだぜ」 「うん。なんか掴めた感じだよ」 今日は帰って来てからずっと魔王の練習。 「順調だぜ」 「今日はこの辺で終わりにして、久しぶりにサッサと寝――」 「カイチョー、またフリョーしてる!」 「あっはっは! 僕は不良さ! ピカピカの不良一年生!」 「不良にしてはさわやか過ぎだぜ」 「そんなにフリョーになりたいの?」 「いや、そういうわ――」 「おうよ! シン様は不良の中の不良! この世界最強の不良になるでっかい夢を持ってるんだぜ!」 「すごいぞ! わかったバンチョー皿屋敷だな!」 「フリョーのくせに知らないのー!? 教えてやるぞ!」 「凄いバンチョーなんだぞ! そいつが皿を数えるだけで、周りの人間は恐怖に震え上がるんだそうだぞ!」 「ってロロちーが言ってた!」 「シン様どうした? 明日眠そうだと、いよいよエロ人間評価確定だぜ」 「だから早めに寝たんじゃないか」 ナナカにそんな風に思われていたくない。 「眠れなきゃ意味ないぜ」 「サプライズってなんなんだろう?」 「売れないアイドルがサプライズって――」 「聖夜祭で何かするつもりなのかな?」 「ま、そうだろうな。日付的に考えて。当日になりゃ嫌でも判るぜ」 「そりゃそうなんだけどね」 「でなきゃ、こっそりつきあってる男がいるとかだぜ」 「ええええええっ!? そ、そうなの!? まさか!?」 考えてもみなかったけど、そうだよな。ナナカだってそういう年頃なんだし。 でも、どうして、僕に何も言わずに? 僕なんて単なる幼馴染みだもの。最初から言う必要なんかないんだ。 「なわけねぇだろう。あのソバが誰かとくっつくなんてな」 「……そ、そうか。そうだよね」 もしそんな相手がいたら、僕とキスしたらもっと大騒ぎになってたろう。 ナナカは、軽々とキスを許すような奴じゃないもの。 「ま、大した隠し事じゃねぇだろ。シン様の抱えてるモンに比べりゃな」 「そうかもしれないけど……」 「その程度で眠れねぇのか?」 「……ねぇ、パッキー」 「あん?」 「今までの魔王の中に、自分が魔王だって周りの人に打ち明けた人っていたの?」 「バレたり自分からコクったりいろいろいたぜ」 「言われた方の反応も人それぞれだったぜ」 「全然信じない奴もいれば、逆に跪いて力のおこぼれに預かろうとした奴もいたな。訳のわからない使命感にかられて襲って来た奴もな」 ナナカだったら……大丈夫なような。 でも、魔王のこと怖がってた……。 やっぱり言えない。 「でもよ。魔王でなくても、秘密なんて誰にでもあるもんだぜ」 「そりゃそうかもしれないけど……」 「いや、でも、魔王になるまで、僕はナナカに秘密なんかなかった」 「ナナカはきっと今でも僕に秘密なんか……」 「聖夜祭のサプライズがあるぜ」 「そういうんじゃなくて……言ってしまうと関係が変わっちゃうかもしれないような秘密だよ」 「ソバに隠し事してるのが嫌なのか?」 「……僕は秘密に慣れてないんだ」 「シン様よ。それはシン様がそう思ってるだけだぜ」 「ちなみに、俺様が気になる秘密はリアちゃんの正確なバストサイズだぜ!」 「諸君真面目にやっとるかね?」 「もちろんだよリジチョー!」 「サリーさんが堂々とそんな事を言えるのが不思議だわ」 「書類に不備でもあったんでしょうか?」 「ナナカちゃん」 「え。アタシですか? 会計関連の書類に何か不備が?」 「惜しい! 書類と言えば書類なんだけど、同じ数字を扱うのでも、ちょっと性質が違うわ」 「もしかして!」 「そうだと思うよ」 「課題ですか?」 「大正解!」 「当たり! 前だのクラッカー」 「あうあう」 「すげー、ナナカ顔がまっさおだ」 「まさかなにもやってないの!?」 「だな」 「ちょうだい」 「ちょ、ちょっと待ってください! 教室に置いて来ました!」 「この鞄に入っているのね?」 「そうですその鞄です! って、なぜここに!?」 「私が持ってきたからに決まってるじゃない」 「あ、う、ええと、おおお思いだしました! ろ、ロッカーの中に!」 「会計さん。見苦しいですよ」 「課題はナナカちゃんの家にあるんでしょう?」 「そうですそうです! って、なぜ知ってるんですか!」 「こんな事もあろうかと、小型発信器をつけておいたから」 「ひぃ!」 「壁に耳より掃除に目ありですね」 「お、お姉ちゃん非常識だよ!」 「発信機なんてひどいです! いくら理事長といえども、やっていい事と悪い事があります!」 「課題をやっていない事は、いい事かしら?」 「え、ええとええとええと」 「ナナカは実家の夕霧庵を手伝ってるから忙しいんですよ! 年末ですから!」 「そ、そうなんです! こ、このところ帰ってからは家の手伝いで忙しくて! そりゃもう目が回るほど!」 「会計さん。目が回ったら倒れるから忙しく出来ませんよ」 「比喩!」 「忙しかったのね。なるほどそれでは仕方ないわね」 「そうなんですそうなんです」 「よく判ったわ。今日は許してあげる」 「よかったねナナカ」 「鬼の目にも涙という奴ですね」 「ロロットちゃんは後で理事長室ね」 「はぅぅっ!? 今日もですか!?」 「ナナカちゃん、今日からは一日一時間、取り組んでもらうわよ」 「もちろんです!」 「手伝いが忙しくなければだけどね。そんな暇あるかい」 「ナナカ、顔がなんか邪悪だよ」 「ソ、ソンナコトアリマセンヨ」 「……僕がナナカの勉強を見ます! ヒント出すだけなら悪くないでしょう?」 「え、ええっ!? いいのシン?」 「確かに、シン君なら適任だよ」 「でも……午後も遅い時刻に男女がふたりっきりなんて問題ありませんか?」 「な、何を言ってるかな聖沙は! 耳年増なんだから!」 「べ、別に二人きりになったからって、僕とナナカの間じゃなんにも」 「あ、あるわけありませんよ!」 「そ、そうだ! なんにもあるわけない! なさ過ぎて困っちゃうくらい!」 「却下よ」 「なんでですか! な、何も起きませんから!」 「ナナカちゃんの事は信用してるから、もうこっちで監視役用意してあるの」 「……お姉ちゃん、『から』の前後がつながってないよ」 「彼女ね。事情を話したら、一も二もなく引き受けてくれたのよ、今更断るわけにはいかないでしょ」 「そうなんですか……」 ちょっとだけがっかり。 「なんか不吉な予感が」 「監視役の御陵彩錦どす」 「ぶ、ぶぶづけ!」 「今日から食後の一時間を課題にあてる事、ナナカちゃんの御両親に了解とってあるから」 「逃げ場なしですか!」 「ちなみに、発信器は嘘だから」 「は、嵌められた!」 「そやし、ちょっとの間よろしゅう」 「最悪だ!」 「つれへんお人やわ」 「ソバ♪ ソバ♪ 早くだせだせ♪」 「早く食わせろ!」 「はいはい、もう少しだからね」 「これで……」 「はい! おまっとさん!」 「食うぞ! うんめぇ!」 「くはぁ、たまらんぜ!」 「いだだきます。いつもホント悪いね」 「いえいえ、好きでやってるだけだから。いただきます!」 「どうだった? 御陵先輩とうまくやれた?」 「最悪」 「うわ! くはぁ最悪! ひーんひーん」 「ワサビいれすぎだぜ」 「課題進まなかったんだ。なら――」 僕がヘレナさんに頼んで監視係にしてもらおうか、と言おうとしたんだけど。 「ちょっと聞いてよシン! ぶぶづけの奴、アタシが全然出来ないだろうって決め付けるんだよ! むかつく!」 なるほど。挑発してやらせたのか。 やるな御陵先輩、ナナカの性格がよくわかってる。 「ぱぱぱっと解いてやったさ!」 「そしたらさ。『この程度の問題、うちなら半分の時間で解けますえ』ときやがった!」 「頑張れ」 「うん! 次こそ目に物みせちゃる!」 僕とだったら、こんな風には出来なかっただろうなぁ。 「でも……シンとしたかったな」 「あーあ。嫌だなぁ。今日もぶぶづけと課題かぁ。きっと今朝の夢見が悪かったのはあいつのせいだ」 「夢って?」 「大した事じゃないんだけどね。このところ変な夢見て」 「変なってどんな風に?」 「鏡があってさ、で、アタシが映るわけ」 「他のものが映ったら怖いよ」 「あはは。そうだね。でさ、アタシにそっくりだけどアタシじゃない顔なんだよ」 「どの辺が?」 「ええと……顔のどっかなんだよね。些細な違いなんだけど印象ががらっと変わって……うーん」 「別段悪い夢って感じしないけど」 「悪いっていうか……自分じゃない自分が違和感があるっていうか、気持ち悪いって言うか――」 「はぁ、美味しかった! お代わり!」 「俺様にも!」 「ナナカ大好き!」 「で、夢がどうしたの?」 「うーん。まぁ、いいや。他人の夢なんて聞いてもつまんないでしょ」 「そんなことないけど。僕はそういう夢みないからなおさら」 「あー、アンタ快眠快便快食だもんね」 「ナナカだってそうじゃん」 「アンタに比べりゃ、アタシは繊細なんでぃ」 「生徒会の方々! 見損ないましたぞ!」 「紫央! 廊下を走っては駄目よ」 「姉上! 恥を知りなさい恥を! 人として恥ずかしくないのですか!」 「とりあえず訳を話してくれない」 「各々方はいたいけな少女を嬲り者にしているそうではござらぬか!」 「咲良クンは兎も角、私達はそんな事してないわよ」 「僕だってしてない!」 「シンがそんな事するわけないじゃん。そもそも、そんな事やってる暇ないし」 「会計さんは暇があったらやるんですね。悪趣味です」 「誰がするか!」 「空とぼけるのですか! 事ここに至って卑劣な!」 「紫央ちゃん。誰がそんな事を言ってるのかな?」 「おお! 余りの衝撃的な告発内容に、先方の名前を尋ねるのを失念しておりました」 「名前を知らないってことは……外部の人?」 「父兄かな?」 「見覚えは?」 「いえ、全く記憶にありませぬ」 「顔も名前も判らない奴の証言をいきなり信じんな」 「それがしとした事が不覚! おのれ! それがしを謀るとは!」 「謀ったとかそういうレベルじゃないわよ」 「その人はどこに?」 「俺だ! 俺の名はアーディン! 七大魔将筆頭! そしてパスタちゃんの夫(になる予定)だ!」 「各々方、何故そのような胡乱な者を見る眼でそれがしを」 「相手は魔将なのよ。しかもその関係者……それを鵜呑みにするなんて……」 「はぅぅ。重ねがさね不覚! かくなる上は腹掻っ捌いてお詫びを!」 「お前ら七大魔将筆頭の俺様の話を聞け!」 「七大魔将筆頭ってバイラスじゃないの?」 「ふん。あんな小僧。俺の足元にも及ばないぜ! 俺様の方が10万兆億不可思議倍強いぜ!」 「かえって弱そうだぜ」 「なぬぅ!? 俺が数を数えられないと知っての悪口か!」 「そんな事より、『なる予定』なのかよ」 「今は違うんですね。そういうのは得てして本人の思い込みなのです」 「典型的な勘違い男だわ。もしかしてストーカー?」 「う、うるせえ! い、痛いところを! 俺様怒髪天! 問答無用表へ出ろ!」 「逃げずに来たのは褒めてやる! だが、俺様の力を見て泣きやがれ!」 「ごごごごごごごごごご!」 「! あ……なに……これ……」 「なんでもない……なんでもないの……」 「でも、顔色が――」 「アタシは戦える!」 「ふははは。俺様の力に恐れをなしたか! 俺様グレート!」 「正直、派手さの割に期待外れです。この前の二人に比べれば月としっぽくです」 「確かにそうね。しっぽくじゃなくてすっぽんだけど」 「ぬふぅ! 俺様をそこまでコケにするからには覚悟は出来てるんだろうな!」 ナナカの様子がおかしい。アーディンを恐れているのか? それは違うような気がするけど。 「ナナカは下がって!」 「みんな行くよ!」 「天使答えて!? どうして!? アタシだけどうして!?」 「うぉぉぉ! 俺様敗北! 卑怯な相手に正々堂々と負けてしまったぁぁぁ!」 「パスタちゃんごめん! 俺、半年ばかり山奥で修行してくるから許してくれぇぇぇ! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」 「泣きながら逃げていくわ……」 「不思議です。勝ったのに、なんだか悪い事をしたみたいです」 「気の毒にすら思えてくるよね」 「うーん。そうは言っても、勝てないと困った事に」 「何だったんでしょうアノ人?」 「かんらかんら。正義は勝つですな!」 「……怖い」 「あ、な、なに?」 僕は思わずナナカの両肩を掴んだ。 「ねぇ。無理しないでよナナカ」 「え、ちょ、ちょっとそんな」 「今、こわ――」 「そ、そんなに見つめられると惚れられてるかと思っちゃうじゃん! あはは」 「ちゃ、茶化さないで。僕は心配して」 今、こわいって 「なんかあいついなくなったら、気分よくなった! もう大丈夫! ね?」 肩から手を離す。かすかな震えの感触が残る。 「でも、守護天使が答えてくれないなんて」 「お姉さま。どういう事なんでしょう?」 「こんなの初めてだと思うよ。お姉ちゃんに聞いてみるね」 「そんなに心配しなくても平気だよ。たまたま。たまたまだって」 「でも、この前だって調子悪かったじゃないか!」 「シン、アタシのこと心配してるんだ……」 「あ、当たり前じゃないか! 心配にならないわけないだろう!」 「な、仲間なんだからさ」 「そうだよね……シンは誰にでもそうだもんね」 本当にそうだろうか? 「会計さん、悪いものでも食べたんですか?」 「もしかしてソバ粉に外国産が混じっていたとかじゃないでしょうね?」 「ちがわい! うちのソバは純国産オーガニック100%でぃ!」 「魔王の力を引き出すのが随分とスムーズになったぜ」 「うん。僕もそう思うよ」 「持続時間も10分を越えてるしよ。何とか実戦で使えるレベルになったぜ」 「ようやく、使い方がわかってきた気がするんだ」 「だが、真の力には程遠いぜ」 「パスタやオデロークになら単独でも勝てるんじゃねーか」 「アーディンには?」 「ま、まぁ、辛うじて互角ってとこだぜ」 「変だぜ。この時期なら、もうちっと強いはずだが……」 「なら十分!」 「をいをい、シン様らしくねぇぜ。なに焦ってるんだよ?」 「魔将と互角以上に戦えるんなら、問題ないじゃないか!」 魔王。魔族の王。 ナナカから見れば、恐怖の対象達の親玉。 それでも僕は力が欲しい。 「だがよ。残りの魔将はみな――」 「魔王としてやる気があるのはいい事だぜ」 「今夜から学園をパトロールだ!」 「練習で疲れてんのに無理するんじゃないぜ」 「でも、今夜だって魔将が現れるかもしれないじゃないか!」 「万全の状態でなく戦って勝てると思うか?」 「だ、だけど!」 「明日からにしようぜ。俺様も疲れたぜ」 「力を求めて焦る必要ないぜ」 「焦ってなんかないよ!」 「ククク……さすが魔王様。ひとり魔族どもを撃退し、学園ハーレム化計画を守ろうとは、男の中の男だぜ!」 「いや、そんな計画ないから。僕はキラキラの学園生活を守りたいだけだから」 「誰か特定の奴を守りたいんじゃねぇのか?」 「ふーん。そうか。ま、シン様はそういう奴だぜ」 「少なくとも今まではな」 「そうだよ。僕は流星学園の生徒会長なんだから!」 「早く寝ないとソバにあらぬ疑いをかけられるぜ」 「ナナちゃん。今日も調子よくないのー?」 「休んだ方が良かったんじゃないの?」 「そ、そんなことないよ! 心配しすぎ!」 「あの日だな!」 「アンタいっぺん死ね!」 「御陵先輩に知られちゃったからー?」 「知られた?」 「あ、いや、なんでもないの!」 「なんでもないんだよー」 「それってさ、僕に知られると困るような事なの?」 「い、いいでしょう別に」 「いいでしょうって……」 「べ、別にシンになんでも話してるわけじゃないよ!」 「え……ま、まぁそうだろうけど」 当然だよな。当たり前だよな。うん。そうだ。でも……。 「シンだって、アタシに話してない事くらいあるでしょ?」 魔王の事は……言えないもんな。 「でも、シンがそんなに心配してくれんなら、調子が悪いのもたまにはいいかもね」 「な、なんてね! 冗談じょーだん♡」 僕が心配するなら、調子が悪いのもたまにはいいかもね……か。 「なぜ強い魔族ってバラバラに襲撃してくるのかしら?」 「副会長さんは無知ですね。彼らはおつむの程度が低いんです。天使とは比べ物にならない愚かさですから」 「ロロちーだって賢くないぞ!」 「私は賢いです! それ以前に天使じゃありませんよ?」 単なる冗談だよな。多分。 なのにどうして気になるんだろう。なんか最近、いつも。 「きっとね。強い人は我も強いから、一緒に行動しにくいんだよ」 「流石リアちゃんだぜ」 「それ以前に作戦とかメンドー」 心配するのは、幼馴染みとして当然だし……当然だよね? ナナカは僕にとって幼馴染みで親友みたいなもんで……。 「理由はともあれ、そういう事がなくて助かってるよね。この前の人とパスタちゃんが同時に襲ってきたら負けてたもの」 「それはそうですけど……」 不意に、ナナカのひとさし指が自らの唇に触れた。 ドキっとした。 で、でもあれは事故で、二人で話してそういう事になったし……。 ナナカが僕の方を、ちらりと見た。 お互い反射的に視線をそらす。 意識してるんだ。ナナカも。 あった事はなかった事にはならないんだよな……。 でも、だからって……僕らは幼馴染みのままなのに。 「もうちょっとで、校門がしまっちゃうよー」 「うそっ!?」 「もうそんな時間なの?」 「時間が経つの早いね」 「じゃあ今日はここでお開きと言うことで」 「今日も楽しい生徒会活動でした!」 「入るよー」 「わざわざ迎えに来なくても――」 「げっ」 「ナナカはん、はよお帰りやす」 「どうしてアンタと!」 「今日の課題ちゃっちゃと片付けてしまわんと、肝心の用に差し支えるんとちゃいますの?」 「だからってアンタが!」 「あの、課題ってそんなに大変になっているんですか?」 御陵先輩は、ちら、とナナカを見ると―― 「なんだそのタメ息は! アタシがアホの子だって言いたいのか! そうなんだな!」 「うちは、あんたはんがかわいそうなお子やゆうふうには、一言も言うてまへんえ? ため息ついただけどす」 「ぐぬぬ」 「彩錦ちゃん。ナナカちゃんをいじめちゃだめだよ」 「いじめやしてまへん。うちらなぁ、ほんまは仲がええねんよ」 「一発殴っていい?」 「そない熱烈に思われて、光栄やわ」 「違う! 全然違う」 「閉まってるぜ。どうする?」 「ロザリオの守護天使の力を借りれば大丈夫だよ」 守護天使の力を借りて強化された力を使えば、塀でもひとっとび。 僕はロザリオをぎゅうっと握り締めた。 「あー、成る程な。今はクルセイダースとして活動してるわけじゃねぇから、守護天使も反応しねえぜ」 「特にそいつは、無口で頑固で融通が利かなかったぜ」 「へんしん!」 「とぅ!」 「随分と魔王の力が制御できてるようじゃねぇか」 「飛び越える時、ドキドキした……」 「あとは持続力だな。いちいち変身しなきゃならねぇんじゃ、緊急の時困るぜ」 「でも、これはこれで好都合かも」 「誰かと出会った時、魔王化してたら魔王だってばれちゃうもの」 「をいをい、こんな時間にいる奴らは、魔王になってなきゃヤベェ奴らに決まってる――」 「なんだ!?」 僕は驚愕で声を漏らしそうになるのをあわてて抑えた。 メリロットさんは、地面に跪いて、手で地面を撫でていた。 「図書館のヒッキーだぜ」 「何をやってるんだろう?」 「調べてるんじゃねぇか?」 「でも、地面には何も」 「何もないかの様に偽装されてるのかもしれないぜ」 「そうでなければ、ありもしないモノを調べている頭がゆるい奴だぜ」 「だから何を!」 「誰ですか?」 「ヤバイぜ!」 僕はあわてて逃げ出した。 メリロットさんは追って来なかった。 「ふわぁぁぁぁ……」 「でけぇアクビだぜ」 「私のゲンコツくらい入っちゃいそうだねー」 「入るか!」 変身は、昨日の特訓中に問題なく出来てたから、具合が悪いワケじゃないんだろうけど。 「いいじゃんアクビくらい、減るもんじゃないし。細かいこと気にするな」 「アクビしすぎると顎が外れるって親父の二番目の兄貴の友達の知り合いの爺ちゃんが言ってたぜ」 「なんでぃその希薄な関係は」 「今週に入ってからずっとだけど、大丈夫? 寝ないと体によくないよ?」 「だから心配することないって」 僕はナナカをじっと見た。 「だ、だって時間が……」 「う、うるさいなぁ。そういうシンだって、この前、眠そうだったじゃん」 「エロスだって言ったろ、エロスって」 「アンタんちDVDどころか、ビデオデッキもないじゃん」 「言いたくない事くらい誰にでもあるから、あえて問い詰めなかったけど」 「だから、ゲーム機だよ!」 「アンタんちのソフト、本数少ないし飽きるまで遊んだのばっかでしょ? 今更ゲームで徹夜しないって事くらい判ってるんでぃ!」 「う……だから――」 「実はぶっちゃけるとだな。俺の家で鑑賞会してたんだよな」 「……何を?」 「男同士で鑑賞するって言ったらなぁ?」 「えろーす?」 「うんだうんだ。夜通し見まくりだったさ」 「ちなみにシンが1番ピクピクしてたのは、『黒川さなえ超乳シリーズ ああ、奥さんその脇がたまらんです隊』だったな」 「……そ、そうか……よかった……あっち系の趣味じゃなかったか……」 「ほーほー」 「な、なんなのその、バリバリに怪しげでセンスのない題名は!」 「流石シン様、濃いぜ! 濃すぎるぜ!」 「でも……年増趣味なんだ……うう……ま、負けない」 「特に黒々とした腋毛が出てくると、ふんがーふんがーすげー鼻息でさ、隣で俺もまいっち――」 「あー、もういい、それ以上聞きたくない話したくない近づきたくない! 話したら殴る!」 「あうちっ!」 「殴ってるよー。あ、ナナちゃん待ってー」 「問い詰められなくてすんだぜ」 「ふ。うまくいったようだな。シンが夕霧に浮気を疑われているようだったから助け舟さ!」 エディは僕に向かって、びしり、とサムズアップ! 「永遠の友情、快く受け取ってくれ!」 「今すぐ返却したいです」 「ひど!」 「ねぇ、ナナカ最近どうしちゃったの? さっちんなら何か知ってるんじゃないの?」 僕はさっちんをこっそり呼び出した。 「もちろんだよ」 「幼馴染みだからー?」 「……そうだよ」 「そっかー。幼馴染みじゃなかったら心配しないんだー」 「そんな事ないぞっ! っていうか、最初から幼馴染みなんだからその質問は変だよ」 「基本的にシン様は無差別に優しいからな」 「誰彼構わずだからねー。ナナちゃん焦っちゃうんだよねー」 「焦る?」 「でもー、特に気になるのはキスしたからじゃないのー?」 「な、なななななな」 お、落ち着けシン! さっちんはナナカの親友なんだから聞いてたって不思議ない。 不思議なんかない、なんでもない。 「あ、あ、あれは事故だって! 二人でそうしようって事に……」 「どんな事故にも原因があるんだよー」 「それは僕が急に起きたからで」 「表面上はな」 「そうみたいだねー。でもそれだけなのかなー?」 「そ、それだけだよ! そ、それ以外なにがあるというんですか!?」 「動揺してるー。ほーはーへー」 「おほん。で、その、ナナカは何に焦ってるの?」 「内緒に決まってるよー」 さっちんならウッカリ秘密を漏らしてくれちゃたりする可能性もなんて失礼なこと思ってたりしたよ。ごめん。 「ほらー。私ってたぶーん。ナナちゃんの親友みたいだから、仁義があるんだよー」 「みたいってのが、なんだかなぁ」 「デブ、ロリ、キザ、アホバカ、ソルティア、バイラス」 「急にどうしたの?」 「今まで出てきた七大魔将だぜ」 「あと一人いるって言いたいの?」 「ちげーよ。もしシン様の前に現れるとしたら、ソルティア、バイラスか未知の魔将だよな?」 「そういう事になるね」 「ソルティアとバイラスの強さはこの前感じただろ?」 「残る一人だって同レベルと思った方がいいぜ。一人で勝てると思ってんのか?」 「でも、みんなの中で、僕が1番勝てる可能性がある……と思う」 「その上、ナナカは次の時、守護天使の力を呼べるかさえ判らない……」 「あれからはずっと大丈夫だぜ」 「そうだけど、本番で二回連続して調子悪いし……」 「だから先回りして相手を倒すってか?」 「僕なら、倒せなくても、相手の力を測ってから逃げるくらいは出来るよ」 「そんなにソバが心配なのかよ」 「そ、そりゃ幼馴染みだし。っていうかナナカだけ心配してるワケじゃ無いよ!」 「そうは見えないぜ」 「き、気のせいだよ」 「まぁ、ソバだけって言うのは言いすぎだったぜ」 「この前、メリロットさんはここで何をしてたんだろう?」 「……ごまかしたぜ」 「深夜の徘徊なんて、ヘレナさんが認めるとは思えないし。気になるよね」 「こんな時間に何をしているのですか?」 「何をしているのですか?」 「パ、パトロールです!」 「理事長が中止させたと聞いていますが」 「それは……でも……納得出来なくて」 「さっさと帰りなさい。理事長に言いますよ」 「……言えるんですか?」 「メリロットさんがこの時間にここにいた事も判ってしまいますよ?」 「帰りなさい」 「ヘレナさんも承知しているんですね?」 今日も眠そうだな。 「シン様。準備しておいたもんがあるんだろう?」 「そうだ! はい、これ」 「……ええと……な、なにこれ?」 「……そ、その、これは、あの、だな」 こら、シン、何をどきまぎしている。 ナナカにちょっとした物を渡すだけじゃないか! 「こ、これ使って!」 「え、ええええっ! シンがああああ、アタシにぷぷプレゼント!?」 「ぷ、プレゼントとかってほど、大したもんじゃないよ」 「う、うう、うれしいけど受け取れないよ! アタシ、シンの財布のこと良く知ってるから! 素直に喜べないって言うかその」 「大丈夫、これ、僕が栽培したもんだから!」 「庭で育てたカモミールで作ったハーブティだよ。寝る前にこれを飲むと気分がおちついて、たっぷり眠れるよ」 ああ、なんか僕、早口になってる。 「ほ、ほら、最近ナナカあくびとかよくしてるしだからその」 「……シン。ありがとう」 て、照れる! 「え、ええと、ほ、ホントに大したもんじゃないから!」 「そんな事ない! ありがと!」 「これで土日はぐっすり寝てね」 「アンタがアタシに何かくれるなんて初めてだもん」 「……そう……かな? あ、そうかも……」 「大切にとっとく! 神棚に飾っとく! 初めてのシンからのプレゼントだし!」 こんなに喜んでくれるんだ……。 そして僕の方もナナカが喜ぶとこんなにうれしいんだ……。 「あ、ご、ごめん。ちょっとはしゃぎ過ぎて引いた?」 「え、ええと、大切にして貰うより使って欲しいんだけど……」 「そ、そうだよね。ハーブティは飲まなきゃだよね。あはは」 「相談ってなにかな?」 「リア先輩と御陵先輩は仲いいですよね?」 「ここだけの話だけどね。実は、違うんだよ」 「ええっ!? そうなんですか!」 「九浄家と御陵家も色々あってね。表向き仲良くしないといけないんだ」 「そ、そんな黒い事情があったなんて! 僕は何を信じればいいんだ!」 「うそぴょーん」 「もしも、もしもですけど、御陵先輩がリア先輩に秘密を持ってたらどう思います?」 「シン君は、友達同士は秘密がないのが当然と思ってるのかな?」 「え、いや、そんな事はありませんけど……」 「自分に対して秘密を持っていたら、その相手とはもう友達でいられないのかな?」 「そんな事もありませんけど」 「だよね。誰でも秘密くらいあるよ。私だって彩錦ちゃんだってね」 「というかね。つきあいが長く深くなるほどね。秘密っていうかわからない事って増えていくんだよ」 「お互いそれを含めて友達だと思うんだ」 「黙っていたのが許せないような秘密だったら?」 「きっと。許せない秘密はないと思うんだよ」 「そう……なんですか?」 「他にも色々あるんだけど、一つあげるとね。彩錦ちゃんは、自分の家の事、全然喋らないんだよね。御両親の事も兄弟姉妹の事も」 「何かあるんだろうと思うんだよ」 「知りたくなりませんか? 気にならないんですか」 「気にはなるけど、自分から知ろうとは思わないな」 「それは怖いからですか?」 「怖くはないよ。なんて言うかな、いつか、彩錦ちゃんは私に言ってくれるだろう、って思ってるんだよ」 「それはとっても重いものかもしれない、私は何にも出来ないかもしれない。それでもね。怖くはないんだ」 「話を最後まで聞いて、ありがとう、って言えると思ってるから」 「ありがとう?」 「私に話してくれて、ありがとう、だよ」 「くぅ! あの黒ストには勿体ない言葉だぜ! 俺様もリアちゃんに秘密を喋ってありがとうと優しく甘く言われたいぜ!」 「とは言っても、何の根拠もないし、最後まで聞けないかもしれないし、本当にそうなったら、絶交しちゃうかもしれないけどね」 「でも、今の私がそう思ってるのは本当の事だよ」 「シン君は、ナナカちゃんがシン君に秘密を持ってるから嫌なの?」 「嫌ってわけじゃないですけど……って、なぜ判ったんですか!」 「判るよ。シン君、近頃、いつもナナカちゃんの事、気にしてるもの」 「そんなつもりはないんですが」 「つもりがなくても、そうなんだよ」 「判るよ。目がね、追ってるんだよ。いつもね」 そうなのか……。 「ナナカだって秘密くらいあると思うんですよ。でも、気になってしまうんです」 「今までは?」 「ナナカが僕に秘密を持っているなんて初めてで」 「初めてなの?」 「そんな事ないと思うよ。少なくとも一つは秘密があるよ」 「きっと、ずぅっと前から抱えていた秘密だよ」 「ど、どうしてそんな事わかるんですか!?」 「私も女の子だからかな?」 「僕は男の子だから駄目なんですか?」 「きっと、シン君は、ナナカちゃんがあんまりにも身近にいるから判らなかったんだよ」 「……そうかもしれません」 「なんと言うか……物理的に離れていてもいつも一緒の感じだったんです。ごく自然に」 「クラスだってずうっと一緒だったんだものね」 「でも、最近は、そうじゃないっていうか……ナナカはナナカで僕は僕なんだなって」 「一緒なんかじゃなかったんだって」 「こんなこと今更気づくなんて、変なんでしょうか?」 「でも……相手が秘密にしようとしている事を知りたがるなんて……」 「シン君がナナカちゃんを、ちゃんと見るようになったっていう事だもの」 ……僕はナナカの事を見ていなかったのか……? そうなのかもしれない。いや、そうだったんだろう。 「ちゃんと見ているから、一人の女の子だって判ったから、安心できなくなっているんだよ。気にしちゃうんだよ」 「今更だゾ。ちゃんと見てあげなくちゃ駄目だよ」 「リア先輩と何話してたの?」 「さっき、グランド通りかかったら見えたから」 「ちょっと相談」 「……アタシじゃダメなの?」 「あ、うん、ちょっとね」 「ま、アタシは頼りにならないクルセイダースですから」 「そういう事じゃないよ」 「じゃあ、どういう事なのさ!」 「だから、ちょっと相談しただけだよ」 「シンがリア先輩に気があるって知ってるんだから」 「なにさなにさそらっとぼけちゃって!」 「そんなこと全然ないよ!」 「ナナカ。どうしたの? なんか変だよ」 「そ、相談ならいいの。相談なら」 「ご、ごめん……アタシどうかしてた」 「アタシ変だ……シンとリア先輩がちょっと話してただけだって、判ってたのに……どうして……」 「なにボーッとしてるんだよ」 「いざって言う時、困るぜ」 「ソバか?」 「どうして急に怒り出したんだろう?」 「……はぁぁ……ソバも気の毒だぜ」 「どうしてなのかな……?」 「シン様」 「誰かいるぜ」 アゼルは薄暗闇の中に立ち、足元を見つめていた。 「この前、メリロットさんがしゃがみ込んでた場所だ」 「間違いないぜ。近頃姿を見せないと思ったら、こんな時間にさまよってやがったぜ」 「いや、毎日話しかけても無視されているだけで、いつもいたよ……」 僕らが息を殺して見ていると、アゼルはつぶやいた。 しん、と静まり返った夜の大気は、つぶやきをクリアに伝えた。 「破壊されている……敵か」 破壊? 「破壊されているって……言ったよね? 敵か、とも」 「唇の動きで確認したぜ」 何を? それに敵? アゼルはそれ以上は何も言わず。音もなく立ち去った。 「多分、奴は天使だぜ」 「アゼルが?」 「ああ。天使くせぇ匂いがぷんぷんするぜ」 「ちなみに柑橘系だぜ」 「うそつき」 「高橋? ああ、さっちんの家に行ったのか」 「ごめん。今日は食べに来たわけじゃない――」 アイコンタクトがあったような気がしたので見ると、 『シン君。食べていきなさい』 『え、いいんですか? いつも悪いですよ』 『シン君を、いつもの席に』 オヤジさんの意志はティーヌンにも通じるらしい。 案内された席について、再びコンタクト。 『最近、ナナカ、夜更かしばっかりしてるみたいなんですが』 『オヤジさん? ナナカが最近夜更かしばっかりしてるみたいなんですが』 あれれ? 通じない! 無口なオヤジさんが本当に無口になってしまった! 『ええと、課題がそんなに大変なんでしょうか?』 『あ、ああ、課題が大変なんだよシン君。課題だよ課題』 あ、通じた。でも。 『それだけなんですか?』 あれ? あれれ? また断線? 「ありゃなんか隠してるぜ」 オフクロさんも、色々は喋ってくれたけど、肝心なあたりはごまかしてたよな……。 「ナナカに口止めされてるんだろうなぁ」 「シナオバあたりに聞いてみたらいいぜ」 「そりゃ、あの人なら、知っていれば、無いこと無いこと話してくれるだろうけど」 「知らなかったら、朝から晩までナナカに張り付いて調査しかねないよ」 「そりゃソバにとっては災難だぜ」 「だから聞けないよ」 「咲良さん。こんにちは」 「あ、冬華さん、こんにちは」 「今日は、ナナカさんと一緒では無いんですね?」 「いつも一緒ってわけじゃありません」 「その後、ナナカさんとはどうですか?」 「どうって?」 「成程。ナナカさんが頑張ってしまうわけですわね」 「頑張るって何を――」 「知ってるんですね! ナナカが今、何をしてるか!」 「知りませんわ」 「今、頑張ってるって言ったじゃないですか」 「何の事でしょうか?」 ここにも秘密の壁が! 「そう言えば、ナナカ達がショコラの厨房を見学に来た事がありますよね?」 「ええ。あの時は楽しかったですわ」 「それと今、ナナカがしている事は関係あるんでしょう?」 「生憎と、ナナカさんが今、何をしていらっしゃるかは知りませんわ」 「それに、もし知っていたとしても、あなたに言うわけには参りませんわね」 堅い。っていうか、手持ちの材料が足りなすぎる! 「では、私は店の方へ戻らなければならないので、この辺でおいとまさせていただきますわ」 「ナナカさんによろしく」 「ナナカの秘密ってスウィーツ関連なのかな……?」 「でだ。聖夜祭がらみなら、当日になりゃ嫌でも判るぜ」 「それだけ……なのかな?」 そうだ! あと、ナナカとある程度親しくて、聖夜祭の相談に乗ってくれそうな暇のある人といったら! 「彼女が夜更かしばかりしているらしい? なるほど」 「そうなんですよ。やめさせたいんですけど、どうすれば……」 「君が原い、いや、私では力になれないようだね」 「あの、今、何か言いかけませんでしたか?」 「食べには来てくれるから、夜更かししないように言っておいてあげるよ」 「え、ええ……」 この人も何か知ってる! 間違いない! そして、喋らないって事も間違いない! 「本当に何も知らないんですか? どうも、スイーツに関した事で夜更かししているらしいんですが」 「そうだとしても、彼女にはスウィーツ関係者の知り合いが多いからね。わざわざ私に相談はしないよ」 なんとなく疎外感。 みんな何を隠しているんだろう。 ナナカが秘密にしといてくれるように頼んでいるんだろうけど。 「ソバの隠し事がそんなに気になるのかよ」 「そ、そりゃ気になるけど、パトロール中には考えてないよ!」 「ふぅん」 「メリロットさんとアゼルは何をしているんだろう……」 無理やり頭をきりかえる。 「明日、本人たちに訊いてみりゃいいぜ」 「答えてくれると思う?」 「ま。答えないだろうぜ」 「だったら僕が自分で突き止めるしか」 「ここ……だったよね」 僕は、しゃがみ込んで辺りを見た。舗装された地面がただ広がっている。 メリロットさんの行動と、アゼルが『破壊されている……敵か』と言った事に関係があるなら、ここには何かあるはず。又はあったはず。 僕には何の痕跡も見えない。撫でてみても単なるアスファルト。 だけど、メリロットさんは何かを調べていた。それを多分ヘレナさんも承知している。 そして、アゼルもまたその何かを調べて破壊されているのを知ったのか? そして、破壊したのはアゼルの敵? 破壊されるものなら実体のあるものだということか? その何かがパスタ達が学園をうろうろしていたのと関係していたとすれば? 明らかに彼らは、他の魔族たちとは違っていた。 気まぐれ? そんな筈はない。気まぐれにしては組織化されていた。 何かの計画に基づいて、学園で何かをしていた……のだと思う。 それにアゼルの敵? どういうことなんだ? まだ未知の勢力がいるのか? ああ、何か何か何かばっかり! 「生徒会長が率先して学園の規則を破るのは感心しませんね」 僕ははじかれたように振り返った。気配も何もなかった。 「帰りなさい。生徒がいていい時間ではありません」 「メリロットさんこそ、ここで何をしているんですか」 「私は職員ですから」 僕は立ち上がった。 「単なる職員が夜中徘徊するのをヘレナさんが許可するはずがない」 「自分の家の庭を散歩するのに許可が必要だというのですか?」 「どういう事です?」 「私は図書館に住んでいるのですよ。勿論、理事長もご存じです。これで納得していただけましたか?」 「納得できると思いますか?」 「少なくとも、咲良くんが許可もなくウロウロしているより理が通っていると思いますよ」 「パスタ達が作ったものを調べているんですね」 ハッタリだ。 「僕には何も見えない。見えないのは見えないように偽装されているから」 「でも、メリロットさんには見えている」 「パスタ達は現れなくなった。それは、目的を達成したから……その何かが完成したから。それをヘレナさんも承知している。違いますか?」 「メリロットさんはヘレナさんの承認のもとで、その何かを調――」 「帰る気は無いようですね」 「認めるんですか?」 「なら、僕も協力させてください!」 「バイラスとソルティアは強い。一度気配を感じただけですが判ります。メリロットさん一人で彼らと遭遇したら危険すぎる」 「だから、僕も一緒に行動します」 「僕は学園を、みんなを守りたいだけなんです。ぜひ協力させてください!」 メリロットさんは僕をじっと見ていた。 「お願いします!」 僕は頭を下げた。 「は」 僕は頭をあげた。メリロットさんは嗤っていた。 「僕達ではなく、僕ですか。それは随分と傲慢な言い草ですね」 「傲慢だなんて! 僕は――」 「生徒会の他のメンバーの力は話にもならないと言うわけですね」 「だって、バイラスやソルティアとみんなを戦わせるわけには――」 「あなたなら彼らと戦えると?」 「魔王だからですか?」 「な、なぜそれを!?」 「自分が敵を倒しておけば、彼女らに危険は降りかからない。成程。大した傲慢ですね」 「そ、そういうメリロットさんだって、一人でしようとしているじゃないですか!」 「魔王でも勝てない相手に普通の人間が一人で挑む……それだって傲慢じゃないですか!」 「ふははははははは」 「失礼しました。思わず笑ってしまいましたよ。でも、咲良くんがそんな事を言うから悪いんですよ」 「僕が何か……?」 「だって、私の足手纏いになるのが精々なのに、そんな事言うなんて笑うしかないではありませんか」 「僕が足手纏いなんてこ――」 消えた! と思う間もなく僕の肩に手が置かれた。 「おいおい!? マジかよ!」 「この程度の速度すら認知出来ないのですか?」 背後から軽く肩を押される、思わず僕は前へよろめく。 「帰りなさい。そんなでは誰も守れはしませんよ」 誰も、ナナカも、守れない!? 「そんなことない!」 髪が逆立ち、全身に熱い力が満ちる。 魔王の。全ての魔族の王の称号を持つ、無敵の。最強の。 「挑発にのるんじゃないぜ! こいつ魔力を完璧に制――」 「大賢者パッキー。子供には、分をわきまえる事の大切さを教えねばならないと思いますよ?」 「夜は、子供の時間ではないという事を!」 見えた! 普通の人間ならとても捉えられない速度。 でも、今の僕は魔王。 さっきは見えなかった動きを視覚を超えた感覚が捉える! 死角へと滑り込みかけた影を正面に捉える! だけど、魔王の力をこの人にぶつけるわけにはいかない。 軽く手を伸ばして影の肩を―― 「理論上の視認可能速度を大幅に下回っていますね」 声は背後から。振り返るまでもなく、肩を押された。 魔王の力を纏っているのに、僕の体は他愛もなく押されてよろめく。 辛うじて踏ん張り膝をつくような無様は避けたけど。 「無理だぜ。今のシン様じゃ、こいつに触れる事すら――」 「そんなはずない!」 僕の力なら、守れるハズだ! ナナカがもう怯えた顔なんかしなくていいように出来るハズだ! 魔王の力なら! そのための魔王の力のハズだ! 「まぁ……いい機会か」 メリロットさんからは、全く魔力を感じない。 だとすれば、彼女は普通の人間。訓練をつんだ普通の人間のはず。 魔王が遅れを取るわけがない。 僕は体の中に流れる力へ意識をこらす。 こめかみがずきずきと痛み出す。 暴れ狂いまだ制御しきれない魔王の力を無理やりに掴む。 見えた! いや、感じた! だけど、伸ばした指の僅か先を、気配は流れていく。 「現時点における計算上の潜在的な力の三割といったところですね」 消えた!? いや、僕の速度をメリロットさんが再び上回ったのか!? 魔王の感覚を上回るのか!? 「咲良くんは覚悟が足らないようですね」 「僕は! 魔王だ! だから力だって使える!」 「魔王になる決意をしても、引き受ける覚悟が足りません」 僕がいくらあせっても、死角から死角へと踊られて気配すら捉えられない。 なぜ、こんな風に動ける!? 魔族の気配すらない人がなぜ!? 「シン様、こいつは魔将だぜ」 「まさか!? だって魔力なんてかけらも……」 「魔力がねぇ奴が加速の魔法なんざ使えるかよ。魔力の流れを完璧に制御して隠蔽してるんだぜ」 「そんな事が出来るの!?」 「全力展開してるなら無理だろうが。これは奴の全力じゃねぇぜ」 「これで!?」 つまり僕は、魔王は、全力を尽くす必要すらない相手って事!? 「こいつ七番目の魔将だぜ。恐らく記録者ニベの一族だぜ」 死角から声がした。まるで僕の背中に憑依した幽霊のように。 「時が満ちてきて忘却の淵から浮かび上がりましたか、その名が」 「なめるなよヒッキー。俺様は大賢者だぜ」 「であれば、その深遠なる知識にひとつ備考を付け加えてください」 耳元だった。 「私はその名が嫌いです」 真正面。気配すら感じ無かった。 閃光! 咄嗟に翳した両腕に鉄槌めいた重い打撃! 「うわぁぁぁぁぁっ!」 骨にまで響く鈍痛! 僕は他愛もなく吹き飛ばされて、背後に尻もちをついた。 「くぅっ」 「魔力を物質化するまで密度をあげて殴るか。しかも手加減してか。大したもんだぜ」 よろめきながら立ち上がる。頭がずきずき痛む。 「帰りなさい。私にその気があれば、あなたは17回命を失っています」 何か言おうと思った。でも言葉が無い。 「魔力の流れも滅茶苦茶ですね。それではもう、魔王の姿を維持する事も出来ないでしょう」 「そんなことは――」 いきなり、激しい眩暈が僕を襲う。目の裏に原色の光が点滅する。 立っていられない。膝をつく。魔王の力がほどけていく。 そんな僕をメリロットさんは見下ろしていた。 軽蔑ではなく、面白がるでなく、哀れむでなく、それはただ―― 「今の咲良くんが、バイラス、いえ、ソルティアに会って辿る運命は、決定的な敗北だけですよ」 優しかった。 「あ。おはよう」 「おはっ」 「どうしたの? 朝っぱらから大きなため息ついちゃって」 「え、いや、ちょっとね。ナナカは元気だね」 「あたぼうよ!」 「あんたはんは元気なんが取り柄やさかいなぁ」 「それは、アタシが元気なだけが取り柄って言いたいのか!?」 「うち、育ちがようて優しいし、仮に心ん中であんたはんが蕎麦打つ以外何の取り柄もないかわいうそなお子や思とっても、言われへんわ」 「育ちがねじまがりまくりだぁぁ!」 「今日は珍しいね」 「私んちで4人お泊りー」 「4人?」 「3人とお邪魔虫」 「あんたはん、自分をお邪魔虫呼ばわりしはるんは、卑下しすぎやわ。もうちょい自信持ってもええんやし」 「お前がお邪魔虫だ!」 「ユミルも一緒だったんだよー。早朝マラソンで、先に行っちゃったけどー」 「元気なお子やね」 「はぁぁ……アンタさえいなければいい朝なのに」 「会長はん、えらい嫌われたもんどすなぁ。このお人に、なんや悪いことでもしはりましたん?」 「シン君、鈍感だもんねー」 「否定できないぜ」 「……ごめんねナナカ」 「あ、ち、違う! 違うったら!」 「消えて欲しいのは、ぶぶづけでぃ!」 「うちは監視役やし。あんたはん、すぐ課題さぼろうゆうて努力しはりますさかいなぁ」 「課題なんてしなくても死なないんでぃ」 「理事長はんに、あんじょう伝えときますさかい」 「ナナちゃん勇者だねー」 「すりゃいいんでしょ。すりゃ」 「それに、4人の中でまともにケーもごもごもご」 「こらっ!」 「ケー?」 「あ、あはははは」 「ケー言うたら、携帯に決まってますやろ」 「そうなんですか? でも、まともに携帯ってどういうこ――」 「えっとねー。4人でお風呂入ってー、おんなじベッドで寝たんだよー」 「会長はんが未だ知らへん、ナナカはんの秘密の場所も全部丸見えでしたわ」 「見るな! アンタが見ると減る!」 「ひ、秘密の場所!?」 「あれれー? シン君、ナナちゃんの裸くらいみたことあるよねー? 幼馴染みだしー」 「な、ないよ! あったとしても覚えてないよ!」 「あ、あの頃はい、意識なんかしてなかったし!」 「じゃあシン君、今のナナちゃんの裸を見たいー? それとももう見たー?」 「も、もう見たって何いい言ってるんだよ。そ、それに、べべ別にナナカの裸なんて……」 ちらっ。 「想像してはりますな」 「そ、想像してるんだ……え、エロシン!」 「し、してない!」 ああ、ダメだ。 僕はもうすっかり意識しちゃってる。 「想像なんかしないで、見せてもらえばいいのにー。ナナちゃんならいつでもオッケーだよー」 「し、してないよ!」 「すごいよー。やーらかいしー、凸も凹もーメリハリついててー」 「シン! そ、想像すす、するな! い、いつでもオッケーなんて軽くないんだからね!」 「ちなみにな、お乳はうちよりこんまいんどすえ」 「へ、変な情報教えるな!」 「アゼルって天使なの?」 「え、ええっ。なななな、なぜそれをもとい、何をおおお面白い冗談を言い出すんですか会長さん!?」 「やっぱりそうか」 「羽も出てるしな」 「か、勝手に納得しないでください! わ、私達て、天使なんかじゃありませんから! は、羽ってなんですか?」 「彼女はどうしてこの世界に来たの? 何か聞いてない?」 「え、ええと、あの」 「別に、天使だからってどうこうする気じゃないんだよ」 「ククク……さすがシン様。秘密を握って脅迫して、こいつらを愛人にしちまおうとは!」 「じゃ、邪悪です会長さん!」 「僕はそんなことしないから!」 「狙いはアゼルさんだけなんですか……私は会長さんの趣味じゃなくてよかったです」 「僕は、最近のアゼルの行動について聞きたいだけなんだけど」 「なんだ、最初からそう言ってください。勿論、私は天使ではありません」 「アゼルさんは、授業にもロクに出ないし成績も悪いし友達も作ろうとしない不良さんですけど、悪いことなんかしてません! 保証します!」 「授業に出ていない時点で十分問題あるんだけど」 「アゼルさんは、リ・クリエを調査すべく天界から派遣された優秀な人なんですから!」 「しかも調査が終わったのに、一人地上に残り観察を続ける事を志願した偉い人なんです!」 そうだったのか! 「真夜中、アゼルを学園で見たって人がいるんだ」 「天使なのになんという悪事を! 許しません!」 「保証はどこへ行ったんだよ」 「心当たりが?」 「会長さんも無知ですね。不良さんが真夜中にすると言ったら、学園の窓ガラスを割って回って、盗んだバイクで走る事ですよ」 「そんな事はしてないと思うけど」 「これは手をこまねいてはいられません!」 「同族として友として、これ以上の不良行為は私が止めますからまかせてください! ごごごごごごごご!」 「って、ロロットどこ行くの!?」 「アゼルさん! 同族として友としてお話があります! 心して聞いてください!」 「この子、誰?」 「シン君のハーレムメンバーの一人だよー」 「シンも趣味の幅が広いな」 「生徒会の書記のロロット! ハーレムじゃないやい!」 「あれれ? アゼルさんは?」 「はぁはぁ追いついた……アゼルは今日、来てないよ」 「盗んだバイクで行ってしまったのかもしれません! こうしてはいられません!」 「会長さん。どうでしたか?」 「プリエにも教会にもいなかったよ。でも、気になることが」 「あのジャリな。先週の土曜日、ヴァンダインゼリーをどっさり買い込んだらしいぜ」 「もしかして部屋に引きこもるつもりなのかな?」 「ならよかったんですけど」 「本人から何か聞けたの?」 「部屋へ入れてもらえないと思ったので、合鍵で入りました」 「あ、合鍵!?」 「じいやが用意してくれました」 「からっぽでした」 「ナナカ、僕は五限――」 「ロロちゃんと随分仲のよろしいことで」 「おー、いきなり爆発したよー」 「当たり前だよ。生徒会の仲間なんだから。で、ナナカ――」 「昼休み、ふたりでいちゃいちゃ何してたの?」 「い、いちゃいちゃなんかしてないよ!」 「ロロちゃんのことこっそり呼びだして、昼休み中ふたりで仲良く人目を避けてどっかへ行っちゃってさ」 「ま、別にいいけど。不純異性交遊もほどほどにね」 「アゼルを探してただけだよ!」 「そんな言い訳しなくていいよ。別に、単なる幼馴染みなんだし言いたくないことくらいあるよね」 「この事はナナカに言うつもりだったよ!」 「もう判っちゃったからわざわざ言わなくていいよ。こそこそ付き合わなくたっていいのに」 「ええっ!? 付き合う? 僕が誰と!?」 「シン様と天使がじゃねぇか?」 「おー! 違うと思うけどー」 「それにしても、シンにも彼女が出来たのかぁ、アタシも歳をとるわけだ。あはは」 「あー、もう! ナナカちょっと来て!」 「な、なによわざわざ連れ出して! アンタとロロちゃんが付き合い始めたのは判ったからもういいよ」 「違うって! 何でそんな風に思うのさ!」 「だ、だって、生徒会の用事なら生徒会で話せばいいんだし」 「そりゃ仲間だから仲が悪いわけじゃないけど、個人同士でつきあうような仲のよさじゃないでしょ」 「だから……もう判ったからいいじゃん……」 「違うんだ! アゼルがいなくなったんだ!」 「ロロちゃんじゃなくてアゼルとなの……貧乳好きだったのか……そうだったんだ……」 「いろいろ違うよ! アゼルがいなくなったんだ! 教会にもプリエにも寮にもいない!」 「ええええええええっ!? それ、ちょっとマジ!? いつものサボりじゃないの!?」 「うん。ロロットがリースリングさんに調査を頼んだそうだから、すぐ見つかるとは思うけど」 「……そ、そうか……そうだったんだ……あは、あはは」 「またやっちゃった……アタシ変だ……キスしてからずっと……」 「だから僕はアゼルともロロットとも付き合ってなんかない!」 「わ、判ったよ。判ったから」 「でも、よかった……」 「このこと、ヘレナさんに報告してくるから、次の五限遅れると思う」 「あ、あの、その……シン、あのさ、手……」 「手、その……離して……」 「あ……ご、ご、ごめん!」 ナナカの手って、やわらかくてちいさいんだな。 蕎麦を毎日のように打ってるから、あちこち堅くなったりしてるけど。 こんなにちいさかったっけ? 「ご、ごめんって変なシン……手ぐらいつないだ事いっぱいあったじゃん」 「そ、そうだね多分……」 意識しないくらいいっぱいあったはずなのに。 遥か昔は、覚えていないくらい自然に始終してたのに。 なんで、僕、ドキドキしてるんだ? 「……ええと、じゃあ、僕、行くよ」 「その、さっきは……いろいろ、支離滅裂で……」 「ごめんなさい!」 「アゼルさんが行方不明ですって!?」 「咲良クン何をやってるのよ!」 「なんでもシンのせいにするな!」 「だって、同じクラスでしょう?」 「しょうがないじゃない。だって、あの子、話しかけてもほとんど答えないし、授業もさぼりまくりだったし」 「最近は朝のホームルーム終わると、すぐ消えてたし」 「どこへ行っちゃったんだろう」 「私に任せてください、じいやがすぐに見つけてくれますから!」 ナナカの手。ちいさかったな……。 それに、ドキドキした……。 手を握った程度であんなだったら、抱きしめたりしたら、どれくらいドキドキしちゃうだろう。 「夜の学園で何をしていたのかしら?」 じゃないだろう! 今はアゼルの事を考えなくちゃ。 メリロットさんとアゼルの行動には何か関係があるんだろうか? そしてアゼルの敵とは? アゼルはリ・クリエを調査するためにこの世界に来たのだという。 天使なんだから敵は魔族? 「散歩?」 「よ、夜の学校なんて怖い場所を散歩したがる女の子なんていないよ!」 「こほん。私は怖いわけじゃないよ。あくまで一般論だよ」 「学園の窓ガラスを片っ端から割る気ですよ」 もしかして、パスタ達とアゼルは戦っていたのか? なら、魔族であるメリロットさんと天使であるアゼルは敵? メリロットさんは敵の一味? バイラスやソルティアと同じ七大魔将なわけだし。 でも、僕をどうとでも出来たはずなのに、追い払っただけだったのはナゼ? わからない。わからないけど。 全ての答えは夜の学園にあるのか。 「そんな事はさせないわ! クルセイダース出動よ!」 「友のために出動です! じいやにはうまく言っておきます」 「わ、私だってそれくらい考えていたわ!」 「まったく、咲良クンは困ったものね。理事長の言いつけを破るなんて。でも、私がいないと困ると思うから監視を兼ねて参加させて貰うわ」 「聖沙ちゃん。シン君は出動なんて言ってないよ」 「咲良クン! あなたがいつも言いそうな事を言わないから恥かいたじゃないの!」 そうだ。いつもの僕なら真っ先に言ってたこと。 生徒会長の、いや、いつもの咲良シンのやりかた。 なんで忘れてたんだろう。なんで一人でしようとしていたんだろう。 「聖沙。ありがとう」 「な、何よ急に」 「うん。それが僕らのいつものやり方だね」 メリロットさんは、僕ひとりでパトロールしていた事を傲慢と言った。 確かに傲慢だった。変な風に迷ってた。 「では、アゼル捜索のため、クルセイダース出撃!」 「ただし、聖夜祭の準備で忙しい人は参加しなくてもいいって事で」 「さ、参加するに決まってるじゃん!」 ナナカはクルセイダースの一員、僕に守られる存在じゃない。 一緒に戦ってくれる仲間だ。 「忙しいのに、ありがとう」 「べ、別に、こういう緊急事態なんだし、こっちを優先しなきゃって事で……」 「アタシだけ参加しないなんて……出来るわけないじゃん」 「会計さん。パトロールを口実に課題をさぼるつもりですね」 「ち、違うやい!」 「暗いです。暗すぎです」 「夜だから仕方ないでしょう」 「怖いんだ、あはは。こっどもー」 「むむ。怖くなんてありませんよ。単に暗いだけです」 「そ、そうだよ! 怖くなんかないんだよ!」 「ナナカ、調子は?」 「心配ないって、今日の特訓の時だって大丈夫だったでしょ?」 でも、なんとなく胸騒ぎがするのは、なぜ? 「この辺で見かけたんだけど」 「その言い方だと、シン君が見たみたいだね」 「あっ、い、いえ、違いますよ。ここら辺りだって聞いたんですよ」 「そもそもどこの誰からの情報なのよ?」 「くんくん。秘密のにおいがします!」 やば。 「もしかして咲良クン。一人でパトロールしてたんじゃないでしょうね?」 「そうか! カイチョー不良だったもんね!」 「! アンタ、まさかこの前、妙に眠そうだった――」 「生徒会が率先して学園の規則を破るのは感心しませんね」 「メリロットさん!?」 「司書さんがどうしてここに……」 「理事長が、パトロールをやめるように言った筈です」 「で、でも、そういうわけにはいきません。緊急事態なんです」 「帰りなさい。理事長に言いますよ」 僕は、みんなを庇うように前へ出た。 「メリロットさん。アゼルを見かけませんでしたか?」 「いいえ。彼女が何か?」 アゼルの失踪とこの人には関係があるのか。 もし、あるのなら。ぶつけてみるか。 「アゼルは失踪したようなんです」 「それが、ここにあなた方がいることと関係が?」 「失踪する直前、アゼルをこの辺りで目撃した人がいるんです」 「アゼルは何かを調べていた。そして調べている何かを見て『破壊されている……敵か』と呟いたんです」 「彼女が?」 「敵か、と?」 「ちょっと! そんなこと聞いてないわよ!」 「……成る程。バイラスは魔王の遣り方を真似したと言う訳ですか」 「帰りなさい。アゼルさんを探す必要はありません」 「それは……どういう事ですか?」 一瞬メリロットさんは、ロロットを見た。 「に、睨んだって帰りません! 友達が更生するかどうかがかかっているんですから!」 「なら、力づくにでも帰って頂きます」 メリロットさんが僕らを見た。 その瞳は、 「うそ……メリロットさんが……」 「こいつ、魔族じゃん!」 鮮血の紅に光っていた。内側に炎を閉じ込めたルビーのようだった。 「お姉様! サリーさん! どういう事なんです!?」 「魔族の瞳は赤く光るんだよ!」 「赤く光る瞳……うそ……じゃあ……夢のは……」 「こいつから同族の匂いがぷんぷんするぞ!」 「ま、魔族なのか……っ!?」 メリロットさんを中心に、魔力の気配が広がっていく。 濃さからして強さはパスタを少し上回っている程度か。 意外と大した事はない。ちょっと拍子抜けだ。 あの日に感じた、バイラスとソルティアの気配の巨大さと深さには到底及ばない。 だけど、彼女には加速の魔法がある。油断は出来ない。 「シン様よ。奴は、わざと魔力を漏らしてやがるぜ」 この人は魔力を完璧に制御出来るんだった。ならなぜ正体を明かすような事を。 「メリロットさん! お姉ちゃんの友達じゃなかったの!?」 「戦いなさい」 「ここで裏切りですか!? こういうのは、ラスト近くに起こるのが効果的だってガイドブックに書いてありました!」 「これはドラマではありませんよ」 魔将である事を僕らに示して、戦わせるため? 「咲良クン! ナナカさん! なにボヤボヤしてるのよ!」 「わ、判ってる!」 「ナナカ」 もしかして今日も。 「だ、大丈夫! 大丈夫だから! アタシだけ出来ないなんてことないんだから!」 良かった……。 「負ける気がしません! 裏切り者には敗北あるのみですから!」 「彼女はアーディンほどじゃないわ!」 「みんな! 気をつけろ!」 「判ってらい!」 「……思いのほか強いですね。このままでは迎えの車に間に合いません」 僕が恐れていたメリロットさんの速度。 だが、それも僕らにとっては脅威ではなかった。 「押してるわ!」 「弱いじゃん!」 「裏切り者には敗北あるのみです! 私の中で少しだけ薄れ掛けていたガイドブックへの信頼が3ポイント回復しました!」 僕らは、10本の腕を備えているように、猛攻し。 僕らは、10本の脚を備えているように、回避し。 僕らは、10個の耳を備えているように、全てを感じ。 僕らは、10個の目を備えているように、見逃さない。 「アタシらは流星町を守るクルセイダースでぃ! 負けないもんね!」 「どういう事か、話してもらいます!」 僕ら5人は、ただの1かける5ではなく。 僕ら5人は、1かける5が10にも20にもなっていた。 ぴったりと息のあった僕らは、クルセイダースというひとつの生き物のようだった。 だけど、メリロットさんはどこか嬉しそうだった。 「テストは終わりです」 「やばいぜ」 それは爆発。 何か濃密なものが膨れ上がる気配が夜を揺らして響いた。 メリロットさんを中心に、漆黒の深い闇が巨大な翼を広げる。 それは不可視の筈の魔力が空間を歪めて可視化されるほど強力。 「ひ、ひぇぇぇぇぇ。オヤビンなんて目じゃない!」 「な、なにこれ!?」 「あの二つの気配と同じくらいだよ!」 「か、隠していたなんてズルイです!」 「これが……メリロットさんの全力……」 「う……ああっ……駄目っ、駄目っ」 「ナナカさん!」 ナナカはもとの姿に戻っていた。 「駄目っ嫌だ嫌だ! アタシは違う!」 「ナナカ! しっかり!」 「駄目っ! 駄目っ! 見ないでシン!」 ナナカは顔を覆ってうずくまった。 「ナナカちゃん下がって!」 「それは、嫌! アタシだけ役立たずなんて――」 「行きます」 「消えた!」 「どこに行ったの!?」 「アレ以上まだ加速しやがるか!?」 「きゃぁぁっ! きゅう」 「ロロットちゃん!?」 「きゃぁぁっ!」 「ひぇぇぇっ! オヤビン! カイチョー助けて!」 「きゅううううう……」 「サリーちゃん!?」 「あくっ! シン君」 「リア先輩!」 手品のように、僕らは打ち倒された。 メリロットさんがナナカの首筋に手を触れると、 ナナカは僕の腕の中へ、ゆっくりと倒れた。 やわらかい感触だった。 「ナナカ! ナナカ! しっかり!」 「大量の魔力を外部から無理矢理流し込まれ、意識が麻痺しているだけです。一時的な物ですから心配する事はありません」 僕の体にナナカの鼓動が響いていた。 ガラスで出来た宝物を抱えているような、あやうい気持ちだった。 「もうすぐ、リースリングが来るはずです」 「え……知り合い?」 「みなさんを家へ送ってくださるよう、事前に頼んでおきました」 「この女、最初からこうするつもりだったんだぜ」 「試したんですか、僕らを」 「最後まで魔王化しませんでしたね」 「先程の戦闘中。咲良くんが魔王化していれば、私に勝てたかもしれません。現時点での理論上の最高値が発揮されれば、ですが」 「でも、この前は全然」 「先程の戦闘中、魔王になろうと考えましたか?」 「いいえ……」 「魔王化すれば戦闘力が上がると知っていたのに、ですか」 「成る程。前途多難ですね」 いきなり、中庭の入り口から、高級な外車が滑り込んできて停止した。 ロロットが送り迎えされる時の車だ。 「送り迎えは、このリースリング遠山にお任せください」 「御苦労様」 「随分と派手にやったわね」 「ヘレナさん!? もしかして全部読んでたんですか!」 「失踪者が出たと聞いて、何もしない生徒会じゃないでしょう?」 「年増の狸どもだ――」 「で、どうだった?」 メリロットさんは、僕と僕の腕の中のナナカに視線を投げて、すぐ戻した。 「とりあえずお二方を除き、現時点としては合格と申せましょう」 翌朝。僕らはいきなり召集された。 「というわけで『ひよっこども、今日は新任の教官を紹介するぞ!』」 「シン君、落ち着いてるね」 「こんなことじゃないかと思ってたんで」 「以前から、あなた方の特訓メニューを作成してはいましたが、この度、直接指導する事になりました。短い期間とは思いますがよろしくお願いします」 「駄目よ、メリロット。ここは『私が訓練教官のメリロット先任軍曹である! 話しかけられた時以外は口を開くな!』でしょ?」 「あんなに何度も何度もヴィデオを見せたのに、嘆かわしいわ」 「勝手に嘆いてなさい!」 「もしかして昨夜のことはお姉ちゃんも承知で……」 「えへ。ごめーん。良い子のみんなはアゼルちゃんを探すだろうって思ったのよね」 「あなた方の実戦状態での強さを確認したかったのです」 「あの……メリロットさんは七大魔将の一人なんですか?」 「一部の魔族が勝手に言っているだけです。いかにも幼稚で私は嫌です」 「ひらめきました! セブンスターの一人というのはどうです!」 「嫌です」 んで、放課後。生徒会の仕事をこなしてから、一時間の特訓タイム。 「今日からは、戦闘中に人数が欠ける事を想定して訓練してもらいます」 「人数が欠けるって……まさか」 「あなた方の連携はなかなか見事ですが、一人でも脱落すると急速に弱体化するようですね」 僕は、思わずナナカを見てしまった。 「残る二人の魔将。ソルティアとバイラスは強力です」 「どれくらい強いんですか?」 「ソルティアは兎も角、バイラスとは戦いたくありません」 「メリロットさんでも戦いたくないなんて……」 「バイラスさんはそんなに強いんですか!? がくぶるです」 「今のあなた方にとっては、ソルティアも十分脅威です。十中八九敗北することになるでしょう」 「万一戦闘になれば、戦闘中に脱落者が出る可能性は高いと考えるべきでしょう」 「そうなったら、今のあなた方は間違いなく敗北します。そして彼らはあなた方を容赦しないでしょう」 「い、いきなりシリアスです!」 思わず僕らは顔を見合わせた。 今まで、僕らは誰も欠けずにここへ来た。敵も僕らの命まで取ろうとはしなかった。 でも、これから先の敵は……。 そして、その欠けるのがナナカだったら……。 「な、なに見てんのさ! アタシを誰だと思ってるんでぃ」 「ですから、私が許可するまで、彼らと遭遇しても戦闘はせず、速やかに逃げてください」 「逃げるんですか?」 「勿論、夜の学園をパトロールするなどもっての他です」 「判りましたね」 僕らを初めて敗北させた人の言葉は重かった。 「では、訓練の仔細を説明します」 メリロットさんは手に持っていた分厚い本を開いた。 ページ一杯に拡がった目玉が、僕らを見まわす。 「い、今、私のこと見ましたよ!」 「な、なに言ってるのかなロロットちゃんは。絵が動くわけないじゃない。あはは」 「ちょっと……かわいいかも♡」 「どこが!? なんか肌も緑色でぬるぬるしてキモイよ!」 「動く絵も、しゃべる人形も同じようなもんだって」 「大賢者である俺様とあんなのを一緒にするんじゃないぜ」 「これは、〈人造魔物〉《アーティファクトクリーチャー》と言って、無生物に魔力で仮そめの命を宿らせた存在です」 「生きてる!? じゃあ、ま、まさか、本から飛び出してくるとか?」 「その通りです。今からこれと戦って貰います」 「マジ!?」 「戦闘力はゼロですが、速度はかなりのものです」 「なんだ零ですか。そんなに弱いんじゃ緊迫感がありません。つまらないです」 「ロロットちゃん、遊びじゃないんだよ」 「戦闘力はゼロですが、クサヤの成分を元に合成した強烈な匂いをもつ粘液を口から発射するので注意してください」 「ひぇぇ。緊迫感ありすぎです。そんな匂いを体につけて帰ったら、じいやに何を言われるか!? がくがくぶるぶる」 「皮膚につけば3日は匂いが落ちません」 「お、恐ろしすぎるわ……」 「五匹ずつ放ちますから、全部倒してください」 「お、おう! 合点承知!」 メリロットさんは、ポケットから何か取り出した。イヤホンみたいだった。 「これを皆さんにつけて貰います」 「もしかして……通信機?」 「ルールは二つ」 「一つ目。戦闘中。粘液があたった人は、その時点で戦闘行動を中止して地面に横になってください」 「二つ目。戦闘中、私がその通信機で『脱落しなさい』と話しかけた人も同様にお願いします」 「一つ質問が」 「なんでしょうか?」 「横になっている間に、粘液がかかることもありうると思うんですが」 「そ、そうよ! それは重大問題だわ! も、もちろん、それくらいの質問、私も思いついてたんだからね!」 「災難だと思ってあきらめてください」 「ええええええええっっ!」 「では、開始します」 「こ、これは本気で負けられない!」 「飛び出せ!」 開いたページから五匹の魔物が放たれた! 「いやぁ臭いわぁぁぁぁ!」 「臭いよ臭いよぉ。臭すぎて涙が……」 「ひぇぇぇ! 客商売なのにぃ」 「だんだん麻痺して来ました……なんかいいにおいのような気がしてきました……うふふふ」 「しっかりするんだロロット!」 「って僕も!」 「なんで俺様までぇぇ! くせぇぇぇぜぇぇぇ!」 「うわ。臭いわ」 「お姉ちゃん、現れていきなりそういうこと言うかなぁ……」 「だってぇ、臭いんだもの♡」 「こんな匂いをつけてたら、乙女として失格だわ!」 「じいやに何を言われるか……ガクガクブルブル」 「メリロットさん! せめて、横になってる間にかかるのは何とかしてください!」 「そういう仕様ですから」 「どこぞのバグ入りゲームですかい!?」 「さて、もうすぐ閉園時間ね。まっすぐ家に帰って、よーっく洗わなくちゃ駄目よ。その匂いが気に入っているなら別だけど」 「言われなくてもまっすぐ帰ります。こんな匂いをつけて寄り道なんか出来ません」 「匂いがあろうがなかろうが寄り道なんてしません!」 「じゃあ、今日は解散」 「夕霧さんは少し残ってください。すぐ済みますから」 「大丈夫? また寝不足?」 「そ。聖夜祭のサプライズのためさ!」 「……そっか」 「特訓に、疫病神のぶぶづけつきの課題に、生徒会活動までこなして、その上だもん。寝不足にもなるって」 本当にそれだけなの? と思ったけどなぜか口に出せなかった。 「なら、聖夜祭を過ぎればその寝不足顔も見納めだね」 「そうそう! 若い力でそれまではもたせる!」 「でも、もうちょっと寝た方が」 「大丈夫、授業中に寝るから」 「だめじゃん!」 「シンは、アタシの健康が授業より重要じゃないって言うんだ」 「そんなこと言ってないよ」 「健康だからこそ、授業も受けられる。つまり健康が優先でぃ!」 「……ほどほどにね」 「まかせなさい。居眠りのプロですから」 「……いや、そんなプロは、ちょっと」 「もしも、アタシが……その……急にさ……」 冬なのに、僕の手の平がじっとりと汗ばみ始めた。 ナナカの息が妙にはっきりと耳に響く。 まるで何かをためらっているみたいな口元から視線をそらす。 「リア先輩みたいに胸がおっきくなったら嬉しい?」 「はいぃっ?」 「だ、だからリア先輩みたいに胸がおっきくなったら!」 「こら、なんとか答えろ! このおっぱい好きめ!」 「ええと……そんな事、考えたこともなかったから」 「でも、どうなってもきっと、僕にとってナナカはナナカだよっ」 「それは……何があっても変わらないってこと?」 「そ、それにおっぱい好きはエディだよ!」 「男はみんなおっぱい好きだぜ」 「だが! しかし残念だがソバ! リアちゃんについていなければ、その価値は半減だぜ」 ナナカは今、何かを言いかけた。間違いない。 何を言いかけたんだろう? でもそれは聞けない。 わざわざ飲み込んだ言葉。僕にも言えない言葉を聞くのは。 僕は怖がっているのか。 「そうだ。昨日、なんの話だったの?」 「あ、あれ。別に大した話じゃないって」 「そうか……そんならいいんだ」 変身できない事に関してじゃないの? と聞きたいけど……聞けない。 きっとナナカは気にしてる。 変身できなくなる事が自分にだけあることを。 それに、ナナカは思っている。 メリロットさんが人数が欠ける、と言ったのは、自分の事を指していると。 「ねぇ、ナナカ」 「改まって何さ」 「僕に出来る事があったら、言ってよ」 「じゃあさ……ひとつ頼もっかな」 「ああ、なんでもいいよ」 「ホント? ずいぶん大きく出たね」 「ナナカは無理なことは言わないよ」 「聖夜祭が終わるまで、何も訊かないで」 「ナナカの課題の進み具合はどうですか?」 「この通り、うちがいてますさかい、順調どすえ」 「本人さんに感謝されんと、会長はんに感謝されるいうんも、不思議なもんやね」 「ナナカも感謝してますよ」 「本人やあらへんのに、わかりますの?」 「付き合い長いですから」 「さよか。ほんなら、うちに聞かへんでもええんとちゃいますの?」 「すぐ、さぼろうとするでしょう」 「そうでもありまへんえ。課題終わらさんことにはうちが解放せえへんて、あのお人も知ってはりますし」 「会長はんほどやありまへんけど、それなりに長いつきあいやさかいなぁ」 「リア先輩とより長いとか?」 「そうやね。時間が全てやありまへんけど。長うても、わからへんもんはわかりまへんし」 「つきおぅたらつきあうほど、わかる部分もわからへん部分も増えていくもんどすわ」 「ほな、お話も終わったようやし、戻らしてもろてもよろしおすか?」 「え、あ、はい、わざわざすいませんでした」 「あんたはんも、意外とややこしお人どすな」 「そう……ですか?」 「そないな話、どーでもよろしいんとちゃいますの? なぁ?」 「……すいません」 読まれてる。 ナナカが気になっていることを。 「うちのバストサイズは、リーアにも教えてへんねんよ。会長はんかて、こればっかりは教えるわけにはいきまへんな」 「は? いや、そういうのを聞きたいわけではなくて」 「うちな、夕霧庵の常連みたいなもんやろ?」 「週に三日通ってれば常連でしょう」 「せやけどあのお人、うちにだけは100年の呪いをかけてはるそうやから、せいぜい長生きせんとあきまへんのどすわ」 「呪いですか」 「その証拠にな、うちにはいっつも、自分で打ちよったソバを出してくれはるんよ」 「一打ち一打ちにたんと呪いかけてはるんやで、きっと。本人もそない言うてはりましたし。おおこわ」 「へぇ……呪いはともかく、ちょっと意外ですね」 「なんも意外なことありまへん。あのお人はな、遠回りするたちなんどす」 「ナナカがですか? まさか」 「呪いや言うてはりますけどな、ほんまのほんまはちゃうんどす。うちをな、唸らせたいんやわ」 「別に唸るくらいやったらええんよ」 「せやけどあのお人が、ほれ唸ってみい、みたいな目ぇしてちらちら見てきはるさかい、何食わぬ顔で食べとるんどすわ」 「たまには唸ってあげてくださいよ」 「食事中に唸るんわ、お行儀ようありまへん。育ちがええうちには無理どすわ」 「はは」 「そやし、あのお人が今してはるんは、そういうことなんどすえ」 「そういうこと?」 「ようわかりまへん? 会長はんも同じことしてはりますのに。不思議どすな」 「あのお人が何してはるんか、ほんまにつきとめたいんやったら、なんぼでも手立てはありますのに、なんでせぇへんのどすか?」 言われてみればそうだ。 夜。夕霧庵へ顔を出して、ちょっと上がらせて貰えばいい。 裏口の鍵は、鉢植えのツツジの底に隠してあるって知っている。 そこまでしなくても、ナナカの声は小さくはないから、耳を澄まして聞けば、会話のやり取りから何をしているかは大体判るだろう。 「……わざわざ隠してる事を無理やり暴くなんて」 「それは、単なる言い訳やわ。うちとこないして話してはるんも、知りたいからとちゃいますの?」 「会長はん自身にも、ようわかりまへん?」 「あんたはんがたは、今までよっぽど気のおけへん間柄やったんやね。それが呼吸しとるみたいに自然やったんよ」 「せやけど、それは自然でもなんでもありまへん。会長はんとナナカはんが、その関係を続けようとしとったさかい、続いててんよ。呼吸とは違とったんどす」 「同じやり方を延々と続けていくんに、どっちかが辛抱せなあかんのやったら、まぁ、いろいろややこし事になるわけどすわ」 「キャッチボールでも、相方が急に投げ方変えよったら球落としますやろ。うまいこといっとった事を変えてしまうんは、怖いもんやし」 「僕が、ですか?」 「あくまで一般論どすえ。うちも含めて誰でもやわ」 「よう知りまへんけど」 「知らねーのかよ、って突っ込むのは野暮なんだぜ」 「言わなきゃいいのに」 キャッチボールか……。 そういえば昔、よくナナカとキャッチボールしたな……。 おっと、急がないと昼休みが終わってしまう。 「シンの裏切り者」 振り向くと柱の影にナナカがいた。 「ぶぶづけとなに話してたのよ。さては和菓子に魂を売ったな!」 「大した事じゃないよ」 「おめーがちゃんと課題してるか、シン様心配してんだぜ」 「ちゃんとやってるって聞いて安心したよ」 うそじゃない。 「……それだけで、あんなに話込むわけないじゃん」 「あの人、遠回りして話すから」 ごめんなさい。なんだか悪者にして。 半分は真実のような気がしないでもないけど。 「まぁ、そうだけどさ……シンが悪いんだからね!」 「う……ごめん」 「謝るような事したんかい!?」 ナナカの黙ってる事をさぐりだそうとしたのは事実だ。 「え、あ、ええと、だから、課題が進んでないか疑ったりしてだよ」 「……本当にそれだけなの?」 「ほ、本当だよ」 「今度は、ぶぶづけに手を出そうとしたとかじゃないの?」 「な、なぜそうなるかな!? それに今度はって……僕は誰にも手出そうとしたことなんてないよ」 「でも……アタシにキスしたじゃん」 幸い周り人はいないけど、ここで言うかな!? 「あ、あれは事故だって事にしようって。ナナカだって」 「事故なんか起こして悪うござんしたね」 事故って言われると、なぜか悲しい。 そうしようって二人で決めたのに。 「な、なにさ、アタシの顔なんてじっと見て!」 「え、いや、だから」 「ナナカは悪くなんかないよ! ただ、僕が急に起きたから……ナナカの初めてだったのに……その……」 そうだよな……初めてだったんだよな……。 「……あやまんな」 「だって、やっぱり」 「と、とにかく、アンタが悪いんでぃ! 疑われたくなかったら、アタシ以外と話さなきゃいいんでぃ!」 「えええええっ。滅茶苦茶だよ!」 「アタシ……変だ……このままじゃ嫌われちゃう……」 「ナナカ。訊くなって言われたけど、やっぱり――」 「う、嘘に決まってるでしょ! そんなうざったい女じゃないやい。ぶぶづけはとにかくいやだってだけなんだから!」 「今日の練習はこれで終わりです。お疲れさまでした」 「うー、今日もくさいです! もっといいにおいに変えてください! 例えばオレンジとか」 「気持ちは判るけど、それじゃあ練習にならないよ」 僕とリア先輩と聖沙は悪臭の餌食にならずにすんだ。 幸いじゃなくて実力ならいいんだけど。 「ご機嫌よろしゅう。リーア、寂しい思いさせてかんにんしておくれやす」 「あれ、彩錦ちゃんは今日も?」 「このお人、目ぇ離しとったら何するかわかりまへんし」 「アタシは護送中の凶悪犯かい!」 「そうだ! 私も今日は夕霧庵で夕飯にしようかな。お姉ちゃんには連絡すればいいし」 「お姉さま、私もいきます!」 「じゃあ、僕も」 「金あるのかよ」 「あとで労働で返すということで」 「私を仲間はずれにしようとしていますね」 「してないって」 「咲良くんは少し残ってください。すぐ済みますから」 「じゃあ、僕は後から行くから」 「うん。判ったよ」 「こってり絞られてきなさい。頼り無いんだから」 「ふっふっふ。会長さんが戻って来た時には、何一つ残ってませんから覚悟しておいてください」 「ど、どうしたの?」 ナナカは僕に耳打ちした。 「アタシを外すって話だったら嫌だからね。反対してね」 あたたかい息が僕の耳をくすぐる。 「アタシだってちゃんと戦えるんだからね!」 「今、ここで、守護天使の力を借りられますか?」 ロザリオをぎゅうっと力いっぱいに握り締める。 すると、それに呼応して体が熱くなる! 「では、そのままで魔王の力を発現させてください」 「発現させて見せてください」 「あー、やっぱりだぜ」 「もう一度、やってみてください」 「あれ? 戻っちゃった」 「なるほど……守護天使の力は魔王の力を拒否しますか」 「魔王と天使だからかな?」 「守護天使は、一度認めた人には、力の濫用と判断しない限り、力を貸す筈なのですが」 「アヴァンシェルは特に頑固だったから、シン様が嫌がっても力を貸しそうなもんだがな」 「なぜなんだろう……」 「現在の咲良くんが発揮できる魔王の力では、以前私と戦った時より強くなったとはいえ、バイラスどころかソルティアにも及びません」 「守護天使の力を加算出来れば、状況を改善できると思ったのですが」 「そう気を落とすんじゃないぜ。シン様の力はこんなもんじゃないはずだぜ」 「パッキー、無責任な慰めはいいよ」 「ちょっとは信頼しろよ。傷つくぜ」 「確かに、計算上では大賢者パッキーの仰る通りです」 「歴代の魔王達の魔力量データを元に算出したところ、潜在的な力はバイラスをやや上回るという結果が出ています」 あの時感じた圧倒的な力。 それよりも強大な力を僕が振るうなんて、想像がつかない。 「ですが、発揮出来ない力は存在しないのと変わりません」 「そう……ですよね」 「何かが力の完全な発動を妨げています」 「何かって?」 「どうせ推測はついてるんだろう?」 「なにが僕に足りないんですか!」 「気合いと根性と自覚のどれかだと思うぜ」 「でも! 僕が魔王だって自覚したからこそ、魔王の力を使えるようになった筈なのに!」 「自覚はあるんだから……気合いか根性か?」 「いや、シン様の練習を見ている限り、気合いと根性なら、歴代魔王の中でも結構いい線いってると思うぜ」 「じゃあ」 「自覚ですね」 「そんな……どうすれば!?」 「こればかりは、咲良くんの心の問題なので、私にはどうにも出来ませんね」 「あの。さっき、守護天使は、一度認めた人には、力の濫用と判断しない限り、力を貸す筈って言いましたよね?」 「夕霧さんのことですか?」 「ええ。もしそうなら、ナナカがああいう事にはならない筈です」 「今までの事例からして、守護天使に原因はありません」 「じゃあ、ナナカに?」 「ええ。ですから、ソルティアが、夕霧さんに魔法による何らかの呪術を仕掛けているのだと思ったのですが……」 「家庭訪問の時にですか?」 「ナナカを調べたんですか?」 「一応は。ですが残念な事に、彼女は余り協力的でなくて精密な検査は出来ませんでしたから見落としがあるかもしれません」 「私がクルセイダースから彼女を外そうとしていると思い込んでいるらしくて。自分は戦える、問題ないの一点張りでした」 『アタシを外すって話だったら嫌だからね。反対してね』 『アタシだってちゃんと戦えるんだからね!』 「心に作用する系統の呪術は、物質的には何の変化ももたらさない場合が多く、本人の協力なしには、発見が困難なのです」 「今日、咲良くんを呼びとめたのは、夕霧さんについて訊きたかった、ということもありました」 「ナナカをクルセイダースから外すんですか?」 「戦力的に無理です」 「それは、戦力に余裕があれば外したいって事ですか?」 「仮定の話をしている余裕はありません」 「夕霧さんが守護天使の力を不完全にしか借りられなくなったのはいつ頃からですか?」 「アーディンと戦った以前から、兆候はあった筈です」 「最後にパスタと戦った時……妙に弱かった気がする」 「それまでは普通に力を借りられた訳ですから、その前に何かがあった筈です」 「寝不足は……違うか」 「寝不足?」 「あ、でも、違うか。それはパスタとの後からだし」 「呪術による影響である可能性はあります」 「ですけど、寝不足ですよ単なる」 「……体調が悪いからといって守護天使が力を貸さない事はありえません」 「では寝不足は関係ない?」 「……体調によるものであるなら関係ありません」 精神によるものなら関係あるかもしれないって事か。 「あの課題。メリロットさんが調査したんですか?」 「ええ。徹底的に。ですがアレには何もありませんでしたよ」 それに家庭訪問は、パスタと戦った後だしな……。 「11月には何かありましたか?」 「もし、ひっかかる事を思い出したらどんな事でも話してください。お願いします」 「あ、さっちんおはよう。今日は早いね」 「おはよー。ちょっとおじゃましまーす」 「あれー、ナナちゃんの靴がないよー?」 「ナナカは来てないよ」 「うそー。隠してもだめだぞー。査察しちゃうぞー!」 「あれー? ないー」 「さっちん、おはー!」 「サリーちゃん! 私の分のお蕎麦も食べたねー! ひどいよー」 「おソバ!? どこだ! 食わせろ!」 「さっちん……さっきから何騒いでるのかよくわからないんだけど」 「シン君隠してもだめだよー。ナナちゃんがここへきて、お蕎麦を打ってたのは判ってるんだからー」 「判ってるんだからって言われても、ナナカ、来てないし」 「ナナカなら来てないよ」 「お嬢はなにを根拠に騒いでんだ?」 「うふふ、判ったよー。ふたりは大人の階段を段抜かしで上ったんだねー」 「今日のさっちんは、いつもより更に訳がわからないよ」 「あれれー? 寝乱れていけないところがチラリズムのナナちゃんがいないー」 「な、何言ってるかな!」 「来てないのー?」 「さっきからそう言ってるじゃん」 「おかしいなー、てっきり蕎麦を作りに来て予定変更で朝這いだとばかりー」 「お願いさっちん……出来れば順序立てて説明して」 「順序立てて説明してもきっと判らないぜ」 「えっとねー。朝起きたら、ナナちゃんがいなかったのー」 「ええとつまり、ナナカはさっちんの家に泊まってたの?」 「そうだよー」 「この前みたいに、スイーツ同好会で?」 「違うよー。特訓が終わったあとでねー」 「特訓?」 「あわわわわ。なんのことかなー。そうだったねー、ナナちゃんが急にうちに来るって言いだしてねー」 「何の特訓なの?」 「ナナちゃんならいつでも歓迎だからいいよーって」 「ねぇ特――」 「ちなみにねー、私のベッドってこんなにでっかいんだよー。トラックが乗れるくらいー?」 「で、一緒に寝たんだよー。寝るまでおしゃべりしてたし、ナナちゃんはもっと話してたそうだったけどー」 「ナナちゃんこのところ寝不足だからそれも早めに切り上げて、11時前にはねー」 「じゃあ、昨日はちゃんと寝たんだ」 「そうだよー。でも、朝、起きたらナナちゃん隣にいなくて、だから私はね、ナナちゃんが早起きして、うちを抜け出してー」 「シン君の家でお蕎麦を打ってるのかなーと思ったんだよー」 「お相伴に預かろうかなーと思って来たんだけど、ナナちゃん台所にいないからー」 「そんな事が出来る玉ならこうなってねぇぜ」 「ええと……さっちんは、ナナカが先にうちを出たから、ここに来てると思ったんだよね?」 「そうだよー。名推理ー」 でも、ナナカは来てない。どこへ? 「ナナカ来ない……」 「なにやってるんだろうねー」 「夕霧なら、見かけたぜ」 「どこで!?」 「30分くらい前だったか、俺が朝錬で新校舎の周りを走ってたら、凄い勢いで校舎に駆け込んでたぜ」 「様子はどうだった?」 「鞄で顔を隠す感じで走ってた。人目を避けてるみたいだったぞ」 「そんなに行きたいなら、うちのトイレに入ればよかったのにー。変なナナちゃん」 「トイレとは限らないんじゃ……?」 「だって、走ってたんだよー。なるほどねー。シン君ちへ行ったらトイレに行きたくなって、学園まで走って来たんだー」 「凄い無理があるぜ。それならシン様の家で入ればいいんだぜ」 「パッキー君は乙女心がわかってないよー。シン君には聞かれたくないんだよー。壁も薄そうだしー」 「もうすぐホームルームが始まっちゃう……」 「おっはよ!」 「どしたの? 行方不明の人が39年ぶりに現れたみたいな顔して」 「ど、どこか変? 変じゃないよね?」 相変わらず寝不足そうだったけど、それ以外これと言って変な所はなかった。 「なにしてたも何も、今、来たばっかりだけど」 「嘘ついちゃだめだよー。ひとりでさっさと行っちゃったくせにー」 「ええと、それは……朝の空気をひとりで吸ってみたいなー、なんて珍しく思っちゃたりなんかして」 「んで、ゆっくりぶらぶらいつも通らないような道を通ってたら遅くなって」 「そうか……そう言うことあるよね」 そう言う事はある。 でも、本当にそうなのか。 「おい、忘れたのか! 30分前に、俺が見たって言ったろ!」 聖夜祭の準備。確かにそれもあるだろう。 でも、本当にそれだけなのか。 「エディの言うことじゃん! あてにならないって」 「あー、そうだねー」 「ひでぇ! なぁシン、俺、嘘ついてないって信じてくれるよな?」 昨日は早めに寝たって、さっちんは言ってた。 でも、寝不足そうだ。 もしかして、ナナカの寝不足は純粋に睡眠時間が足りないんじゃなくて、眠れないせい? それとも、一日くらいちゃんと寝ても、寝不足って解消されないのか。 「信じてくれよ!」 ナナカはきっと嘘をついている。 でも『聖夜祭が終わるまで、何も訊かないで』ってナナカは僕に言った。 聖夜祭が終ったら、話してくれるよね? 「パトロールは禁止されてんだぜ」 「人目がない所で話したいから」 「魔王に関する事か?」 どうやったら僕は、完全な魔王に変化出来るのか? ヒントくらいは欲しい。 「それもあるけど」 「ああ、ソバとキスしたことか」 「お、大声で言わないでよパッキー! キスだなんてそんな、そりゃ僕にとっても初めてだったけど……」 思い出すと、それだけで頬が赤くなる。 「でもな、マジな話。ソバの身に11月に起きた事件っていや、それくらいだぜ」 「ま、まぁそうなんだけど、それだけじゃなくて」 「メリロットさんは、体調のせいで、守護天使が力を貸さない事はないって言ったよね」 「言ったぜ」 「でも、ナナカが寝不足なのは、眠らないからじゃなくて、眠れないからだったら?」 「時間的な寝不足と精神的な寝不足が重なっていたんだとしたら?」 「なるほど。精神的な物が原因だったら、関係あるかもしれないぜ」 「だよね?」 「実は、シン様とキスしたのが忘れられずドキドキして眠れないんだったりしてな」 「ま、まさか!」 「いや、ソバってああ見えて、結構おとめ――」 いきなり、学園の建物の窓の明かりが消えた。 学園の各所から夜空へ向かって、強烈な光の筋が無数に伸びていく。 光の筋はからまりあい、学園を覆い尽くしても余るほどの巨大なひとつの形を編み上げていく。 大気が重く感じるほどに強烈な魔力の気配。 「なんだあれは!?」 はるか上空。光の筋が形作ったのは。 円の中に、円の外周に接する無数の多角形を含んだ複雑極まりない形。 空を押し流さんばかりに流れる流星に負けず、燦然と輝く。 「……まさか。いや、あれは……禁呪を使う気かよ」 無数の多角形を含む光る円の向こう、凶暴な気配がざわめく。 まるで、光る円に蓋をされて、それを押し破ろうともがいているようだ。 「禁呪?」 「あれは多分、天使と魔族が人間界で戦った時にも使用されて、それ以後は余りの威力故に、天界魔界を問わず全ての記録が破棄された魔法だぜ」 「そんなものを発動させたら!」 「この国、いや、人間界の3分の1は吹っ飛ぶぜ」 「そんな!? 止めなきゃ」 「だが、いったい、何相手にあんなもんを――」 夜が悲鳴をあげた。 夜空に浮かぶ形が消えたと同時に、赤く濃密などろりとした光が落ちてきた! 夜空が流す血だった。 「ここに落ちたの?」 「多分な」 取り返しのつかない破壊をもたらす魔法が発動したとは思えない静けさ。 それどころか、ざっと見たところ、なにひとつ壊れている様子がない。 魔王に変化して駆け付けたのに……。 「本当にここなの?」 「いるぜ」 広場の中心に人影がひとつ。 いや、ふたつ。 ひとりは立ち、ひとりは地面に横たわっている。 僕は、倒れているメリロットさんの所へ駆け付けた。 上半身を抱き起して―― 「メリロットさん! しっかりしてください! 何があったんですか!」 「……逃げ、なさい……」 「……あの子が……リ・クリエ……」 メリロットさんの震える指先が、アゼルを指差した。 「アゼルがリ・クリエ? どういう事ですか!?」 指は手は腕は力を失い、力なく地面へ投げ出された。 「メリロットさん!」 「それから……夕霧さんは……もう……大丈夫な――」 「何が大丈夫なんですか!? メリロットさん!」 「メリロットさん! メリロットさん!」 メリロットさんは答えない。答えられない。 「アゼル! なにがあったの!?」 アゼルは答えない。答えてくれない。 まるで、ダイヤモンドの障壁のような堅い沈黙。 「あの禁呪の種火に、体内に蓄積された魔力を全て使っちまったんだよ。この国だって吹っ飛ぶ程の量だぜ」 「じゃあ……ま、まさかメリロットさんは」 「いや、死んじゃいないぜ。数日は気を失ったままだろうがな」 「ここを逃れられりゃの話だがな」 「どういう……こ――」 僕の背中を悪寒が走った。本能が危険を絶叫している。 沈黙が殻を破った。 「お前が魔王か」 「どうしてそれを――」 どうしてアゼルが魔王を――調査団の一員だったからか? 「滅せよ」 流星町が。 いや、夜が震えた。 圧倒的な力を感じる。 魔将たちの魔力とも、守護天使の霊力とも違う力。冷気さえまとった力。 「馬鹿! 逃げろ! こいつは――」 握り締めてもいないのに、ロザリオが発熱した。 体が熱くなる! 口が勝手に動く。 魔王化と天使の加護。同時発動は無理だったんじゃないのか!? 「お前は主の敵だ。矮小で卑しい塵め」 何が起こっている? 体が震える。わけがわからない。 判らない。でも、判る。判りたくない。でもでも。 これは恐ろしい。目の前のこれは恐ろしい。そして敵。魔王の敵。守護天使の敵。 なぜそれが判る? 守護天使の固い意志が響く。これは敵だと。戦えと。 これは何? アゼル。まさか。じゃあこれは何? アゼルは何かに乗っ取られている? いや、違う。 神? リ・クリエ? まさか。 「しっかりしろシン様! やられちまうぜ!」 「だ、だって相手はアゼルだよ」 アゼルの指先がわずかに動いた。 夜空を真昼のような閃光が貫いた。 ! 反射的に体が動いた刹那。空気そのものが燃え上がった。 頬の産毛が焼けるかと思うほど近くを高熱が迸る。 避けられたのは奇跡か、それとも魔王化と守護天使の加護のお陰で感覚が鋭くなっていたおかげか。 僕はメリロットさんを抱えたまま、地面を転がる。 「だから、奴は魔王の敵、リ・クリエ、時を越えた俺様達の敵だぜ。究極の敵だぜ!」 「どうして!? なんでアゼルが」 アゼルは答えない。氷で作ったデスマスクみたいな顔で僕を見ているだけ。 瞳に満ちているのは殺意ではない。 それより冷たい、排除すると形容するに相応しい絶対零度の意志。 アゼルの指先が再び動いた。 避けられない! 僕は反射的に、拳を前に。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 突き出した拳に熱と激痛。激しい風の中にいる。 仰向けに見上げると目の中を流れていく流星雨。 違う。僕が飛ばされている!? 後頭部に衝撃。一瞬、気が遠くなる。 背中が肩が固いものに叩きつけられ、凄い勢いで擦れて熱い。 肘をついて上半身を起こす。剥けたのか肘がズキズキする。 体中が悲鳴をあげている。立ち上がれない。 守護天使の叫びを感じる。起きて、戦って、戦って、戦え。 目に映るアゼル。圧倒的な力。守護天使の力と魔王の力を掛けても及ばない。 僕とは、僕らとは、比較にならない。 これはなに、これが天使の力? いや、でもロロットはこんな。 「ちっ。制御が完全ではない」 冷たい眼差しは僕を見ていない。どこを? 「穢らわしい魔族め、我に傷をつけるとは」 零下の視線の先に、メリロットさんが倒れていた。 僕が吹き飛ばされた時に、離されて飛ばされてしまったのか。 気を失ったままらしく、ピクリとも動かない。 「アゼル! 何をするつもりなんだ!」 アゼルは答えない。 その代わりに、右手が上がった。 アゼルはメリロットさんを殺す気だ。 「まさか、そんな筈無い!」 僕は否定した。でも、それは認めたくないゆえの悲鳴。判ってしまった。 僕がさっき辛うじて防いだ一撃を、無防備なメリロットさんに浴びせるつもりだと。 アゼルがメリロットさんを一遍の罪の意識もなく殺す気だと。 最後の審判を下す無慈悲な神のように。 「アゼル駄目だ! 殺すなんて! 駄目だ!」 あきらめるなと叫ぶのは、僕か守護天使か、双方か。 僕は、必死に立ち上がって駆けた! アゼルとメリロットさんの間へ。 「アゼル! やめろぉ!」 「馬鹿! 死ぬ気か!」 アゼルの指先が動いた。 「アゼルぅぅぅぅぅやめろぉぉぉぉぉ!」 光が迫る。 クラスメイトが知り合いを殺すのを止められない。 届かない声では何もとめられない。 魔王の力を完全に使えない僕では何も出来ない。 いや、使えてもおそらくは、僕だけでは。 そして僕もここで―― 「なるほど。この異数の力……リ・クリエの力か」 アゼルと僕の間に人影が一つ。 背中から溢れる巨大な魔の気配は、森のように深かった。 僕は、知っている。この気配を。 あの夜。二つの巨大な気配のうちの一つ。ソルティアでない方。 だとすれば―― 「バイラス!?」 なぜ、バイラスが僕を!? バイラスこそが全ての黒幕じゃなかったのか!? 「邪魔するな」 「まだのはずだ」 「お前と約などしていない」 約? バイラスとアゼルは知り合い? 「所詮、天使と魔族は魔王の元でなくては相容れぬか」 「私は天使ではない」 ロロットは嘘を? いや、ありえない。 僕はロロットをそう言えるくらいには知っている。 「だから奴はリ・クリエだぜ! シン様、認めろ!」 「正確には違うがな。この天使は代行者だ」 「代行者?」 「我が意志は主の意志だ」 「代行者だろうが、狂信者だろうが、どちらでもかまわん」 「魔王は俺の獲物だ。勝手にリ・クリエを起こすがいい。だが俺の邪魔をするな」 「くだらん」 「ああ、くだらん。だが、俺の望みはそれだけだからな」 「主の意志の遂行を妨げる者には死あるのみ」 「言葉では俺を殺せぬよ」 「殺せるものならな」 再び死の閃光が僕らを包む。 だが、僕はまだ生きていた。 力の残滓に揺れる夜の中心で、直撃を受けた筈のバイラスは、傲然と立っていた。 「馬鹿な!」 「確かに凄いぜ。あいつ力を弾き飛ばしやがった」 「え……? どうやって!?」 「あのジャリの力と正面衝突したら、力負けしちまうぜ。あいつですらな」 「……偶然だ。偶然にすぎない」 バイラスは笑うのみ。 再び、世界が真昼のごとく光る。 「なぜ、我が無窮の力を防げる!?」 「圧倒的な力だ。素晴らしい。血が騒ぐぞ」 バイラスの背中は震えていた。武者震いなのか。 「力をぶつけるベクトルを微妙に調整して、力を受け流してやがるぜ」 「そんな事が出来るの?」 「さっきシン様だって無意識にやったぜ。だが、奴は意識してやってやがる。三界最強の戦士だぜ」 「来い。殺せるのだろう?」 「……消えろ」 無数の死が、流星雨を背に浮かび上がった。 「滅せよ!」 「何者も」 「神の前には無に等しいのだ」 「なぜ消えぬ!? なぜ立っている!?」 荒れ狂う連撃を浴びてもバイラスは未だ倒れず、僕とメリロットさんの前に傲然と立っていた。 「完璧ではないようだな代行者よ」 だけど―― 「やばいな、押されてやがるぜ」 叩き込まれる莫大な力の連打に押されて、その逞しい背中は、僕らの方へ近づいている。 足元の地面は後退の軌跡にえぐれている。 三界最強の戦士バイラスをもってしても受け流すのが精一杯なのだ。 しかも、足首から地面に滴る血。 よく見れば、その無敵とも思えた拳からも血が滲んでいる。 バイラスが倒れれば僕らもやられる。 何か出来ないのか。何か!? 「油断して器に傷を負ったか。神の真似事も程ほどにしておくのだな」 「笑止。お前とて防いでいるのが精一杯ではないか」 「今のうちに、ヒッキーをつれてずらかろうぜ。ここにいたら死ぬだけだぜ」 ようやく僕の足は回復してきてる。よろよろと立ち上がる。 アゼルは僕に対して何の警戒も払っていない。 今ならこの場からは逃げられるかもしれない。 いても、この戦いには介入出来そうも無い。 だけど、 「……バイラス。僕に何が出来る」 こちらを見もせずに答えが返ってくる。 「奴はまたアレを連発する。一発目。俺の拳に纏った魔力で奴の光を弾いた瞬間。飛び散る膨大な力で空間が乱れる」 返ってくる言葉は、まるで、僕の言葉を予期していたよう。 「その瞬間だけ、奴は俺達を探知出来なくなる。俺達は位置を入れ替わる」 「不意をつくのか」 アゼルは僕を警戒していない。 そして、バイラスは防御に手一杯で攻撃してこないと思っている。 だから多分、アゼルの防御には隙がある。 今の僕の位置からアゼルを攻撃すれば、もしかしたら。 「二発目を弾け。俺が奴を攻撃する」 「馬鹿言うんじゃないぜ! 奴の攻撃を今のシン様が防げるかよ!」 「奴の攻撃は予測可能だ。奴と俺とニベの女を一直線に結ぶ軌道にのみ集中している。それをさっきしたように弾けばいい」 「マジか!?」 「それでこそ魔王だ。そうでなければな」 「私の意志こそが主の意志だ!」 それは審判の光か。 「死ね!」 一発目、バイラスが剛拳を振るう。 轟音と白光の中、僕とバイラスは入れ替わった。 「死ね! 死ね!」 刹那。バイラスが飛ぶように馳せる! 僕は向かってくる死の軌道を思い描き、そのベクトルを変えるように、全力を込めた拳を突き出す。 「あああああああああああ!」 拳にまとった魔王の力と守護天使の力が、無窮の力を迎え撃つ。 手ごたえ。拳から激痛と血が噴き出す熱い感触。 逸らしてさえも、背後へと僕は押される。足の裏が摩擦で燃え上がるようだ。 懸命に踏ん張り、倒れることは辛うじて防ぐ。 「ば、馬鹿な!」 バイラスの血まみれの拳が、アゼルの周囲を取り巻く歪んだ空間を突き破り、その左脇腹を捉えていた。 小柄な体が音も無く背後へ吹き飛んでいく。 「お前は戦士ではない。ただ無窮の力を出鱈目に振るうだけの小娘だ。つまらん」 アゼルは、空中で急停止し、地面に降り立つと、僕らを睨んだ。 表面上は全くの無傷。 「おのれ! 魔王め! 惧れを知らぬ蒙昧な魔族どもめ! 神の慈悲を拒むか!」 「アゼル! もうやめよう! どうして戦わなければならないんだ!」 「殺す! 今すぐに」 届かない。アゼルに僕の声は届かない。 「代行者よ。お前の器に更に〈罅〉《ひび》が入ったぞ。その状態では我らを滅することが出来たとしても、リ・クリエに耐えられるか?」 アゼルは憤怒に燃えた目で、僕達を睨んだ。 そのまま、その姿は薄れ消滅した。 「空間を歪め、その中に消えただけだ」 「まさしくリ・クリエ。神の代行者だぜ」 バイラスは僕の方を向いた。 「あなたは確かに魔王だ。咲良シン」 「どうして僕の名前を!?」 「咄嗟に俺にすら協力を求め成就させる。魔王でなければ出来ないさ」 「だが、足りない。俺の敵であり夢である魔王には足りない」 「……何が足りない」 それこそがメリロットさんに訊きたかった事のひとつ。 「受け入れろ。完全に。自分は魔王だと。何かがそれを妨げている」 「知っているなら教えてやっている。出来るものならそうしているし、実際、これまで打てるだけの手は打ってきた。だが、その何かを俺は知らない」 「……手を打ってきた?」 「リ・クリエまで時は僅かだ。それまでに自ら悟るのだな」 「そうでなければ、我が夢は叶わず、お前の世界の暦で12月24日世界は崩壊する。それだけの事だ」 「世界が崩壊する!?」 「それまでに完全な魔王になるのだな。楽しみにしているぞ」 バイラスは笑うと闇の中へと姿を溶け込ませていく。 僕は気を失ったままのメリロットさんと一緒に取り残された。 「きゅ、救急車!? で、でも魔族を病院に連れてっても。だが、しかし手遅れになったら!?」 「落ち着けシン様。この事態で連絡するところと言ったらただ一つだぜ」 「どこ!?」 「九浄家だぜ。こいつとヘレナは知り合いで。しかも、夜の行動に関しても事前に相談してる筈だぜ」 その時、中庭の入り口から、高級な外車が滑り込んできて停止した。 っていうか、以前、見た事があるような光景。 「メリロットは!?」 「ヘレナさん! メリロットさんは気を失っているだけみたいです。でもちゃんと検査したほうが」 「怪我はしてないのね?」 「ああ。だがよ魔力を消費し尽くしちまってるぜ。恐らく、あれをぶちかます前にも、強力な奴を何回か発動させてもいたろうしな」 「それなら、安静にして回復を待つしかないわね」 続けて降りてきたリースリングさんが、メリロットさんの体を軽々と持ち上げて後部座席に運び入れる。 「緊急処置は、このリースリング遠山にお任せください」 「ここで何があったの? 手短に教えて頂戴」 僕は、自分が駆けつけた時にメリロットさんが倒れていた所から、アゼルとの戦闘、バイラスの登場、アゼルの退却までを話した。 魔王である事はごまかしてしまった。後ろめたかった。 「……なるほどね」 「観測結果とも一致しているようでございますね」 「観測?」 「メリロットから連絡があった直後から、学園の観測機器の全てをこの地点に向けていたのでございますよ」 なら僕が魔王だってことも!? 「シンちゃん」 「ありがとう。私の友人の命を救ってくれて」 「お礼ならバイラスに言ってください。僕は――」 「シンちゃんが頑張らなかったら、彼が現れる前に、メリロットは殺されていたわ」 「全く無茶しやがるぜ」 「シン様の話を伺っている限りでは、彼はシン様を助けるために現れたようでございますね」 僕が魔王だからだ。でも、なぜ魔王を助ける必要があったんだろう。 「何か思惑があるのでしょう。しかし最悪ね。アゼルちゃんがリ・クリエの代行者だったなんて」 「ヘレナさん。そもそもリ・クリエって何なんですか? 自然災害に乗じて、魔族がこの世界に現れるだけじゃなかったんですか!?」 「ヘレナ。事態がこうなった以上、生徒会の皆様に伏せておく訳にはいきますまい」 「明日、生徒会のみんなに説明するわ。とりあえず今夜は帰りなさい」 「……判りました」 「民子ちゃん。シンちゃんを家まで送ってあげて」 僕はナナカの席を見た。 今日、ナナカは欠席。具合が悪いらしい。 健康優良児のナナカが欠席なんて……。 「大丈夫だよー。単なる寝不足だからー。たぶーん」 メリロットさんは、ナナカはもう大丈夫だって言ってたのに。 「日曜には元気なナナちゃんだよー」 ナナカは聖夜祭が終わるまで聞かないでって言った。 だから僕も訊かない事にした。 でも、本当にそれでいいのか? 「私を信じてー。ほらほら、澄んだ瞳ー」 澄んでいるのに、なぜか信用しきれないのは、僕の心が汚れているからなのか? 「シン! 焼きそばパンゲットして来たぜ! なんと2個も!」 「……よかったね」 「1個やる!」 「遠慮するな! これで元気つけろ!」 「エディでも判るくらい僕沈んでる?」 「なんかひっかかる言い方だが、誰でも判ると思うぞ」 ナナカが心配だ。ナナカが心配だ。ナナカが心配だ。 帰りにお見舞いに行こう! そうしよう! 「ど、どうしたよ!?」 マスクメロンは買えないけれど、家にモモ缶もないけれど。 家庭菜園からの収穫物を持っていこう。 「シン様食べないのか!? なら俺様が遠慮なくいただくぜ!」 「これは友情の。あああっ友情が食われる!」 「ナナカはんは!?」 「御陵先輩、寝惚けてるー? ナナちゃんに睡眠薬飲ませて寝かせちゃったのはー、先輩なのにー」 「睡眠薬!? ど、どういうことです!?」 「えらい具合悪そうやったし、一服盛っただけどすえ」 「具合が悪いって大丈夫なんですかナナカは! それに一服盛ったってどういう事です!?」 「今な、家を抜け出したいう連絡があったんどすわ。夕霧庵にも戻ってへんみたいやし」 「えええええーっ!?」 「抜け出した!?」 「ずばり監禁だな」 「ま、まさかナナカを監禁してたんですか! なぜ!?」 「人聞きの悪いこと言わんといてくれはります? うちのとこにお泊まりしよったさかい、ついでに一服盛ってそのまま寝かせとったんどす」 「御陵先輩の家に泊まったぁっ!?」 ど、どうしちゃったんだナナカ!? 「すっごい豪邸なんだよー。ナナちゃんよく抜け出せたねー。私だったらトイレに行くだけで迷子になっちゃうよー」 「あんたはん、ほんまに迷子になってはりましたな」 「えへへ。やっぱり監禁するなら土蔵に縄だよねー」 「おっは!」 「な、ナナちゃん!? 大丈夫なのー?」 「どっかの誰かに薬盛られなきゃ、朝から元気だったやい!」 「本当に大丈夫なの!?」 僕は、ナナカの額に手をあてていた。熱とかは無さそうだ。 「な、なにするんでぃ!?」 「何さ、幽霊にでも会ったような顔しちゃって。騒ぎすぎ! ってか、アンタに心配されると調子狂う!」 「な、なにすんのさっ、ぶぶづけ!? あ、ちょっと」 御陵先輩は、ナナカの手を引っ張ると、廊下へ出て行った。 「……どういう事なんだろう」 「ええとねー。いろいろあるんだよー。つまり仲良しだよー?」 「ったく大丈夫だってのに」 「シン君心配しないでー。御陵先輩は金持ちだからー、ナナちゃんからカツ上げなんかしないよー」 「そんな心配はしてません」 「聖夜祭まで、あと二日と迫ったわけだけど、準備は大丈夫かしら?」 「準備万端! 人事をつくして天命を待つってとこです!」 「ナナカさんは、同好会の方だってあるんでしょ?」 「まっかせっなさいっ! ばっちりでぃ!」 ナナカは妙にはしゃいでいるように見えた。 「どうなの生徒会長?」 「あ、はい。準備は順調です。生徒会が主催する部分の予行は済んでます。あとは、実際に設置するだけです」 ナナカ、無理してるんじゃないならいいんだけど。 「去年より順調なくらいだよ」 「なら、少しなら時間に余裕あるわね?」 「ありますけど」 「大いに結構。なぜならば――」 ヘレナさんは一旦言葉を切って、僕らを見まわした。 「生徒会の諸君には、聖夜祭の前に片づけて欲しい用事があるからよ」 「なんでも言ってください! 私の生徒会は最高ですから!」 「私のよ!」 「聖沙のでもないでしょ」 「みんなは、なぜ、パスタちゃん達が夜の学園をうろついていたか知らないわよね?」 「知ってますよ。気まぐれですね」 「魔族だもんね。困ったもんだ」 「あの時、お姉ちゃんはそう言ったけど……私は納得出来なかったよ」 「僕もです」 「私だって、それくらい考えてたわよ!」 「ちょ、ちょっと! 気まぐれだって素直に信じたアタシが馬鹿みたいじゃん!」 「ふふ。会計さんはお馬鹿ですね。実は私も疑っていたんです」 「裏切り者!」 「彼女らはね。流星町全てを覆い尽くすほどの巨大な魔法陣を作っていたのよ」 「まほーじん?」 「ファンタジーに出てくる奴じゃないかしら」 「ああ、アレか! ゲームとかに出てくる奴だね! 現実でそんな単語が出てくるとは思わなかった!」 「何でそんな物を?」 「ズバリ。リ・クリエを加速強化するためよ」 「リ・クリエを加速強化?」 「まさか! そんな事をしたら……」 「世界は滅びちゃうわね」 「理事長さん! 今さらっと凄い事を言いませんでしたか!?」 「幾らなんでもそんな事は……」 「この流星学園は、三界を繋ぐ特異点のすぐ近くに建っているのよ。つまり時空の繋ぎ目であり、一番弱い部分でもある」 「だから、昔から魔族が出没するし、それを守るために九浄家があり、クルセイダースがいたのよ」 「ここでリ・クリエによる時空の歪みを増幅すれば、三界の受ける影響は甚大」 「バランスが崩れる事で〈原初物質化〉《プリマテリアライズ》――まぁ、用語はどうでもいいわね。三界は連鎖的に崩壊するわけ」 「ま、マジですかっ!?」 「残念ながらマジ」 「どうやって魔法陣を壊せばいいの?」 「残念だけど、専門知識がない人には無理。そして魔法陣の破壊を担当してくれていたのがメリロット」 メリロットさんが夜の学園を歩いていたのはこの為だったのか。 アゼルが破壊されている、と言ったのは、魔法陣のこと? 「魔法陣の破壊を妨害するためにソルティアが出現したら、メリロットが撃破」 「残るバイラスは、メリロットの支援の下で、クルセイダースが戦うって計画だったのよね」 「成功率79,8%の作戦だったんだけど……いきなり予定が狂いはじめたの」 「パスタちゃん達が作った魔法陣には破壊を防ぐ天使の封印が施してあったのよね」 「天使の封印?」 「霊力で編まれた特殊な封印だから、魔族であるメリロットが破壊するのは、ちょっとばかり骨が折れちゃってたのよ」 「理事長さんは無知ですね。そんな筈ありません」 「天使の封印は私達天使にしか出来ません。天使は魔族に協力しません。だから、そんなことはありえません」 「皆さん驚いちゃ駄目ですよ。私、実は天使だったんです! 天使が言うんだから間違いありません!」 「ロロットちゃんの正体はともかくとして」 「あっさり流されました!?」 僕が魔王だって事も彼女たちになら……。でも……。 ナナカは、どう思うだろう。 「封印がある以上、パスタちゃん達に協力している天使がいる。ロロットちゃんじゃないなら、アゼルちゃんしかいないでしょう?」 「でも、天使が魔族に協力するなんてありえないです」 「アゼルさんが……」 「まさか! そんな! クラスメイトなんだよ!」 「向こうはそう思っちゃいないだろうぜ」 「そりゃ、話しかけても無視されまくったけど……」 「ふ、封印を見るまで信じませんから!」 「でも、理事長が嘘をつく理由がないですし……」 「もう少し話しかければよかったのかな……もしかしてイジメだと勘違いされてたとか!?」 「ちげーよ」 「だからだったのね! 彼女が夜の学園で目撃されたのは」 「それじゃあ、アゼルと千軒院せ――ソルティアとバイラスは仲間だって事に……」 それはおかしい。 確かに、バイラスとアゼルは顔見知りっぽかった。 でも、ならなぜ昨夜、バイラスは僕を守ったんだ? 「変な所はないと思うけど」 「そうだよ。どうしてシン君は変だと思うの?」 「そもそもアゼルさんはあんな奴らの仲間じゃありません!」 「私とメリロットは、バイラスが黒幕でそれにソルティアとパスタちゃんが協力しているんだと思ってたの」 「判りました! アゼルさんは脅迫されていたんです!」 あんな強力な力をもったアゼルが脅迫される? やっぱり何か変だ…… 「もしかして……魔法陣が完成して用済みになったからアゼルを」 「大変だわ!」 「アゼルさんを助けなきゃ!」 「でも、いったいどこに……」 「無理やり協力させられているんじゃないらしいのよね」 「え……でも、それじゃあ」 「ますますあり得ません!」 「アゼルちゃんを脅迫なんて誰にも出来ない筈なのよ。だって、アゼルちゃんはリ・クリエそのものだから」 「リ・クリエそのもの!?」 メリロットさんは、確かに言ってた。アゼルがリ・クリエだと。 「アゼルちゃんは、その体にリ・クリエの力を宿らせている。間違いないわ」 そう言うとヘレナさんは、理事長の机から一枚の写真を取り出した。 「これは……?」 「昨晩。メリロットとアゼルちゃんが戦闘した時の様子を撮影したものよ」 映像を通してでさえ、禍々しい印象が迫ってくる。 「これが……アゼルさん……天使の力では、こんな風には……」 「それじゃあ、アゼルは敵!? マジ!?」 「まさか。だって、アゼルさんだよ? そりゃ余り親しくはなれなかったけど……」 「じゃあ、これ以上魔法陣を破壊されるのを防ぐためにメリロットさんを?」 「ソルティアが相手なら、後れを取るメリロットじゃなかったんだけどね……」 「こ、これ……特撮ではないんですか?」 「現実よ。殆どのモニターは過負荷でいかれてしまって、撮れたのはこれだけだったの」 「みんなは、今までにも魔将達や魔族達の周りで、魔力が渦巻く様子を見た事があると思うけど」 「それは、守護天使の影響を受けているから見えるだけで、普通は見えないのよ。なのに普通のモニターにはっきり映った」 「それだけ桁外れの力だって事……?」 「そう言うことね。見えない筈の力が余りの密度に擬似的な物質のレベルまで高まっているのよ」 「まさかね。バイラスではなくて、リ・クリエそのものが敵だったなんてね」 「ちょっと待った! メリロットさんは? アゼルと戦ってどうなったの!?」 「負けたわ。体内の全魔力を消費し尽くして、今でも昏睡状態よ」 「大丈夫。一週間もすれば意識を取り戻すはずよ」 「あのメリロットさんが……敗北したなんて……」 「リ・クリエ。いえアゼルさんの目的は……?」 「この世界の破壊よ」 「メリロットいわく、この世界を作り直すためだそうよ。少なくとも天使の教えではそうなってるそうね」 「魔族より天使の方がよっぽどヤバイじゃん!」 「そうなのロロットちゃん?」 「……確かに、私達の神の教えには、リ・クリエこそが世界を作り変える神の意志の表れであるという一文があります」 「でも……本気で信じてる人なんていないと思ってました」 「けがれた世界を滅ぼして新世界をもたらす十字軍って事か。狂信者とはタチが悪ぃぜ」 「なによそれ! 聖夜祭の前にそんなことするな!」 「アタシはまだ……何も出来てないのに……」 「では、真の黒幕はアゼルさんで、バイラスや千軒院先生やパスタさんは利用されていただけだったという事なのでしょうか?」 「それはどうかしら。彼らには彼らの思惑があったんでしょうね」 「アゼルさんは馬鹿です。こんなことで友達を裏切るなんて! 信じられません!」 「向こうはそう思っちゃいなかったんだろうぜ」 「パンダさんは黙っていてください。アゼルさんが、こんなに不良だなんて!」 「大天使様におしりぺんぺんしてもらわなくちゃなりません!」 「昔っから狂信者ってのは腐るほどいたけどよ、リ・クリエの力を使えたりはしなかったぜ」 「最悪の事態ってこと?」 「そうなるぜ」 「メリロットは、あらゆる可能性を検討していて、こういう事態もありうる事を予期していたわ」 ヘレナさんは机の引き出しから一つづりのレポートを取り出した。 「昨夜の時点で、自らが敗北し、魔法陣の機能が七割は残り、リ・クリエを加速強化するのに十分な能力を持っている場合をね」 「リ・クリエが発生し、時空が崩壊を開始するのは、12月24日午前4時23分28秒。誤差は2分内」 「恐らく、リ・クリエ本体であるアゼルちゃんも同時に出現する。場所は、特異点に一番近くもっとも重要な魔法陣が設けられた場所。フィーニスの塔の下の広場」 「もしかして……それが……聖夜祭の前に片づけて欲しい用事ですか?」 「そういうこと。大丈夫勝てるわ。少なくともメリロットはそう書き残してる」 「何かいい方法が?」 「一夜漬けと言う名前の猛特訓ですね! ウサギ跳び一万回してアキレス腱を切ります! ごごごごごご」 「切ったら駄目でしょう!」 「これ以上、何もする事はないそうよ。聖夜祭の準備をしていればいいわ」 ヘレナさんは、ちらり、と僕を見た。 「各人がお互い信じ、持てる力の最大を引き出せば、それはただ加算した5ではなく、10にも100にも1000にもなるだろう、だそうよ」 僕の事か。僕が完全な魔王になれない事を言っているのか。 「と言うわけで、聖夜祭前に急な用事だけど頼むわね」 「なんか大変な事になっちゃったね」 「勝てるのかな?」 恐らく、僕が完全な魔王にならなくちゃ勝てない。 「勝てるさ」 勝つ。 そうしないと、きっと、アゼルに僕らの言葉は届かない。 たとえ、それが、僕が魔王だとナナカに知られる結果になったとしても。 「だって僕らは、聖夜祭を成功させるんだから」 「……そうだね」 聖夜祭になれば、きっと、ナナカは話してくれる。 そうしたら僕もナナカに話そう。 「成功させなきゃね」 ナナカがとっても気になってる事を。 いつも、誰よりも気になっている事を。 もしかしたら、その気持ちは幼馴染みという関係を変えるものかもしれないけど。 でも、話そう。 「……あのメリロットさんの言葉さ。アタシに言ってるんじゃないかな」 「アタシさ。守護天使の力が使えなかったりするし……いつもじゃないけど……」 「違うよ。きっと」 「どうしてそんなコト言えるのさ?」 「違うよ。絶対に違う。そんな気がする」 「気がするなんてアヤフヤなのに、絶対? 変じゃん」 「じゃあ絶対」 「でもさ、メリロットさん……人が抜けてもいいように練習させたじゃん」 「ナナカの事がなくたって、あの人は、そうしてたよ」 「絶対」 「『じゃあ』も、『そんな気』もなしで、絶対?」 「シンがそう言うなら、そういう事にしとく!」 「ここでいいよ」 「夕霧庵まで送ってくよ」 「いいって、ちっちゃい子じゃあるまいし」 「送ってく。こうやって一緒に帰るのも久しぶりだし」 少しでも一緒にいたい。そんな事を考えてしまう僕は変かな。 「あはは。なんか離れがたい恋人どうしみたい」 「じょ、冗談だって! 冗談!」 ああ、僕はドキドキしている。 きっと、多分、そういうことなんだ。 僕は、ナナカと単なる幼馴染みじゃ我慢できなくなってる。 「あー……ねぇ?」 「ねぇ、シンはさ」 「自分に不満とかある? 別の人になりたいとか」 「うーん。ないな。僕は自分のこと結構好きだよ」 「うわ。ナルシー」 「そう言うのとは違う気がするけど……」 「なんというか、今の自分は今の自分でしかないって言うか、出来る限りのことしか出来ないけど、それを言い訳にしないっていうか」 「そういうの一生懸命答えようとするところ、好きだよ」 「そ、そうか……」 ナナカの口から好きって言葉が出てくるだけで、ドキッとする。 「アタシは……違う人になりたいって思ったことあるよ」 「思ってることズバズバ言えるかっこいい女の子」 「ナナカってそういう子じゃん。思っていることズバズバ言う」 「違うよ」 「アタシは言いたいことなんて言えないよ」 「どうでもいいことはいっぱい言うけどね」 僕はきっと、色々なことに気づいていない。 きっと、これまでも、これからも。 それでも僕は。 「俺様は、リアちゃんのおっぱいになりたいぜ!」 うーん、すがすがしい朝! 「ソバ打ってきた!」 ナナカの笑顔はぴかぴかしていた。まぶしかった。 「おー、ソバだ! 食べる!」 「俺様は大根にこだわるぜ」 「じゃ、パーの字のはナシ」 「大根なんかどうでもいいぜ」 「うーん。気持のいい朝!」 「明日もこんな天気だといいね」 「同感!」 「今日は、眠そうじゃないね」 メリロットさんが言った通りになったって事かな? それならいいんだけど。 「まね。やっぱぶぶづけの家が悪かった! 方角とか運気とか全部最悪。ぶぶづけんちだし」 「それはひど――」 「え、バイラスって……シン、え、あ、ちょっと!」 僕は思わず駆け寄った。 「……そこにいるのか」 「……何があったの?」 「天使と……少し……な……。お前を……今、殺さ……せるわけには……いかないのでね……」 バイラスは、今にも消えそうだった。 「ちょ、ちょっと何? 幽霊!?」 「なんとか……撃退はしたが……な……」 「アゼルをひとりで!?」 「奴の左を……狙え……ニベと俺が……同じ場所を……3……度傷つけた……隙があるはずだ……」 「わ、判った。左だね。だから、もう喋らない方が」 バイラスは笑った。 「……ソルティアに……気をつけろ……」 「し、シン! 今、この幽霊アタシのこと見たよ!?」 バイラスの揺らぐ体の、右半身がひときわ大きく揺らぎ、消えた。 「これまで……か……」 左半身が揺らめいて消えた。 首と右腕だけが残って、風に吹き流される帆にかかれた絵のように揺れていた。 「バイラス!」 「世界……が……滅びな、ければ……いつか……お前……と……っ」 僕に伸ばされた右手が指先から崩れ消滅した、と思うと、顔が煙のように消えた。 「……どうして僕を守ったの?」 答えはなかった。 「この世界で存在を保てなくなったようだぜ」 「だがよ。あれくらいの魔族になりゃ。数年もすりゃ魔界で復活するぜ」 「あの人……シンの知り合い?」 「あ……うん……一度しか会った事ないけど」 あの人と僕は、一度だけ一緒に戦った。それだけ。それだけだ。 僕にとっては敵でもなかった。だけど。味方でもない。 でも、悲しかった。 「!? な、なんだこの音!?」 「シン! あれ見て!」 「なんだあれは?」 「あっちにも! あそこにも!」 「昨日ヘレナが言ってた流星町を覆う巨大な魔法陣が起動してるんだろうぜ」 「何の為に!?」 「もしかして、リ・クリエ!? ちょ、ちょっと早すぎ!」 「それはありえないぜ」 「この魔法陣はあくまでリ・クリエを加速強化するものであって、リ・クリエを好きな時に起こせるもんじゃねぇぜ」 「じゃあ、いったいなんだって言うのさ!?」 「取りあえず学園へ行こう!」 「学園まで!」 魔法陣から漏れる魔力の気配。 「悪い予感」 「予感なんてもんじゃないぜ、確信だぜ」 「追いついたぞ!」 「サリーちゃん! どうしてここに!?」 「アタシは生徒会の重要メンバーだぞ! それに、なんか変だよ今日」 「そっか、アンタ魔族だもんね。見えるんだ」 「あれ何か判る?」 「えへん。判るぞ! あれはよくないものだ!」 「んなこたぁ誰にでも判ってるぜ!」 「リア先輩! ロロット!」 「おはようございます!」 「もしかしてシン君たちも!?」 「見ました!」 「何が起こってるか判りますか?」 「ううん。メリロットさんがいないから、お姉ちゃんにも判らないらしい」 「もしかしたらこりゃ……」 「パッキー心当たりがあるの!?」 「リアちゃん。ヘレナに連絡してくれ。魔法陣の配置図があれば見たいってな」 「待っていたよ生徒会の諸――」 「全く! 咲良クンもしょうがないわねこんな緊急事態でまだ来ていないなんて!」 「いるけど」 「くっ……家から遠い分だけ負けたわ!」 「ぷぷぷ。負けてやんのー」 「おほん。生徒会の諸君! 静粛に!」 「お姉ちゃん。頼んだ物は?」 「これよ」 ヘレナさんが机の上に、流星町の地図を広げた。 地図には多量の赤い点が打たれ、点は線となり、その線は赤い五芒星形を形作り学園を覆っていた。 そして、学園を取り囲むように、流星町にも巨大な2重の円。 「ふうむ」 「こんな大きなイタズラ書きをしていたなんて……アゼルさんは本当に不良です」 「この赤い点はなんですか?」 「一つ一つが魔法陣よ」 「大した数ね……」 「じゃあ、ここに来るまでに見かけた奴は、これってこと?」 学園の敷地全体が震えている。 見えないが感じられる何かが大気に満ちて、風のように吹雪いている。 「なるほど……こいつは確かにリ・クリエを増幅する魔法陣だぜ」 「だが、それだけじゃないようだぜ。図書館のヒッキーは何か言ってなかったのか?」 「流星町に存在する魔力の流れをコントロール出来るって言ってたわ」 「自分のトコに流れを持ってくれば魔力を気にせず強力な魔法を連発出来るわけか……」 「パッキーさんがシリアスな顔を……いつもこうならいいのに♡」 「魔法陣は誰にでも起動出来るわけじゃないのよね。だとすれば」 「リ・クリエ臨界以外に魔法陣を起動させられるのは、設計者であるソルティアだけだぜ」 「ソルティアが何かしようとしてるってこと?」 「あんな課題作る冷血がすることなんだからロクなことじゃないね!」 「戦闘の準備か? 大魔法を発動させる為……いや、この魔法陣の集積効率と時間からして魔力量は既に術者にとって危険な筈だぜ」 「パンダさんがシリアスなんて、明日は空から魚が降るに違いありません」 「どんな魔族にも扱える魔力量には限界がある。蓄積されすぎた魔力は危険だぜ……万一禁呪だったとしても種火の分はとっくに用意出来た筈だぜ……」 「だが、ニベの一族以外あれが扱えるとは思えんぜ……だが、それなら何故まだ何も起こっていない?」 「なんだかパッキーが変!? 賢く見える!」 「俺様はいつでも賢いぜ。いつもより冴えて見えるというならリ・クリエが近づいて来たせいだぜ」 「パッキーさんとリ・クリエに何か関係があるの?」 「今はそんな事より、事態の解明が先だぜ……危険を承知で魔力を蓄える……その先は……」 「読めたぜ! でも、まさか! いや、こいつも狂信者ってわけか?」 「判ったの?」 「ソルティアは自爆するつもりかもしれないぜ」 「自爆!?」 「自爆ぅっ!?」 「威力は?」 「禁呪ほどじゃねぇが流星町は跡形もなく吹き飛ぶぜ」 「ひょえええええ! すばる家が無くなっちゃうじゃん!」 バイラスが気をつけろと言ってたのはこれ? 「自爆とはな。やられたぜ。今からじゃもう……」 「まだやられてない! 僕らは生きてる」 「それでこそシン様だぜ」 「パッキー! 僕らはどうすればいい?」 「恐らく奴は、フィーニスの塔の広場だぜ! はじける前に倒すしかないぜ」 「クルセイダースの諸君出撃だ! 明日の聖夜祭の遂行を妨害する者を排除せよ!」 魔力を濃く含んだ大気の中を僕らは疾走する。 世界は僕らの速度にかかっている! 「なんでソルティアは自爆なんか」 「恐らく、クルセイダースを確実に殲滅する為だぜ」 「アタシ達を?」 「今、リ・クリエを阻止出来る可能性があるのは、クルセイダースだけだからな」 「こんな時こそ魔王に来て欲しいのに……」 フィーニスの塔が近づいてくる。 僕は、覚悟を決めなくちゃいけない。 きっと、この先に待っている敵は、完全な魔王の力を使わなくちゃ勝てない。 そのあと、僕がみんなに裏切り者だと言われたとしても。 ナナカに恐怖の目で見られたとしても。 「大丈夫! ドジしないって!」 怖い。ナナカに嫌われたくも、怯えられたくもない。 ナナカにだけは嫌われたくない。 でも。やるしかない。 「……そんなコト思ってないよ。頼りにしてるよ」 「それに……アタシは聖夜祭ですることがあるんだから」 「わかったわ! 今日は日曜日! だから先生は、私達が学園にいるかどうかの確証が持てなかったのね」 「なぜ平日に来なかったのかね?」 「思いついたら即実行が魔族だもん。計画なんてメンドー!」 「魔将と言ってもやっぱりお馬鹿さんですね」 恐らくそれは、今朝までバイラスがいたからだ。 「それなら強力な魔法でもいいと思うけど?」 「町を吹き飛ばすほどの魔法は使えないって可能性も高いが」 「威力が高い魔法であればあるほど発動には手間がかかるぜ。その間に攻撃されて、発動手順が中断すれば、下手すりゃ最初から遣り直しだぜ」 「限界が来たら勝手に起こる自爆は違うぜ。ただ溜め込むだけでいいんだぜ」 「妨害しにくいってこと?」 「たっぷり魔力をもってやがるから魔法も使い放題だぜ。防御機能付きの時限爆弾とは、手強いぜ」 僕らは走りながら陣形を組んでいる。 幾度もの戦いで、ごく自然に身に付いた。 遠距離攻撃の聖沙と回復系のロロットが後衛。 防御の要であるリア先輩と、攻撃の中心である僕とナナカが前衛。 そしてサリーちゃんは空中で遊軍。 「いたぜ! 魔力の流れが一番安定してかつ豊富なのは、魔法陣の中心だからな!」 「千軒院先生……!?」 千軒院先生――いや、ソルティアは、広場の中央に、地面から30センチばかり浮いて立っていた。 肌の内側から放たれるかすかな光は、危険域近くまで蓄えられた魔力によるものか。 時間はない。 僕は覚悟を決めた。決めたつもりだった。 仲間を一瞥した。 リア先輩を、聖沙を、ロロットを、サリーちゃんを、 そしてナナカを。 魔族を恐れているかもしれないナナカを。 魔族、しかも魔王だと知られたら、僕を恐れるようになるかもしれないナナカを。 一瞥はためらいだったのかもしれない。いや、ためらいだった。 だから。 「あ、あ、いや、いやっ、いやぁぁっ! 今朝は大丈夫だったのにどうして!?」 ソルティアが何かをするよりも、一瞬遅れた。 「ここでか!? まずいぜ!」 「ああああああああああああっ! いやだ! いやだっ!」 ソルティアの腕がナナカを指していた。 ナナカは顔を手で覆って、身をすくめて激しく震えていた。 姿も普通に戻ってしまっていた。 「これは新たな魔族の気配!? どこです!?」 なんでナナカは顔を、いや、目のあたりを押さえるんだ? 前の時もそうだった。もしかしたらその前も。 「こんなアタシ嫌だ! シンにシンに嫌われちゃう嫌だ、どうして!?」 不意に。本当に不意に思い出した。 確か、今月の初め。 「『鏡があってさ、で、アタシが映るわけ』」 「『あはは。そうだね。でさ、アタシにそっくりだけどアタシじゃない顔なんだよ』」 「『ええと……顔のどっかなんだよね。些細な違いなんだけど印象ががらっと変わって……うーん』」 「『悪いっていうか……自分じゃない自分が違和感があるっていうか、気持ち悪いって言うか――』」 「いやぁぁぁぁぁっ!」 「ナナカちゃん下がったほうが――」 「それは、だめ! アタシはアタシは――」 「ナナカさんしっかりしなさい! ナナカさん!」 聖沙が、顔を覆うナナカの手をどけようとする。 「聖沙、やめるん――」 「え……ナナカさん、その眼は……」 「あ、ナナカって魔族だったんだ! アタシと同じ目!」 「違う、違う、違う! アタシは――」 「いえ、魔族の匂いがします、くんくん」 ナナカの赤く光る目が僕を見た。 僕は何を言うべきだったか。 思いつかない。 それはきっと簡単な事だったのに。 「ナナカさん……あなた……魔族だったの……?」 「そうよ。彼女はあなた達にずっと黙っていたのよ」 「そ、それは……アタシだって……こうなってから一週間も経ってないんだもん……隠してたわけじゃ……」 「魔族が生徒会に潜り込んでいた。しかも戦闘にはわざと参加していなかった。どういう事か判るでしょう?」 ナナカの怯えを帯びた目が僕を見た。 「アタシは……違う、違うの、シンに嘘ついてたわけじゃ、だって、こんなの、こんなの! 言えなかった!」 赤く光る目の端が光って見えた。 涙? そうだ涙。 「ナナカ……これが……ナナカの秘密……?」 違う。言うべきなのは、言うべきなのは。 「嫌! 見ないで、見ないで、自分だってこんなの嫌なんだから! 見ないで! 嫌っ!」 僕が次の言葉を口に出す前に、ナナカは駆け出していた。 「ナナカ待っ――」 背後から凄まじい圧力と速度が殺意に乗って迫る。 周囲の空間を濃厚な魔力で半ば固化したソルティアが突進してくる。 ソルティアは散った僕らの中央に、静止した。 「魔力で無理やり急制動を掛けやがったぜ!?」 「しまった!」 僕らは、リア先輩とロロット、聖沙と僕とに分断されていた。 ナナカを脱落させ、残る4人を攻撃と防御で分断して―― 「呪力の天網よ! 魂までも縛れ!」 僕の足元から血色をしたツタが湧き出したと思うと、全身に絡み付いてくる。 「会長さん! 副会長さん!」 「なんなのこれ!? 動けないわ!」 聖沙も僕と同じように縛められてしまっていた。 ソルティアは、動けなくなった僕らを一顧だにせず、ロロットへと矛先を向けた。 微光を放つ腕が一際強く光ると、閃光の槍がロロットを狙撃! 「ひぇぇぇ!」 「ロロットちゃん!」 リア先輩の矛。フォーテルピアシングの先端から紫電が迸り閃光の槍を直撃、消滅させた瞬間。 「うわぁぁぁぁっ!」 「目潰しかよ! 最初からそのつもりで!?」 広がる白光の中、巨大な魔力の気配が方向を変えた気配! 「リア先輩! 防いで!」 「え、あああっ!」 リア先輩は、巨大な擬似質量を持つ魔女にタックルされて吹き飛んだ。 武器が手から離れ、空中を舞っている。 警告は一歩遅れた。相手は一手先を行っていた。 リア先輩が魔法を迎撃するのは魔女の計算の裡。 蓄積された魔力の消費を最小限に抑えて、僕らを殲滅する計略。 魔法を打ち消して無防備になったリア先輩を、魔法を使わず自身の質量で攻撃して一時的に無力化する事こそが狙いだったのか! ロロットへ突撃する魔女。 既にその両腕が発動の前兆に輝きだしている。 輝きは七色に光りながら増していく。 「わ、私は負けません!」 ロロットは気丈にも、魔女へ一人で立ち向かう。 だが、単独で立ち向かえる相手じゃない! 「ロロットちゃん! だめぇぇっ! 逃げて!」 倒れたリア先輩は、武器を拾おうと地面を這いずっているが間に合いそうも無い。 僕も縛めを解こうと腕を振り回す。でも、絡みつく呪縛は締め付けてくるばかり。 「咲良クン! なんとかしなさい! このままじゃロロットさんが!」 このままじゃ、みんな一人一人やられちゃう。 なのに僕の力じゃ、縛めを解くことすら出来ない。 今の僕の力じゃ。不完全な魔王の力じゃ。 こんな所で僕らが敗れたと知ったら、ナナカはどう思うだろう。 きっと、自分を責め続けるだろう。 知る前に世界が滅びたとしても、逃げた事を悔い続けるだろう。 ナナカのせいじゃないのに。 ナナカが隠していたせいじゃないのに。 ナナカだけが隠していたせいじゃないのに。 ナナカは黙っていたかもしれない。 でも、もっと前から黙っていたのは僕のほう。 僕が、自分が魔王だって先に言ってれば、ナナカだって自分の事を打ち明けられた。 ナナカは自分の臆病さを責めているだろう。 でも、それは僕も同じ。 ナナカが聖夜祭に話してくれるって言うから、 それにかこつけて先延ばしにしていたのは僕。 僕は生徒会のみんなの事を知ってる。 全部なんて言えないけれど知っている。 僕が魔王だったとしても、態度を変えるような人達じゃないって知ってたはず。 なのに言えなかった。 この人たちを失うのが怖くて。 ナナカは魔族と魔王を怖がっている、なんて勝手に思って。 それは僕の臆病さの言い訳。 僕がナナカに言うのが怖かったから。 怖かったのは僕。誰よりもナナカにばれるのが怖かった。 ナナカは悪くない。ナナカは悪くないって伝えたい。 そのためなら、なんだって出来る。 なんだって受け入れられる。 不意に。 不意に腕が動いた。 呪縛が、まるで紙で出来てたとでも言うように呆気なく千切れる。 体に満ちているのは、力。 熱い、体の中で太陽が輝いているように。命そのもののように。 これは守護天使の力? それもある。それだけじゃない。 完全な魔王の力? 魔王と天使の力が僕の中で一つになる。 体に満ちているのは、命の力。 この世界を守る意志。 駆け出す。 ソルティアの背後へ。 「うぉぉぉぉぉ!」 突き出された武器が青白く光り輝く。 全てを断ち切る意志を乗せて。 振り返った魔女の顔には驚愕。 その背中へ青白い刃が袈裟切りに振り下ろされる。 瞬間、魔女が跳ぶ。 おそらく魔力を制御してだろう、筋肉の動きではありえない速さと距離で回避される。 「ちっ。あれでも回避されるか! 奴、魔力を限界以上に溜め込んでやがるせいで、能力が底上げされてやがる!」 「会長……さん?」 僕は呆然として立ち尽くすロロットに―― 「リア先輩を援護して」 「え、あ、はい!」 脇を駆け抜けざまに話しかけてから、リア先輩を助け起こした。 「シン君……その姿は……まさか!?」 「聖沙の呪縛を解いてください、リア先輩の魔法を打ち消す力ならあれを解除できるはずです」 「あ、うん、判った!」 魔女が、駆けていくリア先輩の背後へまばゆい炎の槍を走らせる! 「させない!」 僕の得物が炎の槍を迎え討ち、跳ね飛ばす! 「……覚醒してしまったようね」 「あなたがナナカに小細工をしたおかげでね!」 「なら、正面から砕くまでよ!」 魔女は空中で舞いながら、花火が弾けるように無数の魔法を放つ! 熱線、火球、電撃、冷気、刃。 あるものは直線、あるものは曲線、あるものは僕を追尾して、あらゆる角度から僕に集中してくる! 「気をつけろシン様! 奴は自滅覚悟で限界を超えて戦ってやがるぜ!」 「それでも防ぐ!」 守護天使の意志を感じる。教えてくれる。 全ての攻撃の軌跡が脳裏に浮かぶ。その数は32。 直線のものは回避し、追尾する者は撃ち落とせばいい。 それでも全ては無理。 なら、背後にいる仲間達に害が及ぶのを優先。 意志をこめて刃を振るう。 輝く武器に弾き飛ばされ、吸収され、爆発する魔法の雨。 全ては撃ち落とせず、防御を掻い潜って脅威が迫る! 足もとから跳ね上がるように向かってくる熱線。 直上から螺旋をかいて落ちてくる電撃。 背後から迫るは、撃ち落としそこねた追尾の魔法。 正確に僕の脳と心臓を狙う敵の意志。 紫電がほとばしり、電撃を無化する! 光る矢が、熱線と追尾の魔法を打ち砕く! 「世話が焼けるんだから!」 「リア先輩! 聖沙!」 リア先輩に迫った火球を、空中に出現した鏡が弾き飛ばした! 「さっきはよくも怖い目にあわせてくれましたね魔族さん!」 魔女が再び、いや、さっきを上回る数の魔法を放つ! 空中に咲く大輪の花火のように弾けると、僕らの方へ飛んでくる。 だけど、僕らを害するものはひとつとしてない。 守護天使たちがリンクしている。 感覚が拡大する。360度全てを感知する。 攻撃の全てが視える。全てを防ぐ。 防ぐだけではない、それどころか、僕の刃が突き出され、聖沙の霊術の矢が魔女へ飛ぶ! 魔女の前面に出現した光る盾が僕らを拒むが、驚愕の声。 「私だって理論値を大幅に突破しているのに、それを上回るの!?」 幾度もの戦いで、ごく自然に身についた。 そして、メリロットさんの教えが僕らを更に強くした。 「ごめん。ナナカ見失っちゃった! あれカイチョー不良だ!」 「あなたがたの生徒会長は魔王なのよ。仲間のうち二人に裏切られていた気分はどう?」 毒の言葉が僕らを襲う。 「シン君はシン君だよ。それに元々私は魔王を嫌ってないし」 「髪を染めて不良のマネごとしたって咲良クンは私がいないと何もできない駄目会長のままなんだから!」 「ラスボスが最初から仲間だったなんて、もう勝ったも同然です」 「カイチョーは魔王だったのか! すげー」 もっと早く言えばよかった。 僕は、何を恐れていたんだろう? 「でも、シン君が魔王だなんて、びっくりだよ」 「ナナカさんは女の子だから言えなかったのもしょうがないけど、咲良クンは私達にひとこと謝るべきね」 「少しは人を信頼した方がいいですよ」 「天使だって言えなかった奴がよく言うぜ」 「それはそれこれはこれです」 魔女は最初にいた位置へ後退している。 「……神に立ちふさがる者は全て、私が排除するわ。この命にかえてもね」 「早く決着をつけないとまずいぜ。さっきの連発で少しは遠のいたが、奴がいつ弾けちまうかは神のみぞ知るだからな」 「判ってる! みんな行くよ!」 「千軒院先生! あなたにはナナカにした事を償ってもらう!」 バトルのチュートリアル(結界の巻)を見ますか? 「これで終わりだ!」 僕らの放った攻撃は、展開されていた全ての光の盾を粉砕し、魔女に命中した! 「あぁぁぁぁぁぁっ!」 だけど、まだ、魔女は倒れない。 僕らの攻撃と、魔法の連続使用による過負荷で、全身に傷を負っているのに。 「お、往生際が悪すぎです!」 幽鬼のような姿が、腕を僕らに突き出す。 「まだ、戦うつもりなの!?」 光が切れかけのネオンのように明滅しながら、腕に集まっていく。 ついに、光と共に腕そのものが溶け崩れはじめた。 「これまで……のようね……」 「魔力が暴走し始めたようだぜ」 「え、じゃあ、まさか」 「ば、爆発するんですか!?」 「いや。もう、町を巻き込む爆発が出来るだけの耐久力がねぇぜ。魔力が魂までも完全に食い尽くすだけだぜ」 ソルティアの体から細い光が四方八方へ幾筋も漏れ出したと思うと、 腕が消滅し、つづいて脚が、そして胴体が、消えていく。 僕らは言葉もなく、消滅の過程を見ていた。 「シケたつらすんなよ魔王様。俺様達が負けたって、奴はこうなってたぜ。もっと派手だったろうけどな」 ナナカをあんな目に会わせた張本人なのに、なんでこんな気持ちになるんだ。 多分それは、ソルティアとはこうなるしかなかったと感じたから。 聖沙が一歩前へ出た。 「先生……私、先生の授業好きでした」 「そうね……嫌いじゃ……なかったわ……私も……授業……」 「なぜ……こんな事に……?」 「こうする事だけが……私の希望……だった……」 消えた。 ソルティア――いや、千軒院先生は、朝霧が陽を浴びたように、静かに消えた。 「ナナカを探しに……いかなくちゃ」 伝えなくちゃ。 ナナカは悪くないって、何も悪くないって。 誰も責めていないし、誰も裏切ったなんて思ってないって。 臆病だったのは僕の方だったって。 「聖夜祭は明日なんだよ?」 「すいません」 「友のために走るんですね! 夕暮れまでに帰って来ないと、処刑されてしまうんですよ」 「それは……ちょっと違う」 「生徒会長なのに、放りだして行ってしまうの? 無責任じゃない?」 「おお、ついに本格的な不良だね! 頑張れ!」 「それも……ちょっと違う。でも頑張る」 僕は一人ひとりに頭を下げた。 「幼馴染みだから?」 「きっと、それだけじゃないです」 「うん。ならよろしい。そもそも、シン君がナナカちゃんを捕まえておかなかったからなんだゾ」 「うわ。檻か? 箱詰めか?」 「監禁とは穏やかではないですね」 リア先輩は苦笑した。 「なるべく早く帰ってきます」 「駄目だよ」 「早くとかそんな事は考えなくていいんだよ。ナナカちゃんを見つける事だけ考えなさい」 「じいやに会計さんを探すのを手伝うように連絡しておきます」 「アタシも美味しいもの食べ隊とオヤビンに連絡しておくよ」 「学園祭の準備なら咲良クンがいなくても大丈夫。というかいない方がうまくいくわ」 「うむ。アタシがいるからね!」 「オマケさんはいない方がいいと思います」 「ナナカちゃんを見つけるまで帰って来ちゃだめだよ」 「あーあ。今回も九浄家の女は魔王と縁なし、か」 「なんでもないよ」 聖沙がむすっとした顔で、僕に携帯電話をさしだした。 「これ持って行きなさい。私達がナナカさんを見つける事もありえるし」 「あ、あなたがあんまり頼りないからってだけよ! 中見たら、ただじゃおかないんだから!」 さっそく、連絡してみる。 電波の届かないところか、電源が入っていないかで連絡が出来ません、か。 「魔王は、世界を救うんだって、九浄家では言い伝えられているんだよ」 「……僕はそんな大層なもんじゃないですよ」 「そんなこと言っちゃだめだぞ。ナナカちゃんはね。きっと、シン君が探してくれるのを待ってるんだから」 そうなのかな。そうだといいな。 「いってきます」 休日だけど、聖夜祭前日だけあって、人は結構いる。 「ナナカ? あ、夕霧ナナカさん。ううん。見なかった!」 「役に立たなくてごめんね!」 「こちらこそ、忙しいところありがとう!」 そう言えば、ここを初めて見た時。 ナナカは、ベルサイユ宮殿みたいだ、とか言ってた。 二人とも実際の宮殿なんてみたことなかったけど。 「夕霧? 見かけないけど。ってか見ろよこの女装! 結構似合ってるだろ?」 いるわけないか。 念のためにナナカの机の中を見る。 教科書と……これはテストだな……ううむ。 小さな頃から全然かわらないなぁ。 しょうがない。 これまでと同じく、見なかったことにしよう。 「ここには来ないか」 そう言えば、ナナカがさっちんと一緒にここへ来てたな。 何か借りたんだろうか? ここで、ナナカと戦闘の訓練したな。 正確には、みんなとだけど。 ナナカと組んでた事が多かった気がする。 そう言えば、入学した時。 秋になったら、ここで落ち葉を集めて、うちの庭で作ったさつまいもを焼こうか、とか話したっけ。 今年も実行してない。今のところは。生徒会長だもんね。 ナナカは覚えているかな? ナナカって結構、泳ぐのうまいんだよね。 昔、公民館でやってた夏休み水泳教室で皆勤賞とか貰ってたな。 毎日、僕のこと迎えに来て、つきあってたら僕も皆勤賞貰えたっけ。 帰りにナナカのうちで御馳走になったスイカ、冷えてておいしかった。 隠れるには見通しがよすぎるか。 日曜礼拝に、一度だけ出たことあったな。 僕を引っ張って来たのに、ナナカの奴、先に寝ちゃったっけ。 僕もバイトで疲れてて寝ちゃったけど。 ふたりしてタメさんに起こされたっけ。 聖夜祭の舞台の設営は着々と進んでいるようだ。 「咲良先輩おはようっす!」 「おはよう。ナナカみなかった?」 「いえ、今日は見てませんっすよ。もしかしてまだ家で寝てるんじゃないっすか」 「もう明日っすから、徹夜での追い込みに備えてってとこっすよ。おっと、これ以上は言えないっす」 秘密か。聖夜祭のサプライズ。 「もし、ナナカを見かけたら、この携帯に連絡して」 「わかったっす。でも、心配することないっすよ」 「聖夜祭には、必ず来るっすよ」 「ソバの奴、学園から出ちまったんだぜ。きっと」 「そうみたいだね」 「それに、学園にいりゃ、誰かが見かけるぜ。聖夜祭前日だからな」 顔見知りには、ナナカを見かけたら生徒会に知らせてって言っておいたし。 とりあえず、学園でこれ以上は出来る事はなさそうだ。 それにしても、 小さい頃、ふたりでイタズラ書きをした――というか僕の方はさせられた――校門のある学園に、ふたりして通うようになるとは。 人生、何が起きるか判らないよね。 「シン君おっはよー」 「おはようさっちん。ナナカ見かけなかった?」 「見てないよー。今、来たばっかりだしー」 通学路ですれ違わなかったか。 「もしかしてー。シン君、ナナちゃんに告白しちゃったー?」 「え、ええっ。いや、そんな事は、ってかどどどうしてそういう話に!?」 「隠してもだめだよー。ナナちゃん、いざされたら逃げ出しちゃったんだねー。困ったもんだー」 「ありそうな話だぜ」 「安心していいよー、シン君。振られたわけじゃないからー。ナナちゃんがヘタレなだけだからー」 「たまには僕の話を聞いてくれてもいいと思うんだ」 「聖夜祭の日には返事がもらえるよー。っていうか、あんなに協力したのにナナちゃんがへたれたらー、私、大激怒だよー」 「さっちん! 話を聞いて!」 「うわ。真剣な眼だー。でも駄目だよ私に告白しちゃー。困っちゃうよー」 「もし、ナナカを見かけたら、生徒会か、この携帯に連絡して」 「らじゃー。あ、これ、女の子の携帯だー。シン君、うわきものー」 「借りただけだよ!」 「男はみんなそう言うんだよー」 「男はみんな浮気者だぜ。俺様はリアちゃん一筋だけどな!」 「とにかく連絡して!」 「判ったー。大丈夫だと思うけどねー。ナナちゃん聖夜祭の日には絶対に来るからー」 「岡本さんもそんなこと言ってたけど」 「あーでも、肝心な時に逃げ出すのも、ナナちゃんらしいって言えばらしいかー」 「どっちなのさ」 今朝、一緒に登校して来た時には、こんな事になるなんて思ってなかった。 ナナカは元気いっぱいで。寝不足の様子もなくて。 いつもと何にも変わらなくて。 いつもか。 昔からずっと変わらないと思っていた、いつも。 ナナカからTVドラマのあらすじ聞いたり、宿題を確認し合ったり。 猫を追いかけて遅刻しそうになったりしたことも……。 過去形じゃない。これからもだ。 「いねーな」 「シン様、どうかしたか?」 「昔さ。ここに、飴をくれるおばあさんが住んでたんだ」 「昔のことかよ」 「うん……カンロ飴だった。ナナカはよく、自分の分を僕にくれたんだ」 「いい話だぜ」 「ククク……流石ソバ。そんな頃からシン様を誑し込むべく餌付けしてたのかよ。恐るべしだぜ」 「……過去まで曲解するのはやめてね」 いない。 ……昔。 この公園で。 怪人にさらわれる女の子の役ばっかりやらされたな……。 で、助けに来るのはいつもナナカ。 で、やられる怪人役もやらされたっけ……。 「朝、ナナカ、見た。昼、見ない」 「そうか……ありがとう。もし、見かけたら連絡して」 「カイチョー、食う」 僕の前に牛丼が置かれた。しかも大盛りだ。 「いいよ。まだ行かなくちゃならないところいっぱいあるから」 「食わない。倒れる。何も、出来ない」 「じゃあ、俺さ――」 「まさか、ここにはいないと思うぜ」 「でも、顔みしりが多いから、見かけた人くらいはいるかも……」 「おう、シンじゃねぇか」 「ナナカ、見かけませんでしたか?」 「いんや、どうかしたか?」 「ナナカを見かけたら、この携帯に連絡してください。お願いします」 「……判った。委細は聞かねぇ。任せとけ。周りにも声掛けとくからよ」 「それから」 「安心しな。シナオバには知られねぇようにするから」 「恩にきます」 「シンが、若奥さんに逃げられて、オタオタしてるなんて知ったら、シナオバの目がギラギラ輝いて大騒ぎだからな」 「いつもみたく、違うって言わねぇのか?」 「この辺の人はみんな、昔から、そういう冗談ばっかり言いますけど」 「僕らってそんなに……その……あの……そういう関係に見えるんですか?」 「シンも、ようやく気にするようになったか! 言い続けた甲斐があったってもんだ」 「はっはっは。青春! 青春! 結構結構!」 「そう……ナナカは戻っていないか」 どういう手段でか、サリーちゃんが連絡をつけておいてくれたらしい。 「大丈夫。見つけるよ。絶対」 『シン君。ナナカと何かあったのか?』 真剣な目だった。僕はひとつ深呼吸をしてから、尋ねた。 『おじさん。あなたは魔族なんですか?』 考えてみれば、魔王は魔族と話ができる。僕はおじさんとこうして意思疎通が出来る。 それに、おじさんは、ティーヌンやジャンガラとも意思疎通ができる。 『まさか……ナナカに形質が現れたのか』 僕は小さくうなずいた。 『なぜだ……ハーフは……魔族の形質を発現しないはずなのに……』 そうか。おじさんは魔族。おばさんは人間なのか。 『そうなんですか?』 『無理やり形質を引きずり出されない限りは……』 『この前、メリロットという人が来て、ナナカのベッドに仕掛けられていた呪術を除去してくれたのに……なぜ』 繋がった。 千軒院先生の家庭訪問。やはりあの時、仕掛けられたのだ。 おそらく、あの夢に関係がある。 ナナカは、その何かによって、少しずつ少しずつ魔族の形質をひきずりだされたんだ。 メリロットさんは何か手を打ってくれて、だから大丈夫と言ってくれたんだろうけど、時すでに遅しだったのだ。 僕は、力をこめておじさんを見た。 『ナナカは絶対見つけます。そして一緒にここへ戻ってきます』 『……よろしく頼むよ』 『安心してください。魔王は世界を救うそうですけど、ナナカひとり見つけられなくて、世界なんか救えませんから』 「ナナカさんですか? 今日はいらしていませんよ」 「そう……ですか」 「それに、今日は聖夜祭の前日ですから。生徒会の方は学園にいらっしゃるのではありませんか?」 「……まだ来ていないんです」 「そのご様子からして、御実家には当然確認済みでしょうし、当然、携帯にもしてますわね?」 「ええ。心当たりはありませんか?」 「ナナカさんに関しては、私よりも咲良さんの方が、よくご存じだと思いますわ」 「……全て知ってるってわけじゃありませんから」 「ナナカさんをお見かけしたら、必ず連絡しますわ」 「聖夜祭は明日予定通りに開催するのですわね?」 「それならば大丈夫だと思いますわ」 「……ナナカは必ず現れるって言うんですか?」 「ええ。ナナカさんは聖夜祭に全てを賭ける決意をなさっていましたから」 「決意?」 「これ以上は言えませんわ」 「今日は来ていないよ」 「いらしたら連絡しますよ。彼女と何かあったんですか?」 「……なんて言えばいいんでしょう。僕と何かあったわけじゃないんです。いや、僕が言うべき事を言えなかったから……かも」 「……言うべき事を言えなかった。ですか」 「後悔というのは、本当に苦いものですよ」 「私は今更ながら父の偉大さとスウィーツの奥深さを知りました。ようやくパティシエとしての出発点に立っている、そんな気がするんです」 「父が、今の私を見たら、『その歳になってようやくかよ』と苦笑しつつも、喜んでくれると思います」 「でも、その父はもういません……今の私を見せる事も、今作っているスウィーツを食べて貰う事も出来ないんです」 「だけど、あなたはまだ間に合いますよ。本当に伝えるべき事は、伝わるまで、何度でも伝えようとすればいいんです」 いないな。 紫央ちゃんに訊こうにも、学園に行ってるのか見当たらない。 「シン様よ。小さい頃、ここらで二人して遊んだりはしなかったのかよ」 「よく遊んだよ」 「なら、その頃、隠れて遊んだ場所とか覚えてるだろ?」 「色々あるけど……まずは、神社の裏の洞窟に行ってみるよ」 「ククク……流石シン様。人目を避けてマニアックなお医者さんごっこか。流石エロスだぜ」 「お医者さんごっこなんかした事ないよ」 「ちっ、気が利かないぜ」 「探検ごっことか……お蕎麦屋さんごっこだよ」 「シン様がお客さんか?」 「ナナカが師匠で、僕が見習い。腰が入ってないと叱られるんだ」 「妙に現実的だぜ」 「確かここに」 「埋められちゃってる」 斜面はコンクリートで固められ、そこに洞窟があった痕跡は何もなかった。 「次行こうぜ、次」 「あれにも乗ってなかったぜ」 「うん……まぁ、今更乗るとは思ってなかったけど」 「地元民は、小さい頃から学校の行事だの、ちょっとした家族でのお出かけだので、飽きるくらい乗ってるからね」 「ソバと二人だけで来た事とかないのかよ」 「そ、そんなデートみたいな事したことは……」 「あ、でもシン様じゃ入船料がネックだぜ」 「いや、一度だけあった」 「ソバの奢りか」 「一般に開放してないけど、地元民は無料で乗れる日があるんだ。なんか急にナナカが乗りたいって言いだして」 「なるほどだぜ」 「無料開放日でも、地元の人は全然来なくてさ、人はいなかったな」 「人がいない日か……シン様は鈍感だぜ」 「やっぱり僕、鈍感か……」 「それで何があったんだ?」 「あの船って、現役の時は、世界一周航路の客船だったんだって」 「説明板にそう書いてあったぜ」 「ナナカはさ、こういう船で一年くらいかけて世界のスイーツ巡りにでも行きたいなって言ってた」 「で?」 「一人で回るのもつまらないから。ついでに僕も連れてってくれるって」 「なんて返事したんだよ?」 「全部ナナカもちだと悪いから、僕が稼げるようになってからならいいって」 「どうせ軽く答えたんだろ」 「だって、なんでもない軽口だと思ったから……」 「ソバも気の毒だぜ」 「そうしたら、ナナカの方がなぜか慌てちゃって。一年間ふたりっきりでいいのって言うから、ナナカとなら平気だよって」 「それも、どうせ軽く答えたんだろ」 「だって……ナナカとなら平気だと思ったんだもの」 「はぁ……ホントに気の毒だぜ」 今なら判る。 僕は、相手がナナカだったからそう答えたんだ。 きっと、ナナカじゃなかったら、ふたりっきりで平気だなんて言わなかった。 「どこへ行っちゃったんだ……」 「会長はん、ごきげんよろしゅう。そないにきょろきょろしてはったら、空き巣か思われますえ」 「あの」 「ナナカはんやったら見かけてまへんえ」 リア先輩から聞いたのだろう。 「会長はんも空振りどすか。あのお人の分も買うたんやけどね」 「うちらの準備は終わりましたし、暇やさかい、生徒会に差し入れでもしよか思いましてな」 「どうもありがとうございます」 「ちょっとお話があるんどすけど、かまいまへんか?」 「なぁ、見はりました? あのあっかい眼ぇ」 「ど、どうして知ってるんですか!? あ、リア先輩が」 「リーアは言うてまへんえ」 「じゃあ、なんで」 「ナナカはんな、昨日の朝、うなされてはったんどすわ」 そういえば、御陵先輩の家に泊まってたらしいな。 「そのままほっといてもよかったんやけど、あんまり辛そうにしてはったし、つい仏心出してしもうてな」 「起こしたんですか?」 「そうやねん。あんたはん、どないしたんその眼ぇ、唐辛子入りの目薬でもさしはったん言うたら、見られた見られた言うてえらい怯えよってな」 「誰にも言わんといてくれいうて、なんべんも念おされたわ」 「特に、会長はんには知られとうなかったみたいどすな」 「……僕に」 同じだ。 僕が魔王であることをみんなに、特にナナカに知られたくなかったのと。 「お医者はん行こ言うても、いやや言いはるし、さっちんはんにも知られとうないみたいやし」 「どないしてかよう分かりまへんけど、よそさんに見られたらあかん思いましてな。とりあえず落ち着きなはれ言うて、睡眠薬いれた茶、飲まして寝かしたんどすわ」 「そんな事が……その事をさっちんは?」 「このところ寝が足りひんさかい、無理やり寝かした言うたら、納得しはりました」 「会長はんに見られてしもたら、化け物呼ばわりされる思たんやろね。ごっつい眼ぇの色やのうても、とうにスウィーツの妖怪やんか。今更やし」 「なぁ、会長はん。あの眼ぇ見て、化け物呼ばわりしはったん?」 「……咄嗟に、言葉が出てこなくて」 あの時。 僕が、言うべきことを言ってたら。 ナナカはナナカだよ。って言ってれば。 「会長はんは悪ありまへん。古くからの知り合いが、いきなりけったいな風になりはったら、誰かて戸惑うもんやし」 「ちゃんと答え聞く前にひとり合点してすぐ腰が引けてまう、気にしいでびびりなあのお人の悪いとこどすえ」 「確かにソバは臆病だし、押しも弱いぜ」 ナナカが臆病。押しが弱い。 ちょっと前の僕だったら、ナナカと一番縁の遠い言葉だと思ってたろう。 「あれ、会長はんに見られはったんやね。そうやなかったら、聖夜祭には帰ってきはるさかい安心しなはれゆうて、会長はんに言えたんどすけどな」 「みんなナナカが聖夜祭には絶対来るって言うんですけど、何があるんですか?」 「うちいらんこと言いやし、あのお人の連れでもありまへんし、夕霧庵の常連とも違いますさかい、言うても裏切りにはなりまへんな」 御陵先輩は、にやりと笑った。 「まったく、会長はんはえらい残酷なお人どすなあ」 「ええっ!? どうしてですか」 「あの臆病なナナカはんが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、一月掛けてこっそり準備しはった事なんどすえ」 「それをうちに言わせて事前に知って、あのお人の計画を台無しにしてしまうんは、人の道に外れとる事やいうふうには思いまへんの?」 「……喋る気ないんですね」 「教えてもかまいまへん言うとりますやないの」 「遠慮しときます」 「ほんなら、あのお人をちゃっちゃと見つけて、当日、自分で知りなはれ」 「ええ返事や。ナナカはんの恐れは、杞憂やったようどすな。会長はん、一生懸命捜してはるやないの」 「怪物や思とったら、捜すんは賞金が出る時だけやし」 「会ったら、ちゃんと話せるかな……」 また口ごもったりしてしまったら。そしてナナカが逃げてしまったら。 「知りまへん。言わなあかんのは会長はんで、うちやありまへんさかいなあ」 「あのお人を見つけはったら、逃げられへんようしっかり捕まえとかなあきまへんえ」 「ちゃんと捕まえます」 「ほな、ついでに伝えといてくれまへん? うちをうならせるソバもよう出さんで、消えはるつもりなん? てな」 そしてたちまち日は落ちて。 僕はナナカを探し続けた。 聖夜祭は明日だっていうのに。 僕は聖夜祭の責任者なのに。 世界が明日滅びるかもしれないっていうのに。 それでも、僕はナナカを探している。 それは僕にしか出来ない事だから。 僕がやらなければいけないことだから。 ナナカはきっと、僕以外の人に見つけて欲しくないだろう気がするから。 どこにでもナナカとの思い出があった。 どれも他愛のない思い出ばかりだったけど。 どこにでもナナカがいそうな気がした。 いつ頃からだろう。 ナナカを探すようになったのは。 ナナカが見つからなくなったのは。 それは。 初めてのキスをした瞬間からかもしれない。 最初に会ったときからずっとだったのかもしれない。 ナナカは僕と何もかも隠し立てない幼馴染みだったわけじゃなかった。 僕は、ようやくそれを知った。 「もしもし」 「シン君どう?」 向こうにもなんの知らせも来ていないようだ。 「……まだです」 「そっか……みんなで探せなくてごめんね」 「こちらこそ、聖夜祭の準備しなくてすみません」 「いいんだよ。世界はみんなで救えばいいけど、ナナカちゃんを見つけられるのはシン君だけだから」 そうだといいんだけど。 もし、二度とナナカと会えなかったら……。 胸の奥が痛んだ気がした。 「大丈夫だよ。シン君ならナナカちゃんをきっと見つけられるよ」 「明日、ナナカを連れて行きます」 「明日じゃだめだぞ」 「もう24日だよ」 「……絶対、間に合います」 「よしよし。その意気だゾ」 「頑張ってね。生徒会室で待ってるから」 「シン様気が利かないぜ。愛しのリアちゃんからなんだから俺様にも替わってくれよ」 「ごめん。気が回らなかった」 「そう真面目に答えられると困るぜ」 「でもよぉ。探すって言ってもあとどこ探すんだ?」 会えなかったら。会えなかったらどうしよう。 考えるな。絶対に会える。絶対。 「……すれ違ってるのかもしれないし」 「だがよ。商店街の奴らに結構声かけたぜ。それでも見つからないんだから、町から出ちまったって考えるべきじゃねぇか?」 「しかもよ。もう午前2時近くだぜ。この時間じゃ誰も外なんて見てくれねーぜ」 そうか。もう聖夜祭当日なのか。 このまま会えなかったら……。 そう思うと、胸の奥に氷のキリでも差し込まれたみたいな痛み。 いやだ。いやだ。そんなのはいやだ。 後悔にはしない! 「一番早く活動始める天川のオヤジが牛乳配達始める時刻でも間に合わないぜ」 「もうないのかよ。お前ら二人にとって馴染みの場所って」 「……あと、一か所だけあるよ」 「どこだよ?」 「うちかよ」 「いるわけないでしょ? だから来るだけ時間の無駄だと思って」 「ま、そうだな」 「こんなとこで時間を無駄にするわけには――」 僕は玄関の扉をそっと開けた。 「おい、靴もがもが」 パッキーの口を押さえつつ、そっと上がり込む。 台所の方から明かりがもれている。 蕎麦を打つ音がする。香りがする。 「あ、え!? し、シン!?」 よかった。もう会えないかと思った。 会いたかった。他の誰よりもナナカに会いたかった。 胸がいっぱいになって言葉が見つからない。 「どどどどうしてここに!?」 ようやく出た言葉は、我ながら間が抜けていた。 「ここ僕んち」 「え、あ、そ、そうだよね」 「で、でしょ」 「あー、あの……」 「……どうぞ」 「……ええと……その……これは……」 「生地って……放っておいていいの?」 「あ、だ、大丈夫! そんな簡単に乾いちゃわないから」 「そ、そうなんだ……そういえばそうだね」 「そうそう! 知ってるでしょ」 「うん、知ってた」 「え、ええと……とりあえず座ってて?」 「す、すぐ作っちゃうから待ってて」 な、なんだこの状況は? なぜナナカは真夜中に蕎麦なんて作ってるんだ!? というか、それも疑問だけど、なんでうちで作っているのかの方が疑問だろう!? でも、今はそんな事はどうでもいいか。 ナナカを見つけたんだから。 「うむうむぅうむ」 「どうしたのパッキー? 顔色が悪いよ」 「むぐむぐ」 「今にも息が止まりそうじゃないか」 僕はパッキーの口から手を離した。 「ぜいぜい。死ぬかと思ったぜ」 「おまっとさん! 一丁あがり!」 打ち立ての蕎麦のいい香りが台所に満ちる。 「ちょ、ちょっといっぱい作りすぎちゃったけど、出来れば全部食べて! じゃ、アタシはこれ――」 「あああああああっ! 待って!」 僕は無意識に、逃げようとするナナカの手首を掴んでいた。 「え、ええと、あのあれだ! その、あれだよ! 待ってとにかく待って!」 「え、駄目、だって、アタシは」 今、行かせたらナナカとは二度と会えない。そんな気がする。 「い、いっぱいあるから一緒に食べて! 一緒に!」 「一緒に食べて。お願い」 「お願い」 「……じゃ、じゃあ……た、食べるだけなら」 僕は、ナナカが席に着いたのを確認してから手を離す。 ザルを出して、蕎麦を分ける。 三つの小皿に大根をすりおろしたのとワサビを乗せる。 ワサビのツンとした感触が鼻をつく。 「出涸らしのお茶じゃないの!?」 熱々のお茶を入れる。しかもちゃんと茶葉のを。 手を合わせて頭を下げる。 「ぺっこぺこだぜ」 時計は午前2時30分を回っている。 僕らは、台所のせまいテーブルで向き合って蕎麦を食べる。 「アンタの台詞はいつも同じだ。味だっていつもと同じだからしょうがないけどさ」 「いや、ホントにうまいから、ホントに!」 確かに、いつもと同じ味なんだけど、でも、いつもよりおいしかった。 「うめぇぜ。流星町じゅうを歩きまわった後だからな! 格別だぜ!」 「君は僕にくっついてただけでしょ」 「精神的に腹が減ったんだぜ」 「なんでそんなに歩いて――」 「ナナカ。全然食べてないじゃん。伸びちゃうよ」 そっか。 僕は、ずっと、いつでも、こんなにうまいものを食べてたんだ。 それをまるで当然のように感じてた。 当然なんかじゃなかったのに。 ナナカと僕の関係が変わったら食べられなくなる可能性だってあったのに。 「いつもと変わらないって……」 「うまいよ」 ナナカは、僕の為に、こんなにうまいものを作り続けていてくれたんだ。 いつもいつも同じ感想しか言わない唐変木で鈍感な僕のために。 「ホント……いつも同じなんだから……」 僕の為に。僕の為だけに。 「ごめんって……何も謝ることないでしょ、褒めてくれてんだから……」 「って、シン、アンタなんで泣いてるの!?」 目元に手をやる、確かに生温かい水分で手指の先が濡れる。 「シン様、ワサビのつけ過ぎは野暮だぜ。ソバの味がわかんなくなっちまうぜ」 「ソバツユもワサビをごってりつけちゃいけないぜ」 「……うまいからだよ」 ホント。僕は色々なことに気づいてなかった。 「そればっかり……」 どうして、あの日、ナナカは僕を船に誘ったのか。 どうして、ナナカはいつも一緒にいてくれたのか。 どうして、ナナカのソバがこんなにおいしいのか。 どうして、僕にソバを食べさせ続けてくれたのか。 きっと、今だって気付いていないことはいっぱいある。多分。 でも、肝心な事には気づけた気がする。 僕は涙をぬぐった。 「本当にうまいからだよ」 「も、もう判ったってば!」 僕らは黙り込んだ。 そして、蕎麦をもくもくと平らげた。 ザルに残っていた最後の一本まで丁寧に食べる。 ソバ湯が出てくる。 ありがたくいただく。 時間は午前3時を回っていた。 「ふぅ。ゴチになったぜ」 「じゃあ……アタシはこれで……」 ナナカが席を立つ。 「うまかった。とっても」 「そっか……よかった……」 僕は大きく息を吸って吐いた。 こっちを振り返る様子もなく台所を出て行こうとする背中に、 「僕は、これから先も、ナナカが作ってくれるお蕎麦を食べたい」 出て行きかけた足が止まった。 「ずっと食べたい。ナナカと一緒にすごしたい」 「な、なんか、それ、プロポーズみたいじゃん」 「ああ、そうだね」 それが待ち続けてくれたナナカへの僕の答。 「で、でしょ。全くシンは考えなしなんだから。あはは」 「そうなら、そうでもいい」 ナナカは振り返ってくれない。 どんな顔してるか見えない。 「どうして……そんなこと……言えちゃうの?」 「ナナカが相手だから」 「アタシが?」 「ナナカだから。世界一周に誘ってくれた時と同じだよ」 「そんなこと覚えてたんだ……」 「ナナカだから、いいよ、って言えたんだよ」 「……アタシなんか駄目だよ。魔族だったんだよアタシ」 「もう2度と会えないかもって思ったら。胸が痛かった。悲しかった」 「シンは、判ってないよ」 「判ったから、気付いたから言ってるんだ」 「そゆことはさ。人間の女の子に言いなよ。アタシは駄目だよ。全然ダメ」 「そんなことな――」 「笑っちゃうよね。魔族なのにさ。今まで自分のコトごく普通の人間だと思ってたなんて」 「僕だって――」 僕だって魔王だ。と言いかけてやめた。 なんかそれは違う気がしたんだ。 「でも、これだけは信じて。まぁ魔族だって隠してたウソつきの言う事なんか信じられないだろうけど」 「アタシだって知らなかったんだ。これホントだから。シンを騙してたわけじゃないんだ」 「あ、でも騙してた事になるのか。結局は。あー、やっぱりウソつきだアタシ」 「少し前からね。アタシ、自分が自分でない夢を見はじめて」 「妙にしつこく見続ける変な夢くらいに思ってたんだ。だって、単なる夢じゃん」 「でも、なんかさ。あんまりしつこいんで、だんだん気持ち悪くなってきてさ。寝るのすら怖くなって来て」 「そんで。学園や、さっちん家に泊まった時には見ずに済んだから」 「でも、さっちん家でも見るようになって……しかも朝、起きたら魔族になっちゃってて……すぐ治まったから、さっちんには気付かれなかったけど」 「だから御陵先輩の家に?」 「そう。そうじゃなかったらあんな奴のうちになんか……でも、やっぱりなっちゃって、ぶぶづけに見られて」 メリロットさんは一歩遅かったんだ。 「でも、シンにバレなきゃいいやって思ったんだ。バレなければ何とかなるって。あはは。図々しいよね」 「まぁ魔族だから図々しいのも当然かもだけど」 「今朝なんかさ。ついに夢も見ずに済んだから、何もかもうまくいくんだな、なんて思ったんだ」 「でもさ、そんなのうまくいきっこないよね。嘘ついたり、隠したり、うまくいきっこない」 「千軒院先生と目があって……体の奥から何か引きずり出される感じがして……そしたらさ」 「後は、アンタが見てた通り。もっとも、ぶぶづけが面白半分にバラしたと思うけどさ」 「あ、今のなし。ぶぶづけは嫌な奴かもだけど、そういう事はしない。判ってる。あはは。やっぱりアタシの方が嫌な奴だ」 「それで終わり?」 「これで、判ったでしょ。もうアタシはアンタとは一緒にいられないって」 「どうしてって……聞いてなかった?」 「全部聞いてた。だから?」 「聞いてたんなら判るでしょう?」 「どうして! だってアタシは魔族なんだよ!」 僕は席を立った。 「ねぇ。ナナカこっち向いて」 「アンタは生徒会長で、クルセイダースの一員じゃん! 一緒になんかいられないよ!」 背中に近付く。 「サリーちゃんだって生徒会と一緒にいるじゃん」 「だって、あの子は何にも隠してないじゃん。アタシの場合とは違うよ!」 「それに、アタシは逃げちゃったんだよ! あんなに強い千軒院先生と戦うみんなを置いて一人だけ! きっと裏切り者だと思われてる!」 「誰もそんなこと思ってないよ」 「思ってるに決まってる!」 「ナナカは悪くない。急に自分があんな風になったら誰だって驚くよ」 「ねぇ。こっち向いて」 「魔族になっちゃった女の子のことなんか、誰も信じてくれないよ」 「だからさっちんにも言わなかったの?」 「だって、赤く光る眼なんか見たら、怖がるに決まってるよ!」 判る。 僕だって、知られるのが怖かったから、ナナカに知られるのが怖かったから、完全な魔王になれなかったんだから。 「誰も信じてくれやしないよ」 「僕は信じるよ。さっきの話も全部。ナナカはウソつきなんかじゃない」 「隠してたんだよアタシは!」 「信じなかったら、どうして僕がここにいるの?」 「シンは、そういう奴だもん。誰だって探すもん。裏切り者の幼馴染みだって」 「確かに僕は誰だって探すかもしれない。でも、今夜探していたのはナナカだよ」 ナナカの肩が震えていた。 「なんで……ここでそんなうまいこと言うのさ」 「ホントの事だよ」 その震える背中は小さくて。 「もしも。もしも。あり得ない事だけど。世界中の人がナナカの話を信じなかったとしても」 「僕だけはナナカを信じる。生徒会のみんなが敵になっても。世界が敵になっても」 「うそ……つき」 僕は後ろから、ナナカをそっと抱きしめた。 「嘘じゃないよ」 腕の中で、震えがおさまっていく。 「嘘でも……いいや……」 「本当だよ」 「……一番高い切符を買ってさ……どこか遠くへ逃げちゃおうと思ったんだ……遠ければどこでもよかった……」 「だから……駅までは行ったんだ……」 「でも、不意にさ。ここにソバ粉いっぱい置いておいたの思い出してさ……シンじゃソバ打てないって思ってさ……」 「聖夜祭だから……アンタ今日は泊まりだろうって思って……会わないだろうって思って……」 「だから……最後に、アンタの為にソバ打っておこうって思って……アンタが帰って来た頃には、どうせ伸びちゃうだろうけど……それでもって思って……」 ナナカの手が僕の手に重ねられた。 あたたかかった。 「作ったら、どっかへ行っちゃおうと思ってたのに……アンタ、現れちゃって……」 「そしたら……まぁ……一緒に食べたっていいよね、どうせいっぱい作っちゃったし……勿体ないし……って気になっちゃって……」 ナナカが振り返って、僕を見た。 瞳が涙で濡れていた。 僕がゆらめいて映っていた。 「食べ終わったら……どっか行っちゃおうと思ってたのに……アンタがうまいこと言うから……」 「凄く、凄く、うまいこと言うから……困っちゃう……ホントに……未練たらしくて困っちゃうよ……諦めたのにさ」 「うん。困って。それに諦めなくていいから」 「いいのかな……」 「うん。いい」 「……そっか……いいのか……」 「ねぇ」 「キスしていい? なんかそんな気持ちになっちゃったんだけど」 「いいよ。アンタならいつでも」 「今度は、事故じゃないんだ」 「……前のだって事故じゃなかったもん」 僕らは近づく。 「事故だなんて言ってごめん」 「いいの。いいの。それはもういいの。言ったのはアタシからだし……」 僕の唇にあたるやわらかくあたたかい感触。 息がとまる。時間がとまる。 僕らはキスしてる。 少しだけ蕎麦つゆの味がする。 「しちゃった」 「しちゃったね」 「今度は事故じゃないよ?」 「今度は事故じゃないよ」 僕らはみつめあって、ちょっとだけ笑った。 「あー、おほんおほん」 僕らは慌てて離れた。 「何だよ今更。俺様はずっと居たぜ。気を利かしててやったんだぜ!」 「そ、それで急に何!?」 「12月24日4時23分28秒。誤差は2分内だぜ」 「あ! そうだよシンまずいじゃん!」 「あと1時間ないけど……何がまずいの?」 「リ・クリエでしょ! っていうか、どうしてアタシの方が先に思い出すかな!」 「あー! そうだった! リ・クリエの時間だ!」 「シン様、本当に忘れてたのかよ。俺様は、てっきり、リ・クリエと戦うにはソバの力が必要だ、とか言うと」 「戦いがなきゃアタシは必要ないとかソバがヘソを曲げるといけねぇから、口に出さないだけだと思ってたぜ」 「えへへ、そっか、そうなのか」 「どうしたのナナカ?」 「じゃ、聖夜祭を開催するための最後のひと仕事をやりに行きますか!」 「うわ。凄い流星」 「リ・クリエが近いせいなのかな」 「アタシらはさ。勝つね」 ナナカが隣にいてくれる。 そうすればきっとうまくいく。世界だって救える。そんな気がする。 「聖夜祭さ。うちの同好会の出し物、休憩時間に見にきて」 「もちろん。メイド喫茶だっけ?」 「昨日の準備に参加してないから、さっちんにぶーぶー言われるだろうなぁ」 「それを言うなら、僕なんか、聖夜祭そのものの準備をさぼったもんね」 「うわ。生徒会長失格!」 「原因が偉そうに言うんじゃないぜ」 「実はさ」 「僕さ。魔王だったんだ」 「ええと……なにそれ?」 「いや、本当なんだ。これが」 「うーん。あんまり面白くないかも」 「リ・クリエの時、驚かれると困るからさ。言っておく」 「で。俺様は魔王の使い魔だぜ。大賢者パッキー様だぜ」 「……パーの字がそう言うと、余計ジョークっぽくなるんだけど」 「肝心な時に疲れてると困るんで、今は変身しないけどね。僕は魔王なんだ」 「魔王なの?」 「ならさ。世界をアタシにちょーだいな」 「具体的には?」 「世界中のスウィーツを、全部アタシのものに!」 「ちょっとそれは無理」 「あはは。シンにそんなこと頼まないよ」 「じゃあ、何を?」 「魔王じゃなくても出来ること」 「うーん。なんだろう」 「ひ・み・つ」 「なんか、ちょっと不安になって来た」 「大丈夫だよ。さぼってたのは僕も同じだから」 「まだ不安?」 「だって……アタシ逃げちゃったりしたし」 僕は、ナナカの手を握った。 「そうだね。大丈夫」 一瞬、強く握り返されて、手が離れる。 「遅くなりました!」 「お帰り」 「おかえりー」 「全く、生徒会長の癖に聖夜祭の準備をさぼるなんて最低よ!」 「まぁ、咲良クンがいなくても私がいれば大丈夫だけど」 「そういう副会長さんこそ。まだかまだかと一番気にしていたじゃないですか」 「それは! その! 会長の所在を把握するのは副会長の責務だからよ!」 「聖沙、ありがとう」 「べ、別に私は職務を果たしただけよ! それに預けてた携帯が気になってただけ!」 「カイチョー。不良になりたいからってさぼりはいけないぞ」 「オマケさん。不良さんはさぼるから不良さんなんですよ」 「みんな。ごめんね。そして、ありがとう」 ナナカは深々と頭をさげた。 「心配かけてごめんなさい!」 「謝ることないよ。事情が事情だったんだ――」 「リーア。ケジメは必要どす」 「でも、彩錦ちゃんは知らないだろうけど、ナナカちゃんには理由が……」 この人が知らない筈がない。だって、見てるんだから。 なのにこう言うのは。 「このお人が、うちらにぎょーさん迷惑かけたんは事実やし」 「彩錦ちゃんは、随分前から手伝うって言って――」 「うん。いっぱい手伝ったよー。百人りきー」 「お菓子を食べてただけに見えたけど」 「だから主に食べる方だよー」 「くやしいことに、お仕事をしていた分、負けてしまいました」 「そういうのは負けてもいいんだぜ」 「よそ様に迷惑かけはって、それで礼や謝罪も言わんで平気な神経のお人なら、うちは何も言いまへん」 そうか。 ナナカが後まで引きずらないようにって事なのか。 「アタシ……」 「一人で逃げ出して……信じてもらえないと勝手に思って……ごめんなさい」 「一人で勝手に思い込んじゃって、みんなに迷惑かけて……」 「まったく、ナナちゃんは私がいないと駄目なんだからー」 「……アンタには言われたくないかも」 「ほな、本職はんが戻って来た事やし。うちはぼちぼち休ましてもらいます」 「御苦労さま」 「かまいまへんえ。この御代は、リーアの体でたんと払ってもらいますさかい」 「か、体ですってぇっ!?」 「最後のダンスでパートナーになる約束なんだよ」 「ほんで、ナナカはん、これ」 「あんたはんの代わりに、うちが作業した書類どす」 「うわ……こ、こんなに!?」 「うち、本職の会計やありまへんし、間違いがあったら、あんたはんの責任な」 「今回は、あ、ありがとう」 「ほな」 「ナナちゃん。私も渡すものがあるんだよー」 「不吉な予感が……」 「これ、差し入れにもってきたケーキの領収書だよー。立て替えといたよー」 「差し入れしたのは、アンタの意志だろ!」 「違うよー。ナナちゃんから電波が来たんだよー。スイーツ買って来いってー」 「わざわざスイーツって言うんだから、ナナちゃんの電波だよー」 「まったく、あの状況でよく食べられたものね」 「だって、シン君なら絶対にナナちゃんを見つけるってわかってたよー。だから安心してたよー」 「いわゆる笹舟に乗った気ぶーん?」 「なんだそりゃっ!」 「そこは泥船と言わなければ駄目ですよ」 「じゃ、私も同好会の方に行ってくるよー! 後でねー!」 「あ、ちょっと、待てっ!」 「……でも、まぁ、さっちんなりに助けてくれたんだ」 「差し入れのケーキの半分近くは、さっちんさんの胃の中ですよ」 「た、助けてくれたんだい!」 「その残りの半分はアタシ!」 「私だって負けてませんでしたよ」 「でね。シン君。こんなに書類があるんだけど」 「うわぁ!」 そこには、書類の塔が! 「これもね」 倍増!? 「書類の決裁の前に、一仕事よ!」 「へ、ヘレナさん、どこに隠れていたんですか!? って、と、塔が!?」 懸命に塔を押さえて支える僕を尻目に、ヘレナさんは胸を張り、 「リア。今何時かわかる?」 「いまは……午前4時2分だよ」 「聖夜祭の妨げとなるリ・クリエの開始まで21分ってこと」 「聖夜祭の妨げって……規模が小さすぎる形容じゃないですか?」 「盛り上がりが足りません」 「いいのよ。この言い方だって間違ってないんだから」 「世界の破滅とか言われても実感わかないもんね」 「そうだね」 「それにね。ロロットちゃん。盛り上がるのは聖夜祭だけでいいのよ」 「なるほど。確かにそうですね」 「そんなわけだから、クルセイダースの諸君! 出撃!」 「サクッと片づけちゃってね♪」 午前4時を過ぎたばかりの空は、まだ夜だった。 「凄い流星……」 「もうすぐ、リ・クリエだもの」 「それが終われば聖夜祭ですよ! ワクワクします♪」 「牛丼食うぞ! いっぱい食うぞ!」 「気が早いね」 「牛丼屋は出ないと思うわよ」 「ガーン」 「ナナカ。大丈夫?」 「うん。大丈夫だと思う。一度見られてるし」 「というか、平気だって判ったから。見られても」 「そこ! そこはかとなくあやしげな会話しないでよね! 気になるじゃない!」 「どこがあやしげなんですか?」 「う、うるさいわね! 怪しげなものは怪しげなのよ!」 「お嬢さま」 「じいや!? どうしてここに!?」 「及ばずながら、支援いたします」 「サリーちゃん。差し入れ、もって、来た」 「カツ丼大好き! オヤビンも大好き!」 「あら? 珍しく牛丼じゃないのね」 「カツ丼、勝つ。縁起いい。みんなの分、ある」 「私は」 「食え。腹減る。戦、できない」 「では。遠慮なく頂かせていただきます」 「流星を見ながらかつ丼を食べる。なんだか、ピクニックみたいで楽しいですね」 「来るぜ」 学園に残った魔法陣が一斉に起動している。 大気がびりびりと震えだす。 「カツ丼を食う暇はなさそうだぜ」 「大丈夫です。終わったら食べればいいんです」 「勝って食べるからカツ丼でぃ」 時間を見た。 12月24日午前4時24分18秒。 夜が震えた。 アゼルが、いや、リ・クリエが現れた。 それは、ただひたすら圧倒的だった。 始原の力。 僕は絶望も諦念も感じていなかった。 守護天使が囁いているのを感じる。私達は負けないと。 命を繋ぐ切れない意志がある限り、世界は滅びないと。 「アゼル……だよね?」 「すっげー」 「アゼルさん……」 「これが……リ・クリエ……」 「まだ居たのか」 冷ややかな声が降ってくる。 「再生するなら異郷より故郷での方がよかろうに」 アゼルは僕らの事を無視して、ロロットにだけ話しかけていた。 「アゼルさん! アゼルさんには判っていません! 新しい世界なんていう来るか来ないか判らないもののために、この世界も生まれ故郷も滅びちゃうんですよ!」 「よりよき新世界が来たるに疑いは無い。それが我が主の意志であるからだ」 「神様と会った事もないのに、なぜそんなこと断言出来るんですか!」 「主の言葉を私は聞いた」 「お前も、神に逆らう事の滑稽さを悟り、けがらわしい魔王の徒党から離れ、心静かに最後の時を待つがいい。それが〈同胞〉《はらから》であるお前への慈悲だ」 「嫌です! そんなの願い下げです」 「新たな世界の為に、古き世界は道を譲るのが理。主に最も近い事を誇りとする我が〈同胞〉《はらから》であるなら、主の御心に従うのこそ喜びと知れ」 「アゼルさんの判らずや!」 「全ては主の御心のままに」 「お嬢さま。無駄でございます」 「じいや……」 「人は自らに絶対の正しさがあると確信している限り、又は勝利を確信している限り、他人の話を心からは聞こうともしないものですから」 「ですからこの世界から争いはなくならぬのでございますよ」 「そのような世界に存続する価値なし」 体に満ちていくのは、力。 「確かに素晴らしい世界じゃないかもしれない。少なくともベストじゃない。でも、僕らは今、生きている! そして生きたがっている!」 魔王の力が湧き出してくる。いや、それだけではない。 守護天使の力、そしてみんなの力、その全てが僕を燃え上がらせていく。 「魔王! 主の意志に逆らう矮小でけがらわしい存在! お前だけは生まれ変わる事も許されぬ」 「許されなくて結構だ!」 「うわ……本当に魔王だ……」 「本当だって何度も言ったじゃん」 「ま……いいか。シンはシンだし」 「主の恩寵を拒む闇め!」 「生き続ければ、その先にまた新しい可能性があるかもしれない。死ぬことは可能性を全てあきらめることだ。そして僕らはまだあきらめていない」 「そうだよね、みんな!」 「あったりまえだい! アタシにはまだしたいことがいっぱいあるんでぃ!」 「とりあえずは聖夜祭を成功させるわよ」 「アゼルさんには従えないよ。私、約束があるんだもん」 「牛丼食べられないのは嫌だぷー」 「魔界、牛丼ちぇーん、作るまで、負けない」 「愚かな。実に愚かな。お前らには生まれ変わりのない死のみがふさわしい」 「たとえ、それが争いしか生まなくても、生きていこうとすることが僕らの世界の意志だ!」 「どんな相手であろうとそれを否定するなら押し通すまで!」 みんなの体に満ちているのは、命の力。 僕は手を差し出した。 ナナカは僕の伸ばした手を一瞬握って、すぐ離すと、自らの胸のロザリオを掴んだ。 全員が揃った。 「みんな行こう!」 「終わったか!?」 「まだみたい」 まるでアゼルは何事もなかったかのように身を起こした。 「また……」 「こんなに押してるのに!?」 降り注ぐ流星の中、アゼルは倒れない。 防御を打ち破っても打ち破っても、すぐ新たな光の壁が再生される。 魔将たちと違って、神そのものの力は枯渇する事も無い。 「お願いです。もうこんなことはやめましょうアゼルさん!」 「主の恩寵を拒む哀れな者ども。無駄な事はやめるのだな」 「無駄とは言えないぜ。奴にもかなりのダメージは蓄積されているぜ」 「なら、このままいけば!」 「このままだと〈原初物質化暴走〉《プリマテリアライズオーヴァードライブ》、もとい時空崩壊開始までに倒せないぜ」 「ねぇ、アゼルの動き、少しおかしい気がするんだけど」 僕の脳裏に、バイラスの言葉がよみがえった。 「『奴の左を……狙え……ニベと俺が……同じ場所を……3……度傷つけた……隙があるはずだ……』」 「アゼルの体の左側に攻撃を集中するんだ!」 「判りました!」 僕らの攻撃がアゼルの左半身に集中する! 「効いてるよ!」 無限と思われていた防御陣が侵食され、熱を加えた飴のように崩れていく! 防御が再生される速度を、僕らの攻撃が上回る! 「おのれ魔王め! 魔族どもめ! クルセイダースめ!」 「おのれ! 死ね! 死ね!」 アゼルを中心に狂乱する光。 僕らに雷が降り注ぎ、熱波が吹き荒れる。 だけど、ひとつの意志となった僕らは乱れず、全てを打ち破る。 「こんな、こんなこんな事がぁ!」 「主の意志が絶対ではないと言うのかっ。馬鹿な有り得ない!」 「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 戦いが終わると同時に。地平線から顔を出した太陽が光を投げかけてきた。 長い長い夜が終わって、聖夜祭の日がやって来た! 聖夜祭が始まり、僕たちは次々に始めるイベントの準備へと。 「ナナカちゃん。そろそろ同好会の方へ行ったら?」 「でも……いいんですか……?」 「行ってきなよ。メイド喫茶も、聖夜祭を盛り上げるイベントの一つなんだから」 「ナナカさん。私だって、後で聖歌隊の準備で抜けるのよ。あなたが行かないと、私も行きにくくなるわ」 「で、でも、アタシは、昨日準備に参加しなかったし……」 「それ以前から、ずっと準備してたんだよね?」 「そう……なんだけどさ」 「大丈夫ですよ。私に任せなさい! なんといっても天使ですから!」 「種族と能力は関係ないぜ」 リア先輩は、びしり、と扉を指差した。 「行きなさい」 「行かなかったら、これから先ずっとナナカちゃんのこと、ヘタレのナナカちゃんって呼んじゃうよ」 「わ、判りました! ありがとうございます!」 しかし、メイド喫茶はどんな具合だろう。 いや、僕まで抜けちゃまずいだろう。 「了解したよ」 「出なくていいんですか?」 「いいんだよ」 ナナカのメイド喫茶、なにやってるのかな。顔、出したいな。 でも……生徒会長がここで抜けるわけにはいかないよね。 「シン君。そろそろ休憩入ったら?」 「でも、僕は、昨日準備に参加しなかったし」 「それに、みんな忙しいのに生徒会長の僕が抜けるわけには……」 「会長さん。そんなにそわそわしながら言っても説得力ないですよ」 「そ、そわそわって何の事かな?」 「咲良クン。ナナカさんと約束したんでしょう? スイーツ同好会のメイド喫茶に顔を出すって」 「見に来てとは言われたし、もちろん行くとも言ったけど……」 「確かに、約束はしてねぇぜ。だがシン様! 女に誘われたのに行かないようじゃ、ハーレムなんて夢のまた夢だぜ!」 「そんな夢ないよ」 「行きなさいよ! 咲良クンがいなくたってなんとかなるんだから!」 「副会長さん見抜きました! その間だけでも、生徒会長になる気ですね! きらーん」 「見に来てって言われて断らなかったんだよね?」 「行きたいと思っているんだよね?」 「なら、行きなさい」 「ふたりとも本当に世話が焼けるんだから……」 スイーツ同好会のメイド喫茶は確か……。 「会長はん。会長はん。こっちどす」 「え、どうして御陵先輩が」 「えらい時間かかりましたなぁ。お昼食べて、寝てはったんとちゃいますの?」 閉まってるみたいだけど……。 「入っていいんですか?」 「なに遠慮してはりますの。ちゃっちゃとお入りなはれ」 飾り付けられたメイド喫茶ブースに、見覚えのある人が二人。 「あれ冬華さん……谷村さんまで!?」 続いて、岡本さんが現れた。 「あれ……その服」 「お客様。こちらへどうぞ」 どこかで見たことのあるような制服を着た岡本さんが僕に席を勧める。 「この制服もしかして……」 ショコラ・ル・オールの。 「ええ。私がお貸ししましたわ」 僕はメニューを手にとって開いた。 シュークリーム。チーズケーキ。ショートケーキ。オレンジガナッシュ。アップルパイ。 「全部、さっちんはんとユミルはんの手作りなんどすえ」 「……へぇ」 ナナカだけはケーキを作らなかったのか……。 ちょっとがっかり。 「今日に、なんとか間に合いましたなぁ」 「間に合ったって……。もしかして作り方を?」 「ずぶの素人がいきなりプロの真似やしたかて、どうにもなりまへん」 「一人だけ、無謀なお人もいてはりましたけどな」 「おまたせー」 「お客さまー、お待たせいたしましたー」 冬華さんと、谷村さんと、御陵先輩にはさっちんが。 僕にはナナカが、スイーツを出してくれる。 「……ご、ご、ご、御注文のエエエクレアでございます」 ナナカは、今にもひきつけでも起こしそうに緊張していた。 エクレア? メニューにはなかったけど……。 「これは!?」 僕ら4人の前に置かれた、溢れそうなくらいクリームの中にチョコチップが入ったエクレア。 谷村さんを見た。 店長はほほえみ返しただけだった。 「ナナちゃん。リラックス、リラックス」 「あ、あ、うん。お、おほん」 ナナカは僕を見た。 「ご、御賞味、く、く、くださひ、あう」 「だ、大丈夫ナナちゃん!? 舌かんだー?」 「だひじょうふ」 ナナカは、ここ一月ばかりこのスイーツを作る練習をしていたんだ! おそらくこのスイーツだけを。 冬華さんや、谷村さんや、御陵先輩や、スイーツ同好会のみんなの力を借りて。 もしかして。 いや、もしかしてなんて曖昧に逃げるのはやめよう。 僕のために作ってくれたんだ。 「え、ええと。し、シン。いい、嫌なら食べな――」 「一生、ヘタレや言われてもええんどすな?」 「よ、よかないやい!」 ナナカは睨むように僕を見た。 「シン、一生のお願い! 食べて!」 「うん。喜んで」 僕はエクレアを手に取った。 遥か昔の記憶どおり、中身が溢れんばかりに詰まっているせいで、ずっしりと重い。 ナナカが僕を見ている。祈るような眼で。 かぶりつく。 口の中に甘い……いや、甘すぎるクリームの味が広がる。 「ごり」 不意打ちで噛み砕いてしまったでかい塊は、砕き損ねたチョコレートか。 苦味が強いチョコの破片と甘すぎる上に濃すぎる生クリーム。どろりとしたハーモニー。 皮はふっくらさも張りも足りなくて歯ごたえがまるでない。 そのくせ、皮にコーティングしてあるチョコレートは分厚すぎて固すぎる。 つまり、結論としては……。 「なぜ……? レシピ通りで、あの味覚のセンスで、この味に……?」 冬華さんは、首をひねって。 「うむ……ううむ……ううむぅ」 谷村さんは、どういう表情をしたものか困ってる様子で。 「ごちそうさんどした」 御陵先輩は、なぜか平然としていた。 「ど、どうだった!?」 全員の視線が僕に集まっていた。 ちょっとだけ迷った。 正直に言うべきか? それとも、こういう時、一生懸命僕の為にしてくれた女の子に対する常識的な返答をするか? 「ちょ、ちょっと待って! こ、心の準備するから!」 「すーはー。すーはー。すーはー」 「よし! 来い!」 僕は、相手がナナカだから―― 「まずい」 と答えた。 「をひをひ」 「ありがと。正直に言ってくれて」 「ナナカが作ったんでしょ?」 「わかる?」 「わかるよ」 「よかったー。シン君が泡吹いて倒れたりしなくてー」 「その心配はありまへんえ。うちらが生きてますし」 「そうっすね」 「それにしても納得いきませんわ。あれだけ努力して、しかもナナカさんのセンスで、この結果は……」 「そうですね。もっとおいしくなる筈だと思いますよ」 「これでおしまい?」 「まさか! シンがおいしいって言うまで作る!」 「シンが、嫌じゃなければだけど」 「おいしくなるまで付き合うよ」 「お、おいしくなってからも付き合ってくれなきゃいやだ」 ナナカは僕をまっすぐに見た。 「……それからね。シン。もしかしたら今更かもしれないけど」 「大好きだよ!」 小さな問題はいっぱい起こったけど、 解決できない問題も、聖夜祭を中止に追い込む問題も起こらず。 大部分の参加者の喜びにつつまれた時は、矢のように過ぎ。 最後のプログラムであるダンスパーティも盛況のうちに終わり。 大成功をおさめた。 そして後には。 「うぎゃぁぁ! もうこれ以上書類見たくないぃぃ!」 後始末をつけねばならないものが大量に残された。 「大きな行事の後には、つきものなんだからしょうがないよ」 「まぁ。そうかもだけどさ」 「残って、後始末の書類のチェックや整理、全部やるって言いだしたのはナナカだよ?」 「だって……昨日はみんなにいっぱい迷惑掛けたから」 「誰も気にしてなかったのに」 「落とし前は、つけないとさ。気分悪いじゃん。自分が」 「それにさ、本当に大変なのは明日で、今やってるのは後でも出来ることだもの。大したことないよ」 明日は休校。 一日がかりで仮設ステージや機材の撤去だの、外部から借りた機材の搬出だの、学園あげての大仕事。 当然、生徒会も全力出撃。今日は帰った残りのメンバーも明日は出てくる。 「でも、シンまで残ることなかったのに」 「僕だって、昨日は準備に参加してなかったわけだし」 「だって、それはアタシのせいで」 「一人より二人でやった方が早く終わるじゃん」 ナナカとふたりっきりになりたかった、って気持ちもあったけど。 口に出すのは、ちょっとね。 「アタシと二人っきりになりたかったわけじゃなかったんだ……」 「な、なんでもない! 進み具合どう?」 「あと、もうちょいかな。30分もあれば」 「アタシは……うーん。30分は無理……かな?」 「先に終わったら手伝うよ」 「だめ。これはアタシの仕事。それに10分も差ないよ」 手伝うのは簡単だけど、これはナナカなりの落とし前なんだから、尊重しなくちゃね。 僕の方はこれで終わりか。 ナナカの方は……もうちょいか。 お茶でもいれようかな。 「ふぅ……これで終わり!」 「はぁぁ! 肩こった!」 「お! さんきゅ」 「うわ。出涸らし!」 「嫌なら入れなおそうか」 茶碗をもって行こうとした僕の腕に、ナナカの手が触れた。 目が合う。お互い頬が熱くなる。 いきなり意識してしまった。 「え、えと、シンらしくて、い、いいかな、なんて」 見つめあう視線が離せない。 「そうだよ。うん。シンっていえば出涸らしだし」 「そ、そうか、僕は出涸らしなのか」 「え、いや、そんな事ないって! シンは出涸らしなんかじゃないって!」 「あの、だから、人間として出涸らしじゃないって意味で……」 「その……ええと……」 ナナカは視線をそらした。 「あ、アタシが大好きな……男の子なんだから……」 胸の奥を熱い弾丸が撃ち抜いたみたい。 くる。これはくる。ドキドキがはねあがる。 言葉が見つからない。 「あ……そ、それは……うれしいな……」 触れたままの腕と指。伝わる温度と鼓動。 「僕も……その……ナナカのこと……」 僕はバクバクと打つ心臓が口から飛び出しそうだった。 「一番大切な……女の子だよ……」 「あ、え、う、うん、わ、わわ……」 「そ、そう思っていてもらえると……う、うれしいな……」 「ほ、ホントのことだし」 「うわ。うわ。うわぁ。く、くるものがあるね……台詞だけで……」 「僕も……」 「あ、あのさ」 「ふ、ふ、二人っきりだと広いね! あはは」 ふたりっきり! そうだふたりっきりなんだ! ナナカとふたりっきりなんだ! 「きっと……この部屋でだけじゃなくて……旧校舎全体でも……」 うわ。何を口走ってるんだ僕は! 「そ、そうだね……」 妙に熱を帯びた沈黙。 ナナカの暖かさ。ナナカの香り。 唾をのみこむ音までが聞こえてきそう。 やばい。 僕、今、ナナカに反応してる。心も体も! このままだと、何かしてしまいそうだ! しかも生徒会室で! 「あー、おほん」 離れる。 ほっとしたような、残念なような、もどかしいような気持ち。 「黙ってようかと思ったんだぜ! でもよ。な、なんだお前らそのういういしさは!」 「こっちまで恥ずかしくなってきちまったぜ!」 ナナカがいきなり立ち上がった。 「ナナカ? ええっ!?」 「って、俺様をなぜ掴む!? どこへ連れて行く!?」 「悪い。でも、ちょっとだけ許して!」 「うお!? 俺様は大賢者パッキー様だぜ!?」 「判った。でも、今は単なるお邪魔虫だから!」 「か、鍵はいいんじゃないかな」 ナナカは携帯をポケットから取り出して電源を切ると机の上に置き、 僕がついだお茶を一息で飲んだ。 「ごくごくごくごく……ふぅ……」 少し赤味を帯びた瞳が僕を見つめる。 「ふたりっきりだね」 「ふたりっきりなんだよ。シン」 「あ、あ、アタシのこと……欲しくない?」 「お、女の方にこんなコト言わせんな!」 「あ、あの、どうして、そのわわ判ったの!?」 「だってシン。さっきからそわそわしてる」 「う、えっと、でも」 バレてた! 僕が心も体も反応してたのを! 「いいの。だって、アタシも同じだから」 「あ、あのね」 ナナカが近づいてくる。 僕は動けない。魅入られて動けない。 「アタシさ。かなり臆病だと思うんだ。チャンスの神様の髪をつかみそこねるタイプ」 「そんなことないよ」 「あるよ。ずっと昔からシンの事、好きだったのに言えなかった」 「同好会に入ったのだって、シンにおいしいスウィーツを作ってあげようと思ったからだったのに」 「作れる自信がなくて、食べるばっかりになっちゃって……」 「僕だって魔王のこと」 ナナカが更に近づいてくる。 「リア先輩に、シンのこと取られちゃうって思ったのに、さっちんに背中を押されたのに、何も出来なかった……」 「あの日。キス出来たのだって、偶然」 「寝てるシンを見つけなかったら……シンが急に起き上がらなかったら……」 「シンが、アタシじゃなくてリア先輩とかを選んでても不思議じゃなかった」 さっき、シャワーを浴びた時に使ったんだと思う、シャンプーの香りがした。 「リア先輩は僕の事なんか、なんとも思っていなかったさ」 ナナカは、なぜか笑った。 「シン。シンはね。シンが自分で思ってるよりも、アタシが思ってたよりも魅力的なんだよ」 「まさか、僕が魅力的だなんて」 「違うか。魅力的だからアタシだって好きになったんだもんね」 ナナカの手が僕の胸に触れる。 それだけで、僕は震えた。 「だからね。これからは……」 静かに押されて、僕は生徒会室のソファに座らされた。 逆らうことだって出来たろうけど、僕はしなかった。 逆らう意味がなかった。 ドキドキしてた。 「思いついたら。すぐ実行するんだ」 ナナカが僕にのしかかるようにして見下ろしている。 僅かな空間を越えて、あたたかい温度が伝わってくる。 「で、出来るだけ……なるべく……出来れば……」 「え、えっと……こういうのは……勢いでしないと……何もないまま、お婆ちゃんとお爺ちゃんになっちゃうから……」 「幾らなんでもそれは」 「あ、アタシならそうなりかねないの!」 「うーん。僕の方がきっと先に我慢できなくなっちゃうから」 「あ、アタシがしないうちに、我慢できなくなって他の女の子に手を出しちゃうってのかい!」 「違う違う違う!」 僕は、ナナカの背中に手を回して抱きしめた。 そのまま抱き寄せて、唇を奪う。 「ん、んむ、シン、んむ、ん、ちゅ、ちゅ……」 互いの熱い息を感じながら。 唇をおずおずと吸ってなめあう。 「シン、むちゅ、ふぅん、ちゅ、うちゅ、ちゅ……」 すごい。ただ体のごく一部を舐め合ったりくっつけたり吸ったりしあってるだけなのに。 頭がくらくらしてくる。 汗が全身から吹き出してくる。 名残惜しげにお互い離れる。 「はぁ……凄い……なんか頭の芯が熱い……」 「僕もだよ……」 僅かに赤味を帯びた瞳が濡れている。 「これで判ったよね?」 「え、なにが……?」 「僕の方が我慢できなくなっちゃうって言った意味が」 「うん。よくわかった……よくわかったよ……」 ナナカの右手が僕の胸をいとおしむように撫でている。 「わぁ、凄くドキドキしてる……」 「な、ナナカだからなんだからね」 「あ、アタシだって、シンだからドキドキしてるんだい!」 制服の前が全部開いた。 ブラジャーに包まれた胸が目に飛び込んでくる。 「う、うわ……」 「そ、そんなに驚くな! は、恥ずかしい!」 「う、うん……見ないようにしようか?」 「だ、だめ! 見てて! シンをドキドキさせるんだから!」 ぷちり、とブラジャーのホックが外れる音が響いた。 「うわ……おっぱい」 「なななな、何いってんのよ! ほ、他のもんだったらどうするんでぃ!」 ナナカは真っ赤になった。僕の方もきっと。 「な、なんでアタシばっかり死にそうにドキドキするんだ!」 「僕だってドキドキしてるよ!」 ナナカの香りに包まれていく。甘くやさしい香りに。 「こ、こうなったらシンをもっとドキドキさせちゃる!」 いきなりナナカの手がズボンの上から僕の股間へ触れた。 「え、な、ナナカ!?」 「こ、こんなに大きくしてるじゃん……スケベ」 「い、いきなり!?」 チャックが開くと同時に、とっくに昂ぶっていた僕のペニスが飛びだした。 「う、うわ……わぁ……おっ、大きい……」 「た……多分……普通だと思うんだけど……」 「そ、そうなんだ……ほ、他の奴のなんてどうでもいいんだい!」 いきなり、ナナカはしゃがみこむと、ペニスに胸を押し付けてきた。 恐る恐る触れる指。 「そ、それに熱い……」 「う」 柔らかい指先の感触だけで、僕は、びくり、と震えてしまう。 「うわ。ぴ、ぴくっとしたぴくっとした!」 「だ、だってナナカの指だと思ったら……その……」 「感じたんだ……そっか……アタシの指で……」 熱くなったペニスに比べれば少し冷たいナナカの指が、恐る恐る触れてくる。 そのたんびに、僕はぴくぴくしてしまう。 「わ……わ……わわっ……」 最初は、触れては逃げていた指だったけど、徐々に触れる時間が増えて、まるで撫でるような動きになる。 僕は、息が止まるんじゃないかと思うくらい、ドキドキしてる。 ナナカの胸がうっすらと吹き出した汗で、なまめかしく光ってる。 「あ、あのさシン……」 「な、なに……」 「こ、これさ……擦るとおっきくなるんだよね?」 「あ、うん。そうだよ」 ナナカの指が僕のペニスをゆっくりとさすり出す。 竿の部分から、ぞわぞわした高ぶりが広がっていく。 「う、うわ……シンの……ぴくんぴくんする……熱くなってく……」 「ナ、ナナカの指……きもちいいよ」 「こ、これでいいの? 気持ちいい?」 「もっと早くしてもらえると……もっといいかも」 「う、うん、わ、判った……」 ペニスの竿を掴んだ手が、根元から膨らんだ部分の付け根までを擦りたて始める。 「す、すごい、だんだん、おっきくなって来た……」 「あ、く」 気持ちいい。手で握られてこすられてるだけなのに凄い! お互いの息が荒くなってくる。 「な、なんかぬるぬるして来たよ! だ、大丈夫なの!?」 「だ、大丈夫。男は気持ちいいと出ちゃうんだ」 「そ、そうなんだ……熱いし……不思議なにおい……」 ぬるぬるがナナカの手の平で伸ばされて、更にすべりがよくなる。 ペニスとナナカの手がこすれ合う音に、ねちゅりした水音が混じり出す。 気持ちよさが底なしに湧き上がってくる! 「ねぇ……あ、あのさ」 「き、きもちいいよ!」 「う、嬉しい……じゃ、じゃなくて! ええと、その……」 ナナカは上目遣いで僕を見る。 「男の子って……これ、舐められたり……く、咥えられたりすると、きっ、気持ちいいんだよね?」 「え、な、な」 「違う……の?」 「い、いや、経験ないからよくわからないけど……」 「あ、アタシだってないやい!」 「と、とにかくしてみるから、きもちよくなかったら、言ってね」 ナナカの濡れた舌が、突き出されると、そのまま僕のペニスに触れた。 「だ、だめ?」 「ちょ、ちょっとびっくりしただけだから」 「じゃ、じゃあつっ、続けるから」 ナナカは恐る恐るという風にペニスに顔を近づけると、竿の部分をぺろ、と舐めた。 電気みたいな感触が、ペニスから脳のてっぺんまで走った。 「ど、どう?」 「な、なんかいい……かも」 「じゃ、じゃあ続けるね……」 ナナカの体温が、押し寄せてくる。 胸がペニスの玉に押しつけられて、柔らかい感触に包みこまれる。 「ん、ちゅ……ぺろ、ちゅ……ちゅ……」 熱くてやわらかくて、どくんどくんと激しい鼓動が伝わってくる。 「ナナカ、熱い……それに、凄いドキドキ」 「え、あっ……」 ナナカは一瞬だけ身をすくめて胸を隠そうとしたけど、すぐまた押し付けてきた。 汗ばんだやわらかい肌が気持ちいい。 「あ、当たり前じゃん……アタシだって……感じてるんだもん……シンが相手なんだもん……」 うれしい。ナナカの相手が僕で。僕でナナカが感じてくれてうれしい。 「ぺろ、ちゅ……ちゃぷ……ぺろ……ちゅ……」 「い、いいよ……気持ちいい……」 「うれしい……ん、ちゅっ……ちゅちゅっ、ぺろ……ぺろ」 ペニスに血が集まってくる。 あんまり集まり過ぎて、今にも破裂しちゃいそうなほど熱く脈打ってるのを感じる。 「はぁはぁはぁ」 「す、すごい熱……が、頑張る! ん、ちゅ、ぺろちゅ、ちゅ、ぺろ、ぺろ」 ナナカは舐め上げると同時に、胸をぎゅっと玉袋に押し付けてくる。 やわらかい感触に竿の付け根までが包まれて、ぞくぞくしちゃう。 「は、はぅぅ、な、な」 この押し付けてくる胸の先端で硬くなってるのは、まさか―― 「ナナカの乳首、硬くなって来た」 「そんな、恥ずかしいこと、言うな!」 「ほうぅっ!?」 ナナカはいきなり、ペニスの先端のふくらみを、ぱっくりと咥えた。 「ん、じゅちゅ、んちゅ、ぺちゅ、ん、ぺじゅり、ぺちゅ」 「お、おうわ」 熱く濡れた口の中で、舌が絡みついてくる。 「だ、大胆すぎるよナナカ! く、うくぅ」 「じゅちゅ、じゅちゅる、ちゅじゅっ、ちゅむ、ちゅじゅっ」 「くほぅ」 尖らされた舌の先端が、ペニスの先端を浅く突きえぐってくる! 溢れそうなのをソファの生地を掴んで懸命に耐える。 「ぷふぁ……はぁはぁ……」 「シンってば……すっごく、情けない顔してる」 「だって、今にも出ちゃいそうだから……」 「なら、もっと気持ち良くして、出させてあげる」 かぷり、と再びナナカに咥えられる。さっきよりも深く。 「ほわぅ」 「ちゅじゅ、じゅっ、じゅぶちゅ、じゅっ、じゅっ」 さっきより大胆にねばっこく舌がペニスに絡みついてくる。 腰を痙攣させながら、お尻に力を込めて、今にも溢れそうなのを堪える。 汗でぬれた胸までが、リズミカルに押しつけられてくる。 ペニス中がナナカに包み込まれてるみたいだ! 「んちゅ、じゅる、じゅじゅる、ちゅぷ、じゅじゅじゅる、じゅっ、べちゅる、じゅっ」 「くふぁ。くうっ。はぅ」 微量の熱い先走りが、何度も吹き出す。 「んぷわ……」 「不思議な味……どんどん出てくるね。まるで泣いてるみたい」 腰が溶けちゃいそうだ。 「はぁはぁ……ナナカうまい……」 「えへへ。一応……そのアタシも……いつか……シンとこうなったらとか考えてたから……」 「か、考えてただけなんだけど……」 ちょっと逸らした視線が。 「ナナカ……かわいい……」 「べ、別に、シンとするの想像して、その、あの、してたとか、そんなんじゃ……」 「ほ、本当は、し、してたけど……本当だと……本当に凄い……」 「って、アタシ無茶苦茶恥ずかしいこと言ってる! い、今のナシ!」 そう言うと、ナナカはまたむしゃぶりついてきた。 「く、くわぁ」 「ぺろちゅ、ちゅじゅ、じゅる、ちゅ、ちゅじゅる、ちゅるじゅる」 上半身全部を使って奉仕されると、天にも昇る心地。 いやらしい濡れた音や、ナナカの香りにくらくら。 「ちゅ、シン、かわいい顔してる……んちゅ、んちゅじゅる、あ、あしゃしも、あふい……んじゅる、じゅっじゅっ」 「ナナカももしかして濡れてるとか……」 「ぶわ」 「はぁはぁ……は、恥ずかしいこと言うなぁ!」 「そ、そうなんだけどさ……べ、別にあ、アタシ、取り立ててエッチな女の子ってわけじゃ……」 今まで見た事もなかった幼馴染みの表情。 感動する。そして、興奮しちゃうのだ。 「ま、また膨らませてる! し、シンの方こそエッチすぎ!」 「な、ナナカだって僕のは、恥ずかしいところしゃぶったり触ってるじゃないか、じゅ、十分エッチだ」 僕らの声は、妙に水気を帯びて、熱くて、恥ずかしそうで、つまりエッチな感じだった。 「え、ええい、こうなったら、何にも喋れないようにしてやるんでぃ!」 「う、うわ」 「んちゅる、じゅる、じゅっ、じゅっじゅるる、じゅちゅぺちゅ、んじゅる、ちゅる」 僕のペニスにむしゃぶりつくナナカの舌の口の胸の動きが加速した。 下半身から脳天へ、気持ちよさが津波みたいに押し寄せてくる! 「な、ナナカ、は、激しすぎっ!」 「んちゅる、じゅる、ちゅっ、じゅるる、ぺじゅる、じゅっじゅぼっじゅぼっ」 堅くなった乳首が玉袋を撫で、口にくわえられてない竿の部分も、唾液と先走りに濡れた温かい手の平でしごかれる! 「す、すごっ、気持ちよすぎ!」 頭の中、いやらしい音でいっぱい。 頭の中、ナナカの香りでいっぱい。 頭の中、押し寄せてくるぞくぞくと膨れ上がる熱さでいっぱい! 息も出来ないくらくら。 「じゅる、ちゅる、じゅじゅじゅじゅじゅじ」 「出る、出ちゃう、出る!」 「ぷはっ」 外気がペニスを撫でただけで僕はもう! 「な、なにが? あ、あっつ、なんかまたおっきくなった! うわ、も、もしかして」 「出るぅ!」 ビュププッ、ビュッ、ビュクルッ!! 僕は体中を震わせながら、射精した。 まるで体の底が抜けちゃうみたいに、底抜けの気持ちよさ。 「うわぁ。熱い……こんなにいっぱい……」 ナナカの手からお腹から顔まで、僕の出したのでどろどろだった。 「こ、こんなにいっぱい出しちゃってだ、大丈夫なのシン?」 「大丈夫。ナナカがすごく気持ち良かったからだもの」 ナナカは真っ赤になってうつむいた。 「……あ、アタシ、そんなに気持ち良かった?」 「うん……凄い……きもちよかった」 「そ、そっか、よ、よかった……そりゃ……よかった……」 もじもじしているナナカは、何だかとっても―― 「……やっぱり可愛い」 「え、ええっ!? ちょ、ちょっとシン、ま、またななな何言うのよ!」 「ナナカ、とっても可愛い」 「あ、あう、そ、そんな、か、可愛いだなんて何度も……」 「あ、あったり前でぃ……」 そんなナナカを見ていたら。 「ちょ、ちょっとまたななな何大きくしてんのよ! え、ええ、エロシン!」 「だって、ナナカがあんまり可愛いからしょうがないじゃないか!」 「か、可愛いとか言えば、いいってもんじゃないやい!」 「だって、可愛いんだもの!」 「……そ、そんなに」 「え、えっと……じゃあ……」 「アタシのこと……もっといっぱい……して……いいよ」 「ナナカのここ……濡れてる」 ナナカの女の子の部分が、熱くて、びしょびしょになって、下着がぴったり張り付いていた。 筋の形が、ぴったりと浮かび上がっている。 「だ、だってシンがこんなに近くにいるんだもん! そしてこんなエッチなことしてんだもの! もも文句あるか!」 明らかに照れ隠しでぶっきらぼう言いながら、ナナカは濡れたパンツを脱ぐと僕にお尻を向けた。 明るい照明の下で、ナナカの全てが見えた。 「うわ……すごい……どろどろだ……」 ナナカの女の子の部分は、綺麗なピンク色をしていた。 まるで僕を誘い込むみたいに僅かに開いて、とろとろと蜜をこぼしていた。 「み、見ないでよそんなに」 こぼれた女の子の蜜で、お尻の方までが怪しく濡れて光っていた。 開いたピンク色の花の先端で、鮮やかなルビー色に充血したクリトリスが今にも弾けそうに膨れている。 とってもエッチな光景。 僕はもう見てるだけなんて出来なかった。 あんなに一杯出したのに、もう元気いっぱいな僕のペニスは、息苦しいほどに膨れ上がって、お腹につきそうなほど反り返っている。 先からは、もう、新しい先走りの滴がこぼれている。 「シンの凄い……さっきよりもおっきくなってる」 マジマジと見られると恥ずかしい……。 「そんなに大きいのが入って……あ、アタシ大丈夫かな……」 「なら、その……やめようか……?」 我ながら随分無理してた。 だって、僕は凄くナナカが欲しかったし、ナナカの女の子の場所は魅力的だったし、ナナカと一つになりたかったし。 でも、ナナカはそれ以上に大事だった。我慢できると思ったのは本当。 「そ、そういうわけじゃないよ。だって、そんなになってるのに射精さないと、身体に悪いじゃん!」 「でも、ナナカが嫌ならいいんだ。本当なんだ」 「今日じゃなくたっていいわけだし」 「ダメ!」 「ダメなの。そうやって何でも後回しにしたり、ためらったり、次でいいと思って逃げたりするのはやめる!」 「だから、今、ここでして!」 僕はナナカの汗に濡れた腰を掴んだ。 いきり立ったペニスが、ナナカのお尻に触れる。 やわらかい肌に触れただけで、小さな火花めいた感触と共に先走りがこぼれた。 ナナカのお尻にこぼれたのが、ワックスみたいに光ってる。 「じゃ、じゃあ行くよ」 ペニスの先端を妖しげな花のように開いて蜜をこぼすナナカの女の子の部分に向ける。 肉の薄い花びらの間に、慎重に狙いを定める。 花びらは、誘うようにひくついている。 思わず唾を飲み込む。ナナカの腰を掴んでいる手の平が汗ばんでいる。 僕は大きく息を吸って吐くと、ゆっくりと腰を沈めていく。 熱い粘膜にペニスの先端が触れ、そのまま狭い肉の穴に入っていく。 「うくぅ」 「うわ……うわ……」 きっ、きつい。とても一気になんか入れられない。 熱い。きつく締めあげてくるのを、押し込むように分け入っていく。 単純な管じゃなくて、複雑な形状の上に、うごめく壁に包まれて気持ちいい! 「あ、アタシの……中は……ど、どんな感じ」 「ナナカの中、気持ちいいよ。ほんと。きゅうきゅう締め付けてくる」 「そ、そう……よかった」 こんなに女の子は凄いんだ! ナナカは凄いんだ! 僕はもっとナナカを味わうべく、一気に腰を突き出そうとした。 「あ、う、くぅ」 我に返る。ナナカの様子がおかしい。 息は苦しそうだし、見れば汗びっしょりだ。 「シン……どうしたの?」 「な、ナナカ、辛そうだよ……」 息も荒い。間隔の短い呼吸の度に肋骨が見えるくらい脇腹が沈む。 「し、シンが気にすることない……続けて。シンは気持ちいいんでしょう?」 気持ちいい。凄く気持ちいい。最後までしたい。 「お願い、最後まで……して……こんなのでやめてたら、いつまで経っても一つになれないもの」 ナナカの決意が伝わってくる。 「じゃあ……最後まで行くよ」 余りの気持ちよさにはやる気持ちをおさえて、ゆっくりと負担をかけないように奥へ進んでいく。 「く、う、う……大丈夫……大丈夫……」 ペニスの先端を塞ぐ抵抗を感じた。 これは……ナナカの初めての証。 「ひ、一思いにやっちゃって……」 僕はつばを飲み込み、覚悟を決めて、一気に腰を進めた。 ぷちり、と何かが破けたみたいな感触がして、その勢いで先端が更に奥へと突き進む。 「くぅっ。な、なんだ大して痛くな……いじゃん」 そんな強がりすら愛しくてたまらなくなる。 僕は、貪りたくなる気持ちを抑えて、腰の動きを止める。 二人の荒い息。僕は興奮。ナナカのは痛みをこらえているせいか。 「シンが……中にいる……」 「うん……ナナカの中にいる」 「……ねぇ。動いていいよ」 「その方がシンだって気持ちいいでしょう?」 「それに……シンが中にいる感じに……ちょっと慣れてきたし……」 僕が我慢してても、ナナカは喜ばない。ならば。 ゆっくりと動き出す。 きつく締め付けられて気持ちいいのはさっきと変わらないけど、なぜか動きがなめらかだ。 「さっきより痛くないみたい……もっと、動いて」 やっぱり痛かったんだ。でも、そんな事は口に出さない。 僕はナナカの決意に応えるべく、徐々に腰のスピードを上げて行く。 「ん、シンを感じる……うれしい……」 きつい中が、呼吸に合わせてリズミカルに締め付けてくる。 「気持ちいいよナナカ」 「な、なら……ん……よかった……」 きゅうっ、きゅうっと締め付けられる度に、頭の中に熱い刺激が溢れる。 腰がとろけちゃいそうだ。 「あ、あ、なんだか……あれ、あん……あん……」 「ナナカ、もしかして気持ちよくなってきた?」 腰と腰がぶつかる音が生徒会室に響きだす。 とってもいけない事をしている。生徒会室でしてるなんて。 しかも生徒会長と会計が。 「は、恥ずかしいけど、そ、そうかも……ん、んふぁ、あ」 僕らの繋がった部分から、赤みを帯びた液体がこぼれ出してくる。 水の音が大きくなってくる。ナナカの熱が伝わってくる。 「は、恥ずかしい音。あ、うん、あん、あうん」 「そ、そんなこと言うな。ぼ、僕だっては、恥ずかしくなっちゃうじゃん!」 「あ、また、おっきくなった。あん、すごいっ、あ、なんか、くるっ」 汗まみれのナナカの腰が、僕を誘うように突き出される。 僕はナナカの中へおぼれていく。 顎の先から汗が滴り落ちる。ふたりともびしょびしょになっていく。 「あ、んぁっ、はうぅっ、ああん、シン、シン、シンっ!」 ナナカの白い背中が揺れている。 僕のペニスを飲み込む場所が、よだれをいっぱい垂らして、物欲しげでエッチで。 においと音と光景の全てに僕は興奮して燃え上がる。 腰が暴れ出す。溢れそうになるのを懸命にこらえる。 「すごいっ。シンが、あん、ひぅぅぅん、あんっ、ああんっ」 ナナカの長い髪が、まるで嵐のように揺れている。 目の前の大好きな女の子しか見えなくなる。 もう我慢できない! 「ナナカっ、僕、もうもうっ、出そう!」 「奥までシンでいっぱいにして、奥まで、奥まで」 「ナナカ! ナナカ!」 頭の中、ナナカでいっぱいになってる。 僕はもうただ無我夢中で腰を動かす。 「来て、来てっ、来てっ、いっぱい来てっ! シンでいっぱいにしてぇっ!」 「あ、来ちゃうっ、なに、これ、あ、あっ、ああっ」 ナナカの背中が揺れて軽く反ったかと思うと、きゅうっと強く締め付けられる。 ドクッ、ドクッ、ドピュルッ!! それがとどめになって、僕は頭の中が真っ白になった。ペニスから熱いものがとめどなく噴出した。 「んふぁぁっ、あんっ、シンのが、シンのがいっぱいっ、も、もう、あ、あああああああんっ」 まるで体中が融けていくみたいな、何もかもが熱いものに押し流されるような感覚。 僕はそのまま、ナナカの覆いかぶさってしまった。 ナナカの方も、脚に力が入らないらしくて、ふたりして床に寝転んだ。 「なんか……すごかった……」 「うん……凄いね……気持ちよかった……」 僕はナナカの上からどいたけど、離れたくなくて手を握った。 握り返してくる力が、うれしかった。 ふたりして仰向けになって天井を見た。 「そだね……最初は痛かったけど……最後はちょっと……」 「ちょっと……?」 「ちょ、ちょっと……気持ちよかったかも……」 「あれなら……もっと早く勇気出して……シンに打ち明けて……こうしてればよかったかも……」 「そんなに気持ちよかった?」 「……あ、うん……まぁ……あはは……」 「気持ちよかった……よ」 「僕も。きっと、僕ら、相性がいいんだ」 ナナカが、ぎゅっと握ってきた。 「うん。世界で一番……た――」 きっと、ナナカは『多分』って言いかけたんだろうと思う。 だから、不意のキスで唇をふさいだ。 「ん……んん……んふぁ……」 「んふぁ……」 「世界で一番だよ」 ナナカはうれしそうに微笑んだ。 僕は、思った。 自分はこの子を、ずっと好きなんだろうなって。 これまでも、これからも、ずっと。 「シン」 「アタシはさ、シンのこと、これまでも、これからも、ずっと好きだよ」 僕はもう一度、ナナカにキスをした。 「日曜日の朝っぱらから家庭菜園の手入れかよ」 「待ち合わせまで時間あるし」 「はぁ、勤勉だぜ」 「コケー、コッコッコッコ、コッケー」 「ササミぃおはよう」 あれ? ナナカだ。 「ごめん。今日は静かにして。シンに気付かれたら計画がパーだから、こら! くすぐったいって」 「おはようナナカ」 「え゛」 僕は、庭いじりの時にとっておいたミミズをササミに放りながら、 「でもどうしたの? 待ち合わせは駅前に10時だったよね」 今は午前7時。あと3時間。 「あ、蕎麦もってきてくれたんだ……いつもありがと」 でも、今日はデートなんだから、そこまでしてくれなくても良かったのに。 「あ、アンタなんでこんな時間に起きてるのさ!? しかも庭いじりなんか!」 「こんな時間って、いつもと同じだけど」 「いつもより早かったくらいだぜ」 「な、なぜ早起きするかな!? 寝坊したらアタシが起こしてあげるって昨日言ったのに!」 「寝坊なんてしてないよ。早起きは三文の得」 「そもそも、夜更かしと無縁なシン様が寝坊なんてするわけないぜ」 「……そりゃそうだけどさ」 「で、でもさ。あ、アタシに起こして貰いたいとか思わない? 幼馴染みに起こしてもらうってのは男の夢でしょうが!」 「うーん。なんかそれだらしないよ。カッコ悪い。起きるくらい一人でするべき」 「……シンの寝顔をたっぷり見たのちに朝のキスで起こすうれしはずかし計画が……」 「ソバよ。シン様はこういう奴なんだから、『アタシが起こしに行くから、それまで寝てやがれ』くらい露骨に言っておかないと駄目だぜ」 「ち、ちがやい! そそ、そんなアホな頼みごとするか!」 「パッキー。変なこと言っちゃだめだよ」 「相変わらずだぜ」 「それにさ、その……今日は僕らの初デートじゃないか。だからか目が早くさめちゃって」 「で、デートぉっ!? そ、そりゃ電車乗って映画見て、ちょ、ちょっとショッピングして」 「それで食事なんかしちゃって、そしてそしてうわうわうわぁぁぁぁ」 「え、違ったの? 僕はてっきりそうだと思って楽しみに――」 「違わない違わない違わない! そ、そうデートデート! うん。そう!」 「デートかぁ……うふふ。あはははははは。うふふふふ。えへ。えへ♪ えへへへへへへへ」 「うまい! うまいなぁ!」 「アンタはいつもうまいだね」 「うまいんだもん! こんなにおいしい物を食べられるなんて幸せ」 「そ、そう。あはははははははは」 「ま、まだオヤジには及ばないけどね!」 僕の父さんと、ナナカの親父さんは、前のリ・クリエの時、一緒に戦ってた仲だったそうだ。 で、その時、親父さんが一目ぼれしたのが、ナナカのオフクロさん。 恋仲になった二人に立塞がったナナカのお祖父ちゃんに認められるために、親父さんは蕎麦を極めたのだと言う。 「ソバよ。ここんとこほぼ毎日だな」 「そ、そんなことないぞ! 毎日じゃないやい!」 「週に5日もこのソバが食べられるのは幸せだけど……ここまで世話になるとちょっと心苦しいよ」 「あ、アタシはこれでも遠慮してるんでぃ!」 「いっそのことここに住んじまえよ。そうすりゃシン様の身も心も独り占めだぜ。文字通り胃の中に入るもんまでな!」 「あ、アンタなに言ってるんでぃ!」 「ついでにシン様の財布も世話してもらえるとありがたいぜ。俺様の生活も向上するぜ」 「そ、そんな押しかけ女房みたいな図々しいこと出来るか!」 「にょ、女房!? そ、それはまだちょっと早すぎるよ!」 「そ、そうだよ! そりゃもう公認みたいなもんだけど。でも、あの、その!」 「シン様がソバんちに住んでもいいぜ」 「そ、そうそう! きょ、今日はデザートも用意してあるんでぃ!」 すっかりお馴染みになったエクレアが、僕に出された。 「今回は、ちょっと自信作!」 最初にナナカがエクレアを作ってくれてから、2か月。 一週間に一個のペースで食べさせて貰っている。 「ドキドキ。ね、ねぇどう?」 なぜ? 「あー。判った。言うな。言うな!」 「いつか、シンにあの時みたいな表情をさせちゃる!」 「じゃ、じゃあ10時に駅で待ってるから!」 「え、どうして? 一緒に行こうよ」 「でも、ほら、あの、待ち合わせは駅前に10時だったわけだしさ」 「ちゃんとデートっぽくしたいじゃん」 「せっかく長く一緒にいられるのに、勿体ないよ」 「負けた! シン。アンタにゃ負けるよ」 「え? 負けたって何が?」 「こっちの話」 「ねぇ。シン。アタシの目、赤くなってない?」 ナナカが僕の顔を覗き込むようにするから、 僕はそれだけで、頬がちょっと熱くなる。 あれ以来、ナナカの瞳は、前よりほんの僅かだけ赤味を帯びるようになったけど、それは僕くらいしか判らない程度だ。 メリロットさんいわく、ナナカがハーフであることを受け入れたから安定したのだそうだ。 「よっしゃ」 人間界に長くいると、魔族でも形質は発現しなくなるらしい。 霊質が物質に置き換わって、ほぼ人間になってしまうからだそうだ。 もっとも、ハーフであるナナカに魔族の形質が発現したこと自体、普通ならありえない事だった。 「あれ以来、光ることないんでしょ?」 あれはナナカの部屋に仕掛けられた、ソルティアの呪術あっての事だった。 それはとても弱い呪術で、ナナカの部屋の中だけに効果が及ぶものだった。 だから、メリロットさんが調査するまで発見されなかったのだ。 「念のためっ! 今日は特別だから」 「は、初デートだもんね」 「な、何いきなり意識させるかな、もう!」 「そ、それにしてもさ」 「あ、あのさ。千軒院先生ってさ、アタシの部屋に上がり込むためだけに、あの課題作ったのかな?」 「た、多分そうなんじゃない?」 「……変な人だったね」 「なんでこの世界を滅ぼそうとなんてしたんだろう?」 バイラスやソルティアがリ・クリエを求めた理由は判っていない。 「アゼルなら知ってるのかな?」 聖夜祭以来、九浄邸の一室で眠り続けるアゼルなら。 メリロットさんによれば目覚める日は遠くないそうだ。 「でも、知っていたとしても話してくれるかな……?」 アゼルは、目覚めたとしても、リ・クリエの力の消失と共に天使として元々そなえていた力の大部分も失ってしまい、天界に帰る事も出来ない状態らしい。 ヘレナさんは、アゼルが目覚めたら再び生徒として受け入れるつもりらしい。 「今度はちゃんと仲良しになれるよ。そうしたら話してもらえる」 「だといいなぁ」 「大丈夫! 今のアタシは何だってうまくいきそうな気がしてるから!」 「……ね、ねぇ、シン」 僕には、ナナカが何を言いたいのかがわかった。 「えへへ」 ナナカが僕に手を差し出してくる。 「どうかした? なにか忘れ物?」 「違うって。シン、あの時の顔してる」 「あの時?」 「ずうっと昔、あのエクレア食べた時の顔」 「当然だよ」 「……だって、ナナカとこうしてるだけで凄く幸せなんだもの」 「ば、馬鹿……そういうことさらっと言うな!」 ナナカは僕にもっと身を寄せて来た。 「は、恥ずかしいじゃん……嬉しいけどさ」 僕の方も、すごくドキドキしてる。 まだ、駅にもついてないのに、こんなにドキドキしちゃってる。 デートが終わるまで心臓がもつだろうか? 「ええと、あ、あのエクレアが99点なんだよね?」 「なら、ナナカはあのエクレアより僕を幸せにするんだから100点だね」 「あ、あったりまえじゃん!」 「アタシはシンの恋人なんだからさ! 100点って言ってくれなくちゃ承知しないんでぃ!」 でも、今の時点で100点なら。 僕らはきっと、点数もつけられないくらい幸せになれるんだろう、って思った。 「今回も楽勝だったね♪」 一体全体、僕はどうしちゃったんだろう。 ナナカと恋人同士になってからは、普通に並んで歩いてるだけでも、なんかドキドキするし。 デートなんかすると、もっとドキドキだし。 変身していつもとちょっと違うナナカにも、ドキドキしちゃうし。 ってか、いつもナナカにドキドキしてる。 いつものミニスカートもドキドキするけど。 特に、ぴったりしたスパッツに浮かび上がるお尻のラインとか見てると、僕はもうもうもう、いわゆる若い血潮が特定の場所に集まるんだ。 「え、あ、ごめん」 「さっきから変」 「な、なんでもないよあはは。ヒュ〜〜ヒュヒュ〜〜♪」 「口笛ヘタ。なーんか隠してるな」 「ギクっ」 「アタシにも言えないような事なのかなぁ?」 「な、なんと申しましょうかというか」 「そ・れ・と・も。アタシには言えないような事なのかなぁ?」 「しょ、しょうがないじゃないか!」 「ナナカがあんな格好やこんな格好するから!」 「スパッツがその、エッチで!」 「そっか。シンはスパッツに弱いのか。なるほど」 「違う! スパッツに弱いんじゃなくて、ナナカのスパッツ姿に弱いだけなんだ!」 「そ、そうですか」 「でもさ、ええと……」 「つまりさ、それって……シンにとってアタシが魅力的って事?」 「そ、そりゃ、ナナカはいつも魅力的だよ!」 「わ、わわ。そんな直球で言うな!」 「いつも思わず目で追っちゃうし、隣にいるだけでなんだか幸せでドキドキしちゃって」 「わわっ、僕、恥ずかしいこと言ってる!?」 「……うん。かなり恥ずかしいと……思う」 「うわ。うわ。うわぁ、え……」 僕の両頬にナナカの手がそえられた。 そして、唇に柔らかくてあったかくて湿った感触。 「ん、ん……んん……」 ゆっくりと離れていく。 「そっかぁ、アタシ魅力的かぁ」 ナナカの顔がまた近づいてくる。 「ん、んちゅ……ちゅぷ、ちゅちゅ……」 一度目より長く。 唇をしゃぶりあって、鼻と鼻をこすりつけあって。 熱い吐息を残しながら、名残惜しそうに離れていく。 「……うれしい」 二人の唾に濡れた唇が囁く。 「こんなにキスされたら……我慢できなくなっちゃうよ」 「しょうがないなぁ、今回だけだよ」 「こ、ここで!?」 「ここで」 「う、うん……で、でも、こういうのは普通、男が誘うんじゃないかなぁ」 「いや?」 「そんな事ないよ。ないけど……ナナカ大胆」 「白昼、生徒会長と会計がこんな事をするなんてね」 「生徒会スキャンダル!」 「じゃあ、やめる?」 「今さら、そんなの無理!」 ナナカはマントを外してから、木の幹に手をつくと、スパッツに包まれた引き締まったお尻を僕に向けた。 スパッツはお尻の谷間がくっきり浮かび上がる程ぴったりで。 「こう…?」 僕は無言でうなずき、背後から手を回してナナカの胸を揉む。 「あ……あん。んふぁ」 くぅ。なんて柔らかいんだ。 「ナナカは、感じやすいね」 胸の一番てっぺんを手の平で転がすみたいにしつつ揉む。 「ん……んふぁ……シンだからだよ。はぁ」 服越しにナナカのドキドキと体温が伝わってくる。 いつもより熱い感じ。 汗で濡れた首筋に顔を押しつける、 「ナナカっていい匂いがする」 「か、嗅がないでよぉ、ひぅん」 僕は無防備な首筋に軽くキスをしてから囁く。 「だって汗かいてるから……は、恥ずかしいよぉ」 「そんな事ないよ。ナナカの匂いだ」 もどかしい。もっとナナカを感じたい。味わいたい。嗅ぎたい。 僕は、上着のボタンに手をかけた。 火照った指先に、ボタンはひんやりした感触だった。 「も、もっと、ぱぱっと外しちゃってよ」 そんなこと言うから、わざとゆっくり外していく。 目の前の細い首筋がみるみる赤くなる。 「恥ずかしがるナナカがかわいいから」 「ばかぁ」 下から外していくと、上着の前は前垂れみたいに垂れ下がった。 「この服ってこいう構造になってたのか……おお」 ナナカは上着の下に何も付けてなかった。 温かくて瑞々しい肌が僕の手に触れる。 「変身するとノーブラになっちゃうの! あん」 本当に恥ずかしがり屋だなぁ。ナナカがますますかわいい。 あれ? ブラジャー付けてないってことは。 も、もしかしてパンツも……。 実は前から気になってた。 スパッツの下はどうなってるんだろうって。 「聞いてる? あ、あん、んふぅ、ああん」 僕は両掌で、ナナカの両胸をすっぱりと包み込む。 服越しの時よりも圧倒的にあったかくて柔らかい。 下から上へ、持ち上げるようにこねくると、心地よい弾力が指に返ってくる。手の平から幸せが伝わってくる。 「ん、くふぅん。あ、はぁん……」 熱い湿りを帯びた吐息が、愛らしい唇から漏れる。 僕の胸板を押しつけてる背中が、ぴくりぴくり震えてる。 「吸い付いてくる。僕の手の平にぴったりだ」 「でも……リア先輩よりちっちゃいよね……」 「ナナカが一番だよ」 「でも……ふぁっ、あん、きふぅ」 汗ばんで、指に優しく吸い付いてくる肌。 あまずっぱいナナカの匂いが濃くなる。 「比較したことだって無いよ」 「比較なんて、あん……許さないんだから」 「ナナカのだからいいんだよ」 目の前の、きらめく産毛に飾られた耳たぶがほの赤く染まる。 手の平に伝わってくるナナカのドキドキが一気に跳ね上がる。 「ば、ばかぁ、恥ずかしいことを堂々と言うなぁ」 「は、恥ずかしくないぞ! 本当なんだから!」 うわ。僕のドキドキも跳ね上がった! 「あ、あのね大きくなったんだよ……2センチ」 「うん……あん……シンがいっぱい触るから……かも。あうんっ、んふぁ」 「ナナカ、ここ弱いから。触るとかわいくて」 そう言いつつ、僕は今日はじめて直接、ツンと勃った乳首に触れた。 「きゃふぅん」 触らずに焦らしておいたそこは過敏になっていた。 軽く触れただけで、鼻にかかった声が出る。 「やっぱり硬くなってる」 親指と人差し指で軽くつまむ。 はりつめて指先みたいに硬くなった感触を揉む。 粘膜のつるっとした感触がしっとり濡れてる。 「ひふぅっ。あ、あうんっ」 ナナカの首筋が軽く反って、ポニーテールがふるふると波打つ。 僕は、指先で強く挟んでは解放してやる。 「くふぅっ! あふぅっ! ひんっ!」 「はぁはぁ……あ、あんまり強くしないでぇ」 僕の好きな女の子が息を荒げている。 僕の指先で、僕の動きで。 そのことで、ますます血が熱くなる。 「……かわいい。かわいいよナナカ」 今度は乳首を指の股に挟み込みながら、胸全体をちょっと強く揉む。 指が乳肉に沈み込むのに反して、乳首だけは硬い。 「ひんっ。は、はぁ……し、シン意地悪だよぉ。あふぅっ」 どこか甘えを含んだ台詞が好きで。 しかもそれを言っているのが、ナナカで。 言わせているのが僕なんだ。 くらくらドキドキしてくる。 「ナナカすごく敏感」 「シンが……ああんっ……そこいつも虐めるからぁっ、んくふぁ。あんっ」 乳首のまわりの乳暈までぷっくら盛り上がってくる。 いやらしい形になってくる。 膨らんだ部分に乳首を埋め込むように、親指の腹で上から押し込んでやる。 「あひぅ。意地……悪ぅ。んふぁっ」 喘ぎに切れ切れのナナカ。 触れてる肌一面に汗が浮かんで、手の平がぬるぬるになってくる。 肌と肌が滑りそうになる。 「いじめてなんかないよ。ナナカがかわいすぎるから」 「はぁはぁ……あ、あん、そんなに強くしちゃぁ。ひぅんっ! 乳首おかしくなっちゃうっ」 「ナナカ、ホントにかわいい。食べちゃいたい」 僕は胸をふもとから絞り上げるあげるように揉みながら、首筋にキスを浴びせる。汗がしぼられて乳首から垂れるのが見えた。 張り詰めた乳首を掴むと、下に向けて、きゅっきゅっと引っぱる。 ナナカの背筋が電気が走ったみたいに震えた。 「あうっ。くぅん! 引っぱっちゃだめぇぇ。それっ、弱いのぉっ! うくふぅっ」 「知ってる」 「はぁん意地悪ぅ。そんなに引っぱられたら伸びちゃくふぅぅっ」 僕の手で、生クリームのチューブみたいに伸びる胸。 振り乱されてシャンプーと汗と日なたの匂いを飛ばす髪。 「ナナカが可愛い過ぎるから」 「はぁ……はぁ……そればっかり……」 荒い息。 僕の息だってすっかり荒い。 ズボンの中で、ペニスは猛々しく熱くなってナナカを欲しがってる。 「はぁはぁ……ねぇシン……そろそろ……ねぇ……」 振り返ってこちらを見る瞳は、熱く濡れている。 腰が僕の腰に押しつけられる。 きっと、僕の股間の火照りを感じているんだ。 誘っていて、でも、僕の様子をちゃんと判っててくれる。 僕は、ごく、と唾を飲んだ。 ナナカの匂いがエッチな匂いになってる。 女の子の匂いだ。 むしり取るみたいに、ズボンを脱ぎ捨て。 ついでに下着も脱いでしまう。 スパッツの上から、ナナカの女の子の場所へ押しつける。 「ぁぁ……シンの……凄く硬くなってる……なんて熱い」 「ナナカだって熱い」 そのまま、スパッツ越しにこすりつける。 布地の向こうからじんわりとした熱と湿り気を感じる。 「脱がすよ」 「ね、ねぇ、どうしたのシン!? なんか凄く息荒いよ」 僕は、思わず膨れあがったペニスをナナカの股間へ強く押しつけた。 僕は激しくスパッツの生地を巻き込みながら、ナナカの女の子の場所へペニスを擦り付けていた。 スパッツのつるつるした生地が、少し引っかかる感じで、新鮮だ! 「え、え、ちょ、ちょっとシン、あ、そんな、あんっ擦すっちゃ、ん、くふぅっ、あふんっ」 ナナカがせつなげに太股を震わせるから、きゅっとペニスが締め上げられる! そこを無理矢理押し込んでこすりつける! 汗と先走りのぬるぬるで濡れたスパッツとこすれる感触! どんどん良くなってくる。新鮮だ! ナナカえろいよ! スパッツえろいよ! 「あふぅっ、ああっ、シンっ、シン! あ、んくふぁ! 凄いこすれてるっ! ああんっ!」 ジュッジュッと濡れた布と粘膜がこすれる音がいやらしく響く。 止まらない。止まらない。 「ナナカ、出ちゃうよ。出ちゃう!」 「え、あ、ああっ、そんな、あひぅんっ」 ナナカの腰をギュッと掴むと、そのまま引き寄せる。 腰と腰がぶつかり、ナナカの臍の辺りに、ペニスの先端が食い込む。 汗で濡れた肌に強くこすりつけながら、僕は射精した。 「う、く、くぅっ」 ビュクビュクビュクゥッ! 僕はのけぞり腰を震わせながら、熱い精液をナナカへ浴びせた。止まらない! 「熱い……いっぱい……」 濃厚な牡の匂いが辺りに漂う。 「はぁはぁ……う……」 「も、もうどうするの……服こんなにしちゃって……シミになったら取れないよ……」 ナナカは、スパッツから上着まで、僕の精液でどろどろになっていた。 前垂れの部分なんてしたたってる。 「うわ……し、しまった……」 「それに、アタシの方は……ううん、なんでもないっ」 でも、戦闘服で精液まみれのナナカも……いいかも。 い、いかん何もかもシチュエーションが新鮮すぎる! スパッツの生地気持ちよかったな……。 癖になったらどうしよう。 「凄いよ、ナナカ……」 「……興奮しちゃったんだ」 「馬鹿ぁ……」 「でも、大丈夫。続けて出来るから」 「って、何言ってんの! 出しちゃったばかり……ええっ!?」 僕のペニスは、すっかり勢いを回復していた。 「ええと……愛の力?」 「え、あ……って疑問形で言うな!」 「ナナカは僕のこと愛してないの?」 「そんなことないよ! あ、アタシの方が昔から……って、何言わせんのよ!」 かわいい。かわいすぎる。僕限定の男殺し。 恥じらうナナカが一番かわいくて、僕をそそる。 「それに、ナナカだって満足してないでしょ」 「アタシは……べ、別に」 僕は、精液まみれになったスパッツの股間に指で触れた。 じゅっ、と熱い何かが染み出してくる。 「あん……」 「スパッツにまでしみ出してる」 ナナカは耳たぶまで真っ赤になった。 「脱がすよ?」 一回出したせいか、さっきより少しだけ落ち着いていた僕は、スパッツに両手をかけて一気にずり下ろした。ちっとも落ち着いてない。 引き締まった形のいいお尻が、ぷるん、と震えながら現れて、僕の目にさらされる。 「おおおっ! 履いてた」 「うう……そんなに見ないで……」 僕はナナカのお尻を撫でた。 「ナナカのお尻、かわいいなぁ」 「シンは……なんでもかわいいって……」 「なんでもじゃないよ。相手がナナカだからだよ」 僕は、ナナカの耳元で囁く。 「ナナカ、かわいい。ナナカは最高の女の子だよ」 そう言いいつつ、手の平はお尻を下り、脚の付け根へ達する。 「びしょびしょに濡れてる」 「ううっ。言わないで……」 薄い生地はびしょびしょで、きっと透けてるだろう。 僕は、下着の上から女の子の場所を軽く押しながらなぞっていく。 生地越しにうっすら現れた窪みは、柔らかくて熱い感触。 「あふぅんっっ」 軽く押すと、じゅっという音とともに、指がびしょ濡れになるくらい愛液が溢れてくる。女の子の匂いが濃く香ってくる。 「いやぁ、音立てないで……」 「いつもしてるじゃない」 「だ、だって、あん、外だし……ん、ふぅああっ」 ぴくぴく震えるナナカ。 「誰もいないよ」 下着に浮き出た肉の窪みの縁を、ゆっくりとなぞっていく。 「シン……お、お願い……せつないよ……」 「じゃあ、脱がせるよ?」 ナナカは真っ赤になって、こくり、と頷く。 僕は下着の縁に指をひっかけると、ゆっくりと下ろしていく。 「なんで、んふぅ、そんなにゆっくり……」 「じっくり見たいから」 「へ、変態ぃ……ああん」 一思いにしてと懇願するナナカの眼差し。 僕だって一気に引きずり下ろしちゃいたい。 すっかり回復したペニスで、今すぐナナカの中へ入りたい。 でも、僕は荒い息を吐きながら、自分を押さえつける。 もっと気持ちよくなりたいから。 「ナナカ相手だけだよ。僕が変態なのは」 「あ、あたりまえ、んふぅっ、はぁはぁ」 汗で濡れた可愛らしいお尻の穴が見えてくる。 きゅっとすぼまっているけど、呼吸に合わせて少しだけ開く。 ナナカの身体は、どこもかしこもエッチだ。 「っていうか、ナナカがかわいらしすぎて、僕はどんどん変態になってっちゃうんだ」 「アタシの前だけなら……はぁはぁ、いいや……」 少しずつ少しずつパンツをずり下ろしていく。 汗でワックスかけられたみたいにぬらつくお尻が恥ずかしさで震えてる。 いよいよナナカの女の子の部分が見えてくる。 赤らんで、水気の多い果物みたいにヌレヌレして、女の子の匂いを振りまいている。 「シンに……ぁぁ……見られちゃってる」 「うん……見てる……」 僕の声もうわずっている。 恥ずかしがるナナカの凄い破壊力。 もう我慢出来なくて、一気にパンツをひきずり下ろす。 女の子の場所とパンツの間に、ねばついた愛液の架け橋ができている。 「凄い……パンツまで糸引いてる」 「だって……だって……ずっと焦らされてるから……」 「ナナカの匂い……えっちだ」 僕は顔を近づけた。 ピンク色をした割れ目の中。幾重にも重なったヒダの奥に、ぽっかりと穴が開いて、物欲しげにひくつきながら、愛液をこぼしている。 ヒダの一枚一枚が蜜を含んで、僕に掻き回されるのを待っている。 自然と僕の息が荒くなってる。 下半身は、早く入れてとせっついてくる。 「あん……シンの息……当たっちゃってる……」 かすれた声が僕の中の欲望を突き上げる。 クリトリスもびんびんに立っていて、剥くまでもなく皮を押し退けていた。珊瑚を削って作ったみたいで、痛そうなくらいに赤らんでる。 もう一度息を吹きかける。 「くひんっ……い、意地悪しないで」 「してないよ。あんまり綺麗でエッチだから見とれちゃっただけだよ」 「……見慣れてるくせに」 「いつもドキドキしてるよ。ナナカだってそうだろ?」 「馬鹿ぁ……そうだけど……」 僕は、指先でナナカの女の子の場所を左右に開いた。 焦らして粘度を増した愛液が指に絡みついて来る。 ねとついて粘膜の間で水飴みたいな糸を幾重も引く。 「ああっ……奥まで…見られちゃってる……」 「よく……見えるよ」 指を深々と入れると、濡れた肉は物欲しげに絡みついてくる。 少しだけ中を掻き回すと、キュウッと締め付けてくる。 奥から、とろり、とした愛液が溢れる。 ナナカは濡れた太股をせつなげにこすりあわせて。 「シン……ねぇアタシ……シンのおっきいの欲しいよぉ」 「エッチだなナナカは」 「さっき……シンはアタシの前だから…変態、なっちゃうって言ってたけど……アタシだって……ねぇ……」 熱い視線が絡み合った。それは僕も同じだった。 だから、最後まで言わせずに、僕はナナカの熱く火照った腰を掴むと、一気に引き寄せて奥まで貫いた。 「ああっっっ! いひよぉっ」 ナナカの中は、いつにも増して熱くてヌルヌルできつかった。 僕を吸い込もうとするみたいに、奥へ奥へと引きずり込みうごめく。 「んくふぅ、シンの熱いっ! あっああっ、くふぅっっ! んふぁっ、ああんっ!」 一度挿入れると、もう無我夢中で、僕は腰を振った。 引き抜こうとする度に、強い力で絡みついてくる。 奥まで押し込む度に、中で掻き回された愛液が泡だって溢れ、僕らの腰を濡らす。 「あ、ああっ! 声でちゃう! だめぇっ、んふぅっ、これじゃ聞こえやうっ!」 「もっと出して、聞かせてっ」 いやらしい水音が、リズミカルに響き渡る。 そんなに大きくないはずなのに、学園中に響いてる感じ。 「ひふぅっ! あ、あっ、ああっ、んくふぅんっ!」 ナナカの腰も、僕を迎え入れるように振られている。 腰と腰がぶつかって、濡れた肌同士がぶつかる濡れ音が響く。 愛液のしぶきが僕らを濡らす。 「ナナカ! いいよいいよ!」 ナナカの胸が、動きに合わせてぷるぷる揺れている。 髪が激しく波打って、僕の顔を、背中を撫でる。 いい匂いがする。 汗と肌と愛液の匂い、女の子の匂い、どこかあまい匂い。 頭がクラクラする。 「あ、アタシ達っ、外で外でぇしちゃってるぅ! ああんっ! 会計と、ああん、生徒会長なのに!」 「悪いよ! いけないよ! いけないけどでも!」 僕らはどんどん馬鹿になっていく。 濡れた粘膜と粘膜をこすりあわせて、いやらしい音を立てて、熱くなって。考えられなくなっていく。 「でもぉ、いいっ! シンとならいいっ! いいよほっ、ああんっ」 僕を迎え入れるようにナナカの腰が突き出され、ぴったりのタイミングで深々と奥までえぐりたてる。中がキュウっとしまる。熱く濡れて絡みついて来る。 すぐにイッちゃいそうになる締め付け。 汗まみれになって、息を喘がせて、それでも懸命に耐える。 奥歯を噛みしめて先延ばしする。 もっと二人で気持ち良くなるために。もっともっと。 「くふぅっ! あ、ああんっ! 奥まで、奥まで来てるぅっ! ああん! はんうぅぅっ」 ナナカは喘ぎ、呼吸の度に脇腹を大きくすぼめて荒い息を吐く。 揺れるお尻の谷間で、お尻の穴が、ひくひくと窄まって震える。 苦しそうでせつなそうで気持ちよさそうで。 僕はますます興奮して、無我夢中で腰をぶつける。 まるで示し合わせたみたいに、ナナカのほうの動きも速くなって来る。 「おっひいっ! シンの、ああんっおっきぃっ! 中がこすられて削られちゃう! ひふぁぁっ」 僕らはぴったりだった。 腰の動きも、締め付けてくるリズムも。 目の前のお尻は汗でぬらぬら光って、僕のを飲み込んでは腰がうねって揺れる。お尻の穴までが物欲しそうにひくついている。 腰の位置を変えて、上の方をこすりあげるように突く。 上の、ざらざらした部分から、燃えるような刺激がペニスの根本まで突き抜ける。 「ひくぅっ! あっ! 上ばっかりそんなにぃ。そこぉっ! ああんっ! おかひくなっちゃうぅ、なっひゃうぅっ」 キュウっと、離さないという風に締め付けてくる。 ナナカの匂いで僕はくらくらする。ナナカしか見えなくなる。 「くぉっ。ナナカ、僕、くぅぅっ」 「し、シン! 好きにしへぇっ、ああんっ! 奥までいっぱいにして! はぅくぅっ、一杯いっぱひ出しらってぇ!」 ナナカは口を半開きにして涎まで垂らして喘いでいる。 こんなだらしないナナカの顔を見るのは僕だけ。 そう考えるとゾクゾクする。頭の中が煮える。興奮する。 「あ、はぁっ、シンの全部欲しいぃ! んふぁっ、欲しいよぉっ」 ナナカの中がうねり、僕の全てを搾り取ろうと絡みついてくる。 擦れ合う場所から火花みたいな感覚が途切れなく弾け続ける。 「全部あげる! ナナカに僕を全部あげる!」 汗で濡れて滑る手を掴み直して、ナナカの奥まで押し入れる。 物欲しげな子宮の口をこじ開け貫き、押し入れて、カリの括れを入り口に擦り付けるように動かす。 「ああああっ! 奥までぐりぐり来てるぅ! 来るぅ」 ペニスの先端の膨れが、子宮の入り口で締め付けられて。 息苦しいくらいに、熱い波が込み上げてくる。 「くぅおおっ」 もう耐えられなくて、気持ちよすぎて。 我慢出来なくて。腰が弾けちゃいそうで。 「あいっちゃうひっちゃうぅいっいっちゃふぅぅぅぅ」 「ぼ、僕も」 頭の底が抜けるみたいな、気持ち良さと開放感に流されながら、僕はビクビクと震えながら、ナナカの中を熱い精液で一杯にした。 子宮の奥まで叩きつけるように出し続けて、僕だけで一杯にした。 「あう。くぅ」 「シンの熱ひのいっぱいぃ。いいいっぱいになるふぅ。あっあああああっ」 ナナカのポニーテールが鞭みたいにしなり、濡れたお尻が僕に押し付けられる。 物欲しげに蠢く中が絞りあげてくる。 僕は、ただ、出す。出す。出す。出し続ける。 頭ん中、真っ白になる。 「あふれちゃうあうれあうぅぅぅっ! シンのっシンのぉあふれやうぅぅぅぅぅぅっ!」 もう中は一杯になって、僕らの繋がった所から、精液と愛液が混ざったドロドロが溢れ出してくる。 ひくひく震えるナナカの太ももまで濡らしていく。 でも、こんなに出したのに、出し切った筈なのに。 僕のはまだまだ元気で。ナナカの中で硬さと太さが変わらなくて。 「はぁ……はぁはぁ……シンの……まだおっきぃ元気……」 「ナナカ……あの……」 「いいよ……はぁはぁ……挿入れたまま……続けちゃって……」 僕は夢中になってうなずくと、ヌルヌルになったナナカの中で、再び動き出す。 いつもより熱くて滑りがよくて凄い! 「ああっ! いきなりぃいきなりくるぅ。んふぅっ感じすぎちゃうぅぅ」 一度いっちゃってるナナカは、かわいらしい声であえぐ。 今にも脚が崩れそうに、ビクンビクンと内ももが引きつってる。 「ん、んんれる、シぃン。んちゅんちゅ……」 キスしながら深々と繋がって奥まで掻き回すと、中に出したのが溢れ出して、ぬちゃりぬちゃり音を立てる。 「いやらしい音だよぉ……あ、あああっ」 さっき出したのが潤滑油になって、いつもより激しく動ける。 根本から先端まで全部使って、ナナカを感じる。気持ちよくする。 「んくふぁぁっ。気持ちよすぎるよぉっ! シン、シンっシンっ」 「ナナカ! ナナカっ!」 ナナカはかわいくて、えっちで、いやらしくて、いとしくて、めちゃくちゃにしたくて、だきしめたくて、ひとりじめしたくて、誰よりも大切だった。 「あっ! あっ! お腹奥までかきまわされてるぅ。ああんっ!」 そんな女の子と、こんな風にエッチしてる。 僕はなんて幸せなんだろう。 「んきひぅっ。はぁんはぁっ。はげしひぃっ。シン、すごいっ。んんんんんんっ」 ぐっ、と押し込むと、僕らの分泌物が混ざったのが、押し出されて吹き出す。凄い匂い。僕らの匂い。いい匂い。 「ああんっ、また来ちゃうっ! ひちゃう! んふぁっっ。駄目ぇ。来ちゃう! もう、もうっらめぇ」 ナナカが僕にしか見せない顔。独り占めにしてる顔。 幸せそう。きっと僕も似たような顔してる。 ナナカになら見られてもいい。じゃなくてナナカにだけ見て欲しい。 「僕もっ! 僕もっ! もうもうっ」 「来て、来てぇ、んはぁっああっ、いっぱい来えぇっ」 僕は開放感に押し流される。何もかも〈浚〉《さら》われていく。 腰をヒクヒクさせながら、しがみつきながら、ナナカの子宮まで一杯にする。僕だけで一杯にする。 「んんっ! あふぅぅぅぅぅっ!」 ナナカはぴくぴく震えながら、僕を全部受け止めてくれる。 膣道が物欲しげにうごめいて、残らず飲み込もうとしてくれる。 「くぅっ。はぁっ」 「あっ、奥まで熱いのが……はぁ……はぁ……」 精液が繋ぎ目から、柔らかい塊になってこぼれてくる。 打ち出す度に溢れかえって、足下に滴り落ちる。 「はぁ……もうお腹一杯だよ……」 ようやく、僕はペニスを引き抜いた。 引き抜いても、ナナカのあそこは開いたままで、中から溢れさせながら、ひくひくと物欲しそうにうごめいている。 まだ裏返ったままの膣孔の肉襞が、精液と愛液の粘ついた汁に染まってる。 そんないやらしい光景を見ると。 「う……ああっ」 びゅじゅっ。 僕は、またたまらなくなって。 呻き声をあげながら、まだ残っていたのを吹き上げた。 ナナカの背中も髪もドロドロにするくらいに。 「はぁはぁはぁ……」 「いっぱい……出したね……」 「え、あ……うん」 心地よい余韻の中、なんとなく気恥ずかしくなって僕は顔をそらした。 「ねぇシン、こっち見て」 「なに」 「今さら、恥ずかしがってる」 「しょうがないだろ……恥ずかしいんだから……」 汗まみれのナナカは、とてもかわいくて。 一度見てしまえば、目が離せなくて。 「シンってかわいい」 自分のほほが赤くなってるのが判る。 「ね、これからも、一杯しようね」 「……えっちだな」 「そっちこそ……で、返事は」 「うん。いっぱいする」 ナナカは笑った。僕の大好きな笑顔で。 「素直でよろしい」 「んしょ……よいっしょ。この辺に……」 「出来ました〜っ」 「ロロット、それって……?」 「はい! お爺さまとお婆さまから、クリスマスにはこれを飾るものだと聞きまして」 「アドベントカレンダー、だね」 「あど弁当? それって美味しいの〜?」 「クリスマス限定のカレンダーだっけ。なんか毎日一つずつ窓を開けてくとかなんとか」 「あ、ほんとだ。窓がいっぱいある。あけちゃえー」 「ああ、ダメですよっ。今日開けていいのは『1』の窓だけなんですからっ」 サリーちゃんを手ほどきしながら、カレンダーの窓を開く。 「わっ、違う絵が出てきた」 「こういう楽しい仕掛けがあるんですよ」 「小さい頃、よくやったなぁ〜〜。こうやって、聖夜祭を楽しみに待つというわけだね」 「子供っぽいロロットさんらしいというか」 「けど、このカレンダー。手作り感が凄くあるわね……。お店で見たことないわ」 「これはなんと。私の自作です!」 「エミリナとじいやにも手伝ってもらいました」 「わざわざ作っちゃうなんて。子供だなあ、ロロちゃんは。本当に、聖夜祭が楽しみでしょうがないんだね」 「もちろんなのですよ〜〜」 「これはプレッシャーだ。なんとしても盛り上げなくっちゃ」 「その為には、リ・クリエのこともなんとかしないとっ」 「大丈夫です。私達、クルセイダースの力を合わせれば、きっとうまくいきます!」 「よしっ。じゃあ、今日も生徒会活動に、クルセイダースの活動に、頑張っていこう!」 「おーーっ!」 「ところで、明日は私がめくってもいい?」 「じゃあ、その次は私が――」 「アタシはその次を予約!」 「アタシも、アタシもー!!」 「はいはい、押さないで。しっかり順番ですよ〜〜」 「みんなも十分子供だぜ……」 「おい、魔王様。このゲーム、全然先に進まねえぜ」 「宝箱開けたでしょ。あれやると盗賊扱いで徳が下がるんだ」 「タンス漁りに宝箱略奪は、ロープレの常套だろう!?」 「君は聖者じゃなくて賢者だからね……」 「制服だあ……? せっかくの日曜日にご苦労なこった」 「聖夜祭の準備があるしね」 「ま、どうせ誰かさんに会いたいだけだろうが」 見抜かれてる。 「リア先輩が来てるかもしれないよ?」 「遠慮しとくぜ。俺様には、リアちゃんとのホットラインがあるからな」 「ぬいぐるみのくせに大統領気取りとは」 「こんにちはなのです〜〜♪」 「おわ!! ロロットっ」 「えへへ、来ちゃいました♪」 「も、もしかして迎えに……?」 「はい。学校へ向かう前に、どうしても会長さんと二人きりでお話がしたくて」 「なんと……二人っきり!?」 こ、これはもしや……。 「ええ、〈まず〉《》会長さんへお伝えしないことには……」 「前置きがとても気になるけど、わわわわかった! ちょっと待ってて!!」 「パッキー! 鏡、鏡っ」 「柄にもねーぜ。いきなり、おめかしなんかし始めてよ」 「少しは応援してくれたっていいじゃないかっ」 「俺様はゲームで忙しいんだ。さて、レンジャーでやり直すか〜」 「賢者のくせにっ」 すぅ〜〜っ、はぁ……。深呼吸っ。 「いよしっ。行こう!」 「会長さんっ、お待ちしておりました♪」 「あ、あれぇ……?」 「な、な〜〜んだ。もう一人の天使についてだったんだ」 「あまり大事になっても困りますものね」 「ええ。私のように覚悟が完了していなければ、打ち明けられないことですから」 「そっか〜〜。はぁ、ビックリした」 「なんのことだと思っていたのですか?」 「会長さん。お顔が真っ赤ですよ」 「お風邪を召してはいませんか? 人間界では寒くなると引き起こす悪い症状だと聞いていますが……」 「そ、そうなのですか!? それは大変ですっ」 ロロットがぎゅうっと僕の手を握りしめる。 柔らかい手で包まれた僕は…… 「こうしていれば、少しは寒さが紛れませんか?」 「う……うん。かなり」 「えへへ♡ 私も温かくて気持ちいいですよ♪」 ロロットと手を繋いで歩けるなんて! 「まるで恋び……」 「い、いや。いい天気だなー」 し、しかし、エミリナの前で……さすがにドキドキするっ。 ああ、なんか悔しいな! 僕だけ照れてるなんてっ! 「いけません、ロロットっ 会長さんのお顔が更に真っ赤です!」 「はうう!!」 「いやいや! 大丈夫だから!」 はぁ……ロロットの手、温かい……。 「それで、もう一人の天使っていうのは、いったい誰のことなの?」 「落ち着いて、聞いて下さいね」 「もう一人の天使。それはアゼルさんなんです」 「アゼルが……」 「はい。信じられないかもしれませんが、実は天使なのです」 「そっか〜〜。そうだったんだ」 「私達が天使だということといい、会長さんは順応しすぎです」 「それはロロットの言葉だからではないのですか?」 「それで、アゼルにもリ・クリエのこと。協力してもらうんだね」 「ええ。仲間は多くいた方が心強いですからね!!」 「いっ、いえ。とりあえず向かいましょう。今日ならエミリナも入れますから」 「では、呼んできますね♪」 ロロットの手が離れていく。ああ、物悲しや。 「エミリナはアゼルと会ったこと、あるの?」 「い、いえ……。ですが、どこかで聞いたことのあるお名前なので……」 「同じ天使だから、顔見知りだったりするんじゃない?」 「天使はそれほど数が多いわけではありませんからね。大抵の天使であれば知っているのですが……」 「ロロットも人間界で初めてお会いしたと言っていましたし……」 「もしかしたら、とても偉い天使様なのかもしれません」 「私達はお会いできない高尚な存在。そんな方が味方になってもらえれば――」 「心強いね! なんとしても、仲間に引き込もう!」 「あらま。その様子じゃ……」 「アゼルさん、お留守だそうです」 「そっか……ロロット、今何時?」 「お昼過ぎですね。お腹が空きました〜〜」 「だとしたら、礼拝が終わってる。アゼルなら、きっとあそこにいるんじゃないかな」 「……! そうですねっ」 「ご飯はあとでプリエに行こう」 「わーーい」 「やっぱりいましたね」 「なぜ小声で話してるのさ」 「気づかれないようと思いまして」 「ドッキリでもやるの?」 「まだ何も言ってないじゃないですかーっ」 「こんにちは、アゼル。ちょっと君に用があって――」 「私には無い」 相変わらず付け入る隙がない。 なんとか会話を成立させる方策を講じていたところ。 「あ、あなたは……」 「エミリナ。アゼルさんを知っているのですか?」 「え、ええ。確か私の記憶が正しければ――」 「幼くして重要な役職を任じられた、ずば抜けて優秀な天使」 「アゼルさんは、人間界でリ・クリエの調査を任された一団の一人です!」 「リ・クリエを……?」 「そ、そうだったのですかーっ」 「エミリナは物知りですね〜〜。私、全然知りませんでしたよ」 「ロロットは天界のことに無頓着すぎるのですよ」 「反省します。今度からは興味のないことも、お勉強しておくことにしましょう」 「自分の悪いところをすぐ直そうとするなんて、ロロットは偉いですね」 「えへへ〜〜♪」 「ほのぼの〜〜」 「っと、してる場合じゃない!」 「ということは、アゼルもリ・クリエのことを知ってて……」 「流星学園にやってきた、と」 「お前達には関係がない」 「あるよ!! 今までずっとクルセイダースとして、リ・クリエの弊害を阻止してきたんだ。それにこれからも――」 「お前達に、用は無い」 「ほほ〜〜。アゼルさんは、一人でリ・クリエの問題に立ち向かえる、と。そう仰るのですね」 「今の文脈はそういうことかっ」 「アゼルさんが、天界より使わされたクルセイダースということなのですね!?」 「クルセイダースだと?」 「なるほど。そういうことだったのですね。これで疑問が一つ解決しました」 「疑問……?」 「はい。リ・クリエの影響を考えて、調査団の方々は既に天界へと帰還していたはずなのです」 「もしや例の悪影響のせいで……?」 「はい。天使は天界で身を潜めていた方が安全ですからね」 「けれども、それをなんとかしようと残っていたわけです! 謎が解けました!」 「やっぱりアゼルさんは、人間界を守る為にやってきたのですね!」 「人間界を……守る……だと?」 「己の身に襲いかかる危険を顧みず、勇猛果敢にリ・クリエと立ち向かうその勇気! 立派ですよ、アゼルさん!」 「この世界を守る……だと?」 「元々目的が同じだったなんて、まさに千載一触即発の奇跡といっても過言ではありません!」 「これで心おきなく、人間界を守ることができますね! 一緒に力を合わせて頑張りましょう!」 「力……合わせる……守る……」 「ね、ねえ、ロロット。なんだかアゼルの様子がおかしいんだけど……」 「ほえ……?」 「う……うう……っ」 「な……なぜだ……私の意志は……っ」 「アゼルさん……! もしかして、また……っ」 「またって、ロロット……どういうこと?」 「くぁ……っ!」 ロロットが、ふらついたアゼルの体を抱きとめた。 「アゼル……どうしたんだ……」 「……前にも」 「以前にも、似たようなことが起きたのです」 「こうしてアゼルさんが苦しんでいる時が……」 「それってまさか――」 「違うと……言っている……くっ」 「こ、これが……人間界での……影響……」 「エミリナ。私達はもう、その覚悟を済ませたはずですよ」 「恐れてはいけません。私達が、リ・クリエに立ち向かわなければならないのですから」 「とりあえず、保健室に急ごう……!」 「触れるな!!」 「ううっ……これ以上……私にまとわりつくな」 「アゼルさん……どうして、そう私達を拒むのですか?」 「何かを隠しているのではないですか?」 「な、何を言う……」 「口数の多さがその証拠です。私達は仲間なのですから、隠し事なんかしないでいいのですよ?」 「仲間だと……」 「そうです!! アゼルさんが仲間に加われば、もうクルセイダースは百万人力なのですからっ」 「……もう一人で歩ける」 アゼルは冷たくロロットの体を突き放し、背を向けた。 「これは私自身、何が起きているのかもわからないのだ」 「だから、みなさんでその、考えようと――」 「では、答えを話せ」 「そ、それは……今すぐには……」 「ロロットは君のことを心配してるんだぞっ。それなのに、そんな言い方しなくたっていいじゃないか」 「仲間……だと?」 「役にも立たない仲間など、不要だ」 「アゼル……!」 「余計なお世話だ。だから……」 「二度と私に関わるな」 「昨日あの後、ロロット……凄く落ち込んでたんだよ」 「君を仲間に引き込もうって一生懸命で……君が僕達と同じ目的を持ってるって知ったら、とても嬉しそうだったでしょ」 「関わるな、と言ったはずだ」 「話すことは何もない」 「わかったよ。ロロットに謝ってくれればいい。そうしてくれれば、もうつきまとわない」 「なぜ、ロロットの為にそこまでするのだ?」 「それはねー。ロロットちゃんのことが好きだからじゃないかなー?」 「うわー。図星だねー。これはまずいねー」 「カマかけたのかっ」 「ナナカは関係ないっ!」 「ふんっ。軽薄だな」 「な、なんだとうっ」 「どーどー。何があったか知らないけど、ケンカするとカルシウムなくなっちゃうよー」 「カルシウムは足りてるっ」 「違いますよ、さっちんさん。カルシウムが足りないと、怒りやすくなってしまうのです」 「そっかそっかー。そうだったー」 「って、わああ!!」 「アゼルさん! せっかくのお昼休みなんですから、そんな険しい顔をしてたらもったいないですよぅ」 「な、なにをするっ」 「おお〜〜。アゼルさんのほっぺた、柔らかいですね」 「は、離せ!!」 昨日の沈みっ振りからは想像もつかないほど、元気になっている。 「良かったねー、シン君ー」 「なっ、なにがだいっ」 普段は鈍いくせに、恋愛沙汰になると勘がいいんだから。 「ほら、アゼル。ロロットがまた来てくれたよ」 「頼んでなどいない」 「そうなんです! 実はですね。お昼ご飯をお持ちしたのですよー」 「話を聞け!!」 「少しは僕らの気持ちがわかった?」 「今日は、じいや3段積みのお弁当です!!」 「和食、洋食、中華の3段重ねと、様々なニーズをキャッチ」 「これで、どう〜だ!!」 「な・ぜ・だ……っ」 「こんなにうまそうなものを前にして……」 「会長さん、食べます?」 「お……? う、うんっ」 「いただきま〜〜す♪」 「ロロット。その、大丈夫……?」 「アゼルさん、何か苦手なものでもあったんでしょうかね〜〜」 「例えば、会長さん。苦手な食べ物がありますか?」 「僕? ないけど」 「それでは参考になりませんよぅ」 「そっ、そうだね……強いて言えば、お餅が怖いかな」 「そうなんですか!! これは早急に先輩さんを止めなければ」 「冗談だよ!!」 貴重な栄養源を失うわけにはいかない。 「ええっと、ええっと……さっちん、お願い!!」 「んぐんぐ。これ、美味しいねー。絶品だよー」 「ええっ!? 私!?」 「私はゴーヤチャンプルーが苦手かなー」 「ニガウリの炒め物かな? 渋くてうまいと思うけど」 「大人の味だよー。けど、私はまだまだ子供のままでいたいからねー」 「では逆に、万国万民共通で好まれる食べ物はなんでしょう?」 「カレーライスやハンバーグ?」 「まんま、ロロットの好物になっちゃったね」 「いわゆる世界基準なのです♪」 「けど、洋食の段にきちんとハンバーグが入ってるじゃないか」 「だとすると、ハンバーグは苦手ということになりますね」 「じゃあ、やっぱりカレーライス?」 「やっぱりそうなりますよね!!」 「そんなことを調べてどうするの?」 「もちろん! 私がアゼルさんの食べたい物を作るのですよ!」 「すごーい。お料理上手なんだー」 「いいえ、全然。それこそ、さっちんさんと同じくらいの腕前かと思われます」 「披露してないのに、決めつけられてるよー 間違ってないけどー」 「しかし、あのアゼルさんのことです。きっと美味しくなければ、また四の五の言って食べてくれません」 「そこで私は考えました!!」 「カレーライスと言えば会長さん!! その会長さんに教えてもらえば、きっとアゼルさんを納得させる味を作れるはずです」 「僕? リースリングさんの方がいいんじゃないの? これだけうまいものを作れるわけだし」 「それに、カレー屋さんともお知り合いだとか聞いたけど」 「それではダメなのです!!」 「なんで怒るのっ」 「会長さんでなければ、いけないのです!!」 「わっ、わかったよーっ」 「まったくニブチンだねー、シン君は。もぐもぐ……」 「では、早速買い出しに参りましょう〜」 「リースリングさんと、エミリナは待たなくていいんだよね?」 「はい! 今日は二人っきりの特訓なのです♪」 「そ、そっか……」 「うふふ♡」 臆面もなく二人きりとか言うんだから、困ったものだ。 しかし気後れしていては、年上の名折れ。ここは、男らしくリードしなくてはっ。 「行こう、ロロット」 ビシッと手を差し出す。女子の手を引くことくらい、なんてことないさ! 「はいっ♡」 うおっ、腕にしがみついてきた!? 「さあ、レッツゴーなのです〜〜♪」 あっ、ああ、柔らかい〜〜。 「って、あ……っ」 「ああーーッ!!」 「会長さんっ。次はこっちですよ!」 「お、おうーっ」 しかし、今までは腕一本で引きずられていたものが、体丸ごとになったのだから、大したものだ。 これが、ロロットとの距離を少しでも表していれば嬉しいんだけど。 「ところで会長さんは、カレーライスといえば何カレーですか?」 「僕は野菜カレー。ロロットは?」 「やはりおビーフカレーでしょうか」 「び、ビフっ!?」 「ご飯に乗ったビーフステーキの上へ、カレールーをたっぷりと♪」 「ああっ、なんという贅沢!!」 「しかし、僕には牛スジの欠片で煮込んだ名前ばかりのビー風カレーしか食べたことがないんだ」 「ほほ〜〜。それはまたお肉の味がたっぷり染みこんでいそうですね」 「しかし待った!! アゼルが牛肉好きとは限らない」 「確か、牛さんは天からのお使いとかで、食べるのは御法度という方がいらっしゃるとか」 「天の使いってことは……天使?」 「モーモー。私が牛さんですか?」 「あ、いや」 「私からは牛乳は出ませんよ」 「どちらかと言えば……そうですね〜〜」 「おお! 会長さんっ、なかなか目の付け所がグッドです」 「天使と言えば、豚さんです〜〜!」 「……というわけで、オーソドックスなポークカレーになりました」 「ビタミンBがたっぷりなのです」 天使との関連性は全くないが。 「じゃあ、作るよ」 「ああ、ダメですってば!!」 「ええ? 一緒に作るんじゃなかったの?」 「会長さんは、私の後ろで見守ってて下さいっ」 ロロットが腕をまくり、ふんっと鼻を鳴らす。 やる気は満々だ。 「ちぇすとーっ!」 「ていりゃーっ!」 「そんなに勢いつけたら、飛んでっちゃうって」 「ああーーっ」 コロコロとじゃがいもが転がり、それを追っていくロロット。 「じいやの見よう見まねじゃ、うまくできません……」 リースリングさんは普段、どうやって料理してるんだ……? 「ええっと……じゃがいもは皮を剥いてからの方がいいと思うよ」 「皮……? ああ〜〜。確かに、このままじゃ食べれませんね」 「普通は包丁で剥くんだけど、確かこの辺に……」 「あったあった。はい、皮むき器」 「おぉう?」 「じゃがいもをしっかり握って、こんな風にムキムキと」 「お、お〜〜ぅ」 「じゃ、残りのじゃがいもをやってみよう」 「はい、コーチ!」 コーチ? 「出来たら次は包丁でカットしよっか」 「だから、そんな人を刺すような持ち方しなくても大丈夫だから」 「そんなことしませんよぉっ」 「まさかリースリングさんがそんな持ち方を?」 「いいえ。じいやの包丁さばきは速すぎて見えないのですよ」 「だからって、どすを持つように構えなくていいからね。こうやって――」 ロロットの小さな拳を手の平で包み込み、ゆっくりと切り方を実践していく。 「会長さんの手……おっきいですね〜〜」 「包まれてるとあったかくて気持ちがいいです〜〜♡」 「そ、そっか」 直情径行なロロットの言葉で妙に意識をしてしまう。 「こうやって、ピッタリしてるとドキドキしますね……」 「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだけどっ」 「この方が、教えやすいですものね」 「嫌だった……?」 「嫌だなんてこと!! もっと、こうしていたいくらいです」 「けど、ずっとこのままでくっついたりなんかしていたら……」 「どうなるんですか……?」 ロロットの柔らかい体が――って、いかんいかん! 「さあさあ、料理の続きっ」 「タマネギは目に染みるとよく聞きますが、さっぱりでしたね」 「あらかじめ冷蔵庫に入れておいたしね。あとは、よく切れる包丁を使ったり……」 しかし、ちょちょっとコツを教えただけで、ロロットの変わり様はすさまじかった。 さっきまで野菜を一刀両断していた子とは思えない。 さすがに慣れるまでは苦労していて、絆創膏がちらほらと。 それでも始終、ロロットは笑顔を絶やさなかった。 「よ〜〜し。じゃあ、切り終わったから炒めちゃおっか」 「炒め方はわかってる?」 「火の通りにくいものから先に炒めるのです」 「料理の3条とは?」 「養生、根性、そして愛情です!」 「うん、ばっちり。じゃあ、始めよう」 「まずはタマネギっ!!」 「そしてお肉っ!!」 「煙……?」 「かかっ、会長さんっ! いきなり焦げ付いてますよお!」 「……!? もしかして、油引いてない?」 「ひゃあ!! これは一大事です!! 油、油っ」 「あああ、火をつけたまま油を注いだりなんかしたら――」 「なんだよ、うるせ〜な〜?」 だから君はどうしてこのタイミングに現れるんだっ。 「ウヒーー!!」 「な、なんで……」 「わあああ!! パンダさんが!!」 「水だーっ、水だーっ」 慌てている間に、せっかくの食材が真っ黒クロスケになってしまった。 「えうう……せっかく上手に切れたのですが……」 「こりゃあ、やり直しだね……」 しかしまあ、余分に買っているはずもなく、またしても買い出しに行かなければ。 「すみません、会長さん……」 「いいって、いいって。気づけなかった僕も悪かったし」 「うぅ……悔しいのです〜〜」 「あ、ちょっと待っててっ!!」 「お嬢さまがお世話になっております」 「リースリングさん!!」 「こちらは差し入れでございます」 「うおっ、重い!」 新しいカレーセット!! しかも、いっぱい。 「そしてこちらも」 絆創膏……。 「……ロロットに、何か伝えることはありますか?」 「ネバーギブアップ、とだけ」 なぜかリースリングさんは、ドアの裏に隠れて親指を立てた手だけを見せていた。 「リースリングさんが、持ってきてくれたよ!!」 「じいやが……?」 「おお!! これだけあれば失敗し放題ですね!!」 「コラコラ」 「えへへっ、冗談ですよ〜。じいやに後でお礼を言っておかなくては」 「じゃあ、さっきみたいに……出来るかな?」 「はい、もちろんです!」 「よしっ、お水も入れたし……あとは、しばらく待つだけだ」 「これで完成ですか!?」 「いや、まだカレーの色をしていないでしょ。これでようやく折り返し地点だね」 「はぅ……料理の道は険しいのです」 「しかし、よくこの寒い中、冷たい水とずっと格闘できたね〜〜感心感心」 「けど、さすがに冷えてしまいました……ぶるるっ」 これはまた、ロロットと手を握れるチャンスかも……。 「な、なにかなっ?」 「はぁはぁしてもらえませんか?」 「私の手に、はぁはぁって」 「そ、それはどおいうっ」 「息でハァーハァーって、して下さい♡」 「な、な〜〜んだ それならそうと……ハァーッ」 冷え切ってしまったロロットの握り拳に息を吹きかける。 「もっとお願いします」 「ハァーッ、ハァーッ」 「もっともっと」 「ハァァァァッ、ハァァァァッ!」 「も〜〜っとです!」 「カッ……ハァーーッ……カ、ハァーーッ」 「えへへ♪ 会長さんの温もりを、たっくさんいただいちゃいましたっ♡」 「はぁっ……、はぁっ……」 「会長さんもお顔が真っ赤になって、ホックホク。まさに一目瞭然です〜♪」 「一挙両得でしょ……」 なんという天使の面をかぶった小悪魔か。 まあ、喜んでくれてるし、良しとしよう。というか、ちゃんと息継ぎすれば良かったんだ。 煮込んでいる間、しばしの休憩。 「ロロット、一緒にホームランレース25球勝負でもするかい?」 「……ふむふむ」 「おや、その本は――」 ロロットは、図書館から借りている編み物の本に食いついていた。 「会長さん。前からずっと思ってたのですが……」 「編み物って楽しいんですか?」 「質問しておいて、その顔かい」 目をきらきらとさせて、とても積極的だ。 「こっちに毛糸があるから、やってみなよ」 「初めてやるなら……」 「これかな?」 「マフラーですか?」 「うん。これはサイズを問わないからね」 「じゃあやってみようか」 「か、体に絡まって……動けませ〜〜ん」 「どこをどうすればそうなるんだ……」 「パンツが丸見えだぜ」 「きゃあ、見ないで下さいっ」 「あーお腹いっぱい、夢いっぱい♪」 「あれ。ロロちー、何遊んでるの〜〜?」 「見てのとおりの編み物ですよ……ぬ、ぬぐっ、抜けない……」 「へえ〜〜なんかヘンタイちっくだね」 「ククク……教える振りをして天使を拘束しちまうとは、さすがだぜ魔王様」 「イェア!!」 「どこから!?」 「あ……いつの間にやら毛糸が解けてました」 戸締まりしてるのに、どこの隙間から撃ち抜いたのですかッ。 「では気を取り直して、もう一度チャレンジしましょう!」 「今度は絡まないように気をつけようね」 「なんだかおもしろそー! アタシにも教えて教えて!!」 「しょうがありませんね〜〜」 「う、うぐぐ……動けなひ……」 「だから、どうしてそうなるの」 「しかも亀甲縛りだぜ」 「失敗は成功の源頼朝ですから。おかげで、ほら!」 さっきとは打って変わって、帯のようなものができあがっている。 「ええ。なんとなくわかってきましたから」 さすが、字が上手なだけあって、手先は器用なのかもしれないな。 「けど、これじゃあお人形さんのマフラーにしかなりませんね」 「千里の道も一歩から。これだけで出来たなら、あとは大きくするだけで完成するよ」 「そうですか!! では、これからも練習あるのみですっ!!」 「さーて。じゃあ、そろそろカレーライスもいい頃合いになってきたかな?」 「食いしん坊ですね、オマケさんは。先ほど、お腹いっぱい胸おっぱいとか言ってたじゃないですか」 「カレーライスは別腹!! けど、美味しそうな肉じゃががあったから、ついつい食べちった」 「へえ、いいな〜。どこで食べたの?」 「台所」 「も、もしや……」 「カレーライスがありませんっ」 「ええーー!? あれがカレーライスだったの?」 「そりゃ肉じゃがに見えるかもしれないけどさーー!! ただ、煮込んだだけだよ?」 「うん。味がなかったから、オショーユつけちった」 「オマケさーーん!!」 「うわーーん、悪気はなかったんだよーー。お手伝いするから許して〜〜」 「まあ、サリーちゃんもわざとしたわけじゃないし……ほら、まだリースリングさんが持ってきてくれた材料もあるし、さ」 「そうですね。きっと、何度も作れば上手になります。そうすれば、きっとアゼルさんも美味しいと言ってくれるはず!」 「うんうん。前向きに行こう」 「ネイティブシンキングです〜〜♪」 「では、オマケさん。まずは皮むきから始めますよ」 「わーい、ロロちー大好きー!」 そして再度作り直し―― 「う〜〜ん。いい匂いがしてきました〜〜」 ロロットは幸せそうに鼻をひきつかせている。 これだけ苦労して作ったのだ。完成したときの喜びは計り知れないだろう。 「このまま弱火でじっくり煮込むんだ」 「そうすれば完成ですか!?」 「いや……!! このまま、一晩おいてコクを深めるのさっ」 「うへへ、カレーライスまだぁ〜〜? zzz……」 「くすくす。お子様なんですから」 「そういうロロットだって、まぶたが重そうだけど?」 「そっ、そんなことはありませんよう!! まだまだ元気バリバリ伝説ですっ」 「んっ、んっ」 慌てて寝ぼけ眼を擦っている。 「今日は疲れたでしょ〜〜」 「ええ、さすがに……まさか料理がこんなに体力を使うだなんて、思ってもみませんでした」 「要領がわからないとね。けど、平行で出来るようになればアラ不思議。あっという間に出来ちゃうものさ」 「まあカレーライスは、ちょっと特殊だけどね。『うまい!』といってもらうには、しょうがない」 「そう……ですね……」 「明日になれば、きっと素敵なカレーライスに生まれ変わってるはず!! って、あれ……?」 柔らかい体が、ふんわりとのしかかってくる。 「まあ3回も作り直してれば」 僕もさすがに疲れ、そのままロロットと寄り添うようにしてその場にへたり込む。 好きな人と一緒に作る料理って、こんなに楽しかったんだ。 「会長さぁん……」 「どうしたの、ロロット?」 「ハンバーグぅ……」 ロロットの寝言と会話しながら、まったりとする。 このほのぼのとした空気。心が癒される健やかな寝顔。 白くて柔らかな頬をなでるようにすると、ロロットは心地よさそうに微笑んだ。 「このまま放っておくわけにもいかないし……よいしょ!」 今まで何度となく抱えて、支えてきた小さな体。 これからもずっと、ロロットを支えていければいいのに。 「お嬢さまの安眠は、このリースリング遠山めにお任せを」 「入っていいですよ」 「ロロット寝ちゃったんで、送っていただいてもよろしいですか?」 「はい。それが執事こと、リースリング遠山めの務めでございますから」 「カレーライスは僕が明日、責任持ってもっていきますんで」 「了解いたしました。よろしくお願いいたします」 リースリングは凛々しく会釈をすると、音も立てずに去っていった。 少し惜しいけれども、ロロットとはこれからいつでも会えるのだ。 またこうやって、二人で何かをする時間はいっぱいある。だから、急ぐことはない。 そして、これほどまで頑張って出来たカレーライス。 きっとアゼルも喜んでくれるはずっ。 「アゼルさ〜〜ん!」 「一緒にお昼ご飯を食べましょう!」 「おお、疑問系からの大躍進!!」 「こ、断るっ」 「そんなもの……必要ないっ」 「遠慮しないでいいのですよ。ちゃ〜〜んと、お代わりも用意しているんですから!」 「そういう問題ではない!」 「アゼルの為に、ロロットがわざわざ作ってくれたんだよ」 「違いますよ。私と会長さんの二人で作ったのです」 「なにっ!? いつのまに!?」 「ナナちゃん、ぴんちっ」 「私の、為にだと……?」 「さあ、美味しくいただきましょう!」 ロロットは、アゼルの前にお弁当箱を広げた。 見事なカレー弁当だが、愛情と努力いう名のスパイスがたんまり煮詰まっている。 「や、やめろ……」 「アゼルさん……?」 「不要だと言っている!!」 アゼルは厚意の手をはねのけた。 予想だにしない動き。ロロットがそれを堪えることなど出来ず、手にしていたお弁当を―― ぶちまけた。 「うわ、大変だっ! さっちんなにか拭くものっ」 「あ、アゼル……」 「くっ……これでわかっただろう。私に構うなど――」 いつもなら。 ロロットはわんわんと泣き出して、悲しみを顕著に示しているはずだった。 しかし、僕の前で立ちつくす彼女は、いつものロロットとは明らかに違っていた。 なにかを堪えるように。 けど―― 「……ひっく、うう……ぐす……っ」 溢れ出す涙を、耐えきることは出来なかった。 「う……っ、ぐすっ。……ずずっ、ひっく……」 それでもまた、抑えようとする。 「責めたければ責めればいいだろう」 「ロロットはもう、そんなことを責めたりしないよ」 今、ここで感情に任せてしまっては、アゼルという聖域に踏み込めないと思っていたのだろう。 我慢をしていれば、大丈夫。またいつもの関係に戻ることができる。 そうすればケンカにはならない。エミリナとのケンカで知った、大切なことを思い抱いたのだ。 だから、必死に堪えて『別に気にしてませんよ』と笑いたかったはずなんだ。 そうでなければ、唇を噛みしめたりなどしない。 「う……うう……ひっく、ぐすっ……ひっく」 言葉にならないままのロロットを見て、アゼルはただならぬ焦りの色を浮かべていた。 「だ、黙れ! 私はこのような感情に振り回されるような――」 そして、居心地が悪くなったのか、教室を逃げ出すようにして飛び出していた。 ロロットは棒立ちのまま鼻をすすり、小刻みに震えている。 僕はアゼルが出て行ったのを見計らって、ロロットを胸の中に抱き寄せた。 そして、優しく頭を撫でる。 「いいんだよ、もう。我慢しないで」 「う、うう……うあ――」 その言葉を皮切りに、大声を張り上げて泣き叫んだ。 「Prad Kcev Qutioxe. Topue Stachz Duemnskia」 「Xematrio」 「魔法陣は完成した。あとは、来るべき時を待つだけ……」 「しかし、あまりにも容易に準備が終わってしまった。嫌な予感がしていたのだけれど、私の思いこみ……?」 「けど、これで私も天使と――」 「魔法陣が!?」 「くっ……!」 「この胎動、魔力……私が知っている中でこの魔法陣を解除できる者は――」 「ニベの一族――やはり、いたのか!!」 「ねえ、アゼル。さすがに昨日のこと……ちゃんとロロちゃんに謝った方がいいと思うよ」 「1年生を相手に大人げないよー。子供の私が言うのもなんだけどー」 「同い年やろ!!」 「アゼルはカレーライスが嫌いなの?」 「じゃあ、どうして食べなかったの?」 「う、うるさいっ」 「アゼルの飲んでいるヴァンダインゼリーより、うまいと思うよ」 「余計なお世話だっ」 だめだ。僕じゃとりつく島もない。 「……お前達に、わかるものか……」 「あ、アゼル?」 「もう、わからず屋っ」 アゼルはそのまま、授業をボイコットした。 「ねえ、ロロちゃんのこと……元気づけてあげなよ」 「最近、アンタ達……なんか仲が良いみたいだし」 「えっ、そ、そうかな……」 「あちゃーー」 「ギャモン!!」 「このスカポンタン!! 浮かれてる場合か!!」 「な、なんだよっ」 「生徒会のみんなをフォローしてあげるのが、会長の役目でしょうが!」 「それなら、ナナカだって含まれてるよ?」 「アタシは別に困ってないから、いいの!! ほら、行った行った」 「アゼルさーーん!!」 登場の仕方が昨日とまったく同じ。 アクションも、持っているものも。 「はい♪ 会長さん直伝のカレーライスです」 「もう一人で作れるんだ!」 「あれだけたくさん作りましたからね。体が覚えてしまったようです、えへへ」 「これでもう、会長さんのお宅で朝ご飯を作ることだって出来ちゃいますよ♪」 「ピーンチ! これでナナちゃんのアドバンテージは、胸の大きさと付き合いの長さだけになってしまったー」 「さっちん。ちょっとプリエ行こうか」 「なになにー、ケーキごちそうしてくれるのー?」 「アンタの頭はどんだけスウィーツ脳だ!!」 「ナナちゃんにだけは言われたくないよー」 「今日の日替わりランチはニガウリの炒め物だったね」 「ひっ! そ、それだけは……きゃーーー!!」 「それで、アゼルさんはどちらに?」 「会長さん? どうされたんですか?」 「あっ、い、いや……ロロット、昨日あんなことがあったのに、さ」 「ああ。巫女さんの言葉をお借りするならば、昨日は不覚でした。もっと修行せねばなりませんね」 「それでまた、今日も作ってきたんだ」 「はい。ガイドブックによると、アゼルさんは『ツンドラ』のようです」 「ツン、ドラ……?」 「だから素直になれないというだけで、本当は心優しい方なのです。きっと、たぶん」 昨日、あれだけ傷ついたのに、ロロットはまったく懲りていなかった。 むしろ、また一回り大きくなったような気がする。 ガイドブックも、たまにいい事が書いてあるからなあ。 「攻略の鍵はヒロインをひたすらにストーキングすることだそうです。今時はこれくらいの難易度が好まれるとか」 「それでアゼルさんは?」 「朝からずっと、授業をサボってるんだ」 「はは〜ん。さては、またあそこの辺をふらついているのですね」 「あそこ……って、場所がわかるの?」 「こう見えてもただ闇雲に探検をしているわけではないのですよ」 アゼルなら、たぶん教会にいるとは思うんだけど…… 「ええ? プール?」 「この時間はあまり人がいらっしゃらないようなので、こちらでよく見かけています」 アゼルがプール? そんなまさか。なにをしに来ているというのだろう。 「ほら、この通り」 「こ、これが攻略かーー」 「さあ、お弁当のお時間ですよー」 「不要だと言っている!」 「まだ何も言ってないじゃないですかー」 「また昨日のようにされたいのか!」 「アゼルさんは、カレーライスが嫌いなんですか?」 「き、嫌いだ」 「嘘です!! 食べたこともないくせに!!」 「な、なぜそれをっ」 「食わず嫌いは許しませんよ。どうせなら、ここで好きか嫌いかをはっきりさせようじゃありませんか」 「アゼルさんの為に作ったんです。食べていただけませんか?」 「ああ、もう……わかった!」 「……だけ」 「一口だけ、だからな」 お弁当を食べるなら、やっぱり青空弁当!! 「いただきまーす♪」 「いただき、ます……」 ロロットと二人でアゼルを見つめる。 「わくわく、ドキドキ」 「……そ、そんなに見つめるな」 「あわわ、ごめんなさ〜い」 ロロットは、てへっと舌をだす。 僕もまた、特盛りキャベツパンを握りしめつつ、固唾をのんでアゼルの動向を見守る。 スプーンでカレーをすくって、口元へと運んでいく。 「だから、見るな!」 決定的瞬間。なんとなく見逃せない。 ロロットと僕は、自分で食べる振りをしながら横目でアゼルを―― 食べたッ! 「うう?」 「そうですか、そうですか! まだまだありますから、たっくさん食べてくださいね♪」 「うまい! うまいぞ!」 そういって、カレーライスを一心不乱に食べ続けるアゼル。 最終的にロロットは自分の分まで差し出し、それをアゼルは―― 全て食べ尽くした。天使はどうしてこう、誰も彼もお腹がブラックホールになっているのだろうか。 「良かったね、ロロット」 「あっ、あわわ……」 けど、やはり自分の空腹までは隠せなかったみたいだ。 「はうう〜〜」 「じゃあ、僕の特盛りキャベツパン、半分こしようよ」 「わあ、いいんですか!? ありがとうございます〜♡」 「あのお代わりは、お前の分だったのか? どうしてそれを言わなかった」 「だって、とても美味しそうに食べてくれたじゃないですか」 「そんな幸せそうな顔をされたら、ついつい……えへへ」 「私が、幸せそうな顔を……だと?」 「アゼル。美味しいものをごちそうしてもらったあとにはね。感謝の気持ちを込めて『ごちそうさま』って言うんだよ」 「そうか、わかった」 「ごちそうさま」 「お粗末様でした〜♪」 「なぜだ、なぜあのような顔をする。食事を奉仕し、それにただ感謝の言葉を述べただけだというのに」 「なぜ、あのような幸せに満ちた表情を浮かべるのだ」 「私でも……」 「私でも、あのようになれるのだろうか……」 「う……! ううっ……」 唐突にアゼルがその場で力無く崩れ落ちる。 僕はそれを倒れる前に受け止めた。 「と、とにかく保健室に……!」 「ええ、なんとか落ち着いたみたいです」 「びっくりしたぜ。あのカレーになにか入ってるんじゃないかと思ったぞ」 「こら、パッキー。それは冗談としても言い過ぎ」 「ぷん。隠れてばかりのパンダさんに言われたくありません」 「あいつはどうも苦手なんだよ……」 「それで本当の原因は?」 「たぶん、まだ霊質の状態が強く、適応がうまくできていないのかもしれません。それに――」 「アゼルさんは、今までずっと一人でリ・クリエをどうにかしようと働きかけていたわけですから……」 「私達が思っている以上に肉体が疲労しているはず……」 「それは適応できないこととは別に?」 「はい。だから、私やエミリナとは比べものにならないほど、危険な状況に追いつめられているんでしょう」 「そっか……それは、どうにかしてあげられないのかな?」 「結局、アゼルさんのお役目はクルセイダースの目的と同じ。ということは、ですよ?」 「……! そういうことか!」 「はい! 私達がアゼルさんの代わりになればいいのです!」 「って、それは今だって頑張ってるけど?」 「もっともっと頑張りましょう! それこそ、アゼルさんを超えるくらいに!」 「けど、それをしすぎたら……ロロットもアゼルみたいに――」 「何を根拠にっ」 「だって、私の側には――」 「会長さんがついているのですから!」 「最近、バイラスにゃまが冷たいのにゃ……」 「パスタちゃ〜ん♡ そんなつまらねえ話はいいから、俺と遊ぼうぜ!」 「元気がないから慰めようとしただけなのに、帰れなんてひどすぎるにゃ〜〜」 「バイラスの野郎、許さねえ! 俺様のパスタちゃんをこんなにも傷つけるなんて」 「だからって傷ついたパスタちゃんを放っておくこともできないぜ!」 「パスタちゃん! 一緒に魔界へ帰ろう!」 「にゃあ!?」 「なっ、何をするにゃーー!?」 今日は聖夜祭でみんなが楽しめるよう、仮装用の衣装作りをすることになった。 「商店街の人に生地をいっぱい譲ってもらったぞう!」 「手芸部さんには凝ったものをお願いしてるから、私達でシンプルなものを作っちゃお〜♪」 「私はブラックマの着ぐるみさえ、あれば……♡」 「お、俺様の体をどうするつもりだ……っ」 「あれ? ロロットはまだ来てないのかな」 「お、きたきた!」 「お爺さまとお婆さまが、たくさん寄越してくれました〜」 「凄い! いっぱいある」 「えへへっ、実はこれだけではないのですよ」 アゼルがロロットの後ろで、荷物を抱えていた。 「アゼル、来てくれたんだ」 「借りは、返すことに、している」 「副会長さんじゃないんですから、もっと素直になっていいのですよ」 「なんで私が引き合いに出されるのかしら!?」 「なになに〜。なにするの〜?」 「今から、みなさんで仮装パーティ用の衣装を作るんですよ。オマケさんもいかがですか?」 「わーい、やるやるー!」 そうして始まった裁縫大会。 「へえ〜〜。器用だね、ロロットちゃん」 「えへへっ。会長さんに教えてもらってから、めきめきと頭角を現しているのですよ」 「あれは編み物だけどね」 「ななっ……!? アタシの知らぬ間に、二人がそんなことを……」 「ロロちーに出来るならアタシにも出来そうだ。よーし、レッツチャレンジ♪」 「くすくす。それはどうでしょうかね〜〜」 「うわ! 全然わかんないんだけど!」 「も〜〜しょうがありませんねえ。私がコーチをしてあげましょう」 「うう〜。なんだか悔しいけど、ロロちーお願いっ!」 「任せて下さい!」 サリーちゃんに教授するロロットであったが…… 「ですから、このように針を通してやれば、うまくいくはずです」 「おおー。なるほど、ロロちー頭いい〜〜」 「痛っ!?」 針がなぜか尻尾にプスリと刺さってしまった。どうしてそんなところに刺さるんだ。 「ひいいっ、なにこれ痛いよーー!!」 「わっ、わっ! 暴れないで下さい〜〜」 「ぎゃーーっ、こんなに痛いなら早く教えてよーーっ」 そういって、サリーちゃんが暴れ回るものだから―― 「はう!?」 サリーちゃんが絡むと、どうしてこうも豚が犠牲になるのだろう。 「わーー! ごめんなさーーい!」 「うう〜〜」 いつもの光景、微笑ましい日常の中で、みんながいる。 それに加えて―― 今日はアゼルも一緒だ。 ロロットはそれが嬉しくて、いつも以上に張り切っているような気がする。 「ここはどうすればいいのだ?」 「あっ、それはね――」 「お前には聞いていない」 うう、僕の立場って…… 「私のお師匠さんに、そんな口を聞いてはいけません」 あ、もう復活したんだ。 「アゼルさん。それでは穴を開けて遊んでいるだけですよ」 「わからん。だから、聞いている」 「わかりました! 私にお任せですー!」 アゼルもまた、サリーちゃんと同じようにロロットの講習を受ける。 「やーい、へたっぴ。アタシと同じだー」 「それでですね。ここをこのように――」 そして、サリーちゃんと同じように、針で指をつついてしまう。 「い、いえ……。指に針が刺さっているものですから……」 「ぷぷぷ……やせ我慢してやんの!」 アゼルは表情を変えぬまま、ロロットの教えられたとおりの作業を続けている。 そしてまた、ぷすりと。 「わあ! もう見てられないっ」 「だったら自分の成すべきことをすればいい」 「う……その、痛くないの?」 我慢強いというかなんというか。 「アゼル……さん……」 しかし、黙々としているアゼルを見て、ロロットはただならぬ焦燥感に包まれていた。 作業が一段落し、そのまま解散となった生徒会室。 「ロロットはまだ帰らないの?」 「少し遅れて来てしまいましたからね」 要領を得て楽しくなったのか、ロロットは小さい理由をつけて裁縫を続けていた。 「アゼルさんのことなんですが……」 「ああ。来てくれて良かったね。この調子で明日も来てくれないかな」 「はい! 本当に良かったです〜〜」 一瞬、ぱあっと明るくなったものの、すぐにその表情には陰りが戻ってしまう。 今日は、ずっとそんな調子だった。 きっと、アゼルのことで何かあったのだろう。 「アゼルが、どうしたの?」 「今日……会長さんも見ていましたよね?」 「お手伝いしてくれた時のこと?」 「ええ。アゼルさんが頑張ってくれたのは本当に嬉しかったんです。けど――」 「針が刺さっても、なんにも反応がなかったじゃないですか」 「アゼルは無表情だから、そういうものだと思ってたけど……」 「でも、会長さんは感じていますよね!?」 「えっ! ま、まあ……そりゃあ、痛いって」 「私も、感じるんです……本来なら、感じることができるはずなのです」 「痛み、というものを」 「けど、私は――私達天使は、人間界に来て初めて『痛み』というものを知るのです」 「霊質の存在では、痛みという感覚を知ることが出来ないのです」 アゼルの調子が悪いのは、霊質から物質に推移していく弊害だと思っていた。 「それって……人間界にいながら、霊質に戻っているってこと?」 「たぶん……そんなことはあり得ないはずです。それなのに……」 一体、アゼルの身に何が起きているのだろう。 ロロットや僕の知識では、新たな要因を突き止めることが出来ない。 「さすがに、わからないな」 「僕達だけじゃ、やっぱりわからないよ」 「だけど、僕達には頼りになる仲間がいる」 「僕、そろそろみんなに打ち明けようと思うんだ。魔王だってこと」 「そしてみんなの力を借りたい。そうすれば、わからないことはもっとわかるようになると思わない?」 「で、でも……私やエミリナのように誤解されてる方がいるかもしれないじゃないですか」 「そうかも。けど、これ以上隠してはおけないよ」 「わかりました。そういうことでしたら、私も皆さんに全てを打ち明けたいと思います」 「うん。一緒にしよう」 「会長さんが一緒なら、私……怖くありませんから!」 「うう〜〜。なにからなにまで、会長さんにお世話をかけっぱなしです」 「そうですよっ。そういう自覚がないから、皆さんにニブチンと言われるのですっ」 「しかし、このままでは私の気が済みませんっ。一体、どうすれば――」 「そうです! 感謝の気持ちは、きちんとお返しするべきですね!」 「ええ!? お返しなんて大丈夫だよ」 「いやいや! 是非今度、お礼をさせて下さい!」 「いいっていいって! 気にしない、気にしない」 僕はロロットの力になれるというだけで嬉しいのだから。 「アゼルさんが……?」 「うん。たまに調子悪くなったりするでしょ?」 「ああ、確かに。しかも最近、やけに感情が昂ぶってるしね」 「けど、それがリ・クリエのことと、何の関係があるの?」 「それはですね」 ロロットと目を合わせ力強く頷いた。 「実を言うと僕は――」 「なるほど、そういうことね」 「水くさいわね。相談してくれれば、いつでも駆けつけてあげるのに」 「そ、それ以上、近づいては駄目ですーっ」 「あらあら、リアの役割取られちゃったわね」 「お姉ちゃん。大事なお話してるんだから、邪魔しないの」 「そう邪険にしないでよ。アゼルちゃんのことは、私達も気にしてたんだから」 「私……達?」 「けど、このまま放っておくわけにもいかないわね。手遅れになったら大変だわ」 「あの……私達は何もわかっていないんですけど……」 「そうね! みんなの悩みを全て解決! 教えて、理事長さ〜〜ん」 「ええっと、置いていかれてる?」 「その手のことに詳しい人がいるから、ちょっと聞いてみるわ」 「『俺に背中を預けてくれ』」 「はあ……」 ヘレナさんは勝手に話を進めて、そのまま生徒会室を後にした。 「ヘレナさんの他に、誰か詳しい人って……」 「ここで新たなお仲間登場ですか〜〜っ!」 「ごめん。なにがなんだか、さっぱりわからん」 「そうよ。さっき、咲良クンが言いかけたことだって」 「えっ!? え、ええっと……それは――」 「あ、そうそう。シンちゃん」 「わああ!!」 「急で申し訳ないんだけど、クリスマスの飾り付けをしてくれる業者さんが見つかったの。今から、挨拶してきてくれないかしら」 「べ、別にいいですけど……」 くうう、僕の意志はどこで固めればいいんだっ。 「ごめんなさい。邪魔しちゃって」 もしかしてヘレナさん、僕のしようとしていることに気づいてる? 「今から仮装パーティの衣装作りをしようとしてたんでしょ」 ……僕の思い違いか。 「それなら私も一緒に行きますーっ」 「後は私と会長さんに任せて、皆さんは首をろくろ首にして待ってて下さいね」 「間違ってはいないんだけど……」 「うんうん。頼もしいわね。じゃあ、二人でお願いね」 「それと――」 「出来るだけ、アゼルちゃんの側にいてあげて。お願い」 「ごめんなさい。詳しいことは、明日話すから」 「それでは諸君! 成功を祈るっ」 ヘレナさんは、一体どこまでのことを知っているのだろう。 大がかりな装飾をお願いするということで話はまとまり、それ以外のものは生徒でやることとなった。 そこで僕達は、飾り付けのイメージをつかみがてら、商店街を散策することに。 ご機嫌なロロットと。 無口なアゼルと一緒に。 「しかし、アゼルさんを連れてこようだなんて、会長さんも冴えていますね〜」 「い、いや……僕じゃなくてヘレナさんがね。なるべく側にいろって」 「どうしてです?」 「たぶん、また倒れたりしたら大変だから……とか?」 「あっ、アゼルぅ!?」 「こらこら、いけませんよ。職務を途中で放棄することは」 「私は関係ない」 「何を言っているんですか」 「アゼルさんはもう、生徒会の仲間なんですから♪」 「そ、そんなもの……勝手に――」 「わあああ! 凄いです、見て下さい!」 アゼルの抵抗もむなしく、ロロットは別の興味対象に惹かれていた。 「もうすぐクリスマスだからね」 商店街は一面、クリスマス色に彩られ、店の軒先には様々な装飾が施されていた。 「ほほ〜〜。クリスマスとは、流星学園だけでお祝いするものではないんですね〜」 「私がこちらに来た時は、ちょうどクリスマスを終えたあとなので初めてですよ〜」 「アゼルさんも、初めて見ますよね」 「リ・クリエが関係しているとしても」 「それで、少しでも引っかけたつもりか?」 「やはり浅はかな生き物だな」 少しでもアゼルの謎に近づけたらと思ったけど、さすがに直接的過ぎたか。 「けど、お店は特に盛り上がっていますね。どうしてでしょう?」 「クリスマスセールかな」 「人間界ではね、クリスマスにプレゼントをするっていう文化があるんだ。だから、それに合わせて特売をしたりするんだよ」 「ほほ〜〜。プレゼントですか〜」 「家族や友達、親しい人やお世話になってる人……それに……」 「他にもプレゼントする方がいらっしゃるんですか?」 「え、えっと……好きな人にプレゼントするのが、一番多いかな」 「好きな……人……」 「会長さんは、何かプレゼントして欲しいものがありますか?」 「ぼぼっ、僕はもらえるものならなんでもっ」 「それじゃあ選ぶの大変じゃないですかあ」 くうっ。せっかくのチャンスを……! 「じゃあ、アゼルさんは」 「プレゼント……?」 「ええ。アゼルさんは私のお友達ですからね♪」 うう……。やはり僕もアゼルと同じ、友達扱いのままなのか……。 「思い出も大切かもしれません。だからといって形として残る物を贈ることも、素敵なことだと思うのですよ」 「形に残るもの。それがプレゼントか」 「そんなもの……」 「それじゃあ全く参考にならないじゃないですか〜〜っ」 「ああ、なるほど。アゼルさんは無知だから、どのようなものがあるのかわからないということですね」 「ほら、一緒にウィンドウショッピングをしましょう。そうすれば、きっと欲しいものが見つかるはずです」 「やっ、やめろ……っ」 「いざ、お店に突撃なのですー♪」 「ああ――!!」 僕もクリスマスには、ロロットへ何かプレゼントしたいなあ。 「理事長さん。なぜ図書館に?」 「ええ。今から心強い助っ人に登場してもらうわ!」 「図書館に、助っ人……?」 まさか……。 「ほら、来てくれたわよ」 「皆さん、お茶でもいかがですか?」 「もしかして助っ人さんは……」 「そう! 頼りになる無鉄砲な特攻野郎、メリロット!」 「変な肩書きをつけないで下さい」 「メリロットはね、図書館の司書をする傍らで、リ・クリエを観測してるのよ」 「しかもたった一人で学園に潜んでいた魔将の一人をやっつけたんだから!」 「ま、魔将を……!?」 「たった一人で!?」 「確か、ソルティアとかいう名前だったかしら?」 「聞いたこともありません……」 「けど、クルセイダースでもないのに、どうしてそんな力が?」 「だってねえ。メリロットは魔族だもの」 「ええーーっ!!」 「魔族の中でも、昔からずっと九浄家と一緒にリ・クリエ対策を講じている仲間の一人なの」 「隠しててごめんなさい。けど、メリロットが照れ屋なものだから」 「そういう意味ではありません。ただ、生徒会とは役目が違うというだけです」 「もう、拗ねちゃって♡」 「ヘレナには以前にも申し上げましたが……」 「リ・クリエのことについては、今のところ順調に進んでいます。なにも問題はありません」 「あとのことは私に任せて、皆さんは学生の本分を全うして下さい」 「では……」 「ちょっとメリロット。今までクルセイダースも頑張ってきたんだから、少しくらい話を聞いてあげて」 「私の素性を話しましたよね? これ以上の会話は、余計に気負うきっかけになる可能性もありますから」 「ああ言えば、I Love You。ごめんなさいね。メリロットは引きこもりだから、コミュニケーションに疎くて」 「なんですって……?」 「メリロットさんっ。聞いて欲しいのはリ・クリエのことじゃなくて、その……」 「私達のお友達のことについてなんです」 「その前に……。生徒会の皆さんへ、お伝えしなければならないことがあるんです」 「実は私……天使だったのです!!」 「ええ。それで?」 「あ、あれ……皆さん、どうして驚かないんですか?」 「そ、それは、ねえ」 「なんというか」 「驚きませんよ。そんなことは、元々知っていますから」 「ま、まあ……ね」 「咲良くんが魔王だということも」 「ブフーーッ!!」 「きゃあ!! 何してるのよおっ」 「ど、どうしてそのことを……」 「BINGO♪」 「どうやら、本当だったみたいですね」 かっ、かまをかけられた! 「へえ〜〜。シンって、魔王だったんだ」 「ちょっと咲良クン!! 魔王っていったい、どういうこと!?」 「ま、まあ聖沙ちゃん。ちょっとお外で一緒に二人きりでお話しようか」 「お、お姉さまと、ふがっ……!?」 「聖沙ちゃんの説得は、リアに任せるとして……」 「天使と魔王のお二人が、どのような相談をするつもりだったのかしら?」 「それでですね。私の幼馴染みの天使、エミリナも、私と同じように人間界へ来ているのです」 「はぁ……リ・クリエの時期に、わざわざ人間界に足を運ぶ天使。全く、二人とも向こう見ずなのですから」 「普通はそんなことしないの?」 「はい。リ・クリエでは何が起こるかわかりませんから。なるべく安全な天界に身を潜めるのが決まりなんです」 「本当に、安全ならば……ですけど」 「けれども、そういった決まりがあるのにも拘わらず、人間界にやってきている天使がもう一人」 「それがアゼルさんです」 「そう。やっぱり、アゼルちゃんは天使だったのね」 「だから言ったじゃないですか。よくシャロ=マ公国の手を使うんです、天使達は」 「アゼルさんは私達のように、人間界へ遊びに来たわけではないのです」 「リ・クリエの調査団として参加されていると、エミリナは言っていました」 「やはり、天使が調査団を寄越したのですか……」 「そこまで大掛かりなことをするってことは、それほど影響力が強いという見解ね」 「だから、私達もお手伝いしますよと言っているのに、全く聞いてくれなくて……」 「それでここのところ、ずっと一緒にいたってわけね。仲良くなるために」 「はい。ですが、仲良くなるだけじゃなくて、心配なんです」 「アゼル……時々なんですけど、調子が悪くなってて。前なんか倒れたりもしたんです」 「霊質が物質に変成していくと、体調に異変を起こす場合があるそうですね」 「そ、そんなことまで知っているんですか……」 「けど、変成の影響ではないのです。アゼルさんの体は――」 「また霊質に戻りつつあるのです」 「確証はありません。けれども、アゼルの体に異常が起きていることだけは確かなんです」 「直接、聞いてみるしかないのでは?」 「アゼルさんに聞いても、〈床〉《》に釘を打ち付けるようなものですから」 「それは困ったわね」 「それならば、私が尋問いたしましょう」 「口を堅くしているのであれば、無理をしてでも引き出すしかありませんね」 「そ、そんなことは……っ」 「あまり無理をさせて、体調が悪化したりなんかしたら……」 「けれども、尋問を先送りにしていたら、手遅れになってしまいませんか?」 「なにかしてあげた方が、アゼルさんの為になると思うのです。違いますか?」 「はい、そこまで。メリロットも大人なんだから、尋問だなんて言葉を使わないの」 「けど、相談には乗ってくれるのね」 「ええ、私も個人的に気になることがありますから」 「もお、素直に優しさで済ませなさいよっ」 なかなかに厳しい発言を繰り返すメリロットさん。だが、言ってることは至極もっともだ。 それを聞いて、ロロットは不安そうにしている。 「ロロット。もしものときは、僕たちがアゼルを守ろう。そうすれば大丈夫さ」 「もう、アゼルさんったら!」 「はぁ……なるほど。こういうことなのですね」 「心配は要らないといったはずだ。それなのに――」 「まさか、得体も知れない魔族にまで、素性を打ち明けるとはな」 「そうではありませんっ。私達では解決できないのです。だから、色々と教えを請おうと思って――」 「……っ。余計なことをするな!」 「よりにもよって魔族に魂を売るとは……この裏切り者め!」 「アゼル! そんな言い方しなくたって――」 「天使であれば、これが正常な反応です。ロロットさんがあまりにも風変わりなのですよ」 「メリロットさんまで……」 「それでもまだ天使の見栄でも張るつもりか!」 「〈同胞〉《はらから》である私に救いの手を差し伸べるなど――」 「違う! ロロットはそうじゃない!」 「ロロットは君が天使だからとか、自分が天使だからとか、そんな理由で助けようとしてるんじゃないんだよ!」 「ロロットは、君が『仲間』だから……友達だから、助けようとしてるんだ」 「その助けたい僕達だって同じ気持ちさ。けど、ロロットは天使だから、一番アゼルのことをわかってあげられる」 「それなのに、君はどうしてそれを拒むんだ……」 「アゼルやメリロットさんの認識してる天使だったら、己の身を案じてすぐにでも天界に帰ったと思う」 「事実、エミリナにだって、避難するよう説得までされてたんだ。それなのに……」 「ロロットは僕達と一緒に人間界で、リ・クリエと立ち向かうんだって言ってくれた。人間界に残ってくれたんだ」 「そんなロロットを、どうして信じられないと言うんだい……」 「さっきもその女が言っていただろう。ロロットは風変わりだ。私の知り得る天使とはほど遠い不完全な存在」 「そのような者の言葉を、信じられるものか!」 「僕はロロットが風変わりな天使で良かったと思う。不完全で助かった」 「そうでなければ、アゼルのことを見捨てていたかもしれないんだぞ!」 「黙れ!!」 「これ以上……私の心を乱すな……天使に在らざる思考を育ませるな」 「アゼルさんはまだ知らない! ここでの生活がどれだけ素敵で素晴らしいのかを」 「だから、一緒にこの世界を――」 「もう私を惑わすな!」 「アゼルさん……!」 張り裂けそうな声と共に、アゼルからただならぬ気迫が溢れ出す。 想像の域を超えた、重く悲しいものを背負っているのか。 アゼルは一体、何を覆い隠し、これから何を始めるというのだろう。 「だから、その悩みを話して欲しい! そうすればわかりあえるはずなんです!」 「話して済むことでは……もはや、ないのだ……」 語尾へ向かうに従い、アゼルから気力が薄らいでいった。 威圧感も消え、言葉を失くしたアゼルは、力ない足取りで自室へ向かう。 その背中が普段見ているアゼルの後ろ姿よりも、驚くほど小さく見えた。 「今日は、この辺でやめておこう」 「けど、アゼルもだんだん打ち解けてきたような気がしないかい!」 「おお、会長さんもですか! 奇遇ですね〜〜、実は私もそうなんじゃないかって思ってたんですよっ」 「だとしたら、あとちょっとだ……諦めずに頑張ろう!」 「あの気迫――いや、霊力の類……自我で制御しきれていない……」 「それほどの力……私がこんなにも嫌な汗をかくほどとは、想定外です」 「アゼルさんこそ……普通の天使とは一線を画す存在なのでは……?」 「魔王様、ゲームしようぜ」 「今日は遠慮しとくよ」 「艦隊戦だけでもいいから、な!!」 「一人の方が画面広いよ?」 「戦力が足りないんだよ、一人じゃあ!!」 しょうがないので片手間で宇宙海賊となることに。 「ったくよぉ。わざわざ休みの日まで生徒会活動しなくてもいいだろうに」 「みんなも張り切ってるしね。僕だけあぐらをかいているわけにはいかないよ」 「だからって正座かよ」 「お客さんだ」 「はいは〜い」 「こんにちは〜♪」 「会長さん。せっかくのお休みなんで、遊びに来ちゃいましたよ」 ロロットが神出鬼没なのはいつものことだけど、やはり好きな子が側にいるっていうだけでドキドキしてしまう。 「今日は……一人なの?」 「そうですけれど……私一人は、まずかったですか?」 「いやいや!」 ロロットと二人きりか……更にドキドキが加速していく。 緊張しすぎて、格好悪いところを見せないようにしなくっちゃ。 「よう、天使」 「天使じゃありません――」 「って、もう隠さなくて良かったんでした。えへ」 パッキーが空気を和ませてくれた。 「あら……? この衣装があるってことは、会長さん」 「ああ。ちょっとやり残してたからね」 「お休みの日はゆっくりしなさいと先輩さんが言ってたじゃないですかー」 「まあ、それでもついついやっちゃうんですよね♡」 「ってことは、ロロットもお家で……?」 「内緒ですよー♪」 そう言ってロロットは豪快に腕まくりをする。 「ロロットも一緒にやるかい?」 「いいえ。私は見て見ぬ振りをします。そして、その間に会長さんのお昼ご飯を作っちゃいますよ」 「僕の、ご飯を……?」 「えへへ。修行の成果を試す時が来たのですー!」 「そんなそんな。僕も手伝うよ」 「会長さんはさっさとそれを終わらせて下さい。そうしたら、二人でゆっくりのんびりいたしましょう♪」 そんなことを言って、ロロットはキッチンへ向かっていった。 「大丈夫かな……?」 さすがに前回あれだけ頑張ってたし、カレーライスなら―― 「ひゃああ!!」 「ダメです、来てはいけません!! 今のは、ちょっとした余興ですから!!」 「余興って……」 「とにかく裁縫が終わるまで、動いてはいけませんよっ」 ムムム……それなら、僕も負けじと早く終わらせよう! 「あの様子じゃなあ。悪いが、俺様は遠慮しとくぜ……」 「僕はロロットを信じるっ」 「さて、外食で済ますか」 「ぬいぐるみのくせに!!」 大急ぎの大あわてで作ってみたものの。 「うわあ……早くやると粗が多い……これじゃ、ダメだ……」 「急いてはことを甘んじる、ですよ♪」 「甘い汁!?」 「ブブー。ちゃんとしたお昼ご飯ですよう」 「ん、この香りは……」 「いつもカレーライスだけでは、栄養バランスに偏りがありますからね」 「ロロット……僕のそんなとこまで」 「というわけで、私の大好きなハンバーグですー」 「おおおおお」 「残念ですが、牛肉100%ではありません」 「けど、合い挽きの方が美味しいんですよ♪」 「なるほど、納得! って、ロロット……ハンバーグ作れるんだ」 「ええ。お家でエミリナと一緒に、じいやから伝授してもらったんです」 「そうなんだ。それなのに、ロロットだけで?」 「〈あいびき〉《》ですから……♡」 「っと、とと、とにかくですねっ 冷めないうちに食べちゃいましょう!」 ほっかほかのハンバーグをいただきます。 「わくわく♪」 「すごくうまいよっ!! これが合い挽き……」 「えへへ。いわゆる〈合い〉《》の力、なのです」 「ロロットも食べなよ」 「え……っ、はっ、はい〜」 「凄いなあ。つい先日まではカレーライスしか作れなかったのに」 「もう! それは言いっこなしですよぅ」 「ごっ、ごめん……いや、僕だってこんなすぐ上手になるのは無理だし」 「料理を作る楽しさを教えてくれたのは、会長さんですから」 「全然! そんなことないって!」 「いいえ、会長さんは確かに教えてくれました」 「誰かの為に作ることが、こんなにも素敵なことだということを……」 「けど、実は一人で作るのは初めてだったんで、ちょっぴり心配だったんです」 「それでも、美味しくできました。会長さんにも喜んでもらえたようでなによりです♪」 なんだろう。この、胸が熱くなるような感覚。 ロロットが側にいて、満面に笑みをたたえるその様子を見ていると、普段のドキドキとは違う胸の高鳴りが止まらない。 この気持ち、声に出したくてたまらない。 「ろ、ロロット……ぼ、ぼぼぼ、僕……っ!」 「ご飯のお代わりですね♪ 取ってきます〜」 あっ、ああ〜〜。そうじゃないんだ〜〜っ。 「お腹いっぱいです〜〜」 お腹いっぱい、胸いっぱい……と言いたいところだが、どちらかというと胸はロロットのことでいっぱいだ。 せっかく二人きりだというのだから、僕の気持ちを伝えるには絶好のチャンスなんだぞっ。 それなのに…… ロロットはそんな素振りを全く見せず、のんきに編み物雑誌を読みふけっている。 僕の方が年上なのに、こんなに緊張してドキドキしてて……情けない。 いかんいかん! ここは先輩として、何より男として、このあやふやな状況を打破しなければっ。 「ね、ねえ、ロロット?」 「なるほど……プレゼントに最適ですか〜〜」 も、もうちょっと近づいて―― 「ロロット、あの……」 「ああ、会長さん。ちょっとわからないことがあるのですよ」 ずいっと身を寄せてくるロロット。 優しくて心地のいい、女の子の香りがする。 「ここなんですけど……」 「あ……ああっ、つなぎ目の始末をすること?」 「はい。ここだけが、どうも図解ではわからなくて」 「というわけで……はい!」 ロロットが転がっている毛糸と編み針を差し出した。 「手ほどきでお願いします♪」 「て、手ほどき?」 そういって僕に背を向けると、そのまま腕の中にすとんと入り込んでしまった。 さらさらの長い髪の毛が鼻をくすぐる。 僕も決して大きい方ではないけれど、それに輪をかけて小さいロロットが目の前で鎮座している。 こんなにも可愛らしく小柄な体なのに、僕の中では凄い存在感だ。 「ここをこうして……」 ロロットの手を取り、編み物を始める。 「会長さんの手、おっきいです」 「あはは……そうかな?」 「私のゲンコツが2つくらい入っちゃいますよ」 「背も同じくらい大きくなればいいんだけどね」 「今のままの、会長さんがいいのです……♡」 さっきまでしれっとしていたロロットなのに、僕の中に入ってきた途端、頬は赤くなり縮こまってしまった。 「こうやって会長さんに手を握られると、どうしてでしょう……体がふにゃ〜っとしてしまいます〜」 「ドキドキじゃなくて……?」 「いつも会長さんと探検しているような、ワクワクするようなドキドキとは違うんです」 恥ずかしそうに俯いて、もじもじと指を動かす。 「やっぱり照れちゃいます……。どうしてでしょう? こうして側にいるだけなのに……」 「会長さんと一緒にいると、胸の辺りがきゅうっと切なくなってしまうのです」 「体が……心がおかしいんです……! だから、会長さんの前ではいつものように振る舞おうとしてたのに……」 「やっぱり無理でした……それなのに、こうして会長さんの近くにいたいと思うのです。これって変ではありませんかっ?」 「ち、違うよっ。それは別に変なことじゃなくて……」 「だとしたら、これは何なのですか? ガイドブックにも書いてません……教えて下さい、会長さん……っ」 ロロットが甘えた表情で訴えかける。 無意識にしていることなのだろう。 天使であるロロットには『恋』という言葉が、心の辞書にも載っていない。 ごくりと僕の喉が鳴った。 今ならきっと、体の距離だけじゃなく、心の距離をグッと近づける言葉を伝えられるのではなかろうか。 「ろ、ロロット……っ」 「……会長さん?」 ロロットがこちらの様子を窺おうと、顔を上げた 「んごっ!!」 「かかっ、会長さん!?」 愛らしい頭がこつんと鼻にぶつかった。 興奮度が最高潮に達しようとしていたその瞬間を小突かれると―― 「わっ、わーーっ。鼻血が〜〜っ。大変ですーーっ!」 「だ、大丈夫だからっ。そんなに慌てないで」 「ごめんなさい……こんなことになってしまって……」 「いいって、いいって! ほら、つなぎ目の始末も出来たことだし……一緒にゲームでもしよっか!」 またしても好機を逃してしまった……。 「お待たせ〜〜。お昼ご飯のお返しができたぞ〜」 「といっても、またカレーライスだけど」 「大歓迎なのですよー」 あれっきり、二人して出会った頃から続いている『仲間』という雰囲気のまま、こうして休みの日を過ごす。 こんな風に、まったりといつも生徒会で交わしているようなテンションでいるのも悪くはない。 悪くはないんだ。 けれども、もっと良くしたいんだ。 ロロットと過ごすこの毎日を、もっと充実させる為には。 友達や仲間よりも、更に一歩先に進んだ関係を築きたい。 もっと、ロロットに近づきたい。 けど、この気持ちを伝えたところで、本当に良くなるのだろうか。 不安はある。 だったら、このままの関係がいいじゃないかとも。 「お粗末さまでした」 ロロットは元気に食器を洗い場に持っていこうと立ち上がる。 だが、扉の前でしばらく立ちつくしていた。 「ど、どうしたのロロット」 思い詰めたような顔。そして俯き、何かを〈堪〉《こら》えていた。 しかし、すぐさまかぶりを振って、僕に笑顔を向けてきた。 「会長さん。少し、お散歩でもしませんか?」 外に出てからは、二人とも無言で足を進めていた。 普段は好奇心剥き出しのロロットも、今日ばかりはずっと何かを考えているようだった。 「変な気持ちになってしまうのは、実を言うと今日に始まったことではないんですよ」 「前から……?」 「どんな時とか、わかる?」 「いっぱいありすぎてわからないのですよ〜〜」 僕だってそうだ。 ロロットと過ごしてきた楽しい毎日の中で、笑ったり、呆れたり、怒ったり、悲しんだり。 共にその感情を共有し、生きてきた。 同じ生徒会として、クルセイダースとして。そんな些細なきっかけで生まれた関係。 けれどもロロットと過ごした日々は、いつもきらきらと輝いていた。 「時々、発作のように起きていましたから。どれが原因かなんて……」 「でも、昨日からはもう……ずっとドキドキが止まらないのです」 「昨日……」 「私はアゼルさんのことを、助けよう助けようと思っていながら、あのように言われた途端――」 「頭が真っ白になっちゃいました。これから、どのように接していけばいいかも、わからなくなって……」 「昨日のことだけじゃありません。お弁当の時もそう。本当は、凄い悲しくて……けど、放ってはおけなくて……」 「ロロットは優しいね」 「違います! 本当はただ、無鉄砲にやっているだけなんです。だから、思ってもないことが起きるとどうしようもなくなるんです」 「それをいつも、会長さんが助けてくれていたんです」 「僕が……?」 「昨日、それがハッキリとわかったんです。私がこうして毎日を楽しく過ごせるのは、いつも会長さんが側にいてくれたから……」 「寝ても覚めても、会長さんのお顔がもわわ〜っと頭の中に浮かんでくるのです」 「この気持ち……お礼とは違うんです……きちんと伝えたい……それなのに……」 「ロロット。それなら、僕も……同じ気持ちかもしれない」 「僕もロロットとさ、一緒にいたいって思うんだ」 「僕は、ロロットが好きだ」 「好、き……?」 「きっとね。この気持ちを言葉で伝えるとするなら、これが一番だと思う」 「好き……」 「僕は、一人の女の子として、ロロットが好きなんだ」 「女の子として……」 「側にいて欲しいし、側にいたいと思う。出来ればずっと」 振り回されながらも、僕はいっぱい楽しんでいたんだ。ロロットと過ごしたかけがえのない毎日。 僕だけでは発見することのできなかった、きらきらの毎日を。 「好き……会長さんは私が好き……私は……」 「好き……!」 「好き……好き! 好き! 好きなんです!」 「私はあなたのことが大好きです!!」 元気に声をあげたと同時に、ロロットの表情がぱあっと明るくなった。 それはいつもの好奇心に満ちた笑顔とは違い、思いを伝えられた喜びの表情だった。 「好き! 好き! わーーい! 言っちゃいましたー♪ 好き好き好きー」 「ろ、ロロット……そ、そんなに言わなくても……。恥ずかしいよ」 「いいえ、何度だって言っちゃいます!」 「まるで僕がハンバーグやカレーライスになったみたいだ」 「ななっ!! 全然違いますよーっ」 そうだ。恐れることなんて、何もなかった。 僕はありのままのロロットが大好きで、ロロットもそんな僕が大好きで。 気持ちを伝えて通わすところで、何も変わりはしない。 二人はずっと一緒にいられるんだから。 「やっぱり会長さんに相談して正解でした♪」 「当の本人に聞くだなんて、普通じゃあんまりないよ?」 「えへへ それだけ、会長さんは頼りになるってことですよ♪」 「け、けど、これで僕とロロットは……恋人になったってことでいいのかな?」 「こい……びと」 「おお!! これが噂に聞く、恋人というものなのですね。確かこれはガイドブックに書いてありました」 「ちょっとちょっと……あんまり信用しない方が――」 「ふむふむ……おお!?」 「恋人は……キスをするそうです」 「キスって……確か唇と唇を重ね合わせて……チュ〜〜」 「えっ、ええ!? 恋人はチューするんですかーー!!」 「い、いや! 別にそんな急いですることじゃ……」 「け、けど……するんですよね?」 そんな上目遣いで聞かれたら……キスしたくなっちゃうじゃないか。 「そ、そりゃあ、ね……いつかは」 「だだ、大丈夫だよっ。別に今日じゃなくたって、いつだって出来るんだからっ」 「いいえ!! やっぱりキスしましょう!」 「ええっ。そんな……無理しなくていいんだよ?」 「無理なんかしてませんっ。ただ……」 「大好きな人とキスなんかした日には、一体どうなってしまうのやら……」 だ、だめだ……ロロットがおねだりしているようにしか見えないっ。 「わ、わかった……じゃあ、キス……するよっ」 「……は、はいっ」 ぎこちない感じで互いに向き合う。 緊張して震えているのがバレないように、しっかりとロロットの腰に手を回す。 そして自分の方に引き寄せようとしたその瞬間―― 「……んっ」 ロロットがつま先で立ち、僕の背に唇を合わせてくる。 差し出された唇に吸い込まれ、僕とロロットは―― 「んっ……ちゅうっ……」 恋人のキスを交わす。 「んん……んふぅ……」 しばらくそのまま、重ね合い、震えていた肩や腕も微動だにしない。 柔らかい唇の感触、そして甘酸っぱい味がして……。 その合わさった部分から、ロロットの気持ちがいっぱい流れ込んできて、僕の心が満たされる。 ロロットで満たされる。 友達から一線を画し、恋人へと相成る瞬間だった。 「んっ……ちゅぷっ……んむっ、ぷは――っ」 計らずして離れていく唇を、文字通り口惜しく感じてしまった。 このままずっとロロットと繋がっていられればいいのに。 「キス、しちゃいましたね……♡」 「思ったとおり……びっくりです……」 「えっ、な、なにかいけなかった?」 「いいえ、そうではなく……その……頭の中がぽ〜っとして……」 「このままどうにかなってしまいそうなくらい、気持ちが良くなっちゃいました〜〜」 僕も同じ感じを受けたけれども、そのまま気持ちよさにずっと身を任せていたくなってしまった。 「えへへ。これで大人の仲間入りです〜♪」 「キスくらいで、そんな大袈裟だって」 「先輩さんも、副会長さんも、会計さんも、恋人のキスはしたことがないみたいですよ」 「ななっ、なんでそんなことを!?」 「何を言ってるんですか。私は歴とした女の子なのですから。それくらいのことを話してるのは当然なのです」 「会長さんも、その程度のことで動揺してはいけませんよ」 「けれど、仕方がありませんね。世間では男の子よりも女の子の方が大人っぽいと言われてるそうですから。えっへん!」 うう……ロロットの方が年下なのに……。 「だから、思い切って背伸びしちゃいました♪」 「じゃ、じゃあ……もっと背伸びしてみる?」 「――んっ、んん……」 僕はロロットの唇が恋しくて、またキスをした。 「はぷ……んむっ、ん……んんぅ……」 ただ唇を重ねているだけでは、大人とは言えない。 勇気を振り絞り、年上の威厳を守るべく、その小さな口の中に―― 「ん……んちゅっ、ちゅう……ふむぅん……?」 「む……!?」 その違和感に気づいたようだ。 唇をかき分け、僕はロロットの口内に侵入した。 ロロットは大きく目を見開いて、気が動転しているようにも見える。 しかし、その動揺も束の間。恍惚に瞳を潤ませて、まぶたが落ちていく。 僕もまたゆっくりと目を閉じて、舌先に神経を集中させる。 温かく湿ったロロットの口内。その中でうごめく舌を軽くノックする。 それに気づいたロロットは、こちらの動きに答えるが如く、小刻みに震わせた。 ぷりぷりとした舌の感触で、互いに刺激をし合う。 さきほどの軽いキスよりも、体全身がとろけていってしまいそうな感覚に襲われる。 「……ど、どうかな?」 ロロットはうっとりとしたまま、可愛くはにかんだ。 「うわ、さすがに時間か」 「もう遅いですしね」 「ちょっと寂しいけど、これでもうお別れってわけじゃないしね」 「――もしもし、じいや? はい、月ノ尾公園で会長さんとですね。ええっと、キスをしてました」 「ちょっと、ロロット!!」 「いいじゃないですかあ。こんなに素敵なこと、隠してはおけませんもの」 もう、いつになっても、僕はロロットに振り回されっぱなしだ。 「うふふっ、今日はエミリナにもお知らせしなければっ」 この調子だと、明日になればもうみんなに知れ渡っていそうだ。 確かに、隠すことじゃないけれど。 「まさかとは思いますが、会長さん。皆さんに知られるのが恥ずかしいというわけではありませんよね?」 くううっ! 照れちゃだめだ、照れちゃだめだッ! 「ええいっ、後は野となれ山となれ!!」 「その意気ですーー♪」 その日は、二人にとって最高に幸せな一日だった。 「――というわけで、私達……お付き合いすることになりました〜〜♪」 「おめでと〜〜」 「あ、ありがとうございます……」 「ふんっ。彼女が出来たくらいで、いい気にならないことね」 「でしたら、副会長さんも彼女とやらを作ってみてはいかがでしょう」 「私が彼女を!?」 「な、なんで私を見るかな?」 「ま、まさかロロちゃんと付き合うなんて……」 「やっぱり年下が好みだったか……がっくし」 「違うよ、ナナカ! 年下だからじゃなくて、ロロットだから……その、す、好きになったんだ」 「ええいっ、照れくさりおって! のろけるんじゃないやい!」 「ナナちゃん、もうやめよー。シン君は、胸の小さい女の子が好きなんだよー。例えば私みたいなー」 「そ、そうなのですか?」 「こらこら、信じないの!」 「じゃあ、胸の大きい方が好きなのですか?」 「だから、そうじゃなくて、ロロットだから好きなの!!」 「やめてよ、咲良クン!! そんなにハッキリ好きだなんて言ったら、聞いてる方が恥ずかしいじゃない!」 「シン君、大胆だよ〜〜」 「ホッ、良かったです〜〜」 「ま、まったく〜〜」 「うがーー。今日のおやつは独り占めしてやるーー!」 「ちょっとー! それとこれとは、別腹なのですよーー!」 「まあまあ、ここは私に任せて。ロロットちゃんには、はいこれー」 「親友としてはナナちゃんの味方だけど、女の子としてはきちんとお祝いしたいからねー」 「じゃあ、後はよろしくー。ケーキ屋さんに行ってくるねー」 「シン君もおめでとう。お幸せにねー」 「ありがとう、さっちん!」 「では、私達もまるで恋人のように振る舞いましょう」 「聖沙ちゃんの彼女になるのは、ちょーっと遠慮しておこうかな」 「でしたらいっそのこと彼氏でも……♡」 「こ〜ら。冗談はそこまで。聖夜祭の準備するよっ」 「は、はい〜っ」 「えへへ。また二人っきりになっちゃいましたね♡」 見つめられ、また喉が鳴ってしまう。 今までとは違うドキドキ――更に興奮しているような気がする。 ロロットとキスをしたあの感触が忘れられない。隙あらばと思っていたが、またしてもこんなチャンスが巡ってくるなんて。 「ろ、ロロット……」 「会長さん……♡」 「皆さんは……聖夜祭の準備に出かけているようですね」 ホッ……なんとかごまかせた。 「けれども、節度ある交際をしなければ……げふんげふん!」 「教育者として、過度な異性交遊は……ごほんごほん! 注意しなければ、なりませんね」 ごまかせていなかった。 「珍しいですね。ここまで足を運んでいらっしゃるなんて」 「そんなことはありませんよ」 「理事長さんから、ひきこもりだとうかがっていましたが」 「ヘレナ……あなたはいつも余計なことばかり……」 「……こほん。今日は少し、お願いがあって来たのです。ロロットさんと咲良くんに」 「僕達にですか?」 「ええ。少しアゼルさんとお話をさせていただきたいのです」 「アゼルと……?」 「彼女は少なからず、あなた達には心を許しているようなのです。私やヘレナが掛け合っても、顔すら合わせてくれませんからね」 「目じゃなくて、顔なのですか」 「はい。顔というよりも、姿。私達には、その姿を捉えることが出来ないのです」 「どういうことです……?」 「文字通り、会って話すことすらままならない。彼女は何かしらの力で、私達から身を隠しているのでしょう」 「そんなことが出来るのですか!?」 「ええ。強い霊力を持つ天使であれば、身を隠す手段――結界を張ることは可能なはず」 「けれども、あなた達であれば、アゼルさんの居所を簡単に突き止められる」 「ただ単に、探検をして目星をつけていただけですよ?」 「きっと彼女自身も気づいていない。けれども、あなた達になら見つかってもいいと心の底では思っている」 「けれども、わざわざ結界を張って身を隠すなんてこと……今までずっとしていたとは思えないですよっ」 「その通り。異常事態とも呼べることです。少なくとも、私ですら見つけられないところにいるなんて」 「もしかしたら、アゼルさんの身に何かが起こっているのかもしれません」 「アゼルさんが……!?」 「ロロット……行こう! 二人で一緒に――」 「アゼルさんを助けましょう!」 「夜が近づくと、アゼルさんはよくここで空を見上げていました」 「やはり……ここなのですね」 「見当は付いてたんですか」 「ええ、おそらくは、と。けれども名前を呼んで素直に姿を現すとは思えませんからね」 「アゼルさ〜〜ん」 それでも名前を呼ぶロロットが、僕は大好きで仕方がない。 「な、なぜ、ここがわかった……」 それで出てくるアゼルは、やっぱり根はいい子なんだと思う。 いや、本当は不思議で仕方なかったのだろう。 自分の中で起きている異変に気づき、それを隠そうと結界まで張っていたのに、居場所を突き止められた。 そして、ロロットの声を聞いて、つい反応してしまったのだ。 「無事だったのですね。良かったです〜」 「私に異常はないっ」 「そんなこと言わないで下さいよ。心配したんですから」 「……心配など不要だ」 「それならば、どうして授業も出ずにこのような場所で身を潜めているのですか?」 「あなたの行動はあまりにも不可解な点が多すぎます。リ・クリエの調査というのであれば、私がいくらでも協力できるというのに」 「何度も言わせるな。魔族の助けは必要ない」 「リ・クリエに乗じて悪逆無道の振る舞いをする輩もいます。種族のことなど、気にしている場合ではありませんよ」 「私は……私一人で……」 「アゼルさんは一人じゃありませんよ」 「そうさっ。僕達が一緒にいるじゃないか!」 「やめろ……それ以上……言うな……」 「それでも敢えて孤独を貫き、私達を拒むその意志……」 「魔族だけが非道徳的な行いをするとも限りません」 「もしや――」 「もしや、天使であるあなたもリ・クリエに乗じて何かを企てているのではありませんか?」 「アゼルさんはそんなこと……絶対にしません!」 「アゼルさんは私と違って、人間界へ遊びに来たわけではありません」 「ただでさえ、相当なリスクを背負って人間界に来ているのですよ」 「アゼルさんは、この世界を救う為に……危険を冒してやって来ているのです……」 「私が……世界を……」 「天使だとか魔族とか、そんなことは関係ないよ。悪いことをするのも、正しいことをするのも……」 「それは本人の意志だから。僕達はアゼルと接してきて、悪いことはしないって信じてる」 「詰問をするつもりではなかったのですが……語意がきつくなってしまいましたね。申し訳ありません」 「アゼルさん。お体のこともありますから、このぐらいで寮に戻りましょう。今はゆっくりと休んで」 「全てを成し遂げた後……一体、何が残るというのだ……?」 「全てが終われば、キラキラの学園生活が待ってるさ! ね、ロロット」 「……はい! そうですね!」 「そうか……。そうなの、か……」 アゼルはそれっきり、何も話さずにがっくりと肩を落としたままだった。 そのやせ細った背中をロロットが慈しむようにさする。 アゼルは何かを抱えているが、それを打ち明けるのには、まだまだ時間がかかりそうなのだろう。 ロロットは焦らず、急かさず、ゆっくりとアゼルが話してくれるまで、待つつもりでいた。 「アゼルさんの瞳から、覇気が消え失せた……」 「この様子では、アゼルさんが動くとは思えません……〈原初物質化〉《プリ・マテリアライズ》は免れました」 「そうなると残るは……残る要注意人物は、ただ一人」 「あのバイラスを、残すのみ……」 「あれ、シン。一人で何してんの?」 「見てのとおり、衣装作りをサクサクと」 「いや……そうじゃなくて……。ロロットちゃんは?」 「たまには天使、水いらずで……ね」 「それではレッツゴーなのですー♪」 「アゼルさん。しっかりついて行かないと置いてかれちゃいますよ」 「今日はどこへ探検に向かうのですか?」 「期待しているところ申し訳ないのですが、今日は普通にお買い物です」 「ほほ〜〜。それはまた楽しそうですね」 「そしてアゼルさんにはダブルパンチで申し訳ありませんが、食べ物を買いに行くわけではありません」 「わ、私は食欲にまみれてなどいないっ」 「大丈夫ですよ。晩ご飯はまたロロットが手料理をご馳走してくれるそうですから」 「食いしん坊扱いするなっ!」 「いいじゃないですか。似たもの同士、天使の間くらいは隠し事はなしですよ」 「くっ……何とでも言え」 「それで、何を買うのですか?」 「様々な色をした毛糸を買おうかと思ってます」 「毛糸……?」 「そのようなもの……一体、何の必要があるというのだ」 「えへへ。皆さんには内緒ですよ。この毛糸を使って編み物をするのです」 「編み物ですか〜〜!」 「ふんっ……そのようなもの作って何になるというのだ」 「物は形としてしっかり残るのですよ。だから、毛糸でクリスマスプレゼントを作ろうかと思っているんです」 「クリスマスのプレゼント!」 「ええ。いつもお世話になっている皆さんへのプレゼントです」 「けど、内緒……ということは、打ち明けた私達にはもしかして――」 「残念ですが、おあずけです」 「文字通り残念です……」 「というより、二人にもプレゼントして喜ばれるような色を一緒に選んで欲しいのですよ」 「なぜ私達がそのようなことを……」 「もらえないからって拗ねてはいけませんよ」 「拗ねてなどいない!」 「安心して下さい。他の方々の分を作り終えたら、お二人の分も作って差し上げますから」 「だから、私は――」 「くすくす。アゼルさんってば、本当に素直じゃないんですから」 「くっ……。お前達は……いつか、殺すっ」 ロロットはアゼルを連れて買い物に向かったらしい。 そしてそのままお食事会をすると、張り切っていた。 アゼルの側にロロットがいるなら安心だ。 とりあえず、今日見たアゼルのことをメリロットさんに伝えておこう。 「あら、シンちゃん。どうしたの、こんな時間に」 「ええ、ちょっと。メリロットさんにアゼルの様子を伝えておこうかと……」 「そう……。メリロットのことだから、つっけんどんな言い方でアゼルちゃんをいじめたりしたんじゃない?」 さすがというか、ヘレナさんはエスパーなのだろうか。 「いや……それでも、アゼルのことを心配していましたし」 「それでわざわざ……ごめんなさいね」 「けど、残念。メリロットは少しお散歩してるみたいよ。珍しくね」 「散歩……ですか」 「ええ。お仕事のついでに、ね」 「お仕事……?」 「やはりソルティアは、リ・クリエの力を増幅させる為に、この魔法陣を……」 「この程度であれば、破壊は可能なはず……しかし、これをすることでソルティアにどのような利があるというのでしょう」 「彼女は天使という存在に固執していた。リ・クリエに転生の作用があるとでも……?」 「今は少しでも、火種を消しておかなければ」 メリロットは肉眼では見えぬ、魔力の円陣に手を触れて、構造を破壊する。 魔法のエキスパートであるメリロットには、容易い作業であるはずだった。 しかし―― 「……弾かれた!?」 魔法とは異なる系統を持つ、別の力が作用して反発した。 「これは霊力……やはり、天使と魔族が手を貸し、この魔法陣を作り上げたのですね」 思い当たる天使が一人。だが、今はその天使に魔法陣を利用する根拠が見あたらない。 かと言って、見過ごすわけにもいかない要因が、メリロットの脳裏に焼き付いて離れない。 「お前がニベの一族……魔女の血を引く者か」 「生え抜きであれば、それなりとは噂に聞いていたが……」 「少しは楽しめるか?」 「……バイラス!」 バイラスと呼ばれたその男は、その名称に対して否定も肯定もせず、淡々と話を続ける。 「魔王の覚醒は、まだか?」 「なにをぬけぬけと!!」 不躾な問いに、メリロットは怒りを顕わにする。武器と成る書物を掲げ、戦いに臨む姿勢を取る。 それでも、バイラスは無防備な状態のまま、言葉を続ける。 かつて人間界に〈蔓延〉《はびこ》っていた七大魔将の一人――ソルティアを撃破した魔族を相手に、バイラスは微塵も恐れを感じてはいなかった。 「お前ほどの識者であれば、魔王の力をより高めることが出来るはずだ」 「それならば、あなた自らの手で事を運べばいいのではありませんか?」 「それでは器が知れる。面白みに欠けるではないか」 メリロットにとって、バイラスと直接に言葉を交わすのは初めてのこと。 彼がどのような意図で、このリ・クリエを利用しようとしていたかは不明。 それでも一つだけわかることがある。 彼が欲しているものは、強さ。自身ではなく、他者に与えられる強さ。 その強さと対面することを望むということ。 それは征服欲にまみれた邪悪な感情ではなく、興味や好奇心の類。 まるで強者に憧れるような幼い少年のような眼差し。 だが、その瞳に宿る意志は狂気の沙汰とも思えるものだ。 強大な力を野放しにしておくことは、リスクを生む。 メリロットの定石からはずれ、成功の可能性が低下する。 「余興を楽しむ力はあるようだな。だが、勝つのは俺だ」 見透かされていた。そして、剣を交わす前から敗者の烙印を押されていた。 「魔王の覚醒を急がせろ」 あまりにも一方的な要求。 しかし、一戦を交えずとも、バイラスの力がどれほどのものか、メリロットは重々理解していた。 不測の事態で対処できる相手ではないことが、わかっていたのだ。 だから、ここは素直に応えるべきであろう。 彼の狂気を逆手に取る……メリロットにも、ここを見逃してもらえさえすれば、勝算はあった。 唇を噛みしめ、プライドを傷つけられても、少しでも勝率を高める為にメリロットは突き進む。 ――それが、私の使命なのだから―― ニベの一族は、力に屈する者達ではないと、バイラスは知っていた。 しかし、答えの真偽など、バイラスには至極どうでも良いことだった。 「聖夜祭の会場は、ここにしようかと思ってるんだけど……どうかな?」 「ここなら見晴らしもいいし、色んなことが出来そうだね」 「大賛成ですーー♪」 「夜空に流れる星を見ながら聖夜を祝う……なんて素敵なのかしら♡」 「ロマンチストだね、聖沙ちゃんは」 「どうしたの、アゼル?」 「ほら、アゼルさんっ。隅々まで探検しますよー」 「あっ、ああ!」 「アゼルさん……変わったね」 「僕には、いつも通り冷たいんですけど」 「それは、ねえ」 「咲良クン相手だもの」 「なんだい、そりゃ」 「ロロットちゃんは特別なお友達、だもんね」 「僕ももっと仲良くなりたいなあ」 「今の発言、聞き捨てならないわね!!」 「ロロちゃんという娘が傍にいながら!!」 「そういう意味じゃないよっ!!」 「浮気はダメだぞ〜」 「だから違うと――」 「ん、どうしたの?」 なんだろう、この嫌な気配……まるで誰かが僕を呼んでいるような強い意志が伝わってくる。 今まで時々感じていたものとは違う、確固とした信号。 「誰だ……」 「ご、ごめん。怒っちゃった……?」 「いや……そうじゃなくって……」 しかも、ロロット達が向かった先の方からだ。 「ちょっと僕も探検してきます!」 「ああ、どこ行くのよおっ」 「ロロットは……アゼルは……」 「この塔もばっちりデコレーションしちゃいますよ〜〜」 「このように巨大なものをか……どのようにすればいいのだ?」 「それを今から一緒に考えていくんです!」 「あっ! ロロットー! アゼルー!」 「はぁっ、はぁっ、良かった……無事だったみたいだね」 「どうしたんですか、そんなに慌てて」 「い、いや……なんかこっちの方で嫌な予感がしたもんだから」 「嫌な予感だと……?」 「別に問題ありませんよ」 「おかしいなあ……いつもより、はっきりとした感じがしたのに」 「堕ちたな」 「バイラス……!!」 「アゼルさん、バイラスって……」 額から滲み出る脂汗。アゼルは唇を噛みしめ、悔恨の思いを顕わにする。 「本来の目的を見失い、馴れ合いに勤しむとはな」 「だ、黙れ!!」 「まさに堕天使、そのものではないか」 アゼルが天使だということを知っている……? バイラスと言えば、かつてパスタがその名を口にしていた。 バイラス……この風貌、職員でないことはさることながら、不穏な様相を呈している。 しかしアゼルの様子を見る限り、とても味方とは思えない立ち振る舞いだ。 「あなたは一体……」 「ちょっとバイラスさん!! アゼルさんに、なんてひどいことを!!」 「や、やめろ!」 脊髄で抗議に先走るロロットを、アゼルは慌てて止めにはいった。 「訂正して下さい!! アゼルさんは堕天使なんかじゃ――」 僕が魔王だということまで知っているのか!? 「私の話を聞いて下さい!!」 「やめろ!! 関わるな!!」 「ロロット、落ち着こう」 バイラスはロロットの様子などまるで気に留めていなかった。 しかしアゼルの言うとおり、関わればただでは済まされないという雰囲気が漂っている。 殺気立っているわけでもないのに、どうして冷や汗をかくのだろう。 「お前はいつ、魔王として目覚めるのだ?」 「どうして僕が魔王だということを知ってるんですか」 「仲間を犠牲にすれば良いのか?」 初めてバイラスの視線がロロットに移される。 僕の問いに耳を貸す気は毛頭ないようだ。 「……ひっ!!」 冷ややかな目つきで睨まれ、ロロットは威勢を失い、萎縮する。 無理もない。 孤高の瞳――いくつもの死線を越えてきた者だけが持つ、冷然とした眼差し。 僕はロロットの前に立ち、バイラスの視界を遮る。 ロロットは僕の背中に隠れて縮こまっていた。 「もしそんなことをしたら――」 「咲良シン、そこまでだ」 「それ以上、奴と言葉を交わすだけ無駄なことだ」 「ふんっ。時期尚早とは言え、この程度の力とはな」 バイラスの口調に苛立ちが見える。 「興醒めだ。失望したぞ、魔王」 「挑発に乗るな!! 今のお前が、敵う相手ではない!!」 アゼルの悲痛な叫びを前に、僕は初めて自分が虚勢を張っていたのだと思い知らされる。 バイラスから、強靱なエネルギーが溢れ出し、僕を威圧する。 それはかつて戦ってきた七大魔将とは桁外れの魔力。 魔族の王とは所詮、資質だけのこと。 それに比べてこのバイラスは、数々の苦行を乗り越えてきた者の目をしている。 付け焼き刃の力が、鍛え上げられ研ぎ澄まされた大刀に敵うはずがない。 「今もいずれも、この様子では高が知れている」 この自信を前にして、押しつぶされそうだ。 けど、僕が気を張らねば、大切な仲間が……ロロットやアゼルが危ない目に遭ってしまう!! 「だからって」 「もういい……いいのだ……」 あまりにも力を失くした声で、アゼルが語りかける。 その声を耳にした途端、僕から戦意というものが消え去った。 アゼルはロロットと同じ天使だということを認識させる、その御声から伝わる安堵。 「アゼル、君は……」 アゼルは感情を押し殺したような表情で、バイラスに振り返った。 「お前も私も、望みは潰えたのだ。これ以上、人間界に居座る理由も必要もない。早々に立ち去れ」 「魔王の代わりが欲しければ、ここに用はないだろう」 バイラスは無言でアゼルを一瞥し、瞬時にその場から姿を消した。 「なんなんだ、一体……」 「か、会長さん……っ」 「二人とも、無事か?」 「あっ、ああ……ありがとう、アゼル」 「アゼルさん……あんなにも怖い人を相手に……」 「やっぱり、アゼルさんは凄いです!!」 アゼルが微笑した。 「だが、私は裏切り者だ」 「リ・クリエを利用しようとしていたのだ。あのバイラスと共に」 「あのメリロットという司書が言っていただろう。リ・クリエの混乱に乗じて動く者達」 「それが我々だった……」 「なぜ、バイラスが……?」 「魔王はリ・クリエに呼応して強大な力を手にするという」 「バイラスはその噂を耳にしたのだろう。何が目的かはわからん……」 とすると、バイラスが僕の力に失望し、去っていったのだろうか。 「私はバイラスを利用した。それでもしなければならない事柄があったのだ」 「だが、それは……様々な犠牲を生む……」 「その犠牲を生んだ先に、何が残るというのだ……?」 「アゼルはもう、何もする気はない。そういうことなんだね」 「ああ……もはや……私にはもう……」 「だから……全て……打ち明けよう……。私の……私の、使命とは――」 「いいんですよ、アゼルさん」 「無理に言わなくても、いいんです。言わなくてもわかります」 「アゼルさんが、今までずっと……苦しんできたこと」 「今までずっと、一人で……」 「けれども、私がお前達を裏切っていたことに変わりはないのだぞ!!」 心中の余憤を漏らすアゼルに対し、ロロットは大きく腕を広げる。 そして、ふんわりと優しく、温かく抱きしめた。 「けど、もう……いいじゃないですか。アゼルさんは、私達を守ってくれたのですから……」 「それでは……それだけでは……」 「気にしなくていいんだよ。誰も裏切り者だなんて思ってない。僕達はずっと仲間じゃないか」 「アゼルさんが私達を信じてくれるのならば、私達もアゼルさんを信じるだけですもの」 「ああ!」 「だからもういいのです……。今はもう……いいのですよ……」 「う……うう……うっ……ううう……ううっ!!」 ロロットは文字通り天使の笑顔を絶やさぬまま、アゼルの悲しみをしっかりと受け止めていた。 落ち着きを取り戻したアゼルと共に生徒会室へ向かう。 そして今までのことを、皆に打ち明ける。 「本当に……すまない」 「わ!! アゼルが頭を下げたっ!?」 「ちょ、ちょっとやめてよ……調子が狂うじゃない」 「今までずっと内緒にしてたってことは、理由があったのよね」 「けど、もう……内緒にする必要はなくなった。そういうことかしら?」 「ああ。わかることは包み隠さず話そう」 「そう……じゃあ、楽しいことも嬉しいことも、悲しいことも苦しいことも」 「これからは全部、きちんと話すのよ。これ、理事長命令だから♪」 「それでいいかしら?」 「……了承した」 「良かったですね! アゼルさん!」 「ありがとう……ロロット」 「アゼルさんはもう、一人きりで悩むことはありません」 「こんなにも、あなたを想ってくれる方達が側にいてくれるのですから!!」 「……ああ」 アゼルはまだ、過去の過ちを振り切ることは出来ないのだろうか。 それでもまだ、懲りずに語りかけるのは、やはりロロットだから出来ることなのだろう。 本当の笑顔を引き出す為には、時間をゆっくりとかけていくしかない。 「大丈夫。僕達が側にいるから」 アゼルの支えになることが出来れば、これから一緒にキラキラの学園生活を過ごすことだって出来るはずさ!! 心に科せられた重荷が消えていく。 悔恨の念もまた、ロロットは受け入れてくれた。 同じ天使という存在――その中でも自身が崇高な存在などと勘違いをしていたことを恥ずかしく思う。 これで私の全ては終わりを告げた。 全てを失ってもなお、それを迎えてくれる温かい存在。 生まれて初めて、自分の弱さを思い知らされた。 己の身を顧みずに人間界へと舞い降りたロロットに遠く及ばぬ、弱き存在。 リ・クリエの意志を継がなければ、私など一介の天使――自身の意志を持たず抜け殻のような一生を過ごすのみ。 何かに突き動かされて生きるなど、果たして『生きている』と言えるのだろうか。 私の願う〈現在〉《いま》の望み。それは―― 天界へ戻り、正当な裁きを受け、罪を償っていくことだ。 それが全て清算し終わった後に、ロロットと共に歩んでゆければと思っていた。 だが、しかし。 次に私は主を裏切ることになったのだ。 ロロットは許してくれた。 だが、主は許すはずもなく。 遂行の意志から目を背けようとも、矯正しようとする。 私の体に異変が起きていたころから、私の中で疑念が渦巻いていたのだろう。 物質化に伴う弊害ではなく、主の意志に反する感情の乱れ。 身を丸くしたところで、苦しみから逃れることなど叶わず。 体は軋み、焼けるように肌が熱くなる。呼吸をすることすらままならない痛みが襲う。 嗚咽を堪え、制裁の時が過ぎるのをただひたすらに待つのみ。 全てを振り切ることなど出来るはずもなかった。 私が主の器として、資格を失うまでは……。 「失礼するわね」 「こんにちは、ヘレナさん。どうしたんですか?」 「いえ、ちょっと……メリロット、お邪魔してないかしら」 「ううん。来てないよ」 「珍しいですね。メリロットさんのことなら、何でも知っていそうなのに」 「ええ……私に相談もなく、どこかに消えちゃうなんて……」 「しばらく図書館で籠もりきりだったのに、どうしたのかしら……少し……胸騒ぎがするわ……」 「そういえば、アゼルさん。司書さんに用事があると言っていませんでしたか?」 「あっ、ああ……バイラスのことで少しでも力になればと思ったのだが……」 「バイラス……メリロットも確か、その名前を念仏のように唱えていたような……」 「……!! ねえ、アゼルちゃん!! バイラスとメリロットって知り合いだったりする!?」 「わからない……だが、二人が遭遇している可能性は高いだろう」 「もしそんなことになったら……メリロットが手を出しちゃうわ!!」 「そこまで愚かではなかろう。バイラスの力は尋常なものではないぞ」 「だから、十分な準備をしてたの!! あの子ったら、もお! こんな大事なことを隠して……」 「ヘレナさん、どうしたんですか! 落ち着いて下さいっ」 「メリロット……あの子、バイラスと戦うつもりだったんだわ」 「馬鹿な……!!」 「ロロット! 今すぐメリロットを……探す!」 数多にも張り巡らされた罠。 当初はバイラスも翻弄されたかのように見えていた。 だがしかし、最強を謳う者に小細工など通用しない。 「魔女よ。随分と手こずらせてくれたな」 「くっ……うう……」 「だが、正面を切らぬ戦いで、魔王の代わりなど務まるはずもない」 「ま、まだ……私の策は……う、うぐっ……」 「つまらん……」 「メリロット!!」 「ひどい傷……! このままでは……」 「ヘレナ! メリロットを連れて行け!」 「……わかったわ」 本当はバイラスの顔面に一発くらい食らわせたいのだろうが、それが可能な相手ではないと瞬時に感じたのだろう。 ヘレナさんはメリロットさんを抱えて、足早に去っていった。 「メリロットさんに、なんてことを……」 「少しは望みをかけていたのだが……生死を分かつ戦いに転ずることはなかった」 「これ以上、失望を重ねて何の意味がある」 「戦うことに意味など必要ない。戦いこそに意味がある」 「バイラスはどうして戦いに拘るんだ」 「強者との争いを好む狂戦士……下らぬ思想だ」 「その挑発……好意的に解釈してもいいということだな?」 「アゼルさんは下がっていて下さい。クルセイダースの皆さんがいれば、きっと――」 「足が震えている……メリロットを倒した力に立ち向かおうというのだ。無理もない……」 「それでもなお、身を挺して私を守ろうと言うのか……」 「すまない。ここは私に任せて欲しい」 「アゼルさん、一体……」 「リ・クリエだけに頼らずとも……私の力は――」 神々しい気を纏うアゼルの姿を見て、バイラスは満足げに頷いた。 「クルセイダース! 今すぐ、この場から離れるのだ。私がバイラスの相手になる!」 「いけませんっ。一人で抱え込むのは――」 「違う!! 足手まといなだけだ!!」 「うっ……けど……けど……っ!」 冷たいようにも思える突き放しの言葉。 しかし、僕達を守ることに意識を削がれては勝てぬ相手だということ。 アゼルが人を思いやるからこそ出る、最適の台詞なのかもしれない。 「だからって、アゼルさんを一人にすることなんて出来ませんっ」 ロロットはそれでも必死に食い下がろうとする。 そんなロロットを見て、アゼルは不思議と笑っていた。 「私はお前達を信じている。だから、お前達も私を信じてくれ」 アゼルは詰め寄るロロットに優しく近づいて、その襟首を軽く小突いた。 「あっ、アゼルさ、ん……」 「私はもう、自分が一人などとは思っていない……だから、信じて待っていてくれ」 「あ、う……ぅ」 そして気を失ったロロットの身を僕に託した。 「ロロットを頼む」 「アゼル……僕が魔王になれば、こんなことには……」 「魔王の力が目覚めるということは、それだけリ・クリエが取り返しのつかないことになっている、ということだ」 「ならば、目覚めぬ方が良いであろう? だから、気に病むことはない。また会おう」 アゼルは今までにないくらいの笑顔で会釈をした。 「行くぞ、バイラス」 二人はそのまま、光の中へと消えていった。 「アゼルさん……行っちゃったね」 「信じたい……けどさ。このまま、お別れになったりしたら……」 「ナナカさん! 縁起でもないことを言うのはやめなさいっ」 「シン、君?」 「だ、ダメだ……僕だって……男なんだっ!!」 「ちょっと、シン!?」 「ロロットだって言っていた。アゼル、君はもう……一人じゃないんだ!」 僕はロロットを他のみんなに預け、二人を追っていく。 魔王の力がたとえ目覚めなくても、アゼルを支える僕達の力はあるはずなんだ! 「ん……んん……アゼル、さん……」 「……!! アゼルさん!?」 「呼んだか?」 「アゼルさん……アゼルさん……」 「アゼルさん!! 無事だったのですね!!」 「静かに。大きな声を出すな。他にも寝ている者がいる」 「危ないところだったのだ……しかし、この男が天の邪鬼だった」 「あれほど私を信じていろと釘を刺していたのに……全く、結界を破って飛び込んでくるとは」 「会長さん……!? こんなにもぼろぼろになって、一体何があったのですか?」 「お前の恋人に助けてもらったのだ」 「バイラスは一対一での勝負に拘っていたからな。共闘に対しては不服のようだったが……」 「奴に筋を通す必要などないからな」 「ぷっ、くすくす……。アゼルさんも、天使なのにかなりあくどいですねっ」 「ふふっ、そうだな」 「良かった……アゼルさんが無事で……」 「バイラスは魔界に送還された。もう問題はない」 「本当に……良かったです……ぐすっ……」 「お、おい。なぜ涙を流すっ。悲しいことは何もないはずだっ」 「くすくす……違いますよ、これは嬉し涙です」 「嬉し……涙……」 「涙は悲しい時だけじゃなくて、嬉しいことがあっても流れるものなのです」 「そうか……私が無事で……嬉しい、のか……」 「もちろんですよ♪」 「そ、そうか……」 「けど、私を気絶させて無茶したことは、とても憤りを感じています」 「うぐっ。そ、そのことについては、無事だったのだから……いいであろう?」 「いいえ! ここはきっちりとお仕置きを……くすぐりの刑ですーー」 「や、やめろ――」 「あ、アゼル……さん?」 「わ、私もバイラスとの戦いで疲れているようだ」 「そう、ですね! 無理はせず、今日はゆっくりお休み下さい」 「ありがとうございます、アゼルさん」 「こちらこそ。側にいてくれて、ありがとう」 「もう……会長さんだけ、抜け駆けしてずるいですっ」 「けど、アゼルさんを助けてくれた……やっぱり素敵な会長さん……」 「会長さんが側にいてくれて……本当に良かった……本当に……」 「でもずっと会長さんに頼ってばかりも、いられません……」 「アゼルさんのこと……天使のこと……リ・クリエのことも……」 「いけません、いけませんっ。落ち込んでるとまた会長さんに慰められてしまいますっ」 「会長さん……今はゆっくり、体を休めてくださいね……ちゅっ♡」 ――こうして、危機は去った。 バイラスは魔界へと戻り、怪我を負ったメリロットさんも大事には至らないとのこと。 生徒会のみんなも元気でいるし、アゼルだって側にいる。 大切なものは何一つとして欠けることなく、来るべき聖夜祭に向けて、日々は着々と過ぎていた。 危機は去ったのだ。 リ・クリエを利用しようとする者はもう、もはやこの地にはいない。 いたとしても、それこそクルセイダースの活動で事足りる程度のことだと、メリロットさんは言っていた。 恐れる可能性は潰えて、危機は去ったのだ。 けれども、空にはまだ星が延々と降り続けている。 まるで僕ら――アゼルを囲む僕達を目がけるようにして。 メリロットさんも、そのことだけは気にかけていた。 リ・クリエはまだ、諦めてはいないのかもしれない。 この世に起きる、天変地異の可能性を。 「会長さーーん! アゼルさーーん!」 遠くでロロットが元気に手を振っている。 僕とその隣にいるアゼルに向けて、有り余る元気をアピールしていた。 「あんなにはしゃいでたら、すぐ疲れちゃうって言ってるのに」 「それがロロットのいいところなのだろう?」 「まあ、ね」 照明置き場を決める為に色々と歩き回っていたが、さすがに昨日の疲れが残っていたので、小休止を取ることにした。 「さっきのロロットなのだが……」 「アゼルさん!!」 「いや……今日は遠慮しておこう」 「またいつもの『断る』ですか〜? まったく素直になっておけばいいものを」 「ふふ……誤解しているようだな。そうではない」 「体調が優れないのだ」 「そ、それならそうと早く仰って下さい! それだったら、きちんと体を休めて――」 「い、いや……そこまで深刻な状況というわけではないぞっ」 「出来ることなら近くにはいたいのだ。今日はまだ、調子がいい方だからな……」 「……? とにかく無理をしてはいけませんよ」 「ああ、わかった」 「素直に伝えた方が、より心配をかけることになってしまった。まさかこうなるとはな」 アゼルは自嘲気味に笑った。 「アゼルも他人の心がわかるようになったんじゃない」 「心……だと?」 「うん。今まで一方的で――」 「わ、悪かったな!」 「あはは。けど、今ではロロットがどんな風に思うかまでをしっかり考えてるじゃないか」 「たとえそれが正解でなくても、誰かの為を思いやりながら言葉を交わせるのとは、とてもいいことだと思うよ」 「そうすれば、魔族だって人間だって天使だって。みんな仲良くできるはずだもの」 「そうかも……な……」 「それだのに、リ・クリエはどうして世界を一つにしたいと思うのだろう……」 「生き物の心は変わる。だが、リ・クリエはどうなのであろう」 「リ・クリエの、心……?」 「心と言うよりも意志。リ・クリエの意志は、まだ潰えてはいない」 「この星が降り続ける限り、リ・クリエの意志は消えてはいないのだ……」 「だが、私の心はもう……その意志を継ぐことは出来ないというのに……」 「アゼル、それって……」 「咲良シン、頼みがある」 「ロロットを説得して欲しい」 「私の身は、リ・クリエの器。だが、その器であることを拒んだが故に蝕まれている」 「私の心が反抗しても、信念だけはそう簡単には曲げられぬ」 「アゼルはまだリ・クリエの器として、その意志を遂行する気であると」 「おそらく……私の育んだ心を無視してでも、リ・クリエは形となって現れる」 「その力が最高潮となる時……私の暴走が始まるはずだ」 「僕達は、どうすればいい」 「私の信念を打ち砕いて欲しいのだ」 「それはどうすれば――」 「私と戦うこと。そして本気の私を打ち負かすことだ」 「そうすれば、リ・クリエは……」 「わからない。だが、それしか暴走を食い止める手だてがないのも確かだ」 「しかし、それを私が伝えても、ロロットが応えてくれるとは到底思えない」 「それで君の身が無事でいられるなら、ロロットはきっと――」 「それも不明だ。司書の言葉を借りるとするならば、可能性の問題」 「しかし、このまま何もせずにいても破滅は確実だろう」 アゼルの身の安全は保証されず、かと言って放っていたらリ・クリエの危機が再来するということか。 「すまない。このようなことを押しつけてしまって」 「僕はロロットを信じてるから。きっとロロットは……」 そうは言うけど説得できる自信はない。 自分たちが、アゼルの身を危険に晒すことになるなんて……伝えて、ロロットが素直に受け入れるとは思えない。 このまま、アゼルの頼みを聞いてしまっていいものなのだろうか。 「ふふ……私が魔王を頼ることになるとはな」 「なぜであろう。お前には、こうして話せてしまう。やはり、魔王であるがゆえにか……?」 「けど、天使が魔王に相談する習慣なんてあったとは思えないけどなあ」 「そうか。だとしたら――」 「咲良シンという者が持つ人徳だな」 そんなことを言われたら、やるしかないじゃないか。 「会長さん♪ 一緒に帰りましょ〜」 「うっ、うん!」 「流れ星……きれいですね〜〜」 「この流れ星は、リ・クリエが近づくにつれて、多く降るんでしたよね」 「今日……アゼルさんと、どんな話をしていたんですか?」 「しかも、すっごく深刻そうなお顔をしてましたよね?」 「そそ、そんなことはないと思うよっ」 「いいえ。隠したって無駄です。だって会長さん、隠し事するの下手っぴなんですもの」 「い、いや……隠すというか、なんというか……」 「私達は恋人なのですから、隠し事はなしなのです!」 「隠し事じゃないって!」 「そうなのですか〜〜隠し事だと思ってわくわくしてたのに〜〜」 「隠すのか隠さないのか、どうすればいいのやら……」 「けど、アゼルさんとばっかりお話して……」 「べ、別にいいじゃないかっ。アゼルだって友達なんだし」 「そうかもしれませんけど……けど……私だって会長さんとお話がいっぱいしたいのです……」 察しがいいとは思ったけど、もしかして焼き餅を焼いてるだけなのかな……。 「大丈夫だよ。ロロットとは、これからもずっと一緒にお話できるんだから」 「それで、アゼルさんとはどんなお話をしていたんですか?」 まあ、元々ごまかすつもりなんてなかったんだけど……。 「いい、ロロット。落ち着いて聞いてね。実は――」 アゼルから聞かされた話を、言われたままに伝える。 「だから、この流れ星……」 「うん。てっきりロロットがわかった上で聞いてきたのかと」 「さすがの私でも、エスパーではありませんからね」 冗談めいた口調で言うものの、表情にはやはり陰りが見える。 「なんとなく……わかってはいたんです。アゼルさんは、いつも一人で抱え込もうとするから」 「けど、アゼルの言う通りにするしか……」 「本当に……本当にないのでしょうか!?」 「アゼルはそう言ってた。アゼルは僕達を信じてくれるから打ち明けた。だから、僕はアゼルの話を信じる」 「けど、信じているなら、私に直接話したっていいことじゃないですか!!」 「どうして……そんな……今までずっと、そんなことも話さずに……」 「アゼルは……」 「アゼルは一番、君とは争いたくないんだろう」 「ロロットが悲しみ、苦しむ姿を見たくなかったんじゃないかな……」 「アゼルが君を思いやってしたことなんだと思う……けど、その望みは友達であるロロットには酷なことだから」 「だから、本当は打ち明けることだって躊躇っていた。けど、打ち明ける勇気をくれたのは――」 「間違いなく、ロロット。君だよ」 「私が……」 「一人で抱え込まず、誰かに打ち明ける勇気。アゼルは、君を裏切ってはいない」 「だから、僕達は……」 「アゼルさん……ごめんなさい……気づいてあげられなくて……ごめん、なさい……」 「……会長さん!」 「アゼルさんが打ち明ける勇気を持ったというのであれば、私も負けてはいられません!」 「じゃあ……」 「アゼルさんの信念に立ち向かう勇気を持ちます!」 「一緒に……一緒に、リ・クリエの意志を……!」 「一緒にやっつけちゃいましょう!」 僕達は空に向かって腕を突き上げる。 そして無数に流れる星を相手に、宣戦を布告した。 「こんにちは、リースリングさん」 「ご機嫌よう、シン様」 「今日はどちらに?」 「今日はお休みを頂きましたので、山菜を狩りに出かけていたところでございます」 「なんでしたっけ。高い『とりゅふ』とか言うやつですか?」 「いいえ。ゼンマイとキクラゲにございます」 「へえ、普通だ」 普通じゃないと自覚しているのだろうか。 「本日はお嬢さまとお出かけにはならないのですか?」 「んなっ べ、別に毎日……ロロットと一緒ってわけじゃ……」 リースリングさんが笑っている。 「そんなに珍しいでしょうか? このリースリング遠山めが笑うのは」 「お気になさらないで下さい。自分も、時々違和感を覚えているくらいですから」 リースリングさんは空を仰ぐ。 「シン様。少しだけ……お時間をいただいても、よろしいでしょうか?」 「いらっしゃいませ♪ ショコラ・ル・オールへようこそ! ご注文は何になさいますか?」 「……お冷やを」 「ピュアチョコレートケーキとロイヤルミルクティーを2つずつ、お願いいたします」 「いつものですね。承知いたしました。少々、お待ち下さいませ」 「もう一つはあなたの分ですよ」 「いいんですかっ」 「はい。このリースリング遠山めがお誘いしたのですから、これくらいはご馳走させていただかないと」 「すみません……何から何まで」 「それに食いしん坊と思われては困りますから」 「そそっ、そんなこと、思ってません!」 「ふふっ……」 「私も……お嬢さまと出会って、ようやく笑えるようになりました」 「随所で聞き及んでいるとは思いますが、かつて私は傭兵だったのです」 「戦場に足を運び、人を殺めるという生業。その任務の最中、ヘレナと出会いました」 「ヘレナさんと……?」 「そして人生初めての失敗を犯し、一転してシンジケートから追われる身になったのでございます」 「は、波瀾万丈だったんですね」 「それを救ってくれたのが、ヘレナ……そして、メリロット。この国に亡命した後、二人は私に人を守るという仕事を与えてくれました」 「それがロロットのボディーガード?」 「正確にはローゼンクロイツ家のボディーガード。お嬢さまの執事として仕えるようになったのは、もう少しあとのことです」 「しかし、私は冷徹沈着であるように改造された殺人マシーン」 「ヘレナやメリロットにですら、心を開くことなく、ただ忠実に任務をこなすだけの人生を歩んでおりました」 「心がない……私はずっと魂の抜け殻だったのです」 「お嬢さまと出会うまでは」 「ロロットと……」 「天使とは、崇高であればあるほど心を持たないと聞いております」 「なぜなら心が悪意を生んでしまうから。正しいことだけをさせる為には、感情など必要がありません」 「きっとお嬢さまから見たら、私も感情を失った天使のように見えていたのかもしれませんね」 「お嬢さまは、そんな私に心というものを教えて下さいました」 「アゼル様も、最近とても表情が豊かになったとは思いませんか?」 「えっ、ええ。確かに」 「確かに。周囲が無表情の輩ばかりでは、お嬢さまが退屈されるのも無理はありません」 「そして人間界へ足を運び、シン様とお会いになった」 「今のお嬢さまは、本当に幸せそうです。あなたと過ごしている毎日はとても充実していると、眠くなるまで話してくれるのですから」 「そ、そんな……僕は別に大したことをしているわけじゃないですし」 「やっ、やめてください! そんな頭なんて……!」 「ふふ……これが我が子を嫁に行かせる者の気分、とでも申しましょうか」 「よ、嫁!?」 「使用人の私が、こんな軽口を言うなんて……自分でも信じられませんよ」 リースリングさんは、話している間始終微笑みを絶やさずにいた。 とても素敵な笑顔だった。 「さて、休憩時間もあと僅か。そろそろ弛んだ顔を引き締めましょう」 「お待たせいたしました。ピュアチョコレートケーキでございます」 「ははは、ケーキを食べるのに引き締めるも何も――」 「どうぞ、お食べ下さい」 「いただきま〜す、もぐっ」 「苦い!!」 「純粋なカカオの味を楽しんでいただける、苦味を売りにした当店自慢のスウィーツでございます♪」 「――ッ!!」 そしてまた、キリリとしたリースリングさんの表情に戻っていた。 「はい、もしもし。ロロットです」 「あ、ロロット! 僕、咲良シン!」 「あーっ、良かった。違ったらどうしようかなって」 「くすくす。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。こちらにはしっかり会長さんのお名前が映っていましたから」 緊張していたのは、そういう理由だけじゃないんだけれど。 「今日、何してた?」 「エミリナと探検をしてました。本当はアゼルさんも一緒にお誘いしたかったんですが……」 「そっか……。アゼルも、きっと……色々と覚悟を決めてるのかもしれないね」 「ええ。そう思って……けど、それが終わった暁には、たくさん探検するつもりです!」 「あはは、そうだね。そうしよう!」 「会長さんは、何をしていたのですか?」 「うん。家のことと……あと、リースリングさんとお喋りしたよ」 「おお、じいやとですか!」 「うん。そのときに、ロロットと初めて会った時の話になってね。リースリングさんが柔らかくなったのは、ロロットのおかげだって」 「リースリングさんを変えたのは……ロロットじゃないの?」 「い、いえ……別に変えるとか、そのようなつもりではなかったのですが……」 「だってじいやも大切な家族なんですもの。仲良くしたいじゃないですか」 ロロットは天使のようだから、という理由でリースリングさんと溶け込んだというわけではない。 彼女自身、そうしたいから、そうしたというだけ。 百戦錬磨のリースリングさんも、ロロットの優しさの真意までは見抜けなかったというわけか。 「それでね。そのとき……リースリングさんにロロットのことをよろしくって言われちゃったよ」 「それはそうですよ。なんといっても恋人なのですから」 「いや、それを通り越してお嫁に行かせるような気持ちだって言うもんだから……あはは」 「お、お嫁さんですか!?」 うわ……露骨に反応されると、さすがに恥ずかしい。 「お嫁さんお嫁さん……」 「ガイドブック見てるの?」 「ちちっ、違いますよっ」 「お嫁さん……ですかぁ〜〜」 「お嫁さんになったら、会長さんと私は……家族になるんですね」 「ロロットの本当の家族って……天界にいるの?」 「天使はみんなが家族のようなものです。けれども、人間界のようにお父様やお母様がいるわけではありません」 「あくまでも、組織的な家族……エミリナのように親身な天使は珍しい方なのですよ」 「だから、こうして家族が増えるというのは……とても嬉しいです!」 「それにお嫁さんになれば、きっと赤ちゃんも増えて……」 って、まだまだ僕達には早すぎるよっ。 「じゃ、じゃあそろそろおやすみっ」 「は、はいっ。また明日」 「……好きだよ、ロロット」 「はい、私も大好きです♡」 ふ〜〜っ。 さすがのロロットも……お嫁さんには、ドキドキするんだな……。 なんかドキドキし過ぎて、朝早くに起きてしまった。 「おはようございま〜す」 誰もいないと思うけど…… 「ロロット!!」 「ど、どうしたの? こんな時間にいるなんて」 「い、いえ……昨日のお電話でお嫁さんのことを話していたら……」 ああ、僕と似たようなことを……。 「そ、それでですね。お、お嫁さんのことがよくわからなかったので、ガイドブックを読んでみたんです」 「そ、そ、その人間界では……あ、赤ちゃんを産むには、エッチなことをしなくちゃいけないんだそうです!」 「ぶふっ!!」 ロロットのガイドブックは一体、どこまで書いてあるんだっ。 「だ、だから……私が会長さんのお嫁さんになる為には……そ、その……」 「え、エッチなことを……しなくては……」 顔を真っ赤にして俯いている。 どんなところまで書いてあったかはわからないけど、その様子を見る限り恥ずかしいことが書いてあったのだろう。 「無理しなくて、いいんだよ……?」 「で、でも……」 「か、かかかっ、会長さんは私とエッチしたくないのですか!?」 「う、うぐ……っ。そ、それは……」 「うぅ〜〜」 どう答えたものだろう。 そりゃ、ロロットを女の子として見ている僕としては、肌が少し触れ合っただけでもドキドキしてしまう。 だから、その全てを見たいという願望はある。 その小さくて柔らかい体に触れて、いっぱい抱きしめて一つになりたい。 「お、お願いしますっ。しょ、正直に答えて下さいっ」 そ、そこまで熱心に言われたら……。 「僕は……ロロットと、エッチしたい。ロロットは……?」 「会長さんのお嫁さんになりたいです。けど、お嫁さんになるのはまだ早すぎると思うんです……」 「それなら――」 「だ、だから予行練習くらいならっ」 「エッチの予行練習……エッチは本当に、好きな人が相手なら……」 そういうとロロットは僕に近寄ってきた。 「好きな人に……もっと好きって気持ちを伝えたいから……わ、私……出来ますっ」 なにかを決意したように頷き、僕の前で屈む。 「え、え〜〜いっ!!」 おもむろにズボンをズリ下ろす。 「ちょ……ロロット!!」 「わ、わあ!!」 ぼろんという音が聞こえそうなくらい、派手に飛び出したペニス。 ロロットの眼前で、だらしなく露呈していた。 僕はロロットの突然の行動に、硬直してしまう。 「こ、これが、お、おち……おちん……」 「おちんちん……なんですね……」 「初めて見ます……ガイドブックには、実物が載っていませんでしたが……」 「そ、そんなに、まじまじ見たら……」 「ご、ごめんなさい……っ、やっぱり恥ずかしいですよね……?」 そういうや否や、ロロットは制服をはだけさせ、上半身を顕わにする。 夢にまで見た白い肌。小柄ながら、明らかに女性を感じさせる膨らみ。 ロロットはペニスを露出した代わりに、自分の控えめな胸をさらけ出した。 「こ、これで……おあいこです♡」 手の平にしっかりとフィットしそうなほどの、まさにお手頃なおっぱい。 ピンクに染まった先端は、いつも変身の時に見ていたそれとはまた違った魅力を醸し出す。 いつもは触れられないのに、今は手を伸ばせば届く距離にある。 ロロットの動きに合わせ、微かに揺れている。 「え……ええ……っ!?」 突然のことに、ドキドキをしていながら萎れていた愚息も、ロロットの裸体を見たことで重力に逆らっていく。 そして、ロロットの息がちょうど吹きかかる位置までそりあがり、体積も元々より格段に膨張していた。 「お、おちんちん……す、凄いです……!! な、なにもしていないのに、おっきくなりました!!」 「ロロットのおっぱいを見てたら……うっ」 「え、ええーー!? おっぱいですかーっ!?」 「だ、だめですっ。そ、そんなにおっぱい見られたら……わ、私……」 恥ずかしそうに腕で隠そうとする仕草が、結果ロロットの美乳を寄せて谷間を作っているようになってしまい、更に興奮度が増していく。 ああ、ロロットの容姿はこんなにも幼いというのに、ちゃんと女の子の体をしている。 きっと、それはきっといい匂いがして柔らかくって……とても気持ちいいに違いない。 「あっ……やっ、は……っ、はぁんっ」 そっと手を伸ばし、寄せられてふくれた乳房を指でつつく。 「はっ、はぁ……っ、くっ、くぅんっ。く、くすぐったいですっ」 この世のものとは思えない反動。そして、そのまま谷間に吸い込まれていく。 指のパイズリ……けど、僕の神経はその一点に集中し、ロロットの胸の感触を確かめていた。 「ああ、凄く柔らかいよ……」 「そ、そうなのですか……?」 「うん、こうやって〈突〉《つつ》いてるだけなのに……」 「はぁ……あっ、ああぁ……そ、そんなにしたら……」 「乳首も隠さないで、もっと良く見せて……」 「ち、く……び?」 「その手で隠してるところ……おっぱいの先っぽ、ロロットの可愛いおっぱい……全部見たいよ……」 「う、う〜〜っ。は、恥ずかしいですよぉ……」 「け、けど……それじゃおあいこにならないよ……」 「う……うう……そ、そうですね。か、会長さんが」 そうして腕がほどかれた瞬間を狙い、僕はその指を乳首へと滑り込ませた。 「ひゃっ、はっ! ふぁあんっ!」 そして、指の腹でぐりぐり押しつぶしながら、執拗になで回す。 「はぁ……はふっ、ん……んんっ、くう! うう……ふはぁ……」 そのまま手の平で覆うようにしながら、ロロットの胸を揉みしだく。 手の平いっぱいに伝わる肉肌の感触。 乳房はそのまま溶け入りそうなほどに柔らかく、乳首は手の平の神経をくすぐるような感じで刺激してくる。 「はぁ……っ、あ、あはぁ……はぁ……ん……んふぅ……ふぅ……ひゅふぅ……」 緩やかな愛撫に、恍惚とした吐息をつくロロット。 やがて乳首に硬いしこりが生まれてくる。もしや感じてきているのだろうか? 僕はその自己主張をする乳首を親指と人差し指で挟み込み、くりくりと擦り合わせる。 「ロロット、乳首気持ちいい?」 「そ、そんなこと……わかりま――はっ、はぁっ、ああっ! ああんっ!」 「へ、変です……おっぱい……乳首をこねこねされてるだけなのに……か、体がブルブルしちゃいますぅ……」 「それがきっと、気持ちいいってことなんだよ」 「えっ、ええーーっ。そ、そうなのですか……」 不思議そうに自分の胸を見ながら、乳首をつまみ、僕と同じようにして指で擦り合わせた。 「不思議です……自分で触ってもくすぐったいだけなのに……会長さんに触られたら……はああんっ!」 「す、すごい……頭がボーッとして……ふわ〜〜って気持ちになってしまいます……こ、これが……」 「気持ちいいってことなんですね……会長さんにいじられて、乳首、気持ちよくなっちゃってるんですね……」 「うん。きっと、僕のもロロットに触ってもらえたら……」 そういってロロットの目の前で切なそうにしているペニスを上下に振る。 「わっ、ひゃあっ!!」 ロロットの胸の感触を堪能したおかげで、ペニスは更にそそり立ち、腰に少し力を入れただけで激しく跳ねる。 「お、おちんちん……触ると気持ちいい、んですか?」 「そ、そうなのですか……で、では、もっと気持ちよくしてあげますね」 そういいながら、不慣れな手つきでペニスに触れていく。 その形を確かめながら、とても興味深そうに触っている。 「凄い……熱い……ですね……しかもビクンビクンって脈を打ってます……こ、これも会長さんが動かしているのですか?」 「い、いや……今のはロロットが触って……あっ、くっ!」 「ほほ〜〜。気持ちがいいと、勝手に動いてしまうのですか……おちんちん、不思議です〜〜」 好奇心の余り、ロロットは恥ずかしさを忘れてペニスに夢中となる。 「う、ううっ」 しかも、目の前で実況をするものだから、吐息が吹きかかり、くすぐったいやら気持ちがいいやら。 「こんなにも腫れ上がって……なんだか、とっても苦しそうです」 この焦らすような手つきはロロットが自然にやっていることなのだろうか。 わざと敏感なところをかすめて、すぐに通り過ぎてしまう。 もどかしさに、僕の頭も惚けてきた。 「ここの段差……指でなぞると楽しそうです……」 「う、あっ、それは――」 ビクンと大きく波打ち、先端から半透明の粘液が溢れ出す。 「わ、わわ……っ。な、なんかお汁がでてきました……!! お、おちんちん汁が……っ!」 「そ、それはロロットの乳首が硬くなったのと同じように、僕のが気持ちよくなったってことだよ」 「そ、そんな……っ。は、恥ずかしくなるようなことを言わないでくださいっ」 「う、うう……」 (――本当です……おちんちんをお触りしているだけなのに、とっても気持ちよさそうなお顔をしてます……) (――気持ちよくなって出ちゃうお汁なんですね……な、なんだか嬉しくなっちゃいます……) (――なんだか嬉しくて愛しくて……この匂いを嗅いでいるだけで、私も気持ちよくなっちゃって……) (――このおちんちん汁は、どんな味がするのでしょう……わ、私……私……) 「え、あ……ロロット?」 「ぺろんっ」 「んっ、ああッ!!」 赤く張り詰めた亀頭を、ざらりとした感触が襲う。 とても熱くて湿って、柔らかいもの……それはロロットがいつも悪戯っぽく笑うときに出していた可愛らしい舌。 その舌先で、僕の我慢汁をなめとり、先端を焦らすようにして愛撫してきたのだ。 「え、えう〜〜。苦いのです〜〜」 突然の口淫に、僕の押さえがきかなくなった。 「んぷぅ!?」 そのままロロットの柔らかく湿った唇に先端を押しつけた。 そして、唇をなぞるようにしながら―― ビュルプッ!! ブピュッ!! 「んぶ!! んぶっ、ぷわああっ!!」 荒ぶるペニスをロロットの口元へ擦りつけながら、射精をする。 「はぶっ、んぷっ!! ん……んふっ、ふわ、はあああ……おちんちん、凄い暴れてっ、ひぐっ」 ビュクッ、ビュルンッ、ピュブッ!! 「はぁっぷ、ぷふうっ!! うっ、うふぅ……」 「はぁ……っ、はぁ……っ。はぁぁ……はぁぁ……」 「ねばねば……ん、んん〜〜っ、とてもエッチな匂い……頭がクラクラしてきちゃいます……」 「あ、あぁ……ロロット……」 「ん……んあっ、あぁ……はぁっ……はふぁ〜〜」 射精の虚脱感に放心しながら、ペニスでロロットの頬を撫でくり回す。 ロロットもまた、精子を塗りたくられて、呆然としている。けれども、嫌悪の表情はなく、恍惚としながら精液に見入っていた。 「おちんちんから、ねばねばした液体が……さっきのお汁とは違います……」 「気持ちよくなると、精子が出るんだよ……」 「こ、これが……精子……」 指ですくいあげながら、好奇心剥き出しで眺めている。 そしてそのまま口元へと運んでいき、舌で舐めずった。 「……んっ、ぺろっ。じゅるっ……ずず……こっくん」 「に、苦いです……けど……」 「会長さんが気持ちよくなってくれた証拠だと思うと……な、なんだか美味しく感じちゃいます……」 健気な仕草を見ているだけで、胸がきゅんと締め付けられ、果てたはずのペニスが―― 「わ……わあぁ……♡」 感嘆の声をあげるロロット。ロロットに押しつけられたペニスは、再び快楽を求めて立ち上がる。 「お手々でも、お口でも……刺激してあげれば、おちんちんは気持ち良くなるのですね……」 「う、うん……だから、ロロット……次は――」 「ん……ちゅふっ」 僕が言い終わる前に、ロロットは精液と我慢汁を滲ませた先端に優しく唇を重ねた。 「んぷっ……んふっ、ん〜〜ん。んちゅっ、ちゅくっ、ちゅ、ちゅ、ちゅ……」 そして先端をキスで埋め尽くす。 「るぷっ、んふっ、ん、くっ、ちゅぷぅ……ん、くっ、ぷ、ちゅうっ、ちゅ、くちゅっ」 「ちゅ、ちゅぷっ、ううん……んっく、んふぅ、ぷちゅう、んっ、んっ、んっ」 微振動で伝わる永続的な快感に、僕は下半身を引きつらせてしまう。 「はっ、ぷっ、ちゅぷる……ん、くっ、ちゅっ、ちゅるっ、ちゅぷんっ、ぴゅちゅっ」 「ろ、ロロット……先っぽだけじゃなくて、その……」 「ふ、ふぇぇ……?」 「わ……わかりました。おちんちんをくまなくキスしちゃいますね」 「き、キスもいいんだけど……その、舌で舐めてもらえると……」 「はい……っ。好きな人に気持ちよくなってもらえるなら、なんだって出来ちゃいます……」 「ん……っ、ちゅっ、ちゅううっ、っぷはぁ〜〜。れろ……」 「ぺろ……れろろ、じゅるっ……んくっ! えへへ、おちんちん……なんだかしょっぱいです……♡」 じんわりとロロットの唾液が染みこんでいくような感覚。 熱く濡れた舌先で、ぎこちなくペニスを愛撫していく。 たとえ不慣れでも、予想だにできない動きは、自分でいじるものとは全く別物の感覚だった。 「ちゅっ、れろっ……ちゅるぷぅ……んぐっ、んぐっ……んむぅ……ちゅっ、ぺろろろっ、んっ、っぷは――」 「はぁ、はぁ……ふわぁ……これってまだ、精子でちゃうんですか……?」 「う、うん。けど、もう一回射精するとなると……やっぱり咥えてもらわないと……」 「えっ、ええーー!? お、おちんちんを咥える、のですか……?」 「嫌……?」 「い、いえ……そういうわけじゃないんですけど。こ、こんなにおっきなものを頬張るなんて、出来るのでしょうか……?」 ロロットの瞳は恐怖よりも、探求心というか好奇心に満ち溢れていた。 「で、でしたら……い、いきますよっ」 「え、そ、その……まだ心の準備が――」 「こっちの準備は万全ですっ……あ、あ〜〜んっ、はぷぅっ」 半ば強引に、ロロットが僕の先端にかぶりつく。 「むぐっ、んぐぐぐ……っ」 (――お、おちんちん……こ、こんなに大きいなんて……っ!) 片目を閉じて、堪えるような表情。やはり、ロロットの小さなお口では厳しいのだろうか。 「はわ……はふっ……んん〜〜っ」 (――け、けど……少し顎の力を抜いて……) (――あっ、歯を立ててはいけませんね……確かおちんちんはとっても感じやすくて繊細な場所だと、ガイドブックに――) 慣れない口技に、まだペニスは先端を咥えたままで止まっている。 けれども、柔らかくて湿った熱い綿に包まれたような感じがして、とても心地が良い。 それが自分の好きな人だとすれば、尚更―― 「ん……んぐ? んぶっ……」 ロロットの咥内が更に狭くなっていく――いや、きっと僕のペニスがもっと膨張してしまったのだ。 ロロットの口淫に感化されて、ロロットの気持ちに心打たれて。 「ロロット……本当に大丈夫?」 「だいひょうぶでふよぉ……きもひ、いいでふか……?」 「うん……凄い温かくて……」 「もうひょっと……ほくまで……んぷっ、んぷぶぶぶっ」 口いっぱいに頬張りながら、涙目になるくらい必死になっている。 「はぷ……っ、ちゅぶ……じゅぷっ……んっ、んふぅ……ふぅ……」 そして根本一杯に含んだところで、ロロットは得意満面に微笑んだ。 やりましたよ、会長さんっ。そんな風に言っているのが見て取れてわかる。 けれども、僕の思考は股間にどんどんと支配されている。 ロロットの口に潜り込んでいったときの感触が、忘れられない。 「ん、んぷ……っ、んじゅぷぷぷ……っ、ちゅぷる……んぷぅ?」 ロロットの口からペニスを引き抜いていく。 カリ首が、ロロットのざらついた舌の上を通ると、背筋がピリリと痺れた。 不思議そうにこちらを見やるロロット。僕は先端が見えそうなところで―― 「んっ!! はぶうんっ!?」 また奥へとペニスを押し込んだ。 真綿を突き破るようにして、ロロットの喉奥へ進んでいく。 そのまま削り取られてしまいそうなほどに窮屈な咥内を、僕のペニスが犯していく。 「んぶっ、んちゅっ、じゅる……んぷっ! んぐうううっ!」 嗚咽を漏らすロロット。気持ちよさのあまり、つい暴挙に出てしまった。 「ん〜〜ん。ん〜〜ん」 ロロットはペニスを咥えたまま、首を小さく横に振る。 僕の逸る気持ちを察してか、今度はゆっくりとロロットが前後に口を動かし始める。 「んぷ……っ、ぬぷ……っ、ちゅぷぅ……ちゅぷっ、んぶっぷ、ぷっぷ……んふぅ〜〜」 生温かい咥内の感触がペニスを優しく包み込み、じわじわと射精感が込みあがる。 「ちゅぷ、ちゅるぷ……っ、んっぷ、んぶっぷ、ぷちゅっ……んっく……んぶ、ちゅぶ、ちゅるう……」 「ロロット……気持ちいいよ……」 ロロットの頭を優しく撫でると、ペニスを頬張ったままはにかんだ。 柔らかい髪の毛、長く綺麗に育てられた美しい髪をとくようにして撫でる。 「んぷっ、んんぐっ、むぐっ、ふぐう……っ、ちゅぷ、ぬぷぷぷぷっ……っぷはぁ〜〜」 「えへへ。そういう風になでなでされると、褒められてるみたいで、嬉しいです……♡」 「ロロット、すごく上手だよ。初めてとは思えないくらい」 「も、もちろん初めてですよっ!? 会長さんのおちんちんだから、してるのにぃ……」 「ご、ごめんごめんっ。初めてだから、びっくりしちゃって……」 「それに、会長さんのおちんちんだから――」 (――お、おしゃぶりしているだけで……なんだかとっても気持ちよくなって……) (――さっきも無理矢理おちんちん奥まで押し込まれて、とても苦しかったのに……一番、気持ちよくなっちゃいました……) (――けど、こんなことは……さすがに恥ずかしくて言えないのです……) 「な、なんでもありませんっ! はぁぷうっ!」 「うあっ」 「はぷっ、ちゅぶっ! んちゅっ、ちゅうっ、ちゅるっぷ、ぷちゅうっ、んふっ、ふぅ」 「ちゅっぷ、ちゅっぷ、じゅぷじゅぷ、んんっぷ、ぐぷっ、んぷぅ、おひんひん……かたひでふ……」 緩やかだった抽送運動も、徐々に速度を増す。 ペニスが外気に露呈される度に、ロロットの唾液が上塗りされていく。 (――不思議です……こうやってお口の中に、おちんちんを含んでじゅぷじゅぷしてるだけなのに……) (――な、なんだか体が熱くなってきて……) ロロットは立ち膝のまま、体を前後に大きく動かして、口に含んだペニスを擦りあげる。 片手はバランスを取るために、そして残った手が―― 「んっ、んん……っ、ちゅぶっ、ちゅぶっ! ん、んふぅううんっ。んぶっ、ちゅるぶっ、ぷぶっ!」 自身の秘部へと誘われていく。 そして切なそうな顔をしながら、指で割れ目であろう箇所を愛撫をし始めたのだ。 ま、まさかロロットがオナニーを? 僕のペニスをおしゃぶりしながら? きっとエッチのこともよくわかっていないのだから、オナニーをしているのは無意識のことなのだろう。 けど、フェラチオをしているだけでこんなにも感じているなんて……。 容姿では想像のつかない性欲に満ちた行動を見て、僕は更に昂ぶっていく。 「んぶ……!? んっ、むむ〜〜んっ!!」 「ロロット……いきそうっ」 僕はロロットの乳房を鷲づかみにしながら、予告をする。 ロロットは秘所をいじることはやめられず、そして僕の愛撫も止められずにいた。 だから、口を動かすことだけしか出来ない。 「んちゅっ、ちゅぶ、んふっ! んっ、んっ、んっ! ちゅぷっ、ぷっ、ぶぷふぅ、ちゅう!」 「ちゅぶっぷ、んっぷ、んぷ、ちゅぷ、ちゅるぷうっ、んく、んちゅ、ちゅううっ、ちゅぷうう!」 咥えたまま激しく頬をすぼめて、ペニスを吸引する。 そのまま飲み込まれそうなくらいの勢い。締め付けに僕の腰がとろけていく。 「ロロット……でるよっ、口の中に……いい?」 「んむっ、んむっ!」 「ちゅう、ちゅくっ、ちゅるっ、ちゅぶっ、ちゅぽ! んふぅ、ぷぶっ、ぷるぶっ、んぶっ、ふぶぅ!」 袋から大量の精液が駆け上がる。 精液は神経の多く通ったペニスを通って、ロロットの咥内にはき出されるのだ。 「あ、ああっ、でるっ……喉の奥に……くっ!」 ビュクッ!!  ブピュッ!! 「んんぶううううっ!!」 猛烈な射精。喉の奥へと容赦なく流し込まれる粘性の強い白濁液。 ビューッ、ビュクルッ、ピュブ……ッ、ビュクッ!! 「んっ、んぐっ!! んぶっ、ふぶうっ!!」 ロロットの狭い咥内から振り切れんばかりに暴れ狂うペニス。 「ん……んくっ、こく……っ、んふぅ……ごくっ!」 それでもしっかりロロットは全てを受け止めようと、必死に精液を飲み込んでいく。 だが、腰が抜けそうになるくらいの気持ちよさだ。射精の量も半端ではない。 「んぐ……ん! ――っぷはぁ!! はああっ!」 さすがに小さな喉には刺激が強く、ペニスを口から放してしまう。 「ま、まだ……でるっ」 ビュクゥッ、ビュピュッ、ビュビュー!! ロロットの眼前で跳ねる精液は、ロロットの咥内、唇、そして顔を容赦なく汚していく。 「ん、けほっ! えほっ、えほっ!」 喉を目一杯犯され、むせこんでいる。 (――咳をする度に、精子の匂いが喉からいっぱい伝わって……くらくらして……も、もう私……) 「はぁ……っ、はぁ……はぁ……んっく、はぁ……はぁ……ふわぁぁ……」 口がだるくなってしまったのか、大きく息を吐きながら、涎を垂らしている。 ロロットは射精の余韻を感じているペニスを惚けた瞳で見つめていた。 そして片手は変わらず、股間をいじり続けている。 その股間から、粘液が手首や太股を伝っていた。 (――おちんちん……いっぱい気持ちよくなったんですね……わ、私も気持ちよくて……お股が疼いてきちゃいます……) 「ロロットも……気持ちよかったの?」 やはり図星のようだった。 「さ、さっきから……お股のところがなんか変な感じで……こ、こうやって触っていないと、お、落ち着かないのです……」 「お股の辺りが、じんじんして……いっぱい疼いてしまって……私、も、もう……どうすればいいのか……」 じれったさそうに、太股を擦り合わせるロロット。射精したペニスに優しく吸い付たりまでして。 予行練習とは言っていたけれど、このままロロットと繋がりたい衝動に駆られる。 それに僕だけ気持ちよくなるなんて……。 ロロットが物欲しそうに、股間をいじっているのだ。 僕だって、ロロットを気持ちよくさせたい……っ。 「ロロット……も、もしだよ? ロロットが嫌じゃなければ……僕――」 「ロロットときちんとエッチしたい」 「僕のこれを……ロロットが今触ってるおまんこに挿れるんだ」 「おちんちんを……お、おまんこ、に……?」 「けど、そこまでしちゃったらもう……」 予行練習じゃなくなってしまう――と言いかけたところで。 なんだか廊下から騒がしい声が聞こえてきた。 ま、まさか!! みんなが来る……!? 半裸になったロロットの体を抱え―― 「ろ、ロロット!!」 「ひとまず隠れよう!!」 ロロットを抱き、慌てて隣の準備室に転がり込む。 咄嗟のことだったので、ロロットが僕に馬乗りしている けど、物音を立てたらバレてしまう。 ここはなんとかその場を凌いで―― 「はぁっ……あぁっ……おちんちんが……当たってますぅ……」 「いっ!?」 「はぁっ、はぁっ……擦れて気持ちいいです……」 「ちょっ、ロロット……そ、それは……っ」 惚けたロロットが僕の腰にまたがり、直立したペニスに秘裂を押しつけていた。 じゅくじゅくと濡れた柔肉がペニスを挟み込むようにしながら、ぶるぶる震えている。 「あっ、ああ……っ! ここを通ると、す、すごく気持ちいいですっ」 秘肉の頂点――クリトリスを通過する度に、ロロットは感嘆の声をあげていた。 「だ、だめだよ、ロロットっ。静かにしてないと、みんなに――ううっ!」 壁一枚を隔てた先に、誰かがいるかもしれないというのに。 「これがエッチ……なんですね……」 「ち、ちが……ああっ」 ロロットがクリトリスを裏筋に擦りつけてくる。 柔らかい割れ目に挟まれながら、ペニスが気持ちよさそうに躍動を繰り返す。 「ほ、本当のエッチはこいつを……ロロットのおまんこに……」 「ひっ、ひはっ、はっ、そ、そこ! さ、触ったら……びりびりって……き、きちゃいますぅっ!」 ペニスの根本を掴んで、ロロットの秘肉をひしゃげるようにして先端を押しつけた。 愛液のぐしょりとした感覚が先端を包み込む。 「あ……あぁ……おちんちんが擦れて……へ、変な感じに……な、なっちゃいます……」 「う、うあ、ロロット……」 「わ、私……こんなに感じて……や、やっぱりエッチな子なんでしょうか……」 深刻そうに眉を顰めるロロットの体を抱き寄せ、優しくキスをする。 「んっ、ちゅっ、ちゅぷっ……んっ、はぁっ……」 「ううん……僕をあんなに気持ちよくしてくれたんだもの……今度はロロットを気持ちよくさせる番だよ……」 「い、いいのですか……?」 「けど、どうなっちゃうかまでは……知らないよ……?」 その言葉を聞いて、ロロットの背筋がぞくぞくと震えた。 「そ、それに……僕も、こんなにおまんこ擦りつけられたら……」 閉じられた秘肉をかき分け、ペニスを狭門の入り口へと誘う。 むわっとした熱気に包まれた膣口へ、ペニスでキスをする。 「ロロット……大きな声を出しちゃダメだよ……隣の人にバレちゃうから」 「え……っ、ええ?」 「おまんこに挿れるよ……」 「ふぇ……んっ、ちゅっ、ちゅぷ……」 破瓜の瞬間――僕がロロットの初めてを奪う。 キスをしながら、ゆっくりとロロットの膣内へとペニスを潜り込ませてゆく。 無理な体勢のまま挿入するので、あまり深いところへは押し込めないが……ロロットのおまんこを味わえるというだけでも十分だ。 さすがに、ロロットから腰を動かしてもらうわけには―― 「く、くう……っ」 しかし、入り口からロロットの障壁がペニスの侵攻を妨げた。 体格のせいもあってか、膣が小さく、ペニスの尿道付近を咥えこむので精一杯だった。 こんなにも濡れているのに、滑りこむ様子もない。これが初めてペニスの味を知るおまんこなのか……。 「ん……くっ、くう……っ、うっ……くうう……っ」 僕のペニスを受け入れるにはまだ早すぎたのかもしれない。 ロロットの身を思い、挿入を断念しようとしたその時―― 「ま、待って下さいっ」 ロロットは腰を浮かせて、またペニスを受け入れようと試みる。 「ロロット……無理しないで、いいんだよ?」 「わ、私……会長さんと一つになりたいです……っ、だ、だから……頑張りますっ」 「凄く……痛いかもしれない……」 「それでも……でもっ! わ、私……あなたと……」 「あなたのこと……もっともっと……感じたいんです。今日という日を、絶対に忘れない為にも……」 「それに、おちんちん……おしゃぶりしてた時みたいに……大きく膨らんで、ヒクヒクして……苦しそう……です……」 「本当は、気持ちよくなりたいのに……いっぱい精子をだしたいのに……わ、私のせいで……ぐす……ひっく……」 「そ、そんなっ、別にいいんだよっ」 「ずずっ……だ、だから……頑張りますっ」 「おしゃぶりのことは書いてませんでしたが、エッチのことはガイドブックに書いてあったんです!」 そう言うとロロットは、天井に向かってそそり立つペニスの根本に手を添えて、ちょうど結合部の位置関係が垂直になるよう腰を動かした。 文字通り手探りで、自分の秘所にあてがう。 ちょうど、そのまま重力に任せて貫けてしまう位置へと……。 「こ、これで私も……お嫁さんに……」 震える体……小さな勇気を僕は支えたくて、ロロットが壊れてしまわないように両手で太股をしっかりと掴んだ。 「ゆっくり……ゆっくりでいいからね」 膣口と先端が再会の接吻を交わす。 ロロットの秘部は嬉しさの余り、涎を垂れ流している。 その温もりが先端からペニスに伝わり、そのまま僕の下腹部へと流れていく。 「い、いきます……っ」 ペニスが愛液で滑ってずれないように指で固定したまま、ロロットは緩やかに腰を落とす。 ずぶぶ……と、肉をかき分けて、ロロットの奥へ飲み込まれていく。 「あ、ああ……あぁぁ……はぁ……っ、ああ〜〜っ」 熱く窮屈な肉壁がペニスを締め付ける。それは侵入を拒んでいるのか、それとも射精を促しているのか。 僕の感覚は後者に集約していた。 ロロットのおまんこは、入り口で締め付けられるだけでも腰が勝手にぶるぶると震えるくらい気持ちがいい。 これが全て咥えこまれてしまったら……意識が飛んでしまうかもしれない。 「あ……あく……くふっ、ふぅ……ふぅぅ……すーっ、はぁ……はぁ……はわぁ……」 粘液の絡みつく音……ペニスが愛液で濡れた膣をかき分けて進む。 ロロットは大きく深呼吸をしながら、どんどんとペニスを飲み込んでいく。 そして、最大の障害――処女膜を探し当てた。 緩やかに進んでいるだけなのに、ロロットの膣は収縮を激しく繰り返し、僕のペニスを刺激する。 これが子宮の本能とでもいうのか。やはり拒否するのではなく、子種を求めている。 僕はいつしか、射精を堪えるだけで精一杯になっていた。 「おちんちんが、私の膣内に……入っていきます……あ、あぁ……はぁぁ……ん……」 嬉しさのあまり、感嘆の声を漏らすロロット。 痛みを堪える為に踏ん張っていた下半身が、安堵の息で一気に力が抜けてしまった。 僕がちょうど、支えていた手をうっかり休めてしまった瞬間を、まるで狙ったかのように。 ずん……っと、深くロロットを貫き、ペニスはロロットの奥深くへと。 根本の手前でその進行は阻まれた。子宮口――ロロットは破瓜の痛みと同時に、子宮を小突かれて昂ぶりを隠せない。 「あっ、あはっ、あは……くっ、んん〜〜〜〜っ!!」 悲鳴とは違う、あられもない声をあげそうになる。 それをしっかり食いしばって堪えた。人差し指を噛みしめながら、必死に。 ただ、ロロットの声帯の代わりに悲鳴をあげたのは、ペニスを受け入れたおまんこの方だった。 ここぞとばかりに締め上げ、先端に向かって押し出すように圧迫をする。 その痛烈な膣圧に―― ビュルルーッ!! ビュクッ!! 「はうっ、くっ! くううんっ、んんーーッ!」 精巣から大量の精液が駆け上がる。 ビュクルッ、ビュプーッ! 快楽の子種が、ロロットの処女まんこの中に容赦なく注がれていく。 「は……っ、はくっ、くっ、ふうっ、う……うぅ……ふぅぅ……」 お口の束縛を振り切るくらいの躍動も、ぎゅうぎゅうに締め付けられた膣からは逃げられなかった。 ただ、ただ、ロロットの膣内へ向けて射精を繰り返す。 ロロットの膣は、精魂を尽かす勢いで搾り取っていく。 「精子が……はぁぁ……私の中、いっぱいに……は、はぁ……あぁ……」 「う、うう……ロロット……」 僕は射精の余韻に頭を撃ち抜かれたような快感に酔いしれていた。 けど、ロロットは―― 「あ……はぁ……はぁ……っ、ん……く、ふぅ……っぷふぅ……」 「ろ、ロロット……?」 「は、入りました……ちゃんと、おちんちんが……これで……私達は……」 痛みを堪えながら、嬉し涙を浮かべるロロット。 「私達……一つになれたんですね♡」 「最初は、凄く痛いって思ったんです。け、けど、おちんちんから精子がビュビュッて出てきたら――」 「気持ちよくなってくれたから……その嬉しさで……痛いのが、どっかに行っちゃいました」 「今でもまだ……おちんちんが私のお腹の中に……いるんですね……不思議な感じです……」 「痛いなら、しばらくこのままでも……」 「ありがとう、ございます……けど……」 本来なら、萎れて出来た隙間から、精液が溢れてこぼれ落ちるはずなのだろう。 けど、ロロットの狭門からは、わずかに精液の滲んだ愛液と、破瓜の血がペニスを伝っているだけだった。 結合箇所は、めりめりという音が聞こえそうなくらいに、張り詰めている。 「おちんちん……まだまだ気持ちよくなりたいって……言ってますよ……?」 節操の無さに恥ずかしくなる。けれども、それをロロットは―― 「ん……ちゅっ」 覆い被さるようにして、口づけをしてくれる。 控えめな胸が、僕の胸板に押しつけられた。 「ごめん……僕ばっかり射精して、気持ちよくなっちゃって……」 「いいんですよ。もっともっと……会長さんの幸せそうな顔を見ていると……私も幸せな気持ちになれるのですから……」 「そ、それに……あそこの方も、段々慣れてきましたから……」 「ほ、本当に」 「は、はい……こうやって繋がってることを考えただけで、私……またさっきみたいに、頭がボーッとして……」 「それに、いっぱい射精されて……それのおかげで、痛みも紛れたと言いますか……」 「そ、それがとても気持ちよかったものですから……」 今度はロロットが顔を真っ赤にして 「け、けど……や、優しくして下さい……私、これ以上おちんちんを感じたら……ど、どうなってしまうのか……」 確かに。さっきは声を押し殺せたけれど、次はどうなるか……。 けど、この気持ちよさ……僕もいつまで我慢が出来るのだろう。 「お願いします……このまま……」 そう言いながら、ロロットはねだるようにして、腰をゆっくりと動かし始める。 先端だけが窮屈な秘肉の壁を行ったり来たり。 カリ首の段差が、肉襞に絡みついていく。 「はぁ……っ、んっく。はぁぁ……っ、あ、はっ、はぁぁ……あ、はっ、はぁ、はぁ……」 さすがに奥深くまでくわえ込むのには、まだ抵抗があるのだろう。 さっきの時でも、終点である子宮口への距離が近かった。 根本まで入りきらない。ロロットの小さなおまんこ……。 これより先はきっと子宮の中に食い込んでしまう――そこで射精をしたら、ロロットはどうなってしまうのだろう。 「あぁ……っ、はふぅ……っ、んっ、くっ……ふぅ……おちんちん、ゴシゴシしてます……」 「き、気持ち……いいっ、ですかぁ?」 「う、うん……大きい声、出しちゃいそうになる……」 困惑した表情を浮かべるロロットだが、それはきっと僕を気持ちよくさせたいという想いから生まれたものなのだろう。 けど、まだ隣の部屋からは人の気配が消えない。 まさか、姿が見えない会長と書記が、こんなところでエッチをしているなんて……夢にも思わないだろう。 その背徳感と緊張感が、更に興奮を呼ぶ。 「は……っ、あっ……くっ、ふぅ……ん、ふっ、くふぅ……」 ロロットの腰が上下して、愛液を垂れ流しながら、ペニスをゆっくりかつ的確に擦りあげていく。 僕は声をあげそうになるのを必死に堪えながら、ロロットの淫らな肉壁の感触を確かめる。 小振りの胸も、ロロットの動きにあわせで揺れている。 僕は両手でそれを鷲づかみにした。 「ふあああっ!!」 慌てて、自分の口を手で隠す。 「そ、そんないきなりは……っ、あく……っ、くうう……っ」 漏れそうになる喘ぎ声を押し止めても、腰の動きは止まらない。 しかもやや前傾の姿勢。まるで、クリトリスが硬いペニスに擦りつけられるのを待っているようにも見えた。 自然とそうなるくらい、ロロットはエッチに頭をやられてしまったのか。 軽くて小さな体を一生懸命動かして、僕を全身で感じようとしている。 いいや、エッチで変になっているのはロロットよりも、僕だ。 乳首を指で転がしながら、ロロットの上下運動を手伝っている。 あまりにも魅力的な景色……結合部もよく見えて、可愛らしいおっぱいも手の届く場所にある。 こ、このままでは……僕だけまた、いってしまうのではないか? 「ロロット……そんなにここ、気持ちいいんだね……」 「え……っ、あっ、ああうっ!」 僕はその指を結合部で物欲しそうにしているクリトリスへと近づけた。 そして乳首を弄ぶのと同じような動きで、刺激する。 「だ、だめですっ! そ、それは……っ、はっ、くっ、うっ、ふうっ、うう……っ」 「ロロット……僕も動くよっ」 射精を踏ん張りながら、ペニスを突き上げ、ロロットが思っている場所よりも深くへ押し込む。 それでもまだ、根本まではやはり収まりきらない。 僕はロロットのクリトリスを指の腹で転がしながら、ずんずんと腰を動かしている。 「はぁ、あっ、あんっ、んっ、んっ、はぁんっ! くっ、ふっ、うっ、う、う……」 根本までいかずとも、ロロットが一番感じるであろう場所――子宮口への刺激は確実に伝わっていた。 ロロットの太股から力が抜け、代わりに爪先がピンとしはじめる。 まるでおしっこをするときのような力加減。開放感にも似た気持ちよさ。 それをロロットが感じているのだろう。 「あっ、はぁっ、あんっ、はんっ、んっく……んぐ……ふっ、ふぅ……ふわぁぁ……」 震える喘ぎ声を聞いて嬉しくなり、更に腰の動きを加速してしまう。 「一緒にいこう……」 「えっ、い、いく……?」 「ロロットも我慢しないで……っ」 「あっ、はっ、はぁっ、あっ、そ、そんなに動かしたら……こ、声でちゃいま……はっ、あっ、くっ、くぅ〜〜ん」 もう周囲がどうとか、そんなことはどうでもよくなって。 この世界にもう、こうして繋がっている僕とロロットしかいないように思えるくらい、性に没頭してしまう。 行き着く先は、ロロットの膣内――そして子宮にめいっぱい射精をすること。 「あっ、はぁっ、はうんっ! ん……っ、んあっ、ああんっ! はっ、はっ、おちんちん、奥をコンコンして……っ、ああっ」 「ロロット……いくよっ」 「んっ、んっ、わ、私も……ふわふわして……っ、は、あっ、ああっ、こ、これがいくっ」 「そう……そうだよっ、だから一緒に、ロロット……っ」 「はいっ、はい……っ、あ、あ、あ、あ、はぁぁんっ!」 互いの思考はとろけていき、もはや声量も抑えが効かなくなってきた。 「だ、だめですっ、はぁっ、はぁっ! も、もう我慢できなひでふっ、うぅぅぅ〜〜」 射精を待ち望むうなり声。 僕の上でロロットの肢体が踊る。 「はぁんっ、あ、んっ、んくっ、くふっ、ふああっ、あっ、はぁっ、あっ、ああっ、はあんっ!」 「あっ、くっ、おちんちんっ、また大きく……っ、くっ、はっ、ああっ、はあ、はあ、ああんっ!」 きゅうと締め付ける膣肉をはねのけ、奥へ奥へと突き進む! 「あ……で、る……よッ。ロロット!」 僕は背筋をピンとはるほど思いきって腰を突き上げた。 ずんっと子宮口をこじあけて、ペニスはロロットの最奥へ。 繋がっている部分に竿の姿は見えない。全て、ロロットの小さな膣内に飲み込まれたのだ。 ビュ……ックン!! ビュクーーッ!! ビュプーーッ!! 「あああ〜〜〜っ♡ んっ、んん〜〜〜っ!! ふあっ、あああっ、はああああっ!!」 痙攣にも近いほど、ロロットの体が波打ち跳ねる。 僕がしっかり腰を掴んでいなければ、そのまま崩れていってしまいそうなくらい、乱れていた。 もはや隣に聞こえてもおかしくないくらいの叫び声。 今まで堪えていたものが、全て解き放たれ、全身に快楽が浸透していく。 僕もまた同じ。情けない声でロロットの名を連呼しながら、何度も何度も射精を繰り返す。 その度に、全身がつりそうなほどに引きつっていた。 「はぁ……、あぁ……はぁぁ……♡ お腹にビュクビュク……ま、まだいっぱい……ああぁ……」 射精運動でペニスが動く度に、ロロットは目をつぶり、ぶるぶるっと体を震わせる。 だが、何度も襲いかかる快楽の波に体を支えきれず、そのまま僕の方へと崩れ落ちてくる。 「はぁ……あぁ……はぁぁ……あっ、はっ、はぁぁ……んくっ、ん……んふぅ……ふぅぅ……」 息も絶え絶えになりながら、僕の射精を体いっぱいに感じていた。 最後の一滴まで、ロロットの子宮に流しこんでいく。 全力で射精をしたペニスを労るように、優しくロロットの膣肉が包んでくれた。 なんとも心地の良い脱力感。 しばらくそのまま抱きしめ合う……。 「エッチって、こんなに素晴らしいものだったんですね……」 「もっと早くに知っておけばよかった?」 「そ、そんなの嫌ですよぉっ。会長さんと好き合う前に知ったところで、役に立ちませんもの」 「そ、それに……」 「会長さんとじゃなきゃ、エッチしたくありませんっ」 健気なロロットが愛しくて、その頭をまた撫でる。 気持ちよさそうに目を閉じて、小さく唸るロロット。 少し落ち着いてきたところで、ペニスを抜き出す。 「あ……っ、はぁ……っ、ううっ」 さすがに小柄の子宮に収まりきらなかった精液が音を立てて溢れてくる。 愛液と精液にまみれたペニスがロロットの前に姿を現した。 「ちょっと……いいですか?」 何を思ったか、萎れかけのペニスをロロットが手に取る。 「おちんちん、こんなに頑張ってくれましたから……ご褒美です♡」 「ん〜〜っ、ぺろぉっ」 そして唇を近づけていき、舌で粘液を舐め取っていく。 「そ、そんなお掃除なんて……あ、ああ……」 「んちゅっ、じゅぷ、じゅぷっ、じゅるるるっ、んぺろっ、ぺろんっ」 「だ、だめ……あぁ……」 「くすくす……また次にエッチする時も……是非よろしくお願いしますね……ちゅっ♡」 「よ、良かった……やっぱり、誰もいない」 「誰にもバレていない、ということですね。ホッ……良かったです〜〜」 「けど、もし知ったらみんなビックリしちゃうだろうね」 「そ、それはダメですよぉっ。今日のことは二人だけの秘密なのです♡」 「あ、あの……会長さん……」 「ん……ん〜〜」 目を閉じて唇を突き出してくるロロット。キスのおねだり。 「甘えん坊だなあ、ロロットは……」 「子供扱いしてもいいです……キスしてくれるなら」 「……ん、ちゅぷ……」 それでも軽く触れるだけキス。やっぱりどうにも照れくさくって。 あんなに激しい愛を交わした後でも、僕達はまだまだ子供のままだった。 「会長さん……もう一回……」 「あーーっ、キスしてるーー!」 「ひいいっ!!」 「と、トントロがぁ……」 「やるわね……ここまで見事にトントロを粉砕するなんて」 「巨大な豚を粉砕する男! お祝いにこのトロフィーをプレゼント!」 「はうう〜〜。あんまりですよ〜〜」 「Prad Kcev Qutioxe.Topue Stachz Duemnskia」 「Teaox」 「よし……これで魔法陣を破壊することも容易だろう」 「リ・クリエの増力と促進は阻まれた」 「しかし、この力……それだけで留まるような勢いではない……」 「ロロットよ。そして魔王よ」 「決戦の時は近い……私の信念を打ち砕き、そして……」 「人間界を……いや、全世界を……」 「三界を守るのだ……」 「失うものは、少ない方が良い……」 「そうであろう? ロロット……」 「本当にアゼルと戦わなくちゃいけないのー?」 「はい。そうしなければ、アゼルさんはリ・クリエに飲み込まれてしまうのです」 「けど、リ・クリエの力って凄いんでしょ。勝てるの? アタシ達」 「時期的には臨界点に達していない……」 「それに、エネルギーを増幅させる魔法陣も破壊したから大丈夫だって、メリロットさんが言ってた」 「僕達クルセイダースの力を合わせれば、孤独なリ・クリエの力に勝てるはずなんだ」 「勝ったとしても、アゼル殿の体が無事で済むかどうかは……」 「アゼルも覚悟を決めたなら、僕達も決めなくちゃ」 「そうそう。ここで気後れしてたら、世界が大変なことになっちゃうのよ」 「お嬢さま。アゼル様の願いはもう既にわかっているはず」 「もう迷うことはありませんよ、ロロット。あなたはずっと、あなた自身の手で道を切り開いてきたのです」 「勇気を持って。私達の力……絆……。天界では得られない知識と経験の全ては――」 「必ず僕達の力になる」 「私達はリ・クリエに勝ちます。絶対に!!」 「行きましょう。アゼルちゃんが待ってるわ!」 止めどなく流れる星達。 それを塔のふもとで仰ぎ見る少女が一人、立ちつくしていた。 「きれい……だな」 「皮肉なものだ。世界を破滅に導く光が、このように美しいものだったとはな……」 「惜しいと感じても、流れ星が消えない限り……私の中にリ・クリエが存在することとなる」 「私が求めずとも、リ・クリエが求めるならば、私は再生に着手せざるを得ない」 「私にも強き心があれば、リ・クリエに侵されることもなかったというのに」 「私の心があまりにも空虚であるから、満たされてしまったのだ」 「ロロット……お前ともう少し早く出会っていれば……こんなことには……」 「アゼルさん。あなたはもう負ける気でいるのですか」 「そのような煮え切らない覚悟で、本当にリ・クリエが諦めてくれるというのですか!!」 「アゼルさんっ。私は世界を守り、あなたも助けます!」 「手を抜く……ということか?」 「なんでも全力で……アゼルと戦うことも、アゼルを救うことも!」 「だから、アゼルさん……あなたの思いとリ・クリエの思いを叶える為に……」 「あなたも全力で立ち向かってきて下さい!」 「リ・クリエが完全にならずとも、その強大な力に頼らずとも、私には私の力がある!」 「そして私には私の意志がある。その意志を貫くため……お前達に、邪魔はさせない!」 「行くぞ、アゼル! これで全てを終わりにするんだっ!」 最後の一撃を被弾して、アゼルの膝が崩れる。 そして、そのままうつ伏せに倒れこんだ。 「アゼル! しっかりして!」 僕達は駆け寄り、アゼルの身を抱きかかえた。 「私は……いい……」 「空だ……リ・クリエはどうなった……」 「空……?」 「目が霞んで……見えないのだ……」 アゼルの瞳は開いていた。 その瞳には大粒の涙が溢れていた。 「そんな……っ!」 「流れ星が……止まらない……!」 「そうか……リ・クリエはまだ、彷徨っている……のだな……」 「新たな宿主を捜しているのか……ふふっ、諦めの悪い奴だ……」 「それもそうか……今まで長きに渡り、世界再生の為だけに……生きているのだから……な……」 「アゼルさん……もしかして……!」 「体は重い……鉛のように重い……しかしな……」 「心は軽くなった……」 「リ・クリエは私を見限った。あとは私のような存在が現れなければ……ふっ」 アゼルは自分を嘲笑う。 「リ・クリエが宿り、私は喜びに興じていた」 「私が特別な存在で……主に選ばれたことを、誇りに感じたのだ」 「だから改心したわけではない……本当は、リ・クリエを裏切ることはしたくなかった」 「けれども、私の心は強くなどなかった……これほど他者に惑わされるなど……」 「私のような存在……弱き存在……。所詮、誰にでも、リ・クリエは宿る可能性はあった……」 「そんなことはないですよ。アゼルさんくらいの方でなければ、こんな強硬手段は……取れませんでした」 「慰めはよせ……私は……っ、私はもう……ううっ……全てを……失った……っ」 そして悔恨の涙に変わる。 アゼルは悔しいのだ。その意志を阻まれたことが。 リ・クリエの器という資格を失ってしまったことが。 本当は悔しくて悲しくて。 正しいとか、間違いとか、善悪で決められる問題ではない。 こうして、世界再生を諦めたことは……アゼルにとって最高の屈辱だったのだ。 「けど、アゼルさん……あなたは何も失ってなんかいませんよ」 「あなたには私達がいる……それだけは、ずっと変わりません」 「うっ……うぐっ……うううっ……」 「ひっく……すまない……よく聞こえないのだ……もっと側に……」 「アゼルさん……っ」 アゼルは『アゼル自身の心』を取り戻した代わりに、五感の全てが衰えてしまったのか。 「けど、あなたは今……こうして無事に生きているのですよっ」 ロロットはそのやせ細りきった体を強く抱きしめた。 その儚い存在を、確かなものにするため……。 少し落ち着いた後でも、アゼルは自力で立つことすらままならなかった。 クルセイダースとの戦い、そしてリ・クリエの器として資格を失った代償も相まって、肉体が極限まで疲弊してしまったのだろう。 「私は……天界に戻ろうと思っている」 「確かに……このままでは、霊質の状態はおろか物質の存在を維持することすら……」 「アゼルさんは、天界で療養されるのが一番と思います」 「いいや。罪を償いに帰るのだ……」 「罪……」 「魔族と徒党を組んで、リ・クリエを利用していた。この罪は深い……」 「けど、その真実を知ってるのは僕達だけじゃないかっ。そんなに気負わなくなって――」 「どちらにしても、帰れば調査の報告はしなければならない。その時に、罪を隠蔽など出来るはずもないだろう」 「私は裁きを受けねばならない。それを償い切ることが出来たならば……」 「私はずっと、ロロット達と友達でいられるから、な」 これで本当に、世界の危機は去った。 聖夜祭を過ぎるまでは予断を許さない状況ではあるものの、脅威と思える存在は皆無。 皆が聖夜祭に向けて、本格的に動き始めた。 しかし、リ・クリエの余波はまだ残っているようで、魔族が小さな悪戯を起こしている。 クルセイダースの活動は、まだまだ終わりそうにないようだ。 「イーー!!」 「もう、妙な気を起こすんじゃないぞ〜〜」 はあ、なんとか怪我もなく無事に終わった。 ロロットのおかげで、まったく戦闘に集中できなかったけど。 「え……ロロット?」 「はッ!? 違います、違いますよ! 決して会長さんの格好いいお姿に見とれてたわけじゃありませんからーっ」 「命を賭した戦いの最中に、不純なことを考えていたわけではありませんからーっ」 「嘘です、ごめんなさい。ずっと会長さんのことばかり目で追っていました」 「そ、そうなんだ。だから、どうりでよく目が合うと思った」 「う、うん。僕も……ロロットのことばかり、見てた」 「私、目が合う度に胸がドキドキして……早くまた、会長さんの側に行きたくて……」 だから、あんなにも早く事件が片付いたのだろう。 「会長さん。もっと近くに行ってもいいですか?」 答えを聞くまでもなく、吐息がかかるぐらいに寄ってくる。 「まだ何も言ってないのに、いつも強引なんだから」 「それでも付き合ってくれる優しい会長さんが、私はとっても大好きです♡」 「こ、この子は、どうしてこう、恥ずかしいことを平然と言うかな」 「だって気持ちは素直に伝えるのが一番じゃないですか」 「そうかもだけど……」 「それに全然、平気じゃありません。ほら、こんなにもドキドキしてます」 ロロットは僕の手を掴み、自分の胸へと押しつけた。 ほんのりと柔らかい感触が、手のひらを伝う。 「だ、だめだよ、ロロット……そんなことしたら……」 「前なんか、もっとたくさん触っていたじゃないですか」 「えっ、ええ、そ、そうだけどさ……って、何を言わせるの!?」 「気持ち……いいですか?」 「う、うん。とても」 「良かった♪ 会長さんに喜んでもらえて……」 「け、けど……このままじゃ僕……」 「このまま、どうしちゃうんですか……?」 期待に満ちた眼差し。そして、天使なのに小悪魔の微笑。 「も、もう、知らないぞっ」 小振りだけど、弾力のある女子の柔らかみ。 女の子という生き物は、どこをどう取っても柔らかくて仕方がない。 それは衣服の上からでも、しっかり感じることができる。 そう、生地の下には、ロロットの白くてスベスベとした肌があり、指が沈んでいくことも容易に想像がつく。 抱きしめながらも手をひっきりなしに上下させて、ロロットの感触を楽しむ。 「ロロットの体、たまんないよ」 「会長さんに触られるだけで、私……ドキドキが止まりませんっ」 「いっぱい触る、からね?」 頬を紅潮させ、瞳を潤ませたまま、ロロットは小さく頷いた。 「あ……っ、ああっ、ん……っ、くっ!」 整った体のラインをなぞるようにしながら手を滑らせていく。 くすぐったそうに身をよじる仕草が、事あるごとに艶めかしい。 肌の露出は少ないにしろ、大事なところを覆い隠されている分、それが露わになった時の興奮は計り知れない。 「はぁ、はぁ……ああ、あっ、あぁ……はぁ、はぁ……ひはっ!」 腰のくびれを通った時にはもう、足が震え始めていた。 肉付きのよい太ももを擦りあわせて、もじもじとしている。 「会長さんの指。なんかとってもエッチぃです〜〜」 「ただなぞってるだけだよ?」 「えっ、ええ……そ、そうなんですか……?」 「けど、ロロットが気持ちいいなら、もっと強くする」 「え、やっ、そ、それは……」 手のひらが、ちょうどスカートの部分へと。 僕はロロットのお尻の上で強く手のひらを押し込んだ。 そしてぐりぐりと撫で回す。お尻の肉が反発し、抵抗する。 それはもう指の間からはみ出さんばかりに。 「あっ、あああっ! そ、そんな風に触られると……あ! ふぅんっ! んっ、くぅっ……」 「ロロットのお尻……すごい、気持ちいい……」 「はぅぁぁ……お尻があっちいったり、ふうっ、こっち行ったりしてますぅ……」 「じゃあ掴まえる」 お尻に指を当て、ゆっくりと力を込めて揉みしだく。 「あっ、ああぁ……そんなところ……はぁっ、うっ、うぅ〜〜、だめですよぉ……」 全ての指が吸い付くようにして、ロロットの柔らかくもハリのあるお尻を愛撫する。 何重にもある衣服が邪魔をしているのにも係わらず、頬ずりしたくなるような気持ち良さだ。 「ひゃあ!」 僕はスカートをたくし上げて、ロロットのお尻をさらけだした。 早熟な下半身。それを覆い隠す眩しい白。ロロットを象徴する純白。 僕はその魅力に吸い込まれるようにして、自然とお尻へ顔を近づけてしまう。 「はぁ……柔らかいよ、ロロット……」 「ちょっ、ちょっと、そんなところ……ああっ、だめっ、くぁっ、ああ……はぁぁん……」 もちろん、手でまさぐるのを止めたりはしない。 より曲線がクッキリとしたお尻のラインの上を、指が走っていく。 指の腹が当たるたびに、尻肉が静かに踊る。 「やっ、や……いやぁ……だめですってばぁ……うぅ……ん! んんっ! んあぁ……はぁふぅん……」 ああ、もう頭がくらくらして惚けてしまいそうだ。 「ひゃはッ!?」 僕はロロットのお尻に顔を押しつけ、口付ける。 「ふわぁ……あっ、あくっ……そんなの……うぅ〜〜お尻なんかに、ダメですよぉ……」 ふうっと熱い息を吹きかける。 「くふっ、そ、そこは……くすぐったいですってばぁ……」 ロロットが身をよじり、肉厚な太ももで隠れていたはずの秘部が露わになる。 割れ目があるであろうその部分を下着の上から大きく吸引してみた。 「そんな……! そんなところ……っ、吸い込んでは、んんっ、いけませんっ。ひゃはぁっ、あぁ……」 舌を這わせて上下になぞる。舌先でわずかに感じる凹凸を、重点的に責め立てた。 大きな音を立てて、ロロットのお尻を貪るようにして味わう僕。 「あ……あぁ……そんなに強く……ひうっ、あわわわぁぁ……んはっ! はぁうぅ……ふゆぅ……」 「ロロットぉ……」 唾液にまみれて、白い生地が水気を帯びて湿っていく。 「ロロットのここ、透けてきてる。凄くいやらしいよ……」 「会長さんが……んあっ、そ、そんなに、ひうっ、するからぁ……はぁぁっ……」 「本当に、そうなの、かな?」 僕はただ、満遍なく舐め回しているだけなのに、それでいて著しく濡れている箇所がある。 「はぁっ、はぁっ……はぁ……そ、それは……」 まぎれもなく愛液であり、それは秘部を中心にして、染みだしていた。 それが愛おしくて、むしゃぶりつくように舐め啜る。 「うぅん……はっ! はあぁっ! あ……っ、ひはっ、ひゃぅう……んくっ、そこは……ああ!」 ビクビクと大腿を震わせるロロット。しなやかに伸びた足は、柔らかくそしてしっとりしている。 「あっ、や、やはっ。太もも、うう〜〜んっ、くすぐったいっ、ひふっ、はぁ、あぁ、ひはあ……」 「くすぐったい……の?」 「ううんっ、その……んくっ、ぁふぅ……き、きもひっ、んんっ……気持ち、いいです〜〜」 「そっか、良かった……僕だけなんか、好き放題やってたから……」 「平気ですっ。だって、会長さんにされてるんですもの。だから、もっと……お願い、しますっ」 「これ以上したら、跡になっちゃうよ……?」 「はぁ、はぁ……構いません……だって、私はもう。誰のものにも、なりませんから……」 「え……ひゃあ!」 ロロットにもっと気持ちよくなってもらいたくて、僕は大事なところを覆う布をかきわけ、おまんこを曝け出す。 「か、会長……さん?」 「はぁ……はぁ……ロロット、直に、行くよ」 「そ、そんな……いきなりは……」 「だってもう僕、我慢できないっ」 「ん……んん!?」 甘酸っぱい香りに導かれて、ロロットの割れ目に優しくキスをする。 「は、くっ」 そしてそのまま止めどなく溢れ出すものを一気に吸い出した。 「ひっ、ひぅぅうんっ、凄いっ、音が……はぁっ!! ダメです、ああっ、それは……ああっ……」 「はぁっ、はぁ……っ、そ、そんなに吸っちゃ、はぐぅっ、も、もう、だ、ダメですよぉ……」 粘液を啜る淫猥な音が響く。 ロロットは背筋とつま先がピンと張り、しっかり腰を支えてないと今にも崩れ落ちてしまいそうだ。 僕は柔らかいお尻を両手でしっかりつかみ、放さない。 「ひゃふっ、ふうっ……ううん、ううん……んっ! んやぁ、あっ、ああはぁんっ、ひゃふぅ、ふぅぅ……」 「んっく、んはぁ……はふぅぁ……そんなにしたら……私ぃ、ひぃ、ひぃ……はぁ……あぁ……」 「もっと気持ちよくなって」 股間がよく見えるように、親指を秘裂の脇に添えて力強く押し広げる。 そこでは、雫の滴る桃色のそれが、微かに震えていた。 皮の花弁をかき分けて、中にある熱い肉壁の中へと、舌を滑り込ませていく。 「はぁあうんっ!」 そして膣の中で円を描くようにして舐め回す。 「あ……あぁ……ぅ、うう〜〜。うっ、くっ、くふぅ、はぁ、あぁっ、あぁ……はぁぁ……ひくっ」 ロロットは顎を上げたり、うな垂れたりと忙しない。 敏感に反応する箇所を探ったりするものかもしれないが、気を回す余裕もなく。 僕はただ無作為にロロットを攻めあげていた。 「あぁっ、あんっ、んんーーっ、んくっ……はぁはぁ、そんなに乱暴にっ、はっ、はぁ……ああ……」 剥き出しになったクリトリス。そうだ、ここならきっと気持ちがいいはずっ。 「ふあぅっ!?」 クリトリスに唇を押しつけてブルブルと震わせる。 「はぁっ……! ああっ、んあぁ〜〜っ! んくっ、くぅ……ふぅゃあ……そ、そんなに、ひうっ……」 体が気持ちよさで打ち震えると同時に、秘裂から甘い香りのする粘液が滴ってくる。 それを僕はまた、肉襞と一緒に吸い上げるのだ。 「はぁっ、ああっ、ああ〜〜ぁ、はかっ、ん……うぅん、んっ、んっ、ううぅ〜〜んっ、んっく、んく」 「はぁっ、あぁ……やはぁ……ひうっ! うん、うん、んん〜〜ん、んはっ、はぁ、あぁ、あひゅう……」 「あ、やはっ、だ、ダメっ、あ! ああっ、やはぁ、やんっ、はぁ、あぁ、ぁ……ああ! ダメ!」 大きく音を立てて愛液を吸い込み、熱を帯びた肉襞を舌で転がす。 ロロットの体がしなやかに曲がり、震えながら波を打つ。 快感に身を任せているようにも見えたが、鷲づかみにしていた太ももに力が込められた。 「い、いけませんっ。そ、それ以上されたら、私……はっ、はっ、はくっ……」 小刻みに震えながらも、気が張っている。まるで何かを必死に〈怺〉《こら》えているような力み具合だ。 「ロロット……怖いの?」 「ち、違うんです。こ、怖いんじゃなくて、その……も、もう……だ、ダメなんです〜〜っ」 「こんなに気持ちよさそうなのに……?」 「も、もも……っ! ああっ、やっやっ、やはぁっ、あああっ、あああ! も、もうっ! ひっ」 「き、気持ちよくてっ、はうっ! 力が抜けっ、はぁはぁ、はぁんっ、んんっ、んっ、んやっ、やあ〜」 「ロロット、いくの?」 「気持ちいいっ、んんっ、んんーーっ、あっ、あっ、あっ……ああぁ……あっ、あっ、あっ」 「いいよ、いって!」 「ん……っ。ん……っ。いくっ。くっ!」 しなったロロットの体は硬直したまま、小刻みに振動を繰り返す。 「あ……ああ……あぁ……はぁぁ……」 口は開かれたまま、涎も顎から首を伝い、胸元を濡らしている。 それでも絶頂の波はとどまることを知らず、幾度もロロットを襲い続けているのだ。 「はぁっ……! あ、あ、あぁ……はぁ……あぁ……はふっ、ふぅ、ふぅ……」 大きく引きつった後、今まで込められた力が抜け一気にぐったりとしてしまう。 「だ、ダメぇ……も、漏れちゃいますぅ……」 そして秘部から温かいものが、ゆっくりと流れ出る。 卑猥な音を奏でながら、緩やかにアーチを描く。 「ロロット、そんなに我慢してたんだ」 「お、お願いです……み、見ないで……下さい……はぁあぁ……」 「そんなに、気持ち良かったんだ」 「はぁ……っ、ああ……っ、あぁぁ……もう……止まりません……」 「はぁぅ……うう……ふぅう……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……すうっ、はぁぁ……ひゅうっ、ふはぁああ……」 「ああ、ロロット……」 愛おしくて、僕はまた赤く腫れ上がったロロットの股間にキスをする。 「え!? やっ、はぁ、そんなとこ、うっ、うう〜〜っ、そこは、はぁっ、ああっ、汚いですってばぁ……」 「ロロットに汚いところなんて、どこにもないよ……」 「はっ、はぁ……! ああっ、あはっ、はぁぅあっ、あぁ……ん……んん〜〜っ」 「そんな、敏感になってるのに……うっ、ううっ、うぁぁ……」 「ロロット……僕っ」 たまらず、自分の股間を外気に曝す。 「はぁ……はぁ……会長さんの……とっても、おっきく……なってます〜〜」 力強くそそり立ったペニスを、ロロットは指をくわえて見つめる。 僕はふくよかなお尻を両手でまさぐりながら、ゆっくりと腰を押しつけた。 「あぁ……ロロットのお尻……」 肉厚なお尻の間にペニスを滑り込ませて、上下にスライドを繰り返す。 先端から溢れ出す我慢汁が潤滑油となり、ぬめり気のあるいやらしい音色を響かせた。 「はぁ、はぁ、あぁ……おちんちんが、行ったり来たり……んっ、んっ……なんだかくすぐったいです……」 下着とお尻の合間に挟み込んだりして、ロロットの柔らかさ全てを股間で堪能する。 「あぁっ、んっ、んくっ……くふぅ……うっ、ふぅぅ、ううんっ、んやっ、やはっ、はぁぁ……」 突き出した〈臀部〉《でんぶ》の柔らかいところに先端を押し込み、形を歪ませた。 ロロットのお尻が粘液でどんどんとベタつき、下着も尻肉に張り付いてぴっちりと窮屈そうにしていた。 「はぁっ、はぁっ、うぅ……うう〜〜っ、いっぱい、お尻に当たってますよ……」 ペニスを連続的に打ち付けるだけで、たわわに揺れる。 「あぁ、気持ちいい……」 「んっ……んん……おちんちん、とても温かくて、なんだか……変な気持ちになっちゃいます……はわぁあ……」 そのまま腰を前後させて、尻の合間に擦り込んでゆく。 「はあっ、はあっ……あ、あ……ん、んん!? ああんっ!?」 「ロロット、今の……」 「そ、そこは……」 ちょうどお尻の穴を、先端が通過したぐらいのところだった。 「もしかして、お尻で感じてるの?」 「そんなの……わ、わかりません……っ」 「そっか……じゃあ、確かめてみる……」 「ええっ? や、やめっ、ひゃはあっ!!」 ぐりぐりと入り口を優しく労るようにして、硬さと柔らかさを併せ持つ先端を擦りつけた。 「ひ、ひうっ、そんなところ……んんーーッ! いじめちゃ、はぁ、ああっ、あああっ、いけませんっ!」 「そんなこと言って、凄く感じてる。ロロット」 「だ、だめえぇへっ」 両手でしっかと握りしめた尻肉でペニスを挟み込み、僕は激しい抽送を始めた。 心地よい肉の壁に包まれたペニスは更に膨張し、次第に睾丸があがってくる。 「はあっ、あっ、あ、あ、あっ、ああっ、うぅ〜〜っ、激ひっ、ひっ、ひはあ、ああっ、あんっ、お尻んっ」 「あぁ、あぁっ、ロロット……僕、もう……っ!」 「はぁ、はぁっ、ああっ、ああっ、あ、あ、あ、あ、ああんっ、んっ、うう〜〜〜んっ、んん!」 我慢の限界など、とうの昔に過ぎていた。 「だっ、射精るっ!」 ビュックン! 我慢の末に放たれる第一波。大量の流体が、ペニスを駆け上がり、吐き出される。 目の前に広がる柔肉へ向けて、精液を放つ。下半身には、引きつるような快感が持続的に襲ってくる。 ロロットに触れてからずっと硬直を保っていたペニス。 ようやく解放されたことに悦を隠せず、ロロットのお尻の上で一心不乱に暴れ踊り狂う。 剛直なペニスに踊らされる尻肉。 撒き散らされる精の塊は、ロロットのお尻や下着、果ては衣服まで白く染めていく。 これだけの量が、敏感な部分を通り抜けたというのだから、気持ちがいいはずだ。 「はぁ……あぁ……ひゃふぁ……ああ……会長さん……とても気持ちよさそうです……」 「大好きな、ロロット……だから……こんなに……射精ちゃったんだよ……」 僕は噴出した白濁液を股間でマーキングするかのように、尻肉へとねっとり練り込んでいく。 「精子がとても、熱い……です。はぁ……あぁ……お尻に、いっぱい……はぁぁ……あぁ……」 精液を塗り込みながら、揉みしだき、そして優しく愛撫をする。 なんて柔らかい。そしてなにより心地よい。幸せな気分になる。 けど、僕の興奮は冷めやらない。 「ロロット……ごめん、僕……まだ……」 「……ですよね。会長さん、とってもゼツリンだって、前に散々、思い知らされましたもの……」 「もうエッチな言葉ばっかり覚えて……」 「あのあと、腰がずっとガクガクしちゃって……大変だったんですよ」 「そ、そうだったんだ。じゃ、じゃあ、やめる……?」 「いいえ、会長さんの……はぁはぁ、好きに、して、いいんですよ」 「そうしてもらえるのが、私……一番、うれしいですから」 「ああ、ロロットのおまんこ、こんなに濡れて……」 「我慢してたのはお互い様です……けど、もう我慢しないでも、いいんですよね?」 「僕……ロロットが可愛くてもう……ずっと挿入れたいって思ってた……」 「私も……いっぱい、いっぱい、して欲しいって、ずっと……」 おしゃべりをしながら、先端をロロットの入り口に押し当てて、その柔らかい感触を楽しむ。 僕はロロットを抱き込むようにして、体を重ねる。そしてちょうど耳元のところで静かに囁いた。 「じゃあ、挿入れるよ」 熱い吐息に身をよじらせた隙を狙って、僕はペニスをゆっくりと押し込んでいく。 「あああーーッ!!」 「ちょっ、ロロット!」 悲鳴にも似た声をあげるロロット。 ロロットくらいの小柄な女の子の膣だ。ペニスが強引に掻き分けて侵入するだけでも、相当敏感になることだろう。 現に今でも、油断したらすぐにでもヌかされるくらいの圧縮がされている。 だからといって、こんな大声を出したら、人気がなくともバレてしまう可能性がっ。 「はぷんっ、んぷっ、ちゅっ、ちゅぷ……ぷふぅ、んぷるぅ……」 ロロットは僕の腕にむしゃぶりついた。 「ロロット、可愛い……」 ロロットの頬を優しく撫で回してから、その指をロロットにくわえさせる。 舌のわずかにざらついた感触が気持ちいい。 「はぁんぷっ、んちゅっ、ちゅぷぅ……んはっ、はぷっ、ぷちゅ……っ、じゅるぅ、じゅっ、じゅっ……」 「おしゃぶりが好きなんだ……」 「んん〜〜っ」 「はぁぁ……もう、我慢できなっ」 「んぷ!? んんーーっ、んぶっ、ちゅるぅ、んふっ、ちゅうっ、ふぅ、んんっ、んんっ、んん……」 少し入っただけの場所から、緩やかに奥へ。 伸縮を繰り返す膣壁をこじ開けて進むのはなかなかに難しい。 ペニスにヌルヌルとした熱い肉襞がからみつき、まとわりついて、すぐ射精へと導こうと促すからだ。 けど、その気持ち良さに身を委ねてしまいたくもなる。 「はぷっ……ちゅぷるん! っぷはぁ、はぁ……はぁ……大丈夫、です……さっきのは、びっくり、しちゃいましたので……」 「動いて、いい?」 「前みたいに、激しく、しないで、下さい、ね?」 「でないと、私……また、気持ち良くなりすぎて……壊れちゃい、ます……から……」 「……ロロット」 そんなお願いを聞ける心のゆとりはなかった。 「あああぅんっ! はぁっ、あっ、ああっ、あっ、ひゃあんっ、んんっ、ひゃはっ、はくっ」 ロロットのうごめいている膣内の感触。結合部がそのままトロトロに溶けてしまいそうな感覚に襲われた。 「くっ、ふは! はぁっ、ああっ、あんっ、やんっ、ひゃん! かぁうは……っ、はぁ、はぁ、はぁ……」 愛液が滴る肉壷をペニスがリズミカルに擦りあげる。 そそり立った形状は、特に膣の天井部分を刺激し、幾多もの襞が先端を刺激する。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ」 腰を臀部へ打ち付ける度に、ロロットの尻肉や胸が大きく揺れる。 結合した部分は愛液で濡れそぼり、ぐちゅぐちゅと絡みつくような音色がどんどんと激しさを増していった。 「そんなっ、ん! ん! んんー! んっ! はぁ、はぁ、はぁあぁ、はっ、はぁうっ、う、う!」 「んっ、んっ、ううっ! あ、ひゃっ、ひゃあっ、あんあんっ、あはっ、おちんちんっ、んんーーっ!」 狭い肉壷の許容量を遙かに超えた、僕のペニス。 その形に合わせてロロットのアソコは形を変え、その度にロロットの体が敏感に反応している。 しかし、それもただで広がらず、目一杯の抵抗をして、ペニスを押しつけて締め付けるのだ。 「ひゃはっ、はっ、はっ、ああっ、ああんっ、んんーっ、んぐっ、くふぅっ、うっ、うっ! ふぁあっ」 それだけ強い締め付けに抽送を阻まれては、否が応でも力が入る。 そうやってるうちに、僕はまんまと腰がとろけていき、ごく自然に精を促されてしまうのだ。 「あぁ……あぁ……はぁぁっ、あっ、んっく。くうっ……ふぅ、んん〜〜ッ。ふうっ、ふひゅっ、ひゅふ〜〜」 「あぁ……もう! ロロットの膣内、とてもいいっ」 「はぁ……はぁ……良かった……私も……とても、気持ち、はぁぁ……いいですよ……」 「この格好……やっぱり恥ずかしいんです。けど……」 「けど……?」 「気持ちいいところに、いっぱい、当たります……♡」 「そっか……じゃあ、もっと気持ちよくしてあげる」 「えっ、あ! ああんっ、んっ……んんーーっ、んくっ、くうっ、うぅっ、ふーっ、うんうん、んんん!」 子宮口の奥へとピストンを繰り返し、できるだけ深くまで押し込むようにする。 結合部が熱気で満たされ、僕とロロットの太ももは垂れ流される愛液でずぶ濡れだ。 「ロロット、ここっ!?」 「んん〜〜っ! んん〜〜っ!」 「よ、よし……ここならっ」 ロロットの太ももを持ち上げ、大きく足を開いた状態で強くねじ込んだ。 先端に伝わるあからさまな障壁。柔らかくもしこりのある不思議な感触。 そこへ向かってグイッと腰を突き上げた瞬間―― 「ひゃはっ! そこふぁっ!」 ロロットの下半身が一気に崩れ落ちた。 そのせいで、ペニスが更に奥へと侵入してしまう。 「あっ、ああ……! はぁ、はぁっ、はあんっ! んぐっ、ぐうっ、ああんっ、あん! はっ、はっ、はぁ〜〜っ!」 ペニスを包む肉襞が一瞬にしてざわめき、先端と竿を急速に締め付けた。 敏感になった部分を、幾千ものビラビラが刺激する。耐えられるはずもなく。 「な!? ロロット、だめっ」 ビュクッ!  ビュクッ! 「ああ……! 精子が私の膣内にまた……! あっ、あっ、射精てます……いっぱい……あはっ」 抜き去ることも叶わずに、僕はロロットの膣内に精を放出し、子宮への射精運動を繰り返す。 精子を送り出すために、跳ねるペニスが、ぎゅうっと力強く膣襞の圧力にかけられている。 睾丸に残っているもの全てを押し出され、それこそ全てを吸い尽くすくらいの勢いだ。 「アソコに、いっぱいっ、ビクンビクンって、ああ! もうっ、くっ、くふっ……はぁ……」 お互いに下半身をブルブルと震わせて、痺れるような快感に酔いしれている。 「あくっ、くっ、くうっ!」 僕はまだ射精を繰り返してるというのに、そのまま抽送を継続する。 射精をした瞬間、ペニスへの愛撫を続けると、まるで小水を漏らしてスッキリとするような錯覚に陥る。 そのまま自分の中にある全ての肉欲の望みを吐き出したくて、僕は精液が充満した膣を貪り尽くす。 歯を食いしばってでも、ロロットを感じていたい。 「ひゃあっ、あっ、ああっ、ああ〜〜っ。まだ、ダメっ、ひ! ひゃぁ、ああっ、あんっ、んん……っ」 そんなこんなをしているうちに、またロロットの膣内が気持ちよくて勃起してしまう。 「あっあああ〜〜〜っ! んっ、くうっ! あはっ、お、おちんちん、すごっ、はっ、ひっ、ひはっ! はぁあっ」 ロロットは逐一絶頂を迎えているのだろう。 連続的に襲うエクスタシーは、男にはわからないのだけれども、ずっと射精の躍動が続いていると思ったらそれはもう…… 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はぁああっ、あんっ! あん、あんっ、かはっ、はっ、はぅっ! うう〜〜っ」 お嬢様とは思えない、はしたなくもいやらしい、とても淫猥な表情を浮かべても仕方がない。 「だ、ダメっ、も、もう! 足が、あひがっ、はっ、はっ、ひゃぁ〜〜っ、あっ、ああーーっ!」 力の抜けた太ももはガクガクと震え、さっきから結合部に愛液とは違うサラサラの液体が二人の太ももを伝って流れていた。 もう、さっきからお漏らしの連続なのだろう。 構わず押し込み、子宮へのノックを続ける。 「あ! あ! ああ〜〜っ! はう、うぅ、ううーっ、うんっ! んっく、ひぐっ、くふぅ、うう……」 子宮口を叩くようにしていると、そこへの射精を促すかのように膣がペニスを搾りはじめる。 「はぁ、はぁ、はぁっ! また射精すんですかっ、はぁはぁ、精子、いっぱいっ、私の膣内にっ!」 「一緒にいっぱいっ、んっ、んっ! 気持ひよくっ、うっ、くふっ、ふぅ、ふぅ!」 睾丸があがり、竿に芯がついて精液が上り詰めてくる。 けど、こんな生半可な場所では射精はできない。ロロットが一番気持ちよく感じられる場所。 子種を受けて、もう体全体の力が抜けて、頭が真っ白くなってしまうほどの場所。 それは子宮の奥深く、そこへ向けて勢いよく精液を撃ち込むのだ。 「はぁぁ、ロロット、また射精すよっ」 「あっ、あっ、ああ! はあんっ、膣内に、んっ、んっ、お願いしますっ!」 「うんっ、うん! 奥にいっぱいっ」 「いっぱいっ、精子っ! んっ、んっ、ああ、ああ! はぁはぁ、はぁんっ、んっく、んっく! ぷはぁ〜〜、はぁ、はぁ」 「たくさん精液っ、んっ、あっ、あっ、ああーーっ!」 「うぅっ! イク……ッ! 射精るーーッ!」 「あ……! ああーーっ!」 ブビュ!! ビュブッ!! 「イクッ……くっ! ひくッ! くっ、くぅん! ん! ん!」 精液の噴射を繰り返す度に、ロロットは体をくねらせて痙攣にも近い引きつり方。 もう何かを支えにしなければ自立も不可能――すぐ、僕はロロットの腰を抱えてあげる。 「くっ、くふっ……ふぅ、うっ! ううん……っ、ん、ん、ん……んふぅ……ふぅ、うぅ……うくっ」 そして、ゆっくりとその粘液に満ちあふれた膣からペニスを抜き出した。 抜くときに、それはもうぬめり気の強い音がした。 そしてロロットの赤みがかった秘裂から、白い液体がボトボトとこぼれ落ちる。 「はぁ……あぁ……あはぁ……はぁ、はぁ、はふ……ふーっ! ふーっ! ふひゅ〜〜っ、ふぅぅ……」 もはやロロットの小さな子宮では収まりきらず、大量の精液が溢れ出てきた。 僕はそのまま覆い被さるようにして、ロロットの柔らかくて温かい体を抱きしめる。 二人は汗だくになって、そのまま深呼吸を続けた。 「はぁっ、はぁっ……はぁ、はぁ……あ、あ……あぁ……あぁぁ……はふっ、ふっ……ふぅぅ……」 ロロットは恍惚とした溜め息を繰り返し、小刻みにお尻を震わせている。 その様子が愛らしくて、お尻を何度も何度も撫で回す。 熱く火照り、汗ばんだ肌。柔らかくてふくよかな尻肉の感触。 剥き出しになっている秘裂は紅潮し、精液と愛液が滴っている。 その少し上の箇所――ロロットの肛門が事をなし終えてもなお、収縮を繰り返し、ヒクヒクと疼いていた。 「はぁ……はぁ……あ……あぁ……? 会長、さん……?」 僕はお尻を両手で鷲づかみ、肛門の脇に親指を押し当てた。 そして 「ロロットのお尻、可愛いよ……」 「くすくす……ありがとうございます♡」 「ここに挿入れたら……どうなっちゃうんだろ……」 「え……えぇ……?」 果ててもなお、性の衝動は治まることを知らない。 ロロットの体をまさぐっているだけでも愛しさが募り、もっとロロットを感じたくて、下半身が充血していく。 僕はその膨張したペニスの先で、肛門にキスをした。 「ひゃふっ!!」 「ねえ、ロロット……ここに、挿入れると……どうなるか、気にならない?」 「お、お尻に……ですかぁ……!?」 「もしかしたら、凄い、気持ちいい、かも……」 「そ、そうなんですか……?」 その言葉を受けて、ロロットはゾクゾクと背筋を震わせる。 「これ以上気持ちよくなっちゃったら……私……壊れてしまうかもしれませんよ……?」 「やっぱり、いや?」 「いいえ……凄い、興味があります……けど……私、そんなことされたら、どんどんエッチになってしまいます……」 「いいよ、なって。もっともっとエッチになってよ、ロロット」 「いいんですかぁ……?」 「もっと気持ちよくなろう……一緒に……」 「はぁぁ……っ!!」 僕は肛門の両脇に指を当てて、ぐいっと押し広げた。 わずかな隙間ができたものの、ペニスの直径からしてみれば強引に押し込まねばならない広さ。 僕は濡れたぎる先端をヒクついた尻穴に押しつけた。 「はぁぁ……はぁぁ……はい……」 「大丈夫。怖がら、ないで。優しく、するから」 「こ、声が震えてますよぅ……」 期待と不安に震えるロロットの首筋にキスをして、緩やかに腰を押し進めていく。 「力を抜いてね……」 「は、はいっ……すーーっはぁ……」 狭く閉じていたロロットのアナルが、深呼吸と共にゆっくりと開かれていく。 ちょうど先っぽの部分だけが食い込んだ。 「ん……んん……んぎっ!」 「うわ……せまっ……」 先端を締め付けるようにして、ロロットのアナルが侵入を阻もうとする。 その圧力たるや、膣口とはまたひと味違ったもので、ギュウギュウとペニスに吸い付いてくる。 ロロットの口腔で吸い付かれた時と似たような感触。だが、これは肉に吸い付かれているのだ。 「あぐ……ん……んぐっ……ん、はっ、はぁぁ……すーーっ、はぁぁ……」 異物感に身悶えながら、精一杯受け入れようと深呼吸をするロロット。 ロロットの体が熱を帯びていく。汗ばんでいく。 僕も慎重に呼吸を整えながら、ペニスの根本をしっかり握りしめる。 気を抜くと、どこか気持ちのいいところへ、持っていかれそうになるからだ。 「う……うく……今、どこまでいきました……?」 「ま……まだ先……だけだよ……」 「えぇ〜〜?」 力なく驚くロロットを見て、僕は不安を覚える。 「やっぱり、痛いの?」 「ち、違うんです……ま、まだ先っぽだけなのに……私……はぁ、はぁ……ひぎっ……」 足が笑っている。 そして股間の秘肉から精液を押し流すようにして、愛液が溢れている。 「おちんちんの先が……凄いところ、圧して……あっ、かはっ! も、もう……足が……立てな、は……っ」 「ろ、ロロット!?」 足が崩れ、僕に向かって尻餅をついた瞬間―― 「か……かは……っ!!」 ペニスはロロットの肛門を貫き、勢いに乗じて根本までくわえこんでしまう。 貫いた瞬間、肉の壁が輪っかのようにペニスをを締め付けていく。 ただ障壁はわずか数センチの間。狭門を超えれば、温かく心地よい肉の空間が広がっていた。 今はちょうど根本が締め付けられている。 亀頭は射精をしそうなほど心地よいのに、ロロットの尻穴が根本を締め付けて許さない。 精液の道筋を遮断しているのだ。 「あ〜〜っ。あーーっ。はぁ、あぁ、ああーーッ、あぁぁぁぁ……」 気がつくと、ロロットが僕の腰に乗っかったまま、あられもない声をあげている。 ガクガクと震え、口は半開きのまま、唾液も垂れ流し状態だ。 「はぁ……っ、はぁっ、あ……ああぁ、あぐっ、ぐぅ……うぐぐ……くふっ、ふひゅっ、ふっ、ふっ」 息を荒げる鼓動に合わせて、お尻の肉がキュッ、キュッ、と根本をリズミカルに締め付ける。 その射精そうで、射精せない感覚に苦悦する。 堪らず腰を引くと、また先端に向かって窮屈なリングが締め付けていく。 残っていた精液が、全て搾り出されるような感覚に、僕は顎を引きつらせてしまう。 「は……! ああっ、あ、あーーっ! むぐっ、だ、だめっ! それ以上は……はっ、だめですっ!」 「く、は……え……?」 「だ、だめ……っ! いけませんっ、も、漏れちゃいます……」 「え、え、おしっこ?」 「ち、ちが……! あっ、ああ……あ、ああっ!」 ロロットが身悶えて暴れるものだから、ペニスがずるんと勢いよく抜けてしまった。 「く、くはっ!」 「あっ……あっ、あぁぁぁぁ……はっ、はぅぅぁぁぁあああ……」 ロロットはその瞬間脱力し、うっとりとした表情で放心している。 「ロロット……? ロロット……?」 「はぁ……あぁ……あぁぁぁ……はぁ、はぁぁん……ん……んん……ううっ」 「えっ、は――!?」 途端、我に返ると、いきなり顔を真っ赤にして事態を深刻に受け止める。 「わ、私……なんてことを……あ、ああ……好きな人の前で、醜いことを……あ、あぁ……」 羞恥に震えるロロット。もしかして、なにか別のものがお尻から出てしまったと誤解してるのだろうか。 「そ、それなのに、こんなに気持ちいい……わ、私……どんどんおかしくなって……あぁ……おかしくなっちゃいますぅ……」 股間から太もも……膝小僧ですら、愛液が滴り、ロロットは凄まじく感じている。 異物からの開放感が安堵となり、それが快感に転化したのだろう。 「違うって! 僕のあそこが、出ただけだから……」 「え……本当、ですか? よ、よかったぁ……♡」 「あ、あんなにエッチな声だして……そんなに気持ち良かったの?」 「頭の中……真っ白に、なって……もう、何も考えられなくなっちゃいました……」 ヒクヒクと疼くアナルは、あんぐりと口を開けて、まだ物欲しそうにしている。 「ロロットだけ……ずるいっ」 その開いた肛門にペニスをねじ込む。 「あっ……あがっ……はっ!」 相変わらず窮屈で狭く、僕のペニスを搾りあげる。 「は……くっ! くふっ……うっ、うぐっ……ぐう」 柔らかく温かい部分が優しく包み込んでくれる反面、入り口がとても厳しく刺激をしてくる。 「う……ううっ、ふうっ! うっ……うっく、くうん!」 「あ……くっ!」 (――す、すごいですっ! 漏れそうなのがずっと続いて……くっ、くふっ、苦しッ! け、けど……っ) 「ああっ! おちんちんがっ、いっぱい……! 気持ちぃトコ、あがっ、当たって! ひいっ! 」 「はっ、はっ、はっ! はくっ、くっ、くうっ、うん! うう、うう、うっ、うぐ〜〜ぅっ、はっ、はぁ、はぁ!」 歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべるロロット。 けど、抽送を繰り返す度に、股間からとめどなく愛液を噴出させていた。 「はん、あん、はくぅっ! うっ、お尻、は! すごひっ、はっ! はぁ、あぁ、あんっ、んっ、んぐ、ふぎっ!」 「はふ、あふっ、ふぅ、うん! おちんちん、いっぱいお腹っ、ゴスゴスしてきて、はっ、はっあ、あ!」 膣と違って全体を擦りあげるというより、気持ちいいところを局地的に搾りあげてくる。 搾りだされた精液と我慢汁が潤滑剤となり、白く泡立ちながらアナルの抽送を手助けする。 「はっ、はっ、はげしっ! ひ、ひっ、ひふっ、う、う、うう〜〜んっ、く、くふっ、ふぅ、うう」 腰をうちつける度に、結合部がむわっと蒸れた熱気に包まれる。 なによりロロットのお尻の中が火傷しそうなくらいにあつい。摩擦で更に熱が籠もってくるっ。 「ひゃう、うう、うん、うん! うっく、あつっ、つっ! お尻、熱いでふっ、は、は、はあ! 熱いッ」 剛直のペニスをぎゅうっと締め付け拘束をする。それから逃れたくても、精の道筋が阻まれている。 もう、このままペニスがアナルの外に躍り出れば、即座に射精をしてしまうことだろう。 「ひゃはっ、は、は、もうっ、もう、もうだめっ、へっ、ふぁはっ! あ、ああくっ、お尻んっ、気持ひっ」 「ロロット……そんなに締め付けたら……ああッ!」 けど、ロロットのお腹へ射精したい想いしか、僕の脳裏には残されていなかった。 「だ、だめだ……も、もうそんなに締め付けたって……!」 「はぁっ! あがっ、はあはあ、ああん! ん、んんぐっ、ぐう、うう、うう〜〜っ! うん、うんっ、ふうんっ!」 精液の加速が、ロロットの肛圧を押し切り―― 「射精るっ」 ドッッッックン! 「ひゃはッ!!」 ドビューッ! ビュクーッ! 「あーーっ! んあーーっ! あはぁーーっ!」 ロロットの肛内に向かって容赦なく発射される精液。 どんどんとお腹の中へと蓄えられていく。 「あ……あ……! お、お腹に、いぎっ! たぷっ、ぷっ、ぷくっ……って、射精て……ま……」 「あ……くっ! くふっ、精液……ビシャッて、あ……ああ……私の中に……あがっ、かっ! かかって……くふっ」 ドク……ドク……ドク……。 「ま、まだ射精て……まふっ、う……ううっ、はぁ、は……ぁ……っ、あっく……くふっ……ふぅ……」 「ふぅ……っ、う! ふぅ、う……うう……う……お腹にいっぱい、精液、おちんちん……うぐぐ……」 拘束具に締め付けられたままする射精の余韻は、痺れるように続く。 痛々しいほどに気持ちのいい、敏感になりすぎたペニスを、ロロットのアナルが容赦なく搾る。 「はぁ……っ、はぁ……っ。ロロット、抜くよ?」 「は、はぃ……うう……」 僕は快感の坩堝から、ペニスをじわりじわりと引き抜いていく。 「ん、んく……くあ……あ、ああッ!」 そして、ぬぶるん……という粘液のまみれた白濁音に促され、ようやくアナルの支配から逃れることを許された。 「あ、あぐっ」 ビュッ、ビュッ! その開放感に、僕のペニスからまた精がほとばしる。 ロロットの尻肉が更に白く塗り上げられていく。 肛門からも精液が噴き出し、だらしなく垂れ下がっていた。 「はっ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜。あぁぁ〜〜〜〜ッ」 そしてロロットも、今まで我慢してきたものからの解放に快感を禁じ得ない。 窮屈なアナルを犯していた肉厚なペニスが出てくると、ロロットはスッキリとした笑みを浮かべ大きく息を吐いた。 「はぁ……あぁ……あぁぁ〜〜♡」 体全ての力が抜け、ロロットは腰を震わすこともなく、股間から小水を垂れ流す。 崩れ落ちる体をしっかと抱き留めた。 軽くて柔らかいロロットの体。 熱を帯びて汗ばみ、女の子のいやらしい匂いばかりを漂わせるロロット。 僕の匂いも、いっぱい染みついている。 「ん……んちゅ……ちゅうっ、っぷ……ちゅぷぅ……んっ」 頬に手を添えて、優しくキスをする。 「はぁ……はぁ……ロロット……好きだよ……」 「私も……たくさんいっぱい、大好き、です……♡」 「ごめん。なんかいっぱい射精しちゃって……」 「いいえ、いいのです。これで、あぁ……どこもかしこも、会長さんでいっぱいになっちゃいましたもの……」 「おなかの中が凄く……温かくて、なんだかホッとしちゃいますね……」 「これでもう……ずっと……寂しく、ない……です……」 ロロットは優しい微笑みを浮かべたまま、僕の腕の中でゆっくりと目を瞑る。 「お疲れ様……でした……はぁ、はぁ……おやすみ、な、さい……」 そして、あっという間に寝てしまっった。 「アゼルさん、到着しましたよ」 「ああ、ありがとう……」 「もう、動いても平気なの?」 「ああ、なんとか歩けるようにはなった。心配をかけてすまない」 「あんまり無理しないでね」 「……で、さ。アゼルは……その、いつ天界に帰るの?」 ちらり、とロロットを見やる。 「聖夜祭……」 「ロロットから、噂はかねがね聞いている。とても楽しい催しであると」 「せっかくだ……それを体験してから、戻るつもりだ」 「そっか……それは責任重大だっ。ね、ロロちゃん」 「えっ……ええっ! そうですね! 腕がなりますー!」 「けど、寂しくなるわね。せっかく仲良くなれたのに」 「しょうがないよ。けど、元気になったらまた――」 「すまないとしか、言いようがない」 「元々、人間界に天使は足を踏み入れてはいけないのだ。それに私は警戒されて然るべき存在」 「再び戻って来られる可能性はない」 「何を言ってるんですか、アゼルさん!」 「大丈夫です! 天界できちんと反省すれば許してもらえますよ!」 「そう……大丈夫……大丈夫なのです……っ」 「そーそー。ロロちーくらい鈍くさい天使が人間界に来られるんだもん。アゼルならよゆーよゆー」 「んな!? それはどういう意味ですか、オマケさーーん!」 「とにかく、私達の大切な思い出を作るべく、聖夜祭は盛り上げていきますよー!」 「うん。アゼルが天界でも寂しくならないようにね!」 「寂しくて、泣いちゃダメですよ」 「な、なにを言うっ。私がそんなこと……」 「くすくす……じゃあ、楽しい聖夜祭を心待ちにしているアゼルさんに、大役を任せちゃいますね!」 「……これは?」 「アドベントカレンダーです」 「この『20』という窓を開いてみなよ」 「じゃじゃーーん! 七面鳥の丸焼きが登場してきました〜〜」 「おお……」 「聖夜祭でも、きっと美味しいものが食べられるはずです!」 「うわーーい!! 美味しいもの食べたーーい!!」 「このカレンダーにある窓を毎日開くことで、聖夜祭までの間を待つのですよ」 「そうか。残りは、あと6日か」 「次も開けたくなるよねー。早く明日にならないかなーって」 「ふふ……そうなると、聖夜祭まであっという間に過ぎてしまいそうだな」 「……っ。楽しみにしていて下さいね!! 聖夜祭!!」 「ああ、楽しみにしている」 アゼルと過ごす最後のイベント……これはなんとしてでも、大成功を収めなければっ。 「よ〜〜っし。じゃあ、僕は家でさっさと衣装の残りを片付けてくる!」 「はい♪ アゼルさんのことは、私に任せといて下さいっ」 「うんっ。何かあったら、電話してね。すぐ駆けつけるから」 「ありがとうございます、会長さん!」 「睦まじいな」 「二人は恋人同士だもの」 「いつも幸せそうだよね〜。羨ましいなー」 「で、カイチョーはいつお家に帰るの?」 「おい、天使。制服の裾をつかまれちゃ、いつまで経っても魔王様は帰れねーぜ」 「とりあえず、のろける前に聖夜祭ッ。別れを惜しむ気持ちはわかるけどさ――」 「また会えるんだから」 「また……会える……」 「そ、そうだったね。あははっ じゃーロロット、またね!」 「お帰りなさい、ロロット!」 「くすくす。まだここはお家じゃありませんよ」 「アゼルさんの具合は……どうでしたか?」 「そのことで私……エミリナに謝らなくてはいけません」 「天界に戻ろうと思っています」 「ど、どうしていきなりそんなことに!? あそこまで覚悟を決めていたはずなのに……」 「だから……ごめんなさい。エミリナの想いを裏切ってしまうようなことを……」 「やはり……アゼルさんのこと、ですか?」 「アゼルさんを一人で天界に戻らせるなんて……心配なんです」 「人間界であれば、会長さん達が側にいてあげられます。けれども――」 「だったら私が……私がアゼルさんの側にいます! そうすれば、ロロットは会長さん達と一緒にいられるじゃないですか!」 「ありがとう、エミリナ……けど、その責任をエミリナに押しつけるなんてことは出来ません」 「けど、わかっているのでしょう? 無断で人間界へ向かうのは大罪に値する……」 「私はもちろんのこと、ロロットだって……アゼルさん同様に罪を問われるのですよ!?」 「大丈夫ですよ。私は天界の落ちこぼれですから、あまり見向きもされませんって」 「違います! そういうことではありません!」 「その罪を償う方法が、もし……」 「人間界へ二度と足を踏み入れてはならないということだったら、どうするのですか!?」 「本当は……」 「本当は……わからないんです……」 「どうすればいいかなんてことは……わからない……」 「こんなにいっぱい何かを知って、こんなにいっぱい経験しても……」 「だれかと別れてしまうなんてことは……私には……っ、どうすればいいのか……わからない……」 「それならば、シン様にお話ししてみてはいかがでしょうか?」 「お嬢さまは、今までそうして来たのでしょう。ならば、それが一番の方法かと」 「会長さんに……」 「じいやさん! あなたはロロットと会えなくなっても、いいのですか……?」 「それはお嬢さまがお決めになることです。お嬢さまが選ぶ道を、私は全力をもって支援するだけでございます」 「さあ、どうぞ。お乗り下さい。悩むよりも動くのが、お嬢さまの素敵なところなのですから」 「おーい! ロロットー!」 「すみません、お待たせしてしまって」 「いやいや、嬉しいよ。こんな時間にまで会いに来てくれるなんて」 「ロロット……? どうしたの? 今日は、なんか上の空だけど……」 「もしかして、アゼルのことで……まだ、不安なことが!?」 「……ロロット? まさか、ロロットのことで……何かが?」 「天界に、戻ります」 「アゼルさん、エミリナと一緒に、天界へ帰ります」 「ど、どうして……? 前に帰らないって言ったのに……」 「ずっと前から……少し考えていたことなんです」 「リ・クリエは私が天界で知り得たものとは違う……天界に知れ渡っている知識とは全くの別物でした」 「特に今回のリ・クリエで起きたことをしっかり報告しなければ、再びアゼルさんのような方が現れてしまう……」 「もう二度と……このような事態を招いてはなりません。その為には、私自らが天界で真相をお伝えする必要があるのです」 「それに、アゼルさんのことが……やっぱり心配なんです」 「あのように疲れ切った体のまま罪を償うなんて……本当はとても心細いはずなんです」 「実際に起きたことを話しても、信じてくれるかどうかもわかりません。アゼルさんの言い分を理解してくれる天使は、天界にいないのです」 「その現場を目撃した私とエミリナ以外に、アゼルさんを守れる方がいないのです」 「私には、会長さんを始め生徒会の皆さんや、お友達がたくさん……そして、じいやとお爺さま、お婆さまがずっと側にいてくれました」 「だから、私も同じように、アゼルさんの側にいてあげたいんです!」 「私、帰ります……天界に」 「ロロットは心に決めたら一直線……僕はそんなロロットが大好きなんだ」 「だから、ロロットがそうしたいと思ったなら、そうするのが一番だよ」 本当はずっと一緒にいたい。離れたくない。 けど、ロロットの決意があまりにも大きな存在で。 それが、ロロットが大きくなったという成長を示していて。 それはとてもとても、喜ばしいことなのに。 大きな声で『いってらっしゃい』が言えないほどに悲しくて。 寂しくて。 それはきっと確証が持てないからだ。 「それに、もう二度と会えなくなるわけじゃないんだから」 再会を約束できないから、ロロットはこんなにも、心細い顔をしているのだろう。 「私……迷っています。心はそうでも、気持ちが追いついていません……」 「天使が人間界に足を踏み入れるのは禁忌とされています。私もまた、この禁忌の罪を問われることになるでしょう」 「そして人間界へ行くことを禁じられる可能性もあるのです……」 「もう、二度と……会長さんや皆さんに会えなくなるかもしれないのです!!」 だから、ロロットは踏み切れないのだろう。 「ううっ……ぐすっ……人間界での1年間……じいやとお爺さま、お婆さま……」 「生徒会の皆さんと暮らした学園生活……キラフェス、聖夜祭……楽しいことも辛いことも……全部、全部……っ」 「大切な思い出が、みんな……本当に思い出のまま……終わってしまうかもしれないのです……っ」 人間界で流れていたロロットの時間が、止まってしまう。 成長という名の代償はあまりにも大きく、彼女の幼い心と拮抗している。 「どうすればいいか……わからなくて……もうっ、私は……ひっく……ぐす……うぅ……」 だからって、悲しみに溢れてうつむいているのは、ロロットらしくない。 これほどの大役を、自ら志願するのだから。 「もっと胸を張って! 顔をあげて!」 「涙を拭くんだ、ロロット……」 「思い出して。ロロットは、ずっと今まで無茶なことばっかりやってきたんだ」 「だから、また会えるって……いつもみたいに元気で無鉄砲なロロットのままで……」 「それを僕は……ずっと信じているから。絶対に、また会えるって、信じてるから!」 「だから、悩まなくて……大丈夫、だから……」 僕もまた、涙を堪えきれず、それを隠すようにしてロロットを抱きしめた。 「いつでも帰っておいで……そしてまた、みんなで一緒に楽しい思い出を作ろうよ……」 「会長さん……会長さぁん……」 「うう……ぐずっ……ずずっ……ひっく……」 「そう……ですよね……悲しいことだと思うから、悲しくなっちゃうん……ですよね……」 そうなんだ。 これは別れじゃない。そう信じてさえいれば、本当は悲しくなんてない。 ロロットの旅立ちを素直に祝福したい。 僕は悲しみを抑え込むようにして、ロロットを強く強く抱きしめる。 言葉を交わせば、きっと涙が溢れて止まらなくなってしまうから。 「ひっく……ぐすっ、ずず……会長さん……」 「会長さんの優しさが……いっぱい伝わってきます……」 「だから私も……泣いてばかりじゃ……いけません、よね……」 しがみつく腕の力がどんどんと抜けていく。 もう頼ってばかりはいられない。自分の未来は自分で切り開いていく。 ロロットの体は離れていっても、心は離れずに。 「会長さん……どんなことがあったとしても、私――」 「絶対に帰ってきますから!」 「うん……っ、うん!」 「だから、また会えますようにって、おまじないをして下さいっ」 ロロットが僕の正面に立ち、瞳をゆっくりと閉じていく。 小さな体。 けど、今では初めて出会った時より、一回りも二回りも大きく見える。 「大好きだよ、ロロット」 「私も大好きです……♡」 そして僕は、ロロットの肩を抱き、唇を重ねる。 再会の誓約を込めた接吻を。 そしてロロットが天界でも元気でいられることを願って――。 ――ロロットとの別れまで、あと4日。 「ええっ、それって本当なの!?」 「ロロットさんも、アゼルさんと一緒に天界へ帰っちゃうの……?」 「ええ、そうなんですっ」 「どうしてか、教えてもらってもいい?」 「もちろん、いいですよ!」 「今回のリ・クリエで起きたこと。見てきたことを、天界にご報告するのです」 「天界で知られているリ・クリエは、現実のものと全く異なる存在でした」 「天界は安全でもなんでもない……我関せずといるだけでは、何の解決にもなりません」 「リ・クリエが天使に宿るという事態。もう二度と、起こしてはなりません」 「だから、私が戻って、それを伝えるのです。アゼルさんや、エミリナと一緒に!」 「そっか、そうだったんだ……」 「ちゃんと、帰ってくるんだよね!?」 「もちろんです、帰ってきます!」 「けど、天使はそう簡単に人間界へ来られないって聞いたわ!」 「大丈夫ですよ。私はちゃんと戻ってきます」 「そうだよ。こうして人間界にいるのだって、相当無茶したみたいだからね」 「だから必ず戻ってくる」 「シンはそれでいいの……? せっかく、その……付き合ったのに……」 「離れるだけで、別れるわけじゃないんだ」 「何度も言っているじゃないですか。すぐ戻ってきます。そしてまた、皆さんと一緒にいられるんですから」 ナナカと聖沙から不安の表情が拭えない。 僕とロロットが寂しさを押し殺して、わざと明るく振る舞っているのをわかっているのだろう。 言葉で綴るだけの約束。 けれども、そうしていなければ唇を噛みしめてしまうから。 「そこまで考えて、シン君と一緒に決めたことなら……」 「私達は仲間として、それを応援してあげなくっちゃね!」 「先輩さん……」 「そっか……今更、アタシ達が止めたところで、考えが変わっちゃう半端な決意じゃないんだよね」 「それに、私達が代わりになれるわけじゃないんだもの。だから、応援するしか……ないのね……」 「……っ。けど、ロロットさんがいなくなったら、書記はどうするの!?」 「それはシンちゃんが、書記の分までたくさん頑張ってくれるでしょう」 「理事長さん!」 「ジークフリート様や、カテリナ様にはもうお話したの?」 「い、いえ……お爺さま達にはまだ……」 「民子ちゃんと一緒に、きちんと伝えなさい」 「そうだ……リースリングさんだって、ロロちゃんと離れたくないはず……」 「民子ちゃんは、私なんかよりもずっと大人よ? 新たな門出を喜んでるくらいじゃないかしら」 「喜ぶなんて……」 「そう……。この別れは、悲しいことじゃない……。笑顔でお祝いしてあげなくっちゃ!」 「で、でも……っ」 「ほらほら。あまり私達がしがみついてたら、やっぱり帰らないとか言い出しちゃうかもしれないでしょ?」 「そそっ、そんなことはありませんっ。もう、もう……きちんと決めたんです……」 「生徒会の皆さんには、今までずっとお世話になりました」 「本当は、もっともっと……皆さんと一緒に生徒会活動をしていたかった……」 「皆さん、本当にごめんなさい。そして、今まで本当に、ありがとうございます!」 「途中でいなくなって、本当に……ごめんなさいっ。けど、私――」 「絶対に! 必ず! また生徒会に戻ってきますから!」 「ロロットさん……私達こそ、ありがとう」 「さよならは言わないよっ。さっさと用事済ませて帰っといで!」 「こっちのことは心配しないで大丈夫だからね」 「そうそう。シンが浮気しないように、厳しくチェックしとくから」 「そうね、ナナカさんをしっかり見張っていないと」 「……くすくす」 「ロロットちゃんがいつでも戻ってこられるように。私達みんなで、席をしっかり守ってあげなくっちゃね」 「よろしい! だが、諸君らの任務はまだまだ終わってはいないぞ」 「聖夜祭!」 「ああ! とびっきりの……」 「とっても楽しい聖夜祭にしましょうね!!」 「では、聖夜祭の成功を祈る!」 「今日も一日、お疲れさまでした〜」 「お疲れさまでしたー」 「すみません。少し用事があるので、お先に失礼いたしますね〜」 「ちょ……っ、ロロちゃん!?」 「用事って何なのかしら……」 「戻る準備とか、あるんじゃないかな?」 「お家の人にも話さなきゃ」 「けど、いいの? ロロちゃんといられる時間も、もうそんなにないってのに……」 「いや……今がまさにチャンスかもしれない」 「えっ……咲良クン、まま、まさか……浮――っ!?」 「僕、ロロットになにかプレゼントできないかなって」 「ロロットは……何をプレゼントしたら、喜ぶか。ちょうど、みんなに相談したかったんだ」 「プレゼントか〜〜」 「ロロちゃん、アンタん家のガラクタ大好きじゃん。そん中から、適当に見繕ってあげたら」 「そんなのダメよ!! もっとロマンチックなプレゼントをしてあげなくっちゃ!」 「そうは言っても……ねえ、シン」 「ロマンチックか〜〜。男の子が大好きな女の子にプレゼントすると言ったら、やっぱアレになっちゃうのかな?」 「アレとは、一体……」 「結婚……指輪?」 「けっ、けこっ、コケッ!?」 「ちょっと、先輩!! それは気が早すぎ!!」 「えっ、そ、それが普通じゃないの……? 付き合うって……」 「ククク……さすがリアちゃん。世間知らずなところが、超可愛いぜ!!」 「も、もおっ! パーちゃんったら!」 「……悪くない。むしろ素敵だと思うわ!」 「さすが、お姉さま……乙女心をしっかり理解しているわ……♡」 「聖沙ちゃんまでっ」 「先輩補正でそう見えるだけじゃないの?」 「そんなことないわ。エンゲージリングとはいかなくても、ペアリングなら『結びつきを強める』意味も含まれてるし」 「結びつき……」 「それに、いつも側にいられるもんね」 「指輪、か……」 「シン……指輪は結構、高いよ」 「けど、まあ……今はクリスマスで商店街も忙しいわけだし……」 「久しぶりにアルバイトでも、してみたら?」 「アルバイト……」 「帰りに天川のおじさんとこにでも寄ってって、聞いてみよ」 「もちろん、聖夜祭の準備が終わってからやるんだぞっ!」 「うん……うん! そうする!」 「じゃあ、私と聖沙ちゃんで、可愛い指輪が置いてるお店を探しとこうよっ」 「ついでにお姉さまとのペアリングも……♡」 「ええっと、それはまた次の機会に、ね」 「みんな、ありがとう……っ」 みんなの優しさが身に染みる。 そんな冬まっさかりの季節。 空にはまだ流れ星が降り続けているが、いつしかこの星が雪に変わるのだろう。 ――一方、その頃。 「すみませんっ。編み物の本って、どの辺りに置いてありますか?」 「えっ……編み物、ですか。あちらの方に置いてありますよ」 「無事、元気になられたようですね。おめでとうございます!」 「おかげさまで。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」 「いえいえ。無事にリ・クリエもなんとかできちゃいましたし、万事オッケーイ! です♪」 「くすくす……そのようですね。今はこの流れ星も、不幸の予兆ではなくなって、本当に良かったです」 「人間界では雪も降るんですよね?」 「私も初めて人間界へ来た時にびっくりしました。そして、とっても寒かったことを覚えています」 「なので、温かくなるように――」 「って、あわわ! この話は聞かなかったことにしてくださいっ。ではではー」 「……ロロットさん、熱心に何をしているのでしょう……?」 「編み物、ですか……」 「うふふっ。きっとあの人への、プレゼントですね」 ――ロロットとの別れまで、あと3日。 「いい? さりげなくよ。さりげなく!」 「やめときなって。どうせバレるんだから」 「ただいま戻りました〜〜」 「あれ? 皆さん、もう終わったんですか?」 「う、うん。もう、ほとんど片付いてるんだ」 「とすると、後は当日を待つばかりですね〜〜。楽しみです〜〜」 「じゃあ、咲良クン。私達はお先に失礼するわ」 「シン君。いくら二人きりだからって、生徒会室で変なことしちゃダメだぞ♪」 「ブフッ!!」 「なっ、今の反応はどういうことだいっ」 「な、なんでもないよっ」 「ほら、ナナカさん。行くわよっ」 「くすくす……皆さん、わざわざありがとうございます♪」 「あはは……やっぱり、わかっちゃったか」 「聖夜祭の準備では別々でしたからね。だから、少しでもこうやって……」 ロロットが寄り添ってくる。 「二人きりでいられる時間が欲しいです……♡」 「ロロット……その……」 「手を繋いでも、いい?」 「ええ……。どうしたんですか、改まって。いつも、繋いでませんでしたっけ?」 「も、もしや――!? 他にも手のつなぎ方があるのですか!?」 「い、いやっ。そういうわけじゃなくて――」 ううっ! さりげなく、さりげなくっ。 「えっと……えっとね! 今から幸せになるおまじないをします!」 聖沙に教えられたとおりにやれば大丈夫っ。 「ここに赤い毛糸があります!」 「これをこうして指に巻いて……」 「ま、まさか会長さん……」 「結び目にペンで印を……」 「ああ、見ちゃダメ! 見たら不幸になるよっ」 「ひえええっ」 「これで……よし!」 「じゃあ、一緒に帰ろうか!」 「ええっ!? 毛糸を巻いたままですよっ」 「ほら、僕にも巻いてあるから! じゃじゃーん!」 「よくわかりませんが……これで二人とも幸せになれるというわけですね」 「ふぅ……安心しました。てっきり私の――」 「私の?」 「あわわっ なんでもありませーーんっ」 「……といっても、一緒にいられるのは校門までなんだよね」 「すみません……。今日はどうしても、しなくちゃいけないことがありまして……」 「いいんだ、いいんだ。気にしないで。僕もちょうど用事があったから」 僕がアルバイトしてるってことは、内緒にしておかなくっちゃ。 ロロットをビックリさせてあげるんだ。 「帰ること。お家の人には伝えたの?」 「ええ。けど、帰ってくるってきちんと約束しましたし」 「お爺さまもお婆さまも少し寂しくなるって……でも、笑顔で許してくれて……」 「気をつけていってらっしゃいと、仰ってくれました」 「そっか。良かったね」 「リースリングさんは、どう言ってた?」 「じいやは……」 「お嬢さま。お帰りなさいませ」 「お嬢さま。指に巻かれた糸が解けておりますよ」 せっかくの作戦が台無しにっ!! 「会長さん、これでは幸せになるおまじないにならないのでは……?」 「そ、それは、ええっと……」 「無意識に解けることで、願いが叶うまじないもございます。ご安心ください」 プロミスリングとはちょっと違うけど……ナイスフォロー! けど、目的は完遂できず、か。 「ロロットから、天界に帰る話は聞いてますか?」 「もちろん、伺っております」 「さすがの私めも、天界までご一緒することは叶いませんが……」 「目を閉じれば、いつでも共におりますから」 「このリースリング遠山めの任務は、お嬢さまがいつでも戻られるよう、お部屋を綺麗に維持し、お食事の準備をしておくことでございます」 「ククク……強がってはいるものの、本当は寂しくて仕方がないんだぜ」 ひらひらと、一枚の紙切れが僕の眼前に舞う。 そのゆっくりとした動きに思わず息を呑んだ瞬間に―― 「ザクッ!!」 ナイフのオモチャが紙切れを貫き、パッキーの丸ボタンに刺さった。 よく見るとトランシーバーの形をしてる……なんだこりゃ。 「シン様。あまり無理をなさらぬよう、ご自愛下さい」 紙にはいくつかの数字、そして寸法が記されている。 これはもしかして、ロロットの――!? 「リースリングさん……ありがとうございますっ!」 「じゃあ、ロロット……また明日」 「はい♪ また明日。さようなら」 ロロットがリースリングさんと一緒に、とてとてと車へと歩いていく。 それを見送る僕。ロロットは振り返り、また手を振ってくるのだと思ったら―― 「会長さん♪」 「……ちゅっ♡」 いきなり不意打ちのキス!? 「ちょっ……こんなとこでっ。しかもリースリングさんが見てるじゃないかっ」 「大丈夫ですよ。もう公認なんですから」 「ごほん、ごほん、ごほん!」 「天界に帰るまでは、少しでも一緒にいたい。少しでも多く、キスがしたいです」 こつんと、おでこを重ね合わせる。 鼻の頭を擦り合わせるようにしながら、僕達はまた口づけをする。 「ん……ちゅうっ、ぷふわぁ……」 「……このままずっと時が止まればいいのに……」 「もし、そうなったらお腹が減ったらどうするの?」 「もうっ。私はそんなに食いしん坊じゃありませんっ」 「食いしん坊より、甘えん坊だ」 「だったらもう、甘えん坊がいいです……♡」 そのまま二人は、時間の許す限り、その場で抱き合っていた。 ――ロロットとの別れまで、あと2日。 「……ありがとうございましたっ!」 数日間、生徒会活動の合間を縫って、僕は放課後にずっと商店街へ立ち寄り、働いていた。 天川のおじさんやタメさんといった商店街の人達に紹介してもらったアルバイトが終了。 即席の日雇いだったけれども、みんながよくしてくれた。 そして応援もたくさんもらった。 なぜかみんな、僕達がリ・クリエをどうにかしたことを知っていた。 なぜかお給料で、その功績がサービスされていた。 もしかして……流星町には、ロロット以外にも天使がいたり、こっそり魔族が人間のように暮らしているのだろうか。 それとももう、僕達が抱いている気持ちと同じように、種族など関係ないことになっているのだろうか。 「まあ、先代のかみさんも天使だからな」 「え……? それって、僕の母さんが天使ってこと?」 「あれ、言ってなかったっけか?」 「初めて聞いたよ!!」 この世界には、まだまだ僕の知らないことがたくさんあるらしい。 この調子であれば、ロロットが戻ってきてから、一緒にまた冒険が楽しめそうだ。 なけなしの貯金を全て崩し、お金の入った茶封筒を握りしめ、僕は聖沙に教えてもらったお店に向かう。 「すみません……この指輪。サイズは――」 ロロットへ贈る僕からのクリスマスプレゼント。 ――銀製のペアリング。 慌ててお金を用意して、間の抜けたサイズの測り方をして、なんとか辿り着いた限界ギリギリのプレゼントだ。 これさえあれば、二人は遠く離れていても、いつでも繋がっていられる。 教えてくれた生徒会のみんな……本当に、ありがとう! この貴重な数日間……出来る限りロロットと一緒にいたかったのだけれど。 これで永遠に会えなくなるわけじゃない。 再会を信じてるからこそ、お互いに離れることが出来ていた。 僕がこうしている間、ロロットは一体何をしていたのかな……? 「どうですか、じいや? このようにすればよろしいですか?」 「ええ、バッチリでございます。あとはこのように……」 「ほほ〜〜。こうすることで、きちんと形にすることが出来るのですね」 「これがお嬢さまのトレードマークですから、しっかりと作り込まなくてはなりません」 「皆さん、喜んでくれるでしょうか……」 「それは、もちろん。それにお嬢さまの手作りと聞いて、皆様はびっくりされることでしょう」 「ちょっと、じいや。それじゃあ、私が全然できないって思われてるってことじゃないですかっ」 「ふふ……だからこそ、内緒にして皆様を驚かせようとしているのでは?」 「ええ、その通りです!」 「本当に……お上手になりましたね」 「じいやが一生懸命教えてくれたからですよ」 「さて、ラストスパートいきますよーっ」 「お嬢さま。疲れた時のハーブティは、このリースリング遠山めにお任せを」 「ありがとうございます、じいや♡」 「ロロットは何をしているのだ?」 「お世話になった皆様にプレゼントをするそうですよ」 「ふむ。それでずっと毛糸と格闘していたのか」 「興味があるようでしたら、お二人もお嬢さまに教えてもらってはいかがでしょう?」 「わっ、私がですかっ!?」 「それは名案です! アゼルさん、一緒に編み物が出来るようになりましょう!」 「私は遠慮しておく」 「大丈夫ですよ。私もやり始めた頃はとても下手っぴだったんです」 「だ、誰もアゼルさんが下手だからとは言ってませんよっ」 「あらら、そうでした。すみませーん、てへっ」 「まったく…… しかし、天界での暇つぶしには、もってこいかもしれないな」 「お嬢さま。このリースリング遠山、お嬢さまと楽しい日々を過ごせるまで、ずっとお待ちしております」 「ええ。その頃には、じいやがきっとびっくりするほど上手になって帰ってきますね!」 「ふふふ……楽しみにしております」 ――ロロットとの別れまで、あと1日。 「オーライ、オーライ!」 「うわ〜〜。おっきな照明ですね〜〜」 「ヘレナさんが九浄家の財力を侮るな! とか言って、大枚をはたいたみたいだよ」 「まったく……この塔を見せ物かなにかと勘違いしているのでしょう」 「だって〜〜。せっかくリ・クリエも無事に終わったんだし、パーッと盛大にお祝いしたいじゃない。パーッと!!」 「いつもそれを理由につけて飲んでばっかりじゃないですか!!」 「今日は、特別なの!! ねえ、シンちゃん♪」 「聖夜祭ですからね!」 「ねえねえ、仮装の衣装はどうなってるのかしら?」 「希望者の方を受付で募っていますよ。僕達の力作がズラリとありますんで、お好きなのをどうぞ」 「特にオススメは、バニーガールとかですね」 「あら! メリロットに似合いそうだわっ」 「絶対に着ません!」 「うふふ♡ じゃあ、シンちゃん……本番を楽しみにしてるわね」 「はい! ではまた後で」 「お二人とも、めいっぱい楽しんで下さいね〜〜」 「そっちもね!」 「ではまた」 「ねえ、ロロット。今日はもう……聖夜祭まで、何も用事ない?」 「ええ♪ 今日はずっと……一緒です♡」 「よ、よーし! じゃあ、今日は最初から最後までずっと一緒だっ! 早速、次の準備に取りかかろう!」 「はーい、レッツゴーなのですー♪」 「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、ス――」 「わああっ!!」 「あきまへんえ、リーア。リズムが乱れてはります」 「先輩さ〜〜ん!!」 「あ、あれ? 二人して抱き合って……」 「何勘違いしてはりますの。これはダンスの練習どすえ」 「別に変な意味で言ったんじゃないですよっ」 「ただ、お二人の技術をもってすれば、もっと華麗に踊れるはずと踏んでいたのですが」 「どないに上手なお人やったとしても、たまには失敗くらいするもんやし」 「そう言う二人は、ちゃんと踊れるようになった?」 「えへへ〜」 「そないに難しいことはやりまへんし、今からでも練習しはったらよろしいんとちゃいますの?」 「それは名案です!! じゃあ、会長さん、早速始めましょうっ」 「う、うんっ。けど、僕……踊りのことはよくわからないし……」 「目の前に素敵な先生が二人もいらっしゃるじゃないですか!」 「二人……なぁ」 「も、もぉ! 私だって、ちょっとくらいなら出来るもんっ」 「ちょっとだなんて、謙遜しなくても」 「くすくす。ほな、ロロットはん。お手を拝借」 「会長はんが嫉妬しはるから、手短にな」 「妬んだりなんか、しませんよっ」 「心配しなくても大丈夫です。私の心は会長さんでいっぱいですから」 「おやまあ。お二人はんとも、アツアツでよろしおすなあ」 「あはは……ごちそうさま」 「だ、だから嫉妬してないってば……」 「ほんなら、会長はん。リーアとペアを組んでおくれやす」 「それはストップです!」 「会長さんは、私がマスターした後にたっぷり教えてあげますから」 「くすくす……ロロットはんの方が、嫉妬してはるようどすな」 「ななっ!? 違いますってば〜〜っ」 「ほらほら、彩錦ちゃん。からかってると時間なくなっちゃうよ」 「そら堪忍な。早速、いちにのさんで始めますえ」 「わ、わわっ。足が、足がーーっ」 「ふぇぇ〜〜」 「あら〜〜」 「まだ始まっとらへんよ」 「これは来年の聖夜祭まで、ダンスはお預けかな」 「もう! 大丈夫ですってば! 絶対にこなしてみせますから!」 「そうは問屋が卸してくれませんでした……」 「本格的にやらなくても、音楽に合わせてノリノリに踊れば大丈夫だって」 「なるほど、ノリノリですね!」 「あら、咲良クンにロロットさん!」 「聖歌隊の準備も順調みたいだね」 「ええ、もちろん! 私にぬかりはなくってよ」 「エミリナさんにも、ちゃんと教えてくれた?」 「はい! この歌、とっても気に入ってましたよ!」 「そう、良かったわ♪」 「あれ、巫女さん。どうしたのですか?」 「それがし……このように線の細い歌は、ちと苦手で」 「何を言ってるの。あなたには、ソプラノのリーダーをお願いしてるんだから」 「な、なんと!! それがしに恥をかけと!?」 「恥ずかしいと思ってるから、恥になってしまうのです」 「恥はかきすて世は情けと、よく言うじゃないですか!」 「言いませぬ!」 「あれ、おかしいですね」 「ガイドブックは慣用句の誤用が多いもんね」 「そ、そうだったんですかー」 「くすくす。咲良クンみたいな反応しちゃって」 「ちなみに、こういう場合はどう表現するのでしょう」 「う、う〜ん。がんばれ! かな」 「それ、慣用句じゃないわよ」 「大丈夫です。いくら音痴で歌が下手っぴでも、巫女さんならきっと出来るはずです!」 「というか、勝手に下手と決めつけないで下され〜〜っ!」 「そういうロロットさんこそ、ちゃんと覚えてるの?」 「もちろん、バッチリです! 一語一句、しっかり記憶しておきましたっ」 「それであれば、天界へ戻られても天使の皆様にお聞かせすることが――」 「し、紫央っ」 「あっ……!」 「巫女さん……それはいいアイディアですね!」 「うん。人間界の歌だって、自慢しちゃいなよっ」 「お、お二人とも……」 「……そうよね。ロロットさんは、帰ってくるんだから」 「じゃあ、エミリナさんとアゼルさんが大合唱できるようにしておかないといけないわね!」 「エミリナはともかく、アゼルさんは全然覚えてなさそうでしたけど」 「もう、あの子ったら!」 「あはは、アゼルはロロットのいうことしか聞いてくれないからね」 「だったら、ロロットさんが天界でしっかり叩き込んでおくのよ」 「来年の聖夜祭で、もっともっときれいな歌声が響くように!」 「わかりました、隊長!」 「さて、スイーツ同好会は……」 「おや……? いい匂いです〜〜」 「あ、シン君だーー」 「ケーキ作り、うまくいってる?」 「もちろん、バッチリー♪ なんといっても、スイーツの専門家が事細かに指示してくるからねー」 「さっちん! 口動かさないで、手を動かす!」 「いらっしゃい、二人とも」 「あれ? 会計さんは、ケーキを作らないのですか?」 「あ、アタシは……不器用だからお手伝いを……」 「さっちんの方が器用じゃないと思うけど……」 「そうだっ。ロロちゃんも作ってみる?」 「もちろん! その為に来たのですから!」 「本当にぃ〜? 実はつまみ食いがしたくて来たんじゃないの?」 「えへへ〜。会計さんには敵いませんね〜」 「じゃあ、ロロちゃんもさ。さっちんが作ってくれたスウィーツを味見しようよ」 「ええ、是非是非!」 「じゃあ、僕もっ」 「俺様は遠慮しておくぜ」 「大賢者の勘ってやつさ」 「そんなこと言わないで、私達と一緒に人柱となりましょうよ〜」 「それ、意味わかって言ってんのか?」 「はーい、お待たせー。試作品第一号の完成だよー♪」 「第一号!? 事前に練習しなかったの!?」 「もちろん! だけど理論上はうまくいく、はず!」 「おお〜。見た目はアレでも、食べてみればなんとやらというパターンですね」 「ちなみに味見はした?」 「お客様に出すものをつまみ食いはできないよー」 「言わんこっちゃないぜ」 「けど、僕はナナカとさっちんを信じるよっ」 「では、いただきまーす♪」 「ご愁傷様だぜ……」 「あははー。失敗失敗ー。ちょっとアレンジしたのがいけなかったかなー?」 「さっちん! 言った通りにすれば出来る子なのに何故!?」 「けど、ナナちゃんも出来ないでしょ?」 「うぐ……っ。けど、このままじゃ聖夜祭が始まっちゃう、なんとかせねば!」 「まったく……見てられないわね」 「今こそ、クルセイダースの出番……かも?」 「おお、助っ人が!! 皆さんの力を合わせれば、きっと出来ます! 大丈夫です!」 「よし、時間はギリギリまで頑張ろう!」 これがきっと、流星生徒会として。 流星クルセイダースとして、最後の活動となるかもしれないのに。 そうとは思えないほど、ごく自然かつ当たり前のようにみんなが一つとなる。 今まで培ってきた絆の強さを目の当たりにした瞬間だった。 準備は万全に整い、そして―― ゆっくりと、空から光が落ちていく。 代わりに、フィーニスの塔を取り囲む照明の数々に明かりが小さく灯る。 間もなく、僕達の聖夜祭が始まりを告げるのだ。 そして、エミリナとアゼル―― ロロットにさよならを告げるのだ。 「お待ちしておりましたよ!」 「遅れてすまない」 「平気です。それより、お体の方は大丈夫ですか?」 「ああ。横になりすぎて、少しなまっているくらいだ。少しリハビリをしておけばよかったな」 「大丈夫ですよ。ロロットが学校に行っている間は、一緒に歌の練習をしていたわけですし」 「そ、それは内緒にする約束だったではないかっ」 「だって、こんな素敵なこと、隠してはおけませんもの♪」 「もしかして驚かすつもりだった?」 「そ、そんな子供じみたこと、するはずがない」 「くすくす。きっと、副会長さんも大喜びですよ。この歌も天界へのお土産の一つにしちゃいましょう♪」 「素敵な思い出も、是非お土産にしていってね」 「ダメですよ、エミリナ。今日は笑顔がい〜っぱい詰まった思い出にするのです」 「ご、ごめんなさいっ」 「聖夜祭、いっぱい楽しんでいってね」 「空は……まだ、星が流れているのか?」 「敷地内はまっくらなんですけど、流れ星のおかげで明るいから、目的地がすぐにわかるんです!」 「フィーニスの塔へ……リ・クリエはまた回帰するのだな」 「フィーニスの塔は、やっぱり」 「あのメリロットという司書が言うには、未解明の部分がたくさんあるという」 「リ・クリエの起源……私が学園に導かれたのも、塔を中心としていることにあるはずだ」 「また、三界を跨ぐ巨大な柱とも言われている。もしかしたら、地上はおろか地下にまで続いてるのやもしれんな」 「どれも伽の話として伝えられているものばかりだが」 「実際のところ、わからないことだらけなんだね」 「謎だらけの塔……わくわくっ。いつか冒険してみたいです!」 「フィーニスの塔を……か?」 「きっと最上層には、お姫様が囚われていたり、凄いお宝が眠っているのかも!」 「おお!! これは絶対に行かなければいけませんね!」 「テレビゲームのやり過ぎだ」 「微笑ましい顔で、夢のないツッコミしないで下さいよぅ」 「ロロット……。帰還の件は……本当に、すまない」 「大丈夫ですよ。ちょっとくらい、人間界をお留守にするだけですから」 「お留守番は、このリースリング遠山めにお任せを」 「じいやもほら! 変なポーズしてないで、一緒に行きますよっ」 「なぜ僕に銃を!?」 「いわば、お嬢さまと一心同体の身。お嬢さまの代わりに、その口を――」 「ほうら! 早くしないと、オープニングを見過ごしちゃいますよっ」 ずるずるずる……と、リースリングさんが引きずられていく。 加速をすると宙にまで浮いていた。 ああ、僕はいつもあんな感じでロロットと一緒にいたんだな……。 大勢の人だかりが出来てはいたものの、まだ照明が完全ではない。 みんなが今か今かと待ちわびている。 「そりゃ開幕の合図する人が来ないとねえ」 「あら……? いつも放送は副会長さんのお役目じゃなかったでしたっけ?」 「ロロットさん。マイクを使ってお喋りしてみたいと思った時は?」 「ええ、もちろんありますよ! それこそ、毎回強奪したい気持ちに!」 「けど、それをしたら副会長さんの立場がなくなっちゃいますし……」 「ご安心を! それ以外にもちゃんと役割があるんです!」 「ロロットちゃんの合図で、聖夜祭が始まるんだよ」 「え……本当にいいのですか?」 「ほらほら。みんなが首を長くして待ってるぞう」 「がんばれ、ロロット!」 「ただいまより、流星学園聖夜祭を開始いたします!」 楽しい時間というものは、瞬く間に過ぎていってしまう。 聖夜祭のプログラムが一つずつ進んでいくうちに、空から流れ星が一つ。 また一つ。 空に消えたまま、再び姿を現すことがなくなっていく。 やがて空は、聖夜祭のイルミネーションの光に圧され、満たされていく。 いつしか空には、流れ星が見えなくなっていた。 それはリ・クリエの終わりを告げると共に、聖夜祭の終幕をも告げるものだった。 間もなくロロットは、思い出をいっぱい抱えて天界へと帰るのだ。 別れの時が、刻一刻と迫る。 「もう、終わりなんですね……」 「会長さん……もう一度だけ、私と踊っていただけませんか?」 「いいよ、もちろん」 穏やかな後奏と共に、 この後、ロロットが天界へ帰るということが、まるで嘘のように。 すぐ側で、僕の腕の中で笑っているのに。 こんなにも、近くにいるロロットが―― 僕の前から、いなくなってしまうなんて。 とても 信じられないくらい―― 僕の中は、ロロットでいっぱいに満たされていたのだ。 「私も……会長さんでいっぱいです……」 「楽しいことも、嬉しいことも。悲しいことも、辛いことも。会長さんや、皆さんと過ごしてきた毎日が、いっぱい詰まっています」 「本当に……どう感謝をすればいいか……わからなくて」 「いいんだよ、そんなことは……。僕達だって、ロロットにいっぱい元気を分けてもらったんだから」 「皆さんに、さよならを言わなければ」 聖夜祭が終わった後も、生徒会のみんなやロロットと〈縁〉《ゆかり》のある人達が残っていた。 アゼルの意向通り、天使達は聖夜祭を終えた後に、天界へと戻る。 もしかしたら、最後になるかもしれない。 しかし、誰一人として再会を疑わない。 それでも、今までずっと一緒にいたはずの存在がいなくなることは、少なからず寂しさがつきまとう。 また会えるとしても、ロロットとの時間はここで止まってしまうからだ。 「ロロちー、本当に行っちゃうの?」 「悲しむことはありませんよ。すぐに帰ってきますから」 「本当に? 本当なんだよね?」 「天使に二言はありません。信じていて下さい」 「よしよし、泣かないの」 「けど、けどぉ〜〜っ。うわああああんっ」 「もう……そんなに泣かないでサリーちゃん。アタシも……我慢、出来なくなっちゃう……っ」 「会計さん……」 「ロロット殿……胸をお張り下され。天使といえば、天界からの使者と申します」 「人間界のこと。よろしく伝えてちょうだいね」 「……はいっ。任せて下さい!」 「うちらはもうすぐ卒業やし、学校で会えるかわかりまへんけど……」 「それでも、ずっとお友達でいようね♪」 「もちろんですっ」 「帰ってきたら、また一緒にスイーツ食べ歩きしようねー」 「ええ! 楽しみにしています!」 「離れてみて初めてわかることもあります。別れを全て否定的に受け止める必要はありませんよ」 「会うという楽しみも増えるわ。だから悲しいことじゃない」 「やはり大人ですね、お二人は」 「そんなことないわ。口ではこういってても、寂しいものは寂しいもの」 「しばらく寂しくなるわね。お互いに」 「平気です。エミリナもアゼルさんも一緒ですから」 「けど忘れないでいて下さい。たとえ離れていても、あなたを想う人達はこんなにもいるのですから」 「このリースリング遠山。涙というものは、とうに枯れたものだと思っておりました」 「けれども、お嬢さまと出会ってからというもの、自分が次第に変わっていく……」 「この変化は喜ばしいことだというのに」 「今はこの感情のせいで……お嬢さまと離れたくないという気持ちが抑えきれず……」 「溢れてきてしまいました……っ」 ロロットがふんわりとリースリングさんを抱きしめ、その頭を優しく撫でた。 「私が一人で寂しくて泣いていた時、じいやがいつもこうして私を慰めてくれましたよね……」 「じいや、あなたにも理事長さんや司書さんといった素敵なお友達がいます」 「そしてお爺さまやお婆さまも……みんな、じいやのことも家族として想っていて下さいますよ」 「ちょっとの間だけ……寂しい想いをさせてしまいますが、待っていて下さい」 「そしてまた、じいやと一緒に暮らせるように……私、頑張ってきますから!」 「お嬢さま……っ、お嬢さま……っ」 ロロットは懐から、毛糸のマフラーを取り出し、嗚咽に震えるリースリングさんの首に回した。 「こ、これは……っ」 「じいやは、あまり驚かないでしょうけれど」 「こ、この色は無かったはず……いつの間に……」 「くすくす。こう見えても、じいやの隙はちゃんとチェックしていたんですよ」 「このリースリング遠山の目をかいくぐるとは……」 「こちらはお爺さまとお婆さまとお揃いですから。皆さんで仲良くつけて下さいね」 「ありがとうございます……一生の宝物にいたします」 「ロロット、これを皆さんに」 「いい加減、重いぞ」 「あわわっ、ごめんなさーい」 ロロットの元にエミリナとアゼルがかけより、紙袋を手渡した。 「私から……今までお世話になった皆さんに、プレゼントがあるんです!」 紙袋から、様々な色の毛糸が飛び出した。 それらは全てマフラーの形をしており、豚のマスコットがオマケについていた。 もちろん、それはトントロを象ったものだった。 「はい、会計さん」 「これって……」 「副会長さんにも、どうぞ♪」 「手編みのマフラー!?」 「先輩さんには、こちらです」 「え……これ、私の分……?」 「オマケさん。涙をこれで拭いたら、ダメですよ。ちくちくしますから」 「ロロち〜〜。ロロちぃ〜〜」 「さっちんさんのもありますよ」 「わーい、ありがとー!」 「もちろん、巫女さんにも」 「それがしにまでお贈りいただけるとは……感激の極みにて候!」 「御陵さんには、ちょっと子供っぽいでしょうか……?」 「そないなことありまへんえ。おーきにな。大切にしますさかい」 「けど、さすがにお二人は……」 「何言ってるの。私達だって、まだまだ若いわよねえ?」 「ごほんごほん……」 「全て皆さんのことを思い浮かべながら作りました。きっと、その気持ちがいっぱい込められてると思いますっ」 「ロロちゃん……これ、大事にするね!」 「ああ、なんて可愛らしい……♡」 「くすくす。このマフラーがあれば、すぐにロロットちゃんの顔が浮かんできそう」 「ありがとうね♪」 「いえいえ。皆さんに喜んでいただけたようで何よりです」 「ククク……さすがだぜ、天使。肝心の魔王様を焦らすとはな」 「もう、そんな意地悪を言うパンダさんにはこうです!」 「ムギャッ!!」 「くすくす。パンダさんには、ちょっと大き過ぎたかもしれませんね」 「ぐ……ぐるじい……」 「会長さん……お待たせいたしました」 「い、いやっ、そんな……」 「会長さんのは、少し特別なのです。よいしょっ、よいしょっ」 「じゃじゃーん。どうぞです〜〜」 「あ、あれ……僕のだけ、みんなのマフラーとちょっと違う」 長さが普通のマフラーよりも一回り大きい。 「何重も首に巻けってことじゃない? こりゃ温かそうだね」 「まったく、ナナカさんにはロマンの欠片もないのね」 「これは天界まで届くようにと願いを込めて作られたのよ……」 「うう〜〜ん。惜しいですよ、副会長さん。ちょっと違います」 「きっとね。このマフラーには、ロロットちゃんの分が含まれているんだよ」 こみ上げてくるもので胸が一杯になる。 「しばらくの間、マフラーは長いままですけれど……いつかこれを二人で使える日が来るはずですから」 「ロロット……その日を楽しみにして、大事にとっておくよ!」 僕はマフラーを握りしめた手で、そのままロロットを抱きしめた。 「えへへ……会長さんは、マフラーがなくてもポカポカです……」 「ロロット……ありがとう。今までずっと……一緒にいてくれて……ありがとう」 そのままずっと抱き合っていたい気持ちが募る。 けれども、僕達はここまで涙を流すこともなく、耐え抜いてきたんだ。 離れることの辛さを押し隠して、顔を合わしているうちは笑顔のままで。 そしてまた会うときも、笑顔でいられるように。 「皆さん、今まで本当にありがとうございました」 「こんなに良くしてもらって……。こんなに素敵な方達に囲まれて、私……本当に幸せでした!」 「これでもう……思い残すことはありません」 「待って、ロロット!」 「僕からも……実は、プレゼントがあるんだ」 「ロロットに贈るなら、これが一番だと思って……」 僕はポケットに忍ばせてた小箱を取り出した。 蓋を開くと出てきたのは、照明に照らされてきらめく指輪。 「ロロット、手を出して」 ロロットは吸い込まれるように、手を差し出す。 僕はその小さな手を優しく包み込みながら、その温もりや感触を確かめる。 たとえこの手が離れても、二人の心は離れない。 頑なにその願いを込めて、僕はロロットの指に、誓いの輪を通す。 「わぁ……」 ロロットは手をかざすようにして、指輪の形に見入る。 「これが僕からのプレゼント」 僕もまた、同じように手をかざし、ロロットの手の甲に重ねた。 「この指輪があれば、僕達はどれほど遠く離れてたって、ずっと繋がっていられるんだ」 「ずっと……」 「だから、どうしても……ロロットにプレゼントがしたくて……」 「ど、どうかな……気に入ってもらえたかな?」 「遠く……遠く……離れてたって……。ずっと……ずっと……繋がっていられる……」 「……嬉しい……嬉しいです……とっても、嬉しい……会長さんの優しさが……」 「これじゃあ私……もう……我慢できません……っ」 「泣かないと誓っていたのに……っ、絶対に笑顔のままお別れしようと決めていたのに……っ」 「うっ……ううっ、うあああっ、ああああっ!!」 「ロロット……っ」 僕は泣き崩れるロロットをきつく抱きしめた。 やっぱり寂しい。離れたくない。 そんな気持ちを隠せるほど、僕達はまだ大人になりきれていなかった。 大人の振りをしていても、大人の真似事をしていても、僕達はまだ幼く脆い心を持ったまま。 夜が来れば、もう二度と会えないかもしれない不安に押しつぶされそうになる。 けど、この悲しみを乗り越えていかなければ。 僕達はずっと、子供のままでしかいられない。 僕達が築いていく未来は、ここで止まるわけにはいかないのだ。 それはまるで、いつも猪突猛進でいたロロットを表すかのように。 僕はそんなロロットが好きなんだ。 だから、この別れは終わりじゃない。 僕達の新しい未来の始まりなんだ! 涙に濡れた頬を、冷たい風がかすめていく。 目尻から溢れた涙とは別に、頬を濡らす―― 悲しみの涙を覆うように舞い降りる白い妖精。 「雪だ……!」 冷たいはずの雪は、なぜだか温かかった。 「指輪……ありがとうございます。とっても素敵ですね」 「良かった。喜んでもらえて」 二人で空を見上げた。 「これで本当に、お別れなんですね……」 「うん……次会うときは、いつになるのかな……?」 「もしかしたら、会長さんがお爺ちゃんになる頃かもしれませんよ?」 「それでも待ってる……」 「どんなに遠く離れてたって、どんなに長く離れてたって」 「私の一番大好きな人は、会長さんです!」 「僕も大好きだよ、ロロット」 雪に涙を拭ってもらい、僕達はまた笑顔に戻る。 「さようなら、ロロット」 「さようなら、会長さん!」 ――4月。 桜が舞い散る季節が訪れた。 リア先輩は卒業してからも、ちょくちょく遊びに来てくれていた。 生徒会は相変わらず大忙し――そりゃ、書記が空席のままだからしょうがないのだけど。 今日は新入生歓迎会の予行練習として、桜が満開の広場を陣取りお花見をすることになっていた。 まあ予行練習は建前で、本当はみんなでワイワイ盛り上がろうというのが本音である。 これだけ賑やかで楽しいはずの催しも、やっぱりどこか寂しく感じてしまう。 けど、僕はそのたびに指輪を見て思い出すのだ。 ――さて! 今日も元気よく生徒会活動に励むとしよう! 「ちょっとー!! どうしてお酒が用意されてるの!?」 「ああ、きっとお姉ちゃんだ」 「まあせっかくの差し入れだし飲んじゃえ、飲んじゃえ!!」 「ううむ……確かに盛り上りの秘訣としてお酒を使うのも手ではあるけど――」 「って、いかんいかん! 生徒会役員がこんなことをしちゃ!」 「こ、この音……」 「まったく、しょうがありませんねえ〜〜」 根拠もないくせに、とても自信いっぱいの声。 「ふむふむ……これが花見と言うものですか……」 そして何事にも興味関心が絶えることのない無限の冒険心。 「ああーーっ。お菓子がいっぱいあるじゃないですかーーっ」 食いしん坊で、美味しいものには目がないことで有名な。 「しかもお酒まで……ドキドキ……。とっても危険な感じがします〜〜っ」 悪いことをしちゃいけないとわかっているのに、ついつい欲望に流されてしまう。 それはまるで、僕が世界で一番好きな子がすぐそこにいるような―― 「えへへ、また来ちゃいましたっ」 「皆さん、ただいまです♪」 「おかえり!」 天使が再び、流星学園に舞い降りた。 「いそいそいそいそ!」 「せかせかせかせかっ」 「二人とも走るな! 朝ぐらい、ゆっくりノンビリ登校しろってんだいっ」 「走ってないわ。咲良クンと勝負してるうちに、通常よりやや速く歩くようになっただけよ」 「ロロットにちなんで、百科事典によれば競歩ってさ――」 「競歩じゃないって言ってるでしょ!」 「まったく、坂道が多い通学路で、こんな事するなんてさっ」 「なんだかんだ言って、これに付き合ってるソバも律儀だぜ」 「ゴール」 「ムキィーッ」 「ど、どうだ!?」 僕が一着で校門をくぐり抜け、聖沙とナナカがほぼ同時にあとに続く。 「ま、また負けた」 「私は咲良クンに完全勝利して、楽しい学園生活を送りたいのに!」 「僕は聖沙を負かしてるつもりはないよ? 普通に歩いてるんだ。ぜーはー、ぜーはー」 「肩で息して、どこが普通なんだか」 「あのさシン、毎朝こんな事するくらいなら、わざと負ければいいんじゃない?」 「それは反則だよ」 「それは絶対イヤ……って、私に同調しないでよね!」 「たははは、仲が良いんだか悪いんだか」 「悪いんです!」 「聖沙、そんなに熱くならないで。水分補給して落ち着こうよ。はい、2等賞のミルキー牛乳だよ」 「いらないわよ! トップだからっていい気にならないで!」 「そう? じゃあ僕はお先に、1等賞のミルキー牛乳を飲ませてもらうよ。ごくごく……」 「ナナカには、3等賞のミルキー牛乳ね」 「いらん! それよりもシン、2番はアタシでしょ?」 「ナナカさん……?」 「はいはーい♪ こんな時は私にお任せ下さい。記録係のじいや、判定用の連続写真を!」 「ロ、ロロット、言った傍から他力本願ですよ?」 「お嬢さまの審判の手助けは、この執事ことリースリング遠山めにお任せを」 「お写真をどうぞ」 「ふむふむ……優勝は会長さんですね。銀賞は……」 「これは同着では?」 「ブーブッブー。よく見て下さい、副会長さんのおっぱいが先にゴールしています」 「おっ、おぱ……!?」 「どこから何の写真を撮ってるんですか、リースリングさん!」 「褒めてません!!」 「副会長さんと会計さんのおっぱいは、わずか2センチの差ですが……解説者のエミリナ、この事実をどう分析しますか?」 「えっ? はい、あの……2センチは、2000万ナノメートルです」 「わざわざ、そんな単位に換算してんじゃないやいっ」 「ひ、ひええぇぇっ! ごご、ごめんなさいっ」 「でも、その……勝ち負けや順位の上下にこだわらなくても、みなさんは充分に幸せですよ?」 「いいえ、咲良クンの上に立たないかぎり、私に幸せはないわ! 明日も勝負よ!」 「ごくっ、ごくっ、ごくっ!」 「だ、だって聖沙もナナカも牛乳いらないって言うんだもの。もったいないから、3本とも僕が飲まなきゃ」 「あとね聖沙、幸せに上下の差はないよ。ほら『幸』の字を逆さまに書いてごらんよ」 「へぇー、どっちから見ても幸せなんだ。これってスゴイかも」 「くぅ……ッ!」 「予鈴でございます。お嬢さま、お名残惜しいですが放課後までしばしのお別れです」 「はい、行ってまいります」 「鰹節の私物化……イカ食べたかい……違うわ、こんなことじゃ勝てない!」 「回文ですね」 「賢いね、聖沙は。アタシはそんなのすら、考えつかないや」 「『お父さんパパイヤ食べる?』『パパ、いや』」 「ロロット、それは全然違います……」 「ナナちゃん? こんな時間にこんな場所で、どーしたのー? まだ生徒会やってる最中だよねー?」 「う、うん……ちょっと相談したい事があってさ。こんな事さっちんにしか頼めなくて……」 「シン君のことー?」 「な、ななななんでわかった!?」 「いやー、気付かない方が、どーかしてやすぜー?」 「……シンはアタシの気持ち分かってないんだ」 「見れば分かるよー。純真というか鈍感というか。難儀な男子に惚れちまったねーナナちゃん」 「そこがシンの良いとこだってば。たっはははー、アバタもエクボってやつ?」 「……好きな人の事、自分でそんな風に言ってどーすんの?」 「まー、ナナちゃんとシン君の事だから、私がとやかく言うのは筋違いだけどねー」 「でも、今ごろになって相談してくるって事は、なんかあったんだねー?」 「ごめん、さっちん。やっぱいいや。きっとアタシの思い過ごしだ」 「ふーん、無理に聞かないけどー」 「ひとつだけいいかなー? ナナちゃん自覚してるー? 最近、シン君の背中叩いてないってことー」 「あっ!? あぁ……」 「やれやれー、やっぱりかー。さあ、話してごらんよー!」 「う……シ、シンがさ、どうも聖沙の事好きになっちゃったっぽいんだ」 「ありゃまー? シン君、こないだまでリア先輩の虜じゃなかったっけー?」 「ゾッコンってわけじゃないけど、先輩に憧れてたのは確かだね。でも、聖沙を見る目はなんか違う……」 「みんなと一緒にいてもさ、シンは聖沙に話しかけてばっかなんだ」 「あ、そっか。シンは気が多いから、リア先輩、聖沙の順に好きになって、次はロロちゃん」 「最後はグルッと一周してアタシのとこに戻ってくるわけだ。なーんだっ」 「だからー、好きな人の事なのに、そういう茶化し方しちゃダメダメだってー」 「う……そうだよね。シンがそこまでチャランポランじゃないの、分かっちゃいるんだけど……」 「はあぁー、どうすりゃいいんだろ? アタシ、こんなアタシ嫌いだ」 「シン君を裸にひん剥いて、押し倒しちゃえー!」 「真面目に答えやがれっ」 「半分本気だよー?」 「ま、このまま悩んでても堂々巡りなのは目に見えてるし、ひとつドーンと聞いてみるってのはー?」 「ア、アタシだってシンに告白したいやい!」 「でも当たって砕けたら、今のシンとの関係までも壊れそうで……」 「そんなもんで壊れるくらいなら、後生大事にしておくほどの関係じゃないってー」 「さ、さっちん、容赦ないなアンタ」 「ナナちゃんの方こそ考えすぎだよー。私はシン君じゃなくて、副会長さんに聞いてみたらーって言ったのー」 「な、なるほど、そりゃ名案か」 「よっしゃー! 聖沙に確かめてくるっ」 「うん、いっといでー」 「いってくるぜっ」 「おおっ! いってらっしゃるぜっ」 「ナナちゃん、背中押そっかー?」 「す、すまねえ。やっとくれっ」 「ぐあっ!?」 「あっちゃー。やりすぎちゃったー」 「た、ただいま〜」 「ナナカお帰り。トイレすっごく長かったね」 「お馬鹿! 察しなさいよ!!」 「あ、あのさ。聖沙。ちょっと……話が、あるんだけど〜」 「え? 私に?」 「なにやらあくどい企みの気配がします!」 「な、ナナカ……信じてたのにっ」 「うがー! ロロちゃんのボケまで信じるな!!」 「では、なんのお話があるのでしょう」 「え、え〜っと、生徒会活動について、副会長と会計の二人きりで相談したいんだいっ」 「え? そんなに深刻な事なの?」 「それならなおのこと僕が――」 「会長さんじゃ、役に立たないのでは?」 「そ、そうだったのかー!」 「そういうわけじゃないけど……今の隙にっ!」 「あっ、ちょっとナナカさん!」 「ふぃ〜、これでやっと二人きりになれた」 「もう……強引なんだから」 「そーいや、リア先輩は?」 「ヘレナさんに呼ばれて先にあがったわよ。緊急の用事ができたんですって」 「そっか……ホッ」 「ナナカさん、改まって何のお話かしら?」 「ま、まさか聖夜祭の予算が足りないんじゃ!? それだったら、ヘレナさんの代からコツコツ貯めてきた生徒会の隠し財産が、教会の十字架の陰に――」 「ごめん聖沙、実は生徒会と全然関係ないんだ」 「すうぅーーーー、はあぁーーーーっ」 「ナ、ナナカさん? そんなに緊張してどうしたのよ?」 「どんな相談か知らないけど、大事みたいね。私だけじゃなくて、咲良クンも呼ぶべきだわ」 「ダ、ダメ! そ、その……シンの事で聖沙に聞きたいんだってば」 「わ、私に?」 「……アタシ、こういうの苦手だからズバッと言うね」 「聖沙はシンの事が好きなの?」 「ええーと、あの、その、なんて言うか……」 「お願い答えて……ください……」 「わ、私は咲良クンの事……」 「べ、別に好きじゃないわ!」 「そうよ、好きだなんて事あるわけないじゃない!!」 「ほ、本当よッ」 「……そっかぁ……はぁぁ……よ、よかったぁ〜」 「あ……! ナナカさん、あなたまさか咲良クンの事――」 「もう……ナナカさんったら。私にそこまで聞いておいて、俯いちゃったら隠しようがないわよ?」 「たは、たははは……今までは気持ちを抑えてたんだけどさっ」 「てゆーか、なまじシンと距離が近いせいで、どうやって伝えればいいか分かんなくて……こんな調子」 「咲良クンとナナカさんは、幼馴染みだものね」 「そうともさー! アタシは、こーんなちっちゃい頃からシンの事を知ってるんだいっ」 「なかなかないわよ、そういう素敵な関係って」 「てへへへ、シンとの仲は、けっこう自慢だったりするんだ」 「それで、いつからなの?」 「物心つく前に会ってたってさ。お互いにオムツしてた時からだよ」 「そうじゃなくて、咲良クンを意識しはじめたのは、いつなの?」 「もうずっと前から……小学校の低学年くらいかな。気がついたら大好きになっちゃってて……」 「そ、そんな昔から……!?」 「……呆れた。こんなに想われてるのに、咲良クンちっとも気づいてないじゃないの」 「だ、だって、シンはあんなだからさ」 「聖沙は想像できる? 恋愛沙汰に強いシンなんて?」 「で、できないわ!?」 「でしょうっ。あんの男は、鈍いったらありゃしない」 「つい最近までリア先輩に憧れてたみたいだけど、それだって『尊敬』と『好き』とを勘違いしてたみたいだしさ」 「咲良クンがお姉さまを? よりにもよって……」 「あ、そっか、リア先輩が好きって事は、シンと聖沙は趣味が一緒なわけだ」 「うんうん、だから気が合うのは当然! たははは、アタシが誤解するのも無理ないないっ」 「わ、私も別に、お姉さまの事、以前ほどには……」 「嫌いになったんじゃなくて、理想の先輩として尊敬してるって事よ?」 「わかってるってば。そんなとこまで、シンにそっくりだ」 「そ、そうかしら? くすくす」 「なんで喜んでんの? シンに似てるなんて言われたら、聖沙は怒ると思ったのに」 「ただ、その……咲良クンとナナカさんの事が羨ましいなって……」 「う、うん、アタシも今の関係が壊れて欲しくないんだ。だからかな? 好きだって言い出せなくて……」 「もう……仕方ないわね」 「私が協力するわ!」 「ホ、ホント!?」 「ええ、任せてちょうだい。副会長は会計をサポートします!」 「あ、ありがとう、聖沙! アタシ……頑張るからっ」 「おかえり。で何の話をしてたの?」 「うるさいわねっ、女子には色々あるのよ!」 「私が思うにですね、会計さんは、おっぱいを大きくする秘訣を副会長さんに聞いていたんです。間違いありません」 「あぁ……先輩いないもんね、だから聖沙に……」 「そんなわけあるかいっ」 「ちょっと咲良クン、どこ見てるのよ!!」 「ホ、ホワイトボードに書かれた、聖夜祭までの予定表だよ」 「嘘をつきなさい!!」 「このスケベッ」 「痛ててっ」 「あ、久しぶりだね、ナナカに背中を叩かれるの」 「これからもバシバシやってる。覚悟しなっ」 「どうしたのナナカ? やけに口数が少ないけど?」 「そ、そそそそんな事ないやいっ、いつも通りだいっ」 「今日のソバはいつもと違うぜ? シン様、朝飯はどんなだったか思い出してみな」 「うまかった」 「チッチッチッ、これだから味音痴は困るぜ。今朝の麺はイマイチだったろ?」 「うまかったってば。昨日までとおんなじように満足したよ?」 「そりゃ、栄養価って意味じゃいつもと変わらなかったぜ。だが麺の歯ごたえや腰の強さはどうだった?」 「そば粉ってやつは、そう簡単にゃくっつかねーんだ。卵や小麦粉なんかのツナギを入れなきゃなんねえ」 「プロはそこを絶妙な仕事でやってのけ、蕎麦本来の味を際立たせる麺を打つ……俺様がソバをソバと名付けた所以だぜ?」 「聞いちゃいねーぜ、ったく」 「えっ? あ、うん……今日は聖沙、遅いね」 「うん、いつもはここで合流するのに」 「むしろ、今までの方が不自然だぜ? 毎朝、偶然出くわすなんざ、どんな確率だ?」 「とにかく、聖沙が来るのを待ってよう」 「もうすぐ予鈴が鳴るぜ? 急いだ方がいいんじゃねーか?」 「行こっ、シン」 「シンってば!」 「そ、そうだね、遅刻はマズイや。きっと今朝はスレ違っちゃったんだ、僕達ももう学園へ行こう」 「別に、咲良クンと待ち合わせの約束なんてしてないでしょ?」 昼休みの生徒会室。 役員が集まり、寸暇を惜しんで各々の業務をこなす中、僕は聖沙に質問した。 ……気のせいだろうか? 聖沙は饒舌に答えている。妙な感じだ。 「私達って登校中にバッタリ会っちゃうから、競歩になるわけよ。無駄な勝負は避けるべきだわ」 「待ってよ、競歩じゃないって言ってたよね? それに聖沙が勝負を捨てるなんて……」 「さ、咲良クンとの勝負は終わってないわ! あなたと私、どっちが生徒会長に相応しいか、白黒つけてる真っ最中じゃないのよ!!」 僕は心がモヤモヤして、なにやら釈然としない。聖沙の言葉を聞いても、微妙に矛盾しているように感じる。 これまで聖沙は、どんな些細な事でも筋の通った発言をしていたのに、この違和感はなんだろう? 「あら大変! 特設ステージの設定に手抜かりがあるわ」 「どこどこ?」 「見ないでよ!! さては、私の仕事を横取りして、手柄を独り占めするつもりね? そうはさせないわ!!」 「去年の資料をあさって、音楽機材のレンタルについて調べなきゃ!」 「僕も手伝うよっ」 「いいえ、結構。この程度のことは、一人で十分よ。後は咲良クンとナナカさんの二人でお願いね」 「ま、任せといて」 「かきかき……ひええっ! 副会長さん、もっとまともにお話して下さいっ」 「どうしたんですか? 昨日までは要点を簡潔に述べていて、書記のお仕事がしやすかったのに」 「まあ! ロロットさん、資料の発掘を手伝ってくれるんですって!? ありがとう」 「私そんな事言ってませ〜〜ん」 「いいから、あなたも来るの!!」 「むぎゅう〜、首根っこを引っ張らないでくださーい」 聖沙……一人で十分とか言ってたのに……。 「聖沙とロロットは隅っこで資料検分、先輩はお茶を入れつつ要望書を通読か……手が空いてるのは僕達二人だね」 「それじゃあ、うーん……空きスペースの活用法を考えてみよう」 「な、なになに!? アタシ変な事言った?」 「う、ううん、元気な返事だなって」 「そうでしょう! アタシはいつも元気印でいっ」 「あぅぅ……」 「ナナカ、もじもじしてどうしたの?」 「し、してないやい……っ」 「でも顔を真っ赤にして震えて……あ! 風邪ひきかけてるんだね。保健室に行こうよ」 「シ、シンと保健室!? そ、そんな、まだアタシは……」 「風邪じゃないの? だったら……と、トイレ……我慢してる?」 「これも違う?」 「……こくこくっ」 「予鈴だ。昼休み終わっちゃったね」 「生徒会の続きは、また放課後にしよう。ひとまずみんな、お疲れさま」 「お、おつかれ〜……」 「あ、そうだシン君。ごめんね、今日も私は……参加できないんだ。お姉ちゃんから呼びだされちゃって……」 「ふむ〜。先輩さんは近ごろ毎日、理事長さんのところに通ってます」 「さては二人で美味しいものを食べてますね? ズルイです、私も連れてってください!」 「いいけど、苦〜いコーヒーと、ちっとも甘くないチョコしか出ないよ?」 「ひえっ、そんなものは食べ物じゃありません!」 「お茶とお茶菓子なら、私が用意するわ。だから――」 「副会長さん、好きです!」 「だ、だから私に告白する前に、生徒会のお仕事を片付けましょう」 「お姉さまも、どうかご心配なさらないで。いつでも合流できるよう、聖夜祭の準備をしっかりしておきますわ♡」 「僕も聖沙がいてくれて、心強いよ」 「な、なによ! 私の事なんかより……会長なんだから、もっとしっかりしなさいよね!」 「そうだね。それじゃナナカを送ってくるよ」 「ど、どこに?」 「保健室に決まってるじゃないか。今日のナナカは絶対におかしいよ」 「アタシはどっこも悪くない……やいっ」 「ナナカの事は僕が一番わかるんだ。幼馴染みなんだからね」 「わ、わかって……ない……」 「平気だよナナカ。注射打たれたりしないって。体調を崩す前に、保健室で休んでおいで」 「さあ一緒に行こう」 「くすっ、頑張ってね……」 「てへっ! 元気元気っ! 保健室で昼寝したおかげで、すっかり回復しちゃった」 「もしかして、単なる寝不足で熱っぽかったんじゃ? 心配して損したよ」 「うっさい! 乙女には色々あるんだいっ」 「じゃあ、なんで顔赤かったの?」 「ま、またぶり返した?」 「会計さん、会計さん! 保健室にいくと、お医者さんが特別にジュースを飲ませてくれるって本当ですか?」 「ああ、それ? 夏場に熱中症にかかったらね。今みたいな冬場は、白湯しか出してくんないって」 「白湯はいいよね。チビチビ飲んでると、しみじみして心が落ち着いてくる」 「ガッカリです。ただのお湯なんかいりません」 「はやいとこ聖夜祭を終わらせて、来年の夏にしちゃいましょう。『喜びも悲しみも行く年来る年』です」 「ど、動機はともかく、生徒会のお仕事に励むのは賛成だわ」 「えへへ、どんなもんですか♪」 「でも今日はここでお開きにしましょう」 「まだ日も暮れてないよ? いつもは最終下校時間までやってるじゃないか」 「た、たまにはいいじゃない。毎日遅くまでやってたら、身体がもたないでしょ。聖夜祭の準備も順調な事だし」 「お先に失礼しまーす」 「ロロちゃん、はやっ!?」 「今夜はじいやが、シフォンケーキを作ってくれるんです。余ったら、明日差し入れに持ってきますね。ではでは〜」 「……余りっこない」 「あら? 咲良クンとナナカさんは気が合うのね」 「いや、これくらいは……聖沙だって、そう思うでしょ?」 「んぐぐ……た、確かに」 「おっほん。とにかくあなた達は幼馴染みで、気心が知れているでしょ?」 「だから咲良クンは、ナナカさんをお家まで送り届けなさい! これは副会長命令です!」 「ええっ、なんなのその命令はっ。それに生徒会と関係ないじゃないかっ!」 「それに言われるまでもなく、ナナカを送るつもりだったし」 「てへへ……」 「熱出した友達を、一人で帰したりできないってば」 「はぁ……やれやれ……」 「大事をとって、ナナカさんをお願いね? 私は残って議定書を整理しておくわ」 「僕も手伝うよ」 「さ、咲良クン、私の話聞いてた?」 「今日は早めに切り上げて、ゆっくり骨休めしようって事でしょ? それなのに、聖沙一人を残すなんてできないよ」 「提案したのは聖沙本人だし、残務はそんなに多くないよね? 僕達3人で手分けすれば、すぐ終わるさ」 「えっ? そ、それは、その……」 「いっ、今のはジョーク! ふん、私は有能なのよ。とっくの昔に今日の分は終わってるわ」 「じゃあ3人で帰ろう」 「み、聖沙。アタシはいいから……」 「仕方ないわね。途中までで良ければ、一緒に帰ってあげるわ」 「いつもそうじゃないか」 「キィー! あげ足ばかりとらないでよ!」 「シンとこうして帰るのも、久しぶり……」 「そ、そうだってば」 「ソバの言う通りだぜ? 毎朝連れ添ってるもんだから、自覚してねーだろ?」 「あー。……確かに、ここしばらくは聖沙と帰る事が多かったね」 「てゆーか、聖沙はどこにいるの? きょろきょろ」 「な、なによ! 振り返るんじゃないわよ!」 「……どうして、そんな後ろの方を歩いてるの?」 「ふ、ふふんっ。背後のベストポジションをキープして、咲良クンの影を踏みつけてるのよ! えいえい!」 「なによなによ! 可哀相な子を見る目で、私を見ないでよ!!」 「ていていていていっ」 「ち、ちょっと、ナナカさんまで影を踏みに来てどうするのよ?」 「たはははー」 「ナナカ、微熱が出てるんじゃ? 顔赤いよ」 「ゆ、夕焼けがあったかいんだいっ」 「そうだね。まるでテストの答案の0点の中身を、赤インクで塗りつぶしたかのような、眩しい夕陽だよ」 「な、なんだ、その失敗した前衛詩人みてーな表現は?」 「保健室で休んでいる間の授業は、ちゃんとノートに取っておいたよ」 「後で貸すから、分からないとこがあったら、遠慮なく聞いてね」 「あ、あんがと」 「それで、聖沙。いつまで影踏みしてるの?」 「う、うるさいわねっ! 私だけじゃなくてナナカさんにも言いなさいよっ!!」 「シ、シン! あのさ……」 「ナナカさん、ファイトッ」 「あ、あの……シンは歩くの速くなったね」 「ナナカが遅くなったんだよ」 「違うって。シンは毎朝、聖沙と勝負してたから……」 「もしもさ? もしアタシが勝負を申し込んでたら、シンは毎朝おんなじようにしてくれた?」 「質問の意味がよくわからないよ。ナナカはそんなことしないよ。何が言いたいの?」 「えと、えと、えっと……」 「サ、サンマはやっぱり秋に限るな! って言いたかったんだい!」 「うん、僕もそう思うよ! 決め手はスダチと大根おろしと醤油だよね。あれは、うまい!」 「おおっ、さすがシンだ、分かってんじゃん」 「ちょ……! ナナカさん!」 「ごめーんッ」 「あ……そ、そうか、私が居たら、言いたくても言えないわね」 「咲良クン、私お買い物があるから、これで失礼するわ!!」 「それじゃ二人とも、ごきげんよ――」 「おおっ、お三方。これは奇遇ですな」 「し、紫央、なぜここに?」 「ここは天下の公道ですゆえ」 「姉上は声高々とお買い物を宣言されましたな。それがしもですぞ」 「よろしければ、シン殿とナナカ殿もご一緒しませぬか?」 「間もなく陽が沈み、肌寒くなります。みなで熱いお茶などを一服――」 「紫央ちゃん、お誘いはありがたいんだけど、ナナカは病み上がりなんだ。今回は遠慮しておくよ。聖沙と二人で楽しんでおいで」 「シ、シン、アタシ全然病気なんかじゃないんだ!」 「ごめん。急用思い出した、先に帰る!!」 「無理しちゃダメだって」 「し、してないやいっ」 「ほ、ほら、今朝のパッキーの話。蕎麦がイマイチだって言ってたじゃん」 「保存の仕方が悪くて、そば粉が風邪ひいたのかも。夕霧庵の味が落ちたら一大事! 今すぐ調べなきゃ!」 「バ、バイバイ」 「行っちゃったわね……」 「は、速い。ご本人が仰る通り、とても病み上がりとは思えませぬ」 夕焼けを受けて、長く伸びていたナナカの影は、すぐに見えなくなってしまった。 僕はふと思い出す。幼い頃に、ナナカや他のみんなと影踏みをして遊んだ事を。 父さんがいなくて、家に帰っても寂しい僕のために、最後まで遊びに付き合ってくれたのは、いつもナナカだった。 逢魔が時、影は長く長く伸びる。一見、影踏みをすれば、簡単に勝てそうな気がする。 けれど、実際には昼間よりも難しい。 その理由は未だに分からない。 ……最後にナナカと一緒に、笑いながら走ったのは何年前だっけ? 朝、今日も私は彼と会わないよう、いつもよりはやく登校した。 心は晴れないが、気にする必要はない。 副会長になる前の日々に戻ったにすぎない。一人での登下校も、じきに慣れるだろう。 「聖沙、おはよっ。ハァ、ハァ、ハァ、ハッ!」 エントランスから教室へ向かおうとした刹那、私を呼ぶ声と元気な挨拶。 「ナナカさん、ごきげんよう」 「だ、大丈夫? そんなに息を切らして……」 「平気平気、昨日の微熱騒ぎはシンの勘違いだってば。今朝は久々に走ってきたんだ」 ナナカさんの背中ごし、昇降口の片隅に彼がいる。 彼も走って来たのだろう。肩で大きく息をし、パッキーさんに背中をさすってもらっている。 あるいは親愛をこめて、ナナカさんから背中を叩かれたのだろう。 「今朝は、シンが通学路のずっと先に聖沙の姿を見つけてさ。よーいドンッで競争しながら、追いかけてきたんだ」 「結局、追いつけなかったけど、なんかイイ気持ち。あっはははー」 「ええ、その爽快感はよく分かるわ」 私にはナナカさんの笑顔が眩しい。 少しだけ目を逸らす。 「ムッ!」 不覚にも彼と目が合ってしまった。 彼は生徒会長の威厳なんて感じさせない満面の笑みで目礼し、こちらに手を振ってくる。 誰が振り返してなどやるものか。 「聖沙? なんで体操みたいにブンブン手を振ってんの?」 「んぐぐ……っ。て、手の運動よ」 この挙措は私の意志とは無関係だ。 副会長としての体面が、条件反射を促したに違いない。もしくは、彼にではなくパッキーさんに挨拶したのだ。 更なる精進が必要ってわけね。覚悟しなさい私! 望むところよ私!! 「キィッ!」 彼を睨む。 私への返事は微苦笑。 どういうわけかその場を動こうとしない。 女子同士の話だから、彼なりに気を利かせているのだろう。私達の共同戦線に気づいているとは思えない。 「昨日はゴメンッ」 「え……? あっ! そ、そうよ、もっとシャキッとしなさいよね!」 「面目ない。聖沙には世話をかけちゃうね」 「で、でも、わかった。任せといて」 「私も支援態勢を強化しておくわ。各方面にそれとなく根回ししておくから」 「ふふん、私を誰だと思ってるの? 会長の座を虎視眈々と狙う副会長よ? 権謀術数はお手の物だわ」 「ぶっちゃけ、難しい事はわかんないけど助かる。今度スウィーツ奢らせてっ」 「うまくいけば、喜んでご馳走になるわ」 「ただし、私はあくまで協力だけよ。ナナカさん自身が積極的にならなきゃ」 「たとえば、咲良クンのお部屋にノートを借りに行って、二人きりで――」 「ああ、アレ? 今朝、シンがソバを食べてる間に、速攻で書き写しちゃった」 「な、なんて事を、せっかくのチャンスだったのに」 「たは、たっははは……」 「くすくす。ナナカさんは素直でまっすぐで……純愛なのね。羨ましいわ」 何気なく呟いた自分の言葉を、私は思いがけず意識する。 ナナカさんの笑顔が眩しく見えた理由。 私のように、いたずらな計算はしない。まっすぐ『好き』という想いと向き合っている。 それが羨ましいのだ。 「今朝はさ、いつも通りにシンとお喋りして、パッキーお墨付きの美味しい蕎麦が打てたんだ」 「……それなのに、いざアタシはシンの事が好きなんだって考えはじめると、変になっちゃう……」 「自分の身体のド真ん中に、シンの形をした隙間がポッカリ開いた感じで……」 「たっはははー、ワケわかんないな、こんな言い方じゃ」 「うーん、なんとなく分かるわね」 「あと、そうそう! 聖沙もさ、チョイやりすぎだってば。もっと自然な感じに二人きりにして欲しいな」 「な、難儀な注文ね」 「てへへっ、よろしく!」 「そうねぇ……今日の生徒会は、3組に分かれて別行動する予定よ?」 「私と咲良クンはコンビだけど、急性腹膜下垂膨張炎って仮病で保健室に隠れるから、ナナカさんが代わりに組んでくれないかしら?」 「だあーーっ、そんな重病のどこが自然なんでいっ」 「たいした病気じゃないのよ? 分かりやすく言えば『食べ過ぎ』だもの」 「とにかく今日はいいや。慌てないで、ゆっくり想いを伝えてみるっ」 「シンとアタシは、子供の頃から一緒にいるんだもんね。アタシ達のペースでゆっくりやるさ!」 「んじゃ! またお昼休みに、生徒会室でっ」 ナナカさんは、もはやすっかり息を整えて、彼の元へ走り去ってゆく。 そして、背中をバシバシと。 せっかく私達が話し終わるまで待っていたにも関わらず、彼はきっと下らない冗談でも言ったのだろう。 「昨日から、ナナカの様子が妙でさ……」 「あら! 咲良クンでもナナカさんの変化が分かるのね」 「どうして、そんなに嬉しそうなの?」 「そ、そそそそんな事ないわよ! ムッキィ!!」 「無理やり苦虫を噛みつぶしてるぜ、ヒスの奴」 放課後の生徒会活動。 僕と聖沙は、図書館へ調べ物をしに来た。必要な書籍は既に揃え終えている。後は参考になるページをコピーするだけだ。 「分担作業の山場はこえたね」 「ええ、後は日課の作業を残すだけだわ」 「……ねえ聖沙、生徒会活動とは関係ないんだけど、ナナカの事で何か知らないかな?」 「こんな相談できるのは、聖沙しかいないんだ」 「……そう言われると悪い気はしないわね。いいわ、なんでも聞いてちょうだい」 「さあさあ、はやくはやく」 「意外だよ。生徒会長がプライベートな話なんてしたら、てっきり聖沙は怒り出すと思ったのに」 「お、おほっん! コレも副会長としての務めよ。ナナカさんは大切な仲間だもの」 「確かに、ナナカがあのままじゃ、聖夜祭の準備に支障をきたしかねない」 「あのさ、聖沙は昨日のナナカを知ってるだろうけど、あれからも――」 今朝、僕を起こしに来てくれたナナカは、いつものナナカだった。 蕎麦を打ち、パッキーと軽口の応酬。普段と変わらない朝御飯の光景。 でも、いざ家を出て登校しはじめると、ナナカは僕の隣で黙りこくってしまった。 常にうつむき加減で、歩調が安定しない。 しばらくして、僕は通学路の遥か先に、聖沙の後ろ姿を見つけた。 その事を告げた途端、ナナカはいつもの調子に戻り、僕を引きずるようにして聖沙を追って駆け出した。 「昇降口で会った時ね? ナナカさん、すごく生き生きしてたじゃないのよ」 「チャイムが鳴るまではね」 教室で席に座っていると、誰かに見られている感じがした。視線の送り主はナナカで、僕と目が合うと慌てて俯いてしまった。 授業中はその繰り返し。 なにかの遊びだと思い、先生の目を盗んでさっちん経由で手紙をまわしたけど、返信はこなかった。休み時間に話しかけても、要領が得られない。 でも昼休みなると、朝がた聖沙を発見した時とおなじように元気になって、生徒会室で会計の業務に没頭してた。 「で、今ナナカはロロットと二人で、明るく元気にはりきってるよ」 「いい事じゃないの」 「うん、だけど僕と二人になった時や、気心の知れた仲間がまわりに居ない時は、極端に口数が減るんだ」 「あれ……? 仲間と言えば、今日のナナカは、さっちんとあまり喋ってなかったような?」 「でも、さっちんと喧嘩したなんてありえない。二人とも笑顔でヒソヒソ話してたし」 「あ、あなた、そこまでしっかり見てて分からないの?」 「むしろ見られてるのは僕の方だよ?」 「はあぁ……。ナナカさんの表面的な事だけじゃなくて、内面も見なさいよ」 「咲良クンなら心当たりがあるでしょう? 胸に手をあてて考えてみて」 「ええっ、み……聖沙の!?」 「俺様はヒスより、リアちゃんのおっぱいがいいぜ」 「自分の胸に手を当てなさいって言ってるの!」 「うーん、ナナカを怒らせるような事は……」 「5年前にプリン・ア・ラ・モードをもじって、プリン・ア・ラ・豆腐を作った事、まだ根に持ってるのかな?」 「100パーセント違うと思うぜ?」 「な、なによ、その得体が知れない食べ物は?」 「僕オリジナルのヘルシーメニュー。今度、聖沙にもご馳走するね」 「結構です!!」 「だいたいねっ。何故まっさきに『怒らせた事』を思い出すのよ!! もっとナナカさんらしい場面があるでしょう!?」 「スイーツに、あれほど純粋で熱い想いをぶつける事ができるなんて、素晴らしいと思うわ」 「自ら同好会をおこして、会員達を指揮するあの行動力、カリスマ、計画性!」 「うん……確かに。潰れかかってたのをナナカが建てなおしたんだっけ……」 「けど、あの集まりは試合もコンクールもないし、単なる仲良しサークルにも見えるけど?」 「い、色んなお店を食べ歩き、味覚の精進を怠らず、相手が誰であろうと忌憚なく意見を言う……私にはとても真似できないわ」 「聖沙は真似なんてしないでしょ」 「……ハッ!? わ、私の事はいいのよ! ナナカさんの素敵なところを、お話しましょう」 「ナナカのスイーツに対する意気込みは凄いものがあるけど、向こう見ずなことが多いんだ」 「そういった弱点に気付けば、きっとスイーツ同好会の入会希望者は増えるはず」 「贅沢せずに、お小遣いをやりくりして、みんなで楽しく活動してる……同好会の窓口は広いわけだし」 「咲良クンて……ただ褒めるだけじゃなくて、きちんとナナカさんの事を思いやってるのね」 「うーん。あえて突っ込むなら、ナナカ自身はスイーツを作らない事がネックかなあ」 「ナ、ナナカさんはお蕎麦を打つわ! 流星町でも夕霧庵のお料理は絶品だって評判じゃない」 「自分でもお料理しているからこそ、スイーツの向こうにいるパティシエの気持ちになれるのよ」 「ナナカさんのスイーツレビューはキツイ内容だけど、それを作った人を傷つけたり貶める事がないもの」 「うん、ナナカはいつも相手の全部を考えてる。毎朝食べさせてくれるお蕎麦も、僕の体調に合わせて、少しずつ茹で加減が変化してるからね」 「もっとも、ナナカ本人はその事を言わないけど」 「そうね、律儀と言うか、水くさいと言うか……でも、そこがナナカさんの長所よ」 「あ……! んぐぐっ」 「ナナカさんの良さを伝えたかったのに、反対に教えられちゃってる……」 「な、なによ咲良クン。私よりもナナカさんのいい所を、いっぱい知ってるじゃないのよ」 「そりゃあ、ナナカとは両親の次に長く付き合ってるからね」 「いや待てよ? 一人暮らしをはじめて結構経つ……一緒に過ごした時間が、誰よりも長いかも」 「僕とナナカは、聖沙と紫央ちゃんみたいなもんだよ」 「そうかしら? 私と紫央は姉妹で、家族同然だもの。咲良クンとナナカさんの関係とは、少し違うわ」 「やっぱり幼馴染みね……私の入る余地なんて元々……」 「あ、あら……? 私、どうして……?」 「ありがとう。話を聞いてもらって、少し気が楽になったよ」 「ど、どういたしまして」 「じゃあ、作業に戻ろう」 「うーん、資料が多すぎたね。そこのサイドテーブルで選別しよう」 「コピーがいるものと、いらないものを分けなきゃ。後一冊まるごと役立ちそうな本は、聖沙と僕で借りちゃおうよ」 「咲良クン……」 「どうしたの、聖沙? 何か提案が?」 「えっ!? あ、ああああの、ええーと……」 「ふ、ふんっ、なんでもないわよ! 資料の仕分けくらい一人でやりなさいよね!」 「だって、半分は聖沙が手に持ってるじゃないか」 「こ、これは――」 「あぁっ……」 「ご、ごめんっ。拾うよ」 「いいえ、自分で拾うわ!」 僕と聖沙は、床に落ちてしまった資料に、ほぼ同時に手を伸ばす。 手と手が触れる。 僕の方が先に動いたのに、拾うのは聖沙の方が半瞬早かった。聖沙の小さな手を包み込むように、僕の手が重なっている。 「さ、咲良クン……」 お互いの顔が近い。吐息まで感じてしまう。 「な、なに黙ってるのよ……」 「聖沙、僕は前から……」 高鳴る鼓動。手の平が熱い。頭で考えるより先に、僕はごく自然に聖沙への想いを伝えようとする。 「……っ!?」 怯えたような吐息に、僕は言葉を飲み込む。聖沙の手がどんどん冷たくなってゆく。 「す、隙間……? 私にも……だから……」 「ば、馬鹿……世界一の馬鹿。ちょっと考えれば、分かったはずなのに……」 「でも、もう……」 「……咲良クン、手を放して」 「いやだ」 「な、ななななっ!? なに言ってるのよ! 手を握っていいなんて、許可した覚えはないわっ」 「うん、承認はもらってない」 「だったら、放しなさいよ!!」 「な、何故……」 「聖沙の手が冷たいからだよ。いつもはもっと、あったかいのに……」 「か、数えるほどしか私の手をとった事がないくせに、分かったような口きかないでちょうだい!」 聖沙は全体重をかけて手を引っ張り、僕の戒めを振りほどこうとする。 ……僕は聖沙の手を放さない。 聖沙の勢いは止まらず、結果的に、僕達は二人して本棚に激突してしまう。 「いった〜〜!」 「聖沙、大丈夫? タンコブができちゃってるよ。撫でるからしばらく我慢してね」 「今手を放すくらいなら、さっき素直に放しなさいよ!!」 「ええーと、撫でる事は認めてくれるの?」 「認めません!!」 「うわ、本棚が……」 図書館に整然と並べられた巨大な本棚が、僕達が立っている場所を起点として、ドミノ倒しのように次々と倒れてゆく。 「大変な事になっちゃった。巨大な本棚のドミノ倒しだ……」 「本が床一面に散らばってるわ。私達のせいよね、この惨状は……」 さて、なんとかしなければ。 「一体、何をされているんですか?」 「ひぃぃ!?」 「図書館ではお静かに。痴話喧嘩が全館に響いておりました」 「ちっ、痴話喧嘩って……」 「痴話とは、愛し合う者同士が戯れて話すことという意味です」 「んな――っ!?」 「それでは、お二人で仲良く片付けをお願いしますね」 「やろうか、聖沙」 「わ、わかってるわよぉ……」 メリロットさんの監視のもと、僕と聖沙は片付けをはじめる。今日はもう、生徒会室へ戻れそうもない。 「先攻、赤赤白で……」 「んもうー、四つ球なんてつまんなーい」 「次、赤赤……」 「ヤダヤダこんなの。ボールをちまちま当てるなんて地味すぎーっ。ナインボールみたいに、スカッとしたのがいい!」 「ヘレナ、このゲームはシンプルゆえに奥深いのです」 「ナインボールのように、派手な見た目に幻惑される事もない。冷静に物事の本質を見極めたい時には、うってつけです」 「ぴら〜ん♪」 「って、キューの先っちょで、私のスカートをめくらないで下さい!」 「メリロットのいけずぅ〜。昨日は、あんなに激しく濡れた夜をおくったのに」 「一緒に九浄家のお風呂に入っただけではありませんか!」 「フォフォフォフォ。おやおや? 冷静な思考とやらはどーしたのかね、メリロット君?」 「くぅ……! 次、赤白で……」 「うふふ、熟考したくなる気持ちも分かるわ」 「今日シンちゃんに会ったでしょう? どうだった、あの子?」 「見ただけですから、特にどうという事もありません」 「なによ期待させて……ズバリ、魔王だと思った?」 「……これは直感に頼った人物評でしかありませんが、可能性は否定できません」 「しかし、僅かな可能性にすがる……あの少年を当てにする必要はありません」 「魔王としての能力以前の問題……人間として未熟すぎます」 「少し観察すればヘレナにも分かるはず。あの少年には葛藤があり、苦しんでいる……」 「それが青春ってもんよ」 「あの少年の精神的な成長など、此度の異変の前では些事に過ぎません」 「魔王を……シンちゃんを戦力とみなさない? という事は何か作戦があるのね?」 「当然です」 「運命の糸が錯綜してるように見えても、その根底にあるのは野望や欲望を満たそうとする、単純明快な動機……」 「魔界、人間界、天界。それぞれの思惑を大義名分で美化したところで、茶番劇にすぎません」 「幕は次々に降りては上がり、状況は目まぐるしく変化します」 「とどのつまり、演者の動きを読み、思考をめぐらした者だけが、勝利をつかみ取る事ができるのです」 「ふぅ〜ん」 「次、赤――」 「どーん♪」 「な、何を!? ボールをひとつ増やしてぶつけるなんて、ひどいルール違反ではありませんか!」 「思考が浅いぜ、お嬢ちゃん。この世に絶対なんてないのさ」 「私の発言に誤謬があるならば、順序立てて論理的にご指摘ください」 「まだ浅いわね」 「うぅぅ〜……っ!」 「的球がどのように移ろうとも、テーブルはそのままで結構! 続行しますよ」 「あと12発です」 「いやん、メリロットったらイケナイ子。そんなにしたら私、疲れちゃうん♡」 「ヘレナは強いでしょう!」 「はい、もしもし」 「こんばんわ、お時間いいかしら?」 「ぜんぜんオッケー」 「てゆーか、アタシの方からかける気だったよ」 「放課後どうしたのさ? シンも聖沙も生徒会室に戻ってこなかったじゃん」 「んぐぐ……ごめんなさいね、今日は大して協力できなかったわ」 「図書館で本をうっかり散らかしちゃって、咲良クンとパッキーさんと私で、後片付けしてたの」 「あっははー、間抜けだねっ」 「……5万冊くらい、本棚に入れなおしたわ」 「ど、どんな散らかし方をしたんだ、アンタらは!?」 「き、聞かないで」 「でも、ひとつだけハッキリ分かった事があるの。流星学園の図書館司書については、色んな都市伝説がささやかれてるけど……」 「不可抗力だったんですって、何度も説明したのに……!」 「メリロットさんは鬼よ!!」 「泣ぐ子はいねがぁ〜、悪い子はいねがぁ〜」 「きゃあぁぁーーー!?」 「うひゃあ〜〜〜っ」 「な、ななななによ今の声!? ナナカさん、こんな夜中にオバケのモノマネだなんて、冗談にもほどがあるわ!!」 「アタシじゃないやいっ」 「え……? それじゃ、いったい誰が……」 「う……まさか、本物の幽霊?」 「で、電波の調子がわるくて、混線しちゃったみたいね」 「そ、そうともさー! 携帯で混線なんて障害は聞いた事ないけど、何事にも最初ってもんがあるし」 「も、もう切るわね。おやすみなさい」 「んっ、オヤスミー」 「おやすみなさいませ」 「ぎゃぃやああああぁぁーーーーー!?」 「うぅびゃあああぁぁ〜〜〜〜っ」 「12月になってから晴れの日が続いてるね。今年の聖夜祭はきっといい天気だよ」 ナナカは今朝も俯き加減で、ゆっくり歩く。 ついさっき、僕の部屋で一緒に朝ご飯を食べていた時までは、面白おかしく盛り上がっていた。多分、聖沙から聞いたんだろう。 昨日の図書館での失態を、僕はナナカに散々からかわれてしまった。 「うん、後ろ姿さえ見えないよ」 いつも合流していた場所に、やはり聖沙は現れなかった。 普段より静かなナナカと歩く。 僕がナナカに話しかける内容は、天候や商店街のお買得品とか、そんな当たり障りのない事ばかりになってしまった。 今まで、こんなことはなかったのに。 並木道の向こうの校舎の窓、リア先輩が僕達に手を振っている。とうとう聖沙の姿は見えなかった。もう教室に入っているのだろう。 「今日は私とロロットさんが組む日ね」 「はい、お手柔らかにお願いします」 「普通に生徒会の仕事をするだけよ。今日もお姉さまがいないけど、しっかりやりましょう」 「生徒会をやっていると、いろんな人に出会えて楽しいです」 「……ロロットさんは、人に会いたくて、この世界へやって来たの?」 「『虎穴に入らずんば人にあらず』と言います。皮膚感覚をもって人の事を知るには、実際に人間界に住むべきなんです」 「間違ってるけど正しいわね」 「はうっ!? わわわ、私は天使じゃありませんっ」 「さ、咲良クン、やけに早く戻ってきたわね。今日はナナカさんと一緒に、聖夜祭のアンケート調査をしてたはずでしょ?」 「うん、ナナカは物凄いスピードでテキパキ終わらせて、スイーツ同好会の方に行っちゃった」 「同好会長として、さっちん達と出し物について考えるんだって。色々がんばってるよ」 「そ、そうだったの」 「……二人きりだったのに、進展しないのね……」 「――い、いけない。駄目よ安心なんかしちゃ!!」 「ふっふっふ。聞こえましたよ、副会長さん」 「ロ、ロロットさん、シィー! シィィーーーッッ!!」 「私と二人きりになりたいというお気持ちは理解しますが――お先に失礼します♪」 「お疲れさま……って、どうしてそんなに胸を張ってるの?」 「私はこれから重大任務を帯びて、理事長室に行くのです。わくわく、はらはら」 「ヘレナさんに呼ばれてるの? 確か今日も、リア先輩はあっちに居るはずだよ」 「お姉さまは、連日ヘレナさんを補佐していらっしゃるんでしょうけど……そこへロロットさんが?」 「いえ。理事長さん本当は私じゃなくて、じいやにご用があるみたいですよ」 「リースリングさんに? ますます分からないよ。どういう事だろう?」 「じいやと理事長さんはお友達ですから、お洋服のお買い物とかで、相談があるのではないでしょうか?」 「私が思うにですね、秋も終わって、理事長さんのスタイルも終わってしまったんですよ。間違いありません」 「『甘い門には罠がある』ご飯が美味しい季節は注意せよ、という格言ですね」 「慣用句は大間違いだけど、内容の意味は大正解だわ」 「ではでは、後はお二人に任せて、出発しんこーなのです♪」 「わ、私は食べすぎたりしないわよ? 自己管理くらいできてるんですからね」 「ナナカはしょっちゅうスイーツを食べてるけど、ダイエットしてる姿は見た事ないな」 「ふふんっ、美しい白鳥は、水の中で一生懸命に足を動かしているものよ」 「聖沙の事だね」 「な、ななな!? ムッキキキイィィーーーーッッ!!」 「い、今までに見た事もないくらい、怒り狂ってやがるぜ。さっさと謝れよシン様」 「だ、だって聖沙は努力家じゃないか。生徒会の時間に、作詞作業は絶対にしないもの」 「しっかりケジメをつけて、家に帰ってから毎晩遅くまで、聖歌隊長の役目をこなしてるに違いないよ」 「あ……そっちの事だったのね」 「どっちの事だと思ったの?」 「そ、それは……キッ!」 「タイミングは最悪だったが、シン様はヒスのことを褒めたんだぜ?」 「あ、ありがと……」 「でも買い被りよ。生徒会活動をしている間も、手空きの時に作詞してるわ」 「でも……はあぁ〜。あまり進んでないの」 ため息を吐きながら、聖沙は鞄の中からノートを取り出す。 「ほら見て、表紙は擦り減ってるのに、肝心の中身は新品同様よ」 「いつも持ち歩いてるんだね」 「ええ。いつ何時、歌詞が思い浮かんでもメモしておけるようにね」 「書こうと思って書けるものじゃないって、分かってはいるんだけど……何かしらテーマがないと、やっぱり難しいわ」 「みんなで歌うから、楽しい感じがいいよね」 「どう楽しくしたいのか。それがテーマよ」 「ああ、もう二週間とちょっとしかないのに……大丈夫かしら?」 「聖沙はいい文章が書けるじゃないか。平気だよっ」 「詩や小説は目で見るものだけど、歌は耳で聞くものよ?」 「いくら文章が綺麗でも、実際に言葉にして発音すると、サッパリ伝わらない事もあるし……」 「だけど、基礎は完璧にできてるって事だよ。聖沙なら、きっと素敵な歌にしてくれるさ!」 「私を……」 「と、当然、いい歌にしてみせるわ! あなたなんかに、言われるまでもありません!!」 「うん。実際、僕は役に立ってないしね」 「でも、具体的に手伝えるかも知れないから、出来てるところを見せてよ」 「え……? そ、それは、その……」 「どうして? あんまり進んでないって事は、少しだけなら書いてるって事だよね?」 「嫌なものは、嫌なの。咲良クンには見せないわ」 「照れなくても、どうせ聖夜祭の時にはみんなに聞かれるものじゃないか」 「て、ててて照れてなんかいないわよ!」 「じゃあ、見せて」 「いやよ」 「見せて、見せて、見せてっ」 「いやよ、いやよ、いやよ!」 「に、逃げなくたっていいじゃないか」 「全身全霊をかけて、誇りと威厳を持ってノートを守るわ」 「つかまえてやるっ」 「ふふんっ」 「はぁ、はぁ、はぁ……す、すばしっこいね」 「夜道で私に追いつけない咲良クンなんかに、つかまるもんですか」 「あれは聖沙が路地裏に隠れたから、ドローだよ」 「なら、勝負を続けましょうよ」 「やってやる!」 「待てーっ」 「誰が待つもんですか!」 二人して、生徒会室をぐるぐると駆けずり回る。 「はぁ、ふぅ……咲良クン、息が切れてるわよ!」 「み、聖沙の方こそ」 「そんな事、ないんだからっ!」 「ノートは絶対に、守りきってみせるわ!」 「おおっと、ここは通さねぇぜ!」 突然、聖沙の前にパッキーが躍り出た。 「シン様! 今がチャンス――」 「ぴむぎゅっ!」 パッキーを踏んづけた聖沙がつんのめる。 「ごめんなさい、パッキーさん!!」 「う、うわー! いきなり止まったら――」 走る勢いのまま、聖沙とぶつかる僕。 二人でもつれ合ったまま、ソファーに不時着した。 「さ、咲良……クン……」 普段見ている姿よりもずっと華奢な身体が、僕に組み敷かれて小さく震えている。 「だ、黙らないで……何か言って……」 「ご、ご、ごめ――」 「謝らないで!」 「謝っちゃ……ヤだ……」 「ホントに……ヤだから……ね」 今すぐ退こう。聖沙を解放するんだ。 頭ではそう分かっているのに、僕は身動きできず、聖沙と見つめ合ってしまう。 ドキドキする。気が気じゃない。聖沙に心臓の音を聞かれていやしないだろうか? 「あ、あなたは……どうして、いつも……」 「惑わせないで……! せ、せっかく私が……!」 「どうも、ご機嫌よろしゅう。お邪魔いたしますえ」 「リーアいてはります? こないだのおイモはんとお飴はんの和菓子なんやけど――」 「きゃ……! きゃ……!? きゃ……!!」 「あれまあ。お二人はん、まだ明るいうちから――」 「み、みみみ御陵先輩、違うんです、これは――」 「くすっ、おませさんやなぁ。心配せぇへんでも、みんなには内緒にしときますえ?」 「そ、そういう事じゃなくて……!」 「せやけど、副会長はんは、リーアに懸想してはったんと違いますの?」 「ま、よろしおす。会長はんに乗り換えるんやったら、ウチは大歓迎どすえ」 「乗り換えるとか言わないでくださいっ!!」 「そうですよ、聖沙に乗ってるのは僕の方じゃないですかッ」 「何言ってるのよ、お馬鹿っ!」 「ほな、ごゆっくり」 「い……いえいえ、こちらこそ何のお構いもしませんで……」 「ちょっと、なに見送ってるの! 誤解を解く前に行っちゃったじゃない!」 「だ、大丈夫だよっ。それに――」 誤解……か。これが誤解じゃなければいい……なんて思ってしまった。 「な、なによ……」 「う、うん、これは事故だから……平気かなって」 「そ、そうよね……」 僕はソファーから身を起こして、聖沙を立ち上がらせる。 「……生徒会の執務を続けよう」 「2000と45、2000と46、2000と47、2000と4――」 「――500と23、500と24……」 「そう、ここが継ぎ目のひとつですか。案外お粗末ですね。この程度の詞藻なら、解呪はたやすい……」 「ん……いい夜風」 「にゃったー! クセモノ討ち取ったりー!! にゃぷぷぷぷ、バイラスにゃまに褒めてもらうにゃ」 「にゃぬ? なんでバタンキューしてないにゃ?」 「夜は全ての者におとずれる、眠りの刻限……」 「安らぎの微風は心地いいのですが、気品のない猫の疾風はいただけません」 「ワケわかんないこと言うにゃ!」 「分かりやすく説明しましょう。私はあなたの奇襲をかわしたものの、陣風によって前髪が3本ほど枝毛となりました。贖罪を乞います」 「オ、オマエ、小むずかしい言いまわししてるけど、要するにおちょくってるにゃ?」 「ああー、笑ったにゃ? それじゃオマエは敵にゃ、大切な魔法陣をブッ壊しにきたにゃ?」 「ジャマする奴はみなごろしにゃ。オマエは気に入らないから、痛めつけて死なすにゃ!」 「戦うのは吝かではありませんが、あなたは軽率にすぎますよ、小麦子さん」 「小麦子って誰にゃ!? パスタはパスタにゃ! 覚悟するにゃ!!」 「にゃりゃあぁぁーーーっ!!」 「戦いに望んでしまった事があなたのミスです」 「そ、そんにゃ……一瞬でズタボロにされるにゃんて……パ、パスタ、スピードなら誰にも負けにゃいのに……!」 「確かに優勢な戦況においては、特化した能力ばかりが役立ち、価値あるように錯覚されがちです」 「しかし、大局において用兵とはマスゲームも同然。求められる基本要素は打たれ強さ……あなたにはそれがない」 「うっさいにゃ! パスタはまだ戦えるにゃ!」 「もう一度身構えれば全身の骨が折れますよ? 私はそのように細工しました」 「にゃ……にゃ、嘘にゃそんなの!」 「信じる信じないはあなたの自由です。いったん退いて療養するか、進んで自滅するか――」 「バ、バイラスにゃまのためなら、パスタの命を捧げても惜しくないにゃ……っ」 「敵と味方の区別もつかないのですか、この未熟者!!」 「にゃひんっ」 「ふふ……やっと会えたわね」 「ソ、ソルティア」 「正門より搦手から、魔法陣に亀裂を仕掛けてゆく輩がいる。気づかれぬよう巧妙に、しかし確実な破砕の罠として」 「ニベの一族かと思って正体を見れば……まだ甘いわね」 「ソルティア、いいところへ来てくれたにゃ! この女をフルボッコにしてくれにゃ!」 「あなたの頼みを聞く筋合いはないわ」 「そ、そんにゃ〜」 「たまには敵の塩を受けて、素直にお退きなさい」 「ううーっ、パスタお家に帰ってフテ寝してくるにゃ!」 「……これでよくやく二人きり」 「私はあまり嬉しくありませんよ――ソルティア」 「さすが……私の正体、気づいていたのね」 「それで、あなたがパスタの代わりとなって罠を受けにきたのですか?」 「そう警戒しないで。勝負する気は毛頭ないわ」 「何をしにいらしたのですか?」 「ここへ? それとも人間界へ?」 「両方……けれども性急に伺いたいのは、後者。あなたがリ・クリエを前にして、この世界にとどまる理由」 「今回のリ・クリエが地異をも含んでいるとしたら? そして、それほど強大な力が、知覚できるものだとしたら?」 「信じる信じないはメリロットの自由だわ」 「……実に興味深いですね。詳しく聞かせてはもらえませんか」 「ふふふ、時にメリロット、あなたが淹れる紅茶は最高だそうね」 「図書館へいらしてください。司書室で紅茶を淹れましょう」 「嬉しいわ」 「せかせかせかせかッ」 「せっせこ、せっせこ!」 「いそいそいそ……って、キィーッ! こんな朝早くから、あなた達は何を考えてるの!?」 「見なさいよ! パッキーさんが、まだ熟睡してるような時間だわ」 「聖沙も人の事言えないじゃん。こんな朝っぱらから登校したら、教室一番乗りどころか、学園一番乗りだってば」 朝霧が晴れたばかりの早朝、僕達三人は学園目指して歩を進める。 早歩きを通り越して、ほとんど駆けっこに近い。 「牛乳配達ばりに早い時刻だね。これじゃ、今まで通り登校しても、聖沙に出会えないわけだよ」 「いつ家を出ようと私の自由でしょ! わざわざ待ち伏せしないでちょうだい!」 「アタシら3人で学園に行くの、すっごく久しぶりな気がする。まあ、ほんの4日前まで一緒だったけどさ」 「んもうー! ナナカさん!!」 「たはっ、たはははー」 早朝の空気が清々しく、気持ちがいい。僕はほんの少し歩調を緩める。 朝陽を浴びて楽しげに揺れる、聖沙のツインテールとナナカのポニーテール。僕も楽しい。こんな二人をもっと見ていたい。 「ゴールッ」 「私も一着!」 「うん、今朝は聖沙とナナカの同着だね」 「二人には同率首位の特別賞を贈るよ。牛乳とか、牛乳とか、牛乳とか!」 「ぬ……!」 「やるよ、聖沙」 「ええ、心得てるわ」 「痛たたっ! ふ、二人同時に僕の背中を叩かなくたっていいじゃないか。牛乳は身体にいいのに」 「そんな事で怒ってんじゃないやい! シン、今朝は手ぇ抜いて歩いたな!?」 「そうよそうよ! こんな勝負、無効だわ!!」 まだ誰も登校していない校門。並木道にワイワイとはしゃぎ声を響かせながら、僕達は昇降口へ向かう。 「姉上! 物の怪はこちらです、お急ぎくだされ!」 紫央ちゃんの通報で、僕達は新校舎に駆けつけた。 クルセイダースの放課後パトロール。今日も二手に分かれて、僕と聖沙とナナカが組んでいる。 「やっかいなとこだよ。隠れる場所がたくさんある。日が暮れる前に魔族を捜し出さなきゃ」 「う、うるさいわねっ。私は夜の校舎なんて、全然怖くないんですからね!」 「シンはそんな事言ってないじゃん? 聖沙ってさ、ひょっとして暗いとこが苦手?」 「ぎくっ!!」 「ねむいよー、おなすかいた。アタシそのへんで休んでくるね」 「ほぎゃあー!? で、でたーっ、魔族だーっ」 「校舎に潜むとは、この魔族は、婦女子に不埒な真似を働こうとしているに違いありませんぞ。懲らしめてやりましょう!」 「お見事。物の怪を調伏いたしましたぞ」 「あの程度の奴なら、アタシらの手にかかればチョチョイのパッだなっ」 「お3人とも息がバッチリですな。それがしの出る幕がありませんでした。もっと修行を積まねば!」 「だってさシン。子供の頃、一緒にケンカしたのが役立ってるのかもよ」 「よく言うよ。ナナカはいつも僕をいじめてたくせにさ」 「たっはははー、愛のムチだってば。もう時効ジコウーっ」 「おお、言われてみれば姉上とそれがしも、よく姉妹喧嘩しておりましたな」 「えっ? そ、そうね……!」 「はい! 戦いの基礎は、案外そんなところにあるのやもしれませぬ」 「はあー、やっとこさ終わった。カイチョー、今夜はどこよってかえるの? なに食べるの?」 「ま、毎晩、買い食いするわけじゃないんだよ?」 談笑しながら、僕達は集合場所へ向かう。 リア先輩とロロットからは急報もなく、あちらのパトロールは順調に終わったらしい。今日のパトロールは、これでお開きだ。 「うっひゃあ、寒ぅ〜〜っ。もうオコタの季節だな」 「聖沙? なんだ様子が……ああっ」 「僕の靴紐ほどけてる!!」 「わめくなっ、結べっ」 「ごめん、僕先に行ってるよ」 「たははは、相変わらず変なとこで律儀なんだからさ」 僕は靴紐がほどけたまま、数十メートル小走りする。 しゃがんで、しっかり結びなおす頃には、聖沙達が追いつくから。 咲良クンは転ばないように妙な走り方をして、先に行ってしまった。 この場で靴紐を結びなおせばいいのに、ナナカさんによれば彼は昔からああらしい。 校舎の外、校門に向かって歩く。 私はなんとなく、12月の澄んだ夕焼け空を見上げる。 この空が、去年の聖夜祭で見た空と同じだなんて、とても思えない。 ……空は同じで、私の方が変わってしまったんだ。 怖い……。 私は咲良クンにどんどん惹かれてゆく自分に、戸惑う。 私達の生徒会が発足した頃は、ただのライバルだったのに、ふと気がつくと咲良クンの事が好きになっていた。 どうすれば、ライバルとして意識していただけの頃に戻れるのだろう。 分からない。 いつの間にか私の歩調は遅くなっている。 咲良クンに追いつかないように……? 「……てへっ」 「くすっ……」 微笑みあう。 私は今、どれほど偽善的な表情を浮かべてるんだろう? 「ア、アタシも走ろうかな。シンに寄り添って、風除けになってやりたい……」 「たははは、ボツ! こんなの露骨すぎ。だってさ、今まではアタシがシンを風除けにしてたんだよ」 「も、もう……ナナカさんたら」 ズキリとする。魔族から攻撃を受けても、こんな痛みは覚えないのに。 間抜けな私は、咲良クンの事を諦めたはずなのに、未だに心を切り換える事ができないでいる。 「姉上、我等も寄り添いましょう」 「えっ? う、うん、いいわよ」 「わーい、アタシも紫央ちーにピッタンコするー」 さっき紫央は、咲良クンとナナカさんと私の連携を褒めそやした。 咲良クンは無条件でみんなを信頼している。 ナナカさんも、私の事を信じてくれているから、気持ちをぴったり合わせて戦える。 それに比べて、私は嘘つきだ……。 咲良クンなんて好きじゃない。二人が結ばれるよう協力するわ――そう、嘘をつき続けている。 ……だからって、今更どうしろって言うの? 私も咲良クンの事が好きだったなんて。言えるわけないじゃない! もう、どうしてこうなってしまったの!? ナナカさんが『シンの事好き?』って聞いてきたから―― あの時『シンの事嫌い?』って聞いてくれれば―― そうすれば、こんなことには…… 頭を振って、身勝手な仮定を打ち消す。もっと、いい考えはないのだろうか? 咲良クンとナナカさんと私。今のように素敵な関係を保ったまま、友達ではいられないのだろうか? ……駄目。 たった今振り払った仮定よりも、甘い考えだ。 私は最初、咲良クンの事なんて全然好きじゃなかった。 多分、咲良クンは、私が知っている咲良クンのままだ。変わってない。 真面目な努力家で、生徒会も勉強もコツコツと頑張っている。 実力をつけて変化している。でも私を悩ませているのは、そういう面じゃない。 私の方が変わってしまった……。 いつの間にかお姉さまは、憧れの人――ごく身近な尊敬できる人になっていた。 同時に咲良クンは、何の断りもなく私の心に入り込んで、隙間を作ってしまった。 咲良クンの形をした隙間―― ナナカさんの心の中にあるのと、きっと同じもの。 私は変わり続けるだろう。 咲良クンとナナカさんも、それぞれの速度で変わってゆく。 それをこのままでいようだなんて、甘すぎる。 私はふと疑問に思い当たる。 『変わる』と『変わらない』 ナナカさんと咲良クンの関係はどうなんだろう? 駄目ダメ、今は私自身の想いに決着をつける方が先だ! 「……姉上?」 「ぬおぉっ!!」 「あわわわっ、紫央ちーなんでアタシに抱きつくの?」 「おお、やはり思った通りですぞ。お子様は、体温が高いですな」 「なーるほど! シンの風除けより、サリーちゃんの方がいいや」 「うわーん! みんなしてアタシをギュッとしないでーっ」 「うはっ、サリーちゃんヌクヌクじゃん。魔界のアイドルで湯たんぽだね」 「ほらほら、聖沙も来なって」 「くすくす、えーい! ぎゅっ♪」 「はひ〜、ムンムン、ムシムシ」 「おーい、みんなあったかそうだね。僕も押しくらまんじゅうの仲間入りを――」 向こうから、咲良クンが駆け戻ってくる。 「スケベッ」 「変態!」 「は、破廉恥ですぞ!」 「ひ、ひどいやっ」 どうして、私達は変わってしまうんだろう。ずっとこのままで居られたらいいのに……! 「ありゃ、珍しい」 「はぁい、ヘレナよ♡ みんなお疲れさま」 集合場所に行ってみると、ヘレナさんが僕達を出迎えてくれた。 「お姉ちゃん……今夜なの?」 「ええ、そろそろハッキリさせる頃合いだわ」 「シン君、私は信じてるからね」 「何の事ですか?」 リア先輩は、ヘレナさんがここに居る理由を知っているらしい。 「うきうき、わくわく 理事長さんがいるという事は、肉まん無料券がもらえるんですね♪」 「わーいわーいっ、肉まん、ピザまん、カレーまん〜♪」 「あんまん、チョコまん、カスタードまん〜♪」 「無いわよ?」 「もう死ぬしかありません……」 「やだやだ死にたくない。生きたい生きたい、生きて中華まんいっぱいたべたいよー、うあーーん!!」 「ロロットちゃん、サリーちゃん、目を覚ましない。あなた達は騙されているのよ!」 「考えてごらんなさい。中華まんの皮の分厚さを、そしてちょびっとしか入っていない具を」 「い、言われてみれば……あれは詐欺に等しいですな」 「いやいや、そういうもんだし。具がミッシリ詰まってて、皮がめっちゃ薄いのなんて、中華まんじゃないやいっ」 「そうだそうだー、フカフカのアツアツの中華まん喰わせろー、じたばたじたばた」 「代わりに九浄家のお庭で、おでんを作っておいたわ。みんなでお食べなさい」 「はーい、死ぬのやめまーす♪ おでんさん、ぐつぐつぐつ」 「よいですな。真冬の稽古の後は、豚汁もしくはおでんにかぎりますぞ」 「うん、寒い夜に屋外で食べると、格別にうまいよね」 「アタシも炊き出しって好きだな。お祭みたいでさ」 「楽しそうね。ご馳走になります。でもヘレナさん、どうしておでんなんですか?」 「うちの学園はミッション系だもの」 「副会長さん分からないんですか? 『エデンの東、オデンの西』というやつです」 「その通りよ、ロロットちゃん」 「お姉ちゃん、大切な夜なのに、そんなダジャレを……」 「くんくんくん。こっちからいい匂いがするよー」 「はぅあ! あの人は――」 「ひ〜っひっひっひっ」 大きな壷で変な薬を調合している魔女のように、メリロットさんはおでん鍋を前にして陶然としてる。 「メ、メリロットさん……?」 「ハッ!? し、失礼。ぐつぐつと煮えたぎる液体を見ると、つい……」 「へぇー、うまそうだ。メリロットさんが作ったんですか?」 「いいえ、私は火の番のみ。調理したのはリースリングです」 「どんなもんですか、えっへん!」 「メリロット、後は私に任せて、シンちゃんをお願いね」 「はい。咲良くん、こちらへ」 「僕に何か?」 メリロットさんは、みんなから数メートル離れたところへ、僕を誘う。 「みんな、気を楽にして、食べながら聞いてちょうだい」 「おっほん……クルセイダースの活動、連日ご苦労である」 「リ・クリエを前にして魔族の跳梁が激しさを増す中、諸君等の滅私奉公、獅子奮迅の働きぶりは、我が妹リアより聞きおよんでいる」 「諸君等のおかげで我々と魔族の勢力は拮抗しているが、くれぐれも油断しないで欲しい」 「現状を言い換えれば決め手に欠けており、いつ魔族の〈跋扈〉《ばっこ》を許すやも知れぬ、危険な均衡なのだ」 「ぱくぱく。キンチャクさんはお楽しみ袋ですね。中に何が入っているか、食べるまで分かりません」 「もくもく……おおっ、これはギンナンですな。それがしがじいや殿と共に拾ったものですぞ」 「ギンナンはクサくてヤダプー。でも食べるのは好きー」 「アタシ、おでん種の中じゃウィンナーが一番好きなんだ。たははは、邪道だけどさ」 「み、みんな、ちゃんとお話を聞きましょうよ」 「うふふふ、安心なさい聖沙ちゃん。ココまでは前置きよ。本題はこれから――」 「咲良くん、もっと私の傍へ来て下さい」 「いいですけど?」 「兵法に曰く、敵を知り己を知れば、百戦して危うからず」 「クルセイダースは守護天使の霊力をもって戦うが、魔族は魔法を行使する」 「霊術と魔法。この二者は相いれぬ。故に我々には魔族の手の内がつかめなかった」 「しかし、私とリアとメリロットは、文献を日夜あさり、ついに戦況を打開する術を見つけた」 「まさに天佑神助! なんと人間でも魔法をブッぱなせる技があったのだ! これで諸君等は、ますます強くなれちゃうぞ!」 「そ、そいつはスゲー!! 三界を揺るがす、衝撃の新事実だぜ!!」 「さっ、そんなわけでシンちゃん、パッパパ〜ッと魔法を使っちゃってちょうだい♡」 「やり方がサッパリ分からないんですが……」 「咲良くん、好きな食べ物は何ですか?」 「は……?」 「私が魔法陣の描き方を教えます。好きな食べ物は何ですか?」 「あ、あの、魔法と好物に何の関係が?」 「シン様よ。この女が言ってる事は、一応、理に適ってるぜ?」 「魔法とは、己が魔力を発現させる一形態にすぎません。守護天使から霊力を借りる時のように、定められた文言を詠唱すればよいというワケではないのです」 「つまり魔法には、方程式みてーな不変の型がねえってこった」 「今まで戦ってきた連中の魔法を、思い出してみな。みんな自己流だったぜ?」 「その通り。あなたにとって、最も好ましいイメージを依代にし、そこに魔力を乗せてみて下さい」 「だ、だけど、もし魔法陣が出てきたらどうするんですか? 僕は制御の仕方を知りませんよ?」 「そう緊張しないで。今やろうとしているのは基礎中の基礎。危険性はありません」 「そ、そうですか……あ! だから、手っ取り早くイメージできる、好物を聞いてきたんですね」 「はい、魔力とは不定形のもの。己が念によって、己が魔力は初めて法陣となるのです」 「おうよ! シン様が、自分の中に魔力を漠然と感じてるなら、そいつをハッキリしたイメージで具現化させてみな。難しいこっちゃねーぜ」 「や、やってみます」 「うーん、うーん……」 「ウンともスンともならないですね」 「も、もう一度やってみるよ」 「好物、好物……」 「あのさ、シンは節約生活してるから、何が自分の好物だか分かってないんじゃない?」 「そ、そうだったのか!! 誕生日に食べたけど、僕にとってビフテキなんて伝説上の食べ物だし!!」 「……好きな子をイメージしてもいいですよ?」 「で、できた!」 「え……あれ、シン……だよね?」 「カイチョーすんげー! オヤビンなんか目じゃないよ!」 「ほ、本当に会長さんなんですか?」 「あ、あの、僕の内から何かが溢れてきて……その、両腕がビリビリして魔法陣が熱くなって……」 「す、すごくヤバイっぽいんですが」 「シン様、腕を真上にあげて、打ち上げ花火をイメージしな。それが一番安全だぜ」 「夜空が一瞬、青空になった。す、凄いや魔法って」 「違います。凄いのはあなたです」 「じゃあ、みんなも凄くなれるよ。誰でも魔法が使えるようになるんですよね?」 「人間に魔法は行使できません」 「さ、咲良クンなの……本当に?」 「どうしたの、二人とも変な顔して? 確かに魔法はとんでもなかったけど、もう安心――」 「そうじゃねえ。魔法陣に感応して、眠ってた素質が覚醒しちまったんだ」 「自分で気付かねぇのも無理ねぇが、シン様の姿……変わっちまってるぜ?」 「シン君、お願いだから落ち着いて聞いてね」 「私達、シン君の事を試したんだよ」 「魔法陣を扱えるのは魔族だけ。シンちゃんは魔族でしょ?」 「ギク!!」 「しかも、魔王でしょ?」 「ギクギクゥ!?」 「そ、そんな……僕、魔王みたいに強くないですし、その……っ」 「では、たった今の凄まじい魔法は誰が放ったのですか?」 「さて、諸君。この中に魔王がいる」 「……私はこれからいくつか質問をする。諸君は正直に答えて欲しい」 「いや、嘘でもかまわない。答えの傾向によって、自ずと対象が絞られてゆくのだ」 「ではまず、魔王君」 「シン君ったら……」 「し、しまったあーー!!」 「あ、ありゃりゃ? シンの眉間に赤い光が?」 「魔王様、レーザーポインターが当たってるぜ」 「民子ちゃん、短慮に過ぎるわよ」 「じいや、会長さんを狙撃しないで下さい!」 「消えた……ホッ」 「パ、パッキーさんが、魔王様って呼んでる……」 「聖沙、僕は――」 数瞬、全身の皮膚に、周辺の空気が凝縮されて押しつけられたような圧迫感を覚える。 そして解放感。 12月の夜気と、鍋でグツグツと煮えているうまそうなおでんの匂い。 「な、何かな?」 「シン殿が、いつものお姿に戻られましたぞ」 「まだ、魔法の発露と残心がコントロールできていないようですね。これは骨が折れますよ、ヘレナ」 「でも潜在的な力はズバ抜けてるわ」 「確かに、リ・クリエを大過なく終結に導くには、魔王の力が必要となるでしょう。ですが咲良くんは、まだまだ未熟……」 「僕の……力?」 「シンちゃんを鍛え上げるのがメリロットの役目じゃないの。うふふ♡ シゴクのは得意でしょう?」 「語弊のある言い方は止めてください!」 「だって嬉しいんだもん♪」 「うん。シン君はシン君のままで、魔王になってくれたから、ね」 「はい、会長さんはいつも通りオロオロしてますね。やる時はやりますが、それ以外はヘタレです」 「そうそう、シンがコスプレみたいな魔王になって、魔法をボッカーンってやったのはビビッたけど、それだけの事だって」 「あら? いい後輩をもったわねリア。この子達、簡単にシンちゃんを受け入れちゃったわ」 「だって、魔王と私達クルセイダースは運命で結ばれてるんだもん」 「ううん、そんなのなくても、絶対に私達は集まってたよ♪」 「リ・クリエによって三つの世界に危機が迫った時、魔王とロザリオを継ぐ者は、自然と引き寄せられる」 「そうして、共に力を合わせて世界を守った後、それぞれの生活に戻ってゆく」 「此度のリ・クリエは20数年ぶりの変異。みなさんと魔王はめぐり逢いました。この事実が意味するところは明白です」 「咲良くん、明日よりあなたを一人前の魔王に鍛え上げます。手心は加えません」 「今夜中にお覚悟を。進退はあなたの自由と責任においてお決め下さい」 「僕でお役に立てるなら、喜んで訓練しますよ」 「うんうん、シンらしいや。こういう時の決断力がスゴイもんね」 「私、謝らなきゃ」 「シン君の事を黙ってたのはね、魔王が本当に実在するかどうか、確信が持てなかったからなんだよ」 「もし居ないのなら、今回のリ・クリエは大事ないって証拠だもん。みんなに余計な心配をかけたくなかったの」 「そういや、サリーちゃんはシンの事どう思う? やっぱ絶対服従とか?」 「そんなのヤダヤダー。魔王とか言われても全然そんな感じしないし。ぶっちゃけどうでもいい」 「嬉しいやら悲しいやら……」 「魔王が会長さんなら、心配どころか大安心です。そんな些細な事より、おでんが冷めちゃう方が一大事がですよ」 「わああ! 火ぃかけっぱなしで、煮崩れしかかってるー!」 「お嬢さまのおでん種の煮炊きは、この執事ことリースリング遠山めにお任せを」 「ふふっ、やっぱり出てきたわね民子ちゃん」 「火加減をお願いいたしますね」 「――ちょっと待って!」 「わ、私は……認めないわ!!」 「咲良クンは私達を……ずっと」 「ずっと騙してたんでしょう!?」 「ほら、何も言えないじゃない! 馬鹿にしないでよ!!」 「お、お願い……何か言い返してよっ。そうしないと、私……あなたのこと……」 「それなのに、あなたは私のことを……!」 「私……帰る!!」 月ノ尾公園で一緒に晩ご飯を食べた夜、僕の部屋でテスト勉強をした夜、楽しかった二人の秋。 聖沙はツンツンしてたけど、喜んでくれてたと思う。そんな時、決まって聖沙は走って帰っていった。 今夜も走る。感情が昂ぶって。だけど秋とは、正反対の心の動きじゃないか。 「僕のせいだ……」 「そんなこた分かってる! なにグズグズしてやがんでい!? さっさと追いかけろいっ」 「なによ! ついて来ないでよ!!」 意外にも学園の敷地内で、僕は聖沙に追いつく。 聖沙は微かに震えており、走るのを止めていた。 それが冬の寒さか、怒りか、切なさか……何によるものなのか、思い当たる節がありすぎて特定できない。 「聖沙、待ってよ!」 僕は聖沙の両肩を掴んで、引き寄せた。 震えが一向に止む気配がなく、このまま放っておけば聖沙の全部が、脆く崩れてしまいそうな気がして怖かったから。 「――触らないで!!」 両手が弾かれてしまった。 「みんなを……聖沙を騙してたわけじゃないんだ……」 「ええ、ええ! そうでしょうとも! 咲良クンは、クルセイダースにも背かなかったわ!」 「でも、それだけよ!!」 「咲良クンが魔王だったなんて……! 今の今まで隠してたの!? 私達が初めて会った頃から!?」 「ち、違うっ。僕、自分が魔王だって知ったのは、つい最近なんだ」 「い、いつ……?」 「ちょうど……僕達の生徒会が発足した日に……」 「待ってよ、それって……」 「それってクルセイダースができた日じゃないのよ! 魔族退治の最初から最後まで、ひた隠しにしてたのね!!」 「う、うん、だって――」 「そんな大切な事どうして……結局、私のこと――」 「みんなの事信じてないんでしょ!?」 「違うっ」 「みんなにどう思われるのかが、怖かったんだ!」 「いや、僕が嫌われるだけならまだいいよ」 「でも、魔王だなんて知られたら……せっかく築いてきた関係がどうなっちゃうのか、想像するのも恐ろしかった」 「私達のせいにしないで!」 「咲良クンの……弱虫!!」 「よう、俺様が背中押さなきゃ走れねーか?」 「走れるよっ」 「はぁ、はぁ、はぁ……!」 「ぜーはー、ぜーはー、ぜーはーっ」 「もうっ、私の事なんて放っておいて!」 「いやだっ」 「はぁ、はぁ、はぁ! お、お家まで追いかけて来たら、許さないんだから! みんなに言いつけてやる!!」 「ぜーはー、ぜーはーっ。言いたきゃ言っていいよ。僕はみんなより、聖沙一人の方が大事なんだ」 「ば、ばばば馬鹿ーー!!」 「聖沙が、魔王がどんな奴かロクに知りもしないで、魔族の事すごく嫌ってたらから……っ」 「そうか……だから僕は、言えなかったんだ……」 「聖沙に嫌われない為に……僕は……」 「わ、私に……咲良クンが……?」 聖沙がやっと、立ち止まってくれる。 「……どうしてなの?」 「それは、聖沙の事が……」 「僕は聖沙のことが好きだから」 「僕は、聖沙が好きだから!!」 「ぅ……わ、私は……」 「な、なによ咲良クン……ずるいわよ、こんなの……」 「僕の事を信じて欲しいって言うのは、虫が良すぎると思う」 「でも、この気持ちだけは本当なんだ」 「実際咲良クンは、私を裏切ったことなんてない……」 「咲良クンは、きっと……私を信じてくれている……」 「わ、私……咲良クンの事……で、でも……」 聖沙が、今まで見せた事のない表情を浮かべる。 いや、生まれて初めてだ。こんな顔をした女の子を見るのは。 「さ、咲良クン。あのね、私は……」 「……ダメ。やっぱり、言えない……」 「ごめんね、聖沙」 「今帰ったぜ――って、何部屋に入らねーで突っ立ってんだ?」 「え? あ……! うん」 「ヒスは、俺様が責任もって家まで送ってきたぜ。もちろん自宅の場所はシン様に内緒だとよ」 「あははは、いつも通りだね。聖沙らしいよ」 「パッキー、おでん食べられなかったね」 「そんなもんいいから黙ってな。他人を気遣うのも、今夜だけは止めとけ」 「今のシン様は、自分の事だけ考えてもいいんだぜ?」 「さあ、部屋に入ろうぜ。こんなところで黄昏てたら、風邪ひいちまわあ」 「パッキー。僕と二人きりの時も、『魔王様』じゃなくて『シン様』って呼んでくれるんだね」 「いいから、とっとと入りやがれ! ったく!!」 土曜の放課後。 今日はいつもより長く、生徒会活動ができる。 ……はずだったけど―― 「み、みみ聖……クリステレスさん、議事の日程と聖夜祭の稟議書を」 「なんで普通に聖沙って呼ばないのさ?」 「は、はい、これよ咲良シン君」 「こっちはフルネーム……」 「み、聖……ブリジッタさん、これイベントのアンケート用紙だよ」 「え……? あ、う……ム、キィ……ッ」 「いけませんねえ。副会長さんは、会長さんが魔王さんなのを気にしすぎです」 「そ、そそ……そんな事ない、わ……!」 「サクラちゃん、サクラちゃん、3番テーブルにご指名よん♡」 「お、お姉ちゃん、なに言ってるんだろう?」 「ヘレナさんの暗号です。僕を呼び出してるんですよ」 「そんな秘密の符号を、全校放送で流しちゃうんだ……」 「……じゃあ、今日は上がるから後はお願いします……」 「どこ行くのさ?」 「鬼軍曹のところだよ」 「それは、どこのどちらさまですか?」 「メリロットさんね」 「あら? シン君と聖沙ちゃんは、ちゃんと通じ合えてるんだね」 「……行ってきます」 「ああ、針のむしろだよ……」 「それだけヒスが好きだったって事だぜ」 「完了形で言わないでよ。まだ終わってないんだからっ」 「そ、そりゃ……振られたんだから、いつまでも引きずってないで諦めるべき……だけどさ」 「シン様がそうしたいなら、諦めな」 「……パッキー、昨夜は励ましてくれたのに、今日はフォローしてくれないんだね」 「魔王様もヒスも、ちゃんと学園に来てんじゃねーか。しかも生徒会までキッチリやってるぜ」 「もう俺様が口出す事はねーよ」 「うん……確かに、僕が自分の力で乗り越えなきゃいけないね」 僕はメリロットさんに稽古をつけてもらうため、図書館へやって来た。 土日は一般開放されて、外部の人がたくさん訪れる筈なのに、今日は人っ子一人居ない。 「随分早く来ましたね。殊勝な心意気です」 「いえ、放送で……あ!」 今頃になって僕は悟る。ヘレナさんは何でもお見通しだ。 聖沙の事でウジウジ思い悩む余裕があったら、修行に専念しなさい――そういう事だろう。 「放送がどうかしましたか? この修行場では外部の音は一切聞こえません」 「ええ!? こ、ここで魔王の修行をするんですか? 武道館を借りるんじゃ……?」 「あんな建物では脆すぎて、魔法の衝撃波に耐えられません。実地訓練は屋外で行います」 「そんなに危険だなんて……だったら図書館も崩れちゃうじゃないですか」 「いいえ、ご安心を。この空間には結界が張ってあります。現段階での咲良くんの力では、破れません」 「この結界の内側にいる私達の姿と声は外側からは感知できず、逆もまた同様です」 「どうりで……。土日は一般開放されてるのに、図書館の周りに誰も居ないのは変だと思ってました」 「周囲を気にせず、心おきなく訓練して下さい」 「では、始めます。お覚悟を」 「メ、メリロットさんが僕の指導をするんですか? てっきり、誰か達人が現れるものだとばかり……」 「……もしかして、ヘレナから何も聞かされていないのでしょうか?」 「はい、これっぽちも」 「……おっほん」 「私はリ・クリエを記録し、その状況を監視する一族。周囲にはニベの一族とも呼ばれていますが――」 「そうですね。私もあなたと同じ、魔族です」 「め、メリロットさんも……!?」 そうか……魔法を使える人、昨日の魔法陣を手引きしたのも、メリロットさんだった。 「ど、どうして、図書館司書をやってるんですかっ」 「不思議ですか? 牛丼屋で働く者もいれば、ボイラーマンになった者もいるではありませんか」 「同じように私は司書である事を望んだ」 「あ……そっか。どうりでニベさんには、いろんな噂が立つわけだ」 「ニベという呼称はあまり好きではありません。これまで通りメリロットとお呼びください」 「それで昨夜の件ですが、関係者の前で魔王である事を明るみに出してしまい、申し訳なく思っております」 「咲良くんが魔王である事を秘匿したまま、リ・クリエに対処する方法もあるにはあったのですが……」 「ヘレナさんの一存で、おでんの〈下〉《もと》、秘密を公にしたと?」 「ヘレナだけではありません。私もそのように進言しました」 「ど、どうして?」 「魔法は、術者の心情に左右されますから」 「そうです。今は辛いでしょうが、先の事を考えれば止むを得ぬ仕儀でした」 「うん、もうみんなを騙さなくていい。心配事がひとつ消えてます」 「……という事は、他にも懸案がおありなのですね?」 「この程度の助言しかできませんが、そんな時は他の事に集中すれば、少しは気が紛れます」 「家事や勉強ですね」 「普段はそうでしょうが、今は魔王としての修行に没頭して下さい」 「魔王とて、こういう者でなければならないという、宿命や運命などありません」 「何者であろうとあなたはあなた」 「メリロットさん……」 「ただし、力をつけておくのは無駄ではないはずです」 「分かりました。ご鞭撻をお願いします」 「何をふざけているのですか? この程度の魔力をコントロールできないなんて」 「はぁ、はぁ、はぁ! ぼ、僕は全力でやってます」 「本当に……?」 「魔法が乱れすぎています。昨夜と同じイメージで、魔法陣を発動させて下さい」 「だ、だってそれは――」 だ、誰だろう、この女の人は? 格好からして人間じゃないとは思うけど……。 「何の用ですかソルティア? 無断で立ち入らぬよう、言っておいたでしょう?」 「つれないわね、今は仲間なのに」 「まぁいいわ。調べたい事があるの。書庫の鍵を貸してちょうだい」 「確かに借りたわ」 意外にも、メリロットさんはソルティアと呼ばれた人物に、鍵の束を投げつけた。いつものメリロットさんなら、手渡しそうなものだけど……。 この人は、どうしてこんな嫌な目で僕を見つめるんだろう? 「これが魔王? これが……」 「こ、これって――」 「所詮、魔族は魔族。地這いの非人というわけね」 「ソルティア、用は済んだでしょう。ただちに結界より退出しなさい」 「これは失礼」 「それではまた」 「あの人は……」 「――ソルティア。彼女もまた、リ・クリエ回避の鍵を担っている一人です」 なんて冷たい瞳をしているのだろう。協力的な風には、とても見えなかったけど……。 「動機は異なれど、目的が同じならば利害関係は一致します」 「ソルティアは、仲間のようで仲間ではありません。時には味方、時には敵……」 「恋人だった事もあるんだぜ」 「そんなわけないでしょうっ! さあ、訓練を続けますよ!!」 「どうにも魔法に乱れが生じてますね」 「ぜーはー、ぜーはー、ぜーはー! も、もう夜になってたんだ。気付かなかった」 「はぁい、ヘレナよ♡ 頑張ってるわね、お二人さん」 「えっ……! ど、どうやって結界に入ってきたんですか!?」 「フォフォフォフォ、まだまだ甘いよメリロット君」 「……なぜ両手の指をイヤらしく蠢かせながら、私に接近してくるんですか?」 「いつもリアというご馳走ばかり食べてたら、たまにはメリロットを味わいたくなっちゃうわけよ。分かるでしょ?」 「分かりません! お断りします!」 「口では嫌がってても、メリロットだって本当は……いやん、エッチ〜ン♡」 「邪魔にならぬよう、その辺の隅っこに行って、一人でやってて下さい」 「ひっどーい!!」 「咲良くん、訓練を続行します!」 「初めから根をつめて飛ばしすぎると、途中で息切れするわよ。今日のところは、この辺にしておきなさい」 「それは正論ですが、しかし……」 「というわけで……ねーちゃん、ええ乳しとるやんけ。うふ、うふふふふ」 「嫌ですったら、嫌です!! 我々にはもう日限が――」 「よいではないか、よいではないか♪」 「ええーと……お二人の邪魔しちゃ悪いから、今日は僕この辺で――」 「まだ帰しません! 血反吐を吐くまで魔法の修行です!」 「休憩くらいしなさいな」 「そして、休憩時間にはショーがあるものよ♪ レッツ生板♡」 「うりうりうりうりっ♡」 「ち、ちちちちょっと待って……!」 「あ、あれれ? 二人が消えちゃった」 「ヘレナさーん、メリロットさーん!」 「……返事がない」 「そりゃ結界の外側からじゃ、中の二人には声かけられねーぜ」 「い、いつの間に僕は外に……メリロットさんが、魔法で弾き出したのかな」 「今夜はもう帰ってヨシ! って事だろ?」 「もう休みな、魔王様。明日も修行だ、このまんまだと身体がもたねーぜ」 「うん、そうしよう」 「よう魔王様、朝飯のおさんどんしてくれよ。俺様、腹減っちまったぜ」 「そっか、今日は日曜だったね。ナナカが迎えに来ないわけだ」 「まったく……さっさとメシをかっ喰らって、表をウロチョロしてきな」 「玉砕したての男が、部屋に一人きりで居たら、心が病んでくるぜ」 「そ、そうだね。パッキーの言う通りだよ」 「おうよ! 高台まで散策したり、流星町内をランニングしたり、汐汲商店街でマンウォッチングしたり――」 「『ぽんぽこ』にまだ使えるストーブがないか見てみたり、月ノ尾公園の突堤で魚釣りしたり、飛鳥井神社の鎮守の森で山菜つんできたり」 「発想が所帯じみすぎてて、泣けてきやがる」 「だが、そうと決まれば、すぐ出発しようぜ」 「通りかかったついでだし、せっかくだからお願いしていこうよ」 「いいけど、賽銭持ってんのか?」 「せ、誠意を込めてお願いすればいいんじゃないかな? ほら、スマイル0円て言うじゃないか」 「パンパンッ……」 「……困ったなあ。何をお願いすればいいんだろ?」 「考えて無かったのかよ!? パッと思い浮かんだ事を願いな。それが魔王様の本心だぜ」 「うん、それだったら……」 ――聖沙が幸せになれますように―― 「魔王様、いい顔してるぜ」 「そうかな? そんな事ないと思うけど」 「否、物の怪の言う通りですぞ。それほど安らいだお顔の参拝者とお会いできたのは、久々にございます」 「うわ!? し、紫央ちゃん、いつの間に……」 「ふむ、気取られずに近づけましたな。これも尊敬の君を見習った成果ですぞ」 「今日も手練れの領域へまた1歩近付けました。じいや殿の境地まで、あと65535歩です」 「そ、そうなんだ。応援してるよ」 「ところでシン殿。それがし、これからちょうど一服するところなのですが、ご一緒にいかがですかな?」 「もちろんお茶請けもございますぞ」 「本日は、イモ羊羹とカボチャまんじゅうをいただきましてな。それがし一人では、食べきれませぬ」 「うまそうだね、お呼ばれするよ」 「その言葉、執事の真似してるんだろーが、使いどころを間違ってるぜ?」 「ぬぐぐ……っ」 「なんかお茶請けの量が、多すぎるような……」 「んく……ほぉ〜、お茶はいいですな、心がなごみますぞ」 「ふぅ……うん、うまい!」 「今更だが、他の言い方はねーのか?」 「ずず……うん、深い!」 「ワケわかんねーぜ」 「お世辞じゃなくて、うまいんだってば」 「シン殿、日本茶でよければ、いつでもそれがしが淹れて差し上げますので……」 「おっと、しかしシン殿には姉上がおりますな。それがしの日本茶も、あの紅茶には敵いませぬ」 「姉上は、シン殿のためならば、喜んで紅茶をお淹れになるはずですから」 「聖沙は……」 「僕が淹れる紅茶があまりにマズイから、仕方なしにやってるのさ」 「はて? 本心から仕方ないと感じておるのであれば、淹れる事自体されぬと思いますが……」 「お茶の一時は、気構えぬ姉上の姿が垣間見られる、憩いの場ですからな」 「うーん……僕にはお茶以外の時も、紅茶を飲んでる時も、どっちもおんなじ聖沙に見えるよ?」 「それは姉上が、シン殿に心を許しておられるからですな」 「まさか! 聖沙は何かにつけて勝負ばかり挑んでくるのに? 一線引いてる証拠だよ」 「画しているとお感じになるのも、無理はありませぬが……」 「姉上が描いておるのは直線ではなく、円なのです」 「半径は接する人によって大きくなったり縮んだり……。シン殿はもちろん、円の内側に含まれておりますぞ」 「そ、そうかな? よく分からないや」 「ぬ……シン殿は姉上に近すぎる関係ゆえに、円が感知できぬというわけでしたか」 「お茶を嗜む時はもちろん、最近の姉上は事あるたびに、シン殿の話ばかりなさいますしな」 「その楽しそうなお顔といったらもう、それがしまで明るい気分になるほどですぞ」 「もっとも、そのあたりを指摘してしまうと、姉上は強引にしかめっ面を浮かべてしまいますがな」 「うん、それはよく分かるよ」 「いやはや、それがしの講説など、大きなお世話でしたか」 「……あの、分際をわきまえぬ発言のついでに、一つお聞きいたしますが……」 「シン殿と姉上は……こ、こここ交際しておられるのでしょうか?」 「ええ!? ど、どうしてそんな風に思うの?」 「あそこまで飾らず素直に誰かの事を語り、包み隠さず幸せな想いをふりまく姉上など、初めて目の当たりにいたしました」 「それがしには、なんとなく伝わってくるのです」 「姉上のあれは、その……恋というものなのでは、ないでしょうか……?」 「紫央ちゃん――」 「ハッ!? い、いけませぬ! 姉上のお気持ちを、勝手に代弁してしまったのでは!?」 「ううん、大丈夫だよ。聖沙に限って、僕の事をそういう風に思ってるはずないからね」 「なにゆえ、そう断言なされるのですか?」 紫央ちゃんのお喋りで朗らかだった空気が、僕の不用意な一言で気まずくなってしまった。 本当の事を言ってもいいものだろうか? 紫央ちゃんなら相談できるかも……。そう、幼馴染みのナナカと僕の関係のように、聖沙の事を知り尽くしているはずだから。 言ってみるべきだろうか……? いや、止めておこう。 誰かがナナカを便利使いしたとしたら、僕は絶対に怒る。そいつがろくに努力もしていなかったとすれば、なおさら嫌悪するに違いない。 僕はまだ、聖沙の事で悪あがきどころか、努力すらしていないじゃないか。こんな様で紫央ちゃんまで巻き込んで、どうするんだ。 「こんちゃー! 今日も来たよ、紫央ちー」 「おお、サリー殿。待ちくたびれましたぞ」 「あれ? 二人はよく会ってるの?」 「毎日だよ。って、カイチョーもいたんだ。ヤッホー!」 「ひゃっほーい! おいしそーなオマンジュウと、なんか甘そうな四角いやつだ。いっただきー♪」 タイミングが良いのか悪いのか。サリーちゃんがひょっこりやって来たため、僕と紫央ちゃんの会話はシリ切れトンボで終わってしまった。 「なりませぬ」 「っとととっと。いけないイケナイ。紫央ちーとの約束だった」 「然り! お茶を楽しむのは、それがしとの鍛練が終わってからにして下され」 「鍛練? もしかしてサリーちゃん相手に、毎日やってるの?」 「サリー殿に、一撃でも見舞う事ができれば、それがしの勝ち」 「オシマイまで避けつづけたら、アタシの勝ちで、お茶菓子たべホーダイ!」 「今日こそ当ててみせますぞ!」 「おい、薙刀小娘よ。その言葉をたぐれば、今までただの一発も命中してねーって事か?」 「ぬぐぐ……! リ・クリエまでに勝てばよいのです!」 「今日こそはっつったじゃねーか!!」 「……ふっ、俗人は下らぬ事にこだわりますな」 「もう、何が何やら……」 「ほえ? り・くりえ? なんだっけそれ? 美味しいものだったっけ?」 「李・栗餌とは、スモモとクリをかけあわせた、新種のイモだぜ」 「わー、いいなイイナ食べたいなー! 紫央ちー、明日それヤキイモにしてちょーだい♪」 「そのような要求は、今日勝ってからにしてくだされ」 「いや、そんなおイモ実在しな――」 「礼!!」 「いらっしゃいませー。ぺこり」 「牛丼屋のバイトのせいで、礼をああいうもんだと思い込んでやがんのか? 薙刀小娘も、言ってやりゃあいいもんを」 「そこを簡単には教えないところが、聖沙の妹さ。きっと切り札のつもりだよ」 「ショボい奥の手だぜ」 「ええい、いつもいつも、ちょこまかと!」 「うふふのふー、紫央ちーってばノロすぎー」 「ぼ、僕には速すぎて、太刀筋が分からないよ」 「安心しな。俺様の目にも、まったく見えねーぜ」 「うぬぬぅ、ちょこざいな! 薙刀の露と消えなされ。てぇ、やーッ!」 「ヤダプー♪ あふ、ふわあぁぁん……」 「くうぅぅーーっ! 稽古中に大欠伸とは何事か!!」 「空振りばっかりだよ。サリーちゃんてこんなに強かったっけ?」 「別に強かねーだろ。反撃してねーぜ?」 「けど避けるのに精一杯って感じじゃないよ。ぜんぜん余裕じゃないか」 「ねー紫央ちー。タイクツだから、おしゃべりしよーよ」 「聞く耳持たぬわっ!」 「あのねー、オヤビンの戦い方って、スッゴイ大雑把なんだー」 「だからアタシ、巻き添えくわないよーに、避ける技だけ身についちゃった」 「サリー殿の三味線に惑わされる、それがしではないわ! お覚悟!!」 「オヤビンのこーげきって、黄色い感じがすんの。紫央ちーも同じー」 「なんですとぉー!? それがしが将来、あのように太ってしまうと!?」 「そーいうことじゃなくて!」 「ホントに黄色いイロが見えるわけじゃないよ。でも、手とかから、目に見えない黄色い光みたいなのがピャッて出てきて、アタシに当たったりすんの」 「そしたら、ガガ〜〜〜ンッ! まばたきしてる間に、そこがホントに攻撃されちゃうのだ!」 「紫央ちーからは、冷たくて青白いのが出てきて、アタシに当たってんだよーん。だから丸わかり、ぷぷぷのぷ〜」 「そのような虚言に翻弄されたりはせぬ! でやーッ!」 一生懸命なんだね、紫央ちゃんは……。 僕もそろそろ魔法の修行に行こう。 「紫央ちゃん、稽古の途中だけど僕もう行くね。また遊びに来るよ!」 「すぴーすぴー、むにゃむにゃ……うーん、もう食べられないよぉ……すぴぴぴー」 「ぬがーーっ! なぜ当たらぬーー!?」 「が、がんばれ〜」 「今宵はここまでにしておきましょう。魔法陣がまだまだ不安定ですが、焦る事はありません」 「お疲れ様でした。けど、昨夜より終わるの早くないですか?」 「……適度に休息を設けなければ、またあの触り魔が襲来し――」 「ちちくり魔だなんて、ひっどーい!!」 「そんな事言ってません!!」 「本当に、常人には視認できない結界の中へ、どうやって入って来ているのですか!?」 「『ふっ、愛が起こした奇跡さ』」 「はぁ……?」 「理事長といえど、私も一人のか弱い女。リ・クリエに怯えるあまり、おっぱい議事堂に助けを求めてしまうのだよ」 「そんな建物、人間界にはありません!!」 「あらん、ここにあるじゃない♪」 「ま、また、こんな事……!」 「さ、帰ってゆっくり寝よーぜ」 「そ、そうだね!」 「うっ……! に、苦い……」 思わず呟いてから、私は周囲に目を配る。幸いにも昼休みの喧騒にかき消され、私の声は誰の耳にも届かなかったようだ。 一人きりのテーブル席。コーヒーは一向に減る気配がない。気分を変えるべく、紅茶党の信念を曲げてコーヒーを頼んでみたが、そう単純にはいかないようだ。 「聖夜祭の讃美歌……讃美歌……」 進捗は芳しくない。作詞ノートを手に頭をひねる。 生徒会副会長としてやるべき仕事は山積みだけど、書類待ちや確認待ちの状態で、手が空いてしまった。この自由時間を歌詞作りに当てない手はない。 世の作家には、ファミレスでアイデアを出す人が少なくないと聞く。私もそれにあやかろうとここへ来た。 「讃美歌……ううん、讃美歌じゃなくて讃歌でいいのよね、咲良クン?」 彼の事を考えないように努めるが、そんなの不可能だ。皮肉にも、彼のアドバイスは適切なものだった。 みんなで楽しく歌う歌。 讃美歌のように、神様を敬う事がテーマじゃない。 みんながみんなを讃える歌。 そんな共感を呼べる歌詞が、私に書けるだろうか……? 「……ふんっ、あなたなんて――」 彼なんて、才能にもたれかかっているだけで、ろくに努力もせず何も考えていない。生徒会長に当選したのも運が良かっただけ。 まぐれよあんなの。現に根拠のない自信に満ち溢れているじゃないのよ! ……私はそう思い込んでいたけれど、でも本当は、そんな人なんかじゃなかった。 私よりも努力していた。 そして、大失敗もした……。 彼はきっと、考えすぎていたのだろう。 「ありゃ!? 聖沙も今日はプリエなんだ?」 「ちょっと聖沙、聞いてる?」 私も失敗したのだろうか? ……な、なによ! だから何だっていうのよ!? たとえ失敗していようとも、あなたにだけは負けるものですか……! 私にだって自信の裏付けくらい、あるんですからね! どんな恋愛小説も、ストーリーを思い描いているだけじゃ無意味だわ。文章として走らせない限り、それは物語でも何でもなく、ただの妄想にすぎないのよ。 歌だって同じ! 歌詞の形になっていなくてもいい。韻律に乗せる事は考えず、今は思っている事、感じている事を、書き出してゆこう。 飾らず素直に、筆の向くまま。 そこにはぼんやりとではあるけれど、ひとつの想いが形になっているだろう。 「ああ、そのノート……クリスマスソングの調子はどう?」 「きゃっ!? ち、ちっとも出来てないんです。すみません! 頑張ってやりますから!!」 「な、なんで敬語なのさ?」 「あ、あら? ナナカさんだったのね。てっきり、咲良クンだとばかり思っちゃったわ」 「シンにだったら敬語を使うってのも、変じゃない?」 「あの、そ、それは、ええーと……」 「ま、いっか。ビックリさせてゴメンね」 「いいのよ、気にしてないわ。苦いコーヒーの方が、よっぽどショックだもの」 「あっはははー、変なたとえかた」 「そ、そうかしら? いけないわね。歌詞作りが進まなくて、感性がおかしくなってるのかしら……」 「聖沙は肩肘張りすぎなんだってば」 「シンなんて脱力しまくりだよ?」 「ついさっきも、魔法の修行で疲れてるから昼寝するって、生徒会室に行ったんだ」 「それはいいんだけど、シンったらアタシに何て言ったと思う?」 「生徒会室の机で熟睡する秘技を伝授してくれ! だってさ」 「せっかく二人きりだったってのに、あんの男はコレェ〜ぽっちも意識してくれないんだから」 「もしアタシがアゼルみたいな寮生だったとしたら、シンは絶対寝に来てるな。しかもアタシを女扱いせずにっ」 「でも、学生寮は男子禁制よ?」 「いんや! それでもシンは来るね。間違いない」 「あ、そーだ。聖沙は寮歌って知ってる? 聖夜祭とは直接関係ないんだけどさ、寮生は毎年新しい寮歌を作ってるんだってさ」 「寮歌があるのは知ってるけど、聞いた事はないわね」 「いっぺん聞いてみれば? 参考になるかもよ。何十年分もあるからスゴイ量だけどさ」 「アタシは、3、4曲ぐらい聞いた事があるんだけどね」 「駄作もありゃ名作もあったさ。でも、だからこそ本物なんだよ」 「アタシですら寮歌を聞いたら、寮生って本当に学園と寮生活が好きなんだなって、感じられたんだもん」 「それって、素敵ね」 「私は……生徒会やみんなの事が好きだわ」 好き、だった……。 「歌を作るきっかけは、それで充分じゃない?」 「そうね、私も考えすぎてたみたい。ナナカさん、ありがとう」 「お礼なんかいらねーやいっ。それよか、一言いわせてもらっていい?」 「な、何?」 「聖沙、コーヒーにお砂糖入れた?」 「まったく、どこで修行してやがんだ、あの魔王はっ」 「学園中捜したのに、どこにも居ないなんて……」 放課後。咲良クンが魔王だった事が明るみに出ても、生徒会活動はいつもと変わらなかった。 むしろ変わってしまったのは、咲良クンと私の関係だ。何を話そうとしてもお互いにぎこちなくなり、会長と副会長の連携が取れないでいる。 「でも、意外だったな。聖沙ってば結構、運動苦手だったんだね」 「だって、シンと登校の勝負してる時は、すっごい速いじゃん?」 「それなのに、学園内を回ったらヘトヘトになるなんてさ」 「咲良クンに勝負を挑むと、何故か得体の知れないパワーがみなぎってきたのよ」 「あっははははー、聖沙らしいや」 ……咲良クンは大変な集中力を発揮して、短時間の内に会長としての職責を果たした。 そして、私達に必要な指示を出した後、魔法の――魔王としての力を磨くため、メリロットさんの下へ出かけた。 『こっそりシンを覗いて、冷やかしてやろうっ』 ナナカさんはそう提案し、返事も待たずに私の手を引いて、生徒会室を後にした。 『生徒会長が不在の時、副会長の私まで留守にするわけにはいかないわよ!』 ……そんな理論武装は、お姉さまの笑顔と目礼で、呆気なく破れてしまった。そうか、みんなもナナカさんと咲良クンの仲を応援しているのだ。 と、私は初めそう思ったのだけれど、少なくとも今日は違っていた。 「ははははー。でも、聖沙らしいからこそ――」 「過去形で言って欲しくないな」 「聖沙さ……シンが魔王でも気に病む事ないってば」 「魔王だろうが何だろうが、シンはシンっ」 やっぱりだ。 みんなは、咲良クンと私の事を心配してくれている。 その想いが一番強いナナカさんは、魔王である咲良クンの姿を私に見せた上で、お話をしようとした。 躍起になり、足を棒にして学園中を捜してまで。 「魔王の事を隠してたのは、生徒会とクルセイダースの兼ね合いもあるんじゃないかな?」 「仲良くやっていきたいし。ほら、シンってアレで、恋愛以外だと結構空気が読めるじゃない?」 「それに、下手に正体がバレてたら、生徒会を辞めさせられたかもしれないじゃん」 「そ、そうね。咲良クンはキラキラの学園生活を目指して、生徒会長になったんだものね」 「そうそうっ。あと、シンもアタシらとおんなじで、九浄家の秘密は初耳だったって」 「ヘレナさんの役目を、知らなかったんだもんね。魔王の正体がバレたら、会長解任どころか退学処分かもって怖がるのは、当たり前だよ」 「だからさ、聖沙……」 「だから、シンの事許してあげてっ」 「許すも許さないも、私は怒ってないわよ?」 「で、でもさ、あの夜からシンと聖沙はギクシャクしてて――」 「って、あああ!? もしかして、魔王のシンの事は、ただの食わず嫌いかいっ」 「くすくす、ナナカさんらしい発想だわ」 「ちぇっ、なんだー。心配して損したよ」 「くすくすくす!」 そう、怒ってなんかいない。 私はただ、落胆しているのだ。咲良クンに対してではなく、私自身に。 ナナカさんは、こんなにも咲良クンの事を理解している。私にも歩み寄ってくれる。 それなのに、私は咲良クンに近付かなかった。たった一歩を踏み出す勇気がなかった。あろう事か、せっかく追いかけて来てくれた彼を、突き放してしまった。 「ま、損したってのは嘘だけどさ。聖沙が笑ってくれたから、とにかくヨシっ」 「ナナカさんと咲良クンって、どこか似てるわね」 「ムキィー! 失敬な!!」 「ちょっと、私の真似しないでちょうだい!」 「あっははははー」 仲の良い夫婦は、年齢を重ねる事に似てくるという。元々は他人同士だったにもかかわらず。恋人や、友達以上の関係でも、そうではないだろうか? ……咲良クンとナナカさんの間に、私が付け入る隙なんてない。二人は恋人同士になった方がいいのよ。それなのに―― 「大丈夫、平気よ……」 それなのに、どうして咲良クンは、私の事が好きだなんて言うの? 何か勝負をして敗れたわけでもないのに、どうしてこんなにも惨めな気持ちになるの? 好きです。 言葉でハッキリと伝えられた刹那、私は気付いてしまった。 私も好きです―― でも、こんな事は思っちゃ駄目よ。 そう思えば思うほど、咲良クンの事を好きになってゆく自分が恐ろしい。 「シンはさ、魔王で生徒会長でクルセイダースで、とにかくごちゃ混ぜで、それでも頑張ってるんだ」 「アタシらも頑張ろうよっ」 「ええ、負けてられないわ」 「そうこなくっちゃっ」 ナナカさんはさりげなく、『アタシ』ではなく『アタシら』と言ってくれた。私がまだ落ち込んでいる事を、感じているのだろう。 その優しさが辛い。 「よぉーし、明日こそシンに告白するぞーーっ」 「あっ、でも明日になったら明日は今日なわけで、明日の今日の明日は明後日になるから、えっと、うーんと……」 「あー、笑ったな。アタシは真剣なんだいっ」 「ナナカさん」 私は一呼吸おいて、ナナカさんに言葉をかける。 咲良クンに捧げたいであろうナナカさんの貴重な一日を、私は奪ってしまった。もうこれ以上、ナナカさんに心配はかけられない。 胸がチクチクと痛む。 ……作り笑顔は得意でしょ、聖沙? 子供部屋をもらった時、身につけた技だものね。 「応援してるわ」 「あんがとっ」 「痛……ったいわね!!」 「バイバーイ、また明日ね」 ナナカさんは私の背中を強く叩いた後、そのまま手を振り走ってゆく。 いつの間にか、毎朝、私達三人が出会っていた場所まで来ていた。この先は帰る方向が異なる。 夕陽を浴びたナナカさんの長い影が、軽快に遠ざかってゆく。少し前まで、私もあんな風に駆け出していたのに、今は足が重い。 ええ、また明日。 大声で、そう応えようとしたが出来ない。 唇が震えている。 背中に汗をかいている。 それなのに寒い。寒い。寒い。 指先が痺れる。白い。冷たい。 私はもう、走れない。 「落ち着け、落ち着こう、落ち着くんだ僕よ」 昼休み。僕は人が滅多に来ない旧校舎の片隅で、ナナカを待つ。 ついさっき、ロロットにお駄賃の10円チョコを握らせて、ナナカを呼び出してもらった。 聖沙と僕は、依然としてぎこちない状態のままだ。でも、こんな気持ちをいつまでも引きずってはいられない。生徒会長なんだから、しっかりしなきゃ! 同じように副会長の聖沙は―― 「聖沙は困難な局面に遭遇しても、必ず何とかしようとして、そして必ず何とかしてきたよ」 「なのに今回ばかりは、それが出来ないでいる。会長と副会長がこんな調子じゃ、聖夜祭がうまくいきっこないさ」 「そこまで分かってんなら、なんか打開案があるんだろうな?」 「うん、相手は聖沙だからね。会長と副会長として、ここは情と理を分ける協定を結ぼうと思うんだ」 「そいつは無理な話だぜ」 「魔王様の行動様式は情の上に成り立ってんじゃねーか。今からどうやって理の判断回路を築こうってんだ?」 「それが分からないから、ナナカに相談するんだよ」 「バッキャロー! ソバは情の塊じゃねーか!」 「だ、だって僕には、他に相談できる相手がいないじゃないか」 「だったらソバに何もかもぶちまけて、情を貫き通せ。でなきゃシン様はシン様でなくなっちまうぜ!」 「魔王じゃなくてシンか……わかったよ、ありがとう」 「ナナカ、来てくれたんだね」 「そ、そりゃ、だって……シンがアタシに……こ、告……は……」 「ごめんよ、こんなところまで足を運ばせて」 「う、ううん……屋上や小径も素敵だけど……ここもいい感じ」 「どうして、そんなにまっすぐ僕を見つめるの?」 「ぅ……っ」 「ナナカ、どうしてしゃがみ込んで、両手で顔を覆うの?」 「ち、ちょっと待ってて、気合入れなおすから」 「3……2……1……よしっ」 「ドンとこーいっ」 「うん、僕はナナカに話があるんだ」 「ア、アタシも実はシンに……」 「そっか、ナナカも聖沙の事気にかけてるんだね。それじゃ話が早いや!」 「ナナカ、どうしてまたしゃがみ込んで、両手で顔を覆うの?」 「4……3……2……1……よしっ」 「ふっかーつ! バッチこーい!」 「う、うん、いいかな?」 「さっさと言いなっ」 「あのさ、生徒会とかで、聖沙と僕はギクシャクしちゃってるよね」 「まあ、どっちかって言うと、シンより聖沙の方が、ガッタガタ!」 「それ、僕のせいなんだよ」 「魔王がどーたらこーたらの事なら、アタシが聖沙に――」 「僕、聖沙に告白したんだ」 「そ……そんな……っ」 「本当だよ。聖沙と僕がチクチクしちゃってるのは、魔王の事よりこっちが原因なんだ……」 「け、結果はどうだった?」 「あははは……振られたよ」 「玉砕? ちゃんと断られたの?」 「ううん、返事はもらえなかったけど、あの時の聖沙の顔は……」 「聖沙を苦しませてるのは僕だ。でも、元凶の僕にはどうすればいいのか分からない」 「だから、身勝手だけど、これ以上こんな関係でいるくらいなら、聖沙の事はスッパリ諦めるよ」 「そして、今まで通りの関係に修復したいんだ」 「で、告白したのはいつ?」 「おでんの日……僕が魔王だとバレちゃった夜だよ。その時から僕達はぎこちないままなんだ」 「て事は……」 「聖沙ったら、それで……!!」 「……うん!」 「ア、アタシにまかしとけ!」 「ほ、本当に!?」 「アタシらは幼馴染みだいっ、そんな他人行儀な事は言いっこなし!」 「聖沙の事はアタシが引き受けたから、シンは魔王の修行をガンガンやってきなっ!」 「……ありがとう。ナナカに打ち明けて大正解だったよ」 「じゃあね! 呼び出しといて何だけど、僕は生徒会室で仮眠してくる。今日もキツイ魔法訓練だ」 「うん、おやすみ。予鈴が鳴ったら叩き起こしてあげる」 「まったく、シンときたら人の気持ちも知らないで……」 「うあっ!?」 「ま、それが惚れた弱みってやつですなー」 「な、なんでいるの、さっちん?」 「私の事より、これからどーするのー?」 「そんなもん決まってらいっ。アタシはモヤモヤしたのが好きじゃないんだいっ」 「まずはあの、オタンコナスのコンコンキチのヘッポコプーと、話をしなきゃっ」 「なんで自分より恋敵を優先しちゃうかなー? 今ここで告白しちゃえばよかったのにー」 「そんなのやだいっ、反則みたいじゃんかっ」 「うんうんー。私はナナちゃんの、そーゆーとこ好きだよー」 「とほほほ……アタシは嫌いだよ……」 「でもアタシだって、可能性はゼロじゃないやいっ」 「いよっ、青春! うらやましいねー、ニクイよこのー、ど根性ナナちゃんー」 「さっちんも青春しなよ。黙ってジッとしてれば結構可愛いんだからさ」 「いえいえ。私ゃー、ナナちゃん見てるだけで、お腹いっぱいだよー」 「見るくらいならいいけど……てゆーか、さっちんはこんなとこで何してたの?」 「よくぞ聞いてくれましたー。えっへへへー、新しい頭突きを開発してたのだー」 「き、聞かなきゃよかった……」 出し抜けに変化した靴裏の感触と足音に、私は歩を止める。 いや、唐突ではなかった。もう随分長い時間歩きづめだ。今頃ナナカさんは、咲良クンに告白しているに違いない。 私は邪魔にならぬように――そう自分自身に言い訳して、学園を出た後、気がつくとここへ来ていた。 無意識のうちに紫央を……家族の温もりを求めていたのだろうか? 「紫央、いる?」 珍しい事に、境内では紫央とリースリングさんが寄り添い、向かい合っていた。 「きゃっ!? リースリングさんが紫央をぶった!?」 「いいえ、寸止めでございます」 「た、確かに当たった音はしなかったけど……」 喧嘩や揉め事が起きたわけではなさそうだ。 リースリングさんの拳は紫央の顔へと打ち出され、鼻柱に触れる直前でピタリと止まっていた。 「不覚、またしても目を閉じてしまうとは!」 「それが正常な反応でございます」 「な、何してるの?」 「おお、これは姉上。それがし、じいや殿より技を指南してもらっておりましてな」 「鼻面に敵の攻撃が迫ってきても、目を閉じず、その動きを捉える訓練です。まさに達人の秘技!」 「いいえ、基礎中の基礎でございます」 「動体視力を鍛えているんですか?」 「身体機能だけを言えば、その通りでござ――フッ」 「目を閉じたわね」 「閉じておりませぬ!」 「……! ……! ……!」 「くっ、ひっ、ふっ!」 「やっぱり目を閉じてるわよ?」 「い、否。断じて否」 「閉じておるように見えたでしょうが、実は薄目を開けておったのです」 「くぅ……な、情けない。目を閉じるどころか、半歩退いてしまうとは」 「恥じる必要はございません。人ならば無理からぬ事」 「ですが、じいや殿はそれがしの薙刀を受けても、仁王立ちのまま両目を開いておいででしたぞ!」 「心掛け次第で、誰にでもできます」 「紫央様、今は焦らず……ただ、お逃げにならないで下さい」 「その場に踏みとどまる勇気を持ち続ければ、やがて目の前が開けてくるでしょう」 思いがけず胸が痛む。 リースリングさんは、もしかして私に言ってるんじゃないかしら? 「じいや殿……」 「お姉さまとお呼びしても、よろしいでしょうか……?」 「し、紫央。あなた、また何か勘違いしてない?」 「リースリングお姉さまのお手が近付いてくるたびに、ドキドキしてしまうのです。こ、これは、もしや……恋♡」 「紫央、その動悸と好きって気持ちは、吊り橋効果の錯覚よ。目を覚ましなさい!」 「は、はい……やはり初恋は素敵でございますな……♡」 「さ、さて! 一時休憩といたしましょう。それがしはお茶の用意をして参りますので。少々お待ちくだされ」 「あら? 今日のお茶請けは、お新香なのね」 「はい、彩錦殿よりお漬物をいただきましてな。ぜひご賞味くだされ」 拝殿の軒端に腰掛けて、お茶をいただく。 「ん、美味しい……」 本当は心の中がグルグルしていて、味なんて分からない。咲良クンの事で紫央に話を聞いて欲しいのに、どう切り出せばいいのやら……。 「……姉上、シン殿とケンカでもなされたのですかな?」 「な、何をいきなり!?」 「お茶の時間に嘘をおつきになる姉上など、初めて見ましたぞ?」 「……け、ケンカはしてないわ。本当よ」 「そうでしょうか? ここしばらくは、お二人が一緒にいるところを見ておりません」 「それがしは、姉上とシン殿が互いに切磋琢磨しあい、高みを目指してゆくお姿が好きなものでしてな。ちと寂しいのです」 「紫央……」 「あなたは仲の良い友達と、同じ人を好きになってしまった事がある?」 「そそっ、それがし、そのような色恋沙汰にはてんで疎く、どのようにお答えすればよいものやら……」 「ですが、それがしに聞かれずとも、姉上にはお得意の恋愛小説があるではありませぬか」 「実際、小説のようにうまくは、いかないものなのよ……」 「その通りでございます」 「王子様とお姫様は結ばれました。ハッピーエンドでございます」 「小説はそこでお終いですが、現実はその後も続く……」 「二人がこれまでに生きてきた時間に比べれば、永遠にも等しい長い年月を共に過ごす事になります」 「ひょっとしたら別れるかもしれません。子宝にも恵まれず、孤独に苛まれるかもしれません」 「しかし逆に、歳月を分かち合う事で、絆が深まり、幸せな家族になれるかもしれません」 「……進んでゆける道は、いくつもあるって事ですか?」 「……リ・クリエの構造なぞ、人の心に比べたらずっと単純でしょう。大切なものを誤らず、しっかり見据えてください」 「はい、ありがとうございます!」 「さっちん、こないだの相談の続きなんだけどさ……」 「これはたとえ話なんだけど、あるところに幼馴染みの男子と女子がいました」 「女子は物心ついた頃から男子の事が好きなのに、ちっとも気付いてもらえません」 「うん無理だねー。好きなら、ちゃんと告白しなきゃー」 「でもまあ、その男子は変わり者だし、惚れちゃうような子は自分の他にいるわけないって、その女子は安心してました」 「ところがどっこいー」 「油断してる間に、男子は別の女子を好きになっちゃって、しかも告白までしてやがりました」 「仮に幼馴染みの女子をA、恋敵の女子をBとします」 「AはポニーテールでBはツインテール。とどのつまりは1対2。彼我の戦力差は2倍だよー」 「不吉な事言ってんじゃないやいっ」 「恋敵なんて認めてるようじゃ、差は縮まんないよー? 『このドロボー猫!』ぐらいは言わなきゃー」 「聖沙は友達なんだよ? そんな暴言吐けるわけないってばっ」 「あ……いっけね。名前出しちゃった」 「てゆーか、ナナちゃんとシン君が話してるのを偶然うっかり聞いちゃったしー。説明はいらないってー」 「そ、それが、さっちんも知らない事が一つあって……」 「実は……聖沙さ、アタシがシンに告白できるよう、協力してくれてたんだ。シンに好きだって言われる前から」 「シンは振られたと思い込んでるけど、聖沙は返事してないんだ」 「アタシもまだ告白してないし、あやふやでもうグッダグタ……」 「どーすりゃいいのかな、アタシ?」 「なーんもしなくていいと思うー」 「もう、さっちーーんっ」 「副会長さんには、なーんにもしなくていいー!」 「その間に、ナナちゃんがなんとかしろー! シン君の事、白黒ハッキリさせちゃえー!」 「そ、そんなのずるくない? シンに告白されたのは聖沙なんだよ?」 「聖沙もきっと、シンの事……」 「なんでー? それとこれとは話が別ー、むしろ別次元だよー」 「副会長さんは、シン君の告白を受け取らなかった。その事実だけで充分ー。グスグスしてる人になんか、譲らなくていいー」 「ゆ、譲るって……シンは物じゃないやいっ」 「ナナちゃんは、シン君を物扱いするくらいの覚悟がいるんだよー!」 「今度は私が、たとえ話するねー」 「うーんとさー、幼稚園とかのちっちゃい子って、公園で砂場の取り合いしたりするでしょー?」 「誰かと同じ人を好きになっちゃった時も、それとおんなじー」 「そだよー! 大人は子供の成れの果てー、まして私らビミョーな思春期ー。だから戦えーい!」 「戦う……」 「そうだー、いけいけー、ガンガン攻めるのだー!」 「……分かった、聖沙をとっ捕まえてやるっ」 「ぬなー!?」 「さっちんの言う通りにすれば、シンとくっつけるかもしれないのは分かったよ」 「でも、アタシはやっぱり正々堂々戦いたいんだいっ」 「ごめんね、さっちん。真剣にアドバイスしてくれたって分かってるよ」 「アタシ、これからそれを裏切るような真似しちゃう……」 「ううん、頼ってくれてありがとう」 聖夜祭まで、あと二週間を切った。役員全員が生徒会室に集まり、追い込み作業に入っている。 僕は魔王の修行に明け暮れる日々だけど、皮肉な事に今日は会長としての業務がはかどった。 「紅茶のおかわりが欲しい人は、手を上げて」 「はーい はいはーい♪」 元気なロロット。対照的に、僕と聖沙とナナカは書類に目を落としたまま、黙って手を上げた。 「あら……」 生徒会の二年生。実質に中心的な役割を果たすべき僕達三人は、異様に口数が少なくなっている。 そのおかげで仕事に集中でき、会長・副会長・会計それぞれの事務的作業が、ほぼ片づいてしまった。 明日の昼休みには、型通りにこなせばいい務めは、全て終わってしまう。 問題はその後。いろんな大問題が手つかずのままだ。もうだんまりの免罪符はない。 「……ん」 ナナカと僕は、紅茶を口に運びつつ、誰にも気付かれないように視線で言葉を交わす。 「お疲れさま。ちょっと早いけど、お仕事おーしまいっ」 「私もです♪ 明日できる事は今日しないのが、成功のカギなのですよ」 「み、みんな、明日や明後日どころか、一週間分やっちゃってない?」 「んじゃ、アタシあがります。聖沙、一緒に帰ろっ」 「え、ええ! お姉さま、ロロットさん、お先に失礼します」 「うん、ご苦労さま」 聖沙がひどく雑な手つきで、そそくさと筆記用具をしまう。 聖沙の肩が少し下がったように見える。ナナカの誘いに、胸を撫で下ろしたんだろう。 「副会長さんと会計さん、このところ仲よしこよしですね。私とエミリナみたいです」 「だといいんだけど……今聖沙ちゃんは、シン君に挨拶しなかったでしょ?」 「う、うっかり忘れたんですよ」 「シン君。私でよければ、いくらでも叱ってあげるけど……」 「……わかるよね?」 「わかります」 「私はわかりません! 『捨てる』と『拾う』の漢字もよく間違えます。あとウインナーとソーセージの区別もつきません」 「ロロットちゃん、そういうお話じゃなくて――」 「あ、そろそろ修行の時間だ。僕もこれで失礼します」 「今日は静かだよね、アタシら」 「お互い、このまんまじゃいけないなぁ」 「私もそう思うわ……」 「わかってる?」 「ええ、なんとなく……」 「シンの事なんだけど」 「アタシ昨日、シンから相談されたんだ。んで、分かっちゃった。二人がギクシャクしてる理由がさ」 「黙らないでよ」 「黙ってたら、ぜんぶYESって意味で受け取っちゃうよ?」 「わ、私は、その……」 「聖沙はシンの事、嫌い?」 「そ、それは……そんなの……」 「正直に話してっ」 「嫌いじゃ、ない……わ……」 「なら、好き?」 「っっっ! そ、そんな事……」 「なんでシンの告白を断ったの?」 「わ、私……あの……ち、違う……の……」 「聖沙、アンタね――」 言葉に詰まっている聖沙の声に、全身の肌が粟立つ。 アタシ、いやな子だ。 シンは早合点してるけど、聖沙はアタシのせいで告白が受け取れなかっただけだ。断るも何も、まだ返事すらしていない。 それなのにアタシは、聖沙にもう一度『咲良クンなんて嫌い』『好きじゃない』って言わせようとしてる。 「さ、咲良クンは……その……」 「シンがなに!?」 だんだん癪に障ってくる。 でもそれが何に対してなのか自分でもハッキリしない。シンか、聖沙か、アタシ自身への憤りか……判然としない。 「呼んだってシンは来ないよっ。ちゃんとアタシと話をしろっ」 「なんで、そんなにグズってんの? アタシに遠慮してるわけ!? それってすっごい嫌味だよ!!」 「だ、だって……咲良クンには、ナナカさんが一番あってるもの……」 「はあ!?」 「咲良クンが魔王だって分かった時、私はショックだったの……」 「ずっと内緒にされてた……信じてもらえてなかったんだって……悔しくて……」 「でも、ナナカさんは魔王の咲良クンを、すぐに受け入れたわ……」 「それに……咲良クンはナナカさんのいいところを、たくさん知ってるのよ?」 「私よりも……ナナカさんと交際した方が、咲良クンのためになるわ」 「なんでだろう。褒められてるのに、アタシどんどんムカついてくるよ」 「聖沙、それ本気で言ってんの?」 「黙ってるって事は、YESなの?」 「YESなんだ。その場しのぎの言い訳じゃなくて、本当に本気で本音?」 「聖沙、もういっぺん聞くよ? シンの事好きじゃないんだね?」 「いいかげんにしなっ。アタシとの相性なんかどーでもいい! 気付いてくるくせにっ」 「シンの気持ちは聖沙に向いてるんだ。それなのに、アンタはシンの想いに応える気がないっての!?」 「……っ……っ」 「あっそ! これもYESっと!」 「聖沙はアタシの恋敵じゃなかったわけだ。勘違いしてゴメンね。お詫びにいい事教えてあげる」 「シンは聖沙に振られたと思い込んでるよ」 「聖沙が返事しようがしまいが、もう手遅れ! それに引き替え、アタシはまだ振られてないもんねっ」 「終わっちゃった聖沙には遠慮はしないよ。アタシ、シンに告白するんだ」 「フられるだろうけど諦めない。何度でも告白してやる。アタシは絶対に諦めないんだからっ」 「アンタなんかにシンはもったない。アタシが、奪い取ってやるっ!」 「……っ! ぅ……ひっく……!」 「聖沙っ……」 「この……大バカッ」 「ぅあっ!? ぐすっ、えっく……」 「勝手に諦めてんじゃないよ! 黙って泣くくらいなら言い返せっ」 「嫌なんでしょっ。だったら真っ正面から勝負しなさいよっ」 「聖沙のライバルは、シンじゃなくてアタシなの!」 「わ、私……は……ぐしゅっ」 「シンの事が大好きなくせにっ、好きで好きでしょーがないくせにっ」 「うぅ……ぐすっ、えっく……」 あの勝気な聖沙が、アタシの前で仲間外れにされた子供のように泣いている。 最後の意地を張って、必死で泣くのを我慢してるのに、嗚咽と涙がこぼれてしまった子。 ここにいるのは副会長で秀才の聖沙じゃなく、みんなとはぐれて道に迷い、弱々しく怯えている幼子だ。 「アタシ、聖沙に確かめたよね!?」 ダメ……。止めなきゃアタシ。 これ以上責めるなんて、最低だよ。 「あの時正直に言ってくれればよかったのに! 好きじゃないなんて嘘ついてっ」 「……っ……っ……」 アタシ卑怯だ。聖沙を黙らせてる。図星なんだから、反撃できっこないじゃない。 もうダメだよ、言うな、言っちゃダメ。 「アタシに協力したのだって――」 分かってるよ。聖沙がアタシのためを思って、嘘ついた事くらい。 なのに―― 「本当はアタシを貶めようとして、協力のフリしてたんだっ」 言ってしまった……。 「なんで、そんな事言われなくちゃならないの!!」 「わ、私がどんな想いで、咲良クンを……っ……ひっく……!」 「ナナカさんになんて、協力しなければよかった!!」 「アタシも、聖沙なんかに……こんな大事な事頼むんじゃなかったっ!」 聖沙はアタシに背を向けて、お家の方へ駆けて行ってしまった。今にももつれてコケちゃいそうな脚を、精一杯に動かして。 悪いシン。アタシ大失敗しちゃったよ。 聖沙を追いかけようとしたけど、アタシの両足は震えて走れない。 自宅にノロノロ歩きながら、思い返す。 アタシは、臆病者だった 聖沙に言っちゃった事。アレは全部、アタシの不甲斐なさを示してるじゃないか。 もともとアタシが聖沙に協力を頼んだ時から、軍配は上がってた。 アタシは、聖沙からチャンスをいっぱい与えてもらったのに、何ひとつ出来なかった意気地なし。 聖沙はアタシのためを思って、我慢してくれたんだ。 シンへの想いを殺してまで。 だけど、好きな人を諦めて引き下がれるほど、アタシは強くない。 だからさ、なんで勝負してくんないの聖沙? アタシら二人が正直になって、アンタがいつもみたいに『勝負よ!!』って言ってくれると思った。 泣かせるつもりなんて無かったのに。あんなの聖沙じゃないよ、見てらんない……。 目尻からこめかみ、首筋へと、水滴がこそばゆく流れ落ちてゆく。 「ん……っ、ぐすん! えっく……っ」 アタシのバカ。なに泣いてるんだよ……。 ダ、ダメだ、止まらない。 ハンカチを取り出すわずかな数秒。頬を這っていた熱涙は、あっという間に冬風に冷やされる。 その冷たさのせいか、アタシは今頃になって大変な見落としを覚った。 聖沙がアタシと勝負した事なんて、ただの一度もない。 聖沙は他の誰とも勝負してない。 ただ一人、シンを除いては。 朝、夕霧庵の軒先で、僕は肩を落とす。 「あ、いえ、別に約束してたわけじゃないんで……突然押しかけて、すみませんでした」 「僕、先に行ってますね。ナナカによろしく」 「一人で登校するのなんて、久しぶりだよ」 汐汲商店街を抜けて、通学路に向かう。いつもより遅れ気味の登校だ。 今朝、ナナカは僕の部屋に来なかった。 だけど、聖沙の件がどうなったのか気になっていた僕は待ちきれず、夕霧庵までナナカを迎えに行った。 「よかった、ちゃんと居たね。途中の道で、怪我でもしてるんじゃないかって心配したよ」 「そっちの方がマシだったんじゃねーか?」 「そ、そんな事ないさ」 「あの様子じゃ、ソバは上手くやれなかったんだぜ」 朝寝坊して、今飛び起きたところだ。構わず先に行ってて欲しい。親父さんから、そう伝えられた。 ナナカ本人の姿は見ていない。不思議な事に二階の自室の方からは、慌ただしい気配を感じなかった。 僕はナナカの支度が終わるまで待とうしたが、逆に親父さんから、遅刻の心配をされてしまった。 「これでいいのか?」 「先に行けって言うんなら、ナナカを信じてそうしよう」 「あのまま待ってたら、親父さんに余計な心配を掛けちゃうよ。ナナカと僕に何かあったんじゃないかってさ」 「あったも同然だろ?」 「うん、聖沙の事は――」 「そうじゃねえ。魔王様は、ソバより先に自分を信じるべきだぜ」 パッキーはそれ以上喋らず、そのおかげか僕の歩調は速くなる。 「……ふ、二人とも……っ」 「はわはわ。これは一体、どうしたことでしょう?」 「どうして演劇部に回す予算が捻出できないのよ!? ちゃんと会計のお仕事しなさいよね!!」 「アタシはミスを認めたじゃないかっ。いつまでねちねちケンカ売ってんの!?」 「最低限の責任を果たせと言ってるのよ。聖夜祭に参加する、全ての部と同好会の予算編成を、やりなおしてちょうだい」 「そこまでやる必要ないじゃんっ。今からリテイクはじめてクリスマスに間に合うと思ってんの!?」 「ナナカさんが無茶な分配するから、こんな事になったのよ!」 「聖沙の方こそ心が狭くて傲慢だいっ。その石頭をなんとかしろっ」 「アンタは無難にやる事しか考えてない。そんなのってアタシ等の『本物』じゃないよ。大きな決断が下せないんなら、副会長なんか辞めちまえっ」 「な、なんですってー!?」 「言い過ぎだよ、ナナカちゃん」 「言い過ぎじゃないやいっ」 「みんなに任せてやらせるんじゃなくて、何にでも口はさんで指図しなきゃ気がすまない。それって誰一人信頼してないって事でしょ!?」 「そんなんで聖夜祭やったって楽しくないってば。現にアタシはアンタの下で会計やってても、生徒会の喜びを感じないんだから」 「ナナカさんこそ八方美人だわ! みんなの顔色をうかがって、嫌われないようにしてるだけじゃないの!」 「だから、その甘さにつけ込まれて予算が破綻しかけてるんでしょ!? あなたには上に立つ者の責任感が欠如してるわ」 「憎まれ役を買う勇気がないなら、会計の座を他の人に譲るべきよ!!」 「なんだとーっ!」 「ちょっ……! それは言い過ぎだよ、聖沙」 「んもーっ、二人とも止めなさいっ!」 「聖沙、ナナカ! 生徒会の仲間同士で傷つけあって、どうするんだよ!」 「そうですよーっ。そんな事してたら、聖夜祭なんてうまくいきっこありません!」 「一体何があったの? 私に話してみて、ね?」 「聖沙、ナナカ……」 「そう。分かったよ。相談役の私にも話せない事なんだね」 「本日の生徒会はここまで。二人とも、少し頭を冷やした方がいいと思う」 「……私、帰るわ!!」 「へんっ、アタシだって帰ってやるっ」 「二人とも行ったね。さあ、追いかけるよシン君!」 「はいっ! え……」 「副会長さんと会計さん、見事に左右に別れて行っちゃいましたね」 「シン君、よく聞いて」 「聖沙ちゃんもナナカちゃんも律儀だから、生徒会をやっている最中にお話を聞くのは無理だよ」 「だけど、お互いに無視し始めたら、取り返しのつかない事になっちゃう!」 「シン君は聖沙ちゃんをお願い。私はナナカちゃんを追うから!」 すぐに追いつく。聖沙は震えて壁に寄りかかり、歩くのをやめていた。 「運がよかったよ、いつもは追いつけないもんね」 「な、なんで私の方に来たの……ナナカさんを追いかけなさいよね!」 「来ないで! それ以上一歩でも近付いたら、私……咲良クンの事嫌いになるわ!」 「そ、それじゃあ……」 それじゃあ、今はどうなの? そう訊きたいけど訊けない。僕の事より、聖沙とナナカの関係修復が最優先だ。 「早く、まわれ右してナナカさんのとこに行って!」 「咲良クンは、どうしてこんな事も分からないのよ!!」 「私達はギクシャクしてたのに、こうして言葉を交わせるようになったのは、誰のおかげだと思ってるの!?」 「私は……もう、いいから……一人にしておいて……!」 聖沙は壁に寄りかかったまま、あがくようにヨロヨロと階段の方へ行く。 僕はただ、この場にジッとしている事しか、できなかった。 「ごめんなさいシン君。ナナカちゃんから、話を聞けなかったよ……」 「けど僕が二人をなんとかします。そうする責任があるんです」 「もしもし、さっちん?」 「なんかただならぬ雰囲気だねー。なにかあったー?」 「うん、実はね――」 「――って事になっちゃったんだ。シンに大見栄きったのに、裏目に出てさ……」 「はぁ……。なんでこんな風になっちゃったんだろ?」 「さっちん、アンタねえ……っ」 「ま、好きあってる男女のこったー。部外者の私は面白おかしく、高みの見物させてもらうよー」 「ひ、他人事だと思って!」 「えっへへへー、だってね、私が味方してもナナちゃんは喜ばないっしょー?」 「んでー、副会長さんの味方をしても、やっぱ喜ばない……そうでしょ、そうでしょー?」 「……いい親友に恵まれたよアタシは」 「でも聖沙は……」 「聖沙ってさ、誰にでも、ちょっと身構えちゃってるとこがあるでしょ?」 「て事は、聖沙にはさっちんみたいな仲間がいないんじゃないかな?」 「まーた恋敵の事思いやってる、どこまでお人好しなんだかー」 「ひ、人がよすぎて悪い?」 「ううん、悪くないよー。悪いのは、ナナちゃんがそういう自分を嫌ってる事だもんー」 「だからお願い、好きになってよ。自分の事も副会長さんの事もー」 「あんがと、さっちん。色々と話を聞いてくれて。おかげで今夜は眠れそうさ」 「えっへへへー、ナナちゃんと私の仲だものー」 「うん、おやすみ。さっちん」 「おやすみ、ナナちゃん」 「いつまで待ってやがる? ソバが来ねー事くらい、魔王様にも分かるはずだぜ?」 「うん、そろそろ登校しよう。僕は生徒会長なんだ、遅刻なんてできないよ」 「うお、寒みぃ〜! 海風が身に染みやがるぜ」 「……決めた!」 「生徒会長だけど遅刻してもいい。パッキー、やっぱり僕は行くよっ」 「素行が悪いと、特待生の資格を失うかもしんねーぜ?」 「それでも、きっと得るものがある!」 「おい、どこ行く気だ? 方向がまるっきり反対じゃねーか!?」 「ぜーはー、ぜーはー」 「なんと、シン殿ではありませぬか。このような時間にこのような場所でお会いするとは!」 「よかった、紫央ちゃんを捕まえられたよ」 「それがしにご用向きが?」 「これは奇遇ですな。実はそれがしも、シン殿に少しお話がありまして」 珍しく、僕は紫央ちゃんと二人で学園へ向かう。 「シン殿。遠回りをしてまでそれがしを訪ねて来られたのは……」 「うん、聖沙の事で話があるんだ」 「……それがしもですぞ」 僕達は共通の相手について、同じ目的で相談しようとしているのに、なんとなく気まずくなってしまう。 「と、ところでシン殿。ここは姉上とお二人で、星空の下、ささやかな食事を楽しまれた公園ではありませぬか?」 「ど、どうして知ってるの?」 「あっ! その……」 「別に隠す事じゃないけどね。夜だけじゃなくて、昼間もここで聖沙と紅茶を飲んだりしたんだ」 「おお、それは存じ上げておりませぬ。今度、姉上にお話を伺ってみるとしましょう」 「聖沙は僕の事を紫央ちゃんに?」 「然り。以前、お伝えいたしませんでしたかな?」 「生徒会に入ってからというもの、それは楽しそうにシン殿の事をお話しに――」 「いえ、最近は、そうでもありませぬな……」 「従前と変わらずそれがしと接しては下さいますが、明るさがなく、話の内容も空々しいというか……」 「上辺は朗らかでも、このところの姉上はすこぶる不調でしてな。とにかく元気がありませぬ」 「そこでシン殿にお願いなのですが、ひとつ姉上を、励ましてはいただけませぬか?」 「ぼ、僕が?」 「はい、是非に。それがしの勘が当たっておれば、姉上はシン殿に心を寄せておりますから」 「ありえないよ」 「はて……先日も、キッパリ否定なされましたな?」 「あははは。紫央ちゃん、僕は聖沙に振られちゃったんだよ」 「んな……」 「なんですとぉー!?」 「そ、そんな大層な事じゃないって」 「否、このまま捨ておけば、とてつもない事態となりましょう。シン殿は分かっておいでのはず」 「うん、こんな状態のままじゃいけない。リ・クリエや、聖夜祭だって乗り切れるかどうか……」 「それがしに出来る事があったら、なんでもお申しつけくだされ!」 「もう通学路に着いちゃったよ。紫央ちゃんも、歩くの速いんだね」 「いえ、いくら姉妹といえど、姉上とそれがしでは歩調が異なりますぞ?」 「今でこそ、姉上はこの道でシン殿と競っておいでですが、少し前までは、ゆっくり歩いておられましてな」 「流星学園へと続くこの道、ポイントによっては海が見えます。姉上はそこから望む海が好きだと仰っておりました」 「うん、分かるよ」 「月ノ尾公園から間近に見る海だけじゃなくて、ここからの眺望も魅力的だね」 「はい。流星町はいいところです。学園のみんなは、内陸に暮らす人々の一生分は、海を見ておりましょう」 「それがしは特に、夕焼けの海が好きですな」 「姉上によれば、人は夕焼けを見ると元気がわいてくる者と、しんみりする者に分かれるとか」 「紫央ちゃんはどっち?」 「内緒です」 「シン殿はご存知ですかな? 登校中は丘の方にばかり目がゆきますが、朝の海もまた格別なもの」 「水面が黒く深く見える日もあれば、白く淡い日もある。不思議な事に、綺麗な若葉色になる朝さえありますぞ」 「姉上は素直ではありませぬが、人の心も海の色のように移ろうものでしょう」 「申し訳ございませぬ。姉上ならば詩情を交えて、もっと素敵な表現をされるのでしょうが、それがしにはこれが精一杯です」 魔王の修行の休憩時間。僕は学園内で人を捜す。 今日の生徒会活動は、リア先輩の提案で中止になった。事務的な事柄は、昨日で全て終わってしまっている。 これ以上、聖沙とナナカの関係が悪化するくらいなら、ひとまず現状維持だ。 聖沙の事は紫央ちゃんに相談できた。ナナカの事を尋ねるべきは―― 「やあ、さっちん」 「やっほーシン君、奇遇だねー」 「じゃ、そーゆー事でー」 「待ってよ。どうして僕を避けようとするの?」 「ん? んぅーー? 気のせいじゃないかなー? じゃ、あばよー」 「お願い、さっちん! 僕はさっちんに相談があるんだ」 「……ナナちゃんの事?」 「まぁねー、ここで携帯にイロイロ登録するからー、その片手間でよければお話聞くよー?」 「僕が知りたいのは、聖沙の事なんだ」 「ぴっ、ぽっ、ぱっ、ぽ、ぴっぴぴぴー」 「さっちん……聞いてる?」 「悪く思わないでー。どっちかって言うと、私はナナちゃん派だからねー」 「さっちんは、ナナカが心配じゃないの?」 「なんでー?」 「これは言いたくないんだけど、ナナカは聖沙と――」 「さっちん……?」 「えっへへへー、案外と鈍いでやんすな生徒会長はー。友達だからケンカできるんだよー」 「ま、原因はあの二人じゃなくてシン君にあるからねー。それが問題っちゃ問題かなー」 「うん、なんとなく分かってる」 「なんとなく? この期におよんで、ナナちゃんの事気付いてないなんて、言わせないよ?」 「ぐ……ぼ、僕は……」 「どうしてかな? さっちんになら何でも相談できそうだ」 「言ってごらんよー」 「……人を好きになるって、苦しいんだね……」 「そだねー。でも、好きにならなくても生きてはいけるよー?」 「でも、好きになっちゃったんだ。この気持ちを消すのは至難の業だよ」 「不可能じゃないよー。副会長さんなんて好きな想いを消すどころか、嫌いになろうと努力したみたいー」 「聖沙にそんな事させたのは、僕だ……」 「僕は、どうすればいいんだろう?」 「えっへへへー、ナナちゃんからも、おんなじ事訊かれたなー」 「ナナカには、なんて答えたの?」 「シン君に言えるわけないじゃんー」 「そ、そうだね。今の質問は忘れて」 「うーんと、答えはナナちゃんと同じなんだけどさー、シン君のしたいようにすればいいんだよー」 「ほらほらー、言ってたでしょー? キラキラの学園生活ってー」 「あ……っ、ああ!!」 キラキラ――僕達が目指していた筈のもの。 僕は聖沙に嫌われたくない一心で、あんな事を……。それのせいで、ナナカと聖沙がケンカして……。 「僕は聖沙とナナカを仲直りさせたい」 「こんな風になる前の、楽しくてキラキラしていた時に戻したい」 「そいつは無理ー。絶対のゼッタイに無理ですぜ、旦那ー?」 「キ、キツイね、さっちん」 「そっかなー?」 「過ぎ去った時を取り戻すなんて出来っこないんだよー。起こっちゃった事は消せないでしょー?」 「だから、過去は過去のまんま受け入れた上でキラキラしなきゃー、そしたら本物だよー」 「さっちんって……すごいんだね。見直した。その実は大物だよ」 「ふっふっふ。さあ、行けーい! そして、ナナちゃんと副会長さんを仲直りさせるがよいー!」 「それができるのは、もうシン君しかいないんだよー!」 「うん! わかった……頑張ってみる!」 「お見事です」 「はぁ、はぁ、はぁ、気のせいかな? 今魔法を撃った後で、変な感じがしました」 「よい傾向です」 「では、これより大休止にしましょう。その感覚を反芻しつつ、体力を回復させて下さい」 「夕刻より、訓練を再開します」 「た、助かったぁ〜」 土曜日の放課後。休憩が告げられた途端、全身の力が抜けてしまった。疲労が一気に襲いかかってくる。 このまま寝転がりたいけど、そうすると起き上がれなくなってしまいそうだ。 ただ待ち続けるよりも、リ・クリエと聖夜祭までの残された時間を、有効に使いたい。 そう思って、僕はメリロットさんに早朝練習を願い出た。 紫央ちゃんだって、毎朝鍛練してるんだ。僕も頑張ろう! と、意気込んだのはいいけれど―― 「メリロットさん、僕から持ちかけておいて何ですが、もう少しお手柔らかにお願いできませんか?」 「拒否します」 「バ、バッサリと……」 メリロットさんの訓練は昼夜の別なく容赦がない。早朝もそうだった。午前中で授業が終わり、長い放課後の開始―― 今日も生徒会活動は全面休止だ。その分、午後いっぱいを魔王の修行にあてるつもりだったんだけど、甘かった。 「僕、今朝の訓練で疲れ切って、授業中はほとんど眠っちゃったんです」 「……このままじゃ、勉強がおろそかになります」 「特待生の資格を失い、放校処分になっても、司書見習いでよければ私が口をききますが?」 「あるいは、九浄家に執事として丁稚奉公する道もあるでしょう」 「僕がリア先輩とヘレナさんの、身のまわりの世話を……?」 「……いえ、命が惜しいので、やめておきます」 「賢明な判断です」 「咲良クンたら、またエッチな事考えてたでしょ!?」 いつの間に傍へ来ていたのだろう? 聖沙が僕に、スポーツタオルを投げつけてきた。 お陽様の匂いがする清潔な白いタオル。隅っこにブラックマのアップリケが付いている。 「どうしてここへ?」 「あ、あなたに会いに来たんじゃないわ。たまたま偶然! 図書館に本を返しに来たついでよ!」 「そっか、だから私服なんだ」 「しかし、クリステレスさん。当図書館より、現在あなたに本を貸し出している記録はありませんが?」 「ほら、ちゃんと汗を拭きなさいよ」 「うん。聖夜祭も近いし、この時期に汗をそのままにしてたら、風邪ひいちゃうもんね」 「べ、べべべ別にあなたの体調なんて、心配してないんだから!」 僕は聖沙を見つめる。 聖沙は僕から視線を逸らすが、すぐにまた見つめ合う。なんだろう? なにか違和感がある。 「いつもの聖沙だね?」 「失敬な、私は何も変わってないわ!」 「むしろ咲良クンが、汗びっしょりに変わってしまったのよ。そんな生徒会長なんて、みっともないわ」 「拭くからちょっと待てて……」 「んもう、耳の裏もキチンと拭きなさいよね!!」 「……平素の訓練よりも汗を多くかいているようですね。それだけ疲れているという事でしょう」 「能率を考慮すれば、疲労を残した状態で午後から訓練するよりは、夕刻より全力で研鑽を積むべきです」 「試しに本日は早朝練習を行ないましたが、今日限りにしておきます」 「分かりました」 「もっとも、近々訓練そのものが、必要なくなるかもしれませんが……」 「じ、じゃあ、僕は魔王として一人前になれたんですね!?」 「いいえ、さっぱりです」 「念には念を入れておきましょう。今夕もここへいらして下さい。一切の手加減はせず、咲良くんを鍛えます」 「はい、よろしくご指導お願いします」 「今夕も? 『も』って言ったわよね、今」 「咲良クンはいつも、図書館の前で稽古してるの? でも、そんなの見た事ない――」 「あっ、違和感を覚えるわけだよ!」 「聖沙、君はどうやって結界の中に入ったの?」 「結界って……私は普通に歩いて来ただけよ?」 「休憩に入る直前、咲良くんの一撃によって、結界は砕かれました」 「あ……さっきの変な感覚は……」 「そうです。内界と外界がつながった事を、あなたは本能的に感知したのです」 「そうだったんだ。僕も、少しは強くなれたんですね」 「決して、慢心はせぬように」 「結界はタマゴと同じ。内側から破るのは容易く、外側からは壊しにくいものです」 「それでは、また……」 「あ、あのね、その……」 「ベンチに座ろうよ」 「う、ううん。私もう帰るの……」 「僕、休憩中で時間をもてあましてるし、途中まで送るよ」 「なによ! その暇潰しみたいな言い方は!」 「そ、そう。咲良クンがそうしたいなら、仕方ないけど送らせてあげるわ。ただし途中までよ!」 「うん、それでこそ聖沙だよ」 「ば、馬鹿……」 「な、なに!? なんでもないわよっ」 「聞いてるのは僕しか居ないよ」 「んもーっ、だから言いにくいんじゃない」 「じゃあ、話す決心がつくまで聖沙と一緒に歩くね。今日こそお家まで送れるかな」 「……話すわ。あなたにしか言えない事だもの」 「ナナカさんと私、喧嘩してるの……」 「うん、知ってるよ。昨日の生徒会で――」 「違うの! それもあるけど……あんな表面だけの口ゲンカじゃないわ」 「それも分かるよ。二人が黙ってると、空気がチクチクするから……」 「私のせいなのよ……ナナカさんに酷い事をしたの……」 「聖沙一人のせいじゃない。引き金を引いたのは僕だよ」 「……不器用よね、私達って」 「私、反省してるわ」 「でも、それだけじゃ駄目なの。ナナカさんと仲直りしなきゃ」 「それなのに、きっかけがつかめなくて……」 「お姉さまやロロットさんが危惧する通り、こんな調子じゃ聖夜祭の成功も危ういわ」 「私がわがままなのは分かってる……でも、今までの関係を取り戻したいの」 「僕も聖沙と同じ事を考えてたよ」 「そして、色んな仲間に手を引いてもらったり、背中を押してもらったりして、やっと思い出したんだ」 「僕は……僕達は、キラキラの学園生活を過ごしたかったんじゃないか? ……ってさ」 「そうよ、キラキラの学園生活……キラフェス……キラキラの聖夜祭……」 「な、なによ! 咲良クンが先に気付いたんだから、責任もって言いなさいよね。勝ちを譲られても、私はちっとも嬉しくないわ!」 「けど、実際に動くのは聖沙じゃないか」 「ええ。みんなで歌える聖夜祭の歌ね!」 「うん、まだ作ってる途中だよね? 今から変更は間に合うかな」 「任せて!!」 「じゃあ答えは出たね。聖沙が抱いてる想いを、歌詞に込めてごらんよ」 「そして、それを歌って、ナナカさんに伝える……」 「うん! やってみるわ! やっぱりあなたに相談して正解だった!!」 「ハッ!? か、かかか勘違いしないでよね! あくまで解決の糸口を教えてもらったにすぎないわ!」 「後は私の力で、決着をつけてみせるんだから!!」 「あははは……」 「敵わないな、聖沙はすごいや」 「何言ってるの。咲良クンは、ずうぅぅーーっと、私に勝ち続けてるじゃないのよ」 「そういう意味じゃなくてさ、なんて言うか……」 「独白してる間に聖沙が泣いたら、涙をキスで拭おうかなって考えてたんだけど、ちょっと瞳が潤んだだけだったから」 「な、なななななっ!?」 「痛でででっ」 聖沙に思いっきり足を踏まれる。 「あなたって本当に……!」 「……くすくす、わざと言ったんでしょう?」 「し、知らないよ」 「私は知ってるわ。そういう人だもの。だからナナカさんもあなたに……」 「キ、キスがどうかしましたか!?」 「きゃっ!?」 「メリロットさん、どうしてここに?」 「いえ、私は決して『キス』という単語に過剰反応したのではありません」 「……ちょっと! なんでメリロットさんが、私達についてくるのよ!?」 「ぼそぼそ……僕が知るもんかっ」 「校門まで来ちゃったけど、どうしようか? 今日は生徒会室が空いてるし、貸し切りだから作詞するにはもってこいだと思うんだけど」 「うーん……作詞はお家でやりたいの。自分の部屋だったら、ナナカさんにばったり出くわす心配もないわ」 「そっか、歌詞がバレちゃマズイもんね」 「じーー、じろじろ」 「あ、あの、メリロットさん?」 「私のねぶるような熱視線にかまわず、さあ思う存分キスをなさって下さい」 「はぁい、フレンチキスが好きなヘレナよ♡」 「ぐびぐび……ぷっはぁ〜、うぃっく」 「へ、ヘレナさん、屋外でお酒をラッパ飲みするのは危険かと……」 「うふふ、うふふふふ、ういっく。出無精のメリロットがこんな場所まで来るなんて、非常事態ね」 「私には思うところがあるのです。そっとしておいて下さい、ヘレナ」 「私の方こそ、そっとしておいて下さい!」 「まあまあ聖沙ちゃん、おさえておさえて」 「ただの酔っぱらいだ……」 「メリロットは耳年増なのよ。まだその目で、リアル世界のキスを見た事がないの」 「だから……ね? うふん♡」 「『ね?』って何ですか!?」 「ヘレナ、下世話な事を言わないで下さい。私は学術的な探究心から、キスというものの観察を試みているのです」 「ただのデバガメだ……」 「要するに、私と同じ興味本位でしょう? うぃ〜」 「私と同じ……? まさか、ヘレナさんまで!?」 「シンちゃん、聖沙ちゃん……メリロットの社会勉強のためにも、ここはひとつブチュッと♡」 「イヤですったらイヤです!!」 「ええーと……聖沙、見送りはここまでにしといた方がいいかな?」 「だ、駄目よ……! 私、まだお話があるの」 「……走るよ聖沙、ついてきて!」 「に、逃げた? 何故ですか?」 「逃がさないわよん。追えーい、者ども!」 「はぁ、はぁ、はぁ……っ」 「聖沙、大丈夫? いつもより苦しそうだけど……」 「うるさいわねっ。私のリミッターは、咲良クンから逃げる時にしか解除されないのよ!!」 「て、手を引いてもいいかな? 聖沙が遅れないようにさ」 僕の手を握る聖沙の手が熱くなってくる。 僕は強く握り返す。 「くす、くすす……」 「あはははははは!」 「はぁ、はぁ、はぁ、はああぁーーーーっ」 「まさか、追跡を振り切るのに、夕方までかかるなんて」 「でも、久々に楽しかったわ」 「うん、お腹の底から笑うのって最高だね」 ああ見えてヘレナさん達は切れ者だ。僕がいくら頑張っても、逃げ切れるわけがない。 きっと意図的に追いかけ、そして見逃してくれたのだろう。 「聖夜祭でも、みんなと一緒に笑おうよ」 「ええ、必ず」 「咲良クン、私がまだお話があるって言ったの、覚えてる?」 「けど……いつもの別れ道まで来ちゃったね」 「ええ。でも、実はもう、話そうと思ってた事は解決されちゃったの。あなたのおかげよ」 「僕は何もしてないよ?」 「通学路まで手を引いてくれたわ」 「私ね……ナナカさんとケンカしてから、この道を避けて登下校してたの」 「でも、もう平気。明日からは、一人でちゃんと歩けるわ」 「……一人なの?」 「時々は紫央も一緒ね」 「というのは嘘です」 「お話は……告白の事」 「私はまだ、お返事してないでしょ? 咲良クン、一人で勝手に納得して帰っちゃうんだもの」 「ナナカさんに歌うより先に、あなたへの気持ちを伝えないとフェアじゃないわ」 「私、聖沙・B・クリステレスは、咲良シン君にお返事します」 「ん……んぅ……」 「馬鹿……目を閉じなさいよね」 「んふ……ああ、咲良クン……っ」 「ちゅ……!」 「ん、はぁぁ……」 「ごめんなさい。私、あなたとは付き合えない」 「ファーストキスが、あなたでよかった……」 「私はナナカさんにも、自分の気持ちにも、たくさん嘘をついてきたわ」 「でも、これだけは本当よ……」 「キスって、想像してた味と違うのね……」 「聖沙、せめて家まで送らせてよ」 「くすっ、もちろん駄目。魔王の修行に戻りなさい」 「……うん、行ってきます」 私は自室の窓を開け放つ。日曜日の朝の空気は、冴え冴えとして気持ちがいい。 しかもいいお天気。頭と心をスッキリさせて、歌を作るにはもってこいの日和だ。 淹れたての紅茶のいい匂い。 部屋に満ちた真冬の寒さのおかげで、美味しそうな紅茶の湯気が立ちのぼる。 そして、微かに甘やかな匂い。 あと一週間もすれば、彼からもらったイチゴジャムは、全てなくなってしまうだろう。 声に出して、自分に言い聞かせる。今度は私も、いなみ屋へお買い物に行こう。 「大丈夫だから」 私は思い出に生きるつもりはない。彼はそんな事望まないはずだもの。 これまでの私は、ともすれば思い出を上書きしがちだった。でも彼との思い出は、大切に心の中へ仕舞っておこう。 誰にも内緒。私は大嘘吐きだけど、これくらいの秘密は許されるだろう。 ……彼は今頃どうしているのだろうか? ナナカさんへ私の想いを伝えたい。それを素直に歌にしたい。だけど、ナナカさんの事を考えると、ごく自然に彼が顔をのぞかせてくる。 くすくす、本当に困った人だわ。 「朝ご飯は抜いて来たかー!?」 「店員の冷たい視線に、耐え抜く勇気はあるかー!?」 「おおー!」 「上等! では諸君、突撃だーっ」 昨夜、魔王の修行が終わってから、僕はナナカと遊ぶ約束をとりつけた。 僕達は、どちらからともなく、今日何をするか決めた。そして、待ち合わせ場所で顔を合わせた途端、子供時代の懐かしいかけ声。 「あっははー、スーパーの試食品巡りは美味しいね」 「やっぱり3回ループするのが限界だった。記録更新ならずか」 「店員の野郎、最後は俺様達の顔見たら、苦笑いして試食品引っ込めやがった」 「パーの字、ぼやきっこなし。アタシらほんとにイヤな客だもんね」 「はははは、買い物しないんだから、お客さん以下だってば」 「まったくだ。しかしタダほどうまいもんはないぜ」 「不思議〜。試食品ってちょびっとしかないのに、丸ごと食べるより美味しいんだよね」 「うん、爪楊枝で刺してるのもいいね。お祭りの夜店みたいだし」 「言えてる! 爪楊枝を記念品みたいに集めてる子もいたね」 「いたいたっ」 お金をかけず、休日を楽しく過ごす方法。色んなスーパーマーケットを巡って、試食品を食べまくる。 商店街の販促イベントを見物したり、音楽ショップの試聴コーナーで流行りの曲を鑑賞。 小さい頃、僕達はクラスのみんなで誘い合い、そんな事をして遊んでいた。 「じゃあ、次はあそこだね」 「おうともさー!」 ナナカと一緒に、あの頃と同じコースを辿る。 ……毎週のようにやっていたこの遊びは、しかし、学年を経るにつれて参加者が減っていった。 中学校に上がった時には自然消滅。寂しくはあったけれど、それでいいと思った。 「ああ、面白かったー! シンとこういう事するの久しぶり〜」 「本屋のオヤジが目ん玉丸くしてたぜ。昔立ち読みしてたガキ共か!? ってな」 「ハタキでパタパタ攻撃も健在だったね」 「で、今回も何一つ買わずに追い出されたわけですな。あっはははー」 ナナカと一緒に僕も笑う。 あの頃と同じ終了の合図。そうして、歩いて家に戻れば、ちょうど母さんが夕飯を作っている時刻だった。 今……大きくなった僕達にとって、お開きにはまだ時間が早すぎる。 「さて、と! シン、そろそろ本題聞かせてよ」 「思い出をなぞるのは、これでお終い。アタシらは、まだ思い出になってないんだからさ」 「ナナカ……聖沙と仲直りして欲しいんだ」 「それ、聖沙に頼まれたの?」 「聖沙と僕からのお願いだよ」 「シン、分かってるんでしょ? 原因がなんなのかって?」 「僕のせいだよ」 「『せい』なんて言い方はやめな!」 「だけど原因は僕にある。だから、聖沙の事は諦めるよ」 「はあっ!?」 「ちゃんと筋は通してるつもりだよ。聖沙は僕とつきあえないって、返事をくれたんだ」 「それで、聖沙とアタシの仲直りって……」 「それって結局さ、聖沙の事が大切だから……聖沙の為にやってるんだよね?」 「ナナカも同じくらい大切だよ!」 「あっはははー、アタシってばヤキモチ焼いて、憎まれ口叩いちゃった」 「……でも、同じじゃないでしょ?」 「だったら、同じになるように僕は頑張るよ。キラキラの学園生活のためにも!」 「あ……キラキラ……」 「なんだか懐かしいね、キラキラってさ……懐かしいなんて思うようじゃ、ダメなんだろうけど」 「ナナカ。僕達はみんな、キラキラを目指してたじゃないか。それを捨ててまで、聖沙とつきあいたくはないよ」 「聖沙は仲直りを一番に思ってる。僕もそれを望んでる」 「一緒にキラキラの聖夜祭を過ごそうよ!」 「やれやれ。シンと聖沙ってそっくりなんだね」 「アタシさ、シンが言ってる事、よく分かるよ。聖沙の事も分かってるつもり」 「でも理屈じゃないんだ。気持ちの整理がつかないよ」 「アタシだって……」 「アタシも、シンの事が……」 「あ……アタシ……その……っ」 「ねえ、いつからかな? アタシ達が手をつなげなくなっちゃったの」 「今だってつなげるさ!」 「あ……! うん……でも、気兼ねなくはできないでしょ?」 「ちっちゃい頃は、どっちが先に握ったのかも分かんないくらい、アタシ達はごく自然に手をつないでた」 「けど……中学になったら、もう無理だったよね」 「アタシがシンに男子を感じちゃった時点で、この関係は終わってたのかもね……」 「終わったなんて言わないでよ!」 「うん。アタシ、終わりたくないよ……っ……っ」 「っ……っ……ご、ごめん!」 「ア、アタシ……っ、お店の手伝いがあるから……っ……バイバイッ」 ナナカは僕の手を振り解いて駆けてゆく。お店の手伝いなんて嘘だ。僕にはそれが分かってしまう。 全力で走れば、夕霧庵へ着く前に、ナナカに追いつける。 そう分かっているのに、僕には見送る事しかできない。 恥ずかしい。僕は一体何をやってるんだろう? ナナカも聖沙も、僕を想ってくれている。それなのに、僕は何もしてあげられないままだ。 僕は自分の事しか考えていなかった。 ナナカにとても、残酷な相談をしてしまった。 一人になって考えよう。家に帰ってしまうと、無意識のうちにナナカが来るのを待ってしまいそうだ。 日曜日の夕方。今なら生徒会室には、誰も居ないだろう。 「ハワァアア!? 大変です先輩さん。私達の事が会長さんにバレてしまいました!」 「ロロットちゃん、別にいけない事をしてたわけじゃないんだから……」 「ひょっとして、生徒会活動してたんですか?」 「ご明察でございます」 「なんだ。それなら、ひと声かけてくれれば飛んで来たのに」 「う〜んとね、生徒会は今日もお休み中だよ」 「私とロロットちゃんは、あくまで窓口として必要最低限の事をやってただけだから。ね?」 「はい。じいやが手伝ってくれたおかげで、はかどりました」 「本日は図書館の一般開放日。本を借りるついでに、お嬢さまに差し入れをしたにすぎません」 「そうでしたか。僕からもお礼を言います」 「それに先輩さんから、こっそり色んな裏ワザを教えてもらったのですよ。来年の生徒会長は、私で決まりです!」 「はははは……」 キラキラが縮んでしまう前の、賑やかな生徒会室の雰囲気だ。 みんなが舞台を調えてくれている。後は僕達が……僕と聖沙とナナカが戻ってくれば、きっと上手くいく。 「ところで会長さん。副会長さんと会計さんは、まだうまくいかないんですか?」 「っ!!」 「僕は……見過ごしちゃったんだ……っ。ナナカに、辛い役目を押しつけてしまって……っ」 「気付いた時には、どうする事もできなかったっ! 大切な、幼馴染み、なのに……っ」 「なんとかして、なんとかして……聖沙とナナカを仲直りさせようしたのに、僕は弱かった……」 「……二人に……っ、何もしてあげられなかった!」 「僕さえもっと強かったら……っ!」 「結局、なんだかんだ言って、魔王の会長さんも普通の人間という事ですよ」 「シン君、その傷は消えないよ」 「その傷は、これからずっと背負っていかなきゃならない。これからずっとね。傷を抱えて生きるの。みんなそうなんだよ」 「この先にどんな道があるか、分かってるよね? それは、自分で選ぶんだよ」 「ソルティア、こんな時間に何用だ?」 「この場所に張った魔法陣に、ほつれが生じたらしいのよ」 「正確性を欠いた情報だ」 「私の目には見えないんだから仕方ないわ。天界の勢力が動いたのかもしれないでしょ?」 「有り得ん」 「それをあなたに確認して欲しいのよ。私は光に属するとは言え所詮は魔将。その点あなたは――」 「感知できん」 「もっとよく調べてちょうだい」 「リ・クリエの力を高めるために、長い月日をかけて張りめぐらせた魔法陣なのよ?」 「ここで詰めを誤ったら、全て水泡に帰してしまうわ!」 「わかった。詳しく見てみよう」 「9000と996……9000と997……9000と998……」 「9000と999……。接点にも異常はない。10000――っっっ!?」 「な、何だこの書式は!?」 「残念ながらアゼルさんの概念では、その詞藻を理解できません」 「難儀しましたよ。まさか魔法陣の中に、天使の文言が混じっているとは……」 「遅かったわね。先に始めてるわよ」 「平常通り、魔王を鍛えておりましたので」 「物好きね。あんな路傍の石を磨いても、輝きはしないわ」 「この世界は、無用の用から成り立っています」 「お前達、一体何のつもりだ!?」 「うぁっ!! う、動けない……?」 「アゼルさん、魔法陣に身を委ねて下さい。抗えば苦痛となりましょう」 「数字そのものは無限でも単位は有限。こんな陣を書けるなんて……メリロット、あなたは一体何者なの?」 「その台詞はバイラスに仰って下さい。天使を使役できる魔将など、聞いた事がありません」 「わ、私の力が抜けてゆく……そんな馬鹿な!?」 「あなたの力? ふざけたこと言わないで。リ・クリエの力でしょう?」 「知ってるのよ」 「メリロットに協力して真実を突き止めてみれば……」 「興醒めもいいところよ。こんな子にリ・クリエの力が宿るなんて! バイラスも大した事なかったのね!」 「私では……な、い!」 「アレは、バイラスは……ぐうっ!? 自身の信念に忠実なだけだ……。私も、そしてお前もだソルティア」 「あなたごとき小物に、評される覚えはないわ」 「そう、あなたは器になれない。ならば触媒か、依代か……もう、どうでもいいわ。その力、私がもらい受ける!!」 「う……くぅ! は……ぁ……っ」 「致死の寸前まで霊力が下がりましたね」 「まもなく器から、アゼルさんを介してリ・クリエが飛び出してくるでしょう」 「ああ、ついに待ち望んだ瞬間がきたわ」 「ぁ……ぅ……っ、う……ううっ……う……んんんっ」 「ぁぁああああああっ!?」 「ふ、ふふふ、素晴らしい光だわ。この力さえあれば、私は天使になれる!」 「そんな、ものに……愚か、な……」 「お黙り。脱け殻の分際で、口を慎みなさい」 「ふふふ。でも、あなたのおかげね」 「どうせ尽きかけている命なら、その身体ごとリ・クリエを受け止めてあげる。私の一部になるがいいわ」 「お前、は……何も……できな、い……」 「ひぃ……っ!?」 「無謀な……。あなたでは同化は叶いませんよ? アゼルさんの器は砕けていないのですから」 「ただ私達は、それを傾け、中身をこぼしたにすぎません」 「そ、そんな理屈を……メリロット、それを知っていて傍観していたのというの……!?」 「ああっ!! ち、力が大きすぎる!? 私一人では抑えきれない!!」 「これは……この波紋は、卵のそれ?」 「悠長な事を述べてる暇はないわ。メリロット、私に手を貸しなさい! なんとかして体内に収めるのよ!」 「ソルティア……卵と鶏は、どちらが先ですか?」 「そ、そんなこと……っ」 「鶏と思うでしょう。しかしそれでは、卵から孵る幼生が、雛に限定されてしまいます」 「な、なにを……っ」 「当たり前でしょうか? 世界には、もっといろんな可能性があっていいはずです」 「メリロット! わ、私に協力する気があるの……!?」 「毛頭ありません」 「な……!?」 「あなたもそうでしょう? 分かっていたはずです」 「光が……!! ああああっ!?」 「行ってしまう!? 取り戻すのよ……っ!!」 「あの力は理論や論理では説明がつかぬ、不随意のもの。すがれば命を失いますよ?」 「生きていますか?」 「憑依が、解けた……」 「はあ、はあ、ぐぅ……っ!? こんなところで力尽きるなんて……この私が!」 「ソルティア、あなたは瀕死です。とるべき道はひとつしかありません」 「め、メリロット……? わ、私を見捨てるとは……」 「あなたは……あ、あなた……は……っ」 「器としての役を果たせなかった者。志半ばで力尽きた者、そしてリ・クリエは?」 「あの卵は、魔王とバイラスどちらを選ぶのか。そこから何が孵るのか」 「あるいは此度の異変も、つまるところ、卵を温める過程にすぎないのか」 「これで、目に見える危機は過ぎた。だがしかし――」 「まだリ・クリエは生き存えている」 「この流れ星が消えゆくまで、私は……」 「私は依然として、リ・クリエに縛られたまま……」 「さ、寒いーぜ。魔王様、コタツ買ってくれよ」 僕が制服に着替えて布団を上げている間、パッキーは温かいヤカンにしがみついて訴える。 「そんな贅沢しなくても、なんとかなるもんだよ」 「ほら、真夏の暑い時に熱いお茶を飲むと涼しくなるよね? あれと同じ原理で、真冬には冷たい水道水を飲めばいいんだ」 「ヒャッホー! さすがカイチョー、いい事聞いちゃった」 「アタシ、お水のんでくるね。これで冬をこせるよ。うふふのふー」 「ごくごくごくっ」 「フンゲー!? 凍えちゃうよーっ、ばった〜ん」 「カチン、カチン、コチン、カチン……」 「サ、サリーちゃん? どうしよう?」 「その辺の日なたにでも干しとけよ。昼頃には溶けて復活するぜ」 「そっか……うーん、どうやら僕の理論には構造的な欠陥があるようだね」 「根本的に間違ってるわよ!!」 「おはよう、咲良クン」 「み、聖沙、どうして僕ん家にいるの?」 「まあ考えられるパターンは――」 「1・これは魔王様の夢」 「2・ヒスへの想いが高じて幻影が見えている」 「3・親が再婚して、魔王様とヒスは義理の兄妹になった」 「ってとこだぜ」 「僕の父さんと母さんはラブラブだし、聖沙のご両親も健在じゃなかったっけ?」 「4・咲良クンの事が心配になって見に来た、です!!」 「平気だよ? 僕は毎晩ちゃんと湯タンポして寝てるからさ」 「朝は、そのお湯で洗顔と歯磨きをしてるよ。一晩経つとちょうどいい具合に温くなるんだ」 「そんなお婆様の知恵袋みたいなのを、聞きに来たんじゃないわよ!」 「咲良クン。私達は、その……」 「元通り接してくれるのは嬉しいけど、少しくらいなら、変わってもいいのよ?」 「おいおい、ヒスが押しかけ女房に来た時点で、前と同じ状態じゃねーぜ?」 「押しかけ女房ってなに?」 「男の家に強引に上がりこんで、本妻の座に居座る女のこった」 「まだお嫁さんじゃありません!! 咲良クンの様子を見に来たって言ったでしょ!!」 「あ、あなた何ともなかったの? 昨夜、結構大きな地震があったのに」 「全然知らなかった……」 「テレビやラジオでも流れてるわよ。幸い亡くなった人はいないけど、怪我した人は多いの」 「うちのテレビは砂嵐だし、ラジオは電波障害で聞こえないんだ」 「そう……。商店街では棚の品物が落っこっちゃって、今並べ直してるところよ」 「っ! ナナカ!!」 「落ち着いて。ナナカさんは無事だったわ。さっき見てきたのよ。ご家族にも怪我はなかったわ」 「見てきただけなの?」 「う、うるさいわねっ。手伝おうにも、私が着いたのは全部片付いた後だったの!」 「だから、代わりに咲良クンの安否を気遣ってあげたわけ。感謝しないさい」 「ち、ちょっと! 私の尊大な言い方をたしなめなさいよ」 「心配してくれた事に変わりはないよ」 「それよりも聖沙のご両親は?」 「心配しないで。マンションも大揺れだったけど、お父様もお母様も擦り傷一つないわ」 「へぇー、マンション住まいだったんだね」 「ム、ムキィーーーー!!」 「ぴとぉっ! すりすりすり。プンスカピーなミサミサって、あったかーい」 「ちょっとサリーさん、私に抱きつかないでちょうだい」 「怒ると体温上昇か。ヒスの面目躍如だぜ」 「パッキーさんなら……私に抱きついても、いいわよ?」 「俺様はリアちゃん一筋。中途半端な平面体に興味はねえぜ」 「キイィーーーーーーッッ」 「ぽかぽか、ヌクヌク、うはぁ〜ん」 「……聖沙。なんだか、無理に怒ろうとしてない?」 「それは、その……あの……」 「聖沙、話してよ」 「僕は何もしてあげられないけど、話を聞くくらいならできるよ」 「そんな事ないわ! あなたは、たくさん――」 「歌が完成したの……ナナカさんに、聞いて欲しい……」 「分かった。後は僕に任せて!」 「ふ、ふんだっ、ほら見なさいよ! あなたは、お話を聞く以外の事もできるんじゃないの!」 「ミサミサ、おめでとぉー!」 僕と聖沙は旧校舎へやって来た。 「私が手を貸すのはここまで、かな」 「ナナカちゃんは、生徒会室に呼び出しておいたよ。後は聖沙ちゃんが、自分でやらなきゃいけない事だから、ね?」 「ありがとうございます、お姉さま……」 「んもー、お礼はまだ早いでしょ。全部が上手くいってから」 「聖沙、そろそろ行こう」 「え、ええ……!」 「ほへ? どちらへ参られるんですか? 私も会長さんのお供をします」 「ロロットちゃん。私達二人は『Angelic Agent』としての任務があるんだよ」 「じゃじゃーん! ミッションその36『流星町を襲った、謎の地震の正体を追え』」 「ふえぇ? 昨夜、この辺りだけ揺れた変な地震ですか?」 「私が思うにですね、オマケさんのオヤビンさんのお相撲さんが、夜中に走って牛丼の配達をしていたんですよ。間違いありません」 「あはは……正解に近い気がするよ」 「先輩さん、そんな小さな事より、プリエのウグイスパンに、どうして鴬が入っていないのか、その秘密を解き明かすべきです」 「まさに社会悪の権化。退治してみせよう『Angelic Agent』!! しゅっぱーつ♪」 「……だ、誰を倒すのかな?」 「先輩、ロロちゃん? 遅かったじゃな――」 ナナカは口をつぐみ、生徒会室から出て行こうとする 「シン、ドアの前に立たれちゃ邪魔だよ。どいて」 「待ってよナナカ。聖沙は――」 「咲良クン、私が言うのよ!」 「い、言えるから……」 「ナナカさん、話を聞いて。私の顔を見なくてもいいから」 「聖夜祭の歌ができあがったの」 「私……あなたに聞いてもらいたくて、この歌詞を作ったわ」 「一度だけでいい、聞いて下さい」 ナナカは答えてくれない。だから、聖沙も歌うことができない。 更にこの関係が悪化してしまう可能性だってある。 もしそうなったら、聖夜祭は失敗に終わってしまう。 けど、このやりとりは聖沙が切り出さなければ意味がない。 僕が出来るのは、聖沙の背中を押すことくらいしかないのだ。 僕が、出来ること……? 「ナナカ……聖沙……っ」 「ちょ、ちょっと咲良クン!?」 思い立つと同時に、僕は二人の手を引いて走り出していた。 「ほら。ここなら、気持ちよく歌えるでしょ?」 星空の下、澄んだ空気の中であれば、聖沙の歌声はもっと美しく奏でられるはずっ。 「ナナカ、聴いてみて。本当に、素敵な歌だから」 「じゃあ、聖沙。頑張れ」 「は、はい……歌います……!」 聖沙は勇気を出して、歌を歌う。 生徒会のみんなと一緒に、聖夜祭を成功させようとする気持ち。 ナナカはただ、その様子をじっと見つめていた。けど―― いつしかそれが、自分に向けられた歌詞と気づく。 みんなと楽しく過ごしたいという気持ちが込められた歌詞。 飾らない素直な聖沙の想い。 澄んだ瞳をきらめかせながら、奏でていく。 「っ……っ……」 二人の離れていた心が、どんどんと近づいてくる。 離れていた二人の体が、どんどんと近づいてくる。 今まで、どんな気持ちでいたのだろう。 今は、どんな気持ちでいるのだろう。 それを確かめ、噛みしめながら―― 歌を歌い終わると同時に、二人は向き合った。 「ナナカさん、ごめんなさい」 「み、聖沙……アタシも……ゴ、ゴメンねっ」 「てへ、てへへへっ」 本当に含みのない笑顔を浮かべる聖沙とナナカ。 こんなに簡単なのに、こんなに難しい。 聖沙とナナカがお互いに歩み寄り、どちらからともなく手を差し伸べて握手を―― 「おっととと、一人足りないや」 「そうね。ウッカリしてたわ」 「シン、アンタもこっち来んの! いつまでもそんなとこに突っ立ってないで、三人一緒に握手しよっ」 「僕は何もしてないけど?」 「そう思ってるのは、シンだけだってば」 「そうよ!」 「いいから、ホラさっさと来るっ」 ナナカが僕の手を引っ張り、そのまま聖沙の手に重ねる。 三人一緒の握手。 元のキラキラを越えて、新しいキラキラのはじまり。 僕と聖沙の手をつなげてから、ナナカは一人で先に手を引っ込めてしまった。 「これでよし!」 「な、ナナカさん?」 「何がいいんだよ、ナナカっ。三人一緒だって言ったじゃないか」 「一緒だって。アタシの手の温もり、まだ二人の手に残ってるよね?」 「アタシはそれで充分!」 「もう、二人とも付き合っちゃいなよ。夕霧ナナカ公認のカップルだぞっ」 「で、でも、そんな……」 「シンはニブチンだし、聖沙は素直じゃないし、アタシがこうでもしないと恋人同士になんてなれないよ」 「聖沙、お願い……」 「アタシはちっちゃい頃から、シンと肩を組んできたんだいっ」 「これからだって、組んであげる。だから……だから、シンは聖沙の肩を抱いてあげて……っ……っ」 「うん、わかった……」 「声が小さいっ」 「痛でっ」 「聖沙も返事してっ」 「イタタッ、わ……わかったわ」 「確かに聞いたよ? さぁて、後は若い二人に任せて、年寄りは退散しますかな」 「シン、聖沙! あ、ありがとっ」 「あ、しまった!? ナナカにお礼言い損ねた」 「いけない、私も!」 「ナナカさんを追いかけましょう」 「ううん、また明日になればナナカに会える。ナナカへのありがとうは、その時何千回でも言えるよ」 「僕達3人の関係は、これからもずっと続くんだから」 「ねえ、聖沙……もっかい、いいかな?」 「僕はやっぱり、聖沙が好きなんだ」 「ぅ……」 「わ、私も……あなたが好き……です……っ」 「うん、じゃあこれからファーストキスだね」 「ひ、ひどい……忘れたの? この前、あなたに捧げたのに……!」 「生徒会長がファーストキスを奪われたなんて、格好悪いじゃないか。だから今度は、僕が聖沙のを奪うんだよ」 「も、もうーっ、咲良クンは本当に仕方のない人ね」 「あ……ん、ぅんっ」 「ふぅ……んっく……んん……」 「ちゅ……っ」 「はぅぅ……ん、咲良クン……」 「ごめん、聖沙」 「ど、どうして謝るの? 謝ったりしないで……! 私、嫌じゃなかったわ」 「じ、じゃあ何なの? 私はあなたとの事……こ、後悔なんかしてない……っ」 「だから違うってば」 「これからは聖沙と会う度に、キスのことを思い出しそうでさ」 「聖沙の唇ばかり気になって、会長の仕事が手につかなくなったら、どうしよう?」 「ば、馬鹿……っ」 「はぁい、姉妹ともども、いつの間にやらすっかり背景と化してしまったヘレナよ♡」 「背景って……。お姉ちゃん、私達はシン君と別行動で、いろんな事を調べてたんだよ?」 「ソレはソレ、コレはコレ」 「我が愛しのおっぱいが、こんな憂き目に遭うなんて、大きさが足りなかったに違いないわ」 「二度と学園の点景なんかに落ちぶれないよう、増量しましょう。あ、そ〜れ〜♪」 「あんっ、いや……そ、そこ……ひゃん!? み、見ないで、みんなぁ……っ」 「あ、あのぅ……?」 「見るなって言われても、ヘレナさんがクルセイダースを呼んだんだしさ」 「それでヘレナさん、ご用件は何でしょうか?」 「野暮用だ」 「ど、どうしてアゼルがここに? 君もクルセイダースの力になってくれるの?」 「……そんなところだ」 「よかったです。ついに私の心が通じました」 「みな揃いましたね。ではヘレナ、お話を――」 「あの人……ソルティアさん、は来ないんですか?」 「あの女は魔界へ戻り、そこで療養している」 「ま、魔界!?」 「一介の魔将が己の力量を見誤ったにすぎん。憐憫は不要だ」 「もっとも、それを言えば私も……」 「アゼルちゃん、失敗を恐れたり悔やんだりする必要はないわ。同じ失敗を二度しなければいいのよ」 「ぅんっ、や……はぁっ! お、お姉ちゃん、せっかくの良い言葉なんだから、こんな事しながら言わないで下さいっ」 「あらん♪ うふふ、こんな事ってどんな事かしら? その可愛らしいお口で言ってごらんなさい」 「やぁ……っ、いや……やあぁぁ……あふん、あ……ああぁーーん」 「ヘレナ、そろそろ本題に入りたいのですが……」 「はぁ〜、なんだかお腹が空いてきました」 「そーだそーだ、おやつ食わせろ!」 「ほれほれ、ここか? ここがええのんか? もっとか、もっとして欲しいんか?」 「はぁ、はぁ、はぁ……はっ、くぅぅん! だ、駄目だよ、お姉ちゃん……それ以上されたら私……わ、私……んんんんっ!?」 「うひゃあ、先輩が大変な事に! 聖沙、そろそろシンの目と耳を潰した方がいいんじゃない?」 「……メリロット、こいつらはいつもこうなのか?」 「静粛に! おっほん……ヘレナに代わって、私が説明します」 「待ちたまえメリロット君、それは私の役目ではないのかね?」 「さて、クルセイダースの諸君! 決戦の時は近い。私の重大発表を心して聞いて欲しい!」 「みんなみんな! 昨夜すっごい地震があったでしょ? あれって実はメリロットのせいなんだぜーっ」 「ち、ちょっとヘレナ! その事は黙っててくれる約束でしょう!!」 「フォフォフォフォ、口約束を信じるなんて甘すぎるよ、メリロット君」 「メリロットさん。僕、いいクワとスキ持ってるんで、お貸ししますよ?」 「魔法で地面を耕そうとしたわけではありませんっ。私はリ・クリエを、最小限に食い止めようとしたんです!」 「その際、リ・クリエの発現と暴発によって、フィーニスの塔周辺の大地が隆起してしまい……」 「その結果、地震が?」 「でもさ、リ・クリエがこの程度で済んだんなら、ラッキーじゃん!」 「いいえ、まだ終わってはおりません」 「ええ、むしろ始まったばかり。うふふ、でも狼狽えなくていいわ」 「みんなに内緒で、アゼルちゃんにスパイしてもらったおかけで、今回のリ・クリエの真相が見えてきたのよ」 「そ……そうだ、私は密偵だ」 「なーんだ、それで私と遊んでくれなかったんですね」 「リ・クリエの影には魔将の一味あり。首謀者は魔天の男バイラス」 「ソルティアの話によると、彼はもう人間界に来ています」 「七大魔将の中でもトップクラスの実力の持ち主だそうよ」 「頭も相当切れるわね。流星町全体に魔法陣を敷設して、リ・クリエの力を増幅させてたなんて」 「ちょっと待て。そんな事したら、人間界そのものが崩壊しちまうぜ?」 「捨て置けませぬ! 今すぐ、その魔法陣を壊しにゆきましょう!」 「大丈夫。それなら、メリロットが既に無力化したわ」 「……バイラスっていう人は、どうしてそこまでするのかしら?」 「そこが不気味なところよ」 「彼の目的だけは未だ不明です。分かっている事実は一つ」 「バイラスは目的達成の手段として、リ・クリエを利用しようとしているという事です」 「そして、そのリ・クリエの力は、どこの虚空を彷徨っているのか見当もつきません」 「ええーと……という事は、バイラスはともかくとして、リ・クリエの回避は一応成功したんですか?」 「残念ながら、流れ星は降り続けております。この事実は、リ・クリエが未だ存在しているという何よりの証拠です」 「増幅の魔法陣は消去しましたが、大きくなったリ・クリエの力はそのままです」 「力は夜空に放たれたにすぎず、人間界崩壊の危険は依然残っています」 「予断は許されない」 「本来リ・クリエとは、破壊衝動を伴った自然現象のようなものだった」 「ですが今回は、リ・クリエそのものに、衝動とは異なる何らかの意志が感じられるのです」 「おそらく力の捕捉と増幅、最後に解放の行程で、人為的な要素が介在した影響でしょう」 「バイラスの動向は、私もつかめてないわ」 「ただ、不明瞭な状況にあってハッキリしている事もある……。シンちゃん!」 「リ・クリエとバイラスと、この両者に対抗できるのは、もはや魔王の力しかないわ」 「魔王として真の力を獲得すべく修行しているあなたと、シンちゃんを支えているクルセイダース諸君の活躍に期待する!」 「以上よ」 「わくわく。私も期待しています。おでんはまだですか?」 「私が食べた」 「ひぃいやぁあ!? ぜ、ぜんぶですか?」 「ふ、当然だ。味噌おでんだった」 「ひぐっ、うぐ! うえぇーーんっ」 「うっ、ぐすっ。うわあああん」 「ロロちゃん、サリーちゃん。号泣しなくてもいいじゃんよ」 「『泣いて馬サシを斬る』という故事だ。ロロットは桜肉を所望しているのだろう」 「さくらにくってなに? ビフテキの友達?」 「ひっく、ぐすん。アゼルさん、それを言うなら『泣きっ面にハチミツ』ですよ」 「ハチミツ、ミツマメ、あまくて美味しいおやつが食べたいよ。うえーん、じたばたじたばた」 「そのことわざって、どっちも違うんじゃない?」 「はぁ、はぁ、はぁ……あふん、くてぇ〜〜……」 「おや? リア殿の肌が桜色になっておりますぞ」 「どれどれ?」 「へあぁ〜〜〜っ!?」 「よい傾向です。絶大な魔力を具現化しつつ、それに振り回される事なく集中力が高められています」 「はい、適度に緊張感がありますからね」 修行の場は、図書館前から高台の広場へと移った。 僕に強くなった自覚はないけれど、メリロットさんの結界は、もはや魔王の攻撃に耐えられないという。 そこで、攻撃魔法が不測の方向へ逸れても被害が出ないよう、広い場所に移る必要があった。 同じ学園内を選ぶ辺り、メリロットさんらしいな。 訓練の邪魔にならない少し離れた位置に、聖沙がいた。 おかげで、気持ちが引き締まる。聖沙に魔法の流れ弾が当たらないよう常に気を配り、狙いを定めてゆく。 「あなたは魔王として著しい成長を遂げています。ですが……」 「休憩にしましょう。クリステレスさんが、紅茶を持って来てくれているようですよ」 「んもーっ、絶対に言うと思ったわ、それ」 真冬の夜気の中、芝生に座って熱い紅茶を楽しむ。 聖沙は大きな魔法瓶に淹れた紅茶をコップにそそぎ、メリロットさん、パッキーへと手渡す。 「いい香りです。上等の茶葉をお使いですね。しかし、微かに甘い香りも……」 「おや? 砂糖は分かりますが、なぜイチゴジャムが?」 「ジャムを溶かした紅茶も、なかなか美味しいと思うのは吝かではないという事実を、私は少なからず認めざるをえません」 「聖沙、せっかく差し入れに来たんだから、もっと――」 「ち、違うわよ! 暗くて怖いのを我慢して、あなたを捜し回ったりしてないわ!」 「帰りは送るよ」 「ありが――よ、余計なお世話よ! 咲良クンには魔王の修行があるでしょ!」 「はいっ、分かったらレモンのハチミツ漬けを、お食べなさい」 「スゴイや、それも作ってくれたの? 運動部のマネージャーみたいだね」 「勘違いしないでちょうだい。私は――」 「魔法瓶いっぱいのうまい紅茶と、甘酸っぱいレモンのハチミツ漬けを両手に持って、夜一人で散歩するのが趣味なんだよね」 「そ、そうよ。分かってるじゃないのよ」 「……ねえ聖沙、僕が魔王だった事にまだ抵抗はある?」 「ムッ、ないわ!!」 「言っておきますけどね、もとより抵抗を感じたりなんてしてないんだから!」 「私は、あなたに隠し事をされてたのが嫌だったの。魔王云々は関係ないわ」 「それじゃ、今は嫌いじゃないよね?」 「え……っ? き、嫌い……じゃないわよ」 「じゃあ好き? 魔王である事をひっくるめて」 「そ、そんなの決まってるじゃない……わ、私はあなたが、す……すすす……」 「じいぃーーーっ」 「きゃ……」 「どうなさいました? 私の焼けつくような視線に構わず、もっと続けて下さい。これは実に興味深い」 「私は咲良クンが魔王で安心できるわ」 「あなたが魔王だから……あなたが魔王なら、きっと大丈夫よ」 「なにか不服がおありですか、メリロットさん?」 「ククク……さすが魔王様の仲間だぜ」 「いつだったか、シン様は初代の魔王様に似てると言ったろ。覚えてるか」 「もちろん。あの時は、聖沙との事や魔王の事で、本当に落ち込んでたからさ……」 「なによ、さっさと告白してくれれば良かったの」 「好きです」 「ぁ……ぅ……わ、私もす――」 「ククク……ヒスもヒッキーも、リアちゃんや他の連中も、あの頃の仲間にそっくりだぜ」 「パッキー!? 当時の事を思い出したんだね!!」 「おうよ! と言ってもまあ、断片的にだがな」 「あのリ・クリエも強大だったぜ。人間界だけじゃねえ、三界全部が無に帰す瀬戸際だった」 「しかも、それぞれの世界が危機を自覚しながら、一致団結できねーときやがった」 「そりゃあ、魔族と天使と人間の仲はよくねーぜ? だが滅亡するまでいがみ合ってどーすんだ」 「そんな中で、世界を救おうと立ち上がったのが、初代魔王様だった」 「いや、魔王様一人じゃねえ」 「同じ志を持つ三種族の仲間が集結して、リ・クリエから三界を守り通したんだ」 「そしてその後、それぞれの世界の未来のために、永遠の盟約が結ばれた」 「魔王様はその血統を残し、天使は自らの魂を人間に預け、人間はそれを守り続けてゆく……」 「もっとも、長い時が経っちまって約束も薄れてきたが……シン様の代で見事に蘇えったぜ!」 「どうした、黙り込んで。そうか、俺様の話に感動して声も出ねーんだな」 「それもあるけど、今のお話には欠けてる部分があるよね?」 「別にねーぜ?」 「足りないのは、パッキーの事だよ」 「そうよ! やっと分かったわ。パッキーさんは、こうして私達にアドバイスをするために、生きてるんでしょ?」 「し、知らねーな」 「くすくす。いつも変な事ばっかり言ってるけど、やっぱりパッキーさんは素敵ね」 「ケッ、ヒスに褒められたって嬉しかねーよ! 俺様はリアちゃん一筋だぜ!」 「そう……長命の賢者でしたか。あなたには、ただならぬ気配を感じおりました」 「お前もな」 「グランマ、紅茶のお代わりはいかが?」 「いただきます。んく……」 「きゃっ!? ヘレナさんいつからそこに!?」 「それ、聖沙が淹れた紅茶じゃないですよね?」 「う……!? は、謀りましたね、ヘレナ……あなた、紅茶の中にラム酒を……!!」 「くっくっくっ、謀られたはうぬが不覚よ」 「ラ、ラム酒を飲んだら、私……うーん……っ」 「シンちゃん、聖沙ちゃん、遅くなる前にお帰りなさい。メリロットは私がお待ち帰りしておくわ♪」 「本日の朝練はここまでです。みなさん、お疲れさまでした」 早朝の礼拝堂に、聖沙の澄んだ声が響き渡る。 数瞬後、それまでの凛とした空気が和んで、みんなの歓談と新しい讃美歌の感想が飛び交う。 「スゴイね聖沙は。初めての合同練習なのに、見事に指揮してたよ。歌の教え方も上手いしさ」 「ふふん、当然よ。普段から、頼りない生徒会長のサポート役をしてますからねっ」 「うん、聖沙らしいや」 「……いい歌だ」 「聖沙ちゃん。期待以上の出来だよ」 「お姉さまにお褒めいただけるなんて、感激です!」 「ほんまにええ歌どすなあ。おかげでリーアとの思い出が、一つ増えそうやわ。おーきにな、副会長はん」 「な、なんでぶぶづけが居やがんでいっ!?」 「ナナカさん、聖夜祭の合唱は自由参加よ? 私は学園のみんなに来て欲しいの」 「だって、ぶぶづけは和菓子の化身じゃん? クリスマスとは無縁だって!」 「あの、ナナカ殿……その理屈で言えば、巫女であるそれがしも参加できませぬが?」 「紫央ちゃんは、全然オッケー!」 「ほほぉ。ここには特別扱いの方と、そうやない方がいてはりますの?」 「船頭がそないなんでは、スイート同好会も、たかが知れてはりますなぁ」 「違うっ、スウィーツ同好会!! わざと間違えるなっ」 「ういっす! お疲れっす。クリステレス先輩、スゲーいい歌でした。自分、明日も練習に来るっす」 「ユミル、いいとこに! ぶぶづけをとっちめな! 会長命令だいっ」 「ゆ、夕霧先輩、それはある意味パワーハラスメントっす」 「和菓子倶楽部なんぞに、遅れをとってたまるか!」 「ナナちゃん。遅れどころか、むっちゃくちゃ水あけられてるよー。ほら、アレ見てみー」 「はなむら特製ののど飴どすえ。リーア、ア〜ンしてみい」 「あ〜ん……まむまむ」 「あむあむ、ころころ……甘いのに喉がスゥーッとして、いい気持ちです」 「この飴は和三盆つこうてますさかい、甘いだけの洋菓子には真似できひん、上品なお味になっとります」 「なんてこったい!? 生徒会の二大巨頭が、ぶぶづけの罠に陥落しちゃったよ」 「僕は会長なのに、その中に含まれてないの?」 「さっちん、ユミル、こっちも反撃スタートだい!」 「ショコラ・ル・オールで、冬華さんからハーブキャンディー預かったんだよ。喉にすっごく優しいってさ」 「シン! 食べて、食べて! ほらほらっ」 「う、うん、まぐまぐ……」 「どう!?」 「……ダメだ、この男ダメだっ」 「飛鳥井……やんちゃな先輩持つと、お互い苦労するよな。ほい、キャンディー」 「あむあむ……おお、これは砂糖の甘さではありませぬな。はて……?」 「薬効がある数種類のハーブを、絶妙なバランスで配合した成果と見ましたぞ」 「でかしたユミル! さあ、あんなドンくさい飴玉じゃなくて、ハーブキャンディーをみんなに渡して――」 「はい、美味しい美味しい飴はんどすえ。ア〜ンしい」 「ぱっくん。まむまむ……ホントだー、甘いのにサラサラしてて、ヒヤーッとするよー」 「さ、さっちん!? 裏切り者! 全てを捨てて戦えーっ!」 「えー? 美味しければ、なんだっていいじゃんー。もっと気楽に食べようよー」 「夕霧先輩……自分は、さっちん先輩の言う通りだと思うっすよ?」 「さすが二代目やわ。ほんまは、さっちんはんがスウィーツ同好会の影の首領なんどすなあ」 「スウィーツじゃなくてスイートだいっ! ……って、あれ?」 「さっちんはん、和菓子倶楽部はどないどすか? 仮入部でも構いまへんえ?」 「うーん、どうしよっかなー」 「さっちん危ないよ、逃げてーっ」 「ナナカはんもご一緒しはりまへんの? 蕎麦粉つこうた、ええお茶菓子が手に入りましたんよ?」 「そ、蕎麦粉のって、まさか……」 「あ、惹かれてる」 「う……ま、負けてたまるか! 冬華さんの期待に応えるためにも!」 「かくなる上は、じいやお手製のゲンコツ飴の出番ですねっ」 「いや、それはいいよ」 「いぃや、それはええわ」 「あははは。気が合ってるね、彩錦ちゃんとナナカちゃん」 「ひぐっ、みなさん、どうしてそんなに嫌がるんですか? 天王寺さんはこんな喜んでいらっしゃるのに」 「ひえ!? わ、私? いきなり振ってきたね」 「うんっと……懺悔室に用事があるから。またね! うちの家系は隣の部屋に移るのが得意なの」 「行っちゃいました……」 「ゲンコツって無骨な名前が気に入った。俺にひとつくれよ」 「わーい、どうぞ♪」 「もももごっ」 「いや、4つだし」 「2つで充分だよー」 「もごもごもごもご」 「エディ、君は……」 「もごもごもごもご?」 「ほ、ほら、全然溶けないでしょ、それ?」 「もごもごもごもご……」 「ごめんエディ、涙目で訴えられても、僕にはどうする事もできないんだ」 「エディさんも、行っちゃいました。きっと教室で予習するんですね、ご立派です」 「向井原くん、明日来なかったらどうしよう……」 「自由参加だからね、無理強いはできないよ」 「けどさ、逆に大勢やって来た時の事を、心配してた方がいいと思うよ?」 「んもうーっ、おだてないでよ」 「僕は本気だよ。だって、こんなに好評なんだ」 「休み時間に、口コミで讃美歌の噂が広まって、放課後には興味を持った人がいっぱい来る筈さ」 「私もそう思うな」 「咲良クン、お姉さま……で、でも、そうなると――」 「聖沙、午後の生徒会活動は早めに切り上げて、讃美歌の方に集中しなよ」 「うん。生徒会の方は、シン君がいてくれるんだから。ね?」 「そうそう、聖夜祭のためにも、聖沙は歌の方をやらなきゃさ!」 「はい、会計さんはスイーツ同好会と掛け持ちです。副会長さんも讃美歌の練習をやっちゃって下さい。『喧嘩両生類』というやつです」 「みんな、ありがとう……!」 「あ、予鈴だー。もういっその事、一日中ここでお喋りしてよーよー?」 「はーい、みなさん解散してくださーい。礼拝堂の鍵を閉めまーす」 「ぬなー!? ナナちゃん、今からでも遅くないよ。略奪愛だー! 私のシナリオ通りやれば上手くいくんだよー」 「うんうん、分かったから一緒に教室行こうね」 「……略奪愛とは何だ?」 「手取り足取り腰取り説明するから、アゼルちゃんもおいでよー」 みんなは三々五々、教会を後にする。 残ったのは、戸締り役の聖沙と、付き添いの僕の二人きりだ。 「窓の鍵はすべて掛けた……っと。これでいいわね」 「な、なによ! お父様みたいな微笑みを浮かべて、私を見ないでよ」 「いや、歌を歌ってる時の聖沙も、りりしくて素敵だなと思ってさ」 「ふーんだ! お世辞なんか言ったって、なーんにも出てきませんよーだ」 「ううん、舌が出てきたよ? んっ」 「ちゅくぅ!? んぅ……んふ……ん……」 「はぁ、はぁっ、はあぁーー。……さ、咲良クン……」 「お、お父さんに、こんなキス……出来る?」 「じゃっじゃあ! 授業があるから僕は先に行ってるね」 「私もあるわよ! 教室までエスコートしなさいよ!」 「やっとお昼休みだね」 「魔王様、今日のメシは何だ?」 「ミルキー牛乳をデンプンと塩で固めたおダンゴと、バターとチーズと、デザートは――」 「デザートはヨーグルト……って、全部自家製の乳製品じゃねーか!」 「み、聖沙は隣のクラスだよね?」 「そうよ、隣のクラスから来たのよ!」 「早喰い対決は身体に悪いよ。ご飯はよく噛んで、ゆっくり食べなきゃ」 「そんな勝負のために来たんじゃないわ! いいから、私について来るの!」 「ひゅーひゅー♪」 「まったく、妬けるぜお二人さんー」 「そ、そんなんじゃありません!」 「まーたまた。その大きさってば、お弁当二人分持ってるんでしょ」 「これは作りすぎたんです!」 「んー? お箸も二膳あるんだねー」 「キィーーッ! 違うって言ってるでしょ、私達は勝負しに行くのよ!」 「どこへ?」 「な、内緒……っ!」 「おっと、俺様はヒッキーと飲茶の約束してたんだ。これで失礼するぜ」 「よかった。今日は風がなくて、あったかいわ」 中庭のベンチに、僕達は並んで腰掛ける。真冬に外で昼食をとる人は少ないらしく、周囲には誰もいない。 「おまけに晴れ渡ってる。こんな日は、外でお弁当食べるとうまいよね」 「ええ。でも、曇りや雨の日でも、私はお弁当って大好きよ?」 「……私がまだ小さかった頃から、お母様はお仕事で忙しかったの」 「だから、授業が午前中しかない日や祝日なんかは、お家のテーブルにお昼ご飯のお弁当が置かれてた」 「いつもメモが添えられていて、『ちゃんと手を洗いなさい』『食べる前にいただきますをしなさい』って書いてあったわ」 「お母様のお弁当を見ると、不思議と嬉しくなって、とっても美味しかったの……」 「うん、分かるよ。僕にも同じような経験があるんだ」 「遠足でもない日に、お弁当を食べられるのが楽しくて誇らしくて、みんなに秘密の優越感みたいなものがあった」 「くすくす、私もよ」 「あのお弁当を再現したくて……だから中学に進んだら、すぐにお母様から作り方を教わったの」 「今日は僕に、それを食べさせてくれるんだね」 「ハッ!? い、いいえ!!」 「え? あ、そっか、いただきますがまだだった」 「それもあるけど……」 「あなたのお箸は、ありませんからね!!」 「ねえ、箸箱が二つ見えるけど?」 「あ……!? い、いいの! 私は両手でお箸を使う主義なのよ!」 「それじゃあ、覚悟はいいわね? 勝負よ!!」 「け、今朝は、よくもやってくれたわね。教会で、あんな……!」 「キ、キスした事、怒ってる?」 「私は3年かかって、やっとお母様と同じ玉子焼きが作れるようになったの」 「きょろきょろ……だ、誰も居ないわよね」 聖沙は僕の問いを無視して、玉子焼きをその小さな口に運ぶと―― 「ふぁい……」 唇に玉子焼きを挟んだまま、僕に顔を向けてきた。 「く、口移しで僕に食べろと?」 「ん……っ」 「ふ、普通にキスするより、何千倍も恥ずかしいよ!」 「んふふ……ふぁいっ」 「い……」 「いただきます……ん!」 「んっ、んふぅ……ん、ちゅぅ……っ」 「んむ……」 「た、食べたよ。これで勝負は引き分けだね」 「おかずはあと24品目あります」 「うぅ……!」 「はい。卑俗に言えば、バイラスを筆頭とする魔将は寄り合い所帯にすぎません。基盤は脆弱であり、指揮系統もでたらめ……」 「それ以前の問題だな。頂点に立ってる奴が目的を明確にしてねえ時点で、結束なんざ夢のまた夢だぜ」 「もっとも、そのおかげで魔王様は、魔将を各個撃破できたがな」 「個々の魔将は、それなりの能力を有しております。彼等が一斉にクルセイダースを強襲すれば、容易に勝てた事でしょう」 「しかし、誰にでも思いつくこの戦法は、今のところ採用されておりません」 「お前も、薄々は勘づいてるんだろ」 「昨夜の咲良くんの事ですね?」 「……彼の魔王としての力に、上限が見えてきました」 「それでも、他の奴らには到底辿り着けねえ、絶大な覚醒だぜ?」 「ですが私は、咲良くんの成長は無限であると見立てておりました。事実、彼は二日前までそうでした」 「結構な事じゃねーか、テメーの力の限界を見極めるってのは、大切だぜ」 「ま、あの人の良い魔王様がそこまで強くなるのは当分先だろうがな」 「二日前、咲良くんの訓練を終えた後、私はリ・クリエ増幅の魔法陣を破壊しました」 「そして、ほぼ同時に魔王の力に上限が……この二つの符号の合致が、偶然とは思えません」 「ククク……久々の愉悦だぜ、こういう問答は」 「お話し願えませんか?」 「お前……魔王様の力を探りつつ、同時に俺様の真贋も調べようとしてやがるな?」 「難しく考えずとも、根っこは単純だぜ?」 「魔力と霊力……異質の存在でありながら、その属性には共通性が見られるだろ」 「属性魔法は効果絶大だが欠点がある、それは――」 「それは必ず弱点となる属性魔法が存在する事です」 「ああ、魔界の理だぜ」 「才覚のある者は、複数の属性を組み合わせて魔法を行使しますが、それとてパターンは有限。理の範疇です」 「強大な力の前に失念しがちだが、魔王様も例外じゃねえぜ?」 「それぞれの属性が牽制しあい、それぞれの属性が育みあう」 「人間界の自然に、通じるものがありますね」 「理解がはえーな。だからリ・クリエってわけだぜ」 「あくまで仮説だがな」 「では引き続き咲良くんに協力して、魔王の訓練を続けるとしましょう」 「それより、どうだ? 今のお前なら魔王様を仕留められるぜ」 「とっつかまえて解体してみるか? 真理の探求はさぞや面白いだろうぜ」 「魅惑的なご冗談ですが、私には蓮華草の花を摘む趣味はありません」 「ククク……やっぱそうなっちまうよな、長く生きてるとお互いに」 「ねえパッキー。僕は聖沙に何をしてあげればいいのかな?」 「なんでえ唐突に? 慌てなくても、二人で一緒にのんびりやりゃいいんだぜ?」 「それでも知っておきたいんだ」 「確かに、みんなのおかげで、僕は聖沙と付き合ってるよ」 「だけど公認のカップルになってから、初めて気がついたんだ……彼氏として、恋人として何をすればいいのか、まるで分からない自分に」 「そんなもんだ。この先ヒスが魔王様の子供を生んだ時にも、おんなじ事を感じるだろうぜ」 「父親として、何をすればいいのか分かんねーってな」 「み、みみみ聖沙が僕の、こここ子供だなんて、そんなのむむむ無理だよっ」 「おい魔王様よ、ヒスをおちょくるのはいいが、女の部分を否定しちゃいけねーぜ?」 「違うってば! ぼ、僕は聖沙とは、まだ、その……だから子供なんて、そんな……」 「おおっ、すまねえ。それ以前の問題だったな」 「聖沙とこの先に進むには、どうすればいいんだろう?」 「なーるほど。ククク……魔王様もちゃんと男だったわけか」 「だったらここは、俺様に任せな! いっちょ口説き方を手ほどきしてやるぜ!」 「パッキーが?」 「おうよ! その昔、三界を股にかけ、煉獄の竿師と呼ばれたこの俺様を信じろ!」 「パッキーにはそんな過去があったのか。よろしく頼むよ」 「いいか魔王様? そもそも女ってやつはな――」 「お疲れさまー」 「あら、めずらしいわね。今日はパッキーさんはいないの?」 「うん、図書館で調べ物があるんだってさ」 「……他のみんなは?」 「お姉さまは聖夜祭のステージの事で、理事長室へ交渉に行ってるわ」 「ロロットさんとサリーさんは、お茶菓子の買い出し。ナナカさんはスイーツ同好会のイベント会議」 「あと小一時間もすれば、みんな戻ってくるでしょうね」 「そっか……じゃあ今ここは、僕達二人きり……」 「そうよ?」 「どうしたのよ、咲良クン」 声が裏返ってしまった僕を、聖沙は心配そうに見つめてくる。 「顔が赤いわ、熱があるんじゃない? あなた頑張りすぎだもの」 「体温計は……ううん、私が計る。ジッとしてて」 聖沙が額を近づけてくる。 聖沙の吐息、夕陽に煌めく髪の匂い。 「み、聖沙っ!!」 僕は聖沙を力ずくで抱きしめる。 「ななななっ!?」 「わなわなわなっ……」 「な……なんか、鉄の味がするよ?」 「咲良クン、一体どういうつもり!?」 「い、今本当に、背筋がゾッとした。最悪に嫌らしかったわ!!」 「僕だって気は進まなかったよ! けど、こうすれば聖沙を口説けるとパッキーが教えてくれたんだ」 「何よそれ? パッキーさんは、お姉さまを口説き落とせてないじゃないの!」 「私達二人の事でしょ!? どうして、パッキーさんの言いなりになるのよ!!」 「せ、せっかく彼氏彼女の関係になれたんだから、もっと、その……大人っぽくて、ムードを大事に……」 「……して欲しいの……っ」 「わ、私に……して……」 「う、う、うん」 「してって言ってるでしょ!」 「どう迫ればいいのかな?」 「うるさいわねっ。私はキスしか知らないのよ!」 「僕だってそうだよ」 「うーん。類推するに、キスを続ければ、その先につながってゆくんだろうか?」 「そうね、試す価値は大いにあるわ」 「じゃあ……はい……」 「キ、キスして……」 「僕、洗面所いってくるよ」 「だって、口の中血まみれだからさ」 「ふんっ! さっさと行ってきなさいよね!」 「行ってきまーす」 「……キッ」 「ど、どうして、いきなり僕を睨むの?」 「ムッキィーッ」 「あ、お帰り。どこ行ってたのさ? シンのお茶も淹れといたよ」 「むしゃむしゃぱくぱく」 「もっとお行儀よく食べなきゃ、めっ! だよ」 「ヤダプー、リアとナナカの買ってきたお菓子が、美味しすぎるからイケナイんだよーん」 「ほへ? 私の名前が出てきません。オマケさん、私達二人で選んだ餡バタサンドはどうですか?」 「んん……フツー」 「しくしくしく」 「いや、だから、その……」 お茶を楽しんだ後、僕達は観念して生徒会活動を始める。 「……よし。ようやく誰もいなくなったわね……」 「あ、あのさ……聖沙」 「何、どうしたの?」 「どうして、さっきから、その……」 「だから、何?」 「僕たちってさ、付き合ってるんだよね?」 「な!? いきなり何を言い出すのよっ」 「それなのに、ずっと僕のこと無視してさ……なんか前より冷たくなったっていうか……」 「全然、目も合わせてくれないしっ」 「だってそんな風にしてたら……!」 「は、恥ずかしくて、集中できないじゃない……」 「そ、そんなね……。一度キスしたくらいで、調子に乗らないでよね!」 「なんで怒るのっ!?」 「だって、そうでしょう!? そんな風に、すぐ彼氏面したがるんだもの! 男子ってみんなそう!」 「何度も言わせないで。私はあなたのことが嫌いなんだからっ」 「私の気持ちを、全然わかってくれないから、嫌い……ちゅっ」 「こ、これで気が済んだでしょっ」 「そんなムッとした顔で言わなくても……」 「何の為に、わざわざ今まで我慢してたと思ってるのよっ! こうやって二人きりに――は!」 「二人……きり……」 「って、何言わせるのよ、馬鹿ッ!」 「だったら、外で待ち合わせとかすればいいじゃないか」 「そそっ、そんな恥ずかしいことできるわけないでしょっ 誰かに見つかったらどうするのよっ!」 「じゃあ僕の家で集合とか」 「な!? そ、そんな……付き合って、い、い、い、いきなり家に呼ぶなんててててっ、不潔よ、咲良クン!!」 「今までもしょっちゅう来てるじゃないかっ」 「付き合ってからは別問題! 私を連れ込んで何をする気なのっ!?」 「何って、一緒にゲームしたり、ご飯食べたりするんだよ」 「……! そうじゃなくて、Aときたら次はBで――」 「聖沙こそ何をするつもりだったの……? 不潔なことって、まさか……!」 「〜〜っっっ」 「普通だったら、そういうこと、するでしょうよっ!」 「だから、なんで怒るん……あ!」 「だ、ダメだよ、聖沙っ。いきなりそんなことっ、ううっ!」 「な……なんで……硬くなってるぅ……」 「だって、聖沙がキス、するから……。それに、さっきから胸も当たってるし!」 「そ、そんなんで……?」 「興奮、してるん……だ……」 「くすくす……もっと、当てて欲しい?」 「くっ、このっ!」 「あっ、やん! そ、そこは……だめっ」 「お、お返しだっ」 「な、なによ……やる気?」 「あんなところを触られたら、もう止まらないぞっ」 「……いいわ。咲良クンがその気なら……」 「そうね。勝負よ!!」 「こ、こんな感じでいいのかしら……」 「そんなこと聞かれても、わかるわけないって!!」 目の前に、聖沙の股間が広がっている。 スカートに隠された秘所を覆うしま模様の下着に思わず見入ってしまった。 「ふぇ!? えっ、ええ、な、なんでもないっ」 聖沙は聖沙で、僕の股間に目をやっている。黙々と凝視されるのは、やっぱり恥ずかしい。 「とと、とりあえず、最初はせーのでいくわよ――」 「ふぁあ!!」 合図も聞かずに、誘われるまま、眼前の布地に手を触れた。 さらりとした感触。それでも太ももは汗が滲み、聖沙の熱気が伝わってくる。 呼吸と同期して、股間の膨らみが収縮を繰り返す。 「ちょっとぉ。いきなりなんて、ずるいじゃないのっ」 「だ、だってさあ……」 「だってもなにも、フライングよっ」 「聖沙があまりにも魅力的すぎるから……」 「な……! そ、そんな…… って、変なところ見て言わないでよ!」 「も、もう、触っても、いいかな……」 「人の話、聞いてないし……」 魅惑の三角地帯に意識を奪われ、じらされる僕は聖沙の太ももを撫でくり回す。 「や、やだっ、あ……んっ、くすぐった……ひっ!」 「聖沙の肌。手に吸い付いてくるみたいだ……」 「な、なんてこと言ってんのよぅ! も、もう、いいわ! よーいどん、あっ!」 合図と皮切りに、下着の上から指で秘所をまさぐる。 窪みのある場所の回りをなぞるようにしながら、聖沙の感触を確かめる。 「はぁぁ……なんて柔らかいんだ……」 「変な声出さないでよぅ……」 「んっ……くっ、ふぅ……や、ひゃはっ、くすぐった! あっ、はぁ……あぁ……ふぁぁ……」 「あぁ……すごいぷにぷにしてる……」 「ね、ねえ……やっぱり男の人は、ハリのある肌の方が好きだったり、しないの……?」 「私、運動とかあまりしてないし、その……ちょっと肉付きがいいというか、ちょっと太ってる、かもだし……」 「聖沙、そんなこと気にしてるの?」 「そんなことって!」 「聖沙の体、僕はとっても好きだよ」 「っ!! ま、また……好きって言う……」 「好きなんだから、しょうがない。こことか、もう……」 僕は聖沙のムッチリとした太ももに口づけをする。 「んっ、んん……んん〜〜っ」 顔が太ももの中に埋もれていく。フカフカとした柔らかい感触。 「あっ……はっ……はぁ……あぁ、あっ、はぁ……はぁん……ん……そんなに……」 キスの跡をつけながら、今度は吸ってみたり。 「はぁ、はぁ……あっ、あっくっ、くう……ふぁぁ……あんっ、足っ、足っ、ひふっ、ふぅう〜〜」 過保護に育てられた大腿は、温かくて心地よい。むしゃぶりつきたくなる欲求が止まらない。 「あんっ、んっ、んん! だめっ、吸っちゃ……んっ、くっ、くふっ、ふぅん……ん、ん……はぁぁ……」 吸い付いたまま、顔を上げる。唇を離すと、聖沙の太もも肉がぷるんと躍動した。 「んっ、美味しい……」 「はぁ、はぁ……そんなこと……んっ、ないわよぉ……」 「このまま、ずっとキスしていたいけど……」 放っておいた股間から、にわかに淫靡な芳香が漂ってくる。 「こっちが、寂しそうにしてるかも?」 下着で〈模〉《かたど》られた三角形の頂点に、一本の縦筋ができている。 湿り気を帯びて、何かが滲んでいるのだ。 「足にキスしてるだけで、こんなになったの?」 「そ、そんなこと……。ち、違うんだからぁ…… はぁ、はぁ……んっ、んんっ、んくっ」 ただ、股間の様子を眺めているだけなのに、聖沙は息を荒げて体をビクビクと震わせていた。 「聖沙って、敏感なんだね」 「これから僕が何しようとしてるか、想像してるのかな」 「じゃあ、言わなくても平気だ」 窪みを沿うようにして出来た縦筋を人差し指ですくってみる。 「あ……っ! はぁんっ!!」 ねっとりとして熱い感触が指に伝わってきた。 隙間に指を差し込み、前後に優しく愛撫を試みる。 「あ、あ、はぁ……はくっ! くふっ、指が……ふは! そ、そんなとこ……んっ、やっ、はぁ、だめぇ」 輪郭にそって、指の腹向きを変えたり、スライドの方向を変えてみたり。 予想だにしない動きに戸惑い、聖沙は悶えるようにして体をくねらせている。 「はうっ、ん! んやぁ……あっ、あはっ、はぁ、はぁ……ああ……んぅぅ……くっ、ふぁっ、はぁ、ああ……」 指の腹で滲んだ聖沙の愛液を広げ、股間に塗りたくる。 「聖沙ぁ……どんどん出てくる」 触れば触るほど、滑りがよくなり、縦筋はいつしか池のように広がっていく。 「はぁっ、はぁっ。はぁぁ……だ、だめぇ……これ以上したら、シミになっちゃう……」 「可愛い下着だもんね……」 「はぁ……はぁ……や、やめてよ、そういうこと言うの……そういうわけじゃ、んっ、んん……!」 「この下着、もしかして僕の為に……?」 「……!! じ、自意識過剰じゃないのっ」 「こうなること、少しは期待してたってこと?」 「そ、そんなわけないでしょ!! あっ! くはぁあんっ。だめ、だめっ、そんなにっ、押し込んじゃっ」 下着を掴んで引っ張り、割れ目に布をグイグイと食い込ませる。 「ん! ん! 擦れてっ、は! だめよぅっ! ん、ん、んん〜〜っ! ん、ん、ん、んはっ、はぁぁあ……」 「はぁ、はぁ……お願い、もっと、もっと優しくしてっ、は! は! ダメになっちゃうっ、うう〜〜ん!」 「手加減なんて出来ないよっ」 「勝負だから……?」 「聖沙が可愛いから!」 「も、もうさ。聖沙のおまんこ、見たいんだけど」 「お、おま!?」 「ダメ?」 「そ、そうじゃなくて……おまんこっ、て……」 「じゃあ、もう、脱がせ、ちゃうよ……?」 「ま、待って!! あ、ああ!!」 湿気に溢れた下着をゆっくりとずり下ろすと、凄まじい熱気と芳しい聖沙の匂いが漂った。 秘所から粘液が糸を引き、下着へ伝っている。アーチを指ですくうと、執拗なまでに絡みついてきた。 「あぁ……これが聖沙のおまんこ……」 「や……やだぁ……」 小刻みに体を震わせながら、白い肌がみるみるうちに赤くなっていく。 「もう、こんなに濡れてるよ……」 人差し指で秘肉の入り口を、割れ目に沿ってなぞってみる。 ヌルヌルとして柔らかい肉の感触。指の腹で押し込むたびに、ぷるぷると相づちを打ってくる。 「んっ、んん……はぁ……すごい、すごいんっ、んん……っ、いっぱい……はぁ、はぁ、触られてるぅ……」 桃色で可愛らしい聖沙のおまんこは、露が溢れんばかりに滴っており、艶めかしく輝いていた。 「はぁっ、はぁっ、あ、あ! あう〜っ、うっ、うはっ、ふんっ、はぁ、あぁ、あぁ、やぁ、はぁ……」 今度は親指を抜かした4本の指で、股間をあてがうようにしながら圧迫する。 「はぅ、うぅ、ううっ! あんっ、やんっ、はぁはぁ、はっはっ、はぁっ、はぁっ、くっ、くっ、くふうっ」 手のひらで大事な部分を覆い隠すようにしながら、押し上げるように動かす。 たぷたぷと柔肉が弾み、手のひらにはべっとりと愛液が絡みついてくる。 ねちょねちょといやらしい音色が響き、その度に聖沙が腰をクネクネとくねらせた。 「だ、だめえっ、そんなにっ……んっ、ん! くっ、く〜〜っ。はっ、しゅご! ひっ、ふう〜〜っ、う! う!」 「はぁ、はぁ……まだ膣内は触ってないよ?」 「で、でもぉ〜〜っ あっ、あ! あんっ、んっ、くぅ〜〜んっ! はぁ、はぁ、はぁぁっ、あんっ!」 「もうイきそうなの?」 「違う、ううんっ! だっ、だめ! 油断したら、ん! ん! すぐっ、うう〜〜っ、うんっ」 必死にかみしめながら、絶頂を堪えている。悶絶した表情を浮かべる聖沙。 「こ、これはもう、僕の勝ちだね」 「え……ええ……?」 「だって聖沙、さっきから何もしてない」 「聖沙ばっかり、ずるいよ……」 「な、なによ! しょうがないじゃないっ、夢中になるようなことされたから……」 「……っっっ えい!」 聖沙がズボンに手をかけ、勢いよく下ろすと、剛直したペニスが躍り出て―― 「……つうっ!」 聖沙の顔に衝突した。 「ちょっ……こ、こんなにおっきく……う、うぅ……」 「だって聖沙の体が気持ちよすぎるから……っ」 「責任押しつけないでよっ はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「ま、まあ、その……早く何とかして欲しいなって」 「ふんっ……ふんっ……ふんっ……」 「聞いちゃいないし……」 「えっ!? わ、わかってるわよ!! これを……こうして……ん……っ」 「あッ」 聖沙の柔らかい指先が先端に触れた。 「男のくせになんて声出してるのよーっ」 「だって聖沙、気持ちいい」 「も、もう、しょうがないんだから〜っ」 「それで。ど、どう……?」 「んな!! なに言わせる気よ!!」 「いや、触った感じ。どうかな〜って」 「セクハラ! こんなに熱く硬くしちゃって、これがあるからそーゆーいやらしいことばっかり考えるのよっ」 「そ、そんなことは……うッ!」 「スッキリしちゃいなさいよっ」 そういって手のひらでペニスを包み、強引に擦りあげるが―― 「たっ、いたた!!」 「え、あ、ごめんなさいっ 敏感なところ、だったのよね……」 「わかったわ。もうちょっとこうして……モミモミしながら……ゆっくり……はぁはぁ」 先端の柔らかい部分を撫でるようにして、指先を滑らせる。 「ん……ふ……んっ、ふんっ、ふんっ。はぁ、あっつい……ん、ん……」 しなやかで白い指先。普段、聖沙が日常生活で当たり前に使われている指。 ペンを握ったり、お箸を持ったり。そのようなもので触られてると思うと、ゾクゾクする。 「くすくす……なんか、こうして見ると意外に可愛らしいわ……♡」 「うっ、くっ……くうっ……」 「ね、ねえ。そんなに波打って、大丈夫……?」 「聖沙、それやばいっ」 カリの段差と指の腹の段差が交差する瞬間、ほどよい硬さと柔らかさがペニスをごしごしと擦りあげる。 (――わぁ……凄い、ピクピクして……おちんちん、たくさん感じてるんだ……私の指で……) 「う……ううっ……」 「ね、ねえ。気持ち、いいの?」 「ううーーっ」 「気持ちいいのね……あぁ……」 正常な応答も出来ず、聖沙のされるがままになっていると―― 「な――!! これ、男子も濡れるの……?」 そういって先端の割れ目に人差し指を押し当てた後、クリクリと踊らせて滲み出た粘液を引き延ばす。 「はぁぁ……凄い……ネバネバしてる……」 「聖沙だって……くっ!」 「あ……ああっ! んっ、はぁっ、不意打ちっ、ひうっ!」 優勢だったはずが、不覚にも聖沙の手つきに圧倒されてしまった。 不慣れなせいか、ペニスの先端だけを執拗に攻めてくる。それがまずい。 負けじと、聖沙の秘肉へと指を這わせて愛撫を再開する。 「はぁ……はぁ……あ、あ、あぁ……っ、んっ、んぐ……あぁ、やっ、やぁん。ん……んん〜〜っ」 中指を使い、尿道付近でブルブルと振動させながら、聖沙の愛液を馴染ませる。 膣口の柔肉はとろみを帯びて、いやらしい匂いを充満させていた。 「わ、私だって……! はぁっ、はぁっ、はっ、はっ……ん、ん、はぁ……はぁ……はぁっ、はぁっ」 聖沙もまた同じようにして、親指の腹を尿道部分に押し当てて、円を描くようにしながら撫で回してくる。 「ん……くっ、ふぅ……うっ、うう〜〜っ。くっ、ふっ、ふぅ……ふぅ……はぁ、はぁ……あぁ……」 切なそうにお尻を震わせている聖沙。僕は遂にその割れ目の中へと指を挿し入れた。 「うわ……!」 肌とは比べものにならないほど熱く、そして粘り気の強い入り口。 ただ、指を挿し込んだだけなのに、聖沙の膣内は〈忙〉《せわ》しく躍動していた。 「あ……あぁ……あぁ……」 ペニスに添える手の動きが止まっている。 「だ……だめよ……それ……う……うう……うぐっ! 反っ則……はわぁぁ……あぁ……」 「あぁ……聖沙のおまんこ、熱くてヌルヌルしてる……」 「は……はぁ……あぁ……う、うう〜〜うう〜〜。うっ、うっ、うう〜〜」 嗚咽にも近いうなり声をあげる。 僕の話なんて聞こえちゃいないほど、下半身に神経が集中しているのだろう。 「お、お願ひっ、それは……はぁ、はぁ……それ以上は……っ! あ、あ、あ、あ……放してェ……」 「そ、そんなこと言われてもっ」 第一関節までしか入っていないのに、ねっとりと絡みつき放してくれない。 意志とは勝手に奥へ奥へと吸い込まれていくのだ。 「聖沙、気持ちいいの……?」 「違っ、ひがうのぉ……も、もう、わたひ……うっ、うう〜〜っ、ううーーっ、はぁ、はぁ……あぁ……」 そのまま更に深みへと、狭い門を掘り進んでいく。 「はぁ、はぁ、はぁ……あぁ、あぁ、あう、うぅ、うんっ、くっ……そこ……うっ、だめ……はっ、はっ」 第二関節のところでもう押し進めることが出来なくなった。 そのままざわめく肉襞へ応えるように、指を折り曲げて壁を圧迫してみる。 「あっ、あっ、ああ……! はぁ、はぁんっ、ん! んっく、だめ、だめェ……な、なにしてるのよぉ、あ……!」 たかだか指一本で、こんなにも狭さを感じるとは。 聖沙の膣内に剛直したペニスを挿入したりなんかした日には、どれだけきついのだろう。 「うう、そんな気持ちよさそうな声出して……聖沙だけ……ずるいぞっ」 「え……? あ……あぁ……ん! むっ!」 「はぁ、はぁ、聖沙……」 聖沙の膣で指を入れたまま、腰を聖沙の顔に近づけていく。 そして我慢汁の滲んだペニスを、聖沙の汗ばんだ美肌へと押しつけた。 「や、やん! ん! らめっ! あ、ん! む、むぅ……! あはっ、はぁ、はぁ、あ、あ、ああーっ」 柔らかい頬がペニスの形に添って歪む。そのまま腰を前後に動かして、無理矢理に擦りつける。 「あ、や! んんっ、くふっ、そんな……おちんちんっ、顔に……あ! 当たって、つうっ、凄い匂い……」 「聖沙がしてくれないからっ」 「わ、わかったから……っ、ん! んんーーっ、や、やるからっ、おちんちんするから……っ、ね? お願いっ」 聖沙は内股になり、快感を堪えながら、僕のペニスを握り締めた。 そして手のひらで包み込みながら、ペニスに頬ずりをする聖沙。 「聖沙の顔、ベトベトになってきた……」 「あなたのせいでしょうよぉ……」 「いやらしくて、とても可愛いよ……」 「そんなこと言っても許さないんだからぁ……」 もはや勝負のことなど念頭から忘れてしまうくらい、二人とも性に没頭している。 「はぁ……はぁ……あ、あ!」 「聖沙のここ、凄いキツくて……っ」 手首を回転させながら、熱くて柔らかな肉壷の中で指の抽送を繰り返す。 愛液の滴りは尋常ではなく、僕の手首まで濡らし尽くしていた。 「はっ、はっ、だめっ、ふっ……ううっ、うくっ、くう……! はふぅ、うっ、はぁ、はぁ……あぁ、ああ!」 「ん、んっ、んんー!」 聖沙も一心不乱にペニスをしごきあげる。 指をリング状にして、亀頭を搾り取るようにして射精を促す。 溢れる我慢汁が、柔らかな頬肌を艶やかに汚してゆき、擦る手のひらは白く泡立ち始めた。 「う、聖沙……気持ちいいっ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! だ、だめ……も、もう……う、うう……! はぁっ、はぁっ、ああ……だめっ」 「聖沙、僕も……ううっ!」 「はっ、はっ、はっ……あ……あ……あ……っ、ああっ、あ……はふっ、ふ〜〜っ、くっ、くうっ……!」 挿し込んだ指がキュウっと締まる。聖沙のおまんこが狭まり、過敏になっていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ! あっ、あっ、いくっ、くっ……ううっ! いっちゃうっ、ふっ、ふっ、ふはっ!」 「聖沙……もっと!」 「んはぁっ、はぁっ、はぁっ、あ、あ、あんっ、んんーっ、んっ、くっ、ふひゅっ、はくっ! ああぁぁぁぁ……」 消え入るような声と共に聖沙の体がビクンと跳ねた。 「ああーーっ、あーっ、あ〜〜っ、あ、あ、あ、っはぁ……はぁ……はぁ……はくっ、くぅ……う……うはぁ……」 「あ、あ、あっ! 聖沙、いってるっ」 「はぁぁん……すご……きもひいい……はぁ、はぁ、はぁ……んっく、くふっ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ……」 さざ波のような持続的に襲う快感。聖沙が絶頂に震えながら、強くペニスを握りしめた瞬間―― 「あ……ッ、いくっ」 睾丸が盛り上がって精巣から勢いよく精がほとばしる。 ドクン!  ビュクンッ! ブビュッ! ペニスの竿が躍動し、聖沙の頬にこつんこつんと当たる。 先端から放たれる白濁液は、容赦なく聖沙の顔や髪の毛に飛び散り、汚していく。 「ふわぁ……ぷわはぁ……はぷっ……ふ、ふぁあ、ああん……はぶっ、ふひゅ〜〜、あぁ、あ……熱ぅぃ……」 「はぁ、はぁ、はわぁぁ……はぁ、はぁ……んっく。ふぅ、ふぅ、ふうぅ〜〜。うっく、ああ……♡」 精液をかけられて恍惚とする聖沙。敏感な股間にはまだ僕の指が挿し込まれている。 ふやけてトロトロになった秘肉が愛らしくて、放心状態のまま捏ねくり回す。 「え……! あ、だ、だめェ……あ、ああ……ああっ、まだ……ひっ、ふあっ、あ……あぁ、はぁん……んっく」 聖沙のお尻がぷるぷると震え内股な感じに。白い頬がどんどんと赤くなってくる。 その弱々しい姿がいじらしくて、ついつい絡みつく襞を愛撫してしまう。 じっとりとした秘裂からはとめどなく愛液が溢れ、甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。 「あ、ああ……ん……んん〜〜っ、ん、は、はぁ……いったばかりなんだから、そんなに触らないでよぉ……」 「そんなこと言ったって……」 「あ、あ……はぁぁ……そんなにぐちゅぐちゅっ、おまんこ、ふやけちゃうわよぉ……あぅう……うん……」 入り口の割れ目を指で開き、奥までじっと凝視する。 聖沙の呼吸に合わせて、小さい穴が収縮を繰り返していた。 その様子を見るだけで、自然と股間に血がたぎってくる。 「嘘……! あれだけ出したくせに、またこんなに……すぐ、おっきくなるようなものなの……?」 「い、いや。たぶん、聖沙が可愛いから、かと」 「な!? またそうやって私のせいにするんだからっ!」 「だ、だって……」 (――はぁぁ……凄いエッチな匂い……これが精子……これが私の膣内に……これからたくさん射精されちゃうんだ) 「え、えっと……聖沙?」 「ううっ……はぁぷ、ちゅるんっ」 聖沙は頬にこびり付いた精液を指ですくい、舐めとった。 (――うぷっ……苦い……) 「聖沙、飲んじゃった……大丈夫なの?」 「平気よ、これくらい! あなたの精子なんて、大したことないんだから……じゅるるるぷっ」 聖沙の舌が艶めかしく動いている。ピンクの色をした柔らかい唇。 ゆっくりと、直立したペニスに向かって近づいてくる。 「あ……あ……あ……」 「えっ。み、聖沙……」 「ん……んむ……んちゅっ♡」 柔らかい感触が先端に伝わる。そして粘液の音。 二枚の唇を重ね合わせたまま、聖沙はペニスに口づけをした。 「ぷぅ、ちゅっ、ちゅうんっ。ん……ん……っ、んちゅ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぷんっ、んっ、んちゅうっ」 亀頭全体に唇を這わせて、何度もキスをする。 「ちゅ……ちゅっ、ちゅぷんっ。んふっ、ちゅうっ!」 「うわぁ! 聖沙っ、そんな先っぽばっかり……」 「ん……? んちゅ……? んちゅぅ?」 「あぐっ、だから、ひっ! 気持ちぃっ」 「んふふー♡」 逆効果だった。 「ん、ちゅっ、ちゅう――っぱ。ふはぁ、さっきは負けたけど、次は絶対に勝つんだからっ」 「勝負にまだこだわってたのかい」 「ほーぜん。ん、んっ、んちゅ〜ぅ」 気持ちいいところへピンポイントにキスをされると、くすぐったさも相まって腰が笑いだす。 「ちゅ……ん、ぷ……ちろっ」 「な……! 今の……何っ」 熱く湿ったものが、先端に触れた。 「はぁ〜ん、ぺろっ、んっ、れろれろ……んっ、ちゅーうぅっ」 「あっ、あっ、ああ〜」 舌の先が、ペニスを刺激する。艶やかに張った亀頭を優しく押しやりながら、唾液で濡れさせていく。 「はぁっぷ、ぷぶっ、ちゅるぅ、うっ、ちゅぶっ、んっ、んっくぅ、ふぅ、ちゅぷっ、ぶぷぅ、んっちゅ、ちゅ」 口に唾液を溜め込んで、唇に挟み込む瞬間に溢れさす。ぶくっと泡立つ音がした。 「ちゅう……ちゅっ、ちゅぶ……んー、ぺろっ、じゅるぅ、んっく。へろべろ、ん……んぐぅ、ちゅ、ぺろえろ」 (――ん……おちんちん、ピクピクしてるっ。熱い……このまま溶けちゃいそう……) 聖沙の口から流れる唾液が睾丸まで伝わってくる。 その液筋を沿うようにして、舌を這わせていく聖沙。腰が浮いてくる。 「えーろん、んふー。ふぅ、んっ、んっ、じゅうーっ。ちゅ、ちゅ、ちゅっ。れろんっ。ぷちゅぅっ、じゅる、るる」 「れろれろ〜。ちゅ、ちゅぷっ、ぷちゅんっ! ちゅ〜〜、れろ、えろろん、んーんっ。ちゅうぅ……」 聖沙の顔が下がってくると同時に、ふくよかな胸がグイグイと押しつけられる。 「んっぷ。ちゅべろっ、れ〜〜ぷっ、ちゅるぅ……ん、ん、んふっ、んぐっく。ちゅう、ぷる、るるちゅ」 聖沙の口は竿をなぞり回し、そのまま根本――袋の部分に到達し、そこへ舌先がちょんと触れた。 「や……そこは……! ふぁっ」 「んふ……? はぷ……はむぅん。ちゅうーっ」 聖沙は袋に吸い付き、咥内に含み始めた。 「はぷっ、ぷぅっ、ちゅっ、ちゅるんっ。はむぅ……んっ、んっ、ちゅっ、ちゅぷっ、ぷふ……? んに〜〜っ」 (――くすくす……なんかここ、柔らかくてふかふかしてて……ちょっと可愛いかも……♡) 「くっ、うう……だめっ、延ばしちゃっ、ああ!」 (――なんてエッチな声……おちんちんの袋って、そんなに感じるのかしら……)」 「はむっ、んっ、むっ、ん……ん〜〜っぱ。ここ、気持ち……いいの?」 「やばい。聖沙の口、凄い気持ちいい!」 「も、もう! はっきり言い過ぎッ」 そういって、ペニスをぎゅうと握りしめる。 (――先からずっとベトベトしたもの出してるし、もうやけどしそうなくらいに熱くなって……私の口でこんなに感じてるのね……) (――あ、あ……すごく、嬉しい。感じてくれてるんだ……ああ、私もなんか、気持ちよくなっちゃう……) 聖沙は夢中になってペニスをしゃぶる。 「はぁぷっ、ちゅんっ、ちゅるるう、んぷっ、んふっ、んっく。ちゅぶっ、るるっ、へぶ……へれろん、んちゅう」 腹部に当たる聖沙の柔らかい感触。 無意識のうちに、聖沙が自分の乳房を押しつけているのだろう。 僕の体に重なって、その形を歪ませているのがよくわかる。 「ちゅっ、ちゅうっ、ぷっ、んふっ、ふうぅ、はぁぷんっ、ん、んちゅ……っく、ちゅふ、ぷぅ……」 股間への攻めと、聖沙の柔らかさが相まって、どんどんと興奮が高まっていく。 「あ、ああ……聖沙……気持ち、いい……」 「ちゅぅっ、ん……んちゅる……ぷっ、ん……ん……ううん……? ちゅう、ん、んぷっ、ちゅるぅ……」 (――もぉ……ずっとおちんちんに集中しちゃって、私のことなんか放ったらかしじゃない……) (――だからって、何かして欲しいとか恥ずかしくて言えないし……) 「ううー。聖沙、もっと……!」 「人の気も知らないで……もう、馬鹿ぁッ」 僕の目の前で太ももが落ち着きなく擦り合っている。 「だって……だってぇ……うう〜〜っ」 「も、もしかして、聖沙のおまんこ、おねだり?」 「〜〜っ」 恥ずかしさを押し隠そうと、聖沙が大きく口をあけて―― 「はぁ……ん、んぐっ、んぷぅ……んぬぷ、んぐぅ!」 ペニスを思い切り頬張った。 「うわ……いきなり!」 精液と唾液と我慢汁でヌルヌルした先端が、聖沙の咥内を犯していく。 「んぐ、むぐ……むぐぅ……んちゅぅ……ちゅぷっ、ん……む……むぐ? ぐむ……むぅぅうんっ、んんーーっ」 どんどんと咥内へと飲み込まれていくが、その体積が収まりきらない。 咽から逸れて、聖沙の頬にペニスの形が浮き出てしまう。 「はぁむ、んぐぅ……、ん……んん……んふぅ〜〜。ふんっ、むんっ、むぐっ、じゅるぷぅ……ずずずっ」 聖沙が頬肉越しのペニスを愛おしそうに撫で回す。 「く……くぅ……! ぼ、僕だって……!」 聖沙の秘肉を掻き分けて、唇を押しつける。 そして中にある液体を肉壁共々勢いよく吸い上げる。 「んんーーっ、んぐっ、むぐっ、むぐ〜〜〜っ、ぐむ――ぷはーーっ、はぷっ、ひゃっ、ひゃん……!」 聖沙の股間から放たれる品のない音。聖沙の汗と愛液の味は格別だった。 「聖沙、僕の舐めてるだけで、こんなに濡らしてる!」 「あなたこそ私の……そんなっ、やっ、やはっ! いやらしい音っ、ひぃいんっ、出さないでへぇっ」 「聖沙のおまんこ、美味しい……」 「変なこと言わないで、はへっ、はぁ、あんっ」 「僕のは、どう?」 「言わないと……」 「そ、そんなぁ……どうして外ばっかり……お願い……切なくて、私……おかしくなっちゃうぅ……」 「ああ、聖沙の美味しいっ。ちゅっ、ちゅっ」 「うう〜〜っっ! 私だって、好きな人のおちんちんだものっ。美味しいに決まってるでしょうよっ」 「はぶ! ちゅっ、ちゅうっ、ちゅぷ、んぐぷぷっ、ぷぶっ、ちゅうっ、ん」 「あ、あ……そんなに頬張って。そんなに吸って」 熱くて潤った咥内の感触。裏頬と舌がペニスに擦れて心地よい。 「ほうひはほほっ。ひょうぶはもうはひらめはのはひはっ!?」 「なに言って――ああっ、くぅっ!」 聖沙はくぐもった声のまま、首を上下させて抽送運動を開始する。 「んっぷ、んぐっぷ、んぷ! ちゅうっ、んぷっ、んぶっぷ、んふー、ちゅぷ、ちゅぷ、んじゅぷぅっ」 「あ、ああっ、聖沙ぁ……」 「んぐが……!」 聖沙の口の動きに便乗しようと腰を押し出した瞬間、聖沙の咽に先端が詰まった。 涙目になりながらも、頬をすぼめてちゅうちゅうと吸い上げる。 「くっ、聖沙っ!」 「んむーーっ、むぐーーっ! んふーーっ、んっ、んん〜ん。むぐぅ、ぐっ、むふーーっ! ふっ、ふっ、ふっ」 僕は膣の中に舌を忍ばせ、じゅるじゅると音を立てながら秘肉をなめ回す。 ペニスを口にくわえ込んだまま、聖沙はよがり喘ぐ。 あてがう乳房が僕の体の上で、柔らかく弾んでいる。 「はぁぷっ、ちゅっ、ちゅるんっ。んっぐ、んっぐ、んぷっぷ、ふぅふぅ。ちゅぷ、るぷ、ぷぶっぷ、じゅう……」 「むぐ〜〜っ! ……フーッ、ふん、んんっ、んぷ……ぷちゅ――っぷはぁ、はぁ! はぁっ、はぁっ、はぁ……」 聖沙が呼吸をしている間に、僕は聖沙の小さな割れ目を頬張り、強く吸い上げた。 「あああ……っ! そ、そんなに吸っちゃ……ひゃあっ、あんっ、んんーっ! ふっ、ふはっ、はぁ……」 「ん……だめっ! んぐ……ちゅ、ちゅるっ。んぷっ、ぬぷっ、ふっぷ、ぶっぷ……むぐ、むぐぅ、れろれろ」 「むぐむぐ、んぐぅ、ちゅぷ……ぶるるっ、じゅるう……んふっ、んぐぐ……んぶるるるぅっ、んぐっく」 こちらに負けじと、ペニスを頬張りもごもごと舌を動かす。 咥内に含んだまま舌が絡みついてきて、カリ首を通る度にピクピクと脈を打つ。 「んちゅっ、ちゅうっ、え〜れろんっ、ちゅうっぷ、ぷるぶぶっ、んっく、くふっ、んぷっ、ちゅぷぅ〜〜」 「あ、ああ……聖沙、も、もう……っ」 クリトリスの部分まで舌を延ばし、ブルブルと震わせて愛撫する。 「んんーーっ、んぐっ、んぐ……! んぷっ、んぷっ、ちゅうちゅる――んぱっ、はぁぷ。ちゅぅ」 「ちゅ、ちゅっ。え〜ろ、れろれろんっ。ぷっ、じゅぷっ、ずずっ。じゅるるっ、ちゅぷるんっ、んーまっ」 「じゅぷっ、じゅっぷ! んぷっ、んぐっ、ぐぷっ、ぷぷぅっ、はぁぶっ、ちゅ! ちゅくぅっ、うっく、くぅ」 「はぁぶ、ぶっぷ、ぷっちゅ。ちゅるぅ、うんっ、んぷ……! んぐっぷ、ぷふぅ、ちゅう、じゅう、じゅっぷうっ」 「くうっ、聖沙の口に射精すよっ」 「んぶう!? ん、んん……! んん……んっぐ、んっぐ」 お互いの秘所に吸い付き、なめ回し、舌を這わせる。 聖沙は口をリズミカルに上下させ、僕は左右に震わせた。 大きく弾んだ乳房がビタビタと僕の腰を刺激する。 「ん……んぐっ! んぱっ、だ、だめっ。ごめんなさい! 私……ひっ、イクっ……イっちゃう……!」 「聖沙、口! 止めないで!」 「んぐ!? むむーーんっ! むっぐ、んぐっ、ぐむっ、むっ、むぐーーっ! むぅーーっ! んんーーっ!」 聖沙の足が落ち着き無くジタバタと行き場を探している。 「聖沙、まだ……もうちょっとだから!」 そういって自分の精を促したくて、聖沙の敏感になり過ぎた秘裂をかき回した。 「ひゃふっ、ふっ、だ、はぶっ! んぷっ、んぐーーっ、んぽっ、だめ! んぶっ、ちゅぶっ、ぶぶっ」 「あ、う……ううっ、ひゃめっ、もう出ひゃふ……っ、うん、あ、ああ……おひっこ、ひぐっ、出ひゃふぅ……」 「んぐ……! むん……んんっ……んっ! んん〜〜っ、んん〜〜っ! むぐ〜〜っ! むぅ……」 聖沙の腰が左右に揺れて一瞬だけ強ばった。 そしてピンと張っていた足のつま先から力が抜けた瞬間――股間から、小さなアーチが描かれる。 ちょろちょろと弱々しい音を立てながら、聖沙の紅潮した秘肉から小水が僕の眼前で流れ出た。 「僕も……う、うっく……射精くっ!」 その放水を受けて、僕もまた腰を震わせる。 睾丸から精液が押し出され、ペニスの敏感なところを通過して、聖沙の咥内目がけて発射されるのだ。 「んんっ、ぐうううーーっ!」 大量に打ち出される一波。膨らんで弾けてしまうような快感がじーんと伝わる。 白濁液は聖沙の咽を容赦なく犯し、汚していく。 ビュクッ、ブクッ……ビュゥ……ビュウッ。 「んぐっ、くふっ! むうぅううっ、んぐーーっ!」 そして余波とも言える連続的な射精。僕の精液が聖沙の咥内に浸透して支配していく。 ペニスをくわえ込んだまま、聖沙の下半身はビクビクと痙攣しっぱなしだ。 (――私……射精されながら、またイってるッ! うっ、うう……っ、んっ、お口に、いっぱいっ) (――だ、だめ……もう、頭、おかしくなっちゃう……) しばらく聖沙はペニスを口にくわえたまま目をつぶって体を震わせている。 僕もまた放心状態で、敏感になりすぎたペニスが聖沙の咥内の感触を楽しんでいた。 (――あっ、またビュクンッって……お口に白いの、いっぱい射精されてるんだ……はぁぁ……私のお口、気持ち、良かったんだ) 聖沙は穏やかな表情を浮かべ、ゆっくりとペニスから口を離す。 つるんと躍り出たペニスはぐったりとしていたが、その快感に酔いしれてるようだった。 「ん……んぷっ、れろ、じゅるるっ、れろ、れろえろえろ……じゅるっ、ずず……っ、じゅるる、んふぅ……」 頬は膨らんだまま、精液がまだ口の中に残っているのだろう。 聖沙は舌で自分の咥内なめずり、全ての精子を咽の近くへ寄せて―― 「ん……んっく!」 咽を一つ鳴らし、もう一つ。 「んぐっ、ごくんっ」 大きく咽を動かした。 「っぷ、はぁーーっ、はぁーーっ、はぁぁぁ……はぁぁぁ……はぁ、はぁ……」 「んっく。すぅーーっ、ふぅ〜〜っ」 そして緩やかに深呼吸を入れる。 「飲んじゃ、った♡」 にっこりと満面の笑みを浮かべたので体力の限界だったのか、その場にへたりこんでしまった。 「は、はぁぁ……完全……敗北ぅ、も、もうだめへぇ……」 「聖沙、まだ勝負……終わってないよ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、はぁ、はぁ……あー、あー」 そんな聖沙のいやらしい姿を見せられて、僕のペニスは衰えるどころか、更に聖沙の体を探求したいと燃えていた。 さっきからずっといじくり、吸い付き、なめずった場所が恋しくてたまらない。 「も、もう……聖沙の膣内に挿入れたい……っ! 聖沙の膣内に射精したいっ」 「う……うう……おまんこ、するのぉ……?」 「ああ……ごめんっ、ごめん……僕っ」 もっと聖沙と一緒に気持ちよくなりたい。 そうしたらもう、聖沙のおまんこにペニスを挿し入れするしかないっ。 聖沙のおまんこはとても敏感だ。指や口だけで、あんなにもよがり、お漏らしまでしてしまう。 聖沙の狭くて熱いおまんこに、猛るペニスを挿入した日には、もう体のありとあらゆる部分が麻痺して飛んでいくに違いない。 もはや、聖沙の膣内に脳みそがとろけるほど射精をしたいという気持ちだけが渦巻いていた。 「聖沙……入れるよ。今度はおまんこに射精するからっ」 「ふぇ……!? おまんこ……あっ、や……ああーーっ! もう、許してえっ」 「な、なな!? いきなり服を脱ぎ捨てて……やっ、やぁ……!!」 「聖沙……好きだよ……も、もう……我慢できないから……」 「や、やっぱりしちゃうのぉ……」 「うん……聖沙のおまんこの中に挿入れる」 「お、おちんちんを……おまんこの中にぃ……?」 「聖沙と一つになりたい……大好きな聖沙と……」 「……そ、そんな……」 「わ、わかったわ!! わ、私も脱ぐ……そ、そうすれば平等でしょっ」 「そ、その代わり……初めてなんだから、ちゃ、ちゃんと優しくしてよね?」 聖沙は自ら制服に手をかけ、きれいな肢体を顕わにする。 「あ、あんまりこっち……み、見ないでよっ」 「み、聖沙……っ、ぼ、僕、も……もうっ!」 「え、や……やぁああ!!」 聖沙を押し倒し、僕はいきりたったペニスを剥き出しの秘部に押しつけた。 「や……っ、あっ……ああっ、おちんちんが当たってるぅ……」 割れ目からとめどなく溢れる熱い愛液。 僕は聖沙の胸に顔をうずめて、深呼吸をする。 女の子の匂い……乳首はピンと立っており、物欲しそうに自己主張をする。 「はぁ……あっ、あうっ、ん……! んん〜〜っ! ん……っ、んあっ、はぁ……はぁぁ……あんっ、やはぁん……」 尖った乳首をいじりながら、僕は腰を前後に動かし、精液と我慢汁でベトベトに濡れたペニスを割れ目に擦りつけた。 頑なに閉じられてはいるものの、涎のように愛液が溢れている。 初体験のおまんこでありながら、ペニスを受け入れたくて仕方がないらしい。 「はぁぁ……ん、んん……うぅ……ふぅ……う、うう……? ん、んん……はぁ、あぁ……はぁぁ……」 期待と不安の入り交じった表情を浮かべている聖沙。 「はあ……っ、あっ、ん……ちゅ、ちゅぷっ、ちゅる……ん、くふ……っ、んちゅう……」 その心配を払拭しようと優しくキスをする。 ゆっくりと聖沙の瞳がトロンと溶けたようになる。 聖沙の艶めかしくて柔らかく、いい匂いのする体を前にして、僕が正常でいられたのはここまでだった。 キスをしたまま、割れ目に先端をあてがう。 そして、狭く閉じられた肉門を、そそり立つペニスで強引にこじ開けていく。 「あ……っ、ああ……っ!」 ずんっと窮屈な肉壁を貫いていく。 きつすぎて、強引に押し進めない。まさに聖沙の初めてを奪った証……。 結合部から愛液に混ざって、少量の血液が滲んでいた。 「わ、私の処女が……おまんこの初めてが……くっ、くうう……っ、あっ、ああ……っ、はぁぁんっ!」 深呼吸をすることなく、異物挿入による鈍痛を堪えながら、聖沙は嗚咽を繰り返す。 「い、痛い?」 「いっ、痛いわ……! け、けど……こんなの……っ、これくらい……!」 「あなたと初めて結ばれたっていう嬉しさの方が……ま、勝ってるから……ぜ、全然平気よっ」 「けど、もっと力を抜いた方が……」 「う、嬉しいの……だ、だから、おちんちんの感触……しっかり覚えていたくて……この痛み、も、もう……二度と味わえないから……」 「こ、これで……あ、あなたに身も心も全部奪われたってことだもの……絶対に、忘れたくない……だ、だから……」 「ど、どう……? あなたはどんな感じ?」 「ぼ、僕も初めてだから……聖沙のおまんこ、凄くきつくて温かくって……」 「え、や、やぁ!! そ、そんなこと聞いてるんじゃないのっ」 「ほ、本当に気持ちいいってことしか……ご、ごめん!」 「くすくす……ううん、いいのよ……初めて同士……私だって、想像はしてたけど……本当にこんな痛いんで……つうっ、びっくりした……」 「けど……痛いのに……嬉しくて、体が熱くなってくるの……っ」 聖沙の体温とは他に結合部がむわっとした熱気を帯びている。 太ももから伝わる湿った感触……じっと聖沙の膣内にいるだけで、聖沙のおまんこは濡れそぼっていたのだ。 「あなたと一つになれたことが……本当に嬉しいの。本当はずっと……こうしたかったんだって……」 「私の初めてを奪った責任は重いわよ……くすくす、だからずっと……側にいて……約束よ……♡」 「ん……ちゅうっ、ちゅるっ、ちゅぷ……んっ、んく……っ、んん……」 キスをしながら、聖沙の体は小刻みに震えていた。 まだ痛みがひいていないのか、それとも…… 「くす……っ、心配しないで……そろそろ、慣れてきたから……」 「み、聖沙……僕……っ」 「早く動きたい……そうでしょ?」 僕がリードしていたはずなのに、心を見透かされているようで、なんだか恥ずかしかった。 「いいのよ……あなたが私の体で気持ちよくなってくれれば……私、それだけで嬉しいもの……痛いのなんか平気よ。我慢できるわ……」 聖沙が健気な言葉で語る。だが、僕は聖沙よりもずっと負けず嫌いのようだった。 「聖沙……今度もまた、勝負する……?」 もはや照れ隠しとも言えない、自分の体裁を無視した駆け引き。 「つ、次は負けるかも……う、うう……っ」 聖沙は知ってか知らないでか、ずっと膣肉で収縮を繰り返していた。 ペニスに淫襞がねっとりと絡みつき、中に詰まった欲望を押し出すようにしながら射精を促している。 もう我慢の限界だ。聖沙のおまんこで射精したい。 けど、僕だけが気持ちよくなるなんて……。 「しょ、勝負って……わ、私は、まだ痛いままなのよ?」 「う、嘘だっ……さっきから、おまんこ……びしょ濡れじゃないかっ」 「え……や、やあ!! う、嘘よおっ! そ、そんな処女なのに……き、気持ちよくなってなんか……」 「じゃ、じゃあ……気持ちよくする……っ」 そういって、僕は聖沙の膣内に挿入したまま、クリトリスに指の腹を押しつけた。 「ひっ!! ひはぁっ!!」 「まだ……痛い……?」 「い……痛いに決まってるでしょ……っ、は、初めてなのよっ!? あ、や、やはっ、はぁうんっ!」 「ぼ、僕だけ気持ちよくなるのは嫌なんだ……っ。初めてでも……聖沙と一緒に気持ちよくなりたい……」 「わ、私はそ、その……心はとっても満たされてるわ……だから、そ、そんなこと……気にしなくて、いいのよ……?」 「心が満たされただけで、こんなにも濡れるんだね……聖沙は」 「ち、違うわよ!! あっ、やっ、はあっ、そこ……いじっちゃっ、はぁぁっ! だめ……っ」 「じゃ、じゃあ……どうしてさっきから僕のあそこをぎゅうぎゅう締め付けて……くっ」 「だ、だめぇ……初めてで気持ちよくなっちゃうなんて……わ、私……そ、そんなエッチじゃ……」 硬くしこった乳首に吸い付き、舌で〈拉〉《ひしゃ》げる。 「乳首もこんなに勃起させて……っ」 「や、やぁん……!! そ、そんな……んっ、んあああっ、下品な音立ててす、吸わないでよおおっ!!」 「はぁ……っ、あっ、ああっ、だ、だめぇ……そんなにされたら、わ、私……」 「い、一緒に気持ちよく……なろう……」 「……しょ、しょうがないわねっ」 聖沙が僕から顔を背けて言ったのをいいことに、僕は腰を引いた。 「あっ……はぅああ……っ、はぁぁぁぁ〜〜っ!」 脱力の声。痛みがひいて、苦しみから解放されたかのような安堵の息を吐く。 けど、同時に段差のあるカリ首がざわめく肉襞の締め付けに逆らっていく。 「や、やはぁぁっ、おちんちん……ぬ、抜けちゃうぅう……」 さも惜しいように言う聖沙。だが、声がうわずっている。 「気持ちいいの?」 「ち、ちが……はっ、はぁっ、はくぅうっ!!」 抜き出すつもりだったものの、聖沙のおまんこは亀頭をがっちりと締め付けて放そうとしない。 「聖沙……こ、こんなに咥えこんで……」 「やっ……あん、はぁ……な、何言ってるの……そ、そんなの知らな……んっ! んん〜〜っ!」 「こんなにされたら、ぼ、僕……っ」 吸い込まれるように、僕はペニスを深くねじ込み聖沙の窮屈な秘肉を勢いよく貫いた。 「か、はッ……はぁぁん!!」 そして、ペニスの抜き挿しを開始する。ゆっくりと動かすつもりだったのに、腰が言うことを聞いてくれない。 「はっ、やっ、あっ、あうんっ! うっ、うくっ、くふっ、ふうっ、ふうっ!」 僕の体をがしっと抱きしめ、挿入されるペニスの感覚に身を震わせる聖沙。 リズミカルな動きに合わせて、熱い吐息が漏れる。 「も、もうっ! 早く動くなら……っ、ん! んんっ! はぁはぁ……ちゃんと、教えなさいよねっ」 「ご、ごめん……聖沙の膣内が気持ちよくって……つい」 「ちょ……っ、は、恥ずかしいこと、言わないでよっ!!」 「もう断ったから、いいよね?」 「あ……っ、だ、だからぁ!」 聖沙の抵抗も空しく、ペニスを包む秘肉は忙しなく収縮を繰り返し、物欲しそうに涎を垂れ流していた。 僕は結合部の意志と反応に身を任せるようにして前後運動を続ける。 「はぁ……っ、あっ、ああっ、やぁっ、あ、んっ! くっ、くううっ! うっ、うう〜〜っ、ふぅ、ふぅ……はぁぁん……」 膣襞が擦れていく動きに合わせて、聖沙の声色が艶っぽく変化していく。 それでも怖いのか、僕の肩を抱きしめて離さない。 「んっ、く……っ、あ……き、キスするの……? ん……ちゅっ、ちゅうっ、ちゅぷっ、んっ、んはぁ〜〜っ」 挿入をしながら、不安の面影を残している聖沙に口づけをする。 キスで少し気が紛れたのだろうか、聖沙のおまんこはすんなりとペニスを根本の付近まで受け入れた。 亀頭に伝わる今までとは明らかに違う肉質が、ペニスの侵攻を阻んだ。 「あ……、く……ひっ、そ、そこは……ああっ、はぁぁっ!」 阻害するものを貫かんと、ぐりぐりとペニスを押し込もうとする。 「だ……っ、だめぇっ、あ、当たってる……っ、ん! 奥に……くっ、はっ、はひっ、ひいんっ!」 「お、奥ってまさか……」 「だ、だめぇ……奥をノックしちゃ……はぁ……っ、あ、ああっ! はぁっ、あっ、はぁっ、おまんこっ、と、とけちゃう……っ」 快感に喘ぐ聖沙。子宮口への口づけが響いているのだろう。 その気持ちよさに呼応して、ペニスを包む膣壁が更にきつく締め上げてくる。 「う、うあ……っ、聖沙! そんなにしたら、もうっ」 「え……ええぇ……?」 「で、射精ちゃう……っ」 「だ、だめよ!! そ、そんな……このまま膣内で射精したら……っ!」 「ご、ごめん……っ」 僕は絶頂に向かって、一心不乱に腰を打ち付ける。 「はぁっ、あっ、あんっ! だっ、だめえっ、あ、赤ちゃん出来ちゃう……っ! うっ、ううんっ!」 「だって聖沙のおまんこ……締め付け過ぎ……ううっ」 「や、やあっ! 膣内は、だ、だめぇ……はっ、はっ、はぁんっ! あんあん、膣内射精は、らめなのぉっ!」 「も、もう……っ!」 「はぁっ、はぁっ! やあっ、あっ、ああっ! やあ……っ、し、子宮にいっぱい……っ、射精されちゃうーーッ」 「あっ、あっ、ああっ、やはっ、はっ、はんっ、あん、やんやんっ、やは……っ、はぁっ、ふはっ、ふぁぁ〜〜っ」 「射精、る……っ!」 睾丸から大量の精液が、キュウキュウに締め付けられた膣の圧力をはねのけ、先端に上り詰める。 そして、子宮の入り口へ先端を押し込んだ瞬間に、はじけた。  ドックン!! 「あひ……ッ!」 腰が痺れるような感覚。欲望の塊が聖沙の膣内へ注がれていく。 子宮の中に直接、精液を噴射し、猛烈な勢いで射精を繰り返す。 まるで水流のように噴出される精液に子宮内を刺激され、聖沙のつま先がつりそうな程にぴんと張っていた。 「ひっ! はっ! はふっ! うっ! 出てる……っ、子宮に精子がビューッ、て出てるぅ……」 射精のリズムに合わせて、聖沙の柔らかい体が大きくうねる。 「はぁ、あぁ……はふぅ……精液が溜まっていくのぉ……体中にあなたが広がっていくみたいにぃ……あぁ……」 恍惚としながら、膣の収縮を繰り返し、更に更にと射精を促していく。 睾丸に溜まっている全ての精子を吸い出さんとする勢いだ。 「あ……っ、ああ……まだ、射精てる……搾られて……くううっ」 「あ……あぁぁ……はぁぁ……はふっ……ふぅう……ふひゅぅ……う、うう〜〜っ」 射精したての敏感なペニスを、聖沙の肉襞が逆襲と言わんばかりに攻め、搾りあげる。 「も、もう……馬鹿ァ……。どうして膣内に射精すのよぉ……」 「お、おかしくなるかと……思ったじゃ、な、い……。どこか変なところにいっちゃいそうで、ほ、本当に怖かったんだからぁ……」 「聖沙の膣内……とっても、気持ちよくて……痛く、なかった?」 「うん……っ、うん……っ。足がつりそうなくらい……体がビクビクいって……まだおまんこの中に精液が溢れてるんだって思うだけで……」 「う、うわぁ……聖沙の膣内……凄く熱くて、まだヒクヒクって動いてる……」 気持ちよすぎて、亀頭がじんじんとしている。 それでも聖沙のおまんこは、休む暇を与えてはくれないようだ。 更に沁み出る愛液と、小さな膣内に収まりきらない白濁液が、互いの結合部から溢れ出し、淫靡な香りが部屋中に広がる。 射精をした直後だというのに、興奮が一向に醒めやらず、僕の愚息は硬直を保ったままだった。 「はぁ、あぁ……おちんちん……まだ抜かないでぇ……お、おまんこ……せ、切ないのぉ……」 そういって、僕の腰をがっちりと足で挟み込む。 「み、聖沙……そんなに気持ちよかったの?」 「し、知らない……っ。き、気持ちよくなんて……な、ないんだからぁ……」 「そ、そんなにうっとりしといて……?」 「はぁ、はぁ……あぁ……はぁぁ……あ、あなたが膣内に射精するからいけないのよぉ……」 「ぼ、僕のせい……!? って、うわ……っ」 挟み込んだ足で、腰を引きつける。 更に二人の密着度は高くなり、ペニスが精液と愛液の中を貫いて、また子宮へとぶつかる。 「あ……あぁ、うぅ……おちんちんが、また……っ、く、くぅん……子宮にキスしてるぅ……♡」 「お願い……こっちにもちゃんとキスしてぇ……」 そう言って、聖沙が艶やかに濡れた唇を突き出し、接吻をねだる。 僕は誘われるままに唇を重ね、ゆっくりと舌を忍ばせていく。 それに気づいた聖沙が、僕の舌をつんつんと様子を窺いながら触れていく。 愛らしい動き。心地よくなった僕は、ゆっくりと腰に動きをつけていく。 「はぁぷっ、ぷちゅっ、ううん……っ、ん……っぷはぁ……。くすくす、お口とおまんこ……今、一緒の動きしてる……♡」 コツコツと、先端に当たる子宮口。 「おちんちんで奥を突かれる度にね。おちんちんの感触が全身に、じん……じん……って伝わってくるの……」 「う、うう……聖沙ぁ……」 「あ……っ、はぁぁ……ま、まだ大きくなるのぉ……? おまんこ凄い……広げられちゃってる……ぅ」 さっきは聖沙の膣圧に抑え込まれていたが、どんどんとエッチになっていく聖沙を見て、闘争心に火でもついたのだろう。 「こ、こんなおちんちんで、おまんこいっぱい犯されちゃったら……あぁ……う、うぅ〜〜」 卑猥な好奇心に満ちた表情を浮かべる聖沙。 僕も、こんなにきつきつのおまんこを乱暴に出来ると思うと、興奮は加速する一方だった。 ごくりと互いにおおきく喉を鳴らす。 もっと気持ちいい場所へ、聖沙と一緒に……。 「いくよ、聖沙……っ」 「や、やぁぁ……だ、だめぇ……これ以上したら、わ、私ぃ……おかしくなっちゃう……」 「一緒に、気持ちよくなろう……」 「ん……っ、い、今キスされたら……んちゅっ、ぷちゅっ……はぁ、あぁ……あぁぁ〜〜〜っ」 聖沙のふくよかな太ももに手を回し、そのままお尻を持ち上げる。 そして、より奥深くへと潜り込めるよう、聖沙との距離を心が触れ合うくらいまで近づけていく。 ぐちゅりと粘液の絡みつく音……まだ聖沙の膣内をまさぐっているだけだというのに、この濡れよう溢れよう。 お互いの性感帯を刺激し合い、快楽の渦が脳に響いてくる。 そして、僕は聖沙の腰をがっしり掴んだまま、激しい抽送を始めた。 「あっ、はぁっ、はく……っ、んっ、んああっ! はうっ、うっ、うはっ、はっ、はふっ……ふうぅ、うう」 「ひゃっ、ふぁぁっ、おちんちん、いっぱいおまんこ擦ってるのぉ、んっ、くっ、くうっ、ううっ」 「お、ひっ、奥まで来て……るふぅっ! じんじんきちゃうう……っ」 「聖沙っ……僕達、凄い音立ててるっ」 「や、やぁぁ……言わないでぇ……聴いちゃ、らめなのぉ……うっ、はっ、ひゃふっ!」 「はあっ、あっ、ああっ、おちんちん、暴れてる……ぅ! おまんこ溢れちゃうふぅ……!」 「やっ、かはっ、はぁ、はぁっ! や、やめてっ」 「だ、だめだよ、聖沙っ。また負けちゃうよ!?」 「え、ふえぇ……!?」 「聖沙と一緒に……っ」 「わ、わかった……んくっ、が、がんばるから……っ、私のおまんこで、もっと、ひっ、くっ、気持ちよくなってぇ……っ」 そう言って、聖沙は渾身の力を秘肉に込めた。 ペニスを根本から先端に向けて精液を押し出すようにしながら強い膣圧で搾り上げてくる。 そして子宮口は、亀頭をきゅうっと咥え込み、射精をすればすぐにでも子宮内へ送り込めるよう準備していた。 「はぁっ、あっ、あんっ、やはぁん……っ、ねじこまないで……はっ、かっ、はぁうん!」 「やっ、は……はふっ、ああっ、おちんちん……離さないんだからぁっ! あっ、はっ、はうっ!」 肉襞がざわめきはじめる。カリ首の段差が、そのねっとりとした柔らかさを脳内へ事細かに伝える。 僕はおまんこの天井をごりごりと擦りあげながら、狭門を淫らに広げていく。 「んっ、あっ、はぁっ、おまんこぐちゅぐちゅ言ってるぅ……! ん、や、やぁっ、凄くいやらしいのぉっ!」 「は、くっ、くうんっ! だ、だめ……お、おまんことけちゃう……っ、とろけちゃうぅううっ!」 指が埋まるくらいの柔らかい臀部を握りしめ、激しく腰を叩きつける。 肉のぶつかり合う音が、粘液の混ざる音と合わさって、静かな生徒会室に響き渡った。 「お、お願い……キスして、強く……抱きしめながら……おちんちん、ビュビュって射精してぇ……っ」 僕は闇雲に腰を動かしながら、両腕で聖沙の肩を抱くようにして、お望み通り唇を押しつけた。 「んんっ!! ちゅぷっ、んん……っ、んふ……ぅ、んっ、んっ、んんっ!!」 「ちゅうっ、んっ、んぐっ! ちゅう、ちゅう、じゅるるっ、るるるっ!」 (――ん……っ、あっ、キス……嬉しい……♡ 好き、好き好きっ、好きなのぉっ) 唇に吸い付き、唾液をすする聖沙。 渇きを覚えるほど、熱く火照っているのだろう。 「んっ、美味しい……♡ あなたの体液が、私にいっぱい染みこんで……はぁっ、あっ、ああっ!」 自分で放った言葉に興奮を覚えたのか、膣の圧力が更に増していく。 根こそぎ取られそうなくらい吸引してくる聖沙のおまんこ。ペニスは我慢汁を溢れさせ、射精の合図を子宮に送る。 「あっ、はっ……ま、また射精するのね……っ、おまんこ奥に……ひっく、くっ、くうっ、子宮に射精するのねっ」 「い、いくよ、聖沙っ」 「あっ、あっ、あっ! き、来てぇっ、わ、私……ひっ、い、やあっ、も、もう負けちゃう……っ」 「もうちょっとだからっ」 「うんっ! うんっ! うんっ! 頑張るっ、おまんこ頑張るっ、はっ、あっ、あはぁっ、あっ」 意識は股間に没頭したまま、眼前にある聖沙の胸に吸い付いた。 「だ、だめえっ、ここで乳首すっちゃ……ひっ!! ち、力が……我慢できなひっ! ひはぁぁん!!」 (――あ、頭の中……真っ白にっ、やっ、やぁぁっ! 一緒にイクって約束したのにっ、はっ、やっ、ご、ごめんなさいぃっ) 「ひっ、ひくっ! ひっひゃふ……っ、う……くっ、くぅ……んっ」 痙攣のようなものがペニスに伝わってくる。 軽くいってしまったのか、けど聖沙の秘部は更に敏感さを増していた。 僕は聖沙の底知らずな快楽を追いかけるように、腰の動きを早めていく。 「はっ、あっ、おちんちんのゴリゴリが、わかるのぉっ! 奥が、あっ、貫かれて、ひっ、くっ、くふっ!」 「も、もうだめえっ、ま、また、いっちゃうっ、声でちゃう……! あっ、ああっ、やはぁっ!! 「あっ、あ、あ、あ、あっ! はぁ、はぁ、はっ、くっ、ふうっ!! うん、くっ、ひいいっ!!」 「聖沙……好きだっ」 「わ、私も好きぃっ!! いっ、いひぃっ、ふ、ふぅっ、くううっ、くううううんっ!!」 「射精るッ!!」 思い切り聖沙の子宮を貫くくらいの勢いで腰を突き立てた。 そして、がっちりとお尻を掴み、固定し、逃がさない。 聖沙を自分の色にたっぷり染め上げるべく、全身に精液を沁みこませる勢いで――  ビュビューーッ!! 「はぁう!! うっ、ううーーーっ!!」 大量に白濁の子種を発射した。  ビュクッ、ビュプルッ!! ビューッ!! 「あっ、ひゃふ、は……っ! ああっ、あああああ〜〜〜〜っ!!」 精液の注入に合わせて、聖沙の体が大きく跳ねた。 先ほどの膣内射精でいっぱいに満たされた子宮内を、更に新鮮な精液で塗り替えていく。 貯蔵量は既に限界を超えており、腰が震える度に結合部からゴプッといやらしい音を立てて精液がしみ出していた。 「ふぁ……あぁ……はぁ……はぁ……はぁぁ……はぁ……あぁ、あひぃ……ひぃぃ……」 僕はぐったりとして聖沙の体にのしかかる。その勢いのまま、キス。 「ん……ん……んん……」 聖沙に応えられる余裕はないはずだ。それくらい激しい絶頂を迎えていた。 もちろん、僕もそうだった。唇を重ね合わせるだけで、精一杯だった。 「はぁぷっ、んれろ……れろろっ、んっ、ちゅう、ぷ……ぷるるっ」 聖沙は放心したままでも、しっかり舌を挿し入れ、僕の口内を愛撫し始めたのだ。 「はぁ……っ、はぁっ……ふぇ……?」 自分が今、何をしているかもわかっていないような表情。 無意識にこんなことをしてくるなんて……ま、なんとエッチな子なんだろう……。 もっともっと、聖沙を好きになってしまう。 「聖沙、気持ちよかった?」 「はぁぁ……うん、うん……気持ちいいのぉ……初めてなのに……凄いいっちゃった……♡」 「好きな人とエッチするって本当に……はぁ、あぁ……気持ち、いいのね……」 「聖沙がこんなにエッチだったなんて」 「な、何を言ってるの!? そ、そんな私が変態みたいな言い方しないでよっ!!」 「いいんだよ、もっとエッチになっても」 「そ、そんなこと言われたって……」 「わ、私は普通なのっ!! 好きな人に抱きしめられて感じない女の子なんていないんだから!」 「いいこと!? こんなに気持ちよくなっちゃったのは、あ、あなたのせいなんだからねっ」 「うん……聖沙が初めてでも、気持ちよくなってくれて」 「も、もう……そ、そんなこと言われたら……責められないじゃない……」 「む、むしろありがとうって言わなくっちゃいけないわね……」 「聖沙の初めてをもらったんだもの。これくらいしないと……でしょ?」 「そ、そんな!! 初めてだけじゃないわ!! こ、これからも、出来ればずっと……」 「あなたとこうして繋がっていたい……」 「あむ……むぅん、ちゅっ、ちゅぷぅ……ん、んふ……ふうぅ……」 ふんわりと優しいキスを幾度も交わす。 「そ、それでね、聖沙……。このまま膣内にいるもいいんだけど、えっと……そ、その……」 「また大きくなっちゃう、かも」 「え……えぇ……? あ、あんなに射精したはずなのに……う、嘘でしょ?」 「もう…… あなたってば、どこまで旺盛なの……?」 「ま、まったく……ちょっとエッチなことをしたくらいで、調子に乗らないでよねっ」 「いたたたっ!」 聖沙が二の腕の辺りを優しくつねる。 「け、けど……私でおちんちんおっきくしてくれるのは……そ、そんなに嫌じゃないわ」 「そ、その……えと……あ、あなたが嫌じゃなければだけど……」 「これからも、いっぱい、その……エッチして、いいんだからねっ」 「み、聖沙ッ」 「きゃああっ!! ちょっとぉ!! だからって……きょ、今日はもう無理だってばあ!!」 「それではみなさん、今朝の練習はここまでです」 「大勢が参加してくれたおかげで、私達の歌はきっと上手くいきます。みんなで聖夜祭を成功させましょう!」 早朝の礼拝堂に、聖沙の美声が響きわたる。 予想通り、昨日の今日で讃美歌の歌唱希望者は倍増した。 学年や性別は関係なく、多くの人を前にしてもたじろぐ事なく、聖歌隊長として毅然と歌の指導をした聖沙。 「ほんなら稽古も終わりました事やし、のど飴でも配りましょか。みなはん、あんじょうのどをお労りやす」 「ハーブキャンディーが欲しい人、この指とーまれっ」 練習の緊張が解けた礼拝堂で、新たな戦いの火蓋が切って落とされる。 参加者は雑談しながら、のど飴とハーブキャンディー、それぞれ好みの方を受けとってゆく。 「はい、ア〜ンしいや」 「ノド飴、ぱっくんー」 「……あむ」 「れろ〜ん♪」 「はいはい押さないで、ちゃんと人数分あるからね」 「ハーブキャンディー、ぱっくんー」 「ぺろ〜ん」 「あははは。もう、みんなったら」 「両方食べてんじゃないよ! アンタら節操なさすぎだいっ」 「あれまあ、うちとナナカはん、同点どすなあ」 「最後の1点は……ユミル、どこに居るの!?」 「ちなみに天王寺さんは、懺悔室の方に行かれました」 「もごもごもごもご……っ」 「エディ、あれから丸2日経つのに、ゲンコツ飴を舐め続けてるんだね……君は男、いや漢だよ!」 「もごもごもごもご!!」 「だから、ちっとも声が出てなかったのね、向井原君……」 予鈴が鳴り響き、参加者はみんな教会から新校舎へ。 僕は聖沙と居残り、手早く礼拝堂の戸締りをする。 「はい、完了よ。付き添いありがとう」 「まだ終わってないよ」 「け、今朝も……するの?」 「わ、私も……したい……」 「何をですかな?」 「うわあっ」 「姉上? シン殿?」 「ししし紫央、あなた居たの!?」 「その言い方はあんまりですぞ。それがし、今朝もきちんと早朝練習に参加しておりました!」 「そうじゃなくてさ、そろそろ教室に行かないと、遅刻しちゃうよ」 「否、急げば充分間に合いますぞ。お二人も、だからそこ残務にあたられておるのでしょう」 「まあ……」 「ねえ?」 「それがし、退魔巫女としてお願いがあって、シン殿の手が空くのを待っておりました」 「シン殿が毎夜、魔王の修行に励まれておる事は、仄聞しております」 「決して足を引っ張るような真似は致しませぬ故、どうかそれがしも、鍛練に同伴させては下さりませぬか!」 「咲良クンは、かなり遅い時間まで訓練してるのよ? 紫央のご両親が心配なさるわ」 「父上と母上は神職の会合へ出向いており、当分帰っては来ませぬ。シン殿、お願いいたします!」 「う、うん。別にいいよ」 「ち、ちょっと咲良クン!?」 「かたじけのうございます! それがし、より一層奮起し、リ・クリエの変事に活躍してみせますぞ!」 「大丈夫だよ。いくらメリロットさんでも、紫央ちゃんに無茶させるわけないってば」 「それならいいけど……」 「今夜も見に行くわ。あ、あなたの応援じゃないわよ! 紫央に付き添うだけなんですからねっ」 「し、しまった!」 「遅刻、ですな……」 「以上をもちまして、今宵の訓練を終了いたします」 「メ、メリロット殿は……あ、悪魔……っ」 「あ、あなた、紫央が失神するほどの稽古を、毎晩平気な顔して受けてたの!?」 「そんなつもりはないんだけど……」 「意識できぬのも無理はありません。咲良くんは魔王として、日毎に強くなっていますから」 「最後まで立っていらした飛鳥井さんも、相当のものですよ」 「うーんうーん……父上〜、母上〜……」 「紫央ちゃんをおんぶして帰ろう。聖沙は薙刀を頼むよ」 「ええ、任せてちょうだい」 「ハッ!? い、いけないわよ、そんなの!」 「おんぶなんてしたら、紫央の胸が咲良クンの背中に当たって……そんなの認めませんっ」 「じゃあ、お姫様抱っこになるよ?」 「おんぶにしなさい!!」 「うーんうーん、姉上〜……司書の姿をした、鬼が来ますぞぉ……」 「そう遠くない未来において、飛鳥井さんは降魔の利剣となりましょう。しかし今は……」 メリロットさんは、不意に紫央ちゃんの耳元に口を寄せて―― 「食ーべちゃーうぞーっ」 「ひぃ〜〜〜!? がくんっ……」 「んもうーっ、メリロットさん!」 「ふふ。では、失礼致します」 紫央ちゃんをおんぶして、いつもの通学路を聖沙と帰る。 「あれ? 帰る方向が違ってない? 聖沙ん家はそっちじゃないか」 「私も飛鳥井神社まで付き合うわよ」 「もう、こんな時間だよ? 僕、紫央ちゃんを襲ったりしないってば」 「失敬ね、そんな事であなたを疑ってるわけないでしょ」 「あのね咲良クン、飛鳥井神社に着いた後、誰が紫央を着替えさせるのかしら?」 「あ……ごめん、付いてきて」 「分かればよろしい!」 「ははははは」 「なんだか変だよね、僕達」 「あと数日でリ・クリエが飛来して、この世界が滅ぶかもしれないのに、こんな事で笑い合うなんてさ」 「私はあなたと一緒なら、どんな時でも笑ったり怒ったり、幸せでいられる自信があるわ」 「魔王になった今だって、世界の危機と言われてもピンとこない」 「だけど、聖沙の笑顔はよく分かるんだ」 「だから僕は、聖沙の笑顔が消えないように頑張るよ」 「聖沙の笑顔を守るために戦いが必要なら、喜んで戦う」 「確かに聞き届けましたぞ。言ったからにはお守りくだされ。約束ですぞ」 「紫央、起きてたの!?」 「はい、つい先程から目を覚ましております」 「……たとえシン殿であろうと、姉上を泣かせるような事があれば、叩き斬るつもりでおりましたが……」 「今の言葉を聞いて安心いたしました。ふしだらな姉上ですが、よろしくお願いいたします」 「それを言うなら、ふしだらじゃなくて、ふつつかです!」 「だ、だいたい合ってますぞ?」 「全然違うわよ!!」 「ひっ!? 姉上は本気ですぞ。シン殿、それがしをおぶったまま、お逃げくだされ!」 「咲良クンが困ってるじゃないの。観念して、背中から降りなさい」 「くぅ〜っ」 「おや? お空に三日月が――」 「私、怒ってないわよ?」 「でもね、さっきのお話だけど、一つだけ間違ってるところがあるの」 「シン殿の決心と、約束の事ですかな? それがしに誤りがあるとは思えませぬが……」 「……本当に好きな人ができるとね、涙がこぼれるものなのよ。紫央も、きっと――」 「それがしは魔を討つ飛鳥井の巫女、泣いたりなど致しませぬ」 「ううん。紫央も今に、きっと涙を流せる日がくるわ」 「そ、それがしには分かりませぬ……」 「ええ、私も分からなかった……」 「僕も分からなかったけど、泣いたよ」 「咲良クンも……くす、くすくすくすっ」 「あははははは」 「うむむ? ひょっとして、それがしはお邪魔虫ですかな?」 「いいえ、これから私、咲良クンのお家でお料理するの」 「紫央も食べにいらっしゃいな」 「はい、お呼ばれいたします!」 「み、聖沙、いきなりそんな事言われても、僕の部屋はちらかってるし、食材だってないよ」 「食材なら、私の鞄の中に、ちゃーんと入ってるわよ」 「そ、そんな……パッキーからも何とか言ってやってよ」 「任せとけ! 俺様、一足先に帰って、魔王様ご愛用のエッチ本を始末してきてやるぜ!」 「どうしてそうぶっちゃけるんだ君は!」 「エ、エッチ本……私というものがありながら……あなたは……」 「叩き斬りますかな?」 「やっちゃって」 「あああぁぁぁーーっ!!」 「はい、できあがり。たーんと召し上がれ」 「ああ……この匂いは、お肉だね!?」 「シ、シン殿、それはあまりに大雑把ですぞ……」 「まったく、あなたは自立してて立派だけど、貧相な食事ばかりしてるんだもの」 「たまには、しっかり栄養とりなさいよね」 「ありがとう聖沙!」 「けど、随分遅くなっちゃったね」 「……こんな夜更けまで僕ん家にいて、ご両親に叱られない?」 「ううん、平気よ。言ったでしょ、朝は必ずお父様とお母様と食べてるって」 「さ、いただきましょう」 「ほら、まだまだ沢山あるんだから。しっかりお食べなさい」 「おお、姉上とシン殿は、まるで新婚さんのようですぞ」 「今後はシン殿の事を、兄上とお呼びした方がよろしいですかな?」 「ち、ちょっと紫央、からかわないで! まだ結婚は早いわよ」 「けどさ、今結婚式をやれば、婚約式が端折れるよね? 婚約指輪の費用が浮いて、節約できるじゃないか」 「認めません! 私達の神聖な儀式に、所帯じみた打算は持ち込ませないわ!」 「い、いや……さすがに冗談だって」 「微笑ましいですな。きっともう、恋人同士の契りを交わしたのでしょう」 「くすっ。紫央、私と咲良クンはね、ファーストキスを二回も交わしたのよ」 「はて、二回とな? どのような熱愛を辿れば、そのような事象に巡り逢えるのでしょう?」 「くすくす、教えませんっ」 「ここの配線を――」 聖夜祭が二日後に迫った、土曜日の午後。準備も順調に進み、生徒会活動もフリーになった。 「調整終了でございます」 「おお! ぱちぱち♪」 交代で自由時間を満喫しよう。僕がそう提案した矢先、リースリングさんがやって来て、いきなりコンセントをいじり始めた。 「土日は図書館が開放されてるから、リースリングさんが学園内にいても不思議はないわ。でも……」 「な、何したんだろ?」 「もしかして、お姉ちゃんが仕掛けた盗聴器なんじゃ……」 「いいえ、お嬢さまセンサーでございます」 「学園内と流星町の要所に設置しておりますが、今朝方システム異常が発生しまして……」 「差し入れついでに、復旧に参った次第でございます」 「わくわく、きっと甘いものですよ。私はそう睨んでいます」 「鈴カステラでございます」 「わーい♪ 大正解です。ぱくぱく」 「はむはむ……甘い」 「ロロットちゃん、アゼルさん、もらってからすぐに食べちゃ、めっ! だよ」 「今日はアタシが日本茶淹れよっかな」 「シンと聖沙の分はとっとくから、先に二人で遊んできなよ」 「私達が先でいいの、ナナカさん?」 「てへへへ。とっとと行って、さっさと戻って来たら、アタシの自由時間が増えるでしょ?」 「チャッカリしてるよね。けど、ありがとう」 「それではこれをお持ちください。人数分ございます」 「肉まん無料券? 前にヘレナさんがくれたのと同じですね」 「さすがじいやです。甘いものばかりだと、飽きてしまいますからね」 「会長さん達が帰って来たら、私達も肉まんを食べにいきましょう」 「それじゃ、いってきます」 「僕、冬の商店街の空気って好きだよ」 「あら? あなたにも、そんな素敵な感性があったのね」 「だって12月は独特の雰囲気があるじゃないか。僕でもウキウキするさ」 「くすくす、私もこの時期のお店が好きなの」 「汐汲商店街は美観を大切にしてるから、お店の前にあんまり物を陳列しないんだ」 「その分、お店の中はすっごく気合が入ってて、クリスマス間近の頃は、まるでビックリ箱だよ」 「そうね、お店のドアを開ける度に、楽しい驚きがあるわ」 「くすくす、子供時代の咲良クンは、ビックリ箱を何度も開けたタイプかしら?」 「ど、どうして分かるの!?」 「分かるわよ、私はあなたの副会長でライバルなんですからねっ」 「け、けど僕は、クリスマスプレゼントの箱は、当日まで開けなかったよ!」 「私も必死で我慢したわ」 「うんうん、クリスマスの何日も前に、父さんと母さんはプレゼントを買ってきちゃうんだ」 「そして、私達子供は、その箱がどこに隠されてるのか、簡単に見つけちゃうの」 「本心じゃ開けたくて仕方ないけど、一生懸命我慢の毎日」 「あれは本当に辛い日々だったわ。我慢している事を、お父様とお母様に知られちゃいけないんだもの」 「コッソリ見るような子は、プレゼントがもらえないからね」 「そう! いい子のところにだけ、クリスマスの夜にサンタさんがやって来るの」 「そして、悪い子のところには、ヨンタさんが誘拐に来るんだ」 「な、なんでヨンタさんの話が聖沙に通じるの?」 「あ、あなたこそ、どうして知ってるのよ!?」 「僕は、ちっちゃい時ずっと、父さんにそう教えられてたんだよ」 「私も物心ついた頃に、お父様から聞かされたわ」 「そして本気で、ヨンタさんを怖がってたんだ……」 「私もクリスマスは楽しみだったけど、同時にヨンタさんが恐ろしかった……」 「一度、聖沙のお父さんに会ってみたいな」 「も、もうちょっと……待って……お願い……」 「だけど、あんまりだよね。僕は小学校に入るまで、ヨンタさんの存在を信じてたんだ」 「私なんて、おかげで理科のテストで失敗しちゃったわ」 「O2が『サンソ』でしょ? だからO3は『ヨンソ』って解答したら、不正解だったの。あなたもそうだったなんて――」 「僕、そんな変な答え書いた事ないよ?」 「え……? う、うそ……っ」 「キィーーッ! 裏切ったわねーーっ!!」 「うん、お腹が空いて怒りっぽいんだね。五ツ星飯店で肉まんをもらってこよう」 「い、今のは自爆ですからね! 決して、あなたに負けたわけじゃないわ!!」 「いらっしゃいネ、シン君。今日はデートアルカ?」 「ムッキィーーーーッッ」 「た、ただ今の発言を撤回するアルヨ」 「キムさん、お気遣いなく。僕達お客さんじゃないよ。無料券で肉まんをもらいに来たんだ」 「それも立派なお客さんネ。さてさて、どれにするアル? ちょうど出来たてホカホカヨ!」 「肉まんの引換券だよね?」 「中華まんならどれでもいいネ、好きなのを選ぶアル」 「な、なんですって!?」 「うーんと、それじゃ僕は――」 「ぶつぶつ……肉まん、豚まん、テリヤキまん。ピザまん、アンまん、カレーまん」 「ぼそぼそ……海老まん、カニまん、コロッケまん。味噌まん、野菜まん、クリームまん」 「ひそひそ……ハチミツまん、フルーツまん、ハンバーグまん」 「僕は定番の――」 「こしょこしょ……考えろ、考えるのよ、考えなさい聖沙。美味しさとカロリーを比較して、最も合理的な中華まんはどれか!?」 「悩まずに、一番食べたいのをもらえばいいよ」 「うるさいわねっ、私は真剣なのよ!!」 「美味しそうなのはアレとアレと――ち、違うわ、一つだけよ! アレかアレを……」 「アレって事は……うん、僕決まった! キムさん、カレーまんひとつ」 「まいどアル」 「ち、ちょっと咲良クン、真似しないでちょうだい!」 「聖沙はもう一個のやつを選んでよ。それで、半分こしよう」 「あ……そ、そしたら、二つのお味が楽しめるわね」 「すみません、注文いいですか? 私はアレを――」 「く……っ! 食べ始める前に、二連敗しちゃうなんて……!」 「聖沙は勝負の宣言をしてないし、気にしなくてもいいんじゃないかな」 「甘いわよ。そんな心構えでどうするの!? 私達の勝負は、初対面の日から既に始まってるんですからね!!」 「そ、そんなに昔から?」 「ふんっ、どうせあなたは覚えてないんでしょ? 私達が初めて出会った、あの日の事を」 「そう、あれは……」 「忘れちゃったじゃないの!!」 「ヒ、ヒス……」 「僕は思い出の中の聖沙より、今目の前にいる聖沙の方がいいよ」 「そ、そそそそういう事を、サラッと言わないでよ」 「怒ったり、頬染めたり、忙しい奴だぜ」 「わ、私は照れたりなんかしてません! 早歩きで息が切れてるんです!」 「さっきから気になってるんだけど、そんなに急いで、どこに行こうとしてるの?」 「月ノ尾公園の、海が見えるベンチに行くんでしょ? だって、私達はいつもあそこで――」 「中華まんはね、できたてのアツアツを、歩きながら頬張るのがうまいんだよ」 「ま、待ってよ、私も食べるわよ!」 「……せめて、今日だけでも引き分けにしないと……」 「だ、大丈夫よ。さも当然って感じでやれば、誰も私達の事なんて見ない!」 「さ、さささ咲良クン、半分こよ!」 「うん、今半分に割るね」 「だ、駄目!!」 「は、はい……っ!」 聖沙は中華まんを両手で大事そうに持ち、僕の口元へ突き出してきた。 「えーっと、このまま食べればいいのかな? あーん――」 「ま、まだよ! 私にも……あなたの半分を……」 「そうだったね。はい!」 僕も同じように、聖沙の口に中華まんを突き出して、お互いに食べさせ合いっこする。 「もぐもぐもぐ」 「はむはむはむ……す、少しは照れなさいよね!」 「最初から、はんぶんこする約束じゃないか。予定通りだよ」 「そ、そうじゃなくて……あむあむ」 「あれまあ! ちょっとみんな、シンちゃんがお人形さんみたいに可愛らしい子と、面白い事してるよ!」 「あんな食べ方もあったのネ、微笑ましいアル」 「おや? あの少年は、確かキラフェスの――」 「流星学園の生徒会長さんに副会長さーん! 今後ともショコラ・ル・オールをごひいきにー!!」 「あら、シン君と聖沙ちゃんて、そういう関係だったのね♡ お祝いの品もっていかなきゃ」 「おーい、シン! 男になったのかい? はっはっはっ」 「み、見られてる……思いっきり見れてるわ、私達……」 「あ、あむ、あむ、あ……む……っ」 「は、恥ずかしくって、味なんてちっとも分からないわ! どーしてくれるの!?」 「もぐもぐもぐ……うまいっ」 「もっと緊張しなさいよ! 馬鹿!!」 自由時間が終わり、僕と聖沙は学園に戻ってきた。 聖沙はお土産に買った焼き芋の紙袋を抱えている。 「姉上ーーーーっ、シン殿ーーーーっ」 「お二人とも、よいところへ帰って来られました!!」 「おおっ、この匂いは焼き芋ですな」 「うん、みんなのお土産に買ってきたんだよ」 「否否否! それどころではございませぬ!」 「紫央、何事!?」 「教会に変質者が現れたのです!」 「意味不明の言葉を喚きながら、教会の壁を殴ったり蹴ったりしておりますぞ!」 「大変だ。教会が壊されたら、聖夜祭が台無しになっちゃうよ」 「行くよ、聖沙」 「一般の学生は既に避難しております。それがしも加勢いたしますぞ!」 「うおぉーっ、おのれ〜! チクショウー! うおおおーん」 「あ、あれって、いつかの不審者じゃない!?」 「うん、見覚えがあるね。名前はなんだっけ?」 「へんっ、何が教会だ! 男と女がここで結婚すんだろ!? そんなもんブッ潰してやる!」 「俺はもう終わりだ、終わっちまったんだ! あんな無様な姿を見られちまうなんてよ〜〜。うおおおーん」 「やめなさいよ! 教会を壊したら承知しないんだからっ!」 「うるせー、俺は失恋の痛みを発散中なんだ! 邪魔すんじゃねえ、すっこんでろババア!」 「バ、ババアですって、失敬な!」 「聖沙は若いよ! ピチピチだよ! 肌も白くてスベスベできめ細かくて、水を弾くしハリもあるんだ!」 「ちょ、ちょっと咲良クン!!」 「不味いですな! 変質者の金剛力で尖塔が揺れております。このままでは倒壊してしまいますぞ!」 「この音は……鐘? よっしゃ、あの鐘売り飛ばして金儲けだ! そんでヤケ酒を買って、飲んだくれてやる!」 「いや、せっかくだから、パスタちゃんにプレゼントでも買うか?」 「パスタ? あっ、思い出した! プリエで覗きをしてた人だよ」 「ああ! あのストーカーね!」 「ふひひひひ、パスタちゃんはどんな物あげたら喜ぶんだろ? 結婚指輪とか結婚指輪とか結婚指輪とか」 「いや、ココはやっぱ首輪だな! 結婚首輪とか結婚首輪とか結婚首輪とか」 「思い出した、名前は確か……そうそう、アデローディンだよね!?」 「おい、そこのお前! 今何つった!?」 「俺は、血風の魔将アーディンだ! オデロークなんぞと合体させてんじゃねー!」 「あんなカバQと一緒にするな、ムシズが走る、おぞましい! お前に八つ当たりしてやる!!」 「来るか!? 変身するよ、聖沙!」 「ふんっ、分かってるわ。あなたこそ、私の足を引っ張らないでよね!」 長い戦いの末、なんとか勝利した。 魔王の力を完全に覚醒させずとも倒せたのは、聖沙との連携が良かったからに違いない。 けど、相手には見抜かれていたようで。 「お、お前……正体が魔王なら、始めからそう言ってくれ……」 「俺、血を流すくれーなら、長いものには巻かれる主義なのに……げぼぉっ」 「くそったれ! バイラスといい、魔王といい、なんてパワーだ!」 「バイラスだって? 君は彼を知ってるの!?」 「知ってるも何も、俺の恋敵だ。ついさっき戦ったぜ」 「そ、それで……見苦しい負け方しちまって……しかも、その現場をパスタちゃんに見られて……」 「あんな格好悪い姿をさらした俺は、もう恋敵ですらねーんだ! うおおおーん」 「そんなに強いの、バイラスって?」 「ああ、強えーぜ!?」 「だがよ、ついこの前まで、強えーつっても底は見えてたんだ。それが急に化物みたいになりやがった」 「あの野郎、なんかおかしいんだ。ジッとしてるだけなのに、スゲー威圧感があるしよ」 「今まで以上に俺の事見下した目で睨んできやがる……っ!」 「腹立つから殴ってやろうとしたら、指先一つで……ぐおうぅぅ〜っ」 「返り討ちにあったと」 「もう俺はお終いだーっ。パスタちゃんに合わせる顔がねえーーっ」 「格好悪くないよ、アーディンはちょっと不器用なだけなんだ」 「僕もそうだよ」 「ま、魔王のお前がか?」 「うん。『好き』な気持ちを、どう伝えればいいのか分からない……」 「だからつい、強いところを見せようとしたり、自分の想いを伝える前に、物をプレゼントしがちになるんだ」 「わ、分かってくれるか、俺の事を!!」 「魔王! お前いい奴だな!! 何かあったらいつでも呼んでくれ、すぐに駆けつけるぜ!!」 アーディンが仲間になった。 「オイ待て! なんで俺の時だけ、こんな不吉な音なんだ!?」 「仲間の入りなおしを要求する!」 「……と言いたいところだが、まあいいか。よう魔王、お前の連れをなんとかしてやんな」 「聖沙の事?」 「じゃあな。また会おうぜ」 「姉上? こんなところで座り込んで、どうなされたのですか?」 「もしかして、怪我を!? 今すぐ保健室に――」 「だ、大丈夫よ! 私はなんともないわ。ちょっと疲れただけ……っ」 「紫央、焼き芋を持って、先に生徒会室へ行っててちょうだい」 「で、ですが、ここは念のため、姉上は保健の先生に診てもらうべきですぞ」 「ほ、本当になんでもないったら! 冷める前に、持っていきなさい!」 「少し休んだら治るわ。後で咲良クンに送ってもらうから……それなら紫央も安心でしょ?」 「はい、わかりました。シン殿、姉上をお願いいたしましたぞ」 「……な、なによ!?」 「ベンチに移ろうよ。地面に座り込んでたら、身体が冷えきっちゃって、休憩にならないよ」 「うるさいわねっ、それくらい分かってるわよ!」 「じゃあ、いいけど……」 「……なによなによ!?」 「聖沙が回復するのを待ってるんだけど……」 「そ、そうだったわね……!」 「ぅ……ゃぁ……」 「……ねえ、もしかして立てないの?」 「そ、その……足が震えて、力が……あの……」 「やっぱり怪我してるんだね!? 僕に隠したりしないで! 保健室に行くよ!」 僕は聖沙の両脇に手を突っ込んで、強引に立ち上がらせる。 「すごい熱じゃないか。こんなに具合が悪いのに、どうして黙ってるの? 僕の事を信用してよ!」 「ま、魔王ってずるいわ。あなた、私に〈魅了〉《チャーム》の魔法をかけたんでしょ?」 「わけの分からない事言ってないで、さあおんぶするよ!」 「ゃ、いや! 揺らさないで……ぅあっ!?」 聖沙は恥ずかしそうに目を逸らし、太股をもじもじと擦り合わせる。 変身した聖なる衣裳。下肢を覆った純白の上を粘った滴がつたい落ちてゆく。 服の上からでも分かるほど湿潤な秘処。ほのかに立ち上ってくる女の子の匂い。 「あ、ああ……怪我はないね……」 「は、始めからそう言ってるのに……馬鹿……馬鹿……っ」 「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……!」 「ま、魔王のあなたが、格好良すぎるせいなんだから……! せ、責任とって……っ!」 「聖沙、ジッとして力を抜いて。今運ぶよ」 「し、紫央みたいなおんぶはやだ……」 「紫央ちゃんは妹で、聖沙は僕の彼女だよ。ほらっ」 「あ……お、お嫁さん抱っこ……」 「確かこれって、お姫様抱っことも言うんだよね?」 「うるさいわねっ、お嫁さんなの!!」 「だ、だから……教会の中に連れてって……」 聖沙は僕の服の胸元をギュッと握りしめ、真っ赤になって俯いてしまう。 「ち、違うの……っ……私はこんな……っ……違うんだから……っ!」 「分かってる。僕は聖沙に、エッチな魔法をかけたんだよ」 「……うそつき」 「聖沙……服、脱がせていい?」 「聖沙の全部……ちゃんと見たいから……」 「そ、そんなの……は、恥ずかしい……」 「だめ……?」 「こ、こんなところで丸裸になるなんて……そ、そんなこと……。そ、それに、今は……」 聖沙は太ももをもじもじと擦り合わせている。も、もしかして……。 「ご、ごめん……聖沙っ。僕、我慢できない……!」 「や、やだあっ。ちょ、ちょっとぉ!」 そういって僕は強引に、僕は聖沙の服に手をかけた。 「聖沙……もう濡れてる……!!」 「だ、だから嫌って言ったのにぃ……だ、だめぇ……」 「触れてもいないのに……聖沙、凄いエッチだ……」 「う、うるさいわねっ! しょうがないじゃないっ!! あ、あなたのせいよ……っ」 「あ、あなたこそ……も、もうおちんちん大きくしてるじゃない……」 「え、ちょ、ちょっといきなりズボンに!?」 「い、いいのよっ。黙って立ってなさいっ。私がその……して、あげるから」 「も、もう……こんなに……?」 聖沙の眼前にペニスが躍り出る。 聖沙のエッチな雰囲気にあてられただけで大きく膨らみ、先から我慢汁が滲んで糸を引いていた。 「すごい……脈を打って……しかも、匂いも……きついぃ……」 聖沙の喋る吐息が吹きかかり、そのくすぐったい感覚にペニスが意志とは関係なくビクビクしている。 「や……っ、あっ、あんっ! おちんちんが、顔に……当たって……」 聖沙の柔らかいほっぺたを擦るようにしながら、ペニスの濡れた先が滑っていく。 紅潮した頬が粘々とした液体に濡れていく。 「鼻に……んっ! んんっ、あ、当たってるわっ、や……男の人の匂い、だ、だめぇ……」 早く口で咥えて欲しいが故に、口の周りへペニスを押しつける。 「むっ、んんっ、あ、慌てないでよっ!! きょ、今日は私がリードするんだから……あなたはじっと……してなさいっ!」 人差し指でペニスをピンと跳ねられた。 「くすくす……今ので、おちんちんからお汁が滲んで来たわよ? とんだ変態ね」 「い、いぎっ、いきなり人のズボンに手をかける人に言われたくないよっ」 「な、なんですって!? そんなこと言うおちんちんは――」 「……れろんっ」 「うっ!!」 「……ちょっと、しょっぱい……。くすくす……舐めてもすぐまた溢れてきちゃうのね……」 「全部舐め取ってあげる……♡ ぺろぉ……れろろんっ」 「う、うああっ」 熱く湿った舌で先端をチロチロと愛撫される。 「ぺろっ、れろれろっ、じゅる……んくっ、ちゅ、ちゅる……るろろっ」 「う、あ、だ、だめ、聖沙っ」 「ちゅうっっぷ」 口をすぼめて、亀頭に軽く吸い付いた。そのまま引っ張られ、中身ごと吸引されそうな感覚。 「先っぽだけじゃ不満かしら……?」 「じゃあ、おちんちん汁はそのままにしちゃうわよ……んっ、ぺろ……れろろぉ……ちゅるるるっ」 カリ首の段差を舌先でなぞるように這わせていく。 小刻みに襲いかかる快感に、思わずペニスをビクンビクンと躍動させてしまう。 ペニスは聖沙の白い頬をかすめ、我慢汁を塗りつけていく。 「やっ、はっ、はぁ……っ! も、もう暴れないでよっ。落ち着いてできないでしょう?」 「聖沙が敏感なところ責め立てるからっ」 「もう……しょうがないんだから……」 そういって、手の平を根本をに添えてしっかりと固定する。 ふんわりと温かく柔らかい手の平。 そして、聖沙は空いた方の手をペニスの根本よりも下部――睾丸の袋を覆うようにして握りこんだ。 「あぁ……っ!? それは……ッ」 「くすくす……ここも気持ちよくしてあげ――」 ビュルッ、ビュプッ!! 「え!? きゃっ、きゃはっ!! ひゃふうっ!!」 元々踏ん張っていたところ、くすぐったい箇所をいじられたせいで力が抜けてしまった。 敢えなく射精をしてしまい、快感をたっぷり詰め込んだ精液が股間を幾度も通過していく。 ビュッ、ビュッ。 「ひゃはっ、はふ……っ、うう〜〜っ。も、もう射精しちゃったのぉ!? 信じられない……っ、はぁぁ……」 少しツンとした表情を浮かべるも、顔面いっぱいに精液が降りかかる度に、身を震わせていた。 「こんなにすぐ射精しちゃうくらい、溜めこんでたのね……もう、私というものがありながら……」 「い、いや……聖沙とエッチする時の為にと思って……」 「そ、そうなの……?」 「くす……っ、だったらいっぱい搾り出してあげないといけないわね! ん〜〜っちゅ♪」 射精直後で、精液が泡だった先っぽにまたキスをした。 (――んん……本当にいっぱい……しかも、射精し足りなさそう……まだ勃起したままじゃない……) (――はぁぁ……やっぱり凄い、匂い……きつくて青臭くて……けど、嫌じゃない……好きな人のって思ったら……不思議♡) (――だ、だめ……私、エッチになってきてる……精子の匂い嗅いだだけでもう、こんなに感じちゃうなんて……) 「あ……あぁ……っ、はぁぁ……あぁ……ん、うぅ……ん」 「こんなに涎をいっぱいだらしない、お馬鹿な……おちんぽなんだから……♡ ぺろぉ」 敏感になりすぎたペニスが、聖沙の舌の感触を明確に伝えてくる。 柔らかくそして温かい……我慢汁と精液に濡れた亀頭を丁寧に舐め取っていく。 「はぁん……む、ぺろ……れろろろ……っ、ちゅ、ちゅっ。ちゅるっ、んっく……んむむむっ、ちゅろろんっ」 滲んだ白濁液は根本まで垂れており、聖沙は精液の道筋をなぞるように舌を滑らせていった。 そして聖沙の可愛い手の甲にかかったものまできれいに掃除する。 聖沙の唾液で、ペニスはもといそれを握る手さえも艶めかしくぎらついていた。 「まだこのおちんぽ袋の中に……いっぱい溜まってるんでしょう?」 聖沙は恍惚としながら、袋に添えた手の平で優しく揉みしだく。 睾丸を痛めないように。そして、先ほどの射精を労るようにしながら手を動かしていく。 直接的な性感とは違う――くすぐったいものを我慢するような感覚。じわじわと上り詰めていくような快感が襲う。 体感できる気持ちよさの度合いでは、先端をフェラチオしてもらう方が圧倒的に気持ちがいい。 けれども、この袋いじりは精神的に気持ちが良い……。脳みそにじわじわ来る。 (――おちんぽ袋……ごろごろ唸ってるわ……もう射精しちゃうのかしら……?) (――うふふ……私の動きに合わせてこんなにピクピク動いてる……なんだか素直で可愛らしいわ……) (――そのくせ、挿入する途端に豹変して……私のおまんこを乱暴に犯していくの……あぁ……) (――今日も私のおまんこにいっぱい射精するんでしょ……? 今はいっぱい気持ちよくしてあげるから、この後は……ね♡) 「はぁむ……んむっ、ちゅっ、ちゅぷ……っ、ちゅうっ、ちゅく……っ、ん……っ、ちゅっ。ぷちゅうっ」 まるで僕――恋人と交わすような、熱烈なキスの雨が降り注ぐ。情感の籠もった愛ある接吻。 淫らにうごめく湿った舌先が尿道とディープキスを交わす。 自分のものだというのに、なぜか嫉妬してしまいそうになる。 「ちゅう……っ、ん……ぷちゅっ、ちゅっ、ぺろ、れろっ、ん、くちゅっ、ぷちゅる……れろ、じゅくっ」 「んちゅ、んちゅ、んちゅっ♡ ちゅるっぷれろ、ろろ、ぷちゅぅっ、ん……んくっ、くちゅう……ふぅ……」 けど、次第のそんな雑念を考えてる余裕は消え、すぐにまた絶頂の余波が襲ってくる。 さすがにこればかりは我慢しないと、聖沙に呆れられてしまうだろう。 「……? どうしたの、そんなに背筋をピンって引きつらせて。おちんぽ以外までヒクヒクしだしてる……」 「あぁ……もしかして、イキそうなんでしょ……?」 「ち、違う……」 「くすくす……素直じゃないんだから……いいのよ? イっても……その代わり――」 そういう甘い言葉をささやいておきながら、根本を握りしめ射精を食い止めようとしている。 「これでおしまいだったら……許さないんだからっ」 「う……うああっ」 けど、柔らかく温かい聖沙の指による圧迫は、敏感なペニスを更に快感へと誘う。 だが、射精したいのに、阻まれていけない……っ。聖沙の愛らしい手が、今日は憎いッ。 「ん……ちゅっ、ちゅる……んぷっ、ちゅぴ……っ、ぺろっ、れろぉ……」 「えろろっ、はぷっ、ん……ちゅぷぅ……んふっ、ふぅ……ん、んふぅ……」 じんじんと鈍痛にも近い射精感が、次第に脳を支配していく。 聖沙の連続的な舌先攻撃により、ペニスに精液の色は消え、代わりに聖沙の唾液で泡が立つほどになっていた。 ただ根本を握りしめられているというだけで、我慢汁も絶え絶えに、睾丸も唸りをあげている。 まだ咥えこまれてもいないのに……、ここまで責め苦を味あわされるなんて……。 聖沙はどこまでエッチになってしまうんだ。 「ん……ちゅ……っ、えぇ……? まだいかないの……? 凄い苦しそう……我慢しなくていいのよ?」 ……というか、自分で食い止めてるの気づいてない? 「しょうがないわね……じゃあ、咥えてあげる……これなら……あ〜〜ん、はぷっ」 口をすぼめて、唇の隙間を作る。そこに充血した亀頭をすっぽりと挟みこんだ。 「はぁむ、ん……ちゅぶ〜〜ぅ!」 そして尿道が丁度、ぬめった舌の上に乗った瞬間―― 聖沙が何を思ったか、そのペニスを握りしめた手を緩めたのだ。 「あ……っ、く……っ!」 生半可な握り方では、射精の勢いを抑えることなど出来るはずもなく…… 「んぶううぅっ!?」 僕はお口で亀頭だけを咥えられたまま、その位置で一気に我慢していた精子を噴き出した。 「はぶっ、んぐっ!! んぶっ、んぷふわぁっ!」 先端がまるで爆発を起こしたかのような射精。 射精の途中で、聖沙は堪えきれずペニスを口から離してしまう。 「はぁっ! やっ、やはっ、あ、熱ひぃっ! やっ、い、ひっ、ひゃふっ、ふぷぅっ!」 口周りはおろか、頬や瞼。そして額やきれいな髪にまで、粘度の高い精液がこびりついていく。 精液を浴びる度に、聖沙の肩がぶるるっと震える。 「あっ、あぁ……熱ひ……精子熱いぃ……はぁっ、はふっ、ふぅう……」 「はぁ……あぁ……やっぱりこの匂い……だめに、はぁっ……あっ、なっちゃうぅ……」 「は、はぷっ……ちゅうっ、ちゅぷ……」 「み、聖沙っ!?」 まだ射精の躍動が続いてるというのに、聖沙は躊躇うこともなく咥えこんだ。 そして、ペニスを口内深くへと潜り込ませていく。 「はぁぷ……っ、ちゅぷぅ……、ちゅぶ……、んぷ……っ、んぷ……ちゅうぷ……んぷぅ……」 緩やかな口淫がはじまり、射精したてで神経が張り詰めているペニスを優しく包み込む。 「はむ……ちゅぷ……っ、じゅぶ、じゅぶ……んっ、おちんぽ……また大きくなってきた……」 「くすくす……まだまだ搾り足りないみたい……はむっ、ちゅぷ……っ、ずっぷ……ずっぷ……」 (――凄い……おちんぽ、口いっぱいに含んで……わ、私……夢中でフェラしてる……っ) (――ああっ、太股がじんわりしてて……触ってもいないのに、私……濡れてる……っ?) 「はぷ……はぁぷ……んぷ、ぬぷ……っ、ちゅく……っ、るぷ……っ、んぷぅ……」 「んぶ……っ、んぶっ……ちゅぶっ、ちゅぶっ、じゅぷっ、ちゅる! ちゅぷっ、ちゅぽっ、じゅぷっ!」 「う……聖沙っ、そ、そんなにしたら……」 「はぷっ、ちゅぷっ、おちんぽっ、んっ、ちゅぶっ、んぐっ! んっ、んふっ、んぶっ、ちゅぶっ!」 「き、聞こえてな――ああっ」 徐々にストロークの速度があがり、聖沙のすぼんだ唇の中でペニスが出たり入ったりを繰り返す。 聖沙の口元から唾液と精液が溢れ、首筋を通って胸にまで伝っていた。 「み、聖沙……それ以上は……っ」 「んぶっ、んちゅっ、ちゅくっ、ん……? んん〜〜っ!?」 かろうじて伸ばした手を聖沙の胸元へ。 ふわりと柔肉の感触が手の平いっぱいに広がった。 「――んっぷはぁ! はっ、やぁ……っ、あっ、あぁ……おっぱい気持ちぃい……ん……はむっ、ちゅぶっ!」 突起した乳首をつまんで、聖沙の意識を散らせようとするが、逆効果。 聖沙は胸をいじられる感触を堪能しながら、更に唇の動きを加速していく。 「あぁ、柔らかい……」 僕は諦め胸のふくよかな感触を楽しみつつ、聖沙の喉奥へ向かい腰を突き出した。 「ん、んぐっ……!? んっ、んぶっ……、んっく……。んぶっ」 「んっぷ……ふはぁっ、はぁっ、はぁっ……おっぱい、気持ちいい? お口、気持ちいい?」 「聖沙はどこもかしこも気持ちいいよ」 「んふふ……嬉しい♡ もっと私で気持ちよくなっていいのよ……っ、だから……だから……」 「はぷっ……! んぷ、じゅぷっ、ちゅぷっ、んぷっ、ぬぶっ、んぶっ、ちゅぷっ、んぶっ、むぐうっ」 聖沙が上目遣いのまま、熱心にフェラチオを再開する。 物欲しそうな瞳。この奉仕のご褒美が欲しいのだろう。 喉の奥にまでくわえ込み、亀頭が圧迫される。 (――ま、まだ膨らんでくる……っ、お口いっぱいに……おちんぽが……っ!) (――おまんこに挿れたい……私でもっと、気持ちよくなって……!) 「んぐっ、んぶっぷ、んぷっ、ちゅぷっ、ちゅる……っ! んぐううっ! んぐっ、ちゅぷっ、じゅる、るぷっ、んぐう!」 「う……うあっ、聖沙……!」 「いいほ……おくひに射精ひて……んくっ、じゅ、ぷっ、ぷちゅるっ、るるっ、んぷっ、ちゅっ、んくっ」 「んっ、んっ、ぐぷっ、ちゅぶっ、るぶっ、んぶっ、んぷっ、ちゅぷうっ!」 「じゅぷっ! んぷっ、ん……ぷっ……!」 「い、いく……っ」 頭の意識が飛んでしまいそうな射精感。気持ちよさが股間から、全身へ駆けめぐる。 「んぶ!? んくっ!! んぷっ!! んんっ!!」 (――あっ、ああっ! 喉に出てる……お口に射精されて……精液で喉が詰まりそうなくらい……っ) (――こんなに射精されて……き、気持ちよくなっちゃうなんて……わ、私……はぁ、あぁ……) 「んぐっ……んく……っ、んぐっ、んくっ……んぷ……んふっ、んふぅ……」 溢れ出した欲望を、聖沙は喉を鳴らして体内に受け入れていく。 「んく……っ、こくっ……ごくっ、んく……っ、ん……んん……んぷっ、っぷふぅ――」 「んぷ……っ、ふごひ……のみひれなひ……」 「ま、まだ射精る……ッ」 「ふ、ふぇ……!? ひゃふっ!! ふひゃああっ……ふわぁぁ……」 聖沙の顔面を精液で上塗りしていく。 まとわりついた精子の匂いは、そのまま聖沙の脳みそを惚けさせ、脱力し口が開かれる。 そして飲みきれず口に含んだままの精液がこぼれ落ちる。 胸の谷間に精液の泉が出来てしまうほどの量……これだけの精液が僕のペニスを通って出たのだから、気持ちよさで気が遠くなるわけだ。 「はぁ……はぁ……あぁ……はぁぁ……えほっ、えほっ……えほ……っ。ふぅ、ふぅう……」 「み、聖沙、大丈夫?」 「も、もう……こんなにいっぱいらひてぇ……あ、はぁぁ……熱ひ……」 恍惚としながら、体にまみれた精液を指ですくってみせる。愛おしそうに、その子種の匂いと温かさを確かめる。 「んくっ、んぷ……っ、ごくっ、んふ……ふぁ……ああっ、あぁ……」 そして、ビクビクと体を震わせながら、その指を口に運んで飲み直す……。 「っぷはぁ……ごちそうさま♡」 「み、聖沙……聖沙ぁっ!」 その仕草を見て、僕の中にある理性が崩れていく。 「あ……はぁ……っ、も、もうこんなに大きく……」 「聖沙……はぁぁ、聖沙ぁ……」 聖沙の過保護に育てられた白い太股を持ち上げる。 引き締まってはいるように見えるものの、掴めば指がそのまま肉にとけいってしまいそうなくらい、柔らかな足。 両足の谷間にある濡れ滾った秘部が、こちらから見て丸見えだ。 「あ……あぁ……はぁ、はぁ……はぁぁ……はぁぁ……っ、あはぁ……」 柔らかい太股に剛直なペニスを擦りつけながら、ゆっくりと割れ目の方へと近づいていく。 「来る……、来るのぉ……おちんぽ……やっと……あぁ……」 「聖沙にご褒美……あげないとね……」 「は、早く……早くぅ……」 焦らすようにしながら粘液にまみれてぱっくりと開いた秘肉の周囲を先端でなぞる。 「や、やぁぁ……いじわるしないでよぉ……あっ、はっ、はぁぁ……」 「聖沙のおまんこ、ヒクヒクしてるよ……」 「だ、だめぇ……見ちゃだめなのぉ……あ、は、はぁぁ……はぁぁん……あぁん……」 じれったそうに足を引きつらせ、口元が切なそうに震えていた。 僕はその身を聖沙のヒクついた体にぐいっとよせて、唇にキスをする。 そして唇を重ね合わせたまま、焦らしていたペニスの先を、狭い肉壁の入り口へと突き立てた。 「あ……っ♡」 聖沙が嬉しそうに瞳を閉じて、口づけに没頭する。 少し触れただけでわかったのだろう。それほどまでに、聖沙の股間は疼いて敏感になっている。 「ん……んんっ、はぁ……あぁぁ、おちんぽが……は、入ってくるぅ……」 外側は大きく開いても、膣の中はきつく閉じられていた。 ペニスは収縮を繰り返す肉の狭間へと歩みを進める。 「はぁっ、ああっ……あぁん……っ、おちんぽが、あぁ……」 「あ、あう……ッ」 聖沙のおまんこは、ペニスを咥えこんだ途端に、離すまいときつく先端を締め付けた。 そのまま熱く湿った奥へと吸い込まれてしまう。 「はぁっ、は……っ、はふっ、ううっ……くうっ、そ、そんなに奥……ま、まだ早すぎるわよぉ……」 「ち、違うよ……。聖沙が……ッ」 数多もの肉襞がペニスに絡みつき、動いてもいないのに擦れていくような感覚が襲う。 射精を欲する子宮の無意識な反応か。それとも淫らになった聖沙の反応か。 聖沙の膣肉は、初めて貫いた時よりも、不思議と窮屈に感じられた。 「はわ……ぁっ! あひぃ……ッ、くっ、ふはぁ……!! はう……っ」 「い、痛い……?」 「……ち、違うの……私のおまんこ……敏感になりすぎて……ああっ、あく……っ、くうんっ」 「嬉しい……また一つになれて……」 「エッチした時のこと、毎晩思い出して……おまんこ切なくて、私……」 「え……そ、それって……まさか、一人で――」 「や、やあ!! 今のは忘れてっ、お願い……エッチな子だって……思わないで……嫌わないで……」 「あなただけなの……あなたの前でしか……二人きりのときにしか、もうエッチにならないからぁ……」 「嫌いになんてならないよ……エッチな聖沙、とっても可愛い……」 「や、やぁ……そ、そんなこと言われたら……う、嬉しくなっちゃうぅ……♡」 僕の囁きに聖沙の膣が喜びを顕わにして、更に強く締め付けてくる。 だ、だめだ……。気持ちよすぎて、このままじゃすぐにでも射精してしまう。何か手を打たなければ。 僕は今まで散々ペニスを可愛がってくれたお礼の意味も込めて、胸に吸い付き愛撫を始める。 「はぁっ、あ、あぁ……動いてないのに、おちんぽ……温かくって……じっとしてるだけなのに、気持ちいいのぉ……」 「や、は……っ、そんなにおっぱい吸って……くすくす、赤ちゃんみたい……」 「聖沙のおっぱい、結構大きいね……それにすごい弾力……手に吸い付いてくるよ……」 「やっぱり……胸は大きい方が好きなの……?」 「聖沙のおっぱいだから好きなんだよ」 愛情を込めて、硬くしこった乳首を吸い上げる。 「はぁぁっ! そ、そんなに音立てて吸っちゃだめぇ……あ、はっ、はぁ……っ、はぁっ……んあああっ!」 「くは……っ」 僕が聖沙に対して何かする度に、おまんこがすぐ逆襲の締め付けをしてくる。 クリクリと指で乳首を弾きながら、意識を別の方向へと向かわせるが、全身で聖沙を感じてしまっている。 温かい肌の温もり。聖沙の体、そして髪の毛の匂い。 そして繋がった股間の熱さが、互いを昂ぶらせていく。 「もっと、もっと吸って……はぁっ、あっ、ん……んん……っ、はぁん!」 「ねえ……痛くないから……動いて、いいのよ……?」 「我慢しないで……お口と同じで、私のおまんこもあなたのものなんだから……好きな時に、好きなだけ射精して……」 その言葉を引き金に、僕の中で忍耐の心が折れた。 聖沙のおまんこをよりいっそう堪能したくて、僕は腰を更に深く押し込んだ。 「あっ、あああんっ! はぁん! あ……あはぁ……っ、んん〜〜っ!」 当然のように、子宮への侵入を阻まれ、先端にコリコリとした感触が伝わってくる。 けれども、僕はまた大量に子種を聖沙に流し込みたくて、円を描くように腰を動かしながら、めりこませていく。 「はぁ……っ! あっ、ああっ、また……子宮に射精されちゃふ……っ! うう……っ」 膣内に射精されるという背徳感に嘖まれながらも、欲望の滾りを止めることは出来ない。 ゆっくりと、聖沙の体から力が抜け、いきり立ったペニスを深く深く飲み込んでいく。 「やああっ、はっ、はふっ……ううっ、くっ、くふっ、ふうんっ、んっ」 食いしばりながら、聖沙の胸をぎゅうっと強め握りしめる。 まだだ……。豪快に……激しい射精で、聖沙に恩返しするんだ。 「うっ、ううっ……ま、まだなの……? 精液ビューって、していいのに……はぁっ、ああっ、はぁぁんっ」 射精を待ちこがれる聖沙が、物欲しそうな顔でこちらを見ている。 「聖沙のおまんこに、精子いっぱい射精するから」 耳元で静かに囁きかける。その言葉に聖沙は体を幾度も震わせ、期待に満ちた表情を浮かべた。 「はぁっ、あっ、射精して……早くぅ……おまんこ奥に、いっぱい射精して欲しいのぉ……」 腹部を動かし、懸命に射精を促そうとするも、僕は無心で乳房に吸い付き、最高潮まで堪えようとする。 しかし、その行為が返って仇になり、聖沙の肉襞が窄めるようにしながら、狭まっていく。 収縮が大きな起伏となり、ペニスの根本から先端に向けて精液を押し出さんとざわめいた。 「はぁっ、やっ、やく……っ、おっぱい、気持ちいいのぉ……おまんこも……はあ……っ」 「あっ、かっ、はぁっ、はぁ、はぁ……はふっ、んっく、くふっ……ふうぅぅ、んっ、んんっ」 「あ、はぁ、はぁぁ、あ、うっ、はっ、はぁっ! あ、くっ、ふっ、ふううっ、うんっ、んん!」 もはやじっとしてても射精させられるならと、自棄になった僕は―― ビュクーーッ!! 「ひひゃあああっ、射精たッ!!」 子宮内にめがけて第一射。射精の運動で狭い膣内を暴れ回るペニスを、僕は前後に動かした。 「はあっ、あっ、や! 射精てるっ、射精てるのにっ、動いちゃらめっ、はっ、ひゃっ、ひゃふっ!」 「やっ、やあっ! エッチな音してるっ、ごぷっ、ぶりゅって、精液が溢れて……ひゃはっ、はぁんっ!」 聖沙は背筋を引きつらせ、射精されながら軽い絶頂の連続を味わう。 僕はとろけそうな射精感に身を任せ、一心不乱に腰を打ち続けた。 「はぁっ、あっ! ああっ、おまんこかき回されて……はっ、あっ、精子でちゃう……っ! あ、やっ、くううんっ!」 膣内で愛液と精液をかき回すようにしながら、抽送運動を繰り返す。 「あ……い、いく……っ、いっちゃう……はぁぁっ、あ、あう……っ、いくうっ」 ゴシゴシとカリ首で肉襞を擦りながら、聖沙の絶頂を見やる。 「や、やぁ……いってるトコ、見ちゃだめぇっ! は、恥ずかしいっ」 慌てて顔を隠そうとする聖沙の腕をがっしりつかんで、キスをする。 これなら顔を隠せまい。 「聖沙のいくとこ、しっかり見ててあげる」 「あっ、や……はぁっ……射精しながら、おまんこされてるぅ……! はぁっ、あっ、くっ、くふっ、ううっ」 「だ、だめっ、あっ、あっ! おしっこ出ちゃう……はっ、はぁっ、あっ、ひゃはっ、はううっ、お漏らししちゃうう」 「いくっ、いくっ、いくいくっ! ひくっ、ひっちゃううっ!」 聖沙の全身がビクンビクンと大きく跳ねた。 結合部に温かみのある湿気と、淫らな香りが漂ってくる。 「はぁぁ……っ、あぁ……ひゃはああ……はぁ、はぁ……はぁぁん……」 可愛らしく頬を赤く染めながらも、聖沙のおまんこから溢れ出る潮は止まることを知らない。 「み、見ないでって言ったのにぃ……うう〜〜っ」 指をしゃぶりながら、恥ずかしそうに顔を逸らす聖沙。 火照った頬に手を添え、こっちに向かせてまたキスをする。舌をいれて、より聖沙を感じていく。 「んちゅ……ちゅぷっ、るぷる……んっ、ちゅるる……んっ、き、キスすれば許されると思ったら、大間違いなんだから……っ」 「見て正解だった。聖沙のいった時の顔、凄い可愛かったもの」 「〜〜〜っっっ! あ、あなただって……射精したときの顔……凄かったんだからっ」 「い、いぎっ」 「情けない顔……けど、凄く気持ちよさそうで……嬉しくなっちゃうじゃない……」 「聖沙……僕も嬉しいよ。聖沙が気持ちよくなってくれて」 「そ、そう……それなら、しょうがないわね……け、けどこれっきりよ! 次は一緒だから……」 「次は一緒に……いきたい……だめ?」 「ううん。僕もそうしたいっ」 「……うん。二人でもっと、気持ちよくなりましょう……♪」 僕は体液にまみれた結合部を緩やかに動かし始める。 「あはっ、はぁ……っ、んっ、く……っ、ふうっ、ううっ、んっ、んあっ、あんっ、はぁんっ!」 そして、優しく適度に聖沙の子宮口に亀頭でキスを繰り返す。 「はあっ、あっ、コツコツしてるっ……おちんぽが優しく……んっ、体中に響いてきちゃう……♡」 ブルブルと身悶えしながら、聖沙は快感の波を全身で感じていた。 「おちんぽ、こうすると……どう?」 聖沙が太股に力を入れたり、腹筋を動かしたりして、膣を意図的に収縮できるか試していた。 「聖沙のおまんこ、感じてるとぎゅ〜って締め付けてくる……」 「え、や、そ、そんなの……まるでおねだりしてるみたいじゃない……」 「聖沙のおまんこはエッチだなあ」 「や、やぁ……おまんこはエッチじゃないのぉ……エッチなのは、あなたに抱かれた時の私だけなんだからぁ……」 「そんないやらしい言葉だけでも感じるんだね、聖沙は……」 「だ、だってぇ……はぁっ、あっ、ああっ、くっ、ふうぅうん……おちんぽ動いてるからぁ……」 「実は今、止まってる」 「う、嘘よぉ……動いてよぉ……でないと、あなたと一緒にいけないのぉ……」 「聖沙のおまんこ、動かなくてもすっごい吸い付いてきて……動かすともう……ううっ」 「やっ、だ、だめっ。もうちょっと……もうちょっとだからぁ……」 「はぁっ、ああっ、あっ、ああっ、ああっ、ゆっくり……おまんこキュンキュンきちゃうぅ……」 「聖沙……これは、どう?」 「え……ひゃっ、はっ!」 結合部に手を添え、剥き出しになった陰核を指の腹で転がす。 「クリトリスは……はっ、ああっ、ひゃふっ、ふうっ、う……ううんっ!」 「そ、それはっ、はぁぁんっ、ひぃ、いい、んんっ! お、おかしくなっちゃううぅっ!」 充血したクリトリスを僕の指とペニスが執拗に摩擦し、聖沙が絶頂の臨界点へと近づいていく。 「はぁっ、ああっ、やはっ、はふっ、ふうんっ!」 「お、おまんこ痺れてくるぅ! はっ、んっ、あっ、くうう〜〜ん!」 豊潤な聖沙の秘部が、狂おしいほどに締め付けてくる。 「あっ、かっ、かはっ! はっ、はっ、はぁっ! あっ、はふっ、ふうっ、うううっ!」 互いの肌が汗だくになるほど、激しい運動が続く。 幾度にも重なる絶頂の甲斐もあって、全身が性感帯のようになって、肌が擦れ合う度に脳味噌が気持ちよさで満たされる。 熱い体を抱きしめて、更に密着し、聖沙の奥深くへとペニスを叩き込む。 そして、子宮にもうこれ以上子種を蓄えられないくらいの勢いで射精をするのだ。 「はぁっ、はっ、ああっ、やはっ、はあ! おちんぽが、あっ、あっ、あっ、子宮の中に……っ」 「うん……っ、もう一滴も漏らさないくらい……射精するから」 「ひ、ひはぁぁ〜〜っ」 耳元で囁いただけなのに、聖沙は声を震わせて軽くいってしまいそうな弱々しい声を出す。 けど、必死に我慢しているのだろう。 大腿筋が引きつりそうなほど、下半身が力んでいる。 そのせいで、精子を搾り尽くさんとした勢いで、ペニスを締め付けてくる。 狭門の抵抗が更に強くなる。だが、僕はそれをこじ開ける。 聖沙の堪える姿勢が、逆に快感を呼んでいくのだ。 「はっ、あっ、く……っ、くぅぅ〜〜ん! んっ、ふっ、ふあっ、あっ、はぁっ、あ、やっ、ふっ!」 「うん……んんっ! も、もうだめ……っ、だめなのおっ……」 「聖沙、も、もう少し……っ」 「うんっ! うんっ! 来てっ、来てぇ……! 精子、おまんこに……っ! はっ、はっ、はやくううっ!」 両手を伸ばし僕を迎え入れるような仕草をする聖沙。 体を寄せて、自分の胸板と豊満な乳房を擦り合わせるようにして、抱きしめ合う。 腰は動いたまま、聖沙の秘肉をめくるようにしながら、射精へと突き進んでいく。 「はぁっ、はあっ、はああっ! あっ、くっ、ううっ、んっ! ふぅ、うっ、ふああんっ!」 「はっ、んっ! あっ、んん! ふぅ、はぁ、はふううっ! う、は、ふぁぁ……っ」 聖沙は奥歯をがたがたと震わせながら、体の奥が弾けてしまいそうな感覚に酔いしれる。 もはや繋がった股間のところだけに神経が集中している。 脇目も振らず、僕は聖沙の子宮へ射精することだけを考えていた。 「だ、だめへぇ……も、もう我慢できないのぉ、はっ、はっ、はあっ!」 「お、おまんこ……我慢できない……我慢できないいいっ、はっ、あっ、あっ」 袋の中に蓄えられていた精子を全て解き放つつもりだから、僕も今まで必死に耐えていた。 少しでも息を吐いてしまえば、快感がペニスを駆け上り、聖沙の中に放たれてしまう。 だが、全力で聖沙を感じたいが故に、今まで耐え抜いてきた。 根本の部分が痺れてしまうくらい気持ちよくて、それを極限まで高め、大量に解き放つとしたら。 「はぁっ、ああっ、変になっちゃふ……おかひくなっちゃうふぅ……っ、あっ、あっ、はぁぁ〜〜っ」 「ぼ、僕も……」 「おちんぽ、おまんこ、繋がってるのしか……も、もうっ、はっ、はっ、わからないのおっ」 「いっぱい感じて……おまんこ感じて……っ」 「あ、はっ、くっ、ふっ、おちんぽ感じてる……わたひにいっぱいっ、はっ、はっ、入って射精ッ」 「い、いくよっ、聖沙っ」 「私も私もわたひもおっ! ひくっ、い……いっちゃふうっ!」 最後に大きく腰を振りかざし、ずんっっっと深く腰を押し込み、ペニスを子宮口へとねじ込んだ。 ビュビューーッ!! 聖沙は迸る精液を子宮内で感じた。それを合図に、聖沙の全身から力が抜け、快感の大波が押し寄せてくる。 ビュッ!! ビュクッ、ブビュッ!! 「はぁーっ! あ……ああーっ! はっ、ああ〜〜ッ!」 躍動するペニスの動きに合わせ、あられもない声を出しながら、その柔らかい体が跳ねていく。 「あ、はっ……かはっ、ひ、ひもちひいい……精液……おちんぽ暴れて、ひゃあああ……っ」 奥深くに突き刺したまま、射精の反動だけを聖沙の膣内に伝えていく。 動かずにただ、股間に神経を集中させる。 僕の体の一部が気持ちのいい場所をとおって、聖沙の体内へと飲み込まれていく感触を……ただ……。 「あっ、くっ……くふ……うう……ふぁ……あ、あ、あはぁ……はあん、んっく……くふ……ふうぅ……」 「うっ、くっ、ま、まだでてる……はぁ……全部……飲みきるん……だ、から、はぁ……♡」 最後の一滴まで、膣は僕のペニスを搾り上げようと、股間の神経が遠のいていくまで締め付けている。 もはや、聖沙の中にいるという感触だけしか残らないくらい、精も根も吸い取られてしまった。 「はぁ、はぁ……み、聖沙?」 「はぁっ、はぁっ……はふぅ……う、うう〜〜。ふぅ、ふぅ……はっ、はっ、はぁぁ……」 聖沙はペニスと精液の感触にうっとりしなから、最高の虚脱感を味わっていた。 「も、もう……馬鹿ぁぁ……」 聖沙はそのはしたなく乱れてしまった自分を思い返してしまったのだろうか。 恥ずかしさに頬を赤く染め、両手で顔を隠してしまう。 「こ、こんなに私をエッチにして……ど、どうするのよ……っ! こ、これじゃあ、もう……」 「あ、あなたなしでは生きられない体になっちゃうじゃないのよぉ……」 「聖沙……僕は聖沙とずっと一緒にいたいって思ってる」 僕は聖沙の手をのけて、キスをした。 「そ、それなら……あなたも、もし……ね? したくなったらいつだって、どこだって……エッチしても、いいんだから……」 「え、エッチのこと?」 「え……そ、そうじゃなかったの!?」 「い、いやっ……ま、まあそりゃエッチもしたいけど……」 「わ、私はあなたの彼女なんだから!! そ、それくらいの責任はしっかり持たないと、いけないでしょっ」 「な、なんか強引だなあ」 「ふ、ふん! べ、別に嫌ならいいのよっ。そもそもエッチなんて、男が喜ぶだけのものなんだから」 「け、けど、彼女として、そ、それを処理しないといけないでしょう!? だ、だから――」 恥ずかしさを押し隠し、強がっているのが見え見えだ。 けど、そうしていつも強気でいてくれる聖沙が可愛くて仕方がない。 「じゃあ、僕も聖沙の彼氏として、聖沙がエッチしたくなったらすぐに飛んでいくよ」 「んもぉ、馬鹿ぁ……」 そして優しく唇を重ねる。 「ん……ちゅっ、キス嬉しい……好きって気持ちが、凄い伝わってくるから……」 「言葉にした方がいい?」 「……好き」 「うわ、先に言われた」 「くすくす……っ。あなたは私以外に負けちゃ、だめなんだから」 「じゃあ――愛してるよ、聖沙」 「んっ……も、もう……それを言われたら、私の負けになっちゃうじゃないっ。ちゅっ!」 けれども聖沙はとても幸せそうに、微笑んでいた。 「そのアーディンって人のお話は、きっと本当だよ」 「はい、大味な魔将だけど、人を騙すような奴じゃありません」 「思考回路と行動様式が粗雑すぎ、戦力としての価値は甚だ疑問ですが……バイラスの情報が得られたという点は貴重です」 「なんでー、これは?」 「その白い円柱は、人間界の楽器だ」 「てっぺんを押すと、蒸気を上げて鳴る」 「アゼル殿、それは電気ポットですぞ?」 「お、押す? こうか?」 「熱ぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!!」 「こ、こいつはスゲーッ。いつでもどこでも、熱湯が飲み放題だ!」 「沸騰した湯は、演奏する上での副産物にすぎん」 「そうなんですよ。そのお湯をどうやって飲みやすい温度に下げるかが、人間界の課題です」 アーディンは力仕事の担当者としてバイラスにこき使われて、たまの休憩時間もパスタへの求愛行動に勤しんでいたとの事だ。 「バイラスは、唐突に強大な力を得たといいます。この事実が意味するところは――」 「魔将ってさ、いきなり強くなったりするもんなの?」 「魔族の中には昆虫のように変態する種もいますが、今回の彼には当てはまらないでしょう」 「脱皮するみたいに強くなるんなら、その直前は無防備なはずだよ。けど、バイラスにそんな期間はなかった」 「ええ。咲良クンの魔王の力でさえ、毎日の地道な練習あってこそだもの」 「真の達人となるには、日々の鍛練こそが大切なのです」 「手っ取り早く、小手先の技だけを真似たところで、そんなものは付け焼き刃にすぎませぬ」 「でも、あのアーディンが怯えたほどだからね。にわか仕込みの強さとは思えないよ」 「これは、まだ推測の域を出ませんが……」 「偶然にせよ、恣意的にせよ、バイラスの身にリ・クリエの力が宿ってしまったのやも知れません」 「ええっ!! そ、そんな事ができるんですか!?」 「魔将の能力次第では可能です」 「それってずるくない? 自分で努力しないで、パワーアップしたって事でしょ」 「そうよ! インチキだわ。カンニングと同じ不正行為じゃないの。許せない!」 「うーん……お勉強じゃなくて、むしろスポーツ選手のドーピングに近いかな?」 「どっちも本人のためにならないよ。バイラスに注意して止めさせよう」 「お、お人好しにすぎますぞ、シン殿!」 「お話したところで、きっと聞いてくれないわよ」 「最も危惧すべきは……本来のバイラスと、リ・クリエ。この二者の相関関係がハッキリしない事です」 「くんくんくん。猫まんまの匂いが急接近中ですよ」 「どうしてお菓子じゃないのでしょう? がっかりです」 「たすけてにゃーーー!!」 「プリエでウェイトレスやってた、マカロニじゃんよっ」 「パスタはパスタにゃ!」 「ああ、うん、それそれ」 「これでは食べられん」 「パスタさん、あなたには失望しました」 「にゃ、にゃんで? 必死になって逃げて来たのに、ひどい事言われてるにゃ……」 「逃げてきた? どこからなの?」 「待って聖沙。パスタは顔面蒼白で震えてるよ。まずは座って、落ち着いてもらおうよ」 「そ、そうね、とびきり美味しい紅茶を淹れるわ」 「すまないにゃ、人の情けが身に染みるにゃ。うっ、うぅ……っ」 「ふ、不憫だわ……片想いしてる相手が、狂ってしまうなんて。くすんっ」 「パスタの好きって気持ちがとどかなくても、バイラスにゃまのそばにいられるだけで、幸せだったにゃ……」 「わかる、わかるよ……ぐすっ、ひっく」 「よしよしー。ナナちゃんも、今にいい人みつかるよー」 「リ・クリエを、でっかくするっていう、お仕事の関係でもよかったにゃ」 「バイラスにゃまが、パスタの名前を呼んでくれるだけで、嬉しかったんだにゃ……」 「な、なんて健気な子……」 「バイラスにゃまは……もうあの頃のバイラスにゃまじゃにゃいにゃ!」 「リ・クリエの力と合体して、信じられないくらい強くにゃって……でも……でも……っ」 「その代わり、バイラスにゃまは、おかしくなってしまったにゃ!」 「そ、それでもパスタ、一緒にいようとしたけど……」 「けど、さっきパスタは攻撃魔法を撃たれたにゃ! あんなの、バイラスにゃまじゃにゃいにゃ!」 「す、好きな人から、そんな酷い仕打ちを……うぅっ、えっく……」 「ぐすん……な、なんてえ悲恋だいっ」 「はい、ナナちゃんハンカチだよー」 「聖沙ちゃんには、私のハンカチを貸すね」 「僕、ティッシュしか持ってなくて……」 「パスタ、どうする事もできにゃくて、ここへ逃げてきたにゃ」 「それでパスタは震えてたんだね。そんな目に遭ったら無理ないよ」 「ちょっと、違うにゃ」 「パスタがビビッてたのは、ここに逃げてくる途中で、オデコが常人の3・5倍ある謎のスナイパーから、バカスカ狙い撃ちされたせいにゃ」 「そのおでこは、こんなおでこでございますか?」 「そう、そんにゃの――」 「って、ぎにゃあぁぁーーーっ!? 殺されるうぅーーーっ!!」 「お嬢さまの敵対勢力の狙撃は、この執事ことリースリング遠山めにお任せを」 「ぶるぶる、ガクガクッ」 「リースリングさん。敵って事はつまり、パスタが僕達の仲間になれば、撃つ必要はなんですよね?」 「にゃ? パスタを仲間に入れてくれるにゃ?」 「うん、クルセイダースの目的は、リ・クリエを回避する事だよ。バイラスの中から、リ・クリエを追っ払えばいいんだ」 「にゃにゃにゃ!? ひょっとして、そうすればバイラスにゃまは元に戻るにゃ?」 「パスタ、お前らに協力するにゃ。バイラスにゃまを助けるためなら、なんでもするにゃ!」 パスタが僕達の仲間になった。 「パスタ様を処断する必要がなくなりましたので、乙種警護配置に戻ります」 「パスタさん、有益な情報、感謝いたします」 「ぐにゃっ!? お、お前はいつだったか、魔法陣に細工してたいけ好かない女!」 「話の真偽を見極めるべく、気配は消しておりましたから……」 「しかし新たな判断材料のおかげで、確証が得られました。リ・クリエの力の前にバイラスは狂い、暴走しかけています」 「ならば、罠を仕掛けるのは容易い事」 「どんな罠なんですか?」 「長年の観測結果によれば、三界の接点はフィーニスの塔にある事が分かっています」 「バイラスは必ずや、あそこに現れるでしょう」 「そして、以前魔将達が展張していた魔法陣を応用すれば、リ・クリエの力を減衰できるはずです」 「早速準備に取りかかりますので、会議の途中ですが、私はこれで失礼いたします」 「メリロットさんは行っちゃったけど、生徒会室はにぎやかなまんまだね」 「クルセイダースの仲間が、また増えたんですもの」 「うん。この二日間だけでも、アーディンとパスタか」 「にゃ……? い、今おぞましい名前が聞こえたにゃ……アーディン? ま、まさか……空耳にゃ……」 「パ、パパパパスタちゃんが仲間になった!? 俺達やっぱり運命共同体?」 「ひにゃあ!? な、なんでお前がここに――」 「てゆーか、さっきパスタが鉄砲で撃たれそうだった時、お前にゃにしてたにゃ!?」 「ソファーの陰に隠れてました。サササッと」 「しぃ! しいぃーーーーっ!!」 「さ、最低の男にゃ……」 「さ、シン君。今日はこれから、どうするのかな?」 「そうですね。バイラスとリ・クリエの事は、これ以上思い悩んでも仕方ありませんし」 「あら、意外と弱気なのね。私はバイラスやリ・クリエの事なんて、悩んですらいないわ」 「ど、どうしてそんなに自信満々なの?」 「ふっふーん! 決まってるじゃない。だって私達には、魔王がいるんですもの!」 「ま、まだまだ未熟だよ?」 「なによ!? 私の笑顔を守るために戦うって、誓ってくれたでしょ!!」 「うっひゃ〜、シンってば結構キザだったんだ」 「ナナちゃん、本当は羨ましいくせにー」 「てへへっ。結果的にアタシらの笑顔も守ってくれるって事だよね、シン!」 「シン殿、それではくたびれたサラリーマンのようですぞ」 「まったく、私に勝ち続けてるくせに、情けないんだから……」 「仕方ないわね! 私の自信をわけてあげる! あなたなら絶対に大丈夫よ!」 「然り! それがしが兄上と認めた御仁が、負けるはずなどありませぬぞ」 「シンなら、世界を救えるさっ」 「そだねー。シン君になら、やれるんじゃないー? なんとなくー」 「うんうん。シン君は、やれば出来る男の子なんだから」 「会長さんならばっちりなのです♪」 「なんか知んないけど、カイチョーなら問題なっしんぐ」 「その、なんだ……頑張れ」 「み、みんな……っ」 「ほら見なさい、大丈夫だらけじゃないのよ!」 「当然よね、あなたは私のライバルなんだもの。好敵手と書いてライバルよ! それを忘れないで!!」 「うんっ!」 学園のそこかしこから、賑々しい雑踏と聖なる音色が聞こえてくる。 今のところ、各催し物はそれぞれの責任者が監督中だけど、彼等の能力では対処できない緊急時に備えて、僕たち役員は生徒会室で待機している。 「それにしても、手持ち無沙汰だね」 「あなたは流星学園の大ボスなんですからね。もっと堂々と構えてなさいな」 「って、寝てるし。ロロットは大物だよ」 「あっはははー、次の生徒会長はロロちゃんで決まりだいっ」 「ええ、何事にも動じない……こういうのを神色自若と言うのよね」 「神? 違う、天使だ」 「て、ててて天……テントウ虫さんは食べれません……っ」 「ど、どんな夢を見てるんだろう?」 「くぅ……くぅ〜〜くぅ〜〜」 「……今日の生徒会室は静かね。ロロットさんの寝息がよく聞こえるわ」 「最近のクルセイダースは大所帯だもんね。初めはこの人数だったけどさ」 「うん。アゼルを含めて、ここには5人だけか……」 「アゼルさん……リ・クリエのこと、気にしているの?」 「そうではない。私はもう、何の役にも立たないのだから」 「そんなことないって! リ・クリエのこと、今まで調べてたんでしょ? 力になってくれてるよ!」 「ほら、そんな暗い顔しないで! そうよ、アゼルさんっ。待ってる時間を利用して、歌のおさらいをしましょう!」 「歌……だと?」 「あなた練習にずっと参加してなかったでしょう? 今からでも遅くないわ!」 「あんまり張り切りすぎると、のどが枯れちゃうからほどほどにね」 「わ、わかってるわよっ!」 「もう少ししたらダンスパーティが始まって。そして聖沙の歌で大合唱と」 「ダンスか……先輩なら得意そうだから、コツを習おうと思ってたのに」 「和菓子倶楽部にでも行ってるんじゃない?」 「きっとそうね。紫央も部活の催しを手伝ってるわ」 「ナナカさんも、スイーツ同好会に顔を出してきたら?」 「あんがと。でも、リア先輩が来てからにするよ」 「歌の準備はバッチリ?」 「もちろん! 抜かりないわ」 「はぁい♡」 「ラ、ラスボスがやって来たわ」 「ありゃりゃ? リア先輩も一緒じゃん」 「待たせたね、生徒会の諸君」 「バイラスが現れたわ」 「うん。フィーニスの塔のへんに『シュワッチ』って」 「そんでね、そんでね! なんかリ・クリエも来ちゃってて『ギュパァァッ』って感じらしいのよ!」 「ヘ、ヘレナさん! それふざけて言うような事じゃないですよ!!」 「ええ、そうね。メリロットが応戦してるみたいだから、早く行きましょう」 「みんな! クルセイダース、出動だ!!」 「オッケーだいっ」 「なおこの私は自動的に――」 「みんな逃げてーっ、お姉ちゃんが爆発するよー!」 「自動的に、アゼルちゃんに豚汁の作り方を教えるわ」 「アゼルちゃん、炊き出しお願いね。決戦が終わったら、みんなで食べましょう」 「わ、私が……か?」 「そう。学園の生徒全員が参加するお祭りだもの。手持ちぶさたになんて、させないんだから♪」 「お願いね、クルセイダース。諸君らの成功を祈る!」 「はい!!」 「はぁっ、はぁっ……ニベよ。俺はリ・クリエに取り込まれてなどいない」 「ソルティアですらその身が崩壊した力……あなたはそれを抑え込むことに成功した」 「ですが、なんという狂気の発露……あなたもまた、世界再生を望むのですか!?」 「俺の心は……とうに定まっている。リ・クリエに毒されても……宿志を失う事はない……っ!」 「なんと不完全な融合……魔力と霊力が拮抗している……!」 「あなたはリ・クリエを従えてなどいない! このままでは危険です!!」 「ふっ……魔王はまだ未熟だ。奴と戦うには……はぁっ、はぁっ……良いハンデさ」 「何のために……? 魔王を倒してまで成し遂げたい野望とは、一体何なのですか……?」 「……俺は下らぬ重荷を背負いはしない。お前や……ソルティアのようにな」 「正気も異常もない。あなたは、初めから妄執へ指向していたのですね」 「はぁっ、はぁっ……否定はしないさ……くううっ!」 「やはり暴走の力が肉体を蝕んでいる……そんな状態で戦うなんてこと――」 「メリロットさーーん!」 「……魔王はリ・クリエに引き寄せられる存在。ふふふっ……伝承の通りだな」 「バイラス……あなたはただ、それだけの為に……」 「大丈夫ですかっ、メリロットさんっ」 「クルセイダースの皆さんっ。あの男を……バイラスを倒して下さいっ!!」 「さすがだな。話が早い」 「あ、あなたがバイラス……!?」 「……な、なんなのですか、この感覚は……」 「ろ、ロロットさん……?」 「い、いけません……この魔族さんから、悪い圧力を感じます……っ」 「うっ……うああっ……鎮まれ!! 俺の意志を……うっ、くあああああっ!」 「だ、大丈夫よ!!」 「やばい……こりゃあマズイぜ」 「最初のリ・クリエ……過去最大級のリ・クリエと同じ力場が発生してやがる!」 「俺がリ・クリエに……世界の再生など……っ、俺には――!」 「バイラスはリ・クリエに意識を奪われかけています。幸い、その精神が拮抗して影響力が低下しています」 「リ・クリエの暴走を食い止めるなら、今しかありません!」 「咲良クン……どうするの?」 「決まってる……!」 「そうだぜ、魔王様。その力は、こういう時の為にあるんだ」 「しかし、信じられねえぜ。リ・クリエが、あの野郎一人の中に収まっちまってやがる」 「もっとも、力が馬鹿デカすぎて、抑えきれずに溢れちまってるがな」 「世界再生……それで魔王と戦えるのであれば……」 「いいだろう!」 「さあ、来い。魔王よ!!」 「大丈夫、聖沙……。この力……僕達は、この時の為に頑張ってきたんだ」 「そう……そうよね!!」 「みんなを信じてる……だから、みんなも僕を信じて」 「ええ!! 行きましょう、咲良クン!!」 「天界も――」 「魔界も――」 「人間界も――」 「リ・クリエの思い通りにはさせないっ!!」 「……怒りや怯えとは無縁な、怜悧この上もない決断」 「静かに燃える魔王……ふふふ、ははははは!」 「この時を! この瞬間を待ちわびていたぞ!」 「みんなの力を……! バイラスの中からリ・クリエを吹っ飛ばす!」 「はあ、はあ、はあっ! リ……リ・クリエの力が消えた?」 「そうか……俺は……リ・クリエに……」 「ば、バイラス……?」 「……見事だ魔王。お前の勝ちだ」 「僕だけじゃない。みんなの勝利だ」 「ふんっ……俺に手をかけないというのも、お前達の意志……ということか?」 「そうか……甘い奴らだ。しかし助けてくれた事には感謝する」 「あの程度の力に振り回されるようでは、俺もまだまだ未熟ということか」 「リ・クリエが消えて、元に戻ったんだね。憑き物が落ちたみたいに、いい顔をしてる」 「……落ちても、まだ終わらない」 「ど、どういう事なんですか? リ・クリエは? まだ終わってないの!?」 「いいえ、無事に終わりを告げました。ただしリ・クリエは再び回帰するもの。過ぎてもまた現れるのです」 「お前達は事を成し遂げ、終結に導いた。だが、俺の願いは未だ叶えられていない。終わっていないのだ」 「あなたの……?」 「魔王との勝負だ」 「それってまさか……また僕と――」 「ああ、再戦だ。今度は1対1で……近い内に必ずな」 「ち、ちょっと! まったく、魔界の人はどうしてそうなんだ」 「聖沙も何とか言ってやってよ」 「望むところよ、バイラス! 何度でも受けて立つわ。咲良クンと勝負よ!」 「み、聖沙ぁ!?」 「あなたを負かすのは私。だから、私以外の誰かに負けるはずないでしょ」 「うん……僕は勝つよ。絶対に」 「そう! そうでなくっちゃ!」 「リ・クリエの余波はまだ残っている……次の邂逅までに、鍛えておけ」 「では、さらばだ」 「嘲笑いに来たのか? 大いなる夢の器よ」 「これをお前に」 「これは人間界の豚汁というものだ。食べていくがいい」 「ハハッ、よし! 喰おう!」 「ククク……史上最高のリ・クリエだったぜ!!」 全ての危機に決着がついた後に始まった聖夜祭は、最高潮の盛り上がりに達していた。 今までに出会ってきた魔族や天使、そして仮装した衣装で身を包む人間達が輪になって、楽しんでいる。 ダンスパーティも盛況に終わり、いよいよ聖沙の出番がやってくる。 「副会長さん、遅いですね〜」 「最後までドタバタしてたから、しょーがないって」 「みんなが一斉に集まる瞬間だから、失敗はできないもの。頑張れ、聖沙ちゃんっ」 「あのね、アゼル。そこはこう、ふんふんふ〜〜ん♪」 「音がずれている」 「カイチョーのオンチー!」 「オデ、歌う。ボェ〜〜」 「だめだめだよー。ここはねー、こう歌うのー♪」 「わああ! さっちんさんお上手ですね」 「ムムム……それがしもカラオーケーの修行をせねばっ」 「低音パートは、このリースリング遠山めにお任せを」 「パスタちゃんに、俺様のラブソングを送るぜ!!」 「聞きたくないにゃーー!!」 「くすくす……天使も人間も魔族までもが、合唱をするなんて考えられる?」 「咲良くん……いえ、クルセイダースの方達は、リ・クリエがなくとも三界をまとめることができたのですね」 「どう、バイラス。あなたも一緒にいかが?」 「そんなことを、この男がするはずないでしょう」 「ぶっぶー、残念でした。メリロットはね、私がしっかり調教したんだから♪」 「ほら、行きましょう!」 ダンス曲のボリュームがゆっくりと絞られていく。 豪華な照明もまた同じようにして。 この後は、聖沙の晴れ舞台。 彼女が先導しての大合唱が始まるのだ。 「咲良クンっ」 「あなたも来るのよっ」 「あなたが言ったんでしょう。キラキラの学園生活を送るんだって」 「だから一緒に……いいでしょ?」 「……うん! もちろんさっ」 「あなたがいるから、私は輝ける」 「僕も聖沙がいてくれたから」 「だから、きっと――」 「これからも、ずっと――」 「私達が、キラキラ輝いていられるように――!!」 「聖沙、お疲れさま」 「お疲れさま。準備にあんなに時間がかかった聖夜祭も、お片付けは一日で終わっちゃったわね」 通学路を歩きながら、僕達はお互いに労をねぎらう。 聖夜祭の翌日、参加者全員に手伝ってもらっての撤収作業。 僕達二人が、会長と副会長として最後の点検を済ませた頃、日はとっぷり暮れていた。 聖夜祭の跡形は、もうどこにも残っていない。けれど、現実が失われているからこそ、思い出は損なわれる事がない。 「寂寥感……と言えば大げさだけど、終わってみると晴れやかで爽やかで、ちょっと寂しいね」 「ええ、よく分かるわ、その感じ……」 「でも、ちっとも終わってなんかいないのよ?」 「分かってる。次の大きな仕事は、三年生の卒業式典だね」 「ち、ちょっと、あなた気が早すぎだわ! 私は、クリスマスはまだ続いてるって言ったの!」 「24日の聖夜ばかり盛り上がるけど、本当は今日が降誕祭……クリスマスの本番なのよ」 「色んなクラブが、後夜祭という名の打ち上げを催したり、しんみりと教会のミサに出席する人もいるね」 「そうよ。私もちゃんと、予定を入れてるんですからねっ」 「いつもは朝食だけだけど……クリスマスの夜は、お父様とお母様と一緒にお祝いするわ」 「だって、あなたが……」 「くすくす、だからクリスマスはこんな風に過ごすって、前から決めてたのよ」 「そっか、よかったね」 「うん、ありがとう……」 通学路、聖沙のお家と僕のアパートへの分岐点。 いつもなら、ここへ近づくと聖沙の歩調は遅くなるのに、今夜は逆に速くなっている。 「楽しんでおいで、聖沙。それで、明日お話を聞かせてよ」 「た、他人事みたいな言い方しないで……!」 「他人じゃないよ? 僕と聖沙は恋人同士じゃないか」 「そう! だからあなたには、クリステレス家の夕食会へ、一緒に来てもらうわ!」 「ええぇぇっ!?」 「なによ!? なんでそんなに驚くのよ、失敬な!!」 「招待してくれるなんて、聞いてないけど……」 「い、今言ったじゃないのよ」 「前もって教えてよ! 僕は床屋さんにだって行ってないし、お祝いの品も用意してないってば!」 「い、いや、それどころじゃないよ! 挨拶の言葉も全然考えてない。どうすればいいんだ!?」 「そんなの要らないわ」 「そういうわけにはいかないって。だって、ご両親に初めてお会いするんだよ?」 「咲良クン、ここで問題を出します」 「他人だった男子と女子が、恋人になれました。この二人の関係は、この先どうなりますか?」 「僕達は、家族になるよ」 「大正解」 「だ、だから、お願い……わ、私と……」 「僕はクリスマスを家族と過ごすよ。聖沙のお家で」 「ほっ、よかったぁ〜」 「あ、あら? 雪じゃない……いつの間に?」 「さっきから降ってるよ?」 「え……? あ……っ」 「ふ、ふん! 知ってたわ、ちょっと言ってみたのよ!」 「うん。雪が降り出した事にも気付かないくらい緊張して、僕を誘ってくれたんだね」 「ち、違うわよ!」 「ありがとう、聖沙」 「あなたは、いつもいつもそうやって私の事を――」 「聖沙、さあ行こう」 「わ、私の手を握ってどうする気なの?」 「クリスマスパーティは、あなたのところじゃなくて、私のお家でするのよ?」 「大丈夫。大体あの辺だよね、聖沙ん家ってさ」 「場所も知らないのに、エスコートしてるの!?」 「しょーがないわね、私が案内してあげるわ」 「着くまでに、聖沙のご両親の事を聞かせてくれないかな?」 「そうね。お父様とお母様は、きっとあなたのご両親とウマが合うはずよ」 「どうしてそう感じるのか分からないけど、とにかくそう思うの」 「それはきっと、僕達が――」 「ええ。あなたと私が――」 ――似たもの同士だから―― 「う……うぐぐ……」 か、体が動かない……っ。 もうお昼だと言うのに、布団から出られない……! 「お、おい。大丈夫かよ、魔王様」 「お腹空いた……」 「全く、心配して損した――」 「ずえっ」 「ほい、着地っとお!! カイチョー、ご飯まだ〜〜?」 「ごめん。今日は無理……」 「そっかー。じゃあ、オヤビンところ行ってくるー」 「い、いてら……」 「カイチョー。はい、これあげる」 「……オレンジジュース?」 「うん。アタシの血と物々交換してきた」 「献血したんだね……」 「なんか元気が出るみたいだから、飲むといいよ」 「サリーちゃん、ありがとう……」 「んじゃねー」 「ああ、美味しい……」 「よ……よし。元気出たぞっ」 そう勝手に思いこんで体を起こす。 「さあ、特訓。特訓――って、あれ」 「おいおい。なにやってんだよ、魔王様」 「いや……体が言うこと聞かなくて、つい」 「そんな体で特訓なんか、無理に決まってるぜ」 「君こそ、形を戻してから喋るよろし」 「まともに歩けもしないんだろう?」 「だ、大丈夫さ……」 「つんつん」 「はぅわ!!」 「言わんこっちゃねえぜ」 「リア先輩を……」 「リア先輩を泣かせちゃったんだ……」 「それだけ、リア先輩を追い込んでしまったんだ、僕は……」 「それでもっと特訓をして、強くなりたいって魂胆か?」 「強く……? そうじゃ……ないよ……」 「強くなるなんてことは、誰でも出来ることだから……僕だけにしか出来ないことで……」 「魔王になることで、リア先輩を守りたかった。それなのに――」 「結果として、守れただろうが」 「うん……けど……次は……わからない、から……」 「今日はやめとけ!! そんな体で何が出来るって言うんだよ!!」 「匍匐前進しかできねえくせに、無茶しやがって」 そのまま、ごろんと仰向けになる。 「おい……魔王のことは、どうすんだよ」 「魔王のこと……?」 「リアちゃんに、魔王だってことがバレちまったじゃねーか」 「ああ、そのこと」 「リア先輩なら、きっと……大丈夫だよ。まだ内緒にしてくれてるはず」 「ああ、俺様もそう思う。だからと言ってな――」 「今まで通りには、いかないよね。たぶん……」 「魔王って単語に、一番敏感だったもんな……」 「うお、電話だ」 「先に出といてやろうか」 「う、うん……すぐ追いつくから」 「はい、グランドパレス咲良だぜ」 「はぁ……っ、はぁ……っ。だ、だめだ……ガクッ」 「おっ♡ この声は――」 「って、おおい!! そんなとこでくたばるな!! オイッ!! 魔王様!!」 「ん……んん……」 「あれ? 布団の中にいる……」 確か前にも、似たようなことがあったなあ……。 「どう? 生きてる?」 「リア先輩っ」 「もぉ、心配したよ〜〜。電話越しでパーちゃんがすごいこと言うから……」 「パッキーが……」 「ちっ。リアちゃんとの楽しいトークタイムを邪魔しやがって」 「ごめんね、パーちゃん 慌てて飛び出しちゃって」 「いやいや、やっぱり生が一番だぜ」 「リア先輩だ……」 「くすくす……また、来ちゃった♡」 「なんか倒れてばっかりで……ずっと心配かけてばっかりで……」 ふっと、昨夜のことを思い出す。 リア先輩を守ろうとして、リア先輩の前で魔王になって。 そのことについて、何の弁明もしないまま朝が来て、今に至る。 「その……なんというか、えと……」 「どうしてシン君が謝るの?」 「い、いや……あのこと、リア先輩にずっと黙ってたから……」 「シン君が、魔王だってこと……?」 「……はい。こんな大事なことを、ずっと内緒にしていて……」 「ううん。しょうがないよ。私がシン君と同じ立場だったらって思うと……」 「シン君みたいに、落ち着いていられるかもわからないから」 「……シン君、すごかったよね!! 絶対に勝てないと思ってたもん」 「リア先輩に無茶なことを」 「それは……先輩だもん。お姉ちゃんだもん! シン君を守ることは当然のことだよっ」 「全然、勝ち目がなかったけどね……」 「それをシン君が助けてくれたんだよ。私のこと……守ってくれたんだよ」 「けど、バイラスに……あっさり……。これだけ、もったいぶっておきながら!」 「う……ううっ。くっ……あんなに、特訓……したのに……っ。全力だったのに……」 必死にフォローしてくれるリア先輩をまともに見ていられなかった。 悔しくて涙があふれ、情けない姿を見せたくなくて、背を向ける。 「こっち、向いて」 「こっち向いて欲しいな」 「うん、よろしいっ」 リア先輩は満面の笑顔で僕を迎えてくれた。 そして、両手を広げて僕の体を包み込むようにして、抱きしめてくれる。 「気にしなくて、いいんだよ」 「けど……けど、僕……う……ううっ……」 「泣きたい時はね、いっぱい泣いちゃおう。涙が枯れるまで、泣いちゃえばいいんだよ」 「う……ひっく……くうっ……うう……」 「流せる涙が無くなっちゃえば、もう泣かないで済むんだから」 「けど……っ、けどぉ……うぐ……うぅっ……」 「そうすれば、泣き止んだ時に、また元気いっぱいになれるんだから……ね」 「うぅ……うぅ……」 「だから、今はもう……たくさん泣いて。ゆっくり休もう、ね?」 「うん……うん……」 「くすくす……泣き疲れて、寝ちゃったみたい♡」 「ケッ。しょうがねえな、今日くらいはリアちゃんのおっぱいを貸してやらあ」 「パーちゃんのじゃ、ないからね」 「……ということがあったんだ」 「そうだったのですか……」 「ごめん……アタシ達、何も知らないで……」 「ううん、しょうがないよ。本当ならみんなも呼ぶべきなのに、そんな余裕も無かったから……」 「バイラスも姿を現した。そして千軒院先生はソルティアという魔族だった」 「ソルティアっつったらさ。七大魔将の一人じゃん」 「うん。どんな奴かは、あんまりよく知らないけどね。けど、二人ともチョー強いらしいよ」 「オマケさんよりも強いんですか?」 「そんなのアタシの方が強いに決まってんじゃん」 「じゃあ大したことはありませんね」 「なんだとぅー!?」 「馬鹿いうんじゃねーぜ。あの強さは、ペタンコの親分はおろかパスタすら比較にならねえよ」 「とか言われてますけど」 「アタシは引き合いに出されてないもの」 「ねえ、咲良クン。パッキーさんの言ってること、本当なの?」 「うん……強かった。とても」 「それを相手に、二人だけで大丈夫だったわけ……?」 「結果として、大丈夫だった……けど……」 「なによ、その煮え切らない言い方は」 「……シン君が、私を助けてくれたんだよ!! それで二人とも無事だったんだから!!」 「そんなに強い相手を会長さんが!!」 「やるじゃん、シン!!」 「さすが私のライバルね」 「ま、アタシの方が強いけどー」 「嘘じゃないでしょ」 けど、窮地を脱したというだけで、なんの解決にもなってないんだ。また襲ってきたりなんかしたら……。 「しかし、その……バイラスさんもソルティアさんも、何が目的なのか、さっぱりわかりませんね」 「一つだけわかることは、バイラスもソルティアも私達の味方じゃないってことだね」 「けど、バイラスが逃がしてくれたんでしょ?」 「うん……しかも、二人はあまり仲が良さそうに見えなかったなあ」 「いよいよを持ってわかりませんね〜〜」 「魔族なんてどれも適当なもんよ」 サリーちゃんと比べるのは、ちょっと可哀想な気もする。 台詞はいつもの調子だが、口調はいつになく真面目だ。 「今日、千軒院先生が退職されたわ」 「彼女……やっぱり魔族だったのね」 「知ってたんですか!?」 「確証が無かったから打ち明けられなかったけれど……泳がせておくにはいいと思ってね」 「向こうもその意図に気づいてたんでしょうか?」 「多分ね。けど、あっちも都合が良かったんでしょう。事を荒立てず学園で『何か』をするには……ね」 「けど、まさかあなた達の前でその正体を顕わにするなんて思いも寄らなかった……」 「それであなた達を危険な目に遭わせてしまって……本当に、ごめんなさい」 「屈指の七大魔将が姿を現し始めた……ソルティアはおろか、バイラスまで」 「実は八大でしたとか、そんなオチにはなりませんよね!!」 「どうかしら……。七大魔将だけが敵である、という保証もないわよ」 「それはどういうことですか?」 「リ・クリエに乗じて何かをしでかそうとする輩が、他にもいるかもしれないということよ」 「あ〜あ。こんな時に魔王がいたりしてくれたらな〜〜」 「そそっ、そんな!! 魔王さんまで現れたりなんかしたら……」 「七大魔将ですら、手に負えない状況なのに……」 「ここでまさかの第三勢力が!?」 「ちょっと悪い冗談はやめて!!」 「だ〜れも、魔王が敵だなんて言ってないでしょう。まあ、味方になるかどうかもわからないけど……ね、リア」 「な、なんで私に……」 「だって、いつも魔王のことになると必死になって庇ってたじゃない」 「それなのに、今日はらしくないわね。何か私に隠し事でもしてるんじゃないの?」 リア先輩も動揺してる……。 やっぱり、僕が魔王だっていうことを、誰にも打ち明けていないんだ。 「ど、どうすればいいのでしょう」 「誰が何のために……どうして、こんなことを……」 「ぶっちゃけ……これ以上、敵は増えて欲しくないね……」 けど、みんなが不安に思っている……。 ここは、正直に話すべきなのだろうか……。 「なんにせよ。このままボーッとしているわけにもいかないわね。よしっ」 「これはなんとしても、あの助っ人を駆り出すしかないわ!!」 「助っ人……?」 「もしかして、魔王さんですか!?」 「まあ、ちょーっと違うけど、頼りになる存在なのは間違いないわよ」 「『悪いようにはしない。あとはこの俺に任せとけ』」 「ちょ、ちょっと……」 「助っ人……ねえ。今更になって、誰が出てくるというのかしら」 「誰か思い当たる人はいらっしゃいませんか、先輩さん?」 「えっ……ええ!?」 「ご、ごめん……えと……なんだっけ?」 「大丈夫、先輩? まだ疲れが取れてないんじゃない?」 「そ、そんなことないもん! ほらっ、元気バリバリ♪」 「あんまり無理はなさらないで……」 「無理なんかしてないもん!」 「ま、まあまあ んと……じゃあ、とりあえず今後のことでも……」 「いわゆる作戦会議というやつですね!!」 「今まで戦ってきた魔族よりも桁違いに強い敵が現れた」 「そいつらに勝つ方法を見出さなきゃ、こっちがやられちゃうってことだよね」 「けど、今までだって特訓とかいっぱいしてきたじゃありませんか」 「これ以上、私達が強くなる方法は……」 「大丈夫ですよ。みんながいれば」 「あのときだって、僕とリア先輩だけだったから。みんながいれば、きっと大丈夫。なんとかなりますよね、リア先輩」 「う、うんっ。そうだね!」 不安の種は尽きないけれども、みんなと一緒にいるだけで心強く感じられる。 自信を無くしたら負けだ。常にポジティヴで行こう! 「そうそう。サスペンスとかでね。危機に陥るとすぐ個別行動をとりたがる人がいるでしょ。あれ、逆効果」 「いわゆる死亡フラグ成立というやつですね」 「しばらくはクルセイダース全員、一緒に行動するということでいいかしら?」 「うん、それがいいね」 「で、でもっ、おトイレは別よ!!」 「わ、わかってるって」 「ねーねー、アゼルちゃん。この後、一緒にトランプでもしないー?」 「えう〜〜。ナナちゃんが終わるまで何してればいいの〜」 「宿題しとけ」 この感覚は、あのときと同じ……。 「生徒会室に早く……みんなと集まろう」 「うん……思ったより早く、相手が動いてきた」 「いきなり、どうしたのよ。聖夜祭の話だって、まだ始まっていないのに……」 「前にも何度か、似たようなことがあったんだ」 「だから、何がよ」 「いつも妙な気配を感じたんだ」 「いわゆるセックスシンスってやつですね!!」 「〈第六感〉《シックスセンス》でしょ!!」 「その気配を感じた後には、必ず魔族が現れていたんだ」 「僕が何かの力――きっと魔力かなにかを関知していたんじゃないかな……」 「そして今回のは……何か意図的に仕組まれたような感がするんだ」 「ソルティアと会った時もそうだった。何かに引き寄せられるような――」 「きっと誰かが僕のことを呼んでいるんだ」 「どうしてそんなことがわかるの……?」 不安そうにこちらを見つめるリア先輩と目を合わせた。 そして瞳で語る。 大丈夫だよ、先輩。 僕はリア先輩に、勇気をもらったのだから。 もう、怖くない。 リア先輩が、僕が魔王と知っても側にいてくれたから。 だから僕は、前に進める。 リア先輩と一緒なら。 「それはきっと、僕が魔王だから」 「まだこんな時間なのに、誰もいない……」 「ケッ……わざわざ〈虚無〉《ゼロ》結界を張っていやがる」 「虚無結界だって……?」 「ああ、そこに存在しうるはずがないという先入観を利用して姿を隠す、セコい方法さ」 「けど、存在することを初めから知ってる者には見えるというわけかい?」 「ああ。思い込みの力は、物質の存在を確かなものにする。だが、知らなければ物質の存在は薄れ、消えていくのさ」 「こうすることで、学園内で誰にも気づかれずにいることができるというわけか……」 「そう。しかし、あの時はその存在を明示してはいなかった。だから見えるはずがない」 「なるほど……その存在を明らかにするべく、バイラスがこうしてあなたに信号を送っていたようね」 「今度はあなたが僕を呼んだのか」 「魔力に反応して、ここに引き寄せられたのね。咲良シン、あなたが魔王だから!」 「ソルティア!!」 「他の仲間はどうしたの? 一人きりで、私に敵うとでも?」 「こんなの、僕だけで十分さ」 「魔王の力も使わずに、勝てると思っているの……?」 「たぶんこれは七大魔将のどちらか。ソルティアかバイラスが、僕のことを呼んでいるんだと思う」 「場所は……あの……フィーニスの塔のふもとにある広場の辺り……」 「わざわざ挑戦状を叩きつけてきた、というわけね。いい度胸してるじゃない」 「望むところなのです」 「売られたケンカは買うってね!!」 「待って、みんな!!」 「さっきも言ったけど、あの二人は桁違いに強いの。だから……だから、そう簡単には……」 「それは、クルセイダース全員が束になっても勝てないということですか?」 「クルセイダースの力を合わせても、負けちゃう可能性があるってことですか!?」 「わからない……わからないの……」 「リア先輩の言う通りだよ」 「ちょっと咲良クン!! 今まで培ってきた私達の力は、そんなに弱いものじゃないでしょう!?」 「違うんだって。わざわざ呼んでるってことは、待ちかまえているってことになる」 「それがなんだっていうのよ」 「こちらが不利になるような、罠を張っているかもしれないってことだよ」 「なるほど……!」 「それだけ予断を許さない相手だから……出来るだけ、フェアな状況で対峙するのがいいと思う」 「じゃあ、この誘いには乗らない方がいいってことになりますね」 「けど、そのまま放ったらかしにしておくわけにもいかないでしょ。何されるか、わかったもんじゃないし」 「そ、それはそうだけど……」 「どうすればいいのでしょうか、先輩さん……」 「放ってはおけない……けど、勝算が何もない……。これ以上、みんなを危険な目には……遭わせられないっ」 「どうすれば……どうすればいいの……? わからない……どうすればいいのか、わからないよ……」 「大丈夫ですって、先輩。可能性がゼロというわけじゃないですから」 「どうするんですか?」 「みんなは、僕を信じてくれるかい?」 「そ、そんなの……ねえ?」 「何を今更」 「わざわざ言う必要があるのですか?」 「シン君……何かいい案があるんだね」 「……だったら、私は……私達はシン君を信じるよ」 リア先輩の言葉に、みんなが一斉に頷いた。 「みんな、ありがとう……じゃあ、作戦を」 「僕だけでいく」 「僕だけで、いいんだ」 僕の攻撃態勢に応じて、杖を構えるソルティア。 だが、動き出す気配は一向にない。 それは僕も同じ。 「あなた、なかなか賢いのね」 「私があなたに手を出せないこと……気づいていたのね。私がバイラスに指示されたこと」 「そしてあなたは、その言い分を利用して単身で現れた、と」 「少なくとも正当防衛にならなければ、戦いに至ることはないはずだ」 「当然ね。無抵抗でやられるわけにはいかないもの」 「くすくす……それで、話し合いに持ち込むつもり?」 「出来ることなら、そうしたいと思ってる」 「答えはノー。相談の余地なんて、元々ないわ」 「なぜだっ」 「どうすることも出来ないからよ。私を止めるには、戦う選択肢しか残されていない」 「けど、バイラスに止められているあなたは、僕と戦うことが出来ないはずだっ」 「私がバイラスの影に怯えているとでも……?」 ソルティアの体から魔力が溢れ出す。 「私は魔族風情に、怯えてなどいない!!」 「――とは言うけど、僕に手を出せないというのは確実に信頼できる情報じゃない」 「だったら尚更、危ないでしょうよ!!」 「まあ、一人で来ていると本当に思ってくれればラッキーってところかな」 「そんな作戦……あなただけで、なんとか出来るものじゃないでしょう!?」 「5分」 「だいたい5分間。僕が魔王の力を完全に維持できるのは、それが限界」 「魔王の力……」 「相手が僕の姑息な手段に乗ってくるとは思えないから、交戦することは必至だと思う」 「だから相手を引きつけて、出来る限り疲弊させる。そうすれば油断と隙が生まれるはずなんだ」 「勝つことは難しい。でも、それくらいなら出来ると思ってね」 「けど、その後はどうするのさ……?」 「相手は魔族だから、光の属性――リア先輩の力が弱点のはず」 「私の力……みんなの力を一カ所に、ユニゾンさせるんだね」 「相手が疲れ切ったところに、でっかいのをお見舞いしてやるんだ」 「危険な賭けですよぅ……」 「けど、シンにしか……出来ないんでしょう?」 「なんなのよ、それ!!」 「そんなこと言われたら……そうするしかないじゃない……」 「魔王のことだって、よくわかっていないのに……」 「魔王のことは……これが終わったら、ちゃんと話すから。みんな、僕を信じて……お願い!」 「信じろとか言って……なによ。格好つけてるだけじゃない……」 「やっぱ不安だよ。シン一人だけじゃ……」 「待っているのが、こんなにも辛いだなんて……ああ、心配です〜〜っ」 「先輩は……先輩は心配じゃないんですか!?」 「何かあってからでは手遅れなのですよ!!」 「シンの身に、何かあったりしたらアタシ……」 「あともうちょっと……だから……」 「きっとシン君は、私達を信じてるから……」 「だから、私もシン君を信じる……!!」 「くう……!!」 遂に堪えきれず、ソルティアの魔法が目の前で弾けた。 意識が飛びそうになるほどの痛みが襲う。 ソルティアは万全を期していた。 魔王の覚醒を阻害する罠を、辺り一面に張り巡らしていた。 完全な力を封じられ、戦況は目に見えて不利である。 だが、後ろ盾を信じることで、何度も立ち上がることが出来るのだ。 さすがに直撃の連続はまずい。 肉体がまず、その猛攻に耐えらず悲鳴をあげる。 もはや言葉にならないほど、打ちのめされてしまった。 限界の時が近づいてくる。 だが、放たれた力を前に、目を閉じて恐れることはない。 「ふう、間に合った」 「間一髪です〜〜」 「まったく、だらしないわね」 「は、はは……」 「ようやく現れたわね」 「はぁ……はぁ……5分は、保ちましたかね……?」 「6分、保ってる」 「みんな、行くよ!!」 「決まった……!!」 「全然、効いてないわ!!」 「なんて頑丈な……」 「違う……霊力が弾けた――相殺されたんだよ……」 「相打ちに!?」 「光は光でしか、相殺を許さない……。そして光は霊の力。天使だけが使える力なの……」 「それなのに……光の力を行使する魔族がいるなんて……」 「まさか、ソルティアは……」 「あなたは、天使だと……言うの?」 「話す必要がないわ。なぜなら――」 「リア先輩!!」 「ここであなた達は消えることになるからよ」 「わ、私達だけで……どうすれば……」 「しっかりして!! まだ負けたわけじゃないっ。ここは私が――」 「だめぇ、聖沙ちゃん!!」 「お姉さま!!」 「お願い……に、逃げて……」 「逃げるなんて、そんな……」 「そんなこと、出来ません!!」 「あなた達は、私の領域に紛れ込んでいる。元々、逃げることなんて出来ないわ」 「も、もうだめなの……?」 「絶望のうちに消え去れ!!」 「お姉さまーーっ!!」 「し、シン君……?」 「先輩は、僕が……僕が……」 「くすくす、そんな体で何が――」 「な……!? まさか、魔王の力が……!!」 「覚醒を妨げていたはずなのに、どうして……!!」 「――油断しましたね。ソルティア」 「私の領域へ無理矢理侵入してきたなんて……!」 「このような紛い物で……天使になれるとでも?」 「あ、あなたは……!!」 「ニベの一族――やはりいたのね!!」 「お喋りをしている暇があるのですか!」 「あ、こら!! 逃げるな!!」 「待ちなさーい!!」 「はぁ……っ、はぁ……っ。待つのはあなた達よ……」 「ヘレナ……さん……?」 「はぁ……はぁ……。ど〜〜やら、間に合ったみたいね」 「お姉ちゃん……どうして……」 「なによう。ピンチだから急いで駆けつけたっていうのに」 「あ、ありがとう でもね、そうじゃなくて……」 「どうして、メリロットさんが……」 「皆さん、ご無事ですか?」 「残念ながら、無事ではないようですね」 「ちょっとしっかりしてよ、咲良クン!!」 リア先輩が僕の体を背負う。 「どこか安静に出来るとこ……保健室に!」 「いいえ、理事長室に行きましょう。そこに寝心地のいいベッドがあるわ」 「な、なぜに……?」 「あ、あ!! 先輩さ〜〜ん、待ってくださーーい!!」 「とにかく、みんな無事でなによりだわ」 「す、すみません……ヘレナさんに声もかけず、こんなことになっちゃって」 「もぉ、今はしゃべらないでっ。ゆっくり休まなきゃ」 「それに今日のことは……メリロットさんが、まさか……」 「ソルティアが、ニベの一族とか呼んでましたけど……」 「そのことは、もう忘れて下さい」 「司書さんが露骨に嫌な顔をしましたよ」 「あんまり呼ばれて欲しくないんじゃない?」 「キッ……!」 「ひえぇえええええ!!」 「メリロットさん……魔族だったんですね」 「はい、お察しの通りです」 「あのソルティアを退かせたその力は、並大抵のものじゃないはず」 「それこそ、あの七大魔将にも匹敵……いや超えるくらいの力」 「七大魔将……?」 「だって、メリロット」 「はぁ……まだそんな風習が残っているのですか? 下らない」 「よく言うわ、メリロット。あなただって、そう呼ばれているくせに」 「えっ、えーーっ!?」 「そんなもの、どこぞの誰かが勝手につけただけです。私はそんなものを襲名した覚えはありませんから」 「ま、まさか……〈流星学園〉《うち》の図書館の司書さんが……」 「七大魔将の一人だったなんて……」 「意外と身近にいるものですね〜〜」 「天使もいるけどな」 「色々とお話はヘレナから伺っています」 「考察するに、あのソルティアとバイラスが手を組み、リ・クリエに乗じて何かを企んでいるのは明白」 「今までソルティアとパスタは、リ・クリエのエネルギーを増幅させる為に学園内で巨大な面積を誇る魔法陣を形成していました」 「そうすることで、更に混乱を大きくしようとするつもりだったのでしょう」 「そこまで知っていながら、今まで鳴りを潜めてたってわけか?」 「目的が明確になるまで、泳がせていたのです」 「どうしてそんな大変な人たちを、泳がせるなんてことするんですか!!」 「もしものことがあったら……どうするんですか……」 「答えは簡単です。私には、あの二人を止めることなどいつでも出来たから」 「ソルティアは魔法陣形成を邪魔するあなた達を追い込む為に、結界を作り閉じこめた」 「それを私という存在が介入し、破壊した。あの程度の輩を阻止することは、造作もありません」 「私が知りたいのは、リ・クリエに乗じて何をするつもりなのか、何が出来うるのか」 「その真意を知るに当たって、二人を泳がしておくデメリットは計算上、存在しなかった」 「それじゃあ、危険な目に遭ったのは、僕達が余計なことをしたから……」 「計算外の行動は、自業自得ということですか?」 「卑屈に考えるのはあまり感心しませんね」 「ちょっと、メリロット。大人げないわよ」 「……そうですね。あなた達の未来までも、失わせるわけにはいきませんから」 「こんなことになってしまって……本当に、ごめんなさい」 「……わかってます。メリロットさんが、どれだけ本気で……僕達を助けてくれたのか……」 「あの力は、余裕で引き出せるものじゃない……」 「そんな相手を……このまま放ったらかしにすることなんて出来ません」 「同感です。こちらも素性を明かした以上、このまま黙っているつもりはありませんから」 「どうするつもりなんですか?」 「動くにしても、まだ不確定情報が多すぎます。それを解明する為にも、クルセイダースの支援が必要となります」 「僕達の……?」 「そう。そして、魔王の力が」 「魔王の……」 「おっ、お姉ちゃんがどうして、それを……!?」 「あ、リア先輩……」 「あぁ……!!」 「なんとな〜く、そう思ってただけなんだけど……リアの様子を見る限りビンゴだったみたいね」 「ご、ごめんなさい、シン君っ」 「いやいや、もうみんなにもバラした話だし……」 「……ヘレナさんの言うとおり、僕が魔王です。父からその座を譲り受けました」 「そう……正直に話してくれて、ありがとう」 「リア。魔王がシンちゃんで、良かったわね」 「シンちゃんなら、魔王の力を悪用したり出来なさそうだもの」 「出来ないじゃなくて、しないと言って下さいよ」 「くすくす。嬉しいのよ。憧れの存在と会うことが出来て」 「それでも、僕はソルティアに太刀打ちできなかった……」 「それはそうよ。あなたは魔王としての自覚が無いのだから」 「そんなこと……! だって、自覚がなければ魔王の力は目覚めることが出来ないはずじゃ……?」 「その通り。だから、今までの力は付け焼き刃のようなものです」 「それは、どういうことですか?」 「まだまだ育ち盛りということよ。このようにね!!」 「こ、こらあ!!」 「自覚というのは意志の問題じゃないわ。もっと単純かつ、当たり前のことよ」 「それを伝える為にね。メリロットに協力をお願いしたというわけ」 「咲良くん。今のあなたは守護天使の力を借りているだけに過ぎません。しかし、忘れてはいませんか?」 「魔王は魔族の王。咲良くんは本来、守護天使に頼らずとも、同等の……いえ、それ以上のエネルギーを行使することが可能です」 「魔法という力を」 「魔王の力は魔法が本質です。あなたはそれを行使する術を知らない」 「だから、潜在する魔力を引き出しても、本領を発揮できずにいる」 「霊力を扱える魔族は異質な存在です。それぞれは背反し、調律を乱すものが大概です」 「しかし、咲良くんという存在は、それを可能にした。魔力はあなたを許し、霊力はあなたを受け入れた」 「魔族の魔力、そして天使の霊力……これらが一体と成りうる特別な存在。それこそが――」 「魔王」 「ううん、そうじゃない。きっとシン君だから……シン君だから、出来ることなんだ」 「なぜそのように思うのです?」 「今までシン君とずっと過ごしてきて、天使も魔族も分け隔て無く接してきた」 「だから私は、いつの日からか……シン君が魔王だったらいいなと思っていたんです」 「シン君は、私がお母様から聞いていた魔王とは少し違っていたんです。けど、私は――」 「本当に、シン君が魔王で良かったって思います。こんなに嬉しいことは、ありません」 「だから言ったでしょ。良かったわねって」 「咲良くん。私があなたに魔法の術を教え、魔王として最大限の力を引き出します」 「しかし、過酷な修練となるでしょう。その痛みは他の誰でもない、あなただけが味わうことになるのです」 「私としても、これ以上あなた達生徒の未来を脅かすような目に遭わせたくはありません」 「でも僕がみんなを守ることが出来るなら……!!」 「繰り返します。酷烈な教えを受けることになります。生半可な覚悟では、自身を滅ぼすことになるでしょう」 「それでもあなたは、今までの生きてきた人間とは違う――魔王として生きる道を選ぶのですか?」 リア先輩が僕を信じてくれている。 そして僕が魔王だということに、何の疑念も持たず支えてくれている。 これに応えずして、何が魔王か!! 「僕は僕としての魔王になる。やります……やらせて下さい!」 「わかりました。体調が戻り次第、開始するといたしましょう。今日はゆっくりお休み下さい」 「以上です。お疲れ様でした」 「そ、即答問答?」 「ええ。いちいち相手の様子を伺うまでもありません」 「というより、咲良くんが拒否する確率は0%というのは既に計算済みです」 「そ、それならわざわざ説明をしなくても……って、あ」 そういえば、図書館で本を借りる方法を教えてもらったときも、今のに似たような問い詰め確認があったな。 「日和らなかったことは感心しています。さすがは生徒会長」 「けど、それならどうして今の今まで協力してくれなかったんですかっ。お姉ちゃんまでグルになって!」 「そんなこと言っても……ねえ、メリロット」 「ええ。まさかこんなにも近くに魔王がいるなんて、思いもよりませんでしたから」 「嘘くさいなあ……」 「きっと私達のこと、からかって楽しんでたんだよ。失礼しちゃう」 「違うわ。魔王だってこと、はずしたらかっこ悪いじゃない。司令官は常に弱みを見せないものなのよ!」 「そんな理由ですか」 「言っておきますけど、私が協力するのはあくまで可能性を引き上げる為ですから」 「もうメリロットたら、すぐつれないこと言うんだからぁん」 「……なんでしょう?」 「本当に……僕達は、メリロットさんのお役に立てるのでしょうか?」 「たとえそれが1%と僅少でも、0%ではありません」 「可能性は秘められています。試す価値はきっとありますよ」 「私はその1%を、希望と呼んでいますから」 魔王だということが知られても、一日の始まりはいつもと同じ朝だった。 いつものように、ナナカが連続テレビ小説の話をしてくれる。 「それでついに、キララが愛する人との結婚式を迎える直前って時にさ」 「もしかしてまた邪魔が?」 「まだまだ最終回まで日があるからね。案の定、キララの生まれ育ちにいちゃもんつける輩が現れてくるわけで」 「も〜〜っ、早くハッピーエンドにしてあげようよっ。いったい、どれだけ彼女を苦しめれば気が済むんだ」 「しょうがないって。それだけ負い目を感じることをしてきたってことだから――」 「シンは魔王だってことに、負い目を感じてる?」 「……みんなに隠してきたことはね。やっぱり」 「そっか。けど、騙して悪さしようとしてたわけじゃないじゃん?」 「まあ、そうだけど」 「実はこの世界を滅ぼすんじゃい。とか言う奴だったら、額に手を当てたくもなるけどさ」 「シンはそんなこと、どーでもいいもんね」 「うん、割と」 「アタシさ……シンが魔王だってこと。別になーんとも思ってないよ」 「だって、シンはシンだし」 「ありがとね、ナナカ」 「べ、別に励ましてないって! 率直な感想」 「まあ、実は芸能人でしたーとかだったら、さっちんが大喜びするんだろうけど」 「ただ……さ。リア先輩が前に言ってた、じゃん?」 「い、いやいや! そんなビックリすることじゃなくて、さ。その……魔王とか、なんとかに憧れてるとか」 「あっ、ああ〜〜。うん、そうだね。言ってた言ってた」 「まっさかシンが魔王だなんてねー。ちょーっと幻滅しちゃったんじゃなーい?」 「あ、いや……そそっ、そうかもしれないってだけで、その、ええっと……」 「なんでいつもみたいに反発してこないのさっ。なんで傷ついてるのさ!」 「そ、その……ごめん。ちょっと悪のりが過ぎちゃって……」 「もし、ナナカの言うとおりだったら……僕は……」 「あのさ、シン」 「シンは、リア先輩のこと……」 「好きなんでしょ」 「な!? ななななななっ、なんでそ、そんなことっ」 「そ、そんなこと……好きだなんて……そんな……」 「好きなんでしょ! バレバレ!」 「だ、だから」 「隠さない、隠さない。アタシは幼馴染みなんだぞぅ。シンの考えてることなんか手に取るようにわかるんだい!」 やっぱりナナカの言うとおり、僕はリア先輩のことが好きなんだ。 「コラ!! しょぼくれた顔すな!」 「あたっ!」 「今まで箸にも棒にもかからなかったのに、憧れの存在にまで返り咲いたんだからチャンスでしょうがっ」 「それにアンタはやれば出来る男なんだ。それはアタシが保証する!!」 「がんばんなよ、生徒会長!」 「う……うんっ。ありがとう、ナナカ!」 「アタシ、だめな女だ……。シンの前ではいい格好して……」 「けどこのままじゃ、シンはどんどんとアタシから、離れていく。本当は、魔王になんて……なって欲しくないんだよ」 「こんな心構えで……リア先輩に、敵うわけないじゃん……」 「ちょっと、何ビクついてるのよ」 「きっと後ろめたいことがあるんですね」 「い、いや……魔王のこと、まだちゃんと話してなかったし……」 「そうね。なぜ、私達に黙っていたか。納得のいくまで、弁明していただこうかしら――」 「とも思ったけど……別にいいわ」 「えっ、いいの?」 「昨日のお姉さまを見ていれば、あなたが敵ではないことくらいわかるわよ」 「内緒にされたことは少し不服だけれども、お姉さまに免じて許してあげる」 「特別よ、特別!! 感謝するなら、お姉さまにしなさい!!」 「そして、二度とお姉さまを危険な目に遭わせないこと」 「あなたなら……出来るでしょう?」 「うん、わかった。けど、それでいいの……?」 「ふふんっ。ライバルが特別な存在だというなら、それこそ更に張り合いが増すってものだわ」 「あなたがいくら魔王と呼ばれようとも、私はそれを超えてみせる!!」 「魔王だろうがなんであろうが、相も変わらず――」 「おっ、おうとも」 「副会長さんが、冥府の女帝さんに大変身ですね」 「何を言ってるの!! せめて魔法少女、もしくは魔女っ娘と呼びなさい!!」 「ロロットは、どう? 言いたいことがあったら、何でも言って」 「そうですね〜〜。会長さんが、魔王なんですよね〜〜」 「ガイドブックに描かれているお顔と見比べると……」 「どきどき……」 「会長さんが魔王だと名乗られても、正直ピンと来ませんね」 「けど、会長さんが魔王で良かったとは思いますよ」 「それは、どうして?」 「少なくとも話や本の中にしかいない存在より、目の前にいてくれる人の方が頼りになりますから」 「まあ、確かに」 「架空の存在よりも、劣っていなければいいのだけれど」 「それにですね!! これはラスボスが味方になるという、いわば熱い展開ではありませんか!!」 「僕、ラスボスじゃないよ……」 「こうなったら、私も覚悟を決めましょう。会長さん、お耳を拝借」 「内緒ですよっ。誰にも言わないで下さいね!」 「実は私、天使だったんですよ」 「どうして驚かないのですか!? ビッグニュースじゃありませんかっ」 「いや、まあ、なんとなくそうかな〜とは思ってたから」 「お、おかしいです。会長さんのカミングアウトでは、空気を読むのが難しくなったというのに」 「けど、僕は……打ち明けて良かったと思ってるよ」 「お姉さまがフォローしてくれなかったら、どうなっていたことかしらね」 「想像したくない……」 「けど、すぐ隣に天使がいるんだもの。魔王がいても、それほど不思議じゃないわよね。だから、驚くことではなかったわ」 「ねえ。天使のロロットさん」 「だからどうして知ってるんですかーー!!」 「二人とも……本当にありがとう」 「何よ、改まって」 「会長さんは、これから痛くて怖くて寒くて辛い特訓の旅へ出かけるのですから、これくらいの応援は容易いご用なのですよ」 「そういうこと。あとはシンのがんばり次第ってね」 「ほい、お待たせ。あとはリア先輩だけ?」 「今日は遅いですね〜〜」 「僕……ちょっと迎えに行ってくる!」 ナナカ、ロロット、聖沙がいて。 素敵な仲間達に励まされ、どんどんと元気がわき上がっていく。 過酷な試練を乗り越える意志は固まった。 なぜ自覚が持てないのだろう。 実感がわかないのだろう。 「はぁっ、はぁっ……先輩は……」 「会長はん。そないに急いで、何してはりますのん」 「御陵先輩。リア先輩は、いらっしゃいますか?」 「さっき、ゴミ捨てに行きはって――」 「おかえりやす。ほな、おやかまっさんどした」 「ばいば〜い♪」 「ごめんね、シン君。待たせちゃった?」 「い、いや。そういうわけじゃ……」 「嘘ばっかり。待ちくたびれた顔してるゾ」 「待ちくたびれるというか、待ちわびてたと言いますか」 「いっ、行きましょう、リア先輩っ」 「今日から、だね」 「魔王の特訓……」 「シン君にしか出来ないことなんだから、しっかりやらないとね」 「シン君。そんな煮え切らない顔しないの。みんなが心配しちゃうでしょ?」 「やってやるんだって、気概はあるんです。でも、いくら自分が魔王だからって……」 「やっぱり、不安なの?」 「……は、はい。今更、僕だけで何が出来るんだろうって。今までそんな実感、わいたことなんて一度もないんです」 「じゃあ、どうして今までは何とも思わなかったの……?」 「僕一人だけなんてこと、今までになかったから」 「一人だけ……」 「今まではみんなが一緒にいてくれたから、何でも出来るって……」 「ナナカがいて、ロロットがいて、聖沙がいて。そして――」 「リア先輩がいてくれたから……」 「それで、シン君はどうしたいの?」 「くすくす……シン君って、案外寂しがり屋さんだったんだね♪」 「だったら、お願いすればいいんだよ。みんなと一緒じゃなきゃ、始まらないって」 そうか。焦る気持ちだけが先に行き過ぎたんだ。それで不安ばかりが積み重なって。 一人でやろうとするから、実感がわかないんだ。 一人でやるなんてこと、僕にはどうやったって出来ないのだから。 一人だけで、何かを始めるやり方なんて、わからなかったんだ。 「あぁ……やっぱり先輩に相談して正解だった……」 「えっへん! 頼られるのも先輩の役目だもん♪」 先輩じゃなくて、リア先輩だから……。 「えっ、何か言った?」 「な、なんでもありませんっ」 「そ、それで……みんなにも、一緒に付き合って欲しいんだ。魔王の特訓に」 「しゃあないね!」 「しょうがないわね」 「みんな……本当に、ありがとうっ」 「とはいえ、アタシ達でも出来ることなのかな?」 「出来るに決まってるじゃない」 「どんなことをするのか、興味津々ですーー」 「やっぱりこうでなくっちゃ……ね♡」 これでもう、迷うことも戸惑うこともなくなった。 クルセイダースのみんながいなくちゃ始まらない。 それをすぐに諭してくれたリア先輩は、こんなにも僕のことを理解してくれていて。 やっぱり僕はリア先輩のことが好きなんだ。 今になって、ようやく気づいた。ずっと側にいて欲しいんだって。 「ようこそ。お待ちしていました」 「メリロットさん。今日は、よろしくお願いしますっ」 「予定よりも大人数でいらっしゃいますが、まさか遊びに来たというわけではありませんよね?」 「メリロットさんっ。私達にも、その……特訓させて下さい!!」 「あなたは、いつから魔族の血筋を引くようになったのです?」 「咲良くんは真に魔王となるため、魔法の習得を目的としています」 「なので、魔族でもないあなた方はそれを行使することは叶いません。言っている意味がわかりますよね?」 「ててっ、天使ならいますよっ」 「だとしたら霊術を練習した方が賢明かもしれませんよ」 「けど、咲良クンに出来るなら私だって――」 「残念ですが、あなた達は前提を満たしていないのですよ」 「そ、それでも……」 「それに努力の結果は前提でわかるものではなく、これからの修練で計るものなのですから」 「それでもアタシ達はずっと一緒にやってきた」 「クルセイダースはシンがいてアタシ達がいて、初めて成り立つものなんですよ!!」 「確かに。敵の手の内を知るのもまた、可能性を高めるいい機会ですものね」 「それに士気の相乗効果も決して無駄にはならないはずです」 「それじゃあ……!」 「参加を認めましょう。ただし、やるからには徹底的に行います。中途半端にやるつもりはありませんから」 「望むところです! ね、みんな!!」 「決してその覚悟を曲げることがないよう」 「もちろんです!!」 「そして、咲良くんがどれだけ傷ついても手を貸さないこと。いいですね?」 「大丈夫ですよ、先輩」 「うん……! わかりました」 「では、始めるといたしましょう」 生徒会のみんなが見守る中、僕の特訓は長時間に渡って続いた。 メリロットさんの講義に始まり、それから実践演習へと。 やることはただ、メリロットさんとにらめっこをするだけ。 しかし、この空間はあまりにも静寂過ぎて、文字通り固唾を呑む音が聞こえてしまうほどだった。 それでもみんなに見守られていることで、僕自身の励みにもなる。 正直言うと、テストで一夜漬けをするよりも、きつい疲労が僕を襲っていたのだ。 もし一人だったらとか、考えただけでも恐ろしい。 あっという間に、日が暮れていた。 「……今日のメニューは以上となります。お疲れ様でした」 「きちんと挨拶に始まり、挨拶に終わりましょう。お疲れ様でした」 「お、お疲れ様でした〜〜」 「シン……家までおんぶしよっか?」 「いや! 大丈夫……っ、はぁ、はぁ……」 「まあ、おんぶなんて出来やしないんだけど……」 「これから毎日続くからね……初日からおんぶにだっことはいかないよ」 「それほど動いているようにも見えませんでしたが、なにがそんなに疲れてしまうのでしょう?」 「心の鍛錬って言うのかな……まともな思考が奪われるのを〈堪〉《こら》えるような感じなんだ」 「力に精神を侵されるということなのかしら」 「近いね。僕の目的に力を貸そうとは思っていないみたい」 「魔族は元来、自分の欲望に任せて動く生き物だからな。望みを叶える為に、魔力を使いたがるものさ」 「ちょっと待って。それじゃあ、僕の意志が本当は食い違ってるってこと?」 「深層心理だよ。そればかりは、無意識のことだからな。わかるわけねーぜ」 僕の願い……僕の本当の望み、か……。 「けど、あのメリロットって女もまた、同じような修練を積み重ねてきたんだろうな」 「欲求を抑制して、別の目的を遂行しているってことさ。魔王様にもそれを強要してるって、わかってんだろう」 「まあ逆に、魔王様の欲求が判明出来れば……」 「出来れば?」 「どうなるのですか!?」 「最大限の力を発揮するトリガーになるかもしれないな」 「だって、咲良クン!! さあ、白状なさい!!」 「そ、そんなこと言われてもっ」 「ビフテキ食べたいとかじゃないの?」 「さすがに、それはないって」 「先輩さんは、どう思われますか?」 「リア先輩、リア先輩!」 「お家、過ぎちゃいますよ」 「あ! ああーーっ。そうだった、そうだった。ごめんなさ〜い」 「なんだか集中しすぎて疲れちゃったのかな。先輩なんだからしっかりしなくちゃね」 「今日は早く寝なくっちゃ。おやすみなさい♪」 「見学していただけなのに、とってもお疲れのようでしたね」 「まさかお姉さまも意識を乗っ取られそうになっていたとか!」 「んなこと、あるわけないって。ほら、さっさと帰るよ」 「ふう〜〜。いいお湯だった」 「風呂上がりはちゃんと厚着しないと風邪ひくぞ」 「おや珍しい。僕のことを気遣うなんて」 「勘違いするんじゃないぜ。ただ、魔王様が倒れると心配する子がいるからな」 「パッキー……ありがとうっ」 「ククク……これ以上、二人の関係を進展させるわけにはいかねーぜ!」 「で、その人って誰?」 「教えるわけねーだろ!!」 「あ、電話だ」 「この時間にわざわざ電話をかけてくるといったら、あの子に決まってるぜ」 「ここは俺様が邪魔をして、二人の仲をズタズタに――」 「だが、待て! きっと魔王様のことを心配してかけてきたに違いねえ!」 「話せないことがわかったら、きっとその子は悲しむに決まってる。そんなこと、俺様には出来ないぜ!!」 「けど、このまま放ったらかしてたら、魔王様と……」 「うおおおお、ジレンマだぜぇええええ!!」 「なにやってんの?」 「いいや、ここはやっぱり俺様が出る!」 「粗相のないようにね」 さて寝る前に、ちょっくらひろしでも助けに行こうとテレビに向かう。 「早いね。誰だった?」 「ソバだった」 「ナナカが?」 「明日、ちゃんと宿題忘れるなよーとか言ってたぞ」 「ああ、そんだけ」 ナナカがそんなことで電話してくるとは思えない。何の用だったのだろう。 「かけ直すか……」 「お、ナナカかな?」 「もしもし、グランドパレス咲良ですー」 「あ、シン君?」 「……! り、リア先輩?」 愛しい声を聞いただけで、胸が高鳴った。 「あっ……。やっぱり、まだ……疲れが残ってるのかな」 「いやいや! 全然平気ですって!」 「いつも電話してるときに倒れたりするから……今回もそうだったらどうしようって……」 「心配ばっかりかけて……本当に、ごめんなさい」 いくら僕が好意を寄せていても、先輩は先輩らしく僕のことを気にかけてくれている。 きっと、この電話も。その先輩という立場が、そうしてくれているだけなんだ。 「ううん。良かった……元気そうで、本当に良かった」 僕がリア先輩を好いているのは、心配してくれるから……? 先輩に甘えたいってだけだから? 「私。今日、特訓をやってる最中……ずっとね。シン君のこと見てたんだ」 「え……そ、そりゃあ、まあ……見学でしたし……」 「シン君、ずっと頑張ってたよね」 「その間、シン君がずっと辛そうで……私……」 「それなのに私……なんの力にもなれなくて……」 「メリロットさんに見透かされてた。すぐ、シン君に手を貸したくなる……」 「貸したところで、なにか出来るわけでもないのに……」 「その辛さを、わかり合えるわけでもないのに……」 そうか……僕は、ずっと甘えてきてしまったんだ。 先輩は、後輩離れができなくて困っているのだろう。 先輩が気にかけてくれるのは、後輩だから。 だからって、もう! こんな関係のままでは、いたくないっ。 「それは、きっと。僕が先輩に、今までずっと甘えてきたのがいけないんです」 「違うよ! 私はずっと余計なお世話をしてきただけだもん!」 「それでも心強かったんですよ。先輩の存在が……」 「存在だけでも、十分な力になります。直接、手を差し伸べなくても、先輩が側にいるだけで僕は――」 「先輩から見たら、僕は手のかかる後輩にしか見えないかもしれませんっ。けど……!」 「これからも僕を、信じて見ていて下さい!」 「リア先輩が僕に言ってくれたこと。絶対に守ってみせます」 「魔王だからじゃない。僕だから、出来ることなんだって」 って、なに電話の前で力説してるんだ〜〜っ 「ご、ごめんなさい! な、なんかかっこつけたみたいで――」 「ううん……すごく素敵だったよ……」 「今の……すっごく、嬉しかった。う〜〜っ おやすみなさい!!」 「え!? あ、リア先輩!? 先輩ー!?」 うわ……やってしまった……。 言葉が続かないからって、勢いであんな恥ずかしいことを。 今でも胸がドキドキしている。 リア先輩が好きだって自覚してから、もうずっとこんな調子だ。 けど、その声を聞いてるだけで幸せで嬉しくて。 電話で話しているだけでは満たされなくなってくる。 もっともっと、リア先輩と一緒にいたい。 心を埋め尽くしていた疲労が、いつの間にかリア先輩への募る想いで塗りつぶされていく。 「うぃーっす」 「おはよ〜さん」 「おお、おはよう――」 「って、アゼル。珍しいね。君から声をかけて来るなんて」 「そんなことはどうでもいい。それより、お前――」 「……い、いや。なんでもない」 「そんな風に言われたら逆に気になるじゃないか」 「何でもないと言っているっ」 「だからなんなんだって言うんだいっ」 「おい。ズボンのチャック、全開だぞ」 「な!? も、もしかして……アゼルが言いたかったことって、これのこと?」 「……そ、そうだ」 「アゼルちゃん、ダメだよぅー。男の子のそんなとこばっかり見てちゃー」 「な、何を言う!!」 「アゼルって、意外と――」 「人の急所事情で盛り上がるのはやめてくれないかっ」 「またサボり?」 「違う。お手洗いだ」 「わわー! お手洗いに帰っちゃうのー?」 「もう『帰る』が口癖になってんじゃないの?」 「はぁ……ひどい目に遭った……」 「なんという愚かなことを。自ら怪しい存在と名乗りをあげるようなものではないかっ」 「なぜだ……この胸騒ぎ……止まることを知らぬ……」 「やはりあの男……」 「はぁい、メリロット」 「おはようございます、ヘレナ。それで、何のご用ですか?」 「あら、別に用が無いと来ちゃいけないかしら?」 「仕事前のコーヒータイムを犠牲にして来るからには、それなりの理由があるのでしょう」 「そこまで出不精じゃないわよ。あなたじゃあるまいし」 「デブ症ですって……?」 「出・不・精! まあご明察の通り、ちょっとしたお願いがあるの」 「内容を聞いてから、承るかを考えます」 「もう、いけずぅ!」 「いいから用件を話して下さい」 「……シンちゃんの特訓なんだけど、たぶん他の子達もあなたに色々教えて欲しいって言ってくると思うの」 「あなたにそんな余裕がないのは、わかってる。けど、あの子達の気持ちも汲んで欲しいの」 「リ・クリエに立ち向かおうというその意志。もし、あの子達の口からあなたにお願いをすることがあったら――」 「な、なによっ。人が真剣な話をしてるのにっ」 「完全無欠のあなたでも、読みをはずすことがあるのですね」 「え。それって、まさか……」 「無碍にしなくて正解だったようです。ヘレナに言われるまでもなく、もうお願いされましたよ」 「そう」 「クルセイダースは咲良くんだけでは成立しない。だから、全員で取り組みたいと」 「ただの仲間意識、連帯感といったそういう類のものかと思っていましたが」 「私の見込み違いね。あの子達、私が思ってる以上に成長してる」 「咲良くんを中心として、目まぐるしく大きくなっています」 「もしかしたら、その成長を促進させるのが……魔王の持ち得る本当の力なのかもしれないわね」 「内に秘めたる力とはまったく別のもの。仲間の力を最大限まで引き上げる能力」 「そっかそっか。それなら安泰。私の出る幕がないなんて、今年の生徒会はやっぱりひと味違うわ!!」 「『よし。じゃんじゃん、しごいてやんな!』」 「もちろん。そのつもりですよ♡」 「ねーねー、ナナちゃん。聖夜祭は何するのー?」 「アンタって子は、総会で話を聞いとらんのか!」 「うん、寝てたー。で、何するのー?」 「全くこの子は……」 「で、シン。何するの?」 「おいっ」 「確かダンスを踊るとか言ってたよねー」 「そうそう。って、ちゃんと聞いてるじゃんか!」 「えへへー。私って、地獄耳だからー」 「ダンスねえ……これって誰のアイディアなの?」 「確か、みさ――」 御陵先輩のアイディアだけど、ナナカに言うのはやめた方がいいかもしれない。 「聖沙だっけ?」 「じゃあ聖沙に聞けばいいんじゃない?」 「そ、そうだねっ じゃあ、聞いてくる」 「いってらっしゃーい」 御陵先輩はどこだろう? 「り、リア先輩っ」 「どうしたのっ。先輩のクラスに来るなんて♡」 「え、えっと……御陵先輩っています?」 「彩錦……ちゃん?」 「は、はい。御陵先輩に用事がありまして」 「そ、そうなんだ。ちょっと待っててね」 ふぅ……リア先輩を見るとドキドキしちゃうこれは、なんとかならないのかな。 「うちが御陵彩錦どす」 「いや、知ってますって」 「くすくす……会長はん、リーアがふて腐れてはりますえ」 「『なんで私じゃないの〜?』って顔してはりますさかいなぁ」 「いや、まあ、御陵先輩への用だったんで……」 そう言いながら、チラチラとリア先輩の方を見やってしまう。 ずっとこっちの方を睨んでるし……。 「うちに用?」 「ええ。前に、聖夜祭のダンスパーティについて……どういう風にしたいかお伺いしようかと」 「えらいすんまへん。うちの我が儘に付き合うてもろてなあ。そやねえ〜〜」 「やはり社交ダンス的な感じをイメージしてます?」 「そない堅苦しいもんやありまへん。みなはんが気軽に楽しゅう踊れるんが、一番なんどすえ」 「そやけど、少しくらいは踊れるようにされはった方が、ええんとちゃいます?」 「なるほど。簡単なダンスをあらかじめ覚えておけば、当日みんなで楽しめそうですね」 「会長はんは踊れるんどすか?」 「いや、お恥ずかしながら。盆踊りもまともに踊れないものでして」 「そないなら、リーアに手取り足取り教えてもろたらええねん」 「り、リア先輩と、手と手とッ!?」 「ねえねえ! 二人で何話してるのーっ?」 「り、リア先輩っ」 「……会長はん。さっきの話やけど、やっぱやめとき」 「男の子いうんは、女の子をリードしたるもんやさかいなぁ♪」 「な!? それってどういうことー!?」 「し、失礼しますっ」 「あ! ちょっと、シン君!! こらーー!!」 「くすくす……ほんに、二人とも辛気くさいわぁ」 「シ〜ン君♪」 うわ、すごい笑顔。 「さっきは彩錦ちゃんと何を話していたのかな〜?」 「も、もう勘弁して下さいよ……」 「言わないと――」 「わーー! わかりましたーー! だから許してくださーーいっ!」 「まだ何も言ってないって」 「いや……ダンスの踊り方を知らないから、どうしようって。そしたら、御陵先輩が……」 「彩錦ちゃんが?」 「リア先輩に教えてもらえって」 「え……わ、私にぃ!?」 「そう言っておきながら、男子は女子をリードするもんだからやめときなさいとか言われてたんですよ」 「けど、ダンスのことは、僕じゃどうにも……」 「やあ、お待ちどう!」 「何してたの、咲良クン?」 「い、いや! 議題の打ち合わせを」 「なにか決めることがあるんですね」 「うん。えっと、今日の議題なんだけど――」 「シン君って、生徒会活動となった途端に、コロッと表情が変わるんだよね〜〜」 「な、なに見とれてるんだろ、私っ」 「――ってな感じに、みんながみんな踊れるわけじゃないから、ダンス講習会でもしようかと思うんだけど」 「ちょっと待って。誰が教えるのよ」 「まあ下町育ちのうちらじゃ出来ないけど……お嬢様達ならいけるんじゃない?」 「私は天使ですから、踊れません」 「開き直ってるし」 「王様のくせに踊れない方がおかしいです」 「くはっ。ハートに198のダメージ!」 「となると、頼みの綱は……」 「ふふん、しょうがないわね。ここは私が――」 「やっぱリア先輩しか、いないっしょ!」 「ふ、ふんっ。お姉さまなら異論もないわ」 「きっと華麗で素敵なステップを披露して下さるに違いないもの♡」 「あ、あぁ……」 「先輩さんなら人に教えるのもお上手ですからね」 「異議はゼロ! あとは先輩さえ良ければ決まり!」 「シン君が見てる……うぅ……断れないよぉ……」 「わ、わかりましたっ。そこまで言うなら、この九浄リアがみんなにダンスを教えちゃいます!」 「さっすがリア先輩」 「さすがですわ……♡」 「え、えっへん!」 「そしたら、全体講習会は前の週のどこかでやるとして……」 「よし、ここだ! 12月17日!」 「私達だけでも予行練習しておきたいですね」 「それは名案ね! お姉さまのマンツーマンで♡」 「じゃあ、早速アタシ達を相手に教えて――」 「あ! あーそうだ、いっけない。今日はちょっとお姉ちゃんに呼ばれてたんだった」 「ごめん、ちょっと理事長室行ってくるねーー」 「あらま」 「お忙しいですね〜〜」 「うっとり……♡」 リア先輩に頼りっぱなしのままで、本当にいいのかな? 僕だって生徒会長なんだ。 生徒の模範になれるよう、ダンスの練習をしておかなくっちゃ。 とはいえ、みんながいる前で醜態をさらすわけにはいかず。 全員帰った後に残って練習。 「よっほっほ、っと、アアーーッ!!」 「ああ、もう見てらんない。カイチョー、ご飯まだ〜〜?」 「サリーちゃん!? いつからいたの!?」 「さっきからずっとだよぅ。もうお腹ペコペコ。遊んでないで、ご飯にしようよ〜〜」 「わ、わかったよ。もうすぐ帰るから、ご飯炊いといて!」 「ふう……。さて、もう一回。ワンツーサン、ウノドストレス」 「わわ!! リア先輩!?」 「シン君、何……してるの?」 「あの、もしかして……ダンスの練習?」 「もしかしなくてもそうなんですけど」 「ご、ごめんね! のぞくつもりじゃなかったんだけど」 「いや……まあ、生徒会長が踊れないのも格好悪いと思って……」 「それでこっそり練習をしてるんですが、一人ではどうにも……」 「本当はリア先輩にお願いしようかと思ったんですけどね」 「けど、僕も男ですから。リア先輩をしっかりリードできるようにならないと。うんっ」 「し、シン君……ってば……今の、ずるいっ」 「う、うわー」 「いくら男の子でもっ、私は3年生の先輩なんだゾっ」 「す、すみません……出過ぎた発言を」 「それに、そんな調子で頑張ったって、うまくなんかならないんだゾっっ」 「と、特別にリア先生の個別練習を受けること」 「きょ、今日はもう遅いからダメだけど、ね」 「うう……けど、リア先輩に頼ってばかりじゃ……」 「シン君にリードされたりなんかしたら……私、先輩じゃなくなっちゃうもん……」 「リアーー。仕事終わったから、ダンスの特く――」 「あらやだ。いたの、シンちゃん」 「早く帰りなさいよぅ。リアが心配しちゃうでしょ」 「なっ……僕だって子供じゃないんですから、大丈夫ですよっ」 「さっきの話はわかりました。けど、僕は僕で、練習しときますから! 失礼しますっ」 「き、気をつけてね」 「ばいば〜〜いぶ〜〜ん♪」 「シンちゃんも、ついに反抗期?」 「ちょっと違うと思う」 「けど、尚更しっかりしないといけないわね、ダンスの特訓」 「では、本日はこのぐらいにしておきましょう」 「おつかれさまでした〜〜」 「シン君。今日は大丈夫?」 「ええ。体が慣れてきたんでしょうかね。今日はすこぶる調子がいいです」 「そう。良かった♪」 「なるほどね。こうやって魔族は戦っているわけだ」 「敵の裏をかくことも手の内ですが、基本性能の底上げを図らなければなりません」 「けど、私達はただ学んでいるだけで、霊力を高める鍛錬はしていません」 「食べると強くなるお菓子とかあるといいのですけど」 「強化を焦る必要はありません。いいですか? あなた達は等身大の力を身につけておくことに徹して下さい」 「どういうことなんですか?」 「いずれわかることでしょう。その真価を問われる日は近いです」 「近況をお知らせいたしましょう。しっかり聞いていて下さいね?」 「まず、ソルティアとパスタが学園の敷地内に仕込んでいた魔法陣を発見いたしました」 「近いうちにそれの破壊を試みます。そうすることで、敵の目論見を防ぐことが出来るでしょう」 「それで一件落着? なわけないか」 「破壊に着手した瞬間、相手はこちらの動きに気づく……」 「いえ、もう勘付いているはず。なにかしら対策を講じていることでしょう」 「魔法陣破壊を実地に試すのは私の役目。ただし、その間……私は無防備となり、敵の攻撃を受けることになります」 「攻撃してる相手はやっぱり……」 「魔法陣を仕掛けたソルティア本人で間違いないでしょう」 「メリロットさんが戦えない。とすると、ソルティアを相手にするのは――」 「僕達、ですよね」 「シンは強くなってるかもだけど……アタシ達は……」 「怖じ気づいてはダメよ、ナナカさん! 私達にだって、出来ることはあるはず!」 「うん。少しでも、シン君をフォローできるように頑張ろうっ」 「あなた達のロザリオに宿る天使達は、かつて魔王と共にリ・クリエを防がんとした仲間だったそうです」 「ええ!? 私達よりも前に、天使と魔族が仲間だったんですか!?」 「俺様が教えてやったんだぜ!」 「今の今まで、教えてくれなかったじゃないか」 「悪いな。つい最近、思い出したんだよ」 「魔王の力が高まるにつれて、天使達も過去の記憶や力を呼び覚ますことでしょう」 「きっと、賢者パッキーの記憶もそれに感化されて蘇ったのだと予想されます」 「魔王と天使……そんな関係だったんだ……」 「この様子を見る限り、魔王の修練に付き添いたいと願い出たのは……」 「天使達の意志ではなく……あなた達自身の意志だった、ということですね」 「ただし、まだまだ満足のいく力に達してはいません」 「そんなー」 「とすると、この隙を狙って来たりするかもしれないと!?」 「それは大丈夫です。今ならまだ、私が動けますから」 「相手も罠を張っています。手を出さなければ、向こうから仕掛けてくることはまずないでしょう」 「わざわざやられに来るほど、相手も間抜けではない、ということです」 「なるほど。メリロットさんの手が空いている状況で、攻めてくることはないですね」 「その通りです」 「と、以上が近況報告となります。理解していただけましたか?」 「よし、納得!」 「えっと、すみません」 「バイラスはどうしてるか、わかりますか?」 「隠していても無駄だったようですね。聞かれたのであれば、はっきりと申しましょう」 「状態、目的、行動。全てにおいて不明です」 「だからといって、不安に思う必要はありませんよ」 「あなた達が何かしたところで、バイラスに敵うはずもありませんし」 「だから何もしないで、自分のすべきことをしていればいいのです。わかりましたか?」 「メリロット。回りくどいとあなたの意志がさっぱり伝わらないわよ」 「他にどのような言い方があるというのですか」 「わからないことは放っときなさいで、いいじゃない」 「大丈夫よ。いざとなったら……ね?」 「シンちゃんが……クルセイダースがなんとかしてくれるから」 「まあ……今は無理かもしれませんが、いずれは可能かもしれません」 「はい。ですから身の丈を知り、小さな力を大きく育んでいきましょう」 「バイラスに立ち向かう勇気と力を。あなた達なら、きっと出来るわ」 「僕達、強くなってるのかなあ」 「なにさ、いきなり」 「いまいち実感が湧かなくて。試す間もなく本番かって思うと少し心配なんだ」 「聖沙と決闘してみたら? 喜んで受けてくれるよ」 「なるほど。その手があった」 「いや、冗談を真に受けられても困る」 「冗談なのか……」 「そもそも魔王のアンタに、アタシ達が敵うと思ってんの?」 「メリロットさんも言ってたじゃない。僕達は一緒に強くなってるかもしれないってさ」 「んなこと、アタシに聞かれてもわかんないって」 「わからないことは、わかる人に聞けばいいと思うよー」 「至極もっともで当たり前な意見をありがとう」 「やっぱメリロットさんかあ」 「って、さっちん!? 今の話……ど、どこから聞いてた?」 「ナナちゃんがケーキをご馳走してくれるってところからー」 「そんなこと言わん!!」 「で、僕がどうのこうのとか……」 「魔王なんだってー? すごいねー。サインもらっちゃおうかなー」 僕の周囲はこんな人がたくさんいてくれて、幸せだ。 「皆さんお揃いで、どうしたのです?」 「あら、こんな早い時間から特訓だなんて熱心ね!!」 「ヘレナこそ、何をしに来てるんですか」 「いえ、今日は特訓のことじゃなくて、その……」 「僕達、以前に比べてどれくらい強くなったんでしょうか?」 「そんなことを聞いてどうするのです?」 「い、いや……何かの指針になれば……」 「強さというものは、自ずと読み取るものですよ」 「それがわからないから聞いてるんじゃないの?」 「なんでも人に聞こうという姿勢はよくありません」 「うう、確かに……」 「少しでもイメージできればいいのだけれど……」 「イメージですか……強くなった会長さんの姿……」 「シン君の、シン君の……」 「すらすらすら〜〜っと、こんな感じ?」 「私が思い描いてるのを絵にしてみたんだけど……」 「こんなんじゃ、わからないか」 「あら、なかなかいい絵じゃない!!」 「あ! お姉ちゃんっ。勝手に持ってかないでよーっ」 「ほほう。これはまた荒々しくも紳士的、かつ勇猛果敢な様に描かれておりますね」 「容姿もまた特徴をよく捉えている。しかし、いささか強靱さと凛々しさが過剰な気も……」 「そうよねえ。シンちゃんは、もうちょっと可愛いらしいもの」 「これ、シンなんだ」 「どこをどう見ればそう見えるのでしょう……?」 「お姉さまを理解できない自分が憎いッ」 「って、メルファスさん!?」 「ごきげんよう、生徒会長の君。木枯らしが身に染みて切なくなり、つい屋内に迷いこんでしまいました」 「不法侵入者発見です!!」 「水のせせらぎを彷彿とさせる声に誘われたのかもしれません」 「なに言ってんだか」 「炎のように熱い情熱は、恋煩う乙女の勲章」 「ななっ!? やっぱ不審者だッ!!」 「ご安心下さい。法を侵すことは一切しておりませんから」 「そう。図書館は土日に限って、市民にも一般解放されてるのよ。だから、入ってきても平気なの」 「え……そうなのですか?」 「うん。日曜日には教会も入れるでしょ。土曜日は午後から図書館の出入りも自由になるんだよ」 「へえ、知らなかった」 「普段、図書館を有効に活用していれば自然にわかることですよ?」 「あ、貴女様は……!?」 「では、業務時間中ですので。失礼しますね」 「どうかお待ち下さいませ、メリロット嬢!!」 「ああ、こんなにも大きく美しくなられて……」 「ど、どうして私の名前を……」 「僭越ながら一度、お会いしたことがございます」 「あら、メリロットぉ。引きこもりのあなたが、どうやってこの人と知り合ったの〜?」 「しっ、知りませんっ 存じませんっ」 「うわ〜〜、初めて見るよ。メリロットさんがあんなに慌ててる姿」 「ですねえ」 「記憶にないのも仕方がありません。なにせお会いしたのは、魔界でのこと。貴女様がとても小さい頃でしたから」 「私の過去を……!?」 「愛しきニベの末裔」 「な……それを、どうして……っ!?」 「私も是非、その親族に加えていただきたい」 「くっ……ううっ……」 「お、お断りします。もとより、それ以上この話を続けたら、業務執行妨害で追い出しますよ!」 「それは残念です。しかし、二人の関係はいずれ時が解決してくれることでしょう」 「もういい加減にしてくださいっ!」 「ねえ、あなた」 「これはこれは。またもや美しい御方に声をかけられて、今日は幸せで目眩を起こしてしまいそうです」 「そんなことは、どうでもいいの。で、メリロットのちっちゃな頃を知ってるのよね?」 「話したら許しませんよ!!」 「別にお漏らし話とか聞き出すわけじゃないわよぉ」 「メリロットよりも永く生きている……ということは。あなた、魔族よね?」 「はい。仰せの通りにございます」 「しかも相当の実力を持っていると見た!」 「恋の前ではいつも無力な男ですよ」 「確かメルファスさんも、七大魔将の一人だとか」 「お恥ずかしながら」 「それなら好都合じゃない!!」 「なにがです?」 「実力を計るいいチャンスだわ。ちょっと付き合ってもらいなさい!」 「お付き合い……?」 「そう! ボッコボコのベッコボコになって戦うの! この子達――クルセイダースとね!」 「なんと……!! 交際ならいざ知らず、女性に手をあげるなどとんでもない!」 「なによ。私の言うことが聞けないってのー?」 「私の手で女性の花を散らすくらいなら、私が塵へと還りましょう」 「チッ。じゃあ、こうしましょう。シンちゃんと一騎打ち! これなら文句ないでしょう」 「だから女性とは――」 「男です!!」 「いや、失礼。しかし……」 「な、なんですか、ジロジロ見て……」 「男子たるもの、引き際を見極めるのも肝心です」 「男子って歳じゃないでしょう」 「それに、どうやら生徒会長の君は、メリロット嬢ですら苦戦してしまう相手のようですから」 「え……そ、そうなの?」 「メリロットさんが苦戦するって……」 「まさか、それを知っていたから……」 「だから、教えてくれなかったんですね!!」 「そんなことはありません!!」 「まあまあ、図書館ではお静かにっ」 「くっ……。こ、こんな得体の知れない失礼な方の話を信じたりしたら、痛い目に遭いますよっ」 「けど、この人……リアの絵を見て評価できるのよ?」 「それがなんだって言うんですかっ」 「それだけ物を見る目があるということ。実際、リアの絵は世界の至る所できちんと評価されてるんだから」 「著名なコンクールで受賞なんか、ざらよ? もうトロフィーや賞状の置き場に困っちゃうくらい」 「それはお姉ちゃんが勝手に応募するからでしょーっ」 「そ、そうだったんだ……知らなかった……」 やっぱりリア先輩は、僕が思っている以上に高尚な存在だったんだ……。 「気にしないでシン君っ。別に誰がなんといおうと、私は好きで描いてるだけなんだからっ」 「その素晴らしさに興味がない……もとい、見抜けない誰かさんよりは、信憑性が――」 「わかりました。そこまで言うなら、教えて差し上げましょう」 「実力の差、というものを!!」 「よしっ、追いつめた!」 「なかなかやりますね……けど、それも全て計算済みです」 「最後まで気を抜いてはいけないということ、その身を以て知りなさい!」 「ギャーー!!」 メリロットさんのトラップが発動!! 「うへぇ」 「うわーー。ベッコボコ」 「くうぅ。やっぱり、まだまだか……」 「どうですか。あなたの力なんて、まだまだこの程度なのです。わかりましたね?」 「さっすが、私のメリロット♡ はい、タオル」 「そんなに汗かいちゃうくらい、本気だったのね〜」 「それに、罠を使うなんて、セコ過ぎるわ」 「あれも全て策の内なのです!」 「すごかったよ、シン君。あのメリロットさん相手に、ここまで健闘するなんて!」 「結局、負けちゃいましたけどね」 「ううん。今日は一人で頑張ったんだもん。すごい進歩だよ!」 「ちょっと教えたくらいで、これだもの。もしかしたらメリロットを越えたりなんかしちゃって!」 「そ、そうですね。魔王と呼ばれるくらいなんですから、私よりも強くなってもらわないと困ります」 「あら、開き直っちゃった」 「しかし、ここまで私を追い込んだのは称賛に値します。必要とあらば、私も手助けいたしましょう」 メリロットさんが仲間になった!! 「僕がメリロットさんよりも強く……」 「シン君、頑張ろうっ。私達も一緒に頑張りたいっ」 ソルティアとの対決は、僕達の成長を待ってはくれないだろう。 今は少しでも、強くなる為の時間が欲しい。 「というわけで、もうちょっとだけ特訓の時間をいただけないでしょうか?」 「どういうわけかは知りませんが、もう下校時刻はとっくに過ぎているのですよ」 「無理を言ってるのはわかっています。けど――」 「このまま図書館にでも泊まると。そういうつもりなのですか?」 「おお、それ名案かも!」 「図書館でのお泊まり会、楽しそうですね!」 「確かに――」 「って、遊びじゃないのよ!!」 「閉館後は安全管理の為、関係者以外は立ち入り禁止です。生徒がここで宿泊などもってのほか」 「だったらシンちゃんのお家でやればいいじゃない?」 「ヘレナ!」 「はぁい、メリロット。飲みに来たわよ♪」 「もう……生徒の前でそんな話をしたら示しがつかないでしょう」 「あんまり子供扱いしない方がいいわよ。もしかしたら、あなたよりも大人かもしれないんだから♡」 「それはどういう意味ですか」 「わからないところが大人じゃないって言うの」 何を話してるんだ。 「リアもよく行ってるみたいだし、しょっちゅうみんなで集まってるんでしょ?」 「そっか。自主的にやるなら、図書館でなくても出来るし……」 「ああ、いいなぁ〜〜。私も混ぜてぇ〜〜」 「お姉ちゃん、遊びじゃないからね」 「違うのですか!?」 「よし、帰っか」 「こら、待ちなさい!!」 「それに自主練習なんて、今まで十分やってたじゃない」 「この修行はね。メリロットが居てようやく成立するものなんだから」 「そうですけど……肝心のメリロットさんが――」 「行きませんよ。私にはやることがあるのですから」 「言うと思った♪」 「はぼ!?」 「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ!」 「『俺の奢りだ。釣りはいらねえ』」 「うわ……ラッパ飲み」 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん……」 「う……うぐっ、きゅう〜〜」 「良い子は真似しちゃダメよ♡」 「このまま拉致でもするつもりですか」 「ビンゴ♪」 「気絶してるじゃないっ」 「大丈夫。当て身で起こすから」 「やることがあるというのに、なんという仕打ち……」 「どうせ、あとは掃除でしょ。私達全員で手分けしてやればすぐ終わるわ。さあ、始めるわよ!」 「――で、僕がおんぶですか」 「だって男の子だもの」 いつも可愛いとか言ってるくせに、こういう時だけ男扱いするんだから。 「はふぅ〜〜♪」 「うう……酒くさい」 「あ〜ら、リア。どうしたの?」 「リアもおんぶして欲しいとか」 「ち、違うもん!!」 リア先輩をおんぶなんてなあ。そもそもリア先輩がいやがるだろう。 けど、おんぶだったら抱っこしてみたいなあ……って、いかんいかん! 「ねえ、ねえ。シンちゃん」 「は、はい?」 「リアは……結構、重いわよ♪」 「ちょっとお姉ちゃんっ! シン君に何話してるのよぉ」 「何も〜〜♪」 重いとかそういう言葉、姉からわざわざ言うなんて。 けど、そのくらいふくよかな方が僕としては……とか、いかんってば! それはリア先輩が好きだからというだけで、太めの娘が好きというわけじゃ……。 うう……なんだか、悶々としてきたよ。 「あれ……あの子」 「女子一人で、こんな時間に出歩くのは危ないわよ」 「問題ない。お前達こそ、何をしている」 「シンちゃんの家でお泊まり会よ♡ アゼルちゃんも来るー?」 「すぅ……すぅ……もっと飲ませろー」 「な、なんだい、ジロジロ見て」 「珍しいね、アゼルがついてくるなんて」 「ようやく私達の友情が実ったということですね」 「いかがしました?」 「えっ、い、いや……」 「よし、準備完了。あとはこの――」 「むにゃむにゃ……なんこつ唐揚げ……♪」 「た! た! た!」 「年長者としてだらしないわよ、メリロット!」 「痛いです、ヘレナ! もう……また私に薬を盛ったのですね……」 「元気の出る薬よ! さあさあ、さっさと特訓開始ぃ!」 「全く……いつもいつも強引なんですから……」 「あの、アゼルさん?」 「どうして今日は一緒に来たのかな?」 「それがどうした」 「いつも何を誘っても断るのに、今日に限って――」 「別にいいじゃない、そんなこと。女の子が多いに越したことはないでしょ。ねえ、シンちゃん」 「その質問を僕に聞きますかッ」 「そういうことだ。何も不思議ではない」 「リア先輩。僕は別にそんなこと、思ってませんから……」 「もぉ、シン君なんか知らないっ」 「ええ〜〜。なんで僕が怒られてるのっ」 「青春ね!」 「青春ですね!!」 みんなといるのも楽しいけれど、一番一緒にいたいのはリア先輩なのに。 しかし、今は恋愛にかまけている場合ではなかったのだ。 まずは魔王として立派になって、リ・クリエをなんとかして。 ソルティアやバイラスに打ち勝って。 それからリア先輩に打ち明けて。 そんなことをしている間に、リア先輩は卒業を迎えてしまう。 リア先輩と必然的に過ごせるのも、あと数ヶ月しか残ってないんだ。 のんびりもしていられない。 もっともっと、リア先輩との楽しい思い出を作っていきたいな。 そうするには、もっともっと頑張るしかない。 「以上となります。ここまではわかりましたか?」 「ええ、とっても素晴らしい講義をありがとう。じゃあ、そろそろ――」 「では、次の内容に移ります」 「ああん! もう、おしまいにしましょう、メリロット!」 「まだまだ夜はこれからですよ?」 「よし! とっておきの理事長権限を発動する!」 「残念ですが、ここは咲良家の敷地内です。権限は咲良くんに委ねられます」 「すみません。もうちょっとだけ……続けてもいいですか?」 「いいえ、ダメよ。そんな無理して詰め込んだら、せっかく前に覚えたことを忘れるでしょう?」 「焦らないでいいの。ゆっくり噛みしめて、吸収しなさい。早食いは栄養にならないんだから」 「お姉ちゃん。もっともらしいことを言ってるけど、本当はさっさと遊びたいんでしょう」 「ウヒッ」 「けど、シン君もシン君だよ。シン君も毎日、特訓と聖夜祭の準備で疲れてるでしょう? それなのに無理したら――」 無理したくなるのは、リア先輩と少しでも長く、一緒にいたいから……。 ぼ、僕はなんて恥ずかしいことをっ。 「そ、そうですね! また明日もありますしね」 「いえっふーー!! それじゃあ早速、飲み会を始めるぞう!!」 「わあ! 豪華なお食事がいつの間にか並んでいます!」 「さっき、ちょちょちょえーいってね」 「すごい。シンの台所、慣れてないと使いづらいのに」 「前にちょっと使ったことがあるから、大体は……ね」 ヘレナさんがうちの台所をいつ使ったのだろう? 「お、いい匂い!! アタシも仲間に入れて〜〜」 「おうおう、食いねえ! 飲みねえ!」 「お姉ちゃん。アルコールはダメだからね」 「大丈夫よ!! ナチュラルにハイだから!!」 それが、どうしてこんなことになるのだろう。 「うぉらーー、飲めぇーー。ぐへへへへ」 「こ、コーラはもう無理です……すやすや」 「牛乳いやあ……くぅくぅ……」 「すぅすぅ……パッキーさん♡」 「う……うう……死ぬ……」 「ふぅ……アルコールがなかろうが、ヘレナは暴れん坊ですね」 「メリロットさんはアルコールが入るとすごい変わりますけど」 「咲良くん。そのことは、くれぐれも他言無用にてお願いいたします。いいですね?」 「それでは図書館に戻りますね。ヘレナと皆さんのこと、よろしくお願いいたします」 「今日はありがとうございました」 「はい、失礼します」 「ねえ。今のアタシが聞いてたらまずかった?」 「内緒だよ」 「うん。オヤビンにしか絶対話さない」 「だから内緒だって!」 「あ、ああーー」 「ま、いっか」 「なにがいいの?」 「あれ、リア先輩……」 「い、いや……いつもリア先輩って――」 「いつも一番に寝るから、起きててびっくりしちゃった?」 「顔に書いてあるもん。バレバレだゾ♪」 「ねえ、シン君。ちょっと外に出ない?」 「シン君、こっちこっち」 誘われるままに、リア先輩の隣へ座る。 「ほらほら、見てみて〜〜♪」 白く細い指先を目で追った。 「今日も凄いね〜〜」 「ですね」 「こんなに降っているのを見るのは、生まれて初めてかも」 「僕もです。いつもは瞬きするとすぐ消えちゃうのに」 「すぐ次の流れ星が来るもんね」 「前のリ・クリエも、同じようなことがあったのかな?」 「先輩、前にあったリ・クリエのこと。知ってるんですか?」 「お姉ちゃんも生まれる前だったみたいだから、お母様に聞いた話になっちゃうけどね」 「もしかしてそのときに魔王の話を?」 「うん。お母様が見た魔王の話を聞いて、私とお姉ちゃんはずっと憧れていたんだよ」 「リア先輩のお母さんが見た魔王って、僕の父さんだったのかな」 「そうかもしれないね」 「その話、もう少し聞かせて下さい」 「うん。確か、お母様がピンチの時にね。魔王が助けに来てくれたんだって」 「それでもう胸キュンしちゃったみたい♡」 「その時、一緒に魔族退治を手伝って欲しいとお願いしたら、快く引き受けてくれたんだって」 「父さんは後先考えずに動くからなあ」 「くすくす……そういうシン君だって同じでしょ?」 「そうしたらね。流星町に同じ目的を持った人達が続々と現れて――」 「その人達が集まってクルセイダースとなり、前回のリ・クリエが事なきを得た」 「うん。けど、全部が終わった後に、み〜んないなくなっちゃったんだって」 「え!? そ、それってまさか、名誉の……」 「生きてる、生きてる でなきゃ、私達が生まれてないって」 「みんな、それぞれの暮らしに戻ったってわけか」 「うん……残念ながら、お母様の初恋は実らなかったんだけどネ」 クルセイダースは、リ・クリエの緊急時にだけ集められる組織。 このリ・クリエが過ぎてしまえば、クルセイダースは解散するのだ。 もう同じ目的を持った仲間が集まることはない。同じ喜びを分かち合うこともない。 同じ苦しみを乗り越えることもない。 辛いことから解放されるのに、どうしてこんなにも切なくなるのだろう。 それは、リア先輩と離れることになるからだ。 いつも側にいてくれた人が、いなくなってしまうからだ。 こんなこと、考えたりなんかしちゃ、本当はいけないっていうのに。 リ・クリエがこのままずっと続けばいいなと思う時がある。 離れたくない……。 全てが終わったとしても、リア先輩と一緒にいたい……。 「初恋……か……」 「私も同じ……かなぁ……」 「ええ!? ど、どういうことですかっ?」 「くすくす……秘密ぅ……」 「ええーーっ」 「……すぅ……すぅ……」 寝てしまった。やっぱり無理して起きていたのかな? 肝心なところで終わらせるなんて、焦らしにもほどがある。 けど、リア先輩の初恋と言えば、相手は大体わかっている。 魔王だ。 それが実らなかったということは、どういうことか。 遠回しに、僕とうまくはいきませんってことなのか。 ああ……。 だからって諦めるのはまだ早い気がする。 もうちょっと。あとちょっとだけど。リア先輩と一緒にいられるのだから。 憧れの魔王になんか負けられない。 というか、僕が魔王で魔王が誰で。リア先輩の言う魔王って、誰を指して言ってるのだろう。 あら……? よし! わからなくなってしまったぞ。 「このままじゃ風邪ひいちゃうな」 僕はリア先輩の体を抱えようとした。 さて。 おんぶしようか抱っこしようか。 悩んだ結果――。 「……よっと」 やっぱり恥ずかしいから、お姫様抱っこにした。 おんぶだとリア先輩と密着しすぎて恥ずかしくなる。主に胸がね。 これなら、恥ずかしいのはリア先輩の方だし。 でも、腕が太ももとふくらはぎに挟まれたり、背中でブラジャーの段差がわかったりと、こちらもなかなか侮れない。 うっかりホックをはずしてしまったらどうなるだろうとかって、いかんいかん! 「すぅ……すぅ……むにゃ、むにゃ」 なんというあどけない寝顔。年上で先輩ということを忘れてしまいそうになる。 僕の胸に手のひらを添えたりなんかしたら、ドキドキがバレてしまうじゃないかっ。 まあ、好きな子を抱っこして、ドキドキしなかったら変人だ。 「お、おも……」 「ふぁ……っ!!」 「はぁ……危ない危ない」 けど、僕だって男なんだ。 「よいしょ!」 好きな人を抱えられずに、恋愛なんて出来るものかっ。 「皆さん、おはようございます」 「おはようございまーす!!」 「図書館ではお静かに。さて、皆さんをここへ呼んだのは他でもありません」 「なんでしょう……?」 「今までずっと、過酷な試練をよくぞ耐え抜いてきましたね」 「まさか、これで終わりというわけじゃ……」 「終わりは始まりでもある。但し、その始まりは自分自身の手で切り開いていくものである」 「本日の夜に、魔法陣を破壊いたします」 「魔法陣……」 「ソルティアとパスタが仕掛けていた、あの魔法陣……だね」 「はい。それを破壊することで、魔族の企てを1つ阻止することが出来ます」 「けど、そうとなったら、向こうも黙ってはいない」 「確実に『ソルティアが妨害に現れる』でしょう」 「前にも話した通り、私は魔法陣の破壊に当たりますが、その間身動きを取ることができません」 「ソルティアが現れた場合は、クルセイダースの皆さんだけで対抗することになります」 「あのソルティアと、僕達だけで戦うんですね……」 「今まで培ってきたものは決して無駄なものではありません。自信を持って下さい」 「一人の力は微量かもしれない。けれども、それが束になって大きな力となれば、きっと勝てるはずよ」 「心の準備は――」 「いつでも覚悟はできています。そうだよね、みんな」 「そうですか。私の中にある敗北の可能性が消え去りました。抜かりはありません。必ずうまくいきます」 「こなしてみせますっ」 「わかりました。それでは作戦の概要を説明いたします」 わざわざ相手の目的を阻止しに参るというわけだ。 相手の罠にかかることを見据えて行動する必要がある。 封じてくるのは、確実に魔王の力。魔王という未知数を押さえ込むのが、ソルティアの目論見であることは間違いない。 しかし、メリロットさんは言っていた。 まさか、他のクルセイダース――リア先輩達が戦力となり得ることまでは読み切れていないだろう。 私ですら、その現象を見抜けていなかったのだからと、さも当たり前のように言う。 ソルティアがその答えを導き出している確率はゼロに近い、と。大層な自信家だ。迷いもなく語る仕草が、頼りになる。 そもそも、僕が一人いたところで、何も出来るわけがない。 みんなが側にいて初めて魔王という僕が生まれる。 そんなこと、僕達は生徒会設立当初から気づいていたこと。 自分の力だけしか信じていない者達が相手なら、勝機なんていくらでもある。 さあ、真価を試す時が近づいてきた。 僕達の絆が、逆襲の狼煙をあげる。 彼の地は静寂に満ちていた。 「第1チェックポイント。非常に強い魔力が立ちこめています」 メリロットさんが人にあらざる言葉を語り始めると、 そして、魔力の支柱――楔のように打ち込まれた魔法陣の一角が姿を現した。 「私に気配を知らせて、誘い込んだつもりかもしれないけれど」 「そこは既に私のテリトリー。遂に現れたわね」 メリロットさんから魔力が薄れていく。同じくして、僕の体からも大いなる力が抜けていった。 「あなたぐらいの実力者であれば、天使に近づけたかもしれないのに」 「そのようなもの、私は興味がありませんね」 「それで『魔女』の地位に堕ちた」 「リ・クリエに縛られし一族。夢も希望もなくした自分の顔を、一度でも見たことがある?」 「余裕があるのは魔王という駒が手の内にあるからでしょう」 「私を越える存在を布石と言えますか?」 「しかし、ここは結界の中――魔力を無効化する空間。魔王が魔法に着手することなど、とうに見越していた」 「霊力を持つあなたは、そこで活動を許されるというわけですね」 「あなたも天使の資質を見限らなければ、まだ生きていられたものを」 「ただし、あなたは所詮贋物ですよ。本気の力を出せるわけがありません」 「無力な者を相手にするなら十分過ぎる力」 「そうはいかない」 「天使の威を借る者が、私に勝てると思っているの?」 「あなたに無いものが、僕にはあるから」 「粋がるな、魔王!!」 「シン君には、私達がいるから」 「人間のくせに生意気な事を」 「あなたは魔王の力をはき違えています。それは私の予想をも裏切る結末でした」 「なんですって?」 「咲良くんの言葉通りです。魔力など、それを引き出すきっかけに過ぎなかった、と」 失われたはずの力を呼び戻す。 「時として、知識が可能性を阻害してしまう」 「……それが何だというの?」 「結界を解除したのですね。なかなか勇気のいる選択ですが……」 「どこへ行くの、メリロット!」 「私がいなくても、事が足りるでしょう。クルセイダースがあなたの相手になります」 「ふざけないで!!」 「……!! まさか、魔法陣を……?」 「それではクルセイダースの皆さん、後はお任せいたします」 「それなら好都合……メリロットはまだ、〈あのこと〉《》を知らない」 「何を笑っているっ」 「油断がなければ、恐れることはないもの」 「今までの僕達と思うな!!」 「見せてあげるわ。あなた達がまだ知らない未知の領域を」 「張り巡らせた罠は、これだけに限らずよ」 「その猛攻に耐えられるかしら?」 「絶対に勝つんだっ。行こう、みんな!!」 「くっ……。くぅ……っ」 「どうやら勝負があったようですね」 「メリロットさん、魔法陣は破壊できたんですか!?」 「いいえ。破壊はしていません」 「えっ。ど、どういうことっ?」 「なるほど……そういうこと……魔法陣でないとするなら、あなたの真の目的は……」 「なぜ姿を現さないのです? バイラス!!」 「来るはずがないわ……。今頃、高見の見物をしているでしょうね……」 「どういうことですか? あなた達は仲間だったはず」 「教えなさい、ソルティア!」 「くすくす……その苛立ちは、自分に相当自信があったようね。あなたも所詮、等身大でしか生きられない……」 「いいから答えなさい!!」 「誰が……魔族の言うこと……など……」 「き、消えた……」 「素体が魔界に帰還したようです。破損したあの様子だと、もう人間界に足を運ぶことすらままならないでしょう」 「メリロットさん。魔法陣は破壊しなくても良かったんですか?」 「申し訳ありません。騙すつもりは無かったのですが、あなた達はソルティアに集中して頂きたかったのです」 「私はバイラスと戦う為の準備を。しかし、来なかった。仲間であるソルティアを見捨てたのです」 「助けにこなかったということは、バイラスにとって、この魔法陣は必要ないんでしょうか……?」 「わかりません。いったい、何が目的なのか……」 「しかし、あなた達は見事ソルティアを撃破できましたね」 「あ、そういえば」 「そうだったわね」 「びっくりです。会長さんが側にいるというだけで、こんなにも力が溢れてくるなんて」 「僕もいつも以上に魔王として戦えた気がする」 「気のせいじゃないよ。相乗効果をもたらす、これが魔王が持つ本当の力……」 「おめでとうございます。クルセイダースの皆さん」 「あっ……ありがとうございますっ」 「やったね、シン君! リベンジ大成功♪」 「ええ……はい!」 「あんなにも強かった相手に勝利してしまうとは、もうクルセイダースは無敵ですね!!」 「当然よ。私達に敗北の文字はないんだから」 「では、勝利を記念して打ち上げといこう!!」 「もちろん、シン君のお家で、ね♡」 「いえーーい!!」 「ソルティアは去った。しかし、まだバイラスがいます……」 「バイラスはソルティアも差し控えるほどの実力を持っている……クルセイダースが相手でも、どうなるか……」 「いいえ、まだ望みはあります……。今はただ、素直にその成長を喜ぶとしましょう」 「メリロットさんも一緒にどうですか?」 「え……。が、学園外に出るのはあまり――」 「行きましょう、メリロット! あなたの引きこもり癖を直すいい機会だわ♪」 「へ、ヘレナ!? いつの間に!?」 「ほら、行っくわよーー!!」 「ああああアーーッ」 「おはよう、アゼルっ」 「ごめん! ちょっと急いでるからまた後で」 「よし! 特盛りキャベツパンをゲット!!」 「混んでるのに珍しいね、アゼル。けど、ごめん! ちょっと用事があるんだ、じゃあね!!」 「授業終了、また明日!」 「アゼルも部活か何か入ってみるといいよ。掴め、キラキラの学園生活。それじゃ!」 「ま、待て……!」 「まさかこのような事態に陥るとは……」 「アゼルちゃんも、置いていかれる者の気持ちがわかったかなー?」 「何を言っている?」 「シン君とお話したかったんじゃないの?」 「私は何でもお見通しなんだよー」 「行動だ。もはや動かなくてはならないな……」 「アゼルちゃん?」 「シン君ならね。たぶん生徒会室にいると思うよー」 「生徒会室だと……?」 「ねえ、シン君。当日は仮装するんだよね?」 「お手洗いとかにハンガーとか置いておくといいかもね」 「なるほど! よく気がつきましたね」 「あたーーっ!」 「ほら、立って。もう一度初めからやり直し」 「やっぱダンス無理!! アタシの柄じゃないし!」 「これくらい、女子としての嗜みよ。頑張りなさい」 「副会長さんは厳しいですね〜〜」 「次はロロットさんの番よ」 「私は優しい先輩さんに教えてもらいますから」 「ダメよ、そんなの! ちゃんと順序を追って、お姉さまに失礼のないようなダンスが踊れるようになってから!」 「あ、あはは……」 僕も先輩から教わる前に、最低限は出来るようにならなくちゃな。 「おや、珍しい。どうしたの」 「咲良シンはどこだ」 「フィーニスの塔で待っている」 「人気のないところで、どうするつもりなの?」 「もしかして愛の告白ですかーー!?」 「いや、さすがにそれはない」 「待っている」 この感じ……魔力に反応した!? 「もしかして、アゼルも魔族なのかな……?」 「今、感じたんです。魔族が現れた時の感覚が……」 「アゼルさんが、わざわざそれを知らせに来たっていうの?」 今のは何かのメッセージ? いや……アゼルが遠回しな方法を取るとは思えない。 「私もね。最近、ちょっとアゼルさんのことが気になってたの」 「アゼルが僕を呼んでいる……いったい、何の為に……?」 「お姉ちゃんに……メリロットさんに報告しよう」 「うん。そして、みんなで行こう」 「なるほど。皆さんでアゼルさんの告白を応援しようということですね」 「違うよ、ロロットちゃん」 「一人で勝てるのか?」 「ソルティアを打ち負かした者達に加え、あのニベも現れるかもしれない」 「何をそんなに焦っている」 「焦りなどない」 「お前の目的を果たすまでに、まだ日はあるのだろう」 「まさか、俺の邪魔をする気だと言うのか?」 「話す言葉はない」 「それなら、お前が代わりになってくれるんだろうな!」 「アゼル!!」 「バイラス!!」 「アゼルから離れろ、バイラス!!」 「来たか、魔王」 「僕が来るとわかっていたのか」 「シン君がさっき感じたのは……」 「わかりやすい反応だ。これならいつでも魔王と会える」 「バイラス……あなたはいったい、何を考えているのです?」 「アゼル、大丈夫かい?」 「バイラスは常人とは違う。危ないから下がっていて」 「構うなと言っている!」 「そんなこと出来ない!」 「放っておけばいいものを、なぜ守ろうとする」 「放っておけない性分なんだ。それが友達だったら尚更のこと」 「……友達だと?」 「私の問いに答えて下さい、バイラス。あなたの目的は何なのです!?」 「……黙れ」 「っ……」 睨みを利かせただけでも背筋が凍り付く、圧倒的な威圧感。 あのメリロットさんが気圧されている……? けど、このまま尻尾を巻いて逃げるものか! 「アゼルさん。早く安全な場所へ――」 「う、うるさい! 私に触れ――ううっ」 「消えろ!! あっ、ぐ、ぐう……!」 「生半可な志が拮抗しているのだな」 「な、なにを言う……!」 「そのような状態では、今の魔王にすら及ぶまい」 「ふざけるな!!」 「バイラスのことは僕達に任せて!! だからアゼルは――」 「お前達で抗えるものか……! 今すぐ立ち去れ!!」 バイラスから戦う意志が感じられない。 茶番劇を見ているような蔑んだ瞳。そして僕に向けられる好奇心の眼差し。 何を考えているのかも答えず、それを聞き出せる手段もなく。 バイラスは淡々と、己の志が意図する必要最低限の言葉でしか語ろうとしない。 戦いの中で真理を見出すことしか、今の僕達に出来ることはないと確信する。 しかし、苦しむアゼルを放って戦いを挑むわけにもいかない。 「次に会う時を楽しみにしているぞ」 「ま、待ちなさい……バイラス」 か細い声ではバイラスを止めることは出来ず、その威風堂々とした姿を見送ることしかできなかった。 熾烈な争いを極めるのは必至。 真実を追い求めるメリロットさんが手を出さないのも、勝てる見込みがなかったということなのだろう。 結局、ソルティアに勝利したところで、問題は何一つ解決していなかったのだ。 「アゼル……大丈夫?」 「……触れるな。一人で歩ける」 アゼルもまた、いつものようにそっけない態度を保ったまま、消えていく。 しかし、いつも後ろ姿から垣間見えていた自信は、僅かに霞んでいたような気がした。 「結局、アゼル。学校、来なかったね……」 「いつものアゼルさんと違って、ずっと様子がおかしかったし……」 「もしかして、人間界に降りた時の弊害が起きているのでしょうか……」 「寮にも行ってみたけど、いなかったよ」 「アゼルさん……私達に、何か隠しているんじゃないかな?」 「そうでしょうね。アゼルとバイラスは、あの場で初めて会ったわけじゃない」 「前から知り合いだったっていうこと?」 「おそらく、ね。そしてお互いの目的を理解している」 「とすると、アゼルさんの目的を阻止しようと、バイラスが襲ったということね」 「許せません! よりにもよって、アゼルさんをつけ狙うなんて」 「一刻も早くアゼルを見つけて、アタシ達が守らないと」 「また襲われたら大変だものね」 「それはどうかしら」 「あ、お姉ちゃん」 「敵対する者同士で、お互いの目的を語り合う機会があると思う?」 「あくまで仮定なんだけれども。私達は今、無条件でアゼルちゃんを味方だと思いこんでいる」 「アゼルが敵だって言うんですか?」 「少なくとも、私達の目的とは方向性が違うわ」 「そしてバイラスという男には、深い信念を感じます」 「ごめんなさい。あなた達に友人を疑わせてしまうのは偲びないのだけれど……」 「アゼルさんがバイラスと協力していたという可能性が生まれたということです」 「アゼルがバイラスと……」 「そ、そんなことはありません!! アゼルさんが、そんな……」 「どうして、そのようなことが言えるのです?」 「それは、その……」 「ロロットちゃん。あくまで仮定の話よ。落ち着いて考えましょう」 「けど、仲間だとした時に、アゼルを襲う理由がわからない」 「バイラスはその仲間であるソルティアですら見捨てています。助けると思っていた私の誤算です」 「察するにね。そもそも、バイラス達には、私達が日々感じている仲間意識などなく――」 「目的を果たす為に出来た友好関係。それはいつ裏切ってもおかしくない程度のものだったということよ」 「そんなの……」 「僕は、そんな力を前にして、怖じ気づいていたというのか……」 「メリロットさん。僕はバイラスに……負けられない。負けたくない!」 「強くなりたいと。それこそ、私を超えるくらいに」 「当然です。だってそれは――」 「ロロット」 「そしてリア先輩と」 「バイラスと戦うのは、僕だけの力じゃないのですから」 「私を越えたからといって、勝てる保証はありませんよ。それでもバイラスに挑む、というのですね?」 「たとえ確率が1%でも、試す価値はきっとありますから」 「あ〜ら、真似されちゃったわね」 「……今までのものは、ほんの序の口です。以降の泣き言は受け付けませんよ」 「あ、いっけない!」 「ん……どうした、魔王様」 「ヘレナさんに、予算計画渡すの忘れてた」 「バイラスとかのことで頭がいっぱいなんだ。しょうがないぜ」 「あまりそれを言い訳にしたくないないんだよね。学生の本分は生徒会活動だし」 「まぁな」 「って、オイ!!」 自宅に電話したら、まだ姉妹揃って学園にいるとのこと。 Bダッシュで理事長室へと。 うっすらと、やけにムーディでリズミカルな音楽が流れている。 ま、まさか学園の七不思議……? ひ、ひぇえっ、早く理事長室に行かないとっ 「ししっ、失礼しますっ」 「いらっしゃーい♪」 「こっこ、こんな時間に、手を繋いで抱き合ったりなにやってるんですかっ」 「まさか禁断の姉妹愛……!?」 そんな……やっぱり、リア先輩は聖沙が描いていたような―― 「違うのシン君! 変な誤解しないで!」 「じゃあ、何してたんですか?」 「そ、それは……これは、えっと……」 「『おい、例のブツはまだか?』」 「あ、ああっ。すみません、すみません」 「はい、ご苦労様♪」 「お姉ちゃん。シン君が来るの、知ってたんだ」 「ええ、そうよ。お母様から連絡があったし」 「それならそうと最初から言ってよ、もお!!」 「で、先輩はヘレナさんと何をしてたんですか?」 「ああ、シンちゃん。寒いから、そこのストリチナヤ飲み干してから帰るといいわ」 「はい、ありがとうございます。ごくごく」 「おぉーい、ちょっと待てぇー!」 「ぷはーーッ!!」 「うま――」 「す、ストリチナヤって何ですか?」 「ウォッカよ……冗談だったのに……」 「へぶッ」 「よし、これでリアの秘密は守られた」 「よしじゃないよ、もお!」 「じゃあ後はよろしくぅ!」 「ちょっ、こらっ。逃げるなーー!」 「……もぉ……お姉ちゃんったら……」 「シン君、大丈夫?」 「良かった……寝てるだけみたい……」 「ん……んん……リア先輩……」 「……! 寝てる時まで私のこと……」 「ほっぺなら、セーフだよね……」 「担架持ってきたわよ〜〜」 「あああああ、わわわわわ!」 「メリロットさんがいない……」 「おかしいね。いつもなら、ここいらでどんと構えてるはずなのに」 「お手洗いにでも行ってるんでしょうか」 「それにしても遅すぎるわよ」 「メリロットの威厳を守る為にも言っておくわ。あの娘はトイレで――」 「何もしませんし、お手洗いでもありません」 「あら、お帰りなさい♪」 「ヘレナの話を鵜呑みにしてはいけませんよ。根も葉もないことばかり言うのですから」 「まだ何も言ってないわよぅ」 「狼少年の話、知ってる? 肝心な時に、信じてもらえなくなっちゃうんだゾ」 「あらん、妹に諭されちゃった」 「えっへん! 妹だけど、みんなの前では立派な先輩だもんっ」 「ええい乳ばっかり立派になって! けしからん! けしからんぞ!」 「や、あぁん! やめてよお!」 「あ、あの……それで、メリロットさんは何を?」 「問題が起こりましたので、原因の究明をしていたのです」 「問題……!?」 「昨夜から魔法陣の破壊を行っていたのですけれど、それがうまくいかなかったのです」 「そんな……!」 「だとしたら、まだリ・クリエを悪用できてしまうということですかっ?」 「慌てないで下さい。問題といっても、解決すればいいのですから」 「なるほど。それで調べていたというわけですね」 「はい。どうやら、魔法陣には魔力の他に、霊力で細工が施されていて、破壊を防いでいるようなのです」 「霊の力ということは、天使の誰かが……」 「わ、私じゃあ、ありませんよ!?」 「誰も何も言ってないって」 「しかも限りなく純度の高い霊力で、その概要ですら読み取ることが出来ないのです」 「鍵をはずそうにも、鍵穴が見えなきゃ何も出来ないってことね」 「そこでですね。ロロットさんのお力をお借りしたいのです」 「やっぱり私を疑ってるじゃありませんか〜〜!!」 「違いますよ、ロロットさん。天使でなければ解くことが出来ないのです」 「どうですか……?」 「うう〜〜ん。うっすらと、ぼんやりとしたものが見えますけれど……」 「それを言語として訳することは出来ませんか?」 「ごめんなさい……会長さんの家でテレビゲームをし過ぎたせいか、どうやら視力が悪くなってしまったようです」 「僕のせい!?」 「ロロットさんは、人間界に来てからどのくらい経っていますか?」 「もうすぐ1年くらいでしょうか」 「霊質が物質に。より、人間に近いものへと変わりつつあるようですね」 「そ、そうなのですか!?」 「このままじゃ、ロロットちゃんが天使じゃなくなっちゃう……」 「まあ、別にいいですけど」 「あっさり!?」 「人間界にいるほうが楽しいからいいのです。それにエミリナも――」 「あ、電話みたい。ちょっと、ごめんなさい」 「霊力が仕込まれているのは、この魔法陣を作ったのがソルティアだったからでしょうか?」 「彼女は天使に近しい魔族というだけで、ここまでの業は施せません」 「だとすると、別に天使が絡んでいるということになりますね」 「ソルティア、バイラス……そして不確定要素のアゼルさん以外にも、この計画に手を貸している者が……」 「メリロット。アゼルちゃんが天使という可能性はないの?」 「なるほど。だから、ヘレナは何の疑問も感じずにアゼルさんの編入を許した、と」 「ちょっと。それは買いかぶり過ぎ。さすがの私だって、会ったその日に判断できないわ」 「けれど、ただものでは無いことを薄々感じていたというわけですね」 「お姉ちゃん……どうしていつもそういう大事なことを教えてくれないの?」 「だって、確証がないんだもの……変な噂になったらアゼルちゃんが可哀想でしょ?」 「じゃあ、どうしてアゼルの入学を認めたんですか?」 「だって可愛いんだもの」 嘘か誠か、どちらにしてもヘレナさんだけは敵に回したくない。 「けど、アゼルが天使だというのもまだ決まったわけじゃないでしょ?」 「いえ。同じ天使であるロロットさんの表情を見ていれば、なんとなく想像できますね」 「アゼルは……天使なの?」 「けど、アゼルさんとは天界で会ったことがないのです。人間界で初めて知り合いました」 「お互い、天使であることは秘密にする約束をして……」 「天使と魔族が協力して、リ・クリエをどうしようというのでしょう……」 「大丈夫ですよ。同じように、天使と魔族……そして人間が手を取り合ってそれを阻止しますから」 「それが魔王――いや。僕達、クルセイダースの役目なんですよね、リア先輩」 「せめて魔法陣だけでも壊すことが出来ればいいのですが」 「お役に立てなくて、ごめんなさい……」 「ううん。ロロットちゃんは何にも悪くないよ」 「けど、テレビゲームは1日1時間、だゾ♡」 「はうう〜」 「姉上〜〜!! ロロット殿〜〜!!」 「あれ? 紫央ちゃん」 「こっちよ、紫央!」 「さっきの電話、紫央ちゃんから?」 「ええ。なんかロロットさんを探している人がいるんだって」 「ロロットを?」 「エミリナ!?」 「いやはや、失敬。まさかロロット殿のご友人であるとはつゆ知らず」 「なにをしたの?」 「威嚇を少々」 「もう! 誰彼構わず突貫するのはやめなさい!」 「ご無礼!!」 「――で、エミリナは学校で迷子になっていたと」 「はい……一度でいいから、ロロットの言っていた学校というものを見てみたくなって……」 「不法侵入ですよ、エミリナ。学園の支配者、理事長さんに見つかったりなんかした日にはもう大変なんですから」 「おやおや。奇遇ですね、理事長さん」 「ひっ、ひえええええ!!」 「あなた、もしかして……」 「わ、私は法の名の下に裁かれてしまうのでしょうか……」 「ううん。可愛いから許しちゃう♪」 「そ、そうなんですか? ホッ……」 やっぱりアゼルの編入を許可した件は、脊髄反応だったんだな。 「エミリナちゃんは……ロロットちゃんのお友達?」 「私達は何を隠そう、幼馴染みなのです!」 「……ってことは、天使なんだよね!?」 「はう!!」 「エミリナさん。少しご協力いただいてもよろしいですか?」 「そうです! エミリナだったら読めるかもしれません!!」 「これは現代語に表せません。文字でもよろしいでしょうか?」 「なんて書いてあるかさっぱり読めないや」 「ガイドブックに書かれている文字と同じですね」 「そうなんだ。凄いね、ロロットちゃん」 「意味はさっぱりわかりませんが」 「ありがとうございます。これで――」 周囲が目映い光に包まれた。 光だというのに、冷たくて重苦しい空気に満ちていた。 渦を巻くようにしながら、程なく消えて行く。 メリロットさんが書物を片手に、大きく息をついた。 「実証されました。この魔法陣に仕掛けられた封印は、天使の手に因るもの」 「流星町に現れた天使……ロロットさん、エミリナさんの両人でないとするならば――」 「やはり、この封印を施したのはアゼルさんの可能性が高いですね」 「だとすれば、なおさらアゼルを放ってはおけないっ」 「やっぱりみんなで捜そうよ!!」 「いいえ。アゼルさんのことは、私に任せて下さい」 「あなた達は、バイラスのこと。そして、聖夜祭を成功させることにだけ、集中するようにして下さい」 「でも……っ」 「そうしなければ、どの目的もどっちつかずのまま、時を迎えてしまいますよ」 「仮に天使だとすれば、自ずから動き出すことでしょう」 「様々なリスクを背負ってでも、人間界へ降りてきた。ある目的を遂行するために」 「アゼルさんの居場所は、大体見当がついています。しかし、その場所を咲良くん達に教えたら……」 「きっと彼女を救うために向かうでしょう。しかし、アゼルさんが敵だとした場合に――」 「天使として……種族の誇りを捨ててまで、魔族と共にリ・クリエを成し遂げようとするあの覚悟」 「何かとても大きな存在を背負っているとしか思えません。咲良くん達の説得に応じる可能性は低い」 「だから、その手を汚すのは私だけで十分なのです。忌み嫌われるのも、日陰者の私だけで十分」 「ごめんなさい……私はもう、光を避けすぎて心が歪んでしまったのかもしれません」 「そんな心配そうな顔をしないで下さい。大丈夫ですよ。アゼルさんは、私がきっと助けてみせますから」 「くっ……なんなのだ。この痛みは、なんなのだ……」 「やはりあの男が、あの者達の存在が作用しているのか……」 「わからない……どうして私の魂が、意志を拒んでいるというのだ……」 「これ以上……あの存在を認められない……」 「主よ……私は恐れてなどいない……」 「所詮、お前もただの天使と変わりないということか」 「天に縋り、救いを乞う姿はまさにそれだ」 「魔族が痴れた事をほざくな」 「魔法陣が破壊されたことは知っているだろう」 「……知っている」 「それでお前の望むものが成就できるというのか?」 「私は一人でも成し遂げてみせる」 「俺はリ・クリエに誘われて姿を見せるという、魔王に会いたい。ただ、それだけだ」 「見当はつけていたのであろう。それで満たされたのではないのか」 「俺が求むるのは、真なる魔王」 「まだ時は満ち足りていない。俺もまた満たされるはずもない」 「それでいて、バイラス。お前は己の欲求を満たさんが為に私の邪魔をするのか?」 「アゼルよ。お互いに目的を達することが出来ればいいのだ。邪魔をするつもりはない」 「お前は過去最大級のリ・クリエを引き起こすことを望み――」 「俺はリ・クリエに起因して最たる強さを誇るという魔王と勝負がしたい。それに間違いはないはずだ」 「愚かな望みだ。生きることよりも、戦うことを第一に考えているとは」 「はははは、世界に制裁を下さんとする者が何を言う! 生を語るというのか?」 「その愚情が、己を苦しめているのだぞ」 「それでいながら、なぜ魔王をつけ狙う」 「魔王の相手は、俺だ」 「私の目的を阻害する存在は排除せねばならない」 「契約は破棄ということだな。それなら答えは至って簡単だ」 「私と対等に交渉が出来ると思っていたのか?」 「それで導き出した答えは実力行使か。天使のくせに無粋な真似をする」 「だが、嫌いではない。むしろ、強者と戦えることを喜びに感じているぞ!」 「……っと。お姉ちゃん、どうかなぁ……?」 「ほんの数日で完璧にマスターするとは、なんて恐ろしい子! さっすが私の妹ね!!」 「誉めるのか貶すのか、どっちかにしようよ」 「これでもう恥をかくこともないでしょう」 「うんっ♪ 教えてくれてありがとうね、お姉ちゃん」 「けど、あとはそうね……本番でうまくいくかどうか」 「もう明日か……ダンス講習会」 「は? 何言ってるのよ。シンちゃんに教えてあげるんでしょう?」 「シンちゃんの前で上手に踊れるかが、一番の問題よね……」 「な!? ど、どうしてそうなるのっ」 「だってシンちゃんの前で格好つけたかったんじゃないの?」 「そ、そんなことないもん」 「ふ〜〜ん」 「な、ないんだもんっ」 「顔真っ赤。そんな調子じゃ、きちんと踊れないわよ?」 「うっう〜〜」 「ほら、まだ残ってるだろうから。しっかり、教えてあげなさい♡」 「も、もぉっ! 大丈夫だってばあ!!」 よし、明日の講習会のプログラムはバッチリ。 あとは生徒会長として、見本になれるようなダンスが披露できれば最高なんだけど……。 「結局、リア先輩。教えてくれなかったな……」 って、またリア先輩に頼ろうとしてる! 自分で頑張らないとっ。 「ねえ、パッキー。一緒に踊らないかい?」 「ぐおおおお。ぐおおおお」 「……しょうがない、一人で頑張ろう。アン、ドゥ、トロア――」 「あだ!!」 「今の……見ました?」 「うん。バッチリ……」 はぁぁ……よりにもよってリア先輩に、格好悪いところを見られるなんて。 「ダンスの練習……してたんだ」 「すぅーーっ、はぁーー」 「ねえ、シン君。ちょっと中庭に行かない?」 「ほら、こっちこっち!」 「は〜〜い、お手♡」 「音楽ないけど、リズムだけなら取れるでしょ?」 「それは、もしかして――」 「そう♪ リア先輩のダンス講習会〜♪」 「って、もう明日が本番になっちゃったけどね」 「いや……いいんですよ。本当はリア先輩に教えられなくても立派にできなくちゃいけないのに……」 「結局ずっと、リア先輩に頼りっぱなしで、僕……」 「私は頼られて嬉しいよ?」 「けど、それは僕が後輩だから……なんですよね」 「踊ろうよ、シン君」 差し伸べられたその手に僕は吸い込まれていく。 手の甲を覆うようにして包み込む。 「私がリードするから、頑張って前に踏み込んできて」 「右回転でいくよ」 腕が引き寄せられ、リア先輩のリズムに乗っていく。 「そう。背筋を伸ばして、つま先付いて――」 「んんっ!?」 「それじゃあ胸張りすぎだよ♡ 落ち着いて。ほら、足を閉じる」 「わわ!」 ぐんっとリア先輩が近づいてきた。 「今のタイミングで一歩下がるの。押してもダメなら引いてみよう、ってね♪」 リア先輩の柔らかく温かい手。 「あっ、ダメ。もう次は左回転に」 「え――」 足が絡まって体勢が崩れてしまう。僕は慌ててリア先輩の腰を抱きとめた。 転倒せずに済んだものの、ダンスは止まってしまった。 「これじゃあ、練習になりませんよね……」 「私が転びそうになっても、ちゃ〜んとシン君が支えてくれる」 「シン君は、私に頼られても嬉しくないかな?」 「やっぱり、先輩だから?」 「私はシン君だから頼りたいし、シン君だから頼られたいよ」 「先輩じゃなきゃ、頼ってもらえないなんて……そんなの悲しいもん」 「それは僕だって同じです。後輩でなかったら、リア先輩に構ってもらえない」 リア先輩がリズミカルに腰を昇降させ、僕もそれに釣られるようにステップを踏んでいく。 「本当はね。私……ダンスは全然、踊れなかったんだ」 「けどね。シン君に頼られたいから、頑張ったんだ」 「そ、そんな……。やっぱり、リア先輩は凄いや……」 「凄いのは、私を踊れるようにしてくれたこと。シン君がいなかったら、全然踊れなかったってことだよ?」 「こうやってね。シン君と一緒なら、私……なんだって出来そうな気がするもの!」 僕だって、リア先輩がいてくれたから出来たことがたくさんあるんだ。 キラフェスを成功させたこと。 生徒会活動に気を取られていても、テストでいい点を取れたこと。 魔王のこと。 そして、今年の聖夜祭を成功させたいと思う気持ち。 リア先輩が一緒なら、どんな難関だって乗り越えられる。 「んっ……」 リア先輩が踏み込んできて、顔の距離が一気に近づいた。 「さっきも言ったよね? 今のは一歩下がらなきゃダメだって」 こつんと額を合わせる。 「ごめんなさい。僕……どうしてもリア先輩と……」 「うん……私も、こうしてシン君と踊りたかったから」 「これじゃあダンスになりませんよ」 「リア先輩が、こんなにも近くにいるから」 吐息が吹きかかる距離にいる。 鼻の頭が触れ合い、愛しさが募っていく。 その唇にキスがしたいのに。恥ずかしさも相まってお互いに焦らそうとする。 「ダメだよ、シン君……こういうのは、男の子から……」 「すぐそうやって、都合のいいときに男扱いするんだ」 「だって、女の子だもん……。シン君にとっては先輩かもだけど、やっぱり女の子でいたいもん」 「僕はずっと、リア先輩のこと……女の子として見てました。こんなにも優しくて暖かくて――」 「好きです。リア先輩」 震える肩を抱いて、唇を寄せていく。 「え……やだ……」 言葉とは裏腹に、先輩の体からは力という力が抜けて、全てを僕に任せている。 苦し紛れに放った台詞は先輩という肩書きがした、最後の抵抗だった。 「ん……んむ……ぷはっ。はぁぁ……」 唇が触れた途端に頭が真っ白となり、その感触を楽しむ間もなく離れてしまう。 「もぉ……いきなりキスするなんて、ずるいよぉ……」 「ぼ、僕だって男なんですから……っ」 「私……まだ返事してないのに」 「先輩、嫌がってなかった」 「ダメだよ、強引にするなんて。そんな風にされたら、もっともっと好きになっちゃう……」 「僕、初めてだから、どうすればいいのか、わからなくて……」 「私だって、初めてなんだよ。だから、大切にしてね……んっ」 今度はリア先輩から唇を押しつけてきた。 「んむっ、んっ、ちゅっ……ちゅっ……んふぅ……」 リア先輩は柔らかい唇で、僕の口元を何度もノックをする。 「んっ……ちゅっ、ちゅっ……んっ、むっ、ふぅぅ……」 辿々しいキス。僕はその様子を見て、緩やかに緊張が解れていく。 本当に初めてで、とても必死なその姿。 いつもリードされっぱなしだけど、色恋沙汰にはめっぽう弱い。 「む……んむ、ちゅう……ちゅるッ」 油断していると、唇に湿った何かが触れた。 そして僕の唇をかき分けて、侵入をし始める。 「むう……ん、んちゅぅ……んっ、ぷるるっ、るれろ……ん、んむぅ……」 リア先輩が僕の口内で縦横無尽に動いている。 僕は温かくて心地よい感触に満たされ、その行為にただ身を任せているしか出来なかった。 「ん……ぷっ、はぁ……」 「ど、どうかな……?」 「お、大人のキス……」 「……うふふ♡ だって、私の方がお姉さんだもん♪」 ダンス講習会当日。 頼りない生徒会長を押しのけて出てきたのは―― 「今日は特別講師を用意したわ!!」 ヘレナさんが女性役、リースリングさんを男性役として、見本となる踊りを披露する。 しかし二人のダンスは、誰もが羨むほどに華麗で美しく、そしてなによりもハイレベルな内容だった。 当然ながら、誰も真似することができず…… 「じゃあ、みんな。音楽に合わせて踊っちゃお〜〜♪」 リア先輩の指導のもと、みんなが気楽に楽しめるダンスを覚えていった。 「お〜〜い、パッキー。ご飯冷めちゃうぞ〜〜」 「穏やかな寝顔だなあ……」 彼に真実を伝えるのが怖いけれど、早いうちにしないとな。 「さて、そろそろリア先輩を迎えに――」 「ん? 誰だろ」 「あれ? 誰もいない」 「だ〜〜れだ♡」 「うわ!!」 この声は―― 「えへへ、来ちゃった♪」 「一緒に学校行こ♡」 「先輩の家、学校のすぐ隣じゃないですかっ。一緒に登校するなら僕が迎えに行きますよっ」 「学校に着いたら、すぐ離ればなれになっちゃうんだよ? そうしたら、一緒にいる時間が少なくなっちゃうもの……」 「だから……お願い……」 「やった♪」 「リアちゃん!? まさか俺様を優しく起こしに来てくれたのか!?」 「もう起きてるじゃんか」 「だったら、エレガントなブレックファストをご馳走しに来てくれたのか!!」 「僕の作ったやつがラップして置いてあるよ」 「じゃあ何しにきてくれたって言うんだ」 「え、えっと……その……」 リア先輩が困っている……。ここは男として、僕が代わりにならなければっ。 「じ、実はね、パッキー。僕……付き合うことになったんだ。そ、その……リア先輩と」 「は? てことは、魔王様がリアちゃんの彼氏とでも言うのかよ。そんな冗談――」 「う、うん……真面目に、彼女さん」 「な、なんだってー!?」 「シン君、今日の朝ご飯はなんだった?」 「卵かけごはんです」 「ダメだよ、シン君。朝ご飯はしっかり食べなくちゃ。元気がモリモリ湧いてこないんだからっ」 「モリモリですか」 「それに、まだまだ育ち盛りなんだから、いっぱい食べておっきくならなくちゃだよっ」 「大きく……」 今の僕はリア先輩と背の高さが同じくらい、下手したら負けてるかもしれないわけだ。 これは彼氏として由々しき事態かもしれない。 「よ、よ〜〜し。これからは一品増やすぞっ。ネギの千切りっ」 「そうそう。その意気」 「――って、そんなんじゃダメーっ。せめてベーコンエッグくらい増やさないとっ」 「先輩は僕を太らせてどうする気ですかっ。ああ、わかりました。食べるつもりなんですねっ」 「もぉ、変なこと言って。しょうがないから、朝ご飯作ってあげる」 「えっへん! リア先輩のシン君育成計画〜♪」 「そ、そんなの悪いですよっ。ただでさえ、迎えに来てるわけですから」 「彼女に遠慮しないの。そこはね、堂々と」 「『俺より先に寝てはいかんぞ!!』ってね♡」 「どこの亭主関白ですか。先輩を相手にそんなこと……」 待てよ? ここは男らしく、先輩をリードしてみるのも手だな。 「お前にはお前にしか出来ないことがある。それ以外は口出ししないで、黙って僕についてこいっ」 「こ〜ら。調子に乗らないのっ」 微笑むリア先輩に、鼻の頭をツンとされた。 「今度から、黙ってお邪魔してもいいかな?」 「い、いいですよ。リア先輩は、えっと……その……」 「ぼ、僕の、彼女なんです、から」 「おはようさんどす」 「あっ……おはよう、彩錦ちゃん」 「おやまあ。二人で登校してはるやゆうたら、えらい仲がよろしおすなあ」 「まるで恋人同士みたいやわ」 「さ、さすが彩錦ちゃん……よくおわかりで」 「え……ほんまやのん?」 「え、ええ……おかげさまで」 「あ〜〜ら〜〜」 「どーりで、パッキーはんから魂が抜けてはるはずやわ」 「まあ、隠しておくほうが悪いと思いまして」 「隠し通されへん言う方が正しいんやろ」 「なにはともあれ、おめでとうさんどす」 「そ、そうやって言われると恥ずかしいね…… けど、ありがとう♡」 「会長はん。リーアを悲しませるようなことしはったら……」 「わーー、わかってますって!! 大丈夫でっす。リア先輩は僕にドンと任せて下さいっ」 「も、もぉ、シン君ったらぁ……」 「くすくす……熱々すぎてかないまへんわ。もう、見てられへん」 「ガビーーン。シン君とリア先輩が恋人同士になっちゃったなんて……」 「こ、これは一大事だよー。ビッグニュースだよー。早速みんなにお知らせしなくっちゃー」 「な、なんだってーー!?」 「学校が揺れた……」 「まさか、リ・クリエの影響が……」 「おはようございます、会長さんに先輩さん」 「あっ、おはようロロット」 「そして、ご結婚おめでとうございます」 「あっ、ありがとう」 「――って、こらーー!!」 「めでたしめでたし。いやあ、先輩さんもお嫁さんと呼ばねばなりませんね」 「それじゃないよぉ ただ普通に付き合ったってだけなのに〜〜」 「け、結婚だなんて……ま、まだ早すぎ……」 「そうですか……となると――」 「ああ!! お二人は、いわゆるバカップルというやつですね♪」 「もうそれでいいよ」 「シン君と付き合ってること、まだ全然話してないのに、どうして知ってるの?」 「それはですね――」 「これはこれはご両人。仲睦まじいご様子に、いささか羨望の眼差しを向けてしまいますぞ」 「紫央ちゃんまで!?」 「クリスマスも近しい今日この頃、やはり人肌が恋しくなるというもの。切なさに勢い任せ、心も体も温かく――」 「は――!? そ、それがしはなんと破廉恥なことを!!」 「異性に心奪われるなど、言語道断。自我を滅しなければ、勝利はなし。雑念を捨てるべく修行せねば!!」 「わーー暴れないでーー!!」 「お姉さま、嘘だと言って下さい!!」 「また湧いた……」 「私だって、お姉さまを心よりお慕い申し上げていたというのに!!」 「くう……っ、また負けた……ッ」 「勝負事じゃないって、これは……」 「いいの!! 私にはパッキーさんがいるもの!!」 「あぁ……もしかして俺様は、リアちゃんにあいつの面影を重ねていたのか……?」 「慰めて、パッキーさん!!」 「やめろ、ヒス!! 人が感傷に浸っているとこを邪魔すんじゃねーー!!」 「ああ、もう、なんでこんな騒ぎに」 「本当だってばー。証人もいるんだよー」 「うん。カセーフは見たよ!! カイチョーと、リアがお部屋の中であんなことやこんなことを!!」 「も、もはや手遅れか……ガクッ」 「興味のある話ね。ちょっと詳しく聞かせてもらおうかしら」 「なるほど……あそこが根源というわけだ」 「これはもう号外でお知らせするしかありませんっ」 「見出しはこうね。生徒会長カップル誕生。禁断の恋」 「早速、印刷してきますーー」 「ああーーちょっとーー!!」 「ナナちゃん……ラブラブ大作戦、失敗しちゃったね」 「うっ、うるさいやい!!」 「泣いちゃダメだよ。私まで泣いちゃうから」 「泣いてなんかないやい!!」 「ナナカちゃん……」 「よ、よ、よっす、二人とも」 「改めて言おうかと思ってたんだけど、こんなことになっちゃって……」 「こんなことって大事なことだよーっ。なにせ学園の有名人同士が付き合っちゃうなんて、大ニュースだものー」 「さっちんが犯人か……」 「あ、しまったー」 「べ、別にいいんじゃないっ? 念願叶ったわけだし……その、えと……」 「お……おほん」 「おめでとう、二人とも」 「……ありがとう、ナナカちゃん!」 「うん! じゃ、そういうことで!」 「あ、ナナカ!! 待って――」 「ダメだよ、シン君。これ以上、ナナちゃんを傷つけたら許さないんだからー」 「このニブチン!! ナナちゃんの気持ちに気づかないなんて、サイテーだよ」 「ナナカちゃん、やっぱり……」 「で、さっちん。何その手は」 「あー。シン君におねだりしても無駄だったかー」 「もしかして、フォローしてくれるの?」 「まー。かく言うナナちゃんも根性なしだったからねー。もう見てらんないよー」 「わ、私がいってくるっ!!」 「大丈夫だよ、リア先輩。だって、ナナちゃん。ちゃんと、おめでとうが言えたものー」 「ケーキ食べれば大丈夫っしょー。今日にでも一緒に行ってくるねー」 「……ありがとう、さっちん」 「いえいえー。シン君にはいつもお世話になってますものー」 「ふぅー。これでなんとか噂を流した罪に問われないですんだかなー」 「じゃあねー」 本人らが口を開くことなく噂は勝手に広まってしまったが、誰もがこの交際を祝福してくれた。 「うふふっ、お疲れさま。だね」 「聖夜祭の準備に、魔王の特訓。立て続けとなるとさすがに疲れますって」 「今までずっと、シン君は我慢してたんだね」 「いやあ、そんな我慢というほどのものは……」 今日は、みんなの前でニヤニヤしないようにする我慢の方が大変だったし。 「シン君、手。出して」 「手ですか?」 僕の手を取って何をする気だろう。 「はぁーっ」 リア先輩の温かい吐息が吹きかけられた。 そして少しの湿気を加えてから、手のひらを重ねて擦り合わせる。 柔らかい感触に油断した 「うあああっ」 僕の手のひらに、親指が押し込まれた。 「な、なにするんですかっ」 「手のひらマッサージ♡」 「ま、マッサージっ?」 「痛気持ちいいでしょ? えいっ! えいっ!」 「あ、あいだだだっ」 「目の疲れを癒すツボがあるんだって。なんかテレビで言ってたんだ」 「だからって僕で実践しなくても――いーっででで!!」 「男の子なんだから、そんなに痛がらないの。みっともないぞ」 「男だろうが痛いものは痛いですって! そう言うなら、リア先輩にもやりましょうか!?」 「うん、いいよ♪」 素直に受け止められると、確かに暴れていた自分がみっともなく見える。 差し出された手のひらは、白く透き通っていながらも熱を帯びていた。 しかし、どうやればいいのかな。 女の子相手だからあまり強くも出来ないけれど、適当に押し込んでみよう。 「ん……んっ……」 はぁぁ……リア先輩の手のひら、ぷにぷにして柔らかい……。 ついついそのなめらかな肌の感触を楽しみたくて、押し込むことをやめて指の腹を滑らしていく。 「あ……んっ……んんっ! くすぐったっ」 「そ、そんなんじゃ……マッサージにならないよぉ……」 「わあああ!! いかんいかん!! ついつい」 「つい……?」 「い、いえ……ちょっと、どうすればいいかわからなかったものでして」 「そっか。じゃあチェンジ」 「いいえ、もう結構です」 「残念♪」 しかし、リア先輩の手、温かくて柔らかかったな……。 ああ、あの手をぎゅうっと握りしめたい……。 けど、いきなり掴むとビックリされそうだし、だからといって「手を繋ぎましょう」なんて恥ずかしいから言えないし。 さりげなく……さりげなく……。 寄り添いながら歩いている今がチャンス。 鼻歌を歌うリア先輩の手のひらに向かってキャッチアップ!! しかし伸ばした手は見事に空を切り、代わりにとんでもないものを掴んでしまった。 それは手のひらよりも柔らかい―― 「し、シン君……」 「い、いきなり、そんな……」 「ちちっ、違います!! 決してお尻を触ろうとしたわけじゃ――」 「だったら、何をしようとしたのっ」 「む〜〜っ」 「手、繋ぎたかった、ッス。リア先輩と……」 恥ずかしさのあまり、体育会系になってしまった。 「そ、そうなんだ……それなら、そうと言ってくれれば……」 「お尻も触らずに済んだんですよね……」 「お尻だって、別に言ってくれれば――」 「えい!!」 二人の手が繋がり、熱を帯びる。 寒空の下で、その温かみは極上の心地よさだった。 「なんだか手を繋ぐって、恋人同士みたいだよね……」 「そうじゃ、ないんですか?」 「あ、そだった。ミスミス」 そういってぺろんと舌を出すリア先輩。 「……帰りましょうか」 「うん、帰ろ♪ じゃあシン君の家まで――」 「それはダメ!! お迎えはまだしも、送るのは絶対僕がします!!」 「私の家、校門を出たらすぐなんだよ……?」 「だったらどこかに寄っていきましょう。そうすれば、ずっと……」 握る力を強くすると、それにリア先輩も応えてくれて―― 「ちょっ、ちょーっとタンマ!!」 リア先輩がいきなり手を離すと、ハンカチを取り出し自分の手をぬぐった。 「は、はいどうぞっ」 どうやら手に汗を握ってしまったらしい。 「そ、そしたら僕だって……」 「も、もぉっ、シン君ったらー」 なにやってんだ僕達は。 まだまだ普通に手すらつなげない僕達だけど。 一歩一歩、二人の距離を近づけて。 そしていつか重なるくらい仲良くなっていきますように。 「ん……いい匂い……」 「ほ〜ら、ねぼすけさん♪」 「うわ! さぶい!」 「早く起きないと朝ご飯冷めちゃうぞ〜〜」 「リア先輩! おはようございます、って――」 起きるとそこには―― 「うわ!! 凄い!!」 「朝から元気一杯間違いなしっ。栄養満点、リアのフルコースでーっす♪」 「リアちゃんフルコースだと!?」 「おはよ♪ パーちゃんの分もちゃ〜んとあるよ♡」 「う……うう……おはよう、リアちゃん……しかし、気持ちは嬉しいが、俺様はもう……」 「あれ、珍しい。今まですぐ飛びついたのに」 「ああ、どうやらショックで思い出したんだ。俺様が大賢者としてブイブイ言わせてた頃のことを」 「そんな中、俺様は光の天使ルミエルと恋に落ちたのさ」 「とろけてしまいそうなほどに甘いロマンス。俺様とルミエルは相思相愛だった……それはきっと、今でも変わらない」 「だから俺様が好意を寄せていたのは、リアちゃんじゃなくてその守護天使……ルミエルの面影だったんだぜ」 リ・クリエから未来を守る為に、パッキー達は自分たちをも犠牲にして生きてきたということか……。 「ごめんね、パッキー。君を誤解していたよ。やっぱり大賢者だね、君は」 「わかってくれれば、それでいいのさ」 「けど、それってリア先輩に浮気してたってことだよね?」 「しかもずっと私のおっぱいばっかり見てたよね……」 「ウホッ」 するとどうだろう。リア先輩のロザリオが神々しく輝き始めるではないか。 「まさかルミエルが怒ってる!?」 「これは変身の予兆――!?」 「だ、だめぇ〜〜」 「ハラミ!!」 久々にまじまじと見てしまった。先輩の裸を……。 「なんで俺様は潰されてんだ……」 「だ、だって……見られたくないもの、シン君以外には……」 「や、やだ私っ。何言ってんだろっ」 「い、今のなーし! ノーカンノーカン!!」 こ、これが生徒会長ならぬ彼氏の特権……ッ。先輩の裸を見られるという権利……ッ。 いつしかそれを、変身とは違う時に見られる時が来るのだろうか。 「もぉ〜〜っ。変な想像しないの、めっ!」 いかんいかんと自粛する前に、でこぴんされた。さすがはリア先輩。 「うう……ひ……ひどいぜ……」 「任務完了、お疲れさまでした」 「じゃ〜〜、帰りましょっか」 「誰も、いない。よしっ」 「じゃ〜あ……おいで、シン君♡」 「ギュッとしてあげるよ〜〜。おいで〜〜♡」 「そ、そんなの……恥ずかしいですよっ 誰かに見られたら、どうするんですか」 「こんな時間じゃ、どうせ誰もいないよ」 「だからって、そんな……僕達、生徒会なんですよっ。こんなところで不埒なことをしちゃ……」 「もぉ! シン君の意気地なしっ」 リア先輩はふて腐れながら僕の腕にしがみついてきた。 ちょうど、胸の合間に腕が〈埋〉《うず》まった。うう……! 「うふふっ、シン君のわからず屋さん♪」 寄り添った途端に、ご機嫌な表情に変わる。 ああ、なんて柔らかい。照れていたはずなのに、自然と恍惚な笑みを浮かべてしまう。 せっかく恋人同士になれたんだから、ヘレナさんみたいに堂々とこの胸を鷲づかみに――って、いかんいかん! 生徒会長が、こんな不埒なことを。しかも廊下のど真ん中で! そんなことをしたら、リア先輩に嫌われてしまうかもしれないぞ。 けど、やっぱり……ちょっとくらいは……うう……リア先輩の胸、気持ちいい……。 「シン君……行かないの?」 「うう……」 「シン君、顔……すごい真っ赤だよ。そ、そんなに恥ずかしい?」 「え!? いや、そういうわけじゃなくて、その……リア先輩の胸が当たって、ドキドキしてると言いますか」 「え……それって……」 うわ! 僕は何を口走ってるんだっ。 「すみませんっ、リア先輩の胸が気持ちよくてついっ!」 うぎゃ〜〜勢いでなんてことを!! けど嘘は言ってないから許して―― くれないだろうな……。 やっぱり僕もなんだかんだいって、リア先輩をエッチな目で見ていたんだ。 幻滅したのだろう。 さらば、キラキラの学園生活。夢のような数日に感謝。 「そう、だよね……男の子、だもんね」 「もし……だよ? 別に、嫌だったらいいんだよ!? えっと、その……あの……」 「よ、良かったら……触って、みる?」 そういって恥ずかしそうに胸を押し出すリア先輩。 「ええ!? リア先輩の胸をですかッ」 「シーッ! 声が大きいよっ」 誰もいないとか言ってたくせに。 「ちょっとだけ……だよ? ちょっとだけ……だからねっ」 「わ、わかりました!」 声を裏返した僕は、リア先輩の正面に立ち、両手をその豊満な胸へと近づける。 「ええっ!? ま、まさか、ここでなの……!?」 「ふーっ ふーっ」 「き、聞こえてないみたい。あはは……」 「ほ、本当に……いいんですねっ」 「そ、そう聞かれると、ちょっとやめたくなっちゃうかも…… 恥ずかしいし……」 「じゃっ、じゃあもう聞きませんっ。では……」 まずは片手から、リア先輩の膨らみにそっと触れてみる。 制服越しに伝わる弾力に、僕は息を飲む。 手のひらいっぱいに広がる優しい感触。 当てがうだけでも、ふんわりとしていて柔らかい。 「ん……んん……っ……」 そのまま手のひらを回転させて、乳房の輪郭を撫で回す。 なめらかな制服生地の感触。胸は下着の中に収まっているので、反動のある柔らかさ。 「ん……ん……はぁぁ……はぁぁ……っ」 手首を返し、手の甲でまた胸を撫でる。これもまた、心地よい。 今まで腕や肩で感じていた柔らかさとは、とても比べものにならない特別な柔らかさ。 「し、シン君……なんか変な触り方してるぅ……」 「ヘレナさんとは、違うんですっ」 「そ、それはそうだけど……ちょっと、くすぐったいかも……」 胸と手が触れるか触れないかの距離を保ちつつ、優しく愛でるようにして撫でていた。 すぐに揉んでしまえばいいものの、どうしてもリア先輩の胸を存分に堪能したかったのである。 今までずっと我慢してきたリア先輩のおっぱいを、自由にできるのだから。 「撫でるよりも、揉んだ方が良いですか?」 「はぁ……あぁ……べ、別にどっちでもいいよ。今日はシン君の、したいようにしていいから……」 「じゃ、じゃあ……もうちょっとだけ……」 丁重に制服の上から味わいつつ、その奥に秘められた柔肌を想像してまさぐる。 すぐに触っちゃうのは、なんだか勿体ない。 「はぁぁ……ん、ん……んふぅ……」 「服の上からでも、こんなに柔らかいんですね……しかも温かい……」 「お姉ちゃんに触られるのと違って、なんか……はぁ、はぁ……恥ずかしぃ……」 顔を真っ赤にしてうつむく姿が可愛らしい。 呼吸は乱れ、肌が紅潮し、首筋からにわかに汗が滲んでいる。 「ね、ねえ。まだ、触らないの……?」 「そんなに触って欲しいんですか、先輩」 「そ、そういうわけじゃないもんっ。ただ……」 「ただ……?」 「も、もぉ、じらさないで……」 「……ごくっ。わかりました」 手のひらの上にリア先輩の大きな胸を乗せ、そのまま押し上げる。 重量感がのしかかる。たわわに実った胸の果実。手のひらでは覆いつくせなかった。 手のひらからはみ出した部分が垂れ下がり、胸が形を変える。 「はぁ……んっ、ん……んんっ……そんな……またエッチな触り方……んっ、んっ、んんっ、シン君のエッチぃ」 まだ指先を使ってまで、包み込んだりはしない。 手のひらにのせたまま上下して、たぷたぷと弾ませる。 「ん……っ、んっ、んっ。んっ! んっ、んっん……」 リズミカルにバウンドさせると、それに呼応してリア先輩が熱の籠もった息をふんふんと吐き出す。 「ん……ん……はぁ、はぁ……んっ、くぅ〜ん。なんか、切ないよぉ……」 リア先輩は口元でネクタイを甘噛みしていた。 いつもリア先輩の谷間に挟まっているネクタイを、どれだけ羨ましく思っていたことか。 「も、もぉ……さっきから、わざとやってるでしょーっ」 「ええ……?」 「私だって、それくらい……こういうとき、どうされるのかってことくらい、ちゃんとわかってるんだからぁ……っ」 「ちゃんと触って欲しいんですね。リア先輩、エッチだなぁ……」 「エッチじゃないもんっ。ないんだもんっ。エッチなのはシン君だもんっ」 意地を張るリア先輩が可愛くて、ついついいじめてしまう。 緩やかな曲線を描く胸のラインをなぞるようにしながら、手のひらの部分部分を使ってリア先輩の胸を弄ぶ。 夢にまで見たおっぱいの感触。 その形、触り心地、リア先輩の反応。その全てをしっかりと手のひらに記憶させたい。 「はぁ……はぁ……シン君っ、ねえ、お願いだよぉ……んっ、んっ、も、もう、いいでしょ?」 「何が、です?」 「そ、そんなこと……恥ずかしい……」 「ちゃんと」 「も、もぉっ! いい加減にしないと……ここで、おしまいにしちゃうゾっ」 「そっ、それは……くっ」 やむを得ない状況。僕はついに、豊満な乳房をぎゅうっと揉みしぼる。 「はぁ……っ!」 食いしばっていた口がだらしなく開かれ、リア先輩の体から力が抜ける。 「そ、そんないきなり……だ、だめっ……ん、んん〜〜っ」 「はぁぁ……凄い、柔らかいぃ……」 「う、うう……シン君の声がすっごくエッチだよぉ……はぁ、はぁ……あぁ……ん!」 両手でしっかと鷲づかみ、握力に緩急をつける。 制服の上からじゃ、たふたふとしている感じ。 それでも反発する感触は、何度となく生唾を飲み込んでしまうほど気持ちがいい。 「はぁはぁ……ん、ん……シン君に触られてる……」 「胸がドキドキしてますね……」 「だってそんなに触られたら……あ、あ……はぁ……あぁ、あん、んんっ、んふぅー」 ゆっくりとかみしめるようにして揉みしだく。 制服と下着という二枚の壁に阻まれているのに、手のひらが吸い付いて離れない。 「うう……リア先輩の胸、とっても気持ちいい……幸せだ……」 「はぁ……あぁ、あぁ……そ、そんなに……気持ちいい?」 「えへへ……なんだか、嬉しいね……。私、エッチな目で見られるのが嫌で、もっと小さい方がいいかなあって思ってたの……」 「けどね。好きな人にそう言ってもらえたら、もうそれだけでいいかなって……はぁはぁ……♡」 「リア先輩のおっぱい、僕は好きですよ……」 「おっきいから……?」 「違いますよっ! リア先輩のおっぱいだから好きなんですよっ」 「そ、その……恥ずかしいよ……さっきから、おっぱい。おっぱいって……」 「はぁ……はぁ……だ、だめだ……も、もう。もー限界」 「ずっと……我慢してました……っ。本当はっ、ずっと……先輩のおっぱい、こうやって……!」 「ん! んああっ」 僕は気持ちが昂ぶり、リア先輩の胸を強く握りしめた。 「そ、そんないきなり強くは……だ、だめっ」 「ごめんなさいっ、本当は僕……ずっと、こうしたかった……リア先輩の胸、いっぱいいっぱい触りたかった……」 「う、うう……うう〜〜」 「もっと……もっとリア先輩を感じたいです……だ、だめですかっ」 「リア先輩のおっぱい、直接見たい……触りたい」 「これだけじゃ……もう、限界です……お願いですっ、う……」 (――シン君、そんなに私のおっぱい、気に入ってくれたんだ……そっか……) (――真っ赤な顔して、必死にお願いして……うふふっ、可愛いな……嬉しいなっ) 「うん……いいよ」 「私のおっぱい、見てもいいよ。そして、いっぱい……触っていいよ」 「本当ですかッ!」 「え、あ! やだっ、自分でするから……あ!」 無我夢中で先輩の制服に手をかけるが、うまくボタンがはずれない。 「あ、あれ……どうなってるんだ、これっ。くっ」 「も、もぉ……焦らないで。ほら、ゆっくり……」 リア先輩は僕の前で、丁寧にボタンを一つずつ確実にはずしていく。 じらしにも似たその行為に、僕は興奮で体を震わせていた。 そして衣擦れの音。制服がはらりとはだけた瞬間―― たぷんっと、制服で押さえつけられていたリア先輩の胸が大きく揺れる。 「そ、そんなに見つめちゃダメだよぉ……」 「お、おっきい……」 それは服の上から見るよりも更に大きく見え、着衣しているときは相当きつかったのだと伺える。 解放された乳房がホッと一息ついたかのようにリラックスしていた。 否。まだ下着に覆われている。それに、まだ肝心の先端が隠れているのだ。 「あ……はぁんっ」 けど、体は正直で、無意識のうちに触れていた。 鷲づかんだ胸は、下着からはみ出し、行き場が無くて困っている感じだ。 「あぁ、んっ、んぁん……っ、うぅん……んっ、はぁ……あぁ……あぁ……」 リア先輩の肌を守り続けた下着。何カップあるのかもわからないほど、大きいブラジャーだ。 それよりなにより、指先に触れた白い肌が、それはもうスベスベとしていている。 押し上げながら捏ねくり回し、肉の動きに目を見張る。 両手に伝わる柔らかくて滑らかな感触。 リズミカルに揉みしだくと、上半身が艶めかしく揺れる。 「はぁっ、あ……あぁ……う、うぅ……んくっ、くふぅ……う……ん、んくっ、んは、はぁ……」 「ああ、リア先輩……」 リア先輩の二の腕を撫で回しながら、僕は女の子の柔らかさを実感していた。 「ムチムチしてない……?」 「柔らかくて……気持ちよくて……ムッチリしてて……ああ、リア先輩の体……最高……」 「も、もぉっ!」 「まるで全身がおっぱいみたいだ……」 そういって、晒された肌に口づけをする。 リア先輩の匂いと、微かに汗のしょっぱい味。 そのまま唇は肩を伝い、 首を伝い、 「んん〜〜っ、んっ、くすぐったひっ」 鎖骨をなめずり、 「はっ、はぁっ……あぁっ、そんなとこ、んっ、んっ、うう〜〜んっ、やぁぁ……」 逆の首筋からうなじへと。リア先輩のきれいな髪の毛が鼻腔をくすぐる。 なんていい香り。女の子の匂い。リア先輩の匂いだ。 「んっ、だっ、ダメだよっ……おっぱいだけって、言ったのに……そんなところにキスしちゃ……あんっ」 「はぁ、はぁ……わかれば……よろしいっ」 「こっちが先でしたね」 「ん!? ちゅっ!?」 突然のキスに目を見開くリア先輩であった。 「ちゅ……んっ、んん……ちゅぅ、ちゅっ……ちゅぷぅ……んふっ、んっく……ちゅぅ、ううん……」 だが、唇を重ね続けていると、次第に力なく眉が落ちてくる。そしてうっとりとした鼻息。 「ん……ちゅ、ちゅぷ……ぷはっ、ん……もっと……んちゅっ♡」 キスをやめると、リア先輩が唇を付き出してまた吸い付いてくる。 舌を使って唇をノックすると、リア先輩もまた同じようにして舌を伸ばしてきた。 「ちゅる……るぷっ、ふぇろ……んん……んぐぅ……ふぅ、はぁっぷ、ぷちゅぅ、ちゅう、ちゅぅ、ちゅるぅっぷ」 「ちゅるっ、ん……んんっ、んぐ……っ、ちゅっ、ちゅうぅ」 「はぁ、はぁ……好き……キス好きだよぉ……ううっ、ちゅっ、ちゅぷ……ちゅる……んぐっ、んむぅ……」 僕はキスをしながらリア先輩を抱きしめ、その柔らかい肌をまさぐった。 「ちゅ、ちゅう……んっ、はぁ、あぁ……あふぅ……ふうんっ、んぷっ、ちゅっ、ちゅれっ、へろんっ、ちゅ……」 激しい愛撫に、下着の肩紐が次第にずれていく。 僕はホックのことを失念し、そのまま肩と腕に絡みついたひもに手をかけ―― 「え……きゃっ!」 そのまま勢いよくずり下ろす。 「や、やぁ……あぁ……」 たっぷんと、弾力と重みのある反動。下着の支配から逃れた乳房は、激しく揺れ動いた。 「こ、これがリア先輩の……!」 白くて大きい、きれいな輪郭で象られた先輩の胸。 大きくても形を崩さず、垂れることもない。 透き通った乳肌を彩る薄紅色の乳輪は、乳房の大きさに比べては控えめの面積。 そしてその中央にあるピンク色の乳首が、ツンと空を向いている。 桃色のワンポイントが、肌の白さを更に引き立てていた。 「あぁ……あぁ……はぷんっ、ぷちゅぅん……」 凝視している僕を眺めながら、リア先輩が指をくわえて切なそうにしている。 「も、もう僕……!」 我慢できず両手でがっしりと鷲づかみにする。 「はぁ、あっ、ああんっ! んんっ!! んはぁーっ!」 指の間から肉がはみ出るほど柔軟な乳房に、僕は全神経を集中させた。 「あっ、くっ、くふっ、ううっ、はぁ、あぁ……あぁんっ、そ、そんなに強く、くっ、くふぅ、う、うう……ううんっ」 手のひらの中で様々に形を変える乳房。 その張りといい柔らかさといい、今まで握りしめたなにものよりも心地よく、そしてふかふかな胸。 喩えようにも、これ以上気持ちいいものに触れた験しがない。 「はわぁぁ……あんっ、ああっ、あ、ん……んぐっ、ううん、うん、んはぁ……指が、ああぁ、張り付いて……」 指が乳房に沈んでいく。もち肌が吸い付いてくる。 熱くて豊潤な双丘は、僕の指先を溶かしてしまいそうだ。 ふかふかで柔らかなおっぱい。僕だけが直に触ることを許されている、最高のおっぱいだ。 「んっ、くっ……くふぅん……はぁ、はぁ、はふ、はふぅ、ん、ん、んっ。んくう、くぅん! ん、んふ……」 両手で強くぎゅうっと揉み搾る。 柔らかい乳房が圧力に著しく抵抗するので、一瞬だけ力を抜いてあげる。 「はぁぁっ……ん……」 するとたぷんたぷんと揺れ弾みながら、安堵して元の形に戻ろうとする。リア先輩もホッと一息。 だがその隙を突いて、また強く握りしめる。 指の合間から乳房の余肉が溢れ出ている。そこに優しくキスをしたり、吸い付いたり。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はあぁぁぁぁ。んっ、んっ、んんーっ。はわぁ、わぁ、はぁ、はふぅ、ふぅ」 手のひらで弾ませ、たぷたぷと上下に揺らす。 リア先輩は体を震わせていた。乳房の動きが激しすぎて、体が持って行かれている。 されるがまま、為すがままといった感じだ。 「ふぅっ、ふぅんっ、ん……ん……んくっ、くふっふうっ、う……う、う、うう〜ん、うんうん、はく……くぅ」 「はぁぁ……おっぱい揉まれてるぅ……う、うふぅ……ん、んん〜〜っ、き、気持ちいいよぉ……ん、ん」 今度はつかんだまま、交互に上下に揉みしだく。 捏ねくり回し、その柔らかさを味わい尽くすのだ。 「はわぁぁ、う、うう……ふぅ、ふぅ、はぁ、はぁっ、ああ……あくっ、ふぅ、ふぅ……そんなにっ、ひぃ……!」 手のひらで押し潰しながら撫で回す。 コリコリとした先端の感触が伝わってくる。 「はぁ……あぁ、あぁ、くっ、くふっ、ん! んんーっ、つっ、うんっ、うぅんっ。ぐぅっ、ふくっ、くぅーっ」 手のひらで乳首をひしゃげると、その度にリア先輩が首を引きつらせてビクビクと体を震わせている。 「んん〜〜っ、シン君。はあ、ああんっ、ん……んんっ、そんな……ああ……あうっ、くぅ、く……ふぅ、ふぅ」 「ああ、柔らかくて気持ちいい……」 「ん! ん! んくっ、くうっ、う……うぅ……はぁ、はぁ、やぁっ、あ……あふっ、そんなに、いっぱいぃ……」 どれくらい、触り続けたのだろう。 存分に柔らかさを堪能した僕は、次第に手の動きを緩やかにしていく。 「あ、あぁ……はぁ……あぁぁ……こ、こんなに揉まれたら……あぁ、おっぱい、ふやけちゃうよぉ……」 「全然、飽きないよ。リア先輩のおっぱい……っ」 「はぁっ……はぁっ……これだけ……触られてるのに……どうして……」 「どうしたんですか、リア先輩」 「はぁ、はぁっ、お願いっ……お願い……ん……ん……ううん……くぅ……ふぅ……うぅ……あぁ……」 「どした方が、いいんですか?」 「そ、そんなこと……ん……んんっ……んあ、あぁ、はぁぁん……恥ずかしい……ひぃ……うぅ……」 「言わないと、わかんないですよ……」 「う……うう……揉みながら……言うんだもの……ずるいよぉ……うぅ、うん……んっ、く……ふぅ……うっ」 「もうずっとこのままで……平気ですか……?」 「ううんっ、ううん……お願い……先の方が……気持ちいいの……ん、ん、んっく、お願い、そこ……お願いぃ」 「乳首、ですね……」 握り締めた乳房。その手のひらに何度も当たっていた乳首へ視線を移す。 目の前に姿を露わにした時から、微かに自己主張をしていたものの、今では硬くピンと張りつめているような感じだ。 そんな乳首を指の間に挟んでコリコリとした感触を楽しむ。 「あ、ん……んん〜〜っ、う……ううん……くっ、くぁぁ……そこ、ん……いいよぉ……はわぁ……」 リア先輩ははにかみながら切なそうに吐息を漏らす。 「先輩のここ、凄い硬くなってますよ……」 「え……そ、そんなことないよぉ……」 指の谷間で転がしながら弄ぶ。 「はぁ……っ、はぁ……っ。ん……指……凄い……私のいっぱい……ん、いじってる……はぁ、はぁ」 そのまま手のひらで先端の尖った部分を押しつぶし、乳房ごと撫で回す。 「はふぅ……ん、ううんっ、くっ、くぅん……ん……んふっ、うく……はぁ、はぁ……。あぁ……あくっ」 乳首がひしゃげて、形を歪ませる。 もち肌のスベスベとした感触。そして手の神経を刺激する心地よい硬さ。 「な、なんかとても優しい触り方で……ん、不思議。これでもすっごい感じちゃう……♡」 「いつまで優しくできるか、わかりませんよ……」 今度は先を指でつまんだ。指の腹でシコシコと擦りながら、捏ねくり回す。 「はぁっ、はぁっ……そ、そこ……! んっ、いいよぉ……んはっ、はぁっ、ああっ、気持ちいいよぉ……」 乳首への刺激が強くなるにつれ、リア先輩の呼吸も荒っぽくなってくる。 僕は親指で乳首を押し込んで、乳房の中に〈埋〉《うず》めてしまう。 「はっ、はっ、はっ! あ、あ……ああんっ、ん、っく……ふひゅっ、くうん、ん! んはぁ……」 先輩が感じている。いやらしく、喘いでいる。 僕はもっと先輩を気持ちよくさせたくて、つまんだ乳首をゆっくりと引っ張り上げる。 「ふ、ふわ……! そ、そんなっ……ん! おっぱい、ひ……うっ、く……の、伸びちゃうっ」 釣り鐘状に伸びた乳房。リア先輩は淫らに引き伸ばされた乳房を見て、恥ずかしそうに目を伏せた。 僕はそんなリア先輩が可愛くて、掴んだまま左右に揺らす。 「はぁ! あっ、あ! ん、んくっ、く……ううっ、ふぅ、うう……ううん、んん……ふぅ、うう……」 擬音が出てもおかしくないほどの弾力が、僕の目の前で踊る。 柔らかくて優しくてとてもいい匂い……無性に恋しさが募ってくる。 「先輩……触るだけじゃ、もう……」 「ん……え……、ええ……?」 顔のすぐ近くで、リア先輩の胸が揺れている。 乳首が震えている。僕にはなぜか、おねだりしているように見えたっ。 「え……し、シン君……!」 ちゅぷっという濡れた音。顔を突き出し、桃色の先端に口づけをした。 「だ、だめですか……これ以上は……?」 リア先輩はうつむき、少しだけ黙り込んだ後―― ゆっくりと顔をあげて、穏やかな顔で微笑み返した。 「……うん、いいよ。したいように、して、いいよ」 その声で僕の中にある理性の〈箍〉《たが》が外れた。 「あ……んっ、ん! んん……、はっ、はぁ……はぁん……くっ、ううんっ、ふっ……ふぅ……ふぅん……」 リア先輩の乳首を唇で挟み込む。 両手で胸を寄せあげ、ちゅうっと大きな音を立てて吸いついた。 「やっ、はっ、はぁっ! あっ、ああーーっ、あっ、あんっ! ん、んくっ、くふぅ〜っ、う、ううーん!」 少ししょっぱい――リア先輩の汗……その味に酔いしれる。 ただがむしゃらに、品のない音を立てて、吸い上げる。 柔らかくて温かい乳房が頬に触れる。ああ、なんて心地のいい。 「はぁはぁ……くすくす……そんなにしちゃって、もぉ。まるで赤ちゃんみたい……♡」 そういって僕の頭を優しく撫でてくれる。 温情に応えるべく、僕は乳房を手で震わせながら乳首への接吻を繰り返す。 「はぁ……はぁ……んっ、んく……ん! ん! ん! ふぅ……うう、うっ、くふっ……ふぅ、んんーっ」 吸っては放し、吸っては放し、の繰り返し。 リア先輩は唇をかみしめながら、僕が吸いつく度に、頭を上下に振っている。 「あ、くっ! くぅんっ、ん、ん、あんっ! ん、んんっ……んふ……ふっ、ふうっ、う、ううーっ」 舌先でちょんと触れる。厚くも、柔らかい乳首。 「はぁ……はぁ、んん〜〜っ。んっ、く……くぅ……ん、ぺろぺろしてるぅ……んっ、んんっ」 今度は逆の乳首を口の中に含み、舌で捏ね回す。 「あ、ん! あんっ、んっ、んんー! あんっ、やんっ、はっ、はあっ! あ、く! くふぅっ、ひゃふっ!」 唾液で湿っていく乳首が艶やかな光を放つ。 僕は丹念に乳輪をなめ回しながら、唾液をじんわりと乳房に染みこませていく。 「はぁっ、はあわっ! あ、あくっ、くふぁあっ、あ! ああっ、あん! ひゃあん! はんっ、はあんっ!」 「先輩、凄い声……」 「そ、それ……舌で、されるの……」 「む……?」 「き、気持ちいい……かも、なんちゃって」 二つの乳房を寄せて、両方を唇で挟み込む。 そして口の中に含んだ突起を舌で舐め啜る。 リア先輩くらい大きな胸であれば、容易いことだ。 「はぁっ! ああーっ! そんなっ、は! 一度になんて!? あ、あうっ、くっ、くうん! か、感じちゃふっ!」 今までとは比べものにならないほど、卑猥な声をあげている。 「こんな風にできるなんて……なんてエッチなおっぱいなんだっ」 「や、やぁ……あん! はぁん! ん、変なこと、んっ、う〜〜っ、言わなひでっ、はっ、あ、あん!」 「はぁ! はぁ! あっ、くぅ、乳首っ、は! はぁっ、だ、だめっ、ひ! 舌、あんっ! 気持ちぃ!」 「先輩……感じてる……」 「はぁっ、はぁ……はぁ……んっく。んっ! そう言うシン君だって……はぁっ、いっぱい、感じてるよ……?」 「さっきから……ね。ずっと、その……当たってる」 視線が下半身に向けられた。 さっきからムズムズする感じが止まらない股間が、リア先輩の体に密着している。 僕は知らず知らずのうちに、リア先輩の太ももへ股間を擦りつけていたのだ。 「こ、これは……その……」 「もぉ、こんなにしちゃって……しょうがないんだから……」 「え!? せ、先輩!?」 「いいから! 私に任せて!」 先輩は顔を真っ赤にしながら、ジッパーへと手をかける。 「開けちゃう、よ?」 僕達は二人して、大きくごくんと、唾を飲み込んだ。 「わ!!」 ぼろんと音が出そうなくらい、荒々しくペニスが飛び出し、リア先輩のスカートに触れた。 先からは我慢した末の液体が滲み出ており、それがスカートを濡らす。 「す……すごぉい……」 「そ、そんなに……見ないで下さい」 「恥ずかしい……の?」 「そ、そりゃ……そうですよっ」 「私のおっぱい、こんなにしておいて……?」 「それは、そのっ!」 「私だって、恥ずかしかったんだから……」 「だから、僕のも……見たいって、言うんですか」 (――わ……わ……凄い。あんなにおっきくなって、しかも先からお汁がいっぱい溢れてる……) (――あれが男の子の……。シン君のおちんちん……すっごい、ピクピクしてるよ……) おそるおそる眺めている。リア先輩に見られているというだけで興奮し、ペニスが脈打ち上下する。 「や、やっぱり恥ずかしいですよ……っ!」 「だったら手で隠せばいいのに」 「そっ、それは……!」 両手はもちろん、リア先輩の胸を揉みしだいている。 手を離す気にはとてもならない。 「う……うう……」 「くすくす……♡」 リア先輩は無防備にそそりたつペニスから目を離し、僕と見つめ合う。 「これは……気持ちよくしてくれたから……特別、だよ♡」 「ん……ちゅっ……」 リア先輩が唇を重ねてくる。 しっとりとして潤いのある唇。 「ちゅう……ちゅっ、ちゅぷっ……ん、んふっ♡ ちゅうちゅう……ちゅうう、んっ、ぷちゅっ、ちゅ……」 今までよほどキスがしたかったのか、リア先輩が激しく吸い付いてくる。 舌を突き出してリア先輩を欲すると、それに応えて舌を絡めてくる。 「んっ、んぐ……んふっ、んっ、ちゅっ。れろん……じゅるっ、んぐ……んふ〜〜。ちゅっ、ちゅぷぅ……んっ」 先輩の舌は僕の口内に侵入してなめずり回っていた。 「ちゅる、ぷ……んぷっ……ちゅう、っぱ、んあ……あ、れろ……ろろっ、れろ、んふ、んろっ、ちゅれろっ」 重ねたままの唇を離して、舌だけを伸ばして絡ませあう。 水気のある音が、響き渡る。 「はぁっぷ……ちゅるっ、るるっ……んっぱ、はぁ……キス、気持ちいいね……♡ ちゅっ、ちゅぷ……んっ、んろっ、むぐ……」 熱く柔らかく、とろけるようなキス。脳みそが隅々まで溶けていく。 僕がリア先輩を感じ過ぎて、気を抜いた瞬間だった。 硬くなったペニスが感じた柔らかいもの。 リア先輩の白くてすらりと伸びた指先が、僕の股間に触れていた。 「おっきくなっちゃったここ……気持ちよくしてあげる♡」 あまりにも、不意打ちだった。 勃起の限りを尽くしていた僕のペニスは、突然の感触に堪えることができず―― 「だ、だめっ」 不本意の射精。だが、その快感たるや、足が震え、腰が抜けそうなほど。 「わ……! あ……あっ、あ……っ。おちんちん、はぁ……んっ。ビューってしてる……はぁ、はぁ……」 指を添えられただけのペニスは、猛々しく暴れ回っている。 射精の反動もあり、精液は至る所にまで飛び散っていく。 リア先輩の衣服にべったりとこびりつく白濁の液体。 「あぁ……はぁ……はぁっ……はぁ……」 「熱い……これが……シン君の……はぁ、はぁ……あ、あ……あぁ……はぁぁぁ……」 「ごめんなさい……リア先輩にかけちゃって……」 「ううん、気にしないで。こんなにしちゃうくらい、気持ちよかったんでしょ……?」 「う……うう……っ!」 囁きながらペニスを撫で回す。 「私でこんなに感じてるんだ……なんだか嬉しいな……♡」 「そ、そんなことしたら、また……!」 「あ……あ……あれぇ? あ、あぁ……おちんちん、おっきくなってるぅ……」 我慢せずに射精してしまったせいか、まだまだ精が尽きていないのだろう。 リア先輩をもっと感じたくて、ペニスの体積が膨張していく。 「す、すみません……リア先輩。もうちょっとだけ、いいですか?」 「ちょっとだけで、いいの?」 そういって、先端をくりくりと優しくタッチする。 「くすくす。冗談だよ♡ いっぱい、して、あげる……」 「あぁ、先輩……好き……」 「私も、大好き……だよ♡ ん……ちゅ、ちゅぷ……ちゅう、んっ、んちゅ、じゅぷ……ちゅう」 唇はキスをして―― 「もっとキスしたいよ……ん、ぷちゅ、んあ……れろろ……ふえろ、れぷっ、んっ、んふ……ちゅう……っぷ」 僕の手はリア先輩のふくよかな胸を揉みしだき。 「はぁ……あぁ……あん……ん、ちゅうっ、んふ……ふぅ……ん……気持ちいぃ……おっぱい……気持ちいいよぉ……」 先輩の手は、僕のペニスを握りしめた。 柔らかくて温かい先輩の温もり。 普段はご飯を食べたり、鉛筆を持ったりしているリア先輩の手が、僕のペニスを握りしめている。 ペニスを触るためにあるわけじゃない手で! 「ん……んしょ……っ、ん……んん……ええっと、こ、こんな感じ……かな……? はぁ、はぁ……」 先端を指と手のひらで包み込む。ぐりぐりと回しながら、刺激する。 「ん……っ、ん……っ、ふぅ……っ。ふうっ……。おちんちん、気持ちいい?」 「あっ、あっ……そんな……先っぽばかりは……ダメッ」 「そうされると……ダメになっちゃうの? 気持ちよく、なっちゃうの?」 「だ、だめです……ううっ……」 「ダメだよ、イったら。もっと、気持ちよくなってから♡ んっ、んっ、ん……!」 「そ、そんなっ、ああ……!」 (――ああ……すごい食いしばって我慢してるぅ……ピクピク脈打って、可愛い……ん……好きぃ……) 「い……いぎっ!?」 射精を堪えるのに精一杯で、リア先輩の乳房を力強く握りしぼる。 「だ、だめ……そんなに……! 強く握りしめたら……あっ、ああ……!」 「だ、だって先輩が……!」 「そんなに掴んで……おっぱい、変になっちゃうよぉ……! あ、ああっ、はぁ……っ、はんっ、ああんっ!」 両手いっぱいに掴んでも収まりがつかない乳房。 握る力を強めると、指の合間から所狭しと白い柔肉がはみ出す。 「はっ、あんっ! ん……んんっ、おっぱい、あ……あんっ、ん……! はぁ、あっ、あ……! あくっ、くうぅん!」 親指で乳首を押し込んでひしゃげ、乳房を色々な形に変える。 「はぁ、あ……ああんっ! ん、んふっ……うぅ、う! くぅっ、はっ、はぁ、あぁ……あん! あぁ、ああ……」 「先輩、手が止まってます……」 「はぁっ、はぁっ、あ、あん! おっぱい、ん……そんなにするからぁっ!」 リア先輩も負けじと親指が尿道の辺りを押し上げる。 もみくちゃになる二人。 「はぁ、はぁ……あ、あんっ、ん……んんっ、んあっ、あ、あ……んっ! ああんっ! はぁ、はぁ……」 「リア先輩……どこもかしこも、柔らかくて気持ちいい……」 「ん……だ、ダメぇ……あっ、あ、あう……うぅ……うくっ、くぅ〜ん。ん……んんっ、ん……うう……」 太ももを擦り合わせながらモジモジとする。 「はぁ……ぷ、んぷ……ちゅっ、ずるい……ん……いきなりキスぅ……ん、ちゅっ、ちゅぷ、ちゅう……」 唾液にまみれてベトベトな口元を上塗りするようにして舐め回す。 そんな僕の唇にリア先輩は無我夢中で吸い付いてくる。 「ああ、やだぁ……あぅーーん、ん……れろ……やめちゃやだよぉ……もっとキス、したいよぉ……」 唇を遠ざけると、舌を伸ばして離れまいとする。 「んちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ! はぁ、はぁっ、ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅるっ、ちゅ……っぷ、ぷふぅ」 小刻みにキスを繰り返す。がっついてくるリア先輩が可愛くてついいじわるをしたくなる。 唇を離すとリア先輩は眉をひそめて悲しそうに震えていた。 互いの額を合わせるようにして、口を突き出すリア先輩に囁く。 「リア先輩の甘えん坊」 「んん〜〜 だって好きなんだもん〜〜」 「はぁぁ……ん、好きぃ……」 先輩は指を走らせ、先端から竿の根本に向かって手のひらを昇降させる。 精液と我慢汁が良い潤滑となり、リア先輩の柔らかい指を抵抗無く感じることができる。 「はぁ……っ、はぁっ……はぁんっ、んっ、んふっ、っしょ……おちんちん、ああ、熱いよぉ……」 竿の皮を押し上げながら亀頭をごしごしと擦りあげる。 リア先輩の小さくふにふにとした手の中は、真綿の中に包まれたような感じがしてとても心地がよい。 手のひらはどんどんと濡れていき、いやらしい粘着音が響き渡る。 「おちんちんっ、ん……、ずっとピクピクしてるよっ。はぁっ、はぁっ、お汁もいっぱい、ん、ん、出てるっ」 「あ、あ、あ……」 「はぁ、はぁ……気持ちいの? おちんちん、気持ちいのっ?」 「あ……あ……っ、そんなにしたら……」 僕の顔を眺めながら、手の動きをどんどんと加速していく。 「気持ちいの? イっちゃうの? すっごい、苦しそうだよ? 気持ちよくしてあげるっ!」 「かっ、くあ……」 「いいよっ、いいよっ……精子いっぱい、ん、んっ! 射精していいから……あっ、あっ、はぁ、はぁ……」 「イクとこ見せて、イク時の可愛い顔っ、見たいっ! 気持ちよくなるとこ、見たいよっ。ん、んっ、はぁ、はぁっ、はっ、はっ!」 「あ……ああっ」 「手の中に……っ、射精して……! あ、ああっ、全部っ、はぁ、は、んっ、あんっ、受け止めるから……!」 「はぁぷ……ちゅっ、キスぅ! ちゅっ、ちゅくっ、ちゅるれろっ、ん……! んぷっ、ちゅるっぷ」 リア先輩はキスをしている時ですら、虚ろな目をして僕を見つめている。 雰囲気とかムードとかもはや念頭から消え去っているくらい、頭の中が惚けているのだろう。 「はぁっ、あっ、ああっ、シン君の気持ち良さそうな顔、好きぃ……! はぁっ、あっ、あんっ、ああん!」 「だっ、だめ……」 精巣から快感の塊がこみ上げてくる。 痺れた腰を踏ん張るべく、ぎゅうっと乳房を揉みしぼる。 「んあああっ、あっ、あっ! だ、だめっ、も、もう私……! はぁっ、あんっ、んんっ……おっぱいで、ひくっ」 「おっぱいで……くっ、いっちゃふっ、う……! うくっ、くうっ、う……! ううんっ、ううんっ、だめえっ」 「はぁっ、はぁっ! あんっ、んっ、んぐっ! くっ、くふっ、ふっ、ううっ、ううんっ、ん! んあっ、ああんっ」 ペニスをごしごしと容赦なく擦りあげ、リア先輩は発射を促す。 僕も負けじと乳首をつまんで、しぼりあげる。 「はぁっ、あ、ああっ、あくっ、くっ! くふっ、う、うう……! うんっ、ん、んぎ……っ、ひうっ!」 「う、うっく、くう! うう〜〜んっ、く、くう、うう……ふぅ、ふぅ、ふうっ、ふうっ、ふううっ!」 「あ、あ、あ! あうっ、うっく、くふっ、だ、だめっ、あ、あ、あ……んっ、んん〜〜っ。イクッ、イクッ!」 「あ……あ……っ、い、いぎ……イクッ!」 「一緒に……うっ!」 ドクンッ!! 「んんっ……熱っ!」 大量の白濁液がペニスを勢いよく通り過ぎ、快感に腰を抜かしそうになる。 ドクッ……ドクッ……ドクッ……。 「す、すごぉい……手の中で、おちんちん……ビュクビュクって……ああ……いっぱい射精してるよぉ……」 リア先輩は射精をしっかり受け止めたくて、優しく僕のペニスを包み、握りしめる。 ペニスが握りしめられたままビクビクと躍動し、先端から精液が漏らしたように流れ出る。 柔らかくて心地よい空間に締め付けられ、頭がとろけてしまいそうだ。 「あ……あ……ピクッ、ピクッって脈打って。精子、温かい……うふふ……いっぱいおちんちんイってる……♡」 「はぁ……はぁ……あぁ……おちんちん、可愛い……こんなに、動いて……いっぱい、気持ちよさそうだよ……?」 精液がリア先輩の手のひらと指の間にねっとりと浸食していく。 指の合間から溢れてもおかしくないのを必死で受け止めていた。 誰の秘所をも触れたことがないリア先輩の初々しい手を犯していく。汚していく。 「精子、熱い……おちんちんも……熱い……はぁぁ……イっちゃったんだ……あ、あぁ……おちんちん、いっぱいぃ……」 「ん、ん……凄い、気持ち、良かったよぉ……はぁ……はぁ……」 「僕も……ああ、最高っ」 「だよね……うふふ♡ こんなにいっぱい……射精して……もぉ、イケナイ子なんだから……」 「手の中、すごい精液ベトベトだよぉ……あ、まだ射精てるね……♡ んっ、こぼれちゃうっ」 ぎゅうっと柔らかく締め付ける温かい手のひら。微動するペニスを鎮めようと優しく包み込んでいた。 「ん……キス、お願い」 互いに果てた余韻に浸りながらまた口づけを繰り返す。 「ちゅっ、ちゅうーっ。ぷちゅっ、ちゅる、んくっ、ふぅ、ちゅ……! ちゅっ、ぷちゅる、え〜れろん」 「はぁぶ、れろ……ろぷっ、ぷっ、ちゅぅ、ん……んくっ、ちゅ、ちゅ……う……ちゅぷっ、はぁ……」 名残惜しそうにして離れる口と口。絡みついた舌の間に唾液のアーチができる。 「じゅる……ずず……はぁ……あぁ、ああ……ん……ん……んん……っ、す、好き……」 「はぁ……はぁ……僕も……」 行為が終わってもなお、お互いの気持ちいいところをまさぐりながら、その場に二人でしばらく立ちつくしていた……。 「リア先輩……凄いエッチだった……」 「はぁ……はぁ……くすくす、もぉ……そんなこと言うと、もうしてあげないゾ♡」 先輩は精一杯に小悪魔の笑顔を作り、人差し指で僕のペニスをピンと撥ねた。 「はい、あ〜〜ん♪」 「あーーん。もぐもぐ」 「はい、よくできましたーー」 「じゃあ、次はリア先輩にあーーん」 「あーーん♪」 「あぁ……ん……」 リア先輩が目を閉じて口を開いたままぷるぷると震えている。 僕はフォークのおかずを開いたお口の手前で止めていたのだ。 「もぉ! はぐっ」 食いつかれ、モゴモゴしてゴックンする。 「どうしていじわるするのーっ」 「待ってる先輩が可愛くてつい」 「なんでも可愛いって言えばいいと思ってるでしょー! もぉ、知らないっ」 頬をふくらませてそっぽを向くリア先輩。 「んっ……!?」 への字になった唇にキスをする。 「むんっ……ん、むっ、ちゅぅ……んっ、ちゅる、んん……」 「――っぷは! そ、そんなんじゃ……許してあげない、もんっ」 とか言っておきながら、もう頬はゆるゆるに弛んでいた。 ああ、こんな可愛い子と僕はエッチなことをしたんだな……。 リア先輩が唐揚げをグイグイ押しつけてきた。 「んはっ、はっ、なにふるんでふかっ」 「シン君がエッチなこと考えてるんだもの〜〜」 「どうしてそれを!?」 「えっへん! シン君の考えてることなんて、なんでもお見通しなのです」 「だって昨日のリア先輩とのこと……忘れられないよっ」 「昨日のはついついなのっ。もう、学校であんなことしたらめっ! なんだからー」 「う、うう……まあ、確かにやりすぎました。自重します……」 「そう! しばらくは、ね!」 「しばらくってことは――」 「もぉ! 早く食べないと学校に遅刻しちゃうんだからっ」 「いやいや、余裕ですって」 「ここのところ、静かですね」 「そう? みんな聖夜祭が近くなってそわそわしてると思うけど」 「たとえばリア先輩とか」 「そわそわなんかしてないもんっ! してるのはドキドキだもんっ」 「どっちも同じです――って、その話じゃなくて。静かなのは、魔族がですよ。バイラスとか」 「あっ、ああ、そっち」 「うん……まるで来るべき時に備えて準備してるみたいな感じだね」 「アゼル……どうしてるのかな……」 「メリロットさん……アゼルさんのこと、全然話してくれないよね。難航してるのかな」 「寮にも帰っていないみたいだし……どこに行っちゃったんだろう。心配だな……」 ちゃんと温かい布団で寝ているのだろうか。お腹を空かせたりしていないだろうか。 「なぜかアゼルとは親近感があるんですよ」 「なんと言えばいいのかよくわからないんですが……前から放っておけないんです」 「優しいね、シン君は」 「そうですか?」 「ちょっと妬けちゃうかも」 「な、なに言ってるんですかっ。別に僕はアゼルにそんな気持ちで――」 「けど、可愛いなあと思ったことはあるでしょ」 「そ、そりゃあ、ちょっとくらいは……」 「くすくす……正直なんだから。そんなこと言ったら、もっともっと妬けちゃうゾ♪」 「けどね。他の女の子に目移りできないくらい、夢中にさせちゃうんだからっ」 う……うわぁ。 「くすくす……それは、あんなことや、こんなこと……♡」 「ちょっ……さっき、しばらく自重しろとか言っときながら……」 「もぉっ、すぐエッチなことばっかり考えるんだものっ。そうじゃなくたって、シン君なんかメロメロにできるんだからー」 「えっへん! リアに任せなさ〜〜い」 ああ、あの張っている胸を、これからもいっぱい揉んでいいかと思うと、ああ〜〜っ。 「先輩っ、学校まで競争ですっ」 リア先輩を見ているだけで、エッチなことしか考えられなくなってしまった自分が恥ずかしくなり、思わず逃げ出した。 その日の放課後にも、アゼルの話題が挙がった。 「アゼルさん……お腹を空かせていないでしょうか」 「ロロットもそう思う!?」 「まさか会長さんもですか! 魔王のくせして、天使のことをよくご存じですね! ビックリです」 「天使はほとんど食事を摂りません。むしろ摂る必要がないからなんです」 「そういや、アゼルってヴァンダインゼリーばっか飲んでたよね。なんか食べた感じがしないやつ」 「栄養は天使の体を構成するのに必要がないのです。けれど、それは天界にいるから成立することでして……」 「それが物質と霊質の違いに因るものだと……?」 「人間の皆さんはお腹が減りますよね? そしてご飯を食べないと死んじゃいますよね?」 「天使が人間に近くなっても同じことが起きるのです」 「と、エミリナが言っていました。えへん」 「けど、ロロちゃんはいつもお腹ペコペコだよね」 「ええ。私が人間界に興味を持ったのは、美味しいものを食べたいというのがまず第一にありましたから」 「サリーさんと馬が合うのも頷けるわ……」 「まさか天使の事情を既に理解しているとは。さすがですね、会長さん」 「い、いや……そういうわけじゃ……」 「けど、もしそれでずっとアゼルさんが何も食べていなかったら――」 「それはそれは人間のように飢えてしまうということです」 「そ、それは大変だっ 今日の特訓が終わったら、みんなでメリロットさんに掛け合ってみよう」 「ありがとうございましたーっ」 「お疲れさまでした」 「あの……すみません、メリロットさん」 「どうしましたか?」 「やっぱり僕達も……捜索のお手伝い、させてもらえませんか?」 「アゼルさんの……ですか?」 ロロットから聞いた話をそのまま伝える。 「ああ、天使の物質移行時に起きる弊害現象ですね」 「一刻を争うんです!! だから――」 「はぁ……何度言ったらわかるのですか? あなた達はすべきことをしていればいいのです」 「けど、アゼルは……っ」 「メリロット……あなたも頑固だけれど、この子達も負けないくらい頑固よ?」 「ヘレナも口を挟まないで下さい。これ以上、クルセイダースを助長するような真似をしたら――」 「落ち着いて、メリロット。あなたらしくもないわ。何を隠しているの?」 「もしかして、アゼルのことで何か……」 「僕達はずっとメリロットさんを信じてきました! それなのに……」 「あなたが信じてくれなければ、協力なんてできやしないわ」 「あなたを信じてるからこそ、過酷な試練をずっと受けてきたのでしょう。その気持ちを裏切るつもり?」 「信じる勇気を持ちなさい、メリロット。あなたが思っているほど、あなたも彼らも弱くないわ」 「……そうではありません。そういうわけではないのです……」 「みんな、ごめんなさい。今日はもう、上がってもらえないかしら」 「……わかりました。あとはお願いします」 「ねえ、どうしたの。メリロット……いつもなら必ず相談してくれていたのに」 「ヘレナを……巻き込みたくなかったのです……」 「どういうこと? アゼルちゃんと関係があるの?」 「ヘレナ……あなたならどうしますか? 友人と戦わねばならなくなったら」 「私はそれを……あの子達に強要することは出来ません……」 「アゼルちゃんは敵と決まったわけではないのでしょう?」 「少なくとも目的は不一致。彼女もまた、魔族と同じようにこの混乱に乗じて何かをするつもりです」 「隠れている今でも強力な結界を張り、誰も近づけようとしていないのです」 「今までアゼルさんを度外視していたこともありますが、今更の説得に応じる気配はありません」 「それがたとえ、あの咲良くんだとしても……」 「だから、クルセイダースと対立する前に、私がこの手で――」 「おい、引きこもり。魔王様を侮ってんじゃねーぞ?」 「大賢者パッキー!」 「俺様はなあ。長い間、魔王様に仕えてきた。その中でも、咲良シンって野郎は初代魔王の再来を感じさせるほどだぜ」 「どうしてそんなことが言えるのですかっ」 「初代魔王……いわゆる俺様達は、最悪の状況を目の前にして、初めて手を取り、助け合おうとした」 「最初からそのつもりだったわけじゃねえ。そうするしかもう道がなかったんだ」 「けど、シンちゃんは違う。その人となりで、手を取り助け合ってきた。こんな事態になるずっと前から」 「この時点で、私達の想像を既に超えていた、と。そう言うわけですね」 「ヘレナの言っていた信じる勇気ってのは、そういうことだ」 「シンちゃんが何かをしでかす、してくれるって信じる勇気よ。だって、あの子――」 「天然だから」 「ぷっ……くすくす、天然だから……何をしでかすか、わからないというわけですね」 「あなたの言う可能性なんて、魔王の前では当てになんかならないもの」 「自分が汚れ役になるだあなんて、ガキの言う台詞だぜ。お前まで俺様やルミエル達のようになる必要はねえ」 「メリロット。お前は今の時代を精一杯生きろ。それが、命ある者の役割ってもんさ」 「……わかりました。私のしようとしていたことを全て話します」 「その代わり、彼らにだけ責任を押しつける形だけは取らないようにしましょう。たとえ、どんなことが起きようとも」 「それはもちろん」 「それが保護者である俺様達の役目ってもんよ」 メリロットさんは、まるで何かに追い詰められているような感じだった。 いつも気丈な振る舞いを見せているメリロットさんが、あんなに取り乱すなんて。 あれ以上はもう、付き合いの長いヘレナさんに任せるしかない。 だからといって任せっきりにするのもなんなので―― 「パッキー。アゼルのこと……どうすればいいと思う?」 「あれ、パッキー?」 どこか出かけてるのかな。寒いから風邪を引かないように、マフラーでも作ってあげれば良かったかな。 まあ、クリスマスプレゼントにでもしよう。 「お電話ありがとうございます。グランドパレス咲良です」 「シン君? 夜遅くにごめんなさいっ。あのね――」 「んとね。メリロットさんが、アゼルさんの居場所を教えてくれるって」 「時間が時間だしな。あまり大袈裟にもしたくないはずだぜ」 「まあ、確かに。って、パッキー?」 「他の奴らには、魔王様から話してやれよ」 「待ってたわ、シンちゃん。早速だけど、ついてきて」 着いて向かった先には、本を片手に立ちつくすメリロットさんの姿が見えた。 「メリロットさん」 「いらっしゃいましたね」 「何をしていたんですか?」 「魔法陣を仕掛けていました」 「この魔法陣は霊力を封じる為のもの。前にソルティアが私達の魔力を封じたものと似たものです」 「霊力ということは、アゼルの為に……」 「数日前から、ここに強い結界を感じていました。おそらく、フィーニスの塔に彼女は隠れています」 「しかし、そのままずっと動き出す気配がありませんでした」 「というより、動くことが出来なかった」 「ま、まさか……お腹が空いて?」 「くすくすっ……まったく、あなたという方は」 「そうかもしれません。理由はどうであれ、動かないのであればこちらとしても好都合」 「罠を仕掛けるには……ね」 「やっぱり、アゼルさんを敵だと思っているんですか」 「残念ですけれど、覆すのが難しいほどの可能性です」 「しかし、これでたとえアゼルさんが刃向かってきたとしても、無力化できるでしょう」 「それで話を聞くチャンスが生まれる、と言うわけですね」 「ええ。果たして説得に応じてくれるかはわかりませんが」 「僕……やります!!」 「どうするの、メリロット?」 「可能性なんて言葉。もはや当てにはしていませんから」 「咲良くんの言葉、信じましょう。魔法陣を発動させます」 「ごめんよ、アゼル……っ」 「最後に一つだけ。身の危険を感じたら、無理をせず逃げて下さい」 「それだけは必ず守るようにして下さい。わかりましたね?」 「頑張ろうね、シン君」 「忘れないで。私はいつだってシン君と一緒だから」 「ヒュウ、妬けるわね〜〜」 「けど、リア。残念だけど、あなたは私と一緒にここで待つのよ」 「ええっ、そんなの嫌だよっ」 「霊力を封じるのよ。守護天使の力を借りているだけのあなたが、いざというときに何が出来るというの?」 「そ、そうだけど……」 「男を待つのも、女の仕事なんだから」 「男の人と付き合ったこともないくせに、よく言うよ」 「だって告白してくる人は、みんな渋さが足りないんだもの〜」 「リア先輩。いつも一緒なら、離れてたって一緒ですよ」 「うぅ……シン君……」 「ア・ツ・ア・ツ♡」 「もぉ、お姉ちゃんったら!」 「咲良くん。行きますよ」 「は、はい! じゃあ、行ってきます!!」 「いってらっしゃ〜〜い」 「静かすぎる……」 「この結界は五感で得られるもののほとんどを遮断しています。まるで簡易に作られた天界のようですね」 「完全に無音な時って耳鳴りがするんですよね。この感じ、あまり好きになれないな……」 「これが天使達にとっては普通なのかもしれません」 「聴覚に限らず、触覚味覚、全ての感覚が失われているという噂です」 「ロロットが人間界に来るのもわかる気がします」 「しかしこれだけの結界を作れるなんて、アゼルさんは天使の中でも相当の実力者ですね」 「その中に侵入できるメリロットさんも十分に凄いと思いますよ」 「シッ、静かに……」 「だ、誰だ……」 暗く堕ちた闇の向こうから、おぼつかない影が揺らめいている。 「なぜだ……なぜ邪魔をする……私は……世界を……新たに……」 「世界を……!?」 「なるほど、奴は狂信者だったってわけか」 「まさかそのような馬鹿げた諸説を真に受けている天使がいたなんて……嘆かわしいことです」 「簡単に言うとだな。このリ・クリエが世界を再生する為に作用する力だと思っている奴がいるんだよ」 「ええ……? そんなことになったら、どうなるんだい」 「当然、そこに生きてる奴はみーんなおシャカ」 「そのようなこと。あってたまるものですか……」 「じゃあ、アゼルはそんな夢物語を信じているってわけ?」 せっかくの聖夜祭に、なんてことをするつもりなんだ。 「世界再生など……させるものですかっ」 お互い顔を見せ合い頷き―― 「アゼルっ!!」 アゼルの前に躍り出た。 「……やはり、お前か……魔王……そして、ニベ」 「リ・クリエに乗じて三界の統合による世界再生……あなたに出来るはずもないでしょう」 「……主が私を選んだのだ……」 「いい加減に目を覚ましなさい。いくら天使とはいえ、あなたにそんな力が――」 「バイラスを消した」 「なんですって……」 「これ以上の……阻害は……許さない……!」 「な、なんだっ!?」 夜のとばりが降りたはずの空。 いつものように流れ星が降りしきる中、それを塗り替えるようにして星が降る。 星の軌跡が空を埋めていく。 落ちる星の数は、文字通り星の数ほど。 数えることすらままならぬ量が、空を埋め尽くす。 星は輝きを増していき、夜とは思えない明るさで満たされた。 軌跡を目で追う先に、理屈では説明できない共通点がある。 全ての流星が、このフィーニスの塔へ向かっていたのだ! 「ま、まさか……アゼルさんに流れ星が向かっているというのですか……」 この流星降雨の現象を、アゼルが引き起こしているということなのか。 「このような事例……今までに見たことがない……」 「しかし、無駄ですよアゼルさん!! あなたの霊力は行使不能です!!」 いともあっけなく崩壊。 「メリロットさんっ。アゼルが……!!」 「くうっ!!」 メリロットさんは本を広げてアゼルに仕掛ける。 「伏せて!!」 素早く詠唱を行い、アゼルへ向かって魔力を帯びた本を放つ。 「出でよ!!」 開かれた本の中から、魔界より召喚されし戦士達が現れ、アゼルに襲いかかる。 しかし、アゼルを取り巻く光が、その猛者達を包み、飲み込んでいった。 「そ、そんな……全く通用しない……」 瞬く間に全てのページを使い切り、その本は光の中に消えていく。 その時に起きた衝撃だけで、メリロットさんの身が大きく煽られ空に舞う。 「くう……っ」 高く跳ね上げられたものの、なんとか着地は成功したようだ。 「どうして、こんなことを……」 「う……っ、うう……」 「やめるんだ、アゼルっ。こんなことは――」 「お、お前達は……やめられるのか……」 「そう簡単に、己の信念を曲げられるというのか!?」 「うっ……うあああ!!」 悲痛な叫びと共に、アゼルの体から霊力が溢れ出した。 「こ、これがリ・クリエの力……天使に宿りし、世界再生の力……」 「ま、まだ時は……う、うぐ……っ、満ちては、いない……」 「アゼルが苦しんでいるっ。助けなくちゃ!」 「咲良くん!? やめなさい! あの渦中に巻き込まれては、ひとたまりもありませんよ!!」 「だからって――」 「今しかありません!! 逃げましょう!! 早く!!」 「けど、アゼルが――」 「死にたいのですか!!」 メリロットさんの鬼気迫る表情を見て、初めに注意された事を思い出す。 一時の感情で、その信用を裏切るわけにはいかない。 「メリロットさん、歩けますか?」 「いけます……っ」 「今の流れ星……いったいどうしたの……?」 「詳しい話はあとで、今は一刻も早くここから離れないと!」 「だ、大丈夫です……アゼルさんは、追ってきていません……」 「そ……そうですか……はぁぁ……」 「メリロット。アゼルちゃんの説得は――」 「……はい。すみません、不測の事態が発生したものでして……」 「アゼルに呼応して、流星が集まってきたんです」 「あ、アゼルさんに……?」 「彼女に、リ・クリエの力が宿っていたのですよ」 「そ、そんなことが……!?」 「メリロットの魔法陣ですら、押さえつけることが出来なかった」 「相当なエネルギー量、リ・クリエと言われれば合点のいく話ね。あまり信じたくはないけれど」 「バイラスをも遙かに凌駕する力。既に彼は用済みとなり、アゼルさんの手によって……」 「アゼルはどうして、あんなことをしようと思っているんだろう……」 「仮説の通り、リ・クリエが世界再生を望むものだとしたら。アゼルさんが、その力に操られているかもしれません」 「しかし、彼女は言っていた。信念を曲げることができるのか、と」 「アゼルちゃんはきっと使命を背負ったと思っているんじゃないかしら……」 「自分が選ばれた。それを実行しなければならないという使命感が、彼女を突き動かしている」 「あんなにも苦しんで……それでいて世界を作り直すだなんてことを、アゼルは本気で思っているんですか?」 「おそらく、そうすることで何が起きるかなんてことは念頭にないのでしょう。そしてその結果、自分がどうなるのかさえ」 「殉教者、とでも言うのかしらね。可哀想に……」 「せっかくこの学園に来たんですよ? 天使だって、ロロットみたいに僕達と過ごせば……」 「一緒に……過ごしていれば……こんな、ことには……っ。くそ……!」 「シン君は悪くない。そうやって自分を責めちゃダメだよ」 「アゼルさんにはね。どうしても譲れない事情があった。ただそれだけのことなんだから」 「けど……アゼルはずっと一人で……あんなにも苦しんでたのに……僕はそんなことも知らないで……っ」 「優しいね、シン君は。けど、その優しさで……アゼルさんの信念に勝てるのかな?」 「いつリ・クリエの力を宿したかはわからない。けど、それからずっと……アゼルさんは信念を貫いて生きてきた」 「同情なんかで、アゼルさんを相手に説得なんか出来るわけないよ」 「信念には、信念で立ち向かうしかない!」 「僕の……信念……」 僕の信念……アゼルと対等に戦えるであろう信念とはいったいなんなのだろう。 魔王としての信念か。それとも――。 「とにかく早急に新たな対策を講じる必要がありそうね」 「きっとアゼルさんが動くのは、リ・クリエのエネルギーが臨界点に達する時――」 「予想では、12月24日。その日に、世界の命運が決まるかもしれません」 「ねえ、みんな。僕の信念、どう思う?」 「はいい?」 「凄く……曖昧です」 「そっか、ありがとう」 「事態が急転して動揺するのもわかるけど、目標を見失うのはよくない傾向よ」 「シン君。少し落ち着いて考えてみて」 「むむぅ……」 ああ、考えてるだけっていうのは、なかなかに落ち着かないなあ。 「よしっ。じゃあ、聖夜祭の準備をしよう!!」 「唐突だなあ、おい!」 「体でも動かしていれば、いつか考えつくと思ってね」 「くすくす……その方が、シン君らしいよ」 「そしたら、今日も元気にいってみよーっ」 「おーっ!!」 そんなこんなで、特訓まではいつもの通り生徒会活動に勤しむのであった。 聖夜祭に向けて、学園がクリスマスの装いを見せ始めていく。 「どうしたの、シン君」 「……まさか、アゼルさんのところに行くつもりじゃないよね?」 「いやいや! メリロットさんに内緒でそんなこと出来ませんよ。そうじゃなくて……」 「北風と太陽……じゃなくて、なんだったけかな……」 「ここで楽しいことをしていれば、アゼルが気になって出てこないかなあと」 「ああ。天岩戸のお話だっけ。お日様を出そうとする為に、お祭り騒ぎをして……」 「そうそう、それそれ! そしてちょいと気になった隙を狙って巻き込んでしまおうという戦法」 「まさか、シン君。それを見越して会場をここに?」 「もし、そうだったら僕が腰抜かしますよ」 アゼルの覚悟なんて、僕には想像もつかないほどのものだと思う。 これが彼女の胸に響くとは到底思えないけど、僕に出来ることと言ったらこれくらいのことしか無い。 「けど、そういうことすぐに思いつけるのが、シン君の凄いところだと思うんだ」 「そ、そんな…… 文字通り、思いつきで言ってるだけですし」 「たとえ思いつきでも、それが自然と出てくるんだよね」 「メリロットさんがアゼルさんのことについて話してた時なんだけど……」 「あの様子を見てたらね。どうしたって、アゼルさんが敵のようにしか思えなかったもの」 「それなのに、シン君ってば当たり前のよう友達扱いするんだから」 「シン君がね。魔族に話しかけた時、凄いビックリしたんだよ」 「みんなで肉まんを食べた時ですか?」 「そうそう。私が素っ頓狂な声を出してた時。もう、私には考えられないことだったから」 「けどね。今までずーっとシン君を見ていたら、そうしちゃうのもわかる気がするんだ」 「だって、シン君は天使だろうが魔族だろうが、誰であろうと分け隔てなく接するんだもの」 「そう、なんですかね……?」 「うん。きっと、そうなんだよ。だから、シン君が魔王に選ばれたんだと思う」 「世襲制ですよ?」 「それでも、シン君にしか出来ないことがあるから、だよ」 「ぎにゃーー!!」 「どうなってるにゃ……手も足も出ないにゃ……」 「あれ、君は……」 「にゃんと、クルセイダース!?」 「しかし、今日はお前達の相手をしている場合ではないのですにゃん」 「なぜ敬語?」 「フィーニスの塔……まさかアゼルさんのところに!?」 「あいつはバイラスにゃまをひどい目に遭わせた極悪人にゃ!!」 「だから、バイラスにゃまの無念を晴らすべく報復行動に向かったというわけにゃ」 「なんと無茶なことを……バイラスだって敵わない相手だよ?」 「それでも一矢報いたかったのにゃ!!」 「けど、あまりにも雰囲気がおかしくて近寄ることすら出来なかったのにゃ」 アゼルはまだ、頑なに信念を貫こうとしているんだな。 「それで。バイラスは……?」 「魔界にすっ飛ばされて、身動き一つ取れないにゃ」 「そっかぁ……それなら良かった」 「全然良くないにゃ!! パスタと一緒にらぶらぶクリスマスを過ごすはずだったのに……」 「それに、なんてひどい言いぐさにゃ!! 人の不幸を喜ぶなんて、魔王はやっぱり極悪人にゃ!!」 「違うって! 生きてて、良かったなあって」 「願いも叶わず、抜け殻になったバイラスにゃまは、死んでしまったも同然にゃ……」 「あれだけ強い人が、そんなことで落ち込んだりするもんか」 「そうかにゃあ?」 「それは僕よりも、バイラスのことを愛している君の方が、ずっとずっとわかると思うけど」 「お前達も……あのアゼルと戦うんだにゃ?」 「そうなるかも、しれないね」 「だったら協力してやるにゃ」 「あのアゼルって女に一発でも仕返ししなくちゃ、気が済まないにゃ!!」 「は……はは……」 逆襲のパスタが仲間になった!! 「しっかし、素直に喜んでいいのかどうか」 「くすくす……けど、今のでわかったでしょ? 私の言っていたことが」 「狙っているわけじゃないんですけどね……」 「みんな、シン君の人柄に惚れてるんだよ」 「みんなが僕に力を貸してくれる。それはとても嬉しい」 「けど、みんなの力を借りて、僕はどうしたいんだろう」 「それがきっと、シン君の持つ信念の答えだよ」 「僕の信念……?」 「思い出して。シン君がずっと、してきたかったことを」 「ご、ごちそうさま〜〜」 「お粗末さまでした♡」 なるほど。これが九浄家のディナーというものか。 これだけの品目をしっかり網羅していれば、あのように大きな胸へと育つわけか。 僕の背も、これで大きくなって、リア先輩がいつでも上目遣いになってくれればいいんだけど。 「ど〜したの?」 「あ、え、いやいや!」 「怪しい。どこ見てたのかなぁ?」 リア先輩が柔らかい身を寄せ、耳元に囁きかける。 「変なところ……見てたんでしょ……?」 「シン君の考えてることなんて、全部お見通しなんだからっ」 くう……どうして主導権をすぐ握るんだっ。 「そうやって、僕をからかって……」 「だってシン君。あの時から、すぐ目の色が変わるようになっちゃったね」 「けど、だ〜め。エッチなシン君にはお預けです」 「エッチになったのは、リア先輩が……すぐ誘惑するから」 「わ、私のせい!?」 「いつまでもからかわれてるばっかりじゃないんですっ。ぼ、僕だって……」 「あっ、だ……ダメぇ……っ」 言葉が拒もうとも、体に抵抗する気は感じられない。 「そこだ!! やっちまえ!!」 「な、なにを言ってるんだっ」 「ロープレだよ。オートバトルだから、言うこと聞きやしねえ」 カジノでお金を増やすしかないタイトルどおりカオスなゲームか。そのメーカーだったら、東方見●録もおすすめ。 う、うう……リア先輩っ。 「ご、ごめんね。あ、あんまり遅くなったら、お母様に怒られちゃうし……」 「そ、そうですね。じゃあ、送りますよ」 「いってら〜〜」 く〜〜っ、くそうっ。 「シン君……手、おっきいよね」 「えっ、いきなり何ですか」 僕の手を両手で掴むと、何かを確かめるように指でまさぐる。 リア先輩の手も女の子なんだな。僕のに比べて一回り小さい。しかも指が短くて可愛い。 「だ、だから何なんですかっ」 「やっぱり男の子なんだなあって。しみじみ」 「そうやってまた僕をからかうんですね」 「違うよ〜〜。誉めてるのに〜〜」 「そうやって拗ねたりするから、からかいたくなっちゃうんだよ」 「ちゃーんと男らしくしなくっちゃ。試しに、リアって呼んでみるとか」 「はい、どうぞー」 「う……り、リアさん」 「それじゃあ意味ないでしょーっ」 「うぐ……っ、り……」 「リア」 「な、なんだか、恥ずかしいね……」 「僕の方が恥ずかしいですよっ」 「どうせなら敬語も禁止してみよっか」 「そ、それだけはご勘弁……今更、リア先ぱ……じゃなくて、リアにタメ口なんて聞けないッス」 しかもなぜ体育会系? 「恥ずかしい。けど、ちょっと嬉しいかも」 「なんでですか……」 「シン君にリードされてるみたいだから」 「やっぱりいつもはリードしてないんですね、僕は……」 「それはもちろん! 私の方がお姉さんだもの、えっへん!」 「けど、前にエッチした時……いっぱいリードされちゃったな……」 「今日もあのまましてたら……」 「どうしたんです……?」 「ほら、いこ!」 「ま、また明日」 「じゃあね。気をつけて帰るんだよ〜〜」 「おやすみ、リア先輩」 「お、おやすみ……リア」 「うん♪ おやすみなさい♡」 ダメだ、やっぱり慣れない。 今も昔も、僕にとってはリア先輩だ。 けど、先輩の彼氏なんだから……。 あ、明日から頑張ってみよう! はぁぁ……リア先輩の手、柔らかくて温かかったな……。 今ちょっと離れただけでも侘びしくなる。 リア先輩の柔らかい手のひらが恋しい。ずっと繋いでいられればいいのに。 けど僕は、その手よりも柔らかい胸を自由に触れて―― うああ、いかんいかん! なんかもう……リア先輩のスキンシップからすぐエッチな連想をしてしまう。 なんて最低なんだ……。 いくら切ないからって、リア先輩の体を想像したら 今日、あのままうまくいけば、あんなことやこんなことが。 そうなったら今度こそはリア先輩を…… 「だーーっ。だーーっ」 その場で地団駄を踏み、心を戒める。 「うわっ、まぶしい」 局地的に光がチラついている。 リア先輩の家からだ。 リア先輩がバルコニーから、手を振っている。 僕がまだいるかもわからないのに、わざわざ……。 嬉しくて、僕は体全体を使って腕を振り回した。 リア先輩が、それを見て凄く笑ってた。 やっぱ僕って、子供だよな……。 けど、リア先輩の笑顔は最高だったッ。 「これはまた凄い照明。よくこれだけのものを、用意できましたね〜〜」 「お姉ちゃんが『九浄家をなめるな!!』って。予算とは別に用意してくれたみたい」 「こりゃあ、アゼルも眩しくて落ち着かないだろうな〜〜」 「アゼルは騒がしいのが苦手だしな〜〜」 「どうしたんです?」 「またアゼルさんの話になってる」 「まあ……もうすぐ、白黒つけなきゃいけませんからね」 「本当にそれだけ?」 「それだけって、他に何かあるんですか?」 「こっちが聞いてるのに〜〜」 なんでふて腐れてるんだろう。 そうか、やっぱり…… 「もう呼び捨てにするの、やめましょう」 「それじゃなくて!!」 「会長さーーん」 ロロットがダッシュで近づき、抱きついてくる。 「あのイルミネーション見ました!? 凄いんです!!」 「もう感動的ですよ〜〜♡」 「暗くなった時が楽しみだね〜」 「けど、おかげで配線工事の方がまだまだ時間がかかりそうなんです……」 「じゃあ、更衣室の方はリアと一緒にやっておくよ」 「えっ。えぇ? 今……」 ロロットが不思議そうな顔をしているな。 「いっ、いえいえ! では、よろしくお願いしますーっ」 逃げられた。 「やっぱり、やめましょうよ」 「それじゃないの!!」 「うむ。ここも異常なし!」 「紫央ちゃん。警備、ご苦労様」 「恐悦至極に存じます。しかし、これもそれがしの生業ゆえ、お気遣いは無用にて候」 「とはいえ、物の怪以外にも警戒対象はいるだろうし」 「そうですな。暴漢共に屈しては武士の名折れ。そこで会長どの、それがしを襲ってはいただけませぬか?」 「緊急時の脱出法を会得したいのです。さあ、参られよ」 「そ、そうか。それならしょうがない。じゃあ行くぞー」 「わああ!! いっ、いきなり馬乗りとはなんと卑劣な!?」 「紫央ちゃんが襲えって言うから……襲うと言ったらこうだよね、リア?」 「どうして、私に聞くのっ」 「い、今なんと……?」 紫央ちゃんが驚いているな。 「いっ、いえいえ。なんでもござらぬっ それでは警備がありますゆえ」 「むむーーっ」 「今のは訓練ですよ、訓練!」 「楽しんでるように見えたっ」 「僕が名前を呼んだくらいで優越感に浸るとでも?」 「だから、そうじゃなくって!」 「シーン!!」 「咲良クーン!!」 「アタシが先に呼んだんだい!」 「用件の重要度によって、優先順位が決まるのよ」 「シンをよこせーー!」 「咲良クンはこっち!」 「うあああ、いきなり何するんだよーーっ」 「ぐ、ぐるじい……助けて、リアっ」 二人とも硬直している。 「ま、まあ、普通だよね。そういう関係だし」 「い、いつのまに……まさか関白宣言を……!?」 「それで、何?」 「他の用事思い出したっ。じゃねーっ」 「ああ、私もっ」 「はぁ……はぁ……ひどい目に遭った」 「モテモテだね、シン君」 「そんなに怒ってるなら、もうやめます。今まで通り、リア先輩って――」 「だーかーらー!」 「見てられへんわ、会長はん」 「いきなり何ですかッ」 「恋人の前で、他の女の子とイチャイチャしはったらあきまへん」 「あ、あうあうーー」 「それならそうと、言って下さいよ……」 「言えるわけないし、ずっと勘違いしてたんだもん!」 「くすくす……リーアがヤキモチ妬いてはるなんてな〜」 「妬いてなんかいないもん!!」 おおっと、ここは僕が男らしくフォローをすべきだな。 「僕はリア一筋だから」 御陵先輩、怪訝な顔してるな……。 「やっぱりやめましょうよ、呼び捨てにするの。みんな変な顔してます」 「そやし、うちは先輩呼ばわりで、リーアは呼び捨てにしてはったら、ややこしやろ?」 「もしくはうちのことも、呼び捨てにしはったら? 彩錦って♡」 「えっ、ええっ」 「可愛いよ、彩錦」 「リアがいてはるのに、あかん! そやけど、うちかて会長はんのこと好っきやねん!!」 「僕もだよ……Love'in you」 「そ、それはダメーーッ!!」 「くすくす。冗談やさかい」 「まあせめて、この学園にいるまではリア先輩って呼ばせてもらいますよ」 「そうやそうや。そうせんと、リーアの方が年下に見られてまうんやし」 「せやから、いつも身の丈以上に大人振ってなあ。ま、それがリーアの愛らしいとこなんどすけど」 「そ、それを言っては……」 「せめて二人っきりの時だけにしとき」 「いいえ!! これからずっと、呼び捨て禁止!!」 リア先輩と、最後の仕上げ。明日のダンスパーティの流れについて最終確認をする。 「御陵先輩……リア先輩と踊りたがってましたよね」 「彩錦ちゃんなんか、もう知らないんだからっ」 「……まったく、そうやってすぐ反応するから子供っぽいって言われるんですよ」 「ふんだっ。せっかくシン君を大人扱いしてあげたのに」 「そんなことしなくていいですよっ」 「だからって、シン君が大人で私が子供って扱いされるのはダメなのっ」 「僕はリア先輩の大人っぽくて、子供っぽいところ……好きですよ?」 「そんなんじゃ、ごまかされないもん!」 「私の大人っぽいところって、どこかな?」 「例えば、周囲の気配りとか、よく目が行き届いているなあって、いつも感心してましたし」 「あとは、包容力があるというか……抱きしめられると凄く安心して……」 「そ、そうなんだ……なんだか照れくさいな」 「も、もちろん……それだけじゃないですけど……」 「じゃあ子供っぽいところって、どこなの?」 「こういうところを、確認したがるとこ」 「じゃあ、もうしない!」 こういう単純なところも、子供っぽいよなあ……。 けど、そのアンバランスなものを持ち合わせてるから、リア先輩は素敵なんだと思う。 僕は生徒会長になってから、リア先輩に追いつけるよう頑張ってきたんだ。 けど、追いついたと思っても、また引き離される。 リア先輩も、僕に追い越されないように、頑張っているんだ。 だから二人とも成長し続ける。 大人へ向かって、ゆっくりと一歩ずつ大きくなっていくのだ。 「だから、もうふて腐れないで。ちゃんと明日は御陵先輩と踊って下さいよ」 「大丈夫。わかってるって〜♪」 「私達にとって、最後の聖夜祭だもん……」 「だからね。最後にとっても素敵な思い出が作りたいんだ〜〜!」 「シン君は……誰と踊るの?」 「誰とも踊りませんよ。僕が踊りたいのは、リア先輩だけですから」 「シン君……っ!」 「ん!?」 いきなり抱きつかれてキスされた。 「くすくす、ビックリした?」 「そりゃしますよ!!」 「だって、今のシン君……すごく可愛かったんだもん」 「不意打ちするなんてズルいや……」 「じゃあ、今度はちゃ〜んと……」 「ちゅ……んぷ……んっ、んむぅ……」 唇を重ね、熱い舌で舐め回す。 粘液がからみつき、心地よい感触が襲う。 今まで押さえつけられていた興奮が爆発してしまいそうだ。 「そ、そんなことされたら、僕……」 「えっ、あ……っ。んん……!?」 僕は堪らず、下腹部をリア先輩の体に押しつけてしまう。 「だ、だめだよぉっ。学校で、そんな……んんっ」 「だって、あんなにエッチなキスされたら……」 「そ、そんなことないもん……」 「だけど……舌、入れてきた」 「そ、それはシン君が子供扱いするからだもん! 私が、ちゃーんとした大人なんだって教えてあげなくちゃ」 「うう……シン君ったらぁ、もうおちんちん大きくしてるよぉ……」 「無意識なのかな……おちんちんを太ももでゴシゴシってしてる……」 「こんなにも息荒げちゃって……もぉ……エッチなんだから……」 「あっ……ん……んん……っ」 「こ、こんなことされたら、私までエッチな気分に……」 「ダメッ……ここは生徒会室なんだものっ。先輩として、こんなところでエッチなことは……」 「けっ、けど……おちんちんが、あっ……硬くなって……いっぱい、暴れてる……」 「先輩……もっかいキス」 「え……! だっ、ダメぇっ、今……キスなんかされちゃったら――」 「ん……んんっ、んちゅっ、ちゅううっ」 「んぷっ、ちゅっ……ちゅくぅ、んんっ……んふぅ」 「んぐ……んちゅ、ぷ……ぷわ……っ、はぁ、はぁ……んはぁ……」 「先輩、感じてる?」 「か、感じてないもんっ。感じてるのはシン君でしょっ」 先輩の指先が、僕の張り詰めた股間の輪郭をなぞるようにして動く。 「も、もぉ……こんなにおっきくしてぇ……」 「あ、ああ……っ」 「しょうがないから……また、お手手でシコシコってしてあげる……」 そ、そんな……今日はもう手の平だけでは済ませたくない。 リア先輩の体は、こんなにも魅力的だというのに!! 「り、リア先輩っ!!」 僕はソファーにリア先輩を押し倒し、馬乗りの体勢を取る。 「あ……んっ、んむっ、んちゅ……っ、ちゅ……ちゅぷるぅ……んん……」 そしてキスをしながらズボンを手にかけ、ペニスを顕わにした。 勢いよく躍り出たペニスは、そのままリア先輩の柔らかい腹部の上でバウンドした。 滲み出ている汁が、制服を汚す。 「や、やぁ……な、なにするのぉ……」 「ずっと……ずっとこうして――」 僕はリア先輩の胸元に手をかけ、半ば強引にはだけさす。 下着で窮屈に締め付けられていた豊満な乳房が、解放すると共に溢れ出た。 仰向けでもその膨らみは健在……ただ、重力に逆らわずにいるところが、その抜群の柔らかさを示していた。 「はぁ……っ、はぁ……っ。ど、どうしたの……? め、目が怖いよ……?」 「リア先輩のおっぱいが……うう……」 「はぁっ、あっ、ああっ、んっ、んはっ、お、おっぱいそんなに……しないでっ、はぁっ」 勃起したペニスで、リア先輩の片乳をはたく。 たゆんたゆんと揺れ、その柔らかさに大きく息をつく。 「ま、まさか、おちんちん……おっぱいで……」 「も、もう我慢できないんです……っ、ごめん、リア先輩っ」 そういって、乳首を先端でぐりぐりとひしゃげながら押し込む。 「はぁうっ、うっ、やあっ、乳首おちんちんでいじっちゃだめえっ」 リア先輩のおっぱいに飲み込まれていく。 胸の尖端が亀頭を刺激し、こそばゆい感覚に襲われる。 「あっ、やっ、んっ、くうっ、おっぱい、そんなにぐりぐりしちゃ……はぁっ、ああっ!」 なんと表情豊かなおっぱいなのだろう。 その様々な形に歪んでいくおっぱいを見やるだけで、気持ちが高まっていく。 「うう、こっちも……」 ペニスを押しつけていない側の胸を、空いた片手で鷲づかみにする。 指の谷間から肉がはみ出てくるくらい、強く搾り上げた。 「はぁっ、ああっ、ああんっ! そんな乱暴にしちゃっ、んっ、んんっ、だめなのっ」 「おっぱいぎゅううってしたらっ、あっ、はっ、ああっ、くはっ」 (――おちんちん熱いよぉ……おっぱい乳首が擦れて、だ、だめ……こんなの……こんなことされたら私……っ) (――だめ……っ、と、止めなくちゃ……わ、私……先輩、なんだから……っ) 「ね、ねえ、シン君。とにかく落ち着こ。こ、こんなことしたら……んっ、んあっ、ダメなんだからっ」 「僕……先輩のおっぱいを見ながら……ずっとこうしたいって……思ってて……」 「けど勇気が足りなくて……こんな風に子供みたいに反発して……勢い任せでやらなくちゃ……」 「けど、こんなのは……」 「じゃあ、えと……その……ずっと、こうしておっぱいずりずり……って、したかった、の?」 「……は、はい」 「そんなに顔を真っ赤にして……恥ずかしいんだね……」 「ち、違います……っ」 「いいよ……おっぱいでずりずりして……」 「ず〜っと、我慢してたんでしょ?」 「ごめんね。彼女なのに、わかってあげられなくて……」 「そっか……触ってもらうだけじゃないんだ。男の子が喜ぶのって……」 「そ、そりゃあ……先輩くらい大きければ、挟むことだって出来るだろうし」 「え、そ、そんなこと言われたら、う……は、恥ずかしいよぉ……」 「あ、あれ……!? な、なんかムクムクって大きくなってきてる……!」 「ご、ごめんなさい……それを想像したら、ど、どんだけ気持ちいいのかなって……」 こうして、乳首に擦りつけているだけなのに、亀頭がそのまま溶けて乳房の中に沈んでいきそうなくらいに心地が良い。 その柔らかさを以てして、このペニスを優しく包み込んでくれた日には……。 (――や、やぁ……こんな近くにおちんちんが……んっ、エッチな匂いがするよぉ……) (――先っぽが少し皮で隠れてるのに……いっぱいお汁溢れさせてる……苦しそう……) (――ここは先輩として……彼女として……気持ちよくしてあげなくっちゃ) 「いいよ……おっぱい、したいようにして……いいから、ね?」 「先輩っ、先輩ぃぃ」 「もぉ、そんな甘えん坊さんみたいな声だして……くすくす」 「じゃ、じゃあいきます……っ」 手に余るほどの豊潤さを持つ両乳を外側から包み込むようにしながら、寄せあげた。 そして下乳からのぞくいやらしい谷間。ペニスよりは一回り小さい隙間が作られる。 その入り口に、いきり立ったペニスの先を押しつけた。 「リア先輩の〈乳内〉《なか》に……挿れます……」 僕はその丸みを帯びた柔らかい隙間の中へと押し込んでいく。 「ふ、ふあ……あぁ……んっ、熱いおちんちん……感じるよぉ……」 ずぶずぶと、谷間を犯していく。 その窮屈でありながら、すべすべとした肌の合間にペニスの皮が優しく剥かれていく。 「あ……っ、あぁ……っ、おちんちんの皮がずりずりってなってるよぉ……」 よく見えないはずである谷間の状況を、リア先輩はまさに肌で感じている。 僕のペニスは先輩の胸に飲み込まれ、陶酔の声をあげる。 「あっ、く……っ」 亀頭がぴょこんと乳房の谷間から顔を出す。 その勢いで、被った包皮がずるりと見事に剥けた。 亀頭に痺れるような感覚――僕のペニスが弾けた。 ブビュプーーッ!! 「ひゃぶっ!!」 予想だにしなかった絶頂。僕は乳房の圧力を強めて射精を食い止めようとする。 だが、その柔らかさは僕の意志に反して、射精を促していく。 ビュプッ!! ビュルクッ!! ンビュッ!! 「はぷっ、んっ! んくっ、くふっ、んっぷ、ふわぁっ!」 先輩の白い素肌――顔面目がけて、精液が噴出されていく。 勢いは強く、精液を浴びる度に、先輩の体が波を打つ。 「あ……っ、ああ……っ、おっぱいで……いっちゃってるぅ……ん……んん〜〜っ」 「ふあっ……ふわああ……おっぱいで、射精されちゃ、った……♡」 僕のペニスは谷間にうずくまって、ビュクビュクと痙攣しながら、情けなく精子の残りを滲ませる。 精液の強襲から逃れたリア先輩は、惚けた顔をして、その動きに見入っていた。 「ご、ごめんなさい……こ、こんなはずじゃ……」 溢れ出した精液は顔を白く染め上げた。 鎖骨に泉を作り、それが首筋やうなじのほうまで伝うくらいの量。 それほど大量の精液が、このペニスを通ってきたのかと思うと、とろける快感に気を失いそうになった。 「おっぱいで、気持ちよくなれたんだね……良かった♪」 「も、もっといっぱい感じたかったのに……」 「いいよ」 「もっと感じて、気持ちよくなって……」 そういって、谷間からのぞいて切なそうに震える先端へ―― 「ぺろ……っ、ちゅっ♡」 優しくキスをした。 「せ、先輩……っ」 僕は手の平に力を込めて、また大きく内に寄せた。 盛り上がった乳房。乳首が、さっきよりも尖っている。 「もう一回……おっぱいで……っ」 僕はまるでリア先輩の乳房を、おまんこに見立てて抽送を開始する。 我慢汁と精液でヌメった谷間は、スムーズにその動きを受け入れる。 「はぁっ、あっ、はっ、はあっ、ん! んふっ、ふう、う、あっ、はっ、ははっ」 その透き通った柔肌の感触は、脳味噌に直接響くような快感を誘う。 腰が下乳に当たり、ぱつんぱつんと肌のぶつかり合う音がリア先輩の吐息と絡み合っていた。 「おちんちん、出たり入ったり……んっ、んっ、凄いエッチだよぉ……」 谷間から亀頭が見え隠れする。 なんと卑猥な光景……亀頭以外のほとんどが、先輩の胸にすっぽりと覆われているのだ。それほどの巨乳。 ペニスを逃がさんとする乳圧に、そのまま根本までもっていかれそうになる。 「はぁ……はぁ……まるで、先輩のあそこに挿れてるみたいだ……」 「や、やぁ……そ、そんな恥ずかしいこと言っちゃ、はっ、あっ、だ、だめっ……!」 僕が腰を打ち付ける度に、柔らかい乳肉が大きく揺れる。 リア先輩の乳房が、ペニスに休む猶予を与えない。 「先輩、おっぱいをこんなにされて感じてるんですね……乳首が勃ってきた……」 「え、や、やぁ……違……っ、ああっ!」 僕はパイズリを続けながら、リア先輩の乳房を指でコロコロと転がす。 「はぁっ、ああっ、乳首いじっちゃだめ……あっ、ああっ、おっぱい、き、気持ちいいよぉ……」 乳首がしこり、硬くなってきた。 僕は乳房を重ね合わせるようにしながら、ペニスを挟み込む。 そして両乳首を擦り合わせた。 「はっ、あっ、そ、それだめえっ! よ、弱いの……っ、乳首だめなの〜〜っ!」 どんどんとリア先輩の呼吸もあがってくる。 「先輩のおっぱい、本当に敏感なんですね……凄いエッチなんだ」 「や、やぁ……言わないでぇ……」 精液と涙にまみれた可愛い顔が、羞恥で赤く染まっていく。 「けど、そんなエッチな先輩が僕……っ」 「はあっ、はあっ! ああっ、あっ! やあっ!」 どんどんと腰の動きを加速していく。 乳房を捏ねるようにしながら、ペニスへ押しつけ、その柔らかさに没頭する。 「そんなに激しくしたらっ、わ、私……っ、私ぃっ、おっぱい……おっぱいがぁ……っ」 (――おっぱいこんなに犯されて……こんなにいっぱい感じて、私……どんどんエッチになっちゃうう……っ) 「こ、今度はおっぱいの中に……」 「えっ!? やっ、はっ、はぁっ、あっ、ああっ、あっ、お、おっぱいの……っ?」 「おっぱいに〈乳内射精〉《なかだし》します……っ」 「あっ、ああっ、やあっ!」 卑猥な言葉を聞いて恥ずかしくなり、顔を腕で隠そうとする。 その腕を掴んで、顔を見つめる。 僕は腰を動かし続けたまま、リア先輩の頬を優しく撫でた。 「リア先輩……けど、僕が本当に〈膣内射精〉《なかだし》したいのは……おっぱいだけじゃなくて……」 「え……そ、それって……」 「でも、今は――」 リア先輩のおっぱいが気持ちよすぎて、この胸を僕専用にしたくなるほど。 精液を染みこませ、僕の色に染める。今はそれをすることだけに夢中だった。 「はぁっ、あっ、あっ! おっぱいぐにぐにってああっ、そ、そんなに揉んじゃ……ああっ」 「はっ、ああっ、んあっ、ああっ、おちんちんの形、わかっちゃうよぉっ。すごく熱くて、おっきいのおっ」 「おっぱいの中……っ、ずりずりしてる……っ! はぁっ、あっ、ああっ、んあっ」 乳首をひしゃげながら、激しくペニスを出し入れする。 「はあっ、ああっ、谷間がおちんちん汁でぬるぬるしちゃってる……っ!」 「ねえっ、気持ちいいっ? 私のおっぱい、気持ちいい?」 「凄くて……もうッ」 「嬉しい……好きっ、おっぱいでもっと……気持ちよくなって……っ」 「はぁっ、あっ、あっ、あ……っ、やっ、はっ、はあっ、はぁはぁ……っ!」 「先輩、いくよ……っ!」 「うんっ、うんっ! はっ、あっ、くっ、ふっ、ふううっ、んっ、んんーーっ」 「はぁっ、あっ、あっ! はぁんっ、あんっ、あ……っ! おちんちん先っぽ、おっぱいの中でぷくうってなったッ!」 ドビュッ!! 「ん……っ!! んん〜〜っ、熱ッ!!」 ぎゅうっとペニスの躍動を抑え込むようにして、まず大量の精液を第一射。 ビグンッ!! ビュグン!! ビクンッ。 「あ……っ、く……んっ……! おっぱいに射精されてる……っ、おちんちんが……ビクンビクンしてるッ」 続いて数回の発射。 「あ……あっ、凄い、まだ射精してる……おちんちん、しっかり押さえつけてないと……おっぱいから逃げちゃうぅ……」 胸の中で暴れ回るのを、ただリア先輩はぶるぶると震えながら感じていた。 じんじんと脳味噌に響き快感に声を上ずらせながら、射精をする。 僕は射精をしながら前後に腰を動かし、乳内に射精した精液を潤滑とする。 ペニスが抵抗なく胸の谷間を滑っていき、リア先輩の眼前に亀頭が顔を出す。 そこでも射精。顔面に再び精子のシャワーが降り注ぐ。 「はぁ……あぁぁ……凄いよぉ……こんなに……おっぱいだけで……全部、受けきれないよぉ……」 「はぁ……はぁ……あぁ……」 僕はようやくリア先輩の寄せた乳房を解放し、ペニスの全体像を露呈する。 粘液にまみれ、いかつい匂いを発しているが、リア先輩はその匂いを嗅ぐ度にうっとりとしていた。 「谷間の中で、精液がにちゃぁ〜って粘々してる……はぁ、はぁ……凄い出たね♡」 (――こんなにいっぱい射精して……これがもしおまんこだったりなんかしたら、絶対に妊娠しちゃう……っ) 僕はその谷間にできた精液の泉へ亀頭を浸からせ、乳輪をなぞるようにしながら塗りたくっていく。 尿道で乳首にキスを繰り返し、充血していた尖端が、淡いピンク色になっていく。 僕はそのまま左胸の乳房に、ペニスを埋め込んだ。 「先輩のドキドキが、伝わってきます……」 「だ、だって……おっぱいだけじゃなくて……他にも射精したいところが……あ、あるって言うから……」 先輩は涙を浮かべたまま、僕の様子を窺っている。 僕は乳房を擦り合わせるようにしながら、精液を広げていく。 散々、おっぱいをペニスで犯されたあげく、乳首もいじられて…… 挟精をされて、精液を胸いっぱいに染みこまされて、こんなにも気持ちよくなってしまった。 (――精子の匂い……おちんちんの匂い……。おっぱいも顔も精液だらけにされて私……) (――こ、こんなにドキドキしてる……っ。もっと気持ちよくなりたいって思っちゃってる……) (――こんなエッチな女の子じゃ……嫌われちゃうよぉ……っ) 「エッチでごめんねっ。エッチな先輩で、ご、ごめんなさい……っ」 「な、なに謝ってるんですかっ。ぼ、僕は……」 「嫌いにならないで……お願い……お願い……」 「……まったく。そんなんで嫌いになるわけないじゃないですか」 「いつもエッチなのことを注意してくる先輩が、僕の前でだけ……こんなエッチになるんだもの」 「すごく、嬉しいですよ……」 「ほ、本当に……?」 「もちろん。その代わり……僕以外の人の前ではダメですよ」 「当然だよっ! シン君でなくちゃ……こ、こんなエッチな気分にならないもん!」 ムキになるリア先輩が本当に可愛らしい。 その愛おしさが、僕に勇気を与えてくれる。 「先輩……僕……おっぱいだけじゃなくて、本当に……リア先輩の膣内に挿れたい……」 「リア先輩と、一つになりたい……」 「わ、私……ずっと……」 「そう言われるの、待ってたんだよ? だって――」 「たとえ先輩だとしても、私もちゃんとした……女の子なんだもんっ」 「だ、だから、そ、その……ええっと……」 「こういう時は、男の子がリードしなくちゃダメなんだゾっ」 「まったく都合の良いときばっかり、男扱いするんだから」 「そ、そんなことないもんっ」 「じゃあ、先輩。僕の初めて……もらってくれませんか?」 「……う、うん! わ、私も初めて……初めて同士……嬉しいっ」 「……好きです、リア先輩」 「私も……大好きだよ……んっ、ちゅうっ」 受け入れてくれると信じていた。 僕達は口づけを交わし、そのまま抱きしめ合った。 今から僕は、リア先輩にとって初めての男になる。 「はぁぁ……こ、こんなに顔が近くだなんて……や、やっぱり恥ずかしいよぉ……」 「今まで散々エッチな顔見せといて……何言ってるんだか」 「だって、今までは……おちんちん気持ちよくしてばっかりだったんだもの……」 「ごめんね、先輩。おまんこも、もっと早く気持ちよくしてあげれば良かった」 「だ、だからぁ……耳元でそんなエッチなこと言っちゃ、メッなんだからぁ……」 「ぼ、僕だって恥ずかしいんですよ……今までずっと、いった時の顔とか見られてたわけですから……」 「そっか。それなら、おあいこ……だね♡」 「それにこうした方が……リア先輩の体をいっぱい感じられる」 「おっぱいじゃなくて……?」 「おっぱい押し潰しちゃうくらい、強く抱きしめますっ」 「も、もぉっ。う、嬉しくてまた……ぬ、濡れてきちゃうよぉ……」 お互いの肌がほぼ密着しているような体勢。 僕の膝上にリア先輩が乗っかるようにして、互いに向き合っている。 唯一触れそうで触れていないのが、秘所の部分。 膣口の手前で、ペニスが物欲しそうに涎を垂らしていた。 (――けど、これ……こんなにおっきなおちんちん……ほ、本当に挿入るのかなあ……) 「先輩、それじゃあ……そろそろいきます」 「えっ、ちょ、ちょっとタンマ」 「僕、もう我慢できないですよ……っ、こ、こんなに可愛いおまんこを前にして」 「だ、だからぁっ。お、おまんこだなんて……い、言っちゃダメぇ……」 恥ずかしさで顔を手で覆い隠そうとするので、僕はキスをしてそれを封じる。 「ん……んちゅ、んんっ、っんぷ……っ、ちゅるっ、ぷれろ……」 (――ずるい……キスで頭をボーッとさせてる間に……おまんこ挿れちゃうつもりなんだ……) (――私……シン君の女にされちゃうんだ……あ、あぁぁ……あぁ……) 舌を絡ませ合いながら、僕は亀頭を膣口へと押しつけた。 愛液にまみれた割れ目の肉をかき分けるようにして奥へと突き進んでいく。 「すぅ……っふぅ……はぁぁ……すぅぅ……っ、んっく、ふはぁぁ……」 先輩もまた、僕を受け入れようと深呼吸を繰り返す。 「う……くっ、つうっ……!」 処女の壁に差し掛かり、柔軟な侵入が阻まれる。 「く……ううっ、と、止めないでだ、大丈夫……だよ。つう……っ、我慢、できるから」 「え、えへへ。こんなのへーき、だもんっ。せ、先輩に任せ……なさいっ」 強がるリア先輩。僕の背中に回した腕が、小刻みに震えている。 僕はせめて、痛みがまぎれるようキスを繰り返しながら、挿入を続ける。 「んむ……むっ、ちゅぷる……ちゅっ、ちゅるぅ、れろ……ぺろ、じゅるっ、ん……っ」 (――おちんちんが……私の膣内にはいってくる……狭いところを、こじあけようとしてる……っ) そして、その壁を突き破るようにして、強く腰を押し込んだ。 「んぎっ!? んいいいいっ」 声にならない声は一瞬。すぐに、僕は先輩の奥地へとたどり着く。 やんわりとした生温かい肉に包まれたペニス。僕は動きたい気持ちを必死に堪えていた。 「はぁ……はぁ……っ、す……凄いよぉ……本当に、おちんちん……挿入っちゃった……」 「う、うわぁ……おちんちんと、おまんこが……繋がってるよぉ……? う、嬉しいな……♡」 リア先輩は結合部を眺めながら、甘い息をつく。 「私の初めて……奪われちゃった……♡」 「先輩……ぼ、僕っ」 「あ……っ、んっ、んく……っ、ふわ……っ、はわぁぁ……あっ、んっ、おっぱい、なの……っ?」 もじもじとしてしまうので、先輩の胸を揉みしだいて気をまぎらわす。 親指で乳首を押し込むようにしながら、手の平全体で乳房をなで回す。 さっきから乳首はとんがりっぱなしだ。僕の胸板に擦れるだけで、背筋がぞくぞくとしてしまう。 「先輩のおまんこ、気持ちよくて……」 「おまんこ、気持ちいいの……?」 「おっぱいも気持ちいいっ」 「おっぱい、気持ちいいんだ……」 オウム返しのように応えてくるリア先輩。 挿入感で、頭の中がいっぱいになっているのだろう。 「ああ、先輩……も、もうちんぽ……動かしたい……」 「お、おちんぽ……動かしちゃうのぉ……?」 先輩の膣内でビクビクと震えるペニス。 先輩は腹部いっぱいに満たされたペニスに見とれながら、愛おしそうに腹部をさする。 「先輩をもっと感じたい……っ」 「いいよ、来て……おちんぽ、いっぱい感じていいからね……」 僕はリア先輩の白い臀部をしっかりと抱え、緩やかに腰を引く。 「ふ、ふああ……っ、あ、ううんくううっ! んっ、ふっ、はぁ……ああんっ、んくっ、くふうん……」 ぬるぬるとした感触から逃れるようにして、数多もの肉襞をカリ首で擦っていく。 「ぬ、抜いちゃ嫌ぁ……」 「そ、そんなことするわけ……」 「んっ……!! ああっ、はあああんっ!!」 僕はずんっと深く膣肉を貫いた。 ちょうど根本まで収まる直前で、最後の壁――子宮口にぶつかる。 締まり具合も、微かに触れているような状態が永続し、ペニス全体をくすぐられているような感じ。 だが、少しでも引き抜こうとすると、急激に締め付けがきつくなる。 このまま抜くことすら出来ないのではなかろうか。 「はぁ……っ、おちんぽ奥にコツンってきてるよぉ……おまんこ……こ、壊れちゃう……」 押し込めば受け入れ、引き抜こうとすれば拒まれる。 先輩のおまんこは、僕のペニスを大層お気に入りのようだ。 まるでリア先輩のおまんこが、僕専用に作られているような―― おっぱいもおまんこも、僕の為に……。 「はぁっ、あ……っ、くうんっ♡」 油断をしていたら、リア先輩がきゅっとお腹に力を入れる。 その瞬間――先輩の肉壷が、亀頭に激しく吸い付いてきたっ。 「う、ああっ」 弱々しい声と共に、僕の睾丸から欲望の迸りが駆け上がってくる。 「あ……っ、おちんぽおっきく……んっ、膨らんだっ」 「い……くッ!」 ドッックン!! 「ひはっ!! はああっ!! あああ〜〜っ!!」 ビュクンッ!! ビュビュッ、ドピュッ!! 柔肉の中に、子種を注入していく。 「はっ、くっ……おまんこに膣内射精されてる……精子がいっぱい、射精てるよぉ……」 先輩の腹部が射精のリズムに合わせて波打っている。 僕はリア先輩の胸に顔を埋めたまま、腰をずんずんと突き出し、先輩の子宮口へ亀頭で何度も口づけを交わす。 「はぁ……あっ、お腹にいっぱい……精液溜まって……子宮、膨らんじゃう……よぉ……っ」 「う、うう……先輩のおまんこ、気持ちよすぎるよ……」 「ほ、本当に……? 嬉しい……嬉しいぃ……はぁ、はぁ……あぁ……」 喜びのあまり、リア先輩はまだ残った子種を吸い上げようと、膣が激しい収縮を繰り返す。 (――は……っ、はぁぁ……こ、こんなに射精されたら……赤ちゃんできちゃうぅ……) ビク……ビク……。 「あっ、はっ、はぁ……はあぁん……ふっ、うっ、うくぅ……」 先輩のおまんこは一滴も残らず、搾り取らんとする勢いだ。 「おっぱいもおまんこも、みんな……気持ちよくて僕……っ」 「んっ、んんっ、おっぱい吸ってる……っ、ああっ、むしゃぶりついてるっ、ふはぁぁっ」 僕は乳房を頬張るようにして、乳首に吸い付いた。 「くすくす……そんなにチュウチュウして、赤ちゃんみたいだゾ♡」 優しく頭を撫でてくるリア先輩。 僕は母性を感じさせるその行動に甘えようと、腰をまた前後に動かしはじめた。 「そ、そんなおっぱいとおまんこ一緒になんて……あっ、はっ、はああんっ!」 射精したての敏感なペニスで、リア先輩に膣肉をゴシゴシとえぐるようにしながら蹂躙していく。 「はぁっ、あっ、くっ、ふうっ、ん、んん〜〜っ、や、やぁ同時にやるなんて……っ、あっ、はっ」 「も、もぉっ、おっぱい吸ってるくせに……っ、おまんここんなに激しくするなんて……っ」 「はあっ、あっ、あ……っ!」 (――凄いよぉ……っ、ずっと無言で腰と口だけに集中してる……っ、こ、こんなに私の体で夢中になってる……) (――嬉しくて私も……あ、ああっ……体中が、気持ちよくなっちゃう……っ) 「いいよっ、いいよっ。もっと私のおっぱいとおまんこで気持ちよくなって……っ」 「先輩も……気持ちよくしたいっ」 「え……ええっ……!?」 力強く乳房を揉み搾りながら、子宮口を貫かんばかりの勢いで腰を突き上げた。 「あ、あが……っ、ふわあああ!!」 (――す……っ、すご……! い、今の深くて……お、おちんぽが上半身を貫いたみたいになってる……) (――頭の方まで届いてるみたいで……奥をコツコツされるだけで、おちんぽの感触がすっごい響いてくる……っ!) 「はああっ!! あっ、ぐっ、くううんうんっ!! おまんこ奥だけっ、あっ、突かれてるっ!!」 僕はその奥を執拗に責めあげるようにして、腰を深いところだけで亀頭をグリグリと動かした。 「だ、だめえっ、そ、そんなに奥ばっかり……っ、ひっ、子宮コンコンばっかりしたら、だめなんだからぁ……っ、はぁぁっ」 もとより、根本に吸い付く膣口が僕の動きを阻んでいる。 そもそもから、僕のペニスを膣いっぱいに含んで、逃がす気なんか最初からないんだ。 「だ、だめだよおっ、お、おちんぽ……おちんぽっ、好きになっちゃう……っ、コツンコツンされるの好きになっちゃうよぉ……っ」 「先輩のおまんこ。僕のを掴んで離さないんだものっ」 「はぁっ、そ、そんなの知らないっ。私、そんなにエッチじゃないもんっ、ないんだもんっ!」 「いいや、乳首もこんなに勃起させて先輩はエロ過ぎるよっ!」 品のない音をあげながら、乳首を吸い上げて、乳房を引っ張りあげる。 「ふっ、ひゃああっ!! そ、そんなに乳首のばしたら……っ、はああんっ! おっぱい、伸びちゃうよおおっ」 「これ以上したら、また大きくなっちゃう……っ、おっぱいおっきくなっちゃうよお……っ!」 「僕だけのおっぱい……っ、もっと大きく……っ」 顔で両乳をはたくようにしながら、首を左右に振る。 たゆんたゆんと忙しなく動く先輩の胸。リア先輩の匂いがするおっぱい。 「はぁっ、ああっ、あくっ、くうっ、ううっ! ううっ、はあっ、ああっ、はあっ!」 そして、ぎゅうぎゅうに締め上げてくるおまんこ。 子宮口は、乱暴にキスをする先端を受け入れようと、亀頭に吸い付いてくる。 僕は下半身にぐっと力を入れて、射精を極限まで高めていく。 「あっ、んっ、ああ〜〜ん! はぁっ、はあんっ、んっ、んくっ、ふひゅっ、ふわっ、ひゃはっ」 円を描くようにして、先輩の膣内をえぐっていく。 大きな前後運動をさせてもう為に、窮屈な膣を広げようとする。 だが、無駄な足掻き――先輩の激しい呼吸に合わせて締め付けは加速する一方だった。 「うっ、うっ、あうっ! んっ、おちんぽまだ膨らんでるよっ、いっちゃうの? いっちゃうんだねっ?」 ざわめく肉襞の感触。 僕の動きは微量なれど、先輩の膣襞は射精を促す為に、子宮の方へ向かって擦り挙げてくる。 結合部に、まるでお漏らしをされたかのような熱い湿り気が伝わってくる。 肌が重なり合う音に、水気が混じっていく。 「ま、まだまだ……っ!」 「はあっ、ああっ! だ、だめっ……私……私ぃっ、私っ、我慢できなひよおっ、ひはっ、はああっ」 粘液の音も、リア先輩の喘ぎ声にかき消されていく。 「はあっ、ああっ、ふっ、うっ、ふうっ、うっ、ううんっ! はぁっ、ああっ、はああっ!」 激しい腰の動きに合わせて、豊満な胸が僕の眼前で大きくバウンドする。 もはや吸い付こうとする余裕はなく、僕はリア先輩の体を強く抱きしめ、射精を堪えるだけで精一杯だった。 代わりに乳首が僕の胸板に擦れていく。こそばゆい感覚が、僕の下半身を脱力させる。 「あんっ、あんっ、はあんっ! だ、だめだよおっ、も、もう、私……ひっ、ひううんっ!」 「頭ん中、おちんぽばっかりだよおおっ! はあっ、あんっ、あんっ! 奥ばっかり責めないでぇっ」 僕の意識が遠のいていく。かける言葉もなく、ただひたすらに腰を打ち続ける。 「あっ、はっ、やっ、はああっ、気持ちっ、おまんこ、気持ちいよおっ! あっ、はあっ、はああんっ!」 「はあっ、あっ、あっくっ、ん! んんっ、ふうっ、ううっ、うくっ! ふはっ、はあっ、ああっ、やはああんっ!」 目をつぶっていると、繋がっているところだけしか感じられないようになる。 リア先輩の膣が、射精を煽ってざわめいているのがよくわかる。 「あ、ああぁ……先輩っ」 「んっ、んっ、あっ、ああっ、だめ、あっ、ああんっ! くっ、ふっ、ふはっ、はああっ」 僕は目を開き、リア先輩の堕ちた瞳を見つめる。 「リア先輩のいくとこ見せて……っ」 「えっ、はっ、はあっ、あっ、くっ、んっ! や、やあっ、そ、そんなの恥ずかしっ、ふあっ、ああっ」 「もうこれだけしておいて……」 羞恥心は欲望に侵されていく。 僕もまた涎を垂らし、リア先輩の胸に塗りたくっている。 「今度はちゃんと……いくとき、一緒に……」 「だったら、早く……早く……っ! も、もぉ、足、力入んな……っ、ひっ、ひぅん!」 「んむっ!? んっ、んちゅっ、ちゅるっ、ちゅぷうぅっ、んくっ、んぷぅ……ちゅぷれろぉ……」 リア先輩の顎を掴んで唇を奪う。 猛烈な吸引をしながら、瞳は開いたままにする。 「んちゅ……ちゅうううっ、んっ、ぷ、ぷちゅうぅ……んっ、んっ、んく……んふぅ……」 どんどんと力なく眉が落ちていく先輩。 「らめえぇ……い、いくとこ見られちゃう……ふあぁっ、はあっ、ああっ、気持ちぃぃよぉ……」 「子宮がキスされてるぅ……お口と一緒なのぉ……はぁっ、ああっ、も、もぅ、だ、だめへぇ……」 力が抜けていく膣肉をここぞとばかりに押し広げていく。 そして、無防備になった子宮口へ大きな一突き。 「ひっ……! ひはっ!!」 ずんっと深く貫き、先端は子宮口を突破し、内部へと。 大きく目を見開いたのは、束の間……リア先輩の中で何かが弾けてしまったのか、すぐに堪えるようにして目を閉じ―― 「ひっ、ひはっ、はくっ! くっ、くぅ……ん、くうううんっ、うん! うん! うぅ〜〜〜んっ!!」 僕の上で柔らかい肢体が跳ね、先輩は歯を食いしばっていた。 だが、すぐに力が抜けていく。快感の波に身を任せてしまった。 その脱力と同時に、尿道から大量の潮が溢れ出す。 「んっっく、んはぁ……っ、はぁっ、ふ……っ、はぁ〜〜〜っ、あはぁ……はぁぁ……んはぁぁ……ん」 「は、はぁぁ……お、おもらし、しちゃった……あ……あぁ……お、おまんこ、気持ち、いいよぉ……はぁぁん……」 ただ、その中でも、絶頂の感覚に酔いしれた膣だけは、急激に締め付けを強くし、収縮を繰り返す。 精液が吸い上げられる……搾り上げられるっ。 「あ、ああ、いくっ!!」 ド……ックン!! 「あは……っ♡」 今まで我慢してきた子種の全てを、リア先輩の膣内で弾けさせた。 しかも子宮の中へ直接流し込むものだから、ペニスが躍動する度に、先輩が唸り震える。 ドクッ……ドクッ……ドクン……ドクン……。 「あっ、くっ、はっ……はぁぁっ、凄い……でてるよぉ……い、いっぱい射精されてるふぅ……」 「はぁ……あぁっ、子宮に精液がたぷたぷってなってるよぉ……、赤ちゃん……出来ちゃうよぉ……♡」 一滴残らず子宮の中へ射精され、リア先輩は悦に浸る。 口からは涎がとめどなく溢れ、微笑みを残したまま、涙を浮かべて恍惚としている。 息も絶え絶えのまま、どこを見ているのかすらも、よくわからない。 「あ……はぁ……はぁん……ん……んん〜〜っ、んく、んっ、んふっ、ふあっ、あぁ……」 「はぁ……っ、はぁ……っ、んっく。っぷはぁ……はぁっ……ん……んんっ……んん……っ、んはぁ……」 「リア先輩のいった時の顔、凄い可愛かった」 「はぁ……はぁ……っ、おちんぽ、おまんこの中で、気持ちよさそうに……してるぅ……あ、まだでてる……♡」 「き、聞こえてない……?」 「き、聞こえてる、よ……け、けど……頭ボーッとして、うまく答えられないよ……はぁ、はぁ……」 「先輩、そんなに気持ちよかったんですね、良かったぁ……」 「……だって……だってぇ……奥ばっかりいじめるんだもん……ずるいよぉ……」 「けど、先輩がこんなに気持ちよくなってくれて、本当に嬉しいです……」 「私も……私も……っ、エッチするってこんなに嬉しくなっちゃうんだね……♡」 「好きな人に、気持ちよくなってもらえるって……こんなにも……嬉しいんだ……」 「気持ちいいってだけじゃなくて……こんなにも幸せな気持ちになっちゃうんだね……」 「こ、これじゃ、私……どんどんエッチにされちゃうよぉ……エッチが好きになっちゃうう……」 「先輩一人だけ、エッチにはさせません」 「ん……っ、さすが男の子だね……約束だよ。絶対に……私を一人にしないこと……っ」 「もちろんですよ」 「ずっと一緒……なんだか、ら……」 そういって、リア先輩は僕の胸に身を任せ、まどろんでいく。 僕達はしばらく繋がったまま、お互いの肌を合わせ、その温もりを確かめ合っていた。 「シン君達と出会ってから、もう三ヶ月か……」 「楽しい時間は、本当に過ぎるのが早いなあと思って」 切なくなったのか、さっきよりもきつく体を寄せてくるリア先輩。 まださっきの香りが残っている……。 「ぼ、僕は三ヶ月よりも前から、リア先輩のこと見ていましたよ」 「そうなんだ。奇遇だね」 「え……僕のこと、知ってたんですか?」 「うん。だって教室の窓から、よく見えてたもん。遅刻ギリギリに駆け込んでくる子がいるなあって」 「見られてたのか……」 「まさかあの時の子に、こんなメロメロしちゃうなんてね〜〜」 「め、メロメロって……」 「せ、先輩……そんなに体、押しつけたら……」 「くすくす、またエッチな気分になっちゃう?」 「も、もうなってます! けど、それ以上に温かくて気持ちいいです。心が……ホッとします……」 「そうかいそうかい」 「けど、ちょっと痛いです」 「男の子なんだから、これくらい我慢しなさい!」 「これだけ寒いと雪が降りそうだね〜〜」 「けど、それは困るなあ。せっかくあんなに頑張って設営したのに」 「くすくす……いろんなことがあってもすぐ生徒会活動を連想するんだね」 「そりゃあ、生徒会長ですから」 「生徒会長になった時。みんなに言ってたよね」 「みんなにってあの……キラキラの学園生活のことですか?」 「うん……♡ 今、私はそれが叶ったんだって、実感してる」 「そうですか! それなら良かった〜〜」 「シン君は? 実感できない?」 「うーーん。してないわけじゃないと思うんですが」 「私と……その、あんなエッチなことしたのに?」 「それは関係ないですっ」 「どうしてかな……いまいちピンと来ないんですよ。キラキラの学園生活というものが」 「うん。私も初めて聞いた時、なんなんだろうって思ってた」 「確かに、リア先輩っていう大好きな人と一緒にいられて、僕は幸せな学園生活を過ごしてる」 「けど、それはキラキラの学園生活を送ってる、ってわけじゃないんですよ」 「リ・クリエのこと。アゼルさんの動きが気になってるから……?」 「そうかも……けど、それなのにリア先輩は平気なんですか?」 「私は平気だもん。だって、シン君がなんとかしてくれるから♪」 「なんですか、それは……」 「だから心配してないし、聖夜祭もリ・クリエも、アゼルさんだって、なんだってバッチコーイ! って感じ♪」 「あ……だからってアゼルさんに浮気したら『めっ』だからね〜〜」 「なんでそうなるんですか! いくら僕だって、アゼルを……」 「アゼル……を……?」 「わかりましたよ! 僕の信念ってやつが!!」 「う、浮気……?」 「違いますって!!」 「流星が止めどなく降り続いてる……。もう間もなく、ですね」 「聖夜祭までに決着がつくかどうか」 「本当に、クルセイダースだけで成し遂げるつもりなのでしょうか」 「もちろん、そうでしょ」 「歯がゆいですね……何もできないということは」 「何を言っているの。みんなを見守ってあげるのが、私達の役目なんだから」 「あの子達は、アゼルちゃんを友達として迎えるつもりなの」 「だから、子供のケンカに大人は口を出さないの」 「世界を分かつことになるかもしれないのですよ?」 「それに立ち向かえるよう、今までずっとあなたが教えてきたのでしょう」 「あなたを信じてるわ。だから、あなたの教え子である、クルセイダースの力も信じる」 「さて、せっかくお呼ばれしたんだし、聖夜祭の準備しなくっちゃ」 「はぁ……もう勝った後の話をしているのですか?」 「当然♪ 勝つに決まってるでしょ」 「だって、私達の魔王なんだから!」 「……やはり、来たのか」 「君こそ。やっぱり引き下がるわけにはいかないんだね」 「無論だ。主の意向を成し遂げるために、私は使わされたのだから」 「それが君の信念……?」 「何が言いたい」 「アゼルさんの意志は、どこにあるの?」 「私の意志……だと?」 「文字通り、君自身の気持ちだよ。それが、本当に世界再生を望んでいるのかい」 「私が操られているとでも言うのか」 「たとえ運命を課せられたとしても、その使命を果たす為に、君の信念は既に曲げられているんじゃないか」 「シンは魔王かもしれない。けど、そうである前に咲良シンっていう一人の男の子なんだ」 「会長さんと共に、私達は辛く過酷な試練を乗り越えてきました」 「それは私達の意志でしてきたことだから、実を結ぶことができた。そうでしょう、咲良クン」 「こうして育んだ力……私達、クルセイダースの絆によって紡がれたこの力で――」 「僕達は君の陰に隠れたリ・クリエの存在に立ち向かう」 「私はリ・クリエを意のままに扱うことができる霊力を備えていた」 「私は世界再生を志願し、そして選ばれた」 「そうでなければ、リ・クリエは私を器として選ぶことはないのだ」 「僕の魔王という運命は、僕自身が切り開いたものじゃない。それは生まれた時から定められていた」 「私は私の意志で切り開いてきた」 「そう。だから、僕は変われると信じてる」 「私を……変える?」 「アゼルを変えるのは、どうしようもないことじゃないってこと」 「もっと早くこのことに気づいていれば、アゼルさんを敵に回すこともなかったはずなんです」 「メリロットさんがいつも言ってた。可能性がゼロでなければ、それを100にする希望はいくらでもあるんだって」 「だから、私達は諦めない。私達が……アゼルさんの信念を変えてみせる!!」 「笑止! そう易々と……この力――この意志を打ち砕けるものか!」 「……わかった。アゼルにも、譲れないものがあるんだね」 「それなら僕達も戦う。譲れないものの為に!!」 「終わったよ、アゼル」 「そんなもの……わかっている」 差し出した手をアゼルは振り払った。 「見くびられたものだ。勝者が情けで手を貸すというわけか」 「天の邪鬼だなあ。今のは、ただのケンカだよ。でも、僕は仲直りがしたい」 「世界の命運を懸けた戦い。それを、そのように低俗な言葉で片付けるとはな」 「魔王たる器の大きさか。それともただの馬鹿か」 「後者だね。僕は魔王だからって、こんなことをしたわけじゃないんだ」 「世界の再生を命じられた君にとっては、確かに馬鹿げたことかもしれない」 「けど、その馬鹿げたものこそ、僕達の信念なんだ」 「教えてくれ。主の意志をも凌駕する力の湧きどころはなんなのだ」 「お前達の譲れないものとは、なんなのだ。その信念――世界を守る為か?」 「おいでよ、アゼル。君に見せたいものがあるんだ」 「これがさっきの答え。僕が守りたいのは世界じゃなくて――」 「聖夜祭だったんだ」 「こ、こんなものの為に……私は負けたのか……」 「アゼルさんは、そういうけどね。アゼルさんが思っているよりも、ずっと大事なことなんだよ」 「色々な人の願いがこめられた、流星学園きっての一大イベント」 「今年の聖夜祭は、もう二度と来ない」 「だから、それを素敵な思い出にしたくて、シン君や生徒会のみんな、生徒全員で頑張ってきたんだよ」 「みんなと一緒にキラキラの学園生活を送る為に、ね」 これが僕の信念。公約として提示したもの。 この条件を満たしていなかったから、僕は自分の思う『キラキラの学園生活』に納得ができなかったのだ。 「魔族退治もしながらですよ? それはもう、寝る間も惜しんでやっていたのですから」 「学園のみんなが一丸となって、聖夜祭を成功させようと奮起してたんだぞー」 「本当ならアゼルさんも一緒にって、ずっと思ってたのよ」 「残念ながら、それは叶わなかった。けど、今から一緒に楽しむことは出来ると思うんだ」 「下らぬ……魔王は世界を盾にするものではないのか。それなのに……」 「けど、聖夜祭を楽しみにしてくれている人がいるんだ」 「だから、僕は負けられなかった。絶対に勝たなきゃって思ってた」 「アゼルも一緒に参加すれば、きっとその大切さがわかると思う」 「く……くぅ……」 「もう……私に……関わる……な……っ」 「もう、じれったいですね!!」 「もうアゼルさんは無力なのですよ。抵抗したって無駄なのですから!」 「や、やめろっ。離せっ」 「ほら、エミリナも待っていますから! どうぞ、こちらへ〜〜」 「ま、一件落着ってことで」 「これからが本番よ」 「……うん。みんながもう、待ちくたびれてるよ!」 「はい! 行きましょう!!」 「本日は、お誘い頂き、誠に恐縮です」 「ゆっくり楽しんでいって下さいね」 「ほらほら、こっちですよーー。早く早く!」 「ひいいいいい!」 「や、やめろ……っ! 引きずるなっ!」 「カイチョー! 美味しいものはどこー!?」 「ナナカとさっちんのいる場所に行っといで」 「オデ、美味しいもの、食べたい」 「だからって、ナナカとさっちん食っちゃだめだぞう」 「まったく、バイラスにゃまと過ごせればどれだけ幸せだったことか」 「パスタ! 来てくれたんだ!」 「お前には借りがあるからにゃ。せめてバイラスにゃまと過ごしている気分だけでも堪能するにゃ」 「待ってよ、パスタちゃーーん!!」 「今の、誰だ……?」 「さて、今宵も新たな出会いとロマンスを楽しむとしましょう」 「懲りないなあ……」 商店街の人々も追うようにして入り―― 「おめでとう、生徒会の諸君!!」 「この様子を見ると、うまく事が運んだようですね。本当に、ありがとうございます」 「お礼を言うのは僕達ですよっ。今までずっと付き合ってくれて、ありがとうございました」 「それで、アゼルちゃんは……?」 「アゼルなら、あそこに」 「ほらほら、アゼルさんも着替えるんですよ!!」 「や、やめろ!! こんな格好は――あーーッ!!」 「といった具合に」 「たまげたわね〜〜」 「毒気が抜かれたといいますか。彼女も本当は、ロロットさんと同じことを望んでいたのかもしれませんね」 「流れ星もどんどん、少なくなっていくわ」 「終わったのですね、本当に」 「僕達の夜は、これから始まるんですよ。さあ、お二人ともめいっぱい楽しんで来て下さい!」 「もちろんですとも」 参加者の入場が終わり、それぞれの催しが始まっていく。 仮装演劇に、メイド喫茶のおもてなし。 そして、遂に、ダンスパーティの時間がやってくる。 「リーア。うちと踊ってくれはります?」 そして、二人にとって最後の聖夜祭が始まる。 しかし、女子の比率が多いせいか、似たようなカップリングが多いなあ。 「私立レズビアン学園か。ククク……まるでアダルトビデオの世界だぜ」 「な、なんと破廉恥な!?」 「けど、それも意外に悪くないかも……♡」 「姉上、お気を確かに!! ほら、パッキー殿と踊られよ!!」 「ナナちゃん一緒に踊ろうよー」 「や、やだよ、恥ずかしいっ」 「私が男役してあげるから〜〜」 「リードできんの!?」 「メリロット。足がもつれてるわよ」 「こ、こんなの……っ。しょうがないでしょう! 初めてなんですから……っ」 僕は一人、少し離れたところから、リア先輩と御陵先輩のダンスに見とれていた。 さすがご令嬢同士。うっとりするような身のこなしに見入ってしまう。 「うちな……リーアとずっと一緒におれて、ほんまに幸せやった」 「どうしたの、彩錦ちゃん。もうこれでお別れじゃないんだよ?」 「そうかもしれへんけどな。こうやってな〜んも考えんと、ずっと踊っときたいんよ」 「卒業したって、私達はずっと友達だよ」 「リーア……。楽しい学園生活をくれて、おーきにな」 「も、もうっ。そうやって、また私が照れるところを見て楽しむんでしょっ」 「くすくす……うちも難儀やわ。素直に気持ち、届けられへん」 「な〜〜んてね。彩錦ちゃんの顔を見ていればわかるもの。私こそ、ありがとうね」 「あちゃ……うちが一本取られてしもうたわ」 「うふふ、たまにはこうでもしないとね」 「これでお互い進路が別れても、二人で過ごした時間は、ずっと忘れへん」 「うん……私も……とっても大切な思い出だもの……」 「あぁ……このまま時が、止まってくれへんかなぁ……」 「彩錦ちゃんがそれを望むなら……」 「せやけど、ほんまにそないなことになったら、あきまへんえ」 二人のステップが止まる。 「彩錦ちゃん……?」 「うちとの時間はお終いどす」 「まだまだ、時間はあるんだよ?」 「ほんまに踊らなあかん相手は、うちやありまへん」 御陵先輩は、ゆっくりとリア先輩を連れて、僕の方へと近づいてきた。 「今までおーきに。お返しします」 「音楽はまだ続いてはりますさかい、はよおし」 「うちらにとって最後の聖夜祭かもしれまへんけど、二人にとっても最後やし。平等にせなあきまへんやろ」 「……リア先輩。僕と踊ってくれませんか?」 「はい、喜んで♪」 そして御陵先輩に見送られ、輪の中にとけ込んでいく。 今まで下手だった僕も、今日は自然に踊ることが出来た。 「シン君。いつのまにか、上手になってるね」 「前の時から、ちょっとは練習してきたんですよ」 「私と踊れなかったかもしれないのに?」 「リア先輩とは、いつでも踊れますから」 「好きだよ、シン君」 「僕も……愛してる」 「も、もぉ……っ。先輩をビックリさせたら、め! なんだからーーっ」 「そんなこと言うから、子供っぽいって……」 「違うもん! 愛してるだなんて……そ、そんな……そんなこと……」 「愛してるだなんて……」 「だって、好きってだけじゃ、前と変わらないから……。だから……」 「もしかして、嫌でした?」 「う……ううん。すごく……」 「すっごく、嬉しいよぉ……」 「先輩は僕のこと……」 「……うん、愛してる……♡」 音楽が止まり、二人はその場で立ちつくす。 そして共に見上げた空から―― 「星が……!」 「星が……消えた……?」 リ・クリエが過ぎた。 それを境にして、流星町から流れ星が消えた。 けど、二人が織りなすキラキラの生活は、これからもずっと輝いてゆく。 光を浴びて空に舞う、粉雪のように。 リ・クリエが過ぎた後も、力の弱い魔族が時々姿を見せては、迷惑をかけていた。 弱いといっても、生身では立ち向かえない。魔王の力もリ・クリエからは目覚めなくなっていた。 僕達は守護天使の力を借り、魔族達に立ち向かう。 「はい、今日も魔族退治おつかれさま♡ ご褒美に、スタンプでーす♪」 スタンプカードもこれで2枚目が終了だ。 生徒会初日にもらったスタンプカードもこれでなんとかコンプリートだ。 「わあっ! 全部貯まったね!」 これは全て貯まるとリア先輩が『なんでも言うことを聞く』のだ。 「じゃあ、約束通り……なんでも言うこと聞いてあげるからね♪」 屈託なく無邪気に笑うリア先輩。 けど、残念ながら、想像しているような子供っぽいお願いをするつもりは全くなかった。 「あ、あのですね……リア先輩」 「そ、その……先輩っていつもエッチの時、僕にリード任せっきりですよね?」 「え? ええっ!? そ、そんなことは……」 「だ、だって! エッチの時は、女の子だもんっ。その時だけは先輩じゃないのっ」 「そ、それに私が積極的にやるなんて……は、恥ずかしいんだもん……っ」 「だから、ですね。その……今日は先輩自ら……」 「僕に、ご奉仕して……欲しいんです……」 「う、うう〜〜っ。め、メイドさんじゃないのにぃ〜っ」 「なんでも言うこと、聞いてくれるんですよね?」 「も、もぉっ。しょうがないんだからっ」 「わ、わかったよぉ……わ、私がすれば……いいんだよね?」 「じゃ、じゃあ……私の部屋に行くよっ」 もしかして、今からですか!? 先輩に腕を引かれ、豪邸の中へ。 そしてリア先輩の部屋に入るやいなや、先輩は胸元をはだけさせた。 「え……ま、まさか先輩、その格好で!?」 「あ、あんまり見ちゃだめだからね……っ」 「い、いや……そうじゃなくて、その……」 普段から露出度が高いものの、肝心なところはしっかり隠れていた衣装。 それが今、僕の前で剥き出しになっている。 「いつもの、おっぱいずりずりで……いいかな?」 「え、ええっ」 「ご奉仕なんて、よ、よくわからないよぉ……」 「先輩……、今はお姉さんっぽく頑張って下さい」 「っぽくじゃなくて、元々お姉さんなのっ」 眉毛をハの字にしながら、僕のズボンをずり下げていく。 「わわっ!」 目の前にボロンと現れた愚息は、既にそそりたっていた。 「もぉ……触ってもいないのに、こんなおっきくしてぇ……ずっと戦闘中に、こっちばかり見てたんでしょー?」 「先輩の服が、露出が多すぎるんですよ」 「そ、そんなことないもんっ! そ、そうかもしれないけど……」 「けど、あの格好……とても可愛いですよ」 「も、もぉっ。そんなこと言ったって、エッチな目で見てたことは許しませんっ」 「う、うん……だから、その格好でしてもらえるんだあって想像しただけで……」 「え……そ、そんなに興奮してるの……? わ、私……シン君の頭の中で、ど、どんな風にされちゃってるの……?」 「だから、今日はリア先輩がしてくれるから……先輩が凄い淫らになってます」 「も、もおっ、そんなにエッチじゃないもんっ!」 ふて腐れながらも、頬は赤く染まって火照っている。 恥ずかしさにやられつつも、目の前にいるペニスを見てドキドキしているのだろう。 「じゃあ……するよ?」 ゆっくりと乳房の片方にペニスを近づけていく。 「まずはこのおちんちんの皮を――」 「あ、あと……おちんちんは、おちんぽって言って」 「お、おちん……って! そ、そんな恥ずかしい言葉……言えるわけないよっ!」 「けど、よく言ってますよ?」 「う、嘘ぉっ!」 「なんでも、ですよね?」 「も、もぉ……しょうがないんだからぁ……」 二回目は無効と言わないでくれるリア先輩。僕はそんな優しさにたっぷり甘えようと思う。 「お、おち……おちんぽの皮を……まずムイてあげる……ね……」 意識のある状態で恥ずかしそうに言う姿を見て、僕の興奮が高まっていく。 「凄いエッチな匂いがしてるよぉ……ちゃんと洗った?」 「た、たぶんさっきいっぱい動いたから……それに、まさかすぐにすることなんて……思ってなかったから……」 「じゃあ、おっぱいできれいにしてあげる……もぉ、しょうがないおちんぽ♡」 そしてペニスの根本を掴んで、乳房に埋もれさせていく。 「あっ、はっ、んんっ……おちんぽ、熱いね……♡」 先輩の白い乳肌がペニスに犯され、様々な形に歪んでいく。 柔らかさでペニスと脳味噌がいっぱいになる。 「おちんぽで、おっぱいこねこねしてるよ……。すごい硬いから……おっぱい競り負けちゃう……」 「あ……あぁ……気持ちいい……っ」 「もう先からおちんぽ汁が滲んでる……はぁ、あぁ……ふはああん……」 白い乳房に粘液が塗りつけられていく。 「ねえ。こうやってよくおっぱいなぞってるけど……気持ちいいの……?」 先輩の桃色がかった乳輪をなぞるようにして、ペニスの先で円を描く。 「そ、それ……いいっ」 「あっ、はぁあっ、おっぱい、くりくりされてると……こっちも気持ちよくなっちゃう……っ、んん……」 「先輩のおっぱい……また大きくなってません?」 「そ、それは……いっぱい揉むからだよぉ……」 「本当なんだ!!」 「う、うう〜〜っ、誘導尋問なんてずるい……」 おっぱいでくにくにとしながら、先輩がぶーたれる。 「お姉ちゃんがせっかくやめてくれたのに……これじゃどんどんおっきくなっちゃうよ……」 「ヘレナさんには……もう、触らせませんよ……っ!」 「くすくす……今の格好いい台詞、お姉ちゃんが聞いたら、なんて言うかな?」 そういえば、リア先輩の家だ。入る時にお邪魔しますは言ったけど…… 「お家の人って留守なんですか……?」 「たぶん、みんないると思うよ」 「大丈夫。お部屋、離れてるもん」 さすが、豪邸。 だからって、家族がいる家に堂々と連れ込んでこんなことをするなんて…… リア先輩はやっぱり本質的にエッチなのかもしれない。 だから、胸が大きくなってしまったんだ。 「そ、そうかもですけど……ほら! ヘレナさんって神出鬼没だし、どこかでこっそり見てたりとか……」 「あ、た、確かに……」 「で、でもっ、お姉ちゃんってばいつも私を子供扱いしてるんだもんっ」 「だから、もし見られたりなんかしても、逆に見せつけちゃうんだからっ」 「またそんな無茶を……」 「ふーんだ。そんなに心配なら……やめちゃうよ?」 上目遣いのまま、ペニスに乳首を擦りつけてくる。 「う、うう……それはっ」 「くすくす。だったら、余計なこと考えちゃダ〜メ♡」 「はぁ、あぁ……そろそろ、苦しそうだからムイてあげるね……」 そういうと、ビクビク震えるペニスを両乳を挟み込むようにしながら近づけていく。 ゆっくりと焦らすように。 ちょうど、先端が谷間から覗けそうな位置……皮が半被りした先端だけが見える。 「ちゅっ、ちゅぷ……っ、ちゅぶうんっ」 リア先輩は首を屈めて、その先っぽに吸い付いた。 「おくひとおっぱいで……おちんぽ剥きまふよぉ……」 ず、る……りッと、瞬く間にカテカの亀頭がお目見えになる。 「ん……んちゅっ、皮の中がむわっとしてるよ……ちゃんと、きれいにしてあげるね……ちゅうっ」 「ちゅぷるっ、んちゅう、ちゅぷっ、ぺろ、れろ……じゅるるっ、んく、んぷ……ちゅぷる、ん……」 「ちゅるっ、んく……っ、んぷっ……! んっしょ……はぁ、あぁ……ふはぁ……」 「んふ♡ おちんぽ、きれいになったね……」 「あ、ああぁ……」 「ムイた時に、よく我慢できたね。ご褒美に……んっしょっ!」 ペニスが再び谷間の中に包み込まれていく。 そしてリア先輩はおっぱいを両腕で挟み込んで、ペニスを密着さえた。 そしてそのまま腰を昇降させ、ペニスを擦りあげる。 ぬっぷぬっぷと柔らかい感触にペニスが犯されていく。 「はぁ……っ、はぁ……っ、凄い……おっぱいがおちんぽ食べちゃってるみたい……っ」 いつもとは違う、リア先輩に責められるという新鮮さに頭が惚けてくる。 ましてや、剥きたての敏感な亀頭をこんなに擦られては、我慢にもすぐ限界が訪れる。 「はぁん……んっ、んっしょっ、っはぁ……はぁ、ああっ、んっく……ふう」 「先っぽの方、また膨らんできたよ……っ、はっ、あっ、はぁっ、っしょ」 「ん、ん、んっ……」 腰がとけて、リア先輩のおっぱいに染みこんでいきそうになる。 「はぁっ、ああっ、んああっ、おちんぽ、お汁がこんなに溢れて……っ」 「おっぱい、ぬるぬるしちゃう……っ、はぁっ、ああっ、ふはっ、はぁぁっ」 「先輩、いくよ……っ」 「うん……いいよ……っ」 リア先輩はにっこり笑うと、更に乳房の動きを速めていく。 我慢汁に濡れた谷間は滑りがよくなって、更に先輩の肌を味わうことができる。 「はぁ……ん、はぁっ、あっ、はあっ、ふはっ、ああっ、んんっ、ふうっ、おちんぽ熱くなって……」 「んんっ、んっく……ふっ、ううっ、ふっ……っしょ、んっ! んっ! ん〜〜っ!」 根本から精液を押し出すように柔らかい肉を押しつけてくるリア先輩。 僕はその優しさに身を任せ、誘われるまま、精液を―― ビューーッ!! 先端が谷間からのぞき、リア先輩の首に勢いよく精子が降りかかる。 ビュクンッ、ビュクン……ビュビュッ! 「ふわっ!! は……ふっ、ううっ……凄ひっ!」 先輩は波打つペニスをしっかりと乳房でホールドしながら、躍動を抑え込む。 だがそのおかげで、先端から放たれる子種が勢いを増し、先輩の顔まで白く染めていく。 「はぁ、はぁ……あぁ、はぁ……凄い勢い……ビューッて射精るから、びっくりしちゃったよぉ……」 「先輩が……きつく締め付けるから……」 「だって、おちんぽ……おっぱいの中で暴れてるんだもん……っ」 「それでおっぱい挟むの強くするんだから……」 「だ、だって……だってぇ……いっぱい気持ちよくなってもらいたかったから……」 先輩の優しさといやらしさに、僕の股間が喜びを隠せないようだ。 「あ、あれ……もしかして、まだ射精したりない、のかな……?」 精液も混ざり、更に粘性の増した胸の谷間に、再びペニスが潜り込む。 「今度は左右で擦り合わせるように……」 「こ、こんな風に……? んしょ……っ、しょっ……はぁっ、あぁっ……んはぁ……」 それぞれの乳房を別々に動かしながら、ペニスをしごいていく 「はあっ、はあっ……こんなのっ、んっ……凄くエッチだよぉ……」 「んん……ん……っ、んっしょっ、はぁ……っ、ああっ、おちんぽ、おっぱいでゴシゴシしてる……」 今度は両手で乳房を抱えながらたぷんたぷんと上下に揺らす。 「はぁ……っ、ああっ、おっぱいだけで……こんなに……」 「ふうっ、ふうぅ……こんなエッチなおっぱいにしたのは、シン君なんだからぁ……」 谷間に埋もれて気持ちよさそうに涎を垂らすペニス。 その先にリア先輩は―― 唇をすぼめて愛らしいキスをする。 「あ、そんな……」 竿を肉布団で挟み込まれ、先端は熱く濡れる咥内へ。 「ちゅぷ……っ、ぬぷ……んぶっ、ちゅうっ……んしょ……っしょ、ちゅうっ、じゅる……!」 「んっ、んっ、はぁっ、ああっ、はっ、はぁ……っしょ……おっぱい、んっ、気持ちいいっ?」 根本からカリ首に向けて押しあげるように、射精を促していく。 その溢れる精液の受け口はもちろん―― 「ちゅる……ちゅぷっ、じゅぶっ、ちゅううっ、ん……ちゅるっ、んっ、んっ、んんっ!」 リア先輩の小さなお口……。 おっぱいを忙しなく上下に揺らしながら、精液を吸い出そうと激しく舌を動かす。 「んちゅぷっ、ちゅう、じゅぷっ、ちゅぷぅ、んぐ……っ。んぷっ、んんッ!」 ペニスを包み込む、真綿のような柔らかく白い先輩の乳房。亀頭に絡みつく湿った唇。 リア先輩の全身に、飲み込まれていく。 「んっ――ぷはっ。おちんぽ、いきそう? 私のお口に、いっぱい射精してね……はぷっ、ちゅうっ」 「ちゅぷうっ、ん、じゅる……くぷっ、ん……ふうっ、んっ、ちゅる……んんっ、はぁっ、はぁぁっ」 「んっしょ……っしょ、はぁ……あぁ……ちゅくっ、じゅぷっ、ぬぷ……っ、おちんぽ、美味しいっ♪」 僕は熱心におしゃぶりパイズリをしてくれるリア先輩が愛しくて、その頭に手を乗せる。 長くきれいな髪――ヘッドドレスの上から、髪を労るように優しくなで回す。 「ん……んん〜〜っ、はぁっ……あっ、ちゅぷっ、んっ、んふっ、ふうぅ……ううんっ」 嬉しそうに目を瞑り、身悶えするリア先輩。 (――撫で撫でされて、嬉しい……もっともっと気持ちよくさせたくなっちゃう……) (――あぁ……熱いおちんぽ、おっぱいに挟んでるだけなのに……私の中に、おちんぽが入ってるみたいだよぉ……) (――お口の中でも、どんどん膨らんで……はぁっ、はぁっ……お口もおっぱいも、犯されちゃってるぅ……) 先輩は更に乳房のホールド感を強めていき、先端よりも深くくわえ込む。 そして、目をつぶったまま、一心不乱にペニスの愛撫に没頭する。 「はぷ……っ、ちゅぷっ、んっ、んっ、はぁっ、あっ、はぁぷっ、ちゅぷる」 「せ、先輩……っ、僕もう……!」 「んぐ……んぷっ!?」 僕はリア先輩の動きに合わせるようにして、腰を前後に動かし始めた。 充血したペニスは柔胸を擦りあげ、亀頭を先輩の喉奥にまで届きそうなほど押し込んでいく。 (――ああっ、おっぱい……おまんこみたいに突かれて……っ。喉にも届きそう……っ) 「はぷっ、じゅぷっ……んぐぅっ! んぷっ、んぶっ、ちゅぶっ、んっく!」 「先輩の口に射精すよ……っ」 「んっ、ん……っ! ちゅううっ、ちゅぷるうっん、じゅっぷ、じゅっぽ、ちゅぷぅっ」 先輩は乳房を大きく揺らし、吸引する力を強め、僕の問いに答えてくれた。 「はぁっ、ん……ちゅぷぅ……! ちゅるっぷ、ぶっぷ、じゅぽぉっ、っぱはぁ……はむうんっ!」 (――だめっ、だめ……っ、おっぱいずりずりされていっちゃうよお……っ) (――おまんこお口みたいにズポズポされたいよおっ、あっ、あっ……射精されたいよお……っ) 「はぷうっ! ちゅぶっ、ちゅぼおっ、じゅる……っくぷっ! ぷぶっぷっ、ちゅぷるんっ!」 「いく……っ」 「ん……んぷんっ」 ドプ――ッ!! 「んぐうううん――!?」 差し詰め、おっぱいは膣肉――そして、喉奥を、子宮口に見立てて射精をする。 ドプッ、ブビュッ、ドックン!! 「むぐっ!! んぐうっ、んんんっ! むううっ!!」 そして咥内を妊娠させるくらいの勢いで射精していく。 リア先輩は目を閉じて、子種を必死に受け止める。 しかも、パイズリは続けたまま、精液を全部搾り出さんとしている。 「んぐっ、んぐ……んぶっ、んぶう……っ、んふーっ」 頬が膨らみ、精液が溜まっていくのがわかるくらいになった。 けれども、先輩は、一滴も漏らさないように、ペニスを咥えたままでいる。 「んぷ……んぐう……む……むぅん……んぷっ……んふぅ……」 精子の躍動が終わり、するりとペニスが口から抜けていく。 そしてリア先輩は、口に含んだ大量の精液を―― 「……んっく、ごくっ……んくっ、んく……んくっ、ごくっ、ごく……っ」 小さく喉を鳴らして、精液をはき出すことなく、飲み込んでいく。 「……ごっくん♡ ――っぷはぁ〜〜」 大きく最後に飲み込んで、先輩は唇を舌でなめずり、微笑みながらホッと息をつく。 「けふっ。ごちそう、さまでした……♪」 「はぁ、はぁ……よく、できました」 僕は射精の感覚に酔い痴れながらも、ひたむきなリア先輩のフェラチオを褒めるようにして頭を撫でる。 「も、もぉ……頭なでなでなんて……子供じゃないんだからぁ……」 「けど、嬉しいな……こうやって髪の毛触られるの……とても、心地がよくて凄い好きになっちゃいそう……」 「頑張ってくれた先輩に、ご褒美をあげなくっちゃ……」 「え……え……」 「リア先輩の太股、すごいことになってる……」 「触ってもいないのに……びしょ濡れだ……パイズリしてお口に射精されただけで、こんなに感じてる……」 「う、嘘……っ」 「嘘じゃない……ちゃんと見てあげる」 「や、やだ……ちょ、ちょっとぉ!!」 僕はリア先輩の濡れた太股を持ち上げて、抱きかかえる。 そして、大股を開くようにして、僕の腰の上に乗せる。 「ほら……こんなに濡れてますよ……?」 「な、なんて格好させるのぉ……や、やだぁ……恥ずかしい……っ」 僕は羞恥に震えるリア先輩の肩にキスをする。 「このまま、挿れちゃいますよ……」 お尻の間にペニスを滑りこませ、割れ目にそって飛び出すようにする。 「や……やぁ……私におちんぽ、生えちゃったみたいだよぉ……しかも、すごいっ、ビクビク跳ねてるう……っ」 「もう僕の太股がベトベトだ……早くしないと……」 そして、いきり立つペニスの先端で、割れ目の秘肉をかきわけて膣口にキスをする。 「は……うっ! ふうんっ」 可愛らしい鳴き声。年上の先輩が、僕の腕の中で子猫のようになっている。 「や、やぁ……挿れちゃうの……? はっ、あぁ……ふはぁ……あぁ……ん……」 ずずずと、秘裂にめりこませていく。 「ん、ん……っ、おちんぽに……おまんこ、チュウってされてるよぉ……あ、あぁ……挿入ってくる……」 「あ……っ、く……ふうっ!」 じんわりとした湿り気と熱気が、先端を融かしていく。 僕の手から、先輩を抱える力が少しだけ抜けてしまった。 「あ……くうっ!!」 その瞬間――リア先輩の体が、ペニスだけで支えられてしまう。 重力に任せて、子宮が先端に向かって降りてきた。 ずんっっっとした重い衝撃。そのままペニスは子宮口を深く貫いてしまう。 「はぁぁ……っ!?」 先端に吸い付く子宮口、膣が幾たびも激しい収縮を繰り返す。 「は……っ、あ、く……っ、くぅん……っ! ううんっ、んん〜〜っ!」 僕の上で先輩が乱れ跳ねる。 「はぁぁ……っ、あぁぁ……っ、う……っ、ううう……っ、あぁ……はぁぁ……っ、ああっ」 そして小刻みに震えながら、押し寄せる何かを全身で味わっていた。 弱々しいうなりにも似た喘ぎ声。 「先輩……もしかして、挿れただけでいっちゃった?」 「う……うう〜〜っ だ、だってぇ……おちんぽ、いきなりごつんってくるんだもぉん……」 「おちんぽの感触が、頭に響いてきちゃった……はぁ……っ、ああっ、ふあああ……っ、ああん……」 「先輩……っ」 僕はうなじにキスをしながら、手を胸の方に回して捏ねはじめる。 「あ……っ、く……ふうんっ、お、おっぱい後ろからされるのって……はぁっ、ああ……っ」 「はくっ……くああんっ! いっぱいもみもみされて……あっ、はっ、ふっ、ううんっ!」 寂しそうにしている先端を指でつまみ、上に引っ張りあげる。 「はっ、はぁ〜〜んっ! あ、ふっ、おっぱい伸びちゃふ……っ! ふあっ、はああんっ!」 「んっ、んんっ、ち、乳首クリクリしちゃいやぁ……か、感じてきちゃうよぉ……」 先輩の柔らかさに埋まりながら、硬直したペニスを徐々に動かしていく。 「あ……や……ま、まだいったばかりなのに……はっ、はぁぁ……っ」 「も、もう我慢できない……っ」 「だ、だめぇ……動かしちゃ……くっ、ふっ、はあっ、ああんっ!!」 先輩の言葉も耳に入らず、僕は緩やかに先輩の大きなお尻を持ち上げた。 「あ……ふぁ……はぁぁ……おちんぽが……っ、はふぅ……ううぅ……」 ずるずると、ペニスが抜けていく感覚――カリ首が敏感に濡れた肉襞を擦りあげていく。 そして、抜けでそうなところで―― 「ふはぁ……っ、あは……っ!? ひゃはああうっ!」 また腰を落とす。子宮口をずんと貫く一撃。 先輩はその衝撃を受けて、悲鳴とは違う桃色の声をあげる。 「ふ……ふあ……ま、また……またおちんぽ、ずんって来ちゃうの……?」 そしてまたゆっくりと焦らすように、引き抜いていく。 襞がカリ首の段差にひっかかり、その度にリア先輩があられもない声を出す。 「う……うぅ……こ、これ以上されたら……頭の中、おちんぽでいっぱいになっちゃうよぉ……」 「リア先輩……気持ちいい?」 「はぁっ、ああ……っ、気持ちいい……気持ち、良すぎるよぉ……け、けどぉ……」 「ね……ねえ……。こ、こんなにいっぱい持ち上げて……そ、その……えと……」 「お、重く……ない?」 「僕は先輩の彼氏ですよ? 先輩が気持ちよくなってくれるなら……これくらい……っ」 ぎゅうと胸を搾りながら持ち上げていく。 「はああっ! んっ、んふああっ! そ、そんな乱暴にしたら……んっ、くっ、壊れちゃうう……っ」 「あっ、はっ、はぁぁ……だ、だめぇ……おっぱいも、おまんこも……みんな変になっちゃうぅ……」 先輩は自分の指をしゃぶりながら、僕の上で腰を捻り出した。 「そ、それは……っ」 体を支えているペニスを先輩のおまんこが締め上げてくる。 「はあっ、ああっ、あんっ! ふわあんっ、はあっ、はああっ、おちんぽずんずん来てるよおっ!」 「あ、く……だめっ!」 僕は食いしばるようにして先輩の胸を揉み潰す。だが、迸りは止まらない。 そのまま襞とカリ首が擦れ合う膣の中に―― ドクン!! ドックン!! 「ふ、ふはああっ!!」 またしても射精――濃厚で粘度の高い精液を引き締まった膣の中に放出していく。 ドクン……ドクン……ドクン……。 「はっ、やっ、ふぅぁ……あ……っ、はんっ、はあんっ! 射精てるよぉ……精子ドクドク射精てるのぉ……っ」 「先輩……先輩ぃ……」 念仏のように名を呼びながら、リズミカルに腰を突き上げる。 「は……っ、うっ、くぅんっ! そ、そんな……射精しながら、突かないでぇっ、はあっ、あっ」 「や……っ、やはっ、精子と一緒に……おまんこ掻き回されてるうっ……んっ、ふっ、うう〜〜」 愛液と精液が掻き出され、結合部から地面にこぼれ落ちていく。 それでも、僕は構わず腰を昇降していく。 先輩のおまんこに、ペニスが溶かされてしまいそうだ。 「はあっ、あっ、はあんっ! んっ、ふうっ、うう……っ、ふああっ! ああっ、くはあっ」 「はくっ……ううんっ! く……っ、ううんっ! ふうっ、う、ううっ、はぁぁんっ!」 「そ、そんなにエッチな声だしたら……本当に聞こえちゃいますよ……ヘレナさんに……」 「や……やぁ……そ、それはダメなのぉ……!」 「やっぱりやめた方がいいですかね……?」 「そ、そんな……そ、そんなのって……そんなのぉ……あ、はぁぁ……」 「や、やなの……っ。やめないで……」 「やめちゃやだあ……はぁっ、はぁっ、そ、そんな……い、いじわるしないでぇ……っ」 涙目になりながら、腰をうねらせるリア先輩。 「ですよね! ぼ、僕もやめられませんっ」 僕は先輩の柔らかいお尻を鷲づかみ、それを上下に動かすと共に、腰を突き上げる。 「ふひゃ!! ひゃああっ、あ、あうううんっ!」 二重の摩擦に、先輩の体がビクビクと痙攣した。 「そ、そんな激しく……ふっ、ふああっ、ああっ! あくっ、くうんっ!」 「ん……ふっ、ふはっ、奥に来てる……っ、ううっ、ふっ、くあっ、くはあっ、はあっ」 先輩の膣は愛液が溢れ出し、より抽送を手助けしていく。 なんといやらしいおまんこ。それほどにまで、焦らしていたのに不満を抱いていたのか。 期待に応えるべく、僕は更に腰の動きを激しくしていく。 「はあっ、ああっ、だめっ、そ、そんなにしたら……あっ、うっ、く、くうんっ」 「だめって言う割にっ、おまんこはもっとして欲しいみたいですよっ」 「そうなの……っ、おまんこ……エッチ好きになっちゃう……っ、はあっ、はぁっ」 「私っ、あっ、んっ、んああっ、私っ、エッチな女の子になっちゃうよおっ!」 「よく言うよっ! 先輩は元からエッチだよっ。こんなにおっぱいも大きくて……っ」 「はあんっ! あっ、くっ、ううんっ! もっと触ってっ、はあっ、ああっ、うううんっ!」 「おっぱい揉まれながら、おまんこされるの好きっ、好きぃ……っ!」 首筋に舌を這わせながら、両乳を上下に揉みしだく。 さっきのパイズリが思い出される。 ペニスを熱心に、愛情を込めて擦りあげたあの感覚も蘇ってくる。 おまんこの気持ちよさと相まって、僕の興奮も最高潮へと。 「う……ううんっ、くっ、ふうっ、う……ううっ、ううんっ、くっ、くうんっ!」 「ふは……はぁっ、ああんっ! ん、んんっ、くぅん……っ! う、ううん……」 そのまま乳首をリア先輩の口元まで引っ張り上げる。 「んん……っ、んちゅっ、ちゅううっ、っぷはぁ! 自分の、吸ってる……届いてるぅ……」 「あっ、はっ、くうっ! んんっ、ちゅううっ、おちんぽも、おまんこに届いてるのぉ……っ」 おまんこを何度も突き上げ、粘液の絡みつく音を響かせる。 「ちゅううっ、んぷっ、んんっ、乳首気持ちいい……おまんこ、気持ちいいよお……っ」 「はあっ、あっ、くっ、くうっ、うう……っ、んん……っ! ん、んはっ、はぁ……っ」 先端が窮屈に締め上げられ、リア先輩の膣内で悲鳴をあげる。 精液がまだかまだかと睾丸で唸っている。 「はあっ、あっ、う……ううんっ! んぐっ、ううっ、ふぅ、ふうぅ、うう……っ、ふう……」 「ん……っ! ――んああっ、ふあっ、ああ、な、なにするの……?」 リア先輩の乳下に腕を回し、全身を片手で抱える。 そして空いた方の手で、結合部の上方――クリトリスに触れる。 「はあっ、あっ、あはあっ! そ、そんなの……っ、ひっ、くっ、くうんっ、だ、だめだよおっ!」 「だ……はっ、ら……らめ……っ、おまんこおかしくなっちゃう……いじっちゃだめっ!! はああっ」 熱を帯び赤くなった陰核を指で弾きながら、ずんずんとリア先輩を深く犯していく。 「んっ、いくっ……! くう……っ! いっちゃうっ、いっちゃうふうっ!」 ビクンビクンと体が震えるも、僕はその余韻を塗り替えるように腰を動かしていく。 「はあっ、ああっ! だめっ、いってるのに……ひぎっ、そ、そんなのっ! あっ、はあっ!」 「はあっ、ああっ、ああ、あぁぁぁ……っ、だ、だめ……もっとおまんこされたら……っ」 リア先輩の可愛い声が震え、仕舞いには何かを堪えるようにし始めた。 「ああっ、んああっ! くっ、ううっ……ううっ、も、もうダメだよぉっ、ダメなのお……っ」 「はあっ、はあっ、そんなにいじられたら……っ、が、我慢できな……はっ、ひぃいっ!」 僕は絶頂に震えるクリトリスを執拗にいじり続ける。 その度に、先輩がいやいやと首を振る。意外と素直になれない女の子。 「我慢しないで……いっぱいいっていいよ……先輩……っ」 「違うっ、違うのおっ! いく、いく……っ、またいっちゃ……はあっ! くうう〜〜っ!!」 「だめっ、だめ……はあっ、はぁぁ……っ、んああっ、ふああっ! あくっ、くうんっ!!」 「先輩……一緒にいこう……っ」 「う……っ、くっ……ふううっ! ん、ん、違うの……っ、も、漏れ……くっ、ううっ、ふうんっ!」 「んんっ、ふあ……っ、ああっ、くうっ、ふっ、ふはっ、はあ……っ、ああ……っ!」 「はぁっ、ああっ、はぁ……ふはぁ……ふはっ、はぁぁ……ふあぁ……っ、あはぁ……」 全身が快感の波に溺れてしまい、激しい突き上げにも脱力してしまう。 もはや気持ちよすぎて、何も考えられないくらいに惚けてしまったのだろう。 「はぁ……はぁっ、あ、ふっ、ふぅ……だめ、だめぇ……」 体は脱力はしたものの、膣だけはペニスの猛攻に反抗を繰り返す。 まるで何かを踏ん張るようにしながら、ペニスを根本から締め上げてくる。 「先輩……そ、そんなにきつく……っ」 「はぁ……っ、はあっ、また……。いっちゃう……ひは……っ、いっちゃうぅ……」 歯止めのきかなくなった先輩の絶頂。 絶頂の度に、膣が激しく収縮し、襞を擦りつけてくる。 精子を吸い上げようと、うごめき始める。 「そろそろ、いく……っ」 僕もまたリア先輩の奥深くに射精したくて、根本がみっちりと割れ目に埋まってしまうくらい腰を押し込んでいく。 肌のぶつかり合う淫猥な音が、部屋中に響き渡る。 「あっ、あっ、あはぁ……っ、はぁ……はぁぁ……あ、ん……んはぁ……」 気の抜けたような弱々しい喘ぎ声。僕の突き上げに、先輩の体が崩れ落ちそうなほどだった。 「は……は……も、もぉ、知らない……はっ、はぁ……ふああ……っ」 「はあん……んっ、ん、くう……うう……ん……っ、んん……っ、ふわぁ……」 「先輩、そんなになってるのに、おまんこは……ああっ」 そして搾り上げるようにしながら、僕のペニスを子宮の奥へと招き入れる。 「あ……あぁ、ふは……っ、はぁん……! んっ、んっ、んん〜〜っ! んくっ、くふう……っ」 僕のペニスはおまんこの期待に応えるべく、子宮口の直前で大きく膨らんだ。 「先輩……でる……ッ!」 「ん……んあっ! ああっ!!」 快感が、ペニスを通り抜けていく。 「は……!! ああっ、はあっ!!」 直接、子宮を刺激され、意識を取り戻す。 だが、すぐに正常な思考は精液で埋め尽くされ、塗りつぶされていく。 ドクッ……ドクッ……ドプルッ……。 「は……はぁ……っ、あ……はふ……ふうっ……んん、くふ……ふうぅ……」 「ふうぅ……ふあ……あぁ……はぁぁ……やはっ、は、く、ううん……うっ、だめ……っ」 乳房を搾り上げながら、僕は欲望の全てをリア先輩の膣内に流し込んでいく。 それに喜びを感じてか、窮屈だったおまんこも、今までの責め苦から解放され…… 「ひ、ひは……っ、漏れちゃう……っ、おしっこ、漏れちゃうのおおっ、うう〜〜っ」 「え……せ、先輩?」 「うっ、うくっ……で、出ちゃ……出ちゃうぅぅう……ひうんっ!」 僕は先輩を抱え上げたまま。まるで子供におしっこを促すような体勢―― 精液と愛液にまみれたペニスの汚れを押し流すように、温かい液体が滴ってきた。 「だ、だめ……見ないで……聞かないで、はっ、はぁ……はぁぁ……あ、あぁぁ〜〜っ」 恥ずかしい音を放ちながら、リア先輩の秘所から小水が流れてくる。 身を縮ませて、ぶるぶると震えながら、僕の胸の中で小さくなっていた。 「あ……あぁ……はぁっ、ああ、はぁ……はぁ……あぁ……ふはっ……ふぅ……はぁ……ああん……」 そして、全てを出しきり、先輩は安堵の吐息をつく。 床はいやらしい液体で濡れ、部屋は卑猥な匂いでいっぱいになっていた。 「はぁ……あぁ……ど、どうしよぉ……こ、こんなにしちゃったよぉ……はぁ……っ、はぁっ」 「ごめん……先輩。けど、気持ちよかったんでしょ?」 「ふぅ、ふぅ……。う……うん……」 「なら、良かった……」 リア先輩の背後から、柔らかい髪の毛をかきわけ、愛らしい耳たぶに優しくかみついた。 「あ……んっ、んんっ。そ、そんなの、んっ♡ くすぐったいよぉ……っ」 「もぉ、お返しっ。えい!」 「あ、そこはっ」 先輩は、任務を果たして脱力した僕のペニスを掴み、尿道を親指でクリクリと転がした。 「はぁはぁ……いっぱいいかされちゃった……このおちんぽ……。めっ♡」 リア先輩がまた、僕のペニスを指で跳ねる。 「私をこんなエッチにしちゃった責任。ちゃ〜んと、取ってもらうんだから……」 「うん。先輩……愛してる」 「私も……愛してる……♡」 先輩は首をこちらへ向けて、僕の顎に手を添えると、嬉しそうに微笑んだ。 そして、優しく口づけを交わす。 「これからもいっぱい……エッチ、しようね♡」 僕の部屋に入ってくるなり、アゼルは、伸ばした中指の先を勢いよく柱にぶつけた。 「ええと……何を?」 「痛い」 「そりゃそうだよ」 「突き指」 「引っ越したら、突き指をして『ふつつかものですが宜しくお願いします』と挨拶しろとロロットが」 「ツッコミ所ありすぎ」 「突き指じゃなくて三つ指だぜ」 「何か刃物を貸せ」 「なぜ刃物?」 「小指と親指を切り落として誠意を示すという昔の慣習だと聞いた」 「野蛮だぜ」 「そんなことしなくていいから。というかしないでね」 「では、どうすればいい?」 僕は頭をさげた。 「これからしばらくよろしくね」 「この場合、世話になるのは私だ」 アゼルは咳払いをすると、僕に頭をさげた。 「うん。こちらこそよろしく」 お気に入りの服が掃除で汚れないように、制服でいるアゼル。それだけ、あの服が気に入ってるのかな。 「え、ええと、手伝うことない?」 「終わった」 「そ、そう、でも、なにかない?」 「済まないが、ない」 「ちゃーんと引越し出来たみたいね」 「いつのまに!?」 「ど、どこから来た!?」 「ササミにすら気づかれねぇとは、この女やはり只者じゃないぜ」 「アゼルちゃんおめでとう! そして、その家主であるシンちゃんに、これをあげるわ!」 「こ、これは何だ?」 「アゼルちゃんのアダルトレベルが10上がった記念のトロフィーよ!」 「アダルトレベルとは何だ?」 「だって、いきなり男の子と同棲よ! 10は上がるに決まってるじゃない」 「い、いきなり変なこと言わないで下さいっ ていうか、なんで僕が?」 「アゼルちゃん。これからもどんどんレベルアップしていい女になってね! じゃ、忙しいから私はこれでバァイ!」 「やっほー。手伝いに来てやったぞっ」 「ごめん、もう終わっちゃった」 「いやいや。大事なことを忘れてるでしょ」 「大事なこと?」 「引っ越しと言えば、引っ越し蕎麦でぃ! キッチン借りるよ」 「おりゃぁぁっ!」 「……何か手伝うか」 「無いっ! アタシ、プロ! 素人、足手まとい!」 「おりゃぁぁどっせぇ!」 「ずだだだだだだだだ」 「完成!」 「うまいっ!」 「うめぇぜ」 「くぅ。ワサビが来る! つーんと来る来る! うまいうまい!」 「アンタ、ホント、なんでもうまいうまいだね」 「だって、うまいんだ! うまい!」 「そんなに褒めたって何も出やしないって」 「シンってば幸せそう」 「おいしいもの食べてると幸せだ! うまい!」 「遠慮無くどんどん食べて! おかわりもあるよ」 「お蕎麦のにおいだぁっ! 食べたいぃ!」 「ちょっと待って、今、用意するから」 「わぁーい! ナナカも大好き!」 「おや? アゼルどしたの? おいしくないの? ならちょーだい!」 「やる」 「おー! アゼルも好きだぞ!」 「アゼル、いいって。今、サリーちゃんのは用意するから」 「もういらない。ご馳走様」 「さり気なく火花が散ってるぜ」 「おいしいよぉ! こんなにおいしいのをくれるなんて、ヘンなの!」 「お腹の調子でも悪いのかな、ちょっと見てくる」 「……うん。アタシも気になるし」 「うまうま! じゃあカイチョーもアゼルもいないうちに全部食べちゃうぞ!」 「だめ」 「……蕎麦がのびるぞ」 「どうもしない。満腹になっただけだ」 「疲れた、少し寝る」 「判った。何かあったら言ってね」 「不合理だ……あいつとナナカはつきあいが長い……それに蕎麦も美味しい……」 「あいつがナナカと話してるのもいつものこと……普通だ」 「……普通であれば、むかむかするのは非合理だ」 「アゼル……アゼル……」 「まだ寝てるのかな?」 「写真出来たはずだから取りに行かない?」 「行く!」 「帰ったよ。アゼルのこと心配してた」 「〜♪ 〜♪」 「写真みせてよ」 アゼルは、胸に写真屋さんの封筒をしっかり抱え込んで振り向き、 「見たくないの?」 「見たい。見たくてたまらない、だけど……」 「いや。だからこそお前の家まで我慢する」 「我慢できなかったね」 アゼルは写真屋さんの封筒から出来た写真を取りだした。 「ピンぼけばかりだ。これもこれもこれも!」 ピンぼけだけじゃない、被写体がぶれているのや、光量の調節に失敗して真っ白に飛んでいるのや、逆に光が足りなくて何がなんだか判らないヤツも。 「全く不便だ。全然思い通りにしてくれない。なんでわざわざこんな苦労を」 そう言いつつも、アゼルの表情は楽しそうだった。 御陵先輩が和菓子を食べている所だった。 「これは御陵彩錦に焦点を合わした筈が、和菓子に焦点があっている」 「つまり」 アゼルを襲った魔族も写っていた。 突然光を浴びせられたせいか、みな、目を丸くしている。 「これは……光が強すぎたな」 「これも焦点があっていない……こっちはぶれている上に暗すぎる」 「これなど、真黒だ! なんと性能が悪いんだ」 「でも、写真家はこのカメラで綺麗な絵を撮るんだよね?」 「……最初からうまく撮れる訳がないくらい、私だって判ってはいる」 結局、アゼルの意図通り写っているのは一枚もなかった。 「我ながら失笑ものの不手際だ」 「これどうするの?」 「勿論とっておく。記念だから」 「不完全で無用の物だが……みんな愛しい」 昔のアゼルなら、あっさり捨てたろうに。 「私も随分と不合理になったものだ」 そう言うと、はにかむように笑う。 「明日。メリロットさんに見せに行かなくちゃね」 「それは恥ずかしい……でも見せねばな」 「お帰りなさい」 「ただいまって言えばいいんだぜ」 「……ただいま」 「殺風景な部屋ね」 「急に家庭訪問とはどういうつもりだ?」 「授業に殆ど出席しない、成績は赤点ギリギリ、しかも身よりもなく、男と同居までしている、となれば、教師として心配になって当然でしょう?」 「真面目だな」 「冗談よ」 「でも、何人か家庭訪問はしたわ。真面目な教育実習生ぶるのも大変よ」 「思いの外似合ってるが」 「やめてよ」 「何の用だ」 「近くを通ったからついでに寄っただけ」 「天使が人間ごときと一緒に住むとは、まるで人間みたいね」 「天使など大したものではない」 「あなたらしくもない台詞ね」 「お前が私の何を知っている?」 「3ヶ月前のあなたも同じ事を言っていたわ」 「なら問題ない」 「あの時のあなたは、全てを軽蔑し高みから見下ろしてそう言っていた」 「でも、今は……自分も彼らと同じだと言う意味で言っているわ」 「最初に会った時、あなたは水晶のように硬質で透明で、真水のように純粋で一切の余計がなくて、私の理想の天使に見えたわ」 「理想?」 「今のあなたは、人間か魔族みたい」 「……私は神の代行者だ」 「そうね。道具が何を考えようと、使う方には関係ないわね」 「道具?」 「では、お暇するわ。先週出した幾何の課題、ちゃんとやってくるのよ」 なんだこの緊張は!? 「二人ともどうかしたの?」 「どうもしない」 「ええと、ほら、慣れてないからこういうの!」 「ね?」 「同意を求めるな。私は話さなくても構わない」 「なんだか判らないけど仲良く、ね?」 「話す事がないだけだ」 「そうそう! 別に心配することじゃないし!」 「先が思いやられるぜ」 「ゆうべはおたのしみでしたね」 「な、なに言ってんのよロロちゃん! この二人の間にそんなことあるわけないでしょう!」 「そんな事ってなんですか?」 「知らねぇのかよ」 「一夜を同じ宿屋で過ごした男女にはこう言うものだそうです」 「遅くまでゲームでもしてたのかな? あんまり夜更かししてちゃ駄目だぞ」 「夕べは疲れてすぐ寝た」 「疲れた!? さ、咲良クンいきなりそんなハードにしたの!? 最低だわ!」 「訳がわからないよ」 「ソフトならいいのかよ」 「いいわけないでしょう!」 「ハードとかソフトとかどういうことですか?」 「え、う、そ、そんなの……言えないわ!」 「シン君。アゼルちゃん。ハードでもソフトでも、アイスクリームを夜中に食べたら太っちゃうよ」 「くぅっ! リアちゃんいいボケだぜ! でも、シン様の家にはそんな高級なもんはないぜ」 「でも、冬になったし。卵も牛乳もあるから、しばらくぶりに作ろうかな」 「……まぁ、シンならこんなもんだよね」 「アイスクリームとはなんだ?」 「おいしいお菓子だよ。冬にしか食べられないんだ」 「アンタが買えないだけでしょ」 「ゆうべはおたのしみでしたねー」 「アンタもかよ」 「お前もか」 「いったいなんなの?」 「あれれー? 先を越されちゃったよー」 「でもー、今のところ、先を越されなくて済んで、よかったねーナナちゃん」 「どういうことなのかな?」 「理解不能」 「判らなきゃいいの判らなきゃ……はぁ……」 「見事に撮れていませんね」 「……判っている」 「何でしょうか?」 「メリロットさんから、何かアドバイスはありませんか?」 「べ、別に私はそんなものを求めてはいない」 「僕が聞きたいなって思っただけだよ」 「その、あの……何かアドバイスはないだろうか?」 メリロットさんは紅茶を一口に口に含んでから、 「私は記録の為に撮っているだけなので、専門的な事は判りかねますが」 そう言いつつも、もう一度写真を見てくれて 「手ぶれがひどいですね。勢いのままに撮っているのではないですか?」 「仕方がない。対象はすぐに消えてしまう」 「息を吐く余裕もありませんか?」 「姿勢は、息を吐く時に安定しているものなのですよ」 「おお! 本当だ!」 「ですから、息を吐きながらシャッターを押せば、ぶれる事が少なくなるわけです」 「成る程!」 「非常に……ためになった」 「なんでも……」 「非常に為になった。有り難う」 「んん……?」 何か物音が? 気のせいか。 「どうかしたかシン様?」 「なんか物音が聞こえたような気がしたけど……気のせいだったみたい」 アゼルが、こんな遅い時間に出歩くわけもないし。 「きっと、一つ屋根の下に女がいるんで気になってるんだぜ」 「リアちゃんに比べるのもおこがましい鉄板だけどよ。あれでも女だからな。シン様が発情するのも無理はないぜ」 「きゅうう……」 まったく……。 パッキーがヘンなこと言うから、気になっちゃって眠れなくなったじゃ――。 「ぐぅ……」 「おー! すごいアクビだ!」 「きっと眠れなくて夜遅くまで起きてたんだぜ」 「うるさい。私は本を読んでいただけだ」 「シン様もなかなか寝付けなかったみたいだぜ」 「お前もなのか?」 「夜中に物音で目が覚めちゃって。気のせいだったみたい。その後、すぐ寝たよ」 「快眠ではないか」 「いやいや、寝付くまで30秒もかかってたぜ。いつもに比べればすげー寝付きの悪さだぜ」 「僕ってそんなに寝付きいい?」 「カイチョーは、布団に入って目つぶるともう寝てるよ」 「お、お前! この男の寝姿を覗いたのか!?」 「たまに。かわいーよー。一緒に見る?」 「み、見たくなど無い!」 「ちゅぅぅぅぅ」 「あれ? またそれ?」 「うるさい。ヴァンダインゼリーはまずいが、十分だ」 「朝はちゃんと食べた方がいいよ」 「十分だ」 「この目玉焼き半分あげる」 「い、いらない」 「じゃあアタシがもーら――」 「アゼルー、イジワルー!」 「こいつは私にくれたのだ」 「ええと……なんか眠そうだね」 「遅くまでシン様と一緒だったんだぜ」 「え、ええええっ!」 「訳がわからない嘘をついちゃだめだよ」 「遅くまで本を読んでいただけだ」 「そっそうか。そうだよね。あはは」 「別に……この男と一つ屋根の下だから、寝付けなかったわけではない」 「いや、そんなこと聞いてないんだけど……」 「アゼルは、昨日『写真入門』って本借りて、夢中なんだよ」 「はぁ……アンタは太平楽でいいね」 「確かに危機意識はないな」 「あれ? いつのまに四面楚歌!?」 「今日はアゼルちゃん眠そうだねー」 「遅くまで本を読んでたんだって」 「よくある言い訳だよねー、シン君」 「なぜ僕に振る?」 「男子で眠そうなら、ひとりでし過ぎで間違いないんだが。女子も同じか?」 「死んでこい」 「シン君そうなのー?」 「だから、なぜ僕に振る?」 「うーん。動揺無しかー」 「私が眠いのは、お前にもナナカにも無関係だ」 「私には無いけど、ナナちゃんには関係あるかもしれないんだよー」 「不可解だ。ナナカは判るのか?」 「な、なんのことだか、あはは」 「ナナちゃんまだ間に合うよー。ファイトだよー」 「なんだかわからないけど、ナナカ頑張れ! 応援してる」 「はぁぁぁぁ……」 「まぁ大丈夫か……二人で出かけたりするわけじゃないし……」 「またインスタントラーメン?」 「作ってもいいけど」 「お前のもある」 「俺様のは?」 「ありがたいけど、ここに来てから毎晩ずっとじゃないか。そればかりじゃ偏っちゃうよ」 「お前が作ればおいしい」 「いや、おいしくても駄目だから」 「僕がなんか作るよ。何があるかな」 ベーコン。たまご。コンソメ。豆腐。にんにく。ごまか。 「このトマトとたまねぎとわけぎを」 これで簡単トマトオムレツと納豆やっこが出来る。 「はい、毎度」 「なんですか、その物言いたげな視線は」 「気味が悪い」 「気味が悪いとはひどいねぇ。私ゃね。この子がシンちゃんの新しいコレかい、ついにこうなっちまったかいと感慨にふけってただけさ」 「コレとはなんだ?」 「あの、また根も葉もない事を広めようとしてませんか?」 「根も葉もあるねぇ。シンちゃんがナナカちゃん以外のナオンと一緒に買い物に来るなんて滅多にないことだからねぇ」 「今時ナオンかよ」 「アゼルがいつもラーメンばっかり食べてるから、他の物を食べさせてあげようと思っただけです」 「ほう。なんでそんなことを知ってるんだい?」 非常にまずい予感がする! 「帰ろうかア――」 「毎晩、作って貰っているからだ」 「ほほう。シンちゃんが毎晩あんたにラーメンを……つまり、毎晩この子はシンちゃんと一緒ってことかい。どうなんだいパッキーさん」 「その通りだぜ。一晩中一つ屋根の下だぜ」 「ほうっ! 一晩中かい!」 「納得したか」 「成る程成る程ねぇ納得だねぇ。根も葉もふさふさ生えて来たねぇ……ナナカちゃんも可哀想に」 「なぜここでナナカが!?」 「確かに、かわいそうだぜソバ」 「だけど、私ゃ真実の使徒! 事実は冷静に報道しなくてはね!」 「真実は大切だな」 「アゼルがグランドパレス咲良に越して来たってだけです!」 「ほう! ほう! ほほう!」 「アゼル、寮が改築工事で住むところがなくなって、それだけです」 「理事長にかけあってくれた」 「ふむふむ。いいチャンスとばかりに、言葉巧みに自分の家に住ませたと。成る程成る程」 気のせいじゃないな。 「しぃっ!」 飛び起きる。武器になるようなものは……あった! 誕生日に貰った豪華シャンデリアを掴むと扉に耳を押し当てた。 いる! 泥棒は怖いけど、僕がやらねば誰がやる! 「お、お前こそそんな物を握ってどうするつもりだ!」 「え、ええと……武器?」 「武器? なぜ武器が必要なのだ」 「泥棒かと思って」 「盗賊だと? 悪か! どこだ!?」 「と思ったんだけど、アゼルだったんだね」 「し、失礼な! 私ほど神の御心にかなっている者に対して!」 「ごめん。でも、こんな夜遅くに、玄関の方で物音がしたらそう思っちゃうよ」 「盗む物ないけどな」 「卵とトマトとタマネギとごまがあるよ」 「それは重大だ」 「お前らしけてるぜ」 「そんなことはない。卵とトマトとタマネギは貴重なものだ」 「先程の料理……トマトオムレツと納豆やっこは……その……うまかった」 「食べながら、うまいうまい言い続けてたものね」 「美味しそう! なんか腹減った! お夜食つくって!」 「そうだ! そうしよう」 「アゼルもお夜食食べたいって!」 「違う。こちらの話だ気にするな」 「気にしろよ」 「お夜食はお夜食はお夜食は!?」 「先程の料理のお礼を言っていない事に気づいて、礼を言うために降りてきたのだ」 「明日の朝でよかったのに」 「うるさい。私に礼を言われるのが嫌なのか?」 「嫌じゃないよ」 「つうか早く言えよ。眠いぜ」 「あ、ありがとう……ま、また作れ」 「いい天気だね」 「お前ではない」 「ええと……アタシ?」 「なぜ毎日迎えに来る?」 「夕霧庵から学園に行く道の途中にうちがあるからだよ」 「そうそう! 単に途中だから」 「遠回りだ」 「あ、言われてみれば……」 「気づいてなかったのかよ」 「う、運動になるんでい!」 「もしかして。この男、お前が案内しないと迷子になるのか?」 「そ、そんな風に思われてたのか! もうちょっと信頼してよ!」 「んなわけあるかい!」 「ではなぜだ」 「ナナカは、僕の父さんと母さんに、留守中面倒見てくれって言われてるんだよ」 「命令だからか」 「違わい!」 「では、なぜだ?」 「お、幼馴染みだから! 文句あるか!」 「そういうアゼ公はなんでそんなこと聞くんだよ?」 「なんで急にそう思ったんだよ?」 「自分が不合理だ」 「人間は割り切れないものなんだよ。僕だってどうしてお腹が空くんだろう、ってよく思うもの」 「じゃ、俺、プリエ行ってくっから」 「頑張れ!」 「お、シンのおかずなんか豪華」 「昨日の残りもんのトマトオムレツさ! 簡単で安くてうまいんだぞ」 「私も食べた」 「なぬっ!? シンに作って貰ったのか!」 「そうだ。おいしかったぞ」 「愛情がこもってたからだよー。たぶーん」 「アゼル毎晩インスタントラーメンなんだもの」 「そ、そうかぁ。そういうことか」 「なんだー」 「シンはそういうの放っておけないもんね」 「火花散ってるぜ」 「どこに?」 「シン君、大物だねー」 今日のパトロールは終了! 「魔族達、現れなくなったね」 「アタシらに恐れをなしたなんだよ」 「うーん。一週間くらいでそう考えるのは早すぎるんじゃないかな?」 「でも、ホント。このまま収まってくれればいいんですが」 「今日もアゼルちゃんを迎えに行くの?」 「気をつけてね。男の子はしっかりしないと駄目だぞ」 「もちろんですよ! 家までちゃんと送り届けます!」 「アタシも行く」 「え……僕一人でも」 「じゃあ、ナナカちゃんも気をつけてね」 「なぜ、ここに?」 「いきなりご挨拶だなぁ」 「皆さん、図書館ではお静かに」 「アゼルさんもですよ」 「むぅ」 「お帰りになる前に、気分を落ち着けたらいかがですか」 僕らの前に、琥珀色の紅茶で満たされた3つのティーカップが置かれた。 「……なぜ今日は二人で来た」 「ひとりでも大丈夫だって言ったんだけど」 「なに言ってるんだか。シンだけじゃ、魔族に会っちゃった時、荷が重いでしょ?」 僕はメリロットさんをちらっと見た。 「あ……ええと」 「お気になさらず。アゼルさんから色々聞いてはいますから」 「あ……まぁ……」 「でも……メリロットなら大丈夫だ」 「いや、ね。アゼルってそういう台詞言わない人かと思ってたから」 「どれほど強い相手かは存じませんが、一人より二人の方が安全を確保できる、と考えるのは合理的ですね」 「奴らは襲って来ない。迎えはこの男だけで十分だ」 「迎えってねぇ……」 「っていうか、そんなこと断言出来ないでしょ」 「根拠があるみたいな言い方だね」 「最近は襲って来ないのだろう?」 「こっちが一人だったら判らないじゃん」 「僕だって、彼らが活動をやめてくれたんなら嬉しいけど、彼らが何を考えているかわからない以上、断言はできないよ」 「そもそも、絶対に襲って来ないんなら、シンがここへ来る必要もないじゃん」 「それはそうだが……」 「魔族達がいてもいなくても、遅くなってからの一人歩きは危険だよ」 「じゃ、アタシだったら?」 「ナナカなら大丈夫だろ」 「アタシだってか弱い乙女だい!」 「か弱いとすれば、この男の足でまといだ、戦力にならない」 「あのね。そもそも狙われてるのはアンタでしょ?」 「成程。そういう事ですか」 「そうなんですよ」 「はぁ……判ってないぜ」 「とりあえず今日の所は3人仲良くお帰りになるのがいいと思いますよ」 「僕ら仲いいですよ」 「そ、そうだよね」 「……仲が悪い理由はない」 「……またかよ」 飛び起きる。武器になるようなものは……。 なんこの辺に殴るといい感じに凶悪そうな物があった気がしたけど。 泥棒は怖いけど、僕がやらねば誰がやる! 武器がなくても、僕には拳があるじゃないか! 「やってやるぜ」 「しぃっ。泥棒に気づかれる」 「ま、いいか」 「お、お前なにしてる!」 「泥棒の気配がしたんで」 「し、失礼な! 私ほど神の御心――」 「先に気づいたみたいだな」 「お前と一緒にいると、不合理になっていくばかりだ」 「ところで、何してたの?」 「別に」 「こんな時間に外へ出たら危ないよ。今、帰って来たところでしょ?」 「え。わ、私は」 「露骨に怪しいぜ」 「怪しくなどない!」 「夜散歩するのが好きなの?」 「んなわけないだ――」 「そ、そうだ! 夜散歩するのが好きなんだ」 「なるほど! 確かに夜風はオツだよね」 「そうだ! 夜風はオツだな」 「寒いだけだぜ」 「でも、やっぱり心配だよ。家を出る時には一声掛けてよ」 「……魔族がいるからか?」 「それもあるけど。どっちかって言うと……」 僕は少し言葉をさがした。 「アゼルって、ほっとけないんだよ。だから、魔族とかはあんまり関係ない」 言ってからなんとなく気恥ずかしくなった。 なんでだかよくわからないけど。 「そ……そうか。私はほうっておけないのか」 「その……ナナカだったら?」 「いや、今のは無し」 「あいつならこの辺よく知ってるし。しっかりしてるから」 「アゼルがしっかりしてないってわけじゃないからね」 「あ、当たり前だ。私はしっかりしている」 「……ソバもかわいそうになぁ」 「そうだ! 今度から一緒に散歩していい?」 「駄目かな?」 「ま、まぁ、たまになら……いい……」 「おっちゃん、今日もありがとう!」 目覚めの一本、届いた牛乳瓶を一気飲み。 「ナナカも飲む?」 「うまーい!」 「そうだよね。牛乳はおいしいよね」 「な、なにさ3人とも! 哀れみを含んだ眼差しでアタシを見るな!」 「むきぃぃぃ。そんなこと言うヤツらには」 「やらない!」 「おお、出来たての打ちたてだぜ! 俺様のは!?」 「アタシのは!?」 「慌てなくても大丈夫だよ。ちゃんと5人前あるから」 「……私のは無いのだな」 「僕のを分けてあげるよ」 「すまない」 「んなわきゃないでしょ! そんなちっちゃいイジメをするけい!」 「ずるるるるるるるるる。おお、うまい!」 「うめー」 「流石名前がソバだけのことはあるぜ」 「アタシはナナカだい!」 「いつもすまないねナナカ。わしが働けないばっかりに……」 「おっとお、それは言わない約束だよ」 「息のあった伝統芸の世界」 「そりゃ長年のコンビですから」 「遣り取りはごく普通だった」 「だが、私は……」 「もしかして……面白くなかった?」 「何故判る?」 「そういうことって、他にもあったんだね」 「な、何故判る!?」 「そりゃ、アゼルちゃんより一年分お姉さんだからね。えっへん」 「人間として経験豊富なのだな」 「え、あ、まぁ、あはは」 「でも、そういう相談は私よりお姉ちゃんにしたほうがいいと思うよ」 「信頼できない」 「う、うーん。そう見えちゃうかな……やるときはやるお姉ちゃんなんだけど……」 「ロロットは言葉に間違いが多すぎる。聖沙は騒がしい。ナナカと咲良シンは当事者だ。高橋はナナカの親友だし、エディは馬鹿だ」 「となれば、こういう場合相談にまともに応じてくれそうなのはお前しかいない」 「メリロットさんは?」 「信頼は出来るが、私と咲良シンとナナカの日常を見ている訳ではない」 「ナナカちゃんとシン君が仲良さそうにしていると、面白くないんだよね?」 「そうだ。不合理な情動だ」 「二人は最初から仲がよかったよね」 「だが、昔は何も感じなかった」 「そう感じるようになったのは最近なんだ?」 「ナナカちゃんがいない時は?」 「どういう意味だ」 「例えば……目の前にシン君がいなくてもシン君のことを考えちゃうとか」 「やっぱりそうなんだ」 「不意に思い浮かんだり、あの男が言ったことを思い出したりもする」 「私は最近、ひどく不合理になっている」 「別にあの男の事を考えても、何の利益もない。無駄だ」 「用事が済んだら図書館から帰ればいいのに、あの男が迎えに来てくれるのを大人しく待っていたりもする。非合理的な行動だ」 「待っている間はどんな感じなのかな?」 「メリロットと話していると楽しい」 「うーん。そうじゃなくて……待っている間、シン君のことを考えてるでしょ?」 「来ないのではと不安だ。だが、根拠も無く来る事を確信している。待ち遠しくもある」 「シン君の事ばっかり考えてるんだ」 「……そういう事になる。精神の病気だろうか」 「それはね。恋かもしれないね」 「恋?」 「シン君のことばっかり考えてしまうんでしょう?」 「だが、憎悪もありうる」 「アゼルちゃんはシン君を憎んでるの?」 「じゃあ、きっと恋だよ」 「だが、そもそも恋とはなんだ?」 「知らなければどう行動すればいいか判らない。非合理の極みだ」 「判らなくていいんだよ。多分」 「他人から教えられるものじゃなくて、しちゃうものなんだよ」 「恋とはなんだ?」 「こ、恋についてそれがしにお尋ねですかっ!?」 「そ、そのような乙女心の機微は、それがしのような若輩者より、人生の先達であるお姉様にお尋ねになったほうがよろしいかと」 「お前がどう考えているか聞きたい」 「そ、それがしの言葉が聞きたいと仰りまするか! そこまで頼まれれば否は言えませぬ、未熟者ながら、精一杯お答えしましょうぞ」 「ですが、お役に立てるかどうかは何とも言えませぬ」 「それがしにとって恋とは、薔薇ときらめき、乙女の夢、夢見る瞳で見交わすだけで互いの意志が通じ合う魂の共振」 「どんな艱難辛苦も乗り越える絆、アカシアの並木を並んで歩くだけで燃え上がるときめき――」 「具体的に」 「具体的にと申しますと?」 「始終、考えてしまう対象はいるか?」 「つまり、寝ても覚めてもそのお姿を思い浮かべてしまう君がいるかと言う事でありましょうか?」 「一人おられます。我が憧れの君は文武両道にして最強の武士。いつか越えるべき目標!」 「越えたらどうする?」 「越えられぬから憧れるのです」 「一生負け犬という事か」 「……え? いえ、それは違います」 「越えたら憧れなくなるのだろう?」 「……そ、それは何か違いまする」 「やはり、恋の定義など、それがしの手には負えませぬ! 御免!」 「恋とはなんだ」 「そらまた、えらい抽象的な質問どすな」 「恋は一生負け犬か?」 「中にはそないな恋も、あるかもしれまへんな」 「違う恋もあるのか?」 「そのお人が体験しはる恋は、唯一無二のもんやし」 「では、恋をする人の数だけ恋の定義はあるということか?」 「おおかた、そういうことになりますやろか。うちかて、ようには知りまへんけど」 「それでは何が恋だか判らないではないか。定義付けできなければ、議論が出来ない」 「それ以前に、知りもしない事を言うな!」 「そないかんかんにならんときぃな。そこまでややこしに考える必要はありまへんえ」 「もしかして、すれば判ると言うのか」 「特殊やし、他のどないな心の動きとも違うとる。それが恋なんどすわ」 「お前も判ったのか?」 「うちもなぁ、ずぅっとお熱な相手がいてまして」 「ずっとと言うことは負け犬なのか」 「そのお人は、越えなあかん思う目標とは違いますさかい」 「成る程……違うのだな」 「出会うた瞬間、うちにとってこのお人は特別なんや、いうんが判ったんどす」 「判るのか!? 何か見分け方でもあるのか?」 「判ってまうもんなんどすわ」 「判らん……」 「ええ友達にまではなれたんどすけどなあ。それから先に進まれへん」 「そら、えらいきっつい質問やわ」 「勇気があらへんのを認めるいうんは、誰かて嫌なもんやし」 「1 特定の異性に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛」 「2 土地・植物・季節などに思いを寄せること」 「別の辞書の定義もお教えしましょうか?」 「恋は人を強くすると同時に弱くします」 「そういうものなのか」 「さぁどうでしょうか? 昔の方が恋について語った言葉を引用しただけですから」 「そういった定義は他にもあるのか?」 「恋に関しては古今東西の人が様々な言葉を残しています」 「恋とは二人で愚かになること。恋ははしかと同じで、誰でも一度はかかる。恋は二人のエゴイズムだ」 「恋は愚か者の知恵であり、賢い者の愚行である。恋が入ってくると知恵が出ていく」 「真実の恋は幽霊のようなものだ、誰もがそれについて話をするが、見た人はほとんどいない」 「恋は愛らしい花であり、友情は甘い果実である。恋の真の本質は自由である」 「恋の苦しみは、あらゆるほかの悦びよりずっと楽しい」 「恋をすることは苦しむことだ。苦しみたくないなら恋をしてはいけない。でもそうすると恋をしていないことで苦しむことになる」 「恋とはサメのようなものだ。常に前進していないと死んでしまう。恋はうぬぼれと希望の闘争だ」 「恋というものは心から心に至るもっとも短い道である。直線である」 「全ての場合を通じて恋愛は忍耐である。自ら苦しむか、もしくは他人を苦しませるか。そのいずれかなしに恋愛というものは存在しない」 「恋は決闘です。もし右を見たり左をみたりしたら敗北です。恋は熱病のようなものである。それは意思とは関係なく生まれ、そして滅びる」 「後どれくらいある?」 「私が知っている範囲で、あと15478名言が恋について語っておりますね」 「……正解だけ教えてくれ」 「存じません」 「それだけあって正解が無いのか!」 「皆さん、個個の主観で述べているだけでしょうから」 「非合理だ。真実は一つの筈だ」 「一つでなければ困るのですか?」 「困る……どうすればいいか判らない」 「アゼルさん。恋をしているのですね」 「……判らない……いや、違う……だって私は……」 「そ、そういうお前はどうなんだ! お前にもお前にとっての真実である恋があったのだろう? 名言でなく、お前の言葉が聞きたい」 「残念ながら、恋した事がありませんので」 「……しなくていい。ひどく面倒な物だ」 「しているのですね」 「していない。勝手に決めつけるな! 私があの男にそういう感情を抱くなど有り得ない!」 「彼が迎えに来ましたよ」 「と言う事なのだが」 「天使! お前、パスタにのろけてるのにゃ!? そうなのにゃ!」 「のろける?」 「自分の幸せを思いっきり自慢してるのにゃ! 嫌みったらしいにゃ!」 「パスタもバイラスにゃまと一緒に帰ったり、一つ屋根の下で暮らしたりしたいにゃ! 料理作ったりしてもらえたら感激して死んでしまうにゃ!」 「栄養補給をすると死ぬのか? ああ毒を盛られる恐れがあるのだな」 「あああああ! お前は全然全く判っていないにゃ! 乙女心がないのにゃ!」 「何が判っていない?」 「はぁぁ……自覚してないのにゃ。お前は恋してるにゃ」 「パスタもバイラスにゃまのことを始終考えてるしにゃ。考えると胸の奥がきゅうっと苦しくなったり、あまーい感じになったり、幸せになったりするにゃ」 「私がお前のような不毛な精神状態になるなど有り得ない」 「終わったのか?」 「あー、もう、お前の話を聞いていたら悲しくなって来たにゃ! 帰るにゃ!」 「始めるか」 「 Prad Kcev Qutioxe. Topue Stachz Duemnskia 」 「 Xematrio 」 「ごほごほ」 「風邪?」 「大したことないけどね。朝起きたら、布団かけないで寝てたんだ」 「粗忽だな」 「珍しいね。寝相いいのに」 「あー悪ぃ。朝、寒かったんで布団借りたぜ」 「君のせいか!」 「合理的だな」 「アンタ! シンの人形のクセに主人の布団奪うたぁどういう了見でぃ!」 「具合の良さそうな布団がそこにあっただけだぜ。シン様のだとは知らなかったぜ」 「そうか……布団には僕の名前書いてないものね」 「理屈はあってる」 「アゼル! アンタ、シンが風邪ひいてもいいっての!?」 「そもそも風邪とはどんな病気なのだ?」 「最悪死に至る病でぃ!」 「バルーチ!」 「合理的な行動だったが、折檻が必要だ」 「いや、既にしてるし」 「この程度で折檻とは呼称しない」 「ぎぶぎぶぎぶぎぶ!」 「お前はこいつを病院に連れて行け! 今ならまだ間に合うかもしれない!」 「あ、新しい世界にぎぃやぁ目覚めそうな激痛だぜぇぇ!」 「いきなりそういう展開!?」 「何をグズグズしている。お前が連れて行かないなら私が連れて行く」 「なんとぉ! 僕は明日をも知れぬ重病だったのか!」 額に触れたナナカの手の平は、冬の大気にすっかり冷えて気持ちよかった。 「身が出るでるぅ!」 すっと、手がひかれる。 「平熱だね」 「今、何をした!」 「シンの熱計っただけだよ。最悪じゃなくて全然めちゃ軽い風邪だから平気」 「そうなのか……ならいい」 「入院なんかしたら、アパート売らないといけなくなっちゃうよ」 「買う人いないって、あんな物件。銀行に二束三文でカタに取られるだけでしょ」 「そんな……『キララ』みたいな展開は嫌だ……」 いきなり、アゼルの手が僕の額に触れ、すぐ引っ込められた。 冷たかった。 「あ、温かいな」 「そりゃあねえ」 「……どれどれ」 またも、ナナカの手が僕の額に触れた。 「うんうん平熱平熱」 「……何をしている」 「再確認してるだけだもんね」 「……私もする」 アゼルの手が、僕の額にかぶさったナナカの手をどけようとする。 「どけ」 「どかない」 「ええと……僕は大丈夫だから仲良く、ね?」 「だれか……俺様の安否も……確認して……くれよ……ガクっ」 ノーパソのモニターに映った写真を見て、 「ひどいわ! 誰がパッキーさんをこんな目に!」 僕はデータを転送しながら 「ええと……誰だろう」 「うわ。ボロボロです。これがボロは着てるし心も日記というヤツですね」 「日記?」 「もちろん交換日記ですよ」 「撮った時にはこうなっていた」 「原因がいけしゃあしゃあと良く言うぜ」 「この写真面白いです! 是非展示しましょう!」 「駄目だ。美しくない」 「撮っておいてひどいぜ」 「そうよ。パッキーさんの写真なら、こっちの可愛いのがいいわ」 「判ってるじゃないかヒス」 「駄目だ。わざとらしい」 「ひでーぜ」 「アゼルは本格派だから。ごほごほ」 「もしかして風邪? まさかね。あなたが風邪ひくわけなんて――」 「さっちんでも風邪引くんだから、あれは迷信」 「高橋さんでも引くの……妙に説得力あるわね」 「ひでーなお前ら」 「アゼルちゃんの撮った写真、随分増えたよね」 「もしかして、全校生徒制覇した?」 「転送終わり。まだ4分の3くらいですよ。確か」 「な、なぜお前が知ってる!」 「前にも言ったけど、僕、データの転送係」 「このフォルダはなんですか?」 「見るな!」 「ぽちっとな」 「あれ? 開きませんよ? ぱすわーどを入力してください?」 「アゼル。この前、設定したじゃん」 「も、勿論、覚えているぞ」 「僕の顔に何か?」 「何が入っているのかな?」 「アゼルが聖夜祭用に選んだ、学園生の写真ですよ」 出展用のは、わざわざデジカメで撮っているあたり律儀だ。 「私のは、どんな写真かしら。かわいく撮れてるといいわね」 「ヒスのは、セロリのスティックを鼻の穴に突っ込んだヤツだぜ」 「わ、私そんなことしてないわよ!」 「仕方ありませんね。聖夜祭の楽しみにとっておいてあげますから、今日の所は許してあげます」 「なんかそれ、悪役の負け惜しみっぽいよ」 「……聖夜祭か楽しみ――」 「どうかした……え、顔が真っ青だよ」 「はぁはぁ……ふぅ……」 「大丈夫だ。なんでもない。ちょっと目眩がしただけだ」 「保健室行く?」 「もう、収まった」 さっき血の気が引いてたのが嘘みたいに、アゼルの顔色はいつもと変わらなかった。 「本当にいいの?」 「……大丈夫だ」 物音? 止まった。 僕の部屋の前で。 ためらってる。 「きっと夜這いだぜ」 「グフ」 「散歩だね。ちょっと待って」 「ごほん」 「大丈夫か?」 「アゼルこそ。昼間まっさおになってたじゃん」 「大丈夫だ。そんなことより自分を心配しろ」 「でもさ、アゼルってあぶなっかしいし、ほうっておけないから」 いきなりアゼルが足をとめた。 「こうして私につきあってるのも、それだけが理由か?」 「どうなんだ?」 流星がきらめきく度に、浮かび上がるその表情は、どこか不満げに見えた。 「アゼルは、魔族に狙われてるかもしれないし……」 その目に失望が浮かぶのを僕は見た。 彼女は何かを僕に求めていた。 僕もまだ言葉にしていないことがあった。 「僕は……アゼルとこうして散歩したいんだよ」 言葉にしてみるとあっけなかった。 アゼルは僕に背を向けて再び歩き出した。 「随分と不合理な理由だな」 「でも、いい……どうせ私だって不合理だ」 追いついて並ぶ。 「だからお前なんかとこうして歩いている。何の意味もないのに」 たくさんの流星が一斉に流れて、夜が少し明るさを帯び、 アゼルの横顔がやわらかく照らし出された。 「でも、こういうのは、悪くない」 アゼルは笑った。あどけない笑顔だった。 「お前と同じだ。こうして歩いているのも悪くない」 「僕と?」 「他に誰がいる?」 悪くない、なんて控えめな言い方だけど、アゼルは楽しそうだ。 うれしさがこみあげてくる。 アゼルはこの僕と歩いていて楽しいんだ。 「♪」 「いい夜だなって思って」 なんとなく照れくさくなって空なんて見上げてみる。 目の中に降り注いで来そうな流星。 「……そうだな」 「ずっとこうしていたい――」 不意に言葉が途切れた。 「く……うっ……」 アゼルは胸を押さえてしゃがみこんでいた。 「アゼルっ!?」 「大……丈夫……だ」 流星の光に照らされた顔が青ざめていたのは、光の加減ばかりじゃなかった。 「大丈夫じゃないよ! それに、アゼルがこうなったのは初めてじゃない! どこか具合が悪いの?」 僕の伸ばした手を払いのけて、アゼルはよろめきながら立ち上がった。 いきなり、僕らは遠くなる。 「そうか……夜はいつか明ける……主は絶対だ……私とした事が失念していた」 「これ、ダンス会場の機材の配置予定図、チェックして」 「うん。いい感じじゃん」 「これなら生徒全員が一度に踊れるね」 「照明機材の確保もなんとかなったし……ごほごほ」 風邪が抜けないなぁ。 「風邪、まだ治らないの?」 「シンが体調万全じゃないから、治るまでは自分が生徒会長代行だとか言い出すんじゃない?」 「言わないわよ」 「ええっ!? あの権力欲にぎらついていた副会長さんはどこへ行ってしまったんですか!?」 「人聞き悪いこと言わないで」 「幸い、明日は日曜だしゆっくり休みな。精がつく食べ物でももってってあげるから。アゼルとサリーちゃんとパンダの分も」 「……まったく、素で言ってくれちゃってさ」 「監視かよ」 「ちがわい! アタシはただ純粋に心配だから」 「ふ、ふしだらよ咲良クン!」 「ええっ!? げふんげふん」 「精がつくような食べ物が必要なことを日曜日にするんでしょう! しかもアゼルさんとサリーさんと3人で!」 「し、しかもパッキーさんまで使って! け、けがらわしいっ!」 「ちなみに俺様は後ろな」 「う、後ろ! 後ろって……い、いやぁぁぁぁぁぁっ」 「後ろってどういう事なの?」 「後ろはよく知りませんが。僕だけじゃなくて、アゼルの具合もあんまりよくなくて。ごほごほ」 「な、なんだそういうことだったの」 「3人で何をすると思ったんですか?」 「知らないわよ!」 「いくらシンでも、風邪気味な時に畑仕事はしないって」 「アゼルちゃん具合悪いの? 今日は姿を見ていないけど……もしかしてお休みなのかな?」 「いえ。学園には来てますよ。でも、あと少しで終わるからって」 「ええ。今頃、学園を飛び回ってますよ。休んだほうがいいって言ったんですけどね」 「朝会ったら顔色悪くって、アタシも休んだほうがいいって言ったんだけど。アゼル、強情だから」 「そう言っても心配ね」 「帰りも待ち合わせしてますし、ちゃんと家まで送りますから」 「う……やっぱまずいかも」 「冬の風邪は長引くから、ちゃんと直したほうがいいよ」 「ええ。明日は家主の権威を振りかざして、一歩たりとも外出させず、療養に専念してもらうつもりです」 「僕なにか変なこと言った?」 「権威ね……」 「ありませんね」 「大丈夫だよ。シン君は生徒会長としてはよくやってるから」 「家主としては?」 誰かが玄関を……。 サリーちゃんは玄関開けて出て行かないし、僕はここにいるし……。 飛び起きる! 僕は寝巻きを脱ぎ捨て 「いきなり半裸! もしかして俺様を!?」 ぱぱぱっと着替える。 「くぅ。使い魔はつらいぜ。だが、俺様も大賢者と呼ばれた男! 覚悟は出来ているぜ」 「留守番よろしく!」 夜散歩に出るときは一声かけてって言ったのに。 体調だって万全じゃないのに。 人のことは言えないか。 鼻の頭に冷たいものを感じた。 「……雨」 急がないと本降りになる。 「くしょん!」 見つけた! 「早く帰ろう」 「……帰れ。一人で散歩したい」 「駄目!」 アゼルの手を握っていた。 ちいさくてすべすべの手だった。 「こんなに冷えちゃってる」 「た、体温が低いんだ」 「とにかく今夜は駄目だから」 「もうすぐ本降りになる。いくら夜の散歩が好きだからって、今夜は散歩日和じゃないよ」 「今夜じゃなければいくらでもつきあうよ。でも今夜は駄目」 僕はアゼルの手をひいて歩き出した。 ちょっとはいやがるかも、と思ったけど、アゼルは素直について来てくれた。 「ごほん、えほえほ」 「お前……具合が悪いのに」 「もしかして、僕の事を心配して一人で?」 「ち、違う! 一人で出かけたかっただけだ」 「もう寒いんだから、体調が万全じゃない時に散歩に行くのはお勧めしないな」 「わ、私は大丈夫だ!」 「なら僕だって大丈夫だ」 「嘘つくな! お前の調子が良くない事は判っている!」 「心配してくれてありがとう。戻ったらすぐ寝るから大丈夫」 「べ、別にお前など心配して――」 アゼルは大きく息を吸うと、重いものを吐き出すように呟いた。 「そうだ……私はお前をいつも心配している」 僕の手が握り返された。 「いつからか判らない。でも、お前の事をいつも気に掛けている。とてつもなく不合理で、自分で自分が判らない。でもそうなのだ」 僕の胸の奥が騒ぐ。誰に対しても感じたことのない不思議な気持ち。 隣にいる女の子をぎゅっと抱きしめたくなる。 「だから、私の方がお前を心配している。だって、お前は誰のことも気に掛けているじゃないか。私でなくたってこうして連れ戻しにくるのだろう?」 当たり前だよ。 と答えかけてなぜか言葉が口から出なかった。 「……今、僕が心配しているのはアゼルだけだ」 今は、少なくとも今は。 だけど、本当に今だけなんだろうか? このところ、ずっと気にしているじゃないか。 頬が熱かった。なんだかアゼルの顔が見られない。 「うわ、す、すごい雨だ! 早く帰らなくちゃ」 僕の手を握っている力が、すぅっと抜けた。 振り返ると、 「ううっ! はぁはぁ……くぅっ」 アゼルはしゃがみこみ、胸の辺りを押さえていた。 ごめんなさい! 緊急事態につき、部屋に入らせてもらいます! とりあえずアゼルを背中から降ろして畳に寝かせて……。 「ごほんごほん」 なんだか頭が重い……。やばいかも……。 でも、今はアゼルを寝かせてあげるのが先だ。 見事に殺風景な部屋。 壁にかかったたった一着の私服と、やたらある制服。 壁にはられた幾枚もの写真。 部屋の隅に並べられたライカとデジカメ、予備のフィルムが幾巻か。 飾り気のない―― 「し、下着を無造作に積んでおくのはちょちょっとどうかと思うな!」 お、落ち着け僕。 暖房器具は見当たらない。 そして敷かれたままっぽい布団。 アゼルの体は触れていなくても判るくらい熱を帯びて、ぐったりしていた。 布団に寝かせて……。 「い、いや、その前にタオルか!? お湯か? やっぱりタオルだよな」 で、でも、タオルで体をふいてあげるって事は……。 服を脱がせなきゃいけないって事だよなっ!? 「う、うわぁ。う、うわうわ! げほんげほん」 め、めまいが。色々な意味で。 「サリーちゃんヘルプ!」 いないのかよ!? 魔界通販のグッズでも受け取りに魔界へ帰ってるのか? 「つ、つまり……僕が脱がすしか!? げふんげふん」 頭がぐるぐるする。いかん熱が出てきた。やっぱり色々な意味で。 僕が脱がす!? アゼルを全裸にする!? い、いや全裸までいかなくても下着姿でも。いや、でもそれはどうだろう!? でも、僕は何も疚しいことなんか。だがしかし、やはり女の子の服を僕なんかが脱がしちゃっていいんですか!? だけど、緊急事態だし、こんなにぬれたまんまにしておいたら本格的に風邪を……。 見たところ、アゼルの服は完全に乾いているようだった。 「あんなに濡れてたのに……?」 僕はアゼルを布団に寝かせる。 「ほっ……でも、なんで?」 熱かな? アゼルの熱で乾いたとか? だとしたら……。 「まずいじゃん! げふんげふん」 これは一刻の猶予もならない! 「おほおほんげふげふぅ」 僕の部屋に、ヒーターがあったから、それをアゼルの部屋に。 「がぁぐぅ……」 ヒーターは…… 「ヒーター。もっていかなきゃ」 ああ、世界が回る。回っている。 「んん……なんかあったかい……」 しまった! 寝てしまった! アゼルの看病しなきゃいけないのに……。 「起きるな」 「起きるな。寝てろ」 「あ、アゼル!? ごほごほっ」 アゼルの顔が目の前に!? 「寝てろと言っている」 「なな、なぜ添い寝がアゼルに僕を!?」 「何を言っている。熱で脳をやられたか?」 「そ、そうじゃなくて、なぜアゼルが僕に添い寝を!?」 「具合が悪そうだったからだ。同居人が苦しんでいたら一人にしておけない」 「ど同居って、そんな誤解を招くような」 「では、一つ屋根の下だ」 「それもちょっと違う……」 「べ、別にお前を心配した訳ではない」 「……そうだよな」 「納得するな」 「どっち……?」 「心配してない」 「いや、そういう問題じゃない! アゼルの方こそあんなに苦しそうだったじゃないか」 「アゼルこそ寝てたほうがいいよ」 「寝ている」 「そうだけど、それなら自分の部屋で」 「私の事を心配して、布団を抜け出してくるだろう」 「い、いや……そんな事はしないよ」 「嘘だ。私の目を見て言ってみろ」 アゼルが僕の方へ、ずい、と顔を近づけて来た! 「ふ。目をそらしたな」 「だ、だって、アゼルが」 アゼルの両手が僕の頬をおさえつける。 「今、私の事は問題でない」 熱い吐息が、僕の頬をくすぐる。 「あ、アゼルちょちょっと!」 「ごまかすな」 「私と一緒に寝るのがそんなに嫌か?」 「寝る!?」 若い男女がふたりきりでしかも、同衾!? きっとアゼルにはそういう意味なんてみじんもないだろうけど……。 ずいっ、とアゼルがまた寄ってくる。睫毛が長くてきれいだな……。 それにいいにおいがする。 「何か私の顔についてるか?」 「いや、だから、その」 「答えろ。嫌か?」 「い、嫌ってわけじゃないよっ」 気になる女の子に心配してもらって嫌なわけはないけど。 「では好ましいのだな。なら問題ない」 それなんて超論理!? 「問題あるよ!」 「嫌とかそういうのじゃなくて、一緒の布団にそのあの」 「ちゃんと、靴下を脱いで寝てるぞ」 「生足!? じゃなくて、だからねあの」 「それに、ここには暖房器具がない。私はその代わりだ」 「滅茶苦茶だ! わわわっ」 お、おでことおでこが! しかも熱い!? 「何を驚いている、おでこを触って熱は計るものだと聞いた」 「で、でも、くっつけあわなくても!?」 アゼルの顔がすぐ目の前、唇も。 アゼルのくちびるって柔らかそうだなぁ……。 はっ僕は何を!? 「凄い熱だ。大丈夫か?」 「アゼルの方こそ凄い熱じゃないか!」 「私がお前を心配してる」 「でも、アゼルの方が心配だよ! 僕は今日たまたま風邪だけど、アゼルはこのところしょっちゅうじゃないか!」 「単なる体質だ」 「あんなに熱が出るなんて体質じゃないよ!」 「体質だ」 「今だって暖房もないのにこんなに熱い」 「気のせいじゃない!」 ええいっ。 僕は恥ずかしさを振り切ると、アゼルのおでこに僕のおでこを当てた。 「なな、何をする!?」 アゼルは反射的に、僕から少しだけ離れてくれた。 「ぼ、僕だって熱を測っただけだよ」 「わ、判っている!」 「アゼルだって、自分がどういうことしたか判ったろう」 「べ、別に大したことではない。お前の熱を見ただけだ。それだけで別段、は、恥ずかしいことなどしていない!」 「この強情っぱりの分らず屋め!」 「なんだと」 「それに、僕よりも熱いじゃないか」 「お前の方が熱い」 「アゼルの方だ!」 「お前の方だ!」 「アゼルだ!」 「お前だ! 分らず屋はお前の方だ!」 アゼルの手が僕の肩にかかる。一気に引き寄せられる。 「ア、アゼル!?」 「は、恥ずかしくなどない。お前のことが心配なだけなのだから恥ずかしいわけがない。そ、それだけなのだから」 うれしかった。 「な、なんだ。私に心配されるのは嫌か」 「いいか、たまには私に心配させろ」 「風邪気味なのに、私につきあったのか?」 「大したことないと思ったんだよ」 「もっと自分の身体を労るべきだ。心配になる」 アゼルの手が僕の頬に……やさしい。 「咲良シン。お前は、とても危なっかしい。見ていると不安になる」 細い指が、頬をゆっくりと撫でる。 「今日だってこんなに熱を出して、それなのに私のことばかり心配して。お前は馬鹿だ。大馬鹿者だ」 僕を見る瞳が少しだけ潤んで揺れている。 「そうかも……ね」 「勝手に死んだりしたら許さないからな」 「死なないよ」 「判る物か。人間など瞬きするより早く死んでしまう儚い物なのだ」 アゼルが泣くはずがない。でも、今にも泣きそうに見えた。 「判ったよ……今日は大人しくしてるから、好きなだけ心配してもらうよ」 「そもそも、心配をかけるな」 「うん。気をつける」 アゼルをここから追い出すのはあきらめよう。 「ねぇ……このまま寝てしまってもいいかな?」 僕らは、男とか女とかじゃなくて、お互いが心配な子供みたいなものなんだから。それだけなんだから。 「最初から、そう言ってる」 「そうだったね」 アゼルの鼓動が、とくとく、とくとくと響いてくる。 「でもねアゼル。僕だってアゼルが僕を心配してくれるのと同じくらい、アゼルのこと心配なんだよ」 「なにっ!? 私のほうがお前を心配している」 「同じじゃ駄目なの?」 「こんなに心配しているのだから同じわけがない! お前が死んだりしたら私は――」 「うっ、く、くぅっっ」 アゼルは呻き声をあげ胸を押さえて身体を丸めた。 「ア、アゼル!? どうしたの?」 「な、なんでもない! 暫く経てば直る」 小さな身体が、小さく震えている。 「だって、苦しそうだよ」 「うるさい黙れ。私がお前を心配してるんだ」 「でも、アゼルの方が」 「お前の方こそ、苦しいのを隠して居るんだろう。手当してやる」 「そんなこといいから!」 「手当の仕方は知っている。問題ない」 「風邪薬がどこかに」 「逃げるなっ」 襟元をぐぐっと掴まれ、またもや引き寄せられる。 アゼルの身体からあまずっぱい女の子のにおいがする。 「手当と言うのは手を患部に当てたところから来ていると、ロロットが言っていた。やらせろ」 「やらせろって、な、なにをっ!?」 アゼルのもう一方の手が、僕の背中にまわされて背筋を撫でる。 熱い手のひら。熱い指。 「ここが苦しいか?」 「あ、アゼルっ」 僕は水にうちあげられた金魚みたいに口をぱくぱくさせる。 ぞくぞくする。アゼルの手だから? アゼルの指だから? 抵抗できない。 「それとも、この辺か……」 潤んだ瞳。僕を心配してくれる。 今までだっていろいろな人が僕を心配してくれた。気遣ってくれた。 ナナカが両親が、生徒会のみんなが。 でも……アゼルは今までの誰とも違う気がした。 どうして? なぜ? どこが? 「ここか? 苦しい所があれば言え」 背筋を、肩を、そして胸元を指が這う。 ぎこちないけど優しい触り方で。 指先から波紋みたいに熱が、僕の身体へ広がっていく。 って、熱? 「アゼル!? 凄い熱じゃん! さっきより!」 「お前が熱いから、そう感じるだけだ」 「お前が熱いからだ。お前が」 アゼルは僕に身体を押しつけてきた。 あまり起伏がなさそうに見えたアゼルの胸だったけど、でも……こうされると柔らかくて熱くて。 女の子だった。 女の子が僕にぴったりと身を寄せていた。くらくらする。 「だめだよ……アゼル……」 いいにおい。アゼルの香り。 気持ちのいい指。触れ合った場所から沸き立つあまやかな感触。 「こんなに鼓動を早くして、大丈夫な訳が無い」 アゼルに、どきどきしてるんだ。 言えるわけがない。 「ね、ねぇアゼル。一緒に寝ているだけで、十分だから、そんなことしなくても……」 「私の気が済まない」 「だって、アゼルだって熱い」 「熱くない」 「嘘つき」 僕はアゼルの背筋に手をあてた。 「ひゃん、な、なにを」 「アゼルだって熱い……」 背筋を濡らす汗が、ブラウス越しに僕の指をぬらす。 動かすと湿り気がまとわりついてくる。熱い。 「汗かいてる」 「お前が熱いからだ」 アゼルの熱い指が僕の頬を撫でる。 「違うよ。アゼルも熱い……」 触れ合った所から、アゼルの鼓動が響いてくる。 速くなってる。 「お前のほうこそこんなに……」 アゼルの手が、僕らのあいだにすべりこみ、胸板をいとしげに撫でた。 「ア、アゼル」 「早くて激しい……病気だ……」 だってアゼルがやわらかくて、熱くて。 「頬だって……ちゅっ」 柔らかく熱い感触が、頬に押しつけられた。 アゼルの唇!? 汗に濡れた肌の香りにくらくらする。 「アゼルの方こそ」 僕は気持ちよくて、でも、こんなことはいけなくて、だから。 アゼルの胸に手をあてた。アゼルが何をやってるか判らせるために。 それだけじゃなかったとは思うけど。でも。 「アゼルだって、こんなにドキドキしてる」 汗に濡れた薄い布地を透かして、アゼルの胸の感触がはっきりと伝わってくる。 大きくは見えない胸だったけど、それは男じゃなくて、女の子の胸で。 やわらかくて、さわるだけで不思議と気持ちよくて。 僕をどきどきさせて。 「お前の方こそ……私より熱い……」 アゼルの手指は止まらなくて。僕の胸をはいまわって。 襟元に顔が押しつけられたと思うと、首筋にキスされた。 ぞくり、とした。 髪や肌から立ち上るにおいにくらくらして。 どうしたらいいか判らなかった。 「アゼルの方だ……熱いのは」 僕はお返しに、アゼルの薄い胸を手の平でつつみこむようにして、ゆっくりと触っていく。 汗に濡れた布地が、熱い。 ぴくん、とアゼルの首筋が震えた。 汗の滴がきらめきながら流れ落ちた。 それを舌先を押しつけてなめた。 「熱い……」 「くふぅ……何をする……お前は静かにしてればいいんだ……」 そう言いつつ、アゼルは僕の首筋にまたキスした。 「っ」 ぞくぞくしているあいだに、アゼルの指が僕のシャツのボタンを外してしまった。 「苦しいだろう……だから……直に……」 「だめだ……」 僕は慌てて、手で邪魔しようとしたけど、 「服を脱がすだけだ……問題ない」 熱に浮かされたような声が耳元で響いて、抵抗できなくなる。 上着がまくりあげられて、僕の裸の胸がアゼルの目にさらされる。 頬が、カァッと熱くなった。 「あまり変わらないのだな」 「なにが……」 僕の声も、きっと、熱で浮かされたみたいなんだろう。 「私のと……」 アゼルの指先が僕の乳首に触れた。凄く恥ずかしい。 敏感になってるのか、僅かに刺すみたいな感触。 でも、変わらないってことは……アゼルにも乳首があるんだ。 当たり前だけど。あの服の下に……。 思わず、唾を飲み込む。 「お前の、ここ硬くなってる」 「! な、な」 男だって乳首が硬くなる。そんなのは知ってる。でも、女の子に、いやアゼルにこんなこと言われると、身体の奥までが恥ずかしさに熱くなる。 「そうか……お前も……水を浴びたあとで冷たい空気に触れた時みたいに……」 僕の乳首を指先でもてあそびながらの、熱に浮かされたような囁き。 僕の目の前に、シャワーから出たばかりの何もつけていないアゼルの姿が浮かんだ。それだけで、ショートしそうだ。 「ここが苦しいのか……」 「ぁ……ぁ……アゼルだって……」 僕の手は、アゼルの服の前を開いていく。 「わ、私は必要ない……」 「そっちだけがするんじゃ不公平だよ……」 アゼルの弱々しい抵抗が止まる。さっきの僕みたいに。 上着の前を開くと、アゼルの下着はブラジャーじゃなくて、キャミソールだった。 目の前の頬がバラ色に色づいた。 薄い生地はたっぷりと汗で濡れて肌にはりついて、裸よりも生々しく見えた。 周りの肌よりも少し濃い色をした乳首が、生地にはっきりと浮き出していた。 「アゼル……すごく……かわいい……」 馬鹿みたいだ。こんなことしか言えないなんて。 「ごめん。でも、本当なんだ……」 「お前は……馬鹿だ」 そんなことを呟きながら、アゼルの手が再び僕の胸を這い始めた。 乳首に絡まってくる指先が、つんっ、つんっ、とむき出しの神経を刺激する。脳天まで響く。 「熱いのはお前だ……」 「あ、アゼルの方だよ」 僕は、くらくらしながら、唾を飲み込むと、アゼルの胸へ触れた。 キャミソール越しでも、乳首の形がはっきりと判った。 大きく膨れて硬くなって、周りの色の濃い部分まで少し盛り上がっていた。乳首は果物みたいに硬かった。 「んっっ、くふぅん」 アゼルの漏らす息が、なんだか聞いたことのない色を帯びていた。 音さえもかわいらしくて、いやらしくて、いとしくて。 「アゼルの方こそ……熱い……」 「くふぅぁっ……ぁ……」 手の平の下で、アゼルの硬くなった乳首を転がしながら優しく掴む。 キャミソールの生地から、じんわりと汗が滲む。 アゼルは、ぴくぴく震えて、天使みたいにほそい鎖骨が汗に濡れて光って震える。 「お前の方だ……熱い……」 アゼルの指が、僕の胸板を這い、乳首を突き、首筋に唇が押しつけられる。 僕らはなにをしているんだろう。 なんか違うことをしようとしていたはず。 でも、そんなことよりも、今が気持ちよすぎた。 「ねぇ、アゼルも……気持ちいいの?」 「ん……くすぐったいだけ……だ……」 はだけられた服からむき出しになった肌と薄い下着が、しっとりと重なり、こすれあう。 汗のからみあう微かな音がする。 触れた部分から弱い電気みたいな心地よさが流れる。 アゼルは、なんて気持ちいいんだろう。 「お前こそ……気持ちいいから……そんなことを言うんだ……」 夢を見てる人の口調に聞こえた。でも、きっと僕の声だって。 「アゼルこそ……」 僕は、腕でアゼルの首筋を抱き寄せてアゼルと密着する。 目の前に潤みきった瞳。 濡れて半開きになった唇。 汗に濡れて額に張り付いた髪。 とてもだらしなくて、とてもかわいくて、とても綺麗。 「お前……とてもだらしない顔してる」 「いいよ。アゼルになら見られても……」 アゼルの熱い太股が、僕の脚に絡んでくる。 いや、僕の方が先だったかも。わからない。順番なんて関係ない。 すべすべで熱い太股。 「そうだな……私もだらしない姿をしてるだろう……」 アゼルはどこか恥ずかしそうに、嬉しそうに笑う。 不意に照れくさくなって、僕は視線を下に落とした。 アゼルのスカートは大きくめくれあがって。 太股の付け根までむき出しになっていた。履いていないのも同じだった。 パンツが見えた。飾り気がないパンツだった。 でも、僕の心は鷲づかみにされた。 アゼルが履いているんだ。それだけで今まで見た数少ないどのパンツよりも可愛らしく、エッチに見えた。 腰のあたりに、熱い塊がふくれあがってくる。ぞくぞくが走る。 息が荒くなってる。 布団から出ていないのに、徒競走をしているわけでも、戦ってるわけでもないのに、こんなに荒くなってる。 パンツのしわ。そんな些細な情報だけで僕の頭はパンクしそうだ。 あれは食い込んでいるんだろうか。どこに? あそこに。 あの下にはアゼルの女の子の部分が……触ったらどんな感触だろう。 きっとやわらかい。僕はおかしくなる。いや、おかしくなってる? 「どこを見てる?」 「私はずっとお前を見てる。だから私の方がお前を心配してる。判ったか?」 口調がやさしい。 「私の方が……心配してるんだ……」 熱い吐息をともなった声に耳元がくすぐられる。 「そんなことない……僕だってアゼルを……」 脚がもっと深く絡み合う。 僕を掴まえようとするみたいに。 アゼルを放したくないという風に。 僕の太股がアゼルの脚の付け根にはさまれる。 太股よりやわらかい感触が、僕の太股におしつけられる。 熱い。 世界がぐるぐるする。 股間がずきずきと脈打つほど大きくなってる。 「見かけによらず……強情だな……お前は」 「アゼルは……見かけ通り強情だ……」 不意に、アゼルの太股がわずかに上がり、僕の股間に触れそうになる。 知られてしまう! 僕は思わず腰を引いた。 「どうした……?」 「駄目だよアゼル……これ以上は……」 ほとんどないアゼルと僕の距離。 それをアゼルはゼロにしようとしてる。 「何を隠している?」 咎めている筈の声は、少しだけ悲しそうな色を帯びていて、僕の胸の奥はざわめく。 でも、知られたくない。 ここまでしちゃっても、自分が獣な事を、アゼルに知られたくない。 ここまで、付き合ってきて判ってる。 アゼルはこういう事を全然知らないって。 だから知られたくない。 「ね、ねぇ、アゼル……僕にも触らせてよ」 「聞かなくてもいい」 「お前は、私の嫌なことはきっとしない……」 真っ直ぐに見られて、どきり、とする。 この子はとっても、真っ直ぐで純粋で、だから危うくて。 だから、ずっと見守っていたい。 そうだろう? 僕は、アゼルのキャミソールの裾に手をかけた。 膨れた股間に触られ掛けて、一瞬だけ戻った理性が、熱い紅茶に沈む角砂糖みたいにたちまち溶けていく。止まらない。 「めくるよ……」 「聞くな」 少しぶっきらぼうな声。恥ずかしさを隠してる。 ゆっくりめくっていくなんて余裕はなくて、一気にめくってしまう。 唾を飲み込む。 キャミソールの薄い生地は張り付いていたから、もう裸みたいな物だと思ってたけど。直に見たアゼルの胸は圧倒的だった。 だって、アゼルの身体だから。アゼルだから。 「どうした……リアほど大きくなくて……失望したか?」 「アゼルなら、なんでもいいよ」 馬鹿みたいだ。なんて芸のない言葉だろう。 でも、それしかなかった。 アゼルは僕の額に額をおしつけて来る。 濡れた瞳が僕をじっと見る。 「お前、馬鹿だ」 「うん……きっとそうだ……」 熱い。触れ合ってる部分が全部熱い。 僕は、壊れ物にでも触れるように、アゼルの裸の胸に触れた。 指先で、乳首に触れる。硬くなってる。 「硬くて熱い……」 両手の中指と人差し指で、そっと挟んでみる。こりこりしている。 「んくふぅ……」 汗ばんだアゼルの肌が気持ちいい。手の平に吸い付いてくる。 手の平全体で、薄い胸をもみながら、乳首を転がすと。 「ん、んふぅう……ぁ……」 目の前の唇が半開きになって、かすかに漏れるあえぎ。 指の間に挟まれた乳首が、どんどん硬くなる。 乳首の周りの、色の濃い辺りまで腫れたみたいに膨れてくる。 「あ、そ、そんなとこばかり触るなぁ」 アゼルには珍しい、語尾が延びた、どこか甘えるような口調に、僕の頭は熱くなる。 「だって、凄い触り心地なんだもの」 「か、勝手なこと言うなぁ」 指で挟んだまま、少しだけ引っ張ってみると。 「あくぅ。触るなって言ったぁ」 汗にぬれて光る上半身が僅かに反り。 僕の太ももを挟む太ももが、ぎゅっと締まり震える。 「か、かわいい」 「え、あ、そ、そんなことで誤魔化すなぁ」 どくんどくん、と激しいアゼルの鼓動が僕の手の平を叩く。 僕の方も、すっかりのぼせあがってる。熱い。 目の前の白い肌は、薄赤く色づいてきれいだ。 「ホントなんだ。アゼルすごくかわいい」 「だ、黙れぇ」 口先で強がりつつも、口調は甘くて。 僕らの間で、熱い吐息が交じり合う。 「お前だって……か、かわいいぞ」 不意打ちで、僕の耳に唇を寄せてきたアゼルが囁いた。 僕の裸の胸に、アゼルのやわらかい胸が押し付けられた。 首に腕がまきついてきて、肌と肌がぴったりと重なって、こすれただけで電気が走る。 股間がもっと硬くなる。先っぽから、じゅわ、と熱いものが滲み出す。 「あ、アゼルの方がかわいい」 「お、お前の方こそ真っ赤になって……」 胸と胸をこすりあわせるように動く。 「それに、お前のここだって硬くなってる」 「くふっ」 アゼルの硬くなった乳首が、僕の乳首に押し付けられこすれる。 変な声が漏れてしまう。 「胸ばかりいじめるお返しだ」 「いじめてない……くぅぅ」 頭の芯まで響きそうな鋭い刺激。 僕もアゼルの乳首をこねくるように体を動かす。 乳首と乳首がひっかかって、外れる瞬間に凄い刺激。 「くふんっ」 「うっ……なんだか熱でぼぉっとしてる」 「私も……熱い……でも苦しくない……不思議だ……」 「僕……ずっとこうしてたい」 「お前とこうしてると……何もかもどうでもよくなってくる……」 夢見ているみたいなささやき。 いつまでもこうして戯れて、お互い熱くなってたら、どんなにか素敵だろう。 「お、お前のここ、すごく熱い……腫れてる」 「え……ああっ、そこはっ」 アゼルの手が僕の股間に滑り込んできてる。 こんなにぴったりとくっついてたら、ごまかしようがない。 「隠してたな!」 「だ、だって……恥ずかしいだろ」 思わず顔を逸らして、体を引いてしまう。 「恥ずかしくないだろう。お、お互い手当てしてるだけなんだから……」 そんなこと、お互いとっくに忘れてた筈なのに、アゼルは今更持ち出す。 「そ、そうだよね。で、でも……」 「でも、とか言うな」 アゼルの汗に濡れた顔が少しだけ下がったと思うと、腫れた股間に熱くて柔らかい何かが押し付けられた。 「な、ななっ!? アゼル!?」 太ももの付け根で、僕の太ももの付け根が挟まれた。 それだけで腫れて硬くなったペニスに血が流れ込み、もっと熱くなる。 僕は思わずアゼルを見た。目が合う。 「こうすれば、逃げられないだろう……」 見上げてくる潤んだ瞳は、もう、それだけで僕を動けなくする。 細い指が、ズボン越しにペニスをなでてくる。 「熱い……先の方がくびれて……くびれから先は膨らんでいる……」 指先が、くびれの部分を丹念になぞる。 「か、形なんて説明しないでよ」 「触ってるだけで……ぴくぴく震えるのだな……なんだこれは……?」 僕の頬が熱くなった。 さっき、ペニスの先端から溢れた先走りが滲み出してたんだ! 「ぬるぬるしてる」 「だ、だめ」 アゼルの指先が、執拗に、ペニスの先端を突付く。 ズボンの布地越しじゃなかったら、出ちゃっているかもしれない。 「触らせろ」 アゼルの指が、もどかしげに動いて、チャックを下ろしてしまった。 ぱんぱんに張っていたペニスは、トランクスの合わせ目なんか無視して、ズボンから勢い良く顔を出した。 「わ……こ、これは……」 「うう……見ないでよ」 「ここが濡れてたのか……」 細い指先が、ペニスの先端の穴を、ぐりぐりと押した。 「くぅぅっ。だ、だめだよっ」 今までに無い刺激に、腰が震えて、先走りが溢れた。 「ぬるぬるしてる……」 先走りに濡れた指を顔の高さまで持ち上げて、アゼルがしげしげと見る。 「凄い匂いだ……」 そのまま濡れた指が、アゼルの口の中へ…… 「ええっ、ちょ、ちょっとアゼル!?」 「苦い……んちゅちゅ……変な味だ……」 ほそくて綺麗な自分の指を、アゼルは音を立ててなめてる。 とてつもなくいやらしい。 「こんなものがお前から出てたなんて……お前の方こそ病気だ……」 「だから、全部、私に任せて……」 「アゼルだってきっと」 僕は、思い切って手をアゼルの股間へと滑り込ませた。 「な、何をする!? あ、ぃゃぁっ、あっ!」 アゼルの女の子の部分を隠している布地は、びっしょりと濡れていた。 「ここ、シミになってる。びしょびしょだ」 「み、見るなっ」 でも、目が離せない。 割れ目の形にそって、シミは細いひし形に浮き上がっていた。 指も離せない。 少し蒸れた布地は、アゼルのそこにぴったりと張り付いて、指先で触れれば形が判る。 女の子の部分の形。 「アゼルのここ……割れ目になってる……」 アゼルが耳朶まで赤くなった。 「そ、それ以上言ったら殺す……あふぅん」 割れ目に沿って指を動かして、割れ目のくぼみを探ると、アゼルはかわいらしい声をあげた。 「ここ、くぼんでる……それに凄く濡れてる、どんどん濡れてくる」 やさしく押すと、布地越しにぬるぬるが滲み出して、指先をべっとりとぬらす。 下着の下の、肌の色が浮き上がってくる。 「だめだぁだめぇ、それ以上するなぁ」 いやいやする姿があんまりにも可愛くて。 僕はもっと激しくこすりあげてしまう。 「だめって言ってるのに。こすっちゃいやぁ。あん、あふぅん、ああっ」 じゅじゅわ、と指先が濡れる。アゼルのにおいが濃くなる。 こするたびに、くちゅくちゅ音がする。 ああ、もう、どうしてこんなにかわいくて、いやらしいんだ! 「僕だって駄目って言ったじゃないか」 「だって、お前が苦しそうなのに隠すから! だからぁ」 アゼルはぎゅっと自分の腰を僕の腰に押し付けてきた。 汗にまみれた肌と下着の間に僕の指は挟まれてしまう。 「はぁはぁ……これで動かせないだろう……あ、やめろぉ」 「だって、アゼルがかわいいから……」 指先をゆっくりと動かす。布地越しだけどとてもやわらかい感じ。 割れ目に押し当てられた指を動かすたびに、熱くなったそこからはぬるぬるした愛液が染み出してくる。 「かわいいから……あん……そ、そればかり言って……」 せつなげな顔にどきどきする。頬にはりついた髪がなまめかしい。 「でも、本当だし……本当にかわいい……」 「あ、ああっ、か、かわいいなら……いいっ……よ、よくないが……」 アゼルは震えて、腰をこすりつけるように押し付けてくる。 その度に、熱く腫れたペニスが、濡れたアゼルの下着でこすりあげられる。 「ん、くふぅああ」 「シン……シン……」 アゼルは僕を抱き寄せた。僕らは密着する。 裸の胸から腰までをこすりあわせる。 お互いのどこもかしこも熱い。 「アゼルっ、アゼルっ!」 僕は、ぐぐぐ、とアゼルに体を押し付ける。 乳首がこすれあい、熱くて脈打ってずきずきしているペニスが擦られる。 「すごい。どんどん熱くなるぅ。シンのが大きくなるぅ熱い」 汗に濡れて光るちいさな胸がふるふると震え、その先端でしこった乳首が踊ってる。 僕は体中を押し付け、乳首に乳首を、腰に腰をこすりつける。 汗と汗がからんで、肌でこすれて、いやらしい濡れた音が響く。 頭の中をいっぱいにする。 肌を擦り合わせているところが、みんな幸せで。 体中を、熱い電気が走ってるみたいだ。 「アゼル! 熱いよ! アゼル熱くて気持ちいいよ」 「わ、私も! シンが熱くてすごい! 熱いのおしつけられてる! お腹に刺さりそうに硬いぃ」 ペニスの竿に、軽いぞくぞくした感じが走る。 でも、まだこうしてたい。まだ、まだ! でも、アゼルのにおいに包まれて、アゼルの肌を感じて、いつまでも我慢できるなんて思えない。 僕は、ぐっとアゼルを抱き寄せた。 アゼルの腕も、僕をしっかりと抱く。 アゼルの濡れた下着がペニスの玉に引っかかり、先走りをお臍の辺りに塗りつける。 汚してるみたいで、しるしをつけてるみたいで、凄くうしろめたくて、すごく興奮する。 「アゼルの肌きもちいい! アゼル! アゼル!」 思わず腰が動く。 アゼルの腰からお腹へ、腫れあがったペニスをこすりつけてしまう。 いやらしい濡れ音が漏れてくる。 「凄い、どんどん大きくなってる! だ、大丈夫なの……んくぅんああっつ!」 気遣ってくれる言葉は、ペニスの竿の根元の部分がアゼルの女の子の部分をこすりあげたことで、蒸発する。 先走りのぬるぬるを、アゼルのパンツからお臍までに塗りつける。 布地はすっかりびしょぬれで、女の子の部分の薄ピンクの内側まで透けて見えた。 「アゼル、アゼル! ごめん! あ、くぅぅぅ。止まらない」 ペニスの先端が、布地と肌に擦れて凄い刺激! 腰が止まらない! 「あ、謝らなくていいから好きに、ん」 硬いペニスをアゼルの下腹へ食い込みそうなくらい、突き上げる。 「シン、シンっ、あ、ああっ、ああっ、ああっ!」 アゼルが、首筋を真っ赤にして、震えながら、股間を太ももにおしつけてくる。 ずりずりと擦りあげ。その度に、愛らしい声を漏らす。 「んくぅっ、ああ、ああんっ」 やわらかい感触が、太ももを撫でる。 腰がぞくぞく震える。ペニスを痙攣が走る。 もう限界だ。 「もう、僕は僕は、ごめん出ちゃう!」 「いいっ! なんでも出していいっ。出してっ」 もうとめようもなく膨れ上がった熱いものが、爆発した。 「アゼルっ! う、うくぅ。う、あ、あっあっ!」 これ以上ないくらい膨れ上がっていたペニスの先端から、熱い精液が勢い良く噴き出す。 アゼルの汗と、先走りでぬるぬるになった肌を容赦なく汚していく。 「ああっ、熱い、熱いぃ」 目の前で、アゼルがぴくぴく震えている。 口を半開きにして、真珠みたいに綺麗に並んだ歯並びを見せて。 首筋を、ハープの弦みたいにぴんと張っては、顔をのけぞらせて。 「ああっ。アゼルぅ。アゼルっ」 とまらない。アゼルの胸を、腹を、下着を、僕の精液が染めていく。 こんなにもアゼルが欲しかったなんて。 「シン……凄い……なんだか熱くて凄い……」 ほそい指が、自分の胸に飛び散った精液を引き伸ばし、肌を怪しく光らせ。 掬い取り、さっきとおなじようにぺろぺろと舐めた。 「そんなの舐めちゃだめ」 「不思議だ……汚いはずなのに、お前の体から出たと思うと嫌ではない」 潤んだ瞳が僕をじっと見ている。 とても優しげに見えた。 「それに、出した時のお前、なんだか可愛かった……」 「……え……? だ、だめだよ……」 アゼルの手が、僕のまだ半立ちのペニスを掴んだ。 「まだ……出切ってないだろう」 柔らかく温かい手の平が、僕のペニスをゆっくりと擦る。 汗と精液で濡れた肌は、ほどよい摩擦を帯びていて気持ちいい。 「また……大きくなってきた……まだ出るのだろう?」 「う、うん……じゃなくて、もう、いいから」 「良くない」 アゼルはどこかムキになった口調で言うと、僕のペニスを手指でしごき始めた。 「くぅっ。あっ」 肌と精液と汗のからみあう、ぐちゅくちゅした音が響いてくる。 僕の太ももに、ひくひくと痙攣が走る。 「さっきと同じような顔してる。出したいのか?」 僕は、もう気持ちよくて、我慢できなくて、何もいえなくて、ただうなずいた。 手指の動きが速くなる。濡れ音が大きくなる。 「くっ。う、くぅっ」 「なら……さっきみたいに私に一杯掛けろ……」 熱を帯びたアゼルのささやきが、僕の耳元で響く。 なにも考えられない。 アゼルの手指と、濡れた瞳と、なまめかしい唇と、触れられているペニスだけで、世界がいっぱいになってる。 「アゼルっ、出すよ!」 「一杯出して」 僕は、うめきながら、腰を震わせた。 勢い良く飛び出した精液は、精液と汗であやしくぬれたお腹や、かわいらしい胸だけにはとどまらず、アゼルの顔にまで飛び散る。 「熱い……また……こんなに……」 「でも……もう出切ったみたいだな」 本当は、アゼルにまだ触られたら、すぐ勃ってしまいそうだったけど、取り敢えずはおさまった。 でも、少し頭が冷えると考えるまでもなく気まずくて。 「アゼル……その……」 「その……あの……病気は……どうだ?」 「え……あ……」 アゼルはひどい姿だった。 僕は、どこにもかしこにもかけちゃってた。 まだ余熱に尖った乳首にまで、滴りが出来るほどにぶっかけてしまった。 それでも、アゼルはかわいくて。 それに、僕のものにしたみたいで。 だけど、そんなことを思う自分が恥ずかしくて。 「ご……ごめん……」 「謝るなら……その……するな……」 アゼルは、ぷい、と視線を逸らし。 「でも……謝らなくていい……許す……」 そう言われても、恥ずかしい。 「ええと、ティッシュとってくる」 「ティッシュ……?」 「それは、その、ほら、アゼルも僕も体拭かなくちゃ! あはは」 「そ……そうだな……」 アゼルは寝返りを打つとこちらに背中を向けてしまった。 いきなり、こんなことになっちゃって……こらからどうすればいいんだろう。 アゼルも、どういう事しちゃったかようやく気づいたんだろう。 何をどういえばいいんだろう……。 「まさかとは……その思うのだが……」 「これはその……お前たちの言うところの……あの……」 不意にアゼルの声が小さくなった。 「しゃ、射精と……いうものなのか……?」 「あ……あ、うん……そ、そうだよ」 したすぐ後だけに、妙に生々しく響く。 「つまり……私は……お前の精子を大量に含んだ精液を……その……全身に掛けられた……のだな……?」 「あ、ああ……うん」 エロっぽくない言葉で言われると、かえって滅茶苦茶恥ずかしかった。 「なぁシン様よ」 ふぅ……お粥はこんな感じでいいかな? 「昨日よ。俺様、すげー生々しい淫夢見ちゃったぜ。大賢者様の見たのだけあって、一大桃色スペクタクルだったんだが聞くか?」 キャミソールをめくりあげてむき出しになったアゼルの胸。 女の子の場所のやわらかい感触。くぼみの手触り。エッチなにおい。 「って、いかんいかん! 思い出すな!」 「あ、う、うん……」 布団から半分身を起こしたアゼルの枕元に僕はおわんを並べる。 気まずい。視線が合わせられない。 ……エッチしちゃったんだよな……アゼルと……。 「え、えっと……おかゆ持ってきた」 アゼルは器用にも視線をそらしたまま、僕から粥の入ったおわんを受け取ろうと―― 「あ、熱い」 熱さに落としそうになるのを、僕は手を添えて支える。 お椀に添えられた手指が重なっている。 あたたかくやわらかいアゼルの体。 思い出す。あたたかさ、温度、感触、匂い、快感。 「あ、あのな……その」 「ぼ、僕は支えようとしただけで!」 「わ、判ってる……もう……大丈夫だ……」 名残惜しげに手指がほどける。 「冷め……ちゃうよ」 「わ、判ってる……」 アゼルは大事そうにおわんを抱えると、お粥を食べ始めた。 「よかった」 ええと、会話会話。ごく自然にナチュラルに。 「具合は……どう?」 「少しだるいだけだ……だが……」 「シン、お、お前が……その……心配するから……今日は……寝ていてやる」 「う、うん。寝ていたほうがいいよ」 「そ、そういうお前は!?」 「もう大丈夫。熱も下がったし。でも、今日は一日中家にいるよ」 「そ、そうか……そうか……いてくれるのか……」 「え、あ、うん。何かあったら声かけてね」 「わ、私に遠慮せず、出かけてもいいのだぞ……」 「いるから。用事ないから」 「ええと……寝るとき……制服……なんだ」 「これしか……持っていない……」 「そっか……いっぱい持ってるものね……」 「ち、違う!」 「一度着たものは二度と着ないからいっぱいあるわけではない……そ、その……私だって洗濯くらいは出来る……」 「そんなこと考えてなかったよ」 「色々種類があると……面倒なだけだ……」 「そ、それだけなんだからな!」 「だ、だから昨日の、そのあの服も……じ、自分で洗うから……」 アゼルと僕の汗とかエッチな成分がいっぱい染み込んだ服と下着が、この部屋のどこかに……。ごくり。 「さ、探すな!」 「さ、さ、探さないよ!」 「な、ならいい……し、シンは私の事を心配しすぎだから……」 「そ、そりゃ心配だけど……女の子の下着を勝手に洗ったりしないよ……」 「わ、私だってそんな事しない……ふ、不合理だからな」 「い、いや……体が動ける方が仕事をするのが合理的か……だ、だがそんな合理的は認められない……」 「駄目だからな!」 「しないよ!」 「う、うまかった……」 「お、お茶飲むよね!? 出がらしだけど」 「ありがと――」 湯気をあげる茶碗を渡そうとして、手が触れた。 すぐ離れる。 僕は、枕元にお茶碗を置いた。 「お、お前と触れるのが嫌だとかそういう事ではない」 アゼルは頬まで真っ赤にしてうつむいた。 「昨夜だって……その……嫌だとか……そういう感情は無かった……お前の方は穢らわしく感じたかもしれないが……」 「そんな事ないよ! 全然、まったく!」 口に出してしまってから、僕も頬が熱くなった。 「ご、ごめん……こんな勢い込んで言うことじゃなかったね……」 「お、お互い……様だ……」 「おかしくなっているのは……多分、私の方だ……嫌でなかった……」 「な……なんでもない……」 「あ、ナナカだ」 「飯だぜ」 「ご飯だー!」 「ちょっとシン! これはどういうワケ!?」 「どういうって」 「寝てる」 「見りゃ判る! でも、暖房は全然足りてないし、乾燥してるし! こんなこったろうとは思ってたけど」 ナナカはナップザックから、湯たんぽを取り出すとアゼルの足元にあたるように置いた。 「あたたかい……」 「お礼なんかいいから! アゼル! アンタ、朝から何食べた?」 「お粥をもらった」 「食材がなかったから」 「これ食べられる?」 ほかほかの親子丼をナナカがアゼルにつきつけた。 「今は……そこまで食欲がない……」 「シン! この親子丼はラップかけて冷蔵庫に! それからこれ!」 「これって……どうするの?」 ナナカが僕につきつけたのは、酒粕のパック。 「甘酒! さっさと作ってくる!」 「なるほど! うちに滅多にないから思いつきもしなかった!」 「悲しすぎるぜシン様」 「あー、そうだったね……」 「シンを……こいつを責めるな、よくしてくれている」 「全然足りないの!」 「シン! ついでにお湯沸かして! あとタオルも! アタシがアゼルの体拭くから!」 「さっさと行く!」 「カイチョー、ごめんねっ!」 「あたし、ちょっとオヤビンのところに遊びに行ってくるよ!」 「う……うん」 「どうしたんだろ?」 「シン様! 急いで台所へ行くんだ! 不吉な予感がするぜ!」 「やられたぜ!」 「俺様達の親子丼がないぜ!」 飯粒ひとつなく綺麗になったお椀が、キッチンに3段重ね。 「でも、サリーちゃんも昔より随分としてくれるようになったなぁ」 「ちゃんと洗ってある」 「その程度の事に感心するんじゃないぜ!」 「ちょっとはあったかくなった?」 「ったく、シンは気が利くんだか利かないんだか、お金がないだけなのか……困っちゃうね」 「シンは良くしてくれている」 「ま、あいつはなんでも一生懸命だから」 「不便だ」 「風邪の時は退屈だろうけど寝てるのが一番!」 「違う。肉体だ……少しおかしくなると、動きにくくなる……不完全だ」 「不完全ねぇ……まぁ、月に一度のアレはなんとかして欲しいね」 「ハードウェアの欠点に由来する不合理な行動をし、不可解で非合理的な衝動に突き動かされる」 「非合理的な衝動ね……」 「恋なんかで……あるわけがない」 「なに? なんか欲しいものある?」 「お腹すいた」 「もうすぐ甘酒が来るよ」 「シンの奴なにしてるんだろ? 遅いなぁ」 「時は近い」 「御心のままに」 「私は御心の写し。私は御心を唄う物」 「私はイカヅチ。私は槍。私は銃。私は御心の代行者」 「私はぁ」 「私は選ばれた使徒。私は準備された武器。私は正道への道しるべ」 「私はっ」 「私は遂行する。私は破壊する。私は創造する。私は新しい世界を導く」 「私はぁぁぁっ!」 「ずれて……来ている?」 「私は選ばれた……代行者……だからそんな……」 「本当に大丈夫?」 「問題ない。シンは心配しすぎだ」 「……シンとか自然に言ってるし」 「いやー、元気になってよかったじゃん。顔色だって元通りだし」 「泣けそうだぜ」 「健康が一番さ! 牛乳飲まない?」 「よく飲めるねアンタ」 「シンがあたためたものだからな」 「単に体温でぬるくなっただけだってば」 「ナナカ、お前にも心配を掛けた。それにおいしかった」 「あはは。まぁあの親子丼はアタシが作ったんじゃないから」 親父さんか。僕は食べられなかったけど。 「お前が持ってきてくれた。だからありがとう」 「だってさ。アゼルが早く治ってくれないと、シンが寝込んでるアゼルにムラムラしたりするかもしれないじゃん」 「あ、アンタまさか本当に!?」 「な、何言ってるんだよ!」 冬なのに額に汗が! 「むらむらとはなんだ?」 「ええと、あの、それは……む、村がいっぱいあることだよ。農村の風景だね」 「こんな事も判らないならまだ大丈夫か……」 「シン様よぉ。それじゃあコウノトリが赤ん坊を運んで来るレベルだぜ。ムラムラはな発情するってことだ――」 「なに教えてんでぃ」 「は、発情……それはつまり、こ、こ、こ交尾のことか!?」 「な、生々しいなぁ。ま、まぁ、そこまで行かない事もあるけど……」 「し、してないぞ! だ、断じてしてないぞ! シンと私がそんなふ、ふしだらで穢らわしい事など!」 「そうだぞ! 僕らがそんなことするわけないじゃないか! あはは」 収まれ僕の汗! どきばくするな心臓! 「そ、そうだよね。シンにそんな度胸ないもんね」 「そうそう! 僕チキンだから!」 「なに情けないこと言ってるかなぁ。あはは」 「情けないね確かに。あははは」 「シンは情けなくないぞ」 「判ってらい、そんなこと」 「んじゃプリエ行ってくるわ」 いつのまにか目が探してる。 「昼休みが始まった途端、どっかいっちゃったよー」 生徒の写真、もう少しでコンプリートらしいもんね。 「アゼルちゃんが先かー。勝負あったかなー」 「アゼルの何が先なの?」 「アゼルちゃんがいないとさびしー?」 「今生の別れじゃあるまいし……あれ? ナナカもいない?」 「ナナちゃんもどっか行ったよー。ふたりで待ち合わせしてたりしてー」 「シン君と関係のある話だったりしてー」 「親友としてはねー。ちょっと複雑な気分なんだよねー」 「だからー、シン君は、私のおべんと食べて死ぬべきー。でもそうすると、ナナちゃんがアタシを梅干するからやめとくよー」 「ワケがわからないよさっちん。いつもだけど」 「お前って……ごく一部だけ勘が発達してるのな」 「えへへー。ほめてー」 「こんな所でなんだ」 「単刀直入に言うとね。アゼル、シンのこと好き?」 「嫌いではない」 「なぜそんなことを訊く」 「アタシらの年頃で、非合理的な衝動って言ったらさ、恋かなって」 「くだらない」 「非合理的だから?」 「でも、そんなのは関係ないじゃん。恋しちゃえば」 「同じような事を言うのだな。リアと」 「先輩と?」 「リアも、私がシンに恋してるのではないかと推理した」 「大した根拠があるわけでもないのに。非論理的だ」 「で、実際はどうなの?」 「そもそも、ナナカには関係ないことだ」 「アタシにはあるの」 「アタシは」 ナナカはひとつ深呼吸をして宣言した。 「シンのこと好きだから。昔からずっと」 「ずっとずっと恋してるから」 「私には……関係ない」 「好きなの嫌いなの?」 「知るか」 「あー、そう。判った」 「好きか嫌いかどうかも判らないアンタになんか譲ってやらない」 あれ? アゼルいない。 先に帰っちゃったのかな? きっと写真の整理でもしてるんだろう。 「勝手にしろって言ったにゃ!?」 「……お前はアホにゃ」 「そういうわけだから私は恋などという不合理な情動には無関係だ」 「私はお前達とは違う。私は神の御使いだから」 「声が大きいにゃ。何をムキになってるにゃ」 「……ムキになどなっていない。冷静だ。だからこそ、正しい対応が取れた」 「それが勝手にしろなのにゃ?」 「そうだ。シンが誰に好かれようが、私には関係ない」 「そのナナカって子とくっついちゃってもいいのにゃ?」 「好きにすればいい。どうせみなすぐ滅びる」 「お前は、アホの上に臆病にゃ」 「なんだと! 私のどこが臆病なのだ」 「ただ逃げているだけなのにゃ」 「私は使命から逃げていない。私の心は、主のご意志の儘だ」 「これは主が私の心をお試しになったのだ。そうに違いない」 「お前、気づいていないのかにゃ?」 「気づかない程度の事は、どうでもいい事だ」 「お前は変わったにゃ」 「うるさい。あり得ない」 「昔のお前なら、こんな事をパスタに話さなかったにゃ」 「気まぐれだ」 「最終点検は済んだわ」 「完成か」 「リ・クリエが始まれば勝手に作動してくれるわ」 「はぁぁ……くたびれたにゃ」 「ふわぁ」 「珍しいにゃ。お前がアクビをしたのをはじめて見たにゃ」 「この所、担当してるクラスが聖夜祭に参加するとかでね。書類とか相談ごととか色々あるのよ」 「ではね」 「お前は帰らないのか?」 「写真撮って欲しいにゃ」 「お前が言うところの気まぐれにゃ」 「ぶいにゃ!」 「うまく撮れたにゃ?」 「多分……いや、現像してみないと判らない」 「それは残念にゃ」 「出来たら渡す」 「いつ出来るにゃ?」 「今日はもう遅い。明日写真屋に出して……明後日」 「明後日かにゃ……」 「何か問題が?」 「無いにゃ」 「何故、急に?」 「だから気まぐれにゃ」 「バイバイにゃ!」 あたたかい。 ぎゅうっと抱きしめたくなる。 「アゼルってやわらかい」 「ずっとこうしていたいか?」 「うん……ずっとこうしていたい」 アゼルと一緒にいたい。 「冬だからな」 「冬だけなんて嫌だ! 僕はずっと……」 「夏だと暑いぞ」 「暑くてもアゼルが一緒なら……」 「さ、サリーちゃん!?」 「カイチョー、布団を抱きしめて何わめいてるの?」 「布団!?」 うわ。本当だ! アゼルと布団を間違えた! 「いやー、面白かったぜ。悩める性少年だぜ」 「見てないで起こしてよ」 「あ、いけない。伝言伝言」 「伝言?」 「アゼル。サツエイがあるから、先行くって」 僕、結構がっかりしてる。 昨日も、図書館にいなかったし。それからも会えなかったし。 「そ、そうなんだ……撮影でね」 写真に夢中だからしょうがない……ね。 「そんなことより、ソバソバ!」 「おー。今朝はソバだぜ!」 「こうして二人で登校するのも久しぶりって感じ?」 「変だね。たった10日くらいしか経ってないのに」 「……そうなんだよな」 アゼルと僕が一緒に登校するようになってたった10日くらい。 会ってからだって2ヶ月半も経っていない。 なのに、アゼルが隣にいないのが寂しい。 「そういえば『キララ』さ」 「……別に聞きたくなさそうだね」 「……まぁ、どうでもいいか」 「いや、ホント、『キララ』なんかどうでもいいんだ」 「熱心に見てるくせに」 「あのさ。ちょっと聞いて欲しい事があるんだ」 「アタシさ。実はね。その……ずっと前からさ」 「随分と言いにくそうだね」 「当ったり前でぃ!」 「え、ええっ!? わ、判ってたの!?」 「でもごめん、駄目だから」 「そ、そう……そうだよね……やっぱり」 「いくらナナカと僕の仲でも、貸すお金がないから貸せないよ」 「借金の申し込みじゃないの?」 「誰がするか! アンタの財布を熟知しているアタシが!」 「うーん違うのか……じゃあ何?」 ナナカの足がぴたっと止まった。 大きく息を吸って吐く気配がした。 「アタシね、シンのことが好きだよ」 アタシネ、シンノコトガスキダヨ。 それが、単なる好きだというのじゃないくらい。僕にも判った。 「そ、それだけだから! すぐ返事しなくていいから!」 12月の冷たい風の中、僕はしばらく立ちつくしていた。 「咲良クン! 何をぼんやりしてるの?」 アゼルはライカとデジカメもって飛び回ってるからいない。 というか、教室にすら現れなかった。 つまり今日は姿すら見かけていない。 ナナカは―― 僕と視線を合わせようとしない。 「全く……聖夜祭まであと少ししかないのに」 「聖沙ちゃん。そうカリカリしちゃ駄目だよ。準備は順調に進んでいるんだから」 「先輩さん。副会長さんは、箸が転んでも文句をつけるお年頃なのです」 「いや、この性格は一生だぜ」 ナナカは、すぐ返事しなくていいって言ったけど。 それに、つきあって、って言われたわけでもないけど。 「六つ子の魂百までですね。一人当たり魂が16個あって、4つ余ります」 「な、なにが言いたいのかよくわからないんだけど」 「実は私にも判らないです。どういう意味なんでしょう?」 「この場合は三つ子だよ」 「一人当たり33個に増量ですね! 余りも1つです」 だからって返事を延ばしたり、つきあうかどうか答えを出さないのは、駄目だよね。 ナナカはあんなに真剣だったんだから。 「咲良クン!」 「あ、うん。ごめん」 「具合でも悪いの?」 「おお! ヒスがシン様の心配してるぜ!」 「副会長さんこそ悪い物でも食べたんですか?」 「あなた達、本当に失礼ね!」 「でも、本当にどうしたの? なにか心配ごとでもあるの?」 「い、いえ……ここで口に出す事では」 「……そっか。でも、本当に困ったらみんなを頼ってね。シン君もナナカちゃんもアゼルちゃんも一人じゃないんだから」 「お帰りになりましたよ」 「なんでも用事がおありとかで」 結局。アゼルとは昨日の放課後からずっと会えないまま。 ここに来れば会えると思ったんだけど。 「喧嘩でもしたんですか?」 「いえ……」 僕の前に湯気のたったティーカップが置かれた。 「すみません」 「ある事を真剣に3時間考えて、自分の結論が正しいと思ったら、3年かかって考えてみたところでその結論は変わらないだろう」 「さぁどうでしょうか? 昔の方が言った事ですから」 「真剣に考えているのでしょう?」 「考えるまでもなかったのかもしれません」 僕がこうして迷っているのが、答えなんだ。 何の迷いもなくここに来た事も。 「少しはお役に立てたようですね」 「ええ。有り難うございます」 「図書館に来る方の質問に答えるのも、司書の役目です」 僕は紅茶を飲み干すと立ち上がる。 閉館時間が近い。 「そういえば、メリロットさんは閉館したあと、何時頃お帰りになるんですか?」 「帰りませんよ」 「ここに住んでいますから」 「アゼルからある程度聞いているとは思いますが――」 「夜は出歩きませんから、魔族というものに会う機会もありません。今夜あたりふらついてみますか」 「冗談でもやめてください。この学園に出没する魔族に会うのはお勧め出来ません」 「大丈夫ですよ。万一会ったら、あの本で戦いますから」 なめした革で装丁された分厚い本をメリロットさんは指差した。 確かに殴って人が殺せそうなほど厚いけど。 「奴ら火とか吐きますから、燃えるものじゃちょっと」 「それは残念ですね」 「始まったのにゃ」 「魔法陣を始動させれば、敵が現れるとかソルティアは言ってたけど……あてになるのかにゃ」 「そろそろいいとこ見せないと……バイラスにゃまに嫌われるのにゃ……」 「あいつに言われなくたって判ってるにゃ……」 「そろそろここも始まるにゃ」 「にゃぁぁぁぁぁぁ! にゃぁぁぁぁぁ!」 「ぐぅ、くぅあ、くぅぅぅぅっ」 「む、無理矢理魔力をあげると……き、きついにゃ……」 「はぁはぁ……来い……早く来るのにゃニベ……」 「でも……来ないなら来ないで……アルバイト続けるけどにゃ……」 「来たにゃん」 「にゃ? し、司書さんなのにゃ!?」 「んにゃにゃぁぁ!? 職員さんに夜うろついてるのを見られたらウェイトレス首になっちゃうのニャ!!」 「今晩は。パスタさん」 「こ、今晩はなのにゃ。ニャはニャはニャはは。え、えっと、ちょっと迷子になったのにゃ!」 「そうですか。それは大変ですね」 「そ、そうなのにゃ! 大変なのにゃ! でも、司書さんも大変にゃのにゃ! 夜でもそんな分厚い眠気3倍増しな本を持ってうろついているんだものにゃ!」 「仕事ですから」 「え、えとプリエはどっちなのにゃ? 教えて貰えば自分で行くのにゃ」 メリロットは小さく笑うと、手に持っていた分厚い本を開いた。ページ一杯に拡がった目玉が、パスタを見て、ぎろり。 「にゃぁぁっっ!? 〈人造魔物〉《アーティファクトクリーチャー》!」 「噛み砕け」 パスタが慌てて後ろへ下がるより先に、開いたページから飛び出した一つ目の怪物は、巨大な顎を開くと、目の前の獲物を呑み込もうとした! 雑魚魔族はけなげにも立ち塞がり、あっけなく呑み込まれた。 「お、お前らだめにゃぁぁ!」 巨大な口の中でかみつぶされ一瞬だけ光り、存在を人間界から消滅させられた。 「こんにゃろ!」 パスタの鋭い爪に引き裂かれた怪物は爆発。 たちまち燃え上がる数ページの紙切れとなり、夜空に舞う。 「お前……もしかしてニベ!?」 「呑み込め」 開いたページから再び怪物が湧き出し、次々とパスタに襲いかかる。 「ニャニャニャぁぁぁっっ!」 爪がきらめき、そのたびに湧き出した怪物は引き裂かれ、数ページの燃える紙切れとなってはかなく消える。 「にゃぁぁ! うるさいにゃぁぁ!」 「はぁはぁ……次は、こっちのターンなのにゃ!」 メリロットは無言で本を開いた。 一つ目の二つ目の三つ目の有翼の漆黒の四つ足の百足の化け物達が、本から今にも溢れそうに蠢いていた。 「にゃ、にゃ、たんまにゃ!!」 「魔界へお帰りなさい」 二人をとりまく木々の間に多数の魔のものの蠢く気配。 風もないのに、梢が揺れてざわめきめいた音が満ちていく。 「魔界へ帰るのはお前にゃ、くそ魔女! 学園中に伏せていた奴らがここに集まって来たにゃ!」 「集まって来ましたね」 「お前が伝説の魔女ニベだったとしても、これだけの仲間が一斉にかかれば防げないのにゃ!」 「みんなこいつをぎたぎたにやっつけるのにゃ!」 周囲の気配は、何の反応も見せなかった。 「ど、どうしたのにゃ!? こいつをやっつけるのにゃ!」 「あなたの部下達は片付いたようですね」 「引き裂け。押し潰せ。突き刺せ。叩き砕け」 周囲の気配が一斉にざわめき、淀みの如く不快な気配と共に動き出した。 同時に、夜風と共にページが羽ばたいた。十数頭の怪物が本から一斉に沸き立つ。 百を越える怪物達の目指すのは、パスタただ一人。 「こ、こんニャろぉぉぉぉっ!」 パスタの肉球から伸びたかぎ爪が更に伸びる。月光で濡れたように青白く光る。 魔力が爪の先端まで流れ込み、プラチナ色に光り出す。 「きしゃぁぁぁぁぁぁっっっっ!」 パスタは殺到する怪物達を突っ切るように跳躍! 魔族特有の強力な筋力に、ブーストされた魔力による一時的な強化が加わり、まさに神速。 「お前のすまし顔を引き裂いてやるにゃ!」 白熱するかぎ爪が、太陽のかけらのように光る! 先頭を切って襲いかかってきた、コウモリの羽根をもち人間の顔をした怪物が真っ二つに引き裂かれ、ちぎれた紙切れになって燃え上がった。 「弱いのにゃ!」 だが同時に、別の怪物の牙がパスタの身体に深々と突き刺ささる。魔力の奔流がパスタの身体を打ちのめす。 「この程度で止められないにゃぁ! どくにゃぁぁ!」 「弱い弱い弱い弱いのニャぁぁっっ!」 殺到する怪物達をじりじりと押してメリロットへ近づいていくパスタ。 かぎ爪が魔力に赤熱しきらめき、怪物は次々と燃え上がる紙切れに変じ、夜風に飛ばされ消えていく。 だが怪物もただではやられず、パスタの身体に噛みつき、切り裂く。 「い、う、ぎにゃぁぁぁぁっっっ! くそニャ!」 涼しい顔で相手の苦戦を眺めるメリロットを、パスタは血走った眼で睨んだ。 「この糞魔女のひきこもりのバイラスにゃまの敵めぇぇぇぇ!」 体中に十数匹の怪物を噛みつかせたまま、パスタが走る。 行く手を遮る怪物達を一撃で十体近く燃やし、メリロットとの距離をたちまちつめる。 刹那。メリロットを守る怪物達の陣列に空隙が開いた。 二人を結ぶ線上には何もない。 パスタは電光となって飛んだ! 「死ニャぁぁぁぁぁぁぁ!」 死のかぎ爪が高々と振り上げられた瞬間。 「さよなら」 「空に偏在する閃光と熱情の精霊よ……世界を紅蓮に染めよ!」 教会を囲む木立が光ったかと思うと、五本の太い光が戦うふたりを直撃した。 「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 白い光が割れ、七色に輝く巨大な火柱が中庭から天空へ立ち上がり夜空を焦がした。 程なく、全ては夜に返り、かすかに明滅を続ける魔法陣だけが異変の痕跡を留めるばかりとなった。 ソルティアは、足を止めた。 足下に炭化した本が一冊落ちていた。かろうじて残った表紙は、先程メリロット持っていた本と同じだった。 「倒したようね……魔女を」 パスタの方は痕跡すら残っていない。 「馬鹿な女。でも、あなたの犠牲で勝利を得たことはバイラスに伝えて――」 不意に、ソルティアは黙り込んだ。 「なぜ……寒いの?」 「伝えるのは待った方がよろしいですよ」 「っ!」 「今晩は。千軒院先生」 「今晩は、司書メリロット……いえ、ニベと言うべきかしら」 「味方ごと攻撃するとは、美しくありませんね」 「味方じゃないわ。ここまでの道がたまたま一緒だっただけよ」 「では、あなたの道もここまでとして、仲良く旅を終わらせてあげますよ」 ソルティアはじりじりと距離を取りながら。 「どうして……逃れられた?」 「人造魔物を盾にして、ついでに自分のダミーを入れておいただけですよ」 「あなただって出来るのではなくて?」 「……勿論よ」 ソルティアは、僅かずつ後ずさりしながら尋ねた。 強大な攻撃魔法発動直後で、ソルティアの魔力は一時的に枯渇していた。 「本を喪ったというのに……なぜ姿を現したの?」 だが、魔力の枯渇はメリロットも同じはずだった。 なぜなら今発動している魔法陣は、ソルティアの制御下にあり、学園の敷地内の魔力はメリロットには流れ込んでいない。 メリロットは、それを察していたからこそ、微弱な魔力で動く人造魔物達を大量に用意したのではなかったのか。 「あの程度の手品で、あなたを倒せるとは思っていません」 戦場そのものがソルティアの圧倒的な優勢を保証している筈。 ならば、人造魔物を生み出す本が失われた今、勝負はついている。 なのに、なぜ引かない。 「『魔女』にそう言っていただけるとは、光栄――」 ソルティアの言葉は途中で凍りついた。 莫大な熱量を発生する魔法が発動したにも関わらず、辺りが冷え冷えとしているという事実が物語るのは。 「現れたわけは、あなたも御存知でしょう?」 目の前の魔女が、莫大な熱量が発生する前に、大量の魔力そのものを吸収したと言う事だ。 本は、メリロットが魔力での戦いを断念していると信じさせる為の小道具。 ソルティアは嵌めたつもりで嵌められていた。 「だけど……吸収の魔法陣などどこにも――」 ソルティアは絶句した。 魔法陣を描く恰好のものがあった。 本だ。 メリロットは本に描いて持ち込み、発動させたのだ。 「私は狩り手、あなたは獲物」 魔力が一時的とはいえ枯渇しているソルティアと、大量の魔力を得たばかりのメリロット。 圧倒的な優勢がどちらにあるかは明白。 「……私は、伝説の魔女を倒すための囮よ」 後退し続けていたソルティアの足が魔法陣の外縁に触れた。 制御下にある魔法陣から、多量の魔力が流れ込んでくる。 「魔力が枯渇したあなたを、バイラスが」 30秒稼ぐ。 30秒あれば逃走出来るだけの魔力は蓄えられる。 「魔力が回復するまでの時間稼ぎですか」 「時間稼ぎかどうか確かめてみたら?」 「こちらに必要なだけ、稼がせてあげますよ」 「な……どういう意味……?」 「もう充分でしょう」 メリロットはポケットに手をいれると、何かを取り出そうと―― 「こっち!」 「眠いぜ」 「こんな深夜に騒ぎやがって人の迷惑をちっとは考えろ!」 「お肌の敵です。ぷんぷん」 「先陣はそれがしにお任せあれと言うのに!」 「みんな気をつけて! 大波みたいに凄い魔力の気配だったんだから」 「魔将かしら?」 「バイラスってヤツが現れたのかな……?」 「邪魔が入ったわ」 「そのようですね」 「シン君! 一人だけ飛び出しちゃだめだよ!」 「あんなに派手に魔力がぶつかり合っていたのに!? よく見なさいよ!」 「あ、じいや。え……まさか」 「ロロちゃんどうしたの?」 「学園内に正体不明の存在は、いないそうです」 「だってさっきまで」 「……魔法だぜ」 「魔法?」 「邪宗が使うあやしの術ですな! なんと穢らわしい」 「紫央の話は後で聞いてあげるから、今はちょっと黙っててね」 「魔法っていうと……魔族が使う力だよね?」 「ま、そうだが。こいつは偉く高等だぜ。気配存在とも探知不能にしてやがる」 「そんな奴らがここで戦ってたってこと?」 「シン君どうしたの?」 「あそこに落ちてたんですけど、これなんでしょう?」 「本の表紙みたいね」 「明日、メリロットさんに見せてみるよ。何か判るかもしれない」 「あの魔法陣は、リ・クリエがあるレベルに達すると魔術回路が開き、リ・クリエをブーストするものでしょう。他の機能は副次的なもののようです」 「他の機能?」 「私を仮想敵とした機能です。後から付け足したのだと思います」 「あの魔法陣にアクセス出来れば、この学園内いや、流星町中の魔力――天使流に言えば霊力――の流れを9割方コントロール出来ます」 「なるほどね。魔力の流れをコントロール出来れば――」 ヘレナのキュウが突いた玉は、見事4つの玉を弾き、全てをポケットに入れた。 「こんな風に戦場を支配出来ると」 「余裕ですね」 「そうでもないわ。迫るリ・クリエ、迫る聖夜祭、てんやわんやよ」 「ほら、外しちゃった」 「わざとらしいですよ」 「で、どうなの?」 「魔力制御に関しては、幾らでも抜け道はあります。少なくとも私には」 「抜け道? そんなの魔法陣を破壊しちゃえばいいだけじゃないの?」 「その事に関して、一つ悪い知らせがあります」 「破壊不能とか?」 「まさか! 本当なの?」 「あの魔法陣には、破壊されるのを防ぐ封印が施されていました」 「それだってあなたなら――」 「封印は純粋霊力で編まれていました」 「魔族は純粋な霊力を読み取る事が出来ない……そうだったわよね」 「全く読めないの? あなたなら読めるんじゃないの?」 「確かに、時間を掛ければ読めない事はありません。ですが……」 「間に合わない、と」 「そういう事です」 「ちょっと待ってよ。純粋な霊力で編まれているってことは……」 「封印を施したのは、天使です」 「今のは、本当に失敗しましたね」 「そりゃね……天使が協力してたなんて予想外だわ」 「脅されている可能性が高いとは思いますが」 「……最悪だわ。だから彼らはあの子に接触してたのね」 「そうなりますね」 「天使なら解除出来るの?」 「読んでさえ貰えれば、封印の解除は私がします。ただしやや時間は掛りますが」 「五日あれば十分です」 「封印を施した本人なら?」 「一日もあれば。ですが、彼にそこまで期待を?」 「信頼しているのよ。彼とあなたを」 「私も?」 「あなた、アゼルちゃんのこと可愛がってるじゃない」 「彼女は、単に図書館をよく使ってくれる生徒と云うだけです」 「今日もサツエイがあるから、先行くって」 「なんでも、まぼろしのテンノージさんを捜してるんだって」 不意にアゼルに会いたいと思った。 「い、いや、そうなんだ。判った」 「がっかりすんなよ。シン様にはいつでもやらして――」 「カイチョーのツッコミは、毎度激しいね」 「パッキーにだけだよ」 「でね。『キララ』がもう凄くて!」 ナナカは妙にはしゃいでいて。 そんな様子を見るのはとっても嫌だった。 「ついに、キララが教祖様になっちゃってさ」 だけど、ナナカがそうしているのは僕のせいで。 だから、終わりにしなくちゃいけない。 「いやー、いきなり新興宗教内部抗争ドラマになるとは思わないよね」 僕は、深く息を吸って吐いた。 「いきなりかよっ!?」 「い、いや、待て、違う事に対するごめんかも!」 「ナナカの推測通りだと思う」 「ぐあ」 「……あのさ、もうちょっと考えてもいいんじゃない?」 「僕はさ、あの時、ナナカの告白を受け入れられなかった」 「藪から棒で驚いたからでしょ?」 きっとナナカには判ってるんだろうと思う。 それとも、判ってたかも。 「それも少しはあったけど……違うんだ」 僕は言葉を探し探し 「ナナカのこと好きだし」 「その言い方やめて」 「言ってる意味は判るけど、今は、ちょっとね」 「謝らなくていいよ」 「ええと。どうしても受け入れられないんだ。何かに引っ掛かってて」 「アタシの何がいけないの?」 「ナナカの何がいけないわけじゃなくて、あくまで僕の方の問題なんだ」 「僕の中は、すでに一人の女の子でいっぱいなんだ」 「やっぱそうか」 「やっぱり?」 「あのね。アンタ自覚なかったのかもしれないけど、ミエミエ!」 「アンタねぇ。キラフェス終わった辺りから、何かって言うとアゼルの事かまいまくってたじゃん」 「挙げ句にいそいそ迎えに行くわ、二人っきりで勉強会するわ、同棲始めるわ、毎食飯を作ってやるわ、仲良くおでかけするわ」 「あれするわこれするわそれするわ! これでミエミエじゃなかったら何がミエミエだってぇんだ!」 「同棲って……同じアパートの住人ってだけじゃ。それにあれこれそれって」 「黙らっしゃい! 黙秘権以外認めないね!」 「いい? アンタにはアタシにぐだぐだ文句を言われる義務があるの!」 「滅茶苦茶だぜ。でも、気持ちはわかるぜ」 「なんでぃなんでぃ、アタシなんか生まれた時から一緒だってぇのに、親同士が仲がよくて」 「しかも近所で、一緒に悪さして、遊びまくって、日頃の行いの良さを神様も祝福してくれていつも同じガッコの同じクラスで」 「せっせと餌付けしてたし、御両親から世話してやってねっていう錦の御旗まで貰って、後を追っかけて生徒会にまで入ったってぇのに!」 「何今更驚いてやがるこの唐茄子カボチャの唐変木の朴念仁のこんこんちきが! 普通誰でも気づくの!」 「俺様は気づいてたぜ」 「なんてこった! 僕はニンジンだったのか!」 「ニンジンでもゴボウでもとにかくスマートじゃないよアンタ!」 「まぁそんな朴念仁だからすっかり安心して油断してたら油断大敵火がぼうぼう! 3ヶ月前現れたポッと出に見事油揚げかっ掠われちまったよ!」 「ああもうもう! 悔しいったらありゃしない! 判ったか! このすっとこどっこいのぽんぽこぴーが!」 「はぁはぁぜぇぜぇ……」 ナナカは不意に手を二度打ち合わせた。 「おしまいおしまい」 「あーあ。言いたいこと言ったらスッキリした!」 「いい? アンタはアタシを振ったんだから、その分もしっかりやんな!」 「ならよし。じゃね!」 「って……ナナカ! どこへ行くんだよ!」 「アタシは今日、一日中スウィーツ食べまくりだい! 人はこれをやけ食いと言うのさ!」 「あら? 今日はふたりも欠席?」 「あ、だめぇお姉ちゃん! やめてよぉ!」 「私がナナちゃんの代理でーす」 「計算出来るの?」 「うぉぉぉ! あんなに搾り出されて! まさしくロケットおっぱい! リアちゃん最高!」 「指で数えられる範囲ならばっちりー」 「シンちゃん、アゼルちゃんとサリーちゃんにはあなたから伝えておいてね」 「あ、そんな、あうぅぅん! あ、くふぅ! やめてよ!」 アゼル忙しそうだけど、アパートでなら捕まえられるだろうし。 っていうか捕まえられるはず。 「でも、なんでサリーちゃんにまで?」 「はぁぁ……会計さんがいないと困りますね。突っ込み力が減少です」 「なんでやねーん」 「意味もなく突っ込んでもね」 「い、いい加減にして!」 「それで、諸君らに伝達する事項だが」 「本日現時点をもって、クルセイダースによる学園パトロール任務は終了とする」 「どうしてですか!」 「聖夜祭まであと半月を切った今、生徒会の諸君には聖夜祭の準備に全力を尽くして貰わなければならないからよ」 「なんだー。ナナちゃんとスイーツ食べ歩きは無理かー」 「随分余裕ね。スイーツ同好会だってメイド喫茶やるんでしょう?」 「おー! そういえばー!」 「でも、昨日の夜だって」 ヘレナさんは、机の上に一通の封書を置いた。 やや神経質そうだが綺麗な字で―― 「辞表?」 「理事長さんは理事長さんを辞めてしまうんですね! 副会長さん出番ですよ!」 「あら、随分と大きな野望ね」 「ち、違います! それに千軒院清羅って書いてあるじゃない!」 「千軒院先生が……?」 「今朝、職員室の机の上に置いてあったわ」 「……もしかして、千軒院先生も魔族だったんですか?」 「何言ってるのよ! 厳しいけれど立派な先生よ!」 「シンちゃんの言う通りよ。しかも七大魔将の一人」 「やっぱり新人さんは怪しいんだねー。セオリーとしてー」 「偶然だろ」 「彼女とパスタちゃんが学園に潜入し、あの魔族たちを指揮していたのよ。二人が消えた以上、当学園での魔族による大規模な活動は終了したと見て間違いないわ」 アゼルはいない……ここにならいるかと思ったんだけど。 「これが何の本の表紙か判りますか?」 「さぁ……私には判りかねます。ですが、少なくとも当図書館の蔵書では無いようですね」 「焼けているようですが、どこで?」 「中庭に落ちてたんです。高そうな本の表紙だったので蔵書だったら大変だって思って」 「アゼルさんなら今日もいらしてませんよ」 「何かあったのですか?」 アパートで会えばいいよね。 帰って来ないってことはないはずだもの。 「……いえ」 ここ数日はたまたま。 「こちらで預かっても宜しいですか? そちらが差し支えなければ調べてみましょう」 「帰りましたよ。彼」 「あ、ありがとう。その……居ると、言わないでくれて」 「何があったのですか?」 「シンと私の間には別に何も無い」 「そうは見えませんよ」 「アゼルさん。私では力になりませんか?」 「え……どういう意味だ?」 「私は生徒でもなければ、あなたと彼の間の事の当事者でもありません。ですから、私になら、あなたの問題を話しても差し支えない、と考えただけです」 「誰かに話したからと言って、解決にはなりませんが、心が軽くなる事はありますよ」 「差し出がましいかとは思いましたが、心に留めておいて下さい」 「ご免なさい」 「アゼル。話があるんだけど」 寝ちゃったのかな? 「アゼル。アゼル」 しょうがない。明日の朝にしよう。 ちょっと早めに起きれば、捕まえられるだろう。 「もう二度と現れないわよ」 「なに!? まさかお前、パスタが用済みだからと」 「失礼ね。パスタはニベと戦って敗北したのよ」 「お前……けしかけたな」 「違うわよ。昨日、魔法陣の起動試験をしたらニベが出てきて戦闘になったのよ。それで不幸にもね」 「もしかして昨日の騒ぎは」 「そういう事だ」 「ニベという魔族は?」 「この人、腹芸とか無理ね……」 「私が行った時には二人とも消えていたのよ」 「パスタが……」 「これで、最初の3人に戻ったな」 「そうね」 「ここで、あの日。我らは手を結んだのだったな」 「リ・クリエのために」 「主の御意思の儘に」 「誰もお互いの本当の目的は知らず。ただリ・クリエのために集った」 「少しだけ感慨深いわね。正直、ここまでお互いの背中を撃たずに続くとは思っていなかったわ」 「……主はリ・クリエをお望みだからだ」 「でも、望んでいない者達もいるわ」 「魔法陣が完成した今、その者達を倒す。というわけか」 「驚く事ではないでしょう? リ・クリエを妨害しそうな要素はどんな些細なものでも潰しておかなければね」 「……お前の意見は?」 「否は無い」 「あなただって反対しないでしょう? リ・クリエは神のご意志、それを望まない者はあなたの敵でもあるのだから」 「……全ては主の御意思の儘に」 「ふわぁぁ。カイチョーおっはよ!」 「今日ははやいね!」 「おお! ダイコンの味噌汁! おいしそ!」 「もうすぐ出来るから、アゼルも呼んで来て」 「らじゃー! まかせて!」 「シン様はよ、大家なんだから、アゼ公の部屋に合鍵で入っちまえばいいじゃねぇか」 「おはようのキスでもしてよ。ついでに押し倒しちまえばいいんだぜ」 「き、君は朝っぱらから何を言っているんだ!」 「今更だぜ、あいつにあんな派手にぶっかけたくせによ」 「い、いたっ!」 「ほらよ。絆創膏だぜ。俺様マークつきの可愛いやつだ」 「ありがとう……って、見てたの!?」 「シン様のは、顔に似合わずでかかったぜ」 「なにがでかかったの?」 「なな、なんでもない! アゼルは?」 「いないみたいだよ。玄関にもくつなかったし」 「こら! アンタ!」 「い、いきなりヘッドロック!? ぐぁぁぎぶぎぶぅ」 「アゼル、一昨日、昨日、今日と来てないじゃない! どういうことでぃ!」 「ぎぶぎぶぎぶぅ」 「嫉妬はこわいねー」 「勝負はついたんじゃねぇの?」 「長い春だったからー、そう簡単には整理がつかないんだよー」 「アンタら! アタシを哀れみの目で見るな!」 「アゼルは、写真を撮るために駆け回ってるだけだよ」 たぶん。 「アンタさ、仮にも生徒会長で大家なんだから、授業に出るように言いなさいよ」 「そうは思うんだけど、ここ三日ばかりアゼルと会えなくて」 「みっかぁ!?」 「うん。タイミング悪くて。それだけだから」 「タイミング悪いで済ますな! アンタ、避けられるようなことしたんでしょ!」 「だからアゼルは別に僕を避けたりしてるわけじゃ――」 「ニブチン」 「ニブチンだねー」 「シン。俺には判るぞ。女には言えない失敗をしたんだな」 エディは僕の肩を親しげに、ぽんぽんと叩くとささやいた。 「ぶっちゃけ早すぎたんだろ?」 「会長さんは、早すぎたんですね」 「な、何を言っているのよロロットさん!」 「アンタ、エディレベル」 「早すぎってなーに?」 「きっとね。シン君はアゼルちゃんにラーメンを作るとき、麺を湯がく時間が短すぎたんだよ」 「おー。それはサイアク。そんなまずいラーメン食べさせられたんじゃ、顔も見たくなくなるよ。もー絶交!」 「それはお前だけだぜ」 「先輩さん。早いと言うのは、そういう意味ではないんですよ。早すぎると腐ってしまうのですよ。だから男の人は女の人に呆れられてしまうのです」 「何が腐るの? おいしいものが腐るのはいやだ」 「やっぱりオマケさんは無知ですね。男女で腐ると言ったら、ずばり男です」 「カイチョー腐ってるのか! でも、おいしくなさそうだからいいや」 「シン君。聖夜祭まであと11日だけど、アゼルちゃんの撮影いっぱい残ってるの?」 「いえ、僕が4日前の朝、転送した時には、あと10人ってとこでしたけど」 「……咲良クン。危機意識なさ過ぎよ」 「はぁ……シンはありとあらゆる面で唐変木なんだから」 「あのね。無理矢理理由をつけて、あなたにすら会おうとしないのよ? 何かあるって思いなさい!」 「っていうか思え!」 「もしかして……僕って、ここ数日間、アゼルに避けられてる? やっぱり?」 「今更気づくな!」 「今日もいらしていませんよ」 これは……みんなの言うとおり本格的に避けられてるのか。 「アゼルは何か……その言ってませんでしたか? 僕のこととか」 「いえ。何も」 ちょっと前までは、僕がいつも迎えに来るとアゼルは仏頂面だけど、でも嬉しそうで。 一緒に帰っても文句も言わないようになって、不器用に喜んでくれて。 うまくいってると思ってたのに。 雨の夜。あんなことになっちゃった後だって。 お互い恥ずかしかったけど、それでも避けるなんて事はなかったのに。 「何か心当たりはおありですか?」 「……ありません」 無性に会いたかった。 ナナカに告白された日から、ずっと会っていない。 たった三日間なのに。3ヶ月前には僕の前にいなかった女の子なのに。 「アゼルさんの様子がおかしかったとかは?」 「ありません……」 アゼルは、目の前に出された紅茶のカップをじっと見つめたまま。 「これで……正しいのだ……」 「誰にとって正しいのですか?」 「主の御心に従っているだけだ」 「アゼルさんにとって正しいのですか?」 「私は主の言葉を信じている。敬虔な者は皆そうだ。敬虔でないものもそうするべきだ」 「主は常に正しい。正しさは主と共にある。他にはない。全ては主の御心の儘にあるべきだ」 そう一気に言うと、アゼルは紅茶を飲み干した。 「アゼルさんの心は、神の御意志と同一であるべきだ、ということですか?」 「……そうだ。そうあるべきだ」 「咲良くんを避けるのも、神の御意志ですか?」 「咲良くんを苦しめても?」 「……シンは……勝手に苦しんでいるだけだ。私には……関係ない」 アゼルは再び紅茶に口をつけたが空だった。 「では、アゼルさんの心はどこにあるのですか?」 「私の心は、主の正しさと共にある」 「彼が図書館から姿を消すまで、物陰から見つめているのは何故ですか?」 「それは、だって、私は――」 いきなり、アゼルは胸を押さえ、バランスを崩して椅子ごとひっくりかえった。 「ううっ。くぅぅぅぅっっ!」 「アゼルさん!?」 床の上でアゼルは胸をおさえて、横向きになり痙攣していた。 「なんでも……ない」 「なんでもないわけはないです!」 「なんでもない……しばらく静かにしていればよくなる……」 「咲良くんに連絡します」 「止めて!」 携帯を取り出し掛けたメリロットの手がとまった。 「お願いだ……誰にも言わないでくれ……特にシンには……」 メリロットは溜息とともに、携帯をしまった。 「判りました。ですが、連絡くらいは入れないと、彼心配しますよ」 「あそこに……帰りたくない」 「状況によっては艶っぽい台詞ですね」 「艶っぽい……?」 「今日だけですよ」 「何が……?」 「そんな状態のあなたを外へ放り出すわけにも行きませんから。今夜は私の所へ泊まってください」 「咲良くんが去った後であなたが来て、写真のことを話をしているうちに、遅くなったので私の所に泊まることになった、と伝えておきます」 「……そうしてくれ」 「はい。判りました……アゼルのことよろしくお願いします」 「アゼル。今夜はメリロットさんの所に泊まるって」 「こりゃ本格的に避けられてるぜ」 「テジュン!?」 さっぱり判らない。 いつから避けられてる? いつから僕らは話していない? ナナカに告白された日の朝からだ。 いや、違う。 ナナカとアゼルがそろって姿を消した昼休みからだ。 「こんなところで何の話? 期待していいのかな?」 「ごめん。ナナカの期待にはそえないと思う」 「はぁ……アンタ馬鹿正直だね」 「今週の月曜日の昼休み。ナナカいなかったよね」 「そうだったっけ?」 「アゼルもいなかった」 「あの子がいないのはいつもの事じゃん」 「アゼルとふたりで何を話したの?」 「さっちんが、教えてくれた」 「なにぃ!? いや、いくらさっちんでも言わないはず!」 「したんだ」 「あう……引っかけられた! しかもよりによってシンに!」 「よりによってってなんだよ」 「あの日以来、アゼルは僕を避けるようになった」 「だから知りたいと?」 僕は無言で頷いた。 「アンタさぁ。女の子どうしの秘密の話を知りたがるなんて、モテないよ」 「別にモテなくてもいいよ」 「あの子にも?」 「避けられてるよりマシだ」 「ここで話したよ。二人で」 「昼休みに人がいない場所なんて、ここくらいしかないもんね」 「あの子にアンタの事が好きなのかって聞いた」 「アゼルはなんて?」 「それがアタシに関係あるのかって聞き返して来たから、アタシは大ありだって言ってやった」 「アタシはシンを好きだからって。そしたら……」 「関係ないって言った?」 「ビンゴ! よくわかってるね。あの子のこと」 関係ない。無駄だ。非合理だ。不合理だ。暇つぶしだ。 アゼルがそう口に出す時。実はそう思っていない。 彼女が照れ混じりに口に出す言葉達。 いや、最初は言葉通りだったかもしれない。 でも、今は。 「アンタになんか譲ってやらないって言ってやったら――」 「勝手にしろ?」 意地っ張りのアゼルらしい言葉。 「……あはは」 「凄いじゃん。アタシにはあんなに朴念仁の唐変木だったのに」 「ご――」 ごめん、と言いかけて僕は口をつぐんだ。 「ううん。判ってる。アンタはアタシに恋してなかった。あの子には恋してる。いっつも見て考えてる。そんだけ」 「そんだけの違い。そんだけなのに地球と月くらいの違い。全然ちっとも不思議じゃない」 「全くもって不思議じゃないよ。あー妬けるね全く」 「ナナカっていいヤツだね」 「は? 告白する前に、わざわざ釘を刺しにいく女だよ?」 「アゼルが僕のこと好きって言ったら……告白しなかったでしょう?」 「応援しちゃうとか言うつもりだったんでしょ?」 ナナカは、ぷいっ、と横を向いた。 「さっさとデートでもなんでもしちまいやがれ! 今度の日曜日にでも!」 「う、うん頑張る」 ありがとうナナカ。 「あんまうぬぼれんな! アタシの理想の男はシンなんかじゃないんだから」 「かっこよくて、お金はなくてもいいけどあったほうがよくて、超絶クールでニヒルで二枚目で、でも小粋なジョークとかさらっと言えて」 「そのくせどっかかわいげがあって、スウィーツのよしあしだって一発で見抜いて」 「しかも自分でさくっと作ってくれちゃって、それが絶品で、その上、ソバを打つのがうまくて」 「丈夫で力持ちで、優しくて、いつもにこにこしてて、アタシがピンチになったら世界の果てから駆けつけてくれて華麗に助けてくれて」 「世界で一番好きなのはナナカだよって毎日毎日言ってくれるようなゴージャスでマーベラスでデリシャスな男なんだから!」 「よく撮れたかな?」 「多分」 「多分じゃだめっ!」 「だ、大丈夫だ」 「んじゃよし! 聖夜祭の展示楽しみにしてるから! 私はこれにてサラバっ!」 「ああ、忙しい忙しい忙しい!」 「これで……全員か」 「もうここにいる……意味はない」 帰ったのかな? それともまだ学園のどこかに居て、写真を撮っているのだろうか? 「昨日はありがとうございました」 「アゼルさんはお元気そうでしたよ」 「よかった……ちゃんと食べてましたか?」 「タマゴサンドとハムサンドを実においしそうに食べていらっしゃいましたよ」 「もし、アゼルさんがいらしたら、何か言づてはありますか?」 「僕には関係なくないから、って伝えてください」 「それと……僕は僕の勝手でアゼルに絶対に会うから、とも伝えてください」 「承りました」 「それだけですか?」 「大切なことは、本人に直接言います」 「迷惑をかけてすまない」 「関係なくないそうですよ」 「……わざわざ言わずともいい」 「それと、僕は僕の勝手でアゼルに絶対に会うから、だそうですよ」 「以上、伝えました。でも、大切な事は本人に直接おっしゃるそうです」 「このままだと聞けませんね」 「会いたい」 「会いにいけばいいではありませんか」 メリロットはアゼルに紅茶を出した。 「怖い」 「それに……会ってもどうしようもない」 「この世界はあと10日で消えてしまうのだから」 「それは随分と急な話ですね」 「……信じないだろうな」 「あと10日しかないなら、会っても仕方ないのですか?」 「冗談だ……この世界があと10日で消えるなど有り得ない。我ながらつまらない冗談だ」 アゼルはごまかすように紅茶に口をつけた。 「こういう考え方もありますよ。あと、10日しかないからこそ、会うべきだと」 「なぜだ!」 「これから10日間。会わないで苦しみ続けるのはそれだけですが、会えば何か変わるかも知れませんよ」 「だから……会えない」 「つまり、世界が消えるのは関係ないのですね」 「だからそれは……冗談だ」 「理由は怖いから、だけですね」 「なぜ怖いのですか?」 「彼に嫌われるのが怖いのですね」 「驚く事はありません。こういう状況で人が恐れを抱く事は、相手から嫌われる事だからです。一般論から導いた推理です」 「き、決めつけるな」 「咲良くんに嫌われると決まっているのですか?」 「決まっているかだと!?」 アゼルは激昂し椅子を後ろに転がしそうな勢いで立ち上がった。 「決まっている! だが仕方ないのだ! 私は私は私はっ!」 「私は?」 アゼルは力なく椅子にこしかけた。 「……いつでもいいですよ」 「話したくなったら話してください。待ちますよ」 「ちょっといいかしら?」 「いくらクルセイダースが強力になったとはいえ、一対一なら確実に勝てる、というわけよ」 「あなたはここにあの男を誘い出してくれるだけでいいのよ。簡単でしょう?」 「誘い出してどうする?」 「手を汚すのは私がやるわ」 「……殺すつもりか?」 一瞬。アゼルの姿が放出される霊力に揺らめいて輪郭が朧になった。 ソルティアは背後に飛び退り、右手小指を軽く噛んだ。 血が数滴、足元に飛び散る。 「我が支配の円環よ、その身裡を流れる混沌を我に流し込め!」 鮮血が燃え上がり、 ソルティアの足下の魔法陣が発光。 女教師の姿は陽炎のように揺らめき溶け崩れ、魔族の姿が現れる。 「一応聞くけど、どういうつもり?」 アゼルの両手の平に、燃え上がる十字の文様が浮かび上がった。 彼女を中心に海底のように濃密な霊力が、空間に広がっていく。 「そういうこと……所詮はかりそめの同盟というわけね!」 「この程度か」 「これは……恐らく、術式99の発展系ですね」 メリロットが顔をあげると、 夜空一面を、流星が流れ埋め尽くしていた。 「原初物質化? まさか!? どうして!? まだの筈!?」 「自惚れるな。お前らと私の間に最初から同盟などない」 「まさか! 絶対値でバイラスを超えるの!?」 「2倍……3倍……まだ上昇するの!?」 「あり得ない」 「でも、あり得るとしたら」 「この現象を引き起こす原因足りうるのは」 「ただ一つ」 「一つしかないわ」 「リ・クリエ!?」 「私は主の代行者にして執行者だ!」 「死ね」 ソルティアを囲む魔法陣の発光が消えた。 「別にいいわよ。私を殺しても」 吹き荒れる霊力の余波に、髪を靡かせながらソルティアは笑った。 「これだけの力があれば魔王だってニベだって殺せるでしょうからね」 「勿論、咲良シンだってね」 「そうすればリ・クリエを妨げる者はなにもないのだから。私がいなくても願いは叶う。だからここで死んだとしても構わないわ」 「私が……シンを殺す……」 「あなたは、私をここで殺して、次にバイラスを殺して、魔王が出てくれば魔王も殺して、最後には彼を殺す。その無双の力でね」 「もしあなたが彼を殺さなくても、リ・クリエが起きれば全てが死して生まれ変わる」 「それが神のご意志なのだから。結果としてあなたは彼を殺すのよ」 「うっ……くぅっ……くはぁっ」 アゼルはいきなり胸を押さえ、膝をついた。 「やめろ……」 「リ・クリエの敵を全て打ち倒すのが神の御意志でしょう? 神の御意志は絶対なのでしょう? あなたにとっては、ね」 「うぅっ……くぅっ……あ゛う゛ぅ」 「収まっていく……?」 「成る程ね。あなたの狂信は罅割れたのね」 「違う……私は……代行者」 ソルティアは膝をついたアゼルを憐憫と軽蔑もあらわに見下ろした。 「でも、今のあなたでは、私だって殺せないかもしれないわね」 「だからこそ、私が殺してあげるのよ。彼を」 「そんな事は……ゆる、うぅっ……」 「あなたが神の意志を代行するにあたって彼は障害になる。だからこそ、私が彼を排除してあげるのよ」 「なめるな……私はあいつを……」 「私が彼を殺してあげるわ。あなたが神の代行者であるために」 「神の御意志に逆らうつもり?」 「お前ごときが主の御意志を忖度するな! 私が主の代行者だ!」 血を吐くように叫んだアゼルに、冷ややかな声がかぶさる。 「リ・クリエは神の御意志。あなたの意志は神の御意志」 「リ・クリエに逆らう者は神の御意志に逆らう不届き者。神にとっての不届き者は、あなたにとってもそうでしょう?」 「当たり前だ!」 「なら、神の御意志に逆らう彼は、遅かれ早かれ排除しなくてはね。もっとも逆らわなくたって、神は全てを造り替えるつもりなのでしょうけど」 「あなたは手を汚さなくていいのだから感謝して欲しいくらいだわ」 「お前に……躊躇はないのか?」 「無いわ」 「お前だって……世界が滅びれば死ぬのだぞ」 「死ぬのなんて怖くないわ。私の望みは生まれ変わって天使になることだもの。以前、言ったでしょう?」 「馬鹿馬鹿しい。魔族であるお前が天使に……あり得ない」 「あなたは、全ての魔族は、天使達の末裔だと知ってるわよね?」 「知っている。堕天使どもだ」 「そこに注目した魔族の一団がいたのよ。彼らは考えた。平均的な魔族より平均的な天使の方が遥かに強力な戦闘力をもっている」 「ならば魔族の血に残る天使の形質を純化すれば、強力な霊力をもつ魔族が誕生するのではないかと」 「彼らは霊術の知識を収集し、更に魔族の中でも形態的に天使に近い血統の中だけで婚姻を繰り返して、幾世代にも渡ってその血を純化させていった」 「もしかして」 「そうよ。その一族の末裔が私。限りなく天使に近い魔族」 「天使の文字もそれなりに読めるし、霊術もそれなりに使える」 「だが……お前は……」 「そうね、私は魔族でしかない。全てそれなり。あなたの封印だって完全に読み解く事は出来ない」 「限りなく近いというのは、それでも同じではないという事の裏返しだものね」 「だから……生まれ変わればと……」 「一族は代々色々なアイデアを試して試して試し尽くした。でも、魔族を天使に作り変える方法は見つからなかった」 「リ・クリエで生まれ変わる以外、私が天使になる方法は無いのよ」 「最初から天使に生まれて来たあなたからすれば下らない夢でしょうね」 アゼルは何か言いかけて、結局、何も言わなかった。 「小さい頃から、お前は他の魔族とは違う、天使になれる特別な魔族なのだと聞かされて、その気になっているのよ」 「馬鹿馬鹿しいわよね。判ってはいるのよ」 「でも、夢を叶えるためだったらなんだってするわ」 「……天使と言うのは、そんなに大したものではないかもしれないぞ」 「ふふ」 「そうね。そうかもしれないわね。なってみれば、それはそれで不満を抱える事になるのでしょうね」 「それでも、私は、天使になりたい。それが、世界の滅びを招くとしてもね。世界の滅びより天使になれない事の方が恐ろしいもの」 そう言ったソルティアの表情はひどくあどけなくて、 アゼルは思わずライカを構えた。 僕は校門が開くより先に登校して、 朝の生徒会活動直前までねばったのだけど……。 「シン! メリロットさんに聞いて来たら、アゼル、泊まってないって!」 昨日、アゼルは電話でメリロットさんのところに泊まるって言ってたのに……。 「咲良クン! 心当たりはないの?」 「あったら行動してるよ」 「アゼルさんは、コンビニの駐車場で夜を明かしたのですよ」 「今の季節、それは寒いんじゃないかな」 「先輩さん。行き場のない少年少女達はコンビニの駐車場で夜を明かすものと決まっていると――」 「ガイドブックに書いてあったんでしょ」 「いいえ。TVでそう放送してました。ガイドブックには空桶ボックスで夜を明かすと書いてありましたが、おそらく情報が古いのでしょう」 「どっちも間違いだぜ」 「ですよね。変だと思ってたんですよ。空の桶とボックスは同じ箱ですから。馬から落ちて落馬したみたいですよね」 「教室にも来てないの? もしそうなら、お姉ちゃんに連絡するよ」 「その場合はアタシから先輩に連絡します」 「いや、僕が」 「咲良クン、携帯もってないでしょ」 「アゼルいないな……」 「じゃあリア先輩に――」 「おはよー。朝から深刻そうだねー」 「修羅場か! 憎いね色男!」 「あー、そういうことかー」 「いやそれ違うから。ねぇ、アゼル見かけなかった」 「見たよー。今朝、エントランスで写真撮ってたー」 「見間違えでしょ」 「ナナちゃんひどいよー。私だってクラスメイトの顔くらいは多分覚えてるよー」 「俺も見たぜ。朝練してたらグランドの隅っこにしばらく座ってたぜ」 「も、もしかして俺に気があるとかじゃ!? 親友との三角関係!? 燃えるぜ!」 「アホ」 学校には来てるのか……。 「アゼル殿なら先ほど休み時間に見かけましたぞ」 「え? どこで!!」 「旧校舎の方へ向かって歩いて――」 生徒会室か! 間違いなく僕は避けられている。 でも、なぜ? 転校して来たばかりの頃に戻っちゃったのか? でも、そうなら。アゼルは堂々と僕らを無視するはずだ。逃げるはずなんかない。 学園に姿を見せるはずもない。 アゼルは、授業時間中、ここで何をしていたのだろう? 僕はノートパソコンを立ち上げてみた。 アゼルが撮ったデータを収めてあるフォルダを開く。 新しい画像データがいくつも入っていた。 「アゼ公は転送作業してたんだぜ」 「出来るようになってたんだ」 何の変哲もない学園生活の写真ばかり。 日付からしてアゼルが僕を避けるようになってから撮ったらしい。 わざわざデータを転送するためだけにここへ来たのか。 僕は、アゼルが聖夜祭の展示のためにえりすぐった写真が入ってるフォルダの更新日時を調べた。 案の定、ついさっきだ。 「聖夜祭で展示する写真を選んでいたのか……」 「中見られれば手がかりがあるかもしれないぜ」 「パスワード知らないんだ」 考えてみれば、写真選びはアゼル自身がしてたんだから、データの転送だって出来たはずなんだ。 いつも僕がさせられているから何の根拠もなく出来ないって思ってたけど。 アゼルは自分で出来ることを、僕に頼んでさせていたのか。 なんで? 帰ったのかな? そうだといいな。 「あの。昨日は本当に」 「ええ。私の所にお泊りじゃありませんでしたよ」 「あなたに心配をかけたくなかったのでしょうね」 「……それなら、ちゃんと帰ってくればいいのに」 メリロットさんは、僕に紅茶を出してくれながら、 「帰りたくない時もありますよ」 「あったんですか?」 「一般論ですよ」 「昨日はどうしてたのですか?」 「嘘に使ってすまなかった」 「嘘をつきたくなる時もありますよ」 「あったのか?」 「ですが、一つ忠告を。嘘をつくなら口裏を合わせておくものです」 「それで、今日はどうするのですか?」 「このまま逃げているわけには行かないと思いますよ」 「こんなとこにいつまでも立ってたら風邪ひいちまうぜ。帰ろうぜ」 「あ、カイチョーこんばんわ」 オデロークは、大きな袋をもっていた。 匂いから察するに牛丼がいっぱい入っているっぽい。 「カイチョー、どうした? ここ、長い立ってる、風邪ひく」 「ほら、こいつも言ってるぜ」 「あのさ。二人はアゼル見かけなかった?」 「今日は見かけてないよ」 「アゼル。あの、カイチョー、いっしょ、オデ、心配してくれた、女?」 「オデ、見た」 「どこで!」 「今朝、オデ、ジョギング中、カイチョーのアパート前、中から、出てくる。見た」 中から出てきたってことは、こっそり帰っていたのか! 「お前、ジョギングなんかしてるのかよ」 「ジョギング、体いい。飯、うまくなる。オデ、しあわせ」 「何時ごろ?」 「オデ、見た、朝、6時頃」 こっそり帰ってこっそり出て行ってたんだ。ちょっとホッとした。 「サリーちゃんは何か物音とかに気づかなかった?」 「今朝の6時なんて大昔のこと忘れちゃったよ。よく寝てたし」 「役に立たないぜ」 「いつもよく寝てる君が言っても」 「こんな夜遅くに何をしているのかしら?」 「……何の用だ」 「最終確認よ。咲良シンを誘き出してくれるのを忘れてたら困るもの」 「ああ、失礼。そんな必要は無かったわよね。神の御意志があなたの意志なのだものね」 「神の代行者が、神の御意志に逆らったら、何になるのかしら? 堕天使かしらね? あなたに限ってはありえないでしょうけど」 「では、また後で」 「ふわぁ……カイチョー、先に寝るよ」 「お休み」 「おやふみなはぁい……ふわぁぁ」 「シン様よ。アゼ公が帰ってくると思ってんのか?」 「しょうがねぇな。つきあってやるぜ」 「ふわぁ……魔王様よ。もう0時だぜ。ふわぁぁぁぁぁ……」 「帰ってくるよ」 「ぐうぐう……」 「……寝たな」 暗い玄関に小柄な人影が滑り込んでくる。 僕が暗闇の一部になったみたいに息を殺して見つめていると、人影は靴を脱ぎ、足音を立てずに階段へと向かった。 階段の下で棒立ちになってるアゼルに―― 「ば、馬鹿! なぜ起きている!?」 「アゼルを待ってた」 アゼルの顔が少し青ざめて見えたのは、照明のせいだろう。 「アゼルに会いたかったから」 「会えてよかった」 「私は……会いたくなど……」 「いろいろ話したいことがあるんだ」 「今日は遅いから、明日でもいいけど」 「これが……主の御意志なのか……御試しなのか……全て判っていらっしゃるのか……」 「今でいい。着替えてくる」 「じゃあ、僕の部屋じゃサリーちゃん起こしちゃうかもしれないから。台所で」 「散歩がしたい」 「よく似合ってる」 「そ、そうか?」 「可愛い」 「ば、馬鹿!」 「もっと着ればいいのに」 「面倒くさい」 「じゃあ、なんで今夜は着たの?」 「たまには着てやろうと思っただけだ……別に深い意味はない」 「でも……可愛いと思うのか……?」 「うん。本当にそう思うよ」 「べ、別にシンがどう思おうとどうでもいい!」 アゼルはぶっきらぼうに言うと、足早になった。 すぐに並ぶ。 「ねぇ、ここ三日間、ちゃんとご飯食べてた?」 「シンには関係ない」 「ちゃんと食べてたならいいんだ。だって、アゼルって、放っておくとヴァンダインゼリーだけ食べてるイメージがあるから」 「シンは私をどういう目で見ているんだ」 「会ったばかりの頃はそうだったじゃん」 「……そうだったな」 「ラーメン食べに行ってから変わったよね」 「五ツ星飯店に、また食べに行こうね」 「あ、ごほん。別に……ラーメンなどどうでもいい……」 どうやって先立つものを用意するかが問題だけど、絶対につれていってあげなくちゃ。 「今度は違うラーメンを奢ってあげるよ」 「……待て。シンはお金がないのだろう?」 「気にしないで」 「気にする。自分の分は自分で払う」 「でも、言い出したのは僕だし」 「遠慮するな」 って、ラーメンの話をしている場合じゃないだろう! もっと重要なことがある。 「ラーメンの事はとりあえず置いておいて」 「重要だ」 「話したいことがあるんだ」 「ええとね」 いざ話そうとすると、うまく切り出せない。 しっかりしろ生徒会長! 「……昔は、味などどうでも良かったのだ」 「あ、うん。そうだったね」 「過不足なく栄養が摂取出来ればよかった、なのに……私は堕落した」 「そんな大袈裟な。っていうか、楽しく食事をする方が、健康にもいいって何かで言ってた気がするよ。健康によくなくたって楽しい方がいいけどね」 「食事は単なる栄養補給だ」 「今でもそう思ってる?」 「あ、だから、それはいいんだ。ラーメンの事は。話したいことって言うのは」 「昨夜。プールで泳いでいた。いや浮いていた」 一瞬なんのことか判らなかったけど、 「もしかして……また勝手にプールを使ったの!?」 「誰にも見られていない。問題無い」 「いや、問題あるって」 「シンに見られて以降、隠蔽を厳にした結果、問題は発生していない」 「……許可とってね」 「閉門後に関しては、許可の必要を定めた規則はない。調べた」 「そんな事態を想定していないだけだよ」 「浮くと、重力が消える。体を支える必要がなくなる。軽やかになる。だからプールで浮いてるのが好きだった」 「だったって? じゃあ今は?」 「重力は消えている訳ではない。浮力で誤魔化されているだけだ。重力は私を縛り付け続けている。不自由な肉体から逃れられない」 「僕は不自由とか思ったことないけど」 あ、そうか。 アゼルは天使なんだものな。 天界ってとこがどういう所かはいまいちピンと来ないけど、みんながラッパ吹きながら空飛んでいるような世界なのかもしれない。 「嫌なの?」 「肌を水がくすぐる感触も、かすかに聞こえる水音も、塩素が混ざった水のにおいも嫌いではなくなってしまった」 「まるで、嫌いでいたかったみたいだね」 「昔は、この世界の何もかもが嫌いだった」 アゼルは不意に立ち止まると、僕を見た。 その顔は哀しそうに見えた。 立ち尽くすアゼルの背後に広がる月ノ尾公園の茂みが作る暗い影は、その小柄な姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。 頭の芯でかすかに鳴り響く違和感。 この感覚は……結界!? アゼルは今にも泣きそうに見えた。壊れてしまいそうだった。 「この世界を、嫌いでなければいけなかったのだ」 「嫌いでなければならなかった!」 不意にアゼルは駆け出し、遠ざかる。 「アゼル!? 待って!」 「アゼル! どこ!?」 頭の芯で鋭く鳴り響く違和感は、ますますひどくなる。 胸騒ぎがする。 「アゼル! そっちは駄目!」 僕は走りながら胸元のロザリオを握り締めた。 天使の加護を呼び出す唱句が脳裏に浮かぶ。 霊力が渦巻き、僕は駆けながら変身した。 「どうして来る!?」 「放っておけないよ。だって僕は――」 アゼルが僕の背後を見た。 急速に膨れ上がる魔力と高熱の気配を背中に感じ、 咄嗟に前へ身を投げ出すと、髪の毛を焦がすほどの熱が頭上を通り過ぎていった。 公園の木々が数本一瞬で燃え上がるのを感じながら、起き上がり振り向くと、 「ちっ……」 戦慄した。 深海の澱みの如く濃い魔力を纏った女だった。間違いなく魔族。しかも今までで最強。 前を向いたまま声をかける。 僕はアゼルを庇うように位置を取り、女魔族と対峙。 「お前は誰だ!」 女は右手小指を軽く噛んだ。血が数滴足元に飛び散る。 血に濡れた唇から冷え冷えとした声がつむぎだされた。 「誰でもいいでしょう? あなたはもうすぐ死ぬんだから」 どことなく見覚えがあった。 そして、女の魔族で、体型から判断してパスタじゃないほうと言ったら……。 「千軒院先生!?」 飛び散った鮮血が燃え上がり、 女の足下を取り巻いて炎が奔り、怪しげな模様が浮かび上がった。 「ソルティア!?」 「現れたの?」 ヘレナはキューを置くと、携帯電話を手に取った。 「繋がらないわ」 「恐らく流星町の各所に配置された魔法陣が一斉に起動しているのでしょう。ここまで派手にやるとは……」 「民子ちゃんを呼ぶ?」 「人が敵う相手ではありません」 「バイラスも現れるかしら?」 「それは判りません。ですが、行かなくては」 「負け逃げは駄目よ?」 「負け逃げなんて言葉はありませんよ。続きはあとで」 女の背後に、眩しい光点が3つ浮かび上がったと思うと、それは3本の青白い光線となり僕に迫ってくる! 咄嗟に構えた武器で弾き飛ばす! 逸れた光線が公園の各所に落ちて木々を燃え上がらせている。 腕が痺れる。力を根こそぎもっていかれそうになる重い攻撃だ。 「やはり、成長しているわね、でも」 「これならどうかしら?」 女の背後に、10を越える光点が浮かび上がった。 受けきれるか? だが、引き下がるわけにはいかない。 僕の背後にはアゼルがいる。驚きの余り硬直しているのか動けないようだ。 アゼルだけは傷つけたくない。 10を越える光の矢が僕に迫ってくる。 落ち着け! 特訓を思い出せ! なんとか凌いだ! 魔法を使えば魔力の補充が必要になるはず。 今度はこっちの番―― 連射できるのか!? 「待っていたよ。魔女」 「俺を倒さねば魔王の元にはいけない」 「咲良くん……」 「やはり、か」 「俺と踊ってもらおうか魔女よ」 「あなたと踊っている暇はありません」 「つれないな。だが、強引にするのも嫌いじゃない」 「戯言につきあってる暇はありません」 「面白い!」 「加速の魔法か」 「これでもついて来るのですか!?」 「意図が判っていれば予測はたやすい」 「では、上回るまでです!」 「あなたの視認可能速度を上回っているはずなのに……化け物ですね」 「魔女に褒められるとは鼻が高い」 「しつこい男は嫌われますよ」 「是が非でもお前と踊りたいのでね」 「うぐぅっ!」 メリロットの体が吹き飛ばされた! 「同じステップばかりでは飽きる」 「しつこい上に飽きっぽいとは、かなり駄目な男ですね」 二人は距離を取って対峙。 「さぁ、次はどうする?」 メリロットの右手が、すっと上がった。 「縛れ!」 赤い光が縄のようになってバイラスを縛り上げる 「成るほど。先ほどの無駄と思えた動きはこれを編む為か」 「だが、この程度の結界」 メリロットは、ごく自然な仕草で、スカートのポケットに手を入れると、ペンライトを取り出した。 虚をつかれたバイラスの視線は、光りはじめたペンライトの先端に吸い寄せられた。 「見なさい」 ペンライトを持つ手が踊った。 光る先端は、バイラスの視界に、くっきりと残像を刻んだ。 「燃やせ」 「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 バイラスが燃え上がった。 「私はしつこい男が嫌いなんです」 立ち去るメリロットを松明のようになったバイラスの焔が照らす。 全身から吹き上げる炎は、人間界にとどまるための肉体を破壊していく。 「はははっ! いいぞいいぞ! こうでなければ!」 メリロットは足を止めた。 「こぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 バイラスの体から噴きあがる炎がたちまち収まっていく。 メリロットの顔から血の気が引いた。 「馬鹿な!?」 「ペンライトの残像で相手の脳内に魔法陣を描いて、それを発動させ相手の体内に蓄えられた魔力を爆発させる、か……」 「魔法陣というのは、一瞬でも完全に像を結んでいれば、発動するものだからな」 「魔力量が巨大な相手にほど効果がある」 「力づくで抑えたと言うのですか!?」 バイラスの腕が一閃した。 拘束していた結界は他愛なく弾け飛ぶ。 「完全に像を結んでいれば、抑え切れなかったよ」 「あの僅かの時間で、原理を察して位置をずらすなんて……」 「察してはいない。ずらしたのは反射行動さ」 「……狂戦士め」 「さて、そろそろ魔王は殺されたかな?」 「させるものですか!」 メリロットの叫びに答えもせず、バイラスはつぶやいた。 「だとしたらつまらない幕切れだ」 「ソルティア程度に敗北する魔王など、いらない」 「ぐぁぁぁぁぁぁ!」 アゼルの悲痛なつぶやきが背後から聞こえた。 「だいじょう……ぶ……」 僕は武器を杖代わりにして立ち上がった。 武器を伝って流れ落ちるのは僕の血か。 「まだ生きてるとは流石ね」 「これくらいじゃ……倒れない」 体の半分くらい感覚がない。 口の中にも血の味が広がっている。 これは口の中を切ったとかじゃない。内臓かなんかをやられた感じだ。 血でズボンが足にはりついて、冷たくて熱い。 「もう……やめろ……」 「アゼルは動けるようになった?」 「……もう、よせ……よしてくれ……」 まだみたいだ。 僕がここからどいたら、アゼルに光線が命中する。 アゼルが動けるようになるまで時間を稼ぐんだ。 女魔族の背後に、数えるのも嫌な数の光点が浮かび上がった。 「恨むなら神を恨むのね。つまり後ろの女を」 無数の青白い光の槍が迫ってくる! もう、腕も足もほとんど動かなかった。 だから、僕のできることは一つしかない。 「あ……ああ……」 立っていられなかった。 痛みもなにもなかった。それとも痛すぎて全部感覚が飛んじゃったのか。 僕の両膝が地面に勝手についた。 顔をあげていられなくて、うつむくと、なぜかアゼルの姿が見えた。 振り返ってもいないのに、僕の後ろにいるはずのアゼルの姿が見えた。 あれ、おかしいな。おかしいな。 でも、アゼルは大丈夫だったみたいだ。僕が盾になったのは無駄じゃなかった。 「あ……あ……シン……シン……」 何か言おうとしたけど、口の中に血がこみあげてきて喋れない。 なんで振り返ってもいないのにアゼルの姿が見えてるか判った。 僕の胸に大きな穴があいて 「いやだ! いやだ! こんなのは、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「この現象! この波動! リ・クリエ!?」 「くぁっ!」 吹き荒れる力に、メリロットは吹き飛ばされ、バイラスは狂奔する世界の中で笑った。 「はははははは! そうか! そういうことか! 成る程、世界は残酷で滑稽だな」 「こんなのはいやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! いやっ、いやっ、いやぁぁぁぁっ!」 いきなり五感が戻って来た。 「な、なぜ……なぜ生き返るの!?」 「お前は、アゼルを泣かせた!」 体に満ち満ちている熱さは、怒りなのか。それとも力なのか。 きっとその両方。 「シン! シン!」 「覚醒してしまったの!? そんな……まさか!」 見なくても、アゼルが地面に倒れているのが判った。 目の前の女魔族がおびえているのが判った。 公園のどの木が倒れ、どの木が燃え上がっているかまで全て判った。 巨大な力を持つ魔族がもう一人公園にいるのも判った。 僕は武器を拾い立ち上がった。 「アゼルに手を出すな!」 僕の中で燃え上がる熱が膨れ上がっていく。 肉体という枠を超えて、広がっていく。 その力で全身を熱くして、僕は駆け出す。 「でも、この姿は……くっ!」 女魔族の背後に、24個の光点が浮かび上がった。 怒りに支配された僕の心の中に、哀れみが浮かび上がるほどか弱い力だった。 蝿が止まりそうな程の速度で緩慢に迫ってくる光の槍を僕は武器で払いのけた。 公園をこれ以上壊さないために、上空へはじき返す余裕すらあった。 「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な!」 僕は女魔族の攻撃をことごとく払いのけながら、接近。 恐怖に歪む顔が目の前に見えた。 「全ての力よ。金属より硬い盾となれ!」 女魔族の前に役に立ちそうもない魔力の盾が出現した。 僕は武器を振るった。 熱したナイフでバターを切るようだった。 盾は打ち破られる瞬間に発光してはちぎれていく。 そして刃が女魔族の右肩に入り、左わき腹から抜けていった。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「アゼル。もう大丈夫だよ」 アゼルは座り込んだまま、僕を見あげた。 「……ごめんなさい」 「謝る事なんかないよ」 「でも、でもっ! 私は……私は!」 「さぁ帰ろう。立てる?」 僕は手を差し出した。アゼルはおずおずと手を伸ばして来た。 熱い手が汗で濡れていた。 引っ張りあげる力の加減が悪かったのか、立ち上がったアゼルはよろけて僕に抱きつく形になった。 「ごめん。力入れすぎちゃった?」 「違う……」 アゼルの手が僕の背中に回された。まるで僕の存在を確かめるように背を肩を撫でた。 汗のにおいがした。震えていた。 「あ、アゼル!? どうしたの!? 凄い汗だし熱も」 「シン……私なんかのために……私なんかのためにあんな目に……ごめんなさいごめんなさい」 思わず抱き返して、 「いいんだよ。アゼルが無事なら」 「でも、でもっ、でも! 私のせいでシンは死ぬような目に……私が悪いのに……私がみんな悪いというのに!」 息がかかるほどの至近距離からこちらを見上げる瞳は潤んでいた。 「ぜんぜん平気だよ。アゼルの為なら、だって、その、あの、僕は――」 「こうなるかもって……考えなかったわけじゃなかったわ……」 「それにしても……あなた……無駄な苦しみを背負ったわね……」 いや、こちらじゃない。アゼルを見ていた。 「結末は決まっているのに……それは……あなたが一番よく……判っていた事なのに……不思議ね……」 その声は、なぜか哀れむような響きを帯びていた。 「……あなたが……リ・クリエが神の御意志が……私を……天使にしてくれる……そうしたらまた会いましょう……」 千軒院先生だったかもしれない女魔族の体が完全に崩れた。 「あの人が最後に言っていたのって……どういう意味だろう?」 明らかに、あの魔族はアゼルに話しかけていた。 「判らない……」 知り合いって事はないだろうし。 「……シン?」 強力な魔族の気配をすぐ近くに感じた。 僕は、アゼルをその気配から庇うように動いた。 「誰だ!?」 「バイラス」 青年からは、それだけで何者か判るだろう、と言わんばかりの傲慢と自信が放射されていた。 体格はアーディンよりもほっそりしていたし、オデロークのような異様さもない、メルファスより背も低い。 だが、確かにこの青年はバイラスに間違いないという確信があった。 「魔力も気配も消しているつもりだったのだがな。ニベ程は出来ないか」 「お初お目にかかる。咲良シン。そして、伝説の魔王よ」 背後でアゼルが息を呑む気配がした。 「な、何のことかな……?」 とりあえず空とぼけてみる。無駄そうだけど。 バイラスがいきなり動いた! 3メートル程の距離が一瞬でゼロになる。 早いっ! 咄嗟に、胸の前で腕をクロスさせて拳を防いだ。それでも僕が少し後じさりせざる得ないほど重い拳。 「うくぅっ」 「防がれたか。こうでなくてはな!」 バイラスは楽しそうに笑っていた。 だが、こちらはそれどころじゃない。 背筋を冷たい汗が伝い落ちる。 僅かの遣り取りで理解してしまった。 バイラスの力は、魔王である僕を上回っている。 こんなことじゃ、こいつからアゼルを守れない。 それでも僕は―― 「実に楽しいが、今夜はここまでだな」 「魔王よ。今夜は早く帰って休んだ方がいい。覚醒したばかりは不安定で、反動が来るからな」 「反動……? う……」 いきなり、体から力が抜けた。 穴のあいたバケツから水が流れ出すように止めようがない。 そして、全身を浸していく激痛。 余りの痛みに気力が奪われて、変身までがほどけていく。 「使っていない部位を酷使したのだからそうなって当然だ」 今にも倒れてしまいそうだったけど、気力を奮ってバイラスを睨み付けた。 バイラスは本当に楽しそうで、憎らしいほどだった。 「リ・クリエの日が楽しみだよ」 「んんん……」 泥でも流し込まれたように全身がだるい。 すぐ傍らの気配に目を向ければ、アゼルが枕元に座って、夜の冷たい光の中で、静かに涙を流していた。 涙は透き通っていてきれいだった。 「おい、アゼル。シン様起きたぜ」 濡れた瞳が見開かれ、僕を見下ろした。 体中がしびれて、口がうまく動かせない。 それに何もかもがひどく億劫で、気を抜くとすぐ眠ってしまいそうだ。 でも、なんとか声を出した。 「心配かけてごめんね」 アゼルは首を横に振った。 心配などしていない。と昔のアゼルなら言っただろうな、と思った。 「アゼルは怪我してないよね?」 アゼルは小さくうなずいた。 「私など心配される資格はない」 「私はお前を……」 「お前は……」 アゼルはためらった末に、口を再び開いた。 「魔王……なのだな?」 「隠していて……ごめんね」 「もしかして……運んでくれたのも……アゼル?」 「魔族だったぜ」 「噂のバイラス」 「あいつ、俺様の正体も見抜きやがった」 バイラスは、どういうつもりなんだろう? 頭が働かない。すごくだるい。疲れている。 不意に、アゼルが立ち上がりかけて、よろめき、ひざをついた。 咄嗟に出した手が、僕の首を挟むように置かれた。 アゼルの顔が目の前にあってドキドキしてしまう。 「無理すんなよ。5時間くらい正座してりゃそうなるぜ」 「5時間も……?」 僕の首の両側を、アゼルの両手が包み込んだ。 妙に熱い手の平だった。 「うっ……くぅっ……ああっ」 首を圧迫する手の平の力が強くなった。 「ううっ……あ、アゼル……何を……」 「アゼル! お前、それ……洒落にならないぜ!」 首を絞める力が抜けた。 「ごほっ、ごほっ……え……?」 僕の顔に、何かあたたかい水滴が降ってきた。 「アゼル……どうして泣いてるの?」 手が離れた。 アゼルが遠ざかる気配がした。 ノートパソコンをチェックしたけど、あれからアゼルが新しいデータを入れた痕跡はなかった。 「昨日のアレって、なんだったのかしら?」 「俺様もシン様もぐーすか寝てたから気づかなかったぜ」 「しょうがない人たちね」 「ニュースでは、公園の下にあるガスの配管に火が入って爆発したって言ってましたよ」 今朝、アゼルはアパートにいなかった。 サリーちゃんもパッキーも出て行ったのに気づかなかったと言う。 「でも……違うんじゃない? アレ」 「魔力か……霊力の気配がしたよ」 「魔族同士が争ってたとか?」 「この前もそんなことあったよね」 「咲良クン。メリロットさんにアレ調べてもらったんでしょ? 何か聞いてないの?」 もう一度、写真のデータが入ったフォルダをチェックする。 新しいデータは入っていない。 「おい、シン様」 「咲良クン! 聞いてないの!?」 「あ、ええと……御免なさい」 「聖夜祭も近いのだからしっかりして」 「これがつまり、昼行灯というやつですね。昼間、灯りをつけていると勿体無いという意味なのですよ。今は電気だからいいんです」 「今の状況と、全然関係ないじゃない」 「あれ? 変ですね? ここだ! と私の第六感が囁いたのですが」 「シン君。今日、変だよ」 「そうです。変なのは会長さんなんですよ」 「咲良クンが変なのはいつものことよ」 「そういうことじゃなくて」 写真屋さんに聞いてみたら、アゼルは一時間ほど前に現れて、出来た写真を引き取っていったという。 「そう気を落とすなよ。少なくとも一時間前まで、アゼルはこの町にいたってことだぜ」 「戻ってるかもしれないぜ」 ホントにそう思う? と聞こうと思ったけどやめた。 気を使ってくれているんだろう、と気づいたからだ。 「単刀直入に聞く。なんかあったの?」 「別に何も」 「ウソつけ。幼馴染みを舐めるな!」 「さっきだって心ここにあらずって感じだったし、変だなーと思ってつけてみたら、写真屋から妙にがっかりした顔で出てくるし」 「ズバリ、アゼルがらみ?」 「振られた?」 「違う……と思う。っていうか告白してないし」 「アタシを振っておいて告白してないだとぉ!?」 「な、なんだってぇ!」 「い、今の声は!?」 振り返れば電柱の影にシナオバ!? 「わわっ、まずっ」 「……これで全部」 シナオバから逃げてやって来たここで、僕はほぼ全部しゃべった。 喋らなかったのは、僕が重傷を負ったこと、アゼルが僕の首を絞めようとしたこと。 それだけだった。 「……あの騒ぎはそういうことだったんだ」 「さっき、みんなに話せばよかった」 「そんな余裕なかったでしょ?」 「それはそうだったけど……」 「それに、アンタが魔王だってことも言わなくちゃならなくなってたじゃん」 「やっぱ怖い?」 「怖かった……でも、ナナカに話したら勇気がでたよ」 「みんなにも話すんだ」 「聖沙は『魔王、勝負よ!』とか言いそう」 「それくらいで済めばいいけど」 ナナカは僕の顔をしげしげと見た。 「それにしても……アンタが魔王ねぇ……」 「隠しててごめん」 「あやまんなくていいよ。アタシだって隠すよ」 「でも、シンには言っただろうなぁ」 「ウソウソ。アタシだって話さなかっただろうね。やっぱ反応が怖いもん」 「実は信じてねぇだろ。ソバ」 「信じられないような事だけど、シンが嘘言ってないのは判る」 幼馴染みはありがたい。 「ありがと」 「いえいえ、長い付き合いですから」 「僕が魔王だって知ったから、アゼル出て行っちゃったのかな?」 「そうだったら、枕元に座ってなんかいないで、逃げるって」 「でも、きっかけの一つではあったと思うけどね。あ、でもそれは、シンが魔王だから怖いとか、シンが嫌いになったとかそういうのじゃないと思う」 「そりゃ、アゼルはアンタのこと好きだから。間違いなく」 「……そうなのかな」 「あのね。アンタはアタシの好きになった男の子なんだから、自信もちなさい」 「でも、ちょっと妬けちゃう」 「もし、一緒にいたのがアタシだったら、アンタ魔王になれたかな?」 なれた、と答えようとしたけど、心の中の何かが僕を押しとどめた。 ナナカはちょっとさびしそうに笑った。 「ま、アタシじゃ一緒に夜の散歩なんかしないか」 「でも、大丈夫でしょ。帰ってくるよアゼルは」 「だって、他に帰るとこなんかないでしょ?」 「帰る場所などないぞ。代行者よ」 背後からの声に対して、ブランコに座ったままのアゼルは振り返りもせず、 「私は疾うに故郷を捨てた」 「咲良シンの側にいると、体に変調が起こったか?」 「体が勝手に動き あの男を殺そうとしたか?」 アゼルははじかれたように振り向いた。 「矢張りそうか。リ・クリエを宿している以上、当然だな」 「リ・クリエと魔王は相反する存在。運命に導かれ踊るのが定めだからな」 「……いつから?」 「咲良シンが魔王であることは、かなり以前から確信していた」 「確信していただと!?」 「魔王というのは、天使、魔族、人間全てを惹き付け協同させる存在だ」 「そんなことは聞いた事がないぞ!」 「話していないからな」 「そして事態の中心に3者が自然と混合している組織があり、その中心に咲良シンがいた」 「では、なぜ覚醒する前にあの男を」 バイラスは愉快そうに笑っただけだった。 「覚醒するのを待っていたのか!」 「神の意志に従い全てを滅ぼすのだろう? 滅びの遅い早いなど微々たる差だ」 「なら、ここでお前を滅ぼしても問題ないのだな」 「出来るものならな」 「舐めるな!」 小さな体から霊力が溢れかけたが アゼルはすぐ苦しみだし、うずくまった。 「武器が使用者の意志に反して使われては困る、ということか」 「そもそも、お前の霊力容量は異常だ。普通あり得ない。その事に神の作為を感じるのは考えすぎかな?」 「私が……私が! 神が用意した武器に過ぎないとでもいうのか!」 「可能性だ」 「うるさいっ! 私は武器なんかじゃない! ああっ。うくぅぅぅぅぅ」 アゼルは立ち上がろうとして、再び膝をついた 「お前を害さないのが……主の御意志だというのか……ありえない……」 「俺は魔王の敵だ」 アゼルの目が見開かれた。 「私の意志が主の御意志にそっていなかったというのか!」 バイラスは答えず、公園の出口へと歩き出した。 「私は! 神の代行者! リ・クリエの使徒だ! 私は主に選ばれたのだ! 私は!」 立ち去る影は立ち止まり振り返った。 「なら、最後まで俺とつきあってもらおう。破滅の縁まで」 「カイチョーおはよー」 「おはよう……」 「ぐぅすぅ……リアちゃん……」 「もしかして、一晩中アゼル待ってた?」 結局、アゼルは帰ってこなかった。 「きっと、あちこちのガラスを割ってるんだよ。面白そう」 「なんでガラスを?」 「外泊するのは不良で、不良はガラスを割るってロロちーが言ってた」 「アゼルはそんなことしてないよ」 「オソバ!」 「なにっ! 食うぜ!」 「うわ! パンダが二匹!」 「そんなに寝不足そう?」 「すごいクマが出来てる」 「そうだ! アゼルがいないってことは……オソバ余るって事じゃん!」 「アタシ食べる!」 「ちょっとは心配しろよ」 「知り合いに100年くらい会わないなんてよくあることじゃん」 「それ、魔族だから」 「あれ……このデジカメ」 台所のテーブルの上に、生徒会がアゼルに預けたデジカメが、ぽつんと置いてあった。 「帰って来るだろうとか、安請け合いしちゃって、ごめん」 「やっぱり僕が魔王だから……」 「違うって!」 アゼルが失踪するのは初めてじゃない。 前だって、メリロットさんのとこに泊まるとか嘘ついたことがあった。 でも、デジカメを置いていくなんて……。 「シン様よ。薄情な女は切っちまって、新しい愛を探そうぜ」 「きっと、なんか事情が――」 「アゼルはそんな子じゃないよ!」 「けっ。ソバ。お前って損な性格してるぜ」 「ハマプ!?」 ナナカに話したことをみんなにも話して。 「ホントだ……凄い力を感じる……」 「聞いてはいたけど……こりゃすごい」 変身してみせたら、みんな納得してくれた。 「アゼルさんの目の前で千軒院先生をボッコボコにしたんですか。校内暴力というやつですね」 「それは違うんじゃないかな……?」 「アゼルさんが怯えて逃げ出すわけですね」 「容赦ないなお前」 「咲良クンが魔王ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 「本気で冗談だと思ってたのかよ」 「今まで黙っていてごめ――」 「ごめんで済むわけないでしょう! 凄い裏切りだわ!」 「そう言う聖沙は、自分がある日突然魔王だとか言われたら、どうするのさ!」 「もちろん! 魔王として恥ずかしくないふるまいをするように頑張るわよ!」 「それはどういう意味なのかな?」 「やはり女をお菓子にして、男はちょん切るのですね」 「しないわよ! 魔王の力を社会正義のため公明正大に使うに決まっています!」 「シンだって、魔王の力を使って悪さなんかしてないじゃん!」 「私だったら、もっとうまく使うわ!」 「なんか話がずれてる気がするよ」 「とにかく! 一緒に戦い切磋琢磨してきた仲間にもこんな重大事を隠していたのは許せないわ!」 「……魔王だってことに怒っているんじゃないんだ?」 「そ、それにも怒ってるわよ!」 「流石は私の生徒会です! クルセイダースです! こうでなくっちゃいけません!」 「いつのまにか魔王を味方にしていたとは! 最高です!」 「ポ、ポジティブね……」 「前のめりと言ってください。前向きよりさらに前向きです」 「転ぶだろう」 「敵に回すと怖い人でも、味方にすれば100人力です!」 「それに味方なら闇討ちするのも楽ですし」 「いやな味方だなぁ」 「聖沙ちゃんは、シン君が魔王だった事より、それを隠してた事の方に怒ってるんだよね」 「……え、あ、ああ……そうです。ですけど」 「あの……そろそろ戻ってもいいですか?」 「うん。いいよ納得した。でも、もうちょっとそのままでも……」 「成り立てだから、すぐ疲れるんだぜ。それにシン様寝不足だしな」 「うー、めまいがする……」 「魔王って……そんなだったんだ……」 「マッハ3で飛んだり、100万馬力で暴れないんですか?」 「ごめん。飛べない」 「咲良クンは魔王になっても咲良クンね……なんか責めるのが馬鹿馬鹿しくなったわ」 ふぅ……。 「普通は楽だなぁ……って場合じゃない!」 「アゼルを探さないと」 「そうです! 魔王なんてどうでもいいです!」 「一つ屋根の下に魔王がいると知って、恐ろしくなっちゃったんじゃないの?」 「やっぱりそうなのか……」 「そうだったら、公園で逃げるでしょ」 「公園ではパニック状態だったんじゃない? 千軒院先生を倒す所だって生で見てしまったんだし。アパートに帰ってから少し落ち着いたら怖くなった、とか」 「僕、怖がられてるのか……」 「こらっ! 決まったわけでもないのに落ち込むな! 聖沙は、シンを化け物呼ばわりすな!」 「一般論よ!」 「ねぇ、シン君。アゼルちゃんの行き先に心当たりない?」 「メリロットさんの所くらいしかないです。でも、泊まってない事は確認しました」 「警察に駆け込む……ってことはないか」 「魔王なんて言っても相手にされないわよ」 「アゼルちゃん、お金どれくらい持ってるかな?」 「そんなに沢山は……」 「じゃあ、故郷に帰るなんて事は無理だね。シャバダバ公国だっけ」 「シャロ=マ公国よ」 「副会長さんは無知ですね。アゼルさんはて、ごほんおほん」 「て?」 そうか。アゼルはリ・クリエを調査するために来た天使だったんだっけ。 この世界に帰るところなんてないんだ。 天界に帰っちゃったのか……。 「ななな、なんでもないです!」 「でも、その、て――シャロ=マ公国に帰ってはいないと思うんですよ。すごくすごくすごーく遠いですから」 「咲良クン、いつまでも呆けてない! 私達、これから大忙しなんだから! 聖夜祭の準備だってばっちりしつつ、アゼルさんを見つけなくちゃいけないんだから」 「よーし、アタシらで手分けして、ちゃっちゃと見つけちゃお」 「商店街の人や、おいしいもの食べ隊の奴らにも見かけたら知らせるように言っとく!」 「紫央や聖歌隊のメンバーにもそれとなく伝えておくわ」 「彩錦ちゃんに手伝ってもらうよ。お姉ちゃんにも」 「私はじいやに協力してもらいます。じいやはプロですから」 「だからね、シン君。ひとりで悩まなくてもいいんだよ」 「一人はみんなのためにです!」 「あれ? みなさんどうかしたんですか?」 「後ろも言えよ」 「もちろん、聖夜祭だって成功させるのよ!」 「って、咲良クン何泣いてるのよ! こ、こんなの当然でしょう!」 このメンバーの生徒会の生徒会長になってよかった。 閉館時刻と共に、メリロットが鍵を締める。 「そこの棚を整理してください」 「わ、判った」 書棚の間を歩き、間違った場所にいれられた本を正しい場所へ戻していく。 「先ほど生徒会のみなさんがいらっしゃいましたよ」 「……嘘をつかせてすまない」 「お気になさらず。窮鳥懐に入らば 猟師もこれを撃たず、ですよ」 「昔の諺です。いい人達ですね」 「……そんな事は判っている」 「中でも咲良くんは5回も来ました」 「……シンが」 アゼルの手が止まった。 「で、今日も帰らないつもりですか?」 「……帰れない」 「なら、仕方ありませんね」 「ええ。大したおもてなしも出来ませんが」 「……泊めてもらえるだけで十分だ」 「それから、アゼルさん用のパジャマを買いました。お気に召しますかどうか」 「え……悪い、それは」 「お気になさらず。プレゼントするつもりでしたから」 「あんな小さなカバン一つでは、着替えだって持ってきていないのでしょう?」 「下着は持ってきた」 「だけ、ですね。歯ブラシ歯磨きも買っておきましたよ」 「わけを聞かないのか」 「気が向いたら話してください」 メリロットは小さく笑い。 「でも、話すなら、世界が終わる前にお願いします」 「知っているのか!?」 「いえ、単なる例えですよ」 「それからひとつご忠告しておきます。もし、生徒会のみなさんに見つかりたくないのなら、ここから出ないことです」 「あなたの捜索に、非常に有能な私の友人が参加するだろうからです」 「はーい。みんな民子ちゃんに注目!」 「現時点で判明している情報から判断して、アゼル様は流星町にいると断言できます」 いろんな人がいるせいで、いつもより妙に狭く感じる生徒会室に、リースリングさんの声が響く。 「本当ですか!」 「人探しはこのリースリング遠山にお任せを」 「流星町の駅、コンビニ、銀行、道路、マンション等にあるカメラを調査した結果、16日の時点でアゼル様のお姿を確認しております」 「それはいい知らせだけど……そういう映像って……見られるものなのかな?」 「先輩さん。それは蛇の目は蛇という奴ですよ。つまり、保護色です」 「蛇の道は蛇だろ」 「じいやはスネークじゃありません!」 「じいや殿を蛇と謗るのはその口か! その首、叩き落としてくれる!」 「落としてもいいけど後にして」 「後ならいいのかよ」 「餅は餅屋や、言うたらええんとちゃいますの?」 「じいやはお餅じゃありません!」 「17日は?」 「お姿は確認出来ませんでした」 「でも、さっき流星町にいるって」 「それゆえ流星町にいると断言できるのです」 「姿がないのにいるってどゆこと?」 「ひらめいたよー。透明人間だよー。悪い科学者に実験台にされたんだよー」 「すげー」 リースリングさんはホワイトボードに貼られた地図の前に立つと、 「流星町から外部へアクセスする場所は、港、2つの駅、2本の主要道路、更に11を数える一般道ですが――」 「それらの箇所全てに防犯又は監視カメラが設置されております」 「駅前で撮られた16日18時15分の映像が、現時点で最新のアゼル様の映像です」 「そしてこれ以降の時刻、外部へアクセスできる場所の映像に、アゼル様は映っておりませんでした」 「なるほど、少なくとも町外には出ていないってことだね」 「オデ、見た。あの娘。一昨日、夜。すばる家、前」 生徒会室を狭くしている原因の9割な人が発言した。 「何時頃でしょうか?」 「4時、5時。そのぐらい」 「17日の4時から5時頃ですね。貴重な情報ありがとうございました」 「町から出ていないし、カメラにも映らないってどうゆう事なんだろう?」 「どこかに篭っているってことかな?」 「廃屋とか使っていない倉庫とかかしら? 流星町じゅうのそういった建物を探せばいいのね」 「そこまで判れば大丈夫。あとは僕が」 「なに寝言言ってんの。これからみんなで探すの!」 「みんなの気持ちは嬉しいけど、やっぱり僕一人で探すよ。聖夜祭だってあるし」 「シン君。ひとりで探すのはカッコいいし、ドラマっぽいけど、そんなの駄目だぞ」 「咲良クン一人に任せておけないわ。見つかるものも見つからないもの」 「素直じゃねぇぜ」 「うるさいわね」 「皆様のお気持ち、感じ入りましたが話は終わっておりません」 リースリングさんは、別の地図を取り出すとホワイトボードに張った。 流星町中心部をぐるりと囲む赤い円が描いてある。 「アゼル様が撮っていらした写真を分析した結果。その行動範囲も判明しております」 「この直径2キロの円の範囲内にあって、人の出入りが滅多になく、かつ出入り自由な建物はすでに調査済みです」 「ホテル等の宿泊施設、カラオケボックス、ネットカフェ等も調査済みです。結果、アゼル様は発見出来ませんでした」 「はやっ!?」 「たった一日でそこまで!?」 「灼熱のサハラでの戦いに比べれば大した事ではありません」 「サハラ……?」 「となると、いる場所は限定される」 「戸外で野宿をしているか、事前にセーフハウスが用意してあったか」 「せーふはうす?」 「もしもの時の隠れ家のことだよ」 「スパイじゃあるまいし……」 「先ほどの情報を加味すれば……」 「アゼル様の隠れ家は、牛丼屋すばる家の前からカメラに映らずに移動出来るルートを通っていける場所に限定される事になります」 「アゼルさん! みんなに心配かけちゃだめじゃないですか! ごめん。ごめんじゃないです! そして私とアゼルさんは抱き合うと、アゼルさんの口からは嗚咽が」 「いきなり何を」 「もう見つけたも同じですから、そのときの事を今から想像して感動しているのです」 「そして咲良クンがおかえりとか言うのね……あ、なんかいいシチュエーションだわ」 「おーい帰ってこーい」 「カメラを各所に増設して死角を無くし、範囲内にある全ての建物の出入りを監視中です」 「今も、戦友数名が監視しており、アゼル様を発見次第、連絡が来るようになっております」 この人っていったいどういう人生を歩んで来たんだろう……? 「民子ちゃん。相変わらず完璧な仕事振りね」 「プロですから」 「と言う訳で、生徒の諸君は心置きなく聖夜祭の準備に邁進しなさい」 「順当な結論だぜ」 「僕にも何かさせてくださいっ!」 「だーめ。これは理事長命令よ」 「オデ、協力、したい。オデ、生徒、違う」 「じいやいじわるです! 私の仕事も残しておいてください!」 「そう言われましても……」 「みんなの気持ちは判るし、私だってアゼルちゃんを探したいよ……でも」 「うちらには、遠山はんがしてはる以上の事はできまへんえ」 「そうかもしれませんけど……」 「シンちゃん。アゼルちゃんを探すのは私達でも出来るけど、聖夜祭を準備できるのは、あなたたちしかいないのよ」 「自分を探していたせいで、聖夜祭がベストじゃなかったら、アゼルちゃんはどう思うかしら?」 「そういうわけで、これ渡しておくわ」 「携帯?」 「アゼルちゃんが見つかったら、真っ先に知らせてあげる」 これを受け取っちゃったら、探すのには参加しないって事を納得しちゃったことに……。 「シン。受け取っときなよ」 「確かにさ。リア先輩が言ったように、シンがアゼルを見つけりゃそりゃドラマチックでロマンスだよね」 「僕はそんなつもりじゃ」 「だけど、アゼルを見つけるのはシンでなくても出来るんだよ」 「だけど!」 「でもね。流星学園生徒会長の代わりはいないし」 「聖沙がいるじゃないか」 「私じゃあなたの代わりは出来ないわよ。悔しいけど」 「か、勘違いしないでよね! 聖夜祭まで一週間も無いのに責任者を引き継ぐなんて出来ないっていう意味よ!」 「聖夜祭の準備なら、アタシらだって一緒に出来る」 「でもね。アゼルが出てっちゃった原因をどうにかする事は、アンタにしか出来ないんだよ」 「アゼルと会ったら、ビシッと決めな生徒会長!」 どうして僕はナナカを女の子として好きにならなっかったんだろう。 胸がいっぱいになってしまった。 「そんな感じで、ナナカちゃんかっこよかったわ」 「あの子が、渋い男だったら惚れてたわね」 「で、アゼルちゃん、ここに来なかったのね?」 「ホントに?」 「民子ちゃんの仕事は完璧よ」 「ただ、誰かがアゼルちゃんを匿っている、という可能性だけは指摘しなかったけどね」 「2、3日中に見つかると思うわ」 「そうでしょうね」 「じゃ、アゼルちゃんが来たら知らせてね」 「判っていますよ」 「熱は下がりましたか?」 「昨日借りた本を読んでおとなしくしていたら下がった」 二人は書棚の間を歩き、間違った場所にいれられた本を正しい場所へ戻していく。 メリロットはリースリングの仕事振りを説明し、 「私の友人の仕事は完璧なようです」 「すでに、あなたがここにいると判断してもいるようです」 「私が親しい人間は、シンを除けばメリロットだけだからな」 「人の事は言えませんが、もう少し人脈を広げておくべきでしたね」 「出て行けと言うなら、出て行く」 「迷惑をかけるのは嫌だ」 「生きていれば迷惑をかけるものです」 「それに、迷惑ではありませんよ。あなたをここに匿っているのは私の意志ですから」 「どうかしましたか?」 「いや、不思議だ、と思って」 「最初に会った時、嫌な相手だと思った」 「私をですね」 「私も、なんて無礼な転入生だと思いましたよ」 「なのに、今、こうして一緒に本の整理をしている。しかも命令されたからでもなく自主的に」 「私が怖いからだと思っていましたよ」 「何故か哀しくなった」 「咲良くんの事でも思い出しましたか」 「ち、違う。それは始終だが」 「……聞かなかった事にしておきましょう」 「い、今のは違う! 違うからな!」 「では、何を?」 「メリロットにそういう風に思われていた事にだ」 メリロットも手をとめた。 アゼルはメリロットを見上げた。 「こうしているのは、怖いからではなく、好意を持っているからだ」 「それを恐怖ゆえだととられたから哀しい」 「メリロットといると楽しい。それはシンや、生徒会やその周辺の人間といるのとは、また違う楽しさで……」 「乏しい語彙ではうまく言えないが……仲のよい姉妹の妹が姉を慕うというのは、こういうものなのか……と思う」 「わ、忘れてくれ! こんなの一方的で不合理な感情だ」 アゼルは顔をそむけ、書棚の整理を再開した。 「図々しいな。会ってたった数ヶ月で、こんなに頼っているのに、肝心な事をはぐらかしてばかりで」 「話す話すと言ってるくせに、話そうともしないで、伸ばし伸ばしにしていて、こんな相手に慕われていても嫌だろう。だから忘れてくれ」 「……間違っていますよ」 メリロットの手がのびて、アゼルが入れた本を入れなおした。 「済まない……」 「冗談ですよ」 「な、何がだ?」 「私もそうですから」 「妹というのはこういうものなのかと」 「忘れてくれ……無理にそんな風に言わずとも良い」 「私にだって、あなたに話すべきか迷っている事くらいありますよ。だから気にしなくていいんです」 「あるのか……?」 「誰にだってある、という一般論はこの際おいておきましょう」 「私があなたに対して隠している事があると知って、気持ちは変わりましたか?」 アゼルは黙って首を振った。 「ならそういうことです」 「『感じたことを大切にしなきゃだめよ。それを理屈で殺したり無視したりするなんて、最低! 世の中楽しまなきゃ!』と、私の友人が言っていましたし」 「……いい友人だ」 「本人の前では言うとつけあがるので言いませんが」 「私も……生徒会の奴ら、結構好きだ」 「言いませんよ」 「咲良くんに関してはどうです?」 「私とあの男は……」 アゼルの目から不意に涙があふれた。 メリロットはさりげなく視線を外した。 「やべえぜ」 「ま。魔王様の気持ちはわかるがな」 リースリングさんに任せれば、アゼルは見つかるかもしれない。 それに、見たからって何が判るものではない気もしたけど、それでも見に来ずにはいられなかった。 ここで僕はアゼルを守るために千軒院先生と戦って……。 魔王として覚醒して……アゼルに魔王だって知られて……。 「まさに、そこで彼女は泣いていましたよ」 僕が振り返ると―― 「こんばんわ。生徒会長の君」 「いつ……ですか?」 「2日前ですから12月16日の深夜でしたね」 オデロークがアゼルを見たのより早い時間だ。 「泣いていたんですか……?」 「痴話喧嘩も恋のうちではありますし、嘘泣きに踊らされるのも恋の駆け引きのうちですが、女の子を泣かせてはいけません」 「判らないんです」 「女人の心は計りがたいものです。もっとも男女問わず心の裡は自分にすら判り難いものではありますが」 「なぜ、アゼルが泣いていたか判らないんです」 眠る僕の傍らで、なぜ彼女は泣いていたのか。 そして、僕の前から去ったあと、この場所でなぜ泣いていたのか。 「私が愚考しますに、嬉しいのでも、目にゴミや刺激物が入ったのでも無いなら、哀しかったからでしょうな」 「本当に愚考だぜ」 「他人の目が存在しない場所では嘘泣きする意味はありませんし」 「……アゼルは嘘泣きなんか出来るほど器用じゃありません」 「で、ありましょうな。器用な方であれば、あれほどの業を背負うこともなかったでしょうし」 「業?」 「私に言えるのは、彼女はそこに立ち尽くし、声も立てずに泣いていた、ということだけです」 アゼルはここに座り込んで、僕とソルティアの戦いを見ていた。 だから、泣いたことと、消えたことは関係があるはず。 やっぱり僕が魔王だったから? ナナカは違うと言ってくれたし、みんなも僕を受け入れてくれた……でも、そこへ戻ってしまう。 「一つ私の主観をつけくわえるなら、泣いている彼女は、まさしく女の子でしたよ」 「世界を滅ぼす者には到底見えない、触れてしまえば壊れそうにかよわくはかない女の子でしたよ」 「世界を滅ぼすって……変な冗談はやめてください」 「伝説の魔王でもあるまいし、ですか?」 この人は知っているのか。 バイラスが知っていたように、僕が魔王だと。 「魔王は世界を滅ぼしたりしない」 「存じております。魔王は世界を救うと聞いておりますから」 「世界を救う……? 魔王が……?」 初耳だった。 「そうではありませんか? 大賢者パッキー殿」 「け、気づいていやがったか」 「臥所の中で悩ましい吐息と濡れた睦言交じりに囁かれる言の葉には、意外なる真実が潜んでいるものなのですよ」 「そうなのパッキー?」 「吐息と睦言だけじゃねぇぜ。おっぱいもな!」 「そっちじゃなくて! 魔王って世界を救うの?」 「義務ってわけじゃねぇぜ。救わなくてもいいんだぜ。好きなようにすりゃいい」 「そもそも、救うって何から救うの?」 「はて?」 「忘れてるのか!」 「そのうち思い出すと思うぜ」 「生徒会長の君は、彼女とデートをなさいましたか?」 「と、突然何を言うんですか!」 「世界が滅んでは甘く甘美な告白も、切なくときめくデートも、こそばゆくも初々しい愛の語らいも出来ません。そうではありませんか?」 「彼女と切ない恋をするついでに、世界を華麗に救えればよろしい。それこそが巷の人士の紅涙を絞る完璧なハッピーエンドというものですからな」 「書類が書類が片付きません! なんとかしてください!」 「ロロット。僕の方へ回して」 「もってけ泥棒ですね!」 「全部回さないようにね」 去年に比べて倍増した一般参加。 去年とは全く違う会場設定。 それやこれやで仕事は倍増。 「うちにも回したっておくれやす」 「すいません。役員でもないのに……」 「構いまへんて。去年も少しは手伝わせてもろてましたし」 「こっちは片付いたわ! あとはヘレナさんに確認してもらうだけ」 「これヘレナさんの所に持ってって、はい、お駄賃」 キラフェスの時に引き続いて、美味しいもの食べ隊にも手伝ってもらってるし、 僕らの忙しさを見かねて、御陵先輩まで手伝いを申し出てくれた。 「あれ? これだとコンロが足りなくない?」 「どれどれ……ひぃふぅみぃ、本当ね。予算上はちゃんと確保されてるのに……」 「あの……これではないでしょうか? この数字」 「あー、3が8になってる、これで狂ったんだ」 「さすが私の親友です。鼻が高いです」 こんな人まで引きずりこまれている。 「急にごめんね」 「いいんです。こういうの余り経験無くて、楽しいですから」 「みんな、がんばれー」 「すげー量! がんばれ」 「お前ら無責任だな」 「あなたたちも何か手伝いなさい!」 「まかせてー」 「アタシは誰のチョーセンでも受けるぞ!」 「い、いいわ。あなた達はそこで応援だけして」 「賢明だぜ」 「そうだ! みんなに魔界通販で手に入れたジュースを奢ってあげる! 『チドババダラダラ』」 「なんだかすごいねー。血がどばどばだらだら出そうだよー」 「全身から血が吹き出すくらい美味しいんだって! アタシは飲まないけど!」 「こ、紅茶いれるね」 「ナナカどうかした?」 ナナカは、僕のほうにノーパソを向けた。 「アゼル、生徒全員の写真撮り終わってるし、展示する写真も選び終わってる」 「……ホントだ」 中身はクラス別にフォルダ分けされ、一つ一つのファイルには、学年、クラス、名前がついていた。 キラフェスのデータは別のフォルダに一括しておさめられている。 あと、日常と題したフォルダには、さりげない学園生活のひとこまが集められていた。 「それって……パスワードかかってたんじゃないの?」 「え、あ、それは、ちょこちょこいじくってたら開いた」 「会計さんは悪人だったんですね!」 「ええーっ! ナナちゃん悪人だったんだー」 「アンタ……友達を信じろ!」 「食い逃げだな!」 「それを、あなたが言うの?」 「ロロット。決めつけるなら、証拠があがってからでないと失礼ですよ」 アゼルは最初から、姿を隠すつもりだったのか。 だから、あんなに急いで撮ってたのか? 「パスワードを盗む人は発火です! 火をつけるんです!」 「ハッカーとちゃいますの?」 「でも、せっかく盗んだのですから教えてください」 「あ、いや、でも、アゼル、知られちゃったら恥ずかしがるかもだからさ、みんな見なかったってことにしておいて」 「ふむふむ。恥ずかしい言葉なんですか」 「シン様くらいには教えてやれよ」 「シンには……教えられないかも」 「そうなの? なぜ?」 「え、ええと……ノーコメント」 「でも、なんで判ったのかな?」 「パスワードが誕生日とか?」 「でも、アゼルの誕生日っていつなの?」 「アンタ知らないの!? はぁ、これだから朴念仁は」 っていうか……誕生日も血液型も知らない。 ここに来る以前、どんな生活をしてたかだって知らない。 「誕生日には、豪華なホテルの最上階のスイートルームで夜景を見ないと」 「ロマンチックね……♡」 「って、なんてフシダラな! いけないわそんなの!」 「その辺の高いビルの屋上が関の山かな……」 「この季節にそれは寒いよ」 「ナナカはアゼルの誕生日知ってたの?」 「だとしたら、なんで判ったの? 出鱈目に打ってたって分かるもんじゃないでしょ?」 「え、ええと……女の勘ってヤツ?」 ナナカが僕の方を見た。 「ま、まぁ、アゼルは戻ってくるから、余計なことだったけどさ!」 「お仕事お仕事!」 「いらしていませんよ」 「あ、それから今日はひとつお願いが」 「アゼルの図書カードを見せてもらえませんか?」 「個人のプライバシーに関する記録を勝手にお見せするわけには参りません」 「アゼルが行方知れずなことは御存知ですよね」 「存じております」 「だから、なんでもいいから手掛かりが欲しいんです」 「少々お待ちください」 メリロットさんは図書カードを繰った。 「こっそり持ち出して処分したのではないでしょうか?」 「メリロットさんの目を盗んでですか?」 らしくない。 図書館の主であり、すべての本を把握していると言われているメリロットさんらしくない。 「いつ持ち出したんでしょう?」 「さぁ……私には分りかねます」 その表情からは、何も読み取ることができなかった。 「パソコンの記録は?」 メリロットさんはモニタをこちらに向けてくれた。 失踪して以降の記録はない。 だけど。 図書カードは、借りる前。つまりパソコンに入力する前に書くものだ。 生真面目で融通が利かないアゼルなら、自分の立場を忘れて律儀に手続きをしただろう。 だとすれば。失踪以降の日付が書いてあるカードを、僕に見せるわけにはいかない。 単なる推測だけど、これが正しいなら、失踪以降、アゼルはここに来たということになる。 そして、メリロットさんはそれを隠している。 おそらく、隠しておくのがアゼルのためだと思っているから。 「……少し安心しました」 「カードを紛失しても、パソコンに記録が残っていればすぐ作り直せますね」 「私の不注意で別の場所にいれてしまったのかもしれません。探してみましょう。もし、そうであるなら、聖夜祭までには見つかると思います」 「随分と手際がよくなりましたね」 メリロットは本の整理をしていたアゼルに、図書カードを渡した。 「これを持っていてください」 「どういうことだ?」 「さきほど、咲良くんに、これを見せてくれと言われました」 「見せたらよかった。問題ない」 「アゼルさん、筆圧強いですよ。一昨日書いたのが消してもくっきり残っています」 「とりあえず、紛失したと言っておきましたが」 「……シンは馬鹿ではない」 「悪いけど入るよ」 合鍵で扉をあける。 アゼルの部屋に入るのは2度目だった。 「なんにもないんだな……」 相変わらず殺風景な部屋。 見たところ、制服はそのままだったけど、私服がなくなっていた。 「なんのかんの言って……気に入ってたんだ」 部屋の隅に置かれたライカと予備のフィルムが幾巻か。 「ライカも置いてっちゃったんだ」 布団もちゃんと片付けてある。 ちらっと見ただけだけど、下着も減ってる気がする。 私服と下着だけもって出て行ってしまったんだ。 アゼルが帰って来ない予感が高まる。打ち消せない。 行く先を告げてくれるものを探してみたけど、ゴミ箱は空っぽ。 小さな机の引き出しも空っぽ。本を探そうにも本棚がない。 家具がないので、家具の陰に何かが転がっていることもない。 行く先を告げるようなものは何も見あたらない。 ナナカが粗筋を教えてくれるテレビのサスペンスものだったら、 「時刻表だの地図だの切符だのがさりげなくかつわざとらしく転がっているんだけどね」 壁にはられた幾枚かの写真も、この前と変わりない。 学園や流星町の日常のひとこまだ。 でも、この前はじっくり見なかったから判らなかったけど、写真からはアゼルのあたたかい視線を感じる。 「あれ? この写真は……」 この前はなかった。 いや、あったけど気付かなかったのか。 ネコ型の魔族達の写真が写っていた。 彼らはストロボに目を瞑りながらも、緊張した様子もなく写真に納まっていた。 カメラのほうを向いて、片目をつぶってみせている奴や、カメラ目線の奴までいる。 撃退するためにストロボを焚いたという感じではない。 彼らを被写体としてきちんと撮られている。 かつて、ストロボの閃光に怯えて魔族達が逃げ出したことがあった。 でも、これだと逃げ出してはいない。 ということは、あの夜以降撮られたものということになる。 隠し撮りか? いや。違う。 ストロボを焚けば所在ははっきりしてしまう。 しかも、魔族達はパニックにおちいっていない。 アゼルを狙っていたとすれば、すぐ襲ってくるはずだ。 だが、アゼルから襲われたなんて話は聞いたことがない。 第一、隠し撮りなのに、 片目を瞑ってみせている奴や、カメラ目線の奴までいるなんて変だ。 「アゼルって……彼らと親しんでいたのか?」 アゼルが襲われてるって考えたのは、僕らの勘違い? 「……いや、写真一枚から判断するのは危険だ」 僕はもう一度じっくり写真を見た。 「あ……これは」 パスタの写真だった。 夜の暗い木々を背景に、パスタが満面の笑みを浮かべてVサインをしている。 何かひっかかる。 プリエでアゼルとパスタが話している光景を何度か見たことはあった。 だから、昼とか夕方の学園が背景なら不思議はない。 でも、これは夜だ。 しかもパスタは、プリエで働いている時の服じゃない。 僕らと戦っていた時の服だ。 夜遅くなった時、偶然会って撮ったのか? 「こうやって実際に場所取りすると、狭くみえますね」 広場には、ガムテープで設置場所は設定済み、資材も搬入済み。 あとは、前日に組上げるだけだ。 「大丈夫だよ。吹奏楽部の演奏場所のスペースなら去年より一回り大きく取ってあるから」 「編成だって変わらないんだし。それに、アンタだって図面見てOKしたでしょ」 「もっと広いイメージだったんだ」 「ほら、あれだぜ。家とか取り壊した場所見ると、結構狭く見えるだろ。何もないと、狭く見えるんだぜ」 「ここでみんなが踊るんだね」 「リアちゃんは俺様と踊るんだぜ」 「うーん、ごめんね。先約があるんだ」 「生まれる前からの俺様との約束を裏切るのかよ!?」 「生まれる前には約束できないって」 「踊る踊らない以前にアンタ、タッパが足りないでしょ」 「い、痛いところを……」 アゼル以外の誰とも踊りたくなんかなかった。 でも、アゼルは僕の申し出を受けてくれるだろうか? 「咲良くんに申し込まれたら、踊りますか?」 「無理だ」 「咲良くんはがっかりするでしょうね」 「誰か他に踊りたい方が?」 「いるわけがないだろう」 「咲良くんも同じだと思いますよ」 「そ、そもそも、私は、会いにいかない」 「それに、シンにはナナカがいる」 「相手の話に耳を傾ける。これが恋の第一の義務だ」 「さぁ。単なる引用ですから。聞いたのですか?」 「ナナカは、シンのことが好きだ。ずっと前から」 「だから?」 「だから……ナナカはシンと踊るだろう」 「咲良くんは踊りませんよ。アゼルさんと一緒でない限り。根拠はありませんが、判ります」 「不合理ですね。でも、判るんです」 「私が外出してもいいのか?」 「息が詰まるでしょう?」 「だが、私の行方を探して、捜査態勢が敷かれているのだろう?」 「学園内は監視されていません」 メリロットは長々と溜息をついた。 「いえ、こういうのは慣れていないので」 「こういうの……?」 「私は元来人づきあいが苦手なのです」 「そうなのか? 図書館の司書なら人と始終対応しているだろうに」 「対応するのと、つきあうのは違いますから」 「……そういうものか」 「そういうものです」 「私も苦手だ」 「ええ。そうでしょうね」 「だから、説得とか、仲をとりもつ、とか、そういうのはもう難関中の難関です。前代未聞です」 「それは……大変だな。同情する」 「いつもなら、そんなことはしません」 「しなければいい」 メリロットは苦笑した。 「そういうわけにはいかないんです。私は彼女に幸せになって欲しいですから」 「よくわからないが、その女は誰なのだ?」 「私でよければその問題について話を聞くぞ」 「それとも、私には話せないか? 確かに、私も人付き合いは苦手だし、そういう経験はないが、話くらいは聞ける」 「アゼルさんですよ」 「私か!?」 アゼルは、立ち止まり、隣のメリロットを見た。 「どう切り出そうか色々考えたのですが、単刀直入に行きますね」 「し、シンとの事か!」 「……う……話を聞くと言ったのは私だ。聞く」 「咲良くんと踊れないのは、世界が滅びるからですか?」 アゼルは一瞬目を見開いたが、気まずそうに顔をそらし、 「あ、あれは、私の下らない冗談だ」 「それとも、咲良くんが魔王で、あなたが天使だからですか?」 「なな、何を言っている……天使とか魔王とか馬鹿馬鹿しい」 「馬鹿馬鹿しくはありません。実在しているのですから」 「リ・クリエの調査団の一員として、この世界へ派遣されたアゼルさんが一番ご存じのはずです」 「な、なぜ知っている!」 見つめあうふたりの間を、冬の冷たい風が吹く。 「データに基づく推論と、推論を補強する事実の調査、観測によってです」 「私も、調査し記録するのが仕事なので」 「人間でリ・クリエを調査している……メリロットは九浄の人間なのか!?」 メリロットは僅かにためらってから続けた。 「私は魔族ですから。もしかしたらニベと言う名を聞いたことがあるのでは?」 「ニベ!?」 メリロットは、足元を指差した。 「綺麗な封印ですね。これは力の強い天使でなければ作ることのできないものです」 「見えるのか!? だが、それなら魔族ではないはずだ!」 「ソルティアも感知はできたはずです。読めたかどうかは判りませんが」 「ソルティアを知っているのか!?」 「これを編んだのは、アゼルさんですね」 「いつから」 「天使の封印の事を知ったのは、ごく最近です」 「……私が天使だと知ったのは?」 「あなたの転入時から、そうではないかと思っておりました」 「じゃあ……私と仲良くしてくれたのも、匿ってくれたのも」 アゼルは思わずよろめき、あとじさった。 メリロットはその分だけ前に出た。 「そうでなければ、こんな人付き合いの悪い私に親切にしてくれるはずがない!」 「違います。そう思うのも無理はないと思いますが違います」 「だけど」 メリロットはアゼルの手をつかんだ。 「アゼルさん、あなただって何かの意図をもって咲良くんに近付いたわけではないでしょう?」 「違う! それは違う! それだけは違う!」 「私もそうです」 「何も合理的な根拠を上げられませんが、そうなんです」 「私だって!」 「私はアゼルさんを信じます」 わずかな時間のあと、アゼルは小さくうなずいた。 「私も……信じる」 「ニベと呼ばないと駄目か?」 「メリロットと呼んでください。あれは、単に我が一族の名ですから」 「メリロット」 「このことを……シン達に言うのか?」 「それは、アゼルさん自身が決めることです。私は言いません」 「……なぜ。だって私は」 「咲良くんから逃げているのは、魔法陣を破壊から防ぐ封印をして、バイラス一味に協力したからですね」 「……私は」 「ならば、秘密のうちに、封印を解除してしまえばいいのです」 「封印を……解除?」 「封印と魔法陣の存在を知っているのは、私とヘレナだけです。咲良くん達は何も知らない」 「封印さえ解除してしまえば、魔法陣の破壊は〈容易〉《たやす》いです。全てをなかったことにするのです」 「アゼルさん。あなたは何もしなかった。バイラス達に協力などしていなかった」 「そういう事にしてしまえばいいのです」 「姿を隠したのは、一旦故郷へ帰る用事があったとか言えばいいのです」 「急な事だったので、事前に連絡しておけなかった。それでいいではありませんか」 「何も心配する必要はありません」 「……それだけではない」 「それだけではないかもしれません。でも、その事は誰も知らない」 「……なぜ封印していたか……聞かないのか?」 「アゼルさんが話すべきだと思ったら話してください」 「……メリロットまで、みなに秘密を抱える事になる」 「人に言えない事など、誰にだってあります」 「まずは今晩のうちに、学園内の魔法陣の封印を解除してしまいましょう。破壊は私がやります」 「……ありが――」 「あ、ああっ、ああぐあぁぁぁぁぁぁぁ!」 アゼルは、突然胸をおさえて苦しみ出した 苦悶に悶えながら、アゼルはメリロットの手を振り払った。 「アゼル……さん?」 「駄目だ……そんなに温かい手で私に触っては駄目だ」 アゼルはよろめきながらあとじさった。 青ざめた顔には絶望と、かすかな安堵が浮かんでいた。 「シンに……さよなら、と……伝えてくれ」 「そんな必要はないです! 全部、無かったんですから!」 「メリロットが言うように出来たら……どんなにか素晴らしいだろう……本当にそう思う……」 アゼルは、両腕で自分の肩を抱きかかえた。 自分から溢れようとする何かを抑えようとしているみたいだった。 「否定なんてさせてくれない……」 「駄目なんだ……私は……私は……シンを自分の手で殺そうとさえしたんだ」 「私は……主の武器に過ぎないのだから……主を裏切る事など無理だ……」 「あーもう! 出なさいよ! 気が散るじゃない!」 「誰の携帯?」 「アタシのじゃない」 「私のでもないわ」 「残念です。私のでもありません」 「もしかして……シン君のじゃない?」 「僕、携帯なんてもってませんよ」 「この前、ヘレナからもらったろ」 アゼルが見つかったら、まっ先に知らせてくれるって言ってた! 慌ててポケットから携帯を取り出すと 「もしもし?」 「咲良くん!」 「アゼルさんが教会の方へ――」 僕は駆け出していた。 間に合った! アゼルは、教会の広場から駆け出ようとしているところだった。 「どうしてシンがここに!?」 アゼルの姿を見るのは、すごく久しぶりの気がして、 「会いたかった」 アゼルは、広場のほうへあとじさる。 「アゼルがいなくなってから、アゼルのことばっかり考えてた」 「聞きたく……ない」 僕が進んだ分だけ、アゼルが下がる。 「いや、きっと、ずっと前から、僕はアゼルのことばっかり考えてた」 「僕ね。ナナカに告白されて……でも断ったんだ」 「聞きたくない」 アゼルがやめろって言ってる。 「ナナカのこと好きだし、大切だし、ナナカが真剣なことも判ったけど、でも……受け入れられなかった」 「聞きたくない!」 「僕には、もう、好きな女の子がいたから。だから」 「聞きたくない!!」 でも止まらない。もう止めようがない。 「アゼル。好きだ!」 「アゼルは僕のこと、どう思っているか判らないけど、僕はアゼルが好きだ」 アゼルは泣いてるみたいな笑っているみたいな不思議な表情で―― 「う……う……」 最初に感じたのは風。 全てを切り裂きそうな勢いの風。 耳元で、びょうびょうと鳴る風音。 次に感じたのは熱。 全てを焼き尽くしそうな熱。 風も大気も地面も熱い。 まるで熱したフライパンの上で寝ているみたいだ。 でも、火傷をしている感じはしない。 ああ、そうか、僕は魔王になっているんだ。 きっと、全身を打ちのめす衝撃を防ごうと反射的に変化したんだろう。 妙に冷静で奇妙だった。 何が起こった? 僕は、アゼルに告白して、そして―― そこに神がいた。 圧倒的な恐怖と絶望をもたらすものが神だとすればだが。 狂ったようななだれおちてくる七色の流星を背後にして屹立していた。 その神の名前を僕は知っていた。 神が僕を見た。 何の感情もこもらない、ただ確認するだけの視線。 胸をつらぬく氷の刃めいた感触。 でも、僕は一歩踏み出して、懸命に声を振り絞る。 「近づいては駄目です!」 「彼女はリ・クリエです! もうアゼルさんはどこにも!」 「リ・クリエ……?」 「魔王の宿命の敵だぜ」 「な、何が起こっているの!?」 「アゼルさん……ですよね?」 「アゼルだよ! それ以外の誰だって言うんだ!」 神なんかであるものか! あの子は、僕が世界で一番好きな女の子だ! 「ひ、ひぃっ。なにか滅茶苦茶やばそうな気配です!」 「……!? まずい、散るんだ!」 アゼルの指先がわずかにうごいた。 夜空が真昼のように光った。 「うわぁぁぁぁぁ!」 直撃は避けたけど、爆発の衝撃に体が浮いた。 耳元に風を切る音を聞きながら、吹っ飛ばされる! 何かに後頭部を打って一瞬気が遠くなりかける。 「アゼルは!? みんなは!?」 余りにも強力な力に魔王の空間認識さえ揺らいでしまってはっきりと判らない。 殺意ではない。それより冷たい、排除すると形容するに相応しい意志が、僕を貫く。 咄嗟に地面を蹴る。 なんとか直撃は避けたけど、爆発の衝撃にまたも体が浮いた。 「うくぅああっ」 今度は堅いものに頭がぶつかった。 後頭部が切れたのか、濡れたように熱くなる。 背後を見上げれば教会。教会の壁だ。 どうしたらいい!? 反撃しようにも、アゼルに攻撃なんか出来ない。 でも、このままだとみんなが……。 「シン、大丈夫!? うわ、すごい血!」 「大丈夫……」 「ちっとも大丈夫じゃない!」 「こらアゼル! アンタ、シンを殺す気!?」 アゼルは僕をじっと見ていた。 来る! 「ナナカ……逃げて……」 「逃げられるか!」 ナナカは僕を庇うように仁王立ち。 「殺すくらい愛してるとか、ふかしこくなよこの野郎!」 「シ……ン……?」 禍々しい光が放たれる気配が遠ざかった。 冷たい瞳に、わずかに感情の揺らめきがともった気がした。 「忘れっぽいにも程がある!」 「こ……ろ……す……?」 「そうだよ。アンタは今まさに、シンを殺そうとしてたんだよ!」 「わ……た……し……が……」 アゼルの瞳に怯えにもにた感情がきらめいた。 「あ、ああっ! あ……ああっ、私は、またシンを!」 「アゼル! 僕が判る!? 僕が! 判るよね!?」 不意に、瞳から感情が消えた。 アゼルは指先を僕らに向けると、わずかにうごかした。 「ああっ。やめろ、やめろっ、今は、せめて、今はまだ!」 逃げられない! 僕が逃げたら、ナナカがやられる! アゼルにナナカをやらせちゃったら、アゼルは二度とこっちに戻って来られなくなる! なんとかして防ぐしかない。 「おおおおおっ!」 僕は前へ右腕をつきだし、盾をイメージする。 無敵の盾を。どんな打撃にも耐えられる盾を! 腕が悲鳴をあげる。 ただひたすら念じる盾が、イメージの中ですら焼けただれていく。 「シン君! ナナカちゃん!」 「咲良クン! ナナカさん!」 「会長さん! 会計さん!」 「生き……てる?」 「それが魔王の力だぜ」 「魔王の……力?」 「リ・クリエが強くなるのに比例して高まり、時至れば、もっと強くなるぜ」 「し、シン! う、うで! うで!」 前へ突き出していた右腕は真っ赤に染まっていた。 腫れあがり、節々から血が流れている。 「防いだが……無傷ってわけにゃいかないな。連発されたらアウトだったぜ」 「ロロちゃん! ロロちゃん! シンが!」 「うわ! すぷらったーです! 今、治癒します!」 「あ、あ……いやっ、いやだ! こんなのは嫌だ! せめて今だけは!」 アゼルは、まるでいやいやするように首を振っていた。 おびえていた。 「あ……駄目だ……駄目……今は許して……許して……」 「やばいぜ!」 またも、無数の光点が浮かび上がり始めた。 まるで、嫌がっているように、ひとつ、また、ひとつ、と灯っていく。 「アゼル……嫌がってるんだ……」 「誰か! アゼルを攻撃しろ!」 「な、なにを言ってるんだよ!」 「アゼルちゃんを攻撃するなんてできないよ!」 「パンダさん乱心ですね」 「リ・クリエがお前ら単独の攻撃くらいでどうにかなるか! はたいて正気を取り戻させるんだよ! 本人に制御させるんだ」 「私がやります」 「え……どういう事です!?」 メリロットさんは携帯をとりだした。 「ヘレナ。座標は3934」 「もしかして……アレを?」 「そうです。今すぐ」 「停電?」 「あ、あれは!?」 僕らを庇うように、すっくと立ったメリロットさんが朗々と吟じ始めた。 「人間界の雲を動かし波を騒がし全てを薙ぎ倒す風よ!」 「あ……あ……あ……あ……」 再び、アゼルの瞳から感情が消えていく。 光点が爆発的に増えていく。 「人間界の全てを焼き尽くす雷よ焔よ熱量よ! 人間界の全てを蠢かせる命よ!」 メリロットさんの体の輪郭が揺らめく。 「魔力……」 しかも、千軒院先生を上回っている!? 「ニベの一族か」 「メリロットさんが魔法を……魔族!?」 「うそ……聞いてないよ」 アゼルの瞳が僕らを見た。 何の感情もない絶対零度の瞳。 「人間界に雨を降らし全てを押し流す水よ! それら全ての源である虚空に偏在する力よ! 愚かなる者どもに、沈黙と虚無を〈齎〉《もたら》したまえ!」 メリロットさんの服の背中が汗に濡れていた。 膨大な魔力が溢れ、凶暴な気配がざわめく。 「落魄!」 思わず立ち上がりかけた僕の腕をメリロットさんが掴んだ。 冷たい汗に濡れた手だった。 「安心して下さい。この程度、バイラスだって消せるかどうか。ましてリ・クリエが宿る器のある相手では……」 「宿る?」 「大賢者の仰った、はたく効果すらあったかどうか」 「今切れる中では最良のカードだったぜ」 「大賢者?」 メリロットさんの体が揺れたと思うと、膝をついた。 「大丈夫ですか!?」 「大丈夫……です……」 爆発の余波が収まっていく。 視界が開けていく。 アゼルは、広場の中央に、茫然とした顔で立ちつくしていた。 見たところ傷一つなさげだ。 アゼルの首がのろのろと動いた。 僕を見て。 自分の手指を見た。 「……私は……私はまたもシンを……」 あげた顔は紙のように白かった。 「シンを……みんなを殺そうと……」 よろめきながらあとじさっていく。 僕は思わず立ち上がり追いかける。 今度はメリロットさんも止めなかった。 「大丈夫! 全員生きてる! アゼルは何にもしてない!」 「私がシンをみんな……この指がシンを指し示した……」 「アゼルは僕らを殺そうとなんてしてなかった! あれは違う。あれはアゼルじゃない!」 「……そうだ……私は……所詮、操られるだけの……あいつの言うとおり武器……」 「何を言っているんだ!」 「武器なら、心などいらなかったのに」 アゼルは僕を見た。 「私が再び現れた瞬間に攻撃しろ」 「どういう……こと……?」 「シン、ありがとう」 アゼルの笑顔は透き通っていた。 全部あきらめてしまったみたいに、ただ笑顔だけしかなかった。 「主の武器でしかない私に好きだと言ってくれて」 アゼルの姿が薄れていく。 見間違えかと思った。思いたかった。 だけど、伸ばした手は、向こう側が透けるほど薄くなったアゼルの姿を通り抜けた。 「アゼル!! まだ言ってないことが!」 アゼルのくちびるが動くのが見えた気がした。 でも、なにを言ったのかは判らなかった。 「聖夜祭の最後、ふたりで踊ろ――」 そこには、誰もいなかった。 「はーい、みなさん、静聴静聴!」 メリロットさんは、リースリングさんに支えられながら椅子に座ると、口を開いた。 「アゼルさんは消えてしまったわけではありません」 体はもう大丈夫なんですか、とか、そういうセリフは吹き飛んでしまった。 「どこにいるんですか!」 「彼女は隔離された空間内にいます」 「隔離された空間?」 「この世界を、巨大な袋と考えてください」 「袋の表面をつまんで出っ張った部分の根元を輪ゴムで縛ります」 「すると小さな空間が出来ます。隔離された空間とは、そのような物と考えてください」 「その中にアゼルはいるって事ですか?」 メリロットさんは小さくうなずいた。 「空間を無理やり捻じ曲げた痕跡が残っていました」 「どうやったらそこから助け出せるんですか! 教えてください!」 「お、落ち着きなさい咲良クン!」 「一刻も早く助けだしたいのは判るけど。アゼルちゃんを閉じ込めた相手の正体も知らずに行動するのは危険だよ」 「そう……ですね。すいません」 「ついに悪の親玉の登場ですね! レスボスですね!」 「れ、レスボス!? い、いけないわ!」 「ラスボスだろ」 「親玉ってぇと……あのバイラスってぇ奴か!」 「あいつが……」 「リ・クリエの日が楽しみだってバイラスは言ってたんだよね?」 「ええ……アゼルを使って何かしようとしてるんだと思います」 「人質ね! ますます許せないわ!」 「あの!」 不意の声に、僕らの視線が集まる。 声の主は、ロロットの友達のエミリナだった。 「え、ええと、その……何で私が理事長さんにここへ呼ばれたかも判らないんですが……部外者である私が発言していいんでしょうか?」 「大歓迎よ」 「あの……バイラスって方がどれほど力を持っているかは知りませんが……それはどうかと思います」 「何を言ってるですか。悪の親玉なんですから不思議ありません」 「で、でも……世界を作りかえられるのは神様か、神様に準じるものだけだって……授業で言ってました」 「そんな授業あったっけ?」 「もしかして! わ、私としたことが授業中に居眠りを!?」 「うちの学校ではなかったと思うよ」 「初耳です。私の受けた授業でも教わりませんでした。選択授業ですね」 「もう! 同じ授業受けてたでしょう!」 「大丈夫です。今、エミリナから教わりました」 「はぁぁ……初歩の初歩なのに……」 ロロットは天使、エミリナも天使。天使達の受けた授業か。 「そうね。エミリナちゃんの言う通り、バイラスがいくら強くてもそれは無理ね」 「じゃあ、誰がアゼルを!?」 「バイラスって奴にも無理だとすれば……七大魔将の誰かってこと?」 「オデロークさん、パスタさん、アーディン、千軒院先生、バイラス……あと2人いるわね」 「メルファスさんもそうだよ」 「メルファスさん?」 「キラフェスでナンパしまくってた変な人」 「あの変態が魔将ですって!?」 「人はぶっかけによりませんね。会った事はありませんが」 「残りはひとりだね」 「で、でも、その魔族さん達だって、神に準じるものじゃありませんよ」 「最後の一人が、バイラスより強いんじゃない? バイラスとその残った誰かが共謀したって可能性も」 「それはないわ」 「メリロット。僭越かとは思いますが、私が皆様に説明いたしましょうか?」 「……ありがとうリースリング、でも私がします」 メリロットさんは、顔をあげて僕らを見回してから告げた。 「アゼルさんを閉じ込めたのは、アゼルさん自身です」 「そんなはずないです!」 「で、でも、少なくともバイラスっていう人にも無理なはずです」 「アゼルさんなら可能です」 「え、ちょ、ちょっと待った! それってつまり、アゼルの方がバイラスより力があるってこと?」 「今のアゼルさんは、神に準ずる力を持っています」 「アゼルが……神?」 「あ、ありえません! アゼルさんは私たちより優秀な天使ですけど、神なんかじゃ」 「え、ええと……どういう事か判らないんだけど……」 「みなさんは昨夜、アゼルさんを中心に荒れ狂う力を見ましたね?」 「見ましたけど……」 「あれだけの現象を起こせるのは、神に準じるものだけです」 「凄いスペクタクルでしたね」 「あれをそう言うお前は大物だぜ」 「でも、それを言うなら、あの時、メリロットさんが放った魔法だって凄かったですよ」 「っていうか、メリロットさんこそ何者?」 「彼女は七大魔将の一人だもの。最強の魔法使い。魔界で魔女といったら彼女の事なのよ」 「そうだったのか、なるほど」 「って、えええっ!?」 「じゃあ、魔法のあれこれをヘレナさんが知っていたのは」 「お姉ちゃんの友達だから……普通の人じゃないとは思ってたけど……」 「あの魔法は、私が扱える最強の魔法でした」 「遥か昔、天使と魔族が人間界で戦った時、余りの威力に封印された禁呪なのよね」 「思い出したぜ。人間の伝承に『インドラの矢』『ソドムとゴモラ』『アトランティス』なんて形で残っている奴か」 「理論上は、バイラスだって消滅させられるんだっけ?」 「大雑把にしか照準が出来ませんし、文様の精度が低かったので無理だったとは思いますが」 「あれが切り札だったんだけどね。サーチライトが全部過負荷でイッちゃったから修理するのに二月は掛かるわ。やれやれ」 「修理できても、私の体内に蓄積された魔力をほぼ全て消費したので、半年は無理です」 「そ、そんなのをアゼルに向けて発射したのかい!?」 「アゼルちゃんには傷一つつけられなかったでしょう?」 生徒会室に沈黙が落ちた。 「なぜ……アゼルにそんな力が……」 「アゼルは……神様なんですか?」 アゼルは、教会で、ここに神はいないって言ってたことがあった。 なんでそんなこと言うんだろうって思ったけど、本人が神様なら……。 「……彼女は」 メリロットさんは言いよどんだ。 「言ってください」 「彼女は……少なくとも彼女に宿った力は……」 メリロットさんは僕の目を見て告げた。 「リ・クリエです」 「リ・クリエ?」 「アゼルちゃんが……? どういうこと……?」 「あれだけの力を発生できるのは、リ・クリエが原因だと考える以外ありません」 「つまり、アゼルちゃんにはリ・クリエの意志と力が宿っているってこと」 「ええと……リ・クリエって、空間が歪むかなんかして、魔族がやって来るってだけでしょ?」 「それだけじゃないのよ。今回のリ・クリエは世界を滅ぼしちゃうの」 「世界を滅ぼしてしまうんですか」 「そーなんだ世界が滅びるんだ」 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん何をさらっと言ってるのよ!」 「だって事実なんだもん」 「このままだと遅くとも3日後の12月24日の真夜中までに世界は滅びます」 「世界が滅びるってどういう事ですか!」 「言葉通りよ。天界魔界人間界は崩壊するんだって」 「待ってください! アゼルがリ・クリエなら、アゼルがこの世界を滅ぼすって事でしょ!? ありえない!」 「残念ながら、有り得ないとは申せません」 「強い信仰心が、常人には成しえない行動へ人を駆り立てた例は、枚挙の暇がありません。実際、私はそういう人を何人も見てきました」 「天界では、リ・クリエは、神による世界の再創造行為だと教えているそうですね」 「え、ええ。公式的にはそうですけど」 「今時そんな迷信、信じてる人なんていないです」 「い、いないって事はないですよ。それに神学の試験は必須だし、現に調査だ、あ、あう」 「調査だ?」 「天界、魔界、人間界の3つに分かれた不完全な世界を破壊して、完璧な世界に再創造しようという神の意志の顕れが、リ・クリエだと」 「ええ……そうですけど……」 「神の意志……」 会ったばかりの頃。アゼルはやたら神にこだわっていた。 「完璧な世界って……どんな世界なんだろう?」 「ぶっちゃけ、天使しかいない世界ですよ。そう習った気がします。想像するだにつまらない世界ですね」 「お前みたいなのばっかなら、うるせぇけど、面白そうだぜ」 「人間や魔族はどうなるの?」 「天使以外はさくっと滅びるそうです」 「でも……なんで天使の人だけ生き残るのかな?」 「宗教において、教えに従う者だけが生き残るってふいて選民意識をくすぐるのはよくあることよ」 「お姉ちゃん……〈ふく〉《》って言うのは言い過ぎだよ」 「実際は、すべてが滅びます」 「え……でも……教えでは……」 「魔界と人間界が崩壊して、天界だけが無事である筈はありませんよ」 「そう言われれば……で、でも、まさか」 「かつてのリ・クリエのおり、我が先祖と天界の研究者たちが接触しデータを交換してそう結論づけています」 「この事は天界の首脳部も知っています。だからこそ彼らは今回も調査団を派遣して来たのです」 「な、なぜ魔族であるあなたが調査団を知っているんですか!?」 「調査と推論によってです。そしてアゼルさんは、調査団の一員でした。そうですね?」 「え、ええ……そうです」 「調査団に加わるのは天使の中でもエリート。そして選抜の条件の一つは堅固な信仰心だったはずです」 「アゼルが、神の意志に従って、世界を滅ぼすって言いたいんですか!?」 僕は思わず叫んでいた。 でも、確かにアゼルは、最初の頃、魔族にも僕らにもひどく冷淡だった。 「アゼルさんは信じています。或いは信じていました」 メリロットさんは僕を見た。 「リ・クリエは神の意志だと」 アゼルは、この世界がくだらないって言ってた。 「『私は主の言葉を信じている。敬虔な者は皆そうだ。敬虔でないものもそうするべきだ』」 すべてが無駄だって言っていた。 「『主は常に正しい。正しさは主と共にある。他にはない』」 世界でただ一つ必要な本は、神の言葉を書いた本だけだとも言ってた。 「『主だけが正しい。全ては主の御心の儘にあるべきだ』」 「全て、アゼルさんが私の前で話したことです」 「うわ……すごいです。神学で満点が貰えそうな答えです」 でも、だからって。だからって! 「私は聞きました。アゼルさんの心は、神の御意志と同一であるべきだ、ということですか? と」 アゼルが世界を滅ぼすなんて。 「そうしたら、そうだという答えが返って来ました。自分の心は、神の正しさと共にある、と」 不意に思い出した。 メルファスがかつてアゼルの事を、『世界を滅ぼす者には到底見えない、触れてしまえば壊れそうにかよわくはかない女の子でしたよ』と。 世界を滅ぼす者? アゼルが? 馬鹿馬鹿しい! 思い出す必要だってないような言葉じゃないか! わけのわからない苛立ちを吐き出すように、 「だからどうだって言うんですか! 神を信じてたからってどうだって言うんです! そんな人、人間にだっていっぱいいるじゃないですか!」 「でもね、そういう人は誰も、世界を滅ぼす力なんて持っていなかったのよ」 「でも! 力を持っていたからって、滅ぼすと決まったわけじゃないでしょう? アゼルが世界を滅ぼそうとしている証拠でもあるんですか!?」 「シンちゃんは疑問に思った事なかった? 何の目的で、パスタちゃん達が学園内をうろついているかって」 「ありましたけど……それが、アゼルと何か……?」 忙しさにかまけて忘れてた。疑問に思った事もあったのに。 「魔族達が学園内をうろついていたのは、ソルティアが設計した巨大な魔法陣を作る為だったのよ」 リースリングさんがホワイトボードに地図を貼った。 「赤い点が打ってある場所に魔法陣が配置されていたわ」 「不可視の魔法が掛けてあるから普通の人には見えないのよね。私にもね」 「こんなに大きな悪戯書きを……暇な人たちですね」 「ひ、暇とかじゃないよ多分」 「見えないようにして落書きをするなんてチキンな人たちです」 流星町を切り取ったこの円の形をごく最近見た。 「流星町にもこんなに……うわ。飛鳥井神社にまで!」 「紫央が知ったら怒り狂うわね」 「この形どっかで……」 写真から割り出した、アゼルの行動範囲と完全に重なっていた。 「この円……まさか……」 僕とナナカで、飛鳥井神社までアゼルをつけた事を不意に思い出す。 アゼルは何度も立ち止まって、何かを確認していた。 もしかしてあれは魔法陣を? 「見て判る通り、複数の魔法陣の集合で、巨大な魔法陣が形成されています」 「特に、ラインの交点や魔術的に重要なポイントには、強力な魔法陣が置かれています」 「フィーニスの塔の下の広場にまで……」 「ダンスパーティの会場にこんなもんがあったとは!」 アゼルが撮ったネコ型魔族達の写真。 夜中、パスタを写した写真。 引っ越し当日、不意に家庭訪問に来た千軒院先生=ソルティア。 「おい! まさかこれ、全体を総合すると、リ・クリエによって生じる歪みを増幅させる機能を持ってるんじゃないよな」 「その通りです。世界の〈原初物質化〉《プリ・マテリアライズ》、つまり崩壊を加速します」 「昔、これの小規模なのを見たことあったぜ。ったく、どうして〈碌〉《ろく》でもないもんばっかり発展するかな」 「な、なんでこんな危険な物を完成させてしまったんですか!」 「作らせなければ、先方の意図が正確には判らなかったからです。ソルティアの設計した物なら、破壊出来る自信もありましたから」 魔法陣を作っていたネコ型魔族と接触があったのは、僕らを除けばアゼルだけ。 「じゃあ、破壊したんですね?」 「まだです」 「な、なぜですか!? 聖夜祭まで三日しかないのに!?」 「魔法陣には、天使の封印が施されていたからです。この封印を解除しない限り、魔法陣は破壊できません」 「大部分の魔族は、この封印を見る事すら出来ません」 「私やソルティアは、集中すれば感知出来ますが……解除にはかなりの時間がかかります」 「で、でもどうして? 魔族の人が作った魔法陣に天使の封印が……」 「そうです。天使の封印は、天使にしか作れない筈ですよ」 封印をするために、遅い時間に学園内を歩いてたのか……。 だから、飛鳥井神社へ行ったり、行く途中あちこちで立ち止まったり、パスタやネコ型魔族達とも接触をしたり……。 「すみやかに封印を解除する為には、あなた方、天使の協力が必要なのです」 「ひぇぇ。あ、わ、私は天使じゃ……」 「今更……ですか」 「エミリナはドジですね。私は自分が天使だと口を滑らせた事なんてありませんよ。えへん」 「ようやくカミングアウトしたよ」 「しまった私もドジでした!」 「でも、みなさん驚かないんですね……」 「あー、それは」 「ねぇ?」 「みなさん、なんで私を見るんですか!?」 「納得しました」 みんな口に出しては言わない。僕に気を遣っているのかもしれない。 みんなはやさしいから。 でも、わかってしまったはずだ。 アゼルが天使の封印をした天使だということも。 信仰心から世界の破滅に積極的に加担していたかもしれない事も。 「解除すれば、世界は滅びないんだよね?」 「聖夜祭の時間は確保できるわよ」 「問題ないですね」 「うん。聖夜祭が終わると世界も滅びるけど」 「根本的な解決になってないじゃない!」 「根本的な解決方法を検討してみたんだけど……」 ヘレナさんの沈黙は、不吉な気配を帯びていた。 「あるんだよねお姉ちゃん!?」 「ええ、まぁ……あるにはあるわ」 「だったら言ってください! それがどんなに困難でも世界の滅びを回避出来るなら」 「私達はやります!」 「そうです! 任せてください!」 聖沙の台詞は僕こそが言うべきだった。判っていた。 でも、僕は言えなかった……口が凍りついてしまったみたいだった。 「私が説明し――」 リースリングさんが静かに口を開いた。 「リ・クリエごとアゼル様を抹殺すれば、世界を救えるのでございますよ」 誰もが黙ったのは、みんな心のどこかで分かっていた事だったからかもしれない。 「民子ちゃん! それは私が言わなくちゃいけな――」 「こういうのは、私だけが慣れていますから」 ヘレナさんにそう告げたリースリングさんは、口元に少し寂しげな笑いを浮かべた。 「民子ちゃん……」 リースリングさんは僕らを見渡して、一語一語はっきりと告げた。 「アゼル様を抹殺する事。これが世界を救う一番確実な方法なのでございます」 生徒会室は凍りついた。 「心優しい皆様には、酷な現実とは思いますが、事ここに至って、アゼル様が敵であることは明瞭です」 「アゼルさんが……敵」 アゼルが敵。 判ってしまっていたけど、判りたくなかった。 「じ、じいや、もう少し穏やかな言い方はないですか」 「……お嬢さま」 「そうです! 敵とかいて友と読むとかですよ!」 「敵を敵と認識しなければ、戦場で生き残る事は出来ません」 「心情的なものは脇に置いて彼女の行動を考察してみるべきでございます」 リースリングさんの声は、冷やした鋼のようだった。 「魔法陣の構築に積極的に加担しただけでなく、我が方の内情を探るべく生徒会へ潜入」 「いや、あれは、シンに丸め込まれたっていうか」 「更に魔王であるシン様やメリロットに近づき、ソルティアに協力しシン様を誘き出し亡きものにしようとまでしたではございませんか」 「まさか……あれは」 「皆様は係わりが深くなったが故に目がお曇りなのでございます」 「彼女の行動は全て、この世界を滅ぼす為の行動と考えれば腑に落ちるではございませんか」 「でも! アゼルは僕にソルティアが攻撃してくるのを教えてくれたんだ!」 「公園まで誘導したのはアゼル様です」 「……だ、だけど、たまたまだったのかもしれないじゃないですか!」 「たまたま散歩に行ったら、たまたま公園に足が向き、たまたまあの時刻に、敵がたまたまあの公園にいたと?」 「アゼル様とソルティアがつながっていた証拠はあります」 リースリングさんは、一枚の写真を取り出した。 そこには、なぜかあどけなく微笑むソルティアの姿が写っていた。 「これ、千軒院先生……?」 「アゼルさんが失踪直前に写真屋で受け取ったもののうちの一枚です。使ってもらっていた部屋に他の写真と一緒に残されていました」 「背景から考えて夜中ね。プライベートな表情を撮るほどの仲だったってこと。アンダースタンド?」 納得なんて出来なかったけど、反論もできなかった。 「みんな、気が重いだろうけど、これが現実」 「リ・クリエごと彼女を消せれば、この世界は救われるってわけ」 「お、お姉ちゃん! 消すってそんな……いきなりアゼルちゃんと戦えって言われても……」 「確かに、一番はじめにも世界を救ってって言われたけど、こんなことは……」 「世界などと考えるから戸惑うのでございますよ。この流星町。流星学園。さらには自分の近しい方々を救うのだ、と考えればよいかと」 アゼル一人と世界を秤にかける。 アゼルを消せば世界は助かり、アゼルを消せなければ世界は滅びる。 理屈では判る。 「ま、肝心の救うっていうのが難しいんだけどね」 「あの空間に籠られている限り、こちらからは攻撃出来ないのよ」 「それは向こうも同じです」 「つまり……こちらの世界へ介入するために、穴倉から出てくるってわけ?」 「そういう事です。いくらリ・クリエとはいえ、空間を開いた直後の1秒程は、位相が不安定ですから」 「その機を捉えて攻撃をすれば勝機はあるということでございますね」 アゼルが最後に言ってた。 現れた瞬間に攻撃しろって。 もしかして……アゼルも望んでいるのか? 「私の勘では、その時以外撃破出来るチャンスはないわね」 「確率的にはお話にならないくらい低いですが」 「それでもよ」 ヘレナさん達は冷静で実際的で冷酷に見えた。 それともまだ割り切れない僕と僕らが甘いのか。 「出現が予測される場所は?」 「フィーニスの塔の広場です。あそこが特異点の直下ですから」 「時間は?」 「聖夜祭の最後のイベント、ダンスパーティ直前だと推察できます。空間崩壊が始まる時刻です」 「リ・クリエが極大になるのと同時?」 「いいえ。少し遅れます。リ・クリエが極大になるのと空間崩壊開始にはタイムラグがありますから」 「出現の瞬間は感知出来る?」 「広場を厳重な監視下に置き、敵出現と同時に察知できるようにしておきます」 「バイラスは?」 「天界への侵攻が目的であれば、空間崩壊直前まで現れない筈です」 「それに、魔族と天使が戦いの場で共同歩調をとることはありえませんから、各個撃破は可能だと思います」 ヘレナさんは立ち上がり、僕らを見まわした。 「と、いうわけで不可能を可能にするクルセイダースの諸君!」 「聖夜祭のついでに、世界を救っちゃいなさい! 以上!」 アゼルが敵? アゼルがリ・クリエ? アゼルを僕の手で倒す? 現実とは思えない。全てが絵空事みたいだ。 でも、そうしないと世界は滅びる。 だけど、アゼルを僕の手で……。 出来ない。やらなくちゃいけない。本当に? 考えたくない。考えなくちゃいけない。どうにかならない? 時間はない。それしかチャンスはない。世界が流星町が学園が僕らの働きにかかっている。 だけどだけどだけど。 頭のなかはぐるぐるまわり。 理屈はわかるけど、納得できない。 「魔王様。学園行く前にちっとは寝たほうがいいぜ」 「眠れないんだ」 一睡もできなかった。 「だからって朝早くから散歩かよ」 何度もアゼルと歩いた道。 いつも人気のないちっぽけな公園。 そんじょそこらに転がってる平凡な公園だけど。 アゼルがライカで初めて撮った写真。 家に帰るまで待てなくて、ここで広げて見てたっけ。 思い出があると特別な場所に見えてくる。 「ソバとアゼルがここでよくやりあってたぜ」 ナナカが僕に告白して、僕が断って。 アゼルが好きだって気づいて。 それがほんの少し前のことなのに、なんだか随分と昔のような気がする。 「気づいてなかったのは、シン様だけだったぜ」 「僕は……鈍いのかな」 「少し鈍いくらいが魔王にはちょうどいいぜ。そうじゃなきゃ世界が懸かっているプレッシャーでおかしくなっちまう」 「いたの?」 「何人もな。中には自分が魔王だって事も、俺様の存在も、全部妄想で片付けて、部屋に引き篭もってた奴がいたぜ」 「それで世界は大丈夫だったの?」 「たまたまリ・クリエの規模が小さくてな」 「パッキーってさ。実は結構覚えてる?」 「た、たまたまだぜ」 「父さんは?」 「モテモテで、よりどりみどりだったくせに、シン様の母親以外の気持には全く気付かなかったぜ」 朝早くてまだ一軒も開いていない商店街。 すみずみまで知っている商店街。 世界が滅びれば、消えてなくなる商店街。 アゼルとラーメンを食べた五ツ星飯店。 アゼルが何度も写真に撮ったシナオバの品川青果店。 アゼルと僕を冷やかすタメさんのぽんぽこ。 アゼルがヘレナさんに服を買ってもらってた服屋さん。 アゼルと僕に牛丼を奢ってくれたオデロークが働いている牛丼屋さん。 アゼルがいつも写真を現像して貰いにいっていた写真屋さん。 何を見てもアゼルを思い出す。 でも、アゼルを倒さないと、全ては消えてしまう。 でも、でも……。 「おはよう。カイチョー」 本当にジョギングをしてるんだ……。 「ごめん。まだ。店開けてない。だが、カイチョー、特別。今、牛丼、作る」 「いや、そういうわけじゃ……」 「ちょっと、待つ」 オデロークは実に手早く牛丼を2つ作ってくれた。 「出来た」 「朝、食わない。力、出ない。いい考え、浮かばない」 元気づけてくれてるんだ。 「うめぇ!」 あの夜、この公園にアゼルは僕を連れて来た。 アゼルはソルティアと組んで、僕を罠にかけたのか? そうかもしれない。 リースリングさんが言ったとおり、偶然にしては出来すぎている。 「シン様、冷めちまうぜ」 認めるしかないんだろう。 アゼルはソルティアと組んで僕を罠にかけた。 僕の首を絞めようともした。 パスタとも繋がっていたし、世界を滅ぼす魔法陣の作成にも関与していた。 そのうえ、リ・クリエの力をその身に宿し、世界を滅ぼそうとしている でも、僕を誘い出すなら、堂々と散歩に誘えばよかっただけなのに、どうしてこっそり帰って来たりしたんだろう? ソルティアの不意打ちを、どうして警告してくれたんだろう? ソルティアに打ちのめされた僕の姿を見て、どうして泣いていたんだろう? 僕がソルティアを倒した時、どうして何もせず見ていたんだろう? あのあと、僕の首を絞めようとして、どうして途中でやめたんだろう? 教会の前でも、僕らが相手だと気づいた途端、どうして攻撃をやめたんだろう? 異空間へ消える時に、どうして自分の弱点を示すような言葉を残したのだろう? 「食べないなら、俺様が食べるぜ」 「ねぇ、パッキー。昔の魔王達でこういう状況になった人っていなかったの?」 「俺様にそういう知識を期待するとは、魔王様も焼きが回ったぜ」 さっきもそうだけど、パッキーは何でも覚えてるのかもしれない。 過去や答えをはっきり言って、僕の意志を縛るのを避けようとしているのかも。 考えすぎかな。 「だがよ、一つだけ確実に言える事があるぜ」 「過去の魔王達がどう決断を下してたにしろ、世界は続いているんだから、間違ってなかったって事だぜ。結果オーライ」 「使い魔としては、アゼルを倒せって忠告すべきなんじゃないの?」 「それは俺様じゃない奴がやっちまったから今更だぜ」 ヘレナさん達のことか。 「あいつらだって好き好んでああ言ってるんじゃねぇんだぜ」 「迷うような事じゃないって、わかってる……頭では」 「この世界を守るためにアゼルを倒す……それしかない……のかな」 「アゼルが言う所の合理的って奴だぜ」 相手がソルティアだったり、バイラスだったりしたら迷わなかったかもしれない。 世界を守らなくちゃって使命感で奮い立ったかもしれない。 でも、相手がアゼルだと、全然違う。 「どうして……アゼルのことを好きになったんだろう……」 「シン様、後悔してんのか? まぁ、あの女には胸がないからな」 「違うよ! 全然違う! でも」 判らない。胸が苦しい。泣いてしまいそうだ。 不意に僕は思い出した。 あの時、アゼルは今にも泣きそうに見えた。壊れてしまいそうだった。 アゼルはこの世界を好きになってしまったんだ。 きっと、流星町も学園もみんな。 嫌いでなければいけないのに、嫌いであれば躊躇なく滅ぼせるのに、好きになってしまったんだ。 だからアゼルは迷っていた。ずっと迷っていた。今の僕のように。 おそらく、こうしている今も。 僕らは同じだ。 「うわ! アンタ、なんでもう起きて登校しようとしてるかな!?」 「起きたんじゃなくて、寝てないんだって」 「寝顔をたっぷりと見てのち、叩き起してやろうというアタシの計画がパーだ!」 「朝っぱらから賑やかな奴だぜ」 「どうしてこんなに早く?」 「実は、アタシも眠れなくてね」 「ま、アタシが心配してたのは、アンタの事だったんだけど……」 「決めたんだ」 僕が落ち込んでない所から察してくれたらしい。 「ナナカも?」 「うん。シンと同じ」 「そうじゃなきゃ、アンタきっとひどい顔してる」 「でも、ナナカこそどうしてこんなに朝早く?」 「見せたいものがあってさ」 冬の冷たい空気が、しん、としている生徒会室に、ノートパソコンの起動音が響く。 「見せたいものって?」 「ちょい待ち」 ナナカはマウスを操作すると、アゼルが聖夜祭出品用に選んだ写真をまとめてあるフォルダをクリック。 パスワードを入力しろという小ウィンドが出てくる。 「見せたいのはパスワード」 キーボードの軽快な響きと共に入力された言葉は―― 『SAKURASYNN』 ナナカが『入力』とクリックするとフォルダは開き、アゼルが撮った全校生徒の写真のサムネイルが表示された。 なぜか頬が熱くなった。 「ま。こういうこと」 「世界を滅ぼすような子が、シンのことを好きになるわけなんてないって」 「元ライバルとして言うのはしゃくだけどね」 「リ、リア先輩!?」 「こういうシチュエーション、乙女ちっくでいいかも♡」 「聖沙まで!?」 「ふむふむ。会長さんの名前なら忘れませんね」 「ずれてるぜ」 「みんな、いつからそこに!?」 「シン君が悩んで朝早く来るかなって思って。先輩としては相談に乗ってあげなくちゃいけないもん」 「でも、心配なかったみたいだね」 「悩むことなんかないってことをみなさんに早く教えたくて来ました!」 「わ、私は別に咲良クンのことなんて心配じゃなかったわよ」 「だけど、このままじゃ聖夜祭の準備にも差支えると思って、だから早朝会議を開かなくてはいけないと」 「それだけ! それだけなんだから!」 会議するまでもなく、みなの結論は一緒のようだった。 だけど、それを口に出すのは、なんだか青春っぽすぎてちょっと恥ずかしくて。 「え、ええとナナカは、どうして判ったの?」 「え……ま、まぁそりゃ、その……」 「ええい、察しやがれ!」 「鈍すぎよ!」 「これは、ちょっと弁護できないよ」 「だから、忘れる心配がないからですよ」 「ソバは、自分ちのパソコンのパスワードもこれなんだぜ、きっと」 「な、なぜアンタがそれを!」 「図星だぜ」 「ナルガ!」 「おっと、こうしてはいられません! みなさんに伝えたいことがあるんです! 神様の啓示です!」 「昨日は年増3人組のシリアスな雰囲気に流されて反論出来ませんでしたが」 「ゆ、勇敢な奴だぜ……」 「家でアワアワのお風呂に入っていたら、考えすぎたせいか眠ってしまってのぼせてしまいました」 「その時、泡の中から神様が出てきたのですよ」 「どんな神様が?」 「頭の後ろから光を放ち、真っ赤な服と赤いターバンをかぶって、蓮の台座の上でヨガのポーズして、トナカイの引く宝船に乗ってました」 「それいったいどこの神様?」 「神様は言ったんです。『みんな仲良くね』って」 「はっと目が覚めたら、ベッドの上でした。私はいい子ですから、神様が運んでくれたんですね」 「リースリングさんじゃないかな」 「アゼルさんだって習ったはずです。神様は、みんな仲良く、って仰ったって」 「だからアゼルさんと私たちを戦わせようとしてる神様なんてウソつきです。きっと神様じゃないんです」 「だからそんな詐欺師の思惑にのる必要なんてないんです!」 「そうだね。友達だもんねアゼルちゃんは」 「そうですとも! 私は絶対に戦いません!」 「権力欲に飢えた副会長さんにどんなに脅されてもアゼルさんを攻撃なんてしません!」 「失礼ね! 私だってそんな事言わないわ!」 「私達を攻撃してたって気づいたアゼルさん苦しそうだったもの!」 「そんな人が世界を滅ぼせるわけなんてないわ。それだけよ!」 「それに。私達、無理やり納得してアゼルちゃんを攻撃したとしても……ちゃんとなんて出来ないよ」 「それはアゼルだって一緒ですよ」 僕は、アゼルが撮った写真を見た。 「だって、アゼルは、僕らを知ってしまったんですから」 甘いのだろうか? 世界を救おうというには甘い考えだろうか? 「そういえば、バイラスも残ってるんだよね。来るのかな?」 「友達じゃありませんから、やっつけましょう!」 「みんなの中には入ると思うぜ」 「で、アゼルを攻撃しないって事では一致したわけだけどさ、その後はどうすんの?」 「私達は戦えないって事を確認するのよね?」 「ええと……とりあえずダンスを申し込んで」 「ああ、はいはい。熱い熱い。悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなってきた」 「断られたら世界は終わりなんだね」 「ぷ、プレッシャーかけないでください」 「難しいですね」 メリロットさんは、いつもと何も変わらぬ様子で本を書架に戻しながら、これまたいつもと変わらぬクールな声だった。 「だがよ。アゼルは、リ・クリエの力をある程度抑えられるんじゃねぇのか?」 「ですが、いくらアゼルさんの霊力の器の容量が桁外れに大きいとは言っても、所詮は神ならぬ身」 「臨界に達したリ・クリエを抑えきるのはかなり困難でしょう」 「不可能を可能にするのが生徒会ですから!」 「もっと早くリ・クリエの器だと判明していれば、手はあったかもしれません」 「どんな手ですか?」 「今となっては繰りごとですし理論上可能というだけですが」 「アゼルさんは神ではありません」 「そこに神の力を盛ってあるのですから、不自然かつ不安定な状態であるのは判りますよね?」 「無理やり継ぎ合わせたものは、外れ易いという事です」 「外れやすいと言っても、私ひとりでは無理だったでしょうが」 「外れたら?」 「リ・クリエを宿らせる事が出来る容量をもつ存在は、天界でも魔界でも希少です。ほぼいないと言っても過言ではありません」 「つまりだ。宿る場所がなくなって消えるってことか?」 メリロットさんはうなずいた。 「そうなれば、いつものリ・クリエの時と同じく。自然現象であるリ・クリエと、それに付随する問題のみを解決すればいいという事になったのですがね」 「今までリ・クリエが誰かに宿った事があったんですか?」 「記録を調べ直したところ、魔王以外にも異常な力をもつ存在が、リ・クリエと共に幾たびか現れた事を確認しました」 「アゼルさんほど強力ではなかったようですが」 「もしかして……魔王が彼らを倒したんですか?」 パッキーは知っていたのかもしれない。 もしかしたら、僕とアゼルのような魔王とリ・クリエがいたのかもしれない。 だからこそ言ってくれなかったのかも。 「確認出来た範囲で、そういう例は数例だけでした。大部分はいつのまにか消えたようです」 「いつのまにか……ですか?」 「最後の様子が記録に残された例から判断して、リ・クリエの力に器が耐えきれず自己崩壊してしまったのでしょう」 「最後は七色の光を発しながら内側から溶けてしまったとのことです」 「そういう奴らいたぜ」 「おそらく、攻撃によって器としての強度が不足した状態になり崩壊してしまったのでしょう」 「アゼルさんは史上最強の器ですから、崩壊なんかしません。大丈夫ですよ」 「おほん。私達がリ・クリエの宿り手を心配するのも変な話ですが」 本当は、アゼルも今までの宿り手と同じになったほうが世界にはいいのかもしれない。 でも、僕もメリロットさんも気持ちは同じようだった。 「と、とにかく。現時点では、外部からの強制によってリ・クリエを引き剥がすのは不可能です」 「でも、生徒会の皆さんが選んだ方法でも……世界を救える可能性は、攻撃した場合と同じ程度でしょう」 「リ・クリエが発生している力場は強力ですから。そもそも攻撃が当たるかどうかさえ怪しいのです」 「なら、なぜ」 「同じ程度と言っても、魔王が宿り手を倒したという実例がありますから」 「実績が無くても成功する確率が同じなら、世界もアゼルも救う方を選びます」 メリロットさんは僕から視線をそらした。 「今回のリ・クリエは最悪です。単なる自然現象としても初代魔王の時のリ・クリエに匹敵しています」 「初代魔王の?」 「魔族と天使が組んで陰謀を企むのも初めてです」 「そうだったんですか!?」 「陰謀は毎度毎度だが、天使と魔族は仲がわりいからな、手なんか組まなかったぜ」 「魔王様の中には、力はてんで弱かったが、奴らの組織同士を食い合いさせて危機を防いだのもいたくれーだぜ」 「それに加えて最強の宿り手……我々が神と称している存在は本気で世界を滅ぼそうとしているのかもしれませんね」 「……ひとつ大きな疑問があるんです」 「何ですか?」 「バイラスの目的ってなんなんでしょうか?」 「過去。何人もの強大な魔族が取りつかれた野望でしょうね」 「天界への侵攻ですか」 「そういう愚か者は結構いたぜ。強い魔族であればあるほど、戦いを欲するもんだぜ」 「だからリ・クリエを起こす必要があった……?」 メリロットさんは頷いた。 「最凶最悪の戦士である彼が欲しているのは戦いのみ。そういうことです」 「全てが滅びてしまう以上、そんな大戦争は起きる筈がないのですが」 「歴史上大して珍しくもない存在だぜ。神に踊らされた哀れな戦闘マニアって事だぜ」 「つまり……バイラスはリ・クリエが滅びだということを知らないか、信じていないって事かな?」 「そういう事だと思います」 「マニアってのは、信じたい事しか信じないものだぜ」 そんな男が、天使と手を組むという奇策を思いつくだろうか? 単になりふり構っていないだけなのかもしれないけど。 「確かめたいと思うんです」 「何を……ですか?」 「彼の真意を」 「だから奴は単なる戦闘マニアだぜ」 「誰がそれを確かめた?」 「……成程。シン様はそういう人だよな」 「彼が知らないなら、教えればいいと思うんです」 「リ・クリエは滅びである、とですか?」 「それを知ったら、彼も考えを変えるかもしれない」 「……知っていたとしたら?」 「それなら、なぜ、リ・クリエを起こそうとしているか知りたい。知らなければ、何も出来ない」 「彼の望みを叶える事も」 メリロットさんは僕の顔をまじまじと見たあと、つぶやいた。 「咲良くんにとっては、バイラスも、この世界に遊びに来て問題を起こしたり、困っていたりする魔族達と同じなのですね」 「変ですか?」 「いいえ。咲良くんは魔王に向いていないように見えて、立派な魔王ですよ」 褒められてるのかな? 「記録に残る最も偉大な魔王であらせられた初代魔王も、戦う前に必ず相手の望みを知ろうとし、避けられる戦いは常に避けたと記録されております」 「シン様のオヤジもそうだったぜ」 「父さんが……」 「連絡をつけることは出来るかもしれません。心当たりがあります」 「正直言って、気は進まないのですが……仕方ありませんね」 「お前が俺に連絡してくるとは珍しい」 「美しい女性に仲介を頼まれたものでして」 メリロットさんが気が進まない、と言ったのは、メルファスに連絡を取る事だった。 いつのまにかメアドを無理やり教えられていたらしい。 「今夜はありがとうございます……来てくれないかと思いました」 「魔王に招かれて断る訳にはいくまいよ」 バイラスは〈莞爾〉《かんじ》と笑った。 彼は非常に理性的に見えた。 「俺は間違っていなかったようだな」 「最も偉大な魔王である初代魔王は、戦いの前に必ず相手の望みを知ろうとし、避けられる戦いは全て避けたそうだ」 「どうしてそれを……?」 「意外か」 「ええ……正直」 「リ・クリエが滅びだと知っている事も、意外か?」 僕は一瞬、声を無くしバイラスを見た。 「私ですら知っていた事ですから。そう意外でもありませんな」 「……なら、どうして。あなたも、昔のアゼルと同じように神様を――」 「神などどうでもいい」 「最凶のリ・クリエが必要だったというだけだ」 「リ・クリエは滅びなんですよ!」 「どうでもいい事だ」 「どうでもいいって……」 バイラスは僕をまっすぐに見た。 「魔王はなぜ現れるのか考えた事があるか?」 「魔王はリ・クリエと共に歴史に現れ、世界を救い続けてきた。魔王とリ・クリエは常にセットだ。そしてリ・クリエの規模と魔王の強さは正比例している」 「どうしてそんな事を知っているんですか?」 メリロットさんの口から同じ台詞が出ても驚かなかったろう。 でも、目の前にいる、根っから戦い好きな魔族の口から出る台詞とは思えない。 「調べたからだ。魔王に関する事なら手に入る資料全てをな」 バイラスが僕を見る目には、どこかくるおしい光が潜んでいた。 「ああ、なるほど。そういう事ですか」 「私が女人を追い求めるように、バイラス、貴方は敵を追い求める」 「敵?」 「魔王はリ・クリエの反作用。リ・クリエに対抗し世界を守ろうとする世界の意志の表れなのではないか、と俺は思っている」 「だから……リ・クリエと魔王の強さは比例する……」 「最強の魔王には、最凶のリ・クリエが必要だ」 僕の脳裏に一つの答えが浮かんだ。 「まさか! 最強の魔王と戦うために全てを! 最強の敵を作るためだけに!」 バイラスは笑った。実に愉快そうに。 「くるおしい熱情と申せましょうな」 「それが望み!? そんな事のために全てを仕組んだなんて!」 「魔王よ。リ・クリエの力が満ちた時、俺と戦ってはくれまいか?」 アゼルが出現する少し前だ。 拒んだら? いや、考えるまでもない。 僕と戦うだけのために、世界を破滅の淵へ追いやるのをためらわぬ男だ。 学園の生徒を人質にとるくらいやりかねない。 みんなには何事もなかったように聖夜祭を楽しんで欲しい。 それに、目の前の最強の魔族すら倒せずに、世界なんか救えない。 戦うしかない。 「場所はこちらが決めてもいい?」 「戦えるなら否はない」 生徒会長である僕は学園を離れられない。 なら、学園内でその時刻、人を遠ざけられる場所で、開けた空間。 「……流星学園の教会の前で」 バイラスはあどけなく笑った。 それは、アゼルの写真で見た千軒院先生の表情に似ていた。 ああ。この人たちは、子供なんだな、と思った。 聖夜祭前日。 「暗幕暗幕もっとほしい!」 「搬入っす! どいてくださいっす!」 「野球部はひたすら素振りだぜ! 見ろ! 俺の素振り!」 「邪魔邪魔邪魔! そこの野球部邪魔!」 「神聖な素振りを邪魔だと申すか!」 「二人とも邪魔っす!」 「ご機嫌よろしゅう」 「おお! 差し入れって奴だな! ちょーだい!」 「さっき差し入れしてもらってから時間経ってませんけど」 「シン君。もう3時だよ」 「いつのまにそんな時刻に」 「そういうことどす。あんまり根詰めてもええことありまへんし。ここらで一息いれたっておくれやす」 「じゃあ、お茶入れるね」 「差し入れだ差し入れだ! わーい」 「アンタ働いてないじゃん」 「アタシがいることで、雰囲気がよくなってるんだい!」 「脱臭剤かよ」 「ほな、サリーちゃんの前には、お菓子置くだけで構いまへんな。雰囲気楽しめたらええんやし」 「雰囲気だけはいや!」 「何さ何さ! 天使なんて朝からずーっといないじゃん!」 「そういう仕事をしてもらってるんだよ」 ロロットとエミリナ、メリロットさんは学園内の魔法陣の解除をしている。 「ぶーぶー、アタシも外でぶらぶらするだけの仕事したい! っていうか積極的にする!」 「そないかんかんにならんときぃな。落雁でも食べて、気ぃ落ち着かせたっておくんなはれ」 「むしゃむしゃ。おいしい! しあわせ!」 「くぬぅ……和菓子なんておいしそうに食べて……すっかり洗脳されてる」 「サリーさんは、どっちも食べてるじゃない」 「どうしてスウィーツの差し入れはないんだ!」 「友達関係に問題があるんじゃねぇか?」 「噂をすれば」 「友よ! 差し入れありがと!」 「なんのことー?」 「期待したアタシが馬鹿だった……」 「あ、そうだー、そうだー。忘れるところだったよー。大変だよー。大変だよー」 「あなたがそう言っても大変に聞こえないわ」 「ひーん。信じてもらえないよー」 「嘘泣きすな。で、大変って、どうしたの?」 「エントランスでキャリーが多重衝突してー、3台キャリーが壊れちゃってー、予備のキャリーが足りなくて奪いあいにー」 「大変じゃん!」 「みんな、キャリーに無理やり積載しすぎよ! 重量制限守ってないのね」 「それで紫央ちゃんが切れちゃって、小狐丸を振り回してー」 みんな忙しい。 この瞬間手があいてるのは……。 「あたしにまかせて! 魔界通販で買った素敵ガス『シズカニナール』で、騒いでる奴らを静か――」 「見てくる! 聖沙、ちょっとの間ここは任せた!」 「判ったわ」 「アタシの話きいてよ!」 「毒って書いてあるじゃん」 「みな、喧嘩、やめる。喧嘩、美しくない。オデ、運ぶ、手伝う」 と、手伝いに来てくれたオデロークが言ってくれたおかげで、僕がエントランスについた時、騒ぎは収まった後だった。 力持ちだし、インパクトあるからな、色々な意味で。 「シン殿面目ない。風紀取締方を任されながら、思わず冷静を失ってしまい申した。これは腹かっさばいて――」 「責任なら、最後まで仕事をすることで取ってね」 「なんという寛大な言葉! それがし感動しましたぞ! 粉骨砕身致します!」 「あ、余り気張らないでね」 「以上です。ロロットは書きましたか?」 「バッチリです! はい、司書さん出来ました!」 「成程……ふむふむ。凝ってますね……またパターン違い……」 忙しそうだな、と引き返しかけると。 「会長さん、さぼりはいけませんよ」 「ちょっと気になって途中経過を」 「まかせてください! バッチリです!」 「と言うには程遠いですね」 「いい所に水を差さないでください」 「忙しい生徒会から人を借り出してしまって申し訳ありません」 「この仕事も重要ですから。で、どんな進行具合ですか?」 「学園内の魔法陣のうち、7分の3近くを破壊しましたが。全体の機能はまだ8割弱残っています」 「そんなに破壊したのにですか?」 「小魔法陣同士が互いの機能を補完し合い、機能の低下を防いでいるのです」 「ロロットの霊質がもう少し濃ければ……」 「私は書記ですからこれでいいんです」 「霊質?」 「え、えっと、私達天使の体を構成するものです。私達は本来非物質的なもの、つまり霊質で体が構成されているんです」 「だがよ、それじゃ人間界で活動出来ないんで、ここでは霊質を保護する物質を纏っているんだぜ」 「ロロットはここに長くいるから霊質が薄れちゃって……封印が読めないんです」 「自分でもびっくりです」 「解除と破壊をしているのは私一人ですから速度は変わりませんよ」 「それに、ロロットさんの字は綺麗です。とても読みやすく助けになっています」 「判る人は判るものですね」 「ですが、破壊をしたのは無駄ではありません。この魔法陣の仕組みや構成はほぼ把握しました」 「これからは、重要な機能を持つ魔法陣のみを破壊し、機能を奪います」 「成程」 「こうすれば、リ・クリエ臨界までに、機能の9割を奪えるはずです」 「アゼルさんと会長さんが話す時間がいっぱい出来るって事ですよ!」 「うまく口説いてべっどいんです!」 「な、ななな、何を言ってるんですかロロットは!」 「で、おやすみです」 「寝てどうする!」 「パンダさんは無知ですね。生き物は夜寝るものなのです」 という、ロロットの真っ当な主張とは裏腹に。 生徒の大部分が徹夜のうちに聖夜祭当日がやってきた。 「まだ準備中なのに、結構人が様子を見に来てるみたいだ」 「キラフェスの評判がよかったからだよ」 「それに、流星町のみんなはお祭りが好きだし」 「前から疑問に思ってたんですけど」 「きっと下らない疑問だぜ」 「聞いてから判断しようね」 「聖夜祭なのに、どうして朝からするのでしょう?」 「今更、そんな根本的な事を聞かれても……」 「お祭りは楽しいからに決まってるじゃん!」 「理解しました!」 「いい加減だぜ」 まあ準備があるからなんだけど。 「あーあ、アタシもお祭り楽しみたい! つまんないぃぃ」 「楽しんでくればいいじゃない」 「あたし生徒会の最重要メンバーだもん。遊び呆けるわけにはいかないよ」 余りの暴言に、みんな、一瞬声をうしなった。 「オマケさんは全く働いていませ、 もがもが」 僕はロロットの口を押さえつつ、 「え、ええとほら、サリーちゃんは今までも準備とかで頑張ったから、今日は遊んでていいよ!」 「カイチョーにそう言われちゃ仕方無いね! じゃあ! 楽しんでくる!」 「こういう時は素早いわね」 「みんなも楽しんでね」 「あたりきしゃりきのこんこんちきよ!」 「まずはシン君が休み時間だね」 僕はアゼルが使っていたデジカメをもった。 アゼルの分も撮らなくっちゃ。 「まったく、アゼルさんもお馬鹿ですね。こんな楽しいお祭りに参加しないとは……」 生徒会室に少しだけ重苦しい沈黙が落ちた。 みんな、アゼルの事を気に掛けてくれているんだ。 「大丈夫。最後のダンスには間に合うよ」 生徒全員の写真が、ずらりと並んでいるのは壮観だった。 みんな生き生きとしていて、写真を見るだけで人柄が判る。 そんな感じがする。 「あ、私の写真みーっけ! ああん私って美人!」 周りでは、自分の写真を見つけて喜んでいる生徒の声。 結構、好評のようだ。 当然だよね。 だって、アゼルはみんなのこと好きなんだから。 そうやってどれほどの時間写真を見ていただろう。 「ここでしたか」 その声を聞いた時、展示場には、僕とメリロットさんしかいなくなっていた。 「いい写真だと思いませんか?」 メリロットさんは、しばらくの間、写真たちを見ていた。 「技術的には未熟ですが……短期間で、大したものです」 「アゼルは、間違いなく、この世界が好きなんですよ」 「……そうでしょうね」 「教会前は?」 「結界を張って生徒は近寄らないようにしました」 「魔法陣は?」 「機能の7割は奪いました。最後に残った重要な魔法陣、フィーニスの塔の広場のものを破壊すれば、9割」 「私はソルティアの腕を過小評価していたようです。これだけある魔法陣のパターンを全部変えてくるとは」 「叶えられない望みを抱える奴らは、誰でも必死だぜ」 ソルティア――千軒院先生――リ・クリエに加担してまで彼女が叶えたかった望みは判らなかった。 だが、こちらとは相容れないとはいえ、バイラスと同じく彼女も何かくるおしいものを抱えていたのだろう。 「時間までに破壊出来るかどうかは難しい所ですが最善は尽くします」 「咲良くんと、アゼルさんがなるべく長く話せるように」 「話のもっていきようでは、アゼルさんから、リ・クリエを外せるかもしれません」 「いつ、なぜ、リ・クリエがアゼルさんに宿ったのか正確には判りません。ですが」 「宿った時点で、アゼルさんの望みとリ・クリエの望み――神の意志を望みと言ってよいかは判りませんが――その間に乖離はなかったでしょう」 「世界を滅ぼして、作り変える、ですか」 「作り変えるにのみ意味があったのでしょうね。彼女は滅ぼす世界を愛していませんでしたから」 「リ・クリエとアゼルさんは深く共鳴し、同化した」 「だけど、今は」 メリロットさんはうなずき。 「アゼルさんが不意に苦しみ出した場面に遭遇した事はありませんか?」 「そういえば……何度か」 聞くくらいだから、メリロットさんも遭遇した事があるんだろう。 「それは、アゼルさんがこの世界、またはこの世界の人物に対して好意的な反応を示していた時だったのでは?」 「……そう言えばそうかも」 「間違いないぜ」 「あれは拒絶反応だったのではないでしょうか?」 「アゼルの意志と、リ・クリエの意志のですか?」 「そうです。この世界を愛し破壊を惜しむのは、リ・クリエの意志に対する反逆と言えるでしょう」 「じゃあ、アゼルがリ・クリエを完全に否定すれば……」 「拒絶反応で、分離するかもしれません」 「神としちゃ居心地が悪ぃからな」 喜んでいいことのはずだった。 だけど、完全な否定まで行かなくても、あれだけ苦しそうだった。 完全まで行ったら、どれほどの激痛が襲うだろう。 それに。 「それって……アゼルの今までのほとんど全てを否定する事ですよね?」 彼女は神を固く信じていた。 生活全てをそれで律し、従って生きてきた。 それはすべて間違っていた、と認めさせる事になる。 メリロットさんの表情に、苦痛に似た感情のさざ波が現れた。 「それでも……彼女自らが、彼女が愛した世界や人を滅ぼすより、良い選択ではありませんか?」 自らに言い聞かせているような声。 「それに……私は恐れているんです。彼女が自分で自分に手をかける事を」 いや。ありうる。 アゼルは自分が一番弱くなる瞬間を僕だけに教えて去ったのだから。 聖夜祭の音が遠ざかっていくようだった。 メリロットさんの声だけが、僕の耳に響く。 「外部からアゼルさんを傷つけるのはほぼ不可能です。リ・クリエはその目的を達するまで、アゼルさんという器を自動的に守るでしょうから」 「アゼルが自分自身を、か?」 器は壊れ、リ・クリエは宿り手を失い、消滅する可能性が高い。 だけど、アゼルも無事では済まない。 魔王に倒された宿り手達と同じように……。 「だ、だけど、そんな事が可能なんですか? アゼル自身の霊力はリ・クリエにコントロールされるでしょう? それに単なる武器じゃ――」 「クルセイダースが変身した時に出現する武器を奪って使えば理論上可能です」 「じゃあ……僕らがアゼルの前で変身してたら」 「世界は救われるかもしれません。結果的には、ですが」 ダンスパーティ。入場開始45分前。 「これで点検終わり」 「なんとかなったね」 「みんなのおかげです」 「私が副会長をしているんだから当然だわ」 「あとは、ロロちゃん達がなんとかしてくれりゃ完璧なんだけど」 まだ、広場にある魔法陣の解除は終わっていない。 今も、ロロットとメリロットさんとエミリナが頑張っている。 「でも、7割の機能が失われてるから、世界がいきなり滅びることはないよ」 「踊る時間はあるってか?」 「その先の時間もなんとかしなくっちゃね」 ダンスパーティ会場も吹奏楽部と聖歌隊のブースも、今宵の主役達の登場を待っていた。 だけどその前に。 「なによ」 「ちょっと用事があるから、そのあいだ監督してて」 「は? ダンスパーティはもうすぐよ! 吹奏楽部と聖歌隊のリハーサルだってあるのよ! 責任者がどこか行っていいわけないでしょ!」 「だから、ダンスパーティを成功させるためにも行かなくちゃいけないんだ」 「だからこそ、ここに居るべきでしょう!」 「一仕事あるんだ」 「もしかして……魔王だから?」 バイラスの望みを叶える。それは魔王としての行いだ。 「いえ、キラキラの学園生活を楽しむためです」 「なんだ、いつものことか」 「なら、行ってらっしゃい」 「お姉様!?」 「俺様のリアちゃんは話が判るぜ!」 「じゃあ、聖沙! 少しのあいだ任せたよ」 「言われなくても」 「べ、別に心配なんかしてません」 「魔王は、いえ、シン君は立派な生徒会長だもの。責任者の務めはきちんと果たすよ」 入場開始40分前。 「生徒会長の君。時間ぴったりですな」 「古来よりよき魔王は約をたがえぬものだ」 「尤も、女性とのデートの時であれば、待ち合わせの30分前には来ているのが男としての義務ですが」 バイラスとの戦い。立会人はメルファス。 僕は変身した。 体の中で力が限りなく膨れ上がり、五感が拡大する。 余りの認識の広がりに、意識が一瞬めまいにも似たものに襲われ、それが収まると。 僕は魔王だった。 学園中を覆う明るいざわめきが僕の内側からのように響いてくる。 みんなが聖夜祭を楽しみ、その終りが近づくのを名残惜しみつつも、最後のダンスパーティを楽しみにしているのが判る。 世界を人間界を天界を魔界を守るなんていうのは、大きすぎて判らない。 でも、彼らを守るというなら感覚で判る。僕の心に届く。 僕が守るのはキラキラの学園生活。それでいい。 恐らく、今までの魔王だってそうだったんだ。 「今や、リ・クリエも臨界。まさしく最強の魔王だ」 バイラスが実に楽しそうに呟いた瞬間。 その姿が、ぶわり、と膨れ上がった。 膨大な魔力の波動で空間が揺らめいたのだ。 彼が隠蔽していた魔力が、闇色の翼のように広がるのを感じた。 一度だけ対面したリ・クリエ程ではないが、ソルティアとは格が違う。 僕の方がパワーでは上回っているが、彼は歴戦の戦士。経験の差は絶大だ。 「ところで、ダンスの開始までいかほどですか?」 「40分。それまでに終わらせます」 僕は挑発的に言ってみた。 これくらいでかっかと来る相手なら楽なんだけど。 「成る程。異性とのダンスは精神の甘露。何物にも代えがたい物ですからな」 「終わらせられるものならばな」 ただただバイラスは状況を楽しんでいた。 挑発に乗るような相手じゃない。 僕は相手の目をしっかり見ると、半ば自分に言い聞かせるように告げた。 「終わらせますよ」 「では、我が宿願。叶えて貰おう」 「僕が戦うのは、あなたの願いのためじゃない」 「魔王だからか?」 「キラキラの学園生活が好きだからだ!!」 僅かに下がったバイラスのガードを、僕の力が打ち抜いた! 動きがとまった。 時間が引き伸ばされたような光景の中、バイラスはよろめき、そのまま背後に倒れた。 十字架のように手をひろげ横たわったバイラスが空を見た。 ダイヤモンドの粒をまき散らしたように、無数の流星が暗い空を埋めていた。 破滅のしるしに満ちた空は、それまで見たどんな夜空よりも豪奢だった。 「これまでか……」 「終わりですか?」 「勝負あったぜ」 「伝説の魔王との戦い。もう少し楽しみたかったのだがな」 バイラスは小さくうなずくと、倒れたまま僕を見あげて笑った。 「魔王よ。いや、咲良シン。あなたの勝ちだ」 「はぁっ、はぁっ……ま、満足しました、か?」 「ああ。密度の濃い、至福の、素晴らしいひとときだった」 宿願を叶えたせいか、バイラスはひどく満足げだった。 「いつかまた、この時間を味あわせてもらいたいものだ」 「はぁ、はぁ……い、嫌です」 僕は変身を解いた。 「さて、暴力の時間はこれで御仕舞ですな。次は心楽しきダンスの時間、となりますかな?」 僕は時計を見た。あと20分。 入場開始15分前。 「遅いわよ!」 「リハーサルは全部済んだわ。最後の点検だって無理やり理由つけて生徒会関係者以外は出て貰ったわ」 「済まない。アゼルは!?」 「メリロットさんの計算だと5分後だって。ハイ、これつけて」 イヤホンタイプの通信機だった。 事前の打ち合わせでは、アゼルの出現が観測されたら、リースリングさんの合図で一斉に攻撃をかける事になっている。 通信機を耳にはめつつ。ごめんね。リースリングさんと、心の中で謝っとく。 「予想時刻まで、あと4分です」 「本当に現れるのかしら?」 「恋した女の子は、恋した男の子との約束は破らないものだよ」 「お姉さまの仰る通りね。世の中そうでなければならないわ」 「まるで、素敵な小説みたい」 「でも、人間界では……あわわ、一般的に言ってそういう時に現れないから悲恋なのです」 「ひ、悲恋って……」 「そのパターンも素敵ね……♡」 「じゃないわよ! べ、別にうまくいかなければいいなんて思っていませんからね!」 「それ以前に、今更天使だって隠してどうする!」 「はっ!? そうでした!」 「予想時刻まで、あと3分です。各員は所定の位置で待機してください」 僕らの意図は、リースリングさんにもヘレナさんにもばれていないようだ。 「何かあったらフォローするから、しっかりやりなさいよ」 「会長さん。世界を救っちゃいましょう」 「シン君。ファイトだよ」 みんなが所定の位置へ散っていく。 「展示見た?」 「あれ、アタシが並べたんだ」 「まぁ、写真がよかったから、どう並べたっていい展示になっただろうけどさ」 「いいっていいって」 「予想時刻まで、あと2分です」 立ち去りかけたナナカは、なぜか足を止め。 「ね、シン」 「このままアゼルが現れなかったらどうする?」 「現れるよ」 「そっか。じゃあ、その前に、キスしようか」 「なにが、じゃあ、なんだよ」 「うそ。冗談冗談。しっかりやんなよ、この色男!」 ナナカは僕の背中を勢いよく叩くと、行ってしまった。 「痛い……」 「自業自得だぜ。ま、シン様もソバもお互い様だけどな」 「ソバがああいう性格でよかったぜ」 「予想時刻まで、あと1分です」 そうなのかもしれない。 ナナカは僕の事がずっと好きで、僕はそれにずっと気付かなくて。 鈍感でトウヘンボクだった。 確かに、ナナカは僕に言わなかったけど、少なくとも僕にはそれを責める資格はない。 でも、僕はアゼルが好きで。それはもう揺らぎそうもない。 だから、ナナカの気持を知ってもどうしようもない。 今だって、ナナカのことじゃなくて、アゼルの事を考えている。 久しぶりに会ったら、どう話しかけようか考えている。 「空間歪曲確認しました。10、9、8、7、6、5、4、3」 何をどんな風に話しかけようか。 「2、1、ゼロ」 広場の中央の何もない空間が、かげろうのように揺らめいた。 現れる人影。 徐々に濃さを増していく。 僕は人影の方へ踏み出す。耳から毟り取った通信機が足もとに転がる。 走り出そうとするのを、無理やり押さえつける。 人影がこちらを見た。 目が合うと、もう止められなかった。 僕は駆け出して、アゼルの前に立った。 アゼルは僕から顔をそむけた。 「……お前は馬鹿だ」 「だって、戦ったら踊れないよ」 「踊る!? まだそんなことを言っているのか!」 「私とお前は敵なんだぞ! 私は神の武器で、お前は魔王だ! 戦え!」 「僕は咲良シン。アゼルはアゼルだよ」 七色に光り輝く流星が雪崩落ちて来ていた。 「そういうわけにはいかない! お前はまだ知らないのか?」 「うん。僕はアゼルをもっと知りたい」 「そうか、そんなに知りたいのか」 アゼルの顔が、精一杯の邪悪さに歪んだ――つもりだったんだろうけど、うまくいっていなかった。 「なら教えてやる。私はお前らをずっと騙して来たんだ! 間抜けなお前らは騙されていたんだ!」 「バイラスの一味を利用して、この世界を破壊する企てを進めていたのにも気づかなかっただろう! 間抜め!」 「そのうえ、ソルティアが計画しパスタが指揮していた魔法陣作成計画のためにお前らの情報を流していたんだぞ」 「私なんかを生徒会に加えて、お前は馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だ、大馬鹿者だ!」 僕を罵倒するその声には、どこか無理があって痛々しかった。 「そして、リ・クリエの邪魔になるお前を亡きものとするために、ソルティアの計画に協力したんだ!」 「お前が血まみれになっていくのを、ただ見ていた! お前は、たまたま魔王だったから死ななかっただけだ!」 「今だって、こうして現れたのはお前に言われたからじゃない! 世界を滅ぼすには、ここへ現れる事が必要だったからだ!」 「さぁ、私と戦え! 魔王ならせいぜい悪あがきしてみせろ」 不意に、優雅な旋律が耳に飛び込んできた。リハーサル用のCDのだ。 僕は思わず吹奏楽部のブースの方をみた。 リア先輩が、僕にうなずいた。 「戦え! 私と戦え魔王! その矮小な力で神に逆らってみろ!」 僕はアゼルの手をとった。 その手は、この前と違ってあたたかかった。 「な、何を!?」 「世界が終る前に、僕と踊って」 「私とお前が踊りなど、あ……」 ちょっとだけ強引に引っ張って踊り出すと、アゼルは逆らわなかった。 「ごめんね。ただくるくる回るくらいしか出来なくて」 そんな単純な動きですら足をもつれさせる僕らの周りで、降りしきる流星。 「私だって……その程度だ」 アゼルは、照れたように顔をそむけて。 「それに……私とお前が踊るなど……不合理だ……」 「判っているのだろう?」 「不合理じゃないよ。少なくとも僕にとっては」 「好きな人と踊るのは、ドキドキウキウキするよ」 「そんな風に言うな!」 「僕のこと、嫌い?」 アゼルはうつむいた。 「私は人ではない……」 「僕はアゼルが好きだ」 「私にそんな事を言うな!」 アゼルは顔をあげた。 泣きそうな顔をしていた。 「お願いだから、私と……私と戦え!」 「もし、アゼルが本当に世界を滅ぼそうとするなら、僕は何度だって世界を救って」 「アゼルの事、好きだって言うよ。何度だって言うよ」 「ならば戦え!」 「でも、僕はアゼルと戦えない。生徒会のみんなも。そしてアゼルだって僕らと戦う気はない」 「そんな……ことは……」 「そうでしょう?」 「わ、私にだって……出来るはずがないだろう! だから、そっちから戦ってくれ!」 「お互い意志もないのに戦えないよ」 「ああ……そういう事なのか……」 「主は……あらかじめ全てを知っておられた……」 「私の意志など……やはり無意味だ……」 「どうせ……時間が来れば、私の、いや、私に宿った力は、リ・クリエを遂行する」 「引き金に指がかけられれば、武器の意志は無だ」 「アゼルは前にも言ったね。自分は武器だって。どうして?」 アゼルと僕の足が絡んだ。 よろめいたアゼルを、僕は思わず抱きしめた。 ちいさな肩が、ぴくり、と震えた。 「ううっ……はぁはぁ……」 拒絶反応って奴か。 離れようとしたけど、アゼルの方が離してくれなかった。 「もう少し……このままで……いさせてくれ。世界が滅びるまで……いや、ダンスが終わるまででいいから」 アゼルの体も声も震えていた。 「苦しいの?」 「問題……ない」 言葉とは裏腹に、苦しげで、僕にもたれかからなければ立っているのも辛そうだった。 「無理して喋らないで」 「私には判る……私の中にあって、私の物でない力が膨れ上がっている……リ・クリエの力が……」 「もうすぐ溢れ出し、空間を歪め、世界を崩壊させるんだ……」 ちいさくあたたかく震えている体。 強く抱きしめてしまうと、壊れそうだった。 「……傲慢の罰だ」 「傲慢?」 「昔から私は……自分は特別だと思っていた」 「天界でも……人並み外れた巨大な霊力の器は、神の祝福だと」 こんなにも苦しそうなのに、ぎこちないステップを踏み続けている。 「調査団の一員に抜擢され、この世界に降り立った日。主からの声を聞き力を授かった」 「祝福の……証だと思った」 「私は、世界を……作りかえるべく特別に創造された神の代行者なのだと。それゆえの特別だと」 アゼルが力なく笑った気配がした。 ねぇ。アゼルの神様。 どうしてアゼルがこんなに苦しまなければならないんですか? 彼女が望んでいる事なんて、きっと大した事じゃないのに。 「ひどい……思いあがりだった」 「力が……思い通りにならない事を知った時、ようやく判った」 「祝福ではなく、単に強大な力が宿っても壊れないように作られただけだったんだと」 「選ばれたと……思ったのも錯覚だ。そのため……に作られたのだから宿るのは……当たり前の事だったんだ」 アゼルは、冷たい雨の中、暖を探す迷子のように、顔を胸におしつけるて僕にしがみついていた。 そうしなければ立っていられないんだ。 「もう、やめよう」 「駄目だ! もう少し、もう少しだけ」 何か恐ろしい気配がアゼルの体から溢れ出し始めた。 地面がゆっくりと揺れ始めた気がした。 「全ては主の……意図通りだった」 「魔王によって幾度も幾度も……リ・クリエを妨げられた主は、魔王とその協力者の無力化を意図した」 何か引っかかった。 「そして、私とシン達が……親しくなる事でそれは達成された」 「私がこの空間に出現した瞬間、倒せる最後の機会をシン達は見逃した……私達は……機械じゃない……合理的でも……感情が悲鳴をあげる……」 アゼルはもうよろめくようにすらステップを踏めないらしく、ただ僕にしがみついているだけだった。 「……ごめんなさい……私と係わったから……シンの世界は滅びる……」 「でも……主には逆らえない……逆らえないんだ」 「こんな力……なければ良かった……」 シャツ越しに、あたたかく濡れたものがしみ込んできた。 僕は少しだけ空を見上げた。 ダンスの優雅な旋律をBGMに、流星はますます降り注ぎ、 夜空を流星が流れているのではなくて、流星の隙間から夜空が僅かに覗いていた。 世界は巨大で、美しかった。 「なに……?」 「どうして神様はそんな事をするんだろう?」 気のせいではなく、地面はわずかに揺れ始めていた。 凪いだ海に浮かぶ巨大な船の上にいるみたいだ。 「主は……どうあっても世界を作り変えたいんだ……人間界も天界も魔界もお嫌いなんだ……」 「違うよ。何で、そんなに回りくどい事をするんだろう? そんなに嫌なら問答無用で滅ぼしちゃえばいいじゃん」 引っかかったのはそこだった。 教会の前で見たリ・クリエの力。あれがあれば世界を滅ぼすなんて簡単だ。 アゼルに宿る必要なんてない。 「あ……いや……そういう事か……」 「それは多分、魔王が主の意図を邪魔していたからだ」 「それはおかしいよ」 涙に濡れた瞳に流星のきらめきが光っていた。 「もし、神様が何でも思い通りに出来るなら、魔王だって思い通りに出来た筈だよ!」 ここに何か重要なヒントがある気がした。 「きっと……魔王は特別なんだ」 「ねぇ、パッキー」 「何だよ魔王様。せっかく黙っててやったっていうのに」 「今まで何人の魔王がいたの?」 「俺様に具体的な数字を聞くなよ。覚えちゃいねえぜ」 「覚えきれないくらい一杯いたんだ」 「ま、そういう事になるな」 「つまり、神様は、覚えきれないくらいたくさんいた魔王みんなに、負けたんだ」 「そんな筈は! 主は完璧な筈だ!」 「認めろよ。奴は穴だらけなんだぜ」 「いや、パッキー。僕も神様は完璧なんだろうと思う。少なくとも完璧に近い」 「魔王様よ。メリロットの話を聞いてなかったのかよ? アゼルに神を否定させなきゃ意味ねぇだろう」 地面の揺れが、凪いだ日じゃなくて、荒れ模様の日の、巨大な船くらいになった。 ゆっくりと踊る僕の足が、何度ももつれそうになる。 「否定出来たら私だって!」 「んじゃ否定しろよ」 「でも、私の中には明らかに私のものでない力がある……判ってしまうんだ」 「メリロットは、私を傷つけずに危機を解決する方法を考えてくれたのだろうが、在るという実感を否定するのは無理だ……」 「僕には神様の考えは判らない。でも、こう思うんだ」 「神様はいつも回りくどい方法で世界を滅ぼそうとしていたんだ。だから、魔王達やその仲間達が世界を救えた」 「同じではないのか……? 主は今回こそ失敗を教訓に……」 「今回だって回りくどいよ。アゼルに宿らなくたって、あの凄い力をふるえば世界を滅ぼすくらい簡単なんだから」 「神様は、失敗なんかしてないんだよ。完璧なんだから」 「完璧は失敗しない事。なのに、意図の実現には失敗している。おかしいよね?」 「まさか、失敗するのが神の意図だと言うのか!」 「ううん。きっと、世界を破滅させるのは神様の意図じゃないんだ」 「では、なぜ、世界は何度も滅びかけているんだ!」 「世界を破滅の淵に追いやるのが神様の意図なんだ」 「滅ぼして作り変えようとしているのでは無いと言うのか!」 「滅びちゃう程度なら作り変えよう、くらいなんじゃないかな?」 「……では私は、主の意志に」 背後で大きな音がした。 揺れで休憩場所に並べた椅子が雪崩を打って倒れたらしい。 世界は気持ち悪く揺れていた。 縦でも横でもなく、まるで、足元が崩れるように。 足がもつれて倒れそうになったアゼルを強く抱きしめながら、 「うん……シンは?」 「なんともないけど」 僕らは座り込んだまま、天空を埋め尽くす流星の光に照らされて抱き合っていた。 これが最後か。 「なに? ん、んんんんんん」 不意打ちだった。 やわらかくあたたかいものが、僕の唇に覆いかぶさり、すぐ離れた。 「い、いきなり、ど、どうしたの!?」 「自分の気持ちの確認だ」 アゼルは僕の腕の中で深呼吸をすると、ゆっくり呟いた。 「主よ。私は……この世界が好きだ。空も大地も人々もみんな」 メリロットさんは言っていた。 アゼルがこの世界に対して好意的な反応を示した時、アゼルの体を拒絶反応が襲うと。 僕も何度となく見た。 「主よ。私はこの世界に、滅んで欲しくない」 「そ、それに……その……今、隣にいる男が誰よりも好きだ」 「だから、私たちに未来が欲しい!」 「な、何を驚いている。こ、告白して来たのはそっちだぞ! 私は返事をしただけだ!」 「嬉しいけど、あのその、大丈夫なの!?」 「わ、私の返事は、嬉しくないのか?」 「い、いや、だから嬉しいけど、どこも痛くないの?」 気持ち悪い揺れが収まっていく。 「さっきから、痛くない……やはり……そういう事なんだな」 「どういう事? あ、アゼル」 その言葉と共に、アゼルが僕をぎゅっと抱きしめた。 「私の中にあった力が消えている」 「それはつまり……」 危機は去ったってこと? 「シンが気付かせてくれた」 「はいはい、その辺にしといてくれる?」 「お、お前たち!」 「会計さん、嫉妬は見苦しいですよ。〈驢馬〉《ロバ》に蹴られて既に死んでいます」 「馬よ」 「あと2分で開場時間なんだけど!」 「続きは別の場所でして欲しいな、と思うんだよね」 「つ、続きなどない! それ以前に見るな!」 「あのね、世界の運命が懸かってた上に、会場の真ん中でいちゃいちゃしてたら、嫌でも注目するわよ!」 「あー、本当にハイハイ御馳走様もういい加減にしてくれってほど見せつけられたわ」 「お気の毒だぜ」 「それにしても生キスは初めて見ました。勉強になりました」 「わ、私は気を利かせて咄嗟に顔を背けましたよ。本当ですよ」 「おほん。全くはらはらしたわよ。咲良クンは無駄な事ばっかり話すし」 「アゼルさんのおかげで世界は滅びなかったからいいようなものの」 「無駄ではない! 気付かせてくれたのはシンだ!」 「それ程でも……だけど、そんなに声、大きかったか?」 「失礼とは思いましたが、お二人の遣り取りはすべて集音マイクで採取し、皆様に放送しておりました」 「それにしても、よくもまぁ、大人を騙くらかしたわね」 「待ってください! 攻撃しないって言うのは生徒会全員が決めた事で」 「そもそも、友達同士で戦うなんてナンセンスです! そんなことを言う人は鬼です!」 「あら、ロロットちゃんは、私を鬼だと」 「はうっ! ついうっかり本心を言ってしまいました!」 「でもね。私、アゼルちゃんを攻撃しなさいなんて言ってないわよ」 「私、世界を救っちゃってって言っただけだもの」 そう言えばそうか。 「で、私を鬼だと言ったのはこの口だったかしら?」 「ピンチです!」 「ヘレナ、人が悪いですよ」 「メリロットさん、ここの魔法陣は?」 「あなた方が踊っている間に破壊しました。機能が1割ほど残っていますが、本体の活動が収まった以上、問題ない筈です」 「あの……さんざん迷惑をかけてしまったが……その……今でも」 「また泊まりに来てくださいね。いつでもいいですから」 「あ、あ、うん。勿論だ!」 ヘレナさんは背をしゃんと伸ばして、僕らの方へ向き直り。 「クルセイダースの諸君! 今回も不可能を可能にしてくれた事に感謝する!」 「後は、聖夜祭の完遂。最後のイベントであるダンスパーティの成功を希望する! 以上!」 聖沙は携帯を取り出すと、 「紫央。入場を開始させて」 会場の入り口でざわめきが沸き起こる。 「アンタらいい加減に立て! そんなに見せつけたい?」 「え、いや、そういうわけじゃなくて」 「済まない。立てないんだ」 「シン君。そういう時は男の子が手を貸してあげなくちゃ、ダメだぞ」 僕は先に立つと、アゼルに手を差しのべた さっきまで抱き合ってたのに、なんだかこそばゆくて視線が合わせられない。 顔をそむけあったまま、アゼルは立ち上がった。 「アゼルさん! リ・クリエの力は今、あなたの中に無いのですか?」 「あ、ああ、そうだ。ついでに力も持っていかれた」 「ええっ! ももも、もしかして霊質をですか!? じゃあ、天界にはもう――」 「ごく普通のレベルになったと言うだけだ」 「それに、そんなのは些細な事だ。もう問題は――」 「咲良くん! バイラスはどうしましたか? 魔界へ帰らせたのですよね?」 「いいえ。僕と戦ったら満足してくれたみたいで」 「では、まだ人間界に?」 「僕が最後に見た時、倒れてましたけど。メルファスなら知ってるかも」 「お呼びですか? 生徒会長の君」 僕は、1メートルばかり飛びすさった! 「い、いきなり耳元に息を吹きかけないでください!」 「あ、あの時の変態!」 「待ち合わせをしております時は、所定の場所に相手より早く参るのが男として当然の流儀ですから」 「あなたの流儀はどうでもいいです。バイラスはどうしました?」 「教会の前のベンチに寝かせておきましたが。お気に召しませんでしたか?」 「いくらバイラスでも風邪ひいちゃいますよ!」 「そうゆう問題かよ?」 「民子ちゃん! 教会前、確認出来る?」 「少々お待ちを」 リースリングさんは携帯でどこかに連絡した。 「ベンチに残熱が確認出来ましたが、人影はありません」 「咲良くん! ヘレナ! 即刻入場を中止してください!」 「うーん。無理ね」 会場入口からは既に生徒や流星町の人たちが流れ込んできている。 「どういう事なんですかメリロットさん?」 「〈幽〉《かす》かですが揺れを感じませんか?」 「リ・クリエの余波みたいなものだと思ってたんだけど」 「あー、遊んだ遊んだ! あれれみんな深刻な顔してどうしたの?」 「アゼルさんに宿っていた力がこの次元から消えていれば、揺れは完全に収まっている筈です」 「じゃあ、まだってこと?」 「だけど、リ・クリエを宿らせる事が可能な存在なんて、天界でも魔界でも滅多に――」 学園のあちこちから、夜空に向かって光の柱が立ち上った。 「何が起こっているの!?」 「園内の11か所で発光現象が確認されております」 「ま、魔法陣が発動しているんです! そ、そんな……」 「機能は奪ったんじゃんなかったんですか!?」 「残った1割がリ・クリエの再発動に反応しているのです」 「来る……判る……私の中にあった力が……」 会場の入り口の方から、異様などよめきが聞こえてきた。 「な、な、妙にパンクな様子の奴がいるぜ!」 「なになになに!? うわぁぁぁ! なんか凄い!」 「これは真実の使徒として激写激写!」 「おい、近づくな! なんかあいつやばい気がするぞ!」 「その方、何奴! 姓名を申告せねば即刻斬るぞ」 凛と響く紫央ちゃんの声の方を見ると、 「バイラス……?」 「あの人が……?」 「なんか……様子おかしくない?」 「いる……でも、なぜ……判ってくれたのでは無かったのか……」 バイラスは体中を小刻みに痙攣させ、目もどこか虚ろだった。 「あーゆーの見たことあるよー。危ない薬に手をだした若い衆があんな感じにー」 「あんたはん、えらい不思議な交遊関係持ってはるんどすなあ」 「薬であれば、まだ可愛いものです」 「か、可愛いのかな?」 「リアちゃんの耳が汚れる話はやめろ!」 「申告せねば斬ると申したのが聞こえなかったのか!?」 バイラスは紫央ちゃんを無視して、僕らの方へ向かってくる。 「然らば御免!」 「駄目だ紫央ちゃん!」 と言う僕の言葉より先に、紫央ちゃんは切りかかり。 「ななっ!」 刃先はバイラスに触れもせず、小柄な体が跳ね飛ばされた! 駆け寄ると紫央ちゃんは結構平然としていて、 「私とした事が不覚!」 「いや、今のそういう問題じゃないでしょ」 「武器の使用制限を解除して宜しいでしょうか?」 「あれは核でも倒せませんよ」 生徒や流星町の人々が遠巻きに見守る中、バイラスは覚束ない足取りで広場の中央へ進み出ると、天に向かって両手を差し上げた。 「おおおおおおおおおおおおおおお!」 辺りを冷たい白い光で満たす巨大な光の柱が立ちあがった。 柱は夜空を刺し貫くほど巨大だった。 「主よ……」 圧倒的な存在感。 沸き起こる畏怖に、押しつぶされそうになる。 中心から溢れ出す濃密な魔力に感覚が捩じれてしまいそうだ。 「で、でも! アゼルに宿っていた時ほど完全な状態じゃないんじゃ?」 「確かに、アゼルさん程適合しているわけではないでしょう」 「ですが、リ・クリエが事を完遂するのに必要な時間は僅かです。その間なら持つでしょう」 「なんて事だ……」 僕の甘さのせいなのか? ソルティアと戦った時のように、消滅させるまで戦えば良かったのか? 無我夢中で、気づいたらソルティアを消滅させてしまっていたあの時のように。 でも、負けを認めた時のバイラスは潔くて、止めをさすなんて思いつかなかった。 それがいけないのか? そういう感傷が世界を滅ぼすのか? 地面が再び波打ちだした。 光の柱で仄明るくなった夜空を、覆いつくすように降り注ぐ七色の流星雨。 「す、凄くヤバクない?」 「ひ、ひぇぇ。こんなのどうすればいいんですか!? 前のめり思考にも限度があります!」 「ま、まさか咲良クン、絶望なんてしてないでしょうね! 私だってしてないんだから!」 「やはり……主はどうあってもこの世界を……」 「な、なんとかなるよ! 今までだってなんとかなって来たんだもの!」 「攻撃してくるつもりはねぇようだぜ」 リ・クリエは、そこに静かにいるだけで、何もして来ない。 世界を滅ぼす筈のそれは、ただただ美しくて、禍々しさからは最も遠く見えた。 「ま、攻撃なんかしなくても、アレは存在しているだけで全てを原初の混沌に戻しちまうだろうがな」 「ここまで事態が悪いのは、俺様の記憶にある限りじゃ初めてだぜ。初代魔王様だってここまでピンチじゃなかったぜ」 「これで世界が滅びちまっても、恥じゃないぜ」 「だからよ。せいぜい恰好悪く足掻こうぜ」 世界が滅びるより事態は悪くなりようがない。 なら出来る事をやろう。いつものように。 僕は小さく笑った。 「パッキーの記憶じゃあてにならないよ」 「一本取られたぜ。確かに、もっと悪い事があったかもな。いや、悪い事は忘れてるんだぜ」 「あったなら大丈夫。世界は続いているんだから」 霊力が渦巻き、僕は変身した。 「シン……無理だ……私がリ・クリエの事は一番よくわかる。だから」 「……私が……リ・クリエを受け入れてしまっていたから……」 「さっき言ったよね。僕は何度だって世界を救って、アゼルの事好きだって言うよって。何度でも言うって」 「だが!」 「神様が完璧で、世界を滅ぼしたいとだけ考えているなら、こんな猶予はくれないさ」 「まだチャンスはあるって事なんだよ」 「だが、何が出来ると言うんだ!」 「とりあえず話を聞く」 僕は、リ・クリエの力の渦を掻き分けて、バイラス、いや、リ・クリエに近づこうとした。 だが、押し寄せる魔力は、その濃密さのせいか水のような粘度すらもって足を妨げる。 不意に背中にやわらかく暖かいものを感じた。 耳元で声がした。 「シン。私の力を使え」 アゼルが僕を背中から抱きしめている。 「でも……さっき、力が無くなったって」 「だから、普通になっただけだ。心配するな」 言葉と共に力が流れ込んでくる。 あたたかく、血が熱くなる不思議な力。 流れ込んでいく力が薄れると、やわらかい感触が名残惜しげに離れていく。 「任せたぞ」 僕は一歩一歩、渦巻く力を掻き分けて進む。 中心に近付くにつれて、意志が締め付けられ悲鳴をあげる。 もうこれ以上は、というところまで来た時、声が聞こえてきた。 「そこにいるのは……魔王……か?」 声なのか。それとも魔王の感覚にバイラスの意志が響いてきているだけなのか。 でも、確かに僕は聞いた。 「……なら……俺を……倒せ……倒してくれ……」 氷に閉じ込められた人の出すような声だった。 「無理矢理入りこまれた……これは俺の意志ではない……」 「なんとか抑えられないの?」 「無理だな……これは究極の力だ……こうして意志を保てているのが不思議なくらいだ……」 確かに、聞こえてくる声は弱々しく、今にも絶えそうだ。 「それも、長くはないが……」 「何か言う事は!?」 「俺は……最強の戦士と戦って負けて……満足していた……」 「こんなのは俺の戦いではない……」 「で、でも、経緯はともかく、究極の力じゃ!?」 「人生全てを掛けて……追い求めてきた究極の力と言うのは……随分と無粋な物だぞ……」 「峰々に囲まれ……静謐を保つ……湖面……ただただ静かにそこにあり続ける……」 「圧倒的に……絶対零度の世界……何もない……ただただ存在するだけだ……」 「それに……そもそも、自分でどうにもならない力など無だからな……」 「実に……実につまらない……」 「僕に……倒せるかな?」 切れそうな意志の繋がりが響く。 「……無理……だな。だが、魔王は……リ・クリエと戦うのが定め……可能性はあなたしかない」 「どこかに弱点が!?」 「究極の……力に……弱点はないな……だがもし……あるとすれば、魔王という……存在のありかたにある筈だ……」 不意に、ブレーカーが落ちるように意志が途絶えた。 ほぼ魔王と同等の力を持っていたバイラスすら押し潰す力とどうやって戦う? 「魔王という存在のありかたってなんだろう?」 「シン様自身の生きようって事さ」 「僕の?」 「魔王っていうのはこうしろ、なんて規則は無いんだぜ。男でも女でもいいし、弱くても強くてもいい」 「魔王ってのは、自分の意志に背かず生きていく限り、自ずから魔王なんだぜ」 「な、なんだか良く判らないけど、僕が僕であるって事?」 「よく知らねぇけどな」 「いい話がぶちこわしだ!」 「何がぶちこわしだって?」 「何をびびっているのよ!」 いつのまにか、あの濃密なリ・クリエの力の圏内から出ていた。 「シン君。ひとりで行っちゃダメだぞ」 「そうよ。独断専行は民主主義の否定よ!」 「全く、私がいないと駄目なんですから」 「どこをどうしたらそういう結論になる!?」 みんな既に変身していた。 「シン。私の力はお前と共にある」 「ああ! ラブい! ラブ過ぎる! アタシらが勘定に入っていない辺りが……もうもうもうっ」 「未練だぜ」 僕はみんなの方を向いた。 「みんな……戦う気なの?」 「サーイエッサー!」 「相手は神様みたいなもんだよ? 無茶苦茶強いんだよ?」 「私達はいつも一緒だ。これからはずっと」 「何を今更。いっちゃん最初に世界を救って言われた時からぶっつけ本番出たとこ勝負だったじゃん」 「で、今回のミッションはちょっと難度が高いってだけじゃん」 「私たち確実にステップアップして来たんだから、ちょっと難度が高くても大丈夫だよ」 「それに、会長さんだけじゃなくて、この私もいるんですから」 「咲良クンは頼りないから、私がいなくちゃ世界は救えないわ」 「ま、使い魔だしな。渡世の義理って奴だぜ」 「あたしがいれば百人力だよね! カイチョー!」 「怪力乱神なにするものぞ!」 「お嬢さま。じいやはどこまでもお供いたします」 「オデ、頑張る、恩、返す」 アゼルが仲間になった! 意志は固いようだった。 一人では戦えないかもしれない。でも、みんながいる。みんながいてくれる。 「あ、それから一般生徒の心配はしなくても大丈夫よ」 「おお! 流石はヘレナさん! みんなを避難させてくれたんですね!」 「うーん。ちょっと違う」 「ちょっとじゃないと思うよ……」 「ダンスパーティの前座のアトラクションって事にしといたから。よろしく」 「ええっ。何ですかそれは!?」 会場に聞きなれた声が響く。 「大きいてぴかぴかしてはりますえ。ああこわ。世界は破滅するんやろか?」 「破滅するとスイーツが食べられないねー」 「せやけど、心配せんでも大丈夫どす」 「リーアとリーアのお仲間のクルセイダースのみなはんが、あんじょーええようにしてくれはりますからなあ」 「なんで彩錦ちゃん私の名前をわざわざ強調するかな」 「あの二人に進行任せておいたから」 「注目されててちょっと恥ずかしいよ」 「何言ってるの。放っておいたらパニックになっていたわ」 「アゼルさん……かなり毒されてない?」 「みんなもスイーツ同好会じゃなかった、クルセイダースを応援するんだよー」 「そんなのちゃっちゃとやっつけちゃえ!」 「夕霧先輩! 世界を救って部への昇格ゲットっすよ!」 「ひゅーひゅー、リア先輩のミニスカ最高!」 「あのガキ。夜道には気をつけるんだな」 「ね。バカ受けでしょ?」 「避難させてくださいよ!」 「世界が破滅したら避難できる場所なんてないもん」 それなんて超論理? いや、正しいのか? 「これでいいんですよ会長さん。アトラクションのヒーローショウでは、正義の味方は必ず勝ちますから!」 「なるほどそりゃゲンがいいねぇ! アタシらも勝つってわけだ!」 「やっぱり、毒されてるわ……」 「それに、メリロットが簡単な結界を張ってくれたから、ちょっとくらいの余波は大丈夫だしね」 「エミリナも一生懸命手伝ってました」 「それを先に言ってください」 「と、言うわけでクルセイダースの諸君! 君たちの任務は、ダンスパーティを開くついでに世界を救う事だ!」 戦いに決着をつけたのは誰の一撃だったのか。それは判らない。 判ったところで意味はないと思う。 僕らの誰かひとりがリ・クリエを退けたのではなくて、僕らみんながリ・クリエを退けたのだから。 いきなり、吹き荒れていた力が止んだ。 時が静止したようだった。 刹那。バイラスを包み込んでいた光は、七色に変わり、ひび割れ、音もなく砕け散った。 無数に砕け散った光は、それぞれが宝石めいた光を放つ流星となり、僕らや僕らを見守る人たち、茫然と立ち尽くすバイラスの上に降り注いだ。 「なんだ……これは……なんなのだ……」 「な、何なのこれは!?」 「うわ! 当たるっ!」 「あれ……なんか、気持ちいいよ?」 「物をぶつけられて喜ぶとは、会計さん、変態ですね」 「なんでぃなんでぃ! 気持ちいいんだからしょうがないじゃん!」 「確かに……なんだかいい気持ち……あったかいっていうか……」 「断じて変態じゃないわよ!」 「ホントだ……」 「へ、変態に取り囲まれてピンチです!」 「で、でも、本当に気持ちいいんですよ」 「エミリナまで! ああ、お母さんの教育が悪かったんですね! それとも、幼児期のトラウマですか!?」 「そういうロロットちゃんも、すぐ変態の仲間にしてあげるわ」 「うわうわ。羽交い絞めにしないでください! じいや助けてください!」 「お嬢さますいません。私は一足先に変態でございます」 「わわっ! ぶつかる! あれ〜〜」 「……なんかいいですこれ! 誰ですか変態とか喚いていたのは!」 「アンタだろ」 僕の額にも流星が当たった。 当たった場所は、やわらかい七色の光を帯びた。 あたった瞬間。 ひだまりのような暖かさが僕を包み込んだ。 禍々しいリ・クリエの欠片が、どうしてこんなにもやさしいのか? 「これは……全ての始まりの再現であるリ・クリエから生まれたもの」 「だとすれば、様々な言語で表わされますが、錬金術でいうプリ・マテリア。世界を構成する原初の物質でしょう」 「ぷりまてりあ?」 「神が世界を作る時に使った、どんな物にも変じ、そして、一旦変じてしまえばもはや神の業以外戻す事叶わぬ、刹那で永遠の物質です」 「じゃあ、僕も、アゼルも、メリロットさんも、これで出来ているってこと?」 アゼルのつぶやきが聞こえた。 「祝福だ……」 降り注ぐ流星の中に立つアゼルは、僕が今まで見たすべての光景の中で一番綺麗だった。 きっと、こういう瞬間、写真を撮りたくなるのだろう。 「なぁ、シン、これは祝福だ!」 七色のやわらかい光をまとったアゼルは、あどけなく笑った。 「こんなにやさしくあたたかいもので作った世界を、主が愛されていないわけがない!」 「神は皆を祝福している!」 聖夜祭が終わって―― 「これを全部ナナカが?」 アゼルは、自分が撮った写真の展示をしばらく見ていた。 「……恥ずかしいな」 「そう? 評判良かったよ」 「もっといい写真が撮れた筈だ」 「時間があれば、デジカメじゃなくてライカで撮る事も……」 「それに、展示の準備を何もしなかった。全部して貰ってしまった」 「……私だったらこんな風には並べられなかった」 「迷ってしまっただろうからな」 「自分の写真じゃないからじゃないかな? それに――」 ナナカは思い切りがいいから。 と口に出しかけて、飲み込んだ。 そういう面ばかりじゃなかった。 ナナカは僕が思っていたより、臆病だった。 僕への好意を口に出せず胸の奥に秘めていた。 そして僕自身も、自分で思っていたより鈍感だった。 今回の事がなければ、ナナカの気持に気付く事すらなかったかもしれない。 「ナナカには……迷惑を掛けてばかりだ」 「うん。僕もだよ……」 「いったいナナカは、どれほど昔から好きだったのだろう」 「なのに、急に現れた私がシンとこうなってしまった」 「このパネルを並べている時……どんな気持ちだったのだろう」 「ナナカは……最高の奴なんだよ」 「一緒に並べればよかった。そうすれば色々話す事も出来たろう」 「これから話せばいいんだよ」 「ナナカと友達に……なれるだろうか?」 「ナナカはアゼルの事、友達だと思っているよ」 「今更、友達になりたいなんていったら笑われるか怒られるよ」 「ナナカだけじゃない、リア先輩も、聖沙も、ロロットもサリーちゃんもさっちんもエディも、アゼルの事、友達だと思ってるって」 「そうか……一人だと思っていたのは、私だけだったんだな」 「おいしい……」 「二度とこの紅茶は飲めないものと思っていた」 「私もですよ」 そう言ってほほえみあう二人は、仲のよい姉妹のようだった。 その光景を見ていると、僕までしあわせな気持ちになってくる。 「もう踊らなくていいんですか?」 今頃、フィーニスの塔の広場では、ダンスが続いているだろう。 「十分踊った」 「二人きりになりたかったのですね」 「え、あ、それは、その」 「ど、どうして判った!?」 「成りたてのカップルに頻出する行動パターンですから」 「そ、そうなのか……メリロットは凄い」 「私はお邪魔そうですね」 「そんなことはないぞ。それに訊きたい事もあった」 「伺いましょう」 「私は霊質をほとんど失った。どれくらいで天使でなくなるのだ?」 「そうですね……ごく一般的な天使だと二年程かかるものですが、今のアゼルさんなら半年たたぬ内に、ほぼ完全な人間になるでしょう」 「人間に……?」 僕は思わずアゼルを見た。でも、アゼルは落ち着いていた。 「もっとも、今から数日のうちに天界へ戻れれば、人間化は停止すると思います」 でも、アゼルが天界へ戻ったら……ここに帰って来なかったとしたら。 「停止するだけか」 「ええ。そこまで霊質を失っていては、回復は無理です」 「……霊質が低い存在が天界へ行くのは非常に困難だ。つまり実質的には無理という事だな」 「でも、それでいいんですね?」 「ああ。私は人間としてシンと共に生きるつもりだ」 アゼルの言葉はまっすぐで、それが嬉しくて胸がいっぱいになる。 「勿論、シンが拒まなければの話だが……」 「拒むわけなんかないじゃないか! 僕だってアゼルとずっと一緒にいたいと思ってるんだから!」 「やっぱり私はお邪魔そうですね」 「そ、そんな事はないぞ!」 「戸籍などの事はヘレナに頼んでおきましたから心配しないでください」 「戸籍?」 「人間界で過ごす場合、無いと色々と不便な物です。その人間が誰の子供かなどを公式に記録したものとでも言いましょうか」 「つまり……私は人間界で過ごすために、誰かと血縁があると規定されるのだな」 「なら、私はメリロットの、その……」 「い、妹になりたい……」 「だ、駄目か?」 「い、いえ」 メリロットさんは目をそらした。 「ヘレナは……そうしてくれると言ってました……」 「そ、そうなのか……嬉しいな……」 メリロットさんは一つ咳払いをひとつすると。 「で、咲良くんも訊きたい事があるのでしょう?」 「なんでリ・クリエは、あんなに呆気なく、アゼルから離れたんでしょうか?」 「僕としては、アゼルが痛みで苦しまなくてよかったですけど……あれ? なんで二人とも僕を見るんですか?」 しかもちょっとあきれたような目で。 「判っていたのではなかったのか?」 「シンが自分で言ったではないか。主の御意志はこの世界を滅ぼす事ではないと」 「言ったけど」 「どうせ、いつもの出たとこ勝負だったんだぜ」 「だ、だって、僕が言ったのは、神様が世界を滅ぼそうとしてはいないんじゃないかってだけで……」 「アゼルさんに痛みをもたらすシステムが、私の予想とは違っていたという事ですよ」 「あの痛みの原因は主ではなかった。私自身だったのだ」 「ええっ!? でも、なんでそんな、自分で自分を痛くするなんて」 「そういう趣味の奴っているぜ」 「この場合は違います」 「私はこの世界に好意を感じる度に、後ろめたくてたまらなかった。それは主の御意志への反逆だと思っていたからだ」 「その度に激痛に襲われ、主の御意志に逆らうと罰を受けるのだと信じた」 「実際、シンが魔王だと知ったあの晩は、傍にいただけで苦しみが続いた」 「一緒にいられないから……アパートを出たの?」 アゼルは小さく頷いた。 「そのあとも……私は何度か、主の御意志に逆らおうとした……その度に、思うようにならなかった」 「だが、シンの言うとおり、主の意志がこの世界の滅びを望んでいないのであれば……この世界を愛するのは反逆ではない」 「だから私はこの世界を愛してもいいのだと悟った。その途端、苦しみは消えた」 「痛みは、主の意志にではなく、私の意志に反応していたのだ」 「なんの事はない。私の意志を縛っていたのは、主ではなく、自分だったんだ」 「アゼルの考えが変わったから、痛みがなくなったってこと?」 「痛くなかったわけは判ったけど、なら、なぜ離れたんだろう」 「主は、私に、いや、私を通してこの世界自身に、その運命を選ばせたのだ」 「滅びるか、存続するかを」 「アゼルが、この世界と共にある未来を選択したから離れたって事だよね?」 「ならさ。バイラスに憑りつく必要ないじゃん」 「その道を選択した覚悟を、お試しになったのだ。主は厳父であらせられるのだから」 「獅子は千尋の谷にわが子を落とす、ですね」 「……きびしい人なんだなぁ神様って」 「神だからな」 「だが、選択する機会を下さったのだから、主は慈母でもあらせられる」 メリロットさんは紅茶のカップを机に置くと 「魅力的な仮説ですが……証明は出来ませんね」 「そうだな。全て私の推測にすぎない」 「だが……そうであって欲しいと思う」 「でも、確かなことが一つだけありますよ」 「僕らは今、生きているって事です」 「それは確かに、素晴らしい真実ですね」 「シン様らしいぜ」 「そうだな。だからこうして3人でおいしい紅茶を飲める」 「何ですか? 一人で酒を飲むのは寂しい? 勝手に飲んで下さい」 「何度も言っていますが、私はお酒が好きというわけではないんですからね」 「来ないと暴れるって……あなた何歳ですか!」 「私が酔った時の写真を配る!? そ、それでも理事長ですか!」 「なんだ、リースリングも一緒なんですか、そういうことなら」 「はいはい判りました……大賢者様ですか? 私の目の前にいらっしゃいますが。ああ、それならお連れします」 「ヘレナさんからですか?」 「ええ。酒宴に誘われました。行かないと暴れるそうです」 「まるで子供だ」 「そうですね。でも……」 「生きているからこそ一緒にお酒が飲める訳です。別に好きなわけではありませんが」 メリロットさんは立ち上がると、パッキーの襟首をひょいと掴んだ。 「い、いきなり、なにしやがる!?」 「ヘレナが大賢者様も一緒にと申しておりまして」 「リアちゃんが一緒じゃなきゃ嫌だぜ!」 「来ていただけないなら、この前の時、ご覧に入れたウォッカを飲んでしまうそうです」 「な、なにぃ!? あの23年物の逸品は俺様にくれるって約束してたじゃねぇか!」 「こうしちゃいられねぇぜ! あれは俺様んだ!」 メリロットさんは、アゼルに鍵を渡した。 「すいません。今晩は戻れないと思うので、戸締りよろしくお願いします」 メリロットさんとパッキーが出て行ってしまうと。僕らは二人だけなった。 図書館は防音がしっかりしてるせいで、何も外の音が聞こえない。 さっきまで気にしてもいなかった時計の音だけが、妙に大きく響いていた。 世界に二人だけしかいないみたい。 不意の沈黙。 二人っきりなんだな……。 「シン、その、だな」 「え、あ、なに?」 そう言うと、アゼルはなぜか横を向いて。 「い、いや、何でもない……」 「気になるよ」 「き、気にしなくていい!」 「気にしなくていいんだからな!」 「……じゃあさ。僕からも、その、言いたいことがあるんだけど」 「な、なんだ」 改めて言おうとすると、照れくさい。 「あのね。もうちょっと近くに寄ってもいい?」 「なっ、なんだとっ!?」 「あ、うん、ごめん。ちょっとそんな気になっただけだ――」 「え、だって」 「わ、私もさっき、その、そう言おうと思ってたから……」 このまま、ぎゅっと抱きしめたくなっちゃったけど、ぐっとこらえて、椅子を寄せる。 椅子と椅子がくっつく、そして、どちらともなく手が重なり合う。 僕の左手とアゼルの右手が。 アゼルの手のひらは、すべすべしていて気持ち良かった。 「不思議だ……こうするだけで、鼓動がますます速くなる」 「僕もだよ」 「あ、あのだな、シン」 「もう少し、近づいてもいい?」 「ば、馬鹿! それは今、私が言おうとしてたんだ!」 僕らはぴったりと肩と肩を寄せ合ってよりそう。 僕の肩にアゼルの頭が寄せられた。 髪の毛の香りが鼻先に薫る。 「ふふっ。シンのにおいがする」 「え。ぼ、僕くさい? シャワーは浴びてるけど、徹夜続きだから」 「違う。そういうにおいではない」 「ああ、シンと一緒にいるんだなと、安心する……」 「そう言うアゼルだって、いい香りさせてる」 「ば、馬鹿、は、恥ずかしい事を言うな……」 口ではそう言ったけど、アゼルは離れようとはしなくて、 「でも……そう言われると……悪くない気分だ……」 僕らはそうやってしばらく、お互いの体温とにおいを感じていた。 「この世界に来て、本当に私は変わった……」 「そうだね。今のアゼルは、この世界が好きだものね」 ぴったりとくっついた腕からも熱が伝わってくる。 指を指に絡めてきてくれる。僕も絡め返す。 「うん。大好きだ。シンとメリロットとライカと出会い、美しい物で満ちているこの世界が」 不意にアゼルは僕の顔を見上げて来た。 「何より誰より、シンの事が好きだ」 目の前にある唇に引き寄せられるみたいに、僕はキスした。 一瞬、唇と唇がふれあっただけで離れる。 「い、今のはななな何だ!?」 「ご、ごめん。だって、アゼルがあんまりドキドキすること言うから!」 「わ、私は素直に思うところを言っただけだ! そうではなくて、今のは何だと訊いている!」 さっきはアゼルの方からしたのに、行為の名前は知らなかったのか。 「……キス」 「キ……ス?」 頬が熱くなる。 「キス……か……キスというのか……」 不意に、僕の唇に、あたたかく柔らかいものが重なった。 まるで電撃みたいな甘いしびれが脳天まで走る。 「んふぅ……ん……」 さっきより、ちょっとだけ長い接触。 「ふぁ……」 僕らは名残惜しげにゆっくりと離れる。 アゼルは、熱い吐息をはいた。 「なるほど……キス……い、いいものだな」 「う、うん。凄いね」 「シンが凄く近くに感じられる……唇に他人が触れるなど気持ち悪い筈だが、シンが相手だと違うのだな」 顔をそらしたアゼルは、耳たぶまで真っ赤にしていた。 「僕だってアゼルとしかしたくないよ」 「あ、当たり前だっ! 私だって、シン以外とはしたくもない」 「で、でも、シンとなら、その……」 「僕も、アゼルとだけ何度でもしたい」 「ば、馬鹿、私の言おうとした事を勝手に言う――」 僕は、アゼルの唇を奪った。 「んん……んふむぅ……」 僕らはおずおずと、互いの唇をまさぐりあい擦りつけ合い軽く吸い合う。 「ん、んん……んちゅ、ちゅ……ちゅちゅ……」 さっきよりも随分と長いキス。 僕を見るアゼルの瞳は濡れている。 濡れた瞳に夢見心地の男の顔が映っている。 「こうして並んでいると……そ、その……あの……き、キスしにくいな」 「あ、うん。じゃあ、えっと……」 「しょ、正面から向き合えば……いいのではないだろうか……」 「あ、ああ、そうだね……」 そ、そうか! この前と違って、アゼルは意識しちゃってるから、大胆な事なんて出来ないんだ! 僕がなんとかしないと! 「ア、アゼル!」 「え、あ、わっ」 僕はアゼルを抱きしめると、強引に正面に抱き寄せた。 強引って言っても、僕の意図が判ると協力はしてくれたけど。 「これで……どう……」 アゼルは、左の太ももに跨る形で、僕と見つめあう。 余りに近距離から、アゼルのあまやかなにおいが立ち上ってくる。 「ち、近いな……」 ズボン越しに、アゼルのふとももとお尻と股間のやわらかさと熱を感じてしまう。 アゼルの女の子の部分を感じる。 僕のペニスが熱をもち、急速に膨らんでいくのを感じる。 アゼルの細い腕が僕に抱きついてきた。いや、絡みついてきた。 薄いけど女の子の胸が押し付けられる。 生で見たのを、思い出す。 僕の手で弄ばれて、固くなっていた乳首を。 熱い息が絡まり合う。 僕を物欲しげに見上げてくる。 お互い、引き寄せられる。 「ん、んちゅ、んふちゅ、ちゅ、ちゅ」 僕らは夢中になってキスした。 身体をきつく押し付け合って、お互いの鼓動までも一つにして。 「ぴちゅ、ちゅ、んむちゅ、ちゅ、ちゅ」 もう、ただ唇を擦りつけたり吸いあったりしてるだけじゃ、満足できなかった。 僕はもっともっとアゼルを感じたくて、舌でアゼルの唇をなめた。 アゼルは一瞬だけびっくりしたらしいけど。 すぐにこちらの思いを察したのか、唇をおずおずと開いてくれた。 アゼルの口の中で、僕の舌はアゼルの熱い舌にからみつく。 「ん、んじゅ、ん、んむぅ、れる……れろ……」 最初はおずおずと、徐々に大胆に、アゼルも僕の動きに応えてくれる。 互いに、舌の根元までなめあって、唾液を吸いあった。 力が抜けて、僕らは骨までとけていく。 「んじゅちゅ、じゅちゅ、んぺる、じゅ、ちゅる、んちゅる、じゅっ、ちゅる、はむ、ちゅ」 僕らは、お互いの口のまわりをべちゃべちゃにして、絡まり合う。 ぎゅっと身体をおしつけあって、お互いの鼓動や感じて、汗の香りを嗅いで。 「ちゅじゅ、ちゅ、ちゅじゅる、ちゅ、ぺちゅ、んむじゅ、じゅちゅ、ぴちゅ」 体中から汗が噴き出してくる。熱い。すごく熱い。 とろけちゃいそうだ。 もし、息しないで済むなら、僕らはいつまでもこうしていただろう。 「ふわぁ……はぁ……はぁ……」 ようやく、名残惜しく感じあいながら離れる。 すごく気恥ずかしくて、だけど幸せ。 「こんな……凄いなんて……」 「う、うん……それに……な、なぜだ……幸せなのに……す、凄く恥ずかしいぞ……」 そう言うと、またもやアゼルは真っ赤になった。 きっと僕も。 それに、なんだかエッチな気分にまでなってる……。 図書館でそんなのまずいのに……。 「もう……シンと交尾すらしてしまったというのに……この程度で今更……」 「こ、交尾っ!?」 「おかしい……一度交尾したのに、また交尾したくなってる……発情期は一年に一度の筈なのに……私は多産のたちなのだろうか……?」 「え、な、なに言ってるの?」 「世界は終わると思って考えてなかったが……私はちゃんと子供を育てられるだろうか……」 「こ、子供!?」 「そうだ……こ、交尾すれば子供が出来るくらい私も知っている!」 「え、え?」 「もっとも、まだ天使である私とでは子供は出来ぬ可能性が高いとは思うが……だが、もしかしたら……」 「ちょ、ちょっと待った! 交尾!? 子供!?」 アゼルは顔をバッと上げると、僕を睨みつけた。 「何を驚いている! わ、私とシンは交尾したではないか!」 「だ、誰と誰が!?」 「わ、私が弾みだったとはいえ、シン以外と交尾をするわけないではないか!」 「あの……ごめん、心当たりないんだけど……」 「そ、その、シンが今も熱く固くしている生殖器から、せ、精子を大量に放出して私に掛けたではないか!」 「この世界の生物は、雄が雌に精子をかけて受精をさせることくらい、私だって知っているんだぞ!」 「いや、それ微妙に間違ってるから!」 「そ、そんな筈はない! た、たまたま電気屋の店先で見た、サケのドキュメンタリーでは、メスが産んだ卵に、雄が精子を掛けていたぞ!」 「少なくとも人間は違うから! 発情期とかないし!」 「そう……なのか?」 「では……わ、私は……シンと交尾していないのだな……?」 「そうだけど……あのさ、交尾交尾って連呼するのやめて」 「その……どうするのだ?」 「どうするって……何が?」 アゼルは真っ赤になって、口ごもりながら呟いた。 「に、人間同士の交尾は、その、ど、どうやるんだ……?」 「え、ええと、その」 正面切って言われると説明しにくい。 「シンも知らないのか?」 「そう言うわけじゃないけど……その、さ……凄くプライベートな事だから……」 「知っているなら教えてくれ! 今、ここで!」 アゼルが、僕の腿の付け根までにじり寄って見上げてくる。潤んだ瞳が僕を見つめる。 いい香りのする柔らかい体が僕に押し付けられる。 あたたかい太ももがズボン越しに僕のペニスに押し付けられる。 「この世界の生物のオスは、気に入ったメスと交尾するのだろう?」 「そ、そうだけど、でも」 ぐいぐいと、やわらかい太ももがペニスに押し付けられる。 熱くなったアゼルの体から、かぐわしい香りが立ち上って来て、僕をくらくらさせる。 「わ、私より好きな相手がいるのか!?」 「い、いないよ!」 「なら……私がまだ天使で、天使相手では子供が出来る可能性が低いから嫌なのか? 確かに種の保存の観点からすれば――」 「そういうのは関係ないよ! 僕だってアゼルとしかしたくない」 口走ってしまって頭が熱くなる。 「なら何も問題はないな」 「で、でも、その、ここではちょっと」 そんなに押し付けてこないで! もう太ももがこすれるだけでクラクラするんだから。 が、頑張れ僕の理性! 「家に帰ったら、サリーがいつ帰ってくるか判らないし……」 「それに……お前の使い魔だって……いるし……」 「今なら……メリロットはヘレナの所に呼ばれると大抵明日の朝まで帰って来ない……」 「だ、だから、その……朝まで、ふ、ふたりっきりだ……」 少しだけ顔を逸らしたのが余りにかわいすぎて。 僕のペニスは、息苦しいほどに高ぶってしまった。 「そ、それに、シンだって……こんなに生殖器官を熱く大きくして……精子を出したくてたまらないのだろう?」 今度は、恐らく意識して、僕の股間をこすりあげるように太ももを押し付けてくる。 アゼルの短いスカートは、動いている内に捲くれてしまって、飾り気のない白いパンツが目に眩しい。 「うくっ」 自分でも息が荒くなっているのが判る。 血が興奮で脈打って、こめかみでドクンドクンと音がする。 もう、限界! 僕はアゼルにむしゃぶりついた。 その勢いで突き飛ばされたアゼルは、床に倒れそうになるのを書架に手をついて、なんとか身体を支えた。 そのまま僕はアゼルに伸しかかり、小柄な体を書架に押し付けて、 「ん、んちゅ、ん、ん、ん……」 唇を奪っていた。 熱くなっていた。まるで僕を待っていたみたいに。 「ん、ぺちゅ、んちゅ、はむ、ん、んちゅる、ぺちゅ」 唇を舐めて吸って、熱い口の中へ舌を押し入れながら、僕の手はアゼルの胸に触れる。 薄いけど女の子のやわらかさをもった胸を、揉みあげる。 息苦しくなって離れると、アゼルは熱い吐息をこぼした。 「アゼル……アゼルの胸も可愛い……」 「あ、当たり前だ、わ、私の胸なんだからな……ん……」 恥ずかしさに首筋までピンクに染めたアゼルは超絶かわいくて、止められない、止まらない。 「あ、余り、み、見るな……は、恥ずかしい……」 「もしかして、こっちも熱いの……?」 興奮に裏返りそうな声を押さえつつ、アゼルの股間に手を伸ばす。 「う……わ、悪いかっ。し、シンがいけないんだシンが、さ、触ったり、き、キスしたりするから……」 「悪くない、全然、悪くない! 僕だってもうこんなに」 腰をアゼルのお腹におしつける。 膨れて今にも弾けそうなペニスが、アゼルのお腹に当たる。 「あ……シンのも熱い……震えてる……」 じんわりと染みてくる温かさと柔らかさに、欲望が炙られ焦らされる。 これ以上、色々やっている余裕なんて全然ない。 「い、今から教えてあげるよ」 「は、早くしてくれ、そ、その、は、恥ずかしすぎるから……」 僕は、アゼルの左脚の膝裏を掴んで持ち上げて、大きく足を開かせた。 濡れたパンツがアゼルの女の子の場所に、更にぴったりと張り付く。 「なっなな、な、何をするっ! こ、こんなに恥ずかしい事をするなんて、き、規則違反だぞ……」 「そ、そんな事、言われたって、は、恥ずかしいものなんだもの……」 喉がからからになってる。恥ずかしくてたまらないのに、手は止まらない。 僕はズボンのチャックを引きずり下ろすと、いきりたって先走りの液でてかったペニスを掴み出した。 恥ずかしいくらいに大きくなって、脈打って、血管が浮き出してる。 「か、かけるのかっ!? やっぱり、か、かけるんだな! い、いつでもいいぞ」 「ち、違うよ! え、ええと」 言葉が出てこない。考えがまとまらない。 「こ、こうするんだよ!」 初めて直に見るアゼルの女の子の場所は、僅かに開き、エッチな香りがするジュースをとろとろこぼしていた。 少しだけ見える内側は、鮮やかなピンク色で、濡れたサンゴみたいに光っていた。 あそこに僕のペニスが入るんだ……。 「う、うう……こ、こんなに恥ずかしいなんて……し、死んでしまう」 「ご、ごめん……」 「あ、謝るな! こ、交尾をせがんだのは、わ、私なんだからな」 「と、とにかく、早く……し、してくれ、し、シンに見られてると……体がどんどん熱くなって……へ、変になってしまう」 アゼルは全身に汗をかいて、下着は上も下もますます透けてしまって。 女の子の場所も、さっきよりも開いて、ぬらぬらと光っている。香りも濃くなってる。 僕は、ごくり、と唾を飲み込むと、いきりたったペニスの先端をアゼルの女の子の場所へ合わせた。 なかなかうまくいかなくて、パンツにこすりつけたり、太ももにこすりつけちゃったり。 一刻も早く、一つになりたいのに、も、もどかしすぎる! 「も、もしかして……そ、そこの穴に、シンのせ、生殖器をい、入れるのか」 「え、あ、そうだよ」 アゼルは、そろそろと右手を自らの股間へ伸ばすと、女の子の割れ目の両脇のやわらかい膨らみへ指を添え、開いた。 ひくつきながらエッチなジュースをこぼす小さな穴がさらけ出された。 ハンマーで頭を殴られたみたいな衝撃で、何も考えられなくなる。 「こ、これで、い、いいだろう?」 「あ、アゼル!」 僕は、アゼルの腰へ腰を一気に押しつけた。 狭く小さな穴に、僕の膨れ切ったペニスが押し入っていく。 熱くて、ぬるぬるしてて。吸いついてくる! 「す、凄くきついけど、き、気持ちいいよ」 「そ、そうか……なら、いい」 奥へもっと奥へ。僕は、こじ開けるみたいにして、気持ちいいアゼルの奥へ入っていく。 びくびくと震えてきつく締め付けられて、頭の芯まで熱くなって、今にも弾けそう。 奥歯を強く噛んで、懸命に我慢する。 「う、くっ、くぅぅっ、うっ、う……」 押し込んでいくにつれて、中から熱い液体が溢れて来て、僕の腰まで濡らしていく。 これが女の子の、アゼルの体なんだ……凄すぎる! エッチすぎる! もっともっと感じていたい! 「あ、くぅぅぅぅっ!」 「あ……アゼル?」 僕の茹った頭に突き刺さった悲鳴に似た声に少しだけ我を取り戻してみれば。 アゼルは痛みを懸命にこらえてる様子で、顔を汗まみれにして固く目を瞑っていた。 僕は思わず腰を突き動かすのを止めてしまった。 「ど、どうした……?」 「だ、だって、アゼルが辛そうだから」 「シンが……わざと私を辛くする筈がない……だから、これは、こういうものなのだろう……だから」 アゼルは僕の顔を見ると、ほほえんだ。 「精子を出すまで……最後までしてくれ……」 僕は、もうためらわず、腰を徐々に突き入れて行く。 すると、先端に何かがぶつかった感触がした。 長い時間をかけると、アゼルが苦しむだけだ。 僕は一気に腰を進めた。 ぶちり、と何かを破ったみたいな感触が響いた。 「あぐぅっ」 勢いで、ペニスの先端はアゼルの中を突き進み、奥の壁みたいなやわらかいのに当たる。 腰と腰がぶつかる。僕のペニスは全部飲み込まれる。 「アゼル……僕の全部入ったよ……」 「わ、判るぞ……シンの熱い塊を感じる……」 アゼルは荒い息を吐きながら僕を見て、幸せそうに笑った。 「凄いな……まるで私とシンの間の距離がゼロになったみたいだ」 「大丈夫……?」 「心配するな……だいぶ痛くなくなって来たし、シンと一つになっている幸せにくらべれば……些細なものだ」 アゼルが呼吸する度に、その度に中がうねってきゅうきゅうと締めつけてくる。 「ご、ごめんアゼル! 僕、我慢できない」 腰が動き出してしまう。止められない。 「いっ、いい。シンの好きにして欲しい……いや、わ、私を好きにしていいのは、シンだけだ」 今、開通したばかりのきつい中をこれ以上傷つけないように、懸命に動きを抑える。 でも、止まらない。 「う、くぅっ。はぁっ、う、くぅっ、し、シンが私の中で動いてる! う、くぅっ、あっ」 「アゼル、アゼルぅ」 「だ、大丈夫だ……だいぶ痛みがなくなって来た……う、あう、くぅ……」 滑らかなアゼルの下腹が、僕のペニスを飲み込んで膨らんではしぼむ。 二人の繋がった部分から、引き出される竿はうっすらと赤く濡れていた。 アゼルの初めてを僕が奪った印だった。 「アゼル……大好きだ」 アゼルの中が、ひときわ強く締まった。 「くぉ」 「わ、私もだ、シン……う、くぅ……はぁはぁ……」 熱くぬるみを帯びたいやらしいジュースが、一突きごとに繋がった部分から漏れだしてくる。 「あ、なんか……これは……くぅっ」 アゼルの中が熱くなって来たような……それに、ぬるぬるが増えて動きやすくもなって……。 「あ、痛みが……あ、う、あん……な、なんだこれは……あ、う、あ……ふぅ、あっ、また、あんっ」 「アゼル、もしかして……感じてるの?」 「感じてる……? わ、判らない、痛くはなくなって来た……あ、また、あふぅ、あんっ」 前にも聞いた事のある、アゼルの声。 ふたりで触り合って、アゼルが交尾と勘違いしたあの時に聞いた声。 アゼルが僕のペニスで気持ち良くなってる。 その事実だけで、僕はもうめくるめくような興奮! 「アゼル! アゼル!」 「あ、きゅ、急にそんな激しく、あ、なんで、あ、あふぅん、痛くない? な、あっ、あっ、あんっ」 戸惑いに揺れるアゼルの顔。 「この前と同じ、ああっ、あん、シンを感じる! あ、ああんっ、ふわふわするっ! あ、あっ」 僕が抱えた細い太ももに軽い痙攣が走る。唇が小さく開き、熱い息が漏れる。 汗に濡れた髪のにおいや、エッチなジュースの香り。 「あうんっ、あっ、あんっ、シン、シンっ、ああんっ」 突き上げるたびに、愛らしい声を漏らす。 かわいくて、愛しくて、一人占めにしたくて、この子の全部僕のものにしたくてたまらない! 「あんっ、シン、シンっ、私、変に変に、また、変に、ああん、ああっ、あくぅん」 鼻にかかった甘い声にぞくぞくする。 熱く締め付けてくる女の子の部分が、僕に強く吸いついてくる。 ああ、もう、ああ、もう、なんて気持ちのよさ! 「で、出る!」 もう限界! 「なんでも出してくれっ! シンから出てくるならなんでも嬉しいからっ! ああんっ! 出してっ! 私の中で出してくれ!」 「アゼルっ! アゼルっ! あっ、あうっ」 腰が溶けちゃうような熱の中で、僕は射精した。 「身体に熱さが! シンが広がっていく! ああ、ああ、ああっ」 半開きにしたアゼルの口から、エッチに高ぶった声がこぼれる。 僕は、腰を震わせて、何度も何度も熱いどろどろをアゼルの中へ注ぎ込んだ。 「あうっ、うっ、うっ……」 「はぁ……凄い……何かがいっぱい……溢れてる……」 「もしかして……この熱いのは……シンの精子なのか……?」 「うん……そ、そうだよ」 「そうか……これが……交尾なのか……」 ようやく僕の方は収まる。ゆっくりとペニスを抜いて行く。 まだ半勃起のペニスを抜いて行くと、アゼルのいやらしい肉が絡みついてくる。 精液とエッチなジュースに染まって、 「す、すごく……エッチだ」 「何が……」 アゼルは僕の視線を追い。 「! み、見るな! だ、ダメだ!」 ペニスが完全に抜けると、たっぷりと出した精子がアゼルの割れ目から溢れこぼれた。 少しだけ初めての証の血が混じっていた。 アゼルの女の子の場所は、僕のペニスの形にぽっかりと開いて物欲しげにひくついていた。 「あ、ああ、わ、私は、は、恥ずかしすぎる! 恥ずかしすぎるぞ!」 アゼルはうつむいてしまって、ぽかぽかと僕の胸をこぶしで殴ってくる。 全然痛くはないけど。 というか可愛い。どんどんかわいくなってる。 「何とか言え!」 「え、ええと……ごめん」 「ば、馬鹿! あ、謝るな!」 アゼルは僕の胸に顔をうずめた。 「あ。うん」 照れくさくて照れくさくて、僕は鼻の頭をかいた。 くぅぅ。なんて可愛いんだ! 「それに……」 「最後の方は……その……気持ち良かった……から……許す……」 「え、ええと……僕は……その……最初から……」 アゼルは顔をあげると僕を睨んだ。 そんな表情まで可愛い。凶悪なかわいさだ! 「痛かったのは私だけか! 不公平だ! 非合理だ!」 「で、でも、女の子の初めては痛いって言うし」 「なら、最初からそう言え!」 「そう言われても」 アゼルは視線を逸らした。 「さ、最初から……」 「さ、最初から、わ、私も気持ち良くしろ……」 「触るよ」 「い、いちいち聞くな」 一度目は、熱に浮かされてうやむやの内に。 二度目は勢いに任せてるままに。 だから、恥ずかしさとか感じている暇もなく、進んでいた。 でも、こうして改めて、エッチすると決めて向かい合うと、恥ずかしさがこみあげてくる。 僕はアゼルのうすい胸にそっと触る。 汗に濡れた熱い肌が手の平にはりついてくるみたいだ。 さっきエッチした名残か、愛らしく尖った乳首は周りの色が濃い部分まで逆さにしたお皿みたいに膨れていた。 「アゼルは、すぐ、乳首を固くしちゃうんだね」 「そ、それは」 うすい胸に親指で押し込むように触れると、 「あふぅん」 「ば、馬鹿、あ、うん……ん……」 照れ隠しに叫ぼうとする唇を唇で塞ぐ。 「ん、んむぅ、んちゅ、ぺちゅ、ちゅ」 少しの啄み合いの後で、すぐ、舌を入れる。 もうアゼルは全く躊躇せず、熱い唇を開き受け入れてくれる。 「ん、んちゅ、ちゅ、ちゅ、じゅちゅ、ちゅ、れる、じゅちゅ」 夢中になって舌を吸いあいながら、僕の手はアゼルの胸をいたずらするのを止めない。 手の平の下で、固く尖った乳首はますます充血し、指の間で挟んだり、指の腹で押し込んだりするだけでアゼルの体が震える。 「ふはぁ……はぁ……」 唇を離した時、僕を見るアゼルの瞳は、夢見るようにとろんとしていた。 「アゼル。気持ちよさそうだね」 「だ、だって……シンが触っているからだ……シンだからだ……」 まっすぐに言われると、僕の恥ずかしさ回路にもスイッチが入ってしまう。 だから、照れ隠しに、少しだけぶっきらぼうに言う。 「素直だね」 「……す、凄く恥ずかしいんだからな! ドキドキしてるんだからな!」 あのアゼルが、恥ずかしがりながら僕に体を開いてくれている。 その事実がますます僕を嬉し恥ずかしい気持ちにさせる。ドキドキする。 さっき出したばっかりなのに、ペニスが硬さを取り戻していく。 「じゃあ、ここはどうかな……」 アゼルの女の子の部分はエッチなジュースを溢れさせて、濡れ濡れと光っていた。 さっき僕のペニスに貫かれたせいで、まだ少し開いていている口は、ひくひくと物欲しそうにしている。 指を沈める。 「ああんっ!」 濡れて熱くなった粘膜が、きゅうっと指をしめつけてくる。 そのまま、熱いぬかるみの中へ指を沈めて行く。 「凄い、もう熱くなってる」 「あ、あんっ! な、中で動かすなぁ、ああんっ! ひぅんっ!」 汗で白々と光る内腿をふるわせて、アゼルがエッチな声をあげる。短い髪が勢いよく振られる。 テーブルの上に投げ出された腕が、泳ぐみたいにあがく。 アゼルの全身から、熱にむされた女の子の香りが溢れる。その芳香に僕は溺れる。 「動かしちゃう」 僕は、指で熱く火照った蜜つぼをクリームでも作る勢いでかき回す。 じゅぶじゅぶと、いやらしい水ぬれた音が図書館に響く! 「あ、ぁあんっ! ああっ、そ、そんな激しく音立てるなぁ。あん、ああっ! ひぅんっ!」 僕の指で泡立ったエッチなジュースが、物欲しげに口を開けた女の子の場所からテーブルの上にこぼれる。 アゼルの耳元でささやく。 「凄くエッチな音してるね。アゼル」 「し、シンが立ててるくせに、ああんっ! い、意地悪だ! あ、そんな、奥をだ、駄目だっ駄目ぇぇ」 「こんなに気持ちよさそうなのにやめるの?」 指先だけでかわいくとろけていくアゼルの姿に、僕も高まり、息が苦しいほどに興奮してくる。 「あ、んあっ、あうっ、ああっ、だ、駄目だぁ、あ、や、ああっ、も、もう、許して」 「じゃあやめるよ」 僕はかき回すのをやめて、指を引き抜く。 物欲しげに食いついてくるアゼルの中から指を引き抜くと、じゅぽ、と恥ずかしい音が漏れた。 「聞こえた?」 「……あ、あう」 「な、何も聞こえなかった……」 「そ、そんな事いっても……判ってるくせに……」 「ほら、こんな」 僕はアゼルの前に、さっきまで中をかき回していた指をつきつけて開く。 指のあいだに、アゼルのエッチなジュースの糸が引く。 アゼルは顔を逸らした。 「なんだか……シンは前より意地悪になった……」 「私にわざと……恥ずかしい事をしてみせたり……」 「謝っても許さないぞ」 「で、でも……私以外には……そういう事をしないなら……許す……」 僕は胸がいっぱいになって、そのままアゼルにキスをした。 唇は溶けかかったチーズみたいに熱を帯びていた。 僕もとける。 「んちゅ、ちゅ、じゅちゅ、ぺちゅ、ぺじゅる、ん、ん……」 お互いの舌も唇もとけていく。 僕らは甘い吐息を吐きながら、離れて見つめあった。 言葉は消えていた。 アゼルの汗に濡れた細い腰を掴むと、アゼルは僅かに腰を僕の方へ突き出し、脚を開いた。 熱く濡れて待ち焦がれている割れ目に、僕はペニスをあてがう。 激しい快楽の予感に、ぞくぞくする。 ペニスの先端が、アゼルの濡れ濡れと光る割れ目の粘膜に当たる。 小柄な体が、ぴくり、と震える。 熱が欲望を焙る。 「入れるよ」 アゼルは、こくりと頷く。 ゆっくりと腰を進めて行く。 「ん、シンの……熱いのが……入ってくる……」 高ぶりと喜びを隠しきれない声が漏れる。 かき回したりしたせいでほぐれたのか、それとも二回目だからか、その両方か、中はきついけれど、抵抗感はなかった。 「ん、あ、あ……ん……」 微妙な凹凸をもつ熱い粘膜がペニスを包み込んでくるだけでも気持ちいいのに、 呼吸に合わせて締めつけてくる感じが、更にそれを倍化する。 楽しもうなんて余裕は吹き飛び、一気に奥まで突く! 奥のやわらかい壁に先端があたると、それだけでアゼルは愛らしい喘ぎ声をもらした。 「ふわぁっ!」 「う、動くよ」 動かないと、すぐ出ちゃいそうだ。 「動いて」 僕は、汗まみれになって腰を前後にゆする。 「あ、あ、ああっ! さっきと、全然違うっ! 頭の奥までじんじんするっ」 「僕の方も、アゼルの中、絡みついて来て」 アゼルの腰が、僕が腰を突き出すのに合わせて突き出される。深々と繋がる。 「くぅ」 「ああんっ! は、恥ずかしいっ。あふぅっ! 変な声が出ちゃうぅ」 「我慢しないで、嬉しいから!」 汗まみれになって僕は腰を動かす。どんどん速くなる! 中がどんどん熱を帯び、粘り着くようにペニスに絡みついてくる。 「シンっ、シンっ」 僕の方へ伸ばされたアゼルの手を、僕は握る。 「離さないから! 絶対離さないから!」 ぎゅっと握りあうと、気持ちが伝わってくるみたいだ。 僕らはきっとずっと一緒だ。 そのまま、握った手を引き寄せる。深く深くつながる。 「あ、ああっ、こんな奥までシンでいっぱい、いっぱいっ!」 アゼルともっと深くつながりたくて。もっと感じたくて。 もっともっともっと! 僕の欲望は果てがないみたいだった。 「んあ、あっ、ああんっ、訳がわからなくなるっ、溶けちゃう」 白くて細い体が、この世にひとりしかいない女の子が、光っている。 僕よりも大切なアゼル。アゼルしか見えなくなる。 「僕も! 僕も」 身体をぐっと前のめりにして、耳元で囁く。 薄い胸が揺れて、汗が飛び散っている。 腰の動きをさらに激しくしながら、胸にむしゃぶりつく。 「ひぅぅっ! そんなところなめちゃ、だめだっ。あんっ」 グミみたいな感触の乳首を、唇でついばみ、舌先でつつき、しゃぶる。 目の前の、真珠みたいに光る汗の玉で飾られた胸が、揺れている。 汗の香りがする。アゼルの香りがする。染まっていく。 「どこもかしこも可愛いっ。大好き。好き。好き」 「わ、私だって、私だって! あ、あああああっ!」 好きという言葉の度に、気持ちよさが増していくみたい。 繋がった部分から響く、エッチな水音が、耳を埋め尽くす。 もう、僕ら以外のことは何も判らない。 「あふぁぁぁんっ! わ、私の方が好きだっ!」 アゼルがこちらを見る。濡れた瞳に吸いこまれそうだ。 僕しか見ていない瞳に。 お互いしか見ていない僕らは合わせ鏡だった。 「あ、変! 私、変になってふ! なんか熱いの熱いの!」 「僕も、僕も、僕も!」 熱い塊がこみあげてくる。気持ちよさのスープが全身を満たす。 熱い熱い熱い。 「シンの大きくなってる! いいっ、いつでもいいっ! あ、ああん、ああっ」 溶ける。僕が溶ける。アゼルと一つになる。 呼吸が、鼓動が、腰の動きが、まなざしが全部ひとつに。 「うぁぁ」 「ああああああああああああああああっ!」 僕はアゼルの中で弾けた。 目の前の小柄な体が激しく震えた。 「ああ……シンのが……いっぱい……」 熱く火照った中が、きゅうっきゅうっと締まって、僕の中から溢れた熱を吸い取っていく。 僕は、アゼルの上に倒れ込んだ。 汗に濡れた肌と肌がぴったりとくっついて、心地よい。 「あ……ごめん……重い? あ……」 アゼルの腕が、僕の背中へ回り、ぎゅっと抱きしめて来た。 「もう少し……こうしていてくれ……」 僕もアゼルを抱きしめ返した。 「うん……僕の方からこそ、お願いしたいくらい……」 「お願いなんかするな」 その声は少しだけ照れ臭そうだった。 「シンが私に願う事を……私が拒む事などという事はないからな」 その言葉が余りにまっすぐだったので。 僕は胸がいっぱいになって、なんにも言えなくなって。 アゼルを、ただただ抱きしめ続けた。 「ねぇ……シン」 「明日。二人で写真を撮ろう。二人で並んで一緒に……」 「喜んで」 「シン。準備は出来たか?」 「うん……って、アゼルはそれでいいの!?」 「何がだ? ライカは持っているぞ」 「ライカはともかく、そんな小さなバッグ一つで」 「問題ない。フィルムなら沢山用意してある」 「で、でもさ、女の子は着替えとか……」 「いざとなりゃ、向こうで服くらい調達出来るだろ」 「シンは心配性だな」 今日から一週間。 僕らふたりはアルバイトを一杯して貯めたお金で 南の島へ旅行に行くのだ。アゼルが写真で見て、現地に行きたいと呟いた島へ。 「でも、二日に一度しか船だって行かないような島だし」 「大丈夫だ。シンと一緒ならどこでも平気だ」 アゼルの言葉にはまっすぐな確信と信頼があった。 「……そうだね。僕らなら大丈夫だね」 「コケー、コケコケコケー」 「世話はナナカに頼んであるから、迷惑かけちゃだめだぞ」 「コケー」 「俺様の世話は!」 「ちゃんと頼んであるよ。でも、一緒にくればいいのに」 「相変わらず野暮だぜ」 「あー、俺様は肌が弱いんだぜ。だから、そんな日差しが強いとこにゃ行けないんだぜ」 「ありがとう。シンの事はまかせろ」 「……おう」 「行ってきます」 「行ってくるぞ」 「おう。気を付けてな」 僕らは、グランドパレス咲良を見上げた。 「行ってきます!」 僕らは歩きだす。 自然と手をつないでる。 「もしかして、ワクワクしてる?」 「ああ! 判るか?」 「アゼルの夢の一歩だものね」 アゼルの夢は、天界・魔界・人間界のさまざまな光景を写真に撮ること。 そして、三界それぞれで、写真展を開くこと。 今は、まだ行き来する事すら大変だけど、いつか、きっといつか。 「天界にいた時は、周りの景色に何の興味もなかった」 「でも、きっと、今の自分の目で見れば、美しい光景があるのだろう」 「おそらく魔界にも」 アゼルの目はキラキラしていた。 「あるよきっと」 アゼルがまっすぐ僕をみあげる。 「そして、この夢は、シンがいなければ見つける事も出来なかったものだ」 ちょっとだけ照れる。 そして、もう少しだけ強く手を握る。 「シンの夢はなんだ?」 「3つの世界が、仲良くなる世界が来るように頑張る事かな?」 「きっと、私達の夢は、違うようで同じだな」 「実現までは、大変だろうな」 「そうだね。でも」 「僕は何でも出来るような気がするんだ」 「ああ。私もそう思う」 神様はきっと僕らを愛してる。 「昔々、主は天使だけが住む世界をお創りになった」 「ひとつの種族しかいなければ争いが起こらないとお考えになったのかもしれない」 「だが、天使達は、霊質よりの天使と、物質よりの天使の二派に別れ、争うようになった」 「主は残酷の度を加えて行くばかりの争いをお悲しみなり、世界を天界と魔界の二つに分けて、その境界として人間界をお創りになった」 「物質よりの天使は魔界へ移り魔族となり、地上には人間が満ち溢れた」 「主は、これで争いはなくなるとお思いになり、胸をなでおろしになった」 「だが、三界に分かれた世界は、その代償として不安定になり、それをもとに戻そうとする力が生まれた。それがリ・クリエ」 「しかも、天使・魔族・人間の3者は決して仲良くしようとはせず、世界は乱れに乱れた」 「恐ろしい魔法や霊術や熱核兵器が飛び交い、命は塵芥のように失われていった」 「主は乱れた世界をお悲しみなり、見ていられず。世界を滅ぼそうとなされた」 「そして過去における最大のリ・クリエをお遣わしになった」 「だが、そんな危機のさなかでも、3者は争いをやめず、リ・クリエすらも相手を滅ぼす好機と捉える始末だった」 「全てが滅びるという都合の悪い真実に目をつぶり、選ばれた自分たちのみが生き残るとこじつけて」 「三界のうちにあった心ある人々が、滅びが避けられぬという絶望に取りつかれかけた時、その願いが形となり、魔王が現れた」 「魔王は、この世界の意志、滅びを拒む意志が生み出す力をもって、リ・クリエと対峙した」 「魔王は、道を示し、心ある天使・魔族・人間と協力し、世界を救った」 「それは主を一時喜ばせはしたが、だが、主の被造物達に対する絶望と不信を消すには至らなかった」 「世界には、主の希望である魔王と、主の絶望であるリ・クリエが残された」 「それから、世界は何度もリ・クリエを迎え、その度に、魔王は世界を救った。主のお心は絶望と希望の間で揺れ動きになった」 「だが、魔王が共存の道を示し続けたのに、天使・魔族・人間は仲良くはしなかった」 「彼らの大部分は、相も変わらず、リ・クリエを利益の追求の機会としかとらえなかった」 「だから主は、希望と絶望に終止符を打つべく、特大のリ・クリエを御準備なされた」 「この世で一番、因習にこりかたまった天使にリ・クリエの力をお与えになり」 「魔王にしかありえなかった3者の協力を利害関係だけで結ばせて、魔王の偽物をお作りになった」 「主は、世界がそれでも続くかどうかお試しになったのだ」 「そして世界は続いている」 「主は、最大のリ・クリエさえ乗り切った3者に満足なさった」 「だから今回は、何事もなく終わったのだろう」 「きっと、これからも色々あるだろう。でも、最後にはうまくいく」 「絶対にうまくいく」 「私は、そう信じている」 「あの日。降り注いだ光はやさしくあたたかかった」 「それは、主がこの世界を愛してくださっているからだと思う。思いたい」 「いや信じる」 「それに、この世界は」 「希望と絶望が」 「魔王とリ・クリエが」 「シンと私が」 「ひとつの写真の中に、幸せに収まれる世界なのだから」 「おはよう、生徒会の諸君! 私が流星学園理事長の九浄ヘレナである!」 「うふふ、いらっしゃい。ここは私のプライベートルーム。その名も『ヘレナのお部屋』よ」 「ここには3つのお部屋があるの。せっかくだから、一つずつ紹介していくわね」 「まず『トロフィー図鑑』。ゲーム中で私がプレゼントしたトロフィーを見て悦に浸ることが出来るわ」 「しかも、このトロフィーを集めるとね……うふふ♡」 「それは集めてからのお楽しみよん♪」 「次に『ヘレナの訓練所』。ゲームの中で起きたバトルの模擬演習ができるわ」 「ここでは、イージー、ノーマル、ハードと3つのモードが選べるわ」 「あなたの好きなバトルで高得点やGクラスを目指してね♪」 「最後に紹介するのは『ヘレナとスペシャルなエッチ』よ」 「くすくす……わかりやすいでしょ? けど、そう簡単には入れてあげないわ」 「あなたが渋くてとっても素敵になったら……考えてあげる♡」 「というわけで、ヘレナのお部屋にようこそ! たっぷり楽しんでいってね!」 「いらっしゃい。ここは『ヘレナのお部屋』よ」 「ゆっくりしていってね!」 「おめでとおおおおおおおおお!!」 「祝・トロフィー完全攻略!」 「すごいじゃない、見直したわ。ん〜〜っちゅ♡」 「そうね……うっかり『ヘレナとスペシャルなエッチ』を選ばれちゃったりなんかしたら……」 「だ、だめよ、私ったら! 年下を相手に……こ、こんなドキドキしてる場合じゃ……」 「とにかく今日は『ヘレナとスペシャルなエッチ』を選んだらダメよ。これは理事長命令」 「聞かなかったら……うふふ、どうなるかしらねぇ……?」 「良く来たな、生徒諸君! トロフィーコンプリートまであと僅か、気を引き締めていくように!」 「これからちょっと難しくなるかもしれないから……」 「そうね。息抜きに、いつもと違うお部屋を覗いてみるといいわ」 「そしたらきっとまた頑張れるはずよ。うんっ、成功を祈る!」 「いらっしゃい、ちょうどいいところに来たわね」 「トロフィーがいい感じに集まってきてるから、それをお知らせしようと思ってたの」 「フルコンプまではまだまだだけど……ここまで頑張ってくれたんだし、理事長としてはきちんとお祝いしてあげないとね」 「リアのスタンプじゃないけど……いいわよ。何でも言うこと聞いてあげる」 「あまり変なこと言ったらダメよ? じゃあ、あの部屋で待ってるわ♡」 「ん〜〜。あーでもない、こーでもない」 「あら、いらっしゃい。ごめんなさいね。ちょっと仕事が立て込んでて」 「なによ、失礼ね。私だってやるときはやるんだから」 「それで……今日は何の用かしら?」 「くすくす……。私とエッチばっかり選んでるんじゃないわよ〜」 「ヘレナですか? 実は私も探しているのです」 「まったく……職務を放棄するなんて……」 「しょうがありませんね。今日は私がナビゲータを務めさせていただきます」 「それで今日は、『トロフィー図鑑』と『ヘレナの訓練所』のどちらをお選びになりますか?」 「え? まだもう一つある?」 「『ヘレナとスペシャルなエッチ』……って、なんですかこのお部屋は!」 「も、もおっ、生徒相手になんとふしだらなっ。ま、まったく……何をするつもりなのかしら……ドキドキ」 「ちょ、ちょっと、ヘレナ! ヘレナーー!!」 「あっ……ダメ……こ、こんなの誰かに見られたら私……っ、ん……は、はぁ……っ」 「けど……止まらない……止まらないわっ、あっ、ああっ、はぁっ……んっ、くうっ!」 「なお、このテープは間もなく自動的に爆発する。成功を祈る」 「どっかーーん!!」 「びっくりした!? びっくりした!?」 「うふふ〜ん。けど、テープの声はちゃ〜んと生ボイスよ♡」 「くすくす。照れちゃって、か〜わい♪」 「それで、今日はどんな用事かしら?」 「あら、いらっしゃい。今日も来てくれたのね」 「それにしても頑張るわね〜〜。そろそろ、トロフィーもコンプリート間近かしら?」 「くすくす……そうね。全部集まった時には、何かご褒美を用意してあげるわ」 「うふっ、楽しみにしていてね」 「あら〜。ここを選ぶなんて、なかなかあざといわね」 「けど、ここに来るってことは何かしら期待してきた、と……」 「くすくす、やっぱりなんだかんだ言って男の子なのね♪」 「いらっしゃい、また来たのね」 「まったく男の子って、本当にエッチなことが好きなんだからぁ」 「またエッチなことをしに来たと、そういうわけね?」 「もぉ……しょうがない子なんだから」 「けど、ダメよ。まだまだあなたには渋さが足りないわ!」 「もうちょっと頑張ってくれたら……ね♡」 「まあ!! もうトロフィーこんなに集めたの?」 「しょうがない子ねえ……こんなことされたらご褒美あげなきゃいけないじゃない……」 「そうね。いいわ……こっちへいらっしゃい」 「けど、残念ね。次のご褒美はもうちょっと頑張ってから♡」 「その時まで……しっかり我慢しておくのよ」 「ちょっとぉ! もう、完全制覇まであと少しじゃないっ」 「まさかここまで粘るとは思ってなかったわ……」 「これだと、私もトロフィー作った甲斐があるってものだわ。そうね……今日は特別に……」 「裸足になってあげるわ!」 「けど、前にしてあげたでしょ? え……あんなんじゃ満足できない?」 「もぉ……わかったわ。じゃあ、トロフィー全部集めたら……考えてあげる♡」 「やるじゃない! あなたこそ男の中の男。渋さ抜群のナイスボーイよ」 「も、もお……っ。あなた見てたら、なんだか恥ずかしくなってきちゃったじゃない」 「私……男の人にこんなドキドキするの初めてよ」 「そうね。あなたになら私……どんなリクエストでも応えてあげるわ」 「え……だ、だからって、下着を履くなって言うの……?」 「そ、そんな……ついに大事なところ……見られちゃうのね……」 「くすくす……私もやっぱり、あなたの前ではただの女だわ……」 「だ、だって……こんなにドキドキしてるんだもの……」 「けど、わかってる? 私をここまで好きにさせたのよ?」 「覚悟なさい。いっぱい、気持ちよくしてあげるから……♡」 「あら? どうやらゲーム中でトロフィーゲットの条件を満たしたようね」 「いっぱい遊んでくれてありがとう! これからもティンクルくるせいだーすをよろしくね!」 「そんなあなたに、このトロフィーをプレゼント!」 「ちょっとちょっと。いくらなんでも、エッチなシーンを見過ぎじゃないかしら? ほどほどにしないと、体に悪いわよ?」 「そんな君に、このトロフィーをプレゼント!」 「あなたは大変なもの盗んでいきました……それは、ヒロインの心です!」 「というわけで、トロフィーどうぞ♪」 「おめでとう! 魔王のおかげで、無事みんなから悪しき心が消え去ったわ!」 「感謝の印に、このトロフィーをプレゼント!」 「スウィーツを全て食べきるなんて凄いじゃない! これならナナカちゃんにも負けないわ!!」 「流星学園理事長として表彰する!」 「お見事!! 聖沙ちゃんを完膚なきまで叩きのめしたわね。数々の名勝負、感動したッ!」 「勝利の栄光に輝いたあなたには、このトロフィーをプレゼント!」 「ふふっ。私も好きよ、和菓子。それを全て食べ尽くすなんて、リアもびっくりしちゃうわよ!」 「太らないように気をつけてね。はい、これあげる」 「もう、育ち盛りなんだから……ちゃんとしたものを食べなくちゃダメ。おっきくなれないわよ?」 「けど、忙しい時には超便利! フルコンプしたあなたには、これをあげるわ」 「あらまあ、これだけ通販を利用したらゴールドカードじゃない! やるわね〜〜。メリロットと同じよっ」 「同志ということを記念して、はいどうぞ」 「本日をもって、貴様らはゴミ虫を卒業する。本日からは、貴様らは立派なクルセイダースである」 「貴様らのくたばるその日まで、どこにいようとクルセイダースは貴様らの仲間だ」 「肝に銘じておけ。クルセイダースは永遠である。つまり――貴様らも永遠である!」 「まあ! あのメリロットを倒したのね! 可愛い顔してなかなかやるじゃないっ」 「メリロットの悔しそーな顔が見られたし……嬉しいから、これあげちゃう♪」 「凄いわ! まさかGODの評価が出るなんて……私もびっくりよ!」 「嬉しいわ。クルセイダースが立派になってくれて……記念に、このトロフィーを贈らせてちょうだい」 「一寸も違わぬ連携技……誰一人として乱すことなく揃えた足並み。素敵よ!」 「純正5人ユニゾン成功を祝して、このトロフィーをプレゼント!」 「天使も魔族も人間も……全てを仲間にして力にする。そう、これが本当の魔王よ!」 「あなた達の絆……確かに見せてもらったわ。素敵な魔王に、乾杯♪」 「あ、あの……へ、ヘレナさん……ほ、本当に、いいんですか?」 「もちろんよ。理事長に二言は無いもの」 「そ、そんな……夢みたいです……ヘレナさんと、そ、その……」 「あらあら……そんなに鼻息荒くして……」 「え、ええ! も、もう……っ! ヘレナさんとエッチなことが出来るって想像しただけで、僕……」 「あ、あそこがこんなにもムズムズして……興奮して……」 「はぁ……。全くしょうがない生徒会長君だこと」 ヘレナさんは僕にゆっくりと近づいてくる。 「ちょっとそこでじっとしててね」 やはりここは年上にリードしてもらうべき……っ!? 「あ、あれ……ヘレナさん? 僕の手を縛って、どうするつもり……」 「さすがのシンちゃんでも、興奮し過ぎたら私のことを力ずくで押し倒しちゃうかもしれないでしょ?」 「だ、だからって……」 「私だって女なのよ? 男に腕力で敵うはずないもの……だから、これはもしもの場合」 「けど、安心して。約束はきちんと守るから♡」 僕はそのまま、されるがままにひん剥かれてしまった。 (こ、これが男の子の……実際に見ると、ビックリするわね……ここまで見事に大きくなったのは) 「な、なあに?」 「あの……どうして、僕と距離が離れているのでしょうか?」 「は、早くしてくれないと僕……っ」 「もぉ、慌てないの。じゃあ、始めるわよ……」 僕の目の前で、足を組み替えるヘレナさん。 ストッキングに覆われた下着がチラリと見えただけで、僕のペニスが呻りをあげる。 そのいきりたつペニスに、ヘレナさんの爪先が近づいていく。 「え……ま、まさか……」 「頭のいい子ね。そうよ。あなたのおちんちんを……足でしてあげる」 「そ、そんなの……ううっ」 ストッキングの感触が、ペニスに響いてきた。 亀頭の形を確認するようにしながら、足の指がぎこちなく動いている。 (凄い……熱くなってる……。しかも指が弾かれてしまうくらいに硬いわ……) 「あ、だ、だめ……! くうっ」 (やっぱり、こうやっていじられるだけでも気持ちいいのかしら……) そのなぞるようにして動く地味な足技に、くすぐりにも似た心地よさが伝わってくる。 「どぉ……気持ちいいかしら?」 「そ、そんな……足でされてるのに」 元々、ヘレナさんはいつも上から目線を崩そうとしない。 年上として、理事長としてのプライドか。今日もそれが見て取れるような体勢。 僕は拘束され、ヘレナさんは好き放題。構図はいつもと変わりはしない。 けれでも、僕を見つめるヘレナさんは、いつもの自信に満ちた表情というよりも、僕の顔色を窺っているようにも見えた。 ちゃんと、僕を気持ちよくさせようと、彼女なりに試行錯誤をしているのかもしれない。 「もしかして、初めてなんですか?」 「それはね。だから特別って言ったでしょ?」 それでいながら、あまり物怖じしないところを見ると、ヘレナさんは嘘をついているのだろうか。 いや、いつも豪快でおちゃらけているはずのヘレナさんが、こんなに言葉数を少なくしてしまうことがあっただろうか。 ドモりそうになるから無口になって、虚勢を張っているだけなのかもしれない。 だとしたら、嘘なんかついていないはずだ。 少なくとも『足コキ』は初めてなのだろう。他は……あまり、考えたくない。 「じゃあ……するわよ?」 今はそんな経緯よりも、ヘレナさんの感触が僕の脳裏についてまわる。 白地のストッキングで包まれた美脚が、艶めかしく動き始めた。 足の裏が、勃起したペニスを押し倒す。 (何この反発力……聞き分けの良い子だと思ってたのに、おちんちんは全く別物ね) (足に力を入れないと、ぐいって押し返されちゃう……本当、生意気だわ……) 反り返ったペニスの勢いを抑えつけるようにしながら、ぐにぐにと裏筋を指圧していく。 「くす……こうしていると、お尻の穴も丸見えよ?」 けど、その代わりに、僕からもヘレナさんの下着が丸見えになっている。 緊張で汗ばんだ太股――絶対領域の奥に見える最後の砦。 絶対の権力を持つ相手の秘所を見られるという、まさにご褒美と言える代物だ。 「はぁ……はぁ……っ。んっく……はぁ……はぁ……」 僕の視線に気づけないほど、ペニスに集中していた。 ヘレナさんの下着を見た甲斐もあって、ペニスは更に愚直な姿勢を示していく。 (やだ、この子……まだ大きくなるっていうの……?) その挙動に、さすがのヘレナさんも目を丸くしている。同時に鼻息も荒くなっていく。 (本当に……気持ちいいのね……) 土踏まずと爪先の間――拇指球で優しく裏筋をなで回していく。 「はぁ……っ、はぁ……。ん……んん……ここを、こうして……」 「うあ……っ、それは……っ」 腰が引きつるような感覚。精を引き上げられるところで止められ、焦らされる。 「どこが気持ちいいのかしら……?」 「そ、その……先と、竿の段差の辺りが……っ」 「うふふ……正直な子ね。教えてくれてありがとう」 そう言っておきながら、ヘレナさんは別の場所に足裏を移動させ始める。 足の側面で、ペニスを固定 「そ、そんな……そんなのって……」 「気持ちよくなりすぎたら、すぐ終わっちゃうでしょう? それでもいいの?」 「いいですっ! いいですからっ」 「……私はダメなのっ」 ふて腐れて、竿の根元を両足で挟む。挟んだまま激しく足を震い、ペニスを踊らせる。 「もうちょっと模索させてくれたっていいじゃない……っ。私だって、どうすればいいのかよくわかってないんだから……」 「けど、ご褒美だものね。いいわ……じゃあ、お望みのところを……」 そのままカリ首の段差にまで、挟む足裏を上昇させていく。 ちょうど土踏まずの窪みを象るようにしながら、しっかりと亀頭の形状にフィットした。 まさに理想の足――布地に覆われてはいるものの、ヘレナさんの女性という柔らかさを認識するには十分すぎるほどだった。 「あ、あら……もう出ちゃったの……?」 白い足裏にじんわりと透明の液体が滲んで、ストッキングに染みを作る。 「こ、これは我慢汁です」 「我慢……我慢してるの?」 「そ、そりゃあもう……」 「そう……それで、そんなに一生懸命な顔をしてるのね」 今、気づいたような言いぐさ。最初から踏ん張っていたというのに。 やはり、ヘレナさんは慣れていない。僕のペニスにずっと釘付けだったんだ。 かく言う僕も、堪えるだけで精一杯だったけど。 「頑張る男の子は好きよ。いっぱい気持ち良くなってね」 そう言って、カリ首の段差と足裏の段差を擦り合わせながら、足を上下に動かし始めた。 滲んだ我慢汁がちょうどいい潤滑となり、よりいっそう足の動きを激しくすることが出来る。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ! ふぅ、んん……んくっ」 熱心に太股を震わせて、ペニスをしごいていくヘレナさん。 息はあがり、体にどんどんと熱気が籠もっていく。 「おちんちん、ビクビクしてるわ……っ、気持ちいいのね……っ、はぁっ、はぁ……っ」 ヘレナさんは爛々と瞳を輝かせながら、ペニスの挙動に見入っていた。 すべすべとした足裏に圧迫されながら、感度の高いところを重点的に責めらる。 自然と腰がムズムズし始め、上ずった声になっていく。 「ああ……そ、そろそろ、いきそう……っ」 「いいわよ……はぁっ、はぁっ……遠慮しないで……っ、はぁっ、はぁっ、ああっ」 「思い切り……んっ、んっ、射精しなさい……っ、はぁっ、はぁ、はぁ……!」 「はぁ……っ、はぁ、はぁ……あぁっ! ん、んっ、んんっ、ふぅ、ふぅっ」 ヘレナさんの肉付きの良い太股が大きく揺れている。 激しい動きに合わせて、ロングスカートもめくりあがり、秘所を隠す下着の部分が大きく見開いていた。 ああ! 出来ることなら、あの下着に隠されたもっと柔らかい肉の奥へと―― 「け、けど……足も……うっ!」 ビューッ!! 「きゃっ!!」 ヘレナさんが女の子の声を出し、油断した隙を、ペニスは逃さなかった。 「や……っ、は……! すご……んっ! で、射精てる……っ! 足で抑えきれな……っ!」 ビュクッ、ビュルッ、ビュプッ!! ペニスは足の抑圧を瞬時に振り切って、射精運動をしながら暴れ回る。 「あ……はっ、はぁ……こ、こんなに……も、もぉ……ベットベトじゃないのよぉ……」 大量に放たれた子種は、ヘレナさんの白いふくらはぎを更に濃い白で染め上げていく。 そして躍動するペニスから勢いよく発射された精液は、肌色の太股にまで降りかかっていた。 ビュッ、ビュッ!! 「こ、こらぁ……こ、この……いい加減にっ、しなさいっ!」 「うあ……ッ!」 根元を抑えるようにしながら、足でペニスを踏みつけられる。 すると、残っていた最後の一滴まで一気に押し出す形になってしまった。 ビュウウッッ!! 敏感になりすぎたペニスを、大量の精液が一斉に通過していく。 予想だにしていなかった強引な射精。無理矢理に搾り上げられてしまった。 僕はその痺れるような快感を受けて、呆然とその場で呼吸をしているしか出来なかった。 「嘘……こ、こんなのって……はぁ……はぁ……あぁ……はぁぁ……ふはぁ……」 「足で……いかせちゃった……。うふふ、初めてなのになかなかやるでしょう、私?」 息をしながら、うんうんと頷いてみせる。 「そうでしょう、そうでしょう♪」 満面の笑み。 本当は、とても初めてとは思えないとか皮肉の一つくらい言ってやりたくなったが、そんな余裕は全く残っていなかった。 「どう? 気持ちよくなってくれたかしら……って、その様子を見れば一目瞭然ね」 事が終わって、姿勢も少しヘレナさんもらしく戻ってきた。 けど、興奮冷めやらぬ熱い吐息は続いたまま。 僕のボーッとした瞳には、まだヘレナさんの下着が目に映っている。 にわかに汗とは違うもので湿り、太股の激しい動きも相まって、下着が割れ目に食い込んでいた。 ヘレナさんも……足でしごきながら、興奮していたのかな……? 「すっごい……。もう、足が精液だらけよ……?」 「ほら、ちょっとだけど……顔にまで飛んでる……凄い射精だったわね……」 そういって、口元についた微量の精液を舌でぺろんと舐めずった。 (うぅ……苦い……。けど……凄くエッチな味ぃ……) 「ふぅ、まったく……。こんなに溜め込んでたら、気が散って勉強どころの騒ぎじゃなくなるでしょうに」 「だったら、僕……っ。また頑張って……ヘレナさんにご褒美を……はぁ、はぁ……もらうんだ……っ」 「そ、そう……なかなか嬉しいこと言ってくれるじゃない……」 (今年の生徒会長クンも……なかなか捨てたもんじゃないわね♪) 「……いいわ。その時になったらまたご褒美を用意してあげる。けど、次はもっと頑張らないといけないわよ〜〜?」 「だからしっかり、ね? 健闘を祈るっ」 「あ、あぁ……ヘレナさんの……」 すらりと伸びた足。 普段は誰にも見せない過保護に育てられた足が、僕の目の前で一糸纏わぬ姿となった。 瑞々しくて張りのある太股とふくらはぎ。指で触れればそのまま溶け入ってしまいそうなくらいに柔らかそうな足。 だが、今日も両手は拘束されたままだ。 けど、それも仕方ないだろう。このきれいな足を前にして両手を自由にされた日には、むしゃぶりつくこと請け合いだ。 それ以上、事が運んでしまったら……理事長と生徒会長という垣根を越えてしまいかねない。 (すごい見入っちゃってるわね……裸足ってだけなのに……) 「とても……きれいです……」 「そう……? ありがと♡」 「ああ、触ったらどれだけ気持ちいいんだろうな……」 「ちょっとだけ、触ってみる?」 「ほ、本当ですか!?」 「可愛い生徒会長クンの頼みだもの。特別よ。じゃあ、片手だけ――」 僕の片手だけが解かれ、自由を得る。 もちろん伸ばした先は、ヘレナさんの素足だ。 まずは重量感のありそうな太股を指でなぞる。 「あ……んっ、んん……っ」 「うわあ……すべすべしてる……」 つんと指先で押し込んでみる。ふわりとした軽い反発が返ってくる。 「しかも吸い込まれそうだ……これから、この足でまた……」 「もぉ、いちいち実況しないの。恥ずかしいでしょう?」 (甘えたような声を出して……けど、喜んでくれてるみたいね。良かったわ) ふくらはぎを手の平の上でたぷたぷと踊らせて遊ぶ。 「あ……っ、は……んっ、そんなことしてぇ……」 「とっても素敵です……ヘレナさんの足……」 「褒めれば何でもしてくれると思ったら大間違いよ……?」 「いや……大丈夫です。僕がしますから……」 そして、くるぶしを掴み、前回僕の股間を弄んでくれた足をまじまじと眺めた。 まるで手入れをしているかのような、傷一つない足裏。汗ばんで、きらきらと輝いている。 「え……やだ、ちょっと……」 僕はその足を自分の顔へと近づけていく。 「あぁ……ヘレナさんの匂い……」 「や、やめなさい! そ、そんなことまでしていいだなんて……!」 普段からストッキングで蒸れている足。鼻腔に刺激的な香りが漂ってくる。 「だめよ、そんな! 匂いを嗅ぐなんて……」 「ヘレナさんでも恥ずかしがるんですね」 「あ、当たり前でしょう!?」 「けど、僕……ヘレナさんの足なら――」 もはや、素足の魅力に囚われ、頭が惚けてしまったらしい。 「ああっ、ん……!」 僕はぷっくりと膨らんだ小さな足の指にキスをする。 「はぁ……っ、ああ……そ、そんなこと……や、やあっ……は、はぁ……っ」 そして、指をしゃぶり舐め回し始めた。 「だ、だめ……やめなさいっ。そんなとこ……舐めたりして……き、汚いわよっ」 「ヘレナさんに汚いところなんてありません……」 「な、なに言ってるの……んっ、はっ、あ……くっ! や、やめ……っ、」 汗ばんだ足は少ししょっぱい味がした。 そしてヘレナさんの足指を一本一本丁寧に、熱い唾液でベトベトに塗り上げていく。 「はぁ……はぁ……っ。ふぅ……うう、よくもやってくれたわね……」 「はぁ……。まったく、すぐ調子に乗るんだから……」 「す、すみません……つい」 「もぉ、しょうがない子ね……けど、なかなか気持ちよかったわ……」 「というわけで、お返し♪」 唾液で濡れた足指でペニスを押しつけてきた。 ああ、これが素足の感触――温かくて柔らかい人肌の感じ。 (やだ……ストッキングじゃよくわからなかったけど……裸足だと、すごいわかる……) (おちんちんの熱さ……ゴツゴツした形状……足の裏から伝わってくる……) 「すごい……想像よりも……っ」 足裏の局部――踵でまず根元を抑えつけられる。 ゆっくりと土踏まずの輪郭にペニスが包まれていく。温かく心地よい隙間の中にいる。 そしてペニス裏筋を撫でるようにして、足が滑りはじめた。 「ああっ、くあ……っ」 柔肉の僅かな段差が、ちくちくとペニスの気持ちいいところを責めていく。 「ん……ん……ん……っ、ふぅ……ふぅ……はぁ、あぁ……」 ヘレナさんは両足を器用に動かしながら、ペニスを挟んでしごきあげる。 動きが加速する度に、ヘレナさんの柔らかいところ――太股、ふくらはぎ、強いては胸まで――が揺れている。 「はぁ……っ、はぁ……んっ、じゅる……」 激しい動きに喉が渇いてしまったのか、自分で舌をなめずっている。 その色気漂う仕草に、魅入る僕。 「はぁ、はぁ……とても、初めてとは思えないくらい……気持ちいいです……っ」 「ちょっとぉ……私が嘘をついてるとでも?」 「いや……一種の喩えというか……」 だとしたら、やはり賢い女性ならではの感性なのか。 もしくは、男を悦ばす為に生まれた天性の勘? 「失礼しちゃうわ……男の人とキスはおろかデートだってしたことないのよ」 「え……、ヘレナさんモテそうなのに……」 「言い寄ってくる人はそれなりにいたわよ。けど……」 「ちょっと理想が高すぎたのかもしれないわね……おかげで知人関係から声すらかけられなくなっちゃったわ」 「ヘレナさんは、何でも出来すぎるんですよ。初めてなのに、足でするのだって……」 「……まるで私がエッチな女みたいな言い方ね?」 「エッチですよ。けど、僕は凄く嬉しいです。初めてなのに、いっぱい考えてくれて……」 「あなたって、本当に素直ね。おちんちんと同じ」 ヘレナさんは自在に動く足の指でカリ首の段差を行き来し、そして亀頭をぐにぐにと押しやっていく。 更に我慢汁が滲み出て、足の動きの助けになる。 「嬉しくて当然よ、だってご褒美だもの」 「ご褒美だからじゃありません。ヘレナさんが、してくれるから……」 少し照れたように口を尖らせながら、ヘレナさんは足を動かす。 (うふふ……今後の成長が楽しみね……その時には私の――) 唾液と我慢汁でヌルヌルになったヘレナさんの足の親指と人差し指。 その間にある魅惑的な隙間の中を突き破るように、僕の剛直なペニスが滑り込んだ。 窮屈なものに挟まれてしまい、まるでヘレナさんの膣内にいるような錯覚に陥る。 「おちんちん、痛くない?」 「凄い、きつくて……気持ちいい……っ」 まさに裸足でしか出来ない醍醐味。 挟んだ指を動かすだけで、カリ首と亀頭が刺激され、背筋が引きつりそうになる。 「じゃあ、こっちの足も……んしょっ、こんな感じに……えいっ!」 今度はもう片方の足で、根元を挟み込む。 ダブルの指にきっちりと支えられたペニス。 そのまま、ヘレナさんは窮屈な指の谷間を上下に動かし始めた。 「んしょ……っしょ……こんな風にしたら……んっ、んんっ、どうかしら?」 「ああっ、ああっ……」 ヘレナさんの動きだけでは飽きたらず、自ら腰を強引に前後させて更に摩擦を強めていく。 (やだ……すごい……私の足が犯されてる……おちんちんがズポズポしてる……っ) (これが男の人のセックス……私はこの動きを受け入れられるのかしら……?) 僕はずっと、ヘレナさんの秘所を見つめ、その足をおまんこに見立てていた。 下着はじんわりと濡れ、割れ目の形がくっきり映るくらいになっている。 けど、足は足。おまんこはおまんこ。 それぞれに違う気持ちよさがあるに違いない。 こうして足でされているだけでも、幸せと思うべきなのに僕は…… 「ああっ、ああっ、もっとヘレナさんと……エッチなことがしたい……っ」 「だ、だめよ……そんなこと言って……こ、これ以上は……はぁっ、はぁっ、はぁ……」 「足だけじゃない……もっとヘレナさんを感じたい」 「はぁ、はぁ、んっ、んっ……これ以上のこと、したら……」 「これ以上のことをしたら……ヘレナさんも我慢できなくなるんじゃ……?」 「私はそんなふしだらな女じゃ……はっ、はっ、ないっ、ん……っ、だから!」 よく言うよという言葉が意識から霞んでいく。 指に挟まれたペニスは、先端で精液を吸い上げようと刺激を受けつつも、根元できっちり締め付けられている。 射精をしたくとも出来ず、じんじんと腰に響くような快感が続く。 「はぁっ、はぁっ、はぁ……! どう? そろそろイキそう?」 「いきたいのに、いけない……っ」 「ふふっ。これくらいのことで弱音を吐いてるようじゃ、私とエッチするなんて無理よ」 「そ、そんな……くうっ」 足指の圧迫なんぞに負けられるものか。 (う、嘘……! またおちんちん……大きくなったっ! 足の指が広げられてる……っ) (大人しい顔して、なんて乱暴で猛々しいおちんちんなのかしら……こ、このままじゃ……!) 拘束されているのもお構いなしに、全身を使ってヘレナさんの足指を犯していく。 「はあっ、はあっ、ああ! そんなにしたら……はあっ、あっ、あっ、ああ!」 粘液と肌のぶつかり合う音が響く。 もはや僕の動きに圧倒され、ヘレナさんは尻餅をついているような格好になる。 濡れ滾るおまんこが、丸見えだ。 「はふっ、ふうっ、ううっ……! ん、ん、んふっ、くうっ、ふう、はっ、ふはあっ」 「ああ、いくっ、いくいくいくっ」 窮屈な指の圧力を押しのけ、大量の精液は駆け上がっていく。 股間を突き抜けていく快感、そしてのけぞるようにして僕は―― ビュプーーッ!! 「ひゃうっ!! 熱ッ」 弱々しい声に向かって、白濁液が容赦なく降りかかっていく。 狭まった足指の中から逃れようと、ペニスが激しく躍動を繰り返す。 精液が放たれる度に、指で圧迫された箇所が痺れたようになる。 「はぁっ、ああっ、指の中でビクンビクンって……はぁ、はぁ……んっく」 ヘレナさんは美脚に精液を浴びながらも、暴君と化したペニスに屈することなく最後まで握りしめていた。 「はぁ……はぁ……んくっ、んふぅ……はぁっ、はぁっ、はぁぁ……っ」 「また……凄いわね……足の指でも、精子の流れがわかっちゃうくらい……勢いつけて……」 「我慢してたから、いっぱい射精たのね……」 透き通った肌を染める白濁とした粘液。 ヘレナさんの足が恋しくて、そのままこびりついたまま離れようとしない。 「こんなにもネバネバして……あぁ……匂いも……凄いわぁ……はぁ、はぁ……んくっ、はぁぁ……」 (本当に……これ以上したら、私……) 息も絶え絶えになりながら、ヘレナさんは恍惚としている。 そして、指をしゃぶりながら物欲しそうに、ペニスを見つめていた。 「じゃあ、脱ぐわよ……?」 健康的な太股から、するすると白く可憐な下着がゆっくりとずり下ろされていく。 「そんなに見つめて……本当に待ち遠しかったのね」 「そ、そりゃあ、もう!」 「そうよね。ず〜っと、私のここばっかり見ていたもの」 「私が気づいていないとでも思った?」 「やっぱり、やめちゃおうかしら〜〜?」 「じ、焦らさないで下さいよっ」 「くすくす……冗談よ。けど、やっぱりじっと見られるのはさすがに恥ずかしいわ」 「だから、ちょっとだけ目を閉じて――」 脱げる瞬間を見られないのは残念な気もするが、ここは大人しく目をつぶることにした。 僕の視覚以外の感覚が研ぎ澄まされていく。 衣擦れの音が聞こえてくる。けど、他にも動きが見られる。 温かい空気が、僕の鼻をかすめた。 そして唇に柔らかい湿った感触。恐る恐る、僕の唇にそっと触れた。 「はい、お待たせ♡」 足を組み替えたその先には、きれいに閉じられた肉の割れ目が外気に晒されていた。 それを押し隠すつもりはないのに、頬は赤く照れたような感じ。 もしかして、本当に恥ずかしかったのは、下着を脱ぐということじゃなくて、キスをする表情を見られることだったのかもしれない。 「今のって……」 「そうよ……私が自分の意志でした、男の人へのファーストキッス」 自分の唇に指を這わせながら、ヘレナさんは言う。 「言ったでしょう? 私がこんな気持ちになったのは、初めてだって……」 相変わらず、ヘレナさんは余裕じみた姿勢を崩そうとしない。 年下の僕にはあくまでリードを許さないつもりなのだろう。 けど、僕にはその辿々しい唇の動きだけで、ヘレナさんの緊張が理解できた。 「じゃあ、また……足でするわね?」 爪先がのびていくと、その動作に合わせてぴったりと閉じられた秘所の割れ目も柔らかそうに動いていく。 その淫猥な光景に見入りながら、僕はペニスをビクビクとさせる。 (うふふ、見てる……見てる……。おちんちん、あんなに暴れてるわ……) 引きつるペニスを労るように、ヘレナさんの素足がのしかかってくる。 それでもペニスの情動は冷めやらず、自らヘレナさんの優しい肌にこすりつけようとする。 「ん……んんっ……もぉ、そんなに焦らなくたっていいでしょう……♡」 「こんなにエッチなお汁滲ませて……足の指がベトベトになっちゃうじゃない……」 「はぁっ、はぁっ」 「全ッ然、聞いてないし」 (ああ、ここまで興奮されると……私まで変な気持ちになってきちゃう……) ペニスの裏筋を滑る足の指先。爪先から土踏まず、そして踵へと。 縦に伸びたペニスに覆い被さる、女性らしい小さな足。 「はぁ……んっ、く……ん……おちんちん熱い……足が火傷しちゃいそう……」 ヘレナさんはペニスを蹂躙しながら、自分の秘所へ緩やかに指を近づけてった。 一瞬、手の甲で覆うようにしてしまうが、すぐに中指一本だけとなる。 割れ目が隠れてしまったもの、ゆっくりと肉の中に沈んでいく。 「はぁ、はぁ……ん……んんっ、うく……くぅん……ん……っ」 「はぁ、ん……ううんっ……ん……や、は……っ、あっ! き、気持ちいい……っ」 あのヘレナさんが、僕のペニスを足でしごきながら、自慰行為を始めたというのか。 ということは、秘肉が纏っている液体は汗のそれでなく、感情が昂ぶって溢れ出した快楽の証――。 「ああん……、あん……ん、凄い……はっ、はぁ……ん……変になりそう……んっ、んんっ」 「あ、う……っ」 秘肉の割れ目をクニクニしながら、膣口をなぞるようにして愛撫する。 性に没頭する彼女の足は、淫らに揺れ動き始める。僕の意志を無視して絶頂へと導こうと言うのか。 変になるではなく、既に変になっていた。二人とも! 「はぁっ、あぁ」 「そ、それ以上は……」 ヘレナさんの指がぬっぷりと膣内に飲み込まれていく。 それに乗じて、粘液が押し出されるように溢れてきた。 柔らかそうに動く肉の感触が目に映り、僕の興奮も高まる。 「い、ぐ……っ!」 ビュプッ、ビュククッ!! 「や……はっ、はぁん!」 秘所いじりに夢中だったヘレナさん。その予期せぬ射精に思わずのけぞってしまう。 精の白濁は爪先からふくらはぎ、太股にまで飛び跳ねていく。 ビュッ、ピュッ、ビュルッ!! 「はぁ、あぁ、ふぁぁ……す、凄い……毎回毎回、こんなに射精して……」 「まったく可愛い顔して、とんでもない絶倫ね……惚れ惚れしちゃうわ……」 足に張り付いた精液を中指ですくい、自分の眼前に近づけた。 ヘレナさんは僕の放った淫臭に鼻をヒクつかせながら、その芳香を楽しんでいる。 「この精子が、本当ならこの奥に……」 そう言うと精液でベタついた中指を、そのまま秘所に潜り込ませていく。 中指の細さですら窮屈そうにしているところをみると、やはりヘレナさんの膣も男を受け入れた事がないのだろう。 「あ、あぁ……ヘレナさん……そんなことしたら……」 「受精しちゃうかも……」 「な、何言ってるの……受精だなんて、あ、あるわけないじゃないっ!」 「挿れて欲しいなら、僕はいつでも……!」 「じょ、冗談はそこまでにするのよ! これ以上はしないって、始めに言ったでしょう」 (も、もし本当に……挿れられたりなんかしたら……私……私……) (あ、あなたの女にされちゃうじゃない……っ!) (それだけは……私の、理事長としての立場が……) 「へ、ヘレナさん……っ」 僕は唯一自由をもらっている足を必死に伸ばして、その指をヘレナさんの秘部へと近づけていく。 「や……はっ! な、何をするの!?」 熱く濡れた感触が指先に充満する。 「挿れられないなら、せめて……!」 「だ、だめ……んっ、んん〜〜っ!」 (う、嘘……! この予想できない動き……自分とは違う体温で触れられただけでも、こんなに違うの……!?) 「はぁ……っ、ああっ、ん……んあ……! 足でされてるのに……っ、ん、くうんっ……」 全神経が自分の爪先に集中する。 柔らかな肉の感触――今まで自分以外は触れたことのない、最もデリケートな場所を、僕の足で触れている。 「はぁん……くっ、ううっ、んはっ! はっ、はぁぁ……や、やめなさいっ。でないと――」 「う、うあ……!」 ヘレナさんも負けじと、僕の射精したてのペニスを弄り始める。 指の段差を滑らすようにしながら足でしごきあげると、柔らかな指の感触を段差ごとに楽しむことができる。 「こっちに集中できないようにしてあげる……ほらっ、はぁっ、はあっ、んっ、んん……っ」 しかもヘレナさんはもう、ペニスで敏感ならところを熟知済みだ。 「またごろごろいってる……あれだけ射精しておいて、まだ精子が残ってるの? それともすぐに作っちゃうのかしら……っ!」 空いてる足の甲で、袋をたぷたぷ揺らしたりまでする……賢い女性は、エッチのことでも考察が早い。 僕達は互いの足を使って一番敏感なところをいじり合う。 異様な光景だが、そのアブノーマルな感じが更に興奮を誘う。 「ん……あっ、やっ! そ、そんな……広げたら……んっ、くっ」 僕は親指と人差し指を秘肉に添えて、目一杯左右に広げた。 「ヘレナさんの膣内……丸見えになってる……!」 「や、やあ……見ちゃだめ……くっ、ううんっ……ふう……そ、そんなことするなら……」 「え……ああっ!」 負けず嫌いのヘレナさん。 僕の先端に指を添えると、亀頭の割れ目を強引に開いてみせる。 「ほら……おちんちんの先、色んなお汁を滲ませて、本当だらしないわね……」 「つ、つあ……ああっ!」 「はぁ……っ、はぁ……っ、足の器用さなら負けないわよ〜〜?」 僕も負けじと、押し広げた割れ目の奥を、指裏で愛撫を始める。 じゅぷじゅぷという粘液の絡みつく濡れた音が響き始めた。 「はぁ……あぁ……んっ、だめ……よ……そ、それ以上したら……はぁっ、はぁ……っ、ううん……」 「ヘレナさんも……気持ちよくなって下さい……っ」 「あぁ、はぁ……生徒にこんな気持ちよくさせられちゃうなんて……わ、私……理事長失格かも……」 「そ、そんなことありませんよっ! 僕の中で、世界一の理事長です……っ」 「あ、あぁ……それじゃあ、あなただけの理事長になっちゃうでしょうよ……?」 「そ、それでも……!」 「それだから……まだまだ子供なのよ……。おちんちんばっかり、大人になってる……」 「だから……あなたが本当の大人になるまで、私は……」 そう言いながら、僕の足を掴み、自慰を再開し始める。 「はぁ……んっ、凄い……気持ちいいのよ……っ。こんなになるの、初めて……体が浮いてきちゃう……」 「う、うう……ヘレナさんの膣内、温かい……」 「あなたのおちんちん焼けちゃうくらいに熱いわ……」 「これが私の膣内に入ったら腰抜かしちゃうくらい気持ちいいかも……♡」 「だったら……!」 「私だってそうしたい、でも……私と比べて、あなたはまだ若すぎるわ……」 「だから、しっかりして……こんなことで惑わされないような、しっかりした男になって……」 「その時は、あなたの全てを受け入れる覚悟で……膣内で射精されても構わないから……」 「はぁ……はぁ……だから、今は……この気持ちよさをしっかり覚えていて……っ、私を奪いに来て……!」 「私の初めてを奪うのは……はあっ、はあっ、あなただけ……なんだから……っ!」 「あ……っ、く……っ」 両足で挟み込まれたペニス。 片側はペニスを優しく支え、もう片方の足で裏筋からカリ首までを丁寧に擦りあげる。 最初の方は覚束ない足取りだったはずなのに。 僕の為を思い、ここまで気持ちよくなる方法を考え出してくれたヘレナさん。 彼女はいつも僕を見ていてくれた。 だから、僕も……いつかは彼女と肩を並べられるくらいになりたい。 そうなった時に僕は、こう言うんだ。 『ヘレナさん。好きです』って。 「はぁ……はぁ……っ、んっ、んんっ! おちんちんがビクビクしてきた……っ」 「ヘレナさん……そろそろ……」 「いいわっ、一緒にっ……はあっ、はぁっ、私も……んっ、んん……っ、もう少し……ううんっ、んんっ」 足を忙しなくさせながら、ヘレナさんの指の動きも加速し始める。 スカートが愛液に濡れ、お尻のところがまるでお漏らしをしたかのようになっている。 僕の足も、足首までヘレナさんの愛液が滴っていた。 「はあっ、あっ、ああんっ、あんっ! ん……っ、ふっ、ふはっ、はあっ、ああっ、はあんっ!」 「は、あ、あんっ、あんあんっ、んっ、んく……っ、はっ、はあっ! あっ、や、はっ!」 「あ……でる……っ!」 「ん……いく……っ!」 ビュクッ、ビュブッ!! 「は……っ、ふあっ!!」 僕は思いの丈をたっぷり込めて、ヘレナさんに浴びせていく。 駆け抜けていく精の衝動は激しく、全身にまで降りかかるほどの勢いへと。 ビュルーッ!! ビュプッ、ビュクビュクッ!! 「ん……っ、は……凄ひ……っ! んっ、んんっ……! くうんっ、んん〜〜っ」 精子が体に付着する度に、ヘレナさんもまた絶頂の長い余韻に震えていた。 僕の濡れた足が、じんわりとまた温かい粘液で上塗りされていく。 「あぁ……ふわぁ……」 互いの足が、欲望の体液にまみれ、熱く火照っていた……。 「はぁ……はぁ……はぁ……ん、んん……ふぅ、ふぅ……っ、ふうう……っはぁ!」 「んくっ……ありがと、あなたの気持ち……伝わったわ♡」 「けど、答えはもう……始めにしたはずよ? ちゃんと、この口を使ってね」 「もう一度、聞きたい……?」 ヘレナさんの顔がゆっくりと近づいてくる。 そして、ふんわりと優しく―― 「ん……ちゅっ、ちゅぷっ」 僕達は、キスをした。 「はぁ……それにしても、こんなになって、ヘレナさんって……凄くエッチですね」 「ほほ〜〜。私をここまでエッチにさせたのは、一体どこの誰なのかしら……?」 「僕、ですよね?」 「あなたじゃないわ。あなたの、お・ち・ん・ち・んっ。えい!」 「あっ、つあっ!」 「くすくす、冗談よ♪」 ペニスを愛おしそうに足裏で撫でながら、ヘレナさんは微笑んだ。 「もっともっと、立派になって……もっともっと、大きくなりなさい」 「私はいつでも、この部屋であなたのことを待ってるわ」 「ナナちゃん、誕生日おめでとー」 「さっちんありがと! アンタがアタシの誕生日を覚えててくれるとは……感激だ」 「それくらい覚えてるよー」 「そう言うナナちゃんこそ、私の誕生日忘れてるんじゃないかなー」 「8月5日だ!」 「あたりだよー。すごすぎるよー。私だって忘れかけたのにー」 「忘れかけてたのかよ!」 「そんなわけでー、私の誕生日には、サンスーシーの特選誕生日ケーキがいいよー」 「人の誕生日に、自分の誕生日のプレゼントを堂々と要求すなっ!」 「今日は七夕!」 「織姫と彦星のロマンス! なんか憧れちゃうな!」 「何さ何さ。アタシが乙女っぽいこと言うとそんなに変かい」 「でもねぇ。年に一回ってのがちょっとね」 「男なら天の川くらい自力で泳ぎ渡れってぇの」 「なに? アンタも一発勇気を出して泳ぎ切る? 無理無理ガラじゃないって」 「い、いきなり何さ? これをアタシに?」 「勇気を出した? いや、待て、よくわからないんだけど」 「な、なんだと思ったら、アタシへの誕生日プレゼントかい!」 「ありがたくもらっとく!」 「あ、あのさ……。お、覚えてる? 実は今日、アタシの誕生日なんだ」 「あ……っ、やっぱり覚えててくれたんだ。あはは……照れ臭いな」 「えっ!? プレゼントも用意してあるの!? わ、悪いよ。そんなの……」 「そ、そこまで言うなら……もらっとく……」 「ありがとね! 一生大事にするから!」 「今日、バレンタイン……え、えっと……試しに、作ってみたんだ。チョコレート」 「ちゃ、ちゃんと冬華さんに聞いたから大丈夫だって!!」 「あ、アタシだって……手作りくらいできるんでい!」 「とゆーわけで。も、もらって、くれる?」 「えへへ…… やった!」 「え、や、やだ……な、なんでわざわざ『二人きり』とか、強調すんのさっ」 「別に……いつも二人きりなのに、クリスマスイヴだからってそんなの……」 「あ、わかった……何かエッチぃこと……しようとしてるんだ」 「ったく。そ、そんな遠回しにしなくたって……したいなら、いつでも言やあいいのに……っ」 「あーーなんでもない! なんでもない!」 「やめやめ! やっぱ出かけよ! パーーっといこう! パーッと! 今日は帰さないぞっ!」 「何を謝っているか……ですって?」 「えっへん! ガイドブックによれば、今日は『おわびの日』なのです」 「こうして会った人に片端からおわびをするのです」 「正式には、雪の日に裸足でするらしいですが、寒いので嫌です」 「え? マイナーな記念日なんですか!」 「なるほど。みんな寒い日に裸足になりたくないんですね。判ります」 「本当なんですよ。ガイドブックに……」 「『おわびの日』は1月25日でした!」 「今日は『スケートの日』です!」 「みなさん。実は隠していましたが」 「なんと! 今日は私の誕生日なのですよ!」 「びっくりしましたか?」 「え。私の誕生日のケーキが用意してあるんですか!」 「これは私の方がびっくりです!」 「今日はクリスマスですね」 「この日を誕生日にしてよかったです」 「誕生日とクリスマスが合同なので通常よりも2倍プレゼントがもらえますから!」 「え? 二日分が一日で済まされてしまう?」 「それは盲点でした!」 「おお〜〜っ、私にプレゼントですか!」 「開けてもいいですか?」 「こ、これはっ!? トントロの貯金箱じゃありませんか!」 「すっごく、うれしいです!」 「さっそく、500円玉を入れます!」 「こっちは、家用に使う事にします!」 「えへへ。これでもし壊れてもバ〜ッチリです!」 「あ、あの……えっと……これ……」 「受け取って下さい!!」 「真心込めて作りましたから!! お願いします!」 「あ、あぁ〜〜! 急いで持ってきたから、ハートが欠けちゃってます!」 「ううぅ……ごめんなさい……」 「え……チョコレートをこうやって……これをこうして……」 「わあ、くっつきました! これで二人のハートもバッチリですね!」 「サンタさん♪ サンタさん♪ だけど、今日来ちゃダメですよ〜♪」 「え? そ、それは決まってるじゃないですかぁ……」 「せっかくのクリスマスイヴ……大好きな人と二人っきりで、過ごしたいじゃないですか……♡」 「えへへ。今日はじいやの許しも出ていますから、お泊まりも平気ですよ」 「ゆっくり楽しく過ごしましょう!」 「夜も更けたら、ドキドキ……」 「なによ突然、呼び出したりして」 「え、これ、私に?」 「べ、別にあなたからプレゼント貰ったって嬉しくないんだから!」 「でも、貰わないとあなたがかわいそうだから貰ってあげるだけなんだから!」 「ありがとうって言ったのだって、礼儀知らずだって言われたくないだけよ!」 「ホントなんだからね! にやにやしないでよ!」 「私に……本当に?」 「これ、私がこの前買えなくて残念に思ってたヤツじゃない……」 「こ、こんな高い買い物しちゃって……もう、無茶するんだから」 「でも、本当にありがとう」 「このお返しは高くつくわよ。覚えてなさい!」 「今日って……何の日か知ってる?」 「大岡越前の日って、違うわよ!」 「そ、そりゃそうかもしれないけど、私が求めてる答えは違うの!」 「ノリ巻きの日とか、ジュディ・オングの日とか、そういうのじゃないの!」 「だから、その、私が言いたいのは――」 「ありがと……」 「もう、私の誕生日だって知ってて、あんなことばっかり言って……」 「意地悪なんだから!」 「でも……そんなあなたが大好きよ」 「無いって言ってるでしょう!? 何を期待しているの!?」 「あなたの為に、わざわざ昨日から仕込んで、しかも朝早く起きてチョコ作るなんて、するわけないでしょう!!」 「あ、あなたには……ふんっ。これくらいのチョコで十分なんだから」 「お、お金を払うなんてもったいないから……手作りよ」 「ちょ……ここで開けないでよっ! だ、だめっっ!!」 「……も、もうっ! ハート型のチョコレートなんて、あからさますぎて恥ずかしいじゃない……」 「はぁぁ……ロマンチックね……恋人と過ごす、クリスマスイヴ」 「あなたと二人きりでいると……寒いのも忘れちゃいそう……」 「……今日は、ありがとうね。お父様とお母様……凄い喜んでくれたわ」 「くすくす……っ、これで家族公認ね」 「本当に……私で、いいの?」 「そ、そんな……私がいいだなんて……嬉しい♡」 「今日はこのまま、一緒に……お願い……」 「今日は私の誕生日だよ」 「今日はエイプリルフールだもん」 「とみせかけて、実は、誕生日なのは本当です」 「違うもん。嘘じゃないもん。誕生日なのは本当だもん」 「ほ、本当なんだもん!」 「うう……信じてもらえない……」 「え? 信じてないのが嘘なの?」 「むうっ、お姉さんをからかうんじゃありません! めっ!」 「今日でリアも一つ大人になったわね。お姉ちゃん感激よ」 「お、お姉ちゃんやめてぇ」 「一年一年。ますます豊かになっていくわね」 「だからって言って、もまないでぇ」 「私が休まずもんでいる甲斐があったというものね。うむ。この手触り極上だわ」 「ひぇぇぇぇん」 「う、うん。今日は私の誕生日だけど……覚えててくれたんだ」 「え……っ、これ。私に?」 「ありがとう! 宝物にするね!」 「だ、だって……君から……もらったものだもの……」 「な、なーんちゃって!」 「ありがとうっ、大好き――ちゅっ!」 「じゃじゃ〜ん。リア先輩特製のバレンタインチョコで〜〜す♪」 「っと、見せかけたチョコもなか!」 「ごめんね……やっぱり、私が作るとどうしても和菓子になっちゃって……」 「けど、味は保証付き! だって、ちゃ〜んと味見したもん!」 「え……食いしん坊だって? そ、そんなことないもん!」 「つーん! そんないじわる言う人には、やっぱりあげませ〜ん。ぷん!」 「メリークリスマス!」 「ほら、寒くならないように……はぁーっ。温かい?」 「嬉しいな……好きな人と過ごせるクリスマスイヴ……素敵な思い出にしたいな」 「え……どんなのかって? そ、それは、その……一緒にお喋りしたり、美味しいもの食べたり……」 「きれいな夜景を見たりして……そ、そして……」 「こ、これ以上のことは……」 「そ、その時になるまでの……お・た・の・し・み♡ えへっ♪」 「なぜ誕生日が来ると祝うのだ」 「人間の生は脆弱で短い。毎年来る誕生日は、死が確実に近づいてくる足音だ」 「死を恐れながら、死が近づくのを喜ぶ……矛盾だ」 「私の誕生日を祝うだと?」 「私の誕生日を祝う?」 「かりそめの日を祝ってどうする?」 「そもそも、私が生まれおちたのは、この日ではない」 「本当の誕生日はいつかだと?」 「調べれば判るのだろうが知らぬ」 「知ってなんの意味があると言うのだ?」 「これを食べろだと?」 「な、なに!? ただなのか!」 「誕生日は下らないが、栄養補給は必要だからな」 「ローソクを吹き消す? 無駄だな」 「まぁ、いい。安価な栄養補給のためには、下らぬ因習にもつきあってやろう」 「ふーーーーーーー」 「やれやれ、ようやくだな」 「ぱく」 「こ、これは!? なんだこのおいしいものは!」 「ぱくぱく。おおっ! ぱくぱく おおおおっ! ぱくぱくぱくぱく!」 「なに!? もうひときれ食べていいのか!?」 「た、単なる栄養補給だからな!」 「今日はバレンタインデー、か」 「好きな相手に想いを伝える為に、チョコレートをプレゼントするそうだな」 「……不要だ。このようなことがなくとも、私は気持ちを伝えることが出来る」 「だ、だが……物事には時と場合、というものがある。朱に交われば赤くならなければならない」 「だから、私が低俗なものに感化されたというわけではないぞ。決して」 「ほら。ヴァンダインゼリー、チョコレート味だ」 「ふふ、ちなみに味は保証しないぞ」 「この日が来る度に思い出すな……リ・クリエのことを」 「皮肉なものだ。リ・クリエがなければ、私はお前と出会うことはなかった」 「お前とこうして、聖夜を過ごすことも……」 「頼む。もっと、側に来て欲しい……少し、寒いのだ」 「あぁ……お前は温かいな……身も心も……」 「出来ることなら、このままずっと時が止まってくれれば、いいのにな……」 「誕生日!? それは美味しいものなの!?」 「おおっ! ケーキだっ! 牛丼もいいがケーキもいいぞ!」 「むしゃむしゃむしゃむしゃ!」 「んん〜〜、美味しい!」 「で、結局、誕生日ってナニナニ?」 「今日は不思議な日だよ! なんだかみんなアタシに食べ物をプレゼントしてくれるんだって!」 「え、くれるの!?」 「もらう! いただきます!」 「美味しい、美味しい、美味しい!」 「そんなにがっつくなって? やだぷー。ガマンなんて大嫌い!」 「誕生日のケーキはもっと味わって欲しい?」 「たんじょうび?」 「あー、そう言えば、きかれたから、今日だってテキトーに答えた気がする!」 「あうーー。だったら、毎日って答えておけばよかった!」 「今日はアタシの誕生日なんだよ!!」 「美味しいものプリーズ!」 「おー、牛丼だ!」 「牛丼サイコー! サイコー牛丼!」 「がつがつむしゃむしゃ」 「さて! 他の人にももらいにいくぞう! ばいばーい!」 「それがしを呼び出して、どういうつもりですか!」 「事と次第によっては、容赦しませんぞ」 「こ、これをそれがしに!」 「ま、まさか! これは誕生日プレゼント!」 「感激いたしました! それがしのような若輩者にまでこんな気配りを……」 「それに引き替え、それがしはまだ未熟! もっと精進せねば!」 「では、それがしは修行で山に籠る故、しばらくさらば!」 「とぅ! たぁ! やぁ!」 「はっ!? そなたいつからそこに!?」 「それがしの稽古姿に見惚れていたですと!?」 「そ、そんな……それがしなど先輩がたにくらぶれば未だ未だ……」 「で、何の用事でござりましょうか」 「ま、まさか! それがしの誕生日プレゼントを届けにわざわざ!?」 「か、感激!」 「家宝とさせていただきまする!」 「今日も遅くまで稽古につきあっていただきありがとうございます」 「それにしても、そなたも物好きな方ですな。なぜそれがしの稽古につきあうのですか」 「な、なんと! 下心がおありとは!」 「じょ、冗談でございますか。それがしそういう機微にうといので余りからかわないでくだされ」 「確かに、今日はそれがしの誕生日ですが……」 「これをそれがしに?」 「ま、まさかそれがしだけということは無いですな? 誰にでも渡されるのですな?」 「と、特別な意味があるとか思ってしまったおのれを恥じまする!」 「え、ええっ。そ、それがしだけに! そ、そんな! まさか、それは!」 「きょ、今日のところはこれにて御免!」 「『ふふふ。坊やなんのようだい』」 「あら! もしかしてアタシに誕生日プレゼント!」 「ふふ。まだまだ私も捨てたもんじゃないわね!」 「『俺に惚れるなよ。火傷するぜ』」 「って、もう遅い? なんてね!」 「あ、別に一つ歳をとったからってため息ついてるわけじゃないのよ?」 「歳をとるってそう悪いものじゃないのよ。若い頃わからなかった事がわかるようになったりするし」 「かっこいい男の子が、かっこよくて渋い中年紳士にジョブチェンジしていくし」 「こうして誕生日プレゼントも貰えるしね」 「悪くない悪くない。うん。悪くないわ」 「でも、レディに歳を訊いちゃだめよ♡」 「理事長ってつかれるわぁ。肩こった」 「意外? 私だって完璧ってわけじゃないのよ? まぁ、何とかそう見せてるけど」 「責任者って大変なのよ」 「肩たたき券? うわ。なんか久しぶりに見たわ」 「私への誕生日プレゼント? お金がないからこれで?」 「ありがとう……嬉しいわ♪」 「じゃあ、さっそくやってもらおうかしら! るんるん♪」 「び、びっくりしましたぁ。あなたが私の前に急に何か差し出すから」 「え、私にプレゼントっ!?」 「は、はぅぅぅ! な、なぜ私にっ!?」 「誕生日だから? 私の誕生日だからくれるんですか!?」 「あの、私、とりあえず今日を誕生日にしたんですけど……なにか特別な日と重なったりしていないでしょうか?」 「私としては、余り目立たない平凡な日だったらいいなと思っているので」 「『いい服の日』!? な、なんですかそれは!?」 「あ、語呂合わせなんですか……なるほど」 「他には何かありませんか?」 「よかった……今日は平凡で目立たない日なんですね。安心しました」 「あ、あの……何か私、あなたに対して悪いことをしたのでしょうか」 「だ、だって、あなたがあんまり怖いお顔をなさっていらっしゃるから。嫌われたりなんかしたら、私……」 「え!? ち、違うのですか!? じゃ、じゃあ、なんでなんでしょう」 「緊張しているんですか。す、すいません。怖いお顔とか言ってしまって」 「え、これ、わ、私に!?」 「も、もしかして誕生日プレゼントですか。は、はぅぅぅっ」 「わ、私も凄くそのき、緊張しちゃってます、ええと、ええと、ええと」 「ああああ、ありがとうございます!」 「う、うれしいです……♡」 「爆発物ではないようですね」 「あなたからプレゼントを頂く理由がありませんが」 「言われてみれば、今日は私の誕生日でございますね」 「日頃、自分の事はあまり考えないものでして」 「いつもより機嫌が良さそうに見えますか……」 「心の内が顔に出てしまうとは、私もまだ未熟でございますね」 「実は、今日、お嬢さまと旦那様と奥様が、私の為に誕生日を祝ってくださると仰っているのです」 「私のような者に、勿体なさすぎるお言葉です」 「あなたも祝ってくださるのですか? しかもプレゼントまで」 「感情が顔に出てしまいました。やはり私はまだまだ未熟でございますね」 「確かに私の好物は焼きビーフンです」 「とはいうものの、こう言っては僭越かもしれませんが、誕生日のプレゼントとして焼きビーフンというのは、どうでしょうか?」 「やや適切さを欠いていると思わざるをえません」 「勿論。今日帰宅後、一人で全部食べさせて頂きます」 「あなたの顔を思い出しながら」 「今日はおけいこの日。いけばなの日」 「邦楽の日。楽器の日。飲み水の日。コックさんの日。ヨーヨーの日」 「カエルの日。補聴器の日。恐怖の日。ほんわかの日。家族だんらんの日」 「あと兄の日でもあったはずです」 「ちなみに弟の日は3月6日。妹の日は9月6日。姉の日は12月6日です」 「各記念日の由来もお教えしましょうか?」 「そういえば私の誕生日でもありました。すっかり失念しておりました」 「これを私に? 理由もなくこのような物を貰うわけには」 「ああ、そうでした。今日は私の誕生日でした」 「え。喜んでいますよ。そう見えませんか?」 「すいません。どうもこういう物を貰うのに慣れていないので」 「ですから、うれしいですよ」 「そんなに不安げな顔をしないでください。本当にうれしいですから」 「このプレゼントの山ですか?」 「ああ、ヘレナに貰ったんです」 「人が歳をとるのがそんなに嬉しいのでしょうか……謎です」 「迷惑? いえ。そういうわけでは……」 「でも、これだけ多いと……仕舞う場所にも悩みます」 「ただでさえ通販の紛い物が……はぁぁ……」 「ところで。先ほどから気になっているのですが、背中に何を隠しているのですか?」 「それは、もしかして……」 「いいえ、迷惑なんかではありませんよ。あなたがくれるプレゼントなら」 「とっても、うれしいです」 「大ニュースだよー」 「私もさっき知ったばかりなんだよー」 「なんとねー、今日は私の誕生日なんだってー」 「あれれー、驚かないのー?」 「なんだー、知ってたんだー。私でも知らなかった事を知ってるなんてすごいよー」 「え? このスイーツ食べていいのー?」 「わー、遠慮なく食べちゃうよー。いただきまーす」 「ほよー? ロウソクがささってるー」 「えー、ロウソクを消さなくちゃだめなの-? 私、肺活量ないのにー」 「いじめー?」 「違うのー? じゃあ、なにー?」 「もしかしてー、私の誕生日だからー?」 「えへへー。うれしいなー」 「はっぴばーすでぃとぅみー。えへへー。今日は私の誕生日なんだよー」 「私も、今、思いだしたんだよー」 「え、ケーキがあるのー? これー? うわー、私のためにありがとー!」 「これで私は1000年は戦えるよー。でも、戦わないけどー」 「むしゃむしゃむしゃむしゃ」 「ごちそうさまー!」 「さぁて、家に帰ったら、パパとママが買ってくれた誕生日ケーキが待ってるよー!」 「一緒に来るー? えへへー」 「しょんぼりだよー」 「ナナちゃんとスイーツ食べすぎちゃってー、誕生日のケーキが食べられないよー」 「そうかー! ここでスーパーポジティブシンキングだよー」 「甘いものは別腹だけどー、誕生日のケーキにも別腹があるんだよー」 「これからは、この理論で私がんばるー」 「今日はなんの日ぃか知ってはります?」 「いちごの日ぃと、お菓子の日ぃやそうどすえ」 「中華の日ぃと、いい碁の日ぃでもおます」 「他に……アダルトの日ぃ、半襟の日ぃでもあらはるそうやわ」 「ちなみにアダルト繋がりで、ポルノの日ぃは6月9日やそうどす」 「あと、つまらんもんどすが、うちの誕生日でもありますえ」 「つまらん事ない? それは、おおきに」 「うちにプレゼント?」 「なんやろ? 和菓子どすか?」 「こら愛らしいかんざしやね」 「うちな、こんまい頃から誕生日のたんびに、プレゼントぎょうさん貰ぅとりましてな、悪い意味で慣れてしもとんどす」 「せやけど、もの貰ぅて、こないにうれしいんは初めてやわ」 「おおきにな」 「いやな、またいっこ歳をとってもぉた、思てね」 「こないして、気ぃ付いたら、人生のたそがれになってもぉとんやろね」 「せつないわ」 「別に、あんたはんを責めとるわけやありまへんえ」 「あんたはんから貰たプレゼント、えろう嬉しかったさかい」 「そやし、ほんまの事言うたらな、歳とるんも悪ないて、思たわ」 ティンクル☆くるせいだーす 「これまたすごいトコまで飛んで来たもんだ」 「このザクロ……いえパイナップルをどうぞ。周辺市民の安全を考慮すれば、生徒会長の君が持つべき代物です」 「咲良クンは会長なんだから、陣頭指揮くらいしなさいよ!」 「おいお前、冗談を言え」 「んもー、だったらどうして逃げるの、シン君!」 「シン、ドアの前に立ってちゃ邪魔だよ。どいて」 「こういう時、会長さんはすぐ照れ隠しをされるのだと、ロロットから伺っています」 「けれども、あなた達であれば、アゼルさんの居場所を簡単に突き止められる」 「シン君……もしかして生徒会の仕事を家にまで持ち込んでいて睡眠時間が足りてないとかじゃないよね? 無理しちゃ駄目だゾ」 「今は仲良しだからいいのー」 「そういうことやねん。さ、残りのお菓子もよろしゅうおあがりやす」 「わ、悪いか。食べる為に出されるのだし、私だってお前達の仲――」 「これに懲りたら、二度と我が小狐丸の前に立ち塞がろうなどと思わぬ事です!」 「じいや! え、はい」 「そちらにもいるみたいです!」 その声に応じて、広場を包囲していた魔族達のうち10匹ほどが、パスタと親衛隊の周りに集まり、彼らを支えながら退却しようとする。 「自然だ。お前達は自然ではない。自然に生徒会活動しろ。作為では撮る気にならない」 「催しものをいくつか講堂外へ出せば、講堂を使う時間的な余裕も出てくるから、演劇部とか軽音部とかも参加しやすくなるね」 「アタシらに恐れをなしたんだよ」 「な、なぜお前が知っている!」 「アゼルちゃん、お金どれくらい持ってるのかな?」 「何を今更。一番最初に世界を救ってって言われた時から、ぶっつけ本番出たとこ勝負だったじゃん」 「で、今回のミッションはちょっと難度が高いってだけでしょ」 「お嬢さま申し訳ございません。私は一足先に変態でございます」 メリロットさんは一つ咳払いをすると。 「けど、まあこのまま追い返すのも可哀想だし……」 「流星町にショコラを開店できたのも、カテリナ様のおかげだと伺っていたものですから……」 「よーし、まとめの続きでもしよっか」 「魔王と天使がこうして出会った。それはただの偶然なのかもしれない」 「気づかれないようにと思いまして」 「怖くはないよ。なんて言うのかな、いつか、彩錦ちゃんは私に言ってくれるだろう、って思ってるんだよ」 「今更だゾ。ちゃんと見てあげなくちゃ駄目なんだから」 「何びびってんのよ!」 「つまりだ。お前らは霊術を、肉体を動かすことの延長で捉えてるんだよ。肉体で霊術を制御しようとしている」 「私の勝手です。そもそも私は飲みなんてしてなかったのに、あなたが無理矢理……」 「最強なんていうのは所詮比較級だぜ。だからいつ抜かされやしないかと、心配になる。力があること自体が心配のタネになるんだぜ」 「ここのは初めて食べたけど美味しい」 僕も追いついて、ごくごく飲み干す。 「あんじょー、撮ったってなぁ」 「先輩、一時の夢でも見させてあげてくださいよ」 今、お前たちってアゼル言ったよな。 「何かとは失礼な! アタシだって勉強しに来たんだい!」 「よ、喜んでくれてありがとう……今度はアルバム貸すわ」 「ああ、オデーレクさんのことだよ。外国の人は名前が妙ちきりんで覚えにくいからね」 「ひえっ!? 巫女さんは計算外でした!」 「アタシはシンのお母さんになりたいんじゃないやいっ」 「驚く事はないでしょう? リ・クリエを妨害しそうな要素はどんな些細なものでも潰しておかなければね」 「お初にお目にかかる。咲良シン。そして、伝説の魔王よ」 どうして僕はナナカを女の子として好きにならなかったんだろう。 「何を言ってるんですか。悪の親玉なんですから不思議ありません」 そのうえ、リ・クリエの力をその身に宿し、世界を滅ぼそうとしている。 アゼルは、冷たい雨の中、暖を探す迷子のように、顔を胸におしつけて僕にしがみついていた。 僕は先に立つと、アゼルに手を差しのべた。 「主は残酷の度を加えて行くばかりの争いをお悲しみになり、世界を天界と魔界の二つに分けて、その境界として人間界をお創りになった」