神奈川県南部、国道134号の横切る七里-稲村地区。 ――――日本の夏の中心、湘南。 2012年 6月初旬。 ――――夏のはじまり。 午前零時過ぎ。 ――よからぬ若者の騒ぎ出す時頃。 「いぃぃ〜〜〜〜ヤッホーーーーーーーーぅ!」 「来たぜ湘南ンンンーーーーーーーーーー!!」 「ヒャハハハハハ! ひかれてーのか道をあけろぉ!」 「うわっ! 危ないな」 「また悪そうなのが集まってきた……。これだから湘南は」 「ここが走り屋の聖地、湘南海岸かぁ〜」 「海でけーーーーーー!」 「ヒュー!さすがショーナン、イイ女もいっぱいじゃない」 「キャああ! 何すんだよ!」 「うへへ、こんな時間に出歩いてっからだよ」 「俺らみたいのがいっぱいいるんだぜェ」 「肉まん肉まん♪」 「うおっ、すげーいい女」 「ヒャッハーー!」 「うわっ」 ――ぼたっ。 「あ……」 「ヒャハハハ! ボーっと歩いてると危ないぜェ」 「にしてもよぉ、湘南で名をあげるってどうすりゃいいんだ?」 「調子こいてるのを片っ端からブチのめしゃいいのさ。なにせここはショーナンなんだから」 「いまでも100のチームがひしめくという、ヤンキーの町湘南!」 「ここで名をあげりゃ、俺たち『ハリケーン』も一気に全国区だぜ!」 「あの柏さんも手ぇ貸してくれるんだ。あたしらに敵はないよ」 「おっしゃー行くぜ!」 「湘南をぶっつぶせーーーーーー!」 「「「オォォーーーーーーーーーーー!」」」 「はいストップ」 「だわっ!?」 「ふーん、粋のいいのがいるって聞いて来れば」 「ひのふの……9人、まあまあだ」 「あんだァこのガキ?」 「ッ……」 「湘南の夏が平穏に過ぎたことはない――」 「アンタらみたいな資材を得るには最高の季節ってとこね」 「歓迎するわ。ようこそ私の湘南へ」 「なんだ……この数」 「10や20じゃない……」 「今日は運がイイ。いま江乃死魔は98人、これでついに3桁に乗る」 「え、江乃死魔……?」 「テメーら一体……」 「私を知らないの?」 「見ない顔だと思ったら、時代遅れの田舎者か」 「ああ!?」 「まあいいわ」 「この片瀬恋奈様に土下座できる知能があれば、猿でもちゃぁんと部下に加えてあげるから」 「う……」 「こ、こいてんじゃねーぞドチビが!」 「ちょっと人数集めたくらいで、このハリケーンがビビると思ったかァ!?」 「威勢のいいこと」 「OK、どーしてもっていうなら、まずは教育をかねて」 ――ドゴォォオオオオオオオオオオンッッ!! 「ぐぼぇ……っ」 ――ぼちゃーんっ。 「あれ」 「……」 「あ……」 「『皆殺し』……チッ、厄介なのが」 「私の至福のひと時を邪魔したのは誰だ」 「な、なんだいこの女」 「蹴り一発で10メートルぐらい飛んだぞ」 「勧誘は中止。全員下がるわよ」 「え? え?」 「……」 「次に私が『腹減った』って思う前に新しい肉まんを買って来い」 「出来なきゃ皆殺しだ」 「え――」 「時間切れ」 「「「ウギャアアアアアアア!!!」」」 ・・・・・ 「あーあ、せっかく100人目が入りそうだったのに」 「まーまー、こんな夜もあるシ」 「ひーっ、ひーっ……。バケモンだ」 「おっ、1人逃げきれたんかい」 「な、なんだあの女……。9人で20を相手したこともあるあたしらハリケーンがたった1人に……」 「シシシシシッ。たった20を凌げた程度でいまの湘南に挑もうとかバカ丸出しだシ♪」 「はっはっは! 度胸だけは気に入ったっての!」 「ああ!?」 「いまの湘南に挑むには、20程度じゃたりないわよ」 「ましてやこの片瀬恋奈様と、98の軍勢を誇る江乃死魔に挑むにはね」 「そしてアンタで99人。さあみんな、新入りをたっぷりもてなしてやりな」 「ぐ……っ、や、やめろっ。あたしに触れたらタダじゃおかねーぞ」 「こっちにゃあの柏さんがついてんだ!千葉最強のケンカ屋だぞ、もう30はコロしてんだ!」 「は?」 「柏さんさえ来れば、お前らもあの女もみんなまとめて――!」 「30人ねぇ……大したモンだわ。部下に欲しいな」 「でもそれでも足りないわ。湘南にくるなら」 「100は相手にできないと」 「……」 「……ぅ」 「風が気持ちいい」 「サマーシーズン到来だな」 「がはッ……」 「雑魚が」 「クミ、始末任せた」 「はい愛さん」 「ウソだ……こんな」 「俺は、俺は千葉最強の……。これまで30人はつぶして……」 「30……たった30ねえ」 「なに……」 「いまの湘南に挑むなら」 「1000人潰して出直してこい」 2012年 6月初旬。 よからぬ若者の集う町――、 ――湘南の夏が始まる。 「おはようございます」 「おはよう大ちゃん」 「おーう。今日も元気だなヒロ坊」 「おはよう。行ってらっしゃい」 「行ってきます」 ご近所さんに挨拶しながら学園へ。 「長谷さんちの大ちゃんは、いつもいい子ねぇ」 「若い子には珍しいわ。ちゃんと挨拶ができて」 「気持ちのいい子だぁな」 今日も暑くなりそうだ。 だからこそ元気よくいかないとな。 ごみごみした住宅地をぬけ海沿いに出ると、涼しい風が届く。 この辺りは夏暑いけど、海からの風に恵まれてるのがいい。 日の高くない今くらいなら、涼めそうなくらい。 と……噂をすれば。 「おはようございます」 「……」 返事なし。 いつも堤防に寝ころがってぼんやりしてる人。 近くの七里学園の制服を着てること以外はなにも知らないが、顔は覚えた。 いまだにあいさつが成立したことはないけど。 まあいいや。学園に行こう。 ――ん? 地面に大量のゴミが。 肉まんの底に敷いてある紙だな。なんでこんなにたくさん。 彼女が食べたんだろうか? そろそろコンビニから消える時期だ。気持ちはわかる。 「これ、片付けますね」 「……」 返事はなかったけど、ささっと集めてポケットにしまった。 そのまま行こうとする。 「サンキュ」 へ? 「……」 「……」 「どういたしまして」 朝からちょっといい気分だ。 こんな日は、まだいいことがありそうだな。 「長谷大(はせひろし)。稲村学園2年1組所属、A型、おとめ座。趣味は家事手伝い」 「学績、十人並み。運動、十人並み。特徴は……あえていうなら誰にでも礼儀正しい」 いやー、暑い。 「時おり親友である僕をシカトすることがある。理由は不明」 「いきなり人のプロフィールを呟きながら寄ってくる人がいたら、普通無視するだろ」 「おはようヴァン」 「おはようひろ」 「で、朝から何?」 「考えれば考えるほど、ひろのプロフィールは十人並みだと思ってね」 「そしてそんな君がこの成績1位であるこの僕、坂東太郎の親友をしているんだから、不思議なものさ」 「俺がいないとヴァンは友達が0になるからね」 「ふ、フン。僕ぐらいの人間なら友などいなくてもやっていける」 「十人並みな友人なんて欲しいとも思わないし。そもそも――」 「あ、ごめんヴァン。ちょっと待って」 「おはようございまーす」 「ガハハハ! ようアンちゃん」 「今日はいい天気ねぇ」 「暑くなりそうだわ」 「……長谷大。特技、卓越されたスルースキル、か」 「おはようございます」 「おはよう委員長」 「今日も実に委員長しているな、委員長」 「えっと……馬鹿にされてる?」 「馬鹿になどするものか」 「その卓越された委員長オーラ。卓越された優等生っぽさ。卓越されたメガネ」 「委員長の委員長っぷりは、そこらの十人並みな委員長にはないものだ。尊敬しているよ」 「じゃあありがとう」 「ヴァンの相手をするときは、軽く酔ってる人をイメージするといいよ」 「そうですね」 学園まで一緒する。 道がちょい細いので、並んでおしゃべりしながら……とはいかないけど。 こちらヴァン。 こと、坂東太郎。幼なじみ。 イケメンで成績は学年1位で運動神経抜群。 でも性格が変だから友達が少ない。 いいやつだけどね。 こちら委員長。 こと、北条歩さん。クラスの委員長。 クラスメイトだし、こうして登校時間がよく重なるんで仲が良い気がする。 彼女はクラスの全員と仲が良いけど。 友達に囲まれ、ご近所さんとあいさつしつつ、海沿いを行く。 国道134号線をまっすぐ行って、江ノ電ラインをまたぎ、坂を上れば到着だ。 稲村学園。 海を望む丘に居をかまえ、潮風でところどころオンボロな、我が愛しの学び舎である。 季節が夏へ変わりゆく今日この頃――。 俺、長谷大は、とくにどうということもない日常を送っていた。 ヴァンの言葉を借りるなら、十人並みな人生を。 もうちょっと何かが起こればとも思うけど、 いかんせんこの学園では、『何かが起きる』ことはマイナスになる確率が高いからなぁ。 校門を抜ける。 「――今日もか」 そこに並ぶ人間を見て、ヴァンがやれやれって感じに肩をすくめた。 ヴァンならその程度だけど、委員長にいたっては口数が減ってる。 「テメェら、愛さんに怒られっから、通行の邪魔すんなよ」 「「「うっす!」」」 校門の前には、特殊な人たちが集合していた。 そりこみ、ボンタン、リーゼント。個性は人それぞれだが、共通している点としては、 いわゆる『不良』な人たちが。ごろごろと。 何をしてくるってわけでもないけど、通るとき少なからず緊張する。 「迷惑なやつらだ」 「まあまあ」 「いるだけで朝の空気が悪くなる」 「ヴァンは相変わらず不良っぽい人が嫌いだね」 「不良――だぞ、好きな人間などいるものか」 「まあね」 俺も嫌うほどじゃないが、好きではない。 良からぬ若者の聖地、湘南――。 なんて異名は十数年前のものらしいけど、いまでもああいう気合い入った人たちは自然と集まってくる。 ここ稲村学園はとくに引力が強く、『湘南最凶校』なんて異名があるそうな。 こんな危険な学園で、何かが起きるのは避けたい。 平凡が一番だよ。 もっとも……。 「ひろは災難だな。3会の準備、あんなことになって」 「はは」 ……俺とああいう人たちを結ぶ『何か』は、すでに起きたあとなのだが。 「土曜の会議もサボったんだろう。これだから不良は」 「辻堂さん……やっぱり準備なんてイヤですよね」 「ある意味、ひろが目をつけられなかったと見れば僥倖だが」 「大変だったら言ってくださいね。お手伝いしますから」 「ありがと委員長」 「でも大丈夫だよ。準備自体はたいしたことないんだから」 『3会』 正しくは『開海会』 この町が毎年行う、海開きのための催しだ。 大した行事はしないんだけど、準備係には伝統的に、地元の学園から何人か借り出されることになってる。 地域との交流ってヤツ。 で、それが今年はうちにまわってきた。 係はクジで選出され、うちのクラスからは俺。 当たった以上は仕方ない。難しい仕事もないことだし、精一杯こなしてる。 ただもう1人選ばれた女子の方はサボってた。 ――辻堂さん。 彼女もいわゆる『不良』だからな。 まあ準備は楽だから困ってないけど。ヴァンや委員長から見ると気になるらしい。 「ひろは優しすぎてたびたび悪人につけ込まれる。親友としても心配だ」 「悪人は言いすぎだと思う」 「先生に言って女子の当番を変えてもらったらどうだ」 「教師にコネがあることだし」 「まあね。でも……」 「さっきからなにを話しこんでるの」 っと、 『コネのある先生』が出てきた。 「おはようございます先生」 「おはようございます」 「はいおはよう。早く教室に行きなさい」 いかにも生徒受けしそうな素敵な笑顔の先生。 3人従って教室へ向かうことに。 ……あ。 「そうだ。姉ちゃん」 「んー?」 ミスッた。 姉ちゃ……先生はコホンと咳払いをひとつ。 「ダメでしょう長谷君。学園では先生と呼びなさい」 「はい、長谷先生」 長谷冴子先生。 コネがあるどころか、一緒に住んでる、姉である。 「今日3会の会議があるから帰り遅くなる」 「そう。私も遅いかも」 ふぅ。 校内で家族と会うって、変な気分だ。 苦笑してるヴァンたちと合流して教室へ。 「はよーう」 「おっすヒロシ」 クラスメイトと適当にあいさつ。 「な、な、長谷君。今晩空いてない?由比浜の子と合コンするんだけど、人数足りないんだ」 「誘いは嬉しいけど、そういうのってなに話したらいいかわからない」 「ヒロシって合コンだと、あいづち担当、皿に料理をとりわける担当って感じ」 「あー。そうかも」 「そういうヤツって案外イイのを持ってくんだよな」 「ま、気が向いたら連絡くれタイ」 「うん」 夏が近いせいか、クラス中がテンション高めだった。 「よもやまの歌に聞くところ――湘南の夏は恋の季節」 「ひろの夏は遠そうだな」 「ヴァンは目をまっすぐに見て失礼なこと言うよね」 「合コン、出ればいいじゃないか」 「だから今日は3会の会議があるんだって」 「ヴァンが出たら? 人数空いてるそうだし」 「凡俗な集いに興味はない」 「タロウが来るとメチャクチャにされそうで嫌だわ」 「その言い方は心外だぞ」 「前に誘ったとき現に無茶苦茶にしたじゃん」 「坂東君は女嫌いタイ」 「なにを言っている。僕だって年齢相応に女性が好きだ」 「もっとも十人並みの女には興味がないがな。僕とつりあう、卓越した女性でないと」 「ほら、合コンには一番ダメなタイプだ」 確かに。 「フン、なんとでも言え。お前たち十人並みな連中は、せいぜい十人並みな女と付き合えばいい」 「ちょっとカチンとくるタイ」 「そう言うならせめて協力しろよ。黙って座っててくれれば最高の寄せ餌なんだから」 「そうだぜ。前に呼んだときなんか頭が悪そうだなんだ言って相手キレさせやがって」 「?ああ、あの軽そうなギャルたちか」 「あれはダメだ。人の話を聞かないしすぐキレる。知性が並み以下だ」 「あんな女を捕まえてもお前たちとはつりあわん」 「お前たちはもっと上の女性を狙うべきだ」(まっすぐな目) 「う……」 「わ、わかったってば」(ドギマギ) 合コンの話がしたいんだろう、向こうに行く3人。 「……俺、タロウはなんかダメだわ」 「悪いやつじゃないんだけどな」 「ちょっと距離が欲しいタイ」 「対等でいられるのはヒロシだけだろうな」 アクの強い友人だけど、嫌われてないようで何より。 「まあ合コンはともかくとして」 「そろそろひろも、恋の季節を迎えてみてはどうだ」 「恋の季節……ねえ」 「それとも?姉のせいで他に興味がわかないか」 「それはない」 「あんな美人の姉がいるんだから、ひろはシスコンのはずともっぱらの噂だぞ」 「噂は噂だろ」 姉ちゃんが美人なのは確かだけど、アレは姉ちゃんであって女ではない。 色恋に消極的な理由はもっと単純だ。 俺の根本的な性格が原因。 「興味がないわけじゃない。フツーに思ってるよ」 可愛い彼女の1人も出来れば――って。 「全員整列!」 ン……。 窓から見てたグラウンドに緊張が走った。 同時に、校門前のこわもて集団が整列していく。 「? どうした」 「……ああ、彼女か」 「辻堂愛」 本来規則を守れないからなるはずの不良たちが、不可思議なくらい規律正しく整列していた。 全員が彼女を迎えようと、ビシッと背筋を伸ばして。 「おはようございます愛さん!」 「「「おはようございます!」」」 一斉に頭を下げる。 「……」 向けられた彼女はリアクションしないけど。 「おザっす!今日も辻堂軍団、全員そろってます!」 「はよ。……その辻堂軍団てのやめろ。恥ずかしい」 「昨日はお疲れさまでした」 「眠い。あんな雑魚相手に私を呼ぶなよ」 「す、すいません」 「……」 「愛さん?」 「殴られたとこ、腫れてはないみてーだな」 「あ……は、はい!」 「いつもながら派手な連中だ」 不良嫌いなヴァンがやれやれって顔だった。 俺としては壮観に思う。よくあれだけの集団をまとめられるもんだ。 辻堂愛。 すでに最凶校稲村の、全体を掌握してるらしい。ヤンキーグループ『辻堂軍団』のリーダー。 湘南全体でも指折りの、泣く子も黙る総番長。 「怯える生徒も多いし、いい加減にして欲しい」 「でもアレのおかげで、校門前に来るキャッチとか宗教勧誘が消えたぞ」 「まあ……それはあるが」 「長く居座るわけじゃないし」 「クミ、通行の邪魔」 「あ、はいっ。おーい解散解散」 話してた子がぱんぱんと手を叩いて、門に陣取る連中は散り散りに。 常識的ではあるんだよな、辻堂さん。 不良は不良でも、『たちの悪いヤンキー』ではない。 硬派というべきか。無意味な暴力とかカツアゲはしないタイプ。 怖いけど。 「あン?」 「っ……」 じーっと見てたら気付かれた。グラウンドからこっちを見上げてくる。 「おっと因縁をつけられてはたまらん」 ヴァンがさっ、と目をそらす。 俺はこんにちは、と軽く手をあげた。 「ひろ、ヤンキーにまで挨拶しなくても」 「でもクラスメイトじゃん」 このクラスの子だ。 あ、コンタクト失敗。 あっちは俺の顔、覚えてないっぽい。 「ひろの度胸には敬服するよ」 「そうかな」 「……まさかああいうのがタイプなのか?」 「そんなことは」 「美人だとは思うけど」 「まあ顔だけならばうちの学園でも一番だ。遠くから眺めている分にはいい」 ちょっと失礼な言い方だった。 けど同感。遠くならいいけど、近くで見るのは正直怖い。 「3会の準備、彼女がサボるのはラッキーだったかもな」 「かもね」 これまた同感。 開海会の準備係に選ばれた俺のペア。 彼女なのだ。 泣く子も黙る番長がお楽しみ会の準備係。そりゃサボるわな。 俺にツケが回るわけだが、いいさ。一緒に仕事するのは怖い。 鐘が鳴る寸前に、辻堂さんは教室に入ってきた。 室内に緊張が走る。 彼女は気にせず自分の席へ。 それで緊張も解けた。 近くで見ると怖い、ってのは俺だけじゃないようだ。 ・・・・・ 「以上のことから、f(x)は正の数だと求められます。2ページ前にあるとおりAのグラフのy軸はこのf(x)に相当するので――」 いつも思うんだが数学の授業って、ちっとも数字を使わないよな。 女神の笑みを浮かべ授業を進める長谷先生。 内容がちっとも頭に入らないのは、難しすぎるからか、あれが自分の姉ちゃんだからか。 「ここはテストに出るから覚えておくようにね」 「はい、今日の授業はここまで。質問をうけつけるわ」 「先生、お願いします」 「はいはい」 5分前には授業を終えて、あとは自習の時間を作る。 長谷先生は、美人で優しくて授業も上手いと、生徒からも教師間でも人気が高かった。 弟としてはくすぐったいけど、悪い気分じゃない。 「……」 あ、目が合った。 ぼーっとしてた顔を見られた。 「しょうがないわね、長谷君は」 笑う姉ちゃん。 マズいな。家で何か言われるかも。 そうこうしてるうちにチャイムが鳴った。 これにて午前中の授業は終了。 お待ちかねの昼食タイムである。 「もふもふ」 「ごちそうさま」 「いつもながら早」 「カロリー×イトはいい。早い、うまい、栄養満点」 ヴァンはいつも早いので。 仕方ないので適当に一緒できる子をさがす。 「ヒロシの弁当、いつも美味そうだよな」 「そうかな」 「たまご焼きにカラアゲに……。普通といえば普通だけど、家庭的なメニュータイ」 「あれ? でも長谷君って、いま長谷先生と2人暮らしじゃなかった」 「うん」 「まさかその弁当、長谷先生のお手製なんてワクワクアイテムじゃ――」 「ははは」 それならどんなに良かったか。 「残念。近所の惣菜屋のをうつしただけ」 「なんだ」 「残念なような、ほっとしたような」 駄弁りながら食っていく。 「購買のパンってさ、なんで甘いのは残るんだろ」 「甘いからじゃない?」 「甘党としちゃ焦らなくていいから助かるけど、買うときちっと恥ずかしいぜ」 「辛党になればいいタイ。明太子いるタイ?」 「いらん」 「カラアゲと換えて」 「はいよタイ」 (もそもそ) 「お前なんでいつも隠して食うの?」 「いいじゃん別に」(もそもそ) 「辛子レンコンいるタイ?」 「いらん」 「レンコンなら……ポテトサラダだな」 「んー、レートが低いタイ」 なんのことはない昼食の風景だ。 「……」 「どしたんヒロシ?」 「いや、なーんかさ」 「物足りないって顔だぜ」 「イカソーメンいるタイ?」 物足りない……か。 不満があるわけじゃない。 ただあえて言うなら、 「お弁当は彼女と食べたいなーと」 「言うなよ」 「落ち込むだけって知ってるだろ」 「イカソーメンがまずくなるタイ」 「ごめんごめん」 苦笑する。 分かってたけどさ。言っても意味ないことなんて。 「お茶買ってくるよ」 弁当をあけて席を立った。 自販機自販機……。 購買の前にもあるが、この時間は混んでるだろう。別の自販機へ向かった。 人気のない校舎の裏手には部室棟が並んでる。 そこにも1台、自販機があるのだ。小銭を出しつつ近づいていき、 「ぁンだよ100円玉ねーじゃん」 「ここ、札は認識しませんからね」 「どーします? 愛はんの頼まれごとやのに」 ……げ。 忘れてた。人気がないってことは、それだけ危険てことだ。 「ん?」 「おーおー、いいところに」 回れ右しようと思ったが、時すでに遅くヤンキーの子と目が合ってしまった。 連れてた2人もあわせてこっちへやってくる。 3人に囲まれてしまった。 「悪ぃな。ビンボーなオレらのために募金してくれるなんて」 「え……」 「くれんだろ?」 ニヤニヤ笑う3人。 ああ……不良校と名高い稲村学園に入学して1年と2か月。 ついに絡まれる日が来てしまった。 「100円でいいんだよ? な?買えねーとオレらも困るからさ」 「あ、誤解すんなよ。これカツアゲとかじゃねーから」 「せやせや。助け合い。ほんのちょーっと、同じ稲学生としての優しさーゆうんを見せて欲しいだけで」 「ま、イヤだっつーなら痛い目みるけどね」 ケラケラと笑う。 100%カツアゲじゃないか。 「ほらぁ、さっき100円出してただろ」 中心らしい子にぐいっと胸倉をつかまれた。 「それを渡してくれればいいってだけ」 「……」 100円で済むなら安いものだ。 痛い目見るのもバカらしいけど……。 「……ど、どうぞ」 たかが100円。痛い思いするよりマシだ。 「おっし、愛さんを待たせずにすむぜ」 「行きましょう」 「ああ」 もう俺には目も向けずに行ってしまう。 俺は、まさにサイフだ。金さえとりだせばもう用はない。 「……」 従ったのが俺とはいえ、この理不尽。 恐怖で穴があいたようになっている胸に、急速に安堵と、不快感とが積もってくる。 不良に絡まれるってこういうことか……。 「……」 きっぱり『嫌だ』とは言えなかったけど、でも無言で答えた。 「あ?」 気色ばむヤンキー娘。 怒るなら怒れ。俺は渡さない。 理由もなくものを取られるなんて真っ平だった。 「……」 「よこせっつってんだろ」 「いてっ!」 ――チャリン。 胸をつかんだ手が喉笛を押してきた。 びっくりした拍子に手から小銭を落とす。すぐさま他のヤンキーが拾った。 「なんだくれるんじゃねーか。なら最初からそう言えよな」 用はすんだとばかり、へらへら笑って離れる3人。 喉が痛くて取り戻すだけの気力はわかない。 くそ……。 「クミ、まだ代金渡して……ん?」 「あ……」 辻堂さん。 「愛さん」 稲村学園の番長さん。当然こいつらにとっては頭に当たるらしい。3人が一斉に背筋を伸ばした。 「すいません遅れちゃって。いま買うとこで――」 「……」 辻堂さんは礼儀正しくする3人より、俺の顔色を見ると。 「……クミ。コイツになにした」 「え……あ、えっと」 「……」 「……テメェまさか、アタシの言った用事を人様から巻き上げた金で済まそうってんじゃないよな」 「はいっ!? えと、あのっ」 「……ハァ。一般には絡むなって何度言ったら分かる」 「もういいよ自分で買うから」 「恥ずかしいことしてねーで、さっさと返してこい」 「はっ、はい! すいません!」 さっきの子はあわててこっちに駆け寄ってきた。 「さ、最初から借りただけだからな」 ぶつぶつ言いながら100円玉を返される。 えっと。 あ、もういない。 お礼を言いたかったのに、辻堂さんはいなかった。 ・・・・・ なんかフワフワした感じで教室に戻る。 「ひろ?」 図書館で勉強してたらしい。ヴァンと会った。 冷や汗に気づかれたので、さっきのことをかいつまんで話す。 「やはり不良はろくなものじゃないな」 「だよね」 そこは一番思う。 けど、 「みんな辻堂みたいなら多少はマシなのだが」 「うん」 そうも思う。 「辻堂さんは……なんていうか、硬派だよね」 「ああ。無益に他者を脅したりはしないからな」 不良嫌いのヴァンでさえ認めざるを得ない模様。 「とはいえヤンキーはヤンキー。危険には変わりないが」 「そうかな」 「いつもは大人しいが、まちがいなくうちの学園で一番の危険人物だぞ」 「稲村の狂犬、辻堂愛」 「最凶校稲村に集まったヤンキー軍団を、たった1人。小細工なしのケンカだけで制覇した化け物だ」 「ついた二つ名が『喧嘩狼の愛』。ケンカだけなら湘南の何者も敵わないとまで言われる」 「うん……」 聞いたことある。 不良に興味ない俺でさえ噂を聞くくらいだ。よっぽどすごいんだろう、彼女。 「3会で縁があるとはいえ、なるべく近づくなよ」 「ひろは発想が人類みな兄弟だから、トラの巣穴にも笑って入っていこうとする。親友としても心配だ」 「そこまで平和な頭はしてないけど」 「まあそれがひろの良いところなのだが」 辻堂さん、か。 近づくなと言われれば、首を縦に振るしかない。あの人が怖いのはまちがいない。 でも……。 ・・・・・ 放課後。 本日の授業は終了。いつもなら帰るところだが――、 荷物は置いたまま、筆記具だけ持って席を立つ。 「長谷君、いまから3会の?」 「うん、会議」 「えっと……」 きょろきょろと室内を見渡す委員長。 辻堂さんはすでにいなかった。 今日もさぼるんだろう。分かってる。 「代わりに私、行きましょうか」 「いいってば。1人で間に合ってるから」 子供のお使いじゃあるまいし、1人で会議室へ。 1人で間に合ってるってのは本当だ。 指定された会議室に入る。 「失礼しまーす」 「お疲れ様です。席についてくださいまし」 ・・・・・ 20分くらいで出た。 マジで何もする必要がない。会議に出て、話を聞いて、それで終わりである。 もともと3会の準備は、稲村の町内会だけで事足りているので、俺たちが動く必要はないのだ。 俺たちはただ、『街の行事を学生が手伝う伝統』を継承するだけ。 前日――来週の月、火くらいにはさすがに実働が必要らしいけど、それ以外はなにもすることがない。 ……辻堂さんみたくサボるのが正解かもな。 荷物を取りに教室に戻った。 ヴァンは……いないか。一緒に帰ろうと思ったのに。 もどった教室は、すでにとっぷり茜色の夕焼けに暮れていた。 同じ場所のはずなのに、昼までの授業してた教室とははっきりと空気がちがう。 引きしまった空気が消えて、弛緩した、規律のない空気に満ちてる。 規律のない人たちの好む空気に。 「辻堂ォオーーー!!」 「!」 びっくりした。 男物の……野太く、荒い怒鳴り声。 屋上からだ。 うちの学園の屋上は、ちょっとした理由で隠れ名所になってるらしい。 湘南最凶校稲村。各地からあつまる不良たちが、よく決闘に使うことで。 いまでは不良がよく集まってるかわり、一般生徒は近づきもしないのがお約束になってる。 行ってみると、 「……」 「いたなぁ辻堂」 「ここであったが100年目! 勝負せいやぁ!」 「今日こそテメーを倒して、この湘南最強は俺たち湘南BABYだって証明したらァ!」 「うわ……」 今回も漏れず、ヤンキーの抗争中だった。 辻堂さんを不良っぽい男3人が囲んでる。 着てるのは別の学園の制服。 うちの学園はセキュリティがゆるいからたまにこういう人たちが来る。 全員手には金属バット……おいおい。 「さああ勝負だ! 勝負せぃやぁ!」 「声がデケぇよ」 辻堂さんはバット構えた大男3人にも動じた様子なく、ぽりぽりと耳をかいてた。 「ククク、俺たちがいるのも気付かず軍団から離れるたぁ迂闊だったな」 「3対1とか言い訳すんなよ。ベッコベコのボッコボコにしてやるぁ!」 ――マズい。 関わりたくない世界だが、放っておけない。先生を呼ぶか。 いや間に合わない。とにかく仲裁に――。 「だから」 「うるせェ」 「っうお――」 踏み出しかけた一歩が固まった。 足が動かない。傍から見てただけで。 「ひ……っ」 「ひい……っ」 真正面でうけた3人は、足どころか全身が硬直する。 「遊んでほしけりゃ、クミを通してからにしな」 辻堂さんは堂々と3人のど真ん中を通りすぎる。 3人は掴んだバットを振り上げることもできなかった。 格がちがう。 「出たー! 愛さん77の殺し技のひとつ!鬼メンチ!」 昼の子が。 「あ? なんだテメェこそこそと……」 「あ! テメェ昼の!」 バレた。胸倉をつかまれる。 「い、いや、俺は……」 「なにやってんだクミ」 「愛さん。昼のやつですよ。因縁つけに来たみたいです」 「は?」 「ども」 こっちを見てくる辻堂さん。 さっきのものすごい迫力はないけど、透明感のある凛とした目つき、どぎまぎしてしまう。 「……」 「放せクミ」 「アタシのクラスメイトだ」 「え」 「そ、そうなんすか。すいません」 解放された。 辻堂さん……俺の顔知ってるんだ。 いやクラスメイトだからおかしくないけど、でも驚きだった。 驚きはそれだけじゃなく、 「悪かったな長谷。うちのはどうも血の気が多くて」 「……」 「3会の準備?」 「う、うん。もう帰るとこだけど」 「そか」 そのまま行ってしまう。 「……」 名前まで知ってる。 3会のことも。 やっぱり係が一緒だから覚えたのかな。 3会準備のこと、ちょっとは気にしてるのかな。 早足気味に学園をあとにした。 まだ胸がドキドキしてる。 当然だ、金属バットが出てくるようなケンカなんて見たんだから。 「……」 近いからと姉ちゃんに誘われ入学した稲村学園。 友達はいるし、気のいいクラスメイトに囲まれて毎日楽しいけど、 すぐ裏にはあんな世界があるんだよな。 県下有数の不良が集まる場所だとかで……。 正直かかわりあいたくないもんだ。 日々はつつがなく、平穏に過ぎるのが一番だよ。 「……」 その世界の一端をカッコいいと思っちゃったのも事実だけど。 あ、 「くぴー」 朝の人が寝ていた。 「……」 「あの」 「……ンぅ」 「……なに」 目を覚ます。 「そんなところで寝てると危ないですよ」 道路側に寝返りうったら轢かれるし、海側にうったら堤防をころがり落ちると思う。 「あ?」 「あれ、空赤い……夕方?」 「ああ……学校忘れた」 おいおい。 朝と同じ位置だけど、まさかずっと寝てたのか? 「まあいいや」 またごろんと横になる。 「あの、落ちたりしたら」 「うるせぇ」 っ……。 ゾクッとした。 「うせろ」 「……」 怖かったので言われた通り下がる。 落ちないかだけ気になったけど、目は覚めたようでやがて上体を起こしたので、そのまま帰ることにした。 ……辻堂さんの同類? そういえばどことなく似てる気がする。 気になった。 微妙な気分のまま、夕飯の買出しへ。 近くの惣菜屋で済ませる。 「はいらっしゃい」 「あら、ヒロシちゃんじゃないの」 「ども」 「またおつかい? えらいわねえ」 この惣菜店『孝行』は馴染みの店だ。おばさんも馴染みの人だった。 たまに美人の娘さんが店番してるけど、だいたいはこのおばさん。 「いつもの佃煮とおしんこ、あとささみのほぐしたやつ」 「はいはい」 「あとこれ、娘が作ったきんぴら。ヒロシちゃんに食べて欲しいんですって。入れておくわね」 「どもっす」 とくに娘さんのほうは幼なじみのお姉さんみたいな人で、よくサービスしてくれる。 さてと、さっさと帰るか。 と……お、道端に座り込んでる知り合いを発見。 「おばあちゃん」 「あら、大ちゃん」 お隣のおばあさんだった。 道端にあるお地蔵さんにお供え物してたみたいだ。バナナを一個置いて、手を合わせてた。 「いまお帰り?」 「はい」 地蔵の頭を撫でながら立ち上がる。 この辺は寺が多いせいか信心深い人が多い。俺はあんま興味ないけど。 重そうな荷物を持ってたので、俺が持って、一緒に帰ることにした。 「お父さんたちはどうだって?」 「ぼちぼちです」 「そうかい。そいつはよかった」 おばあちゃんに合わせて歩くのでペースが遅い。 でもこのスピードは嫌いじゃなかった。 ゆったりなペース。のんびりした時間。 せわしなさが板についた湘南の夏も、どこかにはこんな時間がある。 俺に合ってると思う。 ・・・・・ 「……準備は」 「カンペキっす恋奈様。湘南BABYの集会場所、調べてきたっすよ」 「ごくろーさま」 「さぁて……いよいよ総災天落としだ」 「私ら三大天の時代が来るわよ」 「のんびりしてんじゃねーぞテメェら!」 「っしゃーやってやるっての!」 「湘南最強はあたしらだシ!」 ・・・・・ あれ、姉ちゃんまだ帰ってないのか。 お隣さんちまで荷物を運んで、お礼にとアメちゃんをもらって、帰宅した。 ここが俺の家。 広くなく狭くなくの、住み心地のいい一軒家。 広くなく……って言っても部屋は余ってるけどな。2人で暮らしてるから。 いまこの家にいるのは俺と、さっきの長谷先生。姉ちゃんの2人だけである。 両親はいない。 不便はしてない。家事が面倒だけど、料理や掃除は嫌いじゃないし。 さて……その家事を始めるとするか。 着替えを済ませて夕飯の準備にかかった。 さっき『孝行』で買ったささみを野菜とあえたり、焼き魚をグリルにいれたり。 みじん切りって結構面倒なんだよな……。通販でやってた1秒に10回切れるってやつ買おかな。 そんなこんなで6時を回ったころ。 「ただいまー」 姉ちゃんが帰宅した。 「おかえり姉ちゃん」 「〜♪ いいにおい。ごはん出来てる?」 「あとちょっと。着替えてきなよ」 「ありがと」 そっと優しく頬を撫でて、部屋に引っ込んでいく姉ちゃん。 長谷家の家事は基本俺がやることになってる。 大変だけど……あの大人気な『長谷先生』を俺が支えてると思うと悪くなかった。 「……」 でもシスコンじゃないぞ。 俺が姉ちゃんを女と見ることはない。 理由はあと3秒で分かる。  3  2  1 「ぬぉぉぉおおおお〜〜〜〜〜〜〜っ!ビールはどこだぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 はい来た。 「もうだめー暑ーい、喉かわいたー」 「ヒロ! ビール! ビール!」 「はい麦茶」 「茶じゃねーよ酒だよ! 麦酒よこせ麦酒!」 「お腹からっぽで飲むと良くないって言うぞ。まずはこっちで喉を潤しなさい」 「あとちゃんと着替えなさい!パンツ丸出しで出てくんなよ!」 上は部屋着に変えたけど、下を穿いてなかった。 「途中まではがんばったんだけどさ、無理だわ、先に着替えとか」 「ビール>女の恥じらいかい」 「でも世の中には、帰ったら着替えもせずに、即・冷蔵庫に向かうOLとかだっているわけで」 「比べたら上だけ替えてる分マシじゃない?」 「パンツ丸出しで世のOLを見下すなよ」 「とにかくビールとってビール!」 「まずは部屋に戻りなさい」 「無理! アルコールがなきゃ無理!」 「ぴこーん、ぴこーん」 「冴タイマーが点滅しています。アルコールを補充しないと爆発します」 「どかーん爆発したぁ!」 抱きついてくる。 「さあ冷蔵庫につーれーてーいーけー」 「だからまずは下を穿いてぃぃぃ痛い痛い!ちっちゃくツネるな!」 「命の水を奪われた私は……はかなくも凶暴な美獣と化すのよ」 「どこらへんがはかないんだよ」 振りほどく。 目の毒すぎる。穿くものを持ってきた。 戻ったころには、姉ちゃんは冷蔵庫に到着してる。 「(ぷしっ)……ンっ、んっ、んっ」 「かぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 「ああもう……」 えっと、信じられないことだが。 コレは長谷冴子。 学園で大人気の長谷先生である。 『出来た姉、ダメな姉』の双子設定で、さっきの方がどっかに隠れてるとかはない。 俺の姉ちゃんはこの人ひとり。 つまりアレと、 「犯罪的だ……っ! うますぎる……っ!」 「あズボン持ってきてくれた? サンキュー」 「なにぼーっとしてるの。穿かせてよ」 コレは、同一人物。 「……」 世の中、ありえないような事実は多いけど、これに勝ることはそうあるまい。 ちなみに、人格が分裂してるとかでもない。 こっちが地だ。学園じゃ猫かぶってるだけ。 「ふー。充電完了」 「15時間も離れてると胃の中のビール袋が空になってこまるわ」 「飲みすぎだよ」 「大人になるとね。アルコールなしじゃやってられない。そんなときもあるの」 「辛いことでも?」 「順風満帆よ」 「ただのアル中か」 ノーマル時でこんなじゃ、辛いことがあったときはどれだけ飲むのか……。 「待て。15時間て言った?」 いま18時である。 「しまった」 「昨日の夜中、コソコソしてると思ったら、やっぱり飲んでたのか」 「しょうがないじゃん。私の部屋蒸すんだもん」 「はぁ……。夕飯前は一本だけだからね」 「ふえーい」 夕飯の準備の続きに戻る。 えっと、もらったきんぴらがあるから……。 「こっちはのんびりさせてもらいますか」 「あれ。ヒロー、ダラックマのクッションどこ?」 「ソファのとこだろ」 「ないよ」 「じゃあ姉ちゃんがまた自分の部屋に持ってったんじゃない」 「そうだっけ。んじゃ持ってきて」 「自分で行けよ」 「めんどくさーい」 「やれやれ」 相手するの面倒なのでとりに行く。 あった。 「ほら」 「さんきゅー」 お気に入りのクッションを抱いて寝転ぶ姉ちゃん。 俺は夕飯の支度に戻る。 みそ汁の具は……。 「荷物こなかった?宅配が来るはずなんだけど」 「俺が帰ってからはないよ」 「じゃあ不在通知とか……郵便受けは見た?」 「見てない」 見に行く。 あった、不在通知。 「はい。いまならギリ再配達頼めるよ」 「じゃあお願い」 「はいはい」 電話しに行く。 「10分くらいで来るとさ」 「さんきゅー」 さてと、夕飯の……。 「足がムクんでる。ヒロ、揉んで」 「俺、姉ちゃんの奴隷だっけ」 「なに急に」 ダラける姉ちゃん。動き回る俺。 パシられてる気がする。 「なに言ってるの。弟は弟。奴隷だなんて思ってません」 「ならいいけど」 「だいたい奴隷でも、私に仕えるなら嬉しいんじゃない?」 「ヒロはお姉ちゃんのことが大好きだもんね〜」 「好きは好きだけどさ」 ニュアンスがおかしい気がする。 ――ピンポーン。 「宅配来た」 「お願いしまーす」 ごろごろしながら言う姉ちゃん。 ……やれやれ。 「しょうがないな。姉ちゃんは」 ・・・・・ 夕飯完成。 「いただきます」 「いただきまーっす」 「(ぽりぽり)あ、きんぴら美味しい」 「美味しいよね『孝行』さん」 近所にいい惣菜屋があるって幸せだな。 「(しゃくしゃく)うん、おしんこも相変わらず絶品ね」 「うん」 「もちろんヒロお手製のサラダも最高よ」 「ありがと。でさ姉ちゃん」 「うん?」 「箸があるんだから使ってよ。指で食べないで」 「なんで。いいじゃん楽だし」 片手ではビールをちゃぷちゃぷ言わせながら、もう片手できんぴらやおしんこなど、肴になるものをつまんでる姉ちゃん。 オッサンかよ。 「行儀悪すぎ。一緒に食べてる人にも失礼だし」 「一緒に食べてるのヒロだけじゃない」 「なに? 私が触ったのはばっちいって?」 「そうは言ってないけど」 「じゃあいいじゃない。姉弟でしょ」 「ほら、あーん」 つまんだきんぴらを差し出してくる。 やれやれ。 ぱくっ。 「はいよく出来ました」 「……」(ぽりぽり) 姉弟にしても、姉ちゃんはちょっとスキンシップ過剰だと思う。 「行儀悪いのは知ってるけど、やるのはヒロの前だけよ。他人の前では見せないわ」 「私がホントの私を見せるのはヒロにだけ」 「……2人きりの姉弟だものね」 「……姉ちゃん」 「お父さんもお母さんも……もういないんだから」 「……」 「……」 prrrrrr。prrrrrr。 あ、電話。 席を立つ姉ちゃん。 「はいもしもし」 「あ、母さんどうしたの?」 母さんだったらしい。 ちなみにうちは両親とも健在である。 「こっちは元気よ。届いたわ、たこ焼きのもと。あんなにたくさんどうするのよ」 「なに? うん……。ちょっと母さん変な大阪弁使わないで。うん、うん大丈夫」 両親は現在、仕事の都合で関西在住だ。 湘南の夏は騒がしいとかで、夏のうちは帰ってこないけど。電話がちょくちょくある。 「ヒロも元気よ。ちょっと数学の成績落ちてるけど」 「彼女? いる気配なし」 「私が好きだから作る気にならないんじゃない?」 言ってろ。 「え? いや大丈夫。女の子には興味あるわよ」 「さっき私のパンツ見てデレーっとしてたもん」 「はいストップ!」 受話器を奪った。 「もしもし母さん。俺。うん、こっちは元気」 「なに? ……うん。変な大阪弁使わないでよ。姉ちゃんも元気だってば」 「彼氏? いる気配ないよ。どうして作らないかは知らないけど」 「私がカレシ作らないのは、作るとシスコンの弟が泣いちゃうからでーす」 「うるさいな」 「あ、いや母さんに言ったんじゃない」 「うん、お盆もそっちなのね。分かった」 「じゃあまた、おやすみ」 電話を切る。 食事に戻った。 「母さん、またたこ焼きのもと送るってさ」 「またたこ焼き尽くしかぁ」 くぴくぴと早くも2本目のビールを煽ってる。 親のいない生活。 とくに不自由はしてない。気楽でいいくらいだ。 「そうそう。3会の準備会に入ったのよね」 「うん。まだ始まってないけど」 「大変ね」 「ペア、あの辻堂さんだっけ」 「うん」 「サボってる?」 「サボってる」 「さすが稲学の不良ナンバー1、か」 「辻堂さんって先生の間でも有名なんだ」 「まあね。我が校の誇る最大の困ったちゃんだわ」 「むやみには暴れないから、悪名ってわけじゃないけど」 「たしかに辻堂さん、常識はあるよね」 意味なく暴力はふるわない人だ。昼の通りカツアゲなんてしないし、クラスでも暴れたことはない。 「常識はあってもフリョーだけど」 「彼女の分ヒロが苦労してるとかはない?」 ちょっとマジメな『長谷先生』の顔になる姉ちゃん。 「ないってば」 「職員もみんな心配してたわよ」 「準備自体に苦労してないんだよ。実働段階に入ってないから」 「まだ入ってないの? 3会って来週の水曜なのに」 「学生がやるのはちらし配りとかの雑用だけだから。実働は来週の火曜日くらい」 放課後は毎日顔出さなきゃいけないけど。 「ならいいけど」 「ヒロは優しすぎるところがあるから、どうも心配なのよね」 「そう?」 優しいか俺? 「これまた教師間で有名だわ。長谷先生の弟さんは落ち着いてますねって」 「へー」 落ち着いてるとはよく言われる。クラスメイトからも言われた。 「まあ色々苦労してるから、そう見えるかもしれないね」 「苦労って?」 素っ裸で家の中歩き回る姉がいるとか、エンゲル係数の半分の量の酒を飲む姉がいるとか。 「それに……」 「……」 むかし寺に預けられてたから、精神修行になったかな。 「まあとにかく」 「困ったことがあればいつでも言いなさい」 「うん」 ありがと姉ちゃん。 「ていうわけでぇ、ビールなくなっちった。もう一本イッていい?」 俺が困る原因の9割は姉ちゃんだけどね。 「飲みすぎだからダーメ」 「ちぇ」 「味噌汁飲んどいてよ。2日酔いすると大変なんだから」 「はいはい。弟様の愛情は余さずいただきます」 「ごちそうさま」 「ごっそさま」 片付けも基本俺がやる。 姉ちゃんにはちょっとでも楽して欲しい。先生の仕事、大変そうだから。 にしても俺と辻堂さん、職員室でも話に出たのか。 彼女がサボって、俺に仕事を押し付けてるみたいな感じなんだろうな。 ちょっとイヤだ。 辻堂さんは確かに怖いけど、 悪い子とは思えないし。 ――ゴヅンッッ! 「がはっ」 「あがぁっ」 「でたー! 愛さん77の殺し技のひとつ!拾い投げスープレックス!」 「メリケン使ってこの程度とか、よくケンカ売る気になれたな」 「二度とそのツラ見せんじゃねーぞ!」 「ひぃぃぃ」 「しーましぇーん」 「はぁ」 「すげーよ愛さん、4人を瞬殺じゃないすか」 「雑魚をイジメても自慢にならねーだろ」 「あいつら、適当に落とし前つけとけよ」 「もちろんスよ。いま稲学伝統乙死舞の儀百八式、其の61。『江ノ電触逝』の刑に処してるとこっす」 「でもすげー。やっぱすげー愛さん。メリケン持った相手を3秒なんて」 「やっぱオレの目に狂いはなかったぜ……」 「一生ついていきますよ愛さん!湘南を支配するのは愛さんしかいねェ!」 「別に湘南なんか欲しくねーよ」 「それに……」 「?」 「……」 「なんか最近、飽きた」 「何にすか?」 「ケンカ」 「熱くなれねーんだよな……暴れても」 「張り合える相手がいなくて面白くない、とか?」 「そうじゃなくて、もっと……」 「……」 「他に何か見つけよかな、熱くなれるもの」 「なんか趣味とか、もしくは」 「人とか」 「そんなぁ、愛さんがそんなこと言い出したらオレらどうすりゃいいんすか」 「お前らを見捨てるわけじゃねーよ」 「でも……」 「愛さん……」 「……」 「ま、しばらくはやめる気ねーけどな」 「あいつとのケンカが残ってるし」 「あ……」 「そすね。『皆殺し』との決着が残ってますもんね」 「そろそろお開きにすっか。明日も授業あるしよ」 「はい」 「さっき言ってた……放課後に来たっていう、湘南BABYの奴ら?明日にはきっちり落とし前つけさせますんで」 「ああ。適当に頼んだ」 「っと……先に戻ってろ」 「どこ行くんすか?」 「いや、手ぇあらうだけだから」 「付いていきますよ。オレは愛さんの1の舎弟なんですから」 「ほんといいって。あっち行け」 「遠慮しないで」 「この葛西久美子! ショーガイかけて愛さんの後を付いていくって決めてんすから!」 「……」 「ねっ、愛さん」 「トイレだよ帰れよ!」 ・・・・・ 「クソッ、辻堂のやろー」 「なにやってんだ。女1匹に睨まれただけで失神とか、情けない」 「ンだぁ!? やんのかコラァ!」 「ああ!?」 「やめろ」 「!」 「リョウさん……すいません」 「……」 「……どうすんすかリョウさん。このままじゃ辻堂の奴にやられっぱなしっすよ」 「1年前まで湘南最強は、俺たち湘南BABYだったのに」 「最近じゃどこへ行っても最強は東の辻堂か西の江乃死魔かって」 「俺たち完全に過去のものにされてる」 「……」 「栄枯盛衰。時代ってヤツかもな」 「そんな……」 「湘南の夏が平穏に過ぎたことはない」 「辻堂愛。片瀬恋奈。そして……」 「三大天がそろうなら、俺はもう……」 「リョウさん! リョウさん大変です!」 「あ?」 「江乃死魔の奴らが……」 ・・・・・ うう……。 ううう……。 ううううううううウウウウ。 「ウがああぁぁぁ暑いッッ!」 「んー?」 「なによぉ、うっさいなぁ」 「暑いんだからひっついてくるなよ」 「しょうがないでしょ。ヒロのベッド狭いんだから」 「自分のベッドで寝ればいいだろ!」 「私の部屋蒸し暑いのよー」 「俺の部屋だって涼しくはないって」 うちは家の構造が悪いらしく、空調がききにくい。 リビングだけはエアコンを最新にしたものの、寝室までは手が回らず、どっちの部屋も夜はかなり蒸した。 「ここなら寝れそうだからもう動きたくない。おやすみー」 タオルケットを抱きしめて目を閉じる姉ちゃん。 はあ……。 「分かったよ、じゃあ俺が姉ちゃんの部屋行く」 「なんでついてくる」 「だってヒロがお姉ちゃんの部屋に忍び込もうとするんだもん」 「そ、そりゃあヒロが私にラブんラブんなのは知ってるけど、やっぱ部屋のなかを詮索されるのはさすがに」 「まあ若い男の劣情を考えれば、パンツの一枚くらい進呈してあげてもいいけど」 「毎日洗濯してるものをもらってなにが嬉しいんだ」 「そうだパンツといえば。姉ちゃん最近ゴムがだれがちになってるよ」 「まったく、ビール片手に食っちゃ寝してるからお尻が大きくなる」 「ごふぅっ!」 「姉の怒りは大地の怒りじゃ……」 「レバーはやめてレバーは」 「ヒロには言ってなかったと思うけど、お姉ちゃんは実は、体重を気にしてるお姉ちゃんだったのよ」 「長引くとまた殴られそうだから二択で選んで」 「自分の部屋と俺の部屋、どっちで寝る」 「ヒロの部屋」 「じゃあ俺は姉ちゃんの部屋に行くから。ついてこないで」 「あ、いま私のベッド、お風呂前にぬいだパンツがそのままになってるんだけどぉ」 自分の部屋に戻り、鍵を閉めた。 「こらー! 開けろー!お姉ちゃんを1人にするなー!」 「静かにして。もう夜中なんだから」 「うおー! 開けろー! うおー!」 怖い。 「くそー。こうなったら暑さ忘れるためにビール飲みまくってやるからな」 「勝手にどうぞ。1本も冷やしてないけど」 「なら水風呂だ。ひとりで水風呂楽しんでやるからなー」 「どうぞどうぞ。むしろ名案だと思うよ」 「そのあと体はふかず、一糸まとわず窓を割ってでもヒロのベッドに忍び込んでやる」 「ぐっしょんぐっしょんのすっぽんぽんでなッッ!」 「……」 「負けだよ!」 「わーいっ」 嬉しそうに引っ付いてくる姉ちゃん。 子供だ。 「ふふふ〜♪ こうしてると落ち着くわ」 「まーね」 こっちとしても、姉ちゃんの身体は柔らかくて、抱き枕にするにはちょうどいい。 「ほらほら、もっとくっつきなさい」 「はいはい」 「落ち着くでしょ。お姉ちゃんの腕の中は」 「まあね」 「ふふっ、ヒロはお姉ちゃん子なんだから」 「……」 ……あつい。 はぁ。 まあ平穏といえば平穏な夜だった。 っしょ……っと。 首に巻きつく手を放させ、髪を噛んでる口を外し、おっぱいをかきわける。 「ぷはぁっ」 はぁ……。寝苦しかった。 「くぴー、すぴー」 暑いの苦手なくせに寝つきだけはいいんだこの人。 眠る姉より一足先に寝台を抜ける。 朝ご飯だ。 繰り返すがうちの家事は、すべて俺の担当である。 姉ちゃんの担当はない。やるとすれば、俺を邪魔するくらい。 我ながら忍耐強いもんだ。 「台風1号に伴う雨雲が太平洋側から張り出しており、午後から雨になるでしょう」 天気予報を流し見ながら、用意していく。 ベーコンエッグにパンにサラダ。昨日の残り物なんかを用意していると、 「おあよー」 「おあよう。顔洗ってきて」 「うーい」 飲み物も用意。 コーヒー豆をミルにかけた。 モカ3:キリマンジャロ7。朝用のブレンドだ。 2人分ドリップして。 ちょうど準備できたころ、姉ちゃんが戻る。 「いただきます」 「いたーきます」 ぱっぱっとコーヒーに砂糖、ミルクを投下し、かき混ぜがてらにパンにジャムを塗る姉ちゃん。 俺はブラックで。 苦味で朝のぐだった感じがシャキッとする。 「ふぁあ……あっつい」 「行くのイヤだな〜」 「学園はクーラーあるじゃん」 「着くまでが暑いのよ」 「車通勤のくせに。俺なんか歩きだよ」 「じゃあ乗ってく?」 「ノーサンキュー。誰かに見られたら問題になる」 「問題を避けるために、そのままドライブなんて」 「本気でやりかねないからダメ」 「さすがに冗談よ」 話してるうちに7時半になった。 ごちそうさまをして、皿は洗浄機に入れて。 登校の準備だ。 「準備できたー?」 「おまたせ」 ……おお。 「さ、行きましょうか」 にこっ 「あいかわらずすごい変わり身だね」 不覚にもドキッとした。 「変わり身とは失礼ね。仕事には気を抜かないタイプ、と言ってちょうだい」 「気を抜いたら?」 「あつーい。ビールのみたーい。学校へ行きたくなーい」 「戻して戻して」 「忘れ物はないかしら?」 女は魔性だ。 姉ちゃんとはだいたい一緒の時間に出る。 「じゃ、学園で」 「遅刻しないようにね」 ただしあっちは車通勤。なので俺は1人外へ。 「おはようございまーす」 「大ちゃん。おはよう」 「おはようございます」 「おうっ。暑いなーヒロ坊」 ご近所さんに挨拶しつつ学園へ。 「おはようございます」 「あらあら、おはようさん」 馴染みの惣菜屋もぬける。 ん? 店の向かいのお地蔵さん……、昨日供えられてたバナナがなかった。 ああいうのって時々なくなるけど、誰が片付けてるのかな? いや、お地蔵様が召し上がった。って考えるべきなんだろうけど。 いつもの道に出る。 いつもの七里の人は……。 ん? 見ない顔が。 「話くらい聞きなさいよ――『皆殺し』」 「いくらアンタでも、時代に乗り遅れるわよ」 「……」 いつもの人もいる。 「湘南の夏が平穏に過ぎたことはない」 「私について来なさい。湘南の歴史に伝説を刻みましょ」 「『稲村チェーン』にも負けない伝説を」 「……」 無視。 ニューフェイスの言葉を、いつもの人が聞き流してた。 新しい子は眉をひそめ、 「聞いてんのかゴラァ!」 「っ――」 あ、反応した。 かと思うと、近くに置いてあったナクドマルドの袋を手に、飛ぶように去っていく。 「だっ! こら――!」 「ちっ……逃げられたか」 「私の覇気にビビッて、ってとこかしら?ふふっ、腕っ節だけでなく危機察知能力も充分。湘南最強の一角だけあるわ」 逃げられたのに満足そうな子。 見てると、 「?」 視線に気付かれた。 「ども。おはようございます」 「へえ……間髪いれずに挨拶とは、私を知ってるのね」 「覚えのない顔だけど、どっかのチームの雑魚ってとこかしら?」 は? 「ン……稲村の制服。てことは辻堂の……」 「あの……?」 「……」 急に怖い顔になる彼女。 「アンタ、名前は?」 「長谷です。長谷大」 「長谷大ね。覚えとくわ」 「長谷? あの家の人と同じ……」 「はい?」 「なんでもない」 「知ってるだろうけど――私は恋奈」 「三大天最強、江乃死魔の片瀬恋奈様よ」 片瀬さん。 ここらでは一番多い苗字だった。古い地主さんの苗字だからな。 「数日中には辻堂軍団の、つまりアンタの上に立つわ」 「辻堂軍団?」 辻堂さんのことか? てことはこの子もヤンキーなのか。さっきから派手な特攻服着てるとは思ってたけど。 「じゃあね、長谷大」 「楽しみにしてなさい。湘南の歴史は今日変わるわ――」 「アーッッハッハッハッハ!」 高笑いしつつ去っていく片瀬さん。 と、その先に、 バナナの皮が。 ステーンッ! 「だ、大丈夫!?」 顔から行ったぞ? 「あが……ぁ」 相当勢いがついてた。転がってもがく彼女。 ……あ、しましま。 「いってぇぇ……」 「痛くない!」 すぐ立った。 「大丈夫だった?」 「私を誰だと思ってんのよ。これしきのキズ――」 「日常茶飯事だわ!」 ドジっこなの? 「てかなんでバナナの皮があるのよ!罠か!? ア!? テメェが仕掛けたんか!?」 「い、いや。俺じゃなくて」 皮があったのは、いつもの彼女が食べたものを捨てる場所だった。昨日は肉まんの紙があったとこ。 今日の朝食はバナナだったらしい。 「ったく、もういいわよ。私は行くから」 「あれ?」 「うん?」 「ここにあったナックの袋知らない?」 地面を指差す。 「ナック? ならさっきの人が……」 「……君のなの?」 「あンのクソアマぁあああ〜〜〜〜〜ッッ!」 盗られたらしい。走って行った。 嵐みたいな子だったな。 そしていつもの人も、人のものをサラッと略奪したり、結構エグい性格らしい。 ちょっとショックだった。 「……」 にしても、気になること言ってたっけ。 湘南が今日変わる? 計らずも彼女の言うことは、学園の空気が肯定していた。 今日も今日とて校門前にたむろする不良たち。辻堂軍団。 全員ピリピリしてた。 「おはようございます」 「おはよう委員長」 通りにくいんだろう。委員長が早足気味に近づいてくる。 俺はとくに気にしないので、彼女と歩調を合わせつつ通り抜けようとする。 と――。 「全員整列しろ」 「おはようございます愛さん!」 「「「おはようございます!!」」」 いつもの時間になってしまった。 さすがにこの只中をつっきる度胸はない。俺と委員長は足を止める。 「ヤバいっすよ愛さん、やっぱ昨日の情報は確かです。江乃死魔のやつら、今日にも湘南BABYとケリつけるって」 「あとで聞くから、先にさっさとハケろ。通れねえやつがいるだろ」 「は、はい。それでですね」 1年の子が手をひらひらさせると、校門前の群れは場所をあけた。 俺と委員長は時間を置いて通ることにする。 「昨日の湘南BABYからの情報です。江乃死魔のやつらが……」 「……」 江乃死魔。 「江乃死魔の片瀬恋奈様よ」 さっきの子もやっぱヤンキーなんだ。 っと、忘れてた。 「おはよう辻堂さん」 「あ?」 いつもの習慣であいさつした。 「誰だテメェ?」 おっと。さすがにタイミングがマズかったか。後輩っぽいヤンキーの子が睨んできた。 昨日のこともあってメンチきられる。 「……」 「はよ、委員長」 「……あ」 「お、おはようございます辻堂さん」 ん?あっちの2人は普通にあいさつしてる。 なにか縁があるんだろうか。 「辻堂ォォオーーーーー!」 びっくりした。 「ようやく来たな辻堂愛!」 「我ら千葉連合よりつかわされた、千葉のジャックナイフ3連星!」 「テメェの首をいただきにきたぜぇ」 昨日もこんな光景見たような。 「俺の名はエッジ! ナイフ捌きでは右に出る者のない、人呼んで千葉の流星――」 「デッドナイフ・エッジ!」 ナイフ片手にポーズをとる先頭の人。 「そして俺は、バタフライナイフ二刀流で10人を捌いた人呼んで千葉の忍者――」 「バター次春!」 AV男優? 「そして俺は、千葉最速のナイフ使いにして千葉最強の刺客――」 「デッドナイフ・エッジ!」 かぶってる。 「さぁー年貢の納め時だぜぇ辻堂」 「……はぁ」 「クミ。ケンカは放課後からって看板さげとけ。朝8時にこのテンションはキツい」 「す、すんません」 「お前ら任せた。たった3人だしなんとかなるだろ」 「「「はい!」」」 30人くらいいるうちの不良の人たちが、それぞれバットや角材を手にした。 ケンカか……気持ちいいもんじゃない。 「おっとぉ! 雑魚にゃ興味ないぜ」 「欲しいのは辻堂――あくまでテメェの首だけだ!」 「ヒャッハー!」 「きゃ……っ!」 「!」 向けられたナイフは30人の不良たちでなく、手近にいた大人しそうな生徒に向いた。 髪をひっぱられた委員長が連中の手の中へ。 「ヒヒヒヒ、稲学の生徒が傷つくのは避けてぇよなぁ」 「ちょっ、アンタら……」 「この地味メガネ、ヤられたくなきゃ大人しく――」 ――ボギュ。 「はぇ?」 「……」 ――ボギボギボギ。 「いぁ……ぎゃああああああ!!!」 折れた――。 辻堂さんに掴まれた、ナイフを持つ男の手が、明らかにしちゃいけない音を立てた。 「朝からテンションあがるタイプじゃないが――ゴミの始末はしなきゃダメか」 「ひっ……ひっ……」 卒倒した男は委員長を放さざるをえない。 「大丈夫か」 「は、はい」 委員長を取りもどす辻堂さん。 「てっ、てめぇ、躊躇なく」 「人質取って大人しくしろって……バカかお前ら?」 「正義の味方でも相手してるつもりかよ……!」 「ひ……っ!」 「一応礼儀だし、名乗っておこうか。湘南三大天のひとり、辻堂愛」 「不倒不敗の喧嘩狼――だそうだ」 ドゴォオオオオーーーーーーーーーーーーンッッッ! 「出たー! 愛さん77の殺し技のひとつ!ギャラクティカ昇竜拳!」 「漫画なら見開き確定の大技だぜ!」 「……」 なんかすごいことが連続してて唖然としてしまう。 えっと、 そうだ、委員長は。 「怪我は」 「平気です。あの、ありがとうございました」 「ン……」 大丈夫みたいだ。 「ひぃ……ひぃ……舐めやがって」 っ!? 「うぉらあ最速エッジを舐めんじゃねぇえー!」 腕を折られたヤツが、なおも往生際悪く辻堂さんに蹴りかかった。 辻堂さんは背をむけてる――。 「あぶないっっ!」 俺は思わず間に入っていた。 真正面から蹴られることになるが、これくらい――。 ――ゴヅッッッ! が、衝撃は思わぬところから。 「げふうっっ!」 「んぎゃわー!」 ――ドシャーンッッ! が……っは。 な、なにがどうなった? 庇いに入ったら、急に背中に衝撃が来て正面の彼に激突してしまった。 「急に出てくんな。あぶねーな」 いてて……。 どうも辻堂さん、普通に撃墜する気だったらしい。その裏拳を俺がもらったようだ。 もみくちゃになってフェンスにめり込んでる俺とエッジ君2号。 「大丈夫か?」 「う、うん。けほっけほっ」 ちょっと痛いが、大怪我ってほどじゃない。 「そか」 っ……。 一瞬、すごく優しい顔を見せたような。 気のせいかな。 ・・・・・ 「げほっ。先生いないね」 「勝手に使わせてもらいましょう。あの先生じゃいつ戻るかわかりませんし」 「うん」 不良たちのことは不良にまかせ、俺はすりむいたところの治療へ。 委員長が付き添ってくれた。 ダメージはひじをすりむいた程度だ。 「浅い傷ですので、自然治癒に任せて消毒は使わないでおきましょう」 「消毒液なし?」 「はい。浅い傷は綺麗にだけして、そのままにしたほうが治りが早いそうですよ」 「出た。委員長の健康豆知識」 「3つ以上のテレビ番組でやってましたから、信憑性があるかと」 水とばんそうこうを用意してくれる。 「洗うだけなら自分で出来るから、委員長は帰っていいよ」 「ひじはやりにくいでしょう。任せてください」 世話好きな人だ。 押し切られる形でやってもらう。 「……」 「……すごい世界を見たね」 「まだ胸がドキドキしてます」 「俺も」 普通とはちがう世界。ってのをまざまざと痛感した。 不良の世界――正直怖い。 「でも嬉しかったです。辻堂さんが助けてくれて」 「ああ、それは俺も思った」 カッコよかったな彼女。 それに――。 最初やる気なかったのが、委員長が人質に取られた途端切り替わった。 委員長に危害が行くのを全力で防いでくれた。 アレ……なんか嬉しかったな。 「ふふ」 委員長も嬉しそうだ。 「辻堂さん、いい人なのかな」 「悪い人じゃないですよ。去年から数えても、理不尽なことで暴力を振るったりは一度もしないですし」 「知ってるの?」 「1年のころ同じクラスだったんです」 「わたしは去年も委員長で、サボりがちな彼女に学園の伝達とかよくしてました」 「ふーん。怖くなかった?」 「最初のうちは。でもすぐに慣れました」 そういえばさっきも普通にあいさつしてたっけ。 辻堂さん……。悪い人じゃないんだろう。 怖いけど。 「事件があったので朝のSTは中止します。1時限目の授業に向かうように」 「幸せだなぁ。僕は生徒のいさかいを仲裁するときが一番幸せを感じるんだ」 ケンカの件だろう。担任の先生が出て行った。 1時限目は教室なので移動の必要なし。15分ほど自由な時間が出来る。 「不良のケンカに巻き込まれたって?」 「まあね。ちょっとスった」 ひじのばんそうこうを見せる。 「これだから不良は」 「まあまあ」 まだ来てない辻堂さんの席をにらむヴァン。 彼女のせいじゃないんだと、いさめた。 「ケンカはともかくとして、今日は朝から不良どもがどうにも殺気立っていた。なんだったんだあれは?」 「俺も思った。ヤンキーの間でなにかあったのかな」 辻堂さんの後輩の子も言ってたっけ。たしか……。 「知らないの2人とも?」 「とうとう湘南の西を制覇した『江乃死魔』が、この東区に攻めてくるって噂なんだよ」 ――『江乃死魔』 今日何度も聞く名前だった。 「楽しみだな〜。この夏は大荒れになるみたいだぜ、不良たちが」 「詳しそうだね」 「バッカ俺たちも最凶校稲村の一員だぜ?ヤンキーのことくらい知っとけよバーロー」 こういう話、好きらしい。 「俺、昔はワルかったから、フリョー情勢とかちょっと詳しいんだけどさ」 「教えてほしい? ほしい?」 「結構だ。不良など興味ない」 (´・ω・`) 「お、俺は聞きたいかな」 「そう!? いやーしょうがないなー。ほら俺、昔はワルかったからそんな気なくても自然と今でも詳しいんだけど」 喜んでくれてよかった。 「この湘南ってただでさえ怖い人……あ、いや、昔の俺みたいにワルいのが集まってくんじゃん」 「うん」 「当然そういうチームも増えるわけだけど、最近一番勢いがあるのが『江乃死魔』なんだ」 「……」 「江乃死魔の片瀬恋奈様よ」 「七里学園が中心のチームなんだけど、すでにあの学園から西側はほぼ掌握された」 「それがとうとうこっち側、つまり東側にも進出しようとしてるんだ」 なるほど。 不良たちの大きな抗争が近い、か。 「七里ってうちからすぐ近くじゃん。そこを中心にした勢力が、どうしてうちを無視して西側ばっか潰してたわけ?」 「そりゃうちには辻堂さんがいるもん。そうそう手ぇだせなかったんだろ」 へー。 湘南の西側をすべるほどの勢力が、辻堂さんにはおびえてた――と。 彼女、すごいとは聞いてたけどほんとにすごいんだ。 「三大天の呼び声高い辻堂さんがいるんだぜ。いくら江乃死魔でも、これまでは手を出せなかった」 「これからは分からないけどな……だから、軍団員がピリピリしてるんだ」 「といっても江乃死魔もまずは手ごろなところから落としていくだろうけど」 「三大天?」 これも今日2回くらい聞いた気がする。気になった。 「おっ、長谷君知ってるわけ?」 「聞いたことがあるって程度。どういう意味なの?」 「不良業界じゃ常識だよ。聞きたい? 聞きたい?」 「結構だ。不良に詳しくなって何の得がある」 (´・ω・`) 「俺は聞きたい」 なんか気になる。 「そうっ!?しょうがないな〜ほら俺むかしワルかったから、こういうの詳しいんだけど」 「湘南三大天――」 「それを見るものは、死を予告されたと言われている」 「湘南の空に三大天輝くとき、大地には血の雨が降りそそぐのだ――」 「なんだっけそれ。どっかで聞いた」 「死超星」 「それタイ」 「茶々入れんなよ。いまいいとこなんだから」 「不良ってのはチームを組むのが普通だから、どれだけ群雄割拠といわれても、どこかに湘南最強、最上のヤンキーがいる」 「例えば今はチーム『湘南BABY』のリョウさん。通称『総災天のおリョウ』が湘南のトップ的存在だと言われてるんだが――」 「次の時代はもうそこまで来てる」 「誰が彼女から頂点の座を奪ってもおかしくない。そんな新しい時代が」 「とくに湘南が最も荒れるのが、こんな次世代のトップが3人同時に現れたときだ」 「武力であったり」 「頭脳であったり」 「もしくは……」 「そんないずれもトップになっておかしくない人間が3人同時に現れる」 「三大天の時代」 「2人なら一度の抗争で終わる。4人以上なら、抗争より併合の道を模索するだろう」 「3すくみだから迂闊に動けない。だからこそそれぞれが凌ぎを削り、湘南に終わることなく血の雨を降らせる」 「それが三大天」 「怖いですね」 話を聞きつけ女子も集まってきてた。 「辻堂さんってそんなすごかったんだ」 「でもさでもさでもさ。クラスじゃ大人しいよ?」 「だよね」 クラスではちょっと無口で目つきが悪いだけの、普通の子だと思う。 「どちらにしろ、関わらないのが一番だ。怪我をしたら損だぞ」 「もちろん辻堂はクラスメイトだから仲良くできるならすべきだが……、興味本位なら近づかないほうがいいな」 「う、うん」 「珍しいじゃん、タロウが俺たちを心配するなんて」 「なにをいう」 「クラスメイトが怪我をするかもしれないんだ。心配するのは当然だろう」(まっすぐな目) 「そ、そうか」(どぎまぎ) 「これについては坂東君に賛成だよ。辻堂軍団もピリピリしてる。近づかないに越したことはないと思う」 暗に同じクラスの辻堂さんにまで怯えてるようで、なんとなく嫌な感じだ。 でも仕方ないかも。俺たちは不良じゃないんだし。 彼女たちとは住む世界がちがう。 噂をすれば。 授業のはじまる5分くらい前に、先生の聴取を終えた辻堂さんが戻ってきた。 「改めておはよう辻堂さん」 「……」 「ひじは?」 「なんともないよ」 「そう」 行っちゃった。 あいさつは成立せず。残念。 「いまヤバいって言ったばっかなのに……」 「ひろの懐の深さは筋金入りだ」 「とてもいいことだと思います」 「?」 よく分からないがみんなざわついてた。 ・・・・・ 「鬼教師のヤマモトじゃ!」 「今日の授業はここまで!係のモンは用具を片付けとくように!」 昼過ぎの体育授業途中から、急に空がかげりだした。 一雨来そうだ。 「空が重いな」 ヴァンと教室に向かう。 「もう梅雨だからね」 「涼しいのはいいが、嫌な天気だ。降るならザッと降って流れてくれればいいのに」 「こういう天気は長く続くと、嵐を呼ぶ」 「ぎりぎりまで耐えようとする空の優しさと言えなくもないが」 「詩的だな」 「フッ、それとも罪人たちが連綿と続ける愚行の数々に、空が見たくないと目をつむっているのか」 「それはただの中2」 「いけない。お布団出しっぱなし」 女子も合流する。 「委員長はお母さんみたいなこと言うね」 「あはは、家では家事全般やってますので」 親近感が増した。 「あ! 梅干もほしたままだ」 おかんだ。 「梅干……自分で作っているのか?」 「はい。毎年」 「梅干を自作する女子校生をこの目で見る日がくるとは」 「美味しいじゃないですか梅干。健康にもいいですし」 「クエン酸とか何とか、健康食の王様っていうね」 「ええ。でも市販品じゃダメですよ。あれはただの梅の梅酢漬けですから」 「酢も悪くはないですけど、やはり美容、健康に梅干の真価を発揮するには……」 得意げに語る委員長。 勉強になるなぁ。 「あら?」 「うん?」 「長谷君、ひじ、血が出てます」 「え? ……あ、ホントだ」 さっきすったトコ、体育のせいでキズが開いたらしい。絆創膏から血が染みだしてた。 「これどうぞ」 「いやいや。いらないよ」 花柄のハンカチを取り出す委員長から身を引く。 ありがたいけどこんな擦り傷でハンカチを汚すなんて、こっちがカンベンして欲しい。 「すぐ止まるよ。洗ってくるから」 このままだとまた保健室まで付き添われそうだ。恥ずかしいので逃げるように水道へ。 ん? 水道の周り……、いつも体育のあとは人だかりができるのに、今日は少ないような。 っと、 辻堂さんが手を洗ってた。 なるほど、彼女が怖くてみんな躊躇してるらしい。 ……それより辻堂さん、体育出てたのか。イメージ的にサボるものとばかり。 美人だしスタイルいいから、体操服も似合うな。 隣の水道で傷口を流す。 「ヒロシのやつ迷いなく行ったよ」 「恐怖心とかないのかな」 うー、ヒリヒリ〜。 汚れは落ちたけど、なかなか血は止まらなかった。 「おい」 「はい?」 びっくりした。 「ソレ、血管までイッてるから、すぐには止まらないぞ」 「そうなの?」 「制服汚したくなきゃ保健室に行け」 そっけなく行ってしまう。 傷については……詳しそうだよな、彼女。 従ったほうがいいか。 「ありがとう」 声をかけたけど、辻堂さんは反応しなかった。 また保健室へ。 今度は先生いるかな。 うちの校医は、姉ちゃんと並ぶちょっとした名物先生だったりする。 姉ちゃんがプラスなら、マイナス方向の。 「失礼しまー……げほっ! けむたっ」 室内はタバコの煙が充満していた。 「いま一服中だから生徒は立ち入り禁止。気管支がどうとかで訴えられちゃかなわん」 「ってヒロポンか。お前ならいいぞ、入れ」 「ども。……そのイケナイ薬みたいな呼び方やめてください」 こちら、うちの校医で城宮楓先生。 保健室で普通にタバコ吸ってたり、生徒の往診を拒否ろうとしたり、色々問題ある人だ。 不良校である稲村だが、サボりの定番にも関わらずこの保健室に不良は近寄ろうとしない。 この先生は不良より怖いから。 普通の生徒もちょっとの風邪じゃ近づきたがらないのは問題だと思うけどな。 ちなみに姉ちゃんの友達なので俺とは面識がある。 「どうかしたか? 顔色が悪いようだが」 「これは息が出来ないだけです……けほっ。窓あけていいですか」 「チッ、うるさいな」 窓についてる換気扇の紐を引く先生。 ――ビュォオオオオオオオオオオオオオオオン! 突風が起こり、室内の空気が一気に外へ排出された。 「なんで学園の一室に工業用のエアシューターつけてるんです」 「趣味だ。で? 怪我か?」 「ばんそうこうが欲しくて」 「ン……この程度なら止血だけで充分だな」 「一応消毒もするか? よく効くのがある」 黒い瓶を差し出してきた。 ……ラベルに髑髏のマークがある。 「使う場合はこの紙にサインしてくれ」 「消毒薬なのに届けがいるんですか?」 「ああ。役所にな」 なになに。 ≪宣誓書≫ 平成24年 6月 5日私、____(以下甲)は、城宮楓(以下乙)の提供するアンプルに対し如何なる賠償も求めないことを 「ばんそうこうでいいです」 「そうか」 逃げるように保健室を後にした。 ヘンな人が多いよなこの学園。姉や親友を含めて。 ちょっと遅れてしまった。 服を着替えたところで、授業の始まるチャイムが。 まあいいや、ちょっとなら遅刻にならないだろ。のーんびり教室へ向かう。 ……授業中の廊下って誰もいなくて、ちょっとドキドキする。 自分がワルにでもなったみたいな……。 「シシシ、授業中の廊下ってワクワクするシ」 「静かにしろっての。見つかったらヤバイっての」 へ? 女の子の声が――。 「うおっ!?」 デカっ。 びっくりした、むちゃくちゃデカい女の子が。 うちの生徒じゃない……よな?こんな子がいるなんて聞いたことないし。 七里の制服着てる。 「きみ……」 「ゲッ! さっそく見られたっての」 「あーあ、バレないようにっていわれてたのに。れんにゃに叱られるシ」 「でもあわてるこたぁねーシ!あたしらがどこの誰かなんて分かるわけねーシ」 声がもう1人? 見渡すけど誰もいない。 「君、誰? 七里の子だよね?」 「なんとぉ! ばばばバレてるっての!」 「ななななんだこいつ! エスパーか!?」 「いや制服見りゃ分かるから」 「あそっか」 「びっくりしたぁ……。あいや、そんなこったろうと思ったシ」 この声はどこから? 「とにかくバレちゃあしょうがねー」 「やいテメェ!あたしらをただの侵入者だと思うなよ!」 「思ってないです」 ものすごくデカい女の子と、幽霊だと思ってます。 「俺っちはティアラ!湘南サイキョーの連合軍『江乃死魔』特攻隊長!一条宝冠!!」 「ど、どうも」 侵入者が名乗っちゃっていいんですか。 「そしてあたしは――」 「なんか台ない?」 「急に言われても」 「ティアラ頭下げて」 「ほいほい」 「んしょっと」(よじよじ) うお!? な、なんか小っさいのがデカい人の身体をよじ登っていく。 なにこれかわいい。 「おし」 「あたしの名はローズ! 血吸い花のローズ!れんにゃ率いる江乃死魔の副隊長にして、神奈川のブラッディローズたぁあたしのことだーっ!」 「は、はぁ。どうも」 「へっ、ビビってるシ」 うわー、かわいー。 こういう手乗りペットみたいの、俺も欲しい。 「ちょっと待て。なんでハナが副長なんだっての」 「ハナ?」 ローズさんでは。 「ああ、こいつの名前、田中花子」 「その名前はいいよダサいから」 「あたしの名はヒガン。葬送の彼岸花!れんにゃ率いる江乃死魔の副隊長にして、関東の葬送花たぁあたしのことだーっ!」 「色々あるんですね」 「また言った。くるぁハナ、なんでお前が副隊長名乗るんだっての」 「そりゃあたしがれんにゃの親友だから」 「江乃死魔で一番強いのは俺っちだっての!なら2番目にえらいのは俺っちに決まりだっての!」 「あたしの方がつえーシ!」 「寝言は寝て言えっての!」 「やんのかコラァ!」 「がぶっっ!」 「いででででで噛むな!」 ――ぶんっ! うなじを噛まれたデカい人が、背中の小さいのにこぶしをふるう。 が、小さい子はデカい身体をちょこちょこ這ってかわした。 こぶしはそのまま自分の後頭部に。 「んがふっ! にゃろーちょこまかと!」 「シシシッ、そんなんで最強とか笑えるシ」 「……」 ト○とジ○リーだ。 「ストップストップ。ケンカはやめてください」 とにかく止めた。 「おっとそうだった。いまは恋奈様の命令を優先するっての」 「そうだ。遊んでる暇なかったシ」 「おっしゃ行くぜティアラ!今夜の総災天落としに備えて、軍団を抑えこむシ」 「合点だっての!」 行っちゃった。 騒がしい子たちだったな。他校まるだしだったし、人に見られたら大変なんじゃ。 とくに先生に見られたら……。 「誰。授業中に騒いでいるのは」 「あ、先生」 「あらヒロ……長谷君。いま騒がしかったけど、あなた?」 「えと」 「う、うん。教室に急がなきゃと思って」 ごまかした。 なんとなくあの子たちを渡すのは気がひける。 「そう。事情は知らないけど、早く教室に行きなさいね」 「うん」 「……」 「それとも!? この時間サボっちゃう?ほらお姉ちゃんいま授業ないし!」 「楓ちゃんベッド貸して!」 「はあ?」 「グフフフいえいえ誤解ですよ。ラブホに使う気はないですよここ学園ですから。ただ弟がどうしても私に甘えたいって」 「遅れましたー」 「早く席についてください」 間に合ったか、って顔のヴァンや委員長に合図しつつ席へ。 ふぅ……。 やっぱあの2人、先生につきだしたほうが良かっただろうか。 誰だったんだろう。江乃死魔がどうとか。あと……。 恋奈様。 あの子か? 「湘南の歴史は今日変わるわ」 「……」 だんだんと気になってきた。 朝からのヤンキーたちの異変。 妙に耳にする江乃死魔って単語。 ヤンキーのことなら……。 彼女を見る。 辻堂さんはつまらなそうに授業を聞き流し、窓の外を眺めてた。 ・・・・・ 放課後。 今日も3会の準備会に顔だけだした。 結局雨は降らなかったな。雲の切れ間から夕焼けが覗いてる。 不安定な天気だ。明日あたり大雨かも。 やることは終わったんで帰ることにする。 教室に戻ると、 あ。 「よう」 「ども」 ドキッとした。 基本的にクラスメイトとコミュニケーションしない彼女が、普通に声をかけてきた。 なんだろ一体。 「朝の……もう平気か?」 「?……ああ。もう血はとまりました」 「すった方じゃなくて、背中。アタシのパンチがもろに入っただろ」 「あっちは大丈夫です。ちょっと痛んだ程度で」 実際は肋骨が折れるかと思ったが、強がる。 「頑丈だな」 「健康には自信あるんで」 「そか」 「……」 話が済んでも、まだじっと見てくる。 なんだろ。今の話はついでって感じ。 「……」 なにか言いたそうで、でもためらってる。 3会の準備、俺だけにさせてるのに罪悪感とか? まさかな。 「……」 う……。 なにか言いたそうに距離をつめてくる彼女。 近い。 「あのさ」 「はい……」 うわ……。ドキドキしてきた。 夕焼けの教室で見る辻堂さんは、怖いっていうか、綺麗だった。 美人なのは知ってたけど、まっすぐ見たことないから知らなかった。 こんなに綺麗だったんだ。 化粧気のないままにすっと整った眉から、険の深そうな鼻筋、意外に可愛い色合いの唇。 ちょっとツリがちの瞳は黒曜石みたく深い輝きを帯びてて、見てて吸い込まれそうになる。 「あの……」 「……うん」 なぜか口ごもっている辻堂さん。 何を言いたいかは分からないけど、イライラはしなかった。 だって言い出さない限り、俺はこの距離で彼女を見ていられる。 このまま時間が止まってもいい。とさえ思った。 「……」 「……」 「……あの」 「愛さーんっ。愛さん大変です!」 残念ながらそれは叶わず、無粋な声に邪魔される。 また彼女だ。 「あ? 誰だテメェ」 一般人の俺を見るとすぐに気色ばむ。 「やめろ。昨日も言っただろ、クラスメイトだ」 「あ……でしたっけ。サーセンした」 「いえいえ」 辻堂さんが入ると礼儀正しくなる。ノリは体育会系なのかな。 「で? なにが大変だって」 「はい――江乃死魔のやつらです。アツシと西がさらわれました」 「なに?」 「っ……」 さらわれた? すごいワードが飛び出してきた。あっけに取られる俺。 でも2人はさほど驚いた様子もなく、 「2人同時とは入念なこったな。で? 向こうは何て言ってきてる」 「今夜11時、江ノ島へ通じる橋の下にいるから取りに来い、だそうです」 「……とうとう全面戦争ですかね」 「……」 「さあな」 「とにかく取り返すモンは取り返す。11時だったな」 「はっ、はい!軍団全員召集しときます!」 走っていく1年の子。 「……」 「あ……えっと」 辻堂さんがぽかんとしてる俺に気付く。 「いまのは……、……な?」 鼻の前でぴっと人差し指を立てて見せた。 「うん」 誰にも言いません。 「じゃあな」 そのまま行ってしまった。 今日はつくづくあっちの世界と縁があるな。 そういえば辻堂さん、何か俺に用だったんじゃ? 聞きそびれた。 微妙な気分で帰宅する。 「おかーえり」 「あれ、おかえり。早いね」 「まあね。今日は家で仕事することにしたの」 新任の姉ちゃんは、帰る時間がまちまちである。 今日みたく6時前には帰ってることもあれば、校舎見回りとか残業とかで9時を過ぎることも。 今日は残業あったけど家に持ち帰った。ってとこかな。 「お腹すいたー」 「はいはい。いま作るよ」 「今日ゲティがいいな、ゲティ」 スパゲティか。いいかも、楽だし。 「何味?」 「ル○ンル○ーン」 「ミートボールが入ってるやつね。了解」 ・・・・・ 「おっしゃあ! 準備はいいかテメーら、アツシと西を助けるぞ!」 「「「オオオーーーッ!」」」 「うるせぇよ、近所の皆様の迷惑だろうが」 「なまっちょろいこと言ってられませんよ愛さん。とうとう江乃死魔と全面戦争ですよ?」 「……」 「そうなるとは思えないけど」 「へ?」 「まあいい。行くぞ」 「うちのに手ぇ出された以上、黙ってられねぇ」 「っしゃー行くぞー!」 ・・・・・ ピッ。 「作戦通りです恋奈様。辻堂軍団、江ノ島方面への誘導に成功しました」 『おっし、引き続き監視ヨロシク』 「了解」 ・・・・・ 「ぼー」 『ハーイキャサリン、今日は全米大ヒットの腹筋マシーンを紹介するよ』 『まあ! これで憧れのボディに変身ね』 10秒間に60回分の腹筋効果……欲しいかも。 おっと、もう10時半だ。 テレビを消した。 冷蔵庫からペットボトルを取り出し、中身をコップに注いだ。 あらかじめ水出ししておいたコーヒー。アイスならこれが一番。 姉ちゃんは甘いのが好きなので、ミルクとガムシロを乗せ、 「出来たよ」 「……」 こっちを見もせずカリカリとペンを走らせる姉ちゃん。お仕事中である。 教師というのは授業の進め方について、ただ漫然と教科書を読んでればいいわけじゃない。 どこを押してどこを軽くするか考える必要がある。 ようするに授業の予習中だった。 新任の姉ちゃんは、どれをどのタイミングでやるかとか、どの問題を課題にするかとか、色々と大変らしい。 「ふぃー……っ。お、コーヒーブレイク来た」 ひと段落したらしい。ぐーっと伸びをする姉ちゃん。 「甘いのちょうだい。とびっきり甘く」 「はいはい」 ガムシロをもう1個追加した。 ぐるぐるかきまぜて。 「あーん」 「自分で飲みなよ」 「あーん」 「……はいはい」 口元にストローを持っていく。 仕事中の姉ちゃんはカッコいいので、ご奉仕するのは悪くない。 「しょうがないな姉ちゃんは」 「〜♪ 甘い」 「仕事はどう?」 「上々ね。あー、でも肩こった〜」 ぐるんぐるん肩をまわしたり、首をまわしたりする。 しょうがないな。 「っと……ふふ、まいどどーも」 後ろに回って肩をもんであげた。 「普段からこれくらい優しくして欲しいわ」 「普段から本性出さなきゃ喜んでお仕えするよ」 「無理ね」 「っ、っふ……」 「あ〜〜……ヒロってほんとゴールドフィンガーね。肩が溶けそう」 「よく分からん表現だけどアリガト」 「っふ、んっ、ん……。あっ」 なんかエロい。 「も、もういい。これ以上は仕事のテンションじゃなくなる」 「そう」 放す。 「他になにかある?」 「んー、そうねぇ」 仕事モードの姉ちゃんのためなら色々してあげたい。 「そうだ。もう遅いけどひとつ買いもの頼んでいい?」 「なに?」 「ジンジャーが切れてるでしょ。買ってきて、あとで一息つきたいから」 「了解」 「あと焼き鳥食べたい。焼き鳥」 「うん」 もう11時すぎでこの辺の商店は閉まってるけど、コンビニまで足を伸ばせばどっちも売ってた。 あのモードの姉ちゃんに頼みごとされると、なんか逆らえないのだ。 「……」 もう11時か。 買い物袋をぶらぶらさせて、真っ暗な町を行く。 そういえば辻堂さんたちが、11時になにか……。 「あ」 あの人だ。 いつも朝に見る人。 この辺で見るのは珍しい……思ってると、海岸のほうへ駆けて行った。 気になって後を追う。 この時間……海岸通りには近づきたくないんだが。 134号線は、昼も人通りが多いが夜のほうがにぎやかだ。 派手にハイビームにした車やバイクが、編隊を組んで走ってた。 ブンブンブンブンひたすらエンジンを吹かす人。オープンカーから身を乗り出して道行くお姉さんを口説く人。 柄の悪い人たちが横行してる。 この地区の治安の悪さをいやでも感じさせられた。 湘南が不良たちの天国であることを。 「……」 ただ、毎日のようにあんなのを見てると、さすがに慣れる。 慣れた分だけ不思議に思うこともあった。 不良ってのは夜を好む。みんなして夜になると活動しだす。 なぜか。 といえば、やっぱり根底にやましい気持ちがあるからだと思う。 良からずを名乗るんだ。自分たちが悪いことをしてる自覚はあるんだろう。 だから夜闇に身を隠したがる。 ところがいざ活動を始めると、編隊を組みたがる。ハイビームをつかいたがる。目立つことが大好き。 ここが不思議だった。 身を隠したがるくせに、わざわざ集団になって、明るくして。 「……」 やっぱり怖いんだろうか。 夜闇に隠れたいけど、でも闇が怖いからたくさんでいたがる。光を使いたがる。 ヴァンじゃないけど……やっぱ不良ってよく分からないな。 「……」 ちょっと、話をしてみたいかも。 ・・・・・ 「片瀬恋奈ぁーーーっ! 出てこいやーーっ!」 「どこにいやがるんだコラァっ! 勝負せいや!」 ・・・・・ 「なんだこれ。誰もいねーじゃねーか」 「クミさんあそこ!」 「……アツシ!」 「おぉぉ〜、クミはんですやん。どないしたんやそないマジな顔して」 「? ……テメェ酔っ払ってんのか」 「アハハハ、バーの招待券もらてしまいまして、ほら、わいらも不良ですし、後々の社会勉強っちゅーやつで」 「クミさん、西もあっちで寝てたっす」 「なんじゃこりゃ。どういうこったよ」 「……」 「アツシ、テメェいつから飲んでた?」 「ええ? っとぉ〜、4時くらいからですわ」 「……やられたか」 「ど、どういうことです?」 「陽動だ。江乃死魔のやつらに釣られたんだ」 「アタシらをこっちに引きつけて、後方の憂いを断つ」 「今ごろ湘南BABYと決着をつけてるところだろ」 「さぁてと。辻堂たちはいまごろうちの海岸で右往左往」 「邪魔者はいないわ。決着をつけましょう」 「現行の湘南最強――湘南BABY。総災天のおリョウ」 「チッ……!」 「うわ……やってる」 通りの向こう。夜は車のいなくなる臨海駐車場に、無数の人だかりが見えた。 バイクのライトを光源として、入り乱れる人、人、人。 いずれも手にはバット、角材、鉄パイプなんかを持ってるのが分かる。 不良同士の抗争だ。 今日はつくづくああいうのと縁がある。 「ちぃいっ!」 「さすがによくまとまってるわね。湘南BABY」 「でも」 「陣形を組め! 全員で攻めろ!」 「オラオラオラァ!」 「うぐっ、くそっ」 「切り崩される――下がれ!」 「うちほどじゃないわ」 「チッ……」 「りょ、リョウさん。押されてます。やっぱり50対100じゃキツかったんじゃ」 「……」 (数もあるが、それ以上に江乃死魔。まとまりがいい。常に1人を3人、4人で攻めてくる) 「片瀬恋奈……ニューフェイスと思って侮ったが、統率力がハンパじゃない」 「それに」 「あらよっとぉ!」 「ごァッッはっ!」 「ハッハー! やっぱケンカは不良の華だっての!」 「先鋒から崩すんだ! 集中攻撃!」 「でりゃああああッ!」 「おっ、いーねー5人掛かりかい」 「ズァラァアッッ!」 「ぐああああっ」 「へへっ、さすが最強、湘南BABY。選りすぐりってぇやつだぁな。弱ぇやつがいない」 「おもしれーぜ……次は10人で来な!」 「あぐ……、なんつータックル」 「あん? ハナはどこいったぃ?」 「きゅ〜」 「あらら気絶してやんの。また真っ先に強そうなやつに向かってったんかい」 「はいはーい、ギブならギブって言って下さいね〜。肩関節って意外と外れやすいっすよ」 「ぎゃあああ! ぎぶっ、ぎぶっ」 「え? なに聞こえないっす」 「関節ねじ切っちゃいましょっか」 「やめろ!」 「おっと。あぶねーじゃないすか」 「大丈夫か?」 「うぐ……いてぇよぉ」 (外されたか。医者に見せないと) 「一応ケンカもタイマンが原則なんすから、横入りはよくないっすよ、総災天センパイ」 「クク……アンタは股関節外して、文字通りお股がガバガバの女になってもらおかな」 「……」 「ストップ梓。やりすぎ」 「ちぇっ」 「さぁて……悪かったわね総災天。脅しかけるだけのつもりだったのに、大乱闘になっちゃって」 「私は怪我させたくなかったのよ?アンタにも、アンタの部隊、湘南BABYにも」 「江乃死魔の優秀な新入生には、ひとりでも健康な身体でいて欲しいんだから」 「片瀬恋奈……くそっ」 「……」 遠目なのでよく見えないけど、特攻服をまとった陣営と、詰襟、黒セーラーの陣営が100を越える数で入り乱れてるのは分かった。 特攻服が100人、黒セーラーが50人ってところか。 数の差が圧倒的で、特攻服が押してる。 「オラァッッ!」 「あぐ……っ!」 「リョウさんっ! なんつーパワーだあのデカ女」 「あれが『七里の怪物』一条宝冠……。無理だよあんなの、パワーだけなら辻堂以上だよ」 「ムム。女子にむかって怪物だとぅ」 「にしても総災天も大したことないっての。この程度じゃ全然……」 「うぉ」 「コメカミにカウンターいれてよろめく程度……。本当に人間か」 「油断すんなティアラ。仮にも湘南のトップよ」 「私ら三大天を除いて――ね」 「……」 見ててもしょうがないんだけど、なんとなく目が離せなかった。 と――。 「オラァ! なに見てんだコラァ!」 「っ!」 「ひえええ」 びっくりして顔をあげる。 ケンカから外れた不良の何人かが、道まで出てきた。 騒ぎをぼーっと見てたサラリーマンのおじさんに、手にした鉄パイプをブンブン振り回してる。 慌てて逃げるおじさんに、ゲラゲラと下衆な笑いを浴びせてた。 「……」 不良の一番嫌なのはああいうところだな。 ケンカとかでテンションが上がると、勢いに任せて関係ない人にまで暴力的になる。 やっぱ俺とは合わない人種だ。 ケチつけられても損だし、さっさと帰るか……。 あ、 例の彼女――。 「すっげぇ」 「……オイ。へへへ」 「っ……」 不良たちの何人かが、ニヤニヤしながら彼女のあとを追っていった。 あの人、美人だよな。 嫌な予感がする。 俺もあとを追った。 まさかとは思うけど、もし危険なことになってるなら止めに入るなり警察呼ぶなり……。 「?」 でも角を曲がったところで見失ってしまう。 彼女だけじゃない。鉄パイプを抱えた男たちまで――。 ――ぐにゅ。 「うお!?」 なんか踏んだ。 なんだ。柔らかい。 「あが、が……」 「人?」 さっきの鉄パイプの――。 思ったそのとき、 「!?」 「うわ!?」 「コソコソ人のあと尾けてんじゃねーよ」 うわっ、うわっ、 胸倉をつかまれた――いやそれ以上に、 足が浮いた。地面から。 「ちょっ、あの」 「恋奈のやつ、調子コキやがって」 「雑魚にも私に絡まない程度の教育はしとけよ」 すごいパワーだ。片手一本で俺をつるし上げてる。 いつもの人……だよな。いつも堤防にいる。 謎めいた人だと思ってたけど、なんだこれ。 怖い。まるで……。 「……」 「ん? 辻堂のニオイ……お前稲学?」 「えぅ、は、はい」 「なんだよ江乃死魔じゃねーのか」 「かはっ」 解放された。 「げほっ、けほっ、いたた」 「誰だか知らねーけど、人様のこと尾行すんな。そこのアホの仲間だと思っただろ」 「え……あ」 見るとさっき踏んだのはやっぱり人だった。 「うげ……」 「いてぇえ……」 彼女を尾けた人たちだ。 なるほど。俺、彼女を尾行したって意味じゃこの人たちと一緒か。 「で、テメェ誰だよ」 「辻堂のニオイがするけど」 「辻堂さん?」 知り合い? 「あいつの関係者か?」 「なら殺す」 改めて睨まれる。 「つ、辻堂さんとはクラスメイトだけど」 「クラスメイト?……たしかにヤンキーって感じもしねーか」 「どーすっかな。ノーマルなやつを殴るのはルール違反……」 「でも辻堂のニオイをさせてるヤローは無条件でブッ殺したくもなる」 「ちょ、ちょっと待って」 また胸倉をつかまれた。 「このニオイ嫌いなんだよなー私」 「ニオイ?」 よく分からんが、移り香するような仲じゃないぞ。会話したのだって今日が初めてなくらい。 「どーっすっかなー」 「ま、いいや」 「5、6発ブン殴ってから考えよ」 ひええ。 こんな腕力で殴られたらどうなるか。 「待って待って。乱暴はよくない」 「私の嫌いなニオイさせてるお前が悪い」 「あきらめろ!」 「うわ――!」 ・・・・・ 「……」 ん? 「……」 拳を止めてた。 「大好きな匂いがする」 「はあ?」 「これヤキトリ?」 持ってた袋を奪われた。 中身はヤキトリとジンジャー。 「わ、わ、ジュースまである」 「好きなんですか?」 「大好き!」 なんか急に可愛くなった。 「えーっと、んーと」 「……」 「おいテメェ」 「尾行なんてナメたマネしたんだ。1個くらい貢ぎモンがあってもいいよな?」 「いててて、それならあげますから」 「やったっ♪」 やっぱ可愛い。 「はぐはぐ」 2本買ったのを2本とも取り出して食べていく。 「ジュースは?」 「どうぞ。ちょっとぬるいですけど」 「サンキュ」 全部持ってかれてしまった。 こんな美味しそうに食べてくれるなら別にいいけど。 「はぐはぐ」 ホントになんなんだろうこの人……。 「ッぐぐ……!」 ッ!? 鉄バットを持った奴が起き上がった。 「このアマァぁあああーーーーーーーっっ!」 「危ない!」 殴りかかってくる。慌ててかばう俺。 あれ? この光景どっかで見た――。 ――ゴヅッッッ! 朝と同じ。背中に衝撃が来た。 「げふうっっ!」 「んぎゃわー!」 ――ドシャーンッッ! が……っは。 裏拳に吹っ飛ばされ、揉みくちゃになって壁に激突する俺とバットの人。 「あーあ、急に飛び出すなよ」 「げほっ。いえ、どうも」 焼き鳥をくちゃくちゃ言わせながら、手を貸してくれる。 いてて……。 すりむきこそしなかったけど、背中に入ったダメージは朝の辻堂さんと同レベルだ。 バット君は気絶してた。起こすと危険そうだし、ほっとこう。 「ま。私を庇ってってのは偉いぜ」 ン……。 どこかで見た覚えのある優しい顔。 思わず目を奪われる。 「ご褒美。1個だけくれてやろう」 焼き鳥のクシに残った最後の1つを噛んで先のほうへ移す彼女。 「ほいっ」 「んが」 咥えさせられた。 「じゃーな」 そのまま去っていった。 「……」 残される俺。 ……結局なんだったんだあの人は。 すごい体験をした気がする。ほぼ食われた鶏串を咥えながら思った。 ……あの人もヤンキーだったのか。 少なくともケンカはメチャクチャ強そうだった。 それに……。 「……」 似てる気がする。 どこがとはいえないけど、色々と。 彼女は辻堂さんを嫌ってる感じだったっけ? でも……。 同類。 そんな気がした。 ・・・・・ 「く……っ」 「大勢は決したわよ総災天。まだ続ける?」 「……」 「そこにひざまずいて、仲間に入れてくださいと言え」 「すれば江乃死魔の一員よ。手は出さない」 「っ――」 「舐めるな!」 「ッッ!」 「恋奈様――! テメェ!」 「やめろ」 「いまのは許すわ総災天。調教には慈悲の心であたるのが私の主義なの」 「だが2度噛む駄犬は殴って仕込む」 「アンタは賢い犬よね」 「く……」 「……」 「……」 「……」 「……ふふっ」 「おすわり」 「……」 「伏せ」 「〜……」 「リョウさん……」 「よろしい」 「クククク……記念すべき100人目。歓迎するわ」 「舐めろ」 「……」 「……」 「リョウが落ちた……か」 「これで総災天の時代は終わり」 「いよいよ恋奈様の時代だっての」 「ええ、三大天の、ね」 「今年の湘南は荒れるっすよ」 ・・・・・ 「ただいまー」 まだドキドキしながら家に戻る。 やっぱあるんだなぁ、不良の世界ってのは。 絡まれたせいもあって胸の高鳴りが収まらない。 あんな暴力の世界とは無縁でいたいもんだ。 「コラァ!」 「痛い!」 殴られた。 「な、なに姉ちゃん」 「焼き鳥とジンジャーは」 「あ」 「にゃーもーっ、せっかく仕事終わったのに!」 「お姉さまを舐めてんのかコラァ!」 「ひええ」 不良より怖い。 「ん……焼き鳥の匂い。自分は食べたわけ?」 「い、いやこれは」 「どういうつもりだテメェエエ!」(ぎゅう〜) 「いいい痛い痛い! ごめんってばツネらないで!」 外はともかく、 長谷家はいつも平和だ。 ふぁああ。 眠い。 今日はまた雨雲が空にかかって、朝から空が暗かった。 やっぱり朝はお日様を見ないとすっきりしない。 「おはようございまーす」 「おう、すっかり梅雨だなヒロ坊」 「おはようございます」 「はいおはよう」 「今日は雨が来そうだぜ。傘は持ったかいアンちゃん」 「はい」 ご近所さんとあいさつしながら学園へ。 「……」 昨日あの大ゲンカがあった場所は、いまは何事もなかったように数台の車が停まってる。 駐車場なんだから当然といえば当然。あるべき姿だ。 昨晩だけが異様だったんだ。 そうだ、今日はあの人は……。 ……。 いない。 七里の人、今日はいなかった。 でも……ん? 「ふにゃあ」 猫が。 「……捨て猫?」 そしてダンボール。 ダンボール入りの猫がいた。 捨てられてるよなこれは。 かわいそうに。 「んー」 「にぃ?」 「すまん。うち、父さん母さんが動物嫌いで」 いまは親いないけど、名義は親だからな。 「にいい」(ごろごろ) はぁ……可愛いな。 ごろごろごろ。 「にゃうう」 「……」 かわいい。 「あら、捨て猫?」 「はい」 「そう……。何とかしてあげたいけど、うちは旦那がアレルギー持ちなのよね」 「うちも親がちょっと」 「……」 「いかん、名残惜しくなる」 撫でるのをやめ、立ち上がる。 後ろから覗いてたお姉さんは、辛くなるからか撫でようともせず去っていく。 俺も背を向けた。 「……にゃあ」 「……」 ……撫でるべきじゃなかった。 こういうのは懐かれると逆に辛い。 ひと撫でしたかったけど自重し、背を向ける。 「ふにぃい……」 「……」 すまん。 ちょっと足取りが重くなったけど、遅刻せずに学園につく。 いつもの七里の人は、結局見当たらなかった。 まさかあの猫に化けて!? ないか。 あの人は……拾われるのを待つ捨て猫っていうより、1人でやっていける野良犬って感じ。 「……」 「おはようございます!」 「「「おはようございます!!!」」」 びっくりしたぁ。 もうコレの時間か。校門を抜けてすぐ、大声に背中をおされる。 「昨日、江乃死魔と湘南BABYがやり合ったそうです」 「やっぱりか。やれやれ」 「ナメやがって……しかもやばいですよ。大方の予想通り江乃死魔が勝ちました」 「数的にはそうなるわな。湘南BABYは数に頼る集団じゃなかったし」 「とうとう江乃死魔がこの東区に……」 「この学園も狙われますね」 「大変だな」 「ンな人事みたいに」 「わーってるよ。面倒になるってのは」 「お前らにまでちょっかい出してくるようなら言え。全部アタシが潰してまわるから」 「は、はいっ!」 「さすが愛さんだ」 「愛はんがおれば怖いもんなしや」 「来るなら来い、というやつですね」 「……」 (とはいえ江乃死魔……片瀬恋奈、か) (面倒になりそうだ) 「おはよっ、辻堂さん」 「ン」 「ああ、オス」 おっ、挨拶成立。 はじめてだ。なんか嬉しいぞ。 辻堂さんは俺の顔も見ず、さっさと行ってしまった。 今日は昨日に輪をかけて校内が変だった。 「不良たちの抗争があったってマジ?」 「俺の情報網によるとたぶんマジ」 「話してた矢先に……怖いタイ」 「おはよう。何の話?」 「ケンカだよケンカ、ヤンキーどもが暴れてたの」 「ああアレね。見たよ」 「なにっ? 巻き込まれたのか?」 「いや、見ただけ」 別の人には巻き込まれたけど。 「辻堂も朝から機嫌が悪い。不良たちに動きがあったのは確かのようだな」 「やっぱ怖ぇな、不良って」 「話は好きだけど、自分が入る気にはならんわ」 「自ら不良を名乗るような連中だ。近づかないに越したことはない」 みんな好き放題言う。 まあ俺も不良は正直怖いけど……。 みんな、ちらちらと辻堂さんをうかがう。 「……なに見てんだ」 「ひ……っ」 「こそこそ見てんじゃねぇ。鬱陶しい」 「っ〜〜……」 ガンつけられる。 集まってた5人とも、腰が抜けそうになった。 すぐにこっちには興味を失ったけど……。 「辻堂さん……怖すぎ」 「ホントホントホント。女の子のする目じゃないよアレ」 インパクトが強すぎて、クラス中が怯えてしまった。 うーん。 昨日委員長を助けたし、悪い子とは思えないけど、でもやっぱ不良なわけで。 怖いは怖いんだよな彼女。 雲の分厚い空模様しかり、 重たい空気のなか、一日が始まった。 昼休み。 弁当は食べたし……どうしようかな。 「ふぅ……」 「どうかした?」 ヴァンにしては珍しく沈んでた。 「うむ……実はな」 「恋をしてしまったやもしれん」 「あらま」 「いや恋というと語弊がある。気になる相手ができた、という程度だ」 「一目ぼれというやつだな」 「ヴァンは意外と面食いだからね」 「否定できない。こう……卓越した女性を見ると、つい」 「面食いっていうかインパクト重視だよね。前に好きだった塾の先生なんて、すごい色の口紅つけるってだけで好きになってたし」 「彼女は知性も教養もあったし、50代とは思えないほど若かったんだ」 「ヴァンが真剣なのは分かってるよ」 「で? 今度の相手は?」 「うむ、昨日駅前を歩いていたんだが」 「その女性にぶつかってしまったんだ」 「運命的だね」 「向こうの前方不注意だった」 「だが怒る気はない、すぐにあやまってくれたし」 「うん」 「落ちた荷物も拾ってくれた。小気味よくて笑顔の素敵な、気持ちのいい人だった」 「うんうん」 「あと身長が2メートルはあった」 「ん?」 その人どっかでみたような。 「よって、俺たちの合コンは、大成功だったといえる」 「その通りだ」 「その通りタイ」 「なんの話?」 「前の合コンの反省会してたんだ」 「結果はどうだったの?」 「楽しかったタイ」 「みんな盛り上がって、たくさんおしゃべりして、いろんなもの食べて」 「最後はそれぞれの子をちゃんとカレシのもとへ送り届けたよ」 「……」 「なんかゴメン」 「いいんだ」 「そ、それに今回はいい子ばっかりだったんだぜ。ちゃんとワリカンにしてくれたし」 「前のときなんか帰りのタクシー代まで持たされたタイ」 「……」 「聞いてゴメン」 「いいんだ」 「ええい! こういうときはエロ本タイ!エロ本でむなしさを癒すタイ!」 机から表紙の人が裸なタイプの本を取り出す。 「お前……教室で」 「女子の目なんか気にせんでよかタイ」 「地方出身って変なとこ男らしいよな」 「俺、他行くよ」 「ほら、ヒロシも引いてる」 「引いてるわけではないけど」 さすがに教室で見るのは敷居が高い。 「へっ、ワルになりきれねー甘チャンかよ」 「僕らだけで見るタイ」 えーっと、ヴァンのところにでも……。 「今日の特集は」 「『ピンヒールで踏まれて逝きたい・美脚アワー』」 ザザーッ! 「うお!? すごい勢いで戻ってきた」 「美脚アワー」 「混ぜてください」 「こ、こんなテンション高い長谷君は初めてだ」 「脚好きタイ?」 「別にそれほどでは」 「だが美脚と聞いて背中を向ける。そんな男にはなりたくない」 「お、男らしいタイ」 「脚かぁ、まあ分かるっちゃ分かるけど」 「俺はやっぱ乳だな。巨乳特集やってほしかった」 「巨乳特集ならそれはそれで戻ってたけどね」 「なんでもアリかい」 なんでもアリさ。 「長谷君は大人しそうな顔して一度タガが外れると獣になりそうタイ」 「あー、そんな感じするわ」 「そうかな」 経験がないから分からん。 動くの面倒だし、ぼーっとしてよう。 ただこの席は近くに女子が多いから休み時間はたまり場になるんだよな。 自然と話が耳に入る。 ・・・・・ 「というわけで、しみを消すにはなんといってもビタミンですね」 「へー」 「勉強になるー」 「でも作らないという点では、栄養云々よりまず規則正しい生活が大事ですよ」 「他に質問は?」 「はいお母さ……委員長!」 「何時間くらい寝ればいいとかある?」 「基本は7時間ですね。もちろん個人差はありますけど」 「あと寝る前の化粧水には注意してください。量や体質が合わないと、逆にダメージになってしまいますから」 「勉強になるー」 「でも意外だよね。委員長がお化粧のこと詳しいとか」 「だよねだよねだよねー」 「あはは、色々と家庭の事情がありまして」 「でもいまはしてないよね」 「はい。めんどくさいので」 「……潔いね委員長は」 「女子力の無駄だよね」 「無駄にしたつもりはないのですが」 「たまにはオシャレしてみたら?」 「いいかもいいかもいいかも。その浪人生みたいなメガネちょっと外してよ〜」 「え……で、でも」 「みんな噂してるよ〜。委員長、それとったら意外とイケるんじゃって」 「嫌がっても取っちゃう。それっ」 「えっ? や、やめてください」 「きゃっ」 「……」 「……」 「ゴメン」 「いえ……」 「まさかメガネ外すと目が3になる人が実在したなんて」 「だ、大丈夫だよ。男子は見てなかったから」 「きょ、今日はたまたまですよ?ちゃんとすればちゃんとなるんですよ?」 「……」 見たかったな。 と……そこで、 「失礼いたします。3会の準備係の方、おられるかしら」 「はい?」 生徒会の人が来た。 準備会は生徒会の主催だ。 何の用だろう。話を聞く。 ・・・・・ 戻った。 「なんだった?」 「別に。3会一週間前だから、今日の会議は絶対出るように、だとさ」 『女子の人にも伝えてください』って言われたけど、 女子の人……。 辻堂さんのほうを見る。 「っ」 「?」 目があった。 こっち見てた? 気のせいか。 まあどっちにしろ、伝える必要もないだろう。どうせサボりだし。 ・・・・・ そんなわけで、その日は何事もなく過ぎた。 授業が終わるまでは。 放課後、 「長谷君」 「うん?」 「3会の会議ですけど」 「うん。絶対出るようにってのでしょ。さっき副会長に聞いた」 「そうですか。よろしくお願いします」 ついに準備も本番か。 これまでみたく出席名だけ書いて帰るのも微妙だったけど、始まると思うとそれはそれで面倒だ。 楽な仕事になりますように。 「それで……」(ちらっ) あ、 「えと、女子も顔出したほうがいいそうだから、今日は私も行きますね」 「う、うん」 さすがに辻堂さんに切り出すのは怖い。 「……」 「なあ」 「はい?」  ? 辻堂さんから声をかけてきた。 「その、3会の準備だけど」 「う、うん」 「あの……」 ??? 「……」 「辻堂さん、ひょっとして準備……参加してくれます?」 「はっ?」 そうなの? そういえば昨日も何か言いたそうだったっけ。 「興味があるようでしたらぜひ」 「えと……いや」 「別に興味はねーって」 「ただまあクジは……アタシだったから」 なぜかしどろもどろだった。 これは委員長の言うとおり、興味あるんだよな? 「じゃあ一緒に行こう。俺も助かるよ」 「えと、えと」 「そこまで言うなら……」 おお、なんか面白いことになってきた。 けどそこで、 「なになに? 辻堂さん、準備会やるの?」 「あっあっあー。辻堂さんさりげに3会楽しみでしょ」 「っ!?」 「この前図書館で郷土資料読んでたでしょ。見たよ見たよ見たよー」 「なっ」 「開海会について調べてたよね。ひょっとしたらとは思ってたんだ〜」 そうなの? 俺や委員長を含め、話を聞いてた周囲の視線が辻堂さんに集まる。 「いや、そんな」 動揺してる彼女。 「見てたじゃん。それも30分くらい熱心に」 「あははっ、意外〜、辻堂さんがねぇ」 「〜……っ」 「あの、みなさん」 「楽しみじゃねーよ!」 おわ……っ。 思わず一歩下がりそうになる。 「えぅっ、で、でも図書館で」 「あ?」 「ひ……っ。でも、でも」 「……」 「……なんでもないです」 「チッ……クジが当たったから気になっただけだ」 舌打ちして背を向ける。 「あのっ、辻堂さ……」 「しつこいぞ」 「ひぅっ」 行っちゃった。 「びっくりした。急にどうしたんだ」 「ちょっとね」 「う……、うぐ」 散々たる状況が残された。 にらまれた委員長はビビッてるし、怒鳴られた子なんか半泣き。 「やはりお近づきにはなりたくない人種か」 「そう言うなよ」 悪い子じゃないんだ。ほんとに。 正直いまのは俺でさえビビッたけど。 「じゃあ俺は準備の会議に行くから」 ヴァンと別れ会議室へ。 暗い顔ながら委員長もついてきた。 「……帰るか」 「む……」 「ついに降り出したか」 「この感じ、夜に向けてドシャ降りになるな」 「嵐の始まり、か」 ・・・・・ 結局今日も仕事はなく、15分くらいで終わった。 『町にポスターを貼るから立候補を募る』だそうだ。 誰も立候補しなかったけど。 あと来週の火曜日――3会前日に、海の家の設営を俺たちでやるとのこと。 その手続きが載ったしおりをもらった。火曜までに読んできてくれとのことだ。 「これ、どうにか辻堂さんに渡せないでしょうか」 代わりに受けとったしおりを見る委員長。 「難しいかな」 渡して迷惑になるとは思えないけど、さっきの様子じゃなぁ。 怒鳴られて落ち込んでるのか、言葉少なな委員長。 「準備……私が手伝うのはいいですけど」 「楽しみなら辻堂さんにも参加して欲しいですね」 「だね」 あんなことになったら、挽回は難しいだろう。 相手は稲村学園最悪のヤンキー、辻堂さんなんだから。 「あ……委員長、傘大丈夫?」 「母に迎えに来てもらいます」 「そう。じゃあ俺は帰るから」 「はい。また明日」 傘を広げて一人で家路についた。 道中ずっと彼女のことが頭を渦巻いてる。 辻堂さん。 泣く子も黙る稲村学園のヤンキーリーダー。 すごく綺麗で、 カッコよくて、 でもやっぱり、生きてる世界が違う人。 仲良くはなれないのかな。 辻堂さんと……。 「あれ」 遠目に彼女の姿が見える。 強くなってきた雨の中、雨具もなく立ち尽くしてた。 傘、ないのかな? 思ったけどちがう。足元には傘がひろげて置いてあった。 「これで……」 「っと、ダメだ。風が強すぎる」 ころころと風にふかれる傘を掴んでは、足元に戻してた。 ずぶぬれで何してるんだ。思ってみると、 「ふにぃ」 「……あ」 今朝の猫。 ダンボールの置かれた場所は、雨ざらしだった。 「……どうすっかな」 雨よけを作ろうとしてるんだろう。辻堂さんは自分の傘をかぶせてる。 でも風に流されて上手くいかないみたいだ。 「にゃああ」 「そんな顔するなよ。うちは無理だから」 「にぃ……」 「無理だって」 「にゅぅ……」 「……」 「……」 「……」 「…………」 「ったく」 しばらく迷った末、辻堂さんは傘を拾い、同時に猫も抱き上げた。 「にゃあ」 「にゃあじゃねーよ。うちじゃ飼わねーからな」 「……2、3日だけだぞ」 「にいい」 「……」 「……」 「はいはい」 「――」 「……」 「……」 「……」 「……ただいま」 「……」 「……」 「…………」 ・・・・・ 「ただいまー」 「ヒロ? いないの?」 「ひーろー? お腹すいたー」 「ヒロってば」 「……」 「?」 「元気ないね。どしたん」 「落ち込んでる?」 「人をイメージで判断してた自分が許せないって点では、落ち込んでるかな」 心に穴があいた感じだった。 例えるなら超高価なダイヤを怪盗に盗まれた大富豪のおっさん、みたいな。 心にすっぽり穴が空いて、 その中身は盗まれてしまった。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ただいま」 「お帰り。雨、大丈夫だった?」 「あら」 「にゃあ」 「……愛、うちは無理よ」 「分かってるって」 ・・・・・ 元気が出ないんで夕飯はありもので済ませる。 なにもやる気がしない。 3会用のしおり、読まなきゃいけないんだけど、頭に入らないからやめた。 寝るか。 「……」 「……」 「おはよーございまーす」 「今日のヒロからは膨大な構ってオーラが出てたから、姉として添い寝してあげないと」 「ふふふ、実はお姉ちゃんは弟のオーラが目で見て分かるお姉ちゃんだったのです」 「甘えん坊な弟をもつと苦労するわ」 「いらんから帰れよ」 「あれ、起きてた」 「今日は雨で涼しいだろ。自分の布団で寝なさい」 「えー。いいじゃんせっかく来たんだし」 「えいっ」 問答無用で入ってきた。 はぁ……でも今日は追い出す元気もない。 「フツーに寝てよね」 「分かってますとも」 このままにした。 目をつむる。 「……」 ・・・・・ ・・・・・ ぎゅ〜。 「お、おおお……?」 あんまり眠れなかった。 昨日の光景がまぶたから離れない。 泥まみれの猫を抱き上げてた辻堂さん。 ……あんなに優しく笑う人だったんだ。 (ぼー) 「今日も雨が強い」 「悪い天気ではないがな。雨にぬれる江ノ島はそれだけで絵になる」 (ぼんやり) 「ポエミィなことを言って無視されるのは、さすがに恥ずかしいのだが」 「アンニュイそうだな」 「ニュイではないね」 「アンニュイの対義語はニュイなのか?」 「知らない。ヴァンは知らない? 全国模試の上位常連だろ」 「む……そう言われると知らないのが恥ずかしい」 「待っててくれ。調べてくる」 ヴァンは真面目だなぁ。 あっ。 辻堂さんが入ってくる。 「……」 「あん?」 おっと。 ジーッと見てるのに気付かれた。慌てて目をそらす。 幸いあっちは、不審には思わなかったようで気にしなかった。 辻堂さん……。 綺麗だ。 「あ、あの、辻堂さん」 「あ?」 「あの……、昨日の」 「なんだよ」 「……」 「……なんだって聞いてんだ」 「い、いえ何でも」 圧力に負けた委員長が下がる。 やっぱ迫力はすごい。 ……もう怖いとは思わないけど。 その日の教室も、というか学園も、まだピリピリしたムードが残っていた。 分厚い雨雲のせいだろうか。空気まで晴れない。 なんとかならないかな。 ・・・・・ 「えー、ここの慣用句ですが、分かる人」 淡々とした授業が続いていた。 外は一時のどしゃ降りを終え、小雨になりかけてる。 そんなときのこと。 「いい具合に雨が引けたわ」 「でもいい天気とはいえないっての。もっと晴れた日にやりたいぜ」 「シシシッ、こういうのは早いほうがいいシ」 「校庭が濡れてるほうが効果的っすよ」 「……」 「あ、あのぉ〜」 「ほんとにやるんですか?」 「元走り屋、ハリケーンの腕の見せどころじゃない」 「それはそうですけど」 「ビビッてんじゃねーシ!お前らももう栄光ある江乃死魔の一員だシ!」 「その通り。さあ……」 「乗り込むぜ野郎ども!」 「「「おっしゃー!」」」 「うわ!?」 外からすごい音が。 見ると……なんだアレ。 「辻堂愛ーーーーーーーーー!!出てこいやーーーーーーーーーーーー!!!」 柄の悪そうな連中が校庭に乗り込んできてた。マフラーをつけたバイクが、校舎が揺れるほどの爆音を唸らせてる。 大声だしてるのは……あの子だ。片瀬恋奈さん。 他にもちらほら見た顔が。 でも問題は彼女たちじゃない。 雨で濡れた校庭にバイクが乗り込んでいた。 派手にふかしながら、地面にタイヤで  エ  ノ  死  マ 削り痕をつけてた。 「なんだあれは。下品な」 同感。やりすぎだぞアレ。 「オラどうした! ビビってんのかよ辻堂!」 威勢良く吼える片瀬さん。 クラス中の視線は当然、辻堂さんに集まる。 「はぁ……」 辻堂さんはため息まじりに、携帯を取り出してた。 「クミ? 全員に招集かけろ。大至急だ」 「いや、まずは裏門に。それから……」 「書き終わりました」 「よし」 「……おい、辻堂が来ないよう見張っとけよ」 「あいよっ」 「来ないように?」 「黙っとくシ。ほんとに来られちゃ困るシ」 「さてと……」 「聞いてっか稲村のバカども!私が湘南最強連合、江・乃・死・魔のリーダーだ」 「これまでテメェらにゃ馴染みがなかったが、今日からはここも私の管轄下に入るんで夜露死苦!」 ビッと立てた親指を下に向ける。 「そうよね、総災天」 「……」 「あの人知ってる……総災天のおリョウってすごい人だ」 「湘南BABYが負けたってマジだったのかよ」 クラスメイトが何人かざわめいたのが分かる。 「まー安心して。上納金がどうとか、古臭いことは言わないから」 「ただこの地区の頭が私に代わっただけのこと。そして」 「聞いてるな辻堂愛!」 また名指しで呼ばれた。 みんなの目が辻堂さんに向く――。 あれ? 彼女の姿はなかった。 「テメェもすぐに片付けてやんぜ!首洗って待っとけ!」 「今日は挨拶に来ただけだから、これで帰ってやる」 「とくと頭に刻んどきな!私の顔と、この江乃死魔の文字な!」 言いたいことを言い、彼女は特攻服を翻して背を向けた。 「こわぁ……」 「マジかよ……江乃死魔の時代がくるのか」 教室が、学園全体がざわめいてる。 みんな怯えながらその背中を見守るばかりだった。 「さっ、帰るぞ」 「もう行っちゃうんすか。辻堂が来てないんすけど」 「ブァカ。ホントに辻堂軍団が出てきたらヤバいじゃん。今日は私ら20人もいないシ」 「ええっ? じゃあ今日はなんのために」 「だぁから挨拶っすよ」 「こうすりゃ、これから辻堂センパイの下につこうってヤツが少なくなるじゃないすか」 「敵を叩くときは、まず敵の戦力を削ぐのが基本だシ」 「じゃ、じゃあこれ、ただのハッタリ?」 「プロパガンダって言うのよ」 「ひとまず作戦成功ね」 「これから一週間はこれを続けるわよ」 「シシシッ、稲学にあたしらの名が轟けば、それだけで辻堂軍団にはかなりの痛手になるシ!」 「角材でドツキ合うだけがケンカじゃないのよ」 (……セコい) 「今日のところは学校に帰って――」 ――ブンッッ! 「あぶなっ!」 「すっげー。愛さんの言うように裏門からここの踏み切りにまわりこんだら、ドンピシャじゃん」 「言うこと言ってすぐに逃げるはず。だから逃げ道を潰しとけ」 「全部愛はんの読み通りや。愛はんすげー」 「辻堂軍団――っ!?さ、先回りされてる!?」 (しかも軍団全員。やばい、こっちは今20人くらいしか……) 「全員下がれッ。ティアラを呼んでこないと」 「ゲッ!」 「おかえり」 「まさか私の作戦が見抜かれて――」 「見抜くもなにも、お前毎度同じことしかしねーじゃん。ハッタリから入ってすぐ逃げる」 「部下に無用な怪我人を出さない姿勢は嫌いじゃないがな」 「クソッ、ティアラー! ティアラどこだ!」 「いててててて……恋奈様ぁ申しわけねー」 「あれええ!? もうやられてる!?」 「こいつ強そうなのにタックルしかできないのなんとかしろよ。勝手に泥でコケて自滅したぞ」 「うわー、うち最強のティアラさんが……」 「逃げて恋奈様! ここはあたしが引き受けるシ!」 「でりゃあああああ!」 「返すぞ」 ぽいっ 「へ?」 「げふぅっ」(ずしーん) 「ぎゃー!」(ぷちっ) 「さてと……片瀬恋奈」 「う……」 「舐めたマネしてくれた落とし前と、あと荒らされた校庭を直してもらわねーとな」 「これ、なんだか分かるか?」(ズン) 「ろ、ローラー?」 「そう。グラウンド整備用のローラー。通称重いコンダラ」 「選べ。荒らした校庭をこいつでならすか、アタシにならされるか」 「ちなみにアタシがならす場合」 「ひ……ッ!」 ――ドゴシャァーンッ!! 「こうなる」 「おっ、オレのバイクが」 「荒らしたのはお前だから選ばせてやるよ。ならしたいか、ならされたいか」 「ひぃいいならしたいです!すぐに元通りにしまぁーっすっ!」 「よろしい」 「さて」 「コンダラがなくなっちまったから、お前らはアタシの手でならすわけだが……」 「くそっ、相変わらずメチャクチャな……!」 「だが私と江乃死魔があの程度でビビるかよ!ティアラ! 起きろティアラ!」 「うー、くらくらするっての」 「ぶはぁっ、し、死ぬかと」 「おお? ハナ、なんでぺったんこなんだい?」 「こっちよティアラ! この女ブッ殺せ!」 「え? あ、辻堂、そっか」 「おっしゃ了解だっての恋奈様!」 「食らえや辻堂!スーパーミラクルエキセントリックアターックッ!」 ひょいっ。 「あれ?」 ツルッ 「ぎゃー」(ごちーん) 「サイの突進って電車も脱線させるけど、自然界で直撃することってあんまないそうだな」 「どいつもこいつも〜!」 「前々から思ってたけどお前のチーム、バカが多すぎ」 「こうなったら――全員でかかるんだ!」 「ええっ? で、でも」 「20対1よなんとかなるわよ!」 「そっ、そうか」 「おーっと! オレたちを忘れんじゃ……」 「下がってろクミ」 「え?」 「『乱闘』にするより、一方的に殲滅したほうがいい」 「かかれーっっっ!」 「だるるるるるるるァァアアアーーーーー!」 「どォりゃあああああーーーーーっっ!」 「……はッ」 ドゴッッッ! グシャッ、 バギメギゴキボギッッ! 「……」 「……な」 「「「……」」」(ピクピク) 「なんでだよぉ〜〜〜〜っ!」 「ふぅ……」 「やっぱケンカしても……熱くなれねーな」 「まあ今日はそこが目的じゃない」 「くそー、でたらめな強さしやがって〜」 「さて、テメーはどうしようか」 「授業妨害の罰としてうちの全校に土下座して、そのあと人間ローラーにでもなってもらうか」 「なにぃ!?」 「写メ→ネット流出が1日でされる時代だからなぁ。明日には江乃死魔、空中分解してるかな?」 「く――」 「さぁ」 「まずは土下座から!」 「ッ!」 「おリョウ……っ」 「総災天――テメェ、普通アタシの側につくだろ」 「すでに江乃死魔に与した身。長を守る責任がある」 「あっそ」 「で? アンタもやろうって?」 「……お前に勝てるとは思ってない」 「だが譲るわけにもいかない」 「……」 「……チッ」 (ちらっ) 「?」 20人を一気に片付けた辻堂さんが、今度は一転、こっちを見ながらケンカを躊躇する。 ?? 「こんなもんで充分か」 「OK。今回は先輩の顔を立てるよ」 「行け。次ナメたマネしたら、コロす」 「んぐ……」 「つっ、次は江乃死魔の全勢力をもってブッッつぶしてやるからな!!」 「やれやれだぜ」 「さっすが愛さん! 20対1で圧勝じゃないすか!」 「30対1までなら勝ったことあるだろうが」 「今回はあっちの攻撃すら受けませんでしたよね」 「あ、でもここ、ひっかき傷」 「あー、これは昨日猫に」 「なんでもない。それよりクミ」 「はい?」 「拡声器を用意してくれ」 「終わった?」 「そのようだが……」 「つ、つえー辻堂さん」 「話には聞いてたけど、無茶苦茶だね」 「それより最後のシメがシブいぜ。リーダーを追いつめといて、でも元最強のリョウさんの顔を立てて逃がすとか」 「胸がすっとしたタイ」 クラスが沸いてる。 「辻堂さんが何か言いますよ」 『あー、あー』 『テステス、本日は晴天なり』 「なっはっは、雨ふってるじゃないすか愛さん」 「黙ってろ」(ずびし) 『えーっと、見てのとおりだ』 『なんか言ってくるバカがいたけど、ご覧の通り怖がる必要はない』 『雑魚が何人集まろうと、うちは関係ない』 『アタシらの世界の動向なんて気にしなくていいから、フツーに生活してくれ』 「「「……」」」 『えと』 『もしあいつらから何かされたときは、1年の葛西久美子を頼れ。……アタシのとこには来るなよ、めんどくさいから』 「「「……」」」 『以上』 『……ン』 『晴れたか』 「「「……」」」 「「「……」」」 「「「…………」」」 パチパチパチパチ。 どこからか起こった歓声と拍手が全校に伝播していく。 俺も一緒に拍手してた。 「すっげー、辻堂さんすげー」 「むちゃくちゃカッコよかったタイ」 「俺、湘南BABYのファンだったけど今度からは辻堂さんのファンになるわ」 みんなの顔が明るい。 「……はぁ、ケンカより緊張した」 「辻堂さーんっ」 「きゃーきゃーきゃー! かっこい〜〜っ!」 「う……」 「クミ、あと任せた」 「は、はい」 辻堂さんはそそくさと去っていった。 はー、 カッコよかった。 思わず見惚れてしまった。 ……昨日とは別人みたいだ。 「まったく、これだから不良は」 「おいおい、辻堂さんは俺たちのために」 「分かっているさ」 「逃げる相手を捕まえたこと、辻堂1人で片付けたこと。そして最後には、あえて余裕を見せたこと。いずれをとっても演目に近い立ち回りだった」 「安心感を演出するためだろう」 俺もそう思う。 突然やってきて校内を荒らした『他校の悪者』を、『稲学の生徒』辻堂さんが倒した。 稲村の生徒が喜ばないわけがない。 そして最後の勝利宣言。あれは盛り上がる。 あれでみんな、恐怖が完全に払拭された。 ここ数日校内に漂ってたピリピリ感が引いている。 「といっても彼女を認めたわけではないがな」 「どうして?」 あんなにカッコよかったのに。 「不良は所詮不良だ。ほら、みんなも」 「でも20人を秒殺って、やっぱこえーな彼女」 「頼りになるけど、近づくのは怖いタイ」 「ファン活動は影からさせてもらお」 「あらら」 みんな辻堂さんに好感をもったわけじゃないらしい。 あくまで他の不良への抑止力。それ以上でも以下でもなく、本人のことは怖がってる。 うーん……。 俺たちを安心させるために色々してくれたのになぁ。 ちょっと残念だった。 「じゃ、ゴミの始末任せた」 「ウウ……」 「いてぇよぉ」 「ちょうど新しい薬の被験者が欲しかったんだ」 「クククク……なにが起きても身元不明で済むモルモットがこんなに。これだから稲村はやめられん」 「ひいい」 「懲りたら二度とうちに来るんじゃねェ」 「……ふぅ」 「……」 「……うー」 「どうした?」 「あーっ、ちくしょー恥ずかしい」 「族の総長やってて恥ずかしがり屋か?」 「うっせーな」 「あんなの普通しないだろ。全校生徒に向かって『勝ったどー』宣言とか」 「まあ授業中に拡声器を持ち出す生徒は少ないが」 「あーもーっ」 「ふふ、あの女の娘にしては可愛いもんだ」 「母さんのこと知ってんの?」 「私くらいの年頃ならみんな知ってる」 「はぁ……だいたい母さんのせいだよ。あんな伝説残してるから娘のアタシがケンカ売られて。で、今みたいになる」 「買ってる時点で同罪」 「アタシはナメられるのが嫌なだけだ」 「ま、自分で選んだ道ってのは確かだけど」 「……」 「やっぱり親子、か」 「フン……」 「あ、先生って猫好き?」 「猫? もちろん好きだぞ」 「猫の毛から新しい薬が作りたくて、いま健康な野良を集めているんだが……それが?」 「なんでもない」 ・・・・・ 「くっそー! 辻堂めぇええ〜〜ッ!」 「いやー、ボロ負けだったっての」 「あたしが起きてればラクショーで勝てたのに。ティアラに邪魔されたシ」 「いやー、カッコ悪かったっすねー」 「アンタら負けたのにノリが軽いんだよ!」 「とくに梓! テメェ途中で逃げただろ!」 「にゃはは、辻堂センパイが来たから、こりゃヤバいなーと思って隠れてました」 「がぁあっ、ほんっと勝ち試合しかしないわねアンタ!」 「弱いやつは徹底的に潰し、強い相手は徹底的に避ける」 「これぞ! 乾必勝の極意!」 「やかましい!」 「今日はリョウがいてくれて助かったわ」 「……」 「もう異論はないわね。リョウも江乃死魔幹部、私の直近につけるから」 「えー?新入りのくせにもうあたしと同列になるのー?」 「今日の実績とこれまでの経歴からすりゃ、フツーの待遇よ」 「これでようやく信頼できる部下が4人になったわ。江乃死魔四天王。揃えたかったのよねー」 「つーかハナは加入が古いってだけで、江乃死魔の役に立ったことなくね?」 「なぬぃ!?」 「ないわね。1回もない」 「ひど!れんにゃ! れんにゃひどいシ!」 「小さいころのあだ名使うな!」 「だってぇ……」 「まあハナは、ムードメーカーってことで」 「だよね!あたしがいないと江乃死魔もりあがらないもんね!」 「幼なじみだからって露骨なひいきっすね」 「で……いいわねリョウ? 幹部ってことで」 「……」 「受ければ俺の部下の待遇は」 「当然よくなる」 「湘南BABYは新入りだけど、江乃死魔内でもかなりハバ利かせられるわ」 「いいだろう」 「具体的にすることは」 「基本は週3くらい会議に出るだけ。やることはその都度伝えるから」 「了解した」 「失礼」 「……」 「あっさり話が進んだわね」 「骨のありそうなやつだから、歓迎だっての」 「大人しい時代だったとはいえ、一度は湘南最強に上りつめた身だもの。骨があるのは当然」 「頭脳、腕っ節、度胸。どれをとっても申し分なし。義理堅そうだし、いい買い物したわ」 「でもちょっととっつきにくいっすね」 「あんまりしゃべらないし、根暗そ〜」 「そこがいいんじゃない。シブくて」 「……」 ぴっぽっぱっ。 「……」 「もしもしお母さん。私」 「例のクラブ活動、これからは週3になりそう。おうちのこと手伝えるよ」 「今日は早く帰るね。あ、夜ごはんなに?」 「春巻き? やったぁ」 「リョウはケンカより、隊の維持についてもらうわ」 「辻堂の相手をさせるやつが必要ね……」 「なーに、俺っちがいれば楽勝だっての」 「30分前に負けただろうが!」 「うぐっ、あれは泥で滑って」 「自分も辻堂センパイとはやりたくないっすね〜」 「情けない」 「任せてれんにゃ!あたしがいりゃ辻堂の1人や2人楽勝だシ!」 「はいはい。で、辻堂の相手だけど」 「やっぱ人数集めて叩くのが一番じゃないすか」 「いま江乃死魔は150人。全員でかかりゃ」 「悪くはないけど……厳しいわ。犠牲がでかすぎる」 「雑魚なんていなくなっても補充きくシ」 「お前もその雑魚だっての」 「人数全体は減っても補充できるけど、一度のケンカで大人数を犠牲にするのは危険だわ」 「組織ってのは一気に数を減らすと統制がとれなくなる。辻堂を倒したって江乃死魔が分解したら本末転倒よ」 「なるほど〜」 「ははっ、やっぱ恋奈様は頭いいっての」 「……」 (正直、150対1でも厳しそうだし) 「……」 「あの女を仲間に引き込めれば、なんとかなるんだけど」 「……あいつね」 「誰だい?」 「分かるでしょ。この湘南で唯一、辻堂とケンカして引き分けてる。三大天最後のひとり」 「……『皆殺し』」 ・・・・・ 結局あのあと、辻堂さんは帰ってこなかった。 クラスは1日中、彼女の話題で持ちきりだったが、本人がいないんじゃ盛り上がりに欠ける。 帰りにはもう普通の学園に戻ってた。 「ヴァン、一緒に帰れる?」 「すまない、寄るところがあるんだ」 「駅前にフランス語の教室があるそうで、アンニュイの意味を聞くために行ってみる」 「ヴァンのそういうとこ尊敬するよ」 「長谷君もお帰りですか?」 「うん、準備会はないからね」 「そうですか……」 昨日のことが引っかかってるんだろう、委員長は3会の準備が気になるようだった。 ……俺も気になる。 準備というか、準備で俺とペアになった相手が。 辻堂さん……話したいことがあったんだけどな。 ちなみに荒らされた校庭は、もう部活動で普通に使えるくらい整備されてた。 俺は帰る。 「……」 昨日、猫のいた場所からは、風で飛ばされたのか、もうダンボールも消えてた。 昨日のことが夢だったみたく思える。 あ、 猫がいなくなった代わりみたいに、いつもの人が座ってた。 「あの」 「……」 「あのぅ……」 「……」 無視。 一瞬こっち見たけど、反応0でそっぽ向かれた。 まいっか。 「はいヒロシちゃん」 「どもっす」 近くの惣菜屋さんで夕飯の買出し。 今日はおみやげに春巻きをもらった。 店を出ると、 「あ……おばあちゃん」 「おや大ちゃん、おかえり」 お隣のおばあちゃんが、またお地蔵さんにお供えしてた。 今日はきゅうり2本。 「昨日は雨で来られなかったから、今日は新鮮なきゅうりにしたんですよ」 「ふーん」 イボつきの美味しそうなやつだった。お地蔵さんも喜ぶだろう。 一緒に帰る。 ただいま。 姉ちゃんはまだ学園。 昼の事件のせいで、今日は先生たち大変そうだった。まだいま働いてるんだろうな。 帰ったらすぐご飯にできるようにしよう。準備にかかる……。と、 「あ」 そうだ、ジンジャーが切れてるんだ。 時間あるし、買いに行くか。 あれは孝行さんにはないので、ちょっと遠い商店街まで行く必要がある。 ……めんどくさい。思いつつ、孝行さんの前を抜けた。 「……あれ?」 お地蔵さんの前に、さっきのきゅうりがなかった。 商店街へ。 潮風にさらされる商店街は、街灯やシャッターなど色んなところがさびてておんぼろだが、ある程度にぎわってる。 近くにペタスモールとかいう大型商店が出来たから、これから苦しくなるのかな? 俺はああいうショッピングモールより、こういう商店街の空気が好きだ。 酒屋でジンジャーと、あとビーフジャーキーを買った。 あとは……。 せっかく来たから、何か他に買うものあるかも。見てまわる。 あれ、 「委員長」 「長谷君。お買い物?」 「うん、ぶらぶらしつつ、ね」 「委員長は?」 「そこのお店でティッシュが安売りしてましたので」 「ティッシュ……あっ、しまった」 このあいだ告知してあったっけ。狙ってたのに。 「いまから間に合うかな」 「私が買ったときあと4パックだったので……」 「ああ〜」 さすがにもうないか。残念。 「1パック譲りましょうか?」 「いいよいいよ、お1人様2パックまででしょ」 それより……袋を見せてもらう。 ティッシュのほかに、スポンジ、クリーム、洗剤など。 「委員長もたいがい主婦だね」 「あはは、家のことはだいたいやってますので」 他にツボの指圧器とか黒酢とか、おばさんくさいものも見えたがスルーしよう。 「来週の安売りなんだった?」 「歯ブラシだそうです」 「ラッキー。ちょうど買おうとしてたんだ、絶対来よ」 「長谷君も主夫ですね」 「……だね」 なんか悲しくなる。 俺と委員長は似たもの同士らしい。 「そうだ、辻堂さんのことですけど」 「うん?」 「えっと」 「……すいません。準備会ないってさっきも聞きましたね」 「ああ」 辻堂さんが気になってる点も似たもの同士だ。 行く方向がちがうのでそのまま別れた。 ・・・・・ 辻堂さんの……。 「……」 「?」 「なに見てんだコラ」 寄ってきた。 「なんか用かオイ。テメェオレがどこの誰だかわかってんだろうな」 しかもいきなりふっかけてくる。 正直、タチ悪い子だと思った。 でも……。 「えっと、君、辻堂さんの……だよね」 「愛さん目当てか?ざけんなコラァ、愛さんにケンカ売るなら、まずは1番の舎弟であるオレに話通して……」 「いやいや、ケンカじゃないって」 俺の顔は覚えてないらしい。 「じゃあなんだよ」 「今日はあんなことがあったじゃない。怪我とかないかなって」 「ほら、彼女早退しちゃったし」 「……」 急に黙りこくる。 満面の笑みになった。 「なるほどテメェあれだな、愛さんのファンだろ」 「いやーそうだよなぁ、愛さんだもん、ファンは多いよなぁ常識的に考えて」 「見る目あんぜオイ」 背中をバシバシされる。 んーむ、この『仲間を褒めるとすぐ心を許す』感じ、ヤンキーっぽい。 「安心しろ怪我なんざねーよ。愛さんは無敵なんだ、あんな雑魚相手に不覚をとるなんてありえねぇ」 「まっ、心配したってのはいい心がけだぜ」 またバシバシ。 そのまま機嫌よさそうに去っていった。 詳しいことは聞けなかったが、辻堂さんが異状ないなら、それでいいか。 俺は反対側へ。 ・・・・・ ……あ。 ペット屋の前に、猫用品のワゴンが出てた。 つい足を止める。 「……」 ・・・・・ うち、猫いないのに猫じゃらしなんて買ってどうするんだ。 他にも爪とぎのやすりとか、エサとか、いらないものを色々買ってしまった。 安かったからいいけど、置く場所に困るな。 「……」 辻堂さん、例の猫どうしただろ。 もし辻堂さんの家で飼うなら……、あげようかな。 喜んでくれるかも。 べ、べつにそれが目的で買ったわけじゃないけど。 「……はぁ」 いつもの彼女がまだいた。 「……お腹すいた」 「?」 元気がなさそう。 「昨日はなかったし……今日はきゅうり2本て」 「全然足りねー」 「あの」 声をかける――。 「あ?」 うお……っ!? 瞬間、腰が抜けそうになった。 睨まれただけ、それだけなのに。 辻堂さん並みの迫力だ。 やっぱこの人、ヤンキーなんだ。 「いま話しかけるな……コロすぞ」 「す、すいません」 イライラしてるらしい。 なんか気になるからよく声をかけてきたけど、今後は控えたほうがいいだろうか? 「……」 ギュンッ! 「どわっ!?」 速い。 一瞬で目の前にきた。 「えっと……缶詰か、これでいいや」 「え? あれっ?」 気付いた時にはビニール袋を取られてる。 「もらうぞ。私が機嫌悪いときに話しかけた罰な」 中の缶詰を奪い、勝手にあける彼女。 「あちょ、それは――」 「んがふがふ……。……なんだコレ味薄いな」 「まあいいや、肉ならなんでも」 食べちゃったよ。 半分くらい一気にかっ込み。 「ふぅ……、あー、これだけでいいから、消えていいぞ」 しっしっと手をひらひらさせる。 そういえばこの前も焼き鳥とられたっけ。お行儀の悪い人らしい。 でも、それ……。 「あんだその目、文句あんのか」 「いいだろ缶詰の1個ぐらい。どこにでもある猫の顔がかかれた……」 「……」 「……」 「……これ、猫の肉か?」 「いえ、猫のエサです」 「ああ良かった。さすがの私も猫と犬の肉は食いたくねー」 「エサかい!」 「すいません!」 あやまる。 胸倉をつかまれた。 「テメーなんのつもりだゴラァア!」 「すすすすんませんすんません!」 「よく寝てるからって人を獣扱いか? あ!?」 「そ、そんなことは」 野良犬みたいとは思いましたけど。 「この私が舐められたもんだぜ」 「いくらいい肉使ってるからって」 「いい肉……」(かぷ) 「ン……シーチキン? でも肉の味がする。トロみもついてて……」(んぐんぐ) ごっくん 「ぷは〜♪」 「ブチ殺されてーのかコラァァアアアア!」 「ひえええ」 全部食べた缶を投げ捨て、また胸倉を掴んできた。 すごいパワー。足が浮く。 「〜〜〜ッ!」 「ったく」 「まあ久しぶりに結構食えたからいいや。行っていいぞ」 「は、はぁ」 解放された、助かった。 「……」 「……いまの缶詰、もう1個くらいねーの?」 「あれだけです。ワゴンにはたくさんあったんですけど」 「チッ。使えねー」 「……」 「……ワゴン」 「あのぅ」 「あ?」 「人として大事なものを無くす前に、うちに来ません?」 「はぁ?」 「簡単なものでよければご馳走できます」 「……」 「あー、勘違いすんな。売りはやってねーよ」 「ウリ?」 「いやいやいや、そういう意味じゃなく」 「結果的に猫缶食わせちゃったのは悪かったですし、それに」 「それに?」 「……」 「ちょっと……イイことしておきたくて」 「?よく分かんねーやつだな」 「まあいいや。くれるっつーんならもらおうか」 「はい」 「くだらねーモン出したら……殺すからな」 ・・・・・ 「いただきまーす♪」 「ごはんっ♪ ごはんっ♪ ほっかほかごっはんっ♪」 「カツカツカツカツばくばくもぐもぐンぐンぐもぐもぐごふごふごふごふ」 「おかわり!」 「はい」 「わーいっ♪」 「ガツガツばくばくんぐもぐもぐもぐ」 なんか急に可愛くなったが、食べ方はワイルドだった。 丼いっぱいのご飯とともに、さっき孝行で買って来た惣菜が消えていく。 「んぐんぐ」 「このシュウマイ『孝行』の?」 「あ、知ってますあの店?」 「おう、古いダチの家なんだ」 「あそこハズさねーよな」 「どれも美味しいですよね」 「ん〜♪春巻まである〜、幸せ〜」 「いっつも前を通ってもニオイだけで、置いてあるバナナやきゅうりで誤魔化してたからな〜」 へ? 「ぷは〜っ。ごっそさん」 見事に炊飯器の中を空にして、パンッと手を合わせた。 今晩どうしよう? ……スパゲティでいっか。 あんなに気持ちいい食べっぷりを見たら満足だ。 「は〜、満腹〜♪」 「なによりです」 「美味かったぜ、孝行のやつも、ダイが作ったっていう味噌汁も」 「ダイ?」 「お前、ながたにダイって言うんだろ?」 ながたに? あ、長谷大だからか。 「なんで漢字のほう知って?」 「これに書いてある」 財布をとりだし、中からレンタルビデオのカードを取り出した。 長谷大とフリガナなしで書いてある。 「なるほどね。でも名前はダイじゃなくて……」 「待ったぁ! なんで俺の財布もってんすか」 「なはは、さっき私のこと売りと間違えたじゃん。精神的慰謝料もらおうと思って」 「いやいやいや。そっちが勘違いしただけでしょ」 「はいはい、だから返すよ」 「無駄に金はとらねー主義だ。無礼な野郎はケツの毛までかっぱいでやるけどな」 投げ返してくる。 「こんな体してると、月に1回はエロいおっさんが寄ってくるんだよな〜」 ぐーっと背を伸ばす。 たぷんっ。 「……」 なるほど。 「ま、おかげで月1回は美味いモン食えるけどさ」 「え……」 「売ってねーよ。メシだけおごらせるんだよ」 「なるほど」 それはそれで問題だと思うが。 「栄養は摂ってねーのになんでここだけ増えるんだろ」 ぷるぷる。 (じー) 「お前、正直者って言われない?」 「はい、よく言われます」 「ウソつけねータイプだわ。とくに目線」 「う……すいません」 外す。 「……」 「おもしれーやつ」 あ……。 笑うと可愛い。 (じー) 「なにか?」 まっすぐに見つめてくる。 美人なんでドキドキした。 「お前の顔、どっかで見たことある」 「毎朝顔合わせてますから」 「そうだっけ?」 「ほら朝、えっと……あなた」 「マキ」 「マキさん」 そういえば名前も聞いてなかった。 「よく堤防のところでぼーっとしてるじゃないですか」 「? なんで知って……」 「あ! その声……、いつもオハヨーオハヨーうるせーのテメーか!」 「すいません、あいさつは習慣なんで」 「あれってなにしてるんですか?登校ぎりぎりまでいますけど」 「別に。時間つぶしてるだけ」 「消費カロリー最小限にしてしのいでんの」 「ゆっくりするなら家でいいんじゃ」 「寝床は小屋使ってんだけど、そこのジジイが4時に起きるから5時に出ないとダメなんだよ」 「おじいさん、厳しい人なんで?」 「ああ、猟銃とか持ち出してくるんだ」 「早起きしないだけで猟銃……、すんごいスパルタですね」 「まったくだぜ。ちょっとトラクターをベッドにしてるだけなのに」 「小屋くらい使わせてくれてもいいじゃんなあ?」 「……」 ん? なんかおかしい。 えっと、 「ちなみにおじいさんの名前は?」 「知らねーよ、猟銃持ってるジジイ」 「ご家族ではない?」 「わけねーじゃん」 「じゃあ小屋を使ってるのは」 「不法占拠だな」 うおおーい。 最近ヤンキーをよく見ると思ったら、この人が一番アウトローだった。 「失礼ですが……ご実家は?」 「初対面で聞くことじゃねーぞ」 「まいっか。私、いま家出してるから」 「ハハハ、たくましいことだ」 野良犬っぽいと思った俺の直感は当たってたらしい。 「1人はいいぞー気楽で」 「まっ、学費はばあちゃんが出してるから、自立とはいえねーけどな」 「でもたくましいです」 「さってと、んじゃお暇するわ」 たちあがるマキさん。 「あのっ、ちょっと待った」 「ん?」 「マキさん……食事、困ってますよね」 これまでの話を総合すれば分かる。 「ンまあ人生の9割は空腹だ」 「気が向いたらでいいんで、うちに食べに来ます?大したもてなしはできませんけど」 「あ?」 ちょっと心配だ。出来ることはしてあげたい。 マキさんは眉をぴくつかせると。 「哀れみか?」 「いや、そんなことは」 「施しはうけねーよ。プライドってもんがある」 「そうですか」 「もうここに来ることはない」 きっぱり言う。 野良犬扱いは失礼だったか。 アウトローだけど、それなりの美学がある人らしい。 「そう……残念だ」 「親からたこ焼きのもとが大量に届くから、処分に協力して欲しかったのに」 「たこ焼き……?」 「買いすぎたコンビーフもどう使うか困ってるし」 「コンビーフ……」 「いまゴーヤチャンプルの練習してるんだけど、味見してくれる人が欲しいなーって」 「ごぉやちゃんぷるぅ……」 「好き嫌いがないようで」 「気が向いたらでいいんです。お腹すいたらいつでもどうぞ」 「……チッ」 「施しはうけねー………私にだってプラ………」 「言い切れてないです」 「ほろこひはうけらいの」 「よだれ出すぎです」 「施しなんて思ってませんよ」 「マキさん、美味しそうに食べるから、俺が食べて欲しいんです」 「……」 「気が向いたらな」 行っちゃった。 ちょっとウザかったかな。 まあいいか、こっちだって悪気はない。 マキさん、前から気になってたけど、今日は別の意味で気になる人になった。 ……辻堂さんに似てる。 「……」 しかし我ながら、世話焼きすぎかな。 人の世話をするのが好きなのかも。 「ただいまヒロー! フロメシネルー」 情操教育の賜物だな。 「ふぃーっ♪ 久しぶりにお腹一杯」 「〜♪ いい風だ」 「……」 「……ハセヒロシ、か」 「ん? ダイ、ヒロ……どっちだっけ」 「ガンつけてもちっともビビらなかったけど、私が誰だか知らねーのか?」 「急に鰹節買って来いなんて、どうしたんだろ愛さん」 「……ひっ!」 「あ?」 「っ、ぉ、おまえは……」 「はぁ? 誰だテメェ」 「クミ、おせーぞ」 「っ、愛さん……」 「ん?」 「よぉ」 「ひぁ……、あ――」 「……」 「……」 「今夜は暴れたい気分じゃない」 「……フン」 「大丈夫かクミ」 「く……くそぉお……ビビっちまった。腰が抜けそうになっちまったぁ」 「気にすんな。アレが相手じゃしょうがねーよ」 「ダメっすよ愛さん! オレぁ自分が情けないっす!」 「辻堂軍団ナンバー2であるこのオレが……。愛さん卒業後の辻堂軍団を率いなきゃならないこのオレがぁあ〜!」 「落ち着けって。あとアタシが卒業したら辻堂軍団て名前は変えてくれ」 「うぉおおおお殴ってください愛さん!情けないオレを殴ってください!」 「いや、だから」 「お願いしますよ! オレの気がすまねーんすよ!」 「くださいよ! ねえ! すごいのをちょうだい!」 「ごはーっ!」 「反射的に殴っちまった」 「ああぁ〜、効く〜。最ッコーっす愛さん」 「もうなにも怖くない!」 「アタシはお前が怖いけどな」 「あとは軍団の名前を貶めた落とし前を――」 「稲学伝統の乙死舞108式其の7!『江ノ島狂死愚』!泳いで江ノ島一周してきまーす!」 「鰹節は置いてけ」 ふぅ、 マキさん、意外なキャラだったな。 もっと飄々としてるかと思ったけど、手のかかる子供、みたいな。 「手が休んでるわよー」 「はいはい」 ぎゅう〜。 「あ〜〜〜そこそこ。効く〜っ」 肩のイイところを強く按摩してやる。幸せそうに鼻をならす姉ちゃん。 マキさんはこのモードの姉ちゃんと似てる気がする。 てことはマキさんにも別のモードがあったり? 見てみたいかもしれない。 ……どんな人にも二面性はあるわけで。 「また手が休んでる」 「うっさいな」 ちょっとくらい物思いにふけらせてくれ。 肩は叩く感じでほぐしつつ、背筋のラインにそって指圧していく。 タンッタンッタンッタンッ。 「っ、っ、っ、っ」 ぎゅう〜〜〜。 「おおお〜〜」 「やっぱウマいわねヒロは」 「仕込んだのは姉ちゃんだろ」 週に2、3回はやらされるのだ。 「勉強したわけでもないのに店出せそうなレベルとか。才能だと思うわよ」 「ありがと。嬉しくないよ」 いらん才能を開花させおって。 ウリウリウリ、 「あああ〜、さいこ〜」 ま、喜んでくれてるからいっか。 今は少しでもいいことをしたい。 「委員長?」 「あら坂東君。こんな時間に奇遇ですね」 「フランス語教室の講師と話しこんでしまってな。そっちは?」 「買い物です」 「それは……指圧器か」 「あ、あはは。おばさん臭いとは分かってるんですけど、肩が凝ってしょうがなくて」 「ふむ」 「1人卓越したマッサージ師を知っているぞ。紹介しようか……」 「……」 「どうしました?」 「いや、よそう。忘れてくれ」 「アレを受けたら……2度と戻れない体になる」 「んほぉ〜〜〜っ! おっ、おおっ、おうううう」 「そらそら、ここだろ、ここがいいんだろ」 「らめぇええ、もっ、アヘっちゃう、肩がよすぎてアへっひゃううっ、あう、はおおぉおん」 「ククク、あんなにキツキツだった肩がどんどんユルんでくじゃねぇか」 「バカになるっ、バカになっひゃううう。すごっすぎて冴子の肩ダメになっちゃううぅう!」 「そらそらそら! 夜は終わらねーぜ!」 「ンギモッヂィイ!」 「くぁぁ」 「おぁよー」(ぼりぼり) 「おはよう」 「びっくりしたぁ」 「ひどい寝癖よ、寝ぼすけさん」 クスクス笑いながら、ハネた髪を撫でてくる姉ちゃん。 「なんでいきなりこのモードなの?」 「今日は早く行くのよ。昨日言わなかったかしら」 「昨日はメシ食って風呂はいってビール飲んで、肩揉んでたらそのまま寝たじゃん」 「そうだったわね。うふふ」 口元に手をあてて笑う。 「じゃあ先に行くわ。遅刻しちゃダメよ」 「う、うん」 くそう。ドキドキしてしまう。 美人てそれだけで軽めのチートだ。 姉ちゃんは先に行き、俺は遅れての朝食。 姉ちゃんの用意したシリアルとコーヒー。 たまにはインスタントなモーニングもいいもんだ。 ご飯炊いたけど、無駄になっちゃったな。 ……そうだ。 「おはようございまーす」 「おうアンちゃん、いつも元気だな」 いつも通りご近所さんとあいさつしつつ、マキさんのもとへ。 でも、 「あれ?」 いなかった。 おかしいな、この時間はいつもいるのに。 昨日のことで避けられたか? 「せっかくおにぎり作ってきたのに……」 「わっっ!」 「どわ!?」 びっくりした。 手にした袋をかっぱらわれる。 「ハッハー! おにぎりいただきー!」 「あっ、ちょマキさん?」 「持ってくならこれも一緒に。さっき漬けたおしんこが良い塩梅で……」 「施しはうけねーよ!」 行っちゃった。 うーん、よく分からん人だ。 まあいいや、俺も学園に……。 「わっ!」 「うわ!」 「おしんこもいただき!」 「普通に持ってってください!」 よく分からん。 「おはよう」 「おはよう」 「朝から疲れた様子だが」 「朝から心臓が何度も跳ねて痛い」 「大変だな」 あ……。 「……」 辻堂さん。 姿を見ただけで、心臓がまた跳ねだした。 「ねーねー辻堂さん、昨日かっこよかったよ〜」 「う……。あっそ」 「噂には聞いてたけどメチャメチャケンカ強いんだね」 「いつもあんな感じなの?」 「別に」 「なんかすっごい武勇伝ありそう」 「聞きたい聞きたい聞きたーい」 「な、馴れ馴れしいぞ」 昨日のせいで今日は人気者で、辻堂さんはすぐにいろんな子達に囲まれた。 本人はガン無視決め込んでる模様。 ……ちょっと顔が赤いような? 話、したいんだけど。無理っぽい。 「……」 でもたぶん、放課後に一度チャンスがある。 もしそのとき彼女と会えたら、 怖がらずに話せる気がした。 ・・・・・ というわけで放課後。 今日も準備会はないので直帰していい。 でも俺は、あえて会議室へ向かっていた。 中には入らない。鍵もかかってるし。 ただ15分ほど時間をつぶして、 教室に戻った。 「ン……」 やっぱりだ。 火曜と同じく彼女がいた。 まるで俺を待ってたみたいに。 いや、『みたいに』じゃないのも分かる。 「なあ……」 ほらね、普段は接点ないのに話しかけてきた。 情けないことに俺は、それでようやく彼女と話す勇気をもてた。 教室じゃ人目があるな……。 「ちょっといい?」 「あ?」 「こっち来て」 人気のない場所を探した。 ・・・・・ 「お? あれは……」 「愛さんですね」 ここでいいか。 「……」 辻堂さんはいぶかしそうに眉をひそめてる。 「えっと、言いたいことがあって」 「……ふぅ」 「辻堂さん?」 「いつか来ると思ったけど、いい気分じゃねーな」 「クラスメイトから決闘を申し込まれるのはよ」 「はい!?」 「いいぜ、クラスが同じよしみだ。立会人なし、ルールなしで勝負してやる」 「つってもアタシはこの身ひとつでやるがな」 「テメェは好きにしろ。武器を使うなり仲間を呼ぶなり」 「いやいやいや! なんでそうなる?」 「屋上っつったら決闘だろ?」 「ないですって」 「じゃあ何の用だよ」 「えっと」 出鼻をくじかれたが、早く切り出そう。また誤解されそうだ。 「猫……」 「は?」 「この前の猫、どうなった?」 「……」 「は!?」 「てめっ、なんで知ってんだクミにも言ってねーのに!」 「水曜に拾うところを見てて」 「が……っ!」 「くそっ、あの大雨だから誰も見てないと思ったのに」 「隠さなくてもいいじゃない」 「俺、感動した」 「な……っ、ぐ――」 「テメェ、アタシのことナメてんのか」 「そんなこと……ぐぇ」 胸倉をつかまれる。 「アタシは辻堂愛だぞ。分かってんのか」 「不良界に知らない者はない。北は北海道から南は沖縄までその名が知られた、湘南最強のヤンキーだぞ」 「そこまですごいの?」 「札幌のヤンキーから果たし状がきたけど、『時計台の前まで来い』って言われて困ってる」 「これがどういう意味か分かってんのか!」 ヤンキーは頭がよくない。 「そんなアタシが猫を拾ったなんて……もう……」 「う〜……」 「だっ、誰にも言ってねぇだろうな!」 「言ってないって」 「ほ……」 大きく安堵の息をつく。 教室じゃクールだけど、焦るとこうなるんだ。可愛い。 「猫、好きなの?」 「可愛いんだ」 「こう……あごを撫でるとさ、だんだん力が抜けてって、そのうちお腹を出して寝るから……」 「可愛くねーよバカ野郎!」 だいぶ混乱してるらしい。 「あ、あの猫はアレだ。サンドバッグにしてんだよ」 「うちでもうボロボロだぜ。助けてー助けてーってニャーニャーないて、アタシが帰るの怖がってんだ」 「てことはまだ辻堂さんの家に?」 「うん。ちょっと食欲がないから、元気になるまではって」 「あっ、元気になったら虐待するけどな!」 「そういうのいいから」 「……〜〜」 金に染めた髪をくしゃくしゃと引っかく辻堂さん。 落ち着くまでしばらくかかりそうだ。 「なにぃ? 愛さんが男と屋上に?」 「ええ、2人っきりでしたわ」 「屋上……この時間に人はいねーな」 「決闘か」 「どちらもリラックスした様子でしたよ」 「あの愛さんだぞ。決闘くらいリラックスしてでも受けれるだろ」 「そうでっかぁ? ひひひ、愛はんもあのルックスやもん、男と2人ですることはひとつなんちゃいます?」 「ッッッざけんなゴラァァァァアアア!」 「ぎゃわー!」 「あああ愛さんが男なんぞになびくわけねーだろうが!」 「愛さんはなぁ、愛さんは永遠に美の化身なんじゃい!男なんぞに穢されてたまるかぁあああああっっ!」 「オレぁもう、オレぁもう愛さんを思うだけで……ああああああああ愛さぁああああーーーんっっ!!」 (……うわぁ) (この人ヤバい人だったんだ) 「集合だ! 大至急軍団全員を集めやがれ!」 「は、はい」 「……」 「落ち着きました?」 「……はぁっ」 「あーそうだよ。アタシは猫が好きだ」 「猫っていうか犬とかうさぎとか、だいたい好きだ」 「たまにこっそりペットショップ行って癒されてる」 そんなにか。 「商店街の?」 「いや商店街は知ってるやつが来るかもだからハマまで行ってる。あっちのほう何でもあるだろ」 「レンガ倉庫の近くにさ、デカいとこがあって」 「レンガ倉庫……そこ知ってるかも。入り口にでっかい水亀が寝てる?」 「知ってんの?」 「あの亀可愛いよなー」 「しっぽに触るとゆっくりパタパタさせますよね」 「あ、それいけないんだぞ。触ると亀のストレスになるからって」 「あの店のフクロウにエサあげたことあります?」 「ない。お前あんの? フクシ君、全然動かねーじゃん」 「店員さんにお腹空いてそうな時間聞くと、いい時を教えてくれますよ」 「へー」 「でもフクシ君ちょっとイヤだわ。いつも置物みたいなのに、急に動くからびっくり……」 「……」 「なに愉快にペット談義してんだコラァ!」 「す、すいません」 あんなに楽しそうだったのに。 「話を戻しましょう。辻堂さん猫は好きだけど、自分の家じゃ……」 「飼えない。父さんがアレルギーなんだ」 ってこのまえ言ってた。 「じゃあ今はどこに?」 「父さん出張が多いから、母さんに無理言ってる。でも早く引き取ってくれるやつ見つけないと」 「お前――」 「すいません。うちも両親がダメで」 「チッ、役に立たねーな」 「……すいません」 「……」 「あやまるなよ。動物好きなのに飼えないのは辛いよな」 「いや」 やっぱ常識はある人だ。 「里親、それとなく探してるんだけど見つからねーんだ」 「簡単なことじゃないですしね」 「辻堂さんの人脈でも無理ですか」 「アタシが命令できる範囲に、まともにペット飼えるやつなんているかよ」 なるほど。 「やっぱフツーのご家庭がいいだろうって、クラスのやつに聞いてまわってるんだけど」 「まわってた?」 昨日も今日も誰かと話してた雰囲気ないけど。 「まわってたよ」 「おい」 「(ビク)は、はい?」 「あー……っと」 (ビクビク) 「なんでもない」 「って」 「確かにまわってるけど、聞いてないです」 「今日はもっとがんばったんだぞ」 「おい」 「あっ、辻堂さん」 「なになになに? 武勇伝聞かせてくれるの?」 「〜」 「なんでもない」 「猫のねの字も出してないね」 「タイミングが難しい」 「里親探しか……」 「俺も手伝っていいですか」 「いいのか?」 「気になってたんです。協力させてくれると嬉しい」 「そか……助かる」 ほんの少し口元を緩ませる辻堂さん。 美形だからだろうか。ちょっと笑うだけで、すごく感じが優しかった。 「……」 水曜には気付いてたけど。 「いつくらいまでに見つけたほうがいい?」 「明日……最悪明後日」 「父さん明日には帰ってくるんだけど、2日も一緒だとアレルギーが出ちゃうから」 結構ギリギリだ。 「じゃあもう明日にも探したほうがいいな。ちょうど休みだし」 「ああ、そのつもり」 「知ってる人に声かけておくよ」 「頼む」 これでひとつの懸念は片付いた。 そしてもうひとつ。 「で……さ」 「ん?」 「えっと、受け取って欲しいものがあるんだ」 隠してた袋を差し出した。 「なんだこれ?」 中身を取り出す辻堂さん。 長い棒の先っちょから紐が伸びて、その先には丸いものが。 「モーニングスター?」 「殴打用の武器は関係ないです。棒はプラスチックだしボールはゴムでしょ」 形は似てるけど。 「猫じゃらし。明日までだけど、よかったら使って」 他にも爪とぎヤスリやブラシなど。 昨日ワゴンで買ったやつだ。缶詰はマキさんに食われたけど。 「へー、こんなのあるんだ」 「サンキュ、試してみる」 「それから……」 もうひとつ差し出す。 「本?」 「なんだよ。猫の飼い方とか……」 「……っ」 受けとった辻堂さんの顔が強張った。 渡したのは……こっちは猫関係ない。しおりだ。 例の準備係に配られる、3会のしおり。 「な、なんだよコレ、いらねーよ」 「ほんとに?」 「う……」 「……テメェ」 睨まれた。 ちょっと怖いけど、俺は引き下がらない。 確信がある。彼女は3会を気にしてる。 準備に参加したがってるはず。 「〜……ッ、いい度胸してんな」 ムッとした様子の辻堂さん。 でも猫の件でちょっと心を開いてくれたらしく、 「まあ楽しみは楽しみだよ」 「やっぱり」 「……いや楽しみっつーか」 「父さんと母さんが好きなんだ3会。2人、そこで会ったらしくて」 「へえ」 「だ、だから何ってことはねーんだけど。でも、あの、2人とも毎年すごい楽しみにしてて。だから」 「アタシがその準備、手伝えるなら……。ちょっと、嬉しい、かも、って」 途切れ途切れ、バツが悪そうに言う。 意外な一面だった。 「お父さんとお母さんのこと、好きなんだね」 「な……っ!」 「〜〜」 「悪いかよ」 「悪いなんて。すごくいいことだと思うよ」 「でもだったらなんで参加しないの?」 誰もが面倒くさがる準備会。だからこそクジで選ぶシステムになってるわけで、 準備が楽しみな子がクジを引くなんて相当な確率だ。 「出来るか」 「アタシは辻堂愛だぞ」 「なるほど」 納得の理由だった。 「……」 「長谷……勝手だと思うけど頼みたい。3会の準備がんばってくれ」 「アタシはできないから」 寂しそうに言う。 うーん。 準備自体は問題ない。仕事はほとんどないんだ、がんばるまでもない。 でもそんな顔をするなら、手伝ってくれればいいのに。 番長の面子とかがあるんだろうな。 「……」 「長谷?」 「例えばさ」 「辻堂さんは『準備会』でなく、『俺』を手伝う。ってのはどう?」 「は?」 「会議とかには出なくていい。俺がやるから、辻堂さんはサボればいい。番長らしく」 「俺は割り当てられた仕事の手伝いを、辻堂さんに頼む」 「辻堂さんが何をしてるかは俺しか知らない」 「どう?」 「え……」 なるほど。って顔。 「で、出来るのかそんなこと?」 「100%バレないとは言えないけどさ。でも」 「一緒にやろうよ」 「う、うんやる。やりたい」 がしっと手をつかまれた。 ……ちょっと照れる。 「じゃあ、次の水曜までだけど、よろしく」 「ああ」 「はは……っ、お前、いいヤツだな」 「それはないでしょ」 「いや、みんな言ってるよ。うちのクラスの長谷はいいやつだって」 「アタシも同感だ」 「〜……」 ちょっとどころでなく照れる。 「そうだ。それじゃあ……」 辻堂さんが携帯を取り出す。 「あ、うん」 こっちも準備。番号を交換した。 ……まさか辻堂さんの携帯番号を知る日が来るとは。 「……」 (……男を登録するの初めてだ) 「どうかした?」 「別に」 「それでさっそくだけど、なんか仕事ってあるのか?今日とか明日とか」 「いや、いまのところは。基本会議に出るだけで実働は来週の月、火だけだから」 「そっか」 働きたかったらしい。残念そうだった。 「じゃあ明日は予定通りポスターかな」 「ポスター?」 「ああ、作ったんだ。明日街に貼って回ろうかと」 「飼い主募集の?」 「うん」 「……」 可愛いこと考えるなーこの子。 でもまてよ。ポスターって確か……。 「……あ」 「どうした?」 「ちょうどいい。辻堂さん明日暇?」 「おう。だからポスターを」 「一緒にやろう。時間合わせて」 「別にそんなの1人で出来るぞ」 「猫のだけじゃなくて」 「3会のポスターも街に貼ることになってるんだよ。で、いまやる人の立候補を待ってるはず」 「俺はそっちやるから、辻堂さんは猫の……ね?」 「なるほど」 ぱっと顔を輝かせる辻堂さん。やっぱ笑うと可愛い。 「すごいじゃんお前」 「俺がすごいわけではないけど」 「よしっ、そうと決まればポスター貼りの立候補してくるよ」 「頼む」 「辻堂さんはもう帰っていいよ。あとでメールする」 「ン。明日何時とかもメールでいいな」 「うん」 誰かに取られるなんてまずないだろうけど、駆け足で屋上をあとにした。 ……浮かれてたんだと思う。辻堂さんと仲良くなれて。 「助かりますわ立候補してくださって」 「いえいえ」 当然ながら仕事は簡単に受けられる。 「ポスターの係に2年1組……あ、相方が辻堂さんになっておられるけど平気ですの?」 「はい。だいじょぶです」 怪訝そうな生徒会の人から、3会ポスターの束を受けとり、背を向ける。 たぶん『辻堂さんはサボるのにいいのかな?』みたく思ってるんだろうな。 普通に一緒にやるって知ったらどんな顔するだろ。笑ってしまった。 「……」 あれ? そういえば俺、 明日、辻堂さんと出かける約束をしたのか。 ・・・・・ 「……」 「長谷大……か」 「……ふふっ」 「集まったな! 行くぞお前ら!」 「「「オー!」」」 「つっても決闘だったら、決着がついてるころだけど」 「……」 「決闘じゃなかったら……」 「ぐぐぐぢぐじょー」 「ぐぐぐ……男だったら問答無用で稲学伝統乙死舞の儀、現行最悪と呼ばれる其の108、『飛び降り電波塔』で葬ってやっからな……」 「行くぞオラァ!」 「〜♪」 (最近の猫じゃらしってヘンな形してんだな) (これは? ……ああ、爪とぎ用の) 「あれっ、愛さーんっ!」 「クミ? なに集まってんだよ」 「大丈夫っすか? 屋上でなにしてたんすか」 「っ、別になんでもいいだろ」 「隠すなんて愛さんらしく……。……? なに持ってんすか?」 「ン……だからなんでもいいだろって」 (猫グッズ見られた。爪とぎ用の……) (ヤスリ!?) 「あ、アタシもう帰るからな」 「あ……はい、お疲れ様です」 「「「お疲れさまです!」」」 (早く帰って使ってみよ♪) (あんな先っちょの尖ったやすり……凶器じゃねーか) (猫じゃらしで) 「たっぷり可愛がってやるぜ」 「ひ……っ」 (おっと、でもその前に) 「こいつで削り取ってやらねーと」 「……」 「「「……」」」 「な、なんてこった。あの愛さんがとうとう凶器に手をだしちまった」 「あの素手でクマだって倒すという愛さんが」 「愛はんに武器やなんて、鬼に核ミサイルですやん」 「ヤスリで削ると言われたのは一体……。誰にせよかわいそうに、明日の日は拝めまい」 「〜♪」 ・・・・・ カチカチ。 『3会ポスター配布係、取れました。明日商店街を回ります』 メール送信。 「……」 「……」 「ヒロ? 携帯ジっと見てどうかしたの。嬉しそうだけど」 「いや、別に」 ニヤニヤしてたらしい。自覚なかった。 「明日出かける約束しててさ。いま連絡待ってるとこ」 「タロ君?」 「いや」 「ふふっ、女の子だったりして」 「まあね」 「へえ。珍しいじゃない」 「なにーーーーーーーー!?」 びっくりした。 「ちょっ!? 女!? とっ、出かける約束!?」 「うん」 「そんな驚くことじゃないだろ」 「あっ、う、あ、そ、そうね。別に普通のことよ」 「ハーッ、ハーッ、落ち着け〜冴子。素数を数えて落ち着くのよ。3.1415926……」 「〜♪」 「はっ、鼻歌なんて口ずさんで……!」 「おおお落ち着け落ち着け落ち着くのよ。ヒロだって気分がよければ鼻歌くらい歌うわ。私を思っての鼻歌なら鼻がすりきれてたところだわ」 「……コホン」 「ひ、ヒロ? お姉ちゃんお腹すいたな〜」 「ちょっと待って。いまメールの返事待ってるんだ」 「すげぇぞんざい……」 「落ち着け冴子。素数を数えて落ち着くのよ。バスト84ウエスト55ヒップ83……」 (ぼんやり) 「総スルー……」 まだかなー。 「ぐぬぬぬぬ」 「お姉ちゃんお腹すくと胃袋が爆発する病気なんだけど」 「もうちょっと待ってよ」 「うわーん。爆発するって言ってるでしょ〜!」 「ぐえ」 飛び乗られた。 首に腕が。 「早く夕飯を作れーっ!そんなにその携帯が! 他の女が大事なのかー!」 「おげぇぇええ分かった分かった」 頚動脈を狙ってくる。危ないから逃げた。 携帯をポケットにしまって台所へ。 「ほ……よかった」 「そうよねそうよね最後はこうなるわよね。ヒロが私より他の女を優先するなんてありえないわ」 「なにが?」 「ふふ、ヒロはお姉ちゃんが大好きよね」 「よく分からんけど、嫌いなわけないじゃん。姉ちゃんなんだもん」 「じーん」 「ほらねヒロは私が大好きー!」 「おっと着信。ちょっと待って」(サッ) メールが来た。姉ちゃんをかわしつつ見る。 なになに。 『了解。こっちもポスターの準備できた』 よし。 心置きなくお出かけできそうだ。 (またニヤニヤしてる……!) 『じゃあ時間を決めましょう。こっちは朝から行くつもりですが、何時ごろ合流できますか?』 送信。 しばし待つ。 プルプル。 「姉ちゃん? どうかした?」 「姉を大事にしない子はエンマ様に舌を抜かれるって、小さいころ教えたはずよ」 「それヴァンに言って恥かいたよ」 「あ、ゴメンちょっと待って」 メールでなく電話で返信が来た。 「はいもしもし」 『長谷?悪い、メール慣れてなくて。面倒だからこっちで』 「うん」 ギリギリギリ……! 『明日、朝から? 何時くらい』 「10時くらいかな。結構まわらなきゃいけないから」 『分かった。じゃあ10時で場所決めようぜ』 「いいの? 早いから途中合流でも」 『こっちの都合につき合わせてるんだ。アタシがいかねーでどうすんだよ』 「分かった。じゃあ朝からってことで」 朝から辻堂さんと一緒。 ……ちょっと緊張する。 『どこで合流する?』 「鶴岡八幡の商店街から行くから、鎌倉駅前、かな」 『了解』 『助かるよ。あっちの方ならあんまり稲学のやつもいねーし』 「いやいや」 『……』 「辻堂さん?」 『……長谷』 「うん?」 『ありがとー……な』 「ん……」 『アタシ……ほら、普段あんなだから、色々できないこととか多くて』 『でもその生き方を選んだのはアタシで、だから出来ないことあっても、仕方ないって思ってて。でも』 『……』 『ホント……感謝してる』 「……」 『長谷?』 「あっ? ううん、ゴメンゴメン」 ドキドキしてしまった。 電話だからか。元々彼女はこういう人なのか。思ったことをズバッと言ってくる。 ……いまどんな顔してるんだろ? 電話なのがもどかしい。 「……」 『…〜』 間ができたせいか、どっちも黙ってしまった。 沈黙が照れくさい。 えと、話題話題……。 「ね、猫どうしてる?」 『ン、ああ。ここにいるよ』 「ほら、挨拶しろ」 「ふにゃああ」 『はは、聞こえた』 「さっきもらった猫じゃらし、気にいったみたい」 「ほらっ」 「にゃうっ」(ぴょいっ) 「ほらほら〜」 「にゃあぁあ〜」(コロコロ) 「な」 『喜んでくれてなにより』 『元気になったね。この前より声がはっきりしてる』 「あん? この前って?」 『水曜日、朝にそいつのこと一度見てたんだ』 「そうだったんだ」 『はは、いまとなってはそのときさっさと拾ってやるべきだったって思うよ』 『こっちは一度見捨ててたから、辻堂さんがすぐに拾ってくの見て、すごいと思った』 「なっ、なんだよ急に」 「アタシは別に、こいつがすげー寂しそうな目で見てくるから、だから」 『だからすぐ助けようとした』 『それってすごいことだよ』 「う……やめろバカ」 『はは』 「〜」 「それに、結果的には朝は拾わなくて良かったじゃん」 『へ?』 「おかげでアタシはこいつと遊べるし」 「お前とも仲良くなれたし」 『あ……』 『うん。そうだね』 『じゃ、じゃあそろそろ』 「明日、たぶん1日作業になると思うんだ」 『そうなのか?』 「範囲が結構広いからね。湘南も狭いようで広いし」 「で、昼ごはんとか……」 『んー、そうだな』 「誰かに見られるとマズいなら」 『いやここまでお前に迷惑かけてんだ。見られたら見られたで構わねーさ』 『メシ、アタシに任せてくれ。美味い店知ってるんだ』 「そう? じゃあ任せようかな」 よかった。 一緒に食べられるか。食べられるならなにがいいか。確認しようとしたけど、どっちも片付いた。 「ははっ、にしても1日かけて湘南めぐりなんて、なんかフツーに楽しそうだな」 『だね。半分は仕事だけど、楽しめるに越したことはないよ』 「ああ」 「男連れて出歩くなんて初めてだから緊張してたけど、助かるぜ」 『うん。こっちも姉ちゃ……姉以外と出歩くってあんまりないから、ビクビクしてたよ』 「考えることはどっちも一緒か」 「まあそうだわな。男女2人だけとか……」 「……」 「……男と2人きり」 『デートみたいだね』 「は!?」 『は?』 『あっ! いやそうじゃなくて。もちろん仕事だけど。3会の……学園の仕事と、あと猫のためだけど』 「お、おう。そうだよ」 『……』 「……」 「猫のため、な」 『うん』 『じゃあそろそろ』 「おう。じゃ」 ピッ。 「……」 「あれ……? なんか暑い」 「にゃーん」 「はいはい」(ごろごろ) 「にぃい」 「お前よっぽど気にいったんだなこの猫じゃらし」 「お前……」 「名前どうしよう」 「……」 「……ラブ、とか」 「いやいや。飼い主に決めてもらやいいさ」 「なぁに愛、男の子と約束?」 「ふぇっ。ちょ、聞かないでよ母さん」 「あんなに大きな声、いやでも聞こえます」 「う」 「男の子となんて珍しいわね」 「珍しいって言うか、初めて?」 「ま、まあね」 「なんのお話してたの?」 「猫だよ。こいつの飼い主、探してくれるって」 「うにゃあ」 「そう」 「ゴメンね。飼ってあげたいんだけど、誠君がアレルギーだから」 「父さん、アレルギー持ちなのに動物好きだもんね」 「そうなの。もし見つかったらどれだけ症状が出ても遊んじゃいそうだから」 「うん。なんとか明日中に里親探してくるよ」 「あと……」 「?」 「……」 「母さん、3会、楽しみでしょ」 「ええ。誠君と初めて会ったお祭りだもの」 「急になぁに?」 「ふふっ、なんでもない」 「それで? 電話の相手、どんな子なの?」 「え……どうって、普通」 「堅気?」 「普通だよ。堅気って言い方やめて」 「やっぱり珍しいわ」 「好きなの?」 「そんなわけないじゃん。まともに話したのだって今日が初だよ」 「でも……」 「でも?」 「……」 「すげーいいやつなのは確か」 「度胸あるし、人のことよく考えてるし」 「あと」 「ちょっとヘンなやつ」 「そう」 「ふふっ、愛は単純だから、案外そういう子にはコロってイっちゃいそうね」 「な……っ」 「なに言ってんだよ。イくわけねーだろ」 「分からないわよ。アタシと誠君のときもそうだったもの」 「あ、ありえないって。アタシとあいつじゃ合わないよ」 「アタシみたいにデンジャーな日々送ってるのとは」 ・・・・・ 「デンジャー! デンジャー!」 ぎゅいィィイイイイ!! 「いいいいい痛い! 姉ちゃんマジ痛い!」 「弟がムカついたらツネってしまっていい。自由とはそういうものだ」 「ただの暴力だそれは!」 「ぐぁ痛ててててなにこの指技?!」 「ヒロには言ってなかったけど、お姉ちゃんじつは指の力が異様に強いお姉ちゃんだったの」 「たすけてー!」 「なんでアザだらけなの?」 「聞かないで」 翌朝10時。 約束したとおり商店街で待ち合わせる。 こっちは5分前に来たんだが、そのときにはもう彼女は来てた。 私服、初めて見る。 なんかイイな。スマートなボトムがよく似合ってた。 「つき合わせてんだ。こっちが遅れるわけにいかねーだろ」 とのこと。 俺としては付き合わされてる感覚はないのだが。 「猫のポスター持ってきてくれた?」 「ああ。これ」 どさっ。 「……辻堂さん」 「な、なんかマズいか?」 「100枚以上あるね……、全部貼るのは難しいかも」 「う……そっか」 「まあ出来る限りやっていこう」 デザインを見せてもらう。 シンプルなものだ。『もらってください』の文字の下に猫の写真。連絡先があって、 「……ぷっ」 「な、なんで笑うんだよ」 「これ描いたの辻堂さん?」 連絡先の横に、小さく猫が描いてあった。 横にはふきだし。『おねがいっ』の文字が。 可愛い。 「悪いかよ。こういうのあったほうが記憶に残りやすいだろ」 「いや、ゴメン。意外すぎて」 「てめっ、笑うな」 そんなわけで、ちらほらと人の流れ出した商店街を辻堂さんと回ることになった。 作業自体は単純だ。 「すいませーん」 「はい?」 「稲村学園のものですけど、ポスターの件で」 「あ、はい。うかがってます」 すでに話が通ってる店を回り店頭に3会ポスターを置かせてもらう。 そのとき、 「あの、ついでと言ったらなんですけど。こちらのポスターも置かせていただいてよろしいでしょうか」 「はい? ……へー、猫の貰い手をねぇ」 「もちろんどうぞ。あ、場所足りるかね」 「ええ。ありがとうございます」 「すいませーん」 「あいよぅ。稲村学園の子だね」 こんな感じ。 指定された場所へ行って、指定されたお願いをして、+アルファのお願いもする。 この程度のお願い、断るところもないだろうし、ようするに流れ作業に近い。 「順調だな」 「そうだね」 俺の持ってきた3会ポスター、辻堂さんの猫ポスター、どっちも順調に減っていった。 「……」 「にしてもさ」 「うん?」 「あっ、すいませーん」 「うん?」 「おうアンちゃん。ガハハハハ、こっちまで来るなんて珍しいねぇ」 「ども。あの、稲村学園から連絡がいっていると思うんですが」 「……」 「はい。ありがとうございました」 「おう、また来なアンちゃん」 「はい」 また1枚ずつ減った。 「で――なんだっけ辻堂さん?」 「お前って顔広いのな」 「まあこの商店街じゃよく買い物するから」 「にしても好感触な気が」 「?」 よく分からん。 「そうだ。次は辻堂さんが回ってみる?」 3会準備を手伝いたがってるのに、さっきから俺しかポスター貼ってない。 「ン……あ、ああ」 ちょっと緊張した顔で受けとる辻堂さん。 「店の人に聞けばいいんだよな」 「うん。いいですかって聞くだけ」 やることは簡単なはず。 見守る。 「……ふーっ」 「頼もう!」 「ストップストップ辻堂さん」 「な、なんかちがったか?」 「ノリが江戸時代だよ。もっと軽く、すいませーんでいいから」 「分かった」 「すいませんでした!」 「はい?」 「ストップストップ」 「なんだよ」 「緊張しちゃうタイプだったんだね」 「堅気の人間は慣れてなくて」 「堅気とか言わないの。もっとナチュラルに、ね?」 「わ、分かった。ナチュラルに」 「いつも通りのアタシで行く」 「稲村学園の辻堂だ!」 「ひぃ!」 「テメェの店をちっとばかし貸してもらいにきた。話は通してあるはずだ」 「こっちの都合で広い範囲をいただくことになるが……」 「え、え……」 「文句あるか!?」 「ひえええ店長〜っ」 「OK辻堂さん交代」 「なんかミスった?」 「初めてにしてはがんばったよ」 警察を呼ぶ勢いの花屋さんの後を追う。 「……」 「おう、誰かと思や真琴ちゃんちの愛ちゃんじゃないの」 「あ……オッサン。ども」 「最近漁の手伝いにきてくれないねぇ。どうしたの」 「授業が忙しくて」 「そうかい。まあお母さんはよく働いてくれるからいいけどさ」 「んん? 愛ちゃん、あのアンちゃんと知り合いかい?」 「クラスメイトなんだ」 「ほぉー。妙なところで縁があるもんだ」 「そっちこそ知ってんの、あいつ」 「知ってるってほどじゃないが。毎朝元気に挨拶してくれるんだ。いい子だよ」 「へぇ……」 「というわけで、ポスターをお願いしたくて」 「そういうことでしたらどうぞ。そこの棚の横があいていますので」 「どうも」 「辻堂さーん。辻堂さん来て」 「ン」 「一緒に貼ろう。俺が猫のほう貼るから、ね」 「……」 「ああ」 ・・・・・ 「そらそら、骨が折れちゃうっすよ」 「があああああっ!」 「も、もうやめてくれぇ……」 「その辺にしとけ梓。やりすぎは逆効果だ」 「ぐ……これが江乃死魔」 「湘南BABYを倒した……やっぱ並みじゃねぇ」 「実力の差は分かったみてーだな」 「アンタらも今日から下っ端に加わってもらうわ。いま江乃死魔は人手不足でね」 「150人いて人手不足……?」 「こいつらどこまで」 「湘南中のワルを統べるには足りないだろうが」 「く……」 「ふーっ、いまので何人?」 「『デッドタイム』は実力派の多いチームっす。そこそこな収穫かと」 「『A HELL』の相手を任せたティアラたちは」 「救援願いがこないあたり、上手くいってそっすね。いま説得中でしょう」 「よーっシ!このペースなら今日と明日で江乃死魔200人突破も難しくねーシ」 「数は力よ。打倒辻堂に向けてガンガン人ぉ増やしてやるわ」 「リョウがいればもっとスムーズにいくんだけど」 「そういや今日いないね」 「用事があるんだって。雑魚の勧誘はああいう顏の知れてるやつがいるとかなり捗るんだけど」 「頭数だけそろえても意味ない気ぃしますけどね〜」 「そうでなくても今は買い時なのよ」 「湘南BABYを食って、うちはいま勢いがある。勢いがあれば弱小チームはそれだけで弱腰になるわ」 「なるほど、組織の経営哲学ってやつっすね」 「あははっ、辻堂に負けたのが広まらないうちに既成事実だけ作っちまうシ」 「余計なこというなボケェ!」 「んぎゃー」 「いずれは湘南中のチームがうちの傘下に入るのよ。それが早いか遅いかってだけ。誰も損しないじゃない」 「なるほど」 「やっぱ恋奈様は組織力みたいなのがダンチっすね」 「辻堂には負けたけど、そういうとこがれんにゃの持ち味だシ!」 「一言多いんだよ!」 「でも数だけ増やして……あの喧嘩狼に勝てるんですか」 「辻堂対策は数だけじゃないわよ」 「いま手の空いてる奴らに辻堂の周りを嗅がせてるわ。弱点があれば探るように」 「そんなことを」 「すげーだろれんにゃは。いまや150人のヤンキーを統べる立場なのに、こういうセコい手は惜しまず使うシ」 「効率的といえゴラァ!」 「とにかく、この土日でなんとしても江乃死魔を強化。あわよくば辻堂の寝首をかくのよ」 「気合いれろよお前ら!」 「おーっ!」 「おーっ!」 「……」 「でもその前に」 「オラ、立て」 「ひ……っ?」 「恋奈様はこういうの興味ないけど、自分はきっちりヤるっすよ」 「うちの下っ端になった記念す」 「財布の中身、出してもらいましょうか」 「えっ、そん――」 ――ゴツッッ! 「おげぇっ」 「……」 「わ、分かった。出す、出すから」 「どーも」 「大1中1小0。15000ぽっちっすか。シケてるっすね」 「ま、今日の夕メシ代にはなるか」 「……」 「くぴー……」 「う……?」 「くぁあ……、あー、学校ないからって寝すぎた」 「うお、ケツいってぇ。やっぱコンクリートで寝るときついな」 「ん? なんだこの袋」 「メモ?」 『朝ごはんにサンドイッチを作りました。よければどうぞ。           大』 「……」 「……へへ」 「もう昼メシの時間だけどな」 昼ごはんにしよう。 「この店、種類そろってるし美味いんだ」 「へー」 辻堂さんご推薦の店へ。 メニューを見る。たしかに和洋中色々あった。 俺はピザトーストとコーヒー。辻堂さんは蕎麦を頼む。 「美味しい。トーストがカリカリでふわふわ」 「ここで焼いてるんだとさ」 「この蕎麦も、ここで打ってるそうだ」 すごい店だな。 「いただきます」(パン) ずぞぞー。ずぞぞー。 「ごっそさん」(パン) 江戸っ子だ。 「で昼からだけど」 「あと何件くらいまわりゃいい?」 「いま全体の半分ってトコ。この商店街は終わったよ」 「こっからは町全体をまわる――と」 「うん」 だいたい2時間半で全作業の半分。順調だ。 ここからは学園のほうへ向かいつつ、点在する協力店を回るだけ。 範囲が広くなるから時間はかかるけど、ペース的に夕方には終わるだろう。 「そうだ、学園のほうも行くんだけど。あっちは俺1人のほうがいいかな」 誰かに見られたらヤバい。 「ン――そうだな」 「……」 「いや、アタシも行く。最後まで手伝わせてくれ」 「でも」 「いいんだ」 「今日のアタシは稲村番長辻堂愛じゃなくて、お前のクラスメイトの辻堂愛なんだから」 「そう……」 いいのかな。もともと『なるべくバレないように』って始めたのに。 でも辻堂さんはもう決めてる顔だった。 そういうタイプなんだろう。一度決めたらそのことしか集中できない。 一途、って言うべきか。 いい性格だと思う。 「にしても里親探し、やっぱ一朝一夕じゃ難しいかな」 「確かにね」 午前中で20以上のポスターを貼ったけど電話は0。芳しい成果は出てなかった。 ひそかに期待してた、ポスターをお願いしたお店がそのまま話に乗ってくれるパターンもなし。 やっぱ生き物を飼うって難しいんだろう。 「……」 「どうかした?」 「悪い。ニヤけてる?」 「ちょっと緩んでるね」 笑うと可愛くなるから分かりやすい。 「厳しいは厳しいけどさ、このままならもう一晩は遊べるんだなーって」 「いや、悪い。協力してもらってこんなこと言うの、フザけてるって分かってるんだけど」 「いいよ。気持ち分かる」 早く里親を探したいってのは確かだろう。 けど愛情を持ったらもうどうしようもないわけで。 「〜」 「……」 可愛い子だ。 しばらく見ていたくなる。 コーヒー片手に、可愛い辻堂さんを楽しんでいると、 ――バンッッッ! びっくりした。 「おやおやおやぁ?誰かと思えば稲村の喧嘩狼さんじゃない」 「こんなとこで会うなんざ偶然だねェ」 なんか化粧の濃いお姉さん方に取り囲まれた。 「……はぁ」 ため息をつく辻堂さん。 「休みの日に会えるなんて運がいいじゃないのさ」 「こっちは退院できてからってもの、アンタに会いたくてしょうがなかったんだ」 ケラケラと笑うケバ子さんたち。 「分かるだろ? 人間より動物が好きになる理由」 「まあね」 動物は意味なく絡んでこないからな。 「知り合い?」 「さあ?」 「先月テメーにつぶされた『猫夜叉』だコラァ!」 (名前かわいい) 「まあいい。長谷、ちょっと待ってろ」 面倒くさそうにため息をつきながら席を立つ辻堂さん。 ……一気にキナくさい状況に。 「今日はカレシとデートか?」 「軍団率いてねーとは油断したなァ」 お嬢さん方も、そろってメリケンだの鉄バットだのを持ち出した。 まずいな。 「もともと売られたケンカは1人で買う主義だ」 「かかってこいや!」 「はいストーップ」 辻堂さんの前に出た。 「あ? なにコイツ」 「長谷。あぶねーぞ」 「お店の中で暴れるほうが危ないでしょ」 おまわりさんが動いてしまう。 「そちらも落ち着いてください。無益な暴力は推奨しません」 「はあ?」 辻堂さん目当てで来た人たちは、急に前に出た俺にきょとんとしてる。 「今日のところはこれで済ませてください」 財布を取り出した。 「お、おい長谷」 「辻堂さんも、ね?」 「ここは俺に免じて、これで――」 1000円札を2枚とりだし、 「ごちそうさまっ!」 彼女の手を掴んだ。 レジにお金をおき、そのまま外へ。 「ちょっ、長谷?」 「……あ!? 待てやゴラァ!」 「あ〜ばよ〜」 すぐにあの人たちも飛び出してくるけど、もう遅い。 ごみごみした商店街での追いかけっこなら、逃げる側が圧倒的に有利だ。 路地裏にとびこんだ。 「コラァ逃げんな辻堂ォオ!」 「くっそぉテメェらあっちから回り込め!絶対逃がすんじゃねーぞ!」 「は、はい!」 「でもあっちってどこスか?」 ・・・・・ 「ふぅ、なんとかまいたか」 「お前……すげーな」 「最善の判断だったでしょ?」 「あの程度のやつら、何人で来ようが秒殺だったよ」 「ほらケンカする気だった。逃げたのが最善だよ」 「今日は稲村番長の辻堂さんじゃなくて、クラスメイトの辻堂さん、でしょ」 「……ああ」 やれやれって感じに肩をすくめる辻堂さん。 「……」 しばらく口をとざし、 「……ふっ」 「くふ……っ、ふふふっ。あははははははっ」 「あはは」 「見たかあいつらの顔?」 「きょとーんだったね」 「めっちゃくちゃ鼻の穴ひらいてた……くくっ」 「あははははっ、ダメだあの顔〜、ツボすぎ〜」 「……」 「っ、そんな笑わないでよ。俺までおかしくなって……くっ、く……っ」 「笑えばいいじゃん」 「あっち女の子でしょ、鼻の穴で笑っちゃ……ふく、あーダメだっ、あははははっ」 「あはははははははっ」 2人、逃げてる途中なのも忘れて大笑いしてしまった。 「あはっ、あははははは」 「ふふっ、あははは」 手を握ったままなのには、しばらく気付かなかった。 ・・・・・ そのまま国道沿いに戻ることに。 「敵前逃亡なんて人生初だぜ」 「そうなの?」 「500戦無敗でやってきたのに泥ぬりやがって」 「……ふくっ、ふふふっ。でもいいや、あんなおもしれーの久しぶり」 まだ笑いがとまらない辻堂さん。 俺も笑ってしまう。 「はー……、逃げるってイイな。今度からちょくちょくやってみよーかな」 「争いはないに越したことないからね」 「だな。ケンカも最近つまんねーし」 「……ま、殴らなきゃ収まらないトコもあるけどよ」 「かもね」 「へー。暴力はなんでも反対派だと思ってた」 「反対だよ」 「でも1発殴らなきゃ10発殴られるなら、1発のほうを支持する」 そこら辺はバランスだと思う。 「ふーん」 「たんなる博愛主義のバカだと思ったけど、結構打算的なのな」 「博愛主義だけどバカじゃない。ってことで」 1発殴らないと1発だけ殴られる程度なら殴られる方を選ぶし。 「……」 「博愛バカだろ」 「嫌いじゃねェけど」 「へ?」 「なんでもない……よっと」 歩道が狭いので辻堂さんは堤防の上へ。 俺も……よっと。 いつも真隣にあるのに、道からじゃちょっと見づらい湘南の大海原。 めいっぱい望める堤防の上は、地味ながらこのあたりで一番良い場所かも。 「風が気持ち良い」 「今日は快晴だね」 海風が身体を包む。 夏のおとずれを感じさせる、さわやかな風だった。 「〜♪」 心地よさそうに目を細める辻堂さん。 っ……。 長く伸ばした髪がなびく。 「……」 綺麗だ。 知ってたけど、やっぱ綺麗だ。 どきどきする。 「なに?」 「べ、べつに」 そっぽを向いた。 顔、赤くなってないだろうか。 「……」 「?」 まいったなぁ。 俺、やっぱ完全に持ってかれてるみたいだ。 あのときから、完全に。 でも……。 「日向ぼっこでもしたいとこだけど、続き、行こか」 「うん」 また歩道に戻る。 狭いんで一列で歩くことに。彼女が前、俺が後ろになった。 「……」 「……」 その背中には、頼りがいみたいのを強烈に感じた。 番長の風格を。 彼女はやっぱり番長だ。 うちの学園の不良の総長。 あんなに綺麗なのに。変な感じ。 「なに?」 「へ?」 「いや、じっと見てくるから」 「ああ、う、うん」 気付かれてしまった。 どうしよう、えと。 「500戦無敗ってマジ?」 さっきの話、気になったとこを聞いてみた。 「ケンカ? まあ最近のをざっとあわせれば、な」 「幼稚園のころから通算すりゃ1000超えてるけど」 「そんなころからケンカケンカですか」 俺も暴力に縁のある人生だが、でも小学校からだぞ。姉ちゃんにイジメられだしたのは。 「しゃーねーだろ。生まれつき血の気の多い性分なんだから」 「親のしつけってやつもあるし」 ・・・・・ 「ふーっ、終わったぜ恋奈様。3チームぶっつぶして新入り22人確保だっての」 「よぉーし、よくやったわティアラ」 「褒美にこの沖縄限定インスタント、三平ちゃんソーキスペシャルをくれてやろう」 「おっしゃあ!」 「お湯わいたよー」 「3桁のヤンキーが集まってるのに、昼メシがインスタントラーメンって切ないっすね」 「アア!? コラ梓、三平ちゃんバカにしてんのか」 「じょ、冗談すよ」 「いつも大物っぽいのに、なんでラーメンにだけはそう沸点低いんすか」 「三平ちゃんはイイ……、この中途半端なチャーシューがすばらしい」 「普通のヌードルについてるあの四角い肉。あれが肉じゃなくて豆かなんかの搾りかすだって聞いたときは失望したわよ」 「すんませーん、誰かヌードル食います?」 「おう! こっちくれっての」 「自分、チキンスープは好きだけど、ラーメンよりそうめん派なんすよね〜」 「あー、インスタントのそうめんて少ないわよね」 「スープだけ残して、こっちで用意したそうめんをくぐらせるのがたまんねーんす」 「……」 「どうしたシ新入り」 「い、いえちょっと面食らって」 「江乃死魔は休みの日は、ちょくちょくこうして全国のインスタントラーメンパーティするシ」 「新入りが驚くのはしょうがないわ」 「この私が持ってないインスタントはないからね!」 「いや驚いたのはそこじゃなく……」 prrr。prrr。 「もしもし、なに」 『恋奈様ですか? ハリーです。命令された件、ついに突き止めましたよ』 「なんだっけ?」 『辻堂の弱点ですよぅ。いまつきとめて、もう襲う準備できてます』 「マジで!? な、なんなの弱点って」 『へへっ。簡単ですよ。どうしてこんな単純なこと見落としてたんですか』 『どんな不良も家族には弱い。でしょ』 「は……」 『辻堂の実家を突き止めました、いま目の前です』 『母親らしき女もいたんで、いま拉致ってそっちに連れて行きますね』 「辻堂の母おや――」 「ばっ!? や、やめなさい!辻堂真琴は不可侵の――」 『ヒャッハー! 30分で戻りまーっす』(ピッ) 「……バカが」 「こっちまで被害がきませんように」 「ど、どうしました?」 「あー、アンタ、紅蓮蛇だっけ。元ハリケーンよね」 「は、はい」 「残念ね。針井、もと同僚」 「死んだわ」 「うふふっ、誠君、そろそろかしら」 「ああ……単身赴任なんて辛いわ。でもこの時間もまたLOVEなスパイスと考えれば」 「さてと。奮発して銀座のサロンでお化粧したし、誠君の大好きなしらす丼も用意したし……」 「あら、卵買い忘れちゃった」 「どうしましょう。買いに戻ろうかしら、でもその間に誠君が帰ってきたら……」 ピンポーン 「はい?」 「誠君、チャイムなんて使ったかしら。……はーい?」(ガチャっ) 「ヒャッハー!」 「あら?」 「テメーが辻堂愛の母親だなァ、ケケケ、いい女じゃねーか」 「あら、こんなおばさんを捕まえて、お上手ね」 「愛のお友達? 愛、いまデートみたいよ」 「いねーならちょうどいいぜ。こっち来いやババア、テメーは辻堂をおびき出すための……」 「……」 「ばばあ?」 「え?」 「あれ……?」 「バブバブ、ぶっとばすでちゅ」 「こん子はべったら三輪車がお気に入りだぁ」 (お、俺はなんで走馬灯を見てるんだ?) (にこにこ) (ガクガクガクガク) (ふ、震えがとまらねぇ……) 「元気なのは威勢だけねぇ。安心なさい、アタシもう暴力をふるう歳じゃないから」 「もちろんばばあなんて呼ばれる歳でもないけど」 「す、すいません……でした」 「落とし前はどうつけてもらおうかしら」 「久しぶりに稲学伝統乙死舞の儀百八式、封じられた其の109『舞浜鼠捕り』の刑にでもしましょうか」 「なんですそれ」 「舞浜の夢の国に、あの鼠とよく似た格好で連れて行きこっそりパレードに混ぜるのよ」 「子供の夢を壊さないためにもパレードの鼠は優しく迎えてくれるわ。そして静かにトランプの兵隊に引き渡される」 「その後どうなるかは知らないわねぇ。帰ってきた子がいないから」 「ひいい!」 「怖がらないの。これまで20人くらいにしかしたことないわよ」 「20? ……50……、あの100人はお城の上から突き落としただけよね」 「たっ、助けてー!」 「冗談よ。大人がそんなことしないわ」 「ほ、ほんと……でずか」(グスグス) 「罰として……そうね、卵がないの。そこのコンビニで買ってきてちょうだい」 「わっかりましたー!」(スタコラ〜) 「……」 「今日のアタシは機嫌がよくてよかったわね」 ばーん! 「真琴さん! ただいま!」 「誠君! お仕事はもういいの?」 「真琴さんの顔が早く見たくて急いできたんだ」 「誠くーん!」 「真琴さーん!」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「稲村チェーン」 「湘南が最も荒れる三大天時代とは真逆。20年前一度だけあった、湘南の夏が完全に平穏に過ぎた時代のことをいう」 「かつて湘南にいた族3000人が、鉄の鎖のごとき連帯感で結ばれていた時代であり」 「3000人の族全員が、ただ1人の鎖使いに統治されていた時代」 「それが辻堂の母親なんかい」 「ええ。史上ただ1人だけ、湘南の統制者となった女よ」 「湘南のトップならリョウセンパイもでしょ?」 「トップは毎年1人はいる。一番大きな組織のナンバー1ならいいんだから」 「全体を統治したリーダーはあの人だけ」 「もっとも、3年目の秋に突然引退、結婚。いまじゃ専業主婦だけどね」 「う、うちのハリー、そんな人のところに?」 「あとで骨は拾いにいってあげるシ」 「あわわわわわ」 「ん? あっちから走ってくるのは……」 「どもっ、遅くなりました」 「ハリー! 生きてた!」 「はは、なにをあせってるんだカスミ。僕が死ぬわけないだろう」 「いや、生まれ変わったという意味では、前までの僕は死んだのかも」 「あー……」 「みんな聞いてくれ、僕はもう暴走族なんて愚かなマネはやめるよ」 「ハリー?」 「あのお方に言われたんだ」 「アンタもハンパな人生送ってないで、マジメになりな」 「だからこれからはまじめに生きるんだ。弁護士になるよ。困っている人を助けるんだ」 「ちょ、ちょっとハリー、待ってよ」 「あはは、空が青いや。なんていい日なんだろう」 「……」 「ふぅ、被害が最小で済んで助かった」 「族相手なら問答無用で服従させる強さ、カリスマ。現役を退いてもまだまだ恐ろしい」 「ひええ、俺っちまで怖くなったっての」 「……」 「まっ、二人目の統制者になるのはこの恋奈様だけどね」 「3000人ってのも当時湘南全盛期の話。いまの分母は1000人ってとこだわ」 「そして全体の10分の1。いやそろそろ5分の1を1年の夏で支配するんだから、私のほうがペースは早いと言える!」 「おお〜っ」 「さすが恋奈様だっての」 パチパチパチパチ。 「ふふっ」 「……」 (でもやっぱりその娘と時代がかぶったのは、正直カンベンして欲しいわ) (辻堂愛……さすがに伝説の稲村チェーンよりその統治規模は劣るけど) (本人にその気がないのに勝手に軍団が組織される圧倒的なカリスマ。これは紛れもなく親譲りのもの。そして) (その強さは稲村チェーンを超えてるとさえ……) 「ったく」 「ほらアンタらボサっとラーメン食ってねーで、さっさと午後の仕事を始めなさい!」 「1日でも早く江乃死魔の統治を広げて」 「辻堂の弱点を探るのよ!」 ・・・・・ 「辻堂さんがいつも腰に巻いてるやつ」 「チェーン?」 「あれ、オシャレだよね」 「そうか?母さんからお守りにってもらったものだけど」 「へー。お母さんの」 「むかし母さんを守ってくれたんだって」 「ふーん、面白い逸話がありそうだね」 (ライフルで撃たれたとき盾になったんだっけ。電波塔から落ちたとき引っかかったとも……) 「覚えてねーや」 「そう。まあ普通にカッコいいからいいんじゃない」 「そかな。実は……」 「あ、ちょっと待ってここだ。すいませーん」 「おう? ヒロ坊じゃねえか、どうしたい」 「稲学から連絡いってると思うけど……」 「……」 「わーったわーった。紙は貼っといてやっから、坊は次行きな」 「うん。助かるよ」 「彼女さんとデェトなんだろ?おし、ジジイがちっとサービスしてやろう」 「……」 「お待たせ」 「コロッケもらっちゃった。はい、1個どうぞ」 「サンキュ」 「顔広いなお前」 「この辺は家が近いから」 「にしても色んな人に声かけられるじゃん」 「そうかな」 「ヒロシちゃん、こんにちは」 「ども」 「ほらな」 「まあ挨拶をよくするから、顔は覚えられてるかも」 「ところでさっき、なんだって?」 「あん?」 「さっき鎖のこと、なにか言いかけたよね」 「ああ、うん」 「実はあの鎖、一応してるんだけど……似合ってるかどうか自信ねーんだ」 「お前の目から見てどう?」 「え……」 どう? って言われても、 「それはその、ファッション的な意味で?」 「うん」 「こ、こういうこと聞けるやつ、周りにいねーから」 「俺もファッションはいまいち……。女の子に聞いたほうが」 「だから聞ける相手がいねーんだよ」 「アタシのチェーンを見て……思うことは?」 「ひいいとっても痛そうですー」 「ってなりそう」 ありそうで困る。 「クラスの子に限らず、不良仲間は?」 「あっちはあっちで」 「愛さんに似合わねーもんがこの世にあるわけないじゃないっすか!」 「似合わねーなんていう奴ぁオレがブッコロしますよ!愛さんは何でも似合うんじゃ!何でも着こなす美の化身なんじゃああ〜〜〜!」 「うわぁああああ愛さぁあああああーーーーんっっ!」 「って」 「辻堂さんの生きてる世界って濃ゆいよね」 「お前に聞きてーんだよ」 「クラスのやつでフツーに話せるの、お前が初だから」 「ン……」 そう言われると断れない。 OK、正直に答えよう。 「カッコいいよ」 「そうか?」 「正直言ってちょっと怖いってのもあるけど、それも含めてカッコいい」 そもそも辻堂さんみたいな美人がつければ、どんな装飾品もおかしくなるわけないのだが。 「俺は似合ってると思う」 「そか」 「あ、あはは。聞いといてなんだけど、照れる」 「はは。言っててこっちも照れた」 「そか、似合ってる……か」 「……嬉しそうだね」 「まーな。母さんからもらったものだし」 「父さんがよくこれつけてた昔の母さんを褒めるから、同じものが似合うって言われりゃ……さ」 「そうなんだ」 照れる辻堂さん。 可愛い。 そして可愛いって以上に、意外な一面を発見。 「ああ!?」 「ひい!」 正直に言ったらにらまれた。 「……」 あ、落ち込んでる。 「い、いや似合ってないわけじゃないよ」 「ただちょっと似合いすぎてるというか、怖いというか」 辻堂さんの強烈な空気がさらに後押しされるというか。 「んー……まあ昔の母さんもよく怖がられてたらしいけど」 「そ、そこまで気にしなくても」 「……」 「これつけてた昔の母さんを父さんがよく褒めるんだ。カッコよかったって」 「でも普通の目から見ればやっぱ怖いんだなー」 いかん。相当ショックだったようだ。 「ゴメン。言い過ぎた」 「その……」 フォローできない。 「……」 「フツーの、か」 「へ?」 「まあいいや、フツーの目から見て怖いなんて当然のこった」 「正直なこと言ってくれたのは嬉しかった」 「あ……」 「やっぱ度胸あるなお前。このアタシに、面と向かって『ヘン』とか」 「デリカシーにかけるマネを」 「ああ。デリカシーない。今度から気をつけろ」 「でも今度聞くときも、正直にな」 「うん」 なんとか切りかえてくれたらしい。 そして意外な一面も発見。 「お父さんとお母さんのこと、好きなんだね」 「ン……まあな」 ファッションの中心が、両親の意見だった。 昨日から分かってはいたけどね。猫の里親探しを急ぐ理由は、親のアレルギーを心配してのことだそうだし。 「……」 親が好きな子は8割良い子。俺の持論だ。 彼女は不良だけど、やっぱり悪い子じゃないと思う。 「な、なんだよ」 温かい目で見てたら怒った。 「悪いかよ、学園のケンカ番長が親好きで」 「悪いわけないよ」 「フン――」 怒ったというか拗ねてるな。 「お前はどうなんだよ」 「あ! つーかテメェなんかシスコンじゃねーか!長谷先生の弟なんだろ」 「そうだけど……」 なんで姉ちゃんの弟だとシスコンになる。 「みんな言ってるぞ。シスコンに決まってるって」 「そういえば噂になってるって聞いたな」 どっから出た噂なんだ。 「ていうわけで今日はどっかの女とお出かけだって」 「それが休日に私の城へ押しかけた理由か」 「もーゆるせなーい」 「ヒロは絶対シスコンなのにー!」 なのにー なのにー のにー のにー 「いまなにか聞こえた?」 「よく分からないけど……ヒロってやつはシスコンらしいぜ」 「まあシスコンはともかく」 「姉ちゃんのことは普通に好きだよ。父さん母さんもね」 「家族なんだから当たり前」 「そうだよな」 「血がつながってて真っ当な親なら、普通は好きになるさ」 「まあね」 「うちも血はつながってないけど、大切に育ててくれた。嫌いになるわけがない」 「へっ?」 「うん?」 「ああ、うん。俺もらわれっ子なんだ」 「え……」 「本当の親は知らない。小さいころ寺に預けられて。で、そのまま失踪。俺は長谷さん家にもらわれたの」 「……わ、悪い」 「いやいや、あやまらないで」 「血の繋がった親のことも、少なくとも嫌いじゃないよ。傷跡残されたとかはなかったわけだし」 放置されただけだ。 コインロッカーとかに置かれるより、よっぽど人道的といえる。 「……」 「そ、か」 「ビビったわ。アタシの周り、そういう奴も結構いるけど、こんなにあっけらかんと言ったやつは初めて」 「今が幸せだからね」 「……」 「その、な、なんかアタシ、失礼なこと言ったかも。親のこととか」 「いやいや、気にしすぎだって」 「そか……?」 すっかり恐縮してしまった。 意外とマジメなんだよな、彼女。 「いいってば。俺はほんと幸せにやってる。むしろ今の境遇はラッキーだと思ってるよ」 長谷さんに拾ってもらったおかげで、手が掛かるけど大好きな姉ちゃんはできたし、友達もたくさんいるし。 「まああえて言えば、長谷って苗字がまだ馴れてないけど」 「そうなのか?」 「結構物心ついたあと長谷になったから、記名するときたまーに間違えたりするんだ」 「そうなんだ」 「まあこれは誰でもあるよね」 結婚すれば片方は必ずわずらうことだし。 「……」 「……」 「ひろし」 「へ?」 「これから大って呼ぶわ。お前のこと」 「いいよな?」 「あ……」 「うん」 ・・・・・ 「ふぃー。あと1個」 「さすがに歩きつかれたぜ」 最後に向かう『孝行』さんでポスター貼りは終わりだ。 偶然だけどうちのすぐ近くで終わりか。終わったら彼女家に呼ぼうかな、ジュースでも出そう。 「なあ大」 「っ」 「な、なに?」 ファーストネームはちょっと照れる。 俺が意識してるのが分かったんだろう、辻堂さんも微妙にそっぽ向きながら、 「猫のほうのポスター、余ってるだろ」 「うん」 「じゃあ貸してくれ。コレ終わったらもう一回商店街回ってくる」 「え、でも」 「ポスターじゃなくて手渡しのちらしってことで」 「里親探し、ちょっとでも確率あげてーんだ」 「そう」 学園の番長がちらし配り。 すごい提案かもしれないが、もう俺はそんなに驚かなかった。 辻堂さんならそういうこと、平気でしそうな気がする。 ちょっと怖いけど、行動力のある、 優しい女の子だから。 「じゃあ俺も行くよ」 「いいよお前は。1日歩き詰めだったろ」 「まだいけるよ。ちらし配りなら楽だし」 「一緒に探そうって言ったよね。里親」 「ン……」 「……あっ、ゴメンちょっと待って」 うちの近く、視界の端に知った人影が。 隣のおばあちゃんだ。 「おばあちゃん」 「おや、大ちゃん」 重そうな荷物を抱えてよたよた歩いてた。 「代わるよ。貸して」 「あらあら……いつも悪いねぇ」 荷物を持つ。 家はすぐそこだし、辻堂さんに待っててくれるよう合図して運んでしまうことにした。 「……」 「……」 「ヘンなやつ」 家はすぐそこなんだが、おばあちゃんの歩幅にあわせるのでちょっとかかった。 まあ辻堂さんなら待っててくれるだろう。 「……? 大ちゃん、それは?」 「うん? ああ、ポスター。いま色んなところに配ってて」 手にした紙の束を渡した。 3会用のはあと1枚なんで、自然とおばあちゃんは猫のほうに目をやる。 「子猫もらってください」 「うん」 「おばあちゃんも誰か知らない? 猫欲しがってる人」 「……」 「おやおや」 「……」 (長谷大、か) 「……」 「〜」 「辻堂さーんっ!」 「ん?」 「いた! 辻堂さん見つかったよ」 「なにが?」 「猫飼ってくれる人!」 お隣のおばあちゃん。トミさん。 ひとりが寂しいので、飼いたいんだそうだ。 「ベストだよ。優しいし、面倒見いいし」 「あとうちの隣だから辻堂さんが会いたいようなら、いつでも会いに――」 「マジかコラァ!」 ぐあ。 耳が。 「ままままマジか!? マジで見つかったんか!?」 「しかもっ、いつでも会いに――」 「マジかコラァ!」 「マジです。マジですから」 ガクガクしないで。息ができない。 「えっと、えっと、ど、どうすりゃいい?そのババアシメればいいのか?」 「なんでそうなる。猫を連れてきて」 「そ、そうだな。えっと」 「あ、じゃあ俺はそこの『孝行』って店で3会ポスターのラス1お願いしてくるから、辻堂さんは猫持ってその店に」 シュインッ! 「消えた!?」 「待ってろ!」 「は、はーい」 やっぱ行動力がすごい。 ・・・・・ 「猫かぁ、僕も飼いたいんだけど」 「ダメよ、アレルギーがでちゃうんだから」 「でもこんなに可愛いのに」 「にゃーん」 「ああ……可愛い」(すりすり) 「へくしっ!」 「ほら来ちゃった。貸してちょうだい、もうバスケットに戻すわ」 「自分の身体が憎い」 「優しい誠君にはツラい体質ね……」 「うふふ、じゃあこんなのはどうかしら」 「にゃーん」(すりすり) 「え? ま、真琴さん?」 「にゃんにゃん♪ 頭撫でて欲しいにゃーん」 「まいったな。こんな可愛い子猫ちゃんに甘えられたら……」 「ただいま! 母さん猫どこ!?」 「おかえり。そこのバスケットだけど」 「おかえり愛。お父さん帰ってきたよ」 「あーはいはいお帰り」 「一週間もいられなくて寂しかっただろう。さあ顔をしっかりみせておくれ」 「ゴメン時間ない。母さんとキモい遊び続けてて」 「猫じゃらしもいれて……じゃっ!」 「あ」 「ふふふ、里親、見つかったのかしら」 「お父さんしょんぼり」 「もう誠君たら」 「アタシだけじゃダメなの?」 「真琴さん……」 「誠くん……」 ・・・・・ 「はー疲れたぁ」 「で、今日で何人までいった?」 「報告があったので……194人すね」 「ウシ、夜の部で200いけそうね」 「れんにゃあ、もう疲れたシ」 「テメェなんにもしてねーだろ」 「もうちょっとガンバりなさい」 「ふぅ、リョウが来てればいまごろ200いってたろうに」 「こんにちはー」 辻堂さんとの約束どおり、『孝行』にお邪魔した。 「いらっしゃいませー……あら、ヒロ君」 今日の店番はおばさんでなく娘さんのほうだった。 「ども、よい子さん」 こちら孝行さんの娘さんで、武孝田よい子(むこうだよいこ)さん。 たまにこうして店番をしている、ご両親思いで美人な働き者さんである。 俺にとっては2人目の姉ちゃんみたいな人だ。 1人目の方とちがって裏表がないから好き。 「久しぶりね」 「最近よい子さん、あんまり店にでてなかったですね」 「ふふっ、クラブが忙しくて」 「大変ですね。キャプテンでしたっけ」 剣道部だったと思う。毎朝木刀もって登校してるから。 「頼まれると断れないのよね。前の総ば……キャプテンがどうしてもっていうから」 「まあもうキャプテンやめていいことになったから、これからは自由な時間も増えるわ」 ご近所さんなのでこうしてよく喋るのだ。 「今日は?」 「そうだ、稲学の依頼で来まして」 「あ、3会のポスター?ヒロ君が配ってるんだ」 「お願いします」 もう猫のほうは頼まなくていい。 ただ、 「ちょっと待たせてもらっていいですか?」 「どうかした?」 「待ち合わせで、この店に呼んでて」 「そう。いまお茶を淹れるわ」 「おかまいなくー」 店の外にポスターを貼らせてもらってるうちに、よい子さんがお茶をだしてくれた。 2人そろって一服する。 「ふぅ……」 「どんな子と待ち合わせてるの?」 「うん、辻堂さんって言うんだけど」 「は?」 「はい?」 「えと……聞き間違いよね」 「なんて名前?」 「辻堂愛さん」 「ブフーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!」 「ぐあっぷ!」 突如お茶が噴火した。直撃をうける俺。 「あっ、ご、ごめんなさい」 すぐ布巾を持って拭いてくれる。 「であの、ありえない名前が聞こえたけど」 「その辻堂さんは……ヒロ君と同じ大人しい子よね?」 「学園じゃ番長やってる」 「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!」 「……新手の嫌がらせ?」 「ご、ごめんなさい」 「ああああなんで平和な休日にまでその名前が」 「大! いるか!」 「あ、辻堂さ」 「はわー!」 すごい勢いで裏に引っ込むよい子さん。 「なんだ今の?」 「まあいいや、来たぜ大。そのばあさんちは」 「う、うん、こっち。よい子さん、もういきます。お茶ありがとう」 「ままままままたどうぞ……」 よい子さんは出てこなかったが、背を向けた。 よい子さん、様子が変だったな。番長としての辻堂さんの話を聞いてるんだろうか。 でもあの態度は辻堂さんのこと誤解してそう。 よし。 これからはなんとか機会を作って、2人が会えるようにしよう。 (2度と来ませんように2度と来ませんように2度と来ませんように2度と来ませんように) おばあちゃんの家へ急いだ。 「ん?」 「あれは――辻堂!?」 「なにしてるの……アンタら、後を追うわよ」 「えー? 今日はもういいシ」 「こんな疲れてて辻堂センパイの相手とか、殺されるっす」 「んーと……うわ、辻堂のやつなんかやすりの入ったバスケット持ってるっての」 「こわ。やめましょうよ、こっちろくな武器も人数もないのに凶器持った辻堂センパイなんて、自殺行為っす」 「チキンどもが」 「でも確かに時機じゃないわね。弱点を見つけてからにしたほうがいい」 「くっ、せめてリョウがいてくれれば」 「ところであのツレの男、誰だっけ?どっかで見た気がするシ」 「男のほうはそこの店から出てきたっての」 「『孝行』? ティアラ調べて来い」 「あいよぉ」 (落ち着け私。あんなことそうそうないわ) (休みは休み。平和を楽しまなくちゃ) 「ごめんよーぃ」 「はいはーい、いらっしゃいませー」 「あ」 「あ」 「……」 「……」 「一度修羅に染まった身が平和になど戻れない。そういうことか」 「な、な……」 「ゴメンね母さん。よい子は家を出ます」 「なんつー美味そうなカラアゲだっての!」 「は?」 「店員さんこれいくら?」 「? アンタどっかで……」 「ンなことどーでもいいっての!このカラアゲ全部包んでくれよ買えるだけ買うっての」 「は、はい」 「良い子にしてれば……奇跡はおきる!」 「あ、14円しかないっての」 「帰れ」 「出てこないっすね」 「なにやってんの」 「れんにゃあ、さっきの男、コレ貼ってたっぽいシ」 「あん?……開海会催し案内」 「提供、稲村学園?」 「……」 「……ほう」 ・・・・・ 辻堂さん、おばあちゃん、ともにうちで会ってもらうことに。 「にゃああ」 「おやおや、可愛い子だねぇ」 「ど、どうだ? 気にいったか?」 「もちろん」 「もらっちゃっていいのかい?」 「ああ、頼む……お願いします」 「うふふ、それじゃあ遠慮なく」 「……やった!」 「愛ちゃんだっけ?いつでも会いに来てあげてちょうだいねぇ」 「う、うん」 「それで大ちゃん」 (なでなで) 「にゃー」 「へへへ」(なでなで) 「ひーろーしーちゃん」 「へっ? なにおばあちゃん」 水曜以来となる猫に気を取られてしまった。 「ふふ、大ちゃんもいつでもいらっしゃいね」 「それで、この子のお名前は?」 「名前? えっと」 辻堂さんを見る。 「決めてない。名前付けると別れるとき辛いから」 「そう。じゃあつけないとねぇ、何にしましょうか」 「ン……」 「……」 名前か。 「……」 「……愛」 「は?」 「あ、いやちがう」 「……ラブ」 「ラブ、なんてどう?」 「えっ!?」 「おやおや、ハイカラなお名前」 「ダメかな」 「うふふ、可愛いと思うわ」 「いいかい愛ちゃん?」 「う、うん。うんっ」 「にゃ?」 「あは……っ。良かったな、サイッコーにいい名前だぞ」 「な、ラブ」 「にゃあ」 ・・・・・ 「じゃ、帰る」 おばあちゃんが帰って、しばらくぽやっとしてた辻堂さんも帰ることに。 「もう暗いけど大丈夫?」 「アタシを誰だと思ってんだよ」 「そうだね」 送るのが礼儀だと思うけど、彼女に関しては逆に失礼になりそう。 「……」 「……なあ、明日なんだけど」 「へ?」 ・・・・・ 「いた。辻堂と……あの男」 「何か話してるっすね」 「へっ。美味そうな匂いがぷんぷんする」 「このカラアゲはあげないっての!泣いて頼んで1個だけもらったんだから!」 「黙ってろ」 「猛獣が隙だらけにわき腹さらしてるニオイがするのよ」 「じゃあ、ポスターは明日、ね」 「ああ。今日は本当にありがとう」 「明日もよろしくな、大」 「……」 「ポスター……ねえ」 くぁあ。 今日も休日……。 けど予定の8時には目をさました。 抱きついてくる姉ちゃんを引き剥がし、寝床を抜け出す。 ……昨日はめちゃくちゃ絡まれた。帰ってくるなり『女のニオイがする!』とか。 まあいいや。 昨日に続いて今日も大事な用があるのだ。 一番気に入ってる服は昨日着ちゃったので、二番目の服を見繕ってリビングへ。 入念に顔を洗って歯を磨いて、寝汗をかいてたのでシャワーも浴びた。 朝食はサンドイッチ。トーストにコンビーフとレタスを挟み、ソース、マヨネーズで味付け。仕上げに胡椒をぱらり。 そうだ、 お腹すかせてるかも。1人分多く作る。 三角形に切って……と。 マキさんの分はあとでいつもの場所に持っていこう。昨日も食べてくれたみたいだし。 さて、あとはコーヒー。 気合いれてブルマンで行く。ちょっとお高い品だけど、特別だ。 ミルでガリガリガリガリ……お湯を注いで。 「これ食べていい?」 「どうぞ。お花の皿のがマキさんの分です」 「あ、コーヒーどうします?」 「苦いから嫌い。ジュースがいい」 「冷蔵庫にジンジャーなら」 「サンキュー」 「ガツガツんぐんぐウマー」 「ごちそーさま」 「おそまつさま」 「……」 「えっっ!?」 ふりむくと誰もいない。 ただ空になった皿とコップが残されていた。 ……鍵、かかってたよな? 前に言った通り、そのままの意味で遠慮なく食べに来てくれたようだ。 毎日用意するのも犬扱いしてるみたいで失礼だ。 やめとこう。俺と姉ちゃんの分だけ三角形に切って……と。 さて、あとはコーヒー。 今朝は気合いれてブルマンで行こう。お高い品だけどミルでガリガリガリガリ……、お湯を注いで。 「じとー」 「?」 なんか視線が。 「じととー」 「???」 誰かに見られてる気がした。 でも振り向いても誰もいない。 なんだ? とりあえずドリップを済ませて……。 「バクバクもぐもぐ」 「べーっだ」 「それじゃ朝ごはんに……」 「あれ!?」 ない。 サンドイッチが跡形もなく消えていた。 「うーん……」 ……今度からはちゃんと用意しよう。 上等なコーヒーで気を引き締めたら、いよいよ勝負である。 歯を磨き直し、服を着替えて、髪型をセット。 「んー」 髪形なんて無難にまとめるしか考えてなかったけど、ちょっとはシャレた感じにできないかな。 こう(サッ) こう……(ササッ) 「なにしてるの。キモ」 「おはよう姉ちゃん」 髪型をいじってるとこを見られた。 「おシャレは日常の公約数、か。いきなりやろうとしても上手くいかないね」 「そうね」 「で、なんでおシャレしてるわけ?まさか今日も女の子と――」 「うん」 「〜……」 「で、どうかな姉ちゃん」 ずいっと顔を寄せる。 「う……」 「俺、ヘンじゃないよね」 「べ、べつにいいんじゃない」 「よかった」 「じゃあ行ってくるよ。ごはん、そこね」 「うん……」 時間に余裕を持って出た。 「……」 「……」 ピッポッパッ、 「もしもし楓ちゃん!? いまから飲みいくよ!」 「そうよ朝の9時よ。だからなに!?」 サッサッ。 「これでいい……か?」 「……メイクとか日ごろからやっとけばよかった」 「……」 「ちょっとこっちが跳ねてるような」 「昨日よりさらにおめかしさんね」 「ふわっ!? なんだよ母さん」 「別に昨日と同じで――うわエロ!ちょっとそんな格好で出てこないで!」 「あ、ごめんなさい。昨日は誠君のリクエストで」 「わーわー! 言わなくていい言わなくていい!」 「それで? 昨日より髪型を気にしてるけど」 「う……そんなことないって」 「愛も大人になっちゃったか。お父さん嬉しいような、ちょっぴり寂しいような」 「父さんまで。だからアタシは別に」 「わーっ! 父さんまでなんつー格好してんの!」 「たしかに上半身は薄着だけど、ネクタイはちゃんと締めてるだろう」 「ヘンタイの正装だよそれ!」 「誤解しないでくれ。真琴さんが昨夜僕の服を破いてしまったんだ。でも年頃の娘の前に上半身裸で出るのも憚られて」 「中途半端な愛情が生んだヘンタイなのね」 「もういい。時間ないから行くよ」 「行ってらっしゃい」 「行ってらっしゃい。っと、愛。ちょっと」 「え……あ」 さっ、さっ、 「はい、もっと可愛くなりました」 「……ありがと」 「じゃ、行ってきます」 「ええ」 「あ、それと愛」 「うん?」 「制服借りていいかしら」 「男子の制服、どうにか手に入らないかな」 「行ってきますッッッッ!」 9時20分。 「約束まであと40分」 早すぎか? まあいいや。待つのも悪くない。 駅を目指した。 (コソコソ) 「ッ!?」 サッ。 「?」 気のせいか? 誰かいた気が……。 まあいいや。行こう。 ・・・・・ 「あれが長谷大……」 「こんな近くから眺めていていいのかしら」 「こういうときは臆病なくらいでちょうどいいのよね」 「やれるとはいえない。けどやるしかないんだ」 「あなたならできるわ」 「ペラペラくっちゃべってんじゃねェ」 『恋奈様、長谷大を発見しました。これより追跡に入ります』 「ああ、絶対に逃がすな。気づかれもしちゃダメよ」 「そいつは確実になにかある」 「辻堂を切り崩す突破口になるかもしれないんだから」 『了解。追って連絡します』(ピッ) 「さあ追いかけるわよ」 「いっきまーす!」 チュゴォーーーーン! 「……」 「なんで尾行られてんだアイツ?」 「まーいいや」 商店街、昨日と同じ場所に、昨日と同じ時間。 9時50分、昨日よりさらに5分早く来た。 けど、 「オス」 「おはよ」 また彼女のほうが早かった。 「今日も早いね」 「基本5分前行動する派だから。昨日お前がきた時間の5分前に合わせた」 「へー」 意外だ。 毎朝遅刻ギリギリに登校するのに。 そのことを聞くと、 「朝はアタシが来ると門の前が詰まるから、人の多い時間は避けてるんだよ」 「そうだったんだ」 「正直アレやめて欲しいんだけどな。恥ずかしい」 「やめろって言えばいいんじゃない?」 「あっちはアタシに対する誠意でしてることだから、言いづらい」 番長も番長で苦労してるんだ。 そうこうしてるうちに10時になる。 「じゃあポスター、取りにいこう」 「ああ」 飼い主がみつかったので、貼ったばかりだが不要になった猫のポスターをはがしていくことにした。 1人でも充分な作業だが、昨日と同じく2人で回ることに。 「明日だけど……」 と向こうから切り出してきて、また一緒することになったのだ。 「2日連続でいい天気だな」 「だね。もう梅雨なのに」 「ん〜〜〜っ♪ 風も気持ちイイ」 もう軽く汗ばむくらいの日差しに、心地良さそうに伸びをする辻堂さん。 「……」 「どうした?」 「あ、いや」 見惚れてしまった。 辻堂さん、美人だから、ほんのちょっとした仕草がいちいち絵になる。 そしてなにより、 「……」 「でさ、父さんのために里親さがしたのに、いざ出てったら父さんが一番寂しがってて」 「うん」 俺は昨日よりまっすぐにそんな彼女を見ていた。 昨日は『同時行動』って感じで、隣り合って歩いてただけだけど、 「……」 「だ、だからなんだよじーっと見て」 「ゴメン」 「……」 「〜」 今日は『一緒に歩いてる』って感じ。 「おらっ、さっさと行くぞ」 「うん」 なにより大きいのは、それを辻堂さんがそれを許してくれてることだ。 昨日よりさらに一歩近づいた俺を、彼女は許容してくれてる。 嬉しかった。 「もういいんですか?」 「はい、ありがとうございました」 昨日と同じよう1軒ずつまわって、猫ポスターを回収する。 「海開きのお祭りのほうは残す、と」 「水曜日までお願いします」 こんな感じ。 回収したポスターは店側で処分してくれるので、昨日より荷物がないぶん楽といえる。 「やっぱ手際いいなお前」 「そうかな」 昨日と同じ順番でまわっていった。 「そういや3会って水曜だから……もう3日後なのな」 「考えると早いね」 準備係にはなったものの、準備会自体がお飾りだからあんまり働いてない。 もうすぐって実感が薄かった。 「お父さんとお母さんが会ったのが3会なんだっけ?」 「ああ。最初に出会って、プロポーズもそこで」 「へー」 俺にとっては毎年やる地味なお祭りって感じだけど、辻堂家には大切な行事だったらしい。 「今年も楽しみだな」 待ち遠しそうにしてる辻堂さんは、子供みたいで可愛かった。 「……あ」 ふと花屋の前で足を止める。 ここは昨日……。 「大、ここはアタシが行く」 「うん。リベンジだね」 「おう……やったらぁ!」 また店員の子が泣いちゃうくらい気合いれて入っていった。 「いらっしゃいま……ひっ!」 「……」 「な、な、なにか御用で?」 「昨日頼んだポスターだが……もう必要ねエ」 「沈めちまってくれ」 「はい?」 「でも3会のほうはそのままで夜露死苦!!」 「は? は?」 「えっと、コホン」 「コレ、もう取るから」 「はぁ、……あ、猫ちゃん、飼い主さん見つかったんですか?」 「お、おう」 「よかったですね」 「……」 「ああ」 「……」 OK。 「ありがとうございました」 「ふー……っ」 「よくできました」 「やっぱ緊張する」 「お前はすげーな」 「慣れだよ慣れ」 ついでに近くの魚屋さんへも。 「へぇ〜、もういいんかい」 「はい。ご協力ありがとうございました」 「猫のヤロー魚さえ食わなきゃ飼ってやったんだが」 「アンタはいいよ。扱いが雑そう」 「ガハハ、言われちまったぃ」 この店の人は慣れてるらしく、辻堂さんは普通だ。 「次行こっか」 「おう」 3会のポスターは残すよう頼みつつ店を出る。 さて、次は……。 「ガハハハハハ」 「お似合いだぜお2人さん」 「「な!?」」 去り際、変なこと言われてしまった。 「えっと」 「あの」 「な、なに言ってんだろうなあのオッサン」 「う、うん」 「今度バカなこと言ったら海に突き落としてやる」 「その、変なこと、言って」 「うん……」 「……」 「……」 微妙な空気になってしまった。 「長谷大を見失ったぁ?」 「不測の事態が起きまして」 「星が見えたよ」 「自由落下で1分以上空中にいたわ」 「ドアホどもが……」 「姿は見えませんでしたが、明らかに長谷大を守っての攻撃でした。彼にはボディガードと思しき人間がついています」 「話がちがうじゃないですか!」 「ボディガード?」 「辻堂のやつがつけたってこと?やっぱりなにか秘密が……」 「長谷大は?」 「上空から確認した限り、駅のほうへ行きました」 「駅……商店街か」 「なるほど。稲学に仕込んだ草の情報とも符合する。そういうことね」 「よぉーし行くわよ、商店街に」 「ついにつかんだわ。辻堂の弱点を」 ・・・・・ 昼食は昨日とおなじところにした。 今日はドリア。辻堂さんは昨日と同じく蕎麦。 「いただきます」(パン) 「……」 ちゅるるる。ちゅるるるるる。 「どうかした?」 「なにが」 「いや、食べ方に元気がないけど。体調悪いの?」 「別に普通だろ」 言いながらそっと蕎麦をつまみあげる辻堂さん。 先っちょだけをつゆに潜らせて口へ。水気が跳ねないよう、しずしずと吸い込んでいく。 「もくもく」 普通といえば普通だけど、 「昨日とちがくない?」 昨日はずぞぞーって豪快にいってた。 「う……」 「なーッちくしょーっ! わぁったよ!」 ずぞぞぞぞぞぞっ! ぐいっ(←めんつゆ) 「ぷはぁぁあこれでいいだろうが!」 「そ、そんな怒らなくても」 「怒ってねーよ!」 怖い。 「なんかゴメンね。俺もすぐ食うから」 ドリアなんて熱いものを頼んだから苦戦中だ。 「……」 「急がなくていい」 辻堂さんはそんな俺を横目で見ながら、蕎麦湯で一服しだした。 「……」 「……」 どうもさっき魚屋のおじさんにからかわれてから空気がよくない。 いやよくないわけじゃないけど。 変な感じだった。 「お似合いだぜお2人さん」 お似合い、か。 そうなのかな。 今日はポスターを持たないので、手ぶらで町をぶらつく2人。 お似合いの……デートしてるカップルみたく見えるんだろうか。 「……」 汗が出てきた。このドリア熱すぎ。 辻堂さんも熱い蕎麦湯を啜ってるせいか、顔が赤い。 「えと、3会楽しみだね」 困ったときにはこの話題だ。沈黙を誤魔化すべくふってみた。 「ああ」 「準備会は当日ってあんの?」 「いや、当日は町内会の人がメイン。学生の準備会は明後日がラストだよ」 「そか。へへっ、じゃあ思いっきり遊び歩こ」 「だね」 祭りではしゃぐ分には、ヤンキーの面子とかは関係ない。 「明後日ラストの準備ってのは何するんだ?」 「分からない。大したことはしないだろうけど」 「そっか。出来れば何かしてーな」 3会に関わりたくてしょうがないらしい。 「昨日のポスター配りみたく外を回るやつなら、また大と一緒できるし」 「ン……」 そっか。 「じゃあ出来るだけそういうのを取ってくるよ」 「おう」 一緒に歩きたい。 少なくともこの点は、俺も彼女も一緒みたいだった。 外に出る。 「昼からも昨日のルートでいいですよね」 「おう。まずは大仏のほうから……」 そのときだった。 完全に緊張を解いてた俺たちが、現実に戻されたのは。 「辻堂愛!」 「やぁっと見つけたわ!」 あ、ナックの子。 「うわ、メンドくせーのが」 「ハッハー! おあつらえ向きに長谷大も一緒か。やっぱ私の読みは当たったみたいね」 「今日はテメーの相手してやる気分じゃないんだけど」 「こっちだって気分で相手されてねーわよ」 また不良同士の抗争に巻き込まれたらしい。 江乃死魔……とかいったか。以前校庭に傷をつけていった人たちだ。 間近で見るのは初めてだけど、部下らしき人たちをたくさん連れてた。 「辻堂と一緒にいる男っていうからどんなのかと思えば、ショボそうなやつだシ」 「……」 「へっ、前にあったことあるよなァ。神奈川の蒼きからたち、鬼哭のおハナたぁあたしのことだ!」 「うん。久しぶり」 この前デカい人と一緒に稲学へ忍び込んでた子だ。 「運のねーやつだシ、辻堂なんかと関わって」 相変わらず小っさくてかわいーなー。 「前の大きい人は今日いないの?」(なでなで) 「ティアラは用事があって……。なに撫でてんだコラァ!」 「そっか」(なでなで) 「ちょ、あの、撫で……」 「こらぁ……」 かわいいー。 で、こっちはバイクで校庭を荒らしたときにいた。オーラのすごい人。 「……」 「ん?」 「ギクッ」 「んん?」 マスクで分かりにくいけど、どっかで見たような……。 「な、なんてやつだ。総災天のおリョウにガンつけてる」 (ビクビク) 「?」 「リョウさんが押されてるぞ……」 「でなんか用?」 「はっ、いいの私に尊大な態度とって」 「ああ?」 場は一触即発だった。 「……辻堂さん」 小さく声をかける。 昨日みたいに逃げを提案したが、 「こんだけ囲まれちゃ無理だ。切り崩さないと」 難しいらしい。 なら俺としては派手なケンカにならないよう祈るしかできないが、 「また前みてーに泣かされたいのか」 「ああ!?私がいつ泣いたってんだ!」 無理っぽい。 「この前うちに来たとき泣いて逃げたじゃん」 「泣いてもねーし逃げてもねーよ!」 「泣いてたよな」 「遠目だったけど、泣いてもおかしくない状況だったね」 「え……?」 「恋奈様泣いたんですか?」 「ちょっと待てェ! 既成事実にすんな!」 「でも泣いたじゃん」 「泣いてない! 泣いてないもんね!」 「そう言うと泣いたっぽいよ」 「ぐぐ……クソッタレ!ちょーしこいてられるのも今のうちだけよ」 「はいはい。で何。こっち忙しいんだけど」 「いなしやがって……まあいい」 「そこのそいつ、長谷大とか言ったわよね」 胸を張りなおす片瀬さん。 「調べさせてもらったわ。昨日は一日中、そいつと一緒だったそうで」 「……」 辻堂さんが口を閉ざす。 わずかに表情が緊張した。 「情報が早いこと」 「江乃死魔は湘南最大の組織よ?稲学にも何人入りこんでると思ってるの」 「長谷大、有名人みたいね」 「そうなの?」 「学績、普通。運動、いまいち。全国模試が湘南区トップの坂東太郎の友人で、学内での評価は『すげーいいヤツ』」 「う……ま、まあ運動は確かに苦手だけど、走ったりとかの基礎体力は平均値あるんだぞ」 「とりたてて特徴はないが、毎朝ご近所への挨拶をかかさないため近所やクラスじゃ人気者」 「体育の成績が悪いのは球技が苦手なだけで……」 「そこはどうでもいいのよ!」 「球技苦手なの?」 「器用さに自信がないんだ」 「あー、気持ちわかるかも。バスケとか辛くね?」 「うん。ディフェンスはいいけどドリブルができない」 「中学のころバレー大会でも苦戦してたわね」 「レシーブが鬼門で……」 「へ?」 そそくさ 「話を聞けーーー!」 「ゴメンゴメン」 「はーっ、はーっ……。ペース崩されるわねコイツ」 「とにかく長谷大。最近になって起こった一番の変化は」 「3会の準備委員会に、辻堂と一緒に選ばれた」 「っ!」 「っ」 「孝行って店で見たわ。昨日は――3会のポスターを配りまわってた」 「辻堂と長谷が一緒に……。稲村最強の辻堂と、軍団員でもない、教室じゃなんの接点もないっていう男が、一緒に」 「天下の辻堂愛さんが、ずいぶんと地味なことをなさるわよねぇ」 「ンなもんサボるのが普通なのに」 「……それで?」 「自発的に準備に加わるたぁ……。楽しみでしょうがないみたいねぇ。町内会のショボいお祭りを」 「……」 「……」 マズい。 この子発想が細かいっていうかセコいっていうか。地味なところに目をつける才能がある。 細かいところから図星を突かれた。 「もう私の言いたいこと分かるわよね」 「……」 「アンタが楽しみにしてるなら!この200の大隊を誇る江乃死魔が総力をもって、今年の3会はブッ壊してやる!」 「ひ……っ」 「う……」 「ハーーッハッハッハッハ!そーなのそーなの、そんなにショックなの」 辻堂さんの無言の脅しも、向こうは笑ってかわした。 それだけ余裕がある……確信してる。 「恋奈……テメェ」 「クククク……江乃死魔はいま200人。水曜までありゃあと50は増やせる」 「計250の不良が一斉に暴れ出せば、あんな小さい祭りがどうなるかくらい分かるわよね」 「〜……ッ」 辻堂さんは悔しそうに歯噛みする。 汚い絡め手を……この子、タチ悪いぞ。 「もちろんやめてやってもいいわよ辻堂」 「江乃死魔が攻撃するのは外敵にだけ。仲間に手はださない」 「たったいま私に全面降伏!辻堂軍団をこの江乃死魔の傘下に入れるって言うなら、やめてやってもいい!」 「どうする?」 「く……」 「……」 殴りあうでなくこんな方法も使ってくるのか。ヤンキーらしくない。 だが辻堂さんには、10人相手のケンカよりもこっちのほうが効果的らしかった。 お父さんとお母さんの大事なお祭り。壊されたくないのは当たり前。 壊されないためには。 ためには……。 「……」 「だってさ辻堂さん。ラッキーだね」 「へ?」 なるべく軽く言った。 「3会の準備なんて面倒なこと、やる必要ないみたい。もうサボっちゃっていいんじゃない?」 「もともと辻堂さんはやる気なかったんだから」 「あ……?」 どうだ? 片瀬さんの言ったことに、辻堂さんが『なぜ3会をやりたいか』についてはなかった。 つまり彼女、核心はついてるけどすべて推測で話してるはず。 なら誤魔化せばいい。 「サボっても会がつぶれるなら同じだよ」 「明後日の火曜日もなにもしなくてよさそうだね。いやー、楽になった」 「な、なに言ってんだ大?」 いかん。辻堂さん、ハッタリに気付いてない。 「(あわせて)」 口をぱくぱくさせる。 それで彼女はハッとなるけど、 「……くさい三文芝居だこと」 あっちにも気付かれてしまう。 「な、なにが三文芝居だい?本当だぜ、アタシが3会を楽しみにしていないのは」 くさい三文芝居だった。 片瀬さんは鼻で笑い、 「いまさら誤魔化せると思ってんの」 「あの辻堂愛が祭りの準備なんて、楽しみにでもしなきゃ手伝う意味がねーだろ」 「あ、あれは俺を手伝ってくれたんだ」 「そっちが言った通り俺たちは3会の準備係に選ばれた。だから手伝ってくれたんだよ、準備をね。それ以上でも以下でもない」 ちょっと早口気味。焦ってるのがバレるだろうか。 「なんで辻堂がアンタなんかを手伝うのよ。なんの義理もないじゃない」 「う……」 「あるなら言ってみなさい。辻堂が、アンタを手伝う理由ってのを」 「それは……」 ない。 稲村最強のヤンキー、辻堂さんが、俺を意味もなく手伝う理由なんて、確かにない。 「ほらないじゃない」 「……あ、あるさっ!」 「理由は、えっと」 「なによ」 「辻堂さんが俺を手伝う理由は」 理由は……。 「大……」 「俺と辻堂さんは」 「俺と」 「辻堂さんは――」 ・・・・・ 「お似合いだぜお2人さん」 「恋人だッッッ!」 「ひろ……っ」 「はあ!?」 「お似合いの恋人同士だ」 抱き寄せた。 硬直してる辻堂さんは俺の手の中へ。 ……意外と身体小さいんだな。 「ちょ、ひ、大?」 「昨日はデートがてら、手伝ってもらっただけ」 「恋人なんだから休日一緒にいるのは当たり前だろ」 「あの、ぁの」 こういうアドリブは弱いらしい。辻堂さんは固まるばかり。 さあ、 どうだ? 「……」 (確かにそっちのほうが辻褄があう) (つか今日も一緒なのは元々疑問だったのよ。3会のポスターは昨日で配り終わってるのに) (待てよ、待てよ……) 「ひ、大。こんな、人前で」 (ファーストネーム!? 辻堂ってそんなキャラ?) 「うわー、マジで恋人っぽいシ」 (だよなぁ……) 「……」 (ヒロ君、相変わらずウソつくの下手) (……でも) 「そういえば噂に聞いた」 「稲村の喧嘩狼が――最近男を作ったと」 「マジ!?」 (ウソでしょそんな……。でもあのリョウが言うなら……) 「???」 なんであの人が協力してくれるの? 「これって恋奈様」 「読み違えましたか?」 (やばっ。私の威厳が) (こういうときはえっと、えっと) (そうだ) 「ハーーーーーハッハッハッハッハ!引っかかったな辻堂、そして長谷大!!」 「アンタらが付き合ってることなんて……」 「最初からお見通しだ!」 「「「な、なんだってー!」」」 「3会云々はすべてブラフ。アンタらの仲をアンタらの口から聞きたかったのよ」 「まんまと引っかかったわね!」 「くそー、やられたー」 「すげぇ……恋奈様」 「完璧なブラフだったわ」 (やったっ) バカだこの子。 「??? なにがどうなって……」 「いいから合わせて」 「というわけで辻堂さん。もう3会の準備はしなくていいそうだぜ。これからは2人きりの時間が持てる」 「え? え?」 「思う存分イチャイチャしようぜ」 「イチャイチャ!?」 「合わせてってば」 「え、あ、うん。イチャイチャ……な」 「〜」 「いやー、まさか敵対する不良たちが、俺たちの仲を助けてくれるなんてなぁ」 「ちょっと待てぇい!」 「だ、誰がテメェらなんぞに協力するか!3会を潰すのはブラフだっつっただろ!」 「じゃあ3会は邪魔してくれないのかい?」 「とーぜんだ」 よしっ! (バカだコイツ) (このあとどうしよう。練ってきたプランが……) 「3会には手をださない……」 「……」 「……」 「なるほど。ようやく分かった」 ――ドゴォオオオオンッッ! 「んぎゃー!」 「ありがとよ大」 「うん。でも暴力はやめようね」 「もう遅ェよ。ここまでアタシをおちょくったからには」 「ブッコロす!」 キレてる。 「クソッ! いきなり元気になりやがって。彼氏の前だから張り切ってンの?」 「そうだ。どっちにしろ辻堂の弱点は見つけたんだ」 「アンタたち! 長谷を捕まえろ!」 「了解です」 「行っきまーす」 チュゴォーーーーン! 南無。 「次は?」 「あああ忘れてたこいつ強いんだ。リョウーーー!」 「……」 「総災天か……決着をつけるにゃいい機会だ」 「喧嘩狼……直接対決は避けたかったが仕方ない」 「ちょっと待って」 「どうした大?」 「この人どっかで見たことが……」 「用事を思い出した」(そそくさ) 「あれ?」 「ヒャッハー任せて恋奈様!この稲村チェーンの再来と言われた鎖使い。チェーンウィップのハナの力見せてやるシ!」 ブンブンブンブンブンッ! ごちーん! 「きゅう〜」 「大丈夫!?」 鎖をふりまわした結果、自分に当たってしまった。 「くっそー! どいつもこいつも!」 「お前んとこ、全員不良にむいてないんじゃない?」 「まあいいや。残るはテメーだけだぜ恋奈」 「覚悟はできてんだろうな!」 「く……っ」 「……」 「……」 「……チッ、しょうがねぇ」 「早々前に出ちゃ威厳を欠くから控えてきたが……」 「この私がじきじきにヤるしかなさそうだな」 「う……」 すごい迫力の辻堂さんに、負けじと向かう片瀬さん。 こっちも迫力には凄まじいものがあった。 「来なさい喧嘩狼……」 「常勝無敗、ケンカの神を背負う――『喧嘩大神の愛』!」 「三大天の一人にして湘南最強チーム江乃死魔総長。この『血まみれの恋奈』が相手してやらァ!」 湘南の最強のスリートップ、『三大天』がぶつかり合うとはこういうことなのか。 見ているだけで足がすくんでしまう。 「……ハン」 「行くぞ!」 「来いやァ!」 ドガガガガガガガガッッッッッッ!!!!! 「……な」 3秒。 たった3秒で、 「ぐは……」(ぴくぴく) 「ええー?」 「こいつとヤると手が汚れて嫌だわ」 一方的に叩き伏せた辻堂さんが拳についた血を拭う。 瞬殺だ。 「『血まみれの恋奈』さんなのでは」 「血まみれじゃん」 本人の血でな。 「始まる前はすごい迫力だったのに」 「三大天はそれぞれが湘南の頂点に立つ資質を持つが、ケンカに強いとは限らない」 「そうなんですか?」 「強さ、カリスマ、タフさ、センス、そして殺気。不良に必要な資質は数多く、その中のどの要素が頂点へ導くかは時代が決める」 「恋奈はカリスマとセンスはあるが、強さに傑出した辻堂とタイマン張ればあんなもんだ」 「なるほど。勉強になりました」 「分からないことがあれば聞いてね」 「へ?」 そそくさ 「にしてもこれはちょっとやりすぎでは」 (ぴくぴく) 倒れてる片瀬さんに寄っていく。 かわいそうなくらい血まみれだ。 「救急車呼んだほうが」 「そいつなら大丈夫だろ」 「そんな。いくらなんでも……」 「うう……いってぇ……」 「痛くない!」 「あ生き返った」 「どんだけボロボロでも3分で生き返るインスタント体質なんだ」 便利だな。 「さーあ続きだ! かかってこいや辻堂!」 「いま手ぇ拭いたとこなのに」 「……」 「そうだ。昨日覚えた必殺技でも試してみるか」 「ひ、必殺?」 さすがに怖いのか身じろぎする片瀬さん。 昨日覚えた? あ……。 「行くぜ大!」 「うんっ!」 2人手をとり、駆けだした。 「へ?」 「あれ!? ちょっ、待てや辻堂ォーーーー!!」 逃げたことに気付くも、あの怪我で追いつくのは無理。 辻堂さんが読んでた通り、途中江乃死魔の伏兵がいたものの、商店街の複雑さを活かして突破した。 色んなところに隠れたり、走りまわったり。 そんなわけで……。 ようやく落ち着けたのは、もう日が落ちだす時刻。 「はーっ、さすがに疲れたな」 「かーなーり走ったね」 ついでに猫ポスターを回収してきたせいもあるけど、昼は走りづめだった。 砂浜にお尻をつけて座る俺たち。 夕焼けに染まる空と海、江ノ島がきれいだ。 「逃げるってやっぱイイな。楽だし、すげーしてやったりって感じ」 「逃げるが勝ちっていうもんね。理不尽にからまれた状況ならなおさら」 「知らなかった」 「最近ケンカがつまんなかったけど……そっか、こんなやり方もあるんだな」 「お前といると勉強になるわ」 「う……」 まっすぐにこっちを見てくる辻堂さん。 海より空より、やっぱり彼女のほうが綺麗だ。ドキッとしてしまう。 「……」 「……」 「サンキューな、3会のこと、うまく誤魔化してくれて」 「ハッタリが効いて助かったよ」 「アタシじゃあんなこと出来なかったと思う。3会を潰しちまってたかもしれない」 「やっぱり勉強になる」 「頼りになるよ、お前」 「…〜」 照れる。 「でも良かったのか?アタシと付き合ってる、みたいになって」 「迷惑だろ。あんなの」 「迷惑ってなにが」 「だ、だって、アタシみたいなのと恋人とか。嫌じゃないか? ほら、あの」 「嫌なわけないよ」 「ほんと?」 「ホントホント。だって俺」 「辻堂さんのこと好きだし」 「は?」 「へ?」 「……」 「……」 「あ! ちがうちがう! そういう意味じゃなくて!」 「その、気になってる……っていうべきかな」 「あっ、ああ。そうだよな」 「好きって。びっくりしたぁ……。そりゃそうだよ気になるってだけで好きなわけ」 「気になってる!?」 俺もあっちもテンパってる。 「き、気に……なってる?それってつまりアタシを」 「えと、まあ、好きになりかけといいますか」 「すき……」 夕日とか関係なくわかるくらい顔が赤くなった。 こういう顔がいちいち、 「可愛いなー、って思ったり」 「かわ……っ、か、か……」 「……」 「……」 「バカかお前!」 怒られた。 「あ、アタシは辻堂愛だぞ」 「稲村を仕切ってる身だ。ケンカ最強が代名詞なのにお前みたいな弱そうなのが……なんて、合わねーし」 「そもそも誰かと付き合う気なんてない。ンなことしたらナメられるだろ」 「湘南中に敵がいるからお前が危険だし、その、猫や3会のことで迷惑かけたのにこれ以上アタシのために面倒かけるのも嫌だし」 後半から俺の心配してくれてるのが嬉しい。 「えっと……あと」 「そこまで本域なものじゃなく、あくまでまだ『気になる』程度で」 「えっ? あああ、そっか」 「そりゃそうだよな。まともに話したのだって一昨日からだし」 「は〜びっくりした」 「……」 言い訳したのは俺だが、ちょっと微妙な気分だ。 「そっか、迷惑じゃねーんだな」 「はい」 「……」 「じゃああの、もうちょっと付き合わせても……、大丈夫か?」 「水曜まで頼みたい」 「ええ。俺も3会は成功してほしいし」 「そっか……」 「サンキュ」 「……」 『迷惑じゃない』ってのは本当だ。 でも『気になる程度』ってのはウソかも。 水曜までの3日間、カップルということで通すとして。 「学園ではどうします?」 「ン……そっか、難しいな」 「稲村にもあっちの人がいるって言ってましたもんね」 「少なくともそいつの前ではカップルでなきゃならない」 「でも他の人にはバレないほうがいいですよね」 「ああ」 バレると今度は3会のあとが面倒になる。どうして付き合ったフリしたかって話になると、結果的に辻堂さんが3会を好きなところに行き着く。 「とくにうちの下っ端には絶対にバレちゃダメだ」 「辻堂軍団って恋愛禁止なんですか?」 「辻堂軍団言うな、その名前恥ずかしいんだから」 「うちのバカどもはヤンキーにプライド持ってるから、お前みたいなノーマルは認めないと思う。ましてやトップであるアタシの恋人なんて」 「最悪、闇討ちで葬ろうって考えるやつがいるかも。みんな任侠映画とか大好きだし」 「絶対バレないようにしましょう」 ようするに、 「付き合ってるような空気を出しつつ、でもみんなにはそうと思わせないように」 「難しいな」 「なんとかしましょう。たった3日です」 最悪、3日後さえ乗り切っちゃえばそれでいいさ。 「……」 「?」 ふと足を止める辻堂さん。 なんだ? 思ってると、 「ありがとう大」 う……。 「3会の準備係。ペアがお前で本当によかった」 「そんなこと」 「……」 「……」 「じゃ、じゃあ、帰るわ」 「うん。また明日学園で」 「ああ」 「……」 行っちゃった。 辻堂さんと恋人……か。 ふりでしかないし、たった3日のことだけど、でもやっぱり嬉しい。 そっか、俺、辻堂さんのこと好きだったんだ。 これがどんな気持ちなのか……。ほんとに好きなのか、単なる憧れなのかはまだ分からないけど、 「……」 彼女のためなら、どんなことだってしてあげたい。 それだけは確かだ。 ・・・・・ 「……」 (長谷大……) 「……」 「うわうわうわ」 「……大」 (3日間) (……恋人) 「……」 ボンッッ! (うわぁぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!) 「ただいまー」 「おっかえり〜〜〜」 「姉ちゃんこんな時間から飲んで……」 「くさ!酒臭い! 一日中飲んでやがったな」 「あはははははヒロが5人いる〜」 「これだけいればお姉ちゃんだけを好きなヒロもいるはずだよね〜」 「うおー! 先頭の弟ゲットだぜ〜!」 めちゃくちゃ酔ってる。 見ると床にはビール缶や酒瓶がごろごろと。 やれやれ。 「片付けたらすぐ夕飯にするから、大人しくそこに座ってて。ね?」 「うーい」 ソファに転がしておく。 しょうがないな、姉ちゃんは。 「……」 (……露骨に機嫌がいい……ムカつく) ぼー 「おかえりなさい。遅いから誠君、もう出張先に戻っちゃったわよ」 「あとクミちゃんが来てるわ」 「愛さん!……よかった怪我はないっすね」 「すいません。商店街で江乃死魔に絡まれたこと聞きました。オレらがお守りしなきゃいけないのに……」 「まあ愛さんのことだから、江乃死魔の雑魚なんざ10や20集まったって……」 (ぼー) 「愛さん? どうかしたんすか?」 「……」 「だぁーッ! なんだこれちくしょー!」 「ひぇっ!?」 「す、すいません! 甘えてました、楽勝とはいえ愛さんのお手をわずらわせるなんて」 「心臓がいてぇ……顔も熱いし……」 「なっ!?」 「あのヤロー、アタシになにしやがった」 「愛さんに手傷を負わせるような猛者が……?」 「あ、クミ来てたのか」 「……」 「なあクミ、もしもだけど」 「はい?」 「もしも……」 「……」 「あ、アタシが誰かと付き合うことになったら、お前、どうする?」 「あら」 (突き合う? ナイフ使い……?) (そいつが何者であろうと、愛さんの手をわずらわせるまでもない) 「軍団の総力をあげてコロします」 「ええっ!?」 「ごちそさま〜」 「落ち着いた?」 「えへへ〜、美味しかった〜」 夕飯は姉ちゃんの好きなカルボナーラナポリタンミートソースパスタにした。 満足してくれたんだろう。ワル酔いしてた姉ちゃんは酔いの方向が変わり、楽しそうにふにゃふにゃしてる。 これなら絡まれないだろう。よかったよかった。 「ンと」 スパゲティ、たくさん作ったからちゃんと残ってるし。 自分の部屋に運ぶ。 コツコツ。 窓をノックした。 「マキさーん」 「はーい」 出た。 「今日はうちで食べてってください」 「ん」 これまではおにぎりやサンドイッチだったけど、今日は皿とフォークがいる献立だ。 窓枠に腰かけるマキさん。 と……、 「ん?」 「はい?」 「いや、なんかニオイが」 「?ああ、カルボナーラとミートソース混ぜてるから独特な仕上がりになってるかも」 「でも味には自信ありますよ。どうぞ」 「おお〜、うまそ〜」 「いたーきます」 ずるずるずる 相変わらずいい食べっぷりだ。 「やっぱりテーブルのある場所のほうが良かったですね」 庭で食べるってはしたない。 「すいません。家の中はみせたくないもの(姉)がありまして」 「こっちのほうが楽でいいよ」 「あんまり歓迎されると施しうけてるみたいで微妙だし」 俺としては庭で食べさせるほうが、野良犬にエサやってる感じで微妙なのだが。 にこにこ 「ずるずる」 にこにこ 「ニヤニヤすんな気持ち悪い」(ずるずる) 「ニヤニヤしてます?」 「キモいくらい」 ひどい。 「実はいいことがありまして」 「ふーん。興味ないから言わなくていいぞ」 ひどい。 まあ聞かれたら聞かれたで説明は難しいけどな。辻堂さんのこととか、なんで3日間だけ付きあうことになったかとか。 そういえば……マキさんって辻堂さんのこと知ってるかな? 学園はちがうけど有名人だし。ヤンキーなら知らぬものはないって聞いた。 マキさんはヤンキーなんだろうか? 分からん。ものすごーくアウトローな感じはするけど。 「でっかいミートボールきた」 まいっか。いきなり『あなたヤンキーですか?』って聞くのも失礼だ。 もしヤンキーだったら、辻堂さんの名前をだすと怯えられてしまうかもしれない。 湘南最強――『三大天』の名前なんて出したら。 「……」 ん? そういえば三大天って3人いるはず……。 「ぷはーっ、ごっそさん」 「あ、お粗末さまです」 「じゃーな」 「また気が向いたらどうぞ」 食うもの食ったらさっさと行ってしまうマキさん。 サバサバしてて、こっちも気が楽だからいい。 彼女のこと何も知らないけどな……。 「おい、ダイ」 「はい?」 ひろしです。 「いいことあったみたいだから、これをやる」 花をくれた。 「綺麗ですね」 「根っこの部分を吸うと甘い味がするんだ」 「……なるほど」 「じゃな」 「はい」 やっぱりサバサバと行ってしまう。 残されたのはプレゼント……というか庭に植えてある花だけ。 「……」 まあ悪い人ではないよな。 でも……うーん。 辻堂さんのこと、ちょっとは聞いて欲しかったかも。 誰かに話したいなぁ。 「クミちゃん帰ったわよ」 (ぼー) 「まだ心ここにあらず」 (ぼんやり) 「彼氏でもできた?」 「はぁ!?」 「なななななななななななななななななななななななな何言ってんの何言ってんの何言ってんの何言ってんの」 「やっぱり」 「うぐ……、な、なんで分かる」 「その顔と態度を見れば分かるわよ。……気付かないクミちゃんのほうが心配だわ」 「好きな男の子が出来たのね」 「べ、別に……好き、とかじゃ」 「でも付きあうことにはなった」 「順序がおかしくない?」 「色々あるの」 「はぁ……期限付きの関係ってことで、すぐにお別れなんだけど、やっぱなんか変な感じ」 「複雑そうねぇ」 「気持ちは分かるわ、お母さんも誠君と交際始めたころ色々と複雑だったから」 「全県連を追い込むまでは内緒に、とか。デートは埼玉連の残党狩りも兼ねて、とか」 「そのころの話は前に聞いたよ。1万回くらい」 「……」 「ねえ、好きとか嫌いとかはともかくとしてさ」 「付き合いはじめたら……女って男にどう接すればいいの?」 「どうって?」 「だから、こうしたら喜んでくれるとか、こうしたらもっと可愛いと思ってくれるとか……」 「……」 (『好きじゃない』、ねぇ) 「そういうことは自分で考えなさい」 「わかんないから聞いてるんじゃん」 「情けないわね、もういい年の女の子が」 「親に教えられたことなかったし」 「イヤミかきさまっ!」 「どーしよ〜」 「もう」 「例えば……明日はお弁当を持っていくとか?」 「ご飯を一緒するのはカップルの基本よ」 「う……」 (……なるほど) 「……」 カチカチ。 『明日の昼メシ、一緒に食べよう』 「送信」 「……」 「……」 「う〜〜〜〜」 〜♪ 「いてててて! 痛いって姉ちゃん放してよ!」 「実は私、プロの格闘家も真っ青のカニバサミが出来るお姉ちゃんだったの」 「ぐぁマジだ、もがけばもがくほど抜けなくなる」 「つかなんで攻撃してくる!眠そうだったから部屋に運ぼうとしただけだろ」 「もう今日はここで寝よ〜」 「1人で寝ろっつに」 「土日と私に甘えられなくて寂しいでしょ。いまだけは独占されてあげるから」(ぎゅー) 「だあああ、どうなってんだこの人」 〜♪ 翌朝。 一晩カニバサミされて痛む腹を押さえつつ登校すると。 (ガクガク) (ぶるぶる) また教室の空気が変だった。 「どうかした?」 「彼女の虫の居所がよくないようだ」 「?」 うお!? 「ぉぉぉ同じ部屋にいるだけで震えがとまらないタイ」 「魔王だ。あいつは稲村学園の魔王だ」 「お、おしっこしてくる」 俺でも怖い。 「大……」 「はい?」 なんだ一体。 昨日はいい空気で別れたはずだぞ。なんでキレてるんだ。 「テメェちょっと面ァ貸せ」 「はい……」 「待て。ひろに何をするつもりだ」 「関係ねーだろ。すっこんでろ」 「そうはいかん。ひろは僕のただ1人の――」 ギロッ バタン 睨みで失神!? 「来い」 「はい」 連れて行かれることに。 「(ー人ー)」 「(ー人ー)」 「(;人;)」 黙って手を合わせないでくれ。 「あら? お2人でどこへ……」 「あ、あはは。ちょっとね」 「?」 この時間は誰もいない保健室へ。 「辻堂さん。付き合ってる感じを出す必要はあるけど、ここまで露骨だと逆に……」 ゴゴゴゴゴ……! 普通に怒ってる? なに? 俺死ぬの? 「メールは?」 「はい?」 「メールだよ」 メール? ポケットを探る。 「……あ、携帯忘れてる」 そういえば昨晩はずっと姉ちゃんに絡まれてたから、 「最後にチェックしたの8時くらいだな。なにか送ってくれたとか?」 「〜気付いてすらいねーのかよ……」  ? 「メールチェックは小まめにしろやコラァ!」 「すんません!」 怒られた。 「こっちはそのせいで……あークソ」 「緊急の要件だった?」 「そうじゃねーけど……う〜」 「どうしたの」 「眠れなかったんだよ!」 「ああ。……あはは、そういえばクマがすごいね」 ゴゴゴゴゴ……! 「すいません!」 みんなが怯えた怖さはこの要素が大きそう。 「ったく」 「まあシカトされたんじゃないならよかった……」 「よくねーよ! このアタシを待たせやがって」 「あはは、ゴメン」 「なに笑ってんだテメェ」 「いや」 俺からの返信が気になって眠れない辻堂さん。 笑うなってほうが無理だろう。 「……チッ、この野郎」 「テメェ、アタシのことナメてるみてーだな」 「そんなことはないって」 「いいか大、これだけは言っとく」 「3会のことじゃ感謝してるし、彼氏彼女ってことにはしてるけど、お前はあくまで――」 「……はっ!?」 「辻堂さんこっち」 「へ? ――ひゃあんっ」 近くのベッドに引っ張り倒し、カーテンを閉めた。 「ちょ、ひ、大」 「黙って」 「はぁ……身体が重い」 「頭も痛いし胸がムカつくし……重症だわ。楓ちゃんいい薬ない?」 「二日酔いに特効薬はない」 あぶねー、やっぱ姉ちゃんだ。 「面倒だからやりすごそう」 「お、おう……でもあの」 「うええ……ぎぼぢわるいー」 「はいビタミン剤」 「ん? 生徒が誰か寝てるようだな」 「誰かしら。心配ね」 「変わり身早」 (あうう……) (こ、このアタシが男に押し倒された?) (顔が近い……) 「……」 (……大、まつげ長いな) 「どうかした?」 「は!? な、なにがだよ」 「ナメんじゃねーぞ大。別にテメェにくっつかれたからって、アタシは全然」 「静かに」 「はい」 「……」 (姉ちゃんたち早くいなくならないかな) (ドキドキドキ……) ・・・・・ 「ふぅ、やっと出てった」 なんとか気付かれずにすんだ。 「……」 「それで辻堂さん。メールのことだけど」 「メール?……あ、ああ、うん」 「携帯忘れちゃったからさ。なんだったの?」 「ン……えっと」 「……」 「昼休み、屋上へ来い」 「はいっ!?」 昼休み? 屋上? やっぱりシメられるの俺? 「あ、チャイム。……先行くぞ」 予鈴が鳴り、さっさと行ってしまう辻堂さん。 仲良くなって怖い思いするかもって覚悟はしてたけど、1日目の朝8時半から、本人に怖い思いさせられるとは。 これから大変そうだなぁ……。 「……」 (ドキドキドキ……) 「……」 「むむむむむ……」 ただいま。 「ヒロシ……すっげ。無傷じゃん」 「いや無傷どころか……」 「辻堂さんの機嫌も直ってる?」 「菩薩だ。長谷は稲村学園の菩薩だ」 「おーいヴァン。起きてー」(ツンツン) 「む……ひろ?」 「よかった。ひろが辻堂に連れて行かれる夢をみたよ」 先生がくるまえにみんな席に戻った。 「……」 (……まだドキドキしてる) 「……」 (ところでなんか忘れてるような) 「……」 「愛さん、遅いっすね」 「鐘、鳴ってしまいましたね」 「う、うるせぇ!愛さんに挨拶するまではオレらも動かねーぞ!」 ・・・・・ 朝のことがあったせいか、辻堂さんは一日様子が変だった。 いつもクールだけど、今日はひと際ぼーっとしてる。 かと思えば急に不機嫌そうにしたり、 クラスメイトが怯えてる。 昼休み……どうなるんだろ? ・・・・・ 「……」 (胸がいたいよぉ) (そうだよ。大だって男なんだから、朝みたいなことしてこないとも限らねーんだ) (……恋人なんだし) (さすがに無理だよ……でも慌てるとナメられる) (だいたいアタシみたいな洒落っ気のないのじゃ……) 「へー、昨日は901にねー」 「うん。臨時でお小遣いが入ったから、カレシの好きそうなアンダーそろえてみた」 「どんなのどんなのどんなの?」 「ぴらっ」 (うわ!) 「どーぉこれ? これならカレシも大喜び!」 (か、彼氏がいるやつってあんなの穿くのか) 「うわうわうわぁー! フワーォじゃないですか!完っっ全にフワーォじゃないですか!」 「フワーォですよ大人の階段のぼっちゃいましたよ。セットで2万もしちゃった」 「これでもう完璧にカレシを悩殺できるね!」 「うん!」 (……に、2万? 下着ってそんなにかけるもんなの?) (ふざけんなよこっちなんて500円の安売りのだぞ。店名にさえ負けてるじゃねーか) (クソッ!) 「ひっ!? 辻堂さんが怒ってる……」 「あ、あっち行こ」(そそくさ) (私が恋奈ちゃんに情報売ってるのがバレて……?) 「チッ……」 (やっぱまだ無理だ。そんな気持ちになれねーし) (次押し倒されたらブッ飛ばしてやる) 「くるならきやがれ……大!」 「!?」 や、やっぱり怒ってる。 「さっきからひろの様子がおかしい」 「辻堂さんの様子も変です」 「この土日はずっと用事がつまっていたようだが……、まさか辻堂と何かあったのか?」 「気になります……」 「……そして血が騒ぐ」 「む?」 「実は私、昔から母性的ってよく言われるんですけど」 「実はただのお節介焼きなんです!」 「自信満々に言うことか」 「困ってる人がいると放っておけないんですよ。男だったら確実にギャルゲの主人公やってます」 「嗚呼……お節介がしたい……!他人の人生に関わりたい。何の関係もない人を愛でまくりたい……!」 「そんなキャラだったのか」 「その卓越された世話好きおかんキャラ。実にいいぞ委員長」 ゴゴゴゴ……! (ブルブル) ワクワクウキウキ 「なにかが起こり始めている気がする」 「平凡な世界がかわりそうな何かが……。実に良い!」 「でもタロウは普通に傍観するのか」 「変人なくせにすることは普通だよな」 「劇的な瞬間に茶々をいれるほど無粋ではないのさ」 「実は一番常識人な気がするタイ」 ・・・・・ 昼休み。 (ギロ) 辻堂さんから『来い』の合図が来る。 ……最期に姉ちゃんに挨拶してこよっかな。 いやいや、昨日はあんなにフレンドリーだったんだ。いきなりボコられることはないはず。 俺も行こうと席を立つ……。 「すいませーん。長谷君いらっしゃるかしら」 「はい?」 生徒会の人に呼ばれた。 準備会のことかな? 辻堂さんには『先に行って』と目で合図する。 「明日の3会準備のことなのですが」 「はい」 ・・・・・ (……よし、人気はなし) (落ち着け。ほとんど手作りじゃねーんだ。美味かろうがマズかろうがアタシには関係ねぇ) (……アタシが作ったのだけマズがられたらどうしよう) (飲み物も用意したし……) ガチャッ (来たっ) 「あ、あー、来てくれてありがと……」 「愛さん朝はひどいじゃないすか〜」 「ハーッッ!」 「にゃーっ!」 「な、なにするんすか愛さん」 「テメェかよ!」 「伝えなきゃならないことがあるんスよ。昨日も言いましたけど、江乃死魔がこの土日湘南中で暴れててですね」 「いま江乃死魔はいいわ」 「用事があるから帰れクミ。しばらくほっといてくれ」 「用事ってなんすか?」 「なにって……べ、べつに」 「……決闘?」 「ちがうって」 「じゃあ……はっ!?まさか今度こそ男と会うんじゃ」 「はあ!? な、なわけねーだろ!」 遅くなってしまった。 「辻堂さーん? 遅くなりまし」 「ハーッッ!」 「にゃーっ!」 「出たー!愛さん77の殺し技の1つ、脳天ねじり蹴りー!」 ぐは……死ぬかと。 「って男だ。愛さん、こいつを待ってたんで?」 「ま、まあな」 「なんでこんな弱っちそーで冴えなーいやつを?」 「あー、えっと、その」 「こ、こいつは江乃死魔のスパイだ!」 「ええ!?」 「ええ!?」 「つーわけでこれからアタシはこいつをシメる」 「クミ、テメーは下がってろ」 「でも」 「アタシの言うことが聞けねーのか」 「はっ、はい、すいませんでした」 「メンドくさ」 「大丈夫だったか大?」 「姉ちゃんへ。もう会えないけれど弟は星になって見守っているよ」 「悪かったって。誤魔化すにはあれしかなくて」 「仲間の人にバレそうになってたの?」 「うん」 「……にしても殴らなくてもいいと思う。首がねじ切れるかと」 「わ、わるい。付き合ってるって誰かに知られると思うと、反射的に」 「そこまで嫌がらなくても。演技なんだし」 「嫌がったわけじゃなくて」 「それで何の用だった?」 「実はさ」 「……」 (うああ……心臓が痛ぇ) なんつー怖い顔を。やっぱ俺、シメられるのか? 「すー、はー」 「こ、コレ。食うぞ」 「へ?」 言いながら、弁当箱を2つ取り出す彼女。 「恋人ってアレだろ。昼飯一緒に食うんだろ」 「ああ、なるほど」 そうだ。こういうのやっとかないと。 校内には江乃死魔に情報流してる人がいるそうで。誰か知らないけどその人には俺たちが付き合ってる感じを出さないと。 「分かった一緒に……」 「弁当まで用意してくれたの?」 「わ、悪いかよ」 「悪いなんて……」 そこまで入念にしてたなんて。 んーむ、3会のこと、彼女をフォローしようって思ってたけど。あっちのほうがよっぽど周到で入念かも。 「ありがと。遠慮なくいただくね」 「ああ」 落ち着ける場所を探して壁を背もたれにした。 「いただきます」 「いただきます」 もらったほうの弁当箱を開く。 中身はご飯と……、シュウマイ? 「これ、駅弁の?」 「ああ、シュウマイ弁当の中身を移し変えた」 この地方じゃどこの駅でも売ってるやつだった。 逆に良かった。手作り弁当とか出てきたら困ってたところだ。 割り箸をとって。 「いただきます」 もくもく 「……美味い?」 「もちろん」 「まー七浜市ご推薦だから、マズかったらシャレにならねーけどさ」 ヒネくれたことを言いながらも、ほっとした顔だ。 ホントに美味い。シュウマイはもちろん、ブリ照りとか、玉子焼きとか。 ……でもこの玉子焼き、ちょっとデカいな。 「かつかつかつ」 「はぐはぐ」 「……ふふっ」 「なんだよ」 「いや、これで昼ご飯、3日連続一緒だね」 「あ……そういえば」 「不思議だよ、先週の今日には辻堂さんとこんなことになるなんて思わなかった」 「アタシもだよ。先週の今日は……やっとお前の名前覚えたころだわ」 「クラスメイトなのに」 「影の薄いお前が悪い」 「辻堂さんが濃すぎるんです」 「かもな」 クスッと笑う彼女。 少なくとも談笑しながらご飯食べる関係になること、先週の今日には想像もしなかったな。 ……こんなに一緒が楽しくなることも。 「ごちそうさま」 手を合わせる。 「お粗末様。……っていうのも変か。美味かったか?」 「うん」 「やっぱシュウマイだよな」 「メインだもんね」 「まあ鮮度がどうとかで店で出てくるのよりは落ちるんだろうけど、充分いける」 「あとシュウマイって自分で作るとやたらデカくなっちゃうから、形が綺麗なのがいい」 「自分で作んの?」 「うん。ていっても上手く作れたこと少ないけど」 中身が水気で膨らむせいか、毎回皮がやぶれる。 簡単なようで難しい。シュウマイは店で買ったほうがいい。 「ふーん、料理、するんだ」 「まあね。夕飯とかは基本毎日作ってるし」 揚げ物なんかは惣菜屋さんに頼るけど。 「ふ、ふーん……」 「どうかした?」 「なんでもない」  ? (……料理作れたのか。言わなくてよかった) ・・・・・ 「シブいな」 「やっぱご飯にあうものは嬉しいよね」 シュウマイも良かったが、ご飯とセットじゃ食べにくい。 やっぱ米っ食いには魚ですよ。 「意識したことねーけど、たしかに弁当といえば魚系がついてるほうが好きかも」 「安定感がちがうよね」 「魚、好きなのか?」 「うん。コレってほどでもないけど、あれば食べるよ」 「そっか」 「今度母さんに頼んで……でも昼まで持つかな」 「へ?」 「なんでもない」 ・・・・・ 「ほ、ほんとに!?」 「うん。あるとないとじゃ大違いだよ」 「にしても変だな。この駅弁の玉子焼きって塩辛かった気がするけど、今日のはちょうどよかった」 「え……ちょうどいい、って?」 「前に食べたときより美味しかったんだ」 「おいし……」 「あは」 なんだ? 辻堂さんが嬉しそうだ。 「どうかした?」 「な、なんでもねーよ」 「〜♪」 「?」 「んぐんぐ」 「やっぱりちょっと塩辛いわよね。この駅弁のやつ」 ・・・・・ 「ところで――、生徒会のやつに呼ばれてたけど。準備会のこと?」 「はい。明日の3会前最後の準備について指示をうけまして」 「江ノ島でちらし配りをしてほしい、と」 「今度はあっちか」 「やっぱお客を増やすには観光地でのビラ配りが大きいですからね」 「といっても作業は簡単なんですよ」 「明日は午前授業だから、午後から江ノ島に行って所定の場所で30枚くらい配るだけ」 「少なくね?」 「ええ。配りすぎてゴミが出ると問題になりますから」 「他の子は会場設営とかやるんで、楽な仕事なんです」 「しかも時間が余ったら遊んできていいとか。オススメ場所のパンフまでもらっちゃいました」 「いたれりつくせりじゃねーか」 「土曜日を1日つぶしてポスター貼りやったから、そのご褒美、だそうです」 「私服で行く許可ももらいました」 「仕事したら、そのまま遊んじゃっていい。とのこと」 ニヤリと笑う。 辻堂さんはちょっとびっくりした顔で、 「お前って結構大胆だよな」 やっぱり笑う。 明日も2人でお出かけだ。 「ひとつ気をつけなきゃいけないのは、江ノ島の位置かな」 「ん? ……ああ、そっか」 江ノ島は七里学園が近い。 片瀬さんのグループの人は七里が多そうだったから、見つかったら面倒なことになる。 「向こうのグループ、200人って言ってたっけ」 遭遇する可能性は低くなさそうだ。 「……」 「いや、江乃死魔の200は気にしなくていい」 「もし来たらアタシがぶっ飛ばす」 「そんな暴力的な」 「あいつらにゃアタシがお前を手伝ってるのはバレてるんだ。問題ないさ」 「……1人だけ、会うとヤバい奴が七里にいるのは確かだけど」 「え……?」 「……」 「腰越っていう、個人的に因縁のあるヤンキーで」 「湘南三大天最後の1人」 「ッ……」 三大天最後の1人……。 気になってたけど、予期せぬところで名前が出てきた。 「そだな。大にも話しとくべきか。あいつのこと」 ぎしっとフェンスに体重をあずけ、辻堂さんは空を仰ぐ。 ふーっと小さく息を切り、 「ぶっちゃけた話、3会を邪魔しようとするのが江乃死魔のバカどもだけなら、力ずくでも守りぬく自信はあるんだ」 「あっちは200人いるんでしょ?」 「こっちは警備の警官全部が味方だろうが」 「アタシの部下を会場中において、江乃死魔のやつらを見つけたら即ポリに連絡。これだけで充分な抑止力になる」 「最悪200人くらいならアタシ1人でイケるしな」 これがハッタリに聞こえないからすごい。 「だがそれは江乃死魔相手の話」 「あいつが出てきたらアウトだ」 「あいつが暴れ出せば、ポリ公なんざ役に立たない。アタシの部隊も、江乃死魔200人も」 「……」 「最後の三大天、腰越――またの名を『皆殺し』」 「その名の通り一度キレたら、相手が100だろうが200だろうが皆殺しにする湘南史上最凶の怪物」 「つ、辻堂さんより強いとか?」 「さあな。ケンカなんて5割が時の運だし、分からねーよ。ただ……」 「前に話したアタシのケンカ戦績、覚えてるか?」 「500戦無敗」 「そう。だが500戦全勝じゃない」 「あいつと引き分けた2回を除いて」 「……」 2度引き分けてる――実力はほぼ互角ってことか。 「そして少なくとも、何かを破壊する才能にかけては確実にあっちが上だと思う」 「あいつが暴れだしたら3会は確実に終わる」 「……そ、その人は、片瀬さんの仲間なの?」 「恋奈に制御できるようなタマじゃねーよ」 「だがアタシの敵であることは確かだ」 「気分屋だからな。アタシが3会を手伝ってるって知ったら、それだけの理由で壊しにくるかも」 「……」 「江ノ島……行きたいけど、あいつに見られたらマジでヤバイことになる」 「そうなんだ」 腰越さん……。 あの辻堂さんがここまで警戒するってことは、相当危険な相手なんだろう。 なら江ノ島へ行くのは危ないかもしれない。 「……」 「……」 でも、 「俺は行きたいな」 「へ?」 「俺は行きたい」 「江ノ島……辻堂さんと一緒に歩きたい」 「……」 「……」 「……」 「……ああ。アタシも行きたい」 口元をやわらげる彼女。 「そうだよな。もし腰越が来てもその場でブッコロせば問題なしだ」 「暴力はよくないけど」 「よしっ。行こうぜ明日、江ノ島へ」 「はい」 「2人で一緒に」 顔を寄せてくる辻堂さん。 ちょっと近いけど、俺はもう戸惑うことはなかった。 一昨日、昨日、そして今日と、どんどん距離がなくなってるのを感じる。 まるで本当の恋人にでもなったみたいに。 「また楽しもう」 「うん」 「全部ぶっとばしてやるさ」 「恋奈が来ようと、腰越が来ようと――」 「愛さんスパイはシメ終わりました?」 「あ」 「あ」 「……」 すごい近い俺たちを見て、後輩の子が目を丸くする。 辻堂さんも目を丸くして。 「ぶっとべぇええええええええーーーーーっ!」 「ぎゃー!」 「かかってこいやッッ!恋奈だろうが腰越だろうがッッッッッ!!」 「全部ぶっとばしたらぁああーーーっ!」(ぎゅぃ〜) 「でっ、出たー! 愛さん77の殺し技の1つ、逆さネックハンギングツリー!」 「ぎええええええ」 というわけで、明日も辻堂さんと出歩くのが決まったわけだが。 俺にとって一番危険なのは……辻堂さんでは? ・・・・・ 午後からは、明日のことで頭が一杯だった。 辻堂さんのこともそうだが……。 それ以上に、あの辻堂さんがあそこまで警戒する三大天最後の1人、 腰越さん。 どんな人なんだろう。 休み時間に詳しそうな人に聞いてみる。 「『皆殺し』のこと?」 「もちろん知ってるよ、ほら俺むかしワルかったから」 「七里の三年で、三大天最凶にして最悪の女。関わっただけで消滅させられた不良チームは、この2年強で100はくだらない」 「一説によると湘南BABYがトップを取れたのは、リョウさんがあいつと適度な距離感を掴めたから。上手く消されるのを逃れたから、とまで言われてる」 「誰ともつるまず、決して群れない狂犬」 「一度は湘南のトップを取ったリョウさんも、たぶんいま一番勢いのある江乃死魔も、『関わらない』以上の行動はとれない」 「興味を持つのは勝手だけど、長谷君も関わらないほうがいいぜ」 「あの人と関わって生きてられるのは……、それこそ辻堂さんくらいだよ」 「う、うん。情報アリガト」 その辻堂さんと深い関係になった場合はどうすればいいんだろう。 辻堂さんも昼からずっと怖い顔だ。 明日はどうなることやら……。 ・・・・・ 「……」 にへー (ヤベぇ、顔がニヤける。引きしめないと) (楽しみだなー明日) (大と一緒ってなんでか楽しいんだよな。なんでだろ?) (それに) 「俺は行きたいな」 「江ノ島……辻堂さんと一緒に歩きたい」 (あんなに一生懸命に。あれじゃまるで……) 「デートのお誘いに決まってるじゃん」 ビクッ! 「そ、そうかな」 「江ノ島に行くんでしょ? デートだよデート、男女で江ノ島に行くのはイコールデート」 (でぇと……だと!?) 「俺は行きたい。辻堂さんと」 「デートしようぜ、子猫ちゃん」 (そ、そういうことかよ) 「さっきのフワーォなショーツはいてきなよ。絶対フワーォな展開になるよ」 「そうかなぁ〜」 (ナニィイイイイ!?) 「俺は行きたい。辻堂さんと」 「フワーォなこと期待してるんだろ?」 (ひひひひ大ィイイイイイ!テメーなななななんつーハレンチなァァァ!) うお!? なぜかこっちを睨んでる。 やっぱ腰越って人を警戒して気が立ってるんだろうか。 「……」 腰越さん、か……。 「……ふむ」 (? 大……なにか考えてる) (あ、明日のデートプラン?どうやってホテルに持ち込むかとか……) 「やっぱりハッキリとお願いするのが一番かなぁ」 (むむむ無理だ! 無理だぞ頼まれても!) そんなこんなで放課後。 決めた。 帰り道とは逆のほうを目指す。 「ひろ、どこへ行くんだ?」 「ちょっと用事」 怪訝そうなヴァンと別れ、江ノ島のほうを目指した。 七里学園のほうを。 「なんでスパイ野郎逃がしちゃったんですか。情報を聞くチャンスだったのに」 「どーでもいいだろ。アタシの判断だ」 「なら何も言えませんけど……」 「みんな。集まってもらったのは他でもねえ。片瀬恋奈率いる江乃死魔の、この土日での派手な暴れっぷりについてだ」 「湘南BABYを食った勢いを使って、一気に小さなグループをいくつも吸収。現在総勢は200人を超えていると思われます」 「この数はさすがに無視できない。そこで今日は、やつらがこれ以上勢力を広げないよう対策を考えたい」 「……」 「さすがの愛はんも難しい顔してはるわ」 「このままでは今月中にも500人を超えようというハイペースですからね」 (明日どうしよう、服とか) (パンツ……見せるようなことする気はねーけど。でも) 「500はマズいよなぁ」 「ええ。しっかり対策を立てましょう」 「江乃死魔に吸収されたチームの主だった概要だが」 「まずは『デッドタイム』。間諜の火坂や悲鳴騎士の佐久摩、覇道の下田なんかが有名なところです」 「正攻法でぶっ潰されたらしい。やっぱ数の差はデケェな」 「次に昔から安定した実力でハバを利かせて来た『ビッグブレスT』」 「古参の琴由、フクダを始め、胸が女みたいになるまでブッ叩かれたそうだ」 「そして新堂、武田、御桜の3兄弟で有名な拡大中の新興チーム『A HELL』」 「失神するまでくすぐられたあとアヘ顔Wピースの写真を撮られたんだそうだ。不良としちゃ再起不能だぜ」 「ややネタに走ってますが、おそろしい」 「やりたい放題だぜ……気にくわねぇ」 「このままじゃ舐められっぱなしっすよ愛さん!」 (大……ときどき大胆になるからな) 「勢い任せに来られると困るかも」 「そう。やつらの勢いは侮れないんです」 「またうちにケンカ売りに来るかもしれねぇ。みんな、自衛はしっかりすること」 「当然ですわ。全員きっちり武器は持ち歩いてます」 「愛さんですら武器を手にしたほどですからね」 「そうでした、愛さん。あのやすりどうしました?」 「……」 「愛さん?」 「はっ? な、なんだ」 「だから武器の話」 「愛さんなら素手でも無敵ですけど、やっぱ武器はあるに越したことはないと思うんすよね」 「ほら、やすりだけじゃ心もとないでしょ?」 (やすり? なんのこと?) 「でもやすりって結構痛いですよ。愛はんなら充分なんじゃ」 「バカ。あんなんじゃリーチもなにもねーだろ。ゴリラが襲ってきたら一発でへし折られるぞ」 「なるほど」 「ゴリラが来たら逃げるけどな」 「とにかく武装は大事ですよ愛さん」 「備えあれば憂いなしっていうでしょ」 「ン……まあな」 備えあれば憂いなしだ。 何事も備えておくに越したことはない。 七里学園――片瀬さんと、そして腰越さんがいるという学園へやってきた。 とにかく腰越さんと話をしてみたい。 もちろん最初のうちは、俺と辻堂さんのことや、3会のことは伏せる。 でも、もし話を聞いてもらえるようなら、3会を邪魔しないように頼もう。辻堂さんのことは伏せて。 話が通じないような相手でも、怖い思いをするのは俺だけ。大したことない。 騙すような形だけど、最悪の事態を避けるためならなんだってしてやるさ。 「あの」 通りかかった人と話して、伝言を頼んだ。 長谷大という男が、三大天の腰越さんと話をしたがっていると。 すると、 「こここここ腰越えええ!?」 「ひいいいいいあのバケモノにケンカ売る気かよ」 「みんな逃げろーー!『皆殺し』がまた暴れ出すぞーーーー!」 「ちょっ、あの」 名前を出した途端、みんな我先にと逃げてしまった。 「……えと」 早まったか? 「結局有効な方法は見つかりませんでしたね」 「……」 (愛さんずっと難しい顔してる。オレたちが頼りねェから) (明日どうしよう) 「ま。ウダウダ悩んでてもしょうがない」 「連中も帰したことだし、オレらも帰りますか」 「おう……」 「……」 「なあクミ」 「はい?」 「お前901って行ったことある?」 「901? あの駅前のオシャレな店?」 (やっぱアタシらとは無縁だよな……) 「あるもなにも。よく行きますよオレ」 「なにい!?」 「この辺じゃシルバー系あるのあそこくらいだし」 「クミが? オシャレな店に?」 「なんか悪いんすか」 「今日の服もだいたいあそこで揃えてますよ。このピアスも、ベルトも、スラックスも」 「あとショーツも」 (ガーン) 「マジで?マジでいまあそこで買ったパンツ穿いてんの?」 「パンツって」 「み、見せてくれ。ほんとにあそこで買ったやつか?」 「見せっ!?」 「ま、まあ愛さんならその……、あの、オレも覚悟できてますけど……」 ……めくり。 「……」 (見られてる。愛さんに見られてる、ゾクゾクッ) 「……クミに負けた」 (ああ……なんだこの気持ち。オレ、オレ……!) 「く……屈辱」 「どうすか愛さん」 「愛さんが望むなら……オレ、これを脱いでもいい」 「なっ!?」 「クミ、テメェ、アタシを哀れんでるのか?」 「は、はい、溢れそうです」 「ふざけんなコラァ!」 「ひえっ!?」 「バカにしやがって……」 「アタシの舎弟がこんなもん穿いてんじゃねえ!」 「ええっ!? しょ、ショーツが?」 「二度とこんなもん使うな!」 「わ、分かりました!二度とショーツなんて使いません!」 「くそっ」 「明日どうしよう……」 「どうしよう……」 腰越さんを呼んでからってもの、まわりの人がみんな俺を避けていく。 いつ爆発するか分からない地雷を避ける感じ。 集まる視線も『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね』って感じのさめた目だけ。 やっぱり呼び出すなんて無謀すぎたか。 辻堂さんでハードルが下がってたけど、もともと湘南三大天なんて、関わっちゃいけないレベルのヤンキーなんだ。 ここは逃げたほうが……。 そのとき。 「テメェが長谷大か?」 「――」 心臓が止まるかと思った。 まったく気配なく、後ろに誰か立っている。 この感じ……。 似てる。 「腰越さん……ですか?」 「動くなよ。動いたらコロす」 「……」 言われなくても動けません。身体が震えてしまう。 「稲村の制服……辻堂のニオイがするな。あいつの使いか」 に、ニオイ? よく分からないが、名前は出さないようにしたかった辻堂さんとのつながりを悟られた。 マズい。非常にマズい……。 「なるほど。決着をつけようって伝言か?」 「いいぜ。返事は顔面にくれてやるから、こっち向けよ」 「……」 殴られる。 直感した。 「オラ、こっち向け」 「最近の私は美味いもんいっぱい食って機嫌がいい。1発で済ましてやっからよ」 「う……、う……」 とにかく話を聞いてもらうしかない。 「あのっ!」 引き身気味にふり向きつつ用件を――。 「俺は別につじど――」 「え?」 「ダイ?」 ドゴォオオオオオオオオーーーーーーーーンッッッ! げふぅ。 頬に来た一発で、俺の身体は10メートルほど転がり壁にたたきつけられた。 あが……が。 「なんでダイがいるんだよ。ハセヒロシってのはどこ?」 「ンが……あの」 なるほど。色々な符合が一致したぞ。 そういえばちゃんと自己紹介してなかった。 「俺は『ながたにダイ』じゃなくて、『はせひろし』です」 「腰越……マキさん?」 「おう。……あれ? 苗字のほう言ったっけ?」 「聞いてないです。聞いてないから起こった悲劇です」 いてて。死ぬかと思った。 俺が思いっきり引いたのと、あっちも直前で止めてくれたのでダメージは薄れたが、それでも意識が飛びそうな威力だった。 この破壊力。ダメージが教えてくれる。 彼女が最後の三大天、辻堂さんと並ぶケンカ番長、『皆殺しのマキ』だと。 「あーあー唇から血ぃ出てるじゃん」 「大丈夫で……あがが」 唇を引っ張られた。いふぁいいふぁい。 「んー、ちょっと確認」 「おぶっ」 口の中に指もつっこまれる。 意外と細くて華奢な指が、奥歯をさわり、 「うん、歯は折れてねーわ、よかったな」 「らりよりれす(何よりです)」 「うわよだれ垂らすなよきたねーな」 「ふ、ふいません」 口から手を抜いてください。 「まーでもこのくらいなら洗やいいだろ」 「水道あっち。連れてってやるよ」 「まっふぇ、切れふぁとこ引っぱらないれ」 ・・・・・ ……死。 振り向いたら死ぬ。 「三十ろっけーーーーーー!」 ダッシュで逃げた。 「おっ、いーねー。元気な獲物は好きだぜ」 「狩りがいがある」 っ!? 頭のうえを何かが通りぬけた。 人間業じゃないジャンプ力で俺を追い越したそれは、眼前に降り立ち――。 「あれっ?」 「ダイ?」 知ってる人だった。 ってぶつかるぶつかる――! 「うお――」 「ぬりゃあっ!」 横っとびで辛くも激突を回避した。 でも勢いはそのままなので――。 ――ずざざーっ! 盛大にスライディングする羽目に。 「いってぇ」 手の平すった。 「ダイじゃん。なんでここにいんだよ」 「ハセヒロシってやつはどこいったん?」 「つつ……えっと、え? マキさんこそどうして……」 「呼ばれたんだよ。ハセヒロシってやつが私をぶっ殺すって息巻いてるそうだから、返り討ちにしてやりに来た」 「言ってません」 ていうか、これってつまり、 「マキさんが……腰越さん?」 「そういや正式に自己紹介したことなかったっけ」 「腰越マキだ」 「ども。はせヒロシです」 「ながたにダイだろ?」 「はは。自己紹介をおざなりにするとひどい目にあうって教訓ですね」 マキさんが三大天最後の一人、『皆殺しのマキ』。 驚愕のはずなんだけど、妙に納得してしまった。 「うわ、血ぃ出てる。いたそ〜」 「結構深くスっちゃったか」 ひりひりする手のひらに血が。 どっか水道は……。 「かしてみ」 「はい?」 「あむ」 血のでてるとこに口をつけるマキさん。 「……」 湘南最凶のヤンキーに会いに来たら、知り合いで、傷口をなめてもらってる。 我ながらすごい状況だ。 「い、いいですよマキさん。ばっちいから」 「ばっちくねーだろ血ぃくらい」 「ってぶぇ。ジャリジャリする」 「だから言ったのに」 まずは水道で流すことに。 ・・・・・ 「んで? なんでダイが私を呼ぶわけ?」 「ヒロシです。んと、マキさんをというよりは三大天の腰越さんに用事がありまして」 隅っこにある水道で傷口を洗わせてもらう。 マキさんが三大天……妙に納得したけど、やっぱり不思議な感じだった。 彼女がヤンキーで、しかも相当恐れられてるのはまちがいないらしい。 さっきから彼女が近くにいるだけで、水道のまわりに誰も寄ってこなかった。 同じような光景を見たことがある。体育のあと、辻堂さんが使ってるときに。 「三大天の腰越さんだけど、何か用か?」 「はい。えっとですね」 迷惑になりそうなので水道の近くを離れた。 「3会のことで聞きたいんです」 辻堂さんの名は出さないよう切り出す。 が……。 「ふーん」 「辻堂に頼まれて、私が3会にちょっかい出さねーか聞き込みに来た。ってとこか」 「はい!?」 いきなり核心に突っ込まれてしまった。 「いやっ、ちがいますよ。つかなんで辻堂さんが」 「だってお前と辻堂、知り合いなんだろ?」 「う……」 「残り香っつーかな。そういうので分かるのさ。そいつと親しくしてる人間のことは」 「とくに辻堂なら百発百中で当てる自信あるぜ」 「昨日も同じニオイさせてたっけ。……日曜日まで一緒するような仲、と」 「……」 マズい。 湘南三大天を侮ってたかもしれない。 「こりゃ相当親しいわな」 「残念だぜダイ。お前のことは気に入ってたんだが、結局は敵ってわけだ」 「ま。1人味方を作りゃ3人が敵になる世界だ。最後は1人になることくらい分かってたけどよ」 「ちょぉ……ちょっと待って!」 危ない方向に話が行きかけてる。あわてて軌道修正した。 敵――。はっきり言われた言葉が胸に刺さる。 理由は知らないけど、この人は辻堂さんの敵なんだ。 彼女の恋人という立場の俺にとっても。 「俺はマキさんの敵になる気はないです」 「まあその……辻堂さんとは親しいですけど」 「どのくらい?」 「恋人……です。いまのところ」 「恋人ォ!?」 ウソだろ? って顔のマキさん。 さすがに信じてもらえないか。 「あいつに恋人……しかもこんな冴えない奴が」 「……」 「まあ気にいった気持ちが分からなくは……」 「それにそれなら、恋奈んとこのバカどもがこそこそ見張ってた理由も分かる」 「へ?」 「なんでもない」 「で? なんで辻堂に頼まれた奴が3会のこと気にしてるわけ?」 「あいつもしかして……3会を楽しみにしてる、とか?」 「……」 「図星か」 ウソだろ。 この人……いい加減なのに無茶苦茶冴えてる。 こっちが受身にまわってるうちに、どんどん丸裸にされていってしまう。 「とくに興味ねー祭りだったけど、あいつが楽しみにしてるならおもしろい」 「そろそろ決着をつけたかったとこだし」 「3会ブッ壊して、そのまま辻堂と決着つけるか」 「ちょ、ちょっと待って!」 最悪の流れだ。 「あのっ、えっと、壊すなんてよくないですよマキさん。みんなが楽しみにしてるお祭りなのに」 「辻堂も楽しみにしてるんだろ?」 「ならブッ壊す理由にゃ充分」 「っ……」 こんな悪どい人だったのか。 いや、ヤンキーってのは本来こういうものかも。 「……」 「やめてください。お願いします、3会に手を出さないで下さい」 説得は無理そう。直球勝負で頭を下げた。 けどあっちは肩をすくめるだけ。 「テメェが辻堂派である以上、私が言うことを聞く理由はねェよ」 「テメェも私の敵だ」 「俺はマキさんと仲良くしたいです」 「私だってそうしたかったさ。お前の作るメシ、嫌いじゃねーからな」 「だが1人味方を作れば3人の敵ができる。それが私らの生きる世界なんだよ」 「覚悟もなく入ろうとした自分を恨みな」 ぐ……っ。 腰が抜けそうだ。 どうする? どうすればいい。俺の不用意な行動のせいで、辻堂さんが……。 しかも、 「それとダイ。お前、3会の心配なんてしてる余裕あんの?」 「え――?」 ゴリュッッ! 「あぐっっ!?」 鳩尾に拳がめりこんでいた。 吹っ飛ぶ……とかの派手なインパクトじゃない。ただ内臓を突き破らんばかりに。 一瞬意識が飛んだ。 「はじまった……!」 「うわーアイツ死んだぞ。可哀そうに」 周囲でちらちら様子を見てた人たちが一斉に俺たちから離れていく。 俺はその場にへたんと膝をついた。 いや膝はついてない。腰がくだけて、座りこみそうになって、 「自分の心配をしろよ」 「がっっ」 胸倉をつかまれた。 膝をつくどころか、足が宙に浮く。 「あぐっ、マキさ、放し……」 息が出来ない。 「辻堂派の……よりにもよって恋人が単身のりこんで来た挙句この私を呼び出すとは……」 「ナメたまねしてくれんじゃねーか! アァ!?」 ひ……っ。 「恋人ってのがウソにしろホントにしろ、テメェを血祭りにすりゃ辻堂はどう反応するかな」 冷たく残忍な薄ら笑いを浮かべる彼女。 麻痺してた。横暴で、残酷で。不良ってのはこういう人種なんだ。 あまりの恐怖に震えがくる――。 ――どしゃっ。 持ってた荷物袋を落とした。 「さよならだ。ダイ」 「覚悟きめろや!!!」 うぁ――……。 「〜〜……」 「……」 「……」  ? 「……」 「マキさん?」 「この弁当箱、まだ中身入ってない?」 は? 落とした荷物袋を指さす。 落とした拍子に弁当箱が半分顔をだしてた。 中身はまだ入っている。今日の昼は辻堂さんにもらったから。 「入ってますけど」 「……」 「食べます?」 「アア!?」 ひええ。 まだ宙に浮いたままだ。怒鳴りひとつでぐらぐら揺らされた。 「テメェこの期に及んでまた私に施ししようってか?」 「い、いやならいいです」 「いらねーに決まってんだろうが!」 「すんません!」 「……」 「ちなみに中身は」 「えっと、今日はカラアゲと……」 「カラアゲぇ!?」 「すんません!」 「カラアゲ……カラアゲ……」 「サクサクか! サクサクのやつか!」(ガクガク) 「あうあう。時間経ってるからシットリしてるかと」 「シットリかぁ。カラアゲはシットリしても美味いんだよなぁ……」 「帰ったら餡かけにでもして食べようかと」 「餡かけ!?あ、あの甘酸っぱいやつか?」 「いえチリソースで甘辛く……」 「甘辛いのかァアアアア!!!」(ガクガクガク) 「すすすすいませぇぇえん」 「あの、食べたいならうちに来てくれれば」 「う……」 「……」 「ナメてんじゃねーぞダイ」 「テメェこの私を餌付けしようとか思ってんだろ」 「う……」 ダメか。 「この『皆殺しのマキ』を犬扱いか?」 「いい度胸してんじゃねェかコラァアアアア!!!」 「いたーきます」 「こっちがチリソース、こっちが黒酢餡かけ。あといまサクサクのも揚げてますんで」 「わーい♪」 助かった。命が。 「ごっはん♪ ごっはん♪」 「たんとおあがり」 「がふがふむぐむぐウマー」 相変わらずいい食べっぷりだ。 なにより助かることに、食べ始めた途端さっきまでのあの震えがくるような殺気が0になってる。 「あー、腹いっぱい食えるって最高〜♪」 「今朝は会えなかったですけど、ひょっとして」 「そ。朝も昼も食ってねーの」 泣きそうな顔になる。 「もう腹減って腹減って」 「テメェなんで朝メシ持ってこなかったんだよ」 「行ったけどいなかったじゃないですか」 「今日は早くに目が覚めたから散歩してて、七里の近くにいたんだよ。それくらい察しろや」 察せるかい。 「おかわり!」 「はいはい」 「はー、しあわせー」 「ダイは食わねーの?」 「食欲がないんですよ。誰かさんに鳩尾殴られて」 「あー、不幸な事故だったな」 「あれを事故で済ますのは……」 「はぁ。思い出しても痛いし、怖かった。殺されるかと思った」 「軽く殺す気でやってたからな」 「……」 この人、怖い。 「ンな顔すんなって。軽くだよ軽く」 「本当に怖かったんですよ。もうちょっとで泣きそうだった。男の子なのに」 「この年になって泣くなんて。2ヶ月前に姉ちゃんに泣かされて以来です」 「意外と近いな」 「んな怒んな。腹が減ると誰でも機嫌ワルくなるじゃん?」 「怒ってはないけど。まだズキズキするんですよ」 「はいはい。見してみ」 うわ。 ひざの上に乗られる。 「このへんだっけ?」(なでなで) 「いててて、触らないで」 「さすってやるって。ほら痛いの痛いの〜、とんでけー」 「んがああ、くすぐったい」 「痛いの紛れた?」 「いや腹筋も痛めてるからっ、笑うといててて」 「あらら」 「どうしようもねー。あきらめろ」 「ひどい」 「そろそろサクサクのやつ、いいんじゃね?」 「はいはい」 お腹が満たされ機嫌よさそうなマキさん。 本当にさっきのあの恐ろしい生物と同一人物なのか。 いや、あれも彼女なんだろうな。どこまでもフリーダムで、気分屋で。 気合入れてツッパってる『ヤンキー』というよりは、純粋な意味での『良からず』って感じ。 怖かったけど、 嫌いなタイプじゃない。 「はー、食った食ったぁ」 弁当+俺と姉ちゃん2人の夕飯分を食べつくして、マキさんは満足そうにごろんと寝転がった。 「美味しかったですか?」 「美味かったー。ごちそうさま」 「お粗末様です。お茶いれますね」 「冷たいやつね」 「はいはい」 「ふー……」 朝早かったんだっけ?マキさんは幸せそうにむにゃむにゃしてる。 緊張感がなくなってる。 いまならイケるか? 「それで……マキさん、さっきの話なんですけど」 「辻堂のこと?」 「はい」 「ったく、せっかくいい気分なんだからめんどくせーこと思いださせんなよ」 そうはいかない。3会のこと。改めてお願いしないと。 俺の真剣な顔を見て、マキさんは寝転んだまま頬杖をついてこっちを向く。 「こっちはやめる気ねーぞ。辻堂が嫌がるなら、3会はブッ壊す」 「……」 はぁ……。 「どうしてそんなに辻堂さんが嫌いなんです?」 根本的なことを聞くことにした。 が、返答はかなりそっけなく。 「どうしてもなにもねーよ。嫌いだから嫌いなの」 「そんな……」 「いや、嫌いって表現は適切じゃねーな」 「あいつは敵なのさ。理屈じゃない。私の身体があいつを拒絶してる」 「あっちだってそうだと思うぜ」 「……」 なるほど。 そういえば辻堂さんも、彼女を苦手がりはすれいやがる理由は言わなかった。 そして理由はなくても嫌ってた。 ようするに『合わない』んだろう。 同属嫌悪というべきか。 この世で数少ない同属の存在を、本能が拒む。 テリトリーを侵された獣は牙を剥く。それと同じ。 説得するのは骨が折れそうだ。困ったな。 「……」 「……」 「ま、でも」 「? ――うわっ!」 いきなり服を引っ張られた。 つんのめった俺は、寝転ぶ彼女に覆いかぶさる形に。 「お前が言うならやめてもいい」 「へ?」 「辻堂とはいずれケリをつけるけど……。別に3会をつぶすだけが方法じゃねぇ」 「ならお前に嫌われるだけ損じゃん?」 「あ……」 「気が向いたら即ブッ潰すけどな」 「……」 完全に舵取りはできないか。でも、 「次はトンカツがいいな〜」 人懐っこく笑うマキさん。 「ははっ」 ついこっちも笑ってしまった。 「了解しました。いつでも来てください。最高のトンカツ作っときますから」 「3会の前でも、後でも」 「おう」 良かった。 マキさん……やっぱり辻堂さんに似てる。 悪い人じゃない。 良くないだけで。 「っと、誰か来たみたい。お暇するわ」 「あ、はい」 腰をあげるマキさん。帰りの支度を終えたあたりで、車庫のほうから姉ちゃんの車の音がした。 残ったカラアゲをひとつ摘まんで、そのまま出て行く。 ふぅ……。大変だったけど、何とかなった。 これで3会の憂慮はほぼなし。 明日も辻堂さんと楽しめそうだ。 ・・・・・ 「楽しくなさそうね」 「もーやだ」 「なんだよオシャレって。コスメとかモテジュツとか……わけわかんねーよ」 「女の子なのにだらしのない。これまで自分を甘やかしてきたツケねぇ」 「お母さんだって愛くらいの年頃にはメイクなんて覚えてたわよ」 「知ってるよ昔の写真みたもん。あんなケバいメイクが覚えたいんじゃないの」 「ケバっ!?」 「最低限デートが成立するようなオシャレ……うーん」 ピンポーン 「あら? はーい」 「こ、こんばんは」 「委員長? なんだよこんな時間に」 「は、はい。ちょっと用事が」 「なんの用だよ。最近はガッコもサボってねーぞ」 「はい。1年のころに比べて、ちゃんと出てきてくれるようになりましたよね」 「こっちは出席日数足りてりゃ充分なのに、誰かさんがうるせーから」 「ふふ。お節介は生まれつきなので」 「で、用事って?」 「は、はい。3会の準備のことで」 「?」 「あの、明日は前日ということで、長谷君も大変になると思うんです」 「それで辻堂さんにも手伝ってあげて欲しいなと」 「……ああ」 「どうしても難しいようでしたら、私が代わりますけど」 「んー、と。……まあいっか」 「やるよ。明日は」 「はい?」 「だから……」 ・・・・・ 「そうだったんですか。3会でお父様とお母様が」 「うふふ、懐かしいわ」 「素敵ですね」 「思えば誠君との思い出はどれも開海会からなのよね。初めて出会ったのもそう。プロポーズされたのもそう。それに」 「初めてキスしたのも出会って1年目のあの日だった」 「……」 「悪い委員長。他人の母親ののろけ話とか、鬱陶しいだろ」 「い、いえ素敵だと思います」 「そう!? じゃあこれ見てくれるかしら。誠と真琴の歩んだ結婚前結婚後の軌跡をたどるプライベートビデオ『マコトとマコトの愛の日々』」 「お願い母さん。娘が親を殴るような不幸者になる前にどっか行って」 「とにかく。明日は大と仕事するつもりだから、心配しなくていいよ」 「ただしこのことは他言無用。な」 「は、はい」 (ファーストネームで呼んでる) 「つーわけで帰っていいぜ。こっちは明日の準備で忙しいんだ」 「準備?」 「あっ、いや、別に――」 「ふふふ、愛ったらさっきからおめかしに悪戦苦闘中なの」 「初デートだからって浮かれちゃって」 「母さん!」 「おめかしに……」 「バッ、ちげーよ委員長。これはだな、その、大のためとかじゃなくて……」 「さっきまで駅前の901で服選んでて、結局買う度胸がなくてしょぼーんとしてたくせに」 「うるさいな!」 「なさけない子。母さんが若い頃なんて100人のマッポに囲まれても平然としてたのに」 「度胸の質がちがうだろ!つかしょぼんとなんてしてねーよ!」 「ぁ……悪いな委員長。この人四六時中酔ってうわごと言ってるんだ」 「失礼ね。今日はシェリー1本しかあけてません」 「黙ってて」 「……」 「……委員長?」 「……」 「入りました」 「なにが?」 「おかんスイッチ入りました!」 「よーく分かりました辻堂さんお任せください私が責任をもって明日までに長谷君を瞬殺(瞬間悩殺)できる愛されガールにしてみせます任せてください」 「い、委員長?」 「服は決まっていますか? メイク道具は?可愛い系セクシー系どっちで攻めます?どこまでいきますかデートで終わり? ベッドまで?」 「い、いや、えっと」 「決まってないんですね分かりました私が決めます。実はそっちのほうが好きなんです他人の人生に口出しまくるの大好きですから」 「お、落ち着けって」 「はい」 「えっと、なに? 準備を手伝ってくれるって?」 「はい。手伝うというより、私が全て決めてしまうのが理想ですね」 「気持ちは嬉しいけど、いいよ。なんか怖いし」 「どこが!?」 「怖!それだよその学園で見せたことない迫力」 「それに委員長、おしゃれ知ってるようには見えないぜ」 「そっか、ちょっと待ってください」 「あの、鏡お借りしていいですか?」 「どうぞ」 「どうも。30秒ほど待ってください」 「こーして……こーして……」 「いかがでしょう」 「誰!?」 「たった30秒でもずいぶん変わるでしょう?」 「えっと、なにした?メガネ外してリップ塗って、えっと……」 「目元や眉など、魅せ方にコツがあるんです」 「一応一通りのことは知っていますよ。実はうちの母、銀座でHOJOコスメサロンなんてものをやってまして」 「HOJO!? あの超高級サロン!?」 「知ってんの?」 「毎週愛用してるわ。あそこで肌を整えると誠君が倍くらい燃えて……」 「言わなくていい」 「見えないのでメガネは戻しますね」 「ン……あ、すごい。メガネありでもいつもとなんかちがう」 「目元を強調するにはこっちのメガネです」 「意外な一面だぜ。あの委員長がオシャレなんて」 「なんでいつもしないの?」 「面倒だから」 「正直だな」 「でも! 辻堂さんならどんとこいですよ!お世話するの大好きだから!」 「だからこえーよそのテンション」 「面倒ってだけなら普段からしてみたら?いまのメガネのほうが可愛いぞ」 「そうですか?」 「うん」 「……ありがとうございます」 「私がいつもメイクするなら、辻堂さんも私にメイクされてくれるだなんて」 「言ってねぇよ」 「うーん、辻堂さんはお肌が綺麗なのでどんなメイクでも合いそうですね」 「うわもう始めてんのか。近、近いって!」 「やってもらいなさい愛。普通なら診断だけでも5000円はするんだから」 「いやだからアタシは」 「……診断で5000円?毎週受けてるっていうメイクはいくらなの?」 「お片づけしなくちゃ」 「うーん、すっぴんでも充分綺麗ですから、ちょっと整えるだけのほうがよさそうです」 「あの、委員長、アタシ本当に……」 「ダメですよ」 「女にとって外は戦場。オシャレは武器です」 「武器を持たないで戦場を渡るなんてただの無謀です」 「う……そ、そうなの?」 「任せてください。悪いようにはしませんから」 「……」 「……うん」 「よろしい」 「ではチェックを……。綺麗な眉毛ですねぇ、これ、整えてます?」 「イジったことない」 「それでこれなんだ。すごいな」 「たまに言われるけど、アタシって眉毛綺麗なの?」 「世のもっさりな女性たちにそれむりって刺されるレベルですね」 「あ、でもここ」 「へ?」 ブチッッ! 「いでえええ!」 「2本はみ出してたので抜きました」 「いてェェ……2本くらいいいだろうが」 「こういう油断が全体の質をさげるんです」 「しかしどの路線も行けそうだと逆に迷いますね」 「そうそう、明日用の服はもう決めてます?」 「そ、そこのジーンズ。いつも着てる」 「普段着なんてダメです。デートでしょう」 「別にデートじゃ」 「もっとないんですか?こう、ほわほわっとして、ふわふわっとしたの」 「イメージで言われても分かんねーよ」 「もー」 「いまから901に行きましょう。服も私が見立てます」 「もう閉まってるじゃん」 「開けてもらいます。実はあそこ、母の持ちビルなんです」 「なんでもありかお前」 「さ、行きますよ!」 「わ、わか……ちょ、引っ張んな」 ・・・・・ 「長谷大と腰越マキが接触!?」 「何事か揉めたあと、2人で外に出て行くのをたくさんの人間が目撃しています」 「あたしも見たシ。側にいたのに全然気付かれなかったけど」 「おいおい、長谷大ってのは辻堂のカレシなんだろ?皆殺しまであっちにつくのはマズいんでないかい?」 「……」 「いや、そうじゃない」 「辻堂愛と腰越マキ。あの2人が手を組むことは絶対にない。断言できる」 「問題はあの目が合っただけで即死上等な皆殺しとまで平気で接触してる、長谷大だけど……」 「……いやうまく行けば」 「……ククク」 「決戦は近いわよ。辻堂……!」 「〜♪ お腹いっぱい」 「ダイ……やっぱアイツいいな〜」 「……」 「辻堂にゃもったいない」 「さあ辻堂さん! ハリーハリー」 「痛い痛い。引っ張るな」 「決戦のときは近いですよ!!」 「はいはい」 3会前日――。 ショボいお祭りとは分かっていても、街が活気付きだしているのを感じる。 学園も同じで、みんなちょっとずつテンションが高かった。 ……正直俺も高い。 (ちらっ) 「っ」 なにせ今日は辻堂さんと……。 「――」 ってあれ? 睨まれてる? 「……」 いや気のせいか。 今日は午前授業で、午後からは3会の準備にかかる。 俺と辻堂さんは江ノ島でビラ配りである。 2人でお出かけだ。 「どうした? 楽しそうにして」 「大したことじゃないよ」 「?」 「明日お祭りだから浮かれてんだろ」 「なるほど」 それもある。 今日のほうが楽しみだけど。 「あーあ、せっかくの祭りなんだから彼女と歩きたかったなー」 「あきらめるタイ」 「……」 彼女か。 一応現時点では、辻堂さんって俺の彼女なんだよな。 明日……。 「……」 「もう彼女じゃなくてもいい。可愛い子ならなんでもいい」 「なあ板東君、ちょっと海いって可愛い子ナンパしてきてくれよ。お前の顔なら楽勝だろ」 「やめろって」 「なんで」 「板東君は本当に楽勝だろうからムカつくタイ」 「……それもそうか」 「そもそも理由もなく海に行くのは遠慮したい」 「あそこに行くと、ただ歩いているだけで10分に1度くらい知らない女から声をかけられる。鬱陶しくてかなわん」 「「「……」」」 「別に女の子と遊ぶだけなら、女友達とか誘えばいいんじゃない」 「はっはっは、名案だぜヒロシ」 「ひとつ問題をあげるとしたら」 「僕たちに女友達はいないタイ」 「……ごめん」 「このクラスから誘うのはどうだ?」 「クラスメイトなら祭りを一緒するくらいできるだろう」 「……」 だよな。 「なに言ってんだよ。クラスメイトなんて一番厳しいだろーが」 「急にお祭りに誘うなんて、好きですって言ってるようなもんタイ」 う……。 そう言われると……辻堂さんを誘うの恥ずかしいかも。 「じゃあ委員長はどうだ。彼女ならそう勘ぐられることもなかろう」 「あー、委員長はいいかもタイ」 「なに言ってんだよ。俺は可愛い子とお祭り行きたいの」 「あーんなメガネと一緒したって楽しめるわけが……」 「呼びました?」 「はい?」 「はい?」 「む。おはよう委員長」 「はいおはようございます」 「いま私の話してませんでした?」 「……」 「「「……」」」 「どうかしました?」 「誰?」 「誰?」 「誰?」 「誰?」 「え……北条ですけど」 「北条なんてうちのクラスにいたっけ」 「委員長の名字が北条さんだったような」 「そうなの? 初めて知った」 「ひどい」 「委員長なの!?」 「「「うそぉ!?」」」 「そ、そこまで変わりましたか私?」 変わったなんてもんじゃない。 めちゃめちゃ可愛い。 ぐるぐるメガネの地味っ子ってイメージしかなかったのに。 「メガネを替えたのか」 「はい。お友達に言われまして。しばらくはこっちで行こうかと」 「残念だ。前までのほうが委員長らしくて良かったのに」 「そうですか? 戻そうかな……」 「とんでもない!」 「ずずずずっとそのままにしてくれタイ!」 「そ、そうですか?」 「まあ気が向いたらということで」 行っちゃった。 「はー」 「人間、変わるもんだな」 「委員長パラメーターが下がった。残念だ」 「……」 「……俺、恋をしたかもしれない」 「下衆だなお前」 とまあこんな感じのサプライズもあったが、 午前はとくに何事もなく終了。 下校の時間となる。 俺は一度家に帰って、昼ごはんを済ませる。 行きますか。 海岸線には町内会の人と何人かうちの生徒が見えた。 海の家や舞台の設営をしてる。 準備会なんて名目で色々会議をしてきたが、結局仕事の9割はアレである。 若いもんにあてられるのは力仕事だけ。 わざわざ立候補して土曜日をつぶした俺は、ラッキーにも逃れられたってわけ。 仕事のため江ノ島へ向かう。 湘南の代名詞、江ノ島。 ここらでは一番の観光名所だ。 本土から500メートル超の大橋でつながるこの島は、その特異な土地柄から湘南海岸の主役とまで言われる。 中央に弁天様をまつる神社がおかれ、その参道と、展望台、あとは森で大半が構成される。 といっても地元民の俺には、単なる海に出っぱった小島でしかないけどな。 年中混んでるから行くこともあんまりないし。 そんで……、 入り口のこの『弁天橋』で待ち合わせてるのだが。 「……」 弁天橋は相変わらずだ。 海を横切る大橋。車道と歩道に区切られて、左右から小波が迫る。 嵐のひとつもくれば千切れそうな、優雅さと危険が同居した不思議な空間。 気持ちのいい海風がふきこむ絶好のロケーションで、待ち合わせには最適といえる。 ただこの橋680メートルあるんだよな。 迂闊だった。『橋のところで』としか確認してない。 一応本土側で待ってるけど……これ合流できるのか? せめて本土側か島側かくらい確認すれば良かった。 まあ携帯使えばいっか。まだ約束の15分も前だし。 「ふー……」 「ぁ……」 しかしこの季節でも観光客が結構いるな。 このあと遊泳解禁になって、7月も後半に入ると海岸からこの橋にかけて一気に混み合うようになる。 ナンパの穴場なんだっけ? この橋。興味ないけど。 でもそういう目で見ると……往来にも可愛い子がたくさんいるのが気になった。 あ、あの人かわいい。 ゴスロリってやつか。スカートがふわふわして……でも見えないな。 あ、あっちの子もかわいい。 ちょい軽そうだったけどかなりのレベル。 ン……。 「……」 「……」 あの子が……一番だな。 風にゆれる稲穂色の髪が、波間のようにキラキラと太陽の光をうけてさざめく。 きめ細やかな肌はどこまでも白く、儚げで。 そのせいか逆に意思の強そうな切れ長の目つき。瞳に宿る輝きの強さが際立っていた。 数秒間、目を放せなくなっていた自分に気付く。 見惚れていた自分に。 彼女も待ち合わせなのだろうか。俺のすぐ側で立ち止まる。 失礼にならないよう視線は外すけど、何度もチラ見してしまった。 可愛い。 それに綺麗だ。 可愛くて綺麗。同居することのほとんどない2つの要素を最高のところで持ち合わせてる彼女。 「ジロジロ見んなよ」  ッ! 「すいません」 視線に気付かれた。慌ててそらす。 ただこっちが顔をそらしても向こうは見つめてきて。 「……」 「……」 「なんか言えよ」 「はい?」 「黙んなよ大」 え? え!? 「辻堂さん!?」 「な、なんだよデカい声だして」 「だって、ちょ、マジ!?」 20秒くらい分からなかったぞ。 「どうしたのその服」 「こえー奴に着せられて」 「メイクしてる?」 「軽く。化粧水で引きしめた程度だけど」 「どうしちゃったの……」 「う、うるせーバカ!アタシだってなんでこうなったか分かんねーよ!」 「ああ〜もー恥ずかしい〜。なんだよこれ、なんだよこの服〜」 「……」 「な、なんだよそのツラぁ」 「なんか言えよ!」 「あ、はい」 「うるせーボケェ!」 なぜ怒る。 「や、やっぱ帰る。着替えてくる」 「NO! NO! ダメだよ帰っちゃもったいない」 「もったいない?」 「そうだよ。もったいない。こんなん……もう……奇跡なのに!」 「なにが」 「その服と辻堂さんが出会えたこととか、それがいま俺の前にいることとか色々」 「あ、アタシが好きで着てんじゃねーよ!強引なやつに無理やり」 「誰その人? 神?」 「う……」 「……」 「ほんとに似合ってる?」 「似合ってる」 「もう……こう……わーっ! って感じ」 「よく分かんねぇ」 「もし俺がもうちょっと理性の薄い人間だったら、いまごろ抱きつこうとして海に叩き込まれてます」 「抱きつっ!?」 「……」 「……じゃあ、まあ。いいけど」 よしっ! 「えーっと」 「お、おう」 「行きましょうか」 おめかしした辻堂さんは、俺個人がドストライクってだけじゃない。誰もが認める美少女だった。 島へ向かう500メートルちょいの間に、少なくとも20人がふりむいたほど。 隣を歩くのは、誇らしいと同時に緊張する。 「驚きました」 「自分でも自分のしてることに驚いてる」 見られるのは嫌なんだろう。眉をひそめてる彼女。 険しい顔してるといつもの辻堂さんの面影があった。 「……」 そうだ。辻堂さんなんだよな、この子。 あの硬派でクールな稲村番長、辻堂愛さん。 あの番長がこんな可愛い格好をするなんて。 こんな可愛いなんて。 「……」 俺のために? 顔がニヤける。 「俺ももっとオシャレしたほうが良かったかな」 土日と同じ格好で来てしまったが。 「いいよ別に。そっちのが大らしい」 「アタシが1人で変なんだ」 「可愛いですって」 「可愛い言うな!」 「アウチ!」 恥ずかしいせいか凶暴になってる。 が、恥ずかしがる辻堂さんに殴られるのは……イイ。 「でも本当に似合ってるし」 「うぐ……」 「辻堂さんのことカッコいいとは思ってたけど、格好ひとつでもうモデル顔負けに……」 「うるせー!」 「げふぅ!」 ヒザが腹に。痛い。 「二度というな! 二度とアタシを褒めるな!」 「無理です。可愛いものを可愛いというのは自然の摂理」 「まだ言うかクルァあああ!」 「はっ!?」 「?」 「う……クソぉ〜、ひらひらして動きづれぇ」 急に慌て出したかと思うと、スカートの裾を押さえる。 なるほど。ヒザ蹴りでめくれそうになったらしい。 「短い……足に風があたる」 「そういや辻堂さんのミニって珍しいね」 いつもはロングだし、足が見えることあんまりない。 「こんな丈にしたの生まれて初めてだよ……。スースーする」 「体操服ならそのくらい出るでしょ」 「ちがうだろ意味合いが」 よく分からん。 「どっちにしろ、その丈も含めて素敵ですよ」 美脚っぷりが強調されて良い。 「うー」 「いてっ」 軽めの肘鉄。 だんだんツッコミが弱くなってきた。 「今日も一応仕事はあるんだよな」 「うん。そっちがメイン」 持ってきた3会広告のちらしを見せる。 「表参道前と、神社のふもとと……。配る場所は決まってるんで、その順路で回ります」 「お、おう」 (そうだ……デートじゃねぇんだ。変に意識するな) 「まあほとんど観光みたいなものだから、気楽に行きましょう」 「デートスポットも多めで楽しめそうだし」 ビクッ! 「なにか?」 「な、なんでもねーよ」 さてと、 まずは手っ取り早くちらしを配る。 ・・・・・ ――5分後。 「……」 「サンキュー。絶対行くよ」 「ありがとうございます」 「でさでさ、俺たちこれからヨットに乗るんだけど、君もよかったら」 「あはは。結構ですから」 「失せろ」 「ひっ!」 尻餅をついた男は放って、戻ってくる辻堂さん。 「終わったぜ」 「ナンパのあしらいも含めて6分で終わったね」 二手に別れた途端、すごい勢いで彼女が囲まれ、ちらしの大半を持っていかれた。 こりゃ今日は本当にただの観光で終わるかも。ちらしはあと10枚配れば終わる。 「パパッとさばいちまうか?」 「いや、奥の神社まで行こう。ここじゃ配れるお客さんの層が固定されちゃう」 「だな。登るか」 「はい。ついでに露店見て行きましょう」 「おう」 広場からつながる表参道に入った。 駅前の商店街とちがって、いかにも観光名所らしい露店が軒をつらねてる。 「話には聞いてたけどマジでシラスばっかだな」 「名物だからね」 あのよく分からないが稚魚の群生みたいな魚。あれを売る店がほとんどだった。 2軒に1軒は『シラス』ののぼりをだしてる勢いだ。 なになに。しらす丼、シラスパン、バーガー、さつまあげ、ピザ、かまぼこ、せんべい、たこ焼き風しらす焼き……。 「しらすソフトクリーム……」 「ここまで来るともう取り憑かれてる勢いだな」 「ですね」 「……」 「……」 「帰りに1本だけ」 「ち、小さいやつな」 こういうのは一度気になると気になってしまう。 坂道の参道をのぼっていった。 「……」 「……」 「?」 「そういやうちの母さんが、しらす丼の生のやつを食べて来いって言ってた」 「生のやつ……食べたことないな俺」 茹でてないやつのことだと思う。 小さい魚なので水揚げから悪くなるのが早く、決まった時間にしか食べられないらしい。 「えっと、いまは……」 まわりを見渡す。 近くに料亭があったけど、商品棚で生丼のところは値札がひっくり返されてた。 「2時すぎでもうダメなんだね」 「どうする? メシは食ってきたからアタシはとくにこだわりねーけど」 「ならいいんじゃない。またの機会ってことで」 食べてから集合、って約束だった。俺も腹は減ってない。 さらに上へ上へ。 やがて神社への階段が見えてくる。 「……」 「……」 「どうかした?」 「っ! な、なにが」 「さっきから歩き方が変だけど」 スピードがまちまちで近づいたり離れたりしてる。 「足、痛めたとか」 「そうじゃなくて。えっと」 「……」 「坂がその、急だから、その」 スカートのお尻側の裾をつかんでモジモジしてた。 ああ、 「ミニスカート初心者にはキツいですか」 「見えてないよな……?」 「み、見てないから分かりませんよ」 「う〜〜」 「なんかどいつもこいつもアタシのパンツ狙ってる気がしてきた」 下から登ってくる人たちを睨みつける。 とんだ言いがかりだ。 「世の中そうそう犯罪者はいませんよ」 「分かってるけど……」 「やっぱ絶対おかしいよこの丈」 ぶつぶつ言ってる。 「こんな短いの……バックドロップかけたりしたらとんでもないことになる」 「バックドロップかけなきゃいいんだよ」 「何度も言うけど、すごく可愛いですよ」 「可愛い言うな!」 んーむ。 ミニスカ穿く子は見せない技術も持ってるっていうが、初心者の彼女にはないようだ。 ヒザを擦り合わせる感じで足をぴったり閉じ、そのまま動かなくなってしまった。 おしっこ我慢してる子供みたいで可愛いが、困る。 「往来で立ち止まってると逆に目立つよ」 「わ、分かってるけどぉ」 「こういうのはどう?」 彼女の後ろにぴったりくっついた。 「これなら後ろからは見えないでしょ」 「なるほど。いいじゃん」 「じゃあ行きましょう」 「おう」 登って行く。 (とことこ) (とことこ) 「だぁーっ! 気になるわ!」 「げふぅっ!」 「他には見えなくてもお前に見えちゃってるだろうが」 「言いがかりだよ」 目線の高さ的にスカートの中は見えない。 「でも……その、腿の裏側がモゾモゾする。嫌だ」 「意識しすぎだと思うけど」 「もういいよ、自分で押さえてるから」 スカートをぎゅっと掴んで歩き出した。 ――スタスタ 「……」 (ぎゅ〜) 「ストップ辻堂さん。それやめて」 「なんで」 「逆にエロい」 俺まで意識してしまう。 「じゃあどうすりゃいいんだよ」 「そうだな」 後ろからの視線を気にしなければいいわけで。 「こんなのはどう?」 「ふぇっ!?」 隣につけて、背中に手を回した。 俺はひじからバッグを下げてるので、 「これならスカートも隠れるでしょ」 「そっか。ン……なら」 ひとつ難点は距離がやたら近くなることだが、もともとこの細くて人の多い参道を歩くんだから距離は普通に近い。 「行きましょうか」 「おう」 「そういえば気にしてた七里の人、あんまりいませんね」 「学生は島の中まではそう来ねーから」 「それもそうか」 観光地とはいえ見飽きてるからな。中まで来ることはない、か。 「ま、ちょっと厄介なやつがよくウロついてるから心配は心配なんだけどよ」 「厄介なやつ?」 「うー、暑い」  ! 厄介な子が出てきた。あわてて道のわきに身をひそめる俺たち。 「……」 「汗だけ流して昼寝でもすっかな」 参道を外れた施設のほうへ歩いていく。 あっちは……スパのほうだ。何年か前にオープンした、島で一番大きいホテルの。 「びっくりしたぁ」 「な。よくウロついてんだよあいつが」 「ふーん」 この狭い参道じゃエンカウント率高いし、辻堂さんが気にしてたのはこういうわけか。 「スパの方にいったけど、温泉好きなのかな」 「いや温泉っつーか、あいつあのホテルに泊まってて」 「泊まってとはちがうか。あいつんちのだし。住んでる……ともちがうけど」 「へ?」 「なんでもない」 どうでもいい。って感じに肩をすくめ、また歩き出した。 まいっか。 ・・・・・ 「……」 ・・・・・ 「ありがとうございました」 「失せろ」 神社の前でもちらし配り。 こっちはご年配の方が多くて、俺も働けた。俺がご年配の、辻堂さんがナンパの人を担当し、さばいていく。 残ってたちらしは10枚。しかもさっきよりペースが早いので、 「辻堂さん、ちらしまだ残ってる?」 「終わった。そっちは?」 「終わっちゃった」 これにて本日の仕事終了だ。 移動時間を含めても30分くらいで、配り終わってしまった。 「なんか……あっけないね」 「物足りないレベルだな」 生徒会がわざと少ない仕事をあててくれたんだろうが、にしても簡単すぎる。 「まいっか。適当に観光して帰ろう」 「ン。どっか行くとこあるか?」 「灯台まで登る、とか」 いまは中腹ってところ。灯台は山の頂上である。 「ちょっと遠いか。適当に神社回ります?」 「ここの神社ってご利益なんだっけ」 「ちょっと待って」 ちかくにパンフレットがあったので見てみた。 なになに。 「江ノ島神社……中津宮」 「恋愛成就のご利益だって」 「なっっ!?」 「行ってみます?」 「えっ、あ……い、行くわけねーだろ。ばかばかしい」 「そうですか」 ちょっとしょんぼり。 「う……そんな顔しなくても」 「……えっと」 「ま、まあどうしてもっていうなら、その」 「まいっか。仮のカップルで行くのも変な感じですし」 「えっ?」 「え?」 「あ……うん」 微妙な空気になった。 「てっ、展望台。近くに展望台があるからそこまで行きましょう」 「あ、ああ。行こう」 ちかくの階段から上へ。 中腹から、本土側を望む展望台にあがった。 「意外と高いんだなここ」 「〜♪ でもいい風」 「……」 「大?」 「とりゃー!」 「なんだよ?」 「いえ。勇気のいる一歩だったので」 「高いとこ怖い人?」 「怖くはないですよ。ただ高さを意識すると震えが止まらないだけで」 「怖いんじゃねーか」 「恐怖は人にとって非常に重要な要素です。もし俺が恐怖しているとしても、それは臆病だからではなく、むしろ人間らしいからこその……」 「メチャクチャ怖いのな」 「メチャクチャ怖いです」 高い。 高い高い高い……想像したよりずっと高い。 高所恐怖症ではないはずだが、でも怖い。 「そんな登った気ぃしねーけど、やっぱ山だもんな」 「展望台がなきゃ景色に気付かなかったかも。あははっ、作った人に感謝だ」 「高すぎる。作った人はおふざけが過ぎます」 「別に展望台作った人が高くしたわけじゃねーだろ」 「じゃあ誰ですか。こんなに高くしたのは」 「山を作ったのは神様じゃね?」 「おふざけが過ぎるぞ、神」 「お前パニくるとそんなんなんだ」 「あっ、見ろ大。海岸のほう」 「無理です」 下を見るなんて。はっはっは、自殺行為だ。 「いいから見ろって。うちの生徒がいる」 「うう……」 恐る恐る見てみる。 浜辺では確かに、うちの制服を着た人たちが開海会の準備中だった。 「あっははっ、やっぱあっちに比べりゃ楽だなこっち」 「ですね」 すぐ目をそらしたのでどう働いてたかは見えない。 「そんなに怖い? もうやめとく?」 「いや。下さえ見なければ大丈夫」 「そか。ンじゃもうちょっと付き合ってくれ。ここ気にいった」 吹きつける海風に目を細める辻堂さん。 鮮やかに染めた髪がサラサラと靡いてて綺麗だ。 「……」 下は見たくないので、辻堂さんだけ見てることにした。 うん、これなら楽しい。 「〜♪」 彼女も楽しそうに、大きく伸びをしてる。 「……」 「あっ、トンビ」 「……」 「はは、鳥が下のほう飛んでる。変な感じ」 「……」 「トンビって油揚げが好きなんだっけ?」 「……」 「持ってるとかっさらってくって言うけど……」 「……あんま見るなよ」 「下見ると怖いから」 それに景色よりこっちのほうが見飽きない。 「……ったく」 ちょっと見すぎたか。辻堂さんは居心地悪そうにぽりぽりと頭をかくと、 「も、もう下りるぞ」 「ゴメンゴメン。ゆっくりしなよ、もう見ないから」 「お前怖いんだろ。他行こうぜ」 構わず離れた。 気を使われたようで恐縮なんだが、 でも辻堂さんに気を使ってもらうってのが、嬉しくもある。 「分かった。他行こう」 「でもその前にひとついい?」 携帯をとりだした。 「写真?」 「綺麗だからね」 写真にすれば高くても楽しめそうだ。 レンズを辻堂さんに向ける。 「アタシも?」 「被写体が欲しいよ。いいでしょ?」 「ま、まあその、綺麗にとってくれるなら」 ぱっぱっと風で乱れがちな髪を整える辻堂さん。 女の子っぽい仕草。やっぱり不思議だな、あの辻堂さんが。 まあこれも彼女なんだろう。 「撮りまーす」 「お、おう」 不器用ながら笑顔も作ってくれる辻堂さん。 「チーズ……」 ビュォオオオオ(海風) パシャッ。 「……」 「……」 「はわぁぁあああああ!」 「ごごごゴメン!」 「てててテメェエエエエ! なにしやがる!」 「すいません! 風が吹いてすいません!」 胸倉を掴んでガクガクされる。マキさんといい、足が宙に浮くってすごいパワーだ。 「いいいいまの撮ってねーだろうな」 「確認します」 見てみる。 ふむ。 「確認しました」 「バカヤロォォオオオーーーーーっっ!」 「ぎゃわー!」 ・・・・・ 「柵を越えたときは本当に死ぬかと思った」 「すまん。やりすぎた」 2度と高いところには登るまい。 ……でもまた2人であそこには行きたいな。写真のデータ、消されちゃったし。 「……」 落ち込んだ様子の辻堂さん。 気まずくなってしまい、さっさと参道を下りることに。 「……」 (見られちゃった……パンツ) (こんなことなら昨日パンツも買えばよかった) (でも委員長の前じゃあんまり高いの買えないし……) (つかこのスカートが悪い!) 「ミニスカなんか2度と穿かねぇ」 ブツブツ言ってる。 んーむ、なんか気分の変わるものは……そうだ。 「辻堂さん、さっきのアレ、食べない?」 「あれ?」 「ちょっと待ってて」 すぐのところにあった売店に並ぶ。 しらすソフトクリーム。かなりのネタ商品だが、気分を変えるにはピッタリだ。 戻った。 「これか」 形状としては、普通のバニラソフトから小魚がいくつか顔を出してる感じ。 「グロいな」 「グロいね」 「いいじゃん。食おうぜ」 気分変わってくれたみたいだ。よかった。 ちかくの日陰に腰かけて食べた。 ぺろ 「はむ」 「……」 「想像通りだ。想像以上でも以下でもない」 「塩キャラメルとかそういう甘じょっぱい系をほんのり駄目にした感じだね」 甘くてしょっぱくて生臭い。 ニオイがひどいが、味はまあまあだ。 「ギリギリ食えるな」 「ギリギリ食えるね」 「今度クミに勧めてみよ」 「俺も、今度ヴァンに勧める」 「……」 「……ははっ」 「あははっ」 笑うために食べるものとしては最適だったかも。 それに……高くなってきた日差しを避け、海風を浴びながら食べるアイス。 この空気はどんなご馳走より美味しい。 やっぱりこういうとこで食う物に文句言っちゃいけないぜ。 バサッッ! 「わっ!」 鳥が目の前を通った。 「トンビだ。ほんとにこの高さまで来るんだ」 「ああ……びっくりした」 『ヒョロロロロロロ……』 「危なかったな。食いモン取られてたかも」 「油揚げなんて持ってないのに」 「なんでも食うみたいだぞ」 近くの看板を指差す。 なになに。 『島内には鳶が多く生息し、人間が持っている食料をエサと思って持っていくことがあります』 「あれって迷信じゃなかったんだ」 「このソフトクリームあげたらどんな顔するかな。魚は食うけど、アイスは無理だろ?」 「面白そうだね」 「あ、でも」 『注意 鳶にエサをあげないで下さい人から食べものをもらえると学んだ鳶は、その後人を襲うようになり危険です』 「だって」 「なんだ」 あげたかったらしい。残念そうな辻堂さん。 『ヒョロロロロロロ……』 「さっきのあいつ、人間から盗り慣れてるっぽいね」 「ずっと低いとこにいるな」 迂闊には下りてこないけど、狙ってそうだ。 「ヒョロロロロロロロ……」 「ん?」 「どうかした?」 バサッ! 「わっ!」 「がぶっ」 バサバサッ! アイスを盗られた。 「おいいま何か下りて――」 「きっ、気のせいじゃないですか?」 一番ヤバい人が意味不明なタイミングで出てきた。 いまのはなかったことにする。辻堂さんも空のトンビを見てたので、詳しくは見えなかったみたいだし。 「ここ落ち着かないから他行かない?ほら、下に、ね?」 「お、おう」 またさっきのトンビ(仮)が飛んできて辻堂さんのソフトを狙ったら、その瞬間に湘南最大の決戦が始まってしまうかもしれない。 参道に戻った。 「さっきあり得ないものが見えたんだけど」 「白昼夢だよ」 「それより見て、しらすパンごまだんご味だって、意味分かんないから買ってみよう」 早めにあそこを離れる。 辻堂さんは怪訝そうだったけど、 「あは、こっちは美味そう」 幸い意識はすぐにそれた。 ・・・・・ 「んぐんぐ」 「まっず。ダイのやつなんつーアイス食ってんだ」 「てかダイの隣の女、誰だったんだろ?デートっぽかったけど、あいつ辻堂と付き合ってるんじゃないのか?」 「魚臭くてニオイは分かんなかったし……」 「おーし集合」 「緊急だったけどなんとか橋を抑えるだけの人数は集まったわね」 「あらら」 「面白くなりそうだな」 「こっちは美味しいね」 「ソフトクリームのせいでネタとしか思えなかった」 しらすパンは普通に美味しかった。 練りこんであるのかと思いきや、しらす餡にして中心に埋めてある。カレーパンみたいな感じ。 「それに一緒に食べるとソフトも甘味を強く感じて美味くなる気がする」 「そうなんだ」 「ああ、そっちトンビに食われたんだっけ」 「うん」 トンビってか野良犬にね。 「……」 「えと、じゃあ」 「ん」 半分食べたソフトクリームを差し出してくる。 「あ、いいの?」 「一口……な。ほら」 「こいび……あの、男女だと、こういうのやるのがデフォらしいから」 どういうデフォかは知らないけど、うれしい。 「じゃあ遠慮なく」 はむ。 ……間接キス。 「……」 「……」 正直、味がどうこうは一切分からないんで、感想は出てこない。 「さっ、さてと! 仕事すんだよな」 「うん。姉ちゃんへのお土産も買ったし」 気恥ずかしすぎるんでなかったことにした。 「ふぅ……」 「疲れた?」 「ずっと緊張してたから」 まだミニスカに慣れないらしい。モジついてる。 「そろそろ帰ろっか。いい時間だし」 「だな」 もう4時過ぎ。日の落ちだすころだ。 江ノ島は夕日が綺麗だそうだけど、そういうロマンティックなのは恥ずかしい。 友達2人でぶらつくなら、ここらがイイとこだろう。 坂の下につく。 「うー、疲れた」 腿をぽんぽんしてる。 「そんなに歩いたっけ?」 「お前より2倍くらい歩いてた気がする」 俺の半分くらいの歩幅で歩いてたからな。 「やっぱミニスカなんてやめときゃ良かった」 「あはは、ホントに慣れてないんだね」 「足に空気があたるだけで落ち着かねぇ」 制服は長くして穿いてるからなぁ。 「これを機にスカートの丈変えてみたら?」 「ああ? うっせーな、ロングスカートはアタシのポリシーなの」 「確かにあっちのほうが辻堂さんらしいけどさ」 「こっちも似合ってるよ、ミニスカート」 「う……」 「うっせーバカ」 「無理にとは言わないけどね」 「フン」 「……」 「……学園以外でなら」 「へ?」 「なんでもねーよ」 ぷいっと向こうをむいてしまう。 最後の方はよく聞こえなかったが、 でも見ると、微妙にひざが強張ってるのが分かった。 一日緊張し通しだったらしい。 あれじゃ疲れるのもしょうがない。さっさと帰るか。 橋のほうへ向き直る――。 ――ドッ! 「おっと、すいません」 「いやいや、気にするなっての」 「うわ! 江乃死魔の人!」 前に見たデカい人だ。 「? 俺っちのこと知ってんの?」 「それより恋奈様、長谷大ってどんなやつなんだい」 「だから言ってんでしょ、あんまり特徴のない――」 「……」 「ども」 「そいつだバカーーーーー!」 「どうした大――げっ」 「うわ出た!バカティアラ、引き離してさらう予定だったのに」 「ったく、今日はいい気分で帰れそうだったのに」 いつの間にか周りにぞろぞろと、危なそうな人たちが集まってた。 「もういいティアラ!辻堂ブッコロしとけ、長谷はこっちで連れてく」 「あいよぉ恋奈様!」 「……で、その辻堂はどこだい?」 「おーい辻堂〜、カレシがさらわれちまうぜ〜」 「……相変わらずバカな部下で苦労してそうだな」 「あーもー!」 「バカでなきゃ、バカでさえなきゃホントに使えるやつなのに」 「友達を『使える』とか言うのはよくないよ」 「テメェが説教すんなボケェ!」 「痛いっす!」 「人のカレシを蹴るな」 「ぎゃー!」 「クソッ! 全員でかかれ!」 「ヒャッハー!」 「ブッコロしたらーー!」 ちゅごォーーーーーーン!! ぼちゃーん(←G)ぼちゃーん(←H) 「ぬぉおおお蝶のように舞い蜂のように刺す!この神奈川の胡蝶蘭の力、見せてやるシ!」 「お前相変わらず可愛いな」(なでなで) 「にゅあっ! な、なでるな……」 「あ、ずるい。俺も俺も」(なでなで) 「こういうペット、1回でいいから飼いたいんだよなー」(なでなで) 「分かります。撫でてるだけで癒される」(なでなで) 「やめろぉぉお……」 とまあ、数人ならなんとかなるんだが、 「抜かせるものか!」 「通さねーぜ」 敵はまだまだたくさんいる。 「あれが辻堂かい? やたら可愛いじゃないの」 さっきの人も戻ってきた。場は即発となる。 今日は平和に終わりたかったんだけど……無理っぽい。 辻堂さんはやれやれって感じに肩をすくめ。 「――しゃーねー。やってやるよ」 拳を握った。 敵の数は日曜より少ない。 あえていうとあのデカい子が強そうだけど……。 「今日は泥もねーし、恋奈様に買ってもらったこのスパイクシューズがあるからコケないっての」 「よくお前のサイズがあったな」 「特注だっての。やっぱ恋奈様は頼りになるぜぃ」 「つーわけで行くぜ辻堂!だりゃああああああああああああああああああ!」 猪みたいに低い雄たけびをあげてタックルしてきた。 「ハン――」 辻堂さんは冷笑と共に身をかわし――。 ――ピキッ! 「!?」 「っ?」 ――どんがらがっしゃーん! 「いつつ……だぁから避けんなっての!」 標的を失ったデカい人は、突っ込んだ先で自販機に激突した。 自販機が横向きに倒れる。……なんつー破壊力だ。 いやそれよりも、 「……チッ」 避けたはずの辻堂さんが顔をしかめてた。 「――?」 「ったく、次は受けろよ〜」 「……」 眉をひそめて右足を一歩下げる。 見ると……右の太ももが痙攣してた。 間違いない、今日1日チラ見し続けたんだ。異変があればすぐ分かる。 あれは――。 (あれは――) 「おおらっ! 次行くっての――」 「ストップ!!」 「おん?」 間に入った。 姉ちゃん用に買ってたシラス団子を1個取り出す。 「受けとってください」 「なんだいこれ? 美味そうじゃないの」 「はい。食べていいので……」 辻堂さんを引き寄せる。 「追ってこないで!」 「仕留めろティアラ!」 「ふわっ!」 今回は引っ張るわけにはいかない。抱き寄せ――抱っこして駆け出した。 「ちょっ、大――!」 「足ツッてますよね。逃げますよ!」 「バカッ、にしてもこんな格好――」 「え? え?」 「こんのドアホ!追うわよ、辻堂のやつ足痛めてやがる!」 「千載一遇のチャンスだ――逃がすな!」 「あのっ、大、恥ずかしいって」 「スカートは自分で押さえてください」 お姫様抱っこしてると丸見えになってしまう。 「〜〜〜ッ」 足をとじる辻堂さん。 抱えた身体は意外なほど軽くて、走るのは楽だった。 後ろから追ってきてる気配がある。逃げ切れるか――? 「梓! 行ったぞ囲め!」 「おいーっす」 「げっ!」 橋の先にも数人のヤンキーたちが。 「って辻堂センパイはどこに?……ン? あの可愛い人っすか?」 「くっ、なら――」 こっちだ。途中で橋をとびおりた。 下は砂浜、向こう側の海岸に通じてる。 「あれっ、そっち行くんすか」 「バカが。作戦通り」 「袋小路っすよ」 う……? 海岸のほうへ抜ける橋の下は、上の綺麗さとは裏腹のやましい空気に満ちていた。 落書きされた壁。大量のゴミ。 不良たちの好みそうな空気――。 「……」 でも誰もいなかった。 「チャンス! 行くよ辻堂さん!」 「お、おう」 (あれ? 気配はするのに) 向こう側へ抜ける。 「抜かれてる!? ちッ……リョウはどこいった!」 「でさ、ダイが食わしてくれるメシがすげー美味いの」 「誰か知らないが、よかったな」 「もううちの前の地蔵のお供え、持ってくなよ。母さんが気にしてるんだから」 「はいはい」 「それよりはせ……はす……なんつったっけ。ご近所の弟みたいってガキとはどうなった?」 「最近厄介事に巻き込まれてるみたいで。心配だ」 「くっそ〜〜っ!」 「もういい人海戦術だ!半径300メートル、全ルート包囲しろ!!」 よく分からないが、距離を作れた。砂浜じゃ走りにくいので上にあがる。 この辺りの海岸沿いは、江ノ島のお客を目当てにした商業施設が多い。 そのぶん道が入り組んでる。逃げやすいはず。 けど――。 「いたわね!」 「うわっ」 ならこっち――。 「うかつなやつめ!」 「くそっ」 向こうの兵隊が異様に多い。入り組んでても、全部の道を潰されてる。 「ヒャーッハッハー! ここは通さねーぜ」 「はぶしっ!」 「いま何かぶつかった?」 「分かんね」 敵は総数200だっけ。 いくら地形が逃げやすくても、人1人抱えたまま逃げ切るのは難しそうだ。 「隠れよう。どっかあるかな」 「この辺のことはあんまり――やばっ、そこは曲がるな! 待ち伏せされてる!」 「うく……でももう後ろからも」 ン――。 ふと見ると横に派手なネオンが。 店――ホテル? これだ! 「入るよ!」 「え?」 「ひっ、大!? ここは――――!」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「見失ったぁ?」 「やー、どこにもいないっすわ」 「派手に追いかけたせいで警察呼ばれたっぽいよ。あと5分くらいで囲まれちゃうね」 「がぁあ〜〜〜! 千載一遇のチャンスなのにーっ!」 「……」 「……いや落ち着け、本命は明日よ。今日はイレギュラーだった」 「引き上げるわ!全員に通達、無駄に警察と揉めないように」 「うーい、了解っすー」 「……はぁ」 「辻堂のやつどこ行きやがった」 ・・・・・ 俺はどこに来てしまったんだ。 「……」 「……」 「えっと」 「あ、足、大丈夫?」 「……まだちょっとツッてる」 「そう。時間はあるから、痛みが引くまで休憩しよう」 「いやっ! 休憩ってそういう意味じゃなくてね!?」 「分かってるって」 「うん……」 「……」 最悪の空気だった。 そりゃそうだ。ここはチャラい若者の聖地、湘南だぞ。こんなところのホテルといえば……。 「んと、い、色々ついてるんだね」 冷蔵庫があって、ジュースがサービスされていた。 他におつまみなんかも。 ……あとコンドーム、ローション、栄養ドリンク。 「……」 なんてところに連れ込んでしまったんだ。俺は。 差し込む西日。波うちの強いベッド。天井でまわる大きなファンまでいかがわしく見える。 いやまて。こっちは下心なんてない。 堂々としてよう。でないと逆にエロい人だと思われてしまう。 「お、お腹すいたね。せっかくだし適当に食べようか」 サービスのジュースとおつまみを出した。 コーラとマカダミアナッツ……。 この取り合わせまでエロく思える。 「はいどうぞ」 「お、おう」 返事はするものの、辻堂さんは手をださない。 「遠慮してる? これ、サービスのはずだから」 「んと……そうなんだ」 「悪い。こういうとこ初めてで。よく知らないから」 「えっ?! あっ、お、俺も初めてだけど。その、どうぞって書いてあるから」 「あ、ああ」 「……」 「……」 ダメだ。 どうしようもないぞ。この空気。 ・・・・・ (どうしよう) (ちがうよな。だってあの状況だったし、常識で考えれば) (……そうだよ。ビビッてんじゃねーぞアタシ。大はアタシを助けようとして) (どんな状況でも、ちゃんと信頼しなくちゃ筋が通らねーだろ) 「足は」 「ン、まだちょっと痛い」 「そう……」 長いな。肉離れってことはなさそうだけど、心配になってきた。 「痛む?」 「いや、違和感程度。痺れてるみたいで」 「そっか」 血の巡りが悪くなってるのかな。 「マッサージでもしようか」 「はい!?」 「あ! ちがう。そういう意味じゃなくて」 「あの、純粋に、痺れてるなら」 「あ、お、おう。分かってるよ。その……」 「……」 (信頼しろ。信頼) 「や……ってもらおかな」 「はい?」 「マッサージ。やってもらおう、かな」 「……」 「……うん」 ・・・・・ 「触るよ」 「っ……」 太ももに触れる。 辻堂さんは軽く喉を鳴らした程度。抵抗の様子はない。 触れた肌は、弾力の強さが印象的だった。 中身がしきつまってる感じ。けど不思議と抵抗はなくて、押せば押すほど指が沈んでいく。 「すごく柔らかいよ、辻堂さんの脚」 「ンぅ、や、やらかいのいま関係ないだろ」 「そうだった」 両脚を交互に押してみると、右側だけ突っ張ってるのが分かる。 「まずはほぐしたほうがよさそう」 腿を離れ、つま先に指をやった。 シュッとしてて大人っぽい。 ――しゅにしゅに。 「んはっ」 「ぅ……バカ、くすぐったい」 「ゴメン」 「裏から行くから、痛かったら言って」 「おう……。……っン」 ソックス越しの足の裏へ指をやった。 姉ちゃんからマッサージテクは仕込まれてる。自信ある。 まずは優しく。 ――ギュッ、ギュッ、 「っ、ふぅ……」 親指の腹をつかって感触をさぐる。 「痛かったら言ってね」 「うん……ぁ、でも、すごい。ちょうどいい」 このくらいか。覚えた。 あとはその『ちょうどいい』という力加減に、多少の緩急をつけて按摩していく。 「っふ……、は……、……んふ」 「……」 「はふ……、はぅ……」 ゆっくりと、着実に辻堂さんの身体は、力を抜いていった。 マッサージはまずリラックスしてもらうのが第一。 ……する側なのにガチガチに緊張してる俺が言うことじゃないが。 「すげー慣れてない」 「姉ちゃんによくやらされるんだ」 「長谷先生に?」 「うん。だからツボとかも詳しくなってさ」 中指の第二関節を立ててグリグリした。 「あっ、あっ、ホントだ、それ……あはは」 「たくさん歩いたあとは効くでしょ」 疲れをとるツボだ。 痛くしない程度に緩急をつけてウリウリ。 「あはっ、おもしれ、フツーに気持ちいいか……ふぁっ」 「っ」 「あっ、あは、あははは」 自分じゃ気付いてないのか、神経を撫でるような刺激に苦笑してる辻堂さん。 いま確かにイイ声が……。 ここをこういう角度で、だっけ。 ――グイィィィ。 「ンぁっ」 やっぱり。 足の裏の、腹からかかとに繋がるあたり。この部分をこのくらいの角度で――。 「ふぁっ、あっ、あっ、はぁぁん……っ」 「……」 マズい。 ある意味でこの空間にとてもふさわしい声が。 も、もうちょっとだけ……。 「ひ、ひろし?」 「っ! はい?」 「いや、さっきからそこばっかり」 「あ……そ、そうだね」 「?」 幸い辻堂さんには気付かれなかったようだ。 うう……我ながら情けない。 「じゃあ次、ふくらはぎ」 「おう」 足首をつたって上へあげていく。 「いまさらだけど辻堂さん、足首細いね」 「そうか? 自分じゃ分かんねーけど」 「ひきしまってる」 腿はしっかりしてるので痩せぎすではない。 スプリンター的というか。逆三角形に絞り込まれていくというか。 古い表現だが『カモシカのような足』って感じ。 「まあずっと見てたから美脚なのは分かってたけど」 「ふーん……」 「は?! ずっと見てた!?」 ミスった。 「おま……見るなっつっただろ」 「ごめんごめん」 「おわびに精一杯サービスしますね。お客様」 「ふぁ……っ!」 誤魔化しついでにふくらはぎを押す。 「きゅ、急にすんなバカ」 「ゴメン」 「じゃあ始めるよ」 ふくらはぎは足の裏より心臓に近いし、皮も薄い。 さらに丹念に揉みコネていった。 血の巡りがよくなるようよくさすったり、 「あふ……っ、はう」 痛くしないよう軽く押したり。 「ン……っ、んふっ」 「どう? 辻堂さん」 「ああ……気持ちいい」 「大の手、すごく気持ちいいな。初めてだこんなの」 「……」 ちょっとドキドキする言い方だった。 ずり落ちそうになるソックスをたくしあげつつ、だんだんとヒザへ近づいていく。 「ヒザも結構ツボがあるんだ」 「へー、足の裏は知ってたけど」 「やっぱ人体って関節が大事なんだろうね」 ヒザのうえを、皿を避けつつこりこりいじる。 「んふっ、あっ、はんっ」 「ほんとだ。染みこんでくる感じ」 「ヒザの裏とかも面白いんだよ」 ――ぎゅむぎゅむ。 「ひぁっ、ひゃっ、あはっ」 「くすぐったいでしょ」 「ばぁかっ、分かってるならくすぐるな」 「くすぐってないんだよ。ヒザの裏って普通の按摩なのにくすぐったくなるんだ」 「そうなの?ふぁっ、わかった、豆知識はいいから……ひゃはっ」 「面白いでしょ」 くすぐったい、っていうか痒いようで両足をこすりあわせる辻堂さん。 「うんうん。喜んでくれてよかった」 「喜んでないって……あはっ、こらぁっ。いまの完全にくすぐって……ひぅう」 「はは。ゴメンゴメン」 楽しくなってしまった。自重する。 「はぁ……はぅ」 さてと、そろそろ腿に……。 あ、でもその前に、 「辻堂さん、暑い?」 「え? ぅ……ン、ちょっと」 額がじっとり汗ばんでる。 足の血行がよくなったってことだろう。 てことは足はもっと汗をかいてるはず。 「靴下?」 「うん。汗かいてるんじゃないかな」 「ン……そういやそうかも」 ソックスの中で親指をくにくに動かした。 「任せて」 靴下の上のほうへ指をかける俺。 「い、いいよ別に。つか脱ぐにしても自分で……」 「ダメダメお姫さま。さ、おみ足をお上げくださいな」 くるくると丸めて下げていく。 「へんなヤツだな」 苦笑しながら辻堂さんもノってくれた。足をあげるので、全部脱がせる。 「やっぱりちょっと汗かいてる」 「かも。……あんま見るなよ」 「ついでだし綺麗にしとこう。ちょっと待って」 「ウェットティッシュがあったはずなんだ。サービスだし、使っとかないと損だよね」 「本格的なフットケアになってきてる」 「かもね」 冷蔵庫のうえのかごからウェットティッシュを取る。 そうだ。冷蔵庫といえば……。 「さ、今一度足をどうぞお姫様」 「うむ。ご苦労」 辻堂さんもノリが良くなってきた。 指のあいだを拭う。 ぐしぐしぐし。 「……ンぅ……くすぐったぃ」 「やっぱりだ。辻堂さん、指の形が可愛いね」 「やっぱりって?」 「靴下の上から思っていたのです。この感じの指なら、かなりかわゆいのではと」 くりんてしてて子供みたいだ。 「う、うるせーな。足の指なんてみんな一緒だろ」 「そんなことないよ」 結構千差万別だと思う。 さわり心地もふにゅふにゅだし、爪も大きすぎず小さすぎず。 「脚全体が綺麗だからってのもあるけど、理想的です」 「なんだよ理想って」 「お世辞はいいって。そんな……」 「いやいやホントに」 「可愛いですよ。お姫様」(ちゅっ) 「うわ!?」 「は?」 「……」 「お、お前、いま、舐めた?」 へ? 「あ!ごめん! なんかノリで」 「いや、あの……こっちこそ、その」 さすがにびっくりしたらしい。しどろもどろになってしまう辻堂さん。 俺だって自分にびっくりだ。 「な、なんかゴメン。汗臭かっただろ」 「とんでもないです。むしろこう……イイ匂いで」 「イイ……っ!? てめっ、変態かバカ!」 「ちがうちがう! こっちだよ、ティッシュのニオイ」 香りつきのウェットティッシュだ。 「えっ? ああそっちか……びっくりした」 「……」 まあわずかに感じた汗のにおいも、イイと思ったけど。 「……」 「えーっと」 変な空気になってしまった。 調子にノリすぎたな。反省。 おわびに、 「辻堂さん、こっちも使ってみない?」 冷蔵庫からもう1個もってきた。 「なんだそれ……オイル?」 「うん。肌用のオイル」 椰子の木とか南国系の植物がかかれたパッケージのやつだった。 「保湿したり肌をあっためたりさ、マッサージに最適なんだ、こういうの」 「そうなんだ。……なんでこんなところに?」 「……さあ?」 辻堂さん、肌をぬるぬるにして楽しむプレイはご存知でないらしい。 まあそんな用途に従わなくても、 「使ってみようか。あったまっていい感じかも」 「ああ。頼む」 俺のマッサージテクは全面的に信頼してくれる。脚を伸ばす辻堂さん。 自分の手にあけて、ふくらはぎへ薄く塗りひろげていった。 「あはは、ヌルヌルして変な感じ」 「だね」 意外と粘性が強い。広がらないので、多めに継ぎ足し、広げていく。 テカテカになったところで広げ終わった。 「感じはどう?」 「確かに温かいかも。あははっ、面白い」 オイル初体験らしく辻堂さんは楽しそうだ。よかったよかった。 しかし、ほんとにあったまるオイルだ。塗った俺の手まで効用がくる。 温かい。 ……ていうか、熱い? 「……大?」 「うん?」 「な、なんか、ぴりぴりするんだけど」 「うん。俺も思った」 改めてパッケを確認してみる。なになに……。 『ヒートオイル・炎の島マウイの奇跡』 マウイ島でとれた天然のうんちゃらかんちゃら……。 ※注刺激が強いので同量の水で薄めてご使用ください。 「……」 「熱い」 「あつっ、熱い! 大これ熱い!」 「ご、ごめん使い方まちがえた」 「なに!?うあ……あつっ、ヒリヒリ……いたたた」 空気の感じがヒリついてきたらしい、身をよじる辻堂さん。 「ちょっ、拭いてっ。拭け大!」 「う、うん」 ウェットティッシュ……はアルコール入りでやばそうなので、普通のティッシュをとった。 ごしごしと拭き取っていく。 「あっ、あ、あぁ……。うん。よかった、なんとか」 幸い拭えば、すぐにダメージは去った。俺の手のひらも痛いってレベルではないしな。 「あ……ぅ、でもダメ、まだ熱い」 「どうしよう。シャワーのほうがいいかな」 「いや水はキツそう……」 「それより……触っててくれ。撫でてくれると熱いのまぎれるから」 「う、うん」 両方の手のひらを、さするように這わせた。 にゅる、にゅる。 「あぅっ、ン」 ぬる、ぬる。 「んふっ、うふ……っ」 「どう?」 「イイ、いい感じ。落ち着いてきた」 たぶんミント系の刺激物なんだろう。空気をふれる時間を減らせばヒリつかないようだ。 「はぁ、はぁ」 もっと汗をかかせてしまった。顔を真っ赤にして息をあえがせてる辻堂さん。 「ごめんね」 「いいって。わざとじゃないんだし」 「それより……ムズムズする。もっと強くコスって」 「うん」 手のひらの指紋がうすれそうなくらい強くこする。 ――ニュチュ、にゅじゅ、にゅぷ。 「そう、ぁ……イイ。それ」 派手に音がするくらい強く。 ただ激しくこするということは、それだけ範囲もひろがってしまうわけで。 「ン……つま先まできてる。こっちもコスるね」 「え? ふぁっ、バカ、足の裏はくすぐったいから」 「でもどんどんひろがっちゃう。あ、ヒザの裏にも」 「ひぁっ? あ、あの……ひゃああんっ」 ヒザの裏や足の裏。広がったところ全部を激しくコスった。 「あう……ひゃ、はん」 ムズがゆそうなのでコリコリ爪を立てたり。 「ああぁあっ、はっ、ううううんっ、ぁあぁっ」 足の指のあいだに指を絡めて、赤ちゃんみたいなプニつきを押し揉んだり。 「あぁ……はぁ、はぁ、はぅうう」 「ああぁぁああっ」 辻堂さんはもう息もたえだえだった。 全身をビクンビクン引きつらせて悶えてる。 「もうちょっと耐えて。もうじき終わるはずだから」 こういうのは水分が飛んでしまえば反応も収まる。 塗ったオイルは水分を失い、べとべとになってきてる。 あとちょっとだ。 「もっ、ふぁあ、コスるの、ダメかもっ。余計熱く……」 「そうなの?」 手をとめる。 「あぁああいまダメ。いまやめるなぁっ」 「あ、うん」 改めて強く、強く撫でコスりなおした。 「あぅン……っ、ンふ、んっ、うっ、あ……っ」 「ふぁあ……はぁあ、あっ、ああ……んんん」 辻堂さんは背中をピンとのけぞらせてる。 「ふはっ、はぁっ、あああっ、あーっ……は、はっ、はっ、はっ……ううう」 ベッドのシーツをぎゅっと握りしめ眉をハの字にしてる彼女。 荒い吐息と激しい喘ぎが交錯して苦しそうだった。 「ゴメンね。もうちょっとだから」 「ぅ……ん、うん……」 「あぅ……ま、また来た。大、大もっと強く、もっと強くコスって……」 「うん」 傷つけないぎりぎりで、もうツネるに近い力加減にした。 「あく……っ、あ、あっ、あ――!」 ぶるぶると足から腰、全身にかけて震わせる彼女。 連動して胸で形の良いものがぷるぷる揺れる。 「はぁ……はぁあ、ああああ……っ」 「大……ふぁは、大、あも……だめ、ェ……っ」 ガリガリとつま先でカーペットをひっかき、辻堂さんはやがて、 「くぁ……っ!」 「あああぁぁあああ…………っ!」 「ン……」 「っは……、ふぁ……、あ――」 全身を激しく突っ張らせた。 ぶるぶると痙攣して汗のニオイをふりまきながら、 やがてがっくりとベッドに伏せる。 「……大丈夫?」 「はぁ……、はぁ……」 「らい……じょぶ。おさまった」 まさかあのオイルでこんなことになるとは。我ながら不注意だ。 熱さの峠を越えたらしい。辻堂さんは荒い息をおちつけながら、寝そべる身体を休ませ出した。 疲労困憊って感じ。 シーツに顔をこすりつけながら、ヒザを抱き込むようにして……。 ――モゾ。 血行がよくなってるってことで、マッサージが効いてきてるんだ。 もっと集中しよう。 「次、腿に行くね」 「おう。……優しく、な」 「分かってる」 分かってるけど、ゾクッてする言い方だった。 心臓がドクンドクン早鐘を打つ。正直、やましい気分になりそうな自分が嫌だ。 またツらないように、ソフトに指を戻した。 「ン……」 柔らかくて張りのある、抜群の触感に戻ってくる。 「痛かったら言ってね」 ――すりすり。 まずはさする程度。 「ふ……」 「痛かった?」 「ちがう。くすぐったくて」 「ふくらはぎのときくらいがいい。かも」 「了解」 向こうから言ってくれるとうれしくなってしまう。 心を込めて、 ――フニフニ。 「ンぅ」 ――フニフニ。 「はぁ……こっちも気持ちイイ」 辻堂さんはリラックスしてる模様。 俺は指をどんどん上へ。スカートの方へと近づけていく。 「……」 「……」 口数が減っていくのが自分たちで分かった。 辻堂さんの太ももは、付け根へ行けば行くほど柔らかく、体温も高くなっていく気がする。 「ン……」 「あ……」 でもやがて終点が。 指先が、スカートに届いてしまった。 ここを越えるわけには行かない。ここを越えるのはマッサージじゃなくなってしまう。 「揉むね」 「う、うん」 リラックスしてる腿を、色々な方向から揉みはじめた。 上から、横から、 内腿も。 ――むに、むに。 「ンッ、ぅ……は……」 「どう?」 「うん……いい感じ。ツッぱったのが取れてく気がする」 筋肉が和らいでいく。 大丈夫。効果アリだ。 内太ももをまさぐる手に力をこめた。 「あは……、はぁ、はぅ……」 辻堂さんも全身から力を抜いていくのが分かる。 「……」 「はぁ……、はふ……」 「……」 呼吸が早くなってるのは気のせいだろうか。 思えば腿になんて触ってるから、顔の距離がだいぶ近い。 甘酸っぱい吐息が顔にかかった。 「んは……はぁ……」 女の子の吐息って、無性にいやらしい感じがする。 軽く湿って、甘ったるくて、目には見えないくせに、空気と呼ぶのはおかしいくらいエロティックだった。 辻堂さんの放つ湿り気が、俺の顔に。 「……」 ついジッと顔を見つめてしまう。 辻堂さん……やっぱ可愛い。 普段は綺麗って感じだけど、 今日は……すごく。 いつもの、ちょっと怖い彼女のイメージが消えて、フツーの女の子みたく思える。 フツーの……俺の彼女みたいに。 「あ……」 顔を見てるのに気付かれた。視線がかち合い、びっくりしたよう目をそらす彼女。 ――ぎゅっ。 「ひん……っ」 内腿にのせた手に力をこめる。 手のひらが軽く汗ばんでて滑った。ヌルッとしたんだろう、辻堂さんが目を丸くする。 ――ギュニ、ギュニ、ウニウニ。 「あっ、あ……。ひろ……ふぁ」 リズミカルに、さっきまでより際どい力加減で押し揉みだした。 もっと呼吸を乱れさせたい。もっと湿った吐息を顔にうけたい。 赴くままに……。 ――ツゥ。 「ひゃっ!あ、あの……、大、そこは……」 「ダメ?」 「ダメ……ていうか」 スカートの中まで指をやった。 付け根に近い――一番熱くて柔らかい部分を揉む。 「ンぁっ、あっ、あぅ……ちょ、大。あの……ぁんっ」 「ダメだったらすぐにやめるよ」 下着に触れないギリギリのところを手のひらと指で撫でる。 ――すりすり、ムニムニ。 「あは……ぅん。んっ、ンン……っふ」 辻堂さんはダメとは言わない。 ていうか喋ってられないんだろうけど。俺はズルいので、拒絶の言葉がでないうちに。 ――ぐにゅ。 「あ……ぇ?」 もうマッサージとか関係ない。ツッてないほうの足にも手を這わせた。 両手で、両足へ。 ――しゅにしゅに、ムチムチ。 「んっ、う、ああ……っ、あああっ、大、やぁあ」 辻堂さんは声をひっくり返らせて鳴く。 俺は構わず左右を揉んだ。あくまで優しく、でも強く。 「あは……っ、うう、ンぅ、ひゃぅっ、う」 「はぁ、はぁうう……ひ、ひら……く。あそこ、開いて……ふぁあ」 ときどき両腿を左右に引っ張ると、中心からニュパと水っぽい音がする気がした。 「ああ……っ、は、ぁあぁあ」 さっきまでより甘味と湿り気の増した吐息が何度となく頬を撫でる。 「や、大……ぁは、も、もぉ、もおお……」 辻堂さんは痺れたように虚ろな目つきで俺を見つめてくる。 睨んでるんだろうか?でもいつもの迫力は微塵もなく、弱々しかった。 「は……、ゃ、……ぁ……!」 座ったままの小尻がモジつく。 微妙に俺の方へ、腰をせりあげてる気がする。 そしてやがて、 「大……、大……ぃ……。ンあ……、あっ」 お尻から腰にかけて、電流でも通ったように鋭い震えが駆けると。 「ああああああ……っ!」 突然声を1オクターブ上げて、辻堂さんは俺の腕にすがりついた。 ピクッ、ピクッと何度となく腰が震えてるのが分かる。 「っは、……っふぁっ。は……、はぁ……はぁ……」 汗ばんだ肌が擦り寄ってきて、潮っぽい香りが漂った。 「……」 やりすぎたか? 辻堂さんがぐったりしてしまったあとで気付く。 途中から理性のスイッチを切ってた。明らかにマッサージ以外のことをしてしまった。 「はぁ……、はぁ……」 ベッドに横たわり息をきらす彼女。 意識が半分飛んでるのか、虚ろな顔だった。 ぐーっとヒザを持ち上げていき、 ……モゾ。 「うわ……」 「はぁ……、はふ」 たぶんこの姿勢が楽なんだろう。ごろんと身体を返してうつ伏せになる辻堂さん。 足を抱えたせいで……お尻があがる。 こんもり丸いヒップはちょうど俺のほうへ差し出すみたく持ち上がっていた。 白い生地は中のふくらみにパツパツに貼りついてる。 さんざんイジった脚の付け根では、ピンク色の透けて見える肉がもりあがってた。 ……線を引いたように筋が通ってる。 下着が食い込んで、クレバスを浮かびあがらせてる。 「あの、辻堂さん」 「……はぅ」 「あの……」 「……」 「……」 まだ意識がふわふわしてるらしい彼女。 「……」 「……」 「…………ふぃあっ?」 「マッサージの続き」 ということにして、丸み全体をわしづかみにした。 女の子のお尻の感触は……、太もものそれに似て、さらに柔らかみの比重が多い。 押したぶん指がくいこんで、あるところで急にムチッと弾む感じ。 ゾクゾクした。 「あっ、あの、そこまでするのか? 大……ふぁっ」 お尻の肉に指が食いこみ、辻堂さんは声を上ずらせる。 「ダメ?」 「ダメっていうか、これもう、あの……ンぁ」 むにむに弾ませると可愛い声がでた。 クセのある長い髪がざくんと揺れて、優しい女の子の香りが漂う。 「ここは嫌がってないよ」 手のひらで肉を揉むがてら、指先を中央部へ。 「っふぃいいうっ、こぉらっ、おま、さすがに」 下着が食い込んだ裂け目に触られ、さすがに怒ったみたいだ。 けど身体は力が抜けてる。 「こんなに熱くなってる。……痛かったら言って」 ――ウニュ、ウニュ。 「っひ……っ、い、ぃいいいいんっ」 少し押しただけで彼女は全身を震わせ、 ――ちゅぶぅ……。 柔肉の奥から粘っこい水音をこぼした。 「ああっ、や、なにこれ」 「……」 自分でも不思議なほど冷静に指が動く。辻堂さんの弱点をみつける。 心臓は爆発しそうだった。生まれてはじめて女の子の大事なとこを触ってるんだ。当たり前だ。 たまらなくなって、華奢な背中にのしかかる。 「辻堂さん……どう? ここ」 「んっ、んんっ、ダメ……つ、強い」 「ン……痛い? このくらい?」 「あっ、そ、そう……。んは、はあぁあ」 辻堂さんはまだ戸惑ってて、抵抗はなかった。 けどだんだん理性が戻ってきたのか、困ったような顔でこっちを見てくる。 「あの、大。あの、あの……」 やめて。とは言わない。 たぶんこのまま続けても本気では抵抗されないと思う。彼女がそこまで嫌がってない自信はある。 でもそれじゃ足りない。ちゃんと承諾してくれないと。 「ちょっとの間、俺に預けてよ」 耳元でささやいた。 「ン……ぅ、預けてって言われても」 「本気でイヤならすぐやめる。約束する」 「でもちょっとだけ……」 「俺とホントの恋人になって」 「ふぁっ」 ぎゅうっと中指に力を込めた。 先っちょがヌンメリした秘肉の中央にめりこむ。 「あっ、ああっ、すご……ぉぉ……」 衝撃がせりあがったらしい。ぐーっとか細い背筋が弓なりにそった。 ショーツのざらつくコットン生地に、熱い汁気が染みてくる。 「……」 「……こいびと」 「大の……恋人に……」 「っ! んっ、あああああ」 クロッチ越しに指を動かすと、肢体全部がビクついた。 「濡れてきてる」 「あぅ、うう……言うなよ恥ずかしい」 「ごめん。でも嬉しくて」 「うぅ……」 「可愛いよ辻堂さん」 めりこんだ指を動かす。 「あはっ、はっ、は……っ」 クレバスの内部は溶けたアイスみたいに軟らかで、くにゅ、くにゅ、いじる指のせいで、形がかわらないか心配だった。 そして指を動かすたびに、 ――くにゅ、くにゅ、 「んぁっ、あんっ」 ぴくん、ぴくんと、差し出されたヒップ自体が左右に動く。 反応してる……ヒップを本人が動かしてる。 試しに指を休めると、 「あぅ、んん……っ。んっ、んんっ」 辻堂さんはもどかしそうに喉をならし、腰をせり出して俺の指にぶつけてきた。 「感じてるでしょ」 「ぅ……うるさいな」 自分の仕草が恥ずかしいんだろう。むっとした顔の彼女。 さすがに心までは簡単に開いてくれないか。湘南最強の総長だもんな、当たり前だ。 でも、 「ここは気持ちイイって言ってるけど」 「ひううっ、ひぁあああん、激しく動かすなぁ」 ウニウニうねる新鮮なクレバスは、俺の指にキュンキュン吸いついてきていた。 「はぁ……はぅう……んふっ、お腹あつい……」 「なにこれ……なに。はじめて感じる……」 「……ンぁあっ!?」 「っと」 上体に覆いかぶさりながらイジってるせいで、手首がお尻に食い込んでいた。 それだけならよかったんだが……、ただでさえショーツ越しでも温度の高いヒップで、熱のこもっている中央部の、一番熱い箇所に、 ――くにゅ、 「はひぃいいんっ」 「あはは、敏感だね」 「う、うるせーバカっ」 「あう、あの、そこは放して……」 お尻の穴になにか触るのは落ち着かないらしい。辻堂さんは眉をひそめる。 でもこっちとしては……手首にあたる温度の高さ。放すには惜しい。 「まあまあ、気にしないで」 「ひぃうっ! ひんっ、ぃんんんんっ」 むしろぐいぐい揉むように押しながら、指先でクレバスを抉った。 「はうっ、はふ、あぅう……ちょっと、あの」 「あゃ……な、なんかヘン、ヘンなのが。ヘンなのがぁ」 すらっと綺麗な太ももが、またツるのが心配なくらいぴんと張った。 四つんばいに近いポーズになって、ガクンガクンと派手に揺れる。 「ダブルで責められると一発なんだね。敏感」 「うるさ……っ、あっ、うあああ早い、これ早いぃっ」 「ひゃああああっ、あっ、あっ、あ――ンぅああ」 急速に来たものにのみこまれだし、辻堂さんは狼狽の悲鳴をあげる。 あの辻堂さんが……。 感心すると同時にもっと可愛くなってしまい、俺は空いた手でキツく抱きしめた。 「あふ……」 すると最後の瞬間、抱擁に反応したように安らかな吐息がこぼれ。 「ふぁぁああああああ……っ! あひっ、ひっ、んっ」 イジりまわされた膣肉が、中指にぎゅーっと噛みつく。 「あぅ、う……うううう」 「うぁ――」 「ぁあああぁぁぁぁぁあぁぁぁああ〜〜〜〜っっっ!」 ――きゅぶちゅ……っ。 噛みついた粘膜の深くから、熱い蜜が噴出してショーツ越しの指にかかった。 ……イッてる。 仰け反った身体。ビクつく背筋。あらぬ方向をむいた目線。 童貞の俺にも分かりやすいくらい、辻堂さんが果ててる。 「くぁっ、あはっ、はぁあ……っ、あっ、ああ」 「あぁは……っ、はぁ……っ、ああぁぁ、ぁあ」 「はぁあ……、はぁーっ……、はぁー……っ」 女の子ってこんなに長いんだ。 反応はたっぷり30秒は続いた。 「……」 あっけに取られ、静かに見守る俺。 そのまま辻堂さんは、今度こそぐったりとなって、 身体から完全に力を抜いた。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……」 「えーっと」 「げっふぅ!」 「口開くんじゃねぇ。ブッコロす」 「す、すいません」 あのまま眠ってしまった辻堂さんは、3時間後に目を覚ました。 さすがに続きは出来ずチェックアウト。帰ることに。 ずっと不機嫌だ。 俺は正直死も覚悟してるんだが、 「あーくそー。腰がふわふわしてなきゃ八つ裂きにしてやるのに」 「助かりました」 「覚えとけよ……!」 「……」 帰ったら遺書を用意しよう。 腰に力が入らないらしく、ひょこひょこ歩いてる彼女。 肩を貸すくらいしたいんだが、近づくとパンチのラッシュなので無理だ。 とにかくいつでもフォローできる位置で送ることに。 やがて、うちから結構近いところで。 「ここでいい」 「へえ、家この辺りなんだ」 「ぐ……家の位置まで教えちまった」 「あはは。誰にも言わないよ」 「教えたってことが問題なんだよ!」 「なんかもう……、完全にアレじゃん」 「アレ?」 「……」 「うるせぇ!」 まだ怒っているようだ。 「じゃあな。明日学園で」 「うん。3会、楽しみだね」 「ああ」 ひょこひょこと帰っていく辻堂さん。 「……」 ダメだ。こんな気持ちじゃクールに去れない。 「辻堂さんっ!」 追いついた。 「なに」 「さっきのこともう一度あやまりたくて」 「う……い、いいよ」 「こっちだって抵抗しなかったんだから同罪だし」 「でも……」 「3時間だっけ?アタシが寝てるあいだ、なにもしなかったんだろ?」 「無抵抗のときはなにもしなかった。アタシがブッ飛ばしていい状況でなきゃ変なことしなかった」 「この点を誠意と受け取っておいてやる。あやまらなくていい」 「ン……そう」 「じゃあ謝るじゃなくて言い訳を」 「?」 「あんなことしちゃったのはさ。その、まあやっぱ俺の理性が薄かったってのが大きいけど」 「でもそれ以上に、今日の辻堂さんが可愛くて、魅力的で、それで――」 「――それで俺が、辻堂さんを好きだからだ」 「――……」 「……」 「……」 「日曜日に言ったときより、もっと辻堂さんが好きになってる」 「……」 「……」 「それだけ言いたくて」 「……あっそ」 さっさと立ち去ってしまう辻堂さん。 去り際、照れてたのが見えた。 「……ふぅ」 俺も帰るか。 色々あったけど……いい気分だった。 「……」 辻堂愛さん。 もう『気になる』なんてレベルじゃない。 はっきりと好きになってる。 「……」 問題は明日で、関係に一区切りがついちゃうことだな。 明日をもって『かりそめの恋人』関係は終了。 その後どうなるかは俺次第。 明日の夜。俺と彼女をつなぐお祭り、開海会が終わるとき。 そのとき――もしできるなら、 ・・・・・ 「ただいまー」 「……」 「……」 「…………」 「うわああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(ごろごろごろごろごろごろごろごろごろ〜〜〜〜!) 「どうしたの愛、大声だして」 「あぁあああかかか母さん……どうしよう」 「なにがあったの。デート、上手くいかなかったの?」 「うう……。上手くいかないどころか予想した100倍は上手く行ってしまったというか」 「はぁ……」 「……」 「ねえ母さん」 「?」 「ケンカで負けたことある?」 「負けたこと? そうねえ。戦車が出てきて退いたことはあるけど負けたことはないわねぇ」 「……」 「負けちゃった……生まれて初めて」 「初めてだよこんなの。手も足もでなかった」 「こんな日までケンカしてきたの?」 「正確にはケンカじゃなくて。いやケンカもしたけど」 「???」 「ううう」 「……」 「そうそう。あったわ、何回か負けたこと」 「母さんが? 相手は誰」 「お父さん」 「誠君にだけは根負けしたわ。何度も何度もアタックされて。いつの間にか負けてた」 「明日の3会はある意味、負けた記念日ね」 「恋ってのはすごーく強敵だったわ」 「う……」 「さ、早くその服着替えちゃいなさい。夕飯まだでしょう? いま準備するわね」 「うん……」 「……」 「恋……」 「……」 「ヌぁああ……! 確かに強敵だぜ……!」 「でもこんなもんで勝ったと思うなよ大。今日のは……その、互角だったからな」 「大……!」 「大……」 「……」 「そうそう愛」 「なに?」 「今夜はお赤飯がいい?」 「うるさい!」 (そわそわ) (そわそわ) う〜〜〜〜〜〜〜。 寝付けない。 今日は疲れてるはずなんだが、ベッドに入ってもちっとも眠気がこなかった。 理由はもちろん、 ぽわぽわぽわ〜。 目をとじるとあの光景が浮かんでくるから。 あんなエロいことがあったのに、一度も脱出の機会がなかったMyBabyたちが、外に出せ外に出せうるさい。 モンモンモーン……。 や、やっぱり一度抜こう。寝れない。 目をとじるだけでオカズは充分すぎるほどあるんだ。 「いえーい♪ ハイパー姉バーサルタイムはじまるよ〜」 「出てって!」 「なぬぃ!?」 「今日だけはマジでお願い。1人にして」 「なんでそんなこと言うのよ〜この姉不幸者〜」 「土日に続いて甘えポイントが足りないわよ。前に教えたでしょう、弟は定期的に姉に甘えないと形象崩壊するって」 「あの、今日は本当に」 「ぐすっ。ひどい、ヒロはもう私がいらないのね」 「……ああ」 面倒なやつが始まってしまった。 「うわーん、弟に嫌われたー」 「姉失格だわ。欝だ死のう」 「……泣き落としは1ヶ月に1回にしてよ。今月もう3回目だよ」 「分かりました。気の済むまでご奉仕します」 「やったぁ♪」 「しょうがないな姉ちゃんは」 がばっと布団にもぐりこむ姉ちゃん。 「さっ、おいでおいで。まずは添い寝よ」 「了解。『まずは』じゃないからね。これで終わりだからね」 俺も入った。 「ン〜♪ 久しぶりこの感じ」(ぎゅ〜) 「この前してからまだ1週間も……あぁあ」 おっぱいが。太ももが。 耐えろ俺。耐えるんだ。姉ちゃんに欲情するんじゃない。 「ヒロも甘えられて嬉しいでしょ」 「はいはい。嬉しゅうございますから、もうちょっと離れて」 「ふふっ♪」 「そうだ。明日の3会どうする?」 「どうするって?」 「一緒にまわる?タロ君とかと約束あるならいいけど」 「ン……」 辻堂さんとまわりたい……。 「女の子と……とか考えてる?」 「!ま、まさか」 「でも一応予定は入るかも」 「なら私は大学の友達が一緒したいって言ってるから、そっちで行くわ」 「そう」 「怖い顔しないの。全員女だってば」 「顔筋は1ミリも動かしてないけど」 「おやすみ」 「おやすみ」 ・・・・・ 明日は3会。 なにもなく過ぎればいいな……。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「よお」 「相変わらず神出鬼没ね、探したわ」 「明日までに見つかってよかったわよ――」 「――『皆殺し』」 「くぁあ」 「海の家って寝泊りにはイマイチだな。磯臭ぇ」 「うるせーバカもよく来るし」 「ククク……」 「250人に囲まれてよくそんな大口叩けるわね」 「250ねぇ」 「人数はどーでもいいさ。ケンカ売りに来たのか?今日は気分がいいから買ってやるけど」 「あいっかわらず恋奈様にむかってナマイキだシ」 「ようチビ。相変わらず可愛いな」 「チビ!?こんにゃらーこの神奈川の首狩りツバキと呼ばれたこのカメリアにケンカ売るとは――いい度胸だシ!」 「でりゃアアああああああああああああああああ!!」 ――ズゴッッ! 「うわーっ」 「や、やられた〜。カメリア様には敵わね〜」 「ハッハー! 楽勝だシ!」 「ぶくぶくぶく……」 「ハナー!」 「うわー、泡吹いてるっすよ」 「コラァ皆殺し! ここまでやるかっての!」 「デコピン1発だろ」 「やりすぎよ。ハナはタンスの角に小指をぶつけただけで3日は寝込むほど弱いんだから」 「フヒヒ……皆殺しなんざ楽勝だシ」 「いいじゃん。幸せそうに寝てるし」 「仲間をやられちゃ黙ってられねーっての!」 「どりゃあああああああああッッ!」 「ハン――」 ――ドグォオオオンッッッ! 「ンぐ……、ぐぬぬぬぬ!」 「おーおー、また強くなったじゃん」 「で? こっからどうする1年坊。また2ヶ月前みたいに泣かされたいか?」 「ンがあああ……! 動かねぇええええ!」 「軽トラだって倒しちゃうティアラセンパイのタックルをまともに受けとめるなんて……」 「なんだオッパイ。次はお前か」 「ととととんでもない。負けるケンカはしないっすよ」 「やめなさいティアラ。今日はケンカしに来たんじゃないんだから」 「なんだ。あと247人分コントが見られるかと思ったのに」 「フン――」 「今日は話し合いにきただけ」 「テメェと話すことはねぇよ」 「みやげのしらすピザ」 「話し合おう」 「よろしい」 「まずは食事と行きましょ。カップ麺出して」 「了解」 ゴゴゴゴゴ……! 「はいはい、アンタの分もあるって」 「梓、お湯の準備」 「おいっすー」 ・・・・・ (ずるずる) (ずるずる) 「インスタントラーメンってのもたまにはいいな」 「でしょ〜?たった3分で生まれる奇跡よね」 「かの片瀬のご息女様が、ずいぶんとジャンクな趣味をお持ちなもんだ」 「人のこと言える立場か」 「……フン」 「で? そろそろ言え、用事は」 「まあ待ちなさいって。ずるずるタイムに無粋な話は似合わないわ」 (ずるずる) 「幸せー」 「……」 「チャーシューいただきっ」(ひょいパク) 「がっっ!?」 「コるるるるるるァァァアアテメェエエエ!いい1枚しかないチャーシューをォオオオオオオ!」 「全員武器を取れ! 全面戦争だ!江乃死魔の総力をあげてこのチャーシュー泥棒を」 「ストップストップ恋奈様!」 「はっ!?そ、そうだった、いまケンカするのはマズい」 「く……ぬぬぬ」 「ふ、フン。許してあげるわ。敵対する気のない相手には、私は寛容なの」 (むぐむぐ) 「インスタントについてるやつって美味くねー」 「このやろォオオオオオオオオ!!!」 「落ち着いてくださいって」 「うう……くそぅ、目的が済んだらブッ潰してやる」 「〜♪ラーメンもピザも美味かった」 「で? そろそろ用件を言えよ。満腹になったし、もう用はないからたたき出すぜ」 「ったく自己チューが」 「まあいい。用件は単純よ」 「――長谷大」 「――……」 「当然知ってるわよね」 「むしろこっちの方が実態を把握できないくらいだわ。アンタと仲良くしてて平気な相手なんて」 「私は気に入った相手となら仲良くするさ」 「お前みたいに気に入らないヤツが多いだけで」 「あっそ」 「で?そっちもアイツの正体は知ってるのよね」 「たとえばあいつが、辻堂の恋人なこととか」 「あれってマジなの?」 「あれ……知ってるんだ」 「アンタともあろうものが、珍しいじゃない。辻堂の関係者と仲良く……なんて」 「なにが言いたい」 「いえ? ただ三大天最凶が、知らないあいだに牙を抜かれちゃったなーって」 「やっぱ卒業を控えた腰越センパイだからこれからは後輩の辻堂とツルむ予定なんで?」 「……」 「……」 「安い挑発だな」 「なにが言いたい」 「男ぉ取るなら、まずは辻堂に挨拶がいるんじゃない?詫びで。もしくは」 「拳で」 「……」 「舞台はこっちで整えてあげる。最高のものを」 「明日、稲村で開海会。海開きのお祭りがあるのは知ってるわね」 「長谷はその準備に関わってる。当然、恋人の辻堂とは一緒に参加するはず」 「私ら江乃死魔がぶっ壊したら辻堂は確実にブチギレる」 「あとは……分かるでしょ?」 「……」 「ようするにこの私を番犬にしようって?」 「そうは言ってないわ」 「賢い犬には慈悲をもって接するし、2度噛む駄犬は殴って仕込む。けど狂犬を飼う趣味はない」 「協力よ。あくまで協力」 「……」 「……」 「ま、いい機会なら……辻堂とは決着をつけるかもな」 「――よし」 「用件はそれだけ。じゃあね」 「お先っすー」 「アバヨ」 ・・・・・ 「ふぃー、緊張したっすー」 「さすがにね。いつ暴れ出すか分からねーやつの相手は怖いわ」 「でもよぉ恋奈様、これで上手く行くんかい?」 「行くわよ」 「あの女は気分屋なうえ嗅覚が鋭すぎてそれこそ話し合いすらほぼ不可能。けど行動は野良犬と言ってもいいほどシンプルだわ」 「いまこうして、話し合いが成立した時点で、すべては私の手のひらの上よ」 「ふふふっ、長谷大に感謝しなくちゃね。あいつがいなきゃ話し合いに入る以前に皆殺しにされてたわ」 「協力――なんて言っても、漁夫の利を得るのは結局1人ですもんね」 「そゆこと」 「ほぇー、色々考えるもんだ」 「なんかいまの恋奈様、悪の大首領って感じすね」 「褒めるな褒めるな」 「マジだっての。あの皆殺しと渡り合うとか……。めちゃくちゃ大きく見えるっての」 「よしなさいって、ホントのこと言うのは」 「はっ!? ど、どーなったシ!?」 「もう全部終わったわ。皆殺しは私の話術で見事に飼い犬にしてやった」 「おお〜、さっすがれんにゃだシ!」 「でしょ」 「てなわけでハナ。この私が腰越と渡りあったことを、下っ端どもになるべく大げさに広めてきなさい」 「了解だシ!」 「なっはっは、あのセコさこそ恋奈様だっての」 「大首領って感じじゃないっすね」 「……」 「なーんか良いように使われてそうで気に食わねーけど」 「辻堂と決着ねえ……」 「舞台が整うのは悪くない」 「……」 「……ふぅ」 「悪いな、ダイ」 「……ふぁあ」 ほとんど眠れなかった。 今日ほど姉ちゃんにおっぱいがあることを恨んだ日はない。 元気なズボンの中身を当てないようにしがみついてくる身体をほどき、布団を抜けた。 朝ごはんの準備。 コーヒーは一番カフェインが多いらしいアメリカンに。 「はよっすー」 「おはよう。調子良さそうだね」 「たーっぷり熟睡できたもの」 「……」 世の中はおっぱいのある者が得を、ない者が損をするようできている。             ―― 長谷大 ―― 「眠そうな顔してるわね」 くしゃくしゃと髪をなでてくる姉ちゃん。 「今夜はお祭りよ。元気出していきなさい」 「はぁい」 それもそうだ。 今日は快晴みたいだし、 元気良くいきますか! 「おはようございます」 「おはよう大ちゃん」 「にゃあ」 「はいおはよう」 「行ってらっしゃい」 「知り合いの海の家が今日やるからよ、ヒマぁあったら寄ってってくれよヒロ坊」 「はーい。行ってきます」 ご近所さんに挨拶しながら学園へ。 夕方からのお祭りにむけて、みんなそれとなく賑わっているように思えた。 海沿いに出るとよく分かる。 海の家が立ち並んだ海岸沿いは、昨日までにくらべて明らかに人が多かった。 サーフボードを持ち込む人。屋台の用意をする人。色々。 みんな楽しそうだ。 俺もウキウキしてくる。 今夜はどうなるかな。 「……っと」 あれ? いつもの防波堤。 「マキさーん」 ・・・・・ いない。 今日もサンドイッチ作ってきたのに。 どこ行ったんだろ? 「探しものか?」 「あ、おはよ。なんでもない」 いないならいないで仕方ない。登校することに。 海から来る気持ちのいい潮風に目を細めつつ、学園への道を行く。 「おはようございます」 「おはよう委員長」 「今日もそっちのメガネで行くのか。委員長パラメーターが下がってしまうぞ」 イメチェンした委員長はほんとに可愛くなった。 女の子って変われば変わるんだな。 昨日は思い知らされたよ。 「今日はお祭りだが、ひろ、どうする?」 「んー、そうだな」 「予定がないなら僕と……」 「ダメです」 びっくりした。 「長谷君はほら、予定があるんでしょう? ね?」 「予定はないよ」 「ありますよね?」 怖い。 「そ、そういえばあったかも」 これから入れたい予定ならある。 「〜♪」 (辻堂さんと長谷君。昨日は上手くいったみたいだし、必ずくっつけてみせますよ) (ああっ、このウザいくらいのお節介がたまらない) (なんだかよく分からんが委員長がおかんモードに入っている。黙っていよう) 「……」 「ううう……すーすーする」 (やっぱショーツがないと落ち着かねぇ……) (でも穿かない! そう決めたんだ) (愛さん直々に言われたんだ。ショーツなんて穿いてんじゃねーって。だから……) 「このスースーこそオレの……忠誠の証!」 「あれ?」 「どうかしたか」 「辻堂さんのお迎え、今日は妙に少なくない」 いつもの半分くらいしかいなかった。 「あれ中止にしたんだよ。いい加減面倒だったから」 「おはよう辻堂さん」 「オス」 「……」 「……」 「おはようございます」 「っ! お、おう委員長」 あぶね。見詰め合ってしまった。 「中止……朝の挨拶のことか?」 「一昨日シカトしたけど問題なかっただろ。いい機会だからって」 「聞き分けのねーのは多いけどな。……んじゃ後で」 半分くらいは集まってる軍団の方へ向かう辻堂さん。 解散する旨を言い聞かせてる。 一応番長のケジメで続けてた挨拶だけど、彼女としてはあんまり乗り気じゃなかったそうで。この機に撤廃するようだ。 「どういう心境の変化だ? 辻堂のやつ」 「さあね」 「良い心がけだがな。一般の生徒が怯えずに済む」 「……」 顔がニヤけそうだった。 稲村番長の辻堂さんが変わっていく。 俺たちの側にいておかしくない、普通の女の子になっていくようで。 「……ふふ♪」 委員長も笑ってる。 なにか事情を知ってるんだろうか? そんな感じに始まった1日は、 「はーい、この三角関数、解いてみましょうか。出席番号13番、スタンドアップ」 「え、えっと」 「すいません。聞いてませんでした」 「集中しなさい。頭の中はもうお祭りに行っちゃってるのかしら?」 「それじゃあタロく……坂東君、解いて」 「三角関数とは、直角三角形の直角でない角ひとつが明らかなとき、三辺相互の比の値を求めるための……」 「定義はいいのよ。こっちも問題聞いてなかったわね」 「すいません」 みんなウキウキしてて、あっという間に過ぎた。 俺はというと、楽しみなのもあるけどそれより1つ気がかりが。 昼休みに辻堂さんと話せたとき、 「3会を一緒に?」 「う、うん。どうかな」 単刀直入に聞いてみた。 我ながら最初のころよりかなり緊張せずに誘えるようになってると思う。 が……。 「悪い。キツいかも」 「父さんがさ、出張先から帰れないそうで。母さん、楽しみにしてたから」 「そっか。1人にするのも可哀相だね」 「うん。……悪い」 「仕方ないよ」 あきらめて1人でブラブラしよう。 「……」 「あ! で、でも」  ? 「そのっ、母さん次第だけど時間空くかも」 「だからあの、……いや、大にも予定あるだろうけど」 「……ああ」 「空いたら電話して。一緒に回ろう」 「うんっ」 約束して別れた。 可能性が0じゃなくなった。それだけで充分嬉しい。 出来れば……今夜中には話したいしな。 彼氏とか彼女とか、そういう話。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「じゃっ、行ってきます」 「はい行ってらっしゃい」 「にゃあ」 おばあちゃんに抱えられて前足でバイバイする猫の頭を撫で、海岸のほうへ向かった。 お祭りと行っても神輿がでたりするわけじゃない。海開きの報告を行うだけの式典である。 ただ日本人である以上、お祭りと言われればはしゃいでしまうもので。 いつもより分厚くした財布片手に会場へ向かう。 予定はないけどな。 1人で見て回るだけでも楽しいだろう。 海辺は開いたばかりの海の家を中心に、色々なお店が出回ってる。 夏祭りの縁日とかとはちがうけど、出店数じゃ負けてない。 さて、どこから回ろうか。 ・・・・・ 「……」 「……」 「……」 ――タッ。 「……」 「よお」 ・・・・・ 「ふぅ……」 1人で回るとどうしても屋台に興味が行って財布が痩せるのが早い。 お祭りの屋台ってどうしてこう高いんだろ。 ちょっと落ち着かないと。金魚すくいに1000円も使うなんて冷静じゃないぞ。 でも楽しい。 次はどこへ行こうかな。 あきらめられるか。 「おっちゃん。もう1回」 「あんちゃんまた来たのかい」 ……顔を覚えられてる。恥ずかしい。 「だが男には退いちゃいけないときがあるんだ。もう1回」 200円払って網をもらう。 慎重に、慎重に……。 ここだっ! 「……」 「……」 「2、3匹持ってくかい?」 「いえ、結構です」 くそう。 「ひろじゃないか」 「あれ、偶然」 「1人か? 誰かと用事があるといっていたのに」 「うん、未定になった」 「そうか」 「じゃあ僕と一緒に回ろう。こっちも1人で退屈しているんだ」 「いいね。たのむよ」 「ところで……金魚すくいとはまたアナクロなことを」 「取れていないようだが、いくらつっこんだ?」 「ご、500円超えたくらい」 ほんとは1200円。 「相変わらず不器用だな」 「まあいい。十人並みなひろに変わって僕が出ようじゃないか。おじさん1回頼む」 「あいよ」 「得意なの?」 「昔大会で3位……だっけな。大したことはない」 「いいか、金魚すくいのコツは、すくう紙に金魚の身体をあてないことにある」 「つまり金魚のまわりの水をすくいとる感じで……」 「ほいっ」(ちゃぽん) 「おみごと」 簡単に1匹すくってしまった。 「あとは紙の弱っている部分を守りつつ、張力の強そうな部分を使って」 「ほいっ、ほいっ、ほいっ」(ちゃぽちゃぽちゃぽ) 「おお〜」(パチパチ) 「兄ちゃんやるなぁ」 「これが選ばれた人間の力だ」 ・・・・・ 「ヴァン、気持ち悪い」 「僕としたことが」 ヴァンは本当にすごい。1回の挑戦で、じつに22匹もの金魚をすくった。 けど、 「こうもぎっしりだと気持ち悪いし、酸欠とか心配になるね」 もらったビニールは1つなので、中は赤いボールに見えるくらいウジャッと金魚だらけになっている。 「仕方ない。家に戻って水槽に移してくる。ひろ、このあとすまないが」 「分かってる。弱らないうちに早く行ってあげなよ」 「ああ」 行ってしまうヴァン。 結局1人か。 景品のあるものがやりたい。 射的とか……お。 「あいよ〜らっしゃいらっしゃい。1回たったの300円だよ〜」 「先生」 「ヒロポンじゃないか。奇遇だな」 「……学園の先生はアルバイト禁止なんじゃ」 「アルバイトじゃない知り合いの店を手伝ってるだけだ」 「いくらで?」 「儲けの3割」 バイトじゃないか。 「それよりやっていかないか。1回ならタダでいいぞ」 「いいんですか?」 「知り合いのよしみだ」 「だからこのことは学園には言うな。絶対に言うなよ」 「わ、分かりましたって」 俺の口を封じてもここは学園の子が大量に来ると思うんだが。 「じゃあ1回やらせてもらいますね」 「ああ」 「ちなみにこの輪は狙った的には飛ばないよう重心をずらしている。必ず右にそれるから気をつけろ」 言うなよ。店の人が。 えっと、1段目がアイドルとかのブロマイドで、2段目がおもちゃ。3段目が番号カード。シークレット商品になってる。 「どれが狙い目とかあります?」 「3段目の景品以外は全部300円より安い」 ひどいなオイ。 「シークレットの中身はお菓子詰め合わせだったり、ゲームソフトが主となっている」 「ちなみに一番あたりのゲームは4番に入っているママガミのエビコレパックだ」 「この嫌がらせに近い大きさのパッケを持って祭りをうろつく覚悟があるなら取るといい」 「シークレットの中身を言っちゃっていいんすか」 「あと配列的に、一番取りにくいのは当然端っこにあるシークレットの1番と9番なわけだが。1番はねらい目だぞ」 「なんです?」 「ドがつくほどいやらしいものが入ってる」 「いりませんよ」 「ドがつくんだぞ。ただいやらしいんじゃない。ドいやらしいんだぞ」 「……」 「い、いりません」 「9番は何なんですか?」 「9番か。9番は……」 「……」 「……」 「分かりました。狙いません」 どうせ俺の不器用さじゃ入るかさえ微妙だ。適当に放って終わりにしよう。 せーの、 「よっ!」 ――くるくるくるくる。 「ずいぶんな回転球だな」 適当になげすぎたか。 「あ、本当に重心が傾いてる」 くるくる回るわっかは右にまがり、 さらに曲がり、 180度曲がって戻ってきた。 ――すぽっ。 「あ……」 先生の首にはまる。 「……」 「大当たり〜」 「もらえるの!?」 「おめでとう。この店で一番高価で一番いやらしいものをゲットだ」 「いりませんて。返品します」 「返品!?貴様、その言葉が私くらいの年齢の女をどれだけ傷つけるか」 「無理やり渡されたんじゃないですか」 「私のどこに不満があるんだ」 「えっと、年の差とか」 「……私が年寄りだと言いたいのか」 やばい。 「見損なったぞヒロポン。お前も所詮30過ぎの女がヒロインに入ろうとするとババア無理すんなとか言っちゃう輩だったんだな」 「こっちへ来い。無理をしたババアがどれほどの精子吸引機か思い知らせてやる」 「ひええ」 慌てて逃げた。 こういうときは一箇所にいたほうが散財しなくていいかもしれない。 海の家へむかった。 縁日とかでよくある、座って食事をとる休憩所。ようするに呑み屋になってる。 中に入ると焼き鳥のいい匂いが出迎えた。 お客はだいたいがビール目当てのおっさんで、 「ていうわけで教師も大変なのよ」 おっさん以外もビール目当てが多そうだ。 若い女の人が数人で飲んでて、なかに姉ちゃんが見えた。 大学時代の友達と遊ぶって言ってたっけ。 「たまには息抜きしないとやってられないわ。すいませーん、ビールおかわり」 「冴子よく飲むねぇ」 「それだけストレスのたまる仕事なの。あ、缶じゃなくて瓶のほうお願いします」 俺がいないからかペースが早い。 マズいな。乱れないだろうか。 猫かぶりモードだから大丈夫とは思うけど。 「とくに弟が私を追ってうちの学園に来ちゃってさ。そっちの面倒も見なきゃいけないから」 「……」 俺は姉ちゃんに勧められて稲村受けたんですけど。 「手間のかかる子なのよ。私がいないとなーんにも出来ないって感じ」 その言葉。そっくりお返しする。 「それに甘えんぼで、構ってあげないとすぐ拗ねるし」 なに?姉ちゃんは鏡の世界で生活してるの? 「はーああ。弟がシスコンだと苦労するわ」 (ピキピキ) 「そんなこと言って。可愛くてしょうがないくせに」 「う……」 ん? 「大学のころから何するにも大君大君ってさ。ブラコンなのはとっくに気付いてますよ、お姉様」 「合コンのお誘いとか、週末は弟と過ごすからって9割以上断ってたわよね。冴子が来れば毎回入れ食いって大人気だったのに」 「……うっさいな」 「大君が受験の時期なんか、講師採用の打診されてた塾のバイト辞めて家庭教師したり。受ける学園用に参考書買い占めたり」 「……」 「それから……」 盗み聞きが失礼な気がして店を出た。 姉ちゃんが、ねえ。 ふーん。 結構嬉しかった。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「どうしたんすか愛さん。軍団全員祭りに参加しろだなんて」 「特に理由はない。適当に散らばって楽しんでりゃいいから」 「ただしすぐに連絡が取れるようにしとけ。あと集合かけたらすぐ集合するように」 「はい」 「もともと遊ぶつもりではいましたんで、携帯だけ空けときますわ」 「じゃあな。くれぐれもお前らが面倒を起こさないように」 (こういうときだけ利用して悪いが……最低限の対策はとっておかないと) 「???」 「はぐはぐずるずる」 「ただいま母さん……もう食べてるの?」 「愛も食べなさい。絶品よこれ、しらすヤキソバ」 「やっぱあるんだシラスシリーズ」 「……」 「父さん、来れなくて残念だったね」 「お仕事だもの、仕方ないわ」 「……」 「それに残念なのはきっと誠君のほうよ。娘ががんばって準備してくれたのに、来られなかったんだから」 「ふふ。後半からは、お母さんたちのためだけにがんばってたんじゃなさそうだけど」 「う……」 「……」 「思い出すわ。誠君にプロポーズされたときのこと」 「初めて会ったときじゃないの?」 「……あっちは思い出したくない。当時は長野静岡埼玉千葉連から狙われてて、ごちゃごちゃした中での出会いだった」 「ああ、その武勇伝は前に聞いた」 「でもプロポーズはロマンティックだったのよ」 「そこ、バンド演奏のための舞台があるでしょう」 「あそこをジャックして、マイクボリューム最大にして結婚してくださいって叫んだの」 「そしたら誠君、警備員の制止も振り切ってアタシを抱きしめにきてくれたのよ」 「……そっちも武勇伝かよ」 「舞台のブレーカーが落ちて、照明が全部消えて」 「真っ暗な海と星空に、流れ星がひと筋だけ見えてね」 「いまでも忘れられないわ」 「……」 「ジャックしてみたら?」 「し、しないよそんなこと」 「ふふっ、まあそれは冗談として。今夜も流れ星が見えそうないい天気ね」 「気になる子がいるなら、2人で回ってみたら?」 「でも母さんは」 「親に遠慮しないの」 「あっちでヤキソバ食べ放題やってるそうだから、お母さんのことは気にしないで」 「……」 「行ってらっしゃい」 「うんっ」 「すっかり可愛くなっちゃって」 「アタシの娘だから当たり前か」 「すいませーん。食べ放題参加しまーす」 「ふぅ」 祭りの喧騒から一度脱出する。 下のほうはまだ賑わってる。そろそろ舞台で市長か誰かが海開きの宣言をするころだろう。 舞台か。 行ってみようかな。 「……」 「大の番号は……」 「あれ、……『電波が混雑しています』。この人ごみじゃ無理か」 「まあ呼ぶには早すぎるしな。もうちょっと経ってから」 「おっ、愛ちゃんじゃないの」 「ああ、ども」 「ガハハ、今日はあのアンちゃんは一緒じゃないのかい」 「う……うっせーな」 「ガッハッハ、怒るな怒るな」 「そうだ、これをあげよう」 「なにこれ。……ビンゴ?」 「いまそこの舞台んとこでやってるんだ。豪華商品もでるぜ」 「まあ当たるかは分かんねーけどな。ガハハ」 「サンキュ」 「……ビンゴねぇ。ま、暇つぶしくらいはなるか」 「舞台のところ……」 「舞台……」 「舞台……」 「舞台…………」 ・・・・・ ――ドンッ! 「おわっ」 「いってーな、邪魔だコラ」 「すいません」 「って、あ……」 「あん?」 「テメェ……江乃死魔のスパイ野郎か!」 へ? あそうだ、月曜日のウソ、まだ解いてない。 「いや俺は……」 「やっぱり尖兵が来てやがった……。集まってる江乃死魔のやつら、ここへ来るんだな」 「――」 なに? 江乃死魔……。 片瀬さんの軍団が集まってる? 「よぉーし集合」 「ここを抜けると会場からもこっちの姿が見える。警戒されるだろうから、移動は迅速にな」 「ねーねーれんにゃぁ、ほんとにいいの?お祭りブッ壊しちゃって」 「いーんだよ。あんなもん伝統にかこつけたカスどもの小遣い稼ぎなんだから」 「もともと遊泳の除幕式みてーなもんなんだ。私ら江乃死魔にとって最大の敵を打ち倒す、その除幕式にさせてもらうだけさ」 「行くぞお前ら!」 「「「 応 !!」」」 「どういうこと!?」 思わず彼女の肩をつかむ。 「どういうも何も、武装した江乃死魔の兵隊200人以上がこっちに向かってるのをうちのが見たんだよ」 クソッ。 どうなってるんだ。片瀬さん、襲うのはやめるって言ってたじゃないか。 いや理由はいまどうでもいい。 重要なのは、 「辻堂さんはそのこと知ってるの?」 「だからいま教えるために探してんだ。携帯は使えねーし」 「つーか放せやコラァ! 何様だテメェ!」 まだ知らないんだ。 良かった。彼女はまだ3会を楽しめてる。 でもどうする?ここに向かってるっていう200人はどうすればいい。 やっぱ警察? いやダメだ。電話1本で来てくれる人数じゃ200人は止まらない。応援を呼ぶ前に祭りが無茶苦茶にされる。 辻堂さんの作戦じゃ軍団の人に足止めしてもらう予定だったけど、その場合辻堂さんにも騒ぎが伝わってしまう。 辻堂さんには3会を楽しんで欲しい。今日だけは平和に過ごして欲しい。 なら……。 「……」 「辻堂さんには報せないでくれ」 「ハァ?」 「バカかテメェ、なんで江乃死魔のスパイの言うこと聞かなきゃいけねーんだ」 ああもう……! 「俺はスパイなんかじゃない」 「長谷大。辻堂さんの……友達なんだ」 彼氏という表現は避ける。 「誰が信用すんだよそんなこと」 「信じてくれ。本当だ」 「……」 いぶかしそうに眉をひそめる彼女。 こんなところで時間食ってられない。 「じゃあひとつ条件がある。もしも俺にそれが出来たら、俺を信じて辻堂さんには黙っててくれ」 「あ?」 「江乃死魔は俺が止める」 しかない。辻堂さんの今日を守るには。 「あの人たちをこの会場には来させない。絶対に」 「それが出来たら、つまり今こっちに向かってる人たちがこの会場に近づかない限り、彼女には報せないでくれ」 「お願いだ」 「……」 「バカじゃねーの?」 「テメェの言うことを信じるとして、テメェ1人でどうやって200人を止めるんだよ」 「それはその場で考える」 「君らに取っては悪い話じゃないだろ。どっちにしろ向こうから来るのを待つだけなんだ」 「悪くて失うのは俺1人」 「ン……そう、だけど」 納得してくれた顔。 「じゃあ俺行くから、頼むよ!」 話してる時間はない。背を向けた。 「……チッ」 「クソッたれ。分かったよ」 「オレだって祭りを楽しんでる愛さんにはこんなこと報せたくねぇ」 「ありがとう」 よかった。彼女も辻堂さんが好きみたいだ。 通りにあがると、さすがに目立つ。道の向こうに200人以上の人だかりが見えた。 あとはあの人たちを止めるだけ。 ……それをどうやるかが問題なのだが。 「北からまわりこんだリョウたちの到着まであと10分」 「最終確認。存分に暴れていいけど、なるべく参加者には怪我させないこと。あとが面倒になるからね」 「屋台では、赤いのぼりが出てるやつだけは壊していいわ。その他は避けなさい」 「それから――辻堂は何してる?」 「辻堂軍団が大量に祭りに参加しているようです。おそらく本人も来ているかと」 「だとさ」 「ご苦労さん」 「さてと、あと8分……」 「……クク」 「なんだよ」 「いや。いま市長が挨拶してる」 「あの市長も――最有力後援者の娘が祭りを壊しに来るとは、夢にも思ってないだろうなーって」 「――……オイ」 「気にさわったか?」 「チッ……」 「ン……恋奈様、誰かこっちに来るぜ」 「警察?」 「いや」 「なら気にしないでいい。どうせあと7分で――」 「でもあれ」 「あ、長谷大」 「「なに?」」 ぜーっ、ぜーっ。 集結した200を超える大隊にたどり着く。 「ワケ分かんないタイミングで出てくるわね」 「ずいぶんな騒ぎですね」 「そういやこの人数でのお目見えは初だっけ?」 「はじめまして。片瀬恋奈率いる江乃死魔213名よ」 「これからアンタの大事な3会にお邪魔するわ。北に出した別働隊89名と一緒にね」 「……」 計300人以上……。 「どういうことです。3会は放っておくって言ったのに」 「っ! マキさんまで」 「なはは。わりーなダイ。事情が変わってさ」 「やっぱ3会、潰すことにしたわ」 ゲラゲラと200人が笑う。 最悪か。 「感謝するわ長谷大。アンタの作ってくれた縁ってやつが、今日とうとう私ら三大天を引き合わせてくれる」 「若干、辻堂には分の悪い形になったけど」 「……」 「礼代わりだ。アンタを傷つける気はないから、行きなさい」 「……」 「……」 「帰ってください」 「あ?」 「お願いします」 深々と頭をさげる。 「……」 「今日はかんべんしてください。辻堂さんにとって。俺たちにとって大切な日なんです」 「お願いです。帰ってください」 「……」 「……」 またゲラゲラと嘲りの笑い。 そして片瀬さんやマキさんの、冷ややかな視線が突き刺さる。 それでも俺は頭を下げ続けた。 辻堂さんのためなら、笑われるのくらいなんでもない。 「……はぁ」 「ダイ。お前なんにも分かってねーな」 「……?」 「こっちはもう兵隊動かしてるのよ。お願いしますで引けると思ってんのか」 「そこを曲げてお願いしたいんです」 「お願いします」 「お願いしま――」 ――ドグッッ! 「ぉごっ」 鳩尾に派手な一発が入る。 俺はたまらずその場にうずくまった。 「しつけーんだよボケが」 「その1発でカンベンしてやるから、さっさと失せろ」 「あーあ。でしゃばるから痛い思いすんだぞ」 「帰れよ。お前にゃ怪我して欲しくない」 「あぐ……、ぅ」 辻堂さんとのケンカじゃ歯が立たなかったけど、この子もやっぱりヤンキーのトップ。パンチ力はかなりのものだった。 「お願い……ですから」 「しつけーな!」 「メンドクセーっすよ恋奈様。生ぬるいこと言ってないでリンチかけましょうよ」 「このあとはお祭りなんだ、景気付けにそいつブッ殺しましょうよ」 「っ……」 外野が騒ぐ。 景気付けのリンチ、か。俺がやられて3会つぶしが盛り上がるんじゃ本末転倒なのに。 「ハン……リンチは嫌いだけど。こういうカッコつけた雑魚のほうが嫌いだわ」 「ちっと痛めつけてやるか」 ――グリ……! 「いぎっ」 ――グリリリリ……! 「いデデデデデデデ!!」 わざわざ痛む腹を狙って踏んづけてくる。 「忘れてたけど、アンタも結構面白い立ち位置よね」 「辻堂のカレシを調教……悪くない」 「ぐ……っ、ぅぐ……ッ!」 痛い痛い痛い……! 内臓がねじ切れる。 「さっすが恋奈様。痛めつけにかけては辻堂や腰越にも負けてない」 「ケンカはともかく無抵抗な奴をネチネチ泣かせるのは大の得意だっての」 「恋奈様は日本一の陰湿サドだわ」 「よっ! 陰湿サド!」 「陰湿言うなボケェ!」 「まあサドを否定はしないけどね。ほらほら、ヘソって踏まれると死ぬほど痛いでしょ」 「ぐぁぁあああッ!」 痛い! 本当に痛めつけに慣れてるらしい。着実に痛い箇所を攻めてくる。 「痛いわよね長谷? やめて欲しいわよね」 「っ、っ」 カクカクと首を縦にふる。 「こう言ったらやめてあげる」 「やめてくださいお願いします。3会のことなんてどうでもいいから助けてください。って」 「ッ……」 言えるかそんなこと。 「そうね。いきなりは言えないわよね。でも」 「あと1分もったら褒めてあげるわ」(グリリリ) 「ンぐぁあああ……ッ!」 今度は横腹。 ゆっくり、緩慢に来る痛みは、たこ殴りにされるよりよっぽどキツいかもしれない。 「オラオラ、言っとくけどまだまだ痛くなんぞ」 「ぐっ、く……」 「降参して言いなさい。3会はいいから助けてって」 「――イヤ……だっ!」 腹筋に力をこめて耐えた。 がんばれ俺。耐えるんだ。姉ちゃんの生理二日目にはもっとひどい絡み方されてるだろ。 「チッ、しつこい」 「おーい、だいじょぶ?」 「んがっ、ぐ……っ」 「ああ、こりゃ大丈夫じゃねーな」 屋台で食ったものが逆流しそうです。 「意地張ってねーで言うとおりにしとけ。痛い思いするだけバカだって」 「……」 「イヤです」 ここでこうしてる間は誰も3会には行こうとしない。 ならこのまま3会が終わるまで踏まれ続けてもいい。 なんとしても止めてみせる。 「……チッ、そろそろリョウが到着しちゃう」 「相手してる時間ねーわ。そこどきなさい」 「ゲホッ……ダメです。行かないでください……こほっ」 やっとどいてくれた。俺はもう息も絶え絶えで、声が出にくい。 でもとにかく、彼女に食い下がった。 「しつこいっつってんだろうが」 「私はな。アンタみたいな偽善的なやつが一番嫌いなのよ」 「あとは私たちが片付けましょうか」 「へへへ……あの辻堂と付き合ってるって?あいつに折られた歯の分、お返しさせてもらおうかな」 周りで待ってた人たちが動き出してしまう。 マズい。リーダーの片瀬さんを逃がしちゃダメだ。 「待って、片瀬さん」 なんとか彼女に手を伸ばす俺――けど。 「恋奈の言うとおり、ちょっとしつけーわお前」 「んが……っ!」 今度はこっちか。胸倉をつかまれた。 整いかけた息がまたできなくなる。 「ちょっとは聞き分けようぜダイ。私はお前にケガして欲しくねーんだよ」 「うく……ゥ」 「ヤンキーの世界に関わるには、それなりの覚悟ってやつが必要だ」 「恋奈じゃねーけど……」 「覚悟もなく口出してくる奴は、私も嫌いだぜ」 「ッ……」 震えが来た。 片瀬さんの迫力――『脅し』とは異質の、むき出しの殺気がぶつけられる。 「前に言ったよな。1人味方を作れば3人の敵ができる。それがこの世界」 「テメェが辻堂のために動くなら、私もマジで敵になるぜ?」 「その覚悟があんのかテメェに!」 「……」 「……」 「……」 「……俺……は」 俺は、 「俺は、マキさんの敵になりたくない。片瀬さんとも出来るなら仲良くしたい」 「……ハン」 「だったら」 「でも」 「覚悟ならある」 「「っ?」」 「辻堂さんの大切なものを守る」 「好きな子の笑顔を守る覚悟はある!」 「暴力は推奨しない。なんなら俺に向けてくれ」 「だがもう一度言う」 「3会には手を出すな!」 「……」 「……」 マキさんに胸倉つかまれたまま啖呵をきる俺に、200人がどよめく。 前に辻堂さんに言われたな。博愛バカって。 そんな上等なモンじゃない。俺に博愛精神なんてない。 ただ辻堂さんが好きなだけだ。 「ン……と」 「……ハッ」 「俺はいいけど大切な人には手を出すな〜、ってか?中2クセェ野郎だぜ、カッコつけやがって」 鉄バットを持った奴が近づいてくる。最初はこいつか。 「いいぜ中2野郎。お望みどおりブッ殺してやる。ただし――」 手にしたバットが振り上げられ――。 「――そのあと3会も潰すけどな!!!」 ――ブォンッッ! 「ッ――」 ――ドゴォッッッッッ!! 「……」 あれ? 「中2程度のカッコもつけないでヤンキーぶってんじゃねぇよ」 え? 「ちょ――」 「OK、気が変わった」 「作戦変更だ恋奈。3会に行くのはやめて、こいつさらっちまおう」 「はぁ!?」 「3会を壊したい理由もねーし。私はダイに乗る。アジト借りるぞ。拉致ろう」 「ただしダイの言うことは通す。3会には手ぇだすな」 「ちょっ、何言ってんのよ!そんな雑魚の言うこと聞けって!?」 「うん」 「ふざけんな! この江乃死魔200人がたった1人のために芋引けってのかよ!」 「アンタが行く気ないなら私らだけで……」 「あー、なるほど。面子が立たねーか」 「じゃあ私のために引け」 「な――」 「私はこいつに乗った。だから私が『お願い』する」 「退け」 「でなきゃ皆殺しだ」 「っ……このクソ」 「裏切る気かい皆殺し。ふざけてっと、テメェから血祭りにあげてやるっての」 「裏切る?バカか、私が味方するのはいつも私だけ」 「あと私が気に入ったやつだけだ」 「ぐふ……マキさん、息が……」 「あ悪い」 つかまれたままだった胸倉を放してもらう。げほっ、げほっ。 「オッケー昨日は不完全燃焼だったんだ。辻堂の前にテメーからヤッてやるっての!」 「昨日半泣きにされたのもう忘れたのか一年坊」 「ウルェェエエエ!」 「やめろ」 「止めるなっての恋奈様」 「辻堂落としの前なんだ。無駄な体力を使うな」 「……チッ」 「長谷が手に入るなら結果は同じ――抑えろ私」 「作戦変更!全員撤収よ、アジトに辻堂をおびき寄せる!」 「そんな」 「ここまで来て」 「うっさい! 私の命令は絶対よ」 「各員警察を刺激しないように撤収。リョウたちのチームにも連絡入れときなさい」 「……了解です」 「だとさ。よかったなダイ」 「え、ええ」 よく分からないんだが、マキさんの気まぐれで最大のピンチは切り抜けられたらしい。 とはいえ、俺自身のピンチは深まった感じだが。 「恋奈様ぁ、いいのかいこんなの」 「抑えなさい。いま腰越が暴れ出したらマズい」 「今日の目的は、辻堂と腰越を私らの前で闘わせること。逃げ場のない状況で」 「厄介な2人を同時に落とす。それだけ考えるのよ。アジトなら逃げ場はないし、こっちも300の兵隊がフルに使える。確実性は高い」 「でもムカつくっての」 「だから抑えろ」 「最後に笑うのは私よ」 ・・・・・ 「〜、そろそろ祭りも終わりなのに何も来ねぇ」 「どうなってんだ。あのスパイ野郎、マジで江乃死魔を止めたのか?」 「〜♪」 「あれ。ようクミ」 「ッ! あ、愛さん」 「どうかしたか?」 「いえ……。愛さんこそどうしました? 機嫌よさそうですけど」 「ビンゴ大会出てたら、6番で当たっちまった。なかなかいい商品もらえてさ」 「そ、そうすか」 (そろそろ祭り終わっちゃう……。大と合流できないかな) 「……」(そわそわ) 「?なんだ、様子が変だぞ」 「い、いえ。えっと」 「……」 「あの、お聞きしたいんですけど」 「長谷大、ってご存知ですか?」 「は? なんでお前があいつのこと」 「さっきそこで会ったんです。それでですね、あいつ自分が愛さんのダチだって……」 「っと、クミ待った。メール来た」 「えっと? ……あ」 (大からだ) 「なになに――」 「――」 「……愛さん?」 「……」 「……」 「クミ」 「はいっ」 「さっき大に会って……なんだって?」 「えぅ、いや、あの」 「アタシに隠し事するわけじゃねーよな」 「そっ、そんなまさか」 「実はさっき江乃死魔の奴らが外に集結してまして。ンであいつが1人で向かってったんです」 「だ、黙ってたわけじゃないっすよ、ただあいつがどうしても愛さんには言うなって……」 「ひぃぃいいい」 「……クソッたれ」 ・・・・・ 『お前の大事な男は預かった。返して欲しけりゃ1人で弁天橋に来い』 「写真もつけて、送信、っと」 「まさか本当に1人では来ないだろうけど、ちょっとでも軍団を分散できれば御の字だわ」 「あの、だから3会が終わるまで待ってって」 「ウルさい! これ以上私に命令すんな!」 怒鳴られた。 祭りはあと20分くらいで終わるし。俺にしては上出来な時間稼ぎだったかな。 あとはいかにしてこの窮地を脱するかだが。 「ねーねーれんにゃ、こいつもっと縛っていい?」 「写真は送ったからどーでもいいわ。好きになさい」 「おっしゃー!ようやくあたしの鎖を活かせる日が来たシ」 「痛い痛い。縛るならもっと優しく」 「捕虜さんのクセに注文が多いっすねぇ」 鎖でぐるぐるに縛られてしまった。 殴られないだけマシにしても、身動きが取れない。 「しっかしお前さん、全然ビビッてないね」 「ビビッてますよ。顔に出ないタイプなだけです」 「そうかい? そのわりにゃ」 「ハッハーどーだ。こんだけぐるぐるなら動けないシ」 「うんうん。よく出来ました」(なでなで) 「おわっ、腕は動くのか……撫でるにゃぁ」 「ちっとも緊張してないっての」 「肝が据わってるというか。辻堂センパイの彼氏さんだけあるっす」 「にしても弁天橋の下にアジトがあったとは」 昨日逃げるときに通ったところだった。 「あくまで集会場の1つよ。広くて使いやすいからよく使うけど」 「そして周囲は視界が開けてるうえ人が隠れやすい。辻堂は何も知らず、300人が待つ罠の中に飛び込んでくるってわけ」 「……」 そこが問題だ。どうにかしないと。 なんとか俺だけで脱出して、彼女が来ないようにする。これが最善。 海だろうか? 江ノ島まで泳ぎきればなんとか……。 「海から逃げよう、なんて考えないことね」 バレた。 「この辺りは橋が邪魔して潮の流れが速い。よっぽど慣れてなきゃ溺れるだけよ」 やっぱ頭のいい子だ。悟られてしまった。 「そんなに速くないよ?」 「なっはっは、恋奈様は足のつかないとこなら潮の流れ関係なく溺れるっての」 「カナヅチなの?」 「やかましい!」 「まあまあ。泳げない子って結構ザラにいるよ」 「慰めんなコラァ!」 「このヤロー……アンタ前々から思ってたけど、完全に私のことナメてるわね」 「そんなことは」 「辻堂のせいで麻痺してるみたいだけど、いま自分が誰と話してるか分かってんのか? ア?」 「テメェはいま、この湘南最大のチームである江乃死魔に拉致られてんだぞ」 「そしてこの私は、その江乃死魔の頭にして三大天最強、片瀬恋奈様なんだ!分かってんのかコラァ!」 「ハナさん、鎖ゆるめてくれない? 背中が痒い」 「誰が緩めるかだシ」 「でも背中ならかいてやるシ。ここ?」 「あ〜、そこそこ」 「話を聞けーーーーー!」 「聞いてますって。すごい人なんですよね」 「はーっ、はーっ。調子狂うわね」 「分かってんならちったぁ怖がれ!今後は私の名を聞くたびに恐れおののいてだな」 「すいません。水かなにかあります?」 さっ 「どうも。……あ、手が使えない」 「飲ませる。口をあけろ」 「どうも」 「何でも言ってね」 「へ?」 そそくさ 「もうヤダ! こいつ嫌い!」 怒らせてしまった。 「なに怒ってんだ? ……もくもく」 「あっ、ハンバーガーいいな」 「そこにいっぱい置いてあった」 「勝手に食うな! 辻堂落としの祝勝会用だよ!」 「ダイ、食う?」 「いえ、縁日まわってお腹いっぱいなので」 「んなこと言わず一口だけ。美味いぞ照り焼き」 「じゃあ一口……」 手は動かないので食べさせてもらう。 もぐ。 口の中を切ってるからヒリヒリした。 「美味いだろ」 「はい」 「……あ、ほっぺ、マヨネーズついたぞ」 ぺろっ 「うわっ!」 口にかなり近いところを舐められた。 「おお〜」 「ラブラブっすね」 (ドキドキ) 「な、なにするんですか」 「いいじゃん」 どうしたんだろう。さっきから妙にマキさんがベタベタしてくる。 「いいのかい辻堂の彼氏。これ浮気だっての」 「そんな。俺は縛られてるだけで」 「なんだぁ〜? 私じゃ不満だってのか?」 ヒザのうえに乗られた。 ほんとどうしたんだろう一体。 (ガン無視……この私をガン無視) 「長谷も、テメェらも、いい加減に……」 「そうそう。聞きたかったんだけど。お前さん辻堂とはどこまでイッてるんだい?」 「あっ、それ自分も聞きたいっす」 「あの辻堂が彼氏相手じゃどんな感じなのか、興味あるシ」 「えー、そんなこと言われても」 「なにガールズトーク始めてんだよ!」 「そうだな……」 ワクワク ワクワク (……心が折れそう) といっても大したことはしてない。日曜日から始まった仲だし。友達としての付き合いさえ金曜日からだ。 昨日江ノ島で遊んだのは知られてるから……そうだ。 「駅弁……ですかね」 月曜日、一緒に駅弁食べた。 「駅弁!?」 「そ、そんなハードな!?」 みんな驚いてる。 ハードってなんだ? (ヒロ君……大人になって) 「エキベンってなに?」 「んーと、こう、男が女を抱っこしてヤる体位だっての」 「そういやエロ本で見たっけ。上級者向けっていう」 「……俺っちの夢の1つだっての」 「ティアラの身長じゃ無理だシ」 「う、うるせぇ!いずれ俺っちより背の高い彼氏作るっての」 「あのぅ……興味あるんすけど。やっぱ上手いんスか?」 「ええ。美味かったですよ」 「うわー、うわうわうわー」 「すっげぇ。ぶっちゃけ舎弟の1人と思ってたけど、ラブんラブんなのな」 「ま、まあラブラブと言われると照れますが」 「でも気持ちよかったな。いい天気だったし、屋上は風も爽やかで」 「外ーーーーーー!?」 「ややややばいぜ恋奈様!こいつ大人しい面してとんだ淫獣だっての!」 (もう可愛かったヒロ君は戻らないのね) (駅で買った弁当を屋上で食べただけでしょ?みんななんで慌ててるの?) 「はー、すげー」 「辻堂のやつ、硬派に見えてヤることヤッてたんだな」 「硬派だとは思うけど、可愛い人なんですよ」 だからケンカなんてしないで欲しい。 「……」 「なんっかムカつく」 「?」 「なんでだろ。なんか……」 「……」 「このヤロー。私にもサービスしろ」 「さ、サービスって何すか」 「なんかだよ。さっきだって助けてやっただろ」 「ン……まあ」 確かに江乃死魔の人が引いてくれたのは、マキさんが言ったからだと思う。 そこは感謝したい。 ……でも、 「そもそもマキさん、3会には手を出さないって言ってたのに、約束やぶったもんな」 「うっせーな。そういう気分だったんだよ」 「つーん」 「怒るなよ〜」 「あはは、冗談ですって」 「なっ」 「からかうなテメェ」 拳でウリウリされる。 「あ、あの腰越をおちょくってるっての」 「さすが辻堂センパイを駅弁でヤッた男……」 「まー1回言ったことを破ったのは謝る」 「おわびにこのフィ○オフィッシュもくれてやんよ」 「どんだけ食ってんだテメェ!」 「はいダイ。あーん」 「は、はぁ……うわっと」 膝に乗っかられた。 ――ふにゅぅん。 「うわっつ、あ、あの、マキさん」 密着しすぎ。胸が……。 「あん?」 「あ……そっか、お前コレ好きなんだっけ」 男はみんな好きだろう。 「ほれほれ。どうよこのサイズ。辻堂よりはデカい自信あるぜ」 ふにゅふにゅ。 「ま、待って」 よくあたる姉ちゃんのより圧迫が強烈だった。 姉ちゃんもかなりある方なのに……さらに2まわりは大きい。 「あっ、あっ」 「なはは。おもしれ」 「うわー、デレデレしまくりだっての」 「辻堂センパイをヒィヒィ言わせる男でもおっぱいにゃ弱いんすね」 「フフフ。自信が湧いてきたっす。自分も大きさや形は自信あるっすからね」 「なーんかムカつくシ」 「……」 「れんにゃ? そう落ち込むなシ」 「巨乳は武器になるみたいだけど、貧乳はステータスって言うっての」 「落ち込んでんじゃねーよ!」 「あまりにも緊張感のないそのアホ捕虜と、あとテメェらに呆れてたんだ!お前らなに捕虜相手にハーレム作ってんだよ!」 「あ、す、すんません」 「リョウなんてずっと絶句してたぞ!」 (ヒロ君が駅弁……あの小さかったヒロ君が……) 「はぁ……」 「一番ナメてるのはアンタよ……長谷大。捕虜の分際で楽しみやがって」 「すいません。でも楽しんでるのは俺の意思じゃなく」 「今度は顔挟んでみよっか。パフパフってやつ」 「むぷぷぷ」 「腰越も! いい加減にしろ!」 「うっせーな」 「そっちこそ緊張感がねーんじゃねーか?」 「は?」 「すぐそこまで来てるぜ」 「あいつの殺気がよ」 「え……」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ――ズンッ。 「……」 「……」 「……」 ――ズンッ。 「……」 「……」 「……へへ」 「恋奈ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」 「ひっ!?」 「いい殺気だ」 「フー……ッ、フー……ッ」 「出て来い恋奈ァァァアアアアアアアアッッッ!!!」 「うおお、地面が揺れるっての」 「……ま、真上に来てるっす」 「ぶくぶくぶく」(←失神) 「見張り! なにしてた!」 『すっすすすすすっすすすすいません。きききき急なことでれれれ連絡できませんで』 「クソッ、どうなってる。敵の数は!?」 『1人です』 「は!?」 『ほんとに1人で来ました!』 「ちち、ちくしょー、動け。動けよオレの足」 「むむむ無理やクミはん。いまの愛はんについて行くやなんて」 「半径10メートルに入ったら敵味方関係なく失神させられます」 「ぶくぶく……」 「どこだ…………!」 「どこだ大ぃぃいいいいいいいーーーーーーー!!!」 つ、辻堂さん。俺まで怖いんだけど。 「こ……こ、腰越、約束どおり来たわよ」 「ん? んー……」 「いまパフパフ中だから、ちょっと待たしとけ」 「むぷぷぷ」 「はぁ!? くそ……」 「全員で囲め!300人で脅せば向こうだってちょっとはビビる」 『……あの、すいません恋奈様』 「あ?!」 『もういないです』 「は……?」 「あが……っ、がはっ」 (ぴくっ ぴくっ) 「グルルルルル……ッ」 「財布を置いて逃げたの94人。逃げる間もなく気を失ったの173人。立ち向かって体の形が変わったの29人」 「江乃死魔300人もう全滅してます!」 「自然災害かあいつは!」 「落ち着け……こっちにゃ人質がいる。腰越もいるんだ」 「行くぞお前ら!」 「逃げるんすね?!」 「決着つけんだよ!」 「おっしゃあ!皆殺しにとられる前に、俺っちがやっつけるっての!」 「俺の部下まで――許せん」 「ウウウウ……どこだ大……!」 「ひ……、ひ……」 「こっちだぜ辻堂ォ!」 「あ?」 「ティアラさん! リョウさん!」 「2対1だが……容赦はしない」 「江乃死魔最強の『七里の怪物』ティアラさんとかつて湘南最強と呼ばれた『総災天』のリョウさん」 「このタッグなら誰にも負けな――」 ごちゅっ。 「「かふっ」」 「あ……」 「大はどこだ……!」 「どうなって……げッ! ティアラとリョウまで!?」 「うわー」 橋の上は死屍累々だった。 立ってるのは1人だけ。 「フー……ッ、フー……ッ」 「っ大!」 「あ、あはは」 軽くビビってしまった。 「とんでもねー奴……」 「動くんじゃないわよ辻堂、動いたら彼氏がどうなるか分かるわよね」 手にした鎖をジャラと鳴らす片瀬さん。 「この状態で落ちたら、こいつは100%溺れるわよ」 俺をぐるぐる巻きにした鎖の端っこだ。 「……フン」 「じゃあ突き落とす前にテメェをシメればいいんだな」 「は?」 「そっちこそ動くなよ!」 「ひわっ!?」 超高速で接近した辻堂さんの拳が、マジで動く暇もなく片瀬さんの顔面へ――。 「ッ!」 「ぅわ……あぶね」 「チッ……なんかヘンだと思ったら、テメェが絡んでやがったのか」 「……はは、そうとも、今日の私はあくまでお膳立てよ」 「アンタら2人がぶつかるための」 「よぉ」 「……」 マキさんの登場で、辻堂さんの表情が強張る。 これまで不良何10人に絡まれても余裕だった彼女が、初めて『警戒』の顔を見せた。 「腰越……」 いや初めてじゃない。 あの日、屋上で、その名を出したときも同じく緊張していた。 彼女にとってただ1人。いくら警戒しても足りない天敵――。 「久しぶりだな辻堂」 向けられる殺気を、冷笑でかわすマキさん。 「そう怒るなよ」 「カレシ拉致られて焦るのは分かるけど、恋奈だって好意でしてくれたそうだぜ?」 「私らが決着つけられるように、ってな」 「……バカが」 「共倒れさせようって魂胆見え見えだろうが。利用されやがって」 「だろうな。まあいいじゃねーか、私らのことが片付くなら」 「……」 「三大天ってのは湘南最悪の時代らしいぜ。収拾がつかなくて、湘南に血の雨が降るくらい荒れるんだそうだ」 「まぁな……」 「今日で終わらせる。ってのも悪くない」 「チッ、私抜きで話進めやがって」 「まあいいさ。経過がどうあれ、ようは最後に立っている人間こそが最強」 「最後に立ってるのは私よ」 「……」 「……」 「……」 「…………」 「でも」 「あ?」 へ? 「さっきまでそのつもりだったけど……気が変わった」 「は?」 「決着とかどうでもよくなったわ。それよりものは相談なんだけどさあ辻堂」 「はい?」 俺の首根っこを掴むマキさん。 「こいつお前の彼氏なんだよな」 「あ? えと、一応」 「だよなー」 「こいつもらうわ」 「へ?」 「くれよ。決着とかもうどうでもいいから」 「な、なに言ってんだ……?」 「ハセヒロシ……だっけ?」 「気に入ったから、こいつは今日から」 「は?」 「は?」 「は――」 「私のもんだ」 「――んむっ!?」 「!!!!!???」 「うわ?! なにしてんだオイ!」 「ん〜〜♪」 「あむ……マキふぁ……んむっ」 強引に口を口でふさがれた。 柔らかくて気持ちよくて、ちょっと照り焼きの匂いがする唇。 くぁ……。 やわらか……ぁ。 「〜……」 「……」 「っふぅ……」 「はは、キスって初めてしたけどおもしれーな」 「……」 「あれ、なんか暑い」 自分でしといて戸惑ってる様子のマキさん。 「あのっ、あう、あぅ」 こっちは戸惑うどころじゃない。 な、なんで? 気にいられたっぽいしさっきからやたらとジャレてくると思ってたけど、これはもう……。 「はー、ヘンな感じがする」 「えっと……」 「そ、そうか、動揺を誘う作戦ね」 「……」 「……チッ、そんなに動揺してない」 「……」 「……」 (はっ!? 2秒くらい意識が) (悪い夢をみたような……) 「もっかいしよ」 「んむっ」 「――」(←失神) 「あれ、口のなか切れてるぞ。……ぺろっ、んちゅ、んぷんぷ……」 「ちょぁ、まき……ンふ」 し、舌をいれないで。 舌で押し返そうとする。 「んぱぅっ、ふっ、ぱっ」 「お?」 「あはっ、ダイの舌やわらかくて気持ちイイ」 「舐めっこしようぜ……んちゅ、るろ、れるれる」 「あぶっ、んちゅる、れろ……っふ」 「うわわわわ……そこまでしなくても」 「ぷはぁ」 やっと放してくれるマキさん。 「ダイ……」 とろんとした目で俺を見つめ、 「ちゅっ」 最後にまた軽くキスしてきた。 「――」 「――」 「――はっ! 心臓とまってた」 「ふ〜、やっぱもうケンカのテンションじゃねーわー」(すりすり) 「あの、ほんとカンベンして下さい……」 悪くなかったし気持ちいいけど……。 「……」 「………………こッ」 「腰越ェェエエエエッッッ!!」 「おっと、いいぜ、かかって来いよ」 「つっても喧嘩狼さんはクールだからこっちから行ってやらねーと……」 「あれ?」 「ッゴァッ!」 「ブッッッッッッッッッッッ殺すッッ!!!!!」 「ちょ、辻堂?おまえこんなメチャクチャに攻めるタイプだっけ」 「ぐるォらァァァァアアアアアアアアッッ!」 「ぐぁっ!」 「にゃろー……」 「ハァァァァァアアアアアアアアアア!!!」 「ふー、なんとかこの展開になった」 望んだ展開だとばかり胸を張る片瀬さん。 「俺としては最悪の状況なんですが」 2人が怪我しないかヒヤヒヤものだ。 止めたくても身体が動かないし、動いてもあんな目で追うのがやっとの攻防を止める自信はない。 「あの2人のことだから決着がつくまで止まらねーわよ」 「……か」 付き合いは浅いけど俺もそう思う。 「どうなっちゃうんだろ」 「さーね。これまで決着つけたことはないし」 「最後までやったらどっちが勝つ、とかありますか」 「……分からない」 「単純に身体能力で言ったら腰越でしょうね」 「あいつの性能はもう、人って言うか化け物に近い。パワー、スピード、タフネス。どれをとっても湘南の全不良をぶっちぎりで凌駕する」 「じゃあ辻堂さんが危ないんですか」 「――いえ」 「喧嘩大神にはまさにケンカの神がついてる」 「負ける姿は想像できない」 「ぐぁっつ……!くそっ、辻堂らしくねぇな、リズムがつかめない」 「ハーッ、ハーッ」 「殺す……!!」 「しょうがねぇ。ちょっと残酷なシーンになっちまうが」 「本気で行くぜ!」 「腰越もノッてきた……ここからだわ」 (そわそわ) 「はぁ、この状況を作るためにどれだけ苦労したか」 「雨の日も風の日も団員募集に勤しみ増やした私の江乃死魔」 「あるときは辻堂にケンカ売って返り討ちにあい。あるときは腰越から多すぎて目障りだとかで半数が病院送りにされ……」 「大変だったんすね」 「アンタに私の気持ちが分かるか!あんなバケモノ2人と同じ時代に当たっちゃった私の気持ちが!」 「こっちはマジメにヤンキーやってんのに、1人で10人も100人も返り討ちにしやがって」 「あんなやつらヤンキーじゃねーよ!龍の玉でも探してろ!」 ストレス溜まってるらしい。 「ハーッ、ハーッ」 「でもそれも今日までよ。やっと私の時代が来る」 「ふふっ、どっちが勝つにしろ満身創痍は必至。江乃死魔の完全勝利だわ」 「……あの」 「あん?」 「2人を戦わせて疲れさせ、そのあと勝ったほうを叩く。って作戦ですよね」 「ええ」 「なに? 卑怯とでも言いたいの?」 「いえ。ルール無用が不良ですから何も言いません。でも……」 「勝ったほう、片瀬さん1人で倒せるんで?」 「は?」 「……あ」 江乃死魔兵300人はすでに倒れてる。 「あともう1つ」 「ハァァアアアアアアアアッッ!」 「ダッッ!」 「く……っ!」 「ふぅ、ふぅ、逃げないと……」 ――ドガァーンッッ! 「ぎゃー!」 「リョウ、こいつ借りるぜ」 「うう……」 「ッッオラァッ!」 「がはっ!」 「うー、クラクラするっての」 「土台、動くんじゃねーぞ!」 「へっ? ぎゃあああ!」 「ずぁああああああ!」 「はっ! ちょっと寝てたシ!」 「おっしゃあ辻堂を討ち取ってれんにゃに褒めてもらうシ――」 「にゃあああああ〜〜〜ッ!」 「ふー、隠れてて正解だったっす」 「決着がつくまで江乃死魔残ってますかね」 「やばぁあああ!」 「ハァァァアアアアアア!!」 「オォォォォオオオオオオオオオオ!!」 「ちょっと待てストーーップ!暴れるならここじゃないところで――」 「片瀬さんダメ!」 「へ……っ?」 「「 破ッッッ!!! 」」 「ニャあああああああ〜〜〜〜〜ッッッ!」 またもすごい勢いでぶつかる2人に不用意に近づき、吹っ飛ばされる片瀬さん。 こっちに来る――ヤバい。 「ぬぁあああっ!」 受け止めようとする俺――。 ――どてっ。 縛られてるの忘れてた。転んでしまい。 ――ドシーンッッ! さらに片瀬さんの直撃を受ける。 うわ……、わ……。 バランスが崩れ……。 落ちた。 ――どぼーん! 「っ……」 あぐ……。 縛られたまま海に。 でも問題ない。実はさっき、 「ほ〜れ、パフパフ」 「もがもが」 「なにダイ、おっぱい嬉しくねーの?」 「嬉しくなくはないですけど」 「おっかしーな。男っておっぱいがあると自動的に揉みに来るって聞いたのに」 「あ、手が動かせないのか」 ――ブチッ! 「これでよし」 「さあ揉め」 「揉みませんて」 というわけで、鎖はマキさんに解いてもらったのだ。 なので……よっと。 ――ジャラッ。 外せた。 「ぷはっっ!」 はー、苦しかった。 ……ん? 一緒に落ちた片瀬さんは。 「がぁぼっ、あぶっ! あぶぅぅっ、おもっ、特攻服重いっ、てか私泳げな……」 「ぶくぶくぶく……」 「……」 「ヤバいヤバいヤバい!」 沈んでいく特攻服を追う。 キャッチ! 片瀬さんはもう意識がないのか、ぐったりしてる。 ……うぁ、水を吸った特攻服、マジで重い。 んがぁあ……! ・・・・・ 「そろそろ決着をつけようぜ……辻堂」 「フー…………っ」 「ハァァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!」 「来い――!」 「!?」 「オラァッッッ!」 「ぐぁうっっ!」 「あれ? ノーガード?」 「なんだよ急に」 「いぐ……痛つ……」 「……大は!? 大がいない!」 「へ?」 「く――!」 「ぷはぁっ!」 なんとか浮上できた。 「片瀬さん大丈夫だった?」 「……」 「片瀬さん――……あれ?」 微動だにしない片瀬さん。 「……」 息、してない? 「うそぉ!? ちょっ、片瀬さん!?」 パンパンパンパン! 頬を何度か張った。と、 「ボ……ゴボ……」 喉のほうから音が。 水を飲んで、つかえてるらしい。 えっと、こういうときは――。 ええい。 「大!!」 はむっ。 口に吸いつく。 「んぶ……」 「っ――」 「!!!??」 気道をひらかせて、 「――ッ!」 吸う。 「っ」 「ぅばあああっ」 「げぇっは! げほっ! ごほっ、ごふっ!」 「かはっ、かふ……っ」 「はぁ……ぁぐっ、はぐ……」 「大丈夫?」 「あう……あぅう」 呼吸が戻った。意識も戻ったようだ。 「なんだあいつら。落ちたのか?」 「   」 「はぁ、はぁ」 「し、死ぬ、死ぬかと……」 「わたし、およげ、なくて、それで」 「はいはい。もう大丈夫だからね」 興奮してる様子の彼女。頭をぽふぽふして落ち着かせてあげる。 マジで泳げないんだろう。必死にしがみついてくるので抱きしめた。 「はぁ……、はぁ……」 「はぁぁ……」 安心したのか、やがて身体から力が抜け……。 「……」 「……あぅ?」 「あああああぁあぁあ……、だめっ、だめっ」 「へ?」 けど両足がギューっと俺の腰に巻きついてきた。 ぶるぶる震えてて、 「……」 「うぁ……ああぁ」 腰のところが生温かくなっていく。 「あ……えっと」 生温かい水気は広がる一方。 これは……。 「ひぅ……ひ……」 「き、気にしないで。海水浴じゃ100人がしてることだし、トイレでしても最後は海に来るんだし……」 「うわぁああああああんっ」 泣いてしまった。 「おーい、ロープ投げるから取れー」 「あ、はーい」 浜辺からマキさんの投げたロープが近くに落ちる。 えーっと。 「ひぅ……、ひぅう……」 「……」 もうちょっと待とう。 ・・・・・ 「ありがとうございました」 「人が決闘してる横でダイビングとか、なに考えてんだお前ら」 「まったくです」 「大丈夫だったか?」 「はい」 「そっか。良かった」 「……」 なんでヘコんでんの? 「ううう……クソッたれ」 こっちは泣き止んだものの、今度は怒りがこみあげてきてるらしい片瀬さん。 「大丈夫です。誰にも言いませんから」 「死ねっ!」 「いてっ」 「命の恩人にその態度はねーだろ」 「うッさあああい!お前らコロす! いつか全員ブッコロす!」 「とくに長谷大! アンタだけは絶対に……」 「は、はい」 「う……」 「……〜」 「バカーッッッ!」 言いたいこと言って逃げてしまった。 えーっと。 「そうだ。2人とも、決闘は」 「……どうでもいいよもう」 「さ、さっきからテンション低くない?」 俺たちが溺れかけてから落ち込んでるような。 「低くねーようっせーな」 なぜ怒る。 「……」 「私ももうそういう気分じゃねーわ」 「じゃあ終わり、ってことで?」 「ああ」 「……負けた気分」 「へ?」 「なんでもない。帰る」 「ハンバーガーいっぱい運ばなきゃだし」 「また強奪するんですか」 「このままじゃゴミになんだろ。エコだよエコ」 「お前んちにもフツーに食いに行くからな。ちゃんと用意しとけよ、ダイ」 「はい」 行っちゃった。 よく分からない終わり方だけど、2人はケガしてないようで、良かったかも。 「……なんで腰越と仲良いの?」 「あはは」 辻堂さんは不機嫌そうだが。 ・・・・・ その後、放置された江乃死魔の人たちを手当てした。 といってもほとんど逃げてて、数人だけだけど。 アジトに寝かせてあげる。 「了解っすー、あとのことは任せてください」 「ありがとう」 「……君、ほんとにずっと隠れてたね」 「あはは、虎穴には入らない君子タイプなんで」 元気な人に任せて、俺たちは帰る。 はぁ……。 疲れた。 「……」 「半壊、ってとこか。少なくともこれで江乃死魔の勢いは死ぬ」 「やりにくくなるっすね」 「……」 辻堂さんがずっと浮かない顔だった。 「どうかしたの?」 「ン……いや。色々とモヤモヤしちゃって」 「……」 「そうだ。本当にケガはないんだよな」 「うん。縛られただけだから」 本当は片瀬さんに踏まれてまだお腹が痛いんだけど、これは黙っておく。 「そか、よかった」 「怪我してたら江乃死魔の奴ら皆殺しにしてた」 黙っててよかった。 「……」 「アタシのために連れてかれたんだって?」 「連れていかれたというか、ついていったというか」 「アタシのために」 「あはは、まあね」 「……ったく。心配させんなバカ」 「ゴメン。でも辻堂さんに3会楽しんで欲しくて」 「……バカ」 「お前がいなきゃ楽しくねーだろ」 なんとなく祭り会場に戻ったけど、当然祭りはもうおしまい。 雑にだが撤収作業も済んだあとで、誰もいなかった。 どうするかな。 もう遅いし、家に送るか。 思ってると、 「……」 「大、こっち」 「?」 祭り会場の奥へ連れて行かれる。 舞台があるとこだ。さすがにまだ片付けられず残ってる。 上にあがる辻堂さん。俺も続く。 「〜♪ 風が気持ちいい」 「サマーシーズン到来だな」 高いところにあるせいか、砂浜よりもっと海風を感じられた。 夏の始まりを感じる風を。 「……」 「どうかした?」 「いや、流れ星はさすがにねーなって」  ? 「でも照明がないから……海と空は綺麗だ」 「ン……」 「だね」 2人して空を見上げた。 真っ暗な海と真っ暗な空。 ちりばめられた星が俺たちを照らしてる。 「……」 「……」 「……大?」 「うん?」 あ……。 「……」 「……」 突然の辻堂さんの唇。 俺は不思議と、さほど驚きもなく受け止めていた。 そういえば……キスってこれが初めてだっけ。 「んふ……」 目を閉じる彼女に合わせて、俺も閉じる。 繋ぎあった唇。 何かが流れてくる気がする。 それはきっと彼女の気持ちみたいなもので。 でも気持ちよさでぽやっとしてしまい、読みとれなかった。 「っふ……」 「……」 「……」 「……」 しばらく……。 しばらく?結構長いあいだ、見つめ合う。 唇までくっつけなくても、視線を交わしてるだけで胸が温かくて、気持ちよかった。 彼女もそうなんだろう、目じりがとろんとして、 その顔が可愛いから、またキスする。 しばらくそのループ。 しばらく? ずーっと。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「約束は……今日までだよね」 「ああ」 3会は終わった。 当然ながら準備会はもうないし、 ……今日までと約束してた恋人の約束も、これでおしまいだ。 「わ、悪かったな。最後は結局こんなことになって」 「いや、辻堂さんのせいじゃないから」 「でも……危険な目にあわせて」 「……アタシの恋人なんてやらせたから、危険な目に」 何か引っかかったような辻堂さん。 でも聞き返すより先に、 「あのさ。最後にひとつ頼みたいんだけど」 「うん?」 「さっきそこでビンゴ大会があったんだよ」 「ああ、なんかやってたそうだね」 「当たっちゃった」 Vサイン。 「すごいじゃない。なにもらったの?」 「ン……えっと。遊園地の1日チケット」 「遊園地?」 「ペアで」 「あ……」 「その、色々してくれた礼っていうか、アテがねーから付き合って欲しいっていうか」 「いやっ、あの、もちろんイヤなら……。ほらアタシの側にいるとまた危ないかもだし」 「でも、あの」 「でも……」 「行こう」 「あ……」 「一緒に行きたい」 「連れてってくれる?」 「うんっ」 抱きついてくる彼女を受け止める。 これからどうなるのかな。 江乃死魔のこととか、問題は山積みだ。 俺の彼女に対する気持ち。 それと彼女の、俺に対する気持ちも。 ……ま、おいおい考えていこう。 海からの風が届き、眩く染めた彼女の髪をゆらす。 彼女の名前は辻堂愛さん。 湘南最強のヤンキー。 そして俺は、どこにでもいるごく普通な一般人。 本気で好きになっちゃったら……苦難の道になるだろうな。 でもまあしょうがないさ。 湘南の夏が平穏に過ぎることはないそうで、 湘南の夏は、これから始まるんだから。 美味しいコーヒーの淹れ方は、 まず美味しい豆を見つけること。 といっても日本に来る豆ならそうそうマズいのはない。よっぽどな安物でなきゃ問題なし。 個人的に台湾から来る豆が珍しくてマイブームだ。値段と味のつりあいも取れてる。 次に良い焙煎士を見つけること。 これはもう運としか言いようがない。うちみたく近くに良いコーヒー屋があるのは幸運だと思う。 そして淹れ方。ここが唯一、個人で変えられる味のポイントとなる。 ――ガリガリガリガリ。 ミルで豆をひいた。 ドリッパーにフィルターをセット。ひいた粉をいれ、表面をならす。 沸かして1分くらいおいたお湯を、ゆっくりと粉の中心に注ぐ。あくまでゆっくり、小さな面積に。 湯を吸収した粉が膨らんでくる。ここで一端お湯を止め、30秒ほど待つ。 この30秒が楽しい。プロになったみたいでカッコいい。 粉と湯がなじんだら、やっとドリッピングを開始。 ムース状に泡だった粉にまたゆっくりとお湯を注ぐ。フィルターにはかからないよう、でも満遍なく、円を描くように。 泡だった粉はどんどん膨らんでくる。これがフィルターをはみ出さないギリギリにするのがカッコいい。 あとはカップがいっぱいになるのを待って雑味まで落ちないようすぐドリッパーを放す。 これで完成。 まずは淹れたてを一口。 「〜」 うん、いい出来。 「たかがコーヒーにめんどくせーな」 「うわびっくりした!」 「マキさん、いつから?」 「お前が気持っちわりードヤ顔で淹れてたところから」 「ど、ドヤ顔なんかしてませんよ」 「してたよ」 してたか? ……してたかも。 「朝ごはんならちょっと待ってください。トーストが焼けてないんで」 「今日はメシはいいわ。昨日のハンバーガー食うから」 ホントに強奪したんだ。 「でも飲む物ない?ハンバーガーと水ってなんか微妙なんだよ」 「コーヒーなら」 「んー、苦いから嫌いなんだよなぁ」 言いながら、カップに手を伸ばす彼女。 ……間接キス。 「〜。にが! 無理」 1口で置いた。 「ジュースないのジュース。ジン○ャエールは」 「切れてまして。そうだ」 冷蔵庫から、ペットボトルに入れた、アイスコーヒーを出した。 ガムシロとミルクを入れてかき混ぜて。 「はいどうぞ」 「またコーヒーかよ」 「あっ、でも甘い。これならいい」 「なによりです」 俺はさっきのコーヒーで一息。 「むぐむぐ、ンくンく」 「しっかしお前、変なやつだな」 「なにが?」 「昨日拉致した上に彼女ボコろうとした相手と普通に朝飯食って」 「あはは、ですね」 「まあ何事もなかったんだし、いいんじゃないですか」 一番ひどい目にあったのは江乃死魔の人たちだし。 「……」 「ヘンなヤツ」 とそこでチンとトースターが音を立てる。 「おぁよー」 「おはよう。朝ごはんできてるよ」 ってあれ? 10秒前までいたマキさんがいなかった。 でも代わりに、 「今朝は……トーストとハンバーガー?どういう組み合わせよ」 照り焼きチキンとフィッシュが1つずつテーブルに置かれていた。 「妖精さんからの贈り物かな。食べよう」 「うん」 昨日までのお祭り騒ぎは終わり、今日からはまた普通に学園である。 ……今日くらい休みにして欲しいよな。平日だからしょうがないけど。 「はぁ……昨日飲みすぎた」 「お祭りからそのまま大学の友達と女子会だっけ」 「いいでしょ、たまのことよ」 「たまのことならいいよ。普段から飲みすぎるのはよくないけど」 「そろそろ出れる? 鍵かけるわよ」 スルーですか。 揃って家を出た。 「そうそう。今週の日曜日、家あけるから」 「分かった」 「大学のプチ同窓会だとさ」 「こういうノリのときって100%合コンなのよね。めんどくさ」 「合コン行くんだ」 「妬ける?」 「全然?」 「ムカつくわね」 「来るのはえっと……モデルに、医者に、若社長だっけ」 「みんな前にコクってきたことあるのよね。めんどくさくなりそう」 「……」 「妬ける?」 「……」 「別になにもないったら」 「先行くから」 「カッコつけるなー。認めろ嫉妬したってー」 うるさいなぁ。 「おや。おはよう大ちゃん、さえちゃん」 「あ、おはようございます」 「おはよ、おばあちゃん」 「にゃー」 第三者の登場で、絡みたがる姉ちゃんが大人しくなる。その隙に逃げた。 さっさと行こう。 「おはようございまーす」 「おうアンちゃん」 「おはようございまーす」 「おはよう。今日もいい天気ね」 「おはようございまーす」 「……うう」 「どうしました?」 馴染みの店のお姉さんがツラそうだった。 「ちょっとムチ打ち気味で」 「なにかあったんですか」 「仲のよくない子になぐら……叩かれちゃって」 「そうなんですか」 「許せないな。誰だそんな乱暴なことしたのは」 「俺がその場にいたら文句言ってやったのに」 「あ、あはは」 お店用の魚を運んでる途中だったので、荷物もちを手伝った。 そのまま学園へ。 「あ」 「うわ出た!」 「出たはひどいな」 「だからこっちの方に来るのはイヤだったのに」 そこまで毛嫌いしなくても。 「昨日の海でのことは誰にも言ってませんから」 「当たり前だボケェ!」 怒ってる。 「昨日はあのあと大丈夫でした?他のみなさんも」 「フツーよ。寝てたティアラを家に送り届けて、そのまま泊まっていま帰るトコ」 「そうですか」 みんな大事ないようならよかった。 「……チッ」 「チョーシ乗らないでよね。昨日は上手くいかなかったけど、私はまだあきらめたわけじゃないんだから」 「いつか目にもの見せてやる!」 捨て台詞を残し去っていった。 あ、行く先に段差が。 ――ずでんっ! 「だ、大丈夫ですか」 「ンぐ……いててて」 「痛くない!」 良かった。 「でもすりむいてる。ちょっと待ってください」 ハンカチで砂を拭いてあげた。 さっ、さっ、と。 「寄るな!」 「痛いです!」 「覚えてろバカー!」 行っちゃった。 まあ元気なようで。よかった。 「朝愛さんの顔が見れないとなんっか落ち着かねェ」 「仕方ありませんよ。ご本人が乗り気でないんですから」 ヤンキーの人たちが集まるのは、やめになったらしい。 健全でいいとは思うけど、これはこれで物足りない気もする。 「おはよーっす」 「おはよう、ひろ」 「おはようございます」 「うおっ、まぶしっ」 「どしたの委員長」 「いえいえ。最近毎日が楽しくて」 「さあさあ長谷君。私なんかと話すより、まずあいさつすべき人がいるでしょう」 「? ?」 よく分からないが委員長に背中を押される。 先には……。 「あ……」 「……ん」 「……」 「……」 「お、おはよう」 「……はよ」 「……」 「〜…」 照れる。 「ひろのやつ、まさか辻堂と仲良くなったのか?」 「そうですね。うふふふふ仲が良いですよね〜」 「うおっ、まぶしっ」 「見てくださいよあの初々しさ」 「はぁ〜、若いっていいなぁ」 「僕たちは同い年ではなかったか?」 「えっと」 「あの……」 「……」 「……」 なんて言ったらいいんだろう。 一昨日のアレは事故ってことで流したけど、 昨日のアレは……。 恥ずかしい……。 「……あはは」 でも嫌な気恥ずかしさじゃなかった。 照れくさくて、でも気持ちいい感じ。 「日曜、な?」 「うん。日曜、ね」 日曜日に、ペアチケットの当たった遊園地、一緒に行くよう約束した。 「なに話してるんだろあの2人」 「仲良さそうだよね」 「ヒロシなら誰と仲良くなっても不思議じゃないけど」 「まさか辻堂さんとなぁ」 「辻堂さん相手にビビらないのは、もう一種の才能タイ」 「ふむ」 「いささか心配だが、ひろならばたとえ不良でも怒りに触れることはあるまい」 「ですよね」 「なんとなくお似合いな気もするし」 「ですよね〜」 「「「まぶしっ」」」 チャイムが鳴ったので席につく。 「開海会も終了して、今日からは通常授業に戻るよ」 「学期末試験までひと月を切ったからみんなちゃんと勉強しておくように」 「幸せだなぁ。僕は試験範囲を決めるときが一番幸せなんだ」 試験、か。 姉ちゃんが教師やってるから、あんまりひどい成績はとれない。 でもまだ時間あるからいっか。 それより……。 日曜日のことに集中しよう。 ・・・・・ あっという間に放課後。 さてと、今日は……。 辻堂さんを見る。 あれ。 目が合った瞬間行っちゃった。 日曜のこと、話しときたかったんだけど。 まあいいか。2人になるとたぶんまた変な空気になる。 この後どうしようか。 フツーにヴァンと帰ればいいか。 ……ひとつ気がかりなのは、江乃死魔の人たちだな。 昨日あんなことになったんだ。怪我してる人がいないか心配になる。 そういやマキさん、あの人たちのナック奪ったらしいけど、 昨日の夜からずーっとハンバーガー一色かもしれない。そろそろ別のものも食べないと不健康だ。 どうしようかな。 「帰ろか」 「ああ」 ヴァンと帰ることにした。 「そういえば一緒に帰るのは久しぶりじゃないか」 「最近3会の準備があったからね」 「そうだった」 「3会の準備といえば、辻堂と仲良くなったようだな」 「まあね。色々と縁があって」 彼女が3会を楽しんでたことは避けるが。もう終わったことだ、ある程度は話していいだろう。 「ひろはいつもおかしな人間を引き寄せるな」 「ヴァンも含めてね」 「む……僕はおかしな人間だろうか」 「変わってると思うよ。まあ変わり方にゆがみがないから俺は好きだけど」 「良かった」 「他の十人並みな連中にはどう思われようと構わんが、ひろにだけは嫌われたくない」 「しかしいくら変わり者に寛容といっても、辻堂とまで仲良くなるのは感心しないぞ」 「不良なんてろくでもない人種ばっかりだ」 「辻堂さんはいい人だよ」 「よく知らないのにイメージだけで決め付ける。ヴァンのそういうとこ嫌いだな」 「がーん」 「おん?」 「あ、ども」 辻堂さんの後輩の子だ。 俺を見ると、 「おーおー、長谷だっけ? 昨日はどーも」 昨日と打って変わってフレンドリーに来た。 「愛さんから聞いてるぜ。新しく入った愛さんの舎弟なんだろ?」 「なに?」 「友達ね。友達」 昨日まではカレシだったんだけどな。 「いやー驚いたぜ。まさかほんとに1人で江乃死魔に立ち向かうやつがいるなんてよ」 「認めてやんぜ長谷大。お前はオレたち辻堂軍団の鑑だ」 背中をバシバシされる。 「お前ならオレたちの秘密の場所にも招待してやんよ」 「話通しとくから、気がむいたら奥の視聴覚室に来い。なっ」 「う、うん」 よく分からんが誘われてしまった。 「おい。誰だか知らんが貴様不良だな。ひろを悪の道に誘い込むな」 「ああ? あンだテメェコラ」 ヴァンが入り込んだことで、一触即発のムードに。 「辻堂の一派のようだな。お前たちを全否定するわけではないが、先輩への口の聞き方を考えろ」 「なに説教くれてんだよ。コロすぞオイ」 「ま、まあまあ2人とも」 止めようとするも効果なし。 「やる気ならいつでもヤッたんぞコラァ!」 ヴァンの胸倉を掴みにかかる彼女。 ちなみにヴァンは、体育の成績もずっと5である。軽く避けた。 「いでっ!」 後輩さんはそのまま転んでしまう。 「テメェエエ!」 もっと怒っちゃった。困ったな。 「フン、辻堂のように筋が通っているならともかく、十人並みの、一番タチの悪い不良のようだ。これでは話すこと自体時間の無駄か」 「そんな挑発しなくても」 「挑発ではない。事実だ」 ヴァンははっきり言うからなぁ。 「……もうコロす、マジコロす」 後輩さんはもう凶器とか持ち出さん顔色で、 「あとお前、これは先輩としての助言だが」 「下着を穿かないと不潔だぞ」 「は!?」 「パンティラインが見えない。穿いていないだろう」 「あはは、なに言ってるのヴァン。そんなこと」 「え、マジ?」 「うるせー!」 「こ、これはなぁ、これはオレの、愛さんへの忠誠の証なんじゃい!」 「趣味にとやかく言うつもりはないが、下着というのは雑菌の侵入をふせぐために大切な」 「お前らなんかに分かってたまるかー!」 行っちゃった。 「フン、これだから不良は」 「ヴァンはさりげに超人だよね」 「重ねて言うがひろ。不良と付き合うのは考え直したほうがいいぞ」 「うーん」 確かに、正直合わない人種だとは思う。 辻堂さんとかマキさんとか、接しやすい人もいるんだけど。 「ところでさ。日曜日に遊園地に行くんだけど」 「恐いのは御免こうむる」 「ヴァンとじゃないよ」 「相変わらず絶叫系苦手なんだね」 「苦手というと語弊がある。乗ると涙が出るだけだ」 俺も苦手だけどさ。 「……」 「デートか」 「う……」 「なるほど、ひろも大人になった」 「相手は詮索しないでおこう。で? 遊園地に行くから?」 「プラン立てとこうかなーと」 「ふむ。いいんじゃないか」 この前の土日や火曜日とちがって、今回は本格的に遊びに行くわけで。 ……はっきり言ってデートだ。 これまでみたくノープランとはいかない。 「行くとこは遊園地って決めてるんだけどさ。昼ごはんとかどうしよっかなーって」 もしかしたら夕飯も。 「いいとこ知らない? ハマの方で」 「ちょっとはオシャレなところにしたい、か」 「ラグナマークタワーの向かいにリーズナブルなフレンチの店が出来たそうだ」 「オシャレすぎるよ」 昼からフレンチて。 「レンガ倉庫のほうは? 海の見えるバーで一杯とか」 「両方学生。あと昼」 「ふむ……注文が多い」 そんなに注文してないよ。 「中華街なんてどうだ?」 「あー、中華街ね」 近いけどあんまり行ったことない。 「なんとかヤキソバというお好み焼きを出す店がある。美味かったぞ、行ってみるといい」 「え?ヤキソバ? お好み焼き? どっち?」 「分からん。広島焼きみたいな感じだった」 興味はそそられる。 「でも中華街……、うーん」 「どうした?」 「ぶっちゃけあそこ、迷いそうで怖い」 「ああ、ごちゃごちゃしているからな。店の外観も似たようなのが多いし」 「なに、覚えてしまえば簡単だ。まずデカいのぼりの出ている正門があるだろう」 「うん」 商店街の正面ゲート。あそこは分かる。 「入ったらまず左手に甘栗を焼いている店がある。そこから三軒進むと、『食べ放題』を『チャベ放題』と発音する売り子がいる」 「その店の斜め向かいに甘栗を焼いている店がある。その右の角をまがると、『食べ放題』を『食ベフーだイ』と発音するデカいカナダ人がいる」 「そのさらに奥に甘栗を焼いている店があるから、その向かいだ」 「栗饅頭を売っている店と、なんか気持ち悪い人形の並ぶ風水の店が目印になる」 「なんの話してたっけ、甘栗街?」 「この時期は親の仇のように栗を焼いているからな」 「裏手から行く方法もあるぞ」 「月餅の有名な土産屋があるだろう。あそこから甘栗を焼いている店をめざして……」 「昼は遊園地で食べるよ。クレープとかあるよね」 「まあそれもいい」 「他になにか準備はいるか?」 「んー、ちょっと恥ずかしいんだけど」 「服、買いたいから付き合って」 「おお、ついにひろもオシャレに目覚めたか」 火曜日は恥ずかしかったから。失礼にならない程度にはおめかししないと。 「ここまで本気になるとは」 「誰だかしらんが、相手は幸せものだ」 「日曜日ですか?」 「また遊びにいくことになった」 「また時間が足りないなぁ……。女子力アップは最低一週間を目安に始めるものなのに」 「でも日曜しかねーんだ」 「……」 「?」 「いや、べつに」 「あと前みたいのはいいぞ。あのスカートでひどい目にあったし……」 「えー? もったいない」 「せっかくの辻堂さん改造計画が」 「おい、なんか不吉な言葉が聞こえたぞ」 「この前協力してくれたのは感謝してるけどオシャレはもういいって」 「はあ!?なに言ってんですか、辻堂さんはこれから私の手で湘南最強の美少女に生まれ変わるのに」 「なんでだよ」 「今日も色々持ってきてるんです。メイクグッズに、お肌の調子を整えるサプリに、代謝をよくする体操の教本に」 「あ、これさしあげますので、毎日飲んでください」 「なにこれ」 「バルサミコ酢。お肌の調子を整えるお酢です」 「ばるさみこちゅ」 「バルサミコ酢」 「毎日朝晩、ここの線までです。できれば飲んだあと柔軟なんかもするといいです」 「柔軟は毎日してる」 「ならその前に」 「そうそう、柔軟の仕方も知ってます?ただの前屈や屈伸より、ヨガを取り入れるとぐっと効率があがりますよ」 「え……火とか吹きたくないんだけど」 「そこまではしなくていいです」 「まあ辻堂さんはスタイルが完璧なので普通の柔軟でも充分かな」 「こっちは忘れないでくださいね。はい、バルサミコ酢」 「ばるしゃみこしゅ」 「バルサミコ酢」 「みるさばこす」 「バルサミコ酢」 「みこしまつり」 「バルサミコ酢」 「朝晩ですよ」 「う、うん……でも」 「なんですか」 「ン……なんか、あんまりがんばるのも微妙かなって」 「……」 「女子力アップのためにがんばるなんてかっこ悪い、と」 「そうは言わないけど……」 「まったく。たまにいるんですよねこういう人」 「いいですか辻堂さん。たしかに世の中には、すっぴんが好きとか、オシャレしすぎはイマイチとかおっしゃる方は男女問わず多いです」 「でもそんなの口だけです!やつら結局顔しか見てないんです!口先だけの戯言に騙されちゃいけませんよ!」 「なんか嫌なことあったのかよ」 「冗談はさておき、デートをする以上、ちょっとでも可愛くなる努力をして臨むのは、好きな相手への礼儀だと思いません?」 「う……」 「まあ……確かに」 (『好きな』って普通に認めちゃいましたね) 「じゃあがんばりましょう」 「……お前、お節介って言われない?」 「人生で80万回くらい言われてますね」 「健康のためにもいいことばかりですから。続けてみて悪いことはないですよ」 「じゃ、じゃあ、サンキュ」 「あ、お代は」 「結構です。それ、祖母の農園でつくったものですから」 「お前んちすげーな」 「……」 「どうかしました?」 「いや」 「委員長って……大人だよな」 「え、そ、そうですか?」 「みんながお母さんみたいって言ってるけど気持ちよく分かる」 「やっぱさ、その……デートとかもよくしてんの?」 「はいっ!?」 「だって、ほら、モテるんだろ?この……女子力っていうの? すごいし」 「う……」 (言えない。美容健康はただの趣味なんて) 「ま、まあそうですね」 「すげー」 (罪悪感チクチク) 「……」 「分かった。がんばる」 「ここまでしてもらってんだ。アタシもカッコつけてねーで、オシャレ覚えるよ」 「はい」 「まずはこれからだな。ばるせろせろす」 「バルサミコ酢」 「ばるさみこ酢」 「GOOD」 「他にも……あ、これなんかいいかも。体内の老廃物をとる運動」 「デトックスって久しぶりに聞いたな。なになに、高齢の女性に好評で……」 「母さんもやってみたら?」 「……」 「どんな女性に人気だって?」 「わ、若々しい。若々しい女性に人気、です」 「面白そうね」 「辻堂さんも始めてください。老廃物は何歳でもありますよ」 「そうなの?」 「人間は生まれた瞬間から老廃物を身体にためこんで生きているものです」 「なんか気持ち悪いな。始めてみよかな」 「マッサージなんかも効果があってですね……」 「……」 「すっかり女の子になっちゃって」 「なんか言った?」 「なんでもないわ」 「お肌を若返らせる運動とかないかしら?」 「ありますよ。まず10分間息を吐き続けてですね」 「簡単そうね」 「無理だって」 やっぱり昨日のことが気になる。 俺に責任はないとはいえ、あれだけ大事になった原因の一端はあるわけだし。 様子を見に行こう。 ・・・・・ 「はぁ……」 「いてて……辻堂にやられたとこ、まだ痛むっての」 「だらしなーい。あたしなんてもう完璧治ったシ」 「1回吹っ飛ばされただけで直接ダメージなかったじゃないすか」 「……」 「リョウは大丈夫かい?」 「若干ダメージは残っている」 「辻堂め〜」 「いやー、まさか300人いて全滅するとは思わなかったっての」 「自分お巡りさん呼ぼうかと思っちゃいましたよ」 「だからアンタらノリが軽いって!」 「……辻堂に一本取られたのはこの際いい」 「問題はこの件で、江乃死魔が今後存続できるかだ」 「そこね。負けたならともかく、逃げた連中の半分くらいはもう戻ってこないだろうし」 「……」 「やめときなさい」 「湘南BABYは大半が残って戦った。怪我人も出てるし、いま江乃死魔を抜ければ他から狙い撃ちにあうわ」 「フン」 「なんだよー、まだウチの仲間になりきれねーのかい」 「一緒に戦った仲間じゃないの。仲良くやろうぜぇ」 「いまはそのつもりだ」 「えっと、ちなみに残った部隊ですが」 「いまのところ連絡が取れたのが7組。うち4組がうちを抜けたがっています。造反される前に一度切ったほうがいいかと」 「そうね。昨日の一件で求心力が消えちゃったし、いま組織の肥大部は削いだほうがいいわ」 「もし残りも同じ比率で抜けるとしたら、残るのは120人強。怪我した人たちを含めても150人てとこすね」 「はぁ……1週間前に逆戻りか」 「当分は辻堂に手ぇだせないね」 「作戦は完璧だったはず。腰越の気まぐれっぷりを除けば」 「計画通りなら祭り会場を襲って、腰越と辻堂を潰し合わせて、それで……」 「やっぱり腰越を使ったのは間違い?……ううん」 「……」 「あいつだ」 「長谷大。あいつに全部壊された……!」 「たしかにあいつさえ出てこなきゃ腰越が気まぐれ起こすこともなかったっての」 「ま、まさかあたしら、あいつの手のひらの上で遊ばれたシ?」 「本人にそのつもりはなかったでしょうが。結果的にはそうなったっすね」 「あんのヤロー……次に会ったら……!」 (まずい) 「話が飛躍しすぎだ」 「確かにヒロく……彼はイレギュラーだったが、そもそも彼がいなければ腰越を引っ張って来れず、作戦自体を起こせなかったはず」 「それもそうだシ」 「役に立ったっての」 「むしろ感謝すべきっすね」 (チョロい) 「うるさーい!とにかくあいつは許せないの!」 「次に会ったら……。会ったら……!」 「なに怒ってんだい?」 「昨日なにかあったシ?」 「うぐ……」 「〜〜……」 「うるさいッッッ!」 「な、なんか機嫌悪そうだシ」 「恋奈様、よろしいですか」 「うん?」 「客です。恋奈様に会いたいと」 「誰だよ。江乃死魔に入りたいんなら、今日は忙しいから」 「あの〜」 「あ、渦中の男」 「が……っ」 「昨日はどうも」 「なにしに来たテメェーーーーー!」 すごい怒鳴られた。 「おわびと挨拶をかねて。お時間よろしいですか?」 持ってきた菓子折りを見せる。 (ああもう……) 「ちょうどいいっす。いまセンパイをどうシメるか話し合ってたとこっすよ」 「げ」 タイミングまちがえたか。 「そうですか。忙しそうなんで帰りますね」 「おっと、逃がさないっての」 ぐあ。一条さんだっけ。捕まってしまった。 「こっち来るっての」 「あ、菓子折りはこっちだシ」 お菓子だけ取られる。 昨日と同じく椅子に座らされた。鎖はもうないけど……。 「さぁて、どうすんだい恋奈様。俺っちの好きなように痛めつけりゃいいんかい」 「……」 「か、片瀬さん? 昨日のことまだ引きずってるの?」 「いいじゃない、みんな痛み分けっていうかさ。ほら、俺も片瀬さんも危ない思いしたんだし」 「うぐ……っ」 「一緒に怖い思いしたでしょ。これもう同じ釜のメシを食ったのと同じっていうか」 「そうだ! 昨日のことは誰にも言ってないから」 「言うなコラァアアアーーーーーーーー!」 「ひぃ!」 「昨日のこと?」 「なっ、なんでもないわよ」 「昨日の……アレっすか? 海でキスしてた」 「なに!?」 「は!?」 「え……」 あそっか。彼女は見てたんだ。 「そ、そうそうそれそれ。ねっ、片瀬さん」 「あ? えっと、……ン、うん。それ」 その後にあった、一番隠しておくべきことは海の中なので見えなかったはず。口裏をあわせる。 「って言うな梓!」 「サーセンす」 「き、キスぅ?」 「この淫獣野郎、辻堂だけじゃ飽き足らず恋奈様にまで手ぇだしたんかい!?」 「誤解ですって」 話の流れでジゴロにされそうだ。慌てて首を横に振った。 「人命救助ですよ。喉に水が詰まって息ができなかったから、吸い出しただけです」 「ねっ? 片瀬さん」 「う……」 「ま、まあね。それだけよ」 「他は何もなかったわ。何も。なんっっっにも」 ここは彼女も乗らざるを得ない。 「なんだ。ンじゃあ命の恩人だシ」 (あービックリした) 「ん? だったらなんでこいつをボコらなきゃダメなんだい?」 「理由がないならやめてくださいよ」 「ねっ、片瀬さん」 「うぐ……」 「客人よ。歓迎して」 リーダーの指示で、みんな緊張を解いてくれる。 ほ……怖かった。 なぜか俺を庇うよう前に立っていたマスクの人も離れる。 「それで? なにしにきたのよ」 「だから、大怪我の人はいなかったかなって」 「怪我人はそんなにいないっす。みんな逃げましたんで」 「ちっと殴られたとこが痛むっての」 「砂浜で寝かされたから起きたとき口の中が砂だらけだったシ」 「大変でしたね」 「……」 「そちらは大丈夫でしたか?」 「っ、べ、べつに」 「リョウはムチ打ちがひどいって言ってたぜ」 「ムチ打ちですか。大変ですね」 「うちの近くに住んでる人も今朝辛そうにしてました」 「そ、そうなのか」 「心配です……俺に取って2人目の姉ちゃんみたいな、すごく大切な人だから」 「大丈夫よ」 「へ?」 そそくさ。 「片瀬さんは大丈夫だった?」 あの2人に跳ね飛ばされたうえ、結構な高さから海に落ちて、しかも溺れたからな。 「なっはっは、うちの恋奈様は心配ないっての」 「れんにゃは不死身だシ。深海1万メートルに沈められても平気で浮いてくるシ」 「他に言われるとなんかムカつくわね」 「ま、事実あの程度のダメージ、大したことないけど」 そっか。この前もボロボロだったけど3分で戻ってたな。 「……メンタルの傷はそうそうふさがらないけどね」 「ひええ」 「人様のファーストキス奪ってくれたあげくあんな……、あんな……!」 「だ、だからあれは俺のせいでは」 「うっさいうっさい! 口答えすんな!」 ぐにーっと頬を引っ張られた。 「いふぁいいふぁい」 「覚えてろ……! いつか同じ目にあわせてやる」 「……俺の唇を奪うと?」 「そっちじゃないわよ!」 「どっち?」 「うぐ……っ、う、うっさい聞くな!」 「あはは、まあまあ落ち着いて」 「アンタはなんでそう落ち着いてんのよッッ!」 「信じらんない……。なんでコイツこの私にここまでふてぶてしいのよ」 ふてぶてしいとは心外な。俺は結構礼儀を気にかけるタイプだぞ。 「……」 「なはは、恋奈様がこんなに絡むなんて珍しいっての」 「そういやそうっすね」 「そうなの?」 「れんにゃは基本、他人に興味ないシ」 「……ん? こんなムキになるの、人生初?」 「はぁ!?む、ムキになんてなってないわよ!」 「いふぁいっす」 ほっぺ引っ張ったまま暴れないで。痛い。 「シシシッ、れんにゃが慌てるのも珍しいシ」 「結構いいコンビなんじゃないすか?」 「ふざけんな!」 「???」 よく分からんが、俺のポジションは彼女にとって特別らしい。 俺ってなんか変な星のもとに生まれてるのか?辻堂さんにとっても特殊な立ち位置にいるはずだし、マキさんにも特別扱い受けてるはず。 問題は、片瀬さんにとって俺は、 「くっっっっそぉぉぉ……!」 「いつか絶対ビビらせてやるからな……!」 特別憎まれてるってことだが。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ その後はとくに何をされるわけでもなく、みんなで菓子折りをあけて帰された。 そのまま夕飯。 テーブルに並ぶのは、牛カツ、コロッケ、きんぴら、ミートボール、大根サラダ、野菜スティックなどなど。 「やたら豪勢ね」 「いや、よく分かんないんだけど」 さっき『孝行』に行ったら、店番してたよい子さんが妙に上機嫌で、色々もらってしまった。 一応遠慮したんだが。 「いいから。お姉さんの厚意は素直に受けなさい。お姉さんのね」 「あとヒロ君。ひとつ忠告。あんまり不良と関わっちゃダメよ」 なんで俺が最近ヤンキーとよく関わるの知ってたんだろ。 まあいいか。おかげで今夜は準備楽チンだった。 「んまんま。あそこの牛カツ、久しぶりね」 「美味しいよね」 (パクパクもぐもぐ) 「肉ばっか食べないでよ。しかも手づかみで」 「うるさーい。植物系の栄養は摂ってるからいいの」 「麦だけな」 ビールで麦の栄養がとれるかも疑問だし。 prrrrrr。prrrrrr。 ン、電話だ。 「はいはーい」 先に動いてくれる姉ちゃん。 暴君なくせにこういうときは気が利く人だ。 「もしもし長谷です。……ああ、父さん」 また親か。 「なに? ……うん。うん」 「たこ焼きの素?いらないわよ、この前送ったってやつもまだ届いてないんだから」 「それで? うん。……ちょっと父さん、変な関西弁使わないで。こっちの地主さんと交渉する、と」 「はあ? 私たちにやれって?」 なに? 「ああ、交渉はしてある。どういうこと? そこの下見に行けばいいわけ?」 「……先方のお嬢さんが案内する。ふーん」 ・・・・・ 「なんだって?」 「よく分かんないんだけど、父さんたちの店、こっちにも1店舗出すんだって」 「え、じゃあ父さんたち帰ってくるの?」 「まだ未定。店が出来るのも早くて3年後だし」 ずいぶん先だな。 「で、その店を作る土地の交渉してるんだけど。どっちかにそこの下見に行って欲しいんだって」 「下見ってなにするの?」 「周りの写真をいくつか撮ってこい、とさ」 「ふーん」 簡単だ。 「いつ?」 「未定」 「先方のお嬢さんが案内してくれるそうなんだけど。いつ時間が空くか分からないから」 未定か。一番困るやつだ。 「俺がやろうか」 「いいわよ。私が電話受けたんだし。私がやるわ」 「そう」 確かに大人の姉ちゃんに任せたほうがいい作業だ。 でもやる日が未定ってことは、暇の多い俺のほうが適任ではあるはず。 「じゃあ基本姉ちゃんで、その日が忙しかったら俺がやる。ってことで」 「そうね。よろしく」 「うん」 姉弟は助け合わないとな。 しかし……地主さんのお嬢様か。 どんな人なんだろ? うん。それがいい。 マキさんは俺の世話好き中枢を刺激するんだよな。 不健康な生活送ってるみたいだし、栄養バランスのいい食事を提供しよう。 姉が不健康の化身みたいな人だから栄養学系の知識は多少ながらあるのだ。 「身体にいい食事を考えないと」(ぼそっ) 「身体にいい食事ですか?」 「うおっ、まぶしっ」 「私の助けが必要な気がして参上しました」 「今日はやけに光ってるね委員長」 「寝る前にアミノ酸をとるようにした効果です」 「ところで長谷君。いま私の栄養学うんちくを欲していませんでした?」 すっごい語りそうな顔。 でも、 「いいよ。俺も結構知ってるから」 「そうですか。残念」 「姉ちゃん相手に実践してるからね。むしろ委員長より詳しいかもよ」 「あら。お言葉ですが私も日々研究を重ねていますよ」 「委員長は健康全般でしょ。いまの議題は食事オンリー」 「もちろんそれでも自信あります」 「俺のほうが詳しいよ」 「私だって詳しいです」 むむ。 こうまで言われたら男として引けない。 「やる? 健康知識対決」 「面白い。受けてたちましょう」 「おっと、私のいないところで何の話をしている?」 なんか出た。 「いま健康の話をしてるんで先生は関係ないです」 「ずいぶんだな。この私を誰だと思っている」 「いい加減な先生」 「エッチなことをよく言う先生」 「どっちも正解」 「だがこの私を、ただの美とエロスの化身だと思ってもらっては困る。私は――」 「美とエロスと怠惰の化身なのだ」 「健康は?」 「保健の先生だ」 「そうでした」 「でも先生みたいなヘビースモーカーじゃ、むしろ不健康代表に思えますけど」 「分かってないな。不健康代表だからこそ健康が分かるのだ」 「こんな言葉がある。敵を知り、己を知れば百戦あぶはち取らず」 最後ちがう。 「でもやっぱり私のほうが詳しいと思います。人生かけてますから」 「人生考え直せ」 同感。 「とにかく。私のほうが詳しいですって」 「保健の力を舐めるなよ」 「じゃあ先生も入れて3人でやろうよ。健康知識対決」 「賛成です。先生もいいですか?」 「ひよっ子どもが。身の程ってものが分かってない」 「こんな言葉がある。井の中の川澄んで大海に魚住まず」 全部ちがう。 「じゃあ始めますか」 「おー!」 「不健康なくらい語ってやろう」 ・・・・・ ふう、話しこんでしまった。 話だけで寿命が5年は伸びた気がする。 ただ教わったことはほぼ覚えてないな。豆知識って10個聞いても9個はすぐ忘れる。 まあそれでも5秒くらいは伸びたことだろう。 ちなみに色々と話した結果、一番ヘルシーで健康的でしかも美味しいのは、 「和食に決定しました」 「いえーいフジヤマー!」 「ハラキーリー」 途中から適当だったが、結論はまちがってないはず。 アメリカンナイズされたハンブァガーなんて食いまくってる人にはやっぱりヘルシーな和食が一番だと思う。 というわけで野菜を中心に献立を組んでいく。 中心にっていうか、ほぼ野菜になっちゃったな。 まあいいか。いい出来だと思う。 問題は今日マキさんが来てくれるかだが、 「マキさーん」 「はーい」 普通に来た。 「ハンバーガーどうなりました?」 「昼で終わっちった」 ……え? デカいケースに山とあったものが、この短期間で? 「常日頃カロリーが足りてないから、こういうときに溜めとかないとなーって」 「暴食しすぎ。太りますよそういうの」 「あー、そうだよな。太りやすいんだよ私」 「そうなんだ?」 消費カロリーすごそうなのに。 「すーぐ脂肪になっちまう」 「しかも全部胸にいくから面倒なんだ」 「胸に……」 「いまHのブラつけてんだけどキツくなってきててさ。そろそろ1カップあげよかな」 「……」 「乳首が敏感だからブラなしで擦れると痛いし……」 「ストーップ!」 「そういうのは男のいない空間でお願いします」 「ああダイって男だっけ。悪い悪い」 「なんか引っかかるけど今日はそんなマキさんに朗報」 「本日の夕飯はこんなものを用意してみました」 「どれどれ」 「キャベツのごま油和え。水菜のおひたし。ひじきの煮物。マッシュポテト。のりの佃煮。ごーやの漬物」 「なにこれ」 「ヘルシーでしょ?」 「肉どころか魚もねぇ」 そういえば魚がなかったっけ。肉はあえて避けたけど。 「……」 「なんか精進料理みたいだな」 「ですね」 「……」 「いらね。帰るわ」 「えー。せっかく作ったのに」 「肉のない料理ってガソリンのない車だと思うの」 「分かりますけど」 「世の中には軽油で走る車もあるわけで。美味しいですよ」 「……」 「やっぱいらね」 「そんなにイヤですか?」 それっぽいとは思ってたけど、そこまで肉好きか。 「前に好き嫌いないみたいなこと言ってたのに」 「ンまあ好き嫌いはねーけどさ」 「……」  ? 一瞬、見たことのない神妙な顔になるマキさん。 なんだ? 「……はぁ」 「はっきりいうと、取り合わせが気に食わない」 「精進料理って嫌いなんだよね」 「味気ないとは言いますね」 精進料理――寺なんかで出される、殺生を行わない、肉、魚を使わず野菜や豆腐中心に作った料理。 嫌いな人はけっこう多いと思う。味気なくて。 俺はむかし寺に預けられてて、何週間かに1度これの日があったから慣れてるけど。 「とくに最近のやつって最悪だわ。鰹節使ったり牛エキス入ってたりするくせに、見た目だけ殺生は行ってませーん、みたいな」 「う……」 今日のも鰹節や牛エキス入りの食材はかなり使ってる。 「見た目だけ伝統にあやかって、実は骨抜き、みたいな。偽善的で見てるとムカつく」 「そもそも殺生は行いません。って発想が嫌。他人の命のうえで生きてるのが生き物だろうが」 「あと野菜嫌いだし」 「……」 ここまで言われるとは思わなかった。 歯に衣着せぬタイプなのは知ってたけど、そんなに嫌わなくても。 「はぁ……分かった。分かりました」 「たしか孝行のミートボールがあったんで、温めてきます。それでいいですよね」 ご飯と味噌汁はあるんだ。あとは肉を持ってくれば食べてくれるだろう。 ストックしてあるミートボールを出し、レンジにかけた。 せっかく作ったのに……最後はレンジ頼り。味気ないなぁ。 ――チン。 「出来ましたよー」 「はぐはぐもぐもぐ……あそこ置いといて」 「食ってる!?」 あんだけ言った料理が、残り半分くらいになってた。 「あれば食うよ。腹へってんだもん」 「肉なくてもフツーに美味いな。このひじき、味付けとかちょうどいいぜ」 「……」 「なに?」 「……」 「ガツガツバクバク!」 「あ!?コラァ私のミートボール!」 「そっち食うならいらないでしょ!」 我ながら軽ギレしてしまった。もってきたミートボールを食べつくす。 「なに怒ってんだよ」 「怒るでしょ。なんで俺1回ヘコまされたんですか」 「はあ? 別にヘコませた覚えねーよ」 「私は精進料理が嫌いって言っただけじゃん。嘘はついてないぞ、発想も作り方も肉が入ってねーところも大嫌いだ」 「一言でも食べないなんて言ったか?」 「いらないって言った。2回」 「そうだっけ」 「しょうがねーだろ。さっきはマジで食う気なかったの」 「でもミートボールが来るっていうし、待ってる時間暇だったから食ってみたら」 (ぽりぽり) 「ゴーヤの漬物って意外とイケるな」 「……」 ああ、なんだろうこの脱力感。 さっき食べる気がなかった。ってのは本当だと思う。 でも食べてみる流れになった。だから食べてみた。したら美味しいから食べる気になった。 (ぽりぽり)「ウマー」 マキさんに悪意はないんだろうな。 ようするにこの人は、究極的に気分屋なわけだ。 マジメに相手するのがバカバカしいくらいに。 はぁ……。 「なに不満そーなツラしてんだよ」 「つか元々お前のせいだろうが。最初に言ったはずだぞ、美味いもんがあるから食べにきてくださいって」 「でしたっけ」 「つまりお前には、美味いものを提供する義務がある」 「なのに人様の嫌いなもん出してきやがって……。約束とちがうじゃねーか」 「人のことナメてんのかコラァアア!」 「ほっぺにご飯粒つけた人に凄まれても恐くないです」 「えっ、うそ」(ぺたぺた) 「ほら、ここ」 取ってあげる。 「まったく」(パク) 「マキさん、正直言って子供っぽいですよね」 「ああ? テメェより1コ上だぞ」 「そういう意味じゃなくて」 まあそういうとこ、可愛いと思うけど。 「……フン」 「……」(もぎゅもぎゅ) 「あ、そうだ」 「はい?」 「さっきはああ言ったけど、精進料理にも1つ好きなところがある」  ? 「精進料理ってさ。寺でハゲの坊さんたちが考案したもんだろ」 「ええ。もともと殺生の出来ない僧侶用の料理ですから」 「まあその発想は偽善的で嫌いなんだが……」 「いまある精進料理ってのはさ、基本僧侶が自分で食うんじゃなく、客人に食わせるための献立なんだよ」 「そうなんだ」 確かに、高級懐石とかの元になってるのが精進料理なわけで。修行僧が高級品を食べてたってのもおかしな話だ。 「殺生の出来ない。野菜だの豆腐だの、マズいもんしか調理できないハゲどもが、お客を精一杯もてなすため考案した料理」 「その発想は嫌いじゃない」 「美味い精進料理は好きだ」 「……」 パクパクと箸を進めながら言うマキさん。 「もちろん肉のほうが好きだけどな」 「今度からはちゃんと肉入れとけよ」 「はい」 ・・・・・ 「ふー食った食った」 「お粗末さまです」 「ほんとにお粗末だった」 「一言多いなぁ」 「いいじゃん。全部食ったんだし」 「ですね」 皿の上はまっさらだった。 そして炊飯器の中も空。 夕飯困ったな……まあパスタでいっか。 「……」 「なにか?」 「いや」 「お前、やっぱいいなーって」 「?……あ」 昨日もそんなこと言われたっけ。 それで、昨日は、 「……」 い、いかん。忘れようと思ってたのに、頭をよぎってしまった。 一度思い出すとダメだ。猛烈に恥ずかしくなってくる。 「なんだよ。可愛い顔して」 「なに思い出してんの?」 「べ、べつに」 顔が赤いのに気付かれたらしい。不敵に笑うマキさん。 ひざの上に乗ってくる。 「ダイってば」 「な、なんすか」 「なんすかじゃねーよ。なに考えてんの?急にこっち見なくなったけど」 ニヤニヤしてるのは、もう気付かれてるんだろう。 変なこと思い出しちゃったのを。 「ふふっ、なにしても動じねー感じだったけど、ああいうのには弱いのな」 「……そうかも」 我ながら意外な弱点だ。 「気持ち変わんね? まだ辻堂のこと好きなの?」 「す、好きですよ」 「ふーん」 「……」 「もう1回してみよっか」 「は!?」 「昨日は半分辻堂にあてつけたけど。今度は……」 言いながら、すっとあごに手を添えてくる。 あごが動かせなくなる。 「……」 近づいてくるマキさん。 「ちょ、マキさん、ダメですよ……」 「うるせーな」 「じゃあ逃げてみろ」 そのまま目を閉じた。 うぁ……。 ダメだ、 逃げられない……。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ただいまー」 2センチ前で止まった。 「……」 「……」 「ちぇっ」 「っは……」 あ、危なかった。 まったく抵抗できなかった。 「続きはまた今度な」 姉ちゃんが来る足音に、パチッとウインクを残して窓から出て行くマキさん。 「……危なかった」 俺としたことが。 辻堂さんが好きなはずなのに、いままったく抵抗できなかった。 浮気者め。 どうもマキさんには頭が上がらないんだよな。 さっきも料理にケチつけられまくったけど、あんまり頭にこなかったし。 「……」 相性がいいんだろうか。 「また今度な」 「……」 今度……。 抵抗できるかなぁ。 「くー」 「すー」 ……ちょっと寒い。 そういえば梅雨前線がどーたらしてるんだっけ。 「んにゅ……」 手近にある温かいものを抱きしめた。 ぎゅ〜。 「んは……っ」 温かい。 ぐぅ。 「んぅ……う?」 「あえ……ヒロか。私が先に起きるなんて珍しい」 温かいし柔らかい……。 「〜……」(むぎゅー) 「お、おお?」 柔らかくて……。美味しそう。 「はむ」 「ちょ……っ!?」 口元にあった格別柔らかいものを食んだ。 お肉だ……ふるふるしてて気持ちいい。 「かぷかぷ」 「こ、こら。ダメ……ひゃんっ」 う……? にしても何なんだろ、これ。 すっごくさわり心地がいいけど……。 ――さわさわすりすり。 「ひゃっ、あっ」 ――むにむにぐりぐりウニュウニュこりこり。 「はぁああんっ、あの、はんっ。ヒロ……あああぁ」 ンん……? 抱きしめてたものが動くので、ぼんやり目を覚ました。 「……」 「……」 「……」 「おはよ」 「うお?!」 姉ちゃんの胸元にキスしてた。 「ご、ゴメン寝ぼけて」 「う、ううん。大丈夫よ」 やっちゃった……なんかまさぐった記憶もあるけど気のせいだろうか。 「あらら……キスマークついてる」 「げっ、ごめん」 「いいわよ、スーツ着れば見えないところだから」 「2人だけの秘密……ね」 「そういうのいいって」 照れちゃってまっすぐ目が見れない。ツッコミも弱くなる。 なんとも言えない空気になる俺たち。 な、なんでこんなことになった?えっと……。 「……」 「あ!ていうかなんで姉ちゃんがここで寝てるんだよ!」 「バレた?昨日夜中に小雨が降っててさ。寒いから温かい抱き枕が欲しいなーって」 「暑くても来る寒くても来る……。人を抱き枕にするのはやめてくれ」 「まあまあ」 「温かいものがあると安眠できる気持ちは、いまのヒロになら分かるんじゃない?」 「うぐ」 言い返せない。 くそう。今日は全面的に俺の負けだ。 「……」 「……」 「と、トイレ」 「はい」 ・・・・・ 「今日の乙女座のあなたは――恋愛運急上昇!気になる異性と大人の関係になれるかもよ」 「だってさ。乙女座の長谷大君」 「そうですか」 「もう大人の関係になったけど……これってやっぱり私が気になる異性だから?」 「なってないっつーの。気にしてもない」 「ひどい」 「あ……ごめん言い過ぎた。姉ちゃんのことはいつでも気にしてるから」 「よろしい」 気にしてるというか、心配してる。 にしても、 気になる異性と急接近……ねえ。 ・・・・・ (ちらっ) (びくっ) (ぷいっ) 目をそらされた。 全然急接近するチャンスがないんだが……。 気になる異性こと辻堂さんとは、昨日に引き続き接点がないまま1日が終了。 さっさと帰るかな。ヴァンでも誘って。 (そわそわ) 「?」 (ぷいっ)  ? いま辻堂さん、こっち見てたような。 気のせいかな。 「……」 「……」 「なんかなんかなんかー、今日の辻堂さん様子が変じゃない?」 「変……ていうか、こう」 「輝いてる」 「それそれそれ」 「フフフ、さすが私の見立て。すごい効果です」 「委員長、どうかした?」 「いえなんでも」 「ふふふふふ。髪までイジるのは迷いましたけど、やってよかった」 「……」 辻堂さん、日に日に綺麗になっていく気がする。 俺、日曜には、あんな子とデートするんだよなぁ。 いかん。緊張してきた。 ていうか俺、あの子とはもうキスしたり、それに、 「……」 だ、ダメだ。ヘンな気分になってきた。 さっさと帰ろう。 あそうだ、昨日あのヤンキーの子とヴァンが軽くモメたんだよな。 あの子、辻堂さんと親しそうだったから悶着起こしたくない。話をしに行こうか。 ……でも江乃死魔の人たちも気になるな。 そうそうマキさん用に夕飯作るつもりだったんだ。 どうしよう。 うちの学園は住宅地にぽつんと出来てるので、形が縦に細長い。 当然奥へ行くほど使われてない施設があった。 自然と部室等の施設はそっちへ送られることとなり、ぽつんとある図書館棟には文化部系の部室が揃ってる。 ただ少子化の影響か、閉鎖されてることが多く、 使われてない教室には、自然とワルい人たちが集まるものらしい。 「失礼しまーす」 (ジロリ) うおお。すごい迫力。 タバコの黄ばみが四面の壁に染みついた教室。 入った途端、30名近くから一斉にガンつけられた。 えっと、 全員うちの制服着てるからうちの生徒のはず。 てことは辻堂さんの軍団の人たちで間違いないはずで……。 「……」 「捨てましたよ。お早く」 「ちっ、お前イカサマやっとんちゃうやろな」 「おほっ、来た来た2枚チェンジ。……レイズ」 「くちゃくちゃ……。お前ほんっとブラフ分かりやすいな。コール」 「不慣れなギャンブラーめ。行くぞ」 みんな麻雀とかポーカーとかやってる。 男子半分、女子半分ってところか。まさにヤンキーの溜まり場って感じだった。 「ヒロシ。きてくれたんだ」 「ども」 例の後輩さんだ。 「今日はあのイケメン一緒じゃねーよな?」 「はい」 「じゃあ入れよ。みんなに紹介すっから」 フレンドリーに迎えられた。 「おーいみんな注目」 パンパンと手をたたく彼女。 「……」(ちらっ) 「……」(クッチャクッチャ) 「こちら新しく愛さんの舎弟になった長谷大。可愛がってやんな」 「こう見えても愛さんのお気に入りなんだぜ。オレにもどういう関係か伏せられてるくれーだ」 舎弟にはなってないです。 辻堂さんの名前が出ると、興味なさそうだったみんながこっちを向いた。 「愛はんの、ほんまでっか?」 「興味深いですね。われわれにはあまり興味を示さない愛さんが」 奇異の目でみられる。 「今日から仲間になっから、ヨロシクしてやれや」 「……」 あのぅ、そんなつもりは。 (ずらり) 囲まれてしまった。 「ほー、愛はんにねぇ」 「ど、どうも」 「……なるほどねぇ。よろしゅう」 顔が近い。 「愛はんのお気に入りか知らんけど、この世界どんな相手でもれーぎっちゅーのが大事なのは知っとんなァ?」 「は、はい」 「分かったらそっちから挨拶こんかいなに先輩呼んどんじゃコラボケカスコラボケェ!」 そ、そっちから来たんじゃないですか。 「アッシキレたらヤベーから。なにすっか分かんねーから、気ぃつけなよ」(くちゃくちゃ) こっちはアメリカ人みたいにガム噛んでる。 「おい。おい」 「はい?」 手招きされる。 寄っていくと、 (さっ) 「……」 ポケットにナイフが。 「なっ?」 「はい」 なにが? 「覚えとけよ」 よく分からないが、満足したらしい。行ってしまった。 うーん、全体的にフレンドリーとは言いかねるようだ。 「やあやあ、初めまして」 「あ、ども」 「仲間になるならば歓迎しますよ」 「勇敢だな。軍人ともゲリラとも思えんが」 「仲良くできるといいわね」 物腰が柔らかいのも多くて安心する。 「どうです。親睦を兼ねてゲームでも」 「おっ、ええやん。麻雀できる?」 「ルールくらいなら」 椅子に案内された。 「お、おいお前ら」 「いーじゃんいーじゃん。新入りの歓迎会」 ……なんか周りがニヤニヤしてるような? とにかく席に着く。 「よろしく」 「よろしくお願いします」 「……へへへ」  ? 「卓についた以上、当然ココのルールにしたがってもらうで」 「まずレートはテンピンや。まー学生にゃキツいけど払えん額やないやろ」 「え、賭けるんですか?」 ギャンブルは違法だぞ。 「あとここでのルールにハコ割れはありません。どれだけ負けても一定回数の勝負はしてもらいます」 「ちょっと負けが込むと、平気で10万くらい飛んでくから、気をつけな」 「ええ〜?」 そんな。 「おっとぉ! 逃がさんで、卓についたゆーことは、勝負を受けたと同義語や」 「クケケケケ」 「あきらめて賽をふれよ。ルールはまっとうな麻雀なんだ、負けなきゃいんだよ」 「うう……」 ここが不良の巣窟だってこと忘れてた。 仕方ない。負けないことだけ考えて、防御に徹しよう。 「ったく、新入りと見るやカモりやがって。悪趣味なやつらだぜ」 「あいつ愛さんのお気に入りだぞ……怒らせねぇかな」 「そうだ。愛さん呼んでこねーと」 「さぁ、始めようぜぇ」 「ううう……」 ・・・・・ 「……今日は1回も大と話せなかった」 「あの美顔パックとかいうの、効いてるのかな。大が言ってくれねーと……」 「はぁ……」 「あっ、いた。愛さん!」 「ん?」 「うおっ、あ、愛さん、美しい」 「今日はパックってのやって、肌の調子がいい」 「やべぇ……完全に美の女神じゃないすか」 「お前に言われてもな」 「で? なんの用だ」 「あそうだ。言ったじゃないですか愛さん。この前の江乃死魔打倒について集会やるからいつものトコに顔だしてくださいって」 「あーそうだっけ」 「あの部屋、タバコ臭くて嫌いなんだよね」 「だからいまは禁煙にしてるじゃないすか。お願いしますよ」 「ジメジメしてて虫とかでそうだし」 「だから週一で清掃してるでしょ。あんな綺麗な不良の溜まり場他にありませんよ」 「はいはい。行きゃいいんだろ」 「お願いします」 「それでですね。江乃死魔掃討に愛さんが使った長谷大っているじゃないすか」 「ああ」 (使ったわけじゃねーけど。そういうことにしとこう) (番長の威厳を保つのも大変だぜ) 「あいつ今日呼んだんですよ」 「はぇっ!?ひ、大が来てるの?」 (あれ、急に可愛く) 「それでですね、うちのバカどもが絡みやがって」 「どういうことだコラァ!」 「ひぃ!?お、オレじゃないすよ」 「もし手ぇだしてたら……全員半殺しにしてやる」 (愛さんがここまで気ィ使ってる。何者なんだよアイツ) 「大!」 「あ、辻堂さん」 「麻雀……?お前らまさかカモってたんじゃねーだろうな!」 「す、すいません」 「まあまあ、ただのゲームだよ」 「ううう……」(カタ) 「あ、それロンです。食いタン、3色のみ」 「14連荘。48000です」 「もういやや〜〜〜〜〜〜〜〜!」 「どうなってんの?」 「現在長谷さんが単独トップ。36万点の+です」 「あらら。やっぱうちの連中よえーなー」 「おい、大は大丈夫なのか?」 「1位確定です。ここからの逆転はめちゃめちゃ鼻の尖った代打ちがきてもありえないっすよ」 「カモられてねーんだな。……よかった」 「ぼ、僕お腹が痛くなってきたので抜けてよろしいですか」 「一度卓についた以上、抜けることは許されない。最後まで完遂してもらおう」 「あ、ダブルリーチです」 「うわーん」 ・・・・・ 「と、いうわけで本日の辻堂軍団秘密集会。辻堂集会を始める!」 「うーっす」 「その名前やめろ。恥ずかしい」 始まった。 さっきまで遊んでたメンバーも、一気に空気を変えてマジメに話し合いに耳を傾ける。 俺も話くらい真剣に聞かないとな。 真剣に……。 (きりっ) (ドキッ) (ぽー) 「まずは現在の江乃死魔の勢力状況だ」 「一昨日の一件が効いてもう半壊してる。一時は300まできてた数も、今後戻ったとしてせいぜい150ってとこだろう」 「その150もほとんどはビビっちまってるはず。とてもオレたちに歯向かう気力はない」 「なによりこれだけの惨敗だ。湘南BABYを食った時の威光は完全に消えた」 「もうやつらに先週の勢いはない。100人が2週間で300まで膨れ上がるようなことは、しばらくないといっていい」 「オレたちの完全勝利だ」 もりあがる団員たち。 江乃死魔、そこまでダメージ受けたのか。 ちょっと悪い気がするけど、戦力が弱まればケンカも減るわけで、喜ばしい。 「と、いうわけでいまは、一気に消滅まで持っていくチャンスでもある」 「片瀬恋奈のことだから残る150も一筋縄じゃいかねーだろうけどな」 「こっちにゃ愛さんがいるんだ!なにも怖くない!」 「フン――」 「そういうことだ」 カッコいいなぁ辻堂さん。 (じー) (わっ、こっち見てる) 「ついては、今後やつらが再集結すると思われる日に追い込みをかけようと思う」 「いまなら集まるのは50もいないはず。楽勝だぜ」 「いいっすか愛さん」 「ああ。江乃死魔を潰すのは賛成だ」 「アタシについてこい」 「「「うぉぉーーーーーー!」」」 「で再集結ってのは?」 「今度の日曜です」 「忙しい」 「お前らでやれ」 「「「ええーーーーーー?」」」 「……」 日曜……遊園地の約束の日だ。 辻堂さん、俺のことを優先してくれるんだ。 「愛さん、無理っすか?」 「無理。大切な用事がある」 「……」 大切な。 ……照れるな。 (じっ) (じっ) つい見詰め合ってしまった。 「んーじゃあしょうがねぇ。愛さんばっかに頼るのも情けないし」 「オレが先陣を切るぞ! ついてこい!」 (しーん) 「な、なんで黙ンだコラァ!」 この人たち、日曜にもケンカするらしい。 好きだなぁそういうの。 俺にはついていけない世界だ。 ・・・・・ 「2人きりで話があんだよ。帰ってろ」 「ン……ういっす。分かりました」 「そいつのこと、今度ちゃんと教えてくださいね」 「はいはい」 最後のひとりも帰して、辻堂さんと2人きりになった。 「ふー」 「……」 「……」 やっと話せる。 「なっんでお前がここにいるんだよ。心臓が止まるかと思ったぞ」 「あはは。ゴメンなりゆきで」 「軍団に入るってマジ?」 「それもなりゆき」 「まあみんな悪い人じゃなさそうだったから、本当に入ってもいいかなって思うけど」 「悪いだろ。お前のことカモろうとしたんだぞ」 「ったく、賭け事禁止も言っとこ」 「たしかに良いとは言いかねるけどね」 「でもやっぱり悪い人たちとは思えないな。仲良くなれると思う」 「みんな辻堂さんのこと、本気で慕ってたみたいだもん」 「う……」 「……ま、まあいいや」 「それで? ここには何しにきたんだよ」 「昨日あの後輩の……久美子ちゃん?彼女とヴァンが揉めたんだ。で、様子を見に」 「ヴァン……ああ板東ね」 「気にすんな。クミはケンカっ早いから誰とでも揉める。でも翌日には忘れてるよ」 それは逆に心配なんだが。 「それだけ?」 「うん」 「あと……辻堂さんに会えるかなって」 「はう!」 「辻堂さん?」 「な、なんでもない」 そっぽを向く辻堂さん。 (あせあせ) しきりに前髪の形を気にしてる。 そういえば……。 「辻堂さん、前髪切った?」 「えっ!?」 昨日までと微妙にちがう。 「ウソ。い、1センチくらいだぞ? なんで分かるの」 「んー、なんとなく」 ずっと見てるから。とは言えない。 「クラスのヤツも……クミだって気付かなかったのに」 「イメチェン?」 「いいんちょ……とある奴にどうしてもって切られて」 「へ、変か?」 「なわけないよ」 「すごく可愛い」 「あう……」 「……」 「うるせェ!」 いてっ。 小突かれた。 「火曜日に言っただろ、アタシを褒めるな!二度と可愛いって言うな!」 「でも可愛いものは可愛いから」 「〜〜〜〜!」 怖い顔になる辻堂さん。 どうも最近、この顔まで可愛く思えてきた。 と、辻堂さんはそんな俺の態度が本気でお気に召さないらしく。 「長谷大。テメェ完全にアタシをナメてるよな」 「そんなことは」 「テメェにゃ感謝してるけど……はっきり言っとく」 「アタシは誰かにナメられるのが一番嫌いなんだ!」 うおお。 やっぱり迫力がすごい。 「いくらお前でも、ナメたまねするようなら落とし前つけさせてもらうかんな」 「な、ナメてないですって」 「ナメてんだろうが!」 「火曜だってこのアタシにあんな……」 「あんな……」  ? ……ああ。 「あれは不可抗力っていうか。可愛い辻堂さんのせいっていうか」 「可愛い言うな!」 「すいません!」 「ったく……」 「〜……」 「そうだ。あの件についてはマジで落とし前つけねーと」 「へ?」 「テメェ……このアタシに一方的にエロいことして、なんの落とし前もつけてねーだろ」 「だね」 一方的に俺の役得だった。 まあ悦んだのは彼女だけど。 「……」 「脱げ」 「はい?」 「下、脱げ」 「お前の恥ずかしいところを見せろ。したらおあいこにしてやる」 「ええ〜」 そういうの落とし前っていうのか。 「さっさとしろコラァ!無理やりはいで全校に写真バラまくぞ!」 「わ、分かりましたよ」 逆らっちゃいけない迫力だ。大人しく従うことに。 ちょっと恥ずかしいけど、誰もいないし。 辻堂さんになら……。 「えいっ!」 こういうのは躊躇うと逆に恥ずかしい。一気におろした。 どうだ! 「……」 「……」 「…………」 「うわぁぁぁぁなんでパンツまで下ろす!」 「へ?」 「ズボンだけでいいよ! パンツだけ見せりゃ!」 えっと。 そっか。 俺も見たの、辻堂さんのパンツまでだっけ。 「下っ! 下隠せバカ!」 「ご、ごめんごめん」 慌てて下げたものに手をかける。 「あはは、辻堂さんこういうの免疫ないもんね」 「っ!?」 「いま戻すから……」 「ちょっと待て。お前いままたアタシのことナメただろ」 「はい?」 「ッざけんじゃねーぞ。なにが免疫ないだ」 「そんなもん……。その、そんなもん……」 ちらちらとまだ出てる俺のを見ては顔を赤くしてる辻堂さん。 免疫ないじゃん。 「ぐぬぬぬ……」 真っ赤な顔でにらんでくる。 「……」 ――グググググ! 「うわあああ! なんで大きくなる!」 「ご、ごめん。我ながら性欲の幅が広かったようで」 視線で興奮するとは思わなかった。 「ぐ……」 「ナメんな!」 「手ぇどけろ大……。そんなもん怖くねぇ」 「はい?」 よく分からないが怖い顔した辻堂さんは、その場にしゃがみこむと、 「うわ……熱」 「ぁう……っ」 ひんやりした辻堂さんの手が触れる。 予想外な展開で、つい声が出てしまった。 「……ンく」 辻堂さんは迷ったあと、意を決したように、 「こんなもん怖くねーぞ……。エロいこととか、アタシは全然平気だからな」 ――ぎゅう。 握る。 「っ」 「ふわっ、び、ビクってなった」 「あの……大? 痛い?」 「いや、大丈夫」 気持ちよかっただけ。 勃起した状態で誰かに触られるのは初めてで、つい反応してしまった。 「すご……びくんびくんて動いてる。こ、これ普通なのか?」 「うん」 いつもより脈は速めだけどね。 「魚みたい……変なの」 「……これ血管? うわぁ」 「グロい?」 「それほどでは……でも大のイメージとちがうかも」 棒の中ほどをニギニギする辻堂さん。 っ……気持ちいい。また声が出そうだった。 ……ってなに流されてるんだ俺は。 「も、もういいでしょ辻堂さん」 手を振りほどく。 「ン……痛かった?」 「いや気持ちよかったけど」 「ほらここ学園だし。誰か来るとマズいっていうか、恥ずかしいっていうか」 「ふーん」 少なからず焦ってる俺に、向こうは、 ニタリと意地悪くほくそ笑んだ。 「いてっ」 「そっかそっか。恥ずかしいか」 「そりゃ恥ずかしいよな、こんなとこ丸出しにして」 壁に押し付けられた。 分かってたけど腕力はあっちが上だ。動けなくなり、 「ほらほら、こうするともっと恥ずいだろ」 「あぇ……っ、う、つわ……」 なぜか俄然やる気になって、握りなおしてくる。 うにうにと細い指が絡みついた。 「拒否権なんざあると思うなよ」 「これは復讐なんだぜ。この前、恥かかせてくれた」 そうなんですか。てっきりこの前悦ばせたお返しかと。 「ここは不良の巣窟。学園とはいえ誰も来ない」 確かにそんなとこで番長に絡まれるんじゃ、逃げ場なしだ。 「シャセーだっけ、気持ちいいやつ」 「絶対させてやる……このアタシが」 「は、はい」 迫力はすごいけど嬉しい申し出だった。 「えっと、こ、こうだよな」 すっ、すっとつかんだ手を上下させてきた。 しごく、でなく、さする手つき。包皮を撫でるだけの。 でも……うう、そのもどかしさが逆に。 「っは……あ」 「あはは、なるほど。それが気持ちイイ顔なんだ」 覚えた、とばかり辻堂さんは目を細めた。 っ……。目が合う。 辻堂さんの綺麗な瞳が、俺を見つめてる。 ――ググっ! 「ふわっ、また大きくなった」 血流量が増し、彼女をおびえさせた。 「ごめん。でももうちょっと大きくなるよ」 いま七分ってところだけど、大きくなったせいで感度が増してきた。どんどん膨れていく。 「も、もっと? もうこんなに大きいのに」 「……」 「大?」 「いまのもう1回言ってくれる?」 「?もうこんなに大きいのに」 「もう1回」 「こんなに大きいのに」 録音したい。 「あ……あ……ほんとだ。もっとデカくなってきた」 ミリミリと膨らんだ雁首が横へ張り出していく。 ちょっと恥ずかしいけど、 「うわぁ……こんなふうになるんだ」 辻堂さんのほうが顔を赤くしてた。 「変なの……。ズボンはいてるときにこんなになったら潰れちゃわないか」 「潰れはしないけど、ズボンとの格闘はよくある」 「ふーん……あ、ドクドクが強くなった」 触れる指に何度か力がこもる。 「うっ、あぅ」 「痛いか?」 「気持ちいい」 「ふ、ふーん。……結構簡単なんだ」 なおも彼女は興味深そうにツルンとした先っちょや、しわしわの付属物を眺めてる。 ……竿はいいけど玉袋見られるとなんか恥ずかしいな。 それに。 「……あの」 「うん?」 「あのさ」 勃起しただけじゃなく、本格的にムラムラしてきた。 膨れたものを無性にしごきたくなってくる。 柔らかい手のひらが触れてるだけの感覚は、もどかしかった。 「……あ、うん」 顔色で察してくれたんだろうか。辻堂さんは俺が何か言うより先にうなづいて、 「しごく……んだよな。やってみる」 マジで最後までしてくれるんだろうか。ぎゅっと掴んだ手を、 ――うに、うに、うに。 っうぉ。 ――にゅちにゅちにゅち……。 「うあ……は」 「ど、どうだ?」 「うん……気持ちいい」 俺としてもはじめての感覚だった。 海綿体に絡んだ指が、たどたどしく上下する。引っ張られた包皮がスライドした。 「っは、はぁ、……うぁ」 気持ちいい。 自分でするときよりだいぶ力加減が弱い。俺のベストではないはずなのに、オナるときよりずっといい。 快感がじわーっと腰にしみてくる、みたいな。 「っふ、ふぅ、う……」 「大……」 「あは、大、気持ちいいとそんな顔になるんだ」 「う……」 まじまじと見られた。 自分が感じてるときの顔なんて知らないけど、情けない気がする。そっぽを向く俺。 「照れるなよ。可愛いぜ」 辻堂さんは逆に嬉しそう。 シャフトに絡む指にちょっと力が入った気がする。 「にしてもほんと冷めないな。……どんどん熱くなってない?」 「そういう仕組みなの」 「ふーん……あ、射精してきた」 「へ?」 見ると、みっちり膨れた亀頭の切れ目から透明のトロトロが出てきてる。 「これってアレだよな。イッてるから出たんだよな」 得意げに顔をほころばせてる。 「えと、これは先走りという、ラストスパートの準備みたいなもので」 「まだなの?」 「うん。あ、でも気持ちいいから出たのには間違いないよ」 「そか……ン」 またゆるゆるとしごいてくれる。 マジで気持ちいい。 手コキってオナるのとは全然ちがうんだな。知らなかった。 ましてやあの辻堂さんに……。 「……っふ」 「……? 辻堂さん?」 「あ、ごめん。……結構ニオイがあるから」 「ああ、ごめん。臭いかな」 不潔にはしてないけど、洗ってないし、小便とか……。 「ううん、クサいっていうか。クサいけど、その……」 「……ドキドキする」 「……」 気に入ったんだろうか。前のめり気味で鼻を寄せてきた。 「んは……、はぁ、ふ……」 う……。 生あったかい吐息が亀頭に絡む。 「やらしい……すごいニオイ。なんか……」 腰がモジモジ落ちつかなそうだった。 こっちも落ち着かない。彼女の吐息と手汗で表面が濡れていく。 「っふ……、ふ……」 「はぁ……はぁ……」 室内が、『そういう空気』で満たされていく。 「……あ、アレ、しよっか」 「アレ?」 「ほらあの、フェチ……ライ……なんとかって」 「???」 フェチプレイなら手コキでも充分ですが。 「口でするやつ」 「ああ、フェラチオ」 「そ、それ、男って嬉しいんだろ」 そりゃ大喜びですけど。 「でもちゃんと洗わないと。さすがに口は……」 「大丈夫だよ」 「大のだもん」 「……」 「んちゅっ」 「あうっ」 ヌルヌルの染みだした先っちょ口に、いきなりキスが来た。 一瞬、綿かと思うくらいの柔らかさ。 けど綿みたいな無機質とは明らかにちがって、 「れちゅ……ンン、んむぅ……ふ」 粘着質な生々しい触感とともに、俺のものに吸い付いてくる。 「えっと、それで……」 「ンンんぅふ……ぁむ、んちゅ」 こわごわと舌がのびてきた。 こっちは柔らかいっていうか、ぬるーってしてる。 「あ、あの、辻堂さん」 「あんま味ねーんだな。ちょっとしょっぱいけど……」 「……やっぱニオイすご。ちゅぷ、んる……るろるろ、ぴちゅっ」 「うわ、うく……」 辻堂さん、やっぱり肝がすわってる。 ためらいがちだったのは最初だけで、俺がイイ反応をすると、 「これでいいのな……ンし、ちゅむっ、んぷっ」 目を輝かせて舌をそわせてくる。 「ぺちゅ、んろ、れろれる……ちゅっ、れろ」 「あ、あ……」 ま、まずい。これキツい。 手のひらと違って味わったことない感触……。ってのもあるけど、 「あは、どう大? 気持ちいい? ……んんちゅ」 あの辻堂さんが俺のものを舐めてる。 あの綺麗な顔から、可愛らしい桜色の舌を差し出して。 うく……。 これまでも彼女のギャップには何度か驚かされたけど、今回が一番キく。 「大……気持ちいいだろ。切ない顔してる」 「そ、それは……あぅっ」 「ふぇらちお。ほんとにすごいんだなコレ……んちゅっ、れるれる」 フェラそのものよりフェラしてる辻堂さんのほうがすごいが。 「はむぁむ……ちゅぱ、ちゅぷ、んろ……ぉ」 「どのへんが一番なんだ? ……んと」 感じるところを探るためか、舌が下がっていく。 根元につけて、ちょうど垂れたアイスキャンディーをすくうように、 ――れろぉぉおお……っ。 「ぅううぁっ!」 あ、あぶね。 登ってくる舌の感触――。震えそうなほど気持ちよかった。腰がビリつく。 せり上がる感じもそうだけど、とくに、 「ン……なるほど」 「ここか。んれろ……れちゅ。ちゅぷちゅく」 「あっ、うっ」 裏筋に舌がくる。 そこは本当に弱い。俺はもうおかしな声が出ないようにするので精一杯だった。 「……なんかここ、特にしょっぱい」 「え!?ご、ごめん、そこ垢とか溜まりやすいかも」 「気にしないって。んちゅる、ちゅぷ、ぺちゃぺちゃ」 舌先をかためて、筋の両側のくぼみを突いてくる。 「れろ、んちゅぷ、ちゅく、ちゅぷ……れろれろ。んちゅっ、ちゅぱっ、ぴちゅじゅぷ、ちゅるる……」 「んっ、んっ、んふ……ふぃろし……どう?んちゅるっ、ちゅうぅう……れる」 「すごくイイよ……ほんとに」 ためらいなどほとんどなく、熱心に蠢く舌。 俺はもうまともに返答するのさえ難しい。 「でも辻堂さ……っう。い、いいの?」 どう見ても初めてなのにこんな……。 思うんだけど、彼女は迷わずトロトロのあふれる鈴口にキスしながら、 「いいんらって」 「ていうか……ンぅ、なんかさっきから……ちゅ。……ぺろ。れるれるれる」 なんだかポーッとした顔で、先走りをれろれろ舐め取っていく。 「さっきから?」 「……」 「へ、へんな意味じゃねーぞ」 「んちゅ……さっきから、舐めてると……。舌とか、鼻から、ふわふわって、変なのが来てて」 「っは……頭ぼーってなって。なんか、なんか……」 「気持ちいい?」 「う……」 露骨な問いかけ。 辻堂さんは3秒くらい迷って。 「〜……」 首を縦にふった。 恥ずかしそうに身じろぎする彼女。 腿をこすり合わせてるんだろうか……。スカートがロングなので見えない。 「へ、変な意味じゃねーぞ」 「変な意味だよそれは」 「うっさいなぁ」 「だいたいそれはお前が。お前のこれが……。やらしいニオイさせて、すごく熱いから。だから」 「……」 「〜〜はむっ」 「うぁっ」 嬉しすぎる反撃がきた。 ぷるぷるのリップが開かれて、もう一度亀頭にキスしてきたかと思うと、そのまま口の中へと咥え込んでいってしまう。 温かい……舌よりはるかに感じやすい体温が、敏感な亀頭をくるむ。 「ちゅぷ、はむ、ん、んん……んっ」 「んぷる、れる、むちゅ。ちゅぷちゅぷ……れろぉ」 「ぷはっ、……んるんる」 苦しいのか時々口を離すけど、そのあいだも舌をのばし続けている。 「……どう?」 「最高です」 上目遣い……これだけでイケそうだ。 「こうして欲しいとかあったら言え」 「教えて、大の好きなこと」 「う、うん。じゃあ」 まだ戸惑いがちなんだが、せっかくだ、指示させてもらおう。 「こう、唇でしめるみたいに」 エロ本で読んだのをお願いしてみた。 「ン……はむっ、んん……んくく……っ、んっ」 「うわ、わ……」 「ちゅちゅ、ちゅぱ、ちゅる、れろれろ……んんんっ、れろっ、んぷ」 す、すごい。これすごい。 唇でしめながら、ちゃんと舌もつかってくれる。 ぴっちり巻きつき、時おりはみ出す舌の色味の濃さがエロティックだ。 なにより、感触。 「んちゅぷ、ちゅぱちゅぱ……れろぉお……」 知らなかったけど、唇と舌って結構感触がちがう。 唇は柔らかくて舌は張りがある感じ。それが連続でくると……。 「ちゅぱる、んるるるる……っ、れる、ちゅる」 先走りの量がいやまし、辻堂さんが喉を鳴らす。 「じゅるっ、んじゅっ。〜〜っるるるっ」 吸い取ってくれてる……うわ、バキュームもすごい。 「あのっ、つ、辻堂さん。俺もう」 もっともっと楽しみたいけど、ここが限界だった。 ペニスの根元でムズついていた痒みが、一気に快感のパルスに変わる。下半身をつんざく。 「ふぁふっ、くる? ふぁせいする?」 「う、うん。でそう」 「るひゅく、いーぜ。出して。いっぱい――」 うく……っ。 初めてとは思えない全身全霊のフェラに、俺は激しく息をつく。 っあ……やばい、このままじゃ彼女の口に出しちゃう。 うあ……! 「あ……っ!」 逃がしてる暇さえなかった。 「んぶっ」 膨れ上がる怒張のいななきも、辻堂さんはがんばってうけとめ――。 ――びちゅどびゅるるるるるるっ! びゅるるるっ! 「んぱ……うぅぅぅううぷぅううっ」 ぬるっとした感触の中に、大量のスペルマを放出していた。 うぁ……ティッシュ以外に出すとこんな感じなのか。射精が目に見えないから不思議な感じだ。 鈴口からはなおもエキスが吹き出しており、 「んんぶぅん……っ、んくっ、んぐっ。んっ、んぅっ」 でも辻堂さんは、けなげにも口を離そうとしなかった。 なんとか喉は避けてるらしい、むせることなく、粘液の濁流を口にためてる。 多すぎて唇の端から出ちゃってるけど……。 「あぶっ、ぁぷ……んふっ、んむ……」 「あっ、あっ……辻堂さん……っ」 俺も出しすぎ。1人のときからは考えられない量のものが、次々ついて出た。 長続きする射精の快感に腰がくだけそうになる。 その全部が彼女の口に……。 「んぐっ、んくぐ……こふっこふっ、んんぶ……っ」 それでも辻堂さんは顔を下げなかった。 最後まで俺の快感の証をうけとめていき、 「〜〜……」 やがて射精がとぎれると、 「っふ、っふ……」 「……んっ、んっ、んっ……」 一度呼吸を落ち着かせ、やがてんくんくと喉を動かしだした。 ……飲みだした。 ゆっくりと、でも最後まで口をはなさず、俺のものを嚥下していく。吸収していく。 最後に、 「んるっ、んるんる……」 舌でしっかり亀頭のぬめりをとってから、 「ぷはぁ……」 「はぁ……はぁ……」 「出しすぎだ……バカ」 「あはは、ごめん」 苦しかったんだろう、肩をあえがせてる辻堂さん。 けど、 「……ンク」 口に残った分は、全部飲んでくれた。 「うく――」 限界だ。彼女の額をおさえつつ、腰を引いた。 な、なんか出すもの――。 うぁ。 「ふぃあっ、あぅぶむっ、むぷ」 あああ……。 出ちゃった。 一度発射をはじめたものはもうとめられず、俺は頭の中身が閃光で白んでいくのを感じながらびゅるびゅると噴射を続ける。 「っぁぷ、んぷっ、ふぁ……っ」 辻堂さんの顔に向けて。 「バカ……出すなら出すって」 「っく」 ――びゅちゅっ! 「ひゃんっ」 ひと際大きい波が来て、でっかい精弾が彼女の鼻っ柱を叩く。 目にきそうなんだろう。辻堂さんは慌てて顔をそむけた。 俺のものはさらにぴゅるぴゅると細い筋をその頬に引っ掛けていく。 「はぁ……」 俺、すげー悪いことしてる。 いつもよりはるかに大量に出した分、はるかに大量の虚脱感にかられながら思った。 「けほっ、かほっ、すごいニオイ」 「……このバカ。服にかけるなよ、母さんにバレる」 「ごめん」 「……いっぱい出るんだな」 頬から垂れそうな分を手に取り、興味深そうに見る。 ……う。精液を見られるって意外と恥ずかしいかも。 しかも辻堂さんは、 「……ペロ」 「ちょわあああ! なにしてんの!」 「うえ。ヘンな味」 「……」 「でも……意外と」 手のひらに溜まる白濁のジェルに、ちろちろと子猫のように細かく舌を伸ばす。 「あ、あのぅ」 恥ずかしいんですが……。 始末を終えて身体を起こす辻堂さん。 「おっと」 フラってした。支えてあげる。 「大丈夫?」 「う、うん……」 「なんかフワフワして……悪い」 ぽやっとした感じだった。 目じりが涙で濡れてる。 ……色っぽい顔。 「……」 「……」 「……大」 「1回だしたら小さくなるって聞いたけど」 「あ、あははは」 出したままのものがまた膨らんできてしまった。 だってもう……。こんな気持ちイイの1回じゃ足りない。 「ったく」 辻堂さんは肩をすくめて、 「しょーがねーな」 こっちが何も言わないうちに、また腰を下ろした。 ・・・・・ 「じゃあ、日曜日に」 「うん」 すっかり遅くなってしまった。家まで送る。 道中、日曜日の予定の確認とか話した気がするけど、気分がフワフワしてて記憶に残ってない。 「……」 「……」 さっきの余熱か。温かい空気が印象的だった。 日曜日……日曜のデートまでなのかな。こんな風にいられるの。 それとも……。 「今日は悪かったな。なんかテンパって、暴走して」 「う、ううん。俺には役得だったから」 「こっちこそゴメンね。3回も」 「回数言うな、恥ずかしい」 「はは」 「……」 「じゃあ」 「うん。またね」 家の方へ歩いていく辻堂さん。 「……」 「ちょっと待った」 「え?」 「あ……」 「……」 「ン……」 ・・・・・ 「……」 「お、お前のを舐めたんだぞ、この口」 「まあね。でも」 「したかったから」 「……」 「……あっそ」 「ン……っ」 「……」 「おしまい! じゃーな」 「……うん」 顔を赤くして去っていく彼女を見守る。 ぶっきらぼうだけど、やっぱり可愛い。 「……」 これで終わりは……イヤだ。 はっきりとそう思った。 ・・・・・ それともマキさん用に夕飯でも作るか。 どっちにしろ、江乃死魔の人たちに挨拶して、とくに殺伐とした状況にはならなかった。 ……片瀬さんだけは殺伐としてたけど。 一番の懸念材料は済んだから、今日はのーんびりしててよい。 どうするかな。 のーんびりしよう。とくにこの一週間は毎日忙しすぎた。 俺はもともとのんびりした人間なのだ。 のーんびりのーんびり……。 「失礼します!」 「……」 姉が慌しく入ってきた。 「ヒロ……いた。よかった残ってて」 「?ねえちゃ……先生。なにか?」 「っと……コホン。長谷君、ちょっと来て」 ちょいちょいと指招きする姉ちゃん。 学園ではあんまり関わらないことにしてるんだけどな。ついていってみる。 ・・・・・ 面倒なことになっちゃったな。 姉ちゃんの言うことには、 「昨日言ってた新しい店の土地の下見。先方が急に、今日にして欲しいって言ってきたの。それもこのあとすぐ」 「私このあと職員会議があるし。それでヒロ、このあと用事ないなら……」 とのこと。 もちろん受けるしかない。姉弟は助け合うものだしな。 ……のんびりしたかったけど。 1回家に戻り、指定の場所へむかった。 普段なら歩く距離だが、急ぎなので江ノ電にのってゆられること数分。 「ここか」 指定されたのは、江ノ島へ繋がる弁天橋の近くだった。 駅からも近くてかなりいい土地だ。父さん、こんなところに店出すのか? にしても呼び出しが急すぎる。 たまたまこっちが空いてたものの、普通なら合わせるの難しいぞ。 言ってきたのはあっちの、案内してくれるらしいお嬢さんだという。 地主のお嬢様。 やっぱ世間知らずってやつなんだろうか? 所定の喫茶店へ。 前に辻堂さんといった店と似てるな。チェーン店なんてこんなもんか。 「いらっしゃいませ1名様でよろしいですか」 「あの、待ち合わせをしているんですが。長谷です」 「長谷様、うかがっております。奥のお席へどうぞ」 案内される。 奥の席には女の子の姿が。彼女か。 ここらの地主の……。 片瀬さんのお嬢様。 「はじめまして。長谷大といいます」 「はじめまして」 「やっぱアンタかっ!」 「片瀬さん!?」 「あーもー、先方が長谷って聞いたとき嫌な予感がしたのよ。クリーンヒットじゃない」 「片瀬さん、なんでここに?」 「いま片瀬さんっていう人と待ち合わせてるんだけど。どこ行っちゃったんだろ。片瀬さん知らない?」 「片瀬さんには悪いけど俺は片瀬さんを待たなきゃ。片瀬さんに会えたのは奇遇だけど片瀬さんが来たとき誤解させるから片瀬さんはここで」 「ややこしいわねうっとうしい!」 「わかりなさいよ」 「分かってるよ」 「びっくりした。片瀬さんって片瀬さんの片瀬さんだったんだ」 「そうよ。でそっちは長谷さんの長谷大なわけね」 「OK。予想通り」 「この話は白紙ってことで」 「ちょっとちょっと!」 あわてて引き止めた。 「なによ」 「白紙ってのは……アレ?この話はなかったことに的な?」 「Yes」 「ノーノー。困るよ、親に頼まれてるんだから」 「なんで敵の親のために私が働くのよ」 「俺たちが敵対してるわけじゃないでしょ」 「いま一番ムカつくのは辻堂でも腰越でもなくアンタだわ」 え〜……。 「頼むよ片瀬さん。俺たちもう赤の他人ってわけじゃないでしょ」 「ほら、一緒に生死の境をさまよったわけで。なんだったら俺は君の命を助――」 ――ゲシッ! 「あうち」 すね! 弁慶! 「二度とあのときのことは口にしないで」 怖い。 「はぁ……」 「あの日あのときのことは金輪際記憶から消しなさい。したら話だけは聞いてあげるわ」 「分かったってば」 「消した?」 「消しました。記憶喪失です」 「よろしい」 なんとか席に着きなおしてくれた。 「こっちとしてもワガママで親の仕事つぶすと後々面倒になるしね」 ため息まじりに言う。 「それに正直、ひょっとしたらとは思ってたの。だから今日は引き受けたのよ、この仕事」 「俺だから会いに来てくれたってこと?」 「なんか言い方が微妙だけど……そうとも言えるわ」 嬉しいな。 「どう?私、江乃死魔リーダーってだけじゃなく、片瀬のお嬢様なのよ」 「ふーん」 「どう?」 「?」 なんでドヤ顔? 立て続けに情報が増えて混乱気味だが、とりあえず。 「片瀬さん、地主さんの家の人だったんだ」 「だからそういってるじゃない」 「一昨日の大乱闘、警察がピクリともしなかった理由が分かるでしょ」 「うちにはそれほど権力があるわけ」 「……」 お嬢様だ。 それもかなりあくどいタイプ。 「なんでそんな人がヤンキーなんてやってるわけ?」 「趣味よ。やりたかったから」 やっぱお嬢だ。あくどいお嬢。 「ぶっちゃけお金なら持ってるから人は束ねやすいし、市長、警察署長ともコネがあるから結構な事件を起こしても闇から闇へ葬れる」 「生まれつきのチート能力があるってわけ。なら、どこまで出来るのか試してみたくなったのよ」 「……」 「サイテーだと思う?」 ニヤリと笑う。 「別に」 「あれ。アンタみたいな偽善者なら、文句の一つも言うと思った」 「人間は生まれつきちがってて当然。ならそれを利用するのも当然のことだと思う」 「結構な事件を起こしても……のくだりはちょっと気になったけど」 「……」 「……フン、面白くない」 俺の反応の薄さが不服らしい、口を尖らせる彼女。 「よくはないね」 「でしょうね」 「アンタみたいな偽善的な奴は大抵そう言うわ」 「君のそのお遊びで困ってる人がいるなら見過ごせないよ」 少なくとも彼女は一昨日、その権力に任せて3会を壊そうとした。 もし警察署長にも手を回せるなら、祭りが暴徒の乱入でパニックになるくらいのこともみ消せるかもしれない。 でもあのときあの場に集まってた、辻堂さんを始めとするみんなの楽しみは永久に失われることになる。 この点は忘れちゃダメだ。 やっぱり俺は不良とは相容れない。 「……」 「……」 「とはいえ」 「?」 「江乃死魔だっけ? 君のグループ」 「あのグループを作ったのはいいことだと思うよ」 「はあ?」 「みんな楽しそうだった」 「君も含めて」 「誰かを困らせるのはいけないけど、誰かと楽しむのはいいことだと思う」 「良からず――だけど悪いとは言い切れないな」 「……」 「……ハン、偽善者」 偽善者……ね。一昨日、昨日とこの3日間で何度いわれたか。 彼女はちょっと偽悪的なところがあるみたいだ。 良い子とは思えないけど、ワルい子かどうかはまだ判断しかねる。 もうちょっと知りたいな。この子のこと。 「……」 「ちょっと。感想それだけ?」 「なにが?」 「……アンタ、ほんっと態度が変わらないわね」 「なにが?」 「一応親の大切な相手のお嬢様なのよ。もっと媚びへつらいなさいよムカつくわね」 「そんなこと言われても」 俺は基本誰にでも礼儀正しくするから、逆に媚びへつらうのは苦手だ。 「ったく」 「まあいいわ。遅くなりそう。下見に行くわよ」 「そうだね」 学園終わってから来たから、もう4時半を回ってる。 店を出た。 ・・・・・ 作業自体は簡単に終わった。 片瀬さんに案内された場所に立つ、やや古めかしいお土産屋さんを、周辺から数点写真に撮るだけ。 「この店の女将、再来年で還暦なの」 「で、引き払おうかって話をしてたら、テナント募集した瞬間にアンタんちが来たわけ」 「立地的には最高よ。やり手ね、アンタのご両親」 「ありがとう」 すぐメールで送るので、使うのは携帯。 ――パシャッ――パシャッ 写真を撮っていく。 立地はたしかによさそうだった。ここならお客さんいっぱい入りそうだ。 完成したら俺もバイトくらいさせてもらおうかな。 「……」 「退屈?」 「別に」 退屈そうに言う。 んーむ。 「そうだ。こっち来て」 「は?」 「チーズ」 ――パシャッ。 「なによ急に」 「いや、退屈そうだったから1枚くらい写りたいのかなーって」 「なわけないでしょ。さっさと終わらないかなって思ってただけよ」 「そうなの? でも」 さっきの写真データをだす。 「すっごい笑顔だよ」 「カメラ向けられたからついよ!」 「そっか」 仕方ない。さっさと仕事を終わらせよう。 可愛いのでデータは保存して、また周囲をフィルムに写す作業に移る。 ・・・・・ 「よしっ。おしまい」 ザッと30枚ほど撮った。 姉ちゃんに送信する。これで姉ちゃんが、父さんたちに送ってくれるはず。 俺の仕事は終わりだ。 「ありがとう片瀬さん。終わったよ」 「そう」 「こっちももう用はないわ。長谷って名前が気になって来てみただけだし」 早々に背を向けようとする片瀬さん。 うーん、せっかくなのに『じゃあバイバイ』ってのも微妙だな。 と……彼女、弁天橋を渡ろうとしてる。 帰るんじゃないのか? 「江ノ島に行くの?」 「? いまから行くけど」 「そう」 いい機会かも。 「じゃあ一緒にまわらない?美味いパンがあるとこ知ってるんだ」 「まわる……?」 「まあ付いてきたいならいいけど」 一緒に江ノ島までいくことに。 弁天橋を渡った。 よく考えれば片瀬さんは、橋の下にたむろするワルたちの首領なわけで。 そんな子と一緒してるなんて不思議な気分だ。 そういえばここを辻堂さんと回ったの、まだたったの3日前なんだよな。 いま歩いてる子は、あの日、最後に邪魔してくれた子。 やっぱ不思議だ。 「で? 美味しいパンってのは」 「うん、ちょっと待って」 近くにある露店で買ってくる。 この前食べて美味しかったやつ。シラスパン。 「はいっ」 「……これ?」 「うん」 「……」 なぜか絶句したよう目を丸くする片瀬さん。 しばらくして頭を抱えた。 なんだ? 「アンタ……このパンの売主って知ってる?」 「売主? あのおばさんでしょ」 露店の店員さんを指差す。 片瀬さんはため息まじりに、買ってきたパンの袋の裏側を指差した。 なになに。 『片瀬製パン』 「……え?」 「あの店うちが管理してるのよ」 「え!?」 「……ちょっと待った。アンタ、うちのこと知ってる?」 「地主さんでしょ?」 「規模は」 「さあ?」 「……」 頭を抱える片瀬さん。 「どーりでさっきからふてぶてしいと思ったら」 「?」 「アレ見て」 パン売ってるとこの隣を指差す。 赤いのぼりの出てるお土産屋だ。裏の表札に、 『片瀬』 「あっちも」 逆側の定食屋。赤いのぼりが出てて屋号に、 『片瀬』 「片瀬、片瀬、片瀬片瀬片瀬!」 目に付く範囲の色んな店を指差す。 全部屋号に片瀬ってあった。 「こっちきて」 参道から道をそれて奥へ連れて行かれた。 江ノ島で一番大きいホテルが建っている。 『KATASE・江ノ島リゾートスパホテル』 「片瀬」 「へー……」 ホテルまで持ってるのか。 予想した以上の大金持ちみたいだ。 「すごいね」 「反応うすいわね!」 なぜ怒る。 「もっとこう……なんかないの!?聞いた瞬間土下座を越えて五体倒地でこれまでの無礼をわびるとか。靴を舐めに来るとか!」 「俺は頭のおかしな人じゃないよ」 「にゃームカつくー!」 「江乃死魔のトップだって言ってもビビらない!300人で拉致してもビビらない!大地主のご令嬢だって言ってもビビらない!」 「もっと平伏しなさいよこの権威的なものに!アンタ絶対に恐怖って感情が欠落してるでしょ!」 「なに怒ってるのさ」 「俺にだって恐怖はあるぞ」 姉ちゃんが異様に飲んだ夜とか。姉ちゃんの生理二日目とか。姉ちゃんがワガママ放題になる誕生日とか。 「……はぁっ。もういい。付き合ってるとこっちがおかしくなりそう」 「帰る」 「あ、うん。今日はありがと」 行ってしまう。 ……? なんでホテルの方へ? 「片瀬さん。帰るんじゃないの?」 「帰るわよ」 「そっち、ホテルしかないよ?」 「だからホテルに帰るのよ」 「……」 なに? 「ちょっと待って。片瀬さん、ホテルに住んでるの?」 「いまはね」 「家じゃ息が詰まるし学校も遠いからこっちから通ってるの」 「……」 ……。 「なによ」 「すごいじゃん!」 「はい!?」 「うそっ!? ホテル住まい? なにそれ」 「超リッチじゃん!」 「片瀬さんってまさか大金持ち?」 「だからそう言ってるでしょ!」 「土地がどうとか言われてもピンと来ないよ」 「でもホテルに住んでるんでしょ?宿泊費どうするのさ、1日泊まるだけですごいかかるんじゃない?」 「だからここはうちが管理してるんだって。全部タダよ」 「すごいじゃん!!!!!」 感動してしまった。 これがお金持ちというものか。 あ、すごい。お金という名の後光が見える。 「……ホントなんなのコイツ」 「……」 「でも」 「ビビった?」 「ビビった」 「江乃死魔がどうとかはよく分からないけど、片瀬家のすごさはよく分かったよ」 「ああ……やっぱりなんかムカつくけどビビってるからどうでもいい」 「ちょっと待ってて」 「?」 ホテルの裏手へかけていく片瀬さん。 「これっ、これ食べて」 サンドイッチを持って返ってきた。 ふむ。 (もぎゅもぎゅ) シラスパンと同じく、小魚が具になってた。 「美味しい」 「でしょ」 「このホテルで超お高い特別コースに入った人だけにサービスされる、うちの特別メニューよ」 「シラスパンじゃないの?」 「生のやつを使ってるのよ。キャビアやトリュフも入ってるし」 「おお〜」 そんな食材は具じゃなくそのまま食べたいけど、これはこれでうれしい。 「美味しい?」 「美味しい」 「でしょ。この私に『美味いパン』って誘うくらいならこれくらいは出てこないと」 「ビビってる?」 「ビビってる」 「やった!」 喜んでる模様。 「おっけこっち来なさい。特別にホテルのなかも案内してあげるわ」 「ほんとなら会員じゃなきゃ入れないんだから。感謝しなさいよね」 「うん」 テンションあがった片瀬さんに付き合うことに。 「こっちが厨房。さっきのサンドイッチを始め江ノ島名物や各地の食材がたんまりあるのよ」 「もちろん私はいつでも好きなとき好きなものが食べられるわ」 「こっちは遊戯室。ここも顔パス」 「見てこのビリヤード台。スイスから取り寄せたの、ラシャの色がちがうでしょ」 「着替えは毎日このクリーニング室でプロに仕立ててもらってるの」 「ちなみに縫合とかも一流の職人がしてくれるわ。特注がいるティアラの服なんかはみーんなここで用立ててあげてるのよ」 「そしてなんといってもコレね。オーシャンビューサロン」 「絶景でしょう」 「すごいすごい」 ちょうど夕陽の落ちる時刻で、すごく綺麗だ。 感嘆の声をあげる俺に、満足そうな片瀬さん。 さっきからスネなんちゃらオばりの嫌な金持ちキャラになってるけどいいんだろうか。 「ビビってるビビってる♪」 本人は嬉しそうだからいいか。 「ところでこのサロン、妙に窓が曇ってない?」 とくに東側が曇ってる。 「ああ、あっちにオーシャンビューの銭湯があるの。で、風向きによっては湯気が来ちゃうのよ」 「……」 海の見えるお風呂? 「へー……」 そんなものが。 「?なにその顔」 「入りたい、とか?」 ・・・・・ 「あ〜〜〜」 いいなあ。 海の見える露天風呂。作り物だけど岩風呂になってる。 「土日以外のこの時間は西側しか開けてないから、実質こっちは貸切よ」 「ビビった?」 「ビビった」 「ふふふ〜♪ 心行くまで楽しみなさい」 「うん」 は〜、 あったまる〜。 ・・・・・ 「ふふん、すっかりビビっちゃって。いい気味」 「……」 「さっきからなんか間違えてるような」 「ま、いいわ」 「私の偉大さの一端は思い知らせたことだし、次は江乃死魔のすごさを教えてやる番ね」 「前回は300人の本領を発揮する前に見てないとこで辻堂に潰されたのがダメだったのよ」 「私の指示で300人が暴れる光景を見せれば……。ふふふふ」 『すいませーん。身体も洗っていい?』 「ええ、石鹸類は備え付けのを使いなさい」 『ありがと』 「ふふふふふ」 「……」 「やっぱり何かまちがってる気が」 prrrrrr。prrrrrrr。 「っと、……ハナ?」 『もしもし』 「あっ、れんにゃ? いま外まで来てるシ」 「汗かいてっから風呂ぉ貸して欲しいっての」 「この時間、東側のお風呂空いてるじゃないすか。みんなで入ろうって話になってるんすけどぉ」 『はっ?』 「とにかくそっち行くね」 「ちょっ! 待ておい風呂はいま――」 「ちーっす。おん? 恋奈様も入るとこだったんかい」 「おっしゃ、久しぶりにみんなで入るシ」 「いっすねー。自分みんなで風呂とか好きっすよ」 「そ、そうじゃなくて今は――」 「任せてくんな恋奈様」 「服は俺っちが脱がせてやるっての」 「NOぉおーーーーーーーーーーーーーー!」 「さてと」 身体も洗ったし、片瀬さんを待たせないようさっさと出るか。 でも最後にもうちょっとだけ温まろう。 ざぶんとな。 しっかし景色もいいけど、広いお風呂だな。普通の温泉とかわらんぞ。 おっ、ありましたお約束。口からお湯を出すライオン。 これってなんでみんなライオンなんだろ?マーライオンと関係が? 近くに座る。 「君も常に口の中が熱くて大変だよなぁ」 「でも口あけてボーっとしてるだけで裸の女の子がガンガン寄ってくるんだからいい仕事だな」 「うらやましいよ」 「長谷っっ!」 「うわ!?」 「か、隠れて長谷!アンタがこんなとこにいるの見られたら――」 「え? え?」 「ふぃーっ、やっぱデカい風呂はいいぜぃ」 え!? ふぎゃ! ありえない声が聞こえると同時に、視界が白いものでふさがれた。 ふさがれたというか、 ――むぎゅ〜。 「いい、痛い痛い」 「うっさいしゃべるな!」 「どぼーんっ!」 片瀬さん以外にも何人か入ってきたっぽい。 「おん? 恋奈様なんでそんな端っこに行くんだい?」 「いや、あの」 「あ〜、お湯の出てるとこって気持ちイイっすもんね」 「そ、そう! ここが好きなの」 「れんにゃずるーい。あたしもそっち行く〜」 「くっ、来んな! こっち来ちゃダメ! 命令!」 「えー? でも……」 ――ぐいぐい。 「あの、片瀬さん……」 「しゃべるなッッッ!」 「ひぅっ。わ、分かったシ。こっちで遊んでるシ」 「……」 なんとか住み分けが出来たらしく3人がこっちへ来ることはない。 俺のことは向こうからは見えてないみたいだった。ライオン君の出すお湯が湯気を作ってくれる。 「ふぃー……アブな」 お尻ちゃんが……いや、片瀬さんが壁になってくれてるし。 「あの……お尻さ、片瀬さん。どうしよう」 「汗流すだけっって言ってたからあいつらは10分くらいで出るわ。それまで隠れて」 「う、うん」 出入り口との対角線上に3人がいるから脱出は不可能。隠れ続けるしかなかった。 「大丈夫? かなり近いよ?」 「知らないわよ。祈ってなさい」 頼りない。 でも……祈るしかないか。この状況で出たら俺は警察行きだ。 「んじゃっ、あったまりますか」 「おう」 「……」 「恋奈様? いつまで突っ立ってんだい?」 「う、うっさい! 足だけ温めるのがブームなの」 「そうかい」 明らかに不自然な片瀬さんには誰もツッコまない模様。 「ういー、コンタクトつけたまま入っちゃったシ」 「自分みたいにちゃんと外さねーと、危ないっすよ」 あっちは目の悪い子が多いようだ。助かる。 「なっはっは、目が悪いやつぁ不便だっての」 「俺っちなんて3.0から落ちたことないからコンタクトなんて一生縁がないっての」 いや、強敵がひとりいた。 隠れつつ様子をうかがう……。 「あー、家の風呂はちっさくて困るっての」 服の上からでも分かってたけど、すごい筋肉だな。 肩幅はあるし腹筋も割れてるし。アスリートって感じ。 上背があることもあって、不良なんてしてないでスポーツに目覚めればどんな種目でも全国単位で活躍できそうだ。 「うちの風呂でも足は伸ばせるけどここは泳げるから好きー」 あっちは完全に子供だな。 裸だと男の子か女の子かも分からないレベル。こう、頭を撫でてあげたくなる。 「〜♪ 自分スパめぐりとかよくするんで広さは慣れてんすけど、貸切ってのはやっぱ何度味わってもいいっすわ」 「……」 あの子はすごい。 ボボーン! キュキュー! ボーン! って感じ。 マキさんと似たようなタイプだけど、ウエストの絞り方とか、『見せるくびれ方』してる。 おっぱいはあるけどお尻はしまって、アイドル型だ。 たぶん普段からフィットネスとかでそういう引きしめ方してるんだと思う。 「……」 「……長谷」 「……」 「長谷っ」 「は!?い、いや片瀬さんも綺麗だよ?」 ちょっと胸は……だけど、バスタオル越しの曲線は充分に女の子っぽい。 タオルからにょっきり伸びた脚はほっそりしてて、辻堂さんの健康美とはちがう美脚だし……。 「なに言ってんの。それより腰のタオル、外れそうになってる」 「え、あ、うん」 確かに腰に置いたタオルが外れかけてた。 直そうとして……。 「あ」 「っ、バカ」 流されてしまった。 ライオン君がお湯を波打たせてるんで、あっちの方に行ってしまう。 慌てて視線を外す片瀬さん。 「申し訳ないです」 「み、見せんなバカ」 状況的にモノは……こう……震えるぞハートな状態になってて、腿で挟んで隠すとかは出来ない。 デカくなってることも気付かれたかはともかく、片瀬さんは目を背けてくれた。 ところで外れたタオルはどこへ……。 「あれ? 俺っちのタオル、どこ?」 「ティアラさん、最初っから持ってきてなかったっすよ」 「マジかよ。取りに戻るのめんどくせーな」 「おっ、恋奈様ぁ、そこに浮いてるタオル。使ってねーんならいいかい」 げっ。 「え……う、うん」 「サンキュ。んじゃいま取りに」 「来なくていい!そっち投げるから受け取って」 「?おう」 浮いてる俺のタオルをとる片瀬さん。 前のめりになって、 「ほらっ」 「おとと、恋奈様ノーコンすぎるっての」 だいぶ前に落ちてしまったようだ……。 !!!!!!!!!!! ま、前のめりになったときに……。 「あのっ、片瀬さ……」 「しっ!」 んあぷっ! 「ふぃー、真ん中らへんは深いから肩まで浸かれていいっての」 一番目のいい人が近くに来てしまった。 俺を隠そうと片瀬さんは、反射的に腰をひく。 「んぅぷ」 ――むにゅうう。 「てぃ、ティアラは耳もいい。しゃべるなよ……」 はい。 でも心配御無用。 「もが、んが」 お尻でしゃべれません。 「っふ……くすぐったい」 き、気付いて片瀬さん。お尻があたって……いやそのまえにタオルがめくれてる。 ゆで卵みたいにすべすべプルプルなお肉が、 「んぁあ」 「しゃべるなって」 ――ぷにゅんっ、ぷにゅんっ。 あああああ……。 こ、これもう、ちょっとその気になれば大事なトコ全部見えちゃうぞ。 「……」 見ないけど。 俺は紳士だし、その、俺には辻堂さんがいるから見ないけど。 でも……。 「恋奈さまぁ、そろそろ浸からないんすか?」 「さっきからずーっと突っ立ってるシ」 「う、うるさい。私のすることに文句いうな」 「……」 いや、浸かってください。 片瀬さん、まだろくに浴び湯もしてない。ヒザから上は汗も落ちてない。 ……蒸れやすい箇所には汗のニオイが溜まってる。 「ンぅ……」 甘酸っぱい……ちょっとしょっぱい香りが鼻腔から、舌に感じるくらい漂ってきた。 クラクラする……。女の子のニオイ。 顔が近いぶんあのときより強く感じる。 「っぅ、う……」 り、理性がもたない。落ち着かないと……。 そうだ。こんなときこそ深呼吸だ。 落ち着け俺。すー。 「……ぇ?」 はー。 「あうっ」 「……」 失敗した。 ニオイの塊みたいので、肺まで蕩けそうだ。 落ち着くためにもっと大きく深呼吸しないと。 すぅううーーーーー……。 「あ……ふっ」 「はぁぁあーーーー……」 「ふぃぅあ……」 「はっ、長谷っ。なにして……」 「ふーっ、ふーっ……」 ダメだ。クラクラする一方だ。 もっともっと大きく深呼吸しないと。 ……しかし女の子の身体ってのはどうしてこうイイ匂いがするんだろう。 この……お尻の谷間から足のあいだにかけて。ここが特に汗が溜まってて、 「んっ」 「ひゃっ!?」 谷間に顔を埋めた。 さあ深呼吸だ。 「すぅうううーーーーーー」 「くぅうあああ……おしり、つめた……」 「はぁーーーーーーーーー」 「あっ、あっ、あっ……あつ、なにこれ、熱い」 すー、 「ふぅあ……っ、あっ」 はー。 「あぁ……ン」 「恋奈様? どうしたんだい」 「……え? なにが」 「のぼせたんかい」 「わ、分かんない……なんか熱くて……」 すー、はー。 「あぁぁああ……」 ・・・・・ そうだ。素数を数えれば神父のように健やかな気持ちで、ムラムラなんて吹き飛ぶかも。 「2、3、5、7、11……」 「え……?」 「13、17、19、23、29……」 「ちょ、ちょっと長谷、お尻に口つけて声だすと」 「31、37、41、43……」 「ぁく……っ、くすぐったい」 む。 俺が声を出すと、片瀬さんの肌が細かく震動する。 密着してるからな。空気の震えが伝わるらしい。 白いお尻がプルプル小刻みに……。 いかんいかん。素数を数えろ。 「47、53、59……」 「あっ、う……っだから」 「61、67、71……!」 「あは……ぁ……」 「恋奈様? どうしたんすか?」 「はいっ!?」 もがっ!? 急に呼ばれてびっくりした片瀬さんが腰をさげる。 顔がお尻の谷間にはまってしまった。 いかーん。素数だ素数。落ち着くんだ。 「な、なんでもないから、気にしないで……」 「73、79……」 「……っはぁんっ」 「ばかっ、へんなとこで声……やぁあ、息がかかるぅ」 「83……ヴぁれ?」 87って素数だっけ? えっと、 「かたふぇふぁん」 「んぁぁあうっ」 「ヴぁちじゅうななってふぉふうらっけ」 「ぁふっ、はううう……っ」 「恋奈様? 顔、赤いっすよ」 「ちぃ……がうぅ」 ちがう? あ、そうだ。3で割り切れるわ。 「ヴぁりがとう片瀬ふぁん」 「あああああ……っ!」 89、97……。 ・・・・・ なんかもう理性とかいいわ。 ――ぺろん。 「ひゃうっ!?」 「どうかしたかい?」 「な、なんでも」 ――れろぉお。 「っっひ……ひゃああ」 んー、マンダム。 まだお湯につかってない片瀬さんのお尻からは、潮っぽい汗の味がした。 ぷるぷるして舐め心地が気持ちイイうえに味までいいなんて。 「レロレロレロレロ」 「んぅあ……っ、ひゃあ、んっ」 「長谷ッ? 長谷、バカ、なにしてる」 「別になにも」 「お尻になにか……ほっぺ?濡れたタオルにしては妙にヌメヌメ……」 「……お湯?」 いっぱいいっぱいで何が起きてるか分かってないようだ。 「はむはむ」 「ひゃあ……うう」 にしても敏感だな。 ぷりんとしたお肉をさするたびに、全身がビクビク反応してる。 これ、中央も舐めたらどうなるんだろ。 さすがに無理だよなぁ。100%バレるうえ、血祭りになると思う。 人生にセーブ機能があればやれなくもないんだが。 あーあ、欲しいなセーブ機能! ――れろぉお。 「ひゃあ……ぅうっ」 キュッと持ち上がったお肉全体を舐りまわした。 辻堂さんのも引き締まってたけど、こっちのほうが小ぶりで、かわゆい肉付きだ。 つい、 「かぷっ」 「!?」 「な、なに? なにしてる?」 「おかしなことはしてないよ」 美味しそうなものに食いついただけで。 「??岩……?」 「はむっ、はむはむっ、ハフッ」 「っひゃ……っ、ちょ、なによこれ。お湯じゃない……ぁはっ」 太ももをワナワナさせてる。 「レロレロ」 「あぁー……」 よっぽど敏感なんだろう。泣いちゃいそうな声。 やりすぎたかな。かわゆいヒップが俺の唾液まみれだ。 反省して口を離した。 お湯をすくって。 ごしごし。 「っわ! 触るなバカ!」 「ご、ごめん」 手で触ったら怒られた。 ・・・・・ 男は度胸。なんでも試してみるもんさ。 「ん〜〜っ♪」 「ひゃああっ!」 「恋奈様?」 谷間に顔をうずめ、真ん中に舌を潜らせた。 ――ぬるぅ。 「ひゃああああっ!」 「ここってこんなに体温が高いんだね」 谷間の底はすごく熱かった。 とくに……。 ――にち。 ちょっと硬いおちょぼ口の周りは焼けそうに熱い。 「ん〜」(にゅちにゅち) 「ひっ、んぅうっ、やめっ、こらぁっ。そんなとこ舐めるなぁっ」 「ヒクヒクしてるね。ここも感じやすいんだ」 「あぁ……っ、あっ、やだ……ぁ」 「こっちとどっちが熱いかな」 舌の位置をさげていく。 会陰を通って……ぷくっと盛り上がった肉蓋へ。 「はむ」 「ひ……ぅあああん。やぁだ、……ほんと、やだぁ」 温度自体は後ろのほうが高いかな。 でもこっちはジットリとして、触れた肌に絡みつくような熱さだ。 舌をもぐらせてみる。 「ひぅう、やっ、いやっ」 「イヤ?そんなこと言って片瀬さん、腰が跳ねてるよ」 細い腰つきは、俺の顔にこすりつけるようにぴくんぴくん反応してた。 「ン……汗より酸っぱいね。ここ」 甘酸っぱい匂いであふれた果肉をつつく。 そこは柔らかくて、そんな気なくてもイタズラするとヌパっと口を開いてしまう。 クニュクニュした中身を舌でかきまわす。 「あっ、あっ、あああっ」 「なにこれ……なに、この感じ……熱いィ」 「ンン……」 「ひぅ、うう……長谷、やああ私もう、もう……!」 「あ……っ」 「あああああああっ……!」 ン……。 ぷちゅっと音を立てて、舌をあてた肉の隙間からしょっぱいエキスがしぶいた。 潮吹いた? 感じやすいなこの子。 カクンと崩れ落ちる片瀬さん。 すると当然……。 「うお!? は、長谷大!? なんでこんなとこに!」 「珍客っすね」 「にゃあああ〜〜! え、えっちぃーーーー!」 大混乱におちいる浴室。 騒ぎを聞きつけた女中さんが駆け込んでくるのにそう時間はかからなかった。 その後俺はあえなくお縄になった。 片瀬家の力はすごいらしく、この年の初犯で実刑。もうまともな人生は歩めない身となる。 ちなみに、あとで聞いたのだが。 歴代最強と呼ばれた2012年の三大天を襲った俺は、伝説のヘンタイとして湘南にその名を語り継がれているそうだ。 「うぃー。なんかのぼせてきたシ」 「風呂んなかで泳いだりするからだっての」 「自分も熱くなってきたっすわ。そろそろ出ましょうか」 「だな。恋奈様、先に出るぜぃ」 「お、おう」 3人がそれぞれ出て行った。 「……ふはぁ」 安堵の息をこぼす片瀬さん。 ちょっと腰の位置が離れる。 「……」 はっ!? お、俺なにしてた? かるく飛んでた意識が復旧してくる。 ていうか。 あ……。 「終わった……疲れた」 「うん……」 「もう。長谷に関わるといつもロクなことが」 「……」 「長谷?」 「……」 「ぶくぶくぶく」 「え!? ちょっ、長谷!?」 「あそっかアンタずっと入って……」 「ど、どうしようのぼせた人ってどうすれば」 「えっと、えっと……」 「……」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「お騒がせしまして」 「ほんとよ」 のぼせた俺は、たっぷり休憩して、帰りにタクシーの送迎までつけてもらった。 はー。 恥ずかしい。 「……」 片瀬さんも気まずい模様。 「み、見ちゃったの、不可抗力だからね」 「う、うん」 「つーかそっちだってあんなにして、その、やらしいこと考えてたんだろ! 同罪だからね!」 「分かってるって」 意識はなかったけど、俺は全裸で介抱されたわけで。 つまりナニを見られてしまった。しかも限りなくアレな状態で。 ……あきらめよう。こっちだって彼女のお尻見ちゃったんだ。同罪だ。 「ほんと……ゴメンね」 見た、見られただけならイーブンだけど、こっちはのぼせて頭クラクラして、ヘンなことまでしちゃったからなぁ。罪悪感が。 「ん……っと」 「……」 ――バタン。 なにも言わずタクシーのドアを閉める彼女。そのまま車は出発してしまう。 んーむ。 悪いことをした。 「……」 にしても片瀬さん……。 なんでものぼせた俺を、半分裸のまま運んでホテルマンの人に助けを求めてくれたそうな。 悪い子じゃない。ってのは知ってたけど。 良い子なのかな? ……うーん。 ・・・・・ そうだ。マキさんどうしよう。 昨日は肉が足りねーって怒られたっけ。 孝行さんのミートボール、買っておこうかな。 でもあそこのは人気があるから、早めにいかないと売り切れるかも。 江乃死魔の人たちの様子も気になるし……。 うん。そうしよう。 あの人はなんか放っておけない。俺の世話好き中枢を刺激する。 「長谷君長谷君」 「なに委員長」 「昨日の夕飯はいかがでした?」 「ああ、好評だったよ」 昨日の委員長とのヘルシー会議はかなり有意義だった。 肉の少なさは怒られたものの、最後にはマキさん、満足そうだったし。 「なによりです」 「えへっ。献立に悩んだらまた相談してネ♪」 「なんすか急に」 「ダメか?生徒に混ざるから気持ちを若くしてみたんだが」 「ネ♪ は古いかと」 「うそっ。最近は語尾に『〜だョ♪』とか『〜だりゅん♪』とかは受けないのか?」 「相当古いです」 「受けた時代があるんですか?」 「がーん」 「先生も昨日はありがとうございました。勧めてもらったゴーヤの漬物、好評でした」 「あれは酒のつまみにちょうどいいんだ」 「みたいですね」 姉ちゃんもちょうどいいちょうどいい言いながらぽりぽり食べてた。 「なんの話?」 おっと、渦中の人物が。 「昨日のごーやの漬物の話」 「あれ美味しいけどシブかったわ」 「シブい? ちゃんと漬けなかったのか」 「時間が足りなかったんで。今日くらいにはいい具合になってると思います」 「つけ過ぎると苦味が際立つし。難しいですよね」 「うんうん」 我ながら主夫の会話だ。 「ところで長谷先生、なんか用?」 「今日の夕飯いらないって言いに」 「そうなの?」 いま漬物がいい具合って話したとこなのに。 「大人には大人の付き合いがあるのよ」 「ねー」 「ねー」 「ああ、また飲みに行くのね」 この2人、気が合うとかで、よく2人で飲みに行く。 「借りるぞ。なに、日付が変わるまでには帰す」 「ええ。できれば本当に帰るところまでお願いします。放っとくと道で寝たりするんで」 「ばかっ」 おっと。委員長がいたんだ。 委員長はクスクス笑ってる。 「じゃ、仕事を片付けるから。またあとで」 「ええ。2人も早く帰りなさいね」 「はい」 「はーい」 そっか。 今日は姉ちゃん、いないのか。 ・・・・・ 「はい、肉だんご」 「ありがとうございます」 「あとヒロ君、よかったらこれも試してくれる?」 「なんですこれ。鳥そぼろ?」 カラメル色のミンチ肉が瓶いっぱいに。 「牛とか豚とか、余ったお肉で作ってみたんだけど、期限的に売り物にはできなくて」 「いいんですか」 「早めに食べてね。あと感想もよろしく」 ラッキー。 お惣菜屋と仲良くなっとくと、こういうことがあるからいい。 よい子さんの手作りってだけでポイント高いし。 肉そぼろか。美味そうだ。 今日はマキさん来るかな。 肉類が多くなったから来て欲しい。 姉ちゃんいないけど、2人分用意してしまった。 まあ来なかったとしても俺だけで食える量だけど、 「来るかな。マキさん」 「もう来てるけどね」 「うわびっくりした!」 (サクサク) 「なにこのポテチ、九州しょうゆ味?」(サクサク) 「うまー」 「勝手に食べないでよ。手に入りにくいやつなんだから」 「うまー」 だんだん遠慮なくなってきたなこの人。 「あとご飯の前にそんなの食べちゃダメです。お腹ぽんぽんになっちゃうでしょ」 「はいはい」 (ざらざら) 全部食べられた。 「むぐむぐ……で、今日はなに?」 「わは、ミートボールがある」 喜んでくれてよかった。 「ン……ところで、2人分用意してね?」 「はい。実は今日、姉が外に行ってまして」 「2人で食べましょう」 「ふーん」 「なにげに初めてだな一緒に食べるの」 「ですね」 ・・・・・ 「カンパーイ」 「ぱーい」 「んっ、んっ、んっ、んっ……ぷはー!」 「ふぅ……仕事のあとはこれだな」 「すいませーん。ジョッキおかわり」 「海の家というのは飲み屋にもなるのか。知らなかった」 「あんまり見ないおつまみが揃ってていいのよね。大学のころはよくはしごしたわ」 「カストリ頼む」 「んなマニアックな酒ありませんて」 「……」 「どした?」 「……家が恋しくなってきた」 「早」 「もう帰るとか言うなよ、そっちから誘ったんだから」 「どーもアルコールが入ると、こう、弟をイジりたくてしょうがないんですよねー」 「めんどくさい性癖だな」 「……ある程度の歳で出来た姉と弟、もしくは兄と妹は、ギクシャクしてしまうというが。心配なしか」 「……」 「ヒロはほんとにいい子ですから」 「まあな」 「面倒見がよくて、お前さんとは相性ぴったりだ」 「最初もらわれっ子と聞いたときは本当に驚いた」 「そうですか?」 「とくに姉の遠慮のなさに」 「えへへ〜。だって甘やかしてくれるんだもん」 「やれやれ」 「あの子が世話焼きに育つわけだ」 「いただきます」 「いただきます」 向かい合って座り、パンと手を合わせる。 いただきます。 「かつかつかつかつもぐもぐバクバク!おかわり!」 「はいはい」 「マキさん、ミートボール全部食べないで」 「1個残してるって」 用意したおかわりのご飯もすごい勢いでかっこんでいった。 相変わらずいい食べっぷりだ。 それに、 「うまー」 「……」 美味しそうに食べてくれる。 こういう人、好き。 「なんだよ」 「べつに」 ジーッと見てるのに気づかれた。苦笑するマキさん。 「……」 「お前、私が食べるとこ、すげー見るよな」 「そうですか?」 「いつもは私だけ食ってるから仕方ないけど。自分も食うときは自分のことに集中しろよ」 「ですね」 俺も食わないと。箸を口にはこぶ。 「はぐはぐ」 「もしゃもしゃ」 「……」 やっぱり食べてるマキさんを見るのは楽しい。 (ずるるる) 「メカブって当たり外れ大きいけどこいつは当たりだ」 「いい魚屋さんを知ってるんです」 「つくづく主夫だなお前」 自分でもそう思う。 「もしゃもしゃ」 「この肉そぼろ、孝行の?」 「ええ。娘さんが作ったそうで」 「リョウはいい嫁になるよ」 「りょう?」 作ったのはよい子さんだが。 「なんでもない」 「やっぱラス1もいただきっ」 「ミートボールが!」 意外にも初めてな、マキさんと一緒の食事。 楽しかった。 ・・・・・ 食後は一服。 「あ〜。食後にくつろげるっていいな〜」 「いつもはすぐ帰っちゃいますもんね」 (ずずず……) 「茶柱」 「ほんとだ」 「〜♪」 「……」 のんびりした時間だった。 こうしてると信じられない。いま自分が、湘南最強の不良といるなんて。 ってそれは辻堂さんや片瀬さんもだけど。 「……」 「?どうしました?」 あっちからこっちを見てきた。 「いや。不思議だなーって」 「あの辻堂の男と、こんな平和にしてるなんて」 「あはは」 あっちも同じらしい。 やっぱ俺たち、相性がいいんだろうか。 不思議なくらいリラックスできてる。 「ふー」 椅子の背もたれに体重をあずける彼女。 ――ゆさっ。 「……」 「お前ほんとおっぱい好きな」 「はい!? そ、そんなことは」 「……すいません」 また目を奪われてしまった。情けない。 マキさんは気にしない様子でぐーっと伸びをして、 「こんなくつろいだの久しぶり」 「そうなんですか?」 「普通にメシ食うってのも久しぶりだけどさ」 「前にこんなくつろいだのは……ジジイがいたころか」 「ばあちゃん、元気してるかなー」 「……」 ちょっと気になった。 俺は基本的に、マキさんのことを何も知らない。まともに会話したのさえ先週からだし。 なんで家出してるかとか1つも知らない。 でもやっぱ聞きづらいよな。 家族を捨てたにしろ捨てられたにしろ、その事情が重くないわけがない。 「な、な、ダイ」 「うん?」 「コーラない? コーラ」 「コーラ……は、ないですね」 最近買った覚えがない。酒を割る姉ちゃん用のジュースは基本ジンジャーだし。 「ちぇー。久しぶりに飲みたいのに」 「好きなんですか?」 「昔よく飲んだんだ」 「すっげーパチパチの強いやつ飲んでるとさ、暗い気分とか全部ふっとぶじゃん?」 「なるほど。買って来ましょうか。自販機なら大抵ありますし」 「いいよそこまでしなくて」 「炭酸なら大抵好きだからさ。ジン○ャエールはあるだろ? もらうな」 「はい」 冷蔵庫をあけるマキさん。 と……。 「あ」 「はい?」 「……発見♪」 赤い缶をとりだした。 見たことない銘柄だけど、『Coke』と書いてある。 「あれ。あったんだ」 姉ちゃんが買ったのかな? 「いい?」 「ええ。せっかくだし」 俺のじゃないけど、まあいいだろう。姉ちゃんもよく俺のジュース勝手に飲むし。 俺も飲みたくなったので、コップを2つ用意する。 「おっ、コップで飲むの?」 「いいね〜、注いで注いで」 「はい」 キンキンに冷えた缶を受けとる。 個人的なこだわりだが、コーラはぜひ、透明なコップに移して飲みたい。 品のある黒が、光を吸うに従って褐色に薄れていく美しいコントラストが楽しめるからだ。立ちのぼる気泡もわくわくさせてくれる。 350m缶なのですぐ空になった。 ……にしてもどこの銘柄だ?MEXI……メキシコ? まいっか。 「それでは」 「おう」 2人でコップを持ち、 「乾杯」 「乾杯」 チンとふちを鳴らした。 「たまにはカクテルもいいもんね〜。次スクリューパイルドライバーお願い」 「それじゃ胸毛親父の得意技だ」 「ナンパの彼どうなりました?飲み比べで勝負って言ってましたけど」 「楽勝過ぎる」 「もー飲めましぇーん……」 「ジョッキ6つでこれじゃ話にならん」 「相変わらずザルですね」 「口直しにスピリタス。ストレートで」 「こっちスクリュードライバー、早くね」 「ン……それは何を飲んでるんだ?」 「これですか? テキーラのカクテルです」 「テキーラをコーラで割ったやつ」 「メキシカンコーク」 「うー」 「んぁ……なんかフワフワする」 「俺も」 なんだろコレ。 なんか喉が熱くなるコーラを飲んだら急に。 うー。 「すいませんマキさん。体調不良っぽいんで部屋で休んでいいですか」 「んー、どーぞー」 「ども」 部屋に戻った。 ベッドに倒れこむ。 床が揺れてる感じ。 う〜〜〜……。 「……」 「私も寝かせて」 へ? わっ。 隣に寝そべってくるマキさん。 寝たかったのは分かるけど……近いよ。 甘酸っぱい体臭が分かるくらいの距離。 ただでさえ気分がぽやっとしてるのに、こんな香り……。 「……」 「はぁ……」 あれ。 顔の距離がちかい……。 ――ちゅむ。 「……」 「……」 キス。 フワフワしてさほど抵抗もしなかった。 「ぷは」 「なにすんですか」 「顔見てたらなんかしたくなって」 「やっぱキモチいーなー、お前の唇」 「もー、俺には辻堂さんがいるんだから」 背中を向ける。 体をまたがれた。 ――ちゅ〜。 んぁあ……。 「だ、だから」 「いやだった?」 「そういうわけでは。気持ちイイですけど」 柔らかくて、クセになりそうだった。 でもやっぱり……気分は乗らない。 確かに辻堂さんとはもう彼氏彼女じゃないし、そもそも恋人ってのも最初から演技だったけど、 それでも俺は彼女が好きで――。 「はむ」 「……」 「んん〜」 「……」 「だからぁ」 「はふぅ……」 満足そうにため息をつくマキさん。 気分がふわっとしてるせいか、いつもよりさらに遠慮がなくなってるようだ。 「エロい気分になってきた」 「……」 同感。 「ダイってニオイもヘンな感じだな。温かい」 寝転がる俺を敷物にして寝そべり、胸板やお腹に鼻をこすりつけてくるマキさん。 おっぱいが擦れるんですけど。 「……はぁっ」 俺のニオイを嗅いで、もっと顔を赤くしてる。 とろんと目が潤んでる。 「ヘンな感じ……」 「う……」 今度はちろちろと口の周りを舐めてきた。 ……いかん。 まるでこれから捕食されるような感じがして、俺はようやくぽやっとした気分が引いた。 でも、時すでに遅く。 「へへっ」 「ちょ……」 両腕をがっちり押さえられてた。 なんつー力……逃げられない。 「どこ行くんだよ」 「べ、べつに」 「そんなに私がイヤか?」 「イヤ……では、ないけど」 怖い。 いつもの、カツアゲされそうな迫力とはちがう。 サイフじゃなく、魂でも奪われそうな怖さがある。 「こうしてると気持ちよくない? 温かくて」 「それは……ですけど」 実際、気持ちよかった。 俺を敷物にして乗っかるマキさん。 彼女の温かさ、重み、柔らかさを全身に感じる。 そのくせ両手はガッシリ捕まってるから逃げられない。 マキさんの気持ちよさから逃げられない。 「こっち見て。私の目」 「ぅん……」 黒の瞳と視線を重ねる。 鼻と鼻をくっつけながら、まっすぐに見詰めあった。 深い……深い黒さの、吸い込まれそうな瞳と。 「かわいー目」 コツンと額に額をあててきた。 「お前の目……好き。優しくて」 「……」 「いまなにが見える?」 「……マキさん」 「そう。ダイの世界には、いま私1人」 「私のことだけ考えて」 「……」 考えてます。 マキさん以外の全てのことは、頭から消えてた。 「口、あけて」 「はい……」 言われるまま唇を開く。 「吸って」 言いながら、 「ふー……っ」 「っぅ……」 口の中へ吐息を吹き込んでくる。 甘くて……ジメっとした香りが口の中に、舌の上に、肺のすみずみに染みていった。 「もう一回」 「ふー……っ」 「あぅ……」 肺が占拠されていく。 俺の内側が……マキさんに囚われていく。 「今度はこっち」 あーんと口を開ける彼女。 俺は言われるまま、 「ふー……っ」 「〜〜……っ、……っ」 俺の吐いた全てを飲みほすマキさん。 「……ダイの味がする」 やってることはいやらしいくせに、子供みたいに笑って見せた。 俺の味……? 「ン……」 口をあけてみる。 「ふふっ、はいはい」 「ふー……っ」 ン……。 マキさんの吐息を食べさせてもらう。 ジメつきが舌に絡むとき、確かにマキさんの味がした。 「ふーっ」 「……っは」 「……ふーっ」 「……〜ンふ」 呼吸の交換になる。 なんだか無性にエロティックなことをしてる気がした。 お互いハァハァと息切れしてきたのは、吸い合うものの酸素濃度が低いからだろうけど、 「……ダイ」 「マキさん……」 頭の中が完全にお互いのこと一色になったのは、肺がお互いのニオイで占拠されたからだと思う。 ドクッ、ドクッと心臓が忙しなく鳴ってた。 自分のそれはもちろん、むちッと潰れるマキさんの大きなバストからも同じくらいの早鐘が聞こえてる。 「はぁ……はぁ……」 「ふぅ……ふぅ……」 心臓の音がシンクロして、体の境目がなくなったみたいだった。 「……ンは」 鼻をくっつけたまま口を大きく開く彼女。 「……あぷ」 食べられた。 キス、っていうか、口元全部が食べられた。 そのままこっちの唇を唇ですりつぶすようにぐにぐにとこすり付けてくる。 あぅ……あく……。 「……な?」 「はふ……」 「キスってキモチいいだろ」 「私ももうヤミツキ」 「一昨日から……ダイとキスすることばっか考えてた」 押し付けたり、かと思えばちゅーっと吸ったり。好きなように俺の口元を弄びながら言う。 ……拒めなかった。 言うとおりメチャメチャキモチいい。あごとか、鼻の付け根とかがとろけそう。 こんなの拒めるわけがない。 「はむ……っ」 「んふっ」 ついこっちからもくっつけ返してしまう。 圧力が強まると、そのぶん気持ちよさも増した。 「んぁふ……ふぁふ、ふぁう……」 「んっ……ンン……っ」 ぐいぐいとぶつけ合う唇。 「はぁ……ぁぁは……、ダイ……」 マキさんの吐息がさらに高まる。 吐息に絡んだものだろう。とろーっとエキスが一筋、密着した口をつたって下りてきた。 「……ンく」 マキさんの唾液……迷わず飲みこむ。 肺にたっぷりたまってる香りと同じニオイがした。 「あ……」 「……あはは」 「んちゅ……ッ、ちゅるる……ぅ」 うわっぷ。 お返しを。ってことか。くっついた口に思いっきり吸いついてきた。 歯茎とかにあった唾液が持っていかれる。 「ふは」 「はー……っ、はぁ……」 なんか……すごいキスをしてしまった。 キスってエッチぃんだな。知らなかった。たんなる愛情表現とばかり。 思ってると、 「……ついでにしとこっか」 「え……?」 「大人のキス……エロいキスもしとこうぜ」 「ン……」 あっちも同じこと思ってた。 ……やっぱり拒めない。 「舌、出して」 「……はい」 ちろりと差し出してみた。 マキさんは潤みきって泣いてるみたいに濡れた目をすっと細めて、 「……チロ」 っぁ。 「ちろ、チル、ぴちゅぴちゅ」 まずは味見。って感じに舐めてきた。 子犬がミルクを味見するような接触。 「っう……、う……」 「あは、気持ちイイ?」 「〜……」 首を縦にふった。 ただ舐められてるだけなのに、すげー気持ちイイ。 「正直でよろしい。ンじゃ……」 「……はぷ」 あ……。 先っちょを咥えられた。 前歯で軽く噛んで固定し、引っ張られる。ちょっと痛い……。 「あむ」 ――ニュルン。 「ぅぷ……」 飲まれた。 麺類でもすする感じで、引っ張り出された俺の舌はピンク色の唇のなかに埋没する。 マキさんの吐息と唾液の巣窟に。 「あっく……」 「ンふぁんっ」 つい動かしてしまった。ゾロリと歯や歯茎、頬の粘膜に、舌がこすれる。 「こぉら……大人しくしろ」 鼻を鳴らしちゃったのが悔しいんだろう。マキさんはおデコをコツンてさせて、 「ぁあンむ……んふっ、ちゅぷちゅく、ちるるる」 「っ! っ〜〜!」 飲み込んだ俺の舌を舐ってきた。 「はぷ、ぁぷ……んちゅるう。れろれぅ、んるっ、ん」 「あぷ……はぅ」 「んふぅ、んふ……ちううう、はむ、レロレロ」 うわ、うわ、うわ。 こ、これヤバい。これすごい。 長く伸びた舌が、まんべんなく俺の舌に巻きつく。 「んちゅっ、ちゅぷっ、んふぅう……ちゅぷ」 ニチニチといやらしい音を立てて擦れる。 そんな摩擦だけで充分気持ちイイのに。 「はむ……」 「あん、あむ、ンンン……ちゅるっ、ちゅううぅうう」 「……〜〜っ、う、う」 奥歯であまく噛んだり、根っこが取れそうなくらい強く吸ってきたりする。 どれも気持ちイイ。 頭のなかがトロけてる気分になる。 「ンぅ、んぅ、んふ……」 「ちる……っ、んちゅ。にるにる……。ちゅぷる」 細い頬をもごもご動かして、口の中の色んなところで俺の舌を味わってるマキさん。 「……」 ヤバい。 やること全部がいやらしくて目を離せない。 やること全部が可愛く思えてきた……。 「んちゅっ、んっ、んっ、んふ……」 「……ぷぁ」 ようやく離れた。 どれくらい舐められてただろう。もう時間の感覚がない。 「はぁ……はう……」 「は……」 お互いの唇を、離れるのが不自然とばかり混ざり合った唾液がツゥッと橋になってつないだ。 「……どーだった?」 「すごかった……です」 「気持ちよかった?」 首を縦にふる。 「そか……あは」 俺が悦んだのを知ると、マキさんも嬉しそうだった。 ……可愛い。 「もっかいしよっか」 チロリと舌を見せる。 ン……そうだな。 「……」 「はむ」 「ふぇっ?」 今度はこっちから。先っちょをはぷんと咥えてみる。 マキさんは一瞬きょとんとしたものの、 「……あは♪」 自分から舌を差し出してくれた。 今度は俺が飲み込む。 ……マキさんの舌、小っちゃくて可愛い。 さっきのあっちを真似、舌を絡みつかせていく。 「んん……ッ、んッ、ん……」 「んふぅうぅふぁ……っ」 あっちも俺と同じ。かなりキモチ良さそうだ。 ならもっと。 ――ニュクニュクニュク。 「ふぁう、んん、きゅふゅう……」 舌の腹同士をくっつけたり、 「はふ……ぁむ……」 先っちょでツイツイと舌腹や裏っかわをくすぐったり。 「ふぁあん、あんっ、ンぁむ……んきゅうん」 はは。可愛い声。 あ……。 「はぁ……ふぁあ……」 あまりしつこく舐めたせいか、マキさんの体から力が抜けてきた。 体重を全部あずかる俺だから分かる。 「あは……ぁん」 ……ウットリしてる。 「ンぱう……」 どろぉっと舌を伝って、大量の唾液が落ちてきた。 「ンく」 俺はもう躊躇なく嚥下していく。 もちろんその間もマキさんの舌は逃がさない。 「はむ、はぷ」 今度は歯で挟んで、しごくみたいに、 「んちゅ、んちゅ、……ちゅるる」 「ふぃぃいいん……だぃ、ふぁいぃぃ」 「ぁむん、ぁうンん……ふっ、ふぅ、ふうう」 さらに舌でこする。 マキさんはもう嗚咽をこぼしながら、乗っかった体をビクンビクン痙攣させてた。 ならもっと。 「んっ、んちゅ。るるるっ」 「ふぁ……ひ……」 「ちぅうう……っ」 強く吸いつき。ナメ転がす。 「んふぁああ、はふ、はふぅう……」 「っっふぁああん」 ……へえ。舌の根っこが弱いんだ。 重点的に舐めた。 「ぁううういじわるぅう。んぷぅ、ふぅうう」 「う……、う……っ」 「ン……〜〜〜……」 「ぷぁっ」 あれ。 逃げられてしまった。急に舌をひきぬき、顔を引くマキさん。 かと思えば。 「はぁ……あ」 「っはん……」 ガクンと全身から力が抜けきった。 「ま、マキさん?」 「はぁ……はぅう……」 「はふ……」 「コラぁ……」 復活するのに20秒くらいかかった。 「お、オチかけただろうが。やりすぎだテメェ」 「あれ、そんなに?」 やった時間はこっちのほうが短かった気がするが。 マキさん、舌が感じやすいらしい。 「ったく……」 「大人しくしろよ」 「んぁっ」 またキスされて、舌を突っ込まれた。 今度こそフツーのディープキス。 うねうねと口の中でマキさんの舌が暴れ出す。 「っ、っふ……、ん、く」 俺も口の中はかなり弱い。ゾクゾクっとした。 でもこの場合……。 「ンちゅ」 ――ニュル。 「ふぁふ……」 こっちからも向こうの口に舌を送りこむ。 つるつるの歯を1本1本舐めていった。 「んふ、んふ……」 歯はともかく、歯茎はくすぐったいらしい。 舌がゾロッと触れるたびマキさんの吐息が弾む。 「にゃろー……大人しくふぃろ」 「ぅむぁぷ……」 ぐりゅりと強めに、隙だらけの舌の根っこを舐められた。 マキさんが弱い理由分かる……あごどころか耳にまで気持ちイイのが来る。 「ぷぁは……ぅ、ンぅ」 「んふ、んふ……、ぁんむ」 お互いがお互いを攻めあう。 「……ふふ」 「……あは」 なんか……子供のころ、友達とくすぐりっこでバトルになったみたいな感じ。 あれよりずっとエロいけど。 「んちゅ……はぁぷ……」 歯列を裏側からたどったマキさんの舌先が、上あごを通って舌にきた。 俺は迎えいれ、ねろりと絡みつかせる。 「あふ……ん、んちゅ、んぷぅ」 「ぷぁは……マキさん……ン、んぅ」 「はぁー、はぁー、ふぅー、ふぅー」 「んちゅぷ、ちゅるぅ……れるれる……レロぉ」 むつまじく絡む舌同士のバトルになった。 こん、と額をぶつけてくるマキさん。 いつの間にかお互い汗だくだ。おデコまでぬるっとした。 「んぷぁあ……」 重力に従って唾液が垂れてきた。 受け止め、舌でころがして飲み込む俺。すると、 「ダイばっかずるい……わらひも」 「う、うん」 拗ねたような声に催促され、舌に唾液を乗せた。 「んん……っ、ちゅる。……コクン」 嬉しそうにすするマキさん。 唾液の交換――。言葉にするとものすごくいかがわしいことも、当たり前みたくするようになっていた。 指に力を込めれば、いつの間にか両腕は拘束というか、恋人みたく握り合っているのに気付く。 「ふはぁ……」 苦しくなってきたのか、一旦はなれた彼女が満足そうにため息をついた。 「……」 俺は……。 まだ足りなくて、こっちからキスを仕掛ける。 「ン……」 彼女は一瞬驚いただけですぐ受け止めてくれ――。 「んぅ……ぁむ……」 「……ふふ、ダイの、すごい」 「ぅ……」 不意に彼女がもぞっと腰を動かした。 背がほとんど同じなので、下には当然俺の腰が。 ……ズボンの中でギンギンになってるものが、柔らかい腰つきに圧迫される。 勃起を感じた彼女はさらに目をとろんとさせて、 「恥ずかしがんなよ」 「私も同じ感じなんだから」 そのままお尻をよじらせた。 ――ヌチュ。 粘着質な水音がする。 ……濡れてるんだ。 「……」 あのときの彼女みたいに……。 「……」 ――ガバッ! 「ふわっ」 突き飛ばす勢いでマキさんから離れた。 「な、なんだよ急に」 「ごめんマキさん」 「でも俺……やっぱり」 「は?」 「……ああ」 分かってくれたのか、肩をすくめた。 これはダメだ。 辻堂さんが好きな男は、しちゃダメなやつだ。 「……ちぇっ」 「そういうとこも悪くねーけど」 うわっと。 「またな」 最後にもう一度、柔らかい唇を額におしつけ、そのまま去っていった。 残される俺。 「……」 「……はぁ」 俺、最低だ。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「たらいま〜」 「ほら、まっすぐ歩け」 「あははははは、やっだ楓ちゃん変なとこ触らないで」 「肩を貸してるだけだ」 「すいません送っていただいて」 「ほら姉ちゃん、こっち来てよだらしない」 アルコール臭がすごい姉ちゃんを受けとる。 「あぁ〜、ヒロだぁ〜」 「はいはいあなたの大ですよ。お風呂入れる? 水持って来ようか?」 「お風呂?」 「やーねーこの歳になって一緒にだなんて」 適当にソファに放った。 「私はもう帰るから」 「あ、どうも。タクシー呼びましょうか」 「いや。うちのに迎え頼んでるからいい」 「水一杯くれ」 「はい」 取りに行く。 変な先生だけど姉ちゃんを任せるときは頼りになるなぁ。 ……ふぅ。 「落ち込んでる?」 「うわ!」 抱きつかれた。 「なにかあったわけ? お姉さまに話してみなさい」 「な、なにもないよ」 「なによー。この私に言えないわけー?」 「いや、あの」 好きな子がいて、その子と仲の悪い子とキスしてしまいました。 言えるか。 「白状しなさい」(ぎゅい〜) 「だから何でも……いててて。苦しいよ」 抱きついたまま両腕が首にかかってる。 「おーい、水まだか」 「言うまで放さないからね」(ぎゅいぎゅい) 「チョーク! チョーク! ヘルプミー」 「……」 「いい姉弟だこと」 さて。 色々あった1週間がついに終わる。 明日はいよいよ勝負の日である。 辻堂さんと遊園地。 辻堂さんとデート。 彼女との関係は、いまかなりあやふや。 仮の恋人で、いまはデートを約束した仲で。 ……明日で決着がつくと思う。 「ふーっ」 緊張してきた。 これまで辻堂さんとデー……お出かけしたのは、計3回。 1週間で3回だからかなりの回数に思えるが、 1度目は3会の準備と猫のため。 2度目は猫の件の後始末。 そして3度目はまた3会の準備。 どれも理由があってのことだった。 明日はちがう。 ただ出かける。 2人で、理由もなく。 これってようするに、辻堂さんも俺を憎からず思ってくれてる証拠なわけで。 俺みたいなどこにでもいるフツーのやつが、湘南最強の番長さんと付き合いたいなら――。 明日がたぶん最後のチャンス。 「ふぃー……っ」 や、やっぱ緊張する。 とりあえず今日すべきことは、 おしゃれだな。 この前、辻堂さんは気を使ってくれたのに俺はフツーで行ってしまった。 明日はちょっとはカッコつけたい。 えーと、まずは服から……。 ・・・・・ 「というわけで、来てもらったのはそういうわけです」 「服のコーディネートか」 「どぉーでもいいじゃんそんなもん」 家での姉ちゃんは他には見せたくなかったけど、背に腹はかえられない。 「僕もこの長谷先生はあまり見たくない。夢が壊れる」 「美人は3歩くらい引いてみるべきだよね」 「ああ」 「まあまあ。タロ君もうちの弟みたいなもんよ」 「それはどうも」 「じゃあ早速はじめよう」 「服は色々と選んであるから、2人が一番いいと思うのを言って」 「任せろ」 「女の子と出かける用の服だっけ?」 「うん。心を動かすような服が欲しいんだ」 「すっぽんぽんでいいんじゃない。究極的に男らしくて」 「国が動いちゃうだろうが」 「……なんで私がヒロのデートの手助けなんて」 「はい?」 「なんでもない!」 「別にイヤなら姉ちゃんはいいよ。ヴァンに頼むから」 「タロ君1人でいいわけ。タロ君、イケメンだけど服のセンスはイマイチよ」 「失礼な」 「よくすまむらで服買ってるじゃない」 「安いからいいじゃないか」 「すまむらの服もいいものだぞ。あそこの服で出歩いていても、逆ナンやモデル勧誘の回数が減ったことはない」 「……男の美形は腹立つな」 「ねっ」 「分かったよ姉ちゃんもいてよ」 「じゃあ着替えてくるから、ヴァンは感想お願い。姉ちゃんは邪魔しないでね」 あらかじめそろえておいた服に着替える。 でれれれれれれれれ(←ドラムロール) じゃーん! 「どう?」 「……ふむ」 「……」 「いいじゃない!」 「ほんと!?」 「明日は絶対その服で行きなさい」 「そ、そっかぁ。やっぱいいのかなこれ」 派手系で揃えてみて不安だったけど。 「ヴァン的にはどう? この服」 「そうだな。一言で表現すると」 「2003年ごろのラッパー、だな」 あれ。 「とてもバカっぽい」 「う……言われるとチャラチャラしすぎたかも」 冷静に見れば俺には合いそうにない。 「着替えてくる」 「チッ」 次はもっと日本風で行こう。 でれれれれれれれれれれれ。 「じゃん!」 「いいじゃん!」 「ふむ……ずいぶんと和風になった」 「和風というか昭和風というか」 「一言でいうと、とらさん、だな」 「着替えてくる」 「チッ」 でれれれれれれれれれれれ。 「じゃん!」 「親が張り切った子供、だな」 でれれれれれれれれれれれ。 「じゃん!」 「ハッパやってる黒人、だな」 でれれれれれれれれれれれ。 「じゃん!」 「岳人、だな」 でれれれれれれれれれれれ。 「じゃん!」 「なんでガチャPンの着ぐるみなんて持ってる」 「ダメかぁ」 「あとで着させてくれ」 (心配することなかったわ) 最終的に無難なところに落ち着いたけど、 それまでに4時間かかった。 ・・・・・ ――ピンポーン  ? 「はーい」 お客さんか。姉ちゃんが出てくれた。 「どちら様? ……あら、あらあら」 「ヒロー? 大ー。ちょっと来てー」 「ん?」 俺か? 「はいはーい?」 「あ」 「どーも」 「ご存知? 片瀬さんのお嬢さんだって」 「う、うん。昨日……ね」 姉ちゃんの前では、接点はそれだけとしておく。 「昨日はお世話になりました」 あ、お嬢様ぶってる。 このキャラで行くらしい。 「こちらこそ。昨日はご迷惑をおかけしまして」 合わせる。 「写真撮りにいって……なにかあったの?」 「別に。ちょっと江ノ島を歩いただけ」 「楽しかったです」 お風呂の一件は黙っておいた。暗黙の了解だ。 姉ちゃんはとくに気にせず、2人にしてくれた。 空気読んだってとこか。 読んで欲しくなかったけど。 「おるぁ!」 「ひぶん!」 瞬間的に腹に1発。 「ふースッキリした」 「昨日はアンタがのぼせたせいで何一つお返しできずじまいだったからね」 「気分が晴れたならなによりだよ」 いてて。 「これで婦女子の素肌に触れた件はチャラにしてあげる」 「俺には過失ないんだからもうちょっと優しくして欲しかったかな」 「バスタオル越しだから気にしないわ」 「……」 お尻を直に見ちゃったこと、気付かれてないらしい。 一生胸にしまっておこう。あの、 ぽわぽわぽわぽわ〜ん。 「……」 「おい」 「な、なにも考えてないっすよ!?」 「なにが?」 「いえなんでも」 「まーいいけど」 「今日の用件はコイツ」 「?……あ」 投げ渡されたのは、携帯だった。 昨日はのぼせて介抱してもらって、そのままタクシーで帰ったから、荷物を確認してない。 「わざわざ届けてくれたんだ。ありがとう」 「おるぁ!」 「はぎゃん!?」 「な、なぜ殴る」 「荷物届けるがてら殴りにきたのにたった1発じゃ損じゃない」 エコ感覚で殴らないでよ。 「……?」 「今日、やけにオシャレね?」 「ああ、いま服を合わせててさ」 最近あんまり使ってない、オサレ着を試着してた。 「辻堂とのデート用?」 「ま、まあね」 「ふぅーん」 なんかニヤニヤする彼女。 「まだ信じられないわ。あんたみたいなボンクラがあの辻堂と付き合ってるなんて」 「はっはっは」 俺も信じられない。 「デートは明日?」 「うん」 決戦は明日だ。 「ふーん」 「てことは明日、少なくとも辻堂は動かないわけね」 「……助かる。いま江乃死魔めちゃくちゃだから、ここで動かれたら」 「……」 「なに?」 「その服センス悪い」 「うそ」 結構自信あるのに。 「色をあわせてるのは分かるけどボトムが明るすぎる。下半身が安っぽく見えるわ」 「下ネタ……?」 「そういうことじゃない!」 「ちょっと服見せなさい。アンタみたいな平凡なツラは、コーディネートでごまかさないとどうしようもないわよ」 ひどいなオイ。 部屋に移動。 「明日はアンタに辻堂を楽しませてもらわなきゃ困るの」 「ふーん」 あくまで自分たちのためらしい。 まあいいさ。俺はフツーに、彼女とも上手くやっていきたい。 「えっと、まずは……これつけて」 「いてて」 襟をひっぱって何か入れられた。 ハンカチだ。白いハンカチ。 半分出して、前かけみたいに。 「うん、白。そのつまんない顔にはやっぱ白ね」 ……平凡とかつまんないとか。 そんなわけで今日は、 辻堂さんとのデート用の服を、辻堂さんのライバルに選んでもらった。 ・・・・・ 「ふむ」 鏡の前で、 右、 左、 右、 うん。悪くない。 と、思う。自分のセンスには自信ないけど。 ……ん。 「〜……」 この声は、 「出前迅速落書無用。ナースマン大です」 「ぎぶみーうぉーたー」 「はいはい」 すぐそこまで手が届かないらしい。机の上に用意してあるミネラルウォーターをコップに注いであげた。 一口ずつ、ゆっくり飲んでいく姉ちゃん。 「うー」 「ちょっとは楽になった?」 「マイナス100ぐらい」 「ちくしょー、アセトアルデヒドのバカ野郎」 二日酔いだそうだ。 「もうお酒なんて一生飲まない」 「そうしてくれると助かるよ」 「つらいよー頭いたいよーなんとかしてヒロー」 「自業自得」 「この辛さを忘れるにはひとつしかない」 「ヒロ! ビール!」 「6つ前の自分の台詞読んでみろ」 「つらいよー」 またバタンキューする。 やれやれ、しょうがないな姉ちゃんは。 冷たいおしぼりで顔の汗を拭いてあげた。 「はぁ〜」 「気持ちいい?」 「多少」 心地よさそうに目を閉じる姉ちゃん。 なによりだ。 「なんでお酒飲んでこんな気分になるのかしら。世の中まちがってるわ」 「すごい合理的に出来てると思うけど」 「ぎぼぢわるい」 「またベッドで吐かないでよ。あれ処理するの、すごい悲しくなるんだから」 「いつもすまないのぅヒロや」 「いいんですよ。2人だけの姉弟じゃありませんか」 「今回はさすがに懲りたわ」 「今日から3日くらいはお酒の量控える。……2日。……明日までは控える」 「張り倒すぞ」 「寝なさい。二日酔いの特効薬はないそうだから、寝るしかない」 「うん……」 目を閉じる姉ちゃん。 気分悪そうだから、治まるまで見てやることにする。 頭をなでるとちょっと楽になるようだ。 なでなで。 「はふぅ……」 「ご加減は?」 「マイナス100、プラス3てとこ」 「なんだかんだ言って介抱してくれるのよね、ヒロは」 「しないとうるさいんだもん」 「ツンデレ」 「はいはい」 「苦しんでたらほっとけないだろ」 「姉弟なんだから」 「ふふっ」 ・・・・・ 寝たので、この隙に昼食を用意する。 二日酔いには味噌汁がいいんだそうな。 かつ栄養バランスも考えると……なめこ汁かな。 ちょちょいと、 完成。 さてと、俺もそんなに食欲ないからこんなもんで……。 そうだ。 ご飯、味噌汁、おしんこ、あと昨日の残り数点。 こつこつと窓を叩く。 「なめこ汁好き」 「なによりです」 もう普通に現れるようになったなこの人は。 「ほとんど昨日の余りになっちゃいました」 「いいよ。味は保証されてるし」 「あっ、ちゃんとミートボール入ってる」 「さっき買ってきました」 「いただきまーっす」 さっそくかっ込みだすマキさん。 相変わらずいい食べっぷりだ。 「……」 「?」 「いや」 「昨日はここでドエロいことしたからさ」 う……。 「あ、アレはなかった方向で」 「2人ともヘンだったしな」 あの変なコーラのせいだ。たぶん。 「きょ、今日はしないぞ。味噌汁の匂いしちゃうから」 「はい」 ……ちょっと残念に思えるのは、気のせいだろう。 「〜……」 「あ。すいませんマキさん」 「?」 席を立つ。 ・・・・・ 「お待たせしました」 「姉ちゃん、風邪?」 「ただの二日酔いです」 「にしちゃあ重介護じゃね?」 「辛いときは甘やかそうかなと」 あとで説教だけどな。 「ふーん」 「……」 「お前らしい」 「へ?」 「なんでもない」 「それよりその服、どっか行くの?」 「ええ。明日辻堂さんと」 「ふーん」 あ、やば。 ついフツーに言っちゃったけど、この人は辻堂さんのライバルなわけで。 不用意に予定とか言うべきじゃなかったか? 「……」 「似合ってるじゃん」 「はい?」 「服、いいじゃんソレ」 「そうですか?」 「ちょっとバカっぽいけど」 どっちやねん。 「ごっそさん」 「じゃーな、明日、がんばれよ」 「はい」 「……」 「裾は出した方が私好み」 「ン……」 裾は。 「……」 出してみた。 ・・・・・ 「そうすか。やっぱり明日は」 「ああ。前から約束があって」 「ンじゃまあ……仕方ないっすね。江乃死魔の残党狩り、指示してほしかったですけど」 「悪いな」 「失礼します」 「……」 「……はぁ」 「しょうがねーよな」 「明日しかねーんだ。明日がぎりぎり……」 「どうしたの、浮かない顔して」 「うん……」 「……」 「ねえ母さん」 「うん?」 「母さんが族をやめたとき、周りってどうなった?」 「結構混乱したわね。急なことだったから」 「だよね」 「……」 「……なるほど」 「いい、愛」 「あなたの人生よ。自分の生きたいように生きなさい」 「ケンカするのも、ヤンキーやるのもあなたの自由」 「ヤンキーやめるのもね」 「……うん」 「でもひとつだけ忠告」 「ハンパな真似だけはするんじゃないよ」 「……」 「ハンパな生き方は、絶対に後悔がついてまわるわ。これは年長者としての教訓」 「いいわね」 「……分かってるよ」 「アタシだって……ハンパは性に合わないし」 ・・・・・ ……あれ。 「なんか寒いわね」 「だね」 季節外れの寒気でも来てるんだろうか。 空模様もいまひとつだった。 折りたたみの傘、持ってくか。 「行ってきまーす」 「お出かけかい?」 「あ、おはようございます」 きゅうりとトマトを持ったお隣さんと会う。 「にゃー」 お前のもとのご主人様と楽しんでくるからな。 約束は11時。 10時52分に来た。 「お待たせ」 「おう」 この子は当然の発想で人を待たせないタイプらしい。 「早く行けばそのぶん長く遊べるもんね」 「そゆこと」 ウキウキしてる辻堂さん。 でも……そういえば、 「今日はいつもの服だね」 「あ、あたりまえだろ。あんな恥ずかしい格好、そうそうできるか」 ちょっと楽しみだったんだが。 まあいいさ。 この辻堂さんも充分可愛い。 「行きましょうか」 「うん」 電車にのって、いざ遊園地へ。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ついた。 「おおおおお〜、結構でけ〜」 曇天が手伝ってか、休みでも超満員ってほどではなかった。 ちょっと並べば大抵のやつには乗れるくらい。 理想的だ。 「いっぱい乗るぞ大。フリー券がもったいないからな」 「うん」 「なにから乗る――とか決めてます?」 「ああ、それなんだけど……」 「実は!」 「はい?」 「アタシ、遊園地は数えるほどしかいったことない」 「そうなんだ」 意外だな。 「ヤンキーが行くような場所じゃねーじゃん」 「でも、家族でとか」 「うちの父さんと母さん、遊園地行くとアタシを忘れて2人で青春プレイバック始めるんだよ」 「池に入って『そぉーれっ』『きゃぁん冷た〜い』とかやってる両親を見て、子供が楽しめると思う?」 「……難しいね」 「楽しそうな2人を見てる分にはいいんだけどさ。50メートルは距離とりたいだろ」 返答に困る。 「とにかくだ。アタシにとって今日の遊園地はかなり新鮮なものとなる」 「だからもう片っ端から乗る勢いで行きたい」 「……」 「分かってるって、高いやつはやめとくから」 「い、いや全然平気ですけどね?」 「じゃあこの360m急降下っていう……」 (ガタガタ) 「冗談だって」 「でも付きあうって言ったんだから、1コくらいはすごいのも一緒に乗ろうぜ」 「は、はい」 連続でなきゃ耐えられるはず。 「男見せろよ大」 「アタシの人生初デートなんだぜ」 「っ」 デート。 こっちはそう思ってたけど、辻堂さんの口から出るもんだから、ドキっとした。 そうだ。 デートなんだ、これ。 「行くぜ大」 「うん」 ・・・・・ 「おーっしみんな集まったな」 「水曜に半壊した江乃死魔――この機を逃す手はない!」 「今日はさらに追い込みかけて部隊が保てなくなるまでガッタガタにしてやんぜ!」 「先週の彼奴らの急成長が勢いによるものならば、今週は一気に勢力の弱まる勢いがついている」 「この機を逃す手はありませんね」 「でも大丈夫でっか? 愛はんおらんのに」 「安心しろ。ようは奇襲かけて、ある程度したらすぐ逃げりゃいい」 「奴らの統制崩壊に拍車をかけるのね」 「そーゆーこった」 「おーし! 行くぞー!」 「「「おおー!」」」 「ぎゃあああああ!」 「結構速かったないまの」 「……」 「おっし、次はアレ乗ろうぜ」 「ら、落下系は休みたいかな」 「あれは落ちないって」 「逆さまになるだけで」 「ぎゃー!」 「髪がぼさぼさになるのは計算外だった」 「俺なんて頭のなかがボサボサだよ」 「分かったって、次は大人しいのにする」 「頼むよ」 「あれなんて良くないか」 「……」 「ひえぇえええええ!」 「お、大人しいジェットコースターって意味なのね」 「いまいちだったな」 「確かに最初のやつよりはショボかったけど」 弱い人間には充分なダメージがある。 「分かった分かった。じゃあ次は静かなの」 「観覧車とか」 (ガクガクブルブル) 「ああ、高いのはダメか」 「ご、ごめんなさい」 一番ダメです。 「ったく、デートの定番なのに情けねーな」 う……。 そういわれると情けなくなる。 がんばれば乗れるかも……。 「そーだ。もいっこデートの定番があった」 「なに?」 「お化け屋敷〜」 「いいね。行こう」 それなら楽だ。 ・・・・・ 「つまんねーわ」 「でもお化けを殴っちゃダメだよ」 壊れなくて良かった、ドラゴンスープレックスかましたろくろ首人形。 「……」 「そんなに怖かった?」 「こ、怖くないって!」 「ただ、あの、びっくりして」 「つーかお前はなんで平気なんだよ」 「アレ系は昔から平気なんだ」 「不良にもビビんねーし……恐怖の基準が分からん」 「まあまあ。楽しかったじゃない」 「きゃあんっ。なんて言う辻堂さん、初めて見たし」 「……」 「落ちるやつ行くぞ。それも一番高いやつ」 「えええ!?」 「ぎゃああああ!」 ・・・・・ (ずるるるるる) 「ぷはー、インスタントラーメンって意外と飽きねーよな」 「帰れボケェ!」 「まあまあ、固いこと言うなよ」 「最近一番堅実な食料庫がきゅうりとかトマトしかなくてキツいんだよ」 「お供えする人が夏野菜の収穫始めたらしくて……。今日はダイもいないし」 「知るかー!」 「お前がいま食ってる――私からかっぱらったのは、インスタントなのにチーズが入ってる限定のやつで」 「はふはふ」 「なんだこのクサいチーズ。ぺっぺっ」 「ぐォのヤロォォォォォォオオオ!!!」 「片瀬恋奈ァァアーーー! 大人しく出てこいやァ!」 「は?」 「いたなぁ恋奈。今日こそテメェに引導を渡すため、この辻堂軍団ナンバー2の……」 「……ひっ」 「ああクミ」 「梓、辻堂は」 「姿見えないっす。雑魚だけで来たっすね」 「情報通り、か。助かったわ、いまあいつの相手は避けたい」 「み、皆殺しがどうして……」 「あ? 誰だこいつ」(ずるずる) 「大方この機会にうちらを襲撃して、江乃死魔を追い込もうって腹でしょ」 「ティアラ、リョウ」 「おうよ」 「……」 「く……っ、主戦力は残してあったのか」 「お前みたいな雑魚が来るのは計算済みよ」 「だからあえて目立つこのアジトにこもってんの。うちに言わせれば、返り討ちにして『勧誘』するチャンスだしね」 「……誰かさんがいるせいで、みんな仕掛けてくる前に逃げちゃうのは計算外だけど」 (コポコポ……)「おい、お湯ねーぞ」 「何個食ってんだコラァ!」 「にしても……やっと最初の獲物がきたと思ったら辻堂軍団」 「一番メンドいのか」 「お、オレは愛さんの1の舎弟なんだ!誰がいようとビビって芋引くと思うなよ!」 「……身の程知らずが」 「つーか、いいわけ? 今日は辻堂の近くにいなくて」 「は?」 「水曜の一件は、そろそろ湘南中に――」 「全国の不良に知れわたる頃よ」 「ン……」 「どうかした?」 「いや、ちょっとクミ……うちの妹分が気がかりで」 「ああ、彼女」 葛西久美子ちゃんだっけ。辻堂さんに懐いてる、1年生の。 「あいつが今日、江乃死魔にケンカ売るっつってたから」 「ケンカ売るのはよくないな」 「安心しろ。負けてヘコまされてすぐ帰ってくるよ」 「……『安心』?」 「クミはバカだけど分はわきまえてる。敵わないとなりゃ逃げてくるさ」 「それに恋奈は計算高いから、この時期にアタシの息が掛かってる奴らには怪我させない」 そういうものか。 ヤンキーの抗争にも色々と駆け引きがあるんだな。 「あとでメールしてみるよ。それより大、次アレ乗ろうぜ、アレ」 「うん」 辻堂さんは元気だった。 さっきからハードなのソフトなの、ぶっ続けで乗ってる。 俺は正直疲れてきたけど、彼女が元気なら付き合いたい。付いて行く。 「今日にして良かったな。すいすい乗れて」 「ちょっと雨が心配だけどね」 「うん、でも……」 「……今日は降らなくてよかった」  ? 表情が一瞬曇ったような。 「夕方から70%だっけ」 「そうなの?」 「そろそろ危ないかも」 向こうの空に分厚い雲が来てる。 いつ雨粒を落としだすか分かったもんじゃない。 「……」 「どうかした?」 「なんでもない」 「ほらっ、ふりだす前に思いっきり遊ぶぞ」 「う、うん」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「一雨来そうだなぁ」 「委員長」 「あら坂東君。奇遇ですね」 「ああ。ひろが用事があるとかで、退屈でな」 「む…」 「ふわっ」 「また大勢でやってきたものだ。湘南は本当にああいう連中に好かれる」 「怖いですね。辻堂さんみたいに知れば良い人もいるんでしょうが」 「不良は不良だ」 「うー、ヒロ分が足りない」 「まだ昼だけど飲んじゃおっかな」 「あら、冴ちゃん」 「おばあちゃん。どーも」 「にゃあ」 「――っ、危ないっ」 「ひゃっ」 「トロトロ歩いてんじゃねーぞババア!」 「あっぶないわね、この狭い道をあんなスピードで」 「困った子ねぇ」 「はぁ、湘南はこれだから……」 ――ポツ 「あら」 「降ってきちゃった」 「……ふにぃい」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「認めるわ」 「いま湘南最強は辻堂。水曜の負けは否定できない」 「それがどういうことか分かってる?」 「……?」 「いまや辻堂は、全国区の賞金首ってこと」 「な……っ!」 「仲間を作るほど、敵を倒すほど、何かを成すほど敵が増える。私らがいるのはそういう世界だろうが」 「あいつのことだから、誰が来ても返り討ちだろうけどね」 「結局降ってきちゃったね」 「コーヒーカップ乗りたかったなー」 「あはは。お化け屋敷の2回目の挑戦が余計だったね」 「余計じゃねーよ。2回目はビビらなかったもん」 とうとう降ってきたので、帰ることになった。 遊園地を出るときは小雨だったけど、駅に着くころにはすっかりドシャ降りだ。 まあギリギリまで楽しめたから良かったとしよう。 江ノ電を使って家の近くまで来た。 「はぁ……コーヒーカップに観覧車に。まだ乗りたいのあったのに」 「まあまあ。どっちもまた今度でいいじゃない」 「ン……」 「今度行ったときで、ね」 「うん」 「てかコーヒーカップはともかく、観覧車くれー乗れるようになれよな」 「う……はぁい」 キツい。 「……」 「一緒に乗りたいな。観覧車」 「……乗りたかった」 ……? 「それより傘どうする?」 「コンビニあったけど。なんならタクシー使っても」 「いや。持ってる」 持ってきた折り畳みを取り出す。 「そうなんだ。じゃあアタシも買って……」 「これでよくない?」 「え?」 「あ……」 微妙に下を向く辻堂さん。 ……ちょっとハードル高いか? 相合傘って。 「……」 「だなっ」 っと。 肩をくっつけてくる辻堂さん。 よかった。そんなに高いハードルじゃないみたいだ。 いまの俺たちにとっては、当たり前の距離感――。 ――ゴシャッッッ! 「……」 へ? 突如持ってた折り畳み傘を辻堂さんに奪われた。 俺が持つよ。言う暇もなく、金属のひしゃげる音が響く。 開きかけの傘は、辻堂さんの手の中で潰れてた。 振り下ろされた鉄パイプにつぶされてた。 「クソッ! 外した!」 「なにやってんだ、一発で仕留めねーと」 またかよ……。 すっかり見慣れてしまった感のある柄の悪い連中がいつの間にか辺りを取り囲んでいた。 「クソッたれ」 「いい気分で終わりたかったのに」 「ひっ……」 「怯むんじゃないよ。こっちは何人いると思ってんだい」 「……結局こうなるんだよな、アタシは」 「来いよ……皆殺しにしてやる……!」 「う……う……」 「辻堂さん」 「ン……」 臨戦状態だった辻堂さんが、一瞬こっちを見た。 「……」 「例のやつ行くぞ」 例のやつ……あ、 「うんっ」 「ビビってんじゃねー! 今日こそ辻堂の首――」 「ひぃッ!」 「う……ぁ……!」 湘南最強の喧嘩狼――その迫力に抗えるのはせいぜいマキさんくらいだ。 凶器構えて取り囲んだ連中でさえ、揃い揃って烏合の衆だった。 睨み一発で動けなくなる。 隙が出来る。 「GO!」 「うん!」 逃げるには充分すぎる隙が。 「隠れる場所は!?」 「家……は遠い、警察署も遠い……」 「どっかの店とか」 「ヤバい目ぇしたやつが多かった。店ごと壊しにくるかもしれない」 じゃあ避けたい。 「どこだーーーー辻堂ォォオーーーーー!」 「逃がさねーぞコラァアアアア!」 「……」 「……はぁっ」 「辻堂さん?」 「こっち」 うぉっと。 手を引かれ、向かったのは学園だった。 今日は休みだから人はいない。 隠れて警察を呼ぶなら最適かも……。 「……」 「辻堂さん?」 ふいに彼女が立ち止まる。 「ふーっ」 大きなため息。 なにかを吹っ切りたがるような。 「悪いな大。いつもこんなことになって」 「辻堂さんのせいじゃないよ」 「いや、アタシのせいだ」 「アタシの生き方のせい」 「――……」 「……」 「5分で戻る。濡れないように待ってろ」 「逃げる。って、嫌いじゃないけど」 「アタシは得意じゃねーみたいだ」 あ……。 きびすを返し、引き返していく彼女。 バイクを使う連中は塀を越えるわけにはいかず、必然的に俺たちの入ってきた校門に集まってる。 一箇所に。 つまり――。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……」 5分どころか3分掛からなかった。 俺たちを追うけたたましいエンジン音や、不快な怒声はもうない。 連中のあげられる声は、もう雨音に消える程度のうめきだけ。 「ただいま」 「おかえり」 「こっち来て。警察呼んだから、隠れてよう」 「ン……そっか」 ダメージはひとつもないけど、さすがに雨をうけてずぶ濡れの彼女を連れ、屋根のある昇降口へ。 数分後に到着した回転灯が去るのをジッと待った。 「……」 そのあいだ、辻堂さんはなにも言わず。 でもずっと小さくなってた。 雨に震える捨て猫のように。 ・・・・・ パトカーの放つ赤い灯りが遠のいていく。 すっかり暗くなっていた。 「……」 「……」 「今日はありがと」 「ううん、この10日くらい、ありがとう大」 「楽しかった……本当に」 「辻堂さん……?」 「……」 「でももう終わらせなきゃダメみたい」 「アタシはヤンキーでさ。自分で選んで、不良の道を生きてる」 「お前とはちがう」 「……」 「だから……これ以上お前とはいられない」 「ハンパなことしてたら、お前のこと傷つけるから」 「そんな」 「俺は今日のことくらい平気だよ」 「アタシが平気じゃないんだ」 「ほんとは今日……怖かった。また水曜みたいにお前に危険があったらって。ほんとは誘うべきじゃなかったんだ」 「でもアタシの身勝手で。デートしたくて。付き合わせちまった」 「ゴメン。サイテーだアタシ、お前のこと考えずに」 「お、俺だってデートしたかったよ」 「……ありがとう」 「でも……答え出ちまった」 「今日がギリギリだと思ってた」 「3会の日のことが知れて、アタシを狙う奴が増える。そいつらがギリギリ来ないのが今日だって」 「甘かった」 「今日あんなに来たんだ。明日からはもっと増える」 「アタシは平気だぜ? これまでもそうだったから」 「でもお前は」 「……」 確かに。俺にあんなのから身を守る力はない。 「な」 「だから――」 「……」 「だから」 「これで終わりにしよう」 「……」 少し声が鼻にかかった気がした。 気のせいだろうか?ひっきりなしに降り注ぐ雨の中、彼女の目元に雨粒以外の水滴が見えたのは。 それは分からないけど。 辻堂さんの言うことが正しいのは分かる。 雨――湘南の夏が陰る今日。 俺の初恋は、初恋のまま終わらせたほうがいいのでは。 「……」 「……」 「…………」 「え……?」 「辻堂さんが好きだ」 「っ、そ、それは前に聞いて」 「あのころとはちがう」 「辻堂さんのこと、心の底から好きなんだ」 「大……」 「だから終わりなんて言わないで」 「俺はもっと君と一緒にいたい。デートしたい」 「もっともっと君を好きになりたい」 「終わりになんてしたくないよ。こんな気持ちになったの、これが初めてなんだ」 「こんなハンパじゃ終われない」 「……」 「狙われるとか、危険だとか、難しいことはいい。あとで考えよう」 「俺は辻堂さんが好き」 「そのことだけ考えて」 「……うん」 「俺は確かになにも出来ない。さっきのやつらみたいのが来たとき、辻堂さんも、自分のことも、守れるだなんて言えない」 「でも……」 「……でも?」 「……」 「観覧車にくらい乗れるようになるよ」 「……大」 「……」 「辻堂さんは?」 「え……?」 「辻堂さんは俺のこと、どう思ってる?」 「……」 「……」 「…………」 「……好きだよ」 「好き」 「好きだ……。好き」 「大好きだよっ!」 「……うん」 「じゃあ終われない」 「終わりになんてさせない」 「大ぃ……」 「っく……ぅう、うううう……」 「〜……」 「泣かないでよ、こんなに嬉しいんだから」 「うるさいっ。お前のせいだろ好きなんていうから」 「お前だって泣いてるくせに」 「仕方ないよ。辻堂さんが好きなんていうから」 「……好きだ」 「好きだよ」 「好き」 「大好き」 「アタシも大好き――ぁぅっ」 いくらでも聞きたい言葉だったけど、我慢できずにキスでふさいだ。 「……好きだよ」 もちろん、何度だって言う。 「っ……は」 「……」 「……大」 難しいことはいいんだ。彼女が湘南最強のヤンキーだとか、そういうのは全部。 俺たちにとって大事なのはこれだけ。 手を伸ばせば触れ合える。彼女がすぐそこにいる。 「ん……っ」 キスができる。 それだけでいい。 だって俺は彼女が好きで。そして彼女も俺が好きなんだから。 「っあ、忘れてた」 「へ?」 「大事なこと」 「辻堂愛さん」 「俺、長谷大は、生まれて初めて誰かのことをこんなに好きになりました」 「だから」 「……うん」 「俺の彼女になってくれますか?」 「はいっ」 俺は……。 なにも答えられなかった。 それはこの場では肯定の意味となる。 「……」 辻堂さんはちょっと静かにしたあと、 「……じゃあな」 静かに告げて去っていった。 「……」 「……じゃあね」 ・・・・・ 「……」 「分かった」 「そうしたほうがいいなら」 「うん」 「……」 「な、なにも変わらないって」 「ちょっと前までは……なんの接点もなかったんだし」 「うん……」 「……」 「……」 「……じゃあ、俺行くよ」 「……ああ。今日、ほんとに悪かった」 「風邪引くなよ」 「……うん」 「……」 「……」 「〜〜……」 「――……」 「……」 「……」 「……」 「……辻堂さん?」 「っなんでもない」 「その、泥、ついてたから」 「……そう」 「じゃあな」 「うん」 「……」 「……」 「……泥、だよ」 「それだけ」 ・・・・・ ・・・・ 「……」 おしまい、か。 これでいいんだよな。 辻堂さんのことは好きだけど……。でも出来ることと出来ないことはある。 これからも、彼女のためなら何でもしてあげたい。 だからお互いのためにならないなら、別れたほうがいい。 それだけだ。 それだけ。 「……」 それだけ。 ……? 家の前に、見慣れない車が。 まあいいや。避けて中に入ろうとする。 「あ、やっときた」  ? 「遅いわよ。姉弟そろってどこ行ってたの」 「片瀬さん」 「せっかく来たのに誰もいないから、10分くらい待ったじゃない」 ? 姉ちゃんは? ……ああ、合コンとか言ってたっけ。 「何か用だった?」 「昨日ハンカチを忘れたの。それで近くを通ったから取りに……」 「……どうしたの?」 「なにが?」 「ひどい顔してる……っていうかなんでずぶ濡れなの」 「辻堂とデートでしょ。傘なしで出かけたの?」 「っ……」 辻堂さん……。 「……」 「……ほんとどうしたのよ」 とりあえず入ってもらう。 ハンカチは俺の部屋で使ったはず。適当に探してもらった。 「……」 「あったわ」 「そう」 「じゃあ、またね」 もう会うこともないかもしれないけど。 「……」 「……」 「なに」 「お風呂入ったら。風邪引くわよ」 「おかまいなく」 「なにがあったのよ。楽しくデートしてきたんじゃないの?」 「……」 「ふられたとか」 「……うるさいな」 「あちゃ、ビンゴか」 「……」 厳密に、厳密に言って、フラれたんじゃない。 お互いにとって都合のいい関係に戻っただけだ。 フラれてない。 「……」 「帰ったら」 「こんな状態で帰って、風邪でも引かれたら私が悪いみたいじゃない」 「いいから、帰ってよ」 「……」 「はぁ」 「……」 「まあ、辻堂はちょっとアンタとはちがったのよ」 「……」 「ちがっただけ。アンタが悪いんじゃないから」 「……」 「だから」 「そんなに泣くんじゃないの」 「……」 「……」 「俺、泣いてる?」 「……」 片瀬さんは何も言わず寄ってきて、 俺の頭をぽんぽんと優しくなでた。 前髪の雨粒が落ちて――頬をつたったところでやっと気付く。 さっきから頬を伝うものは、雨水よりずっと熱いって。 そっか、俺、泣いてるのか。 悲しいんだ。 初恋が終わるって……、こんなに悲しいものなんだ。 「……」 「……」 「……ごめん」 「帰らないで」 「もうちょっと側に」 「はいはい」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……」 「……」 「分かった」 「うん」 「……」 「でもさっ」 「へ?」 「おしまいって言い方はどうかと思うんだ」 「その、そういう断定的というか、そういうのは」 「ン……でも」 「友達」 「友達にならなれる。でしょ?」 「あ……」 「これまでと変わらないよ。ほら」 彼氏彼女ってのもあやふやになってたし、恋人らしいことなんてほとんどしなかったし。だから、 「友達、ね」 「友達……」 「……ダメ?」 「まさか!」 「てか、いいのかホントに、アタシなんか」 「その……えっと……番長だぞ」 「いまさらでしょ」 「そっか」 「じゃあ……」 「うん」 「これからもよろしく、大」 「あらためてよろしく辻堂さん」 「うんっ」 友達――。 それが俺の望んでるものかは分からないけど、でもいい妥協点だと思う。 「……」 うん。 これでいいんだ。 「……」 「……」 「じゃあ、俺もう帰るよ」 「あ、おう。風邪引かないようにな」 「うん」 無性に気まずいものを感じ、背を向ける。 早足でその場を後にした。 おかしいな、なんで逃げるみたいな。 俺……、 正しい選択をしたはずなのに。 「……」 ・・・・・ 「はー……」 「友達、か」 「ははっ、やっぱ大すげー。アタシが思いもつかなかったこと、あんな簡単に」 「……」 「いいんだよな。これで」 「……これで」 「これでよかった」 「あれ? ……あれ?」 「なんで? これ」 「……なんでだよ」 ・・・・・ 「……」 ああ……。 胸にぽっかり穴が開いた気分だった。 友達、か。 「……」 終わっちゃったな、初恋。 まあでも、よかったんだよ。 お互いに一番いい妥協点だったはず。 よかったはず。 「あのジジイこんな日に限って小屋見張ってやがる」 「どっか雨宿りのできる……」 「ダイ?」 「? ……マキさん」 「ずぶ濡れじゃん。どーしたの」 「傘がなくて」 「ふーん」 「……」 「シケた面してんな。盗まれたとか?」 「まさか」 「フツーですよ。濡れてヘコんでるだけ」 「それだけです」 そうだよ。ヘコんでるだけだ。 妥協しなきゃいけなくて、それで。 「……」 「ふーん」 「……」 「……濡れて、ねえ」 「ダイ、ちょっとこっち来い」 「はい?」 呼ばれるまま堤防の上へ。 ちょっと高いんで引っ張りあげてもらう。 せっ! と――。 「のわっ!?」 ――どぼーん! 「ぶはぁっ! な、なにすんですか」 びっくりした。放りこまれた。 下が水とはいえ……あの高さから落とすか普通。 「なははは。どうせ濡れてんだから一緒じゃん」 「そういう問題じゃ……げほっ、げほっ」 海水が喉にきた。カラい。 「よっと」 靴をぬいで俺の近くまで来るマキさん。 「う〜、まだ海はつめてーな」 「……」 「はい?」 「……」 「まだ濡れてる」(がしっ) 「どわ」 がぼぼぼぼぼぼぼ。 力ずくで沈められた。 い、息っ、息っ。 「ぶはっ!」 「うんうん、そんだけ濡れりゃ全部一緒だ」 ずぶ濡れな俺の顔に、満足そうだった。 ったく。 「やりすぎですよ。ごほっ! げほっ」 「だらしねーなーアレくらいで」 「げーっほげほげほっ! がはっ、がほっ!」 うずくまって咳き込む。 「ダイ?」 さすがに心配したのかマキさんが寄ってきた。 俺の眼前で脚を無防備にして。 「でりゃっ!」 「おわぁっ!」 ――じゃぼーんっ! 足首を掴んでひっくり返した。 ざまーみろ。 「くるぁあテメェ!」 「そっちからやってきたんでしょ」 「だからってうら若き乙女になんつーことぉ、けほっけほっ」 「うるぁあ!」 「わー! ……バぼぼぼぼ」 俺を真似て前のめりになり、足首を掴んできた。 俺は引っかからず近寄らなかったんだが、スピードが速すぎて避けられない。 しかも足首を掴んだまま逆さづりにされた。 「がぼぼぼぼぼ」 「バーカ。この私に不意打ちなんて100億年早ぇ」 なんか言ってるけど聞こえない。こっちは海の中なんだから。 「ぶはぁっ!」 なんとか浮上。 はー死ぬかと思った。 「やれやれ」 「げほっげほっ! げーっほげっほ!」 「大げさだな。2度も引っかかるかよ」 今度は寄ってこない。 でも本気でむせてるんだっつーの。 まあ寄ってきたらまた引きずり込もうと思ったけど。 「……」 「……うん」 「いつものダイに戻った」 また満足そうに笑う。 「っ……」 「……そうですね」 大丈夫。もういつもの俺だ。 「ありがとマキさん」 「おう」 「っと……」 抱きついた。 マキさんは一瞬驚いたものの、 「……」 「早くいつもに戻れよ」 「何日かかってもいいから」 「……はい」 がんばります。しばらくは難しいけど。 ……たぶん一生、この『変化』は胸に残るけど。 「……」 「……」 「…………」 「マキさん」 「うん?」 「……」 「隙だらけだ!」 「どわっ!」 寄り切った。2人ともすっ転ぶ。 「空気読めやボケー!」 あなたにだけは言われたくないです。 「ンにゃろー、おらっ」 「がぼぼぼぼ」 また沈められる。 今度は抵抗せず、むしろ彼女の手を引いた。 マキさんも俺を追ってもぐってきて。そのまま海中でもみくちゃになる。 水は冷たいけど、マキさんの身体は温かかった。 ……うん。 大丈夫。ちょっとした変化だ。 ちょっとしたことくらい、夏の海は持っていってくれると思う。 大きなものは無理だけど……。 辻堂さんを好きだったこの大きな、大きな気持ちは、俺の中に残ってるんだから。 たぶんずっと残るんだから。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ……あれ? 電気がついてない。 そっか。姉ちゃん、合コンか。 まあうるさくなくていい。 「……」 いや、側にいてほしかったな。 シャワーだけ浴びて部屋へ。 「……」 はぁ。 フラれちゃった。 もともと長く続ける約束じゃなかったけど、でも。 「……」 はぁ。 「たらいまー」 「あれ。いない」 「ヒロー。いとしのお姉さまのお帰りよー」 「どーん!」 「……」 「あー、いたー」 「ドアを蹴破るな。鍵あいてるっつーに」 「えっへへへへ、ヒロたーん、お姉さまですよー」 「はいはいヒロたんです」 「今日はまただいぶ飲んでるね……」 「不肖長谷冴子、ドンッペリッニョンなるワインは初めてでしたゆえ、一本まるまるイかせていただきました」 「……いくらするのそのワイン」 「ンフフフ、ヒロは子供ねぇ。ドンペリはワインじゃなくてシャンっぴゃーにゅ」 「自分でワインて言ったろ」 「らいじょーぶよ。お代は全部あっち持ちだったから」 「より心配なんだが」 「ふわー、いい酔い方した」 「眠い」 ばたーんとベッドを奪う姉ちゃん。 ああもう。 失恋だっつーに、落ち込んでる暇もない。 「……」 ある意味救われたけど。 姉ちゃんはいつもこうなんだよな。手がかかりすぎて、他にまわしてた意識を全部持っていかれる。 「合コン、どうだった?」 「合コンじゃなくてタダ酒パーティよ。ろくな男がいないんだから」 ダメだった、と。 「あーもー、こんなイイ女がいるのに、イイ男がどこにもいない!」 「まあ姉ちゃんは(外では)いい女だけどさ」 「理想が高いんじゃない?姉ちゃんの好みのタイプってどんなの」 「んー? そうねぇ」 「ヒロみたいな顔してて、ヒロみたいに気配り上手で、ヒロみたいに可愛くて……」 なんじゃそりゃ。 「……」 「ヒロ。ちょっとおいで」 「うん?」 寄っていく。 と、 「でいっ!」 「あうち!」 引っ張り倒された。 姉ちゃんが上に乗ってくる。 「なに」 「なんとなく♪」 「重いよ」 「あ?」(ぎゅう〜) 「いててててウソですウソです! 超軽い!」 ほっぺを引っ張られた。 「……」 「なに?」 ツネツネしながら、だんだん撫でるような手つきになる。 姉ちゃんは俺をジーっと見て。 「……なにかあった?」 「へ?」 「なにかあったでしょ」 「……」 弱ったな。 この人、なんだかんだで一番俺のこと見てる。 「……なにもないって」 「ネタはあがってるんだ〜。大人しく白状しろ〜」 ウリウリされた。 はぁ……。 「なにもないよ」 「俺はなにも変わらない。姉ちゃんの弟の長谷大だよ」 「……そう」 言いたくないってことも察してくれたのか、単に聞きたくなかったのか、姉ちゃんはそれ以上聞かなかった。 なにも聞かずに。 ――ちゅっ。 「……」 「……」 「なに」 「べつに?」 (ちゅー) 「初めてじゃないじゃない」 そうだけどさ。 何回か姉ちゃんに奪われてるけど。 何百回か。 「ん〜〜っ♪」 「むぁ……だから」 「前々から言いたかったんだけど、姉ちゃん、これ姉弟でするのはおかしいよ?」 「知ってるよ」 「知ってるなら」 「ん〜〜♪」 だからさぁ。 「気付いてないと思ってるの?数年前くらいからだっけ」 ――さわ。 「うわっ」 ズボンの前をなでられた。 中で、言われた通りおっきくなってるものをぎゅっと掴まれる。 「ふふっ、元気元気」 「こ、これは、その、アレな人の普通な反応であって」 「シスコンな人の?」 「健康な人の!」 「またまたぁ、照れなくていいってば」 誰かこの人が話を聞く方法を教えてくれ。 「んふふふふ」(むにむに) 「……」 「不思議よね、こんなに硬くなるんだから」 「あの、……のぉっ!」 ぎゅっと握られたとき、一瞬気持ちいいのが走った。俺はつい声をひっくり返らせてしまう。 「ほぉら、大君もイイ反応しちゃってる」 (ちゅー) 「あむ、あの……はむっ」 キスのほうもだんだん長くなってきた。 柔らかくて酒くさくて、エッチぃ感触が俺の口を覆う。 「はー……なんかこっちまでエロくなってきちゃった」 こっちまでって。最初からそっちだけだっつーに。 「んっ、ちゅ……ん〜〜」 離したあとも舐めたり、ついばんだり。 左へ、右へあごを揺すって、俺を逃がしてくれない。 「ね、姉ちゃん、あんまり……ぷぁっ」 さすがに姉弟の範疇を出すぎてる。拒もうとした。 でも口をあけると、ちょうど舐めてた舌が歯茎にあたった。 反応してしまう俺に、 「? ……にゅふふふ♪」 「……ンちる……、ちゅるる」 「ああ……ぷ」 姉ちゃんはからかい半分で、舌まで突っ込んでくる。 「んるる……っ、ちゅるっ、んにちゅ、ちゅぷ、るる」 「こら、ぅぁの……んぷ」 覚えのある姉ちゃんの吐息が口の中ではじけてる。 甘くて優しい、安心する香り……。 クラクラする。 「ちゅる、んる……れるれる。ちゅぱぷ」 「は……ふ……」 歯や歯茎をたしかめるように舐めていく舌先。 白桃のそれに似た香りにやられ、俺は抵抗できない。 「ンちぷ……ちゅるっ、そーいえばヒロのこと、なんでも知ってるつもりだったのに、口の中のことは知らなかったわね」 「あ、ヒロ犬歯長い。……ンるンる」 「あぷ、はぅ、長いの?」 「そんな気がする。……知らないけどね」 「他の人の口なんて舐めたことないし……んちゅ」 「……舌だして。舐めっこしよ」 「……」 「し、しないよ」 「するの……チる」 伸びた舌がねろりと舌にまきついてきた。 体中の感覚がとぎすまされて、あごがタルい。 「ってぷはぁああ! やめなさい!」 「なによ〜、ヨロコんでるくせに〜」 「ヨロコんでない!」 なんでフラれた2時間後に唇奪われにゃならんのか。 「スキンシップくらいはいいけど、さすがに」 「もろたじゃ!」 「痛!?」 「いいからもうちょっと触らせなさい」 「こういうの初めてなのよ……知的探究心を刺激されたわ」 アレを握られたままだ。 しかも動いたときズボンがめくれてしまう。 「へー……。硬いっていうけど、外の方くにゅくにゅしてる」 「そりゃ皮までは硬くならな……いてて、強く握らないで」 「なんかエロい気分になってきたかも」 「もうちょっと触らせて。ね」 「もう……勘弁してよマジで」 「本気で嫌?」 「嫌ではないけど……姉弟でこれはヘンだよ」 「第一恥ずかしい」 「ふむ」 「ならこれでどうだっ」 「な……っ」 「これで私も恥ずかしいわ」 「ヒロも好きなとこ触っていいよ。触りっこしよう」 「……」 うわぁあ……。 ね、姉ちゃんの身体。 まあ一緒に住んでるし、家の中では無防備な人だから色々と見ることはあるけど、 ここまでハッキリ見たのは初めてに近い。 「ふふふぅ、見惚れちゃって」 はい。不覚にも見惚れてます。 真っ白なおっぱいと可愛い色づきのさきっちょ。めくれたスカートの奥の……。 「どこでもどーぞ♪」 「その代わりこっちも……にぎにぎ」 「んぁっ、あっ」 ズボン越しでもすごかったのに、ナマで握られる。 うう……生温かい指が……。 「ほらほらぁ、触らないの?」 「ふふ、こっちは好きにさせてもらうわよ。……もうこんなになって」 破裂しそうなサイズに膨れた俺のものに、満足そうに笑う姉ちゃん。 ぎゅに、ぎゅに、さらに大胆に握り締めてくる。 「かったいのね〜ホントに。骨でも入ってるのかしら」 10本の指がぴっちりと砲身に巻きついた。 牛の乳搾りみたいな感じ。握り絞ってくる。 「うぁっ、あっ、あの……くぁあ」 「あらあら〜♪ 可愛い声出すのね」 「私ってテクニシャンなのかしら」 「そうそう、ヒロってここ触られるとすんごい声で嫌がるのよね〜」 「え……?」 片方の手が下がっていく。 ――さわ。 玉袋に来た。 「ひぅわああ! あのっ、そこはマジで」 「あははっ、相変わらずイイ声」 「懐かしいわ。昔もよくお風呂でここに触るとひーひー言ってたわよね」 「何年も前のことだろっ」 「フフフ。そゆこと。何年も前から」 「ヒロは私に逆らえないのよ」 「んはぁあ」 するすると絶妙なタッチで玉袋を中心に腿の内側を撫でられた。 くすぐったい……ゾクゾクする。 握られてるペニスが、もう膨張どころかピンピンと勝手に跳ねてしまう。 「可愛いの」 「あのころもよくこんなにしてたわよね〜」 「ヒロの精通は私が手伝ってあげたんだから」 「……人の人生を玩弄しおって」 本気で悔しくなってきた。 俺、昔から姉ちゃんには何一つ頭が上がらなかった。 「……」 落ち込んできた。そっぽを向く。 「あれ。すねちゃった?」 「うっさいな。いい加減離れろよ」 いつまで続けるんだこのおふざけ。 「もー、怒らないの」 「そっちだってお返しに私の身体洗うとき、色んなとこ触ったでしょ」 「あ、あれはフツーに洗いっこだったから」 「おっぱいばっかり触ってきたくせに」 ……すいません。 「自分ばっか被害者面しないの。私アレで初めてオナ……」 「へ?」 「なんでもない」 よく聞こえなかった。 「とにかく……あのころと同じでしょ」 「ほら、触らないの?」 「……」 「知らないからね!」 「ひゃんっ」 ぷるぷると落ち着かなく波打つ白いお肉をわしづかみにしてやった。 ……記憶にある通りそこは、雑にすればすぐに崩れそうなくらい柔らかい。 そういえば辻堂さんのここは、触れなかったっけ。 惜しい気がして思いっきり揉んでみる。 「あはっ、はんっ」 「はぁ……、はぁ……」 ヘンなとこイジられて乱れた呼吸がもっと乱れていくのを感じた。 「……っ、ヒロの手、汗ばんでる」 「ひゃああっ、ちょ、乱暴よ」 「痛かった?」 「ン……ふ、だいじょぶ。荒っぽいの好きみたい」 背筋をそらして、俺の手に胸をおしあててくる。 柔らかいんだけど奥に弾力があって、手のひらの形にしっとり吸いつくみたいだった。 ぐに、ぐに、押してみる。 「そ……んぁっ、あは、イイ感じ……はっ」 「……」 柔らかい。温かい。 おっぱいってこんな気持ちイイのか。知らなかった。 「はぁ……はっ、ふ……んん」 指も食い込ませてみる。 「っう……ふぁ!」 「ン……強い?」 「だ、だいじょうぶ……ていうか」 「いまくらいの……好き、かも。んぁっ、あっう」 いまくらいの……? 試しにもう一度指を食い込ますと、 「はぁっ、……あっ、あああっ!ぁく、ン……う」 姉ちゃんは上半身全体をくねくね反応させた。 そんなに感じるのか。これだけで。 ――ムニュムニュ。 「はぅああっ、ひぃ、ひぅっ、ひぅっ……ひんんっ」 「あっ、あああっ、ひろ、すご……んぅああっ。なにこれ、なにこれ……あぁああっ、はぁあっ」 揉めば揉むほど反応が高まっていく。 ちょっとでも指を止めれば、 「っ、だめ……もっと強くぅ」 鼻にかかった声でおねだりし、こっちの手のひらへふくらみをこすり付けて来た。 「……」 姉ちゃん、本気で乱れてる。 ほんの少し指を動かすだけで、快感って情報が簡単に入力されていく。 ――ぎゅにぃい。 「くぁあああんっ」 腿にまたがるヒップが大きな軌道でゆれた。 「んぁ、へぁあ……あはっ、あは……っ」 シェイクは声帯まで伝ってるのか、呼吸に乗って甘えた喘ぎが何度も放たれる。 マズい。楽しくなってきた。 「……ここも触るよ」 「え……? あ、ぅん」 「優しくね」 「うん」 言われたとおりそっと、ピンク色の乳首を指で挟んだ。 「ああ……ん、ンぅ」 背筋がビクビクしてる。 「姉ちゃん、胸が感じやすい?」 「はぁ? し、知らないわよそん……にゃっ。はっ、ひっぱっ、乳首ひっぱるなぁっ」 「触っていいって言ったじゃん」 「そうだけど……っは、あっ、ふ……」 「……」 マズい。 楽しい。 「やっ、ちょ、なにこれ」 「ヒロ……これ慣れてる?」 「おっぱい触るのは初めてだよ」 よく当てられてたけどな。 でも自分から揉んだのは初めて。辻堂さんともここまではいけなかった。 ――さわさわしゅにしゅに。 「はぁぁああん」 「なう、ならなんでこんな、……はっ、こんな……ぁっ」 「なんでかな」 「なんとなく分かるんだ。姉ちゃんが好きそうなトコ」 乳首を挟んだままたふたふ押しコネる。 「ひゃあっ、はぅっ、あぅうん。んっ、ン、……ぅ」 「ちょ、しつこぃ……てば、びりびりくるぅ」 「じゃあやめようか」 「う……」 いつの間にか逆転してしまった。意地悪く笑って言う。 姉ちゃんは恥ずかしそうに口をツンとへの字にして、 「……いまやめちゃダメ」 ぎゅうっとペニスの根元にからめた指を上下に動かしはじめた。 「あ……、ぅ……」 「ふふ、気持ちいいんだ」 「うん……」 こっちもお返しにたぷたぷと手のひらで包んだ柔らかみを押す。 「あふっ、ひゃ……あは」 姉ちゃんは服の上から肩甲骨の形が分かるくらい背筋をそらせ、喉を鳴らしながら、 「っ、ふ、んっ、んっ」 指先の心地良い感触をペニスに滑らせてくる。 「はぁ……はぅ……」 「っ……っ……」 「ヒロ……」 「姉ちゃん……」 「思い知れ」 一番恥ずかしいところに両手をやった。 こっちだって一番アレなとこ触られてるんだ。おあいこだ。 ――ムニリ。 「んぁぅっ」 意外なくらい体温の高い足の付け根に触れる。 「……うわ」 そういや直で触るの、初めてだ。触ったあとで気付いた。 薄紅色のぷにぷにしたお肉がはみ出してる。 触れると、 「ひゃあっ、は……はぃんっ」 「ふわわわ……びっくり。自分で触るのと全然ちがうんだ」 姉ちゃんがうろたえた。 「……」 同時にサーモンピンクのひらひらも、意思があるみたいに蠢く。 ――すり、すり。 「はっ、うぁ、……んんんっ」 めくってみたり。 「ぁぁあああぁあ」 すごーく弱々しい声が出た。 「やっぱ女の人ってココが弱いんだね」 辻堂さんもすぐヘロヘロになったっけ。 あのときとちがって、いまは邪魔なショーツがない。 もっと弱そうな箇所まで指が伸びる。 ――ニルゥ。 「っひぃいいん」 ひらひらの内部に指を挿しこんだ。 うわ……柔らかい。『人の体の中』って感じ。 すげーやらしい。 ――にゅく、にゅく、ウニュウニュ。 「んぁっ、はっ、こら……っ、あんまり」 「触っていいって言ったじゃん」 内部はみっしり肉が詰まってる。 けど柔らかくて、動かす指の動きで柔軟に形をかえた。 赤ちゃんの道を割り開いていく。 「はぁ……っ、あっ、あ、あ――」 「ちょ、ちょっと、あんまり……あの」 「痛い?」 「痛いっていうか……変、ヘンな感じ。身体、内側、さわられて……」 「あぅっ、う、ううううん……そんな深くしちゃダメ」 「膜……やぶれぅ」 「へ?」 「んはぁ……っ、はぁあ……」 よく聞こえなかったが、嫌がってるらしい。 浅い部分だけにするか。 ――にゅりにゅり、 「っふぁあああん。あんっ、ぁんっ」 むしろ浅い箇所のほうが、反応はすごかった。 「やはっ、ちがっ、ちがうっ。全然ちがう」 「自分でするのと……全然……ひああぁあ」 指をちょっと動かすだけで、姉ちゃんはハンマーで下から殴られてるみたく腰を上下させた。 ……ジメっとしてきた気がする。 「濡れてきた」 「う……しょーがないでしょ。ヒロが触るから」 人が勃起するのはからかうくせに、からかうと怒った。 「はぁ……、ああ」 指を直角にまげて穴をひろげると、粘膜はひゅくひゅく震えながらすぼまろうとする。 隙間をぬうようにトロッと熱い汁気があふれた。 「はぁ……う、ヒロぉ……」 「っと」 カクンと腰から力を抜く姉ちゃん。 あ……。 「ン……っ」 おおいかぶさってきた姉ちゃんに、また唇を奪われた。 俺は顎をしゃくって、キスし返した。 「ちる、んちゅ、んる……」 「はふ……」 「……」 にへーっと笑う姉ちゃん。 気持ちよく酔ってるときの顔だった。 アルコールはだいぶ抜けてるころなのに。 「ねーヒロ」 「もうコレ、しちゃおっか」 うにゅっと捕まえた先っちょへ腿の付け根を寄せてくる。 熱くなって、濡れた果肉を。 「分かるでしょ。もうここビチョビチョ。ヒロのせいだよ」 「んなこと言われても……」 「じゃあシたくない? 私の身体、魅力ない?」 「それは……」 ありえない。首を横に振る。 「ほらね、ヒロは私が大好き♪」 「ま、まあ好きだけど……でも姉弟で」 「義理でしょ。問題なし」 あるって。 「気にしない気にしない」 「いつかはこうする気だったし」 「え――」 ――ニュルゥ。 「ンぁ……っ」 「あは……っ」 ひらひらを自分の指でめくり、姉ちゃんはかまわず俺のものの上へまたがってきた。 そそりたつ肉とクレバスとが重なる。 「うわなにこの感じ。指とぜんぜんちがう」 「あ……でも大丈夫そう。結構ヌルっと」 「……ンっ」 「くぁ……っ」 これで文句はなにも言えなくなった。 モチモチした気持ちいい肉がペニスを包み、キツいくらい絞り上げてくる。 しかも姉ちゃんは思い切りが良く位置が定まると一気に腰をさげてきた。 「あっ、あっ、あっ」 「んぁうううう、ふと、ちょヒロ、おっきくしすぎぃ」 「ねーちゃんのせいだろがっ」 感触がどんどん俺のものを飲み込んでいく。 「ひぁっ、あっ、あっ、すごい。どんどん入ってく……、キュふ……っ、ぅンんんっ」 「うわは、姉ちゃんのここ、すごいヌルヌル」 熱くて柔らかいのが、ぬるっとしたすべりに任せて隙間なく俺のにへばりつく。 やばい。めちゃめちゃ気持ちいい。 「あはっ、すっご……ああ、あはは……」 「私……私いま」 「ヒロとセックスしてる」 「んぁ……っ」 姉ちゃんのお尻が落ちてきて、同時に亀頭の先にこりっとしたものが触れる。 限界まで入った――感じたんだろう、姉ちゃんは満足そうに笑った。 い、いまさらだけどいいのかこんなの?ゴムもなしで。 思うんだけど、 「ふぁあ、あれ? や、まだ大きくなる」 「ヒロのが……中で膨れるぅ」 「うく……ごめんなさい」 セックスの感触がすごすぎて、良識が届かない。 俺のものは鉄のように硬くなり、ごつごつと食い込んだ姉ちゃんの子宮を叩く。 「はぁあああ、んぁっ、うくぅん。あたる、……やだ、そこイイ、気持ちイイとこにぃ」 姉ちゃん、子宮弱いんだ。 「――……」 いけないと思いつつも腰をゆすってしまった。 「ひぁぁああああんっ」 穂先が旋廻して、ぐりぐりっと急所を抉る。 「もっ、ばか、急に……」 「ご、ごめん」 「はぁ……はぁ……」 「そんなに気持ちいいんだ?」 顔は真っ赤、息もきれぎれだけど、いつもみたくイタズラっぽく言った。 完全に俺の負けだ。首を縦にふる。 「やたっ」 「そーよね、ヒロはお姉ちゃんが大好きだもん」 「セックス……ヒロも嬉しいわよね」 「……うん」 色々と大事なパートを飛ばしてる気がするけど……。 俺は姉ちゃんが大好きで、それで、こんなに気持ちよくて。 嬉しいのは間違いない。 「ふふふ……じゃあ……」 「お姉ちゃんがいっぱい可愛がってあげるね」 力の抜けてた腰を、持ち上げていく姉ちゃん。 ずるるっとペニスが雁首くらいまで抜け、 「んっ!」 ――じゅちゅうっ。 一気におとした。 「うあっ」 「あはぁっ」 俺も、姉ちゃんもつい声を出してしまう。 「んん……っ」 ゆっくり抜いて、 「……っふぁ」 落とす。 「っく……うううう」 抜いて、 「あああっ」 落とす。 一往復するたびにペースがつかめていく。 ――ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ。 「はっ、はぁっ、んっ、ああっ、はんっ、んんっ」 ――ぎっ、ぎっ、ぎっ。 ストロークのたび鳴るベッドのスプリング音が、忙しくなってきた。 「どぉ……っ、どぉヒロ? 気持ちい?」 「うん、うんっ、最高」 「あは……俺の、姉ちゃんのなかにずっぽり入ってる」 赤く濡れた粘膜が真横に突っ張って、俺のものを飲み込んでる。 こんなエロい器官が、いつも見てる姉ちゃんについてるなんて、変な気分だった。 ……興奮する。 「こ、こら。見すぎ。恥ずかしいじゃない」 「だってさ」 「んもう」 困った顔ながら、姉ちゃんは腰をとめない。 「はぁっ、はんっ、んん、ぁん……」 きれいなおっぱいをタプンタプンゆらして身体を上下させてる。 あの姉ちゃんが……。 「っく……っ」 ものすごいことをしてる気分で、つい腰が跳ねた。 「きゃはぁんっ」 「んもっ、ばか、だから――」 「だ、だって……ンくっ、姉ちゃんっ」 1回動かすともうとまらない。ぐりぐりと何度も腰を送ってしまう。 「ひぃ……っうはんっ、あああんっ、ちょ、そこ、奥、ダメ……」 「へぁああ、だからぁああ」 姉ちゃんの動きと俺の動きがかみ合わないので、じゅぽっ、じゅぽっとすごい音が鳴った。 「姉ちゃん……っ、ここ弱いよね」 コリコリした子宮の蓋をつつく。 「んふぁあああ、バカ、だから……、はぁぁあ」 「あっ、あぁっ、すごいの、んぁあそこ、そこぉ」 「気持ちいい?」 「うんっ、んっ、うんっ、うんっ」 「はぁぁあぁあイイ、気持ちいぃい。やっ、おなか、あつ……あぁああ当たる、当たるぅ」 「よかった」 ぐりっ、ぐりっと何度も腰を送った。 律動――っていうのか。俺のものはそのたびにぬろぬろまとわりつくヒダを激しくこする。 「へぁああ、ぁぅ、はぅう、これっ、これ、あああ、奥っ、すごぉぃい」 姉ちゃんの顔が緩んでいく。 俺でさえ見たことのない顔――すごくやらしい。 「姉ちゃんのなか熱いよ。っぅ……、腰、止まらない」 「んはんっ、ああんっ、はんっ、ぁんっ」 「っく……っ、うあっ、う……」 「ぁんんっ、あっ、あえ……? あ――」 「うぁく――!」 ――びちゅぅううううううーーーーっ! 「ふぁああ!?」 「うぅ……っは、っは、……はぁ……」 「あく……なに? どくどくって、なんか……」 「あ……」 「ヒロ……イッてる?」 う……。 しまった。 姉ちゃんのなかただでさえ気持ちいいのに、ゆれるおっぱいとか見てたら……。 「ごめん……あの」 情けなくて頭の中が熱くなった。 姉ちゃんはぽかんてした感じで、 「……」 「……」 「……あは」 「良かった。初めてでも満足させられた……」 「……」 初めて……。 身体を起こす。 「姉ちゃんっ」 「は? んあっぷ!」 「んむ……」 まだ呼吸の荒い唇をすくいとった。 姉ちゃんの口……ぷにぷにで、柔らかくて、 「……ちル、ちゅるぷ……っ」 「ぷぁぅ」 突っ込んだ舌で口の中もぐいぐいかき回す。 「ふぷぅうんっ、ンむっ、んふうう」 「ぷるゅ……ふぃロ? きゅ、急になに……」 「ん〜」 イイ匂いのする口の中を、粘っこく舐めつづけた。 ――ググググッ! 「ふぇっ?」 「よし、またイケそう」 また勢いの戻ってきたものを何度か上下させる。 粘着質な姉ちゃんの中身とこすれれば、簡単に勃起しなおした。 「もう1回、いい? いいでしょ姉ちゃん」 「ンむぁぷ、ぁん、はあんん、ぅ」 ねろねろと口のなかを、口元を舐りながら聞いた。 姉ちゃんはちょっと恥ずかしそうに目を細めて、 「何回でもどーぞ」 「何度でも、好きなだけ。それで――」 「辛いことは全部忘れちゃいなさい」 「ン――」 温かい身体に抱きつく。 温かくて、優しいニオイで、いい気持ちだった。 興奮してしまう。 ――ぐりゅりゅ。 「くぁあんっ」 「もっ、ホントに元気……んぁっ、う、ふっ、んくっ」 「姉ちゃんのせいだよ」 また俺を楽しませようとクネりだす腿の付け根へ、楔を打ち込むイメージで腰を送る。 ――ずぷっ、ずぷっ。 「はゃっ、あんっ、はぅ、ふぁああっ、あっ、あっ、あぁああっ」 「姉ちゃん気持ちイイ?」 「うんっ、うん……すごく、いいっ、気持ちイイ」 「俺もだよ……ン」 「んちゅっ、ちゅるっ、んむ……レるレる」 最後までねろねろ舌をかわして、一度口を放す。 次はなんとか姉ちゃんに楽しんで欲しい。 乱れる姉ちゃんが見たいし……。なにより、喜ぶ姉ちゃんを見るのは好きだ。 ――ぎゅむ。 「ひぁんっ」 「あんっ、も、おっぱい……弱いからぁ」 「だから触るの」 たふたふと瑞々しく跳ねる弾力を手のひらで覆った。 握ると力が入っちゃいそうだから手を当てる程度。それでも……。 「んあっ、あっ、あっ、あっ」 ――ギッ、ギッ、ギッ、ギッ。 「ああっ、んあ……っ、あ、あああ」 ――ギッギッギッギッ! 「あぁぁああーーーーっ! ひゃあっ、はあああっ。すごいっ、ヒロっ、あああすごいのぉおおお」 ベッドが揺れるたび、柔らかな球体は俺の手のなかで押しつぶされることになる。 「はぁああっ、あああーっ、これっ、うぁんっ。あーっ、あぁあーーーーっ!」 子宮からのパルスだけでいっぱいいっぱいだった姉ちゃんは、上体からも弾ける快感に悲鳴をあげるほど。 うねうね踊るヒップの中央を抉るシャフトに、大量のオイルが垂れてくる。 こんなのに絡まれてるんだ。何度だって勃起するさ。 「こう? こんな感じ……どう?」 胸を攻めながら、腰も使ってみる。 「へぁあ、いいっ、すご……きもちィィっ。ひろっ、あぁああっ、とけるっ、あそこ溶けるよぉ」 「とけるっ、はんっ、あんん溶けるぅ。おなか、おなかの奥が、気持ちよすぎるぅう」 姉ちゃんのお尻がさらに妖しく反応する。 俺の腿とぶつかってぴたぴたと音をたてるくらい。 「はぁっ、はぁっ、ああ……ク、姉ちゃん、姉ちゃんっ」 「ひろ……ふぁああヒロぉおすごいのぉっ」 鞭でも入れるみたく、連続して腰で姉ちゃんのお尻を叩いてしまう。 姉ちゃんだけじゃない。俺も腰がとまらなくなってた。 「はぁ……っ、あ、ああっ、ああああっ」 「おっぱい……ンぁああおっぱい、おっぱいもっとぉ。ヒロっ、揉んで、乳首つまんでぇっ」 姉ちゃんは虚ろな目つきでぶるぶる震えながら俺の手のひらへ胸をこすりつけたり、 「んぁんっ、ああんっ、あっ、あっ。あはっ、腰っ、とまらない。熱くてとまらないぃ」 荒っぽいくらいの貪欲さで腰をねじらせてる。 そのたびにギューッと密着してくるヒダヒダが、ペニスに走る裏筋や雁のへこみを舐めてくる。 気持ちイイ……またすぐ出そう。 「姉ちゃん、あのっ、ゴメン俺また……」 「んっ、あ……また出る? 出してくれる?」 「いいよいつでも……んふっ、はっ、あは……っ。いっぱい、いっぱいちょうだい……っ」 「私も……もぉっ」 「く……っ」 最後のスパートをかけて、ぐいぐいと穂先を子宮へ打ち込んだ。 姉ちゃんにヨロコんで欲しい。 あと単純に、姉ちゃんをイカせてみたい。イクところが見たい。 「あぁあぁああっ、つよ……ひぅうううっ。すごい、すごぃいいっ」 「あっ、だめヒロ、私先に、先に――」 「いいよ、見せて」 弱点をつかれた姉ちゃんは、つまんだ乳首までぴくぴくと反応させながら、 「ひぅ……っ、ぃう……、う――」 「っ――」 「あ……っ」 最後の瞬間、こっちに身体を倒してきた。 いつもみたいにキスして、それで、 「っぁあああああぁぁあ……っ」 そこから電流でも流されたみたいに背筋をぐーっと突っ張らせる。 「っは、っは」 「っはぁぁああぁぁァアアあああああ〜〜〜〜〜っ!」 これまで聞いたことのないような声だった。 「うぁ……っ」 ヌメつくいやらしい内側が、さらにヌルみを増してペニスを擦る。 でもそれ以上に、 「はぁぁ……っ、ああっ、あっ」 「ああぁぁあーーーっ! あーっ、あぁああーーっ!」 「……」 姉ちゃんがイッてる。 あの姉ちゃんが……。 「っく――」 現実感が薄いような気分のなか、俺も絶頂に釣られた。 肉の快感というよりは、姉ちゃんに合わせなきゃ。そんな気分で内部の堰が壊れる。 精液がペニスを駆け上がる快感に震え――。 「うぁあっ!」 ――びゅるるるるるっ! びゅろっ、びゅくくっ! さっき一度どろどろにしている子宮へ向けて、さらに体液を浴びせかけてしまう。 「あは……っ、きた。ヒロの熱いの……」 「分かる……ンん、どくどくって」 嬉しそうに頬を緩めてる姉ちゃん。 「……」 なんか……とんでもないことしてしまった気が。 一瞬思ったが、 「んふ〜〜♪ ヒロ〜〜〜っ」 すりすりしてくる姉ちゃん。 温かくて気持ちイイ。 いかん。なんか思った気がするけど、全部飛んでく。 姉ちゃんのことしか考えられなくて……。 ――むくむく。 「お、お、おお……?」 「ふふふぅ、元気だねぇ少年」 「なんかすいません」 「あやまらないの。当然の反応よ」 「ヒロは私が大好きなんだから」 「……」 「うん」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「おはようございまーす」 「おはようヨイちゃん」 「今日は晴れましたね〜」 「やっちゃったーーーー!!!」 「あら?」 「あああ何てことを何てことを何てことを何てことを」 見下ろせば、乱れたシーツ、生臭い空気。かぴかぴティッシュで満ちたゴミ箱。 そして裸の姉ちゃん。 「ヤっちゃった……」 「ふぁーあ。もう朝?」 「あれ、なんで私裸……」 「……ああ。そっか、昨日」 「んせっと。うー、服の汗、まだ乾いてない」 「ま、いいわ。おはようのちゅ〜っ♪」 「ん〜っ」 「んふ……イイ子ね、ヒロ」 「ぅん……」 「ってぷぁあ! やめなさい姉弟でこんなこと!」 「なによぉ、昨日はもっとキスキスって甘えてきたくせに」 「うぐ」 事実だ。 ああー。俺なんてことを〜〜。 辻堂さんのこととか色々……落ち込んだり混乱してたってのもあるけど。 「まあまあ、ヒロが私を大好きなのは既定事項なわけで。あるべきものがあるべき形になっただけよ」 「なわけないだろ。姉弟だぞ」 「……初恋相手にフラれた当日に姉ちゃんに童貞食われちゃうなんて」 「ふふふ」 「フラれたばっかの弟に処女食わせたんだから私も結構やり手よね」 「へ?」 「なんでもない」 「そう落ち込まないの。責任はとってあげるわよ」 「一生かけて、ね」 「へ?」 「おはようございます!!」 「あらあら」 「おはようヒロ君。今日は一段と元気ね」 「ははははは。世界が輝いて見えまして」 「にゃあ」 「おっ、いたなマイエンジェル」 このキューピッドめ〜。お前のおかげで彼女ができちゃったじゃ〜ん。 「あはははははは」 抱っこしてくるくるくるくる〜。 「にゃ〜〜」 「あらあら」 「ヒロ君が浮かれるなんて珍しいですね」 「いいことだよ」 湘南に訪れた夏の気配が、青い空からさんさんと降り注いでいる。 昨日の雨がウソみたいな、輝かしい晴天。 こんな天気をこんな気持ちで迎えられるなんて。俺は幸せものだ。 「おはよっ、マキさん」 「うーっす、テンション高ェな」 「あははは、生きてるって素晴らしい〜」 「うぜー」 「今日は特製、特大カツサンドを持ってきました」 「あははは、生きてるって素晴らしい〜」 「おはようございます!!」 「おうアンちゃん、景気よさそうだな」 「行ってきます!」 「おう」 「なにかあったのかしら」 「うちの子も昨日だいぶ浮かれてたけど……」 「〜♪」 「長谷大。稲村学園2年1組所属、A型、乙女座。趣味は家事手伝い」 「人当たりはよくいつもにこにこしているが鼻歌まで出るのは相当機嫌が良いとき」 「おはようヴァン」 「おはようひろ。だいぶ調子がよさそうだな」 「いやぁ、世界が輝いてしょうがないんだ」 「ふむ、よく分からんが。幸せなら良いことだ」 「その通り。俺は幸せものだよ」 「ですよねー」 「うおっ、まぶしっ」 「おはよう委員長」 「おはようございます。その様子だと、昨日は良い一日だったようで」 「うん」 「うおっ、まぶしっ。ひろもか」 「あはははは、世界は幸せに満ち満ちているよ」 「うふふふふ、まったくです」 「張り合うな」 「やれやれ、なにがあったのやら」 学園に到着する。 いつもは味気ないコンクリート塀も、今日は美しく見えるよ。 あはははは、なんて爽やかな朝なんだ。 「「「おはようございます!!!!!」」」 「クミ、これもうやめろっつっただろ」 「そんなぁ。オレたちにゃ大事な儀式なんすから、やらせてくださいよ」 「ったく」 「あ……」 「あ……」 顔を合わせただけで心臓が跳ねた。 うわ、うわ、うわ。 さっきまで浮かれてたのが一転。照れてしまう。 そのくせ顔は、 (にへーっ) 筋肉がトロけたってくらいしまらない。 「にこにこを通り越してデレデレしている。どうしたほんとに」 「どうしたんでしょうねえ」 「こっちもデレデレだ」 「おはよう辻堂さん」 「……お、おう」 「愛さん? どうしました?」 「ッ、なんでもねーよ」 あれ、行っちゃった。 あっちはクールか。 「あああ〜〜つれなーい」 「デレデレを通り越してヘブン状態だな」 「……フン」 「……」 (でれーっ) 「あぶね」 教室に入っても顏の緊張は戻ることなく。 「ヒロシがなんか面白いことになってる」 「いいことでもあったの?」 「いいことどころかイケナイ薬の匂いがするくらいでれっでれタイ」 みんなに勘ぐられた。 「これは女ね。彼女ができたんでしょ」 「うそうそうそー! 長谷君に彼女?!」 こういうとき女子は鋭い。 「彼女ォ!?」 「ウソだろ長谷君!?」 「長谷君だけは僕らを裏切らないと思ってたタイ」 「そこまで驚かれると傷つくんだけど」 「ウソでしょ!?」 なんか出た。 「っと、コホン。ヒロ……長谷君に彼女なんてまだ早いわよ」 「みんな、授業始めるから準備して」 「はーいっ」 「あとで話聞かせてもらうからね」 とまあこんな感じで、休み時間ごとに引っ付かれた。 昼放課。 「楽しい1日でした」 「大変だな」 「嬉しいんだけどね」 一緒に昼ごはん。番長パワーで人払いして、屋上に2人きりになる。 俺たちの関係はオフレコで行くことに決まった。 「なんで隠さなきゃいけないの?」 「だから昨日も言っただろ」 弁当箱をつつく辻堂さん。 「理由は主に3つ」 「まず第一に、お前が危険だ。彼氏なんて知れたら、アタシを倒すためにまたお前を使おうとするバカが出てくるかもしれない」 「江乃死魔の人たちみたいな?」 「ああ。……この前さらわれたの、ホント焦ったんだから」 「問題なかったけどね」 「いまんとこ知ってるのは恋奈たちだけ。江乃死魔だけなら、ある程度対策は立てやすい」 「うん」 狙われるってなると怖いけど、来るのが片瀬さんたちならそんなに怖くない。 「次にクミたちだ」 「辻堂軍団?」 「その呼び方やめろ。恥ずかしい」 「クミたちはある意味、余所の連中以上に知られるとヤバい」 「味方なのに?」 「味方だからこそ。距離が近いからこそ面倒なんだ」 「大はヤンキーになる気はないんだろ?」 「うん。いまのところ」 辻堂さんは好きだけど、俺にはやっぱり不良なんてむいてないと思う。 「うちの連中、排他的っていうか、ヤンキーってことに変なプライド持ってるから。普通の奴とアタシが付き合うなんて認めないと思う」 「なるほど」 「まあアタシには絶対服従だから表向きはいいけど。裏でなにされるか分からない」 じゃあ避けたいな。 裏でヤンキーに付け狙われるなんて勘弁してほしいし。辻堂軍団の人たちの結束を崩すのもはばかられる。 「とくにクミ……葛西久美子には注意な。あいつ、変なとこで鋭いから」 「いつも一緒にいる子ね」 「ったく、鬱陶しい」 「そんなこと言って。昨日は妹分みたく言ってたくせに」 「う……うるせーな」 ぷいっと横を向く辻堂さん。 クールだけど仲間思いっていうか、情に厚いんだよな。 「でも、だったらここに2人きりでいるのも誰かに見られたら困るかな」 「そうか?」 「だって屋上に2人なんてさ」 完全にカップルだ。 「見られたら誤魔化せばいいだろ。いま決闘中だーとか、お前をシメてるーとか」 「それもどうなのよ」 「普段から気を付けないと」 「だな。まあそんなに堅苦しく考えることはないんだけど」 「せっかくだから呼び方変えようとか思ってたけど保留にしたほうが良いかな」 「呼び方?」 「だからさ」 「愛さん」 「はぇっ!?」 「って呼ぼうと思ったんだけど」 誰かに聞かれたら絶対やっかまれる。やめたほうがよさそうだ。 「これまで通り辻堂さんで……」 「……」 「辻堂さん?」 「……はっ!?」 「バババババババカ! バカ大!いきなりなんだよそんな、そんな新婚さんみたいな」 ファーストネームで新婚さんって。 「ててっ、てっ、照れるだろ!」 「でも辻堂さんも俺のこと大って呼ぶじゃん」 「はうあ!?」 「……」 「や、やめろ長谷。恥ずかしい」 「あれ。戻っちゃった」 「……」 「う〜〜〜。大って呼ぶの恥ずかしくなっちゃったけど長谷だと他人行儀でヤダ」 「中間が欲しいよぅ」 可愛いなぁ。 「これまで通り大でいいじゃない」 「だ、だったらいちいち言うんじゃねーよ」 「……大」 「うん」 「……」 「うー」 足をバタバタさせる。 可愛いんだけど、なんかこっちまで照れてきた。話を変えよう。 「それで、理由の3つ目は?」 「ン?」 「俺たちのことを周りに話せない理由の3つめ」 「あ、ああ。えと、これはまあ理由っていうかなんて言うか」  ? 「……その」 「は、恥ずかしいじゃん」 「?」 「だから。カレシができたって人に知られるの、恥ずかしい」 「俺、恥ずかしい?」 「そんなわけねーだろ!」 「大はメチャメチャカッコよくて、素敵で。一緒にいると幸せで、それで、それで」 「ただあの……分かるだろ!」 「あはは、分かってるってば」 硬派な子だからカレシ云々はまだ恥ずかしいんだろう。 そんなところも可愛い。 「ホントは大みたいな素敵な彼氏がいて堂々とできねぇアタシのほうが恥ずかしいんだけど」 「……」 「でも!」 「っ」 「本気で好きだから」 「ン……」 まっすぐこっちの目を見てくる。 どきっとした。 「……」 「……」 「なに言わせんだよ」 「なんかすいません」 ちょっとからかったつもりが、気恥ずかしい展開になってしまった。 辻堂さん、硬派な番長だけど純情パラメーターがふり切れてるっていうか。 これから楽しくなりそうだ。 「まとめると、先週と同じ感じで行こう。と」 「ああ。3会終わったし、のーんびりやってこうぜ」 「こ、恋人らしく」 「うん」 「それでバレそうになったときは」 「愛さんいますか!?」 「おんどりゃー!!!」 「ぎゃわー!」 「おおお出たー! 愛さん77の殺し技の一つ893重の極み蹴り!ヤクザキックしつつ仏像だってぶっ壊すぜ!」 「クミ、決闘の最中だ入ってくんな」 「は、はい」 「すまん大、大丈夫か」 「う、うん」 キックは寸止めだったけど、迫力で吹っ飛ばされた。 「びっくりしたけど、こんな感じで誤魔化す。と」 「……やってみるとすげー罪悪感だ」 「まあこれが一番いいと思うよ」 「ホントごめん。ただアタシに言えることは……」 「アンパン買ってこいや」 「しーましぇーん」 「クミ! 入んなっつったろ」 「決闘なら立ち合いがいるかと」 「シメてるだけだ。いらねーよ」 「は、はい」 「大丈夫か」 「あははは」 前途多難だ。 「なんで愛さん、あいつシメてんだろ?味方じゃねーの?」 「……はっ!あいつやっぱ江乃死魔のスパイだったとか」 ・・・・・ とまあ、せっかく恋人になれても2人の時間すら作りづらい俺たちだが、 今日は2度目、2人になれた。 「なんとか切り抜けた」 「放課後はいつも忙しそうだもんね」 「まーな。クミたちは集会に来てって言うし、ケンカは2日に1回は申し込まれるし」 大変だな。 「でも今日からは、出来るだけ大のために使う」 「うん」 こういう気づかい、なにげに嬉しい。 一緒に下校する。 でも、 「家が近いって楽でいいけど、こういうときはイマイチだぜ」 「まあまあ」 辻堂さんの家は学園から歩いて5分。すぐについてしまった。 「うー」 せっかくの2人きりがたった5分。不満そうだった。 「うち、寄ってく?」 「いいの?」 「もちろん」 「あ、でも母さんいるからなんか言われるかな。男入れるの初めてだし」 「お母さんが」 「……」 「なに?」 「ちょっと待っててください」 ちかくのコンビニへ。 3000円くらいのお菓子セットを買う。 「こんなもんでいいかな」 「いらねーよ」 「そりゃ初めてだけど。たかが彼女んち行くのに菓子折り持ってくバカがいるか」 「俺にとっては『たかが』じゃない。ご挨拶はしっかりしないと」 「う……恥ずかしいことを」 「分かった。じゃあ一応ご挨拶ってことで」 がんばろう。 「けど油断すんなよ大。気ぃ抜いたらぶち殺されるかもしんねーぞ」 「え」 「母さん、ある意味腰越よりタチ悪いから」 「や、ヤンキーなの?」 「元ヤン。触れるなよ、本人は卒業したって言ってるから」 「全盛期にはメンチ切っただけで死人が出たとか」 「それもうヤンキーじゃない」 「いまは主婦だから主婦のノリで色々聞いてくると思う。受け答え、しっかりな」 「どういうこと?」 「いや心配すんな。もう大人だから1発でキレるとかはないはず」 「ただしキレたら命がない」 俺、いまから恋人の家に行くんだよな? 「質問されたらよく考えて答えてくれ。人生にセーブ機能なんかねーんだから」 「なるほど。もし人生をセーブできるならいましておくべきなんだね」 「じゃ、ちょっと話通してくる」 先に家に入る辻堂さん。 「ちょ、ちょっと待って」 「お母さんって……どんな感じのヤンキーだったの?」 「んー、そうだな」 「この前オープンした電波塔。あれ作ったのって前の電波塔が老朽化したからじゃん」 「うん」 「タワーが老朽化したの、母さんがあまりにも大量に人を吊るしたからなんだって」 「……」 「はい!?」 「あーあ」 「愛はんがいてくれんと、なんやしまらんなぁ」 「しゃーねーよ。忙しそうだったし」 「江乃死魔ガタガタで追い込むチャンスなんだけどなー」 「愛さんは売られたケンカは100倍返しですが自分からケンカを仕掛けることはありませんからね」 「もったいないぜ。その気になりゃあの稲村チェーン同様湘南なんて楽勝でとれる人なのに」 「お?」 「うわ……イヤなのと会った」 「ハッ、つってもオレ達だけで江乃死魔をブッつぶしゃ、辻堂軍団が湘南の覇者になることに変わりはねぇ」 「ちょうどいい機会だ!恋奈ァ、覚悟せいやぁ!」 「めんどくさい」 「……辻堂はいないわね」 「いまのテメェらなんぞ、愛さんが出るまでもねェ!」 「雑魚が」 「こんにちは」 「ど、どうも」 だいぶ若いお母さんだ。 ででででもこの人は辻堂さんいわくマキさんを超える最凶元ヤン。 第一印象は大事だぞ。 「はい初めまして。愛の母で辻堂真琴です」 「ど、どうも」 緊張しすぎで固くなったが、無難にこなした。 「あら」 「ちょっ、い、いきなりそんな」 「あ、早すぎた?」 緊張しすぎて焦ってしまった。 「いいのよ」 どっちもヤンキー。ならば俺もヤンキー風に攻める。 「あ?」 (ビク) 「ち、ちがうちがう。バカ大、緊張しすぎだ」 あれ、ミスった? 「……」 「ふふ、そうね、緊張してるみたい」 「無理しなくていいのよ」 「ど、どうも」 (ほ……) 「お付き合いしてるのね」 「はい」 「あれ!? 言ってないよね?」 「言われなくたって分かります。何年あなたのお母さんやってると思ってるの」 「うう……」 辻堂さんが弱ってる。 へー、家じゃこうなんだ。 「いつ連れてくるかと思ってたけど意外と早かったわね」 「イメージ通りの子だわ。ヤンキーって感じじゃなくて、誠君に似てて……」 見られる。 ……ちょっと恥ずかしい。 「あら?」 「はい?」 「あなた……、朝134号線のところで」 「は、はい。登下校に使う道ですけど」 「たまにすれちがってるわ。いつも元気よく挨拶できる子だって感心してたのよ」 「えっと」 そういえばどっかで見たことあるような。 「あ……漁師さんたちの中にいるお姉さん」 「そうそう」 「そっちも覚えてくれてたのね」 「はい、もちろんです。ちょっと気になってて」 「へ?」 「だって漁って大変な仕事だから毎朝すごいなーって思ってたのに、すごくお綺麗な……あ、いえ」 「あらあら」 「旦那がしらす丼が好きでね、新鮮なやつを食べさせたいから漁に参加させてもらってたらいつの間にか習慣づいちゃって」 「そうなんですか」 「アタシあの中じゃ浮いてるかしら」 「浮いてるってわけでは」 「ただやっぱり印象には残ってますね。お綺麗な人だなーって」 「あらあら」 (むー) 「あ、漁師のおばさんたちの」 (ピキ) は!? い、いますげー失礼な言い方をしたような。 「いえっ、あの、漁師さんたちの中にいたなって。別にその」 「いいのよ」 「あなたたちの年から見たらおばさんだわ」 「そ、そんなことは」 (……バカ) 「……すいません、ちょっと」 「いいのよ。みんなに挨拶してるものね」 「どこかでお見かけした覚えはあるんですが」 「いいったら。毎朝ってわけじゃないし、こっちはだいたい背中を見てるだけだもの」 「逆に相手を選ばず挨拶ができてるってことで、素敵なことだと思うわ」 「ど、どうも」 挨拶は日課だからすれちがう人全員にしてる。 けど1人ずつを覚えてないって失礼だったかも。 「……」 「?」 じーっと見られる。 「君が長谷君、だったとはねえ」 「はい?」 「ふふっ、愛も良い相手を見つけたわ」 「か、母さん」 俺も照れる。 「長谷大君。3会の準備で愛と頑張ってくれたのよね」 「はい」 「その件はアタシからもお礼を言うわ」 「愛だけでなくアタシや旦那にとっても大事なお祭りだったの。ありがとう」 「そんな」 「大変だったでしょう」 「たいしたことはしてないですから」 「謙遜しないの」 にっこりほほえむお母さん。 空気が和やかになってきた。 「でも不思議ねえ、見たところ不良っぽくないけど愛に近づいて怖くなかったの?」 「辻堂さんは辻堂さんですから」 「ばっ、大」 「ふふ、ごちそうさま」 「え」 「当時はね」 「そ、そうだよな」 「あら、触れない方が良かったかしら」 「いでで……くっそぉ……」 「うう……愛さんなしで江乃死魔はキツい」 「ハン、辻堂さえいなけりゃ、その他大勢のアンタらなんざ物の数にも入らないわ」 「つっても最凶校稲村の構成員すから、そこらのチームよりは強いっすけど」 「ハッハー! 俺っちの敵じゃねーっての!」 「うちのティアラは通称を『七里の怪物』。腰越を除けば湘南の西側最強と呼ばれた逸材よ。最近ズッコケキャラになってたからって甘く見たわね」 「クソッタレ……」 「は、ハン! なにムキになっとるんや。いっとくけどわいら全然本気やないで」 「そ、その通りです。なんです、ひょっとして勝ったとか思ってます?気持ちわる」 「次あったら覚えてやがれ!」 「辻堂軍団はホントに頭だけね」 「追わなくていいんかい?」 「ほっときなさい。辻堂が出てくると面倒だわ」 (……そう、いまうちは辻堂に狙われるとまずい。しかも奴らはこっちを狙いにいれてる) 「なにか手を打たないと」 「いただいたお菓子をあけましょうか」 「お茶淹れてくるわ」 一度立つお母さん。 2人で残される。 「ふぃー……っ、緊張するぅ」 「お疲れ」 「お、俺、大丈夫かな」 「分かんねぇ。母さん、あんまり顔に出さないから」 「とにかく緊張すんな。さっきから目が泳ぎまくってる。いつもの大で行きゃ大丈夫だから」 「う、うん」 「なんの話?」 「なんでもない」 「ふふ。はいどうぞ」 3人分のお茶を用意してくれた。 気を落ち着けるため一口……ずずず。 「っ」 シブい! 「どう? お味は」 「そう、よかった」 「あはは」 舌がしわくちゃになった気がする。 「……ずず」 「しぶ! なにこれ!」 「あら? お客様だから張り切って淹れたんだけど」 「お茶っ葉使いすぎ。淹れなおしてくる」 無理やり3人分回収して台所に立つ辻堂さん。 「ごめんなさいね。実は慣れてなくて」 「ふふ、気を使ってくれたのは嬉しいけど、マズければマズいって言ってくれればよかったのに」 「い、いえそんな」 「確かに濃かったですけどマズいってわけでは。使った茶葉の量=歓迎していただけてる大きさとも言えますし」 「あら。上手いこというわね」 フォローできたようだ。 「?」 「あはは」 苦笑いしかできない。 「……ン、しぶ!」 「あら? 失敗しちゃった?」 「お茶っ葉使いすぎ。アタシがやるよ」 湯呑みを回収して台所に戻る辻堂さん。 「ご、ごめんなさいね。実は淹れ慣れてなくて」 「いえあの、はは」 やっぱ苦笑しかできない。 「……」 「……」 なんとも言えない空気になった。 「え?」 「うわ、ホントだ。シブいよこれ」 「うう……舌がしおしおする」 「……」 「すいません、これ残していいですか」 「……」 「コーヒー好きなんで苦いのは慣れてるけどこれはいくらなんでも……」 「やばっ、大。ちょっと黙……」 「そうね」 (ビク) 「確かにアタシはお料理得意じゃないわ。ひどいものを出してごめんなさいね」 「え、あ、あの」 「でももうちょっと言い方を考えてちょうだい。おばさん、傷つくと人のハラワタをえぐり取りたくなる癖があるんだから」 「え? え?」 「そう。そうね。おばさんだから悪いのね。おばさんがおばさんだから」 「さっき言ったこと根に持ってらっしゃる?」 「おばさんは執念深いのよ」 根に持ってる。 「愛、残念賞。お母さんこの子のこと好きになれないみたい」 「ま、待って待って! 確かに今日はちょっと失言多かったけど、緊張してるだけだよ」 「……あら」 「なぁに愛。この子の味方するわけ?」 「“お母さん”と“戦争”か?」 !? 「ヤバい……大! 目を閉じろ!」 「え!?」 「ごぉああああああああああ!?」 !? 「ごう!!」 「ぎゃああああああ!」 「見るな! 脳がヤられる!」 「イイコダカラ……ソレヲ渡シナサイ……!」 「くっ、ふざけんな。大は……」 「アタシが守る!!!」 ・・・・・ この日、神奈川南部の湾岸地帯。通称湘南を、2匹の魔物が襲った――。 2匹はなにを目的にぶつかり合ったのか。 日本から湘南の地が消えたいま、確かめようも術がない……。 「あっ、す、すいません」 淹れていただいて何て失礼なこと言うんだ俺は。 「いいのよ。ごめんなさいねこちらこそ」 「しょぼーん」 落ち込ませてしまった。 「い、淹れなおしてくる」 辻堂さんが席を立つ。 残される俺とお母さん。 「……」 「……」 気まずい……。 「はい、これで大丈夫」 代わりを持ってきてくれる。 ずずず……。 うん、正直こっちもシブいけど、さっきよりはずっとマシだ。 「ありがと辻堂さん」 「ちぇ」 「ちぇ、じゃないよ。母さんはお茶にしろ何にしろ雑なんだから」 「そんなことないわよ。誠君はいつもおいしいって言ってくれるもの」 「それは父さんだからでしょ」 「う……」 「まあまあ辻堂さん」 もめないでほしい。やんわり仲裁する。 お母さんはちょっとぶすっとして。 「ふんだ。いいです、確かにお母さんはお料理上手じゃありません」 「(ずず……)……なによこっちもシブいじゃない」 「……」 「大君、お茶美味しい?」 「あ、はい」 「そう」 「大君で良かったわね」 う……。 高度な仕返しをされてしまった。確かにこのお茶、さっきほどじゃないってだけでまだ普通にシブいからな。 「?」 辻堂さんには伝わらなかった模様。俺だけ照れる。 「そうそう、これだけは聞いておきたかったの」 「はい?」 身を乗り出してくるお母さん。 にこにこしてるけど、目が真剣な気がする。 「愛ったらこの通り隠し事は分かりやすいんだけど、君との経緯、照れちゃって細かく教えてくれないの」 「付き合うことになったきっかけはどっちから?」 「はい?」 「どっちが告白して付き合うことにしたの」 「え……」 っと、 「俺です」 「即答ね」 「2回告白しました。好きですって。で、2回ともOKいただきまして」 「く、詳しくは言わなくていいって」 「そっか」 乗り出してこられたんで、つい。 「そう。……なんで告白が2回あったか気になるけど」 「あとで話すよ」 「2回も言ってもらえるほど思われてるなら、安心して預けてもよさそうね」 「はい。責任をもってお預かりします」 「よろしい」 「……バカ」 「ど、どっちだっけ」 「そう言われても」 経緯が複雑だったからな。 「どっちが告白したかも覚えてないわけ?」 気色ばむお母さん。 「娘を預ける身として、はっきりしてほしいわ」 「そ、そう言われましても」 告白ってのがどのパートを指すのかすら曖昧だ。 恋人のお芝居を始めたときだろうか。デートの約束をしたときだろうか。 「えっと、えっと」 「……」 「愛、この子なよなよしすぎじゃない」 「ちょ、ちょっと繊細なだけだよ」 「はぁ……っ。娘を預けるのが心配になってきたわ」 「そ、そう言われましても」 「あーもー、なよなよすんな鬱陶しい」 いかん。お気に障ってしまったらしい。 「アタシの“息子”になる前提で“ヤ”ってんだから、こんな“女”の“腐”ったみてーなのは困ンだよ」 「息子って、話が早いよ」 「アア? はっきりしねーな」 「おい“コゾー”。テメどーゆーつもりで“ツレ”ンなる気だ? 籍入れる覚悟できてんのか?」 「いや、あの、あんまり気の早い話は」 「ハッキリしろやコラァ!」 「愛。コイツダメだ。ちっと“キョーイク”がいるわ」 「え? え?」 「こっち来いや!」 「ちょっと母さん!」 真暗な倉庫に連れ込まれた。 ドスン! バタン! 「あああ……」 ギリギリギリギリ……! ドガシャーン! ・・・・・ ――30分後。 「オレ被露死!今日から“亜威サン”の“シャテー”ってことで、“ツッ”ぱってくんで“夜露死苦”!!」 「大が壊れた」 「亜威サン! オレ今日から“湘南制覇”に向けて亜威サンの“手”となり“足”となり働きますぜ!」 「湘南なんかいらねーよ」 「2人で湘南を“支配”し、“最強”の“ヤンキー”となった“暁”にゃア……」 「俺と結婚してください」 「えっ?」 「決めたっすわ。俺の“セーシュン”、湘南制覇だけにブッこみます」 「だから亜威サンの“セーシュン”、俺にください!」 「……」 「おう!」 この後1ヶ月で湘南は、辻堂軍団を前身としたチーム『BIG LOVE』の支配下となる。 湘南史上最強と呼ばれたこのグループは、やがて関東全域、日本全域まで勢力を広め、その名は稲村チェーンをも超える伝説となるのだが…。 それはまた別のお話。 「ハッピーエンド」 そうは言われても。 「一応大になるんじゃないか?昨日もお前からだったし」 「えっ、昨日のって俺からになるの?」 「だってお前から『好きだ』って言ってきたじゃん」 「そうだけど。その前に辻堂さん、ずっと目で俺を好き好き訴えてたじゃん」 「め、目って。……確かに訴えてたけど」 「ほらね」 「でも口で言ったのはそっちが先だろ。アタシへの気持ちを抑えきれずに」 「それは確かに。でも抑えられなくなったのは辻堂さんが可愛すぎて」 「はいはい。きりがないからもう結構」 お母さんがパタパタ手をふって遮った。 「問題はなさそうね。アタシから言うことはなにもないわ」 ちょっとマジだった目つきを、また柔らかく細めてくれた。 「そろそろ2人にしてあげないと愛が怒りそうだし。愛、部屋にご案内したら」 「怒るとか……いや、うん」 「あっ、ちょっと待ってて」 なにか思い出したように速足でリビングから出て行ってしまった。 「散らかってるか気になるみたい。あの子も女の子ね」 「なるほど」 嬉しい置いてけぼりってやつだ。 いただいたお茶を飲み終え腰を上げる。 「……」 ……と。 「ちょっとこっち来てくれる」 「へ?」 手招きされた。 行くと。 「うわ!」 真暗な物置に引っ張り込まれる。 いてて、すごい力。 「……」 「ここどこですか?どうして俺連れてこられたんですか」 (ガチャ) 「なんで鍵を閉めるんですか。いったいなん」 「黙りなさい」 はい。 「最後にコイツだけは聞いとかなきゃと思ってね」 ッ! 胸倉をつかまれる。 人目のない場所で、この迫力。カツアゲでもされそうだ。 「あの子がどんな立場にいるかは知ってるよね。親として責任感じるくらい、湘南じゃデカい名前になっちまった」 「その隣に立つってのが、どんだけ勇気のいることか、知らないわけじゃないよね」 「……」 「覚悟キメてんのかい」 ナイフで刺すような問いかけ。 静かなのにすごい迫力だった。 マキさん以上……分かる気がする。 この人が特別なのか、母親ってのがみんなこうなのかは知らないけど。 「……」 「……」 「……」 「もちろんです」 「……」 「辻堂さんを好きになるってのがどういうことかは、分かってるつもりです」 といっても一度江乃死魔に誘拐されただけだが。 それでも、 「俺は辻堂さんと別れません」 「……」 「……」 まっすぐに俺を見てくるお母さん。 鋭い目つきだった。メンチきられてる感じ。 でも問題ない。見つめ返す。 辻堂さんと付き合うのに必要なことならなんだって怖くない。 「……」 「よかった」 出る。 「2人ともどうかした?」 「なんでもないわ」 「うん」 ・・・・・ 部屋までお邪魔できたからって、親御さんの手前遅くまでいることもできず。1時間くらいでお暇することにした。 外はすっかり暗い。 「結構気に入られたと思うよ」 「よかった」 お母さんにはご好評いただいた模様。 「次はお父さんか」 「ペース早いな」 「なんでも早いうちがよくない?」 「まあ……でも父さんはたぶん問題ないよ。仕事以外じゃイエスマンだから」 「そうなの?」 「自分の意志はなかなか曲げない。でも他人の意志も無意味には曲げない。そんな人」 「へー」 「不屈の精神ってやつで母さんも落としたからな」 「……ちょっと大と似てるかも」 「?」 「なんでもない。父さん、出張気味であんまり家にいないから」 「うん。機会があったらってことで」 焦ってるわけじゃない。 「逆にアタシはどうしよう。大の家族……長谷先生とか」 「そっか」 こっちも報告しないと。 ……うちのほうがよっぽど面倒だよな。姉ちゃんは辻堂さんにとっても先生なわけで。 「ヤバい……先生、アタシがヤンキーって知ってるんだ」 「そっか」 辻堂さんは泣く子も黙る我が校の番長。 姉ちゃんの了解とるのは骨が折れそうだった。 「こ、こっちも焦らず……だな」 「俺からゆっくり知らせていくよ」 「うん」 ご挨拶は後回しだ。 色々な話をした。 なにってこともない。この辺に住んでてよく行く店とか学園ではどの授業が好きとか嫌いとか。 辻堂さんと話すと、不良絡みのことに行きがちだけど。普通の話でも話題が尽きることはなかった。 どんな話でも楽しい。 「へー、生しらす丼」 「母さんが取ってきた魚で作るの。父さんの好物」 「この前江ノ島で食えなかったやつだよね。ゆでたシラスのやつはあったけど」 「結構レアなんだよな。で、父さんがいつでも食えるように母さんが漁に出てるわけ」 超絶アクティブだなあのお母さん。 「得意料理ってやつなんだ」 「ああ、母さんの料理でもアレだけは美味い」 「さっきのお茶の通り、うちの母さん雑なんだけど雑は雑なりにごちゃごちゃした料理は得意なんだ。雑な具で作る焼きそばとかも美味いし」 そこまで雑雑言わんでも。 「……」 「……いらない遺伝子ばっか受け継いじゃった」 「へ?」 「なんでもない」 家はそんなに離れてない。適当におしゃべりしてれば、すぐ着いてしまった。 「ン……」 「……」 急激に口数が減った。 家の前ギリギリまで来て足を止める俺たち。 「えっと」 「じゃあ……ここで」 「うん」 「……」 「……」 「お」 「女の子に夜道を1人で歩かせるのは彼氏のすることじゃないと思うのです」 「っ、あ、うん」 「送るよ」 「えっと」 「うん」 すごーく本末転倒なことをしてる。 それが分かってるから、帰り道は話題に困った。 でも肩を並べて歩く。これがすごく幸せ。 「……」 「……」 どっちも分かってる。 話がしたいんじゃない。ただ2人でいたいんだ。 それだけでいい。 「そうだっ」 家が近づくと、辻堂さんはやや無理やりに口を開いた。 微妙に歩幅をやわらげる俺たち。 「昨日のリベンジ、いつにする?」 「遊園地?」 「観覧車」 「……限定なの?」 デートはまたしたいけど……高いのはなぁ。 「そうだな。大とデートできるならべつに遊園地にこだわることもないけど」 「怖がる大は見たい」 にんまりと笑う辻堂さん。 「ならまた一緒にお化け屋敷入ってもらうよ」 「いいぜ。あのお化け屋敷、配置覚えちゃったもん」 「あの遊園地お化け屋敷5つあるよ。昨日入ったのは4番目に怖い奴だってさ」 「え……?」 なんて話してるうちに到着。 「……」 「……」 えっと。 「お、お前が狙われると困るから、送って」 「ストーップ。終わらないよこれじゃ」 「う……そうだけど」 もう別れなきゃ。思ったんだろう、ムスッと口をへの字にする辻堂さん。 気持ち的には一緒だ。 えっと、こういうときは。 ――ちゅっ。 「ふぇっ」 「おやすみ辻堂さん」 キスしながら言う。 ……うう、やったあとで後悔した。キザすぎる。 「あの……あぅ」 不意打ちのキスにびっくりしたんだろう。目をまん丸にした彼女は、 「……」 「ちょ、ちょっと待て。いまのはダメだ」 「なにが?」 「急なことすぎるし短すぎる。モヤモヤするから……」 「やり直し」 口を突き出してくる。 改めてちゃんとしたキス、か。 「じゃあ……」 すること自体に異論はない。 ――ちゅむ。 「んふ……っ」 今度はぴったりくっつけるキス。 ……柔らかい。 夢中になりそうなのを無理やり放す。 「おやすみ辻堂さん」 「……あは」 嬉しそうだった。 「なんだよその決め台詞。キザすぎ」 「あはは、似合わないよね」 「似合わないってことはないけど……、でも大、そういうこと言えるキャラだったんだ」 「自分でも知らない自分がいたようで」 「……へへ」 やっぱり嬉しそうだった。 「い、いまのもうちょっとできない?もっとキザな感じで」 「さすがに恥ずかしいんだけど」 「いいじゃん。なっ? カッコいい大が見たい」 そう言われると悪い気しない。 「じゃあ……やってみる」 絞り出せー俺のなかのカッコいい成分。俺はイケメンイケメンイケメン……。 「……愛」 「わっ」 抱きしめて、前髪を払う。 「してほしいのはキザな真似だけ?」 「もっとしてほしいことがあるんだろ」 「う……」 「言ってごらん。何してほしいのか」 我ながら笑えるくらいすごいセリフがぽんぽん出た。 そっと唇を撫でると、辻堂さんは顔を真っ赤にして。 「あ……ぁの」 「キス……してほしい」 「引き留めてちゅーのおねだり? イケナイ子だ」 「お仕置きもかねて、今夜寝れなくなるくらい強烈なのをしてあげないと」 「お願いします……」 抱きしめる俺に体重を預け、力を抜く。 「大……」 「愛……」 俺はゆっくり顔を近づけていき……。 「ぶーーーーー!」 「んが」 「ツバひっかけるプレイは求めてない」 「ぶーーーーー!」 「んが」 「邪魔しちゃったかしら。引っ込むわね」 「あわわわわ」 み、見られた。バカップルを1歩超えたただのバカ状態を見られた。 ……しばらくこの家に行くのはよそう。 結局キス2回で別れた。 ・・・・・ 「……」 「……」 「うらやまCーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 「ああああアタシもあんなことされたーい誠君にキザに迫られたーい!」 (ピポパポピ)「もしもし誠君!?ちょっとヨーロッパの貴族になった気分でアタシのこと口説いてみて!」 『は、はあ?』 ・・・・・ 迫ってくる辻堂さん。 を、スウェーでかわす。 「なんでやねん!」 「恥ずかしくなっちゃって」 周りに人はいないけど、ここが外ってことも妙な感じがする。 「う〜〜〜」 「じゃあいいよ。しなくて」 ぷいっと横をむいた。 「しないってのはちょっと。いまのが恥ずかしかっただけでさ」 「うっさい。もうしてあげない」 「そんな。辻堂さん」 「つーん」 拗ねちゃった。 いかん。めちゃくちゃ可愛い。 「いいじゃん、しようよ」 「しない」 「したいな」 「しなーい」 つんと尖らせた口は準備万端って感じなのに横を向いてしまう。 弱ったな。ここで『じゃあバイバイ』ってのもちがう。 ここは強引に。 (ぷいっ) また横をむかれた。 なら、 (ちゅっ) 「ひゃ」 ほっぺにした。 「ちょ、大」 「してくれないならここでもいいや」 「ただし回数は増やすよ」 ちゅっちゅっと頬から耳、首筋までキスしていく。 「んはっ、も、ぁの」 「ん〜♪」 「ううう……」 くすぐったいんだろう、眉をぴくぴくさせる。 「わ、分かった分かった。口にしていいから」 観念した。って感じに口をつきだしてきた。 「じゃあ遠慮なく」 こっちからも近づけていく。 辻堂さんはそっと舌で口をしめらせて……。 「……」 「……」 「……」 「……大? まだ?」 「さっきまで嫌がってたわけだし。これじゃ無理やりするみたいで微妙な気がしてきた」 「はあ?」 口は接触する3センチ前で止めた。 「だって『仕方ない』みたいに言われちゃあ。俺はしたいけど、そっちはしたくないんでしょ?」 「したくないわけじゃ」 「やめちゃおっかな」 「そんなぁ」 「はっきり『して欲しい』って言ってくれるなら何度でもできるんだけど」 「う……」 「し、してほしい」 「なに? 聞こえない」 「……キスしてほしい」 「聞こえないなぁ」 「キスしてよぉ」 「聞こえなーい」 「……」 「はむっ」 「んぐっ」 無理やりされてしまった。 力任せにこられたら勝てない。キツく唇を押し付けられる。 「ん〜」 「ぁう、んく」 「つ、つぃどうふぁん、ちょっと苦ひい」 「聞こえない♪」 あああああ……。 ・・・・・ 「はぁ」 まだ顔が熱い。海からの風を心地よく思いながら家に帰る。 正式なカップルになってまだ1日目なのに、色々あったな。 明日からも楽しみだ。 「ただいまー」 「遅かったわね」 「ごめん。いまご飯にするよ」 もう7時半をすぎてる。 「さっきヨイちゃんに会ったから、適当にお惣菜買っといたわ。今日はそれでいいんじゃない?」 見るとテーブルには、結構な量のお惣菜が。『孝行』で済ませてくれたらしい。 ラッキー。夕飯の準備なしですんだ。 「じゃ、今日はこれで」 「うん」 着替えたり手を洗ったりする。そのあいだ、姉ちゃんはごはんをよそってくれたり小皿を用意したり。 「いただきまーっす」 「いただきます」 「だいぶ遅かったけど何してたの?」 「んー、なにってことも」 「そう」 さほど詮索せず、くぴくぴとビールを空けてる姉ちゃん。 ……辻堂さんのこと、どうしよう。 言ったらさすがにビビるよな。ヤンキーの彼女なんて。 でも早めに言った方がいいとは思う。 「……」 「あのさ姉ちゃん」 「うん?」 「彼女ができた」 「ふーん」 「うん」 「……」 「……」 「ぶーーーーーッッ!」 「うわああ料理全部にビールが」 「なななななななななにぃいいいいいい!?彼女!? かのっ、かのっ、かかっかっかの……っ」 「落ち着いて」 「彼女!!?」 「うん」 「うそっうそっうそっうそそそそそなななんでなんでだってヒロは私が好きなはずだしそんな彼女なんて作るわけがないしできるわけがないし」 「……」 「……姉ちゃん?」 「そ、それは、あの、今はやりのアプリの中で?」 「リアルワールドに彼女ができた」 「……」 「カノジョって名の出来物が」 「ない」 「恋人ができた」 「……」 ここまで動揺するとは思わなかった。 「あ、相手は、誰?」 「辻堂さん。ほら、一緒のクラスの」 「辻堂さん!? あのっ、あの不良の?」 「うん」 「なななななんで?! なんで!?どーゆー経緯で!?」 「あっ、脅されてるの? そうなのね! 任せて!」 ジャキン! 「たとえ我が校の番長といえどこの鉄板も貫くスタームルガーレッ○ホークの前には……」 「なんで拳銃なんて持ってんだ!」 「エアガンよ。クマまでなら殺せるよう改造しただけ」 「じゃあ法律に触れるだろ」 「ヒロには言ってなかったけど、実は私サバゲー大会で稲村の死神と呼ばれたお姉ちゃんだったの」 「聞いてないよ。落ち着いて」 「安心しなさい1発で仕留めるから。こんなこともあろうかとゴノレゴを1巻から全部読んだところよ」 「それすごいな。でも落ち着いて」 「俺は真剣に辻堂さんが好きなんだ」 「確かに彼女は困ったところもあるから、教師の姉ちゃんには引っかかるかもしれない。でも分かって欲しい」 「俺、辻堂さんと付き合うから」 「……」 きっぱりと言った。 反対されても引く気はないけど……でも出来るなら分かってほしい。 「……」 「……姉ちゃん」 「……そこまで言うなら、私は口を出せないわね」 小さく息をつく。 「付き合うのはいいけど、不良にはならないでよ」 「分かってるよ。俺が不良になったら姉ちゃんが困るもん」 「俺には姉ちゃんだって大切だから迷惑になることは極力しない」 「……そう」 「落ち着いてくれた?」 「ええ」 「まあ辻堂さんなら及第点よ。不良の中では話が通るし、納得しておくわ」 「あは、よかった」 「ええ。納得納得」 「納得できるか!!!」 「いきなり呼び出されたかと思えば……」 「うえええ〜なんでよヒロぉ〜。なんでお姉ちゃんを捨てるの〜」 「別に捨てられてはないだろ」 「うう。ジョッキ生おかわり」 「きっと不良に騙されてるんだ。そうよ、ヒロは私が好きなんだから騙されてるに決まってる」 「だんだん危ない人みたくなってきてるぞ」 「だってそうじゃないと説明がつかないじゃない!ヒロが私を好きなのは厳然たる事実なんだから!ジョッキ生早く!」 「やれやれ」 「ヒロポンと辻堂の娘がねぇ」 「お似合いじゃないか」 「と、言うわけで姉ちゃんへの挨拶はしばらく待ってて」 『そうする。こっちも怖いし』 「ゴメンね。姉ちゃん意外とメンタルが弱くて」 「でもすぐに分かってくれると思う。俺の姉ちゃんなんだから」 『ふふっ、シスコン』 「否定はしない」 「っと、遅くなってきたね。そろそろ寝ないと」 『だな。また明日』 「うん。また明日」 『あ、それとさ大。1個聞きたいんだけど』 「うん?」 『お前って嫌いな食べ物とか……ある?』 「食べ物ならなんでも食えるよ」 今日もビールがかかったカラアゲとか食ったし。 『そか、よかった』 「?」 『なんでもねーよ。おやすみっ』 「うん。おやすみ」 「さてと」 「ぐすぐす」 「なんで私じゃだめなのよぉ〜。ジョッキ生おかわり」 「もう11杯目だぞ。致死量だ」 「うう。ヤンキーのどこがいいの」 「昔から一定のニーズはあるんだぞ。セーラー服戦士でも男は大抵マーギュリーかジュビターっていうだろ」 「ジュビターはもともとヤンキーって設定なんだ。まあ2年目から完全に無視されたが」 「へー。当時子供すぎて2年目のRからしか覚えてないや」 「……友達とジェネレーションギャップがあるって地味にヘコむ」 「ジョッキ生ー!」 「ともあれ、好きになったらヤンキーがどうこうなんて関係ない」 「あきらめて祝福してやれ」 「やだぁあ……」 「ちくしょーこうなったら浮気してやる!」 「どっかでイケメン拾ってくっついてやる。私は私で男作ってやる。このゲームここから寝取られゲーにしてやる」 「イケメン来い来い……美女オーラ全開!」 「うおっ、すげー美人」 「お姉さん1人? 一緒に飲まない」 「いいわね、ご一緒させてもらおうかしら」 「おほっ、ラッキー」 「……」 「どうかした?」 「ダメだチクショウ!」 「ぐはー!」 「なにしてるんだ」 「イケメンがいない!」 「いまのやつ、まあまあだったと思うぞ。頬が腫れちゃったが」 「全然ダメ! 眉毛細いし顎はすっとしすぎだし目鼻口全部形が悪い!」 「ようするにヒロに似てない!」 「ムチャクチャだな」 「うえーんなんで不良と付き合うのよー」 「不良なんて道で肩がぶつかっただけで相手をぶん殴るようなタチの悪い人種じゃない」 「私はいまもっとタチの悪い女を見たが」 「ぐすぐす……」 「もういいや。今日からヒロと顔を合わせるのはやめよう。会ったら辛くなるだけだわ」 「あ、いた」 「ん?」 「どうも城宮先生。ほら姉ちゃん、迎えに来たよ」 ちっとも帰ってこないから心配になった。 「……」 「うわーんヒロぉ〜〜〜〜!」 うわっぷ! 抱きつかれる。 相当べろべろらしい。仕方ない、おんぶしてやった。 「じゃ、先生。ご迷惑おかけしました。失礼します」 「ああ。本当に迷惑だった」 「帰るよ姉ちゃん……酒くさ。どれだけ飲んだのさ」 「うー……。今日一緒に寝よ〜」 「はいはい」 ゴゴゴゴ……! ゴゴゴゴゴゴゴ……! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!! 「外まで地鳴りがしてるけどコレなに?」 「辻堂がおかしい」 ホントだ。 どうしたんだろう。昨日はずっと機嫌よかったのに。 「ふふふふ震えがとまんねー」 「なんであの魔王は週一くらいで小動物なら死ぬくらいの殺気放ってんだよ」 「……替えのパンツ買ってくる」 みんなが怯えてる。 「おはよう辻堂さん」 「ん? ……おう」 地鳴りがやんだ。 「どうかした?」 「……なんでもねーよ」 ぷいっとそっぽを向く。 どうしたんだろう。 ん? 手……ばんそうこうがいっぱい。 「見て見て見て、制服に血がついてる」 「手も傷だらけタイ」 「ケンカだな、まちがいなく」 「ああ、間違いない。俺も昔悪かったから分かる」 「??」 「あっち行けよ」 「う、うん。じゃあ昼休みに」 「……」 落ち込んでるんだろうか。下を向く。 気になるけど……聞けるのは昼休みだな。教室だと話してるだけでも視線が痛い。 「……」 「クソッ」 (タコさんウインナー……切るのが難しい) 「ちょっと力入れたらバラバラになっちまった」 (ビクッ) (玉子焼きなら焦がさず作れるんだよ。でも卵料理なんて……) 「ぐちゃぐちゃにしてヤキ入れるなんざ誰だって出来る。アタシはもっと上を目指さねーと」 (ぶるぶる) 「ケンカどころじゃないよアレ」 「け、警察呼ぶ?」 「いやタイ。バレたら僕らまでぐちゃぐちゃにされるタイ」 「どうかしました?」 「ああおはよう。辻堂がさっきから怖いんだよ」 「俺の後ろにいろ委員長。お前は俺が守る!」 「?」 「はい1時間目の授業はじめるわよー」 「うぇっぷ」 「どしたん先生?」 「いえ、ふつか……風邪ひいて」 ・・・・・ そんなこんなで昼休み。 「お待たせー」 「おう」 辻堂さんはまだ不機嫌気味。 どうしたんだろ?思いつつ、定位置にしてる裏へ。 隣に来た辻堂さんを見ると。 「……今日の昼、それ?」 「な、なんだよ。ハットモットは安い早い美味いでいい店だぞ」 「いいけどさ」 弁当屋の弁当だった。 「いただきます」 ぶすっとしながら箸を手に取る。 ちなみに俺は普通に自分で作ったやつである。昨日の余りもの+孝行のやつ。 ふむ。 「辻堂さん」 「あ?」 「はい」 「う……い、いいよ」 「どうして?まあハットモットも美味しいとは思うけど」 出来合い弁当よりは良い物だと思うのだが。 「……」 「美味しそうだからいらない」 なんで? 「いいじゃない。俺もそっちのもらうってことで」 「美味しいんだよ。近くの孝行って店のお惣菜でさ」 「え、あ、大が作ったんじゃないの?」 「それもあるけど、だいたいは店頼り」 俺は料理、味には自信あってもレパートリーはそんなに多くないからな。 「そっか」 「じゃあもらう。分けっこな」 「うん」 チキン竜田を半分つまむ。 「あーん」 「へっ?!」 「ほら、お口あーんして」 近づけていった。 「い、いいよ」 照れちゃう辻堂さん。 でも悪くはなさそうな顔だ。イケる。 「あーん」 「いいって」 「あ〜〜〜ん」 「……」 (ぱくっ) 食べた。 「どう?」 (むぐむぐ)「……美味しい」 (ずーん) あれ?なんかより落ち込んでしまった。 「口に合わなかった?お気に入りの惣菜屋のやつなんだけど」 「へっ? 大が作ったんじゃないの?」 「あはは、こういう手のかかるやつはお店頼りなんだ」 「あっ、ああ、そうなんだ。……よかった」 「?」 「なんでもない。すげー美味いなコレ」 「でしょ」 「はいもう一口。あーん」 「そ、それはいいって」 「あ〜〜〜〜ん」 「……」 (ぱくっ) お互いで弁当をわけっこすることになった。 「あ、これ美味しい。この菜の花のやつ」 「菜の花のゴマ和えね。……ン、こっちも美味しいよ、筍が新鮮で」 「ごま油がいい感じだな。これも惣菜屋のやつ?」 「いや、それは俺が作った」 作ったっていうか和えただけだけど。 「そっか」 (ずーん) あれ、また落ち込んじゃった。 「よく分かんないけど。こっち食べて」 てんぷらをあげる。 「ン……美味しい」 「でしょ。孝行はてんぷらも絶品なんだ」 「その店、相当気に入ってるみたいだな」 「昔からの馴染みの店だからね」 「店員で一個上のお姉さんがいてさ」 「ふ、ふーん」 (年の近い店員さんが) 「その人が作るのは大抵美味しいんだ。仲がいいから商品化前の味付けのテストなんかも頼まれるんだけど、それもほぼ美味しい」 「へー」 (定期的に手料理を) あれ、またへこんじゃった。 あ、彼女の前で他の女をほめまくるってのはダメだったかな。 「ところで、今日はどうして不機嫌だったの?」 「は? べ、別に不機嫌じゃねーよ」 「ウソ。みんな怖がってたよ」 「怖がられるのはいつものことだ」 「ちがう。辻堂さん、ケンカ相手でなきゃ怖がらせることなんて滅多にしないじゃない」 「う……」 「……」 口をへの字にする。 話してはくれそうにない、か。 と……。 「ん? 目ぇ充血してない?」 「昨日遅くまで本読んでたから」 目のあたりの筋肉がひきつってる感じ。いつもより2割増しくらい目つきがするどく感じる。 「迫力の正体はこれかな」 「……寝不足もあるかも」 意識したらしょぼしょぼしてきたらしい、目じりをこすった。 「触っちゃダメだよ。ちょっと待って」 ちょうど疲れ目用の目薬を持ってる。さしてあげることに。 「上向いて」 「1人でさせるよ」 「いいから。任せて」 後ろに回る。 言われるまま上を向く辻堂さん。俺は後ろから顔を覗き込んで、 「……」(ぎゅう) 「なんで抱きしめる」 「いや、いい格好だなーと思って」 抱きしめやすい。 「な、なんだよーもー。目薬は?」 「もうちょっとだけ」 ぎゅ〜。 「……もう」 困った顔ながら、辻堂さんも嬉しそうだ。 そうそう、目薬しなきゃ。 「はい、目ぇあけて」 「うん」 顔の距離を縮めていく。 「辻堂さんは瞳も綺麗だよね」 ツリがちだけとパッチリしてて、虹彩に力がある。 「……」 「な、なんだよじーっと見て。早くさせよ」 「見惚れちゃいまして」 「……」 「……見過ぎだ。照れるだろ」 「いいじゃない」 「いいけど」 「……」 「……」 冗談で始めたことだけど、いつしか本気で見詰め合ってしまった。 目を見る……ってなんかいいな。 心の奥まで見られちゃいそうで気恥ずかしいんだけど、好きな相手とだと、恥ずかしさが逆に気持ちいい。 「……大」 「愛さん……」 ・・・・・ 「愛さんいますー?」 「はーっ!」 「ぎゃー!」 「出たー! 愛さん77の殺し技の一つ、ヒジ鉄無拍子!ボス級の敵には効果ないけど必殺技だぜ!」 「アタシの背後をとろうなんて……100年早ェ!」 「今日も決闘ですか」 「何の用だよ」 「はい、あのですね。江乃死魔のやつらが動いてるみたいなんで緊急ミーティングがしたいなと」 「ンなもんお前らでやれ。いま決闘の最中だ」 「いま終わったじゃないっすか。屋上から投げ落として」 「うっせェ。こんなもんでくたばるほど楽な相手じゃねーんださっさと行け」 「は、はい」 「ふぅ……」 「大丈夫?」 「まままマジで落ちるかと思った」 ぎりぎりフェンスに引っかかって助かった。 「悪い。びっくりして」 「もう2日目だから慣れたけどね」 「適応早」 「それより続き続き。目薬さそう」 「お、おう」 多少水はさされたが俺たちのイチャ熱は冷めない。 後ろからまた顔を覗き込みなおした。 ――ぴちょん、ぴちょん。 「う」 「こぼれないように目ぇ閉じて」 「うん」 上を向いたまま目を閉じる辻堂さん。 ちゅっ。 「ふぁ」 「な、なにすんだよ」 「なにが? 分からないなぁ」 「も、もう」 「俺なにかおかしなことしてる?」(ちゅっちゅっ) 「ンむ……おかしなことはしてないけど」 「め、目が見えねーとこ狙いやがって卑怯者め」 「あとで倍返ししてやるからな」 「お待ちしています」 (ちゅ〜) (ちゅ〜) 「大変です愛さん!」 「破ーーーーッッ!」 「あれー」 「で、出たー以下略100連釘パンチ!」 「視界を奪った程度でいい気になるなよ」 「愛さん大変です」 (涙!?あの野郎あの状態から視覚を奪うほどの反撃を?) 「そんなことより、来てください。大変なんです」 「なんだよ。ミーティングならテメェでしろ」 「そうじゃなくて……とにかく来て」 「お、おい待て」 ・・・・・ 「あのー、助けてー」 ・・・・・ 死ぬかと思った。ONCE MORE。 なんとか復帰して、連れて行かれた辻堂さんのあとを追う。 なにかあったんだろうか。あんなに慌てるなんて。 「大変なことって……」 「大変だ」 「ハッハー、潜入成功だっての」 「シッ! 今日は絶対にバレちゃダメだシ」 「失敗したら恋奈様怒りますからねー」 「でも潜入ってワクワクっすわ。自分こういうミッションでインポッシブルなの好きっす」 「でん♪ でん♪ でーでーでん♪ でん♪ でーでー」 「あの、3人とも?」 「浮かれてんじゃねーぜ梓。これは江乃死魔の今後を左右する作戦だっての」 「分かってるっすよ。準備は万全っす」 「どんな作戦?」 「やだなぁさっき言ったじゃないっすか」 「いま江乃死魔は弱ってっからよ、辻堂に休戦を迫るために、弱点の長谷を誘拐するんだっての」 「この前はキレさせたけど、交渉を迫る材料として長谷はいいカードだシ」 「なるほど。俺をさらいに来た、と」 「はいっす」 「わかった。じゃあ逃げるから」 「おう、気ぃつけろっての」 「あたしら足も速いから隠れてるといいシ」 「ありがと。じゃあね」 背を向ける。 ふー危ない危ない。 隠れつつ辻堂さんに知らせるとしよう。えーっと、携帯は。 「はいストーップ」 捕まった。 「ダメっすよセンパイ。ボケ役の人がボケてるときは『あっ! 待てー』ってなるまで待つのが礼儀っす。本当に逃げ切っちゃうのはルール違反っす」 「それもそうだね」 「おっしゃあナイス梓!」 「長谷ゲットだシ!」 捕まってしまった。 「えっと、江乃死魔の一条さん、乾さん、ハナさんですっけ」 「おう! さっそく名前覚えてくれたっての」 一度拉致されてるからなぁ。 「俺っちはティアラ!江乃死魔最強にして恋奈様の腹心、一条ティアラたぁ俺っちのことさ!」 「またの名を七里の怪物……ですっけ」 「それあんま好きじゃねーなぁ。乙女に向かって怪物はあんまりだっての」 「でも片瀬さんなんか『血まみれ』ですよ」 「あれはカッコいいじゃん」 そうか? 「自分は乾。江乃死魔最速のスピードスター。乾梓っす」 「知ってるよ。すごく逃げ足が速いんだよね」 「へへへー。本気だしたら辻堂センパイからだって逃げ切る自信あるっすよ」 すごいかは知らないけど得意げだった。 「君はこう、二つ名みたいのはないの?」 「え……んっと、ないっすね」 「あっ、自分あずにゃんって呼ばれるのが好きっす」 「そうなんだ。それは二つ名じゃないけど」 「よろしくね乾さん」 「あずにゃんでいいっすよ」 「乾さん」 「しょぼーん」 「そしてあたしはローズ!江乃死魔最強にして」 「お久しぶり、ハナさん」(なでなで) 「にゅあっ、な、なでるな」 「自分らは名字で呼ぶのになんで一人だけファーストネームなんすか」 「可愛いんだもん」 「とにかく! 湘南最強の江乃死魔でも中枢をなすこの恋奈様四天王のうち3人がそろっちまったんだ。覚悟決めてもらうぜぇ長谷!」 逃げ道をふさがれる。 参ったな。そろそろ昼休み終わりなのに。 「あー、恋奈様っすか。長谷センパイ見つけたっす。はい、いま屋上で」 近くに来てるらしい。リーダーの片瀬さんに連絡する乾さん。 「へっへっへ、こうも簡単に上手くいくたぁな。新生江乃死魔の初仕事、幸先いいぜぃ」 「本当に上手く潜入しましたよね」 3人とも変装らしい変装すらしてない。 「実は授業中にすでに忍びこんで、さっきまで隠れてたシ」 「それでお前さんが1人で教室を出たタイミングで動き出したってぇわけさ。どうだい頭脳的だろ」 「どうして俺が教室を出たタイミングが分かったんで?」 「そいつは教えられねーなぁ」 「あたしらの情報網はすごい。とだけ言っておくシ」 なるほど。うちのクラスに江乃死魔に通じてる人がいるらしい。 「へきしっ」 「風邪ですか?」 「んー、そうかも」 「新しいショーツが薄すぎるんじゃない?」 (恋奈ちゃん、なんで長谷君のこと聞いてきたんだろ。不良とは関係ないよね) 「それでバンドの調子は?」 「最近全然集まんない。書いた曲が難しいからってみーんな飽きてきたみたい」 「大勢が集まって1つのことをするって、大変ですからね」 「俺を拉致りにきたんですよね」 「おう。暴れたって無駄だぜ、無理やりでも連れてくっての」 「怖いなぁ」 「シシシっ、もっとビビれだシ」 「こわーい」(なでなで) 「でも、どうやって?」 「へ?」 「潜り込んだのは授業中だからなんとかなったけど。いま昼放課で人目多いですよ。俺を連れて外まで行くのは無理だと思います」 「なんとぉ! そうだっての、どうやって逃げよう!」 「屋上なんて出口から一番遠いシ!」 「落ち着いてください。次の授業始まるまでここで待ちゃいいじゃないすか」 なるほど。賢い。 でもあんまりここに長居すると。 「そろそろ休み時間終わるから、忍び込んだっていうティアラたちはお前らで探しとけ。あのデカさならすぐ見つかるだろ」 「ういっす」 「余計な時間使っちまった。大ー、授業始まる前にもうちょっと抱っこ……」 「……」 「どいつもこいつも邪魔しやがって」 「ぎゃあああなぜここにぃいい!?」 「ケンカ売りてーならTPOわきまえろ」 「くっそーどうやら和平交渉は無理みてーだぜ恋奈様」 「屋上……出口はひとつ、逃げるのは難しそうっす」 「ヤられる前にヤるしかねーシ!」 「スパイク準備よし! 今日はすべらねーぜ!」 「はぁ」 (もうちょっとイチャイチャしたかった) 「んがああすげー迫力。そこらの雑魚じゃ相手にならねーわけだっての」 「でも俺っちにゃ効かねーぜィ!」 「目標をセンターに入れてブッ飛ばす目標をセンターに入れてブッ飛ばす目標をセンターに入れてブッ飛ばす」 「目標をセンターにいれてこっそり逃げる目標をセンターにいれてこっそり逃げる目標をセンターにいれてこっそり逃げる」 「いくぜオラァ!」 「……」 「作戦失敗ね」 「全員引きあげ。クミたちが絡んでこないうちに帰るわよ」 「3人はよろしいのですか?」 「ハナ以外は頑丈だから大丈夫でしょう」 「想定内よ」 ・・・・・ 「いちちち、死ぬかと思ったっての」 「大変でしたね」 (ぐったり) 辻堂さんに瞬殺されたので保健室に連れてきた。 「先生、お願いします」 「……眠い、起こすな」 先生は寝てた。 「寝不足ですか」 「昨日お前の姉に付き合ってな」 「すいません」 こっちで勝手にやらせてもらう。 2人とも軽症だし、薬と絆創膏でいいだろう。えっと、薬薬……。 なんだこれ? 机の上に白衣を着たぬいぐるみが。 『ソウデスカマシーン1号 楓ちゃん人形』? 触ってみる。 『そうですか』 「?」 『そうですか』 「勝手に触るな」 「はい」 よく分からんものを作っているようだ。 気にせず傷を手当てする。 「いててて染みるっての」 「我慢してください」 (ぐったり) 「起きてー」(ぺちぺち) 「そういえば乾さんいませんね」 「うう……たぶん逃げたんだシ。梓の逃げ足は江乃死魔1だシ」 まったく躊躇なく仲間を置いて逃げるとは。 「これでよし、と。じゃあ俺は授業に行きますんで、2人もいまからでも学園に戻ったほうがいいですよ」 「おう、サンキュー長谷」 「助かったシ」 昼休み終了まであとちょっとだ。急がないと。 「なに誘拐に来たやつと仲良くなってんだよ」 「別に仲良くなったわけでは」 「でも痛がってる相手を放置するのも気が引けるじゃない」 「……」 「ったく」 肩をすくめながら、なんか嬉しそうな辻堂さん。 今日のは、たぶんこれからも俺たちに付きまとう問題の一端なんだろうな。 彼女は湘南最強の番長。 だから敵が多い。カレシになるなら、それは隣り合わせになる。 でもいいさ。 「あ」 「チャイム鳴っちゃったね」 「じゃーもう急がなくていいや。のんびり行こうぜ」 「ワルい子だな」 「不良だもん」 俺も賛成。のんびり教室に向かう。 もうこんなワルい世界と関わっていく覚悟はできてる。 その中で俺が何をするかなんだ。 ・・・・・ 「さすがに置き去りはマズいっすよね。辻堂センパイたちはもう行ったし……」 「あれ、お2人もいない。先帰っちゃったのかな」 「くぁあ……ん?」 「あ、ども」 「他校生か? 勝手に入るなまったく」 「まあ可愛いから診察してやる。どこが悪いんだ」 「いえ自分は無傷ですんで」 「肌が荒れているようだが」 「あー、最近不摂生で」 「ちゃんと眠れているか。便通は」 「寝てはいるっす……えっと、でも」 「便秘か。3日目くらい?」 「肌質だけで分かるんすか」 「保健の先生だからな」 「先生として悩みを解決してやろう」(ごそごそ) 「うえ!?な、なんすかそのデカくて針のない注射器」 「まずは1リットルから行くぞ」 「ドェええええええええ!? 待って待って待ってそれ解決すか!?」 「医学的にきわめて有効な方法だぞ。安心しろ。すぐ楽になる」 「この会社そのプレイ禁止なんすけど!?」 「お前が歴史を変えろ!」 「にゃアアアアーーーーーーーーーーーー!」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「つーわけで、いまうちの連中を江乃死魔と話し合いにいかせてるから」 「うん」 放課後。一緒に外へ。 俺にはよく分からないんだが不良界のことは不良の人たちに任せよう。 「あいつら、アタシにケンカ売りにきたんじゃなくてお前のこと拉致りに来たんだよな」 「そう言ってたね」 「……怖いか?」 「別に?」 「うーん、よかったけど、ちょっと危機感が足りない気もする」 「俺もできる限り心配かけないようにはするよ」 具体的には考えてないけど。 「ま、どうなってもアタシが守るけど」 「よろしくお願いします」 「えへへ」 「はは」 確かに危機感は足りないかもな。 でもいいさ。いまのところ脅威となるのは江乃死魔の人だけ。あそこの人たちは危険じゃなさそうだし。 敵と呼べる敵はいない。 なにも問題はないさ。 「……」 (ギリギリギリギリ……) 「先生さいならー」 「はい、さようなら」 「おのれェェエ……!」 「つーわけで、愛さんはいまんところそっちにケンカ売る気はないとさ」 「あっそ」 「……オレはいますぐにでもブッ潰してやりてぇんだがな」 「やってみる?」 「……チッ、調子ン乗りやがって」 「……フン」 「作戦成功。辻堂のことだから、長谷絡みでプレッシャーかければ和平交渉に乗ってくると思ったわ」 「まさかあたしら、ダシにされた?」 「成功しても失敗しても思い通りの展開。というわけか」 「作戦を練る以上、基本中の基本よ」 「たしかにいまうちは弱ってる。でも弱ってるときは弱ってるなりのやり方があるの」 「よく考えるものだ」 「弱者の知恵でれんにゃに勝てるやつはいねーシ」 「いよっ恋奈様! キングオブ弱者!」 「やかましい!」 「うう……できれば早めに撤収の命令欲しかったっす」 「なにかあったの?」 「うわーん、もうあの学校行きたくないよぅ」 「おおよしよし」 (これで江乃死魔を再興するだけの時間が稼げる。長谷大には感謝するべきね) (夏の間に500まで乗せたかったけどまずは300に復帰するところから頑張らないと) 「いま以上に厄介なのが出てくる前に」 ・・・・・ 「チッ、恋奈のバカをぶっ潰すチャンスなのによー」 「まあええやん。いまでもあっちは100人以上おるんやさかい、わしらだけでは勝てませんわ」 「愛さんにその気がないようでは仕方がありませんよ」 「あーあ、なにからなにまで愛さんにおんぶにだっこ。県下最凶校の稲村も落ちたもんだぜ」 「愛さん、最近ケンカに飽きてるみてーだし」 「……」 「なんか不安になってきた……」 「……もし」 「うお?!」 (デカ……ティアラ以上?) 「な、なんだテメェ」 「……」 「我が名は我那覇」 「声シブ」 「我那覇葉と申すもの」 「な、なんだよ。フッかけようってんならヤッたんぞコラァ!」 「……」 「うぬは我と対峙する次元に達しておらぬ」 「ア……?」 「道を聞きたい。KAWAKAMIなる武の都がこの近くにあると聞いたのだが」 「……チッ」 「人にモノ聞くときはそれなりの態度ってモンがあンだろが」 「……」 「……」 「あー、川神市ならこの道をまっすぐ西ですよ」 「む、そうか」 「恩に着る」 「……」 「あかんでクミはん、あんな危なそうなやつ相手にしたら」 「ハン、あんなやつオレ1人でラクショーだったよ」 「また」 「……」 「ま、すっとしたからいいけどよ」 「この道を西って、あいつどこまで行くと思う?七里超えちゃったりして」 「はは、本当は北ですからね」 「下衆なことを」 「それにしても湘南の夏は、各地からすごいのが集まってくるわね」 「どうなることやら」 ・・・・・ ――ヴヴヴッ。 『クミから連絡来た。江乃死魔は今後動かないって言質取ったからしばらくは危なくないと思う』 メールで連絡が来る。了解――返信した。 100%安心はできないが、江乃死魔の人が俺を狙うことは少なくなるようだ。 とりあえず良かった……かな。あんまり危機感なかったけど。 さてと、それじゃ買い物にでも行くか。 もう結構遅いな。姉ちゃんがいつ帰るか分からないから時間かけるわけにはいかない。 といってもそんなにいるものもないし、どうしよう。 商店街まで行くか、近場で済ますか。 ちょっと遠いがまあいいや、行こう。 最寄りの商店街へ。 やっぱりここまで来ると、色々安く買えていい。 えーっと、姉ちゃんに頼まれてる……。 「長谷君?」 「委員長。奇遇だね」 たまに会う人が。 委員長、家がここから近いらしく、買い物してるとたまに会う。 買うものも夕飯とか洗剤とかの主婦的なものでかぶってるからなおさら。 「とくに八百屋の近くで会う気がする」 「お野菜を選ぶのには時間がかかりますから」 いいのを選んでそうだなぁ。 「長谷君もお野菜が多くないですか?」 「俺は肉類は近場で済ませるだけだよ。うちの近く、いい肉屋や惣菜屋があるから」 「そうなんですか」 俺は一応家事を全般やってるけどそんなに器用じゃないから、料理は上手ではない。 特に肉類は調理に油をよく使うから、家ではやりたくないんだよな。後片付けが大変で。 だから肉類はだいたい『孝行』に頼ってて、自分で作るのはサラダとかの簡単なやつだけ。商店街まで買いに来るのも野菜メインになる。 「でもいつも大きな荷物を抱えてるような……」 「……ジュースがいっぱい」 「あはは、事情があって」 「長谷君これお酒ですよ」 「俺が飲むんじゃないったら」 参ったな。美人の長谷先生が家ではのんべえなことを誤魔化さないと。 「ウォッカにジンに……強いお酒がいっぱい」 「姉ちゃ……家の人がさ、カクテル好きだから」 強いお酒をジュースで割るとカクテルになる。 「カクテルってスクリューなんちゃらとかソルティなんちゃらってアレですよね。そういうの売ってません?」 「単独でも売ってるけど、1本ずつ買ってると高くついちゃうんだ」 のんべえが家族にいる場合、安上がりで済ませるには自分でカクテルを作るのが一番である。 のんべえというのは往々にして場の勢いだけで酔っぱらうから、酒の匂いさえすれば中身は完全なジュースでも騙されるのだ。 例えばギムレットというカクテルがある。 ジン3:ライムジュース1で作るのだが、口の周りにジンを塗ったライムジュースでも姉ちゃんは美味しそうにカパカパあけている。 あとは時々ビールを勧めれば、ビール一本分のアルコールで寝ちゃうから、安上がりだし身体にもいい。 「俺も苦労してるんだよ」 「長谷先生ってそんなにお飲みになるんですか」 「は!?」 言っちゃった? 「い、いや。姉ちゃんってわけじゃなくて」 「誰にも言いませんたら」 クスクス笑う委員長。 ……やっちゃった。 コンビニで済ませよう。 ・・・・・ 「アリガトやーしたー」 はい、買い物終わり。 さてと、さっさと帰らないと姉ちゃんが……。 「ん?」 「げ」 「げってなんすかげって」 しまった。反応したことで逆にこっち来てしまった。 「昼はどーもっす」 「フン」 「どうも」 「で、『げ』ってなんすか。こぉーんな美少女たちと会えたのに失礼っすよ」 「昼間俺を拉致しかけた相手だから」 「それもそうか」 ケラケラ笑う乾さん。 「辻堂さんに聞いたんだけど、江乃死魔はもう……」 「一応、しばらくは放っておくわよ。一応ね」 「よかった」 「でもツラ合わせてそのまま返す気はないけど」 「なんで!?」 「私はいいんだけど。梓が昼から怒ってるのよ」 「センパイのせいで自分大変だったんすから」 「俺がなんかした?君、辻堂さんにやられる前に逃げたじゃん」 「あのあとセンパイが他の2人を保健室に連れてくから、自分も行くことになって、それで……」 「なにがあったのよ」 「な、なんもないっすけどぉ……」 「スッキリしちゃってしょうがねーじゃないすか!」 「いてっ!」 「?? スッキリしてなんで怒るのよ」 「うー、だ、だからぁ」 「そうだよ。スッキリしたならいいじゃない」 「先生にアレされたことは誰にも言わないから」 「グえ!? し、知ってんすか!?」 「あのあと様子を見に行ったとき聞いたよ」 「むしろ俺に感謝してよね。先生寝てたから道具洗ったの、俺なんだよ」 「えええええええ!?」 「道具って、あの、アレ、自分のあそこに……」 「気にしないで」 「……」 「梓?」 「行きましょ恋奈様。このセンパイには二度と関わっちゃダメっす。二度と」 「???」 「どうしたんだろ?」 「よく分かんないけど……アンタやっぱ江乃死魔全体にとって疫病神みたいね」 ひどい言い草だ。 「まあいいわ。じゃ、私も行くから」 「――とうッ!」 なぜか堤防の上に飛び乗る片瀬さん。 危ないよー。 「言っとくけど前回や今日のことで勝ったなんて思わないことね長谷大」 「あくまで今日は一時休戦。また会いに来るわよ。今度は――」 「辻堂がこの海に沈む日にね!あーーーっははははははははははは!」 ――ずるっ。 あ、 「片瀬さん!?」 「がぼぼぼぼぼ」 ・・・・・ 「はーっ、はーっ、死ぬかと思った」 「この堤防の下、深いからね」 「大丈夫だった片瀬さん? また水飲んだりおしっこ」 「破ーッッ!」 「痛い!」 一時休戦がいきなり破られた。 「覚えてろボケーーーッッ!」 行っちゃった。 うーん。 しばらくは問題なさそうだな。 ・・・・・ (カチカチ) ――ヴヴヴッ。 『宿題やるのって半年ぶり』 やらないとダメだよ。……と。返信。 ――ヴヴヴッ。 『大が言うならやる』 買い物から帰ったあとメールでずっと話してる。 んーむ、迷惑になるとは思うんだけど楽しくてやめられない。 「ただいまー」 「おかえり姉ちゃん」 いつもより遅めに姉ちゃんが帰った。 「うぃー、ひっく」 「飲んでるの?」 「まあねー」 「ふーん。……っと」 ――ヴヴヴッ。 『化学の課題やってると化学の先公の顔が浮かんできてムカつく』 「あはは」 集中できてない模様。適当にお相手した。 「辻堂さん?」 「うん」 返信する。 ――ヴヴヴッ。 「あはは」 「……」 「ヒロ、お姉ちゃんお腹すいた」 「夕飯ならすぐだから、ちょっと待って」 ――カチカチ。 「……」 ――ヴヴヴッ。 「あはは」 「うわーんお腹すいたって言ってるでしょー!」 「ぐえ!」 乗っかられた。 「姉流乳首ツネり術奥義……膿屠哀奔!」 携帯に肉を挟まれる。 「いでででででちぎれる! ちぎれる!」 「この技を使うために私は携帯を最新式にせず、パカパカタイプで使い続けてるのよ」 「わわっ、分かった分かった!」 ちょうど辻堂さんともひと段落したところだ。携帯をしまった。 どうしたんだろ姉ちゃん。いやに不機嫌だな。 「いまご飯にします」 「分かればいいの」 「よかった。もうちょっとで姉力低下して死ぬとこだったわ」 「なにが食べたい?」 「なんでもいいわよ。帰りに楓ちゃんとちょっと食べてきたからあんまりお腹へってないし」 「おい冴子」 「ひっ?」 「お前いまお腹が空いたって攻撃してきたよな」 「は、はい」 「それでなんでお腹減って」 ――ヴヴヴッ。 おっと。 「ちょっと待ってて」 なになに。 『声が聞きたくなっちゃった。電話にしていい?』 「しょうがないなぁ」(デレデレ) (ギリギリギリ……!) ・・・・・ 「てなわけでひどいの、私のこと無視するのよ」 『ああそう』 「2人きりの姉弟なのに。昔はあんなに私に懐いてきたのにぃ〜!」 『そりゃ姉弟なんていつかは離れるもんだろう』 「うちは普通の姉弟じゃないんですよ!ヒロは私が大好きなんだから!」 『その前提がおかしいとおもわんのか』 「楓ちゃん、なんか不機嫌じゃない?」 『もう3時間だぞこの話。そろそろ寝かせろ』 「ううう〜」 「もう3時間だね」 『うん。……あ、悪い。長すぎだよな』 「いやこっちこそゴメン。話してると時間忘れちゃって」 『……あは。アタシも』 『宿題も終わったし、そろそろ切ろか』 「うん」 『……』 「……」 『き、切れよ』 「そっちこそ切ってよ」 『アタシは……その』 「……うん」 「じゃあ1、2の3で同時に切ろう」 『ン……分かった』 「1」 『2の』 「3」 「……」 『……』 「切ってよ」 『そっちこそ』 「でねでね! そのとき子供だったヒロははっきり言ったのよずっと姉ちゃんと一緒にいたいって!」 『そうですか』 「あのころのヒロは可愛かったぁ〜。毎晩私がいないと眠れないって引っ付いてきて」 「やっぱヒロには私がいないとダメなの!」 『そうですか』 「そりゃあのころの私ちょっとツッパってたからヒロが同じタイプに惹かれちゃうのは当然だけど」 「……なんとかしないと。ヒロが不良になる前に、お姉ちゃんがなんとか」 『そうですか』 今日は雨か。 梅雨時とはいえ、うっとうしい。 「おあよー」 「眠そうだね」 「ふぁあ……誰のせいよ」 「?」 「……私のせいなのよね。楓ちゃん、怒ってないかしら」 「??」 「コーヒー、濃いやつにする?」 「お砂糖いっぱいにして。血糖値上げないと」 「うん」 (むすっ) 「今日も不機嫌そうだぜ」 「だが昨日とは少しちがうようだ」 「怒ってるっていうか……残念そうだね」 「……はぁ」 「この天気じゃ屋上は無理か」 (今日は大と一緒に昼メシ食えねぇな……。前に褒めてたシュウマイ弁当買ってきたのに) 「思いっきり食らわしてやりたかったな」 「……屋上で決闘する気だったみたい」 (しょんぼり) (……でも今日も自分では上手く作れなかったから) 「ある意味助かった、かな」 「……あの辻堂が、決闘が流れたことにホッとしてる?」 (そんなすごい相手と闘る気だったの?れ、恋奈ちゃんに知らせたほうがいいかな) 「おはよー」 「おはようタイ」 「……」 辻堂さんと目くばせする。 (今日は昼、無理だね) (しゃーねー。バレよう) 別々で食べることになった。 というわけで昼休み。 「……」 「辻堂さん、一緒に食べませんか」 「ン? いいけど」 「学食に行きましょう」 辻堂さんは他で一緒に食べる人ができた模様。 俺も今日はクラスの友達と食べよう。 「つーわけで混ぜて」 「昨日一昨日とどこ行ってたん?」 「ちょっとね」 交友の輪を広げる。 よく考えると俺、昼を一緒するメンバーってあんまり固まってないんだよな。 ヴァンが一緒してくれないから。 「坂東君、相変わらず食うのはえーな」 「いつも知らないうちに食べ終わってるタイ」 ヴァンは午前の授業の復習をしてるところだ。 いつもならこの時間は図書館にいるんだが、雨の日は図書館が騒がしいとか。 「カロリー×イト派なんだよ」 「ホントだ。黄色い箱持ってる」 すでに食べ終わってくしゃくしゃにした昼食の箱があった。 あれでお腹を満たして、残りはサプリだそうな。 「なんかもう追いつめられた浪人生って感じだな」 「昔からああなんだよ」 いい習慣とは言いかねるけど、あれで勉強は県1位なわけで、文句つけづらい。 「あいつ……もしかしてテストの点が落ちるとなにかあるんじゃ?親から虐待を受けるとか」 「いや、いい点を取るのが趣味なんだ」 前に聞いた。 「僕のように選ばれた人間が他の十人並みなやつらに勉強で負けるわけにはいかないからな」 だそうな。 「むしろ両親は勉強しすぎじゃないかって心配してるくらい」 会うと『無理しないよう見張ってくれ』ってお願いされる。 「しかしあの姿を見てるとちょっと悲しくなるタイ」 「まあ健康的とは言えないよね」 「いいじゃん、ほっとけよ。イケメン様は何してても絵になるみてーだし」 「坂東君ステキ……」 「あんな熱い目で見つめられて……教科書になりたい」 「ムカつくわ」 「ムカつくタイ」 「まあまあ」 悪い奴じゃないんだけどな。やっぱ変わり者ってのは不評を買うみたいだ。 「……」 「けどあいつも本当は、心のどこかじゃ普通にしたがってるんじゃないか?」 「へ?」 「だったら俺たち手を差し伸べてやるべきじゃないか」 「どうした一体」 「あの目を見ろよ」 「さびしそうな目してるだろ」 「化学の教科書読んでるだけタイ」 「ハロゲンって覚えづらいくせにテストの扱い少なくて嫌だなーって目だよ」 (ハロゲンは覚えづらいくせにテストの扱いが少なくて嫌だ) 「いや、友達が欲しそうな。そんな目をしている」 「お前ちょっと鬱陶しいな」 「まあヴァンと仲良くしてくれるなら嬉しいよ」 「でも難しいよ。ヴァンは別物だからね。たとえるなら回転寿司で流れてくるメロンとか、焼肉定食についてくるプリンみたいな存在なんだ」 「誘ってくるぜ! おーいタロウ〜!」 「む?」 声をかけに行ってしまった。 どうなるかな。見守るとしよう。 「……ホント? 辻堂さんが?」 「うん。連れて行っちゃった」 ん? 女子たちが辻堂さんの話をしてる。つい聞き耳を立てた。 「大丈夫かな委員長。辻堂さんに連れてかれるなんて」 「お母さ……委員長なら大丈夫だと思うけど、やっぱ怖いよね」 「……」 連れてかれたって。さっきのは委員長から辻堂さんを誘ってたじゃん。 「いまごろカツアゲとか」 「怖いよね〜」 「……」 偏見があるなぁ。 ヤンキーだからしょうがないとも思うけど。 「……」 あ、戻ってきた。 「どうだった?」 「キッパリ拒否られた。お前たち十人並みな連中に付き合ってる時間はない。だってさ」 「そこまでいうかタイ」 「だからやめろっつったじゃん。イケメンに関わっても不快になるだけだろ」 ヴァンは本人に問題があるタイプだな。 「……」 「いや、でもさ」 「ん?」 「だが僕に気を使ってくれたことはありがたい」 「今度機会があれば一緒に食べよう」 「だってさ」(ドキドキ) 「なんで顔赤いんだよ」 「うおー! 俺はやるぜ、タロウとも仲良くなってみせる!」 「がんばって」 ヴァンは放っておいてもよさそうだ。 「駅弁ってのも美味しいんですね」 「作り置き以上でも以下でもないけどな」 「委員長のやつって手作り?」 「はい。栄養バランスも考えて自分で作ることにしています」 (メチャメチャ美味かった) 「……」 「あ、あのさ」 「はい?」 「あの、迷惑だとは思うんだけど……」 「っと、すいません。ちょっと待ってください。購買よってきます」 「あ、うん」 「……」 「なんで緊張してんだアタシ」 「やっぱ委員長が心配だよ」 「うん、様子を見に行こう」 「ふぅ、ふぅ、お待たせしました」 「そんな急がなくていいのに。なにそれ?」 「トマトジュースです」 「お肌がプルプルになるとかでいま試してまして。はい辻堂さんの分」 「あ、うん。アリガト」 「「ちゅるるるるる」」 「ぷほっ!」 「ああ……こぼしちゃった」 「急いで飲むから」 「あ」 「あ」 「ん?」 「委員長が血ぃ吐いたーーーーーー!」 「誰か助けてーーーー!」(だだだーっ) 「? なんだありゃ」 「みんなーー! お母……委員長が辻堂さんに殺されるーーーーーー!」 「へ?」 「なにぃ?!」 (委員長ガチファイター? なんのこっちゃ) 「けほけほ、ふぅ、びっくりした」 「大丈夫か?……あ、襟んとこジュースついてるじゃん」 「どこですか?」 「ここ」(ぐいっ) 「辻堂さーん」 騒ぎを聞きつけ来てみれば。 !? 委員長の胸倉をつかむ辻堂さんが。 「いやああああああ委員長が死んじゃうーーー!」 「つ、辻堂さん? なにしてるの?」 「なにって」 「委員長が危ない――その手を離せぇえーーーー!」 「ちょ、なんだよ」 「ケンカ売る気かコラァ」 「あひん」(←失神) 「ふぇえええ委員長が〜、委員長がぁ〜」 「???」 「あ、あの辻堂さん。一体なにが?」 「こっちが聞きてーよ」 「あ、ほんとだジュースついちゃってますね。洗ってきます」 「おう。……あ、それと委員長」 「はい?」 「これジュース代」 「いいですよ、私が勝手にしたことですから」 「いいからとっとけ」 「世話になってんだから、ちょっとぐらい返させろ」 「あ……はい」 事態がさっぱり分からないんだが、笑いあう2人。 委員長が辻堂さんから100円を受け取って……。 「あ」 「愛さんにカツアゲかますたぁいい度胸してんじゃねーかコラァァアアアア!!」 「は、はい?」 なんかもうメチャクチャだった。 ・・・・・ 帰り道。 「そういうことか」 やっと事情が分かって、辻堂さんは落ち込みがちだった。 「アタシ……そこまでのキャラだと思われてたんだ」 「不幸な事故だったよね」 「ケンカ以外で人に血吐かせたことはねーんだけどな」 ケンカではあるのか。 「みんな勘違いしただけだよ。俺も現場を見たとき一瞬ビックリしたし」 「それが一番傷つく」 「ごめん」 「ガチファイターじゃなくてよかったけど」 「は?」 みんな彼女を必要以上に怖がってるんだよな。 まあ気持ちは分からないでもない。3週間前の俺なら同じ風に思ったかもしれない。 でも本当の辻堂さんはこんなに可愛いのに。 と、難しい顔をしてるのに気付いたのか。 「別に大が落ち込むことじゃねーだろ」 「勘違いされるのには慣れてるよ。させてるのは日ごろのアタシのせいだし」 シニカルに言う。 可愛いし、ちゃんと気遣いもできる。 「くそう! こんなにイイ彼女なのに!」 「な、なんだよ急に」 「みんなに辻堂さんのヨさを伝えたいなー」 「ヨさって。変なこと言うなバカ」 でもホント、みんなにも最低限のところは分かってほしい。 理不尽な暴力はふるわないんだから、そこまで怯えて欲しくない。 ヤンキーだから仕方ないのは分かってるんだけど……。 「……」 俺の時はたしか……。 思って、ちょうどこの場所だと思いだし足を止めた。 「どうした?」 「ン、いや」 「また捨て猫でもいれば、一発で辻堂さんのヨさがみんなに分かると思って」 「あぅ……」 「うーん……」 あ、でも。 「やっぱダメか」 「なんで?」 「あんな可愛い辻堂さんを他に見せたら学園にファンクラブができてしまう」 「あの顔は俺専用にしたい」 「……」 「さ、さっきからイチイチ恥ずかしい」 いて。小突かれた。 「そういえばラブ元気かな」 「ああ、毎朝元気に鳴いてるよ。たまにうちまで忍び込んでくるし」 「へー。いいな」 「……見に来る?」 「うんっ」 そんなわけで、ラブをダシにまた2人の時間を延長することに。 が、預かってくれてるお隣さんちへ行くと。 「あら大ちゃん、愛ちゃん。こんにちは」 「おばあちゃん。……あれ、出かけるの?」 珍しくおばあちゃんが家に鍵をかけてた。 近くの孝行や畑に行くくらいなら鍵はかけない。遠出するらしい。珍しいな。 あっちも俺と辻堂さんのセットに気づくと。 「ラブちゃんかい?」 「うん」 「ごめんねぇ、雨のせいで隠れちゃったみたいで」 「あらら」 雨苦手っぽいなあいつ。あの大雨の日に捨てられてたのが効いてるらしい。 「ちぇっ」 「ごめんなさいねぇ愛ちゃん」 「この前来てくれたときも水撒きに驚いて隠れちゃったし」 「へ?」 「あぅ……っ」 赤くなる辻堂さん。 えっと、 「辻堂さん、前にもう来てるの?」 「べ、べつに」 「3回くらい? 来てくれましたよ。缶詰や遊ぶ道具をもって」 「オウ……」 「う、うるせーぞ」 真っ赤になってそっぽを向く。 辻堂さん、俺に隠れてラブに会いに来てたらしい。 うわーなんだこの感じ。すごい微笑ましいことを聞いたような。俺よりラブ優先なのが妬けるような。 「それでおばあちゃんはどこへ……」 その時。 ――ババババババババ! 「なんだ!?」 すごいバイク音。 俺と辻堂さんに緊張が走る……。 「トミちゃん、来たよ」 「ミッちゃん、ごくろうさん」 「あ、ばあちゃん」 「は?」 バイク音の主はド派手なハーレーだった。 そして乗ってたのは90過ぎのばあさん。 俺のばあちゃんだった。 「ホゥホゥ、久しいのうヒロ坊」 「ご無沙汰してます」 「あの」 「ああ、紹介するね辻堂さん。こちら極楽院の住職で、三大ばあちゃん」 「元じゃ。元住職」 正しくは俺が入ってた孤児養護施設の管理人さん。 「それでばあちゃん、こちらが……」 辻堂さんを紹介しようとした。 「……」 「辻堂……愛ちゃん?」 「へっ?」 え? 「ホゥホゥ」 「えっ……と、どっかで会ったっけ。お会いしました?」 「いんや、会うのは初めてじゃ」 「でもお母さんはよぅ知っとるよ。若いころのマコちゃんにそっくりじゃあ」 「ああ……」 それで納得したらしい。微妙な様子で眉をひそめる辻堂さん。 「不思議なご縁があるのねえ」 「ホゥホゥ。ま、ええわい。乗りんさいトミちゃん、少ない寿命がもったいない」 ハーレーに無理やりくっつけたサイドカーの雨避けを開けるばあちゃん。 この雨のなかバイクでお出かけらしい。最近のお年寄りは元気だ。 「じゃあね大ちゃん、愛ちゃん。わざわざ来てくれたのにごめんなさいねぇ」 「いえ……」 「ヒロ坊、冴ちゃんと盆には顔見せるんじゃぞ」 「はい」 「愛ちゃん」 「?」 「うちの孫と仲良くの」 派手にエンジンを吹かし、行ってしまった。 ・・・・・ ラブはいなかったけど、じゃあバイバイってのは寂しい。うちにあがってもらった。 「大の部屋、はじめてだ」 「そういえばそうだね」 「コーヒーでも淹れてくるよ。待ってて」 「うん」 辻堂さんを残し外へ。 「……」 (男の子の部屋って初めて) (大の部屋……)ドキドキ (うわー) (うわーうわーうわー)キョロキョロ 「すんすん」 (……大のニオイ) 「うわぁぁぁあ……」 「お待たせー」 「はぶあ!」 「はぶあ?」 「な、なんでもねーよ」  ?なんで怒り気味? 2人、コーヒーで一息ついた。 「砂糖とミルクは」 「あ、ちょうだい」 「はい」 砂糖を2つ落とし、くるくるかき混ぜる辻堂さん。甘いの好きなんだろうか。意外だ。 と、 ――ヴヴヴッ。 昨日の夜からバイブ機能にしておいた携帯が鳴る。 メールだ。見ると、 『今日も楓ちゃんと飲むから夕飯いりません』 またか。姉ちゃん、帰りが遅いらしい。 「……」 ん?じゃあしばらくこの家は2人きり……。 「なんかこのコーヒー、香りがちがう」 っと、いかんいかん。何考えてるんだ俺。 「どこのメーカー?」 「台湾のココーってコーヒー」 なるべく冷静に言った。 「えっ、あ、インスタントじゃねーの?」 「うん。うちはインスタント使わない派」 「先に言ってくれよ。悪い、砂糖とミルク入れちゃった」 「悪いってことはないでしょ。その人が美味しく飲めることが一番だよ」 姉ちゃんも朝はどぼどぼ入れるしな。 「〜」 こっちは気にしてないんだが、悪いことした気になっちゃったらしい。微妙な顔の辻堂さん。 ミルクと砂糖を溶かしたそれに口をつける。 「……ン、なんか香りがちがう気がする」 「なによりです」 「辻堂さんはいつも家だとインスタント?」 「……あ〜、うん」 「そう」 (……言えない。ココアの砂糖増量派だなんて) 「日本のメジャー会社ならインスタントでも缶でもほぼ外れはないからね」 「でも自分で豆を決めるのもいいよ〜。3種類くらい揃えればその日の気分でちがうブレンドができるし」 「面白そうだな」 「自分で淹れる楽しみの半分はそうして成功したり失敗したりすることだね」 「ふーん」 興味をそそられてきたらしい。カップを置く彼女。 「ちょっとそっち飲ませて」 「え、あ、うん」 こっちのカップを渡した。 「……」 口をつける。 「……」 関節キス。 「ン……これブラック? 飲みやすい」 「シナモンロースト。苦みが薄いやつ」 辻堂さんの好みが分からなかったから比較的苦手な人の少ないやつにした。 「へー」 もう1口。 気に入ってくれたらしい。 「そっちにする?」 「あ、いやいいよ。サンキュ」 戻された。 改めて口をつける。 「あ……」  ? ……ああ。 関節キスって自分がした時より相手が飲んだとき妙に意識する気がする。 「……」 「……」 無口になる俺たち。 といって気まずいとかではなく。 「……」 「……愛さん」 「……うん」 「……愛」 「大……」 唇をくっつける。 俺が強すぎたのか、彼女が力を抜いたのか。重なり合ってベッドに寝そべるかたちになった。 クーラー、テレビ、携帯電話。無粋に音を立てるものはなにもなく、ただ雨音だけが俺たちを包む。 雨音と、そしてトクン、トクンと伝わる、2人分の胸の鼓動だけが。 「好きだよ愛さん」 「アタシも」 唇はくっつけたまま告げ合う。 急速に……『そういう空気』ができるのを感じた。 ――ちる。 「ひぅっ!」 唇を舐めると、不意打ちすぎたからか愛さんは一瞬引いた。 「驚かせた?」 「う、うん」 「……するときはするって言えよ」 ――ぺちゃ。 改めて舌を伸ばしあった。 くっつけた舌からは、キスではほんのりしか感じない愛さんの味が生々しく伝わってくる。 「はむ……ぁちゅ、ぁむ」 はじめてのディープキス。 恥ずかしいのと気持ちいいのが半分くらい。 心臓のどきどきが痛いくらいだ。 キスだけでこれじゃ……ほんとにセックスなんてできるのか? 思うけど、止まる気はない。 偶然のお招き。偶然の2人きり。これでしないなんて選択肢はない。 ラブのやつ、いなかったのは空気読んだのかな? そうかも。 あいつは俺たちの恋のキューピッドだし……。 「行くよ」 「うん……」 制服の裾に手をかける。 「愛」 「大」 「にゃあ」 「愛」 「大」 「にゃああ」 「……」 「……」 「ふにゃー」 ……空気読めラブ。 枕元に追いやったシーツをどけてみる。 「にゃあ」 お邪魔虫なキューピッドが丸くなってた。 「……」 「……」 「ラブには刺激が強いかな」 「強いだろうな」 服を戻しつつ体を起こした。 顔を見合う俺たち。 「なー」 「っふ」 「ははっ」 ダメだ。 エロい気持ちが全部飛んだ。この状態で続けるのは無理だ。 「ったくコイツ。俺たちのことくっつけるか邪魔するかどっちかにしてくれよ」 「なああ」 眠そうに丸くなってるのを抱っこしてやる。 「まあまあ」 愛……辻堂さんはそんな俺に苦笑し。 っ、 「……ふ」 「ぁむ……っ」 今度は俺が押し倒されてしまう。 俺からくっつけたものと、彼女からきたものでは、唇の柔らかさがちがう気がした。 「いつでも出来るじゃん?」 「うん」 そうだな。 この絶好の機会に……ってのは残念だけど、焦ることはないさ。 俺と辻堂さんは恋人同士。 邪魔するものなんてなにもないんだから。 「ダイ〜、シャワー貸して〜」 「は?」 「あ」 「外で寝てたら急に降ってきやがって。無視して寝てたらびしょびしょに」 「なんでテメェがいんだよ」 「こっちのセリフだコラァ」 この人の問題を忘れてた。 ガッ 胸倉をつかみあう2人。 「なー」 「お前もしかして、この展開になるのが分かってたから途中で邪魔してくれたのか」 「なー」 「お前はやっぱエンジェルだなぁ」(なでなで) 「人の巣に勝手にあがりこんでんじゃねえええええ!」 「こっちのセリフだぁああああああ!!!」 「うぃーっく」 「これで3日連続だぞ。勘弁してくれ」 「だって飲まなきゃやってらんないんだもん」 「弟に彼女が出来るなんて、喜ぶべきニュースだろう」 「……ふんだ。喜んでますよーだ」 「毎晩辻堂さんのハラワタをひきさいて内臓を取り出す夢を見るくらい喜んでます」 「……私いまホルモン焼き食ってるんだが」 「だいたいお前は、弟に対してどんな感じを求めてるんだ」 「……」 「別にこれってことは求めてないですよ」 「ただフツーの姉弟の通過儀礼的なことはしときたいじゃないですか」 「というと?」 「たとえば」 「ふぅ、今日も100枚くらいのラブレターを破り捨ててしまったわ」 「わーいお姉たんだいしゅきー♪」(だきっ) 「うふふ、ヒロは甘えん坊なんだから」 「……」 「どうかした?」 「あのねあのね、ボク変なの。お姉たんと一緒にいるとおちん○んが変になっちゃうの」 「ぐすっ、病気なのかなぁ」 「……もう。仕方ないわね」 「いらっしゃい。治し方を教えてあ・げ・る」 「とか」 「ハァ、ハァ、姉ちゃん……うっ!」 「今日も1000人のナンパを断ってしまったわ」 「っ、またパンツがなくなってる……仕方のない子ね」 「とか」 「うーん、うーん、産まれる〜」 「がんばって姉ちゃん。あとちょっとだよ」 「ええ、元気な子を産んでみせるわ」 「俺たちの愛の結晶だね」 「とか!」 「2から3への急展開はなんだ」 「楓ちゃんも思いません?」 「1と2はアリだな」 「はぁ……なのにパンツの1枚も盗まないうちに彼女作るなんてぇ〜」 「邪魔してやる。絶対邪魔してやる……!」 「やれやれ敵の多いカップルだこと」 「ぜー、ぜー」 「はー、はー」 「落ち着いてもらえましたか」 家が壊れるかと思った。 「つまり?」 「マキさん、いつもお腹空いてるみたいだから、うちに食べに来てもらってるんです」 「私から要求したことはねーぞ。ダイから誘ってくるんだ」 「くぬ……」 「マキさんは……俺と辻堂さんのこと知ってるよね」 「うん」 「じゃあ仲良くしてください」 「……フン」 「チッ……」 やっぱこの2人は合わない模様。 でも暴れるのはやめてくれた。 「風呂貸して。服が気持ち悪い」 「どうぞ」 「……風呂まで使わせる仲なのかよ」 「さすがに今日が初だよ」 「……」 「ダイ、一緒に入る?」 「はい?!」 「い、いや、止められなくても入らないけど」 からかって気が晴れたのか風呂に向かうマキさん。 ……嵐が去った。 2つめの嵐が残ってるけど。 「でなんであんな狂犬を飼ってる」 「飼ってるわけじゃないよ。仲良くしてるだけで」 「……」 「うん。仲良くしてるのも問題だよね」 「あいつがどれだけ危険かは散々話したよな」 「ま、まあね」 話してもらった日の午後には仲良くなってたんだが。 「心配しすぎだよ辻堂さん。マキさん、無闇に暴力振るう人……だけどやり方によっては回避できるし」 「……まあ気に入られてるっぽいから危険はなさそうだけど」 「あ、むしろボディガードになるか。そこらのチンピラなら顔見ただけで逃げるはず」 「……うーっ、でも気に入らねェエエ」 「まあまあ」 なんか複雑そうだが抑えてもらう。 1週間くらい付き合った感じとしては、気まぐれだけど敵意のない相手に敵意を向けてくることはないと思う。 辻堂さんと同じタイプだ。 なら、怖くない。 「ね?」 「……」 「わーったよ。大が言うならそれでいい」 「……なんかされそうならすぐに言えよ」 「あ、あはは」 相談しづらくなるな。 「あーさっぱりした」 「あれ、その服」 「姉ちゃんの? あったから借りた」 「そうですか。まあバレなきゃ大丈夫だと思います」 いつも家じゃジャージだもんな。なぜか俺が昔着てたやつを気に入って使ってる。 「ちょっと胸がパツパツで苦しいわ。この前借りたダイのシャツのほうが楽だった」 「すいません。あれいま洗濯してて」 「ちぇ」 「まーいっか。アレにすると乳首が浮いちゃってダイすっげー見てくるし」 「み、見てないって!」 「がぁーっ!なんでお泊りに来た親戚みてーなんだコラァ!」 「なにキレてんだよ」 「まあまあ落ち着いて」 「ふぁあ、温まったら眠くなってきた。ダイ、ちょっとベッド借りる」 「どうぞ。夕飯できたら起こしますんで」 「ん」 ラブの横でくるんと丸くなるマキさん。 「……〜」 あ、怒ってる。 「帰る」 「えっ、でもまだ雨強いよ」 「知るか。帰る」 「……乳首のこと、明日きっちり聞くからな」 「……すいません」 行っちゃった。 うーん。ついさっきまでいい空気だったんだけど。 難しいなぁ。 「たらいま〜」 「おかえり。だいぶ飲んでるね」 「夕飯どうする?いまからならアリにもできるけど」 「んー、お茶漬けだけおねがい」 「わかった」 辻堂さんにあやまりの電話いれるためにも早めに家事をすまさないと。 用意していく。 「ヒロ、脱衣所に置いといた服知らない?」 「へ?」 「朝のうちに出しといたやつ」 「えーっと」 マキさんが着ちゃったやつか。 「ごめんさっき汚れがついてさ。きれいにするから、今日はちがうの着ててよ」 「ふーん」 「……汚れ? 私の服に」 「……」 「?」 「2番目のやつキターーーーーーーーー!」 「なにが?」 今日はいい天気だった。 「おはようございまーす」 「おうアンちゃん」 「おはよう」 「あっ、おはようございます」 辻堂さんのお母さん。このタイミングで面識があったらしい。 今度から登校のときちょくちょく緊張しそうだな。だらしないところは見せないようにしよう。 「ボタン、掛けちがえてるわよ」 「しまった」 「おはよう。ふふっ、動かないで」 偶然あったご近所さんが、シャツを正してくれる。 ちょっと恥ずかしいが……大人しくやってもらおう。 よい子さんは俺にとって第2の姉ちゃん的な人なのでなんとなく逆らいにくいのだ。 「授業、いいの?」 「漁協に行ってたら遅くなったわ。急がなくちゃ」 言いながらもゆっくり丁寧にボタンを直してくれる。 朝から店の手伝い。えらいなぁよい子さん。 「これでよし。はい、行ってらっしゃい」 「ありがと。よい子さんも急いでね」 朝からほっこりだ。 あんな人がホントの姉ちゃんだったらなぁ。 うちの姉ちゃんとちがって裏表がないし。 「さてと、急がなくちゃ」 「行ってきまーす」 俺も行くか。 「ふぁーああ」 「おはようございますマキさん」 「辻堂のカレシだったりリョウと馴れ合ったり。すげーなお前」 リョウ?漁がどうかした? 「まあいいや。はい、朝ごはんのおにぎりです」 「……」 「マキさん?」 「……」 「いるか」 ビクッ 「ど、どうしました」 「辻堂の手先に施しは受けねェ」 「そんな、俺は手先なんかじゃないし、これも施しってわけじゃ」 「……」 「あぁあ〜ダメだぁ〜」 おにぎりを取られた。 「はぐはぐウマー」 「なによりです」 「なんだったんですか今の?」 「いや、辻堂がマジでこっちの命狙ってくる場合、このメシに毒が入ってることもあるわけじゃん」 「拒否るの練習しようと思ったんだけど、3秒以上は無理だった」 「俺を信用してくれてるなら光栄です」 「はぐはぐ」 相変わらず美味しそうに食べてる。 この笑顔がある限り、俺がマキさんを敵に回すことなんてないさ。 「じゃあ行きますね」 「ン。……っと、私もそろそろかな」 「ん?」 登校の準備か、鞄をもつマキさん。 「そういやマキさんって通学どうしてるんですか?」 七里はここから結構ある。 「電車だよ。1本でいけるじゃん」 「乗り物使ってるんで?」 いつもお腹空かせてるのに。電車賃はあるのか。 思ってると、 「おっ、来た来た」 ――ガタンゴトン。 国道を並走する線路に緑の車体が。 「じゃーな、お前も遅刻すんぞ」 ――しゅたっ。 上に飛び乗った。 「こらー!」 それ良い子は絶対やっちゃダメなやつでしょ! いやマキさんは悪い子なんだけど……。 「くぁあ、七里につくまで一眠り」 「うおおーい! 落ちたら危ないですってー!」 マキさんを乗せた江ノ電は、いつもののんびりスピードで去っていく。 んーむ、マキさんなら大丈夫とは思うが。 そこらの不良が肝試しでやって大怪我することを、当たり前のようにするなぁ。 俺にはついていけん。 マキさんに関する問題はもう一つある。 辻堂さん……昨日のこと怒ってないかな。 「……」 「辻堂さん、今日は静かだね」 「昨日一昨日と朝は怖かったもんね」 「おはよう」 ギロリ。 「ひいいいい!」 「あばばばばば」 「あわわわ」 「……」 「おはよう大」 「お、おはよう、ございます」 「いい天気だな」 「はい。大変よろしい日和かと」 「昼が楽しみだぜ」 「はい。大変楽しみです」 「大……辻堂に目ぇつけられたのか?」 「かわいそうだけど助けようがないタイ」 「だ、大丈夫だよ」 ヤンキーに絡まれるのとはわけがちがう。 ある意味でヤンキーより厄介な相手なのだが。 ・・・・・ 「鬼教師のヤマモトじゃ!」 「今日はグラウンドが濡れて使える面積が少ない。男女で隅っこのテニスコートを使うぞ」 今日に限って男女合同か。 (じとー) 「……」 視線が痛い。 「あと2組担当の風間先生が腰痛じゃけん、今日から1組は2組と合同でやるぞ!」 「コート狭いのに人数増やすなよ」 「まあまあ、多くいたほうが楽しいじゃないですか」 「面倒なだけだ」 「ホーッホホホホ!稲村番長辻堂愛さん、どうやらわたくしたちと勝負になるのが怖いようですわね!」 「は?」 「ホーッホホホホホホ!」 「辻堂さんがホホホって笑う人に絡まれてる」 「セールスマン以外にもいるんだな、あの笑い方」 「誰?」 「か、彼女は……」 「2組委員長、胡蝶さん!」 「そう! わたくしは胡蝶、稲村学園2年2組委員長にして生徒会副会長。片瀬胡蝶ですわ!」 「片瀬?」 「あの片瀬家の親戚なんだよ」 「お嬢様ってやつ。すごいよねー」 「まーこの喋り方はお嬢でなきゃ詐欺だわな」 「ふふっ、野蛮なあなたでも片瀬の名は知っていましたか」 (ちょっと前に本家のお嬢を血祭りにあげたけど……。その事か?) 「すごいな。あの辻堂にケンカを売っている」 「たしかにすごい」 リアルでですわ口調、初めて見た。 「彼女何者?」 「不良嫌いで有名な副会長じゃないか。ほら、風紀維持委員会の会長も兼任している」 「生徒会兼風紀委員か……。刀剣系の武器がほしいタイプだね」 「不良嫌いだし成績も上位常連。好感が持てる」 「そう。わたくし、不良が大嫌いですの」 「今季は副会長だけど来期は会長に立候補しますわ。当選の暁には、不良全員この学園から追い出すことをお約束します」 「会長にそんな権限はないけどね」 「で? やたら気合入ったモブだけど、なんか用か」 「フッ、よくぞ聞いてくださりやがりました。稲村番長辻堂愛さん――」 「あなたに勝負を申し込みますわ!」 「話の途中じゃ!」 「すいません!」 引っ込んだ。 先生からは、今日は2組と合同でテニスをやること。本人たちが望めば試合形式にしてもいいことが告げられる。 「というわけで! わたくしとテニスで勝負なさい!」 また絡まれた。 「なんで」 「なんでもなにも、あなたが不良だからです」 「まあまあ胡蝶さん。落ち着いてください」 「あら、メガネを変えて以降人気急上昇で校内美女ラン5位まで上り詰めた北条委員長」 「……あなたのせいで7位に後退したわたくしになにか御用かしら?」 「す、すいません」 「美女ランってなに?」 「校内美女ランキング。知らないのか?」 「新聞部が公式ページでやってるタイ」 「そんなのがあるんだ」 「……辻堂さんて何位?」 「選考外だよ。格付けなんてできるか恐ろしい」 「なんだ」 ほっとしたような。順位だけ聞きたかったような。 「ちなみに今週で3ヶ月連続長谷先生が1位に君臨してるぜ」 「そうなの?」 喜んでいいのか微妙な気分だ。 (グッ) (ガッツポーズした) (ガッツポーズしたタイ) 「さあ勝負ですわ! テニスで勝負なさい!」 「やだよメンドくせェ。こっちはルールも曖昧なのに」 「テニスはテレビでやりませんからね」 「やりたきゃ1人でやってろ」 「ちょいと! 逃げる気ですの!?」 「荒れた展開にはならないか」 「辻堂は基本冷静だからな」 「くぅう〜、わたくしを無視するなんてぇ〜」 「あら? 3会準備会の、長谷君じゃありませんこと」 「はい?」 「3会の準備お疲れ様でしたわ。あなたが率先して働いてくださったことで、生徒会一同大変助けられましたわ」 俺のこと、知ってるらしい。 (ぎゅっ) 手を握られる。 校内で7番目に可愛い子に。 「あなたのように真面目な方とは是非ともお友達になりたいですわ」 「は、はあ。どう……」 「も!?」 「OK、勝負してやる。ラケット貸せ」 「あら?」 「テニスってあんま知らないけど……。こいつで100発くらいぶんなぐって殺したら勝ちのルールだっけ」 「なぐ!?」 「ストップストップ辻堂さん」 委員長がやんわり止めた。俺もさりげなく握られた手をほどく。 「よ、よく分かりませんけど、勝負を受けるんですのね」 「ああ。……ボールがぶつかるのは事故だよな?」 「野蛮な……とっちめてやりますわ!」 話がまとまったらしい。2人してコートに出て行った。 「結局やるのかよ」 「辻堂さんは初心者っぽいけどあっちの人ってテニスは」 「うちのテニス部のエースだ」 「なんでも相手の打つ球をあやつる胡蝶ゾーンの使い手だとか」 「悪魔と思ったら天使だったとか」 「もうメンタルのアレで髪の色まで変わるとか」 「あまりの強さゆえに『不塵の胡蝶』と呼ばれ恐れられているらしい」 「ずるいよ」 そしてすごいなうちのテニス部。 「ハンデとして、わたくしが6ゲーム取るあいだに1ゲームでも取れたらあなたの勝ちにして差し上げますわ」 「ふーん。……そもそもどうすれば勝ちなのか分かんねーんだが」 「このボールを、テメェが触れない速さでそっちに叩きこみゃいいんだよな」 「やってみなさい!言っておくけどわたくしはプロのうつ200キロ超えのサーブでも取る自信が」 ドゴシャーンッッ!!! 「……」 「……」 「ん? ボールが地面に埋まった場合ってどうなんの?」 「こりゃ辻堂! コートを壊すな!」 ギロ 「こ、今度から気をつけい」 「15:0」 「こんな感じでいいわけね」 ・・・・・ 「くやしい〜〜〜〜〜!」 「覚えてらっしゃい不良!いつか目にもの見せてやりますわ!」 すたこら〜。 「おいコート直すの手伝え!」 「私もやりますから」 「ったく、いきなりケンカ吹っかけるわ、負けてもワビなしで逃げるわ。どっちが不良だよ」 「まあまあ」 「女子も落ち着いたみたいだね」 ちなみに男子はごくごく平和にボレー練習しつつ女子を盗み見してる。 「色んな意味ですごい戦いだったな」 「運動神経いい人ってうらやましいよね」 「神経がどうというレベルではない気がするが……」 「辻堂のやつ厄介な相手に目をつけられた」 「そうなの?」 「相手は風紀委員長だぞ。不良の天敵だ」 そっか。 湘南中の不良だけでなく校内にまで敵が。 「それに」 「うん?」 「すごいけど……やっぱ怖いね辻堂さん」 「吹っかけられたから、ってのは分かるけどあそこまでしなくてもね〜」 「……」 敵でなくても、味方は減る一方、か。 ・・・・・ 「しょうがねーよ」 本人は気にした様子なかった。 「昨日もそうだっただろ。あっちがまずビビって入ってくるんだから」 はぐはぐと弁当をかっ込みながら言う。 言ってることは分かる。現に昨日も今日も、悪いことしてないのに怖がられちゃってた。(コート壊したのはともかく) 「嫌われるのは不良の性分ってやつだろ。ほっとくしかない」 「かなぁ」 俺も不良はいまだに怖いわけで、否定はできない。 「そもそも辻堂さん、どうして不良になったの?」 「ん? どうしてって言われても……」 これは前から気になってたことだった。 見た目はヤンキーだけど、話してる感じはけっこう普通の子なんだよな彼女。 「どうしてだろ?」 本人も首をかしげてしまった。 「理由って言える理由はない。なんかよくケンカしてるうちにそう見られるようになって、成り行きで」 「ぼんやりしてるね」 湘南最強の不良なのに。 「なんでよくケンカしてたの?」 「好きだから」 「シンプルかつひどいね」 「あとナメられるのがイヤで売られたら買ってたから。ってのもある。母さんの関係でケンカ売ってくるのも多かったし」 環境的に仕方なかった、か。 「まあ最近はケンカ飽きてきてたし。もう不良でいる意味ないけど」 「そうなの?」 「ああ。もう興味ない」 「ケンカより楽しいことができたから」 「?」 「……」 「なんでもねーよ」 「とにかく、アタシは自分でヤンキーになったわけだし。いまじゃ名が知れて抜けることなんてできない。周りが怯えるのはしょうがねーんだ」 「誰に嫌われてもいいよ。大さえ好いててくれれば」 「愛さん……」 「大……」 見つめ合う。 引っかかるものは残ったけど、ここまで言ってくれるなら俺には何も言えない。 「たとえお前が腰越の乳首に浮気してても」 何か言ってる余裕もないし。 「アタシは途中で帰ったけど、昨日はどうだった?腰越の乳首は楽しめたか?」 「そ、そんなことは」 「なあ大。そもそも部屋に他の女あげてる時点で彼女がブチギレてないのは奇跡だって分かってる?」 「は、はい。すんません」 「アタシがクールなヤンキーで良かったな」(ぐいっ) 「まったくです」 クールならなぜ胸倉をつかむんです。 「あはは、思い出したらムカついてきちゃった。稲村に伝わる乙死舞の儀百八式のどれかでも試しちゃおっかな〜」 「ひええ」 「今日も愛さんは屋上か」 「いっつもあのヤローと一緒にいる。決闘とか言ってるけど……まさか」 「くそう! オレは認めねーぞ!」 「愛さん!」 「稲学乙死舞の儀百八式其の11、『疲霊目煮効壷』!」 「いででででで疲れ目に効くけどいでえええ!」 「よかった、いつもの愛さんだ」 「あ? なんか用かクミ」 「どもっす。あの、今日は集会出てくれるかなって」 「忙しい」 「お願いしますよ。いま神奈川連合のやつらが騒がしいからみんなに注意しねーと」 「……ハァ、めんどくせー」 「わーった、あとで顔出すから」 「はい!」 「じゃあ決闘の最中みたいですし、失礼しまーす」 出て行った。 「ぐは」 俺も解放してもらえる。 「わるい大。今日は帰り一緒できねーわ」 「うん。友達との付き合いも大事だからね」 俺も久しぶりにヴァンとかと帰ろう。 幸いマキさんの一件も流れた模様。 何を話そう。 「ヴァンと話してたんだけど、辻堂さん。大変な相手に目をつけられたよね」 「誰?」 「さっきのホホホさん。風紀委員なんでしょ」 「ああ、そんなこと言ってたな」 「生徒会関連に目ぇつけられたのは面倒だぜ」 「辻堂さんにしては弱気だな」 「アタシは最低限の良識があるヤンキーなの」 「あっちは正しいこと言ってくるんだからこっちも反発しづらいだろ」 善意で来る相手を悪意で返すのはイヤ。か。辻堂さんらしい。 ケンカ売ってくる相手には容赦ないけど、そうじゃない相手にはすごくフツーに対応する人だ。委員長とは仲良さそうだし。 「あいつ、しつこそうな顔してたな〜」 「これからも絡んできそうだよね」 「恋奈の縁戚っぽいから、血筋的にもねちっこい性格してるだろうし」 「1回シメるか。二度とアタシに関わりたがらない程度に」 「こらこら」 「分かってるよ」 困った顔だった。 「にしても『〜ですわ』ってしゃべる人初めて見た」 「アタシも。一人称が『わたくし』って初めて見たわ」 「お上品でいいよね」 「大、ああいうの好きなの?」 「好き嫌いはともかく、なんかヨくない?品がある感じ」 「男って分かんね〜」 分かってもらえないようだ。 まあこっちもこだわりがあるわけじゃないけどさ。 「……」 「……辻堂ですわ」 「は?」 「なんでもねーよ!」 「でもやっぱ、クラスのことは微妙だなぁ」 「まだ言ってんのかよ」 「俺の辻堂さんはこんなに可愛いのに。怖がるなんて」 「ばっ、……ま、まあ大の前では可愛くいたいけど」 「うーん……」 そもそもなんでみんな怖がるんだろう。やっぱ目つきかな。 そういえば俺も前まではちょっと怖かったんだっけ。たしか……。 「あ」 「なに?」 「そうだ。辻堂さん、春ごろめちゃめちゃ目つき悪くなかった?」 教室でずっと怖い顔してて、それでみんな(俺含む)怯えちゃった覚えがある。 「春ごろ? んー、別に大きな抗争は」 「でも……そういえば春ってケンカもやたらと吹っかけられるんだよな」 「そうなんだ」 「去年も入学直後に吹っかけられまくって、結果2ヶ月で稲学のトップ取っちゃったわけだし」 「なんでだろ。なにかあるの?」 「知らねーよ」 「こっちは迷惑してんだぜ。春は花粉症がひどいから表に出たくねーのに」 「花粉症なんだ」 「ああ。鼻やのどはいいんだけど、目にくるタイプ」 「それでいつも目がシバシバして」 「……」 「辻堂さんってカッコいいよね」 「うん……話しかけてみたいけど怖いなぁ」 「たまに鼻にもくるんだ。こう、鼻の付け根につーんてのが」 「〜……くっ!」 「ひっ、な、なんか怒ってる」 「あっち行こ」 「でもそういう日に限ってティッシュがなくてさ」 「おい」 「はわ! な、なんでしょう」 「ポケットの中身をよこせ」 「え? え?」 「1枚か2枚くれりゃいいんだ!」 「ひええええ助けてー!」 「とまあ、何もしないうちから怖がられてた」 「よく分かったよ」 みんなのことは責められないな。 「テニス、すごかったね」 「全部サーブで決めたから、ラリーになったら負けただろうけどな」 「そうなの?」 「テニス知らないもん」 「でも辻堂さんなら出来そうだよ」 「そう見える?」 「ちがうの?」 「んー、スポーツテストは得意。体力測定、7競技で校内記録塗り替えたらしいし」 すごいなおい。 「でも器用さがいる競技はイマイチ。卓球とかすげー苦手」 「なるほど」 基礎体力はすごいけどスポーツにはいかせない。野球だとストレートは速いが変化球が投げられないタイプか。 「あはは、気が合うね」 「そういやお前も球技苦手って言ってたっけ」 「俺の場合は基礎体力もないんだけど」 器用なことはできないタイプだ。 「おそろいだな」 「だね」 ちょっと嬉しかった。 「にしてもあのサーブはすごかったよ」 「パワー任せのなら自信あるぜ」 得意げだ。 「握力測定いくつだった?」 「100でメーター振り切って……女に聞くな」 怒られた。 ……最低100キロ。最低でもリンゴやクルミが握りつぶせるレベル。 「う、生まれつき腕力がケタ外れだったんだよ。アタシのせいじゃねーよ」 「別に悪いとは思わないけど」 「初めて自分の腕力を自覚したのは?」 「ン……いくつだっけ」 「たしか幼稚園のころ……」 「あーちゃんあーちゃん」 「なーにあいちゃん」 「てぶくろって、さかさから読んで」 「んー? ろくぶて?」 「ひっかかったー」 ばーん!×6 「ぶくぶくぶく……」 「あーちゃーん!」 「……」 「あーちゃん、退院したあとどこ行ったのかな」 「そ、壮絶な過去があるんだね」 そういえば初めて、たいした邪魔も入ることなく昼食の時間を終えた。 辻堂さん、クラスのみんなと仲良くしてほしいけど、友達が増えたら増えたで2人きりののんびりな時間は減るのかな。 そう考えると良し悪しだ。 我ながら贅沢だった。 放課後。 辻堂さんが空いてないので1人で帰ることに。 ヴァンを誘おうかな。思ったけど、 「でさでさ、タロウが来るならって由比浜の子が食いついちゃってんの。頼むよ」 「合コンなど興味ない」 「当日はいいんだって。今日だけ顔出してくれればセッティングできるから」 「むしろ当日も来られると最強の敵になるから困るタイ」 「人をなんだと思ってるんだ」 連れてかれちゃった。 仕方ない。1人で帰るか。 思ってると、 prrrrrr。prrrrrr。 電話だ。えっと……よい子さん? 「もしもし。どうかしましたよい子さん」 『あ、ヒロ君。いま大丈夫だった?』 「うん」 『今日の夕飯ってもう決めてるかしら。お母さんがチキン竜田作りすぎたとかで、おすそ分けしたいから来てって言ってるんだけど』 お店からおすそ分けの告知がきた。 仲良くしてると助かるなぁ。 「分かりました。寄らせてもらい……」 「ヒロシー! 長谷ヒロシいるかコラァ」 「はい?」 辻堂さんの舎弟こと葛西さんが。 俺に用事らしい。 『どうかした?』 「いたなヒロシ、ちょっとツラァ貸せや」 「なんか用?」 「用? じゃねーんだよ、来いっつったら黙って来りゃいいんだボケが」 「???いてててて引っ張らないで」 「ご、ごめんよい子さん。あとで行くから」 『あ、ちょ』 電話を切る。 そのまま連れて行かれた。 「今日こそテメェの正体、はっきりさせっからな」 「前に自己紹介したじゃない。長谷大だよ」 「名前は知ってんだよ」 「あの江乃死魔を1人で止めたり、かと思えば愛さん相手に連日決闘したり。何モンなんだテメェは」 「う」 しまった。詮索されてしまう。いまのままぼんやりさせとくほうが都合がいいのに。 でも捕まった以上抵抗できず、 「あれ、愛さんまだ来てねーな」 「探してくっから、お前ら。こいつが逃げないように見張ってろ」 (ジロリ) 視線が集中する。 やっぱり不良は怖い。 「適当に時間つぶしとけや」 顔知ってる子も行っちゃうし。 時間つぶせって言われても……どうしよう。 「ちょうどええわ。面子1人足りひんのや。麻雀できますよなぁ」 「低俗なギャンブルより、チェスなどいかがかな」 「はあ」 お誘いがかかる。 断るのも怖いし……。 「おっしゃ! カモがきた」 「カモ?」 「お気になさらず。ささっ、お席についてください」 「(くちゃくちゃ)レート、テンピンでいいよね」 「賭けるんですか」 「当たり前やボケが!リスクない勝負なんておもろないやろ!」 「わ、分かりましたよ」 困ったな。一応サイフには余裕があるけど。 「それじゃあ勝負を始めましょう。ちなみにレートはテンピン、ウマは1万です」 「ウマまでつくんですか」 ウマってのは1位へのご祝儀みたいなもので、負けた人全員が1万ずつ1位に払うことを言う。 「おおっと、卓についたからにゃ抜けさせないよ」 「ええー?」 ハメられた気がする。 麻雀って怪我しないようにいくだけなら楽だけど、1位を狙うと途端に難しくなるからなぁ。 「あなたの親からですね。どうぞ」 「は、はい」 怖くて逆らえないうちにゲームが始まってしまった。 「……」(ささっ)←合図 「……」(すっすっ)←合図 (カチャ) 「おっしゃその中ポンや!」 「ではそのドラをポンです」 「あたしもチー」 「えー」 数巡でガンガン手を伸ばしていく3人。 (ケケケ……言うまでもなくこっちは3人打ちや) (3人でかかれば1人ヘコませるなどたやすい。防御に徹してもあなたがトップをとるのは不可能) (最低でもウマの1万はいただきってわけさ) 「悪う思うなや!」 「参ったなぁ」(カチャ) 「あ、そろった」 「「「へ?」」」  フ  ァ  イ  ナ  ラ  イ  ジ  ン  グ  サ  ン !!!!! 「ツモ国士無双、48000です」 「「「えええええええ!!?」」」 「歓迎しよう」 「賭けませんよね」 「当然よ」 「ならよろしくお願いします」 こっちの人たちはそんなに乱暴な感じがしなくていい。 そんなに自慢できる腕前ではないけどチェスなら遊ぶにはちょうどいいだろう。 「私は赤を使わせてもらう。始めるとしよう」 「はい」 定石通りポーンを空けていくところから。 「……しゃーない三麻でええわ」 「やりましょうか」 (くちゃくちゃ) えっと、横に伸びてるからここはビショップを出して。 「ほう、伸びを阻害しにきたか」 「急場しのぎですけど」 「戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものだ」 「う……キツい手」 「本気でやらせてもらう」 「……」(カチャカチャ) 「……」(カチャカチャ) 「あ、それポン」 「やばっ、道がふさがれてる」 「フフ、私からのたむけだ」 「赤い方が勝つわ」 「けど甘い。これで……どうだっ!」 「なに? バカな」 「さあどうします。クイーンを落とすかルークの道を開けるか」 「むぅ……か、火力がちがいすぎる」 「やっぱ白い方が勝つわ」 (かちゃかちゃ) 「なんでしょうこの……日の当たらなさは」 「そりゃチェスと比べられたらな」 「ええやんか麻雀でも!」 「チェックメイトだ!」 「つ、強すぎる……」 優雅な時間を過ごせた。 「さってと、愛さんはどこだろ。いつものとこかな」 prrrrrrrr。prrrrrrrr。 「ん? 誰だろ」 「……ババアかよ。もしもし」 「……」 「うるっせェクソババア!なにが今日は帰るなだ男連れ込みてーならそっちがホテルでも行け!!」 「ったく、よくもまああそこまで露骨に実の子を邪険にできるもんだ」 「愛さんはちげーぞ、あんなババアとは」 「……」 (大……もう帰っちゃったかな) 「いた。愛さん遅いっすよ、来てくれるよう言ったじゃないすか」 「んー? 分ーってるって」 「でももうちょっとだけ。お前も来いよ、風が気持ちいいぜ」 「一匹狼なんだから。……そゆとこもカッコいいけど」 「今日はなんの集会なわけ?」 「カナ連。北神奈川連合が動いてるんでそれの報告を」 (興味ない) 「あと風紀委員のことと」 「例のヒロシを呼んでるんであいつについて速!?」 ・・・・・ 「つーわけで、本日の辻堂軍団秘密集会。辻堂集会を始める!」 「「「シャス!」」」 「その名前やめろ恥ずかしい」 「辻堂さんが中心って感じでカッコいいね」 「辻堂集会をはじめる!」 「まずは本題。北神奈川広域連合、カナ連が最近こっちに手ぇ伸ばしてきてることについてだが」 「誰だっけ」 「忘れないでくださいよ。熊殺しで有名な坂田雅狩をリーダーにした総勢100人にもなる北神奈川最大のチームっすよ」 この辺は個性的なヤンキーに不自由しないな。 「影響力は関東有数で、茨城まで協力関係のチームがあるとかで、総勢じゃ500を超えるほどです」 「おー、江乃死魔以上じゃん」 「あくまで影響下の組織を全部合わせたらの話で、実際動いたとして1〜200ってとこですが」 「よく分かんねーな。すごいのかショボいのかどっちなんだよ」 「100人従えてたら充分すごいっしょ」 たしかにすごい数だ。 辻堂軍団の人はひのふの……30人ってところか。単純に3倍以上の勢力がある。 実数で300まで行ってた江乃死魔の前じゃかすむが。 「とにかく、そういうヤバい奴らが最近この湾岸、湘南方面にも手を伸ばしてるって話です」 「なにより怖いのは、リーダーの坂田はこの2年、総災天と懇意にしてたっていうんですよね」 「江乃死魔と手を組む。ってことか?」 「恋奈のことだから提携にしても上辺だけでしょうけど挟み撃ちにされたらヤバいっすよ」 「なるほど」 「……一度江乃死魔を破ったアタシらを狙ってくる公算が高い、か」 「はい」 「……」 口を閉ざす辻堂さん。 ビビってる? まさかと思ったけど、 「……」 ちらっと俺を見た。 そっか。江乃死魔と協力して、かつ彼女を狙うチーム。 ……俺を狙ってくる、か。 と、 「ヒロシがなんか関係あるんすか?」 視線に気づかれた。 「ン、いや、別に」 「ついでだから聞きたいんすけど、こいつ結局何者なんです? うちの味方なんすか?」 「そうやそうや、わいらも聞きたかったんや」 「愛さんが子飼いにしてるとは聞きましたけど。なにをさせているのか。なにができるのか、詳しく聞けないうちは仲間とは思えませんよ」 「あ〜……えっと」 どうしよう。 付き合ってるとは……言えないよなこの空気。と言ってお友達で誤魔化すのは無理だ。 んー。 「こ、こいつは、その」 「こいつは?」 「……情報屋だ!」 「アタシが子飼いにしてる情報屋。湘南の裏の情報に詳しい」 「とてもそうは見えませんけど」 「ホントだって。誰も知らねーような情報をいくつも持ってやがるんだ」 「じゃあなんで毎日シメてんすか」 「こ、コイツがあんまり情報をださないから」 「なんかウソくせぇな」 「アタシを疑うのかよ」 「そういうわけじゃないっすけど」 ウソの上手くない辻堂さんは、力技で黙らせにかかる。 「「「……」」」 みんな露骨に胡散臭そうだった。 「ホントだって。湘南の有力なヤンキーはみんなこいつから情報を買ってるくらいだ」 「ンなわけないじゃないっすか」 ――シュタッ。 「うお!?」 「は?!」 「うわあああああ総災天!!?」 「……」 (不良に絡まれてそうだったから来たけど……) 「怪我はないか」 「え、お、俺っすか?」 この人江乃死魔の人じゃなかった? (辻堂もいるし、問題ないか) 「邪魔したな」 「……」(唖然) 「「「……」」」(茫然) 「ま、マジだ。マジで超大物と知り合いじゃねーか」 「……」(ぽかん) 「すいませんでした長谷さーんっ!」 「「「甘く見てましたァーッ!」」」 よく分からないけど、まとまったらしい。 「え、えーっと」 「これで大については文句なしだな。他はなんかあるか」 沈黙しかけた空気を仕切る辻堂さん。 みんなまだちょっと唖然としてたけど。 「あとは定時連絡を」 「えーっと、うちらの天敵の風紀維持委員会。担当顧問の風間が腰痛で、しばらく変わるらしいっす」 「体育んとき聞いたっけ」 「風間先生って風紀委員の顧問だったんだ」 普通の生徒の俺には関係ないから知らなかった。 「イヤなセンコーだったからザマミロだぜ」 「そうですか?風間先生、人気ありますけど」 「不良に嫌われるのはいいセンコーってことだよ。何してもイチャモンつけてきたからアタシらにすれば最悪だったけど」 みんな頷く。 偏見、みたいのがあったんだろうか。 「次は誰になるんで?」 「楽な先生がええなあ」 「安心しろ。次はラクショーな甘ちゃんセンコーだ」 「誰?」 「というわけでこの機に不良を是正したく思いますの」 「新顧問としてお願いしますわ。先生」 「風紀委員の力で不良を……ねえ」 「いいわね」 ・・・・・ 「江乃死魔をはじめ湘南中の不良に、北神奈川連合。風紀委員長さんに、新顧問の姉ちゃん」 クラスメイトの視線も気になるし。 「全方向敵だらけだね」 「腰越を忘れんな」 「あの人はグレーゾーンだから」 帰り道。俺も遅くなったので、一緒に帰る。 「ハァ、なんかゴチャゴチャしてきやがったな」 「大変だよね」 「つか総災天はなんだったんだ?お前、あいつと知り合いなの?」 「知らないよ。なんで出てきたのかも分かんない」 「あ、待っててメール1本いれるから」 孝行に行くのが遅くなるんでよい子さんに断りのメールをいれた。 送信完了。にしてもあのマスクさんは何者なんだ? 「……」 「どうしたの?」 「ン……いや」 「湘南中の不良に狙われて。さらに数は増えてて。よく分かんねーけど元トップは近くをうろついてて。しかも実の姉ちゃんが敵になって」 「……アタシと付き合うの、しんどい?」 「……」 いつになく弱気な顔だ。 湘南最強の不良がこんな顔……。胸が痛むと同時に、自分が愛されてるのが実感できてうれしくなる。 「少なくとも俺がいましんどいと思ってるのは一点だけだよ」 「?」 「日曜に行く遊園地で、彼女が観覧車に乗ろうとしてること」 「……あは」 「うっせぇ。観覧車はぜってー乗るかんな」 「はいはい」 こっちだって覚悟は決めてるさ。 「それ以外でしんどいことはないよ」 「愛さんが恋人で幸せいっぱい」 「……大」 キスした。 「うん」 「ごめんな大。アタシのせいで色々と迷惑かけることになっちゃって」 「そんなこと」 「……でも」 「……」 「これからもずーっと、あなたの彼女でいさせてください」 「もちろん」 「おぁよー」 ふぁあ。 「アッッテンションーーーーー!」 びっくり。 「遅いわヒロ二等兵。ここが戦場ならいまごろ蜂の的よ」 「蜂の的?」 「あれ? 蜂の巣……格好の的……」 「うるさい二等兵! 口応えするな!」 「い、イエッサー」 よく分からないがテンションを合わせる。 「もう行くわ。そっちも遅刻しないように」 「うん……職員会議だっけ?」 「ノンノン。教えられないわ、抜き打ち検査だもの」 へー、抜き打ち検査するんだ。 「と、いうわけで上官。自分は先に出立するであります」 ビシッと敬礼して行ってしまった。 なんだったんだ一体?抜き打ち検査……とか言ってたけど。 1つしかないよな。 「はいはーい並んでちょうだい」 「本日は風紀委員による抜き打ち荷物検査を行いますわ。チェックを受けるまで教室に入らないでください」 こういうことか。 グラウンドにできた全校生徒の列に並んだ。 「えっと……問題なし。入ってよろしい」 「どもっす」 「次の人。……うん、ソーイングセットっているのかしら?」 「裁縫道具は持ち歩かないと心配でして」 「まあ良しとしましょう。次」 「……なにこれ、ナイフにジッポにサングラス。違反物のオンパレードじゃない」 「しょ、しょうがねーんだよ。俺昔悪かったから、こういうのが手放せなくて」 「ナイフはペーパーナイフですしジッポもオイルが入っていません。全部装飾物として処理してよいのでは」 「そうね。装飾過剰で減点1。行っていいわ」 「じ、実用もしてるけどな!カッコつけで持ってるわけじゃねーけどな!」 「次は……タロ君ね。何が入ってるか想像つくわ」 「おそらく想像通りのものだ。どうぞ」(どちゃ) 「えっと……重! ああもうこんなに参考書持ってなにに使うの」 「分からないところはすぐ調べたい」 「はいはい行っていいわ。マジメすぎるのも問題ね……次」 「おねがいするタイ!」(どん) 「気合入ってるわね。えーっと……」 「……」 「なんでカバンのなか全部エロ本なの!」 「おいは18禁書目録の異名を持つ漢。貸して欲しがるみんなの期待……」 「裏切れんタイ!」 「お、男らしい」 「減点10。連れて行きなさい」 「我が生涯に悔いなーし!」(ずるずる) 「最近の子はこれだから」 (ヒロも持ってるのかしら……ドキドキ) 「まあいいわ。次」 「やさしめにお願いしまーす」 「えっと……うーん、化粧品が多いわね」 「これくらい必需品だよセンセー」 「ダメです。装飾過剰、不要物持ち込みで減点2」 「厳しいなぁ」 「初日だからビシっと行きます。……あーちょっと待った。減点が2以上の子は、素行不良者に該当するの。氏名をそこに書いて行って」 「えーっ、わたし不良ってこと?」 「それは今後精査します。いまは名前だけ」 (今日のところは辻堂さん関連の子以外、しょっぴく気はないわ) 「あ、あと装飾過剰の女子は下着もチェックするから。こっち来て」 「うん……」 ・・・・・ 「も、もうちょっと大人しいのを穿きましょうね」 「はぁい」 「はい次……あら」 「お手柔らかに」 カバンを渡す。 「お願いだから減点出さないでよ。こっちにも示しってものがあるんだから」(ごそごそ) 「大丈夫だよ」 「んー、うん、つまらないくらい模範的だわ」 「あれ、コーヒー豆?」 「小腹がすいたとき食べるために。ちょっとくらいならいいんだよね」 「いいけど……なんでコーヒー豆なのよ」 「一番予想外なものが弟のカバンから出てくるとは」 「行っていいですか」 「私の写真が入ってないわね」 「いらないでしょ」 「……減点100」 「……携帯のメモリに入ってる」 「よろしい。はい次」 「お菓子って問題になりますかー?」 「そうねえ、ちょっとくらいなら見逃しても……カバンパンパンにするのはダメ!」 とまあ俺たち普通の生徒には、ドキドキしつつもなかなか楽しめるイベントだった。 が、 困ってる子たちも。 「くっそー、抜き打ち荷物検査。5月にあったばっかだから油断してたぜ」 「どないしましょ。わしら違反物のかたまりでっせ」 「ふぁーああ、おはよ」 「あっ、おざっす愛さん!」 「なに、抜き打ち……ああ風紀委員ね」 「どうしましょう。こじれるとめんどくせーから今日はもうフケるとか」 「あれ」 「あら」 「チェックお願いしまーす」 「いきなりラスボス登場とは。いい度胸してるじゃない」 (見たところカバンの中身を他の子に預けたとかはしてない……ガチで来てる) (違反物が出ても脅して切り抜けようって腹かしら?おあいにく様、優しい長谷先生はいまだけは封印よ) 「まずはカバンの中。えっと」(ごそごそ) 「あ、あら?」 「なにか?」 「教科書にノートに……普通ね。ナイフとか持ってるんじゃないの?」 「武器持たない主義なんで」 「……あ、猫ちゃんのストラップ可愛い」 「っ! ジロジロ見んな」 「ぐぬ……すごいフツーなものしか」 「でもこっちは逃れようがないわよ。続いて服装検査。まず言うまでもなく髪の色は違反ね。減点1」 「はい」 「ふふふ〜。減点2からは素行不良生徒として風紀委員の監視対象にできるわ」 「グローブ、鎖、スカートの長さ。全部違反。減点3!」 「ちょっと待った」 「なに」 「校則見てくれ。これ、違反じゃないはずだから」 「ハァ? そんなわけないじゃな……」 「先生、確かに校則に特殊例が入っています」 「え……どれ」 「装飾物の違反は実用品1点に限り免除される」 「だからグローブはOK」 「また特定の事情がある場合も免除」 「この鎖は母さんからもらったお守りだから宗教事情ってことで免除される」 「改造制服の規定も見てくれ。袖もスカートも丈は超えてないはずだから」 「……ホントだ」 「なにこの都合いいの!」 (むかし母さんが都合よく校則かえたからな) 「つーわけで減点は1でおわり。問題ねーだろ」 「え、ええ」 「んがぁぁあ〜〜〜!」 じだんだを踏んでる姉ちゃん。 辻堂さんが切り抜けたらしい……と。 けたたましいバイク音が。 「辻堂ォーーーーー!」 「今日こそ決着つけに来たぞ辻堂ォーーー!」 「なにこんなときに」 「呼び出しっぽい。……ったく朝はテンション低いのに」 「た、他校の不良ですわ」 「はぁ……持ち物検査一時中断。みんな下がりなさい。先生が話つけてくるから」 「やれやれ」 「あっ!待ちなさい辻堂さん、ケンカはダメよ」 「しないって」 「いたぁー! 今日こそ決着つけてやんぜつじど」 「あひんっ」 ――バタン。 「あとヨロシク」 「ぶくぶく」 「全員失神してますわ」 「ンぐ……」 「先生……」 「……」 「仕方ないわ。辻堂さんは素行不良生徒に該当しないものとして処理。他の生徒をしょっぴくわよ」 「おのれ〜」 「はぁ……完璧に切り抜けられた」 「くっそナメやがって。待てや辻堂ォーーーーーー!」 「黙ってろ」(ギロッ) 「あひんっ」(バタン) とくに問題はなさそうだった。 ・・・・・ 「減点1で済むとは思わなかったよ」 「ほとんど反則技だけどな」 今日も一緒にお昼。 「むしろ長谷先生がルール守るタイプで助かった」 「アタシが相手ってだけでなんとか減点させようとイチャモンつけてくる先公が多いからな。こじれたら彼氏の姉ちゃんを殴ってるとこだった」 「そう」 なんとなく絵が浮かぶ気がする。 勝手な印象で決めつける先生って多いんだよな。ヴァンもあれだけ優等生なのに、見た目がイケメンってだけでチャラいと思われるし。 「辻堂さんはよかったけど、他の人たち大丈夫かな。たいてい色抜いてるし、リーゼントの人もいるよね」 「クミたち? クミたちは……」 「ダメだろうな」 「けっ、風紀維持強化週間なんてやってられるか」 「どうせダメ出しされるだけだし。今日はここで1日潰そうぜ」 「おっしゃ来たぁ、スリーカードや!」 「フルハウス、私の勝ちだ」 ――ガシャァーンッッ! 「フリーズ! プッダウンユァウエポン!!」 「ジャッジメントですわ!」 「なにぃ!?」 「風紀委員のガサ入れだ!」 「うふふ、朝のチェック、逃げ切れたと思った?」 「おバカですこと。この部屋を不法占拠している証拠をつかむため泳がせていたにすぎませんわ」 「この……っ。甘ちゃんセンコーのくせに思い切った真似するじゃねーか」 「校内施設の私的占有は現行犯で減点3よ」 「これで監視対象ね辻堂さん!」 「あれ? いない」 「愛さんはあんま来ねーよ」 「先生、この部屋、喫煙のあとがありませんわ。衛生面も問題なし。見受けられる違反は玩具の持ち込み程度です」 「愛さん命令で禁煙だもん。週一で掃除してるし」 「ぐぬ……どこまでも不良っぽくない」 「こういうとき助かるんだ。さすが愛さん」 「もういい。全員服装持ち物検査するから並んで」 「葛西さんはもう……髪にピアスに、違反の塊ね」 「これがオレのポリシーなんだよ!なんと言われようとやめたりしねーぞ!」 「それを決めるのは学園です。こっち来なさい、下着チェックするわ」 「えっ、あのっ、ちょ、ショーツは……」 ・・・・・ 「ぱ、パンツ穿きなさい!」 「まークミのことだから反省はしねーだろうけど」 「あははは」 ちょっと口出しづらいな。不良の知り合いは増えたけど、俺は心情的には風紀委員のほうに味方してしまうわけで。 「でも意外だな。辻堂さん、校則違反なんて気にしないタイプだと思ってた」 「気にはしてないけど。あえて破るほどのことでもねーじゃん」 「髪だけ叱られたんだっけ」 「うん。別に他にも染めてるやつはいるんだし、いいだろこんくらい」 長い髪を見つめる。 太陽の光をうけて煌めく髪は、ブリーチが甘いのか地の艶の濃さが出てきて。ハチミツみたいな滑らかな金色をしていた。 「これってどうして染めたの?」 「どうしてって言われても……習慣?小学校からコレだから」 「小学生で染めてたの? 金に?」 「うん」 「アタシの髪、もともと地の色が薄くてさ。小学校のころ先公に目ぇつけられたんだよ」 「当時からケンカケンカのアタシにも責任あるけど、その先公がムカついてさ」 「なにかされたの?」 「当時仲良かった子にアタシに近づかないよう言ったり、イジメ撲滅討論とかいう区の企画でアタシのケンカをイジメってことで紹介したり」 「ケンカとイジメの線引きって難しいもんね」 主観で変わるものだから、主観に偏見があるとちょっとした口論でもイジメになるし、明らかなイジメでもケンカとして両成敗で処理される。 「で、黒く染めてこいってうるさかったから逆にこの色にしてやったの」 教師への反抗で始めたのか。 ある意味辻堂さんらしい。 「そんなことして、その先生怒らなかった?」 「メチャメチャ怒ったよ。全校朝礼で前に呼ばれて反省文読めとか言われた」 「従ったの?」 「う……えと、従っときゃよかった、と、今では思う」 「……なにやらかしたの」 「……」 「みんなの前でその先公殴り飛ばして……その、ヅラだったから、ずるんと」 ひどい。 「翌日からあだ名が河童になったとかで、ストレスでハゲが進行してアタシらが卒業のころには初日の出ってあだ名になってて」 「じ、事故だったんだぞ全部。アタシは全校生徒の前でヅラひんむく気も泣かせる気も失禁させる気もなかったんだから」 「話を戻そう。辻堂さんの髪の話なのにその先生の方が気がかりになってきた」 「う、うん。とにかく」 「この髪はいまじゃ気に入ってるし。やめる気はない」 「でも教師との間に問題持ち込むのも避けたいんだよ。ムカつく先公ならいいけど、長谷先生をハゲさせるのは困るじゃん」 「長谷先生、いい先生だし」 「うん」 「姉ちゃんはいい先生だよ」 (シスコン彼氏のお姉さんとギクシャクしたくない。ってのもある) 「まあそんなところだ。ヤンキーっぽいのは分かるけど、こっちだってポリシーもってこの格好してるからやめたくねえ」 「風紀顧問の長谷先生……江乃死魔より強敵かも」 微妙な顔の辻堂さん。 やっぱり微妙な立場の俺には口出し辛い。 「……」 「ちなみにさ。大的には……どう?」 「どうって?」 「この格好、まあポリシーではあるけど」 「その、大がやめて欲しいっていうなら……」 「ン……」 「似合ってるし」 「そ、そう?」 長い髪をひとつまみ。いじいじ指先で遊ばせながら、顔を赤くする彼女。 「いまどき染髪なんて誰でもやってることだし」 「そか……ン、よかった」 「無理に変えることはないけどさ。色んな辻堂さんを見てみたいかも」 「そ、そうか?」 「例のデートのとき着てた服とか」 「あ、あれは二度と着ねーよ。恥ずかしい」 残念。 平和に昼ごはんを終えた。 そういえばいつもならこの辺で葛西さんが乱入するんだけど。 「……クミたち、先生に捕まったか?」 「ちょっと様子見てくるわ」 「うん」 なんだかんだで面倒見のいい人なので、気になるようだった。 俺も教室に戻るか。荷物をまとめる。 「様子見てもできること何もないけど……」 「えっと」 「早く反省文を書きなさい。昼休み終わっちゃうでしょ」 「くっそー」 「ナメんじゃねーぞコラ。甘ちゃんセンコーがいきがってんじゃねーよ」 「……」 「もう、しょうがないわね葛西さんは」 ツネり。 「ハン、ひっぱたきもできねー甘ちゃんが」 「いでででででで何コレ! 何コレいでええええ!!」 「ええ私は体罰もできない優しい長谷先生よ」 「まさか葛西さん、甘ちゃん先生にツネられた程度で体罰だなんてわめいたりしないわよね」 「ンがぐっ、ひっ、ひっ」 (な、泣きそう……だと? このオレが!?) 「やめて欲しければ反省文を仕上げなさい」 「あがぁぁ……わがりまじだぁあ」 「……」 「近づかないでおこう」 「?委員長」 「あ、辻堂さん。どうも」 「どこ行くの。そっちヤンキーのたまり場しかないぜ」 「はい、園芸部の花壇があるので手入れに」 「こんな日当たりの悪いトコに?」 「ここしかないもので」 「ふーん」 「……」 「反省して見える反省文の書き方を教えて欲しいタイ」 「知るかそんなもの」 「頼むよタロウ。こいつが監視対象生徒に入ったら男子全員が困るんだよ」 「やれやれ」 「……む?」 せっせ。 せっせ。 「なんで学園で野菜育ててんだよ」 「花なんて育てても食べられないじゃないですか」 「なるほど。委員長らしい」 「きゃっ!」 「ん? ……ただのカマキリじゃねーか」 「うう……う〜」 「キラいなの? ほら」(ひょい) 「ど、どうも。昔から虫は全般的に弱いもので」 「そりゃGとかなら分かるけど、カマキリなんて優しい方だろ。人間サイズのやつが出て来たら強そうだけど」 「へんな想像させないでください。イメトレで出て来たらどうするんですか」 「庭いじりは好きだけど虫だけは苦手です」 「んしょっと……スコップって意外と重いんですよね」 「ふぅ、ふぅ、草の匂いって長時間かいでると胃が痛くなるんです」 「全部ダメじゃねーか」 「育てたお野菜は好きなんですけどね」 せっせ。 「……」 「いたた、皮がめくれそう」 「軍手とかしたら?」 「分かってはいるんですが。どうも軍手って苦手で」 「軍手というか手袋全般……。むかし手袋関係で怖い思いをしたんでしょうか」 「ふーん」 「……ん?」 せっせ。 「んしょ。重たい……」 「……」 「あーもー貸せ! イライラする!」 「この畝を掘り返せばいいんだな」 「は、はい」 「オラオラオラオラオラ!」 「どうだオラァ」 「わー、はやーい」(パチパチ) 「ついでなのでこっちの畝もお願いしていいですか」 「テメェ、調子のんな」 「オラオラオラオラオラ!」 「やってくれるんですね」 「……」 「ふむ」 「よって今回いかがわしい雑誌を持ち込んだことを大変反省していると共に、これからはもっと幅広い年齢層に受ける本を」 「後半が誤解されそうだ。省け」 「へえ、結局長谷君と付き合うことに」 「お、おう」 「あの、色々協力してくれたのに報告遅れて悪かった。は、恥ずかしくてさ」 「いえいえ」 (むしろ恥じらう辻堂さんの方が美味しいです) 「……」 (ぴこーん! お節介レーダーに反応あり) 「それで? いまは何を悩まれているんです?」 「ン……いや悩みってほどは」 「隠さずに言ってください。協力しますから」 「え。……ああ、うん」 (委員長……お母さんみたいだ。本物の母さんより) (フフフフフまだまだ楽しませてもらいますよ) 「実はさ」 ・・・・・ そんなこんなで放課後。 「今日は別で?」 「うん、実は」 「さあ行きますよ辻堂さん。ハリーハリー時間はいくらあって足りません」 「あっ、長谷君。日曜日をお楽しみに」 「は?」 「おっと失礼。まだ内緒です」 「今日は辻堂さんをお借りしますね。また来週」 「う、うん」 行っちゃった。 よく分からないが、委員長のテンションが高いなんて珍しいので放っておこう。 俺はどうしようかな。 「今日は一緒できるのか」 「うん」 ヴァンと帰ることにした。 「辻堂とは?」 「普通」 まだ付き合いだして一週間も経ってない。 「順調。と言い換えるべきか」 「まあね」 「はっきり言ったな」 苦笑するヴァン。 順調も順調だ。 「不良相手だからいざ付き合ってみたらすぐ逃げたくなるんじゃないかと思ったんだが」 「だから不良にも色々いるんだってば」 「ひろはそもそもどうして彼女に惹かれたんだ?」 「んー、色々あるけど」 「一番は……一目惚れかな」 「よく分からん」 「まあ悪いやつでないのは分かるが」 「?急にどうしたの」 不良嫌いのヴァンにしては珍しい。 「昼にちょっとな」 「それより、本当になにも問題はないのか。長谷先生が風紀委員についたり、厄介なことが始まってる気がするんだが」 「うーん、あると言えばあるかな」 まだ目に見えた形ではないけど、厄介ごとの種は集まってきてる気がする。 「まず姉ちゃんかな。なんでか知らないけど辻堂さんが気に入らないみたい」 「教師が不良を嫌うのは当然だろう」 「でも前まではそんなでもなかったのにさ。俺と辻堂さんが付き合うって言ってから急に辻堂さんの話するだけでも不機嫌になるんだ」 「それは……いや、なんでもない」 「今後が心配だよ。辻堂さんのこと、家族にも紹介したいのに」 「気の早い話だ」 「あはは」 言ってて自分で照れる。 「長谷先生はともかく、風紀委員長が敵に回ったのは今後問題になってくると思う」 「それもあるね」 不良と風紀委員じゃ、学園では絶対的に風紀委員が上だからな。 まさかこのご時世、風紀を乱すから退学どうこうなんて話は出ないだろうけど……。 「ヤンキーはイメージだけで敵作るからなぁ」 本当は優しくていい子なのに。みんな分かってくれない。 「不良なんだから当然だ」 かな。 「僕だって正直言って怖い。ひろが言うから偏見は持たないようにしているが」 「うーん」 たしかにそれが普通だろう。俺だってきっかけがなければ目も合わせようとしなかった相手だし。 これはそもそも俺が気になってるだけのことで、辻堂さんすら気にしてないんだし、口出しできないか。 あと残るは、 「俺、彼女に敵対してる不良の人たちに狙われるかも」 「大問題じゃないか!」 「かな」 やっぱ傍からはこれが一番なんだろうか。ヴァンが動揺してた。 俺としては、江乃死魔の人たちが怖いってイメージあんまりないんだが。 「およ?」 「あ、ども」 「!」 「3日くらいぶりだっての。こないだは手当てしてくれてありがとよ」 「お怪我もういいんですか」 「おうよ、もうなんともないっての」 「ひ、ひろ。知り合いか?」 「うん。さっき言った、辻堂さんと敵対してる人。一条さん」 「む……不良なのか」 「おうよ! まあ恋奈様の命令に従ってるだけだから不良かどうかは自分でも分かんねーけどよ」 「そうか……」 様子の変なヴァン。  ?顔赤い? 「にしてもメンドくせーところで会うっての。いま辻堂の連中とヤり合うのは禁止されてるのによ」 「そうなんですか?」 「江乃死魔はいま立て直しの時期だからよぉ。ケンカすんなって恋奈様に言われてるっての」 「そうなんですか」 じゃあビクビクすることなかったじゃん。 「ただし」 「辻堂にゃ手だしするなって言われたけど、テメェをどうするかは聞いてねェ」 「テメェをさらっちまって、結果辻堂とやり合うことになっても、そいつは正当防衛だよなぁ」 ポキポキと手をならしながら寄ってくる。 「暴力的だなぁ」 「生まれつきだっての」 「でも俺がいま聞いたこと片瀬さんに話したら、一条さん叱られますよね」 「あ!や、やべぇ、つい」 俺が不良について緊張感足りないのはこの人たちのせいだと思う。 「くっそー覚えてやがれ!」 行っちゃった。 「ごめんヴァン、騒がせたね」 「い、いや」 「……一目惚れ、か」 んーと……。 「なんとか反省文で誤魔化せたタイ」 「素行不良だけならともかく監視対象生徒にされると後々面倒だからな」 「これからも安定したエロ本供給のため風紀委員には気を付けてくれ」 「分かってるタイ」 「エロ本という単語に惹かれてきたのですが」 「残念ながら今日はグラビア討論会は予定してない」 「ちぇ」 「でも運がいいぜヒロシ。今日はもっと素敵なフェスが開催される予定だ」 「これなーんだ」 「ナックのクーポン?」 ナゲットが1箱100円で買える紙切れだ。 「そう。そしてこれなーんだ」 「諭吉先生」 100円のものが100個買える紙切れだ。 「ま、まさか」 「イエス! イッツァNAGET SHOW!」 「ウワーオ!」 「ショゥタンタイ!」 「クーポンが入るたびにバイト代無駄遣いするのやめようよ」 「いいだろ俺の金なんだから。来るのか、来ないのか」 「もちろん行きます」 江ノ島のほうにあるナックへ。 「じゃん」 「けん」 「ほい!」 俺 → グー他3人 → パー くそう。 「いらっしゃいませメニューをどうぞ」 「クーポンお願いします。ナゲット、100個」 「100!?……ふふっ、かしこまりました」 「あと……えと」 「言え」 「言うタイ」 「す、スマイル1つ」 (にこっ) 「////」 店内は七里の生徒でいっぱいだったので、近くの持ち込みOKな喫茶店に入った。 「買ってきたよー」 「ご苦労さーん」 「こっちも買ったの洗ってきたぜ」 「バケツ? 何に使うの?」 「ナゲット全部ここに入れるタイ」 「なるほど」 バケツナゲット。楽しそうだ。新品だしちゃんと洗ってあるので汚くはない。 どばさー。 100箱分、全部あけていった。 積もりあがるナゲットの山。 「おおお……」 「すっごいタイ……」 それはこの帰りの時間帯。思春期のすきっ腹を抱えた俺たちにとって金の鉱山に見えた。 「では……この世の」 「すべての食材に感謝をこめて」 「いただきますタイ!」 さっそく山を崩しにかかる。 ぱくっ。 (はぐはぐ) 「肉だぜ」 「油タイ」 「ンめぇええええーーーーーーーっ!」 テンションあがってしまった。 サクサクの衣と、中のミンチ肉のコンビネーション。ほのかにスパイシーな香りが何とも言えず快感だ。 「んめぇ〜っ。俺もう肉を油で揚げたものって神の料理だと思うわ」 「肉とっ、油っ、この世にこれほど相性のいいものがあるだろうか!?」 「ケチャップとマスタードだけでいくらでも食えるね」 「おおっと待つタイ。いまこそ風紀委員からも守り通した――めんたいマヨを出すときタイ!」 うめー。 「俺さ、ナックで一番美味いのって絶対ナゲットだと思うわ」(はぐはぐ) 「分かるタイ。ハンバーガーとかポテトとかは邪道タイ」(サクサク) 「王道邪道はともかく、主役に打って出るだけのポテンシャルはあると思う」 「俺将来政治家になってナックの方針変えてやろかな」 「なんでわざわざ政治家になるタイ」 「ナゲッ党を立ち上げるんだよ」 「それ言いたいだけだろ」 「俺、入党するよ」 「……」(もぐもぐ) 「たまにある衣がしっとりしたやつってあたりだと思う?」 「サクサクが基本だからハズレじゃね?」 「しっとりはしっとりで美味いからあたりとも言えるタイ」 「……げふっ」 「……」(はぐはぐ) 「……」(もぐもぐ) 「ぅぷ……っ。すいませんウーロン茶ください」 「ナゲット多すぎ」 「誰だよ100個も買うとか言ったの」 「費用まで含めて自分だ」 「油に飽きたタイ」 「味にも飽きてきた。……うぇ、これたぶん席立ったら気持ち悪くなる」 バケツはまだ半分ってとこなんだが、限界が来た。 「……」 「……」 みんなグロッキーだった。 ただバケツにあけた以上ここで食べないときついし、1万円も使っちゃった以上、残せない。 どうする……。 と、窓の外を見ると。 「あ」 「ちょっと待ってて」 「ん?」 1回外へ。 頼りになる人は……もう後姿も見えない。 「マキさーん」 ・・・・・ 返事なし。 「マキさんお肉があるんですけどー」 ・・・・・ ダメか。 助かったと思ったのになぁ。 みんなのところへ戻る。 「どこ行ってたん?」 「知り合いを見たから」 「ふーん。その知り合いって」 「この人タイ?」 「はぐはぐがつがつもぐもぐ」 「もう食ってる?!」 「だ、誰? なんかいきなりあらわれて勝手に食われてるんだけど」 「えっと、知り合いなんだ。それで」 「外からダイが見えたから来た。食っていいんだろ?」 勝手にバケツを空けていきながら言う。 3人はおっかなビックリって感じながら、始末を手伝ってくれるならと首をコクコクさせている。 「へへー♪ はぐはぐ」 「ど、どういう関係?」 「えっと、話すと長いんだけど。うちにご飯を食べにくるお肉大好きな人で」 「腰越マキ。彼の肉の虜になった女です」 「なぬぃ!?」 「その制服七里の。七里の腰越って……まさか」 「マキさん。誤解させること言わないで」 「事実じゃん、『俺の肉を咥えろ!』って私のこと家に連れ込んでさ」 「うぐ……いま興奮すると胃が」 「マキさん、頼むよ」 月曜から学園に行けなくなる。 「はいはい冗談だって」 「今夜も行くからな。ごっそさん」 「待ってます」 ほとんど食べつくして去って行った。 「さてと、あとは帰りながら食べてけばいいよね。俺たちも出ようか」 「……」 「……」 「え、なに?」 「今夜行くって……長谷君も待ってますって」 あ。 「坂東はもう仕方ないと思って見てたけど」 「ひょっとして長谷君のほうが俺らの敵?」 「あはは」 まいったな。 1人でいっか。 さっさと帰ろう。 ……と、道を急いでいると。 「あ、ども」 「んー? おう、奇遇だシ」 「はい。この間はどうも。怪我大丈夫ですか?」 「おう。シシシ、気絶はしたけど怪我はなかったシ」 「そうですか」(なでなで) 相変わらず可愛いハナさんと偶然会った。 「珍しいですね。家、こっちの方なんで?」 「んにゃ、正反対。今日は偶然来ただけだシ」 「そう」(なでなで) 「でもちょうどよかったシ。長谷にはまた会いたかったシ」 「俺に? どうして」 「んっとね、いま江乃死魔ガタガタで、しばらく辻堂に手ぇ出せないの」 「うん」 「でもこの間のリベンジはしたいシ」 「まあ気持ちは分かります」 「で」 「長谷をさらえば辻堂から乗り込んでくるから、手っ取り早くケンカできるって話してたとこだシ」 囲まれた。 「なるほど、考えましたね」 「シシシっ、あたしは江乃死魔でも頭脳派で通ってるシ」 「おみそれしました。じゃあ僕、塾があるので失礼します」 すたこら〜。 「まてい」 「逃がさねーっすよ」 つかまった。 「うわー、辻堂さんと一緒するのやめた日に限ってこんなことにー」 「ハッハー、近くに辻堂はいねーのかい。なおさらラッキーだっての」 (毎日毎日運の悪い。だから不良には関わるなって言ったのに) 「辻堂センパイを呼び出す餌にも使えますけど。センパイにゃこの間の借りを返させてもらうっすよ」 「俺、君になにかした?」 「センパイは何もしてないけど」 「はいらっしゃいらっしゃい。今日はイチジクが安いよ」 (ビクッ) 「?」 「心に深い傷を負ったんすよ!」 「俺に怒られても」 「というわけで、ちょっとこっち来てもらうシ」 「ら、乱暴はやめてください」(なでなで) 「うるせー! 来るったら来るシ!」 「なんて恐ろしいんだ。やっぱり不良は怖い」(なでなで) 「冗談抜きで来てもらうっての」 「抵抗するなら痛い目にあってもらうっすよ」 困ったな。 「……」 「オラッ! 来るっす!」 「いたっ!」 無理やり手を引っ張られる。 「ふぎゃん!」 「いって、なにすんすか総災天センパイ」 「手がすべった」 (いまのうちに逃げて……) 「大丈夫? ヒザ打ったけど」 「ふええ、痛いっすー」 「…〜」 「さっさと捕まえろっての!」 「んぐはっ!」 「木刀がすべった」 「うおらー! 力ずくでいくシ!」 ギロッッ! 「あひんっ」 「殺気がすべった」 「怪我はありませんか」 「い・い・加・減・に・し・ろ」 「ひい!」 格別怖いマスクさんにメンチ切られる。 「もういい俺がシメる。オラァァッ!」 「うわわわっ!」 木刀で殴りかかってきた。 俺は背を向けて逃げる。 「ありゃ、行っちまったっての」 「俺1人で追う! お前らは待ってろ!」 「うーい」 ・・・・・ はぁ、はぁ。 決死の追いかけっこの結果。なんとかあの怖いマスクの人を振り切った。 なぜか追いつかれそうなときに限ってあっちが減速した気がしたが、たぶん俺の日頃の行いが良いからだろう。 「はーっ、はーっ……」 「(ピッ) もしもし、ああ逃げられた。今日はこのまま帰る」 「……やれやれ」 「よい子?」 ビクッ。 「この暑いなか冬服でなにしてるの。帰ったら店手伝いなさい」 「は、はーい」 「はぁ……」 ・・・・・ 帰宅してしばらくすると。 「ただいまー」 姉ちゃんが帰ってきた。 「あー風紀委員ってやること多いわ。足揉んで」 「おかえり」 速攻で俺の部屋に来る姉ちゃん。 マッサージ>ビール。本気でお疲れの日である。気を使っておこう。 「あ〜〜〜〜……っ」 いつもよりムクんでる気がする足を揉んでいく。 「大変だったね」 「ほんと大変よ。学園中歩きづくめ。……ぅ〜そこそこ」 血行を良くするようにツボを押したり按摩したり。 「ふぅー……」 「……」 「……zzz」 「姉ちゃん?」 「くー……」 寝ちゃった。 よっぽど疲れてた。よっぽど風紀委員の仕事、がんばったんだろう。 まいったな。姉ちゃんがやってることは辻堂さんが。俺の彼女が困ることなんだけど。 姉ちゃんががんばってるなら、俺、応援したいんだよなぁ。 ひとつ言えることは、これまでに姉ちゃんががんばった結果、俺が困ったことは一度もない。 願わくば今回もそうなりますように……。 ・・・・・ 「それでは今日も」 「辻堂さんを可愛くしてみようのコーナー♪」 「いえーい」(パチパチ) 「これはもういいよ」 「いけませんよ辻堂さん。着こなしが全然進化してない。さてはあれから着てないでしょう」 「着るかこんな服!」 「その……大は喜んでくれたから、デートに着ていく分にはいいけど」 「にやにや」 「にやにや」 「おばさんくさいぞ委員長。母さんみたいだ」 「アア!?」 「とにかく」 「日曜はこっちの服で行く。あんな服動きづらいし、アタシっぽくない」 「もう。辻堂さんを湘南一の美少女にする計画がちっともはかどらない」 「委員長は学園にいるときとプライベートでキャラがちがってる気がする」 「私はだいたいこんな感じですよ」 「そうですか」 「相談したかったのは服のことじゃない。日曜のデー……遊びにいくプランについてだ」 「遊園地でしょう?」 「そうなんだけど、他のプランも考えときたくて」 「大……っと、長谷のやつ優しいからアタシに合わせてくれるけど、遊園地苦手なんだよ」 「一応ノリで遊園地のチケットはとったけど。別のプランも立てときたいんだ。昼からは別のとこに行こうと思ってて」 「遊園地は早めに切り上げるので?」 「アイツと一緒なら行くとこなんてどこでもいいし」 (可愛い) (可愛い) 「で、さ。委員長なら大人だから詳しいかなと思って。最近主流のデートプラン……とか」 「なるほど」 (って私デートの経験ないんですけど) (しかし) (まっすぐな目) (この期待……裏切れません!) 「分かりました。私に任せてください」 「委員長……」 「ちょっと待って」 (ウオオオォォォォォォ調べぬいてやらぁ!最新のデート術ってやつをよぉおおおおおおおお!) (震えるぞHEART! 燃え尽きるほどBEAT!舞い降りろ! ITのGOD!)『カチカチカチカチ』 「お待たせしました」 「すげー携帯いじってたけどなんだったの?」 「ちょっと神と交信してました」 「情報によると、最近人気のデート方法は、家デート。つまり家で2人でいるやつみたいです」 「なにそれ? デートじゃねーじゃん」 「もう近場で娯楽がいくらでもある時代ですからね。デートは遠出するもの、という概念は古いのかもしれません」 「他のデートスポットとしては、ショッピングモールか漫画喫茶が人気です」 「モールはともかく……漫喫?」 「カップルで入る漫画喫茶、増えてますよ。カラオケやダーツなんかを置いてるところも多いし」 「うーん……漫喫に2人。悪くはないけど」 「若いのに不健康ねえ」 「母さんたちが若いころはどんなデートしてたの?」 「そりゃもちろんドライブよ。北は北海道から南は沖縄まで、2人で回ったわ」 「ああ、そのせいで母さんは20代後半まで免許が取れなかったんだよね」 「あとはカラオケかしら。当時は最盛期だったから」 「カラオケかぁ。最後に入ったの小学生のころだわ」 「そうなんですか?」 「イメージに合わねーだろ。最近の歌とか全然知らないし」 「昔は上手に歌ってたじゃないの」 「母さんに教わった曲なんてデートで歌えるか」 「どんな曲?」 「ボサノバ」 「シブい」 「いいじゃないのボサノヴァ」 「嫌だろボサノバ歌う女子校生なんて!」 「だいたいアタシが歌苦手なの母さんのせいだぞ。小さいころからジャズとか古い歌ばっかで情操教育されたから」 「アタシだってこう、最新J-POPの会いたーいとか会えなーいとかが歌いてーよ」 「最新ていうには古くないかしら」 「最新もそんな感じですよ」 「はあ……もういいや。家か漫喫かその場で考える。アリガト委員長」 「いえいえ」 「……」 「他には?」 「あ、っと」 「いや、もう特には」 「例のこと、お願いしてみたら?」 「えぅ、い、いいよ」 「?」 「う……、あ、あのさ」 「昼メシなんだけど」 休日だ。 濃い一週間だった。今日はゆっくりしよう。 休みは嬉しいけど、辻堂さんに会えないと思うと微妙だな。 まあ明日はデートの約束だからいっか。 今日はどうするかな。 「ヒロー」  ? 呼ぶ声が。 「なに?」 「ボタンが取れてるみたい。直して」 いつも学園で着てるブラウスを投げられる。 たしかに一番下のボタンがほつれてた。 ボタン付け、あんまり得意じゃないんだけどな。 まあいい、ソーイングセットを出す。 「あ、ミルクブラウンの糸も出しといて。使うから」 「?」 「仕上げちゃおうと思って」 言いながら部屋から持ってきたのは……。クマのぬいぐるみだ。テディのやつ。 「姉ちゃんそれ好きだよね」 「自分でもよく分かんないんだけど好きなのよね」 「それは自分で作ったやつ?」 「うん、6つ目。ヒロ6号」 好きが高じて自分でもたまに作るらしい。 なんで俺の名前を付けるか知らないが、ヒロ1、2、5号は姉ちゃんの部屋に座っており、3号は俺、4号は父さんたちが持ってる。 「はい」 「てんきゅ」 糸を渡した。 「てかボタン付けも姉ちゃんがやればよくない?」 「それはダメ。こういう機会に服にも弟力を補充しておくから、長谷先生はいつもぴしっとしてられるのよ」 「やらないと学園でこっちの私が出てくるかも」 「やります。俺の姉ちゃん(善)は俺が守ります」 そんなわけで今日の午前は、姉ちゃんとパッチワークすることにした。 ・・・・・ チクチクチク 「ちくちくちく」 「ッいてっ」 「またやった。不器用ね」 「うっさいな」 ものすごぉーく悔しいんだが。 ソーイングの腕前は姉ちゃんのほうが上だった。 というか一般を基準としたら姉ちゃんは上手い方だし俺は下手なほうだ。 姉ちゃんは器用だから大抵できるんだよな。パッチワークはもちろん、炊事、洗濯、大抵のことが。 「それでなんで家事が俺に一任されてるのか分からん」 「めんどくさいんだもーん」 ダメ姉が。 「それに最近のヒロ、料理の腕上がってきたじゃない」 「そうかな」 「ヨイちゃんも褒めてたわ」 よい子さんも言ってくれるなら自信持っていいかも。 やっぱ料理は上手いに越したことないからな。 (たまにこうして褒めればしばらく文句言わないのよね) チクチクチク。 自然と2人静かに、パッチワークにのめりこんでいった。 途中、 「姉ちゃん」 「んー?」 「俺と辻堂さんのこと、よく思ってないの?」 「……」 気になってたことを聞いてみた。 「どうしてそう思う?」 「そりゃ思うよ。付き合うって言った日からお酒の量は目に見えて増えたし。わざわざ風紀の顧問になんてなったし」 「……家族には隠せない、か」 「あと毎晩寝てるとき『どうして辻堂さんなのー』って、うなされて抱きついてくる」 「隠すとかそういう次元じゃなかった」 「前は気にしないって言ってたのに」 「……」 「カッコつけたのよ。ホントはすごーく気にしてる」 「やっぱり不良だから?」 「それも引っかかる理由のひとつね」 姉ちゃんは針を動かす手を止めない。 何を思ってるかは表情からは掴めなかった。 「姉ちゃんには分かって欲しいんだけどなぁ」 単刀直入に言う。 姉ちゃんは苦笑気味に、 「ごめん。無理」 ダメらしい。 しょうがないといえばしょうがない。姉ちゃんは先生なわけで、不良相手となるとどうしても身構えちゃうものがあるだろう。 でも、 「別にグレる気持ちが分からないわけじゃないだろ」 「姉ちゃんも昔ちょっとワルかったし」 「んぐっ」 触れないことにしてる過去に触れた。凍りつく姉ちゃん。 「ちょ、ちょっとだけ。ちょっとだけでしょ。ガキ大将に毛が生えた程度」 「でもよくみんなをイジメてたよ」 主に俺を。 「うっさいなあ、恥ずかしい過去を」 「私はあくまでガキ大将どまり。番長とはちがいます」 「番長とガキ大将ってどうちがうの?」 「それは……なんだろ」 「姉ちゃんの過去を恥ずかしいだなんて思わないよ」 昔のことを思い出す。 親に逃げられた俺が、寺で育てられてたころ。 俺の育った極楽院養育院には、たくさんの子が預けられてた。 俺みたく親のいない子。坊主になりたい子。精神修行に出された子。理由は様々。 集団生活というものには、必ず上下関係が生じる。 子供ならなおさらで、極楽院も例外ではなく、偉ぶる子、そうでない子が存在した。 養育院での上下は……主にアレかな。預けた親が寺に対してどれだけ貢献してるか。 当然そういう親の子供は保育者たちから甘やかされる。 いわゆるイジメっ子ってやつ。 養育院内には彼らの作ったルールが横行し、不公平がまかり通ってた。 上位と下位が区切られ、下位は上位におやつを差し出さなきゃならない。下位は上位の宿題をやらなきゃならない。 どれだけ理不尽でも、守ってくれる大人はおらず――、 ただ俺たちの世代が、そんな上下関係に煩わされることはなかった。 最強のガキ大将が君臨してたからだ。 「おやつは1回全部私によこしなさい。全部は食べないわよ、私がちょっと多めにとってあとは配るから」 「宿題? バカじゃないんだから自分で出来るわ。ほらアンタたちも自分でやりなさい」 「お、お前、女のくせにナマイキだぞ!」 「ぼくのママは極楽院にいっぱい寄付してて」 ――べちこん! 「びえーん」 「私に従えないなら1人で遊んでなさい。……片付けといて」 「はい」 「家が金持ち? 知らないわよ」 「この場所に私以外のルールはないわ。文句があるなら出てきなさい。ボコボコにしてやる」 「ふぇえ」 ちょっとやりすぎだったと思うけどね。 姉ちゃんの思考は単純明快。 自分がトップ。その他はその他。一切口答えするな。 少なくともガキ大将のおかげで、俺たちはすごく平和だった。 「そう考えると辻堂さんも、必要悪だと思わない?」 「んー。確かにうちの学園、イジメ問題少ないのよね」 不良っていう明確な悪がいるから、その他の問題は起こりにくい。 まあもちろんその不良は問題をよく起こすわけだが。その不良を束ねる辻堂さんが筋が通ってるから、全体を見ればバカなことやりにくい空気ができてる。 「別にいますぐ認めろとは言わないけどさ」 「ちょっとだけ理解してほしいな」 「……」 「いたっ」 「刺した?」 姉ちゃんにしては珍しい。 「見せて」 手を取る。 人差し指の先に赤いものが。これくらいなら……。 「はぷ」 「あ……」 「……」 「……」 しょっぱくてほんのり甘い、血の味が広がる。 「……」 「辻堂さんのこと、やっぱ認めるのは無理ね」 「えー」 ひどい。 (そんな顔するヒロに責任があるんだけど) 「でも約束する。邪魔はしないわ」 「風紀委員の履歴を調べたんだけど、辻堂さん、そんなに悪い評判は聞かないし。礼儀正しいし」 「ヒロが望むなら、好きなように付き合いなさい」 「……うん」 (そのうえでネチネチいたぶってやる) 「あ……ひょっとして姉ちゃん、辻堂さんの評判を聞くために風紀委員に?」 「さあね」 「姉ちゃん……」(じーん) (それは1割くらいで残り9割は嫌がらせするためだわ) なんか黒いものを感じたけど、 この話はこれでいいか。姉ちゃんは基本、約束は守る人だ。付き合いは邪魔しないと思う。 まずは明日のデートを楽しもう。 ・・・・・ 「ぽっ、ぽっ、ポーン」 「お昼になりました」 「北条3分クッキング〜♪」 「たららったったったったん♪たららったったったったん♪たららったったたったったったたタンタンタン♪」 「こんにちはみなさん。北条歩の楽しい3分クッキングのお時間です」 「わー」(パチパチ) 「今日も美味しい料理を作りましょうね」 「アシスタントはこちら」 「神奈川からきました辻堂愛です。がんばります」 「同じく神奈川からきました辻堂真琴です」 「普段は主婦をしています。永遠の17歳でーす」 「……」 「……」 「はい、今日作る献立は、遊園地に持って行ってウケのいいお弁当です」 「押忍!」 「気合が入っていて良いですね」 「ちなみに辻堂さんはどの程度お料理が作れるんですか?」 「玉子焼きなら……それなりのものが出来る。と、いいな、と、思う」 「分かりました。1からやっていきましょう」 「この番組は、いつもあなたに些細なお節介。北条歩の提供でお送りします」 ・・・・・ 「長い茶番だったけど、マジで教えてくれ委員長。1週間もやってまともなモンが1個もできないから本気で落ち込んでる」 「お任せください」 「一応料理本やネットは色々読んだから、知識としては知ってるんだ、料理のかきくけことか、包丁はメカの手でとか」 「すでに両方間違えていますけど、お料理に大切なのは情熱です。それがあれば大丈夫」 「ただ失敗の仕方みたいなのは聞いておきたいですね。ご自分で見た感じ、どこを間違えてると思います?」 「失敗の方向性は分かってんだ。アタシの料理は母さん直伝なんだけど、そもそも母さん料理が間違ってるって最近気づいてさ」 「失礼ねぇ」 「じゃあ委員長に見せてよ。母さんの料理」 「いいですとも」 「お昼ご飯に作るわね。アタシのしらす丼は絶品だって誠君にも漁協でも好評なんだから」 「お願いします」 「辻堂真琴の、楽しいお料理講座〜♪」(パチパチ) 「まずは丼を用意します」 「そしてここにご飯をどーん!」 「続いて小魚をどーん!」 「しその葉まぶしてぐーるぐるぐるぐるぐる」 「あらよ一丁上がりィ!」 「よく分かりました」 「でも美味しいわよ」 「食ってくれ。マジで味だけはいいんだ」 「いただきます……あ、ほんとに美味しい」 「これに10年だまされてきた。コックはみんなこういう風に料理するって思ってた」 「だますとは失礼ね」 「とにかく何するにも雑なんだよ。だから味が安定しないし、量も安定しない」 「でもこれは美味しいですよ。……もくもく」 「しらす丼だけは誠君のためにいっぱい練習したもの。部下113人が病院行きになるのと引き換えに、適量を体で覚えたのよ」 「分かりました。1から教えます」 「お願いします!」 「ずずず……」 「オラオラオラオラ!」 「お米はそんなにとがなくて大丈夫で……、きゃああお釜がゆがんでます!」 「委員長片栗粉が足りない!」 「全部入れたんですか!?うわわ煮立たせちゃダメあふれたら大変なことに」 「もやしから出てくる黄緑の水ってどうやって使うの?」 「黄緑の水が出てくる前に使いましょう」 「排水溝から水が出てきた」 「逆流してるんです。片付けますからちょっと水止めてください」 「水止めると火事になるよ」 「ずずず……」 「平和ねー」 ――ヒュンッ! ――パシッ! 「こっちに包丁飛んでこなかった?」 「はい。気を付けてね」 「し、死ぬかと思った……」 ・・・・・ 「……出来た」 「完成です」 「た、食べてみよう」 「はい」 「……はむ」 「……ぁむ」 「……」 「……」 「美味しい、よな」 「はい、すごく美味しいです」 「成功だ……!」 「茶わん蒸しを作ろうとしてなぜこれが出来たか分かりませんが」 「メチャメチャ美味しい玉子焼きが出来たー!」 「やったーーーーー!」 「って玉子焼きは最初から出来るんだって!!」 「はい、きんぴらとチキンカツ」 「どうも」 なんだかんだで難しい料理は店で買うのが一番な気がする。 いい惣菜屋が近くにあってよかったよ。 「あとこれおまけ。うちでベーコンを作ってみたの」 「やったっ。実は外までニオイがしてたから狙ってたんだ」 「あらあら」 「でも買う気だったのに。コレ売り物にはしないの?」 「私が趣味で作っただけなの。商品にするにはコスパが悪すぎて」 「やっぱ燻製は業者じゃないとキツいか」 「そゆこと。欲しくなったらまた言って、作っておくから」 「お願いしまーす」 帰る。 燻されて間もないベーコンの、美味そうな香りが食欲をそそった。 早く食いたいな。今日はポトフにでもするか。 でもちょっと大きい。俺と姉ちゃんと、あとマキさんをいれても食いきれないかも。 ……そうだ。 「流れ星かな……ちがうな、流れ星はもっとぱーって動くもんなー」 「……はっ! 意識が飛んでた」 「す、すまん委員長」 「とにかく完成はしましたね。当初の予定よりだいぶ簡単になりましたが」 「弁当がサンドイッチだけ……大丈夫かこれ?」 「食べたけど美味しかったわよ」 「味はほとんど委員長が作ったソースじゃん」 「そんなことありませんよ。具の玉子は辻堂さんが味つけたものですから」 「玉子焼きのやり方でひらぺったく焼いただけだし」 「まあまあ。それでも、最初焦がしちゃったのがもう完璧にできるようになりました」 「これは確かな成長です。あとは明日のデートで長谷君が喜んでくれればそれで御の字としましょう」 「……うん」 「そうだな。ようは明日、あいつが喜んでくれるかなんだ」 「その通り」 (喜ばなければ長谷君、お説教です) 「へくしっ」 「……」 「ちなみにもう1つ、男性の喜んでくれるやついっときます?」 「いやな予感」 「怖がらなくてもいいですよ。ただ新しく仕入れた美肌クリームでちょぉっと美少女になってくれれば」 「ビンゴかよ! ちょ、ちょっと」 「昨日のうちから思ってたんですけど男なんて可愛くおめかししちゃえば残飯が出てきても喜んで食べるとおもうんですよね」 「ぶっちゃけたなオイ。うわっ、変なとこ触るな」 「未来を決めるのは運命じゃないよ。大人しく私の辻堂さん改造計画に従って下さい」 「放せー!」 「……」 「ふふふ。女の子はこうやって変わっていくのよね。懐かしいわ」 「てなわけでアタシにもクリーム。わけてちょうだい」 「その前に辻堂さんを脱がせるの手伝ってください」 「なんで肌用クリームの話で着替えることになってんだ!はーーーーなーーーーーせぇーーーーーーーー!」 「押さえておくから、ひっぺがしてちょうだい」 「了解です」 「わー!」 「以上。安心とやりすぎのお節介を約束する北条歩の提供でお届けしました」 デート当日。 なんだかんだで3週連続、日曜日は辻堂さんと出かけてることになる。 でも今日は前2回とはちがうぞ。 ただ楽しみ。 どうしようもなくこみあげるドキドキに、心配めいたものが入ってこない。 好き同士だから味わえるひと時だった。 約束は10時。 これまでのパターンからして、辻堂さんは約束の10分前には行動する。つまり9時50分には来てしまう。 なら俺は45分を目安にやってきた。 ふふふ。彼女を待つ彼氏。これもまたデートの楽しみってやつさ。 さぁて、9時51分。 そろそろかな。 「……」 「……」 「や、やっぱ着替えてくる」 「やったーーーーー!!」 「ふわっ、ば、抱きつくな」 「ああもう……モフモフモフモフ。いつかまた見たいと思ってたこっちの辻堂さんにこんなにも早く会えるとは」 いつもより念入りにとかしてあるふわふわの髪をモフモフする。 「ちょ、も、もう」 困ったような、嬉しそうな、微妙な顔の辻堂さん。 「モフモフモフモフ」 「……」 「モフモフモフモフ」 「……」 「ママー、あのお兄ちゃんたち何してるの」 「大人になったら分かるわ」 「離れろ!」 いて。 蹴っ飛ばされた。 「ったく、だから嫌だったんだ。こんな格好二度としねェって決めてたのに」 「どうして? すごくいいのに」 「い、いいって言うな」 「いいものを良いって言って何が悪い」 「うるせー!」 「こっちとしてはどのタイミングでまたその服着てって、おねだりしようか考えてたとこだよ」 「う……そうなの?」 「タイミングがなくて言えなかったけどね」 「……」 「言ってくれれば……別にいつでも」 「うん?」 「なんでもねーよ! ほら行くぞ早く!」 「うん」 江ノ電に乗り込み、海沿いを流しながら一週間前の遊園地へ。 椅子に座るだけでも短いスカートを気にしてもじもじしてるのが可愛い。 行きの時間を使いパンフレットでまわる順番を決めた。 「や、やっぱり観覧車は」 「乗るよ」 「ですよね」 「今日は絶叫系少なくするって」 「助かるよ」 「ったく、相変わらずビビりだな」 「ビビッてるわけじゃないさ。純粋に乗りたくないだけで」 「でも、じゃあ何に乗る?この年でメリーゴーランドとかコーヒーカップはきついぞ」 「メリーゴーランドにのる辻堂さん(ミニスカ)。実に興味深い」 「……観覧車2回でいっか」 「ゴメンなさい」 「お化け屋敷でいいじゃない。あれからネットで調べたんだけど、あの遊園地お化け屋敷が他に4つあるらしいよ」 「計5つ……」 「ククク、辻堂さんがビビらなかったところはお化け屋敷でも最弱。四天王の面汚しよ……」 「う……」 「ウルセェ! いーぜ残りも制覇してやらぁ」 「デートに行くのにお化け屋敷めぐりなんてしたくないよ」 「なっ」 からかわれたと気付いた辻堂さんは、顔を真っ赤にして。 「やっぱ絶叫系追加な。この前本気で嫌がってた30メートル落ちる奴も行くぞ」 「えー」 今日は楽しくなりそうだ。 ・・・・・ 「ガクガクブルブル」 「そんなに怖かった?」 「楽しさのかけらもない」 ひざにきた。近くのベンチで休む。 「やっぱ入ってすぐ一番人気のジェットコースターはきつかったかな」 「楽しみにしてたデートで、まず死にたくなるなんて。人生って分からないね」 「空いてたんだもん。乗れるうちに乗っとかないともったいないじゃん」 「気持ちは分かるけど」 腰が抜けそうだ。 「どうする? しばらく休む?」 「いや、まだ平気だから遊ぼう。……大人しいやつで」 「ン……うん」 次はどれにするかな。パンフレットを見る。 「……」 「あのさっ、大」 「うん?」 「その、動くのキツいっていうなら、そろそろ昼メシとか」 「?」 「まだ早いでしょ。11時過ぎたところだよ」 昼時ともいえるけど、にしても早すぎる。 「う……」 「あ、お腹すいた? 朝食べてないとか」 「いや、ちがう、大丈夫」 「……」  ? よく分からないが、辻堂さんの様子が変だ。 緊張してる? 「もう乗る? 観覧車」 「へ? あっ、うん。……そっちいいのか?」 「休んだから平気だよ」 立ち上がった。膝がぷるぷるしてるが我慢する。 「言ったでしょ。一緒に観覧車に乗れる男にはなるって」 「行こう」 「ん……」 「うん♪」 ・・・・・ 「ガチガチガチガチ」 「大」 「ガチガチガチガチ」 「大。うるさい」 「高いよ。高いよなにこれ。高いよ」 「観覧車なんだから高いに決まってんだろ」 「あっ、見ろよ、富士山が見える」 「外を見ろと? 無茶をおっしゃる」 「目がよどんでるぞ」 「なにも見たくない。目を閉じ耳を塞ぎ口をつぐんで孤独に暮らしたい」 「……アタシがデートしたかったのはこんなレイプ目でガタガタ震えてる男じゃない」 「ゴメン……」 「ったく」 「じゃあアタシだけ見てろ」 「あ」 「アタシのこと見てるぶんには平気なんだろ?」 「……うん」 てな感じの口実をつけて、2人きりの密室。ベタベタすることに。 「ここ乗って。ここ」 「膝のうえ? やだよ恥ずかしい」 「2人きりじゃない」 「う……ぇっと」 照れながらも、 「お邪魔します」 乗ってくる辻堂さん。 「うー、温かい。安心するー」 抱きしめた。 「な、なんかすげーエロいことをしてる気がする」 「ふぁっ、……もう、スカートってヤだ」 俺のひざがふにゅふにゅのお尻に食いこんでて、落ち着かなそうだった。慣れないミニスカの裾をつかんでる。 99%くっつきたくて呼んだだけだが、実際抱きついてると、高いところにいる恐怖が減る。 「はー、なごむー」(すりすり) 「子供かよ」 言いながら頭を撫でてくれる辻堂さん。 こうしながらだと風景も楽しめた。 「やっぱ海のある地方は景色が得だよな」 「山の景色もいいもんだけどね」 「なになに。当ゴンドラからは天気がよければ富士山が見えます。光の関係で昼と夕方では……」 「すごい。夕方に見るとさっきの富士山の形が変わるって」 「すごいね。俺さっきの富士山見てないけど」 「夕方また来よっか」 「……」 「……」 「君が望むなら何度でも」 「はいはい。いいよ無理しなくて」 「また別の日に来て、夕方はそのとき、な」 「うん」 ・・・・・ 「ほんとによかったの? せっかく行ったのに」 「いいってば。あんまり続けるとお前、ぐったりになっちゃうじゃん」 「あはは、お恥ずかしながら」 せっかくの遊園地だったけど、観覧車を中心に一通り楽しんだだけで帰ってきてしまった。 「先週は焦ってたから色々乗ったけど、もう急ぐ必要もねーし。のーんびりやってけばいいじゃん」 「うん」 「にしてもホント絶叫系とか観覧車とか、弱いよな」 「そっちはお化け屋敷弱いじゃん」 「ビビッてた回数はお前が上だ」 「ぐぬ」 くそう。 「こうなったら……、いつか最高に怖いお化け屋敷に2人で行ってやる」 「どうぞ。その場合もっと怖い観覧車で仕返しするから」 くそう。 一応デートはデートなので2人海岸線を歩いて帰ることに。 散歩、も立派なデートだよな。 今日はお日様があったかいし、海風も涼しいし、デート日和、散歩日和だ。 「〜♪」 「……」 「で、だ」 「うん?」 「そろそろ……お腹すいただろ?」 「そうだね」 なかでクレープ食べたからお昼が延び延びになってる。もう2時だ。 「ひ、昼ごはんにしよう」 「分かった」 近くに堤防があったんで座る。 (すー、はー) (落ちつけ。だいじょぶだから。委員長だってこのサンドイッチはカンペキって言ってただろ) 「ひ、大。今日の昼メシだが」 「サンドイッチなんてどうかな」 「はいっ?!」 「実は今日、持ってきてたんだ」 前回はチケットがあったけど、今回の遊園地は自費だから、あんまり贅沢できない。 ちょっとでも懐に優しいようにと、サンドイッチ作ってきた。昨日美味しいベーコンも手に入ってたし。 取り出す。 「あ……そ、そう。サンドイッチ持ってきたんだ」 「うん。2人でも充分な量あるよ。食べよう」 半分渡す。 辻堂さんはちょっと様子がおかしかったが。 「い、いただきます」 「いただきまーす」 サンドイッチ自体にはとくに文句なさそうだった。 (むぐむぐ) (はぐはぐ) 「どう?」 「美味しい」 我ながら上々な出来だと思う。 ベーコンがいいだけじゃなく、ソースはよく合う味になってるし、レタスも鮮度抜群。 「ほんと美味しい」 (ずーん) でも辻堂さんの様子がおかしかった。 「……」 (美味し。サンドイッチってこんなに美味しくなるものなんだ) (出せねェよ……) 「?」 どうしたんだろ? 「ふぃーっ」 「食った食ったぁ」 「天下百品。まあ所詮は大衆受けするだけの味だけど、満腹度は申し分ないわね」 「ここのコッテリは癖になるっての」 「あんなゴテゴテ子供だましだわ。あっさりにしなさいあっさりに」 「ん?」 「長谷がいるシ」 「おうよ。でも一緒にメシ食ってるの……」 「……」 (はぐはぐ) (もぐもぐ) なんか辻堂さんの口数が露骨に減ってる。 やっぱ何かあるのか?どっか食べに行きたい店があったとか。 「よーぅ、長谷ー」 「?あ……」 うわっ! 急に携帯カメラで撮られた。 「シシシッ、決定的瞬間激写だシ!」 「はい?」 「なんか用かテメェら」 「……へっ!」 なぜか2人して勝ち誇ったように笑った。 「弱みを見せちまったなぁ長谷大。コレ、どーみてもデートだっての」 「証拠もおさえたシ」 「はい。それで?」 「ハン、とぼけようったってそうはいかないっての」 「こんなとこ辻堂にバレたらひどい目に遭うシ!」 「は?」 「はあ?」 「状況は分かったかい。辻堂にバラされたくなきゃ今後は恋奈様に忠誠を誓い、こっそり辻堂の弱みを探るっての」 ??? 「おっ、これ美味そうだシ」 「もらうぜィ。へへっ、文句は言わせねーっての」 勝ち誇りながら、サンドイッチを奪う。 サンドイッチはいいんだが……。なんでこの状況が弱みになるか分からん。辻堂さんも不思議そうだった。 「くぉらバカ2人、いまそいつらには近づくなって言ってるでしょ」 「あら、可愛いわね」 「アリガト」 「じゃ、ない。なんなんだコイツら、人様のモン勝手にとりやがって」 「それはあやまるわ。行儀悪いわよアンタら」 「おほっ、うめー」 「なにこれメチャメチャ美味いシ」 「喜んでくれたならなによりです」 奪飯はどうかと思うけどな。 「ほら、行くわよ」 「えー、なんだよ恋奈様。せっかく辻堂のカレシの弱み握ったのに」 「今度このサンドイッチの店教えてほしいシ」 ぞろぞろと行ってしまう。 嵐が去った。揉め事にならなくて助かったけど……。 「なんだったんだありゃ?」 「辻堂さんのこと誰だか分かってなかったね」 「……そんなに似合わないかなこの格好」 「むしろ似合いすぎた結果だよ」 それよりどうする。サンドイッチ取られちゃったぞ。 まだ微妙に腹は満ちてないし、といって食べにいくほど空いてもいないし。 「……」 「な、なあ」 「うん?」 「メシ、なくなっちまったからさ」 「うん」 「こっち……食おう」 あ……。 「サンドイッチ? 持ってたんだ」 「うん。かぶったな」 「だね」 辻堂さんも用意してくれてたらしい。 「あの、味は保証しねェけど」 「美味しそうだよ。いただきます」 分厚いベーコンをつかった俺のとはちがう、シンプルな玉子サンド。 はむ。 (むぐむぐ) 「……」 (んぐんぐ) 「……ど、どう?」 「美味しい」 俺のやつよりソースが甘くて口当たりが軽い。 「これ辻堂さんが作ったの?」 「はっ!? い、いや。いや、あの、他の奴が」 「そうなんだ」 ちょっとがっかり。 でもサンドイッチは本当に美味しかった。 とくにソースと、 「この玉子の味付け、教えて欲しいな」 「っ!」 「すごい俺好み。誰が作ったの? 習いたいかも」 「えっと、その玉子作ったのは」 「……」 「お、教えてくれるやつじゃないと思う」 「そうなの。残念」 「でも言ってくれればいつでも持ってくるよ」 「うん」 食べるのに戻る。 「……」 はぐはぐ。 「〜〜〜っ」 ・・・・・ その後も適当に海岸線を流したり、目に入った店でウインドウショッピングしてるうちに日がかたむき始めた。 行くところもないわけだが、帰るのはもったいない。海岸線をぶらぶらする。 「あはっ、まだ海の水つめてーな」 波とちゃぷちゃぷ遊ぶ辻堂さん。 「海水浴日和まであと一歩って感じだね」 俺も隣に腰かけて……。 おっと。 「なに?」 「いや、あの」 「その格好でしゃがむときは気を付けようね」 「?」 「!」 気づいたらしい。スカートを押さえて立った。 「なぁーくそー油断した。一日中気ぃつけてたのにー」 遊園地のころから結構隙だらけにはしゃいでたけど言わないでおこう。 「はぁ……やっぱアタシにミニスカは合わねーよな」 「そんなことないよ」 「そんなことないよ」 「大切なことなので2回言いました。すごく似合ってるよ」 この格好のときはいつもこの問答になるけど、何度でも言うさ。 「イメージと違くない?さっきも江乃死魔のバカどもに気づかれなかったし」 「うーん」 それはあるかも。俺ですら初見のとき誰か分からなかったし。 「こんな格好じゃその、おしとやかすぎるっていうか。女の子っぽ過ぎるっていうか」 「いつものの方がアタシらしいだろ?」 「……」 答えにくい。 この格好が可愛いのはもちろんだけど、 いつもの辻堂さんも、凛としててイイ。 「その……大はどっちがいい?」 「アタシ、いつもの感じがいいか。もっと女っぽくしたほうがいいか」 「そうなの?」 「うん。やっぱヤンキーらしいというか、凛々しいほうが辻堂さんらしいから」 「だよな」 「でもそんな辻堂さんが俺のために可愛い格好してくれてると思うと、ニヤニヤしてしまうのも事実」 「どっちだよ」 「そっか」 「普段見せてる姿とちがうところを見せてくれるとやっぱ嬉しいよ」 「……じゃあイメチェンしよっかな」 「あ、でもヤンキーっぽい辻堂さんも好きなんだよ」 「どっちだよ」 「まあ答のでない質問だよ」 「俺は辻堂さんが辻堂さんだから好きなんであって。大事なのは君が辻堂愛であることなんだから」 「う……」 「ね」 「ば、バカ。恥ずかしいこというな」 たしかに言ったあとで恥ずかしい気がした。 「……」 「ったく」 抱きしめられる。 「……」 「……」 観覧車のなかと同じ。くっついて、そのまま何をするでもない時をすごす。 大事なのは、彼女が辻堂愛であること。 俺の正直な気持ちだ。 だってここでこうしてる時点でずいぶん違うもんな。いつもの彼女とは。 俺はどんな辻堂さんも大好きで、 どんな姿をしてても態度を変えるつもりはない。 ・・・・・ 「ヒューヒュー」 「……」 「アツいねーお2人さん」 でもやっぱ人って見た目が9割だよな。 「見せつけてくれちゃって」 いかにもタチ悪そうなのが2人、絡んできた。 眉をピクつかせる辻堂さん。いつもなら彼女のこんな顔みれば、みんな怖がって逃げちゃうんだけど。着てる服がアレだから。 「へー、彼女可愛いねー」 明らかに怒ってる彼女にも、逆に近づいてくる。 「消えろ」 「あれ、意外とドスの効いた声」 「いーじゃんいーじゃん。俺気ぃ強いタイプ好きよ」 強いのは気だけじゃないよ。 「〜……ッ」 イイ時間を邪魔されて怒ってる辻堂さん。 いかん、バトルモードになってしまう。 「ま、まあまあ」 俺が前に出た。 「もう行きますんで」 「なによ急に。あれ? 俺ら邪魔しちゃった?」 「ゴメンね彼氏。可愛い彼女といい雰囲気だったのに」 ケラケラ笑う2人。 頼むよ……デートに来てて暴力沙汰は避けたいのに。 こっちは穏便に済まそうとしてるんだが、 「へらへらすんじゃねーよオラ」 ――パシッ。 「っ!」 軽く頬を張られた。 痛くはない。向こうにすれば『カップルをからかう』延長の行為で俺を痛めつける意図はないわけだが……。 からかわれた以上、 「テメェ」 湘南最強のヤンキーは引いてくれない。 「……へ?」 「なん…」 チュゴォオオオオオオーーーーンッッ!!! 2人とも悲鳴も上げられず、水切りしながら波間へ飛んで行った。 溺れないかな。心配になるけど、まいっか。 「チッ……悪いな大。出るのが遅れた」 「いや、こっちこそ情けないところを……」 ……あ。 「?……あっと」 服の肩のところが急にずれてきて、あわてて押さえる辻堂さん。 ……服が破れてしまってた。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ハァ」 「暗いな」 「せっかくのデートだったのに最後が微妙だったので」 あの服では続けられず、いい時間だったこともありお開きとなった。 遊園地は楽しかったし、一日一緒にいて飽きもせず完璧なデートだっただけに最後が気になる。 「はぐはぐ……昨日のベーコンもうねーの?」 「終わっちゃいました」 「ちぇ」 「あとちょっとは俺の話も聞いてほしいな」 「んー? なんだっけ、遊園地行って辻堂が観覧車ぶっ壊したんだっけ?」 「ちがいますよ。ただ辻堂さんのLOVEパワーは高いところに対する俺の恐怖心をぶっ壊したといえなくも」 「ああ、その話が長かったから聞くのやめたんだ」 ひどい。 「やっぱ最後のとこだけが気に入らないなぁ」 「その絡んできたやつら、お前がブチ殺せば良かったじゃん」 「無理です」 「でもブチ殺すはともかく、俺がちゃんと対応してれば辻堂さんもキレずにすんだし、服をダメにしちゃうこともなかったわけで」 考えれば考えるほど落ち込んでくる。 俺、今日、彼女に守ってもらったんだな。 ……はぁ。 「気にするこたねーだろ。あの辻堂相手に『守ってあげたい』とか思ってるならそれこそ身の程知らずってもんだ」 「彼女が守られる必要がないことと、俺が守ってもらっちゃうことは話が別です」 「あっそ」 そうだ。これまでは漠然と思ってきたけど。 俺はもう湘南中の不良から狙われる立場なわけで。いざってときのことも考えないと。 いざ自分の身が危険なとき、 辻堂さんに守ってもらうんじゃ情けない。 ・・・・・ 「つーわけで服は破れた。すまん」 「もう。わざとじゃないでしょうね」 「さすがにそれはねーよ。せっかく選んでくれたのにスマン」 「あの服、手に入りにくいんですから」 「じゃあもう着なくていい?」 「すぐに替えを持ってきます」 「今度は大事に着てくださいよ。残りあと12枚しかないんですから」 「多いな! 何着持ってんだ!」 「それで、デートはいかがでした?」 「んー、おおむね成功だったぜ。最後ちょっと盛り下がったけど」 「最後、なにかあったので?」 「んー……」 「……」 「あいつ優しすぎるんだよなぁ」 「それがいいとこだから困る」 「?」 「おはよう!」 「おはよう。どうした、気分よさそうだが」 「気分はともかく日常に気合入れていこうと思って」 ちらっと辻堂さんを見る。 笑顔を見せてくれた。 ほんの一瞬のことだけどパワーをもらえた気がする。 よーし、テンションあがった! 「ヒロシ」 「びっくりしたぁ」 まわりがもっとテンション高そうだった。 「聞いてくれよ。ヤッちゃったよ俺たち」 「ついに大人の階段のぼれそうタイ」 「どったの?」 「合コンだよ合コン。由比浜の超ハイレベルさんとセッティングできた」 「すごいじゃん」 月2回は合コンセッティングして、どんな相手でもハイレベルって言ってる気がするけど。 「いや〜大変だったぜ。必死で感触探りつつ坂東の写真チラつかせてさ」 「本番に坂東君が来ると困るから『写真の彼は来るの』って質問はスルーしつつ約束するのは大変だったタイ」 「詐欺の片棒を担がされた気分なんだが」 「いいじゃん」 「つーわけで長谷君。今度の土曜空けといてよ。4・4の予定だから」 「え」 俺も数に含まれてるらしい。 辻堂さんが気色ばんだのが見えた。 「ゴメン俺無理かも」 「なんで?」 「いや……」 どうしよう。彼女がいるって言っちゃっていいのかな。でも誰って聞かれたら面倒になる。 「長谷君はダメっしょ」 「彼女さんがいるもんね」 う……。 「この前言ってたアレ? マジなの?」 「いや、えっと」 この件はごまかしごまかしで来てるのでできれば突っ込まれたくない。 相手が誰かって話になったら面倒だもんな。 ……が、 「にゅふふふ見たよ見たよ見たよー。昨日仲良さそうに手ぇつないで海岸歩いてたでしょ」 「え!?」 「!?」 「声もかけられないくらいラブラブオーラ出てたよねー」 「ねー」 どうしよう。 バレた……? 「ふふふふふふ」 「で、あれ誰?」 「見ない顔だったね。すごーく可愛かったけど」 「……」 「……」 こっちもか。 昨日の一条さんたちといい、あのモードの彼女を辻堂さんと判別するのは難しいらしい。 「ま、まあね。ちがう学園の子」 助かった。 「どういうことだぁああああ!!!」 「本当に裏切ってたのかテメぇええええええ!」 また新しい喧騒に巻き込まれることになったけど。 ・・・・・ 昼休み。 「お待たせ」 「ブチ殺す」 「なんで!?」 「テメェ……昨日はアタシとデートしておきながら他の女とも手ぇつないでただァ?」 「そういうことか。ストップストップ、誤解だよ」 さすがにこれで怒られるのは勘弁してほしい。誤解を解いた。 「というわけで悪いのは辻堂さんの可愛さであって」 「そ、そうなのか。悪い」 自分がそこまで変わってる自覚はなかったんだろう。照れくさそうだった。 すっかり習慣化した2人でのご飯になる。 ……ん? 「辻堂さん、今日はサンドイッチ?」 「うん」 いつもご飯派の彼女がパンに転向してた。それも、 「昨日と同じだね、玉子サンド」 「ああ。まずはこれから完璧になるようにって」 完璧? よく分からないが、 「美味しいよねソレ。昨日美味しかった」 「……食う?」 「いいの? じゃあこのカラアゲと交換」 「うん」 かえっこする。 だんだんと『一緒にご飯食べる』空気が板についてきた気がした。 2人で何かをすることが当たり前になってきた気が。 「それで、今朝はどうしたんだ?テンション高そうだったけど」 「うん、テンション高いというか、上げてたんだけど」 「実はさ」 「?」 「愛さんいいっすか!」 「オラァァァァアア!」 「ぎゃわー!」 「出たー! 愛さん77の殺し技の一つ握撃ツネり!」 「でもなんで情報屋の長谷とまだ決闘してるんです?」 「はっ!? あそっか闘わなくていいんだ」 「いてて、びっくりした」 「く、食らえば失神確定。下手すりゃ血流がパンクして皮膚が吹っ飛ぶ握撃ツネりを受けてぴんぴんしてやがる……!」 日頃からツネり技に耐性があってよかった。 「なんか用か」 「はい。先週お話した北神奈川の連合軍。やっぱりもう湘南まで来てるらしいっす」 「熊殺しで知られる坂田総番が、ついに乗り込んできたんですよ」 (誰だっけ?) 「まあいいや、いつも通りケンカになったら呼べ。それ以外はほっとけ」 「は、はい」 「ヒロシ、テメェもなにか新しい情報が入ったらオレに一報いれてくれ。対価は惜しまねぇ」 「はあ」 俺は完全に情報屋になってるらしい。 しかし……ついに来たのか。江乃死魔に次ぐ辻堂さんの敵対勢力。 ……例のこと、考えておかないと。 「ったく、この屋上鍵かえねーかな」 「まあいいや、食おうぜ」 「うん」 「辻堂さんいますか」 「滅殺」 ドガガガガガガガガガガガガガガ! 「我、拳を極めし者なり」 「ごはー」(バタン) 「な、なにをしてるんです?」 「委員長かよ。急にくんなビックリするだろうが」 「まったくだよ」(ムクリ) 「す、すいません。復活早いですね」 「辻堂さん、イチャイチャしてるとこ恐縮なんですがちょっと来てほしいんです」 「は? う、うん」 「イチャイチャなんてしてねーぞ」 「?」 「なんだよこんな人目のないところに。決闘なら屋上でいいだろ」 「呼び出しイコール決闘と思うのはやめましょうよ」 「これ、見てください」 「?あ……」 「この間手伝っていただいたトマト。もう実をつけそうなんです。まだ赤ちゃんですけど」 「おおお……すごいじゃん。土日でこんなに」 「季節なのでおかしくはないですけど、にしてもこのスピードは驚きです」 「すっげ。これもう何週間かしたら食えるんじゃね?」 「はい。たぶん」 「で、これ出来たらどうするの?」 「そうですね。実はうちの母が野菜ダイエットを提唱しているのでそちらのサンプルにしようと思ったのですが」 「お前の母さん何屋なの?」 「辻堂さんが手伝ってくれたので気が変わりました」 「収穫したら、一緒に食べましょう」 「あは……うん」 「可愛いな、トマトって」 「でね、彼氏が言うにはパンツは蛍光色じゃだめだって」 「男ってなーんで純白にこだわるかな」 「こっちは一応見せパンの下に白も穿いてるのに」 「見せパンてどうなの? 暑くてキラいなんだけど」 「ライブだと高いとこに上がるからどうしてもね……あれ?」 「なに」 「……」 「おかあ……委員長と辻堂さん」 「あんな暗いとこでなにしてたの?」 「「……」」 「ただいまー」 「委員長大丈夫!?」 「お金取られたりしてない!?」 「はい?」 辻堂さん遅いな。 もう食べ終わってしまった。片付けしとくか。 「……」 そうだ、せっかく1人なんだから。 ――タンッ、タンッ。 ステップを刻む。 「シュッ! シュッ!」 シャドーのワンツー! おお、結構速いぞ俺。 「シュシュシュッ!」 さらにワンツー! 「愛さん言い忘れてたんすけど」 「あ」 「っ、な、なにしてんだ」 見られた。シャドーボクシング。 恥ずかしい……あわててやめる。 (パンチ練習してたよな……。でもなんだいまの。見たこともない、でたらめな型だった) (ボクシングのシャドーにしちゃ遅すぎるし……。このオレが知らない格闘技をやってやがるのか) 「おみそれしました!」 「はい?」 午後の授業。 「テストではtanのスペルは正確にね。先生昔tonって書いてバツにされたことあるから」 数学だ。 「……」 眠い。 今日は風と陽気が心地よく、昼飯直後のこの時間、みんなも眠そうだった。 「はいはいみんな集中して。テスト近いわよ」 姉ちゃんはがんばってるけど、みんな聞いてなさそう。 俺も……。 ――うとうと。 ――コクン。 ――ギュイイイイ! 痛ェ! 何かにツネられた。目をあける。 「(アンタまで寝ないの。家族割引で評定さげるわよ)」 「(ご、ゴメン。その位置からどうやってツネったのさ)」 (視線で会話している。すごいな姉弟) 「まったく」 教室中を見渡す姉ちゃん。 「ン……ふふふふ、このメンバーで合コン。お持ち帰り……」 「お菓子の山だぁ〜」 「俺ってそんなカッコいい? 坂東よりも?」 「明太子ならいくらでもあるタイ……モテモテタイ」 「みんな寝てる」 「……」 「……」 (でも叱りたい子に限って真面目に聞いてるし。なんでこういうとこだけマジメなのよ彼女) 「……」 (っ!目ぇあけたまま寝てた) (たんじぇんと……? いまって英語の授業だっけ) (成績は上がらないし) 「今日の授業はここまでね。みんな聞いてない分キチッと復習しておくこと」 「それから金曜の検査で減点2食らった子。素行不良の補習があるから、放課後風紀委員室に集まるように」 「うえー」 「勘弁してほしいタイ」 「監視対象に入ってなきゃ教習ビデオ見て終わりよ」 「(てなわけで今日帰り遅くなるわ)」 「(何時くらい?)」 「(事務処理があるから8時過ぎそう。夕飯は先に食べといて)」 「(分かった。大変だろうけどがんばってね)」 「(大変だからビールは1本多く……)」 「(ダメ)」 「(ケチ〜)」 (視線だけですごく複雑な会話をしてる気がします) 「では、以上解散」 ・・・・・ 姉ちゃんの帰りが遅い。 せっかくなので辻堂さんをお呼びしてみた。 「大の部屋……まだちょっとドキドキする」 「あはは。コーヒー淹れてくるよ」 「今日はブラックで飲むからな」 「飲みやすいように飲んでよ」 「……」 (ホントにドキドキする……大の部屋) 「すんすん」 (大のニオイ……) 「に、混じって微妙に女モノのニオイが」 「長谷先生か? ……腰越のじゃねぇだろうな」 「な〜」 「うん?」 「あ、お前またかよ。彼女のアタシより頻繁に入ってんじゃねーぞコラ」 ――ゴロゴロ 「ふにいい」 「あは」 「お待たせ。……またラブ来てたんだ」 「〜♪」 この前できなかった分、ラブに夢中になる辻堂さん。 今日もロマンティックは無理かな。残念。 コーヒーで一服した。 ・・・・・ 「で、昼の続きだけど」 「うん?」 「クミのせいで中断したアレだよ。朝からテンション高かったのはーって」 「ああそのこと」 「テンションが高かったわけじゃないんだ。無理やりあげてたというか」 「格闘技でも始めようかと思ってさ。それで」 「格闘技ぃ?」 シュッシュッとその場でシャドーしてみせる。 今日1日の成果か、パンチの切れ味が上がってきた気がする。 (なんだろ今の。ラブのマネ?) 「にゃにゃっ!」(シュシュッ) 「なんで格闘技なんだ?」 「昨日みたいなことはそうないにしてもさ、俺いま不良の人に狙われやすい状況なんでしょ?」 「ああ」 「じゃあこう、護身術みたいな。習おうかなと」 「んー、まあ身体鍛えるのは悪いことじゃねーけど」 「実は格闘技には自信あるんだ。日頃姉ちゃんにボコられてダメージには強くなったし、昔プロレスごっこでよくボコられて耐久力ついたし」 「それは『格闘』じゃない」 シュッ、シュッ! もう1回シャドーのワンツー。 「……」 (あ! いまのパンチ?) 「えーっと……やめたほうがいいんじゃね?HPだけ高くても格闘技にはむかねーだろ」 そうかな。 「あと護身術ってケンカにはあんまりいかせねーぞ。長物抱えてブン殴ってくるやつばっかだから」 「そうなの?」 「そもそも大って技以前に、ケンカする度胸がねーだろ」 「人を本気で殴る。出来るか?」 う……。 言われてみると難しいかも。暴力は振るわれたことはあっても振るったことないし。 「意味があるとは思えねーな」 (´・ω・`) 一大決心を30秒で否定されてしまった。 ちぇー。いいと思ったんだけどな。 「だいたいそんなことしなくても」 「お前のことはアタシが守るって」 「辻堂さん……」 「大……」 「……」 「……」 「あー疲れた」 「お疲れ様ですわ」 「素行不良が減りそうなのは良いけど。肝心の辻堂さんにここまで隙がないとは」 「目に見えた校則違反は髪の色くらい。ケンカもにらみ一発ですものね」 「あれの母親も、3年間で授業をうけた回数より血祭りにあげたチーマーの数の方が多かったのに、最後は普通に卒業していったからな」 「うー、なんとか弱み見せないかしら」 「素行が悪い事実はあるんだ。PTAにかけ合えば最低でも停学にはできるだろ」 「それは……かわいそう」 「もっとマイルドに。あの子の将来が壊れない程度にネチネチいたぶりたいの」 「陰湿女の鑑みたいなやつだな」 「わたくしはやはり正々堂々打ち破りたいですわ。不良が幅を利かせているなんて許せません」 「その気持ちは大事だぞ。垢まみれな周りに染まるなよ」 「うー……」 「は!?」 「な、なにこの甘酸っぱさ」 「?」 (ヒロがいま青春な空気に酔ってる!) (飛んでけ〜、飛んでけ甘酸っぱエア!) 「フリージングアネーストォオオオーーーーー!」 「う……」 「どした?」 「いや、なんか寒気が」 ラブラブな空気が飛んでしまった。 「とにかく、護身術はともかくとして、ちょっとは危機感持とうと思うんだ」 「それはイイことだ」 「危機感もって行動してる大ってのも想像つかねーけど」 「ひどいな」 「だってそうだろ。いつも人類みな兄弟みたいな顔してほわほわした空気ふりまいてるのがお前じゃん」 「……アタシはそういうところに惚れたんだし」 「愛さん……」(ドキドキ) 「大……」(ドキドキ) 「きェエエエエエエーーーーーーーー!」 「うっ!?」 また温度が冷めた。 「それでケンカのプロの辻堂さんに聞きたいんだけど。ないかな、ケンカを避けるコツ。みたいなの」 「アタシ人を張り倒すのはプロだけど、ケンカを避けるのは素人だから」 「ですか」 予想はしてたけど。 「あえて言うとアレじゃない? 大の得意なやつ」 「逃げる」 「逃げちゃうの?」 「意外とバカにできねーぞ。ある意味簡単確実な必勝法ともいえる」 「うーん、負けない手段ではあるけど」 「ケンカでの『負けない』はイコール勝ちだよ」 そうなんだろうか。 「ケンカってのは格闘技じゃない。倒す、倒されるは勝ち負けに直結してない」 「?」 「つまりだ。お前を痛めつけようとしに来たやつがいる。でもお前はそいつを痛めつけたいとは思ってない」 「で、ケンカになって、そいつのことは倒したけどお前も大怪我を負っちまった」 「これ、『勝ち』だと思うか?」 「なるほど」 逆に俺が無傷で逃げ切ってしまえば、俺を痛めつけに来たその人は負け。か。 「つっても殴っとかなきゃ、次はもっと大人数で来ることもあるけど」 そこらへんはその場次第か。 「結論。アタシは闘う方法を探るより、逃げる方を勧める」 「もちろん逃げ足速くするために、陸上とか始めるのはいいと思うけど」 「……あっ、でもそんなの始めたら2人でいる時間が減っちゃう」 うーん……。 昨日の、服が破けるような事態はもう嫌だから、がんばろうと思ったんだけど。 確かに2人の時間が減っちゃうのはイヤかも。 「分かった。別の方法を考えるよ」 「うん」 「もちろん危ないときはアタシが守るしな」 「怖い目にあったらすぐアタシを呼べ。なにがあっても守ってやるから」 「愛さん……」 「大……」 「ダイ〜、お腹すいた」 「あれ、マキさん早いですね」 「江ノ電のうえで昼寝してたら終点まで行っちゃって。走って帰ってきたらお腹すいた」 「足も疲れたし。ちょっと椅子ンなって」 「うわちょ、マキさ――」 抱き着かれた。 「はー、楽〜」 「あの、休むならベッドで……うわわ胸が当たって」 ひい! 「いまこそ逃げ技を使うべきときじゃねーのか」 「こ、怖いよ。辻堂さん助けて、辻堂さんが怖い」 「あ? なんだテメェ、またいんのか」 「こっちのセリフだコラァ!」 「やんのか……?」 ひええ。 俺を挟んで交わされるメンチ切りの攻防戦。ただいるだけで腰が抜けそうだ。 「なー」 「あ……くそ、暴れると怖がらせちゃうかな」 「腹減ってるから動きたくねーや」 幸いすぐに収まった。 ・・・・・ 「護身術?」 ついでなのでもう1人の湘南最強にも意見を仰ぐ。 「いま逃げるのが一番って結論が出た」 「まーそれで正解だろ」 こっちも同感のようだった。 ケンカからの最大の護身は『逃げる』か。意外だ。 「逃げに限らず、ケンカを避けるってのは楽でいいぞ。私も眠いときとかは面倒だから避けてるし」 「9割ブッ飛ばしてるだろ」 「1撃で済むから楽じゃん」 すごい会話だ。 「一番避けることが多いのは……恋奈かな」 「あー、アイツは戦いたくないわ」 「しぶといもんな」 「どんだけボコっても復活してくるから相手するだけこっちが損してる気分になる」 2人の意見が一致した模様。 やっぱ片瀬さんも湘南三大天なんだなぁ。 「避ける方法なら、逃げる他にも色々ある」 「例えば?」 「脅す、とか」 「それもいいかも。アタシも最近面倒だからケンカはだいたい脅しで済ませてる」 そういえば辻堂さんレベルになると、メンチ一発で相手が動けなくなるからケンカにならないケースも多いっけ。 「ケンカで強がるのは大事だぞ」 「ケンカなんつーもんは始まる前に9割決まる。ビビったやつは負ける。逆に、相手をビビらせれば勝ちだ」 「おびえた相手なら、こっちが逃げても追ってこない……か」 いいかもしれない。 でも脅すってどうすればいいんだろ。えーっと、 「辻堂さん」 「ん?」 「なに見とんやコラァ」 「ワレコラ、ワレコラ、誰のシマや思とるんじゃコラ」 「急になに」 「ビビらないね」 「別の意味でビビったよ」 「急に広島県民の人格を作り出しても脅しにはなんねーぞ」 「なんやオラァ!」 「ワレコラ、ワレコラ、カバチタレとんのかコラ」 「……」 「や、やめろ大。こっちが恥ずかしい」 恥ずかしい?! そこまで迫力がないのか俺は。 「言葉のチョイスはもちろんダメだし、声にドスが効いてないから怖くなる気配すらねーな」 「冷静に分析しないでよ。本気で恥ずかしいよ」 「実はアタシも言葉のチョイス苦手なんだ。ボキャブラリが足りなくて」 「私も、脅し文句考えるくらいなら殴り飛ばす」 「黙ってメンチ切るのが一番だと思う」 「メンチ……睨みのことだよね」 「私や辻堂ならだいたいそれで終わる」 確かに、失神するレベルだあの殺気は。 やってみるか。えーっと、目に力を込めて。 「……」 (ギロッッ!) 「……」 「……」 「ダメだ、目がしばしばする」 (……ど、ドキッとした。急にマジな顔するんだもん) 「迫力のカケラもねーわ」 「がんばったのになぁ」 「もっとこう、殺気をみなぎらせろ。目で相手を殺す気で」 「よく分かんないよ」 「だから……説明するの難しいな」 「目は口ほどにものを言うって言うじゃん。あんな感じ。目で語りかけるんだよ」 ぽんと肩に手を置くマキさん。正面から向かい合う。 「相手の目を見て。相手の『生きたいッ!』って気持ちに対して無理だよーって気持ちを込めて」 「こう」 「……」 「ダメだ、ダイ相手じゃ半分もでねーわ」 「はは、それは良かった」 全部出てたら失禁してたよ。 「でもコツは掴んだ気がする。辻堂さん、いい?」 「う、うん」 肩に手を置き、まっすぐに目を見る。 辻堂さん相手に『殺すぞ』なんて思えないけど、精一杯の強気を込めて、 (大の真剣な顔、こ、こんな近くで) せーの、 (ギロッ!) 「あひんっ」 「あっ、いまビクってしたでしょ」 「う、うん。びっくりした」 「あはは、可愛いなあ辻堂さん。俺のメンチでビビっちゃったんだ」 「うん……やられちゃった」 (辻堂がなんかユルい) 「まあとにかく、これも立派な手のひとつだ。ケンカなら有効に使えるだろ」 「格のちがう相手にゃ効かねーけどな」 「フンハァ!!」 「ヌん!」 「ぐぬ……ッ! ええい……強いわい」 「この神奈川連合総番、坂田雅狩をここまで追いつめるとはのぅ!」 「フ――」 「与太者が。我が武の前には無力なものよ」 「あのリョウを破ったという片瀬恋奈どん。その片瀬どんを破った辻堂愛どん。今年の湘南はとんでもないのが揃っとると聞いたが」 「とどめだ」 「カァアアアアッッ!」 ――ブォンッッ! 「む……っ」 「フンハハハ! 熊殺しの張手は痛いじゃってに!」 (とにかく脅して距離を取らねば――) ――ゴヅッッ! 「ぐぶ……ッ!?」 「熊殺しとは大きく出たが――」 「カッッ!」 ――ゴガガガガガッッ! 「ごは……ッ」 「所詮はハッタリ。与太者のやりそうなことだ。武に生きる我には迷い言に等しい」 「うぐ……グ……」 「……勝負あった」 「……がはっ」 (キッ) 「はんっ」 (きりっ) 「はううっ」 「すげー、俺すげー。そこらの不良になら勝てそうな気がしてきた」 「辻堂ー。彼氏が調子乗って大ケガするフラグ立ててんぞ」 「っ、そ、そうだな。調子乗んな大。逃げるのが第一だぞ」 「分かってるって」 (ふー……っ。落ち着け心臓)ドキドキ 「脅しにも善し悪しがある。あんまり威圧が過ぎると、怖がった相手が逆上して襲ってくることもあるから」 「なるほど」 これまた状況が大事、か。 「にゃー」 「よしよし」 「あっ、テメ、なに懐かれてんだコラァ。ラブはアタシの」 「ああ?知らねーよ、こいつから来たんだよ」 「ふにいい」 マキさんに抱かれて心地よさそうなラブ。 野生同士だからか、おっぱい魔力はメスにも効くのか。好かれてるみたいだった。 「ンぐ……返せ」 「知るか」 「返せコラァ!」 「にゃっ」 手を伸ばす辻堂さんに、ラブはびくっと背をつっぱらせ。 「にゃああっ!」(バリッ) 「いたっ」 「あ! こらラブ!」 ひっかいた。爪のあとが白い肌に走る。 「あーあ」 「とまあこのように、相手をビビらせるのはもろ刃の剣ってこった」 「消毒消毒」 「ラブぅ……」 「ふーッ!」 「……」 「なんか……教室が暗くない?」 「辻堂さんからかつてない負のオーラが」 「手ぇ怪我してるみたい。またケンカ?」 「……ま、たいした傷じゃなかったのを感謝しねーとな。消毒も上手くいったし」 「毒っ?!」 「ケンカどころじゃないよ。殺し合いしてるよ」 「でも……あいつとはもう仲良くできねぇのかな。昔はあんなに……だったのに」 「仲間同士で殺し合ってる。どういう世界で生きてるのよ彼女……」 「辻堂さん? どうしたんです」 「ああ、おはよう委員長」 「おはようございます。そのケガは?」 「ン……うん」 「……」 「はは、大好きなやつにつけられた傷なんだ。気にしねーさ」 「おはよー」 「長谷君! なんてことを!」 「は?」 午前中は体育。 「鬼教師のヤマモトじゃ!」 「今日は2組と合同で野球をやるぞ!目指すは世界じゃ! WVCじゃ!」 「山本先生野球好きだよね」 「なにかにつけてやらされる気がする」 「サッカーがいいタイ」 「おーいタロウ、ピッチャーやってくれよ」 「やれやれ」 「ヴァンはいっつも目立つポジションだからいいよね」 「コントロールには自信がある。素人の野球はフォアボールを出さないというだけで充分武器になるからな」 球技の苦手な俺はダメだ。今日も球拾いしておこう。 「たまには外野くらいやりたいなぁ」 「長谷君は前にトンネルやらかしたから守備はダメタイ。代打で出すから待ってるタイ」 「はーい」 大人しく外野へ。 っと。 「おう」 「女子はマラソン?」 「グラウンド10周。大変です」 「ウゼェ……サボろうとしたんだけど捕まった」 「ダメですよ辻堂さん。そろそろ体育の単位危ないんですから」 仲良く肩を並べて走ってる。 「長距離って一番キラい」 「体力ないっけ」 「乱闘なら2時間くらいしたことあるけどあれは自分のタイミングで休めるから」 「委員長は?」 「そこそこは。実はうちの母、昔競歩の選手だったとかで」 「ホーッホッホッホッホ!」 例の笑い声が迫ってきた。 「これで周回遅れですわよ辻堂さん!この勝負、わたくしの勝ちのようですわね!」 「またお前かよ」 「こんにちはホホホさん」 「もっと全力でお走りあそばされたらいかがですの?このまま終わっては面白くないですわ」 「いいよ。疲れるから」 「軟弱ですわね」 「まあいいですわ。負け犬をそしるほど悪趣味ではありませんの」 「わたくしが優雅にゴールしたあとで汗だく息切れしながらノロノロやってきなさいな。ホーッホホホホ!」(だだだーっ) 行っちゃった。 「辻堂さん、好かれてますね」 「うっとーしい」 「たかがマラソンで熱くなってどーすんだか」 「でも一生懸命がんばる子って素敵だよね」 ――シュインッ! 「ホホホホ、今日の勝ちで前回の負けは取り消しに」 ――ビュン! 「あら?」 ――ダダダダダダ! 「これで周回遅れ解消だな」 ――シュイン! 「負けるかーっ!」(だだだーっ!) ・・・・・ 「ふぅ……ふぅ……やっとゴール。早すぎますよ辻堂さん」 「悪い、置いてっちゃって」 「はぐ……ぁぐ、ぽんぽん痛い、ぽんぽん痛い」 「大丈夫ですか胡蝶さん」 「周回遅れだからあと1周あるぞ」 「ううう……」 「にしてもさ、長距離走ると胸サポしてても胸の付け根が痛くならない?」 「分かります。長い時間揺らされますからね」 「ぐぐ……」(←胸はなんともなし) 「きょ、今日はちょいと気分が乗らなかっただけ。決着は今度に持ち越しですわ!」 (あ、男子の野球、大が代打で出てる) (がんばれ) 「話を聞けーーーーーーーーーーーーー!」 「あのぅ、もう1周早く行かないとドベになりますよ」 「かっとばせ長谷くーん!」 バッティングもあんまり自信ないなぁ。 とにかく思いっきり振って――、 カキーン! 打った! 「まわれヒロシーーーーーー!……あーでも」 「まーっすぐなセンターフライ。ダメタイ」 「あーあ」 「へへ、これでこの回終わり……」 (取るんじゃねェ……!) 「ひっ?!」 ――ぽてん。 「落ちた! まわれヒロシーーーーー!」 「う、うん!」 (よしっ) 珍しく体育が楽しめた。 ふー。 昼休み。 目くばせして先に出ていく辻堂さん。 俺も時間をずらして、屋上へ向かう。 「……」 (今日はやっぱ野球の話だよな。さっきの大、カッコよかった) (でも野球ってあんまルール知らねぇんだよな) (やったことはあるけど……いつも相手が触れないスピードでピッチングして、来る球全部ホームランにすりゃ勝ってるし) (まあそこらへんはごまかしごまかし。とにかく大はカッコよかった。いつもカッコいい) (あのカキーンて気持ちいい音がまだ耳に残ってるぜ) 「金属バットってすげーいい音する」 「そっすねー。ケンカ用の凶器は金属バット一択っすわ」 「は?」 「来てください愛さん。緊急集会です。もう全員集めてますんで」 「ヤだよ。これからメシなんだから」 「こっちで食やいいじゃないっすか」 「とんでもない使い手が現れました。……おそらく腰越レベルの」 「……」 「〜♪」 屋上に向かっていると。 「大、すまん用事が出来た」 「へ?」 「今日は昼飯バレよう。あとで……な」 「う、うん」 行っちゃった。 どうしたんだろ辻堂さん。久しぶりにピリピリしてたけど。 「北神奈川連合が潰された……」 「はい」 「詳しく聞かせろ」 辻堂さんもいっちゃったし、俺は昼メシどうしようか。 安パイを選ぶことにした。 「いつもどこ行ってんの?」 「ぶらぶらとね。今日はここで」 クラスのみんなで集まる。 弁当をかっ込んでいった。 「やっぱこの子絶対可愛いよなー」 「可愛い」 「可愛いタイ」 「なんの話?」 「声優」 あんまり知らない話題だ。 「これ見ろよ。メチャメチャ可愛くね?」 雑誌を見せてくれる。 声優専門雑誌ってやつか。すっかりメジャーな産業らしい。 女性声優の写真が並んでて……ふむふむ。 「うん、可愛い」 「だろ」 「そこらのグラビアよりよっぽどイケるわ」 「こんな子が外見関係ない声だけの仕事してるんだから声優ってすごい仕事タイ」 「いや雑誌に写真出してる時点で関係あるんじゃ」 「黙れ」 「ごめん」 売る必要のないケンカを売るところだった。 「最近の声優ってなんでみんな可愛いんだろ」 「天使タイ。絶対天使タイ」 「もっと顔出しの仕事増やすべきだよなー」 「でも写真って角度や化粧で7割が決まるって」 「ストップ」 「ゴメン」 必要のないケンカを売るとこだった。 「つっても誤解すんなよヒロシ。俺たちはあくまで顔でなく声のファンなんだ」 「そこらのブヒブヒいうだけのオタと一緒にすんなよ。声質、演技力、間の取り方。色んな物を見てる」 「可愛いってだけじゃファンにはならんタイ」 「ふーん」 「じゃあ声優に一番必要なものって?」 「「「処女膜」」」 「そう」 いい天気だし、外で食べるか。 ちらほらと同じく外で食べてる子たちが見えた。 あ、うちのクラスの女子も。 「でねでねでね、長谷君にはちょーっと派手すぎだと思うの」 「そもそもあの大人しい長谷君がって時点で驚きなんだけど」 「なるほど、派手、ですか」 「なんの話?」 俺の名前が出てた。引き寄せられる。 「こないだ長谷君が連れてた彼女の話」 あれか。 「ねーねーねー、名前くらい教えてよー」 「あはは、そのうちってことで」 辻堂さんのことはもうしばらく隠さないと。 「んーむ」 「どしたの委員長?」 「いえ。コーディネーターとして悩んでまして」  ? 「……」 「長谷君は女の子のファッションだとどんなのがお好きです?」 「はい?」 「いま話してたの。例の彼女さんさ、言っちゃ悪いけど派手すぎじゃないって」 「髪、まるっと金髪だったでしょ」 「あたし結構パンクなバンドやってるけどうちにもいないよあんな派手なの」 「美人だったけど長谷君とはイメージちがうなーって」 女子って陰でこういう話するの好きだよな。本人にもサラッというし。 「いかがでしょう長谷君。彼女にもうちょっと大人しい格好もさせたい――とかあります?」 委員長だけ目が本気だった。 「俺は外見にこだわってないから」 「すっげー」 「カッコい〜」 「そこまで言われては何も言えませんね」 感心されたようだ。 (……でも私のがんばりが全否定されましたね) 「色んなとこを見てみたい、ってのはあるかも」 「なんか弱いなぁ」 「俺の色に染めてやるぜー! くらいは言いなよー」 「あはは」 「……」 「委員長?」 「……色んなつじ……彼女さんをご注文ですね。承りました」 (ゾクッ) ご飯を済ませた。 昼休みはまだ半分くらい残ってる。 んー、 行ってみるか。 「北神奈川連合。情報通りこっちにきて、江乃死魔と連絡を取り合ってたようですが」 「たった1人に襲撃され、半壊しました。30人が血祭り、総長の坂田も含め病院送りです」 「坂田は北神奈川でも5本の指に入る手練れです。並大抵の相手じゃないっすよ」 「腰越じゃねーのか。あいつなら100人くらい楽に潰しちまうし」 「……ってあいつは昨日アリバイがあるか」 「情報じゃメチャメチャデカい女だったらしいです。腰越も長身ですけど、それ以上」 「ティアラか?」 「もっとです。2メートルは優に超えるほどで」 「名前は我那覇葉。オレ、前に見ました」 「……ガナハ。2メートル越えとは大したもんだな」 (マジで腰越レベルだとしたら……) 「……」 (おもしろい) 「そいつの目的は」 「分かりません。ただ最近、ここらで手練れのヤンキーが立て続けに襲撃されてるそうなので」 「ヤンキー狩り……腕試しか?」 「……」 「調べるぞ」 「ヤりますか?」 「さーな、ケンカは星の巡り合わせだ。けど」 「ヤンキーを狩るなら、アタシが避けられる覚えはねーよ」 「おおっ、久しぶりに愛はんがヤる気や」 「やはりケンカ好きの血が騒ぎましたか」 (ギラギラしてる……) (これでこそ愛さんだぜ。最近は妙に可愛いっつーか、火が消えてたからな) 「さっそく聞き込みだクミ。坂田ってやつが入った病院、調べてあるんだろうな」 「はいっ」 「こんにちはー」 「ん、大」 「悪い大、急用が出来ちまった。このあとの授業早退するから」 「は?」 「あとでメールする」 言い残して行ってしまう。 なんだ? 妙にウキウキしてたな。 ……って早退って、サボりじゃん。 「わいらもちゃちゃっと調べてまお」 「愛さんが乗り気なケンカなど久しぶりだ。なんとしてもセッティングしてみせよう」 「辻堂さん、ケンカするんですか?」 「なに、情報屋なのに情報行ってねーの」 俺はここでは情報屋で確定したっぽい。 辻堂さん……ウキウキしてた理由はケンカか。 ……やっぱ辻堂さんは辻堂さんなんだな。 (くちゃくちゃ)じー 「な、なんすか」 「シーヒロはさぁ。結局愛さんの何なわけ?」 話がこっちに。 「情報屋とは聞いているが、我々とも接点の少ない愛さんと知り合った経緯が分からん」 「何者なんですかあなた」 「何者って言われても」 俺は俺ですとしか。 「……まあ」 「なんとなく想像はつくけれど」 「せやな」 う……何人かニヤリとしてる人が。 俺たちのこと、いつかは明かさなきゃダメなんだよな。腹くくらないと。 「分っかんねーな」(クッチャクッチャ) 「やべぇ奴ってことは聞いてるけどよ」 半分以上は気付いてないけど。 「情報屋ってことはやっぱ頭もいいわけ。テストで赤点取らないタイプ?」 「頭よくはないけど、赤点はないですね」 姉ちゃんが怖いから、赤点ラインを切らない程度には勉強してる。 「赤点ねーの? やべぇじゃん」 「1つも赤点を出さない不良がいるとは」 「ひょっとして7の段とか言えちゃう系?」 「九々は全部言えますけど」 「すげー!」 うちの学園そんなにひどかったっけ。 結局辻堂さんはその日、早退してしまった。 「……」 最近なかったけど、結構サボってるな彼女。進級大丈夫なのか? ……テストとか。 帰り道、約束通りメールが入る。 『今日は一緒に帰れなくてゴメン。明日埋め合わせするから』 律儀だ。 俺にはマジメなんだから、授業にもマジメになればいいのに。 ヤンキーなんだよなぁ彼女。 「結局面会断られて終わりか」 「看護師脅して会いに行きゃよかったのに」 「それは病院に迷惑かかるだろ」 「坂田にアポ取っとけ。あっちだって総番名乗ってんだ、手順踏めば普通に来るだろ」 「はい」 (こんなことなら大と一緒に帰ればよかった。勢いで動くんじゃなかったな) (ケンカって聞くと熱くなるのは悪い癖だぜ) ・・・・・ 7時過ぎ。 部屋でマンガ読んでると、 「ただいまーぃ」 「おかえり」 姉ちゃんが帰ってきた。 「あー」 「うー」 「バタンキュー」 「お疲れだね」 「お疲れよまったく」 ごろごろしだす。 なんで俺の部屋でするのかはともかくとして、 風紀委員顧問になってから大変そうだ。 「ご飯にする?」 「まだいい。ゴロゴロしたい」 「了解」 姉ちゃんの気が向いたときに合わせよう。マンガの続きに戻った。 「なに読んでるの?」 「ギャルゲの漫画」 2種類ある。 「きみがしゅで」 「あるじで」 「しんけんでわたしに」 「まじで私に」 手に取ってパラパラめくりだした。 「ふむふむ」 「メインヒロインがどっちも黒髪ロングのストレートね」 「原作が同じ人らしいから、趣味じゃない」 「男って黒のロング好きよね〜」 「姉ちゃんも下ろすと結構長いよね」 「まあね。暑いから基本あげてるけど」 「……辻堂さんは流してるわね。ヒロ、髪は流してるほうが好き?」 「言うほど好みはないよ。似合ってればなんでも」 「ふーん」 なにか考えてる模様。 「ちなみに、色はどっちが好き?」 「はい?」 「黒と金。どっち」 なんなんださっきから。 でも黒髪と金髪……そうだな。 「日本男児なので」 「ほほー」 嬉しそうだった。 「いまのは彼女さんへの背信じゃないの?」 「別にどうも思わないでしょ」 「あー、でも1回でいいから黒ロングの辻堂さんって見てみたいかも」 「……チッ、ラブラブね」 「この漫画見てると黒髪ロングってワガママ女ばっかな感じがするけど」 「姉ちゃんほどじゃないよ」 「ファック」 あ、怒った。 「言っとくけど辻堂さんの髪、校則違反だからね。真似したら丸坊主にするわよ」 「し、しないよ」 本気でされかねないから怖い。 「フンだ。どーだか。付き合ってると影響されやすいっていうもんねー」 「俺はヤンキーにはならないって」 俺がグレたら姉ちゃんにも迷惑がかかるし。 「弟がそのうちパツキンアメリケンのデカケツ追い回すようになりそうで困るわ」 「金髪好きにどういう偏見もってるのさ」 「俺はそんな風にはならないよ。むしろあんまりアメリカかぶれな人は苦手」 「そうなの?」 「この漫画の原作に出てくる、服の下に星条旗ビキニ着こんだファックだロックだうるさいメイドはあんまり」 「うるせー!」 「今日は荒れてるね」 「疲れてるのよ」 「帰り遅かったけど何してたの」 「昨日の夜、近くで不良の抗争があったらしいから注意喚起の書類作成」 「……」 「辻堂さんとは関係ないって」 「よかった」 「そうだ。辻堂さんといえば、今日早退したそうね。朝はぴんぴんしてたのに」 「う……」 「彼氏なら言いなさい。サボりは良くないわ」 これは姉ちゃんが正しい。首を縦にふる。 「まあ単位はまだ大丈夫だけど」 「ふぅ……」 ホントに疲れてる模様。 「マッサージでもしようか」 「お願い」 足をぷらぷらさせる。 足つぼを中心に、優しく按摩していった。 「ふー……」 「……」 姉ちゃんはやっぱり俺たちのことに反対の模様。 確かに俺と辻堂さんは、タイプがほとんど真逆に近い。付き合ってるのなんて奇跡だ。 お互いの気持ち1つで一緒にいるようなもので。 ちょっとでもすれちがったら……。 「……」 まあすれちがうことはないだろうけど。 「〜♪」 「ご機嫌ね」 「帰りにさ、いつもと違う道通ったら、裏の本屋でいい本見つけちゃって」 『もののけの姫でも出来るジ○リ映画より美味しそうな料理講座』 「明日こそ大に出せる弁当作るんだ」 「そう。また鍋を燃やさないようにね」 「分かってるって。大のためだもん」 「気合入れていくぜ!」 「……」 「昨日よりもっと暗いよ」 「火傷してる。戦場でも行ってきたの?」 「おはよー」 南のほうで台風が発生したとかで、いつもより風が強い。涼しいなかでの登校となった。 「おはよう辻堂さん」 「……おう。昨日は悪かったな一緒できなくて」 「気にしないで」 最近微妙に警戒が薄くなってて教室でも小声なら話すようになってきた。 「怪我してる」 「ん……まーな」 「……ケンカ?」 昨日はそれ目的で飛び出して行ったはず。 「ちがうちがう。これはちょっと……、んと。とにかくちがう」 そっぽを向く。 なんの傷かは分からないけど、ウソをつくタイプでもないし、たぶんホントだろう。 視線が集まってきた。一度席から離れる。 ケンカじゃないのになんであんな怪我したかも気になるけど……。 「……」 ケンカするってことは、いつかもっとひどい怪我をするかもしれない。ってことだよな。 うーん……。 ・・・・・ 「台風、週末だってさ」 「こっちまで来る台風なんて珍しいね」 「雨は嫌だな」 「俺はキラいじゃないけど」 「昼メシ一緒に食えなくなるだろ」 そっか。 屋上以外に校内で落ち着いて2人になれる場所なんてないし、雨が降ったら屋上は使えない。 2人でいられるのは下校のときくらいになる。 「……」 なんだろ。 なんかモヤモヤした。 ・・・・・ 「すぴーど……きんぐだむ?」 「と、名乗っていたとのことです」 「暴走王国と書いてスピードキングダム」 「いかにもなネーミングセンスね……。でも走り屋じゃないのよね」 「はい、目立った行動はケンカ。それも腕自慢、大人数を選んで吹っかけていく。生粋のケンカ屋です」 「……なーんか変な感じ。その名前で走り屋じゃないなんて」 「どういうことっすか?」 「不良のグループは、大きく分けてケンカ、ファッションにこだわる『ヤンキー』とバイク好き、走り屋が集まった『暴走族』がいるシ」 「暴走王国なんて言うからには普通走り屋でしょう。なのに」 「ここ最近ではそんな走り屋がいたという情報はありませんね」 「へー、不良にも色々あるんすねぇ。知りませんでした」 「あんまり意味ない分け方だけどね。ケンカもするし走りもするやつらがほとんどだシ」 「うちは走りあんまやらねーっすよね」 「個人でやってるやつはいるけどね」 「……で、その王国の総長が」 「我那覇葉。ここらの名のあるケンカ屋を倒しまくっている謎の襲撃者です」 「北カナ連の坂田がやられたとなると相当ね」 「何人くらいのチームなわけ?」 「現在のところ総長、我那覇1人しか確認できていません」 「規模は不明、か。厄介だわ」 「体格でティアラを超える……最近ここらの不良を根こそぎ刈ってる格闘家」 「ティアラの代わりに欲しいわ。勧誘できないかしら」 「ひどくね!?」 「だってアンタ、ケンカ強いから手元に置いてるのにズッコケキャラ化しちゃって辻堂腰越への対策にならないじゃない」 「そこまで言うかい……」 「でも俺っちよりデカい女ねえ。いいじゃないの、ダチにしてーっての」 「隣にいればティアラも小さく見えるシ!」 「おうよ!」 「でも並んでたらデカコンビとして有名になるっすよ」 「やっぱいらねー。潰そうぜ」 「ま、もっとよく調べて扱いやすいか検証するけど」 「なんとか辻堂にやられたショックも引いて、反撃に移る準備ができた」 「ドデカい新人をいれれば、またかつてみたいな勢いまで一気に戻せるわ」 「心象操作ってやつっすね」 「さっすが恋奈様、セコい細工は超一流だっての」 「いよっ、セコキング!」 「やかましい!」 「なぜか最近の辻堂はほとんどケンカに手ぇ出してない。湘南最強に挑めるはずが、ちっとも乗ってこない」 「……男で身を崩すタイプなのかしら?」 「何にしろ、チャンスだわ」 「ヤンキーってのは一度始めたらやめられないのよ」 放課後。 (ちらっ) (ちらっ) 目くばせしてタイミングを合わせる。 学園では無関係を装いつつ一緒に帰る。もう慣れたものだった。 歩幅を調整して近くへ……。 「愛さん!」 「うわっ、なんだよ」 合流を遅らせた。 「今日はいかないんすか病院。坂田たち、いつ退院しちゃうか分かんねっすよ」 「今日はいいよ。また追い返されそうだし」 ちらっ。 「2日連続は……」 俺に気ぃつかってくれてるっぽい。 「……」 「ヒロシとなんかあるんすか?」 気づかれてしまった。 「最近いっつも一緒にいますけど」 「まさか愛さん、こいつと……」 「っ、そ、そんなわけねーだろ」 「とにかくアタシは行かねぇ。詮索すんなクミ、何も言わせねーぞ」 「……はい」 強く言えば従わざるを得ないらしい。下がる葛西さん。 辻堂さんは揚々とその横を抜けた。 ・・・・・ 「認めねーぞ……くそっ」 「ごまかしとくの、限界かもな」 「かなぁ。まあ隠せてきたのが不思議なくらいではあるけど」 「もしバレたらどうする?」 「別に?反対するやつも出るかもしれねーけど、関係ねーよ」 「もうアタシはヤンキー辻堂愛じゃなくて、大の恋人、辻堂愛なんだから」 「そっか、ならバレても……」 「反対する奴がいたらシメりゃいい」 バレたくないなぁ。 と、辻堂さんは不意に。 「……」 「関係ないで関係切ってくれるほど簡単じゃないけど」 「へ?」 「大、こっち」 「? っとと」 すそを引っ張られた。いつも帰る方とは逆へ連れて行かれる。 「チッ……数が多い」 「……」 そのころには俺も気づいた。 つけられてる……人相のよろしくないのが数人、俺たちの行く先を塞いでいた。 絡んではこない。遠目から見てるだけ。 その分不気味だ。 「……江乃死魔の人?」 「ちがう。恋奈ならもっと少数を散らしてくる」 「……」 俺だけに見えるよう砂浜を指さす。 なるほどね。了解、と首を縦に振った。 「せー」 「のっ!」 2人同時に砂浜におり、走りだした。 浜にはいくつか人ごみがある。あそこに紛れれば逃げ切れるだろう。 あとをつけてた数人があわてて追って来ようとする。 大丈夫。距離は充分にあるから一気に――。 「ッ――待った!」 「のわっ」 つかまれてた裾がまた引っ張られる。 立ち止まる俺たちを、追ってくる人たちと……。 進行方向にいた人ごみ全員がこっちを向いた。 「辻堂さん……」 「誘いこまれたか。70強ってとこだな」 あっという間に逃げ道を失くされてしまう。 数は……70人。 江乃死魔にいた300人よりは劣るものの、肩を並べればやっぱり怖い。 「何モンだテメェら」 辻堂さんは人のまばらな海の方へ俺をかばいつつ、前に出る。 「フンハハハ、昨日はそっちからきちょいて何者とは、冷たいモンじゃってに」 「あ?」 列が割れてリーダーらしい人が出てきた。 ぶっとい右手にギプスをつけた、縦にも横にもデカい人。 「……」 「カナ連総長、坂田雅狩」 「フンハハハ、知っとってくれるたぁ光栄じゃってに」 北神奈川連合……葛西さんが警戒してた人たちか。 「なんの用だ。昨日は入院見舞いに行ってやったのに門前払い食わせといて」 「フンハハ、あれで興味がわいたんじゃってに。面会拒否に素直に従うとはのう」 「今日もわしらの尾行に対し、問答無用で殴りかかるようなら会うつもりはなかったわい。しかし……」 「……?」 「話すに足る頭があるなら」 「っ……辻堂さん」 デカい人は、大仰に話してるようですり足でちょっとずつこっちへ近づいてきてた。 ――間合いに入ってる。 「腕も試さんとのう!」 「――下がれ大!」 ――ゴヅッッ! 包帯を振り切って、巨大な右手が振り下ろされた。 「ぐ……ッ」 ガードした手が固いギプスと衝突。顔をゆがめる辻堂さん。 「ッてぇないきなり!」 「ぉっとぉ! フンハァッ!」 さらにギプスで殴りかかってくる。 「おい折れてんじゃねーのかその手!」 「フンハハハハ!カルテは見とらんのかわしの怪我は左手じゃ!ッックルァアアアッッッ!」 「んがっ、くっ、チッ……!」 鞭のようなメチャクチャな軌道で振るわれる右腕。 無傷の手を石膏で包んで……立派な武器だ。辻堂さんは防戦一方だった。 それこそ辻堂さんの胴より太そうな腕だけに、一発一発が強烈。しかもスピードも速い。 「〜……っ」 俺は頭が真っ白だった。 辻堂さんを守ることも、助けを呼ぶこともできない。 俺は――。 「じゃあそのカルテは間違いだ」 ――ガッッ! 「む!?」 「!」 「怪我は――」 唖然としてる間に勝負はついた。 辻堂さんの細い指が、ギプスをつかむ。 「――両手だろ!」 「ぬおおおおおッ――!」 そのまま捩じる。 ギリギリのところで相手は身体を引いた。そういうつくりだったらしい、ギプスが外れ、引きちぎれたのは包帯だけだ。 「フン……」 ――バギュ。 退屈そうにギプスの石膏を握りつぶす辻堂さん。 「右腕だけで許してやろうと思ったのに……。全身バラされてーみたいだな」 「うぬ……」 「それとも? 今度は70人全員で来てみるか」 周りを囲む全員がざわめく。 「決めろ」 「誰から死にたい」 ざわめきが消え、代わりに砂利の擦れる音が包んだ。 70人が全員引き下がる。 「……」 「……」 「わかったわかった。わしらの負けじゃ」 リーダーの人がお手上げとばかり辻堂さんから距離を取った。 それを合図に70人が包囲をやめる。 「悪かったのぅ喧嘩狼どん。こっちも江乃死魔と提携しとる身ぃなんで、ただ会いに来たでは済まされんじゃってに」 「だからっていきなり殴りかかるかよ……痛」 「っ辻堂さん、血が」 「いや、だいじょぶ。ラブにやられたやつが開いただけだ」 ばんそうこうをはみ出すまで血が出てきた。 「……」 血が出てる。 ケンカしたから、辻堂さんが血を……。 「ふむぅ……」 「で? なんか用なのか」 「くだらねー用件でこんなことしたなら、それなりの落とし前つけてもらうが」 「わ、わかっとる。降参したんじゃから勘弁せえ」 「昨日わしを訪ねたのは暴走王国……。我那覇葉について聞きたかったからじゃろう?」 「……」 「あっちもおんしを探しておるようじゃってに。この湘南最強で知られる、喧嘩狼の愛。もしくは皆殺しのマキを」 「……」 「片瀬の商店街、土産の弁天屋の隣から入る路地の先に潰れたゲームセンターがある」 「血の気の多い連中が集まるカナ連のファイトクラブ。そこを我那覇に紹介した」 「……」 「奴とやりたくば、行ってみるがええじゃってに」 「……」 「行くぞ、大」 「う、うん」 連合の人たちに背を向けて帰り道に戻った。 「……」 難しい顔をしてる辻堂さん。 俺は目の前で見た、久しぶりの喧嘩の空気にあてられまだ呆然としてる。 「……怪我、平気?」 「ン、うん。血ももう止まったよ」 見せてくる。たしかに開いたとこはもう閉じてた。 けど流血した痕は確かに残ってる。 「……」 胸が痛くなった。 「なんだよその顔、お前がしたことじゃねーだろ」 「でもさ」 彼女に怪我させられるって、すごい悔しい。 「……」 道に戻ってからってもの、ちらちらと帰りとは反対の方向を気にしてる辻堂さん。 江ノ島の方……片瀬の商店街の方を。 「行くの? ファイトクラブ」 「……」 答えない辻堂さん。 行って欲しくない俺に気を使ってる感じ。 つまり行きたいんだろう。 「……」 「行かないで」 「大……?」 「辻堂さんに怪我してほしくない」 「別にその人とケンカする意味はないんでしょ?」 「まーな、アタシがケンカ好きなだけ。たぶんあっちも」 「……」 「ケンカ好きな女は嫌?」 「……」 答えようがない。そんなこと、考えたこともなかった。 別に辻堂さんが好きなことならやりたいようにやってくれればって思ってたけど。でも。 「……」 答えられない俺に、辻堂さんも口をつぐむ。 「……」 「……」 沈黙が俺たちを包む。 初めてだ。こんな嫌な空気。 付き合いだしてからずーっと仲良くやってきたけど、ついに向き合ってしまった。 俺と彼女の決定的にちがうところに。 彼女はケンカ好きなヤンキーで、俺はヤンキーにはなれない。 決定的にちがう人間なんだ。 「……」 「……」 「家……こっちだから」 「うん」 分かれ道で別れる俺たち。 こんな険悪な別れ方は初めてだった。 ・・・・・ 「あの辻堂に『ケンカするな』って?」 「お前すげーな。ピカソにピアノ弾くなっつってるようなもんだぞ」 「ピカソは絵描きです」 「私から夕飯を取り上げるようなもんだわ」 「そ、そんな恐ろしいこと言ったんですか俺」 明日報復されないだろうか。怖い。 「辻堂がなんでヤンキーやってるか知らないわけじゃねーだろ」 「あいつはタバコが吸いたいとか、授業サボりたいとかでヤンキーやってるわけじゃない。ケンカでナメられねーためにやってんだぜ」 「それでケンカするななんて……もうヤンキーやめろっつってるようなもんだ」 「そうなんだ」 確かに辻堂さんは、ケンカ好きって点を除けばまったくヤンキーっぽくない。 ケンカ好きって点だけが彼女をヤンキーたらしめてると言える。 「はーあ」 「なんでヤンキーってケンカするんだろ」 「ナメられないために決まってんじゃん」 「そもそもそこが分からない。ナメられるってそんなに悪いことかなぁ」 「ナメられたらカッコつかねーだろうが」 「うーん」 やっぱりよく分からない。 「カッコつけるってそんなに大事なことですかね」 「……お前なぁ」 マキさんは呆れたようにポリポリ頭をかくと、 「まあ言いたいことは分かるぜ。外っ面だけカッコつけても、中身が伴ってなきゃ……ってやつだろ?」 「はい」 「それは正しい。中身のないカッコつけほどダサいもんはねーし、見てて不快なモンもない」 「ただだからって、カッコつけることそのものを頭から否定するのはバカげてる」 「カッコつけるにはそれなりの覚悟と度胸が必要だ。普通よりカッコいいことをするんだから」 「……」 やっぱりよく分からない。 「最近は中2だなんだって、カッコつければそれだけでダサがられるご時世だ」 「ヤンキーには辛い時代だわな。カッコつけの極致にいるのがヤンキーなわけで」 「……」 「でもさ。他人をダサいダサい言ってるやつなんてみんなゴミだろ。カッコつける度胸も覚悟もねえ愚図ばっかだ」 「人間ひとつくらいはカッコつけるポイントが。ツッパるところがあったほうがいいのさ」 「カッコつけることもできねーやつが一番カッコ悪いもんだぜ」 「……」 「ま、取り繕わないカッコよさが身につくのがベストなんだろうけど」 やっぱりよく分からない。 俺にはカッコつけるって考えは無理そうだった。 ……それってマキさん理論によればカッコ悪いってことなのかな。 「俺にも……、そのツッパるところがあれば、カッコつけられるのかな」 「……」 「もうあるじゃん」 「へ?」 「なんでもない。帰るわ」 ちょうどご飯を食べ終わり、マキさんは早々に去って行った。 ひとり残された俺は、あれこれと考えてしまう。 カッコつけることもできない奴が、一番カッコ悪い、か。 分かる気がする。辻堂さんはツッパってこそ辻堂さんだし、これからもそうであってほしい。 ……でもケンカはしてほしくない。 「……はぁ」 難しいなぁ。 辻堂さん、いまなにしてるだろ。 ・・・・・ 「……」 ――きょろきょろ 「誰もついてきてねーよな」 (大と険悪になったらすぐこんな。つくづく寂しがり屋だぜ。ダッセーの) (こういうのも浮気になんのかな) 「ヒヒヒ、お嬢ちゃん、今月も来たんかい」 「ッ、うるせぇ。詮索すんな」 「もうコイツなしじゃ生きられないみたいだねぇ。イケナイ子だ」 「……チッ、否定できねぇ」 「はい、わんわんワンだふる8月号。今月は柴犬の赤ちゃん特集だよ」 「わぁ〜、ふかふかしてる〜」 (浮気してゴメンなラブ。でもにゃんこはにゃんこ、わんこはわんこなんだ) 「15日にはにゃんにゃんマニアックの増刊号が出るよ。予約するかい」 「いらねーよ調子のんな」 「そっか、もう定期購読入ってたっけ」 「フン」 「そうそう、HamHamが季刊から月刊になるとさ。1号目はジャンガリアン特集だ」 「なにっ!?し、資料よこせ」 (〜♪) 「ッ」 (弁天屋……) (隣に路地があって奥にゲーセン……あそこか) (あそこに……半端じゃなく強い奴が) 「……」 「……」 「ふー……っ」 「今日はモフモフの日」 「大も嫌がるしな」 台風が近づいてきてる。 「結構大きいみたいね」 「中心気圧920hPa。関東に来るものとしてはメチャクチャ強いよ」 「地球温暖化ってやつかな」 「まあ地球君もたまには熱くなる日があるわ」 「温暖化は年単位だよ」 「人間の寿命が80年だとして約30000日。地球君の寿命は1000000000年以上」 なるほど。 「でも台風は困るわね。欠席が多くなってテスト範囲がぐだぐだになるし」 「先生は大変だね」 「まあ今回は土日に来るから助かるわ」 「生徒からすれば残念だよ」 今日は金曜。直撃するらしい明日、明後日は休みだ。 本当にガッカリ。学園が休みの日は多いほど嬉しいし、 せっかくの休日が潰れるってのも。 「……」 「今日のは……どういう感情?」 「怒りすぎて顔に出ない……みたいな?」 「普通にぼーっとしてるだけかと」 「辻堂さん。おはようございます」 「ああ、おはよう委員長」 「どうかされました?」 「ン……いや、この天気じゃ土日と遊べないなーって」 「長谷君とお約束が?」 「ない。ないし、どっちにしろ台風で無理だから今週はお節介しなくていい」 「ちぇ」 「ただ先週言ってた……漫喫? 行ってみようかなって」 「調べてみたんだけど、近くの漫喫にもフツーにペアシートってあんじゃん。あれ、入りたいなーって」 「いいですね」 「でも台風だから無理だ」 「雨は関係ない場所ですけど台風では出歩くのも難しいですからね」 「あーあ」 あっというまに放課後。 「明日明後日は台風接近に伴い、部活動も中止です。学園には登校せず、外出は最小限とすること」 「幸せだなぁ。僕は嵐がくるときが一番幸せなんだ」 伝達を済ませて先生が出ていく。 帰るか。 (ちらっ) (ちらっ) 今日も目くばせしつつ外へ。 雨の日は昼ごはんで一緒できないから取り返すくらい一緒にいたい。 いたいんだけど……。 「じとー」 「なに」 「じとじとー」 「あんだよクミ」 「べっつにぃ」 「テメェホントよく愛さんに時間取らせてるよなぁ」 「オレら軍団への挑戦かァ!? アア!?」 「クミィ!」 「はい!」 「アタシが言って一緒にいんだよ。文句あんのかコラァ」 「ないです……すいません」 「行くぞ大」 「う、うん」 露骨に俺たちを怪しんでる葛西さん。危ないのでなるべく早めに離れる。 「……くっそ」 「クミに隠すのは限界かなー」 「だね」 むしろ早く言わないと、なにか厄介な問題に発展する気がする。 「でもタイミングがない。明かしたら明かしたで他の奴がお前に絡みそうだし」 「俺は平気だけど」 「ダメ。お前に迷惑かけたくない」 そう言われると何も言えない。 ……俺は不良とはちがうし。 「まーいいや、このことは追々考えるとして」 「明日明後日どうする? 台風だぜ台風」 「出歩けないね」 「うー」 不満そうだった。 俺も不満だ。せっかくの休日なのに。 遊園地とかデカいとこに行きたいわけじゃない。2人でいられれば、そこらの喫茶店でもどこでもいい。 でも台風のなかで時間を合わせるってのは……。 「来週は無理だから今週は遊びたかったね」 「へ? 来週なんで無理なの」 「来週はもうテスト週間だよ」 「……ああ、ああ、テストね」 忘れてた模様。 「ちなみに辻堂さんってテストは」 「あはは、えっと……」 「あ、アタシは稲村の番長だぞ!テストになんざ縛られねぇんだよ!」 「赤点取ると夏休みが減るよ」 「ううう〜」 悪いらしい。 「毎年夏休みってやることねェから補習は気にしなかったけど、今年は困る、大との時間が……」 「じゃあ来週はしっかり勉強しなくちゃ」 「それもヤダなぁ」 「いっそのこと今週からする?明日明後日、どっちかの家で勉強会とか」 「……」 「雨の日はラブと遊びたくなる」 「よーし、大んち行くぞー」 行っちゃった。 逃げたな。現実から。 まあ俺も今週はまだ勉強したくないけどさ。 残念なことに今日も隣のおばあちゃんは外出。しかもラブもいなかった。 「ちぇ」 残念そうな辻堂さん。 「せっかくだから勉強を」 「あー、あー、何も聞こえなーい」 面白い。これからイジメる材料ができたぞ。 雨や汗をふいて、コーヒー淹れて一息つく。 「……」 「……なに?」 ガン見してしまった。苦笑気味に頬を赤くする辻堂さん。 「いや、つくづくラブに感謝だなーって」 「なんで」 「あいつのおかげで辻堂さんと仲良くなれたし」 「あいつのおかげで、辻堂さんがこの部屋に来るのも普通になった」 距離を詰める。 肩をくっつける――程度。 2人して体温があがってしまい、これだけでもお互いを温かく感じる。 恋人っていいな。キスとか、そういう特別なことしなくても、くっついてるだけで幸せなんだから。 「も、もう。なんだよいまさら」 「だってさ。彼女が部屋にいるって、すごい状況だよ実際?」 「……あはは、ぶっちゃけアタシも大の部屋に来るの、毎回ドキドキしちゃってる」 「そう」 「ドキドキすると……もっとドキドキしたくなるよね」 「同感……」 やっぱり特別なこともしたい。キスしてそのままベッドに押し倒していく。 「ン……ま、待て大」 「なに?」 キスの位置を耳へ、首へ、下げていくと、辻堂さんはちょっと体を固くした。 「嬉しいけど……ここじゃダメだ。腰越が来るかも」 「そうだね」 今日は姉ちゃんもいつ帰ってくるか分からない。こういうことするのはマズい。 「じゃあ誰か来るまでこうしてよう」 「……あふっ」 キスの位置を上に戻した。くすぐったがりな耳を舐められ、またビクっとする。 雨に降られた肌は軽く汗ばんで、甘酸っぱい香りを色濃く放っている。 安らぐような、血の気が奮い立つような、不思議なにおい。 女の子のニオイ……恋人のニオイ。 「なんだよ大……今日はやけに強引……ンっ」 「イヤ?」 「イヤなわけないだろ。……ちょい恥ずかしいけど」 軽く身をこわばらせてるものの、反発の様子はなかった。 いつもより深めにイチャつくのは許容してくれてる。 当たり前だ。俺の彼女なんだから。 「……」 「ねえ、愛さん」 「……うん?」 うっとり目を細めた彼女に言った。 「例の……強いって人と、ケンカするの?」 「……」 予想外な話題だったらしい、きょとんとする彼女。 しばらく迷ったあと、 「分かんない」 ふるふると小さく首を振った。 「楽しめそうなケンカならやってみたい。でなくてもヤンキー狩りみたいなことしてるから一度はツラ見とかなきゃとは思うけど」 「そか」 「大は……してほしくない?」 「怪我はしてほしくないかな」 「それ以外は分かんないよ。ケンカはよくないことだと思うけど、でも」 やめてくれ。とは言えないのが辛い。 相手は不良狩りなんてしてるんだから、放っておいたら葛西さんたちが危ない目に合うかも。 でも代わりに愛さんが危ないなら……。 堂々巡りだ。 「……」 「……」 また嫌な沈黙が俺たちを包んだ。 今日は雨音が和らげてくれてちょっと助かる。 「ただいまー」 「ン……」 身体を起こす彼女。俺も離れる。 「……」 「……」 帰り支度の間、どっちも無口だった。 「……アタシだって、もうケンカには興味ねーよ」 「でもやめたいからってやめられねーんだ」 「……」 帰っていく辻堂さんに、俺は一言もかけられない。 おかしいな。俺と彼女はちがう。それは納得済みで付き合い始めたはずなのに。 なんでいまさら引っかかるんだろ。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……」 「大はケンカ嫌いだもんなー」 「でも……」 「……」 「うお!?」 「む?」 (デカ。こいつが噂の……) 「何用か」 「別に」 「……」 「強くはないが……得体のしれぬ殺気を感じる」 「名は?」 「……」 「辻堂愛」 「!うぬが湘南最強の一角……」 「……こういうこった。アタシの意志は関係ねーんだよ、大」 「我が名は我那覇。我那覇葉と申す者」 「願わくばこの場で――」 「あー、待った。いまそういう気分じゃねぇ」 「む……」 「……」 (悪いな大) 「明日、そこの坂を上ってすぐの、稲村学園に来い」 「広いし、ちょうど台風で誰もいねェ。ヤりあうにゃちょうどいい」 「……」 「心得た」 「……」 「はぁ……」 「本格的に台風ね〜」 「うん」 雨だけじゃなく風まで強い。 「うちの学園オンボロだから、壊れないか不安になるわ」 「壊れたら先生が直しに行かなきゃいけないんだっけ」 「そ。業者が来るまでの応急処置は先生の仕事」 大変だ。 「だいたい窓とか割れた時の処置が遅いのよねーうちは。管理がきっちりしてないから」 「古い学園だもんね」 通う生徒からすれば古いってだけだけど、先生サイドには色々と実害が出るらしい。 「てなわけでいつ仕事はいるか分からないからいまはゴロゴロしましょ」 「昼寝してるから」 「うん」 「……」 「……そりゃ、なあ」 「た、台風が来てたら、合コンなんて断りの電話なくても中止タイ」 「だ、だよな。別に逃げられたとかそういうんじゃないよな」 「そうそう」 (カチカチ) ・・・・・ 「昨日から何度連絡してもシカトされるけどこれって偶然だよな」 「偶然だよ」 「偶然タイ」 「だいたいこんな日に出歩く人なんて……」 「うお」 「デカ。なにあれ」 「分からんけど……危険なにおいがするタイ」 さて、俺は何をしよう。 「台風の日でも押入れは暑いわ」 「びっくりしたぁ」 押入れからマキさんが出てきた。 「いつからいたんですか」 「昨日の夜から。小屋、雨漏りしてるから」 驚愕の事実だ。ちっとも気づかなかった。 「一声くらいかけてくださいよ。まあいいや、今夜もこのままどうぞ。雨、もっと強くなりますから」 「台風っていつ過ぎんの」 「明日の昼ごろ最接近です。明日の夜には過ぎるかな」 「んじゃ今日明日は頼む……あ」 「私、いいの?」 「?」 珍しいなマキさんが遠慮なんて。 「台風の日に外は無理でしょ」 「辻堂にバレたら今度こそ半殺しにされるぞ」 「う……」 それはそうかも。 「私的にはあいつの泣き顔見れるなら面白いけど、それでお前の恨みを買うのは避けたい」 「んー、分からないとは思うけど」 でも言われると二の足を踏んでしまう。 ……いま辻堂さんとはアレだし。 「……」 「どうかした?」 「前も言った通り難しい時期でして」 「ああ、ケンカがどうこうってやつね」 答えが出ないことだけに、解決できない問題だ。 解決できない問題を抱えてる恋人との間に、新しい問題を持ち込むのは避けたいかも。 「……」 「ふむ」 マキさんはポリポリと頭をかくと、 「ダイって結構メンドくせェ性格だったのな」 「はい?」 「もっとサッパリしてるっていうか、何も考えてないと思ってたわ」 「その言い方はバカっぽいんですけど」 「……」 「1コ忠告」 「ヤりたいことヤって生きてるのがヤンキーだ。周りの迷惑なんざ関係ない。自分が楽しいこと最優先で生きてるのが私や辻堂」 「テメェも同じように生きてみろ」 「え……」 「ヤりたいことヤってみろ」 「辻堂にどうしてほしい?それをそのまま伝えてみろ、遠慮すんじゃねェ」 「アイツはヤンキーやりたくてやってんだ。それにダイが合わせる必要はねーよ」 「アイツの彼氏としてくらい、ツッパって見せろ」 「……」 彼氏として。 辻堂さんの彼氏として。 「私は……たぶんアイツも、ツッパってるダイのほうが好きだぜ」 「……そか」 そうだ。忘れてた。 ここ最近モヤモヤしてて、一番大事なことを忘れてた。 付き合いだして2週間も経つのに言ってない。 俺が彼女にどうしてほしいか。 彼氏らしいことをしてない。 「そうだね。うん」 「ごめんマキさん。俺、出かけてくる」 「え、いまから行くの? この雨と風だぜ」 「うん。ジッとしてられそうにないし、それに」 「?」 「カッコつけに行くんだから、悪天候に逆らった方がカッコよくない?」 「……」 「中2くせーの」 「行ってきます」 どしゃ降りの中、外に出た。 いいロケーションだ。傘だけ持って、彼女の家にむけ走る。 すごい雨と風。 いい天気だ。 ・・・・・ 「出かけちゃったんですか?」 「ええ、ついさっき」 出鼻をくじかれてしまった。 「どこに行ったか分かります?」 「さあ?いつも出かけるときはふらっと行っちゃう子だから」 「でも……」 「……」 「遊びに行く。って顔じゃなかったわねぇ」 「……」 「いいロケーションだな」 「……」 「決闘には最善ではなくとも、佳良たる空模様である」 「同感」 「ケンカ日和だ」 「昨日とはずいぶん顔色がちがう」 「楽しそうだな」 「まーな。我ながらヤになるぜ」 「不良狩りなんてする相手だからしょうがねェ。いつかは相見えるだろうからしょうがねェ。鉢合わせちまったからしょうがねェ」 「彼氏にする言い訳、色々考えたんだけど。結局のところ……」 「アタシはケンカが好きで好きでしょうがねーんだ」 「……」 「生きとし生ける者は闘争の中にこそ在り。武を極めることは、生物の本分」 「御大層なお言葉だこと」 「こっちは極めるだなんだは興味ねーけどな。売られたケンカは買うだけさ」 「ツッパるのを忘れたらアタシじゃない。……さあ」 「はじめようぜ」 「ッ!」 「なんたる殺気。これほどの本領を隠し持っていたか……!」 「おいおい、今更ビビッてんじゃねーだろうな」 「テメェはこの湘南最強、喧嘩狼の愛にケンカ売ったんだぜ」 「……」 「我が内に敗走の2文字はない」 「暴走王国現行頭目、我那覇葉――参る!!」 「来いやァ!」 「待ったァァアアアアッッッ!!」 「ッ! 大!?」 「っぐ……! 何ヤツ」 「ハァ、ハァ」 何回も決闘にちょうどいいって聞かされてたんで来てみたが、ビンゴだったらしい。 屋上でぶつかるヤンキー2人。突然の闖入者である俺に、ぎょっとしてる。 「大、どうして」 「ハァ、ハァ」 「彼氏が彼女のとこに来てなにが悪いのさ」 「……」 「ったく」 「どういうことだ」 「ゴメン、けど決闘は中止にしてくれないか」 「辻堂さんと話があるんだ」 「中止だと……?」 「……はぁ」 「すまねー我那覇。アタシも同感。やめとこう」 「ふざけるな!」 「頼むよ、大事なことで……」 「一度始まった戦いを止める理由はない!」 うお――! 噂どおりでっかいくせに、ものすごいスピードで来たかと思うと、巨大な拳を振り上げられた。 俺は微動だに出来ず、 ――ドゴッッ! 「っ……」 「……ぬ」 「やめろ」 けどその拳は、俺の前に立つ辻堂さんに当たる。 防御なしで頬を殴られながら、辻堂さんは反撃はおろか顔色一つ変えない。 「アタシにとってコイツより優先することはない。コイツが言うなら決闘は中止だし」 「もう一度コイツに攻撃したら、殺す」 「辻堂さん……」 「ぬ……く」 殴った側のほうが苦い顔だった。 「……」 「日を改めよう」 「逃げることは許さぬ! 必ず決着はつけるぞ!」 「さあな」 「……」 強めにドンと俺に肩をぶつけ、去って行った。 残される俺たち。 「……あー、もー」 「人の楽しみを邪魔すんなよ」 「ごめん」 ・・・・・ 雨を避けるため中に入った。 管理の保健医がずぼらなんで保健室が開いてた。 ちょうどいい。タオルを貸してもらう。 「叩かれたとこ痛くない?」 「いてーよ。ヒリヒリする」 「あんなパンチうけてヒリヒリする程度なんだ」 俺なら首の骨がヤバいレベルだよ。 金色に染めた長い髪は雨を吸って、雑に拭いたらボサボサになった。気になるのか辻堂さんは何度も手ぐしをかけながら、 「それで? 大事な話って」 「うん……」 「?」 言うぞ。 好き合ってるだけでダラダラしてた時間は終わりだ。 俺もツッパるんだ。 「辻堂愛さん!」 「はいっ」 「俺の彼女になって下さい」 「……」 「……アタシいま彼女じゃねーの?」 「ああちがうちがう、言葉まちがえた」 「俺に似合う彼女になってください」 「……」 「そりゃ似合わないのは知ってるけどさ」 「いやこれもまちがいだ。えーっとね」 「辻堂さんってヤンキーでしょ」 「うん」 「でも俺はちがう」 「うん」 「だからヤンキーをやめて欲しいんだ」 「……は?」 「いや……気持ちは分かるけど、アタシは」 「でも俺はヤンキーになるよ」 「はあ?」 わけが分からないという顏で首をひねってる辻堂さん。 ……俺、説明下手すぎるな。 「えっと、つまりさ」 「俺にとっての理想の彼女はヤンキーじゃないんだよ」 「そうなの……?」 「でも俺は辻堂さん以外の人を彼女にする気がない」 「う、うん」 「だから辻堂さんにはヤンキーじゃない彼女を目指していただきたい」 「逆に湘南最強の辻堂愛さんに似合う彼氏って、やっぱヤンキーだと思うんだ」 「……かな」 「だから俺はそんな、辻堂さんに似合う彼氏を目指す」 「なれるかどうかは分からないけど……でもなりたい。辻堂さんと釣り合う。辻堂さんにお似合いの彼氏に」 「で、2人でお互いに似合う相手を目指して、どっかでバランスとれたらいいなーと」 「どう?」 「……」 「……よく分かんねェ」 あれ。落ち着いて説明できたと思ったのに。 「だ、だってアタシはやっぱりヤンキーだし。明日やめるっつっても明後日から品行方正になれるわけもないし」 「分かってるよ。俺だって明日からリーゼントして詰襟立てて夜露死苦ってするわけじゃない」 「でも……例えばさ、俺は辻堂さんの軍団の人たちと仲良くするから」 「辻堂さんは、売られたらすぐにケンカ買うの、やめて欲しい」 「ン……」 「怪我してほしくないから」 「……」 「俺は君にお似合いな男になるし。君を俺にお似合いな女にしたい」 「俺は辻堂さんの彼氏だから。辻堂さんの彼氏であること。これだけはツッパるよ」 我ながら言葉足らずだけど、でも伝えた。 辻堂さんはちょっとぽかんとしてて。それから気恥ずかしそうに下を向く。 「……うん」 「そだな。アタシ、努力が足りてなかったわ」 「アタシは長谷大の彼女だから。長谷大の彼女らしい女になる」 ぐいっと胸倉をつかんできた。 「ただしテメェ、観覧車くらい楽に乗れる男になれよ」 「辻堂さんはフツーに可愛い服着れるようになってよ」 「うぐ……っ。厳しいところを」 「まあ気長にやっていこう。俺も急に高いとこ平気になれって言われると困るし」 「ゆっくりと、理想のカップルになろう」 「うん」 近づいたのそのままに抱きしめあった。 辻堂さんの体は細くて抱きやすい。体つきは理想的な彼女だ。 俺は……もうちょっと筋肉つけようかな。 恋をするにはお互いが好きってだけじゃダメみたいだ。 努力しなきゃいけない。 これまではそれが足りなかった。熱に浮かされるみたいに好き合ってただけだった。 今日からはちがう。 言葉だけじゃない恋人同士に近づいて行こう。 「……」 「……」 「へくしっ」 「冷えちゃった? びしょ濡れだもんね」 「うん……うー、冷えてきた。着替えない?」 「ないなあ。とりあえずこのシーツかぶってて」 「部室棟に洗濯乾燥機があるから服を乾かしに……」 「……」 「……大?」 「……」 「服を乾かす必要がある」 「着替えがないのに」 「う……」 「……」 考えてみればいまって最高じゃないか?校内は誰もいない。邪魔が入ることもない。 「どう?」 「が、学園で?」 「ていっ」 もう一度抱きしめた。 胸と胸がくっつく……ぐっしょりな服を通して、お互いの体温と、高鳴りつつある鼓動が伝わった。 「身体、温めないと」 「ひ、大は充分熱いよ」 「愛さんも熱くなってきた」 「くっついてればもっと温まるよね」 「あう……」 辻堂さんは戸惑いがちなものの、いつも通り抵抗する空気はかけらもなかった。 抱きしめた体がゆるんでいく。 体重を俺に預けてくる。 「愛さん……」 「大……ン」 ソフトにキスした。 くっつけただけのつもりなんだけど、 「あふ……ん、む……」 こぼれる吐息は妙に色っぽい。 言葉以外のすべての要素が『OK』って言ってる。 「明日からがんばらないといけないもんね。お互い理想の彼氏彼女になるために」 「まずは身体に、彼氏彼女の証拠をつけとこ」 「……」 小っちゃく首が縦にふられた。 ・・・・・ 「考えてみるとさ」 「うん?」 「ガッコーでエッチしちゃうって、いかにも不良っぽい」 「……バーカ」 「ぬ、脱ぐんじゃねーの」 「脱がなくていいよ。俺が脱がせるから」 「うう……」 「辻堂さんの手、すべすべで気持ちイイ」 「大の手は大きいな」 「……」 ――こちょこちょ。 「ちょ……手のひらくすぐったいから」 「あはは」 「辻堂さんてさ、『触られる』の慣れてないでしょ」 「え……?」 「たとえばこの手、いつもポケットにいれてるし、よくグローブしてるし」 「誰かに触れるって珍しいんじゃない?」 「人はよく殴ってるぞ?」 「……そうじゃなくて」 手のひらに指をやる。 「……ンッ」 「こんな風にさわりっこするの……さ」 「……そういえば、小学校のころから記憶ない」 「男子に触るの……大が初かも」 「♪」 ――ドサッ。 シーツの上に寝かせた。 不安7割、期待3割に俺を見上げる彼女。 「今日で終わりだ」 「今日中に君の身体、手も足も胸もお腹も恥ずかしいとこ全部に触る」 「全部に俺の、長谷大の手あとをつける」 「今日、君を俺のものにする」 「……」 「うん」 「して」 「アタシの体に、大のあとをつけて」 「っ……」 もう一度キスする。 これはいつもしてるような、愛情表現とかじゃない。 合図だ。これから2人で大人になる合図。 ――ニル。 「んちゅ……っ」 舌を伸ばした。 二度目のディープキス……慣れてなくてまた今回もお互いにびくっとなる。 ――ちゅぷ……ちゅく、ちゅっ、ちゅ。 「ぁむ、んぁ……んっ、ンふぅ」 ――ちゅるるる。 「ぷぁんんん……」 細い背中が小さく震えながらそり返っていく。 「……ぷあ。キスだけでも気持ちいいね」 「イイ……どころじゃないよ。意識とぶかと思った」 ろれつが回ってない。 「手のひらだけじゃなく口の中も敏感だね」 「……うっせぇ」 お返しとばかり今度はあちらから舌を伸ばしてくる。 大人しく伸ばし返した舌に、柔らかなニュルつきが絡んできた。 「ンぉ……」 「はぷ……ぁむ、んちる、ちゅる、んちゅうゥ」 「〜……」 うあ、マジで気持ちいい。 あごの辺りから鼻の付け根へ、ツーンてくる気持ちよさ。頭が直接気持ちよくなるって初めてだ。 眉の付け根が勝手にぴくぴくするのがなんとなく恥ずかしい。 「んん……ちる。キス、ってえっちぃな。大の味がして」 「だね。俺、この前初めてディープキスしたとき夜寝れなかったよ」 「アタシも。……ンる」 ちゅぷちゅぷと絡めあっているうち、舌を伝って唾液がお互いの口にはいる。 唾液の交換……。 一言でいうけどすごく恥ずかしいことの気がする。 「ンく」 あ、 「飲んだ?」 「へ? あ……ぅ、うっせぇ。口ン中でたまって、だるだるだったんだよ」 「無駄にできねーだろ。大のなんだし」 「そか」 俺も飲む。 喉越しとかは普通だったけど、愛さんの唾液を飲んだ。って事実に興奮した。 ――ぎゅ……っ。 「んふ……っ」 ズボンとシャツの間に手を入れて、背中に直に触れる。 すべすべして綺麗な肌。 「……温かい」 「は……、ぁ」 吐息が乱れていく。 彼女だけじゃない。俺も。 緊張してるから……だけだろうか。よく分からない。 分からないけど身体が震え、呼吸が乱れる。 彼女の体温をうけた体がドクンドクン脈拍を増してる。 「大は……熱い」 「……」 ああ、そうだ。 緊張、興奮、そういうものじゃない。 身体そのものが、セックスのために熱を、張りを、汗を放ってる。 「……は」 「あう……っ」 むこうからも手が伸ばされ、背中に触れられた。 うわ……触られるってすごい。 指のかたち、指紋まで分かりそうだ。何倍にも煮詰めたくすぐったさが走り、身体の芯みたいな箇所から力が抜ける。 もうちょっとエロいことしたい……。 ――ふに。 「きゃふぁん」 「……辻堂さん意外とあるね、胸」 手の位置をおっぱいへ。 かなり体積があって、むにーっと潰しても底が分からない。 「意外とってなんだよ」 「いや、他が細いからさ」 肩やお腹は華奢なのに、たっぷりな質感だった。 スレンダーグラマーってやつかな。 ――ふにゅ、うにゅ、むにむに。 「あく……は、ン……ンふ」 ――むにゅむにゅむにゅむにゅ。 「っう、ン、ンんぅ……う。大……? あの、いつまで……はくっ、ぁう」 「あ、ごめん」 夢中になってた。 「愛さんのおっぱいプニプニだからさ、癖になるっていうか、手がはなれなくて」 「……そう」 恥ずかしそうにそっぽを向く。 「脱がすね」 キャミの下裾。おへそのところに指をかける。 くびれていくウエストのライン、お腹のへこみを伝って上へ、上へ。 ――ぺろん。 「わ」 「あぅ……っ」 キャミが濡れてるせいでブラまで取れてしまった。 ちょっとびっくりしてる辻堂さん。隠すことはないけど、体がこわばってる。 「わああああ……」 「な、なんだよ」 「……」 じゅるり。 「なんか言えよ」 「美味しそう」 「や、やっぱ言うな」 真っ赤になってる。 でもホント……綺麗で、可愛いおっぱいだった。 真っ白で、ぷるんて丸くて、先っちょだけピンク。 寝ころんでるはずなのにホイップクリームが置かれてるだけみたいな。重力の下向きがまったくない。 美味しそう。 どうしよう。早く下も脱がすべきなんだろうけどこっち触っておきたくてしょうがない。 下、脱がせたらそっちばっかになりそうだし。 そうだな。こんなに美味しそうなのが目の前にあって、放置するなんてバカらしい。 「触るよ」 「えぅ……も、もう?」 「ダメ?」 「ダメ……じゃないけど。あの、えっと」 まだ心の準備ができてないっぽい。 じゃあ待とう。まずは見て楽しむだけ。 むふ〜。 「なんだよジッと見て」 「上裸で下ジーパンってエロいなって」 「ンぐ……、言うな」 また恥ずかしくなったのかそっぽを向いた。 お世辞抜きでイイ。スタイルとか含めてカッコいいから、その分余計に健康的な色っぽさが引き立つ。 「つかそっちはいつまで服着てんだ。その、あ、アタシだけ恥ずいだろうが」 「そうだね」 俺も脱ごう。まずは上、濡れたままのシャツを脱ぐ。 「おお……」 「なに」 「な、なんかエロい」 「俺が?」 いうほどのプロポーションはしてないぞ。筋肉ないし。 「うん……ドキドキする」 「ジロジロ」 「あんまり見られると恥ずかしいんだけど」 「ジロジロジロ」 「うわー、仕返しされてる」 「あは、でもホント、カッコいいぜ」 「……なら」 「えいっ」 「んぁっ?」 抱きしめた。 「お互いに見られると恥ずかしいから、しばらく見えないようにこうしてよう」 「ン……なるほど」 「あは、これ、いいかも。大の身体あったかい」 「愛さんも。それに柔らかくていい気持ち」 背中に手を回せば、密着した胸元ではぷりゅんとした感触に押される。 「……」 「……」 なによりも顔が真正面で、間近にくるのがイイ。 見詰め合って、照れるのと、恥ずかしいのが逆に気持ちよかった。 ――トクン、トクン。 「……愛さんの心臓の音が聞こえる」 「大のも」 「早くなってるね。ドキドキしてる?」 「そっちこそ」 高鳴りを増す鼓動は、どっちのものか分からないくらいだ。 同じような振れ幅で血液が脈打ってるせいか、重ねた肌と肌の境界線がよく分からなくなってきた。 身体が一つに溶け合ってる感じ。 もうこの時点でセックスしてるような気さえする。 「ン……」 「愛さんのカラダ気持ちいい」 「大こそ。……あはは、背中、意外とごついんだな」 「そう?」 「男らしい感じ」 「愛さんは女っぽいよ」 すらっとした背筋を撫でまわした。 「ン……っ、んふ」 心地よさそうに吐息を乱す彼女。 肌が俺に馴染んできたのを感じる。 「こっち、触るね」 前に戻した。 触れたバストは、ふりゅんと自分から俺の手にくっついてくる。 「う、うん……優しくな」 「分かってる」 こんな綺麗なの、乱暴にするわけがない。 球形にそって手のひらをあてがい、力を込める。 ――ぷにぅ。 「あふ……っ」 ――むにぃい。 「きゅううん……っ」 触ってる指や手のひらの方がとろけそうななんとも言えない柔らかさだった。 「やわらかー」 「あは……ふっ、んぁっ、んっ」 「服がないとかなりちがうよ。うわ、やばい、ホントに手が離れなくなりそう」 ぶっちゃけおっぱいの感触ってだけなら姉ちゃんのがよく当たるから知ってるつもりだった。 でも柔らかさにも個人差があるらしい。 ――ふに、うに、たぷっ、たぽん。 「っひぐ……っ。んっ、ふうう」 「ぷるんぷるんのぷにっぷにだよ、愛さんのおっぱい」 「わ、分かんないって」 前にホテルに行ったときは、こっちは触れなかった。今日は思う存分揉ませてもらおう。 「柔らかいんだけど、こう、跳ねかえる力がすごくて。手に吸いついてくる感じ」 ためしに指を広げ気味に押しつけると、指の間から白い肉がぷくっと盛り上がってくる。 「やっぱケンカしちゃダメだよ辻堂さん。これの形が崩れたら困るよ」 「知るかバカっ。あっ、んん……そんな、揉みすぎ」 「感じやすいんだね」 服の上から触ったときも反応早かったけど、直に触れてると、もう。 ――ムニッ、ムニッ。 「あんふっ、はんぅっ、……あっ、ふぁ……っ」 「ああっ、あのひろ……んくっ。むね、むね、くすぐったがりだから、そのあんまり強く」 「強くするのイヤなの?」 「イヤっていうか……だから、くすぐったい、から。強くされると、くすぐったいのも強く……ンく」 「ぅうううううんんっっ」 気持ちいい。って素直に言えばいいのに、言葉をごまかしてるうちにたまらなくなったらしい。すごい声で喘ぐ愛さん。 やりすぎか。ちょっと手をはなす。 「はぁ……、はぁ……」 ちょっと触っただけなのに息切れしてた。 「あはは、愛さんのおっぱい柔らかすぎるから呼吸だけで揺れてる」 「……ぅう」 ユラユラ弾む白い肉球。先っちょのピンク色に、もっと揉みたい衝動にかられる。 我慢だ。やりすぎると辛がらせちゃうからな。 「全身性感帯だね」 そっと頬から首筋にかけてのラインに触れる。 「ぁは……」 耳の近くの髪を払ってあげるだけで小さな吐息がこぼれた。 前は足だけで腰がぬけてたっけ。 「どこがっていうか、皮膚が感じやすいんだね」 「そぉ……なの? 分かんない」 「俺もよくは分かんないけどさ」 たぶんそうなんだろう。 ――ツゥ……。 「あふ……」 首から鎖骨を通って胸に戻る。 それだけでびくびくしてるんだもん。 ――ちょこん。 「きゃはぁんっ」 「あはは、やっぱ乳首は格別クる?」 薄ピンク色の小さな突起。触っただけでベッドから背中が浮くほどだった。 「まずいな、これからココをイジメたいんだけど」 触っただけでこれじゃ、逆に苦しがらせそう。 「べ、別にアタシは、大が喜んでくれるなら」 「いいの?むちゃくちゃしつこく触るよ?」 「え」 「こんなぷりぷりのおっぱいなのに、ここだけムチっとしててさ、感触がいやらしいんだもん。もう1回触ったら放さなくなるよ」 「甘いものに塩の原理っていうか、おっぱい自体にももっと夢中になるから、今度は叫んでもやめないよ」 「ホントにいいの?」 「なんか急にサドいぞお前」 「あはは、ゴメンゴメン」 ちょっと調子乗ったかも。 「愛さん、エッチなことには弱いからさ。可愛くて」 なるべくそっと胸に触れながら、顔を近づけた。 唇をかぶせながら乳頭をつつく。 「くぅううん……っ」 やっぱり激しめの声がでたけど、キスに意識がそれてるようで、反応自体はマイルドだ。 乳首をつまみながら、優しくおっぱいを転がしていく。 「んっふ……ふ……っ、ふぅう……っ、〜〜っ……、ぅぅう……ううう」 「こっちも、ね」 「ウ……ぁむ、ちる」 おっぱい揉みながらディープキス。 胸にも意識が行ってるので、さっきより大人しい愛さんの舌を掬いとる。 「んろ、んる」 「ぁぷふ、んんふ……ぅんっ」 「っう……ッ」 「……あは、大、歯の裏っかわ弱いんだ」 「そうみたい」 自分でも知らなかった。 「もっと舐めてやる……ンるっ、ちゅぷ……ンン」 「……」 ――きゅっ。 「ふぁあああっ、乳首ずるいってぇっ」 恥ずかしい気がしたので反撃した。 「話を戻そう」 「乳首が弱いなら……こことか?」 「ンっ」 唇は頬へ、そのまま耳へ。 「約束したからね。愛さんの身体、全部に触っとかないと」 「そ、それってそのままの意味で?」 「もちろん。全部触るし、全部キスするよ」 耳たぶからうなじ、首、鎖骨、肩。 「っふ……、う、……うふ」 「これでも感じる?」 「感じるっていうか……これはマジでくすぐったい」 「ちょうどいい、と」 「うん……」 右腕に移った。 ふにゅふにゅの二の腕から肘を通って、手首へ。 「愛さんって手も細いよね」 「筋肉は結構あるつもりだけど」 「でも充分細い。可愛い」 「腕力は一緒くらいなのにマキさんとはちがうんだね。マキさんはもっと張りがあるっていうか、スポーティな感じで」 ――ピキ。 「な、なんでもないです」 一瞬二の腕がすごい硬くなった気がした。あわてて手の甲にキスして誤魔化す。 「はむ」 「あぅ……そこもかよ」 「実は愛さんの手、前からイタズラしたかったんだ。すらってしててきれいだから」 指を一本一本甘く噛んだり、舐めたりする。 手のひらも、 ――ちゅぴ。 「ひぅ。くすぐったいって」 「くすぐってるんだよ」 そこから手の内側へ移ってUターンした。 二の腕目指して上がっていき、 「……ほら、広げて」 「え……さすがにここは、その」 「ダメだよ。ほら」 嫌がるけど、無理やりわきの下へ顔をつっこんだ。 他よりちょっと体温の高いそこは、他より汗のニオイがたっぷりたまってる。 「ンぐ……めちゃめちゃ恥ずいんだけど」 ――チロ。 「なあっ! 舐めるなって」 「あはは、つい」 「こう言っちゃなんだけど、そり残しみたいのが全然ないね。永久脱毛してるとか?」 「ン……えと、脱毛はしてないんだけど。その、剃る、とかもなくて」 「え……じゃあコレ、地?」 「た、体質なんだようっせーな」 「へぇ……」 「誰にも言うなよ」 「言わないって」 ……あの辻堂愛さんの体の秘密を知った。 な、なんかドキドキするな。恋人なんだからおかしなことじゃないんだけど、イケナイことを知った気分。 ……下も薄いのかな? さすがに聞けないか。あとで確かめればいいや。 少し下に下がって。 「はむ」 「ひゃあんっ」 横乳を食べてみた。 あむあむ咀嚼すると、愛さんは全身をビクつかせる。 「やっぱり胸が格別敏感だね」 「……みたい。あっ、んふっ、ちょ、乳首はだめ……あはぁっ」 「分かってるよ」 いまはあえて乳首を避けて楽しんでるんだ。楽しみは最後にしないと。 ――ぐりぐりぐり。 「ん……んっ」 「はぁ〜、やすらぐ〜♪」 谷間に顔を埋めた。 「愛さん、ちょっと横からおっぱいで頭挟んで」 「え……いいけど。なんだそれ」 「とある国民的RPGで、ナンバリングタイトルには必ずその専門職が出てくるほど大切な儀式だよ」 「???えっと、これでいいか」 自分の胸をつかんで、真ん中にいる俺の頭にぶつけてくれる。 ぱふぱふぱふ。 「む、むぷぷぷ」 うわー、ホントに気持ちイイ。 なんかオッサンになった気分だけど、すごい気持ちよかった。 柔らかいしあったかい。それになんていうか、ミルクっぽいにおいがして落ち着く。 ――ちろ。 「あひんっ」 「谷間の底も敏感だね」 ちょろっと舐めたらびっくりして中断してしまった。 物足りないけど……今はここまでにしておこう。夢中になると離れられなくなる。 顔の位置を下へ。 「あふ……はふ……ンっ、んぅ」 「へー、ここまで敏感なんだ」 「分かんない……なんか、くすぐったいピリピリが細かくくる感じ」 おっぱいの下側。下乳の、あばらとの付け根のライン。ここも感じやすいみたいだ。 「お次は……フフ、これまた大好物だよ」 くびれたお腹、ウエストに移る。 「お腹も好きなの?」 「胸が大きい子は結構いるけど、ここが完璧な子はグラビア業界でもそういないよ」 ――ツゥー。 「はう……ふ……っ」 おへそへ向かってへこんでいく真っ白な肌を、舐め伝っていく。 「くぅうううん……っ」 「な、なんでこっちはそんなにしつこい……」 「この感じ、好きなんだ」 きれいにへこむお腹のラインを何度も何度も往復した。 くびれたラインは限界まで脂肪分がないのに、触ってるとぷにぷにしてるから不思議だ。 「んふ……っ、ふっ、……もう。わかんねーやつ」 男のフェチズムみたいのは分からないのか戸惑いがちながら、目を細めてる愛さん。 「ンふぅ、ンふぅう……」 しきりにジーパン越しの太ももをこすり合わせてる。 感じてる……なら、 ――こりゅ。 「ふぃひっ、ひっ、ぃ……んっ」 「やっぱり乳首が一番敏感だね」 すっかりコリコリになった尖りを揉む。 「あっんっ、はううっ。ンく、ぅ、うううんっ。敏か……くぁっ、つーか、もぉおおっ」 「もうだいぶ慣れてきた」 はむ。 「んふぁっ、えぁっの、吸うの?」 「さっきからここも舐めたくてしょうがなかったんだ」 舌を巻きつかせながら吸った。 「あぁくっ、ぅううんんんっ、ひんっ、ひぁああ。おま、そん……赤ちゃんみたいな」 「俺が赤ちゃんならお母さん失格だよ。こんな感じまくって」 「しらな……ぃふぁぅう、あ〜っ、あぁあ〜〜っ」 「あはは、腰、浮いちゃってる」 「んんんく……ひっ、くひっ、んん〜〜〜っ」 ジーパン越しの腰を、モジモジどころかダメなのかしきりに俺にぶつけてくる。 俺はあくまでおっぱいだけ。なので下腹は空をきり、ブリッジしてるみたいな形になる。 「あぁぁっ、ひうう、ふーっ、うふぅー、あああぁ」 一挙一動に震えが入り、真っ白なおっぱいがぷるぷるひるがえり、 「あはっ、はっ、ああああっ、……〜〜〜っ」 「きゅひぁああああああ〜〜〜〜〜〜っっ」 あ……。 「あはっ、はぁ……っ、はぁんっ、ああっ、あぁ……」 切れ切れの息を弾ませて、そらせた胸をプルつかせる愛さん。 「ハッ……ハッ……」 電気でも流されたみたいで、ビクッ、ビクッと全身が小刻みに痙攣してる。 白いおっぱいが揺れに従って谷間のところでぶつかり合うのがいやらしい。 いま……。 「イッちゃったね」 「うう……」 「気にしないで。愛さんがイキやすいのはしってたわけだし」 この前のホテルのときも大変だった。 「こっちが気にすんだよっ!」 怒った。 「はぁあ……」 喉がまだ震えてて迫力はないけど。 「それじゃ、今度はこっち行くよ」 「う……、うん」 ジーパンに手をかける。 愛さんの可愛い身体……このままなら前戯だけでもいくらでも出来そうだけど。 もう早くつながりたい。 「ハーッ、ハーッ」 「ひ、大、目ぇ怖いんだけど」 「興奮しちゃって」 女の子を『脱がす』って、一言で言うけどすごいことな気がしてきた。 震える指でジーンズのボタンをはずし、チャックをおろす。 ジーンズボトムはかなりタイトな作りで、濡れて肌に張りついてると脱がしにくかった。 ――ずる。 「ン……」 ――ずるぅ。 「あぁ……」 脱がせるこっちも興奮するけど、脱がされる愛さんも意識してるのが分かる。 ショーツから瑞々しい太もも、ひざと、見える面積が増えるのにしたがって熱っ気の濃い吐息が舞った。 「あはは、なんか変な感じ」 「な、なにが」 ジーンズをはぎ取って奥から可愛い素肌を取り出す。 カッコいい辻堂愛をはぎ取って可愛い愛さんを取り出してる感じがする。 湘南最強のヤンキー娘が消えていくような。 「辻堂愛さんが俺のモノになってくなーって」 「なに言ってんだバカ」 「……結構前からお前のモノだっただろ」 「うん」 すべてめくり取った。 「あぅ……」 足に空気が触れる。意識したんだろう、膝をぶつけようとする愛さん。 「相変わらず美脚だね」 「し、知らねーよ。……ン、そんな見るな」 発達した太ももから、つま先へ行くにしたがって細くなる、適度に柔らかみのついた脚。 「もう……ひゃーってなる」 「前も思ったけどお前脚フェチ?」 「美脚は好きだよ。そして愛さんは最高に美脚」 「あ、あっそ」 毎度のことながら、愛さんは褒められると照れて怒った顔になる。 でも嬉しそうだった。 「そういえばこの下着も前回と同じだね」 「へ? あっ、しまっ」 コットンかな、白いやつ。前も見た。 「こ、これはあの、勝負用っていうか、あの」 「……勝負パンツ?」 「ちがうケンカ用。今日はこんな展開になるなんて思わなかったから」 「ほっ、ほんとはもっといいパンツ持ってるんだぞ。いや委員ちょ……友達に買わされただけだけど、でも持ってるんだ大人っぽいのとかいろいろ」 なぜか早口で言う。 「だからあの、今日のこれはいつもじゃないっていうか。あの、あの……」 「別にこれはこれで可愛いと思うけど」 「えっ? そうなの」 「パンツの種類はあんま気にしないよ」 大事なのは中身だ。 「……こんな安物でいいの? 500円だぞ」 「500円なんだ」 「言っちゃった……」 「でもまあ俺もそんな凝った下着は使ってないし」 「男って美人が穿いてると、むしろこういうシンプルなののほうが興奮するよ」 「そうなんだ……」 「……委員長め〜」 「?」 なに怒ってるんだろう。 まあいいや、とにかく。 「どんなパンツでもここのラインは出ちゃうわけだし」 太ももにそっと触れた。 「あぅ……」 「柔らかい……頬ずりしていい?」 「えぅ……どうぞ」 身体を折り曲げて、寝ころんだ愛さんの太ももにひざまくらしてもらった。 ――すりすり。 「は〜」 「……どう?」 「ベッドが狭い」 寝ころびにくい。 「でも感触は素晴らしいよ、ん〜〜♪」 もふもふ。 吸ったり舐めたりした。 「あぅっ、も、もう……ガキかテメェ」 「子供じゃない。大人として、悪戯してるんだ」 両太ももの間に鼻をぐりぐり埋没させていく。 「もう……ひゃぅっ。こら、鼻息がかかる……んふっ」 「楽しいんだもん」 こっちも舐めたり頬ずりしたり。 あ……。 「やっぱ辻堂さんの足はスポーティだね」 「そうなの?」 「ここ。くぼんでるでしょ」 太ももの外側を触る。力が入ると、大腿筋の外れにへこみができる。 マラソン選手とかにはよくあるけど、ただガリガリっていうんじゃなくて、脂肪のぷにつきはあるのに力むとこうなる感じ。 「コレいい脚の証拠」 「とことん脚フェチだなお前」 そうかもしれない。 「愛さん普段ロングスカートにしてて正解だよ。この足見せたらエロいことばっか想像して怖さがなくなると思う」 「褒められてねーぞそれ」 「ゴメン」 言ってる間もくぼみのところをずっと触ってる。 「んあぅ……く、くすぐったくなってきた」 「このツゥーって触り方好きだね」 「そうみたい……んんっ、あぅ、はぅ……」 じゃあ……。 ――ツゥーっ。 「っふぁああんっ」 あてた指先を一気に膝まで下げてみた。 「きゅ、急にすんなよ。びっくりするだろ」 びっくりさせたんだよ。 そのままふくらはぎへ、くるぶしへ。 「ひん……ひ、ひ……」 「やっぱくすぐったいよねこの辺」 「くすぐったいし……あの、ゾクゾクするぅ」 快感も残っててごちゃ混ぜになっちゃったらしい。愛さんは下唇を噛んで全身をビクつかせてる。 持ち上がったおっぱいがプルつくのを眺めながら、 「やっぱこの辺、最高だな〜」 つま先を撫でた。 「んぅ……そういや前もそこ……ふぁっ。こちょこちょすんなっ」 足の裏や指をくすぐる。 すっと尖ったつま先の形を見てると、それだけで胸がざわつくくらい興奮する。 「きれいな形。マジで辻堂さん、足だけでタレントになれるよ。あ、全体ではもちろんだけど」 「よく分かんねーよ」 「……ン、やっぱ濡れてるとニオイ強くなるね」 「なッ!」 本気で逃げられてしまった。 「ちがうちがう。汗のニオイだってば」 「う〜〜っ」 「ゴメン、興奮しすぎちゃってて」 「……」 またごろんと寝ころんでくれる。 危なかった。デリカシーを持たないと。 「も、もう足は触んな」 「分かった」 「でも最後につま先にキスだけしていい?」 「……ヘンタイ」 足を持ち上げてくれる。 ちょん、ちょんと左右の親指の爪にキスした。 「じゃあ足は卒業するとして……こっち向いて」 「へ? えと、うわっ」 ぐるんと体を裏返しにした。 「久しぶり」 「やも……っ、この格好恥ずかしいって」 「フシュルルルルッ!」 「うわ! 大が見たことのない顔に」 「とうっ!」 むき出しにした丸みにダイブした。 柔らかいお肉が潰れるほど顔を押しつけて、思う存分モフモフする。 「すーっ、はーっ」 「んはっ、やも、もぉおおおお……っ」 「はぁ〜、まっちろくてやーらかくてスベッスベ。気持ちイイよ」 「おま、ほんと、ヘンタイくさいぞ」 「明日からあだ名がヘンタイになってもいい。いまこうしていられるなら」 おっぱいとちがって、ワシワシと乱暴に揉む。 「んむぅうん、あふ、はぁ……ああ〜……」 「こっちもニオイ染みついてる。愛さんのニオイ」 「だぁから……ニオイは嗅ぐな。ふぁっ、は」 ――うに。 「……ンンっ」 パンツのクロッチ……大事な個所の上に舌をあてる。 「舐めるよ」 「ニオイどころか味ももらっちゃう」 「うう……」 恥ずかしそうな愛さん。 でもはっきり宣言すると、首を縦に振ってくれる。 「……チュル」 「は……ひぃいんっ」 これまでの『くすぐったい』とは明らかにちがう。粘着質な悲鳴をあげる。 俺は気にせず布越しに盛り上がったプニプニに吸いついていった。 「ひゃあ……っ、は、ひんん……っ。んぅ、ンぅううう」 「奥から甘酸っぱいのが漂ってくる」 「しぃ……知るか。あぅ、ひあぁぁあ……っ」 そこだけじゃなく太ももからお尻にかけても、頬ずりしたり舐めたり。 「あは……あはぁ……はぁ、はぁ」 「ン……分かる愛さん?愛さんの秘密の場所、俺に触れてちょっとずつとろとろになってく」 「う……ゥ……わかる、ぅ」 「……あは、パンツ、白いから、中の色が透けてるよ」 「……バカ」 ほんのりピンク色が見えるショーツ生地。興奮しちゃって、もっと顔を押しつけた。 「ああ……はあぁあ、大に、大に……アタシ」 「大のものにされてくぅ……」 愛さんはもう頭が朦朧としてるっぽい。 彼女、もともと『普段隠れてるとこ』が性感帯なんだと思う。 ポケットに突っこんでる手とか、見せたがらない足とか。 こんな、普段どころか人生でずーっと隠れてるようなとこ触られたら、もう気分だけでたまらないんだろう。 なら、 「コイツも脱がすよ」 ショーツを引っ張った。 隠すものは全部取っちゃったほうがいい。 愛さんは一瞬ビクついたものの、もう気分は蕩けきっており、 「うん……して。脱がして」 「……全部見て。大」 自分からお尻を持ち上げてくれた。 雨水よりは汗や体液のほうが多くなっただろう。ぐしょぐしょのショーツの裾をつまむ。 ――ずるぅ。 「っふ……」 「……」 「〜〜〜……っ」 お尻に直に空気が当たる。 それだけで愛さんは、ぶるぶるぶるっと電気でも通されたみたいに肩を震わせた。 「分かる愛さん。お尻、見えてる」 「う……ぅ……」 「お尻の穴も可愛いよ」 「あぅうう……」 恥ずかしさが限界に来たのか、泣きそうな声を上げた。 でもまだまだ。見てるだけじゃ済まさない。恥ずかしい部分は全部性感帯のはずで、 ――ツ。 「はひぃんっ! さわ、大っ、さわるの?!」 「可愛いんだもん」 尾てい骨のあたりに置いた指を、つぅーっと下げていった。 お尻の谷間へ、濃い紅色のおちょぼ口へ、 「やぅっ、やぅ……わ、わわわ……」 「ああぁぁああああん……っ」 すごい反応。 穴だけじゃなく、谷間の底全体が性感帯だ。 すっすっと汗のぬかるみを活かしてさするだけで、 「ああっ、ひゃっ、はぁ……はぁああ」 「さわ……やぁ、大、大に触られてる……」 「身体……えっちぃとこ触られてるぅう……」 「〜〜〜っうううう……っ! ひぅ、ひぅううっ」 真ん丸なお尻にまでくぼみができるほど下半身全体が力みだした。 「……軽くイッてる?」 「あふぅうう、ンく、んんんン……っ。だってもう、だってもぉおお……っ」 「いいんだって。……可愛いよ」 「ひゃ……っ!」 後半は一気に下ろした。 「……」 「あぅ……あぅうう、全部見られたぁ……」 「うん、全部見えてる」 実際、愛さんが慌てすぎてるから落ち着けてるけど、こっちも心臓が爆発しそうだった。 きれいなお尻。綺麗な太ももから連なる、女の子の一番大事な部分。 そこは『綺麗』だけじゃすまされない、見てると心臓が潰されそうな魅惑に満ちてる。 「ぷくぷくしたの、周りのお肉だと思ったら中の粘膜も見えてるんだね」 「薄いピンク色が渦みたいになってる……へぇ、プリッとしてるんだね、中のビラビラって」 「ここがおしっこの穴で……あ、このしわしわがクリトリスだね。……丸いのが半分見えてる」 「いちいち言わなくていいって……ううう。……ンく」 「あふぁああああ……ッ!」 あれ。 ぶしつけに視線をぶつけてた粘膜が、ぴくぴくっと不自然なウネりかたを始めた。 「愛さん……また軽イキしてる?」 「だって、だってぇ……」 さっきのでイキ癖がついちゃったらしい。 「こんなんで舐めたらどうなっちゃうかな……ン」 ぬるっとプニ肉のまわりに舌をあてる。 「あはぁああ……」 愛さんはもう体の芯みたいな部分が蕩けてしまったように全身から力を抜く。 ――ぬるんっ。 「あはぁん……」 「ここ……土手っていうんだっけ?ここだけでも敏感だね」 上へ、下へ。犬並みに大胆な舌づかいで、 ――ねちゅっ、れるっ、ぬちゅぬちゅ。 「ふぁああ……ふ、あふ、ああああ……っ」 「中のぷりぷりしたビラビラが反応してる……。あ、クリが飛び出してきた」 はむ。 「きゃはぁあああんっ」 「ここってホントにすごいんだ。……あ、ン、舐めにくい」 クリトリスは結構大きいくせに、ヌルヌルしててすぐ逃げる。 唇で捕まえてから、 「んっ、んふっ、んふぅうううん……〜〜」 舐めまわした。 「っふぁああああああっっ」 お尻全体をビクつかせだす愛さん。 「ここは刺激が強すぎるか」 周りの土手だけで充分イイ反応するし。まずはプニ肉全体をコネる感じで、 ――ニュル、ニュル、ニュル。 「ひんっ、ひんっ、ひぅ……大、あああ奥かゆいよぉ」 「ゴメン」 でも外側だけ責めるのは上手くいかなかった。汁気ですべって舌が中へ入ってしまう。 「穴に誘われてるみたい……ンン」 舌なら痛くないだろう。一番深くにある穴へ尖らせた先っちょを埋め込んでいった。 「んくうううううう……っ」 ――ニュウウウウ。 「んは……ひゅごい」 入れた途端に穴が見えないくらい小さくなって、舌にくっついてきた。 コレ、締め付けってやつがものすごいんじゃないか。 「こんなんじゃ俺のが入るか心配になるな」 ほぐす意味で舌を動かした。 「あっ、ああっ」 「あ……面白い」 ヴァギナをまさぐってるはずなのに、目の前にあるアナルがムチムチ反応してる。 筋肉がつながってるんだっけ?反応まで一緒になるんだな。 「あひいぃいぃいいいい……っ」 「ンく……っ」 ひときわ穴が小さくすぼまる。 舌が痛いくらいで、思わずひきぬいてしまった。 「はん……っ」 くてんとうつ伏せで倒れる愛さん。 「も……ダメ、大。もうダメ」 「は、早く……しよ? これ以上はアタシ、頭、くらくら」 「あ、うん」 ちょっとやりすぎたっぽい。 力の入らない体をもう一度ひっくり返してこっちを向かせた。 「抱っこ」 「うん」 抱きしめて俺のひざに乗せる。 「腿までぐっしょりだね」 「うっさいなぁ」 「じゃあ……行くね」 「うん……」 「ッ、あ、あの、大。最後にこれだけ」 「うん?」 「えと……その」 「やさしく……して、くれよな」 「……」 「ぷっ」 「なっ、なんだよ。なんで笑う」 「あははっ、ゴメンゴメン」 「愛さん純情だね」 「はあ!? だ、だからなんだよ、悪いかよ」 「悪いわけないよ」 そういうところを好きになったんだ。 「辻堂愛さん」 「俺のものになってください」 「うん。……っ」 ヌルッと熱く火照った二つのものがぶつかった。 ――く……ぐ……。 「あ……ァあ……」 「えと……うん、ここだ。……よっと」 ――ぐにっ。 「ひぅっ」 「あれ? ごめん、ちょっと待って」 入らない。 穴の位置は分かってるのに、いざ挿入しようとするとキュッと狭くなってしまう。 「えっと……ンと」 「……」 くそう。童貞の限界だ。 愛撫までなら姉ちゃんにマッサージとかして力加減のコツが分かってたけど。 「ぷっ」 「……笑わないでよ」 落ち込むよ。 「悪い悪い。でも……ったく、女になる瞬間なんだから最後までリードしてくれ」 「よっ」 腰を持ち上げてくれる愛さん。 「アタシからも行くから……ね?」 「せーので大人の恋人になろう」 「うん」 「せー」 「のっ」 ――ニュルゥ……っ! 「んふぅ……あっ!」 入った。 あっちからも迫ってきた愛さんの内部へ、俺の切っ先がつきささる。 ――ヌぐ……ぐ、ぐぐ。 「うわ、わ、入るよ。愛さんどんどん入る」 「わぁ、分かって……る、ンく……ゥウウウ」 「あはっ、あはは」 入口は固いくらいだったのに、中はねっとりしてて寒天を切り崩すみたいに突き刺していけた。 とろっと濡れた粘膜はかなりの窮屈さで、あちらこちらから突っ込んだペニスにぶつかってくる。 予想したよりずっと気持ちイイ。セックスってすごいかも。 「愛さん……、あ」 「あく……ァァァ、んっ、んん……ッ!」 「ふと……うううう、あくっ、重ぉいぃ」 「ご、ごめん、大丈夫?」 そうだった。ロストバージンって痛いんだっけ。 前に言ってたとおり、愛さんの反応は童貞の俺にも分かるくらい初めてのものだ。 こしのある染めた髪がふるふるたなびく。おっぱいも揺れてる。震えてるのが分かる。 痛そうだ。 思ってわずかに腰を引いた。すると、 「コラっ」 いて。 引っ張られた。 「いま抜くんじゃねェ」 「でも痛いんじゃ」 「痛いからイイんだろ……」 「どんなケンカより痛ェから、だから」 「辻堂愛が、長谷大のものになった証拠なんだろ」 すわらない感じで首をがくつかせ、痛みに震えながら両足は俺の腰に絡ませてくる。 中断は許さない。ヤンキーらしい横暴さで命じてくる。 「……」 「うん」 困ったな。ヤンキーやめさせるためのセックスなのに。 「思いっきり強くして、女の子みたいに泣かせてあげないと」 「……うん。もっと、もっと強くして」 「アタシのこと、女の子にして」 ――ニュルウゥウ。 「くひぃいぅううううっ!」 亀頭が深々と埋まる。 半分まで行った。あと半分だ。 愛さんは顔をゆがめてるけど、でも俺は容赦なく腰を打ち付けていった。 愛さんは俺の女なんだ。 ――グリュゥ。 「んふぁああ……っ」 ――ぴちっ。 「あ……」 「……? なに?」 「いまの分かった?」 「? ……なにが」 あっちは痛くて分からなかったらしい。でも俺ははっきり感じた。 「処女喪失おめでとう」 「晴れて俺だけの彼女だよ」 ――ずりゅっ! 「きゃふふぁあああああっっ」 一気に根元までねじ込んだ。 白い太ももと俺の腰がぶつかる。ぱうんっと柔らかな肌がはずんだ。 「あはぁ……っ、はぁ……っ、はぁあ……っ」 「入っちゃった……全部」 「うん、全部入った」 亀頭にこりっとしたものが当たってる。子宮口かな? 入口あたりのぷりっぷりの粘膜は、陰毛が絡むくらい俺の腰近くを舐めている。 「すごいね、測ったみたいに長さが同じだよ」 「それに……なんか変な感じ。大の、先の太いとこ、中でぴたってしてるの」 「うん……俺も感じる」 入るまでがキツかったけど、入っちゃえば不思議と落ち着くくらい締めつけが楽だ。 「面白いね、セックスって」 「相手が大だから……?」 「分かんない」 相性がいい。ってやつなんだろうか。比較対象がないから分からん。 「んー……」 「ま、どーでもいいや」 「……もう大以外とはしねェから、相手が誰とかはいい」 「うん……俺もいいや」 愛さんとつながってる。それが気持ちイイ。 それだけでいい。 「はふぅ……緊張したぁ」 力が抜けてしまい、つながったまま下の愛さんに寝そべりかかる。 「ちょぉ……おい、なんだよ」 「だって緊張するよ、乱暴に奪う――みたいなの」 血が出たらどうしようとかいろいろ考えちゃって勃起持続するのさえ難しかった。 「……ふふっ、大に男らしいの持続してもらうのは難しかったか」 「うん。もう無理。ここからは」 「ン……っ」 キスする。 「いつもみたいにイチャイチャしよう」 「うん……」 ヌルヌルした内部にペニスを包まれながら、優しく体をぶつけることにした。 目の前に来たおっぱいをムチムチこねくる。 「あうう、は……はう、ンン」 セックスよりはこっちの甘い快感がイイようで愛さんはウットリ目を細めてた。 俺としても、ねろねろした粘膜でペニスを舐められて気持ちよすぎる。他に意識を移してるほうが暴発しなくていい。 それにこうしてると、 「っ、と、これどう?」 「あひっ、はう……っ。いたく……はない」 「気持ちイイんじゃないの?中が熱くてメチャメチャウネってるよ」 「……うっさい」 愛さんもどんどんセックスに慣れていく。 こっちは軽く腰を持ち上げてるだけなのに、スレンダーグラマーな体は必要以上に大きく跳ねる。 微妙に俺のものへ内部をこすり付けるような動き。 痛がってないのは明白だ。 「あは、馴染んできてるのが分かるよ。絞めつけも強くなってく」 ちゅるっと舌を伸ばしてキスする。 愛情表現じゃない。性愛のためのキス。 「んちゅ……る、ちゅぷる、んる」 愛さんはちょっと戸惑いながら受け入れ、妖しい衝撃に反応してしまうらしい。ヴァギナをもっとキュンキュン食いつかせてくる。 「ペニスの周りがジットリしてきてる。こういうのって中身も汗かくのかな」 「かも……ンっ、う、ふううう」 「……ヌルッてこすれ方が気に入った?」 「……〜」 恥ずかしそうに首をこくこくさせた。 ならそのやり方を徹底する。 汁気のすべりに任せて、ペニスの穂先を、 ――ぬるっ、ぬりゅっ。ぐりゅぐりゅ。 「あぁああっひ、こす……れっるぅ」 軽めのつき方で、壁をこする感じが特にキくらしい。 「っ、はっ、はっ、はっ」 ――ヌッ、ヌッ、ヌッ、ヌッ。 リズムをつけて腰を揺らす。 「あんっ、あんっ、あんっ、ん……」 愛さんの吐息もリズムを作る。 「あっ、あああっ、あはぁぁあ……」 時々予想外の快感が来るのか、声が乱れるのが嬉しかった。 ――ぬぷっ、ぬぷっ。 「ふぁっ、あは」 ――にちゅっ、にちゅっ。 「ああ……っ、あーん」 乱れの周期はどんどん短くなってきてる。 「はぁあ、やだ、大……なんか変。ああっ変になっちゃう」 「いいよ、変になって。愛さんのエッチなとこ見せて」 コツが分かってきた。おっぱいを強く転がしながら、一緒になって子宮も押し揉む。 「っ! はぁ、ああ〜〜〜……っ」 愛さんは恥ずかしがり屋だけど、身体は肉欲に正直だった。 開かれた両足が、太ももが広がり、ひざが折れ曲がる。がにまたみたいな形を作る。 「大っ、大のぉお……んぁああふかぁあいい」 足で俺のをロックしながら、付け根は開いてもっと深くペニスを飲み込もうとしてる。 やらしい。 ――にゅるるるっ。 「っぁああいいいっ」 強めに突いても大丈夫になってきた。 「激しくするよ。キツかったら言って」 「ぅん……んんんっ、ふぁっ、はっ、ひぁあ。すごっ、ひねるっ、ひねってるぅう」 腰をロックする彼女の足が、許す範囲で直線運動を送った。 「あはぁぁあっ、大の、大のあばれるぅう」 途中回転させたり、それて斜めを向くとすごいらしい。愛さんはひときわ大きな声でわめいた。 真っ白なお腹がくねくねよれるのがたまらなく綺麗でいやらしい。 「ここ? ここがいいんだ」 「ぅんっ、うんっ」 子宮をとらえたままコリコリローリングさせる。 満遍なく刺激した穴の中身は、柔らかく溶けててもうチョコレートみたいだった。 「どういうふうにイイの?」 「んぅっ、か、硬いのが。大のが入ってると、お腹、奥から、不思議な感じが……きて」 「にゅるーって抜けると、切なくて、んぅ、深いとこ、来て欲しくて。それで奥、もっとこすってほしくなってぇ」 「ふーん」 腰をおちつけて、 「にゅるーって抜けると」 ――にゅるぅうう。 「あは……っ、あっ、ああっ」 「奥に欲しくなるんだ」 「そうっ、そうなの。あはんっ、あんっ、あんっ。大、きて。もどってよぉ」 「よっと」 ――ぐりゅうっ! 「ひはぁあああんっ」 ほそいお腹が折れるんじゃないかって思うくらいそらせる愛さん。 「奥をぐりぐり……だよね」 「ぅんっ、うんっ、あふっ、ひううううう」 気持ちよさそうに眉をたわめてる愛さん。 もちろんこっちも同じだけ気持ちいい。腰のピッチをあげる。 「はぁっ、はぁっ」 「んふっ、んくぅう」 さっきまでよりヴァギナの中身はしまるようになって、べったりと俺のものに密着してくる。 俺が動くたび粘膜はぴくぴく反応するし、それがヨくて俺も腰をうねらせてしまう。 「はあぁああっ、大のどんどん硬くなるぅ」 愛さん自身も明らかにセックスを楽しんでた。 粘膜だけでなく、腰つきが右へ、左へよじれてる。 「あぁん、こすれる、ううう、いっ、ィ……、たくさんこすれるの、いろんなトコこすれるのぉ」 腰の動きは小さなものでも、緩急つけたゆれはすべて胸に伝わって、ゆさっゆさっと重たげにおっぱいを弾ませた。 見てるとテンションあがる。もっと攻めたくなる。 「っ、うっ、この行き止まり、弱いんだね」 「うん……にゃああっ、もっ、弱いんだからつつくなよ」 「弱いから攻めるんだよ。ほらっ、ほらっ」 「……イジワル」 苦笑しつつ、切なげにこっちを見上げてくる。 合図なしでキスしていた。お互いにしたいタイミングが重なった感じ。 「あはっ、はぁ、あああ……んっ」 「っは、っは、愛さん、愛さん……」 「大……ぃ」 初めてのセックス。初めての感覚を、俺も愛さんも上手く取り入れていた。 もう大丈夫。最後まで上手くいくはず……。 「……大」 「うん?」 切れ切れな吐息の途中で俺を呼ぶ。 見ると深みのある切れ長の瞳はまっすぐに俺を見てた。 「好き」 「……」 「……」 「……え」 どういうタイミング? 「な、なに急に」 「だって言いたくて。……好き。大、大好き」 「〜……」 うわ、うわやばい。 「どしたの大」 「いやぁぁああ……なんでもないよ」 「……照れてる?」 「〜〜……」 照れちゃった。 「そっちは言ってくれないの?」 「いや……あの、好き、ですけど」 「心がこもってない」 ンなこと言われても。 「好きだよ愛さん」 「っ……もっと」 「好きだ。……ッ」 うわ、なんかマズい。 照れるのがセックスの快感と混ざって、ゾクゾクする。 「っは……うぁ、愛さん。愛……っ」 ――にゅぐるっ。 「あっ! きゃはぁぁあんっ」 射精に向かってる途中みたいな快感が下半身から立ち上ってくる。 腰が乱暴になった。 ――ずぬっ、ずぬっ、ずぬっ、ずぬっ。 「大、大っ? なんか急に……ふぁっ、ああっ」 「愛のせいだよ……っ」 せっかくセックスのコツがつかめたのに、もうイッちゃいそうだ。 しかも火ぃつけた本人が気づいてないんだから困る。 「はくっ、っう、愛……っ、愛……ッ!」 「っふぁああん大、ああぁあすごぉいい」 乱雑なくらい激しく腰をせり出す。 「あっあん、大、そんな深いトコぐりぐりするなぁ」 幸いなのは愛も限界が近いことか。 「ひぅうう大、大ぃもぉだめ。また来るの、すごいの。これまでで一番すごいのきちゃううう」 「いいよ。何回でもイッて」 俺も限界が近い。何度となく腰を貫かせる。 「はぁ……っ、はぁ……っ」 「大……うああああ大ぃいい」 「愛……っ」 計算とちょっとちがうけど……これもいいかも。初めてなのに一緒にイケそう。 「あぁあーっ、あああああーすごぉお」 俺自身味わったことないくらい膨れた亀頭で腹の中をえぐる衝撃に、愛はもう涙で目をぬらすほどだった。 痛みからじゃないにしろ不思議な気分。湘南最強の番長さんを、俺が泣かせてるなんて。 「あっはぁあ、もぉ……もおおお。いっぱいに広がってぇえ」 吸いついたヒダがねとーっと奥へ導いてくるような巻きつくような収縮を起こした。 ――ずぶっ、ずぶっ、ずぶっ、ずぶっ。 結合部からはもう、粘っこい水音がやまずに響いた。 「はぁっ、あはぁあっ。んっ、う、うううう」 紅潮した顔で愛は、くっ、くっと段階をつけるよう背筋をそらしていく。 「ひろ……しっ、もう、もう……っ」 「うん、ン……っ、うん……っ」 粘膜同士のこすり合いに躊躇がなくなって、思い切りよく子宮を抉ってしまう。 「ひっ、きぁああん、それっ、それぇええっ」 「っく……っ!」 ぷるんぷるんゆれるおっぱいを揉みたかったけど、もう限界だった。 「愛っ……!」 「大ぃ」 射精の衝動にかられるまま愛を抱きしめた。 こうしてると胸の中まで気持ちいい。 「うううううっ」 もちろん結合部はこれまでになく深々とぶつかりあって……。 「ひろ……し、好きっ、あああ大好きっ」 「俺もっ、好きだっ、愛っ」 うく……っ。 ぎゅーっと腹の底に締め付けのような快感が走る。 味わったことのないタイプの射精感が、猛スピードで身体を走る。 「うぁ……ッ!」 「ひぅ……」 ――びゅるるるるるるるっ! びゅちゅううーっ! 「ンぁあはああああぁぁああーーーーーーっ!」 計ったわけじゃないのにまったく同時。 俺が熱く奔流を注ぎ込むと同時に、愛の子宮がこれまでになく大きな脈を打った。 「ふぁあああっ、はぁっ、ンぅうう」 「あひっ、ひあああっ、はぅああああんっ」 「あああぁああぁあぁあぁぁああああ〜〜〜っ!」 どろっとした体液は俺にも信じられないくらい出た。 初体験の興奮にか、愛の普段絶対にない悲鳴が呼び水になったのか、とにかく愛の胎内をみたすことがやめられない。 ――ぶちゃっ。 白っぽいエキスが逆流して、ピンク色の粘膜花から吹き出してきても。まだ。 ・・・・・ 「ふーっ……ふーっ……」 「はぁ……はぁ……」 「……」 「……」 「しちゃった」 「しちゃったね」 イクのが同時だったせいで、その後の虚脱感みたいのまで同時にきてしまった。 はー。 気持ちよかった。 「うううっ」 ぶるぶるっと震える愛。 「どうかした?」 「い、いや。気持ちイイのがぶり返して」 う……。 ――グググ。 「んふぁ……っ、また大きくなった」 「えへへ」 「うー……ったく」 「またするの?」 「またするの」 「もう……」 「決闘より体力使うよ」 「う……」 どこだここ。 学園の……?ああそっか、昨日はあのまま寝ちゃったんだ。 まだ夜っぽい。外は大雨のままで、風も唸り声をあげてる。 何時だろ。携帯どこだ携帯。 手探りして、 ――ぷにゅん。 「お」 「うん……」 しまった。狭いベッドなのに2人で寝てたんだ。愛さんを起こしてしまった。 「大……。いま何時?」 「ちょっと待って、えっと、朝の3時」 「……いつごろ寝たっけ」 「覚えてない」 昨日の昼からヤりまくって、途中でオチるように寝た。 「外うるせぇ……台風来てる?」 「うん、明日……今日か。今日の昼直撃だから」 窓の外では、風が寝る前よりはるかに強くなってる。 「昼に来るなら……もう帰らないとマズいかな」 「だね」 これから激しくなる時間だろう。帰れなくなるかも。 「……」 「……それとも」 「……うん」 にへーっと頬を緩める愛さん。俺も同じ顔してるだろう。 「とうっ」 「わんっ」 また飛びかかった。 いまこの学園は俺たち2人のもの。心置きなくイチャイチャできるお城だ。 帰るのは惜しい。 ちょっと肌寒い。2人シーツをかぶって。 「いただきまーっす」 「いただきます♪」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「うー」 また寝てた。 外が暗い……。 「いま何時……?」 「もう昼。11時」 「ずいぶん暗いね」 「絶賛台風通過中。見て来たけど帰れそうにないわ」 「そっか。じゃあもうしばらくゴロゴロしてよう」 「休日のオッサンかお前は」 「疲れてるんだよ。愛さんが一晩中放してくれないから」 「ンぐ……うっせーな、どっちもどっちだろ」 「まあね」 「お腹すいた」 「お菓子見つけた。ほらそこ、城宮先生が隠してた」 「あとでもらおう」 「今はもうちょっと寝たいかな」 「うん」 「寝たいだけ寝てろ」 「イヤッホー!」 「うわわわなんだよ!」 「濡れた服の代わりに学園にあった服をきてるんだね。それがちょうど体操服だったんだね。ナーイス愛さん!」 「一瞬で状況が分かるのはすげェけどなんで抱きつく!」 「だってもう! ハフハフ、はぁはぁモフモフ!」 「下半身ばっか狙うな! 犬かお前は」 「もちろんおっぱいだって狙うさ」 「あ、乳首たってる。ノーブラなんだね」 「う……待て! とにかく待て!」 逃げられた。 「あとあの……服着ろって。裸は照れるから」 「昨日裸であんなにくっついてきた人とは思えない」 「昨日のはあれだろ。ほら、あの……」 「はいはい着るよ」 服をかき集める。 上はまだ濡れてるけど、ズボンは穿ける程度には乾いてた。 「大ってこういうの、好きな人なの?」 「はい!」 「怖い」 「まあ、あの、お前が言うなら何でもするけど」 意外と簡単に許可がおりた。じゃあ……、 「あれ?」 「あれってなに」 「いや、てっきりやらしいことをされるかと」 「あとでするけどね。まだ眠いの」 焦る必要はない。まだまだ台風は行きそうにないし。 愛さんとならわざわざセックスしなくても、身体をくっつけてるだけで充分嬉しい。 「ほらこっちこっち、ひざ枕シルブプレ」 ベッドの上に来てもらう。 「ていっ」 「ふふ、大、ときどき子供っぽいよな」 「そうかな」 「そうだよ。可愛い」 そっと髪を撫でてくれる。 ちょっと照れるな……。太ももを楽しみつつえっちぃことしたかったけどなんとなく大人しくすることに。 あったかい手のひらが目元にきて、俺は目を閉じる。 気持ちイイ。ホントに寝そう。 ……ほんとに。 「……」 「……」 ……。 すー……。 「……大」 「……」 「いつもありがとー」 「お前の彼女になれてよかった」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「こっちこっち」 「いいけど……あのっ、大、お前服は」 「半裸で校舎を歩くってなんか興奮するな。さすがにマッパになる度胸はないけど」 変な解放感がある。 「……彼氏がヘンな覚醒しちゃった」 うちのクラスへ。 「こっ、ここ?」 「体操服。それは日常、健全な精神を養うべく行われる体育の授業のための装い」 「教室。それは日常、健やかな人格形成のための学園教育を行う場所」 「この状況でモフモフするんだから俺も不良だよね」 「モフモフ……」 「さ、こっち来て」 「う、うん」 乗り気ではないながら、言うとおり俺の席につこうとする愛さん。 「ちょっと待った」 「うん?」 「まずは……あの」 「ああ、はいはい」 忘れてたけど、おはようのキスをしてから。 ゆっくりと髪を下ろす。 ――ぷに。 「ぅ……」 「お尻とおっぱいって結構感触ちがうね」 「そうなの?」 「おっぱいよりも柔らかさが弱いっていうか。跳ねかえる力が強いっていうか。でも奥には柔らかいのがいっぱいあって……」 「一言でいうとムッチムチ」 「その言い方なんかヤだ」 「ほめてるんだよ」 昨日はずっと正常位だったんで、触りそこねた背中からお尻にかけてを撫でる。 「ふむぅ、これは」(なでなで) 「な、なんだよ」 「ふむううう」(なでなでなでなで) 「なんか言えよ!」 「いいお尻だ」 「……聞かないほうがよかった」 冗談でなくほんとにいいぞこのお尻。 形が綺麗ってだけじゃなく、触った心地が実にイイ。 しめつけるタイプの体操服越しなので弾力が強くなってるだろうか。 その辺の誤差を考えると、ぜひともじかに触りたい。 ただせっかくのコスチュームプレイ。脱がせちゃうのはもったいないし……。 ――ぎゅにぃ。 「ぁん……っ」 刺激が貫通するくらい強く指圧した。 「痛くない?」 「だいじょぶ。……ふ、ぅ」 力加減はいいはずだけど、緊張してるんだろう。愛さんはもう息がきれてる。 かまわずお尻から股間にかけて下着ごと服を食い込ませた。 「ゃ……っんっ」 「すごいなこのライン。グラドルでも画像加工してないか疑われるレベル」 長い足からくびれたお腹へむかう曲線だけでハァハァしそう。 「あ、あんまり食い込ませんなよ」 「痛い?」 「痛いんじゃなくて……あの……」 「気持ちいいでしょ」 「うっさいなぁ」 恥ずかしいんだろう怒る愛さん。 謝罪の意味もこめて……むぎゅむぎゅ。 「ぁっ、んぅ……んふ」 「こういうの、いいでしょ」 マッサージの要領で、緊張する筋肉をやわらげた。 「気持ちいい……けど、なんでいまマッサージなんだよ」 「得意なんだ」 姉ちゃんによくやってるからな。とくに腰から下。足にかけての指圧には自信ある。 加えて、 「リラックスすればここもいい感じになるかなって」 「はん……っ」 うにりと下着越しにクロッチを押した。 一瞬イイ声を出したけど、愛さんはすぐ下半身を緊張させなおす。 なら、 ――むぎゅむぎゅ。 「ん……ふ」 マッサージで緊張を取る。 「はぁ……」 それで油断したら、 ――ぬち。 「あんっ」 真ん中を攻める。 これを5、6回ループした。 次第に愛さんも狙いがつかめてきたようだけど、延々と続ける。 ときどき不意打ち気味に、太ももの付け根。土手の盛り上がりとの境目をなぞると、 「そこは……っあ、あ、あ」 どう反応していいか困るんだろう。声のトーンが変わっていく。 やがて真ん中をせめても緊張はなくなっていた。 ――むにゅむにゅ。 「あん……、あんっ」 「感じちゃってるね」 「うっさいなぁ」 ぷくんと柔らかな土手を摩擦すると、可愛い声が出た。 「はぁ、はぁ……っ、ぁっ、ん」 「お尻がはねてる」 「だって……んふっ、ぅ、く……んんっ」 身体からも力が抜けていくのが分かる。 「やだ……大。また昨日みたいに」 「なっていいんだよ。昨日みたいにしてるんだから」 恥ずかしがりだしプライドが高いので、本気で感じちゃうのが恥ずかしいんだろう。愛さんは困った顔だ。 けどそれ以上に敏感だった。 「ゃ、あ……だめぇ」 「リラックスして」 「はん……ああ、はぁ、はぁあ……」 白い肌が桜色に火照っていく。 汗ばんだ肌から甘酸っぱい汗のにおいがした。 「エッチぃ匂い。興奮しちゃうよ」 「ひゃ……っ」 指に力をいれた。 むちっとしたお尻をかきわけて温度の高い真ん中のラインをこする。 「ああぁ……っんぁ」 ――ちゅく。 声が隠せないくらいエッチなトーンに変わると同時に、盛り上がりから濡れた音が響いた。 「もうここ、イジってほしくてしょうがないでしょ」 昨日の感覚でだいたい分かる。ラビアを開いた。 「は……ぁ」 恥ずかしがってた愛さんは、ぬかるみに指を置いた途端体中を弛緩させる。 「……濡れてる」 「しょ、しょーがないだろっ。昨日からもう……何回、あの……ぁンう」 「いいじゃない。可愛いよ」 連日使用で熱くなってるらしい。落ち着かなそうに足をもじもじさせた。 「痛みとかない?」 「だ、だいじょぶ。優しくな、優しく……はんふっ」 肌にフィットした生地越しのお肉の弾力が、むちっと心地よい。 「1日で成長した感じだね。分かる愛さん、中のお肉の感触が変わってるよ」 「そぉ……なの?」 「感じ方はちがう?」 触った感じがよりエロくなったのは本人には分からないみたいだ。 愛さんは迷い迷いに眉をひそめ、 「んと……ぁうっ」 「い、入口の感じが……奥に届くようになった」 「大の……太いのが穴開けたから。っは……うう、気持ちイイのが、肌だけじゃなくて、深いとこ、一番気持ちいいとこにぐーってくる」 「エッチな身体になったんだね」 本人は意識してないんだろうけど、スリットをなぞる指に合わせて、さっきからお尻がクネってる。 ヒップを俺の指にこすり付けてきてる。オナってる。 「はぁっ、ああ、……アタシ、変わっちゃった、のかな」 「そうだね。ずいぶん変わったと思う」 指は放さず背中にくっついた。 教室全体が蒸すくらい汗がういてる。シャツじゃ吸収しきれず、甘酸っぱい香りが漂ってくる。 「稲村番長辻堂さんから、俺の可愛い愛さんに、ね」 ――ヌチュ。 「ぁんっ!」 指を第一関節までスリットに沈める。 昨日ペニスでさんざんこすったそこは、触れば触っただけエッチな声を絞り出させるスイッチになってた。 「大の……に」 「……な、なんか嬉しいような恥ずかしいような。本当?」 「だって少なくとももう番長って感じじゃないよ」 「エッチなお尻、男相手に触らせ放題で。それでこんなに」 ――うにうにうに。 「ふぁあは……、んっ、んっ」 「エッチな声で鳴き放題で」 「……」 「……どした?」 「はは、自分で言ってて興奮してきた」 「俺今、あの辻堂愛さんをイジメてるんだ」 最近もう『恋人』としての彼女しか見てなかったから忘れるとこだった。愛さんが泣く子も黙る我が校の番長だって。 「このクラスのほとんどみんなが愛さんのこと怖がってるじゃない」 「うん」 「そんな相手のお尻を触ってさ」 ぐっとヒップをわしづかみにする。 「ぅ」 指の隙間からお肉がはみ出すくらい強くつかむ。 痛いくらいの力加減……けど愛さんは怒るどころか、伸びをする猫みたいに背中をそらした。 お尻を俺にささげてきた。 「愛さんを慕ってる人たちも、怖がってる人たちも、みんな想像もしないよね。愛さんが……」 ――ムニち。 「ひあ……っ、そ、そこっ、バカ」 「お尻めくられてお尻の穴を触られると」 「ひゃううさわるな……にゃ、んんっ、くゅううんお尻の穴はだめぇえ」 「こんなに気持ちよさそうにするなんて」 さんざんお尻肉を揉みしだいたせいで、奥のアヌスも疼いちゃってるのが分かる。 服越しに肛門をつくる皺のでこぼこが浮かぶくらい、強く強く押し揉んだ。 「やらっ、やぁあそこはいやぁあ。そこ、変な感じだからぁ」 「じゃあやっぱこっち?」 スリットの隙間から、パンツの中へ中指を一本だけ入れた。 ――ぬぷぅう。 「あはぁああ」 すっかり蕩けた中身は、肉があるかも分からないくらいゆるゆると指を飲み込む。 軽くバイブ。 「ひぁっ、あっ、ああんっ」 お尻も同時に、 「うわわわだからお尻は……ゃんんんムズムズするぅ」 アナルほぐしもやめないで、おさわりを再開した。 「愛さんの中、昨日よりもっと柔らかくなってる。これも成長かな」 「しらな……ぃよっ。あっ、んん……っ」 「でも外側のプニプニっぷりやビラの弾力はあがってる感じ」 「あ……ココ」 感触のちがいはほとんどないけど、いつも保護してる厚めの帽子肉を探り当てた。 「ッ、……ンンっ」 クリトリス……刺激がつよいと予想で分かるんだろう。愛さんは下唇を噛んでる。 「痛かったら言ってね」 ここだけは断っておく。その気はなくても、刺激の質をまちがえたらすぐ痛がらせるくらい敏感だ。 ――こりゅこりゅ、 「あは……ぅふっ」 撫でる感じで触る。 真夏に放置したバターみたいな中で、一か所だけ『肉』と感じる一帯。 触ってるとヒダが一枚一枚、意志をもったみたく指に絡んでくるのが分かる。 「ホントに弱点だよねここ……、あ、分かる?」 ――にゅニにゅニ。 優しく撫でると、 「んっ、んんっ」 愛さんは下半身全部をヒクつかせる。 ――っに、っに。 お腹にも力がこもって、お尻の穴が反応してた。 「指が入っちゃうよ」 力を加えるごとに、周囲の筋肉がもちあがってしわしわを隆起させてるアヌス。 持ち上がって、下がって、動くごとに当ててる指がだんだん沈んでいく。 「はぁ……ああぅ、大、大、お尻まで熱くなってきたぁ」 「それでいいんだよ。昨日みたいにいっぱい感じて」 まるでアヌスが俺の指を食べたがってるみたいな……。 興奮してついクリ弄りに力がこもった。充血してあずきくらいの大きさになった肉豆を、つまみあげる。 「ひゃああああっ」 びんっと愛さんの体が跳ねた。 激しい反応……、でも痛がってる感じじゃない。 「イッた?」 「う……ぅっさいな」 「はは。ちょっと焦りすぎたかな」 「そうだよ……やりすぎ」 恥ずかしさもあってちょっと怒ってる愛さん。 感じやすいって知ってるのに調子に乗りすぎた。 昨日の感じでは、あんまり連続でイカせると腰がたたなくなっちゃう。1回を大切にしなきゃいけないのに。 「でも愛さんも昨日よりイキやすくなってない?」 「それは……かも」 「なんか、大相手だと力が抜けて。昨日のあれで、抜けるどころかふにゃふにゃな感じに」 「光栄です」 ケンカ番長にそこまでゆだねてもらえるとは。 「どう? エッチになった自分の体は」 「あぅ……うっせーな。お前のせいなんだからからかうんじゃねーよ」 「エッチぃかどうかなんてお前以外知ることないし。どーでもいい」 「……」 照れ隠しの言葉なんだろうけど、ニヤニヤしてしまう。 「そうだね。これまでもこれからも、2人だけの秘密だ」 「それに俺が言うなって感じだよね」 ――むにっ。 「ゃう」 お尻に勃起をあてた。 ギチギチになってるものの感触に、愛さんの表情がまた潤む。 「……スケベ」 「愛さんほどじゃないよ」 「うっせぇ、お前のほうがエッチぃじゃん」 「よく言うよ。ほら……」 ぐっと強く押しつけた。 「んふ……ぁんっ」 さっきみたくお尻をクネクネさせて、俺のにこすりつけてくる愛さん。 「やーらかいお尻……♪こんなエロい動かし方して、言い訳できるの?」 ぬるっと切っ先を急所に向けた。 「ぁん……っ」 「そういえばワンワンスタイルは初めてだね」 昨日はずっと顔を見合ってしてた。 「わんわん?」 「後背位だっけ? 犬っぽい格好でしょ」 「稲村の喧嘩狼さんを、メス犬にしちゃうってこと」 「……」 ヤンキーとしての名前を持ち出されて複雑そうな愛さん。 でも嫌そうではない。 「うん、して」 「湘南最強のヤンキーなんて名前、大の力でぶっ壊して」 「……入れるよ」 ――ヌル。 クロッチを横に寄せて切っ先を持ち上げた。 ぬらぬらのスリットは簡単にめくれるんだが、相変わらず狭い穴はツルツルすべって入れにくい。 シャフトの中ほどを指でつかむ。位置を固定して、 ――ずぷぅう。 「あはぁあ……っ」 硬直っぷりに任せて貫いていった。 「あ……ぁ……アタシのやらしいとこ、大ので……ぁあああ」 汗でシャツの張りついた背をそらせる愛さん。 「大ので……いっぱいにぃ……!」 「っく……」 ――にゅるんっ。 うわ、すごい。 こっちのほうが入れやすくできてるんだろうか。昨日とちがって、一気に挿入できてしまった。 狭いは狭いからペニスへの反発は強いけど、穴の形自体が入れやすくて、 ――にゅっ、にゅっ、 「ひゃあっ、はっ」 動かしやすい。 「へー、大発見。こっちのほうがいいのかな」 昨日の苦労がウソみたいだった。 今度からこっち主体にしようか。 いやでも気持ち良さは正常位のほうが……、愛さんの顔はみたいし。 「両方でいっか。愛さんはどう?」 「あうううううっ。……ど、どぉ、って?」 「前からとこっち、どっちがイイ?」 「前と……ん、わ、分かんない。どっちもいっぱいで」 愛さん的にはどちらも満足なようだ。 なら両方ともするのが正しいと判断しよう。 「いっぱいってのはどういうのなの」 「だから……お前の太すぎるんだよぉ」 「はぁ……あはぁ、からだ、ひろがって。ぶわーってなって」 「ぁうぅううん教室なのにヨくなっちゃうよぉお」 泣き言のように弱々しく恥じらい、愛さんのほうが先に腰をウネらせだした。 接合部がよじれる。粘膜がペニスにナメつき、逆にペニスが内部をかき混ぜる。 「んぁく……っ」 「はぁああああ」 油断してるとすぐイカされるのは前も後ろも一緒っぽい。 「動くよ」 「うんっ、うんっ……ひぁあああああぅっ」 ぴっちり取り巻く粘膜を引きはがす感じで腰を前後させた。 動きやすさもドッグポーズが上だ。ずぶり、ずぶり、強烈にねじこんでいける。 「うぁんっ、あああんっ、大、昨日より激しい」 「キツい?」 「ううん……気持ちイイ、ふぁあああすごくぃいい。硬いの、硬い先っぽがぐりぐり動くぅう」 「よかった。キツかったら早めに言ってね」 「……途中で止まれる自信がない」 気持ちいいのもあるけど、楽しい。愛さんを責めるのが。 動物的な体位のせいか、心のなかの動物的な部分が表に出てきた感じ。 ――ヌッ、ヌッ、ヌッ、ヌッ、 「あんっ、あんっ、あんっ、あんっ」 規則正しくピストンを送る。 ――ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。 お互いの太ももが当たってイイ音を立てた。 「ははっ、セックスってイイね」 昨日は愛の営み的な意味でばっか楽しんだけど、スポーツみたいな楽しさもある。 「ああ、ああああ」 ちょっと腰を休めると、すぐにヒップをもじつかせて続きを催促してくる愛さん。 俺の腰と擦れるお尻はムチムチ柔らかく、穿いたままのものがよじれるのがエッチぃ。 「ッ、ッ!」 「ふぁああああぅっ」 ご要望通り思う存分突き入れた。 シャフトがしなり、スナップをきかせて彼女の中身をコネる。 「ひぁっ、ひぁああずしんって、ずしんてくるぅ。あっ、あっ、大。後ろから、うしろからぁ」 ムチのようにうねるペニスに、愛さんは早くも次の絶頂を迎えだしていた。 「愛さんどう? この感じ、好き?」 「っ、っ」 追い込まれて、恥ずかしい質問もコクコクと首を縦に振った。 何かに追われてるみたいにお尻をゆすり、くいしばった口元からはだらしなく涎をたらして、 「ふぁああもっと、大ぃもっとぉ……」 ――ぐちるぅう。 「ンぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!」 ちょうどのところで硬くなった穂先が一番深いコリコリ地帯を刺した。 子宮蓋がえぐられ、 「ああっ、あああああっ、ひあぁあああああああ……っ! ああああっ!」 イッてる。また。 さっきのものより深いイキかた。ヴァギナの肉をうねうねさせて、愛さんは二度目のエクスタシーにのたうつ。 「ひゃあ……っ、はぁ……っ」 「……」 昨日ならここは小休止入れただろうけど……。 「……またイッちゃったね」 今日は挿入をほどかなかった。 「えぅ……、うん。……んあ、ずるずるって」 ハードにはしないが、細かくピストンしながら耳元にささやきかける。 「すごい声だったよ。愛さん、普段クラスじゃあんまりしゃべんないのに」 「う……うっせーな」 「あはは、どうする?反響みたいのが明日まで残って、クラスの子たちにいまの声聞かれたら」 「はあ? あ、あるわけねーだろ」 もちろんありえない。 「〜〜……」 でもありえるかありえないかはともかく、そのシーンを想像させるには充分なたとえ話だ。 「みんなに……今の声」 「うううう……」 恥ずかしくてしょうがないと眉をひそめる愛さん。 ――ニュルゥウ。 でも興奮してる。ヴァギナがペニスを舐めてきた。 「動かすよ」 「えぅ……あっ、あっ、ああっ」 ピストンの勢いを強めた。 「はんっ、あんっ、大……ああっ、恥ずかしいよぉ」 「だけど愛さん、恥ずかしがるとイイ反応するよ」 快感をおそれて、背後からの突き込みに押され身体はだんだん前へにじっていく。 反面お尻はむにーっと俺の腰へせり出すようになった。 「んくぅう、んーっ、んーっ」 ねろりと高まっていく膣の反応には、愛さんのほうが戸惑いがちだ。 「えっちぃよ愛さん。……わ、ここまで見えてる」 クロッチの部分をめくった下着が、腰を押し出すせいでもっと横によれていた。 食いこんだお尻の谷間に食い込み、可愛いおちょぼ口をむき出しにしてる。 ――ツゥ。 「ひゃあうん!」 アヌスはやっぱり慣れない&敏感そう。 「でも柔らかくなってる。イッたからかな」 感じるとヒクつく癖のせいだろう。皺がほぐれてた。 ――つぷ。 「〜〜〜ッ!」 第一関節まで指を入れてみた。 「はぁあああああっ、おしり、お尻はぁ……っ、あっ」 すごい反応だ。 「そんなに気持ちいいんだ?」 「きもち……よくなんて……ンぅう、うっ、ううう」 「よさそうだよ?」 亀頭を送る子宮周辺がざわざわヨがってる。 さっきはクリだったけど、今度は子宮口。 ――ぐにぐに。 「ひんっ、ひんんんっ」 やっぱりアナルも責めると、愛さんの反応は一段階高まる。 「あううう、大ぃ、お尻やだよぉ」 「ホントかなぁ。うっとりしてるように見えるけど」 「あぁあんだって、だってぇ」 力強く腰を送っても、悲鳴でなく色っぽい声が出るだけ。 子供の感じ方でなく、大人っぽい。エッチを受け入れた女の声を返してくる。 「ココ、ゆっくり開発していこうね」 「ぁん……」 狭い入口肉を撫でる。愛さんはもうイヤとは言わなかった。 「そろそろ俺もイクよ」 「ん……うんっ」 ぬるーっとシャフトを後退させた。 カリのきわまで抜く。連動したシェルピンクの粘膜がプニ肉の外までついてくるのが興奮した。 同時に圧力の関係か、柔らかなヴァギナは俺のものを強く吸うので、 ――ぐちぅっ。 「きゃはああああああんっ」 力強く打ち込んだ。 「ああっ、はっ、ひゃぁああっ。あんっ、あんっ、やぁああん大すごいぃいい」 ぷちょんと柔らかい肉の反応がさらにきわまる。ペニスに食い込むくらい窄まる。 「んああっ、くぁああっ、はぁ、ああああ深ぁい」 射精に向かう俺の動きに、愛さんは戸惑いがちだ。 受け止めてくれようとお尻を持ち上げるんだけど、腰全体がねっとり蕩けてて力が入ってない。突くたび逃げるように前に出てしまう。 「よっと」 「んふ……っ」 腰を抱えた。 ウエストのくびれを両手でつかみ、腰を送りなおす。 愛さんの体を道具みたいに使う。 「ひゃあああぅっ、はぁっ、はぁああっ。あんっ、すご、すごぉお。とけちゃう、お腹とけゅう」 「あはっ、ははは、やっぱ楽しいよコレ」 まるで愛さんを所有物にした気分だ。最高に興奮する。 我ながらこんなにサドっ気があるとは思わなかった。 「こっちもイイでしょ」 アナルに埋めた指を動かす。 「ひぅううううっ」 「っ、っ……」 「……うん」 観念した様子で首を縦に振る彼女。 「ふぁああ、お尻、お尻もいい。あっ、あああ大、もっと入れて。もっとお尻犯してぇ」 一度堰をきると、止まらなくなった様子ではしたないおねだりまでしてきた。 応じて指を第二関節までアヌスに送り、同時に子宮を押しこねる。 「くふぅうううう……っ」 愛さんはもうあられもない嗚咽を隠そうともしなかった。 スポーティな服で包んだ肢体がくねる。 「あは……っ、愛さん、それイイ」 全身運動はそのまま結合部にも強い摩擦を生んだ。 ギチギチになってるペニスが、柔らか粘膜で心地よく摩擦される。 俺のを迎え撃つように腰がゆれるので、自然と俺も腰の動きを強めた。 「んぁっ、うあぁっ、あひいいいい」 「うくっ、く、……っつ」 駆け上がっていくというより、らせん階段を転げ落ちていくような感じ。 ――にちゅっ、にちゅっ、にちゅっ。 接合部の粘っこい音は、落下の速度で早まっていく。 「はぁっ、はぁあっ、いんっ、気持ちいいよぉ」 「俺もだよっ、っ、っん」 もうちょっとお喋りしたいんだけど、息がきれるし、口をあけてると変な声がでそうだ。 腰の動きに集中した。 「あぁああああ〜っ、大、んぁっ、深いの、大ぃい」 「あっ、あぁっ、お尻だめ。ああんお尻根元まで入れちゃ……あううお尻気持ちいいぃい」 「大、大、ひろしぃいい……大好きひろしぃ」 「っ、ッ」 その分愛さんのあげる声が天井知らずなのが嬉しい。 溶けたようにベタベタの性器同士からは、じゅぼっ、じゅぼぉっとすごい音がしてる。 「っく……!」 ――ぎゅちゅるぅうっ! とくに大きく聞こえたのは、俺の精子が走る音か。膨れた亀頭が子宮を押す音か。 「でる……愛さんっ」 「来る……の? ンあああああぁああ来てぇえ大ぃいっ」 ッ――! ――どびゅるううううううううっ! びゅるるるるっ! 昨日の一発目に負けない量の体液がふきだし、一気に愛さんの中身を貫いた。 「くぁ……っ、ひあ……っ!」 「ああああああああああああああんっっ!ひゃぁあああああああああんっ!」 つられるように絶頂を迎える愛さん。 昨日と同じだ。ヴァギナがしまって粘液がとまらなくなり、止まらないエキスが彼女をイカせ続ける。 「はぁあひぁ、ひっ、ひっ、……ぅ。んあぁあああん、あああああーーーーーーっ」 「あはぁっ、あはぁあ……」 「あぁぁあああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!」 ジェル状のエキスはぼたぼたと狭い穴を逆流して彼女の太ももを伝った。 でもまだ出てる気がする。 俺ってこんなにいっぱい出る人だったんだろうか。それとも彼女の中がそれほど締まるのか。 「あはぁ……はぁああ」 「っう……ふ……」 「……、……〜」 「はぁ……ぁ」 「ンンンン……っ」 「まだイッてる?」 「……うっさいな」 「ァン……っ、お、おしり。指ぬけよ」 「じゃあ緩めてよ。まだヒクヒク食いついててちょっと痛い」 「うー……」 恥ずかしいんだろう。怒ってる。 射精後のけだるさを、身体をこすり合わせて過ごす。 「射精でイッちゃうの、癖になったね」 「それは……しょうがねーだろ。大があんなに熱いの出すんだから」 「大のうけると、奥が……カラダが震えて。すごく、幸せな気分で」 「……」 ――ぐぐぐっ! 「ひあっ!?」 「あーあ、愛さんがえっちぃこと言うから」 「ま、またこんな……」 「いいでしょ」 コツンとうなじの少しうえに額を当てる。 愛さんは困った顔をしたあと、 「……いっぱい出してくれるなら」 ・・・・・ 日の落ちだす時刻には台風はだいぶ過ぎていた。 「疲れた……」 「身体の中がヒリヒリする」 途中寝たり色々したけど、この30時間主だったことはセックスしかしてない。 「帰ろうぜ。明日授業だし」 「だね。14時間後にはまた登校しなきゃ」 学園用品は何一つ持ってないわけで。一度帰らないとマズい。 「まだ風強いな」 「急激に現実に引き戻されたね」 「昨日家を出たときはこんな展開になるとは思わなかった」 「俺もこんなつもりなかったよ」 勢いに流された。 「ま、後悔はしてねーけど」 「うん」 「っと……じゃあ、こっちだから」 「う、うん」 別れのカーブのところまで来る。 いつもなら家まで送るんだけど今日はなんか照れくさい。ここまでにした。 「じゃ、明日学園で」 「うん、学園で」 背を向ける。 ぎゅ〜っ! 「なに?」 背中に抱きついてくる。 「最後にもう1回だけ」 「はいはい」 結局長引いた。 ・・・・・ (遅い) (すんすん) (布団からもヒロの匂いが抜けてきちゃった) (用事があるのメール1本で1日中帰ってこない。友達と遊んでるのかもだけどにしてもヒロにしては様子がおかしいわ) 「……辻堂さんと?」 (ゆるせん……!) 「ただいまー」 「とりゃー!」 「うわびっくりしたぁ! なに?」 「遅いわよ!弟力が5時間切れたら生命力ヤバいお姉ちゃんを何時間放っとくのよ!」 なんやねん一体。 ああ、でもこの姉ちゃんのハイテンション。家に帰ってきたって感じがする。 愛さんとの夢みたいな時間が終わったのは寂しいけど、これはこれでほっとする。 「あはは、ゴメンゴメン」 「姉ちゃん夕飯は? お腹空いてない?」 「うぐ……っ、大人の対応」 (なにこの余裕。なにがあったの) (まさか、まさか……) 「姉ちゃんってば」 「ひゃああ!」 「どうしたのさ」 「う、う……」 「うわああああああ! こんちくしょー!」 「いててててて!」 抱きしめられた。 「な、なに姉ちゃん急に」 「うるさい! 抱きしめろ! 強くだ!」 姉ちゃんはよく分からないけど、まあおかしいのはいつものこととして。 いつもの生活に戻った。 昨日一昨日とセックスしては寝てのぐだぐだっぷりだったけど、疲労があったせいか夜はたっぷり眠れた。 おかげで朝から調子がイイ。 豆を多めに使った苦いコーヒーを淹れる。 「〜」 いい香りだ。大人の香り。 一口飲んだ。 うん。大人の味。 苦すぎる。砂糖とミルクで誤魔化した。 「おはよう姉ちゃん」 「う……今日もテンション高い」 「ごはんできてるよ。座って」 「おはようございます!」 「あらあら」 「元気いっぱいね」 「はい」 「彼女さんといいことあったかいヒロ坊。スッケベそうな顔して」 「えへへ」 台風一過の快晴にご近所さんとの挨拶にも身が入る。 結果論だけど、昨日一昨日のあの展開は、元をたどればマキさんのおかげだ。あの人が背中を押してくれたおかげ。 なので今日は感謝の意味も込めて、朝ごはんはステーキ肉サンドイッチにしてみた。 のだが。 「マキさん?」 いつもの場所にいない。 気ままな人だけど、今日はいると思ったのに。 まあいないなら仕方ない。行くか。 「あ……」 「お」 珍しくタイミングがかぶり、昨日別れた分かれ道で鉢合わせた。 「お、おはよう」 「おはよう愛さん」 「……」 「……」 なぜか沈黙。 といって気まずいでもなく。 例えるなら……昨日のセックス直後。ピロートークの空気がよみがえった感じ。 身体は現実に戻ってるから、すごい恥ずかしい。 「ち、遅刻すんぞ」 「うん」 生ぬるい空気は打ち切って、一緒に行くことにした。 「身体はもう大丈夫?」 「実はまだちょっとガクってる」 腰を気にしてた。 「筋肉痛? 俺も実は足に来てて」 「いや、筋肉っていうか、内臓がいてぇ」 「男には分からないほうか」 「ま、嬉しい痛みでもあるからいいよ」 「……」 「どうかした?」 「あ、いや。一昨日言われたこと考えてて」 「?」 「ほら、一昨日、土曜日にさ。大に言われたじゃん」 「えっと」 「愛はお尻の穴まで感じやすいね」 「ほら言ってみて。アタシはお尻の穴をナメナメされて感じちゃうエッチな女の子ですって」 「あ……アタシは……」 「そこじゃねーよ」 「ですよね」 「アタシにヤンキーやめてほしいって」 「うん」 「大がしてほしいならアタシはそれに合わせる」 「いまさら難しいけどさ。その、大にお似合いの、普通の女の子になる」 「でもそれってどうしたらいいか分からなくて。普通の女の子ってどんなんだろ」 「ン……言われるとピンと来ないね」 普通なんて千差万別だ。なんだったら愛さんだって、番長の肩書がなければちょっと派手な普通の子ってくらい。 「ホント色々考えたんだぜ。たとえば……料理とか」 「愛さんが料理するの?」 「えっ?! あ、ま、まーな」 「へー、いいな。食べたいかも」 「ン……じゃあ、今度弁当作ってくるよ」 「今日まで作らなかったのは挑戦しなかったからだぞ。別にアタシ、作ろうと思えばいつでも作れるし」 「ま、まあ朝は眠ィから、明日になったら忘れてるかもだけど」 「そう。愛さんの気が向いた時でいいよ」 (追い込まれちまった……覚悟決めろアタシ) 「とにかく料理は考えたけど、料理できるから女の子とは言えねーだろ」 「スキルの一種だもんね」 難しいなぁ。 「おはよう」 「あ、マイブレイン、いいところに」 「む?」 「愛さんのことなんだけど」 「辻堂か。愛さんと呼ぶようになったのか?」 「付き合っているなんていまだに驚愕ものだな。ひろと不良なんて絶対合わないんだから」 「おわあああ!」 「……」 「お、おはよう辻堂。さん」 「ヴァン。俺たちは幸せなんだから」 「失言だった」 「……チッ」 (怒らせた……殺される) (合わないって言われちゃった……しょぼーん) いかんともしがたい空気で登校になった。 「ふむ、お互いに歩み寄りを、か」 「うん。なにかあるかな、コレっていう方法」 「その場合、辻堂がどうこうよりもひろのほうが難しいんじゃないか?」  ? 「おはようございます愛さん!!!」 「「「おはようございます!!!」」」 「あの中に入るということだぞ」 「……」 難しい。 「おはざっす!久しぶりにいい天気っすね!」 「まーな」 「……? 愛さん、なんか変わりましたね」 「あ? なにが」 「なにがっていうか」 「何もかもが……!」 「うわあああああ愛さん美しいイイイイイ!」 「怖ェよ!」 やっぱり難しい。 「とりあえず俺がヤンキーになる話は後に回そう」 「逃げやがった」 「それでいい。ひろが不良になるなんて不可能だ」 「で、いまは辻堂がひろに近づく件だが」 教室でもその話になった。 辻堂さんがヴァンと絡んでるとあってみんながちらちら気にしてる。 でも俺とヴァンはクラスでも怖いものなしなポジションにいるようで、何も言われなかった。 「難しいと思うぞ。辻堂とひろではタイプがちがう」 「何度も言われなくても分かってんだよ」 「うぐっ」 「に、睨んだ程度でこの僕がそうそう臆すると思うなよ。そこらの十人並みな連中とはちがうんだ」 「ひざガクガクさせながら俺の後ろに隠れてちゃ説得力ないよ」 「はいはい、わるーござんしたよ」 「ふ、ふん。全然ビビってないからな」 「案としては、友達を作る。なんてどうだ」 「!!?」 「それいいかも。不良以外の友達少なそうだもんね」 「ン……うん」 「正しくは1人もいない、だけどな」 「不良でも……いるのは舎弟だけでダチはいないし」 予想以上に深い傷をえぐってしまった。 「ひろの交友関係の広さはこの学園でも有数だぞ。誰とでも仲良くなれる」 「広い狭いは分からないけど、仲良くなるのは得意かな」 「見習ってみろ」 「エラそーに……!」 「友達の1人もいないようじゃひろとはつり合わん」 「隠れないで」 「でもいいかもしれない。愛さんの、友達100人計画! みたいな」 「100人計画……母さんが昔やったって言ってた」 「何人できたって?」 「1000人血祭りに上げたって」 「はは、語感は似てるね」 今日の帰り、愛さんの家で会議しようと思ったけど、やめとこう。 「別に人数にはこだわらなくていい。最悪友達までいかなくても、クラスで浮かない程度にはなってほしいものだ」 「たしかに」 「でもそれ言ったら、ヴァンも相当浮いてるよね」 「言われてみりゃお前、大以外友達いんの?」 「ぼ、僕は十人並みな連中とはちがうからいいんだ」 「それに作ろうと思えばすぐに作れる」 「見てろ」 「今日こそタロウを昼飯に誘おうと思う」 「あいつは無理だって。自分のこと特別だと思ってるもん」 「まあ頭脳明晰成績優秀容姿端麗スポーツ万能。本当に特別タイ」 「いけるって。ヒロシは上手くやれてんだから」 「長谷君は七福神みたいなオーラでてるから誰とでも上手くやれるタイ」 「そもそもなんでそこまで坂東にこだわるの?」 「あいつはときどき不意に寂しそうな眼をする……。そんな気がするのさ」 「妄想じゃん」 「おい」 「はい!?」 「友達になってくれ」 「は?」 「友達になってくれ」 「お、おう」 「助かる」 「……」 「なんだありゃ」 「ほ、ほらな。あいつも友達が欲しかったんだって……///」 「なんで顔が赤いタイ」 「3人作ったぞ」 「いまので3人カウントすんのかよ」 「もともとヴァンは嫌われてるわけじゃないからね」 「アタシは嫌われてる?」 「好き嫌いのレベルにすら行っていない。近づけないんだから」 「クソッ! ナメんじゃねーぞ」 「1人くらい作ってやるよ!」 「ひいいい!」 「とととトイレ!」(スタコラ〜) 「気合いれただけで2人逃げたぞ」 「……本気でヘコむんだけど」 「まあまあ」 (ジロッ) (サッ) (ジロッ) (ササッ) (ギロッッ!) (バタン!) 「目があっただけで全員逃げる」 「1人失神した」 予想以上に愛さんはみんなから怖がられてるらしい。 俺も1ヶ月前までは怖かったけど……、これほどとは思わなかった。 「誰かいねェのかよ……」 「おはようございます」 「いたっ!」 「一番の安牌に走ったな」 「彼女、意外とナイーブなのか?」 「おはよー委員長」 「早く来てたのに、どこ行ってたの?」 「生徒会室です。7月に入ったので、9月の文化祭にむけての準備が始まりまして」 「委員長は大変だねー」 「委員長」 「ひぅっ!」 「あ、あたしたちあっち行ってるね」 (……ああいうのも地味に傷つく) 「おはようございます辻堂さん。なにか?」 「話があるんだ」 「?」 (すー) (はー) (行くぞっ!) 「な、なんだか怖いですよ」 「頼みがある」 「はい」 「アタシのダチになってくれ」 「……」 (委員長にまで断られたら……) 「……」 「……委員長?」 (うる) 「ごめんなさい!」 「ええええ!?」 「泣かせた」 「友達になってって言って泣かせた」 「あ、アタシが泣くぞコラァ!」 「はぁっ、はぁっ、ちょっと待てよ委員長」 「……辻堂さん」 「ダチになるの嫌ならいいけど。別に泣かなくても」 「はい?いっ、いえ! そんなことないです」 「は?」 「あの……なってというか、私はもう辻堂さんのことお友達だと思っていましたので、その」 「そちらには思っていただけてなかったのかなと思ったら、悲しくなってしまって」 「がーん」 「す、すまねえ委員長! アタシだって結構前から。でもお前に迷惑かけちゃいけないと思って」 「辻堂さん……」 「委員長……」 「辻堂さーん!」 「いんちょー!」 抱きっ! どうなった? 俺たちが追ってきたときには、2人は裏庭の隅で抱き合ってた。 「なにこれ?」 「大、聞いてくれ」 「アタシと! 委員長は! 友達だっっ!」 「ダチですっ!」 「う、うん」 「感動した……っ!」(パチパチパチ) 「だが前々から友達だと思っていたなら、いま作ったことにはならない。失格だ」 「それもそっか」 「まあ友達っていまみたく自然と出来てるもので、作ろうと思って作るものじゃないけどね」 「難しいですね」 「そうだ。辻堂さん、坂東君とはあまり縁がないじゃないですか」 「そっか。これを機に友達になったら」 「ヤだ」 「不良の友人などいらん」 残念。 結局朝のうちには結論は出なかった。 ・・・・・ 「委員長って……最近辻堂さんと仲良いよね」 「だよねだよねだよねー。なんかもうフツーに話してるっていうか」 「……ちょっとうらやましい」 「……うん」 「しかも坂東君とまでよく話すし」 「それはホントうらやましい」 体育の時間。 「鬼教師のヤマモトじゃ!」 「今日は砲丸投げの距離を測るぞ」 「おん?こりゃ辻堂! まぁたサボりか!」 「うっせーな、体調不良だよ体調不良」 「……あー腰がいてぇ。体操服もぐちょぐちょで着れたもんじゃねーし」 「これじゃから不良は」 「今日はあと……川井も休みか。しょうがないのぅ」 (見学中) (友達……友達……) (委員長だけに甘えてちゃダメだ。このままじゃ大の彼女として恥ずかしい) 「でもなぁ」 (びくびく) (ちらっ) 「ひいっ!」 (会ったこともねー女子にまで隣に座ってるだけでビビられる) (といってアタシをビビらねーやつってのも……) 「ホーホホホホホ! 体調不良とは辻堂さん、また分かりやすい逃げ口上をつくったものですわ!」 「……」 「ねーな」 「な、なんです一体」 「辻堂さんが見学してる」 「サボりならともかく見学なんて珍しいな」 「体育は無理だったか」 「ああして大人しく座ってるぶんにはいい子タイ」 「そう?」 「外見だけなら人気があるぞ彼女は」 「隣の川井さん、校内美女ラン3位だけど、全然見劣りしねーだろ」 「目つきがキツすぎるのを除けば勝ってるくらいタイ」 「まあね」 彼氏としては誇らしい限りだ。 「10メートル離れてればいいんだけどな〜」 「それ以上近づくのはな〜」 つまり外見的にはイイのに、それ以外の要素でお近づきになれない。と。 うーん……。 ・・・・・ 昼になっても愛さんはシブい顔だ。 「改めて考えるとショック。こんなに怖がられてたんだアタシ」 分けっこしたステーキサンドを咥えながら言う。 「あはは。やっぱ番長って響きはね」 「自分で番長って名乗ったことないのに」 「ちょいちょい名乗ってるじゃない」 「ビビらせるのに便利だから使ってるだけだよ」 「そもそもは番長になるつもりないんだっけ?」 「うん。入学2ヶ月で吹っかけてくる奴全員倒したら、いつの間にか稲村のトップってことになってた」 「湘南最凶校って言われてる稲村をそんないい加減なノリで制覇したのはすごいけど」 「とりあえず腕ならしとして、不良の間で友達作ってみたら?」 「誰とだよ。アタシと対等になれるヤンキーなんてそういねーぞ」 「んー、マキさんとか」 「……」 「ゴメン」 嫌ってるなあ。似合いの2人だと思うんだけど。 まあこれはしょうがないんだろう。似合うからこそ、同属だからこそ合わないんだと思う。 そういやマキさん、どうしたんだろ。今朝いなかったし、昨晩も来なかった。 「他には……」 「片瀬さん」 「恋奈は無理だろ。握手求めたら手のひらに剣山仕込んでるタイプだ」 っぽいな。 「てことは一条さんやハナさんも無理だね」 「……ハナとは仲良くしてーんだけどな」 「……俺も」 「撫でたい」 「撫でたい」 「あ、あのマスクの人なんてどう?リョウさん……だっけ」 「総災天のことか?」 「すごい人なんでしょ?」 「まあヤンキーとしての知名度は湘南トップクラス。もろもろの要素合わせたらアタシより格上なくらいかもしれねーけど」 「あいつは無理だ。私生活一切明かさねータイプだから」 「ちょっと怖いもんね」 「ああ。ケンカなら勝てるだろうけど、不気味さもあってなるべく関わりたくない」 愛さんにここまで言わせるとは。すごい不良なんだろう。 俺も関わらないようにしよう。 「ン、このピクルス美味しい」 「孝行って店のやつだよ。おまけでもらったんだ」 よい子さんはホント良い人だなぁ。 「まあこの話は追々として」 「愛さんががんばってくれてるから、次は俺の番だね」 「ああ」 「つーか別にアタシ、大にヤンキーになってほしいなんて思ってねーぞ」 「むしろヤンキーとは正反対の優しいところが……。その、だから、あの、そのままのお前でいてくれたほうが、ずっと」 「愛さん」 「大……」 「愛……」 「大……」 「愛さん!」 「久美子……」 「えっ? えっ? なんすか?」 「あまちがえた。だりゃーーっ!」 「にゃーっ!」 「ちょっ、なんで葛西さんを殴るの!」 「はっ、二重に間違えた」 「はーーーーッッ!」 「ぶるるるああああーーーっ!」 「いてて……出たー! 愛さん77の殺し技の一つ、辻はめ波!親の幻影がバックに見えれば必勝確定だぜ!」 「ってなにやってんすか愛さん。オレもヒロシも味方なのになんで攻撃するんすか」 「そうだった。三重にまちがえた」 「いたたた」 「く、クミ出てけ。いま忙しいんだ」 「む……またヒロシと2人になるんすか?」 「関係ねーだろ。出てろ」 「……」 「……はい」 「す、すまん大。つい」 「いてて、コアの部分が残ってて助かったよ」 「で、話を戻すけど」 「俺の場合ヤンキーになるっていうのは言葉のあやで。がんばるのは別のところ」 「なに?」 「葛西さんたち愛さんの友達に、俺たちが付き合ってるってことを言う」 「ン……」 「まあ何か言われるかもしれないけどさ」 「俺もみなさんの仲間になって。愛さんの生きてる世界で俺たちが付き合ってるってことを認めてもらう」 愛さんの恋人として、最低限の意地だ。俺のツッパりどころだ。 「どうかな?」 「……」 「……うん。嬉しいかも」 「安心しろ。文句言ってくる奴がいたら血祭りにあげりゃいいだけだから」 「それはダメだけど、でも頑張ろう」 「俺たち、恋人同士なんだから」 「うんっ」 「……」 「……」 「今日集会があるから、発表はそこで」 「うん」 「あいさつの仕方考えとけよ」 「番長がベタ惚れになった男があいさつの一つも出来ねーんじゃ困るぜ」 「うん」 そんなに緊張しないのは、もう集会にも行き慣れてきたってことだろうか。 「というわけで、決戦に向けて」 ――ぽふっ。 「んわ、なんだよ」 ひざまくらしてもらった。 「は〜。実は前々からしてほしかったんだ、昼ごはんのあとのひざまくら」 「なんだよそれ」 困った風な言い方ながら、愛さんも嬉しそう。 「食べてすぐ寝ると牛になるぞ」 「じゃあどく?」 「ダメ」 額に手をおいてくる愛さん。 日よけになってくれるし、単純に気持ちいい。 「〜♪ 愛さんの太もも〜♪」 「脚フェチ」 「否定はしない」 すりすりさせてもらう。 真夏が近い屋上は、ちょっと暑い。風が心地よかった。 「は〜♪」 「いつまですりすりしてんだよ」 「いつまでも」 「ったく。お前、こんなに甘えん坊だった?」 「やっぱ一線超えちゃうと、歯止めが効かなくなるよね」 前まではあった羞恥心のリミッターが吹っ飛んでる。 「裸まで見せ合ったんだからもう恥ずかしいことなんてないよ」 「ったく」 愛さんは苦笑がちだ。 「そっちだってそうでしょ」 「アタシはまだ羞恥心がある」 「そうなの?俺、もう愛さんのこと隅から隅まで知ってるのに」 「う……やめろバカ」 「だってそうじゃない。どこが感じるとか、おっぱいはどんな形とか」 「もう……」 「毛が生えてないとか」 「は!?」 あ、失言。 「ちょっ、ま、待てテメェ。なんだいまの」 「ゴメンゴメン。もう言わないよ、気にしてるんだよねパイパンのこと」 「ぱいっ?!ふざけんな! 生えてるぞアタシ!」 「うそ。なかったよ昨日」 「あ。あるけど剃ってる人?」 「ちがうって!あの、わきとかはまだだけど、でもあっちは!」 「???」 恥ずかしいのは分かるけど、なぜ嘘をつく。俺以外いないのに。 「……」 「ホントに生えてる?」 「生えてる」 「ふーん」 「じゃあ確認しよう」 「ああいいぜ」 立ち上がる愛さん。 2人弁当とかを片付けていく。 ・・・・・ 「おかしくない?」 「気にしない気にしない」 確認はいいけど、校内にそうそう『見せっこ』なんて出来る場所はない。 思いつくのは昨日と同じところだった。 「失礼しまーす」 「よしっ、先生いないよ。こっち来て」 「……なんか腑に落ちねェ」 「いいじゃん」 狙ったわけじゃないが俺には嬉しい展開である。何度見ても飽きるもんじゃない。 「こっちこっち」 昨日も使ったベッドのところへ。カーテンを閉めれば密室の完成だ。 「ンと……ヘンなことするのはなしな。このあと授業あるんだから」 「うん、確かめるだけ」 「じゃあ……」 スカートの中に手を入れる愛さん。 「ちょっと待った」 「?」 「パンツ、俺が脱がせたい」 「ヘンなことする気まんまんじゃん……」 自分でスカートをたくし上げてもらい、俺はその場にひざまずいた。 「おお……すごいいかがわしいことをしてる気分」 「いかがわしいことをしてるんだよ」 「今日は大人っぽいパンツだね」 「だろっ! 持ってるんだよアタシだって。いっつもあんな無地パン穿いてるわけじゃない」 「ふーん」 「つまり今日は俺に見せる気まんまんだったと」 「なっ!? ち、ちが――」 「相変わらず良いおみ足で」 ――ぎゅっ。 「ひゃうんっ」 よっぽど意識してるんだろう。太ももをつかんだだけで愛さんは喉を鳴らした。 1日ぶりってだけで、もう新鮮に思える。思う存分撫でまわした。 「ちょっと、大、今日はこれちがうだろ」 「ちがうけどさ」 こんなイイものが目の前にあってイタズラしないわけにはいくまい。 すべっすべな感触に頬ずりしつつ、 「パンツが大人っぽいと雰囲気も変わるよね」 「ン……っ」 そっと底にふれる。 「……汗かいてる」 「暑いんだからしょうがないだろ」 「ロングスカートなんて穿かなきゃいいのに」 「うっせーな、ポリシーなんだよっ」 「ミニが恥ずかしいだけでしょ?」 「う……」 「まあそれでいいよ愛さんは」 恥ずかしそうに内股気味な腿にキスした。 「この脚は俺がひとり占めするから」 「んふ……っ、も、もう」 「もちろん脚だけじゃないけどね」 前から抱きつく形でお尻をつかむ。 ――わっしわっし。 「うう」 ――わしわしわし。 「……」 ――むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅ。 「大……しつけぇ」 「しつこく揉まれるの好きなくせに」 「……好きだけど。昼休み終わるぞ」 「んー、まあその時はエスケープってことで」 「不良」 「彼女の影響かな」 お尻は強く揉みながら、クロッチの部分も優しく揉んでいく。 「この下着、お気にいり?」 「結構。なんで?」 「汚しちゃうかなーって」 「ン……いいよ」 「大に汚してもらうために買ったんだもん」 ――ニュル。 「あふ……っ」 指に力を込めると、中身はもうゼリー状になってて簡単に左右に割れた。 「いつくらいから濡れてた?」 「わ、分かんない」 「ひざまくらのときはもうドキドキしてた」 「エッチぃな愛さん」 「うっさい」 まだ厚めのびらびらが出て来てないんで、まわりの土手からプニプニと押しほぐしていく。 「触った感じでは毛の感触ないよ?」 「や、柔らかいんだよ。そういう体質」 「ふーん」 でもぴったりフィットした素材をこすらせても、じゃりってのがない。 肌に直に触れてるとしか思えないんだが……。 「分かんないよ」 ジャリジャリを探って荒めに指を動かす。 「あうっ、あ、あっぅ」 ちょっと刺激が強いようだ。愛さんは腰をくねくねさせて逃げた。 「これはもう見たほうが早いかな」 「うん……。てかなんで1回触ったんだ、最初から見りゃいいだろ」 「それはまあ、触りたかったから」 シルクショーツの裾に指をかける。 ゆっくりと、 「う」 おろして……。 「……〜」 「ま、待った!」 「はい?」 「ちょっと待て。これ……なんか……すごく恥ずかしい」 「いまさら?」 「よく考えたらなんでいま確認すんだよ。家帰ってからでいいじゃねーか」 気づかれてしまったか。 「ここまで来てそれはないよ。いいじゃん、ね?」 「んぐ……くそ〜」 「じ、自分で脱ぐから。待ってろ」 背中を向けてスカートの中に手をいれた。 「んしょっ」 「……」 ロングスカートをひらつかせながら、華麗な美脚にそってするすると布きれを引いていく。 まず最初に右足首、ついで左足首から抜き取られた。 「愛さん、逆にエロい」 「うっさい!」 ついさっきまでツンと持ち上がったヒップを包み、パツパツにされていたシルクは、自由になった途端くるんと小さく丸まる。 ……欲しいなアレ。あとで言ったら……殴られるかな。 手のひらに収まるちっちゃな下着を雑にスカートのぽっけに入れ、 「……行くぞ」 またスカートのすそに手をかけた。 「……」 な、なんか緊張してきた。 じらすみたくゆっくり上がっていく黒のカーテンに、心臓がいまさら早鐘をうつ。 「……」 「……」 「どうだ」 スカートの裾をこぶしにした手で握りしめた、恥ずかしそうに言う。 「……そういやこんなにまじまじ見るの初めてだっけ」 昨日一昨日で何回したか忘れたけど、薄暗い部屋で、ほとんどシーツにくるまってたし、あんまり顔を近づけることもなかった。 感触の柔らかさそのままに、ふっくらした土手の中央に色の濃い先が一本走っている。 線はイジられた拍子にかわずかによれて、中からピンク色の粘膜をはみださせていた。 ふむぅ。 「可愛いよ」 「感想はいい。生えてるだろ」 「……」 悪意なく。からかう気一切なく言おう。 「どこに?」 「よく見ろ上の方」 上半身を乗り出して、顏を近づける。 「あ、あんまじーっと見るな」 「あ」 よーく見ると、裂け目の一番上。クリトリスを隠すしわしわのちょっと上に、ちょっと長い産毛が。 「ほらな、ちゃんと生えてるだろ」 「うん、生えてる」 「でもこれは『ちゃんと』は生えてないよね」 直毛でそろって肌にくっついてるし、色も薄い。こんなもん見逃すなって方が無理だ。 「こっちも染めてるの?」 「いや、素」 「じゃあ産毛だよ完全に。毛とは言えません」 「ぐぬ……」 傷ついたらしい。 「まったく、時間の無駄だったよ」 ――ウニ。 「ひん……っ」 ショーツを脱いだスリットに指を添える。 「ひっ、大、なにを……」 「時間の無駄だったから、せめてここから楽しもう」 人差し指と中指をVの字にひらき、割れ目を開いた。 「あう……っ、は、ふ」 もともとビラビラもピンク色だけど、つっぱった粘膜は白に近いほど色素不足の、桜の花びらみたいな色合いだった。 神経がつっぱって敏感なんだろう。空気が触れるだけでビクッとなる愛さん。 「ついでだから中もよぉーく見せてもらおう。こっちにも何か見落としがあるかもしれない」 観察するのを忘れてたのを思い出したので、この機に女性器なる探求心の都へお邪魔させてもらう。 「恥ずかしいんだけど……あぅ」 昨日は見ようとすると恥ずかしがって逃げたが、今日は毛のことで気が小さくなってるらしい。されるがままだった。 ――むち。 「……っ」 シェルピンクの粘膜を木の葉型にひろげる。 外っかわはシンプルな裂け目だったけど、内部はかなり複雑だ。 プニ土手にはみ出しそうな赤いびらびらが1枚ずつ。その中は、いちごミルクのゼリーを崩して詰めたような粘膜のるつぼになっている。 「女の子ってこんな形してるだね。変なの」 「でっかくなったり小さくなったり、男の方が変だろ」 「それもそっか」 産毛の下にはしわしわの塊が、 「女の子もここは大きくなるよね。……いまは小さいけど」 「っふぁっ、あっ、ンふ、もう……」 厚めの包皮越しにクリトリスをつっついた。 感じやすい愛さんはそれだけで両膝をぶつけるほど激しく反応する。 「ほーれ、おっきくなれなれ」 ――くにゅくにゅ。 「あっ、ああっ、んぁああ……っ」 押し揉めばもう腰が砕けてしまいそうだ。 「ま、待って、待て大。それダメ」 「そこ……おっきくなると、パンツにあたって授業中キツいから」 「そうなんだ。ごめん」 やめとこう。少し下へ。 「えっと……ココ、おしっこの穴だよね」 「うん、……っう、触るな。むずむずする」 「苦手なんだ」 「男はいやじゃないのか?おしっこのとこ触られるの」 「言われると変な感じかも」 微妙に周りの色素が薄い感じとか興味を引かれたけど、ここはやめておこう。 「本命はこっちだし」 ――ニュル。 「ひああっ! い、いきなり入れんなっ」 「触ったら入っちゃったんだよ」 キツめに引き締まった穴は、刺激されて緩んだのか穴の口径をくつろげてる。 それにオイルみたいな光沢のあるぬめりが、汗みたいに全体に染みてきていた。 「濡れちゃってる。愛さん、興奮してるでしょ」 「……知らない」 「俺に見られてエッチな気分?」 「〜〜……っ」 怒ったようにぷいっとそっぽを向いた。 でもじーっと見つめてると、 「……〜」 コクっと小さく首を縦に。 「あはは、可愛いな愛さん」 そっと穴の中身を撫でる。 「ひっ、ぃんっ。……あひ、ふ、ああ」 「痛くない?」 「痛いのは……だいじょぶ。でももっとゆっくり」 了解。ゆーっくり、じらすように指を揺らす。 「あ……そう、それいい。ジワーって気持ちイイ……」 「……ンく」 ――ニルゥ。 「うわ……吸いついてきた」 穴を責めてると、ただでさえ揺れてた粘膜がひときわいやらしくひきつる。 プニ肉全体がえくぼをつくるみたく引っ込み、中央にあたる俺の指にくっついてきた。 「わはぁ……やらしい」 「あ、でも入れてるときもこんな反応してたかも」 ペニスに当たる感じもやらしいかったけど、見た目にもこんなにいやらしかったんだ。 「イジって欲しがってる」 ――にゅるっ、にゅるっ。 「あっふっ、あひっ、ンぅ……」 「どう?」 「あぃ……ぃい、あは、ん」 「昨日とおなじ……でも昨日より、ちょっと、優しいヨさで。気持ちいい……」 くぼみをとらえた指先の動きに、愛さんはウットリ目を伏せる。 逆に指をやった穴はぬぱりと口をひろげた。透明な蜜がとろとろあふれてくる。 「愛さん、昨日のアレで濡れやすくなったね」 「ンく……そう、かも」 「大のせいだからな。大がいっぱいいっぱい気持ちよくするから」 「かもね」 粘膜の傾斜にそって指をすべらせる。 「あはぁ……っ」 昨日知ったんだが、女の子の汁って2種類ある。 成分がどうこうは知らないけど、最初に出てくる透明のやつと、あとから出てくる細かく泡立ったやつ。 後者はヌルヌルっ気が強くて、たぶんセックスしやすいための液で、 もう出て来てた。 ――ヌルヌルぅ。 「ふぁああっ、その触り方いやらしすぎるぅ」 「……あ、ヤバい」 「へ?」 「……大きくなっちゃったよ」 「あうう」 感じすぎたせいか、包皮の奥からつるんとした小粒が半分顔を見せてしまった。 せっかくだからこっちも触ろう……。 ――ツ。 「あひんっ!」 「あ、痛かった?」 「ちょ、ちょい、刺激強い」 感じやすすぎるのも考えものだな。 「はむ」 「ひゃあああ!」 ひし形の上のあたりをまるっと口に入れる。 ――ンくンくンく。 「ひゃっ、ひゃ……吸っちゃ……ゥ、ンぁっ」 舐めるまでもなく愛さんは肩をわなわなさせた。 ――ちゅるぅ。 「ふぁあああ舐めちゃらめぇ」 桜色に火照った顔をゆがめ、背筋をそらせる愛さん。 そういえばクンニも初めてだな。 しょっぱさ強めでほんのり甘い?血を薄めたみたいな味がする。 さっき調べた産毛地帯に鼻を充てて、愛さんの肌がかもす汗っ気まじりのフェロモンを楽しみながら、 「んちゅっ、んず、ちゅるぅう」 「あああっ、ひっ、ひっ、ひ……っ」 同時に軟膏でも塗るよう浅瀬を往復させてた指を、 ――ズチュル。 「〜〜〜っっうううっ」 一気に第二関節まで差し込んだ。 あったかいぬかるみがビックリしたみたいに指にくっついてくる。 「ひぁっ、ひはっ、きゅ、急にぃい……もおお」 「ゴメン。……ちる、にるにる」 「はひん、ひっ、ひんん」 眉をきゅっと中央に寄せて唇を噛んでる愛さん。 あんな顔をさせてるのが俺だと思うと、無性に興奮した。 ――にゅく……ぐぐ。 「んふ……ぅ」 ――ぐちぅ。 「ううううううっ」 方向が分からなくなるほど複雑に折りたたまれた粘膜をくぐり、指を根元まで埋め込んだ。 さすがに子宮には届かないか。愛さんの弱点なのにな、残念。 でも……。 「どんな感じ?」 「わ、分かんない……。おちん○んよりは優しい」 「細いからね」 「でもいっぱいな感じ。股がむずむずして、ぎゅーって、お腹の奥が」 「こっちも指だとよく分かるよ。愛さんの中身」 ヌルヌルした感触は、絶え間なく指にくっつき、こすりついてくる。 こんなのにペニス突っ込んだら、気持ちいいわけだよ。 さすがにいまはセックスまでしてる時間ないけど、 「もう我慢できないでしょ愛さん。イッていいよ」 「えう……ふぁっ、ふぁあああっ」 突っ込んだ指を、爪が当たらないよう気を付けながら出し入れしてみた。 ――にゅっ、にゅるっ、にゅむっ、にゅむっ。 「あぅんっ、ひんっ、ぁんっ、あんっ」 昨日一昨日のくせで、愛さんは粘膜をほじくる俺のリズムに合わせて鼻を鳴らしてしまう。 人……来ないよな?愛さんのこういう声は俺以外に聞かせたくないんだが。 早めにイカせよう。……んっ。 「ちるるるう」 「ひぁああああっ!」 クリトリスも激しく責めた。引っ込みがちなのを吸って包皮からむき出し、舌でぴんぴんはじく。 「あひっ、ひっ、ひんっ、うあううう」 「こういうの好きだよね」 「はぁああああっ、まわすの、回すのだめぇえ。お腹かきまぜちゃあ」 ヤりまくった翌日なんだ。疑似セックスは難しくなかった。 指を出し入れ、折り曲げ、回したりして、徹底的に性感を追い込んでいく。 「はぁぁ、あんん、んぅ、ふぃううう」 稲村の番長さんはもう、こみあげる快感に打ち負けくねくねと全身をよじっている。 ――ちゅくっ、ちゅくっ。 ヴァギナの中も柔らかくなって、水音が聞こえるくらいだった。 「あはっ、や、大……大イク、イッちゃ……ぁ」 「あぁあ――」 せわしなくねじれた肢体が、一気にこわばる。 「きゃああああ……、ッふぅうっ」 最後にここが学園だと思い出したのか、微妙に声を殺しながら、ピーンと全身をつっぱらせた。 「くぁっ、んぁ……っ、あああっ、あは……は」 ちりちりする快感の粒子に、落ち着かなげに震えてる愛さん。 「っと……!」 崩れ落ちかけた。あわてて抱きとめる。 「はぁ……はぁ……あはぁ……あはぁ……」 「大丈夫だった?」 「う、うん……」 俺の首にしがみつきながら、まだぴくんぴくん絶頂の痙攣を反芻している。 今さらながら溜まった汗の香りが甘酸っぱい体臭を引き立たせてて、ドキドキした。 愛さんは、しばらく余韻を楽しんだ後、 「あの……大」 時計を見て、あと5分くらいあるのを確認する。 「まだ時間あるからさ、あの」 「もうちょっとだけ……」 「……」 昨日から思ってたんだけど、 愛さんって結構やらしいなぁ。 ・・・・・ 「私の名前は城宮楓」 「稲村学園に勤める、保健の先生である」 「趣味、人体実験。特技、武力介入。好きなもの、美少年もしくは美少女」 「今日は天気がいいので、昼休みはちょろっと屋外で、野外なにがしを楽しんでいた」 「せ、せんせぇっ、私もう……もうっ」 「フフフ、放課後まで我慢しなさい。耐えた分だけ素敵な世界が待っている」 「なにをしていたかはご想像にお任せする」 「そんなわけで自分の巣に帰ったのだが」 「きょーおもかえーでさんは……む?」 「誰かいる」 「私は中学生のころから、自分の部屋を空けるときは扉に三つ編みにした陰毛を挟んで侵入者の有無を確かめるようにしている」 「毛が落ちていた。誰か私のいないうちに中に入ったようだ」 「やれやれ、困った生徒がいたもので」 「ひ、大……ぃ。もう、もう……っ」 「……」 ちらっ。 「……」 「うわあああああああああああああああああああああ」 「うわうわあああああああああああああああああああ」 「ととととんでもない現場に遭遇してしまった」 「いやいや落ち着け。私はいやらしさに定評のある保健の先生。これくらいのハプニング、動じないさ」 「若い2人なら学園のなかでも劣情が抑えられず、ベッドのある場所を求めてしまうのは仕方あるまい。物わかりのいい先生として黙って見守ってあげよう」 「がしかし、しかしである」 「んぁ……っ、あっ、ああぁクリはダメェ」 「可愛いよ愛さん。んちゅ、るろ」 「片方が友人の弟である場合どうしたらいいんだろう」 「ましてやもう片方がうちの番長な場合は」 「特に後者は覗いてるのがバレたら照れ隠しに殺されるかも」 「どうしよう。どうしよう……」 「ッ! 誰だ!」 「ふぃっ?!」 「さて問題だ。私はこのあとどうすればいい?」 「やるしかない!」 「絞り出せ……私の中のすべてのドジっ子を。3歩進んで1歩こけるほどのお小水がきれいな水に変わるほどの!」 「誰だ!」 「はわわ、まちがえちゃいました〜」 「あうんっ」(コケっ) 「転んじゃいました〜、てへぺろ」 「……無理がある」 「そすか」 「とくに理由はないけど来てみたわ」 「お前は来ちゃダメだ」 「ちょなに楓ちゃん急に」 「いいから帰れ。もう1個爆弾を抱えるキャパシティは私にはない」 「ひどくない? せっかく来た友達に」 「さっきヒロポンがお姉ちゃんが恋しいと外へ速!」 「あー疲れた」 「私がマルをつけたいのは答え2だが期待できない。仲間がアメリカンコミックヒーローのようにジャジャーンと登場して待ってましたと」 「なにぶつぶつ言ってんだ」 「長々と考え事してる時間なんてなかった。答え3 答え3 答え3!」 「おかしなモン見てねーだろうな先生!」 「イギィ!」 「先生……」 「……聞いてた?」 「あー、コホン」 「若者よ、君たちはまだ若い。時として困難な道が立ちはだかろうとも」 「大、山に埋めるぞ。誰も来ないように見張ってくれ」 「ストップストップ」 先生を捕まえにかかる愛さんを止めた。 「先生、あの、このことは」 「誰にも言わないから安心しろ。こっちはエロさに定評のある保健の先生なんだ」 「助かります」 「とくにお前の姉に知れたときのことを考えると非常に面倒だ」 「ですよね」 「あの、すいません。二度とここは使いませんので」 「別に使ってくれてもいいぞ。この部屋のベッドは全部防水マットだから後片付けとかも心配しなくていい」 「いらねーよ」 「今日のことはイレギュラーだから。……昨日もしたけど」 「……」 「本当に使っちゃっていい?」 「私はエロさに定評がある先生だと言ったろう」 「先生……」 「なにいい先生風にとんでもない許可出してんだ。大も食いつくな」 「も、もう授業始まるから行く。先生、このことは絶対に他言無用で」 「はいはい」 「大、行くぞ」 「うん」 (ちらっ)←アイコンタクト (コクコク) よしっ! 「なにニヤニヤしてる」 「し、しねーからな今日みたいなこと。もう2度と」 「はいはい」 今後の成り行きは追々として、 ねんがんの 校内ラブホを てにいれたぞ! ・・・・・ 「この結果岩倉具視は外務卿に就任しました」 「幸せだなぁ、僕は眠そうな生徒たちに授業するときが一番幸せなんだ」 一昨日、昨日、今日と無理しすぎたせいか、午後の授業は眠くてしょうがなかった。 引きずり込まれるような眠気と戦い、 なんとか授業が終わる。 「このまま帰りのST(帰りのHR)に移ります」 「幸せだなぁ。僕は移動せずに今日の仕事が終わっちゃう日が一番幸せなんだ」 帰りの伝達になった。 (ちらちら) 愛さんがこっちに合図してくる。 (このあと、な?) (うん) 緊張のひと時だ。 でもがんばらないと。俺にとってのツッパりどころなんだから。 「……と、いうわけで明日からはテスト週間に入る。がんばるようにね。今日は解散」 ほぼ聞いてなかった先生の話が終わる。 行きますか。 「珍しいですやん愛はん。クミはんやのうて愛はんが集合かけるやなんて」 「ま、まあな」 「(くちゃくちゃ)今日はシーヒロも一緒なんだね」 「はい」 緊張してきた。 「えーっと、クミは?」 「まだ来ていません」 「ったくいつもは呼びに来るくせに。ちょっと待ってろ」 行ってしまった。 また1人か……緊張する。 「ジロジロ」 「ジロジロ」 すごい見られる。 もう何回目かとはいえ、不良の巣窟って慣れない。 「彼が……例の?」 「ああ、噂に聞く少年だ」 「?」 「くっそー、認めねぇ。認めねぇぞオレは」 「どうせあのヤロー、愛さんが人がいいのにつけこんで勝手に付きまとってるだけに決まってやがる」 「付きまとってるだけに……」 「……」 「オレもそうかちくしょ〜」 「いた。クミ、集合かけただろさっさと来い」 「っ、愛さん。……すいません」 (とはいえ緊張してきたぜ) (文句言うようなやつはぶっとばしゃいいけど、どう言い返せばいいか分からねェ) (大じゃどうがんばっても不良には見えないしなぁ) (覚悟決めろアタシ!) 「お前ら! 集まってるだろうな、話がある!」 「ほう、3会の時にはもう付き合っていたとは」 「当時は江乃死魔の人へのブラフでしたけどね。そのあとも成り行きで」 「かぁ〜っ、うらやましいわ。愛はんみたいな別嬪とラブラブするやなんて」 「ら、ラブラブだなんて」 「ふふっ、照れちゃって」 「もう話してる&和んでる!?」 「あ、愛さん。みなさん分かってくれたよ」 「どちらかというと予想通りといった感じですが、我々は祝福します」 「もっと早ぅ言うてや」 「(くちゃくちゃ)あっしは前から気づいてたけどね」 おおむね友好的に迎えられたようだった。 「あンだよ、こんなフツーに受け止められるなら隠すことなかったじゃん」 「こちらはあくまで愛さんというカリスマの元に集わせていただいているのだから、愛さんのすることを制限するつもりはありません」 「恋人ができるなんてとてもいいことだと思うわ」 「そ、そうか?」 「せやせや気にすることないて」 「よかったです」 「ははっ、ビビッて損した」 「無敵の愛さんを我々がビビらせた。そう考えると面白い機会だったかもしれません」 「かもな。ははっ」 「あはははは」 「「「あははははははははは」」」 「嘘だッッッ!!!!!」 びっくりしたぁ。 「嘘だーっ! 嘘だ嘘だ嘘だぁああーーーっ!愛さんが! 愛さんがそんな、ウソだぁああーーっ!」 「く、クミ」 「あらら、やっぱりクミさんはこうなりましたか」 「これまた予想通りやなぁ」 「長谷ヒロシコラァ!」 「は、はい」 「うううう」 「オレと勝負しろ! タイマンで勝負しろコラァ!」 「そ、そんなこと言われても」 「問答無用じゃオラアアアッッッ!」 「うわ――」 「クミ!」 「ひぎゃんっ」 こっちに殴りかかってきて、横からの睨みで倒される葛西さん。 「気にいるいらねーは個人の自由だが、アタシの彼氏に手ぇ出すってのがどういう意味かは分かってんだろうな」 「う、う……」 「覚えてろちくしょーっ!」 行っちゃった。 「あらら。ったく、相変わらず人の話聞かねーな」 「俺が話してくる。愛さんは待ってて」 「お、おい危ねーぞ」 「大丈夫」 「彼氏としてはツッパってないと」 あとを追った。 もう後姿も見えないけど……、ヤンキー娘がこういうとき行くとこは一つだ。 「げっ」 「げっ、はひどいな」 「なんでテメェが来んだコラァ。愛さんが来てオレのこと説得する流れだろうが」 「どういう風に?」 「クミ! アタシが愛してるのはお前だけだ。あんな雑魚相手にしてないから!」 「さすがにないでしょ」 「うるせーっ!」 気が立ってるようだ。 殴られるかな。 まあいい。とにかく誠心誠意、説得しよう。 「あのさ葛西さん。君なら分かってくれると思うんだけど」 「あ?」 「愛さんって可愛いんだよ」 「……」 「ぱっと見はヤンキーの親玉な貫禄充分ですごく怖いんだけど、実はすごーく可愛い人なの」 「だから好きになった」 「……それは分かるけど」 「正直自分でもお似合いだとは思ってないし、俺が彼女に釣り合うとも思ってない。君が気に入らない気持ちは分かるよ」 「でも認めて欲しい」 「みんなが賛成してくれないと愛さんも悲しむと思う」 「う……」 「……」 「……」 「……分かったよ」 「分かってたんだ。結構前から。ケンカで熱くなれなくなってた愛さんに、別に熱くなるものができたことは」 「最近の愛さん、すごく楽しそうだし」 「葛西さん……」 「クミでいいよ。こっち後輩なんだから、さん付けなんて変だろ」 「認めるぜ長谷ヒロシ。お前は愛さんにとってなくてはならねぇ男だ」 「うん、クミちゃん」 「だから」 「オレが責任もって2人を別れさせる!」 「……」 「なんで!?」 「だって愛さんとお前じゃ釣り合わねェし」 「うおおおい着地点がおかしいよ。釣り合わないのは知ってるけどそれでも認めて欲しいって話で」 「だって釣り合わないじゃん」 「そうだけどさ」 「じゃあ別れさせる」 「……」 そうだった。マヒしてたけどヤンキーって人の話聞かないんだ。 「心配すんな。別にテメェを恨んじゃいないから闇討ちかけようとかは思ってねーよ」 「絶対に別れさせるけどな!」 行っちゃった。 「やっぱクミは無理だったか」 「あの子は……えっと、典型的なアレな子なんだね」 「なつけば可愛いやつなんだけどなー。すぐ噛む犬、みたいな」 「はは、噛まれるこっちはたまったもんじゃないよ」 「まあアイツは元から納得させるのは無理だと思ってたから、他の連中に話が通じただけよしとしようぜ」 「うーん……闇討ちはしないって言ってたからまあいっか」 「あいつ自分で言ってたことも3歩歩くと忘れるから、気をつけたほうがいいぜ」 「長谷ヒロシーーー! 覚悟せいやーーーー!」 「わーっ!」 懸念材料は、半分片付き、半分残り、か。 「大半には受け入れられてよかったよ」 「心配することなかったな。大、コミュ力あるし」 「そうなのかな」 よく分からない。 「クミちゃんだけは引っかかってたから、しばらくは彼女にも納得してもらえるようがんばるよ」 「そこまで気にしなくていいぞ」 「気にするよ。愛さんが『妹分』って言いきった相手だからね」 「将来的に俺にも妹分になるわけで。仲良くしなきゃ」 「……ば、ばか」 クサいこと言ってるが、本当に仲良くしたい。 「大のそういう博愛主義なとこ、好き」 「それはどうも」 「クミだってアタシが目ぇ光らせてりゃバカなことはしねェだろうし。心配してたこと、だんだんなくなってきたな」 「そうだね」 軍団のことは片付いたし。風紀委員は目についた行動しないし。江乃死魔の人たちも最近見ない。 「もう全部問題なし」 「心置きなくイチャイチャできる」 「うん」 これまでも心置きなくしてたけどね。 「そうだ。明日からテスト週間だけど、一緒に勉強しない?」 「へ?」 「テスト……週間」 「さっき先生も言ってたじゃない」 「あー……あーあー、なんか聞いたなその単語」 前々からそうだったけど、反応がおかしい。 「愛さん、テストの平均成績は?」 「んー、よろしくはない、かな」 「どのくらい?」 「夏、冬、春休みが3割減るくらい」 補習の常連らしい。 「い、いや大丈夫。補習のコツは知ってんだ。留年はしねーよ」 「留年じゃなくて赤点出さないことを基準に考えようよ」 出さないなら出さないに限るはず。 「でもなぁ、アタシ基本授業聞いてたことないし」 「そもそも試験勉強ってのがダメだ。ストレスで大にさえ凶暴になるかも」 「よくうちの学園受かったね」 「……あ、でも」 「なに?」 「いや、数学はとっときたいなーと」 「……俺からもお願いする」 姉ちゃんのやつだ。 「長谷先生ってアタシのことキラいだよね」 「不良は好いてないね」 「フツーの生徒になる第一歩としても、数学だけは落としたくない」 「さすがに補習で大のお姉さんと会うのも……なあ」 同感。 「じゃあ数学だけでも一緒にやろう」 「えー。でも勉強は」 「愛さん」 「はい」 「一緒に勉強しよう」 「はい」 話はまとまった。 夜。 姉ちゃんにテストのことを聞いてみる。 「へー、辻堂さんが? 面白いじゃない」 「数学は初日に数1、最終日に数2があるわ」 「2科目あるんだよね……苦労も2倍か」 「数1は計算問題。数2は図形問題」 「……数2が鬼門だな」 「数1は基本の加減乗除ができれば形になるけど。数2は分からないと0点まで行くからねー」 「ヤマなんて教えないわよ」 「分かってるよ。でも姉ちゃん、これで辻堂さんが数学だけでも赤点回避できたら」 「はいはい。まあちょっとは彼女の見方変えてあげるわ」 よし、言質取った。 勉強しないと。 夕飯を終えて部屋へ。 しかし愛さん、困ったな。 できれば補習なんて受けて欲しくない。数学以外も一緒に勉強したいんだが。 俺も人に教えられるほど頭がいいわけじゃない。 自分の分の勉強はしっかりしないと。俺が赤点だしたら意味がない。 自分の勉強をしつつ愛さんに教える……。 難しい。 「マキさーん」 夕飯の八宝菜を手に、コツコツと窓を叩いた。 ・・・・・ あれ? 「マキさーん」 返事なし。 そういや朝もいなかったっけ。どうしたんだろ。 「ウ……ゥウ……」 !? な、なんだこの声。 押入れのほうから聞こえた。 まさかドロボウ!? やってやるぜ! 非暴力非抗争を貫いているこの俺だが家族に危機が及びそうとなれば話は別だ。 「姉ちゃん俺の装備一式どこ?」 鎌倉大仏の近くの土産屋で買ったウエポンがいくつかあったはず。 「急になに」 「俺の最強装備だよ」 「ああ、中学のころハマってたアレね」 用意してもらう。 大は剣道の胸当てを装備した防御力が24あがった 大はごつごつした手甲を装備した防御力が10あがった 大はトゲつきのブーツを装備した防御力が12あがった 大は樫の木刀を装備した攻撃力が35あがった 「おお〜、全部そろえるとキマるわね」 「カッコいい?」 「犯罪者っぽい」 「頭の装備品がないなぁ」 「次に買おうとしてお金貯めてるうちに飽きちゃったんじゃない。ちょっとまって」 新聞紙をもってくる姉ちゃん。 折って、たたんで、 「ほい装備」(すぽっ) 大は5月5日によくかぶる兜を装備した防御力が2あがった 「これ一つでバカっぽくなった気がする」 「一つが原因ではないわ」 「まあいいや。姉ちゃんは隠れてて」 「なんの遊び?」 行くぞ! 完全武装して押入れへ。 「誰だ! 出てこい!」 開けた。 ・・・・・ 誰もいない。 おかしいぞ。聞き間違いだったのか? 思った瞬間、 ――ガッ! 「!?」 下の段!? 「ウォアアアアアアアア!!」 俺の足首をつかんだ何かが下の段から這い出してくる。 「うわああああああ」 「お腹すいた」 「アンタかい!」 「……なにその格好?」 「えと、近所で仮装行列がありまして」 「ヒロ? なにいまの悲鳴」 「やべっ」 あわててベッドに身を隠すマキさん。 「な、なんでもないよ」 なんとか中には入れずに済んだ。 装備品を脱いで戻る。 「??」 「物音がした?」 「う、うん」 「しょうがないわね、怖がりなんだから」 「まあいいわ。任せて」 ――ジャキン! 「誰かいてもこの名刀冴子丸の露にしてあげる」 「なんでポン刀なんて持ってんの」 「さすがに模造刀よ。丹念に研いだところ本物を超える切れ味に仕上がっただけで」 ある意味怖いが頼もしい。 「ヒロにはこれ」 「ランチャー?」 「弾はペイント弾だけど、人の骨なら簡単に砕くわ」 「さっきからちょくちょく出てくるこのフル装備はなんなの」 「お姉ちゃん実は昔……あこがれてたの」 何に? 「さ、行くわよ。この押入れね」 「う、うん」 「せーのっ!」 押入れを開けた。 「……」 「……」 「誰もいないじゃない」 「おかしいな」 「――ハッ!?」 「そこかーーーーッ!」 斬ッッッ! 突然下の段を切りつける姉ちゃん。 下の段にいるのか――? あ。 「気配あり! だりゃああああああ!!」 壱弐参肆伍陸漆捌玖!!!!! 「わーっ!」 俺の後ろに隠れたマキさんにむけ切りかかったので危うく俺に当たるところだ。 「おっと、ヒロの気配か。まちがえた」 「ま、まちがいで一瞬九斬叩き込まないで」 チビるかと思った。 マキさんは場所を変え、ベッドの裏に身を隠してる。 「やっぱりかんちがいじゃない?」 「そ、そうみたいだね。ありがと姉ちゃん、もういいよ」 「あー久しぶりに戦士の血が騒いだ」 乱れた髪を直しながら出ていく姉ちゃん。 ふぅ……。 「マキさん、脅かさないでください」 「私のセリフだと思う」 それもそうか。 さっそくはぐはぐと持ってきた夕飯を空けていくマキさん。 「どうしたんです、うめき声なんてあげて」 「腹減ってたんだよ!土曜日からお前が帰ってこねーから!」 あ。 そういえば土曜日にちょっと話して、そのまま愛さんと2日間……。 「ったく、台風だから外出れねーし。お前は全然帰ってこねーし。昨日の夜は帰ったと思ったらすぐ寝やがるし」 「昨日は疲れてたので」 「いつもより辻堂の匂いが濃い」 「あ、あははは」 「うわー、マジかよこいつ。うわー」 「しょうがないじゃないですか。カップルなんだし、その場の成り行きってやつで」 「どーでもいいけどさ」 ・・・・・ 持ってきたご飯を一気に半分くらいかっ込み、落ち着いてきたらしい。マキさんはくつろぎだす。 「ふーん、あの辻堂のケンカを止めに、ねえ」 土曜からあった一部始終を、エッチぃパートは省いて話す。 「ダイが不良になる代わり、辻堂にノーマルに」 「ははっ、無茶なお願いしたもんだ」 「そうですかね」 「ダイがヤンキーってのも想像できねーし、あの辻堂がいい子ちゃんになるってのも全然想像つかねーじゃん」 まあ、確かに。 「そこらへんはバランス取っていきます。ようはお互いに歩み寄りたいって話ですから」 「ま、そのくらいボンヤリさせといたほうがいいだろうぜ」 「不良ってのは根が深い病気だからな。気づいたときにはもうなってるし、なっちまったら自分の意志じゃどうにもやめられない」 「私がたきつけたとはいえ、今回途中で止まったのも運が良かったと思うぜ。下手に巻き込まれりゃ大怪我だった」 「まさか」 「マジだって。喧嘩狼はいつだってケンカに飢えてる」 「飢えた狼からエサを取り上げるのは、それなりのリスクがあるもんだろ」 「確かに……飢えたマキさんから夕飯を奪うのは危ない」 「そゆこと」 「……」 「……つまりケンカよりダイの方がイイってことか。ちぇっ、マジで奪っときゃよかった」 「はい?」 「なんでもない。は〜、おいしかった〜」 ちょうどそこで食べ終わり、パンと手を合わせた。 「大変だったんだぜこの土日。使ってる小屋の屋根が飛んだみてーでさ」 「すごい台風でしたけど、そこまで?」 「雨漏りがもっとひどくなった」 もともと不法占拠だったから口出しにくいな。 「どうします?最悪、姉ちゃんに言ってうちに住んでも」 「それはいい。なんか寄生してるみてーでイヤ」 野良犬さんだがプライドがあるらしい。 「でも雨の日は押入れ借りるわ」 「はい」 またひとつマキさんと親しくなった。 ……愛さん、怒るだろうな。 「おはようございまーす」 「はいおはよう」 「おはようヒロ君」 「おー……、元気かヒロ坊」 「疲れてますね」 「はっはっは、こないだの台風でうちが壊れちまってよ。補修工事で大変だぁ」 「そうなんですか。なにかお手伝いできます?」 「いや、もう応急はすんだからいい。盆の休みに向けてちらほらやってくわ」 「小屋の屋根がとんだのはいてぇけどな。住みついてた野良犬がどっかいったのは助かるぜ」 「……ん?」 学園につく。 いつもより早めな時間……と、 あの後ろ姿は……愛さんだ。 なぜか校舎の裏手に向かってる。 ……ケンカ? 朝から? まさかと思いつつ後を追うと、 「結構形になってきたな」 「夏野菜は成長が早いからいいですね」 「しかしこんな農具、どっから持ってくんだ」 「うちの母が家庭菜園が趣味でして」 スコップを持った愛さんと委員長が。 「おはよ。こんなことしてたんだ」 「ちょっと前からな」 「おはよう。2人で園芸なんてやってたんだ」 「オラァッ!」 「痛い!」 「すげー失礼なことを考えながらきたのが分かった」 ごめんなさい。 「学園で野菜を」 「あはは、この花壇はうちのクラス担当なのですが、雑草の温床にしててもったいないじゃないですか」 なるほど。 普通なら花でも育てるだろうに、実利を取ってるところが委員長らしい。 「アタシは途中から、手伝いだけしてる」 「ふーん」 場所がよかったようで、台風でもあんまり崩れてない。 「いまこっちを耕してるんですが……大変です」 2人、スコップで新しいブロックを開拓してた。 サクサク済ませる愛さんに対し、委員長は遅い。 「スコップって普段使わない筋肉を使うんですよね。いたた、腰が痛い」 「だらしねーな」(サクサク) 「仕方ないよ。スコップ貸して委員長、変わるから」 交代する。 「どうもすいません」 「気にしないで。女の子にはツラいよね」(サクサク) 「……」 「あ、アタシも、ツラい」 「はいはい」 2人分やっていった。 スコップで土に空気を含ませるのは大変だけど、大したスペースじゃないんで問題なし。 「辻堂さん、残りはいいですよ」 「じゃあ先行ってるわ」 俺が来たことで気を使わせたらしい。耕し終えたところで委員長が手をパタパタさせた。 2人で先に教室へ行くことに。 ・・・・・ 「〜♪」 「おっはよ委員長」 「あら、どうも」 「いま辻堂さんいなかった?」 「はい」 「それでさ大、今日は」 「いよいよテスト週間だね」 「つまんねー話ふるなよ」 「数学だけは勉強すっから」 「うん。今度の土日一緒にやろう。勉強会ってことで」 「勉強会……うわーイヤな響き」 「一緒にやろうね」 「……そう言われると弱い」 「あとさ、他の科目も捨てることはないと思うんだ。時間見つけて一緒にやらない?」 「それはいいよ。今から始めてもどうせ赤点だよ」 「あきらめるなんて愛さんらしくないよ」 「アタシは結構前から勉強あきらめてる」 胸張って言うことか。 「時間があったらでいいからさ」 「せっかくの夏休みだよ?デートのチャンスだよ?日数減っていいの?」 「う……そう言われると」 「いっそのこと大も一緒に補習受けない?」 「俺は赤点出したら姉ちゃんに殺される」 「ね。特別なことをするわけじゃないんだから」 「ン……」 「……」 「そっか。普通のやつは当たり前にしてることか」 「でも勉強はなぁ」 やはり愛さんは乗り気でない模様。 でも補習はよくない。 強引にうちに連れ込んで勉強させようか。 そこまでしてやらせると、さすがにウザいかな。 俺だって暇じゃない。クミちゃんのこととか、色々と考えることが多い。 どうしようか。 うん。やっぱり勉強するべきだ。 昼休み。 「愛さん、今日の放課後ヒマ?」 「うん」 「じゃあうちに来ない? 姉ちゃん遅くなるから」 「いいけど、なんで?」 「言わなきゃ分からない?」(にっこり) 「あ、そ、そういうこと」 「えと、ま、まあいいぜ。大がどうしてもっていうなら、その」 「OK、決まりだね」 「うん」 ワシワシワシワシワシワシワシワシ! 「つ、辻堂さん、歯を磨くときはもっと優しく。歯茎が傷つきます」 「ひおひんおおおえあああんあ」 「はあ?」 「っし! 行くぞオラァ!」 「辻堂さん……またケンカ?」 「死人がでるね。まちがいないよ」 「これまでは全部保健室だった。大の部屋で……は実質初めて」 「なにされちゃうんだろ?大、性癖が幅広いっていうか、予測不可能だから」 「……」 (にへら〜) (さっさっ)←最終チェック 「うん」 「お邪魔します!」 「席についてください」 「はれ?」 用意しておいたテーブルの上に教科書を積む。 「て、テーブル、教科書」 「はじめようか」 「……どんなプレイ?」 「勉強だよ。一緒にやるんだ」 (鞭強……? え、SM?) 「試験勉強」 「しけんべんきょお」 「試験勉強!?」 「デンジャー! デンジャー!」 「脱出!」 「愛さん」 (ビクゥッ) 「朝も言ったけど、赤点なんてよくないよ」 「う……ぅう」 「ひでぇよ大。こんなだまし討ちみてーな」 「だました覚えはないけど、恨んでくれて結構」 「愛さんは『愛の鞭』って知ってる?」 「……そりゃアタシは無知ですけど」 「そゆことじゃない。俺は愛さんのためを思うからこそ、厳しく行くって決めたの」 「うぐー」 すねたように口をへの字にする愛さん。 可愛い。 「でもダメ。いまの俺に可愛さは通じません」 「はい着席。今日は化学から行くよ」 向かい合って座る。 「化学……一番苦手なやつだ。せめて他のにしようぜ」 「じゃあ世界史?」 「苦手だ」 「現国」 「苦手」 「苦手じゃない教科は」 「体育」 「化学から行くよ。教科書とノート開いて」 「うわーん嫌だぁ〜!」 こんなに子供っぽい愛さんは初めてだ。 「脱出!」 「コラ!」 「勉強なんて無理だってアタシには!」 そこまで嫌がらなくても。 「やろうよ。絶対に後々愛さんのためになることだから」 「やだ」 「やろう」 「や・だ!」 「やりなさい」 「そんなこと言ってこれ以上アタシを怒らせないでよ。アタシが泣き出すまで残り285秒。これだけあれば湘南の半分は壊せるよ」 怖い。 「せっかく気合入れてきたのに勉強って。勉強って……」 「愛さん」 「なに」 ちゅっ。 「やろう」 「……」 「はぁい」 納得いってない様子ながら勉強に入る。 「……ノート、ほんとにまっさらだね」 「最後に書いたのは……受験のときかな」 「勉強しようよ。学園に行ってるんだから」 シャープペンを取り出す。 「うわ、なにこれ懐かしい」 「あ、知ってる?おしりかみちぎり虫。昔ハマっててさぁ」 古いキャラ物のシャープペンだ。 「何年前のやつなのさ」 「う……小学校から替えてねーから」 文房具もまったく使わない。か。 「勉強ってただ教科書を書き写すだけでもだいぶ変わってくるよ」 「めんどい」 「だろうね」 「じゃあまずはその基本作業から始めよう。はい、俺のノート。これを写して」 「写すって……全部!? 1冊まるまるあるぞ!?」 「化学は基礎が分からないとどうにもならないし。逆に基礎さえ分かれば赤点はないから」 「要点とその周りだけでいいよ。俺、要点は蛍光ペンで色つけてるから、そのあたり」 「……書き写せばいいんだな」 「ちゃんと頭にいれて。綺麗な字で、ね」 「大……先生みたいだ」 「俺みたいな先生ってどう?」 「……」 「カッコいい」 大人しく書き写し始めた。 カリカリカリ……。 「……」 俺は俺で勉強する。 実際のとこ、俺はそんなに頭がよろしくない。 姉ちゃんに恥かかせないよう努力はするけど、平均をキープするのがせいぜいだ。 がんばらないと。 「……化学記号がゲシュタルト崩壊してきた」 「ゲシュタルトって響き、カッコいいよね」 「攻撃魔法みてーだよな」 「深淵たる昏き闇の底より来たれ……ゲシュタルト!」 「サボらないの」 「そっちが振ったくせに」 カリカリカリ。 「できた!」 外がだいぶ暗くなったころ、一冊仕上がった。 「えっと……うん、できてる」 「はぁ〜疲れた〜」 「愛さんって字きれいだね」 「あんま書かねーから知らない」 もったいない。 「じゃあ確認。強い酸性反応を示し、アンモニアと反応すると白煙を起こす化合物」 「塩化水素」 「ではガラスをとかす性質があり、ポリエチレンの容器で扱う必要があるのは」 「フッ化水素」 「その化学式」 「HF」 「お見事」 ちゃんと頭にも入ってる模様。 「これなら問題なさそうだね。この教科で赤点とることはまずないと思う」 「そうか!? やったぁ〜」 「テスト前日にもう一度見極めするけど」 「……はぁ」 「と、とにかく今日はこれで終わりだよな?」 「うん、化学Aはここまででいいと思う」 「で、次はこっちのノート」 「……は?」 「化学……もう終わりじゃないの?」 「うん。終わった」 「化学Aはね。次は化学B」 「……」 「テストは10教科あってあと1週間だから、1日1教科じゃ足りないよ。数学は重点的にやるし」 「さ、化学Bは応用が多いから難しいけど……」 「もうヤダぁーーーーーーーーーーーーーっっ!」 「わーっ」 声圧で吹っ飛びそうになった。 「もうヤダ! もうヤーダぁ!」 「うわ駄々こねる愛さん可愛い。落ち着いて、今日は約束通り化学Bまでで」 「やだやだやだーっ!」 「げふぅ!」 ・・・・・ 「と、言うわけで腹が痛くて台所に立てなかったのです」 「いてて」 「大丈夫?」 「試験勉強には蹴り技がない。そんな風に考えていた時期が俺にもありました」 今日の夕飯は昨日までの余りもので済ませる。 姉ちゃんはビールがあればご機嫌だった。 「辻堂さんと2人で勉強ねえ」 「変なことしてないでしょうね」 「してないよ」 落ち着かせるために2回キスしたけど。 あと問題正解したときと集中力きれたときと……、計40回ほどしたけど。 「問題が解けないから暴れるとは。子供みたいな子ね」 「ビールがないと暴れる姉がいるから慣れてるけどね」 「ふむ……」 姉ちゃんがなにか企んでる。 明日はどうするかな。 「では今日も張り切っていきましょう」 「……」 不満そうだ。 「大はアタシのことキライなの?」 「大好きだよ」 「アタシも大好き」 「ねえ大……覚えてる? 初めて2人で話した日。あの日は夕焼けがすごく綺麗で、アタシ初めてなのにもう大に特別な気持ちを」 「今日は日本史と世界史をやろう。暗記科目だから大変だけどがんばろうね」 「……」 「あといまの『特別な気持ち』についてあとで詳しく」 「一生教えない」 (カリカリカリカリ) 今日もノートを丸写し。 露骨に嫌そうにしてる愛さんだけど、 「……1942大日本婦人会。愛国国防連合婦人会が統合……。1945国民義勇隊に改編……」 ちゃんと覚えようとはしてる。 勉強が嫌いなだけで、根はマジメなんだと思う。 「いちきゅーよんにー……」 ただ一日で覚えるには量がキツすぎるか。 「うー、頭爆発するー」 「休憩入れようか」 「……いや、戦前だけは済ませる。いちきゅーよんにー……」 がんばってる。 コーヒーでも淹れよう。砂糖とミルクたっぷりのあまーいやつ。 勉強にはシュークリーム分があるといいと聞く。おやつにシュークリーム。 「へいお待ち」 「サンキュ。こっちもちょうど終わった」 一息入れることに。 「ふー……甘くて美味しい」 「……」 「あ、このシュークリームも美味しい。皮ぱりぱり」 「……」 「な、なんだよ。ジロジロ見んなよ」 「ゴメンゴメン」 「愛さんって嫌なことでもヤるとなったら徹底的にヤるタイプだよね」 「まーな。子供のころから母さんにハンパな生き方はするなって教え込まれてるし」 「そういうとこ好きだなー」 「……バカ」 「ホントだよ。惚れ直しちゃった」 「大」 「愛さん」 「大……」 「姉イジングストーーーーーーーム!」 「うわびっくりしたぁ!」 「せ、先生」 「いらっしゃい辻堂さん」 「話は聞いてるわよ。勉強しに来てるんですってね」 「勉強、しに来てるんですってね」 「お、お邪魔してます」 そういえばこのメンバーでの絡みは初な気がする。 相手は教師+ここが姉ちゃんのフィールドとあって、愛さんが恐縮してた。 「姉ちゃん、今日も遅いんじゃ」 「早めに切り上げて帰ってきたのよ。可愛い弟とその彼女が勉強してるって聞いてね」 「弟と、その彼女が!」 (せ、先生なんか怒ってる?) マズいな。面倒なことになりそう。 「……」 「分からないところがあれば聞いてちょうだい。数学はもちろん、だいたいの教科は教えてあげられるから」 あれ。 「あ、ありがとうございます」 (よかった。いつもの先生だ) どうやら愛さん相手に本性は出さない模様。 一安心……かな? (……一足お先に嫁姑戦争始めましょうか。軽めのジャブだけでじっくりいたぶってやる) (ビクッ) (なんだこの殺気) いや、面倒になりそうだ。 「あ、このシュークリーム食べていい?」 (ぱくっ) 「人の勝手に食べないでよ」 俺の、残しといたのに。 「いいじゃない。姉弟なんだし」 「いいけど。食べさしでしょ。姉ちゃんのやつは冷蔵庫にあるよ」 「じゃあそっち半分あげるわ」 「食べさしなんて気にしないの。いつものことじゃない。姉弟なんだもの」 「……」 「っと……この格好じゃ堅苦しいわね。辻堂さん、部屋着に着替えてきていいかしら」 「は、はぁ。どうぞ」 「じゃあ失敬」 「お待たせ」 「うわ……」 「ごめんなさいだらしない格好で。でもいつもこれなの。ちょぉっと露出が多いかなーとは思うんだけどぉ」 「大……いつもなの?」 「う、うん」 「……」 あ、ちょっと不機嫌。 「ヒロは何も言わないからついねー」 「なぜヒザに乗る」 「べっつにぃ?」 (くっつきすぎ……!) 「いいじゃない。いつものことでしょ」 「……いつもそんなくっついてるの」 「い、いや。くっついてるというか、くっつかれるというか」 「なにか問題ある?こっちは家族なんだから当然のスキンシップでしょう」 「……そーですか」 「あ、ちなみにこのジャージ、ヒロの中学の時のなの」 「汗が沁みついてていまでもニオイがするくらいなんだけどねー。ま、姉弟の私だけは、気にすることもないかなって」 (ピキピキ) 「汗臭いなら自分の着ろよ」 「気にしないったら。姉弟なんだから」 「姉弟なんだから」 (ギリギリギリ……!) な、なんか愛さんが怖い。 「あ、ヒロ。あとでマッサージしてくれる?いつもみたいに」 「いつも……?」 「風紀委員会で不良生徒を取り締まってるから肩がこってしょうがないの」 「こんな日はヒロに全身ねーっとり撫でまわしてもらうに限るわ」 「……大」 「べ、勉強しよう。ね、勉強」 「はいはい。分からないところは聞いてね」 「……よろしくお願いします」 (カリカリカリカリ) (結構マジメなんだ) さすがに勉強そのものを邪魔するような真似はせず、大人しく見守る姉ちゃん。 まあ姉ちゃんがいるってだけで愛さんの集中力には確実にマイナスで。 「……いちきゅーよんはち、いちきゅーよんはち」 さっきより1単語を覚えるペースが落ちてた。 「(でも暗記自体はマジメにしてる。ヒロとも特にいかがわしいことはしてないし……)」 「(私、完全に邪魔してるだけね……う、良心が痛む)」 「(良心があるなら出てってよ姉ちゃん。暗記科目なんだから教える人なんて必要ないだろ)」 「(うっさいわね)」 (……目線で会話してんじゃねえ) 「っし、これで日本史終わり」 「がんばったわね」 「じゃあ見極めの問題に行きましょうか。私が出すから」 「どーぞ」 「大日本帝国憲法下において、衆議院と同等とされた帝国議会の院名は?」 「貴族院」 「正解。この貴族院は何の存続を目的として設立されたか」 「君主制」 「正解。やるわね」 「ね。しっかり勉強してるでしょ」 「自慢げにされると微妙だけど、確かに」 「あんまり覚えられないけど覚えたことは忘れない派だ」 「文章暗記系が得意。いいわね、テストで点とるだけなら一番よ」 「かな。受験のときも簡単に行ったし」 「……」 俺は結構苦労した。 「ふむふむ」 「第1問! スリランカの首都の名前は?」 「なんでクイズになる」 「スリジャヤワルダナプラコッテ」 「分かるの!?」 「前にテレビで見た」 「正解よ。やるわね」 「長い単語って逆に頭に残らない?多剤耐性黄色ブドウ球菌とか。バルサミコ酢とか」 「んー、分かるような分からんような」 「第2問! パブロピカソの本名は!」 「パブロディエゴホセフランシスコデパウラフアンポムセーノマリアデロスレメディオスシブリアーノセンティシマトリニダードルイス・イ・ピカソ」 「すげえ!」 「第3問! バンコクの正式名称は!」 「クルンテープマハーナコーンアモーンラタナコーシンマヒンタラーユタヤーマハーディロックポップノッパラッタナラーチャターニーブリーロムウ(以下略)」 「知ってる以前に言えたのがすごいわ」 「てかいまのは正解なの?」 「うぬぬ……」 「円周率! 3.141592653589……」 「ダメだ! 出てこない!」 「そんだけ出りゃすごいよ」 天才ばっかりかこの世界。自分の知能指数が心配になってきた。 「なんか負けた気分……先生なのに」 「暗記系は根性でなんとでもなるじゃん」 「困るのは数学とかの応用系。アタシそういうのがないから」 「先生はすごいよ」 「うぐ……」 「……」 「か、可愛いなんて思ってないからね!」 行っちゃった。 「???どしたの先生」 「さあね」 姉ちゃんも愛さんみたいな実直な人好きだから、萌えちゃったんだろう。 「さて、それじゃあキリのいいところで」 「勉強終わり?」 「世界史に行こう」 「ふええ」 「ヒャッハー!」 「ケガも治って、やっと辻堂と再戦できるぜぃ!」 「情報じゃ最近の辻堂、全然ケンカしなくなったそうだからな。そーとー衰えてるにちがいないぜ!」 「いまこそリベンジのとき――そして」 「この千葉連合より遣わされた、ジャックナイフ3連星の名を知らしめるとき!」 「あひんっ」←失神 「愛さん、そんな不機嫌な顔しないで」 「だってさぁ……もう3日目だぜ。3日連続」 「2人でいられるのは嬉しいのにいつも勉強勉強。ちっとも……、その……」 「補習逃れれば夏休みにイチャつけるじゃない」 「……」 「OK、行くぞ大」 やる気出たようだ。 「でも勉強はなー」 「ネガティブスパイラルにハマってるね」 「勉強って言葉にアレルギーがあんだよ」 「そうだ。せっかくこっち来たんだしちょっとラブと遊んで」 「ダメ」 「うちの彼氏、優しいようで厳しい」 「あら」 「あ、よい子さん」 「お帰りなさい。早いわ……」 「ね?!」 「?」 「前に会ったよね、辻堂愛さん。愛さん、こちらよい子さんって言って、俺の友達。そこのお惣菜屋さんのお姉さん」 「どーも」 「よよ……よろしく」 「……どっかで会ってない?」 「ぎくっ!」 「ラブの飼い主探してるとき紹介したけど」 「いや他で。顔はともかく目元に見覚えが……」 「ちょっとアタシにガンつけてみてくれない?」 「う……ご、ごめんなさい。私、誰かを睨むなんて慣れてないの」 「そうだよ愛さん。よい子さんは優しいんだから」 「うーん」 (……待てよ。近所の総菜屋の、お姉さん的存在) (こいつが実質、大の弁当を作ってるっていう……!) (殺気……バレたか?) (言うな。言うんじゃねェぞ辻堂……!) 「???」 なんか空気が重い気がする。 「あ、そうそうよい子さん。姉ちゃんから連絡いってると思うけど、今日の夜。お願いね」 「え、ええ。聞いてるわ」 勉強してると夕飯の支度する時間がなくなるんで、弁当を注文した。 「テスト勉強、大変だろうけどがんばって」 「うん」 「ホント大変だよ……」 「?」 「……」 ん? 「そういえば2人、一緒にいるってことは……」 「うん、一緒に勉強するんだ」 「辻堂……さんが、勉強?」 「うん」 「……」 「よい子さん?」 「ぷふっ」 吹いた? 「ご、ごめんなさい。思いだし笑いよ」 「じゃあねヒロ君。お弁当、すぐ持っていくわ」 「うん」 「なーんか変な人」 「様子がおかしかったね」 まあいいや。行こう。 「さて。本日は英語をがんばりましょう」 「英語かぁ……苦手」 「なんちゃって! 得意科目がないんですけどね!」 「テンションあがった?」 「無理やりあげてんだよ。2秒以上は無理だわ」 英語も嫌いみたいだ。 「英語は基礎が大事なわけだけど、どのくらいできる?」 「と、Tom is a pen」 「最初からだね。がんばろう」 今日も基本は書き写し。 英語のテストは教科書問題に依存する割合が意外と高いとかで、テストに限って言えば暗記教科なのである。 まあ極端な話暗記で点数とれない教科なんてないんだけどさ。 「頭が火ぃふきそう。アタシ髪の毛逆立ってない?」 3日目とあってツラそうだった。 「がんばれ。俺もがんばるから」 「うー」 楽に言ってるけど、俺も本当にがんばらないと。 英語は俺にも鬼門の教科なのだ。赤点はないだろうけどがんばらないと平均点がキツい。 「こんにちはー」 あ、よい子さんが来た。 「はーい」 「こちら、ご注文の海鮮幕の内弁当」 「あれ? 普通の幕の内じゃなかった?」 「ヒロ君がんばってるからサービスよ。冴子さんには普通ので請求しておくから」 「あとこれも」 「弁当もう1個……これって」 「辻堂さんの分。がんばってって言っておいて」 「ありがとう」 よい子さんは本当にいい人だ。 「そうだ。よい子さんこの後ヒマ?」 「ええ、店はお母さんがしてるから」 「お願いがあるんだけど」 「というわけで、今日の先生を連れてきました」 「よ、よろしくお願いします」 「さっきの。ン、よろしく」 よい子さんは成績もかなり優等生なので家庭教師的才能は高い。 今回も頼んだところすぐOKをもらった。 (カリカリ……) (……ビクビク) たださっきから、微妙に愛さんを怖がってるふしがあるんだよな。 仲良くしてほしいのでちょっとお近づきになる機会を。 「な、なんでも聞いてください」 「うん。まあ教科書丸写ししてるから特にねェけど」 「俺が分かんないんだ。この問題だけど……」 「はいはい」 教えてもらう。 「……」 (辻堂の側に行くのは勘弁してほしいけど……。ヒロ君のお願いは聞いてあげたい) 「……」 (にしても) (ホントに勉強してる) (あの辻堂が……喧嘩狼が……勉強) 「よい子さん?」 「っ? な、なに」 「顏がニヤけてるけどどうかしたの」 「なんでもないわ」 (にへ〜) 「???」 「or otherwise……〜かそうでない〜うー、新しい単語が出てきた〜」 (ぶつぶつ言ってる……可愛い!) 「えっと、綴りが分かんねぇ。ショルダーの綴りってなんだっけ」 「SHOU……」 「ちょっと待った。単語の綴りは聞くんじゃなくて、辞書で調べると頭に残りやすいわ」 「はい辞書。がんばってね」 「なるほど。ありがと」 (お礼まで言ってる……可愛い!) よく分からないがよい子さんがノッてきた。 「さ、続き続き」 「う、うん」 ・・・・・ 小休止する。 俺たちが寛いでる間、よい子さんはノートを見返し。 「単語の吸収力がすごいわね」 「暗記は自信あるから」 「私はそういうとこダメ。アクセントとか絶望的」 「そういえばよい子さん、英語は苦手なんだっけ」 「ええ。お店で外人さんが来ると焦っちゃうわ」 「そういうときどうしてるの?」 「ボディランゲージとか、buyとsellだけで伝えるとか」 「面白そう」 「もう。こっちは大変なんだから」 苦笑するよい子さん。 「カタコトで伝えるってどうやるの?」 「うーん、その場の雰囲気で」 ふむ。 「Hi、ワタシ外国人デース。お店のモノ売ッテくだサーイ」 「うわ、なんか始まっちゃった」 「……」 「Me too。アイムブロンド外国人。売ってクダサーイ」 「わああ乗っかるの?じゃ、じゃあ、えーっと。ディスイズ海鮮幕の内」 よい子さんはいい人なので当然乗っかってくれる。持ってきた弁当を差し出した。 「カイセンマクノウチ? ナンデスカ?」 「What′sカイセンマクノウチ」 「えーっと、海の幸イッパイ。フィッシュアンドシュリンプテンプラアンド……蟹ってなんだっけ?」 「オーウ、シュリンプテンプーラ。ブラボー」 「アイムイート」 「え、食べるの? どうぞどうぞ」 面白くなってきたので封を開けてしまった。 「Thisレッドサーモンキリミisベリーデリシャス」 「レッドサーモン……ああ紅鮭切り身ね。まいど」 「Thisハウマッチisデリシャス too」 「ハウマッチ?」 「いくら」 「それちがうでしょ」 「レッドサーモンだって違うだろ。切り身は日本語だったし」 「切り身ってなんなんだろ」 「Cut body?」 「Cut fishでいいんじゃないかしら」 「じゃあカットレッドサーモンでいいや。ベリーデリシャス」 「センキューセンキュー」 「いくらは……サーモンエッグ?サーモンエッグisデリシャス」 「ファインセンキュー」 「……なんかよい子さんが楽してる気がする」 「気がする」 「楽って。2人は外人さんでも私は私じゃないの?」 「Hey店員サン!ナニ言ってるか分かりまセーン、もっとイングリッシュで!」 「イエス。Moreイングリッシュ」 「えー、じゃ、じゃあ。センキュー……フォー……イート……えっと」 照れがあるようだ。 にしてもよい子さんはともかく、愛さんがこんなにノるとは。 いい感じだな、こういうの。 もっと友達とか増えたら、学園でもこんな彼女が見られるんだろうか。 「ただいまー。あれ、ヨイちゃん来てたんだ」 「お邪魔してます」 「Oh.マイシスターイズカミング」 「は?」 「お、お邪魔してます」 「ダメだよ愛さん。イッツソーバッド」 「あ、アイアムobstructive」 「それじゃあ『私は邪魔です』になるけど……」 「冴子さん。Dinnerを持ってカミングしました」 「???」 「What kind of play?I participare too」(なんの遊び? 私もやるわ) 「……」 「……」 「……はい、しゅーりょー」 ホントに喋れる人が来ちゃったらできないんだこの遊びは。 「な、なによぉ」 今回は数学1本にしぼるそうだから、俺から口出し過ぎるのもよくないかもしれない。 それより軍団の人に慣れるのを優先するか。 そんなわけで放課後。 「また行くの? あの部屋」 「うん。何度か通って顔を覚えてもらわないとね」 軍団の人たちが集まってる部屋に行くことにした。 「大が不良になりそうで怖い」 「番長に言われるとは思わなかった」 「てなわけでお邪魔しまーす」 「大さんチーっす!」 「「「チーっす!」」」 「大『さん』?」 「愛はんの彼氏にため口使うわけにもいかんやろ」 「ましてや湘南屈指の情報屋。我々にとっても情報は生命線ですからね」 そっか。俺まだ情報屋なんだ。 誤解は追々解いていこう。 「あの総災天まで顧客に抱えているのだ。無碍には扱えんさ」 総災……あのマスクさんか。 前は助けられたけど、あの人結局なんだったんだろ。 「というわけで私たちは、全面的にあなたを歓迎するわ」 「どもです」 「1人を除いて、ね」 「クミの野郎いねーな」 他の人たちにはフレンドリーに迎え入れられたが、肝心な子が来てないっぽい。 「しゃーねー、探してくる」 いつもとは逆パターンで、愛さんが探しに行った。 不良の巣窟にひとり残される俺。 ……ちょっと緊張した。 「さてと……」(ガタッ) 「愛はんもおらんなったし……話ぃ聞かせてもらおか」 「ひえ……っ?」 急に室内の空気が変わり、全員に取り囲まれる。 「(くちゃくちゃ)愛さんがいちゃ手ぇ出しにくいけどいまならこっちのもの」 「こっちの用件に付き合ってもらうわ」 「あ、あの……」 いったい何を……。 「愛さんとはどこまでいったんだ!?キスとかもう……ままっ、まさか、B? C!?」 「見たんか?! 愛はんのパイオツ見たんか!?どどどどどのくらいなんや!?」 「やっぱ愛さんってあっちの方も強いの?」 そういうことかよ。 「あの、プライベートなことですから」 「ああ!? テメェヤンキー舐めてんのかコラ!」 変な方向性で絡まれてしまう。 「男どころか人っ子一人寄せ付けん喧嘩狼やからなぁ、わいら実はあの人のこと何も知りまへんのや」 「君なら知っている情報も多かろう」 まいったなぁ……。 ・・・・・ 「ここにいたのか」 「愛さん。どうしたんすか」 「探しちまったよ」 「隠れてるわけじゃないんだから携帯入れてくれればよかったのに」 「あそっか」 「……」 「ヒロシのこと?」 「ああ」 「やっぱ分かんねーっすよ愛さん。別に悪いやつじゃないとは思いますけど、なんであんなのと」 「世界で一番悪い奴じゃないから好きになったんだよ」 「でも……」 「じゃあ逆に、テメェが思うアタシにぴったりな彼氏ってなんだよ」 「そりゃ……ケンカ強くて、男らしくて、髪もビシッとリーゼントとか」 「いまどきリーゼントしてるようなのは嫌だ」 「それに男らしいんだぞアイツ。優しくて、勇気があって、それに強くて」 「……」 「とにかく、話してみろ。ぜってー気に入るはずだから」 「……あ、愛さんが言うなら」 「ところでヒロシ置き去りにしてきたんですよね。大丈夫すか?」 「大丈夫って?」 「うちのやつらあいつに興味津々だから、いまごろなにされてるか」 「なにぃ!?」 「大!」 「それでな、わい、ロン毛って単語を見るたびにチン毛の1文字目を伏せた単語に見えてしゃーないんや。病気かなこれ」 「大変ですね」 「何の話?」 「あ、愛さん」 「いっつもバタフライナイフ持ち歩いてんだけどさ、教室であだ名がモスラにされてんだよ。……地味に傷つく」 「(くちゃくちゃ)あっしずっとガム噛んでっけどさぁ、実はフーセンできないんだよね。どっかにフーセンガム教室みたいなのないかな」 「妹が江乃死魔に属しているのだが……最近仲が悪くて。私のことを鬼子と呼ぶのだ」 「なんで人生相談はじまってんだ」 「流れでこうなっちゃって」 愛さんのバストサイズをやたら聞かれるから誤魔化してるうちに悩みを受け付けてた。 「えと……ど、どうだクミ。お前も相談してみたら」 「んがあーッ!ヤンキーの巣を和やかにしてんじゃねーッ!」 肝心な子を怒らせてしまった。 その日は俺と愛さん、あとクミちゃんと数人。10人くらいで帰ることに。 「……帰りくらい2人でいいのに」 「いいじゃない。たまには大人数も楽しくて」 「フン」 1人やっぱり機嫌が悪い模様。 「どうです。今日のところは、そこのナックで親睦会でも」 「テスト週間だけどみなさんいいんですか」 「なっはっは、ヤンキーにテスト週間なんぞあるかい」 潔いな。俺は帰ったら勉強するけど。 そんなわけでナックへ。 が……。 「げっ」 「うわ……ウザイのに」 「おっほ、珍しいとこでお会いするじゃんっての」 江乃死魔の人たちと鉢合わせてしまった。 「チッ、付き合ってやる気はねーよ」 「こっちも同じよ。店に用があるだけ」 「……ナック?」 「そっちも、か」 みんなで店の方を見る。 空いてる席は3つ。座れたとして10人ちょい。 こっちは10人。江乃死魔の人たちも……だいたい10人。 いやな時に鉢合わせちゃったなぁ。 「悪いわね。テイクアウトで済ませてもらって」 「……」 「アア!? テメェなに勝手抜かしてんだコラァ!」 分かりやすい挑発に、愛さんは考えたがクミちゃんが即乗ってしまう。 「文句あんのかい?いいねぇ、おやつ前に一汗かきたかったっての」 「ヤんのかゴルァ! こっちにゃ愛はんがおるねんぞ!」 「ケツの穴に手ぇつっこんで奥歯ガタガタアヘアヘ言わせたんぞ!」 「意味分かんねーシ!」 「やってみろやァ!」 うわぁ、一触即発。 愛さん、片瀬さんは比較的冷静に、ここでやり合うべきか見てるんだが、残る20人超はいまにも殴りかかりそうだ。 「たまに付き合ったらこれだ」 (ってうわ、ヒロ君までいるじゃない) 「この場でやり合うのは得策じゃないぞ」 「分かってるわよ。でも引けないでしょこうなっちゃったら」 (ヒロ君が巻き込まれたら困る) 「愛さん、どうにかならない?」 「面倒だから避けてーけど、アタシが言うとナメられそうでムカつく」 んーむ。やっぱりプライドは捨てられないか。 なら、 「ストーップ」 先頭に立って牽制してる2人の間に立つ。 「ここはうちが引きますから、意味のないケンカはやめましょう」 俺が先頭に立って引けばいいわけだ。 ケンカが始まったならともかく、いまはまだナックに入る順番の話だからな。 「ちかくに持ち込みOKの喫茶店があるからそっちにしましょう。あっちのほうが広いし飲み物も多いし、快適ですよ」 「こっちの席は譲りますのでどうぞ。あ、ケンカなんてしてると他のお客さんに席とられちゃいますよ」 「どうかな」 「……うん」 「……そうね」 幸い片瀬さんも冷静な模様。 (……へえ) 「それで済むかっての。こっちはもう戦闘準備万端だって……」 「いでぇっ!」 「いいから黙ってろ」 「そっちも引いてもらうぞ」 「……チッ、まー愛さんが言うなら」 俺たちは他へ行くことに。 ・・・・・ 「……」 (……思ったよりいいカップルじゃない) そんなわけで、喫茶店に集まった。 「まー俺は全然ビビッてないけど?面倒が省けたのはよかったよ。全然ビビってないけど」 「わいも全然ビビッとらんけどな」 「もし始まってたらアタシが恋奈とやってる間に、お前らティアラと総災天にボコボコにされてたぞ」 「そ、そうなんですか」 「大に感謝しとけ」 みんな根はケンカを避けたかったんだろう。何人かこっちへ照れまじりの目線を向けてくる。 「クミもだ。勝手に吹っかけやがって」 「それは……すいません」 「この軍団の頭はアタシだ。やるケンカもアタシが決める、いいな」 「……はい」 「で、でもヒロシのあれは問題っすよ。始まりかけたケンカで勝手に」 「アア?」 「ッ……なんでもないっす」 「……」 「やっぱ認めねーぞ。あんなのが愛さんとなんて」 「う」 睨まれてる。 やっぱ難しいのかなぁ。 「それで、さっき求めた数字がここと相似しますから」 「がああ〜! 分かんね〜〜!」 愛さん、忙しそうだ。 俺は帰って勉強、かな。 1人で下校する。 あ、 「チッ」 知り合いを見つけたんだが、すぐに行ってしまった。 うーん、嫌われてるなぁ。 でも彼女のことは無視できない。 彼女が気に入らないってことは、そのまま俺が愛さんと釣り合ってないってことだと思う。 それは嫌だ。愛さんの理想になりたい。 どうしたらいいだろう。うーん……。 ケンカに強くなる。とか? やっぱり格闘技始めようかな。ボクシングとか、強くなれば、そのぶん愛さんともつりあえるかも。 「シュッ! シュッ!」 シャドーのワンツー! 「なにしてるの?」 「はうあ!」 み、見られた。下校途中に突然シャドーする図をご近所さんに。 恥ずかしい……。 「?」 「そうだ、ヒロ君。今日のお夕飯って決まってる?」 「へ? いえ」 「じゃあうちに寄って。食べて欲しいものがあるの」 「は、はい」 ・・・・・ テスト週間は家事も大変だろうってことで、孝行のお弁当を差し入れてくれた。 海鮮幕の内弁当。美味しそうだ。 「ありがとよい子さん」 「いえいえ」 「この前カッコよかったからご褒美もかねて」 「?」 「なんでもない。勉強がんばってね」 「うん」 「でも実はそんなに集中できてなかったり」 軍団やクミちゃんのことばっか考えてる。 「そうなの?」 「ワルい友達と付き合ってる、とか?」 「!?」 「冗談よ」 あ、ああ。なんだ。 図星をつかれたからドキッとしてしまった。 「それで? さっきはどうしてシャドーなんてしてたの」 「んと、格闘技……っていうか、ケンカへの備えをしとこうかなーと」 「ケンカの……。似合わないことはやめた方がいいと思うけど」 「分かってるけどさ」 シュシュッとシャドー。 「男の子はやっぱ弱いより強い方がいいでしょ」 「でも人を叩くの苦手でしょう」 「苦手だな」 ってか一度もしたことない。 「昔から冴子さんによくイジメられてたし」 「イジメじゃないよ」 「ちがうの?」 「プロレス技の実験台……い、イジメじゃないよ」 あれのおかげで耐久力は妙についてしまった。 「でもさぁ、ある程度強くなりたいと思うのは男なら当然のことだよ」 「具体的にはこう……戦闘には参加しない商人とかで、でも『自分の身を守る術は心得ております』ってそこらの雑魚なら簡単にヒネっちゃうような」 「男の子なら主役級を目指しなさいな」 ――――力ガ欲シイカ―――― ドクン―― 「汝……力ヲ求メルカ」 「だ、誰だ……!?」 「我ガ名を呼ベ……さすれば汝ハ新たな力を得ル」 「誰だ……なんなんだこの声は!?」 「お邪魔してます」 「いらっしゃいヨイちゃん」 「さア長谷大……我が名ヲ呼べ、我ヲ求めよ!」 「うおおお! 誰でもいい! 力を貸してくれるなら!」 「ただいま」 「おかえり。早いね」 姉ちゃんだった。 あたりが暗くなった超常現象はともかく、もちろん声聞いただけで俺とよい子さんは気付いてた。 「おかえりなさい冴子さん。これ、差し入れです」 「やりい! 海鮮幕の内! 大好物よ」 姉ちゃんとよい子さんは普通に幼友達である。 俺が長谷家に引き取られる前から交友があったとかで、姉妹みたいなものらしい。 「で、なに? ヒロがケンカするの?」 「ケンカではないけど、ちょっと身体鍛えようかなーと」 「……辻堂さん絡み?」 「ちがいます」 絡みではあるけど、大きくは俺のやる気の問題だ。 「ふむ」 「いいわね、久しぶりに鍛えてあげよっか」 「昔は3人でよくやったわよねー。ヒロのこと朝から晩まで鍛えてあげて」 「……」 (ヒロ君をイジメてたのを『鍛えた』ってことにしようとしてる) 「釈然としないものがあるけどまあいいや。姉ちゃんはいいよ。鍛えるにしても1人でやるから」 「どうして。相手がいたほうがはかどるわよ」 「姉ちゃんに怪我させるわけにはいかないだろ。どっちももう大人なんだから」 プロレスごっこってのは俺が小学生、姉ちゃんが高校生くらいのときのことだ。いまやったらシャレにならない。 「噛みつきとかひっかきなしのルールならヒロ相手に怪我なんてしません」 「む……こっちはもういっちょ前の男なんだぞ」 「はいはい。子供のころもそう言って泣いてたわ」 「カッチーン」 頭きた。 どうも姉ちゃん、本気でいまでもケンカで俺に勝てる気でいるらしい。 舐められたもんだ。 昔はともかく、いまじゃ俺の方が背も筋肉もずっと大きいのに、あんなプリンポヨンした体で勝とうなんて。 「やってみる? 本気で」 「いいわよ。かまーん」 指でくいくいされる。 ここまでされたら引けない。やってやる。 部屋の危ないものを片付け、服を動きやすいものに。 「冴子さん、危ないですよ」 「大丈夫だって。昔は3人でよくしたじゃない」 「そうですけど……、またバックブリーカーでヒロ君の心臓止めないでくださいよ」 「あー、あれはやりすぎたわよね」 「ヒロ君は大丈夫なの」 「大丈夫。こっちも大人だし、危ないことはしないよ」 「よい子さんはレフェリーね。危ないと思ったらとめてよ」 「もし俺がやられたとして姉ちゃんがノッてたらすぐ止めて。お願い。お願いだからすぐ止めて」 「はいはい。恐怖が刷り込まれてるわね」 「準備オッケー。いつでもどうぞ」 「っしゃ、行くぞ!」 ぱしっと拳を打ち合わせる。 さて、姉ちゃんとやり合うことになったわけだが。 当然ながら責めるパターンはグラウンドファイト。つまり寝技に限られる。姉ちゃんを殴ったり投げたりなんてしたくない。 逆に言って、寝技であれば体重の差がモロに出る。絶対に勝てる。 ククク……姉ちゃんめ。俺がいつもやられてばっかりだと思うなよ〜。 「勝負!」 「来なさい!」 「あっ! 外にアン八°ンマンが!」 「どこ!?」 窓の外を見る姉ちゃん。 「もらったぁ!」 (姑息) 重心を低く落としたスピアータックル! これでベッドに押し倒せば俺の勝ち――、 「でりゃああああああ!」 「アマーイ」 「!?」 「コシナカアタック!」 「んがふっっ!」 どんケツが顔に……! 「ブザマな! タックルに尻を合わせられるなぞ、入るときもっとも留意すべきことを怠るとは」 「ぐぁああ……」 突進の勢いを殺された俺は、そのまま姉ちゃんの目の前で重心を崩す。 「デスバレー!」 崩れかけたところをキャッチされた。 「パイルドライバァァアアアアアッッッ!」 「ぎゃーっ!」 どしゃーんっ! ベッドに叩きつけられた。 脳が揺れる……。 ・・・・・ 「はっ!?」 「ほらほらほら、寝てる暇はないわよ。このやたらとカメラを意識したSTF、解けるかしら」 「ぐああああ! いででで足痛い足痛い!」 逆に寝技をかけられてしまった。 腱が完全に引っ張られて、身動きが取れない。 「ちょっとデカくなったくらいでお姉ちゃんに勝とうなんて100年早いのよ」 「分かった! 分かったからギブ! ギブ!」 「もうちょっと苦しみなさい。お姉ちゃんに逆らうのは弟7つの大罪に触れてるわ」 「助けてー! よい子さーん」 「あらら」 「冴子さん。そろそろ」 「んー? しょうがないわね」 クッションになってくれる人がいて助かった。技を解いてもらう。 「ふぅ、死ぬかと思ったよ」 「低空ラリアット!」 「ぎゃわー!」 「そして四の字固め!」 「ぐえええええ!」 「うふふ、こういうの久しぶりねーヒロ君」 そ、そうだった。よい子さんもプロレス好きなんだ。 「さあ腕に自身があるなら抜けてみなさい」 「急に2対1は卑怯だよ」 「いざケンカになったらこういうことは普通にあるわ。卑怯とか言ってられないの」 確かに。 「私とヨイちゃんは足して2じゃないぞ。1+1で200だ、100倍だぞ100倍!」 「たすけてー」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「それで今日のダイはちょっと横に歪んでんのか」 「ぐすぐす……女って怖い」 あのあと2時間も嬲られてしまった。 俺は胃がねじれて食欲がないんで、弁当は結局マキさんにあげることに。 「エビ天ウマー」 「いいなぁ」 明日体調が治ったら孝行で買おう。 「とりあえず、今日のことで学習しました」 「俺にはケンカの才能がないようです。なので巻き込まれそうならすぐに逃げます」 たぶんそれが一番賢い。 「最初っからそうしろっつってんじゃん」 「脅して、逃げろ。弱い奴はこれが一番だ」 「分かっちゃいたんですけどね」 身体がミシミシ言わないと、どうしても自分でも何か出来る気がしてしまうものだ。 「ふーっ、ごっそさん」 パンと手を合わせるマキさん。 「さてと」 「?」 「なぜ俺の上に乗るのです?」 「話聞いてたら私もプロレスやりたくなって」 「いやああああああああああ!」 ・・・・・ 「でこれが……こうか?」 「そうです。で、ここの数値が出たので」 「なるほど、答え出た」 「ふふ、辻堂さんすごく呑み込みがいいですね」 愛さんは今日も委員長とがんばってる。 俺は帰るとしよう。 「あ」 また鉢合わせた。 「ど、どうも」 「……フン」 露骨に冷たくそっぽを向かれる。 んーむ、やっぱ仲良くなるのは無理なんだろうか。 昔の辻堂さんをさらにとっつきづらくしたような子で、話のとっかかりすらない。 「おん?」 「あ?」 「げ……」 また嫌なところで。 「よぉークミに長谷。最近よく会うっての」 「ど、ども」 一条さん、乾さん、ハナさん。……片瀬さんやマスクの彼女はいないけど、江乃死魔の中心人物が3人も。 「こないだはサンキューね。席譲ってくれて」 「そうそう、話聞いたっすよ。あの辻堂センパイ率いる辻堂軍団が引いてくれたとか。いやー自分も現場見たかったっすわ」 「……なにが言いてーンだコラァ」 ニヤニヤしながら言う3人に、気色ばむクミちゃん。 またかよ……。ほんとケンカっ早い。 「べっつにぃ? ただ辻堂も丸くなったもんだシ」 「最近全然ケンカしねーって聞くぜ。俺っちとヤるのが怖くなったんかい?」 「ッざけんな!テメーらが雑魚すぎるから情けかけてやっただけだろうが!」 「ンだとテメェ!?」 またも一触即発。 「待って待って」 一昨日と同じく割って入った。 「落ち着いてよ。今日はナックの席順とかもないんだし、ケンカする理由ないでしょ」 が……、 「うるせェ!」 「いてっ!」 き、君が殴るのかよ。 「愛さんのことバカにされて引けっか!情報屋はすっこんでろ!」 「ハッハー! 面白いっての!」 「ハナ、梓、手ぇ出すなよ。ケンカはやっぱタイマンに限るぜぃ」 拳を作る一条さん。 「ケッ……3バカが。3人がかりじゃなくていいのかよ」 クミちゃんもメリケンを装備してしまう。 マズいぞ。クミちゃんの実力は知らないけど、体格的に一条さんに勝てるとは思えない。 さらにあっちは3人いるんだ。昨日よい子さんが言ってたように、いつ乱入してくるか分からない。 ……ええい。 「ストップ!」 もう一度割って入った。 「ああ? なんだってのしつけーなあ」 「下がっとけやヒロシ!邪魔してっとテメェもボコるぞ!」 「話を聞いてください」 このケンカ、俺が引き受けるしかない。 情けないことに俺は女にも楽勝で負けるくらい弱いが。 ケンカの仕方は学んでいるのだ。 (キッッ!) 「うお……っ?」 まず脅す! 精一杯の眼光で3人を睨んだ。 そして怯えたところで逃げれば完璧。 さあ、ビビれ……! 「どしたんだい? 目にゴミでも入ったんかい」 「こすらないほうがいいシ」 「まつ毛すか? 見せてください」 「……」 気を使われてしまった。 「もういい! 逃げるよクミちゃん!」 「うわ!?」 手を引いて駆けだした。 「あ?!テメェいつもそれだな! 待てコラぁーーー!」 3人が追ってくるけど、この辺の地形は知り尽くしてる。 「こらっ、ヒロシ! 放せやオレはあいつらボコるんだよ!」 「こういうとき逃げるのは愛さんもご推薦だよ」 「えっ、そうなのか」 嘘じゃない。前に『楽だ』って喜んでた。 「とにかく今は俺に従って。愛さんの彼氏命令。いいね」 「んグ……弱いところを」 クミちゃんも大人しく従ってくれる。 見晴らしのいい海岸通りを抜け、入り組んだ住宅街へ。 けどすぐにカーブ。 「おう? どうしたヒロ坊」 「ども、お邪魔します」 近くのとんかつ屋さんの隣にある細い路地へ折れた。 「あれっ、いないっての!」 「あんにゃらー! どこ行ったシ!」 逃げ切り成功だ。 また元の場所に戻った。 「あとはどこかに身を隠そう」 「お、おう」 あっちが応援を呼ぶならこっちもそうする。なるべく避けたいが、最悪愛さんに……。 「見ーっけ♪」 「うわ!?」 1人ついてきた。 「この江乃死魔のスピードスター乾梓。逃げるのと、逃げる奴を追うのは自信あるっすよ」 くそ、読まれたらしい。 「ならこっちだ!」 海岸におりる。 「おい別に1人相手ならボコりゃいいじゃねーか」 「それはそれで問題だよ」 逃げ切れるなら逃げ切ったほうがいい。 もう7月、行楽シーズンに入っており人が多い。あの人ごみに紛れれば……。 「甘い甘い!」 「速!」 「スピードにゃ自信あるっつったっしょ」 あっという間に追いつかれてしまった。 「センパイに足りないものそれはぁー!情熱思想理念頭脳気品ゆうがばッ……舌噛んだ。とにかく何よりも!」 「速さが足りない!」 「危ないよ」 「へ? ふぎゃんッッッ!」 海の家の壁に激突した。 「大丈夫?」 「いつつ……ふにー鼻打ったっすー」 うずくまる乾さん。 「っしゃ、下がってろヒロシ」 見てたクミちゃんが近くの角材を拾った。 「待って待って」 「ああ? チャンスだろうが」 「ひどすぎるよそれは」 「乾さん大丈夫? 血ィ出てな……」 ――ビシュッッ! 「ッ……」 「あ……っぶね」 うずくまった乾さんの振るった手が頬を撫でる。 貫手……ってやつ? カスッた程度なのに火傷しそうなほど熱い。 「あれ、センパイに当たっちった」 「そっちのバカ女だけ狙ったのに」 ニヤリと笑う乾さん。 「ハッッ!」 ――ジャギッッ! 「な……ッ」 風のように鋭く手刀が走り、クミちゃんの持つ角材が真っ二つになる。 「スピードつけりゃ切れないものはないっす。この手刀こそ地上最強の剣というわけだ……」 「君、ひょっとしてケンカ強い?」 「ケンカは嫌いなだけで弱いとは言ってないっすよ」  ! 目にもとまらぬスピードで接近されたかと思うと、後ろに回られた。 「ゴァッ!」 チョークスリーパー……完璧に入った。 「ケンカなんて大っキラい。ただ人をぶっ壊すのが好きっす」 「ンフ……センパイ、好みのタイプだから、前々から八つ裂きにしたいと思ってたんすよ」 ――れろォ……。 あごから頬を通って、額まで舐められる。 腕は容赦なく俺の喉笛を潰そうとしながら、だ。 「アハハハッ、センパイ、関節外したらどんな顔するのかなぁ?」 「ンぐ……」 マズイ。この子、本気でヤバい子だ。 こうなったら、 「ッ――ハァァアア!」 昔から姉ちゃんのイタズラで300回はオトされてきた俺の力を見せてやる! 「長谷流脱縛術奥義!」 「暴れても無駄無駄!」 ――さわさわモミモミ。 「きゃあんっ!」 「いまだ! 逃げるよクミちゃん!」 「お、おう」 首絞めが解けた瞬間をつき、またクミちゃんの手を引いて駆けだした。 「……なにやったんだよ」 「企業秘密」 「逃がすもんか!」 「ふぁ……なんつーテクニシャン。足に力が……」 ・・・・・ ・・・・ 「……追ってこないか」 昼だけの営業で閉まってる海の家に飛び込んだ。 30分ほど隠れてるけど、追っ手の気配はなし。もう大丈夫だろう。 「大丈夫そうだよクミちゃん。帰ろうか」 「ケッ、余計なことぉ」 「結局コケにされて終わりじゃねーか。どう落とし前つけてくれんだテメェ!」 愛さんとちがってクミちゃんはこのやり方は気に入らなかったみたいだ。 「ごめん。でもこれが俺流のケンカなんだ」 必要がなければ、できる限り怪我人は出ない方へ。 俺なりのツッパり方だ。 「……フン」 「……」 (まあ……あのメンバー相手にビビりもしなかった) (愛さんが気に入った理由はなんとなくわかったけど) 「帰ろう」 「ああ」 そろって腰をあげる……。 ――ずるん 「あっ、ごめ……あ」 彼女のずぼんの裾を踏んづけてしまった。 立ち上がった拍子にぼんたんが下がる。 「〜〜〜ッ!」 「……」 「なんでパンツ穿いてな」 「シねぇえええええーーーーーーーーーッッ!」 コーヒーを淹れる作業は、意外と神経を使う。 うちはメーカーを使わないので、お湯の温度、豆の量、粉の量、お湯を入れる速度。淹れる濃さ。すべて目分量で量らなければならない。 カフェインよりもこの作業の方が目を覚まさせてくれる気がする。 「……よし」 いい感じに淹れられたと思う。 本日はココーという台湾のコーヒー。お高い品なんでいっそう緊張した。 その分いい香りだ。 口に運ぶ。 「……うん」 「暑い」 「この蒸し暑さでホットは無理よ」 「だね……あっちぃ」 台風一過のカラッとした空気は過ぎ、今日は猛烈な蒸し暑さが湘南を包んでいる。 こんな中で神経使う作業→ホットコーヒーは自殺行為だった。額にびっしり浮かんだ汗をぬぐう。 「あついー。湿度がたかすぎるー」 「ヒロ。ちょっと私の回りの湿気を全部吸いこんで」 「難しいよ」 「見てこの寝汗。べっとべと。お姉ちゃんのお宝シーン大公開」 シャツが肌に張りついてセクシーだ。 「姉ちゃん暑がりだもんね」 「これからの季節はおっぱいの周りにあせもができて困るわ」 「薬、今年は自分でぬってよ」 「シャワー浴びてくる」 大あくびしながら出て行った。 「ふぁああ」 「眠そうだな」 「テスト週間は大変だよ」 愛さんのこと以外にも、俺自身勉強しなきゃいけない。 「寝る前に勉強すると翌日に疲れが残る気がする」 「寝る前の勉強は非効率的だぞ。あまり頭に入らないし、頭を使うと眠れなくなる」 なるほど。疲れが残るわけだ。 「勉強は効率だ。テスト週間という短期に詰め込むなら特に」 「まずその効率から学習しないと」 「まあがんばれ」 ヴァンはいつも通りマイペースだった。 テスト前週もまだ2日目なので、クラスにもそんなに切迫した空気はない。 「火曜始まりのテスト週間っていやだわ」 「大事な土日がテンションの切れる5日目に来るんだもんなー」 「分かる分かる」 「へー、ここってそういうことだったんだー」 「委員長ってノート綺麗だねー」 「何でも聞いてください」 「この時期の委員長は人気者タイ」 「頭いいし教え上手だし、正直あやかりたいね」 クラス全員からニーズがあるから自然と女子に優先権があるのが困る。 「……」 「俺今回はがんばろ」 「?」 「一緒のレベルで喋れるようになるんだ」 「よく分かんないけど、がんばって」 「……」 「俺もがんばろ」 「?」 「あ、あの、委員長」 「はい?」 「数学で……聞きたいとこあるんだけど」 「はい。なんでもどうぞ」 「……」 さて、今日はどうしよう。 「おはよー」 「はよ……ふぁあ」 「眠そうだね」 「ン……委員長に借りた数学のノート写してたら、寝るの遅くなって」 一晩で? 「すごいな」 「数学だけは落とせねェ」 勉強なんて慣れてないのに、あんなにがんばって。 数学に固執してるのは俺と付き合ってるからなわけで。 ……嬉しい。 3日目となると、みんな勉強の疲れが見えてきてる。 「逆に平然としてると優等生っぽい」 「普段と同じことをするだけだからな」 こういう人種はほんとにすごいと思う。 「俺には無理だわ……」 「クマがすごいよ」 「昨日5時間しか寝てない」 「ちょっと少ないね。気を付けないと」 「僕なんて4時間くらいタイ」 「……あー、ベッドに入ったのが5時間ってだけで寝てたのは3時間ぐらいだけどさ」 「勉強したくねー!」 「大声で言うのはどうかと思うけど、同意見」 疲れたよ。 「ひろも含めて十人並みだな。これが終われば夏休みじゃないか」 「あー夏休みかぁ、いいなぁ夏休み」 「頭にはロックフェスがあるし、楽しみがいっぱいタイ」 「……さらにテストが憂鬱になってきた」 「やれやれ」 「……はよぉす」 「顏真っ青だよ。大丈夫?」 「徹夜は……キツい」 「前日でもないんだからそんな頑張らなくても」 「恋を知った人間はどんな状況でもがんばれる……そういうことさ」 「なっ!? 委員長」 「はい?」 「あれ、メガネ戻したの?」 「あ、勉強はこっちでしてるのでまちがえちゃいました」 「……」 「0点でいいや。帰って寝るわ」 「こらこら」 「眠気を取るならいい薬があるぞ」 なんか出た。 「アルプスのハープをひくお姫様が飲むようなこの水を飲めば、やたらと涙が出てきて眠気などただちに吹っ飛ぶ」 「副作用は?」 「眼球がフニャフニャになる」 「大問題ですそれ」 「眠気が取れるならいいや。いただきまーす」(ごくごく) 「保健室で寝るって選択肢はないのかよ」 「うわあああ〜〜〜涙がーーーー!」(じょばじょばー) 「眼球がしぼんでフニャフニャタイ!」 「言われたのに飲むから」 「いやでも眠気が吹っ飛んだぞ!10時間熟睡して目覚めたみてェーなバッチしの気分だぜェーッ!」 「本気かよ〜〜」(バン!) 「目ぇ大丈夫?笑えない量の涙が出てたけど」 「そりゃこんな美味い薬飲めば涙ぐれー思いっきりでるぜ」 「ぎずあとってゲームのちずるさんルートやったときはもっと泣けたよ俺ぁよぉ〜」 「本人がいいならいいけど」 「いいサンプルが取れた」 帰っていく先生。 どっちも満足そうだからいっか。 さて、今日はどうしよう。 「七夕……か」 「子供っぽいかもしれないけどさ、七夕って好きなんだ」 「1年に1度だけ会うこと許された恋人たち。なんか、ドラマティックだろ?」 「アタシ、大に年1しか会えなくなったらどうなるだろ」 「ははっ、寂しくて泣いちゃうかも。このアタシが」 「だからこんな日は思っちゃうんだ。当たり前に会えるその日その日に感謝して、楽しいことだけしてたいなって」 「どうかな?」 「同じ気持ちだよ」 「じゃ、勉強しようか」 「ひーん」 土日だけは約束してたので、愛さんも観念してうちにやってきた。 今日、明日で鬼門かつ最重要の数学を仕上げてしまう予定。まだ朝の9時だがさっそくはじめることにする。 「あ、アタシさ、数学はもう委員長に教わってるんだ」 「知ってる。この一週間がんばってたよね」 「だろ?教室で勉強する辻堂さんなんてレアなイベントが頻発してたんだぜ」 「だから別に今日まで詰め込まなくても」 「はい教科書開いて。まずは委員長に教わったってとこの復習から」 「彼氏がつれない……」 「……」 「愛さんってお蕎麦好きだよね」 「うん」 「午後から商店街で信州信濃路のお蕎麦市をやるんだって。今日のノルマが済んだら一緒に行こう」 「マジ!? うんっ、うん行く!」 「じゃあがんばろうね」 「っしゃあ! 気合入ったァ!」 ペットをしつけるような扱いは失礼かと思ったが、本人がノッてるから問題なしだ。 はじめよう。 「はー、委員長に感謝だぜ」 「順調だね」 渡した問題集をスラスラと解いていく愛さん。 「数1は問題ないっぽい」 「こっちは簡単だからな」 四則計算の応用が利く数1は、赤点回避くらい楽に出来るレベルになってるようだ。 むしろ愛さん、頭の回転は速いほうらしく、この感じなら平均点超えちゃうかも。 問題は数2だけか。 「数2は明日の予定だったけど、今日に回そっか」 「いいよそんなあせらなくて。あっちムズかしいからヤだ」 「それよりさ、そろそろお腹すいてきた」 「ン……ああ、いい時間だね」 いつのまにかもう11時を過ぎてる。 蕎麦市が気になってるらしい。愛さんは早めに勉強を切り上げたそうだ。 「でも問題集まだ残ってるでしょ」 「もういいよ数1は。赤点はとらねーだろ」 たしかにココまで出来れば大丈夫とは思うけど、 「こういうとき気を抜くとあとで後悔するんだよ」 「うぐー」 「どうせ今行っても昼時は行列ばっかりだよ。1時過ぎを目安に行くとして、それまでは勉強がんばろ。ね?」 「はぁい」 言われるまま勉強に戻る愛さん。 こういうとこ素直だからいい。 「おっしゃ」 分かりやすくガッツポーズする愛さん。 「午後からはがんばるんだよ」 「はいはい」 ぐだーっとベッドに寝転ぶ。 「はー、なんかして遊びたい。ラブ来ないかな」 「……お腹すいたんじゃなかった?」 「いま行っても人こみこみだろ。1時間くらい遊ぼ」 結局勉強が嫌だっただけらしい。 困ったもんだ。 ・・・・・ 昼ちょっと過ぎ、息抜きがてらに蕎麦市へ来た。 正確には蕎麦、うどん市。ラーメンに押されっぱなしの麺業界を盛り上げる催しのようだ。 ただ小麦粉単品で作るうどんに比べ、蕎麦には蕎麦がき、蕎麦餅、くず、かりんとうと、派生商品が多く、扱いが大きくなってた。 「おおお〜、打ってる打ってる」 蕎麦、うどん作りの実演中。 隣り合ったテーブルで打ってて、それぞれの麺の作り方のちがいがよく分かる。 へー。 「手順は変わらないけど、使ってる道具が結構ちがうんだね」 「打ち立てのやつ無料で配ってるってさ。行ってみようか」 「でもすごい行列だよ」 「ほんとだ。なんだあれ、先頭のほうで誰か食いまくって……」 「くるァア! お代わり持って来んかい!」 「オウ」 「まーアイツはいるだろうな」 「ん? ようダイ。今日は昼ここで済ますから、夜は麺類以外な」 「お前も食う? 美味いぞこのうどん」 「いえ、結構」 人目が集まってて恥ずかしい。愛さんと揉めないうちに距離をとった。 「どこ行こうか」 「……」 「どうかした?」 「お前があいつを養ってる経緯がいまだに分からん」 「あ、あはは。成り行きだよ成り行き」 「……釈然としねーの」 「あっ、あれ、わんこそば大食い大会だって。行ってみようぜ」 「うん」 この件、いつかこじれそうで怖い。 わんこそば大会の会場へ。 「ん?」 「愛さん。……と、ヒロシ。ども」 「ようクミ。どうしたこんなところで、お前も出るのかこの大会?」 気軽に声をかける愛さん。 ……お前『も』?愛さんはすでに大会に出るの確定してるっぽい。 「いえ、ぶらっとしてただけっす。昼飯も食っちまったんで大食い大会はキツいすね」 「そっか。じゃあアタシらで行こうぜ大」 「待って待って。普通に参加する方向になってるけど、俺も大食いするほどお腹すいてないよ」 「え……でも蕎麦だぜ?」 「さほど特別な響きではないよ」 「テメェコラァ! 愛さんが誘ってくれてんのにブッチしようってか!」 「じゃあ君が行きなよ」 「うぐ」 「アタシだけでいいや。2人とも、悪いけど」 「うん。見てるから、がんばってきて」 「応援してます!」 「おう! 優勝の蕎麦かりんとうはいただきだぜ!」 優勝賞品ショボ。 まあでも午前中は勉強でヘコんでたし、いい息抜きになるだろう。 がんばれー愛さん。 はっ!? 「……」 「……」 2人で残されてしまった。 しかも一緒に見てる約束もしちゃったし。 「……」 気まずい……。 ・・・・・ 「位置について。レディ」 「開始!」 「いただきます」 「ずるるるっ。ずるるるるるっ。ずるるるるるるるっ」 「さあ始まりました。第16回、湘南夏のわんこそばファイト。各選手とも良い滑り出しです」 「解説席には前大会で163杯を食べ優勝した、武孝田現チャンプに来ていただいています」 「よろしくお願いします」 「どうですかチャンピオン。今年の挑戦者たちは」 「みんないい食べっぷりねぇ。お蕎麦に飽きたら孝行へどうぞ」 「昨年に比べるとやや蒸し暑く、選手たちのコンディションは悪いといわざるを得ません」 「あんまり食べ過ぎると胃がびっくりしないか心配だわ。夏ばてしないためにも、栄養たっぷり孝行のお弁当をよろしく」 「今年は……おっと、エントリー番号11、辻堂さんが早いですね」 「ずるるるるるるっ。ずるるるるるるるるるるるるっ」 「いい食べっぷりねぇ。大食い大会だけど、ちゃんとお行儀良く食べてて」 (ふふーん) 「でもやっぱりエントリー2番の子が強いかしら」 「?」 「お代わりだっての」 「テメェ!」 「およ? 辻堂、お前さんも出てたんかい」 「いやー腹減ってたから出ただけなんだけどよ、これ味も悪くないっての」 「ああ、なかなか美味い」 「かりんとうも俺っちがいただくぜぃ!」 「身の程知らずが」 「うええ……もう無理だシ」 「エントリー3番田中さん、7杯目で1人目のギブアップです」 「ティアラも出てやがんのか! 愛さんがんばれー!」 「……」 「テメェも応援しろや!」 「は、はい。がんばれー」 「声がちいさ……チッ」 「……」 うう。 気まずさ継続中。 俺と関わるとクミちゃんは露骨にテンションが落ちる。 仲良くなるのは厳しいなぁ。 「ずるるるるっ! ふは……っ」 「どーしたっての辻堂。顔色が悪いぜぇ」 「あ、アタシ美味しい蕎麦は好きだけどそんなに量を食える人じゃなかった」 「80杯を超えたところでトップ独走の辻堂さん、ペースが落ちてきました」 「そろそろ限界かしらねえ。満腹になったら整腸作用のある孝行特製ドリンクをどうぞ」 「ずるるるるるっ!」 「しかし手はまだ止まりません。70を超えたところで続々ギブアップが出るなか、90杯目を突破」 「ハッハー、さすが辻堂だっての。おかわり!」 「一条さんも85杯目。こちらは一向にペースが落ちません」 「……」 「……」 「あ、愛さんがんばってるね」 「うん」 「パンフレットによると、今日の蕎麦は全部信濃のやつなんだって。長野はお蕎麦美味しいんだよね」 「あっそ」 「あ、すごい。この大会昔500杯も食べた人がいるんだって。テツ……さん? すごい人がいるね」 「……」 「……あ、愛さんがんばれー」 「がんばれ愛さーん!」 愛さーん。がんばらなくていいから早く帰ってきてー。 「ういーっす。ってあれ、辻堂のやつ大食いなんて出てんの?」 「あ、マキさん」 「ひぃ!?」 「そういや辻堂、蕎麦好きだっけ」 「マキさんはうどん派?」 「麺類ではうどん。まあ蕎麦も好きだけどな」 「マキさんもこの大会出ればよかったのに」 「ヤだよ食い放題なんて。カロリー摂りすぎでまた余分な肉が胸に行くじゃん」 「……」 ……『また』。 「エッチマン」 「な、なにも考えてないすよ!?」 「HaseHiroshiの名は伊達じゃねーな」 「あっ、味噌煮込みうどんの店がある。またなダイ」 行っちゃった。 「そ、総災天どころかあの腰越ともつるんで……」 「ああ。マキさんとはちょっと縁があるんだ」 愛さんに怒られるけど。 「どういう縁だよ。あんな目があっただけで7代先まで血祭りに遭う湘南史上最悪のヤンキー相手に」 そんな恐ろしい逸話があるのか。 「他にも月夜は凶暴になって100人は殺し回るとか、本気になると手が10本生えてくるとかよく聞くと語尾に『血が飲みたい』ってついてるとか」 「彼女は普通の人間です」 「うぷ……」 「うええ……さすがにキツいっての」 「でもまだまだイケるぜ! おかわり!」 「チッ……おかわり!」 「さあ挑戦者も少なくなってきました。現在辻堂さん103一条さん101。ほぼ横並びの状態です」 「ティアラの奴、いないと思ったらこんなところに」 「あら」 「ゲッ……今日は厄日だ」 「こっちのセリフよ」 「どうも、片瀬さん」 珍しく誰も率いてない彼女と会った。 「へえ、辻堂とティアラがこんなところでぶつかるなんて」 「アハハハハ! 面白いわ。あの細い体でハナくらいなら丸呑みにできちゃうティアラの食欲に挑もうだなんて」 「こ、怖い例えはやめて欲しいシ」 「くぬ……ッ、あ、愛さんが負けるわけねーだろ!」 「フン」 「おおーっとついに一条さん逆転。107杯目に突入です。辻堂さん106杯目で手が止まったー!」 「く……っ」 「ま、こんなとこで勝っても意味ないけど」 「あっち行くわね久美子。アンタ負けるとすぐ泣いちゃうもんねぇ、慈悲の心で見ないでおいてあげるわ」 「テメェッ!」 「クソ……ッ、愛さんが負けるかよ」 「まあまあ、愛さんもう無理だと思うよ。苦しそうな顔してる」 1位になっても賞品はショボいんだから、満腹になり次第やめたほうがいい。 「ウルセェ! 愛さんは負けねーんだよ!」 熱くなってしまった。 んーむ、 「クミちゃんはホントに愛さんが好きだよね」 「当たり前だろ」 「愛さんは伝説の稲村チェーンの血を継ぎ、その強さは伝説を超えるとまで言われるお方だぞ。尊敬しないわけがねぇ」 「本人にその気があれば……、今頃湘南制覇も楽勝で出来てた逸材なのに」 本人はヤンキーやる気ないもんな。 ただ、にしてもクミちゃんの信仰っぷりは人一倍な気がする。 「なにかあるの。個人的に愛さんを慕う理由とか」 「ん……そりゃあるさ」 「聞きてーなら話してやるけど、長くなるぞ」 「聞かせて欲しいな」 「ほんっとーに長くなるぞ。いいんだな」 「じゃあ聞かせてやる」 「オレはちっちゃなころからワルガキで、中学のころからナイフみてーに尖ってたんだ」 「ケンカも強かった。男にだって負けたことはねェ。だから中学じゃ学校全体をシメて、葛西軍団なんてものを組織できる程だった」 「ところが、同じ学年にあの女がいたせいで何もかもが狂っちまった」 「ある日突然恋奈に決闘を申し込まれ」 「ヒャッハー!」 「グアッ!」 「汚ェはさみ撃ちで負けちまった」 「ヤンキーってのは1度の負けも許されねェ。葛西軍団はすべて恋奈の傘下に落ちた」 「ましてや残る学校生活、オレはろくにリベンジのチャンスさえ与えられなかった」 「ここら辺は恋奈の強さだ。アイツは情報戦の天才だからな。のし上がるためにデカいケンカするチャンスをことごとく潰されちまうんだ」 「ケンカが成立しないんじゃ負け犬のレッテルは剥がせねェ。結局卒業するまで、オレは負け犬のままだった」 「だがオレはあきらめちゃいなかった。再起を誓い、新たな葛西軍団を組織するべく、湘南最凶校、稲村にやってきたんだ」 「それで……?」 「……」 「オレはすぐさま1年の目ぼしいのをシメあげ、新入生ではトップにのし上がった」 「同時に昨年、最凶校稲村を2ヶ月で制覇した番長、辻堂愛の噂を聞き」 「辻堂愛ィイーーーー! 勝負せいやーーー!」 「あ?」 「あひんっ」 「と、いうわけで、愛さんの強さにほれ込み、現在に至る」 「以上!」 みじか。 「あの、片瀬さんとの話の方が長くて本題が一瞬で終わったんだけど」 「あの人は強ェ! それで充分だろ」 「テメェに話してもしょうがねーしな」 聞きたくなったら愛さんに聞けばいいさ。 「湘南制覇に一番近いのは……。三大天で最もヤンキーの格が上なのは愛さんだ。間違いなく」 「恋奈のやってることはただの組織経営。リスクは嫌うわ口先だけだわ、とてもじゃないがヤンキーなんてもんじゃない」 「皆殺しなんてもっと論外だ。気に障ったやつをブッ飛ばすだけなんて」 「……」 「あ、あいつ聞いてないよな?」 「あっちで蕎麦餅食べてる。安心して」 「とにかく、湘南を制覇できるのは愛さんしかいない!愛さんは湘南を取るべき人なんだ」 「だからオレは、その手伝いがしたいのさ」 「ふーん」 よく分かんないな。 湘南を制覇するってそんな大事なことか?片瀬さんはともかく、愛さんもマキさんもこだわってる様子ないぞ。 と、俺の顔色を読んだんだろう。 「テメェみてーにツッパるところのないやつには永遠に分かんねーよ」 「……」 ツッパるところ。か。 「お前とはちがうんだ愛さんは」 「……」 「……」 「……ちがうのに」 「さあもうどちらも手が伸びないぞ、決着がつくか!」 「っと」 「うえええ、ぐるじいっでの」 「……もーやだ、蕎麦嫌い」 「くっそー、129対129、横並びだっての」 「もう1杯も食えない……ぅぷっ」 「でもあと1杯かっこみゃ、ティアラももう動けないはず……」 「愛さーん! もうひと踏ん張りっすー!」 「ティアラ! とどめ刺してやりなさい!」 「はーっ」 「はーっ」 「はーっ」 「はー……っ」 ――バツン! 「およ」 「あ?」 「おおーっと! 一条さんのベルトが飛んだー!」 「あらら、食いすぎたっての」 「でもこれで1杯分くらい余裕ができたぜ!おかわりだっての!」 「ぐぁ……」 「さあ一条さん130杯目に突入!辻堂さんは追いすがれるか!」 「ぐ……ぐ……!」 「愛さん! こっちもベルトっす!ベルトを外して!」 「そうか、ベルトを外せば……って」 (……うわ、いつの間にかお腹がぽっこり) (ちらっ) 「愛さーん、無理そうならやめていいよー」 (こ、こんな腹見せられるか!) 「さあ辻堂さんどうする!」 「……」 「……ギブアップ」 「え……」 「おっしゃー!」 「辻堂さんリタイア。細身ながら129杯、大会史上7位の記録を残してのリタイアです」 「ふぃー、勝てたー」 「俺っちももう食えねーや」 「一条さんも130杯目で満腹の模様。決着がつきました、第16回湘南わんこそばファイト。優勝は――」 「170杯を完食した、我那覇葉さんです!」 「あれえええ!?」 「ソーキソバの方が美味い」 「はい商品の蕎麦かりんとう。ソーキソバが好きなら、うちの孝行で売ってるわよ」 「うむ」(ぽりぽり) 「うええ」 「お疲れ」(ぽりぽり) 「ラッパの、ラッパの胃腸薬をくれ」 「大変だったね」(ぽりぽり) 「なに食ってんの?」 「蕎麦かりんとう。そこで580円で売ってた」 「ふざけんな!」 「別に欲しい商品でもなかったでしょ」 「欲しかったの。うー、残しといて、あとで食べる」 「うん」 「ちなみに3位入賞ってことで、こんなものもらった」 「花火だね」 小さいけど花火セット。 ……かりんとうより全然いいものな気が。 「テスト終わったらやろうぜ」 「うん」 「……」 「愛さん、いまの勝負、もうちょっとイケたんじゃないっすか?」 「んー? まあ無理すれば……でもいいだろ。キツかったし」 「……まだイケたのにギブアップって」 「よう、久しぶり」 「うむ」(ぽりぽり) (ビクッ) 「この前は悪かったな。ケンカ。ドタキャンみたいになっちまって」 「……」 「悪いと思うならば、いますぐにもここで決着をつけようではないか」 「無理。ぽんぽん痛い」 「できれば永久延期で」 「……」 行ってくれた。 「話が通じる人だよね」 「万全の状態の貴様を倒す! とか思ってんだろ。ケンカ好きっつーか武闘家って感じだし」 「さて……なんかもう食べ物見たくないし、帰ろか」 「だね。俺もかりんとうでお腹膨れたし。テスト勉強の続きしよう」 「ああ」 「……」 「じゃあなクミ」 「う、ういっす」 ・・・・・ 「途中でギブアップ。ケンカをドタキャン。テスト勉強?」 「……愛さんじゃねーよ、あんなの」 「はー、風が気持ちイイ」 「見晴らしのいい場所にいると消化がよくなるって本当みたいだね」 「ああ、お腹が一気にすっきりしてきた」 「……」 「……俺、腹減った」 お菓子一袋で帰るなんて失敗だった。 「もっかい戻る?」 「いやいいよ。さっきお土産屋で生麺買ったから家で済ませる」 「そっか」 「そうだっ、この辺で雑貨屋みたいなのない?」 「すぐそこにあるけど、どうして?」 「花火さ、どうせだからクミたちも誘ってみんなでやりてーんだ。で、これだけじゃ足りないだろ」 「なるほど」 たしかに花火は大人数のほうが楽しそう。でももらったセットじゃ小さすぎだ。 「ロケット花火とか、いっぱい買っとこうぜ」 「……戦争はやめようね」 速足で行ってしまう愛さん。 こうしてるぶんには、ごくごく普通のカップルだよな俺たち。 「……」 「お前とはちがうんだ愛さんは」 「……」 かなぁ。 「あん……っ」 「んは……ああっ、いい。……すごい」 「ヤだヒロ、急にそんな強く……あっ、あっ、ダメぇ」 「もう……クセになりそぉ」 「もうなってるでしょ」 「休みの日はいつもマッサージマッサージって」 「だーって気持ちいいんだもん」 「やれやれ」 こんなに喜んでくれるなら悪い気しないけど。 「今日もこのあと学園行ってテスト作らなきゃ」 「日曜までお仕事ご苦労様です」 「ホント大変よ」 「ガキどもがテスト嫌だーとか言ってるの見るとぶん殴りたくなるわ。解くより作るほうが100万倍難しいんだから」 「そうなの?」 「テストってのは、平均点が60点くらいに来るよう作る必要があるの」 「生徒の脳みその平均値を推察して、6割解けそうな問題を並べて、残りは1部にだけ解けるように。でも100点が頻発しないよう注意して」 「平均点が高すぎても低すぎてもハゲ教頭から嫌味言われるし。60近くにそろえても褒められるわけじゃなし」 「テストヤだ〜とか言う生徒は手りゅう弾飲ませて爆破していい校則できないかしら」 「穏やかに恐ろしいこと言わないでよ」 「ヒロのマッサージがなければストレスに負けて平均点下げそうな生徒の数を減らしにかかるとこだわ。ご苦労様」 俺のマッサージはそんな重要な意味があったのか。 「はいご苦労様」 「もういいの?」 「これ以上続けたらメロメロにされちゃう」 よく分からん。 「行くわ。そっちもテスト勉強、がんばりなさいよ」 「はーい」 というわけで姉ちゃんは出ていき、 入れ替わりに愛さんを呼ぶ。 「あっつ……今日はクーラーある場所がありがたいぜ」 「昼には40度くらい行くってさ」 夏本番だ。 「熱射病とか大丈夫?」 「海岸線は風があったから問題なし」 「そうそう。日焼けクリームっての使ったんだけどさ。これすーっとして涼しいんだ」 「へー」 UVクリームか。使ったことないな。 「あんま日焼けしないタイプだから面倒だったけど。今年の夏は使ってみよかな」 「そうだね。肌綺麗だから、焼いたらもったいない」 「最初は面倒だったけど、なんか最近オシャレするのが楽しくなってきた」 「そうなんだ」 愛さんがオシャレ、か。 あの辻堂愛さんが。 不思議な気分。そういうのとは縁遠いと思ってた。 あ、でもヤンキーってみんな派手なメイクしてるか。 「なーんか冒険してみよっかなー。夏休みだし」 「うーん」 「愛さんは愛さんでよくない?」 「そうか?」 「いまが最高だから。って話だけど」 もちろんこれ以上よくなるなら歓迎だけど、最高のモノを引き上げるのはイメージが難しい。 「やっぱいまの愛さんがメチャクチャ美人だからね。+アルファもマイナスになりかねない」 「び、美人って……バカ」 照れちゃった。可愛い。 「愛さんなら失敗はないだろうし」 「そっか?」 「んー、よし、考えとこ。夏休みにかけて」 「そうだ。母さんのダチで20年間パンチパーマを貫いてる人がいるんだけど」 「……」 「冗談だって。泣きそうな顔すんなよ」 よかった。 「それじゃあ勉強はじめよっか」 「あーあ……楽しいトーキングタイムは終わりか」 がっかりしながら、言われた通り席に着く愛さん。 俺はアイスコーヒーと、つまみに昨日買った蕎麦粉のかりんとうを用意。 今日は鬼門、数2である。 さ、 「がんばろう!」 「はーい」 ・・・・・ (ぽりぽり)「あ、このかりんとうホントにちょっと蕎麦の香りする」 「美味しいよね」 「なにこのクマ。可愛いじゃん。手作り?」 「うん。作ったのは俺じゃないけど」 「名前は」 「ヒロ3ご……ひ、ひぃさん」 「こんにちは、ボクひぃさんです。やあこんにちは、ダラックマのダラ男だよ」 「愛さん」 「わーってるって」 席に戻る愛さん。 でも今日はペンの進みがものすごーく遅い。 (ぽりぽり) もうペンよりかりんとうを持ってる方が多い。 (ぺろっ) 時々指を舐めるのが可愛い。 「にゃーっ、分かんねーっ!」 「やっぱ鬼門中の鬼門か数2」 昨日の数1とちがって一向にはかどらない。 応用問題はとにかく基礎知識がモノを言い、短期間で詰め込んだ愛さんとは相性が悪すぎる。 分からないから集中力が持たず、集中力が持たないから分かるようにならない。 負のスパイラルだ。やっぱり勉強ってのは日々の積み重ねなんだなぁ。 「ほら、がんばろうよ愛さん」 「うー、もういいよー。数2は最後の日だからちょっとずつやってくよ」 「それはやらない人の発想だよ。がんばろう」 「そもそもアタシに勉強なんて合わないんだって」 またそれか。 「とにかく根性だして」 愛さんは基本的に頭の回転は速い。がんばれば間に合わなくはないはずなんだ。 「うー……」 「そもそも大の教え方が悪い!」 あ、反撃してきた。 「もっと生徒のやる気をうながす教え方しろよ」 んちゅ〜。 「はん……っ」 ・・・・・ 「やる気でた?」 「……うん」 「ちがう! ごまかされないぞこんなんじゃ!」 ダメか。 「その、いまのやる気アップ法はあとでもう1回試すとして」 「ちょっとアタシから問題出すから、そっちが答えてみろ」 教えられ通しでストレスがたまってるらしい。 「わかった。どうぞ」 息抜きがてらちょうどいい。 「じゃ、全教科から出すぞ」 「OK。いつでもどうぞ」 「勝負!」 「第1問。1942年に3つの婦人会が統合して出来た組織は?」 「第2問!大日本帝国憲法下において設立した貴族院は、なんの存続を目的に創設されたか」 「第3問。化学の問題。アンモニアと反応すると白煙を起こす化合物は?」 「第4問。フッ化水素の化学式は」 「これが最後!英語で〜かそうでない〜という意味の熟語は」 「全滅じゃねーか!」 「……バカな」 お、俺そんなにダメだっけ? 「もうダメだわ大。アタシどころか、お前も絶対落ちたわ」 「そうだね……」 エラそうに人に教鞭ふるってる場合じゃなかった。 「もうテストなんてどうでもいいや。遊びにいこっか」 「そうだな」 こうして俺と愛さんは、すべてを忘れ遊びほうけた。 来る日も来る日も。すぐそこに迫ってたテストのことなんて忘れて。 そして夏休みに補習を受けることになり。それも結局……。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「稲村学園番長、辻堂だ!」 「同じく長谷大!」 「あ、あれが稲村学園の生きる伝説」 「久美子先輩によると、何年たっても湘南最強の座を譲らないほどの方だそうだ。みんな注意しろ」 こうして湘南に新たな伝説が生まれた――。 「今日も気合入れていくぞテメェら!」 「「「応!」」」 「微妙だ」 「うーん、イマイチだったか」 急に来たから仕方ないとは思うけど、 「勉強、一緒にがんばろうぜ」 「うん」 「おお〜」(パチパチ) 「こんなもんかな」 「パーフェクトじゃないけど、ほぼ正解だよ。すごいぜ大」 「あれ、パーフェクトじゃなかった?」 「ケアレスミスには注意、だな」 「そうだね」 「すげー」 「どんなもんでしょ」 「完璧。ミスなしだ」 「俺もやることはやってるんだよ」 「周期表第17族に属し元素中もっとも」 「ハロゲン元素」 「バスチーユ牢獄襲撃の原因となった」 「三部会」 「アマゾ」 「ポロロッカ」 「すげええええええ!」 「こんなもんです」 「自信わいてきたぜ大。お前に教えてもらえるなら、アタシも赤点くらい突破できる気がしてきた」 「その気持ちだよ。勉強も気の持ちようだからね」 「っしゃあ! かかって来いや数学!」 いよいよ明日からテストとあって、休み時間も勉強してる子が多くなってきた。 愛さんも教室でフツーに勉強するようになってる。 「辻堂さんでも勉強するんだね」 「意外だよねー。委員長とも仲良くやってるし」 「……」 「あ、あたしらは無理……かな」 「うーん……」 そんな彼女の姿が、微妙にクラスの空気にも影響してる。 良い兆候だろうか。 俺らは男子で集まる。 「太郎ってどういう風に勉強してんの?」 「普通に。毎日学園から帰ったら5時間程度」 「普通じゃねーよそれは」 「テスト週間は息が詰まるけど、日頃からヴァンみたいにしてれば楽なのかな」 「あーも〜〜〜!」 「ストレスたまってる?」 「抜きたい!」 「ちがうものが溜まってるのか」 「明日からテストなのにやべーよ。もう消しゴムの感触から乳首しか想像できない」 「気持ち分かるよ。勉強した日に『発散』すると、覚えたことが飛んじゃいそうな気がするよね」 「俺なんて逆に勉強中はヌキまくるぜ。スッキリしないとシャープペンのカチカチでさえ変な妄想しちゃうし」 色んなタイプの人がいるなぁ。 「オオオオオ……ヌキタイ、ヌキタイタイ」 「人格が変わるほどオナ禁すんなよ」 「だがこのリビドーを勉強にぶつければ……!」 「フォオオオオーーー! ハロゲン! ハロゲーン!ハァハァハァハァ! 化学たん! 解いてやるタイ! 丸裸にしてやるタイ!」 「んあああああ陰イオン! ほひっ、ほひぃいいい負の電気を帯びた原子または原子団!頭に陰をつけるなんてなんて淫らな子タイ!」 「またの名を造塩元素と書いて……塩ーーっ!潮ふくたい! 潮吹いてるタイイイィィイイアヒアヒアヒアヒアヒぁあああああ」(ビクンビクン) 「救急車呼べ」 「呼ぶのはパトカーだろう」 現代教育はストレス対策必須だなぁ。 しかし実は、俺もちょっとムラムラしてる。 土日は愛さんと会ってたけど……そういうことはしてないし、1人でも抜いてない。 溜まってるのは俺も同じだ。 参ったな。愛さんを誘うとしたら、次はテスト後になるし。 テスト終了は金曜日……この状態で一週間切り抜けるのはキツい。 「そんな顔をしているな」 「顔には出してないです」 「そんなあなたに朗報!いいものをプレゼントしてやろう」 「?」 「実は先生、バイブとかローターとかのエログッズを学園に持ち込んでいるんだが」 「サラッととんでもないですね」 「最近増えすぎて困っているんだ。使い道のない小道具も衝動買いしてしまってな。処分を考えているんだが……」 ――どちゃっ。 黒い革のバッグを取り出す先生。 中は……うわ、ホントだ。ホントにエログッズ。 「欲しいものがあればやるぞ」 「いりませんよ」 「本当に?このローターなんて初心者に優しくて効き目抜群とみんなから好評を得ているぞ」 「……」 (もぢもぢ) 「ひ、大……アタシ、アタシもう」 ブンブンブンブン! 「いりません」 「チキンボーイが」 うるさいな。 「それはともかく、こっちなんか欲しくないか?」 でっかい箱を差し出された。表にアニメの女の子が描かれてる。 「オナホール」 「なんで女の先生が買ってるんです」 「将来ふたなりになる薬を開発できたら試してみたくて」 「ただ使い道がないうえに、これ、消費期限があるらしくて困ってるんだ」 「やるから持って帰れ。でないと辻堂の娘とこの部屋で何したか姉にバラす」 鬼め。 「そうだ。この部屋使ってるか?毎日シーツの枚数を確認してるのにちっとも変わってないぞ」 「一度も使ってません」 残念なことに。 あれから愛さんとチョメチョメな機会はない。テスト週間だからしょうがないけど。 「ちぇっ。まあホテルに行く方がベストではあるけど」 「そうそう、ロングスカートの女とするときは静電気に気をつけろよ。夏場は大丈夫だと思うが、油断するとくるぞ」 「クリトリスに静電気が走るあの恐ろしさは筆舌に尽くしがたい」 「気を付けます」 「で? 他に欲しいものはないのか」 「だからいりませんて。そのオナホだけ……」 「ん? なにこれ」 カバンの中に、場違いに可愛いものを見つけた。 人形だ。先生に似せて作られた人形で、触ると、 『そうですか』 「前にも見たなコレ」 「いるか? ソウデスカマシーン1号。またの名を『楓ちゃん人形』」 「いらないなぁ」 「それは私がいらないキャラだということか?え? どういう意味だ言ってみろ。30歳を超えちゃった女は差別するのか? え?」 「怖い怖い」 「ほんとに便利なんだぞコレ。録音機能がついてて、リピート、タイマー、いろんなことができる」 ぽんと頭を押す。 『そうですか』 「しかも超がつく高機能。そこらの音程やボリュームの調節機能はライブハウスの設備を超えるレベルだ」 「これで色んな事をする状況が思いつかない」 「分かった分かった。放課後までにアソジェリカも真っ青のアヘボイスを吹き込んでおく。オナホと一緒に使うといい」 「いらんです」 「っと、職員会議があるんだった。じゃあなヒロポン。テスト明日なんだから抜きすぎないように!」 「ちょっ、待っ!」 行っちゃった。 ……いらんものを2つも押し付けられてしまった。どうするよこれ。 人形の方は可愛いからいいとして、オナホなんて。 「大?」 「ふわ!」 「な、なんだよ」 「いやゴメン。汚れた魂と接してたから純粋さんに来られるとびっくりして」 「???」 「1人でふらっといなくなったから気になって追ってきたんだ。どうした?」 「なんでもないよ。教室は息が詰まるからさ」 「そか。外の空気吸いたくなる気持ちは分かるわ」 ベッドに腰掛ける愛さん。 と……。 「あ」 「鳴っちゃったか……もういいや。次サボろ」 「こらこら」 「いいだろ、どうせテスト前だから自習だよ」 「それもそっか」 だからってサボるのは良くないと思うけど……、 ぽんぽんと隣を叩く愛さん。 俺もベッドに腰かけた。 ……サボりに同意してしまった。ちょっとドキドキだけど、なんか楽しい気もする。 俺も不良になったもんだ。 と、 「なにこれ?」 「へ? ……うわっ!」 「??」 ただアニメ絵の描かれたそれは、裏面まで見ても用途が詳しく書いてない。愛さんはよく分からないようで首をかしげてた。 「なんなの? 何する道具?」 「あー、っと、これは……」 ・・・・・ 「オナ……、ひ、ひとりでするのを手伝う道具なんてあんのか。知らなかった」 いまどきオナホを知らないとは。 純白の雪原にまた一歩汚れた足跡をつけてしまった。……罪悪感。 「で、あの、大は……こんなの使うの?」 「使わないよ。城宮先生に無理やり押しつけられたの」 「ああ、なるほど」 教師がこんなものをって信じられない話だが、あの先生に限っては簡単に信用された。 「ふーん……」 しげしげとオナホを見つめる愛さん。 「世の中にはヘンテコなもんがあるんだな」 「ハマる人はハマるって聞いた」 俺は試したことないけど。 「……」 「ひとりでするのってそんな気持ちいいのかな」 「へ?」 「あ、いや。その」 「アタシの場合、最初が大だったからよく分かんねーなって」 「……」 なんですって? 「なに、愛さんっておな……自分でしたことないの?」 「す、するかよンな恥ずかしいこと!」 「……」 なんですって!? 「じゃあ溜まったときどうするの。ほら、こう、ムラムラきたら」 「こねーよ!」 「いや……クることはあったけど。全部無視して。どうしてもイライラするようならケンカで」 ケンカ番長のケンカにそんな裏事情があったのか。 「な、なんだよ。悪いのかよ」 だんだん恥ずかしくなってきたらしい。愛さんが眉をひそめる。 「悪くはないけどさ」 「でもほら、これからはケンカ減らす方向でやってくって言ったじゃない。それでムラッときたらどうする?」 「え……、えっと」 「……」 (にへ〜) 「う……いやな予感」 正しい自慰の仕方を覚えましょう。 正しい自慰は、あなたの性生活を快適にし、あなたの心のゆとりを助けます。 ここでは一般的な自慰の方法を解説すると共に、それがあなたのホルモンバランスにどういった影響をあたえるのか解説していきます。 「というパンフレットをさっきそこで見つけた」 「昔、保健の授業で配られたっけ。セルフプレジャーなんとかって」 「女子はこんなのがあるんだね。男子は赤ちゃんに授乳するおっぱい見てヒャッホーしてた記憶しかないよ」 「一緒にコンドームも配られたけど……、あれってエッチ推奨してるようなもんだよなぁ」 「教育の現場って難しいね」 「というわけでこれに従って、愛さんに正しいオナニーの方法を覚えてもらおうと思う」 「い、いらないってンな恥ずかしいこと。これまではいらなかったんだし」 「これからは、その、どうしてもってなったら……あの、大に、その」 「こまけぇことはいいんだよ!」 「俺が愛さんにオナニーを教える。このポイントが重要なんだ!」 「ぶっちゃけたなオイ」 「と、いうわけでまずは準備から。よく手を洗うのが重要だってさ。ほら手洗い手洗い」 「だからいらない……うわっ、わっ、すごい腕力」 部屋についてる水道へ連れて行く。 じゃぶじゃぶじゃぶ。石鹸も使ってじゃぶじゃぶじゃぶ。 「それから、えーっと、心と同時に身体をエッチな状態に持ち込みます」 「女性は男性とちがって視覚的な作用からの興奮伝達が得意でなく、感情的に性を高めなければなりません」 「同時に肉体も別種のものとして興奮を促さないと、自慰に対する充分な満足感を得られません。へー、勉強になる」 でも、 「愛さんはこの辺のパート飛ばしてOKだね」 「な、なにがだよ」 スカートを持ち上げてもらう。 もう内太ももの一帯は火照りをおびて、じっとり汗ばんでた。 「すーぐにエッチになっちゃう」 「ちっ、ちがうだろこれは」 「……大がエッチぃ目で見るから」 弱々しいのは言葉尻だけじゃなく、腰の震えからも分かる。 愛さん、ケンカは超強いのに、こっち方面はてんで弱いんだよな。 「はい、触ってみて」 「う……見られてするの?」 「正しいやり方か判定しないと」 見たいだけだけどな。 「……〜」 オナニーを知らないってのは本当なようで、愛さんはためらいながらもそんなに嫌がらずに恥ずかしい箇所へ手をのばした。 「……ッんっ」 「敏感だね」 下着のうえからクレバスに触れる。 それだけで細く喉を鳴らす。初体験のときの激烈な感度は健在みたいだ。 「ゆっくり動かして」 「う、うん……。……は、ぁ……」 すにすにと下着の上を往復する指先。 しなやかな指がシルク地の上を走る……それ自体はすごく優雅な仕草に見えた。 けどやってることは超いやらしい。 なんか……分かるかも、人のオナニー見るのが好きなフェチの人の気持ち。 ――しゅに、しゅに、 ――にゅり、にゅり、 「さっそくほぐれてきたね」 「あぅ……ぅ」 中が柔らかくなりだしたんだろう。指が深くへ沈むような動きをみせだす。 「割れ目が浮かんできたよ」 「い、いちいち……言うな」 「っは……大、目つきとか、その、い、息……へんなとこに当たってる」 抗議がちに言う。 けど身体のほうは、微妙に足をひらいて、俺の視線、吐息をもっと深い部分へ誘っていた。 「興奮伝達、ってやつにいいんじゃない?俺がじーっと見てると」 「う……ぅ」 「ふーっ」 「ひゃああ」 息を吹きかけると、なぞられた肌全面をビクつかせて反応した。 可愛い。 スリムな美脚のラインが悶える光景ってだけで、こっちもオナりたくなった。 我慢だ我慢。いま俺まで始めたら絶対最後まで行く。テスト前にはマズい。 ……いやいましてることもテスト前になに教えてんだって話だけど。 「はぁ……ぁあ、あっ」 愛さんもだんだん吐息に可愛い声を交じらせるようになってきた。 「もっと声出していいよ。誰も聞いてないから」 保健室は誰もいないし閉めきってる。 「んなこと……言われても」 「あぅ、はぁ……大ぃ。なんかこれ、すごく恥ずかしいんだけど」 さっきまで潔かった指の動きが、急に躊躇するようになった。 羞恥心が『見られる>オナニー』だったのが、逆転してきてる。 つまり愛さんのなかで、オナニーっていうのがそれだけ恥ずかしくて重要な行為だって認識に変わってきてるわけで。 「俺しか見てないから。もっと恥ずかしくなりなよ」 「ううう……」 感情的には止めたそうだけど、もう指が勝手に動き出してるみたいだ。やめられなくなってた。 ――ちゅぷ、ちゅく。にちにちにちゅ、 「ひぅ……あ、あ、パンツが汚れちゃう」 「ン……ジュースが出て来たね」 下着をこする音に、粘着質な水音が絡みだす。 パンフを見た。 「愛液が分泌されたということは、外陰部及び膣が性行の準備に入ったということです」 「愛液の増加に伴い摩擦力にクッションが置かれ、刺激を快感と受け止められるようになります」 「ふぁ……んあ、あっ、ああっ」 ――ちゅぷっ、ちゅぷっ、ちゅぷっ。 「すごい勢いで増加してる。愛さん、下着脱いだ方がいいよ」 「そ、そぉ、なの?」 「まかせて」 俺が脱がせる。 シルクは汗をいっぱい吸って肌にくっついてる。下ろすだけでくるくる丸まっていった。 ……下着をおろすって興奮する。 「あは……っ」 邪魔なものをなくすと、愛さんは俺がなにを言うでもないのに指を中心へ戻していた。 ヌルリと指先がスリットに食い込む。 「……わ」 可愛いパイパンのプニ肉が、ピンクの粘膜を吐き出しながら裂け、指を飲み込む。 寒気がするほどいやらしい光景だった。 「自分の中身、どんな感じ?」 「ああ……あれ? おしっこのときとちがう」 初めて触るんだろうか。性器化した自分の体に戸惑ってた。 「熱くて……どろどろ。溶けてるみたい。形がない」 「それに……はあ、触ってるとなんか……あはぁ」 確かめるようにまさぐった指は、すぐにオナニーのそれに戻る。 「んふぁっ、あああ、はぁ、なにこれ、ぇ」 「あっ、あッ……ああっ、なんか変、変なの」 ヒップをもじつかせ、裂け目をくぐる指を中心に腰をまわす愛さん。 「気持ちいい?」 「う、ん、うん……でもなんか、変。気持ちいいけど、なんか、なんか、足りない」 「大のとちがって……もどかしいっていうか。じっとしてられないっていうか」 ――にゅくにゅくっ、んぷんぷ。 「ううう……っ」 こらえきれなくなったように愛さんは、両手をそこへ向かわせた。 けどそうするとスカートが落ちてしまう。 俺はなにも言ってないのに、俺に見せるという約束はけなげに守りスカートを持ち上げなおすと、 「ぁむっ、んっ、んふっ、んんんっ」 ちゃんと見せてくれながら再開した。 「もっと見せて」 「ンゆ……」 ノッてきた愛さんは従順で、恥ずかしい要求にも普通に答えてくれる。 大陰唇に中指と人差し指をのせて、左右にひっぱった。 ――ぬちぃ。 「む……ふゅ」 とろけた粘膜がひろがり、開き気味の穴まで見えた。 ……ツッこみたい。 ぬめつくピンク色が、さっきからガチガチの俺のペニスを誘ってる。 「そんなに見ないで……っふ、ふっ!」 言いつつも俺の視線で感度がさらにあがったんだろう。愛さんはもう濡れピンクをいびつにゆがませ、内部をかきまさぐりだした。 ――にちるっ、にるっにるるぅ。ちゅくぷる。 空気がまじった卑猥な音が保健室中に響く。 「んんぷ……っふ、なんか、くゅ、なんか」 ヒダの一枚一枚を確かめるように、さすってる。 「さっき……までより、かたくなった?」 「充血してるんだよ。分かる? お豆もこりこりしてきてる」 「おまめ……? っう」 フードが外れかかってるクリに触ってしまい、あわてて指が逃げる。 でも『自分でしてる』のが安心なんだろう。いつもとちがい、 「っう……、……ッ! ……ぅう」 「んふ……ふ、……ふぅ」 「ふぁ……ああ、あうううん」 くにくにとシロップをまぶした指で感じやすすぎる小粒をさすりだした。 「あふぅ、ふぁふうう」 いつもなら俺のペニスにくっついてくるヒダヒダのヴェールも、指の方へざわざわと反応していた。 「……」 初オナ……なんだけど、慣れた途端に積極的になった愛さん。 俺はなんていうか、意識を飲まれてしまい、すっかり『教える』から『見学』にうつらされた。 「ぁんっ、はんっ、んんっ、……大……ああぁ大ぃ」 視線だけでも助けにはなってるようだし。 中指をたてて、柔肉のなかへ根元まで埋めていく。 ――ぬぷぅ〜……。 「っぁああああぁぁあ……」 疑似セックスになってるんだろうか。スカートを咥えたまま切なそうに喉をならした。 穴の中を満たしていた汁気が場所をおわれて垂れる。 ぬめりのあるシロップが太ももやお尻のほうへ。あと5分も見てたら、きっとお尻の穴までぐちょぐちょになると思う。 「っ、っ」 「もうイキそうなんだ。いいよ、初オナでイッてみて」 シューズで床を蹴るようなしぐさが可愛い。 ラビアを触る手を鉤状にまげて、ひっかくように荒く刺激しながら、 「っふぅ……、ううう……っ」 「うふ、んふ……うううう…………っ」 「っんんんんんんん……ッ!」 ――ぴちゅ……ッ! 粘り気のある蜜をしぶかせながら、愛さんの身体はきわどい震えを始めた。 イッてる……?ちょっと分かりにくい。セックスのときよりは反応が小さい。 けど、 「んぁはっ、ンは……、ふはぁ……」 波の突き抜けが終わると力が抜けるのは同じで、 腰が抜けてしまったらしい。愛さんはくてんとベッドに崩れ落ちた。 ・・・・・ やりすぎただろうか。愛さんはその後の授業ずっとふわっとした様子だった。 でもあやまったけど、 「ン……べつにアレそのものはいいんだけど」 「……ちょっと足りない、かも」 「なにが?」 「聞くな」 怒りのポイントがよく分からないようで、そんなには怒られなかった。 「じゃあ、明日」 「うん、テストがんばろうね」 別れるときまでホワホワしてる。 ……明日に変な影響でないよな? 明日は現国、数1、世界史。愛さんには得意教科ばっかりで、前日のつめこみもそんなに焦る必要ないし。 でも、うーん……、 反省。 ・・・・・ それで、俺も前日の詰め込みをしなきゃいけないわけだが。 (もぞもぞ) (もぞもぞ) 「だーっ!」 落ち着かん。 愛さんを満足させただけで終わっちゃったから、俺の溜まったものは発散できてない。 んー、 仕方ない。どうせだから使うか。うちの校医さんご推薦のオナホールとやらを。 カバンを覗く。 「お」 「……」 嫌なものと目があった。 ボイスレコーダー入りの人形……わざわざ先生に似せて作ってあるのがタチ悪い。 でも確かコレ、城宮先生がエッチな声を……って。 「……」 「……」 「べ、べつに興味はないけどね」 ネタとして。あくまでネタとして、聞いてみたいだけで。 (ドキドキ) ――カチッ。 「……」 (ドキドキワクワク) 『この音声を再生したということは、お前は私のアヘボイスを期待しているものと思う』 『引っかかったなバカめ!』 「……」 『いいかヒロポン。お前くらいの年ごろの子にとって性欲というのは常に身近にあるものだし、私のような美女に憧れるのはおかしなことではない』 『だが身近な女性すべてに色欲の目をむけるのは褒められたことではないぞ。ましてやお前には彼女がいるんだから』 「……すいません」 『ちょっとヒロどういうこと!?楓ちゃんのアヘボイス聞きたがったって!?なんでお姉ちゃんに言わない!!!』 オゥ……。 『メッセージは以上。この音声を聞いてしまったかどうかは、お前の胸のうちにしまっておけばいい』 『詮索するつもりはない。だが聞いた以上反省するように』 『聞いてたらお説教だからね!』 『テスト勉強がんばれよ』 「……はい」 メッセージはそこまでだった。 (ずーん) ある意味すごいよ城宮先生。ムラムラがごっそり持ってかれたよ。 その後はテスト勉強がんばった。 知り合いのエロ声なんて聴きたくないよ。ましてや俺には愛さんがいる。 てかヌイてる暇なんてない。愛さんが頑張ってるんだ、俺も勉強しないと。 オナホは捨て、人形は可愛いので飾っておいた。 さ、勉強勉強。 prrrrrrrr。prrrrrrrr。 ん? 携帯に着信が。見ると愛さんだ。 「もしもし。どしたの愛さん?」 『ン……あ、大? いま良かった?』 「うん。なに? 勉強で分からないとことか」 『いや……そうじゃなくてさ』 『あの……』 ?? いつになくはっきりしない愛さん。 『あの、さ、さっきの……アレ。1人でするやつ』 「うん?」 『いま……思い出してたらムズムズしてきて。それで、やってみよかなーって思ったんだけど』 「う、うん」 『……』 『大が見ててくれないと上手くできない』 「……」 『だから、その。よかったら、またアタシのオナ……あの、アレ、手伝ってほしいなって』 「……」 「愛さん? えーっと、ちがうからね?俺がいないとできないんじゃ1人エッチとして成立してないからね?」 『来てくれないの?』 「すぐ行くよ!」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「うえええ……教科書酔いしたっての」 「そんな酔いはない」 「ティアラに10分以上勉強させるのは酷だシ」 「やれやれ。アンタはもう補習決定ね」 「ちぇー」 「まっ、いいんじゃないの。ヤンキーやっててテスト勉強ってのも柄じゃないし」 「補習常連もひとつのステータスだシ」 「そうかい!? そうだよな〜、成績なんて悪いほうがハクが付くってもんだっての」 「あ、留年になっても私は一切関与しないからそのつもりで」 「……」 「あら」 「?チッ、よく会うな鬱陶しい」 「アア!?」 「やめなさい」 「稲村も明日からテストでしょ。頭殴って中身が抜けたらかわいそうだわ」 「アンタのことだからただでさえ赤点スレスレでしょ。それで赤点出して私らのせいにされても困るし」 「……ケッ」 「所詮辻堂の金魚のフンね。煽りがいのない女」 「……」 「そういえばアイツは中学から万年落第候補だったけど」 「辻堂って成績どうなのかしら」 いよいよテストだ。 「緊張してきた」 「今日は現国、数1、世界史。ヴァンは国語が苦手なんだっけ」 「ああ。正直一番のヤマだと思っている」 「ちょっとした解釈のちがいですぐ減点されるからな。100点が一番取りにくい教科だ」 話のレベルが高すぎる。 「俺らにすれば手堅く5〜60点イケるから好きな教科だけどな」 確かに。赤点はまずないと思っていい。 「言われると90点超えると急に点数が伸びなくなる気がするわ」 「ヌキタイ……ヌキタイ……」 愛さんは……。 「……二次方程式が基本。解いたら必ず一度計算合わせすること」 1限目は現国なのに数1の勉強してた。 ホントに姉ちゃんの教科1点にしぼってるらしい。 なんか悪い気がしてきたなぁ。うちの姉ちゃんが先生なばっかりに。 思ってると、 「?」 ふと目があった。 「……」 自信ありげに微笑まれる。 心配はしてなかったけど、安心した。 それに気合をわけてもらえた気分だ。 「おはようございます。現国のテスト、監督官を行います」 先生が来る。 「試験開始10分前には教科書を片付け、席に着くように」 開始まであと15分。勉強できるのはあと5分だ。みんな慌ただしく最後の詰め込みに集中しだす。 「あら……まずは現国からよ?」 「知ってるよ。あっちはほぼ赤点にはならねーから」 「数1に関しては平均点超え狙ってるし」 「あら」 柔和に返す姉ちゃん。 あくまで先生としての態度だが……、 「……」 挑発された。みたく受け取ったなアレは。雰囲気で分かる。 まあといって今さら問題を変えることもできないし。愛さんの採点を不当に下げる人でもない。 勝負の行く末を見守ろう。 「……」 (辻堂さん……本気で勉強してるんだ) ・・・・・ 「あ〜〜〜〜ッ」 1日3テストは疲れる。 でも愛さんと一緒に勉強がんばったからか、いつもより出来がよかった気がする。 愛さんはテストが終わるとすぐ、答え合わせにか委員長のところへ行った。 俺は1人で帰ろうとしたんだが、 「おつかれっ」 「っと、おつかれ」 途中で追いついてきた。 「テストの出来はどうだ?」 「まあまあだよ」 「そか」 アタシにも聞いて。って顔で見られる。 「そちらは?」 「んー、まあまあかな。現国はいつも+アルファって出来だった。いつも40点だから5〜60くらい」 「で、数学は80点」 「はい?」 「解答メモっといて委員長に見てもらった。委員長が100点だとして、80点」 「マジで!?」 委員長も満点じゃないだろうから誤差はあるだろうけど、にしてもすごい数字だ。 「数1だけは徹底的にヤッたからな。数2解けなくてムカついたときは数1解きまくってストレス解消してた」 「それはどうかと思うけど……でもすごいよ」 「世界史は?」 「フランス革命とは。ブルボン王朝の圧政に苦しむ市民が啓蒙主義の広がり。アメリカの独立に刺激されたことに端を発する」 「人権宣言、立憲君主制、第一共和制の成立を経て、1799年。ナポレオンの政権掌握により終結した」 「おおお」 最後の長文問題だ。フランス革命について自分の言葉で説明せよってやつ。 「配点10点のアレが出来たの?」 「革命って響き好きだから覚えといてよかった〜」 運も重なったんだろうが、相当よさそうだ。 「ほぼ問題なしだね」 「ああ。世界史が大丈夫なら日本史もイケそうだし」 「下手するとマジで全教科赤点回避できるかも」 「かもじゃないよ。きっとできるよ」 「こうなるとマジでやる気出てきた。今日も帰って勉強しよ」 愛さんの口から『勉強しよう』なんて言葉が。 俺も負けてられないぞ。 「……」 「あー……世界史は微妙って言ってたもんね」 「うん……ブルボン王朝がどうとか意味わかんなくて、お菓子のこと書いてた」 理系が好調なぶんこっちにしわ寄せが来たか。 「禍福は糾える縄のごとし、かな」 「かふく?」 「……現国のことわざは大丈夫だよね?」 「えっ、あっ、大丈夫だよ!」 「ちなみに、禍福は糾える縄のごとし。どういう意味?」 「下腹部に第13死徒アザナエルの侵入を受けたからエーティーフィールドを反転させて……」 「……」 「ゴメン大、さっそく夏休み潰れたわ」 「まだ分かんないって」 この顔は本当にダメだったっぽいな。 責めるわけじゃないけど、残念だ。 「あ……」 ふと海の方へ目をやる愛さん。 浜辺では舞台の設置が行われていた。 3会のときにも見た舞台が仮り組みされ照明や音響機材なんかが運ばれてる。 「そっか、ロックフェスの時期だっけ」 湘南ロックフェス。 今月の21、22に開かれる、湘南が毎年やってる歌謡ショーだ。 最近あんまり見なくなった歌手が何人か招かれて2日間ぶっ通しでやる。 ……近隣住民としてはちょっと騒がしくて困る。 ちなみに開催の21日は、俺たちにとってはちょうど夏休みの開始日でもあり、楽しみなイベントだった。 「こっちは3会より色々あるからいいよな」 「だね」 ただの地方伝統だった開海会に比べ、こっちは地域の町おこしも兼ねてるため行事が多い。 ミスコンだったりビーチバレー大会だったり。まあ出店を回るだけの予定だから俺にとっては3会とかわらないけど。 「……」 「なんか変な感じ。もうか。ってのと、やっとか。ってのが一緒にある」 「?どゆこと」 「ほら、このフェス毎年。3会のだいたい1ヶ月後に来るだろ」 たしかに。だから3会のあとも、舞台はある程度残してある。 「3会からもう1ヶ月になるのかってのと、やっと1ヶ月たったのかってのが、半々くらいだ」 「……大のこと好きになってから」 「……だね」 言われてみると俺も同じ気持ち。 あっという間だったような、色々なことがあったような。 「夏休み初日か……なあ、これさ」 「うん、一緒に行こう」 俺からも誘おうと思ってた。 3会では結局一緒に回れなかったからな。もうちゃんとしたカップルなんだし、楽しみたい。 「あは、またビンゴ大会とかあるかな。アタシ強運には結構自信が……」 「ッ!」  ? 突然走りだす愛さん。 なんだ? 後を追うと、 「この柱ちょっと歪んでない?」 「見ただけじゃ分からん。日差しも強いし……」 ――グラ。 「お?」 ――グオ……! 「うわあああああ倒れ」 ――ゴンッッ!! 「お……」 「あっぶねぇ……気をつけろ」 「ど、ども」 「そういうことか」 舞台を作る支柱のひとつが、組んだポールから外れちゃってる。 危うく倒れそうになり、愛さんが力ずくで止めた。 ……支柱とはいえ人1人で支えられるものじゃないんだけどな。まいっか。 「愛さん、このポールの向こうまで押せる?」 「いまやって――」 「るッ!」 ――ボコン。 鈍い音を立てて、柱は外れた鉄ポールの間に戻る。 本当ならテコとか使って直すんだろうけど、楽にすんだようだ。 「どうもありがとう」 女の子の細腕が舞台の支柱を動かすという超常現象は重心がどうたらって理屈で納得してくれたらしい。お兄さんたちにジュースをおごってもらった。 「助かったよ。今年のロックフェスの場所が変わるところだった」 「ンな大げさな」 「いや本当だよ。こういう舞台の組み立てって支えが1箇所外れたら自重で全部崩れちゃうんだ」 「そうなんですか」 意外と繊細な作りらしい。 昔ながらのやぐら作りは頑丈って聞くけど、見栄えを重視するとそうなるのかな。 「今年のフェスは出資元が2つになってね。舞台設営費はどっちがいくらって細かいから、一度壊れたら作り直すのも大変なんだ」 「厳しいよな。九鬼銀行がぽんぽん出してくるから胴元の片瀬さんが睨みきかせてきて」 「そうそう。借りるのが偏るとどっちかに怒られるもんなー」 俺には分からない大人の話だった。 たしかこのロックフェスは、ここらの名士の片瀬さん家が主催してるって話は聞いたことがある。 でも最近名前をよく聞く九鬼銀行が参入して、スポンサー同士でもめてる。ってところだろうか。 「……」 (九鬼銀行……父さんの) 「でなくても舞台を壊したりしたら俺ら確実にクビだったしね」 「なによりです」 こっちは分かりやすい。 「君らフェスには来るの?お礼にツテで有名人のサインくらい用意できるよ」 「えっと」 愛さんを見る。 「……」 興味なさそうジュースを飲んでた。苦笑して首を横に振る。 「そっか。気が向いたらいつでも言って」 「さて、クビにならずに済んだことだし、僕たちは照明の場所確認をしてくるよ。本当にありがとう君たち」 「……」 愛さんはもう興味なさそうにしてる。 「あの」 「うん?」 俺はお兄さんたちと一緒に立ち上がった。 愛さんはともかく俺は何もしてないからな。ジュースだけおごってもらったのが気になる。 「その作業見せてもらっていいですか。やることあればお手伝いでも」 「そうかい? じゃあ」 あっちも笑顔で迎えてくれた。 ・・・・・ 「テスト中だってのになにやってんだ」 「あはは、結構時間使っちゃったね」 物珍しさもあって手伝いにのめりこんでしまった。舞台照明の勉強にはなったけど、テスト勉強の時間が削られることに。 「愛さんは先に帰ればよかったのに」 「……」 「分かってます。一緒に帰りたいよね」 2人肩を並べて帰る。 前日の詰め込みなんて大して意味ないわけで、焦ることもなかった。 今日もテストだ。 昨日は適当な時間に寝たので頭はスッキリしてる。いい点とれそう。 「ねみゅい……」 「だいじょぶ?」 「うう……テストは答え合わせまであるからイヤなのよ」 昨夜遅くまでやってたらしい。 「3時くらいまで電気ついてたよね。がんばり過ぎだよ」 「今日は監督官ないから楓ちゃんのとこで寝てよ」 これからテストに行く人の前で呑気なことを。 「はぁ……まさか辻堂さんがあんなに取るなんて。5回も見直ししちゃった」 「うん?」 「……」 「辻堂さんってカンニングなんてしないわよね」 「当たり前でしょ。性格的にないよ」 ヤンキーだけど曲がったことはキライな人だ。 「ガチで81……簡単にしすぎた?ううん他の子は60前後だし」 「辻堂さん、81も取ったの?」 「あっ! ……聞くなっつーに」 勝手に言ったくせに。 にしても81か。すごい。 ……下手すると俺より? 「……」 「私の弟が不良相手に6点も負けるなんてね」 ――ギュニィイイイ! 「いてててててて!75なら充分でしょ痛い痛い痛い!」 本気のツネりだ。 「もう1教科彼女に負けたらその瞬間『あ、僕の体が引きちぎれた』エンドに突入すると思いなさい」 怖い。 がんばらないと。 「英語のテストを始めるよ。みんな教科書を片付けて」 「Happyだなぁ。僕は自分のクラスのテストを受け持つときが一番Happyなんだ」 (英語は数2並みに自信ねェ) (発音問題さえ少なければイケるはずです) (現国同様100点が取りにくくて苦手だ) 「テスト開始」 ・・・・・ 「……」 「あ〜、今日も終わったぁ」 「わいテスト来てもずっと寝とるだけや。休んどったほうが心臓に優しいわ」 「僕は赤点はださない主義ですがね」 「はああ!? ザケんなダボが!補習はヤンキーのステータスやろがィ!」 「(くちゃくちゃ)ちゃんクミはどうだった?」 「全滅。夏休み半分は消えたわ」 「さっすがクミはんや」 「ケッ、オレたちにテストなんざ関係あるか」 「あ……愛さ」 「愛さん。テストどうだった?」 「すげーギリギリ。五分五分で赤点だ」 「そっか。残念だったね」(にこにこ) 「……なんで嬉しそう?」 「いや愛さんに負けると姉ちゃんに怒られるから」 「明日からのテストも赤点は免れて、でも俺を超えない程度でがんばってくれると嬉しいな〜って」 「……」 「面と向かって言うことか」(ぎゅい〜) 「いてててそこダメ!そこは朝姉ちゃんにぎゃあああああ!」 「……」 「……ケッ」 (ヒロシといるときの愛さんは……、愛さんじゃねェ) 「……」 (どっちが本当の愛さんなのかな) 「うわ、また」 「毎日毎日ウザッてェ野郎だ。ストーカーか何かか」 「ハン、自分が尾行されるほどの存在だと思ってるわけ?身の程知らずが」 「そもそも尾けるにしても私が動くわけないじゃない。私にはいまや200の手駒がいるんだから」 「辻堂の金魚のフンに落ちたアンタとはちがうのよ」 「ンだとコラァ!」 「ヤる気? ティアラもリョウももうじき来るわよ」 「くッ、いつもながら部下任せかよ」 「そうよ。強い部下が何人もいる。そんな武力を自由に扱える。これはれっきとした力。私の強さなんだもの」 「もちろんアンタごとき、私1人でも充分だけど」 「おーい恋奈様。……ってまたこの状況かい」 「……増えたか」 「フン」 「そういや帰る方向一緒だから、時間が会えば鉢合わせちゃうわよね。いまテスト中だから帰る時間も同じだし」 「……明日明後日も会うかもしれないか。ウザったいわね」 「クミ。私は慈悲深いから、この道を通るななんて言わないわ。時間を変えろとも言わない」 「でも明日からは私を見ても、目を合わせず声は出さずに通り過ぎなさい。一切私の気にとまろうとしないこと」 「ハァ? なにワケの分かんねーことぉ」 「難しいことは言ってないはずよ」 「アンタみたいな雑魚が、三大天であるこの私に相手してもらおうってのがまずおこがましいのよ」 「そうでしょ?アンタ腰越には顔も覚えられてないし」 「……辻堂の側にはよくいるけど、相手されてるかしら?」 「ッ!」 「……ッ、ぐ……ッ」 「……」 「……」 「……クソッッ!」 雨が来そうだ。 いつもなら自然と気が滅入る空模様だが、夏の暑さを和らげてくれると思えば悪い気はしない。 四角い窓から見上げた空はどこか重たく感じられた。 夏には似つかわしくない。 けれど不思議と切ないような、常夏の季節を思わせるそんな空だった。 「なんてことを考えてて、試験に集中できなかった」 「長谷先生は許してくれないだろうな」 「ヤバいよ〜〜!」 今日も試験3つ終わったわけだが。 化学Bがヤバい!平均点はほぼ確実に割ったと思う。 いや平均点ならまだいいんだけど、 「化学Bどうだった?」 「まあまあ」 「ヤバい〜〜〜!」 愛さんより下だったら姉ちゃんに何されるか。 「人が好調だったのを悔しがるなよ」 「ゴメンなさい」 でも俺は姉の恐怖に勝てない弱い人間なんです。 「今回の化学はAもBも異様にキツかったわ」 「もう過去を振り返るのはやめよう。明日で終わりなんだから」 「あと1日……アド1ニヂィイイイイ!」 「まだオナ禁中なのか」 「カエルの解剖図にムラムラ来たときは我ながらヤバいと思ったタイ」 さて、ついに3日目が終了し。全10種にもなる1学期末試験は残り2種。明日が最終日となる。 わけだが、 「忘れてた。英Bも明日なんだ」 「鬼門がもう1つ残ってたね」 英Aは単語やアクセント主体だけど、英Bは長文主体。 付け焼刃では点数がとれない科目と言える。 「まあこっちは赤点でもいいや」 「それはもったいないよ。英Aは好調だったんでしょ、ちょっと応用力をつければイケるから」 「それで数2落としたら本末転倒じゃん」 「じゃあどっちも取れるようにがんばろ」 「……大って勉強にはスパルタだな」 「姉が教師だから」 「シスコン」 「ま、いいや。この辻堂愛が生まれて初めてテスト勉強したんだ」 「最後くれー赤点回避ブン取ってやらァ!」 「オラー! やるぞオラ! やったんぞコラァア!」 「威勢と解答のペースが合ってない」 「だって分かんないんだもん」 昨日まで他の勉強を詰め込んでたせいで公式がいくつか飛んじゃってるらしい。 数2、英Bともに問題のレベルが予想のつかないジャンルだし。 「今日はみっちりやったほうがよさそうだね」 「えー」 「そうだ。いっそ夕飯もうちで食べてく?」 「うー……そんなに勉強したくない」 「でも大のご飯は興味あるかも」 「決まりだね」 ・・・・・ 「ふーん、今日は辻堂がねえ」 「はい。それで集中させてあげたいんで、俺の部屋は避けてもらおうかと」 「どーでもいいけどさ」 はぐはぐと早めに用意したご飯を空けていくマキさん。 「あの辻堂が勉強か」 「もともと努力0だっただけで頭はいい方みたい。すごいペースで色んなこと覚えてます」 「ふーん」 「誰かさんのご要望通り、どんどんいい子ちゃんになってくな、辻堂」 「……ですね」 照れる。 やっぱり愛さんががんばってるのは、俺のお願いがあってのことなんだろう。 俺に似合う彼女になろうとしてくれてるんだろう。 「そういえば七里もうちと同じ日程でテストですよね。マキさんは勉強しなくていいんですか?」 「ああ、私はテスト大丈夫な人だから」 「そうなんだ」 意外。って思うのは失礼か。 「人生で大切なことってテストだけじゃないじゃん」 「……どういう意味の『大丈夫な人』?」 「ごっそさん」 行っちゃった。 まあマキさんの場合、リアルな意味でテストの点数とは無関係の人生送ってそうだし、いいのかな。 俺も勉強しないと。 「腰越帰った?」 「うん、気づいてたんだ」 「分かるよ気配で。……ったく何べん危険だって言や分かるんだ」 「ま、今日は相手してる余裕ない。勉強だ勉強」 「うん」 「あの辻堂がいい子ちゃんに。ダイのやつ、トップブリーダーもビックリだな」 「……」 「決着は早めにつけたほうがよさそうだ」 「ッ……うわ」 「あ?」 「み、皆殺し……」 「……?」 「どっかで見た顔の気もするけど……。ダメだ、分かんね」 「ッ!つっ、辻堂軍団ナンバー2! 葛西久美子だコラァ!」 「辻堂……ああ」 「あのつまんねーオマケ連中か」 「ま、待てオイ! オレは愛さんの……」 「〜〜……くそっ、クソッ!」 prrrrrrrr。prrrrrrrr。 「っ……なんだよババア!」 「はあ? 新しい男出来たからマンションに引っ越す?……今度はいくらふんだくる気だよ」 「勝手にしろ!」 「このテストが終わったら数字のない国に引っ越す」 「世界のどこかにはあるかもね」 「最低でも微分とか積分のない国に行くんだ。そこでは誰もたんじぇんとなんて言葉は使わなくて、関数y=f(x)がなんでも気にしないんだ」 「だいぶ数学に慣れてきたじゃない」 問題集を進めるペンがノッてきた。 やっぱ愛さん、頭の回転が早いほうだと思う。暗記力もかなりのものだし。 「マジメにやってればいまごろ成績が上位常連だったかもね」 「知るかンなもん」 「っと」 不意に体を起こす愛さん。 携帯が鳴ったようだ。マナーモードで震えるそれを取り出した。 「えーっと……クミか。もしもし、なんか用か」 「?」 「もしもし愛さん? あの、いまいいっすか」 『いくない。テスト勉強中』 「え……あ……」 「うん、何もねーんだな。じゃあ明日」 2、3言ですぐに切った。 「クミちゃん? なんだったの」 「分かんね。明日でいいっつってたから」 「……」 「ああ〜、電話で集中力切れちゃった」 「しょうがないよ。いい時間だしご飯にしちゃおう」 「ン、いただくわ」 お母さんに電話するんだろう。また携帯を取る。 クミちゃん……どうしたのかな? 「……」 「愛さん……」 「ッ!」 「……」 「……」 「……」 「なんだよ」 「声かけんなって言ったはずよ」 「1回だけ目をつむってあげるわ。失せろ」 「口開くたびにムカつくヤローだなテメェは」 「アンタの身の程に合わせて喋ってるだけよ」 「チッ……いい加減にしとけよテメェ」 「はーぁあ、ヤダヤダ。辻堂に相手してもらえないからって私に絡まないでよ」 「昨日からどういう意味だソレ。オレぁ愛さんの一番の舎弟だぞ!」 「ならどうしてキレてんのよ。図星だからじゃないの?」 「う……」 「……」 「たいがいにしろコラ」 「……フン」 「もういい決着つけようじゃねーか。愛さんは関係ない。オレと、テメーで」 「……」 「決着とは大きく出るわね。この私と自分を同格だとでも思ってるのかしら」 「御託はいいんだよ!」 「ッぃツ!」 「ケッ、カウンターどころかガードもできねェ。そんなんで愛さんや皆殺しと肩並べようなんざ」 「……」 「恋奈様!」 「ッ! いやがったのか――」 「テメェ! よくも恋奈様に」 「やめろティアラ」 「っ、でもよぉ」 「……」 「アジトには何人集まってる?」 「えと、100人くらい」 「OK、いい数だわ」 「ついて来なさいクミ。決着つけようじゃないの」 「ひゃく……ク」 「安心して。そいつらはただの観客にするだけよ。ティアラも含めて」 「私1人でやってあげるわ。ご要望通りにね」 「……」 「なに、ビビってるわけ?」 「……」 「……じょ」 「上等だ!!」 「ごっそさん」 「さあまたがんばろう」 「やれやれ」 「……」 「どうかした?」 「いや、さっきのクミ。なんだったのかなって」 「なんでもないって本人が言ったんでしょ?」 「それが気になるの」 「クミ、アタシが今日はテスト勉強してること知ってるはずだから、急用でもないのにかけてくるなんて変だ」 「なんもなきゃいいけど」 「つけなさい」 「……首輪?」 「タイフーン・チェイン!」 「名誉に思うことね。湘南に伝わる伝統的な決闘法なんだから」 「伝説の稲村チェーンが最も得意としたという、湘南最凶、最悪の決闘法だシ」 「1本の鎖でつながれた両端の首輪を両者が装着。1対1で戦ってもらいます」 「つまり……チェーンファイト」 「そう。ただしルールはもっと残酷よ」 「ワンナワーチェーンデスマッチ!」 「首輪は決められた時間が来るまで絶対に外れねェ。そしてこの決められた時間の間、決着はつかない!」 「一度始まったら泣こうが降参しようが気絶しようが最後の1秒まで殴り合うしかねェ。戦意喪失しても殴り続けられるだけだ」 「くぅ〜! 俺っちの一番好きなやつだっての。俺っちがやりたかったぁ〜」 「制限時間は――1時間」 「もちろん受けるわよね」 「1時間……」 「対戦相手の私以外はアンタに手出しできない。100人相手にフクロにはされたくないでしょ。アンタには受ける道しか残されてないわ」 「ほら、つけなさいよ」 「……ハン」 「上等だぜ!」 「両者合意のものとして、決闘成立っす」 「ふふっ」 「みんな知ってるかしらこの女。辻堂軍団のナンバー2。辻堂愛の側近よ」 「当然それなりに強い」 「私が直々に手を下すには手ごろな相手だわ!」 「「「おおおーーーーーー!」」」 「っしゃー! ヤッちまえ恋奈様ー!」 「辻堂軍団をぶっつぶせー!」 「……」 「ケンカは見せモンじゃねーぞ」 「見世物よ。みんな盛り上がる。チームをまとめてくれる」 「アンタが辻堂の側についててありがたいわ。アンタみたいな雑魚をシメるだけで辻堂軍団の一角を崩した事実が作れるんだもの」 「どこまでも計算計算……」 「テメェみてーなツッパるもんがねーくせに不良気取ってるやつが、一番気にくわねーんだ!」 「オラァッ!」 「ハン!」 「!?」 「四方八方にナイフ突き付けて喚き散らすだけがツッパってるとは思わないことね」 「オラッ!」 (ッッ!? 首輪が引っ張られ――) ――ガスッッ! 「ぃガッッ!」 「言い忘れたけどこの決闘は凶器アリルールだから。ポッケのメリケンが欲しけりゃ使いなさい」 「私も思う存分使わせてもらうわ」 「クソッ、この首輪――」 「ええ立派な凶器よ。首ってのは狙いにくいけど最大級の人体急所だもの」 「文句ないでしょう条件は対等なんだから。もっとも」 「使い方を知ってればね!!」 「おごァアっ!」 「伝統にかこつけて自分の得意フィールドへ誘いこんだか」 「100人で血祭りにあげるよりゃ人道的っすよ」 ――ドサッ。 「いぐ……っく、クソッ。卑怯な」 「ヤンキーに正々堂々なんてあるわけないでしょ」 「ほらほら寝てていいわけクミ。この勝負は」 「マウント取られたら盛り返せないわよ」 ――メリッ。 「ぐぁああああああああッッ!!」 「あれ」 「どうかした?」 「雨が降ってる」 「ほんとだ」 朝からそんな天気だったけど、ついに来たか。 「母さんに迎え……もう飲んでそうだな。悪い大、傘かして」 「今日は泊まっていきなよ。遅くなったし」 もう11時を過ぎてる。 「んー……だな。サンキュ、お言葉に甘えて」 「なんとか正答率あがってきた」 「何事も基礎の復習が大事だよね」 昼から繰り返しやった効果が出てきた。 もう遅いから、疲れを残さないためにも半ごろには切り上げるかな。 「……」 (うつらうつら) 「〜……」 「愛さん」 「はっ!」 「休んだ方がよくない?」 愛さんも限界っぽいし。 「うぅ……でもあと6問だから」 向かう問題集を睨みつける愛さん。 根性だなぁ。愛さんらしい。 「わかった。がんばれ」 「うん……」 雨は強くなる一方。 明日はテスト最終日、勝負の日なのに。悪いことが起きなきゃいいけど。 ……もう起きてなきゃいいけど。 ――ドゴォッッッ!! 「はーい1時間、終了っすー」 「……フン」 「か……ぁ……」 「汗かいちゃった。ハナ、タオル」 「はいはい」 「ハッハー、恋奈様の圧勝。それも完封だっての」 「かわいそうになるくらいだわ」 「フーッ」 「みんな! 見ての通りよ。辻堂軍団ナンバー2、葛西久美子なんて、私らの敵じゃない!」 「もちろん連中は辻堂のワンマンチームだから、これでそのまま辻堂を下したとは言えないけど」 「うちにはケンカだけなら私以上のティアラがいるわ。いまじゃリョウもいるし、ましてや江乃死魔は再び300に数を近づけてる」 「いまこの湘南最強は、まぎれもなくこの江乃死魔よ!」 「「「オオオオオオオーーーーーーー!!!」」」 「……」 「ウマいことやるもんだ。アジテーションは紛れもなく湘南1だな」 「ぐ……く、くそ」 「あそこまでやられて意識があるのか」 「手加減したのよ。動けない程度に痛めつけただけで、治らないようなケガはさせてないし」 「あんまり派手にやらかして辻堂が出てくると困るわ」 「……本当にウマいことやる」 「で? こいつはどうするんだ」 「……そうね」 「……」 「はかどってる?」 「た」 「いま終わったところだよ」 「あらら」 「……」 「……」 「〜……」 「寝顔は天使ね」 「でしょ」 がんばってた問題集残り6問。きっちりやり終えて、そのまま寝オチした。 「……」 起こさないように問題集を覗き込む姉ちゃん。 「うわ」 「うん?」 「……」 複雑な顔になり、 「点数負けたらマジ承知しないからね」 「はいはい」 出来がいいらしい。 「今日はもう遅いから泊めてあげなさい」 「ベッドは別にするように」 出ていく。 許可も下りたし、さっき言ったよう泊まってもらおう。 こんなにグッスリじゃ起こすのも可哀想だし。 一緒のベッドで寝ても問題ない関係ではあるけど、姉ちゃんに従い俺は床で寝ることに。予備の布団ならある。 「……」 「〜……」 可愛い。 保健室で1晩過ごした日も見た、愛さんの寝顔。 よっぽど疲れてたんだろうな。 いまちょうど1時を過ぎたところだから、6時間は眠れる。体力を戻すには充分な時間だ。 明日は万全な状態でテストうけられるはず。 がんばろうね愛さん。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ――ヴヴヴッ! ヴヴヴッ! 「!」 「ンぅ……」 突然携帯がバイブ音を立てた。誰だこんな時間に。 「う……」 「あっ、な、なんでもないよ。寝てて」 「……ぅん」 幸い音は小さく、愛さんは起きない。 えっと、携帯携帯……。 ――ピッ。 ベッドの上でちかちか光るそれを拾い上げ、適当にボタンを押す。バイブはすぐに止まった。 ……って、俺のじゃない。愛さんの携帯だ。 見ると着信があったようで、ボタンを押したのでつながってしまったらしい。画面に『通話中』の文字が出てる。 マズった。えーっと、 相手はクミちゃん。助かることに知り合いだった。 事情を話そう。あの子なら寝てる愛さんを起こせとは言わないはず。 「もしもしクミちゃ……」 「辻堂? つながってんの?」 『……』 この声、 「私よ、分かるわね辻堂」 『……』 『片瀬さん?』 「あ? 辻堂の番号じゃ……長谷?」 「なんでアンタが辻堂の携帯に出るのよ」 『こっちのセリフだよ。なんでクミちゃんの携帯使ってるの』 「んー……まいっか。辻堂そこにいるわよね」 「うん」 いることはいる。 「聞いての通り、私はいまクミの携帯を預かってるの」 「クミ自身をね」 『……』 「勘違いしないで、さらったとかじゃないわ。私たちいま不干渉ってことになってるもんね」 「ケンカ売ってきたから買ってあげただけ」 「でもその結果クミ、動けなくなっちゃってね」 『なにしたの』 「『ケンカを買ってあげた』のよ」 『ケガは』 「さあ? 医者にはアンタが連れてったら」 『……』 「辻堂に伝えて。返してほしければ、1時間後うちのアジトに来いって」 「手間は取らせないわ。すぐに返す。江乃死魔は最低限の約束は守る。不干渉を確認した以上、なにかするつもりはないから」 「まあ……約束破ってケンカ売った舎弟の無礼について、詫びの一言くらい欲しいけど」 『……』 「いまクミの写真送るわね。じゃ、伝言ヨロシク」 切れた。 クミちゃんが……。 「はーい笑って笑って」 「ぐ……」 ――パシャッ。 「うん、ところどころ腫れててイイ顏」 「ハナ、送っといて」 「はいはーい」 「返しちゃっていんすか?」 「置いといても困るじゃない」 「300人集めた長谷のときでもダメだったんだから、100人ぽっちの今日じゃ人質にとっても意味ない。このまま返すのが一番だわ」 「辻堂なら返すと言われて殴りかかってくることもない。必然、こちらには都合のいい決着がつく。か」 「そゆこと」 「ありがとクミ。アンタがバカなおかげで今日はうちの不戦勝よ」 「く……、ク……」 「……」 「なにリョウ。どうかした」 「いや」 「稲村は明日もテストなのに、辻堂も大変だと思って」 「はぁ?」 いま1時13分。 つまり2時10分にあちらへ向かわなきゃならない。 片瀬さんの言うとおりスムーズにクミちゃんを返してもらえたとして、帰ってくるのは3時すぎ。4時ごろにはなるだろうな。 寝れたとして5時前。睡眠時間2時間かぁ。 「足りないよね」 「くぴ〜……」 よりによってなんで今日なんだよ。 明日なら。最悪昨日でもよかった。 今日だけは勘弁してほしい。明日鬼門が2つも待ち受けてるんだから。 といってここでクミちゃんを見捨てるのは、愛さんは許さないだろう。 「……」 「ふぁあ、さっさとベッドに運んであげなさい」 「お姉ちゃんもう寝るから、ヒロももう寝なさいね。テストキツくなるわよ」 「……うん」 「あと、これ」  ? ドサッと大きな買い物袋を取り出す姉ちゃん。 「玄関に置きっぱなし。管理ちゃんとしないと湿気るわよ」 「ああ、この前の」 愛さんと買った花火だった。 テスト終わったらやろうって約束した。 「おやすみ。……ふぁあ」 「おやすみ」 「……」 「くー……」 「……」 寝顔も可愛いなあ愛さん。 いつまでもこんな格好じゃかわいそうだ。抱っこした。 「ンぅ……」 「ひろし……? べんきょーは?」 「今日はおしまい」 ベッドに寝かせる。 「ゆっくり寝て。明日がんばろうね」 「ん……ぅん」 「おやすみ」 「おやすみ」 ちょこんと小さくキスする。 「んくー……」 「……」 この天使の寝顔を見て、起こすのは彼氏じゃないよな。 「おやすみ愛さん」 さてと。 父さんのジッポ用ライターオイル。ガムテープ。ペンチ。 探したものは家のなかで大抵見つかる。うん、今日の俺は運がイイ。 「……フーッ」 「ツッパりますか」 「くぁあ。1時間はちっとなげーぜ」 「30分にすべきだったかしら」 「眠いシ」 「全員気ぃ抜きすぎ。仮にも今からここに来るのは辻堂なんだからね」 「でもケンカはしないんでしょ?」 「まあね。ただ確実ではないわ。どんな展開になるかは神のみぞ知る。よ」 「恋奈様にしちゃ珍しいっての。先のことが分からねーなんて」 「……」 「いやな奴の声聞いたから弱気になってるみたい」 「?」 「電話に出たのがあいつだったの」 「この私の計画をことごとく、斜め上にぶっ壊した。江乃死魔最悪の疫病神」 「長谷大」 「……」 準備完了。 雨、だいぶ強くなってる。持ってきたカバンがぬれないように注意しないと。 さて……吉と出るか凶と出るか。 現在2時ちょうど。 作戦開始だ。 「く……」 「ン……動けるようになったか」 「愛さんの手を煩わせるわけにはいかねェ……」 「ハッハー、言うことはカッケーけど、寝てたほうがいいっての」 「う、うるせェ……オレは。オレは……」 「負けたくせにナマイキだシ」 「ちっと静かにさせっかい?」 「ヒヒ」 「へへへ」 「っ……な、なにする気だ!」 「やれやれ、捕虜相手に悪趣味な」 「いいじゃん。ちょっとくれー楽しみたいっての」 「ふふっ、まあ罰ゲームくらいいいかもね。うちらにケンカ売ったそいつがバカなんだし」 「よぉしこの女はお前たちにくれてやる。好きにしろっ!」 「さっすが〜、恋奈様は話が分かるっ!」 「や、やめろ、来るな」 「まずは……」 「鼻の穴のアップ写真撮ってやるシ!」 「いやいや、俺っちの買いこんだ可愛いコスの着せ替え人形になってもらうっての」 「焼いたっぽく見せる肌クリーム買ったんすけど自分で使う前に試したかったんす。黒ギャルにしちゃっていいすかね」 「にゃあああああ!」 「ストーップ!」 「ッ――」 「クミちゃんに触るな」 2時3分。約束の場所、弁天橋下の江乃死魔アジトへ。 「……」 「なにもせず返す約束のはずだ」 橋の上からも気配で分かったけど、この時間なのにすごい数の不良が集まってる。ざっと見て100は超えてそうだ。 ……前回俺のときほどじゃないけど、俺1人ではどうしようもない数。 ただ良かったことも一点。 クミちゃんは怪我こそあるものの元気そうだ。 それに俺のときとちがい鎖で縛られてるとかはない。……念のため持ってきたけどペンチの意味なかったな。 「ヒロシ……」 「……」 (なんでヒロ君が……辻堂は?) (どこかに隠れてるかも。でもわざわざこいつから来させた理由が分からない) 「辻堂は?」 警戒気味に俺の後ろを見る片瀬さん。 雨+夜で視界はよろしくない。伏兵への警戒は拭えないだろう。俺1人だからってナメられることはない。 持ってきたカバンを置いた。 「約束にはあと7分あるけど……いいだろ?クミちゃんを返してくれ」 「なんでアンタに渡すのよ」 「言ったはずよね。辻堂が来い。私らに詫びをいれたら返す。って」 「俺が謝罪に来た。クミちゃんが非礼を働いたなら謝る」 深々と頭を下げる。 「返してくれ」 「……」 「ナメてんのかテメェ」 イラついた様子の片瀬さん。 「辻堂はどこ。来てないわけ?」 「……」 ダメか。 平和的に済ませたいんだけど、といってこっちの都合を言うわけにもいかないんだよな。 愛さんはいま寝てます。明日はテストだし天使みたいに可愛いので起こしたくありません。 納得してくれるとは思えない。 「テメェまさか1人で来た……とか?」 「どこまでカッコつけてんだよ」 それを合図に、100の不良たちが横へ広がっていく。 いつでも全員で俺を襲える隊形だ。 囲いに来ないのは、まだ辻堂さんの幻影におびえてるんだろうな。 クミちゃんは一番奥。垣根を作られてしまったのは痛い。 「片瀬さん」 リーダーだけをまっすぐに見つめて言う。 「なによ」 片瀬さんの性格なら、見られれば目はそらさない。ちゃんと前に出て睨み返してきた。 ……理想的だ。 「どうしてもダメ?クミちゃんはもう痛い目にあってるみたいだし、これ以上は……」 「こっちが欲しいのは辻堂の詫びであって、こんな雑魚を仕留めても意味がないのよ。アンタに謝られるのと同列で」 「さっさと帰って辻堂連れてこい。アンタに関わってるとロクなことがないわ」 「オラッ、よく分かんねーけど恋奈様の言うとおり辻堂呼んで来いっての」 胸倉をつかまれる。 周りの100人も殺気立ってる。いつでも俺を殴りかかれる距離まで詰めて来てる。 ……説得は無理か。 こっちの言い分をツッパり通すには……。 「……ふーっ」 「俺はあくまで平和的な解決をお願いしたい」 「アンタのいう平和的は、こっちにはただのワガママよ」 「そうかい」 なら、ヤるしかないな。 「へぇ……なんだい長谷。俺っちたちとケンカしようってのかい」 俺の空気の変化を察したのか、目をギラつかせる一条さん。 ケンカか。 「いいよ。ヤッてやる」 生まれて初めてのケンカが100対1とは、我ながらついてない。 まあいいさ。 「脅して」 「逃げる。だ」 俺なりのケンカが100対1で通じるか、試してみよう。 ただまだ2時5分。始めるにはちょっと早いな。相手との陣取りもよろしくない。 「ハッハー、おもしれーっての!おい恋奈様、俺っちがヤっちまっていいよな」 (……なにを狙ってる?) 「実はさっきの見て、俺っちもワンナワーチェーンデスマッチイキたかったっての。来いよ長谷、1対1でケリつけようぜ」 「いや! ここはこの江乃死魔ナンバー2のあたしが行くべきだシ!」 「センパイならちっとはシメてみたいっすねぇ」 「俺がいきますよ!」 「俺にやらせろや!前にそいつのせいで腰越にボコられてんだ!」 「〜……」 我も我もと前に出てくるヤンキーたち。さすがに1人相手に全員では来ないのが助かる。 始めようか。 「……フン」 「あ?」 「やれやれだぜ」 ポキポキと指を鳴らした。 「俺が大人しくしてるうちに、さっさと返したほうが身のためだと思うんだが……」 「……?」 「なんだい、自信満々じゃねーの」 「チョーシこいてんじゃねーぞ雑魚が!」 「辻堂愛の彼氏相手にフッかけてくるそっちのほうが調子こいてると思うけどな」 「う……」 数人が引いたのが分かる。 「俺はケンカ嫌いな人だから乗り気じゃないけど。どうしてもヤるっていうなら……」 「ヤッてやる!」 睨みつける。 「目ぇ痛いシ?」 効果なかった。 「ハン、すごんでも無駄だっての」 「こっちもケンカにゃなれてるっす。センパイじゃ何したって脅しにすらなんねーっすよ」 「脅しって? こっちは本気で」 「脅しってのはこうやるんだよ!」 「くるァアアアアアアアッッ!!」 耳キーン。 すごい迫力だ。怒鳴られただけで心臓が止まるかと思った。 「わぁったかい」 「……」 「脅すっていうのは、失神もしねえ大声だけのことを言うのか?2000円もしたズボンは濡れかけたがよ」 「チビりかけてるじゃん」 「ズボンやす」 (……逃げてヒロ君。お願いだから) まいったな。俺の目つきじゃ脅しにすらならない。 ……いま2時6分。あと4分。 「ブルッちまってんだろ。カッコつけてねーで辻堂を呼んだほうがいいんじゃねーのかい」 「カッコつけて痛い目あっても損だシ」 「怖いなら怖いで、逃げ帰るのが正しいわよ」 「ヒロシ……」 嘲笑に包まれるアジト。 前にもこんなことがあったな。あれはそう、3会の日。 あの日もそうだった。 「怖くなんてないさ」 「……あ?」 「3会の日もそうだった。君たちはちっとも怖くない」 いまようやく分かった。なんでこの人たちが怖くないか。 「ある人が言ってた。ヤンキーってのはカッコつけたもん勝ち。カッコつけの極致にいるのがヤンキーだって」 「然るに、君たちはヤンキーか?」 「……」 「自分を見てみろ。女の子1人を100人がかりでよってたかって。君たちのどこがカッコいい?」 「カッコ悪いどころじゃないよ。醜悪だ。無思慮で無個性、マネキンが並んでるに近い」 「ツッパる覚悟ができてない」 「……」 「……」 「……」 「……」 「俺はいまここに来た」 「葛西久美子を助けるため1人で来た」 「1人の女の子を助けるために、100人相手に乗り込んできた」 「俺はいま確実にカッコいい」 「君らよりカッコつけてる。君らより格上のヤンキーだ」 「君たちは怖くない」 「……」 「言いたいことはそれだけ?」 「ああ」 2時7分。あと3分、いい時間だ。 胸ポケットから持ってきたものを取り出す。 ――カシュッ。 「〜……」 「ふぅーっ」 「タバコ?」 「吸うんかい」 「……」 吸わないよ。1口吸って後悔した。ムセそうだ。 でも手ごろな着火剤がこれしかなかった。 「始めようか江乃死魔」 持ってきたカバンの元へ。 「100対1で――」 「――ッ?」 「勝負だ!」 「ティアラ! バッグを取り上げろ!」 真っ先に片瀬さんが気づく。でも遅い。 タバコケースに一緒に入れておいたものに、タバコを押しつけた。 燃焼時のタバコの先端は摂氏500度を超える。実はライターより着火作用が安定しててかつ熱い。 オイルを染み込ませた花火の導火線には簡単に火がついた。 「は……?」 投げ捨てる。 ――ブシュルルルルルルルルッッ! 「――おおわああああああなんじゃあああっっ!?」 ネズミ花火だ。不規則に地面を這う火花に、虚を突かれた100人は全員が大慌てになる。 慌てるのなんて3秒そこそこだが……、カバンの中身を取り出すには充分な時間だ。 ――シュシュシュシュシュッ! 「今度はなに……って」 「のわあああああああっっ!」 ロケット花火50個を束にした筒に火をつけた。 オイルを染ませた綿を導火線に絡めてある。1箇所火をつければ50個すべてに引火して、一気に吹き出した。 橋の下……屋根があることも味方して、縦横無尽に飛び交うロケット50個分のミサイル。 「ちょわっ。おわあああこっちくるっての!」 「にゃーっ、うるせーっす」 「どわ……っ、まだ持ってる!」 火と音。脅しに使うならこれが一番。 「そらそら! まだまだ行きますよ!」 お次は10個を束にした小型ランチャー。もちろん1度に火がつくよう細工してある。 「ひにゃあああっっ!」 こっちは上でなく、囲もうとしてる人たちに向ける。 まっすぐに飛ばない分、乱射が脅威となる。 「てンめええええナメた真似を!」 「なんの準備もせず来ると思った?」 脅して、逃げる。これが俺のケンカだ。 脅す準備も逃げる準備もしてきたさ。 「君は次に! 一条さんに仕留めろと言う!」 「ティアラ! 仕留めろ!」 「はっ!?」 「おうよ! ……って」 「はいプレゼント」 「なんだいこれ」 「ぶわああああああああっっ!」 近づく人には爆竹をばらまいた。 ロケットを切らせないようにしつつ、ネズミ花火、トンボ花火、見た目に威力のあるやつを投げまくる。 ……プラスアルファも。 「ひあっ、きゃっ」 「くそこのっ、おい捕まえろ!」 「お、おまえがやれよ!」 あっちは100人もいるせいで、逆に1人1人が俺に近づくのを嫌がってた。爆竹が飛んでくるんだから当然だ。 理想的だ……2時9分。あと1分! 「……」 「おい」 「え……っ?」 「いつでも走れる準備しとけ」 「んがああああちちちちっ!」 「うわっ、うわっ! こっち来るっす!」 「セコい真似を――!」 俺は花火セットに忙しくて動いてる暇がないし、クミちゃんは拘束されたまま。花火だけじゃ脅しにしかならない。 でもあとちょっとだ。あとちょっとで舞台が整う。 「うわっつ! わわわっ」 「クソッ、なに狙ってやがる!」 (こんなお遊び花火がきれたら終わる。警察を動かす気? なら最初から誰か来るはず) 「そらっ!」 爆竹を放り投げた。 ……+もう1つ。 「わああああっ」 「いやぁあんでっかい音嫌いっすー」 「狙いは一体……げほっ!爆竹って煙もすご……」 (……煙?) 「なにこれ、煙多すぎ」 「そらっ!」 トンボとネズミ10個ずつばらまいた。 ……+もう1つ。 火をつけた煙幕もいろんなところに投げて、煙を充満させていく。 「狙いは目くらましか――ハナ!クミから目ぇ放すな!」 「テメェいい加減に――」 「ナーイス」 「へ?」 2時9分40秒。いいところで片瀬さんが間近に来てくれた。 俺はカバンから、最後に残しておいたとびっきりデカい綿の玉をとりだす。 オイルを染ませた綿の玉――中身は爆竹500個! 「そりゃあッッ!」 タバコを押しつけ、一気に燃え広がった火の玉を天井めがけて放り投げた。 同時に――。 「うわっぷ!」 片瀬さんに抱きつき、その場に寝ころぶ。 煙幕の煙は発煙筒のそれとちがい下にたまる。俺たちの姿はすっぽり煙でおおわれる形に。 「んぶあっ、てめこの――ぁああぶっ!」 暴れる片瀬さんの口をガムテープでふさぐ。 「どわあああああああああああッッ!」 とびっきりの爆竹玉が破裂し、弁天橋が吹っ飛びそうな爆音に包まれた。 全員の注意は爆竹に行ったはず――。 「ぐぁ……耳いてぇ」 「ふぇええ、やりすぎっすよぉ」 「……あン? 長谷の野郎どこ行ったィ?」 「いない――逃げたっすか!?」 「クミは!?」 「いるよ!」 「じゃあセンパイなにしに……」 「ッ!? 恋奈様は!?」 「へっ!?」 「むぐっ、むー! むー!」 「いでっ、んがっ、片瀬さん暴れないで――いてぇっ」 暴れる片瀬さんを体重差で押さえ込む。 ――2時10分ジャスト。 頼むよ城宮先生……。 ・・・・・ 「江乃死魔に告ぐ!!!」 「あん?」 「長谷大の声……」 「橋の上からっす!」 「片瀬恋奈の身柄――」 「この俺が預かった!!」 ……よしっ! 俺の声を録音したボイスレコーダー。うまく時間通りに動いてくれた。 『返して欲しければ捕まえてみろ!』 「ナニィイイ!?」 「れ、恋奈様がさらわれた!?」 「確かにいない。長谷大もいないわ!」 「ちっくしょー!上だ! 行くぜお前ら!」 「「「おおおおおーーーーッッ!!!」」」 「ぐむむーーーーーっ!!(バカーーーー!!)」 ここまで上手くいくとは驚きだ。 片瀬さんは手もガムテープで縛らせてもらい、 姿勢を低くしてクミちゃんの元へ。 「さっ、逃げるよクミちゃん」 「ヒロシっ!?」 手をつかみすぐに駆け出す。 「あれぇ!?おーいみんな、ヒロシがこっちに」 「もががが」 ん? なんか聞こえた気がしたけど……。 「いいや。行こう」 「お、おう!」 2人アジトから抜けだした。 「あっ! あのヤローあんなところに」 「ぎゃばっ!」 「ぷぁあっ!長谷ェェエエエ! 舐めやがって――」 「ぶわああっ! なにすんのリョウーーっ!」 「足がすべった」 「くっそう! 長谷のヤロウどこいった」 「これだけ見晴らしがいいのにどこにも」 「いつつ……さっきの煙で目ぇ痛いっす。よく見えねぇ」 「……? なんでしょうこのお人形」 「……」 「白衣にメガネに……う、苦手な先生に似てるっす」 「ンん!?おい海岸! あそこ走ってんの長谷だっての!」 「あれええ!?なんで自分らと逆方向に行ってるんすか!?」 「ティアラ! 梓! さっさと戻れーーーっ!」 「お、おう!」 「1人で走れる?」 「いらねー心配だよ! ……ツツ」 キツそうにはしてるが、おんぶして走るってのも性格的に難しそうだ。自分で走ってもらう。 「っと……もう追ってきたか。急ごう」 「おう」 海岸を稲村方面へ向けて走りに走った。 橋に向かわせた一条さんたちも来るので、道に上がると追いつかれそうなのが計算外だ。砂浜を走るのは骨が折れた。 でももう逃げるしかない。捕まったら終わりだ。 「……」 「テメェ、大人しいと思ったらメチャクチャすんな」 「そうかな」 「こんなケンカ前代未聞だ」 「ケンカは目的を果たしたほうが勝ち。大事なのはクミちゃんを連れ出すことであって、殴りあって勝つことじゃないよ」 「あ、そこ気を付けて」 「へ? うわっと」 やや道がくぼんでて、クミちゃんが足を取られそうになる。 「なんだ今の」 「逃げるとき用のトラップに落とし穴掘ろうとしてたの。時間がなくてできなかったけど」 「色々考えてんだな……」 「花火だけじゃ心もとないからね」 「追いついたっす!江乃死魔最速の自分から逃げようなんて」 「はいあげる」 「なんすかコレ?」 「にゃあああああああーーーーーっ!か、か、カエルーーーーーーっ!」 「ゴムのオモチャだよ」 追いつかれてきたな。 「ペースあげるよクミちゃん」 「お、おう」 「そこの舞台まで。あそこまでがんばるんだ」 「ひーっ、ひーっ。走るのはキラいだっての」 「踏ん張れ! なんとしても捕まえるのよ」 「ううっ、ヌメッとしてたっす。ゴムだけど雨でヌメッとしてたっす〜」 「ヒャッハー! 任せてれんにゃ。今こそ江乃死魔最軽量のこのあたしが」 「ほんぎゃーっ! 落とし穴がー!」 「もうあきらめたらどうだ」 「うっさいうっさい!ここまでナメられて逃がせるか!」 「あっ! 長谷たちあそこです!舞台の上!」 「ッ?!ロックフェス用の――」 舞台に飛び乗って、一度振り返った。 100人は相変わらず追ってきてる。 「もうやめろ。それ以上来るならもっとひどい目を見るぞ」 「ナッッメんじゃねーっ!」 やっぱ説得は無理だろうか。 「3秒待つ。回れ右して帰ってくれ、どうなっても知らないぞ」 「3」 「にゃろーなにがひどい目だ!」 「そこ動くんじゃねーっての!」 「2」 「で、でもまだなんか用意してるんじゃ?」 (くるっ)←回れ右 「これ以上なにが出来るってのよ!」 「1」 「なんでもやってみやがれ!やっと目が慣れてきたっての!」 「うー、こっちはまだ煙でシバシバするシ」 「目ぇ痛いっすよ」 「……」 「ヤバい! 全員目ぇ閉じて――――!!!」 「クミちゃんッ!」 「おうよ!」 ブレーカー係に合図すると同時に目を閉じた。 ――バァンッッ! 「ぅわあああああああっ!」 「ずわあああなんじゃあああああっ!」 この前舞台設営の人たちに動かし方を聞いた舞台用のライトだ。配電を済ませ、位置を全部客席側にむけてある。 すごい光――直接はあたらない舞台の上で、目を閉じててもまだまぶしい。 直撃した客席側の片瀬さんたちはたまらないだろう。100人ともハレーションで足を止めざるをえない。 「ヒロシっ、こっちだ」 「う、うん」 直撃は避けてるクミちゃんに手を引いてもらう。 ・・・・・ 「はぁ……はぁ……」 「ふぅうう……」 逃げ切った……か? 坂の上に隠れ、海岸の様子をうかがう。 しばらく目をやられてた片瀬さんたちは、復帰と同時に舞台を調べだしたが、当然俺たちはもういない。 それに深夜に爆竹ならしたり、ロックフェスの舞台に忍び込んだりしてるやつがいるので、通報がいったんだろう。パトカーの音が聞こえた。 100人は固まってるわけにはいかず散り散りに。 ……今夜はもう大丈夫だろう。 「はー……」 緊張の糸が切れた。ずるずるとその場に座り込むことに。 「……」 「疲れた」 「すまねェ」 「いやいや」 「こっちこそゴメンね。素直に愛さんを連れてきゃよかったんだけど、色々思うところがあって」 「それは助かったよ。愛さんがオレのために詫び入れるなんて絶対ヤだし」 「そう」 江乃死魔の人たちはともかく、こっちは丸く収まりそうでよかった。 「で、だ」 でもこれだけは言っておかないと。 「今回のこと、クミちゃんから吹っかけたって?」 「う……」 バツが悪そうにうつむく彼女。 片瀬さんはああいうとこでウソつかないだろうし。本当なんだろう。 元凶は彼女にある。 「愛さんが詫び入れるのはイヤ。それは分かるけど、下手したら君が原因でそうなってたんだよ」 「わ、分ーってるよ」 「分かってない」 「別に君らの生き方に説教する気はないよ。ナメられるのがイヤとか、そういう気持ちも分かる」 「でも今後は、もっとうまいやり方を探してください」 俺は説教というのが上手くない。言いたいことだけ簡潔に伝えた。 クミちゃんはむすっとしてたけど、小さく首を縦にふる。 まあ人間そうそう変わるものじゃないけど、これで今後ちょっとは大人しくなるだろう。 「さてと……じゃあ帰ろうか。明日はテストだ」 もう今日か。雨も強くなってきたし、さっさと帰って寝たい。 背を向けると。 「……」 「っお、おいヒロシ」 「うん?」 呼び止められた。 「あの……さ」 なにか言いたそうにモジモジしてる。  ? 「……」 「今日はほんと、悪かった。ありがと」 「愛さんがお前を好きっていう理由。分かった気がする」 「そう」 ありがたいね。 「やっぱ合ってるとは思えねぇけど、でも今日は借りができたし。だから」 「もう2人のことには文句いわねーよ」 「ありがと」 「クソッたれぇえ〜〜〜!」 「まーまーれんにゃ、落ち着くシ」 「長谷のバッグに線香花火が残ってたっての。やろうぜ」 「だからノリが軽いっつの!」 「だいたいなんでアンタら包囲網を解いたのよ。あの声はなんだったの」 「この人形のようです。中がボイスレコーダーになってて」 「江乃死魔に告ぐ!」 「ク……用意のいい」 「――カチッ」 「うん?」 「あー、あー、テステス。こちら長谷大。このメッセージを片瀬さんにお願いします」 「……」 「これを聞いてるころには、俺はもう捕まってるかクミちゃんを連れて逃げ切ったあとだと思います。逃げたって想定で話しますね」 「色々ご迷惑をおかけしました。火傷させちゃった人がいたらゴメンなさい。なにかあったら稲村の俺まで言ってきてください」 「それで今日のこと……出来ればなかったことにしてほしいんです」 「ン……」 「理由は言えないけど、辻堂さんには教えない方向で」 「……」 「俺はもちろん誰にも言いませんし、そちらも他言無用。みんなで花火して遊んだー程度に」 「問題があるなら俺にお願いします」 「では」 「……」 「どゆこと?」 「私らが出し抜かれたのを口外しない。代わりに、遺恨はなしに。ってことでしょ」 「……」 「受けるんすか」 「こんなアホな事件、他に言えるわけないじゃない。こっちに選択権はないわよ」 「どこまでもナメたやつね」 「自慢話にしねーんだから、いいやつじゃん?」 「それが気に入らないの。偽善的」 「……」 「……〜っ」 「ぷっ」 「あ、吹いた」 「うっさいうっさい!お前らはさっさとこのロケット花火片付けろ!」 「……まったく」 「変なやつ」 「ふぁあ」 疲れた。 クミちゃんを家まで送って帰ってきて。結局4時過ぎだ。 明日のテスト大丈夫かな……。ぐしょぐしょの服を着替える。 「……」 「くー……」 愛しのお姫様はまだお休み中。なにも知らず、幸せそうに寝てる。 よかった。 「……? ひろし?」 「っと、起こしちゃった?」 「んー、……?」 「なんでもないよ。まだ夜だから、もうちょっと寝て」 「うん……」 素直に目を閉じる愛さん。 この人の、この幸せな一瞬を守る。 俺がツッパるには充分な理由だ。 さて、明日のテスト……。 「へっくし!」 「……」 ん? 結局テスト最終日は散々だった。 寝不足+体調不良で必死こいて学園へ。試験が終わると同時に立てなくなり保健室へ直行。熱が39度まで来てたとか。 1日たっても引かない。 「げぇーっほゲホゲホ!」 「悲惨だな」 「うええ、頭痛いお腹痛いギボヂ悪い」 「お粥って味気ねー」 「俺の昼メシ食わないで」 珍しく姉ちゃんが作ってくれたのに。 ちなみに姉ちゃんは今日、明日とテストの答え合わせで忙しく学園。看病はいない。 マキさんが来てくれたが……繰り返す。看病はいない。 「お腹いっぱい。帰るわ」 「ひどい」 「なんかメシになりそうなもんあったら持ってきてやるよ」 お腹だけ膨れたら行っちゃった。 ひどい……いくら昨日の夕飯準備できなかったからって。 ひもじいよう。 「こんにちは。冴子さんに聞いて来たわ」 「女神よ」 よい子さんが来てくれた。しかも野菜とか栄養ありそうなもんいっぱい持って。 「あら、ご飯もう食べちゃったの?」 「いえ、器が空なのは事故です。お腹すいた」 「そう、よく分かんないけど、ぱぱっと作るわね」 「ありがとよい子さん」 「カッコ良かったからご褒美よ」 「?」 勝手知ったるうちの台所へ向かうよい子さん。 トントンとまな板の上で包丁の踊る音が聞こえる。 ああ……なんかいいなあこういうの。うちの姉ちゃん、家にいるときはよい子さんになればいいのに。 「おーいメシ持ってきたぞ」 「おかえり。……なんすかソレ」 ぶっといネギを持ってた。 「季節外れでちょっと色が悪いけど、美味そうだろ」 「ですね。ネギ焼きとかにするとよさそう」 「でもご飯はいま友達が作ってくれてますから」 「えー。なんだよせっかくカッパらってきたのに」 さらっと犯罪です。 「しゃーねー、こっちは民間療法で病気を治すやつに使うか」 「民間療法?」 「知らない?風邪を引いた人は焼いたネギを首に巻きつけてしめると死ぬって」 「巻きつけると治るってのは聞いたことあるかも」 「お待たせー……げッ!」 げ? 「ん? よう、なにしてんのこんなとこで」 「あ、あらあら、こんにちはマ……腰越さん。そちらこそどうしてここに」 「知り合い?」 意外なところで顔見知りっぽい。 「知り合いもなにも、辻堂が来る前の湘南では私ら2人が」 「わーっ! わーっ!」 「さ、3年生同士だから縁があるのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」 「???」 なんで慌ててるか知らないが、よい子さんが言うならそうなんだろう。 「おおっ、なにリョウそのお粥。超美味そう」 「りょう?」 「なんでもなーい私はよい子ーーー!欲しけりゃあげるからちょっと黙ってて!」 「わーい♪ はむはむウマー」 「……俺に作ってくれたのでは?」 「ご、ごめん。すぐに作りなおすから」 「ダイは私が持ってきたの食えばいいじゃん」 「ネギをまるっと食べるのはキツい」 「贅沢言いやがって。ンな好き嫌いしてるから風邪ひくんだぞ」 「ちょっと待ってろ。民間療法でいいネギの使い方があったから。たしか……」 根元の白いところをむいていくマキさん。 ネトネトしたので覆われた中身を取り出し、 「こいつをケツに入れると一気に治るって聞いた」 「うわああお約束のやつ来たー!」 「首に巻くより効果ありそうだし、やってみようぜ」 「そこまでして治りたくないよ!よい子さーん! 助けてよい子さーん!」 「マキは一度言いだすときかないから、ささっと済ませたほうが早いかも」 「はーい脱ぎ脱ぎしまーす」 「いやああああああああああ!」 「お邪魔します。大、風邪なら騒いでないで……」 「……」 「……」 「……」 まあ……さっき風邪ひいたことをメールして、愛さんを呼んだのは俺なわけだが。 まさか他の女にしがみついて、他の女にパンツを下ろされながら出迎えることになろうとは。 「なにやってんだーーーーッッ!!!」 ・・・・・ 「問答無用で追い出された」 「あんな怖い辻堂は初めて見たぜ。この私がビビらされる日がくるとは」 「ケンカの神、辻堂愛……真の力は底が知れないな」 「というわけで、なにが悪いかといえばタイミングが悪かったと申しますか」 ゴゴゴゴゴ……! 「すいません」 「ったく、せっかくのテスト明けに風邪ひくわ。見舞いにくりゃ他の女連れ込んでるわ」 「連れ込んでないっちゅーねん」 「ア?」 「すいません連れ込んでましたすいません」 「連れ込んでたのかーッ!」 八方ふさがりだ。 「はぁ……問い詰めるのは治ってからにしてやる」 「メシ食ったか? まだなら作るけど」 「2回チャンスがあって2回食えなかったんだ。作って欲しい」 「了解。お粥くらいパパッと用意してやる」 「ん? なんでこんなところに……。このネギ使っていい?」 「それは口に入れる気がしないから置いといて」 「じゃ、作ってくる」 ちょこんと最後にキスしてくれる愛さん。 ごちそうさま。 「……」 「どうかした?」 「変なニオイ。タバコ吸った?」 「あ……いや」 「……」 「ふぅー……っ」 「いい吸いっぷりだな」 「せんせっ。やべ……っ」 「気にせず吸え。1本につき寿命が5分縮むそうだ、その5分のぶん満喫しろ」 「でも口止め料、な」 「……不良教師が。ほらよ」 「マノレボロ……、おっさんか」 「火は」 「持ってる」 ――シュッ。 「……」 「ふぅーっ」 「……」 「大失態だったな」 「なんで知ってんだよ」 「先生は知らないことがあまりないから先生なんだ」 「で?それが休日まで学園に来て、憧れの愛さんの好きな屋上で1人たそがれてる理由か?」 「そんなんじゃねーよ」 「じゃあなんだ」 「……」 「言ってくれたら相談くらい乗ってやる。不良というのは保健の先生に愚痴を言って大きくなるものだ」 「いつもは愚痴りに行ったら追い出すくせに」 「面倒だもん」 「せっかく今日は奇跡的な確変で登場する善の楓ちゃんが出てきてるんだ。ほれほれ、悩みごとを言ってみろ」 「言う気なくすよ」 「悩みってほどじゃねーから。すっこんでろ」 「善の楓ちゃんのモットーは、生徒の力になるためなら自白剤までは使っていい。なんだが」 「わ、分かったって」 「愛さんとヒロシ、さ」 「お似合いの2人だな」 「いつまで続くと思う?」 「……」 「……」 「……」 「ふー……っ」 「ヒロシはいい奴だと思うよ」 「勇気もあるし、イザってときはツッパれるやつだとも思った。お似合いだと思うよ」 「でもあの2人はちがいすぎる。溝がありすぎる」 「長続きするとは思えねぇ」 「……」 「いまは好き合ってるからその溝も埋められてるかもしんねーけど……いつかは崩れる」 「好きなんて気持ち、そう長続きしねーだろ」 「ガキのくせに言うもんだ」 「……」 「うちの親も恋愛結婚でオレのこと作ったんだとさ」 「でもオレが覚えてる限り、物心ついたときからオヤジは家にいなかった」 「……」 「まあ熱病めいた恋愛感情が長続きしないのは、生物学的に言って正しい」 「でもあの2人だってそこらへんは分かってるだろう。だから今、お互いに歩み寄ろうとしてるみたいだが」 「寄れてんのか?」 「ないな」 「別れて欲しいとは言わねェよ。愛さん、幸せそうだし。ヒロシもいいやつだし」 「でも……」 「……」 「ふぅーっ」 「ふー……っ」 「げほっ! げほっ、ごほっ」 「あーあやっぱり。慣れてないのに強いの吸うから」 「な、慣れてるようっせーな!最近愛さんに言われて禁煙してたの!」 「げほっ、げほっ」 「どっちにしろキツいだろう。よこせ、残り吸ってやる」 「2本同時かよ……」 「すー……」 「ふー……っ」 「……」 「先生って本当にタバコ好きだよね」 「まあな。もう人生単位の習慣だから、やめられたもんじゃない」 「健康に悪そう」 「お前が言うな。まあ生物学的に必要なものじゃないが……」 「やめられないものはやめられないんだ」 「……病気の彼氏に病人食」 「チャンスだぜ!とうとう自信持って手料理と言えるもんを作ってやれる!」 「お粥なんて水にご飯入れて煮たたせるだけだからな。失敗しろってほうが難しい」 「さあて、辻堂さんのお料理ロード」 「行くぞオラァ!」 『ってな感じでやってたら黒い煙がもくもく出てきて大変なんだ助けて委員長』 「お、落ち着いてください。まずは火を止めて換気。それから状況を説明してください」 『ううう……』 「ン……」 くぁあ。 テスト明けの土、日が潰れてしまったが、月曜には全快の状態に復帰できた。 寝すぎて体があちこち痛い。 軽くストレッチしながら押入れを開けた。 「きゅーん、きゅーん」 「お腹空いてますね。すいません昨日もご飯用意できなくて」 「わんわん、メシよこせわん」 「単刀直入だな。ちょっと待っててください」 3人分の朝食の準備にかかった。 2日、家事をしなかったわけだが、家の中はとくに変わったところなし。 洗濯は姉ちゃんがしてくれたらしい。部屋の中に干してあった。 ン、メモ書きが。 『ヒロへ冷蔵庫にご飯あるから治ってたら食べなさい』 調べると味噌汁が鍋ごとまるまると、豚の生姜焼きが。 姉ちゃんは俺が体調崩すと優しくて完璧な姉ちゃんになるんだよなぁ。 本人はまだ寝てる模様。お先にありがたくいただきましょう。 ご飯を済ませて外へ。 「〜〜〜〜ッ!」 大きく伸びをする。 いい天気だ。風も気持ちイイ。 今日は海の日。 毎年なら夏休みに飲み込まれて影の薄い祝日だが、今年はテスト明けの連休を延長してくれる非常に意義深い1日となっている。 土日がつぶれた俺にはありがたい。 っと、 ぼーっと歩いてたら車にぶつかりそうになった。危ない危ない。 海を横切る134号線は、本日付けで一気に混み合いを増している。 盆の少し前ごろには、この道はもう道として機能しないくらいの大渋滞に見舞われる。 朝から夜中までずーっと車が流れ、ブーブー排気ガスと騒音をまき散らす。 地元民としてはカンベン願いたいくらい。 流れる車のナンバーは、この地方のは少ないくらい。北は北海道から、南は海なんて見飽きてるだろう沖縄まで。 湘南の夏の始まりだ。 「……」 愛さん、なにしてるかな。 「だあああああ!放せ委員長! 何なんだよこのパンツは!」 「辻堂さんに合いそうだから空輸で仕入れたんですよ!穿いてください絶対似合うから!」 「ンな恥ずかしいの穿けるか!放せっ、こんのぉおお放せぇええーーーっ!」 「お粥の作り方教えたらなんでも言うこと聞くって言ったでしょう!」 「だからこの服着ただろうが!」 「パンツも替えて初めて服を着たって言えるんです!」 「やかましい!このッ、最近チョーシこきすぎだぞ委員長」 「このアタシが誰だか分かってんのか」 「きかーん!」 「おかんモードの私に脅しは効きません!さあ穿き替えなさい約束ですよ!」 「最強かお前!」 「今日も平和ねえ」 「こんにちはー」 「あら、いらっしゃい」 アポなしで来ちゃったけど良かっただろうか。 「愛ー、大君が来たわよ」 「あう」 「やった!」 「やったってなんだよ」 「約束なかったけど、今日は愛さんに会うといいことがある気がしてたんだ」 「ビンゴ!」 「やかましい!」 「えっと……まあいいや。外行くぞ大。いまここにいるとひどい目に合う」 「?」 よく分からないが外に出ることに。 ・・・・・ 「チぃっ! 逃がしたか」 「あらあら」 「せっかくエロ可愛い辻堂さんむきのパンツでしたのに」 「……」 (いいデザインね。誠君、喜びそう) 「ね、ねえ委員長さん?それ使わないなら、ちょっとだけアタシに……」 「え……お母さんが?」 「な、なんで引くのよ」 「勢いとはいえこんな服で出てきちまった」 「いいじゃない、似合ってるよ」 「慣れないんだってこれ」 本人は微妙そうだが、この格好の愛さんは本当に可愛い。 普段の凛々しさとはちがった意味で抱きしめたくなる。 ――ぎゅ〜。 「わっ、なんだよ」 「いや、抱きしめたいなーと」 なんとなくで行動してしまった。 「こんな往来で、恥ずかしいだろ」 「じゃあ逃げてみて」 「〜〜」 大人しく抱っこされ続ける愛さん。 実際、道端でこんなことしてても目立つってほどではなかった。 夏の湘南は都会の片隅にできた南国だ。海沿いの道は水着のお姉さんが平気で歩いてるくらい奔放な世界になってる。 イチャつくカップルくらいいてもいい。 「でも恥ずかしいは恥ずかしいね。他行こう」 「どっちだよ」 手をつないで歩き出した。 「? ヒロシ」 「ああ」 「げっ」 クラスメイト何人かと鉢合わせた。愛さんが慌てる。 みんなは俺たちを見て、当然仲良く手をつないでるのに気づく。 「風邪もういいの?」 「う、うん」 「超可愛い子と仲良く手ぇつないでるように見えるけど、これって幻覚だよな?」 「どうかな」 「頼むからその子は親戚か何かと言ってくれタイ。1%でも血のつながりがあるなら僕らは君を呪わずに済むタイ」 「すべての生物は1つの細胞から進化した親戚だよ」 「い、行くぞ大」 「あちょ、待って」 逃げるように背を向ける愛さん。俺もみんなに手をふりつつ後を追う。 「……」 「……」 「……」 「ウソだぁあああああああーーーーーーーーーーッッ!」 「ウソだ! ウソだ! ウソだウソだウソだぁああー!」 「坂東君なら分かるタイ! 坂東君ならモテすぎて焔の孕ませ転校生やってても分かるタイ!」 「ヒロシはこっち側じゃなかったのかぁーーーーっ!」 「はぁ……はぁ……」 「……」 「なあ、ところであの彼女、どっかで見た顔じゃなかった?」 「僕も思ったタイ」 「俺も。あの金髪と、あの顔、どっかで……」 ・・・・・ 江ノ島のほうまで逃げてきてしまった。 「そういや軍団の人たちには教えたけど、クラスのみんなにはどうしよう」 「んー、こっちは別に教える義理もねぇし、気づかれたら気づかれたとき――程度でいいよ」 「だね」 わざわざ言うのも照れる。 ついでなので、そのまま江ノ島まで行くことにした。 海の日なせいで観光客が一気に増えて、デートするのに最適とは言えないけど。まあデートスポットはデートスポットだ。 「そういえばこの格好の愛さんを初めて見たの、ここだったね」 「そういやそうだな」 あれは……3会の準備のときか。ずいぶんと昔のことに思える。 「そうだ。大、アレ食ってこうぜ」 「?」 「おばちゃん、クリーム2つ」 「これか」 江ノ島屈指のネタ商品。しらすクリーム。 甘じょっぱさに生魚の風味が際立つ、名物を間違った方向へチャレンジしてしまった逸品だ。 「はむはむ」 「まず」 「わざわざ食べにきてそれ?」 「分かってたけどさ。味がひどいことは」 「アタシにとっては初デートの味だからたまに食いたくなるんだよ」 「そう」 まあ俺も嫌いじゃない。マズいけど。 「はむはむ」 「ン……愛さん、ちょっとタンマ」 「ふぇ? あ……」 ほっぺについた。拭ってあげる。 「サンキュ」 「……」 顔が近くなってので、自然と見詰め合う形に。 「あのころに比べると、愛さん、変わったよね」 「そうか? どこらへんが」 「俺の彼女っぽくなった」 「なんだよそれ。嬉しいけど」 苦笑する愛さん。 俺は愛さんの彼氏っぽくなれてるかな……? 思ったけど、答えは出ないだろう。聞かないでおく。 「このあとどうする?江ノ島ってデートスポットとはいうけどあんま見るとこねーよな」 「だね」 神社とかはあるけど前に回ってる。 山の上までいけば、 「展望台があるけど」 (ガクガクブルブル) 「はいはい。どうせ今日は混みそうだしな」 却下になったようだ。助かった。 「この前来た時は何したんだっけ」 「あのときはチラシ配りがメインだったからな。それでちらっと上まで行って、大がチビッたから下りて」 「ちびってない」 「そのあとすぐ恋奈に絡まれたんだ」 「あら」 すごいタイミングで。 「なんか用か」 「こっちのセリフよ。人の縄張り荒らさないで」 さっそく牽制しあう2人。 「……」 「……」 ただ今日は緊張感がゆるい。 「ンな可愛い服ですごまれるとこっちが恥ずかしい」 「この服汚すと怒られる」 ケンカにはならずに済みそうだ。 ン……。 「フン」 一瞬こっちをチラ見したが、なにも言わずに去っていく片瀬さん。 例のこと、黙っておいてくれるらしい。助かった。 「人気の多いところは誰かに会いやすいってことを忘れてたぜ」 他人の視線がキラいで、微妙そうな愛さん。 さっきからクラスメイトと片瀬さんで2連チャンだ。さすがにもうないとは思うけど……。 「あれっ? おーい長谷くーん」 「オゥ」 「偶然偶然偶ぜーん。なにしてんのこんなところで? 1人?」 また別のクラスの子に捕まってしまった。 愛さんはすごい勢いで背中を向ける。 「あ、例の彼女さんと一緒なんだ」 「デぇトぉ〜? いーねー若いモンは〜」 女の子のテンションスイッチに触れたらしい。絡まれてしまう。 「あれ? あの後ろ姿、どっかで」 ギクッ。 「!長谷君! 長谷君の彼女さんて――」 バレた――? 「美脚だね」 「美尻でもある」 「お褒めに預かり光栄だよ」 「……」 「でも前も見たけど、すごい髪だよね」 「うん……派手」 「……」 「……」 「あの髪の色どっかで」 「こ、コホン。行くぞ」 「あ、うん。また明日ね2人とも」 「うんっ」 さっきと同じく強制的に話を打ち切って逃げた。 ・・・・・ 「ねえ、いまの声ってまさか」 「え……ま、まさかでしょ」 「せっかくのデート日和なのに出歩ける場所がない」 「あはは、まあこれから夏休みだもん。焦ることないよ」 「そうだけどさ」 やれやれって感じに肩をすくめる愛さん。 と、ふと自分の髪をつまんで、 「この髪、やっぱ派手すぎるかな」 「目立つことは目立つだろうね」 「……」 何事か考えてる。 「大の彼女にしては……か」 「へ?」 「なんでもない。ほら、今度は鎌倉の方いこうぜ」 「大仏めぐりでもするの? シブすぎない?」 「そうじゃなくても、あっちのほう色々あるだろ」 たしかに観光都市だからか、変なお土産屋とかがいっぱいある。 行くか。 2人ならどこに行っても楽しいしな。 祭りは始まる前が一番楽しい。 「この理論によれば今日は最高だ」 「同感」 夏休みは今週の土曜からで、金曜が終業式。 そして今日から火、水、木3日間は、やることといえば三者面談くらいである。 2年の俺たちにすれば大して怖くないイベントだし、授業が午前で終わる。 「でも1つ憂鬱なイベントも残ってるぞ」 「テストなんてもう……返さなくていいよ」 「なにを言う。学期末で一番の楽しみじゃないか」 「成績いい人には分からんタイ」 確かに緊張のイベントではあるかも。赤点出したら夏休みが下手すりゃ半分だ。 (ドキドキ) 「たのむぜヒロシ。お前はタロウみたいに1か0か9しか見えない点数取るなよ」 「彼女持ちで頭もいいなんて……呪う!」 「大丈夫……って言い方は変だけど、今回はちょっと自信ない」 他はまあまあ出来たはずだが、最後の数2、英Bはどっちも風邪でフラフラの状態だったから。 「はいはーい、みんな着席。加山先生今日休みだから、朝のST私がやりまーす」 「まずはお待ちかね。テスト結果の返却よ」 いきなり来た。みんなぞろぞろと席についていく。 テスト返却は、各教科ごとに答案が配られるけど、今回は3連休を挟んだのでもう点数をまとめた用紙ができてるらしい。 「男子から呼んだら取りに来てください。青山くーん」 出席番号順に呼ばれていく。『長谷』は結構遅いので、緊張が続くからイヤだ。 「野島くーん」 1個前まで来る。 「長谷君」 「はい」 緊張の一瞬――。 「はい。……数2英Bが落ちてるけど、他は上がってるから見逃してあげるわ」 「ども」 「次。坂東くーん」 見ると、数2、英Bはやっぱり落ちてた。とくに数2は48点。ちょっと低い。 でも他が軒並み上がって平均点……6点伸びてる。 「すごいじゃないか」 「人のを勝手に見るのはお行儀悪いと思うな」 後ろからのぞかれてしまった。 「趣味だ。こればかりはやめられん」 ヴァンは天然で性格悪いな。 「ちなみにヴァンは?」 「前回とほぼ変わらず」 見せてくれる。 平均98点。うん、変わってない。 「嫌味だぜ」 「なんとでもいえ。これが選ばれし者の力だ」 「……」 「俺のも見る?」 「結構だ。友人以外と結果を比べてなにが楽しい」 「この前ダチってなっただろ!見ろほら! 見ろ!」 「助けてくれひろ。大したことない成績なのに自慢げに見せつけてくる変な奴がいる」 「学年1位で見せつけてくるヴァンよりはましだよ」 「大したことないって言うなよ。前回より上がったんだぜ」 「ひろとトントンだな。評価していい」 「……遠まわしに俺を大したことないって言ったね」 「見られないのもムカつくけど見せたら見せたでなんかムカつく」 「呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる」 「里帰りは1週間遅れかぁ。なぁに阿蘇山の大きさに比べたら小さなことタイ」 「赤点出ちゃった?」 「……」 ぺらっと点数表を見せてくる。 いくつか赤点を示す、赤い三角マークがあった。 「考え方をかえよう。これで夏休みも水泳部や新体操部の練習見放題」 「悪くないタイ」 「ポジティブなのはいいことだよ」 「つづいて女子。片岡さん」 「はい」 女子に入った。 「……」 あ、緊張してる。 数1は完璧って姉ちゃんが言ってたけど、数2はどうなってるか分からない。 俺も緊張……。 「辻堂さん」 「ッ」 うお。 一瞬クラスが静まるほどの殺気をまとってとりに行く。 決闘よりも緊張の一瞬だ。 「……」 「……」 「……どうだった」 「……」 「よくがんばりました」 受け取る。 「……」 「〜〜〜ッ!」 「どうだった?」 「…………81と、61」 「ろく……っ、すごいじゃん」 数1、2、ともに100%赤点はない点数だ。 いやそれどころか、 「はーい、全員返却できたわね。続いて数学1、2の答案返却と答え合わせにうつるわよ」 「ちなみに平均点は、数1が64点。数2が59点でした」 「……両方」 「平均超えた……!」 おっと。 みんなに気づかれるくらいキツくしがみついてくる愛さん。 「うわ」 「確定的」 何人か見てる。気づかれたかな。 まあいいや。 ぽんぽんと肩を撫でておいた。 「……ふふ」 (イチャついてんじゃねえイチャついてんじゃねえイチャついてんじゃねえイチャついてんじゃねえ) ・・・・・ 放課後、 「見ろよ大。じゃーん」 「うん」 「別に自慢するわけじゃねーけどさ」 「でも見ろ。じゃーん」 「もう18回目だよ」 「だってさあ! もう、初めてだぜ初めて。補習のない夏休みなんて」 さっきから何度も見せてくるテスト点数表には、赤い三角マークが1個もない。 平均点も全体平均からちょっと下がる程度。前回からは29点も上がったそうな。 「がんばったもんね」 「ああ……勉強は辛かったけど嬉しい。お前のおかげだよ大」 「愛さんががんばったからだよ」 「だな。アタシががんばったからだ」 浮かれてるなぁ。 「でもがんばれたのはお前のおかげ。アリガト大」 ぎゅ〜。 抱っこされる。嬉しいのでされるがままになった。 「大と関わりだしてから、アタシほんと変わったよな」 それは思う。 俺も変わってるかな? 自分では分からないけど。 「……」 「どうかした?」 前髪の毛先をいじくりながら、何事か考えてる。  ? 「いや、昨日言われたこと、気になっちゃって」 昨日……。 「長谷君の彼女にしてはすごい髪だよね」 「ああ。別に気にすることないでしょ」 「んー、でもせっかく初の補習なし夏休みだし……」 「……」 「大ってさ、女は大人しい系のほうが好きだよな」 「え……そうかな」 「夏休みだしイメチェンしよっかな。この髪とか」 「大が好きなら……大人しい系に」 「……」 大人しい系は……。 「興味あるかも」 「おけ。決まり」 決めてたらしい。あっさりだった。 「そっか」 「別に格好から入らなくても、愛さんはもう完璧に俺好みだからね」 「……ば、バカ」 いよいよ夏休みが近づいてきて、俺も愛さんもテンションが高い。 今年の夏はどんなことになるかな。 「いや」 「これからももーっと、大に似合う彼女になりたいなーって」 可愛いことを。 こっちからも抱きしめる。 俺も愛さんに似合う彼氏になりたいな。 「んーむ」 「どうかした?」 「いや、1週間やっただけでこんだけ取れるなら、他のもやっときゃ良かったなーと」 さっきの点数表を眺めながら難しい顔だ。 たしかに、数学1、2は良かったんだけど、他がいまいちだ。いくつかの科目に赤い三角マークがついてた。 「補習……1週間分か。ちょっとがんばれば回避できたかもって思うといまさら惜しくなってきた」 「そういうもんだよね人生って」 7月のうちはほとんどつぶれてしまうようだ。 「悪い大。アタシだけ夏休み遅くなる」 「仕方ないよ。それに前回よりは赤点の数減ってるんでしょ?」 「ああ」 「……だからこそ惜しい」 結構ヘコんでるようだ。 この調子で2学期はがんばってくれるといいんだけど。 午後は三者面談の時間に入り、下校することに。 「うおっ! み、見ろよヒロシ。すげー美女がいる」 「あの人、20年前に突然理由もなく引退した伝説の大女優、雲雀ヶ丘しのぶじゃないか?」 「懐かしの芸能人スペシャルの常連タイ」 「ああ、こんにちはおばさん」 「こんにちは大ちゃん」 「知り合い!!?」 「母さん、こっちだ」 「というわけなんだ。俺も小学生のとき知ってびっくりしたよ」 「不公平すぎるだろ人生!」 「大人しい感じにイメチェンですか」 「うん。いきなり言っても難しいかもだけど」 「難しいですね。辻堂さんの場合なんでも似合うので逆に」 「アタシのイメージでは……こう、舞妓はんな感じがいいかなーって思う」 「祇園以外での舞妓はんは難しいと思います」 「かな。常に和服でちんとんしゃん言ってるようなのが理想なんだけど」 「それはイメチェンというより仮装ですね」 「1つ決めてることはあるんだ」 「どんな?」 (ごにょごにょごにょ) 「ええっ!?」 「すごい。赤点がいつもの半分以下」 「娘がやれば出来るって分かっただろ」 「ここまで出来るなら常日頃からやってれば全教科免れただろうに」 「う……分かってるけど。素直に褒めろよ」 「はいはい、よくできました」 「補習かぁ、もう慣れたとはいえ休みが潰れるのはなー」 「彼氏が出来たなら、そっちに時間割けるようにしたほうが良かったかもね」 「母さんのときはどうだったの?」 「誠君と付き合いだしてからは補習は回避してたわよ」 「全ブッチできるよう先公に手ぇ回して……あ、いえ。色々な方法を勉強して」 「そうですか」 「……」 (にへー) 「おっと」 「機嫌いいっすね」 「まーな」 「ヒロシ絡みで?」 「大絡みで」 「補習なしで夏休み入れたし。いーっぱい一緒に遊べると思うとどうしても顔がゆるんじまう」 「……複雑」 「ま、愛さんが幸せならオレらも軍団総力あげて応援しますよ。お2人のこと」 「ころっと意見変わったな。何かあったのか?」 「……まあ、ちょっとだけ」 「クミちゃんは補習どうだったの?」 「いつも通り! 全教科っす」 「胸張って言うことか」 テストが終わったと思うと、あっという間に1日が過ぎる。 夏休みもあっという間に過ぎちゃうんだろうな。 計画的に予定を立てていかないと。 「ただいまー」 「おかえり」 ちょうど夕飯が準備できたところで姉ちゃんが帰宅。 「三者面談って緊張するわね。先生側としても、保護者側としても」 「明日はよろしくね」 「ええ」 「そうそうヒロ。テスト結果、保護者のお姉ちゃんにちゃんと報告しなさい」 「そっか。はい」 もう知ってるはずだが、さっきの点数表を渡す。 「平均点が6点プラス。まあまあね」 「うん」 「あら、日本史18点も伸びてるじゃない。よくがんばりました」 「どもです」 「……」 「数2は、何度見ても48点ね」 「……はい」 ははは。 恐怖の時間がやってきた。 「数1は彼女が81、ヒロが75」 「もう1教科負けたら許さないって言ったはずよね」 「はい」 「数2は彼女が61、ヒロが48」 「よりにもよってもう一つ私の教えてる数学で。数1より離されて負けた」 「て、テストは勝ち負けじゃな」 ゴゴゴゴゴゴ……! 「すいませんすいませんすいませんすいません」 「ちょぉっとお仕置きが必要ね」 「ひ……、ひ……!」 「!この殺気は――」 ――パリンッ! 「カップが勝手に……ひろ?」 「この気配……サキ?いえ、それ以上!」 「ぎゃあああああああああああ!!!!」 ふー。 昨日はひどいめにあった。ベッドを抜け出す。 「……」 お。 今日のコーヒーは味がいい気がする。 ――チン。 トーストの焦げ目もいい具合だった。 その日は朝からなにか違っていた。 なんて思うのは、気持ちの勝手な後追いか。 少なくともその瞬間以降、その日は特別な日になって。だから朝から何か違ったような気になるのは仕方のないことだと思う。 「おはよう」 気の知れた友達に挨拶して、自分の席につく。 そこまではいつも通りだった。 「……」 「「「……」」」 「……愛さん?」 稲村学園1学期最後の事件は、こうして始まる。 「おはよう」 「……」 「……」 「……」 「……」 「おはようございます」 「つじ……どうさん?」 「ン……おう」 「似合ってるか?」 「辻堂が髪の色を変えたァ!?」 「うそォ?!」 「なななななにごと!? 失恋!?」 「正確な情報なのか。デマじゃねーだろうな」 「びっくりっすねー」 「でもそれってなんか問題すか?」 ――シュタッ! 「ど、どうしたの?」 「別に。気が向いただけ」 (唖然) (茫然) 「……惚れた!」 「下衆タイ」 ――シュタッ。 「マジじゃん。すっげ、真っ黒」 「うわ! どっから出たテメェ、触んな」 マキさんまで見に来た。 「これどうなってんの? 一晩で生え変わったの?」 「染めたんだよ、地毛はもっと薄い……触んなくすぐったい」 ざわめきの収まらない教室。 噂は5分で拡散し、あっという間に廊下に人だかりができた。 「あー鬱陶しい!」 人目から逃げる愛さん。 俺もあとを追う。 ・・・・・ 「あれってやっぱり……」 「そりゃ男の趣味でしょ」 「だよね。……ふえー、辻堂さんが」 「ああっ、一から十まで100点の反応です辻堂さん」 「うおっ、まぶしっ」 「個性が十人並みになってしまったのが残念だが、不良っぽさが消えたのはイイことだ」 「もちろん、大切なのは内面だが」 「ったく、そこまでのことかよ」 「いやぁ、大事件だと思うよ」 「もっさもっさ」 「だーうっとーしい! 帰れ!」 「ったく、夏休み入ってからにすりゃ良かった」 「それだと逆に夏休み明けに変な憶測を呼びそう」 「それもそっか」 「で……それってやっぱり」 「ン? んー、まーな」 照れたように笑う。 俺に合わせてくれた。ってところか。 「嬉しいよ。ありがとう愛さん」 「……〜」 顔を赤くする。 髪の色って結構すごいもので、大人しい色合いにするとそれだけで清楚さが強まる。 照れ笑いがいつもより可愛い気がした。 「にしても、ちょっとは何か言われると思ったけどここまで大騒ぎになるとは」 「たしかに」 携帯で学園のホームページを見ると、生徒投稿のつぶやき欄が辻堂さんのこと一色だ。 我が校最強の番長だけに変な憶測まで呼んじゃってる。誰々にケンカで負けたとか、誰々に失恋したとか。 「まあ人のうわさも75日。夏休み明けには止まるよ」 「終業式までの3日間が憂鬱だ。サボろっかな」 「こらこら」 「……」 うん? 微妙な目つきを向けてくる。 「なに?」 「……『嬉しいよ』『ありがと愛さん』」 「言ってほしい感想じゃない」 「ああ、そうだね」 「すごく似合ってる。可愛いよ」 染めたてでちょっとパサついた髪を撫でる。 夏休み前のちょっとした珍事。 愛さんから俺への、最大級の愛情表現だった。 「おはようヒロ」 「おはようございますお姉さま。大は今日も美しいお姉さまへの愛に満ちております」 「よろしい」 「行ってきますお姉さま。大は今日も美しいお姉さまへの愛に満ちております」 「はーい、行ってきます」 一緒に家を出る。 いやあ、今日もいい天気だ。空は晴れ晴れ、風は清み、お姉さまは美しい。 「おはよう大ちゃん」 「今日も元気ねえ」 「おはようございます。お姉さまがいてくださるから僕はいつでも元気です」 「あらら、冴子さんバグが発生したか。久しぶりね」 「やあよい子さん。いい朝だね。お姉さまがいると思うと世界は今日も輝いている」 「はーい落ち着いて。深呼吸よヒロ君。すーはーすーはー」 「すーはー、すーはー」 「落ち着いた?」 「落ち着いてきた」 「……」 (ガクガクガクガクブルブルブルブル) 「ややややめてやめてやめてよ姉ちゃん怖いよ姉ちゃん痛い苦しいたすけてもうしないごめんなさい暗いよお願い助けて姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん」 「ここで斜め45度からチョップ!」 「は!お、俺は一体何を」 「治ったわね。じゃあ行ってらっしゃい」 悪い夢から覚めたようだ。 「おはよう」 早めに来たので、例の花壇はどうなってるか覗いてみることに。 今日は愛さんいなかった。 代わりに、 「ねえ委員長お願い。いいでしょ文化祭」 「お願いお願いおねがーい」 「わ、分かりました。そうなるように働きかけてみますから」 クラスの子が何人か。 ちょうど話が終わったところらしく笑顔で手をふり去っていく。 「どうかしたの?」 「長谷君、おはようございます」 「何と言うこともないのですが、来期の文化祭について出し物を事前に提案されまして」 「文化祭……そっか。夏休みあけたらすぐだね」 「候補はこのあとSTで決めますので今来られても意味がないんですけど。熱意が止められなかったんでしょうね」 ふーん。 というわけで、 午前の授業はひとつ潰れ、STの時間となった。 「来期の文化祭について、出し物と準備の係りを決める時間だよ。委員長よろしく」 「9月10日の文化祭で行う出し物について候補を募ります」 秋季文化祭。 基本地味なうちの学園ではあるが、なかなかにテンションのあがるイベントだ。 「2年の私たちは、展示物について発表枠、交流枠、文化枠、いずれでも立候補が可能。つまり大抵の出し物が可能です」 「ただし発表枠、交流枠は規制が厳しくなるので注意してください。最悪展示禁止なんてこともありえます」 「枠ってなに?」 「発表枠は劇、演奏など芸事の発表。展示数が限られるので、立候補するなら早くしないと定員オーバーで締め切られることもあります」 「交流は模擬店など来場者の方と頻繁に接触する展示物のことですね。こちらも定員がありますが、まず大丈夫です」 「つまりどっちもメンドくせーと」 「文化枠は研究発表などその他の催しですね。こちらは定員切れがないので最終手段ということで」 「ではまずは、10分ほど自由な時間を設けます。考えをまとめたら、こちらの用紙に候補を書いてこの箱へお願いします」 相談の時間に。 チラ見すると、愛さんは興味なさそうに外を見てる。 やりたいことは特になし。か。まあそうだろうな。 俺も特にない。文化祭は『作る』より『回る』ほうが楽しみだ。 愛さんと2人で回りたいな……。 あ。 目があって、苦笑し合う。 同じこと考えてたかも。 「なにかやりたいことはあるのか?」 「特にないなぁ」 男子の話し合いに参加する。 「僕もだ。こういうとき無趣味な人間は損だな」 「俺らだってねーよ」 「俺も。やっぱこのご時世文化祭でやりたいことなんてパッとは思いつかないよね」 「あえて言うと交流枠で喫茶店やりてーな。喫茶店」 「あー、いいかも。俺、コーヒーの選別とか自信ある」 (なんとかメイド喫茶で委員長にメイド服を……。でも絶対引かれるよな) 「僕はあえて文化枠、研究発表に一票タイ」 「一番オーソドックスなやつだね。テーマは?」 「エロゲ20年史。初期ラソスからの歴史をやりたいタイ」 「学園どころか国に怒られない?」 「そういうのって最近大学とかだと普通に研究発表してるって聞くけどホントかな」 うそぉ。 「初代闘鳩コンビのゲーム界復帰を待ち続けてるのは僕だけじゃないはずタイ」 「おまえいくつだよ」 「情熱は分かったけど、みんな確実に引くと思うよ」 「じゃあ博多の人気お土産ランキングでもいいタイ」 「すごい勢いで正気に戻ったな」 「内容はともかく、やはり文化枠の研究発表が一番妥当だろうか」 俺もそう思う。面倒がなくていいし、一番安定してる。 用紙には『文化枠』とだけ書いて回収箱へ。 (メイド喫茶……メイド喫茶……メイド喫茶……!) 他みんなも入れていき、 「ねえっ」 「うん?」 「あーもう用紙いれちゃったか。なんでもない」 向こうへ行ってしまう。 「他にまだ書いてなさそうな人……」 「う……」 「……」 「……」 「む、無理だよね」 ・・・・・ 「はい時間です。集計を開始しますね」 箱をあける委員長。俺たちは自然と席に戻っていく。 「えっと、やっぱり文化枠が多いですね。発表枠は劇とバンド……。交流枠はやっぱり喫茶店が強いですか」 「……メイド喫茶?これは喫茶店にカウントしておきますね」 「……」 「バンド……バンド……研究発表……」 (……『大と一緒のに一票入れといて』) (匿名だから何に入れたかは分かりませんよ) (しまった) 「では枠ごとの結果発表です。えー、残念ながら少数派の意見は今回同枠の票としてカウントさせていただきますね」 「まずは発表枠、11票で最多はバンド演奏。7票でした」 「交流枠は5票、最多は喫茶店で4票」 「文化枠は19票。すべて研究発表」 最後の1つは『面倒なことはしたくない派』か。俺もそうだけど。 「ではバンド演奏、喫茶店、研究発表の3つで決選投票を行います」 手順に従って次の用紙を用意しだす委員長。 「また10分後に回収しますので、先の3点から選んでおいてください」 また自由時間。 「バンド演奏に喫茶店。選択肢があがると急に迷ってしまう」 「同感」 1回目は一番楽そうな研究発表にいれたけど、そこまでこだわる気もない。 「バンドに喫茶……」 「そうだ。タロウはバンド演奏にいれたら?それで坂東演奏……」 「ヴァン何にする?」 「バンド演奏だけはないな」 「バンドにすると『坂東、演奏しろよ。坂東演奏だけに』とかしたり顔で言ってくるのが必ず湧く。鬱陶しくてかなわん」 「……」 「しかし3択は3択で選択肢が少なくて迷うタイ」 「俺は興味ないけど、やっぱ喫茶店がいいんじゃない。いや俺は興味ないけど」 「そうだな」 こっちならコーヒーオタクの知識もちょっとは役立つ。 「俺は喫茶店かな」 「ひろが言うなら僕もそうしよう」 (おっしゃ増えたァ!) 「僕は変わらず研究発表で行くタイ」 「ちょぉっと待った!」 「はい?」 女子が何人か声をかけてきた。 クラスでも目立つというか、主張が激しいタイプの子たちだった。 「ねえ、迷ってるんでしょ。だったらバンド演奏に一票くれない?」 単刀直入にお願いされる。 「やりたいの?」 「うん……あたしたち個人でバンド組んでるんだけど」 残るメンバーもこくこくと首を縦にふる。 そうなんだ。知らなかった。 「ほら、うちの学園、音楽系は合唱部しかないでしょ。うちら混成やりたくて組んでるのにやるトコなくて。でも1回は学園関連で演奏したいんだよね」 「おねがいっ。余ってたらでいいから一票ちょうだい」 ぱんっと手を合わせられる。 ちょっとオーバーアクションな気がするけど熱意は分かった。 「考えといてね」 あくまで最終決定はこっちにゆだねてまた別の子に声をかけに行く。 ふむ、 「どうする?」 「ああいうの禁止なんじゃねーの?選挙で挨拶まわり、みたいな」 「強要はしていないからセーフだろう」 「なんと言われようと僕は研究発表タイ」 「うーん」 頼まれたからって入れる義理もない。 ただそこまで喫茶店にこだわる意味もないし……。 あ、 例の女子たち、あらかた声をかけ終わったらしい。 躊躇しながらも最後の1人に近づいていく。 「い、行くよ」 「うん……がんばって」 「ううっ、怒らせたら骨は拾ってね」 「だ、大丈夫だよそんなすぐ手はださないよ。…………たぶん」 「すー、はー」 「辻堂さんっ」 声かけた。 「あ?」 「ひぃっ」 見られただけで石になってしまう。 懐かしいなあ。俺にもあんな頃があった。 「あ、ああぁああ、あの、あの」 「なんだよ」 「あの……」 あからさまにビビりながらも、俺たちに言ったのと同じことをぽつぽつ語る。 ……すごい熱意。 俺が自分の用紙に『バンド演奏』と書いたころ。 「ていうわけで、他に何もなければでいいんだけど」 「……」 「……」 言いきったところで、限界らしい。黙りこんだ。 愛さんは……、 「……」 「演奏、好きなんだ」 「う、うんっ」 「ふーん」 さらさらとペンを走らせる。 「出しといて」 バンド演奏。 書いた紙を渡した。 「あ……」 「ツッパるモンがあるって、楽しいよな」 「……」 ぽかんとしてるバンドの子たちに何事かつぶやき、そのままそっぽを向いた。 愛さんらしい。 「時間です。回収箱に用紙をお願いします」 委員長の合図でみんな投票へ。 黒板に『発表』『交流』『文化』と並べ、開票結果を並べていく委員長。  正の字が一番並んだのは……。 「無効票を除いた結果は、発表17、交流2、文化16」 「うちのクラスの立候補はバンド演奏に決まりましたがよろしかったでしょうか」 「やったーーーーーーー!」 さっきの女子たちが飛びあがって喜んでた。 他の子もだいたい『面倒にならなきゃ』って顔だし。いい結果だったかな。 (くそおおおおおメイド喫茶がぁあああ) (エロゲ20年史がぁあああああああ) 「あくまで第一候補なので、これから生徒会で精査され結果が出るのは8月の登校日ですけどね」 「はい委員長ご苦労様。今日のSTはここまでにしようか」 「幸せだなぁ。僕は生徒が文化祭に青春をかけてる姿を見るのが一番幸せなんだ」 先生の許可が出て、自由時間になる。 「バンドかぁ」 なんか熱意に負けて選んじゃったけど、 「準備とか、何するんだろ」 具体的なことは想像もつかない。 「学生単位のバンドだから、大規模なカラオケみたく考えておけばいいんじゃないか」 「去年もそんな感じだったよね」 あらかじめ録音した曲を大音量で流して、ボーカル以外の楽器演奏は何やってるか聞こえない程度に音をしぼってた。 つまり演奏で間違えても分からないようにして、ほとんど好きな曲を歌ってただけ。 まあ学生に作詞作曲なんて期待できるわけもなし。既存の歌のほうが盛り上がるし、仕方ないっちゃ仕方ない。 「カラオケだけでいいなら俺らも組んで出てみよっか。タロウをボーカルにすりゃ注目度ナンバー1だぜ」 「ビジュアル的にはいいかもね」 「ボーカルか。どうしてもと言われればやれなくもないが」 「ダメでしょ。ヴァンの歌は」 「下手なの?」 「下手っていうか、超音波兵器っていうか」 「歌には自信ない」 「ま、僕らは参加するとして、裏方がいいとこタイ」 それもそうだ。 それにまだ本決まりじゃないし。8月の結果を待とう。 帰り際も自然とその話になる。 俺は今日三者面談なので、校内で時間を潰してるときのこと。 「アタシは無理だよ音楽なんて」 「ちぇ」 愛さんがボーカルでライブ。 ビジュアル的にはヴァン並みに絵になりそうだけど、芳しい返事は聞けなかった。 「ま、いいじゃん。張り切ってるやつもいるみてーだし、そいつらの演奏楽しみに待とうぜ」 にこにこしてる愛さん。 「珍しいね」 「?」 「いつもクラスのことにはあんまり興味なさそうなのに」 「別にいつも興味ないってほどじゃないけど」 「何かにツッパってるやつを見ると応援したくなる。ケンカでも、走りでも、音楽でも」 「なるほど」 なにかに打ち込んでる人は、俺も好きだ。 「……」 「ちなみに俺は現在、愛さんに似合う男になるようツッパってる最中だけど……」 「応援してくれる?」 「あうっ。も、もう」 抱きしめた。 「〜♪ 愛さんの匂い」 「こ、こら。くすぐってーよ」 「……」 「どうかした?」 「クサい」 「はあ!?」 「あ、ちがうちがう。髪がさ、いつも甘酸っぱいニオイがするのに、今日は染料のが強くて」 いい感じとは言えない香りで、せっかくの愛さんフレグランスが飛んじゃってる。 「こ、言葉気をつけろ。すげーショックだ今の」 「ゴメンゴメン」 「間違わないように愛さんの良いニオイがするとこを思いっきり吸っておこう」 「ふぁっ、バカ」 首筋に鼻を当てる。 んー、でもここも髪の匂いがついちゃってるなぁ。 なら、 「手ぇあげて」 「はっ!?」 鎖骨から、わきへ鼻先を近づけて言う。 「え……大、ここはさすがに」 「いや?」 「んぐ……」 明らかに嫌そうな愛さん。 「……」 でもじーっと目を見てると、迷い迷いながら、 「〜……」 手を持ち上げていく……。 「ちょ、ちょっと大。こんなところで」 「でも2人きりだよ」 頬ずりする。 そういえばよく2人きりにはなるけど、ここでベタつくことって少ないっけ。 「あの……ぁっ」 耳たぶにキスした。 愛さんは誰か来ないか気になるらしい。乗ってこない。 でも人が来る場所でもないので拒む気もないようだ。されるがままだった。 「夏休みだと思うとテンションあがるね」 「も、もう。だからってこんなとこで」 「じゃあ逃げてみてよ」 真正面から顔を見つめ、近づいていく。 「……」 愛さんは照れるものの避ける気なし。 むしろ目を閉じ、大人しくキスを待って……。 「屋上侵入に不純異性交遊。素行不良で夏休みの出校命令出そうかしら」 「はわーっ!」 「姉ちゃん」 「学園では先生と呼びなさい。首を折るわよ」 怒ってる。 「面談の時間。ほら行くわよ。辻堂さん、しばらく借りるわね」 「う、うん。待ってて愛さん」 3者面談に向かう。 「……」 「あの……先生?さっきのことは風紀委員としては」 「完璧NGよ。まあこんなんでしょっぴく気はないけど」 よかった。 「うちの弟はずいぶんとジゴロだったみたいね」 「ご、ごめんなさい」 調子乗ってたぶん恥ずかしい。 「私だから良かったけど、よそ様に見せないでよあんなの。長谷家の恥だわ」 「はぁい」 いつになく怒ってる様子の姉ちゃん。ちょっと怖い。 「あ、先にトイレ行ってくる。待ってて」 「早くね」 用を足すことに。 「……」 「くぁああああウラヤマーーーーー!!!」 「なにアレ! なにあの迫り方!あああああああ私もされてみたーい。私もジゴロなヒロ略してジゴロに迫られたーい」 「フフ、いいだろ姉ちゃん。言うこと聞けよ。いっ、いやっ。姉弟でそんなこと……」 「センセーさいならー」 「はいまた明日」 「いま先生変じゃなかった?」 「まさか。幻覚じゃない?」 担任の先生も交えて3者面談開始。 「長谷君は、生活態度ではまったく問題がありません。真面目ですし、交友の輪も大変広いようですし」 「なによりです」 担任と保護者が同僚なせいか、話が弾む。 ……1人生徒の俺は居たたまれない気分だが。 「今期はテストの成績も向上しました。来期もこの調子でお願いしますね」 「幸せだなぁ。僕はよく出来た生徒と面談する時が一番幸せなんだ」 「ども」 つつがなく終了。 「幸せだなぁ。僕は弟が褒められたときが一番幸せなんだ」 「似てないけど嬉しいよ」 「職員室で聞いてるから知ってたけど、ヒロは先生受けが良くて助かるわ」 「そうなの?」 「ええ。もちろん優秀な長谷先生の肉親だから補正もあるだろうけど」 「あと担任にも恵まれたわね。掛け値なしで評価してくれて」 「いい先生だよね」 うちの担任は全校的に人気が高い。 「ええ。とくに辻堂さんなんかはあの先生で助かってるわ」 「どして?」 「偏見のある教師っていうのは、ヤンキーにとって一番敵にまわしちゃいけないの」 「鬼教師のヤマモトじゃ!」 「今日は1学期最後の授業じゃから、みんなで野球でもやるかのう!」 「野球好きだなあの先公」 「なにか思い入れがあるんでしょう」 「ホーッホホホホ! わたくしたちが決着をつけるにはちょうどよろしい競技ですわ」 「……」 「ちょいと! シカトこいてますの」 「えっ、あ、アタシに言ってんの?」 「わたくしが勝負を挑むのは貴女しかいませんわ!」 「そうなんだ。初対面からすげー吹っかけてくるから誰にでもそんな態度かと」 「ぐぬぬ」 「髪の色を大人しくしたのは評価しますけど、中身はムカつきあそばすままですわね!」 「1学期最後の最後まで変わりませんでしたわね。この不良!」 「ま、よろしくてよ。今日は1学期最後の体育の授業。決着をつけるときですわ」 「前にテニスでつけたじゃん」 「おだまり!今日だけは絶対に逃がしませんわ」 「今日を逃せば次はいつチャンスがくるか分からない。2学期からはもう体育をご一緒する機会も減りますし」 「え、お前転校でもすんの?」 「そうじゃなくて」 「そうなんですか。お元気で」 「うるさい人って印象しかないけど」 「さびしくなるよ」 「へ、変な空気にしないでくださいな。2学期からは1、2組の体育が合同じゃなくなるだけですわ」 「そっか。2学期からは風間先生が復帰するから」 「ええ。ですから今日が最後の勝負」 「いざ尋常に、勝負ですわ!」 ・・・・・ 「女子は普通に体育やってるんだ。いいな」 「こっちは最後の体育に雑用だもんなー」 男子は体育だけど体育やらせてもらえなかった。 草むしりだ。校庭の隅っこでみんな、これから伸びだす雑草を撤去していく。 「文句言わんでやらんかい!」 「はーい」 「終わったら石灰を撒くんじゃぞ。そこまでやって1学期終了じゃ」 大変だ。 「あれ? 女子の野球もうおわった?」 「2組のバッターがピッチャー辻堂のボールを1度も崩せなかったようだ」 「うちの組が一方的に攻撃して10対0の5回コールド」 「あのスピードのストレート相手じゃ当たったとして内野ゴロだもんなぁ」 「お・の・れェエエエエ!」 「必ずや! 必ずやいずれ決着をつけてみせますわ!」 「あーはいはい」 (……しかし) (風紀の風間が帰ってきやがるのか) あっという間に1学期最後の授業日も終わり、 3者面談最終日になった。 「辻堂君の場合、成績以前に素行の問題が大きいかな」 「春から数えると校内で起こしたものだけで26回のケンカ。単位は問題ないですが、何度か授業に出ていない」 「すいませんねえ先生。うちの子、血の気が多くて」 「ははは、そうだね」 「けれど真琴君の若いころに比べたらずっとましだよ」 「う……」 「幸せだなぁ。僕は親子二代で担任を受け持てるときが一番幸せなんだ」 「7月に入ってからは落ち着いてきたし、風紀委員の審査にかかることもないのでいまのところ心配はないね」 「なるべく自分や他人にケガが出ないように。ここだけは気を付けておくれ」 「はーい」 「はー、終わったぁ」 「あんまり怒られなくてよかったわね」 「言われたことはいつもと同じだったけど」 「今年の担任は当たりでよかったわね。イチャモンつけてくるような外れのセンコーだと、すぐにケンカになっちゃうから」 「母さんがね」 「……もう済んだし、母さん1人で帰れるよね」 「ええ。なにか用事?」 「大君か」 「ノーコメント。じゃ」 「ふふふ、可愛いの」 「あら」 「あ、どうも」 愛さんを待ってたらお母さんの方だけ来た。 「愛だったらいまあなたのこと探しに行っちゃったわ」 「行き違っちゃったか」 ここでお母さんを置いていくのも失礼なので、愛さんには外に来るようメールを入れた。 「最近遊びに来てくれないのね」 「あはは、機会があればとは思うんですけど」 愛さんとはほぼ毎日会ってるしうちに呼ぶことも多いけど、俺があっちへ行くことはあんまりない。 彼女の家って気恥ずかしいんだよな。なんとなく。 「……」 「髪のことは驚いたわ。あの子、10年くらいポリシーみたいにしてたのに」 「あれは俺も驚きました」 「1ヶ月の付き合いであそこまで……熱愛ね。うらやましい」 「あはは」 照れる。 「……」 「ねえ、大君」 「はい」 「これから夏に入ると、色々なことがあると思うわ。湘南の夏が平穏に過ぎたことはこれまで一度だってなかったから」 「あなたとあの子の違いが、嫌でも目に入ってしまうと思う」 「……?」 「……」 「それってどういう」 うお! 急に最近聞きなれた爆音が轟き、校門のあたりに黒い人影が集っていく。 あれは……、 「ハーッハッハー! いるかい辻堂ォー!」 「1学期最後のあいさつに来てやったシ!」 あらら。 「みなさん、ご近所迷惑ですから」 「あら、アンタもいたの」 「こないだはどーも」 何人かに睨まれた。 『なかったことに』とは言うものの、やっぱ恨まれてるか。 「別にケンカに来たわけじゃないわ。挨拶をかねて……」 「江乃死魔が400の大台に乗ったことを教えてあげに来たのよ」 盛り上がる江乃死魔員たち。 この前見た100人を大きく上回る数だ。3会の日の……300も超えてそう。 「今日は3者面談でこの時間までいるのは調査済みよ。さあ、辻堂を呼びなさい」 「えっと、そろそろ来るとは思いますけど」 「ぐだぐだ言ってねーで呼ぶシ!」 「なぁに?」 「えっと、下がっててください。危険ですから」 お母さんが来てしまう。 「誰だいこのおばさん。辻堂は」 「この人も辻堂さんなんですけど」 「……」 「おばさん……?」 「へ……?」 「ヒッ!? あああああの人、まさか」 「いまなんて言った?」 「おばちゃん、耳悪いシ?」 「……」 「あれ……? なんだシこれ?」 「あああ……すげー気持ちイイっての」 「「ひでぶッッ!!!」」 「有情のメンチ。受けたものは死の間際天国を見るという」 「睨みで失神する原理すらよく分からないのに超えちゃってますね」 「ぜぜぜぜぜ全軍反転!!!巻き込まれたら瞬殺されんぞ逃げろーーーっ!」 一斉に逃げ出す400人。 失神して置いてかれた一条さんとハナさんがあわれだった。 「ふふふ、久しぶりに学園なんて来たから大人げなかったかしら」 「お待たせ」 「来たわね。じゃ、お母さんは先に帰るわ」 「うん」 「大君。また遊びにきてね」 「ははは」 しばらくは行けそうにないです。 「どっか寄ってこうぜ大」 「うん」 愛さんと一緒に帰る。 「……」 「あなたとあの子の違いが、嫌でも目に入ってしまうと思う」 「……」 違い、か。 なんのことだろ。 「はーっ、はーっ……恐ろしい目に合った。やっぱ伝説は次元がちがうわ」 「目があった瞬間本能的に逃げてたっす」 「今日ばっかりはアンタの逃げの才能がうらやましいわ」 「……あの、恋奈ちゃん」 「ああ、サンキューね辻堂が来そうな時間教えてくれて。まあ今回は完全に裏目に出たけど」 「はい、情報料。毎度ながら同じクラスのやつの情報は助かるわ」 「う、うん」 「……」 「どうかした?」 「や、やっぱいらない。返す」 「は?」 「あの、もう辻堂さんのこと、私に聞くのはやめて。……スパイ、みたいなこと、したくない」 「スパイって、大げさね」 「友達でしょ。で、フツーにおしゃべりしててクラスの不良のことが話題になるだけじゃない」 「何か調べろとか言ってるわけじゃない。普段の生活の中で目につく範囲を私に教えるだけ。それでお小遣いがもらえるのよ?」 「……でももうヤなの」 「……」 「欲しいって言ってたベースの……アンプ?まだお金足りないでしょ。いいわけ」 「自分でバイトする。ていうかこれまでのお金も……」 「いらないわよ。取っときなさい」 「……じゃあねっ」 「チッ……偽善者が」 「はぁ……」 「これでいいんだよね。ずっと嫌な気分だったし。恋奈ちゃんならあたしなんていなくても」 「……」 「アンプは欲しかったなぁ」 「あれ」 「ッ!」 「まだ帰ってなかったんだ」 「う、うん。もう帰る」 「そう。じゃ、また明日」 「うん……」 通りかかったクラスメイトとあいさつしつつ、商店のある方へ。 「お、フェスのちらし」 「ほんとだ」 明後日からのロックフェスについて、商店街の色んなところにチラシやポスターが貼ってあった。 「……3会より多いでやんの。なんかムカつく」 「まあまあ」 学生に任せてた3会とちがって、こっちは業者がやってるぶん宣伝が本格的だ。3会をひいき目に見てる愛さんがムカついてた。 「しっかし色々な行事があるんだね」 「ミス&ミスター湘南コンテストだって。大、出てみたら?」 「なんで俺やねん。出るとしても愛さんでしょ」 ビジュアル面では優勝間違いなしだ。 「愛さんホントに出たら。絶対優勝するよ」 「絶対、絶対、絶対優勝する。しなきゃ審査員の人たちは許さない。絶対愛さんが一番だ」 「へ、変なほめ方すんな。照れるだろ」 「このアタシがこんな恥ずかしいモンに出るか」 「それもそうだね」 「でも湘南一カッコいい奴を決めるなら……。やっぱ大だと思うんだ」 「や、やめてよ」 「なに照れてんだよ。事実だろ、アタシの彼氏は世界一カッコいい」 「愛さん」 「大」 (なにかしら? 店の前が暑苦しいわ) 「っと、人目があるんだった」 「愛さんを見てると他のこと全部忘れちゃうから厄介だな」 「バカ。そっちこそ吸い込まれるような目ぇしてるからアタシいっつも見惚れちゃって」 「愛さん」 「大……」 「ってこのループはもういいや」 「他は……へぇ、ビーチバレー大会だとよ」 「この地方はやたらやるよね」 日本じゃ早くに始めたのがこの地区だからだとかで、かなり気合をいれてるスポーツだった。近くには専門の公園まであるくらい。 「こっちも愛さんならイケるんじゃない。出てみたら」 「んー、でも出場が女子のみで、しかも2人だとさ。組むやつがいねーや」 「そっか」 「それに優勝賞品が欲しいもんじゃねーし」 「なに?」 「ロックフェスだけに」 「最新のベース用アンプだとさ」 むにゃむにゃ。 はっ! ――ガバッ! 「朝だ!」 「ふぁあ……なに?」 「朝だよ姉ちゃん! 終業式の朝だよ!」 「ああ、夏休みでテンションあがってるのか。子供ね……」 「でも夏休みキターーーーーー!」 「いえーい」 「いえーい」 ハイタッチ。 長谷家の終業式は10年前からこんな感じだ。 「俺もう昨日の夜から楽しみで寝つけなかったよ」 「私も私も。テンションあがって寝てるヒロに色々イタズラしちゃったわ」 「なにしたの?」 「ひ・み・つ♪」 「寝てる間もテンション高かったみたいですごい楽しい夢見た」 「どんな?」 「夏休み記念祭開催してみんなで踊りまくる夢。中心でドカドカ太鼓叩いてたよ」 「そう。いい夢ね」 「いたっ。あれ……? なんかお尻痛いんだけど」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」 テキパキ準備を済ませて学園へ。 「おざっすマキさん!」 「うーっす。テンションたけーな」 「今日は1年で最高の1日じゃないですか」 「記念にはいっ。今日の朝は特大おにぎりです」 「うお、デッケ、なにこれ」 「鳥そぼろ、豚しょうが、コンビーフの豪華3食肉をご飯1合半でくるみました」 「すげえええええ!」 「マキさんも今日はテンション高くいきましょうね」 「やだ、今日のダイ……カッコイイ!」 「じゃっ、また夜に」(歯きらりん) 「いいんですか。朝の挨拶は愛さんに禁止されているのに」 「うるせェ。オレらには大事な儀式なんだ。1学期最後くらいやらせろ」 「怒られても知りまへんで」 「おはようクミちゃん、みなさん」 「よう」 「また集まってるの。愛さんが怒るんじゃ」 「うるせーな。これはオレのポリシーで……」 「うーっす」 「あっ! 全員せいれ……」 「おはよう愛さん」 (びくっ!) 「はよ。テンションたけーな」 「夏休みだと思うとさ」 2人で教室へ。 「あのっ、ちょ」 「挨拶以前に眼中にありませんでしたね」 「あの2人には勝てん」 「納得いかね〜〜〜!」 「ほら……今日はもう1学期最後だろ?」 「今日くらい自分に素直に。ずっと思ってたこと、はっきり言っちまいたいんだ」 「俺、お前ともっと一緒にいたい」 「夏休みのあいだも、遊んだりしたい」 「告白でもされてるみたいなんだが」 「いいじゃん、俺らもう友達だろ。夏休み中も遊ぼうぜ〜」 「気が向いたら応じるさ」 「そういうときって絶対来てくれねーんだよ」 「おはよ。どしたの」 「よく分からん」 「ヒロシからも言ってくれ。タロウに夏休み中も遊ぼうぜって」 「夏休み中に遊ぼう」 「分かった」 「……これはこれで納得いかねー」 とまあ朝から浮かれ放題の終業式だが、 人生楽があれば苦もあるとは、どこぞのご老公のおっしゃる通り。 「長谷君」 「はい」 通知表返却の時間だ。 ……テストでは姉ちゃんに怒られたからなぁ。こっちはせめて怒られない程度が欲しい。 (ちらっ) 「どうだ?」 「なんとも言えない」 良くなく悪くなく。 あ……でも素行評価の欄。 『素行不良生徒とのつながりが見られる。要注意のこと』 愛さんやクミちゃんたちと仲良いことが取り上げられてしまった。 姉ちゃん怒るなぁ。いま風紀委員なんてやってるから特に。 今晩はビール1本多く冷やしとこう。 「……」 (成績はこんなもんとして、素行評価) 「……」 (ま、いつも通りか) (アタシはどこまで行ってもヤンキーだもんな) 「では、夏休み分の課題を受け取った生徒から帰ってよろしい」 前に課題のプリントが山積みにされる。 あれを持って帰れば1学期は終了だ。 「ちょっとちょっと」 「なに」 「豪快に課題ブッチしないで。持って帰ろう。ね?」 「えー」 嫌そうだった。 「こんなの持って帰ったらまた大に呼び出されて」 「……」 「あ、大とやればいいのか」 でもすぐ納得できたようで、回収して行った。 11時くらいには下校の時間になる。 一緒に帰ろうとすると、 「辻堂君。君はまだ帰っちゃダメだ」 「あ?」 「補習授業がある」 「げ……っ。忘れてた」 俺も忘れてた。 「強制参加の生徒は12時から生徒指導が入るから。教室で待ってて」 「えー……いいよそんなの。補習自体は24日からなんだろ、そっちは出るから」 「愛さん、決まったことなんだから」 「うぐ……まあ、その、筋は通すけど」 こういうとこでサボるのは性に合わないらしい。しぶしぶ首を縦にふる愛さん。 「じゃあ大、あの、帰るの1時くらいになるけど」 「さすがに長いから俺は先帰るよ。がんばってね」 「うえーん」 補習に関しては愛さんの自業自得な面が大きい。厳しいようだが置いて帰った。 ……俺だってこれから修羅場なんだ。姉ちゃんに叱られるのは早めに済ませたい。 ・・・・・ 「えー君らは腐ったみかんなどではなく……」 「……」 「つまり努力というのはいつか大きな実をつけ」 「…………」 (怖い) ・・・・・ 「帰ろっか」 「うん」 「うわーん愛さぁーん、補習ないなんてずるい〜」 「あきらめろ。赤点出したテメェらが悪い」 「うー、すっかり優等生ヅラじゃねっすか」 「そうとも。真の番長は勉強だって出来るんだ」 ちょっと調子に乗ってる。 「分かんねーとこがあれば聞きに来い。1年の問題なら教えてやれると思うからよ」 「ふぇ」 ぽんぽんとクミちゃんの髪を撫でる。 「じゃーな。行くぞ大」 「うん。がんばってねクミちゃん」 ・・・・・ 「……愛さんが優しい」 「髪の色を変えたからでしょうか。雰囲気が以前とはガラッとかわりましたね」 「なんや……あんな愛はんもええなあ」 「うわああああああああああああああああ愛さんが!愛さんが1人でどんどん美しくなっていくーっ!」 「ハァハァハァハァダメだ、もうダメだあんな速度で美しさを増したら夏休み明けにはもう、もうオレは……見ただけで……死ぬ!」 「うあああああああああ愛さああああああん!」 「久々に狂いましたね」 「早く補習いこーよ」 「それで、これからはどうする?」 「まずは1回家に帰ろう。で、各々でお昼ごはん済ませてまた集合。と」 「だな。昼からどこ行くかはゆっくり考えてきゃいっか」 「うん」 「あ、でも1つだけ、昼からについてリクエストしていい?」 「なに?」 「これかよ」 「ヤッホーイ!」 髪の色変えてからは初のこっちモード愛さん。 可愛いのはもちろんとして……イイ。なんかこう、お上品な感じでイイ。 「うう……この服面倒なんだよな。スカート短いし」 (・∀・) 「……」 ヾ(≧∇≦)ノ 「喜んでくれるのはなによりだけど」 「どこから行こうか」 「そうだな。この前は結局中途半端だったから、今度こそ江ノ島でも」 というわけでデートスポットへチャレンジ。 「今日はいい時間だし生しらす丼食べれるかな」 「生しらす丼は観光客にも目玉だから売切れてるかも」 「そっちの可能性を忘れてた」 が、 「はい集合。いよいよ夏休みってことで、江乃死魔を500までもっていく計画を始めるわよ」 「うわ、めんどくせェところで」 弁天橋のふもとに江乃死魔の人たちが集まってた。 吹っかけてくるとも思えないけど、デート中は近づきたくないな。 「他に行こうか」 「ああ、しゃーねー」 「やっぱ江ノ島は片瀬さんたちのフィールドなのかな」 「チッ……初デートのときから遭遇率100%だよ」 そういえばそうだ。 「初デート……大変だったねあの時も」 3会の前日だっけ。観光は楽しめたけど、最後に片瀬さんと会って。 愛さんが足を痛めて、逃げ回ったんだっけ。 「あれはすごかったよね。2人とも必死で」 「いや、足痛めた程度なら恋奈くらい楽勝だからアタシは焦ってなかったけど」 「そうなの?」 「むしろ逃げ方のほうが焦ったよ。お姫様抱っことか」 「俺も必死だったからさ」 「しかも逃げついた先が……だろ?」 「だね」 「まだ付き合ってもなかったのにラブホだもんね」 「な、なんでまた入るんだよ」 「いまは付き合ってるんだから自然じゃない」 「そうだけど……うう」 落ち着かなそうにモジモジする愛さん。 「この前みたいにぶらぶらするのも楽しそうだけど、せっかくの終業式だし、こんなのもいいよね」 「終業式とは何も関係ない」 「だよね」 おみ足にすりすりする。 「んぁ……くすぐったい」 「あ〜、相変わらずいい脚だ〜」 「お前絶対足フェチだろ」 「男ってのは10人いれば9人が美脚好きだよ」 足の裏こちょこちょ。 「ふひあっ、バカ、くすぐるの関係ねーだろっ」 「あらゆるところを愛でたくなるのは足フェチの基本なんだ」 「やっぱフェチじゃねーか」 前回は『マッサージ』なんて理由付けがあったから遠慮したけど、今回はしない。 「思う存分堪能させてもらおう」 「……うちの彼氏、世界一カッコいい淫獣なんです」 (ぺろ) 「わあああ! いま舐めた?」 「やだなぁ、俺が愛さんにナメた真似なんてするわけないじゃないですか」 「はむ」 「ぁんうっ」 ひざに噛みつく。 髪を大人しい色にかえたせいだろうか。受けオーラみたいのが出てる。 イジワルしたくなる。 痛くないよう気をつけて、もぐもぐと歯型をつけるように。 「……なにしてんの?」 「くっは〜〜♪」 「なんで興奮してんの!」 こんなに綺麗な足に、自分の歯のあとをつける。 積もったばかりの新雪を踏みしめるような、なんともいえない背徳感がある。 もっとつけちゃお。あぐあぐ。 「こら、痕がつくって」 「あ、ごめん」 「……大がしたいならつけてもいいけど」 ぼそっと言う。 ちょっと惹かれたけど、この綺麗な肌にアザを残すのも微妙だ。やめておいた。 「くすぐるだけにしよう」 撫でていく。 「ぁン……もう」 困った顔ながら、嫌そうではない愛さん。 「っふ……ぅ、……うふ。くすぐったいって」 「愛さんて足も感じやすいよね」 「そうか?」 「そうでしょ。ほら、前のときも、足触ってるだけで軽くイキかけてたし」 「イキ……。ばか、してねーよ」 「ごまかしても無駄だよ。パンツぐしょぐしょにしたの見てるんだから」 「うぐ……」 悔しそうだ。 あのときはホントに足だけでイクなんてあるのかと思ってたけど、愛さんの全身性感帯っぷりを見たいまとなっては。 「あっ、あれは、その」 「うん?」 「大のマッサージが……気持ちよすぎたのが悪い」 「……」 いまのは反論なんだろうか。 「じゃあ今日もいっぱいサービスしちゃおかな。はいはいお客サーン、リラックスしてねー」 「っふ……もう」 マッサージは普通に自信ある。 にぎ、にぎ、つま先から始めて本格的なマッサージ。 「結構張ってるな。疲れてる?」 「疲れてるっつーか、緊張してる。このスカートのときはいつも」 「まだミニスカ慣れないんだ」 「恥ずかしいもん」 「あはは、もっと見せ付けていいと思うけどなぁ」 にゅるにゅると指を這わせるような触りかた。 「は……」 「大が好きそうだからなるべく穿くけど……。でもやっぱ合わない、かな」 「そう。ならしょうがないか」 「強制はしないけど、これからも時々はお願いします。ってことで」 「うん。……ふ、うう」 「どうかした?」 「やっぱお前、ほんと上手」 リラックスしてきたっぽい。 くるぶしやひざの辺りに集中してたので、腿のほうへ上がっていく。 「……」 「どした?」 「あ、いや。前にしたときは太もも触るとき緊張したなーって」 「今はしないの?」 「そうだね。緊張は薄い」 「そのぶん興奮するけど」 ちゅっと腿にキスする。 スカートを彩るフリルがこすれてくすぐったかった。 「んー……あは、気持ち分かるかも」 「アタシもあのときより、気持ちいい」 ほわーっと表情を和らげていく。 「そうそう、もっとリラックスして」 緊張のほぐれは筋肉のほぐれだ。 触る側としてもふにゅふにゅ力の抜けた身体は触ってて楽しかった。 「足、ひらいて」 「ン……」 おとなしくくっつけてた腿を緩める愛さん。 いつものかわゆいパンツがお目見えする。コットン100%で……、 「吸水力抜群なやつだ。ん〜っ♪」 顔をくっつけた。 「あぅ……っ、こぉ……ら」 すんすん。 たっぷりと汗を吸った、甘酸っぱい香りが染み付いてる。 欲しいなぁこのパンツ。でも言ったら怒られるかな。 「どうかした?」 「このパンツ欲しい」 言ってみた。 「……」 ――ギュイイイイイ! 「いででででで割れる! 割れる!」 美脚がそのまま凶器と化し、はさまれた顔がしめつけられる。 万力も真っ青だ。あーいて。 「さすがに冗談だよ。怒ったら冗談で済ませる気だったんだからごまかす時間くらいちょうだいよ」 「やかましい。ったく、変なとこばっかアグレッシブだな」 「さ、気を取り直してマッサージの続きと行こう……」 「かっ!」 「ふやあっ!」 不意打ちで体をひっくり返した。 「おま……いきなりはやめろって」 「でもマッサージは背中側からしたほうが効果が簡単確実なんだよ」 「だからって……ううう」 かかとから足首を通って、按摩していく。 「は……んっ、う……、うく」 「気持ちイイでしょ」 「うん……あは、ン……ゾクゾク、する」 ちょっと緊張したものの、すぐまたリラックスする愛さん。 顔がとろーんってなってくのが可愛い。 「どんな感じ」 「指……いい。どきどきする」 「もっと楽しんで」 按摩にときどきさすりあげるような、触るか触らないかのタッチをいれるとイイらしい。 あくまでふにっとした弾力の太ももまで。触るとしても……、 ――ニュリ。 「あぅんっ」 「おっと」 パンツのゴムが食いこむ、お尻と腿の境目まで。 「はぁ……はぁ……ぁ、あの。大」 「うん?」 最初のうちは満喫してた愛さんが、だんだんと情けない顔になってきた。 物足りない……みたいな。 「あの、……ぁのぉ」 「してほしいことがあるなら言ってよ」 「〜……っ」 何をしてほしいかは、ねろねろに蕩けて下着に透けるピンク色の地帯をみれば一発だけど。あえてとぼけた。 「う、……んっ、あっ。……はぁ、うう」 「お尻つきあげちゃってるね。わざと?」 「知るかっ。んっんんっ。あああ、……は」 こっちも興奮してるから、次第に攻めが一点集中してくる。 ぎりぎりアソコには触らないけど、ちょっとくぼんだ腿の付け根ばっかり。 ――ぐりぐりぐり。 「はあああっ、ひゃっ、ん。あっあっあっあんっ」 こっちの指の動きひとつで愛さんの反応はすごくなる一方だった。 でもまだ恥ずかしがってるな。んー、 「ここまでならいっか」 ――むぎゅ。 「ひゃあっ」 プックリ膨れたお尻をわしづかみにした。 「お尻、お肉まで敏感だよね」 「だ……って、ふぁっ、はっ、あゃ、んんんっ」 ぷるん、ぷるん、まわりから弾力を集めるみたくコネていく。 「はぁ……ああ、は、……はぁ」 「……ここもマッサージされるの好きだね」 「ぅ……ん、好き」 粘膜性の感覚より感じやすいのか、愛さんはふわふわした顔で答える。 「はは、汗ばんできてやらしいの」 「だって……んん、……ふぁあ」 力の入れ方を変えたり、握り方をかえたり。 「あお、……おしり、痺れちゃ……ぁ」 「強いのが好き? 優しいのが好き?」 「ぁ……ど、どっち……も。んふぅ」 ハードに揉んでも感じちゃうみたい。 なら……左右の肉を捕まえて、 ――ぐにぅ。 「ひ……んっ」 ――うにうにうに。 「あはっ、ひゃ、あ……ぅううっ」 中央に集めてみた。 「はうっ、う……ううううん」 声音の質が変わる。 「どうかした?」 「ん……それ、あの、お尻むずむずする」 「ずっとしてるっぽいけど」 「ぁの、してる、は、してるけど。その……お尻の……その」 恥ずかしそうだ。 「ココのこと?」 思い切り肉を左右にめくった。 「きゃいいんっ」 パンツがなければ穴の中まで見えそうなほどアナルをめくられ、悲鳴を上げる愛さん。 「はは、やっぱこっちも感じやすい」 「ンな……。ち、ちがう」 「どこがちがうのさ。ほら、穴が空気にあたるだけで」 ふーっとパンツ越しに息をかけてみる。 「あはぁあ……」 「気持ちよさそうだ」 お尻全体がクネクネする。 「う……いまのは、あの、生温かいのが、むわって」 言い訳したいらしいけど言い訳になってない。 可愛いな愛さん。 「遠慮することないよ。楽しんで」 もう一度真ん中に合わせる。 ――むにむにむに。 「っ、はぁっ、はぁあっ」 自分のお尻でアナルをこすられる感覚に、愛さんはたじたじだった。 もちろん穴ばっかじゃない。 「ココが一番マッサージしてほしそうだね」 按摩したり、さすったりを繰り返す。 一度太ももやヒザ、かかとまで下げたり、戻してきて腰骨の上まで押したり。 「はぁ……ああ、あはぁあ」 あくまでスローに。でも丁寧に。 「なんか……あぅ、大。変な感じぃ」 「腰から下が全部ひくついてるよ」 「ふぁあぁ……だぁ……ってぇ」 トロンとした顔で喉をならしながら、愛さんはまだ戸惑ってる。 さっきからしつこくしつこく外周を責めながら、本丸にはまだ手ぇ出してないもんな。 もうパンツ越しなのにビッチョビチョだ。 人差し指から小指まででお尻をかかえ、親指で土手の外側数センチのところをおさえた。 ――ムニィ。 「っはあん」 笹の葉型に肉をひろげると、それだけで震えが増したのが分かる。 「もう我慢できなくなってきたでしょ」 「……」 恥ずかしそうだ。 もともと感度が高いけど、全身に熱が通って……。 ――すす。 「はぅ……ふんっ」 腰から上、くびれたお腹、背中のラインをなぞるだけで甘い声が出る。 「んぁ……っ」 「あ、新しいおツユ出てきた。じわって」 下着の汁気がもっと増した。 これもう……、クリトリスまで透けそう。 「この辺、かな」 ――くりゅくりゅ。 適当に場所を探ってみる。 「ああああっ、ひろっ、そこはダメ。それは……。ふぁっ、ふぁんっ、はああ」 「めちゃめちゃ弱いね」 「あぇっ、あぅ、あぅうう。開かない、で」 正確に押せたかは分からないけど、周りをさするだけですごい反応だ。 優しく優しくショーツ越しに撫でる。 「あんっ、はん……んっ、んにゃっ、あっ、あぁあ」 「ほんと感じやすい……ほら」 「ひゃあああっ」 ときどき不意打ちで、膝や腿の裏っかわをくすぐるようにさすりあげる。 神経が張りつめてるんだろう。愛さんはそれだけでイキそうな声をあげた。 「あそこの反応もすごくなってきてる」 「あっ、あっ……ンぁ」 複雑に入り組んだヴァギナの奥で、場所が分かるくらい小さな穴が反応してる。 「こっちも触って欲しいんだ?」 「……」 怒った顔。 「こっちはしてほしそうだよ。エッチぃとこにマッサージ」 肉ビラがひくひくしてる。可哀想なくらいだ。 「してほしいって言って」 「んぐ……」 「言ってよ。そしたらすぐ、今より何倍もエロいことしてあげる」 「〜そんな、そん……あぅ」 「言って」 「……〜」 からかいよりも、単純に俺が聞きたい。 それを察したのか、愛さんは羞恥心のハードルが下がったらしく。 「……欲しい」 「うん?」 「大に……その、えっちなとこ、触ってほしい」 「なーに?」 「アタシの身体に、もっとエッチなことしてくださいっ」 ちょっと怒らせたか。でも愛さんが思うかぎりのいやらしいおねだりだった。 「了解♪」 「ひぁああんっ」 ぬるーっと下着越しのびらびらを押す。 「まずは肉びらマッサージから始めますね」 「あっはんっ、はんんっ」 「ここはずーっとコリコリしてますねぇ」 「あゃっ、クリ……優しくな。優しく」 「分かってるって」 周りばっかしてたのを一転。中心だけに集中する。 お尻の谷間から腿の付け根まで撫でさすり。とくにぷにっと持ち上がる肉では、 ――ニュリニュリこりこり。 「あああっ、やっ、はんんっ、はぅっ、はあふっ」 「なにしても腰が跳ねちゃうね」 「うるさ……はぁ、はう、ン」 我慢が限界に来てるっぽい。 「一度イッておこうか。もうツラいでしょ」 「……」 コクンと首を縦にふった。 愛さんをイカせるのは簡単だ。前なんてそんな気もなかったのに2回もイクくらい。 狙ってる今回はとくに楽なもので、 ――にゅりっ、にゅるっ。ニュクニュク。 「んっ、あっ、うあ……はああっ。ひゃ、は」 「はぅううううんっっ」 簡単に。 「あは……っはあ……っ、う、う」 びくっ、びくっと浅く持ち上がった余韻に身体を揺らしてる愛さん。 「……」 ――くにゅ。くちゅくちゅくちゅくちゅ。 「ふぁあっ?! ひろしっ、アタシもう、も……んぁ」 「あと2、3回はイケそうだよ。ここの肉がもっとイキたいイキたい言ってるし」 「はぅ……」 「あぅぅううううんっ」 ちょっと追い討ちするだけですぐに第2陣イッてしまう。 愛さんはなんていうか、絶頂のラインが低い人なんだと思う。 ――ぐりゅぅう。 「んふ……っ、う、ううう……ク」 盛り上がったプニ肉の内側をほじくるように。 そうするだけで白いお尻がぴんぴん跳ねて、俺の方へせりあがってくる。 「あっ、あっ、またイク……っ、またっ、またぁっ」 「いいよ。何度でも」 「また……っ、まぁ……た。またあああ」 「ひはぁぁああああああっ」 何度イッても止まらなくなってるらしい。身体の跳ねが収まらない。 下半身全体をつっぱらせてもだえる愛さん。 「あぁっ、は――……っ、はぁーっ、ぁああーっ!」 「っ、ああああああぁああっ」 何度も何度も絶頂を繰り返す。 それでも微妙にいつもとちがうのは、 やっぱ挿入してほしいから、かな。 「ここもトロけちゃってるね」 「ンぅ……っ。はぁ……はぁ……」 熱に浮かされたように顔を赤くして、湿った吐息を荒げてる愛さん。 「自分で分かるんじゃない? アナルがひくひくしてるの」 「……うっさいなぁ」 恥ずかしそうだった。 照れ屋の愛さんにこっちはハードルが高いか。 「なら無理やり触っちゃお。ほーら」 「はにゃ……ッう!」 白いショーツに皺の形がうかぶくらい、ふちにそってゆっくり穴をなぞる。 「んく……、ンくぅうううん」 丹念に、丹念に。 「あぁ……はぁ」 ゆっくりと、じっくりと。 「あぅ……ううう……っ」 そうするうちにお尻に力が入ってしまい、皺が浮かんでくるのが分かる。ドーナツ型のリング筋を下着越しに感じた。 それはそれで興奮するけど、 「愛さん、ちょっと緩めて」 「えぅ……お、おしりゆるめる?!」 「そう。ゆるめて、力入れすぎ」 ひっかいたらちぎれそうだ。もっと柔らかくしてくれないと安心して触れない。 「ゆるめる……ゆるめる……って」 さすがに彼氏の目の前で、排泄のときする筋肉の動きはできないか。 でも『出せ!』って言ってるわけじゃないんだ。 「大丈夫だよ。力を抜くだけ。ほらリラックスして〜」 「あ、あああ……」 ここも按摩するみたく優しく揉んだ。 「中心から力を抜いて……ほら」 「ぁ……ン」 「……へえ、力抜いたほうが気持ちよさそうじゃない」 「……ああ」 アナルが柔らかくなっていく。 そこから力を抜くってのは、ある意味究極のリラックスなのかも。顔からどんどんしまりがなくなっていく。 「とろーんとしちゃって」 「だぁ……ってぇ」 「湘南最強の番長さんが、お尻の穴撫でられてそんな顔。きっと誰も想像もしないよ」 「……」 言葉攻めは微妙か。困った顔になる。 「ゴメン」 素直に攻めよう。下着に指をかけた。 半分だけおろす。 「あ……っゃ、ひろし」 「あはは、愛さんのアナル、全部見えちゃってる」 「あぅうん……」 「あれ? 見られてるとシワがとろーって緩んでく。見られるの好き?」 「し、知らねーよ……」 クパァと開いたお尻の谷間から、蒸れて生温かい空気が漂ってきた。 もちろん見たのは初めてじゃないが、こっちの穴だけに集中するのは初めてだ。愛さんは恥ずかしそうで、 「はぁ……ぁ、見ちゃダメ。みちゃ……ん、んふ。……あはぁあ……」 でも穴の方は、ひくひく俺の視線を悦んでた。 「触るよ」 「う、うん……優しくな」 ――ねと。 皺のすぼまりに指をあてる。 小さな皺全部がヒクヒク反応して、奥からピンク色の粘膜がひろがり出てきた。 「あ……ああっ、……あー、ぅうう。お尻、お尻の穴、大に触られてるぅ」 愛さんはすっかり夢見心地って感じだ。 嫌がってない。 「そうそうリラックス……してるね。ふふ、しすぎて指が入っていっちゃいそう」 「っ……っっ」 ――ヌプ。 「あひぃいいいんっ」 入っちゃった。 当てた指が、第一関節まで自然に濃赤の窄まりに落ち込んでいく。 「愛さんのアナルが俺の指を食べてる」 「そんな……こっ、ああっ、は、しらない。知らないっ」 「だって俺は何もしてないのに入ってくよ。入口はヒクヒクして、味わってるみたい」 「だぁ……から、ンな恥ずかしいこと……ぉ」 皺がひろがって、赤い持ち上がりの間にあったピンク色が垣間見える。 といって赤とピンクの縞々になるでもなく、広がってしまえば中間くらいの色になった。 「前も不思議だけどアナルも不思議だね。あ、すごい絞めてる。これが括約筋」 「んんぐ……んふぅっ、んふぅうう。お尻が、おしりがぁあ」 「……気持ちイイ?」 「っ、っ」 せっつかれたように首をコクコクうなづかせる。 「エッチな肛門しちゃって。これじゃちょっとならせばすぐセックスもしちゃえそうだよ」 「せ……くす? あなるせっくす?」 「そう。愛さん才能あるよ」 「今日とは言えないけど、ほぐして柔らかくなったら、簡単にアナルセックスで感じちゃうと思う」 「うう……」 恥ずかしそうだった。 でもお尻の奥までほじられてて頭がフワついてるらしい。ちょっと目を細め。 「そのときは……大がしてくれる?」 また嬉しいことを。 「当然でしょ。てか俺以外の誰にアナルバージンあげる気なの」 「ン……それもそっか」 ――ヌルゥウウ。 指を根元まで入れていく。 「気持ちイイでしょ」 「う……んっ、うん」 「どんな風に気持ちイイの」 「ん……えと、穴、まわりが……ぶわーって」 「大の指の形に……お尻、ひろがって。それがすごく幸せでぇ」 軽くイキだしてるのか、下半身がのたうち、お尻が左右に揺れてた。 もっともっととアナルを俺の指にこすり付けてる。 「指でこれなら……ち○ぽ覚えたら愛さんたぶんすぐにアナルの虜になっちゃうね」 「そ、そぉ……かもぉ」 「はぁっ、あはぁあっ。大、大……お願い」 「うん?」 「ゆっくりほぐして、もっと柔らかくなったら」 「アタシのアナルバージン、もらってください」 「喜んで」 自分からそんなこと言ってくれるなんて。 ねばねばした汁があふれて、直腸を撫でる指を洗う。まるで疑似的にペニスの感触を試しているように。 「んぁっ、うぁっ。あぁっ、ひゃ――」 その動きはむしろ愛さんの方へ跳ね返って、 「……ぅくっ」 「っくううううーーーーーーーっっ!」 「っと……」 ――ぷるちゅるるっ! 柔らかなアヌスから腸液をとばして、愛さんは簡単に上り詰めてしまった。 「あはっ、はあああ……。あぁああぁあー……っ」 「あらら」 すごいイキっぷり。 「すぐに……っていうかもうアナルの味覚えたね」 こうも簡単にアナルイキできるようになるなんて。 「はぁ……はぁあ」 指を抜くその時まで、うねうねとお尻をゆすって俺の指を甘受してる愛さん。 ホントにこっちでセックスする時が、楽しみなような怖いような。 ・・・・・ 絶頂の汁吹きでひどいことになっているパンツを下ろした。 「もうトロトロだね」 「ひ、大のせいだろが……っ」 「たしかに」 前戯がやたらしつこくなるのは俺の悪い癖だ。 「愛さんのおま○こ、完全に俺のち○ぽ型に開いちゃってる」 「早く入れて欲しくてたまらないってとこ?」 「だから……へんなこというなっ」 「あの、いつもみたいに、優しく……」 「はぁい」 俺が意地悪になるのは愛さんが受けオーラ全開なせいもあるんだけどね。 先っちょをあてて、 ――ヌプ……。 「っは」 ――にゅぷぅうううう。 「はぁああああ……っ」 「うわホントとろとろ。全然力入れてないのに入っちゃうよ愛さん」 「ああぁあだって……だぁってぇえ」 入れただけなのにぷるぷる震え、さっきさんざんイッたはずの地点へ向かいだす。 「大の……おっきいの。久しぶりで。それで、それで」 「んはぁあああ。ずっと犯して欲しかったからぁ」 「ン……ああ」 そういえば直にするのって台風の日以来だっけ。 キスやお触りは毎日レベルでしてたから忘れてた。 「はは、そういえばここにコレが入るの見るの、久しぶり」 ハート形のお尻をぴしゃりと叩いた。 「あうあ、は、みえて、見えてる?アタシの……それ、見えてるの?」 「丸見え。とろとろヴァギナがせりあがって俺のにキスしてる」 「ンふぅうん……」 嬉しいのか恥ずかしいのか。半々なんだろう、拗ねたように鼻をならす。 「どんどん入っちゃう……分かる?全部咥えこんでくよ」 「んン……はああ、うれ……しいい。もっとして。もっと入れて、大のでいっぱいにしてぇ」 「1ヶ月でエッチになっちゃったね、愛さん」 「……大のせいだろ」 ぬるーっと最後まで挿入を終えたところで、愛さんがこっちを睨んできた。 サイズが同じなので、亀頭が子宮にくっつく。その感触に歯を食いしばりながら、 「アタシの……カラダ。こんなに広げて。奥までとろとろにして。おなか、奥を、持ち上げて、ゆさぶって」 「コネまわして、ねとぉーってエッチぃ汁出す穴にかえたの……お前なんだから」 「責任はとるったら」 お尻を抱えた。 肉が勝手にめくれてしまいアナルが覗く。こっちまでヒクヒク敏感そうにうねってる。 「強めにいくよ」 「う……ん。……くああっ」 ずるっ、ずるっと腰を前後させだした。 「はぁっ、はあああ、はげしっ、はげしいい。大っ、前のよりつよぉい」 「キツい?」 「っ、んんっ」 くいくいと首を横にふる。 「すき……スキぃ。おなかっ、子宮ガンガン突かれるの好きぃ」 「すごいね、待ちに待ったち○ぽでもうイキそうな顔してる」 「だって、だぁってぇえ」 「それでいいんだって。ほらほら、何度でもイッて」 ぎゅーっと奥底を按摩した。 「ひぅうっ、ひっ、ひっ、ひ……」 「はひぁあああああああ〜〜〜っ」 「ほらイッた……うわは、愛さんの中身すごい悦んでる」 うねうねと膣の絡みつきが増し、ペニスが痛いくらい絞られた。 こっちも気持ちいい。気を抜いたらすぐ出そうだ。 1発1発射精する勢いで、ピストンを送る。 ――ぐりゅ、ぐりゅっ、ごにゅっ、ごにゅっ。 「くひんっ、ひんんん。あっ硬……またイッちゃ」 「あぁああああ〜〜。んんんっ、すごい入ってる。大の、硬いのずんずんくるぅう」 「……はは」 もうトリップしてるんだろう。恥ずかしがりの愛さんが、喘ぎまくってる。 結構声が大きくなるんだな。台風の日は気付かなかった。 これからも心置きなく声をだせるところを選ぼう。今日はラブホでよかった。 興奮しちゃって腰のふり幅が大きくなる。 ――ずにゅっ、ずちっ、にちゅにちゅっ。 「はぁああああ」 黒く染めた髪を右へ左へ流し、全身をゆすって俺のピストンを受け止めてた。 白い背筋と黒い髪のコントラストが綺麗だ。 「ひぃ……ん……あっ。あっ、ああああ……あっ、あああぁぁああ〜〜っ!」 びくんびくん肌をひきつらせて悶える愛さん。 さっきからヴァギナの反応はきわまったまま。 「っは……愛さんシメすぎ。こんな……エロく」 「しらない、しらなぁい」 ニュルニュル出し入れするお尻は綺麗なものだし、見えちゃってるアナルも可愛い。 のわりに突っ込んだ中の肉は、どうなってるのか分からないほど複雑にペニスを絞り、吸い、絡みしごいてきた。 「こんな動くんだ、女の人の中って」 「はぁっ、はぁああ。大のが太すぎるからぁ」 「アナルがひくひく動いてるのは分かる?」 「知らない……って」 背筋がどっちに行くべきかとそったり猫背になったりしてる。連動してお尻の穴が持ち上がったりへこんだりしてた。 激しくピストンしながら、 ――にゅる。 「はんんっ、い、いまお尻はだめぇえ」 感じやすいアナルを貫いてみる。 「ヴァギナの食いつきがあがったよ。ダブル攻め、好きっぽいね」 「そんな、あぁはぁあああ、あーそこキモチ……っ、奥があがるぅう」 愛さんの反応にもうためらいの色はない。 ちょっと恥ずかしさは残ってるみたいだけど、 ――くにゅくにゅ。 「ふぁあああっ、お尻、ほじるのらめえ」 指をかるく動かすだけで白いお尻をぷりぷり俺のペニスにぶつけてくるし、 ――じゅぐっ、じゅぐるっ。 「あぁああひああああっ、あっ、あっ、あっ」 「……ンぁあああああ!」 奥をこすれば簡単にのぼり詰めてしまう。 「そんなに気持ちいい?」 「いいぃ……いいっ、いいの。気持ちいいい」 恥ずかしい質問も素直に答えてくれた。 ホテルの一室は結構広いが、もう俺たちの放つ汗まじりの香りで染まってる気がする。 それが他のどのカップルよりハードに愛し合えてるみたいでうれしかった。 「んあああああ、あも、もおおお。大、あたし、もぅ、もうっ」 「ン……限界だね。俺も出すよ」 真っ直ぐを心がけてたピストンが乱暴に、あらぬ方向を向くようになる。 動物的な、不規則な動き。 それだけで何が始まるのか察したんだろう。愛さんはびくびくびくっと、身体どころか長い黒髪の先っちょまで震わせる。 「あぁあきてっ、きてええっ。大、早く。大の熱いのかけてぇえ」 「っ……!」 ――びゅちゅるるるるるっっ! 「んぁ……っ! はっ、はああああああっ」 ほとんどお約束みたいになってて、愛さんは俺につられて上り詰めてしまった。 半ばほどのところで射精するペニス――。つい腰を打ち込んでしまい、 「あはぁっ」 同時に愛さんも腰を回す。 ――びゅるんっ。 「うわ」 ――びちゃあああっ! 狙いがそれた。ペニスが抜け、お尻に向けて射精の続きが行ってしまう。 あーあ。 ちょっともったいない気がしたが、 「あはぁっ、あぁあ〜、お尻にきた。大の熱いのお尻にきたぁあ」 これはこれで嬉しそうに腰をくいくいさせる愛さん。 形のいいヒップが俺のどろどろで汚れていく。 「……」 ……外に出すのもいいかも。 今度からは2回以上射精しなきゃな……。 ・・・・・ 「終わった終わった」 「これからどうしようか」 「そーだなー。まずは昼飯として、そのあと遊びてーよな」 「だね」 いよいよ夏休み突入。 その解放感を心行くまで満喫したい。つまり遊びほうけたい。 でもどこへ行こうか……。 と、 「あ、待った。寄るところがある」 「どこ?」 「クミたちに顔見せてやらねーと。まあ休み中も会いにくるだろうけど、一応、さ」 「なんだかんだで軍団のみなさんに優しいよね」 「うっせぇ」 校舎の隅にあるたまり場へ向かう。 が、 「あら愛さん」 「集会のない日にお越しになるとは珍しい」 「あれ? こんだけ?」 アジトには5人も来てなかった。 おかしいな、クミちゃんを始め30人くらいがたむろしてるイメージなのに。 「他の連中は補習組ですから。諸注意を受けるため遅くなるようです」 「なるほど」 「1時くらいまで来ないと思います。私たちは先に失礼しますね」 「ん、また2学期にな。休み中もなんかあったら連絡しろ」 「はい」 いた人たちもゾロゾロと帰って行ってしまう。 「1時か……まだ2時間くらいある」 「どうする大。さすがにめんどくせーし帰っちまおっか」 「うん……そうだな」 確かに顔を見るだけのために2時間待つのはキツい。 ただ、 「面倒くさいのには賛成だけど、帰るのには反対だな」 「なんで」 「この部屋から出るのには反対」 窓やドアの鍵を確認した。 「2人きりだもん」 「う……」 意味が分かったのか顔を赤くする愛さん。 抱きついた。 「ちょ……ええ? ここで?」 「今日はもうテンションアップアップなんだよね」 「う〜、でも一応ここはアタシの陣地っつーか、その、あの」 校内であることはもう慣れたころだと思うが、自分のフィールドでされるのは番長のプライドが邪魔するらしい。 でも俺の抱っこから逃れたがるでもない。 「うー……、むー……」 迷った結果。 「こうだっ!」 「いてっ」 もろて刈りの要領でその場に尻もちをつかされた。 「アタシが攻めりゃいいわけだ」 「そういう問題?」 自尊心の保ち方がよく分からん。 「コレあんま得意じゃないんだけど」 「いつもすごく上手だよ」 「そう? えっへへへ」 何度かしてもらってるけど、気持ちイイ。 「でもそんなお前に朗報。アタシは、前にこれやったときより1段階進化を遂げている!」 自信満々だ。 「どうやったかは言えないけど、練習したんだ」 「……」 しおしおしお。 「あれ?! なんで小っちゃく」 「ひどいよ愛さん。俺ってものがありながら他の人のを舐めるなんて」 「は?ばっ、ちがうちがう! ネットで調べたって意味!」 「なんだ」 「よかった」(むくむく) 「うわまた大きくなった。……単純すぎだろ」 「男ってそういうもんだよ」 ピーンとそったものに目を白黒させる愛さん。 「で、ネットでフェラのやりかた調べたって?」 「うぐ……言っちゃったクソ」 恥ずかしそう。 でもあの愛さんが、俺のためにそんなやらしいことを調べてた……。 興奮する。 「ちょ、ちょっと待ってろ」 生徒手帳をとりだして、挟んであったメモに目を通す。 「ステップ1、キスみたいに。まずは唇……」 確認してるっぽい。 「ステップ……、うん、うん」 「……」 「ステップ16、舌はなるべく中央部から……」 16以上もあるのか。俺を喜ばせてくれるパターンが。 「……よしっ」 予習完了したのか、また戻ってきた。 「行くぜ。大人しく受けろよ」 「う、うん」 なんか必殺技でも試されるみたいだ。 「ん……っ」 ちゅ、と唇を乗っけられた。 柔らかい。それに温かい。いい気持ち。 「で、こうする」 同時に人差し指と親指でわっかをつくってすにすにしごいてくれた。 手コキというには力が弱い。手のひらの感触でこする感じ。 気持ちイイっていうかくすぐったかった。 「ちゅむ、……はむ、ぁむぁむ」 根元のほうをこすりながら、先っちょには優しいキス。 「……は」 「ど?」 「なんか……不思議。初めての感じ」 ただのフェラや自分でするとき、セックスとはちがう、刺激の少ない快感。 気分がふわーっとしてくる気持ちよさだった。 「愛さんの唇、あったかくて気持ちいいよ」 「ふふっ、これグロいけど、こうしてると赤ちゃんみたいだな」 「入ってるのは材料だけだよ?」 「余計なこと言わなくていい」 まさに赤ちゃんをあやす要領でキスを連発してくる。 優しい感じ……うあ。 「ちる……ン、舐めるぞ」 「あ、……あ……」 とんがらせたベロの先が、ペニスを撫でてきた。 唇の柔らかさとは、優しい快感とはちがう感触。これは……。 「にる……れろぉおお……。ンむンま、ちるりる」 「あの……あはっ、愛さん? ちょっとタンマ」 「んー?」 急に刺激が跳ね上がったので動揺してしまった。腰をぶるっとさせて逃げようとする。 でも、 「ダメ。ほれほれ、まだステップ3だぞ。……ンにる。ちる」 「ああはっ」 愛さんは放してくれない。 や、やっぱ必殺技の一種だったのか?ゾクゾクするくらい気持ちイイのが。 「次はベロの力を抜いて、べったりと……。んむ……んるるる、ちゅむ、んはっ」 「あわわわ」 硬く尖らせたのが一転、柔らかくなってぬるーっとこすってくる。 「えっと、裏側で包皮と接合している個所をせめてあげましょう。ウラスジと言ってとても……んんっ」 にろぉっと裏筋に柔らかくした舌が来る。 それだけでも気持ちいいのに、 「ちゅぷ……ちゅむ。ンるンる……っ。ちぷぅ」 しっかり尖らせるパターンも絡めてきた。 「カリ首外周部はとくに感じやすい部分。徹底的に舐めてあげれば、とても喜んでくれるはず」 「……カリクビってどこ?」 「し、知らないなら知らないままでいいよ」 「とりあえずこの辺せめてみるか」 ――にろぉおお。 うあああ……っ。 膨らんだ雁と裾野の付け根……つまりカリ首で舌を回してくる愛さん。 「ちるちるレルレル……ぁあむ……はむ」 「んちゅ、んる」 次第に舌だけでなく、唇全体を覆いかぶせてくる。 「んちるるっ。ちゅぷ、ちゅむぅ、……はぁう。んちゅ、んゅ、ちゅぷうう」 「ちる、にる、れろれろ……ちゅぷ。んぅうう、はぁ、はぁ……ちょっとくるひい」 まだ慣れてないから休憩が入るけど、 「愛さんすごいな、やっぱ勉強すると一気に吸収するタイプ?」 「へへー♪主導権とられっぱなしってのもムカつくからな」 にんまり笑いつつ、裏筋のラインをつーっと舌でこすってきた。 「マズいな。湘南最強ヤンキーの闘争本能に火をつけちゃったのか」 「そゆこと。覚悟しろや大。すぐにお前のこと虜にし返してやる」 「……アタシだけふにゃふにゃにされるのは不公平だからな」 ちゅるとまた舌をからめてきた。 「じゅぷ、ちゅぽっ、にゅち、じゅぷじゅぷじゅぷ」 舌を伸ばし過ぎたせいか唾液の分泌が増して、音が大きくなってくる。 「う……ちょっと音恥ずい」 「エッチくていい感じだよ」 「そう? なら……」 「あむ」 ときどきかぶさる程度だった唇が、亀頭を優しく包み込んでくる。 本格的なフェラだ。ゾクゾクした。 「はむン……んっ、んちるぅう、ちゅる、ちゅぷぅ」 鼻で息しながら、口で思い切り吸ってくる。 「ちゅぽ……ちゅるるる、じゅぷぅ。ずりゅっ、ずりゅぅううぅっ」 「あ……あっ」 細く形のいい頬をへこませる愛さん。 綺麗な顔をゆがませて。下品な音出して吸いついて。 ……マズい。イキそう。 「ァム……はぁあむ……んんんっ」 「ンぷはぁっ」 やばい、ってところで離れてくれた。 「けほっけほっ、くるひぃわコレ」 「無理しなくていいよ」 「んゃ、がんばりゅ」 また咥えに戻る愛さん。 ゆっくり、ゆっくり俺のモノを口に沈めていく。 「うわ、わ……愛さんすごいよ」 「んふ……♪ んぷ、んぶぅうう……」 もう喉まで届くんじゃないか? 涙を浮かべながら、ピンク色の唇が進む。 「……っぷ」 根元の陰毛に届くまで、全部が埋没しきった。 俺のペニス、全部愛さんの口の中に……。 「ッ!」 「っ?」 ――びゅるるるるるるるっ! びちゅるるるるるっ! 「はぶんぁあああっ」 「うあぁ……っ、くぁ……っ」 ――びゅううーっ! びゅるぅ、びゅるううっ! 「あぷっ、はんんっ。なも……っ、もおお」 「ご、ごめん」 喉の真ん前で思いっきり放ってしまった。 「けふっ、けほっ……うー、鼻に入るかと思った」 あやうく喉を突かれかけて、せき込む愛さん。 「ゴメン。愛さんがすごいからなんかもう……知らないうちに出てた」 「ン……そんなに気持ちよかった?」 「超気持ちよかった」 「へへ」 まだ苦しそうな顔だけど、嬉しそうに笑う。 「ステップ6つ飛ばしで最後のやつだな……ンる」 ――ぺちゃ。 「あう」 放ち終えて萎えはじめてるものに、改めて舌を乗せてきた。 「後片付けまでしてあげれば、もう彼のハートはあなたのモノ……んる、ちるにる」 まとわりつく彼女の唾液と精液とを舐め清めていく。 「そういや精液……こうやって舐めるの初めて」 「ァムン……ちゅぷ。変な味だけどなんかクセになるな」 「そうなの?」 「なんとなくさ。こう……えっちくて」 根元からまんべんなく、犬みたいに丁寧にナメぬいてくれた。 とくに残った精液がこぷこぷあふれる尿道の周りは念入りに。 「はちゅ……んちゅる、ちゅぷ、んん」 「ぁむぁむ……ンンンちゅ、ちゅうう……ン?」 ――グググ。 「なんでまた大きくしてんだよ」 「そっちがしつこく舐めるからでしょ」 「ったく」 やれやれって感じに肩をすくめる愛さん。 「ステップ11に逆戻りだな」 なにも言わず2戦目に入ってくれた。 「ステップ11、唇をピストンさせつつ、舌を使って刺激を重ねましょう」 「ぁーん……んんっ、ちゅるるるるっ」 余裕が出て来たのかオプションが増してきた。 カリのところで唇をすぼめて柔らかく刺激しつつ、亀頭の上で舌がおどる。 「あああはっ、んぁっ、んはっ」 「すごい反応。気持ちイイ?」 「気持ちいい……っていうか。強いよちょっと」 出したばっかで敏感な亀頭が容赦なく攻められる。ヒリつくぐらい刺激が強い。 でも愛さんは、 「……へへっ。さっき苦しいとこで出した罰」 「んちゅううっ、にるるう、ちゅぷる、ちゅぱっ。レロレロ……ぁむふぅ……んぷっ」 「っ! っ!」 Sっ気アリなくらいハードに舐めてきた。 カリ首を柔らかくシメたまま、右へ左へ亀頭がねぶりあげられる。 「はむむ、んちゅぷぁ、またパンパンになってきた」 「ンンンン……っ」 時々さっきしたように、砲身の半分以上のところまで唇を沈めてきた。 ディープスロート……だっけ? 「ちゅうウウウウ……っ」 深い部分からペニスを吸われる感じ。これもたまらない。 「ぷぁ……っ。大の弱い部分の攻め方が色々分かってきた」 「ここはこうして」 ――ぬらぬら。 「こうすると」 ――ニュルゥウウ……。 「あああああ……っ」 「気持ちイイ、と」 舌の使い方が手慣れてきた。裏筋やカリ首を、リズムをつけて優しく舐めてくる。 「はっ、はぁ……っ、はぁ、はっ!」 くすぐったいのと気持ちいいのが交互にくる感じ。 変な声が出るし腰も跳ねる。すると、 「ンふふふふ♪」 愛さんは嬉しそうで、もっと舌をからめてきた。 「こんなのもあったっけ。えーっと」 半分くらいまで幹を飲み込み、すにすにと手でしごいたり、 「あとこれ」 横から咥えてねろーっとハーモニカを流すみたく横むきに口を往復させたり。 「ど、どんだけ勉強したのさ愛さん」 「お前がヘロヘロになるくらいだよ。ほら、こことかどうだ?」 ――にち。 「ひあっ!」 すごい声が出てしまった。 先っちょのさらに先。尿道に舌をぶつけて、 「あは、イイんだ」 「弱すぎる人がいるから気をつけてね。ってあったけど。これなら大丈夫そう。……んんん〜っ」 ――ニチャっ、ニチャっ。 「くあっ、うぁああっそこは、そこはああっ」 想定外の箇所だった。 なんかもう……体の内側を舐められてる感じ。腰の付け根が頼りなくなって、身体の中まで舌が入り込んできてる気がする。 「あのっ、あっあぁ愛さん、ソレほんと、ほんとにっ」 気持ちよすぎて怖い。 「んー? はいはい」 「じゃあ今度はこっち」 俺が嫌がってるのは察してくれたのか、すぐ離れた。 今度は舌の位置を下げて、根元。ぶら下がってるものに舌をぶつけてくる。 「ここはシャレにならないから、痛かったらすぐに言えよ」 さすがヤンキー、急所には詳しいらしい。 その分やりかたはすごく優しくて、尿道攻めとちがうソフトな気持ちよさだった。 「ちろちろ」 「っ、ふ」 「くすぐったい?」 「くすぐったい」 「はは、体験談にあった通り」 こっちは快感が弱く、その分くすぐったさが強かった。 ――ちろちろ。 「はっ! ……あああ」 優しいけど、これはこれでキツいかも。 「調べたページでさ、ちょうどこの二か所の特集やってたからよく調べたんだここでイカせればもうフェラの達人! だって」 にーっと得意げに笑う愛さん。 なるほど、 「どっちでイカせてほしい?」 極悪な2択になってしまった。 うう、できれば普通に舐めてほしいんだけど。 どっちかといえば、 「あれ、チャレンジャーだな」 「下は下でキツいから」 快感で悶えるならともかく、くすぐったさだと長く続いちゃいそうだ。 「それじゃ、遠慮なく」 「んふっ」 甘く鼻を鳴らして咥えなおす愛さん。 コツは掴んでるようで、頭を前後にゆすって砲身をあやしつつ、 「――ニろ」 「うく」 尖らせた先っちょを裂け目に当ててくる。 「んるっ、にるっ、ちゅぷるる、ぱちゅぱちゅ」 「あっ、あっツ!」 痛みすれすれのウズ痒さだった。震えが来る。 「ちゅるぷ……フフ、分かりやすいの。言っただろ大、感じやすいとこ触られるのってすげー恥ずいんだぞ」 「ごめんなさいでした」 「でも愛さんはどこでも感じやすいからあんまり比較にならないんじゃ」 「ム……。ていっ」 ――にゅろぉ。 「おわああああゴメンゴメン!」 鈴口を縫うように舌でぐりぐりされる。 舌がなかに入ってきそうだ。ペニスの中心線が電気でも通されてるみたいにビリついた。 「愛さんっ、そ、そろそろ」 「んー、おっけ。好きなだけ出せ」 舌をくゆくゆとうねらせて勃起をあおりつつ、竿の部分を優しくしごく愛さん。 俺はもうブリッジしそうなくらい腰を跳ね上げてしまう。 「んじゅっ、んちゅっ、むぷっ、んんぷっ」 ――じゅぷっ、じゅぷっ、じゅるっじゅるっ! ネットで覚えたテクニックを駆使して、愛さんは冷笑を浮かべ俺を追い込んでくる。 この追い込まれてるって状況もなぜか興奮する。 「んちゅぶっ」 「くぁ……っ!」 最後の瞬間、舌がぞろりと尿道を掃いた。 熱い痺れはペニスの根元へ走り、俺は思わず……、 ――びちるるるるるるるるるっ! 「んむわっ!」 腰を引いてしまう。 体内では勝手に伸縮が始まっており、大量の精液がふきだす。 でも尿口、出口は彼女から離れており、 ――びちびちっ、びちゃああっ、ぶちゅるるっ! 「あう、わう、もぉお」 ああ……やっちゃった。 怒られる。思いながらも俺は、射精の快感がけだるさに切り替わる感覚に身体を預けていた。 「りょーかい。ふふ」 楽しそうに顔を寄せてくる愛さん。 「そうそう、その前に……これ」 「んえ?」 勃起に頬ずりしてきた。 「顔ずりで彼の熱さや重さを感じましょう。だとさ」 なにか調べるみたいに、ぴたん、ぴたん、顔をぶつけてくる。 「……」 ――びくっ! 「あれっ? でっかくなった。こんなんで気持ちいいの?」 「いや今のは気持ちいいっていうか」 グロいペニスと愛さんの顔っていう対比に興奮した。 でも愛さんは勘違いしたのか。 「んじゃ……こっちも顔ずりしてみよ」 睾丸部に顔をあててきた。 タマ袋に頬ずりしたり、たれてるのを鼻先で持ち上げてみたり。 「……こっちは微妙?」 「うーん……」 タマ袋との対比は微妙だ。 「あ……でもこの感じ、いいかも」 「な、なにが?」 「これ……とく、とくって、温かいのが詰まってる。大の熱いの、感じる」 よく分からないが、気に入ってくれたらしい。 「あむ……ン〜〜……っ」 そのまましわしわの皮をほおばるようにしつつ、竿をしごいてきた。 優しい感触。緩やかな快感。けれど、 「さ……だして大。ここに詰まってるの、全部アタシがもらうぞ」 「う……」 急に優しく言わないでよ。 身体から来るのとはちがう快感がぞくっと胸を撫でる。 「ほらほらぁ」 かまわずブロンドの髪をざっとかきあげて、竿をさする愛さん。 刺激は小さい。でも……。 「んく……っ」 ――びちゅるるるるるるっ! くぁ……! 我慢とか考える暇もなく放っていた。出したあとで快感がくる。 「あちょ……急に」 さすがに予想外だったのか。愛さんは自分で導いたくせに、粘度の濃いものの到来に目を丸くする。 最初のうちはウットリしてたけど。 「……バカ、服にはかけるなっつーに」 顔だけでなく制服までびちゃびちゃになっていく。愛さんがあわてだした。 そうだ。服にかけるとお母さんに気づかれるって前にも聞いたっけ。 「ご、ごめん。忘れてた」 「アタシがさせたんだからいいけど。えーっと」 ハンカチでふき取りながら、2度吐精した俺のモノに目を向けた。 まだ半勃ち……次に向けてパワーチャージしてる。 「ソレ、このまま終わるのは……なしだよな」 「ま、まあ、最後までしたい、かな」 「……アタシも」 俺たちは基本『射精』じゃなく『イチャイチャ』を根底にしてヤってるから、フェラだけじゃ終われない。 ただ最後まで行くには……。 「ん〜……よし」 何事か考えた愛さんは、つかつかとドアの方へ行き鍵がかかってるのを確認した。 そこにさらに部屋の段ボールなんかを移動させてバリケードを作って行く。窓も締め切って絶対誰も来ないようにして。 「よっと」 「おお」 脱いじゃった。 これ以上汚れるのから服を守るためだろう。上も、下も、全部脱いじゃう。 靴下とかアクセとかは残してるけど、学園で全裸になり、 「お邪魔します」 膝に乗ってくる。 「……」 「な、なに」 「ゴメン、見惚れちゃった」 裸体が美しすぎる。 「急になんだよ。何回も見てるだろ」 「見てるけどさ」 今日はまた一段と……なんていうか、イイ。 残したアクセとかのパーツのせいで見栄えするからか。昼の学園ってシチュがプラスアルファになるのか。 堂々とした態度で俺にまたがる彼女からは、いつもの番長さんらしい風格が漂ってる。 そんな辻堂愛が、服なしでのしかかってくるんだから、こっちとしてはたまらないものがある。 「ふふっ、この程度で目ぇ輝かせやがって」 「覚えてねーのか? この顔、このカラダ。もう全部お前のモンなんだぜ」 「……」 ――グググっ! 「ふぁは、……元気だな」 もう3発目が出そうなほど膨れたものが、彼女の腿をこすった。 「入れるぞ……ン」 そういえば初めてか。愛さん上位で体を重ねていくことに。 ――ちゅっ。 「ひんっ」 あ、逃げた。 花唇を亀頭がぶつかり、驚いたのか愛さんの腰が跳ねる。 「……いつもとなんかちがう」 照れ笑いしながらもう一度腰を落としてくる。 こっちは待ってるだけだから楽でいい。 「ここだよ、愛さんの狭いから気をつけて」 「ン……よっと」 俺は俺のを押さえて動かないようにする。しっかり上向いてるので、位置をそろえるのは簡単なはず。 ――にちゃ。 「ぁふ……はぁ、熱ぅい」 おいすがるように穂先へ媚肉がかぶせられた。 ゆっくりと腰を落としてくる。窮屈な膣道との合体はちょっと難しいけど、 ――ず……ず、ずず。 「んん……ンく、はああああ。すご、いけ……そぉ」 「あああ……入るよ愛さん。はは、もうトロトロだね」 「……お前があんなにぶっかけるからだろ」 いい具合にぬかるんでる肉と、俺のものが接触を深める……。 ――つるんッ! 「きゃふあうっ!」 「んか……っ」 急に穴の筋肉がゆるんで、勢いよく入り込んだ。 愛さんも驚いてるけどこっちも同じだ。急に柔らかいヒダの群れに舐められたんだから。 「んン……ふ、はいったぁ」 満足そうに微笑む愛さん。 「はぁ……はぁ……大。あはぁ……大ぃ」 子宮に亀頭があたると、ツリがちな目つきがとろんとなって、愛さんは甘えてくる。 「やっぱりおっきぃ……大きくて、熱い。あは、大のが来てくれる感じ、好き」 「俺もすごい気持ちいいよ」 「うん……からだぞわってなって、気持ちいいのが、ぶわーってひろがって。あは……キツいのも幸せで……」 「大……だいすき大ぃ……」 「……」 「あっ、ダメダメ」 挿入だけでウットリしてたのが、思い出したように目を見開いた。 「今日はアタシがリードしないと。大のこと犯してるんだから」 「俺いま犯されてるの?」 「ヤンキーの巣窟で番長に乗られてんだぞ。ほらほら、気持ちいいだろ」 ゆらゆらとまたがった身体をゆらす。 「うあ、う」 たしかにぴっちりくっついた粘膜に舐められると、フェラのそれとはまたちがう快感がある。 でも、 「あんっ、はんすご……んんぁあっ。やぁイイイ……。大の、大のがあたるぅうう」 「愛さんのほうが感じてるじゃん」 「あぅ、うっさい。……っあはぁ、お前のがこんなに硬いから」 「ああ……っはああっ」 実際、『攻める』というには愛さんに余裕がないけど、攻められてるのは確かだ。 ――ちゃりっ、ちゃりっ。 見てる分にもすごかった。 「っは、あは……っ」 腰に絡めたままのチェーンが動きに合わせて音を立てる。 それに付随して少し上では、真っ白なおっぱいがぷるんたぷん踊ってる。 「はは、見てるだけでイキそ」 「んっ、ふふっ。イッていいぞ。……アタシがイカせるんだ、今日は」 ふにゃふにゃした顔ながら、これだけは決めてると強い語調で言う。 「動かすぜ……、えっちぃ声だせよ……んんっ」 ――にゅぱっ、にゅぱっ。 「ああっ、ど? これ……気持ちいい?」 「う、うん……くぁっ、は、はっ」 腰が上下しだす。 強烈な感覚だった。単純に自分で計れないタイミングで来るヴァギナの接触は気持ちいいし。 「はは……。っふ、はぁ、はぁ、……あは。こうしてると大、なんか可愛い」 衝撃に慣れてきたのか、余裕を持って俺の表情を楽しむ愛さん。 「どう大? いいんだろ。イイって言って」 「うぁう、うん、うん気持ちいい」 「もっと言って。もっともっと」 上手くできたお遊戯をほめて欲しがる子供みたいに、こっちには恥ずかしい告白を欲しがる。 「いいよ愛さん。ち○ぽ溶けそう」 「んふっ、だろ。大、もうアタシのことしか見れないだろ」 「うん」 愛さんの興奮が分かる。ねとーっとした体液を分泌して、ひだひだが俺のに絡むのが。 「はぁっ、はぁっ、あああ……あはぁああっ」 開いた足のあいだではクリトリスがいつもよりぷっくり自己主張してるし、 「ああっ、あっ、あああぁあ〜っ。きもち……ぃっ。ぃんんんっ」 ――にちゅっずりゅっ、ぢゅぶっ、ぢゅぶぅっ 「やぅ、あううう、なんか音。へんな……えっちぃ音してるぅう」 「愛さんがこんなにぬらすから」 「大がおっきくするからだよ」 「いっぱい……いいぃいいっぱいなのぉお。はぅああ……ン、大のでおなかいっぱぁあい」 愛さんの反応が大きくなるにつれておっぱいの弾みも強くなる。 「あっ、はっ、はあぁあっ。んっあああん」 「あは、すごいよ愛さん。腰の動きがやらしすぎておっぱいが�の字にはずんでる」 「はあ? ……う、ンな冷静に見んな」 「あぁ……んんン気持ちいい……から、腰、動いちゃうんだよっ」 恥ずかしいんだろう。ちょっと怒ってる。 それがまた可愛い。 ――ぐりゅっ。 「ふぁっ、あああああんっ」 俺もピストンを始めた。 「ばぁ……か、大、急に動くな」 「気持ちよすぎて動いちゃうの」 「そうなの?……じゃあ、えと、しょうがない、か……?」 「んんんっふうぅんっ奥にあてるの禁止ぃっ」 なんとかプライドで余裕を保とうとするが、愛さんもいっぱいいっぱいだった。 「っっ……うくっ」 俺に余裕があるわけじゃないけど。 フェラでの2連発で遅漏気味になってるだけで、快感は連続して身体を走ってる。 「はぁっ、はぁっ、ああっ、ンぁ……っ」 「あはっ、あっ、うううう、ひろ……あぁ〜」 どっちも気持ちいいのがおさまらない。 「んぁっ、あ、あ〜そこ気持ち……んぅ。すご……かたすぎぃ。いっ、いく……イッちゃ……んんんっ」 「イキたいなら遠慮せずイキなよ」 「う……? う〜……」 「やだ。大がイクまで……イカないもん」 やっぱプライドかけてるらしい。 でも愛さんの高めの土手肉は、もうぷっくり膨れて俺のものに食いついてきてる。 すぐにもイキたがってるときの反応だ。我慢するのも辛いだろう。 「愛さんがイクなら、俺も一緒に出しちゃうからさ」 「えぅ……ほ、ほんと?」 「いつものことじゃない」 イクとき癖になってる、あのヌメつきの強烈な収縮。あれならすぐ出しちゃうと思う。 「ほ……ほんと、か?」 「もちろん」 そうでなくても、ゆれるおっぱいや肢体を見てるだけで出そうだが。 「じゃあ、あの」 「一緒に……な」 「ん……」 ピストンを早めてずるずると内部を突きまくった。 どっどっとぶつかる腿と腿で音がするくらい。 「ひゃああっ、あんっ、あんんっ、ああも、もぉ、もおおお……っ」 「あぅく……っ、いいよ、イッて。……ていうか」 ヤバい。気持ちのブレーキを切ったら。 「あは……ああっ? あっ、あっ」 ぐーっと勢いを増す俺のものに戸惑う愛さん。 ――ぐちぃい。 「んぅ」 く、 「あああああっ」 ――どくくくっ! 「ひゃああっ、……は、はわあああああっ」 さっき話してたのとちがい、いきなり第3波を放ってしまった。 びっくりしてる愛さん。 「こらっ、この……急に、急に」 「熱いので……おなか……するなぁあああ……ふぁっ」 「きゃふぁああああああんっっ!」 びきっ、びきっと身体を打ち振って愛さんもまた昇りつめる。 「っはぁ……んはぁ、ああも……ふ、不意打ち、だぞ」 「ごめんごめん」 迫力負けってやつ。ワイルドに快楽をむさぼる愛さんのパワーにやられてしまった。 はぁあ……。 すごかった。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「のごぉおっ!」 「……つまらぬ」 「うぐ……ぐぞぉお。俺たちテスタメントの伝説が……こんなところで」 「4人がかりでかすり傷ひとつ負わせられんとは」 「やはり辻堂愛。あの者を討たねばこの腕は満たされん」 「だが……」 「くぁあ。帰ってこねーでやんの。また辻堂と遊んでんのか」 「……」 「夏が来るなー」 湘南ロックフェス。 ここ稲村から片瀬のほうにかけての海岸線を使った、日本有数の音楽イベントである。 毎年湘南出身の歌手を呼んで盛大なライブを行う。 テレビなんかでも扱われることが多いから知名度は相当なものだと思う。 地元民としてはちょっとうるさいんだけどな。まあ名物だと思えば腹も立たない。 行われるのはやっぱ音楽がメインだけど、他にもスポーツ大会やミスコンなど様々。 ようは派手な夏祭りである。 「つーわけで行きますか」 「はい、行ってらっしゃい」 「にゃー」 「おばあちゃんは行かないの?」 「おばあちゃんはもうおばあちゃんだから。お祭りは疲れちゃうからねぇ」 「そっか」 うお。 「とーみーちゃん。遊びに来たよ」 「はいはい、今日は静岡の方だったわね」 「お久しぶりです」 「ホゥホゥ、久しいのヒロ坊。トミちゃんを借りるぞぃ」 ハーレーに乗って出かけていくおばあちゃん2人。 祭りよりハーレーの方がよっぽど疲れると思うんだが。 「……あっちぃ。暑いしうるせェ」 「おはようございますマキさん」 「うーっす」 「マキさんはいかない? ロックフェス」 「いかねーよあんなウルサイの」 「っうお。誰だハーレーなんて乗り回してるの」 俺の知り合いです。 「ここじゃうるせーから、ダイの部屋で寝てていい?」 「どうぞ。姉ちゃんもいないから、ベッド使っていいですよ」 「わーい」 行っちゃった。 何も考えずに誘ったけど、愛さんと回る予定なんだから一緒してたら大変なことになってたかも。助かった。 さてと、愛さんはまだかな。 「〜♪」 「……」(ささっ) 「……」(ささっ) 「んー、右側から見た感じが気に入らねぇ」 「委員長がいればすぐにやってくれるんだけど」 「もう1時間も鏡と格闘中。前までの愛じゃありえないわね」 「うわ! み、見ないでよ」 「1時間も洗面台占領して文句言わないの」 「別に使わないだろ。母さんは父さんとイチャついてろよ」 「それもそうね。誠くーん、次は赤ちゃんになりきって」 「はい、はい分かりました。しかし片瀬さんも話せば分かってもらえるかと」 「あら、電話中?」 「相変わらず仕事人間だね」 「さびしい。でもそんなところもステキ」 「はい。……ええっ? 弱ったなぁ」 「誠君が困ってる!? 許せない。いまでも300くらいは動かせる兵隊いるから総力上げて……」 「落ちつけっつに。いまだに300って、恋奈が聞いたら泣きそうだな」 「(ピッ)……はぁ、弱ったなぁ」 「なにかあったの?」 「今日のお祭り、うちの九鬼銀行が主催している素人参加型のビーチバレー大会があるんだけど参加者募集が昨日まで全然されてなかったそうで」 「大会は明日なんだろ? 今日すりゃいいじゃん」 「集まるといいんだけど……。こういうのは一朝一夕では難しいからなぁ」 「ふーん」 「っと、愛に愚痴を言ってもしょうがないね。デートなんだろう、行ってらっしゃい」 「うん。……あ、時間だ」 「噂の彼はいつ紹介してくれる?」 「今度」 「行ってらっしゃい」 「……」 「どうかした?」 「そうだった愛のボーイフレンドを忘れてた。あー……いつ会わせてくれるのかな。胃が痛い」 「やっぱり最初は父親としての厳しさを。いやでもそれでギクシャクしたらイヤだし」 「ふふ、がんばってお父さん」 「……」 「お待たせ。遅れた?」 「いや。約束の4分前」 愛さんにしちゃちょい遅いが、充分間に合ってる。 「初めて1人でやったけど難しいんだよな」 「なにが?」 「なんでもない。行くぞ」 「うん」 「あ、きょ、今日はこっち、左側歩いて」 「?」 完全にお祭りだった3会とは微妙に違い、メインのロック会場ががんばってる分出店なんかは少ない。 まあ海の家はがんばってて、施設の数では負けてないけど。 「どっから回る?」 「そうだな」 「ロックフェスなんだから、ね」 「だな」 ちょうど誰か歌ってるところだ。見に行く。 満員御礼のようだ。 「へー、ここか」 「知ってるんだ」 「うん、この人のはよく聞く」 「これまでのとはだいぶ歌詞のイメージがアレだな」 「歌い手の声が柔らかいからそんなにキツくならないのがいいね」 「どんな歌でもソツなくこなすよなこの人」 「あ、ここ好き。ついてこーいのとこ」 結構語るな。 「愛さん、こういうの好きなんだ」 「ん……まあまあ、かな」 意外だ。 「む?」 「ヴァン、奇遇だね」 「ああ。……デートか」 「まあね。そっちは?」 「このあと出る演歌歌手の葦切すずめに花束を渡すことになっているんだ」 「大御所だな。なんで坂東が渡すの?」 「さあ?」 「やはり僕の母が昔地方回りでくすぶっていたあの人をプロデビューさせたからだろうか」 「なに?」 「単純にビジュアルで呼ばれたんじゃない?ほら、ヴァンって去年のミスター湘南コンテストで優勝してるでしょ」 「なにぃ?!」 「まあどちらにしろ、引き受けたからには最後までこなすつもりだ」 「おっと、呼ばれているから行くぞ。そっちはデート楽しんでこい」 「うん」 「じゃ、他へ行こうか愛さん」 「……」 「愛さん?」 「お前がアタシにビビらなかった理由の一端が分かった」 「?」 「やっ、君たち」 「はい? ……ああ」 どっかで見た顔。 前に会った、フェスの準備係のお兄さんたちだ。 そっか、この舞台。あのとき作ってたやつか。 「この前はどうも。なんとか無事に今日を迎えられたよ」 「なによりです」 「1回地元のヤンキーたちに、ピンライトにイタズラされたけどな」 「ああ、聞いたときは焦ったよ。どこも壊れてなかったけど」 「あ、あはは」 すいません……ソレ俺です。 「この前も言ったけど、なにかお返しがしたいと思ってたんだ。時間ある? 出演者の楽屋に案内してあげられるよ」 「いえ、回ってる途中ですので」 愛さんも興味なさそうな顔してるんでやめておく。 「そっか。でも何かお返ししたいんだけどなぁ」 ライトの件で充分お返しはいただいてます。 「なにかあったらいつでも言ってきて。ね」 「はい」 「なになに、湘南で一番イイ女、イイ男を決めろ。ミス湘南、ミスター湘南コンテスト」 「面白そうだね」 「見たいのか?」 は?! 彼女連れでミスコン……なにを言ってるんだ俺は。 「……」 「まいっか。面白そう」 行っちゃった。 今回は助かったけど……気を付けよう。 「みなさんおー待ーたーせーいたしました!今年も湘南一の美男美女を決める、ミス&ミスター湘南コンテストがやって参りました」 「本日はミス湘南。そう、湘南一の美少女を決める日です」 「いいですねぇ。太陽よりギラギラしたみなさんの視線を感じますよ」 「そしてそんな視線を受けるにふさわしい。今年の湘南を代表する美少女はこちら!」 若干古いものを感じるアナウンスをうけて、ぞろぞろと女の子がステージに上がっていく。 ……何人か見た顔が。 「水着じゃないんだ」 「団体からクレームついてやめたんだって」 水着にするかどうかは個人の自由とのこと。 大人はやっぱり水着で視線を稼いでるけど、学生は制服の方が多い気がする。制服ってのは大人には注目度抜群だそうだから。 「いいですね〜、盛り上がってきましたね〜」 「いまいちだな」 「そうか?」 「みんな愛さんの足元にも及ばない」 「……バカ」 あえていえば……、 乾さんは頭一つ抜けてるかな。 (フフフフフ、優勝賞金は50万。かーなーりー美味しいっす) 「エントリーナンバー7、乾梓さん。自己アピールをお願いします」 「はーいっ」 「エントリーナンバー7番、乾梓っす。今日はぁ、恥ずかしいんすけどぉ。友達に勝手に応募されちゃってぇ」 ちょっとこびこびしすぎだけどいい感じ。順当にいけば彼女かな。 でも、 「見ろよあの隣の女。2メートルはあるぜ」 「すっげーな」 「てかそのまた隣の子から目が離せねーよ。なにあの子可愛い」 「可愛い」 「可愛い」 残念ながら他2人のインパクトが強すぎるけど。 「1回目の投票だって。誰にする?」 「ハナさん」 「アタシも」 「もう?」 「お昼になると混むからさ、先に行っとこう」 「なるほど」 思ったより混んでたけど、入った店ではぎりぎり最後の1席に間に合った。 「実はこういうとこ初めて」 「そうなんだ」 俺はたまに来るけど、そんなに狙ってくるようなところではないもんな。地元民には特に。 「いらっしゃい。注文……うわっ」 「あれ」 意外な人が。 「バイトしてるんだ」 「うっさいわね。バイトじゃなくてこの店の……まあいいわ」 「アンタらに出すもんはない。さっさと帰れ」 「ひどいな」 「いいよ、相手してやるのもメンドくせーし。他行こうぜ大」 「うーん、でも他の店は混んできたよ?」 ここから見える範囲にはすぐ入れそうな店はない。 「はいはい。じゃあ頼んでいいからさっさと出て行きなさいよ」 横柄な店員さんだが仕方ない。 「アイスコーヒー」 「ココア」 「かしこまりました。もう話しかけないでよね」 言いたいこと言うなあ。 伝票を厨房に届け、素知らぬ顔で待機する片瀬さん。 見た感じはフツーのウエイトレスさんである。湘南で最大手のグループの総長のはずなんだが。 「バイトしてたなんて意外だよ」 「……」 「えらいよね。お金なんて悪いことすれば簡単に入る感じなのに、しっかり自分で働くなんて」 「……」 「俺、接客業って全部の仕事のなかでも1、2を争うほど難しいと思うんだ。ほら、色んな能力が必要になるから」 「……」 「ホントすごいよな〜」 「ほ、褒めても何も出ないわよ」 「え、いまのは愛さんに言ったんだけど」 「は!?」 「片瀬さんさっき話しかけるなって言ったじゃん」 (コクコク) 「がっ、わ、分かりにくいわよ!」 「俺はずっと愛さんの目を見てたよ」 (コクコク) 「だからもっとニュアンスで分かるように……。辻堂も! なんで急にリアクションだけになったのよ声にだして返事しなさいよ!」 「うるせーな、勝手だろ」 「大って声が綺麗だから静かに聞いてたいんだ」 「俺は愛さんの可愛い声をずっと聴いてたいけどね」 「バカ。お前のほうがいい声なんだから、アタシに楽しむ権利がある」 「ちがうね。愛さんのほうが良い声だ」 「大だ」 「愛さんだよ」 「無視してんじゃねーっっ!」 「いてッ」 「なんなの話しかけるなって言ったり無視するなって言ったり」 「なに人のカレシ蹴ってんだコラ」 「いででででで!がーくそっ! んっとに扱いにくい奴らだな!」 「まあまあ落ち着いて」 荒れそうだ。間に入った。 「こっちも片瀬さんの仕事を邪魔する気はないんだよ。もうあんまりしゃべらないようにするし、さっと飲んですぐ出てくから、ね?」 「チッ」 ちょうどそこで注文したのが出来た。厨房へ取りに行く片瀬さん。 「アイスコーヒーとココアです」 持ってきてくれた。 やっと空気が整った。愛さんとお茶を楽しむ。 「……」 「……ふぅ」 「……ふー」 「……」 (ぼそぼそ) (コクコク) 「……」 「……」 (ぼそぼそぼそ) 「くすっ」 「クスクス」 「……?」 「でもさ」 (ぼそぼそ) 「なるほど」 「でもさぁ……(ボソボソ)」 「だぁーッ! 気になるわ!」 「か、片瀬さんに気をつかって小さい声で」 「やかましい!」 結局ゆっくりできなかった。 ・・・・・ 「次はどこに行こっか」 「音楽に興味ねーとあんまり面白いモンじゃねーからな」 せっかくのフェスだけど午前に回った分だけでネタギレしてきた。 (あ) 「ビーチバレー大会の出場者を受け付けていまーす。ふるってご参加くださーい」 「……」 「どうかした?」 「ン……なんでもない」 どこに行こうかな。 「おーい長谷君、辻堂さん」 「うわっ」 クラスの女の子が2人。偶然遠くでこっちを見つけ、駆け寄ってきた。 「あははっ、今日も一緒だ〜」 「え」 「気づいてるよぅもう。2人……アレでしょ?」 両手の人差し指を立てて、ちょんちょんと触れ合わせる。 「えと……ま、まあ、そうです」 「〜……」 あんまり親しくない相手にバレるのはこれが初だ。愛さんが真っ赤になってた。 「あははっ、邪魔する気はないってば。2人で楽しんで」 「2学期になったら話聞くからね〜」 バイバイと手を振り去っていく。 ……こっ恥ずかしい空気で残される俺たち。 「クラスでも知ってる子は知ってるっぽいね」 「ああ」 隠しきれてる自信はなかったけど、いざ言われると恥ずかしい。 「あ、あっち行こっか」 「うん」 ・・・・・ 「ホントだったんだ」 「予想はしてたけど心底びっくりした」 「あの辻堂さんがねぇ……それも長谷君と」 「お似合いと言えば異常なほどお似合いだね」 「だよね」 「まっ、この件はあとでいいや。いまは……」 「ビーチバレー、出場者受付中です。どしどしご参加くださーい」 「すいませーん」 ・・・・・ 「……」 まだ照れくさい空気が残ってる。 コンサート会場を離れたので、屋台なんかが固まってるスペースに移った。 「ついでだから昼メシ済ませちゃおっか」 「そうだな。なに食う?」 「うーん……おっ!」 あると思った。ご当地名物、しらす丼の店を発見。 「行こう。そして今日こそ生しらす丼とやらをゲットしよう」 「そこまで食いたかったのかよ」 なんかもう神の意志みたいので食えないから気になっちゃってしょうがない。 今日こそ食べるぞ! ・・・・・ 「悪ぅおすなぁ、ついさっき全部出てしもて」 (′・ω・`) 「釜茹でしたのんでしたらあらはるけど、どうします?」 「じゃあそっちで……。愛さん、いいよね」 「う、うん」 さっさと済ませてしまうことにした。 「あいよ、お待ち」 しばらくして出てくる。 ゆでた小魚を中心に、いくら、海藻、刺身なんかをデコレートした海鮮丼。 「いただきます」 「はむはむ……うん、これ美味いぜ大」 「もくもく……そうだね。美味しい」 でもこれは食べたことあるんだよなぁ。 なんだったらスーパーで雑魚買ってきて適当に盛り付ければ似たようなものは家でも簡単にできちゃうんだよなぁ。 (′・ω・`) (……メシがマズイ) 「な、生のやつって言うほど美味くねーぞ。魚のクサみがもろにくるから」 「そうなの?」 「あっちは通好み。こっちのほうが美味いと思う」 なるほど。脂っこすぎるとんこつラーメンとか、あっち系のジャンルなのか。 「俺そういうのも好きなんだよなー(′・ω・`)」 (どうすりゃいいんだ) 「ゴメンゴメン。食事は美味しくとらないとね」 「愛さんは生のほう食べたことあるの?」 「あるよ。母さんがよく作るから」 「へー、あ。お母さん漁師さんやってるんだっけ」 「うん。ぶっちゃけアタシ的には飽きてるレベル」 うらやましい。 「そんなに食いたきゃうち来るか?母さんに頼めばすぐに作ってくれるぞ」 「いい案だけど……さすがに恥ずかしい」 食べ物屋でもない彼女の家に、ごはん目当てにお邪魔するって。 「ま、いつか食える日が来るだろ」 「だね。食べれる日までデートデートだ」 「うんっ」 かなり上げ底な丼だった気がするが、食べ終えるころにはお腹いっぱいだった。 「意外とボリュームあるんだね」 「魚介類はさっぱり味なくせに腹膨れるよな」 さてと、次はどこに……。 「……」 ん? 「そろそろビーチバレーのトーナメント抽選始まります。まだ参加者受け付けておりますのでご参加下さーい」 「……」 「で、デート中なのに愛さんが他の男に見とれてる」 「ちげーよ」 「分かってる」 「ビーチバレー好きなの?」 「や……興味ないけど。ただ」 「まいったなぁ……1日で32組も見つけるなんて無理だよ」 「しょうがないじゃん。俺らの伝達の遅れで九鬼の部長さんにまで迷惑かけてんだから」 「いま……28組。もう10分もないのにあと4組なんて」 人数が足りてないっぽい。呼び込みの人たちが困ってた。 「……」 「あの大会、父さんが関わってるみたいでさ。なんかのミスで参加者が少ないんだって」 「ふーん」 ちらしを見る。 参加は女性限定。2人での応募に限る。 優勝賞品はロックフェスだけあり音楽用品で、アンプとかいうデカいスピーカー。 条件がメンドい上に商品がマニアックすぎる。一朝一夕でたくさん見つけるのは難しいだろう。 「……」 微妙な顔してる愛さん。 お父さんの楽しみにしてることなら、協力したい。ってところか。 でもそうなると明日の大会に出なきゃならない。必然的に俺とは出歩けなくなる。 ……今日の時点でもう見るとこなくなったし。 「イイかもね」 「へ?」 「ビーチバレーする愛さん。見たいかも」 「あ……」 「水着だと特に良いらしいよ」 「うん」 「じゃあ見たいな」 「……感動するシーンかと思ったらそうでもなかった」 「でも……アリガト大。実は父さんと関係なくちょっとやりたかったんだ。ビーチバレー」 「うん」 「でもペアがいるか。どうすっかな、クミでも呼んで」 「長谷君、辻堂さん。偶然ですね」 「ナーイス」 「はい? は……あ、あああああ?」 急に出てきた委員長を連れてお兄さんたちのところへ。 「すいませーん。参加お願いします」 「はい?あ、君たちは」 「ビーチバレー、出てくれるの?」 「ああ」 「え? え?」 「助かるよ! じゃあここに名前お願い」 (かきかき) 自分と委員長の名前をかいていく愛さん。 「あの、長谷君ビーチバレーって」 「流れでわかってくれると思うけど、がんばって。優勝賞品はベースのアンプだって」 「音楽やらないんですけど」 戸惑ってる委員長だが、別に困ってはいない模様。 事情を知ると、すぐに笑顔で首を縦に振ってくれた。 「助かるよ。今日中に32組集めないと上から怒られるところだった」 「32……まだ足りてないよな」 「うん。あと3組」 (6人ならクミたちを呼べば楽勝で……) 「ホーーーッッホホホホホホ!!」 「わたくしの目の前で参加表明……。これはこのわたくしに対する挑戦状ですわね」 「よろしくてよ!湘南海岸ロックフェスタ2012ビーチバレー大会。わたくしたちの決着にはもってこいの舞台ですわ!」 「もしもしクミ? 明日ヒマ?」 「お聞きなさいなっ!」 例のホホホさんが来て、愛さんの携帯を奪う。 「わたくしも参加すると言ってますわ!」 「うっせーなぁ、したいならすりゃいいじゃん」 「ぐぬ……その言葉後悔させてさしあげますわ。わたくし、我が校のバレー部エースとも交友がありますことよ」 「1組参加でよろしいですか」 「ハーーーッハッハッハッハッハ!」 「もう1組だ!」 「九鬼主催のバレー大会。なにかしら嫌がらせしてやろうと思ってたけど、辻堂が出るってんなら話は別」 「この私が優勝すれば、九鬼の鼻は明かせるし辻堂もつぶせるしで一石二鳥ってわけね!」 「もしもしクミ? うん、明日ヒマなら」 「聞けーーーーーーーーー!」 ホホホさんの二番煎じで片瀬さんまで。 「お、お嬢様」 「あら胡蝶さん。ごきげんよう」 「片瀬さんがバグった」 「うっさいわね、本家の品格みたいなのがあるのよ」 「そういや親戚だっけお前ら」 「オーラみたいのが似てるとは思ってたよ」 「高貴なオーラですか?」 神様から負ける側に指名されたオーラ。 「私にもてるすべてを使ってアンタを潰すわ」 「江乃死魔集合!」 いつものメンツがやってきた。 「身長2メートルを誇るうちのティアラにバレーで勝てるかしら!?」 体型的には軽めのチートだ。 が、 「あー、すまねー恋奈様ぁ。俺っちもう他で登録しちまったっての」 「え」 「じゃ、じゃあ陸上王国由比浜が認めた運動神経の塊! スポーツ万能の乾梓!」 「サーセン、ティアラセンパイと組んで登録したの、自分っす」 「あれええ?」 「じゃ、じゃあ」 (ウキウキワクワク) 「……」 「リョウ! リョウはいないの!?」 「コラァ!」 「〜♪ お祭りの日はかきいれ時だわ」 「夕方からが勝負だよ。気合入れなよい子」(お尻ぺしっ) 「ひゃあんっ。もうお母さん」 「はーああ、退屈」 「冴子さん、お祭りはいかないんで?」 「最近太っちゃったから自粛。行くと絶対ビールの誘惑に勝てないわ」 「太って……そうは見えませんけど」 「私、脂肪が足に行くから油断するとヤバいのよ」 「ヨイちゃんみたくお尻に行けばいいのに」(ぱしっ) 「ひゃんっ」 「ビーチバレー大会があるそうだから考えたけど、メンドくさいしね」(ぺしぺし) 「バレー得意なのに」 「誰か面白い子とヤれるならともかく、こんなゲーム大会に強いのはでてこないでしょ」 「ヨイちゃんこそ出たら。お尻、ちょっとお肉つき過ぎよ」(モミモミ) 「やっ、ちょっ、冴子さん」 「ホゥホゥ、こらあええ尻じゃ」(なでなで) 「きゃああ!」 「ああ、おばあちゃんたち。お帰り」 「ただいま。はいこれお土産のお茶っ葉セット」 「あ、ありがとうございます」 「今日も平和ね〜」 「では、片瀬恋奈さんと田中花子さんで」 「おっしゃあ! 任せるシれんにゃ!」 「ルールじゃ1人までなら途中交代OKなのよね」 「残り1組はもうすぐ来るから」 「ほんっとーに助かるよ」 なんだか大ごとになってきたな。 すぐにトーナメントの場所を決めるくじ引きがあるとかで、移動することに。 「委員長、流れで無理やり付き合わせちまったけど良かったのか?」 「はい。今日明日と退屈していたので、むしろ嬉しいです」 「そか」 32組64人の女の子たちが集結している。司会に呼ばれたペアからくじを引きに向かった。 「あれ? お母さ……いいんちょー。辻堂さんも」 中には知った顔も。 「ン……おう。出るのか」 「うんっ、賞品のベースアンプが欲しくて」 「ってうあ、辻堂さんと委員長ペア?なにこの無理ゲー」 (賞品出るんだっけ) 「優勝は厳しそうだけど負けないよー。本気で行くからね」 「はい。お互いがんばりましょうね」 「エントリーナンバー4、片岡舞香、烏丸未唯ペア。抽選してください」 「……」 「はーいっ。行ってくるね」 「えっ? あ、ああ。行ってらっしゃい」 「……」 「……片岡さんと烏丸さんです。クラスメイトなんですから、名前覚えてください」 「う、うん」 「まさか辻堂さん、クラスの人は私と長谷君以外名前もご存じでないとか」 「いや、あの、あいつは知ってるよ。ほら……坂東」 「他には」 「……ごめんなさい」 「ゆっくり覚えていきましょうね。同じクラスなんですから」 「はぁい」 「くすっ。でもそんな辻堂さんの数少ない覚えている人リストに入ってると思うと、ちょっと光栄です」 「バカ、当たり前だろ。委員長はダチなんだから」 「辻堂さん……」 「続いてエントリー29番。辻堂さんペア」 「辻堂愛さんと……中国の人かな。委・員長さん、抽選してください」 「辻堂さん!?」 ・・・・・ 「面白いといえば面白い流れになったね」 「ぶっちゃけ数合わせだから優勝にゃ興味ねーけど。やる以上は勝つぜ」 勝負好きの血が燃えて来たんだろう。楽しそうな愛さん。 「でもライバルも強そうな方ばかりでした」 「そうだね」 急きょの募集だったから人数は少ないけど、その分この大会を狙ってただろう猛者たちが集まった印象だ。 とくに一条さんのコンビは強そう。 ビーチバレーのネットは高さ2メートル。身長2メートルってことは、ジャンプするまでもなく手をあげればブロックに充分な高さを持てる。 乾さんのスピードも厄介そうだし。 あのペアもなにしてくるか分からないって意味じゃ怖いかな。 どうなることやら。 「明日はがんばりましょうね辻堂さん」 「うん。がんばって」 「任せろ。ぜってー優勝してやらぁ」 「そのためにもまず今日は!」 「今日は?」 「バレーのルールを勉強だ!」 抜けるような快晴に恵まれ――。 湘南ロックフェス2日目がやってきた。 今日も催し自体の大まかな内容は昨日と同じ。ただ俺のやることはちがう。 愛さんを応援しないと。 32組からなるトーナメント戦は、シンプルな勝ち抜き方式。 簡略化されており、10点入るとコートチェンジで21点取った方が勝ちの1セットマッチ。 ベスト32からなので、5勝すれば優勝となる。 1回戦は予選のようなものなので、フェス開始の10時きっかりにはじまった。 それでも結構観客がいるあたり……、この大会人気あるのかも。 「なるほど、そんな事情が」 「悪いな、人数合わせに使っちまって」 「いえ。愛さんのお力になれるなら。いつでも使ってください」 「ハン、数合わせは誰かと思えば、やっぱりソイツか」 「良かったわねー辻堂。どこかでそいつと当たればとりあえずの1勝は確保できるわ」 「ンだとテメェ!?」 「やめろ」 「ま、まあオレらが当たるかは分かりませんけど」 「ではビーチバレー大会1回戦を開始します」 「第1試合、辻堂ペア対葛西ペア!」 「なんでこうなる!!」 「クジ運悪いなアタシら」 「くそー、どうすりゃいいんだ。愛さんが相手なんて」 「……」 「ナメんじゃねーぞ、クミ」 「人数が足りた時点でアタシの目的は果たせた。こっからは純然たる勝負――ケンカだ」 「ケンカ……!」 「全力でアタシを潰してみろ!」 「はい!」 「愛さんのことは尊敬してますけど、ケンカとなりゃあ手は抜きません!」 「辻堂愛!! 勝負だ!」 「来いやァ!」 「温まってきましたねー。いい空気です」 「第1試合! レ・デ・ィ……」 「ファイト!」 「終了!」 「21対0。辻堂ペアの勝利です」 「おつかれー委員長」 「全弾辻堂さんがサーブで仕留めましたけど」 「うわーん」 「悲惨な試合だったね」 「委員長も相手2人も、1歩も動かなかったよね」 こんな感じだった。回想シーン、ぽわぽわぽわ〜。 「ハッ!」 「辻堂さんボールを高く上げた。これはいいサーブが期待できそうです」 ――ゴッッ!! ――チュゴォー―ー――ーンッッッ! 「レシーブ以前に球が見えねぇ」 「ボールが破裂しないようにするのは大変だぜ」 回想ここまで。 「クミちゃんにはあとでフォローメールするとして、1回戦突破おめでとう2人とも」 「はい」 第2試合が始まるのでコートをあける。 コートは2つしかなく、1回戦が終わるにはもうしばらくかかる。 「出場チームの情報集めてきたよ」 「サンキュ」 「大変じゃありませんでした?」 「いやいや。水着の女の子たちの情報を集めるってけっこう楽し……」 「で、強そうなチームだけど」 「まずは何と言っても一条さんペアだね」 ちょうどいま試合してるところだ。 「ハッハー! 行くぜオラァッ!」 「きゃああっ!」 「くッ、すごいパワー……」 「ならサーブで崩すっ! でりゃああっ!」 ――スパァンッ! 「おそーい!」 「あのラインを拾えるの!?」 「梓相手に直球で入れるのは無理だと思うぜぃ」 「どりゃああッッ!」 「きゃあああっ!」 「とまあ2人組の割り振りが完璧になされてる」 「力のティアラ、スピードの乾。なるほど、2人そろえばこれほどズバ抜けたペアもないか」 「強敵です」 「幸いなのはあっちはBブロック。つまり愛さんたちとは決勝まであたらない。ってことかな」 「ホーーーッホッホッホッホッホ!」 「わたくしたちもBブロックですことよ。運がよろしゅうございましたわね辻堂さん!」 「ああ。恋奈2号も出てたんだっけ」 「恋奈2号て……せめて片瀬2号とか。いやそれもイヤですけど」 「片瀬(胡)さんペアも強敵だよ。組んでるのが稲村バレー部のエース、難波さんなんだ」 「だけど涙が出ちゃう」 「片瀬(胡)さんもテニス部のエースですから、気は抜けませんね」 「その呼び方(故)みたいだからやめてくださる」 「難波さんはご存知ですわね辻堂さん!バレー部エースにして風紀委員会副委員長。あなたたち不良を憎む、わたくしの盟友ですわ!」 「はじめまして」 「はじめまして」 「ただ2人も言ってる通りBブロックだから、当たるとしたら決勝だね」 「一条ペアもわたくしの大嫌いな不良のようですし。本丸、辻堂さんを落とす準備運動としてちょうどいいですわ」 「それからBブロックにはさりげに大学トーナメントでも有名な潮里、小倉。シオオグペアが入ってる」 「Bブロック激戦だな」 「Aブロックで運が良かったよ」 「ハーーーッハッハッハッハッハッ!」 「パターンみたいにやってるけど、空に響くほどの笑い声って近くだと超うるせェ」 「心配しなくても辻堂、アンタがBブロックを気にする必要はないわ」 「決勝まで登るまえにこの私とぶつかるんだからね!」 「片瀬(恋)さんとハナさんペアはAブロックだったね」 「その呼び方やめて。私が常に恋してる人みたい」 「アタシも辻堂(愛)だと恥ずかしい気がする」 「でもその表記は正しいんじゃない?」 「ば、バカ、恥ずかしいこと言うな。……そうだけど」 「死ねッッッ!」 すごい直球なツッコみだ。 「とにかく!私がいる限りアンタたちは絶対決勝まで行けないわ」 「当たるのは……3回戦。つまり勝てるのは次の2回戦までね。せいぜい楽しみなさい辻堂」 「お前1回戦勝てんの?」 「当たり前じゃない。私を誰だと思ってんの」 自信ありげだった。 でも……言っちゃ悪いけどバレーって競技ではかなり不利だと思うぞ。 片瀬さんでさえそんなに背が高いわけじゃないのに、ペアがジャンプしてもネットに手の届きそうにないハナさんじゃ。 「まーあ見てなさい。度胆抜かしてやるから」 「あーっハッハッハッハッハッ」 高笑いして去って行った。 「自信ありそうだったね」 「あいつはいっつもあんな感じだからマジなのかハッタリなのか分かんねぇ」 「……困ったなぁ。1回戦から恋奈ちゃんなんて」 「あ、おはよう」 「はよん。辻堂さんたち1回戦突破オメデトー」 「ありがとうございます」 「おはよう……えっと、か、か……」 「片岡さんと烏丸さん」 「おはよう片岡」 「う、うん。おはよう」 「片岡こっちか。えっと、烏丸、おはよう」 「おはよ」 まだ覚えてない模様。2学期までにクラスメイトくらい覚えて欲しいもんだ。 「2人は……Aブロック。1回戦目が片瀬さんなんだ」 「参ったなぁ」 「身長的には勝ってるはずだよ。がんばって」 (恋奈ちゃん、勝つためにはどんなえげつない手でも使うからなぁ……) 「1回戦Aブロック第6試合を始めます。片瀬、田中ペア。片岡、烏丸ペア。出てください」 「がんばってください」 「うんっ。お母……委員長も応援してて」 「……」 「恋奈のことだ。何をしてくるか分からねェ」 「がんばれよ」 (ドキッ)「う、うん」 「……あれ? 怖いのに顔が熱い」 「では1回戦Aブロック第6試合を始めます」 「片瀬ペア。もう1人はどこに?」 「……フフッ」 ちらっと俺たちを見る片瀬さん。 「花子は急病で棄権したわ。1人認められている、交代枠を使わせてもらうわよ」 「へっ?」 「ぐむむーっっ!」 「ハナさんどうしたの?」 「さあ? 恋奈様が縛っとけって」 「選手交代。私の相方は――」 「こいつよ!」 「なっ!」 「に!?」 「この水着おっぱいのサイズがあってねーよ」 胸のところを気にしながら現れたマキさん。 あの顔、あの胸。ビーチバレーに求めるのはコレだとばかり、会場を囲む男の客が歓声をあげる。 でもヒートアップする会場とは対照的に、俺たちは心臓が冷えた。 「アハハハハハ!1時間につき鎌倉のデカサラミ1本で雇ったわ」 「こいつも敵だけど今日だけは休戦」 「辻堂! アンタを倒すためなら私はなんだってするのよ!」 別に優勝したいわけじゃないのに、嫌がらせでここまでするか。 「片瀬さん……恐ろしい人だ」 「いいぜー恋奈様ー!」 「嫌がらせ界のカリスマっすー!」 「……へっ」 「面白いじゃねーか。3回戦を楽しみにしてるぜ腰越!」 「おう、今日はサラミ目当てだが……」 「きっちり決着もつけさせてもらうぜ、辻堂」 にらみ合う両者。 片瀬さんのことを忘れてそう。 「さあうちらのサーブからよ!見せつけてやれ腰越!」 「OK、……砂浜が消し飛んでも勘弁しろよ」 「あ、あの人すごそう」 「気を付けて! あの人は――」 「アイツのパワーは――」 「行くぜオラァァアッッ!」 高々とボールを跳ね上げるマキさん。 自身も飛び上がり――。 「あれはアタシのサーブより危険だぁーーー!みんな伏せろぉおーーーーーーー!!」 ――ゴッッッッッ!! ボールが放たれる。 それは大砲のごとくボールの球形をゆがめながら真っ直ぐに飛んだ。 音がずいぶんと遅れて来る。 サーブ音が届いたころには、ボールはすでに彼女の手をだいぶ離れ。 音速を超えたサーブは――――、 「ンぎゃーーーーーーーーーーーっっ!」 片瀬さんに直撃した。 「あれ、外した」 「……」 (……ちょっと漏らした) 「ぶくぶくぶく」 「ち、血をふいてます! 担架! 担架!」 運ばれていく片瀬さん。 1人の交代枠はマキさんで使いきってるので、 「片瀬ペア定員足らず失格。片岡ペアの勝利です」 「あー」 「まいっか」 ・・・・・ 「史上最強のかませ犬でしたね」 「恋奈と組んだ時点で天の意志みたいのでこうなるって気づけよ」 「どうでもいいよ。サラミウマー」 「くっそー! 私はまだ負けてない!負けてないのに!」 砂浜が血で染まるほど出血したのにもう復活してる。 「1回戦が終了しました。脱落した方は参加賞を受け取ってコートを出てください」 32組の参加者が16組まで減る。 「やっぱ強敵と言えるのはあいつらか」 「うおりゃああっっ!」 「はいっ!」 「ティアラのアタックは威力だけならアタシと同レベル。乾ってやつもコート全域に手が届くほど反射神経がズバ抜けてる」 「優勝候補ですね」 「ああ」 「でも私たちも強いはずです。行きましょう辻堂さん、2回戦が始まりますよ」 「ああ!」 「Aブロック第2試合を開始します。辻堂愛、委員長ペア、出てください」 「……名前変えてください」 がんばるなあ2人とも。 俺は応援しよう。 「替えのパンツ持ってきてよかったぁ」 「もう2回戦入ってる?」 「うん。勝ち抜けおめでとう2人とも」 「ども」 「ホホホホホ!お嬢様は残念でしたが、わたくしももちろん勝ち抜きましたわ」 「おめでとう」 愛さんの試合を見ようとライバルの人たちがどんどん集まってくる。 「さあ2回戦第1試合が始まります」 「やはり注目すべきは1回戦で、21連続サービスエースを決めた辻堂さんでしょう。2回戦はどんなプレーを見せてくれるのか」 マキさんのあれほどじゃないにしろこっちも注目度抜群のようだ。 「辻堂さんのサーブからスタートです」 (ビクビク) 「……」 ぽんぽんとボールを遊ばせる愛さん。 高くあげて――。 ――ポーン。 「あれ?」 「おや?」 「あえっ?」 「拾って!」 「あっ、う、うん! ――トス!」 「せりゃあっ!」 「おっと! ――辻堂さん!」 「おう!」 「さあ激しい応酬となりました」 「しかし辻堂さん、1回戦のあのサーブを使いませんねぇ」 「どうしたんだろ?」 「さあ?」 「腕でも痛めましたか?」 「……」 「悪いことしちゃったかな」 「へ?」 「私のアレ見て、あのメガネにぶつけるのが怖くなったんだろ」 「アイツが本気だしたら、相手の選手にぶつけてもヤバいことになるかもだしな」 「じゃ、じゃあ辻堂さん」 「委員長のために?」 「……」 「スポーツマンじゃあるまいし。似合わねーことしやがって」 「あいつらしいけど」 「……」 「……」 「……辻堂さん」 「容赦なくやられたオレって一体」 「いんちょっ!」 「はいっ!」 「ハッッ!」 「きゃあああっ!」 「おーっと、サーブは封じたが辻堂選手、アタックはなおも強烈だ!」 「そして相方の委選手も非常に動きがいい。やはりこのペア、優勝候補です」 ――パシッ! 21対13。1回戦ほどじゃないがやはり圧勝で2回戦を抜けた。 「すっご……」 「あたしら次勝っても、その次あの2人とやるんだよね」 「……絶対無理だね」 「棄権する?」 「……」 「……」 「しない」 「やってみたい。辻堂さんとビーチバレー」 「あたしも!」 「……」 「……フン」 「……」 なんか、思わぬところでいい結果になるかもな。この大会。 ――ドゴォオオオーーンッッ! 「ハッハー! これで終わりだっての!」 「2回戦突破。楽勝っすね」 ・・・・・ その後、 勝負は3回戦に突入。無事に2回戦を抜けた片岡さんたちと愛さんたちの戦いになる。 「負けないよー!」 「はい。お互い頑張りましょう」 「……」 「辻堂さん」 「ン……」 「手ぇぬいたら承知しないからねっ」 「……」 「たりめーだ」 「悪いけど本気でぶっ潰させてもらうぜ!」 「来ぉい!!」 「……」 「ホーッホホホホホ!華麗にセットアップですわ!」 「ナンバーワンアターック!」 「ゲームセット。3回戦Bブロック第1試合、片瀬胡蝶、難波阿多子ペアの勝利です」 「フッ、楽勝ですわ」 「……」 「こっちはどうなりました」 「いい試合だよ」 「行きますよ辻堂さん! せー」 「のッッ!」 委員長のセットアップを受けジャンプする愛さん。 「ハッッ!」 「ンぐ……」 「いた……っ!」 レシーブだけでもキツいんだろう。片岡さんが顔をしかめる。 「っ、悪い……」 「あやまらないで!」 「っ」 「ルーズボール……任せて!」 レシーブにはじかれたボールは海の方へ。 でも烏丸さんが食いついていく。 「落ちるな落ちるな落ちるな――」 「はいッ!」 なんとか復帰させた。ボールが戻ってくる。 「行くよ――せぇの……」 「……」 「させるかよ!」 「アターックッッ!」 「ブロックッッ!!!」 ――バシッッ! 「あ……」 「ポイント、辻堂ペア」 「21対17、辻堂ペアの勝利です」 「あー、負けちゃったぁ」 「……ふーっ」 「いい勝負でした」 「えへへ、面白かったね」 「うん」 「……」 「だな」 「……うん」 いい勝負だった。 4人、笑顔で戻ってくる。 「絶対優勝してよ辻堂さん」 「そーだよ、すればウチら『優勝チームに負けたベスト8』ってことでカッコつくんだから」 「はいはい。かるーくあと2連勝してやっから、安心して見とけ」 自信満々に言ってのける。 可愛い愛さんもイイけど、頼れる番長さんな彼女もイイな。 「……そうだ。あと優勝したらだけど」 「うん?」 「スピーカーみてーなのが商品で出るらしいんだ」 「音楽やるんだよな。アタシじゃ使えないから、もらってくれるか?」 「いいの?!」 「頼む」 「……」 やっぱいい大会になりそうだ。 ……だが。 「さあ3回戦第2試合Bブロック。終盤に入り盛り上がってきました」 「破竹の勢いの一条、乾ペアが先にマッチポイント。しかし今大会優勝候補に挙げられるシオオグペアも食いついています」 「現在20:19。先にマッチポイントを取ったのは一条ペアですが、ここまでシオオグペアの3連続ポイントです!」 「もういっちょ行くぜェ……」 「デリャッ!」 ――ゴッッ!!! 「ンぐ……なんてパワー……けど!」 「やああっっ!」 「一条さんの強烈サーブを潮里さん必死にレシーブ!」 「ナイスシオ……トス!」 「アターックッッ!」 「おおーっとぉ!」 「乾さんも負けてません。レシーブで拾う!」 「ンが……さばきそこねたっす!」 「任せろっての! トス!」 「おっしゃあ!……ってティアラセンパイちゃんと上げて。ああもう!」 「おーっと乾さん返球が乱れました!シオオグペアチャンスボール!」 「行くよ! レシーブ!」 「OK!」 「来いやァブロックしてやるっての!」 「どこに来ても拾ってやり――――」 「クイック!」 ――バシッ! 「なに!?」 「おーっと意表をついたスピードプレー!」 「ンにゃろー、ダッッ!」 「あれを拾った!?」 「えっ? あっ……わわわっ」 ――ポテン。 「すさまじい攻防。潮里さんのクイックに乾さん驚異の反射神経で追いつきましたが、つなげませんでした」 「やった……!」 「にゃーもー、拾ったんだからちゃんと上げてくださいよ」 「あ、あははは、悪いっての。びっくりしちまって」 「20対20。シオオグペア、4連続ポイントでついに追いつく!」 「ちぇー、ヤな感じだっての」 「ちょっとぉ、マジメにやって下さいよ。先にマッチポイント行って負けたら赤っ恥もいいとこっすよ」 「マジでやってるっての。でもあっちフツーに強いぜ」 「はぁ……ったく」 「……」 「しゃーねーな」 「ッ……」 「どうかしました?」 「嫌な感じがする」 「……」 「一気に逆転するよ――やっっ!」 「波に乗ったかシオオグペア、これもいいサーブです」 「頼んますよセンパイ! だっ!」 「おうよ! トス!」 「ハアアアア!」 「乾さん絶好の形で仕掛ける! しかし――」 「ブロック!」 「ヤァアアアっ!」 「2枚ブロック!ルートが完全にふさがれている!」 「……」 ――ザッ! 「きゃあっ」 「へっ?」 ――パシュンッ! 「っし!」 「ポイント!乾さん見事なスパイクでブロックの穴を抜きました」 「しかし潮里さん、得意のブロックが最後に突如乱れましたが……?」 「いったぁ……す、砂が目に」 「不運があったようです。シオオグペアここにきて天に見放されたか?」 「……いまの」 「ふっかけやがった。手に砂隠し持ってやがったんだ」 「空中なのに器用なやつ」 「さぁて……とどめと行きましょうか」 「おや、ここに来てサーブ担当が乾さんに変更ですか?」 「せーのっ!」 ――バシッ! 「これもいいサーブです!」 「でも一条のほど重くない! シオ!」 「任せて! レシー……」 ――グオ! 「!?」 ――ばぐっっ! 「ヴァうっっ!」 「あーっとレシーブミス!潮里さん顔で受けてしまいました!」 「シオ! く――!」 ――ドッ! 「へえ、あのルーズボールが拾えるっすか」 「シオ! お願い!」 「いつつ……でりゃあああっっ!」 ――バシュッ! 「ハッハー、鼻血だしてるにしちゃいい球だっての」 「でも真っ直ぐ過ぎんぜ! 梓ァ!」 「はいッ!」 「これでとどめだっての!」 「ナメんな――今度こそブロック!」 「行くよ!」 「……」 「いんすか?」 「ティアラセンパイのが顔に来たら、それこそ鼻ぁつぶれちゃいますよ」 「ッ!」 「シオ?! 私だけじゃ無理――」 「どりゃあっっ!」 ――スパァアアアンッッ! 「あ……」 「……ふふっ」 「ゲームセット!22対20で、一条乾ペアの勝利です」 「……」 「……ひどい」 「スポーツでやっていいことじゃねーな」 「……これだから不良は」 どっちも偶然で済む程度だけど、さすがに連続となると、見ていて気分よくなかった。 (……決勝はたぶんあいつらだな。さすがにアタシにやってくるとは思えないが) (委員長が狙い撃ちにされるかも。……どうする) 「……」 準決勝が始まる。 残り3戦とあって、2つあるコートの片方だけを使い1試合ずつ消化されることとなった。 まずはAブロック。 これまで順当に残ってきた相手だけに結構強かったが、結果は愛さんたちが21対18で勝利。 そして……。 「……」 「真面目な話、棄権も手のひとつだと思いますよ」 「意地張って怪我するなんざ損だぜ」 「おだまり! 不良の言うことは聞きませんわ」 「ッ」 「言ったはずです。わたくし、不良が大嫌いだと」 「あっそ」 「……」 「見ていらして」 「あの2人の手口、わたくしが白日のもとにさらけ出させてご覧にいれますわ」 「え……」 「フン、スポーツでまでルールに反するから不良はキラいですわ」 「わたくしが沈むようでしたら……決勝は頼みますわよ」 「ッ、お前……」 「胡蝶ですわ」 「え……」 「わたくしの名は片瀬胡蝶」 「お嬢様と一緒でややこしいから、特別にファーストネームで呼ぶ権利をさしあげます」 「……」 「ああ」 「がんばってこい、胡蝶」 「Bブロック準決勝を行います」 「行きますわよ難波さん」 「は、はい」 「また楽しめそうなのが来たっての」 「……ふふ」 「圧倒的なパワーで優勝候補シオオグペアを破ったダークホース、一条、乾ペア。もう一つの優勝候補と呼ばれる片瀬、難波ペア」 「どちらが勝ってもおかしくない戦いです」 「一条ペアのサーブからスタート。……っと、またもサーブは乾さんで行くようですね」 「さっきみたいに追いつかれるのも面倒っす。さっさと決めるっすよ」 (……いきなりですのね) 「でりゃっ!」 「またも伸びのいいボールです!」 「く――!」 ――ぐお! 「くあっ!」 「おーっと! またもカーブしたボールが片瀬さんの顔に直撃!」 (ぎりぎり額に受けられましたわ……!) 「胡蝶さん!」 「はい!」 ――スパァンッ! 「外したか――てりゃッ!」 「っとぉ! 決めろっての梓ァ!」 「ういーっす!」 「ブロック――!」 「へへ……っ」 (また砂を……?軌道さえ確認すればなんとか――) 「砂は1回しか使えねーっすよ。審判にバレやすいんで」 「!?」 「こっちは事故っすけどね!」 ――ドゴッッ! 「が……ッ!」 「難波さん!」 「おっとぉ……またも不運。強烈なアタックがレシーブに回った難波さんを直撃。そのまま落ちて、一条ペアの得点です」 「あぐ……はぐ」 「痛いっしょ」 「次はいつ事故るか分かんねーっすよ。さっさと棄権したほうが賢いと思うっす」 「難波さん……」 「だ、大丈夫。続けましょう」 「根性あるっすねぇ」 「でももう遅い。一度顔に受けた恐怖は、この時間中には絶対取り除けねーっす」 「ましてや――」 「久しぶりにサーブできるぜィ」 「せぇのォ!」 ――ゴッッ! 「ひ……っ!」 ――バシッ! 「レシーブミス!? ちぃい……ッ!」 「ティアラセンパイの剛速球相手じゃ、普通にやっても恐怖心は増すばかりっすよ」 「ッ……」 なんとかルーズボールに追いついた片瀬さんだが、難波さんがアタックを失敗。ブロックされた。 もう0対2。いやな感じ。 「致命傷だな。あの1発」 難波さんが明らかに引け腰になってる。 「この……難波さんっ!」 「はいっ!」 ――スパンッ! 「片瀬ペアも負けていません。1点を返します」 技術だけなら決して負けてない。攻撃なら充分行けるんだけど。 「そォりゃあああああっっ!」 「きゃ……ッ!」 「一条ペア追いつかせない。パワーあふれるプレーで引き離しにかかります」 「3対1」 「ディフェンスができてません。これは……」 「ジリ貧だな」 行われる試合にキナ臭さを感じたのか、周囲が静まり、どよめきだしている。 「ハッハー! どうしたい、3回戦までとちがって全然動けてないっての」 「く……」 5対2、8対3……。どんどん差が開いていく。 「10対5。一条ペアが10点になりました、コートチェンジが行われます」 一旦インターバルになる。 「もうこの試合もらったっての。どうだい恋奈様、俺っち絶好調だっての」 「お行儀よくないけど……、ま、勝ってるからいいわ。胡蝶の顔には当てないでね」 「待ってろよぉ辻堂。決勝じゃお前さんらをべっこべこにしてやるっての」 「……」 「調子こいてんじゃねーぞ」 「うお……っ」 「このアタシがテメェらのクソッタレなお遊びに付き合うほど、お上品なキャラだと思うなよ」 「あんだとぉ?」 「おやめなさい」 「っ……胡蝶」 「まだ試合は終わっていませんわ。邪魔しないでくださいな」 「この試合勝ち抜いて……決勝に行くのはわたくしたちですことよ」 「……〜」 「口だけは達者っすね」 コートを入れ替え、試合が再開される。 だが形勢はまるで変わらない。12:6、15:7。差はひらく一方だ。 「ハァ……ハァ……」 「オラオラ、動きが落ちてきてるっての!」 立ち込めてきた『負け』の空気に充てられたのか、疲労がきているようだった。 「このっ!」 「もうスパイクにもスピードがねーっす」 「せめてダブルスコアくらい付いてこれなきゃ、準決勝らしくねーっすよ!」 ――ゴッッ! 好き勝手言いながら容赦なくスパイクを放つ乾さん。 「ぐ……ッ! きゃうっ!」 なんとかレシーブするけど、ふらふらしてるせいで腕が弾かれてしまった。 「あーあ、終わりっすね」 ボールはあらぬ方向へ飛んでいく。 「落ちないでッ!」 ペアの難波さんが必死に追いすがった。観客席に入りそうなのに飛びついて――。 「やああっ!」 ――ぐりゅ。 「ッ――」 ――たんっ! ぎりぎりで追いつき、ボールを戻した。 「助かりますわっ」 「甘い! ブロック――!」 ――ぱぅんっ! 「あっ……」 「あれっ?」 空中でニアミスした2人がどっちも目を丸くする。 ボールを受けた片瀬さんは、腕のダメージでアタックを失敗した。 けどそれが逆に完璧な位置でブロックしてた乾さんの意表を突く。ボールは向こうのコートに落ちた。 「片瀬ペア一矢報いた。15:8です」 「やった……」 「チッ、運のいい」 たしかに、入ったけどいまのは完全に運が良かっただけだ。 腕が痺れてきてるみたいだし、 しかも、 「……〜っ! 難波さん!」 「ンぃうう……あ、足が」 相方がコートに戻ってこない。ボールを捕まえた観客席の前で座り込んでた。 「痛めたか」 「ヒネってる」 痛みを起点に疲労した腰全体が震えちゃってる。もう立てもしない。 「あっれー? なんだい、ここで終わりかい?」 「ははっ、まーダブルスコア免れたところで負けとくのもいいんじゃないすか」 ケラケラと笑う一条さんたち。 「〜……ッ」 片瀬さんは悔しそうだけど、もう無理だろう。やめたほうがいい。 「……」 「ハーッハッハー!おらもう無理なら無理って言っちまいな」 「ギブアップしねーならサーブ叩き込んじゃうっすよ」 「……大概にしろ」 「あらら、喧嘩狼さんがマジになってるっす」 「おもしれー! 準決勝はここで終わりだ、さっさと決勝戦始めようぜ!」 「望むところだコラァ!」 「うう……私、まだやれる」 「……もう無理ですわ」 「そこの負け犬2人。さっさと審判にギブアップ言ってコート空けてください」 「……」 「片瀬ペア、どうしますか」 「……」 「胡蝶、あとはアタシに任せろ」 「辻堂さん……」 「……」 「分かりました」 「ギブア……」 「選手交代お願いします」 「はい?」 「交代枠があるんでしょ?難波さんと代わりますんで、登録お願いします」 「は、はい。お名前は」 「長谷冴子です」 「は!?」 「はいはい休んでて。足、たいしたことなさそうだけど痛いでしょう」 「は、はい」 「せん……」 「せい?」 「水臭いじゃない」 「宿敵を学園外でボコボコにできるのに私を呼んでくれないなんて」 「はい?」 「はい胡蝶さんはコートに戻る。ゲーム続けるわよ、こっちのサーブからでいいのよね」 ぽかんとする俺たちを無視してコートに入る姉ちゃん。 「どゆこと?」 「俺が聞きたいよ」 「先生ってバレーお得意なんで?」 「う、うん。えっと」 「さってとぉ、チンピラ退治はサクッと済ませますか」 「続けるのはいいけどよ」 「ほいっ!」 「さあ飛び入りの長谷選手のサーブで試合再開」 「あーしかし第一投は失敗です。サーブは山なりで相手コートの外まで……」 「素人じゃねっすか」 ――ストン。 「は?」 「落ちた?!弧を描いたサーブがコートのギリギリでラインイン!サービスエースです!」 「ビーチ用のボールは空気をつかみやすいからいいわね」 「大学時代バレーサークルで、実業団から誘いが来るレベル……だったかな」 「プロ並み!?」 「姉ちゃんはだいたい何でもできるんだ」(ドヤ顔) 「見てシオ、あれは――」 「大学時代私らが手も足もでなかった稲村の死神。100色サーブのSAE!?」 「ドライブ!」 「スネイク!」 「消える魔球!」 「またサービスエース!長谷さん奇跡の13連続サービスエースです!」 「21対15!準決勝Bブロック勝者は、なんと大逆転で片瀬・長谷ペアーーーー!」 「「「えええええええ!?」」」 「なにこれ」 「分かんない」 さっきまでの展開が全部ぶっ飛んだ。 「いえーい、見てたヒロ。お姉ちゃんやるでしょ〜」 「う、うん」 「アタシは最初21連続決めたけどね」 「こっちもあと100回くらいは決める自信あるわ」 火花を散らす2人。 「なにしに来たんだよ姉ちゃん」 「いきなり出た人にライバル枠ぶん盗られた」 「自分らなんなんすか?」 「「「……私らのセリフだよ」」」 「オレって参加してたっけ?」 他はみんな涙目になってる。 「えっと……」 「あ……胡蝶、腕大丈夫か」 「ええ、先生のサーブの間休めましたので」 「……」 「ふ、不良に心配される覚えはありませんわ!あと誰が呼び捨てにして良いといいました、ちゃんと『胡蝶さん』とお呼びなさいな!」 「ンだとコラァ!」 「??私、来たらマズかったかしら」 「最悪だよ。大会の熱い流れとライバルキャラのデレ期と美しい友情物語が全部吹っ飛んだよ」 「そ、そう」 「……」 「ま、いいじゃないの……辻堂さん」 「……」 「スポーツはケンカとちがうわ。恨みつらみをぶつけても、気持ちいいものじゃない」 「ケンカとはちがう。勝負ってものを教えてあげる」 「……ハン」 「望むところだ!」 「みなさん長らくお待たせいたしました!これより湘南ロックフェスビーチバレー大会、決勝戦を始めます!」 「決勝とあってハイレベルな2組が残りました。ご紹介しましょう」 「まずはAブロックより。驚異の21連続サービスエースと、その後も安定したプレーで客席を沸かせました……」 「辻堂愛、委員長ペア!」 「あのぅ」 「そして終始安定した成績を残し、さらについ先ほど駆け付けた長谷選手も圧巻の二桁サービスエース。優勝候補が更なるパワーアップを見せたか?」 「片瀬胡蝶、長谷冴子ペア!」 にらみ合う両者。 俺としてはまだいきなり割り込んできた姉ちゃんに違和感なんだが、 「まさかセンセーと直接対決する時が来るとは思わなかったよ」 「私も。まあ風紀顧問引き受けたときからこんな機会もあるかなーとは思ってたけど」 「今だけは私を優しい長谷先生とは思わないでね」 「優しいかどうかはともかくとして……」 「アンタのことは最初から、甘ちゃん先生とは思ってないぜ」 「上等」 「事実上の嫁姑対決だけど、ご気分は?」 「胃が痛い」 「でもこうなって良かった気もします」 「なんで?」 「2人ともやり合う機会ができて嬉しそうだ」 お互い立場が立場だから、公には出来なかった。風紀顧問と番長程度でしかかかわりがなかった。 俺ってつながりがあってもすれちがってた2人。だから今日、こうして俺抜きで接触するのはいいことだと思う。 「あとは上手くいくのを天に祈るのみ。なむなむ」 「いい感じに言おうとしてるけど、ようするに修羅場だよなコレ」 「はい」 「ではビーチバレー大会2012決勝戦を開始します」 「OPEN THE GAME!」 こっちの心配をよそにゲームが始まる。 まずは片瀬チームのサーブから。うつのはもちろん姉ちゃんだ。 「空気抵抗を計算した変幻自在の100色サーブ、止められるかしら!?」 ――バシッ! 打たれたボールは弓なりの優しい軌道で飛ぶ。 だがそれもネットを超えるまで。中間点を超えた瞬間、 ――グォ! 「チぃい……委員長!」 「はい!」 突然軌道が変則的に歪む。 だがさっきの試合で見てるため、なんとか委員長が食いつけた。 砂浜に落ちる直前でボールを浮かせ――、 「クイック!」 ――パァンッ! 「おおっと! 2手目で打ってくるとはね!」 「拾った?!ハン、手ぇ痛めてるくせにやるじゃねーか」 「痛みは引いたと言ったはずです――先生!」 「ナイス! ヤァアアアアッッ!」 「こっちもクイック! させるかッ!」 「なんちゃって。胡蝶さん!」 「しまっ!?」 「いただきですわ! ヤッッ!」 ――スパァンッっ! 「お見通しです♪」 ――たんっ。 「な……ッ!」 ――とさっ。 「おっとぉさすが決勝、1点目からすさまじい攻防です。制したのは辻堂ペアの委員長さん。完璧と思われたフェイクを見破りブロックしました」 「ナイス委員長。助かったよ」 「いえいえ」 「やるわね。辻堂さんばっか見てたけど」 「2人そろって強敵ですわ」 愛さんチームがまず先制。すぐさま次のサーブに移る。 「辻堂さんのサーブは1回戦以外ずっとヌルい。返し手をきっちり決めれば離されませんわ」 「……ヌルければ、ね」 「……」 マキさんのアレを見て以降、委員長を気にして本気ではサーブを打ててない愛さん。 ただ姉ちゃんは、手加減して勝てたこれまでとは明らかに違う相手だ。 どう出る……? 「……」 「委員長」 「はい?」 「しくじったらゴメンな」 「は……」 「はい。お好きなように」 軽やかにボールを打ち上げ、ジャンプする愛さん。 ――トンッ! スピードのあるサーブ。 「でも1回戦よりは全然遅い! この程度なら――」 「――ちがう! 曲がるわ!」 「へっ?」 ――グォ! 回転の影響かスピードに乗ったままなのに、左向きにブレた。 「ちぃいッ!」 食いつく姉ちゃん。 ――ドッッ! 「くそッ! 取られた!」 「でも……わわわっ!」 ――トンっ。 「くっ……!」 「なんとか返球成功の片瀬ペア。しかしこれは辻堂ペアのチャンスボールになる!」 「行くぞ委員長!」 「はいっ!」 「2人で仕掛けた! 打つのは――!?」 「――辻堂さん!」 「遅エッッ!」 ――スパァアアンッッ! 委員長を囮にしたうえ強力無比なスパイクで姉ちゃんたちの届かないところに打ち込む愛さん。 「これで2対0。ペースをつかんだか辻堂ペア」 「先生……申し訳ありませんわ」 「気にしないで。いまのは1回返せただけでも儲けものよ」 「にしても……、チラ見だけで人のお株を奪ってくれちゃって」 「器用じゃねーからあんま曲がらなかったけどな」 「謙遜なのか嫌味なのか。まあいいわ。本物を見せてあげるから」 「サーブ権渡す気は――」 「ねェよッッ!」 ――パァンッッ! 慣れたのかさっきよりもスピードの乗ったサーブ。 軌道の歪み自体は少なくても、速いからちょっとした違いが相手を惑わせる。 「てぇいっ! ……しまった」 なんとか拾ってもいい位置に上げられない。トス役の姉ちゃんはコートを離れた位置で受け取るしかできない。 が……、 「ナイスボール」 ――トンっ。 姉ちゃんはトスせず、2手目でボールを愛さんたちへ返した。 「おっしゃあまたチャンスボール!行くぞ委員長」 「はいっ」 弧を描いて来るボールをさばこうとする2人――。 ――ぐいんっ! 「ッあれ?!」 ――ぽてん。 「ッ……しまった」 「おーっと辻堂ペア、ミスが出たか?チャンスボールを落としてしまいました」 2対1になる。 落とした……んじゃないよな今の。 「センセー、まさか」 「サーブしかできないなんて言ってないじゃない」 アタックまで変幻自在らしい。 「先生……助かりましたわ」 「揺れる球はレシーブだと難しいわ。でもあの程度の揺れ幅なら、トスで補えるから」 「はい!」 「対策まで含めて完璧、ですか」 やっと権利が戻ってきたと姉ちゃんがサーブに向かう。 ――トッ! こっちはやっぱり愛さんのそれより遥かに軌道が大きくずれる。返球しにくい。 「よっと!」 「せーのっ!」 「だりゃあっっ!」 ――スパァンッッ! なんとか返すんだが、 「直線的ですわね!」 「あげてっ」 「はいっ」 「クイック――! 構えろ委員長!」 「はいっ」 「甘いッッ!」 ――タゥンッ! ――ぐオ! 「これも曲がるんで――わわわっ」 ――ザゥッ! 「片瀬ペア連続ポイント、ゲームをふり出しに戻した」 「ふふーん、球体が回転物である以上、私のプレイに隙はないわ」 「メンドくせーのばっか打ちやがって。ティアラたちのほうが良かった」 「次行くわよ」 「わーってるよ! 次こそ返すぞ委員長」 「はい」 「戦闘インフレ取り残され組にされた気分は?」 「納得いかねー」 「でりゃアアッ!」 「だぁあクソッ! なんでこうグネグネと!」 「とった、辻堂さん!」 「おっしゃクイック! オラァッ!」 「甘いッ!」 ――だぅんっ! 「な……ッ!」 「片瀬さんブロック! ファインプレーです。片瀬ペアが一気に逆転に成功」 「ふふっ、わたくし1人なら止められない、とでも思いました?」 「先生ばっか見てて存在を忘れてた」 「なんですってぇ!?」 「はいはい仲良くケンカしなさい」 「こっちはガンガン続けさせてもらうから」 「辻堂さん来ますよ!」 「あっ、お、おう!」 ゲームは一進一退で続く。 姉ちゃんのトリッキーなプレイは地力で勝るが、パワーあふれる愛さんの攻撃は波に乗ると強い。 サポート役は委員長も片瀬さんも実力伯仲。 コートチェンジの時点で10対9と、ほぼ互角の状態でゲームは折り返す。 ただそこからジリジリと差が付きはじめた。 「オラァッ!」 「いっつつつ、でも」 「もうスピードに慣れたわ!」 「先生!」 「Bクイック!」 ――スパンッ! 「んぐっ、くそ……」 「12対9。辻堂ペア今日初めて3点以上のビハインドを取られました」 「ハァ、ハァ、先生ほんとに多芸ですね」 「やっぱ本物はちがうか」 パワーとスピードで押し切る愛さんたちに対し、姉ちゃんの攻撃は多種多様だ。 慣れが追いつかない愛さんたちが、ゆっくりと離されだしてる。 点数獲得の安定してる姉ちゃんに対して、『乗れる』ときが着実に減ってきた。 離されないのが精いっぱいで点差を詰めるのがどうしてもうまくいかず、 20対17 「クソっ」 「ふー……ッ、また取られた。こっちマッチポイントなのにしぶといわね」 「あちらは17、なんとかなりそうですわね」 「気をぬいちゃダメよ。1秒油断すれば3点くらい簡単に詰められるわ」 「はいっ!」 「悪い委員長。アタシのプレイが荒っぽいから」 「いえ、辻堂さんだからここまで出来たんです」 「しっかしサーブ権がこっちとはいえもう1点も取らせずに最低3点、勝つには5点いる。……さすがにキツいか」 「ですね。長谷先生、強敵です」 「年イッてるくせに大人げない」 「なんて思っちゃダメだぞ委員長」 「お、思ってませんよ」 「裏をかければ3点くらいイケそうなんだけど……。なにかいますぐ出来るようなこと」 「……」 「辻堂さん、サーブ権があるんですから、1回戦みたいに」 「う……」 「私なら大丈夫です。1戦目では21連続で成功したんですし……」 「……」 「ヤダ」 「委員長に怪我させるのは……無理」 「……」 「ではこんなのはいかがです?」 「へ?」 「辻堂ペアのサーブです」 「おっと? この布陣は……」 「辻堂ペアここで作戦変更。委員長さんがサーブを仕掛けるようです」 「……?」 「よっと」 「はっ!」 ――パァアアンッッ! 「ッ!?」 「きゃっ!」 まっすぐ打った委員長のボールが、まっすぐに姉ちゃんの横に落ちる。 「な……っ」 フラットサーブ。愛さんやマキさんの前じゃかすむけど、メチャメチャ速かった。 これまで回転球ばっかりだったので、意表をつかれ、姉ちゃんたちは微動だにできない。 「ここでサービスエース!サーブに定評のある両チームの対戦ですが、ここにきてついにサービスエースです」 「なにいまの。素人の打つ玉じゃ」 「実はうちの母、ママさんバレーの地区王者でして」 「ほんっと何でもアリだなお前んち」 「でもいいさ! もう1発決めてやれ」 「はいっ」 「さあ調子が出てきたか辻堂ペア。もう1つ決めれば分からなくなるぞ」 「……せー」 「2度同じ手は効かないわよ!」 「……いえ! 先生!」 「のっ!」 ――パゥンッ! 今度はジャンプなし。山なりのボールだ。 「やはり回転球! 抑えますわ、決めてください!」 「OK、上げて!」 今回はスピードが遅く備えやすい。片瀬さんがトス役に回り、姉ちゃんがクイックで打ち込む準備に入った。 が――、 「トス! ……あれっ!?」 「ッしまッ!」 トスされたボールは不自然に強くバウンドした。 姉ちゃんのもとでなく相手コートまで返ってしまう。 「セットアップどうも」 待ち構えてジャンプしてた愛さんのもとへ。 ――スパァンッ! 「辻堂ペア2連発! 20対19ですついに片瀬ペアを射程に捉えました!」 「な、なんですのいまの」 「やられた。ゆっくりなだけで回転はかかってなかったのよ。あれじゃ触れると大きく弾かれるわ」 「ぐ――最初から最後まで手のひらの上」 「そゆこと」 「……やるわねー。いまの2連発は計算外だわ」 「この次があるなら脅威だけど」 「……」 いまの2発で秘策は打ち止めらしい。苦い顔の愛さん。 ただ1本だけなら、まだ分からないぞ。 「行きましょう辻堂さん」 「おう」 緊張の1球だ。 「ふー……ッ」 「やっ!」 また直線的なスピードボール。 「これならば――っとぉ!」 落ち着いた片瀬さんがレシーブする。 完璧な裁き方――マズい、チャンスボールになる。 「これで終わりよ! 胡蝶さん!」 「はい!」 ――トッ! 姉ちゃんのトス。位置取りは完璧で、片瀬さんのとんだ位置にセットアップされた。 「いきますわよ!」 「ナメんな! ブロックしてや――」 「フフッ」 「!?」 ――タンっ。 打たれたスパイクはひどく軽いものだった。 愛さんのブロックはすり抜けるが直線的だ。 これなら委員長が取れる――けど。 「初めてやりましたけれど――」 「回すだけなら簡単ですのね」 「えっ? きゃっ!」 ――たぅんっ。 「回転球!?」 こちらもボールに回転がかかってた。 といっても曲がるほど器用な回転ではないけど、知らずレシーブで受けてしまう委員長。 ボールは腕を滑り、あらぬ方向へ飛んで行く。 「しま――」 高々と舞うルーズボール。 それは見てる俺たちまで飛び越えて、観客席の裏まで……。 「やった!」 「く――」 「〜……」 「もらったわ!」 「ハァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」 「恋奈! ティアラ並べぇえええええっっ!」 「えっ? えっ?」 「なに――」 「ふぎゃんっ!」 「ぎゃー!」 2人を踏み台に観客席を飛び越えた。 これ反則じゃ……まいっか。 「委員長――たのむっ!」 ――バァンッ! 無理やりにもほどがあるけど、ボールをコートに戻す。 「はいっ!」 位置取りが悪すぎるものの委員長は、 「これはすごーい! なんとかトス成功!3手目でボールを返しました!」 「しかしただのトス。片瀬ペアにはチャンスボールとなります!」 「せっ、先生?!」 「慌てないで! 打ち返せばこっちの勝ち!」 「長谷さんこの場でなお冷静!さあ辻堂さんのいない辻堂ペアどうなる!」 「辻堂さん――」 「きゅ〜」 「だ、大丈夫?」 「ひでーことするっすねぇ」 「これで――終わりよ!」 ――バァンッッ! 「……」 「――」 「まだです!」 ――ドッッ! 「委員長なおも受け止める!」 「やあああっ!」 「高く跳ねあげたぁーーーーー!」 「しかし次に触れるのは辻堂さんだけ!戻れるか辻堂さん――」 「にゃーっ!」(ぷちっ) 「ハァアアアアッッ!」 「ダッッッ!」 ――スパァァァアアアアアアンッッ!!! ・・・・・ 「……」 「……」 「……ク」 「……やった!」 「辻堂ペアも追いつきましたマッチポイント!デュースです!!」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「えー、それでは2012年度、湘南海岸ロックフェスビーチバレー大会、表彰式を執り行います」 「今年の決勝は最終的に33対31。まれにみる接戦でした」 「優勝おめでとうございます。片瀬ペア」 「ホーーッッホッホッホッホッホ!!当然の結果ですわ!」 「おめでとうございます」(パチパチ) 「って辻堂さんはどこ行ったんですの!?せっかく勝ったのに悔しがる顔が見れないじゃありませんの!」 「疲れちゃったとかでお先に帰りました。長谷君、長谷先生と一緒に」 「2位の辻堂、委ペアもお見事でした」 「はい。……最後までその名前なんですね」 「3位の2ペア。商品はありませんが、よくがんばりました」 「ちぇー、アンプ欲しかったっての」 「いててて……最後自分が踏まれた意味ってあったんすか?」 「報いじゃない?」 「ざまーみろ」 「残念だったね辻堂さん」 「あーちくしょーっ」 「先生もっかい! もう1回アタシと勝負しろ!」 「はいはい、いつでも受けてあげるわよ。気が向いたときにね」 「あははっ、センセーカッコいい〜」 「カッコいいね」 あの顔は『いつでも受ける』って言っといて勝ち逃げしようとしてる時の顔だけど。 (一応カッコつけとくけど、このまま勝ち逃げするのが賢いやり方よね) 「っと、あたしたち家こっちだから。またね辻堂さん、長谷君とセンセーも」 「ああ。……あっ、あの、アンプの約束。悪い」 「いいよぅそんなの。今日は楽しかったし」 「うん……」 「じゃーね」 「……」 「……」 「メアドありがと。今晩メールするね」 「ン……」 「ああ」 「……」 いい大会になった。 その後、愛さんとも別れて家へ。 「アンプって?」 「片岡さんたちが欲しがってるの。姉ちゃんいらないだろ、あげたら?」 「ああ、優勝したらもらえるんだっけ」 「胡蝶さんに相談してからだけど、私はいいわよ」 よかった。 「にしても辻堂さんには驚いたわね。ヤンキーのくせに、あんな必死になって」 「まあね」 「俺が好きになった理由、分かるでしょ」 「……」 「かもね」 俺はとくに何もしなかったけど、身の周りにある最近一番の悩みの種も解決の見通し。 みんなにとっていい一日になったな。 ・・・・・ 「……はぁ」 「……」 「……」 「卑怯な手ぇ使うならせめて勝てや!テメェらがそんなんだから江乃死魔全体がカマセっぽく見られるんだよ!」 「すんません」 「サーセンす」 「ったく、このバカどもが」 「なんでれんにゃがエラそうに出来るシ?」 「すいません」 夏休みも4日目に突入。 最初2日がロックフェスだったせいか昨日は普通の休日って感じだったが、そろそろ『夏休みの身体』が出来上がってきた。 だらけきった体が。 んと……朝の、8時? もうちょっと寝よう。ベッドで丸くなる。 「ンン……」 「……姉ちゃん、暑い」 「んにゅんにゅ」 またベッドに入られてる。 まーいいや今日くらい。 「くぴー」 「すぴー」 「なんらかの機能が退化してんなこの姉弟」 「お腹すいた。ダイー、起きろ、私のおっぱいを育てる時間だぞー」 「むにゃむにゃ」 「起きろっつーの」(ぐいっ) ――カッ! 「ヒロから離れろ泥棒猫ーーーーーーーッッ!」 「おわあああっ!」 ――ちゅごーん! ・・・・・ 「ふぁああ……んん? 夢か」 「まだ眠い。ん〜♪ ヒロ枕〜♪」 「くー」 「すー」 「あっぶねぇ。辻堂以外で初めて命の危機を感じたわ」 ・・・・・ 「てことがあって起こせなかった」 「なんかすいません」 10時までたっぷり寝てしまった。 姉ちゃんはまだ寝てる中、朝ごはんの準備。 「うわーんダイパンマン、お腹が空いて力が出ないよ」 「いまご飯できますから」 「ダイの顔を食べよう。がぶ」 「だからご飯作ってるって……。いででで犬歯! 犬歯が刺さる!」 魚肉ソーセージを投げて離れてもらう。 「コーヒーを用意しよう」 「休みの日も飲むの?」 「好きですからね。いい1日はいいコーヒーから」 「早起きしたほうがいい日になると思うけど」 正論。 さて、朝ごはんにサンドイッチあげたらマキさんも帰ったし。 愛さん、今日から補習なんだよな。 うーん。 「なにもすることがない」 「ふぁあ、なにもないなら宿題でもしたら」 姉ちゃんが起きてきた。 「最高の夏休みってのは、7月中に課題全部終わらせた夏休みのことを言うのよ」 「正論だね」 7月が終わるまであと1週間。いまから全力でいけばギリ間に合うと思う。 「でもメンドくさいなぁ」 「じゃあお姉ちゃんと遊ぶ?車のオーバーホールすませたとこだから北海道辺りまでドライブに」 「学生の本分は勉強なのだよ」 課題にかかろう。 「分からないとこがあったら聞きなさい」 なぜか俺の部屋でゴロゴロしだす姉ちゃん。 まあ聞ける人がいるってのは助かるかな。課題を開始した。 ・・・・・ のだが、 「……」 ちら、 「……」 ちら、 「ふぁあ、また眠くなってきた」 「……集中できないんだけど」 「なんで?」 1.隣にだらけてる人がいるから。2.その人が妙にエロいから。 暑い中で勉強してると不思議と性欲が出てくるのはなぜだろう。 あっちに悪気はないんだろうけど。 「図書館でも行ってくるよ」 「どーぞ。ふぁあ」 結局寝ちゃった姉ちゃんを置いて外に出た。 ……11時。もう図書館は満員になってるころだな。 どうしよう。ヴァンの家でも行こうか……。 「あ、そうだ」 この手があった。 学園の図書室を使おう。開放されてるし。 中へ。 「大?」 「おはよ愛さん」 補習の人が。 「おはよ……そっか、まだ朝だっけ」 「ふふ、8時からだから……3時間?勉強漬けの無限地獄で時間の感覚がなくなってたぜ」 「大変だね」 遠い目をしてる。 「えっと次は……英語か。くそっ、アメ公皆殺しにすりゃ英語なんてなくなるのに」 テストが嫌で学園に火をつける子よりすごい発想だな。 「そっちは何しに来たわけ?」 「宿題。図書室でも使おうかと」 「図書室なら8時開放の時点で埋まってたぞ」 「あらら」 読みが甘かったか。窓から見ると、確かに図書室内は人ごみがすごい。 「どうしよ。他にどっか宿題できるところは……」 「勉強がしたいから出歩いてる……。アタシの彼氏ってすごい人なんだ」 学生なら普通だと思うんだが。 「……」 「よーし! そんな大に敬意を評して、アタシも一緒に勉強できる場所を探しに」 「次の補習始まるよ。早く行ったら」 「彼氏が冷たい」 俺はどうしよう。 そうだ、 ここなら涼しいし人も来ないはず……。 「20回ですからね、さすがに」 「まあ20回も来てれば初心者とは言えないな」 「ありゃ」 「なんだなんだ。休みなのに千客万来だな」 涼を求めて来たら、珍しいコンビがおしゃべりしてた。 「長谷君、補習ありましたっけ?」 「いや、ふらっと来ただけ。2人はなんで学園に」 「育ててるお野菜の手入れに」 「育ててる奴隷の手入れに」 「は?」 「うん、このきゅうり美味いぞ委員長」 「なによりです。長谷君もどうぞ」 「ど、どうも」 一瞬引っかかったがスルーしよう。収穫したての野菜をいただく。 塩や味噌につけてぽりぽり。 「美味いね」 「まだ瑞々しいし塩気もきいてるし。夏にぴったりのつまみだ」 「こっちもどうぞ」 近くにあった紙コップでお茶を入れてくれる。 はー。 まったり。 「保健室ってくつろげますね」 「私が保健医になった理由の3つめがそれだ」 すごいなおい。 「ところでこの紙コップ、メーターが書いてあるんですけど」 「検尿用だから」 「……」 「未使用に決まってるだろ」 良かった。野菜につけるものから味噌を除外しつつ、近くの椅子に腰かける。 3人で談笑することにした。 「というわけで、エコがどうたら言われてるが、クーラーの温度が一律28度なんて馬鹿げてるわけだ。その土地の気候、建物の作り、場所があるんだから」 「なるほどなるほど」 「この地区は夏涼しいからいいですよね」 話は普通に面白い。 「先生と委員長って気があいますよね」 「そうですね」 正直、意外。 真面目代表の委員長に対して、先生の不真面目度は姉ちゃんを凌ぐレベルなのに。 「共通の話題が多いんですよ。私、健康番組とかが好きなので」 「なるほど」 保健の先生とは相性がいい。か。 「あとメガネキャラは非メガネ族の蹂躙を逃れるためなるべくセットでいる。という説もある」 「それは分かんないです」 変な先生だから、委員長くらいおおらかじゃないと相手できないわな。 3人で野菜片手に時間を潰す。 食べ終わったところで、先生はタバコの火をつけ。 「アッチはどうなってる?」 「アッチって?」 「辻堂の娘をメス奴隷に調教したアレ。もう腹ボテエンドの算段はついたか」 「調教した覚えはありません。委員長、この先生の言うことは9割ウソって知ってるよね」 「メス奴隷はともかく、うまく行ってるか」 「ええ。順調です」 「そうか」 「……」 「いつまでも続くといいな」 「……?」 この先生にはありえないくらい真面目なトーンで言われる。 「続ける気ですけど……なんで?」 「別に」 「???」 なんか引っかかる言い方だったけど、タバコを消化する先生はもう口を閉ざしてる。 まいっか。 「順調なようで何よりです」 「どーも」 委員長は掛け値なしで喜んでくれてた。 「そういえば委員長は彼氏いないんだっけ」 「そんな。私なんて」 「いいじゃないか作れば。結構男子に人気あるんだろう」 「歩、一生俺の側にいてくれ……。とか言われてみたくないか?」 「特には」 「枯れてるヤツ」 ひどい。 でも、委員長に彼氏か。 委員長は可愛いし性格良いしで普通に男子人気高い。よりどりみどりだと思う。 「まあ、あえて言うなら『歩』とは言われたいですね。なんか辻堂さんですら名前覚えてないっぽいので」 「……」 「長谷君は覚えてます?」 「へッ!?あ、えっと、歩さん……でしょ?」 「苗字は」 「あ、……あー、いー、うー……」 「頭文字は『ほ』なのでしばらくたどり着きませんよ」 ほ? そうだ。 「ゴメン本条さん。忘れてたわけじゃなくて」 「北条です」 「ごめんなさい」 だってみんな委員長としか呼ばないんだもん。 「先生はよく委員長の名前知ってましたね」 「可愛い女子の情報はだいたい頭に入ってる」 ニヤリと笑う先生。委員長がちょっと引いた。 「あと歩って名前、可愛いから憧れるんだ」 「ありふれた名前だと思いますけど」 「ありふれててもいい名前なことに変わりはない。例えば明日、異界から来た魔法生物に『魔法少女になってよ』って言われたとするだろう」 「名前が歩なら、変身したらハイ決定。明日からマジカル☆あゆみんと名乗れる」 どういう例えだ。 「なるほど」 「納得するんかい」 「女の子にとって魔法少女は特別だからな」 「私なんか楓だぞ。マジカル☆かえでんだ」 「かえでんなんて魔法少女がいるかッッッ!」 急にキレた。怖い。 「お供の妖精がカタツムリでぎりぎり許される名前だ。そんなもん2000年代前半に流行ったネタ系魔法少女くらいでこれからの時代には無理だ」 「私には!!カタツムリに頼まれて魔法少女をやる趣向はない!」 「お、落ち着いて。名前にんをつける法則を無視すればいいでしょ」 「ツッコみどころがちがいますよ」 「はぁ……はぁ……すまん。熱くなってしまって」 「子供のころから思っていた。明日魔法少女になったとして、すぐにやっていける名前になりたいと」 「だがいざ改名しようとすると手が止まる。こんな理由で名前を変えていいのか。最後に残った理性が拒む」 「そして悩み続けて30年。いまではもう、少女と名乗るのがキツい年齢まできてしまった」 「こんな私の人生、どう?」 「なんとも言い難いです」 「……」 「マジカルにこだわらず例えば……、メープルウィッチ楓ちゃん、とか可愛くないです?」 「!!!!!!!」 「先生?」 「……」 「メープルウィッチ……、楓ちゃん……」 「お……おお、オオオオ……」(ボロボロ) 「涙!?」 がしっと委員長の手を取る先生。 「いいのか……?そんな可愛い魔法少女になってもいいのか?」 「は、はあ、ご自由に」 そこでチャイムが鳴った。 「先生の相手するの疲れてきたから愛さんを探してくるよ。またね委員長」 「はい、また」 「メープルウィッチの背景を考えよう。私は1人で戦うやつより2〜3人で協力してやっつけるプリキョア系が好きなんだ」 「はいはい、マジカル☆あゆみんが協力しますので」 2人を置いて外へ。 愛さんは……、 さっそく見つけた。 「大、まだいてくれたんだ」 「うん。いまので補習終わりだよね」 「今日の分はな。午後から一緒できるか?」 「そのつもりで来たの」 「やったー! おしどっか遊びに行こうぜ。もうストレスで死にそうなんだよ」 「いやもう行きたいところは決まってるんだけど」 「……愛さんの部屋に行っていい?」 「え……っ?」 「どうかな」 「あ、の……うん」 (ひ、大にしちゃすごく積極的……嬉しいけど) 「あ、できれば2人きりで」 「も、もちろん。今日は母さんいねーから。自動的に2人だよ」 「ちょうどいい。行ってもいいかな」 「おう!」 「じゃあさっそく行こうか。助かるよ」 「宿題やる場所に困っててさ」 「はい?」 「愛さんもやってないでしょ?2人でがんばろうね」 「いやあああああああああ」(ずるずるずる) デートの準備でもするか。 今日もまた愛さんと予定入れてる。 ちょっと飛ばし過ぎかな? まあ幸せだからいいさ。 ロックフェスで散財したんで、派手なことはできないけど。 「さて、今日は大とデート。フェスで散財したばっかだから、質素倹約に出歩く日となっている」 「アタシのすべきことは何か」 「昨日燃やした鍋の片付けなんてどうかしら」 「それだ。つまり、料理の研究」 「質素倹約。すなわち昼メシも倹約ですませるべき」 「大の今日の昼ご飯は……愛で出来てるってこと」 「親の前で下ネタ?」 「愛情って意味だよ」 「回りくどいけど、ようはお弁当を作るってことね」 「そゆこと」 「レパートリーは?」 「玉子焼き。そして玉子サンド」 「玉子料理に特化してどうするの」 「母さんだって丼料理に特化してるだけで他は全部ダメじゃん」 「ダメっていうな。ちょっと毒素が発生するだけよ」 「とにかく玉子焼きと玉子サンドがアタシの作れるすべてなわけだが……」 「今日、その限界を超える」 「用意したのはベーコン。そしてレタス」 「この2つを挟むことで、玉子サンドをあのアメリカかどっかで大人気。BLTサンドに昇華させようと思うんだ」 「ベーコンレタストマトのあれね」 「玉子も入れるのが主流なんだって」 「玉子はつくれる。トマト、レタスなんざ挟むだけ」 「あとはベーコン! テメェだけだオラァ!」 「どうしてテンション低いの?」 「なんでもない」 ??? まいっか。 「どこから行く? 俺ちょっと腹減ってるんだけど昼ごはんには早いかな」 「朝飯食わなかったの?」 「一応食べたけど」 マキさんブラックホールに持ってかれちゃって。 「昼メシ……持ってきたことは持ってきた」 「やった♪実はさっきからそのバスケット気になってたんだ。中身は?」 「玉子レタスサンド」 ・・・・・ 「……」 「……」 「どうしたの怖い顔して」 「……」 「母さん、これがなにか分かる?」 「ショーツ?……ちょっと丈が長いわね。ショートパンツかしら」 「これはね。見せパンというのだよ」 (ミセパン……新しい女子アナ?) 「見せるパンツ。略して見せパン」 「汚れやすい下は安物にして、上はこのオシャレなのを。こうすることで柄を使い分けられかつもし見られてもパンツじゃないから恥ずかしくないもんとなる」 「買ったの?」 「買わされた。昨日ちらっと901行ったら」 「もー、彼氏と連絡つかなーい」 「にゃははは、フラれた? フラれた?」 「うっさいなぁ。だから今日はとびっきりエロいパンツ買って、次会ったときのために」 「ん?」 「あっれー? 辻堂さんじゃん」 「偶然偶然ぐうぜーん。なに? ショーツ見てるの?」 「パンツのことなら任せて!あたし100枚くらい持ってるから」 「多!いや、あの、通りかかっただけでパンツは別に」 「っしゃー行くぞー!辻堂さんの女子力アップあーっぷ!」 「辻堂さんにぴったりのパンツを見つけ隊!出動〜! ぱらっぱら〜♪」 「ってことがあって」 「友達が増えてよかったじゃない」 「パンツを見つけ隊はやめて欲しい。辻堂軍団以上に」 「とにかくそうして仕入れたわけだが……。今日はこいつを穿いて行こうと思う。でなきゃ選んでくれたあいつらに申し訳ない」 「義理堅いわね。お母さんそういうとこ好きよ」 「ヤンキーやってるからこそ義理は忘れちゃいけない。母さんが昔教えてくれたことだよ」 「だからアタシはこれを穿く!義理を通すため、見せパンを穿いてみせる!」 (面白い子) 「どうだぁーーーーーッ!」 「……」 「……どう?」 「それって見せるパンツってことは、スカートのとき穿くものじゃないの?」 「う……やっぱボトムじゃモコモコしちゃうかな」 「2枚重ねだものね。お尻が大きく見えるわ」 「例のスカートの服に変えたら?ミニのやつ」 「あ、あれはパンツ見えちゃうから苦手なんだって」 「そのための見せパンでしょう」 「いい! これで行く!これで義理は通した!」 「そういう女子力ヘタレなところ、お母さん好きだわ」 「おはよう」 「押忍ヒロシ! 今日も夜露死苦!!」 「うん、気合はいってるね」 「たりめーよ。アタシはこの湘南最強、辻堂愛なんだぜ」 「うんうん。……あれ?」 「なに」 「お尻のラインがいつもより膨らんで」 「……トイレ行ってくる」 ・・・・・ 「漫画喫茶ねえ」 「最近だと定番デートスポットなんだって」 確かにカラオケ、ビリヤード、ダーツ。2人以上で遊べる施設が多い。 面白そうなので入ってみた。 残念ながらビリヤード、ダーツは満席。カラオケは愛さんが微妙そうだったので、普通のシートへ。 「ペアシートとカップルシートってどうちがうの?」 「ペアシートは普通に2人用。カップルシートはちょっとソファが小さいんだ」 「……なるほど。じゃあカップルシートで」 「もう頼んでます」 「……おお、ホント近い」 ひざがくっつくくらいの距離だ。 ちなみに椅子は横に伸ばせるようになっており、鬱陶しくなったらちょっと離せばいい。 もちろん近いまま使うけど。 「デカいドリンクバーを見ると、不思議とコーンスープが飲みたくなる」 「ファミレスのドリンクバーにはあんまりついてないもんね」 「なにする?」 「とくに読みたい漫画ないし……映画でも見よかな」 「あ、アタシ読みたいやつあったんだ」 「なに?」 「拓攻の特」 「また懐かしいのを」 「母さんが好きでさ」 俺は適当にテレビでも見てよう。 ・・・・・ 「……くああ」 「ン……眠い?あ、もうこんな時間か」 愛さんも切りのいいとこまで読んだとこだったので出ることに。もう日が暮れかけてた。 「わり。全然話とかできなかった」 「いいよ。これはこれで楽しかったでしょ」 「うん」 デートなんて極論、2人でいられればどこだって、なにしてたって楽しいわけで。 「漫喫デート、気に入ったかも」 「江ノ島だの湘南ビーチだのが目の前にあって閉じこもってるってのも、不健康な気はするけどな」 「いいじゃない」 地元民としては海なんて珍しくもない。むしろごみごみしててめんどくさい。 「俺は愛さんと2人きりがいいな」 「……バカ」 ちょっと嬉しそうにそっぽを向く愛さん。 髪の色をかえて女の子っぽくなったからか、ふとした仕草がすごくかわいい。 「それとも?いまからでも健康的なヤツ、やる?」 「へ? ……ひゃっ」 手を引いて海岸線へ。 といっても水着もないしもういい時間だ。泳ぐわけじゃない。 夕焼けに染まる海岸を、手をつないで歩く程度。 「……」 「……」 行きかう人の視線が集まった。 「な、なんか照れる」 「俺も。不思議だね、さっきまではあんなにベタついてたのに」 ずっと1つのソファでもたれあってたわけだから、密着度では手をつないでる今よりよっぽどなはずだが。今の方が照れた。 「〜……」 でもこれはこれで気持ちいい。 健康的とか不健康とかはどうでもいいや。なにしてても楽しいんだから。 2人でいられれば。 「くぁあ」 結構経ったけど、愛さんはまだ読んでる。 「愛さんまだ? 俺眠くなってきた」 「ア?」 「“ウッセー”ぞコラ。アタシが“読んで”んだよ黙って見とけ」 「あ、愛さん?」 「潰れたトマトみてーにしてくれんゾ?」 !? 「愛さん、戻ってきて」 頬をぺちぺちする。 「ハッ! 悪い、入り込んでた」 素直というかなんというか。 「漫画の感想は?」 「面白かった」 「ハマってたもんね」 「でもさすがに古すぎかな。登場キャラほぼリーゼントだったし」 「愛さんの周りには多いじゃない」 この湘南はまだリーゼントに短ラン、ボンタンな人が結構いる。 「それもそっか」 「あ、あと単車。バイクは憧れるかも」 「そういや愛さんって車は乗らないよね」 「持ってないもん。免許もないし」 ここで無免許運転って発想が出てこないのは愛さんの美徳だと思う。 「クミとかは原付なら持ってるけどな。アタシが歩き派だからみんな合わせてるっぽい」 慕われてるなぁ。 「他にはいる? 俺の知り合いで持ってる人」 「んーと、腰越は結構デカいバイク持ってるはず。まあ遠出するとき以外は走ったほうが速いからってあんまり使わないけど」 「へー、乗ってるとこ見たことないな」 てかあの人、家はないのにバイクは持ってるのか。 「江乃死魔の連中は単車使うこと多いな。まあ中心メンバーが乗れないのばっかだから完全に移動の足になってるけど」 「片瀬さんたち、乗れないんだ」 「ああ。ティアラはデカすぎ、ハナは小さすぎでちょうどいいのがないって。乾ってやつは車酔いがひどいんだっけ?」 「……恋奈に至っては、タイヤが2つのものに乗れない」 「え、それって」 「あいつ自転車乗れねーんだよ」 「へー」 たまにそういう人もいるっていうけど、意外だ。 「アタシが言ったって内緒な」 クククと意地悪く笑う辻堂さん。 でも、そっか。 俺の周りは、ヤンキーはおおいけど暴走族関連はいないか。 「おーいタロウ」 「ああ」 「急に誘ったのに来てくれてサンキュ」 「気にするな。最近ヒロが他で忙しくて退屈していた」 「くーっ、休みの日に待ち合わせ!ダチっぽいぞ俺!」 「それでどこ行く?どっか行きたいとこあるんだろ?」 「どこということもない。図書館だ」 「え……」 「それってまさか、宿題しよう。とか」 「まさか」 「だよな! よかったぁ……」 「宿題はもう終わった。2学期の予習だ」 「オーノー」 「〜♪」 「お前コーヒー淹れるとき絶対ドヤ顔するよな」 「そんな気ないんだけどなぁ」 「おはよマキさん。アイスですよね」 「うん」 俺はホット。2人分淹れる。 ……うん、いい香り。 「なんでこの暑い日にホットなわけ?カッコつけてんの?」 「ここだけの話、カッコはつけてますね」 一口飲んだら汗だくになってしまった。 「俺のコーヒー道はカッコつけから入ってます。例えば俺ブラジルサントスって銘柄が好きなんですよ。味も香りもストレートな感じで」 「でも名前がカッコ悪いから好きな銘柄を聞かれたら通っぽいのにしてます。マンデリンとか、キリマンジャロとか」 「そんなにカッコよくないよ?」 ひどい。 「とにかく、こっちもカッコつけてるんで、飲むときはホットが多いですね」 「ある意味俺がツッパってるとこなのかも」 「ふーん」 ちゅるちゅると甘くしたアイスコーヒー片手にくつろぐマキさん。 今日は姉ちゃんが補習に出てるので、ゆっくりしてた。 俺も今日は予定ないし。のんびりしよかな。 朝ごはんの片づけをすませると、 「っし。ちょっと待ってろ」 「はい?」 急に出て行ってしまった。 なんだ一体? 基本挙動が読めない人だからいっか。 思ってると。 バイク? 「なにこれ」 でっかいバイクに乗ったマキさんが。 「私の相棒、川崎ガブリエルくん2号」 「ごっついエンジンですね。オフロードバイク?」 「原付だよフツーに」 「……たぶん。私原付の免許しか持ってないから、多分原付」 「……」 触れないでおこう。 「ダイのツッパりどころがコーヒーなら、私のツッパりどころはコレだ」 ぽんぽんとガブリエル君の頭をたたく。 「今日はちょっと私のカッコいいとこを見せてやろう。後ろ乗れよ、ツーリングしようぜ」 「え……」 「ヒマだろ?」 「ヒマですけど」 あの世へツーリングするほどヒマではないぞ。 「事故ったことねーよ失礼だな」 心を読まれた。 「ほら乗れよ。行っとくけどコイツに乗せてやるのなんてお前が初なんだからな」 「え……マキさん、それって」 「ダイだから。特別なお前だから乗せるんだ」 「マキさん……」 それってつまり、 「2人乗りはしたことない。2人乗りが安全かは分からないってことですよね」 「……」 「……」 「嫌がっても力ずくで連れてくけどね」 「助けてー!」 有無を言わさず乗せられて急発進するので、俺はマキさんにしがみつくしかない。 ガブリエルって天国に連れて行く天使の名前だっけ? 今日は仕事しませんように……。 ・・・・・ 「……」 「はい、先生がお休みだから古文の補習は私が担当しますね」 「……」 (気まずい……) 「辻堂さーん、元気よく行きましょうねー」 「2年の古文補習、あなただけなんですってねぇ」 (うわああああああああああああああ、古文は真面目にやるんだったあああああああ!!) 「大丈夫よ、先生、あなたがやれば出来る子って数学の成績で知ってるから」 「みーっちりねーっとりネチネチいじめ……教えて、すぐに古文大得意な子に教育してあげるから。うふふふふふふふふふ」 「誰か助けて……」 「ぐああああーーー! もーやだ!補習なんてやってられっかぁああーーーー!」 「フハハハハ逃がさんぞ!」 「うわああ速ええ! センコーテメー、普段学園じゃ猫かぶってやがったな……!」 「失礼ね。私は良い子には良い先生よ。1人を除いて本性見せるような真似はしません」 「あなたも今からいい子になるから、すぐに優しい長谷先生に戻るわ」 「ざ、ざけんな!オレは辻堂軍団ナンバー2の葛西久美子!センコーなんぞになにされようが」 「楓ちゃーん。おねがい」 「この注射を打つと、どんなアレな性格したキャラも2秒で髪がピンクになるほど萌えキャラ化する」 「ひいいいい」 「なんかさわがしいな」 「でさ、昨日は結局ベーコンが燃えちゃって」 「どうやったらそうなるんです」 「本に書いてある通りにしたんだぜ。フライパンを充分に熱したら投下しましょうって。だから地獄の業火を再現したフライパンで」 「間違い探しは後でしましょうか。はい辻堂さん、どうぞ」 「サンキュ。でっかくなったよなーこのトマト。大にも食わせたけど好評だった」 「はい。辻堂さんが愛情込めて育てた成果です」 「……ここまで育ってきた過程を見ると食べるのがつらくなるけど」 「ここからは古くなって枯れる一方ですから。食べてもらって辻堂さんの一部になれたほうがこの子も幸せですよ」 「だな。いただきまーっす♪」(がぶっ) 「意外と潔い……。お味は?」 「ンまい」 「ものを育てるって楽しいな。アタシも家庭菜園とかやってみようかな」 「そうですね。置いておくだけの観葉植物なんかもありますし」 「ちーっちゃい、赤ちゃんくらいで買ってきてさ。名前つけて育てて……」 「赤ちゃん……」 「……」 「?」 「辻堂さん?」 「!ばっ、バカ委員長! そんなっ、べべべ別に大との赤ちゃんができたらどうなるかとか考えてねーぞ」 「……あはは」 「そのっ、男の子だったら大の名前とって上か下に大って字ィ使おうとか。女の子だったら純って字は使いたいなーとか」 「あとあの、家を持てたら猫が飼いたいんだけど実は犬も飼ってみたくてでも2匹も飼うと子供に手が回らないなーとか」 「この辺は治安がイマイチだからいっそのこと田舎に移ってでっかい庭のある家がいいなとか。でも大がいるなら安アパートの一室でもいいなとか」 「ストップストップ辻堂さん。あの数秒で考え過ぎです」 「うぅ……」 「ごちそうさま」 「きゃるーんっ♪センセー、早く勉強にイクですー♪」 「よろしい」 「辻堂母子に打ってやりたいな」 「夏休みって微妙にやることない」 「大君と遊んでくればいいじゃない」 「連日付き合わせると……ウザいって思われたらヤだ」 「ふふっ、奥手ね。お母さんの若いころそっくり」 「……え?」 「そ、そこまでびっくりしなくていいじゃない。確かにアタシは押せ押せだったけど」 「オレなんか休みの方が忙しいくらいっすわ。バイトしたり補習したり」 「補習行けよ。今日もあるんだろ」 「勘弁してくださいよ〜。連日はキツすぎますよ〜」 「ったく、どうなっても知らねーぞ」 「クミちゃんってアルバイトしてたっけ?」 「言ってなかったっけ?クミ、将来はバイク屋で食ってきたいからって、工場で働かせてもらってんの」 「母親の昔の男がやってるとこで雇ってもらいまして。趣味と実益を兼ねてイジらせてもらってるんです」 「へー。趣味と実益を、か。一番いい職場じゃない」 「はい。真琴さんも単車のことで困ったら是非オレに言いつけてください」 「ありがと。まあアタシ、単車は乗らないことにしてるけど」 「そうなんすか?」 「10年近く乗ってないから乗り方忘れてそう。免許も失効してるかも」 「どうして。もったいない」 「いまは車があるから。車のほうが便利だし、それに……」 「それに?」 「母さん、バイクが怖いんだよ」 「こら。恥ずかしい話なんだから」 「しょ、湘南の生きた伝説、真琴さんに怖いモンが?」 「アタシだって女の子だもの。怖いものくらいあります」 「……『子』?」 「子よ」 「子だね」 「なんかあったんすか。事故にでもあったとか」 「事故は……チキンレース失敗して時速200キロで海に落ちたくらいしかないけど」 「あれは、そう、愛が生まれる少し前。20年くらい前の話よ」 「あの日この湘南の海を望む海岸線には、全国から腕利きの走り屋250人が集結していた」 「最速の名をかけて、マッポを振り切りつつ峠を攻めた。アタシは先頭を走り、スピードの向こう側へ向けて風を感じてたわ」 「でも追いつかれたのよ」 「だ、誰に」 「ババアよ」 「走るババアがアタシらを追い抜いていったの」 「白目をむいた男の子と、楽しそうに笑う女の子を背負ったババアが……」 「あの光景は一生忘れないわ」 「自分は昔もっと悪どいことやってたくせにただの走るババアに怯えてやんの」 「大変っすね……」 「アタシも不便してねーから、学園出るまではバイク使う気ないな」 「そすか。ま、将来的に必要になったらどーぞ」 「ああ」 「……」 「そういや腰越も持ってたっけ、バイク」 「……」 「はー楽しかった」 「……」 「ダイ?」 「ええ、楽しかったですね」 「大丈夫だったか?途中で泣いちゃったことは誰にも言わねーから」 「はっはっは、なに。宇宙の広大さを思えば何もかも小さなことです」 「魂のステージが上がっちゃったか。ま、楽しんでくれたようでなによりだぜ」 (ガタガタガタガタ) 「いい加減手ぇ放せって。もう放すと身体が吹っ飛ぶようなスピードは出してないから」 「すいません。震えちゃって離れません」 「ははっ、離れたくなーいなんて、可愛いやつ」 「そういうことじゃ」 あ、 「大? なにやって……」 「なにやってんだコラァア!!」 「ひえええ」 「ご、誤解だよ。マキさんとは」 「往来で抱きついて……あんなにぴったり……」 うん。俺が悪いな。 「あらら、面倒になりそう」 「じゃーなダイ。また一緒に走ろうぜ」 「2度とゴメンです。あと置いて行かないで。誤解を解いてください」 「置いて行かないで……?」 八方ふさがりだ。 ・・・・・ 「分かっていただけたでしょうか」 「むー」 まだ怒ってた。 そりゃそうだわな。彼氏が仲のよろしくない女と1日ツーリングしてたんだから。 「これ、お土産の明石焼きです」 「どこまで行ってきたんだよ」 「地獄の一丁目かな。ホントに無理やり連れてかれただけだからね」 「……」 「……はぁ」 大きくため息をつく愛さん。 「腰越に無理やり……ねえ」 「ウソじゃないです」 「ウソついたとは思ってねーよ」 「でもお前、アイツにフツーに誘われたとして断ってたか?」 「う……」 今日は予定なかったし。ナチュラルに誘われたらナチュラルにOKしてたかも。 「そういうのも彼女としてはムカつくんだぞ」 「……ごめんなさい」 「……」 むーっと口をへの字にしてる。 でもやがて諦めたように肩をすくめると、 「もういいよ、ある意味大らしいし」 引いてくれた。 「今度腰越を殺しゃいいだけだ」 「それはちょっと……」 でも……そっか。 誰かと仲良くしたり優しくしたりすることが、誰かには不快なこともあるんだ。 難しいなぁ。 「このようにブルボン王朝の崩壊と共に、立憲君主制が成立。商人層主体の時代が訪れます」 「へー」 (あのお菓子会社潰れちゃったんだ) 愛さんは今日も補習。 助かることに、補習は今日までとのこと。このあと見極めテストがあって合否判定されるらしい。 さすがに気になるので見に来た。 やることがないのでまた保健室へ。 「遅かったじゃないか」 はい? 「もう我慢できないんだろう?こっちへ来い、今日も可愛がってやる」 「フフ、お前は本当にこらえしょうのない」 「先生?」 ――がたたっ! ――ガタガタ、かちゃっ、しゃっ。 「ヒロポンか。おどかすな」 「なんです今の?」 「なんでもない。純真な生徒は知らなくていいことだ」 「そうですか」 なぜか先生の服が乱れているが、純真な俺にはどうしてなのかさっぱり分からなかった。 「何か用か」 「前と同じく時間を潰しに。今日は来ちゃいけない日だったみたいですね」 「そんなことはないさ。ゆっくりしていけ」 いつものようにタバコに火をつける先生。 「先生……そのタバコ逆だぜ」 「はっ!」 「調教してる子はいいんですか?」 「まだ来ないってことは怖気づいたんだろう。ここは放置プレイにしておく」 「そうですか」 俺はさっさと去りたいんだけどなんかできない空気になってしまう。 「これ使いたかったのになー」 なんか箱を取り出した。 「なんですそれ?」 「純培養性メス犬育成装置、楓ちゃん触手1号」 イヤな単語が2、3あったが、興味をひかれて中を見せてもらう。 「俗にいう……ローター?」 「基本はな。改造してもっといいものに仕上がっている」 「学園にこういうものを持ってくるのはどうかと思います」 「そんな興味津々って顔で言っても説得力ないぞ」 バレたか。 なんかこう……エロい空気に興味を引かれる。 「解説しよう。これはただ振動する小道具とは違い、あちこちに吸水や熱で膨張する部位を仕込むことで自発的な伸縮をするローターなのだ」 机に置いて、お茶を一滴かける。 ――ヴィヴィヴィヴィヴィ。 ローターは生き物みたいにぐねぐね動いた。 「エロ」 動きがすでにエロい。 「体温を感じて震動開始。揺れ幅は一定でなく、どこに行くか分からないからまさに生きているように相手を攻めまくる」 「しかも表面には細かい吸盤がついていて、一度肌にくっつくと落ちてしまうこともない」 「パンツに入れたら……もう天国だ」 「ジュルリ」 こ、これを愛さんに使ったりしたら……。 「使ってみたいか?」 「……」 さすがにプライドがあるので、はいとは言えない。 でも首は縦に動いたと思う。 「そうだろうそうだろう。実は私もどの程度の武器になるか試してみたかった」 「じゃ、じゃあ」 「ああ」 「尻を出せ」 「は?」 「初めてだろう? 優しく開発してやるからな」 思ってたのとベクトルがちがうようだ。 「はーい脱ぎ脱ぎして〜」 「ノーノー! こういう『使いたい』じゃない!」 「水気の多い方に寄っていく性質があるから気をつけろ。射精しすぎると尿道まで開発されちゃうぞ」 「助けてー!」 ――きゅぴーん! 「辻堂愛は一瞬のうちに察知した。愛するものの身に訪れた危機を」 「大ー!」 「?」 「どうした大! 誰に襲われたんだ!」 「あ、愛さん」 ――きゅぴーん! 「城宮楓は一瞬のうちに察知した。流れ的に自分の身が危ないことを」 「分かった分かった。そんなに言うなら貸してやる」 「は、はい?」 何もなかったようにローターを渡された。 「そのとんっっっっっでもなくいやらしいことに使う大人のおもちゃを貸してほしかったんだろう」 「は? は? いやらしいおもちゃ……?」 「私は反対だけどそんなに言うなら貸してやる。遠慮なく辻堂の娘に使うといい。私は反対だけど」 き、きたねぇ。この先生。 適当にまくしたてると、ローターを置いて出て行ってしまった。 「どゆこと?」 「えーっと、なんでもないよ」 なんでもないというか、どうでもいいというか。 「なにこれ」 残されたローターに愛さんが興味を示す。 「汚れた大人の汚れた道具だよ。気にしなくても」 「……」 「エッチなおもちゃ?」 やっぱり分かっちゃうか。 「えっと……大が、これをアタシに?」 それは城宮先生が勝手に……。 あ、いや。最初はそういう理由で欲しがったんだっけ。 誤魔化しづらいな。どうしよう。 「……」 「これってアレだよな。ここにこうやって……」 震動してないとただのボールなので、警戒もなく自分の股間へもって行く愛さん。 「あのさ、たしかに興味あるけど、やってくれってわけでは」 「あっ、当たり前だろ。こんな恥ずかしいの、ヘンタイじゃあるまいし」 (ちらっ) 「こんなの、そこらのアホが冗談でやるもんで」 (ちらちら) 「愛さんも興味あるのね」 「ねーよ!」 「……」 「……」 「ちょっとだけ」 「ひ、大が言うなら……な」 普通のぶるぶる機能はあるそうなので、それだけ試してみよう。 スカートをめくる愛さん。 「パンツは?」 「上から上から。直には無理」 だよな。 上からそっと当てて、 「ンっ」 えーっとスイッチがないぞ。 あそっか、体温でオンになるって言ってたっけ。 ……ん? じゃあオフのときはどうすれば。 ――ヴィヴィヴィヴィヴィヴィ。 「んわぁあああっ。急にやるなよっ」 「いや、自動で始まったんだよ」 「あぅっ、あっ、くすぐったい。大、1回放して」 「うん……あれ」 手を放した。 のに、当ててるだけのはずのローターは落ちない。パンツの上にくっついてる。 「そういえば吸盤がどうとか言ってたっけ」 「大、ちょ、早く……わわわ強くなってきた」 ――ヴィィイ〜〜〜……っ。 「あぅっ、んんんにゃっ、にっ」 くすぐったくてしょうがないらしい。スカートを押さえて、ケンケンする感じで部屋を行ったり来たりする愛さん。 「あにゃあああっ」 ビクつきながらあっち行ったりこっち来たり。 お尻を押さえる仕草が可愛い+色っぽい。 「……」 「なに静かに見守ってんだよっ。大っ、大助けて、これっ、わあああん強くなったぁ」 人一倍敏感な愛さんだけに、パンツの上からでも刺激が強烈なんだろう。慌ててる。 もうちょっと見てたいけど……可愛そうか。 「取るよ。スカートあげて」 「う、うん……早くっ」 スカートのすそをつかむ愛さん。 ……が。そこで、 「辻堂さん! 補習までサボりは許さないわよ」 「げっ」 第三者が。第三者の中でも一番困る人が。 「なんでヒロがいるの?」 「あっ、いた辻堂さん。こっち来なさい、もう見極めテスト始めるわよ」 「はい?!あのっ、センセ、いまは……」 「いいから来なさい!」 手を引いて連れていかれてしまう。 「ね、姉ちゃんちょっと待って。せめてトイレに」 「許しません!ほら来て、他の子を待たせてるんだから」 「助けて大ーっ」 あああああ……。 連れて行かれちゃった。 ・・・・・ 「テスト開始」 廊下から覗き込むと、愛さんは多数の生徒と見極めのテストを受けてる。 これはさすがに落とせない。サボれないテストだ。やめたら下手すると留年である。 が……。 (誰か助けて……) 愛さんだけ脂汗びっしょりだった。 ――ヴィンヴィンヴィンヴィン……。 よーく耳をすますと、何かが震える音も。 (ぁ……っ、う、椅子にあてると音が大きく) 腰をヒクヒク上、下、前、後させて、音の小さいとこを探してるっぽい。 お尻を椅子にこすり付けるような仕草。 「はぁ……っ、はぁ……っ」 しかも最悪なのが、 「はい、見極めテストを開始するわ」 プリントが配られていく。 今日は補習の中で一番大切な、修了確認テストってことだ。 うちの学園の補習はぶっちゃけこのテストのためにあると言っていい。これに受かれば他の補習はでなくていいくらい。 逆にこれに落ちたら学績不良学生とされ、留年も含めて審査にかけられる。はっきり言って夏休みがないようなものになる。 テスト問題自体は簡単なので愛さんの暗記力なら楽勝でイケるはずなんだが。 「あうううう……」 とてもマズい。 「は……はん……」 (落ちつけアタシ。こんなもん大のアレに比べれば単調だし、一緒の場所しかせめてこね) (気力で抑えろ。刺激が一か所ならチョロいもん……) ――ヴィニゥウ〜。 「んはっ」 (あっ、ああっ? なんか……動いてない?!) あ、アレ、伸縮機能がどうたらで動くってこと愛さんに言ったっけ? (あああぁああぁあ……っ) 「辻堂さん? 顔が赤いわよ」 「っ、な、なんでもねーよ」 「そう。まあさっきまで元気だったわよね」 (はぁあ……っ。なんか……これ、パンツの中に) ――ウニぅ……。 「ゃ……ぁんっ」 「?」 「なんでもないって……。て、テストだろ、あっち行ってろ」 「はいはい。体調悪かったら言うのよ」 ――ヴィウヴィウヴィウヴィウ……。 「ひ……ひ……」 ――ヴュルゥウ……。 (あぁあぁあパンツのなか、来てるぅうう) 喉を大きくそらす愛さん。 (なにこれ、どうやって動いてんだよ) ――じわぁ。 (……汁? 汁のある方へ) ――ヴりゅりゅりゅりゅ。 「ッくんっ」 「?」 「……ンでもないって」 (あ、穴の入り口。弱いとこ、めりこんでブルブル……って、は、あ、あ……っ) もう動きを押さえきれないようで、愛さんは腰をわなわなさせてる。 腰を動かすから全身が震えて、痙攣は目に見えて強まってた。 (ク……このままじゃ無理だ。捨てなきゃ) 「……」 (うあああロングスカートであそこに手ぇ入れるなんてこの状況でできるかっ) (う……ウ) (耐えろ。テストだ。耐えろ) それでも最強の番長さんはさすがだった。 腿をぴったりくっつけて刺激をこらえ、テストに打ち込んでいく。 「あー、全然分かんねー」 「焦ると頭が回らんタイ」 「はいはい静かに。テスト中だっちゅーに」 「……」(かりかり) むしろ周りよりも落ち着いてさえ見えるからすごい。 でも、 「っ……、っ……」 息切れは着実に早くなってる。 (あそこの……筋肉が、しびれちゃってる。穴、とじられない) (古文でよかった……。数学とかじゃ絶対計算なんて出来なかった) (あぁあ……でもでも、……んぁ。お尻うごいちゃうう) 「ン……、ンン……っ」 またモジモジしだした。 さっきまでとちがって。 「ああ……は、……ぁあ」 愛さんの反応は嫌がってるそれじゃなかった。 ウネつく侵入者を、腰をヒクつかせ受け止めてる感じ。 (腰……とけそォ。あっ、あっ、奥に入ってくる?) 「い……やぁん」 気持ちよさで頭がフワフワしてきてるらしい。愛さんはもう目をうつろにしてた。 幸いなのは、 (どっかから変な声が聞こえる気がする。……昨日徹夜でエロゲーやってたからなぁ) (辻堂さんのほうから喘ぎ声が?いかん、テストが嫌過ぎて幻聴が聞こえてるタイ) みんな気づいてないことか。 (ああ……は、も、頭ふわふわ) 「ぅう……っ、うんっ、んんっ……」 ――ヴィヴィっ、ヴぃヴぃヴぃィ〜。 (完全に中に入っちゃってるぅ) (てか……う、色んなとこに伸びて。なんだよコレ。どうなって……) 「ンっふぁっ!」 「辻堂さん?」 「なん……でもっ、シャーペン、折れただけ」 「そう? あまり音を立てないでね」 ――ヴィィイイイ。 (強くなってきてるぅう) 白い肌を紅く火照らせて、室内のクーラーを忘れるほど汗だくになってる彼女。 「はぁ……はぁ……」 (なんか色っぽい吐息が……) (あの辻堂さんに欲情したなんて知れたら殺されるタイ) 今日ほど彼女が番長なことで助かってる日はないな。 (や、やっぱ無理だ。取ろう) 意を決したように、お腹のところから股間に手を入れようとした。 でも、 ――じゃりっ、じゃりん。 「辻堂さん、なにしてるの」 「ッ、なんでもない」 ベルトのところから手を入れようとすると、親譲りのチェーンが鳴ってしまう。 (母さんのお守りなんてつけるんじゃなかった) (下だ。下からいかねーと) くるぶしまであるスカートのすそに手を伸ばす。 「ンく……う、う」 身体をおりまげる作業だけで大変そうだった。 (耐えろ。こんなもん、大にされた3時間耐久しゃぶしゃぶに比べれば……!) ――ヴィイイインっ。 (ひはぁんどっちも無理だってぇ) ぷるぷるする手でスカートを持ち上げていく。 ……誰かに見られないかな。心配だ。 (……っし) 膝まであげたところで手を突っ込んだ。 俺の位置からは何してるか見えないが、 (あとは捕まえれば……。……ッ!?) ――ヴィルルルルっ! (うあ滑って……ひぅううう前っ、前に来たぁっ) くんっと喉をそらして、悲鳴をこらえてる。 (くっ、クリにあたる。クリに……ていうか) ――ヴヴヴ……ヴリュリュリュ……。 (おしっこの方に……あっ、あっ、やっ。そんな震えないで) 「〜〜……ッ」 (く、くり、震えて……うあぁ。おしっこの穴……、熱くなって……) 下唇を食いしばった愛さんが、何か言いたげにこっちを、廊下の方を向いた。 (あうああああ……おしっこ、穴、むずむずする。ああっ、あっ、う……おし……っこぉ) (や、おしっこが……、おしっこが……出る) 「んぐぅう」 「?」 (辻堂さん顔真っ赤。どうしたのかしら) (いぅツ……こ、こんなとこでもらしたら。おもらし番長にジョブチェンジしたら……、アタシはもう……死ぬ) ――ヴヴヴヴ……。 (耐えろ、耐えきれアタシすぐテスト時間終わるから) 「あと10分」 「じゅ……」 (む、むり。10分は無理……) (問題……適当だけどもうだいたい書いたし。もう、もう……) 「っ、っうう」 ――ガタッ! 「? なに辻堂さん、席につきなさい」 「……もう終わったから」 「だからって試験中に席を立つ理由にはなりません」 「いや……いまは」 「なにか理由でもあるの」 「だから……、……だから……」 「ク……」 「待ちなさい!」 「うあ……っ」 「え……?」 「あ……」 「ん? なにこのにおい?」 「……おしっこ?」 「ああぁぁああ……」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ちなみにあのローターは先も述べたとおり吸水機能完備。2リットルまでなら楽勝で吸い取る」 「おもらししても1回くらい全部吸い取っちゃうから安心していいぞ」 「先生は天災の天才や」 「はっはっはっはっ褒めるな褒めるな。日常を壊さない程度に変態プレイに走りたくなったらまたいつでも私を頼れ」 「ではまた来週!」 逃げていく先生。 俺と愛さんの2人で残される。 「はふぅ……はふぅ……」 「み、みんなに気づかれないでよかったね」 ちょっと匂いがした程度で、液体自体がないんだから誰も気にしなかった。 「見極めテストも一応全問出来たみたいだし」 問題群は簡単なので、留年はないだろう。 「いやーよかったよかった」 「良くないよね」 「……色々言いたいことがあるが……今はいい」 「はい」 「ぐるるるるアアアアアッッ!」 すごい勢いでのしかかってきた。何も言わず押し倒される俺。 「フーッ、フーッ……! 沈めてもらうぞコラァ」 「りょ、了解です」 いつになくケダモノになってる愛さんに服をはがれた。 「10回や20回じゃゆるさねぇからな……!」 ああああああああ。 「ここにいたの。おめでとう辻堂さん、見極めテストは74点。これで補習完了よ」 「どーも。じゃ、もう行っていいんだよな」 「ええ。夏休みに入ってよろしい」 「満足したし帰るわ。あ、ソレ、片付けといて」 「ソレ?」 「ミイラの人形がどうかし……ヒロ!?」 「アハハ……」 ご満足いただけてなにより。 「あー……」 「はー……」 暑い。 「その時計、あっち向けてくんない?」 「どうして?」 「温度計がついててムカつく」 確かに俺の部屋の時計は温度計もついてる。 ……39度。確かにムカつく。壁の方を向けた。 「なんで今日に限ってクーラーねーんだよ」 「壊れたの。電気屋さんが明日まで無理なんだってさ」 うちはかなり湿気のこもる立地にあるから夏場はクーラーを酷使する上に、俺の部屋のは古いからな。いま調子が悪い。 ましてや外は湘南海岸に相応しいカンカン照り。湿気も手伝って午後2時。室内は蒸せるような暑苦しさに包まれていた。 愛さんが遊びにきたはいいけど、何もする気にならずベッドでごろごろしてる。 「外行こっか」 「行きたいねー」 「……」 「動くのめんどくさい」 「めんどくさい」 「リビングのクーラーは?」 「生きてるけど、うち、昼は居間のクーラーつけるの禁止だから」 電気代がキツいことになるので両親に言われてる。 姉ちゃんは今日も補習に行ってるから姉ちゃんの部屋が空いてるけど……愛さんを連れて入るのはなぁ。 結論、うちのなかじゃこの部屋しかない。 「愛さんのうちはダメなの?」 「あー、うちはダメ」 「誠君」 「真琴さん」 「ここよりはるかに暑苦しい」 「はぁ……」 「なんか冷たいモンない? アイスとか」 「ない」 「ジュース」 「ビールなら」 「いっそ氷を舐めるだけでもいい」 「ないんだよ。昨日」 「暑い日は水風呂につかりながらビールに限る!」 「でも私はビールはキンキンに冷えてるのに水風呂がぬるいのは許せないのです」 「というわけで文明の利器どーん!氷をお風呂に全投入!」 「もったいない」 「ンじゃっ、この世の南極を味わってくるね!ばいちゃ!」 「その言い方だと本物の南極があの世にあることに」 「さささささささささ寒いいいいいいいい」 てなことがあったのは俺の胸にしまっておくとして。 「製氷機使うの忘れたとつい1時間前に気づいた」 「大は優しいけどあんま気が利かねーよな」 ひどい。 「あ〜〜〜っ」 ベッドの上でごろごろする愛さん。 「なんでアタシ髪ロングにしてんだろ」 「似合うからでしょ」 「暑苦しい……切ろかな。ばっさり」 「たった1日の暑さで切るのはもったいないよ」 「……少なくとも黒はやめりゃよかった」 「黒だとやっぱ暑いものなの?」 「体感だからなんとも言えないけど、なんとなく」 毛先をつまんで遊んでる愛さん。 暑そうだ。 でも、 「んぁっ。……なに?」 後ろから抱きついた。 確かにちょっと熱い髪に顔を埋める。 「俺は好きだけどなーこの髪」 「俺の彼女! って感じがする」 「……バカ」 「別にやめる気はないって。黒から元の色に戻すの、大変なんだから」 「そう」 髪に顔を埋めたまま。汗っけの強い、甘酸っぱい香りを楽しんだ。 「……いつまで抱き着いてんだよ」 「もうちょっと」 「暑いって」 「迷惑?」 「……」 「迷惑」 「抱っこするときは顔が見えなきゃ。だろ?」 こっちを向いた。 「うん」 ちゅー。 キスする。 この気温のなかで体をくっつけ合うのはかなり暑い。お互い汗がだくだく出てくる。 でも密着はやめない。 肌にあたるものは、愛さんの体の方が冷気なんかより何1000倍も気持ちイイ。 「あは、ぬるぬるする」 「愛さんの汗でしょ」 「大のだよ」 どっちの汗か分からなくなるくらい肌を密着させて擦りあう。 「……ふふっ」 「えへへ」 お互い頭のなかがイイ感じにトロけてた。 「はむ」 「んんっ??!」 口を大きくあけて、愛さんの口元全体を噛みつくみたいに覆ってみる。 「なにこれ」 「分かんない」 ノリでやっちゃった。 「なんらよも〜〜」 「んわっ、待って待って」 わきをくすぐられてしまう。 「だーめっ♪ こちょこちょこちょこちょ〜」 「デンジャー! デンジャー!」 逃げようにも腕力で愛さんに勝つのは無理だ。羽交い絞めにされた。 ぎゅーっと密着して。 「……」 「……」 「汗かいちゃうぜ?」 「かきたいくせに」 「バレたか」 べとつく体をこすりあわせた。 「うっわパンパン」 「暑いとどうしてもねー」 「男ってそうなの?」 「さっきから愛さんの汗のにおいとか嗅いでたから」 「ちょくちょくセクハラだと思うんだよな。……ちろ」 「なうっ!」 不意打ちで先っちょを舐められた。びっくりした。 「そっちだって汗だくじゃん。――はむ、ちゅっ、れろれる、んちゅる」 「ふく、ぅ」 「あは、びくびくしてる……可愛い」 嬉しそうに微笑む愛さん。 髪を大人しい色にしてからってもの、しっとりとした空気をまとうようになった愛さんは、性癖とかまで変わってきてる。 エッチなことに従順になったというか、俺のすることは何でも受け止めてくれるように。 ようは包容力みたいのが強くなって、 「脈打ってる……ンちゅ、ここ好きだよな。ちる」 「んあは……っ、愛さん、くぁ、う」 情けないくらい声が出てしまった。 「ちゅぷっ、にゅり、レロレロ……ちるるっ」 先っちょを小刻みに揺らす舌で叩いたり、 「れるれる……にる。ぬろぉー……っ」 竿の側面にそってリップを滑らせたり、 「んく、んふっ、ふぅう……こんなに大きくして。ほら大、いい?」 浮き出た血管ひとつひとつにキスしてくる。 「……はむ」 さらには半分くらいとはいえ飲み込んだり。 「あ、愛さん進化スピード早すぎ」 舐めるのなんてまだ数回目なのにもうテクニシャンだ。 「だって大が喜ぶの好きなんだもん」 「ちるっ、ちゅぷ、んんっ。……はむはむぁむぁむ」 俺の好きなやり方、舐め方を着実に覚えていってる。 「いつのまにこんなエロい娘さんに」 「大がいっつも硬くするから」 「俺が硬いのは愛さんの唇がぷにぷにすぎるからです」 「ふふっ、そうそう、プニプニも好きだよな」 柔らかな唇で、はさむように雁首を食む。 「あむあむあむ」 「うわ……っは」 「そうそうこうやってツバ溜めてぇ」 口を閉じてくちゅくちゅさせる愛さん。 「あむ」 また咥える。 う……ぬめっとした唾液が絡む。 「これも好きだよなー。……ちる。ちゅむ」 「大好きです。……んあ」 そのまま舐められると、舌の浸透度みたいのがさっきよりあがる気がする。 気持ちよさもそのまんま。 「ふぃろひ、ひもちいい?」 ときどきこっちを見て感想を聞いてくる。 気持ちいいよ。正直に返すと、嬉しそうに眼を細めた。 「よかった。ん〜〜〜〜〜っ、ちゅるっ、ちゅ、ちゅうう」 「ふふっ、これも好きだろ」 先っちょだけでなく根元まで。 「いたれりつくせりだね」 「だって喜んでもらうの好きだもん」 愛されてるなあ。過保護なくらい。 「愛さんって愛情深いっていうか、尽くすタイプだよね」 「な、なんだよ急に」 「湘南最強の番長さんが良妻賢母タイプ。いいねえウンウン」 ――ぎゅっ。 「きゃはんっ」 目の前にあるジーンズ越しのお尻を掴んだ。 「こら、急にびっくりするだろ」 「させたんだよ」 もみもみ。 「っ、……ふ」 照れたように半笑いで受け止めてる愛さん。 ぷりんぷりんのお尻。揉んでるだけで吐息が乱れるのは相変わらずだ。 「暑い。中もう汗だくでしょ」 「ン……実は結構暑い」 「脱がせてほしい?」 勝手にやればいいんだけどあえて聞いた。 恥ずかしそうにする愛さん。でもお尻を揉んでると、次第に目じりがとろーんとしてきて。 「脱がせて欲しい」 「うん?」 「大が……脱がせて」 ちょっと拗ねた感じだけど、俺の聞きたい台詞を選んで言ってくれた。 ええ子や。 「喜んで」 「あぅ」 一気にパンツまで下げた。恥ずかしい部分に風があたり、鼻を鳴らす愛さん。 「ほんと汗だく。これキツかったでしょ」 「正直クーラーなしでボトムにジーンズは地獄だった」 「遠慮せずに脱げばいいのに」 「脱……っ、できるかっ。そんなことしたらお前すぐに、あの……」 「うん? すぐになぁに?」 「愛さんのヨロコぶ展開になるだけじゃない?」 「〜……」 やっぱり拗ねた感じに鼻を鳴らした。 「あはは、ごめんごめん」 愛さんが受身だとどうしても調子に乗っちゃうな。 まああっちが受け入れてくれる範囲はもう分かってるけど。 「ぺろ」 「はんっ」 真っ白にプリつくお尻の肉を舐める。 「ん〜デリシャス。汗の下味が利いてますなぁ」 「なに言ってんだバカ。ぁっ、あん、ぁんっ」 ぺろぺろと丸い形全体を舐めまわした。 愛さんはくすぐったいの7割、その他3割。困った顔してる。 「もおお、なにやってんだよ」 「だってこんなに暑いとせっかくの愛さん成分が蒸発しちゃいそうなんだもん」 適当に理由をつけてぺろぺろぺろ。 「んぅ、……もう」 ながーく時間をかけて攻めた。 愛さんはやっぱり困った顔だけど、 「ふっ、んんっ、……んく、ふうう」 「クリが立ってきた」 「言うなよ」 「だってさ。……あ、ほらお尻までひくひくしてる」 「だぁ……から。もおお」 ぬるーっ、ぬるーっと上下する舌に、愛さんはもう我慢できない模様。 「ここも舐めて欲しそうだね」 ――ツゥ。 「あぁあーんっ」 中央にあるへこみまで舐めれば、もう声からはくすぐったさなんて飛んでいた。 「アナルがこんな敏感になっちゃって」 「大のせいだ……んんんっ、あっ、んんんっ、舌いれるな……ってぇ」 へこんだアナル肉は、つつくとふわーっと開いてしまうクセがついてる。 「あやっ、あっ、あぁっ、ダメぇ」 「ウソつけ。アナルを舌でほじくられるの、大好きなくせに」 「ふぁぁああ、ぁ、やぁああん」 口では恥ずかしがるものの、愛さんの身体はもう腰をこっちにせり出すくらい、ここの快感を知ってる。 「はぁ、あぁああ」 「どんどん柔らかくなるね、この穴」 指をつっこんで広げてみる。 くるくる回すだけで、ピンク色の穴の中が見えそうなくらい柔らかく広がる。 「あぁーん指ぃい、急にそんな入れるなぁ」 「指はいや?」 なら舌だ。もう一度ぬるーっと送り込んだ。 指よりはずっと浅いけど。 「あふぅうう、やわ、やわぁかぁ……。おしり、お尻……溶けちゃうよぉ」 「ふふ、舐めるのに弱いよね」 穴を絞るためのリング型の筋肉は、ほとんど役にたってない。 これならすぐにアナルセックスも……。 いや今日はしないけどさ。 「逆にこっちが開発しづらいんだよな」 「んくっ!」 不意打ち気味にクリトリスをつつくと、愛さんの声音が変わった。 鋭い、痛みとすれすれの声。 「感じやすすぎて……よっと」 「やあああんっ、おさえ、押さえないでぇえ」 神経がとがってるせいで、逆に快感を持続させにくい。 お尻みたいにクセにするのは無理だろうな。ここは……。 「フィニッシュ専用に使おっか。ん〜っ」 舌と指を交代した。 つまみにくいクリトリスは吸いついて柔らかアナルに指を2本入れる。 「んっふぁああっ、くりっ、やああ、舌絡めるの。んぁっ、持ち上がっちゃううう」 愛さんはもうイク寸前って感じに声を極める。 「エッチぃこと色々吸収したもんね」 たった1ヶ月でも、こういうことはお互いクセになるくらいやりまくった。 「あんふっ、あああっ、やああ腰うごくうう」 愛さんのクイクイ跳ねる腰も、大人顔負けの色っぽさだった。 「んんふっ、んんんっ。あっん、……ンちゅるう」 自分がイキそうなのを悟ると、愛さんは忘れかけてたフェラを再開する。 自分がふにゃけてしまう前に俺も気持ちよくしてくれようとする。ほんと愛情深い。 「いいよ……。ッ、愛さん、一緒にイこうね」 「うん、うん……あああお尻ぬるぬるぅう」 つい指に力がはいった。括約筋を深く割ってしまう。 「あっ、あっ、深く、だめ。お尻ふかぁい」 「はは、このくらい強くしても大丈夫なんだ」 「知るか……っ、知らな……んぅ、あっ、ふ、うあああお尻とけちゃうう」 ――こりゅ。 「あああああんクリすごぉおい」 クリと交互に攻めてると、緩やかなアナルの感触がクセになるらしい。肛門を俺の指にぶつけるようお尻がうねった。 「お尻気持ちいい?」 「うん……うんっ、お尻すごぉいお尻気持ちいいぃ」 「ちゅぶっ、っちゅううっ、はむ、ぁむうう大も、大もいってぇええ」 「あっ、あっ、あっ、あっイク。2ヶ所。2つ同時なんて……すぐイクううう」 「いいよ、イキたいときにイケば」 尽くし上手な愛さんは、隙間をぬってこっちも刺激してくれる。いつでも出せる。 「ああっ、両方……いい。クリとお尻……両方いいいいっ。はぁあぬるーってのすごいい」 「も…ふぁあっ、あっ、あっ、あっ、ああっ」 「っく……うくっ、く」 「ふぃは……っ」 「ああああああぁぁぁああ〜〜〜〜っ!」 最後はこっちほとんど刺激なしで、愛さんの反応だけで射精してしまった。 ――びゅるるるっ! びゅうううーっ! 「あぷっ、やぁんっ。あふううう」 避けようともせず顔で俺のものを受ける愛さん。 温度は高めなはずだけど、水浴びでもするみたいに気持ちよさそうに眼を細めてた。 「あああっは、はぁ、はぁ」 「ひゃあああっ」 ――ぴちゅううっ。 「わぷっ」 そういえば一度も触れなかったヴァギナが、抗議するみたく蜜を吹いた。 こっちも顔射されてしまった……。 まいっか。どっちもどろどろで、 それより遥かに汗かいてるもんな。 「はふー」 のぼせそうだ。 「……」 「さっすがにべとべとしすぎ」 この汗のなか精液まで浴びるのは厳しかったらしい。愛さんは顔を洗いに行った。 俺も汗だくだけど……いまは射精後の虚脱感が強い。寝転がったままぼんやりした。 「顔洗うとけっこう涼しい」 「あー、分かるなぁ」 水道まで行くのが面倒だけど、顔は洗いたい。 「さっぱりしたし……次はアイスだな。アイス買ってくる」 「んー、外出るの?」 めんどい。 「買ってくるって。氷のやつでいいか?」 「ミルク金時よろしく。なくても練乳系のやつが望ましい」 「了解。待ってろ」 俺の髪をひと撫で。楽しそうに出ていく。 ……世話焼き女房って感じ。 やっぱ愛さんいいなぁ。 ・・・・・ 「このコンビニでいっか。あ〜〜っ、クーラーの文明力ハンパねー」 「ミルクミルク……宇治しかねーな」 「ん? あれは」 「辻堂さんタイ」 「おう」 (ミルクミルク) 「ねーじゃん。スーパー行こ」 「……」 「……」 「な、なんか得体のしれない色気を感じたタイ」 「髪の色かえてからイイよな彼女。もともと美人だとは思ってたけど」 「いやあの感じは髪だけじゃない。大きな変化があったはず」 「男だ」 「男タイ」 「マジかよ」 「あの乳はどうみても何十回何百回揉まれて乳脂肪がふやけた形だし。あの唇はなにかしら吸いまくった色タイ」 「そしてあの尻!バックからパンパン突かれて何回も中出しされた子特有の形をしとるタイ!」 「お前なに者だよ」 「体つきは知らねーけど」 「ミルク金時ミルク金時……」 「変わったな、彼女」 「はー。別に泳がなくても海って楽しいな」 「だね」 海の家でラムネ片手にくつろぐ。 今日もデートの予定だったのだが、あまりの暑さに遠出するのが嫌で、近所をぶらついた。 人の多い海岸線を歩いてるだけでも、結構楽しい。 「明日は泳ごうか。水着持ってきてさ」 「いいね! 水着いいね!」 「水着じゃなくて泳ぐほうに反応しろ」 今日は持ってきてないので見るくらいしかできない。 日中は今年一番レベルの暑さだったので、歩くのは日が傾いてきてからにした。 「日が沈みそうだね」 「結局今日、なんもしてねーな」 たしかに、2人で駄弁ってただけだ。 なんかすることないかな。 ぶらぶらしてるうちに江ノ島の方まで来た。 「江ノ島……また行く?」 「生しらす丼あるかな」 「時間的に無理だよ」 だよなぁ。 なにもすることがない。 今日はこのまま終わりかな?思いかけたころ。 「おん? よう長谷、辻堂」 「一条さん」 笑顔で寄ってきた。 「なにしてんだってのこんなとこで。デートかい?」 「まあね。でも行くとこがなくてぶらぶらしてたとこ」 この人、根が気さくっていうか。片瀬さんの命令があると凶暴になるけどなければ話しやすい気がする。 「行くとこがねぇ……。じゃあどうだっての、俺っちに付き合わねーかい」 「おもしれー見せ物があるっての。長谷は知らねーが、辻堂なら気にいるぜぇ」 「?」 興味を引かれたので行ってみることに。 橋近くの商店街の、お土産屋の裏路地へ。 ネオンのきれたゲーセンがあった。 どう見ても閉店してるのに、中には人の気配がある。 ……ああ、愛さんはともかく俺は好きになれないタイプの店っぽい。 「……ファイトクラブか」 「おうよ、俺っちの昔の根城さぁ。勝ちすぎて追い出されちまったがよ」 中はゲーム機が隅に追いやられ、広いフロアになってる。 建物自体の老朽化がひどいのか、べニヤなんかで雑に補修された、いかにも朽ちたたまり場。 50近い男たちがひしめき合っている。 ヤンキーなんて可愛いもんじゃない。ギャングのたまり場って感じ。 愛さんが構わず入っていくから俺もついていくしかない。 「おーティアラ。よく来てくれたってに……辻堂!?ビッグなゲスト同伴じゃってに」 「なっははは、あくまで観客ってことで頼むぜェ。俺っちが目立たなくなるっての」 「当然じゃい。……頼むから大人しゅう頼むぞ辻堂。前に腰越を呼んだせいで、最近、すっかり客がはいらんようになってるんじゃってに」 「見学に来ただけだよ」 「助かるってに。今日は久々に、千葉、茨城、埼玉の猛者がたくさん集まっとる。客人はもてなさんとのぅ」 「な、なんなんですここ?」 「ファイトクラブ。ようは金賭けたガチのケンカ試合場ってとこだろ。実際に見るのはアタシも初めて」 「ファイト……あの映画の?」 「フンハハハ、アレは原始的な人間性と殴り合いを引き合いにした、よく出来た映画じゃったってに」 「こちらはもうちっと即物的に、金を賭けとるがのう」 見るとフロアの中央では人だかりが円を作っている。 中央では2人の男が、顔面から血を流して殴り合っていた。 「フンハハハ! 千葉連のケンカ屋、プロボクサー柏と、茨城最悪の壊し屋と呼ばれたバラバラの原木。好カードじゃってに」 「ヒャッハーッッ!」 「ああっぐ! ひいいギブ! ギブ!」 「ぎ、ギブアップしてるじゃないですか」 「敗者は失神した場合を除いて、ギブアップしても30秒ボコられなきゃいけねーのさ。そいつがルールだ」 「……」 場をもりあげる見せしめ……か。 プロレスみたく計算されたものじゃないから、『やられ役』が必要になる。そいつをルールに仕込んでおく必要がある。 集まったみんな、こういう暴力が好きみたいだ。 隅っこにおいやられたゲームも電源は生きてるけど、稼働してるのは対戦系格闘ゲームやパンチングマシーンがほとんど。 バスケットとかレースとか、健全なゲームは電源すらついてない。 「終了じゃ! 原木、離れぃ!」 「ひ……ひぅ……」 ひどい場所だ。終わるころには負けた人は、顏の半分が血で覆われるくらいだった。 確かにみんな盛り上がってるけど……。俺は気分よくない。 出ようよ。目線を愛さんに送ると、 「もうちょっと見てこうぜ。ティアラが誰とやるか気になる」 「う」 それもそうだ。もし一条さんが負けて血祭りにされるようなら助けたい。 愛さんは単純にこの場の空気を楽しんでるっぽいけど。 「それで俺っちの相手は誰なんだっての?」 「うむ、呼んだのは他でもないわい」 ぴっとさっき倒された人の方を指さした。 「うう……すんません利根川さん」 「ったく、千葉に帰ったら笑われるぞ」 とんでもなく太い腕した人が介抱してる。 「千葉連最強のケンカ屋、利根川。元ボクシングヘビー級のランキング上位者じゃい」 「……」 おいおい。 ヘビー級って一番重いやつじゃなかったっけ。テレビでタレントみたいな仕事してるライトの選手とは、筋肉のつき方がちがうぞ。 「ハッハー! 楽しめそうだっての」 「分かっちょるかティアラ。この会場の人間は半数が千葉連。あやつの配下じゃ」 見れば50人の観客のうち、20を超える人たちがボクサーさんたちに話しかけてた。 「負けたら笑いモンじゃぞ」 「相手にとって不足なしだっての!」 控室があるのか、意気揚々と奥へ行ってしまう一条さん。 「だ、大丈夫かなぁ」 「……」 「愛さん?」 「大丈夫じゃねーな。あの利根川ってやつ、ティアラより上っぽい」 「え……」 「ティアラにはブチかましがあるから決まれば勝つけど、1発避けられたら終わる」 「ふむぅ、ティアラでも無理かいのぅ。わしのつてでは最もケンカ慣れしちょるゆえ呼んだんじゃが」 「江乃死魔にケツふかせたってか。やれやれ」 「まあティアラは強い相手なら喜んで戦うってに」 勝てない試合のようだ。 「一条さんを止めたほうが」 「止めたらお前がティアラに殴られるぞ」 それもそうだ。 まいったなぁ。知り合いがあんな血まみれになるとこ、見たくないぞ。 「ふぅむ。話には聞いとるが、辻堂の彼氏どんは臆病じゃのう」 「平和主義者って言ってください」 「それも分かるが、闘争は人間の本能じゃぞ」 「……」 指さす円のなかでは、次のファイトが始まってた。 前にやってるんだろう、最初から鼻の潰れてる人が頭の右側だけ髪の生えてない人をボコボコにしてる。 見てると確かに思うものはある。原始的な衝動が掻き立てられる気がする。 愛さんなんかまさにで、見世物のケンカを楽しそうに観戦してる。 でも俺には無理だな。 殴り合いを楽しいと思う本能があるのは分かるけど、理性が蓋をする。 人が血を流すことへの恐怖、嫌悪が先に立つ。 俺はここに集まった人たちとは、決定的に違う人間なんだろう。 「……」 愛さんとはちがう。 「へえ、辻堂愛が来てんじゃん」 「あ?」 さっきのボクサーさん2人が近づいてきた。 「話は聞いてたけどマジカワイー。今日はキャットファイトねーの? 見てーよ」 「ないわい。あってもこやつの服に触れる猛者はおらんわい」 ケラケラ笑いながら愛さんをじろじろ見る。 「話は聞いてるぜ。うちの柏をヤッたんだって」 「あ、あれはチョーシよくなかったんすよ。いまやれば。やれば……」 「知り合い?」 「知らない」 「前にヤッてんだろうがコラァ!」 「? ……ああ」 「思い出したか」 「ペットショップで猿相手にバナナ取り合ってた」 「誰だよ!」 「まーこのアホはともかく」 「うちら千葉連をナメてくれたのは確かだ。落とし前つけてもらわねーとなぁ」 ずいっとヘビー級の人が前に出る。 すごい迫力だ。関係ない俺が尻もちをつきそうだった。 「こ、これ利根川。今日は辻堂相手のカードは組まれとらん」 「関係ねーよ。会っちまったら」 「どこでも始まるのがケンカってもんだろうが!」 愛さんの胸倉に手をやる。 ――バッッ! 「……」 「……」 「あ?」 「や、やめてください」 つい割り込んでしまった。 掴んだ、俺の足より太そうな腕を放す。 「なんのつもりだ? 誰だテメェ?」 「あはは、俺たちはただの見学ですので。ここはどうか……ね?」 「見学ゥ? ンなこた今聞いてねーよ」 「俺の手ぇ掴むってのは」 「ッ――!」 ――ガッ! 逆にこっちの腕をつかまれる。 「こういうことなんだよ!」 「いいいいてててててて!」 すごい握力――。 ――ゴッッ!!! でも1秒もなく離れた。 愛さんのキックでヘビーさんの巨体が宙を飛び、隅のパンチングマシーンに直撃した。 マシンは『999kg』と表示して電源が落ちる。同時に白目をむいた巨体も床に落ちた。 「利根川さん! テメェエエエエ!」 ぎょっとしてた50人のうち、半分くらいが一斉にこっちへ詰め寄る。 「お、落ち着け千葉連の衆。今日はあくまでファイトクラブの」 「アタシはいいぜ?」 「大の手ェつかむってのがどういうことか、教えてやる」 「愛さ……うわっ!」 止めるより先にさっきの柏って人が俺に殴りかかってくる。 それも届く前に愛さんが蹴り飛ばすけど、一気に乱闘になってしまった。25人の血の気の多い観衆が牙をむく。 「お、おお? なんの騒ぎだっての」 「はぁ……また客が遠のくのう」 ・・・・・ 「イイって言うまで絶対ここから出るなっての」 「先に手を出したのは向こうということで千葉連を納得させるゆえ。これ以上火に油をそそぐでないぞ」 奥にある部屋に連れて行かれた。 もともと事務所みたいな場所だったんだろう。デスク1つ置かれた小さな部屋だ。 照明が壊れているので真っ暗だが、キャンプ用のランタンがあるのに気付く。うすぼんやりと黄色い灯りをともした。 「はぁ……」 落ち着いた。 「愛さん」 「だって大が危なかったんだもん」 「……まあヘビーさんのことは何も言えないにしても、そのあとの乱闘はやりすぎ」 「ごめんなさい」 もちろんケガなく25人蹴散らしたわけだが……。やりすぎだ。避けられた乱闘だったはず。 「空気に充てられたっつーか、ヤりたくなっちゃって」 ファイトクラブの雰囲気で、ケンカ好きの血が騒いだらしい。 「……」 やっぱり愛さんの中には、俺には理解できない彼女がいる。 「大? 怒ってる?」 「怒ってはないけど、避けてほしかった」 しゅんとなる愛さん。 ……やっぱり違うんだな、俺たち。 「……」 「んわっぷ!」 「ん〜っ」 いきなりキスされた。 「なっ、なに、なに?」 「だって大がさびしそうな顔するから。それに……」 愛さんは噛みつくようにキスしたまま、俺を動けないほど強く抱き、 「まだ……興奮してて」 「よっと」 鍵が壊れて施錠できないドアを足で押さえる。 抱かれたままなので俺もドアに押しつけられた。 「ははっ、大のこと襲ってるみたい」 「うん、迫力がすごい」 構図としては『ゲーセンでヤンキーに個室へ連れ込まれた』形か。 愛さんレベルの美人相手なら初対面でもウェルカムだったろうな。 「脱がしていい? ……よな」 いつになく息を荒げながらいい、服に手をかけてきた。 お互いにズボンのチャックに手をかけて、前をはだけていく。 「愛さん、もう熱いよ」 「えへへ」 蕩けそうに甘えた声で笑う彼女。 濡れてはない。濡れてはいないけど、やけどしそうに肌が火照ってる。 ソコだけじゃなく全身が燃えてるみたい。筋肉も微妙に張って、どこもかしこも汗ばんでる。 「なんか……ワイルド?」 「かも。気が高ぶってるっつーか、もう……」 鼻息あらく、つかみ出した俺のものを握ってくる。 俺は気分はともかく、愛さんに掴まれれば簡単に勃起していく。 「ハァ、ハァ……ははっ」 嬉しそうだ。 「も……入れちゃお。早くしないと誰かくるかもだし」 「まだ濡れてないよ」 興奮はしてるけど発情はしてない。温度が高いだけであんまり濡れてなかった。 けど愛さんは、 「いいよ。だいじょぶだから」 かまわず腰を乗せてくる。 「痛いくらい感じたいんだ、大のこと」 やっぱりワイルドだ。 チャックをひらいたタイトジーンズを、めくるように脱ぎ、 「ン……っ」 湿り気の少ない。ぬめっとしたピンクをかぶせてくる。 「はふ……あふ、ン……ンンンンッ!」 無理やりにつなげていった。 「っぐ」 セックスって言うか『穴に棒を突っ込む』って感じ。濡れが足りずペニスがヒリつく。 「ッ、ッ……う」 「愛さん、痛いんじゃない?」 「ン……だいじょぶ」 「この痛さ……好き。大の感じがして」 脂汗をかきながら、愛さんは頬を緩ませてる。 確かにこれはこれでイイかも。 気持ちよさとはちがう快感があった。 ヒリヒリする肉の感触。愛さんの肉体を感じる。 「はぁ……っ、はぁ……っ」 「ふ……、ふ……」 「ンは……♪」 余分な汁気でコーティングされない結合部は、お互いの呼吸や脈が震動として伝わるくらいぴっちり癒着してる。 まるでその部分が一体化したような感触。 「やっぱキツすぎたかな」 「そだね。乱暴すぎるよヤンキーさん」 「あは、大のこと犯しちゃった」 快感の質が違うセックス。 頭の中が焼けつくような、何とも言えない感覚。 自然と息はより荒く、脈も高まっていく――と、 「ゴラァ辻堂! ここかァ!」 ――ゴォンッッ! 背にしたドアがぶん殴られた。 足で押さえてるんで開きはしないけど、震動がくる。愛さんがびくってなった。 「開けろコラァ! 今日こそ落とし前つけたらァ!」 「うるせーな」 舌打ちする愛さん。 でも開けて出ていくわけにもいかないし。どうしよう。 結合をほどいた方がいいかと思ったが、 ――キィ。 ドアを押さえる足をどけた。 「あん? やっぱ中か――」 相手が入ろうとした瞬間。 ――ゴォンッッ! 思いっきりケリで閉めた。 ドアが直撃したんだろう。向こう側では誰か吹っ飛び、そのまま静かになる。 「続き続き」 「うん」 結合をほどかないまま抱きしめあった。 ぎゅーっと痛いくらいキツく。キツく抱きしめあう。 お互いの存在感を刻み付けるような行為。 本来セックスってこういうことなのかな。 「……ンぁ」 つながったあとになって愛さんの内部はようやく湿り気を帯びてくる。 これでようやくいつもの交尾になり、 ――ヌチゥウ。 「はぁ……ぁあんっ」 「やっと可愛い声が出たね」 「ンぅ……うっせーよ」 切なそうに鼻をならしながら、快感をこらえようと唇を噛んでた。 するとお腹に力がはいるので、 ――ニウウウウ。 「うわは。気持ちいいよ愛さん」 膣がヌメらかに締まる。 「ああ……んは、アタシも。ああ、やっぱケンカより大とこうするの……好き」 「うん」 腰に手を回して、サバ折りに近いくらい強く抱く。 「ファイトクラブなんていらないでしょ。決闘だのケンカだの」 「俺が愛さんを満たすから」 「……ふふ♪」 嬉しそうに笑う。 愛さんの分泌させるローションはどんどん増して、キツさと滑らかさを与えてくる。 快感が強烈になってきた。俺は歯を食いしばって刺激の波に耐える。 「動く?」 「ン……お願い」 ――ヌヌッ。 「はひんっ」 腰を上下させる。 腿の付け根に食い込むジーンズのせいで、派手には動けないけど、 ――ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ。 「あっ、あっ、あっ、あぁ……っ」 小さく、強くリズムを刻む。 それだけでも過敏な愛さんには強烈なはず。 「はぁっ、はぁんっ、ひろ、大……ぃ」 吐息が乱れ、声も高まってくる。 「おん? 誰か倒れてやがる。おーい辻堂、こいつやったのお前さんかい」 「っ!ま、まーな」 「辻堂? なんか息切れしてっけど、どうしたい」 「なんでもねーよ……。ッ、はぅ、……ふ。あっち行け」 「でもツラそうだっての」 「いいからいけって。ッく、……あは、んん」 「???なんかあったら言えよ」 行ってくれたようだ。 「彼女、悪い人じゃないよね」 「そのぶん困るけどな。……っく。ンっ、んんっ」 俺が容赦なく腰をゆらすので、愛さんはドアを蹴るようにして体を支えている。 不自然な恰好にどっちも全身汗だくになってきた。 「ハァ……ハァ……」 全身の筋肉が張った、ワイルドな愛さんの体をヌメつきが覆っていく。 見てるとぞっとするくらい妖しい気分にされた。 「愛さん……もういい? 出ちゃいそう」 「んん……? いつもより早くね?」 「だってさ」 ヤンキーに襲われ、犯されてるみたいな状況。 なんか得体のしれない興奮がある。 「いいぜ。いつでも、いくらでも」 でも中身は愛さんだ。俺の好きなようにさせてくれた。 ――ヌルッ、ヌルゥウ、ぬるるっ。 「んはぁあんぅ」 腰の揺れが大きくなり、愛さんも机に押しつけたヒップをクネクネさせる。 「あ……っ、あああ……っ」 「く……、ッふ……」 声は抑えなくちゃ。どこに一条さんがいるか分からない。 でも……。 「ンく……う、うぁああああ……っ」 愛さんも絶頂が近くて、抑えてられない。 出しちゃいけない声が出てしまう。 このスリルめいた状況が興奮だった。 「っ、っう」 「んっ、んんっ」 「うう……くっ!」 「ふぁ……っ!」 溜まりにたまったものが出ていくとき、ついかすれた声が出てしまう。 「っはああ……っ」 ――どぷぷぷぷ……ッ! 「きゅあ……っ」 「あはぁああぁああ……ッ! ……ッ!」 愛さんの声のほうがよっぽど大きくて、 誰にも気づかれなかったのは幸運だった。 ・・・・・ 「一条さんたちになにも言わずに来ちゃったけど良かったかな」 「あっちだって察するだろ」 結局外の騒ぎが落ち着かないんで、窓から逃げてしまった。 「あの状況で出てくなんて……無理だろ」 「まあね」 部屋の中、汗や俺のアレなど、いろんな匂いが充満してて、誰か来たらすぐなにしてたかバレると思う。 にしてもすごい体験したなぁ。ワルの巣窟に乗り込んで、1対25のケンカになって。 「はぁ……腰ガクガク。激しすぎだよ」 「ゴメン」 その最強ヤンキーをへろへろにした、俺はすごいかもしれない。 ・・・・・ 「やっと補習終わったー」 「夏休みに学園に来いやなんて、ちょっとした体罰にならんのかなぁ」 「行かないと困るのはこっちだけどね」 「オレらが補習いってる間、何かあった?」 「とくには。江乃死魔がまた若干力を増した程度かと」 「ひとつ気になることがある。1週間前、テスタメントというチームが潰された」 「テスタ……ロックバンドやってる?」 「ああ。音楽活動主体でやっていたが、負けたのが相当悔しいらしい。今度からケンカや走りも手広くやるグループになるそうだ」 「で、彼らを半壊させたチームだが」 「……暴走王国」 「……あのデカ女か」 「愛さんに伝えますか」 「……」 「クミさん?」 「いや、うん」 「いまの愛さんは……」 「おわあっ!」 「……」 「相変わらずすげー迫力。久しぶりじゃねーか、暴走王国、我那覇葉」 「?覚えのない顔だが」 「覚えとけ!愛さんの1の舎弟、稲村学園の葛西久美子だコラァ!」 「愛? 辻堂……か?」 「笑わせるな。うぬがごとき童蒙、辻堂が配下に置くわけがない」 「アア!?」 「……」 「まあよい、辻堂と聞いて、看過する意味はない」 「辻堂に伝えよ。決着の約束、夏が終わるまでには果たしてもらう。と」 「ッ……、クソ。ナメやがって」 「あ、あかんでクミはん。あの化け物には手ぇだすなて愛はん言うてたやん」 「分かってるよ。江乃死魔のときみてーなバカはしねぇ」 「……」 「……でも、いまの愛さんはヤンキーなんて」 かねてからの約束通り! 「水着の園へ遊びに来ました!」 「水着が主役じゃねーだろ」 背景に海が見えるがそれはどうでもいい。 「ハイパー水着タイムはーじまーるよー!」 「お前のその変なとこでテンションあがる性癖、どうにかしてくれ」 だってもうハァハァ。 愛さんが改めてスタイル抜群だって思い出した。 足は長いし、肌はくすみひとつない。出るところは出ててかつ下品でもなく。 「ハァハァ、もうハァハァ」 「大がいつもより倍くらいキモい」 「え、普段からいまの半分はキモいの?」 「ショックならすんな。裸はもう見慣れてるだろ?」 「全裸のときは乳首ばっか見てるから」 水着というフィルターを使うことで、逆に全体の良さが分かるのだ。 「ああ……愛さん、美しい」 「その台詞どっかで聞いたことが……。鬱陶しいときのクミだ」 「ほら、水着タイムはもういい。めいっぱい遊ぶぞ」 「うん」 手を引かれて海の方へ。 土曜の海はすごい人ごみだけど、2人ならそんなにスペースはいらない。 休めるだけのシートスペースだけゲットしたら、すぐ泳ぎに行った。 「ひーろし」 「うん?」 波がヒザにかかる程度の深さまで来ると、 「とりゃっ!」 「わっ」 ――どぼーんっ! 「がぼぁあっ! 急になに!」 急に背中に乗っかってきたので、コケてしまった。 「なははっ。情けねーな。最愛の彼女だぞ、ちゃんと支えてくれよ」 「い、いまのは不意打ち。けほっ、けほっ」 「とりゃあっ!」 「甘い」 こっちから飛びかかっても簡単に避けられる。 「ははっ、大は人を攻撃する才能0だな」 「そうみたい」 我ながら攻撃力0の人間だと思う。 「俺の才能は……こっちかな」 ゆっくり近づいた。 「え? え? なに……わ」 優しく愛さんの体を抱く。 「な、なんだよ大、急に」 「俺は愛さんを攻撃する才能がないわけで。ある才能といえば愛さんにこうしてくっつくだけ」 「ン……まあその才能は確かに」 「よって」 膝に手を回した。 「ひゃあっ!」 持ち上げる。お姫様抱っこってやつだ。 「ひ、大、人が見てる」 「こんな感じでイチャイチャしつつ」 「攻撃するんだ!」 「わああああっ!」 放り投げた。 ――どぼーん! 「ぶはっ、けほっけほっ。やり口が陰湿だっ!」 「あはは、才能ないもので」 海は超満員。まわりにはたくさんの人がいる。 みんな笑ってて恥ずかしいが、恥ずかしさもいまは楽しかった。 しばらく遊んで戻ってくる。 ふぃー。 「あ」 「なに?」 「委員長に言われた薬、ぬるの忘れてた」 「クスリ?」 「うん。海に行くって言ったらさ」 「日焼け対策はしてますか? 辻堂さん、美白なんだから焼いちゃったらもったいないですよ」 「日焼けというのはペラペラ×2」 「なので海に入る前にはこれを塗ってください」 「つってコレくれた」 フランス語の書かれたポーションボトルが出てくる。 「よく分かんないけど、日焼け対策はしたほうがいいね。ヒリヒリするから」 「だな。もう1回海入っちゃったけど、いまからでも塗っとくか」 「OK、そこに寝て」 「……」 「そこまで警戒しなくても」 「だってぜってーエロいことするもん」 「しないよ。愛さんが嫌がるなら」 「ああ。ヨロコんでたーとか言ってエロいことするフラグだな」 そんなに信用ないんだ俺。 「その、大にその気がなくても、触られるとアタシ…………なっちゃうから。人前ではちょっと」 「ああ」 確かにこんな不特定多数の前で感じさせたらダメだ。あの可愛い顔とか声は俺だけのものにしたいし。 「……」 「逆パターンにしようぜ」  ? シートにうつ伏せにされる俺。 「はーいヌリヌリしまーす」 「なるほど、逆パターンね」 ――にゅー。 ジェルに近い、粘性のあるオイルが背中に置かれる。 愛さんは体温でそれを溶かし、 ――にゅるにゅる。 「〜」 ――にゅるにゅるにゅる。 「ああっは」 「んん? どうかしました〜お客さん?」 この前の足マッサージプレイの復讐も兼ねてるらしい。微妙な手つきで肌をくすぐってくる。 「あ、愛さん。こんな人前で」 「うっせえ。逆パターンっつっただろ。アタシには攻撃する権利がある」 「俺が攻撃するものと決めつけなくても」 「聞こえない」 ぬるぬる擦ってくる。 まあくすぐったいくらいは耐えられるし、気持ちいいからいいんだけど。 「大って意外と肩幅広いんだよな」 「そうかな」 「大人っぽくていい感じ♪」 結局イチャつきすぎて、恥ずかしい2人になってしまった。 「うわー、エロ親父〜」 「その言い方は心外だ」 「ふむ」 なにごとか考える愛さん。 「じゃ、お願いしよか」 意外とあっさり寝ころんだ。 もっと警戒すると思ったけどな。まいっか。 「はじめるよ」 ボトルからオイルを出す。 なんかジェルみたいな、固いオイルだった。手で挟んで揉んでると溶けていく。 ――にゅ。 「んふ」 ぷりゅんとした背中に手を置く。 ――ぬるぅー……っ。 「は……、あ」 夏の日差しにやられたのか、火照った肌の感触はいつもより柔らかい気がした。 背中、腰、肩と塗り広げていく。 「……」 「取るなよ」 「わ、分かってるよ」 ビキニカップの裏側に手を入れるとき、すごい興奮した。 さっき水着姿を見たときも思ったけど、セックスを離れて味わう愛さんの体は、また別の意味ですごくイイ。 ……ドキドキする。 「ん……そうそう。まんべんなく」 太もも、ひざ、くるぶしと下りていく。 「っ、足の指までは塗らなくてよくね?」 「いいじゃない」 「いいけど」 ――ニュルニュル。 「っ……っ……」 自分で息が荒くなってるのが分かった。 パンツの中でアレが血の気を帯びていく……。 「おしっ、終了」 「えっ?! あ、う」 そこでちょうど背中側が塗り終わる。 身体を起こした愛さんは、前は自分で塗るようでポーションを自分の胸元にかけ、 「さて……じゃあお返ししないとなぁ」 「へ?」 「一緒にぬれるし、ちょうどいいよ」 「ていっ!」 「ちょっと待――わわわっ!」 後ろから抱きつかれた。 ポーションオイルたっぷりの胸が背中にくっつく。 これなら同時にぬれるけど。 「あっ、愛さん。みんな見てるって」 「うっせーぞ。お返しなんだから黙って受けとけ」 「うう」 さっきのでギンギンになってしまっており、下手に暴れると周りの人に勃起がバレる。 それが分かっているかのように愛さんは大胆に身体をこすり付けてくる。 気持ちイイ。気持ちイイけど……。これじゃいつまでも小さくできない。 「天国で地獄だ!」 「ふふーん♪ 世の中先手必勝だけじゃねーんだよ」 全部作戦通りか。やられた。 俺は辱められるしかできなかった。 昼ごろ、お腹が空いたので海の家へ行ってみた。 時間が悪くほぼ満席の状態だったが、運がよかったらしい。 「奥の席空きましたーどうぞー」 ちょうどのところで席が空き、すぐ座れた。4人がけのテーブルに2人で座る。 満席特有のちょっとせかされる感じのなかメニューを見る。 「なににする?」 「蕎麦食いたいんだけど……さすがにないわな」 「海の家で蕎麦は見たことないね」 あったとしてうどん止まりだ。 「しゃーね。ラーメン。しょうゆで」 「こっちもラーメン、みそ」 「はいまいど」 注文を受けた店主は伝票に書き込みつつ、席が空いてるのを見て。 「合席よろしいですか?」 「どうぞ」 荷物おきにしてた椅子を空けた。 「あ」 「げっ」 失礼な第一声だ。 「お前かよ。呼ぶんじゃなかった」 「……ま、人のモン食わない分だけ腰越よりマシね。私ラーメン。しお」 「まいど」 くしくも知り合いなうえ、注文がかぶった。 待つ時間、微妙な空気になる。 「片瀬さんも遊びにきてたんだ」 「みんなとね。ハナや梓がどうしても遊びたいっていうから」 「仲良いよなお前ら」 「統制がとれてるのよ。トップが優秀だから」 なにかとケンカ腰な他の人たちとちがって、この2人は毎度冷静だった。 「最近江乃死魔大人しいけど、内部崩壊でもしたのか」 「ハン、順調に勢力を伸ばしてるわよ。いま450。お盆前には500の大台に乗るわ」 「ふーん」 興味なさそうな愛さん。 「500って……いま湘南のヤンキーは1000人くらいなんだよね」 「ええ。だいたいね」 過半数が彼女の傘下に。 すごい会話をしてる気がする。ラーメン待ってるだけなのに。 「江乃死魔は小さい勢力の寄せ集めだ。大したことねーよ」 「統制は取れてるわよ」 「それは素直にすごいと思う。膨大なヤンキーグループをひとまとめにしてちゃんと従わせてるんだから」 「完全に制御できてるわけでもなさそうだけど」 「う……。そうなのよね。最近私の言うこと聞かないで勝手にケンカしたり警察の厄介になったり、バカが増えてきたわ」 痛いところを突かれたらしい。顔をしかめる片瀬さん。 「その意味では、愛さんのチームは基本愛さんに絶対服従だよね」 「まーな。徹底してるわけでもねーのに言うこと聞くのは部下に恵まれたと思う」 「チッ……たかが30の集まりがエラそうに」 「お前に絶対服従してる部下は30人いるか?」 「……」 やっぱり顔をしかめた。 ……険悪な空気。 「はいラーメン3つね。伝票こちらとこちら」 「た、食べよう。美味しそうだよ」 「フン」 空気をかえたい。2人にわりばしを渡す。 ぱきっときれいに割った片瀬さんは、 「いつか絶対に泣かせてやる」 「楽しみにしてるよ」 「……」 苛立たしげにしながらラーメンをすすりだした。 「〜♪いいインスタント使ってるじゃないここ」 急激に機嫌が戻った。 「ラーメン好きなの?」 「ええ。本格的なのも好きだけど、こういう袋丸出しのやすっぽいのが好きなの」 大声で言うことじゃないよ。店長さんが睨んでる。 「欲を言えばチャーシューが欲しいけど、煮玉子付きは評価できるわ」 「〜っ。この味は……サッポロ2番の袋麺ね。ナイスチョイス」 マニアックだ。 「こんな安っぽいので嬉しそうに。安い女だな」 「物を美味しそうに食べるのはいいことだよ」 「うぐ」 「インスタントはね、味が単調だから半分くらい食べたらアレンジするのが楽しいのよ」 言いながらコショウを取る。 パッパッとふりかけ、 (むず) 「えきちっ」 「っぷはっ」 「なによ」 吹いてしまった。 「ご、ごめん。片瀬さんくしゃみがメチャメチャ可愛いから」 「な……っ、うっさいわね。くしゃみなんてみんな同じ」 「えくちっ」 「可愛い」 「うっさい!」 「……」 「コショウ貸してくれ」(ぱっぱっ) (むずむず) 「はっくしょい!」 「愛さんは豪快だね」 「豪快!?」 「えくちんっ」 「あはは、可愛い可愛い」 「だぁっくしょい!」 「江戸っ子かアンタは」 「愛さんらしいよ」 「えっぷちんっ」 「可愛い〜」 (……泣きそう) しばらくずるずるとラーメンをかっ込んでいった。 だいたい食べ終わったころ。 「そういえば――暴走王国って知ってる?」 「?ああ、我那覇だっけ。あのティアラよりデカい」 「そう。あの女、アンタのこと探してるみたいよ」 「……」 「……」 「かなり強いそうだから、アンタと潰し合ってくれるのを待ってるんだけど」 「あっそ」 「悪いがいま喧嘩狼は休業中だ。ヤる気ねーよ」 「ふーん、最近大人しいと思ったら、あえて避けてたわけ」 「彼氏の影響?」 「さてね」 100%俺の影響である。 俺がケンカしないで欲しい。普通の子になってほしいって思ってるから。 「助かるような。手の打ちようがないような」 「こっちは準備整い次第アンタは潰すけど」 「いつでもどうぞ。休業は休業であって廃業したわけじゃねェ」 「……」 「……」 冷静だけど散らす火花はすさまじい。 「ごちそうさま」 スープまで飲み終えて、片瀬さんが先に席を立った。 伝票を取る……俺たちの分も合わせて2枚。 「あっ、片瀬さんそんな」 「席空けてもらったお礼よ」 「後の入院費とでも思いなさい」 ゾッとする一言を残して去っていく。 見た目はただの可愛い子なのに、あの迫力。やっぱ三大天の名は並みじゃない。 「カッコいいね彼女」 「貫禄だけならマフィアだわな」 「腰越の他じゃあいつだけだ。ケンカに退屈を感じさせないのは」 愛さんはいつもより心持ち鋭い目で、でも嬉しそうに笑ってた。 「……」 「……フン」 「あー怖かった〜」 「お疲れさん。災難だったな」 「心臓が止まるかと思ったわよ。ただラーメン食べに入ったら辻堂と合席って」 「ヒロく……彼氏がいるから暴れはしなかったろうが、気持ちは分かる。俺でさえ入っていけなかった」 「辻堂め〜。自分だけ余裕綽々でメシ食いやがって〜」 「いつか絶対に泣かせてやる!」 「へっくしょいバーロー!」 「またくしゃみ。誰か噂でもしてるのかな」 「はーっくしょん!」 「はは、江戸っ子っぽい」 「うえーん」 ・・・・・ 結局1日中遊んでしまった。疲れで軽く眠くなるくらいのところで帰途につく。 家が海から近いってこういうとき助かる。帰宅にまで体力使わなくて済むから。 「……」 愛さんはしばらく無口だった。 昼、片瀬さんと一緒してから、何か悩んでる気がする。 やっぱあのことかな。 「我那覇さん、それから江乃死魔」 「消化しねーからスケジュールだけ溜まっちまう」 望まなくてもケンカ相手が向こうから来る。番長のつらいところだ。 いや、望まない……ってわけじゃないか。 「ケンカするの?」 「……」 答えない。 でもこれについては悩んでるって感じはしない。 もう決めてるんだろう。 「まあいつかはその時がくるだろうさ」 目が輝いてる。 楽しみにしてる。 「……」 「大はやっぱケンカ嫌いだよな」 「うん」 巻き込まれたらしょうがないとは思うけど、自分から進んでしたいとは思わない。 「痛い思いするのはイヤだし、させるのもイヤだよ」 「うーん……まあ正論なんだけど」 あっちはしっくり行ってない様子。 愛さんがいまケンカを控えてるのは、俺が嫌うから。その一点だ。 たとえば喫煙癖があるとして、そのタバコを控えてる。みたいなもの。根本から嫌になったわけじゃない。 俺と彼女が、すべて一つになれるわけじゃない。 いつか綻びが出るのかもしれない。 いつか……。 ・・・・・ 「え……」 「どういうこと?」 「だからさぁ、しばらく音楽やめっから。オレらもういンじゃねって」 「あ……そう」 「俺らロックもケンカも走りも伝説目指してっから。最近音楽ばっかだったからさ、バランスとらねーと」 「別にいいだろ。俺最近飽きてたし。お前も飽きてたんじゃね?」 「ッ、い、いいけど」 「ンじゃ、またメールするわ」 「……」 「飽きてたけどね」 「飽きてたけどね!」 (カチカチ) 2時の映画、正午集合の約束だったけど、昼ごはんは各々で食べて1時半集合でいいですか。 送信。 送ったメールの返事を待つ。 映画館近くの喫茶店で美味しいランチがあるって聞いてたけど、ネットで調べたら今日はもう完売しちゃったらしい。 外……曇ってきたな。雨は明日からって予報だったけど。 「なにこの板? テレビ?」 使ってたPCをマキさんに取られた。 「タブレットPCってやつです」 スマホが出た今、携帯できずPCほど便利でなくとすごい勢いで衰退してるやつだ。 その分安かったんで買ってみた。いまは今日行く予定の映画館の情報を見てたところ。 「へー、パソコンがこんな板っきれにねえ」 「マキさんはこういうの弱そうですね」 「家電のない生活送ってるからな。おお〜、触っただけでクリックできるんだ」 「すげーなー人類の進歩。わしの若いころはこんなん夢のまた夢じゃったあ」 「あはは、マキさんの若いころっていうと、テレビのチャンネルをレバーで回してたころですか」 「はっはっはっは」 「あははは」 ・・・・・ 「はっ!」 意識を失ってたらしい。時計を見ると1時間ほど経ってた。 「1コ上だっつってんだろうが」 「分かってますよ。ツッコミは静かに殺しにこないでもっと派手にしてください」 携帯を見ると、 『了解』 さっきのメールに返信が入ってた。 1時半に映画館で待ち合わせ。 ちょっと早いけど、そろそろ行くか。 ・・・・・ 「補習補習で吐きそう」 「愛さんずるいっすよー。1人だけ先に終わって」 「赤点の数が少ねぇんだから苦労が少ないのは当然だろ」 「お前を見てると2学期からも赤点は出さない程度にがんばろうって気になるわ」 「で? 今日はなんだ。このあと約束あるから帰りてーんだけど」 「テスタメント……とかいうチームから挑戦状が来てまして」 「ケンカかよ。いま休業中だっつーに」 「はい。ですが江乃死魔とつながりのある組織だとかで無視するのもどうかと」 (やれやれ。1時半まであと……、15分で終わらしゃいいか) 「……」 「やっぱ愛さん、ケンカはもう?」 「だって大が嫌がるんだもん」 「そすか」 (気に入らねぇけど、ヒロシのヤローにはデカい借りがある) 「……」 「不良、もうやめよかな」 「えっ!」 (やめられるワケねーけど) 「……」 「……」 「愛さんが望むなら、それもいいかと」 「はっ? な、なんだよ。マジにとるなよ」 「えっ? あ、すいません」 (変なやつ。何かあったのか?) 「……」 「今日の奴らは強いのか?」 「レスラー崩れが何人か」 「ふーん。そういうふれこみで楽しめたやつってこれまで1人もいねーけど」 「っと」 「どォらあああ〜〜〜!今日が俺たちの伝説第二章の幕開けだぁあーーッ!」 「湘南最強の一角、辻堂愛!その首もらったァーーーーーーーー!」 「……」 「ひ……ッ!」 「う……ぐ」 「引くな! こっちはもう金も女も捨てて来てんだ!」 「おりゃあああああーーーーーッ!」 「へえ、第一関門突破、か」 「楽しめそうだぜ」 1時20分。 基本10分前行動の愛さんなら、そろそろ来るころだ。 「……」 遅いな。 うわ、降ってきた。 近くの建物の下に入る。 「……」 遅いな。 「フー……ッ」 「がは……っ、つ、強すぎる」 「久しぶりに暴れると手がいてェ」 「さすが元レスラー。愛さん相手に3分も持たせやがった」 「で? 何のつもりだテメェら。意味なく愛さんに突っかかったわけじゃねーだろ」 「う……実は」 (っと、やべ。いま何時だ……) 「暴走王国、我那覇にやられて。なんとか俺たちの伝説を続けるために……」 「……」 「我那覇……アイツか」 「愛さん?」 「詳しく聞かせろ」 「……」 1時55分。 メールは2回送ったが返信なし。 まあ映画なんて最初の10分はCMしたり頭がカメラの人が踊ってるだけだし。 「……」 遅いな。 ・・・・・ 「悪い! 遅れた!」 「……」 2時30分。 さすがにカメラの人が踊ってる時間じゃない。始まった映画もプロローグが済んだところだろう。途中から入るのはキツい。 「ゴメン大。アタシ、その」 「メールくらいは欲しかったよ」 外に貼ってある映画の時刻表をチェックする。 「あらら、今日はもうこの映画ないや」 「う……ゴメン」 「気にしないで。こんな日もあるよ」 「そうだ、そこの喫茶店寄ってこ。人気のパフェがあるんだ」 「うん、あの、おごるよ」 「いいって。ワリカンで」 ちょっと残念だが、まあいい。喫茶店へ。 「でもなんで遅れたの?」 「ン……あの、実は」 言いにくそうに口を詰まらせる愛さん。 「言いたくないならいいけど」 「えと、言いたくないわけじゃ。でもあの」 「?」 言いたくなさそうだ。 見れば愛さん、服がかなり濡れてるのに気付く。 靴はもちろん、ズボンまで泥がはねたあともある。 「……」 暴れてたあとが。 「……ケンカ?」 「……」 「……」 「……ゴメン」 「長雨のあとの晴れは蒸すからイヤですね」 「っ、委員長。こっちこっち」 「はいはい。なんです急に呼び出すなんて。珍しい」 「うん……あの、相談したくて」 「なんの相談?」 「なんでいるんだよ」 「あっはは、外から辻堂さん見えたから」 「委員長も来たし、どうしたのかなーって」 「んと……相談したいことってのは」 (長谷君ですね) (長谷君でしょ) (長谷君長谷君長谷君!) 「大のことなんだ」 「……」 「なんだよそのドヤ顔」 「いえいえ。それで、いかがされました?」 「怒らせちゃって。いまギクシャクしてて」 ・・・・・ 「ケンカのために約束をすっぽかした、と」 「うん。それからなんか……空気悪くて、会えなくなっちゃって」 「ケンカか」 「そんなことであの長谷君が怒るかなぁ」 「怒ってるよ。そのあと一緒にパフェ食べたんだけど、いつも絶対やる『あ、クリームついてる』『取って』のくだりやらなかったし」 「行き過ぎたカップルが普通レベルに落ち着いた。ということでは?」 「でもさぁ、なんかもう、こんなの初めてで」 「うーっ、大に嫌われたらどうしよう」 (可愛い) (可愛い) 「……」 「でも危機感は持ってたほうが良いよ」 「え」 「?」 「男なんてどこで冷めるか分かんないし。自分が冷めたら急に切ってくるし」 「片岡さん? どうかされました……」 「あわわわわわ」 「すまんっ! 用事思い出した!」 「行っちゃった」 「相談って言うか、愚痴りたかっただけって感じだね」 「しかも愚痴になる前に終わっちゃいましたね。まああの2人ですから大丈夫と思いますけど」 「それより……どうかしました?」 「……いや、ごめん。あたし彼氏とキレたばっかりで」 「あ……」 「……」 「べ、別にこっちも冷めてたから。全然平気だけどね」 「えと」 「もー、この話やめようよ、暗くなるから」 「それよりお母……委員長、文化祭の演目ってどうなった?」 「は、はい。詳しくは10日の出校日ですけど、ほぼライブで確定です。舞台設営や時間割を考えないといけませんね」 「やったっ。がんばろーねっ、マイ♪」 「うん? んー……」 「音楽かぁ」 「あっちぃ」 今日も暑い。 7月の終わりに壊れてたクーラー。直ってよかった。 何もする予定がない。ベッドでごろごろする。 ごーろ。 ごーろ。 「こんにちはー」 「あれ、どうしたの」 「珍しいドイツビールが入ったから、冴子さんにあげようと思って」 「そんな気ぃつかわなくても。1回甘やかすと一生甘えられるよ」 「うちは親が飲まないし、1本だけじゃ売り物にもならないから」 「冷蔵庫に入れておくわね」 「うん。あ、ついでに」 「ジュース? お茶?」 「コーラが下の段にあるから」 「はいはい」 何も言わなくても喉がかわいたのに気付いてくれる。 よい子さんはいい嫁になるよ。 「はいお待たせ」 ペットボトルとグラスを2つ。 2人で一服することにした。 「今日冴子さんは?」 「寝てる。運転しすぎで腰が痛いって」 「どこか行ってたの?」 「一昨日急にういろうが食べたいって言いだして、一緒に買いに行ったら、名古屋まで行くとか言い出してさ」 「長いおやつの時間になったわね。美味しかった?」 「うん。味噌煮込みうどんとか色々食べて来たし」 「鳴門海峡はすごかったよ」 「……四国まで行ったの?」 「俺が悪いんだ。味噌煮込みと香川のうどんってどっちが美味しいかなんて言ったから」 結局香川で1泊して、帰ったのは昨日の夜中だった。 昨日か今日あたり、愛さんと遊びたかったんだけど。疲れてずっとぐでーっとしてる。 「冴子さん、ドライブ始めるとノッちゃうからね」 「夏休みでよかったよ。その気になったら学園関係なしで行くから」 助手席は基本的に運転手にされるがままだから困る。 「あ〜」 座りすぎて腰が痛い。コップを置いてベッドに横になった。 と、 「あ……ヒロ君。こっち来て」 「?」 手招きされた。 寄っていくと、 「?」 ひざまくらされる。 「ちょっと待って」 持ってきたポーチを探るよい子さん。 色々出てくる。財布やソーイングセットや……。 ……マスク、ナイフ、ホイッスル?なんか似合わないものまで。 出したのは綿棒だった。 「耳、しばらく放置してるでしょう」 耳掃除してくれるらしい。 そういや最近やってないし。甘えるか。お願いしますとジーンズ越しの太ももに体重を預けた。 ぺろと綿棒の先を舐めるよい子さん。湿らせた先っちょで、 ――さわ。 「ふ」 唾液で濡れたひんやり感が耳の穴をこする。びくっとなった。 「動かないで」 ――カサコソ。 う、う。 ――カサカサ。 「うううう」 くすぐったい。 「……ふふっ、動かないでったら」 「ンなこと言っても……」 「……」(さわさわ) 「わわわっ!い、いまくすぐったでしょ」 「? なんのこと?」 「ふーっ」 「わーっ」 いかん。よい子さんのお茶目成分がさく裂してる。 よい子さん、優しくていい人なんだけど、姉ちゃんとも仲がいいだけあって意外と調子にノるからなぁ。 「こちょこちょこちょ〜」 「こらーっ、これもう完全にくすぐって……わはっ」 「お邪魔します」 「あら」 「待って、あっちょ、そこダメ。あああ癖になっちゃうぅう〜〜〜〜!」 「愛さん!?」 変な現場を見られた。 「お邪魔しました。色んな意味で」 「待って待って」 あわてて後を追いかける。 「あらあら」 「青春ね〜、うらやましいわ」 「辻堂にいらねぇ恨み買っちまったか?」 「なにそのキャラ?」 「はわぁ! さ、冴子さんいつから」 「最初からずーっと寝てたわよ。腰が痛いときはヒロの介護が一番だもの」 「変に布団が盛り上がってると思ったら」 「ついでだから私も耳掃除お願い」(ぽふ) 「はいはい」 「待って愛さん!」 「はい」 「おわ!普通に待つのか。なんで帰っちゃうのさ」 簡単に追いつけたからよかったものの、嫌な現場を見られた気がする。 「えっと、あの人はただの幼なじみだから」 「う、うん。知ってる」 「いまのは俺の耳の不衛生が招いたものと言いますか。どちらも他意はなかったもので」 「わ、分かってるって」 あっちもただ怒ってるわけではなさそう。 「ただ、あの、急だったから」 「この前のことでしばらく会ってくれなかったのに。急にあんな……」 「は? しばらく……」 そういえば4日くらい会ってないっけ。 でもそれは一昨日から姉ちゃんに付き合わされてたからなわけで。 この前のことってのは。 「……」 ああ。 「アタシのこと怒ってて、もう……いいのかなって。パニクって」 「そんなわけないでしょ」 たしかに遅刻で映画行けなかったのはムッと来たけど、何日も引きずるようなことじゃない。 「考え過ぎだよ。俺が愛さんを『もういい』なんてあるわけないじゃない」 「……」 「うーっ、でもいきなり彼氏が他の女にひざまくらされてるとこ見てみろ! 絶対パニくるだろ!」 「そ、それはごめんなさい」 「大は誰にでも、どんな女にでも優しいから。……不安なんだぞ、いつも」 「ごめん」 マキさんのこともあるんだろう。口をへの字にしてる愛さん。 「……」 「うーっ」 じたばたする愛さん。 「お、落ち着いて。はいはい」 子供みたいな拗ね方だ。子供をあやす要領で抱っこして、背中をぽんぽんした。 「今日のことは全面的に俺が悪いです。なんでもするから許して。ね?」 「……」 「アタシにも優しくしてほしい」 「出来る限りしてるつもりだけど」 「足りない。もっともっと甘えさせてほしい。ッ」 「わぷっ」 キスされる。 でも強引に奪われたのに、押しつける力は弱々しかった。 やれやれ。 「分かりました。俺の紳士ゲージが0になるまでご奉仕します」 黒が馴染んできた長い髪を撫でる。 「んふぅ……」 こっちから唇をかぶせていく。 「……大、だいすき」 「俺だって大好きだよ」 「やぅ、もっと。もっとキスするの」 「はいはい。……目ぇ閉じて」 「大の顔見てたい」 「恥ずかしいよ」 「いいだろ。そっちだって開けたままなんだから」 「そうだけどさ」 「んーっ」 されてしまった。 仕方ない。こっちからも迎え撃って、顎の角度を変えたり、そっとリップラインを舐めたり。 「ぁふ、んん」 気持ちよさそうに目を細める愛さん。 ……それはいいんだけど。 「あのぅ、愛さん?あんまり往来でぎゅーってされると」 「イヤなの?」 「嫌じゃないけど、今は昼間ですし」 「おやおや」 ご近所さんに見られた。 しかも、 「大、もっとぉ」 「は、はい……んむむ」 「あらぁ……最近の若い子はすごいわ」 「ヒロ坊もえっれぇ美人ゲットしたもんだ」 「ホゥホゥ」 「いいことだよ」 「にゃー」 こんな時に限って人が多いし。 どうも愛さん、髪を染めてからってもの、ヤンキー方面に使ってたパワーが大幅にラブラブ方面に向いてる気がする。 嬉しいんだけど……恥ずかしい。 「大好きだぞ」 「俺もだってば」 でも助けてー。 「……」 「んがあああああ! ムカついてきた!」 「ひい!」 いかん。マキさんのことが絡んだ途端怒らせてしまった。 「テメェチョーシ乗んな大!」 胸倉をつかまれる。久しぶりに足が宙に浮いてる。 「誰にでも甘い顔しやがって。その人類みな兄弟みたいな考え方、気にくわねぇ」 「お前自分がどんだけカッコいいか知ってんのか。優しくされたらもう……女ならイチコロなんだぞ!」 「あんまカッコいいんじゃねーよコラァ!」 「え、えーと、ありがとう?」 怒られてるのかよく分からない。 「ひざまくらってする側も結構気持ちイイんだからな。大の重さとか、温かさが腿にきて。こう……ふわーってなるんだからな」 「アタシ以外としてんじゃねーよ!」 「ゴメンなさい」 「このヤロー……その素直なところもツボなんだよ!」 ガクガク。 「あうあう」 俺はいまなぜ脅されてるんだろう。 「……」 「こっち来い」 家の中へ。 「アタシもするからな。ほら来い。ひざまくら!」 「は、はいはい」 耳かきを用意しつつヒザに寝かせてもらう。 よい子さんもよかったけど、こっちもふくふくして気持ちいい。 「……」 (なでなで) 「なぜ撫でる」 「可愛いからだよ! 文句あんのか!」 ないです。 「始めるぞ……痛かったら言えよ」 「うん」 「すぐ言うんだぞ。遅れたら母さんみたいになるから」 「……」 「お母さん、どうかしたの?」 「気にすんな」 「伝説の稲村チェーンに史上唯一流血させた相手が娘だったってだけの話だ」 「助けてー!」 でも、そっか。 愛さんはケンカっ早くて、俺は誰にも甘い顔して。それは俺たちの心の根っこにあるもので。 お互い、その部分の相性はよろしくないみたいだ。 「いえーい! 2週連続スイームパーティー!」 「はぁ……、まあ今週はアレだったから付き合うけど」 あまり乗り気じゃないっぽい愛さんもつれて、また海に来た。 「でも今日は……パーティ日和とは言えないぞ」 「だね」 人が多すぎる。 先週の時点でもうすごかったけど、8月に入った今週は……もう。 「やっぱ日曜日を選んだのは間違いだったか」 「これからのシーズンは平日でもどうにもならねーけどな」 海岸はパラソルで埋め尽くされ、海は人で埋め尽くされてる。 どうするかなー。 「ありゃ」 「ん?」 「ども、ロックフェス以来っすね」 例のかませになった人たちが。 「お久しぶり。みなさんも遊びに?」 お互い大変ですね。苦笑しながら人ごみを眺める。 けど、 「うちらはこれから空いてるトコ行くシ」 「空いてる?」 「なるほど。ホテルビーチか」 「おう、俺っちたちはフリーで入れるんだけど、1人につき1人ゲスト呼べっから、お前さんたちも入っていいぜ」 「なんかすいません」 あれよあれよという間に連れて来られてしまった。 江ノ島のでっかいホテルが貸し切ってる、江ノ島海岸の一角。 遊んでるのは10人もいなかった。あっちと比べたら天と地だ。 「女ばっかで来ててちっと寂しかったんすよぅ。真夏のビーチは異性込みですったもんだしねーと」 「ねーねーセンパイ。オイル塗ってください」 「え。えっと」 「……」 「一条さんにやってもらって」 「それより、君ら3人だけ?いつもの……」 「ゲッ!」 「いたね」 「いたな」 予想通りだ。 ちょっと嫌な顔をする片瀬さんだが、 「ま、ちょうどいいわ。こないだの決着をつけるために呼ぶ気だったのよ」 「ついてない決着なんてあったか?ケンカしたときはだいたいお前が泣いて終わるけど」 「やかましい! 腰越の横やりでお流れになってた、ビーチバレーの決着をつけるわ!」 「ああ」 「そういや片瀬さん、ロックフェスのあれじゃいいトコなしで終わったんだっけ」 「ぷっ。そうでしたっけ」 「悪いとこばっかで終わったやつが笑うな!」 「すんません!」 「でもいいかもなビーチバレー」 「OK、あのメガネ委員長がいないのは不満だけど、ヤりましょっか」 適当に棒をたてて紐で網を作って、簡易のコートを作る。 「俺と愛さんはペアとして、そっちはどういうチーム組むの?」 「そうね。私は確定として、ティアラと梓どっちを使おうかしら」 「あたしは?」 「別に3対2でもいいぜ」 「あたしはー!」 「調子こいてくれちゃって。まあいいわ、選ぶの面倒だし、3:2で行きましょう」 「もうれんにゃの友達やめるシ」 「ハナさんはこっちにどうぞ。3:3でやりましょう」 「おう!」 ハナさんがこっちに来る。 「さあ行くぜ。ハナ、こっちは負ける気はねェ。今日は協力してもらうぞ」 「いまだけは江乃死魔やめてるシ。れんにゃに一泡吹かせてやる」 「スポーツである以上勝ちを目指すのはいいことです」 「でも疑問なんだけど、ハナさんてネットまで手ぇ届く?」 「あ……」 「理想的な流れになったわ。いいアンタら、アタックは全部私にやらせるのよ」 「えー。ティアラセンパイのほうが確実じゃねっすか?」 「いいから! 全部私がうつから! いいわね!」 ゲーム開始。 愛さんのかるーいサーブでスタートとなる。 「しゃーねー命令には従うっす。レシーブ!」 「俺っちが打ってハナに当てたら死んじまうからな……トス!」 「アターック!」 ――バシッ! 結構いいアタックだった。 が――。 「ハッ!」 愛さんなら拾えない球じゃない。 「そして俺がトス!」 「行くぜハナ!」 「おうよ!」 「そぉい!」 愛さんが軽いハナさんをブン投げた。 「おんどりゃああああ食らうシ!」 ハナさんのスパイク! へろへろ〜。 「レシーブ!」 「トスだっての!」 「でえええい!」 「おっと!」 「ハナさん!」 「ちょりあー!」 「おや、若者たちが仲良くバレーなんてしているぞ」 「本気を出してる様子じゃないし。楽しそうね」 「不良の巣窟湘南にも、あんな爽やかな若者がいるんだなぁ」 6人でいい汗かいた。 ・・・・・・ 「楽しかったね」 「まあまあかな。江乃死魔はアホばっかりで疲れるけどさ」 「またそういうこと言う」 「でも風呂貸してくれたのはありがたい」 ぐーっと背伸びする愛さん。 シャワーがないか聞いたら、ゲストということでホテルのバスを1室お借りしてしまった。 片瀬さんたちはこのホテル名物の温泉スパに入るとのこと。 いまごろ広いお風呂に入ってるんだろうなぁ。 「俺にはこっちのほうが美味しいけど」 「……お前にすればな。てかなんで一緒に入ってんだよ」 「イヤだった?」 「イヤではないけど」 つれないことを言いながら、リラックスして俺に体重を預けてる愛さん。 「今日は嬉しかった。江乃死魔の人たちと仲良くできて」 「……まーな」 「みんなケンカしないで、今日みたいに仲良くできればいいんだけど」 「それは無理だ。アタシらがアタシらである限り」 「……」 か。 ちょっとブルーになってしまう。抱っこした身体にすりすりした。 愛さんは慰めるようにすりすりを返し。 「……」 「いいムードなんだから、いいムードにしとけよ」 「ごめんごめん」 くっつきすぎた。水着のなかで膨れてるものが愛さんのお尻を押す。 「ねえ……愛さん」 「ちょ、ここで? 恋奈たち来ちゃうかも」 「いいじゃん、鍵かかってるし」 この点も温泉より個室にしてくれたのが助かる。シャワールームは密室状態だ。 「も、もう」 愛さんは困った顔だが、 「イヤって言ってもしちゃう。そーれモミモミ〜」 「あんぅっ」 「こら大、話聞け……ぁっ、んんぅ」 乗り気じゃなさそうなので、いきなり乳首から狙う。 「ちょお……っ、んは、あっ、あふ」 水着のうえからすりすり撫でるだけでも愛さんは吐息が乱れ、文句言えなくなる。 「相変わらず感じやすいね」 「知ってるなら急にするなよ……もう」 「……乳首立ってる」 「……しょうがないだろ。こんな薄着でお前とくっついてるんだから」 なんだ、ウェルカムだったらしい。 カップブラ越しに、左右から集めるようにして揉む。 「っ……、っ……」 「愛さんみたいなスレンダーは、水着とか薄着になると急激におっぱいが際立つね」 「着やせする、ってこと?」 「それそれ」 カップが隠しきれない白いお肉が、谷間でムチムチせめぎ合うのがたまらなくエッチぃ。 肩や背筋はほっそりしてるだけに、なおさら胸の肉付きが際立った。 「はぁ……は……」 夢中で揉みしだく。 「あっふ……ンく、んんん……」 張りのあるふくらみは、何度にぎっても指に心地よかった。 それにしつこく揉んでると、だんだん愛さんの白い背筋がそってくる。 「本気で感じてきた?」 「しょうがないだろ……ぁっ、あ……ぅ」 切なそうに眉をひそめてる。 「キスもしちゃおっか」 「え……でも、キスは」 「ふふ、したら愛さん、一発で火がついてとまらなくなっちゃうもんね」 「〜……」 また困った顔。図星の顔だ。 「鍵はあるけど、恋奈きたらヤバいじゃん」 「だね」 「でもしちゃう。んちゅ〜」 「ぁはぅんむ……ちゅる、ちう、んんん。もぉお、エッチぃことばっか積極的」 「強引にされるの好きなくせに」 「……ちる、んちゅうう」 不満そうながらもキスには積極的だった。 音を立てて吸いあいながら、 「ちぅう……ンちゅ、るろ……あむ、はぁぷ」 舌も絡めだした。 「っぷは、大の口、じゃりじゃりする」 「あー、砂ついてた?」 「もおお」 湯をすくって自分の舌をぬぐう愛さん。 「はぁむ、ぁむ……るろ。ぺちゅぴちゅ」 「ンぅ……」 口の周りをべろべろ舐めまわされた。 「ぷぅ……ん」 砂がついたらじゃぶじゃぶ洗って。 「はぁむ……ちるちる。ちゅぷ、ぢゅぷるぅ」 万遍なく舐めてくる。 俺の口を洗えばいいという発想はないらしい。 気持ちいいので好きにさせておこう。ベロチューは愛さん主導に任せて。 ――ぐにぅ。 「っふぅううん」 またおっぱい攻めに戻った。 「愛さん、おっぱいちょっと大きくなってない?」 「か、かも。最近ちょいブラが合ってない」 「俺がたくさん揉んだからかな」 「知るか」 プリプリした弾力はそのままで、手のひらに感じるサイズが増してる。 ちょっと指を押し込めば弾かれそうだ。もっと大きくなるようによぉーくモミモミした。 「ぁぅん……んふっ。ふ、くぅううん……」 感度は変わらず抜群なまま。 「ぁみゅうぅ……んち、るろるろ、ぷは……。ああも……大、ゾクゾクするぅ」 「火ぃついちゃったね」 ねちっこいおっぱい攻めとキス。愛さんはもうすっかり目つきがとろんてなってる。 「ハァ……ハァ……はん」 呼吸も乱れてきた。 くっつけた唇から甘い吐息が吹き込まれて、俺もゾクゾクする。 ――すすすす。 「ひぃ……うっ、うっ、ううううんっ」 おっぱいをコネくり回した手を、ゆっくりお腹へ下げて行った。 横腹やおへそのラインをツゥーってされて、愛さんの体がビクつく。 「くぅ……くすぐった……ぃ」 「くすぐってるんだよ。……はむ」 「ひゃんっ」 さらにくすぐったがりなとこ、耳たぶにもキスした。 ディープキスしかける感じでハムハムれろれろ。 「はぁああ……っ、ひんっ、ひうううう。こら、ひろ……ふゃああしつこく舐めちゃだめええ」 あばらのところから急激にくびれていくウエストライン。へこんだおへその周りを撫でさすりながら、 「ちるるる」 「あっ、あっあっあっ……んふぁああ、もおおお」 耳の穴を舌で。おへそを指でほじくった。 「くすぐったい?」 「くすぐったいっていうかもう……もう……んはぁっ」 「あぅ……くんっ、んんんっ……ンふぅうう」 身体の中でじれったい何かが暴れてるみたく、全身をビクつかせてる愛さん。 のっかった俺の腿に、お尻をこすりつけてくるのがどういう気持ちなのかを表してる。 「もっとくすぐっちゃお。コチョコチョ〜」 「あはぁんっ、はぅっ、ひ、んん……ッ、だぁからぁ……あんくっ、ん、んんんんっ」 「はぁ……っ、あっ、あああっ、ンぁ、んぁっ」 「くやぁぁあああぁぁぁあぁ…………ッ!」 あれ。 「ふぁあ……、あひ、……あひぁ、ひ……。ん……、ふぁは……」 「……イッちゃった?」 「……ばかぁ……」 予定外だ。 「ご、ゴメンゴメン。愛さんが全身性感帯なの忘れてた」 くすぐったすぎて軽イキ。初体験のときから何度もやってるのに忘れてた。 「うー」 じろっと睨みつけてくる愛さん。 怒ってる。 「き、機嫌なおして。ね?」 「ぁむ……ん、ん〜……ちゅるっ、ちゅむむ」 キスで誤魔化した。 「はむ……ンちゅ、んは……ぁむむ」 幸い愛さんも本気では怒っておらず、すぐに積極的に応じてくれる。 「ン……」 「あんまり時間かけないで、メインディッシュに行くね」 ――すすす。 おへそのところからさらに指の位置を下げた。 上と対になってるビキニをつつく。 「はぅ……んふっ、んんぅ」 「イジるね」 本当なら『イジって欲しい?』とかの問答をいれるとこだけど、今日はやめておこう。 ――ニュリ。 「あひぃんっ」 すっかり温まってる帯を押す。 割れ目が潰れて、中身が口を開けてしまった。 「あっ、あぁ……お湯、入ってくる」 「分かるんだ」 「分かるよ……うううう、ムズムズする」 ふわふわした様子の愛さん。 熱くなってきたのか、ジトッと汗をかいた肌が何とも甘酸っぱく香る。 興奮する。 ――ぐにぅ。 「っあひぁああんっ」 中まで手を入れた。 中心部を触っただけで、愛さんはショックを受けたように体をつっぱらせる。 「テンションあがってるね。またすぐイキそう」 「大が……触り方やらしいから」 「愛さんの体のせいだよ」 またキスした。 今度はどっちからということもない。お互いに舌を吸い上げていく。 「あんむ……んんちゅ、んはぁ、大、大……」 「愛さん……んむる、可愛いよ、ちゅぷ、はぷ」 「はンぁあ……ちゅむ、んるろる、ちゅぷぅぷ」 ねろねろとディープキスした。 こうしてると愛さんはどんどんウットリした顔になって、俺に体を預けてくる。 力を抜いた体は心地よく体重を伝え、 「あはぁあ……」 何をしてもまたすぐイキそうに体がトロけていく。 「ンっ……」 「っ」 お尻をモジッとさせる愛さん。 気持ちよくてつい声が出た。 「あは……ったく、余裕こいてるくせにこんな」 「別に余裕ではないって」 お尻にはさっきから、ギンギンになった俺のモノがあたってる。 射精したくてビクつくものに、ふかふかのヒップは気持ちよすぎる。 「おらおら、人様を好き勝手感じさせまくってんじゃねーぞ」 「わは、う……俺が好き放題するの好きなくせに」 「ふぁあああんっ」 お尻をゆらして俺を責めてくる愛さんに、こっちも内部に仕込んだ指をうねらせて反撃する。 ――ニュリュン。 「ひあぁあああんっ」 まだ入り口を探るだけのつもりだったんだが、ヌルつきすぎてて、穴の中まで入ってしまった。 「バカ……急には反則だろ」 「あはは。ゴメンゴメン」 縦長い笹の葉型のラビアは、すっかり充血して柔らかくなってる。 お湯の中なんだ濡れも当然充分。 それにしてもこうも簡単に入ったのは、やっぱりヌルヌルが中に充満してるからだろうな。 「こんなに濡らしちゃって。もう我慢できないでしょ」 「〜」 恥ずかしそうだった。 でもエッチモード入ってるんで素直で、こくんと小さく首を縦にふる。 ――にちゃ、にちゃ。 「ぁ……うんっ」 ――にちゅにちゅにちゅ。 「ゃぅぅううう……」 微妙につぶつぶした肉の連なりをほじくるたび、愛さんの反応は高まる一方だ。 「ここもすっかりやらしくなったね」 おっぱいがムチムチになった点もあるけど、それ以上に成長したのがこの中のお肉だ。 初めてだったころに比べて露骨にエロく指に吸い付くようになった。 刺激に対する反応が慣れた感じ。 「ぁっ、ん、……はんっ、ンンン」 刺激そのものには、愛さんはまるで慣れないけど。 「はっ、ん……大、あの、も……もぅ」 「限界?」 「……うん」 モデルみたいに綺麗な足がぴくぴくしてる。 あんまり続けると腰が抜けちゃいそうだな。 「お尻あげて。そう」 ざぶんと音を立てて体を持ち上げる愛さん。俺は残ってる水着に手をかける。 快感で芯がとけてるせいか、タルそうだった。 「はう」 くてんって感じにバスタブにもたれる。 俺の位置からはいい感じだ。大事なとこが全部見えちゃってる。 お風呂のお湯とは明らかに違うねろねろした汁気でまみれた腿の付け根から、 まだ刺激してないのにヒクついてるアナルまで。 「そういやこっちはまだ触ってなかったね」 ――ツ。 「ひゃあああっ」 相変わらず敏感で、周りを撫でただけで愛さんはすごい声を上げた。 皺を刻むリング型の筋肉にそってひと撫で、ふた撫で。 「あんっ、ンっ、んんん……ッ」 「あはぁああ……」 我慢しようとしたんだろうけど、すぐにトロけた声が出てしまう。 「恥ずかしがらなくていいってば。こっちが敏感なのも愛さんのチャームポイントだよ」 「うるさ……んは、あああ、あぁああお尻撫ですぎぃい」 トロけたのは愛さんの態度だけじゃない。 お尻の穴までふわーっと口を開けて、当ててるだけの指に吸いつくよう持ち上がってきた。 やらしいアナル。俺の指に、中まで入って欲しがってる。 ――つぷぅ。 「はひぃいいいい」 第一関節までいれる。 すごい乱れ方だった。キュッと細くくびれた足首から腿までが震える。連動して形のいいヒップ全体がうねってる。 「汁の量が増えてきた」 「ああぁ、あああっ、大、恥ずかし……んふぁ」 「トロトロだよ。どんどん出てくる」 アナルを優しくほぐしてると、左右対称な肉ビラがよくヒクつく。 奥からは火照った汁気があふれて、秘所をとりまくように溜まっていった。 「ン……毛がキラキラしてる。やっぱ愛さんパイパンじゃないんだね」 「う……だから言ってんだろ」 水気は自然とまわりよりは発達した産毛を避け、上にかぶさるよう伝うため、光をよく反射する。 「はぁ……ン、はん、あん、あーん」 揉みほぐされるアヌスがたまらなくなってきたのか、愛さんの声音から否定的な色がとれていく。 「お尻気持ちいいんだ?」 「う……ぅう、恥ずかしいって」 「はやああん、あ……ん、ああん。ゃうううん」 「可愛い声。気持ちイイくせに」 「んぅ……んぅううう」 恥ずかしそうに潤んだ眼を細めてる愛さん。 でもトロ火で煮込んだようになってる頭は、もうふわふわらしく。 「い……いぃい」 あっさり認めた。 「お尻……あああお尻いいの。気持ちいいの。あはぁあ大にお尻イジメられるの好きぃ」 「あっ、あっ、もっとして。その……深いところも、いっぱい指入れてぐにぐにイジッてぇ」 「そこ……ンふぁああぁあ入口ばっか撫でるのダメェ」 会陰からお尻の谷間を撫でてるだけですごい騒ぎ方だ。 ヴァギナからあふれた汁なんて、もうぽた、ぽた湯船に落ちるほど。 「こっちにも栓しとかないと」 水着をぬいで取り出したペニスを、ぐっとあてがう。 「はあ……っ、あっ、ああうん。来て」 「こっちも欲しいんだ?」 「うん、うん欲しい。大のおっきいので栓して。ぐーって、ぐーって奥まで突かれるの好きぃい」 自分からひくひく腰をせり上げまでする。 湘南最強の番長さんが、すっかりエッチになっちゃって。 まあいいさ。これが俺の愛さん。 俺だけの辻堂愛だ。 ――ぐに。 「ひァ……ッ!」 穴自体は狭いので、肉を押し込むとヴァギナの浅瀬全体が大きく持ち上がる。 「はぁぁあああぁあん、あんっ、あああん」 それだけでたまらないらしい。愛さんは腰をぶるぶるさせてる。 ――にちぅう。 「分かる愛さん? お汁がすごい音させてる」 「ぁんっ、言うなぁ。変な音させてるのは大だろ」 「んー? じゃあやめようか」 「だめ、やめちゃダメ……。もぉ、早くぅ」 「はいはい」 ――にゅるぐっ。 「ウウウウウウウ……」 亀頭がハマりこむ。 愛さんのヒップは綺麗なハート形で、中心をつらぬく瞬間はいつでも興奮した。 怒張がさらに膨れるのを感じつつ、半分くらいまで進めていく。 「ああっ、あうううう、すご……太ぉ……イ」 連結部が広がる感触に、愛さんはもう意識が半分飛んでる模様。 ――にるっ、にるっ。 軽く出し入れしてみた。 「ンくぁああぅ、こらっ、急に……ふぁ。急に太いのでひっかくなぁ」 「ゴメンゴメン」 「でもすごいよ愛さん。エロいのが俺のにべっとりついてくる」 亀頭でひっかきだした愛液は、卵の白身みたいにべとっとしてる。 これなら簡単に反復できそうだ。 ――にゅっにゅっにゅっにゅっ。 「んっ、ふっ、うっ、あはぁあっ」 ――ニュッニュッニュッニュッ! 「あはぁああああっ、あっ、ああっ、はんんんっ。ひろ……はげしっ、ふぁあああっ。あんんん」 大きなピッチで腰を行ったり来たりさせる。 押すときの力が強いので、自然と挿入が深まり、そのぶん愛さんの反応は増した。 ――にゅるっにゅるっ、にゅぽっ、じゅぽっ。 「ひぅううんっ、あぅぁっ、あはぁあああ、んっ、んっ、んっ、んっ。……ふぁっ、ふぁああああうううっ、深ぁいぃい」 「はああっ、ひゃぅ、あううううっ、ンく、おなか……やけちゃ……ぅあああああ、そんなに奥のほうコスっちゃぁやぁああ」 「あは、もうイキそうでしょ愛さん。すごいしまってる」 「ぁんふ、あああぅう、大が、大がすごすぎるからぁ」 くびれきった腰がくいくいうねって、俺のピッチを受け止めてる。 「いつでもイッていいよ。……ッ、俺もすぐだから」 こっちはまだ1度も出してないから、さっきお尻でこすられた刺激だけで溜まりきってる。気をそらさなきゃすぐ出ると思う。 気をぬいたらすぐ出ちゃうってことでもある。強烈な緊縮でペニスをこすられ、クラクラした。 「あはぁっ、あはぁあん。んっ、んんん」 ピストンが早まり、愛さんの吐息も高まっていく。 ずぶずぶと当てこする子宮が、ぐっとこっちへせり出してきてるのが分かる。 「はは、愛さんもう体のほうが射精してほしがってる」 「うう〜、だから恥ずかしいって」 どこまでいっても恥ずかしがりなのがツボだ。つい意地悪言ってしまった。 おわびに精一杯喜ばせよう。せり出す子宮を亀頭でグリグリした。 「きゃふぁああああんっ。大それ、それ、それぇええっ、あああもおおお」 それがとどめになったらしい。びーんと背筋をそらす愛さん。 プリプリおっぱいがぱゆんと跳ね、長い足が折れないか心配なほど揺れた。 「あああイク、イク、いくぅうううもおイクぅうううっ」 「ふぁ……んっ」 「はぁぁああぁぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 最後に俺のペニスをこすりあげるよう、腰全体を揺れ動かして、愛さんの悲鳴がきわまった。 お風呂場だとすごい反響だ。外に聞こえてないかな。 でもそんなこと心配してる余裕もなく、 「うく……ッ!」 ちゃんとイカせた。という達成感がわいた瞬間、こっちも限界が来た。 びゅるびゅると放出が一番深い部分で始まる。 「あはぁっ、ああああぅ、ぁあああっ」 「んあっ、あつ、……はぁあ大のがどぷどぷくるう」 「あぁあぁあまたイクっ、く、ひぅううまたイクぅううううーーーーーーっ!」 それが愛さんの絶頂を長引かせる引き金となり、 声はいつまで経ってもおさまらなかった。 ・・・・・ 「はぁ……はぅ」 「ふぅ……ふぅ」 腰から力が抜けた。 放ち終えて柔らかくなったものは、愛さんのしまりに負けてずるんと抜け落ちる。 穴はすぐにキュンとすぼまって、俺の出したものを奥に蓄えた。 ……エッチぃ構造。 「はぁ……はぁ……ン」 「……」 そしてそんなヴァギナに見とれてると、ひとつ気づいたことが。 「ああ……ん、は……」 ――ひゅく、ひゅくくっ、……ヌパぁ。 「……」 「あはぁあ……」 ――ぬぱ、ぬぱぁ。 ――ニュ。 「ひゃああっ!」 「ちょ……大っ。急に触るなびっくりするだろ」 「あはは、だってここ、触って欲しがってるから」 シマりのいいヴァギナとは対照的に、アナルは緩みがちだった。 皺の隙間からぬめーっとピンク色の粘膜を持ちあがらせては、ひゅくんと怯えるように窄まる。 「相手しなくて拗ねてるみたい」 「なに言って……んんんっ。ばか、いま触るなよ。敏感になって……ふぁぁん」 さっき触ったときもトロけてたけど、いまはイッた反動か、筋肉がないみたいに柔らかだ。 ためしに指を2本入れて広げてみる。 「あ……へぁ……、ぇぁああああ」 ぬるぬるのピンク色は簡単にひろがり、薄暗い中身が見えた。 「こんなに開くものなんだね」 まん丸く広がるアヌス……やらしすぎる。 「はむっ」 「ひゃううううん舐めるなっ。あっ、あぁぁあああ舌でほじるのらめぇえ」 あわてて穴は皺を刻もうとするけど、力が抜けてて突破するなんて簡単だった。 ――ぐりゅぐりゅほじほじ。 「ぁっ、いい、ぃいんんっ。くふぁ、お尻、お尻ほじるのわぁあ」 ――にゅぐにゅぐにちにち。 「ほんとに……あふ、ん、おおお……はっ、くひぁああ、中、お尻のなか、かきまわされてるぅ」 ――ぐにっ、ぐにっ、ぐにっ、ぐにっ。 「あーんお尻気持ちいいよぉお」 「♪」 一瞬緊張したアヌスだけど、丹念にほぐせば簡単にまた丸く広がる。 舌に押されて広がるなんて、もうこのアヌス、俺の舌より柔らかくなってるのか。 「愛さんのここ、日に日に柔らかくなるね」 「えぅう……、だって、……だぁって」 「うん?」 「……大がいつか……したがりそうだから。アタシなりに、練習しとこうって、それで」 「……」 なんですと? 「はぁ……はぁ……でもダメ。全然ちがう」 「大にされると気持ちよすぎて、すぐふにゃっちゃう。くぱって、くぱぁって開いちゃう……恥ずかしいよぉ」 「……」 「それはつまり、愛さん1人でこっちの練習してるってこと?」 「う……」 恥ずかしそうに顔を伏せる。 けど穴をあけたアナルを見られて、誤魔化しきれないと思ったんだろう。逆ギレ気味に。 「大のせいだろっ!」 「大がその、おな……にーの仕方とか。お尻気持ちイイこととか……だから、その」 「その」 「なに?」 言いにくそうに口を閉ざす。 「なんなのさ」 「だ、だからぁ。アタシが……。……えと」 面白い展開なので、尻たぶをめくってアナルを突きながら聞いた。 愛さんは恥ずかしさが快楽に駆逐されるらしく、目じりをとろんとさせていき、 「……アタシがお尻大好きなったの」 「アタシが大にお尻犯して欲しがってるのは、大のせいだ」 「……」 射精しそうだ。 「それは気が回らなかったよ。すぐ責任取るね」 「ふぁん……っ」 簡単に膨張しなおしたものをあてがった。 ぬらぬらしたピンク色の小口は、簡単にふわーっと口を開いて、俺のに挨拶していくる。 「愛さんのアナルバージンも俺のモノだからね」 「……どーでもいいよそんなの」 ――ヌルゥウ。 「っひぃいいいいいいいっ!」 ぴちぴちのヒップの中央に、亀頭がめりこむ。 「くぁ」 挿入は意外なほどあっさりだったけど、そこからの反発がすごかった。 しまりがいいとかの次元じゃない。出入り口の窮屈さに、ペニスが千切れそうだ。処女のときの前よりもっとキツい。 やってみたい一心で始めちゃったけど、アナルセックスってすごいかも。ペニスが真空パックされてるみたいな感じ。 「あぐ……すご。すごいよ愛さん」 「はひ……ぁ、う……。ど? 大……きもちいい?」 「うん。これまで味わったことない感じ」 「あは……よかった。……アタシも」 排泄器官が丸く広がる感覚にしばらく耐えていた愛さんは、だんだんと体をうねらせだし、 「アタシもすごい……すご、すごぉいいいっ」 おっぱいをタプタプゆすって、自分から腰をよじらせだした。 「だ、大丈夫愛さん? お尻痛くないの?」 「痛いよ……痛い。燃えてるみたいに熱くて。熱くて……」 「すごく気持ちイイぃい」 腸道の触ったことない場所まで届いてるはずなのに、愛さんは意外なほどあっけなく適応した。 「はぁっ、はぁああ、あああお尻変になるぅう」 「うは、めちゃくちゃ締まるよ……。うわっつ、はは、食いちぎられそう」 「あぁん、あはぁん」 すべすべした粘膜がペニスにぴったりぶつかって、ゆっくりと蠢く。 ヴァギナとは別種の快感だった。 これ……ヤバいな。ハマりそう。今度からも毎回1回は試したくなる。 「愛さんはお尻気持ちいい?」 「んふ……うん、うん気持ちいい。ふぁあんぅ、あひああぁああアナル気持ちいいい」 スレンダーグラマーな体はもう痙攣を始めてる。 よしよし。これだけ喜んでるなら今度からも出来そうだ。 「じゃあちょっと強くするよ。はは、この感じならアナルだけでイケちゃうかも」 「んん……そうかも。……あうう」 ぐーっと腰を引いていく。 「ふぇぁあああ……」 亀頭まで抜いて、ぐーっと一気に入れた。 「はんぁああああああっ! ひぅ、ひううう」 どっちのパートも感じるみたいだ。 なら容赦なく、直腸近くをぎゅうぎゅう小突いた。 「はひっ、はいぃいいんっ。あんっ、あんん。あぁあお、おしり、お尻がぁあああ」 「ゆれるっ、おくっ、突かれるぅうう。お尻こわれちゃうう」 「よっと」 ぷるんぷるん空を切ってたおっぱいを捕まえる。 「乳首ビンビンすぎだよ」 「だってぇ、大がアナルよくするからぁ」 「だね。……そらっ」 「あひいぃいいいんっ」 おっぱいを捕まえたのは、揉みたかったからってのもあるけど、それ以上に体を安定させたかったからだ。 突くと前に逃げる愛さんの細身を固定して、 ――ぐりゅうう。 「んおおおお、あなるっ、アナル深い。あぁぁああアナル深くまで来てるぅううう」 「お尻も深いとこが好きなんだね」 「そぉ……みたい。きゃひいいいだからって奥ばっか。あっ、うっ、ンっ。くひゃぁああ」 ニュリニュリと柔らかい腸の肉を、亀頭でほぐした。 「ああぁぁ、はぁあああああ」 ヴァギナではひたすらアッパー系の快感があるみたいだけど、こっちはダウン系というか。愛さんはウットリ目じりを下げていく。 「な……ぁ、なんか、こわい」 「なにが?」 「気持ちよすぎて、こんなの、イッたら、どうなるか」 「ああ」 アナルからのヒリつく感覚が予想以上に強いらしい。快感に怯えてるようだった。 「大丈夫だって」 ここは俺がやらなきゃいけない最低限だ。抱きしめた。 「イカせるのは俺だから。安心して気持ちよくなってよ」 「……うん」 不安が薄れたのか、眉根に入っていた力をすぐに抜く愛さん。 「あは……あはぁああいく、いくいく。大……お尻でいくぅう」 「好きなときにどうぞ。愛さんの大好きなやつも、また合わせて出すから」 とろとろ花蜜を吐き出してるヴァギナはさっきから触ってない。 アナルを貫くスピードを荒げて、アナルだけで愛さんを追い詰めていく。 「はぇえぇえ、ひぅっ、ひううう。あた、あたし、お尻……こんな好きになっちゃったぁ」 「あいあぁああイク、イク、イクっイクううっ」 ぶるっとくびれた下腹部を震わせる愛さん。 震えは段階をつけて大きく、全身に広がっていく。 「ああああ大っ、大も来て。一緒に、一緒にいい」 「うん……ンっ」 俺もスイッチを入れて、火照る肛径にむけ激しく腰を押しつけた。 ぐりゅぐりゅと腸壁を亀頭でかきむしる。 「きああああ……っ! ひあっ、ひぁあっ!」 愛さんも応じて妖しく腰をうねらせ――。 「んく……ぅ、うう」 「うううううううううぅ!」 「ンふぁああお尻でイクぅうううーーーーーーーっ!」 「あく……ッ!」 自分でも意外なほどあっけなく搾り取られた。2度目の射精が始まる。 「あああぁぁあーっ! あぁああああーっ!」 連鎖した絶頂の波にあてられ、愛さんはもうすごい反応だった。 引き締まったお尻がクンクン揺れる。右へ、左へ。 そのたび中の腸肉もよじれて、いろんな角度から発射する亀頭を叩いた。 「く……っ!」 ――どぷどぷどぷどぷ……っ! 「あはぁぁああああついのがあぁあああ」 道に乗って流れ込んでいくザーメン。それを感じるのか、愛さんはさらに下腹部をひくつかせてる。 最後の一滴まで注ぎ切って……。 ――ニュルッ。 「あうん」 また絞りに負けて抜けた。 「はぁ……はぁううう」 2人してぐったりになる。 「……えへ。アナルでイッちゃった」 「やってみると楽しいもんだね、こっちも」 「……うん」 ふにゃふにゃしてる愛さん。 こっち……癖になるかも。お互いに。 証拠に。 「ほら愛さん、もうイッたんだからアナル閉じなよ。いつまでもヒクヒクさせてないで」 「んぅ……うるせーな。力入らないの」 「……そっちこそ2回出したんだから大人しくさせろよ」 「愛さんがやらしいから何度も立っちゃうの」 「大が硬くするからアタシの穴がやらしくなるんだ」 もう一度のしかかっていく。 「あぁああああ」 嬉しそうに迎える愛さん。 もうお互いに夢中だった。 「ふぁっ! 大すごおいっ、もっと、もっと突いて」 「ああ、気持ちいいよ愛さん。大好きだよ」 「い、いまそれ言うなよまたイク……ひんっ、んんん〜〜っ!」 「はぁっ、はぁっ、腰が止まらない」 「んんんっ、らめええいまイッてるのにいい」 「……声は聞こえてるっつーに」 海岸のあたりは人が多すぎるので、沖合へ。 ゴムボートを引っ張っていってみる。 「人がいないだけでも快適だな」 ざぶざぶとボートに掴まって寛いでる愛さん。 「俺はちょっと怖いんですけど」 岸が遠い。 ボートがあるから溺れる心配はないけど、周りに人がいないって結構怖かった。 「あっちの方空いてない?」 「江ノ島海岸の方? 空いてるね」 島内にあるホテルが管理する砂浜。確かにほとんど人がいない。 「行ってみよっか」 「あっちは遊泳禁止のはず」 「そっか。ちぇ」 「まーいいや。ここでも充分快適。のんびりしよ」 ボートに乗って、ごろんと寝ころぶ愛さん。 俺も従って一緒に横になった。 「漫画なんかだとここで寝ちゃって、いつの間にか海のど真ん中にいるのがお約束だよな」 「その点は心配ないけどね」 遊泳区域には外へ出れないよう網が貼られてる。ボートが勝手にあれを乗り越えることはない。 「他のお約束は……サメとか?」 「あー、お約束だね」 こっちも網があるからありえないけど。 「こんな水が汚いとこまで来るサメはいないけどさ」 「だね」 「来たらアタシが仕留めるし」 それは逆に怖いんですけど。 「最近父さんがアレルギー出さないペットってことで魚飼おうかと思ってるんだけど、コバンザメって結構可愛いよな」 「あいつら飼うにはデカくない?」 「かなぁ」 「サメは飼うには凶暴すぎるか」 「でーでん」 「ん?」 「でーでん」 「どうかした?」 「いや、なんか殺気が……」 「でっでっでっでっでっでっでっで」 「!」 「どしたの?」 「下から来るぞ!」 「ジョーーーーーーーーーーズ!」 「おわああああ!?」 「がぶっ!」 抱き着かれる。 ――どぼーんっ! 引きずり込まれた。がぼぼぼぼぼ。 「大っ?! コラァなにやってんだ腰越ェ!」 「美味そうだったから捕食した」 「返せ! アタシんだっ!」 ――どぼんっ! 「ぶはああっ!」 同じく飛び込んだ愛さんに引っ張り上げてもらう。 「げほっげほっ。ま、マキさん。何してんですかこんなところで」 「この水着、ロックフェスで恋奈がくれたんだけどさ、1回しか着てないからもったいねーなーって。ンで魚でも捕まえようと潜ってたらお前らが見えた」 「そう……素敵な偶然だとは思うけど、急に引っ張り込まないでよ。死ぬかと思った」 「なはは、悪い悪い」 「にしてもお前らいいもん使ってんな。そっか、潜るときはこういうのがあると楽だよな」 ボートに掴まるマキさん。 潜るときってこういう『浮』があると楽だわな。 「チッ、人様のボート勝手に使ってんじゃねぇ。潜るなら1人で潜ってろ」 「はいはい分かりましたよ。ボートは使いません」 「ほい」 「んわ、ま、マキさん?」 俺を浮にされた。 「は〜、らくちんらくちん」 「ちょ、ちょっとマキさん。離れて」 「いーじゃん。別に重くねーだろ?」 「重いですよ。肩に乗ってる2つの浮がものすごく」 「やめんかコラァーーーッッ!」 「あっぶね!ンだよイライラしやがって。海来てるのに心狭いやつ」 「分かりました帰りますよ。じゃーな」 どぶんと潜っていくマキさん。 「ったくムカつく」 「せっかく会えたんだから邪険にしなくても」 「そうですね一番ムカつくのは浮を楽しんでた俺ですね」 「はぁ……気分台無し」 「獲ったどー!」 「うわ?! テメーまた……あ」 また現れたマキさんが手にしてるものに、あわてる愛さん。 「はわあああここコラァア!」 「ふむふむ、辻堂選手美乳ですにゃー」 水着のブラをとられた。 「返せテメー!」 「ハントに戻れっつったのはお前だろ」 慌てて手で隠す愛さん。周りに誰もいなくて幸いだ。 「ほいプレゼント」 「のわ」 なぜか俺の頭に巻きつけるマキさん。俺は水着をネコミミ型にかぶった形にされる。 「かかか返せ大!」 「おーっとノンノン。ハントはまだ終わってない」 「わわっ」 胸を隠してるため愛さんはマキさんの腕力に抵抗できない。 「つーわけで下もいただきっ!」 「わ――」 ――ずるん。 「ぷはーっ。ゲットだぜー辻堂の海パ……」 「でかくね?」 「それ俺の!」 とられた。フルにされてしまった。 「あー、海のなかって視界悪いから」 「なに人の彼氏脱がしてんだ!」 「おーっと、へへ、手ブラしたままじゃトロいトロい」 「くそっ。大、まずはブラを……」 「させねーよ」 ぐあぶっ! ブラのついた俺を海に引きずり込むマキさん。 がぼぼぼぼ……。かなり深いところまで。 マキさんにしがみつかれて逃げられない。 (さー追って来いや辻堂。いとしの彼氏はここだぜ) (しかしほんと水が汚い) (あの広い海がこんなに汚れてしまうんだなぁ。人間って業の深い生き物だと今日のマキさんはちょっぴりおセンチです) (なんにも見えねえ。えーっと? いまダイのどこ触ってんだ?) にぎ。 「!!」 「ぶばーーーっ!」 「うわわっ、暴れんなって」 「放して! あとパンツ返して!」 全力で返してもらった。 「こっちも返せや。いつまで帽子にしてんだ」 「ゴメンゴメン」 「ちぇーつまんねーの」 「このクソアマ……。大、ちょっとボートの上に退避してろ」 ブラが戻り、キレかけてる愛さん。 「け、ケンカはダメだよ」 「おるァアアア!」 ――どぼーん! 2人もみくちゃになって沈んでいった。 大変なことになった。俺はとりあえず言われた通りボートの上へ。 海が揺れてる。 ケンカはよくないよ。 「ハッッ!」 「ごあああっ!」 出てきた。愛さんのアッパーでマキさんが飛んでくる。 「っとぉ!」 ボートの上。俺の目の前に降りた。 「いってーな!ハントっつってんだから本気で殴んなよ!」 「ハン……殴ったは殴ったけど、こっちだってそっちのルールにゃ従ったぜ?」 「あ?」 愛さんは余裕の冷笑を浮かべながら、手にしたパンツを見せつける。 「あ」 マキさんのパンツを奪ってた。 「……」 俺の目の前に立つマキさんの。 「あ」 へー、マキさんのここってこんな形。 「ふわっ」 海に戻るマキさん。 「す、すまん」 とられたパンツを奪い、そのまま潜水して出てこなくなった。 「帰ったか」 「……ちょっとやりすぎた」 なんとも言えない感じになった。 ・・・・・ 浮かんでる気分でもないんで、近くまで来てた江ノ島海岸のほうに上がった。 たぶんこっちは遊泳禁止なんだろうけど、緊急避難だ。すぐ出ればいいだろう。 幸い人はほとんどいない。岩陰に隠れて。 「んしょっと。……よし」 水中でつけたんで形が悪く、いろんなとこに食いこんでたカップを調整する愛さん。 「すごいことになったね」 「のんびりタイムに茶々入れやがって」 「……」 「それどうにかしろよ!」 「ご、ごめん」 水着のままなんで膨らんだものが分かってしまう。 だってしょうがないじゃん。愛さんとマキさんのキャットファイトも地味にキたし。そのあとマキさんのあんな……。 「う〜……ッ」 「アタシ以外でこういうのは……ダメ」 怒られた。 ダメって言われてもなあ。 「……」 「こっち来い」 「はい?」 もともと人気のない岩陰だったけど、さらに向こうから見えないところへ。 これってつまり、 「しょ、処理すんぞソレ。アタシ以外で勃てんな。ムカつく」 「なるほど」 「分っかりましたー」 「うにゃんっ」 「愛さんがそこまで言うなら仕方ない。こんなところでは恥ずかしいけど、俺は愛さんのため恥を忍んで抜くとするよ。愛さんのために」 「調子のいいやつ」 実際のところ、水着の愛さんとは1回くらいお相手願いたかった。 胸やお尻などパーツだけ見ても魅力的だけど、スレンダーグラマーな肢体は全体のラインがなんともいえずいい。 ――さわー。 「っう……ふ」 背中をフェザータッチでなぞる。 陽光で火照った肌は、いつもより感度が高い気がする。 焼けかかって赤くなった太ももと、水着で隠れてたヒップの白さのコントラストに興奮する。 「これならヌくなんて楽勝だよ」 水着越しのまぁるいお尻。 ――さわさわなでなで。 「んふ……っ、は。触り方やらしい」 「脱がせていいよ。……その、あいつじゃなくて、アタシのお尻、見て」 なんか対抗心を燃やしてるようだ。 ただこっちとしては、マキさんはマキさん、愛さんは愛さんとしか思ってない。 「まだいいよ。誰か来たら困るし」 「あ……そっか」 「穿かせたままってのも興奮するし」 「1個目の理由だけでいいって」 ぎゅっと直に肉をくるんでる生地をつかむ。 「あはっ」 モミモミモミモミ。 「ん、もう……お尻好きだな。手つきメチャクチャやらしい」 「ハァハァ、愛さんハァハァ」 「……ふふ」 荒い息が腰を撫でるんだろう。嬉しそうにお尻をひくひく右左させる愛さん。 「愛さんのお尻って触るとけっこう肉厚だよね」 「にく……デカいってこと?」 「いや、小尻なほうだと思う」 見た感じは引き締まってるけど、触ってみるとずしっとした感じが。 「たまりません!」 「もう、鼻息荒すぎ」 「不快?」 「……こっちまでエッチな気分になるから不快」 「ハァハァ」 「も〜」 嬉しそうに怒りながら、愛さんはさらにお尻を俺へ突き出してくる。 ――つ、 「あぅん」 谷間に沿って、丸みの中央ラインに指をやった。 「やっぱこの辺は体温が高いね」 太陽で熱された皮膚表面も熱いけど、質が違う。 愛さんの粘膜の、内側の熱さが溜まってる。 ――すっすっ。 体温を楽しむように優しく撫でた。 「はふ……くふぅん。……んふっ、ふぅ、くすぐったい」 「熱い……あ、ここぼこぼこしてる。お尻の穴だね」 「言わなくていいって……ぁん。は、……はぁ」 こっちも気持ちよさそうだった。 さらに下げると、処女のころから変わらないぴっちり閉じた媚唇へ。 ――ウニウニ。 「はぁ……あーん」 「水着でもこれだけ引っ付けると、ワレメの形が浮いちゃう」 「そりゃそうだろ、サポーターそんなに分厚く……あふんっ」 クレバスに食いこませるよう指を押し込む。 「愛さんの場合、プニマンだからなおさらだね」 「知らないって……ぁん、んっ、んんん」 白い太ももとつながった、モチモチっとした盛り肉は、水着の上からも分かるくらい肉厚だ。 「てかサポーター邪魔だな。よっと」 ――ムニ。 「っ……」 外陰唇、ぷにぷになのはいいけどぷにぷにすぎて水着の上からじゃ広げにくい。 お尻と腿に手を当てて思い切り左右に引っぱった。水着が中央に食いこんで、裂け目がさらされる。 「あふ……はふ」 性器が広がってる実感があるのか、愛さんの表情から余裕が消えた。 ――ニュル。 「んぅあっひ! こぉら、急に入れんなよ」 「あはは、でも不意打ち好きでしょ」 水着の上から中指を強引にめり込ませてみた。 熱い肉が絡まるのが、水着越しなのに分かる。 「相変わらずやらしいなぁ。こんなエロエロにペニス突っ込む俺の気持ちにもなってよ」 「……嫌なの?」 「気持ちよすぎて困るってこと。本人には分かんないかな。たとえば」 ぐにぐに。指を折り曲げる。 「ふやっ、はぁぁあんっ、だから急にぃ」 「これこれ、この感じ。分かる?」 驚いたヴァギナの粘膜は、ぬたーっと柔らかく指に吸いついてきた。 キュンキュン波打つように、奥から外へ窄まる。 「指なのに気持ちイイよ。これをちん○んで受けるんだよ?」 「愛さん、ココ、こんなやらしいお肉とくっつけたらどうなる?」 「はぅっ」 女の子のペニス。クリトリスに触れた。 小粒気味なそれは水着の上からじゃ分かりにくいけど、何度も触ってるんだ。だいたいの位置で……。 ――うにうに。 「ひゃぅっ、はっ、はぁあんっ、んんんん」 電気でも流されてるみたく背をそらす愛さん。 「分かるでしょ」 「ン……大変、かも」 自分のお腹の動きのすごさは分かるらしい。こくこく頷いてる。 「ま、そのぶん喜ばせてもらってるんだけどね。……濡れてきた」 「えへ」 きゅーっと締まるヴァギナの感触に、指が重くなるようなぬらつきが。 「興奮してる?」 「興奮してる」 恥ずかしそうながら素直に首を縦にふった。 最近の愛さん、エッチぃことにアグレッシブでいい。 「じゃあ俺も興奮させてもらおっかな」 こっちは多少人に見られても構わない。水着を下ろして、さっきからすごいことになってるものを取り出した。 そりかえったものを見て、愛さんが目を丸くする。 「いつもよりエグくない?」 「否定はしない」 カリ首は開ききって、鈴口からはもう粘り気のある先走りがあふれてる。 「……腰越の見たから?」 「それも否定はできないけどさ。やっぱこう、大自然の? 開放感的な?」 「お前の性癖って限度ねーのかよ」 ――むに。 「はうんっ」 熱っ気の溜まるお尻の谷間に押しつけた。 ――ぐにぐにぐに。 「んふっ、ふ、ふ……」 粘膜性とはちがう、微妙な感触に、楽しそうにしてる愛さん。 こっちは普通に気持ちイイ。 うつ伏せで布団に勃起をこすり付ける……みたいな。 フェラやセックスとはちがうけど、癖になりそうだ。 「はっ、ふっ、んは、はぁっ、はぁっ」 「んっ、う……」 「はぁっ、はぁっ、はっ、はっ」 「……大、ハマってない?」 「ハマってますよ。くはぅ、っ! ッ!」 「ひゃんっ!……きゅ、急にクリ押すなよ……びっくりした」 腰づかいが乱暴になって、先っちょが色んなところにそれてしまう。 でもこれはこれで愛さんも楽しませた。 「っ! んんっ」 「あんふっ、んんふぅ。ちょ……ぐいぐいし過ぎ」 「うわ……大の、分かる。熱いの。形も」 「ハァッ、ハァッ」 「……大?」 すべすべの太もも、ざらつく水着。 そのどちらも柔らかくて、ペニスにくっつくような弾力がある。 「あーっ! たまらんーっ!」 「お、お前マジになりすぎだって!ちょ……はんっ、んぁああ、強すぎ。押しつけ過ぎ」 「そんな力強く擦ったら……あぅ、こっちも変な感じ」 火のついてる愛さんは体中性感帯になってしまい、尻ずりだけでフニャけてしまう。 「愛さん……柔らかい。気持ちイイよ」 「ぁん……ン、やば。あ、熱くなって……ぁあ」 「こんなのどう? くぱぁサービス」 ――ぐに。 「はひぃんっ」 めくれがちのヴァギナに先っちょをめり込ませた。 柔らかな盛り肉は、亀頭の形に丸く広げられることに。 「ほら、ほら」 「んにゃ……っ、はうっ、はううん。こぉらぁ。……あっ、や、だ」 「うわ、入口なのに奥がキュンキュンしてるの分かる」 「あはぁあ……もおお」 ――ずっ、ずっ、ずっ。 「っぅうううクリは反則だっつにぃい」 「あはは、そんなこと言って」 水着越しなのに、きゅーっと窄まるエッチ穴から熱い汁気が伝わった。 「もうこんなにジューシー」 「……バカ」 「穴が開いちゃってない? 水着ごと入りそうだよ」 ぐいぐいと腰を押しこむ。 「んっ、入りそうじゃなくて入れようとしてんだろっ。あぅっ、ちょ、こらぁあ」 「あも、はん、あーん。あんまり突くな。奥がジンジンしちゃうだろ」 「してるね。エロ汁がどんどんあふれてくる」 「お前のほうがエロい汁垂らしてるだろ」 「俺も我慢汁すごいけど、こっちなんてもう太ももまでぐっしょりじゃない」 「……うー」 不満そう。 「まあまあ。そんなに興奮してくれてると思うと嬉しいよ」 もう一度お尻の谷間にペニスを戻し、ぎゅーっとくっつける。 「すぐに俺も愛さんより多くエロ汁だすから。愛さんのお尻にぶっかけるからね」 「ん」 あっちからも腰を持ち上げ、くっつけてくれた。 さっきまでより緊密に、張りのあるヒップがペニスにぶつかる。 「っ、ふっ、ふっ」 「ああああっ、っは」 摩擦運動も交えつつ、ぐいぐいと腰を暴れさせた。 セックスの粘膜的な快感よりも、こっちの方がオナるのに似てて射精のベクトルに合う気がする。 「もうすぐイキそう。んぅ、愛さんも協力して。ほらっ、ほらっ」 「は、はいはい。……んしょ。んっ、んっ」 お尻を左右させてコスるのに協力してくれる。 かなり気持ちよかった。それに、 ――ぬるん。 「あひんっ」 腿を抱えた手を回してヴァギナに触れてみる。 「お尻に力入れると、こっちもクパクパ反応する」 「へ、変なとこばっか鋭いなお前」 「いいんだよ、こっちのほうが……んんっ、イキそ」 ムチムチ潰れるヒップのなかで、急激に快楽がスピードをあげる。 ふるつくような快感の連鎖は、1人でする微妙な物足りなさも伴ってる気がした。 「あうっ……はんっ、ああああっ……ン!」 「くあ……!」 ――びりゅるるるっるるるっ! びゅるるうっ! 「ふぅう……ッ! くぁ……」 お尻の間で抑えようと思ったけど、背中まで飛んでしまった。 「んはあぁああ……、ああ、あっつ……ぅい」 「はぁ……っ、あああっ、愛さん……」 「ンふ……もおお、お尻でびくびくさせながら色んなとこかけんなよ」 「お尻ならお尻で……とか。体中どろどろじゃん」 「気持ちよすぎてさ」 「やりすぎ」 文句言いながらも嬉しそうな愛さん。 「ンふ……」 ザーメンまみれにされた体を拭こうともせず、お尻を突き出したまま身を揉んでた。 ……モジモジと太ももをこすり合わせてる。 「俺、外に出す才能ないかもね。フェラのときも顔にかけちゃうし」 「だな。ったく、なんとかしろよ」 「ゴメンゴメン。我ながら」 「穴の中で出すのしか無理みたい」 「ふぃえっ?!」 擦り合わせた腿で刺激してる、食いこみヴァギナへ指をやる。 もうとろとろだ。 「ちょっと……大。もう出したじゃん」 「勃起は治まってません」 「はあ? うわホントだ、こいつ」 「俺のせいじゃないよ。ほら、ほら」 充血してプニ付きの強まった肉を押し揉む。 「ふぁああっ、あーん、ちょぉ……あああん」 「愛さんがおま○こスイッチ入れてるから、こっちも合わせたの」 「……うっせーな」 恥ずかしそうながら、愛さんは嫌がらない。 「もうジリジリしちゃってるでしょ?」 「……」 こくんと頷く。 「ちょうどいい前戯になったことだし。ほら、入るよ」 両手で真っ白ヒップをわしづかみにする。 誰も来ないのをたしかめて、水着を横にずらした。 ――トロォ。 「あはは、お汁が垂れてきた」 「い、いちいち言うなっつーに」 怒られる。 ゴメンなさいを言いつつ、切っ先を合わせて一気に腰を進めていった。 「んく……う、うううう」 「っふぁああああ深くまで来たぁあぁああ……っ」 外なので微妙に抑えようとはしてるけど、それでもすごい声で喘ぐ愛さん。 串刺しにした入口はまだ結構キツい。こじあけて入るのが一苦労だった。 「あはぁっ、あはぁああ、大、くる。大のおっきいのぉ」 でも処女のころとちがって、愛さんに苦痛を訴える様子は微塵もない。 青空の下って空間が我ながらかなり興奮した。ワイルドな気分になり、 「こらえてよ愛さん。……そらっ!」 ――にゅるううう。 「ふぁあああっ!」 狭さを無視して野卑に唸りながら、思い切りよく肉柱を進めていった。 インサートはかなりキツいが、蜜が充分あふれてる。これなら傷つく心配はなく、 「はん……ぁああん、ふぅ。あふぅうう」 愛さんも痛がらない。 それどころか、 「あう……あふ……」 ――ぐ、ぐぐ……。 「ふぁ、……ア、あ、ア――!」 ――ぐじゅぼっ。 「ひゃぁあああぁああぁああ〜〜〜〜っ!」 「っと……」 根元まで達した瞬間、愛さんはグンと背筋をそらした。 ひくんひくん悶える背筋。連動してペニスに絡む肉もピクつく。 亀頭の先ではこりこりした子宮がうねりながらぶつかってきて、 「愛さん、もうイッた?」 「あう……しゃーねーだろ。テンションあがってて。奥……来たから」 「子宮にぶつけただけでイッちゃったんだ。えっちぃの」 「うっさいなぁ……アタシの子宮、こんなにしたのはおまえだろ」 「だね」 責任取ろう。ぐーっと力強く押しつけていく。 「は……はぁ、あああ」 イッたあとも収縮するヴァギナは粘度を強め、しっとり濡れた反応を示す。 試しにゆさゆさ揺すってみれば、 「あんっ、あ、あああ。ンふ、い、いいい」 肉棒がぐりぐりこすれて、愛さんは心地よさそうだ。 これならちょっと乱暴にしても大丈夫そう。 「愛さん、手ぇこっち」 「へ? んと……」 「ふぇっ? な、なにこのカッコ」 「こっちの方が突きやすい。ハードに行くよ〜」 とろっと粘っこい蜜であふれた膣肉へ、巻き込まれたペニスを送り出した。 まずは優しめに、 ――ずっ、ずっ、ずっ。 「んんっ、んっ、ふぅっ」 それでもこんな突きに特化した格好のせいで、かなり荒いやり方になる。 さらに激しく。 ――ずちっ、にちっ、ぐちゅるぷっ! 「はぃいいんっ、にゃんっ、あんっ、あゃあああんっ」 どっちでもイイ声が出てた。 「じゃあ激しく。そらっ、そらっ!」 「くぁぁあぁんっ、あんっ、ひぁっ、はっ、はぁあ」 ヒダの群れをずぶずぶ抉る感触は、荒ければ荒いほどこっちには気持ちイイ。 いつもは愛さんに遠慮してできなかったけど。 「あはっ、あはあぁあやぁああ奥っ、子宮突きすぎぃい」 愛さんはもう荒いのも気持ちよさそう。 「狙ってるんだもん。ほらほら、ノックノック」 「なぁうっ、んっ、んんんっ、あふうう。こつって、こつってあたるぅ奥に響くぅううう」 「さらにグリグリ」 「ひゃいぃいいい、あぐ、ふううメリこんで……んぅううんっ」 なにをしても悦んでくれる。 ならと、つかんだ手を引っ張り、好きなように腰を打ち込ませてもらった。パンパンぶつかるお尻まで痛そうなくらい。 ――ずぬっ! ずぬっ! ずぶっ、ずぶぶっ。 「あああっふっ、はうっ、ぁんんん、ああーっ」 ――にゅくにゅくにゅく……ぐりゅうぅう。 「ひゃぃいいい深いっ、深いのぉお。大、も、ぇあぁああ深いとこそんなに突くなってぇ」 後ろにそった愛さんの体は、頼りないくらい簡単に扱えた。 ぶるんぶるん跳ねるおっぱいが、直したばかりの水着からこぼれる。 揉みたいけど手が放せない。仕方ないので腰づかいをハードにして、乳首のゆれを楽しんだ。 「ああぁんっ、あーんっ、ふぁああ、やっ、これ……あっあっあっあっ……お尻にもビンビン来る」 「?ああ」 そりかえったペニスを突っ込まれて、しかも背骨が曲げられない。 「カリ首がアナルに当たっちゃうわけね。気分はどう?」 「あは……はぁあ。結構イイかも」 「ここも感じやすいもんね」 ハート形のヒップの中央にある蕾をちょんと突く。 「はぁん」 こっちはあんまり開発してないから、緊張したようにキュッと窄まった。 でも感じやすいのはまちがいなさそうだ。これからゆっくり開発していこう。 「まずはここを徹底的に行くけど」 背をつっぱらせた、アクロバティックな格好のまま突きにさらにひねりを加えたりする。 「んくぁああ、はひいいっ。も……もぉ、っと、もっと突いて、すごいの大ぃ」 乳首をふくらませて、愛さんはもう舌ったらずに鳴くばかりだ。 カップが外れて水着の引っかかったようになってる白い肩が、切なそうにくねついてる。 「またイキたくなってきたでしょ」 「ぅん……うんっ」 「何回イッてもいいよ。愛さんの好きなとこ、全部こすってあげるから」 これまでに覚えた弱点ポイントをなぞった。 子宮口のわきのくぼみだったり、 「ふにぃいいい」 おへそ側にあるつぶつぶの尖った一帯だったり。 「っひぃいいいっ、それ、それ弱……ぁんんんぅ。あたっ、頭、とんじゃううう」 あと抜くか抜かないかのところを、張った亀頭でこすったり。 「ひぁきぃいいい、それもっ、もぉお、もおおおお」 「んきゅぁあああぁんんっ」 「はひっ、はひぃいいい、イッた……大。簡単にイカせすぎぃ」 「簡単ではないんだけどさ」 愛さんの可愛いトコが見たくて、肌を重ねる間必死でおぼえた弱点たちだ。 「こことか、こことか」 くいくいと差し込んだものをしならせる。 「ぁんっ! んっ、んっ」 愛さんは簡単なくらいまた甘い声をもらした。 「感じちゃってる?」 「だぁ……ってぇ。大が硬いのいれたままだから」 抗議がちにこっちを見てくる。 でもそれは目つきだけ。 「お尻こんなにやらしくクネクネさせてたら言いわけの意味ないって」 「うう」 「尻尾振ってるワンちゃんみたいだね。喧嘩狼さん♪」 「……いじわる」 この湘南でこんな軽口叩いて許されるの、俺だけだろうな。 「ほらほら、もっとお尻ふって」 「う、うん」 恥ずかしそうながら、要望にはあっさり答えて丸いヒップラインを右、左させる愛さん。 金色の髪が腰とは反対方向にゆれる。ほんとに尻尾みたいだ。 「あはは、可愛い可愛い」 「もう……。んっ、んっ」 「……感じちゃう?」 「だってぇ」 行為自体は冗談みたいなもんだけど、ペニスがこすれるあっちとしてはたまらないようだ。 「ああ……あぁあぁ」 吐息もまたねっとりしてきてる。 いまなら何でも言うこと聞きそう。 「ね、ね、愛さん。わんって言ってみて」 「はあ?」 「おねがい。ほらほら愛ちゃん」 頭を撫でる代わりにお尻を突く。 愛さんはちょっと困った顔で、でも心地よさそうに喉を鳴らすと、 「わ、わん」 「……」 「……わんわんっ」 いまのこの子をマキさんに見せたら、二度と喧嘩しないと思う。 「ありがと。もう最高」 感謝をこめてこっちからも竿をしならせた。 「あっはんんっ、ふあふぅうううっ」 愛さんも交尾を誘うようヒップを持ち上げるので、腰が揺らしやすい。 「はぁーん、あんん気持ちいいよぉお。アタシ……奥、穴、とけちゃいそぉ」 「可愛いなあ愛さんは」 汁を出しすぎてムレムレの子宮付近へ、もう一度亀頭を沿わせだした。 ヌルリヌルリ優しくひっかく。 「きゃっはっ、うううんっ、んんっ、んっ。あーっ、あぁあーっ」 「あんまり大きな声出すと誰か来ちゃうよ」 腰は止めないまま言った。 「らって……らぁ……って、大がよすぎるから」 「はいはい。光栄です」 もちろんこんな愛さんは俺専用なので、誰も来ないよう見張ってる。 近くに人はいない。めいっぱい弱そうなところを狙い打った。 にゅく、にゅく、イッた感覚が続いてるうちは優しく。徐々に吊り上げていく。 「あうっ、はぅううっ、んんぐうううううんすごいの、すごいのくるぅうう」 「ふぁっ、んはっ、うあ、あああっ。大っ、あああん大ぃい、もっとして、もっと深いの、もっとずぽずぽ叩いてぇえ」 「すっかりエッチな子になって。……ほらっ」 「んぅううううああぁぁぁああぁぁぁああっ」 一番好きな子宮口ぐりぐりだ。愛さんはあっという間に次の絶頂に向かう。 「きゃううっ、くはっ、くはぁんっ」 連続絶頂で息切れしてる。 っ……。 「俺もそろそろ……いいよね」 「えぅ……? あっ、ううう、いま?!」 「いま♪」 何度もイッてて疲れてるんだろう驚く愛さん。 外の開放感も手伝ってか俺はサドい気分で、かまわず子宮をコネ転がした。 「あっううううう」 うねり舞う金髪が太陽をはじいてきらめく。 「やんっ、やん大。ふぁああ大きくなってるぅ」 「愛さんもイッてね。いつも通り一緒に」 「うう、あぅううあううう」 お願いするまでもなく、もうクセがついてるので、射精に合わせて気分が盛り上がってる愛さん。 「イクって言って。ほら」 「ンく……う、ぁの、あああいくぅ」 「ああぁあっ、やああイク。またイクううういくのっ、いくっ、イク、いく、イク――」 ぐるーっと亀頭が子宮口の周りをなぞり、 「〜〜っふぁ!」 呼応したようにヴァギナがみちっと形を変えるみたく強烈な締まり方をした。 「くっ」 ――びゅるるるるるるるっ! ビュぷるるるッ! 「ひんぁ……っ。ひゃぁぁああぁあぁああああーーーーーっ!」 「あいんっ、んううううう〜〜〜〜っ!くるのっ。来てる。大の熱いのがびゅるびゅる奥に当たってるぅうっ」 「あぁぁあぁああぁあダメだめだめだめぇーーっ」 高々と持ち上げたお尻をいきませて、愛さんはとまらない絶頂の連鎖にのみこまれていく。 こっちも同じだ。射精がとまらない。びゅーびゅーと何度も彼女の内壁を叩く。 「っっ、っはぁあ〜っ、あーっ、あー、ああー」 最後にはしびれたようなけだるい甘え鳴きしか出てこなくなった。 「はぁ……はぁ……」 「ふー、ふー」 「やぁんん……溢れてきちゃった」 岩場をベッドに崩れ落ち、腿に広がる熱さに眼を細めてる愛さん。 「ほんとエッチくなったよね、愛さん」 「う……。だから大のせいだっつーに」 「否定はしない」 「……これからももっと、エッチな子にしちゃうからね」 「うん」 「はあ、それで先週は元気なかったんすか」 「まーな。もう解決したけど」 「すいませんでした。オレが呼び出したから」 「いいよ。こっちだって好きでやってんだ」 「……」 「でもヒロシはそれを望んでない。っすよね」 「ん? まあ……な」 「……」 「で、例のテストメンタだっけ。吹っかけてきた理由とかはつかめたのか」 「ええ、テスタメント。我那覇にやられて、リセットするためにきただけっぽいです。二度と変な気起こさないようシメときましたんで」 「……また我那覇、か」 「最近ハデにやらかしてるらしいな」 「湘南中で腕利きの不良を探しては吹っかけてボコってます。これまでに潰されたチームは推計で34」 「完全な腕試しで、その後何をするでもないんでアイツ自体に問題はないけど。それで弱ったチームを江乃死魔が逐次勧誘してるのが困りどころっすね」 「漁夫の利で丸儲けか。恋奈らしい」 「どうします?あんまり余所者に好き勝手させると、湘南全部がナメられますよ」 「……」 「ほっとけ。そのうち解決するだろ」 「でも腰越クラスの相手なんて、愛さんが出なきゃ」 「っ、いえ。すいません。いまは休業中でしたね」 「悪いな」 「……」 「えと、このあとヒロシと待ち合わせですよね。オレもう行きますんで」 「まだパフェ食い終わってないじゃん」 「もう来そうじゃねっすか。お2人がいるとオレ居場所がなくてイヤなんすよ」 「っ、バカ」 「……やっぱ愛さんはもう……か」 「でもそれが愛さんの望みなら……」 「あれ、クミちゃん」 「おう。愛さんなら中だぜ」 「うん、会う約束になってる」 「じゃな」 さっさと行ってしまった。 どうしたんだろ。なんか様子がおかしかったぞ。 「ちわっす。クミちゃんと会ってたの」 「うん。気にすんな、単なる報告だから」 「そう。……ん? このパフェ」 「クミの。いらねーっつってたから、食っちまお」 「うん」 向かいに座り、コーヒーだけ頼んでクミちゃんの残したパフェをつつく。 「はむあむ」 「あ、クリームついてる」 「どこ? 取って取って」 「あむ」 この恥ずかしいやり取り、毎回やるから慣れてきた気がする。 「それでさ、前のあの、映画のことなんだけど」 「ああ、うん。終わっちゃたね」 「ゴメン」 「いいってば。いつかまたリバイバルもやるよ」 どっちかというと俺より愛さんが見たがってたので俺は文句ない。 「それより今週の土日、空いてない?」 「土日……登校日の次?」 「うん。その辺でまたイベント入れたいなーって」 「ったく、毎週だな」 皮肉っぽく笑う愛さん。ヒネくれた言い方だけど、あっちも口が緩んでる。 「なに? また海?」 「今回は山に行こうと思うんだ」 「山か。海の民湘南民にはあるまじき発想だけど、好きだぜ」 「長野にいいキャンプ場があるんだって。行き来に時間かかるから泊まりになっちゃうけどさ」 「いいじゃん。テント? 宿? 釣りできる? カレーは?」 「あはは、愛さんもキャンプ好きなんだね」 楽しめそうだ。 「バンガローの予定で、渓流釣りも出来るってさ。カレーは2人だと多くなりすぎないかな」 「あ、あと近くに蕎麦打ちの体験施設があって」 「ぜってー行く」 「喜んでくれて何より」 決まりだ。楽しみだな。 久々の2人きりの外泊……。 「……」 なにも起こらなきゃいいけど。 (あむあむ) prrrrrrr。prrrrrrr。 「?わるい大。もしもし、どうした」 「愛さんですか。いま江乃死魔の連中がうちの縄張りを荒らしてて。揉め始めてまして」 「知らねーよそんなもん。うん、うん。大事になってから呼べ」 「ケンカまで行くようならアタシが出るから」 「ッ……」 携帯を置く愛さん。 「悪いな、なんでもなかった」 「うん」 パフェをつつく。 (あむあむ) 「……あ、大。ほっぺにクリーム」 「へ?」 「しょーがねーなー」 「ああこれね」(ぺろ) 「あれ」 「うん?」 「いや、なんでも」 (……ちぇ) (パタパタ) (カリカリ) (パタパタ) (カリカリ) 今日はなんか火がついてしまい、朝から宿題中。 夜になっても集中力は切れず。明後日の登校日、もしくは週末のキャンプまでに全部しあげちゃいたい。 ファイトファイトー。 「ねーねーヒロー」 「いま勉強中」 さっきから姉ちゃんが足をパタパタさせてる。 構ってほしがってる合図だ。犬で言うしっぽみたいなもんだな。 「勉強なんていいじゃん」 「教師の言うことか」 「マッサージしてほしいなー」 「あとでね」 「あそぼー」 「いやです」 「いまならケツマクラしていいよ」 「……」 「いやです」 ・・・・・ ――ピンポーン。 「お客?」 「誰かしら」 なんとなく2人で見に行く。と、 「おす」 「あれ」 「どちら様?」 ほぼ毎日うちに来てる人だが、姉ちゃんが会うのは初めてだ。きょとんとしてた。 俺もきょとんだ。2か月弱の付き合いだけど、いつも窓から来るのに。 「俺の友達。どしたのマキさん」 「うん」 姉ちゃんには出て行ってもらい部屋で2人に。 「……」 いつも定位置にしている窓の下に座った。 「どうしたの、玄関からなんて」 普通と言えば普通の訪問だったけど、マキさんにしては珍しい。 「ああ、いや、部屋見たらお前と姉ちゃんが寝てたから。正攻法で行きゃ姉ちゃん追い出せるかなーって」 なるほど。上手い。 「それで、何の用でした?」 「うん、来週メシいらねーから、伝えとこうと思って」 「? そうなんだ」 っていらない日はただ来ないのがデフォなのに、マキさんにしては珍しいな。 どうしたんだろ? 心なしか元気もない気が。 思ってると、 ――ぎゅ〜。 「なに?」 抱きしめられた。 「ん〜」 「ちょっと枕やれ」 「はい? おわっ!」 ベッドに押し倒された。 一緒に倒れ込み、胸に顔をあててくる。 「ま、マキさん?」 「〜……、やっぱダイの感じ、落ち着く」 「???」 よく分からんのだが。マキさん、変だ。 「来週、なにかあるんですか?」 「……」 「?」 「……じいちゃんの墓参り行ってくる」 「……ああ」 そっか。お盆の季節か。 テンションのあがるイベントじゃないわな。 「……」 あのマキさんがここまでテンション低いってのも驚いたけど。 (なでなで) 「ん……」 (ぽふぽふ) サラサラの髪を撫でてあげる。 マキさんは、胸に顔を埋めててどんな顔してるかは分からないけど。 「……はふ」 ゆっくりと体から力を抜いていった。 ・・・・・ 「なーダイ」 「はい?」 おわっ! 急に体がひっくりかえり、上に乗られる。 手もがっちり押さえられて逃げられない。 「一緒に来てくんない?」 「はい?」 「盆はいい。本家は1人で行くけど」 「分家回りだけでも付き合ってくんない?」 分家? 何のこと? 「13日。遅くても14日には帰れるから。だから今から、一緒に来て」 「は……」 13日、月曜だ。 「無理ですよ。金曜日、学園行かなきゃだし」 「今度の土日は愛さんとキャンプだから」 「……」 「か」 ちぇっ、と子供っぽく舌打ちして、あっさり離れた。 「まーいいや。とにかく来週は来ねーから」 「は、はい」 サバサバと出ていく。 うーん……。 もうちょっと甘やかしてあげればよかったかな。 「……」 「いいけどね。別に」 「……?」 「オラッ、こんなもんじゃねーだろ。サイフ全部開けろや」 「そ、そんなこと言われても。こっちまでなくなったら今月の生活費が」 「うるせェぞ! テメェ江乃死魔ナメてんのか!」 「こっちはデカいノルマ抱えてんだ。大人しく――」 ――グシュッッ! 「オゲッ……ッ」 「え……?」 「……あーあ」 「今日はついに人殺すかも」 「ひ……ッ!」 「なに……?」 「あのっ、雑魚が2人、皆殺しセンパイに目ぇつけられちゃったらしくて」 「腰越に? ……2人でしょ、捨て置くしかないわ。こっちに火の粉がこないうちに」 「もう来てるんす」 「おわああっ! な、なによ」 「……」 「私は基本辻堂以外に興味ねーから、雑魚が集まって江乃死魔だなんだはしゃいでても気にしねェ」 「だが七里の生徒を中心に。いやでも私の目のつく範囲ではしゃぐからには、最低限のルールは守るよう言ったよな」 「な、なにが」 「私の視界に入るな。私をイラつかせるな。私に関わるな」 「守ってるじゃない。こっちだってアンタなんかと関わり持ちたくないわ」 「最近そうでもねーんだよ。最大派閥江乃死魔の威光をちらつかせて、カツアゲ、ウリ、買い、やりたい放題だ」 「それは……こっちでも問題視してる。集団の規律のためにルールは作ってるけど、守らない奴が多いって」 「下っ端が言うこと聞かねェのはテメェの責任だろ」 「私はどうするべきだと思う?これ以上バカが私の視界に入らないよう祈るべき?それとも」 「今日ここで、江乃死魔を消すべきだと思う?」 「ッ……」 「アァ!? ずいぶん大きく出るっての!」 「こっちの数見て言ってるシ!?」 「やめなさい!」 「無駄に危険を犯すことは」 「遅ェ」 「ク……ッ」 「私にケンカ売るには……今日は最悪の日だ」 久しぶりの学園。 「おはようひろ」 「はよ。最近タイムテーブルずれてたから眠いわ」 「よくないな。早寝早起きを心がけるべきだ」 「分かってるんだけどね」 「生活サイクルを乱すと自律神経への影響が懸念される。自己管理は常に気を払うべきだぞ」 「もっとも、普段から張りつめていたら、いざというとき集中できないこともある。神経を休めるのも大事なことだがな」 「常常綺羅の晴れ着なし。というわけか」 「ははは、うまいことを言う」 「ははは」 「キャラ変わってない?」 「一緒に図書館で勉強してたら影響された」 「影響とは失礼な。現象学的に見て僕が内界に干渉するほどの行為を取った覚えはないが」 「おいおい志向性が一方的だな。そもそも一緒に学習したという事象から、俺が影響を受けた点に帰着するのは当然じゃないか」 「相変わらずイデーンに連なる哲学に支配されている。影響を与えたのは僕でなくフッサールじゃないのか」 「ちょっと待ってくれ。還元的影響があったことは否定しないが、俺はどちらかというと弁証法に基づくヘーゲルの志向を支持している」 「資本論を読め。知識の一方通行は思考の墓場だ。おっと、フォイエルバッハも一緒にな」 「……」 「おっす長谷君」 「おはよ。面白いことあった?」 「あったあった。さっき駅でうんこしたら紙がなくて大変だったタイ」 「あはははは」 「坂東たちどうしたの?」 「IQが成長期みたい。それより紙がなくてどうなったの」 「ノートの紙を代わりにしたら痛くて大変だったタイ」 「あははははは」 「トイレ話は鉄板だよなー」 チャイムが鳴ってみんな自分たちの席へ。 登校日なんて何をするわけでもない。期限の課題を提出し、あとは先生の話を聞くだけ。 「では、残る夏休みも爽やかな青春を過ごしてね」 「幸せだなぁ。僕は夏休みでも生徒の顔を見られる日が一番幸せなんだ」 「最後に委員長、STの時間よろしく」 委員長が前に出る。 「えー、1学期の最後に話しました文化祭の出し物。うちのクラスは発表枠のバンド演奏に立候補しましたが」 「条件付きで演奏可となりました」 「やったぁあああーーーーーー!」 「ふーん」 「ま、まあいいタイ」 (ううっ、エロゲ20年史が) 「べっつに俺は興味ねーけどさ」 (くそー! メイド喫茶! メイド喫茶ぁあー!) 「……」 (……いまさらかぁ) 「ただし条件が1点」 「うち以外にはバンド演奏を申し出るクラスがなく、体育館を使う申請がおりませんでした」 「はえ。じゃ、じゃあどこでやればいいの」 「自分たちで舞台を用意する必要があります」 「なぬぃ?」 「それは厳しくないか」 「あ、いえいえ。骨組みはすでにありますので、飾り付けをやっとけ。という意味で」 「飾り付けだけといっても舞台一つですからかなりの作業になりますし、音響資材の運び込み、設営も必要となります」 「ふーん」 確かに舞台の飾り付けってキツそうだよな。 ロックフェスのときの設営風景を何度か見たけど、大人が大人数で、それでも何日もかかってた。 「特に機材設営は、不備がありますとバンド演奏の許可自体が取り消されかねないので注意しましょうね」 「そこらへんはうちら分かってるからだいじょーぶっ」 「みなさんもよろしいでしょうか」 「ま、ちょっと面倒だけど、当日働かないでいいってのは美味しいな」 「作業準備が大変なのはどこも同じだし」 「いいんじゃないかな」 バンド演奏に興味があるのなんてほんの数人だけど、他はそもそも文化祭の出し物に興味がない。 「では決定と言うことで」 「準備期間は夏休み中。16日からです。自由参加とはいえ一応出欠を確認したいのですが」 「俺、来てもいいぜ」 「俺はパス。新学期始まったらやるから」 「全部とは言えないが、可能な限り参加しよう」 準備の立候補人数は少なくなさそうだった。 「では、来てくださるつもり。という方は手を上げてください」 大まかな人数を取っておきたいのだろう。挙手で点呼をとる委員長。 準備を手伝ってもいい。という人が手をあげていく。 「……」 「はい」 あ。 一部気づいた人たちの奇異の目にさらされながら、愛さんも普通に手を上げていた。 俺も慌てて挙手する。 「……15人。うん、充分な数ですね」 STはすぐに終わり、下校の時間。 「愛さんも手伝うなんてびっくりしたよ」 「いや……大が手ぇあげそうだったから」 なるほど。 実際は俺のほうが彼女に合わせて手をあげたわけだが。同じことだ。 「このあとどうする?クミに呼ばれてるんだけど」 「ああ、こっち友達とボウリング行くことになっちゃって」 久しぶりに会ったので男友達で遊ぶことになった。 「そか。じゃ、今日はバレよか」 「だね。夜電話するよ」 明日からのキャンプについては、昨日のうちに丸1日かけて話し合ったので、とくに問題なし。 「じゃな」 「うん」 みんなの待ってる下へ急いだ。 「……」 「クミは後回しとして……」 ・・・・・ ・・・・・ 「あーあ。言いだしっぺは逃げらんないよなー」 「でも……」 「……」 「音楽、やめたの?」 「ふわ! つ、辻堂さん」 「この屋上、決闘施設だから、下手に入るとバカどもに襲われるぞ」 「バンド演奏に決まったのに、テンション低いじゃん」 「う……ごめんなさい」 「あやまらなくていいけど」 「なんかあったわけ」 「……」 「あたし音楽は彼氏に影響されて始めたんだけど」 「フラれ……わ、別れちゃって。いまちょっと、下がり気味で」 「別れ……、……そうだったんだ」 「やるよ? あたしが言い始めたんだもん。演奏はちゃんとやるし準備もするけど」 「テンション的には……イマイチだなって」 「……」 「……」 (失恋……か) 「……」 (想像もできねぇ) 「前にさ、演奏好きっつってたよな」 「え……あ、うん」 「バンド演奏が、お前にとってツッパるもんだって」 「う、うん」 「じゃあ聴きてェ」 「え……」 「アタシはお前の演奏聴きたい。音楽に自分かけてるやつが、どんな演奏するか」 「聴かせろ」 「……」 「アタシのために演奏しろ」 「……うん」 「うん!」 「お待たせ」 「ボウリングか。自信ない」 「下手なの? おっしゃ、やっと坂東に勝てる分野が」 「昔はアベレージ200近かったが、最近やってないから160行くか自信ない」 「……」 みんなで校門を出る。 「寄り道せずに帰るように」 ン……。 門のところで立ち番してる先生がいた。 登校時ならともかく下校時は珍しい。見ると、 「はいさようなら。遊びに行くときは着替えてからにするように」 「風間先生、戻ってきたんだ」 そういえば姉ちゃんが言ってたっけ。 現在姉ちゃんが代理している風紀委員の、正式な顧問。ぎっくり腰で入院とか聞いたけど。 「メンドくせーやつが戻ったな」 「融通が利かないから苦手タイ」 「悪い先生ではないんだけどね」 江ノ島駅の方にあるボウリング場へ。 七里学園が近い。そういや今日は七里も登校日だっけ。 ……マキさんの姿を探したけど、もちろん見つからなかった。 「そうそう知ってる?江乃死魔って有名なヤンキーのたまり場がこの辺にあるらしいんだけど」 知ってる。拉致られたこともある。この橋の下だ。 「いまその江乃死魔がピンチらしいぜ」 「へ?」 「前に話しただろ。いま湘南には三大天っていう最高クラスのヤンキーが3人いるんだけど」 「うち2人がぶつかって、江乃死魔が半壊させられたって」 「ふーん」 「恋奈にヤる意思がなかったそうで半壊で済んだけど、いまもうボロボロな状態らしいです」 「なんで恋奈と腰越が……。って腰越のことだから暴れるのに理由はねーか」 (最近は大人しかった気がするんだけどな。……たぶん大のおかげで) 「今なら江乃死魔を追い込むチャンスですけどどうします?」 「……」 「ほっとけ。これで恋奈もまたしばらく大人しくなる」 「またですか?俺らが湘南ナンバー1になるチャンス、また見送るんで?」 「6月のアレもそうやったけど、甘すぎるんとちゃう」 「現状極めて有益な機会と思うのだが」 「うるせーな。いまケンカは休業中なの」 「もう行くぞ。許可なくよけーなことすんなよ」 「は、はい」 「……」 「このタイミングをまた見逃すなんて、考えられませんね」 「(くちゃくちゃ)やっぱ愛さん、もううちらのことキョーミないんだろうね」 「……だろうな」 「……」 ・・・・・ 「もしもしティアラ? どうなった」 「そう、骨の2本で済んだなら儲けものだわ。しばらく入院してなさい」 「はいはい明日朝一で見舞いに行く。は? メロン? この時期ないわよそんなもん」 「スイカで我慢しろ。じゃあね」 ピッ。 「ティアラどうなったシ?」 「足と両腕骨折だって。まあこの2日でもう治りかけてるほど生命力強いから、すぐに退院してくるわ」 「腰越にやられてこの程度で済んだのは運が良かったというべきか」 「ようやく500の大台が目の前にきてたのにまた激減……最悪よ」 「……湘南の夏が静かに過ぎたことはない」 「今年の嵐はどーも荒らす場を迷ってる感じね」 「〜♪」 「渓流釣りって久しぶり」 「俺も」 キャンプ道具一式を持って、朝11時の電車に乗るべく駅へ向かう。 結構な大荷物になったけど、力持ちさんが相方でよかった。 「でも愛さんより荷物が少ないのはプライドが許さん。ぐぬぬぬぬ……」 「だから大きいカバンはアタシが持つって」 「だいじょぶ。愛さんはそっちの小さいやつをお願い」 「ったく、到着前に筋肉痛とかやめてくれよ」 俺は全体の7割を占めるキャンプ用品を。愛さんには釣り道具とか、運ぶのが面倒なものを担当。 労力的には同じはず。ここで俺が音をあげるわけにはいかん……ぐぬぬ。 「ほら、駅見えてきた。がんばれ」 「うん」 重いけど、自然と足取りは速足になる。 夏休み後半初日。いい時期にお出かけの予定を入れた。 前半戦は、多少ギクシャクしたものの楽しいことばかりだったし。 後半も楽しみたい……。 「ッ」 「あ……」 「うん?」 知った顔と鉢合わせになる。 「チッ、……なにその格好。キャンプ?」 「こっちは大変だって時に。浮かれちゃって」 眉をひそめて背を向けようとする片瀬さん。 けど声をかけられた以上、無視するわけにもいかない。 「そっちは……デカいスイカ。朝早くからスイカ割りでもすんのか?」 「……」 たちまちにらみ合いになった。 「待って待って。やめて愛さん」 あわてて間に入る。ケンカになったらマズい。 片瀬さんが持ってるのはスイカと、他にもフルーツ盛り合わせ。昨日聞いたことと総合すれば意味はすぐに分かる。 「誰かのお見舞い?」 「……フン」 ビンゴみたいだ。 ならこれ以上言えることはない。『お大事に』くらい言って立ち去ろうとした……が。 「すげー量食うんだな。てことはティアラあたりか」 「下手に腰越なんかに手ぇだすからそうなる」 「なんですって」 「愛さん、やめなよ」 片瀬さんは明らかにイラだってる。何も言わないほうがいいと思う。 「一応不干渉って件は生きてるからしばらくは何もしないでおいてやるよ」 「せいぜいまた減らされた分の兵力かき集めるんだな」 「……」 愛さんにすれば悪気はなかっただろう。内容は『自分たちは手を出さない』なんだからあちらにとってはありがたいことのはず。 でも言い方は紛れもなく挑発。 ……不良の根本的にダメなところだ。 「不干渉? ……ハッ、部下には行き届いてないくせによくもふんぞり返って言えるわね」 「あ?」 「部下の手綱も握れてないくせにエラそうにすんなっつってんの」 「どういう意味だコラァ」 「か、片瀬さんやめて」 1ヶ月前のクミちゃんの件は愛さんには言ってない。このままなかったことにするはずなのに。 「なにが何もしないでおいてやるよ!男作ってイチャつく時間が欲しいだけじゃない!」 「アア!? だったら悪いか!テメェいまアタシにとっては大と遊ぶ片手間で潰せる程度の勢力ってこと忘れんなよ」 「ならヤッてみろや!こっちだってマジで戦争する気ならいつでもヤッたんぞコラァ!」 ――ガッ! 片瀬さんが愛さんの胸倉をつかむ――。 「調子のんじゃねエ!」 払いのける愛さん。片瀬さんは弾き飛ばされ。 「あうッ」 しりもちをついた。 ――ゴシャ。 「――」 「あ……」 持ってたスイカが真っ二つに割れる。 「か、片瀬さん大丈夫?」 「……」 唖然とした顔で割れたスイカを眺める片瀬さん。 しばらくぽかんとしたあと、 「……」 起き上がり、ぐしゃっと割れたそれを踏みつぶすと、背を向けて去って行った。 「フン……」 愛さんも駅のほうへ向きなおる。 俺は粉々になったスイカを前に立ち尽くすしかできず。 声もあげられなかった。 「このヤロァアアアアアアアアアアッッッ!!!」 「おわっ!」 助走をつけたとび蹴りが愛さんの背中に入る。 リュックを背負ってるのでダメージはない。けど勢いは強く、油断した愛さんはそのまま押し倒されることになった。 マウントを取る片瀬さん。 「人の土産壊してスカしてんじゃ――」 でもそこまでだった。 「ォぶるッッッ!」 「ッてぇな」 1対1でケンカすれば2人の差は歴然だ。愛さんは取られたマウントをたやすく返した。 押しのけられた片瀬さんはその一発だけで致命傷で、ゲェゲェ言ってる。 愛さんは構わず近づいていき、 「ストップ!」 なんとか俺が間に入った。 「1発と1発! これで終わり!」 ・・・・・ 「……」 「怒ってる?」 「怒ってる」 あんまり人通りのないところで助かった。片瀬さんが行ったあと、スイカの片づけを終えるまでとくに人を呼ばれるとかにはならなかった。 「け、ケンカしたのは悪かったけど、いまのはあっちが」 「……」 「……大?」 「俺がなんで怒ってるか分かる?」 「ケンカしたから」 「そこじゃない」 「? ……あいつのスイカ割ったから」 「それは片瀬さんが服をつかんだせいだと思うよ」 「じゃあ……なに?」 「……」 「なんであんな無神経なこと言う?」 「彼女、一条さんのお見舞いに行くとこだったんだよね。友達が怪我して。そんな相手にたいして吹っかける意味あった?」 「それは……。あ、アタシらにとってはアレは挨拶みたいなもんで」 「あの冷静な片瀬さんをマジギレさせたところまで挨拶だって?」 「……」 「……」 これはダメだ。受け止めきれない。 愛さんがヤンキーなのは分かってる。分かってるけど、それでも絶対に理解できない。傷ついてる人にさらにケンカ売るなんて。 ……人通りが増えてきた。 「行こ。電車来ちゃう」 「う、うん」 腰をあげる俺たち。 と……、 ――ガララッ。 「……あ」 チャックが壊れたんだろう。愛さんのリュックが中身をぶちまけてしまう。 折れた釣竿が辺りにちらばった。 「うえええ……頭いてえ」 「あれ? ここどこ。なんでこんなとこに」 「お前が昨日『ヒロのいない家なんて帰りたくなーい』とか言うから、泊めてやったんだろうが」 「そっか……私、ヒロに捨てられたんだっけ」 「1泊キャンプに行っただけですごい言いがかりだな」 「頭いたぁ。ひどい二日酔いだわ。ビールある?」 「ない。ていうかもう昼過ぎだ、さっさと帰れ」 「ういー」 「あー、二日酔いだとさすがに身が締まらない」 「先生チーっす」 「部活がんばってね」 「ああ、気持ち悪い。いますぐヒロをいじり倒さないと死にそう」 「長谷先生、出校してらっしゃったんですか」 「っと、はいヤボ用で」 「そうだ改めて。私が腰を痛めている間の風紀委員の管理、ありがとうございました。生徒たちからも好評でした」 「いえいえ」 「まあ生徒から好評な風紀維持。というのも聊か引っかかるところではありますが」 (一言多いのよねこの先生) 「お聞きになりましたか。最近近くで不良たちのひどい抗争があったとかで、100人近くが病院送りになったそうですよ」 「うちの学園は辻堂を始め問題児揃いですからね。2学期からはビシバシ締めていきませんと。先生の弟さんのような真面目な生徒に危害が加わる」 「あ、あはは」 「つきましては、不良たちのはしゃぎたがる行事をビシッとまとめるところからですね。具体的には」 「2学期初めの文化祭から」 「あの先生話なっがい」 「言ってることは正論なんだけどねえ。正論だけじゃ世の中面白くないっつーに」 「ただいまー」 「おかえり」 「あれ? もう帰ってたの、早いわね」 「うん」 昼の3時。1泊旅行のシメとしては、早い帰宅となってしまった。 「……」 行きがけにやり合っちゃったし。メインにしてた釣りは竿が折れたし。テンションだだ下がりだったもんな。 「キャンプ、どうだった?」 「まあまあ」 ひどいものだった。とは言えない。 片瀬さんのこと……しばらく尾を引くかな。 「……」 「ていっ」 「なんで抱っこ?」 「1日分の弟力を補っとかないと」 「まずはヒロエキス吸引開始! いただきまーす!」 「わー!」 (そわそわ) (カチカチ) 「今日は、海がきれいなので、見に行きませんか」 「……」 「どういう誘い文句だよ。消去消去」 「買い物に付き合ってくれない?」 「あ、でも買い物……母さーん。なんか買ってきて欲しいものあるー?」 「誠君にお盆休みを買ってあげてちょうだい」 「消去消去」 「誘えないよぅ……」 「ちーっす愛さん……どしたんすか?」 「なんでもねーよ」 (そわそわ) 「今日は海がきれいなので(カチカチ)」 「……人多そうだな」 消去消去。 「買い物に付き合って」(カチカチ) 「姉ちゃーん、なんか買ってきてほしいものあるー?」 「酒」 消去消去。 誘えない。 愛さんとギクシャクして2日目。 気持ちわるーい時間が続いてる。 「辻堂さんとデート?今日はいいけど、明日は空けときなさいよ。おばあちゃんのとこに行くんだから」 「あ、ああ。うん」 お盆だもんな。 極楽院三醍寺は、鎌倉でも知られた大きなお寺だ。 寺が乱立するこの鎌倉近辺でも、大地主さんを檀家に持つとかで、最大の勢力となっている。 俺にとっては古い家のような場所だった。昔育ててもらってた場所。 長谷家はたしか親戚の親戚が檀家なんだっけな。お隣のおばあちゃんもで、色々と縁がある。 盆と正月には挨拶に来るのが常だった。 「お父さんたちはどうだい」 「大阪。よろしく言っといて。だってさ」 「ホゥホゥ。ま、ええわい」 三大ばあちゃんはここの元住職だ。 寺にいたのはばあちゃんだけだった。いま住職をしてる他の住持さんたちは、檀家回りとのこと。 お盆は大変だよな、寺って。 「なんかお菓子ない?」 「御勝手にあれがあるぞぃ。あの……セフレ」 「スフレのこと?」 「セフレじゃ。鳥のセフレ」 「鳥サブレね。持ってくる」 ばあちゃんと2人になる。 「あ、おみやげにばあちゃんの好きな力団子も買ってきたよ」 「おうおう。ありがたいわい」 湘南名物のやつだ。あとで食べよう。 縁側に腰をおろし、足をぶらぶらさせた。 「愛ちゃんとはどうじゃね?」 「良好だけど、いまちょっとギクシャク、かな」 「ギクシャクか。浮気なんてしちゃいかんぞヒロ坊」 「原因を勝手に決めないでよ」 「ホゥホゥ。坊主はちとデリカシーがないからのぅ」 う……これは姉ちゃんにもよく怒られる。 「でも今回は俺のせいじゃないの」 これだけは言える。 ……原因は愛さんだ。 「ふむ」 俺の顔色を見て、真剣だって分かったのかばあちゃんは一呼吸置き。 「坊主の肌にヤンキーはあわん、か。最初に思った通りじゃのう」 「……」 まあ、そこだわな。 最近愛さんとの間にあるちょっとした、けど確かにある違和感の正体。 結局俺はヤンキーにはなれない人種なわけで。 俺と彼女はちがうものなんだろう。 「……」 「のう。ヒロ坊や」 「うん?」 「ヤンキーなんてものは何の役にもたたん。将来のことだけ考えるなら、勉強運動がんばっとるほうが万倍は良い」 「じゃからお前さんぐらいの年のもんは、勉強運動がんばっとるほうがマジメと言われ、目を背けるもんを不良と言う」 「がしかし将来のことだけ考え生きるなど、人間には不可能よ」 「……」 「ただ今を見て、ただ今を楽しむ。それもまた人生じゃ」 「その意味で、ヤンキーというのは何も特別なものではない」 「え……」 「恋をするとか、趣味を持つとか、みな同じことよ」 「むろんいつかツケが回ってくるがのう」 「……」 「おんしもちょっとワルいことしたらどうかね」 「やめてよ」 元保護者の言うことか。 まあ……分からないでもない。 いまはもう昔ほど、 ヤンキーと呼ばれる人たちが、俺とはちがう人種だと思えなくなってるし。 誰かを好きになることは結構身勝手な感情だとも思ってる。 「……」 ばあちゃんはそれ以上何も言わず。 「鳥サブレ見つけた」 お茶を持った姉ちゃんが戻ってきて、話は終了になった。 3人でおやつにすることに。 「この鳥って普通に可愛いわよね。置物にしたら売れそう」 「こういうやつって食べにくくなるからあんまり可愛くして欲しくないなぁ」 「あー、頭とか割るの躊躇するわよね」 食べようとする。 「……」 「お兄さん、僕のこと食べちゃうの?」 「やめてよ」 食えなくなる。 歯をたてると、 「きゃー、頭がなくなっちゃうよー」 「……」 食べるのはあとにしよう。袋に戻す。 「ばあちゃん、力団子開けていいよね」 「おうおう。わしにもひとつおくれ」 すあまみたいな求肥のお餅を2つ取り出す。 いただきます。 「あんちゃんや、俺のことを食べるんかい」 「なんで餅がしゃべる」 「こっちは気にしないから。がぶっ」 「ぐああー。身体が引きちぎれるー」 「いやー、子供を返してー」 「……」 お茶だけ飲むことにした。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ったく盆はヤンキーも休みがちになるからイヤだわ」 「新年は初日の出暴走とかあるけど、お盆は何もしないシ」 「ま、いまゴタついてるからありがたいけど」 「もう8月後半。夏も終わるってのに、ここに来て腰越に狙われるなんて」 「怖がって200人くらい減ったっけ?500まであとちょっとだったのにねー」 「ああいう浮動票はすぐ離れるかわりすぐ戻るけど、定めた目標を達成できないってのはムカつくわね」 「それもムカつくけどさぁ」 (ちらっ) 「どーりで今年の湘南は大人しいと思ったら。そんな化け物がうろついてるんだ」 「ああ、身長2メートルを超える空手の達人。七里に一条宝冠ってデカいヤンキーがいるんだけど、その子より大きくて強いんだってさ」 「今年は三大天がどうの言われてたけど、ここに来てとんでもないのが出てきたんだね」 「三大天はダメだろ。一番っていう辻堂は最近ケンカから逃げ腰らしいし、皆殺し? とかってのも大人しくなってるし」 「一番すごかった江乃死魔? ってのも何が起こったか一晩で半壊したっていうもんな。情けないの」 「2メートル女がその気になれば、3人まとめてやられちまうだろうぜ。三大天」 「今年の湘南最強は暴走王国で決まりか」 「不良狩りにしか興味ないそうだから、平和な夏で終わりそうだぜ」 「……」 「ムカつくシ」 「我那覇葉……、目障りになってきたけど、ティアラがいないんじゃ手ぇ出しにくいわね」 (辻堂や皆殺しもあのボンクラの影響か大人しくなっちゃったシ) 「今年の夏、このまま静かに終わるのかな?」 「……」 「ありえないわ。湘南の夏がこんなに静かに過ぎるなんて」 「必ず何かが起こるはずよ」 今日からは文化祭の設営準備がある。 朝10時以降。しかも自由参加。いうほど億劫なものではないのだが、 「……」 愛さん、今日来るかな。 キャンプの日から会ってないから、緊張してしまう。 有志の集まりは俺が来た時点ですでに10人を超えており、 「……」 「……」 番長さんが準備に参加する。なんて光景に、みんなざわめいてた。 「それでは時間になりますので、舞台の飾りつけなどをやっていきましょう」 委員長の合図で作業開始になった。 うちのクラスの大まかな作業は、舞台の飾り付けだ。 骨組み自体はすでに学園の備品としてあるので、その見栄えをよくするのが主な作業。 ただ飾りつけというのは往々にして、 「この柱は花柄にしようよ。それでパーティでやるあの輪っかのやつをつなげてさ」 「お誕生会じゃないんだから。もっとこう、ラメでギラギラにしたほうがイケるって」 「予算に限りがありますので考えて使いましょうね」 「なあまだ何するか決まんねーわけ?俺らなにすればいいんだよ」 「うっさいなあ、いま一番大事なとこなの。ヒマならどっかで遊んできなさいよ」 「ったく」 「仕方ないタイ。水泳部でも見に行くタイ」 「ナイスアイデア」 中心になってる子数人が話し合ってて、その他雑用である俺たちにはやることがない。 「……」 愛さんも含む。 いつものことながら率先して彼女に近づく子はあまりおらず、 俺もなんとなく輪から離れがちだったので。 いつの間にか近くに来ていた。 「……」 「……」 「お、お盆休み、どうだった?」 「んと……ずっと家にいた」 「そう。こっちはおばあちゃんに会ってきてさ」 「ああ……昨日いなかったのはそれで」 「うち来たの? ごめん」 「い、いや連絡しなかったこっちが悪いんだし。ラブと遊べたから」 「そう」 やっぱり空気が固い。キャンプの日のあの嫌な感じを引きずったままだった。 と言っても、どっちがあやまれば済むって問題じゃないし。 と……。 先生が2人入ってきた。姉ちゃんと……、 「2年1組バンド演奏……よりによって1組ですか」 風紀の風間先生。 「えーみなさん手を止めて注目。文化祭実行委員から伝達があります」 「はい」 「すでに伝えたとおりバンド演奏はこのクラスだけ。発表枠の中でも1つだけ特別扱いになっています」 1クラスだけ別の舞台使うんだから特別だわな。 「風紀委員として実行を許可するか非常に悩みました。非常に悩みましたが、みなさんの熱意を受け、特別に承認した形です」 「ですので設営し終わった舞台は、一度風紀委員側でチェックさせてもらいます」 「は、はい。その予定ですが。なにか」 「期日は分かっていますね。文化祭の9月10日は月曜日なので前日、前々日は休み。つまり……」 「舞台設営作業については、9月7日の時点で済ませておくように」 「えー、早くない?」 「できないようならこの発表についての認可を取り消さざるをえません」 一瞬女子の何人かが不満を言いかけたが、すぐに黙らされた。 委員長が『大丈夫ですよ』とフォローする。 確かにまだ半月以上ある。充分イケるはずだ。 先生は最後に、 「このクラスは聊か問題児が多いですが――」 「ッ」 ちらっと愛さんを見る。 「共に楽しく文化祭を迎えることを期待します」 去って行った。 一緒についていた姉ちゃんも、『一言多いわよね』と苦笑しながら出ていく。 ……一言多いよ。 愛さんは気にしてない様子だけど、俺的にはちょっとイラッときた。 「7日かぁ。準備の日が2日も減っちゃったね」 「たった2日です。予定通りに行けば夏休み中には終わるんですから、問題ありませんよ」 「だよねだよねだよね」 結局その日は飾り付けの方向性を決めるだけで終わり。俺に出来る作業はなかった。 愛さんとは一言も話せなかった。 ……けど、帰り道。 「ふぃー、やっぱ快気祝いにゃスシだっての」 「サイフ空なのに食いすぎっすよぅ。……今月どうしよ」 「一条さん」 「おう長谷。久しぶりだっての」 「入院したんじゃなかったの?」 「したよ。ンで今日退院したっての」 早いなオイ。 「いやー保険証がねーとメチャクチャ取られるなアレ」 「スシはおごりますけど入院費はきっちり取り立てるっすよ」 「さっさと出れてよかったっての」 「なんか複雑骨折した患者としては日本で一番早く快復したらしいっすよ」 「なっはっは、3分で治る恋奈様にくらべりゃ大したことないぜぃ」 「なによりだよ」 「おう、ンじゃまたな。またケンカしに行くって辻堂に言っとけっての」 「……」 手を振り去っていく2人。 途中、 「そうそう、辻堂にもいっこ伝言」 「スイカ美味かったって言っといてくれよ」 「え……」 「軍団の奴がでっけースイカ差し入れてくれたろ。いやー、シーツに汁こぼしまくって怒られたぜぃ」 「……」 去って行った。 愛さんが……。 そっか。 「……」 携帯を取り出す。 「……」 無性に声を聞きたくなったけど。 でも何を言えばいいか分からず、 そこで初めて、15分くらい前。学園を出たくらいの時間にメールが入ってたことに気付く。 『委員長たちに誘われたからこっちで帰る』 『明日は一緒に帰ろうな』 「……」 『もちろん』 そう返信して、携帯をしまった。 「昼、長谷君とぎくしゃくしてたのはそんなことが」 「うん。さっきフツーのメール来たから、明日からは大丈夫だと思うけど」 「……」 「どうかされました?」 「いや、最近どうも大とギクシャクすること多いなーって」 「付き合いだしたころは江乃死魔とか、外にしか問題なかったのに。外が片付いてきたら急に」 「そうですか。難しいですね」 「……それに今回のこと、困ってるんだ」 「どうして?」 「……」 「恋奈を挑発して、そのこと怒られて」 「でもあれはアタシらにすれば当然のやり合いなんだよ。まあスイカ割ったのはアレだからティアラには差し入れしたけど」 「大がどうして怒ったか、よく分かんねーんだ」 昨日方針が決まったそうで、今日からようやく作業に入った。 「このベニヤ、どこに運べばいいの」 「廊下に並べてください。外にもう11枚ありますのでそちらもお願いします」 力仕事担当の男子は大変だ。 「ヴァン、手伝って……」 「やろうぜ」 「あ……うん」 今日は気分が軽かった。 しばらくピリピリしてた愛さんとの空気は溶けて、また前までのものに戻っている。 「他のベニヤ、どこだ?」 「倉庫のほうじゃない。探してくるよ」 「一緒に行くって」 「だね」 2人きりになった途端、距離が縮む。 恋人なんだから普通のことなんだけど、久しぶりだからかなんとなく気恥ずかしかった。 気恥ずかしさが気持ちいい。 「あった、ベニヤ板」 「1、2ぃ……11枚ある。運ぼうぜ」 「じゃあ3枚ずつくらい」 ひょい。 「全部1人で持てるんかい。6枚ちょうだい、こっちも持つから」 「はい」(ずしっ) 「ぐお……ッ!」 「……」 「ぐぐぐぐ」 「アタシ2枚にするよ」 助かった。愛さんが3枚置くので、俺も3枚置く。 縦2メートル×横70センチの木の板は、俺にはキツすぎるけど、3枚ならギリ運べた。 2往復するほうが長く一緒にいられるしな。 「愛さんとヒロシじゃん。学園でなにを……文化祭っすか」 「クミ。そっちは……後期補習ね」 「久しぶりだねクミちゃん」 気軽に手をあげると、おうと鷹揚に返し、 「……愛さん。今日時間いいっすか。ご報告がありまして」 「……」 いつも通りのことだろう。番長に何事か進言したがる。 「忙しいから、夜メールしろ」 「はい」 あくまでいつも通り、愛さんの言うことには素直に従うクミちゃん。 番長と舎弟。俺が愛さんを知る前から変わらない関係だ。 けど、なぜだろう。 「……」 「……」 彼女がヤンキーであることを意識すると、妙な気まずさを感じるのは。 「お疲れ様でした。明日と明後日は土日で準備作業できませんので、また月曜に集まって下さい」 「来週もヨロ〜♪」 「うーい」 「ふぅ、ハサミとにらめっこは神経を使う」 「こっちは力仕事ばっかで肩が痛いよ」 「帰れるか?」 「あ……ごめんヴァン。今日は」 ちらっと愛さんを見る。あっちもこっちを見てた。 ヴァンはすぐに空気を察し。 「また辻堂がひとり占めか」 苦笑しながら先に行ってしまった。 もう俺と愛さんは、いつもの2人に戻ってる。 「片岡さんとそんな話を」 「ああ。今にして思うと『アタシのためにやれ』は恥ずかしい気もするけど」 「愛さんらしくてステキだよ」 いつもの俺たちに。 「明日……どうする?」 家の前まで来たところで小首をかしげる愛さん。 例の後味悪いキャンプから1週間。この1週間は離れること多かったけど、 「例のあの可愛い服着て欲しいな」 「な……ッ」 「えっと……ン、まあ。気が向いたら、な」 「おっしゃ」 デートするのは確定だ。 別れ際、いつも通りにキスをした。 赤い夕焼けの中で味わう愛さんの唇は、甘く、柔らかく、 なぜか不思議と切ない味がした。 キャンプではしなかったから一週間ぶりだ。勘が狂ったのかな? 理由は最後まで分からなかったけど……。 ・・・・・ 「とっ、とっ」 「動かないの。ベルトがゆがんでるわ」 「久しぶりに着たけどやっぱ慣れねーなコレ」 「……」 「スカートもうちょっと上げたほうが大好みかな」 「お邪魔しまーす……うお!?」 「うわ!」 「はービビった。急に来んじゃねーよ」 「い、いま愛さん似の美の女神がいたんすけど」 「幻覚だ忘れろ。忘れなきゃ記憶が飛ぶまで張り倒す」 「そっすね。忘れます。……思い出すと鼻血でそう」 「で? またいつもの報告か」 「はい。つっても今週は大きな動きはありません。江乃死魔も大人しいし、腰越はいねーし」 「……我那覇以外のヤンキーは何も変わりなし。です」 「……」 「恋奈は江乃死魔が半壊。腰越は表に出ない。もう湘南最強の名は、我那覇が欲しいままにしているのが現状です」 「腕利きを次々襲ってんだからそうなるだろうな」 「愛さん」 「休業中だって。やる気はない」 「もう後がないんですよ。これ以上アイツの好きにさせれば……」 「ほっとけ」 「っ……」 「分かりました」 「……はぁ」 「愛さんはやはり?」 「ダメだった」 「せやろなぁ」 「しょうがねえよ。愛さんはいま幸せなんだ」 「オレらがやるっきゃねーんだ!」 いやな天気だ。 久しぶりのデートなのに一雨来そう。午後からの予報は50%。何とも言えない数字だし。 今日は屋根のある場所をメインで回るかな。 朝食を済ませ、出かける準備をする。 「……」 そういえばマキさんがどこかに行っちゃってからもう10日になる。 どこで何してるのやら。 駅前で待ち合わせ。愛さんはいつも通り、10分前に来てた。 「やった!」 「うう、久しぶりに着たけどやっぱイヤだこれ」 「そんなこと言わないで。ね」 「……まあ大が喜ぶなら」 「どこ行く?」 「雨降りそうだから、屋内系の施設にしよう」 「じゃああれ、ペタスモールとかいうモールでも行くか。色々あるらしいし」 「そうだね」 近くの大型複合店へ。 ・・・・・ 「ふーっ」 「準備できてるな」 「はい」 「この湘南最強は愛さんなんだ。オレたち辻堂軍団なんだ」 「行くぞォ!」 「「「応!!!」」」 「? 汝か」 「辻堂愛は」 「愛さんは来ねーよ。愛さんが出るまでもねェ」 「……」 「我と仕合おうというのか。やめておけ、汝は我が腕を試す処に達しておらぬ」 「ハン、こっちだって腰越レベルの相手を1人で倒せるとは思ってねーよ」 「へへへ」 「悪いのー、これもケンカのやり方っちゅーやつや」 「ひのふの……30」 「文句は言わせねーぜ。テメェは湘南のヤンキーにケンカ売ったんだから」 「……」 「面白い」 「みんな考えることは一緒かぁ」 「こんな日は屋根のある場所は逆にキツいか」 モールは超満員。1時間もいると疲れてきて、早々に退散することとなった。 「どこ行こう」 「うーん」 空はますます重くなる一方。 これならあんまり外にこだわらず、中で出来ることを探したほうがいいかも。 自然と足がうちへ向いた。 恋人なんだから、誘ってもおかしくないよな。 恋人なんだから……。 「おいどこだよその駐車場って」 「あっちあっち。ほら、海岸に突き出してるとこ。いつも不良がケンカしてるだろ」 「……」 「……」 何人かがわきを通りぬけていく。 ふと隣り合って歩く俺と愛さんに距離が出来た。 自分の家へ向かおうとする俺と、海岸に突き出す駐車場へ向かおうとした愛さんの間に。 俺たちは立ち止まり、 「でもマジなのその話」 「マジだって。あの2メートル女が1人でやってるって」 結局愛さんに従い、駐車場へ向かった。 「か……がッ」 「……」 「なかなかに楽しめた。30人みな各々に烏合でなく、誇りを持てよう強さだった」 「残念だったな」 「ッ……」 駆け付けた駐車場ではすでにケンカは終わっていた。 いつか見た我那覇さんが、死屍累々の30人を見下ろし立っている。 30対1。といっても、ここまでは想像できたが。 「ウ……」 「クミ!」 やられた側が知り合いなのは予想外だ。 「なにやってんだバカ。アタシに言わずに」 「す、すいません」 「クミちゃん。なにがあったの。どうしてこんな」 30人は全員見た顔。辻堂軍団の人たちだ。腕が変な方向に曲がったり鼻がつぶれてるけどまちがいない。 なんでこんなことに。 「オレ……湘南最強は、絶対愛さんだって。だから、オレ……」 「……は?」 「バカ。あいつはほっとけっつっただろ」 クミちゃんの手当てを始める愛さん。 でも逆に、俺は熱くなりかけた頭が急激に冷えるのを感じた。 最強は愛さんだから? 最強のヤンキーの座をかけてケンカしたってこと? 「運がいい。本命登場か」 「はぁ……こうなった以上しょうがねえ」 やってくる我那覇さんに、愛さんも腰をあげる。 「あとで言い訳されちゃたまらないから聞いとくが、怪我は?」 「あるわけなかろう。ちょうど心地よく体が温まったところよ」 「OK。さっさと決めてやる」 2人、近づいていく。 空気が熱くなっていく。ケンカの空気が場を覆っていく。 頭の冷えた俺を残して。 「待って」 間に入った。 「……また汝か」 「大、どいてくれ。今日ばっかりはヤらなきゃならねぇ」 「1つ聞かせて」 愛さんでなく我那覇さんに言う。 「このケンカ、仕掛けたのはどっち?」 「は?」 「クミちゃんから仕掛けたんですか?」 さっきのクミちゃんの口ぶりではそうだった。 「うむ」 我那覇さんも首を縦にふる。 冷えが頭でなく、心まで移った気分だ。 「それがこの様よ。まったく、湘南の与太者は程度が低い」 「なんだとテメェ!」 「喝ッッ!」 「ゴァッ!」 「クミちゃんっ」 「む……!?」 「うちの舎弟に手ェ出してんじゃねーよ」 「……ククク」 標的が切り替わる。 向かい合う両者。 「待ち焦がれたぞ……この時を!」 「……ハン」 「愛さん!」 やめて。そこまで声にならなかった。 一度始まったヤンキーのケンカは、それほど熱く。 「オオオオオオッッッ!!」 冷静じゃなかった。 ――ゴガガガガッッ!! 「ッ」 巨大な拳が連続で愛さんをとらえる。 重量の乗ったラッシュに愛さんは弾き飛ばされ、 「……」 「なんで放っとけっつったか分かるかクミ」 「え?」 でも確かに入った正拳数発に、顔色一つ変えなかった。 「ハアアアッッ!」 「ッ!?」 「こいつは――」 ――ゴッッ! 「な!? ぐあぁああっ!」 「――相手してやるレベルじゃねえ」 「腰越レベル? バカ言ってんじゃねーよ」 どてっ腹に蹴りを一発。それだけで我那覇さんは顔をゆがめてた。 「放っときゃそのうち腰越に消されるか、もしくは恋奈が100人ばかし動かして仕留めてただろ」 「なん……だと」 「ま、ティアラより上っぽいあたり相当なモンだが……」 「痴れ言を!」 「…〜」 「1000人潰して出直して来い」 ――ゴッッッ!! 動きにくいはずの、デート用の愛さんの服。 どこを汚すまでもなく、ケンカは終了した。 クミちゃんたちは自分たちで病院へ行くように。我那覇さんは同じく病院へ連れて行こうとしたが、何も言わずに去った。 当事者たちがほとんどいなくなったところで遠くからパトカーのサイレン音が。俺たちも慌てて現場をあとにする。 降り出した雨から逃れつつ、うちに入った。 「……」 「……」 一度は追い払ったはずの沈黙にまた捕まった。 「……怒ってる?」 「……」 答えないけど、表情で分かったんだろう。愛さんは小さく『ゴメン』とつぶやいて下を向く。 俺はどんな言葉をかけるべきだ? 大丈夫? 怪我はなかった?ケンカのあとなんだからそう言うのが正解だろうな。 いまはとてもそんな気分じゃない。 「どうして怒ってるか、今回は分かる?」 「……デートなのにケンカしたから」 「そこじゃない」 やっぱり愛さんは分からないって様子だった。 ああ、すれちがってるな俺たち。 最初から反対の方向をむいてたんだっけ。 「今日のアレは、クミちゃんたちから仕掛けたんだよね。30対1で我那覇さんを狙った」 「う、うん」 「それはもうケンカじゃない。暴力だよ」 「愛さんは31人目になった。暴力で我那覇さんを傷つけた」 「っ……。じゃあクミたちを見捨てればよかったのかよ」 「見捨てろとは言ってない。でも参加したことは絶対に擁護できない」 「あのとき我那覇さんにあれ以上クミちゃんたちを追い詰める気はなかったと思う。もっと平和的に終わる方法だってあったはずだ」 「……」 「分かるよね」 「……」 拗ねたように横を向いてる愛さん。 一度目をふせ、そしてこちらを向くと同時に、 「分かんねーよ」 「……」 「アレがアタシらの世界なんだよ。一発殴ったら相手を仕留めるまで止まれない。止まっちゃいけないのがヤンキーなんだ!」 「一度負けたら次からはもっと多くのハイエナに狙われることになる。自分を守るためにも勝つしかない」 「それともなにか?ケンカ売ったのは悪いから今後ボコられろってか」 「そうじゃない! そうじゃないけど……」 でも今日のはおかしいだろう。 流れはどうあれ、結局は31人でよってたかって1人を痛めつけた形なんだから。 「もっと言えば、この前のことだって同じだ」 「恋奈を挑発するなって言ったよな。アタシにすりゃあそこで何も言わない方がおかしい。『お大事に』とでも言えってか?」 「ナメられたら終わりなんだアタシらは!」 「それがまずおかしいんだよ!」 「自分がナメられないためなら他人を殴っていい。暴力を振るっていい。そんな道理はない!」 「ッ……」 「……はぁッ」 「愛さんはちがうと思ってた」 「理不尽な暴力は振るわない人だと思ってたよ」 「……」 「……」 「ヤンキー以外を無闇に殴ったことはねェよ」 「そしてヤンキー相手の暴力に『理不尽』はない。殴るのも、殴られるのも『当然』の世界なんだ」 「それに理不尽に暴力をふるったからなんだ?」 「アタシのことヤンキーじゃないとでも思ってたか」 「……」 「残念だったな。アタシは稲村トップのヤンキー、辻堂愛だ」 「受け止められないなら、付き合ったのが間違いかもな」 「ッ……」 「帰る」 黙り込む俺を置いて、去っていく愛さん。 なんだよこれ。 俺、間違ったこと言ってるか? 「……」 「受け止められないなら、付き合ったのが間違いかもな」 「……」 受け止められないよ。 ・・・・・ 「……」 「はいタオル。どうしたのずぶぬれで帰ってきて」 「……」 「あああ〜〜ッ!」 「変なこと言っちゃった。絶対余計なこと言っちゃったぁあ〜〜ッ!」 「な、なに」 「なにが『付き合ったのが間違い』だよ……。大にフラれたらどうしよう〜〜」 「ケンカでもしたの?」 「……」 「明日、いつもの喫茶店に来てください。お話したいです……送信」(かちかち) 「ケンカにすらならないか」 「うぅ」 「あの……、愛さん」 「おう。怪我、いいのか」 「ええ、オレはもう」 「それであの、ヒロシのこと」 「……」 「安心しろ。お前はまちがったことしてねーよ」 「アタシもお前もまちがってねーんだ」 「大も」 「……」 「……」 「ヒロ? 携帯鳴ってる。メールみたいよ」 「……」 横を向く。姉ちゃんは察したのか、何も詮索しなかった。 「今日の夕飯……店屋物にする?」 「お願い」 「こっちで決めとくわね」 ぽふぽふと2回髪を撫で、そのまま出て行った。 助かる。いまは何もしたくない。 ベッドに寝転がり、目を閉じた。 「……」 なんだよ。 俺が悪いのか。 俺はただ俺たちのこれからを思って。それで……。 「……」 なんだよ! 「……」 「……」 ――ふにんっ。 「んぅ」 急に柔らかくて温かいものが覆いかぶさってきた。 なにも見えない。けど、なんとなく分かる。 「久しぶり」 「ご飯は?」 「今日は店屋物なんで」 「なんだよ。久しぶりのダイのメシ、楽しみにしてたのに」 ドアの外には姉ちゃんが置いといてくれたんだろううな重があった。 「ダイは食わねーの?」 「食欲がないんで」 「そっか。かつかつもぐもぐウマー」 容赦なく全部食われてしまった。 まいっか。ベッドに横たわる。 「何かあったか?」 「別に」 「……」 「……」 わぷっ。 また乗っかられた。 「くぁあ、最近寝つき悪かったからねみーわ」 「これだと俺が寝つき悪いんですけど」 「知らね。おやすみ」 「……」 「おやすみなさい」 マキさんの体は温かくて、柔らかくて、気持ちよくて。 何かを忘れるには嬉しい優しさだった。 「……完成」 「朝の5時から台所を壊さないでちょうだい」 「見て母さん、この完璧な玉子サンド」 「んー、80点ね」 「完璧だって。うしっ、これで仲直りもイケる!」 「約束は10時……」 「いま8時だから、あと2時間あるわ」 (うずうず) (うずうず) 「我慢できない! 行ってきます!」 「はいはい」 「お邪魔しまーす」 「早いわね」 「あはは、我慢できなくて」 「ヒロまだ寝てるから、適当にどうぞ。私は仕事あるから」 「はい」 「――」 「……」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「んぉ……?」 目が覚めた。 「くぁあ。んー、ベッド揺らすな」 マキさんは枕を抱きしめて、まだ寝てる模様。 俺はたっぷり寝たおかげか、気分がいくらかスッキリしてた。 愛さんのことどうしよっかな。 思いつつ部屋を出て、ふと携帯を放りっぱなしにしてたことに気づく。 調べると……メールが1件。 「……」  ! 9時30分。指定された喫茶店へ。 さすがに早すぎたか。愛さんはまだ来てなかった。 10時ってあったから、来るのは50分くらいかな。 しばし待ちぼうけだ。 やみそうにない雨空を眺めながら、愛さんを待つ。 昨日のことにどう決着をつけるかまだ決めてもいないのに。ただひどく落ち着いた心地で彼女を待った。 顔さえ見ればすぐに仲直りできる。 なんの根拠もない自信に満たされながら。 でも、 その日いつまで待っても、愛さんは来なかった。 「〜♪」 「あら? なにかしらこのバスケット」 「……玉子サンド?」 いてて。 あの喫茶店の椅子、ちょっと硬い。1日中座ってたら腰が痛くなった。 どうしたんだろ愛さん。あっちから言ってきたのに来なかったし、携帯も切ってた。 何か危ない目に? ないか。 でも他に俺より優先することって言ったら……。 「おはよー」 幸い今日も準備日なので、学園へ。 目当ての人物もちゃんと来てた。 けど話しかけようとすると、 「……」 露骨に俺を無視する。 みんなの前ではあんまり話さないようにしてるので無視されたら会話まで行けない。 「長谷くーん、余ってるポスター用紙もらってきて。辻堂さんそこの星こっちに貼るの手伝って」 作業も分かれちゃったし。 けど話せる機会は、その日の最後にやってくる。 作業終了後、愛さんがふらりといなくなってるのに気づいた。 俺には当然のようにその行き先が分かり。 「土日と降ってたのに、今日はいい天気だね」 「……」 愛さんは答えない。 「昨日はどうしたの? 待ってたのに」 「……」 「?」 「……」 答えない。 まだ今日一度も、俺を見ようとさえしない。 どうしたんだろ? 「怒ってないけど、理由くらい聞かせて欲しいな。なにか急用があったとか?」 「……」 「……ケンカとか」 「ッ」 初めて向けられたのは、不機嫌なそれだった。 俺は久しぶりに彼女の眼光にビビってしまい、次の句がつげなくなる。 久しぶりに愛さんが、ヤンキーらしい睨みを俺に向けていた。 「……だったらなんだ?」 「え?」 「例えばアタシが昨日ケンカしてたとして。それがなんだ?」 「何、って言われても」 「また怒るのか?ケンカしないでとか、ヤンキーのアタシにバカげたこと言い出すのか」 「ど、どうしたの。怒ってる?」 「……」 「怒ってるよ」 「アタシがどうして怒ってるか分かるか」 この前と全く同じ返しをされる。 やられてみて分かるけど、コレ、かなり意地の悪い返し方かもしれない。 「アタシはお前みたいに小難しい理由じゃねーぞ。もっとシンプルだ。彼女持ちがやっちゃいけねーことしたから怒ってる」 「分かるよな。自分が昨日の朝なにしてたか」 「昨日の朝……。あ」 マキさんの。見られたのか? 「付き合ったのが間違いって言ったのはアタシだ。じゃあもうあの時アタシら切れてたのか?だからさっそく腰越に乗り換えたか」 「そんなこと」 「おかしいだろうが!」 「なんで他の女と一緒に寝れんだよ!アタシが他の男と一緒に寝てたらどう思う!?え!? 言ってみろ!」 「それは……、ゴメン」 ここ最近の不協和音が一気に噴出してしまった。 彼女が誰とでもケンカしたり。俺が誰にでも親しく接したり。 お互いの嫌な部分が一気に出てきた。 ……目を背けてたものと目が合ってしまった。 「で、でも誤解だよ。確かに変な風に見えたかもしれないけど、俺は別にマキさんとは何も」 「ッ……」 「分かってねーな」 「え……?」 「誤解かどうかは関係ねーんだ!あのときあそこに腰越がいたこと!これがもう裏切りなんだよ!」 「いやもっと言えば、メシ食わせてやってるんだっけ?雨降りゃ泊めたり風呂貸したり全部気に入らねェ!」 「それは……でも」 「本当なら全部イヤなんだ!総菜屋の女と仲良いのも! 長谷先生とよくくっついてるのも! 恋奈を庇うのも全部!」 「全部やめろ! アタシ以外に優しくするな!」 怒鳴り散らす愛さん。 いつも冷静な彼女が、まるでどこにでもいる不良みたいに。ワガママをわめく。 知らなかった。こんな彼女もいたんだ。 「そんなこと言われたって……」 「ッ……別に本気では言ってない。幼なじみやお姉さんと仲良いことまで責める気はない」 「でも腰越のことだけは許せねェ。もう世話を焼くな」 「でも、放っとけないんだよあの人。危なっかしいっていうか、その」 「それが嫌なんだ! 心配なんてするな!アタシ以外に親身になるな!」 「そ、そんなの無理だよ」 「ッ……」 「無理だよな」 けどそこで、一気に口調が冷めた。 クールな喧嘩狼に戻り。 「じゃあもう付き合うの、無理かな」 「そ……っ、どうして」 「……無理だろ」 冷静にそう結論付ける。 「お前は優しいから、誰にも優しくするななんて無理だ」 「そんなお前だから好きになった」 「愛さん……」 「でも今のアタシにはイヤなんだ」 「お前の一番好きな部分がイヤなんだ」 「……」 「アタシだって無理だぜ。ケンカやめるなんて」 「アタシはヤンキーなんだ。ケンカ売られたら買うし、仲間のためならどんな理不尽でも相手を殴る。それがアタシだ、変えられねェよ」 「お前が『優しいやつ』でアタシは『ヤンキー』。どっちも変えられねーよ!!」 「それは……、その」 「……ほらな、無理だろ?」 「……」 不思議と俺も冷静になっていく。 冷静にあの日を思い出してた。 あの瞬間、愛さんに一目ぼれして。 でもまだ彼女が怖かったことを。 そっか。 俺が不良と付き合うなんて、 「無理だね」 「……」 「ほらな」 俺が優しいかは知らないけど、俺は誰ともケンカしたくないし、誰とでも仲良くありたい。 愛さんは……ケンカをやめられない? ああ、 俺たち、こんなにもちがってたのか。 「……」 「じゃあもう終わりだ」 「……」 「無理だよこんなの」 「アタシはお前の優しいとこが好きだったけど、いま大嫌いになった」 「お前もヤンキーなアタシはキラいなんだろ?」 「……」 「好き合ってねーんだ。お互いがお互いを好きじゃねーんだ」 「じゃあもう無理だよ!!」 「……」 無理だ。 それは分かる。お互いの好きなところが合わないんだから、このまま続けるのは無理だ。 分かるけど、 「い、いやだよ」 「……」 「俺は愛さんが好きだよ?愛さん……俺のこと嫌いになった?」 「別れたくない」 「……キラいじゃねーよ。キラいになんかなれるかよ」 「でも無理だよ。別れないのは」 「……」 「この2ヶ月が間違ってたんだ」 「アタシとお前じゃちがいすぎる」 「たぶん世界で一番根っこの部分がちがってる」 「それでもお前は近づいてきてくれたよな。3会、誘ってくれたよな」 「嬉しかった」 「優しいお前のこと、すぐに好きになった」 「なにがあってもアタシのこと放さないでくれて」 「好きだった」 「大好きだった!」 「全部まちがいだ!!」 「もう無理なんだよ!お前がアタシの好きな大である限りアタシらは付き合えねーんだ!」 「無理なんだよ……」 「……」 「そう」 間違い? 間違いか。 愛さんに背を向ける。 そういえばあの日もこの場所だっけ。 雨上がりのカラっと晴れた空。日の落ちだした、切ないくらい赤い夕焼けの屋上。 彼女と初めて話した。初めて愛さんを知ったこの場所から遠ざかっていく。 「……」 「バイバイ大」 「……」 「……」 「……」 「ヒロ、今日はごはん……。……またか」 「適当にすませて」 「はいはい」 「そうだ。これ、食べちゃったら」 「?」 1度出て行った姉ちゃんが、タッパーを持って戻ってきた。 冷蔵庫に入れてたのかひんやりした……、中身は、サンドイッチ。 「昨日辻堂さんが忘れてったやつ。ヒロ用でしょ」 「うん」 ひんやりしたそれを1つつまむ。 愛さんの得意料理だ。やっぱり美味しかった。 「……」 でも、 今日のはちょっと……、塩っ辛い。 どんなことがあったって、みんなに迷惑かけるわけにはいかない。準備には参加する。 それはあちらも同じことで、彼女は時間通りやってきて。 ――ざわっ。 俺はみんなのざわめきでそれを知る。 「ッ……」 「辻堂さん……どうしたんですかそれ」 「別に。黒、暑かったし」 「そうですか……」 察したのか委員長がちらちら俺を見てくる。 無視した。 彼女がそうしたいならすればいい。 なんとも言えない生ぬるい空気のなか、今日も登校して作業を行う。 「えと、では時間ですので今日の作業を始めますね」 みんな散らばっていく。 「……」 「……」 「長谷」 っ。 「はじめるぞ」 「……うん」 「分かってるよ、辻堂さん」 「長谷君となにかあったの?」 「ン……?」 「……」 「さあな」 「……そう」 「ケンカでもしたの?仲直りならあたしらが間に」 「やめな」 「っ、うん」 「……辻堂さん」 「……」 「しんきくせー顔してねーで。手ぇ動かせや」 「文化祭はなにがあっても成功させんぞ」 「は、はい」 「……」 「辻堂となにか……」 「愚問か」 「ああ」 『なにかあった』っていうなら、この2ヶ月のほうがよっぽど『なにかあった』んだ。 俺と愛さん。長谷大と辻堂愛が、正しい距離感に戻った。 それだけだ。 「え……っ」 「別に驚くことでもねーだろ」 「そんな、だって」 「……」 「……すいません」 「お、オレらのせいですか。オレたちが我那覇相手に情けない負け方したから」 「別に」 「そうだ、その件は別で聞いとかないと。テメェなにアタシの命令無視して勝手にケンカしてんだよ」 「す、すんません」 「すんませんじゃねぇ。わけを言え」 「……」 「愛さん、ヒロシとやってくためにケンカやめて。だから、いつか不良もやめると思って」 「愛さんが気兼ねなくグループ抜けられるように。オレらだけでも最強名乗れるトコ見せようって」 「……」 「余計なこと考えやがってバカが」 「すいません」 「やめられるわけねーだろ。生まれたときから染みついたもんなんだ」 「アタシは何があろうと、ヤンキーはやめねェ」 「愛さん……」 淡々とこなしながら、準備日で愛さんと会うのは結構キツかったらしい。 金曜日の作業が終わり家に帰ると、急激に疲れがきた。 明日明後日は土日で休み。会わなくてすむ。 いまはすごく助かる……。 ――ピンポーン。 「?」 「いらっしゃい」 「お、お邪魔、します」 珍客到来だ。 「なに」 「んと、あの。愛さんのこと、聞いたんだけど」 「……」 まあそれだわな。 「やっぱオレらのせい……だよな」 「……」 「ちがうよ」 「俺たちの相性が悪かった。それだけだから」 「でもっ、あんなに……ほら。仲良かったじゃんか。こんな急に」 「仕方ないでしょ」 「君の言うとおり。俺たちはお似合いじゃなかった。で、限界が来た」 「それだけなんだから」 「……」 辛そうに顔をふせてるクミちゃん。 正直、愛さん関連のことはいま話にすらしたくないんだけどな。 「なあ頼むよヒロシ」 「オレ、お前と愛さんのこと好きなんだよ。2人が好き合ってる感じ、すげー好きなんだ」 「うちの親、オレが知ってるころにはもう片方だけで。だからか知らねーけど付き合ってる男女って見ても全然ピンとこねーんだけど。お前らはくるんだよ」 「頼むよ。オレ、オレ……」 「……」 「帰って」 「ッ……」 「……」 「俺は不良とは合わない」 「君の頼みは聞けない」 「……」 なにも言えず帰っていくクミちゃん。 たぶんもう話すこともないんだろう。 仲良くなれたのに残念だけど……。仕方ない。 愛さんとはもう……。 「ふーん」 「お前ら切れてたのか」 「言ってませんでしたっけ」 「聞いてねーよ。最近元気ないのは気付いてたけど」 「別に普通ですよこんなの。今どきくっついたの別れたのなんてありふれてるし」 「あ、不良は合わないとは言いましたけど、別にマキさんのことも合わないわけではないので、これまでも変わらずにどうぞ」 「いいのか?」 「まあ多少は引きずってるけど、しょうがないですよ」 「ふーん」 何事か考えてるマキさん。 「辻堂と別れた。つまりダイはいまフリー、と」 「ですね」 「なるほどなるほど。つまり」 「こんなことしてもOK、と」 「いてっ」 押し倒された。いてて、頭打ったぞ。 「どう? この機に私に乗り換えるとか」 「……マキさん」 「こっちは結構アリだと思ってるぜ?辻堂のことは一切無視すれば……」 「……」 「やめてください」 「……」 「マキさん、どいて」 「んぐっ!」 いきなり唇を奪われる。 「んちゅる……っ、るろっ、ちゅむ、ちゅぷっ」 「ぷぁあ、ンむ、んぐ」 舌までつっこまれた。 初めてじゃないにしろ、久しぶりの愛さん以外の唇の感触……。 「……」 気持ちいいけど、たいしたことなかった。 「マキさん」 「……」 「ちぇ」 「やめてください。心臓に悪い」 「どこがだよ。超絶クールに拒否りやがって」 「それは年季の差がありますから」 2ヶ月間愛さんと色んなキスを試した俺に対して、マキさんのキステクは正直言って子供だ。 マキさんは小さくため息をついて。 「……」 「メシ」 「へ?」 「さっさとメシの用意しろ。腹減った」 「でも帰ったばっかりでまだ準備が」 「さっさとしろ。いまかなり機嫌悪いから、遅いと暴れるぞ」 「わ、分かりましたよ」 あわてて台所へ向かう。 「……『多少は引きずってるけど』」 「どこが多少だバカヤロー」 ・・・・・ 「辻堂と長谷が? ホントに?」 「確証はありませんが、葛西久美子を監視したところ、そんな向きが見られます」 「確定じゃないじゃん」 「夏休み前ならスパイに探らせればよかったけどもうあいつ辻堂のダチになってるもんなー」 「でもこの情報が本当なら……面白いわ」 「どこが?」 「人様の別れ話を面白がるなんて、恋奈様悪趣味っす」 「やかましい!この話がホントなら、いまこそ辻堂を討つときよ!」 「来たわよハナ。湘南の夏の最後。とびきり大きな嵐の種が」 「えー?こんなことまで利用するシ? 悪趣味ぃ」 「こいつの進路を上手く取れば、湘南が大きく動くわ。そう」 「湘南の夏が静かに終わるなんて、ありえないんだから」 「うわ、すっご」 朝、テレビを見てた姉ちゃんが目を丸くした。 天気予報だ。んと、 「新しい台風か」 「見てこの勢力。太平洋のど真ん中なのにもう今年最大だって」 「へー、海の気温が高いってことは、まだ育つってことだよね」 「えーっと、うわ、今週末にここに来るかもだって」 「また湘南に?」 「直撃が年2発は珍しいわね」 海が近いだけに直撃でなくてもダメージがデカい地方だから、ちょっと心配になる。 前に来たときは、えっと。 「……」 変なこと思い出しちゃった。 「ヒロ? どうかした」 「ん、いや、なんでもない」 「今日も文化祭の準備よね。台風で週末はできないかもだから、作業急ぎなさいってみんなに言っといて」 「うん」 今日は月曜日。また作業再開だ。 「……」 また愛さんに会わなきゃならない。 ……サボろうかな。もともと自由参加だし。 「ヒロ?」 「っ、なに」 「最近顔色悪いわ。疲れてるんじゃない?」 ぴと、と額に額をあててくる。 熱はない。首を横に振った。 「行ってきます」 「……?」 やっぱり俺、まだ引きずってるらしい。 幕切れがあっけなさ過ぎて、一週間経ったのにまだ現実感がないくらいだ。 でも時間ってのは偉大なもので、もうあきらめ出してる自分はたしかにいた。 仕方ない。愛さんのことはあきらめるしかない。 そんな風に思う自分は。 このままもっと時間がたてば、彼女との関係はまた前までのものに戻るんだろう。 前までの……。 まるでちがう世界に住む2人に。 それはもうたぶん規定事項だ。変えられない。 嵐のような事件でも起きなきゃ、変わらない。 「先週までで一通りの下準備は終わりましたので、今日からは舞台の組み立てに移りますね」 体育倉庫からデカい丸太や、ベニヤとはちがう分厚い板を運んでくる。 石灰の袋が積んである、校庭の隅っこに集めた。 辻堂軍団の人が愛用してる教室のすぐ側だ。 「これを組み立てればいいわけかー」 「図面は……これね。うん、分かりそう」 「力仕事の本番到来、か」 「男子がんばって」 「こういうのも男女差別の一種だぜ」 「女子もやりますって」 「週末に台風が来るそうなので今日は仮組みだけして、予定の採寸と誤差がないか調べます」 「さっ、組み立てましょうか」 パンパンと手を叩く委員長。 仮組み。つまり1回組み立てたものをすぐ崩すわけで、ただ組むよりも大変な力仕事だが。 みんな作業自体は文句なく始めるあたり、委員長の人徳だと思う。 でっかい丸太の主柱を立て、もたれるように骨組み。支柱を随時追加していく。 「ぐああああ重ッてぇえ」 「委員長から明日は男子なるべく来てって言われたと思えば、こういうことかタイ」 やっぱり力仕事は男子が大変だった。 ひょいっ。ひょいっ。 例外もいるけど。 「にしてもこれ、支柱の組み方がやたら複雑だね」 「間に合わせで作るときの、安い舞台用だな。まあ学園行事のものなら仕方ない」 「っと、なんだここ腐ってるじゃないか。ヒロ、そこの板を取ってくれ」 「うん……よっと」 支柱の根元が弱くなってるらしい。板を何枚か重ねて支えにしていった。 「安物なの?」 「よくある代物。という意味だ。なかなか侮れないぞ、デパート屋上のヒーローショーなんかではこういう型の舞台も多いし」 「ほら、この前のロックフェス。あれでもこの型が使われていた」 「え」 ふと通りかかった愛さんが足を止める。 俺も驚いてしまった。この前のロックフェスのって、確か。 「これアレか。支柱が1本でも抜けると壊れるやつなのか」 「よく知っているな。全部に主柱の役目をさせている。というべきだが」 前に潰れかけたところを救出してるからな。 「っ」 すぐそばに俺がいるのに気付き、慌てた感じで去っていく愛さん。 あんな繊細なやつを相手にしてるとは思わなかった。組み立てる手が慎重になる。 頼むから作ってるときに変な事件起きないでくれよ。 「よォし! 辻堂は稲村学園にいるのね。おあつらえ向きだわ」 「いいのかい恋奈様ァ、久しぶりに暴れちまってよぉ」 「弱ってるのを確認してからだけどね」 「潰せそうなら今日中にぶっ潰すわよ!」 舞台の組み立てが完成する。 「あとはこれに飾り付けをすればよし。か」 「台風が行くまで出来ないから、あとは採寸したら夏休み中の作業は終わりだね」 「ですね。といっても採寸も採寸で大変なんですが」 「長谷君、この前中に運んだベニヤ板、持ってきてくれます?」 「えー」 あれ重いのに。 思いつつもなんか従ってしまうのはやっぱ委員長の人徳なんだろう。 ベニヤベニヤ……この前運んだあと、白いペンキで上塗りした板のところへ。 計12枚ある。重いから俺に持てるのは3枚だな。 3枚抱えて、 あ。 鉢合わせた。一瞬だけビクッとなる愛さん。 でもすぐ平静を取り戻すと、 「よっと」 残る9枚のベニヤを抱える。 「……」 「3枚貸して。俺が運ぶから」 「無理すんな。重いぞ」 「貸してってば」 やれやれって感じに渡してくる。 6枚くらい無理すればなんとか……。 「おわあああっ」 予想より重かった。落としそうになる。 「っと」 「あ」 「う……」 近い。 支えてくれたとき手と手がぶつかる。 1週間も経ってないのに、愛さんの体温はもう懐かしく思えた。 「……」 「……」 1秒? 2秒? なんとなく動きが止まり、 「何をしているんです」 ッ! 先生が来た。あわてて離れる。 誰かと思えば、風紀の風間先生。 不良の天敵だった。相手が愛さんだと気付くと、途端に訝しそうにする。 「なにをしているんだ辻堂。夏休み中に校舎に入るのは原則禁止だぞ」 威圧的に背をそらし、見下ろすように言う。 「見て分かんねーのか。文化祭の準備だろ」 「お前が文化祭? ……この前も教室にいたからおかしいと思ったら、ずいぶんと殊勝なことをしてるじゃないか」 風間先生……穏やかな先生だと思ってたけど、不良相手にはこんな感じなんだ。 「私が腰を痛めてる間に生まれ変わったでもあるまいに」 「なにを企んでる?」 「アア?」 ここまで敵意むき出しで来るとは。同じ不良嫌いでもヴァンが可愛く見えるよ。 「先生、愛……辻堂さんは準備がんばってますので」 「む、長谷君が言うなら」 しどろもどろになる。こういうとき肉親が教師だと便利だ。 もう行こう。愛さんと一緒に離れることに。 先生はしばらくこっちを見て、 「問題を起こしてくれるなよ辻堂」 「ちょっとでも問題を起こせば、1組全体の責任になるからな」 「……」 愛さんは何も答えなかった。 「風間先生、ああいう人だったんだね」 「授業中は普通だけどな。アタシらにはアレがデフォ」 最後の一言はもう『問題を起こせ。お前のせいで1組全体を責めてやる』みたく聞こえた。 「不良ってのはあのくらいの扱いが当然なんだよ。長谷先生は甘すぎ」 「合わねェだろ。お前には」 「……」 一言多いのは愛さんも一緒だな。 ベニヤを運び終えて、舞台の元へ。委員長はもう採寸にかかってる。 改めて舞台を見た。安物らしいけど、学生が使うには充分なセット。 ……あちこち痛んでる気がする。 壊れたりしなきゃいいけど。 「!」 「?」 行進曲にも似た、複数のバイクが一斉にエンジンを吹かす音。 ここ数か月でもう耳に馴染んでる気がするよ。 「辻堂ォオーーーー! いるかーーーーっ!」 「あぁ」 よりによってこんな日に。 「なんの用だよ。忙しいのに」 「いよう辻堂。こないだはスイカどーも」 「今日は礼に命取りに来たっての」 何十って数が束になってあがりこんできて、一斉にグラウンド中に広がった。 「え、江乃死魔。片瀬恋奈の江乃死魔だ」 「また来たのかよアイツら」 「恋奈ちゃん……」 怯えたみんなが下がり、代わりに愛さんが前に出た。 「片瀬さん……今日はなに」 「なにってこともないわ。ただお祝いに」 「アンタたち、別れたんですって?」 「ッ」 「……だから?」 「ホントなんだ。フフッ、だからお祝いに来たの」 「おめでとう辻堂。やっとお荷物とおさらば出来て、せいせいしてるんじゃない?」 「守らなきゃいけない重荷も消えたところで、夏が終わる前に私らと決着つけるってのはどう」 「……」 (……意外と冷静?マズいわね、動揺がないなら逃げないと) 「……」 「やめてくれ片瀬さん、辻堂さんは」 「外野は黙るっすよ。センパイもう辻堂センパイと関係ないんでしょ」 「っ……」 容赦なく肘鉄入れられた。 前までは発言くらい許されてたけど、愛さんと別れた俺の価値なんてこんなもんか。 愛さんは……。 「……」 「さあ、決着つけるわよつじど」 「帰ってくれ」 「は?」 「頼む」 「ッ……」 「は!? え!?」 片瀬さんを始め江乃死魔全員。俺も、あと後ろのクラスのみんなも目を丸くした。 愛さんは構わず頭を下げ続ける。 「文化祭の邪魔になることはしたくない。今日は帰ってくれ」 「ちょ、おい辻堂」 「ど、どうしちゃったんすか」 「頼む」 「な、……な」 みんな混乱してしまう。湘南最強の番長が、こうも簡単に。 でも片瀬さんはなんとかすぐ正気に返り、 「ばっ、バカにしてんのかコラァ!」 逆に挑発と取ったようだった。 「何のつもりかしらないけど、そんなに大事ならまずは文化祭からぶっ壊そうかしら?!」 つかつかと完成した舞台のほうに寄っていく。手近にあった木材で、 「オラァッ!」 ――ゴヅッッ! 「っ」 でも支柱を狙った一発は、愛さんに止められる。 反撃はしない。ただ自分を殴らせるだけ。やり返しもせず、 「頼む」 静かに言う。 「っ、う……」 「恋奈ちゃん……」 何人かが片瀬さんを見る。 「〜……ッ」 「クソッタレ!」 ――ガシャアアアアンッッ! 木材を苛立たしげに放り投げる片瀬さん。校舎の方へ飛び、窓ガラスが割れた。 「覚えてなさい!」 背を向け去っていく。他も慌てて後に続いた。 「辻堂さん! 大丈夫ですか?」 金縛りがとけ、愛さんに駆け寄る委員長。木材で殴られた腕を見てる。 愛さんは平気だよとばかりぷらぷらさせてた。 あっちも心配だけど、 こっちはどうするかな。割られたガラスを見る……。 「なんだ今の騒ぎは!」 嫌なタイミングで先生が来た。 「どういうことだ辻堂。なぜ窓が割れている」 すぐさま愛さんに食ってかかる先生。状況なんて分からないだろうに。 「……」 「黙ってちゃ分からんぞ。事と次第によっては」 「俺が割りました」 間に入る。 「っ、長谷君が? どういうことですか」 この先生、不良とそれ以外とで態度変えすぎだろ。すぐに語調が穏やかになる。 「作業中にふざけていて割ってしまいました。すいません」 「……さっきバイクのエンジン音が聞こえたが」 「外を通って行きましたね」 「……」 訝しそうに眉をひそめてる先生。 「僕もです先生。僕たちがふざけていて割りました」 ヴァンまで入ってきた。 「坂東君まで……? む、そうですか」 教師の弟+2年生成績ナンバー1。この意見は通さざるを得ない。 「ちゃんと片付けて。あとで職員室に来なさい。反省文を提出するように」 最後まで愛さんに睨みを向けつつ、去って行った。 ふぅ。嵐が去った。 「助かったよ」 「ひろにしてはダーティな真似をする。ドキドキしてしまったぞ」 「まあちょっと楽しかったのは否めないが」 巻き込んだヴァンは気にしてないようだ。何より。 「大……」 何か言いかける愛さんに、『気にしないで』と首を横にふる。 ガラスを片付けるべくホウキやガムテープの準備にかかった。 ……久しぶりに『大』って呼んでくれたのが嬉しかった。 「なにィイイイイーーーーーーーーーー!!!」 「つつつ辻堂さんと」 「付き合ってるタイーーーーーーーー!?」 「『た』。付き合って『た』。過去形ね」 昨日のアレについて、俺が愛さんを庇ったことをつつかれ、ついに話してしまった。 まあもういいよな。終わったんだもん。 「びっくりタイ。あの辻堂さんと」 「それはやっぱり長谷君が実はさる国の王子的な?そして辻堂さんは前世で長谷君を守るため云々の?」 「ないよ。自分の生まれは知らないけど」 「普通に恋をして。普通に終わりました」 「あまり問い詰めるな。人のプライベートをほじくるなど悪趣味だぞ」 俺が話を終わらせたいのを察し、ヴァンがフォローしてくれる。 「まあ言われると心当たりあるし」 「長谷君なら誰と付き合っても変にしっくりくるけど」 「にしても……タイ」 みんな驚いてた。 当然だわな。それほど俺と辻堂さんは、合わない2人なんだ。 「……でさ、こっちも驚きなんだけど」 「ホントに別れちゃったわけ?」 「うん?」 「こういうこと言うのもナンだけど、さ」 「片方が長谷君で上手くいかないカップルって、想像できんタイ」 「……」 「ダメ……だったんだ」 「しょうがねーよ」 「……」 「ねえ、でもさあ。それってどっちかが飽きたとかじゃないんでしょ」 「片岡さん」 「世の中には片方が勝手に冷めて勝手にフラれるなんてパターンもあるんだから、そんなすぐあきらめるなんてもったいないよ」 「片岡さん!」 「……ゴメン」 「分からないではないけど」 「無理なもんは無理なんだ」 みんなと別れて別の作業へ。今日いっぱいで夏休みにできる作業は終わりそうだ。 今日が夏休み最後の登校。 次に愛さんに会うのは2学期。ほっとするような、なぜか気が焦るような。 台風は接近しており外は風がすごかった。 そうだ、例の窓。 片瀬さんが割ったのは、ちょうど愛さんたちがアジトにしてる教室の窓。 舞台用の設備を置くために使わせてもらってた。ほとんど愛さんたちの私室化してるついでだ。 いまは新聞紙とガムテープで補修してある。修理はしばらくかかるらしい。 「あ」 「ッ……」 「……」 「……」 逃げるように去っていく愛さん。 窓の様子が気になってたんだろうか? 「降って来ちまったか。ギリ間に合ったな」 「風もすごいですね。台風、進路予報じゃこの近くまでくるそうですけど」 「マジで直撃するかもな。今年2発目」 「準備が間に合ってよかったです。あとは休みが明けてからの舞台装置設営だけ」 「休み明けは力仕事が主、か。楽でいい」 「クラスのみなさん自由参加ではなくなるので人手も足りますしね」 「7日に間に合いそうでよかったです」 「悪かったな委員長。風間の先公、アタシがいるから設営条件厳しくしたのかも」 「さすがに言いがかりですよ。先生だってお仕事なんですから」 「かな」 「では私こちらなので」 「おう。また2学期に」 「はい」 「……」 「にゃー」 「ん? ……なにやってんだお前」 「にゃう?」 「……」 「そういや最近、会いに行ってなかったな」 「ばあちゃんちはどうだ?あのおばあちゃん、美味いメシばっか出すから、ちょっと太っただろ」 「……」 「大、家ではどうしてる?」 「なー」 「……ふふっ」 「ッ……」 「よう」 「……」 「ははっ、すげー面。最近大人しかった喧嘩狼ちゃんが、久しぶりに飢えてるみてーだな」 「やっぱ彼氏にフラれたから?」 「っでっ!」 「このガキ」 「ムカついてんのはテメェだけじゃねーぞ!」 「グッ……!」 「〜……」 「……にゃあ」 「……フン」 「聞いた話じゃテメェからフッたそうだけど、にしては荒れてんじゃん」 「……黙れッッ!」 「……」 「はいはい。黙りますよ」 「いまのお前とはケンカどころか口きく気すらしねェ」 「自分がしたいこともツッパり通せないバカ女に絡まれても、ウザいだけだ」 「おら、行くぞ猫」 「ニィ」 「ッ……くそ」 「クソッ!」 数日前発生した台風28号は、勢力を増しつつ、ついに日本に上陸。 神奈川南部。湘南直撃だそうだ。 中心気圧940hpa 最大風速50m/s今年最大の規模だそうな。 今年の湘南は騒がしい。 「すごい風ね。最接近は今晩でその後吹き戻しだから、明日のほうがキツいはずなのに」 「もう街路樹がいくつか倒れたってさ。外出はしない方がよさそうだね」 「缶詰、水、毛布、電池、懐中電灯。こんなもんでいいかしら」 防災リュックを引っ張りだす姉ちゃん。 そこまで備えることもないだろうけど、こういう機会に缶詰や水を新しいのと替えとくといざってときにいい。 「今夜、一緒に寝てあげよっか」 「なんでだよ。てかいつもフツーに忍び込んでくるじゃん」 「いつもは私が行くパターンでしょ。今日はヒロがお姉ちゃんのベッドに来るの」 「ほらむかし風の音にお姉ちゃん怖い怖い言いながらトイレの中までついてきたことあったじゃない」 無視して部屋に戻る。 「こらー、恥ずかしいからって逃げるなー」 追い出す。 そろそろ夕方6時過ぎ。夜中最接近だから、キツい時間帯が来そうだ。 雨戸、閉めるかな。 ……そうだ。マキさんどうしてるんだろ。 窓を開けて外を見る――。 うおッッ!? 「きゃあっ!」 開けた瞬間、すごい風が吹き込んだ。 びっくりした。殴られるような風で、叩かれた鼻が痛い。 「なにいまの、窓開けた?」 「う、うん」 「気を付けなさい。吹き込むときは一気に来るんだから」 「コップ落としそうになったわ」 「ゴメン」 気圧差ってやつか。風上側の窓をあける時は気を付けないと。 雨戸を閉めていく。 「マキさん、大丈夫かな」 「押入れはぬくぬくだよ?」 「いたんですか」 「くああ、さっさと閉めて。風の音うるさい」 押入れで丸くなっていた。 俺の周りはとくに問題なし、かな。 「うん、うん大丈夫だよ父さん。うちが飛ばされることなんてないって」 「母さんはいま漁協。なんか船の整備があるんだって。夕方には帰るよ」 「……今から帰る? 飛行機動いてないでしょ」 「はいはい、母さんが帰ったら電話させる」 「やれやれ」 「すごい風」 「母さん大丈夫かな。倒れた街路樹が当たって……、ムカついて街中の街路樹なぎ倒したり」 「……」 「あ」 「はーああ、8月が終わっちゃう」 「湘南の夏は荒れるって……物理的な嵐に来てほしいわけじゃないのに」 「辻堂は討てないし、江乃死魔は不調だし。窓ガラス1枚割っただけで夏が終わっちゃう」 「まあまあ、こんな日はのんびりするシ」 「気をつけなさいよハナ。アンタ風速12メートルくらいで飛ぶんだから」 「あはははは大丈夫に決まってあーれー」 「おっと危ない」 「びっくりしたー」 「こっちのセリフよ。あなた、どうもありが……」 「と??!!! あ、い、稲村ちぇーん……」 「片瀬のお嬢さんじゃない。こんにちは」 「こ、こんちは、です」 「にはは、湘南の夏は静かに終わらないっていうけど、これ以上強い嵐が来るのも困るシ」 「あら懐かしい言葉を知ってるのね。湘南の夏が静かに過ぎたことはない。よく言ったものだわ」 「……」 「史上唯一、稲村チェーンの時代は静かに過ぎたっていうけど?」 「あら」 「……」 「ふふ、顏が割れてる自覚はあるけど。女の恥ずかしい過去を暴くなんてほめられないわよ」 「そいつは失敬」 「よく誤解されるのよね。抗争がなかったってだけで、あの時代も確かに嵐は来てたのに」 「湘南中のヤンキーが、敵も、味方も、偶然必然諸々を含めて嵐を起こしてたわ。稲村チェーンと、愛しのダーリンを中心に」 「どんな嵐?」 「愛の嵐」 「ただいまー」 「ふぅ、0:11分。なんだかんだで日付が変わっちゃったわね」 「? 愛、もう寝ちゃった?」 「ン……」 『出かけてきます。父さんが心配してたから遅くなきゃ電話してあげて』 「あら」 「どこ行っちゃったのかしら」 「あ」 思い出したのは真夜中。日付が変わり、台風が最接近しつつある時頃だった。 「どしたん?」 「窓が……ない」 「は?」 「教室の窓が1個割れてるんです」 まだ修理できてないはず。備品置きにした軍団アジトの教室の窓。 うちのクラスの舞台の用意が置いてある場所。 「……」 着替えた。 「行く気? 外、ひでーぞ」 「でも気になっちゃって」 「なにかあったら姉ちゃんのことお願いしますね」 予感。っていうんだろうか。何かに急き立てられるように、俺は学園に向かった。 風は相変わらずすごい状況だ。 時々マジで歩けないレベルの突風が来る。防波堤に寄り添う感じで、ゆっくり、ゆっくり海沿いの道を行く。 窓は新聞で補修しただけ。この雨と風じゃ何の意味もないだろう。 もしあそこから吹き込んでるようなら、せっかくの文化祭の準備が台無しになる。 「……」 行こう。 不思議なことに、学園についた途端風がちょっとゆるんだ気がした。 ただそれ以上に最悪なことが。 「風上だよ……」 割れた窓は風の直撃を受ける角度だった。 もう破れてるかも。中へ急いだ。 どこも施錠されてるけど、不良に占拠されたあの教室のあたりは警備がザルだ。 天窓がいくつか鍵が壊されてることはクミちゃんから聞いてた。 外の風音は爆音のように響くけど、中に風が通ってる感じはなかった。 窓のバリケード、破れてないのかな? 「っく、この……」 「……?」 「クソッタレ……このっ」 「……」 いや、破られてないわけじゃない。 新聞はもう破れてて、 でも必死で補修されてた。 「よっと! ……ついたか? ……ああクソはがれる」 ガムテープ片手の愛さんが、割れた窓にビニールを貼りつけてた。 ガンガン入ってくる風にビニールを押しつけながらなので、ガムテを使うのも一苦労だ。 部屋には失敗したんだろうくしゃくしゃのビニールとガムテが散乱してた。 何時間前からやってたんだろ。 「このっ」 とくに上側を貼るのが難しい。椅子にのって必死に背伸びしてる。 「おわ……っ!」 突風が来たのか体が揺れて――。 「代わるよ」 でも支えた。 「大……っ?! え、どうして」 「愛さんと同じ理由。代わって」 俺のほうが背が高い。上の方をやるのは適任だろう。 椅子の上に乗りガムテープを広げる。愛さんがビニールを押さえてくれるので、簡単に貼れた。 補修完了。急場しのぎだが雨風はしのげる。 「ひろ……長谷」 「お疲れ様。このビニールどっから持ってきたの?」 「園芸部。委員長が野菜育てるのに使ってたやつ」 ビニールハウス用か。 分厚くて耐久性のあるやつだ。状況的に最適だと思う。 「……」 「……」 なんとも言えない空気に包まれる俺たち。 そりゃそうだ。会うだけで気まずかったのに、こんな特殊な状況で。 気まずくはないけど。 「こんな雨のなかを。あぶねーぞ」 「こっちのセリフです」 「だな。……ははっ」 「あはは」 ちょっと前まで相思相愛だったんだ。言わなくてもお互いの気持ちは分かってた。 文化祭を成功させたい。 「舞台の道具は大丈夫だった?」 「ああ。アタシが来たときにはもう降りこんでたけど、ちょっとだから」 積んである舞台の飾りつけや舞台装置を撫でる。 カラー幕や飾りなんかはほとんどラメ加工なんで、ちょっとくらい濡れても問題ない。 心配なのは飾りが千切れたり幕がやぶれることだけど、幸いそっちもなさそうだった。 ただ……。 「このビニール、どれくらい持つかな」 「さっきから10分持たない。すぐに補修しねーと」 「そっか」 急場しのぎは急場しのぎ、か。 「1晩中勝負だね。がんばろ」 「アタシ1人で大丈夫だぞ」 「うん?」 「……」 「なんでもない。がんばろう」 ・・・・・ この台風がすごすぎるのかもしれないけど、風ってのがこんなに凶悪なものだとは思わなかった。 ピンと張ったはずのビニールは、ものの数分であちこちがたわみだして。10分もすると必ずガムテープをはじいてしまう。 そのたび補修するしかないので大変だった。 10分間ある暇な時間に舞台道具を他の部屋へ移すことも考えたけど。ちょっと難しい。 仮組みを済ませ、調整した舞台は、ある程度飾り付けた状態でまとめてある。下手に動かしたら俺たちが壊してしまいそうだ。 結論。この部屋を守るしかなかった。 「ほら、腹ごしらえ」 トマトを渡される。 「花壇の野菜?」 「うん。飛ばされる前にってさっき摘んできた」 他にもキュウリやナスなど、夏野菜がいっぱい。 風雨は意外と体力を奪う。気づかないうちにお腹が減ってたらしく、生野菜でも美味しかった。 「ま、こっちにゃ勝てないけど」 苦笑しながらさらに袋を数個。 こっちはお菓子だ。ポッチーとか、シャカリコとか。 「城宮先生の。また持ってきたの?」 「いいだろ。あの先生さりげにお菓子のチョイスいいんだよ」 城宮先生が保健室に隠し持ってるやつだろう。 前にも見つけて、食糧にしたことがあった。 前に……。 この学園に泊まった時に。 「ぅ……」 あっちも思い出したらしい。顔が赤くなる。 「……」 「シャカリコちょうだい」 「前回は愛さんが全部1人で食べちゃったもんね」 「う、うるせーぞ」 真っ赤な顔で渡してくる。 2人で食べた。生野菜の付け合せとして塩分があるのも嬉しい。 「……」 「クスッ」 「なに?」 「そういや前も台風の日だったなーって」 「ちょうど2ヶ月前だね」 「アタシらよっぽど嵐に縁があるのかな」 かもね。 嵐のように過ぎた2ヶ月だった。 嵐のように色んな事があった2ヶ月だった。 「……愛さん」 「ん……」 2ヶ月間が脳裏をよぎり、彼女を見る。 やっぱり同じこと考えてたんだろう。愛さんはまだ顔が赤い。 「っ、そ、そろそろか。ガムテ貸してくれ」 あ、逃げた。 そろそろ10分。補修がいるころか。俺も立ち上がる。 ……が。 「……あれ?」 「ん?」 そういえばいつの間にか風がやんでた。雨も。 空には星さえ見えてる。 「……台風の目か」 さっきから微妙に風が減ってる気がしてたんだ。 「台風の目、こんなにまっさらに晴れるんだな」 「ここまできれいなのは滅多にないと思うよ」 窓からを外を見る。 綺麗な夜空だ。 「ないなぁ」 「なにが?」 「昔姉ちゃんに、でっかい台風の目にはラビュタがあるって聞いたんだけど」 「バーカ」 海の向こうや、鎌倉山の向こうにはまだ分厚い雲のかたまりが見える。台風は紛れもなくいまこの地区を襲っている。 でもいまこのとき。たぶん30分も持たないこの時だけは、月が見えそうなほど空が晴れてた。 湘南から嵐が消えてた。 「……」 「……」 「守れるよな、大」 「え……?」 「守ろうぜ。アタシたちで、みんなの文化祭」 「……」 「うん」 中休みはほんの一瞬。すぐにまた風は勢いを増し、雨も降ってくる。 「ビニールの用意して」 「へ?」 「台風はここからがもっと強くなる。重ねて使おう。ちょっとでも耐久力あげないと」 「そっか。分かった」 1枚でも分厚いけど、何枚も重ねていく。 やりすぎるとガムテープが緩くなっちゃうんで、ガムテもべたべたに。 ビニールとはいえここまでやればそうそう飛ばされないはず。 「これならもつか?」 「さすがにね」 目を抜け切ったらしい。風が勢いを取り戻し、他の窓がガタガタなった。 ビニール、重ねばりにして正解だったな。下手すると1発でもっていかれたかも。 「目を過ぎたってことは風向きも変わるかな」 「これだけ強いとどの方向から来ても危ないだろうけど、今より悪くはならないだろうね」 直撃コースだもんな。 いま耐えられてるってことは、これからも耐えられる公算が高い。 しのぎ切ったか……。 「……」 「なあ大、これなに?」 「へ? ……なんだこれ」 なんか……外が白い。 透明な窓ガラスが波打って見えるほど雨が強いのでよく見えないけど、でも白いモヤみたいなものが見えた。 窓に、ビニールに降りつけられてる。 これって……。 「石灰だ。ほら、校庭の」 「あっ」 そうだ。校庭の隅にあった石灰の袋。 窓のすぐ外にある。飛んできた何かで傷ついたのか、袋の中身が風に巻き込まれてた。 近くにある壁に、窓に、ビニールに散らばってる。 「これって水と混ざると熱がでるんじゃ?」 「うん……いや、大丈夫だよ。こんなに雨が降ってれば大して熱くならないから」 最大限に反応してもせいぜい煙が出る程度だし。壁や窓には関係ない。ただの汚れにしかならない。 でも、 「……ビニール、へこんできてね?」 「きてるね」 くっついたビニールを伸びやすくする程度の熱は出てるらしい。 伸びやすくなったビニールは風に負けて奥へ、奥へ押し込まれ、こっち側へ伸びてきてる。 ビニールは『)』の形に撓み、より石灰を一か所に集めやすくしていく。 この状態が何時間か続いたら、だんだん『>』になり、最後には穴を空けたかも。 それはそれで見たかった気がするけど、 ――ゴッッ! 台風はそこまで待ってくれなかった。突風が窓を鳴らし、 ――びしゃあっ! 「おわ……ッ!」 「大っ!」 風の力ってここまですごいのか。 はがれ飛んだビニールが直撃する。濡れたとはいえビニールなのに、痛いくらいの衝撃だった。 そういやさっきも味わったっけ。 マキさんを心配して窓を開けたとき、 「気を付けなさい。吹き込むときは一気に来るんだから」 「……」 マズい。 ――ガシャアーンッ! 「なんだ今の音!?」 「ボロいなこの校舎!」 見ると思った通り、いや思った以上の惨状だった。 廊下の向こう側の窓が……10枚前後割れてる。 ヒビでも入ればもう終わりで、さらに来る風の圧力に負けてピシピシと砕け、ガラスは外へ外へ飛んでいく。 「舞台が――大! 押さえてくれ!」 中に戻る。 風の通り道となった室内は、外の嵐の一部となり。あらゆるものが飛ばされそうになっていた。 机や椅子はもちろん、黒板までガタついてる。 麻雀やトランプ、軍団の人がため込んだ遊び道具がすごい勢いで飛んでいった。 舞台まで。 「ウソだろ……っ、ンが!」 主柱や支柱はともかく、風を受けやすい壁板が動くほどだった。 飛ばされたらそれこそ校舎に穴があく。あわてて押さえた。 でも、 「うわちょ……俺まで浮く」 押さえた壁板が浮く力は、俺の体重を持ち上げるほど。 逆向きにパラシュートを抱えたようなものだ。次の突風が来たら弾き飛ばされる。 「愛さん大丈夫!?」 「だ、大丈夫。なんとか押さえれてる」 「……」 「アタシが重いからじゃないぞ?」 「分かってるよ」 すごいパワーだとは思うけど。 でもどうする。愛さんは言うとおり体重がないし、俺は力がない。いつまでも押さえてられない。 ……ッと。 「っ、やんだ」 「ああ、でもすぐ次が来る」 突風が収まり、まだ強風ではあるけど舞台まで浮くことはなくなる。 「窓を塞がないと」 「ビニールはどっか行っちまったよ」 「ビニールじゃもう無理だ」 風下の窓が割れたから、かかる負荷はさらに増える。もっと強い、硬いもので止めないと。 そうだ。廊下の窓も何とかしなきゃ。風向きが変わったらそれこそ手が付けられなくなる。 「でもこの学園、窓にまでシャッターはついてないし」 窓を押さえられるサイズの何か……。 「机とかでバリケードを作るのは」 「上手い組み方なんて分からないよ。失敗して壊れたら机のせいで舞台が壊れるし」 「この黒板引っぺがしたら」 「どうやって引っぺがす……愛さんならいけるか。でも1枚じゃ足りない。10枚以上ないと」 「10枚以上……具体的には?」 「こっちが1枚、廊下が11枚で12枚」 「12枚」 「……」 12枚の板。  ! 「ベニヤ板は!?」 「体育倉庫!」 同時に思いつき、同時に駆けだす。 天窓を超えて外へ。……っとと、着地のとき飛ばされそうになった。 舞台の床板に使うため用意した12枚の合板は、踏んでも割れない丈夫な作りになってる。 さすがに風で折れるとかはない。これが折れるなら他の窓ガラスや、校舎の壁の方が心配だ。 「あった。全部使おう」 12枚。重ねておいてあるのを持ち上げる。 「んが……重てぇ」 「貸せ」 「……」 「半分」 「うん」 愛さんが5枚。俺が7枚持った。 風のくる外から補修したほうがいいだろう。 「釘はないし……ガムテで行けるかな」 「さすがに心配だ。……待ってろ」 花壇のほうへ駆けて行った。 緑色したガーデンポールを持って戻る。 「こいつで柵を作るんだ。風にはずっと強い」 「だね。柵……組める?」 「委員長に聞いてる。……自信ねーけど確か」 「オラァッ!」 「死ねや!」 「これで終わりだァァアアア!!!」 かけ声が怖い。 でも強引ながら柵は組まれていった。太い鉄棒を2本地面に刺し、間を細いアルミでつなぐ。 途中でアルミとはいえ金属の棒を糸みたいに折り曲げてたのが気になったが、完璧な出来だ。 あとはこっちの11枚だけ。 風上の穴が塞げたので中の風は収まってる。簡単に塞いで行けた。 「ガムテでいいかな」 「ロープで補強すればイケると思う」 キツい1枚を終えたあとなので、こっちの11枚は消化試合だった。 ただ時間がかかるだけ。 「テープとって」 「こっち使ってる」 「ベニヤ押さえてるの重いよ」 「はいはいすぐやるって。だらしねーな」 「愛さんはパワフル過ぎ」 「他のやってくるからずっとそこ押さえてろ」 「ゴメンってば」 共同作業と思えば、ちょっと楽しいくらいだった。 ・・・・・ 「はぁ」 「ふー」 終わった。 ベニヤ板まで使った補強工事は見事成功。もう風が吹き込んでくることはない。 まあ大事をとって台風が過ぎるまで待つけど。 台風は依然湘南を通過中。窓を激しく揺らしてる。 でも中まで来ることはない。 「もー……だいじょぶ?」 「たぶん」 なにかあったらすぐ動くとして、いまは待とう。 隣あって座り、真夏の青々とした葉っぱや空き缶なんかが飛んでいく窓の外をぼーっと眺める。 疲れも出始め、お互いに口数は減っており。 いつの間にか何もしゃべらなくなっていた。 「っと」 「くー……」 「……」 午前4時。 そりゃ眠いわな。 まあもう問題なさそうだし。 「おやすみ、愛さん」 「んん」 金色の髪を撫でる。 さっき外に出てずぶぬれになったけど、もうだいぶ乾いてる。 服も……大丈夫だろう。風邪を引く気温じゃない。 前髪を払った。 可愛い寝顔。 「……」 キスしたいけど……体勢的に無理か。 まあいいさ。稲村番長、辻堂愛の、たぶん知る人はあまりいない天使みたいな寝顔。 もう一度独占できただけで満足だ。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「すー……」 「……」 うおっ! 急に携帯が鳴った。 「ンぅ……」 「あ、起こしちゃったね」 「大……? んー、あそっか」 携帯を見ると時間は朝8時。4時間くらいしか寝れてないわけで、眠そうだった。 「ゴメンね。……えっと、姉ちゃんか」 あっちも起きたらしい。俺が家にいないことを心配してのメールだった。 大丈夫な旨を返信。と、 「くぁ……」 「まだ寝てていいよ」 「うん……いい」 大あくびしながら体を起こした。 ……ちぇっ。寝顔タイム終了か。 「どのくらい寝てた?」 「4時間」 「そんなにっ!? え、大……ずっと?」 「まあね。……ぐォ!」 愛さんが離れて始めて気づいた。足、超痺れてる。 「わ、悪い。超グッスリで全然気づかなかった」 「いやいや。だいじょぶだいじょぶ」 腿をぽんぽんする。 「起こしてくれればよかったのに」 「寝顔可愛かったんだもん」 「……ったく」 ぽんぽんするだけで痺れる。お尻をあげて、しばらくじーっとしてよう。 「……」 「ていっ」(ちょん) 「はう!」 つつかれた。 「ていていていてい」(ちょいちょいちょいちょい) 「ノーノー! ヘールプ!」 「はははっ」 ふざけたりもしつつ、しびれが取れるのを待った。 「しばしの快眠を提供したのにひどいよ」 「ゴメン」 楽しそうに笑ってる愛さん。 それから、優しく微笑んだまま。 「大ってこういうとき、いっつも起こさないよな」 「そうかな」 「そうだよ。お前が先に起きた時、絶対待つじゃん」 「寝顔が可愛いから見てたいんだよ。愛さん、すごく幸せそうに寝るから」 「……」 照れくさそうに笑う彼女。 けどふと、何か思い出したように、 「……幸せそうに寝てるなら、それはお前がいるからだよ」 「大の腕のなかってすごく落ち着くから。すごく幸せな場所だから」 切なそうな顔になる。 「腰越も幸せそうだった」 「……」 「はは、変な感じ。アレでプッツンしたのに、腰越があんなことした理由はアタシが一番分かるとか」 「愛さん……俺は」 「……」 「長谷」 ッ。 そうだ。もう『愛さん』じゃダメなんだ。 「……辻堂さん」 「……悪いな。お前のその優しいとこ好きなんだけど」 「嫌いにならない自信がない」 ・・・・・ 「だいぶましになったか?」 10時過ぎには、風の感じはずいぶん変わっていた。 まだ相当強いけど、あの吹き飛ばされそうな突風はここ数時間来てない。 携帯で調べる。 「うん、暴風域、抜けてるよ」 足の速い台風だったみたいだ。 「じゃあもう帰っていいかな」 「だね」 ベニヤはこのままにして、明日あたりビニールと張りかえよう。 窓のガラスまで割れたこと、問題になるかな。まいっか、割ったのは台風だ。 「帰ろっか」 「うん」 雨具の類はないので、帰りは濡れるの覚悟しよう。 夏だし構わないさ。先に外へ降りると。 「……」 「ひ……長谷」 「うん?」 「今日、ほんとにありがと」 「お前がいなかったら、アタシ1人じゃどうにもならなかったと思う。舞台、めちゃくちゃになってた」 「それはこっちもだよ。愛さんがいなかったら」 「ううん」 「アタシが楽しみにしてることは、いつもお前が守ってくれる」 「アタシに楽しいことをくれるのはいつもお前なんだ」 「……」 「ありがとう」 「お礼なんていいって」 愛さんが楽しいことは、大抵俺にとっても楽しいんだ。 「……」 「なのにゴメン。ワガママばっかり。アタシの都合で怒ったり、フッたり。優しさに甘えといて、その優しさにまでケチつけたり」 「……ゴメン」 「……」 「あやまらないで」 「大……」 「ね」 雨粒だろうか。ちょっと熱い気のする頬を伝う滴をぬぐう。 うつむいてしまう彼女から離れた。 これ以上はなにも言えない。 俺はもう彼女の彼氏じゃないんだから。 背を向ける……。 「……あッ」 「痛い?」 「だい……じょぶ」 「もっと、もっと痛くして」 「もっと大を……痛いくらい感じさせて」 前戯しても狭い細い管を、無理やりにこじあける。 ほとんど濡れてないセックスは、ねじこんだペニスまで痛むくらいだった。 苦しいくらい『生きた』感覚。 楽しむためのセックスじゃない。お互いを感じたい。 「大……、大……ぃ」 「愛さん……、愛……ッ」 「大ぃ……っ」 めりめりときしむ身体。ひりつく皮膚。 身体のすべてが愛さんを思い出していく。 愛さんは泣いてた。俺も涙がこぼれてる。 どうして泣いてるんだろう?悲しい……わけじゃないけど、喜びでもないと思う。 自分の体をろくに使えない赤ん坊が、なんとか何かを伝えようと泣きじゃくるように。 俺も愛さんも、身体以外の何かをぶつけたがって泣いてた。 「大……もっと、もっと強く」 「愛、く……愛ぃっ」 ひたすら突くことしかできなかった。 擦りもしない。引きすらしない。ただただ重ねた腰を奥へ奥へ食いこませるだけ。 結合がどこかを超えてしまえば、一つになれるような気がする。バカげたことを考えて、ぐいぐいと体をぶつける。 「もっと……もっと、もっと、もっと、もっと!」 「っくっ、っ、うううっ」 「大ぃいい……っ」 「ッは……っ、っはぁ……ッ、愛っ」 ギチギチと絞める膣にペニスが潰されそうだ。 痛いくらいの食いつき。痛いくらいの愛さんの求めが心地よい。 「っ、ッく……」 ペニスが焼ける。痛い。苦しい。 これまで感じたことのない摩擦熱の中で、俺は発射してしまう。 射精の快感がずいぶんと鈍かった。快感はあるんだけど、それを感じる部分が麻痺してる感じ。 じわーっと緩慢に、膨大な量の快感が広がってくる。 「ぐっ……う、あっ、ああああああっ!」 ある一点から麻痺が薄れて快感が脳内を埋め尽くす。 頭がおかしくなりそうで、俺は叫んでいた。 「ッく……」 腹に熱を感じるんだろう愛さんがしがみついてくる。 「っく、……うく」 「っああ……大」 「っ、う、……ンぅううう」 射精したはずなのに萎える感覚がない。 さっきの快感はまだくすぶっており、勃起が収まらない。 俺は何度も何度も愛さんの中を目指した。 「っふぁああっ」 途中で果てては一体感が挫折する。だから何度も、何度も。 不思議と初めてここでした、あの日を思い出してた。 何も考えず、ただ愛さんを好きな気持ちだけで満たされたあの日を。 俺たち……。 あの日と何も変わってないんだって。 「……」 「……」 「……っふ」 「……」 「おはよ」 「はよ」 「ったく、人にツッ込んだまま寝るなよ」 「あれ、俺そんなタイミングでオチた?」 「一瞬死んだかと思って焦った」 「あはは」 俺たち、台風の日は性欲が上がるタイプなんだろうか。また1日中ヤリ通してしまった。 1夜あけて、外はもう晴れてた。 「例のベニヤ、外さないとね」 「うん……腰がだるいからもうちょっとしたらな」 「でもその前にもう1回……ちゅっ」 「ンはっ、こら、腰タルいんだって」 「いや?」 「……いいけど」 ・・・・・ 「私の名前は城宮楓」 「稲村学園保健室に務める、保健の先生である」 「台風一過の、とてもいい天気だ。ウキウキしていつもより早くに家を出てしまった」 「先生、おはよーございます」 「はいおはよう」 「ふふふっ、こんな日は、健康な美少年で人体実験したいなぁ」 「きょーおもかえーでさんは」 「愛さん、ちゅっちゅっ」 「も、もう……大ぃ」 「うわあああああああああああああああああああああ」 「誰だ!」 「ってまた先生かよ」 「なんでそっちが不機嫌になってる。私が怒る場面だろ」 「まったく、エッチな先生で売ってるのに、なんでこういうシーン見て慌てる役やらされるんだ」 「すいません台風で帰れなくて」 「何しに来たの。今日土曜だから、始業式は3日でしょ」 「当直なんだ。生徒がいる限り鍵持って管理しなきゃならない」 「文化祭の準備、ですか」 「ああ」 「お前らのクラス、もう来てたぞ」 「なにこれなにこれなにこれー」 「ベニヤが打ち付けてある。雑ながら見事な応急処置だ」 「このガーデンポールの雑な組み方は……」 「みんな」 夏休み中はもう準備なしのはずなのに、朝もまだ早いこの時間からひのふの……10人以上。 「台風でどっか壊れたかもーって思ったらいてもたってもいられなくて」 「ここまでやって壊れましたじゃ困るからな」 「すぐ直せるようにって来てみた」 「お2人はいつから?」 「……」 「……」 顔を見合わせる俺と愛さん。 「ふふっ」 「はは」 吹き出してしまった。 「??」 みんな不思議そうにしてたけど。 文化祭、もう問題はなさそうだ。 「はー」 あー、 のんびり。 「夏休みラストを満喫してるわね」 「うん」 「宿題すませた?」 「うん」 「明日の準備した?」 「うん」 「お姉ちゃんのこと好き?」 「うん」 「やん♪」 「姉としてね」 「文化祭の準備はどうなってる?7日の最終チェックには間に合わせるのよ」 「問題なし。もう明日にも完成するよ」 明後日からは飾り付けの盛り足し作業に入るとのこと。 「まあ1組は委員長やタロ君みたいに比較的マジメな子が多いからね」 「マジメじゃない彼女とは良好かしら」 「……」 あれ、言ってなかったっけ。 「もう別れたよ」 「は?」 「やり直す予定もゼロ」 「えー? より戻すわけじゃないの?」 「昨日超イイ感じだったじゃん」 「イイ感じ言うな。恥ずかしい」 (まああんだけエッチしたあとだからいい感じにはなってたけど) 「わだかまりは解けたと思いましたが」 「解けたよ。ケンカしてたのは、どっちももういいと思う」 「でも別れたのはケンカ自体が原因じゃねーもん」 「なにが原因なの」 「……」 「相性が悪い」 「そんなことないと思いますよ」 「悪いんだよ。アタシはあいつの一番いいとこがキラいで、あいつはアタシの根っこがキラいなんだもん」 「付き合ったって……またすぐ切れるよ」 「……」 「まあ……無理にとは言わないけどさ」 「それより今の心配事は恋奈だわ。せめて文化祭終わるまでは忘れてーんだけど。あいつしつこいから」 「最悪、バンド演奏をぶっ壊すとか言って舞台狙ってきたらどうしよう」 「それは大丈夫だよ」 「へ?」 「恋奈ちゃんならそれはしないから」 「知り合い?」 「ねーねーねーそれよりも、このあとどうする?」 「そうですね、作業は終わりましたし」 「夏休み最終日だし、遊びたいよね」 「カラオケでも行こっか。文化祭前哨戦」 「え……っ、か、カラオケ?」 「アタシ帰る。その、そういうの興味ない」 「ダメダメ。逃がさないよ〜」 「いいじゃないですか。少しくらい」 「でも、でも……」 「ほらほら行こう辻堂さん」(ぐいっ) 「ああああ……」 「んがーっ!結局なにもせず秋になったじゃない!」 「まだ暑いから夏でいいんじゃねっすか」 「一応腰越に減らされた分、400までは復帰したんだ。江乃死魔の現状は上々だろう」 「辻堂と腰越に手がだせないのがムカつくの!」 「ハッハー!ンなもんご命令くれりゃ俺っちがいますぐ両方の首とってきたるっての!」 「(無視)あいつらに一泡吹かせてやれる方法……」 「辻堂センパイ、文化祭にハマってるらしいから、あの作ってた舞台ぶっ壊すってのは?」 「それは……うーん」 「バンドメンバーにうちらの幼なじみがいるからやりたくねーシ」 (相変わらずの身内びいき) 「とにかく! しばらくの標的は辻堂。辻堂よ!」 「絶対目にモノ見せてやるわ」 「……」 「なんか……ゴメンね」 「いや、いい。こっちこそごめんテンション下げて」 「えと」 「でもすごくお上手なボサノバでしたよ」 「うん、母さんに情操教育されて結構自信ある」 「……無駄に上手いのが逆に盛り下げてゴメン」 「あ、あはは」 いよいよ始まった2学期は、 真夏の熱気をちっとも忘れず、朝からけだるい暑さを湘南の地へ伝えていた。 「おはようございます」 「おうアンちゃん」 「授業がんばってねぇ」 「はいマキさん今日はおにぎり」 「はぐはぐウマー」 1学期と変わらない道を行く。 「おはよ」 「おはよう。ふぅ、学園が始まったのはいいが、この熱気はどうにかならないものか」 「おはようございます」 「おはようございます愛さん!」 「「「おはようございます愛さん!!!」」」 「だからコレやめろっつってんだろ」 「学期のはじめくらいいいじゃないすか」 学園もなにも変わらなかった。 始業式を終えると、まず2学期最初の話は、 「夏休み中からがんばってきました文化祭の舞台設営。いよいよあと一歩で完成です」 「ここからは全員が強制参加となりますが、作業は残り少ないので、がんばりましょうね」 やっぱり文化祭。 みんなで例のアジトへ行き、作業を続ける。 クラス全員とあってやる気のある子、ない子が出るが、もう残り作業自体少ないので問題なかった。 「長谷君たちのおかげです」 「いえいえ」 万事順調だ。 もうプロが使っても恥ずかしくないくらい立派な舞台になってる。 台風のとき、外壁が折れそうになったときは心配したけど、ミシミシ言った程度で問題なかったし。 「くそー、オレたちの城を勝手に使いやがって」 「すまねーなクミ」 「いっ、いえ! 愛さんが仰るならお好きなように」 「お好きなように。じゃありませんわ。学園の一部を不当に占有。立派な校則違反ですわよ」 「アアン? なんだとコラ誰だテメェ?」 「委員長さん、こちらの書類に記名してください。この教室の借用嘆願ですわ」 「忘れてた! ありがとうございます」 「やれやれ、手がかかりますわね」 「助かるよ胡蝶」 「う……べ、別にあなたのためじゃありませんことよ」 「言っておきますが借用は文化祭まで。終わったら容赦なく取り締まりますのであしからず」 「アア!?」 「はいはい、もう行くぜ」 「フン、これだから不良は困りますわ」 「片瀬(2)さんはツンデレ枠だったんだね」 「別にアンタのために〜…って台詞ナマで聞ける日が来るとは思わなかったタイ」 「やべえ惚れそう……俺には委員長がいるのに」 「お、オレ、みんなに見えてる?」 準備は前倒しされ、明日か明後日にも完成しそう。7日までなら余裕だ。 上手くいきそうだな、文化祭。 俺としても嬉しい。最初は興味なかったけど、いつの間にか準備にのめりこんでたし。 「……」 成功したら、愛さんも喜びそうだ。 珍しくできた仲のいいクラスメイトの打ち込む文化祭。成功させたそうだもんな。 愛さんが喜ぶなら俺もがんばりたい。 っと、前方から先生が2人。 姉ちゃんと風紀の風間先生……道を空けた。 文化祭の準備を見回ってるらしい。風紀委員会の顧問は、文化祭実行委員の風紀取締り監督官も兼ねるとのこと。 「やあ長谷君、準備は順調ですか?」 「は、はい」 ちょっと緊張した。 1学期の絡みで一緒に回ってるらしい姉ちゃんが苦笑してる。 「君たち1組は、多少ゴタつきましたが夏休み中の準備に余念がなくて感心しました」 「残る準備、頑張ってくださいね」 「はい」 風間先生、こうしてるといい先生なんだよな。 「あの辻堂が加わっているというから、なにやらかすかと思ってビクビクしてましたが」 ……これさえなければ。 不良に対する偏見さえなければ普通の先生なのに。 ……いや、逆か? この先生はごくごく普通な人なのかも。偏見なんて、もってて当たり前かもしれない。相手は不良なんだから。 「7日までにはしっかり完成させること」 「がんばってね」 去っていく2人に会釈する。 姉ちゃんはともかく、先生はあくまで俺に対してにこやかだった。 俺は不良じゃないから。 その後も文化祭の準備は順調そのもの。 余裕がある分みんな楽しんで作業できる。 舞台は5日には無事完成。 「はいじゃあもっかい頭から行くよー」 「おー!」 バンドの子たちも練習がんばってるみたいだ。 ・・・・・ 「……心地よき音色である」 ちなみに、準備さえ終わっちゃえば、バンド関係ない俺たちはオールフリー。 「文化祭まわる順番でも決めとくか」 「それより一緒に回る女子を決めたい」 「いまこそ坂東大明神のお力を借りるとき!そこらの予定なさそうな女子拾ってきてくれタイ!」 「遠慮する」 「っと、そろそろ行かないと」 「最近忙しそうだけど何か用事?」 「文化祭を一緒に回ってくれと毎日知らない女に呼び出されて困ってる。傷つけないように断らないと」 「今日は……宇都久先輩か。美女ラン2位の人だっけ、プライドの高い相手は骨が折れるなぁ」 「久しぶりだから直球で言うね。あいつ嫌い」 「く……もう友達なのに憎悪が収まらない」 「あはは、まあまあ」 「長谷君は誰かいるタイ?まわる予定の女の子」 「いないよ」 っ。 「……」 「……」 通り過ぎる。 まだちょっと緊張しちゃうな。 「いないタイ?」 「いない」 まわりたい子はいるけど。 こうして、一点の引っかかりを残しつつも、 文化祭が近づいてきた――。 「あっちぃ」 「今日来る途中まだセミが鳴いてたぜ」 「9月に入ってもちっとも秋らしくならないな」 「ああ」 「まだ夏が続いているようだ」 月曜に文化祭を控えた金曜日。 他のクラスが準備の仕上げにバタバタしてるなか、うちのクラスはかなり余裕を持ってこの日を迎えていた。 舞台設営はできてるから大多数はもうすることなし。 「あわわわわわ、なんか急に緊張してきたああああ」 「どどどどどうしよう本番で失敗したらああああ」 一部、主役の子たちがテンパってるくらいだ。 「落ち着け」 「辻堂さん……う、うん」 「分かってるんだけど、やっぱ怖いよぅ」 「ここまで来たら成功も失敗もねえ。やるだけやりゃいいんだ」 「テメェらのツッパってるもん、アタシに見せてみろ」 「……」 「うんっ」 「くすっ」 「……」 そっちも問題なさそう。 文化祭まであと3日。 どんな形で迎えられるかな。 「ほう、1組はバンド演奏か」 「はい」 放課後、みんなが準備にうつる中、俺は小用で抜けてた。 サボってるわけじゃない。うちのクラスはもうやることがないのだ。 「ヒロって人前で歌えるほどウマかったっけ?」 「俺が出るわけじゃないって」 「下手なのか?」 「……下手ではないです」 たぶん。 「それで? 準備はできてるんでしょうね。あと1時間したらチェックに行くわよ」 「そっちは完璧」 舞台でチェックすべき点は2日前にすべて完成。いまは飾りつけが過剰じゃないか悩んでるくらいだ。 何も心配はないさ。 「ふぅ、このくらいにしておきましょうか」 「うん。あとは風間先生のチェック待ちだね」 「はい」 「……っと、ちょっとおトイレに行ってきます。こちら、お願いしますね」 「うん」 「……」 「あと3日。やっぱ緊張するなぁ」 「いかんいかん。辻堂さんだって言ってくれるんだもん。思いっきりやらなくちゃ」 「……」 「なんで辻堂さんたち別れちゃったんだろ。全然問題ないよねえ」 「こっちは一方的にフラれてまだ引きずってるってのに贅沢な」 「……」 「いかんいかん。こういうときはポジティブに」 「彼氏と別れて最初のライブが学園の文化祭。運命的なシチュだわ。成功したら坂東君レベルの男子と出会えるかも」 「……それでこう、辻堂さんたちもいい感じになって、またよりを戻してみんなハッピーに」 「うしっ、ポジティブになった」 「……」 「ちょっと上がってみよっかな。いま1人だし……」 「よっと」 「おおー、舞台の上って意外と高いな〜。気持ちいー」 「……」 「あれ、真ん中に立ってるのに壁が左右ちがう」 「なんかこっち側だけ出っ張ってるような……。……? 支柱の根元になんかある」 「こういうの気になるんだよね。なんだろこれ。……えいっ」 ――ミシ。 「?板……支えにしてあるのかな」 「ここだけ出っ張ってると見栄えがなぁ。もうちょっと後ろに……えいっ」 ――ミシ。 「えいっ」 ――ミシッ。 「? なにこれ」 「下が腐ってる……?」 「そろそろチェックの時間だね」 「ああ、僕が取り仕切って設計図通り作ったんだから完璧なはずさ」 「欲を言えば左右対称に揃えたかったがな」 「どゆこと?」 「支柱が1つ、根元が腐ってて補修したからそこの部分だけ出っ張ってる」 「そういや1か所あったね。あそこ大丈夫かな」 「問題ないさ」 「外壁の重量を支える場所だから、外壁によっぽどの負荷がかかれば危ないが」 「……」 外壁に負荷? 台風のとき、風に押された外壁がミシミシ言ってたような……。 その時だった。 ――ドンッッッ!! すごい音が響き、廊下が揺れた。 ぎょっとなる俺とヴァン。何かすごく重たいものが校舎を叩く音は、 うちのクラスの舞台がある方から聞こえた。 「何事!?」 舞台へ。 「あ……あ……」 上では片岡さんが1人、へたり込んでいた。 ただ俺もヴァンも彼女より、後ろの異変に目を奪われる。 外壁が一部剥がれていた。外壁を支える柱の1本が倒れ、校舎にもたれてる。 「これって……」 「崩れる!」 「!!」 あっけにとられる俺を置いて駆けだすヴァン。 舞台に飛び乗り、茫然自失の片岡さんを抱える。 ――ミシ……ミシッ……、ピキキッ! 飛び降りて、こっちへ駆けてくると同時に、 ――ゴゴ……っ、ゴ……。 ――ドゴォーーーーーーーンッッ!! 主柱が舞台側へ倒れた。 支柱がないと主柱がもたない仕組みだっけ。素人工事だったこともあり、崩壊は驚くほど早い。 完成してた舞台を、倒れた主柱が真っ二つにしていた。 「あ……、あ」 「いまの音なにが……へ?」 「ッ!?」 「はあ!? なにこれ!?」 続々とクラスのみんなを含む、全校生徒が集まってくる。 皆一様に綺麗に壊れた舞台を見て絶句した。 「何の騒ぎ――。ッ! みんな近づかないで」 先生たちも集まってくる。 「なにがあったの」 状況のつかめない姉ちゃんはみんなを見渡す。 でもみんな分かるわけもなくきょとんとするばかりだ。 自然と視線は、一番慣れてる俺に来る。 俺だってよく分からないけど。 「……」 分かるとしたら彼女しかない。視線を向ける。 「片岡さん? これはどういうこと」 「えっ、あ、あたし……」 姉ちゃんは俺の視線に従い彼女へ。……ミスった。周りのみんなが片岡さんを見る。 「あたし、あたし……」 「……」 「……」 「マジかよ」 彼女が支柱に何かして、結果舞台が壊れた。 確証はないけどこれは間違いなさそうだ。みんなの視線が非難を帯びていき、 「うお……ひどいなこれは」 そこでチェックの先生がやってきた。 「……」 「演奏の許可がどうこう以前の問題だな。怪我人はいないか。倒れた現場を見ていたものは」 「あ……」 「お前か。怪我は……ないな。なにがあったんだ」 「お前が壊したのか」 「〜……」 自失状態だった片岡さんの目に涙が浮かぶ。 「マジで片岡が壊したの?」 「わ、分かりませんけど、でも」 「あの、あの、あたし」 「うん? よく見たらお前、バンドの一員じゃないか。本人が演奏のチャンスを潰すなんて」 「潰す……っ? ちょ、ちょっと待って先生。じゃああたしらのバンド演奏」 「認可できるわけないだろう。舞台がこんな状態なんだぞ」 「バンド演奏はれっきとした文化祭の出し物。ストリートミュージシャンとはわけがちがう」 「ちゃんとしたライブ環境を設営できて初めて出し物になるんだ。舞台が壊れてるようじゃ話にならん」 「そんなぁ……」 「あ……あ、ぅ」 「……」 俺たちは頭が真っ白になってるなか、話はどんどん進んでしまう。 先生の言うことは正論だ。主柱で真っ二つになった舞台。とても演奏を出来る状況じゃない。 でも……それじゃあ。 「……」 「……」 黙りこくるみんな。 「……」 「……」 「先生」 「?」 ん? 愛さんが姉ちゃんに何か話してる。 「はあ!?」 「できるよね」 「ちょ、そんな、たしかにまだ顧問代理だけど」 「頼んだよ」 「?」 舞台の方へ歩いて行った。 「それで何がどうして柱が倒れた?黙ってちゃ分からんぞ。事情を説明しろ」 「あ、あの……あの……」 「そいつは関係ねーよ」 「む?」 「辻堂さん……?」 校舎にもたれた支柱をつかむ愛さん。 「アタシが――」 「こうしたんだよッッ!」 ――ドォンッッ! 「な……ッ!」 引っ張り倒して壊れた舞台に落とした。 とんでもない怪力と派手に飛び散る破片に、周囲から悲鳴があがる。 「なかなか派手にぶっ壊れて、笑えたぜ」 「辻堂……どういうつもりだ!」 「どういうつもりも何も、フツーだろ。準備だなんだ鬱陶しかったからいつかブッ壊してやろうって思ってたんだよ」 「こんな風になっ!」 ――ゴシャアアンッッ! 今度は蹴りでその支柱をへし折る。 「愛さん……」 なにを? 「……」 「はぁ、絶対ヒロに恨まれる」 「やめなさい辻堂さん」 「ンだよ先公、文句あんのか」 「……」 眉をひそめる姉ちゃん。 ちょっと迷った顔になり、でもキッと目じりを吊り上げると。 「舞台の損壊はあなたに全責任あるようね。これは由々しき問題よ」 「2年1組辻堂愛。風紀委員会顧問代理教員としていま、あなたを停学処分にします」 「ジョートーだ」 「風間先生、よろしいですね」 「あ……は、はい」 愛さんが暴れてちょっとビビってた風間先生は、急に話を振られて慌ててた。 「……」 「ですが先生、本件は辻堂さん1人に責任のあることですので」 「1組の出し物に関する査定に響かせるのは1組の子たちが可哀想かと」 「ッ……」 「バンド演奏の認可については本件とは別途の裁定をお願いします」 「……」 そういうことか。 「そ、そうは言われましても。こんなことがあっては……」 本顧問の風間先生はまだ戸惑ってるけど、 「……」 「長谷先生の言うとおりだ。不良の暴力でうちのクラスの出し物がなくなるなんて冗談じゃないな」 「舞台はなくても演奏だけなら出来る。出し物そのものは中止しないでいただきたい」 意図をくみ取ったヴァンが賛同する。 「みんなもそう思わないか」 「お、おい太郎」 急に振られてみんな戸惑ってるようだ。 「だってそうだろう。僕たちは不良じゃない。罰則なんて冗談じゃないぞ」 「不良のしたことと僕たちは無関係だ」 「ちょっ、だから」 みんなもこれが狂言であることは分かるんだろうけど、愛さんを気にしてた。 そりゃそうだ。彼女の気に触れたりしたらと思うとみんな怖いだろう。 愛さんを知らない人なら。 「私もそう思います」 委員長が前に出た。 一瞬愛さんに目くばせして、何事か交わしたあと、 「お願いします。やらせてください、私たちの文化祭を」 「む……」 「……」 もうひと押しか。俺も手を上げようとした。 けど、 「……」 「……」 その前に。 「あっ、あたしも! 関係ない!」 「は……」 「俺もだ。不良と一緒にしないでくれ」 「俺たちは不良じゃない。至って真面目な生徒なんだぜ」 「文化祭に参加できないなんて困るタイ」 「……」 みんなが口々に愛さんを攻撃しだした。 クラスのみんな。全員が。相手が稲村最強、湘南最強の番長と知ってるのに、狂言に乗っかってる。 「……フン」 不思議な光景だった。 彼女を責めることが彼女への信頼と同じなんて。 みんな愛さんを怖がってない。報復されるなんて思ってない。 みんなが。クラス全員が。愛さんを信じてる。 「はいはい、悪者は退散しますよ」 満足そうに笑い、学園を出ていく愛さん。 「……」 愛さんはすごいね。 めちゃくちゃダーティーな、不良のやり口だけど。でもすごい。 さすが番長さん。 「先生」 「はいっ」 あとはきっちり言質を取らないと。愛さんだけに頼ってられない。 「辻堂さんのしたことは僕たちと何の関係もない。なので1組にペナルティは発生しない」 「認めてくれますね」 「え、えと」 「お願いします。認めてください」 「う……」 「わ、分かりました」 気圧されたように頷く先生。 「この舞台施設の撤去。及び新しい演奏場所を準備するように。以上の条件で」 「1組の文化祭参加を許可します」 っし! 「やったーーーーーっ!」 「っしゃああ!」 言質とった。わき返るみんな。 「さあ決まったらまずはこの舞台を片付けるぞ。手順を踏まないと危ない。僕に従ってくれ」 「おう」 「すぐ始めるタイ」 みんなさっそく作業に入った。 時間はあんまりない。許可が出たとはいえ本番は3日後でこの舞台を片付けるのも一苦労なんだから。 俺も手伝うべきなんだろうけど、 「委員長。俺ちょっと……」 「はい、行ってきてください」 その前にすべきことがある。 「はぁっ、はぁっ」 歩いて帰ったはず。走ればすぐに追いつけた。 「はいはい。ああ、もういいって。泣くな、分かったから」 電話中みたいだ。 「ン……もう切るぞ。泣くなっつーに、喉つぶしたら歌えなくなんぞ」 話は途中っぽいけど携帯を切る。 「片岡さん?」 「ああ。ビービー泣いてゴメンゴメンって。こっちが好きでしたことなのによ」 「上手くいったって?」 「うん」 「すごい手ぇ使うね愛さんは」 「まあな。嫌われ者には嫌われ者のやり方がある」 「ふふっ」 さっきから鳴りっぱなしの携帯を取りだした。 メール受信……32件、なおも急増中。 交換してないアドレスも含めて、クラスの全員からメールが届いてる。 内容はどれも愛さんにゴメンやありがとうを伝えて欲しいという旨。 「嫌われ者とは思えないけど」 「……知らねーよ」 照れたようにそっぽを向く。 ヒネくれてるなぁ。 かく言う愛さんも、切った携帯が鳴りっぱなしだ。あっちにも同じようなメールが集中してると思う。 どっちもポケットにしまった。 「ヤンキーやっててよかった。って、初めて思う」 「うん」 「あ、長谷先生に礼言っといて。ノってくれてサンキューって」 「うん」 「文化祭、成功させろよな。人様にこんだけ働かせたんだから」 「うん」 「……」 「……」 ――ギュっ。 「ふぁ」 抱きしめた。 ちょっと驚いて喉をならす彼女。でもすぐに力を抜く。 「成功させるよ。絶対に」 「……うん」 「大が言うなら信じれる」 「アタシ行けないから、ライブはなんかで撮っといて。動画かなんか、メールで送ってくれ」 「うん」 離れる。 そのまま背を向けて去っていく彼女。 稲村の番長は最後まで堂々としてた。 「……」 そう、番長だ。 ヤンキーなんだ。俺の好きな子は。 だから、 俺も覚悟決めないと。 演奏の認可はもらえたものの、問題は山積み。 「新しい舞台と言われても、もう予算がありません」 「壊れた舞台の撤去もどこから手を付けるか迷う」 「舞台はいざとなれば机を並べて、布をかける程度でもそれなりの見栄えにはなるが」 「もーちょっとこだわりたいよねー」 「ううっ、みんなゴメンね」 「はいはいもう泣かないの。月曜に喉つぶれてたら本気で怒るからね」 「ステージの飾りは残ってるんだから、何とか活かせないかな」 「サイズが合わねーんだよなぁ」 「うーん」 新しい舞台。なんとかできないだろうか。 前と同じものとは言えなくても、妥協したものは出したくない。愛さんのために。 と、 「すいません。稲村学園2年1組、片岡舞香さんいらっしゃいますか」 「はいっ? はい私です」 どこかで見たお兄さんが。 「御届け物です。こちらにサインを」 「はい? は、はい」 サインすると、 「はいOK、搬入開始してー」 「りょうかーい」 「うお!?」 デカいトラックが何台も入ってきた。 積んできたのは大きな柱や板、照明機材に音響機材。 これって……、 「舞台装置……ですか?」 「ええ、ロックフェス用の。リース品ですが、今回は特別に短期間のレンタルです」 「こ、こんなの誰が」 「ハーーッハッハッハッハッハーー!」 「話は通しておいたわ。使っていいわよ」 「片瀬さん」 (ふふーん、我ながら登場シーンカッコよすぎ) 「片瀬さんは知ってる?誰がこんな親切なことしてくれたんだろう」 「分かれよ!」 「私しかいねーだろうが」 「片瀬さんがこんな親切なこと? ウっソだ〜」 「ンぐ……、親切だなんて思われたくないけど言われると腹立つわね」 「恋奈ちゃん……」 「……」 「スパイのこととダチかどうかは関係ないって言ったでしょ」 「……うん」 「片瀬さん……」 「……」 「それに!」 「前の舞台、辻堂がムカついたって壊したんでしょ?」 「えっと、まあ」 表向きはそうなってる。 「だったら私が前以上にすごいのを用意してやればアイツの顔面泥パックじゃない」 「あははははっ。悔しがるわよ〜辻堂!停学になってまで演奏の邪魔したかったのに、自分のせいで逆に舞台が豪華になるなんて」 「片瀬さんは底意地が悪いけど悪にはなれない星の下に生まれてるんだね」 「とにかく助かる。これだけの資材と前までの飾りがあれば舞台を再現できそうだ」 「ええ。がんばりなさい」 「うちの雑用ABCも置いてくから、好きに使っていいわ」 「あたしら……雑用?」 「勘弁してくださいよ」 「まー恋奈様に言われりゃやるけどよ」 「お嬢様、資材は運びましたが、動かすだけの重機がありませんよ。どうしますか」 「人力でなんとかなるんじゃない?」 「前のやつは人力でやったが、どれも専用の足場を組んだりテコを使ったりと工夫したからな。時間のないいま重機があると助かるんだが」 「でもそんなものレンタルする予算は」 「ダイ〜、学園行くなら朝メシ置いてけよ腹減った」 「OK、重機いらない」 すぐ準備にかかろう。 作業は急ピッチで進んだ。 「事情は聞かせてもらった」 「愛さんの壊した――ことになってるものを直すのには協力できないが」 「壊した舞台の撤去はわしらでやらしてもらうわ」 「ありがとうございます」 30人の協力があり、 「おらー! バリバリ行くっての!」 「ひぃ、ふぅ、重いシ」(よろよろ) 「ほい、トンカチ持ってきたシ」 「ありがとうございます。ではこちらのノコギリ、箱に返しておいてください」 「ひぃ、ひぃ、重いシ」 「こんなことやってられねーっすわ」 「んしょ、んしょ、釘ってメチャメチャ重いシ」 「うう……でもハナちゃんセンパイががんばってるのにサボるって、すげー罪悪感が」 「はいはーい、きびきび動きなさい」 「お嬢様、このボルトの図面が読めませんの。お願いできますかしら」 「ったくしょうがないわね。私がやっとくから、アンタは他手伝いなさい」 「了解ですわ」 「ボルトなんてこうしてこうして……はい出来た」 「器用だな。こっちも頼めるか」 「楽勝よ、こうしてこうして……」 「なんで私まで雑用してんのよ」 「ったく。リョウセンパイはどこっすか」 「リョウなら今日は休みだぜ」 「ヒロくーん。お昼ごはんの差し入れよー」 別のクラス。別の学園からも手伝いが。 「ったく、これ終わったらジャンボフランクおごりってマジだろうな」 「もちろんです」 「んじゃ……よいしょっと!」 ――ずーん! 「……なあ、あのでっかい舞台の主柱を女が1人で抱えてる怪奇現象、お前らどう思う?」 「は? なんのこと」 「おっぱいしか見てなかったタイ」 作業は驚くほどのスピードで進んだ。 「あーああ、ヒロは怒らなかったけど、長谷先生は怒らせると怖いみたいな空気になって結局私だけ損したわ」 「そう言うな。いいことしたじゃないか」 「辻堂さんも私に感謝してほしいわね。アレ下手したら退学モノだったんだから。私が停学って言い切ったから停学で済んだけど」 「いいじゃないか」 「義妹に貸しが出来たんだ。一生かけてネチネチいびってやれ」 「……義妹っていうのもムカつくのよ」 「またずれた!もー、本番明日なんだからね」 「だ、だってぇ」 「辻堂さんが気になるのは分かるけど。とにかくいまは練習に集中。辻堂さんのためにも明日は失敗できないんだから」 「分かってるよぅ」 「でも……けほっ。泣きすぎて喉が痛い」 「はわ!?」 「さとうきびの黒砂糖に生薬をとかした飴だ。舐めろ、喉に良い」 「は、はい……(誰?)」 「心地よい音色を所望する」 何もかも順調に進んでいた。 ・・・・・ 「ヒロ」 「うん?」 作業がだいたい終わったところでヴァンに呼ばれる。 「レンタルした品の明細書を返し損ねた。業者の人、海岸にいるそうだから、渡してきてくれ」 「分かった」 用事を言いつかって外へ。 明日はいよいよ文化祭。なんとか無事、迎えられそうだ。 「……」 みんなは。 俺はどうしよう? 忙しかった準備が終わり、考える余裕ができる。 俺はなにをすればいい? 業者のお兄さんたちは探せばすぐに見つかった。 けど……、 「どうもありがとうございました。片瀬のお嬢様に無茶を言われて、こちらも困っていたところで」 「気にしないでください。困ったときは助け合いです」 誰だろう。見知らぬスーツの人と話してる。 見てると業者のお兄さんともどもこっちに気づいた。 「やあ、どうしたの」 「はい、貸していただいたものの明細書を」 「そっか忘れてた。ちょっと待ってて、確認するから」 書類を受け取り、目を通していく。 「えっと……」 「あ、こちら九鬼銀行の部長さん。ロックフェスの会場の責任者だよ」 「はじめまして」 「は、はい。はじめまして」 「感謝しなよ。あの資材、使ってないとはいえまだ九鬼銀行のリース期間で、ほんとは貸出なんて出来ないんだから」 「片瀬さんに無理言われて困ってたんだけど、部長さんが鶴の一声で使っていいって言ってくださったんだ」 「そうだったんですか。ありがとうございます」 「いやいや、困ったときは助け合いだよ」 感じのいい人だ。 「そういや君、夏ごろに僕ら世話になってるよね」 「えっと、はい。お会いしてますね」 「彼女さん元気? あの気合入った美人さん」 「ン……色々ありまして」 「あ……。そうなんだ。ごめんよ」 別れたのを察してくれたらしい、お兄さんたちは苦笑しつつ、 「これだけじゃ分かんないや。ちょっと待ってて、確認してくるから」 なにか照らし合わせるものがあるらしい。事務所の方へ引っ込んでいった。 「……」 初対面のおじさんと残されることに。 ……初対面? どっかで会ったことあるような。 「彼女さんと上手くいっていないの?」 「え、あー、はい」 「ふふ、でもこれで終わり。じゃない顔だ」 「……恥ずかしながら」 まだ諦めきれてはいない。 「思い出すな。僕も若いころ色々と大変だったよ」 「そうなんですか」 「妻がね。難しい人だったから」 難しい、か。 愛さんは難しいってことはないかな。愛さんを取り巻く環境が難しいだけで。 「僕とは正反対で、それをよく気にしてた」 「――……」 「そ、それで、どうしたんですか?」 「どうしたもなにも、何度も説得したよ。好きですって」 「……」 おお、 「正反対と言うのは悪いことじゃない」 「恋ってね、相手のことを知ったり、探したりすることなんだ。分からないとこを理解して、好きな人を見つける行為」 「その楽しみが、普通よりちょっと時間がかかる」 「人よりちょっと長く楽しめるだけさ」 「……」 そうだ。 そうだった。 あの2ヶ月は、愛さんを知る毎日の連続だった。 たしかに分からないところはある。ケンカっ早いとか、舐められるのが嫌とか。俺に合わないところはある。 それで愛さんを嫌いになれたか? もっと知りたくなったじゃないか。 「おーい、書類合ってたから、もういいよ」 「はい」 帰っていいと言われたので、学園へ戻ることに。 このあと委員長と、最後の一仕事がある。 「ありがとうございました」 「がんばってね」 にっこり笑って送り出してくれるおじさん。 不思議なおじさんだったな。どっかで会ったことあるような気がする。 ま、いいや。いずれまた会えそうだ。 行こう。 ・・・・・ 「ふふ」 「辻堂部長、ごきげんですね」 「妻との若いころを思い出してね」 「これから停学になった娘を叱らないといけなくて憂鬱だったけど、気分が晴れたよ」 「彼とはまた会えそうな気がするな」 文化祭当日――。 「うーいもっかい合わせとくよー」 「やりすぎると本番で指痛くなっちゃうよ」 「ンなの気合気合。ちょっとでもいい音出せるようにしとこうよ」 「あたしらがツッパるとこ、ここなんだから」 「うん」 クラスではバンドの子たちが最後の調整中。 文化祭は午前10時をもって開場。 午後1時からは一般の来場者も入場が許可され、どっとお祭りらしくなってきた。 俺たちは本番に向けて最後の舞台設営だ。 「照明の配置、考えないとね」 「電力がいっぱいいっぱいですからね」 「試算してみたが、スポットライトを使う余裕はないな。あとちょっと電力を食われたらブレーカーが落ちる」 「うーん。でしたらスポットライトは特別に蓄電器から取るということで」 「そうしよう」 「演奏って何時からだっけ?」 「6時からです。閉会の6時半まで、30分間」 「何時間ほど遊びたいですか?」 「2時間は欲しいな」 「じゃあ急ぎましょう」 「うん」 急ピッチで作業を進めた。 「〜♪ やっぱお祭りはいいわね〜」 「来場客として楽しめないのが残念だ」 「ビール飲めないしなー」 「あっ、センセー。焼きそば食べてって」 「こういうときは甘いものだって。クレープありますよー」 「手相占いやってまーす」 「はいはい、あとで寄らせてもらいます」 「っと、長谷先生城宮先生、お疲れ様です」 「お疲れさまです。何か異常は?」 「いまのところは。閉会まで気をゆるめずにお願いしますね」 「先生たち、見回り?」 「ああ。教員と風紀委員は掛け持ちで1日中違反者がいないかの見回り」 「配置図を作って完璧に振り分けてあるからワルい奴など入りこめようもない」 「ヒロシっ。風紀委員の配置図、カッパらってきたぜ」 「ありがとクミちゃん。……うん、結構隙がある」 ワルいことができそうだ。 「ちょいと不良! わたくしたちの配置図を拝借しましたわね、なんのおつもりです!?」 「げっ、風紀委員長……」 「あと頼むぜヒロシ!」 「お待ちなさい!」 難敵風紀委員は軍団の人たちに任せよう。 舞台は準備できたし……。 「行こうか委員長」 「はい」 「だからいいって。気にせずに行ってきなよ」 「でも娘が停学で行けないのに、僕たちだけ文化祭に参加するわけにも」 「いいってば。久しぶりのデートなんでしょ」 「そうよ誠君。停学食らうなんざヌルいことしてるアマちゃんに、情けかけることないわ」 「あそこまで気にされないのも腹立つな」 「じゃあ……お土産いっぱい買ってくるから」 「うん」 「……ふーっ」 「……」 「ま、ヤンキーに文化祭は合わねーよな」 ――ピンポーン。 「?」 「こんにちは」 「委員長、どしたの」 「いえいえ」 「楽しみにきただけです」 「うわっ!? ちょっ、こら! なにす――」 「……2時半」 予定より早い。文化祭、たっぷりまわれそう。 そのぶん先生や風紀委員に注意がいるんだが、 「お待たせしました」 「なんだよこれ……うわ、やっぱり大の差し金か」 「やったー!」 「わっ、こら抱きつくな」 「ごめんごめん。久しぶりだったからつい」 「なんだよこの格好。てかお前ら文化祭は?」 「いまから行くよ」 「僕はうちの学生です。はい学生証。こちら一般参加者で、辻愛子さん」 「一般参加の方はこちらにご記名をお願いします」 「はいはい」 さらさらさらと。 「ありがとうございます」 「ようこそ稲村学園へ。文化祭をお楽しみください」 「お、おう」 校門で立ち番してる風紀委員の人たちの横を抜ける。 (辻堂さんに似てるような……) (……まさかな。あんな可愛い服着るわけがない) 「さってと、遊ぼっか」 「この格好、本当にアタシだって分かんねーんだな」 意外なところで役に立った。 「バンド演奏の時間まではあと3時間あるから、一通り見て回れるよ。行こう」 「……」 流れでついてきたけど、愛さんは足を止める。 「ホントにいいわけ?これがバレたら、お前も大問題になるぜ」 「不良になっちゃうぞ」 「……」 「いいに決まってるじゃん。知らないの愛さん?」 「俺の好きな子、ヤンキーなんだよ」 「……くすっ」 「それに!」 「はいっ?!」 「今日は絶対に愛さんと一緒に回る必要がある。なぜならば!」 「なぜならば?」 「文化祭には、観覧車がなくてお化け屋敷があるから」 「どんだけ根に持ってんだよ」 一緒に回る時間、長めにとれてよかった。 3時間は驚くほどあっという間に過ぎていく。 「風紀委員と先生の見回りがあるから、そこだけは避けて行こうね」 「おう」 見つかっても格好で誤魔化せるとは思うけど、万一ってことがある。 「大お得意の逃げまくり戦法だな」 「だね」 「あっ、アレ食べたい。しらすクリーム」 「色々あるのになんでこんなモン……。いいよ、2つください」 焼きそば、お菓子、B級グルメ。色んな屋台に寄り。お化け屋敷、喫茶店、占い、研究発表。いろんな出し物を見て回り、 あっという間に日が傾いていく。 「さーさーいらはいいらはい。片瀬製パンの誇るシラスパンにシラス饅頭。シラスフランクフルトにシラスピザですわ」 「だっからそのフランクフルトくれっつってんじゃん」 「お金のない方には売れないと申しておりますわ」 「おごってくれる約束があんだよ。この学園の長谷ダイにつけとけっつーに」 「そんな人はおりませんわ」 「〜♪」 「あっ、おーいダイ。昨日の約束……」 「待てって大。ほらあっちの金魚すくいも」 「金魚すくい苦手だなぁ」 「アタシがやってやっからさ」 「……」 「邪魔しねーでやるか」 「ふふふっ、今日は辻堂悔しがるわよ〜。舞台壊すほど嫌がった演奏を、この私のプロデュースで完璧に仕上げたんだもの」 「嫌がったかどうかは疑問だけどな」 「さっ、そろそろ演奏の時間だわ。梓たちカメラ班に用意するよう言いなさい。あとで辻堂に送り付けてやるんだから」 「私らも行くわよ」 「おーっ!」 やがて日が陰りだし、そらが夕焼け色に染まる。 体育館横の屋外ステージにて、バンド演奏を行います。アナウンスが流れた。 「行こうか愛さん」 「うんっ」 観客席の、一番いいところにヴァンが席を取ってくれてるはず。 先生たちの目をごまかすべく人波に乗ってライブ会場へ向かった。 「恋奈様遅いっすねー」 「まいっか。ティアラセンパイ、カメラの準備お願いしまーっす」 「おうよ」 演奏はおおむね好評だった。 途中片岡さんたちがこっちに気づいて手を振って乱れたり、はりきり過ぎて息切れしたり。ちょっとのハプニングはあったものの。 「……すげーじゃん」 「うん」 素人の俺たちには、プロのそれにも引けを取らない演奏に思える。 「……」 「知ってたけどな。すげーのは」 「あいつらのツッパるところ、コレって言ってたから」 「……」 だろうね。 不良にしろそうじゃないにしろ、誰にでもツッパるところはあるもので。 「……」 俺のツッパるところは……。 「ねえ愛さん」 「……」 返事はない。演奏に集中してるんだろう。 照れずに済むからちょうどいい。 「好きだよ」 「……」 「前に言ったよね。ケンカっ早いところが嫌いだって」 「それは確かなんだけど。でも好きでもあるんだ。愛さんのその、力ずくでも自分が正しいと思うものにまっすぐに生きてるところ」 「不良なところ。ツッパってるところ」 「大好きだ」 「……大」 「付き合うのは無理だ。間違いだ」 「そうは思わない」 「難しいとは思うけど。でも何度フラれても、もう一度口説きなおすよ」 「何度でも。何度でも」 「愛さんが好き」 「俺のツッパるところは、ここだけなんだから」 「……」 「……」 「……」 ・・・・・ 演奏が終わり、舞台の上ではクラスのみんなが涙まじりにお互いをたたえ合ってる。 観客席からは拍手の嵐。もちろん俺たちも。 あ、愛さん目が潤んでる。 ぐしぐしこすって、隠したがってるのが愛さんらしい。 と……、 「辻堂さんっ! 来てッ、来てっ」 舞台の上から呼ばれてしまった。 ぎょっとなる愛さん。 「はいはい、いい空気なんですから」 「ちょ、ちょっと」 いつもの強引な人に連れて行かれた。 「うわ、ヒロのやつやっぱり連れて来てた」 「あーあー目立つ真似して」 「風紀委員のみんな大丈夫かしら」 「はぐはぐウマー」 「こらー! お待ちなさい不良!とったフランクフルトを返しなさいな!」 「もう食っちまったよ」 「おのれ素早い……。もしもし風間先生!?風紀委員を校内に回してくださいな!」 「悪いがこっちもいっぱいいっぱいだ」 「だっからフツーに客として演奏を聴きに行くだけって言ってるでしょ! 通しなさいよ!」 「通せるわけないだろうこんな人相の悪い連中。風紀委員、手の空いているものは全員外に来てくれ」 「聴かせてもらったぜ全部」 「最高だった」 「うん……ありがと」 「辻堂さんのおかげ」 「……バカ」 「……」 「でさ! 成功した記念にひとつお願いがあるんだけど」 「?」 「あたしらのツッパるところは見せたでしょ」 「今度は」 「辻堂さんのツッパるところを見せてよ」 「……」 「んん?! なんで舞台の上に辻堂センパイが」 「ティアラセンパイちゃんと撮るっすよ。面白いことになりそうっす」 「それはいいけどよう梓。このカメラ、バッテリーがそろそろ切れるぜ」 「えー、いいとこなのに」 「あっ、そこにコンセントあるじゃないっすか。電力お借りしましょうよ」 ――バチン! うお……っ!? 突如学園中の照明が落ちた。 なんだ? ブレーカーか? 灯りのある場所は、唯一蓄電器からつないでるスポットライト。舞台の上だけ。照らされるみんなだけだった。 中心に立つ愛さんだけ。 「……」 「ほら」 「ツッパってみて、番長さん」 「……」 「……愛さん?」 こっちを向く彼女。 みんなの見てる中、俺だけを。 「……」 「……」 俺だけに向けて。 「……好きです」 「アタシだって、好きです。あなたが好きです」 「……」 「あれから色んなこと考えた。アタシ、不良だから。いっぱい迷惑かけるから」 「無理だと思った。間違いだと思った。付き合ってくと、あなたに迷惑かけるって」 「……でも好き」 「好きになっていいですか。迷惑かけるの分かっててまだ嫌いになれない。良くないアタシを、受け止めてくれますか」 「愛さん……」 「一緒にいたい」 「大と一緒にいたい。この先何年経っても。何度ケンカしても。たとえアタシとあなたが、世界一相性悪くても」 「好きです。大好きです」 「嫌いになんてなれない。優しいとこ、他の女にも甘いとこ。全部、全部好き」 「いまこの1秒嫌いになっても、次の1秒でまた恋してる」 「大好きです!」 駆け出していた。 まっすぐに舞台へ駆けあがる。途中スポットライトを踏んづけて、あたりが闇に包まれる。 みんながざわめく。舞台演奏は全部ぶっとんだ。みんなに迷惑かけたろうな。 でもこの瞬間だけは、他に優先することはない。 誰に迷惑かけたって。 良くない彼女を抱きしめる。 「……俺は間違いだとは思わないよ。俺が愛さんを好きなこと。愛さんが俺を好きなこと」 「……ほんとうに?」 「本当に」 「こんなとこまで正反対だね、俺たち」 「でもどっちでもいいさ。間違ってても、間違いじゃなくても」 「間違ってなければそれでいいし」 「間違ってても、そこにツッパるのが不良でしょ?」 「大……」 「うんっ」 彼女の腕も俺の背に回され、 俺たちはやっとまた、1組のカップルに戻る。 長谷大と辻堂愛。世界で一番お似合いじゃないカップルに。 この決着は中途ハンパだろうか。硬派な番長さんには合わないだろうか。 それでもいい。彼女は、 稲村の番長である前に、俺の彼女なんだから。 「何度でもケンカしよう」 「でもずっと優しくしてくれよ」 「長谷大」 「アタシ、辻堂愛は、生まれて初めて誰かのことをこんなに好きになりました」 「だから、もう一度」 「アタシを彼女にしてくれますか?」 不意に感じた風が、あの頃と同じ海の匂いを孕んでる。 湘南の夏は今年も暑く。湘南の海はまばゆいばかりに煌めいていた。 そういえばあのころは毎日のように歩いていた国道134号線。こうして降りるのは久しぶりだ。 いまじゃ電車から見下ろすだけだもんな。 開けた海。真夏の熱気。心地よい風。そしてやまない車のクラクション。 通学してたころ当然だった世界は、卒業して、大学へ進み、車を買って。いつしか疎遠になっていた。 大人になるってこういうことかな? あのころは渡るたびドキドキしてたこっちの橋のほうが、いまじゃ馴染みがあるくらい。 江ノ島には毎年何度か来ることにしている。 なぜかって? 「やっと来た。おせーぞ大」 「ゴメンゴメン」 何年経っても、初デートの場所は大切だから。 「もうちょっとこっち来いよ」 「……」 「ったく、まだ高いとこ怖いのか。いつまで経ってもビビリだな」 「一生治りません。あきらめてください」 「やかましい。こっち来い」 ぐいっ。 「ぎゃー」 引っ張られて隣へ。 相変わらず高いよこの展望台。 「何年経ってもいい景色だな」 「……」 「初めて来た頃と変わらない」 「……」 「大?」 「景色なんて知らないよ。俺、ここに来たら常に愛さんだけ見てることにしてるから」 「ったく」 「じゃあずーっと見てろ」 「うん」 抜けるような青空と、光り輝く海岸線。 湘南は今日もまばゆく煌めいてる。 愛さんに恋をしたあの日と変わらず。 愛さんと愛し合ってきたこの何年も変わらず。 「あ」 「うん?」 「うおりゃー!辻堂軍団ナメんじゃねー!」 「ケンカしてる」 「稲村の制服……アタシらの後輩か」 「あはは、いまだに辻堂軍団なんだね」 「ぐ……クミに引き継いだとき名前変えろって言っといたのに」 「仕方ないよ、伝説になっちゃったものは」 「まーな」 「湘南からヤンキーが消える日が来るとは思えねえ。あの名前もいつまでも続くだろ」 「そしていつの日か、もっと強い奴に倒される」 「もっとツッパってるやつがガンガン出てくる。それが湘南だ」 懐かしそうに目を細めてる愛さん。 かつて最強と謳われた喧嘩狼も、今じゃ過去の人。歴史の一部でしかない。 「ほんと何にも残らねーよな、ヤンキーって」 「なーんにも、ね」 現れては消えていく。そんなもんだ。ヤンキーなんて。 流れ星みたいに煌めいて、そしてすぐに消えちゃう。 「ぶっちゃけ時間の無駄だと思うわ」 「今思い出せば恥ずかしいし、意味のない時間だった」 「……」 「あのころのこと、なにも後悔してねーけど」 「知ってる」 俺だってしてない。湘南最強の番長さんを彼女にしたこと。 「いまでもアタシを恨んでるやつはいると思う。怖がってるやつも、一生モンのトラウマ植えつけたやつも」 「でも後悔はしてない」 「アタシが生きてきた。アタシがツッパってきた人生は、絶対に後悔しない」 「ツッパるもんも残ってるしな」 またぐいっと肘を引かれる。 肩に手を回し抱きしめた。 そうとも。どっちにも残ってる。 俺たちのツッパるものは。いつまでも。 「お父さーんお母さーん。お腹すいたー」 「っと、行くぞパパ」 「はいはい、分かってるよお母さん」 「帰りにしらすクリーム食ってこうぜ、3人で」 「またかい。ほんと好きだねアレ」 「しょーがないだろ。初デートの思い出の味だ。お前に恋してる限り忘れられねーよ」 「長谷愛さんの純愛ロードは、いつまでも終わらないんだから」 「クククク……」 「すでに湘南の7割を掌握。神奈川より西の主だったグループと提携を結び、湘南なんて楽勝で落とせる戦力に育ったこの江乃死魔」 「さあ辻堂! 決着をつけるわよ!」 「ヒャッホーーーーー!」 「色々あって千葉連茨城連埼玉連の橋渡しになり、神奈川より東最大の連合軍を任されたぜ!!」 「行くぞ辻堂ォオオーーーーー!今日こそその首とったらぁあああーーーーーーー!」 「……」 ゴボゴボゴボ……。 「ブハァアアアアアッッ!HAHAHA! 久しぶりだなナハ!オキナワから泳いできたZO!」 「基地へ帰れ。呼んだ覚えはない」 「SOYOUナ! カラーティチャンプナハを倒した女、我らジャスティス精鋭部隊がヤッつけてヤル!」 「「「USA! USA!」」」 「無謀なことを」 「ククク……ここが湘南アルか」 「このギャングが集まる暗黒海岸湘南は!チャイニーズマフィア最強の暗殺部隊チームドラゴンが制圧するアル!」 ――ドゴオオオオオオオーーーーーーーンッッッ!! 「くああ、寝てるやつの側で大声だしやがって」 「目ぇ覚めちった。おーい辻堂、そろそろ決着つけようぜ」 「つーわけで大変です愛さん!全国ってか全世界から果たし状が来てます」 「ハン、身の程知らずどもが……」 「かかって来いや!」 「おっしゃー! 辻堂軍団出撃すんぞー!」 「「「オオオーーーーーーーー!!!」」」 「あ……メールだ。ちょっと待て」 「……」 「来ました愛さん! 江乃死魔っす!これまで見たことない数っすよ!」 「辻堂ォオオーーー! いるかコラァーーーーーー!」 「お願いします愛さん!」 「あー、おう」 「用事できた。抜けるわ」 「はい?」 「夏休み見れなかった映画、リバイバルがやるそうです。時間ありますか」(カチカチ) 送信。と。 ふー、今日はなんか騒がしいけど、いい天気だ。 デート日和だな。 「だーれだっ」 「俺の大切な彼女かな」 「もう、名前で言ってくれよ」 「『愛』する人。ならどう?」 「正解。ちなみにお前を世界一愛してる人。でも正解」 「さっ、行こうぜ」 「うん、ところで」 「辻堂ーーーー! どこ行った辻堂おおーー!」 「愛さーん!」 「ヒャッホー! 辻堂はどこだぁーあ!」 「HAHAHA! ジャスティス! ジャスティス!」 「再戦を果たすのもよかろう。どこだ辻堂愛」 「すっごい呼ばれてるけどいいの?」 「んー? 大丈夫じゃない?」 「ウルァアアア愛さんが言うならオレらでそのケンカ買ったらぁあああああ!」 「うわっと。テメェ、クミ! ヤる気!? 江乃死魔出撃!雑魚を血祭りにあげろ!」 「おっしゃだらぁああああッ!」 「げばぶっ!」 「オラオラオラー! 寝てると踏んづけるシ!」 「そいつちがうぞ」 「アア!? テメェらやるってかオラアアッ!」 「ハッハー! 人を絞れない乱戦でこの最速乾の逃げ足に追いつくなんて不可能っすよ!」 「フンハハハハハ! ガイジンさんは大きいのう!」 「オウ! アーユーゴールドタローサン?!レッツファイト! レッツファイト!」 「辻堂がおらぬ」 「なんかよく分かんねーけど、日本の東から精鋭を集めた俺らが負けるわけ……」 「お、おい様子が変だぜ。うちの関東連合軍、さっきから1秒に10人ずつ数が減って」 ――ドゴォオオオオオオオオーーーーーンっっ! 「つーじーどー! どこー!?」 「ほっといて行こうぜ」 いいのかなぁ。 「いた! 勝負せいや辻堂ォオーーーー!」 「ダイもいるじゃん。おい暇だからケンカ付き合うかメシ作るかしろー」 「あーあ、バレちった」 「落ち着いてる場合じゃないと思うけど」 なんかもう何百何千って人たちがこっちに向かってくる。 「しゃーねー、例の必殺技いくか」 「だね」 「逃げるぞっ!」 俺の手を引き、駆け出す愛さん。 夏が終わりつつある、涼やかな風に髪がなびく。 「ほ、ほんとにいいの。みんな怒ってるけど」 「いーのいーの。ヤンキーしてても、デートの時間削ってやるほどヒマじゃねーよ」 サボるらしい。 ケンカにまで不真面目だなぁ。この不良さんは。 俺にはこっちのほうが良いけど。 「じゃ、逃げますか」 「おう!」 「愛さーん!」 「待てコラ辻堂ォーーーーー!」 「逃げんなーーーー!」 「うるせーな」 「辻堂さんの純愛ロードはまだまだ終わらねーんだよ」 「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」 「2人ともー、もうやめなよー」 「なになに?!なんで急に湘南最大の決戦始まってるわけ!?」 「いいところに。手伝って片瀬さん、2人を止めないと」 「どうなってるのよコレ。なにがどうしてこうなったわけ」 「複雑な事情があって」 今朝――、 「朝だぞ大!」 「くぴー」 「すぴー」 「というわけ」 「短いわ!」 ストレートにツッコまれた。 「はぁ……こっちが策謀術数めぐらせて仕掛ける闘いを3クリックで実現してんじゃないわよ」 「世の中って難しいよね」 「あまりの不条理さにツインテールが取れそうだわ」 「このクソアマ、またぬけぬけとアタシの大の一番気持ちいい胸板独占しやがって〜」 「あれ、お前ら別れたんじゃなかった?」 「ヨリ戻したんだよ!」 「その、そりゃ一度はケンカしたけど。アタシらやっぱ運命っていうか、離ればなれにはもうなれないっていうか」 「ふーん。オメデト」 「アリガト」 「ま、私は好きにやらせてもらうけどな。お腹空いたらダイんち行くし、あーんしたりしてもらったり、一緒に寝たり」 (ぷちーん) ――ゾワッ! 「な!?」 「いい加減にしろ……このくずやろう」 「な……な……何者だ」 「とっくにご存じなんだろ?」 「きさまを倒すために来たんだオラァアアアアーーー!」 「やってみろコラァアアアアアアーーーーーーーー!」 「はぁ。しばらくは落ち着きそうにないな」 「2人ともー。約束あるから先行くねー」 「「はーい」」 夏が過ぎ、文化祭まで終わったのに、湘南はまだまだ残暑厳しい。 焼けつくような恋の季節の名残が肌を焼く、今はもう九月の中旬。 愛さんと仲直りして数日が経った。 俺たちは夏休み前のラブラブ状態に戻っただけだが、周りには結構な変化があり、 一番の変化は。 「まだ信じらんねーよ。ヒロシとあの辻堂さんが……なんて」 「ほんとほんと」 「正直、僕ですらいまだに戸惑っている」 「冷静に考えるとつくづくすごい状況だと思うよ。番長と付き合ってるなんて」 ましてや湘南最強のヤンキーとだなんて。 「ましてやあんなに可愛い人だなんて」 「つくづくすごい状況でつくづく俺は幸せものだよ」 「ああ……愛さん可愛いなぁ。抱きしめたいなぁ、キスしたいなぁ」 「はいはい」 「くそー、でも先入観なくすと辻堂さんってメチャメチャ可愛いんだよな。気づいてたけど恐怖で踏み込めなかった」 「俺も実は可愛い人なんじゃないかとは思ってた。ンなわけないって言い聞かせてたけど」 「みんなうすうす感づいてたんだ」 「そりゃ分かるタイ。体育のサッカーで何回言ってもオフサイドの意味を理解してなかったり」 「前にスーパーで生きてるウナギを触って楽しそうにしているのを見た。あれは可愛かった」 みんなも片鱗は見てたのか。 「だがそれにしても文化祭のあの格好は驚いたぞ。本当に辻堂だったのかあれは?」 「俺も思った。なにあの可愛いの」 これも大きな変化。 あの服着せて文化祭に参加したのが、色んな人に見られた。 そのせいでうちの最強番長は、実は可愛いのではと現在学園中で噂されている。 もともと『怖いけど美形』で有名な人ではあったし。 髪を大人しい色に染め直したこともあってみんなの好奇の目が集まってる。 本人はちょっと居心地悪そうなくらい。 「なにが可愛いじゃボケェエ!愛さんはなぁ! 愛さんは美の化身なんじゃ!可愛いなんて言葉でくくれるもんじゃねーーー!」 「ああもう愛さん美しい、髪を黒に戻すともはや女神! 美の女神!」 「でもオレたちを置いて遠くにいっちゃいそうなのがちょっとさびしい」 「うわぁああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜愛さーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」 「やかましい!」 「でもでも、ほんときれいなんだよね。肌とかつるっつるだし」 「分かる分かる。私も結構前から思ってた」 「うう……」 「あいあい〜寄ってらっしゃい。そんな辻堂さんの隠し撮り写真だよ、1枚500円」 「な・に・し・て・や・が・る!」 「安心しろ、本当に隠し撮りなんてしてない。そっくりに似せた3Dだ」 「どれどれ……うわキモ!全然似てねーよ!」 「ところが隠し撮りという名目で解像度を下げると意外と売り物になるんだなこれが」 「あいあい〜、いらんかね〜」 「ったく」 「ホーホホホホ! ちょぉっと知名度をあげたからと調子にのってあそばしますわねこの不良!」 「あん? ……えっと、あー」 「片瀬胡蝶! 夏休み越しただけで忘れるな!」 「そうそう、恋奈の親戚」 「まったく、やはりビーチバレー1回では足りませんわ」 「これからも随時コテンパンにしてやる必要がありそうですわね!!」 「ああ、そうだな」 「はい?」 「2学期で2組とまた分かれてからってもの、勝負する相手がいなくて体育がつまんなくなったわ」 「また何かで勝負しようぜ。胡蝶」 「なうっ」 「う、うー……」 「顔が赤いぞ」 「やかましい! 覚えてらっしゃい!」(すたこら〜) 「変なやつ」 「まあ愛さん本来の可愛さをもってすればまだ火付きが弱いくらいなんだけど」 「はは、うざーい」 あんまり人気者になられても困るし。まあ恐怖の番長さんがとっつきやすくなった、くらいでいいのかな。 「結局ケンカしてたのは、あの文化祭でお流れになったタイ?」 「うん。また仲良くやっていくことにした」 価値観の違いは埋められてない。またケンカすることもあるだろう。 でもそのくらいのほうが恋人らしいさ。 「ちなみに、どうやって仲直りしたタイ」 「どうやってってこともないよ。フツーに、これからもよろしくね〜って」 「こんな感じです。VTRどうぞ」 「好きだよ愛さん」 「アタシも……大好き」 「俺のほうが好きだよ」 「アタシだよ」 「俺だって」 「アタシ」 「……」 「な、なんだよ、急に止まるなよ」 「いや、好きって言われるの気持ちいいなーって」 「なんだそれ。アタシだって一緒なんだから、1人で楽しむなよ」 「……好き」 「好き好き好き好き。好き好き好き好き好きー」 「好き好きスキスキスキスキ……ス」 「うん?」 「や……なんでも」 「キスしてほしくなっちゃったんでしょ」 「い、言うなよぉ」 「可愛いよ愛さん」 「う……」 「えへへへ」 「もういいよ」 「まだ導入部なのに」 「耳が糖尿病になるタイ」 「コーヒーおかわり。ブラックで」 「タバスコちょうだい。飲む」 「なんだよみんな」 「とまあそんなわけで、毎日幸せです。マル」 「コーヒーお願いします。ブラックで」 「ミルクのみで」 「青汁を」 「丸く収まってよかったです。別れたと聞いたときは焦りましたよ」 「あたしも。こっちが彼氏と切れた直後だったから特に」 「ああ、そっちどうなった?より戻さないのか?」 「なーんか冷めちゃったから、しばらく男はいらないや」 「そっか」 「よく分かんねーな。私が大に冷めることなんて一生ないと思う」 「あはは、殴りたーい」 「それで辻堂さん、今日はあたしらに頼みたいことがあったんじゃないの?」 「そうそう。別に大がどれだけカッコいいか聞かせに呼んだわけじゃねーんだよ」 「カッコよさを話してたの?ウザいとしか伝わってないよ?」 「次の休み、大の誕生日なんだ」 「そうなんですか、おめでとうございます」 「2週間以上もケンカしてたからビシッと決めたい。2人きりのバースデーパーティを開催することにした」 「ラブラブですね」 「ラブラブだもの」(キリッ) 「……」(←まだツッコむ度胸がない) 「でもちょっといま煮詰まってて」 「なにかあるの?」 「ケーキが作りてーんだよ」 「いいじゃん。私甘いもの好き」 「応用は難しいですけど、作るだけなら本の通りにすればよいので難易度高くないのでは?」 「そのつもりだったけど……試してみたらやっぱり上手くいかねぇ」 「もう作ったんだ。どこなのそのケーキ?」 「それ」 「は?」 「さっきからテーブルのど真ん中においてあるだろ。それだよそれ」 「……」 「……これオブジェじゃないの?」 「新しいペットでも飼われたのかと」 「ああ〜良かったケーキなんだ。引きちぎられた人の首だと思って怖かったよ。なんで飾ってあるんだろーって」 「失礼だな」 「言われてみればクリームっぽいね。食べてみていい?」 「ああ、味は保証しねーぞ」 「だいじょぶだいじょぶ。甘くさえあれば大抵のものはイケるから」(はむ) 「んじゃあたしも」(ぱく) 「……」(←オチが読めるから食べない) 「げほぁっ! すっぱ! 苦い!? なにこれ!」 「それより痛い! なにこれいたたた舌が痛い!」 「へー、酸味と苦味もあるんだ。母さんは辛い辛い言って寝込んじゃったよ」 「こんなに辛いのなら……愛などいらぬ!」 「いつもより気合い入れて作ったら気合いの入った結果になっちまった」 「まあ玉子料理しか出来ねーアタシにケーキは高望みだって分かったよ」 「無理せずお店に注文した方がよさそうですね。デコレートを考えると、私でも難しいくらいですし」 「ああ、もう注文したよ。ベルエキップとかいう有名な店」 「あっ、いーじゃんいーじゃんいーじゃん。あそこすごく美味しいよ、予約大変だけど」 「予約はいれたよ。これその時買ってきたシュークリーム」 「やったー♪」 「いただきます……うん、美味しい」 「舌がしびれて味しない」 「まあケーキはあきらめたにしろ、だ」 「ここまで来たらパーティディナー。ご飯くらいはアタシが作りたい。なんて思うわけだ」 「なるほど!」 「どうかな?」 「あきらめましょう」 「なんでだよ」 「これまでの上達速度から言って、今日から始めて完成品をそろえるのは難しいかと」 「パーティディナーなら最近はケータリングのほうが安い簡単美味しいよ」 「うー」 「無理しないほうがいいって。むらられうううしいいららあいえん」 「はあ?」 「無理して今の私みたいなったら大変れしょ」 「それは……そうかも」 「いきなりパーティディナーなんて高望みはせず、今できるレパートリーを強化してはいかがでしょう」 「いま何が作れるの?」 「玉子焼き。あと玉子サンド」 「いいじゃん。玉子サンドってパーティに合いそう」 「でもちょっとさびしい気がする」 「そうですねぇ……」 「ではオムレツ、なんていかがです?ひとつくらいならレパートリー増やせるかと」 「オムレツ……」 「いいじゃん、もっとパーティっぽい」 「ぽいぽい」 「そうか……そうだな、失敗しねー方法を選ぶのも大事だよな」 「おっしゃ、オムレツ」 「やったんぞオラァ!」 ・・・・・ 「どうも、愛の父です」 「娘が大きくなると言うのは、複雑なものですね」 「あっ、お邪魔してまーす」 「父さん、出てこないでって言っただろ」 「友人が来ると、居間にもいさせてもらえない。せっかくの休日なのに厳しいものです」 「今日の娘は、もうじき来る彼氏君の誕生日のためにお料理の練習をしている模様」 「くそッ! なんでフライパンが裂けやがる!」 「きゃあああ火ぃ吹いてる辻堂さんとめてとめてぇ!」 「げほっげほっ、うわーん息ができなーい」 「うふふ、前回に比べれば包丁が飛ばないだけ楽ですね」 「娘もあんな年になったんだなあ。お父さん嬉しいような、ちょっぴりさびしいような」 「そういえば彼氏君にはいつ会わせてくれるんだろう。今度も家にいるなと言われてるし」 「うーん、どんな子なのかな。以前海岸で会ったような、気のいい青年ならいいんだけど」 「なに見てるの誠君」 「愛のがんばる姿をね」 「ふふ、娘の成長を見てると嬉しいわね。お腹痛いけど」 「嬉しさ8、寂しさ2、かな父親としては。喉痛いけど」 「もう誠君たら。アタシがいるじゃない」 「真琴さん」 「誠君……」 「はいはーい、人がいるんだから寝室行って励んでよ」 「完成だ」 「やったー!」 「ふー……っ、また一つレパートリーが増えたぜ」 「がんばりましたね。これと玉子サンドで、パーティディナーは充分絵になると思いますよ」 「ああ……サンキュー委員長、マイ、ミィ」 「これで誕生日は完璧だぜ!」 「それじゃあ使った道具を片付けましょうか。お料理は後片付けまで含めてお料理ですよ」 「おうよ! すすいだ瞬間きゅきゅっと落としたらァ!」 「……ふむ」 「片岡さん、なにか?」 「これだけじゃ不安だな」 「え……」 「これだけじゃ長谷君、文句言うかもよ。男なんて所詮みんなワガママ侍だからね、満足してくれないかも」 「フラれてからのマイはちょっと男性不信だよね」 「うっさい!」 「ど、どうしようマジか?やっぱりレパートリー3つだけじゃダメかな」 「ダメとは言わないけど……」 「念には念をいれるべきじゃない?」(ニヤリ) 「へ?」 ・・・・・ そんなこんなで、 誕生日の朝が来た。 「いてててて……放せ、放して姉ちゃん」 「くぴー」 今日の夜は愛さんと2人で過ごす予定。 ってことを言ったら昨夜は1晩中絡まれた。なんとか酔わせて寝かしつけたけど、落ちる直前にカニバサミかけられて、まだ外れない。 「うー、お姉ちゃんを置いて行くような弟はイカタコクラーケンをはるかにしのぐと言う姉絡み術の餌食じゃー」 「きゃー」 朝から大変だった。 そんなこんなでお昼。 今日は学園がないので、昼からずっと愛さんと一緒する約束だ。 「YES!」 「な、なんだよ」 「そっちの服で来てくれる気がしてた」 「う……まあ、今日は大が喜ぶように、な」 照れた様子ながら、愛さんだんだんこの服を着るのに抵抗なくなってきてる気がする。 素晴らしい。 「じゃ、適当にぶらぶらしましょうか」 「うん」 腕をからめてくる。 どこへ行くってわけでもないけど、近場のデートスポットをめぐることに。 「今日は展望台のぼる?」 「んー……」 「アタシは久しぶりに登りたいな」 「でも高いところはなぁ」 「情けねーな相変わらず」 「あ、でもあそこに登ればまた愛さんのパンツ見れるかも」 「……やっぱやめよう」 「ちぇ」 「ヒャーッハッハー!」 「この橋を渡りたければ」 「自分らを倒してから行くっすー!」 なんか出た。 「話は聞いてるぜぇ辻堂!お前さんその服を着てると破れるかもしれないから本来の力が出せないそうじゃねーの」 「今日は長谷の誕生日! きっとその不自由な服着てると思ったシ!」 「さあ討たせてもらうっすよ」 「そうだ大、中津宮までいかないか?恋愛成就のお守りが売ってるんだって」 「いいけど、恋愛成就なんてもういる?お守りに頼るまでもないんじゃ」 「もう……それでも買いたいの」 「分かってる」 「聞けっての!」 「ンにゃらー問答無用だ! 行くぜオラーー!」 「どりゃーーー!」 「「「ぎゃーー!!!」」」 「早く行こうぜ」 「待ってよ愛さん」 「いかなる闘気とも違う気配が2人を包んでいる。あれでは近づくこともできん」 「常にラブラブ天凶拳が出てる感じかしら。『間に入れない』が物理的な破壊力を持つなんてね」 「あーいさん♪」 「ひーろし♪」 その後も2人でイチャイチャ。 「しまった、今日こそ昼前に来ようと思ってたのに」 「うん?ああ、生シラス丼ね。毎回食えねーな」 もう2時を過ぎてて店が看板を下げてた。 残念。 2人で色んなところを回り、 「……」 「……」 やがて生ぬるい空気が訪れる。 「今日は……泊まってってくれるんだろ?」 「そういう約束だったもんね。お父さんとお母さんは」 「いない。いまごろハマのホテル」 「今夜はどっちも2人きり」 「……」 「ん……っ」 キスする。 もう何度もし合った口づけ。何度目でも、初めての日のようにドキドキするから、ちょっと不思議で、すごくうれしい。 「そうだ、ケーキ食べるだろ。有名な店のやつ買っといたぜ」 「ありがと、でもいま?」 夕飯前なのに。 「いま。いいじゃん、な?」 「う、うん」 愛さんが食べたいなら構わない。箱を空ける。 「一番小さいやつだけど、1ホールを2人だから充分だろ。食おうぜ」 「うん、切ろうか」 「もったいないじゃん。このまま行こうぜ」 「え、でも……」 言おうとしたが、すぐに愛さんの狙いを察してやめた。 愛さんはホールケーキに大胆にフォークを入れ、 「あーん」 「あーん」 食べさせてもらう。 「美味い?」 「美味しい」 「でもこの方式だと、コンビニのショートケーキでも世界一美味しくなっちゃうからなぁ」 「ふふっ、じゃあ」 「この方式に慣れれば味の判別つくんじゃね?もっかいあーん」 「あーん」 美味しい。 「お返しは?」 「あ、欲しいな」 「あーんにするか口移しにするか」 「え……えっと」 「まずはあーんから」 「了解。じゃあ」 フォークを受け取り、ケーキを削る。 「あーん」 「あーん……」 ちゅっ。 「ふぁ。な、なんでキスするんだよ」 「しないなんて言ってないじゃない」 「う……この、へりくつを〜」 「お返しだっ。ん〜〜っ♪」 「わむっ」 結局一番小さいサイズを食べるのに2時間かかった。 ・・・・・ 「そろそろ夕飯作るよ」 「手伝おうか」 「いいって。お前のパーティなんだから、主賓はどーんと座ってろ」 「はーい」 お言葉に甘えてくつろがせてもらう。 「じゃ、作るから」 (落ち着け。大丈夫、シミュレーションした通りに) 「どうかした?」 「ふぇっ!? な、なんでもない」 なんかキョドってる愛さん。 どうしたんだろ。よく分からん。 「じゃ、じゃあ大。アタシ、作ってくるから」 「その、台所、恥ずかしいから見ないでくれ」 「? 分かった」 「見るなよ! 絶対見るなよ! 絶対だぞ!」 なんか熱湯に落とされたがる3人組みたいな言い方して去って行った。 どうしたんだろ? まあいいや。見るなって言うなら見ないでおこう。 「さあ」 「行くぜ!」 ごそごそモソモソ。 「〜♪」 ――じゅじゅー。 やがてイイ音とともに、美味しそうな匂いが漂ってくる。 まだかなまだかなー♪ (じー) 「?」 (ささっ) いま愛さんがこっち見てたような? 気のせいか。 まだかなー。 (じー) 「あ、あー、コホン。大? 絶対にこっちには来るなよ」 「うん」 「絶対だぞ。来るなよ。絶対」 「分かってるったら」 「うー」 「???」 どうしたんだろ愛さん。 (しまった。大じゃ素直すぎて逆に気にさせるパターンは無理だ) ――じゅー。 (そろそろ料理できちゃう) 「イケるイケる! 悩殺しちゃえ辻堂さん」 (そう上手くはいかねーよな) ――じゅじゅじゅー。 「……」 ん? なんか煙たい。 台所から煙来てるような。 「愛さん? 火元大丈夫?」 ・・・ 返事なし。 いかん。見るなって言われてたけど、これは確認しないと。 (はあ……まあいいや、第2作戦に移そう) 「愛さーん」 (とりあえず服を着てから) 「愛さんってば」 「うん?」 「……」 「1.煙が出てるよ。2.お尻が出てるよ」 「ほわぁっ! ひ、大。変なタイミングで来んな」 「えっと、あの」 愛さんの尻はいつ見ても素晴らしいな。シャープに長い足にかけてスラッと伸びてて、 「ってそれより火、火、コゲてるって」 「え? あっ! わーオムレツが!」 慌てて火をとめフライパンをどける愛さん。 時すでに遅く、調理してたものは真っ黒だった。 「うう……結局失敗した。お色気作戦も失敗したし……」 「どゆこと?ケーキ食べたばっかなのに今度はピーチなんて、デザートタイム多すぎるよ」(お尻なでなで) 「あれっ? お色気のほうは成功?」 「いただくけどさ」(かぷ) 「はうあ! 思った以上に成功してる」 「どういう状況なのコレ。俺へのプレゼントであることは分かるんだけど」 「え、えーっとぉ。男は絶対これに弱いってワルいやつにそそのかされて」 「誰そのワルい人。神?」(なでなで) ナイスなことを。 「と、とにかく、ちょっと待って大。すぐにオムレツ作り直すから」 「分かった」(なでなで) 「……待って」 「待つよ」(なでなで) 「お尻を触りながらでなく」 「それは無理だ」(モミモミ) 「ご飯作ってくれるんだよね。楽しみに待つよ。ピーチも楽しみながら」(なでなですりすり) 「うう……変な成功しちまった」 もにゅもにゅとフワトロヒップを撫で揉みする。 ひっかかる長い髪をかきあげれば、その先には真っ白な果実が。 これで揉まないのは彼氏じゃないだろう。 「あーん」 「ほら愛さん、可愛い声だしてないで料理しなよ」 包丁なんか持ってたらこのセクハラも危ないが、見たところ作ってるのはオムレツ。問題ないだろう。 「彼氏がたまに結構なSになるのも計算外だった」 さいばしを取って再度オムレツにかかる愛さん。 まずはボウルに種を作って……。 「げっ、卵がもうない」 「これでラストなの?」 パックに残ってるのは1つだ。 「く……絶対失敗できなくなっちまった」 「残り1つの卵。決して失敗できない。しかも彼氏はたぶん邪魔するのをやめてくれない」 「よく分かってらっしゃる」 「落ち着けアタシ。集中だ、集中しろ〜」 ――もみもみ。 「あんっ」 「柔らかくてステキだよ、愛さんのお尻」 「そ、それはどうも」 谷間を広げたり閉じたりする。 「あん……っあーん」 「そっか、愛さんもうアナルもめちゃ敏感なんだっけ」 「そ、そぉだよ。分かったらやめろよ」 「それは無理だ」 くぱくぱと広げたり閉じたり。 そのたびに引っ張られるお尻の穴は、皺の形を楕円形にしたり、ひし形にしたり。 「んん……あぅうう、お尻熱くなるぅう」 前のアナルセックスでクセがついて以降、愛さんのここは完全な性感帯だ。 熱がこもっていくにつれて、顔がとろんとしてくる。何度もイカされた感覚を思い出してるんだろう。 「お、落ち着けアタシ。落ち着け〜」 「卵最後の1個、コレを失敗するわけには……」 ――ぐにぃ。 「あうんっ」(パシャ) 「あ……」 でろーっとぐしゃぐしゃの殻が混じった白身が垂れていく。 愛さんは慌ててボウルで受け止めながら、 「大、ちょっとならいいけど、あんまりエッチぃことすんなよぉ」 「はっはっは、なに言ってるんだい愛さん」 「裸エプロンってのはね、ただのプレイじゃない。これは象徴なんだよ。男女の中が恋人から一歩踏み込んだ象徴」 「……一歩踏み込んだ」 適当に理由つけただけの高説だが、気を引かれたらしい、愛さんが耳を傾ける。 ムニムニ揉み続けながら、 「裸エプロンっていうのは料理をするときの格好だよね。裸の状態から、料理のためにぱぱっと前掛けだけつけた。それが裸エプロン」 「てことは裸になるような状況で、かつ料理をし合うような関係の男女にしか起こりえないと言える」 「う、うん」 「それはもうただの恋人じゃないよね。新婚さん。でなくとも一緒に住んでるレベルだ」 「なるほど」 「つまりこんな格好になった時点で、愛さんと俺はほぼ新婚さんレベルになったわけだ」 「……」 自分でも無理がある理論だと思うんだが、愛さんは真剣に聞いてる。 「新婚さんなら、新妻がお尻出してたら触らないほうが失礼じゃない?」 「そうかも」 そうか? 「だから俺は触らざるをえないんだよ。愛さんを大事に思ってる証明の意味で」 「ぅん……」 「ね、愛」 「はぃ!?」 「うん? 新婚さんなら普通こうでしょ」 「あ、い」 耳元でささやく。 「……はぅ」 眉を垂れ下げる愛さん。 イイ反応。 そう言えば愛さん、前に『愛』って呼んだらメチャクチャ照れてたな。 さん付けのほうが慣れてるからあんまり呼んだことなかったけど。 「どうしたの愛?」 「う……」 「なに照れてるのさ、愛」 「う〜〜っ」 困った顔だった。 「好きにしてもいいんだよね」 「……」 困った顔で、 「……うん」 首を縦にふった。 話が通ったらしいので、本格的にイタズラさせてもらう。 ――ムチィ。 「んふ……」 「柔らかいよ愛さんのお尻」 太ももはパツパツだけどここはムニムニ。 押し込む指を美脚ラインへと下げていく。 「は……手つきえっちぃぞ」 「こういうの好きなくせに」 「……えへ」 境目が分からないくらい微妙なんだけど、お尻と太ももの弾力はちがう。 揉みごたえのあるヒップから撫でごたえのあるすべすべの太ももへ。 「はぁ……あはぁ……」 くるぶしからひざへ、腿へ、お尻へ。また腿、ひざ、くるぶし、かかとからつま先と。手のひらや指を上下させる。 「ん……ぅっ、ふぁ……どきどきする」 「ってダメだアタシ。集中しろ。卵のサルベージだ」 ボウルにある卵の残骸から、殻を取り除こうとしてた。 この作業は安全だから、もっと責めちゃおう。 ――ぐいっ。 「ひゃっ」 両足を開かせた。 大事な股の間に風がとおり、愛さんはスレンダーボディ全体をぷるぷるっと震わせる。 「〜♪ ちょっと汗かいてるね」 「ううう……風、冷たいよ」 「我慢我慢」 「すぐに熱くなる」 しゃがんで股の下へ顔を近づける。 「汗のニオイがする」 「あう……っ、や、嗅ぐのはやだよぉ」 「どうして、すごくいいニオイだよ」 後ろからなので、角度的に肛門のニオイでも嗅がれてる気分なんだろう。愛さんは眉をきゅーっとたわめてる。 お尻もあるけど、漂ってくる香りはそれだけじゃない。 「はぁ……はぅ……」 「えっと、殻はとれたから、さっきのひき肉と玉ねぎ。あとは焼きながら……」 ――じゅじゅー。 またフライパンを使いだす愛さん。 火を使いだしたから刺激するのはやめたほうがいいな。 ニオイだけ楽しもう。 「すー」 「う……うう」 「ふぅ」 「っはぁんっ、息があたるってぇ」 「ごめんごめん」 「愛の身体がエッチなニオイさせてるから夢中になっちゃってさ」 よく擦れるし、普段パンツで密閉されたその部分は、当然ながら蒸れやすい。 蒸れた女の子のニオイ……。 有機的というか、ちょっと獣じみたニオイ。たまらないものがある。 「愛みたいに綺麗な人でもおしっことかするんだもんね」 すーはーすーはー。 「あぅっ、あっ、ううう……だからぁ」 「はは、ごめんごめん」 ちょっと意地悪が過ぎた。顔を離した。 火を使ってるんだし、安全第一だ。 「もう……」 「愛の体がイイニオイさせてるのが悪いの」 ごまかしがてら、抱きつく。 黒い髪に顔を埋めてすんすんすん。 ここはひたすら甘ったるい香りだった。 「ね、愛。ゴメンゴメン。許して?」 「うー……」 「ね?」 「……」 「べつに怒ってはいないけど」 お許しが出る。 どうも『愛』って呼ぶと、愛さん、チョロい。 「可愛いよ、愛」 「んふ……っ」 抱きしめたまま前のエプロン側。浮かび上がったおっぱいやおへそのラインを抱く。 「乳首たっちゃってるね」 「大が変なことするから」 「嬉しいくせに」 「……うん」 むにっと乳首をつまんだ。 軽く押すと、エプロン越しなのに強烈な弾力が返ってくる。 「ふーむ、ナマの感触には負けると思ってたけど、エプロン1枚通した感触もイイかもしれない」 「そういうもんなの? ……あふっ」 エプロン越しにおっぱいモミモミ。 ナマ尻ナマ太もものすべすべモチモチ感には勝てないけど、服を1枚通してると、背徳感みたいのが強い。 つい夢中になった。モミモミモミモミ。 「あんっ、は、も……んんふ」 「結局愛の体ならどこでもいいんだろうね」 「……ばーか」 「ほんとすごい身体してるんだもん」 スレンダーグラマーで、柔らかいのに全身に抜群のバネがある。 人工物じゃ絶対作れないと思う。こんななんとも言えない柔らかさ。 「このカラダ、全部俺のものだよ」 「ん……」 「当然でしょ、俺たち新婚さんなんだから」 「……うん、えへへ」 「アタシの身体、どこもかしこも大のものだぜ」 「ン……っ」 綺麗。さわり心地抜群。だけでなく敏感な皮膚を挑発する感じでなぞる。 くびれたお腹に乗せてた手のひらを下へやった。 ――にち。 「もうヌルヌル」 エプロンに染みができそうだ。 「……だってぇ」 「分かってるよ、俺のせい、でしょ」 ――にち、にち、ヌチュ。 「ひぅっ、うっ、……ううっ、あああっ、クリは……や、やんっ、やぁあん」 「そんなこと言って。腰せりだしてるじゃない」 俺の指に当てたがるようにヒクつく股間をグラインドさせてる。 「愛をこんなにエッチな子にしたのは俺だし」 「ァン……んんっ、指、いれちゃ」 「愛のここに触っていいのも俺だけ」 「あはぁああっ」 穴まで指が届く前に、裂け目を潜っただけで1オクターブ高い声をあげた。 軽くイッちゃったらしい。俺の手の中で体中の筋肉をビクつかせてる。 「……ふふ」 抱きしめたまま耳元に口をやった。黒髪がぱさりと顔にからむ。 「でもそれって悪いこと?愛のこのおっぱい、俺のなんだから」 ふにふにとふくらみを転がす。 軽くとはいえイッた直後なので、優しく、マッサージする感じのコネ方。 「は……っぃいん……あん、ぁーん」 「そう、そうだよぉ、このおっぱい大のぉ」 愛さんの気持ちイイ力加減は全部知ってる。うっとりした感じに鼻を鳴らす愛さん。 「どこだって……触っていいよ。胸も、お尻も、全部全部大のだから……」 胸を前に、腰を後ろに引く愛さん。 俺の手と腰に、二か所の柔らか味をぷりぷりぶつけてくれる。 「どこでも好きにして、大」 「……」 からかい半分でやってるのに、本気で可愛い反応を返されるとちょっと困る。 「嬉しいよ愛」 「もちろん俺も、愛のものだからね」 ちゅっと頬にキスした。 「ん……っ」 あちらはそれだけじゃ納得してくれないので、そのまま唇同士のキス。 「ふぅ……ふぅ……んふぅ、ふぅう」 まだ息が荒いので舌は入れずに、口の周りを舐めたり鼻をこすり合わせたり。 愛の体はどこもかしこもいいニオイがした。 唇からも当然、甘酸っぱくて、生温かくて、こげくさくて。 「……」 こげ臭い? 「やば! 火!」 「ふぁ! しま……あちちっ」 慌てる愛さんに代わり火を止めた。フライパンを横に置く。 「ああ〜、結局こっちもコゲちゃったぁ」 フライパンの上は、ほぼ炭しか残ってなかった。 「ご、ごめん愛さん」 「も〜っ、どうすんだよコレ。ひき肉も卵ももうないぞ、オムレツ作れねーじゃん」 オムレツなんて言うほどのものか?思うけど、やっぱ手料理を食べて欲しかったんだろう。 「ごめん」 謝るしかない。それから、 フライパンの上の黒いものを取る。 (サク) 「あっ、ばっ」 「うん」 炭だ。 「そういう心遣いはいらねーって。失敗作食べて欲しいなんて思ってねーんだから」 「あはは、そうだよね」 「でもまあ、こっちとしても愛さんの手料理はどんな形であれ食べたいわけで」(サク) もう1口。 炭だ。 「……」 「ったく」 そんな俺を見て、愛さんは苦笑すると。 「やーめろ。マズいし、身体に悪いだろ。それに」 炭の塊を奪ってフライパンに戻した。代わりに、 「キスがしにくい」 ちゅっと口へ唇を運ぶ。 成功したオムレツはこんなぷるぷる感だったのかな。気持ちイイ柔らか味が口元を塞いだ。 「ン……」 楽しめたのはちょっとだけで、すぐに離す愛さん。 「ほらな、こげくさい」 「だね」 ・・・・・ 「誕生日とはいえ、心を込めた手料理を邪魔した罪は重い」 「ごめんなさい」 「罰として今日は『愛さん』禁止な」 「はい」 「敬語も禁止」 「アタシが喜ぶことだけ言うように」 「分かったよ、愛」 「んふ〜。ひーろしっ」 ぎゅっと抱きついてくる愛。 受け止めながら、ペニスの位置を固定する。 ――ぬち……。 「ぁん……っ」 ――にゅるゥウウウ……。 「はぅ……あはぁあああ、大……おおきぃ」 「愛のなか、もうヌルヌルだよ」 「だ……誰のせいだよ」 「わかってるって。それでいいんだよ」 「俺の新妻さんは、ちょっとくらいエッチなほうがこっちも嬉しい」 「……へへ」 ぎゅーの力が増した。 「好きだぜ大……、……えと、あなた」 「ン……」 「ははっ、似合わねーよな」 「そんなことないよ」 「愛は俺の奥さんなんだから、好きなように呼んで」 「……もう」 照れるんだろう。困った顔の彼女。 でも、 「あ、あなた」 「愛」 「あなた……愛してる」 「大好きだよ愛」 ――ぬるぅんっ。 「はんっ」 位置を定めれば彼女の体重でひとりでに挿入が根元まで来る。 「全部入っちゃった」 「えへ……旦那様のだと思うと、いっそう大きく思える」 「深いとこ……ぁは、イイとこ、全部、届いてる。……っんぁああ」 ひくんひくん腰を反応させて、愛は挿入の衝撃に身もだえする。 ひときわ感じやすい愛と、相性抜群の俺のセックスは、まずここの壁を超えるのが大変だ。挿入のときですらお互いすぐイキそうになる。 「愛の中、こんなにトロけてる。……っう、締め付けるから、すごいよ」 蕩けるようなニュルつきがペニスにぶつかる感触。こっちも気を抜いたらすぐ出そうだ。 「ひぅううっ、あは、一番、奥、きたぁ」 「ここが愛の子宮だね。……っふ、こりこりしてる。可愛いな」 「子作りはいつする?」 「……いま?」 即答だ。 「それもいいかもね」 出来たら出来たで、学園中退して養う程度には俺は不良だ。 「まあ自然な流れに任せるとして……」 ――にゅぐる。 「ああああっふぁんっ、先っちょ食いこんできたぁ」 「愛が可愛いこと言うからもっと硬くなったんだよ。っと、……ヤバいかな」 子宮との密着度が増したら膣が一層強烈に収縮するようになる。 こりこりした子宮口が食いこむ尿口からはしびれるような快感が来るし……。あっという間にイキそうだ。 「ちょっとゆっくりしようね」 「うん」 この格好のときの俺たちは、セックスの快感よりお互いの存在を楽しむのが好きだ。 つながったまま見る愛の顔は、ただ綺麗というだけじゃなくて愛しい。 あっちも同じこと考えてるんだろう。ぽーっと目を見つめてくる。 「大……」 「愛」 名前を呼ばれるだけで、射精のそれより深い次元の陶酔が湧く。 セックスってこんな楽しみ方もあるんだ。 「んふ……ふぅ、ねえ大」 それでもぎちぎち締めるヴァギナからの快感が大きいんだろう。愛は吐息を乱しながら、 「アタシのどこが好き?」 「どこって?」 「だからぁ、言ってほしいの。具体的にさ」 「大がアタシを好きってこと、具体的に教えて」 「うーん、どこって言われてもなぁ」 あの日から、 色んなことがあって、 うーん……。 「覚えてないよ」 「なんだよそれ」 「だって多すぎるもん」 そっと乱れ気味な黒髪をかきあげる。 俺のためにポリシー捨ててくれた黒髪。細かく言えばこの色さえ好きだ。 でももっと細かく言えば元の金髪だって好きだし。いちいちあげたらきりがない。 「まず一目惚れしたのは笑顔でしょ。でも凛々しいところも好きだし、可愛いとこも好きだし」 「性格、人柄、みんなから慕われるところ。なんならこの間の別れ話全否定になるけど、ケンカっ早いところも好きだよ」 「ん……喜んでいいのか微妙」 「まあクサいようだけど、一言でいうと」 「君が辻堂愛であることが好き、かな」 「……」 「どうでしょ」 「クサいとか以前に意味が分かんねー」 残念。 「……」 「嬉しいけど」 ぎゅっとしがみついてくる。 プラスもう一か所ぎゅー。 「っは。愛、可愛いことしながらヴァギナ締めないでよ。出ちゃうよ」 「んふ……っ、お前だって硬くしてるからおあいこだ」 彼女がしめるたび、俺が硬くするたび、お互いに反響するよう喜悦が交錯する。 セックスしてるって実感があった。 「動くね」 「うん」 上になってる彼女が腰を前後左右に揺らす。 それだけで結合部からは快感が湧き、愛とひとつになってる実感が、甘ったるい気分を何十倍にも深めてくれる。 「ッああ……、愛」 「大……大……ふぁあぅ」 ざわっと長い黒髪が乱れた。 「あはぁ……ふぅ、ううう……ん、中で、動いてる。大のが……あああ大がぁ」 「愛の中も絡みついてくるよ。自分で分かる?」 「分かる……よ。んふぅう、だってそれで、あ、それで……中。中のお肉が、引っ張られる、みたいに」 幸せな陶酔に快楽がまじり、愛はうっとり恍惚の様子で頬を染める。 「可愛いよ愛。っ、ううっ」 見てるだけで興奮が増加し、俺からも腰を送り出した。 「あっはぁああぁ……っ、はぁ、ふぁーんっ」 ピストンと呼べるほど激しいものじゃない。 それでもまたがった愛の体は上下にゆれ、結合部がよじれた。 「ひ、大ぃ、こら、急にびっくりするだろ」 「ごめん、でもつい」 「あっ、んん……あんんっ」 1度起こった快感は身体を伝い、震わせ、震えがまた快感を呼ぶ。 本格的な性の淫楽に転げ落ちだした愛は、すがるように俺にしがみついた。 2人の体でたぷりと重たげにおっぱいがつぶれる。 「ふぁぁあぁっ、あひっ、ひ……んっ。あん、あぁん。大、気持ち……いっ、とまらなぁい」 そのおっぱいも自分で揉みつぶすように、ゆさゆさと上体を俺にこすりつける。 「ああ……愛のおっぱい、気持ちいい」 「えぅ……? ふふ、ばーか」 言われて当ててることに気づいたんだろう。愛はとろんとした顔で苦笑する。 「あああぅ……んっ、乳首、かんじちゃう。はぁああ胸と子宮、一緒にコスれるとぉ」 「しび……れるみたい、あはん、あぁあん。大、これ、ぁあああ、お腹トロけそぉ」 「いいよトロけちゃえば。ほら、もっと深く入る」 ――ずぐり。 固くした穂先を優しく上へ持ち上げる。 「はウウウウ……んっ。はぁ、ひううっ、あっ、はっ」 愛はもう止まらない。 「ああん、あぅう、んんっ、ああはぁ、すごい、すごいぃ……気持ちィイ……ぃっ」 スレンダービューティの美体がよじれた。 全体的にスリムなので、一か所だけ大きなおっぱいがたぷたぷ右へ左へ弾む様が楽しい。 それにそれだけ大きく動くと、 ――にちゅっ、にゅるちゅっ、にちっ、じゅちゅっ。 「あぁっ、あはぁああっ」 結合部からあふれる音色もどんどん大きくなっていた。 「愛……っ、うく、あああ、愛っ」 下品な水音と、どれだけ乱れても品のある愛の鳴き声。 2つのデュエットだけでも体の芯からペニスにかけてゾクゾクするような快感が走る。 高まる射精感に、俺もついピストンが荒くなってしまう。 「はぁあっ、ああっ、あああぁぁ大っ、強いって……んんんっ、やああもぉおお」 その動きは着実に愛を追い詰めていった。 お互いがお互いの快感を際限なく高め合う。 相性抜群同士ってのは、気持ちはいいけど歯止めが効かないから厄介だ。 「んは……はうう、も、だめっ」 「イキそう?」 「うん……うんイク。大の、大のヨすぎて……もう」 「そんな感じだね。愛の子宮、ぐーって俺の方に出っ張ってきてる」 「俺の精子飲みたがってるよ」 「あふ……ん、うん、うんっ」 「えへ……だって欲しいんだもん。大のせーえき、どろどろぉって流してほしいんだもん」 「あああ大っ、大ぃい、ほしいの、大の欲しいのぉっ」 意識したら余計我慢できなくなったらしい。愛の腰づかいが速まる。 ペニスが揉みしだかれるようなヴァギナの反応。分かりやすいくらいイキたがってる。 「いいよ、いつでも。俺もすぐに……うくっ」 ジィンと電気みたいな快感がペニスの根元に走った。 そうだった。俺、愛の彼氏なんだ。 イク瞬間まで合わせちゃうくらい、俺たち恋人同士なんだ。 「ひあぁぁあっ、すき、好きぃいいっ、大、大好きだよ……大、ひろし……愛してる大ぃいいっ」 「俺だってっ、あああ、く、んく、愛のこと好きだっ、大好きだ」 「はぁぁああ嬉しい、あぁもう、もう……ふぁああんっ」 あ、来た。 つなげた結合部から肉の感覚、皮膚の感じが消える。 神経が快感でマヒするのか、肌の境界線があいまいになって……まるで。 愛と本当にひとつになっているかのような。 「っく……ぅうっ」 「ああぁあぁああああっ、ふぁああああああっ」 「あぁぁぁああぁぁあぁーーーーーーーーーっ!」 「っ……」 ヴァギナがこれまでで一番のしまりを起こし、同時にいやらしく痙攣をおこす。 イッてる……愛が。 「く……っ!」 その事実が俺も追いつめた。ぶくりと亀頭を膨らませ、精弾がペニスの中枢を走る。 「ひぁぁあぁぁぁあぁぁぁああ〜〜……っ、あ……、…………あは」 俺の限界が伝わったのか、愛が嬉しそうに笑った。 「……きて」 「イッて、出して、大もアタシで気持ちよくなって」 「全部アタシの中にだしてぇえぇええぇぇっ」 「っくううっ」 ――びゅるるるるるるるるるるるっ! 「あうふぁぁあぁぁあぁあああーーーーーっ!」 「んあっ、んふぁ……あああううううう」 「ふぁあぁぁああぁあああーーーーーーーっ!!!」 びゅるびゅると硬いくらいの精液の塊が、立て続けに尿道を走った。 下半身が焼けるような、溶けるような快感。さすがに俺も愛の体にすがり、抱きついてしまう。 はじけ飛びそうな意識のなか、快楽は再現なく身体を、頭を、心を行き来する。 「んふぁあぁあああん……っはぁああん、はあぁあ」 「あぁー……、あぁああーー……」 イク深度が深すぎたのか、忘我の境地で喘ぎ鳴く愛。 エッチな顔してる……。 「……は」 もっと見てたいんだけど、こっちもこっちで気持ちよすぎて目がくらむ。 ……残念。 いつでも思い出せるこっちで、代用しておこう。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「うん、美味いよコレ」 「はぁ……」 「いつものだけど」 オムレツはさすがに無理だとして、他に用意してくれてた玉子サンドなんかをいただく。 美味しかった。 「こっちは食欲も性欲も満たされたわけで。最高のバースデープレゼントだったよ」 「プランとだいぶちがったんだよ。主にお前の性欲面で」 「どんなプランだったのさ。裸エプロンなんて見せられたら、俺が即襲い掛かるくらい見抜けないと」 「あれはあくまで誘惑で、計画はそのあとだったの」 「参考までに、どんな計画だったの」 「う……えと」 「デザートってことで生クリームを体に塗って、『私を食べて』作戦」 「……」 「……大?」 「生クリームは冷蔵庫だよね?!」 「やるのかよ。ふぁ、あ」 そんなこんなで、最後まで楽しい誕生日だった。 しかし、 「ほんとに料理の腕だけはあげないと」 「あはは」 翌朝、困ったことに気づく。 朝ごはんがなかった。 卵は昨日全部失敗しちゃったし。ご飯は全部食べたし、生クリームも使い果たしたし。 「悪い大、こういうとこ気がきかねーんだよなアタシ」 「考えなしに食べちゃったのは俺だからさ」 お腹空いた。 ご飯はいま炊いたとこなんだけど、おかずになるものが野菜と缶詰くらいしかないとのこと。 「やっぱアタシに女らしい彼女なんて無理かなー」 「そんなことないって」 「昨日は若奥さんって感じだったけど、今日は全然だ」 口をへの字にしてる。 まあ色々と不手際もあったけど、半分くらいは俺が原因だし、 「そんなに落ち込まないで。ね?」 「いまはできないことがあっても、これからゆっくり慣れていけばいいよ」 「俺の奥さんになる人は、愛さんしかいないんだから」 「ん……」 「ね?」 「……」 「うん」 笑顔を見せてくれる愛さん。 こういうときの笑い方とか、すごく女らしいと思うんだけどな。 まあいいさ。これから女らしくなるのも、ヤンキーっぽさが抜けなくても、彼女がなりたい彼女になればいい。 俺はどんな愛さんも大好きなんだから。 ――きゅるるるる。 「あ」 「あはは、ごめん」 お腹が鳴ってしまった。 愛さんはクスッと笑い、 「もうちょっと待て、あと5分でご飯炊けるから」 「うん」 「しっかしご飯と漬物だけってのもやっぱり味気ないよなぁ」 「なんでもいいからご飯に合うもの……」 「ただいまー、あ、大君いらっしゃい」 「母さん。もう帰ったの」 「誠君を待たせてるからすぐに行くわよ。漁協に用があったから荷物だけ置きにきたの」 どちゃっと大きなクーラーボックスを置く。 「なんですこれ?」 「今日の取れ高。食べていいわよ」 言うことだけ言ってさっさと出て行く。 ボックスを開けると、中身は獲れたて新鮮な……。 「おお」 ・・・・・ 「丼にご飯てんこもり!」 「醤油をざっと引いて、ここに生姜、しそ、梅、ノリ、海ぶどうなんかを配置」 「そして獲れたての小魚をどーん!」 「しその葉まぶしてぐーるぐるぐるぐるぐる」 「あいよ! 辻堂家特製生しらす丼いっちょあがりぃ!」 「わーい」 江ノ島名物しらす丼。昼にはなくなってしまう生のやつ。 こんなところで食えるとは思わなかった。 「これだけはうちの家系でもやたら上手く作れるから自信あるぜ」 「美味しそうだ。いただきまーす」 もぐもぐ。 「どう?」 「おいしー♪」 「よろしい」 色々とイレギュラーは多かったけど、楽しい誕生日で終われそうだ。 「……」 「うだうだ悩んだってしょうがない。アタシらしく、成長してくか」 「うん?」 「なんでもねーよ。おかわり欲しけりゃ言ってくれよな」 「あ・な・た♪」 ・・・・・ 粘っこい光の粒子が、無粋に視界を照らしてくる。 やめておけばいいのに。意識は自然と覚醒し、俺は重いまぶたを持ち上げた。 不快な目覚め。 ああ、 朝だ。 嫌味なくらい良い天気。 気分が重い。 「……」 授業、行きたくないな。 ・・・・・ 「ヒロっ! 寝坊寝坊!」 「ってあれ、起きてるじゃない」 「時間ヤバいわよ早く準備しなさい」 「うん」 「……」 「どうかした?」 「……」 「今日、休んでいい?」 「?風邪でも引いた?」 「んー、っぽい。体調不良」 原因は心にあるけど。 「そう。なら仕方ないわね」 「頼むよ」 「私も休むわ。1日みっちり愛のご奉仕看護してあ・げ・る」 「行きます」 ベッドから出る。 「ちぇっ」 なぜか脱ごうとしていたスカートを直す姉ちゃん。 でもホントに授業行きたくないな。 辻堂さんに会うのが辛い。 「はぁ」 「ホントにどうしたの? 昨日からヘンよ」 「……」 「昨日なにかあった?」 「片瀬さんのお嬢さんといたけど」 「っ……」 ・・・・・ 「そんなに泣くんじゃないの」 「……」 だな。 いつまでもイジけてちゃ、慰めてくれた片瀬さんに申し訳ない。 「なにもないよ。準備しよ姉ちゃん。遅刻しちゃう」 「よし」 くしゃっと髪をひと撫でして出ていく姉ちゃん。 気分は晴れないけど……。 行きますか。 「おはよう大ちゃん」 「……」 「大ちゃん?」 「あっ、ああ、すいません。おはようございます」 「?」 「……」 「……」 ・・・・・ 「あれ? いつものアンちゃんは?」 「もう行っちまったのかねぇ」 「おはようひろ」 「おはよ」 「……」 辻堂さんはまだ来てなかった。 助かった。なんて思うのは失礼だろうか。 「どうした?」 「べつに」 「昨日はデートだと言っていなかったか」 「っ……」 「……そうか」 顔色で察してくれたらしい。口を閉ざすヴァン。 いまはありがたい。 「〜〜?」 「〜」 その後も誰かにしゃべりかけられた気がしたけど、全部上の空だった。 「……」 結局その日はなにもできず。ぼんやりして過ごした。 辻堂さんは学園を休んだ。 心配なの半分、ほっとしたの半分。 風邪でも引いたのかな? そんなこんなで気力なく1日はすぎ……。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「お邪魔します」 「あら、いらっしゃい」 「あのこれ、今日のプリントです」 「それで……辻堂さんは」 「ご心配どーも。大丈夫よ、ほんとに風邪ってわけじゃないから」 「みっともない顔を見られたくないんだって。いい加減な理由だとは思うけど」 「サボりはヤンキーの特権よねぇ」 「それもどうかと」 「えっと」 ――コンコン。 「辻堂さん、起きてます?」 「ン……委員長?」 「はい」 「あの、昨日は……」 「……」 「悪いな、色々してくれたのに。無駄ンなって」 「そ、そんな」 「私のお節介で勝手に連れまわして、それでこんな……。こっちこそゴメンなさい」 「……」 「入れよ」 「あ……」 「でさ。あの、可愛くなるのはしばらくいいから」 「……目の腫れが引く方法、教えて」 「は、はい」 ・・・・・ 「辻堂とそんなことに」 「僕の知らないところですごいことになっていたんだな」 「まーね」 心配したヴァンが家までついてきた。 3会のこととか、内緒って約束した点以外をかいつまんで話していく。 「ひろと辻堂が付き合って……」 「考えてみればとくに問題の出るペアではないか。お似合いだと思う」 「かな」 「まあひろならどんな女の相手も務まる。という点が大きいが」 「はっきり言って辻堂に賛成だ」 「……」 「別れたのは正しい。お似合いとは思うが、やはり住む世界が違いすぎる」 「かな」 「ヒロは不良になるつもりはないんだろう?」 「ないよ」 「ならなおさらだ」 「……」 じゃあ不良になれば辻堂さんとは付き合えたのかな。 それはないか。 どっちにしろ無理だったんだろう。 分かってるんだけど、分かるぶん悔しかった。 「……」 「……ふむ」 「今日は帰ろう。1人になりたいだろう」 「……うん」 「元気出せ」 「……」 はぁ。 誰かいたらいたで1人になりたいけど、いざ1人になると寂しい気がする。 いまはなんでも気に入らないんだろうな。 姉ちゃんが帰るまでちょっと寝よ。 部屋に戻ると。 「くかー」 「……」 「マキさん」(ゆさゆさ) 「起こすな、眠い」 「そこ俺のベッド。なんで寝てんすか」 「んー。昨日雨降ったじゃん」 「んで昨日に限ってジジイが小屋見張ってやがって。寝るとこがなかったんだよ。眠い」 布団をかぶってしまう。 まあそういう事情ならいいか。 俺は姉ちゃんのベッド使わせて……。 「どした?」(ぎゅっ) 「ぐえ!」 首根っこをつかまれた。首がコキッて言う。 「なんでベッドゆずったのに攻撃するんすか」 「お前がヘンな顔してるから」 「ベッドゆずったのに攻撃され顔をけなされた……」 「そうじゃなくて」 「……」 話したくないんだから空気読んでよ。 ・・・・・ 「別れちゃったの?」 「はい」 「なんだツマんね」 「誘惑して略奪して、辻堂から男寝取ったら面白くなりそーだったのになー」 「……」 「冗談だって。怒んなよ」 「怒ってはないけど」 自分がフラれた報告を何度もするのはメンタル的に厳しい。 「落ち込んでんの?」 「はい」 「元気出せって。あ、おっぱい触る?」 「今度お願いします」 「にしても……お前に危害が及ぶから別れる、ねえ。辻堂にしちゃお優しいこった」 「そうですかね」 「そーだよ」 かな。 やっぱり別れたのは、俺のことを考えてのこと。俺への思いやりで。 彼女なりに俺を案じてくれて、だったのかな。 「……」 「……」 「だいたい、さっきからフラれた前提になってるけど。話聞く限り最終決定はお前だったんじゃね?」 「へ?」 「別れたくないなら、多少危険でも別れたくないって言えばよかったじゃん」 「そう……かな」 そうかも。 「ようするに、お前に覚悟がなかったってこった」 「こっちの世界は、一歩踏み込めばその瞬間から危険と隣あわせだ」 「1人味方を作れば3人敵が出来る。自分だけじゃない、周りにも迷惑しかかからねぇ」 「覚悟なしに踏み込んでいい世界じゃなかったんだよ」 「……」 覚悟……。 前にも言われたっけ。俺には覚悟がないって。 辻堂さんを笑顔にする。その覚悟はあるつもりだった。 でも……。 「あー、また暗い顔になっちゃった」 「落ち込むなよ。な? おっぱい触るか?」 「今度お願いします。2回」 「これに懲りてあんま不良の世界には関わるな。お前、向いてねーから」 「……うん」 「つーわけでお腹すいた。ご飯は?」 毎晩ご飯食べに来る不良はどうしたらいいんでしょう。 まあいい。話してると気が晴れるので、ご飯を準備する。 「俺ってやっぱ不良には向いてないかな」 「ねーな」 「性格からして無理だ。優しすぎる」 「そうかな」 雰囲気が優しいとはよく言われるけど。 「でも優しいってだけなら大丈夫じゃない。優しい不良ってのもいるでしょ」 「いねーよ」 「何人か知ってるけど」 「誰?」 「辻堂さんとか、後輩の子も悪い子じゃなさそうだったし」 あと。 「片瀬さん」 「は?」 「片瀬さん、意外と優しいよね」 昨日は姉ちゃんが帰ってくるまで、ずっと親身になってくれた。 「あいつはねーだろ、さすがに」 「優しいですよ」 「優しくねーって。たぶん湘南で一番性格悪いぜ」 「……」 「ま、だからこそ無闇に人を傷つけないけど」 「こちら神奈川連合の総長、坂田さん」 「坂田雅狩じゃってに。よろしゅうに」 「よろしく」 「湘南のトップが俺からお前に移ったことを確認しに来ていただいた」 「フンハハハ、総災天のおリョウに続いてまた女とは。最近の湘南は女が強いじゃってに」 「恐縮です」 「リョウ、ずいぶんかしこまってるわね」 「先輩には礼儀を尽くす主義なんだ」 「先輩? どっちも3年だシ」 「……」 「先輩なんだ」 「……あっ」 「ダブり?」 「フンッハハハハハ」 「心配はいらんじゃってに。親も愛想をつかしとるから、泣きはせんじゃってに」 「泣かれるのを一個超えてるじゃない」 「……この話はやめてください」 「ゴメン」 「とにかくじゃってに。片瀬恋奈どん。ワシら神奈川連合はおんしを、湘南のトップチームと認めるじゃってに」 「北神奈川を統べるわしらとも、今後ともよろしゅうに」 「友好を拒むつもりはないわ。ヨロシク」 「用件はそれだけじゃあ。わしは帰るじゃってに。フンハハハハハ」 「……母さんのお土産にハムでも買ってくか」 ずーん、ずーん。 「……」 「フン、なにがカナ連よ。稲村チェーンに潰された形骸団体のくせに」 「そうなんすか?自分外様なんで神奈川情勢とか知らないんすけど」 「いまやこの県の有名な不良は軒並みこの湾岸、湘南海岸に集まるでしょ」 「湘南最強は事実上神奈川最強。いえ、歴史的には関東最強といっても間違いじゃない」 「上から目線だったけど、実際のところ挨拶しとかないと怖くてしょうがなかったのよ」 「おい、来ていただいたのに失礼だぞ」 「なーにがいただいたよ。あっちから土下座しに来たんじゃない」 「それ以上言うな! 坂田さんはもう何年も神奈川連合を率いておられるんだぞ!」 「え、何回ダブってんの?」 「そうじゃ、忘れたんじゃってに」 「うわびっくりしたぁ!」 「ワシらの飼っておった大熊っちゅうケンカ屋が、最近うちを抜けて失踪しおった。どうもこのあたりをうろついておるようじゃってに」 「大熊……熊本出身でヒグマと戦ったというあの?」 「ややこしいわね」 「問題の多い男じゃから心配じゃってに。アンタらに絡むやもしれん」 「ハッハー、おもしれーじゃん。来るなら来いっての!」 「ふむぅ、湾岸ファイトクラブ7連覇のティアラがおれば平気じゃろうが」 「おぼえとけ。大熊は、足柄ファイトクラブで18連覇の記録をもっちょるじゃってに」 「へぇ……」 「気を付けるわ。情報ありがと」 「うむ。困ったことがあれば呼べじゃってに」 「あと人のダブりを話のネタにしないでください。じゃあの」 ずーん、ずーん。 「ケンカ屋大熊かぁ。ヤッてみてーっての」 「バカね。そういうのは仲間に引き込むのよ」 「なるほど」 「辻堂のせいで激減した江乃死魔を再興するには人数を集めるだけじゃなく、勢いを取り戻せるだけの人材が必要」 「ま、いまのペースなら8月までには元通りだけどね」 「待ってろ辻堂……今度こそ確実にしとめてやる」 「おうよ!」 「今度は完璧な罠張ってやるシ!」 「んでまた長谷大をさらうんだよな」 「まっかしときな、あんなヒョロヒョロ、俺っちがすぐまた持ってきてやらァ」 「ん……」 「どうかしたかい?」 「いや、長谷大はもういい。あいつはほっとこう」 「なんで?この前のことも元はといえばアイツが原因だシ。落とし前つけないと!」 「アイツに関わるとなんかペースが狂うのよ」 「それにアイツ、辻堂とは別れたらしいから。人質に取る意味がないわ」 「別れたんすか?」 「ああ」 (そうなんだ) 「なんで別れたんだい?」 「知らない。別にいいんじゃない、もともと付き合ってたほうがおかしかったわけだし」 「それもそっすね」 (もう危ない人には関わらないといいんだけど) 「……」 「ねーねー、てことは辻堂いまショック受けてるんじゃない?」 「へ?」 「なるほど。男と切れて弱ってるなら、ブッ潰すチャンスだっての」 「確かに……でも」 「なに迷ってるシ! 千載一遇のチャンスだシ!」 「前回もそう言ってボコボコにされただろうが」 「今度こそ大丈夫だっての」 「おっしゃー! れんにゃ、明日さっそく行くシ!」 「んー」 「ショック受けてるとしたら、反応を探っとくのは悪くないわ」 (長谷に悪い気がするけど) 「……」 「まいっか」 「ンじゃ明日、もう一度稲村学園に乗り込むわよ」 「リョウ! 明日も頼むわ」 「了解」 「ティアラ! 買ってあげたスパイクあるわね」 「おうよ! これでもう滑らねーっての!」 「梓! 今度こそ逃げんなよ」 「いつものは緊急避難っすよぅ」 「じゃあさっさと帰って作戦でも決めますか」 「……」 「あたしは!?」 ・・・・・ 「おはようございます」 「おはよう大ちゃん」 「おはようございまーす」 「おうヒロ坊」 いつまでもヘコんでてもしょうがない。 無理にでも普通に過ごしてみることにした。 「おはようヒロ君」 「おはようございます」 「……」 「なに?」 「なんでもない。帰りに寄って。新しいメニューが増えたから、ご馳走するわ」 「はい」 「がんばってね」 「?」 よく分からないが心配されてしまった。 俺のこと知ってるんだろうか。誰から聞いたんだろ? 姉ちゃんかな? まあいいや。帰りに行かせてもらおう。 学園へ。 「おはよーぅ」 「おはよう」 「……」 「なに?」 「昨日よりはマシな顔になったか」 「落ち込んでばっかりってのも疲れるからね」 席へ。 っ。 「っ」 「……」 「……」 「お、おはよう」 「……」 「……おう」 かすれそうな声で言い、行ってしまった。 さすがに急に……とはいかないよな。 まあ仕方ないさ。どっちが悪いわけじゃないし。 時間が解決してくれるのを待とう。 「STをはじめるよ」 おっと、先生が来た。 ・・・・・ いつも通りな授業風景。 当たり前といえば当たり前の時間が過ぎていく。 今日も上の空だ。 辻堂さんも一緒な模様。 仕方ないっちゃ仕方ないんだが……。 「ようするに、お前に覚悟がなかったってこった」 覚悟、か。 そんなこと言われても分かんないよ。俺、不良じゃないし。 「……」 ヤンキーの人って、なに考えてヤンキーしてるんだろ。 不良ってどうして不良になるんだろ。 不良って……。 ・・・・・  ! な、なんだ!? エンジンを吹かすバイクの咆哮が、折り重なって校舎を揺らした。 これって……。 「またかよ」 「辻堂ォオオーーーーーーーーーーーーー!!」 「辻堂愛ィイイーーーーーーーー!出てこいやーーーーーーーーーーーー!!!」 「……」 「はぁ……」 呼び出しを食った辻堂さんが出て行く。 「なに、江乃死魔ってまだこの学園狙ってんの?」 「分かんないよ。辻堂さんにビビって動きが大人しくなったって聞いてたのに」 教室は騒然としてる。 えっと……。 「トイレ行ってきます」 俺も行かなきゃいけない気がする。 外に出た。 「どーも辻堂。1週間ぶり」 「今日はなんだよ」 「ケンカする気分じゃねーんだ。用件なら聞いてやるから、さっさと帰れ」 「おやおやぁ?元気ないじゃないの、稲村の喧嘩狼さんが」 「シシシッ。男にフラれて落ち込み中ですかぁ?」 「あ?」 「聞いたわよ辻堂。あいつと別れたんだって?」 「……」 「男作ったってのも驚きだったけど、こーもあっさり破局するってのも驚きだシ」 「原因はなんだい? やっぱチジョーのモツレ?」 「なんて言ってるタイ?」 「えとえとえとぉ、よく聞こえないけど……」 「辻堂さんが誰かにフラれたとか」 「……」 「喧嘩狼さんもずいぶんと乙女チックな悩みがあったものね」 「……」 (……反応が薄いわね) (動揺なし?なら煽るより退散する準備しなくちゃ) prrrrrrr prrrrrrr 「もしもし」 「愛さん? 逃げ道は封じましたよ」 「ご苦労さん。1人も逃がすなよ」 「いや、今回は足止めじゃない。逃げてくるやつがいたら――」 「――コロせ」 「え――ゴァッッ!?」 「へ?」 「え?」 ――ゴヅッッッ! 「ンギャー!」 「……」 「あれ? あれ? 辻堂……」 「本気でキレ」 「ばわーっ!」 「ぐ……つつ」 「や、ヤルってのかい!不意打ちたぁらしくねーっての」 「スパイクはよくなじんでるし……行くぜ。腰越以外に耐えきった奴はない俺っちのタックル。避けれるもんなら避けてみな!」 「ぶっとべオラァア!」 「あれ?」 ――ゴスッッッ!!! 「……」 (ヤバい、マジの目だ) 「――シね」 「ひ……っ」 「待てッ」 「落ち着け辻堂。今回はこっちの――」 「がふッ!」 「茶々入れんな」 「土下座しろとは言わない。江乃死魔がどうこうも今はいいよ」 「お前はここでコロすけど」 「く――」 「そこまで長谷のこと……」 「逃げろぃ恋奈様!ここは俺っちが引き受けた!」 ――ゴリュ! 「いいいいでででででストップストップ折れるっての!」 「折ってるんだよ」 「やっぱこうなったか。危ない危ない」 「恋奈様、頭はいいしカリスマも充分だけどハッタリで身を滅ぼすタイプなんすよね」 「おーっと!ここは通さねーぜ!」 「げっ、回り込まれてる」 「逃げてこれたの1人だけかよ」 「愛はん、いつになく本気でんな」 「今日はマジで死人が出るかもな」 「ひのふの……30。多いっすねー」 「まー1人とはいえ、愛さんに任されたんだ」 「テメェ……生きて帰れると思うなよ」 「……上等」 「どうなった?」 校庭に駆けつけたときには、もうバイクの爆音はやんでいた。 替わりに 「ンぎゃあああ痛い痛い痛い!」 「放せコラァアア!」 ――ゴヅンッッ! 「勘違いすんな。一番シメたいのはテメーだ」 「ギァアアア……!」 「この……!」 「動くな」 「うギ……がッッ……!」 「ちょ……っ」 ケンカなんてもんじゃない。乗り込んできた人たちの悲鳴だけがこだましてる。 「つ、辻堂さんやりすぎだよ!」 つい止めに入ってしまった。 「あ?」 「げ……ガ……」 「白目むいてるって、やめてあげて」 命が危ないレベルの痛めつけ方だ。手を押さえた。 「……」 「チッ」 「がはっ」 「ごほっ」 冷静になってくれた。放された2人が地面を転がる。 「だ、大丈夫ですか?」 「……ツツ。ティアラ、平気か」 「いでぇえ」 「うわ」 「チッ、肋骨イカれたか」 「……」 「辻堂さん……」 骨まで折らなくても。 思うけど、悪いのは乗り込んできた片瀬さんたちだ。口出しにくい。 「……」 ――ピッ。 「……クミ、そっちどうなった」 「は、はい、逃げてきたのは1人で」 「あの〜、降参しますんで。乱暴せずに捕まえるよう命令してもらえねっすか」 「分かった。そいつはいい」 「グラウンドに適当に転がしとくから後始末頼んだ」 ――ピッ。 「……」 電話を切った辻堂さんは、こっちをジッと見ると。 「……なんでお前が止めるんだよ」 「へ?」 ぽつりと何事かつぶやいて去っていった。 えっと……。 「ううう……」 そうだ。この人たちどうにかしないと。 負傷した人たちを保健室に運んだ。 ・・・・・ 「すいませーん」 (ガタガタッ!) 「なにしてたんです?」 「なにもしていない」 「生徒の忘れ物から泥Sパクってゲームなんて全然してない」 「そうですか」 「怪我人、いいですか」 「表でケンカだって? 面倒だな」 「まあいい、試したい新薬があるんだ」 「……まいっか」 特に怪我のひどい人を中に運ぶ。 「いてぇよぉ」 「ぐぐ……なんてやつだ」 「さすがに不良は生命力のありそうなのが多いな。モルモットにちょうどいい」 「デカ!」 「手当てなんていいっての! ……つつ」 「大声出さないで一条さん、骨が折れてるんだから」 「……」 「先生?」 「よぉーしよしよし。こっちに来い、ねっとりじっくり診断してやろう」 「な、なんだいこの人」 「フヒヒヒ理想的な素材じゃないか。あの薬にもあの薬にも、あの薬にも耐えられそうだ」 「なんか怖いっての」 「先生。ちなみに一番重症なのはこの子です」 「あ? ……小さいな」 「辻堂さんにやられてもがく一条さんに人知れず踏み潰されてたとかで、呼吸が止まってます」 (ぐったり) 「あとで診るから置いとけ」 「でももう息が止まって1分くらい……」 「知るか!女は小さいよりデカい方が好きなんだ!」 「!」 なぜか心臓を抉られるような言葉だ。 仕方ない俺が手当てしよう。ベッドに寝かせる。 「ハナさん。ハナさん」(ゆさゆさ) 「う……う……」 「がはぁっ!」 「きょ、去年死んだひいばあちゃんに会ったシ」 「助かってよかったです」(なでなで) 「ハナちゃんセンパイはどこいってもひいきされるっすねぇ」 「君はいつも無傷だよね」 「自分できるのは護身術程度で多対1のケンカって苦手なんすよ」 「勝てそうになきゃ逃げる! 無理なら降伏する!これぞ乾不敗の奥義っす」 「いいことだよ」 「えーっと、他には」 「怪我は……」 「とくにない」 「いえマスクに血がついてます」 「口のところ切ってるのかも。マスクとってください」 手を伸ばす。 「だめっ!」 「いたっ」 「あ、ごめん」 「へ?」 「あぅ、えっと」 「な、馴れ馴れしいんだよ」 行っちゃった。 リョウさんだっけ。あの人、ちょっと怖いな。 「わぎゃー! どこ触ってんだっての!」 「肋骨が折れてるんだろう。触診だ」 「ああ……硬くてふとぉい。びくんびくん脈打ってる」 「ななななんか辻堂よりこえーっての!助けて恋奈さまー!」 あれ。そういえば。 「片瀬さんどこいった?」 「こっそり抜けてたっす。うちらがいるんで近くにゃいると思いますが」 「ふーん……」 彼女は怪我なかったっけ? 探してみるか。 ・・・・・ 「はい絆創膏。お前は包帯。お前は病院行け」 「用が済んだら出ていけ。これから神聖なオペの時間だ」 ぽいぽいぽいっ。 「ううう……」 「こっちも怪我してるのに」 「放せー! 放せっての!」 「ンギギ……なんだこのロープ。なんで外れねーんだ」 「関節と逆方向に縛ってあるっす。プロの傭兵がやる捕縛術っすよコレ」 「ククク、こんな理想的なモルモット、逃がすものか」 「ひーん」 「ううう……」 「稲村学園……2度と来たくないシ……」 いた。 「片瀬さん」 「ン……ああ」 「ティアラたちは?」 「先生に診せてる。一応みんな大丈夫そうだよ」 「そう」 ほっとした顔。 と、 「いつ……ッ!」 顔をゆがめた。 首、やられたらしい。 「片瀬さんも保健室に行こうよ。先生が診てくれるから」 どんな方法かは分からないけど。 「いらない。すぐ治るわこれくらい」 「はぁ……」 ボコボコにされたせいかテンション低そうで、空を仰ぐ片瀬さん。 「……」 「俺と辻堂さんのことで煽ったって?」 さっき人伝に聞いた。 怪我してる人に厳しいこと言いたくないけど。 「今回のはカンベンしてほしいな」 俺にも関係あることだ。はっきり言わせてもらう。 「ケンカ吹っかけることそのものもどうかと思うけど、これ、単なる嫌がらせだよね」 「しかもデリケートなことを……」 「うっさいわね」 「誰かさんがビービー泣きじゃくってたから、辻堂の方はどうなってるか気になったのよ」 「……あんなブチギレるとは思わなかった」 痛むのか首をぐりぐり回してる。 なんて言えばいいんだろ。よくないことをしたのは確かなんだけど、本人たちはもう罰を受けてるし。 ひとつ気になることは、 「辻堂さん、キレてたの?」 「見ればわかるでしょ。いきなり骨狙ってきたのよ」 「そっか」 無益な暴力はしないタイプだよな。 つまりそれだけ冷やかされたのが頭にきたわけで。 「……」 「なに嬉しそうにしてんの?」 「ちょっとね」 それだけ俺と別れたことを引きずってる。 下衆な話だが、うれしかった。 「とにかく、今日みたいなことはもうやめてね」 「分かってるわよ」 「今日だってちょっと反応を探るために吹っかけただけ。ここまで大事になるとは思わなかったわ」 「できればケンカ吹っかけるのもやめて欲しい」 「それは情勢次第」 やっぱ仲良くするのは難しいか。 ま、でも。 「怪我にだけは気を付けよう」 「片瀬さん、女の子なんだから」 「フン」 知らない。って感じにそっぽを向く彼女。 あ、 「そこ、スッてるね」 「へ? ああ」 何度か吹っ飛ばされてたからだろう。手の甲に血がにじんでる。 絆創膏、持ってきてよかった。 「貸して」 手を取る。 汚れてはいないので最低限の止血だけにしておく。 おせっかいは好きじゃなさそうだしな。 ぺたぺた。 「あとでちゃんと消毒してね」 「いらないってば」 これだけでも鬱陶しそうだが、普通に受けてくれる。 「これでよし」 「……」 「アリガト」 「へ?」 「……」 ああ、 「どういたしまして」 消毒したほうがいいかな。 「失礼」 「うわ……っ!」 口をつける。 んー、砂とかはなかった模様。 適当に血をぬぐって、 絆創膏ぺたぺた。 「はいOK」 「デリカシーないわね」 「へ?」 「なんでもない」 「ティアラたち、どこだっけ」 「保健室」 「入院とかはないわけね」 「うん、いまんとこ」 ひとり肋骨折れてたけど、元気はあった。 「じゃあ行くわ」 「うん」 さっさと行ってしまう片瀬さん。 「……」 ちょくちょく一条さんたちのこと、気にしてたな。 結構優しい子な気がする。俺がヘコんだときもずっと一緒にいてくれたし。 まあ優しいってだけで、 「……あ?」 「なにガンくれてんだコラァ」 ヤンキーはヤンキーなんだけどさ。 難しそうだけど、 仲良くしたいな。 「ひろ?あまり出歩くと怒られるぞ」 「あ、授業中だっけ」 ヴァンが迎えに来てくれた。 「いまそこで不良を見たよ」 「他校に乗り込んで無関係の僕にまで絡むんだから、まったく、困った連中だ」 「だよね」 普通に見ればそうなるわな。 でも……。 「これだから不良は嫌だ」 「ヴァンは相変わらず不良が嫌いだね」 「不良は不良。好きになれる要素がないだろう」 「ううう……もうお嫁にいけないっての」 「あ、一条さん」 (ドキッ!) 「身体、大丈夫だった?」 「おう。でもしばらく安静にだとよ」 「もうこんなことしちゃダメだよ」 「うっさいっての!骨が治ったらすぐ仕返ししてやっかんな!」 「こ、この学園にゃもう来たくないけど」 行っちゃった。 「ひ、ひろ。彼女と知り合いなのか?」 「何回か話した程度だけど」 「さっき乗り込んできたグループのナンバー2、かな」 ナンバー2が何人もいる印象だったけど。 「く……不良なのか」 「不良相手にこんな気持ちに……」 「?」 ・・・・・ 「……」 「愛さん……帰っちゃったか」 「……」 「……」 ・・・・・ 1日お疲れさん。 今日も1日、騒動のことでもちきりだった。 辻堂さんがフラれた云々は……、そもそも辻堂さんに彼氏がいたって点から信憑性がなく、みんな混乱したままって感じ。 このまま変な話にならず廃れてくれるとありがたい。 「ただいまー」 帰る。 姉ちゃんはまだだ。昼の騒動で職員会議があるはずだから、遅いと思う。 なにするかな。 そうだ。 「ちわー」 よい子さんに呼ばれてたんだ。孝行へ寄ってみた。 「はい。あ、ヒロ君」 「ども」 「まいどどーも。新しいサンドイッチを出そうと思うの、試していって」 「はい」 総菜屋さんと仲良くしてると、こういうとき得する。 「いま準備……」 「いたた」 「どうしました?」 「ちょっとムチ打ち気味で」 「なにかあったんですか?あ、唇切れてる」 「たいしたことないわ」 ときどき怪我するんだよなあの人。学園の部活でヤりやすいそうだけど。 剣道部だっけ? 毎日木刀持って登校してる。 「はい。照り焼きツナサンド。お試しあれ」 「どもっす」 ごちそうになる。 ・・・・・ 「はぐはぐ」 「どう?」 「んー、ツナの味がほとんどしないですね」 「やっぱ照り焼きソースは強すぎるかぁ」 「これなら普通のツナサンドのほうがいいかと。歯ごたえならチキンには勝てませんし」 「なるほど」 メモしていくよい子さん。 ごちそうしてもらって辛口な評価だが、新商品の品評に呼ばれてる以上、正直に言わないとな。 もちろん出されたものは残さないけど。はぐはぐ。 「……」 「?なに?」 じっと見られる。 「ゴメン」 よい子さんは2人分並べたお茶を一口。 「学園でヤンキーの抗争があったって?」 「知ってるんだ」 もう他校まで噂になってるんだろうか。 「ま、この地区の治安の悪さを考えれば仕方のないことだけど」 「ヒロ君は関わらないようにね」 「ン……」 いつになく真剣な口ぶり。 「ましてやケンカの現場に自分から寄っていくなんてもっての外です」 「分かった?」 「えっと、いや」 「実は乗り込んできた人たちが知り合いでさ」 知り合いというよりは誘拐犯だが。 「大事にならないようにって」 「悪い人たちじゃないんだよ。明るくて面白くて」 「そう?」 「うん。一条さんとかハナさんとか」 「1人マスクの人がいて、その人はちょっと怖いんだけど……」 (がーん) 「とにかく、危ないと思ったら自分で何とかするよ」 「……はぁ。ヒロ君はつくづく性善説ね」 「私が何とかしなくちゃ」 「へ?」 「なんでもない。これだけは覚えておいて」 「ヤンキーなんて、関わらないのが一番だって」 ・・・・・ 照り焼きツナサンドをお土産にもらい、適当に買い物して帰った。 今日の夕飯はサンドイッチにしよう。パンを用意して、買ってきた惣菜を挟んでいく。 よい子さん。なんか変な感じだったな。 ……ん?なんで俺がケンカ現場に出ていったこと知ってるんだ? それはともかく。 ヤンキーなんて関わらないのが一番、か。 「……」 分かってるよ。 「ただいまー。あーお腹すいたー」 「夕飯できてるよ。手ぇ洗ってきて」 「今日のビール、瓶ね。瓶のやつ飲むから」 「はいはい」 いつも通りな姉ちゃん。 姉ちゃんとの毎日を守るだけで充分さ。 俺はあの人たちとはちがうんだから。 ・・・・・ 「えー、それでは」 「第134回、江乃死魔なんで負けちゃったの会議をはじめまーす」 「いえーい」(パチパチ) 「リョウは?」 「今日は家のことがあるとかで休みっす」 「おっしゃンじゃリョウの分のシェイクもらうっての!」 (ずずー) 「わーもう飲まれてるっての!」 「まあまあ、たくさん買ってありますから」 「ノリが軽いわボケェ!」 「お前ら分かってンのか!今日軽く江乃死魔が消滅しかかったんだぞ!」 「いやー、危ないとこだったシ」 「ったく、だから様子見に行くにしてもちゃんと準備整えたかったのに」 「サーセン」 「でもれんにゃだってノリ気だったシ」 「それはそうだけど」 「なははっ、恋奈様ぁ、責任転嫁はダメだっての」 (グリグリグリ) 「ンぎゃあああそこ折れてる! そこ折れてるから!」 「ったく」 「ティアラはしばらくケンカできないわね」 「雑魚チームの勧誘が難しくなる……。江乃死魔再興が遅れそうっすね」 「なに言ってんだい。俺っちはいつでもイケるっての」 (ぐりぐり) 「ぎゃああああん!」 「いいから大人しくしてなさい」 「アンタしばらく私のストレス発散用品だから」 「ひええ」 「ところで辻堂センパイ、大丈夫なんすか?昼は引いてくれましたけど」 「確かにキレたまんまだったっての。いまあっちから来られたらヤバいぜぃ恋奈様」 「……辻堂が自分からケンカ売りにくることはないと思うけど」 「任せてれんにゃ!誰が来ようとあたしが蹴散らしてやるシ!」 「もう治ったの?」 「うう……まだ身体がダルいシ」 「どんだけ回復遅いんすか」 「そもそも今日はどうやって切り抜けたんです?辻堂センパイがキレたにしちゃ被害が少ないすけど」 「あいつが止めたのよ。長谷大」 「元カレのせいで熱が冷めたみたい。辻堂も結構気分屋だからね」 「ふーん」 「……」 「ねーねーれんにゃ」 「うん?」 「あいつをうちに引っ張り込めば辻堂払いにちょうどいいんじゃない?」 「え……」 「なるほど! ハナあったまいいっての!」 「へへへー、江乃死魔の知将たぁあたしのことだシ」 「あいつをうちに? うーん……」 (確かに辻堂を牽制するのに、腰越以外では一番かも) (うかつに触るとまたブチギレそうだけど、長谷自身がうちに協力するなら……) (でも) 「あいつと関わるとロクなことがないからなぁ」 「あ、れんにゃ、それ」 「うん?」 「手の絆創膏、はがれかけてるよ」 「ン……ああ」 「……」 「どうすっかな」 ン……。 なんだろ、いいニオイ。 あったかくて、柔らかくて。 「あ……」 また姉ちゃんか。 ったく、勝手に入ってくるなって言ってるのに。 ……でも温かい。 雨が降ってるらしい。ちょっと寒くて、その分温かいのが気持ちいい。 ――ぎゅ〜。 「ンン……」 ……ん? 抱きしめると、胸のあたりに強烈な反発があった。 なんだこれ?デカい柔らかさが2つ。 ――ふにふに。 「っ……ぁはん」 おっぱい……っぽいけど、デカすぎる。 おしりか? なんでこんなところに。 ――むにゅむにゅ。 「なに揉んでんだよ」 「うわ?!」 「くぁあ……ベッドの寝心地はいいけどセクハラされんのが厄介だな」 ま、マキさんだったのか。乳圧がいつもよりすごいはずだ。 「なにしてんすか人のベッドで」 「小屋が雨漏りしててさ。眠れねーから雨宿りに」 「セクハラの分は宿賃てことでチャラにしてやるよ。寝ぼけてのことだし」 「な、なんかすいません」 「……」 「寝ぼけてたんだよな?すげー的確に揉んできたけど」 「寝ぼけたんです!」 「そか」 「……夜中のアレも?寝ぼけたにしちゃ舐め方が手慣れてたけど」 「舐めっ!?」 お、俺なにした? 「まーいいや。ふぁあ」 「帰るわ。またな」 「あ、傘とか」 「いらね。でも夜も降ってたらまた寄るかも」 「宿賃2日分くらいは払ったはずだし」 「う……」 微妙なことを残して去って行った。 朝から顔が熱い。 ふわふわした気分で朝食の準備。 コーヒーを淹れた。 ……あ、モカの豆が切れかけてる。 「おはよー」 「おはよう」 「今朝は冷えるわねー。ヒロのベッド行けばよかった」 「ははは」 来なくてよかった。大騒ぎになるところだ。 「ごはんできてるよ」 「いただきまーっす」 雨の日は登校がちょっと億劫になる。 「おはよーぅ」 「おっすヒロシ」 「はよん」 「おはよう」 「……はぁ」 「どうかした?」 「心に雨が降っているんだ」 「詩的だな」 「嗚呼……僕としたことが、こんなにも誰かに心を奪われるだなんて」 「また誰か好きになったの?」 「坂東が恋……マジかよ」 「ヴァンは結構惚れっぽいよ」 個性的な人ならかなりの確率で一目ぼれする。 前に好きになったのは異様に鼻がデカい先輩だっけ。いやそのあと公園で遊んでた5歳くらいのアフロの子にも惚れてたような。 「許されない相手に心を奪われた」 「フッ、迂闊にも心の鍵をかけ忘れたようだ」 「恋に夢見る人魚姫じゃあるまいし……。泡になって消えてしまいたい気分だよ」 「酔ってるタイ?」 「ヴァンは恋するほどカッコよくなるんだ」 「神よ……あなたが罰するべきは、心に鍵をかけ忘れた僕か、それとも一目ですべてを盗んでいった彼女か」 「否、彼女に罪があるというのなら」 「その罰は僕がうけよう」 「これカッコいいか?」 「坂東君……」(ドキドキ) 「いつもよりステキ……」(ドキドキ) 「イケメンて死ねばいいのに」 「同感タイ」 「まあ細かいことはまだ聞かないよ」 「協力が欲しいときはいつでも言って」 「助かる。いずれ相談するかもしれない」 席についた。 「嗚呼……! 悩ましいよ、今日の空のように」 「「カッコいい……!」」 (……カッコいい) 今日も平和だ。 あ、 「ン……」 「……」 「お、おはよ」 「……」 「……おう」 「……」 うーん。 辻堂さんとの距離感、今後はもうこんな感じになるのかな。 前までに戻っただけなんだけど。 ・・・・・ 荒れた天候とは裏腹に、その日は1日平和だった。 まあ片瀬さんたちも連日では来ないわな。 ヴァンはまだ悶々としてるようなので1人で帰ることに。 雨はそんなに強くないけど、一向にやむ気配がなかった。 この国道、歩道がちょっと狭いんだよな。 雨の日は気を付けないと。 っと、 「あ、来た」 「やあ」 最近よく会う子が。 「フン――待ってたわ長谷大」 「今日はあんたに耳よりな話を持ってきたの」 「?」 「この江乃死魔リーダー片瀬恋奈の特権により――」 「アンタを江乃死魔の雑魚に迎えてあげるわ!」 「ふー」 ちょっと濡れちゃった。 「話を聞けーーーーーー!」 びっくりした。 「なに、大声だして」 「シカトこいてんじゃねーよ!」 「別にシカトはしてないよ。話があるなら中のほうがいいでしょ」 「ぐ……」 「正論言うんじゃねぇ!」 「痛い!」 「あーもー忘れてた。アンタと話すとこうなるから嫌なのよ」 「なんなの急に」 理不尽に殴られるわ、罵倒されるわ。 「もういい!聞きなさい、アンタは栄えある江乃死魔の――」 「そうだ、昨日の傷」 「ふわ」 手を取る。 絆創膏を貼ったとこ、もう治ってた。 「早いね」 「……タフさには自信あるのよ」 バシッと振り払うように離れた。 「そして……今日は耳寄りな情報を持ってきたわ」 「アンタはこのタフなリーダーが統べる湘南一タフなグループ、江乃死魔の一員になる権利を」 「座ってて。いま飲み物いれるから」 「ほんとヤダこいつ」 「コーヒー飲める?」 「いらねーわよ!」 「あれ。苦いのダメな人?」 「そうじゃなくて! あーもー!」 頭をぐしゃぐしゃしてる。 昨日は普通だったのに、今日は荒れてるな。なんでだろ。 「ほんっとペース狂うわ」 「???」 「とにかく寛いでてよ。苦いのダメならジュースでいいかな」 ジンジャーがあったはず。 「ぐぬ……」 「ダメなんて言ってないでしょ。コーヒーでいいわよ」 「そう?」 よく分からないが、今日は温かいものがいいだろう。コーヒーを2人分用意する。 片瀬さんお嬢様だから、ブルマンにするか。 「あ」 「なに?」 「いや、豆が切れてたなって」 といってもモカだけなので問題ないけど。 「豆から挽くの?」 「趣味なんだ」 ミルを回す。 「手挽きなんだ」 「これも趣味」 朝は面倒だから電動のを使うけど。 がーりがーり。 「なんで得意げなの?」 「? どこが?」 あとはドリップ。淹れ方にもちょっとコツがある。 「〜」 「……」 「なんで得意げなの?」 「? そんな顔してた?」 「すーごいドヤ顔」 意識してなかった。 「まあいいや。はい、できました」 テーブルに持っていく。 「ンじゃあ……いただきます」 「どうぞ」 俺も一口。 うん、いい出来だ。 「……にが」 「……」 「あ、いや」 「はは。いいよ、はい砂糖とミルク」 「い、いらねーわよ」 顔をしかめながらも口に運ぶ片瀬さん。 そんな苦がるよりは、甘くして楽しく飲んでほしいんだけどな。 「にが」 「くない。フツーよこれくらい」 黙っとくか。 ・・・・・ 「ごちそうさま」 「お粗末様です」 「いかがでしたか?」 「まあまあだったわ。なんていうか、するって飲めて」 「淹れたてだからね。雑味がないんだ」 「あとアロマは抜群ね。いい香りだった」 「なによりです」 「いい豆だし、焙煎してくれる店がいいんだ」 「ふーん」 「……」 「なにその顔」 「淹れた人の腕もいい。とか言ってほしいわけ?」 「うん」 「はいはい。まあいいんじゃない。インスタントよりは美味しかったわけだし」 微妙だな。 「はふぅ……」 背もたれに体重を預ける彼女。 さっきまでカリカリしてたのがリラックスしたようで。 この態度をコーヒーの感想と思っておこう。 俺ものーんびり。 窓から来る風の涼しさがコーヒーの温かさと相まってのんびりした空気を作ってる。 はー。 「はー」 まったり。 とくに共通の話題も思いつかないし、ただ時間をつぶした。 っと。 「ごめん。電話」 席を立つ。 「もしもし長谷です。……ああ父さん」 「なに? うん、……変な大阪弁使わないで。京都弁? 知らないよ」 「この前のことね。うん。分かった」 「いまお客さんが来てるから。じゃ」 切った。 「父親?」 「うん。この前一緒に撮った写真のこと」 「よく出来ました。ご褒美にたこ焼きのもと送るって」 「なんでたこ焼き?」 「分かんない。あっちに住み始めてから妙に勧めてくるんだ」 「なんちゃって関西人丸出しね」 「ノリのよさはあっちでも通じる人たちだよ」 「ふーん」 「片瀬さんもご協力いただいて。ありがとうございます」 「どういたしまして」 「好き勝手させてもらうには、こっちも色々と譲歩しなきゃいけないのよ」 つんと口をとがらせる。 仕事の話は気に入らなかったようだ。 空気が気まずくなる前に、窓の外へ目をやった。 「雨、やまないね」 「そうね」 彼女も同じく窓のほうを見る。 空はそんなに暗くないんだけど、雨はちっともやまない。 「梅雨とはいえうっとうしいわ。スケジュールが狂うし」 「野外活動でもするの?」 「雨の日に活動する不良グループって少ないから、勧誘しに行きにくいのよ」 「なるほど」 こういう子だったな。 「俺は雨、好きだよ」 「なんで?」 「稲村には雨が似合う」 「年寄りくさいやつ」 「ひどいな」 「ま、分からなくはないけど」 「江ノ島も雨が似合うわ。外から見ると特に」 「ああ、わかるかも」 灼熱の地域である湘南が、雨が降っても絵になるから面白いもんだ。 「それに……雨が降るのは困るけど雨そのものは嫌いじゃないわね」 「雨音って優しくて、涼しくて、温かいの」 「……」 可愛いこと言う子だ。 でも同感かも。 雨音は優しくて、そして……。 ・・・・・ 「……」 「なに?」 「あ、いや」 「なによ。また辛気臭い顔してたけど」 「また泣きたくなったとか?」 「うっさいな」 図星だからやめてくれ。 ……あ、でも。 「俺も雨音は好きだなーって思ってただけ」 雨には、いい思い出ばかりじゃないけど。 「片瀬さんが優しい子だって知ったのも、こんな雨の日だったからね」 「な……ッ!」 「だ、誰が優しいってのよ!」 「俺がフラれた日に、優しく慰めてくれた子」 「彼女のおかげですっかり立ち直れました」 「なう……なっ、なに言ってんのバカじゃない!?バカ! ぶぁーか!」 「こっちはあのあとビービー女々しいアンタを肴に大笑いしてやってたんだから」 「帰ったあとも俺のこと思い出してたの」 「はあ!? そ、そんなわけないでしょ!一切記憶になかったわよ! 記憶喪失よ!」 面白いなこの子。 「まあまあ、落ち着いて」 「ぐぐぐ……こんニャロー……」 「もういい! 帰る!」 「あれ、もう?」 「うっさい死ね!」 「コーヒーごちそう様!」 怒って出て行ってしまった。 んーむ、扱いの難しい子だ。 嫌いじゃないけど。 「忘れてた!」 「はい?」 戻ってきた。 「なにコーヒーだけ淹れて帰してんのよ。バカじゃない!?私が来た理由とか聞きなさいよ!」 「遊びに来たんじゃないの?」 「ンなわけねーだろ!」 「そうなんだ」 「誰が好きこのんで辻堂の元カレの家なんか来るか!」 「いい?私が今日来たのは、アンタに……」 「片瀬さん」 「なに」 「俺は確かに辻堂さんの元カレだけど、片瀬さんとも仲良くしたいと思ってる」 「気が向いたらいつでも遊びに来てね」 「はい」 「よかった」 「……」 「で、なに?」 「えと」 「……」 「がああ〜〜〜〜〜ほんっと間が悪いわねアンタ!」 ま? 「私ら相性ってやつが最悪だと思うわ」 「そうかなぁ」 確かに俺と話すと、彼女よくイライラしてるけど。 「俺は片瀬さんといると楽しいから、むしろ相性いいように思えるんだけど」 「なっ!?」 「辻堂さんやヴァンや……クラスのみんなの次くらいに、だけど」 「それはアンタの基準がユルいだけでしょっ!」 なるほど。 「ああもういい。アンタと話してると疲れる」 「用件は1つだけよ。アンタは今後、江乃死魔の傘下に入ってもらうわ」 「は?」 「この片瀬恋奈が統べる江乃死魔に、アンタの入隊を許可してあげるって言ってんの!」 「はぁ……やっと言えた」 「感謝しなさいよね!」 一方的にまくし立てられる。 でも、なんだって?俺が片瀬さんたちのグループに? 「おっと。といってもはいはい言って入るとは思ってないわ。アンタ、辻堂派だもんね」 「うん」 それ以前に俺は不良ですらない。不良グループなんて入るわけない。 「でもそっちの意見は聞いてないの」 「必要があるからこそこの私がわざわざ出向いたのよ。でなきゃこんな仕事、三下にやらせるわ」 「アンタに拒否権はないの。アンタは今日から、江乃死魔の一員なのよ!」 ズビシと指さされた。 えーっと。 なのよ!って言われても、『はいそうですか』と答えるわけにはいかない。 「なんで?」 まずこの点がわからない。 なんで俺を誘う? 「べ、別に理由はないわ」 「ただ辻堂のことが……その」 言いにくそうにもごもごする。 辻堂さんのことが……何? 「……」 ……あ、もしかして。 「た、たいした理由じゃないって。別にアンタが必要とかじゃないから」 「ただあの、念には念をというか。いま辻堂にこられると……、その……」 「片瀬さん」 「はいっ?」 「ありがとう」 「……なにが?」 「俺のこと、元気づけようとしてくれてるんだね」 「は?」 「辻堂さんにフラれて元気ない俺を励ますために、仲の良いみんなの輪に入れてくれるってことだろ?」 「あはは、片瀬さんはホントに優しいな」 「はあ!?」 「ちょ、なにそれ!?どこをどうワープしてそういう結論が出たのよ!」 ワープもなにも、それ以外に理由が思いつかない。 いい人だなぁ片瀬さん。 「やめろその生温かい目!」 「私は湘南一の不良なんだからね!優しいわけないでしょ!」 「はは。怒る仕草もツンデレに見えてきた」 「誰がツンデレだ!ツン通りこしてキレてんのよ私は!」 「あーもームカつく! やっぱダメだわアンタ。その人類みな兄弟みたいな思考回路大っ嫌い!」 「ひどいな」 「フン! もう帰る」 「まだ雨降ってるよ」 「うっさいうっさい!なにさ良い子ぶっちゃって、偽善的ィ!」 「ヘドが出るわ!」 元祖ツンデレっ子みたいなこと言って去って行った。 なんで怒ったんだろ?よく分からない。 まあいっか。 片瀬さんと過ごせて楽しいひと時だった。 さっきも言ったけど、彼女といると楽しいな。 ヴァンと一緒くらい? ……辻堂さんと一緒くらい。 ・・・・・ 「アイツ大っ嫌い!」 「……」 「でもアイツを入れないと江乃死魔がヤバいのよね……」 「ちっくしょーもーっ!」 ・・・・・ 「そうだ」 「なに?」 「いや、切れた豆補充しないとなーって」 「ふーん」 「さっき言ってた、焙煎してくれる店ってのに行くわけ?」 「うん。商店街にある」 「ふーん」 ん? ・・・・・ 「雨、ちょっと強いね」 「急ぎましょ。濡れるのは好きじゃないわ」 焙煎するとこを見たい。だそうで、一緒に行くことになった。 いまから行くとこはこまめにロースターを回すんで運がよければ見られるかも。 「〜♪」 楽しそうだ。 「コーヒーを焼いてるところ、見たことないの?」 「生ではないわ。映画とかならあるけど」 「どんな感じなの?」 「んー、どうって言われても」 網のついたやつを火のうえでぐるぐる回してるだけだ。 「なんかポップコーンみたいな音するわよね」 「ああ、たまに爆ぜるよ。原理はポップコーンと一緒だからね」 「楽しみ〜」 ウキウキしてるらしい。足取りが弾んでる。 可愛いなこの子。 が――。 店ののぼりに赤いマークがついてるのを見ると急に片瀬さんのテンションが落ちた。 「入らないの?」 「外で見てるからいい。行ってきて」 「?」 よく分からないが足を止める。 まあこの店はガラス張りで、外からでも中のことは見えるようになってるけど。 まあいいや。適当に済ませよう。 1人で店に入る。 この店は少量ずつ焼いて、雑味をとったものからさっさと売りに出すシステムになってる。 1時間前に焼いたものがたくさんあったのでそれを売ってもらう。 と――包んでもらってるとき、 店主が窓から覗いてる片瀬さんに気づき、店の中があわただしくなった。 店主はもちろん、普段掃除しかしてない奥さんまで出てきて、一緒に外へ。 片瀬さんと何事か話し出した。 片瀬さんは愛想よく応対してたけど。 店主が引っ込むとき、『やれやれ』って顔したのを俺は見逃さなかった。 ・・・・・ 「ひょっとしてあの店」 「そ。うちの経営」 こんなとこまで片瀬の影響力が。 「ほんっと鬱陶しいわ」 「なんで?」 「行ったこともない店の知らないおっさんが自分の顔知ってて、あいさつに来る気分考えてみなさいよ」 「なるほど」 たしかにちょい微妙かも。 行きとはちがってイライラ気味の彼女。 「片瀬さんってアレなの?お嬢様扱いとか嫌いなタイプ?」 「好きじゃないわ」 「でもこの前はお嬢様なのひけらかしてたのに」 「アレはアンタのびっくり顔が面白かっただけ」 「それに別にお嬢様なのがイヤってわけじゃないわよ。生まれたときからみんなチヤホヤしてくれるんだもの。これで文句言うなんて世間知らずのアマちゃんよ」 「でも鬱陶しいと思うのは仕方ないでしょ」 「まあね」 本人的にはドライに受け止めてるんだろう。 自分がお嬢様であることに反目はしない。 だから立場はめいっぱい利用する。警察に圧力かけたり、自慢話に使ったり。 でもその分、お嬢様としてのふるまいも忘れない。 声をかけられれば笑顔で応対したり、嫌な相手の両親との仕事もちゃんと応じたり。 ヤンキーとしてはめちゃくちゃするくせに、お嬢様としての筋は通してるわけか。 変な子。 「まあとにかく、焙煎はうちで見せるから気ぃ直して」 「え、アンタんちでできるの」 「うん」 手間がかかるし、俺じゃ下手だからあんまりしないが、一通りの器具は揃えているのだ。 一つまみってとこだけど、実演には充分な量の生豆ももらってきた。 窓越しじゃローストの醍醐味は味わえないからな。豆がパチって跳ねるのとか、だんだんといい匂いが立ち上ってくる感じとか。 「へー」 嬉しそうにしてる片瀬さん。 「お店の人がやるのほど上手じゃないし、味は保証できないけどね」 「いいわよ」 「あの店主、片瀬にビビッてたっぽいから。私が見てたらそれだけで失敗してたわ」 「かな」 さすがにないとは思うけど、でも店主さんがビビってたのは事実だ。 「お嬢様も大変だね」 「まったくよ。籠の鳥とかいうけど、実際自由がないのは籠の外での生活のほうだわ」 「つーわけでアンタもお嬢様扱いすんじゃないわよ」 「うん」 「……て言わなくてもまったくして来ないわね。ちょっとは媚びなさいよ。お嬢様なのよ」 「どっちやねん」 「ビビれってこと!私、お嬢の前に湘南最強のヤンキーなんだからね!」 「あはは、湘南最強でも、仲良くなった相手にビビるのはおかしいじゃない」 「いつの間に仲良くなったってのよ」 「ったく、湘南どころか全県連でもいまや神奈川の頭と見られてるこの江乃死魔リーダーを」 「江乃死魔……」 「あ!忘れてた!」 「なに急に」 びっくりした。 「ここに来た理由を忘れてたのよ!」 「え……忘れちゃったの?コーヒー豆を買いにきたんだよ」 「そっちじゃない!」 「バカがコーヒーなんて出すから完全に話題がそれたじゃない」 「バカはひどいな」 こっちは善意で出したのに。 「まあ美味しかったからいいけど」 「美味しかった!?」 さっきは引き出せなかったお褒めの言葉が。 「が……ッ!べ、別に、悪くないって程度よ」 「まあその、目の前で淹れられるのは珍しかったし。このあとロースト仕立てのも淹れてくれるんでしょ。そっちも試してはみるけど……」 「……」 「だあああああ! 話そらすな!」 スルーできない片瀬さんにも問題あると思う。 「いい長谷大。よく聞きなさい」 バッと堤防の上に飛び乗る彼女。 傘を置いて、 「アンタの身はこれから江乃死魔が。ひいては江乃死魔リーダー片瀬恋奈があずかるわ!」 「はい?」 「アンタは今後、江乃死魔の一員になるの」 「拒否権はないわ。ホントは拉致って監禁するとこだけど、最低限の人権を認め、入隊ってことにしてあげる」 「えっと……はい?」 よく分からないんだが。 片瀬さんはフッとクールに笑い、 「もちろんすぐ首を縦にふるとは思ってないわ。でもね、アンタの意見はどうでもいいのよ」 「アンタはもう――」 ビシッと指さしてくる。 「私のものよ!」 ――ブッブー! ――バシャッ! 「片瀬さん!?」 傘もなくカッコつけてるから、通りかかった車の跳ねた水が直撃した。 「ぷぁあっ。つめた。いつっ、目に入った」 「あああ……大丈夫?」 ・・・・・ 「姉ちゃんの服ここに置くから」 『……どーも』 ひどいことになっちゃったんで、うちに戻り、シャワーを浴びてもらうことにした。 服も洗濯中。乾燥機まで含めて3〜40分てとこだろう。 「じゃ、なにかあったら呼んで」 『うん』 ムッとした感じの声を背に、リビングへ戻る。 この間にコーヒー焙煎道具を出しておこう。カチャカチャ。 「……」 しかし、変なことになった。 扱いの難しいお嬢様にシャワーを貸すってだけでも変な状況ではあるが。 その前に彼女が言ってたこと……。 俺に江乃死魔に入れ? できるわけがない。辻堂さんの敵対チームに。 そもそも俺は不良じゃない。よい子さんからも関わるなって言われてるし……。 でも片瀬さんのチームに入るってことは、片瀬さんともっとお近づきになれるってことで……。 「……」 ふむ。 「ダイ〜、お風呂貸して〜」 「マキさん。……うわ、ずぶ濡れじゃないですか」 「べたべたして気持ち悪い」 「なにがあったんです」 「雨のせいでひでー目にあった」 「学園の帰り道さ。傘がないから木の下とか選んで濡れないように帰ってきてたの」 「ところが近くまで来たところで」 「ヒーハー! いい女じゃないの!」 「俺たちと付き合わなーい!?」 「うるせぇ」 ――ゴゴッ! 「あれー」 ――どぼーん! 「ってアホそうなのを海に叩き込んだんだけど。そのとき」 「つめてっ!」 「油断したら電線からでっかい雨粒が落ちてきて背中に入ったの」 「したらもう濡れないように歩いてるのがばかばかしくなってさ」 「目の前には海があるわけじゃん」 「アイキャンフラーイ!」 ――どぼーんっ! 「って」 「飛び込んだ意味が分からない」 「なんかノリで」 「雨関係ないじゃないですか」 「入った瞬間後悔したよ。とにかくお風呂〜」 「あの、いいんですけど。いま先客がいまして」 「姉ちゃん?」 「いえ、あの」 『長谷ー! シャンプー借りていいー?』 「はーい。ピンクが女用ですー」 「……恋奈?」 「はい」 「ちょっ、お前マジかよ!辻堂ときれて1週間もなしに今度はあっち?!」 「ちがうちがう!」 「こっちは本当に雨の妖精さんにイタズラされたんで、身体流してもらってるだけです」 「なんだよ。はービックリした」 「まあいいや。恋奈なら問題ねーし、私もパパッと入ってくるわ」 「え?!」 止める間もなく風呂へ行ってしまうマキさん。 「ちょっ、マキさん、あっちがOKかも聞かないと」 あとを追ったが。 「ほいこれ、洗っといて」 「うわ!?」 マキさんはもう脱いだあとで、温かく濡れた服を渡されてしまった。 固まってる間に入って行ってしまう。 おいおい……。 ・・・・・ 「ふー」 「髪に砂ぁ入っちゃった。面倒ね」 「なんっか長谷と絡むとこうなるのよね。ムカつく」 「……」 「まああいつが悪いわけじゃないんだけど」 「お邪魔しまーす」 「はわああああ!?」 「よーっす。久しぶり」 「み、皆殺し!? なんでここに!」 「私もシャワー借りたの。ほら詰めろよ」 「しゃわ……う、うん」 「ふぃ〜、気持ちい〜」 「……」 「アンタ……長谷とどういう関係なのよ」 「さーな。自分でもよく分かんね」 「ひとつ言えるのは、この家は気に入ってるってこと」 「ここでケンカする気はねーよ。仲良くやろうぜ」 「う……」 「い、いいわよ。私もう出るから」 「あん?なんだよ、ダイに私が追い出したって思われるじゃん」 「そこどいて。出れないじゃない」 「仲良くやろうっつってんだろ」 「一緒に入れ。でなきゃ殺す」 「っ……仲良くはどこいったのよ」 「怒るなって。ほらお嬢様、背中流してやるから」 「お嬢様言うな」 (そわそわ) 心配だ。 片瀬さんはともかく、マキさんが何するか心配だ。 あの2人は湘南最悪の一角。三大天の2人なんだぞ。 おかしなことにならなきゃいいけど。 「そーれあわあわ〜」 「はぁ……」 「ははっ、洗いっこって楽しいよなー。誰かと風呂入るの好き」 「あとで私の背中も流せよ」 「はあ? なんでそんなこと」 「なんだよ、自分だけシテもらって逃げんのかよ」 「そっちが無理やりやってるんだろうが」 「チッ、わがまま。これだからお嬢は」 「……」 「まーいいや。あとでダイに洗ってもらお」 「なっ!」 「……」 「ホント分かんないんだけど。アンタと長谷ってどうなってんのよ」 「どうもなってねーよ。ダチ、兼、頼れるパトロン」 「つーかそっちこそ分からん。なんでお前がここにいるわけ?」 「別に。江乃死魔のためよ」 「は?」 「しま……っ」 「……なるほど。ダイを勧誘しようって?辻堂対策にゃいい手札だけど」 「チッ……相変わらずバカっぽいくせに勘がいいわね」 「邪魔しないわよね」 「べつに。ダイの自由だろそんなもん」 「お前が嫌がるなら、力ずくで止めるのも一興だけど」 「……」 「最初は『勝手にしろ』とか言うくせに、あとで暴力ちらつかせてやめさせようとする」 「誰かさんが本気で嫌がってるときの癖ね」 「……」 「最後はダイの自由だよ」 「あいつをブッ飛ばさなきゃならない日が来るのは正直避けたいけど」 「アンタ相手の抑止力にもなるのか。ますます欲しいわね、あのバカ」 「……」 「いいかお嬢。不良やってて抑止力だのなんだのすっとぼけたこと抜かしてんじゃねーぞ」 「自分以外はみんな敵。1人仲間を作れば3人の敵ができる。それが私らの絶対的なルールだ」 「敵になっちまえば、抑止力なんて戯言、効果があると思うなよ」 「……フン」 「……」 「……」 「まーそもそも、ダイが話に乗るとは思えねーけどな」 「誰かさんは男を誘うにゃ、ちょっとばかし容量不足な部分があるし」 「にゃっ!?コラァどこ触ってんだ!」 「〜♪さわり心地はまあまあだけど、厚みが足りねーな」 「んがっ、ちょ、てめ」 「あれ? 動けない……、あああなんつーバカ力」 「暴れんなよぅ。洗いっこって言ってんじゃん」 「ぎゃー放せぇぇえええっ!」 「はっ!?」 『はーーなーーーせぇーーーーー!』 片瀬さんの悲鳴! やはり始まってしまったのか。三大天の戦いが。 とにかく片瀬さんを守らなくては。 「マキさん! マキさん聞こえる!? なにしてるの」 風呂のドアに向けて叫ぶ。 『別に。身体洗ってるだけ』 『うわっ、いてっ! つまむな!』 「片瀬さん痛がってるじゃないか。乱暴なことしてるでしょ」 『してねーよ』 『放せくるぁああああああーーーーーー!』 「してるじゃないか!」 「いいマキさん。片瀬さんに乱暴するなら俺怒るよ」 バンとドアを叩いた――。 ――キィイ……。 『してねーって……』 「あ」 「あ」 「へ?」 「……」 風呂というのは密閉されているので、換気されてないとドアを閉めるとき空気圧が生じる。 ちゃんとカチって音がするまで閉めなきゃダメだぞ。 「ダメだぞ」 「……」 「……」 その後俺はたんこぶだらけで湯船に沈んでるところを姉ちゃんに発見された。 命が助かっただけましとしよう。 ・・・・・ ・・・・・ 「がはっ!」 「……」 「うが……お、俺のナイフが通じない。届きもしないなんて」 「弱い」 「声シブ」 「勝負は我の勝ち。賭けた金額はいただいていく」 「ううう……」 「やはりこの町で我が力は磨けぬ。KAWAKAMIは何処に……」 prrrrrr。prrrrrr。 「む……もしもし」 「はい。……江乃死魔はしばらく動けぬ、と」 「……」 「了解した」 「本日をもって――『暴走王国』、活動を再開します」 「おはよー」 「おはようございます」 「嗚呼……! 愛しの彼女は何処へ……!」 「まだ患ってるんだ」 「悩ましいよ。恋の病に特効薬はないものか」 「長谷君、なんとかしてくれタイ」 「神よ……あの天使を世に遣わしたのは僕への試練なのか……!」 「は、鼻血出そう」 「カメラカメラ……」 「……ゴクリ」 「クラス中の女子がおかしいんだよ」 「ヴァンは感極まると変なフェロモンだすからね」 こっちも大変そうだ。 でも俺だって困ったことを抱えてる。 片瀬さんに誘われた、江乃死魔のこと。 いやもちろん応じるつもりはない。俺は不良じゃないし、 「あ」 「おはよ、辻堂さん」 「ン……おう」 辻堂さんと敵対してる人たちだからな。俺とは合わない。 「……」 でも、ちょっと気になるのも確かだった。 片瀬さんのグループ……江乃死魔。 そもそもなんで急に誘ってきたんだろ? いや誘われたというか、入れって命令してきたというか。 切羽詰ってた感じ。 なんでだろ? 気になる……。 ・・・・・ 「胸が……苦しい」 「大丈夫ですか」 「助けてくれ委員長……医者を呼んでくれ」 「胸がはち切れそうなんだ」 「ハァハァ」 (パシャッ パシャッ)←カメラ 「ゴメンなさい。私、もう誰かの恋のお手伝いはしないと決めたんです」 そんなこんなで放課後。 「嗚呼……!」 「長いないい加減」 「すまない」 「もう帰れる?」 「ン……今日は別にしよう」 「そう。分かった」 「1人で海でも眺めたい気分なんだ」 行っちゃった。 俺も帰ろう。1人で教室を出る。 しかしヴァンが好きな子って誰なんだろ? 俺の知ってる子だったら協力したいのに……。 「おおっと。やっと来たっての」 「ビックリした」 「一条さん。また忍び込んだの?」 「おうよ。この学園セキュリティ甘くて助かるっての」 「先生に見つかると面倒だよ」 「怪我は?」 「ちっと痛むけど平気だっての」 胸を張ってみせる。 生命力強そうだし、大丈夫そうだ。 「でもお大事にね」 「で、俺に用事?」 「昨日恋奈様から聞いてるだろ?」 「今日江乃死魔の集会があんだ。で、お前さんにも出てもらおうと思って。迎えに来たっての」 「俺、江乃死魔に入る気はないよ」 「おう、そう言うだろうってのも聞いてるっての。だから俺っちが来たのさ」 力ずくか。 「さあ行くぜぃ。なに、まずは話を聞いてもらうだけだっての」 「もっとも入隊しなきゃ帰さねぇけどな。ケケケケ」 「本音が漏れてるじゃないですか」 今日はとくに用事ないけど……。 「でも江乃死魔に入る気はないですから。遠慮します」 避けていこうとする。 「おっとぉ! 逃がさねーっての!」 「言っとくけど俺っちが来たのは説得のためじゃねえ。力ずくでも……」 「ひいっ!?」 「おお……! 愛しのモルモット1号じゃないか。探しに行こうと思っていたのにそっちから来るなんて運がいい」 「来てくれ。試したい薬が7098種ほどあるんだ」 「しし死ぬ量だっての!」 「死んでも生き返る薬がある」 行っちゃった。 助かった、かな。 さっさと帰ろう。 「誰あの子」 「校門にめちゃ可愛い子がいるタイ」 「へ?」 「どもーっす」 「君か」 「ひ、ヒロシの友達?」 「紹介してほしいタイ」 「いや友達ってほどでもないんだけど」 「ひどい!センパイ、自分のこと他人だって言うんすか」 知り合いって程度じゃん。 「自分はあの夜のこと忘れたことなんてなかったっすよ。縛りプレイなんて初めてだったっす」 「縛り!?」 俺も縛られたのは初めてだったよ。 「あんな荒っぽいことされたのも初めて」 「荒っぽい?!」 荒っぽいことしたのは辻堂さんとマキさんで。 「ぐぐ……坂東といいどいつもこいつも」 「もう行くタイ。100円レンタルDVDでAV祭りタイ」 みんな行ってしまう。 「頼むよ乾さん。誤解されたじゃん」 「にゃはは、人払いにゃちょうどいいじゃないすか」 「ティアラセンパイと会わなかったっすか?迎えに行ったはずなんすけど」 「会ったよ」 この子も用件は同じっぽいな。 「あっちにも言ったけど、俺は集会に行く気ないから」 「えー、でも縛ってでも連れて来いって言われてるんすよね」 「2度目の縛りプレイ、イッちゃいます?」 ぐいっと距離を詰められる。 「あ、縛るもんがねーや」 「ねーねーセンパイ。一緒に来てくださいよ。自分が恋奈様に叱られるんすよぅ」 う……。露骨なぶりっこ攻撃。 男の弱いところを知ってるなこの子。 「来てくれたら……。マジ縛りプレイしてもいいっすよ」 「もちろん自分が縛られる側で」 「な!」 こ、この体に縄を……?! 「あ、揺れてる。案外チョロいんすねセンパイ」 「ねーセンパーイ。一緒にイこ? ね?」 顔も寄せてきて、吐息を耳にかけてきた。 い、行っちゃおっかな……。 (ビクッ!) 「?」 「いたたたお腹痛い。すんませんセンパイ失礼します」 行っちゃった。 なんだったんだ? 「……」 「辻堂さん」 「……」 「なんで江乃死魔に絡まれてる?」 「え……い、いや、なんでもないよ」 俺が江乃死魔に勧誘されてること、彼女が知ったら少なからずいい気しないだろう。黙っておく。 「そか」 辻堂さんはとくに気にせず行ってしまった。 理由はどうあれ、俺のこと気にかけてくれてるんだな。 嬉しく思いながら俺も帰る。 また誰か出てきそうだ。速足気味に家へ。 げっ。 「……」 「……」 「……」 行っちゃった。 気づかれなかったのかな? 助かった。 速足で立ち去る。 ・・・・・ prrrrrr。prrrrrr。 「もしもし」 『梓っす。長谷センパイそっち行きました?』 「来ていない。そっちに行くはずだ、しっかり探せ」 『ういっす』 ふー。やっと家だ。 見張ってるっぽいワルそうなのを避けて来たらすごい遠回りになってしまった。 もう空が暗くなりかかってる。さっさと帰ろう。 「おおーっと! ここは通さねーシ!」 「最後は君か」 「ハッハー! ここまで来たってことはティアラたちはかいくぐったってこと?なかなかやるシ」 「でももう逃げられねーぜ。この神奈川の絡みつく忍冬と呼ばれた捕縛のハニーサックルに見つかったからにゃあ」 「覚悟するシ!」 「もう暗いから帰りなさい」(なでなで) 「にゅあっ、撫でるな」 「長いこと待ってて喉がかわいたんじゃない?今日は暑かったし」(なでなで) 「う……言われてみれば」 「はい。そこの自販機でジュースでも買って帰りな。ペットボトルも100円で買えるよ」(なでなで) 100円玉を渡す。 「おおっ! いいの?!」 「うん」 「やったー!」 「早く帰るんだよ」 ふぅ、やっと家だ。 なんとか切り抜けられたな、江乃死魔包囲網。 ゆっくりするか。 テレビをつける。 「以上、女児連れ去り未遂現場からでした」 「子供を狙った犯罪は枚挙にいとまがありません。恐ろしいですね」 「私もこの間、娘を公園で遊ばせていたらハゲ男がニヤニヤしながら見てくるんです。安心してお使いにも出せません」 「……」 「……」 「んがっ、このっ」 「くそー、上のボタンに届かねーシ」 「……」 はぁ。 ・・・・・ 「で? 20人で見張っていながら逃げられた、と」 「すいません」 「ううう……もうあの学園行きたくねーよぅ」 「情けないわねアンタたちは!」 「リョウ! 他はバカでもアンタには期待してたのに」 「視界に入らなかったんだ。仕方ない」 「ったく。アンタのことだから手を抜いたとは思わないけど」 「一刻も早くアイツを仕入れないと、辻堂がヤバいって教えたわよね」 「危機感ってものが足りないわアンタたち」 「恋奈様だって昨日失敗したっての」 「アア!?」 「す、すんません!」 「ったく」 「今からでも家に……ダメ。私が長谷のお宅に迷惑かけるとのちのち面倒になる」 「んー」 「あのぅ」 「ちょっと黙れ。いま考え事してるの」 「そうですか。じゃあ失礼します」 「ハナさん。暗くなったら出歩いちゃダメだよ」 「おう。送ってくれてサンキューだシ」 「なはは、ハナ、迷子だったんかい?」 「バカ言うなシ。あたしはいいって言ったのにそいつが送るって」 「最近物騒ですから」 「うちらが湘南の物騒代表じゃないすか」 「それもそうだ」 どっ。 笑いに包まれる江乃死魔。 さて、それじゃあ俺はお暇して……。 「待てーーーーーーーーーーッッ!」 「バレました?」 (なにやってるの) 「捕まえろ梓! ハナ! 縛れ!」 「は、はい!」 うわっ! 「ちょ、ちょっと待って!」 あわてて距離を取る。といっても後ろにも人がいて逃げられないけど。 「その前にコレ見てください」 携帯を取り出した。 俺を捕まえようとしてる人たちの元へ丸腰で来るほどバカじゃない。 出してあるのはメール画面だ。本文も打ち込んであり、 『不良に捕まった。助けて』 さらに以前、辻堂さんをおびき寄せるため使った俺が鎖でぐるぐる巻きにされてる写真も添付。 あと1ボタンで、この物騒なメールが送信される。 「俺を捕まえる気なら、警察が動きますよ」 正直頼りないが、一応作っておいた命綱だ。 が……。 「……ハッ」 「忘れたわけ? 私は警察なんて怖くないって」 だよなぁ。 げらげらと周りを取り囲む人たちも笑う。 くそう。脅しの材料にもならないか。 ならなんとか逃げ道を探して……。 「ティアラ、確保」 「あいよぉ」 「待て」 「いでっ!コラァなにすんだっての」  ? 「メールの宛先、辻堂かもしれない」 「なっ!?」 「げっ!」 へ? 宛先は姉ちゃんとヴァンだけど……。まわりが明らかに動揺した。 「そ、そんなわけないわ。そいつと辻堂はもう切れてる。助けを求めるわけない」 「だが無策で乗り込んでくるバカとも思えん」 「……」 無策で飛び込んじゃいました。 「現状の江乃死魔で辻堂の相手をするのは御免だ。こいつを敵に回すなら、俺と、俺の湘南BABYは即時脱会させてもらう」 「いいなお前ら」 「も、もちろん俺たちゃリョウさんに従います」 「どうする恋奈」 「う……」 「――」 ギロッとこっちを睨んでくる片瀬さん。 「???」 (バカ面して……そんな準備してるわけないじゃない) (でも……) 「……」 「……」 「はぁ」 「長谷大。あっち、海の家が見えるでしょ。あそこに来て」 「へ?」 「『お話』しましょう。こっちは最少限の人数。ちゃんと人目のあるところで」 「あ……う、うん」 片瀬さんが引いた。 (ほ……) 「えっと」 「聞いての通りだ。話がしたいらしい」 ひょっとして俺を助けてくれた? いやまさかな。この人、俺のこと避けてるっぽいし。 でも助かったのは事実。 「ありがとうございました」 「これに懲りたらむやみに危険に近づかないように」 「小さい子には弱いんだから」 行っちゃった。 さて……この隙に逃げるのが賢いんだろうけど。 安全な場所で片瀬さんと話をつけるか。指定された海の家へ向かった。 俺と片瀬さんの他は、4人だけついてきてあとの人たちは帰っていく。 遊泳時間外でも何軒か空いてる海の家がある。 水着の客はおらず、仕事帰りのサラリーマンとかがたくさん集まる。飲み屋みたいな営業をしてた。 酒を飲んでるお客が多い。 「私は18歳以上だけれど、お酒は20歳まで飲んではいけないものだからウーロン茶にするわ」 「俺も18歳以上だけれどお酒は20歳まで飲んではいけないものだからアイスコーヒーにしようかな」 「あたしは以下略でオレジュー」 「以下略でコーラ」 「水」 「俺っちはジョッキで生」 「ぎゃー!」 「生卵をジョッキになみなみ注いでちょうだい。全部飲ませるから」 「あとは適当にピザとかでいいっすね」 注文を済ませた。 ここなら物騒な話になっても、店員さんや他のお客さんがいるし、いざとなれば相手は少数。逃げればいい。 話し合い開始だ。 「うちに入りなさい」 「嫌です」 終了。 「すいません、お会計お願いします」 「ふざけんなコラァ!」 「だから、俺は不良じゃないんだから、不良グループには入りませんよ」 「片瀬さんだって昨日言ってたでしょ。俺がOKするとは思ってないって」 「こうも言ったわ。アンタの意思は関係ないって」 「そんなこと言われても」 俺がやる気ないのになんで誘うんだよ。 「いいじゃないすか。不良の聖地湘南にいるんだから、ちょっとだけ冒険心出してみりゃ」 「お試し感覚でやることじゃないでしょ」 「ナマ言ってっとボコるぜテメェ」 「その時は逃げるだけです」 「入れよー」 「うーん、どうしよっかなぁ」(なでなで) 「ハナにだけは態度がちがうわね」 可愛いんだもん。 「ま、こうなるのは分かってたけど」 「じっくり話し合う必要があるわね」 腰を据えてまっすぐ俺に向かう片瀬さん。 監禁しようとか言い出さないならこっちだって時間を作るのは構わない。 話を聞こう。 「あ、ピザ来た。切るっすねー」 「そもそもなんで俺を誘うんです?俺が入ったからってみなさんに得でもあるんですか」 「得がどうこうはアンタの知るところじゃないわ」 「あたしアンチョビ! アンチョビ多くとって!」 「うーい」 「変なとこが好きだっての」 「大切なのは、黙って私の言うことを聞けるかどうか」 「いいじゃない。湘南最大の勢力に属せるのよ。本来幸運なことなんだから」 「不良にとっては幸運かもしれないけど俺は不良じゃないんで」 「はいアンチョビいっぱいっす」 「やりィ!」 「……なにこれ、アンチョビは?」 「いっぱい乗ってるじゃないすか」 「これがアンチョビ? その赤いのって何ていうの」 「サラミだ」 「まあここまでのアレでだいたい想像はつきますけどね。辻堂さんへの抑止力として俺が必要、とか」 「察しがいいじゃない。頭の良い部下は好きよ」 「俺が辻堂さんと敵対してる人たちに協力するとでも?」 「ええ。そう頼んでるの」 「ねーアンチョビいらない。サラミちょうだいサラミ」 「ピザ食っててサラミ渡すバカがいるかっての」 「アンチョビも美味いぞ」 「知ってると思うけど俺と辻堂さんはもう切れてるんだ。引っ張り込んでも意味ないよ」 「でもこの前はアンタが来たことで引いたわ」 「事実アンタの存在は江乃死魔の助けになる。なら手元に置くべきじゃない?」 (もぐもぐ) 「うえ〜、アンチョビマジアンチョビ」 「なっはっは、生卵も慣れりゃ美味いっての」 (ひょいパク) 「あ! コラァ俺っちのサラミを!」 「やっぱり議論は平行線みたいだね」 「そのようね」 「返せー! 返せ俺っちのサラミー!」 「もう食っちゃったシ」 「静かに食え」 (実は自分のとこだけサラミ多めにしてるっす。切り分けた人の特権っす) 「いつもならちょっと乱暴に『勧誘』するとこだけど」 「ここでしたら騒動になるよ」 「フン……」 「ハナ! 私のサラミに触るな!」 「俺のあげるから」 「まーいいわ」 「すぐ仲間になれとは言わないけど、しばらくはこっちに付き合ってもらうわよ。呼び出したらすぐに来ること」 「……」 んー。 この辺が落としどころかな。 「分かった。ただしこっちに用事があれば断るよ」 「よろしい」 「話はまとまったわ。アンタたち、こいつは今日から江乃死魔の一員よ。仲良くしてやりなさい」 一員じゃなくて――。 まいっか。 「ども。長谷大です」 「やっと仲間だな。よろしくっての」 無理に荒立てることもない。 (無理に荒立てることもない。とか思ってるんでしょうね) (ぐずぐずしてるうちに囲い込んでやるわ) 「んじゃ改めて自己紹介しようかい」 「はい」 みんな名前くらいは知ってるけど、それだけだ。 「俺っちは一条宝冠。江乃死魔の特攻部隊隊長。つまり副隊長だ」 「特技はケンカ!言っとくけど、素手喧嘩じゃ辻堂にも負ける気ねーぜ」 「でも何度か負けて」 「うるせぇ!これまでのは全部運が悪かったんだよ!」 「いっぺん俺っちのブチかましの威力見せてやったほうがよさそうだな」 「やめなさい。店が壊れる」 「ぐぬ」 「だ、大丈夫ですよ。前に見てますから」 自販機をタックルでふっとばしてたっけ。 この体格だ。ケンカが強いのは間違いないと思う。 なぜか辻堂さんやマキさんに勝つ光景は浮かばないが。 「そしてあたしがローズ!れんにゃの直近、つまり副隊長にして神奈川の血吸い花だシ!」 「はい。ハナさんですよね」 ひざに乗せる。 「よろしくお願いします」(なでなで) 「にゅわっ、な、なぜ撫でる」 「なんとなく」(なでりなでり) かわいいなーこの子。 「ううう……はにゃせええ」 「まあまあ、リラックスしてください」 「ジュース飲みますか?」 「の、のむ……」 「ハナの扱いは分かってるみたいね。次」 「どもっす。乾梓って言いまっす。あずにゃんって呼んでください」 「どうも。乾さん」 「あずにゃんでいっすよ」 「乾さん」 「あずにゃんにしてくださいよ〜」 「昔から夢なのに誰も呼んでくんないんすよ。ギター始めたりときどきツインテにしたりいろいろ頑張ってるのに」 いやリアルにその呼び方はないだろう。 「あずにゃんにしてくれたら、自分のことぺろぺろしてもいいっすよ」 「あずにゃ……」 「……梓ちゃん」 「ちぇ」 「まーいいや。江乃死魔じゃ参謀みてーなことやってます。つまり副隊長っす」 「参謀……頭脳労働?」 「はい」 「やっぱりか」 ケンカからは常に逃げてる気がする。 「あ?!ちょっとセンパイ、自分のことケンカ弱いとか思ってねすか!?」 「い、いや別に」 ただいつも逃げてるなーと。 「むっか〜。言っときますけど、自分護身術やってるんすからね」 「でいっ!」 「ぐえ!」 絞め技かけられた。 「そぉーれそれそれ。どっすか〜。護身の応用でシメと関節はスペシャリストっすよ〜」 ――ギリギリギリ。 「ぐあぁあ」 すごいスピードで入ったうえに上手い。抜けられない。 し、しかも思いっきり密着してくるから。 ――むにゅ〜。 「あああ」 「これぞ乾流奥義、おっぱいジメ!」 「どーっすか、もうじきGの大台に乗る威力は」 な、なんて破壊力だ。力が抜けてしまう。 いかん。 オチる……。 「ストーップ。やりすぎだ梓」 「げほぉっ!」 解放された。 「んっと、まあこの通りの子よ」 「ケンカは決して弱くはないんだけど、危険そうだとすぐ逃げるヘタレなのよね」 「おかげさんで江乃死魔の不敗記録もってるんすよ」 「すごいね」 争いからなるべく逃げる。その発想はいいと思う。 「あれ。結構本気でシメたのに。回復早いっすね」 「慣れてるんだ」 姉ちゃんの絡みに比べたら大したことなかった。 「で、最後に――」 「……」 「ど、どうも」 ちょっと怖い。 でもこの人、さっき俺のことかばってくれた。 「さっきはありがとうございました。長谷大と言います」 「……」 (……気をつけろって言ったのに、なに楽しそうにしてるの) (ヒロ君には平和な暮らしを送ってほしかった) (友達を作るのが得意なのは知ってるけど) 「調子に乗るなよ」 「ひい!」 「あらら、おリョウには気に入られてねーっての」 「気ぃつけろよ〜長谷。リョウはひと月前まで湘南代表の番格だった、あらゆる点でトップクラスの不良だっての」 「キレたらどうなるか自分らも想像できねっす」 「いつ大怪我させられるか分かんねーシ」 「ひええ」(ガクガクブルブル) (いつ大怪我させられるか分からないわ。早く抜けてもらわないと) (いざと言うときは私が助けるけど) に、睨まれてる。誰か助けて。 「リョウは強さも殺気も桁外れだけど、なによりその冷静さで湘南のトップを取った女よ。キレるなんてことはまずない」 (……その分まだ信用できないけど) 「以上がいまのところ私の直近につけてる4人」 「アンタは特別枠で扱うから、一応この4人に直接嘆願できる権利をあげるわ」 「ケンカで人手がいるようならティアラを頼りなさい。辻堂とかが相手でなきゃなんとかなるから」 「江乃死魔内の庶務で困ったら梓に言いなさい。全部隊を把握してるから」 「疲れたらハナを抱っこしなさい。アルファ波出てるから」 「ちなみにティアラと梓にできることはリョウならどっちもできるわ」 「もちろん特別枠ってことで、直接私に頼ってもいいわよ」 「片瀬さんは何ができるの?」 「何でもに決まってるじゃない。この江乃死魔は私のチームなんだから」 「ふむ」 「ぬォォオオオオオ!」 「うわなに!?」 大はいきりたって襲いかかった! と言っても殴るわけにはいかないので組んでみる。 「ちょっ! なに! なに!」 「いや、ケンカ強いのか気になって」 「ダメじゃない片瀬さん。不意打ちに弱すぎ」 「なっはっは、確かに俺っちなら迎撃できたっての」 「んぐ……!この状況で抱きついてくるクレイジーに冷静に対処できるか!」 それもそうか。 「ちょっとこっち来て」 「?」 片瀬さんを呼ぶ。 ひざに乗っけた。 「ふむぅ」(なでなで) 「なにすんじゃボケェ!」 「痛い!」 「だ、だってハナさんの代わりもできるんでしょ。ならアルファ波出てるかなって」 「常識で考えろ!」 「人を誘拐監禁しようとした人に言われたくない」 「んがああああ屁理屈をぉおお!」 「アンタほんとムカつくわね!」 「ま、まあまあ怒らないで」 ハナさんをよこす。 「〜〜ったく」(なでなで) (ほわほわ〜)←アルファ波 「ふぅ」 「ま、いいわ」 「これからよろしく長谷大」 「うん」 ・・・・・ そんな感じで話し合いは終わった。 姉ちゃんも待ってるし、そろそろ帰らないと。 「じゃあね」 「呼んだら来なさいよ」 「うん」 背を向ける。 ・・・・・ 「いんすか恋奈様、口約束程度じゃ明日になったらまた嫌がるかも」 「いいのよ」 「もともと力ずくで勧誘しても意味のない相手だわ。口先だけ『仲間になります』って言わせても、いざ辻堂がきたとき裏切ったら元も子もないもの」 「こっちの狙いは最初から『呼んだらちゃんと来る』って言質を取ること。それだけで辻堂対策には充分」 「大味な切り口で始めて小さいところを譲歩させる。交渉術の基本よ」 「なるほどぉ」 「犬のしつけはまずアメとムチ」 「噛みつく駄犬は仕込む必要があるけど、噛む意志すらないなら、首輪をつけておけば充分よ」 「やっぱすげー恋奈様」 「そういう姑息なとこ自分も見習いてーっす」 「ふふーん♪ 学習しなさい」 「……」 「姑息だァ!?」 「すんません!」 「でもホント」 「自分にもそういうのがあったらなー」 「ふー、食った食った」 冷静になって結論を見ると、自由意思はあれ半分入隊させられた形か。 ……あれ? 俺、片瀬さんの手の上で踊らされてない? 「んー」 まいっか。 俺が辻堂さんへの抑止力になる――つまり俺がいることで、彼女たちと辻堂さんがケンカしないなら、悪くない。 それに。 「……」 片瀬さんの仲間になるのは、悪くない気がする。 もともと誰かにコキ使われるのは慣れてるし。 「ただいま」 「おそーい!」 「ごめん」 「遅すぎ! 待ちきれなくてビール3本も飲んじゃったじゃない」 「も〜、酔わせてどうする気〜」 ソファでゴロゴロしてる。 長谷家は平和だ。 ・・・・・ 「ただいまー」 「夕飯食べてきたから、今日はいらないわ」 「承知しました」 「あ、でも喉かわいた。麦茶ある? つめたいやつ」 「あります」 「どーも」 (ンく、ンく) 「……」 「やっぱコーヒーにして。豆から淹れたやつ、あるわよね」 「あります」 「お願いね」 「……」 「なにこだわってんだろ、私」 「今日は落ち着いてるね」 「さすがにいつまでもあのままではいられん」 「助かるぜ」 「あのままじゃいつか殴ってたタイ」 私生活のほうは揺さぶられてるが、学園での毎日はとくに変化ない。 穏やかな日常。 みんな俺が、湘南最大らしい不良グループから勧誘受けてるなんて聞いたらどう思うかな。 信じてくれないか。 「……」 辻堂さんはどう思うだろ。 さてと、 「でさ、もうサイトのデザインから迷っちゃって」 「人目を引かないとだめだもんなー」 「なんの話?」 「いつもの話」 「エロ?」 「金」 「お金か」 いつもの話といえば性欲か金銭欲以外ない。 「なーんか楽に金稼ぐ方法ないかなって」 「究極の命題タイ」 「バイトしたら?」 「時間ない」 「やる気ない」 「最近じゃ働き場所すらないタイ」 「不景気だもんね」 「でさ、いまネットで稼ごうとしてんだ」 「知ってる? アフィリエイトってやつ」 「あひりえいと」 「アフィリエイト」 「ブログとかで広告やって、売り上げの一部をもらうってアレ?」 「そう。これなら家でできるし、端末もちこみゃ学園でだってできる」 「先生に怒られそうだけど」 「でもありりえいとって儲かるの?」 「アフィリエイト。ちょっと人気あるところは月100万行くそうだぞ」 意外とすごい。 「問題はいまさら参入が難しいんだよなー」 「別に月100万なんて目指さなくても、俺らには4〜5万で充分じゃない」 「中間がないんだよ。人気のあるとこは数10万いくけどダメなとこは全然ダメ」 「ふーん」 バイト感覚じゃ出来ないか。 「で、どうせ稼ぐなら夢はでっかくっていま人気出そうなブログの形式考えてるとこ」 「長谷君もいい案あったらくれよ」 「うん」 「パソコンのダメな僕にはサッパリタイ」 「はは、ぶっちゃけ俺も」 「あふぃりえいと……。聞いたことはあるけどエロい単語だと思ってたタイ」 「アフィいいい! みたいな?」 「そうそう」 「……言われるとエロい気がする」 「アヘにも通じる単語だしな」 結局性欲のほうに向いてきた。 「まあとにかく、楽して儲けようなんてのは頭のいい人に任せたほうがいいよ」 「人間地道が一番」 「昨日行った海の家がバイト募集してたっぽいから行ってみたら」 「条件は?」 「1日4時間。時給650円」 「フザけんなにもほどがあるな」 「水着のお姉さん見放題」 「場所教えてくれ」 「教えてくれ」 「教えてくれタイ」 「アフィリエイトはいいの?」 「ズーミギのチャンネーの方がいいに決まってるタイ」 「タイ」 「タイ」 性欲にまさる金欲なしか。 まあズーミギはともかくとして、 お金を稼ぐって大変だよな。 「ふぅ……」 「浮かない顔してるね」 「やはり彼女のことが忘れられない」 「ヴァンは惚れっぽいけど一途だもんね」 「困った」 「こんな気持ちになる相手と会ったのは3か月ぶりだ」 「一途だけど好きな人はコロコロ変わるよね」 「……」 「なに?」 じっと見られた。 「いや、すまない」 「……ひろ、ひとつ聞きたい」 「?」 「ひろはその……。辻堂と、その、そういう関係だったんだよな」 「う……ま、まあね」 教室でいうのはやめて欲しい。 「どうなんだ? 不良と付き合うというのは」 「どうって?」 「だからこう……なかったか? 困ったこととか」 「んー」 困ったことか。 「付き合うだけなら別になにも」 「そうだろうか」 「ただ付き合った期間は短いから、将来的になにかあったかもしれない。とは思う」 現に俺たちが別れた理由は、『彼女が番長だったから』だからな。 「……」 そもそも俺、不良の人のこと何も知らないんだよな。 辻堂さん以外にもたくさん知り合いはいるのに。 湘南で一番数がある組織のリーダーとまでよく話すのに。 「……」 もうちょっと知りたいかもしれない。 「……」 「……」 2人してブルーになってしまった。 「……」 俺が片瀬さんたちとご飯食べたなんて知ったら、辻堂さんはどう思うだろ。 (ちらっ) 「……」 辻堂さんは相変わらず自分の席で退屈そうにしている。 俺が彼女の抑止力……か。 片瀬さんはえらく俺を評価してたけど。 いまの俺と辻堂さんって、どんな関係なんだろ。 「辻堂さん」 「ん?」 「これ、進路用紙。書いてください」 「ん」 進路用紙……この前、辻堂さんがいないときに書いたっけ。 頬杖をついたまま、つまらなそうに記入していく。 なんとなく見てると、 「っ」 変な恰好で書いてたからペン先がそれた。がりっと欄外に線が走る。 やれやれって感じに筆箱をさぐる彼女。 「……」 「……」 指を止める。 ……ああ。 「……」 「……」 俺は自分の筆箱から消しゴムを取り出し、カッターで半分に切って。 「はい」 「あ……」 ちょっと緊張する。すぐに背をむけた。 自分の席にもどる。 「……」 「……」 「……ありがと大」 「うん」 ・・・・・ 放課後。 「お腹がすいた」 「なにか食べにいく?」 「サバの味噌煮が食べたい」 「ややこしいな」 久しぶりにヴァンと帰ることになった。 昨日は江乃死魔の人に待ち伏せされて大変だったが今日はとくになし。 平和だ。 ・・・・・ 「昨日、校門前に江乃死魔の奴がまた忍び込んでたぞ」 「シマを荒らされた――とか言うわけじゃねぇけど。不愉快だ。きっちり取り締まっとけ」 「は、はい。すいません」 「……」 「?」 「ただいまー」 「おかえり」 「あれ、早いね」 「授業ないから昼から有休とっちゃった」 「そうなんだ」 教師って空気的に有休とりにくいっていうけど、新任のくせに遠慮なく使うなこの人。 「昼から酒盛りなんてしてないだろうね」 「失礼ね。飲むために早引けしたわけじゃないのよ」 「2本しかあけてません」 「飲んでんじゃん」 「だって〜、いつも働いてる時間からの一杯が美味しいのなんのって〜」 抱きついてくる。 「えへへへ実はおつまみがなくて困ってたんだ。なんかない?」 3本目の缶をあけながら言う。 「ちょっと待って」 叱るべきかとも思ったけど、明日は土曜日だ、甘やかしてあげよう。冷蔵庫へ。 何かつまめるものは……。 「これ食べたい!この……なんかにっころがしたやつ」 「これは夕飯の予定」 「えっと。これだな、はい」 「梅干しって。ビールのおつまみに梅干しって」 「しょっぱければ大抵合うものじゃないの?」 「合うけどさ」 不満そうだった。 でも姉ちゃんはアルコールさえ飲めればいい人なので、文句は言わずにちびちびやり始める。 「ぷは〜♪」 幸せそうだった。何よりだ。 俺は夕飯の準備と行くかな。 キッチンで適当に炒め物してると。 「ふーん、あそこの大学でねぇ」 「なにかあった?」 「知ってる大学の名前が出てきたから」 夕方時のニュース番組だ。 「賞でもとったとか」 「学生が麻薬で捕まった」 ダメなほうだった。 「麻薬、っていうか脱法ハーブね。大学の研究室で育ててたみたい」 「迷惑なことするね」 「同じ研究室のマジメにやってた子たちまで今後3年は後ろ指さされるわね。かわいそうに」 「本人たちは小遣いかせぎのつもりだったんだろうけど」 「やっぱ麻薬って儲かるのかな」 「そりゃあ儲かるでしょう。世界では正規の薬よりも麻薬市場の方が儲かってるっていうし」 プシュッと新しいビールを開ける姉ちゃん。 「でもそれはでっかいマフィアのボスとかの話。一大学生が小遣い稼ぎするにはむかない職業だけどね」 「そうなの?」 「作り始める土壌を作るのにかかるコストが大きいし、流行らせる人の土壌を作るのも難しい」 「もちろん常に警察にマークされるし、もし流行ったら今度はヤのつく人たちにまでストーキングされる」 「ワルいことで儲けるのは難しいのよ。とくに日本では」 「いいことだね」 「ええ」 ぐーっと手にしたビールを一気に空けた。 「ヒロもお金が欲しかったら真面目な仕事につきなさい。政治家とか儲かるから狙い目よ」 「狙ってなれるものじゃないとは思うけど」 「でも、そうだね。将来政治家になろうかな」 「おっ、いい心意気じゃない。当選の暁にはお姉ちゃんがエロ美人秘書になったげる」 「このたび立候補しました長谷大です。わたくしが当選した暁には、すべての中毒薬物の根絶をお約束します」 「ええぞええぞー」 「中毒になるからお酒は販売禁止です!」 「BANG!銃撃されたぁ!」 「死なんぞー! すべての酒をなくす日までー」 俺は許さない。 俺の姉ちゃん(↑こっち)を奪った酒を俺は許さない。 「ふーんだ。なら私はマフィアのボスになって密造酒売りさばいてやる」(ぐびぐび) 「いつまで飲んでんだ今日4本目だぞ!」 ご飯の前に。飲みすぎである。 とまあご飯前にもりあがったが。 お金儲けってやっぱ難しいよな。 ワルいことすれば儲かりそうなイメージだけど、つねにリスクに追われるわけで。 ……リスクがなければ? いやいや、ワルいことはしないほうがいいさ。 と、 prrrrrr prrrrrrr 「あ、電話」 「サー!不肖長谷冴子、りんりんうるさい家庭団らんの敵をとっちめてまいります!」 ビッと敬礼して電話口へ駆けていく姉ちゃん。 テンション高いなぁ。 「もしもし長谷です。どちら様でしょうか」 ときどき姉ちゃんが怖いよ。 「はい。……あ、どうも」 「大ですか? 分かりました。お待ちください」 俺? 保留ボタンを押してこっちに持ってくる。 「誰?」 「片瀬さんのお嬢さん。ヒロにって」 片瀬さん……? 取る。 「もしもし代わりました」 『大さんでいらっしゃいますか?私、恋奈です』 「はい、わかります」 『昨日の場所に来なさい。ダッシュ』 ――ガチャっ。 言うだけ言って切られた。 なんやねん一体。 昨日の場所……あそこだよな。来いって? 確かに昨日、来るよう言われたら行くって約束したけど。 「どしたん?片瀬さんのお嬢さんが」 「いや」 「ちょっと出てくるよ。遅くなるかもしれないから、さっきのにっころがし食べてて」 NOと言えない日本人である俺は行くしかない。 「えーっと」 遠目から昨日の場所……江乃死魔のアジトを確認した。 人気はない。少なくとも、今日は取り囲まれる心配なさそう。 一応緊急避難用の携帯は用意して、 「片瀬さん?」 「まあまあ早かったわね」 いたのは片瀬さん1人だった。 「迅速さは褒めてあげるわ。本番でも今日くらいのスピードで来るように」 「何か用事?」 「別に。呼んだら来るか。あと家からここまで何分かかるかをチェックしただけよ」 なんだそりゃ。 ちょっと腑に落ちないものがあり顔をしかめる俺。 片瀬さんは気にした様子なく。 「怒らないの。約束、守るか試すのは当然でしょ」 「でも問答無用ってのは勘弁してほしいな」 「はいはい。別に家に押しかけたわけじゃないでしょ」 「……」 暗に約束を守らないと家に押しかけることを示唆された気がする。 「携帯出して」 「?」 手にしてるのを差し出す。 「今日も緊急避難メールは準備済み、か。バカじゃないみたいね」 「番号交換しましょ。今度から呼び出しはこっちにするから」 「ああ、それならぜひ」 家にくると姉ちゃんがとっちゃうから都合いい。 携帯番号を交換した。 「……」 急な呼び出しは頭にきたけど、 登録画面に片瀬さんの名前が入ったのは嬉しい気がした。 やっとお休みだ。 最近いろいろあって疲れた。休める日はゆっくり休むことにする。 ごーろ。 ごーろ。 「ヒロー、暇ー?」 「忙しいよ」 ゴロゴロするのに。 「お出かけしない? いい天気だし」 「忙しいんだけど」 ゴロゴロするのに。 「駅前のアンティークショップでテディのセールやってるんだって。見に行こうよ」 「テディ……ああクマのぬいぐるみの」 「行かないよ。興味ないし」 「私は興味ある」 「ほんと好きだよねクマ。なんで?見えない力でも働いてるの?」 「可愛いじゃない」 「クマって害獣だよ?長野とかじゃ人が襲われてるそうだよ」 「本物のクマはいいのよ。ぬいぐるみにすると可愛いってだけで」 「ヒロだって好きでしょ、ダラックマとか」 「あれは可愛いじゃん」 「あいつも害獣よ。可愛さで人を釣って襲おうとしてるのよ」 「ダラックマはそんなことしない。コダラックマとごろ寝してるだけだよ」 「いいから、準備しなさい」 強引だなぁ。 いつもならここでハイハイ従ってしまうわけだが、最近ヤンキーとよく絡んで耐性ができた。 「やーだーよ。まだ眠いもん」 布団に包まる。 「なんでよー」 「ぐえ」 乗られた。 「行こーよー。最近ご奉仕が足りないわよ」 「無理やり連れてかれるのは奉仕とは言わない」 「いでででで! 顔はダメ!乗るなら背中にして顔は痛い!」 「もう」 「もう一度聞くわ。どぉーしても行きたくないの?」 「……はぁ」 このままだとゴネられるだけでちっとも休めない。 ぱぱっと済ませよう。別に姉ちゃんとのお出かけが嫌なわけじゃない。 「分かった。準備します」 「よしっ」 「もう。デートしたいならしたいって最初から素直に言えばいいのに」 「……」 こらえろ。何を言っても無駄なんだこの人には。 「早く行きましょ」 「うん」 「……」 「……出てってよ。着替えるから」 「気にしないわよ?」 「俺が気にするの」 「神経質ねえ、姉弟じゃないの」 「はーい脱ぎ脱ぎして〜」 「NOォォォオオ〜〜〜〜〜〜〜っっ!」 ・・・・・ 「ザ・ワー○ド!」 !? 「そうかそうかヒロ。行きたいと答えたな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この冴子とあそびに行きたいというわけだな」 あ、ありのままにいま起こったことを話すぜ。俺は行きたくないと答えたら、行きたいと答えたことにされていた……! 選択肢とかそんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。 「さー行きましょう」 「やれやれ」 ・・・・・ 外にさえ出てしまえば、億劫な気持ちも吹き飛ぶ快晴だった。 向かう先が駅前なので、車でなく電車で行く。 「江ノ電乗るの久しぶりかも」 「地元民なのに」 「車があるとどうしてもね」 なるほど。 坂を下りて、国道と隣接する駅に入る。 「駅のなかに踏み切りがあるってのもおかしいわよね」 「ぶっちゃけ、相当土地が取れなかったんだろうね」 苦肉の策が、観光客から見れば『味』になるんだから不思議なもんだ。 「記念メダル買おっか」 「地元民なのにはしゃぎすぎ」 駅前の商店街へ。 「〜♪ 鎌倉かぁ、この辺ブラつくのも久しぶりだわ」 「姉ちゃんはあんまり来ないっけ。俺は日用品の買い出しとかでよく来るけど」 「にゃはは、いつもご苦労様です」 「あっ、サラミ買ってこサラミ」 さっそく用事を忘れて酒のつまみに食いつく姉ちゃん。 「ここのサラミってなんかいいのよね」 「鎌倉はハムで有名だからね」 「なるほど」 「……なんで鎌倉でハムなのかしら?大仏様がハム好きとか?」 「さあ?」 「おばあちゃんに聞こうか。せっかくこっちまで来たんだし」 「え、極楽院まで行くの?」 「んー、やめよか。あのおばあちゃん話長いし」 「ご無沙汰してるから、そろそろ挨拶に行かなきゃいけないんだけどね」 今日はやめとこう。 極楽院さん……俺が長谷家に引き取られるまえ、あずかってくれてた寺だ。 住職のおばあちゃんにはお世話になったんでよく挨拶に行く。 「ふらっと遊びにいくだけでも悪くはないけどね。あそこ、いっつもお菓子おいてるし」 「ハーゲンが各種そろってるのはいいよね」 「でも長居はなぁ……トイレが和式しかないし」 細かいな。 「姉ちゃん、和式ダメな人?」 「パンツまで脱がないとおしっこがかかりそうなの。ほら私おしっこが後ろに行くから……」 「何言わせるのよ」 「なに聞かせるんだよ」 まあ今日は町を回るだけにしよう。 「それよりクマフェアやってるって店は?」 「こっちこっち」 近くのアンティークな店へ。 ほんとだ。ぬいぐるみがいっぱい並んでた。 「……」 「……白いわ。こんな子初めて見る」 「白いの持ってなかった?」 「あっちはシルクホワイト。この子はスノーホワイトでしょ」 分からん。 「んー、やっぱ中国製は毛並みがなぁ」 「うわ! なにこれすっごい可愛い!けど高い」 「……これテディ?」 姉ちゃんが本気で楽しみだした。 ……必然的に俺は暇になる。仕方ないから適当に近くの店を見て回った。 ま、平和な休日で何よりだ。 ・・・・・ 「厳正なる抽選の結果、最初の白い子にしたわ」 「3時間もかかるとはね」 もう昼だ。 腹減った。 「なんか食べていきましょっか」 「さっき『れんこん餅』とかいう店があった。食ってみたい」 「はいはい」 アンティーク店を出る。 「そいつの名前、どうするの?」 「そうねぇ」 「ジュリエッタ」 「ジュラルミン?」 「ジュリエッタ」 「ちぇ」 「そんな可愛くない名前つけるわけないでしょ」 「あら」 「あ、委員長」 「奇遇ですね」 「ヒロのクラスの委員長さん。お買いもの?」 すぐに学園のモードに入る姉ちゃん。 「はい。そちらは……お出かけですか?」 「ふふ、休みだからどっか連れてけってせがまれちゃって」 「……」 コノヤロウ。 「そうですか。仲がよろしいんですね」 「あら?」 ふと委員長の目がジュリエッタ(仮)に。 「ッ!あ……、えと」 「ひ、ヒロったらいまだにこういうのが好きでね〜」 な!? 「長谷君のなんですか?」 「……」 「そうよねヒロ?」 「……まあね」 冴子コノヤロウ。 「へー……意外です」 「……」 来週からの学園生活が……。 くそう。 「まあ好きなものは好きでしょうがないんだよ」 「ほら委員長もあいさつして。コンニチワ。ぼくジュラルミンです」 「はいこんにちは」 「あの、ジュリエッタ」 「ジュラルミンだろ」 「そ、そうね、ジュラルミンね」 とくにどう思ったかわからないが、委員長は去っていった。 噂とか……ならないよな。委員長なら。 「ひ、ヒロ? ゴメンね?」 「いいよ」 「でもジュラルミンは自分で持ってね」 「うん」 「……ジュラルミンなの?」 「変更不可」 テンション下がったんでさっさと帰ることに。 が、うちに近づいたところで、 「どうせだから江ノ島まで行っちゃおっか」 「なんで?」 「なんとなく。ほら座って座って」 そんなわけで江ノ電にゆられるまま最近なじみのある方面まで行くことになった。 休日の弁天橋はかなりの人通りだ。 これから夏休みに入ると、混み合いすぎて近づけないくらいになるんだよな。 そう考えると夏で楽しめるのは今くらいが限度か。 来てよかったかも。 「〜♪橋の上は風があるからいいわ」 髪を押さえる姉ちゃん。 たしかに高い位置に来た太陽はジリジリと灼熱の季節を感じさせる暑さになってる。涼しい海風が心地よかった。 「……」 「なにきょろきょろしてるの?」 「いやなんでも」 考えなく来ちゃったけど、不用意にこの橋に近づいたのは失敗だったと思う。 なにせここの真下が片瀬さんたち……江乃死魔のアジトだからな。 まあいつも集会やってるわけじゃなし。大丈夫だとは思うけど……。 お。 さっそくだった。 「?」 しかもすぐ気づかれる。 梓ちゃん……。遠くからこっちに手を振ってくる。 でも、 「立ち止まってると迷惑になるわよ」 「う、うん」 姉ちゃんに手を引かれる。と、 なにか察したらしい。ぺこっと頭だけ下げて声はかけずに行ってくれた。 ……ふぅ、助かった。 「長谷センパイ……新しい彼女つくったんすかね」 「辻堂センパイと切れたばっかなのに手の早い。しかもめっちゃ美人でしたし」 「恋奈様には……んー」 「言わなくていっか」 「あーあ、あずもカレシ欲しいなー」 「……乾さん」 「ちょりっすー」 「ここまで来ると何か食べたくなるわね」 「うん」 「あ! 生シラス丼てあるかな」 前に辻堂さんと来たときは食べなかったけど、なんかレアな品らしい。食べてみたい。 「生丼? 生は確か……」 あたりを見渡す。 「あー、残念」 近くの店では、もう表のお品書きから生シラス丼の欄が隠されてた。 「またダメか」 もっと早くに来ないとダメらしい。 んーむ、しょせん小魚といえば小魚なんだが、これだけシラスの看板が乱立する中で食べられないとどうも気になってくる。 「朝早くから来ないとダメなんじゃない?」 「かなぁ」 残念。 「まあいいや。せっかく来たんだしシラスパン食べてこ」 この前も食べたやつ。あれ美味しかった。 「んじゃそこの店ね。行きましょか」 「うん」 露店へ。 「いらはいいらはい。あら、長谷先生と長谷君」 「あら胡蝶さん。バイト?」 「はい、バイトと言うかうちの手伝いですわね」 「えらいわ」 知り合い?首をかしげてると、 「うちの学園じゃない。生徒会の胡蝶さん」 「ああ」 3会の準備のとき見た気がする。 いくつか買うと、近くのベンチを紹介してもらえた。遠慮なく使い食べることに。 むぐむぐ。 「発想はチープだけどおいしいわね」 「だよね」 「こんなものも見つけました」 「ラムネか。いいね」 ビー玉の入ってるやつだ。 栓付きの蓋でおとし、吹き出してくるやつに口をつける。 「んっ、んっ」 「んが」 「んっ、んっ」 「んが」 「姉ちゃん、ラムネの才能ないね」 ビー玉トラップに引っかかってる。 「うっさいなぁ、子供用の炭酸はご無沙汰なの」 「はいはい。瓶貸して」 俺が押さえてやり、ビー玉が落ちない角度で固定する。 ふー……っ。 休日らしい、のんびりした時間。 いいもんだなこういうのも。姉ちゃんに誘われてよかったかも。 と……ふと赤いのぼりが目にとまった。 これって確か、 「この店、片瀬さんのとこのなのね」 「ン……」 パンの袋の裏を見せてくる姉ちゃん。 片瀬製パン。 そうだった。前も見せられたっけ。 「片瀬さんといえば、昨日はなんだったの?呼び出されてたけど」 「ああ、ちょっと話しただけ」 「いつのまに仲良くなったのよ」 「はは」 仲良くなったんだろうか。 まあ『敵』から『勧誘の対象』になったと思えば仲良くなったかな。 「……」 (片瀬のお嬢さんなら警戒することもないし、ここは姉としての鷹揚さを見せて) 「素敵な子だし、仲良くなるのはいいことだわ」 「今度江ノ島でデートするときはああいう子とできるようになりなさい」 「デートって……」 片瀬さんとデート? 想像できない。 まあ2人でいると楽しいのは確かだけど。 「てか姉ちゃん的には今もデートなのね」 「ちがうの?」 「似たようなもんだとは思うけど」 やや腑に落ちないが、まいっか。 男女で江ノ島に来たらデートでいいさ。 「いっそのこと上まで行っちゃおっか」 江ノ島中央の山の頂を指さす。 シンボルにもなっている展望灯台が見えた。 サムエル……なんだっけ。何とかって公園にある、塔みたいな展望台。 通称シーキャンドル。 伊豆諸島を一望できる絶景だとかで、デートにしろ家族連れにしろ人気がある。 でも、 「登るの疲れる」 「そうね」 結構歩かなきゃならない。 行くならデートで行くよ。 観光に来たわけでもないので、ラムネを片手にしばらく2人でのんびりする。 ……ふー。 「……」 「江ノ島もずいぶん平和になったわね」 「へ?」 「昔は荒れに荒れてたから」 「姉ちゃんって戦中生まれだっけ」 「痛い痛い痛い! 小っちゃくツネらないで!」 「数年前よ」 「私が小さかったころは、江ノ島って不良の巣窟ってイメージだったの」 「……」 「数年前よ? ほんっっっのちょっと前よ?」 「分かってるよ」 80〜90年代前半が湘南のヤンキー全盛期だったって聞く。 「離島ってイメージがいいんでしょうね。路地裏とかに入ると、気合入ったアンちゃんがたむろってるイメージしかないわ」 「なんだっけ。なんとかチェーンって人がおさめてたころなんて、全国からワルいのが集まってきてたし」 「ふーん」 そんな影響力のある人もいたのか。 「……」 「なんで不良になんてなるのかな」 「うん?」 「いや……」 最近縁があるせいでよく考える。 なんで不良って不良になるんだろ。 「……そうねえ。先生の――ていうか大人の見解を述べさせてもらうと」 「意味なんてないと思うわ。ただ勉強が嫌だとか、ハデなことして遊びたいとか。その程度の理由だと思う」 「もともと無意味なことにツッぱるのがヤンキーってもんだしね」 「なのかな」 そんなもんなんだろうか。 意味もなくバカなことやってる。それだけなんだろうか。 「でもそれは悪いことじゃないわ」 「へ?」 「ケンカしたいカッコつけたいバイクでぶっとばしたい。どれも意味なんてないだろうけど、無意味、無価値なことしてこそ人間らしいってものよ」 「意味のあるなしで言うなら、食べて、寝て、人間の行動で意味のあるものなんてそれくらいよ」 「スポーツ、芸術、音楽。すべて無意味だわ」 極論な気はするけど、確かに。 「でもそれを否定したら、人間なんてただ2本足で立つ動物でしょう」 「『無意味』はそのまま人間らしいって意味なのよ。で、その無意味が社会にとって困る方向に向いた子を、社会は『ヤンキー』って呼ぶ」 「それだけよ。不良なんて」 「なるほど」 姉ちゃんもいろいろ考えてるんだなぁ。 「それはやっぱり元ヤンの意見?」 「元ヤンゆーな。ちょーっとバイクを盗みたい衝動にかられた15の夜があっただけよ」 昔ちょっとグレかけてたんだよなこの人。近所でガキ大将なんてやって。 いまは先生になったわけだが……、先生らしいことも言えるんだな。 無意味に向けてツッパるのがヤンキー。 でもそれは誰だって変わらない、か。 なんか……言ってもらって安心した気がした。 結局ヤンキーってのも個性なんだろうな。 確かにひとくくりに見れば厄介な人たちなんだけど、 個人で見ていけば、それぞれが何かしらを抱えてる。 俺は不良になる気はない。だから俺と関係のないところにいる不良のことはどぉーでもいい。 でも、 近くにいる不良とは、もうちょっと真面目に向き合ってみたいかも。 たとえば彼女は何を思って湘南のトップを目指してるんだろう。とか……。 「といっても!」 「はい?」 びっくりした。 「気安く気を許しちゃダメよ」 「ヤンキーはヤンキー。根は良い子だっているかもしれないけど、基本的にはどっか悪い部分のある子がなるものだし」 「――他人のことなんておかまいなしの、どうしようもないのだって沢山いるんだから」 ・・・・・ ・・・・・ 「行ったわティアラ! 回りこめ!」 「あいよぉ恋奈様!」 「なにっ!? こっちも塞がれてる!」 「はいはーい、バラけないでくださいね。勧誘が面倒になるんで」 「江乃死魔――いきなり襲ってくるなんて卑劣な」 「退路なし、か。カーニバルだな」 「卑劣?事前通告はしたんだから、れっきとしたケンカでしょ」 「集結中の隙をついたのはマナー違反だけどね」 「なりふり構わずとは……不良の風上にもおけんやつ」 「いいだろうかかって来い!パイレーツも食い殺すワイルドさの俺が相手してやる」 「こいつがボスか……梓!相手してやんな!」 「はーいっ♪」 「ギャルか」 「ギャルは好きじゃない。もっとこう、凛々しいお姉さんタイプを要求する」 「あっ! そこの人すごくイイ!お願いしますその木刀でケツをぶったたいて……」 「うるァ」(チョークスリーパー) 「うげぇえええええ」 「ハッハー! やっぱケンカはスカッとするっての」 「かなりの巨体――てこずりそうだ」 「ウォらァッッ!」 「ヌゥウ……!」 「空気投げ!」 「のおおおおっ!? いってェ!」 「柔道家か」 「柔道だけじゃない――。空手剣道合気柔術計16段をもつこの私に不良ごときの素人拳法が通用するか!」 「格闘技経験者――厄介ね」 「ま、1人なら恐れるまでもないけど」 「なに?」 「がぶっ!」 「いだぁーーーッッ!?」 「隙ありだっての! ドォリャあ!!」 「ぎゃわー!」 「んぎゃー!」 「正々堂々に守られた格闘技とケンカを一緒にしないことね」 「ハッハー! 楽勝だっての!」 「あたしごと吹っ飛ばすなシ!」 「……」 「いま不良に闇討ちにあってるなう。……と」 「用は済んだか」 「お待たせ。カーニバルを始めようか」 「不変たる隠者の力……見せてやろう!」 「ならば行くぞ!」 「ちょっと待った」 「ワイフから電話だ。もしもし」 (……やりにくい) 「軟弱者!」 「ごふっ!」 「なにをボサっとしているんです」 「すまん。なんか手が出しづらくて」 「オラオラオラ、降参しねーとオトしますよ!」 「ウォエエエ……死ぬ、ジヌゥウウ……」 「だが……まだだ! まだまだ。もっとシメろ!」 「楽しんでねっすか?」 「悔しい――あ、でも……っ」(ビクビク) 「こっちも問題なし」 「ハマの中堅チーム『皆屠HARD』。悪くないわ」 「うー折れた肋骨がいてぇ。でもサクッと仕上げたぜー恋奈様」 「ご苦労。これで――」 「20ってところだ」 「か。悪くはないわね」 「さてと、明日は集会があるから今日は……」 「クククク……調子がいいみてーじゃねーか。江乃死魔の片瀬恋奈」 「何者!?」 「ふっ、聞いて驚け――」 「俺の名はエッジ!千葉連の誇る最強最速のナイフ使い――」 「デッドナイフ・エッジ!」 「……マジで何者?」 「千葉連の者です。千葉の方じゃ有名なんですけど名前は……」 「知らない」 「あ、そ、そうすか」 「今日は千葉連合の代表として来た!」 「神奈川の江乃死魔――俺たち千葉連はお前らを湘南最大の派閥と認めるぜ!」 「……」 「今後は千葉連全軍がお前たちを狙う。もちろんこの俺、千葉連最強最速のナイフ使い――」 「デッドナイフ・エッジもな!」 「それあだ名?」 「いやあの、そうだけど、異名とかさ」 「まーいいや、用件はそれだけだぜ」 「デッドナイフ・エッジがお送りしました!」 「……」 「ふふっ、神奈川連合の次は千葉連か。いよいよもってうちが神奈川最強って浸透してきたわ」 「すっげえぜ恋奈様。立ち上げから3ヶ月でここまでなんてよぅ」 「ふふっ」 「……」 「くだらない」 「あの2人を倒さなきゃ……意味のない称号だわ」 ふぁあ。 今日もお休み。 しかも姉ちゃんは、副顧問やってるテニス部があるとかで出かけている。 つまり完全フリーだ。 昨日のデートは楽しめたけど、やっぱり1人でのーんびりする時間がうれしい。 さてと。 のーんびり家事でもするか。 せっせっ(掃除) せっせっ(洗濯) 「ふぅ、のんびりした」 「心の底から主夫だな」 「ヴァン、どしたの?」 「暇なんで遊びに来た」 「そっか。これから買い物行くんだけどどうする」 「付き合おう。暇がつぶせればなんでもいい」 そんなわけで2人、出歩くことに。 買い物といっても遠くまではいかない。すぐそこ、孝行で済む量だ。 「もー、お母さんつまみ食いしすぎ」 「いいじゃないのさ。余りものなんだから」 「最近ちょっと太ってきたよ。油ものは控えなさい」 「あらずいぶんなこと」 「あんたのここも人のこと言えないだろ」(お尻ぺしっ) 「ひゃんっ。これは成長期ですー」 「あのー」 「あ、ヒロ君。ごめんごめん」 「いらっしゃい」 「どもです」 親子で仲がいいなこのお店は。 「まいど。……あら」 「どうも」 「おやヴァン君。久しぶりだねぇ」 「えっと……」 「あ、よい子さんは初めてだっけ?」 「この店は何度か来たが……」 「全部お母さんのときに当たったのね。初めまして、娘のよい子です。ヒロ君にはいつもお世話になってます」 「坂東太郎です」 「たまに話すでしょ。中学から一緒のヴァン」 「ええ、よく聞いてるわ。よろしく坂君」 「どうも」 適当に夕飯用の惣菜を買って店を出る。 「来週メンチカツの半額セールやるから来てね。ヒロ君も、堂太郎君も」 「はーい」 「機会があれば」 家に帰った。 「よい子さん美人でしょ」 「ああ。長谷先生と張り合えるレベルだ」 「……ただ僕のことを完全に『坂 堂太郎』だと思っていたな」 「間違えられやすいよね」 「ひろの呼び方のせいだと思う」 やること終わったんで2人で遊びに出た。 「なにする?カラオケ? ボウリング?」 「誘いに来てナンなんだが、財布が心もとないんだ」 「ああ」 学業優先なヴァンはバイトしないんでよく金欠してる。 俺は家の雑費をやりくりしたぶん小遣いにできるから結構お金あるし、足りなくなりゃバイトするしで困ってないけど、 「じゃ、適当にぶらぶらしよか」 「ああ。悪いな」 かといって気軽におごるのもアレだし。金を使わない方向で時間をつぶすことにした。 地元とはいえここは湘南。適当にブラつくだけで暇つぶしには充分だ。 「暑くなってきた」 「この辺を散歩できるのも今頃が最後だね」 7月に入ると一気に海水浴客が増える。うるさくて歩けたもんじゃない。 「海岸線でなくとも、地方からの客が増えると道端で声をかけられることが多くなって面倒だ」 「ナンパなんてしてくる時点で興味の対象外なのに。そうは思わないか?」 「……逆ナンされたことないから知らないよ」 「ヴァンはモテるのにちっとも彼女作らないね」 「寄ってくる女が全部好みじゃないんだ。仕方ない」 「そういえば、誰だか知らないけど好きになったって言ってた子とはどうなった?」 「あ、ああ。まだあれから会えていない」 「……不良だから好きになってはいけないんだが。困ったことに気持ちは募るばかり」 「会えないのは僥倖かもしれないな」 「おう、長谷じゃないの」 「あ、ども」 「どひゃあ!」 どひゃあ? 「あん? 誰だいこのイケメン」 「俺の友達でヴァンです」 「ヴァン、こちら一条宝冠さん」 「あ、え、と、こんにちは」 ? 動揺してる? まあ一条さん見た目が迫力抜群だから仕方ないか。 「し、知り合いなのか」 「うん。えっと、友達」 だよな。一応。 「おうダチだぜ。よろしくなイケメン」 ぽんとヴァンの背中を叩く一条さん。 「そだ。俺っちたちこれから寿司食いに行くんだけどよ。お前さんたちも行かねーかっての」 「たち?」 「シシシシッ! あたしもいるシ!」 背中から出てきた。 (妹か?赤ん坊の面倒も見ているなんて優しい人だ) 「あと梓も込みでよ。どうよ、一緒に行かねーかい」 「寿司か。どうしよっかな」 俺はいいけど、不良嫌いのヴァンがこの輪に加われるか。 「えと、えっと」 見るとヴァンは緊張してるのか、いつになく挙動不審だった。 「来いっての。美味いんだぜその店。神奈川で一番!」 「シシシ、板前がティアラのお気に入りだからちっとひいき目入ってるシ」 「へ?」 「なに!?」 「ば、バーロィ、純粋に味を見てだっての」 「まあ……すげー素敵な板前さんだけど」 一条さんが珍しく乙女の顔に。 (がーん) 「なんかね。梓、臨時収入があったから奢ってくれるって言ってたシ」 「そうなの?」(なでなで) なら行きたいかも。女の子におごってもらうって微妙だが。 「どうするヴァン?」 (ずーん……) 「僕は遠慮するよ。ひろたちだけで行くといい」 「体調が悪いから今日は帰る。またな、ひろ」 「へ? あ、うん」 行っちゃった。 この子たちが不良だってこと、気づかれたか? 「? おかしなやつだっての」 「まーいいや。長谷は来れるんだろ?」 「は、はい」 ヴァンはあとでフォローしよう。 「んじゃあ行くぜ。江乃死魔の仲間入りした歓迎会もかねて」 「江乃死魔には入ってないですけど」 「入ったシ!」 「入ったかもしれないね」(なでなで) 昼からは予定変更。 江乃死魔の人たちに付き合うことになった。 ・・・・・ ごちそうさま。 でも計算外だった。回らないほうの寿司屋だったとは。 美味しいは美味しい店だった。押し寿司なんてお土産に買ってしまった。 でも、 「梓ちゃん、お金大丈夫だった?」 「問題ねーっすよ。この店、料金は良心的ですし」 「ごちそうさまでしたジュンさん。また来ますね」 「ここだとティアラセンパイがあんま食わないんす」 「そう」 とはいっても心苦しい。 伝票は見れなかったけど、4人もいるんだ。5桁は行ってたと思う。 んーむ、 「やっぱりいくらか返すよ」 あんまり持ってないが財布を出した。 「いいですってば。こっちも臨時収入だったんすから」 「でも……」 「んー」 「ならセンパイ、そこのコンビニでプリン買ってきてくれません?」 「へ?」 「自分、寿司食うとメロンとかケーキが食いたくなるんすよね」 「回転寿司社会の弊害だね」 「焼きプリンネオ、ってのがあるんで買ってください」 「う、うん」 買いに行く。 「はい」 「どもー♪」 「これでチャラってことで」 「ああ」 そういうことか。 よく分からないが彼女の中で納得いったらしい。話は打ち切られた。 ならこれ以上食い下がるのも逆に迷惑だ。お返しは今度別件で考えておこう。 「〜♪ やっぱプリンは焼いたやつっすね〜」 「でも自分、上の焦げ目はイマイチなんすよ。苦くて」 「よく分からない味覚してるんだね」 「下の部分が好きなんす」 「分かるよ。触感が独特なんだよね」 「ほんとはここにマヨネーズ投入すると最高なんすけど」 食生活改めたほうがいいと思う。 「そうだ。センパイセンパイ」 「はい?」 梓ちゃんは上の焦げた部分だけをすくうと、 「はい、あーん」 「え……」 キラいらしい部分だけ差し出してきた。 えっと、食べるのはいいんだけど、 そのスプーンはいま君が……。 「はいっ」 「むが」 無理やり口に突っ込まれた。 「そして下の部分は自分がいただくっす」 俺が口つけた部分も気にせず自分の口に運ぶ彼女。 俺も意識しすぎだとは思うけど。 ノリがよく分からないなぁこの子。 「はーん、ジュンさん今日もステキだったっての」 すっかり乙女の顔だ。 「憧れの人ってやつですか」 「おうよ」 「高校のころはビッグジュンなんて言われて、神奈川じゃ知られたバスケ選手だったそうだぜ」 「たしかに身長2メートル以上ありましたね」 一条さんともつりあいそうだ。 「でも30歳過ぎてなかったですか」 「たぶんそんくらいだっての」 「奥さんいるんじゃ?」 「いるかもな」 サバサバしてるなぁ。 「でも俺っちを受け止めてくれるにゃあのくらいのデカさがいるんだっての!」 「あー、切実な憧れだったんですね」 「はぁ……ホントはさ、俺っちも普通の恋愛ってやつがしてみたいっての」 「好みのタイプとかあるんですか?身長以外に」 「イケメン。頭がいい。運動できる。性格もいい」 「身長以上に高望みですね」 「長谷の友達でいねーかい。条件にあてはまるの」 「んな超人いるわけが……」 「あ、ヴァンがいるか」 「ヴァン? さっきのイケメン?」 「偏差値は神奈川のトップ3に入りますし、運動も大抵できますし」 性格はちょっとクセがあるが、悪いやつではない。 「んー」 「確かに顔はめっちゃ好みだったっての」 「……あとは身長が30センチくらい高けりゃ」 「究極的な命題ですね」 結構乙女なんだなぁ一条さん。 「美味かったけど物足りないシ」 「どうして?」(なでなで) 「寿司屋に来たらマヨコーン食わないと満足できねーシ!」 「正直、わからなくはないです」 庶民の舌は回転寿司でカスタマイズされてるからな。 「うー」 「ポテトチップ買ってこよ」 「もったいない。舌に残るお上品さを楽しみましょうよ」 「あたしらにゃ合わねーシそんなの」 「れんにゃだって高級寿司の最後はラーメンでしめたがるシ」 「そうなの?」 お嬢様ってのは豪快だな。 「人間お上品なメシばっかじゃダメになるんだって」 「防腐剤着色料保存料。様々な化学物質。身体によかろうはずもない」 「だからとて健康にいいものだけをとる。これも健全とは言い難い」 「だって」 「ふーん」 「お嬢様がいうとなんか含蓄あるように聞こえますね」 「んーん。ジャンクフード好きだから理由つけてるだけだシ」 「がっかりだ」 「そういえば今日片瀬さんは?」 「家の都合。来られなかったシ」 「そっか」 家の都合。 彼女は警察なんかを江乃死魔に都合よく動かすため、家の力を利用してる。 そのぶん実家に対しても協力しているようだ。うちの父さんとの土地売買で案内役を務めたり。 不良って言うにはマジメだよな、彼女。 マジメに不良してる。 「リョウさんは?」 「あっちも家の都合があるんだって」 「へー。リョウさんの家って何してるんです?」 「知らないシ」 「総災天センパイは家のことはシークレットなんすよ。3年前から誰にも教えたことないらしいっす」 「そうなんだ」 まあ上手いやり方だと思う。 「リョウの家ってどんなかなぁ」 「噂によると、すでにご両親は他界されたらしいっすね。それもなんとリョウさん自身の手で葬ったとか」 「ウソ!?」 そ、そんな恐ろしい人なのか。 「うちの近くにあるお店なんて、親子でも友達みたいに仲がいいのに」 よい子さんを見習ってほしいもんだ。 「まーヤンキーやってるやつって、親に問題あること多いかんな」 「そうなんだ」 世の中には色々な家庭があるなぁ。 俺は……。実親はともかく今は仲のいい家庭にいられる。 これってすごく幸運なことなのかな。 「ところでみんな、今日の寿司屋はよく行くんですか?」 板前さんと顔見知りっぽかったけど。 「おうよ! ジュンさんに会うために月1回は行くようにしてるっての」 「寿司は好きっすから」 「よく財布の中身が持つなぁ」 「……」 ん? あれ? すごく嫌なことに気づいてしまった。 月1とはいえあんな豪華な寿司屋……。よっぽどバイトしてなきゃ無理だよな。 でもバイトしてる感じはない。 そしてこの人たちはヤンキー。 あれ? あれ? ちょっと待て。梓ちゃんの『臨時収入』って何だったんだ? 「みなさん……まさか」 「?」 いけないものを口に入れてしまった気分で胃がひきつる。 「……カツアゲとか」 「……」 「……」 「……」 「そっか言い忘れてたっけ」 「長谷も守ってほしいんだけどよ。江乃死魔の構成員はカツアゲ禁止だっての」 「え」 「なーんかよく分かんないけど、れんにゃがダメだって」 「そうなんだ」 「良いことだと思うけど……、でもなんで?」 「分かんね。なんか金をとると恨みを買いやすいから、だとさ」 確かに金の恨みはなにより怖いっていう。 「恋奈様は金にゃ困らないっすからね。集める必要ないんでしょ」 「ま、細かいことは分かんねーけどさ。れんにゃの言うことで間違ってたことってないシ」 「禁止だっていうなら、俺っちたちは従うだけだっての」 3人ともサバサバした様子だった。 「つーわけで長谷さぁ、ちょっとおごってくれっての。喉かわいたんだけど財布に22円しかなくて」 「たかるのはいいんかい」 カツアゲはしない。か。 こう言っちゃなんだが、不良グループとしちゃ変だよな。 安心したけど。 ・・・・・ 夜。 「カツアゲねぇ」 マキさんに夕飯をだしたとき、その話になった。 「江乃死魔の人たちはそういうルール持ってるそうで」 「ミスカツアゲストのマキさんとしてはどうです?」 「カツアゲってさ、美味そうな呼び方だから聞くといっつも腹減るんだ」 カツアゲストにツッコミがない。 「ま、恋奈らしいと思うよ」 「そうなんですか?」 「金。つまり通貨ってのは、価値を数字に変えた単位のことだろ?」 「そいつを奪うってことは、数字っていう目に見えた形で恨みを買うってことだ」 「逆に金みたく、目に見えた単位に手を出さなきゃ、グループ作って、人様に迷惑かけてる事実だってどっかぼんやりしちまう」 「ぼんやりした動機で恨みを持つ人間は少ないからな」 「……」 「なに?」 「マキさんが賢く見える……!」 「まーな」 「……」 「いま私のことバカにした?」 「押し寿司、美味しいですよ」 「ぐまぐまウマー」 「ようするに、金が絡むと何事も生々しくなるから、そういうのを避けたいってこった」 「とくにヤンキーなんて猿プラスアルファな連中をまとめようとすりゃ、1人1人の感情を制御するのは大切だろ」 「恋奈らしいぜ」 「色々考えてるんですね」 「あいつはヤンキーっつーか経営者だからな」 気に入らなそうだった。 マキさんと片瀬さんってタイプが真逆だからな。孤独でいたがるマキさんと、組織を築こうとする片瀬さん。 どっちが正しいとは言えない。あえて言えばどっちも悪い。 「でもやっぱり、片瀬さんって賢いですね」 「そうか?まー小賢しいことには頭回るタイプだけど」 組織作りのノウハウみたいのがわかってる感じ。 「俺は思いつきませんでしたよ。お金のやり取りで組織を安定させる――みたいなの」 「……」 「全員がそれで納得してれば、な」 「へ?」 「なんでもない」 「ま、私に言わせりゃセコいよ。不良ぶっといて、恨みは買いたくないなんて」 そうとも言えるかもしれない。 ……でも、 「考えてみると。マキさんもお金は取ろうとしませんよね」 「んー?」 これまで何度か食べ物やキスは強奪されたが、お金を取られたことってない。 「やっぱり恨みを買うから?」 「私は別に恨み買っても怖くねーよ」 それもそうか。 「取るときは取るぜ。例えばこの胸見て寄ってくるダイみたいなスケベ親父にステーキおごらせたり」 スケベ親父……。 「でもそれも、現金そのものは取らないんでしょ?」 「それは私の好みの問題」 「ロクでもない金ってのが気持ち悪いだけさ」 「?」 「寿司には番茶がいい」 「あ、淹れてきます」 部屋を出る。 みんないろいろ考えてるんだな。 不良も奥が深い。 ・・・・・ ・・・・ 「……」 「ったく母さんは。卵くらい買っとけよ」 「……」 「ッおっと!」 「おいなにしやが……」 (デカ) (なんだこいつ、ティアラよりデカい) 「……」 「すげーのが集まるな今年の湘南」 「誰だテメェ。こっちは卵持ってんだぞ、気ぃつけろ」 「……」 「心地よい殺気。強き者」 「声シブ」 「腕を試させてもらう」 「ハァ?」 「……いざ」 「……」 「なんかノリがヤンキーって感じしねぇけど」 「ケンカ売る気なら買ってやんぜ」 「……」 (……安定した重心。格闘技やってるな) (殺気は……ティアラ以上) 「卵守れるかな」 「お前、名前は?」 「ガナハ……。『暴走王国』の我那覇葉」 「参る」 「フン」 「湘南三大天――喧嘩狼の愛」 「来いや!」 「愛〜、遅いわよ〜」 「ッ!」 「母さん」 「早く帰りなさい。卵がなくちゃすき焼きが始まらないじゃない」 「あら、大きい子ね」 「……」 「母さん、いまケンカ中だから」 「そうなの?」 「神聖なる決闘である。邪魔するな」 「困ったわねぇ」 「ここは譲ってくれない? 今日、すき焼きなの」 「ふざけるな!」 「ッ!」 (にこにこ) 「お願い」 「ね?」 「……何者」 「ね?」 「……」 ――タッ。 「ありがと」 「……やれやれ」 「ダメでしょう愛。おつかいの最中に遊んでちゃ」 「遊んでないよ。一方的にふっかけられたの」 「売られたケンカは全部買えっつったの、母さんじゃん」 「そうだけど。もう大人なんだから時と場合を考えなさい」 「すき焼きなのよ。す・き・焼・き」 「分かったって」 「さ、帰るわよ。誠君が待ってるんだから」 「はいはい」 (……腰越以外にも物騒なのがウロついてんだな。クミたちに注意しとかねーと) 「……ふー」 「今年の夏は荒れそうだぜ」 「おはよー」 「やっときたタイ」 「ヒロシ、タロウを止めてくれ」 「は?」 「僕はもうダメだ……」 「ヴァン、暗いね、どうしたの」 「よく分かんねーけど朝からネガティブオーラ全開でそれで」 「鬱だ。死にたい」 「坂東君が死んだら私も死ぬ」 「死ぬ」 「オーラが女子にも感染してるタイ」 「こいつ絶対変なギアス持ってるだろ」 「死にたくなってくる」 「ヴァンは表現力豊かだからね」 「ヴァン? おはよ、どうしたの」 頬をぺしぺしする。 「……ひろか」 「はは、昨日の寿司屋はどうだった?素敵な板前がいたようだが」 「ああ、美味しかったよ」 (ずーん) 「滅べばいいのに、世界」 「デスノ○トない? 独裁スイ○チでもいい」 「なんか40歳くらいの年季が入った職人さんでね」 「40?」 「うん、俺たちくらいのお子さんがいそうな人」 「……」 「世界が光に満ちあふれているわ」 「そうそう一条さんって覚えてる?憧れの人なんだって」 (ずーん) 「目を閉じ耳を塞ぎ口をつぐんで孤独に暮らしたい」 「ヴァン?」 「いや、なんでもない」 「彼女に幸せにと伝えてくれ!」 「は?」 「つーわけだから、アタシのいないとこでは無茶しないように」 「ウス」 「一条ティアラ以上……そんな猛者が」 「いきなり吹っかけてきた。危なそうだから、正体がつかめるまでは手ぇだすな」 「は、はい」 「……?」 (変だな。いつものクミなら『オレらでヤってやりますよ!』とか言い出すのに) 「まーとにかく、気を付けるように」 「「「はい!」」」 「おっと」 「坂東? どこ行くんだまだ朝なのに」 「ヴァーン、どこ行くのー」 「……っと」 「あ」 「……」 「お、おはよう辻堂さん」 「……おう」 急だったので緊張してしまった。挨拶だけして、またヴァンを追う。 ・・・・・ 「……」 「いまの男、誰でしたっけ?どっかで見た気ぃするんやけど」 「ン……知り会いだよ」 「……」 「ただのクラスメイト」 ・・・・・ 放課後。 「あ」 メールが入ってた。 片瀬さんからだ。なになに。 『今日は集会を行う。いつもの場所に夜7時に集合するように』 7時? カチカチカチ。 『無理。夕飯の時間だから』 これでよしと。 さ、帰ろう。 ・・・・・ 夜7時 「いただきまーっす」 「いただきます」 「今日はハンバーグか。久しぶりね」 「はぐはぐはぐ」 「もぐもぐ」 「あ、このハンバーグ、孝行のじゃなくてヒロのお手製でしょ」 「分かる? ソースとか似せて作ったんだけど」 「焼き方がちょっと荒いわ。味も甘味が強いし」 「酔ってるくせに鋭いね」 「私がヒロの作ったものに気づかないわけないでしょ」 「どう? 孝行のに比べて」 「ちょぉーっとムラがあるけど、美味しいわよ」 「私個人ではこっちのほうが好きかな」 「えへへ」 「ふふ」 「〜♪」 「ご機嫌ね梓。なにかあった?」 「あ、そのピアス」 「はい。新しいやつ買ったんす。かわいーっしょ」 「恋奈様は相変わらず細かいところも見てるっての」 「部下の管理はリーダーの仕事よ」 「ちなみにティアラが昼から歯に青のりついてるのもとっくに気づいてるわ」 「うそぉ!?」 「さぁて、集合!」 「これより江乃死魔定期集会を始める」 「まずは最近、千葉連合の連中がちょっかいかけてくるそうだから対策を……」 「……長谷は?」 「来てないよ」 「おかしいわね、ちゃんとメールしたのに」 「あ返信入ってる。なになに『むりゆうはんの……』」 「〜〜」 「ヒロ、ほっぺにご飯粒ついてるわよ」 「え、どこどこ」 「ここ」 「はい、あーん」 「ぱくっ」 「あんにゃろー、完全に江乃死魔をナメてるわね」 「予定変更! 追い込みかけるわ。準備しなさい」 「「「おー!」」」 「ごちそーさん」 「このあと仕事するから、静かにお願い」 「分かった」 「コーヒー淹れようか?」 「まだいい。気がむいたら頼むから」 「うん」 静かに、か。 俺も部屋でゆっくりしよう。 けどその前に、残ったハンバーグを温めなおして、  ! なんだ? 外が騒がしいな。 ・・・・・ 「ククククク」 「乗り込むぞ! 準備はいいか!」 「おっしゃー!」 「久しぶりのカチコミじゃーい!」 「いんすか恋奈様。また長谷センパイと揉めますよ」 「こういうのは最初が肝心なのよ」 「ケケケケ、追い込みかけるなんて久しぶりだぜ」 「こういうお祭りは恋奈様許してくれねーからな」 ――むんず。 「お?」 ――ぽいぽいっ。                ☆(←G)  (H→)☆ 「恋奈様。総員配置につきました」 「いつでも行けます」 「おう」 (これだけの数で取り囲めば、さすがの長谷もビビる。あいつはともかくご近所はビビるわ) ――ぽぽいっ。         ☆(←D) (E→)☆ (ご近所の迷惑になればあの偽善者は逆らえなくなる) (ちょっとでも譲歩した時点でアンタはもう私のものなのよ……長谷大) ――ぽいぽいぽいぽいっ。              ☆(←花子)  ☆(←その他たくさん)                 ☆(←宝冠) 「さあ」 「派手にブチかますわよ!」 しーん。 「あれ?」 「邪魔」 「え……」 「ぎゃああああああああ!」 「マキさん、ハンバーグ喜ぶかなぁ」 「でもハンバーグよりも血の滴るステーキとかのほうが好きそうか?」 ――コンコン 「ハンバーグ好き」 「なによりです」 「でも血の滴るステーキも好きだなー」 「これ、あとで食うから焼いといて」 べしゃっと血の塊を渡された。 「うわ、なんですかこれ」 「焼いといてって言われても、うちのグリルじゃこんな大きいの無理ですよ……」 「片瀬さん!?」 血まみれの片瀬さんだった。 「ぐは……し、死ぬかと」 「痛くない!」 「……ケンカしたんですか?」 辻堂さんのときより容赦なくヤられてる。 「アンタ皆殺しとどういう関係なのよ」 「仲良くしてもらってます」 「片瀬さんはどうしたの?今日集会やるとか言ってなかった?」 「アンタが私をナメてるから迎えにきたのよッッ!」 「迎えに? わざわざ悪いね」 「そーゆーこっちゃない!」 「ほんとムカつくわね長谷大」 「直近に加えようと思ったけどやっぱ下っ端!雑魚のままにしてやる。死ぬほどコキ使ってやるから」 「俺は別に手下になったわけじゃないから」 「うっさいうっさい!」 「もうキャンセルは効かないのよ。一歩こっちに踏み込んだ以上、アンタはヤンキーという蟻地獄に沈んでいくしか……」 「わー、このハンバーグ美味しい」 「ほんとですか!?」 「でも焼き方が素人くせーな。これもしかして」 「はい、具の配分とか俺が考えたやつなんです」 「いいじゃん、気にいった」 「実はマキさんのやつは、マキさん専用にちょっと肉を多めにしてて」 「いいね〜。そういう気配り好きだぜ」 「いーこいーこ」(なでなで) 「えへへ」 「話を聞けーーー!」 「片瀬さん!」 「な、なによ」 「いま姉ちゃんが仕事してるんです。遊びに来るのはいいけど、お静かにお願いします」 「が……っ」 「ぷっ、説教されてやんの」 「ぐ……ググ……ナメやがって……!」 「もういい、この家ぶっ壊してやる」 「な、なにをする気ですか」 「腰越にやられたのはあくまで脅し部隊。破壊部隊は別で用意してあるのよ。携帯一本でこの家に突貫する部隊がね」 「そんな……」 「もう遅いわ! 破壊部隊! ミッション開始!」 しーん。 「あれ?」 「まー来たら私がコロすけど」 「……」 「……あの」 「動くな。正座してろ」 「なんでリョウさんが。今日休みなんじゃ」 「二度とこの近辺でバイクをふかすな」 「おかあ……ここらの人をびっくりさせたらコロす」 「なんでアンタに関わるとなにもかもが上手くいかないのよ!」 「俺は知らないよ」 「うう……おかしいわよ。なんなのこいつの運命」 「そんなところに文句言われてもなぁ」 「俺を集会に迎えに来たんだよね?」 「そうよ」 「じゃあ……分かった。9時くらいになったら行くよ。それでいいでしょ」 「これからも9時くらいからスタートにしてもらえればできるだけ参加するから」 「なんでアンタのために集会の時間変えなきゃいけないのよ!」 「夕飯の準備しなきゃいけないんですよ」 「うっさい! そっちが合わせろ!」 「なに、ダイが江乃死魔の集会に参加すんの?」 「そういう話になってまして」 「ふーん。まあいいけど」 「江乃死魔のためにご飯が遅れたら、江乃死魔消すよ?」 「が……っ!」 「そんな物騒な」 「大丈夫ですよマキさん。俺は基本的に家庭のことを第一に考えてますから。マキさんのご飯を優先します」 「いいやつだなダイは〜。おーよしよし」(なでなで) 「恋奈が無茶言うなら私に言え。文句どころか口がきけない体にしてやっから」 「も〜〜〜〜〜!」 「どうしてアンタみたいなヘボが湘南三大天を使う立場にいんのよッッ!」 「使ってないよ」 「……ぐぐぐ」 「もういい! 明日の9時に集合しなおし!」 行っちゃった。 譲歩してくれたらしい。よかったよかった。 でもこれで、明日はちゃんと行くようにしないとな。 「……で? なんで江乃死魔に入ってんの?」 「流れでそうなっちゃいまして」 「ふーん。……もぐもぐ」 「てことは私とお前、敵同士になるわけか」 「そんな」 「甘えてんじゃねーぞダイ」 「ヤンキーに関わるってのはヤンキーになるってこと。そしてどっかに与すれば、他のすべてを敵に回すのがヤンキーってもんだ」 「江乃死魔にちょっとでも属しちまった時点で、お前は敵になったんだ。私とも、辻堂とも」 「……」 そうなのかな。 揉めないようにぐだぐだやってきたけど、やっぱり俺はもう江乃死魔の一員なんだろうか。 辻堂さんの敵なんだろうか。 「メシ食いにくるのも、もうやめたほうがいいかもな」 「そんな」 「仕方ねーだろ。明日からは……」 「明日はカラアゲの予定なのに」 「来るけど。明後日からも毎日来るけど」 「お待ちしてます」 よかった。 「……ただし、覚悟だけはしとけよ。ダイ」 「私とお前が殴り合う――そんな日も、いつか来ないとは限らないぜ」 「……来ませんよ」 少なくとも俺がマキさんを殴るなんて。 ……辻堂さんと争う日なんて。 「そう願うよ」 「……」 「ちなみにさ。頭のいいやつは敵に対して贈り物をして油断を誘ったりするんだよな」 「敵になった記念にカラアゲの量が増えたりは……」 「ないです。買う量はもう決めてるんで」 「……チッ、気に入らねぇな」 「敵になった記念にブン殴られてぇのかコラァァアアアア!!!」 「軟骨もつける予定だったけど全部姉ちゃん行きかな」 「うそうそ。ダイ愛してる」 とりあえず、 俺はもうずるずると、ヤンキーの世界に入りつつあるらしい。 ・・・・・ 「ったく……」 「恋奈様、こっち見てください」 「ん?」 「あ! 梓テメェまた逃げただろ!」 「ひぃ! だ、だって急に皆殺しセンパイが来たんすよ。しょうがないっしょ」 「それより、こいつらです」 (ぴく……ぴく……) 「? 誰これ……千葉連の腕章? もう来たの」 「奇襲に来たってとこだろうけど……なんで寝てんの」 「分かんねっす。見つけたときにはもう」 「全員サイフ取られたみたいです。中身抜かれて海に捨ててありました」 「金まで。ひでーことするぜ」 「しかも、見てくださいこの男」 「う……うう」 「誰?」 「千葉連の柏さん。ケンカ屋です」 「聞いたことある。ボクサー崩れで、金で不良グループの用心棒やるっていう」 「プロのランカーから転身した利根川や極道にまで内通してるっていう水戸ほどじゃないけど、千葉じゃ有名な強者ですよ」 「誰がこんなボコボコに」 「不明です」 「ここでやりあったのか?」 「たぶん。こいつらがうちを襲いに来て、そのまま誰かに、って感じだと思います」 「ただ50人弱がやられてるのにほとんど荒れてない。暴れたのもせいぜい50人程度の規模です」 「……ごく少数で、ケンカ屋込みの50人をつぶした?」 「下手すると……1人で」 「そんなのティアラにだって無理だわ」 (できる奴も2人いるけど) (腰越はアリバイがある……じゃあ辻堂?いや、あいつはサイフには手を出さないはず) 「……」 「……勘弁してよ」 「ティアラ以上がまだ湘南にいるの?」 ・・・・・ 「ふぃー」 「千葉連から緊急で出動要請来たけど、湘南海岸ってだけで分かるかよ。交通費もバカになんねーし」 「……」 「あ?」 「……中々の殺気。強き者」 「声シブ」 「試させてもらう」 「……」 「いいの?俺、ファイトマネーはきっちり徴収するから」 「入院費、残んねーよ?」 「――参る」 「ういー」 「今日はまたペースが早くないか」 「だぁってヒロで遊ぼうと思ってたのに出かけちゃったんだもん」 「夜遊びか? ヒロポンにしては珍しい」 「ワルい友達でも作ってたりして」 「まさか」 「つーわけで、改めて集合」 「うーい」 「おうよ」 「今日は来ました」 「ちっ、遅れたらリンチしてやったのに」 怖い。 「あー、まずは新入りの挨拶から」 「長谷大。知ってるやつもいるわね、あの喧嘩狼、辻堂愛や皆殺しの腰越マキとまで縁の深い男よ」 周囲がざわめく。 いつの間にか俺は不良界でもかなり特異なポジションになっていたらしい。 「先日を持って私の部下となった」 「三大天の他2人と縁が深かったようだが、私の下についたほうがいいって判断したらしいわ」 「は?」 「賢い選択よ長谷大。アンタが選んだのは、三大天最強の女なんだから」 わきかえる江乃死魔。 彼女を辻堂さん、マキさんより上に見せる印象操作に利用されてしまったらしい。 ……はぁ。辻堂さんが怒っても知らないぞ。 「こいつは私の直近に置く。不必要には絡まないように」 「さて次に昨日の話だけど――」 挨拶。とか言いながら、俺には一言もしゃべらせないで終わらせた。 俺が無駄なことを言う機会も封殺。 ほんとセコい……やり手だなこの子。 「おい」 「……」 あちこち傷を負ったヤンキーが連れて来られる。 腕章に『千葉連合・特攻隊長』とあった。見ると後ろには同じ腕章を付けた人がさらに数10人。 なんでも昨日、ここでやられてた人たちだそうだ。事情聴取するらしい。 「わざわざ千葉からご足労いただきどーも」 「……」 「うちとやりあう前にツブれてりゃワケないけど」 「ッ!」 すごい目で片瀬さんを睨む千葉連合の人。 ただ梓ちゃんがしっかり押さえてるうえに、さりげなく一条さんたちが片瀬さんを守ってる。 「アンタをやったのは誰?」 「……し、知るか」 「人相とか教えてくれればいいのよ。金髪で腰にチェーン巻いてるとか。ぼさぼさ頭でいつもお腹すかせてるとか」 「知らない。覚えていない」 「口止めでもされてるわけ?痛い思いしないうちに吐きなさいよ」 「……」 「……」 「ま、だいたい予想はついてるけど」 え? みんなびっくりな顔になる。 「こんなことできるの。辻堂と腰越以外にはあいつしかいないわ」 「し、知ってるのか?」 「へー。ほんとに50人がたった1人に負けたんだ」 「っ……」 しまったって顔になる男。でも遅い。顔色が全部を物語ってる。 この人たち、50人近くいて、たった1人に負けたんだ。 できそうな知り合いは何人かいる。 でも驚きだった。 「面倒になりそう」 「く……」 「……」 「OK、聞きたかったのはそれだけよ。解放して梓」 「へ?」 「え、い、いんすか?」 「っ……」 「無一文よね。これうちの会社のバスチケット。千葉への片道50人分あるから、あとは好きになさい」 「二度と湘南の土は踏むな」 解放された男にしっしっと手をふる片瀬さん。 同時に50人も解放された。受け取ったバスチケットを手に、戸惑いながらぞろぞろと駅の方へ歩いていく。 ・・・・・ 「あっさり帰すんだね。あの人たち、片瀬さんたちを狙ってきたんでしょ」 「残しておいたって意味ないじゃない。千葉連を勧誘してもいまのところ使い道がないし」 「今日は最低限のことだけ聞いて、あとは恩を売るのが最善よ」 なるほど。 「……」 「なに」 「いや、片瀬さん優しいなって」 「はあ?使い道がないから帰した。それだけじゃない」 「でもバスのチケットまで」 「あまりものだからあげただけよ」 「サイフの中身とられてるから、着の身着のままで逃がしたらそこらでカツアゲ始めてうちのシマが荒らされるし」 なるほど。 言ってることはいちいち合理的だ。でも、 「やってることは優しいよね」 「う……」 「うっさいバカ!その生温かい目ぇやめてよ気持ち悪いわね!」 怒っちゃった。 でもよかった。 初めて参加した集会で、片瀬さんのこと悪く思わずに済みそうだ。 「……おい」 「あ?」 さっきの人だ。 「……」 「借りはいずれ返す」 「危急のときは呼べ」 「……」 「私に危急のときなんてありえないわ」 「……」 「……あの女には気をつけろ」 ……女? 「アンタたちをやったのは……女?」 「うーい、バス来ちゃいますよー」 「……さらばだ」 去って行った。 「また女……」 辻堂さんといいマキさんといい。最近の女の子ってすごいな。 一条さんとかもある意味すごいし。 「さってとぉ、あとはなんだい恋奈様」 「もう特にないわ。お開きにしてもいいけど……」 「あの、質問なんですけど」 「ん?」 「そいつ、長谷ってやつ」 「はい」 ぺこっと会釈する。 「今日から恋奈様の直近に、つまり俺らの上につくんだよな」 「なーんか気に入らねぇぜ。なよなよしてるくせにいきなり下に見てくるなんて」 「下になんて見てませんよ」 「そいつは特別枠よ。気にしなくていいわ」 「でも江乃死魔幹部に入るならある程度の強さがないと」 「ハナは直近だけど弱いじゃない」 「ハナさんはいいんです」 「いいんです」 「いいんです」 「なんかムカつくシ」 「一理あるっての恋奈様。特別とはいえ、あんまり弱いやつを入れるのは嫌だぜ」 「そんなこと言われても……」 「そうねえ」 (ここで痛い目に合わせるとまた来るのを嫌がりそう。でも示しはつけないと) (なによりコイツ、1回痛い目に合わせたいのよね) 「嫌な予感がする」 「……」 「そうだ!ティアラ、『台風』を用意しなさい」 「おっ! そいつぁいいっての!」 すごい笑顔で駆けていく一条さん。 なんか持ってきた。 太い鎖だ。両端に金属の輪っかがついてる。 「うわー、恋奈様エグいっすね」 「シシシ。あたしの一番好きな奴だシ」 「な、なんですこれ?」 「ふふっ……」 「タイフーン・チェイン!」 「湘南に古くから伝わる、決して切れない鎖よ」 「伝説の稲村チェーンですら、こいつを破壊することはできなかったという。何人も逃れられない魔の鎖」 「両端にはタイマー付きの首輪がついてる。鍵はないから、一度つけたらこのタイマーが許すまでその2人は鎖につながれることになる」 「タイマーは最長で1時間。そしてこの決して離れられない時間、気絶しても降参しても続く決闘。その名も――」 「ワンナワーチェーンデスマッチ!!」 「こいつで試しましょう。アンタの腕前」 見てたみんなが盛り上がる。 「ま、待って。俺がやるの?その古代の処刑法みたいなやつ」 「アンタ以外誰がいるのよ」 「そうですか」 OK。 「江乃死魔やめます。さようなら」 背を向ける。 ――ガチャン。 首に冷たい感触。 「恋奈様ぁ、何分にするかい?」 「コラー!」 「30分でいいわ。ただの腕試しだし」 「ちょーっとやりすぎても30分なら死なないでしょう」 なにが集会だ、リンチじゃないか。 「さあ恋奈様の直近たるにふさわしいって証明してみな」 「誰とやるシ?」 「そんなの決まってるでしょ」 俺につけられた首輪の逆端は、片瀬さんが持ってた。 「私よ」 ――ガチャン。 自分の首にはめる片瀬さん。 「ちょっ、ちょっと待って。俺に片瀬さんとケンカしろって!?」 「感謝しなさい。私自身が手をくだすなんてめったにないんだから」 まわりがわき返る。 「待ってよ。あの、ホントに怖いんだけど」 「大丈夫よ、殺しはしないから」 「殺さない程度なら何するか分からないけど」 ひええ。 「く、首輪外してください」 「30分経たないと外れねーよ」 「くそう」 不良グループを一瞬でも信用して参加した俺がバカだった。 不良は不良だ。 「ひっく」 「飲みすぎだぞ。明日も授業あるのに」 「こんばんはー」 「あえ、ヨイちゃん」 「あ、冴子さん。どうも」 「知りあい?」 「近所の子。昔よく遊んであげたの」 「あはは、遊んでもらったというか、プロレス技の練習台になったというか」 「中学のころプロレスにハマってね〜」 「お前が中学の……この子小学校入ったくらいだろ?」 「いまとなってはいい思い出です」 「……アレのせいで意味もなく強くなっちまった」 「今日ヒロ君は?」 「さあ? 夜遊びしてるみたい」 「珍しいですね」 (そういえば今日も集会が……まさかね) ――ぶちっ ――ぶちっ 「?」 「いえ」 「靴ひもが……」 「オラオラ、さっさと歩けっての」 「うわあああ!」 一条さんのとんでもないパワーに引っ張られ、無理やりアジトの中央へ連れられた。 「はーいルールは知ってるっすね」 「基本バーリトゥードだけど、噛みつきや目つぶしなど、マジで危ないことやったら止めさせてもらうっす」 「反則じゃねーっすけどね。ま、やるかどうかは最終的に本人判断っす」 「始まったら首輪が外れるまでは終わりません。降参しても意味ないっす。戦意喪失しても時間まで殴られ続けてください」 「反面、いったん降参した相手でも反撃してくるかもしれないんで、勝ったほうは最後まで油断しないように」 「以上。そんじゃ時間無駄にしないうちに始めるっすよ」 「レディ」 「ファイト!」 「がはっ!」 開戦と同時にみぞおちに入れられた。 「オラッ! 起きなさい」 首同士をつなぐ鎖は2メートル。 引っ張られれば、寝転がっていることもできない。 引き起こされ、 ――ゴヅンッッ! 「くぁ……」 頭突き。 視界がゆがむ。 「ハッハー! やっぱケンカは不良の華だっての」 「れんにゃはあんまりしないってだけで、ケンカ苦手なわけじゃないシ」 「が……んぁ」 クラクラしてる暇もなく、また引っ張り起こされた。 「どうしたの長谷大。反撃しないと30分間サンドバッグよ」 「ちょ……っと、待った! ちょっと待った!」 「ケンカに待ったはねーよ」 「ぐぁッッつ!」 いてて、 「俺はケンカすると言ってない。これはケンカじゃない」 とにかく止まってもらう。 片瀬さんは俺の胸倉をつかんだまま。 「始まった以上これはケンカなの」 「ほらほら、殴ってみなさいよ。江乃死魔リーダーを殴れるなんて普通ないわよ」 「だ、だから」 「俺はケンカしない。人は殴らないんです」 「ハァ?女だから殴れないって?」 「そうじゃなくて」 「?」 「女性は殴らない。じゃないです。男も女も殴らないんです」 「は……?」 俺はフェミニストではないので、男女平等。殴り合いになったら男が女を殴ってもいいと思ってる。 ただし俺は人を殴らない。 理由があるならともかく、誰かを殴りたくない。 「だからケンカしないんです」 「……なにそれ」 「非暴力不服従ってわけ? 寒」 「がふっ!」 説得失敗。殴られる。 片瀬さんは俺の胸倉をつかんだまま。 「まあ……実は計算通りだけどね」 俺にだけ聞こえる声で言う。 「男女どっちも、とは思わなかったけど。あんたが殴り返してこないのは計算済みってこと」 「この偽善者が」 「……」 だから『リーダー自らが決闘』か。 「計算高いね」 ――ドグォッッ! 「うぁ……ガ!」 また頭突き……いてぇえ。 辻堂さんには簡単にやられてたけど、この子、充分強いぞ。 「ハン、女の子に頭突きされて涙目ってちょっと情けないんじゃない?」 「ラァッ!」 「あぐっ!」 いてぇ……。 「か、片瀬さん石頭すぎ」 「やかましい!」 「痛いっす!」 「ふふっ、あはははははっ」 (あー気持ちいい〜) (こいつなに言ってもビビらないし話してるとペース崩れるしでムカつくけど、スカッとするわ) (おっと、でもやりすぎは禁物) 「ハナ! 残り時間は」 「んっと、17分だシ」 (……あと2分か) 「反撃しなくていいの長谷?あと17分、サンドバッグよ?」 「ううう……」 (あとちょっとで気が折れるわ) (折れたらすぐに殴るのをやめ決闘中断にする。できれば15分くらい残して) (バカなこいつのことだから、私のことを情の深い人間だと思うはず。私が勝手に殴ってるのに) 「ソラソラソラソラ! 先は長いわよ!」 「いでっ! ぐあっ! うぐ……ッ!」 くそう……。 言っとくが俺はインドの政治家ほど高尚じゃない。暴力は嫌いだが抵抗はするぞ。 問題は抵抗するだけの力がないことだが――。 「く……ッ」 「あーはいはい! やるならやってくれ」 ドサッ。 もういい。大の字で寝ころんだ。 「殴るなら殴れ。蹴るなら蹴れ」 「どうせ30分なんだろ。だったらそのあいだ耐えきればいいだけだ」 「……」 「……アンタ、ほんとにムカつくわね」 片瀬さんがお腹の上に乗ってきた。 マウントポジション、ってやつ。 「ケンカの最中に腹向けて寝るなんて、殺してくれって言ってるようなもんよ」 「この偽善者が!」 いてっ! 「アンタのその態度が頭にくんのよ!」 あぐっ! 何発か殴り、最後に襟をつかんできた。 「ハン……まあ人間サンドバッグってのもキラいじゃないけどね」 サディスティックに笑いながら……、 「ほら殴りなさいよ……! 反撃しなきゃシメ殺すわ」 絞められた。 首輪の下で襟が首に食いこむ。 「が……ッ!」 呼吸が止まった。 「……ふっ」 「ふふっ、あはっ、あはははは!」 「いい顔ね長谷大! 苦しい? 苦しいでしょ」 「ンぐ……ぐぁあ」 「ふふっ、そんなつもりじゃなかったけど、決闘にしてよかったわ。アンタみたいな偽善者、痛めつけるとすっとする」 「無抵抗がカッコいいとでも思ってんの?」 「が……っ、ぅが……っ」 「ほら! 殴り返しなさいよ!」 「う……」 「……」 「ま、待った! 待った!」 大声を出した。手が緩む。 「なに」 「ぜはーっ、はーっ、はーっ」 「ちょ、ちょっと待って。片瀬さんかんちがいしてる」 「はあ?」 「俺はあくまで人を殴るのが嫌いなだけだ。無抵抗主義とか、そういうのとはちがう」 「で? 殴り返さないでどうするのよこの状況」 「だから耐えるっつってんじゃん。30分時間を稼げば済みなんだから」 時間制限がなければ逃げる方法とかもしかしたら反撃も考えるかもしれない。 でもこの場合、殴り返す意味がない。 「俺は片瀬さんを叩きたくない。それだけだよ」 「なんでよ。これだけ殴られて」 「だって片瀬さんは友達だから」 「は……っ!?」 「君だって友達を叩くと、自分の胸が痛くなるだろ」 「だから殴らない」 「……」 「ば、バカじゃない」 「アンタなんかと友情をはぐくむ気はないわよ。ほら殴り返しなさい、またシメるわよ!」 また襟をつかんでくる。 「ままま待って待って!」 「なに!」 「こんな言葉がある。友情は実りの遅い植物である。しかし……」 「それがなに!」 「だから、友情は時間がかかるけど」 「……」 「……時間稼ぎしてる?」 「ぎくっ」 「えらそうなことほざいてると思ったらそういうことかこのヘタレが!!!」 ぎゅい〜〜。 「ぎゃああだってえええ!」 殴りは我慢できるけど、シメは命に関わる。 「シメられたくないならこっちにしてあげるわよ」 「うるぁ!」 ゴツッッ! 「があああ!」 「ず、頭突きもダメ。頭突きマジで痛い!」 「痛めつけてるのよ! オラッ!」 もう1発。 い、痛い。パンチやキックは耐えられるレベルだけど、頭突きだけはとんでもない威力だぞ。 「もういっちょ!」 「うわ……!」 むにゅんっ。 「……」  ? 逃れようと首を思いっきりさげたら、必然的に突き出された顎が彼女の顎とあたった。 口元になんか柔らかい……。 「はわぁッ!」 「???」 よく分からないが片瀬さんがマウントを解いた。 「こ、この……また」 口元を押さえてる。  ?どうしたんだろ。 「よく見えなかったっての」 「なんかカウンターいれられたんすかね」 「ぐ……ぐぐ」 「長谷ぇええええええええ!」 「いでえええええ!」 前もやられた踏んづけだ。 これ、めちゃくちゃ痛い。のた打ち回る。 「このっ、このっ!」 痛い痛いマジで痛い。泣きそう。 てかホントに涙が出てきた。涙目でのた打ち回る。 「はぁ……、はぁ……」 「……」 「……ふふ」 泣いてしまう俺を見て、片瀬さんは笑みを取り戻す。 「どうするの長谷大。まだ10分以上あるわよ。この痛みには10分間耐えられるのかしら?」 「じゅ……ぷん?」 まだそんなにあんの? 痛すぎる。こんなの……死ぬよ。 「そうよね。無理よね」 片瀬さんはふと足から力を抜き、 「舐めなさい」 「え……?」 「舐めろ。アンタが舐めてる間、踏むのをやめてあげる」 「10分間ご奉仕できたら、もう痛い思いはしなくて済むわ」 「……」 なん……だと? 片瀬さんの足を舐めれば、もう痛い思いせずに済む? 「そうね。サービスで」 「靴はなしにしてあげる」 「さあ、どうする」 「……」 足首から下があらわになる。 ……可愛いな、片瀬さんの足。 あれを舐めればもう痛い思いはせずに……。 「よろこんで!」 「即答!?」 「く……」 悔しい……こんなことはしたくない。 だがこのまま踏みつけられるのはあまりにも惨めでなにより痛い。 「同じ惨めならこちらの方がましかもしれない」 「片瀬さんの可愛い足を指の一本一本までナメ回し舌で転がすことのほうが、ほんのちょっとだけ踏んづけられるよりましだ」 「な、なんか嫌なオーラを感じるんだけど」 でもその前に。 「ちょっと来て片瀬さん」 「へ?わっ、わっ、こら!」 起き上がり、足をつかんで海の方へ連れて行った。 「悪いけど、さすがに衛生面が気になるからね。洗わせてもらうよ」 海の水でじゃぶじゃぶじゃぶ。 「こらっ、なに勝手なこと……わわっくすぐったい」 「これでよし」 指の間まできれいにした。 「いただきます」 「いただきます?!」 「はむ」 小指から口に含んだ。 んー。 当たり前だが海水の味しかしない。 でも指が小っちゃくてプニプニして、可愛かった。 「はむはむ。レロレロ」 「ちょっ、そ、そんな念入りに」 「念入りにやらないと怒るんだろ。踏まれるの嫌だからすみずみまで行くよ」 指の間をしゃぶりまわし、 「んぁ……は」 指一本一本を吸う。 「あ……ぅ」 足の裏をツゥー。 「ひゃああんっ」 「も、もういい! もういいわよ!」 「ダメだよ。10分て約束なんだから」 「いらないって」 ツゥー。 「いやぁんそれだめぇっ」 足を舐めるなんて屈辱的だが――。 10分間。足首まで余さず舐めつくした。 ・・・・・ 「ふざけるな! 俺は屈しないぞ」 たとえ片瀬さんの足が結構可愛かろうと人間として超えちゃいけないラインというものがある。 「踏むなら踏めよ。俺は耐える」 「ハン、いい度胸だわ」 「じゃあ遠慮なく」(ぎゅう〜〜) 腹を踏まれる。 「うぐぐ……」 痛い……。 「……」 でも、あれ?なんか緩いような。 「? ダメージ薄い?」 「靴がないとあんまり痛くないや」 片瀬さんの足はぷにぷにだ。いい具合に圧力が散って、痛みが軽減される。 「なによそれ」 靴を履きなおそうとする片瀬さん。 はっ! 「させるかー!」 「きゃああ!?」 足をつかんだ。 「踏むならこのままにしてもらおう!靴は履かせないぞ!」 「ちょばっ、バカ! なにすんのよ!」 「あんな痛いのはたくさんだ! このままにしろ!」 靴を履かせないよう足を抱きしめる。 膝と太ももに手を絡めた。顔まで含めてべったり彼女の体に密着させ、隙間なく足を拘束する。 「だああ! どこに顔つけてんの!」 「うおー! この足は放さないぞ、うおー!」 「わ、分かった履かない。履かないから放して」 「信じられるか!」 「フシュー! フシュー!絶対に離さないぞ」 「なななななに鼻息荒くしてんのよぉおおーー!」 なんとかそのまま、10分を稼ぎきった。 ・・・・・ 「はぁ……はぁ……」 「ふー……っ」 危機一髪だったが、俺の捨身が功をそうしたようだ。 30分が来て首輪はカチッと音を立てて外れる。 「えーっと……」 「これ、最終的にどっちが勝ったんだい?」 「れんにゃが攻めてたけど、最後の方はれんにゃずーっと叫んでたシ」 「……」 「こ、こいつと関わるとなんでこうロクでもない……」 「こっちのセリフだよ。痛かった」 「えっと、これは引き分けでいっすか?」 「そだな。もともと処刑用の競技で、勝ち負けはあんま決まんないっての」 「……いいわよそれで。これで私の勝ちになるのもなんか嫌だわ」 ・・・・・ 「プロレスじゃヒロが一番だったわねー」 「でしたねー」 「強いのか?」 「弱いですよ」 「でもいやらしいの。手口が」 くわっっ! 「ハァァアアアア!」 「反撃――!?」 (多少の反発は計算済み。そっちのほうが盛り上がるってものよ) 「来なさい!」 「目覚めろ! 俺のなかのコスモ!」 大振りで顔面にパンチしてくる片瀬さん。 だが俺は大きく後退してかわす。鎖は2メートル、彼女のリーチから逃れるだけの尺ならある。 そしてそのまま――。 「ていっ!」 自分から倒れ込んだ。 「えっ? うわ――」 そのまま鎖をつかんで転がる。 2メートルしかない鎖はすぐに尺が足りなくなり、 「きゃっ」 片瀬さんを引き込んだ。 「巻き込んだ!?」 「グランドファイトっすか!」 「こ、こいつ違うぞ。雑魚なんかとは」 「ハン、体重差を活かそうってわけ!?」 「考えたけど――そんな小細工が」 「しゃーいにーん……」 「へ?」 「ふんがぁああーーーーーーーっっ!」 横腹へ。 こちょこちょこちょこちょ〜〜〜っ! 「にょあああああッッッ!?」 「そらそらそらそら!」 「だわあああなななななにすんのよぉおおっ!」 まさかくすぐられるとは思わなかったのかあわてて逃げようとする片瀬さん。 だがすでに鎖は捕まえてある。首に俺の体重をかけられて起き上がるのは不可能。 さらに下は砂浜。身体をすべらせて、 「ぐ……ッ!」 マウントをとった。 「これが狙いか――なかなかやるじゃない」 「でも……ハッ!」 「あぐっ!」 「襟をとったシ!」 「シメ技っすか」 「さっすが恋奈様。石頭と護身系の技は天才的だっての!」 「石頭言うな!」 「だいたい冴子さんが悪いんですよ」 「なにが?」 「小さいころからシメたりツネったり関節キメたり。おかげでヒロ君、やたらと頑丈になっちゃって」 「たしかに防御力だけは人智を超えてるわね」 「……」 「え」 わき腹に指を置く。 「な、なんで絞めが効いてな――」 「こちょこちょこちょこちょ〜」 「んぎゃああああああーーー!」 「しかもヒロ君、やたらと弱いトコしってるんですよね」 「こう……気持ちよくなっちゃうっていうか」 「あー、よくマッサージさせてるからね」 「ツボとかに詳しいわけか」 「ゴールドフィンガーなんです」 「フシューッ! フシューッ!」 「い、いい加減にしろこの……!本気でオトすわよ!」 「……」 姉ちゃんの体なら、弱い箇所は――。 「ここだ!」 ――ぎゅう。 「きゃはぁっ!」 わきのツボをついた。びりって来たのか一瞬首をしめる力が緩む。 「な、なんなのこいつ――」 「さらにココ! ココ、ココ、ココ!」 ――ぎゅっ! ぎゅっ! ぎゅっ! 「っきゃああん!」 マッサージのとき姉ちゃんが力を抜くツボ。片瀬さんにも有効なようだ。 「な、なんか空気おかしくねーすか?」 「なにがだシ?」 「うおおおお! 負けんな恋奈さまー!」 「み、みんな気づいてないからいっか」 「ひ……っ、ひぅ」 「このやろぉおおおおおお!」 ――ギュイイイイ! 「ぐあああ」 首を絞める手に力がこもる。 襟が首輪の下で首に食いこむ。痛い――。 「へ、変な攻撃してんじゃないわよこの変態!」 「まだ続けるのか……なら徹底的に――!」 「うわっ、こ、この――」 マウントをとったまま、仰向けの彼女を抱きしめるような体勢に移す。 さらに首が絞められるけど――構わない。根性比べだ。 背中に手を回し。 ――むぎゅ。 「っきゃあん」 「んぐ……へ、変な声を」 下唇をかむ彼女。 俺は構わず、よくマッサージする姉ちゃんの背中を思い出して。 「ここだ!」 「んふぁっ」 「ここも!」 「んンん……」 「ア〜〜〜〜タタタタタタタタタタタッッッ!!」 「ひぁあああんっ」 「オァタァ!」 「いやぁーん!」 「すっげぇ! 完全に互角だっての!」 「れんにゃー! シメおとせー!」 「なかなかやるぞあの新人!」 「不死身の恋奈様相手にあそこまで――」 「んぎぎぎ……」 「変なとこ触るなぁ」 「じゃあ……げほっ、首放してよ」 「うるせぇえええ!!」 ――ギリギリギリ……! 「こちょこちょ〜」 「わー!」 ・・・・・ 「はい! 終了っす」 カチンと首輪から音が鳴った。 「ぐは……」 「かは……っ」 片瀬さんが襟をつかむ手を緩める。 俺も彼女を放した。クラッと来て、その場に寝転がることに。 「はぁ……はぁ……」 「ふぅ……ふぅ……」 「えっと……」 「相打ちかい?」 「っすね。時間内に決着がつかなきゃ相打ちってルールっす」 「はー、はー」 「ううう……」 「この変態がぁあ……!」 「ぐえええもう終わりだろ?!」 また首をしめてくる。 「うっさい! なんちゅー攻撃してんのよアンタは!」 「だって殴るのは慣れてないから、だったら相手の力を奪うのが一番だろ」 「それはそうだけど……う〜〜〜」 「でもやりすぎたかな。片瀬さん大丈夫だった? 途中で変な声出てたけど」 夢中だったからやめられなかった。 「変な声なんて出してねーわよ!」 「じゃあなんでそんな怒るの」 「んぐ……っ。こいつ、ああいえばこういう」 「???」 「もういいっ。やっぱりアンタに関わるとロクなことにならないわ」 立ち上がる。さすがに回復が早かった。 「すごい……引き分けた」 「ケンカ最強はティアラさんとはいえ……。あの不死身の恋奈様と」 「……」 (まあ結果的に悪くない状況だわ) 「みんな、見てのとおりよ。こいつは無能に見えてかなりケンカ慣れしてるわ」 してないよ。 「辻堂の男だったんだから当然ね」 見ていたみんながまたわき返った。 好意的に受け止められたらしい。 「もう異論はないわね」 「長谷大。今日から江乃死魔の一員よ」 「はぁ……」 色々言いたいんだが……まあいいや。疲れた。 ごろんと寝ころぶ。 ……なにやってるんだろ俺?夜中に外に出て、不良のたまり場まで来て、女の子とファイトして。 流されてるうちにホントに不良になっちゃった気がする。 「……」 片瀬さんと暴れるの、ちょっと楽しかったけど。 その後しばらくして、集会はお開きとなった。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……はぁ、お風呂入りたい」 「……」 「長谷大。ほんっと計算外のことばっかするわ」 「……」 (ぶるぶるっ) 「お、お風呂お風呂」 「身体が痛い」 筋肉痛と、殴られたとこの痛みと、色々。 身体を起こすだけでミシミシ言った。 「やっぱケンカなんてするもんじゃない」 「なに? ダイがケンカしたの?」 「おはようございます」 「ケンカってほどじゃないんですけど。ちょっとファイトを」 あんなに大はしゃぎしたのは久しぶりだ。 「大丈夫か?」 「心配してくれるんですか?」 「当たり前だろ。お前にもしものことがあったら」 「マキさん……」 「メシの供給元が1個消えるじゃん」 ご心配どーも。 「怪我とかはないんで」 「やっぱ江乃死魔絡み?」 「はい。といってもやり合ったのは片瀬さんとですけど」 「恋奈かよ。また微妙な相手に」 「でも怪我とかはねーのな。恋奈相手でも、ダイ程度じゃ本気でやったら大怪我させられそうなもんだけど」 「怪我はしない程度のやり合いだったので」 あっちは殴ってきたけど殴るだけだったし、こっちもはっきりとは攻撃しなかった。 「じゃれ合ってただけか」 「ですね」 ダメージと言えるのは軽度のムチうちとあと筋肉痛だけだ。 「ご飯の準備は問題なし?」 「すぐに用意します」 ベッドを抜ける。 マキさんは姉ちゃんに見つからないようにと窓のへりに腰かける。 「ン……」 「?」 「空がくすんでる」 「嵐が来る」 「今年4番目の台風に発展しそうな熱帯性低気圧が――」 マキさんすごい。 今日の空はどうみても快晴なんだが、デカい台風ができつつあるらしい。 「今年は多い気がする」 「春先には台風じゃないけど台風並みの爆弾低気圧が来てたし、当たり年かしら」 来るとして週末かな。 洗濯物、早め早めに片付けないと。 「いけ……な……いっ!」 よいしょっと。 「どしたん?」 「筋肉痛で」 鍋が重い。 「身体でも鍛えてるの?」 「はは。鍛えたほうがいいかもね」 「私がやるから、飲み物のほうお願い」 「うん」 学園に行くのも一苦労だった。 「おはようございまーす」 「おはようござ……ぁがっ」 「おう、どしたいアンちゃん」 「具合でも悪いの?」 「筋肉痛でして」 こまめに挨拶して顔を覚えられてると、こういうときは逆に恥ずかしいな。 「具合悪いのか?」 「いや、具合だけなら快調そのもの」 学園に来るだけで疲れた。 「筋肉痛ですか」 「ではこちらのサプリを飲んでください。このお酢も。あと帰ったらでいいんですがストレッチをですね」 「ありがといいんちょ」 「サプリはともかく、酢まで持ってくるか普通」 全部いただいた。 「筋肉痛ねえ。なんかしたの?」 「慣れないのに激しい運動しちゃって」 「長谷君、運動神経悪くはないけどあんま動かないからな」 「ていていっ」 「痛い痛い」 元気ないのが珍しいからか、人が集まってきた。軽めの関節技をかけられる。 まあ所詮筋肉痛。大したことないんだが……。 「痛ッ!」 「あ、やりすぎた?」 「い、いや別に」 筋肉痛はいいが、ムチうちの方は痛い。心配されてしまった。 「……」 「そんなことで大丈夫か?」 「なにが?」 「今日、1時限目から体育タイ」 「げ」 昼ごろになれば引くと思うんだけど、早い段階でキツい授業になった。 「鬼教師のヤマモトじゃ!」 「今日はマラソンのタイムを競うぞ!」 「オゥ……」 しかも一番キツい内容だった。 「ひー、ひー」 筋肉痛程度でサボるわけにもいかない。きしむ体を引きずって走ることに。 「大丈夫か?」 「うん……キツいけどね」 全身痛むから、疲れに直結する。 「参ったな。変わってやりたいが……」 「はは。気持ちだけいただくよ」 いてて。喋るだけでも腹筋がきつかった。 ヴァンには行ってもらい1人で走る。圧倒的に最下位だった。 「こらそこぉ! タラタラ走っちょるんじゃない!」 「はーい」 怒られるんでスピードを速める。 腿がツリそう。 「ヌヌヌヌヌ、ちんたら走りおって」 「あ、でも長谷はサボるような生徒じゃないのう」 「体調不良じゃな。休んどれい!」 「いいんですか」 許されてしまった。ラッキーだ。 昇降口のところに座ってみんなを見守った。 はー。 辛い。 「ケンカか?」 「えっ!?」 びっくりした。 女子は体育館のはずなのに。辻堂さんが。 「ケンカだろそれ」 「普通使わないとこの筋肉痛めてるし、首、しめられたんだろ。アザになってる」 ケンカのプロには見抜かれたようだ。 「コラァ辻堂! なぁーにを授業サボっとるんじゃ!」 (ギロリ) 「も、戻らにゃいかんぞ」 先生を追っ払い、隣に座る。 「……やっぱりアタシのことで絡まれたのか」 「いや、えっと」 江乃死魔に入れられたのは辻堂さんが理由だけど。 「……わるい」 「やったやつの特徴言ってくれ。血祭りにあげるから」 できるわけがない。湘南最大の抗争が始まってしまう。 「あの、これケンカじゃないから。友達とふざけてさ、じゃれただけだから」 「そうなのか?」 「うん」 友達とじゃれ合った。 嘘はついてないぞ。 「……」 「そか。悪かったな勘ぐって」 「そんなこと」 「……」 「なんかあったら言えよ」 「うん」 「……」 嘘はついてない。 けど隠し事しちゃったな。 俺が江乃死魔と仲良くなったこと、言うべきだったかも。 ・・・・・ 1日が終わるころには、筋肉痛もだいぶ軽くなってた。 「……」 行ってみるか。 家とは逆方向。江ノ島のほうへ向かった。 弁天橋の下を覗いてみる。と――。 「あれ?」 「長谷さん。どうも」 「ども」 江乃死魔の人たちが何人か集まってた。 今日も集会か?俺は聞かされてないんだが。 「最終的にはリョウがいるから、足をつぶすラインを集中的に調べといて」 「あれ。アンタ呼んでないわよ」 「呼ばれてないよ」 話がちょうど終わったらしいところでリーダーに声をかける。 「よう大将。元気そうじゃないの」 「はは、元気じゃないです。筋肉痛がひどくて」 「シシシ、運動不足だシ」 「ですね。自分でも思いました」(なでなで) 「筋肉痛にはアミノ酸を取るといいですよ!」 「はい?」 「片瀬さんは筋肉痛大丈夫だった?」 「ないわよ。本気で筋肉使ってないし」 そうなんだ。俺は全力だったのに。 「そもそも人生で筋肉痛ってなったことないのよね。私って筋肉強いのかしら」 「それより回復が早い体質なんじゃない?」 「かも」 「それで……なにしてるの?」 あたりを見渡せば、もう20人近くが集まってる。 昨日の集会は200人近く来てたけど、20でもかなりの数だった。 「んー、アンタには関係ないから呼ばなかったんだけど、まいっか。来たきゃついて来なさい」 「?」 「社員募集よ」 「はじめろティアラ!」 「オルァア!」 「なッ!? 江乃死魔――もう来やがった!」 (いててて……まだ肋骨治ってないっての) 「コンクリートの壁を突き破った……。こ、こいつ人間かよ」 「失礼だなオイ。俺っちこう見えても心は乙女……」 「分が悪すぎる、一旦退くぞ!」 「はい!」 「ありゃ、逃げちまった」 「理想的な展開だわ」 「はぁ、はぁ」 「ダメだちくしょう。南口、塞がれてるぜ」 「路地の方も張られてる。この人数じゃ逃げ切れません」 「ハッハー! もう逃げねーんかい」 「ちくしょう!」 「ここはウチらのシマなんだ。なんとしても逃げ切ってみせるよ」 ダッ。 「恋奈様ー、行ったぜぃ」 『よろしい。引きつづきつかず離れずで、例のラインまで追いつめて』 『各班散らばらせないようにね。南側、あと2分で開けなさい』 『了解だシ!』 『東側異常なし。全部つぶしてるっすー』 「はぁっ、はぁっ、しつこい」 「もーいやだぁ」 「いっそのこと打って出るか?……いや、取り囲まれてるのにあんな化け物相手じゃ」 「おいっ、こっちだ、南口が手薄になってる」 「ホントに?」 「あいつら手を広げすぎたんだ。チャンスだぜ」 「おしっ、南口なら広いから充分逃げ切れるぜ」 「な、なんか怪しくありません?」 「うっさいね、ボヤボヤしてるとおいてくよ」 「そんな。待ってくださいよぅ」 ダダダッ。 ・・・・・ 「いっちょあがり」 「あの、なにしてるのこれ?」 「見てわからない?陣取りゲームよ、囲碁みたいなもの」 「パニクった素人なんて、雑魚もいいとこの相手だけど」 「ははっ! やった、抜けてやった」 「怖かったぁ」 「これでもう安心だ。あの怪物もふりきったみた……」 「……い」 「……」 「ひ……っ」 「そ、総災天……!」 「はい、チェックメイト」 「あれ、囲碁で王手のことってなんていうのかしら」 「投了じゃない?」 「それじゃ私が負けちゃうだろうが」 「挟まれてる……っ?!うそ、まさか」 「うう……」 「もうやだぁ……」 「クスクス」 「さあて、『猫夜叉』……前に辻堂とぶつかって半壊。再結成したばっかでまとまってないそうだけど」 「リーダーは誰かしら?」 「……ちくしょう」 「落ち込むことないじゃない。アンタたちは今日を持って江乃死魔の一員。つまりこれは仲間同士の追いかけっこなんだから」 「それとも?逃げ回ったあげくボコボコにされてみる?」 「……」 「よろしい」 「いたっ」 「舐めろ」 ・・・・・ 「じゃ、チームに関するルール説明。任せるわよ」 「了解だシ」 一仕事終えてアジトに戻り、片瀬さんはどかっとリーダーの席に腰かける。 あっけにとられるばかりだったけど……。 「これが君たちの言う、『勧誘』ってやつ?」 「ええ。まあ今日はかーなーりソフトな方だけど」 「ふーん」 確かに、ソフトなやり方だった。 怪我人はおろかケンカすら起こらず。痛い思いしたのはコンクリートの壁にぶつかった一条さんくらいだ。 囲碁……本当に囲碁みたいだ。相手を攻撃することなく、相手を占拠してしまった。 「片瀬さん、すごいね」 不良ってのはもっと殴る蹴るでやりあうものだと思ってた。 言うと、 「そんなことないわよ。不良の抗争は外交紛争と同じ。ケンカなんてのは最後のカードだわ」 「今日の『猫夜叉』はたった7人。屈服させるだけだもの、殴る必要なんてないわ」 「片瀬さんて、もしかして暴力嫌い?」 「無駄にこっちの手駒が減るなんてばからしいってだけ。勧誘相手を減らすのも本末転倒だし」 「暴力は結構好きな方よ?」(ぎゅにー) 「いてて」 なぜかお尻をツネられた。 「また殴りたくなってきたわ。ねえ、また決闘しない? 今度は時間制限なしで」 「いやだよ。筋肉痛だし」 「暴れればすぐ治るって」 「一生いやだよ!」 「根性なし」 「じゃあ決闘じゃなくただ殴るわ」 「痛い!」 ケツを蹴られた。 「ああ〜気持ちいい。やっぱアンタ、殴るには最高」 「いやな覚え方しないでよ」 「……」 「なに?」 「いや、この前ある人が言ってたんだけど」 「片瀬さんは『不良』っていうより『経営者』なんだね」 「へ?」 「手は広げるけどリスクは避ける。ケンカは別に好きじゃない。派手なことも必要がなければしない」 「理念……みたいのが、さ」 「……」 「ま、言いえて妙かもしれないわ」 「不良じゃないとは思わないけど。自分のやりたいことやってるんだから」 「ただ人によってはケンカだったり、バイクだったり。他人に迷惑かけてもツッぱってる部分」 「私の場合、その部分が『湘南制覇』に向いてる」 「それだけよ」 「……そう」 やっぱり『良からず』なのは間違いないらしい。 でも……。 「ふふ」 「なによ気持ち悪い」 「ごめん。でもさ」 「やっぱ片瀬さん、根本的には優しい人なんだと思うよ」 「はあ!?」 「あはは」 「んが……ぐ」 「笑うなコラァ!」 いて。 「ごめん。ふふ」 「が! なに笑ってんのこのっ! このっ!」 「ごめんってば、あはは」 ボコボコ殴られる。 痛いことは痛いんだけど、なんかおかしかった。 「あーもーアンタほんとムカつくわね!」 「何度もあやまってるじゃない」 「わーらーうーなー!」 ・・・・・ 「なんか……楽しそうっすね」 「あんなれんにゃ、初めて見たシ」 「ハナでも初めてかい。びっくりだっての」 「……」 「終わったぞ」 「おう、ご苦労さん。やっぱ新入りの教育はリョウに任せるのが一番だぁな」 「あたしらルールとかあんま覚えてないシ」 「古株が3人そろって2週間前に入った人間に丸投げするのはどうなんだ」 「しかし見事な手管だった」 「俺たちのときは全面戦争になったが、片瀬の『勧誘』はこんな手も使うのか」 「おうよ。無意味に殴り合っても、お互い損するだけだそうだぜ」 「……三大天の名は伊達じゃない、か」 「不必要な暴力を排除して、それで実績を出す。この点はさすが恋奈様っすね」 「世の中、基本は殴り合いでしか話は進まねっすから」 「そうだな」 「総災天センパイって普通にしゃべりますよね。なんで長谷センパイがいるとすぐ黙るんすか?」 「理由はない」 (嫌いなのかな?) (嫌いっぽいっての) (ヒロ君の前でケンカにならなくてよかった) (私が守らなくちゃ) 「長谷センパイ……怖い人に目ぇつけられたっすね」 (コクコク) ・・・・・ 「かなり大きな台風らしい」 「明日明後日にこの辺を通るってさ」 「足が速いから、被害はなさそうだが」 前に天気予報でやってた、台風が近づいてきてた。 この時期にはよくある小型のやつだが、珍しく湘南海岸に接近するらしい。 巻き込まれた雨雲がここらをおおってる。今にも降り出しそうで億劫だった。 「来る時期が最悪だぜ。土日狙いって」 「だよなー。台風の役目なんて学園休みにすることだけなのによ」 「何を言う。授業に遅れが出なくていいじゃないか」 「それに台風は災害であると同時に恵みだ。台風があるからこそ日本は水というきわめて有用な資源に恵まれてだな」 「あーうっさいうっさい。そんな優等生意見はいいの」 「土日に来る台風なんて……、ニュースで女子アナが風で倒れそうになってるのを見るくらいしか楽しみがないタイ」 「あれってちょっと演技過剰だよね」 「それがいいタイ」 「あと台風に関する街頭調査みたいなやつ。あれって可愛い子狙って映すよな」 「好きだなーアレ」 「なんだかんだで楽しめてるじゃないか」 「でも平日休みながらのほうがいいよ」 「たしかに」 空を仰ぐ。 朝は晴れてたけど、昼休みを過ぎるころにはもう降り出しそうだった。 まいったな。土日できないからって洗濯干してきちゃったよ。 帰るまで降りませんように。 ・・・・・ 間に合った。 降り出す前に取りこみ終わる。 (たたみたたみ) (たたみたたみ) 「服ヤダ」 「はいはい。タオルお願い」 珍しく姉ちゃんがたたむのを手伝ってくれた。タオルくらいしか綺麗にたためないけど。 「そういえば最近、夜によく出かけてるけど何してるの?」 「友達と遊んでる」 嘘ではない。 「そう。まあもう子供じゃないから何も言わないけど」 「悪い子とは付き合わないようにね」 「大丈夫だよ」 付き合ってない。 不良だけど、悪い子じゃないよ。 せっかくの休日なのに、台風が近くて空が重い。 「んー」 といってゴロゴロする気分でもない。 雨はまだパラパラってとこだし、なんか面白いものないかな。 傘を片手に外に出た。 海沿いにくると結構風がある。 「……」 なんとなく外に出たけど、どこへ行くって気分でもないな。 どうしよ。 「……」 なんとなく足がこっちに向いていた。 本当になんとなく。 こっちに来るのが習慣づいてるんだろうか。 「あれ?」 「長谷じゃないの、どしたい」 「呼んでないわよ」 アジトにはいつものメンバーをはじめ、何人かがそろっていた。 といっても合計10人くらいだけど。 「なにしてるの?」 「台風来そうだから荷物の整理だシ」 「ここ吹きっさらしっすからねー。細かいモンは片付けないと飛ばされちゃうんすよ」 「ああ」 アジトは橋の下をそのまま使っている。 雨は防げるけど、風はそのまま吹き込んでくる。台風が来たら大抵のものは飛ばされそうだ。横殴りの雨がきても大変なことになるだろうし。 「ちょうどいい機会だから、下っ端に下っ端の根性を叩き込んでるの」 「?」 よく見ると、アジトに置かれた江乃死魔の旗や椅子なんかを整理してるのは、 (いそいそ) (ごそごそ) この前の追い込みで仲間に加えた人たちばかりだった。 「そこ、手が止まってるわよ」 「く……ッ」 「なに? 負け犬が文句でもあるの?」 「……」 悔しそうにしながら、仕事を続ける。 なるほど。仲間にしてすぐの人たちが従順に働くか、雑用でチェックしてるのか。 やっぱ経営者思考だな、片瀬さん。 「アンタも来たならちょうどいいわ。荷物運び、手伝いなさい」 「えー?」 周りがどう思ってるかはともかく、俺は別に片瀬さんの部下になったつもりはない。雑用をやらされる覚えはない。 「……」 でも、 「お、重てぇっす」 「黙って運べ」 よりによって働いてるのが女の子ばっかり。 「やるよ。やりますよ」 「分かればいいのよ」 くそう。 なんか気に入らないが、この状況で帰るってのもなんか嫌だ。 荷物の整理、手伝った。 ・・・・・ 雑用は完全に新入り任せで、片瀬さんたちは指図してるだけだった。 一条さんとか力持ちそうだから手伝ってくれればいいのに。 「ちんたら歩いてないで働け!」 「はいはい」 デカい段ボールの位置を動かす。 「うおっ」 重て……っ。 (さっ) 「あ、ども」 「……」 うう、手伝ってくれてるんだけど、怖い。 そんな感じで作業は進み、 「あ……これどうします?」 雑に置かれてたものを取り出した。 例の首輪が2つ付いた鎖。タイフーン・チェイン。 「重いから飛ばされることはないだろうけど、雨にぬれると錆びるかも」 「そうねぇ」 「いっそ海に沈めてしまう。なんて選択肢もあるよ」 「ないわよ。あとでビニール持ってくるからそこ置いといて」 こんな物騒なもの、封印するべきだと思う。 さて、こっちの段ボールは……。 「うわ、なにこれ」 大量のカップラーメンが。 「それはこのあと消費するから良いわ」 「ふーん」 ・・・・・ アジトには発電機までおいてあって、16個ある電源は全部電気ポットとつながっていた。 「江乃死魔も人数増えたから、そろそろポットの数増やさないとダメっすね」 「発電機2個目か……どうしよっかな」 今日はポット2つでお湯を沸かす。 今日いる人数のラーメン分を用意するには充分だった。 そういえば片瀬さん、ラーメン好きなんだっけ。 「台風接近で大変ななか、よく働いてくれたわ」 「今日は特別に超レアなのをごちそうしてあげる。名古屋のご当地品で台湾ラーメンのアメリカンよ」 「どこのなの?」 よく分からないが。 (ずるずる) 「はーっ。どう、最高でしょ」 (ずるずる) うん。美味い。 それに、 「ああ……温かい」 「美味しい、涙出そう」 「なっはっは、どうだい。恋奈様の見立てたラーメンにゃハズレがねーだろ」 「はい」 さっきまでの『使う者、使われる者』の構図から一転。アジトは和やかな空気に包まれていた。 「アンタ」 「な、なに」 「仕事頑張ってたからご褒美よ。はい、チャーシュー」(ぽちゃ) 「あ……」 「……さ、さんきゅ」 「……」 下っ端扱いされ苛立ってた人たちがカップ麺一杯で嬉しそうだ。 力ずくで勧誘した人たちが懐柔されていく。 やっぱやり手だ。片瀬さん。 ・・・・・ 「それじゃ、この発電機とポット、運んどいてね。できたら帰っていいから」 「おう」 最終的にはハッキリと心を開かせて、場はお開きとなった。 「ふぃー」 「そっちもお疲れさん」 「疲れたよ」 結局一番働いてた気がする。 「それでどうするれんにゃ? このあと」 「そうねえ」 残ったのは中心メンバー5人と俺の、計6人。 台風はまだ近づいてきてる状態で、これから雨風共に強くなるだろう。 早く帰ったほうがいいんだが、 「こんだけ雨つえーと動きたくないっての」 「っすねー」 「同感」 雨が強すぎる。 ここから駅まで移動するのさえ濡れそうだ。ちょっと弱まるのを待ちたい。 「なんか暇つぶしするものないかしら」 「そうだなぁ」 6人で、このなにもないアジトから出ずに出来ること。 思いつかない。 「何かなかったかしら」 ごそごそと残してある荷物を探る片瀬さん。 「んー。……あっ」 「なに?」 「これ」 例のタイフーン・チェインを取り出した。 「これでまた長谷のことボコろっか」 「なんでやねん」 「面白いっての。俺っちも久しぶりにやってみてーしよ」 「サンセー」 「あれ?!なにこれ、本気の流れなの?」 「本気よ?」 「……暇つぶしに決闘なんてやめようよ」 「最近気づいたんだけどね。私、アンタが嫌がることをするの、好きみたいなの」 「俺はだいぶ早いころから、君は俺が嫌がることをするのが好きだろうなって気づいてたよ」 「んー、でもそうねえ。いま砂だらけになる気分じゃないかも」 「よかった。そうだよね、こんなこと暇つぶしにするべきじゃ」 「私が殴らなくても、長谷が苦しんでればいいわ。アンタたちでやりなさい」 「おっしゃー!」 「シシシシシぼっこぼこにしてやるシ!」 「ひどすぎる」 「うー、センパイ、エロいことしてきそうでヤっすねぇ」 「心外だよ」 「……」 (ビクッ) に、睨まれてる。なんで? 「タイマンルールだから誰か1人選ばないと」 「長谷、誰がいい?」 「俺が選ぶの?」 「殴られるのはアンタだもの」 「くそう」 「俺がやろう」 「ひい!」 (私なら安全だわ) 「俺を選べ」 「……」 殺られる……! 「いやだ! 怖い!」 「こわ!?」 「さすがにリョウを選ぶ度胸はないわよね」 (怖い……ヒロ君が私を怖い……) 「で、誰にする?」 「ううう……」 選ばなきゃ済みそうにない。 この中なら……。 「おおーっし!」 「ドM?」 「ちがうよ」 でも戦う相手を選ぶんだぞ。ハナさんや梓ちゃんみたいな女の子を選ぶなんてできないだろ。男として。 いや一条さんも女なんだけど。 「ハッハー! 久しぶりだぜチェーンデスマッチ」 ガチンと首輪をつける一条さん。 「悪ィな長谷。命までは取らねーようにすっからよ」 「お、お手柔らかに」 片瀬さんのときみたいな裏ワザも通用しそうにない。 仕方ない。時間切れまでひたすら耐えよう。 片瀬さんとちがってSっぽくないし、ある程度殴って気が晴れたら許してくれるだろ。 俺も首輪をつける。 「〜♪ この感じ。ファイトクラブを回ってた頃を思い出すっての」 「……ファイトクラブ?」 「ティアラは昔、湘南最大の地下ファイトクラブで生計立ててたのよ」 「頭に血がのぼると半殺しにしても止まらないから1か月で追い出されたけどね」 「グルルルルォォオオオオオオオオーーーーーーー!!」 「あらら、もう頭に血がのぼってるわ」 「頑張りなさい長谷」 「助けてー!」 「はーい始めるっすよー。レディ」 「ファイト!」 「オオオオオオオオーーーーーーーーーー!」 「うわあああ!」 瞬間的に突っ込んでくる。 冗談じゃない。こんな鳴き方をする生き物初○機以外ではじめて見たぞ。 なんとか下がろうとするんだが……。 「ドゥルァアッッ!!!」 「ぎゃわー!」 タックルが直撃した。 吹っ飛ぶ俺……。 「グッッ!?」 次の瞬間、首にすごい衝撃が走り、意識が飛んだ。 目の前が真っ暗になる……。 「ゲエッ!」 なぜか一条さんの悲鳴も聞こえた気がした。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……ウ」 「気づいたか」 「ふわっ!?」 なぜかリョウさんにひざまくらされてた。あわてて体を起こす。 「いてて……なにがどうなって」 「一発で終わりなんて、運のいいやつね」 「へ?」 「吹っ飛ばされた拍子に首輪が絞まってオチたのよ」 「きゅ〜」 「同じ条件のせいでティアラもオチたわ。WKO、ね」 「いででで……折れてる肋骨に響くっての」 「まだ治ってなかったんですか」 「げほっ、げほっ、痛いっての」 「怪我人のくせに派手なぶちかましから入るわ、鎖でつながれてるのに相手ふっとばすわ」 「アンタ強さは申し分ないんだから、もうちょっと頭使って戦いなさいよ!」 「う〜……もうしわけね〜」 長いこと失神してたらしく、首輪はもう外れていた。 「助かったぁ……」 「恋奈様に続いてティアラセンパイとまで引き分け……。センパイ、実はめっちゃ強いんすか?」 「なわけないでしょ」 我ながら運の値は高そうだけど。 「まーそうでしょうね」 安全そうなのはこの子しかない。 「江乃死魔最強のこのあたしを選ぶなんて死にてーみたいだシ!」 普段からつけてる首輪を外すハナさん。 「お手柔らかに」(なでなで) 改めてタイフーン・チェインを付ける。 「じゃ、勝負は1時間でいいかしら?」 「ええ。いくらでも」 武器もないし。ハナさんなら危険はないだろう。 「……」 「バぁーカ」 「へ?」 「はじめまーっす。レディ」 「行くぜオラァ!」 「よろしくお願いします」(なでなで) 「ファイト!」 「うるぁ!」 いてっ。 いきなり思いっきり殴られた。 大したことないけどさすがに痛い。 「オラッ! オラァッッ!」(ぽかっぽかっ) 「いてっ、いてて」 「オラオラオラオラオラッッ!」 ポカポカポカポカポカっ! 「痛いですって」 ばっ。 思わず体をかばった。と――。 「ぎゃーんっ!」 「え?」 「ううう……、い、痛いシ」 「あ、す、すいませんハナさん」 身体をかばう動きだけでつなげた鎖が引っ張られ、ハナさんは吹っ飛んでしまう。 「こんにゃろー! オラオラぁっ!」 「いててて、す、すいませんってば」 すぐまたポカポカが来る。 で、でも……。 「でりゃっ! うるぁっ!」(ぺしっ、ぴしっ) 「……」 「ていていていていっ!」(ポカポカポカポカ) 「いてててて」 が、ガードできない! 反撃できないどころじゃない。ガードするだけでハナさんを痛めつけないか心配だ。 「虫一匹殺すより楽に倒せる江乃死魔最弱戦力、ハナ」 「ちょっとでも抵抗すれば泣き出すわよ。自責の念に耐えられるかしら?」 「く、くそう!」 防御すらせず黙って殴られるしかできない。 ちくちくちくちく……このストレスをあと1時間! 「最悪だ! 最悪の相手だ!」 「最弱が最も最も最も最も恐ろしいっすね」 「俺っちだったらブッ飛ばすけどなー」 「それができない奴もいるんだ」 「はーッはッは! 抵抗しないシ?」 「これが江乃死魔最強、血吸いハナの実力だシ!」 誰か助けてー。 ・・・・・ 「変態」 「なぜ」 「エロいなぁセンパイ」 「なぜよ」 消去法で彼女しかいない。一条さんは論外だし、ハナさんと戦うのは気が引ける。 「まーいっすよ。自分、痛いこと結構好きですし」 笑顔で首輪をつけていく梓ちゃん。 「暇つぶし。お遊びですから。気軽にヤりましょ♪センパイ」 「う、うん」 この選択は良かったかもしれない。 なんとなくだがこの子が一番常識的というか、お遊びで済ませてくれそうな気がする。 「はーいこっちも装着」 カチャカチャ。 首輪を付けた。 「……ごしゅーしょーサマ」 「はい?」 「一番ヤバいのを選んだシ」 「???」 「時間は……5分ね。それ以上は危険だわ」 タイマーが5分にセットされる。 危険? え? 「じゃあはじめるわよ。……梓」 「壊さないように」 「うーい」 「はじめ!」 !? 「速?! ……ぁ」 「はーいまずは準備運動からっす」 スパァァァアアアンッッ! 痛……? なにされたかもわからないうちにうつ伏せで倒された。 背中に柔らかいお尻が乗っかる。 「肩関節をこっちに回すと」 「!」 「ぎゃああああああああああ!!!!!」 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!! 「動かないで。あと2ミリ奥にひねると外れるっすよ」 「ひ、ひ……」 「ちなみにこの状態でヒネりを加えると」 「あああああああ!!!」 「じゃあ次は左手」 「んぎゃーーーー!」 「はい、肩はほぐれたっすね」 「これやっとかないと最悪、首の筋肉がひきちぎれるんすよ」 「じゃあ起っきしましょう」 上半身だけ起こされる。 「ちょっ、ちょっと待って!」 「はい?」 「あの、梓ちゃんってまさか」 「はい。自分小さいころから護身術習ってまして、人の関節とか壊すのも治すのも得意なんす」 「まあティアラセンパイがいるんでケンカじゃあんまり前には出ないっすけど」 「すぐ逃げるしな」 「もー。あれは強そうな相手にだけっすよぅ」 「自分、ケンカは好きじゃないんすよね。自分が痛い思いするの苦手で」 「ただ人を痛がらせるのが好きなだけで」 ゴリ……! 「ぎゃあああああ!」 両肩を同時にヒネられた。 痛い痛い痛い痛い! 背中が割れそう。 「フフ……♪ 実はセンパイのこと、前からヤリたいと思ってたんっす」 「があああああああ死ぬ! 死ぬ!」 「ああ……思った通り。いい声で泣くっす」 ウットリと耳に舌を突っ込んでくる梓ちゃん。 「イイっすよセンパイ。もっと泣いて」 今度は首をシメてきた。 「ウゲェェエェ……!」 なんつー腕力だ。鉄の首輪が喉に食いこむ。 「さすがにかわいそうになるわ」 「恋奈様はただの陰湿サドだけど」 「梓は真性なほうのサドだシ」 「陰湿いうな」 「まあケンカすぐ逃げるヘタレサドだけど、技術力は江乃死魔1だわ。私も痛がらせる踏み技とか、あいつに教わったし」 「……」 (助けなくちゃ) 「おい――」 「センパイ、白目むかないでください。5分しかないんすから」 「ンなこと言われても……ウェエ」 「じゃあこっち……これでどうっす?」 「お」 ぷにゅっと後頭部に柔らかいものが。 「こ、これは例の」 「おっぱい絞めっす」 ギリギリギリ。 「んがが……」 これなら悪くないかも……。 ……苦しいけど。 「さらに耳をはみはみしてみましょう。はむはむ」 「ああん」 「にははっ、やっぱいい声で鳴くっす」 「幸せそうな顔で白目剥いてるし」 (ぴくっ、ぴくっ) 「やっぱ好きだなーセンパイ」 (どうしよう) ・・・・・ はぁ……。ひどい目にあった。 あのあとすぐに雨が弱まったんで、逃げる感じで帰ってきた。 「あれ。この雨のなかで出かけてたの?」 「ちょっとね」 そういえば俺、どうして出かけたんだっけ。 なんとなく出かけたんだよな。なんとなく出かけて……。 「……」 なんとなく江乃死魔のアジトへ。 「んーむ」 いつの間にかあそこに行くのがクセになってる気がした。 すっごい雨。 さすが台風。どっしゃぶりって感じ。 「この雨で小屋暮らしはさすがに無理だわ」 「雨漏りしてるんですっけ?」 「あのジジイ、早く直せよって話だよな」 「不法占拠してる人には言われたくないでしょうね」 「今日は泊まっていきます?」 「頼むわ。姉ちゃんにはバレないようにするから」 「1日くらいなら友達を泊めるってことで話とおしますけど」 「いや。隠れるほうが好き」 「押入れ借りるわ。用があったら『助けてマキえも〜ん』って呼べ」 「はい」 さてと、俺はどうしよう。 「台風、どうなってる?」 「夜に最接近だって」 「この雨でまだ本番前なのか」 「雨はいまが一番のはずよ。これから風」 テレビを見る。暴風圏はいま隣の県の沿岸だった。 もう外には出れないな。 prrrrrr。prrrrrr。 携帯が鳴る。 着信は……片瀬さんだ。 「もしもし」 『長谷?ねえアンタ、昨日定期入れ落とさなかった?』 「定期入れ……俺電車通学じゃないから持ってないけど」 『なに? 聞こえない。大きな声で』 電話の向こうは風の音がすごかった。 「俺じゃない」 大きい声で言う。 『そう、じゃあいい。たぶんリョウだわ』 切れる。 定期入れか。アジトに落ちてたのかな。 「……」 アジトに? ちょっと待て。向こう、たぶん屋外なくらい風吹いてたけど。 まさか……。 ・・・・・ 「そう。やっぱりリョウのね」 「いいわ、預かっておく。明日渡すから」 『頼む』 ――ピッ。 「ふぅ」 「……この駅。リョウの家って長谷の家と近いんだ」 「片瀬さーん」 「は?」 「な、なによアンタ。なにしに来たの」 「君がここにいるっぽかったから」 「そっちこそ何してるの。台風来てるのに」 さすがに今日は江乃死魔員誰も集まってなかった。 リーダーを除いて。 「……」 「ちょっとホテルにいたくない理由ができたの。で、時間つぶし」 「帰った方がよくない?」 ここ、この雨風だと快適とは言いかねる。 横殴りの雨は飛沫になって入ってくるし、なにより風。防ぐものがないのですごい勢いで抜けていく。 しかも風はこれからさらに強くなる予定。 「危ない……とは言わないけど、寒いでしょ」 濡れるうえに風が強い。体温が奪われる。 「いらない心配よ」 片瀬さんは荷物置き場に作った段ボールの箱に座り、敷物にしてた毛布をかぶった。 なるほど。荷物が横殴りの雨を防ぎ、風も毛布でカット。と。 「そこまでするなら帰ればいいのに」 「うっさいわね。そっちこそ帰れば」 ぷいっとそっぽを向いた。 んーむ。 置いては行けないよなぁ、さすがに。 雨を防ぐべく俺も近くへ。 「ホテル、いたくない理由って?」 「……」 口をへの字にする。 やれやれ。 隣に腰を下ろした。 「電車止まっても知らないわよ」 「その時は姉ちゃん呼ぶよ」 「ったく。ムカつくわねこの偽善者」 「とか言って危なくないうちに帰そうとするんだから片瀬さんは偽悪的だね」 「うっ、うっとうしいから消えて欲しいだけよ!」 「はいはい」 そろそろこの子の大声にも慣れてきた。聞き流す。 吹く風は強くなる一方だ。 嵐が近い。 「〜……っ」 うお。 雨粒を含んだ突風が駆け抜けた。 つめて。濡れてしまった。 風のせいでその部分から体温が奪われていく……。 「……」 「……はぁ」 ――バサッ。 「あ」 「……気分よくないだけよ。私心配して出てきて、風邪とかひかれるのは」 「そう」 「ありがと」 やっぱり偽悪的だね、君は。 ・・・・・ 「ホテル、どうしていたくないの?」 「……」 「親がいるのよ」 「たまに視察――みたいな名目でホテルのレストランに食べに来るわけ」 「7万円のコース料理がお気に入りらしいわ」 「親?」 「両親。アンタの親の取引相手様」 「分かってるよ。なんで親がいるからいたくないのさ」 「……」 「ご両親が嫌いなんだ」 「嫌いってほどじゃないわ」 「ただ見てるといたたまれないの。何もできない愚図が道楽で周りにプレッシャーかけて、しかもそいつが自分の親だって思うと」 「何もできないって。立派な地主さんじゃない」 「アンタ地主の仕事って知ってる?」 「えっと」 知らない。 「ニートよ」 「え」 「なにもしないのが仕事。とくにこんな地域の土地を持ってると、寝てるだけで億万長者」 「うちは先々代が土地の管理を委託した会社まで作っちゃったから、ほんとに何もすることがないわ」 「もちろん地主って呼ばれる人のみんながそうじゃない。土地を売り買いしたり農作業を別でしてたり、ちゃんと生きがいとして仕事を持ってる人は多い」 「でもうちはダメ。なにもしない」 「あ、なにもしないわけじゃないか。最近美術に目覚めたとかで、よく絵をかいてるわ」 「稲村の会館で美術展やってるの知ってる?あれ、うちの親のなの」 「すごいじゃん」 「うちの持ってる会館で、うちのお抱え批評家に評価されたご高尚な絵画様が飾られてるわ」 「それで気をよくしたらしくて、今度は全国の養護施設とかに自分の絵を送るとか言い出してるし」 「……」 なんか……なんて言ったらいいか分からないな。 話のスケールがちがいすぎるっていうか。庶民の俺にはついていけない世界だ。 「分かるでしょ。恥ずかしいのよ。親といると」 「別に恥ずかしくはないでしょ」 「恥ずかしいの」 「……」 「……」 「……」 「……」 「れんにゃあ、また授業行かないシ?」 「……」 「勉強なんてしなくていいもん」 「私、芸術家になる。絵の勉強して、えっと、江ノ島の絵をいっぱい描くの」 「またそんな。この前は小説家になるとか言ってたシ」 「うっさいなぁ」 「これでも生きていけるんだから、それでいいじゃない」 「恥ずかしいの」 「?」 よく分からないけど、こだわってるらしい。 「まあ恥ずかしいとかはともかく。理由は分かったよ。ご両親が苦手、と」 「苦手っていうか……まあそれでいいわ」 ぶすっと口をへの字につぐむ。 お嬢様の憂鬱、ってやつかな。 このご時世に贅沢な。とか言われそうだけど、誰だってその人なりの人生があって悩みがある。それを責めるのはよくない。 風が強くなってきた。 「〜……っ」 「寒い?」 「ちょっと」 毛布一枚じゃ体温が奪われる。 やっぱりホテルに戻った方が……思うけど、言っても聞かないだろうなたぶん。 「なにか温まるもの買って来ようか」 「どこで? この辺りの店、コンビニも含めて全部閉めてるわよ」 「んーむ」 なにか他に暖のとれるものを探す。 段ボールはいっぱいあるな。 「段ボールって体に巻きつけると温かいらしいよ」 「いやよそんなの」 「だよね」 俺もそんな片瀬さんは見たくない。 毛布、もう1枚くらいないかと探した。 でもない。荷物はほとんど昨日、余所へ運んじゃったからな。 「……あ」 「なに?」 「発見♪」 段ボールの裏に落ちてたものを探り出す。 カップ麺だ。昨日片付けたやつ、1個落としてたらしい。 「いいわね」 カップ麺好きな片瀬さんが顔を輝かせる。 「でもコレだけじゃな。水……はあるよね」 「ええ」 背もたれにしてる段ボールを指さす。水のペットボトルは飛ばないし雨も問題ないので置いたままだ。 箸も束で買ったわりばしが大量にある。 「問題はお湯か」 「ポットも発電機もないわ」 「あ! でも……」 落書きされた橋脚の裏へ回る片瀬さん。 あっちは、流れ着いたゴミとかをまとめて置いてあるはず。 あと江乃死魔で出た廃品置き場にも。 「見つけたわ。コンロとヤカン」 「ナイス」 昔使ってたものだろう。携帯コンロと、さびたヤカンを持ってきた。 ただ、ヤカンはよく洗えば使えるとして。 「コンロ……ガスは?」 「う……、ホームセンターは遠いわね」 「そこまで行くなら店で温まればいいしね」 んーむ。 OK、ちょっと無理してみよう。 俺も廃品置き場にいき、使えそうなものを運んできた。 「なにしてるの? ゴミなんか集めて」 「燃えそうなものを集めてるの。片瀬さんはそこ、穴掘って」 「え……ああ」 彼女も合点がいったのだろう。言われた通り浅く砂浜に穴を掘った。 段ボールを運んで周りに積み、簡易の風よけに。 俺は廃品のなかから、木材や布、濡れてないものを選んで運び穴にためていく。 金網も見つけたんで持ってきて……。 「水は?」 「OKよ」 きれいに洗ったヤカンに、水をそそぐ彼女。 俺は毛布から毛玉をあつめて、大量にあるわりばしの一つの先につけた。 掘った穴には木材やぼろぎれ。あととくに割いた段ボールをたくさん集める。 準備完了。 「行くよ」 「ええ」 わりばしにつけた毛玉を、コンロの火元につける。 ――カチッ。 つかない。 ――カチッ。 つかない。 ――カチッ。 「……」 「……キタ♪」 毛玉から煙があがりはじめた。 暴風で消えないよう注意しながら、穴に集めた段ボールに移す……。 「……」 「……」 ――しゅー……。 消えちゃった。 「あれ」 「いきなり段ボールはキツいんじゃないかしら。まずはもっと燃えやすいものから」 「わりばしの袋、紙だよね」 「集めましょう」 わりばしのせいで伐採されるらしい木々には悪いが盛大に無駄遣いさせてもらった。 それでも何度か消えた。段ボールに移っても木材に燃え移らず、大変な思いをしたけど、 「……あは♪」 それだけに火種ができた喜びはひとしおだ。 「よし。水、温めよう」 「ええ。あーこぼすんじゃないわよ。消したら殴るからね」 「はいはい」 大きくなった火の熱量なら、あとはわりばしを放り込むだけでキープできる。 あとは上に置いた金網にヤカンを乗せて。 「……」 「……」 「……」 「……」 ――ピィー……。 沸いた。 「……」 「そろそろ」 「ダメ! まだ2分」 「2分くらいで固いほうが美味しいって言うよ?」 「そんなのはこらえ性のないやつの妄言よ」 「この3分という夢の時間。至福のひと時を分からない人間は感性が壊れてるから味覚も壊れてて固いのを美味しいなんて言うのよ」 そこまで言うか。 「いい? カップ麺は3分。一部の商品を除いてこれはもう普遍のルールなの」 「メーカー側だって3分間お湯につけることを前提にした商品づくりをしてるの」 「なのに2分で食べるとか。カップ麺に対する冒涜だわ。冷凍食品を凍ったままバリバリ食ってるやつとなんのちがいがあるって」 「3分だよ」 「わーいっ」 パキンとわりばしを割る彼女。 「いただきます」 ちゅるちゅるとすすっていく。 「はー、幸せー」 「……」 可愛い。 「温まる?」 「ええ。といっても、待ってる3分で興奮して体温あがりっぱなしだったけど」 「なによりだよ」 「……ン、アンタ食べないの」 「いいの?」 実はちょっと腹減ってる。 「遠慮してんじゃないの。これ1個しかないんだから、分けるしかないでしょ」 「ありがと」 俺もわりばしを割った。 ずるずる。 「はー」 美味い。 俺も意外と冷えてたらしい。すぐに頬がほてってくる。 ずるずる。 「ちょっとちょっと、食べ過ぎ」 「普通でしょ」 「1回ですする量は3本くらいにしなさいよ。その方が何度も楽しめるわ」 「あ! チャーシュー私! 私食べたい!」 「そんな大声出さなくても。どうぞ」 「やった♪あ、アンタ、メンマ全部食べていいわよ」 「ひどい交換レートだな」 「ン……ところでコレ、何味?」 醤油っぽいけど、なんかパンチが足りない。 「とんこつって書いてある」 「とんこつ? うそ、全然味しないよ」 「バカじゃない、ちゃんととんこつの風味があるわ」 「風味は……言われればなんとなく」 それっぽい香りはついてる。 でも薄いぞ。 「ハン、これだから3分を待てないやつは感性が壊れてるのよ」 「このほんのりとだけついた風味がラーメンそのものの味を引き立たせるんじゃないの。だからラーメンは奥が深いのよ」 「ま、私くらいの通じゃないと分からないものかしらね」 「ふーん」 お嬢様は味覚も立派でらっしゃるようだ。 麺は終わったんで残るは汁。 「全部飲むの?」 「ラーメン食べてて汁飲まないやつって、頭おかしいと思うわ」 「健康に悪いそうだよ」 「健康気にしてラーメン食べるな」 それもそうか。 こっちも分けっこして、半分ずつ飲んだ。 ・・・・・ ふー。 「美味しかった」 「うん」 それに温まった。 まったりしてしまう。 外は相変わらず暴風雨。さっきよりひどくなってると思う。波も高い。 でも、 「はぁ……」 隣り合って座る俺たちには、それこそこれまでで一番ってくらい穏やかな空気が満ちてた。 片瀬さんは不意に携帯をとりだして中を覗くと、 「……ちょうど、ね」 「なにが?」 「うちの親もいまごろ食べ終わってるわ」 「ああ、コース料理食べてるんだっけ」 「そ。うん万円もかけて、2時間かけて食べてるの」 「ふふっ、バカみたい」 「まとめ買いで78円。3分で出来るこっちのほうが絶対美味しかった自信あるわ」 「かもね」 料理なんてそんなもんだ。 「美味しかった」 「美味しかった」 余韻だけでこんなに心地いいくらい。 不思議だ。 つい2週間前だよな。片瀬さんに誘拐されたのって。 そんな相手と、同じ場所で、こんな優しい空気になるなんて。 「……」 片瀬さんって不思議だな。 湘南最強の不良の一角。 しかも誘拐したりお祭りを壊そうとしたり、たぶん1番タチの悪いヤンキーだと思う。 でもいざ接してみると、いろんなとこ優しいし、 繊細なのも分かる。 「……」 「なに」 見てるのに気付かれた。なんでもないと首を横に振って目をそらす。 と――。 「あ」 「へ? ……あ」 そこで気づいた。 片瀬さんがお尻で敷いてたとこに、ビニール袋が。 『とんこつのもと』 「……」 「……」 お召し上がりの直前に入れてください。ってやつ。 「が……っ」 「味が薄いわけだよ」 「う、うるさい!」 「コレ入れてないからとんこつの味がしなかったんだね」 「うっさいっちゅーに!」 真っ赤になる片瀬さん。 「べ、別に入れなくても美味しかったじゃない。アンタも美味しい美味しい言ってたわ。文句は言わせないわよ」 「今回はちょっと新しい食べ方を試したと思えばいいの。発見できたでしょ。カップ麺は調理まちがえても充分美味しいって」 「あーはいはい私が悪かったわよ!サーセンした! これでいい?!」 「俺はなにも言ってないよ」 怒ってるわけじゃないんだから。逆ギレしなくても。 「フン」 ぷいっと向こうをむく。 すねちゃった。 「……」 でも、 「……ぷっ」 「なによ」 「このほんのりとだけついた風味がラーメンそのものの味を引き立たせるんじゃないの」 「う……」 「私くらいの通じゃないと分からないものかしらね」 「ウルサイ!」 怒った。 「あはは、ゴメンゴメン」 「でも……ぅくっ、ダメだ。あははは」 「笑うなーーー!」 とんこつのもとを取りあげようと手を伸ばしてくる。 俺は笑っちゃって、奪われてしまって。 「っ」 不意に顔の距離が、すごく近くなってるのに気付いた。 すごく、 近く……。 「んぅ……」 「ン……」 2度目になるのか。唇がぶつかる。 流れに乗せられて俺が無理やり奪ってしまい、 でも片瀬さんも、振りほどこうとはしなかった。 「ぁん……、ン、ん……」 「……」 柔らかい唇。 前は海水の味で、今日は醤油っぽい味がした。 とんこつ味にならなかったのは幸いかもな。 「は……」 「……ぷは」 「……」 「な、なにするのよ」 「いや、流れで」 「何の流れよ」 よく分かんない。 「顔、近いなーと思ったら、つい」 「つ、ついでするな、バカ」 「あはは」 我ながら恥ずかしいことをした気がする。苦笑した。 でも、もう一度顔を寄せても、 「う……」 片瀬さんは逃げない。 「ぁむ……ン」 「……」 「……」 「したくなっちゃうでしょ。つい」 「バカじゃないの……」 赤くなってそっぽを向く。 可愛い。 「……」 「……」 荒れ狂う暴風雨のなか、沈黙が俺たちを包んだ。 心地よい沈黙。 カップラーメンで作ったものよりは優しい空気になってると思う。 「なんで……するの」 「んと……片瀬さんのこと好きだから、かな」 「そう……」 言ってから自分でも驚いた。 ああ、 俺、片瀬さんのこと好きだったのか。 「好き……なの、私のこと」 「でなきゃこんなにこまめに江乃死魔来ないよ」 「それもそっか……」 「え、どういうところが?」 「どういうところって言われても……、んーと、具体的には」 「ふーん……」 「ほ、ほんとに好きなの? アンタほら、辻堂と」 「つ、辻堂さんとはもう別れてるじゃん」 「でも未練たらたらでしょ。見てて分かるわ」 「う……」 まあ未練はある。 「確かに辻堂さんは綺麗で、可愛くて、素敵で」 「いまでも抱きしめたいとかキスしたいとか思ってるし、夢に見ることも何度もあるし、エッチな想像するときもだいたい辻堂さんが……」 「なんで辻堂のは具体的なのよ!」 殴られた。まあこれは俺が悪いと思う。 「ホントに……どういう精神状態でキスしたのよ!辻堂の代わり!?」 「ちがうって」 「だから辻堂さんのことは今でも好きだけど」 「でも」 「ぁふ……っ」 またキスする。 怒っててもキスは逃げないな、彼女。 「片瀬さんが好きなんだ」 「……」 「自分が最低なこと言ってるって気づいてる?」 「かな?」 「ったく」 「じゃあ命令、今日からは――」 「辻堂より、私のこと好きになりなさい」 「ん……」 今度はあちらからキス。 「……うん」 ・・・・・ 「片瀬さんはどうなの? 俺のこと好き?」 「はあ? そんなわけないじゃない」 「がーん」 瞬殺だった。 「い、いまチューしたとこなのに」 「知らねーわよ」 「……」 「まあキスくらいいいかなーって思って、それで」 「気の迷いよバァーーーカッ!」 ひどい。 「そろそろ親も帰ったころだし。ホテルに戻るわ」 「そうだね」 もう暴風圏に入ってるころだから、ここにいるのも限界だ。 「私はすぐそこだけどアンタ大丈夫?電車、止まってるわよ」 「姉ちゃんに頼むよ」 「あっそ」 サバサバと帰り支度を始める。 うーん、キス自体はよかったと思うんだけど、 とくに変化なしか? 「大」 「っ」 「お姉さん大丈夫なの?こっちでタクシー用意してあげてもいいけど」 「ン……いや、いい車使ってるから大丈夫だよ……」 「……恋奈さん」 「そう」 「うわ、結構すごいわね」 アジトの中もすごかったけど、外に出るとまさに嵐って感じの風だった。 とくに遮蔽物のない橋の上はすごい。 「コレ、大丈夫? 落ちないかな」 「柵もあるから大丈夫でしょ。……落ちたら命がないかもだけど」 確かに。カナヅチな恋奈さんでなくてもキツそうなほど海は波打ってる。 「向こうまで送るよ。落ちたら大変だ」 「いらないわよ。大んちはあっちでしょ」 「恋奈さんと一緒にいたいの」 「はいはい」 一緒にわたることに。 台風ってホントにすごいんだな。たまに足がもつれそうな突風がくる。 さらに雨で下がすべるから……。 「わわわっ」 「っと」 転びそうになった。あわてて支える。 「ありがと」 「うん」 「……」 「もういいって、放しなさいよ」 「危ないから」 「……はいはい」 そのまま、片手にはほとんど意味をなさない傘。片手には恋奈さん。 手をつかんだまま歩く。 ついた。 「お見送りどーも。じゃあね」 「うん」 「あ……恋奈さん」 「?」 「ん……っ」 最後にもう一度キスさせてもらう。 恋奈さんは、 やっぱり抵抗しなかった。 ・・・・ ・・・ 「俺、台風一家って集団で来る台風のことだと思ってた」 「誰しもが通る道だな」 「漢字からしてちがう。台風が過ぎると書いて台風一過」 「今日のような快晴が訪れることを言う」 「へー、初めて知った……」 「俺も10歳までは家族的な意味だと思ってたわ」 「僕は中学生までタイ」 「……」 「どうかした?」 「え!?あ、お、俺は子供のころから知ってたけどな!!」 「やっと7月。夏になった気がする」 「だね。いい天気だ」 「俺、8月の次に7月が好きだわ」 「夏休み様のお力を持ってすれば、8月からあふれた7月のショボい期間ですらゴールデンウィークをはるかに凌駕するからな」 「やっぱ夏休みだよねー」 「12月も悪くないけど、冬休みは大掃除だなんだ親にうるさく言われるのが難点タイ」 「12月はクリスマスがあるしな」 「冬休み力を持ってしてもカバーできねーわ。なんなの恋人たちの季節とか。不愉快」 「だんだん後ろ向きになってきた」 「夏休みだって、恋人はいるに越したことはないぞ」 「正論言うなよ」 「それはすまなかった」 「……」 夏休みを恋人と……か。 「……」 あ。 「ン……」 「や、やあ」 「……ああ」 「……」 やっぱりギクシャクしちゃうなぁ。 もうずっとこのままなんだろうか。 放課後。 「明日から試験週間に入るわけだが、前日の今日、大切なことは知っているか?」 「学年1位のヴァン先生、ご教授ください」 「明日からは勉強漬け」 「よって今日は飽きるほど遊んでおくんだ」 「ありがとうございます」 と、いうわけで遊びに来た。 といってもブラブラするだけだけど。 「あ」 「れ」 「毎日顔を合わせるわね」 「だね」 今日は偶然だけど。 でもうれしい。 「こちらは?」 「片瀬恋奈さん、えっと」 「友達」 「そうか。ひろの友人で坂東太郎だ、よろしく」 「片瀬よ」 「へー、大の友達にしちゃイケメンじゃない」 「どういう意味よ」 「そのままの意味よ」 「ちぇ。まあ恋奈さんの友達は恋奈さんと一緒で可愛い子多いけどさ」 「類は友を呼ぶのかしらね」 「……」 (『大』……『恋奈さん』……か) 「俺のこいび」 「はーっ!」 「ぐはー!」 殴られた。 「なに言おうとしたテメェ」 「いや小さいところから既成事実を作っていこうかと」 「姑息なことを正直に言うな!」 「ったく、大って結構な小悪党だわ」 「不良のボスにはお似合いじゃない?」 「うるさい!」 「どんな関係かはだいたいわかった」 (辻堂のことは吹っ切れたようだな。よかった) (しかし我が校最強の番長の次に好きになったのがこれまで2度もうちに攻め込んできている不良グループのリーダー格) (ひろ……好きになる相手は考えろ) 「それで恋奈さん、今日はどうしたの?」 「買い出しよ。江乃死魔の発展のために絶対必要なものを買いに来たの」 「リーダー自ら働くなんてアレだけどこればっかりは他に任せられないのよね」 「なに買うの?」 「カップ麺だっての」 「一条さん」 「わ!」 「恋奈様は定期的に、新しいカップ麺を探して町を流すのさ」 「そのときの従者は必ず俺っち。いやー、江乃死魔で一番信頼されてるのは俺っちだって証拠だっての」 「荷物持ちにいいってだけよ」 「ちょうどいいから大たちも来なさい。探しましょう、究極のカップ麺と至高のカップ麺を」 恋奈さんはインスタントラーメンが絡むと微妙にテンションがおかしいな。 まあ楽しそうだからいいか。 「ヴァン、いい?」 「あ、ああ。もちろん」 「よろしくってのイケメン」 「……ああ」 探しましょう! とか言ったわりに、 「これいいじゃない!」 「あこっちもよさそう。こっちも。これもこれも」 「もちろん定番は外せないわ。ティアラ、ここの棚全っ部つめてちょうだい」 「あいよぉ恋奈様」 恋奈さんは見つけたのを片っ端から買いこんでいく。 探してないやん。 楽しそうだからいいけど。 「恋奈さんは本当にラーメン好きだね」 「美味しいじゃない」 「とくにインスタント。安くて早くてそこらの店よりずっと美味しい。奇跡の産物だと思うわ」 「日本が世界に誇れる文化のひとつだよね」 お嬢様なのにジャンクフード好きだ。 「美味しいってだけじゃなく、江乃死魔の構成に不可欠なものでもあるの」 「美味しいラーメンがあれば、グループの結束も高まる」 ラーメンである必要はないかと。 「あ! この店このまえ来たときと配置が変わってる。新しいやつ入れたのかも」 はしゃいでるなあ恋奈さん。 「やっぱりあった。新しいやつ」 「大!」 「うん?」 「来て。食べ比べるから」 「はいはい」 俺も店の中へ。 「……」 「やっぱ長谷といるときの恋奈様はなーんか変だっての」 「そうなのか?」 「どーも落ち着かねっつか、浮かれてるっつか。いつも冷静なのに、あいつに対してだけはやたら怒りっぽかったりよ」 「今日は楽しそうだからよかったっての」 「ひろは相手を和ませる天才だからな。その影響だろう」 「ひろもあんなに楽しそうなのは久しぶりだ」 「心配していたが良かった。元気になって」 ずるるるるるる。 「んー、こっちはシーフードに頼りすぎてラーメンらしくないのが難ね」 「でもこっちのカレー味は前に食べたのと同じような味だし」 「チキン味は最強だけど、頼りすぎはつまらない」 (ずぞぞぞぞ) 「どれを買おうかしら。200個以上買うことになるからハズレは避けたい。悩むわ」 「散財がすごいな」 「一度に12万くらいは使うからね」 お嬢様だ。 「金額的にさすがに無駄遣いは避けたいし。どうしたもんかしら」 「悩んでもいいけど、味見は控えてよ」 1個ずつ買って味見してるのだが、自分は一口しか食べず、残りは全部俺が食べるよう言ってくる。 「お腹膨れたら次に新商品見つけたとき公平に判断できなくなるでしょ」 「まだ新しいの探すの?」 「とーぜん」 「うぷ……余りを食べるのはいいけど汁まで全部飲むのはキツい」 「残すわけにはいかないでしょ。インスタントの神様に叱られるわ」 「誰だよ」 「食いすぎて気持ち悪くなってきた」 「カップ麺を食べて気持ち悪く……?アンタどういう体の構造してんの?」 「いたって普通だよ」 「せっかくだからこっちの春雨系も試しましょうか」 「いくつくらい?」 「ひのふのみぃの……21個」 「死ぬー」 「どれも100キロカロリーくらいじゃない」 「合計2100キロカロリーは成人が1日で食べる量です」 「仕方ないわね。おーいティアラ」 「あいよぉ」 待ってましたとばかり出てくる一条さん。 なるほど、荷物持ちが彼女なのはこういう理由もあるのか。 (ずるずる)「はいさ」 「ほいさ」(ごっくん) (ずるずる)「はいさ」 「ほいさ」(ごっくん) 恋奈さんが1口だけ食べて、残りは一条さんが丸呑みにしていく。 シュールな光景だった。 「うが! これグリンピース入ってるっての」 「嫌いなんですか?」 「これだけはダメだっての」 子供みたいな人だな。 「じゃあ」 「サンキュー、助かるっての」 「はい」 苦しいけど1杯分くらい入る。 緑黄色野菜の多いそれを食べていった。 「……」 「どうかした?」 「い、いや、なんでも」 「僕か?」 「お腹いっぱいでさ」 それにさっきから輪に加わってない。 「まあそれくらいなら」 「助かるっての。ほれ、食ってくれ」 「あ、ああ」 「?」 ヴァン、緊張してる? 一条さんが怖いのかな。 結局色々と食べ比べたが、 「全部買うことにしたわ」 「比べた意味なかったじゃん」 「うぉお……さすがに重いっての」 「貸せ。手伝おう」 お嬢様らしい経済力で決断し、大荷物を抱えて帰ることになった。 うちが近い。ヴァンもここからは別ルートなので、お開きにすることにした。 「じゃあ俺」 「ええ」 「あっ、大。明日集会だから。9時、忘れないでよ」 「え……」 「なに?」 「ゴメン、うちの学園明日からテスト週間でさ。勉強しないと」 「はあ? なに言ってんのよ、私らにテスト勉強なんて関係ないじゃない」 不良らしい意見だ。 「でも無理だよ。姉ちゃんが怖くて」 普段はうるさく言わないけど、さすがにテスト週間は厳しい目で見てくる。 「ダメ。出なさい。呼んだら来るって約束よ」 約束では拒否権も認められてたはずだが。 「君ら七里の生徒だろう。七里も明日からテスト週間にはいるんじゃないのか」 「私は勉強しなくても90点は固いわ」 「俺っちはあきらめてるっての」 どっちもすごいな。別々の意味で。 「勉強なしで90……本当か?七里は決してレベルが低い学園じゃないはず」 「待てよ、片瀬恋奈」 ん? 「前回の共通模試、県9位に名前のあった1年の片瀬恋奈というのは、ひょっとして君か?」 「県9位!!?」 不良が!? 「あら、有名みたいね」 胸をそらす片瀬さん。 「……」 「なによ」 「それはあの……有象無象な片瀬の力が働いて?」 「実力よ。失礼ね」 マジかよ。 県9位ってすごすぎだろ。俺なんてがんばってるけど3桁番常連だぞ。 まあヴァンはその模試で2年の県1位だったけど。 「勉強なんてしなくても県9位くらいちょろいわ」 「なら1位を目指すべきだと思うが……まあ結果を残しているなら好きにするのもいいだろう」 俺も俺より成績が高いなら何も言えない。 「でも俺は勉強しないとダメだから。明日はやめとくよ。ゴメンね」 「……チッ」 気に入らなそうに舌打ちする恋奈さん。 「分かったわよバーカ。来なくていいわよ」 怒って行ってしまった。 あんなに怒らなくても。 「悪かったねヴァン。付き合わせて」 「構わない」 「……」 「うん?」 「僕の知らないところで、ずいぶんと仲のいい子ができていたようだな」 「あんなに露骨に懐かれるとは」 「……懐かれてるかな?」 毎日のように怒られてるんだが。 よく分からないけど、ヴァンは楽しそうに笑ってた。 (そわそわ) (そわそわ) 「れんにゃ? どしたシ」 「落ち着かないっすね」 「な、なんでもねーわよ」 「梓、お湯」 「うーい」 とぽとぽとぽ。 「……」 「そこ! 2分で開くな!」 「すんません!」 「……」 「やっぱ様子がおかしいっすね」 「ずるずるタイムでテンションあがらないなんて絶対ヘンだシ」 「……」 「はぁ……」 ・・・・・ 「はーい今日は解散。夏休みに人集めを本格化するためにしばらくは休んでいいから」 「「「シャしたァ!!!」」」 (ぞろぞろ) 「失礼する」 「……」 「はーああ」 「れんにゃあ、今日はどうしたシ?」 「だ、だからなんでもないって」 「私はいつも通りよ。いつもと同じことしかしてない」 「別にこの前ここで何があっても……」 「ちわーっす」 「うわああ!」 「あ、どもっす」 「遅いシ。もう集会終わってるシ」 「うん。間に合わないとは思ったけどさ。一応」 家を出たのも遅かったからな。着いたのはもう他の人たちが帰ったあとだった。 「な、な、なぅ」 「なにしに来たのよ。今日は忙しいんじゃなかったの」 「勉強しなきゃダメなんだけど集中できなくて。リフレッシュがてら」 「だ、だったらもっと……。……チッ」 あれ、なんか怒ってる? 来ない方がよかったかな。 「……」 「〜♪」 「?」 「勉強ってなに?」 「いまテスト週間なんです。七里もそうでしょ?」(なでなで) 「あー、そういやそうだっけ」 「みなさんは勉強しなくていいんですか?」 「俺っちは今回捨ててるっての」 「学生に捨てテストはないんですけど」 「問題のレベルが下がる補習テストが勝負だぜ」 それはどうなのよ。 「勉強なんてしなくても、テストなんて赤点さえ出さなきゃ何点でも一緒だシ」 「赤点回避くらいなら一夜漬けでできるシ」 「……」(なでなで) 「え?」(なでなで) 「ハナさん、赤点は出さないタイプ?」(なでなで) 「当たり前だシ」 「恋奈様とハナは特待生で入学してっから赤点出しちゃシャレにならねーわな」 「特待生ぃ!?」 恋奈さんはともかく、ハナさんも? 「ほんとはもっと上のとこ行く予定だったシ。七里の特待くらい楽勝でとれるシ」 「入学してから一度も勉強してないけど……、まだ赤点出すほどは学力さがってねーシ」 「へ、へぇー」 見くびってた。 「テストってのは日常で得られる知識量の優劣を競うものでしょ」 「直前になってあわてて詰め込むなんて軽めのカンニングじゃない。テスト週間って発想がまず悪しき風習だわ」 「ま、それでも勉強しない私に負けるバカどもをあざ笑うイベントと考えれば面白いけど」 ちょっとイラっとする。 「片瀬さんは県9位だっけ?」 「ええそうよ。勉強しなくても楽勝だったわ」 「すごいね」 「にしてもすごいなぁ特待生なんて」(なでなで) 「えへへ〜」 「なんでそっちの方が上っぽく言う!」 「いや、驚きの補正分が」 恋奈さんは普段の態度から頭よさそうだし、それをひけらかしてるからなぁ。 「ちなみに自分も特待生なんすよ」 「そうなの?」 「スポーツの方っすけどね。陸上王国由比浜で期待のホープっす」 だから逃げ足が速いのか。 「だから逃げ足が速いのか。とか思いませんでした?」 「いやいや」 「でも期待のホープがヤンキー集会になんて出てたら、先生たち悲しむだろうね」 「り、リアルな話はやめてくださいよぅ。中島ってセンセーが熱くて困ってんすから」 「とりあえずみんなテストの心配はない、と」 「そゆこと」 「あたしは直前に一夜漬けするシ」 「大変なのは俺だけか」 俺は『赤点回避すればOK』とはいかない。ある程度いい点とらないと姉ちゃんに怒られる。 「勉強しないと」 ポケットからメモ帳を取り出した。 表に問題を、裏に答えを書いて使う例のアレだ。 「えーっと、1940年に創立された……」 「うわ、それ実際に使ってる人初めて見た」 「総裁には総理大臣があたり……」 「このIT時代にアナクロね」 「うるさいな」 そりゃいまはゲームでも勉強できる時代だけど。 「どんな問題やってるわけ?」 「これは近代史。戦前戦後の日本史」 「あ、私たちと一緒じゃない」 「そうなの?」 学年ちがうはずなんだけどな。 まあ学園がちがえば勉強するとこもちがうし、偶然かぶってもおかしくない。 「面白いわ。問題だして、やってみたい」 「う……」 な、なんかやだなぁ。頭のよさそうな子に。 「じゃあこの問題。1940年に創立され、総裁は総理が担当した官製色の強い統制組織名は?」 「んー1940年……」 「……」 「なんだったかしら。あの辺ゴチャゴチャしてるのよね」 「七里は習ってないのかな」 「そうかも」 「違う問題にしようか。ちなみにいまの問題の答えは」 「大政翼賛会だシ?」 「へ?」 「正解」 「大性欲……なんだいそのエロそうな名前」 「大政翼賛会。2週間くらい前に習ったシ」 「あっ、あーあー、そうね、そうだったわ」 「ここも習ってるみたいだね。じゃあ第二問、この会を創立した中心人物は」 「え、えっと……えっと」 「それこそ習ってないわ。ここ、授業じゃさらっと終わっちゃったもの」 「近衛文麿だシ。当時貴族院の議長だった人」 「おっ、またまた正解」 「が……ッ!」 「れんにゃ? どしたシ?」 「え、えーっと」 「そうだ。これの授業の日、私寝てたわ」 「あははは、れんにゃらしいシ」 「俺っちなんて毎日寝てるっての」 「きょ、今日はもうこれで解散よね。じゃっ、バイバイみんな、早く帰りなさいよ」 「うん、また」 あわて気味に帰ってしまった。 ……携帯でどっかに電話してる?用事でもあるんだろうか。 ちぇっ。今日は恋奈さんに会いに来たのに。 まあいっか。 俺も帰って勉強の続きしよ。 帰ろうとして、 あれ。 恋奈さんが本屋に入っていくのが見えた。 江ノ島住まいのはずなのに。こっち方面になんのようだ? 「……さっき電話したものは揃えてあるかしら」 「ヒヒヒ、もちろんでさぁお嬢様。すぐにかき集めましたぜ」 「この短期間で……やるわね」 「お父様にはよろしくお願いします」 な、なんだ。どす黒い感じの会話が。 「しかしお嬢様がこんなものを欲しがるなんて珍しい」 「詮索は不要よ。質は保証してくれるんでしょうね」 「もちろんでさ。頭がぶっとぶぐらい良質なモンをそろえましたぜ」 !? い、いけない薬? 「ご苦労」 「ふふっ、見てなさいハナ。目にもの見せてあげる」 ハナさんに!? 「何を買ってるんだ恋奈さん!」 「うわ! な、なによ大」 「いけないよ。ハナさんを薬漬けにして売り飛ばすなんて」 「なんの話よ。参考書をじゃない」 「参考書?」 見ればレジに出してるのは、分厚い参考書だった。 てことは……。 「こいつでぶっ叩いてハナさんを亡き者にする気!?」 ・・・・・ 「なんだ、勉強するためか」 「勉強以外に参考書の使い道があるなら知りたいわね」 「あはは」 「それより、どうしたんです?授業以外の勉強なんてナンセンスなんじゃ」 「う……」 「……」 「ハナさんに負けそうで焦った。と」 「うるさい!」 蹴られた。 「アンタ! 私のこと口だけのバカだと思ったでしょ!」 「そんなことは」 「嘘はついてないからね。いつもなら授業聞いてれば90点は固いんだから。県9位ってのも聞いたでしょ!」 「うん」 「でも今回は不調なんだよね」 「う……」 「……」 「授業さえ聞いてればできるってのはホントなのよ」 「でも……」 「ククク、この作戦でチーム猫夜叉はいちころね」 「えぇー、次の段落、片瀬さん読んでください」 「辻堂軍団を孤立化させるためにはこっちと、そうそう、このグループも引き込もう」 (よそごとしてる。……でもキツく言って片瀬のお嬢さんを怒らせるのもなぁ) 「では一条さん呼んでください」 「んごー」 「これで湘南は完全に私のものだわ」 「って1秒も聞いてなくて」 「なるほど」 自業自得、と。 「それでも赤点くらい回避できるけど、ハナに負けたら……もう……なにかが終わるわ、私のなかで」 ひどいこと言ってるが、分かる気もする。 「参考書は仕入れたけど、あとは勉強できる場所を探さなきゃ」 「この辺に漫画喫茶みたいな、静かで1人になれる場所ってある?」 「漫喫はいくつか知ってるけど」 「勉強なら自分の家でよくない?あ、恋奈さん自室じゃ集中できないタイプ?」 「したことないから知らないわ」 「でもうちはダメ。ハナたちは顔パスで入ってくるから」 そういや前も風呂に平気で入ってきたっけ。 「図書館とか」 ヴァンが良く使う。 「図書館は……行きたくない」 「なんで?」 「なんでも」 ふむ。 「なら……うちなんてどう?」 漫喫はサービスがそろってるから逆に集中できないと思う。 「静かだし、数学については先生までいるよ。俺も手伝えるし」 「アンタんちか。悪くはないけど……」 「いいの?」 「もちろん」 「……」 「理由つけて私を部屋にあげようとしてる?」 「ぎくっ」 「やれやれ。なんかエロいことされそうでヤだけど」 「まあいいわ。都合がいいのは間違いないし。漫喫にこの分厚い参考書持ち込むのも恥ずかしいし」 「明日から使わせてもらっていい?」 「うん」 「そう。じゃあ明日」 ありがとうもなく帰っていく恋奈さん。 「……」 よしっ! これでテスト期間中、気兼ねなく恋奈さんと会える。 我ながらセコいとは思うがこういう小っちゃいことでも嬉しいもんだ。 向こうがどう思ってるかは知らないけど。 「……」 「……」 「♪」 「independent.意味は?」 「い、インディのペンダント」 「独立した、分離したという意味です。Independence Dayで独立記念日」 「ちょうど今日ですね」 「昔そういう映画あったな。なんかアメ公がUSA!ってはしゃぐやつ」 「あ、映画見に行こうか」 「次の問題です」 「independentしたい……」 「い、委員長が辻堂さんに勉強教えてる」 「さすがお母……委員長。怖いものなしだね」 「愛さん! 武楽屡死波が攻めてきました」 「分かった、いま行く」 「辻堂さん、お勉強は」 「ウルセェ」 (ビクッ) 「ひいっ」 「こ、怖かったぁ。大丈夫お母……委員長」 「は、はい」 ――ブブブッ 『ごめん。あとでケーキおごる』 「クスッ」(カチカチ) 『お気になさらず』 「昨日ははかどったか?」 「ぼちぼち」 「ひろは分からないところを家で聞けるからいいな」 「そうでもないよ。家族に聞くって恥ずかしいんだから」 「なるほど」 でも今日からは、少なくとも途中でマンガ読んだりはしなくなると思う。 がんばらないと。 さっさっ。 「……」 「もうちょっと」 さささっ、ふきふき。 「ふむ」 「もうちょっと」 ――ピンポーン。 「あ、はーい」 「本日はご厄介になります」 「お姉さんいないの?」 「まだ帰ってない」 「あー重かった」 どさっと参考書を放る。 「これ持って帰るの面倒だから置いといていいわよね」 「うん」 「?掃除してたの?」 「ちょっとね。あ、いや、一応普段からきれいにはしてるけど」 「分かるわ。勉強中ってよそ事がはかどるのよね」 気にした様子なく出しておいたテーブルにつく。 恋奈さんが来るから掃除したんだけど気づかれなかったみたいだ。 ……助かったような、気づいてほしかったような。 「さてと、こっちではじめちゃっていいのよね」 「うん。ご自由に。分からないところがあったら聞いてよ」 「アンタが私に教えようって?」 「一応2年だし」 「いいリフレッシュ方法はいろいろ知ってそうだから、あとで教えなさい」 ナメられてるなぁ。 まあいい。 「飲み物持ってくるよ。コーヒーでいい?」 「お願い」 一番高いのにしよう。ブルマンをこぽこぽこぽ。 「へいお待ち」 「へいまいど」 「あ」 「なに?」 「メガネかけるんだ」 しかもかなり分厚いやつ。 「知らなかったっけ?」 「そっか、アンタ日が浅いもんね。集会じゃつけないようにしてるし」 「可愛いね」 「お世辞はいいわよ。これが地味子変身アイテムってことは知ってるから」 「まあかなり印象かわるけど」 正直やぼったい感じはある。 「でもやっぱ可愛いよ。新しい恋奈さん発見って感じ」 「う……うっさいバカ」 「……」 「新しい、じゃなくて古い方だし」 「へ?」 「なんでもない」 「でもその厚さってことは、かなり目ぇ悪いんだね」 「ええ。正直、江乃死魔内でも顔が分からないやつは多いわ」 ひどいなおい。 「……」 「?」 「大ってそんな顔してたんだ」 「俺まで!?」 「さすがに冗談よ」 よかった。本気で。 「その顔は覚えてるわよ。何回もすぐ近くで見たんだから」 「すぐ近くで……」 「?」 「うるさい! 勉強はじめるわよ!」 なにも言ってないのに。 「うわあああああああwせdfrftgyふじこ」 「な、なに急に」 「メガネっ子だー! メガネっ子が出たー!」 「緊急警報、緊急警報。ただいま我が家にメガネっ子が発生しました。周辺の方はメガネ感染にご注意ください」 「なんなのよその普段の6倍くらいのテンション」 「よく分かんないけど、メガネが鬱陶しいってこと?」 取ろうとする恋奈さん。 「とんでもない!」 「メガネが鬱陶しいわけないじゃないか!むしろ取ろうとする恋奈さんの手が鬱陶しいよ!」 「ケンカ売ってる?」 「はぁ〜、片瀬さんがメガネっ子だったなんて」 「……」 「イイなぁメガネっ子」 「……」 「うわぁ〜、メガネっ子の宝石箱や〜」 「鬱陶しい!」 蹴られた。 「帰るわよ」 「ゴメンゴメン」 「恋奈さんが可愛すぎて冷静じゃなかった。もう落ち着いたから」 「ったく」 「で、さっそく勉強を始めるわけだけど」 (・∀・) 「私は好きにやるからアンタは」 (・∀・) 「破ッッッ!!!」 「ぎゃー!」 本気で殴られた。 さすが三大天+メガネっ子。本気で怒るとかなり痛い。 「分かったってば。もう見ないよ」 「アンタ時々おかしくなるわ」 「恋奈さんが可愛いからだよ」 「うれしくない」 最初ちょっと混乱したものの、 「……」 「……」 勉強会自体は至って真面目に行われた。 恋奈さんは自分で言うとおり勉強得意らしく、すごい集中力で参考書や問題集を片付けていく。 「大」 「うん?」 「コーヒーおかわり。冷たいやつ」 「はいはい」 俺も勉強してるんだけどな……。 「ありがと」 ところどころお嬢様らしい面をのぞかせるものの、 ノートに向かう姿は勤勉そのもの。 「……」 前にマキさんが言ってた『恋奈さんは経営者』って、こういう姿を見てても思う。 少なくとも三大天のなかでは一番不良っぽくないんだよなこの子。マジメだし、打算的だし。 ケンカが日常の一部みたく思ってる辻堂さんや、あの通りなマキさんに比べて、根っこの部分がツッパってる感じがしない。 でもヤンキーの活動そのものには、三大天はおろか湘南でも1、2を争うほど熱心だ。 ……なんで不良やってるんだろ? 親への反発? ご両親のこと、好きじゃなさそうだったし。ありうるかも。 それとも……もっと別の。 「ただいまー。はー疲れた」 「ムーンダラケタイパワー・メイクアーップ!」 「っと、片瀬のお嬢さんが来てるんだっけ」 「蒸着!」 「調子はどう」 「あ、お邪魔しています」 「いえいえ。ゆっくりしていってね」 「キツネとタヌキ」 「「あ?」」 「なんでもないです」 女は怖い。 「分からないところがあったら呼んで。理系の問題ならたぶん教えられるから」 「はい。ありがとうございます」 お得意様の娘さんということで、一応の礼儀を通して出ていく姉ちゃん。 「しっかりしたお姉さんよね。アンタとは大違い」 「はは」 「ふぅ……」 「……」 「2人きりで勉強……? キナくさい」 「でも片瀬のお嬢さんがヒロに興味持つとも思えないわね」 (すんすん) 「漂ってくる……どこからともなく甘酸っぱい空気」 「ノート入りね。警戒レベルは……2かな」 「さてと、聞きに来るときはヒロが間に入るだろうし。着替えてもいいわよね」 「主よ……タネも仕掛けもないことをお許しください」 『ワン、ツー、スリーーーーーーー!』 「お姉さんなんか叫んでない?」 「近所の子供だよ」 恋奈さんが相手なら姉ちゃんも普通に迎えてくれるし。 勉強会はとくに問題なさそうだった。 帰り際。 「ん?」 メールが入ってるのに気付いた。 「……」 「ひろ、帰れるか?」 「あー、ごめんヴァン。今日さ」 「む? 1人で帰るのか」 ヴァンは気にした様子ないので別で帰ることに。 ただ行く方向は帰りとは逆。 江ノ島のほうへ向かう。 「やっと来た。ごくろーさん」 こっちの商店街に来るよう恋奈さんに呼ばれたのだ。 メールで急に『来なさい』の呼び出し……。ちょっとアレだが、まあ他に用事もないし。 「参考書、飽きてきたから受験用のを買おうと思うの。重いから持ちなさい」 「飽きたから受験用のをって……」 「うち、過去の受験問題とかよく使うからテストの予習になるのよ」 「へー」 やっぱテストで点数とれる人って発想が微妙にちがうんだなぁ。 「買ってくるから待ってて」 例の本屋に入る恋奈さん。 「私よ。準備はできてるでしょうね」 「ヒヒヒ、ようこそおいで下さいました。こいつが例の品でございます」 「いかがですか。この純度、一級品でござんすよ」 「やるわね……ここまでの上物はここ数年ないわ」 この会話いる? 「お待たせ。はい持って」 「はいはい。……おっと」 たくさん買ったらしい。ずしっと来た。 「それじゃあアンタのうちに行くけど……。なんか買うものある?」 「とくには」 「んー、商店街にきて荷物持ちもいるのに本だけで帰るのも味気ないような」 「お嬢様の黄金パターンでもやる?プレゼントっぽい箱を山積みで男に持たせるやつ」 最後に俺がコケて、箱が散乱する寸前で今週の放送を終われば完璧だ。 「あれってお嬢様?サ○エさんの黄金パターンって気がするけど」 「ああ、あっちでもたまに見るかも」 「正直あんな買い物の仕方する女、買い物依存症の気があるからさっさと別れたほうがいいわ」 「無駄に敵を増やすのはやめようよ」 「お茶でも飲んでいこうか」 近くの喫茶店に入った。 あ、この店……。 「初めてお会いしたお店ですね」 「そうだね。そのお嬢様モードは2秒もたなかったけど」 あの日、親の都合で待ち合わせて、彼女が片瀬のお嬢さんだったって知った日だ。 あれから……まだ半月くらいしか経ってないのか。ずいぶん長かった気がする。 一番奥の席につき、コーヒーを2人分頼んで一休み。 「考えてみれば、ヘンテコな縁よね私たち」 「だね」 当時は俺の彼女の天敵で。親の仕事の得意先で。 いまは友達(?)で。なんか俺を使いっぱみたくしてるお嬢様で。 ……好きな子で。 う……。 しまった。好きだって確認するのと同時に、あの日あったとんでもないパートを思い出してしまった。 「どうかした?」 「い、いや。別に」 キスしちゃっただけでもおかしいのに。あんなことまでしてた。 本当にヘンテコな縁だ、俺たち。 「??」 「どうしたのよ、顔が赤……」 「やばっ! ふせて大!」 「は? ぎゃぶっ」 テーブルにたたきつけられた。 「やばいっ、こっちに来る」 「ああみなさん。べつに来ても問題は――」 「こんなの買ってるの見られたら終わりよ!荷物持って大。どっか隠れるとこ……」 あたりを見渡す恋奈さん。 でも一番奥の席についたせいで、トイレも出入り口も遠い。 あるのは……。 「これだ!」 ――バタン! ・・・・・ 「ふぃー、クーラーきいてるとこは助かるっての」 ・・・・・ 「焦ったぁ」 「ここなら見つからなそうだね」 近くにあった掃除道具いれに身を隠した。 中は2人も入るとギチギチだけど、外からなら見えないはず。 店員さんもこの時間に掃除用具をとることはないだろうし。身を隠すには最適と言える。 でも、あえていうなら。 「な、なんでアンタまで入るのよ」 「だよね」 2人で隠れる必要はなかったよな。 といって今出ていけばあの3人には確実に見つかる。隠れ続けるしかない。 「邪魔くさいわね……考えなさいよ」 「えっと」 「1.俺は恋奈さんに引っ張り込まれた。2.そもそも隠すのは本だけでよかった。3.見つかってもこの本は俺のだと言えばよかった」 「以上3つの点から、『バカ』の撤回を要求します」 「わ、悪かったわよ」 恋奈さん、テンパるとダメだな。 「とにかく待ちましょう。いま出ていくのは、参考書買ってること以上に恥ずかしいです」 「そうね」 密閉された用具入れのなかは蒸すけど、幸いクーラーの真下らしい、あんまり暑くはなかった。 「……」 「……」 ほんのり汗ばむ程度。 「はぁ……」 恋奈さんの甘酸っぱい香りが漂ってくる程度。 「……」 「……」 「なんかこの前のこと思い出すわね。あの3人から隠れて、それで……」 「だね」 「俺もいま同じこと思い出してた」 こんなに密着して。汗のニオイがいっぱいで。 ――ぐぐっ。 「っ!」 「ちょ……っと、なんか当たってるんだけど」 「ご、ごめん」 「こんのドエロ。TPOわきまえなさいよ」 「……へ、変なとこ押さないで」 「だからゴメンてば」 密着してるもんだから、たぎったものはズボン越しにまさに『変なとこ』を押してる。 つまり……スカートの前側を。 ぷにっとしたものが分かってドキドキした。 「もう……」 連れ込んだのが自分なせいか、恋奈さんは文句は言わない。 顔を赤くしてじっと耐えてた。 「……」 真っ赤な顔がすぐ目の前にある。 顔が……。 「ぁむ……っ」 「……」 ン……。 ・・・・・ 「なぜ!」 「ご、ごめん」 「なにすんのよ! ……あっ、くぬ……。なにすんのよ」 外を気にしてあわてて声を小さくする。 「目の前にあったから、つい」 「ついでするな。もー……」 暴れるわけにもいかないので困った顔だった。 ……困った顔、可愛い。 また顔を寄せていく。 「だっ、なに近づけてんのよ」 「はむ」 「あのねぇ、私の唇はそう簡単に舐めていいもんじゃ」 「んふ」 「ないのよ。1回許したくらいで調子に」 「んんんん……」 「あぅ……む、ふ……」 「もぉお……」 しつこくしすぎたのか、恋奈さんは体から力が抜けてしまったみたいだ。 ふにゃっとして、俺にしがみつく。 「ど、どんだけキス魔なのよアンタは。顔近づけただけで……」 「心の隙間をお埋めします。キス魔の長谷大です」 「茶化すな」 「あはは、でも顔が近いからしたわけじゃないよ」 「恋奈さんのこと好きだから。だからしちゃうの」 「う……」 もう一回。 もう恋奈さんは嫌がるそぶりも見せない。 「好きだよ、恋奈さん」 「……」 「辻堂のことも好きなくせに」 それを言わないで。 「まあ……辻堂さんは好きだけど」 「こういうの我慢できないのは恋奈さんだけだよ」 もう唇をくっつけるのが当たり前のことみたく思えてきた。 柔らかくて、ほんのり甘い香りのする感触。 癖になる。 離すときも、すぐに再開できるくらい近くに顔を置いたままになる。 鼻がくっつきそうな距離で見つめ合うことに。 「……」 「……」 見つめ合う俺たち。 なんとか動く手で、乱れがちな髪をかきあげてあげる。 耳たぶに触れたときびくっと震えたのが可愛い。 「……」 「……〜ば、バカじゃない」 「TPO考えなさいよ。こんな場所で」 「連れ込んだのは恋奈さんだよ」 「うるさい。ば、場所とかは関係ないのよ」 「キスってのは好き同士でするもんでしょ。あ、アンタが私のこと好きなのは分かったけど、私は別にアンタのこと……」 「嫌い?」 「キラい……では、ないけど……」 「キラいよ。き、キラいに決まってんでしょアンタみたいな節操なくて、だらしなくて」 「俺は好きだよ」 「私はキラいなの」 「……」 顔を近づける。 「キラい」 「キラ……い……」 「……んっ」 「……」 今回は最後の1センチ……恋奈さんから詰めてきた。 言うと怒るだろうな。言わないでおく。 預けてもらえた唇の感触を楽しんだ。 「好きだよ」 「何回言うの」 「言いたいんだもん。何回でも」 「……フン」 「恋奈さんは? 俺のこと……」 「……」 「ン……っ」 さすがに言ってはくれないか。 でも代わりに、今度こそ彼女からキスしてくれた。胸をそらして、背伸び気味で。 「……口、あけて」 「んぁ……」 「ひゃむ……っ」 ねろりと唇をなめてみた。 ちょっと驚いたよう喉を鳴らす恋奈さん。でもすぐに、 「ぁむ……んちゅ、ンる……」 俺の舌を咥えに来てくれた。 舌はしっとり甘い彼女の口腔に招かれる。 顎に感じるエロティックな感触。頭の中がトロけそうだ。 「はちゅ……んんん、れる」 「ぷひゃ……はんっ、んふぅ、ンるンる」 舌の舐めっこ……むしろ恋奈さんのほうが積極的な気がした。 自然と舌が深くまで進む。 「ぁんぐっ……ンふ、んふぅん……」 「ン……んっ」 「はぷぁ……ぁむ、ふぃろし……ぃ、あふ」 恋奈さんは構わず受け入れてくれた。 しっとり濡れた粘膜と舌が、ねろねろ俺のそれに絡みついてくる。 「はちゅ、んる……れる、れぅ」 粘着質にはい回る舌。漂ってくる女の子の甘い香り。 気持ちいい。 「んちゅ……〜〜〜」 「ふぁぅん……っ」 吸ってみると、小さな体がびくんっと震えた。 「ン……どうかした?」 「べ、べつに」 「……感じちゃった?」 「そんなわけないで――はぅむっ」 これ以上無理ってくらい唇を重ねる。 ――ンちゅ……るるるるっ。 舌が引っこ抜けそうなくらい強く吸った。 「ぱぅうう……っふぃう、ふぃう。ンむぅう」 「ちょ、ちょとたんま、たんまぁ」 キスだけでろれつが回らなくなってしまった。 ちょっと呼吸を落ち着ける時間を取る。 「はぁ……はぁ……」 俺の胸板に顔をこすりつける恋奈さん。 「はぁ……」 こすり付けるっていうか……押し付ける。 抱きついてくる。 「あはは」 もちろん抱きしめ返した。 「大……」 安心したようウットリした顔で、胸に頬ずりしてくる。 密着してるから柔らかい体全部がこすれる。気持ちいい。 なにしてるんだろ俺たち?真昼間から。こんな場所で。 まーいいや。いま俺の世界には恋奈さん1人。 なら他に望むものはない。 「好きだよ……」 「も、もう……また」 「だって大好きなんだもん」 「やめてよ」 「やめられないじゃない……」 また彼女から。今度は舌も、あっちから突っ込んできた。 気持ちよくてつい。 ――ぐりり。 「あんふ」 腰に当たってるギンギンなものをこすり付ける。 「……」 恋奈さんはちょっと困って。 「ン……」 背伸びしつつ軽く足を開く。 がちがちに尖ってる俺のものは、自然と隙間に入りこみ。 ――ムニゥ。 「んはん……」 彼女の一番熱い部分とぶつかった。 「あ……、は……ぁ」 落ち着かなそうに腰をもじもじさせる恋奈さん。 つなげたままの唇から、荒れがちの吐息が吹き込まれる。 ちょっと位置が悪いな……。 「よっと」 「ひゃう……っ」 ちんポジを整えようと乗っかってる体を移動させた。ちっちゃなお尻を持ち上げて、ちょうどいい位置へ。 お尻をつかんだ。 「……」 ――むにり。 「……」 ――むにむに。 「きゃは……ぁんんっ。こ、こらぁ」 お尻、柔らかい。 この前は好きなように触れなかったし……。 ――もにゅもにゅもにゅ。 「ぁんっ、こら、ダメ……あああああ」 しっとり汗をかいた、女の子の感触。 肌っていうよりは粘性のある液体みたいな柔らかさを思う存分揉みしだいた。 「こっちも熱くなってるね」 「あん……っ、ん、んん……もおお……」 恋奈さんは抗議がちに眉をゆがめるけど、来る抗議は舌へ舌を絡めることだけ。 俺を調子に乗らせるだけだ。 「……奥に行くほど熱い……」 「……ひっ!」 「あ、これ、お尻の穴でしょ」 なめらかな谷間の一番奥にある、もこもこした部分が分かる。 触った瞬間は柔らかかったけど、次の瞬間ギュッと固くなった。 「可愛いね……触るよ」 「や、やだ……ぁン……大ぃ……」 また柔らかくならないかな。思ってじっくり揉んでみる。 ――むに、むに、むに。 もちろんお尻の肉自体も気持ちいいんで揉み続けた。 「あはっ、あはぁ……ン。はん、はぁんン」 キスで蕩けた恋奈さんは、抵抗できない。 「あ……面白い」 お尻をイジると前もびくって反応する。ズボン越しでもペニスで分かる。 どう感じてるか分かる。 「んと……これくらいだね。コレ、気持ちいいでしょ」 「ふぁっ、んぁ……っ」 「ああぁうあ……っ、お、お尻だめぇ」 「ここはそうは言ってないよ」 後ろをじくじく押し揉みながら、腰をもちあげた。 「あはぁあ……っ」 ペニスがぐにりとショーツの前側を押し、恋奈はひっくり返った声で鳴いた。 「どう恋奈? ン……はは、後ろも開いてきた」 「恋奈って……ぁはっ、はぁんっ」 固かったアナルがねっとりとほぐれていく。中央に『穴』があるのが分かる。 「あああん」 抗議したいんだろう。必死で舌を絡めてくる恋奈。 「んぁぷ」 興奮しすぎた。ぞろっと舌の腹を舐められたとき、唾液の塊が落ちてしまう。 身長の関係で下の恋奈はまともに受けることになり、 「……ンク」 でも当然のことのように飲み下す。 「……」 「俺にも飲ませて」 とろとろに湿ってる彼女の口の中から、唾液を舌で掬いとる。 ……ンく。 ほんのり花みたいな香りがして美味しい。 「んふぁう……大……」 「ずるい……こっちも」 「うん」 今度はこっちから。 とろーっと唾液を伝わらせてみた。恋奈さんは潤んだ眼を嬉しそうに細めて受け、 ――むに。 「くふぅんっ」 飲む瞬間にお尻をイジってみる。 「……っぷはっ、けほっ、けほっ。ば、ばか」 「あはは。ごめん」 ちょっと意地悪だったか。眉をひそめる恋奈さん。 不満げにして。 「やり直し。あー」 飲ませなおして。とばかり、口をあけて舌を伸ばす。 「……うん」 今度は不意打ちでなく、ねっちりお尻を揉んで、前側をペニスでつつきながら唾液を垂らす。 「ぁふ……はふ……ぅ」 「んふぅ……」 恋奈さんは幸せそうに、俺とのキスに夢中になっていた。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ その後、 いつの間にかあの3人はとっくに退店していた。 伝票を残して隠れてた俺たちは食い逃げと間違われ、店員さんに怒られつつ店を出る。 そのあとは一応勉強になったけど、ほぼ集中できず。 「……」 「……」 「うるぁ!」 「痛いっす!」 「そろそろ機嫌なおしてよ。反省してるってば」 これでケツキック59発目だ。 今日は暴走しすぎたので甘んじて受ける。 「ったく……」 「きょ、今日のはイレギュラーだから。アンタに心許したとかじゃないから」 「分かってるよ」 「アンタなんか全っ然好きでもなんでもないからね!」 「はいはい」 「どれだけ嫌われても、俺は恋奈さんが好きだけどね」 「う……」 「……」 「キラいだったらあそこまでしないわよ」 「へ?」 「……」 「60発!」 「フン」 行っちゃった。 いてて。甘い余韻がケツキック連打ですっかり飛んでしまった。 まあでも、最後の一言がもらえたのはポイント高い。 嫌われてないのは確か。 それにあの恋奈さんがあそこまでさせてくれたってことは……。 おっと、いかんいかん。 いまは試験に集中する時期だ。 試験が終わったら……。 「……」 いかんいかん。 ・・・・・ しかし。 大きな問題がひとつ。 「……」 「集中できん」 なんかもうテストとかどうでもいい気分だ。 だってさあ! もう、だって……。 ……。 はぁ……。 アレ、結局宙ぶらりんな状態で終わったからなあ。 そもそもテスト勉強ってやつは、してるとなぜかムラムラ来てしまうものだし。 うん。ヌこう。 1発抜いてスッキリしたら勉強もはかどるはず。 ……って思ってそのまま眠くなるパターンをこれまで何度も経験してるけど。 一度出さないと、なにも手につかない……。 ・・・・・ 「さってと、ヒロはお勉強してるかしら」 「にしても片瀬のお嬢さん、今日は早く帰ったわね。どうしたのかしら」 「警戒レベルは下がったけど、父さんの仕事的にギクシャクするのも困るわ。明日夕飯にでも誘ってみようかしら」 「とにかくいまはがんばる弟にねぎらいを」 「おっと、今日はセクシー系じゃダメよね。姉闘力をアップさせて……」 「クソソソのことかーーーー!」 「完璧。ヒロー、がんばってるー?」 ・・・・・ 「キャー!」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……はぁ」 なにやってるんだろ。私。 あんな簡単に流されて。 ……気持ちよかったけど。 なーんかあいつといると変になるのよね。 落ち着かないっていうか。冷静じゃないっていうか。 それがいつもはイライラするんだけど。 2人になると……。 「……」 「ああ……っ、眠れない」 目を閉じると……アイツのことばっか。 「……」 好きなの? アイツのこと。 「……まさか」 ありえないわ。 ありえない。 ……わよね? 「……はぁ」 でも……最近あいつのことばっか考えてる。 当たり前か。あんなことされれば。 それに……。 「う……」 むずむずっとしたのが下半身を走る。自然と震えが来た。 長谷大……。 もともとキラいだったわけじゃない。辻堂の彼氏で、警戒はしてたけど、キラいでは。 まあノリが合わないっていうか、相性はよろしくないけど。 ……その分いつも私に合わせてくれる。 優しいのよね。博愛主義で、偽善的で、私の一番嫌いなタイプで。 「……」 1人の男とこんなに長く一緒にいたのは初めて。 イライラするのに、優しいから嫌いになってる暇がなくて。 私が溺れたときは男らしく助けてくれたり、かと思えばフラれたからって女みたいに泣いちゃったり。 あんなに色んな顔を見たやつは初めてで、 それで……。 「……」 「……」 ――モゾ。 「……ぅ」 い、1回。1回だけ。 スッキリすれば寝れるはず。すぐまた元通りになるはず。 ちょっとだけだから……。 「あ……はぁっ」 昼からずっとジンジン熱い部分に触れる。 さっきまで……大がおちん○んで押してたとこに。 「やだ……ぬるぬる」 まだこんなに火照ってる。発情してる。 私、こんなエロかったっけ。 仕方ないか。あいつがあんなに、あんなに……。 「……」 ンく。 知らず知らず唾を飲んでた。 ……飲まされた唾液の味を思い出して。 あう。 思い出しただけでわれめがヒクンと反応する。 し、仕方ないわ。あんなに一杯飲まされたんだもの。 仕方ない。 こうするのは仕方ない……。 ――チュク。 「んふぁっ」 火照ったスリットは、驚くほど簡単に押し当てた指を飲み込んでしまう。 うわ、うわ、うわ。 ここってこんなに柔らかくなるんだ。知らなかった。 あ、でも当たり前か。本当ならおち……ゆ、指より太いのを入れるわけで。 「……」 あのとき、パンツがなかったら入ってたかも。 大に犯されてたかも……。 「っはうん」 わ……、なんて声だしてるのよ私。 大とセッ……犯されるの想像したら、気持ちいいのが跳ね上がった。 「ちょ……ダメ」 そ、想像しちゃダメ。 ――ちゅく、ちゅぷ、クチクチクチ……。 想像しながらイジっちゃダメぇ……。 「んはぁっ、あっ、は……、あっ、ああ……っ」 覚えちゃうでしょ。大としながらイジる感じ。 普通にするよりずっとヨくて……覚えちゃうでしょ。 「ああっ、はっ、あううう。んふっ、やぁあん」 ただでさえ今日はアイツのキスの味覚えたのに。 おちん○んの熱さ覚えたのにぃ。 ――ちゅぷっ、ちゅく、ぬちゅうっ。 「ふぁあああんっ」 や……止まらない、指。 ――にゅち、にゅり、ニュチッニュチッニュチッ。 「ひゃううっ、うんっ、んんんっ、ああああ大ぃいっ」 うそ、これっ、すご……。 止まらない。指も、気持ちも。エロいのがどんどん湧き出してくる。 指はそんなに激しく動かしてない。割れ目に入れて、円形になぞるだけ。 ……おちん○んが当たってた場所を思い出すだけ。 それだけ。 「なの……にぃっ、ふぁっ、ひぁあああんっ」 やぁ……もう……恥ずかしい。 あそこだけじゃない。体中が熱くなってる。 おっぱいの先っちょがどれだけ固くなってるか自分で分かる。 「んは……うぁ、こ、こんな……とけてるぅ」 ふと気づけば、もう割れ目の中身は蕩けたみたいになってた。 ハチミツみたいな、とても肉とは思えない頼りない粘膜が指にくっついてるだけ。 「あは……あううう」 すっかりセックス用の粘膜になってる。 大に犯される用の……。 「んはっ、んぁあ、あああああっ」 一瞬本気で大に電話したくなった。電話して、いますぐここに来て私を犯しなさいって。 何考えてるの……バカじゃない。 「はぁ……はぁあ……」 なんであいつのこと考えてオナってるの。 なんであいつにされたがってるの。 「はぁっ、ああっ、は……ンぅ、大、大……」 なんでこんなに気持ちいいのよぉ。 なんか悔しい。これじゃアイツに夢中みたいで。 「あは……はぁ、はう……」 べ、別のこと考えよう。オナるのはともかく、別のことで。 ほら、もっと、どっかのイケメンとか。いるでしょ。ほら。 「……」 「ううううう……」 アイツしか出てこないよぉ。 かき回すヴァギナからお汁が垂れたのが分かる。 「ひぅん……っ」 とろーっと伝ったそれはお尻のほうへ。 こっちも昼に思いっきりイタズラされた。 ……火照りが残ってる。発情してる。 「やぁ……も、お尻なんてぇ……っ」 こ、こっちまでイジりたくなるじゃない。 「あはぁ、はぁ、はああ。ふぁああ……」 ダメ、声、ホントに止まらなくなってきた。 呼吸に声が絡む感じ。 声帯が勝手にいもしないアイツに媚びてる感じ。 「んはっ、はああ、やうっ、うっ、うっ」 「あはぁあ、大、大、だめぇえ。んる……くぅう。も、イク、イクの、いく、いくっ」 いいよね? 大でイッていいよね? アイツ、私のこと好きって言ったもんね。 アイツは私が好きなんだもんね。 「私が……」 ……あ。 思った瞬間、頭が真っ白になった。 うそ、うそうそ。なにこれ。 アソコを弄る快感とは別のところからなんかすごいのがこみあげてくる。 胸のあたりから……ぶわーって……! 「ひあ……っ、あっ、ああ……っ」 「――っっ」 「ひぁあああぁぁアァァアアあぁああーーーっ!」 くぁ……っ! うあ……っ! なにこれ、なにこれ。 いつものと全然違う。全然深い。 身体が消えるみたいな。どっかに落ちてくみたいな。 「くぁあああっ、ふぁっ、はぁあーーーーーっ!」 頭が真っ白。何も考えられない。 なのに、頭は真っ白なのに。 大のことだけはまるで消えてくれない――。 「ふぁは……っ」 あ……。 「あぁぁああぁぁあぁぁぁ……」 っ……。 っ……。 「か……」 「ぁ……」 〜〜〜〜〜……。 「はぁあああ……。……〜〜……」 で……ちゃった……。 ウソでしょ……この年になって。 最悪……。 「……」 「……あは」 最悪……なのに。 なにこの気持ちイイの。 やばいかも……。くせになる。 イクとき……しちゃうのも。 「……」 大でするの……くせになる……。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 帰り道。 今日も恋奈さんと約束してるんで帰ろうとすると。 「おつかれ」 タクシーが止まってた。中から恋奈さんが出てくる。 「迎えに来てくれたの?」 「昨日の反省を活かして一直線に家に行くべく車を使うことにしたわ」 「で、通り道だからついでに」 学生の身でずいぶんなことだ。 まあお嬢様だし、リムジンとか使わない分マシか。 「お迎えありがと」 「う……」 「?」 なんか顔が赤いような。 微妙に口数も少なく、さっさと乗れ。とばかりシートを指さした。 厚意をむげにするのもなんだ。乗らせてもらう。 「レン……っ」 「あん? ……クミじゃん」 ん? 辻堂さんによくついてる子が。 てことは恋奈さんとは敵対組織。にらみ合った。 「テメェ、江乃死魔が稲村に何の用だコラァ」 「アンタに話す必要あるの?」 「チッ……ブチ殺すぞテメェ!」 「やってみなさいよ」 知り合いらしい。会って10秒で牽制しだした。 「辻堂の舎弟に過ぎないアンタが、三大天の1人であるこの私に手ぇ出す度胸があるならね」 「まずその三大天ってのが気に入らねぇんだ!テメェみたいなヒッキーの雑魚がなに愛さんと肩並べようとしてんだコラァ!」 へ? 「ハン、その雑魚に昔負けたのは誰よ」 「負け……っ。あれはチビのハナが後ろからいきなり」 「2対1だったから負けじゃないって?正々堂々がお好きなら格闘家にでもなりなさい」 「く……っ」 「悔しければ決着つける?いまの私にはハナだけじゃない、250人まで復帰間近の江乃死魔がついてるけど」 「江乃……っ、チッ」 「フン」 江乃死魔の名前にひるんだのを見て、恋奈さんは俺をタクシーにつめこみ自分も乗る。 ドアがしまり、そのまま走り出した。 「くそ……くそっ、くそっ! いつかぶっ潰してやる」 「でも……、江乃死魔は……」 ちょっと険悪になってしまい、タクシー内は静かだった。 えっと、 「知り合いなの?」 「ええ。同じ中学。昔はクラスメイトだった」 「当時は怖いものなしの番長だったのに、今じゃ自分は辻堂の犬。こっちは湘南のトップになったのが悔しいのね」 なるほど。 それきり黙ってしまうので、俺も黙ることに。 クミさん……だっけ、彼女。気になること言ってたな。 ヒッキー……引きこもり。 恋奈さんが? イメージと合わない。 ・・・・・ 今日も勉強会。 会と呼ぶには会話がないが。 「……」(カリカリ) 「……」 恋奈さん、分からない問題とかまったくなさそうだ。国数社理英どの教科もペンが止まることはない。 たまに口を開いても、 「間違えた。消しゴム」 「はい」 「……」(けしけし) 以上。 別にいいんだけどね。 今日は夕飯にもご招待してみた。 「よろしかったんですか?ご迷惑なんじゃ」 「遠慮しないで」 「本当は私が作りたかったんですけど。ごめんなさいね、今日はヒロが当番の日で」 「……」 コノヤロウ。 「はい。お姉様の味には程遠いけど、できました」 3人分の夕飯を運ぶ。 天津飯とシュウマイ。ラーメン好きな恋奈さんのために中華系でまとめた。 「いただきます」 「いただきます」 「いただきまーす」 珍しい3人での食事となる。 シュウマイは孝行のやつながら、天津飯は甘酢の分量が難しいんでちと緊張したが。 「へえ、イケるじゃない」 「じゃなくて、とても美味しいです。大さんはお料理がお上手なんですね」 「今日はうまくいった方かな」 「お口に合うかしら?」 「はい。私が普段食べてるものよりすごく手がこんでて」 「そりゃカップ麺よりはなぁ」 「は?」 「い、いえ。このあいだ食べたカップラーメンより美味しいです。って」 『余計なこと言うなテメェ』って顔で見られる。 「ンくっ、ンくっ」 「ビールもたまにはいいわね。普段は飲まないけど」 「そうだね。たまにならいいかもね」 「たまによ?」 「たまにだね」 『余計なこと言うなコラ』って目で見られた。 どっちも猫かぶるのやめればいいのに。 ・・・・・ 「ごちそうさまです」 「お粗末様」 「それで、片瀬さん。今日は何時まで?」 「えっと、そうですね」 「さっきのとこの復習まではやってったら?」 昨日はかどらなかった分、がんばらないと。 「そうですね。あと1時間くらい」 「そう」 また俺たちの部屋へ。 「……」 (耐えろ冴子、2本目を飲んだら隠し切れなくなる。あと1時間の辛抱よ……) 姉ちゃんに隠して用意しておいた天津飯とシュウマイもう1膳分をもって部屋へ。 「なにそれ。まだ食べるの?」 「いや、これは俺じゃなくて」 ――コツコツ。 「?」 「ぎゃあああ!」 「あ? またいんのかよテメェ」 「ななななんで皆殺しがまた」 「こっちのセリフだ。私のテリトリーに勝手に……やべっ」 「なに今の悲鳴!?」 あぶな。 悲鳴を聞きつけて姉ちゃんが。 退避したマキさんはスパイダーマン状態で天井に張りついてる。 「ヒロ、なにしたの」 「な、なにもしてないよ」 「はいっ、あの、私が勝手に転びそうになっただけで」 「そう? ならいいけど」 「あれ。なんでご飯がまだあるの?」 しまった。 「つまみ食い? 太るわよ」 「いや、あの」 「わ、私が大さんに作り方をお聞きしたんです。それで完成品をもとに説明してくれるって」 うまい。 「ふーん」 「夜だから静かにね」 ふぅ……。 「はーびっくりした」 「こっちのセリフよ」 「勝手に私の陣地に入ってきてなんだその言い草ァ」 「いま姉ちゃんがシュウマイ持ってく流れになってたらテメェの首360度ネジってたぞ」 「まあまあマキさん。今日の天津飯はカニたっぷりですよ」 「カニ好きー」 何か食べれば上機嫌なのはこの人の美点だ。 「そういえばこの前もハンバーグあげてたっけ」 「アンタねぇ、この女が誰だか知ってるわけ?」 「湘南最凶、最悪、『皆殺しのマキ』よ?湘南史上最大の災厄と呼ばれた女なのよ?ただのうまうま言ってるデカ乳じゃないのよ?」 「うまうま」 「でもマキさんはマキさんですから」 「アンタほんとに何者なわけ」 「我ながら数奇な運命たどってるよね」 「さ、勉強の続きしよう恋奈さん」 「運命の数奇さに順応しすぎよ」 さっき時間がたりなくて出来なかった今日やった分の復習をすませていく。 俺は数学。 恋奈さんは日本史。 マキさんは天津飯。 「カニがかたまってた」 「よかったですね」 「……」 (集中できるか) (でも言ったら腰越にビビってるみたいだし) (カリカリ) (なんでこいつこの状況で集中してんのよ) 「ごっそさん」 「はー、くったー」 ごろごろしだすマキさん。 経験上、よっぽど美味しかったときだけこうなる。喜んでもらえたみたいだ。 俺は勉強勉強。 「ダイ〜」 「はい?」 「ねむい。枕」 おっと。 腿に頭を乗せてきた。 ひざまくらか。まあいい。 「まぶしい。電気消して」 「いまはダメ。これで勘弁して」 空いてる方の手で目元をおおってあげた。 「には……くすぐったい」 「あきらめてください」 「うー」 (こちょこちょ) 「こらっ、くすぐっただろ今」 「あはは」 「……」 (なにこの空間) 「いいよ。じゃあうつ伏せで寝る」 「はい。……んぁ、鼻息がくすぐったい」 「うるせー。じっとしてろ」 「はぐ」 「な、なんでかじるんですか」 「ダイって美味しそうな匂いするんだー。はむはむ」 「ちょ、あはっ、くすぐったいです」 「うわ、ま、マキさん変なとこ噛まないで」 「ズボン穿いてりゃ見えないだろ。歯形つけてやる」 「きゃー」 「だぁあああ集中できるかーーー!」 「恋奈さん!」 「な、なに」 「また姉ちゃんが来ちゃうから、小さい声で」 「うるさい!」 「ご飯あげるのは最悪いいわよ。なにイチャついてんのよ!」 「イチャついてなんて」 「はぐはぐ」 「うわわわ、こらっ、マキさん」 「そっちがそう来るならこっちだって、こちょこちょこちょ〜」 「ひゃああああ」 「イチャつくなーーーーーー!」 「恋奈さん!」 「なに」 「姉ちゃんが」 「うるさい!」 なにを怒ってるんだ。 「ったく……」 「辻堂のことはまだ好きだし、腰越とはイチャつくし」 「へ?」 「あーはいはい、妬くな妬くな」 「仲間に入れてやるって。2人で責めようぜ。そっちの足かじれよ」 「なんでやねん」 「……」 「……恋奈さん?」 「誰が噛むか!」 「帰る」 「え、あ……」 行っちゃった。 「なんだあいつイライラして。生理か?」 「まーいいや。ダイ、こっちこい続きすっから」 「……」 「あれ」 「ちぇっ」 ・・・・・ 「やっと肋骨治ったっての」 「ケンカしてぇ〜」 「……」 「うお!?」 (でけぇ……初めて見た。俺っちよりデケェ) 「……殺気は感じぬ」 「声シブ」 「だがその体躯。選ばれし者である」 「我が名は我那覇。『暴走王国』の我那覇葉」 「腕を試させてもらう」 「ああ? ケンカしようってか?」 「よく分かんねーけどいいぜ。ちょーど暴れたかったとこだっての」 「ただし、俺っちが勝ったら恋奈様の部下になれよな」 「!片瀬恋奈……江乃死魔か」 「おうよ。へへっ、やっぱもう湘南じゃ知らねーやつはいねーな」 「……」 「江乃死魔には手を出せぬ」 「あれ」 「んだよ一体?」 (カリカリ) 「っと、大。消しゴム」 「……」 「いないんだってば」(けしけし) (カリカリ) 「ふー、大、コーヒー」 「……」 「バカじゃないの私」 「……」(ずず) 「ドリンクバーのコーヒーってクソまずいわね」 「アっハハハハハハ」 (隣もうるさいし) 「大んとこ行けばよかったかな」 「あーあ」 もう夕方だ。 「結局来なかったわね、片瀬のお嬢さん」 「今日は漫喫でやるんだとさ」 姉ちゃんがダレモードだった。 ここ3日くらい張りつめてたぶん仕方ないか。 「失礼なことしてないでしょうね。昨日、夕飯のあと騒いでたけど」 「してないよ」 たぶん。 ただ失礼なことはしてないけど、昨日は怒らせてしまった。 なんで怒ったんだろ?マキさんとべたついてたら急に。 「……」 マキさんとべたついてたから怒った。ってことだろうか。 それってヤキモチだよな。 ヤキモチ焼くってことは……。 んー。 「あーあ、結局はかどらなかった」 「やっぱあいつの家の方がいいかしら。集中できるし、便利だし」 「なにがだシ?」 「うわ!な、なんでもないわよ」 「それで? なんなの集会もないのにすぐ来てくださいって」 「はい、6つのグループが江乃死魔入りを希望しているので、恋奈様の許可をと思いまして」 「6つ?! 一気に!?」 「計44人です」 「250どころか300まで戻りそうだね」 「ええ……ちょっと多すぎるくらい。なにかあったの?」 「最近湘南では、小さなグループが次々と強盗に襲われているそうなので」 「寄らば大樹の陰、か。いいわ、一応江乃死魔の面子に加えるって伝えてやりなさい」 「はい」 「それで……強盗ってのは?」 「小さなグループを突然襲い、叩きのめしてカツアゲ」 「なるほど。……うちに被害は」 「ありません。狙われるのは小さなグループだけ」 「下衆い奴らもいたものね……特徴は?」 「5人かそこらの集団だそうだ。被害者が口をそろえるのは」 「1人、2メートルを超える大女がいるらしい」 (ティアラ以上……) 「そいつ昨日会ったっての!」 「ほんと? いつ。どんな相手だった」 「夜。いきなりケンカ吹っかけてきたっての」 「どんな、って言われてもすぐに逃げちまったから。でもすげー強そうだったっての」 (女……強盗……千葉連をヤッたのはそいつ?) 「あいつ仲間に欲しいんだよなー。探し出して勧誘しようぜ恋奈様」 「事実関係の確認が先だけど。強盗やらかすようなやつは組織の輪を乱すわ。無理ね」 「うー、せっかく俺っちを小さく見せてくれそうなのに出会えたのに」 「あそうそう。『暴走王国』とか名乗ってたっての」 「スピードキングダム……」 「知ってるの?」 「……おい」 「は、はい。暴走王国。俺の古いダチがいるとこです。1年くらい連絡とってないけど」 「でも強盗なんて。名前の通りヤンキーっていうか走り屋の集まりですよ。改造車で大阪までのタイムを競ったり」 「……バイク好きが不良をカツアゲ?部品にお金がかかるのは分かるけど」 「わざわざヤンキーを狙う……怨恨か?」 「襲われたチームに、とくにつながりはありません」 「不良は警察に届けないからでしょ」 「もともとカツアゲってのはよっぽどでなきゃ届けられた警察すら動かない。不良相手なら、大事件には絶対ならないわ」 「つまりこれからも続けようって腹ね」 「なるほど」 「まあうちに被害が出てないなら今は動けないわね」 「そいつらが憎まれ役を引きうけてくれれば、これからも保護って名目でうちの勢力を伸ばせるし」 「リョウ」 「暴走王国。調べておく」 「ヨロシク」 「もうないわよね。私、用があるから行くわよ」 「また勉強しに行くシ?」 「ええ。もう時間が……」 「……」 「なななななんで知ってんのよ!?」 「だってさっき漫喫でずーっとやってたシ。あたしが隣の部屋にいたの、気づかなかったシ?」 「恋奈様、勉強してたんすか」 「う……」 「なるほど。最近ヒ……長谷大の家によく行っているのはテスト勉強のためか」 「長谷んちでかい」 「勉強すんならなんで俺っちを誘ってくんねーんだよぅ。補習は覚悟してるにしろ、赤点は減らしたいぜぃ」 「く……」 「うっさいうっさい! してないわよ勉強なんて!」 「あらら、行っちまった」 「テスト勉強って……恋奈様にゃ似合わないっすね」 「れんにゃは昔がり勉だったよ?」 「そうなんすか?うわー、なんかショックっす、イメージとちがう」 「んー」 「なあリョウ。恋奈様が長谷んち行ってるってのは本当なんかい?」 「ああ」 日曜日。 昨日も一日勉強したから、さすがに集中力が切れた。 姉ちゃんは本日、テスト作成のため学園。見張る人がいない。 勉強する気しない。 「あー」 ヴァンの家でも行こかな。 誰かいれば張り合いが出るんだけど……。 ――ピンポーン。 「?はーい」 誰か来た。 「あ」 「……」 「えっと」 「は、早く入れなさいよ。誰か見てるかも」 「うん」 見られちゃマズいの? 中へ。 「あの」 「ま、漫喫、いまいちだったわ。集中できないっていうか、こう、ショボいっていうか」 「ここのほうがまだマシみたいだから、また使ってあげる」 「そう」 「……」 「別に腰越のこと気にして来なかったわけじゃないからね!」 「あんな危険人物がいるから避けただけで別にアンタとあいつが仲よくても気にしないし」 「えっと、だから」 「恋奈さん」 「……なに」 「俺は恋奈さんが好きだから、どんな理由であれ来てくれたのは嬉しいよ」 「あとマキさんのことで妬いてくれたんなら、それも嬉しい」 「っ……別に妬いてなんか」 「だね」 「勉強、しよ」 「……うん」 ・・・・・ 「……」(かりかり) 「……」(かりかり) 今日も勉強。 人がいるとサボる気が失せるから、はかどる。 もうすぐ始まるテスト、いい点とれそうだった。 たまに休憩がてらコーヒーを淹れる。 「ありがと」 「……うん、美味しい」 「大の淹れてくれるのが一番ね」 「ほんと?」 「ど、ドリンクバーに比べてね!」 「よう、長谷んちってここだったよな」 「迷惑をかけるなよ」 「固いこと言うなよ。ダチがダチんちに遊びに来て何が悪いっての」 「れんにゃ独り占めはズルいシ」 「ホントに勉強してるんすかね」 「……まあ、俺も意外だから確認したいが」 「おーし、じゃあさっそく確認!」 「の前にちょっと下調べだ。庭から中の様子をうかがおうぜ」 「おい、犯罪だぞ」 「いいじゃんちっとくらい」 「はぁ……目が疲れたわ」 「そんな分厚いメガネしてるとね」 こすこすと目をこする恋奈さん。 「擦ると悪くするよ。これ使って」 「ン……目薬?あんまり使ったことないんだけど」 「よく効くよ」 「……」 「や、やだ。いらない」 「なんで?」 「なんでも」 「……怖いの?」 「うっさい!」 怖いらしい。 「あはは、可愛いな恋奈さん」 「れんにゃの声がした」 「この壁の向こうだっての」 「窓は遠いから見えないっすね。しゃーない、ここから聞かせてもらいましょ」 「おい、いい加減に」 「シッ! 聞こえるシ……」 『可愛いな恋奈さん』 『う、うるさいわよバカ』 『じゃあそこに仰向けになって。俺がやるから』 『いらないわよ。ちょっとくらい乾いてたって』 『濡れてるほうが快適だって。そりゃ敏感な部分だから、他の人にされると怖いってのは分かるけど』 「……」 「……」 「やっぱ淫獣かい……」 「ほら閉じてないでちゃんと開く!」 「やだっ、バカ、無理やりなんて」 目を開こうとしない。 「怖がりすぎ。こんなのコレと一緒だよ」 飲みかけのコーヒーを指さす。 「最初のうちは苦手そうだったけど、もう自分から淹れて欲しいって言ってくるでしょ」 「そ、そりゃアンタに淹れてもらうのは好きだけど」 「それと同じだよ。怖いのは最初だけ」 「はい行くよ」(ぴちゅ) 「ひゃっ」 「あー、暴れるから外に出ちゃったじゃん」 「ううう、だってぇ」 「目ぇあけて」(ぴちゅ) 「よし、今度こそ中に入……」 「待てコラァアアアア!!!」 「うわびっくりした!」 「みなさん。なんですか急に」 「そっちこそなにしてんだっての!」 「れ、れんにゃ、大丈夫だシ?」 「う……ハナ?」 (涙……泣いてる) 「見損なったっすよセンパイ! こんな無理やり!」 「見てたの?まあちょっと強引だったけど、でも注さなきゃ片瀬さんがかわいそうだったから」 「うん……結果的に注されてよかったわ」 「そ、挿入されて……ヨかった」 「れ、れんにゃ初めてじゃないの?初めてなのによかったの?」 「人にしてもらったのは初めてだけど」 「処女」 「初めてをコノヤロウ! 初めてをコノヤロウ!!」 「ななななんすかぁああ」 胸倉をつかまれガクガクされた。 「テメェ初めての女の気持ち考えたことあんのかっての!」 「そそそそんなこと言われても」 「そりゃ普通は1人でするものだけど、恋奈さんが嫌そうだったから」 「べ、別に私だって1人で出来たわよ。普段は1人だし」 「そんなカミングアウトはいらねーっての」 「あ、昔ハナにしてもらったことあるわよね。うまくいかなかったけど」 「ないよ!?」 (ヒロ君が……あのおとなしかったヒロ君が) 「んー、状況見る限り恋奈様もウェルカムって感じだし、いいのかなぁ」 「そうだよ。強引にしたけど無理やりってわけじゃなかったんだから」 「その……センパイはやっぱウマいんすか?つ、辻堂センパイとも、ほら」 辻堂さんに目薬さしたことはないけど。 「結構自信あるかな。姉ちゃんなんて1人でするより俺にしてほしがるし」 「うわあああ」 (聞きたくなかった) 「スピードにも自信あるんだ。ね、恋奈さん」 「そうね。まばたきする間に終わったわ」 「早ぁ!?」 「でも早いくせにうまくいったわ」 「そんな一瞬でイカされたんすか……」 「俺の師匠みたいな人がいて、その人はもっと上手いけどね」 「さ、さらに上が?」 「上手いんだよ。昔はよく注してもらってた」 「近くのお店の、よい子さんって人」 「えええええ!?」 「リョウ?」 「……聞いたかい?」 「うん……『挿された』って」 「ウケもいけんのかい……この淫獣は」 「???」 なんか話がおかしい気がする 「わた、俺、その店のやつ、ホントにしたことあるのか。なにかの手違いじゃないのか」 「あのぅセンパイ、自分そろそろ経験しないと恥ずかしいなって思ってたんすけどぉ。そんなにウマいならパパっと手っ取り早く……」 「恋奈様こいつヤバいって。ぜってー身体のどっかに触手生えてるっての」 (は、はじめて見たバラ色の世界の人。話聞いてみたいシ) 「あの……なんの話?」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「まー自分は最初から目薬のことって思ってたっすけどね」 「俺っちだって思ってたっての」 (……疲れた) 「ちぇー、タンビマンの方がよかったなー」 よく分からんがみんな落ち着いたようだ。 「で、みなさんは……恋奈さんの付きそいですか?」 「私の後をつけたわけね」 「だってー、れんにゃが隠し事するから」 「ったく。プライベートってもんを考えなさい」 「まあまあ。みんな恋奈さんが心配だったんだよ」 「それに勉強すんなら仲間に入れてくれっての。1教科ぐらい赤点免れたいぜ」 「やれやれ」 そんなわけで勉強会は急きょ、みんなでやることに。 俺の部屋じゃ狭いんで居間にうつる。 何事も人数が多ければ楽しいもんだ。 問題は勉強がはかどらないってことだけど。 「これからうちの学園の過去問をやるから。コピーしてみんなでやってみましょ」 例の受験用の参考書を取りだす。 「1位は当然私だろうけど、2位になったやつにはご褒美をあげるわ。がんばりなさい」 「はーいっ」 こういう形式にすれば楽しんでできる。 というわけで国、数、歴、化、英の5教科を小テスト。 ちなみに俺は2年生なので監督官についた。 「制限時間は5教科で150分です」 「はじめてください」 みんな一斉にテスト用紙を裏返す。 (かりかり) (書き書き) (むずかしーシ) (う……テストって聞くとお腹痛くなるっす) (全然分っかんねーや) 「うー、……うー」 (そ〜) 「ハナさん!」 「ごめんなさい!」 カンニングする子がいるからちゃんと見張らないと。 (あれ、ここの公式どうだったかしら) (なんで3年の私がこんな……) (全部2って書きゃ1個はあたんだろ) 「くそー、ドベにゃなりたくねっす」 (きょろきょろ) ――ぽいっ。 「先生、消しゴム落としちゃいました。拾っていすか」 「ダメです。俺が拾うから動かないで」 「ちぇ」 「はい」 「……」 「ねえせんせー。自分全然分かんないんでぇ、せんせーの個人授業をお願いしたいんすけどぉ」 「はい?!」 「この部屋暑いっすねぇ、薄着になるんで個人授業を」(するする) 「梓!」 「すんません!」 あ、危なかった。 「まったく」 (……げっ、計算式忘れた) (昔の問題もなかなか面白い) (おしっこしたくなってきたシ) (しゃーない奥の手っす。まわれ鉛筆サイコロ!) 「zzz……」 ・・・・・ 「はい。結果を発表します」 「ドキドキだシ」 「じ、実は今日ほとんど寝てないんす。今日は本調子じゃないんすよ」 「くかー」 「まず恋奈さん」 国語  数学  歴史   化学  英語98点 91点 100点 95点 100点 「コンスタントにすごいね」 「3教科も間違えたの? おかしいわね」 きっちり勉強するとヴァンレベルだ。不良なんてやめればいいのに。 「うそ! この積分どうしてちがうのよ!」 「ここは定積分が得られてるから、Xの関数についてもう分かってるでしょ」 「そっか不定積分を出す問題だったのね。ケアレスミスだわ」 「な、なに言ってんだいあの2人?」 「国語の話……?」 国語  数学   歴史  化学  英語89点 100点 92点 91点 79点 「ちょっと英語のアクセント問題で詰まったけど普通に高いですね」 恋奈さんは事前に勉強があったけど、こっちは今日抜き打ちのはずなのに。 「だから俺は3年だ」 「でもこの高配当はすごいです」 「とくに数学が完璧ですね。得意なんですか?」 「私がコケた問題もあってる。すごいじゃないリョウ」 「……」 「世話になっている人が数学の先生なんだ」 「へえ、奇遇だな。俺も姉が数学の先生やってまして」 「知ってる」 国語  数学  歴史  化学  英語61点 32点 89点 34点 58点 「見事な山ですね」     ■■   ■   ■■ ■ ■ ■ ■    だ。 「理系が苦手、と」 「うー、授業聞いてるだけじゃ分かんねーシ」 「でも歴史とかの暗記系はかなりのものです。すごいすごい」(なでなで) 「えへへ」 (焦ることなかったか) 国語  数学  歴史  化学  英語32点 89点 12点 22点 71点 「ムラがあるなぁ」 「だってぇ、歴史とか知らねーっすもん」 「国語が30点代っていうのは問題だよ。50点は取れるような問題群なんだから」 「登場人物が何考えてるかとか知らねっすよ」 「でも数学はよくないっすか?」 「だね。あと英語もなかなか」 「進学とかで重要らしいやつは頑張ってるっす」 意外と計算高いんだな。2つの意味で。 国語  数学  歴史  化学  英語35点  0点 17点  2点  0点 「……」 「……」 「……」 「私についでの2番はリョウに決定〜!」 「わ〜」(パチパチ) 「恐縮です」 「それじゃあご褒美の贈呈よ。一番がんばったリョウには、なんと――!」 「カップ麺だよね?」 「名古屋限定!ソガキヤのカップラーメンをプレゼントするわ!」 「……」 「先言うなボケェ!」 「ごめん!」 「ありがたく頂戴する」 「ふふーん、感謝なさい。あんまり手に入らない担担麺のやつなんだから」 「ではやろう」 「じゃああげる」 「わーい」 「コラァ!」 「しっかし頭使うとお腹空くっすねー」 「そうね。大、なんかない?」 「うーん、この人数となるとちょっとなぁ」 冷蔵庫のものを使い果たせばできなくはないが、 「……なんかティアラがこの家の食料を食べつくしたところで腰越が出てきて、ひどい展開になるのが容易に想像できるわ」 「恋奈さんだとそういうオチがつくよね」 「食べにいきましょ。久しぶりに屋台のラーメンが食べたいわ」 「ういっす。すぐ調べるっす」 タブレット端末片手に近くで人気のラーメン屋を検索する梓ちゃん。 「よぉーっし! 行くぞー!」 「おー!」 (お母さん今日は夕飯いりません……と)(カチカチ) みんなで外へ。 「……」 「……」 「こ、国語は自分に勝ってたっすよ」 ・・・・・ その後。 梓ちゃんの調べたラーメン屋は当たりで、みんな美味しくお腹を満たした。 残念ながらその後、すっかり勉強のテンションじゃなくなって遊びほうけたけど。 ま、テスト週間に遊ぶくらいいいよな。 不良なんだから。 俺はいつの間にか江乃死魔のみんなと遊ぶのが。不良グループの一員になるのが楽しくなってて。 ずっとこんな感じでいられれば……なんて思ってた。 すっかりワルになっちゃったね。俺も。 でもいいさ。 恋奈さんのそばにいられるなら。 「え、リョウの学園って明日からテストなの?」 「からというより、明日と明後日だ。2日で終わる」 「つめこみ型の学園なんだ」 よい子さんも同じ学園だったと思う。大変だって言ってた。 「七里はうちと同じだよね」 「ええ。明後日火曜日から金曜日まで」 4日間。結構しんどい。 「では来週は土曜まで、江乃死魔は一時活動休止にするか」 「そうね。夏休み前にバタバタしても意味ないし」 「私らがテストの間、例の調べもの。頼むわよ」 「分かっている。すでに暴走王国と関わっていた目ぼしいバイク屋もつかんでいる」 「さすがね」 「あたしらはテストに集中するシ」 「おうよ!」 「本ッ気で。本気で集中しねーと。本気で」 「えー、じゃあ自分だけ暇になっちゃうっすよ」 「そっか梓ちゃんって七里じゃないっけ」 「由比浜のテストはいつから?」 「もう終わったっすよ?」 「は?」 「今週テストで。木曜に終わったっす」 「明日からテスト返却。いやー赤点でないかドキドキっすわ」 「言えよ!」 「言おうとしたんすけど、恋奈様が携帯切ってたんじゃないっすか」 「う……」 うちで勉強してる間は携帯切ってた。 「隠れて勉強したりして。自分さびしーっすよ。誘ってくれりゃテストの成績上がったかもだし」 「ハイハイ、ゴメンゴメン」 「そうだ。来週は自分が江乃死魔しきっていいっすか?」 「そうね。梓なら任せてもいいわ」 「おっしゃ。いっぱい勧誘して、いまより50は兵隊増やしますんで」 「いや、それはいい」 「え……」 「夏休み前に焦るなっつっただろ。動かなくていい。来るやつを入れるくらいにしとけ」 「暴走王国……正体のつかめない連中が動いてる。無茶するな」 「そんな。大丈夫っすよ」 「私の言うことが聞けねーのか」 「う……で、でも」 「もっと領土拡大しねーと湘南制覇が」 「夏休みに入ったら本格的に行くっつってんだろ」 「命令だ梓。下手に動くな。いいな」 「……」 「はぁい」 「……」 傍から見ててちょっと意外だった。 恋奈さん以外はあんまり口にもしない『湘南制覇』。その言葉が、梓ちゃんの口から出るなんて。 リョウさんはよく分からないけど、ハナさんも一条さんも、あくまで恋奈さんが言うから命令に従ってるだけって感じなのに。 この子……ノリは軽いけどマジで考えてるのかも。江乃死魔で湘南を支配しようって。 その後は日が落ちてきたんで解散となる。 まあとにかく、 まず考えるべきは明後日からのテストだ。 ・・・・・ 「……」 「……はあ」 テスト開始! 1日目は国語、数学、世界史。 いきなり数学がある。俺にとっては鬼門である。 「現国の監督官を行います。よろしくお願いします」 「試験10分前には教科書等を片付けるように」 「……」 こっちを見てくる。 「(数学、70点くらいは取るように)」 「(70はちょっと……60くらい)」 「(ダメ。平均で65狙いの配当だからそれよりは上にいきなさい)」 「(自信ないなぁ)」 「(できなかったらお説教よ)」 (目線で会話している……) 肉親が学園にいるとこれだから嫌だ。 「時間です。試験開始」 さて。 恋奈さんも今ごろ頑張ってるはず。 俺も負けないよう行きますか。 「くぁあ……」 「あーん、退屈だよー」 「乾さん、テストどうだったんで?」 「可もなく不可もねーっす。全教科補習だけは切り抜けて、でも点数は聞かないでって感じ」 「まあ補習にかからなければいいんじゃないですか」 「うちのガッコはスポーツ補正強いっすからねー」 「なんもやることねーし。遊び行きますか」 「はい」 「今日は楽だぜ」 「うん」 「英Aと道徳だけだもんな」 昨日の緊張感とは打って変わって、空気が軽い。 英Aがややアレなものの、2教科だけ。しかも2つ目が道徳というのが大きい。 「道徳は赤点がほぼないからいいタイ」 「だね」 暗記も少ないし選択肢が多いし。だいたい50〜60をうろつくことになる。 「うう……一番苦手な科目だ」 100点狙いだと一気に鬼門になるようだ。ヴァンが疲れてた。 「準備はいいですか辻堂さん。道徳は、常識を答えればいいんですよ」 「お、おう」 「では第一問。A君がコンビニに行くと、B君が万引きする現場を目撃しました。A君は次にどんな行動をとるのが正しい?」 「Bを血祭りにあげる」 「……のはよくないことだから、B君を呼び止め、店員と話をさせる」 「よろしい」 ・・・・・ ふー。 今日は楽だった。 でも明日が最大の難関だ。疲れの来る3日目なうえ、日本史、化学A、Bの3科目。 英気を養う意味でも、今日はゆっくりしますか。 あ。 「おーっす」 「ども」 機嫌のよさそうな恋奈さんが。 「どうしたんです? テスト中に」 「明日のテストで使う辞書、アンタんちに忘れたの」 「言ってくれれば届けたのに」 「リフレッシュの意味で散歩も兼ねてるのよ」 「なるほど」 中へ。 恋奈さんもすっかり俺の家に慣れたな。 「コーヒー飲みます?」 「アンタんち喫茶店並みね」 「今日暑いから、冷たいので」 「了解」 アイスコーヒーもちゃんと冷蔵庫にあるのだ。 「はいどうぞ」 「どーも」 「あれ、なにこれなんかちがう」 「水出しコーヒーってやつです」 「水出し……聞いたことあるけど初めて飲む。すごいわね、エグみがないっていうか」 「手間がかかりすぎるから店じゃやらないんだよね」 趣味人のためのコーヒーって感じ。 「じゃあ喫茶店じゃ飲めないの?」 「あるとこにはあるだろうけど、この近くの店で出してるところは知らないなぁ」 「ふーん。残念」 「飲みたくなったらうちにおいでよ。いつでもあるから」 「そう」 「ならちょくちょく寄らせてもらうわ」 「……」 ストローをちゅるちゅる言わせながら首を縦にふる彼女。 普通のことなようで、前までじゃありえなかっただろうな、こんな素直に。 嬉しい。 「あ、来た」 「?」 携帯を取り出す恋奈さん。 「なに? メール?」 「ええ。学園から」 「……よしっ、いまんとこ9割」 「???」 「テストよ。今日までで5教科終わって、今のところ平均が95点なの」 「採点早くない?」 「うちはマークシートだから早いのよ。機械採点で12時には結果が出るわ」 しかもメールで知らせてくれる機能付きか。 七里は進んでるなぁ。稲村なんて古き良き手書きを続けてるのに。 「にしても95点か。好調だね」 日曜の試しテストでいい点になるのは分かってたけど本番でもここまで完璧とは。 「久しぶりに本気で勉強したもの。当然の結果よ」 すごい自信。 やっぱこの子、ヤンキーなんてやってるべきじゃないと思う。 「……」 「ま、にしても95平均ってのは出来すぎかも」 「だよね」 「……集中できたおかげ」 「ありがと大」 「……」 ドキッとした。 テストが好調で機嫌がいいのか、いつになく素直に喜んでる恋奈さん。 「アンタに付き合うとなんか上手くいかないって思ってたけど」 「アンタ、味方につけるとイイのかも」 初めてかもしれない。こんなにまっすぐに。 「……」 「……」 見つめ合ってしまった。 「がんばったのは恋奈さんだよ。俺は何もしてない」 「明日からもがんばろうね」 「ええ」 「……」 「……」 なにか話したいんだけど、あまり言葉が続かない。 といって気まずいわけじゃない。ただ話がない。それだけ。 ずっと一緒に勉強してたからだろうか。 2人きりでいることがもう当たり前みたいに思えた。 外では太陽に焼かれた蝉がジージーと鳴いている。 飲み終えたアイスコーヒーのグラスの中で、氷がカランと音を立てた。 今日は暑いな。 「もう夏ね」 誰ともなしにつぶやく恋奈さん。 夏……か。 不思議な感じだ。辻堂さんと別れた日にもう終わった気がしてた。 でも……7月の半ば。 いまが夏なんだよな。この湘南は。 「……」 「そうだ。稲村も13日にテスト終わりよね」 「? うん」 「じゃあ13日の午後、空けといて」 「勉強に付き合ってくれたお礼。兼ご褒美にイイとこにつれてってあげる」 「いいとこ?」 「楽しみにしてなさい」 クスクスと悪戯っぽく笑う。 いいとこ……どこだろ? ぶっちゃけ例のホテルの銭湯とかでも俺には充分いいとこだが。 ……はっ、まさか。 「テストが終わったからもう用はないわ」 「天国へ行きなさい!」(ガッシボカ) 「ぎゃー」 「なんで怯えてるの」 「い、いや」 ないない。 「余計なこと考えず楽しみに待ってればいいのよ。13日じゃなきゃできないことだし」 「へ?」 「なんでもない」 明日のテストの最終確認は個人ですることになってる。早めに帰る恋奈さん。 「……」 「……」 また見つめ合っちゃった。 なんだろう。空気がいつもとちがうような。 俺は変わってないぞ。 恋奈さんが俺を見る目が変わってる。 「……大、顔、ゴミついてる」 「へ? どこ」 ぺたぺたと顔をさわる。 「ここよ」 むにー。 ほっぺを引っ張られた。 「あ、ゴミかと思ったらアンタ自身だったわ」 「ひど」 「ふふっ」 ちゅっ。 え……。 そのまま何も言わず去っていく恋奈さん。 「……」 俺はひとり、強い日差しの中に取り残される。 爽やかな風と、心地よく厳しい日差し。 湘南に来た夏のなかに。 ・・・・・ 「あーあ、テスト大っ嫌いだシ」 「おつかれーっす。テストどうすか」 「平均68。残り入れても60割ることはなさそうだシ」 「充分じゃねっすか」 「赤点はなさそうだシ」 「でも疲れたー。テストって1回が長いシ」 「一科目1時間だから、集中力が15分しかもたないハナセンパイにゃ辛いっすね」 「リフレッシュになんか食いにいきます?おごるっすよ」 「うー、行きたいけど勉強しないと」 「ところで今日恋奈様は?」 「大の家だって」 「またすか。仲いいっすねあの2人」 「気に入ってるっぽいシ」 「珍しいよね。れんにゃが男を気に入るなんて」 「っすね」 「……」 「うおおおおい梓! ハナ! やったっての!」 「ど、どしたんすか。いい点とれたんすか」 「おうよ。もう最高だっての」 「5科目で3つしか赤点出てないっての!」 「すげーシ!」 テスト終了! 「お疲れ様です辻堂さん」 「勉強なんて二度としたくない……」 「10月にはまたありますよ」 「やめろ現実の話は」 「おい」 「は、はい」 「消しゴム、貸してくれてサンキュ」 「う、うん」(びくびく) 「あ〜〜〜〜」 大きく伸びをする。 「やっと終わった」 「もう後半はこの瞬間のことしか考えてなかったわ」 「同感」 いつもなんだけど、最後の方のテストは自信ないなぁ。 「おっし、肩の荷もおりたし」 「今日は思いっきりヌクぞ〜〜〜〜!」 「大声で言っちゃダメ」 「だってもうパンパンだぜ俺! パンパン!」 「テンション高いな」 「オナ禁してたの?」 「するだろ普通。テスト中だし」 「俺なんか逆に日3回くらいのペースだったわ。勉強中は1時間に1回くらい」 「ヌくと体力使うし眠くなるし、勉強ヤバくね?」 「ヌいたほうがすっきりして集中できるぞ」 「こういうのってどっちなんだろ」 「長谷君はどっち派?」 「ノーコメント」 「ヴヴヴ……グルォオオオオーーーー!」 「どしたの」 「俺はオナ禁派なのだ……」 「血が騒ぐ……!睾丸が煮えたぎっておるわ……!」 「キャラ壊れてるよ。今日は思う存分してください」 「どんだけ精力強いんだ」 「ちょっとうらやましいぜ」 とまあテスト終了のテンションでみんな色々タガが外れてる感じ。 「どうせなのだから、もっと清々しい天気の日に終わりたかった」 「同感」 雨が降ってる。損した気分。 「ヴァンはいつも通りだね」 「解放感はあるが、別に試験勉強は苦でなかったからな」 優等生だ。 「このあとテスト問題の見直しをする予定なんだが、ひろはどうする?」 「約束がある」 「そうか」 帰る。 恋奈さんとの約束は……3時半だっけ。 微妙な時間だな。昼飯には遅く、夕飯には早い。 とにかくおしゃれして行くか。 3時半。約束の場所へ。 朝から降ってた雨はパラパラになってきたけどまだ上空は分厚い雲が覆っていた。 「うー」 「どうしたの?」 「な、なんでもない」 「テストミスった?」 「ないわよ。平均97。たぶん学年1位だわ」 それでなんで不満そうなんだ。 「じゃあ約束通り、イイとこってのを教えてよ」 「う、うん……」 首は縦にふるけど動かない恋奈さん。 どうしたんだホントに。 「えっと、ここに集合ってことは、江ノ島?」 「う」 図星。って顔になる。 よく分からないがしばらく悩んで、それから、 「こ、こっちよ」 弁天橋を渡って江ノ島へ。 もう夏真っ盛りではあるが、雨なので人通りは少なかった。 「ここ」 普通の露店につれられた。 片瀬製パンの店だ。 「ここ?」 「わるい!?」 「い、いや。いいけど」 せっかくなのでシラスパンとラムネをもらう。 恋奈さんが自慢げに『イイとこ』っていうわりにえらく庶民的なところが来ちゃったなぁ。 「はぐ」 「……」 「うまうま」 シラスパンとラムネの組み合わせは良い感じだが。 「美味しいね恋奈さん」 「……」 「恋奈さん?」 「はっ!? あ、そ、そうね」 「?」 よく分からないがぼーっとしてる様子の恋奈さん。 恨めしそうに……空を見てる。分厚い雲に覆われた空を。 どうしたんだろ? 思ってると、 「お嬢様、ここにいらしたんですの」 店員さんが声をかけてきた。 「ホテルのものが探しておりましたわ。ディナーのコースはシンプルデートプランでよろしいのかと」 「それから灯台の管理から、今日は曇りだが例のことはいかがなさるのかと」 「が……っ」 「灯台?」 っていうと……アレか?江ノ島頂上にある展望灯台『シーキャンドル』。 「い、いいから! あっち行って!」 店員さんを追い払う恋奈さん。 気まずそうにこっちを見た。 えっと、 「灯台って?」 「……う〜……」 「???」 「ほんっとアンタといると何もかも上手くいかないわ」 「こっち」 飲みかけのラムネを置いて、俺の手をとり歩き出した。 連れて行かれる。 エスカレーターで山の上へ。 「展望灯台、あるでしょこの上に」 「うん」 シーキャンドル。湘南のどこからでも見える江ノ島のシンボルだ。 「アレ、月に1回設備点検の日があるの」 「といっても点検なんて1時間で済むんだけど。客を入れないことになってる日が」 「今日がその日ってこと?」 「そう。でも私は、無理言って中に入れてもらえる」 「ようするに今日は、あの展望灯台を独り占めできるの」 「へぇ」 予想とはベクトルがちがったが、でもお嬢様らしい。 「あの灯台って何がすごいか知ってる?」 「そりゃ景色でしょ。水平線から伊豆諸島まで一望できるって」 「そう。でもなによりすごいのは」 途中にあったパンフレットを渡してくる。 表紙ではでっかい夕焼けが、海の向こうへ消えていく瞬間が撮られてた。 「夕日か」 そういえば江ノ島関連の写真って、妙に夕日が多い。 こっちは太平洋側だから、高いところに上らないと「海と夕日」は楽しめないからだろう。 「それを見せたかったの」 「はは」 曇ってた。 まだ雨もパラついてる。 「にゃーもー! やっぱアンタといるとなにもかも上手くいかないわ!」 「俺のせいじゃないよ」 運が悪いとは思うけど。 「はぁ……やっぱアンタ天敵ね。合わないわ」 「そんな」 「不良になって何もかもうまくやってきたのに。アンタに関わると全部うまくいかない」 言いがかりだよ。 どっちかっつーと恋奈さんの自爆が多い。 「お天道様のことはどうしようもないでしょ」 「それに上手くいかないっていうなら、俺よりライバル2人のことが大きいと思う」 辻堂さんたちに責任を求めるようでナンだが。 「フン……」 「あの2人はいいのよ。あの2人は」 ぷいっとそっぽを向いた。 「……」 雨に閉ざされた展望灯台。展望室には、当然ながら俺たち2人だけ。 景色はともかく、ゆっくり話をするには最適な空間だ。 「ねえ、恋奈さん」 せっかくだから前々から気になってたことを聞いてみる。 「恋奈さんはどうして不良になったの?」 「は?」 気になってた。 お嬢様がなんで不良に――ってのもあるけど。 マキさんも言ってた通り、彼女の性格は不良向きじゃない。 損得勘定が早くて、組織力に優れてて。 ただケンカしたい。バイクを乗り回したい。そんなタイプじゃない。 湘南最大の組織を持ってるくせに、不良にはちっともあってない。 「どうして?」 聞いてみる。 恋奈さんは質問の意図が分からないのか小さく小首を傾げて。 「決まってるでしょそんなもん」 「私には才能があるからよ。この湘南のトップを取るだけの才能が」 「……」 才能か。 「あ、言っとくけど。江乃死魔を成長させた組織力、って意味じゃないわよ」 「へ?」 「あれは必死に勉強したの。仲間を作る術。人心掌握術。帝王学ってやつを。才能じゃないわ」 「カリスマって意味じゃ、私の才能は大したことないわ。辻堂の方がはるかに上だと思う」 「私の才能は1つだけ」 「……なに?」 「金持ちってこと」 「それ才能?」 「立派な才能よ」 「辻堂みたく神がかり的に強いわけじゃない。腰越みたく人間離れした運動神経があるでもない」 「それこそケンカの才能って意味では、ガタイのいいティアラや運動神経が腰越並みの梓のほうがよっぽどだわ」 「でも私はお金持ちだわ。湘南で1番」 「それはそうだけど」 才能って言うのはちがうような。 俺の顔色で思ってることは察したんだろう。恋奈さんは小さく笑い。 「生まれついて頭がいい。これは才能。生まれついて運動神経がいい。これも才能」 「生まれついてお金持ち。これは?」 「なるほど」 言われて見れば才能かも。 「そうは思わないやつも多いけどね。生まれつきスポーツ万能なやつはちやほやされるのに生まれつき金持ちだとなぜかやっかまれるのよ」 「でも仕方のないことだわ。金持ちに生まれたからって、才能を活かしてるやつなんてめったにいないもの」 「スポーツ万能はスポーツするからちやほやされる。金持ちだって、才能を活かさなきゃただのボンクラよ」 「見てきたように言うね」 「見てきたのよ」 「小学校のころから、家が金持ってるからってみんな私を見る目が変だったし」 「生まれつき金持ちってだけの、みんなが嫌うのもしょうがないグズをいっぱい見てきたわ」 「……」 やっぱり俺には想像できない世界だ。 「ところが、この金持ちって才能を活かすのは意外と難しいの」 「金持ちの才能を活かす手段。パっとは思いつかないでしょ。もっと金持ちになる――ってのが簡単だけど」 「資金があるぶん有利ではあるけど……、簡単に金持ちになれって言われてもねぇ」 「まあね」 究極の命題だろう。 「うちの場合古い家だからしがらみも多くて」 「会社起こそうにもおこぼれに食いつく親族が数百と湧くし、伝統がどうだって使えない会社と競合しなきゃいけなくなるし」 「なら個人で名声をえようと絵描いたりしたけど、今度はそっちの才能がなかった。描いたら描いたで家の力で下手でも入賞しちゃうし」 「そうなの?」 「この町の図書館の2階にある絵、知ってる?天才絵画家RKさんの『憂鬱な日常』って絵がたいそうな品評とともに飾られてるわ」 「RKさん……なの?」 「くしゃみしたとき筆でコスったあとが『思春期にありがちな葛藤を上手く表現してる』って」 「しかも隣に飾ってある子のやつがホントに上手でね。恥ずかしいったらないのよ図書館に行くのが」 「まあともかく、色々と試して、色々と失敗して」 「湘南一の金持ちなら、湘南名物、ヤンキーの総長になったらどうかって思ったの」 「すごいところに行き着いちゃったね」 「だって最高にヤリがいがあるのよ」 ぱっと顔を輝かせる恋奈さん。 「家の力で警察は骨抜き。協力してくれる奴も多い」 「といって金持ってるってだけでどいつもこいつも支配下におけるわけじゃないわ。むしろ敵を増やすことにもなりうる」 「才能は活かせるし、といって才能だけじゃどうにもならない」 「時代に選ばれた者だけが成れる。それが湘南の頂点、三大天のトップなの」 「もしなれたら、最高じゃない?」 「入れ込んでるね」 言いたいことは分かった。 それでもやっぱり、お嬢様がすることじゃないとは思うけど。 「なにかあるの?そんなにもヤンキーのトップにこだわる理由が」 「……」 「……さあね」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「れんにゃあ、これなに」 「ろくろ。私、陶芸の道を究めるわ」 「また……絵はどうしたシ。せっかく図書館に飾ってもらうことになったのに」 「うっさいわね。あんなもんただの暇つぶしよ」 「この前野菜ソムリエになるとか言ってなかった?」 「うっさいうっさい!」 「とにかく外に出るシ。もう4日も引きこもってるシ」 「べ、べつに外になんていつだって出られるからいいのよ」 「なら行くシ」 「ちょ、ちょっと」 「うわ……太陽キツ」 「もう外ちょっと苦手になってるシ」 「うるさい。別に中も外もどこだって同じよ」 「どこに行ったって、面白いことなんて――」 ――ゴォオオオオオオーーーーーーーンッッッ! 「はぇっ!?」 「な、なんだシ!?」 「ッッ……とぉ。ふぅー効くゥー」 「痛ッてぇ」 「やるじゃねーか。辻堂……ちゃんだっけ?」 「魍魎校の稲村を1年で絞めたルーキーがいるのは聞いてたけど、これほどとは」 「フン」 「『皆殺しのマキ』……腕に覚えのあるやつをシメるたび比較されて鬱陶しい思いしてたけど、テメーのことで間違いなさそうだな」 「ハァァアアアアアッッ!」 「危ないから近づいちゃダメよ」 「な、なんなのよあれ」 「見ての通りケンカ。不良のケンカよ」 「腰越マキとケンカが成立するなんて。とんでもないルーキーが出てきたわ」 「不良……ヤンキー?」 「オラァッッ!」 「ごぁッッ!」 「っ! こっち来るシ!」 「あぶない!」 「ふわっ」 ――カチャンっ。 「つつ……わりぃ、当たった?」 「う、ううん」 「やってくれんじゃねーか」 「ノッてきたぜ。そろそろマジで行かせてもらおうか」 「……」 「いや、ストップだ」 「あ?」 「観客が多すぎる」 「ン……ほんとだ。リョウのやつ人払いしてくれよ」 「……」 「シャイなやつ」 「いいぜ。今日は譲ってやる。冷めちまったんじゃ面白くない」 「いずれ最高の舞台ができるだろ。そのときに……な」 「……」 「……」 「あ……終わったみたいだシ」 「途中で見逃すなんて珍しい。よっぽど気に入ったのね」 「……」 「……」 「これだわ」 「恋奈さん?」 「ん? あ……なんだった?」 「だから、ヤンキーのトップにこだわる理由」 「ああ……」 「……」 「教えない」 「?」 嬉しそうだった。 「っていうか、具体的な理由なんてないわ。ただ取りたいのよ湘南のトップを」 「理由もなく不良やってるんだ」 「誰だってそうよ。いい絵を描きたいとか、音楽をやりたいとか。そんなやつらだって具体的な理由はもってないでしょ」 「無意味にツッぱるのがヤンキーってもんなの」 「でも気まぐれで目指してるわけじゃないわ。湘南のトップなんて高い場所をね」 「……そう」 一番大事なところは伏せられたけど、だいたいわかった。 「俺は不良にはなれないけど、でも恋奈さんが取りたいなら、取ってほしいと思う。湘南のトップ」 「応援するよ」 「……ええ」 「……」 「でもアンタがいると上手くいかないのよね」 「え」 「辻堂と腰越W抹殺計画は邪魔されるし。アンタ絡みで辻堂に絡んだらティアラ壊されるし」 「どっちも恋奈さんが悪いと思う」 「今日だってとっておきのを見せてあげようと思ったらこの時期なのに雨よ。どんだけ相性悪いのよ私たち」 「ひどい言いがかりだよ」 でも……、 「……〜」 「な、なに笑ってるのよ」 「だって恋奈さん。とっておきを俺に見せてくれようとしたんでしょ?」 「う……」 「その気持ちだけでも嬉しいよ」 「ば、バカじゃないの。これはテスト勉強のお礼ってだけで」 「それでも、うれしいよ」 「……」 赤い顔で下を向く恋奈さん。 可愛い。 「それにこれはこれでいいじゃない。江ノ島に降る雨を独り占め、ってのも」 「雨のどこがいいのよ」 「雨の日には不思議と色々あるんだよ」 「いい思い出だったり」 「ちょっとは辛いこともあったけど」 「でも……」 「……」 「やっぱりいい思い出が多い」 「恋奈さんとだと、とくに」 「ふーん」 「……」 「確かに……1ヶ月くらいの仲なのにもう色々あったわよね、私たち」 「……いまキスのこと思い出した?」 「な……っ!」 「ば、バカじゃない。あっちよあっち。辻堂にフラれてびーびー泣いてたやつ」 「はは。そうだね」 手を取った。 「恋奈さんが優しいって知ったのも。可愛いって思ったのも、どっちも雨の日だった」 「恋奈さんを好きになったのも」 「う……」 恋奈さんは抵抗しない。手を振りほどくことはせず、 握り返してくれる。 「……ま、まあ。あたしも。アンタのこと初めて気になったのは、あの雨の日だった」 「そうなの?」 「あ、あんなに泣くくらい誰かを好きになるってどんな気持ちかなって」 「それと」 「……」 「キス……されても、嫌じゃないなって思ったのも。雨の日だった」 「……そうなんだ」 顔を近づけてみる。 恋奈さんはちょっと顔を赤くするだけで口はツンと尖らせたまま。 「ン……っ」 もう当然のように唇はくっついた。 真綿のように柔らかくてたよりない感触。 恋奈さんはやっぱり不良には向いてないと思う。 偽悪的なだけで優しいし、繊細で、たよりないから。 でも不思議と、湘南のトップをとれる逸材だとも思える。 恋奈さんがそれを夢見るかぎり、不可能じゃないと。 ひいき目かな? これ。 分からないけど。 「恋奈」 「ん……」 少なくとも俺だけは、そう信じていたい。 恋奈のことが誰より好きな、俺だけは。 「好きだよ恋奈」 「ン……ぅん。大」 「私も……」 「……」 「私も好き……」 「……」 「……」 「……」 「ってほどではないけど」 「……」 あれ? 「あ、アンタなんか好きじゃないわよ。バーカ」 「ええー?」 この流れでバッサリかよ。 「急にツンデレ発動しないでよ」 「知らないわよ」 「だ、だいたい私らほんの1か月前まで敵だったのよ。それで急に……なんて」 ぷいっと横を向く。 照れちゃったらしい。 「やれやれ」 「まあ恋奈らしいからいっか」 「私らしいってなに――はむっ」 キスする。 「んふ……ぅん」 唇をこすりつければ、素直に向こうからも顎をくゆくゆ揺らしてくれた。 「そういうとこも、好きだよ恋奈」 「……ばーか」 優しい雨音に包まれながら、何度もキスをした。 少なくとも恋奈は、俺の好きって気持ちをそのままに受け止めてくれる。 それだけでいいさ。 キスは普通にできるしね。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ところで……」 「アンタの手、なんでさっきから汗べっしょりなの」 「ああ、実はさっきから言いたかったんだけどね」 「?」 「俺……」 「もうダメだー!」 「うわ! うわなに!」 「高いよ! なにココめっちゃ高いよ!」 「あうあうあうあう、アンタ高いとこダメなの?」 「もう15分くらいいる? 失禁してないのが奇跡だ」 「ばっちいわね」 恋奈に抱き付かせてもらう。 「ちょっとこのままでいさせて」 「そこまでダメなら言いなさいよ」 「ああ……恋奈、温かい。落ち着く」 「あっそ」 「ま、まあこれくらい……」 「……う」 「?」 「お、お尻、なんか当たってる」 「ああ、これは恋奈が全体的に柔らかいから仕方ない」 「……ったくもう」 「ちょっと待って」  ? 一旦離れて、あたりをきょろきょろ見渡す恋奈。 台にあがると、 ――くいっ。 ついてた防犯カメラを横に向けた。 「これでよし」 「なにしてるの?」 「だってカメラ、電源切れてるだろうけど、もしもってことがあるでしょ」 「だからなんでカメラを気にする?」 「撮られちゃいけないものでも見せるつもり……」 「……」 「……」 (ダッ!) 「ゲットォーーーー!」 「ぎゃああああ!」 「いいんだよね!撮られちゃいけないことヤっていいんだよね!」 「そ、そんなこと一言も言って……わあああ当たってる当たってる!」 「ハァハァ、恋奈たんハァハァ」 「うわキモ! なんなのよコイツ!」 俺たち、こんなときまで噛み合ってなかったようで。 「でも安心して恋奈。俺は恋奈に合わせるよ」 「恋奈がやりたくてしょうがないなら、俺もやりたくてしょうがないから!」 「しょうがなくねー!」 「じゃあまずはキスから。ね?」 あごを触る。 「うう……、だ、だから私は別に」 「こっち向いて」 「〜……」 この点は素直に従ってくれる。 「はむ」 「んふ……」 ――ぺろ。 「ふわ! い、いま舐めた?」 「任せて」 戸惑う唇に舌を乗せてみる。 この前の復習みたいなものだ。 入れはしない。乗せるだけ。くっつけるだけ……。 「……はむ」 でも恋奈から飲み込んできた。 他人の口の中……どきどきの空間へ舌が招かれる。 「ぁむ……ん、んちゅ、ちゅる」 どう扱うべきか分からないんだろう。俺の舌を食んだところで戸惑ってる恋奈。 ――にゅじ。 「まふ……」 軽く動かすと、全身がびくっと震えた。 「恋奈も舌だして。舐めっこしよ」 「そ……そんなことするわけ」 「んちゅ、るろ、ちるちる……ほら」 「あふっ、あん……ふ、んふぅ」 唇を舌のざらつきでなぞる。 それだけの刺激でも、恋奈の吐息は乱れていく。 「キス、好きだよね」 意地悪く遠まわしに聞いた。 「……うっさいなあ」 むっとした感じの彼女。 「っ」 「んくっ」 負けずぎらいにあっちから唇を当てられた。 舌を伸ばせば、ねろりと柔らかな感触が絡み付いてくる。 「んぷる……んちゅ、ぱう、あふ……ぅん」 「ぷ……っふ」 いつのまにか舌をくるくるぶつけあうようになってた。 女の子の香りを煮つめた味が、舌に絡みつく。 「おいしいよ恋奈……、ン、口の中も」 「うん……あふ、ふぁあ、ンむぅう」 可愛い唇のなかへ舌をもぐらせる。 上あごや舌の裏、歯茎をくすぐった。 「ちょ、ちょぉっと……やらしいわよ」 「やらしいことしてるんだもん」 「恋奈から誘ったくせに」 「誘ってなんか……ふぁ」 まさぐりすぎたのか、唾液のあふれた口の中でねちゃねちゃいやらしい音がする。 会話の最中もキスがやめられなくなってた。 「……いいよね?」 歯止めが利かなくなる前にきいとかないと。 「今日はキスだけじゃない。最後まで行く」 「俺、恋奈のこと好きだから」 「……〜」 嫌ならやめる気持ちはある。 「……だ」 でも恋奈は、むしろムッとしたよう。 「……だから、いちいち聞かないでよ」 「私もアンタのこと、好きなんだって」 「……うん」 改めて抱きしめた腕に力を込める。 「あ……っ」 ひくんと体全部で反応する恋奈。 全身敏感になってるみたいだ。 「……準備万端?」 「言うな」 「はいはい」 わざわざカメラを隠してくれたんだから言うまでもないけど。もう気持ちは一致してるみたいだった。 「じゃ、もっかいキス」 「うん……」 どっちから、とかじゃなく。自然に唇が重なる。 「んぁむ……大……」 「恋奈……」 「はは、キスって気持ちいいね」 「うん……ちょっと恥ずかしいけど」 「大とキスするの……好き」 「知ってる」 「ば、ばか!」 「ゴメンゴメン」 怒らせたのをごまかすためにちゅっちゅっと細かくキスは続けながら、身体に回した手を滑らせた。 「う……ううう」 服の上を這う指に眉をゆがめてる恋奈。 「……えと、あ、アンタ。慣れてるのよね」 「慣れてる……ってほどではないけど」 リアルな話童貞だし。 「ただまあ、おさわり程度なら」 痛がらせない程度の自信はある。 「じゃあ……ヨロシク」 うなじに顔をつけて、改めて小さな体を抱きしめなおした。 雨を吸った服は、普段から染み込んだ恋奈の香りを分かりやすく立ち昇らせる。 くらくらするくらい甘酸っぱい、女の子の匂い。 「可愛いよ恋奈」 「……は」 服越しのふくらみをつかまえる。 この前は胸板に当たってたけど、結局手では触れなかった場所。 ふにっと指に吸い付くような弾力が印象的だった。 「あっ、……は、はん……っ」 指にリズムをつける……揉むと、たちまち恋奈の吐息は乱れる。 「感じやすいんだね」 「し、知らない……わよ。あふっ」 「柔らかくて気持ちいいよ、恋奈のおっぱい」 「言わなくていいっつーに……んん、ぅ」 乱れ乱れの呼吸のさなか、かすれた声で強がる。 でも微妙に唇を噛んでるのが気になった。 おかしな声が出そうなんだろう。 「声、我慢しないで」 「〜……やだ」 「どうして」 「は、恥ずかしいじゃな……はんっ、あっ、んん」 「ンぅ……」 また閉じてしまう。 やれやれ。 「じゃあ無理やりにでも出させてみよう」 「ンぁっ」 服をたくしあげた。 みずみずしい膨らみに、今度は直に触れる。 「すごい感触だな……恋奈の」 柔らかいは柔らかいんだけど、指を食いこませるとぶるっと強烈に弾き返してくる。 「あぅ……れ、恋奈の、って」 「なに、辻堂のとはちがうわけ?」 「へ? いや」 この状況で出すなよその名前を……。 ていうか。 「俺、辻堂さんのここには触ったことないよ」 「?」 他の場所はあるけど。 「言ってなかったっけ。俺童貞だよ?」 「そうなの!?」 そこまで驚くことか。 しこった乳首を指の腹でつまむ。 「んきゅあ……っ」 コロコロ転がしてみた。 「あっ、あっ」 「うそでしょ……っ、初めて?」 「うん」 ピンク色の濃くなってきた突起を揉む。 「ふぁああんっ、じゃあなんでこう慣れてるのよぉっ」 「可愛い声♪」 わしづかみにして、指の間に乳首をはさみつつ全体を揉みころがした。 「あっ、あんっ、ひゃあん」 「だぁ、から……慣れすぎ……ふぁあああ」 一度堰をきると止められなくなり、どんどん恥ずかしい声を放つようになる恋奈。 「慣れてないよ」 姉ちゃんによくマッサージしてるから人にとって心地よい力加減を知ってるくらい。 「そんなに気持ちいい?」 「知らな……あふうんっ。あっ、あっ、きゃは、んくうぅう」 全身をびくびく反応させてる。 「恋奈のおっぱい、揉みやすくていいね」 手のひらですっぽり包めるサイズなんで、転がしやすい。 「んぐ……っ、ち、小さくてわる……」 可愛がりやすい。 「んぅううう……っ」 白い喉をつきだして喘ぐ恋奈。 サイズは小さいけど、これはこれで魅力的だ。 なめらかに膨らんで、掴んだ指にしっとり吸い付くような感触。 この女の子らしい不思議な感触がこの手にすっぽり収まってると思うと、もう……。 「興奮してきた……強くするよ」 「んん……ふぁっ、ああああっ」 むにっ、むにっと乱暴気味に揉みしだく。 「あはっ、はっ、はぁ……っ。あっ、あっ」 正比例して甘えた吐息が荒くなっていく。 「んン……うっ」 「っと」 不意に密着させた腰……ペニスに弾むような弾力が。 これは……、 ――むにっ、むにっ、むにっ。 「はんっ、ぁんっ、あふっ」 ――くいっ、くいっ。 「あはは、恋奈、お尻まで反応してるよ」 「う……っ、うるさい! ああ、あっ」 バストが転がる感覚に突き動かされるようこちらもロリータなヒップがいやらしくウネっていた。 くっつけた俺の腰が押される。 もうギンギンのペニスの上でお尻のお肉がはずむ。気持ちいい。 「ううう、も〜」 「アンタなんでさっきからそう余裕なのよ」 「なにが?」 「その、アンタも初めてじゃないの?」 「うん」 「にしてはさっきから……ふぁっ」 片方の手を、お腹を滑らせて下へやった。 左右の太ももを交互に撫でる。 「言われるとあんまり緊張してないな」 なんでだろ? 「初めて会った時から……恋奈相手だとなんか緊張しないんだよ」 「は……?」 「たぶん俺たち、最初から敵にはなれなかったんだろうね」 キスする。 「はむ……ぁ……ン」 なんか言いたげだけど、唇を優先して目を細める恋奈。 スカートをめくり、そっとショーツを押した。 「さわるよ」 「ン……ぅん」 「……触ってほしい」 「ふぁああああ……っ」 「うわぁ、もうこんなに熱いよ」 「い、言うな。恥ずかしい……」 「だって本当なんだもん。あ、濡れてる」 にゅるっとした感触が指にきた。 ――にゅる、にゅる。 柔らかいお肉の表面を、滑りに任せてまさぐる。と……、 「ひぁっ、ひはんっ」 しつこくしつこくおっぱいを責めるよりもっとすごい声が出た。 ココ……直に触るのも初めてだ。 素朴な裂け目って感じの形状を確かめるようにさする。 「ぁああっ、はぁっ、やっ、そこよわ、ぁっ、んっ、んんっ」 ショーツの内側で指がもこもこするたび恋奈は切羽詰った悲鳴をあげた。 「中……触るね。痛かったら言って」 まろやかな曲面に指をくっつけてスリットを横に開く。 開くっていうかめくるって感じ。ぷるんっと熱いお肉がはみ出てきた。 「うわ……べちょべちょ」 「ああ……ふぁ!」 染み出してたシロップは、中身の方が当然たっぷりかかってる。 とろっと熱いくらい恋奈の体温を孕んだ蜜が、指に絡んできた。 なぞれば、 「はぁああああっ」 すごい声が出る。 1回ショーツから抜いて、指を見てみた。 「あはは、見て恋奈。これ」 「あぅ、み、見せないでよ」 雨の日の気温だと湯気が見えるくらい熱いものがべっとりついてる。 「だって面白くない?」 「恋奈のここ、こんなにも俺とセックスしたがってる」 「〜」 恥ずかしいんだろう。眉をひそめる。 「脱がすね」 ぬるぬるしたものが染みたショーツに指をかける。 どっちかっていうと汗を吸った量が多く、湿った生地はくるくる丸まって肌の上を滑っていった。 「……」 体勢的に見えないけど……。 あそこが丸出しになってるはず。 「……ンく」 「緊張してる?」 「分かる?」 「動きが固いし……心臓、ドキドキ言ってる」 密着してるから分かるらしい。苦笑してる恋奈。 「いよいよだなーって思うとさ」 「いよいよ恋奈が俺のものになると思うと。もう……わーって感じ」 「何言ってんだか」 「もうちょっと慣らそう」 手を戻した。 ニュクニュクと裂け目を按摩しながら、 「……んぅうっ!?」 肉が沈んでいく一番前側にある、しわの塊をつついた。 クリトリス……まだ皮を冠ってるけど。剥いてみる。 「ひゃあっ、あちょ、そこだめっ」 「どうして?」 「そこはあの、感じすぎ……ひあっ!」 包皮をさげただけ。桜色の中身を空気にさらしただけで、恋奈は目をまん丸くして叫んだ。 クリ、小さいな。剥いたはいいけど周りのヒダに埋もれそうに小さい。 「そんなに敏感なんだ」 指先で軽くこすってみる。 「ひんんんんっ、分かってるなら触るなぁっ」 怒った。 まだ指先にはさっきのとろとろした果汁がついてて、摩擦係数は0に近いはず。 それでこの感じやすさ……相当だな。 「痛かったら言って」 ぬるぬる転がしてみる。 「ひぁあああっ、ひゃっ、あんんっ、ひんぅ……。痛いっ、じゃなくて……あぁぁあダメえぇえ」 全身をビクつかせてる。 噂には聞いてたけど、すごいんだなココ。 「だめっ、そこは、奥に来るの。奥、奥」 「あううううおしっこの方にくるぅう」 あっと。 切羽詰った悲鳴を最後に恋奈は腰がぬけたらしい。その場へかくんと崩れてしまった。 「だ、大丈夫恋奈?」 「うう……ばかぁ」 「……ゴメン」 ちょっと思いやりが足りなかった。 反省して、今度こそ優しく、改めて。 「はぅ……」 「な……なによ」 「いや、やっぱ可愛いなーって」 力の抜けた足はだらしなく開いてしまっている。 広げられた太ももにそって、柔らかくふやけたクレバスもひし形に内地が見えてた。 ねろねろしたピンク色が、雪崩でも起こしそうに細かく段を作ってる。 不思議だよな、女の子って。いや男の性器も相当不思議なもんだけど。 「ン……」 俺が目を血走らせていると、恋奈はなにも言わないうちから指で広げて見せてくれた。 意外と気配り上手というか……。 こういうとこも興奮する。 「……行くよ恋奈」 俺も下を下ろした。 「う、うん……ふわ」 そういやこっちこそ見せるのは初か。現れたギチギチに上向くものに、恋奈が目を丸くする。 さっそく切っ先を、開いてくれてるとこに充てた。 「これで恋奈は俺のものだ」 「……アンタが私のものになるのよ」 「はは、それはちがうよ」 「俺はもう結構前から恋奈のものだったわけで」 「……」 「……こっちだってそうよ」 ヌルンと鈴口に、女の子の柔らか味があたった。 勃起にさらに力がこもる。 初セックスってみんなこんなに興奮するんだろうか。 「好きだよ恋奈」 「ン……、う、うん」 「……私も」 「私も大好き」 ――ニュルゥ……! 「くぁ……ッ!」 入口を探してた突きが、思いがけずイイところにハマったらしい。荒々しく入口を破ってしまった。 一瞬眉をひそめる恋奈。 「ごめっ、痛かった?」 「んぁ……だいじょぶ。やめないで」 緊張する俺の腰を、ぎゅっと恋奈の手がつかむ。 「分かってるって」 ちょっと驚いたけど、やめる気なんてない。 俺は今日、恋奈の初めてになるんだ。改めて腰に力を込める。 「はぁ……はぁ……ゆっくりね……。ッ、うう」 勃起が強すぎてカリが開いてる。太くなってて入れづらい。 痛めないようにゆっくり、ゆっくり体重を乗せた。 痛がるようなら何時間でもかけるつもりだったけど、 ――ずぬ……ヌ……。 「くく……ぅ、ああああ……」 そこには確かに『穴』があるわけで、ゆっくりではあるがめり込んでいくのが分かる。 そして先っちょさえ入れば、 ――ニュルンっ。 「ンあっ」 ――にぐ……ぐ、ぐぐぐぐ。 「ああああああ……っ! あっ、あああっ」 張りつめた亀頭のカリは返しのようになり、むしろ膣道を進む助けになる。 「大丈夫?」 「ちょ、ちょっと痛い」 「でも平気。なんか……痛いは痛いけど、でも」 「この痛いのは……好き」 「M?」 「バカ」 「あはは、分かってるって」 言ってくれるなら甘えさせてもらおう。あくまでゆっくり、さらに潜り込ませていく。 「俺は気持ちいい上に、恋奈と同じくらい幸せだよ」 「男は得ね……くぁっ」 未踏の内部は、とにかく狭くて、あらゆる箇所から粘膜がせりだしてペニスにくっついてくる。 進めるたびにヒダヒダを一枚一枚はがしていくような。踏破の快感が半端じゃなかった。 「……」 この感覚……恋奈の初めてを貫くこの感触。 味わえるのは世界で俺だけなんだよな。 思うとたまらない気持ちになった。 ――ぐに。 「んぅ」 ――ぐに、ぐに。 「あれ」 「くぁ、はうあ、……ひろ、大。そこ、もう無理。もういけないから」 「あ、これが子宮?」 ヒダが狭すぎて何度も『行き止まり』をかいくぐっていたので、本物に気づかなかった。 コリっとした、周りよりちょっと弾力のある感じ。 子宮口、だっけ。 「ここが恋奈の……赤ちゃんのところ」 「う……ん、そうみたい」 「……俺の子供、作りたいな」 「……考えとくわ」 軽い気持ちでプロポーズしちゃったけど、それくらい感動した。 根元までは入らなかったな。恋奈の体じゃまだ子供っぽ過ぎる。 でも気持ちイイとこは全部絡まれてる。 「ふー……」 これ以上いけないならと、一旦腰を落ち着けた。 「ン……動いていいよ? 痛いの平気だから」 「ゴメン、こっちがすぐ出ちゃいそうなの。最初の1回はじっくり楽しみたいんだ」 次は性器だけでなく体全部くっつける。 抱っこして、顔を近づけた。 「……んっ」 なにか言うまでもなくキスしてくれる恋奈。 「……」 「……」 「ふふっ」 「あはは」 どちらからともなく笑いがこみあげてきた。 「あははっ、なにこれ、変な感じ」 「私、こんなにアンタのこと好きだったんだ」 「どゆこと?」 「んと、結構前からキスしたいし、そのえっちぃこともしてほしいなーって思ってたけど」 「アンタのこと好きだって、いま分かった」 「……鈍感だな」 「うっさいわね。しょうがないでしょ」 「初恋なの」 「そう」 もう1回キスする。 「んふ、ちゅ……っ、大、大好き」 「俺もだよ恋奈。愛してる」 「あは……」 小さく微笑む恋奈。と……。 ――ニュリ。 「ひぁんっ」 「ンぅ……」 子宮にあてた亀頭に、包む粘膜がこれまでとは微妙にちがう動きをぶつけてきた。 舐める……みたいな。 「ンは……、ふぁ」 それに合わせて恋奈のこぼす声のオクターブもあきらかに変わる。 「……あれ、もう感じてきた?」 「そ、そぉ……みたい。ふぁっ、く……ぁひゃんっ」 まだ狭い肉が広がる圧迫感はありそうだけど、それ以上に、 ――にゅるぅう……。 「ふぁ……あっ、あっ……」 ――ぐにぅ。 「ひいぃいあんっ」 ペニスを動かしたときの、摩擦の感覚が快感に直結したらしい。 「OK、動いてもよさそうだね」 「うん……あっ、でも優しくね?いまのゆっくりでも私、すごく……ひぁあああ!」 にゅるにゅるっと早めに抜いた。 恋奈はさっきクリトリスを狙ったときみたいにびくびくっと背筋を震わせる。 ドリルみたいに回転させながら子宮まで戻れば……。 「ああっ、ああっ、あ――きゃはぁああっ。こら大っ、だから優しくって……んぁ、あああっ」 「あはは、敏感恋奈たんの本領発揮だな」 「ばぁ……か。敏感とかはいま……ひぁああっ、あはんっ、やぁああん動かしすぎぃいいっ」 自分でも思った以上に感じちゃうんだろう。恥ずかしいらしく怒鳴る恋奈。 面白い。 「ほらっ、ほらっ」 くっ、くっ 「ひぁはっ、はああっ、だから強い、強いって」 「恋奈は回転させるのが好きかな」 ぐにぐに 「はうううぅううん、だめだめぇ、中がよじれるぅ」 ゆったりと円運動しながら抜き差しするのが一番イイみたいだ。 なら徹底的にそれで責めてやる。 ――にゅるっ、にゅるぅっ。 「はんっ、ひゃああ、バカ、それ、エロすぎるわよぉ」 「エロくしてるんだよ」 「ほら、ほら、乳首がまたぴんぴんになってきた」 「ひゃああっ、あひんんっ。ちょ、こら。……うわわっ、クリがコスれてるってぇ」 「こすってるの」 腰同士をぴったりくっつけ、挟まれたクリトリスを俺と恋奈の腰でコネる。 「はやぁああっ、やんっ、あんんっ、ちょっと。あの、……あんんん感じすぎるってぇえ」 恋奈の中身は一往復するたびに挿入に馴染んでくる。 ペニスの隙間からは次々に果汁が吹き出した。 「はは、動かすたびに動きやすくなる」 女の子の体って快感に貪欲なんだな。 プライドの高い恋奈にはかわいそうなくらい。 「んああっ、はっ、はっ、はぁあっ」 抜いて、さして、細かくゆする。 俺なりのピストンを刻むペニスの動きに、恋奈の呼吸が同調してきた。 「気持ちイイ?」 「あんん、きゃううん。いい、イイ……けど。ヨすぎるぅ」 困ったように可愛い声で鳴く恋奈。 「浅いトコがとくによさそうだね。これどう」 大きく抜いて、浅瀬で亀頭を遊ばせてみた。 「ひぅううう……、あう、あう。ンぅううう」 恋奈は汗びっしょりで四肢をのたうたせる。 微妙に腰をせりあげて、俺のに深くへ戻って欲しがってる。 「ほらっ」 もちろん仰せのとおりに。勢いをつけて腰全体をグラインドさせた。 「きゃふうううううううっ」 会陰までとろつかせるエキスが太ももでぱちゅんと下品な音を立てるのに合わせて恋奈の喘ぎがひときわ高くなった。 「ン……恋奈、イキそう?」 「あぅ……ンふ、だって、だって」 おお。女の子がイキそうに……。 男としては最高にテンションあがる状況だ。つい口がほころんだ。 「いいよ。いつでもイッて」 せっかくだから『一緒にイク』ってのも試そう。この気持ちよさなら普通にできそう。 勢いをつけてパンパンに張った亀頭を埋め込む。 「んくぁ、ふぁああ、大、大すごいっ、すごぉおい」 快感がプライドをおしのけたのか、甘えた鼻声をあげる恋奈。 可愛い。抱きしめた。 「イッて恋奈。恋奈の一番かわいいとこ見せて」 「あはんっ、はぅうういくっ、イッちゃうう」 猛然とうちつける腰に、恋奈もまたお尻をくいくい上下させて応えてくれる。 小さな動きだけど、それが最高にうれしい。 「はうっ、あうっ、はんっ、はんんっ、あんんっ」 甘えた呼吸も小刻みになるのは、俺の腰使いが切羽詰ってきてるからか。 ぬかるみみたくトロけてた粘膜が、突然肉の感触に戻りぎゅうっとペニスに噛みつく。 「くぁああああっっ」 びくびくっと電流でも流されたよう震える恋奈。 「はぁ……ぁ、大……ぃ」 「……大好き、ひろし」 「っ……」 「ぁあああああぁあっ! あッあッ」 「あぁぁぁはぁあっぁぁぁぁあぁぁぁーーーーーっ!」 「くぁぁ……」 く……! マズい。思う暇もなく、精子の群れが尿道を突っ走った。 ニオイが沁みそうなほどゼロ距離で恋奈の子宮めがけてぶちまけてしまう。 「ひぁあああっ、あああっ、あっ、んぁ」 「うあっ、うあ――!」 抜けない。ゴムしてないのに、気持ち良すぎて腰が引けない。 「くひううううっ、大っ、大……すごぉお。熱いのっ、お腹……熱っ、いっぱいくるぅううっ」 俺が出してるあいだ、恋奈はイキ続けてる。 そしてそのイッてる最中の粘膜の絞りがすごい。タンクが空になるくらい射精してしまう。 「ひぁあああぁ……っ、ああああああっ」 出し切ったあとも、パステルピンクの柔肉はぐいぐいペニスに迫ってきた。 うう、勃起したまま小さくならない。初めての感覚に身震いする。 「あは……はぁあ……、はぁー……、はぁー……」 恋奈の悲鳴がやんだのは、20秒くらい経ってから。 「はぁ……、はぅう……、はぁ……」 「……」 「……あ」 「つぁ……」 それまでとは明らかにちがう生温かさが俺の腹を叩いた。 あ……っと、 これは……。 「ひゃああ……、はぁああ」 ぶるぶるしながら、気持ちよさそうにエロい声で鳴き続ける恋奈。 イキ果てた印が収まったのは、たぶん展望室の半分くらいはニオイが伝った後だった。 ・・・・・ 「はぅ……ひゃぅう……」 力が抜けちゃったらしい。くてんって感じに座ってる恋奈。 「大丈夫?」 「だいじょぶじゃ……なぃわよ……っ」 「はぁ……はぅ……」 「立てないとか」 「うっさいっ」 「あはは、ゴメンゴメン」 セックスそのものは初挑戦だったけど、上手くいってくれたようで。よかった。 「う〜〜〜〜ッッ!」 でも展望室の床に広がるおしっこの海に、涙目で睨んでくる。 「な、なに」 「なんつーことしてくれるのよっ!これ、これ……」 「俺のせい?」 「〜〜〜ッッ!」 「だよね。俺のせいです。ゴメンなさい」 不良とか関係なく怖い。 掃除用具でふき取って後片付けした。 その間177発蹴られたが、足腰ガクガクの恋奈キックは痛くないので省略する。 ……勝手に中出ししたことはどさくさで流れた。あとで言い訳するとしよう。 おしっこ……服にもついたけど、外は雨だし誤魔化せるよな。 「帰りますか」 力の抜けてる恋奈の体を抱える。 お姫様だっこだ。 「うわ、ちょ、下ろしなさいよ恥ずかしい」 「ダメダメ。これはイイ仲になった男女のお約束なんだから」 恋奈も照れてはいたものの、嫌がりはしない。 2人でエレベーターを降り、下へ。 「恋奈のホテルでいいよね」 「ええ、連れてって」 「いろんなとこがべとべとする。早くお風呂入りたい」 「……」 「お風呂っていうと、例の露店風呂?」 「ええ」 「いいね」 「俺ももう1度入りたかったんだ」 「……うん」 ・・・・・ 「さぁーて! 憂鬱なテスト週間も終わったっての!」 「終わったシ?」 「ほ、補習はあるけどよ」 「とにかく!また江乃死魔拡大のためバリバリ行くぜっての!」 「おー!」 「みなさんがいねーと退屈でしょーがなかったっすよ。自分、意外と働き者なんすねぇ」 「おう、待たせたっての梓」 「この夏は一気に活動の枠を広げるぜ。まずは休みで人数を500の大台に乗せるっての」 「500……湘南の半分じゃないっすか」 「最大派閥どころか過半数まで伸びれば、もう湘南でうちらにはむかうやつなんて完全に消えるシ」 「夏休みはたっぷり時間があるからよぉ。やってやんぜ!」 「たっぷりある?」 「ほ、補習はあるけどよ」 「頼もしいっす」 「ところで……リョウは?」 「センパイ最近こねーっす。調べものが多いとかで」 「ああ、なんか恋奈様に頼まれたっての」 「たった1週間でかなり動いてるみたいっすよ。さすが総災天センパイ、いろんな面でやり手っす」 「ケンカがつえーだけじゃ意味ねーよなー」 「だよなー」 「……ン? ケンカがつえーだけじゃ……って。やい梓。お前さんいま」 「あたしのことディスったシ!?」 「ハナちゃんセンパイが怒るんすか?」 「ところで今日恋奈様は?」 「集会は明日だぜ」 「でも試験明けだし、来るんじゃない?」 「いつもなら来そうっすよね」 「聞いてみるっての」 prrrrrrr。prrrrrr。 prrrrrrr。prrrrrr。 「……もしもし、なにティアラ」 「ン……んはっ、え、今日?」 「ううん、い、忙しぃ……ぁっ」 「なっ、なんでもないわよ」 「ちょ、ちょっと風邪気味なだけ。ちょっと、ほんとにちょっとだから……」 「ちょっとぉ!」 「えぅ、な、なんでもないわ。なんでもないって」 「ぁ……はんっ、ンっ」 「とにかく、今日は無理。あぅ……明日の集会は、うん。……ふぁっ! うん、うん……」 ――ピッ。 「やめんかバカァッ!」 「あはは、ゴメンゴメン」 「なんなのよもう、朝っぱらから」 「いや、昨日初めてなのに何回もしちゃったから怪我とかしてないか心配でさ。調べてた」 「これ痛い?」 小さな割れ目のなかに人差し指を差し込む。 「ひぁああああっ」 「痛くはない、か。でも刺激はキツそうだね」 指一本でも狭いくらいのサイズに戻ってしまった。 奥まで行くのも一苦労だ。ここは、 「舌のほうがいいかな」 ――ぴちゅり。 持ち上がった入口の肉にふれる。 「っ」 恋奈はさすがに恥ずかしかったのか、今度は声を出さなかった。 ぺちゃ、ぺちゃ、優しく舐める。 「ちょっと……ぉ、朝からこんな……。朝っ、朝から濡れちゃうじゃ……んふぁあっ」 「濡らしてもいいじゃない。今日は七里も休みでしょ?」 土曜日だ。 「そぉ……だけど、朝からなん……ぁはっ、ひゃぅ、あうっ……ンくうう」 ゆっくりされるとより感じるらしい。両足をひくひくさせる恋奈。 「調べた! もう調べ終わったでしょ」 「うん」(ぺろぺろ) 「じゃあもうやめなさいよっ」 「それは無理。恋奈の体はナメ応えありすぎ」 お肌はプルプル。あそこはプニプニ。舐めてるだけで楽しい。 「はぐはぐ」 「足噛むなっ」 「でも恋奈、足噛むだけで感じてない?」 「ないわよっ」 「ただ、あの、優しく噛むから、くすぐったいのがぶわーってなるだけで」 感じてるんじゃん。 「分かった分かった」 「まずは指マンでイカせてみる」 指2本でくちゅとラビアをひろげる。 「なにが分かったって……ひゃぅう」 「奥まで濡れてきた」 人差し指はさっきまでよりスムーズに奥へ進む。 出し入れすると、ちゅこちゅこ水っぽい音がした。 「広がってるよ。分かる恋奈?」 「はぅ、わ……かるぅうう、あっ、ああっ」 顔を真っ赤にして、白いお腹がそりかえった。 入口の辺りはキュンキュン俺の指にぶつかるよう狭まるのに、深い部分はほぐれていくのが面白い。 指が動かしやすい。 ――ニュリ。 「ゃはぁぁぁんっ」 「あ、感じるとこ見っけ」 Gスポットってやつかな。指を根元まで入れて、おへそ側を、 ――ぐにゅぐにゅ。 「んんふふぁああああっ、あはっ、ああああっ」 「痛かった?」 「痛い……てゆか、あぅっ、はうううっ」 「……もう軽くイッてる、とか」 「知らないわよ……っ」 見れば白いお腹で、おへその下あたりがぴくぴく痙攣してた。 すごい感度。昨日よりもっと上がってる。 このペースなら、結構楽にツボがつかめるかも。指や舌だけでイクような。 「今度はクリトリスを責めてみよう」 「んはぁうんっ」 「も、もぉ……なんなのよ。昨日の今日でこんな」 「だってさ。もう……夢みたいで」 「は……?」 「好きな子とエッチするってすごい幸せでさ」 「1分1秒でも味わってたいなーって」 「……そういうこと」 薄暗い気持ちで言ったつもりはないのだが、なにか感じたのだろう、恋奈はぽんと股間にうずめた俺の頭を叩く。 「そんな焦らなくてもいいでしょ。私、もうアンタのこと手放す気、ないし」 「ン……」 「私たちずっと一緒なんだから」 「……」 「ね」 「……うん」 ――れるれる。 「うわわわそれでも舐めるのかっ」 「そりゃ目の前にクリがあれば舐めるよ」 ぺろぺろ。 「にゃああああっ、だ、だからぁ」 「分かってる。焦ったりしないよ」 「ゆーっくり恋人になっていこうね。俺たち」 「うん……」 「まあ今日中に性感帯は見つけるけど」(ぺろぺろ) 「あーもーっっ!」 ・・・・・ 「……」 「ヤス君と連絡とれました。やっぱ思った通りみたいっすね」 「そうか」 「ほんとにあるんですね。こんな話」 「珍しいことじゃない」 「だが……」 ・・・・・ 「そういえばさ」 「うん?」 「七里のテストってマークシート方式なんだって」 「だから機械で一斉にばばーって結果が出る。発表もその日の昼過ぎ」 「ハイテクだよね」 「そうね。稲村は昔ながらのプリント方式だから○×いっぱい書いて腱鞘炎になるわ」 「ところで」 「それは2日続けて休日返上で腱鞘炎作ろうとしてる私への皮肉かしら?」(ギュニィイイイ) 「ぎゃああ痛い痛い痛いいつもより5倍くらい痛い!」 「ヒロには言ってなかったけど私は実はツネり技だけでクマも殺せるといわれたお姉ちゃんだったの」 「腱鞘炎で筋肉落としなよ」 「まったく。テスト終わって浮かれるのは分かるけど2日もぶっ続けで遊び歩いてくるなんて」 「ははは」 この土日、姉ちゃんはご機嫌斜めだ。 俺の方は彼女ができて幸せの絶頂ってこと、しばらくは黙っておこう。 「そして今日もまたヒロが遊び歩いてるあいだ、こっちは学園でテストテストですよ。さっそく補習用の用紙も作らなきゃダメだし」 「あーあ、テストなんて大っ嫌い」 「もう全員0点にしてやろかな」 「こらこら」 「姉ちゃんが頑張ってくれるおかげで俺たち稲村生も勉学にいそしめるんです」 「今日もがんばって」(にこっ) 「う……、うん」 (なにこの大人っぽいの。ヒロからかつてない余裕を感じる) 微妙に速足で出ていく姉ちゃん。 さてと、 「恋奈、起きてる?」 (ぐったり) 「三大天最高のタフが、まだ回復しないか」 「あ、あんたのせいだろが」 よろよろと体を起こす恋奈。 金曜の夕方にはじめて結ばれて昨日は丸一日。うちに移ってからもずっとだからさすがにつらそうだった。 「でもしたって言っても2日で5回くらいだよ?」 「アンタが5回出すあいだこっちは50回くらいイカされてんのよ!」 「あはは、ゴメンゴメン。前戯って楽しくて」 変則的なマッサージというか。恋奈の反応がいちいち可愛いから、夢中になってた。 「……ったく、とんだ淫獣だわこいつ」 「まあまあ、そう怒らないで」 頭を撫でて落ち着かせる。 「はぅ……」 脱力気味な体を寝かせて、ひざまくらした。 (なでなで) 「んふ〜♪」 気持ちよさそうに目を細める恋奈。 可愛い。 「好きだよ恋奈」 「な、なによ急に」 「急じゃないでしょ」 「昨日は舐めるのに夢中であんまり言えなかったから今日はたくさん言いたいんだ。好きだって」 「〜」 照れたのかぷいっとそっぽを向く。 でも口元がほころんでるのを俺は見逃さない。 「恋奈からは言ってくれないの?」 「な、なにが」 「俺は恋奈が好き」 「恋奈は?」 「……知らないわよ」 恥ずかしいんだろう。こっちを見てもくれなかった。 ちぇ。 「……きよ」 「へ?」 「……」 「ふふ」 カーテンをあけてるから、窓からは今日も灼熱を予感させる日差しが降りこんでる。 この時間はまだぽかぽかして温かかった。 「今日も暑くなりそうだね」 テストも終わり、これから夏休み。 湘南に夏がやってきた。 一度外に出た。 「あっつ」 「お日様がすごいな」 「屋外は避けたいわね。日焼けしそう」 「恋奈、焼けやすい人?」 「ううん、あんまり焼けないタイプ」 「でもこのお天道様を相手にしたら自信ないわ。今日はクリームも塗ってないし」 「だね。どっか行こう」 「おや」 「ニィ」 「おばあちゃん。こんにちは」 「こ、こんちは」 そういえば初だっけ。緊張してた。 「はいこんにちは」 「どっか行くの?」 「いいナスができてねえ。そこのお地蔵様にお供えに」 暑いから日射病に気を付けて。みたいな話をしてわかれる。 「お隣さん?」 「うん」 「ふーん……」 お地蔵さんのほうへ行くおばあちゃんの後姿を見送る恋奈。 「極楽院さんの檀家……か」 「へ?」 「なんでもない」 「縁は異なもの、ね」 ??? 「それでどこに行こうか」 あまり日向にいたくないってのに何も決めずにぶらぶら来てしまった。 「そうねえ」 見下ろせばすぐそこに海がある。 最高といえば最高の場所である。湘南の海なんて、全国区のデートスポットだ。 が、 「人おおすぎ。行きたくない」 「だね」 地元民はそんなもんだ。 とくに今日は日曜日だし。観光スポットは観光スポットであって遊ぶのにいい場所とは言えない。 行くなら最低でも夏休みに入って平日だろう。 「……」 「なに、ニヤニヤして」 「いや、でも2人で海はいきたいなーと」 「なんで」 「だって海はいいものだよ。雄大で、ちっぽけな悩みなんて吹き飛ばしてくれる。素晴らしいと思わない? 海が近くにあるなんて」 「水着になるし」 「水着が見たいわけね」 はい。 「却下。私は絶対海なんて行かない」 「どうしてさ」 「あ、恋奈泳げないんだっけ」 「べ、別に泳げるわよ。ただちょっと水に沈みやすい体質なだけで」 泳げないんじゃん。 「でも一度くらい行きたいなぁ」 「来週のどっかでなんかイベントなかったっけ」 「ああ、夏休み突入ってことでフェスやるそうね」 「そうそう。来週の今日くらい?」 「ええ、21、22」 2日間か。湘南の野外ロックフェスティバル。 またお決まりの芸能人が来てなんか歌ってくんだろう。 毎年テレビでやるのはいいけど……。地元民としてはさすがに飽きた。 「そうそう。その2日間、私遊べないから」 「なんで?」 「父がフェスの主催者に名前を貸してるの。で、あいさつ回りとかあるのよ」 「なるほどお嬢様業か」 んーむ、ロックフェスはどうでもいいんだが、せっかくの土日なのに遊べないって残念だ。 「はぁあ、あいさつ回り程度ならいいんだけど、面倒なことになりそうだわ」 「なにかあるの?」 「毎年このロックフェスは片瀬の主催なんだけど、今年から九鬼が大幅に出資を増やしてきたの」 「九鬼……あの大会社の?」 「そ。今年はまだ『仲良くやりましょう』って感じだけど……」 「年々盛り下がってるお祭りが、九鬼が協賛した途端急に盛り返すなら、うちの面目は丸つぶれ。あっちにすれば来年以降の主催枠を担う理由になる」 「乗っ取りの第一歩ってわけ」 「金持ちは大変だね」 庶民にはよく分からんよ。 「毎年落ち目のTV局とべったりで営業努力しなかったうちにも問題はあるんだけど」 「人のシマに土足で踏み込みやがって。九鬼の連中に赤っ恥かかせてやりたいわ」 「仲悪いんだ」 「ムカつくのよ。金持ちのくせにしがらみもなく自由にやりたい放題」 「とくにあのクソガキ!飛び級飛び級で人より上の学年行きやがってえらそーに!」 誰のこと? 「と、言うわけでロックフェスの2日間はたぶん何かしら用事入っちゃうわ」 「分かった」 ちょっと残念だが仕方ない。 俺も何か用事いれようかな。 「……」 「どうかした」 「いよいよ夏休みね」 「うん」 稲村も七里も、来週からは夏休みとなる。 「今年は忙しくなるわ。まず江乃死魔は500人目指して拡大。できれば辻堂たちとも決着をつけて……」 「がんばるねぇ」 いよいよ湘南制覇に乗り出すらしい。 俺は黙って見守るとしよう。恋奈なら、悪い決着はつけないと思う。 「……」 「イレギュラーがなければいいけど」 「はいみんなしゅーごー」 「あっ、れんにゃ、テストどうだった?」 「テスト?……うわ、すごい遠いことに思える」 「平均97。そっちは?」 「61だシ。まーいつも通りだシ」 「そう」 (うおっしゃア!) 「いまガッツポーズした?」 「別に」 「さて、みんな1週間も空けて悪かったわね。今日からまた江乃死魔を拡大していくわよ」 「おー!」 「ういーっす」 「といってもまずは懸案事項を片付けてから」 「リョウ。例の件はどうなった?」 「暴走王国の情報は集まった」 「ただしくは、元暴走王国というべきか」 「?」 「結論から言うと、俺の知ってる暴走王国といま動いてる暴走王国はまったくの別物です」 「名前がかぶったってこと?」 「いえ。ヤス君……そのチームのダチに聞いたんですけど」 「暴走王国は……この前も言った通り単なる走り屋の集まりってノリだったんです。改造バイク愛好家、みてーな」 「ケンカとかチキンレースとか、危ないのには顔ださないようするにかなりヌルいグループです」 「でも今年の4月……」 「とある女が加入したいっつってきて」 「そいつバイクのこと何も知らなくて。おかしいなーとは思ってたんだけど、まあ女だし、一応おいといたそうなんですけど」 「そいつが入った途端、チームにトラブルが急増した。関係ないチーマーに絡まれたり、集まる場所集まる場所にサツが来たり」 「ぶっちゃけヌルい集まりだから、危険になりゃみんな離れちまう。ヤス君も脱会。チームは自然分解しました」 「最後までチームのワッペンを持ってたのは、その女だけだったそうです」 「なるほど」 「乗っ取りか」 「おそらくは」 「最後の1人になったはずが、いまは数人に増えて弱小チーム相手の追い込み、強盗」 「他のチームなんて乗っ取ってどーすんだい?」 「チーム作りたきゃ自分たちで立ち上げればいいのに」 「刑事ドラマなんかで、『架空の名義の会社』ってのがよく出てくるでしょ。あれと同じよ」 「0から出来たチームじゃその女が頭になる。警察が動いたらすぐに足がつくわ」 「他のチームに入って、中身をそっくり入れ替えれば警察が動いてもまずは立ち上げメンバーから調べにかかる」 「スケープゴート、というわけだ」 「かぁ〜っ、セコいこと考えるっての」 「そして警察を巻くことを念頭に動いているということは」 「最初から警察が動くようなことをやらかすつもりね。かーなーり危ない連中だわ」 「うわぁ……関わらないほうがいいんじゃないすか」 「……」 「もう1つ分かったことがある」 「?」 「現在動いている暴走王国メンバーについてだ」 「身長2メートルの女ってのが目立ちすぎてるが、他にもとんでもないのが紛れてる」 「?」 「先ごろ襲われた『女郎蜘蛛』に話を聞くに。暴走王国のメンバーは、件の2メートル女を中心に現在計14人」 「分かった限りでもそのなかには、利根川、大熊、原木が含まれている」 「とね……千葉の利根川?」 「ああ。いずれも名の知れたケンカ屋ばかり」 「なによそれ……」 「各地のヤバい連中が湘南に集まって、1つのチームを作ってるってこと?」 「オラァッ!」 「あぐっ!」 「ら、乱暴はやめてくれ。金なら渡す。渡すから」 「最初から大人しくよこしゃいンだよ」 「大2中0小4……24000円か。すくねーの」 「ひ、ひいい」 「……ああくそ。まだ痛むぜ。辻堂にやられたとこも、あの女にやられたとこも」 「クソッ、同じ土地から2回も逃げ帰ったんじゃ千葉じゃ商売にならねぇ」 「なんとか湘南で名前を上げ直さねーと……」 「柏?」 「利根川さん!? こっち来てたんすか。千葉連抜けたって聞きましたけど」 「おう、夏の間は湘南で過ごすわ」 「……あ、こっちでいい仕事見つけたとか?」 「んー、まあ、な」 「そすか……へへっ、ラッキー」 「あの、急でナンなんですけど、仕事あるならちっと回してもらえませんかね」 「俺らケンカ屋は、新しい土地じゃなかなか腕を買ってもらえませんから」 「ああ、悪い。俺もうケンカ屋やめたんだ」 「へ?」 「バカバカしくなったんだよ。ヤンキー連中のボディガードなんて」 「俺みたいに真面目にボクシング打ち込んできて、プロのランキングにまで入った男がなんでチンピラのお守りしなきゃならねーんだよ」 「気づいたんだ。俺くらい力があれば、ボディガードなんてする必要ないって」 「??」 「なんか稼ぎ口見つけたんすか。ケンカ屋以外で」 「まあな」 「あの……へへ、良かったら」 「あン……そうだな。俺的にはアリだと思うけど」 「決めるのは俺じゃない」 「!?」 「紹介するぜ。ナハだ。いまの俺のパートナー兼雇い主、かな」 「暴走王国総長、我那覇葉」 「……」 「総長は我ではない」 「どうよナハ。俺の後輩なんだけど」 「弱い」 「あちゃ〜、残念でした。まあお前プロじゃランク外だったもんな」 「だ、誰なんですあいつ――」 ――ゴヅッッ! 「おげ……ッ!」 「お前もう千葉帰ったほうがいいぞ。今年の湘南は荒れるから」 「電車賃5000でいいよな。残りは大5中2小9で69000円。まあまあだ」 「……と、とねがわ……ざ」 「いい稼ぎ口だろ。ボディガードするより殴った方が早く稼げるんだからバカげた話だよな」 「利根川、行くぞ」 「次の獲物に逃げられちまう」 「っと、じゃーな柏」 「そうそう、早く逃げたほうが良いぜ」 「ヤンキーってのは恨みを買いやすいからよ」 「お巡りさんこっちです! あの男に取られました!」 「う……ぁ……」 ・・・・・ 「千葉連最強のケンカ屋、『プロランカー利根川』。神奈川連の総長と1対1でやり合った『巨神兵大熊』。茨城で100人を解体した『バラバラの原木』……」 「どう思います、このメンバー」 「最後の1人は名前が適当過ぎると思う」 「そうじゃないっすよ愛さん。関東でも指折りの猛者がいまこの湘南に集まって。しかもひとつのチームを作ってるんすよ」 「いいんじゃないの、仲が良くて」 「だーかーらぁ!これもう江乃死魔以上の脅威かもしれないんすよ」 「アタシ、江乃死魔を脅威に思ったことって一回もないし」 「うー、愛さんは別格すぎてこういうとき話が通じねーから困る」 「……」 「しかし気になることは気になるな」 「腕のたつ不良ってのはそのまま我が強い。そんなやつらが徒党を組むなんて……なにが狙いだ?」 「……」 「とにかく、いきなり襲ってきて金持ってく連中なんて関わらないのが一番だ」 「しばらく大人しくするように通達しとけ」 「大人しくかぁ、苦手っす」 「っ……、でも」 「?」 「分かりました。辻堂軍団、この夏は活動を控えます」 「……」 「クミ、何かあったのか」 「え、べ、べつに」 「最近変だぞ。なんか……怯えてるのか?」 「……」 「……」 「まあいい」 「なるべくアタシの側にいろ」 「あ……は、はい!」 「……」 「しかし、気になるのは」 「勧誘してる……ってことか」 「おそらくは。利根川、大熊、原木。これだけのメンバーが集まって自然と意気投合なんてありえない」 「中心人物がいて、そいつが人を集めてる」 「そういうことだ。腕に覚えのある者を選んで、な」 「扱いづらいのばっかり集めて。なにをする気?」 「湘南一武道会とか!」 「いーねー! 俺っちも出たいっての」 「ティアラは足元がお留守で予選落ちするタイプね」 「がーん」 「しかし……ムカつくわね」 「勧誘はうちの十八番だっての」 「だが江乃死魔とは了見がまるでちがう。江乃死魔は人数を主体に増やしているがあちらは人数をしぼっている」 「数は力よ。少数精鋭なんて弱者の戯言だわ」 「でも300対1で辻堂に負けたよね」 「うっさい!」 (ティアラ以上の怪物に、関東の猛者が集まってる) (これだけいてやることは弱小チームの追い込みだけ。狙いはなに?) 「それとも……」 「とにかく、ここからはうかうかしていられないぞ。第4の組織が現れた。三大天の構図が崩れる」 「どういうことっすか?」 「三大天は3人だからこそお互いに手が出せない。湘南最悪ながら、バランスのとれた時代なのよ」 「第4の組織が出てくれば抗争は激化する。抗争が重なれば、それだけ決着も早いわ。つまり――」 「湘南の覇者が決まるときが来た」 テストが終わったので、もう今学期授業はない。 今日からは午前授業で、午前中にテスト返却。午後からは三者面談となっている。 「この消化日程に海の日が入ってるって損した気分だぜ」 「夏休みに飲み込まれるよりマシだよ」 昨日の海の日も含め三連休があけての授業だ。 金曜まで乗り切れば、とうとう待ちに待った夏休み。 テストの結果がどうあれテンションあがる。 ちなみに今回のテストは……。 「好調じゃないか」 「100点のヴァンに言われてもなあ」 でも確かに、前回よりかなり上がってた。 まだ返ってきたの3教科とはいえ、平均7点アップ。 「うわー、いいなーヒロシ」 「この裏切り者」 みんなはあんまり変わってない。平均点は上がってない模様。 つまり俺がよくなったわけだ。 恋奈のおかげだな。あの勉強会は俺にとっても大きなプラスだった。 メールでお礼を言うと。 『どうでもいいわ』 ちょっとしょんぼり。 でも続けざまにもう一通。 『お祝いは今日したい? 全部返ってきたあと?』 「〜……」 教室でニヤけてしまった。 お祝い、なにしてもらおっかな。アレかな。それともアレ……。 あ、でも。 財布を取り出す。 ……むぅ。 「ニヤニヤしたり難しい顔したり、どうしたタイ?」 「お金がない」 「ああ、究極的なやつね」 まいったな。 財布の残金は、普通に過ごすには充分だが、彼女持ちの身で夏休みを越えるには心もとない。 「バイトいれよっかな」 「バイトかぁ。確かに夏の有事に備えるには貯蓄が大事だよな」 「いいとこ知らない?」 「短期ならロックフェスの海の家なんてどう?給料安いけどほぼ確実に働けるよ」 いいかも。いまのご時世、バイトを探すのも大変だし。 「アルバイト……か」 「ヴァンもやる?」 「人生経験も大事だが、勉強の時間が削られる」 マジメだ。 「坂東ならバイトじゃなくてこっちでいいんじゃない」 ちらしを見せられた。 なになに。『ミス&ミスター湘南コンテスト』 「ああ、ミスコンね」 「優勝賞金50万。美味しすぎタイ」 「遠慮しておくよ」 「おっ、さすがのタロウも自信ない?」 「いや、去年もう優勝しているんだ」 「賞金は嬉しかったが、表彰式のあと大変だった。ミスコンで1位から5位の女たちにカラオケに誘われて、途中でどいつこいつも服を脱ぎだしてな」 「俺坂東のこと人生で6回死ねって思ったけどいまが一番だわ」 「今年からは投票だけじゃなくて体力審査とかも入るんだって。ヴァンでも難しいかもね」 「どちらにしろ出るつもりはないさ」 「ちなみにその50万は?」 「あぶく銭だ。半分貯金して半分募金した」 「欠点あれよお前!」 「なんかムカついてきたタイ。芸能界とかもそうだけど、なんでイケメンはそれだけで金が集まるようになってるタイ」 「いまの芸能界じゃ微妙な顔がチヤホヤされてるから世渡りスキルのほうが重要だろうけどね」 「さらっと世相をついたタイ」 「おいヒロシ、なんかないのか。イケメンじゃなくても金が集まる方法」 知らないよ。なんでバイト探してる俺に聞くんだよ。 でもお金が集まる方法か。 あれば俺もバイトしなくていいわけで。ちょっと考えてみよう。 「FXとか?」 「元手がないし怖いタイ」 「日本で一番儲かるのは広告業だと聞く」 「前に言ってた……ありりえいとは?」 「アフィブログならもうやってるよ」 「いまんとこ収入、75円」 「うーん……」 やっぱ難しいな。 「たとえばものを売って稼ぐ場合、コレクター魂を刺激するのが大事だっていうね」 「あー、分かるかも。俺も今月トレカに4万くらい突っ込んでるし」 それをやめれば稼ぐ必要ないのに。 「あと物を売って稼ぐには……付加価値とか」 「たとえば?」 「ほら、最近の音楽CDって実質握手券を売ってるようなものって言うじゃない」 「あれは本当に上手い商売だと思ったよ」 「まとめると、トレカに握手券つけて売ればいいんじゃないかな」 「なるほど」 「で、俺らでなんのトレカ作るのよ」 「うーん……ヴァンとか?」 「坂東君の写真は欲しがる女子が多いタイ」 「勘弁してくれ」 「これって何の話だっけ」 「イケメンじゃなくてもお金が集まる方法。つまりイケメンじゃなくてもお金を稼ぐには」 「イケメンを頼ればいいってことだね」 「……」 「長谷君」 「言っていい現実と悪い現実があるタイ」 「地道に勝る王道なしだよ。海の家の募集見せて」 俺は地道なバイトで充分だ。 「はいこれ。安いぞ」 サイトにつないだ携帯を見せてもらう。 えっと、時給……。 「……」 「なっ」 「ミスター湘南、受けてみよかな」 帰り道。 恋奈と待ち合わせがある。早く行かなきゃ。 思ってると。 「む」 「ども」 先生だ。 「やあヒロポン。奇遇じゃないか」 すごい笑顔で寄ってきた。 「はい奇遇ですね。さようなら」 笑顔で逃げた。 「なぜ逃げる」 「先生が笑顔のときはろくなことをしないからです」 「ずいぶんな言いぐさだな。私は君の姉の友人だぞ」 「姉ちゃんと気が合う人は俺にとって警戒対象です」 「……」 「そうか。もういい」 あれ? 「イチ教師として遺憾な限りだが、こうまで露骨な態度をとられては認めざるを得まい。私は嫌われていたんだな」 「残念だが嫌われ者は去ろう」 「あ、ちょ」 行っちゃった。 「ま、待って先生」 「俺別に先生のこと……」 あれ? この部屋に入ったはずなのに。 「かかったなバカめ!」 「おわああ!」 後ろから現れた。 「どこまでも甘ちゃんなやつだ!そ〜れぐるぐるぐるぐる〜!」 「わー!」 手錠とロープで拘束される。 「なんで手錠なんて持ってんだ……。わ、分かりました、話を聞きますから。何の用なんですか」 「ククク……若い男……2人きり……」 「フヒヒヒヒヒヒヒモウ逃ゲラレンゾ!解剖! 改造!」 「変なスイッチ入ってる! 誰か助けてー!」 「はっ、すまん。昔の癖が」 「どんな過去持ってんすか」 放してもらう。 「そっちが逃げるから悪いんだろうが。相談したいことがあっただけだ」 「なんです一体」 「実は私、夏休みの間は1日も学園に来たくない先生なんだが」 正直だな。 「私が空けていると、この保健室に入り込む生徒がいるんだ」 「ここ快適ですもんね」 クーラー完備だし、ベッドはあるし。 「家主としては正直困る。見られたくないものが多いからな」 「たとえば?」 「エッチなものやエッチなものやエッチなもの」 「見られてしまえ。大問題になれ」 「他にふたを開けただけで半径100メートルを汚染する新種のウイルスが……」 「聞きたくないです。で、相談ってのは」 「休みの間、荷物を預かってくれ」 「エロスとバイオハザードは間に合ってます」 「エロいほうだけでいい。ちょっといやらしい小道具をゲットするだけだ」 したくないんだが。 「ほらこれ」 鞄を渡された。 中は……。 「うわ、バイブレーターとか初めて見た」 ホントにエロいグッズだった。 「愛用品だ」 「あっ、か、かんちがいするなよ。私はオナるときは自分の指派だぞ」 「これは飼ってる娘を調教するとき使うもので」 「あー、あー。何も聞こえなーい」 「とにかく頼んだ」 「……ん? なんだこの情報誌?」 「はい、ちょっとバイトしようかと」 海の家はもう申し込んだけど、あれだけじゃ足りない。 「ふーん……うわ、安」 「最近の子供はホントに安く扱われるんだな。私の若いころはこの倍くらいいったぞ」 「バブルのころですか?」 「なわけないだろ!」 びっくり。 「もっと若い! もう数年だけ若い!」 「バブルのころじゃない!」 「わ、分かりました。すいません」 本気すぎる。怖い。 「すまん。今朝化粧のノリが悪かったから取り乱した」 「こんなとこよりいいバイト紹介しようか」 「どんな仕事なんですか?」 「ビキニパンツ一丁で接客するダンスホールと、メイド服で接客する喫茶店と、身体の7か所にメスを入れられる病院。どれがいい」 「……」 「真ん中のやつはいわゆるメイド喫茶ですか?」 「男がメイド服着るんだからちがうんじゃないか?」 「分かりました。詳しくは知りたくないので結構です」 「あー、あと1個あるといえばあるな。船に乗るんだが」 「三途の川を渡る?」 「江ノ島の漁協だよ。朝出て昼には帰るやつ」 まともそうだ。 「詳しくお願いします」 「何ということもない。にじゅう……さんかな?ロックフェス明けの朝の仕事で手が足りないとかで」 「ふむ」 「給料は……こんなモン。拘束6時間くらいだから時給にするとなかなかだろう」 「たしかに」 これだけもらえれば、海の家とあわせて夏休みにも充分なたくわえができる。 海の家が21、22日。 で、23日も入れてしまえば、最初の3日間で夏休みを遊ぶ資金を得られるわけだ。 「詳しく聞きたければここに電話しろ。じゃあな」 「はい。ありがとうございました」 「道具の保管も頼んだ」 「童貞卒業の記念だ。彼女とのプレイで試したくなったら使っていいぞ」 「な……っ」 なんで知ってんだよあの人。 バイト先まで斡旋されちゃしょうがない。バッグは預かることに。 こんな荷物は持ち歩けない。 一度家に戻った。 恋奈待ってるかな……。 ・・・・・ 「……」 (ふふふ、約束では『授業が終わったらこの喫茶店へ』。でも七里学園と稲村じゃ、七里のほうが30分早く終わるのよ) (早く来なさい大。来た瞬間『遅いわよ!』って怒鳴ってやるわ) 「……」 「やっぱリップもつけよかな」 prrrrrrr。 「(ピッ)もしもし。……あ、お父様。はい」 「はい、ロックフェスの日、分かってます」 「は? 海の家……ですか?」 到着。 「お待たせ恋奈」 っと、電話中か。 「分かりました。では土日はそのように。失礼します」 ピッと電話を切る。 「ご両親?」 「ええ。ロックフェスでやることの確認。どーでもいいことよ」 「そう。あ、待たせてゴメン」 「いいってば」 「コーヒーでいいよね。すいませーん」 店員さんを呼ぶ。 (にこにこ) 「な、なによにこにこして」 「別に? 恋奈見てたら顔がゆるんじゃうだけ」 「ば、バカ。何言ってんの」 「……」 「もう、私まで緩んできたじゃない」 (にこにこ) (にこにこ) (……はっ!? 忘れてた!) 「お待たせしましたー」 「遅いわよ!」 「はい!?」 「は?」 「も、もうしわけありません」 「あれっ?あっ、いや、すいません」 「???」 「……やっぱ相性最悪だわ」 うちは今日が三者面談。 「学園でのヒロはどうですか?」 「そうですね。大人しいですが友達も多くとくに問題のない生徒です」 「ただ数学の時間はちょっと集中力がありませんね。担当の私に見とれているみたいで」 「仕方ありませんわ。先生みたいにお綺麗だと、男の子はどうしても」 「でもお姉さんと一緒に暮らしてるんですから美しい女性には見慣れてるんじゃ?」 「そうですよね〜」 「頭おかしくなったの?」 「三者面談中に私語はやめなさい」 「2人しかいないじゃん。あと2人きりとは言ってもここ学園なんだから。誰かに見られたら長谷先生のブランドが終わるよ」 「そうね。テンションあげすぎたわ」 なぜか今日に限って担任の加山先生が休みで代わりに長谷先生が面談することに。 そしてうちの親も休みで代わりに姉ちゃんが面談に出ることに。 茶番にもほどがある。 「まあとりあえず、ヒロは問題ないし、卒業後の方針とかも知ってるから。話すことないわね」 「じゃあもう行っていい?」 「長谷君。言葉づかいはちゃんとなさい」 「そうよヒロ。先生に失礼よ」 もうちょっと茶番を続けたいらしい。 「先生、退室してよろしいでしょうか」 「いやだヒロったら。かしこまっちゃって」 「行っていい姉ちゃん」 「長谷君。学園では弁えるよう言ったはずよ」 「……」 「加山先生の生徒所感だと、ヒロってほんとに問題のない生徒なのね。友達多いし、怒らないし」 「学園では怒らないよ。ストレスがないから」 いまはあるけどな。 1人の持ち時間15分をフルに使って解放された。 「帰ろうか」 「うん」 待っててくれたヴァンと帰る。 「一緒に帰るの久しぶりだな」 「そういえばそうだね」 「僕より優先すべき相手がいるらしい」 う。 にやりと笑うヴァン。 「彼女……か。おめでとうと言っておこう」 「あー、えっと」 「どうも」 隠すことじゃない。苦笑しつつ白状する……。 ッ! 「……」 「……」 「……」 「愛? 教室はどこなの」 「こっち」 「……」 き、聞かれたかな。いまの。 いや、聞かれたからっていいだろ。 もう辻堂さんとはただのクラスメイトなんだ。 ・・・・・ 「お待たせ」 「遅いわよ!」 いきなり怒鳴られた。 「ゴメン」 (やったっ!) 「まったく、待たせんじゃないわよ。ババアになるわ」 「おばあさんになるまで待ってくれる気だったの?」 「はっ?」 「恋奈ならおばあさんになっても可愛いだろうね」 「なっ、あ、あう……」 「……」 「なんでこうなる!」 よく分からないけど怒ってた。 「……」 そうだ。辻堂さんに聞かれても構わない。俺はもう恋奈が好きなんだから。 「……」 でも、 聞かれたくない。って思った、最低な俺は確かにいた。 「……」 「……はぁ」 「ため息が多いわね」 「そんな落ち込まなくても。お母さん愛の成績には期待してないわよ」 「そのことじゃないよ。あと期待してない呼ばわりはショックだよ」 「次の難関は成績表ね」 「う……まあそれも憂鬱なんだけど」 「……」 「?」 ――ばぁーんっ! 「ただいま2人とも」 「誠君! どうしたの、お仕事は?」 「ふふふふふ。土日と仕事が入ってね、振り替えで今日明日が休みになったんだ」 「2人を驚かせたくて黙っていたけどね」 「そうなの……ああっ、なんて素敵なサプライズなのかしら」 (ぽろぽろ) 「真琴さん、泣いているのかい」 「だって嬉しくて」 「なんてことだ。結婚式の前日、生涯きみを泣かせないと誓ったのに」 「うふふ、誠君たら。その誓いはもう、約束した次の日に破られちゃったじゃないの」 「真琴さん」 「誠君……」 「ちょ、ちょっとはじめないで」 「忘れてた。愛! お父さんが帰ってきたよ」 「あーはいはい。部屋にいるから」 「しょぼーん」 「誠君たら」 「そうだ、ふざけてる場合じゃない。愛ー」 「なに」 「今週の土日、あいてないかな」 「?」 終業式だ。 「長谷君」 「はい」 通知表を受け取る。 んー……。 まあ姉ちゃんが怒るほどではないか。 「どうだった?」 「ぼちぼち。ヴァンは?」 「ぼちぼちだ。美術の成績だけが一向に伸びない」 美術だけ低くて他は5、ってとこかな。 「なんでヴァンは美術だけダメなんだろ。絵とか下手じゃないよね?」 「分からん」 「美術は先生に媚びねーと5取れないぜ」 「そうなの?」 「ほら」 見せてくれた。美術5だ。 「ちょくちょく先生の髪型ほめたらこんなもんだよ」 「美術家庭科はほぼ教師の主観だし。芸術家ぶったやつはこういうの平気でやってくるから世渡り上手が一番」 「へー」 「かぁー、どーりで俺が2なわけだぜ。ほら俺って昔悪かったから、媚びるとか苦手でさぁ」 「筆記試験で31点じゃ、2は妥当タイ」 「なるほど、なかなか面白い」 「まあ僕は芸術的なセンスはないと自覚しているから妥当な点数だろう。気にしないさ」 優等生はこういうとこ潔い。 (そぉ〜) (ちらっ) 「……」 「えーっと」 「また母さんに嫌味言われる」 「で、でもテストの点数はあがったんですよね」 「ああ。補習なしの夏休みは小学校以来だわ」 「……でもなぁ」 「ま、まあまあ。期末の点数はまだ反映されてないし。2学期からあがりますよ」 「慰めはいいよ。いいんちょは全教科5だから分からないだろうけど」 「えっ! どこで見たんです?」 「マジでオール5なの!?」 「委員長すごー」 「おかあ……委員長は体育もいけるもんねー」 「自爆……」 「……」 「っ」 そのまま1学期最後の時間は終わった。 みんなテンション高めに下校していく。 クラスのみんなにカラオケに行こうって誘われたけどこのあと恋奈と約束がある。遠慮した。 ヴァンを差し出して、ちょっと教室で一休み。 不思議と引かれるように腰をあげていた。 呼び寄せられるように。 「よ」 「ども」 約束なんてしてないのに、会えたことにはお互いちっとも驚かない。 確信してたみたいだ。俺は彼女がここにいることを。彼女は俺がここに来ることを。 「……」 「……」 ただとくに話題はない。 どちらも言葉はなく、といって沈黙自体は気まずくないから不思議だ。 やがて出た話題は。 「……彼女、できたって」 「う、うん」 「そか」 やっぱり聞かれてたらしい。 柵にもたれて空をあおぐ辻堂さん。 「ふぅ……」 こぼした吐息がどんな気持ちからのものかは、吹いてきた風のせいで分からなかった。 「オメデト」 「うん……アリガト」 お定まりといえばそうだけど、たぶん辻堂さんならそう言ってくれると思ってた。だから俺もお定まりな言葉で返す。 っと……。 携帯が鳴る。たぶん恋奈だろう。 「行けよ」 「……うん」 たぶんこれ以上話せることはない。俺は背を向ける。 「……大」 「幸せにな」 「ありがとう」 ・・・・・ 「……」 「ふー……」 「愛さん……あっち。なんでこんな暑いとこいるんすか」 「んー? お日様気持ちいいから」 「気持ちよくねっすよ。あっちぃ」 「もう夏だからな」 「……湘南の夏。恋の季節だ」 「……」 「……?何かあったんすか?」 「……」 「なんもねーよ」 「おら行くぞクミ。ケンカだケンカ。おもしれー相手連れてこい」 「は、はい。栃木からですね、牛と相撲をとったって女が来てて……」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ありがとうございました」 (ぴくぴく) (ぐったり) 「どうした?」 「坂東君、カラオケ、初心者?」 「歌は得意ではないようだ」 「苦手分野は克服したいのだが、家で練習しようにも歌うと母は卒倒、姉は蕁麻疹、猫は帰ってこなくなるんで、どうもはかどらないし」 「もしかして不快だったか?」 「いや、むしろ親近感がわいたタイ」 「古傷の中耳炎が再発したけどさ。ようやくタロウの人間らしい部分が見れて嬉しいぜ」 「仲良くやっていけそうだな俺たち」 「そうか。なによりだ」 「意外ですね。坂東君にも苦手なことがあったんだ」 「我ながら十人並みだな」 (十人並みな歌ではなかったですけど) 「でもそこが可愛い〜」 「ねーねーねー坂東君。次デュエットしよ」 「む?」 「やっぱ嫌いだわお前」 ・・・・・ 「お待たせ」 「遅いわよっ!」 「ごめん」 「まったくしょうがないわねアンタは。いっつもいっつも人を待たせて……」 「……」 「どうかした?」 「ン……別に」 「ちょ、そんな落ち込まなくても。別に怒ってないから」 「……」 「わわわわ早い早い。展開早いわよ」 「んー」 すりすり。 よそごとはせずに恋奈の部屋へ。 よそごとはせずに服を脱ぎ。よそごとはせずにベッドで抱き合う。 「ちょっと、せめてシャワーくらい」 「いらない」 「汗かいてるんだって」 「だがそれがいい」 俺もかるく汗ばんでる。 べとべとした体同士をぶつけて、絡み合わせる。 温かくて気持ちイイ。 「なんなのよ……やたらと甘えるわね今日は」 「……だね」 甘えたい。 このままどろどろに溶けちゃって、恋奈と一つになりたい。 恋奈のことしか考えない体に。 「?」 恋奈はしばらく不思議がってたけど、やがて俺がヘコんでるのに気付いたらしい。 「……」 「……」 「ほらっ、あんまりくっつかないでよ。汗くさいって言ってるでしょ」 「そんなにくさい?」 「私が汗かいてるの」 「行こっ、お風呂はいりましょ」 「うん」 甘えさせてくれた。 ・・・・・ 例のでっかい露天浴場へ。 やっぱ足の伸ばせるところはいい。 まずは身体から洗うことにした。 「座ってなさい」 「はい?」 「洗ってあげるわよ」 「ど、どうも」 なんか嬉しいことになった。 洗ってあげると言いつつ、タオルもなしで身体をくっつけてくる恋奈。 ――むにゅー。 おおう。 「れ、恋奈さん? これは……なに?」 「誰かさんがまーた泣いちゃいそうだから、ちょっとサービスしてあげる」 「座ってなさい」 ソープをすくって泡立てていく。 元気付けてくれる、と。 「優しいね、恋奈は」 ・・・・・ ニュルニュル。 「ふぃー」 身体全部で洗ってくれる。 あー、 イイ。 人の肌って気持ちイイ。体温とか、柔らかさとか。 「やすらぐー」 「……」(ニュルニュル) リラックスだ。 「ありがと恋奈。ちょっとヘコんでたけど、立ち直ったよ」 「……」(ニュルニュル) 「安らいだいまの俺は、まるで聖人君子のように満たされた気持ちで」 「興奮しなさいよ!」 「はい?」 「落ち着きすぎよ!いま私どんだけエロいことしてると思ってるのよ!」 「???」 怒ってるらしい。 「な、なに怒ってるのさ」 「ここまでしてあげて賢者モードなんて怒るに決まってるだろうが!」 分からん。 「こ、これソーププレイとかいうやつなんでしょ。男はみんな大好きなんでしょ」 「うん、こういうプレイはあるらしいね」 「じゃあなんで冷静なのよ!」 「ぐぬぬ……いえ言わなくても分かってるわよ。厚みでしょ! 重みが足りないっていうんでしょ!」 なるほど。 全身使ったご奉仕なのに俺が興奮しないのが不満らしい。 「いやいや、すごくうれしいとは思ってるよ」 「嬉しさはいい。興奮をしろ」 一週間前まで処女だった子がいうことか。 「もういい! やめる!」 「なんで。続けてよ」 「うっさいうっさい!腰越にでもやってもらえバカぁ!」 「なんでマキさんなの」 「まあマキさんにされたら……あの巨大質量がダブルで背中にセカンドインパクトなわけで。俺はもうロンギヌスの槍が大変なことに」 「シね!」 本気で怒らせてしまった。 「とにかく落ち着いて。こっちきて」 「ほら、もう1回」 「うう……」 不満そうながらまた密着してくれる。 「ソーププレイってのはさ、始まった瞬間どーん! ってものじゃないんだ」 「そうなの?」 初体験だから分からんけどさ。 「ソーププレイするときはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃダメなんだ」 「と、いうわけで。続けて」 「〜〜ったく」 納得いかない様子だったが、恋奈は甘えさせてくれるときはとことん甘えさせてくれる。 「ん……っ」(にゅるにゅる) またこすり付けだした。 温かい、柔らかい。なめらかな肌が背中をこする。 「フツーに気持ちいいよ」 「フツーってのが気に入らないわ」 「そういう意味じゃなくて。こう、ノーマルな感じで気持ちイイってこと」 すぐ性欲に結びつくわけじゃない。 でも恋奈がご奉仕してくれる。恋奈が全身使って俺を気持ちよくしてくれる。 この状況そのものが快感だ。 「はぁ〜」 「それにソープがぬるぬるするのも面白いね」 「そう……。……んっ」 「? どうかした?」 「別に」 「……っふ、……ふぅ……」 微妙に吐息が乱れてるような。 「……」 なるほど。 でもしばらく黙っていよう。指摘したらまた怒らせちゃうだろうから。 ・・・・・ 「……」 「……ん」 「……」 「っふ……、は……、はぁ……」 吐息は荒くなる一方。 最初は胸元、ろっこつがあるあたりが往復する程度だったけど、だんだん範囲も広がってきてる。 上は鎖骨があたるくらいから、下はおへその下まで。 「ああ……、はぁ……」 吐息が耳にあたるのがくすぐったい。 そろそろかな。俺もむずむずしてきた。 「どうしたの恋奈。呼吸が荒いけど」 「えっ?!そ、そんなことないわよ」 「そうかなぁ」 規則正しく上下する体へむけ、タイミングを計って、 ぐっ! 「きゃあんっ」 肩甲骨を浮かせてみた。 たったそれだけで、強い反発力に胸をつかれた恋奈はひっくり返った声をあげる。 「なうっ、なんっ、なにすんのよ」 「なにってなにが? どうして変な声だしたの?」 「う……」 「それより……手ぇこっち。触ってみて」 「えぅ……あ」 手を前に回させた。 すっかりギチギチになってるものを握らせる。 「どう?」 「っ、ど、どうって」 「恋奈がこうしろって言ったんじゃん」 下腹部に力を込める。 勃起が跳ねて、つかんだ恋奈がビクってなった。 「どう恋奈? 俺すげー興奮してる」 「う、うん」 「あ、でもやめないでね。このままこのまま」 「……うん」 甘えた感じでいうとなんでも言うこと聞いてくれる。 改めてヌルヌル体をくねらせる恋奈。 「っは……、はあ……。ン……、は」 「……」 吐息はもう乱れ放題だ。 肩甲骨に押されたので敏感になったんだろう。胸をくっつけてくる力加減が強くなってる。 ぷりゅぷりゅつぶれる肉の感触のなかにツンと感じる小さな突起。 興奮してもっと勃起が跳ねる。 「んぁっ」 「……」 「……はぁ」 ――ぎゅう。 応じるように恋奈も指に力を入れてきた。 ――にゅるにゅる。 「う……」 そういうつもりはないんだろうけど、全身が上下するから、ペニスをくるむ指の輪っかも上へ下へ。 しごかれてるのと同じ状態になる。 「……はぅ、はぁ……大」 「うん?」 「ぅ……ふ、べ、べつに、なんでも」 「はぁ……、ふ……」 プライドが高くて、何をしてほしいとは絶対に言わない恋奈。 でも体のほうは限界が近そうだった。 「恋奈、手でもお願い」 「え……?」 「背中だけじゃなくてさ。手も使って、身体のいろんなトコ洗ってよ」 「……うん」 戸惑いがちだけど、熱がまわってるんだろうぽやっとした顔の恋奈は、言われるままに俺の体に手をはわせだした。 ちっちゃな手が、指が、ぬるぬると肌を這う。 「〜……」 くすぐったい。 アソコだけじゃなく、内ふともも、おなか、胸と。いろんなところをさすってくる。 「……あはは」 なんかいいな、こういうの。 エッチぃことしてるんだけど、遊んでるみたいな。 最初に言ったけど、安らぐ。 「ふ……、ふ……」 「ン……やっと笑った」 「へ?」 「……」 肩越しに身をのりだして、じっと顔を見てくる。 「大は……さびしそうな顔してないで、いつもへらへらしてるくらいがちょうどいいわ」 「……」 「うん」 ゴメンね恋奈。 元カノのこと思い出して甘えるって時点で失礼だったよね。 「ありがと」 やっぱ湘南最大組織の総長さんはさすがだ。すっかり励まされてしまった。 「テンションあがったよ」 「そう」 「というわけで店員さん。続きをお願い」 「誰が店員さんだ」 ごつっと後頭部に頭突きでツッこまれた。 でもすぐに、 「じゃあシャチョさーん。いっぱいサービスするヨー」 ノリノリでまたくっついてくる。 「て、店員さん。実は僕こういうお店初めてで」 俺もノッた。 「ふふ、お姉さんに任せなさい。リードしてあ・げ・る」 「キャラが安定しないね」 「あんたが言うな」 それもそうだ。 「お願いしまーす」 「どういう風にすればいいの?」 「強めにしごいて」 やり取りは適当だが、それはいまどうでもいい。 恋奈が甘えさせてくれて。俺は甘えちゃえる。大事なのはこの2点だ。 「ン……っ」 改めて勃起を握る手に力を込める恋奈。 くっつくので背中にはツンと尖ってるのが当たる。 「しごく……こうよね」 ぎゅっ、ぎゅっとペニスに絡めた指を動かしだした。 「うは……」 「あは、喘いだ。大いま喘いだでしょ」 「ノーコメント」 ちょっと恥ずかしい。 今度は『全身の動きのおこぼれ』じゃなく、れっきとした手技だ。気持ちよさも何倍も上だった。 「っ、あは、擦ってるとビクッてなる。いいんでしょ大、気持ちいいんだ」 「ン……うん」 「やっぱ触ってみると変な感じよねこれ。ごつごつしてて、なんか、こう……グロいわ」 「入れてるときとはやっぱちがう?」 「そりゃそうよ。入ってるときはもう、お腹がいっぱいで、たくましすぎて何も考えられなくて……」 「……」 「なに言わせるのよっ!」 自爆を俺のせいにしないでよ。 「まったく」 恥ずかしくなったのか口をとじて、ぬるぬる手を往復させるのに戻る恋奈。 「はぁ……」 迷惑そうにしつつもちゃっかりおっぱいを当てて自分も楽しんでるとこが可愛い。 「んっ、……は、ここ、好きよね」 そしてあっちが高ぶるほど、こっちへの『仕返し』が情熱的になるのがいい。 「うん、……っう、ちょ、ちょっとキツい」 「これくらい?」 「うん、あっ、あっ、いい感じ」 「痛かったら言って……、フフ」 カリのくびれから裏筋へかけて、細い指がねちっこいくらい這い回る。 粘膜性のそれとはちがう感触が、泡立って粘膜よりなめらかに絡む。 くすぐったさを突き詰めた。みたいな気持ちよさ。 「っく……、恋奈、あの、俺」 「出る? いいわよ、ここでならどこに出しても」 肩から覗き込んで、発射の瞬間を見ようとする。 恥ずかしいんだけど……。 「ほら……出してよ大。イクとこ私に見せて」 「ンく……ぅ」 「我慢しないの……ほら、ほら」 恋奈は容赦ない。 ペニスが跳ねるごとに調子に乗ってむにむにと根元から穂先まで揉みしごいてくる。 「あっ、あっ」 「可愛い声だすのね。いつも気づかなかったわ」 「くあは――っ」 ぷちゅるるるっ! 白いものが線を描くようにして飛び出た。 「んあ……っ、んは……っ」 「うわ……っ、わー、出てる出てる」 恋奈は面白そうだった。 俺としては気持ちいいし、一人イカされてなんか情けないしで大変なんだが。 「こんな風に出るのね……知らなかった」 「うううっ」 「あっ、ぶるってした」 ニヤニヤしてる恋奈。 「んふふー♪ いま気持ちよかったんでしょ。気持ちよくて身震いしちゃったのよね」 「い、いちいち言わないで」 なんか恥ずかしい。 「ふふふふふ♪」 楽しそうだった。 「恋奈はちょいSだね」 「サドいとはよく言われるわ」 いやそこまでじゃない。 ちょっとだけ人を苦しめたり辱めるのが好きというか、つまり、 「陰湿だね。陰湿サド」 「陰湿ゆーな」 「陰湿だよ」 よいせっ。 身体を返す。 Sっ気出すのもいいけど、いつもの恋奈に戻ってもらおう。 「さあ店員さん。お次は前からしてください」 「え? え? はわ――っ」 ソープを腿にちらして撫でた。泡立っていくと同時に、敏感になった腰回りの刺激に恋奈があわてる。 俺はその場に仰向けで寝ころび。 「お願いします」 「え……あ、そういうこと」 またがってもらった。 太ももにはたっぷりな泡がある。賢い恋奈ならすぐ分かり、ちょっと困った顔をした。 「ほらほら洗ってよ」 「ひぁっ」 力ずくで腰に乗っからせる。 腿の付け根――もうすっかり熱くなってる部分が接触して、すぐに可愛い声が出た。 「ふふ、どうしたの恋奈。そんな声だして」 「う……べ、べつに」 「おっぱいこすり付けてエロくなってたのに、こっちは刺激がなかったからジレてる、とか?」 「っ……知らない」 図星をついたら怒ってしまった。 でも、 「ほらほらぁ」 「ふぁああん、や、やめなさいよバカぁ」 大股開きで弱点を俺に差し出してることには変わりない。 腰をもちあげてぶつけるだけで、恋奈は下唇を噛む。 おっぱいはずっと刺激されてたけど、こっちはほぼノータッチだったからな。もどかしそう。 「ン……っ」 結局ふとももで俺を洗うことに。 「ああ……は、はう……、んっ、う」 ちっちゃなお尻をくねくね前後させる。 可愛い。 可愛いし、やらしい。 「ふぁあ、う、……ぁン、ん、んぅ」 「はふ……はぅ、……ぁあ」 「あは……はぁっ、ん、ああっ、はああっ」 最初のうちは『足で洗う』ことを意識してたけど、すぐに面目は保てなくなった。 足でなく付け根。股間を俺の肌にこすり付けてくる。 「熱くなってるね恋奈。そんなに我慢してたの」 「ふぁっ、んん、だって、だって今日は……あは、大の……ことっ、喜ばせたくて……ンくっ」 腰はリズミカルにくいくい俺の上で踊る。 セックスしてても見せたことがないくらいエロい動きだ。 「あはっ、はあ、あああ、ぁん、んく。やぁも、気持ちいぃ、イイよぅ」 こすり付けられる俺の肌にも分かるくらい、ラビアをひくひくさせてた。 「きれいだよ、恋奈」 「こ、こんなとき言われても……。んふ、くぅあは」 嘘はついてないぞ。汗でヌメり輝く肌が、西日を受けてきらめいている。すごくきれいだ。 俺の体を道具にオナる恋奈。そう思うと……。 ――グググ。 「ふぁ……」 インターバルもそこそこに、エレクトしてしまった。 擦り合う体の『イイトコ』にとがりができたのを見て、恋奈は目を丸くし、 「ン……っ、ク……ひぁあああっ」 さっそくそこに敏感な個所をぶつけてくる。 「んぁっ、んぁっ、はああ、大、すご、これすごぉい」 「っはは、喜んでくれてなにより」 出したばっかのペニスに当たる熱くぬかるんだ感触。 俺も気持ちイイ。 「っく、んくぅう、はぁあ大ぃい」 1回だしてる俺より恋奈のほうがすごい反応だ。 「だめっ、やんも……我慢できないぃい」 ちっちゃめおっぱいをプルプル揺らして、全身使ってエロい箇所を俺のモノにぶつける。 「ねえっ、大、大……欲しいの。ほしいよぉ」 「んー? なにが?」 ぐっと腰を押し上げる。 「あーん、いぅ、意地悪しないでぇ」 股関節を固いもので圧迫されるだけで嬉しそうに鳴きながら、恋奈はトロけた目で俺を仰ぐ。 「入れてよぉ。も、つらいの、切ないのぉ」 「はいはい」 ちょっと意地悪だったかな。まあさっきイジメられた仕返しってことで。 感じやすすぎる恋奈はいつもこんな感じだ。前戯ならともかく、本番に移るとサドっ気なんてだしてる余裕がない。 勃起したものを手で縦向きに固定してやる。 「ン……いれる、ね。大のおちん○ん食べちゃうね」 「あは……。は……ぁあああああ……」 ずぶずぶともう濡れ濡れの内部へはいっていく。 「くはぁ……恋奈のなか、今日もアツアツトロトロでキッツキツだよ」 「い、言うなぁ」 「はは。ゴメン」 回転を加えつつ、ほじるように突っ込んだ。 「うく……ンく、ひ……」 敏感恋奈はそれだけで息を詰まらせてて、 ――ぐちぅ。 「ひ……っ」 途中で亀頭が子宮に当たり。 ――みちぃい……! スクリューかけたペニスが子宮を持ち上げると、 「……あはっ」 「あはぁああ〜〜〜〜〜〜……っ!」 「ン……恋奈、もうイッたね」 「は……ひぃう……らってぇ」 「はは、ち○ぽタイムまでイクの我慢してたんでしょ?仕方ないよ」 ヌルヌルしたエキスが、さっそくソープをどかすほど大量に垂れてくる。 「今日もイキッパになりそうだね」 「な……ぅ、大ぃ……」 「いいよ好きに動いて。今日は恋奈の日だ」 「……ンっ♪」 うれしそうに鼻を鳴らす恋奈。 ――ぬぅううう……。 「ふぁ……っ、あっ、あっ、あっ、は――」 ――ちゅぱうっ! 「あはぁああああっ」 ペニスが抜けるギリギリまで腰をあげてそこから一気に落とす。 結構マニアックな動きが好きなんだな。思ったけど、 「んはぁ、はぁあ……あんっ、ふぁあ、くふぅう」 「あらら、やっぱ無理だったね」 「だ、だぁって、大のおちん○ん長いから」 「お褒めにあずかりどうも」 そんなに長いとは思えないが、ペニスの身長分腰を持ち上げるのが辛いらしい。 マニアックなやり方は1回だけで、そこからは小刻みにお尻を回しだした。 「あはっ、はぁあ、こぇもイイぃ、これも気持ちイイ」 感じやすいからどんなやりかたでも嬉しそうだった。 「じゃあ縦は俺が担当しよう」 「え? あ、あぇえええ……っはわああ」 回転するお尻に向けて、腰を打ち上げだした。 もちろん下になってるからペニスの長さ分行ったり来たりは無理だけど、 「へぁああぁあぐりゅーって、ぐりゅうってくる、ああうああおちん○んまわるぅう」 「んぁっ、んんぁああお腹、おされる。子宮があがるぅう」 窮屈なヴァギナには充分な衝撃だった。 「はぁあ、う、あああ、んぁああああ。お腹すごいよぉ、お腹が、おなかがぁ」 「恋奈は深いトコ責められるのが好きだよね」 「えぅ? はうん、よく分かんにゃ……ふぃはぁあ」 本人の意見はともかく、確信した。 だってみっちり連結して亀頭で奥を押すと、 「くぅぁああああああんっ」 すごい声が出る。 小さな体はブルブルたまらない感じに震えるし。乳首までふくらみを増す。 「そうそう。こっち触ってなかったっけ」 「え? え? ……ひゃあっ」 さっき背中にあててたおっぱいに触る。 すっぽり手のひらに収まるサイズ。とびっきりいやらし〜〜〜くモミモミ転がした。 「はぁ……ちょ、触り方が……」 「ぁン、ンンン……」 「あぁああ〜〜揉み方やらしいってぇえ」 恋奈の反応はいつにもましてすごい。 「感じてるね恋奈」 「あぅ、はぅう、だぁ……ってぇ」 「だって?」 「うう」 困った顔で口をとざす。 そりゃ言えないか。さっきまで俺の背中でオナってたからです。とは。 どっちにしろ感度は正直なもので、例えば乳首をつまみながら子宮をこすると、 「きゃはっ、ふぁああああああんっ」 「軽くイッた?」 「あぅ、うる、さぁい……ンっ、んんっ」 「恥ずかしがらずに。何回でもイキなよ」 ぷりぷりのおっぱいがアクメスイッチになってるみたいだ。 「恋奈はイクのが分かりやすいからね」 「だから……うるさ、はぁんっ、あっ、ああっ」 「ゴメン」 いまも分かりやすくピクつく、みっしり詰まったヴァギナへ、シャフトを叩き込んだ。 「あはぁぁああっ、ぁんっ、んんっ、あううう」 奥ばっかりじゃなく、ペニスを円運動させて結合部の周囲から圧迫すれば、 「きゃは……っ、そ、それ重い、重いわよっ」 「なにが重いの?」 「ンぅうう重いの。おちん○ん、ずーんてアソコに……ぁ」 「あああぁぁああああっ」 またイッちゃった。 突き刺したモノに、ねばっこい肉の壁がひしめいてすり寄ってくる。 「恋奈、さっきからテンション高すぎだよ」 「知るかぁ。ぁんん、ンンぅううっ、ひゃああ」 「ぁんっ、んふ、アンタの、アンタのせいよ」 「あああぁぁあダメダメダメダメぇえ」 感じすぎてて本人は困ってるみたいだ。 でも裏腹に、お尻のほうはもっと強くついてとばかりクネクネしてる。 「ふぁっ、あっ、ああっまたイク。またイッちゃ……」 「ンくぅううう……っ」 弾力のあるヒップが揺れる動きに興奮してると、もう恋奈は、自発的に達するくらい敏感になってた。 「あはぁ、はぁあーっ、はぁーっ」 背中をそらしてるせいでせり出したお尻は、イッてる最中も貪欲にゆれてる。 「っ……俺まで我慢できなくなるじゃん」 「ふぇ……? はっ! あああ……」 早くも2発目を出したくなってきた。 「感じる恋奈?恋奈の中に2番汁だそうとしてぴくぴくしてる」 「はううぅ……感じる、……感じるわよぉ。もっと子宮あがって、かんじちゃううう」 「ちょうだい大、大のあったかいせーし、なかに一杯欲しいの」 「もちろん」 ウネウネする粘膜の群れが、いっそうキツくペニスに噛みつくのが分かる。 「恋奈が中出し大好きになったから、俺も出せるようにいっぱいため込んでるからね」 「あはぁあ嬉しい。大のせーし好きぃい」 「ちょっと激しくするよ。出るまで付き合ってね恋奈」 こくこくと首を縦にふるのを待ち、腰を揺らしだした。 これまでの計算した、つまりスローなものから、ひたすら恋奈の子宮めがけペニスを打ち付ける動きに。 「きゃはぁああああっ、はぁっ、はあああっ。はんっ、あんっ、ぁんっ、やぁあんっ」 「ハッ、ハッ、ハッ」 アニマルな腰の動き。自然と呼吸も獣めいたものになる。 「恋奈っ、恋奈こう? こうだよね」 「ひゃああぁあん大、大ぃいそれすご、すごぃい」 「あぅ、はうっ、あッ、ああッ、はああぁまたイク。またっ、またイッ……ちゃぁぁあ」 「ン……まってもうちょっと。一緒にイこう」 ぬるぬるした腰の動きを速めた。 さっき1回出してるせいで、射精欲に火がついてからちょっとタイムラグがある。 それが恋奈には『我慢の時間』となり、その分――。 「はぁ……っ。はぁあああ……。あ――――……っ」 「ぅく……イク。恋奈っ」 「んぁうううっっ!」 くぁ……ッ! どぷっと熱いものが子宮を叩いた瞬間、我慢が堰を切った恋奈は、 「はぁあああぁぁぁぁぁぁぁああ〜〜〜〜ッッ!」 「あああっ、あっ、あっ、ふぁ……」 「やぁぁあぁあああああんとまらないいいい〜っ」 イクどころか、イッたところから降りられなくなってしまった。 腰にまたがったまま小ぶりな体が前後左右に舞い踊る。 すごい反応……。 2回目のせいか俺は微妙にそれを冷静に眺め、 「ふぁああぁあっ、ああああーんっ、ぁああーっ」 「うあ……っ。あの、ちょ、恋奈――?」 「あああああっ」 頭のほうは冷静だったのに、引きずり込まれた。 いつまで経ってもイキっぱなしでペニスを絞り、腰をクネクネさせる恋奈に、3発目まで立て続けに放ってしまう。 「はぁあぁあ……」 うぁ……ぁ。 お、俺たち。お互いにイキまくりになる点を除けば、セックスの息も微妙にあってないな。 それが逆に気持ちいいんだけど。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 汚してしまったお風呂をきれいにして部屋に戻った。 「ふぃー」 お疲れ様。って感じに頭をぽんぽんする恋奈。 さっきまでの話はもう消えてた。 「……あ、そうだ。大、明日と明後日ヒマ?」 「ロックフェス?」 「うん。暇だったらでいいんだけど」 「ゴメン。両方バイト入れちゃった」 明日明後日と海の家の予定。 「そうなの。ならいいわ」 「なんだった?」 「いや、私も仕事押し付けられて。人手がいるから手伝ってほしいなーって。まあいいわ、ティアラとかいるし」 「そっか。時間があれば手伝えるけど……。どんな仕事?」 お嬢様に押し付けられるって。想像つかない。 「うん、強制ではないんだけど」 「海の家」 ロックフェスのあいだ、稲村-七里間の海岸は会場の右側、左側で大きく分けられる。 つまり会場の東か、西か。 たとえもとは1つでも、分かれてしまえばいさかいが芽吹くのは世の常。 フェスの間、東西海岸の遊興施設は自然とサービス合戦を行う風習があった。 さて、その東西冷戦の先頭。つまり会場に最も近い位置には、東西どちらも海の家が建っている。 東軍『タテシマ屋』西軍『ヨコシマ屋』 普段から隣合っているため仲のよろしくないこの2つの海の家。 ロックフェス期間はそれこそ血を見んばかりに荒れる。 「そしてさらに、今年の両家のサービス合戦は、まさに湘南分け目の戦争と呼んでもいいわ」 「今年にかぎって?」 「今年はあっち、東のタテシマ屋の店長が、あろうことか九鬼銀行をスポンサーにつけたのよ」 「この時期にうちのシマを荒らす九鬼の軍門に下るなんて。完っっっ全に片瀬にケンカ売ってるわ」 「恋奈は片瀬家にはいい感情持ってないのに片瀬の威光とかそういうのは大好きだよね」 「片瀬の威光は私の威光よ」 「つまりタテシマ屋は! この私にケンカ売ったのよ!」 そんな怒らなくても。 「だから今年のこの西軍、ヨコシマ屋は私がプロデュースしてあげる」 「店長!」 「どうも、店長の藤井ウミヤです」 「用意はいいわね店長。売上、サービス、顧客満足! あらゆる点で九鬼に魂を売ったタテシマ屋を蹴散らすのよ!」 「当然ですよ」 「ちっちゃなころからワルガキだった俺がようやく持てたこのヨコシマ屋。負けたりしたらマジギザギザハートですよ」 「安心なさい。こっちの勝ちはもう決まったようなものよ。この私が味方するんだから」 「すでに江乃死魔250人に通達してこっちに来るよう言ってある。売上ではなにがあったって勝てる」 「あと1ダースくらい江乃死魔があれば1日の来場者数も突破できたんだけど」 「そうなんだ。じゃあ俺、アルバイト行くね」 バイト先へ。 「アルバイトで来ました長谷大です」 「ようこそ。海の家タテシマ屋へ」 「裏切り者ッッッ!」 そんなこと言われても。 「もう契約したんだから仕方ないじゃん」 「つくづく相性が悪いわね、私たち」 今回はさすがにそう思う。 「ども、片瀬のお嬢様。今日はあっちを手伝うそうで」 「フン、一番の裏切り者はアンタよね。藤井店長」 「あれ。そういえば店長って」 「どうも、タテシマ屋店長、藤井ウミヤです」 「同じ人?」 「あっちは双子の弟で海家。僕は兄の海屋」 「へー双子なんですか」 「仲が悪いはずなのに店の内装が一緒なのは店長が双子だからかあ。納得だなあ」 「そうね。店長が双子だから、店の内装が同じことはちっともおかしなことではないのだわ」 「弟といってもいまは商売敵。心のdistanceはI can’t goです」 「フン……今日が終わればアンタたちは嫌でも仲直りよ」 「知ってるわよね店長。この土日で売り上げが負けた店は、その後一気に売り上げが落ちるジンクスがあるって」 「負けて九鬼にお金を返せないアンタは、もう店をたたむしかない」 「最後は弟に泣きついて仲直りね。アンタは一生弟の奴隷として生きるんだから」 「知ってますとも。弟と仲直りできるなら涙流してリクエストしますよ」 「弟を一生使いっ走りにできるだなんて」 「言ってなさい。明後日の朝には、弟には頼れず私の靴を舐めて片瀬に融資を頼むアンタの顔が見えるわ」 「大!」 「はい」 怖い。 「この裏切り者め……!」 「だから何も知らなかったんだって」 「アンタも明後日の朝には、泣いて私の足を舐めることになるわ。刃向った俺がバカでしたってね」 「刃向ってないっちゅーに」 「それに足は昨日も舐めただろ。ほら、恋奈ひいひい言ってさ。最後には別の場所を舐めて欲しいって泣いておねだり……」 「痛い!」 「覚えてろバカー!」 ちょっと懐かしい感じで怒鳴って去って行った。 「片瀬のお嬢さんと仲がよろしいようで」 「彼女なんです」 「お嬢様と TRUE LOVE?すごいな、悲しくもないのにジェラシーですよ」 「でも仕事の手は抜きませんから」 「お願いします。あんな安いじきゅ……コホン。アルバイトが他に見つかりませんでしたので」 「え、じゃあ俺1人でやるんで?」 「いえ、さすがにつらいだろうということで。九鬼銀行の関係者の方が1人よこしてくれることになっています」 「あとうちに肉を卸してくれるとんかつ屋の店主も手伝ってくれるとのことで。僕もいれて4人で店を回すことになりますね」 「はあ」 大変そうだな。 「ただどちらも入るのは12時ごろの予定ですので、開店の10時から2時間は僕たちだけです」 ひええ。 「客が増えるのは12時からですのでご安心を。がんばっていきましょう」 「はーい」 ・・・・・ 「さあアンタたち、役割分担はこんな感じよ。バリバリ働きなさい」 「ティアラは荷物の仕出し。兼、長居する客に睨みきかせて追い出す係」 「梓はウエイトレス。アンタが一番大事だからね。ちょこちょこ男性客に乳やケツぶつけてまた来るようアピールしなさい」 「ハナは客寄せ。分かってるわね、いっぱい食べそうなデブいやつを選んで呼ぶのよ」 「フレーズは、さんはい」 「おにーちゃん、あそこのお店でハナのそふとくりーむぺろぺろしてぇ」 「よろしい」 「う〜……土曜の朝から呼び出されて来てみれば」 「今日くらい遊びてーっすよ恋奈さまぁ。ビーチバレー大会出る予定だったのにー」 「じゃかーしい。バイト代はだすっつってんでしょ」 「みなさんはどうなんすか」 「俺っちは恋奈様が言うならなんでもすんぜぃ」 「ソフトクリーム食べ放題だシ!」 「2対1……こういうのって数の暴力っすよ」 「これで店員は問題なし」 「見てなさいタテシマ屋。私に逆らう者はなにをしても叩き潰すのが私の流儀よ」 「たとえ相手が大でもね!」 「バイト代ってもやすそーだなー」 「あれ、そういえば総災天センパイは?」 「リョウは用事があるってさ」 「ずるい」 「ロックフェス当日。今日は稼ぎ時ね」 「ゴメンねぇよい子、こんな日までお店を手伝わせて」 「いいったら。お母さんのお手伝いは好きでしてるんだから」 (どうせヒマでも恋奈にコキ使われるだけだし) 「料理だけ手伝ってくれたら遊んできていいから。あんたも夕方くらいはフェスティバル行ってきな」 「んー、じゃあ気が向いたら」 「いっちにぃさんし」 「おじいちゃん、おはようございます」 「おうヨイちゃん。今日も美人だぁな」(お尻ぺしっ) 「ひゃんっ。もー、おじいちゃんたら」 「どうしたのラジオ体操なんて張り切っちゃって」 「はっはっは。知り合いのわけぇのが海の家やってんだけどよ。今日は手伝ってやることになってんだ」 「ズーミギのチャンネーに囲まれてくんぜぃ」 「あらあら。張り切るわけね」 「いっちにぃ、さんし……」 「ごッッッ……!」 「おじいちゃん!?」 「おごおおぎっくり腰が、ぎっくり腰がぁ」 「たいへん。救急車呼ぶわ」 「ちょ、ちょい待ちヨイちゃん。俺がいかねーと海の家が……」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」 「うう……」 「しょ、しょうがねえ。ちっと玄関の猟銃取ってくれ」 「は?」 「くぁあ」 「でっかいスピーカー。うるさくなりそうだぜ」 「どっか静かに寝れる場所ねーかな。ダイはいねーし」 「ジジイの小屋に戻るか?」 パァーンッ! 「うわびっくりしたぁ」 「ううう……やい野良犬。いつも宿貸してやってんだ、1度くらいこっちの頼み聞きやがれ」 「ちょ、ぶっそうなモン構えてなんだジジイ。お巡りさん来ちゃうぞ」 「いいから聞け。テメェにはこれからとある場所に行ってもらう」 「はぁ? いきなり何言ってんだ」 「鉛玉ごときで私がビビると思うか……!」 「聞いてくれたら松坂牛のカツレツをやる」 「何でも言っておじい様」 ・・・・・ 客足が出てきた。 海の家っては、飲食店のなかでも回転率重視の最たる存在だ。 マズくてもいい。早く作り早く運ぶ。それだけの店。 だからこそ忙しい。 加えて夏の解放感のなかで、客は自然と金を落としやすくなってる。 だからこそ忙しい。 「すいませーん、フラッペ3つー」 「はいまいど」 「ハイネ○ンジョッキね。俺の舌、本場のビールしかうけつけねーから」 「はーい」 「ラーメン!」 「まいどあり。みそ? しょうゆ?」 ふぅー。 「盛況ですね」 「さすがにいつもよりは客の入りが多いよ」 「けど弟の店に負けてるのが気に入らないな」 「ふふふふふ、水増し作戦、成功ね」 「すーごい人っすね」 「さっきから江乃死魔員に5人ずつシフトさせて客として入らせてるのよ」 「この程度の水増しならあくまで偶然。けど、1日かければかなりの数になるわ」 「さらに相対的に客を引くさくらにもなる」 「フフっ、アハハ、アハハハハハハ完璧だわ!もう今日だけで完勝しちゃうんじゃない!?」 「こっちは地道にやっていきましょう」 「そうだね」 テキパキ働こう。 「しかし長谷君は慣れてるな。こういうの経験あり?」 「いえ。でも才能あるみたいです」 家では普段ほぼ毎日姉ちゃんを接待してるためか、楽なものだった。 ちょっとくらいタチの悪い客が来ても問題ない。 「ちょっと! このラーメン伸びてる気がするザマス」 「申し訳ありません。ただいま作り直しますので」 「ういー、よっぱらっちまったい」 「お冷をどうぞ」 「人類よ! よく聞け!」 「はいちょっとお待ちくださーい」 こんな感じ。 たださすがに疲れてきた。 「店長、手伝いの人まだですか」 「うーん、そろそろ来るはずなんだけど」 誰でもいいから早く来てほしい。忙しすぎる。 猫の手も借りたいってやつ。ホント誰でもいい。 とっつきにくそうな人でも、 不良でも……。 「タテシマ屋ってここ?」 「はわ!」 「大?」 「えっと、どちら様?」 「あー、ども。辻堂誠の紹介です」 「辻堂部長の!今日はお忙しい中、お手数おかけしてすいません」 「ご融資いただいた上に当日の手伝いまで。部長にくれぐれもよろしくお伝えください」 「はあ」 「つ、辻堂さん? まさか」 「今日ここでバイトするんだけど……。まさか1人だけ入ってる相方って」 奇跡だなオイ。 「……」 「……」 昨日の今日で。気まずすぎる。 ご両親の都合らしい。辻堂さんのことだからバイトに来てもおかしくないか。 「長谷君なにぼーっとしてるの早くお願い。辻堂さん、裏で着替えてきて」 「は、はい」 「ああ……」 ギクシャクしてしまう俺たち。 もう1人来てくれるっていう人はどんなだろ。 また大変なのが来そうな予感……。 「タテシマ屋ってここ?」 「オゥ……」 「あれ。ダイじゃん」 「あ?」 一気に店の空気が変わる。 「かき氷が蒸発した」 「ちょっと、このラーメン煮えたぎってるじゃない」 「なにしに来やがったテメェ」 「そっちこそ何の用だ」 「親の都合で店の手伝いに来たんだよ」(ぐいっ) 「肉屋の都合で手伝いに来たんだよ」(ぐいっ) 「はいストップ!」 胸倉をつかみあう2人の間に入る。 「どっちも分かりやすく経緯を説明してるのになんでケンカの流れになるのさ」 「腰越だから」 「辻堂だから」 「うん。分かりやすい」 「落ち着いて。ここで暴れたら店が消滅するよ」 「辻堂さん、お父さんに頼まれたんでしょ。そんなの困るよね」 「う、うん」 「マキさん。何かしらの事情で来れなくなったとんかつ屋の人に、カツレツと引き換えに手伝うよう言われたんでしょ。困るよね」 「うん」 「なんでそこまで分かる」 マキさん+肉の都合簡単な方程式だ。 「じゃあ2人とも、今日はケンカせず一緒にがんばろ。ねっ」 「……」 「……チッ」 しぶしぶといった感じに距離を取る2人。 「がんばろうね辻堂さん」 「……ふん」 「お願いしますマキさん」 「まーダイが言うなら」 おさまったっぽい。 うんうん。仲は悪くても素直なのがこの2人の美徳だ。 「お前と腰越、どういう関係なんだよ」 「今度説明します」 「しゃーねー。おい行くぞ」 「ア?」 「スタッフ服に着替えンだよ。こっち」 裏に回る2人。 もう大丈夫だろう。出てくるのを待つ……。 「WAO」 「そういやあの店長、裏で着替えろとは言ったけど服があるとは一言も言わなかったな」 「うちは海の家だから。水着が正装だよ」 「すばらしい」 でもセクハラですよ。 「この店長はシメていいんだよな」 「ひぃっ」 店長を吊し上げる辻堂さん。 「ダメなんだけど、止めづらいな」 「動きやすくていいじゃんコレ」 マキさんは乗り気な模様。 「それともなにかな?辻堂ちゃんは身体見られると困るのかな?」 「あ……自信ないとか」 「ッ! ……ンだとコラァ」 「私は全然OKだけど」 「なーダイ。これ似合うだろ?」(ぷるん) 「え、えっと」 「なー?」(ぷりゅりゅん) 「はい……」 「すごく似合ってますよ」 「だろ〜? へへへ〜」 「……」 「もちろん辻堂さんもステキだよ」 「ッ!き、聞いてねーよ」 怒らせちゃった。 (ドキドキ) 「3人とも、いつまでも喋ってないで、店のことお願い。そろそろ昼だから修羅場だよ」 「はーい」 「仕事の分担だけど。俺たちのやることは主に2つね」 裏方は店長がやるから、店全体を切り盛りする。 「注文をうけて配る、レストランで言うフロアの仕事が主になる」 「ウエイトレスになれってこと?」 「そゆこと。ドリンクとデザートは自分たちで作るけど、他の料理系は店長に伝票渡せばいいから」 「つまみ食いあり?」 「なし。困ったお客さんも多いけど穏便に済ませようね」 「口を封じろってこと?」 「俺を呼べってこと。マキさんはそういうお客には絶対近づかないで」 「ひとまず俺がお手本見せるよ。見てて」 「ちょっと! ラーメンが遅いザマス」 「いまご用意します」 「酒だー、酒もってこーい」 「しばらくお待ちください。その前にお冷です。どうぞ」 「この店は侵略させてもらったでタコ」 「はいちょっとお待ちくださーい」 「分かった?」 「楽勝だろ」 「や、やってみる」 「ちょっと! いつまで待たせるつもり」 「こ、この店の大ファンなの。それだけよ」 「へへ、仕事さぼって昼から酒ってのもいいもんだ」 「いつまでも遊んでいられません。これで失礼します」 「「よしっ」」 「よくない」 「まあ時間ないし、普通のお客さんなら大丈夫かな」 「はじめよう。準備はいい?」 「ああ」 「マキさんつまみ食い禁止」 「ちぇ」 12時になったあたりから、一気に客足が増えだした。 西側との顧客対決もここからが本番だ。恋奈には悪いが、仕事に手を抜くのは主義に反する。 がんばっていきますか! ・・・・・ 「さぁて、タテシマ屋にとどめを刺すわよ」 「最大の稼ぎ時であるこの昼。ヤンキーの暴れる店ってことにして、客を追い払っちゃいなさい」 「了解です」 「でもよぅ恋奈様、もう客入りじゃ圧倒的に勝ってるぜ。こんなセコいことしなくても」 「念には念を、よ」 「こういうときは臆病なくらいでちょうどいいのよね」 「さあ、行くわよ!」 「たのもーーーーーーーーーう!」 「……」 「たのまない」 「どうかしたかい恋奈様ぁ」 「な、なんでもないわ。ありえない幻覚が見えただけで」 「(ピポパ)もしもし大。あ、うん。仕事中だった?」 「外に出れる?ちょっとよ、お店から15メートルのとこだから」 「えっと……あ、いたいた。どうしたの恋奈」 「なんで辻堂と腰越がいる!」 「銀行ととんかつ屋に聞いて」 「おーいダイ、さぼんじゃねーよ」 「あ? なんだ、またこうるせーのが湧いてやがったか」 「い、いやマキさん。乱暴はやめようね」 「分かってるって」 「食材だろ。バラして裏に運べばいいんだよな」 「ひいい」 「ストップストップ」 「すぐに戻りますから、マキさんあっち行ってて」 「早く来いよ」 (あの皆殺しに『あっち行ってて』……。やっぱり只者じゃない) 「色々あってこうなったんだ。2人ともちゃんと働いてくれるみたいだし、別にいいじゃない」 「逆に聞くけど恋奈、武装したみんなを引き連れてなにしに来たの」 「うぐっ」 「売上対決とはいえ……まさかこっちで暴れてお客さんを減らそうとした?」 「べ、別にそんなこと」 「ヤバいぜ恋奈様! バレバレだっての!」 「だぁまってろ!」 「恋奈の性格は知ってるつもりだけど……。もしやるなら辻堂さんたちに接客してもらうよ」 「くそー。彼女に向かってなんて言い草」 彼女だから事前に止めてるんじゃないか。 「もーいい! どっちにしろ売上対決はこっちの勝ちよ!」 「おぼえてろー!」 涙目で行ってしまった。 んーむ、うちの恋奈はどうもこういう役回りになる星のもとにいるらしい。 恋人としては微笑ましいような、悲しいような。 まあいいや。間違ったことを正すのも彼氏の役目。 仕事に戻ろう。 ・・・・・ 午前中はヨコシマ屋に完全に客を取られてたうちだが、午後からはだいぶ盛り返した。 もともと料理の質は同レベルだし、来るお客の数には不足しない。大切なのはお客を引き寄せるインパクトだけだ。 その点でうちは最強。 とくに男性客の入りはハンパなかった。 下手するとフェスの会場より賑わってるかも。 「いらっしゃいませ、メニューをどうぞ」 「コーラとアイスコーヒーな。こっちのピザも頼むと安くなるぜ」 どっちも仕事はちゃんとするし。 「人のことジロジロ見てんじゃねぇ」 「食い終わったら出てけよ」 やや反則だが2人目当てに長居する客は追い出し回転率をあげてる。 あと『やや』どころじゃなく反則だが。 「ご注文どうぞ」 「あ、あの、じゃあビール」 「ビールだけ? なんかつまみもつけろよ。ほらこの枝豆、頼むよな」 「え、じゃ、じゃあ、はい」 「セットだとヤキトリが30円引きになりますが」 「ヤキトリ! いいじゃん、頼もうぜ」 「は、はい、じゃあそれも」 「皮、モモ、レバーの3つをセットでさらに安くなる」 「いーねー。これも行こうぜ。ヤキトリは種類そろってる方が飽きなくていいぞー」 「え、えっと」 「こんだけ頼むとビール1本で足りるか?2本目、最初からつけといていいよな」 「は、はい」 「おまわりさんが来るギリギリの接客な気がする」 「いいじゃん」 「ああ……っ、勝手に注文増やされたのになんだろうこの快感……っ」(ゾクゾクっ) 「よろこんでるし」 「世の中には色んな性癖があるね」 「こっちこっち、あの店だよ、超怖い美女に注文とれって脅してもらえるって」 「くはーっ、疑似恐喝プレイ。くはーっ」 「メイド喫茶が定着して久しいけど、今後はヤンキー娘に脅しで注文取られるヤン喫茶なんて流行るかもね」 日本は広くて深いなぁ。 「アタシら、なんか間違えてる?」 「いやそのままでいいと思うよ」 俺も接客されたいくらいだ。 「はぐはぐ」 「マキさんそれお客さんのヤキトリ!」 「ああ……っ、注文したものまで出てこないなんて……っ」(ゾクゾクっ) 「ぐぬぬぬぬ……!」 「にゃーもー! こっちもアレで注文増やすのよ!ティアラ! 客を脅して注文とれ!」 「おうよ! 任せなっての!」 ・・・・・ 「なんだあれ」 ヨコシマ屋さんにパトカーが来てる。一条さんが平謝りしてた。 恋奈が警官に話をして、一応穏便には済みそうだけど。 「大。騒ぎがあったあっちから客が流れてきてる。手ぇかしてくれ」 「はーいっ」 こっちはさらに忙しくなってしまった。 ・・・・・ 「ふぅ……」 「お疲れ様。夜からは別のスタッフが来るから」 「はい……じゃあ失礼します」 「これ、今日のバイト代ね。明日もよろしく」 「どーも」 「ぷはー、食った食った」 3人、封筒で今日の分のバイト代をもらった。 ……忙しさのわりにシャレにならないほど低いけど。まあ時給から考えればこんなとこか。 「途中ハプニングはありましたがお嬢様のおかげで安定して儲かりました」 「こちらアルバイト代ということで。どうぞ」 「ども」 「おおーっ、バイト代なんてもらうの初めてだシ」 「いいねー。手渡しだとありがたみがちがうっての」 「規則だし、いただいておくわ」 「さってと、いくらぐらいになったかしら」 「うわやす。ぼったくりにもほどがあるわね」 「でもよぉ、1日の仕事で諭吉先生に会えるなんざバイトにしちゃいい稼ぎだぜ」 「拘束10時間だから妥当だけどね」 「まあいいわ。夕飯代には充分よ。私がおごるからラーメン食べに行きましょ」 「おっしゃあ、恋奈様太っ腹だっての」 「えっと、私とハナとティアラと梓と、あと……」 「おーい恋奈ー」 「で、5人ね」 「あれ? 梓がいないよ?」 「梓ならなんか用事があるつって行っちまったぜ」 「そうなの? じゃあ4人か」 「……用事ってなにかしら?」 ・・・・・ 「……」 「丸一日働いてこれっぽっちか」 「あの店長大儲けしたのにちっとも還元しねぇ。やった労働は同レベルなのに、立場がちがうだけで入る金は百倍千倍ちがってる」 「世の中、儲かる奴と儲からない奴がいる、か」 「あ、でもあの店長が儲ければ最後は片瀬が儲かるのか。さっすが恋奈様」 「……あずには関係ないけど」 「やーっぱバカバカしいっすね、ちまちま働くなんて」 「稼ぐなら……賢く稼がねーと」 「恋奈様を見習って……♪」 ・・・・・ 「……」 (初めてのバイト。初めての給料) 「母さんに日本酒でも買って帰るか」 「おーいっ、おいっ、ちょっと待てよ」 「なんか用か」 「お腹すいた。メシ食いにいかね?」 「ハァ?」 「ダイと行こうとしたんだけど他で約束があるんだって。まーお前で我慢するわ」 「失せろ」 「ああ?人が好意で言ってやってんのに……」 「ダイもいねーし、とっとと決着つけるかオイ?」 「やってみろ」 (きゅるるるる) 「はわ!」 「なははははっ。ほら腹減ってんじゃん」 「う、うるせぇ。つまみ食いしまくりのお前のほうが問題だ」 「大丈夫。夕飯はフツーに食えるから」 「大丈夫の使い方がおかしい」 「行こうぜ。カツレツの約束してんだ」 「いいってうちで食うから」 「あ……でもいま父さんと母さん2人だ。たまには2人きりにしてやりたいかも」 「そうそう、給料っていくら出た?」 「昼からだからあんまり多くは……」 ゴツッッ! 「?」 「?」 「さっさと出しゃいいんだよコラァ」 「ひぃい……だから今日はたくさん使っちゃって帰りの電車賃しか」 「うるせーな……へへっ、ほらやっぱり。2万も持ってんじゃねーか。もらってくぜ」 「う……っ、う……っ」 「……」 「……辻堂、今日の給料、2万あった?」 「ない」 「私も」 「メチャメチャ気分わりーよなああいうの」 「えっと、これで合計……」 「クソッ、ノルマは足りたけど俺の取り分が。おい、もうあと1万くらい持ってねーのか」 「そ、そんなこと言われても」 「いいから小銭とかも全部――」 ――ぷちっ。 「おげっ」 「えっ? あ……ヤキトリの」 「災難だったな。ほらサイフ。行っていいぞ」 「ど、どうも……」(そそくさ) 「……」 「いででで……頭と足がくっついた」 「なにしてくれてんだコラァ!」 「あ?」 「ぎゃあああ皆殺しぃいい?!」 「……」 「辻堂まで……俺死んだ」 「殺しゃしねーよ。海の藻屑になってもらうだけで」 「……」 「どした辻堂?」 「……」 「アタシらを知ってる……表に出ない腰越の顔まで」 「え……」 「テメェ、江乃死魔で見た顔だな」 「っ……!」 「江乃死魔ってカツアゲ禁止じゃなかった?」 「禁止だ」 「……10人が10人規律を守るようなら不良はやってねーだろうさ」 「あ、あの、これは」 「心配すんな。告げ口するほど恋奈と仲良くねーよ」 「こいつの前でバカなとこ見せた不幸だけ恨みな」 「え……?」 「ぎゃああああ!」 ・・・・・ 「すっとした」 「なによりだ」 「しっかしムナクソわりーぜ。こっちがこんだけがんばって金稼ぐよりああいう連中のほうが楽に、ってさ」 「ヤンキーとしちゃあっちのほうが正しい姿だろ。アタシは恥ずかしいから嫌だけど」 「まーな」 「さっ、メシ行こうぜメシ」 「ああ」 (しかし……。恋奈のやつ江乃死魔をまとめきれてない) (大のやつやたら仲良くしてたっけ。気を付けるよう言っとかないと) 今日も湘南海岸は超満員。 うちも超満員だった。 「かき氷3つお待ち。……フラッペ? なんだそれ」 「はいピザと手羽先、ポテトもここだったよな」 「手羽が少ない? 気のせいだろ……もぐもぐ」 「ジロジロ見てんじゃねぇ」 問題の多いウエイトレスたちなんだが、こういうとき、美人というのはすべてが許される。 うちは今日も問題なさそうだ。 ・・・・・ 「……」 「あっち、待合席にまで列ができてるね」 「ふあーあ。うちは席空いてるのによう」 「がぁあーっ! なんでこうなる!」 「そりゃヤンキーっぽいのが入れ替わり立ち代わり来る店ってネットに上げられたらご年配の方や子供連れには避けられますよ」 「くそー、江乃死魔動員が仇になった〜」 「策士策に溺れたっすねー」 「えーい梓! もう脱げ!トップレス接待よ、おっぱいで客を引くのよ!」 「い、いやっすよ。こんな昼間から、伝説作っちゃうじゃないすか」 「うっさいうっさい!昨日も男性客にケツこすり付けて接客しろって言ったのにしなかったでしょ」 「……」 「脱げオラー!」 ――バッ! 「っと」 「イヤっつってんでしょ。なんであずがそんなことしなきゃいけないのよ」 「あ、梓?」 「機嫌悪そう。どーかしたシ?」 「……別に」 「じょ、冗談だって。本気で脱がそうとはしてないから」 「……」 「サーセン。ちょっとイライラしてて」 「珍しいわね。梓がイラつくなんて」 「そすか?」 「頭に行く栄養が全部おっぱいにとられていつもヘラヘラしてるバカ女だと思ってた」 「あの、ホントイラッとくるんすけど」 「疲れてるなら休んでていいわよ。アンタは江乃死魔でも最重要人員の1人なんだから、こんなショボい店のために無理することないわ」 「ひど……」 「……」 「大丈夫っす。体力はありますんで」 「そう。なら」 「脱げオラ! 脱げ!」 「にゃー!」 「うおおおわかったぜ恋奈様!ここは俺っちが2つの意味で一肌脱ぐっての!」 「なにが」 「俺っちが脱ぐっての!この真夏のビーチにまばゆいセクシーバディ、今日ついに解禁してやらぁ!」 「却下。マニアックすぎるわ」 「ひど!」 「そうだわ。ハナが解禁しなさい。アンタなら下まで行ってもおまわりが動かないわ」 「お断りします」 「きゅ、急に素にならないでよ」 「あっ、らっしゃいだシ」 「コーヒーとランチメニューお願いします」 「ういーっす」 (様子を見に来たけど……関わらない方がよさそうね) 「くうう……俺っちとしたことが恋奈様の役にたてねぇなんて」 「こうなったら」 「はーい、こちらビールでーす」 「どーもー、えっへへへへお姉ちゃん可愛いねぇ〜」 「……うん」 もうだいたい大丈夫そうだ。 辻堂さんもマキさんも慣れた様子で接客をこなしてる。 表に出るのは2人の方が華があるので、フロアは任せがちになった。 キッチンの仕事は俺しかできない。辻堂さんは不器用みたいだし、マキさんをキッチンにいれると消える食材が多すぎる。 「味噌ラーメン3つ頼む」 「はーい」 「ふぅ……」 「疲れちゃった?」 「ずっと笑顔でいるなんて初めてだ」 「……笑顔?」 1回でもしたっけ。 「笑ってるだろさっきから」 「ないよ」 「え、うそ」 口角をひくひくさせる辻堂さん。 笑おうとしてるけど、顏筋がこわばってるらしい。 「辻堂さん、あんまり笑うタイプじゃないしね」 「そうだ。これ見て」 携帯を取り出した。 「? ……あ、ラブ」 猫を撮った写真をいくつか。 (ふにゃー) 「そうそう、いい顔だよ」 「うんっ、サンキュー大」 「気合い入ったぜ!」 ダメか。 まああれでもお客さんは喜んでるからいいさ。 「ダイ〜、助けて」 「どうしました?」 片付けた皿を両手いっぱいに持ったマキさんが。 「水着がおっぱいに食いこんできた」 「はい!?」 「なおして。おっぱいがはみ出る」 「え、あ、ど、どこを」 「胸ンとこ、分かるだろ」 たしかに押さえるカップがおっぱいに食いこんで水着がずれかけてる。 「両手つかえねーんだよ。なおして」 「は、はい」 (ぷにゅん) なおした。 美味しいな俺の人生。 「サンキュ。あとさ、さっきから酔っぱらってタチ悪い客がいるんだけど」 「7番のお客さんがビールばっか頼んでますね」 「そいつ、うるせーから他の客がビビってる」 「うおー! ビール持ってこいビール!」 「騒いでますね。俺が話してみます」 「でもうるさいお客、マキさんが追い出さないなんて珍しいですね」 「んーまあ放り出してもいいんだけど。乱暴はマズい気がしてさ」 客席を覗く。 「お前の姉ちゃんだし」 「あんたかーい!」 「あれー? アハハハハハヒロがいるー」 べろべろだ。 「バイト中か。偶然だな」 「先生まで……一緒だったんなら封じといてくださいよ。この姉ちゃんを外で見るのは心臓に悪いんですよ」 「年に50回くらいのことだろう。気にするな」 週1じゃないか。 「それより。さっきそこの店員に頼んだものがまだ出てこないぞ」 「?辻堂さん、注文ミス?」 「相手すんな」 「ケツを触らせろと言ってるのに出てこない」 「ああ、相手しなくていいね」 「サービスが足らん」(なでなで) 「俺のでいいんですか」 「若いケツなら男か女かはあまり気にしない」 「警察呼んで」 「私も撫でよ」(なでなで) 「……」 どうしよう。 「先生って酔うとそんな感じなんだ」 い、いかん。学園での長谷先生のイメージが。 しかも、 「そこか? ヒロのバイト先は」 「のはず。売り上げに貢献しようぜ」 知った声が聞こえた。 マズい。酔った姉ちゃんを見られてしまう。 「姉ちゃんの秘密は俺だけのものなのに!」 「シスコン」 「シスコン」 うるさいな。 とにかくなんとかしないと。 「先生、姉ちゃんのことお願いします」 「はいはい」 こういうとこは守ってくれる人だ。ついたての向こう側へ連れて行った。 そして隠れたところで、 「いらっしゃい」 「どうも長谷君」 「あははっ、ホントに働いてるー」 助かった……みんな気づかなかった模様。 「えーっと、こちらのお席にどうぞ」 辻堂さんも出てきたくなさそうなので俺が接客する。 いま使ってた席に案内した。 「うわー、何この席」 「すっごいビールの量。昼からこんなに飲む人いるんだ」 「ダメな大人っぽいな〜」 君らの知ってる大人だよ。 「注文なんにする?」 「とりあえずノンアルコールの……すごぉ!」 「腹減ったから食うものも一緒に……デカ!」 「私甘いものが……触らせて!」 「みんなマキさんは初めてだっけ」 「ははは長谷君の知り合い!? 紹介して!」 「いいの?」 湘南最凶の不良だよ? 「かなりの混み合いだな」 「正午にくらべれば落ち着いたよ」 相変わらず超満員で休む暇もないけど。 「大変そうだ。手伝いが必要ならば言え」 「ありがと」 「よぉーしッ、行くぜぇ」 「辻堂腰越連合軍はキツいけど、この店をぶっ壊しゃ恋奈様が喜ぶ。なら……」 「命なんざ捨ててやるっての!たのもーーーーーー!」 「む」 「一条さん。どうしたの」 「うおおおおヤるぜ! ヤッてやらぁ!辻堂と腰越を出しやがれ!」 「??」 よく分からんが荒ぶってる。 「あ? なんか用か」 ケンカが始まりそう。ここは――。 「ストップストップ」 マキさんの目のつかないところへ行ってもらう。 「止めるんじゃねーよ長谷!俺っちはなぁ、恋奈様のために覚悟決めて来たんだっての!」 「よく分かんないけど」 「あっちのお店が芳しくないから、こっちのお店を邪魔しに来た、と」 「おうよ!」 困った子だ。 「そんなことで勝っても恋奈は喜ばないんじゃ」 「喜ぶっての」 「喜ぶね」 「でもダメだよ。こっちマキさんがいるんだから、ケンカになったら止められなくなる」 「うるせーっての!俺っちはやるっつったらやるんだよ!」 頭に血が上ってるっぽい。 困ったな。誰か言うことを聞かせられる人……。 「仕事サボって」 「なにやってんの!」 「いでぇ!」 「まったく、なに遊んでんのよ」 「恋奈、助かったよ」 「う……フン、話しかけないで。いまの私とアンタは敵同士なんだからね」 「あはは、恋奈らしいな」 「あれ、水着で接客してるの」 「……梓を水着に剥いたら、流れで」 「……」 「な、なによ」 「微妙な気分」 「めちゃめちゃ可愛いから可愛い! って言いたいけど。よりによって俺が見に行きづらいところで」 「し、知らないわよそんなの」 「……」 「別に……あとで部屋で着てあげるし」 「ほんと!?」 「ど、どうしてもって言うならね」 「おっけ。約束だよ」 「うん」 「ほらティアラ帰るわよ。まだ勝負の途中なんだから」 「ちぇ〜」 大人しく背を向ける2人。 俺も戻らないと。 「ダイ〜、助けて」 「はい?」 「今度はお尻にくいこんできた。また直して」 「……『また』?」 「あの、あっちで直しますから」 「早くな」 「……」 「……えっと」 「……」 「誤解してほしくないのは俺は決して」 「ティアラ、シメとけ」 「あいよぉ!」 「ぎゃー!」 面倒になりそうだが、いまは相手してる暇もない。 どうしようか迷ってるとヴァンと目があった。 「ヴァン、一条さんは知ってるよね」 「えっ、あ、ああ、顏は知っている」 「じゃあ頼む、相手してあげて」 「か、彼女の相手を!?」 「……分かった。よく分からんがやってみる」 ちょっと厳しいかもしれないが、俺はマキさんを止める方に回る。 一条さんはヴァンに任せた。 「うおー! かかってこいやぁ腰越ぇ!」 「って、おう。長谷のダチのイケメンじゃないの」 「ひ、久しぶり」 「昂ぶっているようだがどうかしたか」 「この店をブチ壊しに来たんだっての」 「はあ?」 「だからぁ……ちょっとこっち座れや。俺っちの覚悟の大きさを教えてやっから」 「う、うむ」 2人で近くの席に着いた。 なに話してるかは聞こえないけど、一条さんがなんか怒鳴ってる模様。 ヴァンは微妙に緊張しつつも、いつものように冷静にそれを聞き届け。 「それはおかしい」 冷静に返した。 「売り上げを競うのは大いに結構。だが相手の店の妨害など勝敗を捨てるに等しいぞ」 「君は片瀬恋奈を負け犬にしたいのか」 「そ、そんなことは」 「ならば相手の店のことなど構わず、まずは自分の店を盛り立てる努力をすべきだ」 「そ、それは分かってるけどよう」 なんかヴァンが説教するモードに入った。 冷静で頭のいいヴァンは説教スキルが高い。一条さんも一気に丸め込まれる。 「とはいえ、自分の店のため必死になる君のひたむきな姿勢は悪くない」 「そ、そうかい?」 「ああ」 「その店に案内しろ。僕も手伝ってやる」 「え? え?」 「行くぞ」 「お、おう」 「……どうしてこうなったっての?」 「……」 「まいっか」 「あいついいやつだな〜♪」 ・・・・・ 「姉ちゃん、こっち来て」 「んんー?」 とにかくこれさえ隠せばいいんだ。 抱っこして運ぶ。 「なにヒロ〜、どこ行くの〜」 「いいから歩いて」 キッチンスペースの隅へ。 「ここでじっとしてて」 「……」 (暗がりに連れ込まれた) 「俺は行くけど、静かにしててよ……」 「まだ早いわ!」 なにが? 「だって、だってお姉ちゃんまだ心の準備が」 「おし準備できた。うぇるか〜む!」 がばっ。 「のわあああ」 ・・・・・ 「あれ? ヒロシいねーじゃん」 「おかしいな」 「注文は」 「辻堂さん!?」 「うそぉ! あの辻堂さんが働いて……」 「……水着タイ!」 「う……」 「さ、さっさと注文言いやがれ」 「すーっごいものを見た」 「びっくりです」 「あの、だから注文」 「ジロジロ」 「ジロジロ」 「ううう……」 「……」 「ゥオオ……犯されるかと思った」 ギリギリで姉ちゃんが寝オチして助かった。 「楽しんで来ればよかったのに」 「バッドエンドになっちゃうだろうが」 「平和なようでいいことだ」 「? 先生、機嫌いいです?」 「面白いものが見られたからな」 「騒がしくなってきた。私は帰る。荷物はあとで取りに来るから」 「はい、寝かせておきますんで」 姉ちゃんをおいて去っていく先生。 面白いものってなんだ? まあいいや。 「……」 「可愛くなったもんだ」 「行くぜェエエエエエーーーー!辻堂だろうが腰越だろうがかかって来いっての!!」 「あ」 「……」 「……」 ・・・・・ ・・・・ いつの間にか2日にわたるフェスも終わり、客足が鈍くなってきた。 「2日間お疲れ様でした」 「ども」 仕事もあがる時間。今日の分のバイト代をいただく。 ちょっと恋奈の様子を見に行くか。 西のヨコシマ屋へ。 (どんより) (どんより) 「ど、どうしたの」 「いいわよ。今回は負けを認めるわよ」 「サーカスの人たち、帰ってもらったシ」 「サーカス!?」 「途中から客引きの趣旨がワケわかんなくなってたわ」 「自分、この年で仮装行列に出ることになるとは思わなかったっす」 「なにそれ」 超見たかったんですけど。 「店長、最終的な売り上げは」 「こんなもんです」 明細を見せる。 ふむ。 「うちのほうがちょっと勝ってますね」 「ああ……負けた」 「でもこの程度なら」 「はい。夜で取り戻せるんで、互角ぐらいかと」 「は?」 「あれ、恋奈知らない? この西店と東店、夜の販売は西のほうが勝ってるんだよ」 「うちがワンマンでやってる星屑ステージが評判いいんですよ。フェス帰りのお客さんにはとくに」 「だから夜まで合わせれば、どっちもどっちになりそう」 「が……っ」 「それってつまり」 「昼も恋奈様がおかしなことしなけりゃ」 「総合で勝ててたってことすか」 「うるさーい!」 「うう……っ、そうだったわ。大は味方につけとかないとなんか上手くいかないんだった」 「世の中面白いね」 「うるせー!」 怒られた。 外へ。 「はー、どっと疲れた」 「お疲れ様」 頭なでなで。 本当に疲れてるらしい。恋奈はぐったりした様子で近くの防波堤に座り込む。 隣に座るともたれかかってきた。 「はぁ……」 「久しぶりに敵同士になったけど、こういうのも面白いね」 「面白くないわよ」 まだムッとしてる様子。 「まーそっちは面白かったんじゃない。辻堂様と腰越様が味方してくださったんだから」 「そうだね。あの2人が仲良くやってるのを見れたのもよかったよ」 「皮肉に気付けや」 「?」 ぶすっとして胸に額でぐりぐりしてくる。 頭を撫でて慰めながら。 「そういえば聞きたかったんだけどさ。恋奈もバイト代入ったんだよね」 「ええ。といっても昨日の分はもう使ったし、今日の分もこのあとみんなにご飯奢る気だけど」 「豪快だな」 「お嬢様は宵越しの銭はもたないのよ」 マジでお嬢の発想だ。 「バイト代は自分で稼いだお金でしょ。だったら好きなことに使いたいじゃない」 「ン……」 好きなこと。 みんなと遊ぶのに使うのが好きなこと。か。 恋奈らしい。 「恋奈はやっぱり不良なのに不良らしくないね」 「そう?」 「江乃死魔はカツアゲ許さないんだっけ」 「そうよ。集団の輪を乱すもの」 「……それにカツアゲなんて、言い方は可愛いけどやってることは恐喝、強盗。れっきとした犯罪だわ。笑って許せることじゃないのよ」 こういうとこしっかりしてる。 「3会をめちゃくちゃにしようとしてた子のセリフとは思えない」 「うっさい。私には私のルールがあるの」 わがままだ。やっぱお嬢様だな。 でもいいさ。 俺はそんな恋奈のルールが嫌いじゃない。 わがままで、発想自体はまさに不良だけど。 恋奈自身が優しい子なこと、俺は知ってるから。 ・・・・・ 「終わったー」 「今日どうする。またメシ行く?」 「いや、今日は父さんが迎えに来る」 「そっか。ンじゃな」 「ああ」 「……」 「なんで腰越と打ち解けてんだ、アタシ」 「……」 「……そうだ、大」 ・・・・・ 「今回はご融資の件、本当にありがとうございました」 「いえ、今後とも困ったことがありましたら何でも言ってきてください」 「よろしくお願いします」 「では」 「さてと、愛はどこかな」 「えっと……」 ザザッ。 「うん?」 「おっさん、ちょっとこっち来いよ」 「僕?」 「来い! ぶんなぐられてーのか!」 「……」 「まいったな。真琴さんの昔の友達にそっくりだ」 「時間があればしっかり人の道を説いてあげるんだけど、今日は愛を待たせているし……」 「なにブツクサ言ってやがる」 「用件は分かってんよな。殴られる前に出すもん出したほうがいいぜ」 「今日中にノルマ果たせなきゃやべーんだ。ちんたらしてっと痛い目みんぞ!」 「話さえ聞いてくれそうにない。困った」 「真琴さんがいてくれればなぁ」 「うぃっく、いー“モン”じゃねーか。愛の“ブッ”こんでくれた日本酒」 「〜♪ さーて“今日”の“夕飯”は」 「はっ!?」(きゅぴーん!) 「“感じた”ぜ。誠君がアタシを求めてる」 「ウオオオオオ“愛”は“時空”を“超え”るぜァ!」 「ダーリンにとどけMY HEART!」 「ウォラぁいいから大人しく」 「ぎゃわーっ!」 「なにもされてないのに吹っ飛んだ!?」 「君、大丈夫かい?」 「ひいいい辻堂以上のバケモノだぁ〜!」 「あちょっと」 「行っちゃった。どうしたんだろう一体」 「父さん、どうしたの」 「愛。お疲れ様」 「最近の若者はよく分からないよ」 「?」 「あ……」 「……」 「ゴメン父さん。ちょっと待って」 「じゃあまたあとで」 「うん」 姉ちゃんが店で酔いつぶれてるので、連れて帰らなきゃならない。一旦別れた。 さすがに2日間ぶっ通しは疲れたよ……。 ただ明日もバイト入れてるんだよな。しかも朝早くから。 なるべく早く寝たいところだ。恋奈と夕飯……どこかな。またラーメンだろうか。 姉ちゃんを迎えに行くと。 「大」 「辻堂さん。お疲れ」 「ああ」 柔和に微笑んでくれる辻堂さん。 一昨日の終業式、ちょっと気まずかったのがこの2日で緊張が解けた気がした。 うれしい。笑顔を返す。 けど優しい顔はそこまで。辻堂さんはすぐに厳しい目でそっぽを向く。 ……恋奈の行った方を。 「昨日から思ってたんだけど……、恋奈とも仲良くなってんのか」 「う、うん」 仲良くなったっていうか……。 言おうとしたけど。 「やめとけ」 「っ……」 一刀両断だった。 俺は言葉が詰まってしまう。 「あいつには関わるな。知ってるだろ、バカっぽいけど、湘南最大のヤンキー軍団のトップなんだぞ」 「……う、うん」 知ってる。 「腰越と仲良くしてるのも危ないんだが……、まあこっちは近づいた程度で狙われるもんでもない」 「でも恋奈はダメだ」 「……」 「江乃死魔に恨みを持つ奴は多い。……江乃死魔内ですら、腹に一物抱えてるやつがいるみてーだし」 「近くにいると危険だ」 「……」 近くどころか……もう俺と恋奈は。 「分かったか?」 辻堂さんは善意100%で言ってくれてる。100%俺のことを考えてくれてる。 でも……。 「あ、あの……」 「大」 「っ……」 「困ったときはアタシに言え。絶対助ける」 「いいな?」 「……ぅ、うん」 「……」 「っ、悪い」 距離が近くなってしまった。あわてて離れる。 ちょっと顔の赤い辻堂さんは、 「じゃ、じゃあアタシ、父さん待たせてるから」 速足気味に去って行った。 俺は黙って見送るしかできない。 「……」 言えなかった。 恋奈と付き合ってること。言えなかった。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 天気晴朗、風もなし。 バイト尽くし最後の1日は、実に爽やかな中での仕事となった。 「ガッハッハ、バイト募集がまさかいつものアンちゃんだったとはな」 「若い人がいると仕事にハリが出ていいやね」 「ちょっとおばちゃん。アタシだって若いでしょうが」 「ガハハ、それもそうだ」 「……」 船で沖へいき、網を引き揚げる。 湘南名物、しらす漁。 慣れてない俺は網をあげる力仕事を主に働く。 「そうそう、力あるじゃない」 (コクコク) (なんか可愛いわねこの子) 「ガハハハハ、なんだい真琴ちゃん。ずいぶんアンちゃんが気に入ったみたいじゃねーか」 「んー、なんだか雰囲気がいいのよね」 (ヤンキーやってたころの琴線に触れるっていうか。ちょっと誠君に似てるような) 漁自体は力仕事しか手伝えなかったんで、そのあとの後片付けでがんばった。 船から荷物を下ろしたり。潮につかった道具を水洗いしたり。 「お疲れ様。朝早くから疲れたでしょう」 「……」 「もう仕事は終わりよ。あがっていいわ」 「……」 「トイレはそっち」 (ダッ) 「うおえ〜」 「あらら。吐いちまったか」 「さっきから明らかに酔ってたもんねぇ」 「でも仕事は嫌な顔せずにして。気に入ったわあの子」 「ガハハ、愛ちゃんも気に入ってたみてーだしなぁ」 「へ? 愛と知り合いなのあの子」 「同じ学園だそうだぜ。前に一緒にいるとこ見たよ」 「へー」 (てことはヤンキーなのかしら?そんな感じしないけど) 「ども……お騒がせしまして」 「……」 「?」 「いい目ぇしてるじゃないのさ。根性はあるし」 「はい?」 「これから夏に入ると大変だよ。湘南の夏が平穏に過ぎたことはないからね」 「気合入れて乗り切っていきな」 「は、はい」 なんで急に口調変わったんだこの人。 バイト代をもらってお暇する。 ふー、 大変だったけど3日間のバイト地獄も終了だ。 ……さりげに今日のが一番キツかったな。実働時間は一番短いんだが。 お金を稼ぐって大変だ。楽な稼ぎ方があったら教えて欲しいよ。 でもこれで恋奈とのデートの選択肢が広がる。 明日は……定番中の定番。江ノ島でも行くかな。 いよいよ夏休みだ! ・・・・・ 「……」 「……」 「真琴ちゃん、どうかしたかい」 「ちょっと風を感じて」 「今年の夏は……でっかい嵐が来そうな気がするわ」 「うちの子もあの子も、無事でいられりゃいいんだけど」 さあ、バイトは終わった。バイト代を無駄遣いすることを考えよう。 そんなわけで定番デートスポットという名の金のかかるデートスポットを回ることに。 「そういえば江ノ島回るの初めてね」 「そうだね。ホテルにはよく行ってるけど」 「うちの庭みたいなもんだから、案内は任せなさい」 「観光に来たわけじゃないよ」 「それもそうね」 ぶらぶらすることに。 平日ではあるけど、真夏の江ノ島はやっぱりすごい。 水着のオネーチャンから信心深そうなばあ様まで。いろんな人が観光、参拝してる。 「あ!」 「なに?」 「生シラス丼ってのが食べたかったんだ」 「あー、もう時間すぎてるわね」 がーん……。 昼過ぎには古くなるのでメニューから消えるらしい。 くそう。なんでこうも縁がないんだ。 あきらめて適当に流すことに。 (ちらちら) 「なに?」 「う、ううん。別に」 (ちらちら) 「……」 ――ぎゅっ。 手を握った。 「な、なによ」 「さっきからチラチラ見てるじゃん。手ぇつないで歩きたーいって思ってるんでしょ?」 「はあ? 見てたからなんで手ぇつなぐのよ」 ちがうのか。ツンデレっ子の黄金パターンだとばかり。 「私はただそこの……それ。どうかなーって」 指さしたのは……。 『しらすクリーム』 「あー、なんか懐かしい」 前に辻堂さんと食べたっけ。 「知ってるんだけど食べたことないのよ。1人で食べるって恥ずかしくて」 「気持ちは分かるよ」 完全なネタ商品だからな。 ましてや店は……赤いのぼりが出てる。片瀬の店だ。本家のお嬢様が1人で買うのはさすがに辛かろう。 「買ってくるよ」 「うん……あっ」 1人で行こうとすると、恋奈がついてきた。 ――ぎゅっ。 「……」 「2人でいけばいいでしょ」 「うん」 あっちから手ぇつないできたことはツッこまないでおこう。 ・・・・・ 「なにこれ」 「想像通りといえば想像通りだよね」 俺は小さい奴にしてよかった。 「甘い。しょっぱい。生臭い」 「ギリギリ食えるけどね」 「知ってたなら教えなさいよ」 「あはは」 そういう反応が見たかったから。 色々見て回ったけど、ちょっと困った。 「江ノ島ってデートスポットとしちゃ微妙だね」 「そうなのよ。年寄りに人気があるから、どうも」 こう、若者らしいオサレなものが少ない。 食べ物は充実してるんだけど。お土産は数珠とか水晶とかばっかだし。 「でも上までいけばいいとこがあるわ」 「え、神社まで行くの?」 「嫌なの?」 「そういうわけでは……ただ……」 「……」 「いいから来なさい」 「高ぁい高ぁい絶景が待ってるわよ」 「いやだぁー」 ずるずるずる。 「ガクガクブルブル」 「わ、悪かったわよ」 この年で本気で泣きそうだった。 「江ノ島なんて平らになればいいのに」 「ありがたみも何もないわね」 「そんなに高いところ苦手なのにシーキャンドルではわりと平気じゃなかった?」 「平気ではなかったよ。ずっとテンパってたよ」 「ただあの灯台は、展望室はガラスで包まれてたでしょ。あれひとつでだいぶ気が楽なんだよ」 「ふーん」 「ちなみにあの展望室、1個上に開けた展望台もあるわ」 「もし行けというなら、君は彼氏が本気で泣くところを見ることになる」 「それは嫌だわ」 「まあでも、上まで来たのはよかったかも。収穫もあって」 山の中腹に立つ江ノ島神社、中津宮は、恋愛成就に縁のある神社とのこと。 なのでさっき不満だった、デートスポットに相応しいオサレなものを買えてしまった。 「恋愛成就のクシ」 木製で赤く塗られた、高級感のあるクシだ。 「これで髪をとかすと、相手と両想いになれるんだって」 「まあ日本のどっかにあと10はあるだろうありふれた言い伝えね」 「と、言いつつペアで買ってしまう恋奈でした」 「う、うっさい」 「でもこれ、ちょっと疑問だよね。とかす相手がすでに両想いだったらどうなるか、とか」 「……アンタ、恥ずかしいこと平気で言うわね」 「言ったあと自分でちょっと恥ずかしかった」 さっそくやってみよう。神社の下にある休憩所で封をあける。 「いくよ」 「ええ。ちょっと待って……」 「……っと」 「……」 「なに」 「いや、髪下ろすの、新鮮だなーっと」 「何度も見てるでしょ」 「そうだけどさ。外でってのは」 「そういや見せるのは中だけね」 「うん。だいたいベッドの中だけ」 「へ、変なこと言ってないで早くして」 長めの髪にクシを入れていく。 量が多いらしくスムーズにはいかなかったけど、キューティクルがしっかりしてて、通しやすい髪だった。 つやつやだな。 「すんすん」 「な、なに?」 「いや。いいニオイ」 甘酸っぱい、恋奈の香りを強く感じる。 「ちょ、やめてよ。汗かいてるんだから」 「いやでも、癖になる」 もう顔をうずめてみた。 後ろから抱き付く形で、うなじに鼻をくっつける。 「こらっ、くすぐったいったら」 「クンカクンカ」 「ちょ、もぉ……」 恋奈はちょっと嬉しそうだった。 「はむ」 「……」 「はむはむ」 「なにして……うわっ!」 後ろを向き、口から髪をたらす俺を見てぎょっとなる恋奈。 「……」 「美味しい?」 「ヨミヨミ」 「……」 「どん引きしてる?」 「パラメーターでいうと愛情値が20くらい減ったわ」 やめておこう。 冗談もまじえつつ髪にクシを通す。 「ン……っ」 「……」 「……は」 「恋奈、なんかエッチな声が出てる」 「エッ……、バカ。くすぐったいのよ」 「頭皮って結構くすぐったがりだよね」 「ンふ……」 心地よさそうに目を細める恋奈。 毛づくろいの好きな猫みたいで可愛い。 「はふぅ……」 「……」 ここの休憩所、日向ぼっこには最適かも。 厳しい日差しを山の緑が遮り。高い位置だから海風が吹き込む。 真夏の暑さがちょうどよくあったかい。そんな感じ。 春休みの一日みたいな、とろんとした空気だった。 「〜……」 「……大」 「うん?」 髪を撫でられ気持ちよさそうな恋奈が目を細めてこっちを向く。 「……」 「ひーろし」 「なに」 「えへへ」 空気にやられたのか、恋奈までとろんとしてた。 いかん。可愛すぎる。 公衆の場所なのに顔がニヤけた。 「んしょ」 「わは」 後ろから抱きしめてみる。 「ん〜〜♪」 嬉しそうだ。 「ねーねー大」 「うん?」 「好き」 「知ってるよ」 「すーきー」 「お、俺も好きだって」 照れてしまった。 でもぞんざいな言い方でも、恋奈は嬉しそうで。 「えへへへ。あン、髪の毛」 「はいはい」 クシを戻し、続きにかかる。 恋奈はずーっとウットリ目を細めてた。 ・・・・・ ・・・・・ 「な、なんか脳みそが溶けてた気がする」 「可愛かったよ」 「うぅ……無性に恥ずかしいわ」 珍しく油断しきったとこを見せた自分に不満げな恋奈。 「恋奈って髪おろすと感じ変わるよね」 「そうかな」 お上品っていうか、お嬢様っぽくなる。 ……その効果でお嬢様らしいポワポワ成分が湧いちゃったんだろうか? 「大はどっちが好き?いまのか、下ろしてるほうか」 「ン……そうだな」 どっちの恋奈が好きか、か。 いつもの恋奈か。 ほわほわした恋奈か。 どっちだ? 「そ、そう」 「たまにはおろしてくれるのも嬉しいけど。やっぱいつもの恋奈がいいな」 「うん……」 「いつもの恋奈は可愛いからね」 「……」 「やっぱりいつもの恋奈が大好きだよ」 「何度も言うな」 「痛!」 で、でもすぐ叩くのは改めて欲しいかな。 「そう?」 「どっちもいいけどね」 「じゃあ……」 言われるまままとめた髪をほどく恋奈。 「……」 「そ、そんな見ないでよ」 「いや、やーっぱ可愛いなって」 「そ……そう」 「おいで」 手を広げて見せた。 恋奈はちょっと照れたけど、 「あは」 素直に飛び込んでくる。 「可愛いよ恋奈」 「〜♪ もっと言って、もっと」 自分から頬ずりまでしてくる。 本音では甘えたいタイプなのかな? じゃあリクエストに応えますか。 なんとなく今日は手をつなぐのがデフォになってて、手をつないで江ノ島を出ることに。 そういえばフツーのデートなんて初めてだな。 いい休日だった。 「ねえ、明日どうする?」 「んー、またどっか行こうか」 今日はクシくらいしか買ってないのでまだバイト代は余ってる。 「他にデートスポットらしいとこってあるかしら」 「そうだな。今日はちょっとシブかったから、ハマの方にでも」 「でも今日だけじゃ回れないとこあったから江ノ島もまたいきたいわね」 「ちっちゃい島なのに意外と広いからね」 「今度は計画立ててこようかしら」 「いいね」 夏休みなんだ。どこでも、何度でもいける。 「じゃあ明日は下調べにつかって、明後日でいこっか」 「そうだね」 焦ることはない。夏休みはまだまだこれからなんだから。 いくらでもこんな日を過ごせる。 できればこのまま何事もなく過ぎて欲しいもんだ。 静かに過ぎることはないという湘南の夏も。何事もなく。 「あ」 「ン……梓」 こっちには気づかず行っちゃったけど、見知った顔だった。 「……」 「恋奈? どうかした?」 「あ……ううん」 「梓のやつ、また新しいピアスしてたなって」 ピアス?見てなかった。 「欲しいの?」 「いや、そうじゃなくて」 「高そうなやつだったけど……買ったのかしら」 「じゃないの。昨日バイト代入ったんだし」 「そっか、そうよね」 「……」 「まさかね」 「ふぅ……」 「……」 「……乾さん」 「ちょりっすー」 「……で?」 「今日こそノルマ満たしてるっすよね」 「がは……っ」 「……」 「新興勢力テスタメント……弱い。弱すぎる」 「ち、ちくしょう。俺たちの伝説が始まろうとしてたのに」 「我らの目に適う者ではない」 「〜♪ ひのふのみぃの」 「5人で14万。結構持ってるもんだな」 「うう……」 ・・・・・ 「……」 「ここも潰されたか」 ・・・・・ 「ふぁあ……」 「なんか勉強会みたいだったね」 「でもパンフレットってみるだけでも楽しいわ」 今日は2人、部屋でごろごろするがてら改めて江ノ島の下調べをした。 パンフレットとネットサイトで、どんな順序で回るか決める。 ようするにぐだぐだな休日をすごした。 んー。 「あ、ここいきたい」 「どこ?」 「この洞窟縁結びにいいんだって」 「まーた縁結び?」 「多くやる分には問題ないじゃん」 「んー」 「そうね。いっぱいやっとこ」 またパンフを開く恋奈。 ええ彼女や。 「この鐘の下で愛を誓うとよさげなんだって」 「おーいいね」 「あの神社、いろんなご利益があるのね。あっ、この水試してない」 「あー……でもこの伝説は微妙だなぁ。信憑性がいまいち」 「べつにいいじゃない。全部ためせば」 「こんなうさんくさいくらいたくさんロマンティックがあるんだから、全部でイチャイチャしたくない?」 照れるんですけど。 そんなことを話してると……。 「あっ、いけない。集合の時間」 時計を見た恋奈があわてだす。 8時半。9時から江乃死魔集会があるようだ。 「行かなきゃ……っと、髪どうしよう」 「あわてないで。結ぶよ」 こっちの髪でいるのは俺の前だけだ。結んであげることに。 座らせてクシを取る。 「ン……っ」 「……」 「……は。そ、そんな梳かさなくていいったら。普通に結んでくれれば」 「ダメダメ。女の子なんだから」 「もう……。ぁっ、ンン……」 頭皮がくすぐったがりな恋奈は、クシをいれてやると可愛い。 「ちょ、も……集会に遅れちゃうって」 「大丈夫だよ」 「もぉお……」 困った顔ながらされるがままだった。 ・・・・・ 「ごめん遅れた!」 「遅いっすよー」 「そーんなに色々試さないと不安なわけ?」 「別に不安ってわけじゃ」 「誰かさんは失恋に弱いからねー」 ぐぬ。 人の古傷をえぐりおって。 「……」 「はいはい落ち込まないの」 「ったく、いい加減乗り越えなさいよ」 ン……。 「そうだね」 「いい加減のりこえないとね」 「フン」 「よいせ」 「ふわっ」 「ん〜♪ これで乗り越えられそうです」 「う、うん」 悔しいので反撃に抱きしめてやった。 ドキッとしちゃったんだろう。微妙な顔になる恋奈。 よしよし。この反撃は効いてる。 耳に唇をあてた。 「ぁんっ、ちょ、くすぐったい」 「しばらくいいじゃない」 「も、もう」 こっちが一言しゃべるたびゾクゾクするようで、困った顔の恋奈。 もうしばらく困らせてやる。 「まったく……子供みたいなことを」 「って、ヤバい。放して大。そろそろ集会」 「んー?」 時計を見ると8時半だった。9時から江乃死魔集会だ。 でも、 「もうちょっと時間あるよ」(すりすり) せっかくイチャイチャしだしたとこなんだ。もうちょっと続けたい。 「う……もう」 「……」 「ダ・メ!」 あれ。 強引に離れられてしまった。 「遅刻するわけにはいかないでしょ。私がリーダーなんだから」 ちぇ。 結局定時についた。 ・・・・・ 「定時連絡をお願い。梓」 「ういっすー。えー、前回議題に上った新興勢力『テスタメント』。やっぱうちらに入りたくないらしいっす」 「もともとミュージシャンのライブ仲間が集まってバカやってるノリっすから、マジモンのグループに囲い込むのは難しいっすね」 「やっぱりか。ま、所詮5人程度のパンク連中。必要ないけど」 「『勧誘』を行いますか」 「いらないわ。こういう連中はその場だけOKしてすぐ逃げるから。捨て置きなさい」 「それより七浜からこっちに手を伸ばしてきてるチキンレース好きの勢力範囲だけど……」 「……」 「リョウ。どうしたの?」 「……テスタメント。調べていたのか」 「?ええ、うちに入れようかと思って」 「……3件連続。決定的だ」 「どういうこと?」 「先ごろテスタメントは潰された。手口から見て暴走王国に」 「……っ、また?」 「これでうちが勧誘を行おうとしたらチームが3つ連続で潰されたことになる」 「そういやこの前の『女郎蜘蛛』と『レッチリ』も先回りされてたっての」 「そのぶん勧誘は楽にすんだよね」 「……どういうことよ」 「テスタメント、潰された直後なら勧誘も楽なんじゃないすか」 「いらないわ。本人たちにやる気がないんだから。たぶんすぐに空中分解する」 「そすか」 「それより問題は暴走王国よ。どういうつもり……」 「なんか悪いことでもあるんすか?」 「むしろ暴走王国がみんなを怖がらせてて弱いグループはうちに入りたがってるから、勧誘が楽にすむシ」 「前回の女郎蜘蛛加入で、江乃死魔の総数は300に復帰しています」 「んー、それはいいんだけど。なんかキモち悪いのよね」 「こちらの手がことごとく読まれている」 「それも気になるけど、問題は狙いよ」 「自分たちは精鋭をそろえ、雑魚連中はこっちに回ってる。……回してる」 「こっちとは真逆の行動パターン。それでいて次に狙うところが妙に似通ってる」 「狙いはなに?」 「どっちもWinWinな関係じゃねっすか。問題あります?」 「だったら正々堂々ここにきて、手を組みましょうっていうべきよ」 「狙いが分からない。なんか気持ち悪いわ」 「そっすねぇ」 「……」 「しばらく江乃死魔の活動、休止するわ」 「はい!?」 「リョウが連中のしっぽをつかむまで休止。決定」 「ちょ、恋奈様。夏休みっすよ?せっかく人数が300に戻って、これから江乃死魔拡大を軌道に乗せようってときなのに」 「私の決定に文句があるわけ」 「っ……、いえ」 「頼むわよ」 「分かっている」 「じゃあ今日はもう解散。各員、伝達をやるまで集会にも来なくていいわ」 恋奈の命令をうけ、散り散りになっていく面々。 「……」 梓ちゃんをはじめ、何人か不服そうだった。 「……なんすかそれ」 「この時期に拡大をやめるなんて。恋奈様変わったよな」 「夏休みだからって遊びたいとか思ってんじゃねーの」 「男でも作ったのかしら」 「……」 「いいの、みんな微妙って顔してるけど」 「仕方ないわ」 「……」 「内通者がいる」 「!」 「「?」」 一条さんやハナさんすらシャットアウトして。俺にだけ、耳元で告げられる。 内通者――暴走王国って連中の。 確かに江乃死魔の情報が洩れてるみたいだし、そう考えるのが妥当だろう。 「放っておくしかないけど。人数がうなぎ上りになってるいまの江乃死魔じゃ特定はほぼ不可能だわ」 「ま、スパイを送られるなんて、さすがは湘南最強のグループってことよね」 「なんで嬉しそうなのさ」 「内通者、アンタじゃないでしょうね」 「なんでやねん」 「さすがに冗談よ。アンタ、江乃死魔の内情とか知らないもん」 「それはそれで失礼だな。知らないけど」 「はいはい。もうちょっと勉強したら容疑者に入れてあげるわ」 なんかムカつく。 「でも江乃死魔しばらく休止ってことは……、遊べる時間が増えるってこと?」 「あ、ごめん無理」 あっさり首を横に振られる。 「表立った活動を休止するってだけよ。情報を集めなきゃならないんだもの、私の時間は増えないわ」 「ちぇ」 マジメだなぁ。 ただ残念だけど、恋奈のこういうマジメなとこは好きだから困る。 「別にアンタのとの時間を減らすとは言ってないったら」 「……うん」 楽しみだ。 「しばらく休止か〜」 「なんもすることねーし、補習でも受けてくっかな」 「やっぱテスト赤点だったんだ」 「なっはっは、たったの6教科。大した量じゃないっての」 豪快だなぁ。悪い意味で。 「ちょっと待てティアラ。受けてくるって……、補習もう始まってるでしょ?」 へ? 「おう、今週の頭からだっての」 「そんなんで見極めテスト大丈夫なわけ?」 「ハッハー、恋奈様補習のこと何も知らねーっての」 「見極めの補習試験なんて口先だけ。また赤点だしゃ次はもっと簡単なテストが出っからいつかは合格できるっての」 「……」 「……」 「……無理だよ?」 「へ?」 「アンタそれ義務教育の頃の話でしょ?うちの学園は無理よ?」 「そういえば義務教育のころはどれだけ成績が悪くてもよっぽどのことがなきゃみんな学年ごとに卒業できるようになってたよね」 「ああいう甘ったれたシステムが日本を腐敗させてると思うのよね」 「でもうちらはもう義務教育じゃないでしょ。落ちたら終わりよ?」 「……」 「校則にはっきり書いてあるシ。夏冬春の見極めで赤点だしたら即刻留年だって」 「……」 「えええええええ!?やややややヤバいじゃん! 俺っち留年すんの!?」 「赤点は6つだっけ」 「アハハハ……さ、さっきはカッコつけたけど実は7コだっての」 「その7つの見極めで赤点出したら」 「ほれ、ここに書いてあるシ。留年って」 七里の学生手帳を取り出して見せるハナさん。 一条さんが真っ青になった。 「ああああああああどどどどどうしよおおおおお!?」 「テスト1発で留年って結構厳しいね」 「救済措置はあるわよ。補習を聞いてれば、担当の先生がそれとなしにテストのヤマを教えてくれたりして」 なるほど。免除される術は用意されてる、と。 補習にさえ出てれば。 「おおおお終わったっての……ワンモア1年生」 「はぁ……仕方ないわね」 「おお! なんとかしてくれんのかい恋奈様!片瀬家の謎のパワーで留年なかったことにとか!」 「この私がそんな恥ずかしい嘆願出すわけないでしょ」 「でも可愛いティアラのことだから江乃死魔内では特例として扱ってあげる。留年するようなおバカでも幹部のままでいいわよ」 「ほ……よかった」 「よくねぇ! 結局留年じゃん!?」 「まーまー、ダブりってのもヤンキーのハクがつくシ」 「じゃあハナも付き合ってくれよ」 「まっぴらゴメンのすけ」 「ちくしょー!」 100%自業自得だが、ちょっとかわいそうだった。 「落ち着いて。見極めテストで合格すれば問題ないんでしょ。テストはいつなの?」 「明後日」 「……あ、あきらめない気持ちは大事だよ」 「うー……」 「そうだ! あきらめたら負けるっての。明日死ぬほど勉強して取り返してやるっての!」 「その意気よ。がんばりなさい」 「つーわけで恋奈様! 明日勉強教えてくれっての!」 「明日?」 明日? こっちを向く恋奈。 「忙しい。却下」 「ひでー!」 明日……勉強教えるなら、当然デートは無理だ。 でも、 「うわーん!じゃあ誰か! 誰でもいいから教えてくれー!」 「あたしは他に教えれるほど良くないシ」 「……」 さすがにかわいそうだよなぁ。 でも俺も人に教えられるほどじゃない。 「そうだ長谷! 長谷のダチにいんじゃん。あのすっげー頭いいやつ!」 「へ? ヴァンのこと?」 「それそれ! あのイケメンに頼めないかっての!」 ヴァンか。 「分かった、一応聞いてみる」 電話してみる。 「もしもしヴァン? あのさ、明日なんだけど」 「うん、一条さん。ほら例の体の大きい」 「へ?」 「うん、わかった」 「どうだっての!?」 「OKだって」 「えらいあっさりね」 俺もびっくりだ。あの不良嫌いが。 「おおお〜、アイツいいやつだっての」 「ヴァンは教えるの上手いから、ほぼ大丈夫だよ」 「ただし覚悟してね一条さん」 「なにが?」 「ヴァンは効率とか考えずに詰め込んだ知識量でテストに望むタイプだから」 「最低限体調は万全に。油断すると脳みそがパンクするよ」 「こ、こえーんだけど」 「でも恋奈、これで……」 「うんっ」 明日は問題なく楽しめそうだ。 「いや、さすがにどうだろう」 ヴァンは不良嫌いだ。頼むのは厳しい。 「無理かぁ〜」 「うわーん、どうしよ〜」 2メートルの巨体でマジ泣きする一条さん。 「……はぁ」 恋奈が仕方ないわねって感じに肩をすくめ、こっちを見てきた。 仕方ない。俺は首を縦にふる。 「わーったわーった。教えてあげるわよ」 「いいの!?」 「さすがに留年はかわいそうだわ」 「やったー! さっすが恋奈様だっての!」 恋奈に抱き付く一条さん。 残念だけど、まあデートは他の日でもいいさ。 「……」 「ただし覚悟しなさいよティアラ。私が教える以上、アンタに留年って選択肢はなくなるから」 「具体的には進級を決めるか、もしくは……」 「……」 「だ、黙らないでくれよ」 「江ノ島トンビの一部になって大空を舞うだけよ」 「ひい!」 目がマジだ。 ともあれ、明日の予定がつぶれてしまった。 残念だ。 ふぁあ。 朝早く目が覚めた。 さて、今日は。 そっか。デートなくなったんだ。 どうしよっかな今日は。 姉ちゃんは……午前中教える側で補習だっけ。 暇だな。 「と、いうわけで補習を始めます」 「けっ、早く終わらせてくれよセンコー」 「……」 「どーせ補習なんか最後にテストやって終わりジャン。うざってーことしてねーでヤマ教えてくれよ」 「……」(ピキピキ) 「なにその顔? ムカついちゃった?」 「殴りたい? 体罰? 体罰?ソッコーPTA駆け込んでやるけど」 「ふふ、元気ね葛西さんは」(ピキピキ) (美人てだけでチヤホヤされる甘ちゃんセンコーなんざラクショーだぜ) (このガキ乳首ネジ切ってやろうか……) (でも学園では優しい先生でいなきゃ) 「では補習授業を始めるわね」 「早く終わらせろよなー」 (ピキピキ) 外をぶらぶらしてみる。 「あ、辻堂さん」 「よう」 偶然会ってしまった。 「おでかけ?」 「いや、ぶらぶらと」 「今年は委員長のおかげでテストが良くて補習免れたんだけど。逆にヒマで」 「夏休みってあんまりやることないからね」 「うん」 「……」 「……」 ちょっと微妙な沈黙。 でもこれでバイバイってのも寂しい。辻堂さんとはやっと気まずいのが薄れてきたんだから。 「あの、このあとさ。予定ないなら」 「ン……」 「喫茶店でお茶でも……」 「あ……」 「ヒロ〜〜!」 「んがっふ!」 「帰るよヒロ!飲むからお酌しなさいストレスがマッハ!」 「わ、分かった分かった。引っ張らないで」 「ゴメン辻堂さん。姉ちゃんが壊れてるからまた今度」 「お、おう」 ずるずるずる。 「……」 (しょんぼり) 「あっ、愛さーん。補習おわりました」 「ハッハー、ウザいセンコー煽りまくってやりましたよ。いやー面白かった」 「その時の話聞きたいすか?オレってほらセンコーなんざラクショーナンすけど、今日はまずですね」 「ウザい!」 「ぎゃー!」 「と、『因果応報』ってのはこういうこと」 「なるほどっての」 「おはよー」 「はよ」 約束通り遊びにいくことに。 「ティアラのこと任せちゃったけどアンタのダチ大丈夫なわけ? あんなのが行ってびっくりするんじゃ」 「大丈夫じゃない?前に一度会ってるし、基本物怖じしないタイプだし」 不良嫌いってとこだけ心配だけど、昨日の感じでは嫌がってる風でもなかった。 「まあ問題ができたら連絡が来るよ。それまでは楽しもう」 「そうね。ティアラもバカなだけでヤンキー相手でなきゃそう問題起こす奴じゃないわ」 多少無責任な気はするが、俺はヴァンを信用してるし、恋奈も一条さんを信用してる。 俺たちは俺たちで楽しもう。 ・・・・・ 「と、いうわけで今日君に勉強を教える坂東太郎だ」 「おうイケメン。久しぶりだっての」 「あ、ああ。久しぶり」 「顔が赤いっての。風邪かい?」 「いや」 「ひろに聞いたところ君は学園での成績が芳しくなく、明日のテストをしくじれば留年だそうだな」 「なはは。恥ずかしながら」 「なに。問題はない。留年の見極めとなればテストのレベルは大したことなかろう」 「今日中に100点くらいとれるようにしてやる」 「え……いやそこまでしなくても赤点さえ免れりゃ充分なんだけど」 「100点を目指せば誤差を含めても赤点はあり得ない」 「場所は図書館でいいな。そこのトラックに乗ってくれ」 「お、おう。なんだいこのトラック?」 「気にするな。荷物が多いから知り合いにだしてもらった」 「……なんだいこの大量に積んである本」 「君が今日中にこなす問題集だ」 「ひええ」 ・・・・・ 「しっかしつくづく変な感じ」 「なにが?」 「平日とはいえ休日にデートスポットをながす男女」 「ありきたりなくらい普通のカップルしてるのにさ。片方がヤンキーの総長なんて」 「かもね」 「何回も言ってると思うけど、恋奈が不良って変な感じ」 「うっさいわね。分かってるわよ、自分がっぽくないってのは」 「前にも言ったでしょ。それでもやりたいの。湘南制覇」 「……そこはっぽいんだよな」 「へ?」 「自分のやりたいことにまっすぐなところは、恋奈っぽい」 そういうとこ好きだ。 「……」 言われた恋奈は、ちょっと照れたのか口をへの字にする。 「……でもそう考えると、恋奈が一番ヤンキーっぽいのかな」 「はあ?なによコロコロ意見かえるわね」 「いや、前に姉ちゃんが言ってたんだけど」 「不良ってのも趣味人の一種みたいなもんでさ」 やりたいことやって、でもそれが大人にとって迷惑な方を向いちゃったのが不良。 「そう考えると……恋奈って湘南で一番不良らしい子なのかも」 「……それって褒めてる?」 「あはは、褒め言葉ではないかな」 「ま、俺はそんな恋奈が好き。ってことで」 「……うん」 「やっと見つけたのよ。私がやりたいこと」 「だから絶対に後悔しない。この道を選んで、誰を傷つけることになったって」 「……どんなしっぺ返しがきたって」 ・・・・・ 「うええ……教科書酔いしたっての」 「珍しい酔い方があるんだな」 「まあいい、がんばったから10分ほど休憩にしよう」 「おう……。2階が休憩室になってるそうだぜ」 「ちょっと行ってみよう」 ・・・・・ 「……美術品の展示場になっているのか」 「絵とか彫刻とか、いっぱいあるっての」 「ご興味がおありですか」 「ン、ああ、見ているだけだが」 「ここに飾ってあるものは、あなた方と同い年くらいの子たちから寄贈されたものばかりなんですよ」 「へー、プロでもねーのにこんな絵ぇ描ける子がいるんかい」 「うらやましい。僕にもこういうセンスが少し欲しいものだ」 「ふむ……この絵、いいかもしれない」 「そちらは去年寄贈されたものです」 「作者のRKさん、あなたたちと同学年かもしれませんよ。プロフィールは分かりませんが」 「へー、けっこういい絵だっての」 「『憂鬱な日常』。ふむ、分かる気がする」 「とくにこのラインがいいんです。この筆の痕、何だと思います?」 「?コスった後にしか見えねーけど」 「その通り。たぶん作業中に筆をぶつけてしまったんでしょう」 「ミスじゃないか」 「ええ。でも描いた子は、分かっていてあえて消さなかった」 「この絵を描くことそのものに迷いがあるんです。憂鬱な日常を抜けたくて絵を描いているのに、その描くこと自体にさえ迷いが生じてしまう」 「思春期の葛藤というものがよく出ています。本人が意図したところではないでしょうが」 「なるほど」 「これを描いたのはどんな子か見当もつきませんが。きっとマジメながんばり屋さんなんでしょうね」 「絵はやめてしまったそうですが、今ごろは他にやりたいことを見つけて」 「挫折せずに頑張ってほしいものです」 「クックック……」 「でさー、うめー棒はやっぱタコ焼き味だと思うシ」 「粉がついてないのがいいっすねアレ」 「クックック……」 「だが味そのものは普通のソースというのがいただけない。シンプルで良いが次第に飽きる」 「んー、でも飽きるのはどれも一緒だし」 「クックック……」 「私、意外とチョコレート好きなのよね」 「えー? あれは邪道っすよ。甘いもん」 「そう、邪道と言われる気持ちは分かるの。でもなぜか好きなのよ」 「分からなくはない」 「さっきからクックックって言ってんじゃん!」 「聞いてほしいアピールは鬱陶しいから聞く気なくすのよ」 「どうかした?」 「よくぞ聞いてくれたっての。実は俺っち」 「テストぎりぎり合格で留年免れた件はもう聞いてるわよ」 「テストぎりぎり合格で留年を……あれ!?」 「金曜の夕方には確認してるわよ」 「俺っちでさえ今朝聞いたのに?」 「とりあえずオメデト。ただしこれはあくまでマイナスだったのが0になっただけだから、ドヤ顔で自慢することじゃないわよ」 「いや、夏休みをつぶしてる時点でマイナスだ」 「マイナス100がマイナス20になった、くらい?」 「そんなもんすね」 「うわーんちくしょー!」 「いいティアラ。今回だけは助けたけど」 「今度この私に手間ぁかけさせたら、すりつぶすから」 「ひい!」 「夏休みの課題とか大丈夫でしょうね。終わり際になって手伝ってとか言っても出すのはげんこつだけよ」 「え……か、課題なんてやったことねーっての」 「そういうことしてるから成績保てずに留年危機になるんだろうが!」 「すっ、すんません今すぐやってきまーす!」 「やれやれ」 「大のダチ、坂東かとか言ったけ。やるわね。ときどき九九さえ危ういティアラにまともな点数とらせるなんて」 「その分スパルタだったっての……」 「ま、接しやすいし教え方もウマかったしで助かったけどよ」 「そうそう。俺っちこのあと抜けさせてもらうぜ。イケメンと約束があるっての」 「そうなの?」 「夏休みの課題片付けるの手伝ってくれるってよ。いやー、あいつ良い奴だっての」 「あ、電話来た。んじゃなみんな、先に帰るっての」 「……」 「……」 「意外な展開っす」 「ま、静かに見守るとしますか」 「そうそう。私もこのあと抜けるわよ」 「なんかあるの?」 「約束。課題、大と一緒にすることになってて」 「……」 「ほー」 「な、なに?」 「んーと、恋奈様、ブッちゃけたとこ聞いていいっすか?」 「?」 「2人ってもうデキてるシ?」 「は!?」 「じー」 「じー」 「あ、えっと、ンと……」 「ま、まあ隠すことでもないけど。そうね。デキてるわね」 「やっぱりか」 「まさかとは思ったんすけどねぇ」 「ちょ、反応うすいわね」 「だってバレバレだったシ」 「隠してる。ってほどでもなかったじゃないすか」 「そ、そうだけど。ちょっとくらい驚きなさいよ」 (全然気がつかなかった……) (ヒロ君が……あのおとなしかったヒロ君が不良と付き合うなんて) 「……」 今日は恋奈が来る予定。 でもちょっと部屋がちらかってるかも。 そういや最近掃除してない。片付けるか。 と、道具を用意したところで、 「ちーっす」 「ようこそ」 お客さんの方が先に来ちゃった。 「掃除中?」 「いや、しようとしただけ。片付けるよ」 持ってきた道具を下げようとする。 でも恋奈は雑巾を手に取り、 「手伝うわ。パパッと片付けて、それから宿題しましょ」 「いいの?」 「2人でやれば楽しいじゃない」 「うん」 そんなわけで、まず掃除から片付けることに。 掃除機とかはこまめにかけてるんで床は問題なし。 荷物を整理して、適当にぞうきんがけしていく。 「重いものが多いから、恋奈は雑巾のほうお願い」 「うん」 そういう分担になった。 大変な作業は特にない。 「よいせっと」 「ふきふき」 「ほいさっさ」 「ふきふき」 連携って感じ。 ただの掃除なんだが、なんか楽しい。 「掃除なんてするの久しぶり」 「ホテルに住んでるもんね」 「学園も業者に頼むし。雑巾に触ったのなんて何年ぶりかしら」 「結構楽しいわね。ふきふき〜♪」 そこまで頼んでないんだが床まで拭いてくれる恋奈。 遊びみたく思ってるあたり、本当に雑巾がけなんてするの珍しいんだろうな。お嬢様だ。 「恋奈の家庭科スキルってどんなもんかな」 「料理とか?んー、できなくはないけど、自信ないわ」 「そっか」 「まあ俺は一通りできるから、結婚後も困らないけど」 「は!?」 「なに」 「う……い、いや、べつに」 顔が赤くなる。 可愛い。 ぷいっとあっちを向いて、床拭きに集中しだした。 (ふきふき) ――ふりふり (ふきふき) ――ふりふり 「……」 (ふきふき) (めくり) 「ひゃああ! なにすんのよ!」 「ごめん」 床をふくたびこっちを向いたお尻が揺れる。ついスカートをめくってしまった。 「気にせず続けて」 「気にせずって……。……もう」 困った顔の恋奈。 でも許してくれるらしい。スカートめくられたまままた雑巾がけにもどった。 (ふきふき……) ――ふりふり。 (むんず) 「きゃっ」 パンツの上からお尻をわしづかみにする。 「ちょっと、大」 「気にしない気にしない」(むにむに) 「……うう」 どれだけ揉んでも、中に手を入れても、恋奈はされるがままだ。 好き放題セクハラさせてもらう。 来ちゃったなら仕方ない。掃除はまた今度に。 「さっ、課題なんて今日中に片付けるわよ」 「そうできれば最高だな」 俺はそんなに片付けられないタイプだ。 遅くなると姉ちゃんに嫌味言われるし。7月中に済むなら最高。 「はじめるわよ」 「うん」 以前の勉強会みたく、2人で机を囲んだ。 ・・・・・ のだが、問題が一つ。 「別の学園だし学年もちがうし。一緒にやるメリットあんまなかったわね」 「そだね」 まさに前の勉強会と同じ。『別々の作業』って感じだった。 まあ一緒にいるだけで楽しいからいいんだけどさ。 「えっと……。恋奈、英和辞典貸して」 「いま使ってる」 「……」 いや、支障があるかも。 携帯のアプリで代用できるんだけど……。アプリの英和辞典って見づらいんだよな。 えっと、んと……。 「……」 「ダメだ」 使いづらくて集中力が切れた。恋奈が使い終わるのを待とう。 「……」 「……」 「……」 「じっと見ないでよ」 「だって俺も辞典使うんだもん」 「落ち着かないでしょ。他の問題からやってなさいよ」 「他の問題でも使うの」 「ああもう」 「どんな問題。そんなにたくさん辞典使うのなんてないでしょ」 「えっと……」 「こんなの辞典使うまでもないじゃない。1番ア、2番エ、3番イよ」 「分かるの?」 「分かるじゃないこんなの」 「稲村ってレベル低い?うちと同じくらいじゃなかったっけ」 「偏差値的には大差ないはず」 「2年でこんなレベルだなんて。楽でいいわね稲村は」 「……」 ちょっとカチーン。 「この問題ができたってだけだろ」 「他のやつだって……うん、うん、楽勝だわ」 「じゃあやってみてよ。俺が恋奈のやるから」 「面白いじゃない」 宿題を入れ替えてやることになった。 結果は……。 「……」 「ふふーん」 「くそう!」 あっちのほうが正答率高い。 「ま、こんなもんね」 「あ、稲村がレベル低いって言ってるわけじゃないわよ。私は七里でも相当優秀なほうなんだもん」 「ただアンタのできなかった問題を私はできた。それだけだから」 「……ぐぬぬ」 恋奈はホント頭いいなぁ。 取り替えたプリントを戻す。 「……」 「これって結局、相手の正答率が低い方が自分は損するのよね」 「そうだね」 「……ぐぬぬ」 悔しそうに間違った問題に消しゴムをかける恋奈。 その日も平和な一日だった。 あっちぃ……。 7月最後の日は、真夏の訪れを思わせるかんかん照りだった。 外に出ればいよいよ夏休みとあって、海を求めたお客が連日ぶーぶー車の行進曲を奏でる。 「湘南は遊びに行くものであって住むものじゃないね」 「まったくだわ」 まあこの地方は湿気もないし、海風はあるしで最悪ってほどではないんだが。 「それでも暑い」 「こうも日差しが強いと日焼けも心配だし」 「今日は1日ごろごろしてよ」 「……私は仕事」 イライラ気味な姉ちゃん。 「学園はキツいよね。クーラーの効きにむらがあって」 「とくに補習は教室単位でしか冷房不可。廊下にでるたび暑いし、廊下に冷気を吸われて教室のなかも蒸し暑い」 「ごくろうさまです」 「コノヤロー!」(乳首ぎゅ〜) 「痛い痛い痛い痛い痛い!」 「課題進んでる? 8月上旬には終わらせるペースでやっていくのよ」 「分かってるけど今日はやる予定ない」 「私が苦しんでるんだから、ヒロも苦しみなさい」 「行ってらっしゃい」 とんでもない暴君発言を残して姉ちゃんは補習へ。 先生は大変だな。 教師に夏休みなんてないって聞くけどホントらしい。まとまった非番はお盆周りくらいだそうだ。 俺も宿題するか。 「暑いなかじゃゴロゴロしてても汗かくし」 「だがクーラー様の身元でするゴロゴロは至高」 押入れから出てきた。 「いたんですか」 「ええずっと」 「この時期の押入れって蒸し風呂だわ」 汗ぐっしょりなマキさん。 昨日は熱帯夜だったからクーラーを求めて。ってところか。 「これすげー邪魔だった」 中からボストンバッグを取り出してくる 「? なんだっけこのバッグ」 見覚えがない鞄だ。ここにあるってことは俺のなんだろうけど。 中を見ると。 「……」 「……うわぁ」 コンドーム、ローター、バイブ、ロープ。その他怪しげなグッズが色々。 「おまえ……エロ本くらいなら分かるけど」 「ちが!これは知人から預かったものです」 忘れてた。あのシャレにならん先生に押し付けられたシャレにならんものの数々を。 「ま、まあ、いろんな人がいてこその世の中だしさ。気にすんなよ、異常性癖くらい」 「ちがいますって」 「なになに。『男のコのためのアナニー指南・ひとりでできたもん』えっと、こっちの数珠つなぎになってるボールは……」 「ちがいますよ!あくまで知人の女性から預かったもので」 「オナホとか入ってるけど?」 「なんで男用の本や道具があるかは不明ですけど。何を持ってても不思議じゃない人なんです」 「わ、分かった分かった。ンな必死になるなよ。私は人を性癖じゃ判断しないから」 「分かってないじゃないですか!ホントに誤解なんです」 「あー、クーラー気持ちいい」 ごろんとベッドに寝転ぶマキさん。 な、なんだこのスルーされた感。 「はー」 「ってベッドには入ったけど、襲ってくんなよ。いくらダイでも迎撃すっからな」 「……」 完全に変態にされてしまった。 まあ半分冗談なようで、マキさんはそれ以上話題をつなげず、ベッドの上でごろごろ転がる。 「ちょっと寝ていい? 暑すぎて寝不足」 「どうぞ。マジメな俺は宿題をしますので」 「サンキュ……。は〜、涼しい中で寝れるって幸せ」 うつ伏せになって枕に顔をうずめた。 「……汗臭い」 「最近洗ってないっけ。他のやつ持ってきましょうか」 「いーよ。ダイのにおい好き」 枕を抱きしめる。 ……ちょっと恥ずかしい。 「ダイ、ちょっとこっち」 「はい?」 見てると手招きされた。寄っていくと。 「ていっ!」 「わっ!」 ベッドに引きずり込まれた。 「へへー。せっかくだから抱き枕もつかお」 「ちょっとマキさん」 「んー♪ やっぱダイってイイ匂いする。ほわーってして、ふわーってして」 胸に顔をうずめてくる。 やってることは可愛いんだが強引さは姉ちゃん以上だ。抱かれた体はぴくりとも動かなくなる。 「変態の俺をベッドに引きずり込むのはマズいのでは」 「襲ってきたら迎撃するって言っただろ」 「……マジで襲われたら、案外コロっといくかもしんねーけど」 「お、襲いませんよ」 「そいつは残念」 やり取りでもあっちが上手だった。 「はぁ……」 困るんだが。マキさんは超くつろいでる模様。 まあいっか、好きにさせてあげれば。 「……」 「マキさんも匂いすごいよ」 「汗かいてるからな」 甘酸っぱい。『女の子』って匂い。 「ほれほれ、こすりつけてやる」 「うわ、ちょ、ちょっと」 ――ニュルニュル 「あは、なんか変な感じ」 「子供ですか」 「子供だもーん」 「まったく」 ・・・・・ 「……くー」 「……くー」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「あっつ……やっぱうちに呼べばよかった」 「ま、あいつの部屋のほうが退屈しないし」 「おや。こんにちは」 「こんちは」 「……ここらの人と顔なじみになってきたような」 「まーいいや。こんにちはー」 「あれ。鍵あいてるじゃない。不用心ね」 「大、いる?」 「くー」 「ぴー」 「……」 「彼氏を訪ねて来たら、デカパイ女とくんずほぐれつだったでござる。の巻」 「なにやってんだコラァアアーーー!」 「んー? なに、うっさいなぁ」 「くぁあ……あれ、俺も寝ちゃった」 「ははっ、ダイ、寝癖すげー」 「え、うそ」(モゾ) 「ふぁ、ちょ、テメ。どこに手ぇ突っ込んでんだ」 「え? うわ!ごめんなさ……っと、抜けない」(もぞもぞ) 「んぁ、はん……っ、動かすな」 「コラァアアーーーーー!」 「痛いっす!」 「はーびっくりした」 「テメェ大ィイイーーー!よくもまあ不倫現場見せつけてくれたもんだな!」 「ご、誤解誤解」 「あらら、修羅場ってる」 「逃げたほうがよさそうだな。バイバイダイ、また夜に」 「待てコラ! 夜ってなんだぁーーー!」 「お、落ち着け恋奈。ただの夕飯の約束だよ」 落ち着いてもらうのにかなりかかった。 ・・・・・ 「うー……」 落ち着いたはいいものの、まだ不満げな恋奈。 「ゴメンってば。ホントにマキさんとは何でもないから」 頭を撫でてあげる。 「大のことは信じてるけど」 「でもやっぱりおかしいわよあんなの。なんで一緒に寝てんの。てかなんで腰越がフツーにこの部屋にいるのよ」 「色々と経緯があるんだけど。結論からいうと、ほっとけないじゃんあの人」 「……」 「あの人のことはもう家族の一種っていうか、ほら、気分次第だけど俺のこと守ってくれるだろ。だからご飯出してギブ&テイクっていうか」 「でも恋奈に誤解させたのは悪かったよ」 「……」 「……まあ、そこまで言うなら」 ぶすっとした様子ながら責めないでくれる。 なんだかんだで俺のこと信用してくれてる。 良い子だ。 「……」 「ン」 口をつきだしてきた。 キスする。 「……」 「……っふ、ちょっと腰越の匂いがするわ」 「くっついてたからね」 「もう」 「私以外の女の匂い、させちゃダメ」 「ゴメン」 抱きしめた。 ・・・・・ ベッドの上をもみくちゃになって転がる。 じゃれ合う。って表現が近い。子供みたいに体をぶつけ合って遊んだ。 恋奈の髪はおろすと意外に長くて、両方の体に絡まる。 ごろごろごろごろ転がって、 止まる。 「オーイエー」 「ふぇっ」 大股開きで俺の顔にまたがっちゃったのに気づいたんだろう。あわてる恋奈。 「ちょ、ちょっと見ちゃダメ」 あわててスカートを押さえた。 べつにスカートがあっても、下から覗いてる俺には効果ないんだけどな。 「えー、いいじゃん見せてよ」 見えてない風に言ってみる。 「だ、ダメ。恥ずかしい」 じゃあどけばいいのに。 ガードしようと股をぎゅっと閉じた結果動けなくなっちゃってる。 それに変にスカートを意識させるから……。ふわふわしたフレアの形状と、のぞく下着が妙にいかがわしく思えて。 「見たいなー恋奈のパンツ」 「う……」 「見たい見たい見たーい」 「や、やだ」 「じゃあこれでどう?」 体勢的に顔がきているズボンをおろした。 ――びんっ。 「ひゃんっ!」 ひらひらするスカートに刺激されたものが、はじけ出て恋奈の鼻先をかすめる。 「これでフィフティーじゃない?」 「ぱ、パンツまでおろしてるじゃない!」 それもそうか。 「じゃあ恋奈もパンツ以上に見せないとな」 「あぅ……」 話の方向性が分かってきたんだろう。困った顔になる恋奈。 「こ、こんな昼間から?」 「いいじゃん。これなら一発でマキさんの残り香も消えるよ」 「そうだけど……」 「あっ! 待ちなさい。アンタさっきのこと誤魔化そうとしてるでしょ」 バレたか。 「でもいいでしょ」 「ねーあそぼー。遊ぼ遊ぼ遊ぼーよー」(ぶるんぶるん) 「ちょ、ふわ。顏にあたってるって」 ウザい感じに腰をゆらす。連動して生えてるものがぺちぺちほっぺを叩いた。 「ねっ、恋奈」 「うう……」 「あんた……前々から老成してると思ってたけどちょっとオヤジ臭いわ」 ひどい。 「なら俺の若さを見せるよ」 「だからその言い方がオヤジくさ……んぁ、こすりつけないで」 パンパンになってるものがあたるので、恋奈はもう顔を真っ赤にしてる。 「そうだ。今日は遊ぶのに最適なものがあるんだ」 「へ?」 「オモチャで遊ぼう」 ベッドの下にあるボストンバッグに手を入れた。 なにが入ってるか知らないが、適当にとればエロいものにあたるはず。 なにが出るかな♪なにが出るかな♪ 「これだっ」 「はい出ました。パールロータ〜」 「なんなのそのノリ」 新品っぽいんで封をあけ、電池を入れた。 ――ヴィィイーー。 「おお〜」 使うのは初めてだけどホントにこういう音がするんだ。 「ほれ」 「ひゃんっ」 太ももにあててみた。 ――ヴィヴィヴィヴィヴィ。 「ひゃっ、あっ、ちょ、くすぐったい」 「くすぐったいだろうねこの動きは」 細かな振動が肌を舐める。 ひくんっ、ひくんっとヒップを反応させる恋奈。スカートのガードが微妙にゆるむ。 「ほい」 「ひゅわわわわわ」 内ももへ当てる。 細くて無駄な贅肉のない足が、ぴくぴくと緊張するみたく反応してて面白かった。 ちょっとずつ上にあげていく。 「あっ、あっ、あっ、大。こら……」 「なに?」 「それ、な、なんでそんなもん持ってるのよ」 「色々あってね。どんな感じ? こういうのって気持ちイイの?」 漫画なんかだと女の子に潮吹き失神させるお約束だがリアルにはどうなのか興味ある。 「んぅ、き、気持ちイイっていうか、くすぐったい」 落ち着かなそうに腰をもじもじさせた。 声にも感じてる風はない。 なら、 「ここは?」 ――ヴィイイイイイ 「ひゃああああ!」 いきなり腿の付け根。ふっくらした下着のクロッチに当ててみた。 たまらず悲鳴をあげる恋奈。刺激が強いらしい。 「い、いきなりはやめてよバカぁ」 「ごめんごめん。で、どう?」 「あぅ……どうって言われても、くすぐったいとしか」 んーむ、やっぱりくすぐったいだけの模様。 おかしいな。ローターって女の子に即アヘ顔Wピースで色んな汁吹いてイかせまくる夢のスーパーアイテムじゃないのか? まあいっか。効果が薄いなら。 ――ヴィヴィヴィッ ヴぃヴぃヴぃヴぃヴぃ。 「んぅ」 ――ヴィィイイイ……。 「うううう……」 しつこくしつこく当てつづけた。 布地の奥には、もう何度か見た縦線一本のシンプルで、中は緻密にピンク色が渦巻くスリットがある。 イタズラする理由は充分だった。 「……っ、……っ」 微妙に恋奈の吐息も弾んでる気がするし。 「気持ちよかったら言ってね」 「……」 「〜♪」 オモチャを使うのは結構楽しくてテンションあがってきた。スカートに隙のできたお尻に頬ずりする。 と、俺の機嫌が伝わったのか。 「……もう」 恋奈が『仕方ないわね』って感じに笑う。 「……ぁむ」 「うおっ」 「はちゅ……ぁむ、れる、んるんる」 「今日はアンタに合わせてあげるわよ。……ンむる、ちゅぷ、ぺる」 顏の前においたものへキスが来た。 ピンク色の舌を小さくさしだし、舐める。 「おお……」 初体験だ。なんか嬉しい。 「ぁむ……はむ、ちょっとひょっぱい」 「ちゅぷるっ、ぬむ、ちゅぷちゅぷ……どう?」 「うん、気持ちいいよ」 (あれ? 意外と冷静) (フェラってされるとすぐに『あうう〜』って言って出しちゃうもんじゃないの?) (しつこく舐めれば変わるかな) 「んぷ、んちゅる、ちゅぷ、んぱ。ちるちるちる」 「あっ、ぅ……っ」 最初は『お返し』って感じだったのに、真剣に舐めてくれだした。 未経験のぬるっとした柔らかさが、亀頭をちょん、ちょん、叩く。 気持ちイイ。 そこから、 「ちゅぷち、ちゅぷっ、ちろろ、ぴちゅぷっ。んぱ、んる、ンンるるるる……っ」 こする感じでなめてくる。 「うは……んは、っ、……っふ」 (イイ声が出てきた) 「っ、う」 静脈のういた竿の部分にやわらかく濡れたものが這う。 ぬるーってした感触は、快感っていうかいやらしい。いやらしくて気持ちいい。 うう、 ――ヴィヴィヴィヴィ……。 「はむ、あちゅ、んる、んろ」 ――ヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィ。 「ちゅぷっ、ちゅぷる。ちゃぷちゃぷ、んるるる」 な、なんか俺だけ感じてて恋奈に余裕があるのが悔しい。 このローター役に立たないな。 服の上なのがダメなのか? ――にゅく。 「ひぁんっ」 パンツの中に入れてみる。 「っ、ンン……。ちゅぷ、ちゅろ、にゅるにゅりゅ、ンちゅるるる……」 微妙に声の感じが変わった。 お尻全体もぴくぴくし始めてる。 「ほらほらリラックスして」 さすさすと丸いヒップを撫でてみた。 「っふぁ……っ、ん、あ、あ……」 「あれ」 ローターよりイイ反応。 しつこくなでなでしてると、 「あふ……んんぅ、ああ、は……」 「……」 やっぱりイイ声が出る。 これって、 「恋奈はローターより俺の手の方がいい。と」 「は?」 「嬉しいよ恋奈。いっぱい触ってあげるからね」 「なに言って……っふぁ」 ぎゅーっと薄めの肉付きを握る。 指が食いこむくらいの力。 「あの……んは、も、……ぁうう」 強ければ強いほど恋奈の声はエロくなる。 うんうん。俺の手、気に入ってくれてるみたいだ。 ぶるぶる震えるローターも押し付けながら、パンツ越しのお尻をもみまわす。 「っは、も、ンン……もう」 「ぁんちゅ、んぷ、ンにゅンる、ちゅぱるっ、ちゃぷ」 「っひゃあ、はぁ、はぁあ。ひゃあ」 子供っぽい薄ピンクの唇は、しきりに俺のものにかぶさりながらも甘ったるい吐息が途切れなくなってきてる。 感じてる。間違いない。 強めにお尻を揉みながら、 ――ヴィィィィン……。 「きゃぅううん……っ」 神経を高めながら押し付けると、ローターの刺激にも可愛い震え声が出た。 コツがつかめてきたぞ。 「イイ感じだよ恋奈。お尻が発情してきてるね」 「なに……エロいこと言ってんの」 「だってそうでしょ」 「このまぁるくて柔らかくて……イイニオイのするお尻。さっきから揉んでほしがってる」 「にっ、ニオイはかぐなぁっ」 谷間に顔を埋めて頬ずりした。 「すーはーすーはー」 「かっ、かぐなっつーに!」 マシュマロみたいな、パンケーキみたいな、あったかくて柔らかいボリュームの谷間では甘酸っぱい女の子香りが煮詰まってる。 「ふしゅー、ふしゅー」 「あああっ、んっ、んん……ぅうう」 「なに恋奈。エッチな声が出てるけど」 「うるさいわね。あんたが鼻息荒くするから、中、来てて」 息がパンツの中まで行っちゃってるらしい。 でも顔をはなしても、 「あう、はぅううん。んんぅうう」 「息関係ないじゃん」 「じゃっ、じゃあそのブルブルするやつ外してよ!」 熱くなってきたことで、ローターにも攻撃力が出てきた。ってとこか。 ――くにゅ。 「きゅぁああんっ」 押さえてみると、ワレメが柔らかくなってるらしい。ローターはぬんめりした肉の隙間へ沈んでしまった。 「わー、恋奈様やらしい。オモチャ全部食べちゃった」 「うるさ……は、ひゃあ、あぁああ」  ? 「ぁんっ、んっ、んふぅううう、ううっ、んぅう。やっ、大、大ぃこれ変。へんな感じ……ぁっ、あああ」 反応が跳ね上がった。 ためしにショーツからまだ半分顔を出してる卵型を、全部沈むまで押す。 「ひぃああああああ、ぅんぅっ、んぅううっ」 「ひあっ、やっ、あたるっ、奥。やぁああん。なにこれ、なにこれぇっ」 「すごい声」 皮膚の表面では大したことなかったけど、中の粘膜に触るとキツいらしい。 「も、もおぉお、バカぁ」 「ぁむっ、はむはむ。れる、ちゅうるる」 反撃したいのか恋奈がそそりたつものへ勢いよく舌をからみつけてきた。 キャンディバーにする感じだった優しい舌づかいは、はっきりと攻撃のそれになる。 「んぷ、ンぱぅ、はふ、はぅん。ちゅぷ、ちゅむ、んるんる」 蔦みたく巻きついてくる舌。 「ぅぁ……れ、恋奈、ちょっとキツいよ」 「んふ……♪ ちゅぷ、ちゅるっ、ぺちゃぺちゃ」 俺がヨがってるのを見ると、もっと攻撃的になる。 「んんっ、んふぅ、ちゅぷぅ、ちゅるる」 「っ」 ぷるぷるの唇が亀頭におおいかぶさってきた。 ヌルヌルでざらざらした舌が雁首にくっついたまま、熱い口内まで飲み込まれる。 「ぷぁう、あ、アンタだってすごいニオイ」 「……頭ぼーっとしちゃうじゃない。はむ、んんん。ちゅるぅ、ぢゅぶ、れるれるれる」 やっぱ恋奈、根っこの部分はサドいんだな。 だからこそこっちからも責めたくなるんだが。 「こんなにいっぱい舐めてくれて」 「お返ししないとな」 「ン……ぇ?」 パンツを半分ずらした。 真っ白なお肉があらわになる。 全部はおろさない。ローターを押さえたクロッチ部は動かさないままなので。お尻を半分だけ。 (にへ〜) それでも充分だ。 「すんごいイヤな顔してる」 もう結構見慣れてきたんだが、ずっとパンツで隠れてたせいか、剥いた感じがすごい興奮した。 それに、 「恋奈のここ、いいニオイなんだもん」 改めて顔をつっこむ。 「んぅっ、ちょ……はんっ」 ぷりんぷりんのお肉に頬ずりしながら、 パンツがあっちゃ拝めなかった場所を、 ――ぺちゃ。 「っひゃうっ!」 (ぺろぺろ) 「にゃあああんっ、ばかっ、どこ舐めてるのよぉっ」 「そっちがいっぱい舐めてくれるから、お返し」 白いお肉の谷間……ピンク色になってる底で、一番色の濃い部分を舐めた。 肉の白さと粘膜のピンクが入り混じった色合いの中には柔らかく舌が沈む箇所がある。 ――ヌルゥウウ。 「んぁああああひぃいいいんおしっ、お尻なめるなぁあ」 「ナメてない。俺は恋奈のアナルに無限の可能性を感じてるからこそこうして愛情込めて」 「舐めるの意味がちが……あっ、あっ、あああっ」 「ほーら、肛門の皺一本一本までお返しするぞ〜」 先っちょは穴の中へ沈めたまま、周囲を円をえがくようにして舐める。 「っ、ううううっ、きたないきたないっ。きたないでしょっ」 「だいじょぶ。いいニオイしかしない」 「匂いの話をするなっ!」 本気で怒ってる。 でも汚いって感じはしなかった。暑い中で蒸れたらしく、汗のニオイが濃い。 「少なくとも俺のちん○んよりは美味しいはず。れろれろれろれろ」 「んん……っ、ゅ、あっ、ん、ンン」 文句を言いたがる恋奈の口は、ネッチリ舐めるとすぐに大人しくなっていった。 ――ニュチニュチ。 「んっ、んん」 ――にゅるにゅるにゅるにゅる。 「あああああん……っ」 「可愛い声。もう感じてるでしょ恋奈」 「う……ぅるさぁいっ」 ローターに刺激される前のせいで、後ろの刺激も簡単に快感に転化した。 べとべとになった穴は、皺の裏からむくっと持ち上がってていやらしい。 「ユルむの早いな。恋奈、アナルセックスの才能あるかもよ」 「嬉しくないわよっ」 「……ンひっ、ひっ、ひぃいいい……っ、っ!」 指を入れてみても、結構簡単に呑み込んでいく。 「んぁん、あーん、やだやだ、お尻やだってば」 「痛い? ならやめるけど」 「……痛くは」 むちっと肛門筋が指に食いついてきた。 ヨロコんでるよなぁこれは。 「なら安心だ」 「あああおなか、お腹が変になる。あつくて、ぶるぶる……んぅうううう」 ローターの刺激も深まってきたっぽい。恋奈はもうセックス顔負けに感じて、アヌスを突かれたまま腰を動かしだした。 「ローターも気に入ってるね」 「んぁああ、だぁ、ってぇえ」 「お腹が痙攣はじめてるよ。一回イキたいんじゃない?」 「そん……ぁうっ、あぅ、あうっ!」 「あぁああああぁぁああ〜〜〜〜〜……っ!」 あれ。 「ひゅはあっ、はあっ、あああっ。んぅ……う、はあ、あ……」 イッちゃった。 あそっか。ローター使ってるから俺は普通にしててもあっちは一方的に追い詰められるわけで。 「あぁぁあ、や、いま、いまイッたのに。イッたばっかなのにぃい……っ」 しかも次の波が来てるようで、早くも脱力しかけた体がまた震えだす。 「恋奈、オモチャと相性いいんだ」 「しら……ないっ、ひゃああっ、ぁは、ひゃあああっ」 さっきまで苦手そうだったのが、1回ならすとここまで感じるとは。 もう1個くらい使ってみたいな。 「んーと」 なんかエロいアイテムはないか。もう一度ボストンバッグを探った。 えーっと、あれでもないこれでもない。 「これだっ」 1個取り出した。 なんかゴムのロープみたいなやつだ。途中にいくつかボールがついてて……。 ナイスタイミング。 「恋奈、オモチャ増やすよ」 「はぅっ、はふん、あんっ、あんんっ」 聞いてない恋奈に一応断る。 こっちも新品で、封をあけるとおあつらえむきにパックでローションが入ってた。メーカーの心憎いサービスといえよう。 もう穴は唾液でねっとりだけど。こっちも念のためローションで滑りやすくして。 「はーい入れまーす。痛かったら言ってくださいねー」 「あぅ……はぅ!?」 意外なところに来た感触に、恋奈が目を丸くする。 さきっちょのボールは小さい。押し込めば、開きがちの穴はぬるっと簡単に飲み込んだ。 「あああああっ!?ひ、大? なにっ、なにして……ふぁ」 「2個目」 ――にゅるん。 「んぁああああんっ」 おー入る入る。 結構簡単に入る。 「あ、でも3つ目はちょっとデカいや。痛かったらやめるからね」 あてがって、力を込める。 ――ぐぐ……っ。ぐぐぐぐ……っ。 「うっ……、ンぁあああ、やあっ、らめぇえ。お尻ひろがるぅうう」 やっぱちょっと太いらしい。キツそうだった。 無理かな。やめようかと思ったけど。 ――ヌム……む。 「お……」 ――にゅむる。 「ぁうく……」 「入っちゃった。すごいよ恋奈、恋奈のお尻が自分から飲み込んだ」 「か、解説はいい……あぅっ」 「な、なかで、ぶるぶるとあたってるぅうう」 腸に入った太すぎるボールが、膣のローターと共振してるらしい。恋奈はもう目を白黒させてる。 「あはっ、はっ、はへ……ぁ、はぁ」 「……はむ」 吸いつくようにして目の前のペニスにキスした。 「はむ、ぁあむ、んちゅる……れるぅう。ぁむぁむ、んふぅう大ぃい……んちゅ」 「はは、エロモードに入っちゃったか」 イクぎりぎりのところで、思考が鈍ってるんだろう。すがるに近いくらい甘えてくる。 こうなると思いっきり深くイクから嬉しい。 「初めてのアナル開発で本気イキできそうだね。やっぱ恋奈、才能あるよ」 「だぁ……って、お尻気持ちいいから」 恥ずかしそうに言う。 可愛い。 「それでいいよ。恋奈が気持ちいいと俺も嬉しい」 「ほんと? えへ、大も気持ちイイ?熱いのいっぱい出しちゃう?」 厚肉に頬ずりしながら言う。 「うん。いっぱい出すから、いっぱい舐めて」 「はぁい。はむっ、んん、ちゅぷるっ。ぢゅぷぢゅぷぢゅぷ」 舌と一緒にたっぷりなヨダレをからめて奉仕してくれる。 「はぁん、はぁ、はぁあ、あふ、ぁむぅン」 「……こっちも行くよ」 ――にゅぽぉ。 「くひぃんン」 ボールの量を増やした。 ボールは4つめからは適度なサイズだから、一気にペースをあげた。 入るたびにローター振動をうけたものが、腸を舐めながら奥へ奥へと進む。 「んっ、んぅううん。ああ〜、お尻が、お尻がぁ」 「はぁ……ぁあああ、ぁっ、ンっ。うう」 「もっ、だめ。大……もぉイク。もういくぅう」 「ン……いいよ。俺も出そう」 息巻いてパンパンに張った亀頭に口をつけたまま、ひくひく下半身全体をひきつらせる恋奈。 初めてだってのに、口で受けてくれる気らしい。 嬉しいけど、大丈夫か。あっちだってイキかけてるのに。喉をつかないだろうか。 「んふぅう……大ぃ、早くぅ」 でも恋奈は本気のようで。 なら気持ちに甘えよう。 「イクよ恋奈。口に出すから」 「ぅんっ、うんっ」 なるべく腰の位置をおちつけ、出した拍子に喉をうたないようにする。 お尻へふくませたボールはムチのように振って、ローターと協力して中身を責めながら、 「っはっ、っふぁっ、ンちゅ、んん……っ」 「っく……、ううう……っ!」 ――びゅちゅるるるるるるっ! 「くぁっ」 「んぷぉ……っ」 ヤバい……っ。 快感にまけてつい腰が跳ねてしまった。硬い切っ先が恋奈の喉をつく。 「んぐんっ、ふぅんっ、ん、ンンン……っ」 「んぶぅううう……っ!」 でもむしろそれが、恋奈を限界値へ押し上げたみたいだった。 「っぷぅううううううう……んん……っ!」 びゅるびゅると精液にふさがれた口のなか激しい咆哮を放つ恋奈。 イッた……またイッたのが分かる。 我慢できず口の端から白濁をこぼし、小さくせき込んでる。 でも、 「んんぐ……、んく」 「ンく……っ、ンく……っ」 「んぷぅうう……」 初めてのフェラなのに。恋奈は口にある俺のモノを、全部飲んでいってくれた。 「あ……」 ――ムチ……、ヌチ。 それと連動するように、お腹が動いてるんだろう。ユルんだアナルがボールを吐き出していく。 ちょっとシュールで……、 でもめちゃくちゃエロい光景だった。 「恋奈、口よりもさ」 腰を引いた。 口にだすのはさすがに苦しがらせると思う。といって初フェラなのに、ティッシュとかにだすのはもったいない。 口からぬいたペニスを頬にこすり付ける。 「……いい?」 「……あは。もー、エグいこと考えるわね」 顔射。恋奈的には口に出すよりハードルが高いんだろうか、苦笑気味だった。 でも答えは予想通り、 「いいよ。大の好きなように使って。私の身体」 口には含まず、ぺろぺろと亀頭を舐めてくる。 「それじゃあ……」 こっちはこっちで、目の前にあるお尻をつかんだ。 「好きにさせてもらう。恋奈のこと、アナルでイカせてみる」 「は……?」 「さっきからヨさそうにしてるしさ。これ一気に抜いたら絶対イクと思うんだ」 ローションを継ぎ足し継ぎ足ししたアヌスはすっかり柔らかくなってる。 多少乱暴に引っこ抜いても大丈夫そうだ。 「え……一気に、って……ええっ!?」 「いくぞー」 さっそく力を込めた。 柔らかくても穴は狭い。カブの収穫よろしく、力を込めて……。 「やっ、ちょっとまって抜くならゆっくり……あっ」 ――ぽこん。 最後に入れたボールが飛び出す。 それだけで恋奈の文句はなくなり、 ――ぽこっ、ぽこっ、ぬぽっ。 「ひあっ、ひっ、……んぁっ」 小さめの玉を抜くときは、甘えた声が出てる。 「うん、気持ちよさそうだな」 「そっ、そんなこと」 「一気にイキまーす」 「や……っ」 ――にゅぷぷぷぷ……っ! 「きゃぁぁあああああああんっ!」 ローションをまきちらして、ハート形のお尻からつらなるボールが抜けていく。 恋奈の声がひときわ高くなり……。 ――ぬむ。 「んぐ……っ」 例の、3つめの太ボールがくる。 でもこれも一気に――。 ――ニュク。 「ひ……」 ――っぽんっ。 「あぁぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜っっ!」 あ……イッた。 格別太いのでアヌスをひらかれ達する恋奈。 ……ぎゅっと俺のモノをつかむ。 ――びちゅびゅるるるるるるっ! びゅるるるっ! 「はぷぁああんっ」 結局酷なことになったか。一緒にイッたことで、恋奈は息が苦しいタイミングで周りの酸素をエグい臭素で包まれることに。 「ひあっ、ひぁああっ」 その後もポコポコと2番目1番目のボールをぬくたび甘えた声をあげてた。 「あはぁ……はぁあ、はー……っ、はー……っ」 「はぁ……はぁ……」 「どうだった?」 「ううう……バカ。お尻に変なクセつけないで」 「あはは。ごめん」 「でも恋奈才能あるよ」 「……知らない」 俺の上からどき、顏や口を拭いていく恋奈。 「んっ……」 ローターも抜こうとしてる。 「待った待った。これはダメだよ」 「な、なんでよ。むずむずして落ち着かない」 「それがいいんじゃない」 抱きしめる。 「今日はローターの可能性を最大限に発掘したいんだ」 「は……?」 「俺の研究によると、ローターを使うことで簡単に女の子をアヘ顔Wピースにすることができる」 「ねーよ」 「さあ、アヘるんだ恋奈!」 「にゃあああああああああ!」 とまあこんな感じで、 マキさんとの一件は恋奈のなかから飛んだようだった。 「ハーッ、ハーッ」 「も、もうよろしいでしょうか」 ボッコボコにされてベッドに転がる俺。 「ホントに腰越とは何ともないんでしょうね」 「ないってば。気が合うっていうか、友達は友達だけど、それだけだよ」 「フン――」 「まああのバケモノの場合、アンタと出来てたら今頃私、血祭りだろうから一応シロってことにしてあげるわよ」 「なによりです」 そこまで冷静に判断できるならこんなに怒らなくても。 まだマキさんの香りが残るベッドで寝返りを打つ。 と――。 「ところでさっきから気になってたんだけど、この鞄はなに?」 「へ?あ――」 置いてある鞄をあける恋奈。 中身はもちろん……。 「……」 「……」 「……」 「OK、殺せよ」 ・・・・・ 「アンタの異常性欲がどのレベルかは私が一番知ってるから、信頼してあげるわ」 「その冷静な判断力は殴る前にだしてよ」 「殴る前に判断したわよ。ただ殴りたかっただけで」 よりひどいじゃん。 「にしても色々あるわね。なにこれ。何に使うの?」 「分かんない。どう使うかもわからないのがたくさんある」 「何に使うかはわからないけど、なんとなくわかってしまうところがヒワイね」 「あ……これ知ってる」 ピンク色のデカい芋虫みたいのを手に取る恋奈。 「オナホール……っていうんだっけ?」 ・・・・・ 「立てなさいよ」 「いや、あの」 「立てなさいっつの」 「言われて出来るもんじゃないってば」 ズボンを脱がされてしまった。 いやそれ自体はいいんだが……。 「なんで手まで縛る」 「気分の問題よ」 よく分からんがSモードらしい。 俺を抵抗できないようにして、それで、 「ふふふふ、情けない格好ねー」 「……マジで情けない」 下半身はすっぽんぽん。アレを丸出しにされてる。 「恋奈ーぁ。勘弁してよ」 「うっさい」 「これって私が見るときは常にギンギンなイメージがあるんだけど」 「それはまあ、若い証拠というか」 「……」 「ていっ」 「わ」 「これでどう」 「な、なに言ってんだか。パンツ見えたくらいでそんな……」 「おー、元気元気」 はは。長谷大。長所は若さです。 顔をまたがれたので視界はほぼ恋奈のパンツでふさがれた状態。 盛大に勃起してしまった。 「ほんとチョロいわね、アンタ」 恋奈、自分がすごいエロい状態なこと気づいてるんだろうか。 「まあいいんですけどね。パンツ見せてくれるならなんでも」 シックスナイン、だっけ。初めてしたけどすっごい格好だ。 太ももと、アップなお尻のせいで、顔をはさむ空気が生温かい。 甘酸っぱいにおいも漂ってきて……。 「んせっ。……あ」 「ばーか。動けないことくらいわかりなさいよ」 手を縛るロープはかなりキツくて、ベッドにくくりつけられてた。 ヒップは目の前にきてるんだけど、俺の体はそこまで届かない。 「ぐあ! 生殺しってやつか!」 「YESYES♪」 やっぱSモードだ。 しかも問題なことに、 「いつもよりボッキすごいんじゃない?」 「否定はしない」 俺もプチMモードになってるらしい。 「男ってヘンなの」 微妙に失礼なことを言いつつ、さっき取り出したものに手を伸ばした。 「立ててなさいよ。……っしょっと」 ――ぐにゅり。 「う」 「装着完了〜♪」 「改めて聞くけどなんで使いたいのさこんなもん」 なんか見つけたら試してみたくなったらしく脱ぐよう言われてしまった。 今日の俺は拒否権がないので従ったけど……。さすがに恥ずかしい。 「どう? オナホってどんな感じ?」 「どうって言われても。んー、想像通りとしか」 手で触ったときのふにゅふにゅ感がアソコをくるんでる。 それ以上でも以下でもない。 「なにそれつまんない。いつもみたいにヒャッハーヒャッハー喜びなさいよ」 「そんなこと言われても」 いつもは『恋奈とエッチ』って意識する補正があるからヒャハってるけど、これだけではニントモカントモ。 「あと太くし過ぎ。入れにくい」 「俺にはどうしようもないよ」 「んぅ、ここよじれてる。うまく戻ら……あっ、こっちがめくれた」 「直せないじゃない。ちょっと小さくしなさいよ」 「ふぁっ、くすぐったい。鼻息荒いわよ」 「わがままお嬢」 「なんですって?」 「なんでも」 「なんかこれ使いにくいわ。どうなってるのかしら」 「そうだ。箱に使い方の項目が……」 「これね」 ――むぎゅう〜。 「うぇんわ。はわはいふぁい」(※ 恋奈、鼻が痛い) 顔に乗っかられた。 接触面はふにゅふにゅだけど、体重はあるので頭蓋骨が圧迫される。 のだが。 「んぁ、くすぐったい、しゃべらないで」 わがままお嬢め。 「なになに。ローションなどでしっかり馴染ませて使用してください。潤滑剤がなくては痛みが生じることが……」 「ローション持ってる?」 「ないよ」 潤滑剤……最悪溶かしたバターとかでいいらしいけど顔を踏まれたまま手の届く範囲にはない。 「困ったわね。うちならあるけど取りに戻るのも……」 「恋奈がローション?!」 「乾燥防止のやつよ。脳のシナプスがエロいほうに行きすぎ」 「なんだ」 安心したような、残念なような。 「てかアンタなんで顔踏まれてそう普通なの」 「ノーコメント」 姉ちゃんに踏まれ慣れてるからな。 「よっと」 腰を浮かせてくれた。 助かったの半分、もうちょっと楽しみたかったの半分。 「ローションないから、アンタ出しなさい」 「は?」 「いつもヌルヌルするやつだしてるでしょ。アレ出しなさい」 ――ウニ。 「……ぅ」 握られた。 「こうやると出てくるわよねーいつも」 ゆる、ゆる、しごかれる。 「あっ、あっ」 先走りを絞りだすつもりらしい。 してくれるなら大人しく従うけど、ちょっと恥ずかしい。 「いきなりイイ反応するわね。オナホじゃ冷めてたのに」 「だって恋奈の手、生々しいっていうか。エロいんだもん」 「微妙に失礼ねアンタ」 「……そういえばこんな風に触るの初めて。わぁ、手で触ると一段と熱いわ」 興味深そうに、握ったものをいじってきた。 う……、指がいろんな角度から絡みつく。 「え、エロいって恋奈」 「エロく触ってるのよ」 俺が焦ってるのが分かったからか、Sっ気全開ににんまり笑いをうかべる恋奈。 いかん。この子は調子に乗せるとヤバい。 「ここが亀頭……変な形よね」(いじいじ) 「先っちょへむけてだんだん細くなって、ここで急にめくれるみたいに太く」(いじいじ) 「こ、こんなの入れられるんだからキツいわけだわ」(いじいじ) 微妙にお尻をもじもじさせる。 「ううう」 細い指が、敏感な亀頭を中心にいろんな角度から触ってくる。 気持ちいい……っていうか。むずむずする。 床屋で襟足をそられるときみたいな感じ。気持ち悪い気持ちよさ。 「あ、あの恋奈。もうちょっと強く」 「? どうして」 「いや、あの」 感じちゃうから。 っていうのは恥ずかしい。どうしよう。 「……」 「感じちゃうんだ?」 「うぐ」 気づかれた。 「へぇ〜、敏感なのね。可愛いじゃない」 「う、うっさいな」 他人に触られるって変な感じだ。 自分のときとちがって敏感さが増してる気がする。亀頭から生じたむずむずのせいで、竿の部分に触られるのも慣れないくらい気持ちイイ。 「ちょっと待ちなさい。知的探究心ってやつが湧いて来ちゃったの」 悪辣に笑いながら、ぎゅっと亀頭の下側。雁首の数センチ下を握る恋奈。 ――ひくん、ひくん、ひくん。 手のひらで反響する脈が、俺自身に届く。 「脈打ってる……」 恋奈も聞こえたみたいだった。 「変なの。カチンカチンなくせにやっぱ人体なのね」 「あ……、ここも反応してない?」 ――ツ。 「うぁっ!」 意外なところに感触が来た。声がひっくり返る。 ペニスの根元。玉袋だ。底からそっと持ち上げるようにしてくる。 「あの、恋奈、そこはマジで」 「分かってる分かってる。乱暴にはしないわ」 人体急所なのは分かってくれてるらしい。優しくしてくれた。 優しく。 ――ふにふに。 「っ、う」 ――ふにふに。 「……ぁぁあっ」 「あははっ、ここもイイんだ」 「うるさいな」 亀頭からくるムズムズとはちがう。猛烈なくすぐったさに体をねじった。 でも俺が反応するほど。 「ほれほれ」 「あうっ、うあああ」 「ここは……○陰っていうんだっけ。あは、ここが一番熱い」 ありのとわたりまで撫でたり。 ――くにゅ。 「おわああああ!」 「へー、男でもお尻の穴は敏感ってほんとなんだ」 「うう……」 な、なんかホントに悔しくなってきた。さっきから一方的に遊ばれてる。 「なんとなくだけど……こうするとヨさそうね」 「んっ」 でもついに報われる時がきた。 玉袋を優しく持ち上げたまま、もう片方の手が、 ――しゅに、しゅに。 「っ、っ」 ――しゅにしゅに。 「……っあっ」 「あははっ、可愛い声出た」 「うるさいな」 鉄棒をにぎる感じで筒をつくった手のひらが、おったてたモノを上下にゆすってくる。 さっきまでのムズムズを撫であやされる感じ。 気持ちイイ。癒される。 同時にムズムズがもっと強くなる。 「っは、……〜、……っ」 知らず知らず息がはずんだ。 「うわ……ぴくってなった」 「だってさ」 「……あはは、恋奈が俺のち○ぽしごいてる」 「い、いちいち口に出さなくていいの」 どっちも急激にテンションがエロいものになってきた。 俺は息がはずみ。 「は……、ンン」 それがお尻にかかる恋奈は、落ち着かなそうに腰全体をもじつかせる。 ためしに下っ腹に力を入れてみた。 ――ビクッ、ビクッ。 (……もぢ、もぢ) ――ビクッ、ビクッ。 (……もぢ、もぢ) 「恋奈、お尻が俺のに連動してるよ」 「はっ!?」 「見た目結構グロいけど、うちの子が気に入ってくれたみたいでなにより」 「ば、バカじゃないの」 手のひらで感じるモノの熱さに恋奈も反応してるのは明白だ。 ごまかせないと思ったんだろう。むっとしながら。 「べつに……グロいのは、アレだし」 「アレ?」 「だから。まあ見た目はエグいけど」 「だからこの形には何度か……だから、き、気に入ったのはしょうがないっていうか、う〜」 「……」 照れ隠しなんだろうけどもっと恥ずかしいこと言ってると思う。 「ン……しっとりしてきた」 「恋奈の手汗がうつったんだよ」 「そかな」 水気が増して、接触部の感触がより生々しくなった。 ムズムズがよりダイレクトな快感に変わる。 手コキってすごいんだな。自分の手でするのとは似てるようでだいぶ違う。 こう、微妙に物足りなくて、その物足りなさがなんとも言えないというか。 「はあぁ……」 気持ちイイ。 つい大きなため息が出た。 「ぁああう」 息にお尻を撫でられた恋奈が変な声を出す。 「……」 恋奈も感度あがってる。 ――さわ。 「ふぁっ」 真っ白なお尻にほお擦りした。 手が使えないのでほっぺでぺちぺち叩いたり、かるく舐めたり。と、 「んんんぁ、あふ、はんン……こぉら」 予想以上に感じやすい。腰がモジモジどころかびくびく反応した。 しかも、 ――ジワァ。 「あ……恋奈、濡れてる」 「はっ!?」 「濡れてるよ。パンツにシミが」 「ばっ、ちがうわよ。それ、汗。汗だから」 「ほんと?」 鼻先で突付いてみる。 ――ヌチュリ。 「うぁはぁん」 「やっぱ濡れてるよ」 湿って柔らかくなってる。 一突きで身体全体を痙攣させた恋奈は、お尻をぶるんと振って怒った。 怒らせるとここで終わりになっちゃうかもしれない。大人しく離れる。 「まったく、大人しくしてないんだから」 「中のゴリゴリしてるとこもずっと動いてるし先っぽパンパンで……あ」 「なに?」 「おつゆ、出てきた」 目当ての先走りが湧き出たらしい。手を止め、亀頭の先っちょを叩いた。 にゅるにゅるとふくらみにこすり付けていく。 (にゅるにゅる) 「〜……」 (にゅるにゅる) 「恋奈?」 「ン……なに?」 「いや、先走りでたけど、まだするのかなって」 俺としちゃありがたいけど。 「?」 「あっ、忘れてた」 あわててオナホを取る恋奈。 言わない方が良かったか。 「んーと広げて……あれ、全然足りない」 「もういいわ」 先走りと手汗。潤滑油と呼ぶにはかなり少ない量で膜をしてエロ具を取り付けてきた。 恋奈の手のひらとはちがう、生温かい締め付けがペニスを握る。 「んっと、あ、空気入っちゃった」 「なになに、本製品は貫通式と非貫通式の……。空気を上手く抜けない場合はキャップを……これね」 ――ぷちゅ。 穴の逆側から空気を抜く。 「装着完了。どんな感じ?」 「う、うん……く」 「あは、さっきよりヨさそうじゃない」 そりゃあんだけしごかれればな。 ムズムズして落ち着かない感じだ。けど、 「これで動かすのよね。行くわよ」 恋奈は構わず疑似セックスを強要してくる。 ま、まあ気持ちイイからなんでもいいけど……。 ――にゅぐっ。 「ひゃうッ!」 「お?」 「うお、お、おお」 「ふむ」 ――にゅるぅっ。 「おおおぁっ」 「あはっ、なにその声〜」 ケラケラと笑う恋奈。 わ、笑いごとじゃない。 「あの、恋奈、これ意外とキツ」 ――にゅるにゅるっ。 「わわわわっ」 「あははっ、いい声で鳴くじゃない」 も、もてあそばないでくれ。 はっきり言ってオナホの具合はイマイチである。恋奈の手やあそこと比べると密着が弱い。 ただ人肌に似せた感触が、少ない潤滑油で肌を上滑りすると、 ――にゅるるるぅ……。 「く……っ、く……っ」 ――……ッるるっ。 「だぁからっ、ぁっ」 キツい! 痛みスレスレのむずつきが肌を舐めてる感じ。 言い換えると……気持ちよすぎる。 そしてそれは、 「フフ……やっぱりいい声♪」 一番恋奈のテンションをあげるようだった。 「ほら、ほら、ほらほら」 「あっ、つっ、ちょ、ちょっと」 にゅるにゅるとかぶせたゴム輪を上下させる恋奈。 何層構造だかツブツブだかが複雑にねじれて敏感な竿を撫でる。 「〜〜っ」 初めての体験。 痒さを何倍にもしたような気持ちよさだった。 「あっははっ、大すごい顔してる〜」 わざわざ顔を覗き込んでケラケラ笑う恋奈。 「……陰湿サド」 「なんですって?」 「いえ」 やることは陰湿そのもので、こっちが苦しんでると分かると、 「ほぉーら、こんなのはどう?」 「あっ、う――」 オナホを回したり、 「ココも感じるのよね」 「っは、そ、そこは触らないでっつに」 ありのとわたりをさわさわくすぐったりしてくる。 「んーと、あ、亀頭発見」 「うぐ」 強めにオナホを握りつぶし、感触でエラを張った先っちょをあてた。 「ほーれグニグニ〜♪ ここ弱いでしょ〜」 「っ、っっ」 先っちょに集中して揉みこんだりしてくる。 「あははっ、楽しい〜。やっぱ大はイジられてなんぼよね〜」 恋奈はすっかりお遊び気分だ。 さっきまでエロく反応してたお尻も、いまはぷりぷり楽しそうにダンスしてるだけ。 「く」 ちょ、ちょっとやりすぎ……。 ――ぷちゅっ。 「あら?」 「え?」 「なんか出てきた……ン」 さっき空けた空気穴から出てきた液体をすくう。 ねばねば指先で遊ばせて。 「フフ、中じゃずいぶん先走りが増えてるみたいね」 「……」 図星です。 ヌルヌルが増えてるのは、亀頭をすべるオナホの感触でわかる。 俺のペニスはこの過酷な扱いにはっきりと興奮を示してる。 「イイ感じじゃない」 「ほんと男ってバカよね。こんなゴムで包んだだけでヒィヒィ喜んで」 「うるさいな」 仕方ないだろ。そのために作られた道具なんだぞ。 思うけど、熱いトロミを搾り取られてる最中ではろくに反論もできない。 「イキたいなら遠慮せずにイキなさいよ。この情けないもののなかに、アンタのだらしない精液全部だしちゃいなさい」 「う……」 こ、この陰湿サド。 俺が出したがってるのを察知すると、すぐさまこういう出しにくいことを言ってくる。 しかも、 「ほらほらぁ、気持ちよくなりたいんじゃないの?」 「あうっ、く」 強くオナホを握ったまましごいてきた。 接触が強くなる……快感が強くなる。 「気持ちよーくイキなさいよ。彼女の目の前で、オナニー道具のなかにね」 「〜……」 身体は気持ちいいのに、頭の中はなんかイキきれない感じにされてしまった。 快感だけが長引く……拷問だこれ。 「ふふっ、大ってヘンなとこプライド高いわよね」 「それほどでもないけど、人として最低限の」 「サービスっ」 「わぷっ」 腰をのばして、今度はあっちからお尻を顔につけてきた。 「ほぉーら、アンタみたいな変態は生パンツの匂いとか大好きでしょ」 「……」 大好きです。 恋奈の汗をたっぷり吸ったパンツ。しまい込んだプニマンの奥からは、湿った香りも届く。 「おっと、そっちから悪戯しちゃダメよ」 「匂いだけ犬みたいにクンクンしながらイキなさい」 くふふっと陰湿そのものの笑いをこぼしながら密着させたオナホを回す恋奈。 「くはっ、は、んふ、は」 我ながら情けないが、お尻に埋めた途端呼吸のペースが上がったと思う。 手ぇ縛られてるから言われるまでもなくこれ以上のイタズラはできないし。 されるがまま。恋奈にまかせる。 「いい子ね」 「それじゃとどめをさしてあげる」 ヤンキーまるだしの邪悪なほくそ笑み方で、オナホを持つ手にぎゅーっと力を込めた。 「んく……」 下の方へ寄せていく。 当然シリコン地は下に引っ張られ、その分内壁はきつく俺のモノにくっつく。 そうしてウネるぶよつきを亀頭に絡め、 ――ニュッ、ニュッ、ニュッ、ニュッ! 「あふっ、はっ、はあっ、わっ」 「あは」 強くしごいてきた。 手コキとオナホの中間……。 キツいのと気持ちイイのが連続してくる。もう腰が跳ねそうだった。 「あの、あのっ、恋奈。それもう、もう」 「いいわよ。さっさと出しなさい。イクとこ私に見せなさいよ」 サディスティックに笑ってる恋奈。 いま出すとマジでMにされそうで怖いんだが……。 で、でもダメだ。とまらない。 「っく……」 「あはっ、出るのね。セーエキ出すのね」 興奮してるのかぎゅうぎゅうオナホで絞ってきた。 無茶な愛撫がいちいち気持ちイイ。 「ほらっ、早く出しなさい。出してっ」 「でも、恋奈」 「いいから……!」 「うあ――!」 なにか言うヒマすらもらえなかった。 陰湿サドなヤンキーにされるがまま、俺はペニスの根元から走るものに負ける。 ――びゅくくくっ! オナホのなかで音が反響したのが分かった。 「あはははっ、出し――」 「ぷわうっっ!」 輸精管を抜けたものは尿道を発射し、密着させすぎてたオナホは近くにあった空気穴から抜ける。 「あっ、わ」 「ぁあんぷっ!」 射精自体にも勢いはあるけど、ねじれたオナホがポンプの要領になってるのか空気穴から飛び出す精液の勢いがすごかった。 全部恋奈の顔にかかる。 「はぁ、はぁ」 「ちょ、バカ。なに人の顔に」 「んくっ」 「ぷわぁんっ」 っは……、はぁぁ……。 びっくりするほど大量のスペルマが吹き出した。 全部恋奈の顔に。 「く……ぐ、この」 いやー。屈辱的な仕打ちで、まるで恋奈が敵になったみたいだったけど。 「気持ちよかった」 「厄病神がああああっ!」 「っ」 ――びゅびゅっ。 「ぷぁんっ」 残ってたのがまた出た。 「べほっ、げほっ。の、のどに。のどに」 「あああゴメン。大丈夫」 「うう……そうだ」 「アンタは敵にまわしちゃダメだったわね……」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ふーん、恋奈と、ねえ」 約束通りマキさんがご飯を食べにまた来た。 昼の様子やこれまでのことからだいたい察してたようだが。 「辻堂の次は恋奈。手ぇ早いなお前」 「そういう言われ方はアレですけど」 「この流れって三大天で私が一番モテないみたいでムカつくんだけど」 「そんなことは。マキさんだってすごく魅力的ですよ」 「ケッ」 ちょっと拗ねてるみたいだ。 「しっかし……どのくらいから?今月の頭には一緒に勉強してたよな」 「あのころはまだ。テストが終わってすぐだから、今月の半ばくらいから」 「もう半月かよ」 「言えよ。ほぼ毎日会ってんだから」 「タイミングがなくて」 マキさんと恋奈は敵対してるってこともあり、話題にし辛かった。 「……」 「辻堂にもまだ言ってねーだろ」 「う……」 図星。 新しい彼女ができたとは言ったけど、それが誰とは言ってない。 マキさんはやれやれと肩をすくめると。 「ま。私より言いにくい相手ってのは分かる」 「無責任に『早く言え』とは言わねーよ。結果どうなるか分かりゃしねぇ。……けど」 「そのことを知るなら、あいつ、お前の口から言ってほしいと思うぜ」 「……」 ……分かってる。 昨日とは打って変わっての雨空だった。 昨日みたいに暑いのも困るけど、8月の頭からコレってのもどうよ。 「稲村は雨が多い」 「恵みの雨じゃないの」 「涼しいのは助かるけどね」 「夏休みもあと1か月よ。宿題終わった?」 「ぼちぼち」 昨日はできなかったけど、まだ8月上旬で終わるペースだ。 「分からないところがあったら聞きなさい。ふぁあ」 今日は補習がないためかだらけ放題の姉ちゃん。眠そうだった。 俺は課題するか。えっと、今日は古典の……。 ……あれ。 (ごそごそ) (ごそごそ) 「どーかした?」 「いや」 辞書がない。 おかしいな、どこ置いたっけ。 いや待て、夏休みに入ってからずっと古典はノータッチにしてる。 ……学園か? じゃあ取りに行かなきゃ……けど外はまごうことなくザーザー降り。 んー。 「はいはい。車出してあげる」 「いいの?」 「お姉ちゃんは弟の乳首をツネるだけが仕事ではないのよ」 当たり前だ。 でもありがたい。 車で学園へ。 「姉ちゃんの車、乗るの久しぶりだね」 「そういえばそうね。なんで乗りたがらないの?」 俺が乗ると勝手にどっか行きたがって2〜3時間ドライブに付き合わされるんだもん。 姉ちゃんの車はギアが手動なやつだ。 なめらかにギアをあやつり運転する姉ちゃんはちょっとかっこよかった。 歩きでもすぐの距離だけど、車だとまさに目と鼻の先。 雨だし補習もないけど、いくつかの部活動はやってる。人の気配があった。 古典の辞書はフツーに見つかる。 さ、姉ちゃんも待ってるし、帰るか。 引き返そうとすると、 「ヒロシ?」 「うん? ああ」 クラスメイトに会った。 あっちは部活で来てた模様。ちょっと話す。 「古典の辞書ねぇ。……あ〜もう8月だっけ。俺も宿題やらないと」 「あはは、進んでないんだ」 「一応今度の登校日提出の分は終わったけどさ」 10日が稲村の登校日になっている。 その後も2、3言かわし、 「じゃ、土曜日に」 「うん。みんなに声かけとくよ」 4日に遊ぶことになった。 いまんとこ用事もないしいいだろう。あとで恋奈に知らせないと。 帰る。 10日……登校日。 次に辻堂さんに会うとしたら、10日か。 「……」 恋奈と付き合ってること、伝えなくちゃ。 「やっと来た。遅いわよ」 「ごめん。友達と会ってさ」 助手席に乗る。 「どっかドライブでも行く?」 「雨だからいいよ。帰って課題やる」 「それもそうね」 エンジンをかける姉ちゃん。 「……」 「ねえ、姉ちゃん」 「なに?」 「俺、彼女ができたんだけどさ」 ――ボコスンッッ! エンストした。 「なななななに?! なに?! なんて言った!?」 「いや、あの、彼女ができた」 「だだっ、だっ、だっ、だっ、誰!?誰!?」 「知ってるよね。ほら、片瀬さんの」 「……」 「……姉ちゃん?」 「……」 「あ、ああ。なるほど」 「そうね。片瀬のお嬢さんみたいな、素敵な彼女ができるといいわね」 「はい?」 「あんなお嬢さんを彼女にできるなら、お姉ちゃんも心からお祝いするわ」 エンジンをかけなおす。 ――ボコスンッ。 またエンストした。 「ぉぉぉおかしいわねなんで出発できないのかしら」 「お、落ち着こうって神様が言ってるんだよ」 「そそそそそ、そうね」 「……」 「ちなみに彼女は」 「できるといいなあ」 「そうよね! そうよね! まだできてないわよね!」 命が危ない気がするのでいまはよそう。 ……辻堂さんに言うのが怖くなってきた。 「……」 「なあナハ、今日も動かねーの?」 「退屈で死にそう」 「……」 「江乃死魔……片瀬恋奈、予想以上に勘が鋭い」 「江乃死魔ねえ。まー300人の集まりってのはすげーけど」 「こっちはもう日本全国のトップクラスが30人は集まってんだぜ。300人相手でもヤッちまやいいのに」 「……待て」 「いまは機を待つとき」 「30人……そこまで?」 「最近潰された『フォアローゼス』の情報によれば」 「各地のトップクラスの総長、ケンカ屋が30人。いよいよ相手したくないわね」 「やっぱりのんびりせずに、江乃死魔を増強した方がいいんじゃないすか」 「ちょうどその『フォアローゼス』も行き場がなくて江乃死魔に入れてほしがってるんでしょう?」 「もう総勢で400人の大台に乗っちゃうじゃないすか」 「保護という名目で監視下に置いただけだ。仲間に入れるならすぐだが」 「……」 「気に入らないわ。最近加入する連中はどいつもこいつも暴走王国につぶされたやつらばかり」 「別にいいじゃないっすか。うちにとっては得な話でしかないんだから」 「連中の手の上で踊らされてるってのがムカつくの。フォアグラ用のアヒルにでもなった気分」 「あともう一つローゼスからの情報だ。連中がたまり場にしているライブハウス……」 「うん?」 「そこで最近、中学生相手に絡む連中がいるらしい」 「カツアゲかい」 「暴走王国、中学生にも手ぇ出してるシ?」 「うちだ」 「江乃死魔のなかに、ガキ相手にカツアゲしてるのがいる」 約束通り今日はみんなでボウリングへ。 「坂東君も来れればよかったのにねー」 「ヴァンは塾の夏季合宿だって。いまごろ涼しい長野の山奥だよ」 「ちえ〜」 「はぁ……ボウリングってたまにやると腱鞘炎になりそう」 「同感」 「しかしボウリングはいいもんタイ!またみんなで行くタイ!」 「はしゃぎすぎ」 「いやーみんなあんまり慣れてないタイ?僕なんかアベレージが160超えちゃうからね!楽しくてしょうがないタイ!」 「うぜぇ」 「うぜぇ」 ボウリングを理由に集まったけど、みんな特に用事もない。その後もご飯を食べたりぶらぶらしたり。 でもふらっと江ノ島の近くに来たとき。 「あ……っ、ねえ、あっち行かない」 「なんで?」 「江ノ島はちょっと……ねえ?」 「あー、そだな。今はちょっとな」 ?? みんなの空気が微妙におかしかった。 「どういうこと?」 「長谷君知らないの?いまの湘南、この江ノ島を中心に荒れまくってんだよ」 「この江ノ島にアジトを置くチーム江乃死魔。ほら、前に2回、うちの学園にも乗り込んできただろ。辻堂さんにボコボコにされてたけど」 「う、うん」 知ってる。アジトは江ノ島じゃなく、この橋の下だけど。 「あいつらが手当り次第に観光客に絡んで、問題起こしまくってるらしいタイ」 「え……」 ウソだろ? 俺、江乃死魔のことには詳しいし、なんだったらリーダーは彼女だぞ? 「な、なにかの間違いじゃない?そんな、絡んでるなんて」 江乃死魔はカツアゲ禁止。一般に迷惑かけることもあんまりない。それがルールのはず。 でも、 「いや、江乃死魔だよ」 「私ぶっちゃけ江乃死魔に知り合いいるけど、そこで見た人たちがカツアゲやってるとこ見たもん」 「……」 ウソだろ。 「カツアゲってリアルな範囲で一番嫌なやつだよな。警察に届けても助けてくれないんだろ」 「そう。証拠なんて出ないし、被害は少額だから事件として扱ってくれない」 「泣き寝入りしかないの? サイアクじゃん」 俺もそう思う。 でも江乃死魔の人たちはソレ、やらないはずなのに。 「あっ、ちょっと待ったやっぱ行こ」 「へ?」 「おーいっ」 突然島のほうへ行ってしまった。 なにか見つけたらしい。俺たちもついていく。 いたのは、 「これがしらすクリーム」 「へー、……グロいですね」 「はむはむ」 「……うぇえ」 「な。最悪だろ」 「店の目の前でケチつけんじゃないよ。失礼な子たちだね」 「でもおばちゃん、これマズいよ」 「しょっぱすぎます」 「まーはっきり言ってネタ商品だからね」 「とんでもない店だな」 「いいんだよ。江ノ島はデートスポットなんだから。デート中に食べりゃちっとは美味しくなるさ」 「デート中でもマズかったよ」 「いーんちょー!」 「辻堂さーん」 「ん?」 「みなさん」 「や、やあ」 「おう」 予期せぬところで辻堂さんと会ってしまった。 恋奈のこと……どうしよう。急すぎて切りだせる空気じゃない。 しかも。 「てなわけでぇ、いまの江ノ島危ないから委員長も近づかないほうがいいよ」 さっきまでの話題が続いてる。 「そうなんですか。怖いですね」 「まーでも辻堂さんと一緒なわけだから、危険ではないタイ」 「それもそっか」 「あはは、ですね」 「アタシをなんだと思ってんだよ」 「……」 「ねえ、辻堂さん的にはどう? 最近の江乃死魔。やっぱ辻堂軍団も警戒してるの?」 「っ」 俺も聞きたい。 「だから辻堂軍団はやめてくれ。恥ずかしい」 「江乃死魔なんて警戒してねーよ。最近スピード……なんちゃらってとこが出てきてそっち調べるのに大忙しだ」 「そ、そうなんだ……」 「ああ。ヤンキーの間じゃ江乃死魔は変化ない」 変化ない、か。 よかった……。 「でもお前らは警戒しろ」 「……」 「スピードなんとかの方はいまんとこ不良狩りしかやってねぇ。一般には手ぇ出してないからいいけど」 「江乃死魔はいま恋奈……リーダーの求心力が落ちてバカどもの抑えがきかなくなってる」 「手当り次第に一般に絡みまくってる状態だ。タチが悪いから絶対に近づくな」 「……」 「……うん」 「……ま、最悪絡まれたらアタシに言え」 「落とし前はつけさせるからよ」 「辻堂さん俺たちのこと守ってくれんの?」 「さすがうちの番長タイ」 「やっさしぃ〜」 「ば、バカか。うちの学園がナメられたら困るだけだ」 「またまたまた〜、照れなくてもいいのに」 「照れてねーよ」 みんながキャーキャー言いだして、そのまま辻堂さんとは話せなくなる。 でも……本当なのか? 江乃死魔の内部が荒れてるって。 リーダー恋奈の求心力が落ちてるって。 「……」 結局恋奈のことは言えなかった。 「その件なら聞いてるわ」 「そう」 「いま誰がやってるのか調査中。規律を破ってる以上、きっちり落とし前はつける」 翌日、みんなや辻堂さんに聞いたことをすぐに恋奈に話してみた。 恋奈もうすうすは感づいてた模様。一安心だ。 ありえないよな。恋奈の求心力が落ちてるなんて。 「ただ調査が進んでるとは言えないからこっちも真剣に考えなくちゃね」 「どういうこと?」 「人手が足りないのよ」 「カツアゲしてるやつは確実に羽振りが良くなるからあぶりだすのは簡単なんだけど、調査してるのが知られるとそれを表にださなくなる」 「悪いことしてるのが知られそうなら誰だって隠れたがるだろうね」 いずれは分かるけど、時間がかかる。か。 「うっとーしいわ。もともと夏になればこういう連中が出てくるとは思ってたけど」 「そうなの?」 「湘南の夏は浮かれた人間が多い。稼ぎ時だ」 ちょっと怖い。 「……」 「梓? どうかしたシ?」 「い、いえ」 「ただ身内のショボいのを調べてるよりも暴走王国を気にしたほうがいいんじゃないすかね」 「そのつもりだけど……」 「すまん。まだ連中の足取りはつかめていない」 「やはり身内に内通者がいる。こっちの調べるルートが筒抜けになっているようだ」 「こっちも手詰まり、か」 「暴走王国はどうなってる?」 「絶賛営業中。江乃死魔に保護を求める人数はさらに増えた」 「江乃死魔は合計で450人突破っす。ありがたいっすね〜」 「完全に連中の思うがままね」 「あの2メートル女も気になるけどよ。俺っちにすりゃ恋奈様の命令を破ってるやつのほうが許せねーぜ」 「んまあ……そうっすけど」 「?」 「そだ。今日はやることねーし、そいつらのこと調べようぜ」 「は?」 「聞き込みだよ聞き込み。うちらの仲間でカツアゲやらかしてるのがいねーか聞いて回るんだっての」 「いーね。やろうやろう」 「いやよメンドくさい。暑いし」 「効果があるとも思えねーっすよ」 「いいじゃん。やろうぜ」 体を動かしたいらしい。 「そうだね。確かにやることもないし、散歩がてら見回ろうか」 俺もなんだかじっとしてられない気分だった。 江乃死魔内に規律を破ってる……恋奈に反抗してる人がいるなら、すぐやめて欲しい。 (また危ないことに首を突っ込みたがる) 「ここでじっとしてるよりはやることある方がいいシ」 「そこまで言うなら」 「私はいやよ」 恋奈は乗り気じゃないようだが、他4人は乗ってきた。 「でもこの人数で聞き込みって、うちらが絡んでるみたくなりません」 「じゃあ2手に分かれよ。2人と3人で」 「ですね」 「長谷、どうする」 言っちゃ悪いがこの子は聞き込みなのにカツアゲ以上の恐怖をふりまきそうだ。俺が緩衝材にならないと。 「おう、一緒に行くかい」 2人でぶらつくことに。 「さぁーて! 恋奈様の顔にドロ塗った裏切り者を探すっての!」 「はい」 「……」 「どうやって探すんだい?」 「はい?」 「飛び出したはいいけど、何も考えてなかったっての」 「一条さんが言い出したことなのに……」 「なはははは、俺っち頭使うの苦手だかんなぁ」 やれやれ。 「適当にブラついて、江乃死魔の人が誰かに迷惑かけてないか聞いて回りましょう」 「おうよ!」 こんな真昼間からカツアゲする不良もいないだろうけどな。 適当にぶらぶら。 「やべぇ! ちょっと待った長谷!」 「ど、どうしました?」 「腹減ってきたっての」 ずっこけそうになる。 「コンビニでも寄ってきます?」 「うー、金がねぇっての」 サイフを取り出す一条さん。 中身は……22円。 「この前のバイト代は」 「寿司食いに行ったらなくなっちまったっての」 「使い方が極端すぎますよ」 「なんか話聞いてると、一条さんが一番カツアゲやらかしそうなんですけど」 「ああ?ザケんな長谷、俺っちが恋奈様に言われたことぉ破るわけがねーだろがい」 そうかもしれないけど。 「……」 「なんだい?」 「いや、一条さんって本当に恋奈に忠誠誓ってるなって」 江乃死魔を2ヶ月近く見て来た感想としてこの子が一番忠誠心強いと思う。 「そりゃあそうさ。恋奈様は恩人だからよ」 「そうなの?」 「んー、恩人っつーか。……そうさな」 「俺っちの親、ムショに入ってんだけどよ」 「ぶふぅっ!」 「きたねーな」 「きゅ、急に爆弾発言が来たので」 「まあフツーはビビるかもな。俺っちにすりゃガキのころからずっとムショだから親ってのはそういうもんだと思ってんだけど」 結構な刑期を受けてるらしい。触れづらい。 「一応そうして育て親がいねーガキを受け入れてくれる施設もあんだけどよ。ほれ、このタッパじゃ浮いちまうんだわ」 「んで浮いたガキは、協調性なしってことで、施設側も追い出しにかかるわけだな」 「中学のとき、もう1人で生活できるってことで施設から出ることになったんだよ。一応家はあったし」 軽く話してるけどシビアすぎる。 「でも生活費がねーだろ。なんか生活保護費は出てたらしいんだけど、ほとんど親の借金返すのにあてられてたし」 「で、アルバイト始めたわけよ」 「中学生で?」 「おう」 「ファイトクラブ。ケンカして賞金もらうってぇアレさ」 「そ、そういうのって本当にあるんですか」 「湘南だけでも5、6はあるぜ。まあ俺っちが前に通ってたとこは腰越にケンカ売って消されたけど」 マキさん……。 「5人ボコれば20万。いやー、見つけたときは天職だと思ったっての」 「長くは続かなかったけどよ」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「50ある。もう来なくていいってに」 「チッ……またかよ」 「おんしは勝ちすぎなんじゃってに」 「そのタッパ。その強さ。7連覇は見事じゃが、出てくるだけでお客があきらめモード入るんじゃうちのクラブが成立せんじゃってに」 「ケンカの最中に手ぇ抜けるほど器用じゃないっての」 「ま、気持ちは分かるってにワシも昔は勝ちすぎて失敗したクチじゃってに」 「これまで盛り上げてくれた礼もかねて50万。あと控室の食いモンは持ってっていいってに」 「じゃが今後ここでは、客以外にはなれんじゃってに」 「フン……」 「とまあ、当時はエンターテイメントってもんが理解できなくてよ。商売が成立しなかったんだ」 「その日その日を暮らす金には困らなかったけどどこ行っても珍獣扱い。しかも扱い辛い呼ばわり」 「まーガキながら結構ツラくてよ」 「そんなときだった」 「アンタが一条ティアラね」 「ア?」 (ジロジロ) 「あんだァテメェ?」 「……ふむ」 「いいじゃない!気に入ったわ、江乃死魔立ち上げの最初の部下として最高の逸材だわ!」 「ちょっとちょっと! 最初の部下は私だシ!」 「ああ、忘れてた」 「とまあ恋奈様に出会ったわけだ」 「なんだコイツって思わなかったの?」 「思ったよ。5、6回殴ったっての」 「でも何発殴っても」 「元気がいいわね」 「あの2人に張り合うにはこのくらいじゃないと。部下になりなさい!」 「てな感じで聞く耳持たなかったっての」 恋奈らしいね。 「でもよ、話を聞くうちに」 「珍獣扱い?」 「気にしないわよ。私、もっと珍しいの持ってるし」 「扱い辛い?」 「それはアンタを扱えるだけの人間のところにいなかったってことでしょ。私なら問題ないわ」 「とにかくしつこくてよ」 「俺の時と同じか」 「なっはっは、粘着質は恋奈様のイイトコだっての」 「うーん……」 「ま、フツーに考えりゃ鬱陶しいけどよ」 「ホントに感謝してんだ。俺っちを誘ってくれて」 「私はこれから、湘南全土を手に入れてみせるわ」 「湘南最強、最高の存在になるの。金持ち程度の才能じゃ手に入らない、時代が認めた者の座につくのよ」 「アンタもただデカいだけじゃ出来ないことをやりなさい」 「って」 「……そう」 「まーあとは徹底的に囲い込まれたっての」 「100パー留年だと思ってた学園は気づいたら卒業の手配ができてたし。卒業後は七里に行くよう手続きされてたし」 「はは、俺と同じか」 俺もいつのまにか江乃死魔に囲い込まれてたっけ。 それで……。 「気づいたら、もう恋奈様のために働きてーって思ってたっての」 「……俺と同じだね」 俺も気づいたら好きになってた。 一条さんにとっての恋奈は、たぶん俺にとっての姉ちゃんに近いんだと思う。 どれだけ迷惑かけられても、どうしても好きな相手。 意外だ。俺と彼女が似た者同士だなんて。 「つーわけで腹減ったっての〜」 「ふむ」 「どっか美味いメシ屋知らねーかい。美味くて安いとこ」 「美味いかは自信ないけど、安いとこは知ってますよ」 「いただきまーっす!」 マキさんと同じくうちに招いた。 うんうん。彼女も美味しそうに食べてくれるからいい。 「あたし?」 「はい」(なでなで) 迷子になったら大変だ。 「おっしゃ、ンじゃついてくるシ」 「はい」(なでなで) 「ういー、調査はいいけど暑いシ」 「かき氷買ってきました」 「おお〜、気が利くシ」 「いえいえ」(なでなで) そういえばハナさんと2人で出歩くって珍しい気がする。 いつも恋奈に引っ付いてるし。 えっと、幼なじみなんだっけ? 「あっ」 「? ……ゲッ」 辻堂さんのとこの子だ。葛西久美子ちゃんだっけ。 「なにガンくれてんだコラァ!」 「アア!?ガンとばしたのはそっちだシ!」 ハナさんに気づくと一触即発になった。 いかん。ケンカになったらハナさんが殺される。 「ふ、2人とも落ち着いてください」 「ああ? 誰だテメェ」 何度も会ってるのに覚えられてないらしい。 「おいチビ、誰だよこいつ。カレシか?」 「誰だっていいじゃん」 「ボンクラそうな顔してんなぁ、お前にお似合いだぜ」 「辻堂軍団にゃこんなショボいのに惚れる女、1人だっていねーぜ」 「ムム……確かにボンクラだけどムカつくシ」 2人ともひどい。 「へっ、まあお前みてーなのにはこの程度の彼氏しか」 「……彼氏? ハナに?」 「うそっ。お、オレですらまだ……」 「どうかしたシ?」 「ちくしょー! オレには愛さんがいるんだかんな!」 「???」 よく分からないが叫んで行ってしまった。 「相変わらずテンション高いシ」 「知り合いなんですか?」 「小中学校が一緒」 「そっか。恋奈も言ってたっけ」 前に恋奈と鉢合わせたときも険悪だった。 たしか昔は彼女が番長で、恋奈は……。 「……」 「? どしたシ?」 「いや、彼女が前に言ってたことを思い出しまして」 「恋奈が昔ひきこもってたって」 「ああ、一時期ヒッキーだったシ」 あっさり。 「あの恋奈が?」 「んーまあ普通とはちがうシ。れんにゃ、天才すぎて授業は退屈って自宅学習してたの」 なんかすごい過去がサラッと明らかになったぞ。 「外に出るの嫌がってたからヒッキーと言えばヒッキーだけどね」 「いまの恋奈からは想像もできないな」 「んー、いまでも一緒だと思うよ?」 「好きなことには一生懸命。それ以外はまーったく興味なし」 「なるほど」 「……」 ・・・・・ 「そうよ、湘南に生まれたからにはヤンキーよ。1回はヤンキーやっとかないと」 「んなメチャクチャな」 「とりあえずうちの番長、葛西は倒した。私は名実ともにうちの番長となった」 「2対1の不意打ちでね」 「勝てばいいのよ勝てば。あいつだってバット持ってたんだもの。文句言わせないわ」 「色々と調べたの。この湘南は不良の聖地。常に群雄割拠と言われてて、これまで制覇した人はたった1人しかいないそうよ」 「稲村チェーン。しかも彼女、3年の中ごろには引退してるわ」 「なんで?」 「さあ? 『アタシは愛に生きる!』とか言っていなくなったらしいけど……たぶん怖くなったのね。湘南全域を維持し続けることが」 「つまり湘南を制覇して、かつその後も維持し続ければ私はこの人を超える。湘南史上最強のヤンキーということになるわ」 「そうかなぁ」 「そうなの!」 「んー」 「まあれんにゃが言うならそれでいいシ」 「よしっ!」 「と、いうわけでまずは戦力を確保するわよ」 「湘南を制覇するには、いつかはあの2人を倒さなきゃならない。そのための軍団を組織するの」 「ツジドーとコシゴエだっけ」 「ええ。神奈川連合300人を血祭りにあげた怪物腰越と、その腰越と互角にやり合った辻堂」 「湘南を制覇するなら、あの2人は避けて通れない最大にして最強の壁だわ」 「また不意打ちでヤッちゃうシ?」 「どっちも不意打ち程度で勝てるとは思えないわね。葛西なんかとはレベルが100桁はちがうわ」 「軍団を築くのよ。この湘南最強にして最大のグループを」 「まずは最近、この近辺のファイトクラブを荒らしまくってるって女を勧誘しましょう。身長2メートルくらいあるらしいからすぐわかるわ」 「さっ、行くわよハナ」 「……」 ――ぐいんぐいんぐいん。 「張り切っちゃって。このろくろどうするシ」 「……」 「まいっか」 「れんにゃがリーダーなら、2番はあたしだからね」 ・・・・・ 「……」 「どうしました?」 急に黙ってしまった。 ハナさんはジッと俺を見ると、 「なんでもない」 「れんにゃは好きになったことにはまっすぐだから」 「大は幸せものだシ」 「???」 ・・・・・ 「やりぃ!」 やりぃ? 「おっしゃ、行きましょセンパイ。早く早く♪」 肘をつかまれぐいぐい引っ張られる。 な、なんだ? 2人で調査に行くことに。 「いやー選んでくれて助かったっすわ。ティアラセンパイやハナちゃんセンパイに捕まるとマジでこんなアホなことやらされるっすから」 「へ?」 「え……センパイ、まさか本当に探す気っすか?カツアゲしてる知り合いを。この真昼間から」 「まあ正直探しても意味ないとは思うけど」 そう簡単に見つけられるものではないと思う。 「ティアラセンパイたち、恋奈様のためとなるとメチャクチャなこと言うっすからねー。この暑い中じゃ付き合いきれねーっすわ」 意外とドライなこと言って歩き出す梓ちゃん。 まあ普通の意見といえば普通の意見なんだが。 「嫌ならアジトに残ればいいのに。恋奈だって残ってるし」 「まー他の組み合わせになったらそうするつもりでしたけどねー」 「センパイとは1回デートしたかったからちょうどいいっす」 「わ」 腕を組んできた。 デートって……まあサボりの口実だろうけどさ。 「あっ、センパイ、かき氷食べたい」 「食べれば?」 「たーべーたーいー」 「はいはい。何味?」 「クリーム金時」 買いに行く。 可愛い子なんでごちそうするのは悪い気しない。 「はいどうぞ」 「わはーいっ。だからセンパイ好きっすー」 「はいはい」 「〜♪」(サクサク) 「かき氷とクリームをぐちゃぐちゃして食べるのが好きなんすわ」 「美味しいよね」 「はむ。ん〜っ、夏はこれっすね〜」 「あれ。センパイ自分の分は?」 「いや、俺はそんなでもなかったから」 「ふーん」 「ンもう、センパイやり手っすねぇ。これが狙いでしょ」 「はい。あーん」 「い、いいよ別に」 「あーん」 「いいってば」 「あ〜〜〜〜〜〜ん」 「……」(ぱくっ) 食べる。 シャーベット状のクリームに交じって、桃の香りがした。 梓ちゃんピーチのリップ使ってるっけ。 ……これは浮気に入らないよな? 「クリームでぐっちゃぐちゃにしたやつってシェイクっぽくもなるからお得っすよね」 ストローも兼ねてるスプーンで溶けた分をすする梓ちゃん。 「う、キーンてきた」 「あわてるからだよ」 「センパイもどーぞ」 渡してくる。 ……ストローの部分にピンク色のあとがついてる。 「飲まねんすか?」 「い、いや」 嫌がるのも失礼だし。口をつける。 ……もっと濃い桃の香りが。 「間接ちゅーっすね」 「ごほっ」 「にゃはは、そんなあわてないでください」 「だったら変なこと言わな――ぐぁ! キーンてきた!」 「あははははっ。センパイ可愛い」 ・・・・・ 「ごちそーさんです」 「どうも」 「へへ〜、いいもんっすね。デートって」 「かき氷片手に浜辺を歩いてるだけだけどね」 「浜辺を歩く男女。これはもうデートでいいっしょ」 「かもね」 こっちとしてはお守りしてる気分だが。 「もうちょっとデートっぽいことします?」 「?」 「うふふっ、捕まえてごらんなさ〜い」 「……」 「捕まえないとシメますよ」 「はいはい」 追いかけた。 のだが……。 「ていっ」 「おっと」 「でりゃっ」 「おおっと!」 「速いよ! デートなら捕まってよ!」 梓ちゃん、足がめちゃくちゃ速い。 そういえば前々からいつの間にかいたりいつの間にかいなくなったりしてたな。 「にゃはは、だてに陸上王国由比浜の推薦受かってないっすよ」 「砂浜なのによくあんなステップ出来るね」 「自分よく歩くんで足腰は強いんす」 さすが由比浜か。 「借りてるアパートが遠いんで通学だけで毎朝1時間は歩いてますし」 「すごっ」 「だってこの辺坂道多いから、自転車とか逆に辛いじゃないっすか」 「そうだけど……電車使えば?」 「あー、自分乗り物絶望的に弱いんすわ」 「そうなんだ。この辺の道はグネってるから電車でさえ酔うらしいね」 地元民としてはあんまり分からないのだがよそから来た人はよく言う。 「バスとかもダメ?」 「電車よりダメっすよ。あの匂いだけで無理」 「まあでも電車と車ならギリ行けるんで遊ぶのに困るってほどじゃないっすけど」 「新幹線や飛行機は無理なんで、旅行とか行けなくて困りますわ」 「ツラいね。船とかは?」 「やめてください。聞いただけで気持ち悪い」 「だよね」 夏休み最初にバイトで乗ったけどあれはきつかった。 「ぜー、ぜー」 「まだ息きれてんすか」 「隙あり!」 「ないっす」 軽やかに避けられる。 「足腰どうこう以前に素早いね」 「なんか生まれつき反射神経が常人離れしてるらしいっすよ」 「中島先生が言うには、マジでスポーツにうちこんだらどんな分野でもオリンピックに行けるらしいっす」 さらっととんでもない子だ。 「まー学校じゃ不良の代表なんで部活とかはやらしてもらえねーんすけどね」 「不良なんてやらずにスポーツに打ち込みなよ」 「昔は色々やってたっすよ。短距離、ハードル、ダンス、テニスにクラヴ……でも全部冷めちゃって」 「熱くなれない。ってやつ?」 「だってスポーツなんてしょうがないじゃないっすか。いくらがんばっても」 「お金にならないっしょ」 「……」 すごい生々しい理由だ。 「日本でアホほど稼げるスポーツなんて、野球と、最近はサッカーの移籍組くらい。しかもどっちも女子は枠が用意されてない」 「まあメジャーなスポーツで結果だしてスポンサーついてもらうって方法もありますけど」 「梓ちゃん可愛いからいけるんじゃない?」 「キョーミねーっすわ。今から始めて取り戻せるとも思えないし」 「でもそれを言うなら……。不良なんてそれこそお金にならないでしょ」 「……」 「そう思います?」 「っ」 「恋奈様の江乃死魔経営って、普通に通用する組織術が多いから、将来のために勉強になるんすよ」 あ、ああ。そういうことか。 なんだろ。いま、うすら寒いものを感じた気がした。 「それになにより、若いうちは楽しみたいじゃないっすか」 「自分、この江乃死魔が好きなんすよ。みんなでバカやってる感じとか」 「そう」 才能を活かすよりバカやってたい。か。 この子、意外と恋奈とは正反対だな。 でも享楽的で、わがままで。 ある意味この子が一番純粋な意味でヤンキーなのかも。 「つーわけで江乃死魔が忙しいんでデートする相手作れないんすよ」 「今日はセンパイが楽しませてください。ほーら、つかまえてごら〜ん」 「無理だよ。梓ちゃん速すぎるもん」 「捕まえたらおっぱい揉んでいいっすよ」 ――シュインッ! 「消えた!?」 「残像だ」 「うわあぶねっ!」 「うおおおー! 待てーーーー!」 「やっべ! 急に速くなったっす!」 ・・・・・ 「わた……俺か?」 「はい」 このメンバーのなかで、彼女とだけはまだ仲良くなってない。 そんなのって寂しい。この機にちょっとでも仲良くなろう。 「ンじゃ俺っちたちはこっちで」 「めんどくさいなぁ」 「あっ、ちょ」 他3人は3人で行ってしまった。 「俺たちも行きましょうか」 「チッ……」 露骨に嫌そうに舌打ちするリョウさん。 だがめげるものか。今は嫌われていても、誠意を持って接していけばいつか心を開いてくれるはず(←性善説人間) リョウさんはいつもクールだからとっつきにくそうだけど。 「フン……」 (どどどどどどどどどーしよどーしよどーしよ。あんまり長いこと一緒にいるとさすがに) 「行きましょう」 「ああ」 「……」 「……」 気まずい。 いきなり黙ってしまった。 「あ、あの、暑いですね」 「……」 「前から思ってたんですけど、服暑くないですか」 「……」 答えてくれない。 やっぱ嫌われてるんだろうか。 辻堂さんよりもっと硬派な感じだからなぁ。俺みたいのが仲間に入ってるのが気に入らないのかも。 (しゃべると声でバレる) (でも無視はひどいかな……)チラッ (´・ω・`) (しょんぼりしてる……罪悪感が) 「こ、この服は俺のポリシーだ」 「あ、そ、そうなんですか」 (空気軽くなったかな)チラッ ……人のポリシーに対して『暑いでしょ』なんて失礼なこと言っちゃった。 (´・ω・`) (もっと落ち込んでる。なんで?) 「……」 「……」 気まずくなってしまった。 「えっと……オイ」 「はい」 向こうから話を振ってくる。 (恋奈と付き合ってるとはいえ、ヒロ君には不良になってほしくないし。言っておかなくちゃ) 「お前、いつまで江乃死魔と関わるつもりだ」 「え……」 「遊びでいられる場所じゃない。やめておけ」 「そんな」 遠まわしに俺に江乃死魔をやめろ。恋奈と別れろってことか。 「遊びの気持ちなんかじゃないです」 「なに?」 (もう不良に染まりかけてる?) 「ふざけるな。お前には合わん」 「そんなことないですよ」 お似合いかはわからないけどでも恋奈と合わないとは思わないぞ。 「俺は真剣ですから」 「チッ……分からず屋が」 「なんと言われてもここだけは譲れませんよ」 俺は不良じゃないけど、でも真剣なんだ。 (不良になってほしくないのよ) 「……」 「……」 もっと気まずくなった。 んーむ、 一緒に出掛けたことでさらに険悪になった気が。 やっぱり相性が悪いんだろうか。 彼女、俺のこと嫌ってそうだからなぁ。 (嫌われちゃったかしら) (仮の姿とはいえヒロ君に嫌われるのはつらい) 「……」 「……」 「あっ! そ、そうだリョウさん。ラムネ飲みませんかラムネ」 「ン」 「そこのお店にあるんです。こっちこっち」 「え……あっ、おい」 すぐのところの店――『孝行』に連れていく。 「こんちはー」 「あわわわわわ」 「ヒロシちゃん、いらっしゃい」 「おや大ちゃん」 店番のおばさんは、近所のおばあちゃんとおしゃべりしてるとこだった。 「ラムネ2本もらいますね」 「はいどうぞ」 こっちも慣れたものなので勝手にやらせてもらう。ジュースの棚を開けて……。 (びくびく) 「よい子、ヒロシちゃんと遊んでたのかい。……なんで冬の制服なんて着てんだい?」 「ちょ、ちょっとね」 「マスクなんてして。風邪かい?」 「風邪の日くらい剣道部の練習休めばいいのに」 「っしょっと」 奥のほうにあるラムネの瓶をとった。 「リョウさん、ラムネ、ピーチ味もありますけど」 「じゃ、じゃあピーチで」 「りょう?」 「りょっ、量産ラムネ。量産品ってこと」 「たしかに量産されてるねぇ。昔はラムネも貴重品だったよ」 栓は俺があけてあげよう。あの『凸』な形のラムネの栓抜きを探す。 あれ? 「おばさん、栓抜きどこですか?」 「そこにない?……あ、奥かも。よい子、おねがい」 「う……」 えーっと、 いつもならここにあるはず……。 「はい来たぁ!」 「うわびっくりした!」 「ハーッ、ハーッ……これ。栓抜き」 なぜか息切れして、服の乱れたよい子さんに栓抜きをもらう。 まあいいや。ぷしゅっと栓をあけた。 「リョウさん、どうぞ」 あれ? 「おばさん、リョウさんどこ行った?」 「量産?」 「あの人なら!」 「さっき外に出て行ったわ。だから外にいるはずよ。さあヒロ君も外に出たほうがいいわ」 「は、はい」 なんかよい子さんが変だ。 まあいいや。外へ見に行く。 いないぞ? 「リョウさーん」 「っ……、っ……お、遅いぞ」 「息切れしてます?」 「していない」 服が乱れてるような。 「どうぞ、ピーチラムネです」 「ああ」 受け取ってもらう。 「あ、お勘定忘れてた」 中に戻った。 「お勘定お願いします」 「2本で120円ね」 「はい……あ、細かいのがない」 「おつりがいるね。よい子ー、レジおねがい」 「ッはーい!」 「さっきより汗かいてません?」 「かいてない。はいおつり880円」 「ども。お邪魔しました」 外へ。 あれ? リョウさん……。 「ここにいる!」 「いま店の裏から来ませんでした?」 「来ていない」 「そうですか」 「ラムネ飲みましょう。ぬるくなっちゃう」 「ああ。……喉かわいた」 「……」 「どうしました?」 「あ、あっち向いてろ」 背中を向けて飲みだした。 (マスク外したら苦労が水の泡だ……) 「あ、よい子さん」 「んがふぅっっ!」 「ど、どうしましたリョウさん」 「げほっごほっ、私っ、俺はよい子じゃない」 「はい、リョウさんですよね」 「店のお姉さんがよい子さんって言いまして。借りてるCDどうしようかなって」 「ちょっと聞いてきますね」 「おい待て……っ」 店に入る。 「よい子さーん」 「はぁぁい」 「たびたびすいません。この前借りたCDなんですけど」 「いらない。あげる。返さなくていい」 「ヒロ君」 「はい?」 「外の人をあんまり待たせないように」 「そ、そうですね」 よい子さん、怒ってる? 外へ。 リョウさんがまたいない。 「リョウさーん、どこ行ったんすか」 「どこも行ってねーよ」 「は?」 「まちがえたっ」 「ぜはーっ、ぜはーっ、ど、どこも行ってない」 「はあ」 いまなんか入れ違いに出てきたような? 「ら、ラムネ。早く飲め。さっさと行くぞ」 「はい」 なんだかイライラしてるみたいだ。さっさと飲むことに。 瓶を返して。 そろそろ帰る。 「……」 「……」 結局最後まで気まずかった。 ・・・・・ そんなわけで、結局調査は進展なく終わった。 「分かったでしょ。いまできることは待つことだけなの」 ほら見ろとばかり胸をそらす恋奈。 こうなるって最初から気づいてたんだろう。 まあ俺はみんなと仲良くなれて楽しかったからいいけど。 「ちぇ」 一条さんは残念そうだった。 「所詮隠れてこそこそするしかできない小悪党だ。時間をかけてあぶりだせばいい」 「そゆこと」 「はーああ、暴走王国のせいで俺っちにゃ仕事もねーし。退屈だっての」 「別にこっち方面で忙しくしなくても。せっかくの夏休みを楽しめばいいんじゃないですか」 現に恋奈なんか、やることはやるけど俺とフツーに遊んでるし。 「まーそうだなぁ、補習も終わったし……」 「そういや今年はまだ『夏!』ってことしてないね」 「あー、自分も今年泳いでないっすわー」 「海ってすぐそこにあると逆に遊ぶ気になれないですからね」 地元民のジレンマだ。 「明日行こっか。みんなで水着持ってきて」 「却下」 「もー、れんにゃあ、泳げなくても海は楽しーシ」 「そうだぜ。泳げなくても足のつくとこなら溺れやしないっての」 「泳げなくてもビーチバレーとかあるっすよ」 「泳げなくても……」 「いちいち言うなボケェ!」 怒った。 「あのねぇ、いま江乃死魔は結構シビアな状況なのよ。暴走王国なんて謎の敵が現れて、次に奴らの打ってくる一手で情勢が大きく変わるわ」 「海で遊んでる暇なんてないの」 「でも泳げないんだよね」 「泳げないわよ!」 悲しいな。 「でも夏に海は外せないっての」 「長谷的にはどうだい?恋奈様の水着とか見てーんじゃねーのかい」 「そうだね」 「見たいよ」 「声でか」 「そりゃ大きくもなるさ。海岸中に聞こえる声でだって言える」 「恋奈の」 「水着が」 「見たい」 「破!!!」(顏パン) 「痛い」 「まあ俺は恋奈の意志を尊重するけどさ」 「でも見たいな」(ちらっ) 「いや恋奈がいやだっていうならいいんだよ?夏の楽しみは海だけじゃないし」 「でも見たいな」(ちらっ) 「鬱陶しい!」 「センパイ、結構メンドくさい人だったんすね」 「おおおおいおい、なんだっての急に」 「いやだって、ねえ?」 「あー、なんか分かる気がするシ」 「どんくらいデカいか興味あるっすよね」 「ふくらみがすごそうだよね」 筋肉の。 「ふくらみって、そりゃ自信はあるけどよ」 「実は私もたまに触りたくなるのよね」 「自分も。握りしめたくなるっす」 「弾力がありそうだよね」 力こぶとか。 「ま、まー弾力もあるっての」 「どれくらい割れてるか教えて欲しいし」 「あー、それも気になる」 腹筋割れてそう。 「気になってきたわ。ティアラ、このあと割れ目見せなさい」 「割れ目!?え? 水着の話じゃねーの?!」 「俺も見たいな」 男として割れた腹筋にはあこがれる。 「ちょちょちょ待てぃ! 長谷は男だろ!いや女でもダメだけどよ!」 「なに焦ってるのよ。水着の上から見るだけでしょ」 「あ、一条さんもしかして、見えないタイプの水着なの?」 上下がつながってるタイプじゃ腹筋は見えない。 「いやいやいや! 見えるタイプの水着ってそれもう水着じゃねーだろ!?」 「はは。子供っぽい水着なんだね」 「大人だって見せねーって!」 「でもうちの姉ちゃんなんて中学のときには見せるタイプだったよ?」 「私も見えるタイプだわ」 「自分なんか小学校低学年からそうだったっすよ」 「ええええええ……?」 よく分からないが落ち込んでしまったようだ。 「とにかく。私は海で遊ぶ予定なんてないから。行きたきゃアンタらで行きなさい」 今日は解散とばかり行ってしまう恋奈。 「ちぇー。つまんねーシ」 やっぱ恋奈は乗ってこないか。 残念だけど海はあきらめよう。 今日も暑っちぃ。 常夏なお日様のもと、弁天橋を行く。 恋奈と遊ぼうと思ったんだが、さっきから携帯がつながらない。 でも近くまで来ちゃったし。ひとまず家にだけでも行ってみることにした。 ホテルのフロントで聞いてみると、 「お嬢様は先ほどから大浴場にお越しです」 「お風呂ですか」 それで携帯がつながらなかったらしい。 「長谷様は構わずご案内してよいと伺っております。お部屋へどうぞ」 「どうも」 鍵をもらった。 もう通い慣れはじめている恋奈の部屋へ。 「……」 でも、 恋奈、お風呂入ってるんだよな。 ・・・・・ 「ぷはっ」 「はー、なんで浮かないのかしら。おかしいわよ人体の構造的に」 「このままじゃハナや大にバカにされっぱなし……。ちっくしょ〜……」 「おーい恋奈ぁ」 「はぇっ?! ひ、大?」 「一緒に入っていいかな」 こちらも通い慣れた、恋奈専用温泉にお邪魔する。 ――ガラッ。 「だわーっ、来るなバカぁっ!」 「あ……」 水着! で湯船のへりにつかまってる恋奈。 なにしてんの? って見れば分かるか。ここが風呂だということを除けば……。 「泳ぎの練習?」 「……っちくしょう」 バレた。って感じに悔しそうにする。 「ああ、昨日みんなで言ってたから」 海で遊ぼう。的な話に、1人だけのれなかったのが悔しかったらしい。 「そんな隠れてしなくても。練習ならみんなと遊びつつすればよかったのに」 「う、うるさい!アンタにはわかんないわよ浮かない人間の気持ちは」 怒ってる。 恋奈みたいにプライドが高いとしょうがないか。 「分かった。邪魔しないよ」 俺もざぶんと湯船につかる。 「ちょ……なによ」 「手伝う」 「ひゃっ」 すでに沈みがちなお腹を持ってあげた。 腰が浮き浮力を受けやすい格好になる。 「俺にはもう見られたから一緒でしょ」 「さ。がんばろう」 「……」 「……うん」 ・・・・・ 「で」 「なんでそこばっか触るのよ」 「アングル的にここはいっとかないとと思って」 お風呂のせいか運動のせいか、いつもよりもっと温度のたかい腿の付け根をさする。 「うううう……!」 「いやでも誤解しないで恋奈。俺は普通に練習を手伝う気はあるんだ」 「ほんと……?」 「ほんとだとも」 手伝いつつお尻に触りたいだけで。 「つーわけでがんばろう。バタ足の練習でいいよね」 「ええ。しても沈まないバタ足を教えてちょうだい」 「沈まないコツは、バタ足をすることだよ」 がんばる恋奈に付き合う。 「はいバシャバシャバシャ」 「バシャバシャバシャ」 「バシャバシャバシャ」 「がぼがぼがぼ」 「なんで沈むのさ」 「ぷはっ、知らないわよ!」 普通にやってるはずなのに沈む。 「ちょっと動かないで。浮いてみて」 へりに掴まらせ、水面に身体を預けさせた。 「がぼがぼがぼ」 「恋奈ってアンドロイド属性だっけ?」 「うっさいわね!」 「もういいわよ。文句言うなら出てってよ」 「ごめんごめん」 付き合うっていったんだ。最後までやり通そう。 思うに余分な力が入ってるのがダメなんだよな。 「もっと力を抜いてさ」 「分かってるけど……」 30分後。 「バシャバシャバシャ」 「バシャバシャバシャ」 「バシャバシャバシャ」 「がぼがぼがぼ」 2時間後 「バシャバシャバシャ」 「バシャバシャバシャ」 「バシャバシャバシャ」 「がぼがぼがぼ」 「……」 「ぷはっ、はー、はー。いまのは自分でダメなのがわかったわ」 「……」 うん。 飽きた。 もうあきらめて試合終了したい。恋奈はたぶん前世でポセイドンにケンカ売ったんだよ。 でもいまさらやめたいとは言いにくいし……。 「……」 「なによその『こいつは前世でポセイドンにケンカ売ったから泳げないんだな』みたいな顔」 「そこまで顔に出てた?」 「出てるわよ」 「はぁ……もう、分かったわよ」 「どーぞっ」 「?」 「だから、その、好きなことしていいわよ」 「え」 「さ、さっきからそれ、当たってるんだって」 腰にまいたタオルを指差す。 ああ……隠す気もなかったけど、勃起したものが。 目の前でお尻もこもこ2時間だぞ。我慢するなってほうが無理だ。 「長い時間付き合ってくれたから、どーぞっ」 ちょっと怒った感じながら、腰をこっちへ向けてくれた。 恋奈なりのありがとうだろうか? 最近の恋奈はこういうとこちょっとずつ可愛い。 「じゃあ遠慮なくいただきましょうか。ヌフェフェフェフェフェ……」 「う……、な、なんでもってわけじゃないわよ」 「ひゃっほー!」 ざぶーんっ。 水着越しのお尻にダイブした。 「んぅわっ」 「はーっ、はーっ」 「いたた……な、なんでアンタはいちいちお尻に突貫してくるのよ」 「理由を聞かれても困るな。あえて言えば男だからとしか」 「……ケダモノ」 「失礼な。誰がケダモノなのさ」(すりすり) 「アンタよ」 「俺はいつも理性的な行動を心がけてる」(むにむに) 「例えばケダモノが目の前にこんなおいしそうなお肉をおかれたらすぐ食いつくよね」(モミモミ) 「でも俺は理性的だから」(くんくん) 「セクハラしながらえらそうにすんなっ!」 「怒らないでよ」 ぷにぷにのヒップをぷにぷにさせてもらう。 「ふむ」(ぷにぷに) 「ふむぅ」(ぷにぷにぷにぷに) 「う……いつもより手つきがやらしい気がするわ」 「2時間も待ったからね」 「……」 2時間ってことを持ち出すと弱いようで恋奈は口を閉ざす。 最近恋奈、エッチじゃ受け身だしな。今日はちょっとハードなことしてもよさそうだ。 「お尻がいやならさっそくここから揉むよ」 クロッチにあたる部分をつかむ。 ――もみゅもみゅ。 「ふ……っ、ゃんっ」 「すごく熱くなってるね」 「お、お風呂だし、運動してたから当たり前でしょ」 「それもそうだ」 「お風呂だからこんなに濡れてるのも当然だし」 ――ニュクニュク。 「ンぅ……」 「奥の方からいやらしい音がするのも当然だね」 ――クチクチ。 「う〜っ」 「あはは、怒らないの」 筋のかたちに沿って這わせた中指を何度か屈伸させる。 温まった粘膜は、意思があるみたいにはじけて俺の指にぶつかってきた。 「……いつくらいからこんなだった?」 何度か触ってるから分かる。結構長い時間ジレてた感触だ。 「し、知らない」 「恋奈」 「……」 「そっちのせいでしょ。変なモン大きくして、あててきて」 「あはは。俺が勃起してるから興奮した、と」 「〜っ」 むっとしてる。 でも反論はない。図星らしい。 「こんなにするなら早く言えばよかったのに。練習、途中から集中してなかったはずだよ」 「ほら、分かる?こんなに濡れてる」 ――にゅちにゅちにゅち。 「んぅ、う、う……」 ざぶっ。 「あら」 「お、お湯よ全部」 腰から下をお湯につけてごまかそうとしてる。 やれやれ。 「でもこの温泉の泉質ってどんなのだっけ?」 「はぅ……っ!」 にゅるっと強めに中指を突き立てた。 「こんなにヌルヌルするお湯使ってたっけ」 「んはっ、あっ、あはぅっ、はううっ」 「ぬぽぬぽって音がするよ」 「ンぅっ、ふ、うっさ……ぁわわわわっ」 「お、クリトリス発見」 水着の奥の花びらをかき分けてると、格別反応のすごい地帯を発見する。 恋奈のここ、子供っぽいっていうか、クリトリスが小さい体質だから普段は捕まえにくいんだけど。 「ほらほら」(ちょんちょん) 「ぁんぅっ、んっ、んんっ」 水着がお尻や肩にくいこむくらい激しく体をよじらせる恋奈。 イイ反応だ。 「最近の恋奈、感じやすすぎるぞ」 「あっ、アンタのせいじゃ……ぁぅっ」 クリにあてた中指を動かすたびに恋奈は肩甲骨のういた背中をヒクヒクさせてる。 「どこ触ってもゆんゆんだしさ。ほら……」 ――ウニ。 「ン……っ?」 親指をお尻の谷間……奥の熱い箇所にあてれば、 「ひゅい……っ、ひ、ひいいいいんっ」 「イキ癖もついてる」 「っは……っ、んはっ、はひぃぅ……。ンン」 軽くイッたのが分かる。 「エロいなぁ恋奈」 そのままの状態でクリをとらえた指をうねらせれば、陰唇が抗議するみたくキュンと食いついてくる。 可愛い。 「だぁ……から、アンタのせいだって」 「だよね」 やりすぎると辛くなっちゃうだろうから一旦手を止めた。 水着の底の部分をめくる。 「ここは初めてのころから変わらないくらいかわいいのに」 見た目にはほとんど変化ない。 ぷにぷにの肉がぶつかってできた細い裂け目って感じ。 中からは薄いピンクの色素がはみ出してるけど。変化と言えばそれくらいだ。 「感度はかなり育ったね」 「んんんぅっ」 べろんと外側を舐めた。 びっくりしたように腰を持ち上げる恋奈。 「あーでも感度も最初からすごかったっけ」 「よく考えると俺なにもしてないね。恋奈、最初からエロかったよ」 「ンなわけあるかっ。全部アンタのせいだって……ぁふっ」 ふくふくした可愛い太ももの脚線からさかのぼって、お尻の谷間まで。舌を何度も往復させる。 右、左と陰唇をかすめるたびに恋奈はたらした髪をプルつかせてもだえる。 上へ行ったとき、お尻の穴にも挨拶すると、 「きゃはんっ」 「ここも最初から感じやすかったっけ」 「あっ、あっ、そん……しつこく舐めるなぁ」 かるくキスしただけなのに、しわが開いてピンク色の粘膜が見える。 例のオモチャで開発してからってもの、こっちもずいぶんと愛想がよくなった。 「あわ、わ、ううう開いちゃううう」 「ん〜♪ 可愛いね恋奈は」 もう一度下へもどす。 花肉の側をとおるとき、お尻の穴がひくんっと跳ねた。 「こっちは言うまでもないし」 つーっと舌の位置を中心に寄せていく。 形よく左右対称になってる肉びらは、すっかり柔らかくなってる。 紺色の水着がスベプル美肌に食いこむと、そっち側に引っ張られて内側の粘膜が見えていた。 「……ふふ、恋奈のニオイがしてきた」 「あぅ」 お風呂のお湯で流れてしまう女の子のフェロモン。新しいのが染み出してきてる。 「もうムレムレだよ」 ひっぱると、形のいい淡いピンク肉は指に吸い付くような反応を見せる。 ほんとエッチになったもんだ。 「ねえ、恋奈。これってもう相当キてるんじゃない?」 「あぅ、あっ、はうううん」 クリを狙うまでもない。会陰のちょっと下あたりをつつきながら言う。 「んは、はあぁ、ちょっと、こらぁ」 抗議がちにお尻をぷりぷりゆする恋奈。 微妙に、指に対してお尻をこすりつけたがってるようにも見える。 「はは、俺としてはジェントル精神で2時間待ったけど。ひょっとして待たないほうがジェントルだったとか」 「う……」 「……奥のほう、ムズがってる」 ヒクつく穴のふちへ中指を充てる。 少し力をこめれば、 ――ぬぐ、ぬる、ルルルル……。 「ぅうううううン……っ、んんんんっ」 簡単に柔らかい内部へ導かれ、こりこりした粘膜がかみついてきた。 「あひっ、ひんっ、ぅううう。大、ちょっと、ああっ、うごかすの……それえぇ」 ゆっくり内部をまわすと、恋奈はもう下半身全体をクネらせるほどだ。 「もっ、もおお、大……ねえ」 「うん?」 「だからぁ、……あの、あのぅ」 「なに」 甘えるようにこっちを見てくる恋奈。 言いたいことは分かるんだけど。こういうときの恋奈は可愛すぎる。いじわるしたくなる。 「私もう、もぉ……へんになっちゃうよぉ」 「うん?」 「なにかなぁ」 ぬるっとまたアヌスを押した。 「あふぅうぅっ。お、お尻に指入れちゃだめぇ」 「俺のせいじゃないよ。触ったら恋奈のお尻が勝手に食べちゃったんだよ」 前に入れた指とで中身をはさんで、優しく潰す。 「っ、ふぅっ、うふぅっ、くううん」 恋奈はもうお風呂ってだけじゃ説明のつかない。トロ火で煮込まれたような火照り顔で、口の端からよだれをたらしながら、 「はっ、あああぁひろしぃ、いじわるしないで」 「ん……あはは、ごめんごめん」 ちょっとやりすぎたかな。 指を含んだピンク色の粘膜も、ぬれぬれした肉が下からせりあがってきて。もっと深くに刺激を欲しがってる。 こっちもエグいことになってるものを取り出した。 「ああん」 会陰からアヌスにかけてこするだけで、恋奈は嬉しそうに鳴く。 滑りをよくするために、茎部へぬるぬるの蜜をこすりつけながら。 「ほら恋奈、入っちゃうよ。恋奈の気持ちいいとこ、いっぱいに広げちゃうよ」 「んっ、う、早くぅ」 「……そんなに欲しい?」 「うん……うんっ」 こくこくと首を縦にふる。長い髪がひらめいて、新しくかいた汗のニオイがした。 快感が頭に来てる。 いまなら何でも言うこと聞いてくれそう。 「じゃあおねだりしてみてよ。どこに、なにが欲しいか。ちゃんと口で言って」 「う……」 「ほらほらぁ。言ってよ」 ぬるっ、ぬるっと切っ先でクリトリスからお尻の谷間までをこすった。 「も……もぉお、ヘンタイ」 困った顔で眉をひそめている恋奈。 でも熱いものが往復してると、我慢できないようで。 「ちょうだい」 「なにを?」 「大の……その、おちん○ん。ほしいの」 「どこに?」 「……だからぁ!」 つっかえつっかえだったのが、眉を吊り上げる恋奈。 「わ、私の、エッチなとこに。大の大きなおちん○ん……入れて欲しいの」 「了解」 あんまりやると怒らせる。充血してぱっくり口をあけた柔裂へものをあてがった。 「そう、そう、早くぅ」 ――ヌルゥウウウ。 「んふぁああああああっ!」 浅瀬を一気に貫き、奥まで打ち込んだ。 広い浴室に反響するほど大声をあげる恋奈。 「ああ、やっぱり奥まで熱くなってる。そんなに待ちきれなかったんだ?」 「そうよぉ。だって、大、いじわるして。ンぅうう深いの、深いとこ、むずむずしちゃってぇ」 お湯のなかでつけた膝から、肩まで。身体全体がぶるつくほど四肢を痙攣させる。 「うわは、恋奈今日はほんとすごいな」 「ぷにぷにのお肉がくっついてくる。中で吸われてるみたいだよ」 「知らないわ……ぁああっ、は、ひゃあ。わたし、えっちに……しらなぁい」 「でもやっぱ狭いまま……っく」 深くへ進めた亀頭が食いつきのいい粘膜に舐められる。声が出そうになった。 「どう恋奈?」 「あはっ、ぁん、イイ。大のおちん○んすごくいいい」 「よろこんでくれてなにより。まだあと半分くらい残ってるからね」 狭い粘膜は気合入れないと突破できない。おへそに力を込めて、 ――ぬる……ぐ、グググ……っ! ミチミチと細い道をすすんでいく。 「ひぃ、ひぁあああ。すご、すごおお。ずんずんっ、くるぅう。あっ、あっああああ」 ちょっと苦しそうなくらい低い声で鳴きながら、くびれた腰をくいっ、くいっとグラインドさせる。 「恋奈、お尻の形が大人っぽくなったよね」 「そ、そお? よくわかんない」 お腹がへこんでるのは前からだけど、お尻のまるみが最初のころよりふっくらしてきてる気がする。 薄くてつるんとした形だったのが、いまは綺麗なハート形だ。 「俺とのセックス用に育ってきた」 「……ぅん」 あ、素直。 ジョークで言ったんだけど……嬉しい。 「ッ……、はい、これでいっぱい」 「ンぅあああぅぅ……はぁ、奥がおされてるぅ」 窮屈な蜜肉は、根元まで突っ込むと子宮まで届いてしまう。 子宮が持ち上がる感じが分かるらしい。恋奈は口をぱくぱくさせてもだえてる。 「あっ、あっ、あああ。んぅ、ああああ」 でも最初のころとちがって苦しがる様子はない。 ずむ、ずむ進むペニスの切っ先に、順応してるようお尻を左右させてみせる。 「っく、しまってるよ恋奈。あはは、きつすぎ」 「あはあぁあ、だって、ぁぅうんだってぇ」 ハート形のお尻もエッチに揺れてるけど、中の粘膜自体もぐいぐい吸い付いてきて気持ちイイ。 ぼーっとしてるとそれだけで射精しそうだ。 ――ヌッ、ヌッ、ヌッ。 「あはっ、あっ、あっ、はぁ……っ。こすれる、なかで擦れて……あぁあ〜気持ちいいよぉ」 腰を前へ前へ競わせだした。 こうしてると自然、右へ左へゆれるお尻はペニスから逃げることになるので、 「あぁぁあっ、大っ、強い。おちん○ん強すぎぃ」 恋奈側にすれば、連続で突きこまれてる形になる。 「ひゃあっ、はぁあ、あはぅ、はううん」 「ヌレヌレのがくっついてくるよ。うあっつ、先っちょ集中攻撃しないで」 もちろん恋奈が狙ってしてることじゃないんだけど、ペニスの絞られ方は刻一刻といやらしくなってく。 「どう恋奈? 気持ちイイ?」 「ぅん……うんっ。大のおちん○ん……イイ」 「よかった。じゃあ」 腰はとめないまま、身体にも手を回す。 「他もいろんなとこで気持ちよくなろう」 「ふぁ……」 「も、もおお、えっちなことしすぎぃ。私、こわれるぅ」 「してほしいくせに」 背中にしがみつく。 いつもならこの角度だと、すべすべぴちぴちの白い肌が出迎えてくれるけど。今日は水着。 真逆のざらざら感がなんか楽しかった。 「ほらほら、ここノータッチで寂しかったんじゃない」 「あっ、あっ、あぁああ〜っ」 ざらざら越しに乳首をこすった。 水着越しにもぴんとなってるのが分かる乳首をしごく感じに揉む。 「はゃんっ、あに、ンゅううううんンん。まって、まってまってぇえ」 「感じやすいね」 リズミカルに、おしたり、引っ張ったり。 「だぁ、から……はむんっ」 せっかくこっちを向いてくれてるからキスした。 「はぷん、んむ、ちゅぷぅ、れる、にゅぷ……。こわっ、こらゃあ、急に舌入れ……ぁぷぁん」 こっちも気持ちよくなってるんで、キスに余裕がない。 まあ情熱的と言い換えよう。さらさらの髪を撫でながら、 「ン……ほら舌こっち」 「ぁむ……、ぅ……」 「……んっ」 差し出された舌を口に含み、にちゃにちゃと舐めころがした。 「ふぷぁぁん、まぅむぅう。ンむっ、んむっ。っふぅうん」 どこを責めても可愛い反応が返ってくる。 「……」 ここも。 ――ぬちる。 「ぁん……ふっ!?」 「にゃっ、ばか。そこは……あっ、あっあああ」 「お尻ももうトロトロ。感じるようになったね」 常日頃アヌスマッサージをかかさなかった効果か、最近じゃセックス中だとこっちの穴も指が2本通るくらいゆるくなる。 「すごい感じっぷりだし」 「ふぁ、ふぁはぁああ……、あっ、お、おしり。お尻ぃ」 「お尻イジるとすぐトローンてなる」 「し……ぃ、しかた、ないじゃ……はぁああ」 ためしに人差し指と、親指を入れてみても、ペニスをくるむ粘膜がぴくつくだけ。痛がる様子はない。 「こっち触りながらだと反応がもっとヨくなる」 「あっ、んっ、はぁっ、はっ、はふ。ふぅンン」 ねっちりアヌスを緩ませていくスパイスで、セックスの快感が跳ね上がるらしい。恋奈はもう派手な鳴き声もあげられなくなっている。 ただウットリした顔で両方の穴を貫かれる衝撃をうけとめてた。 ……ふむ。 「1回イッてみよっか恋奈。そろそろだろ」 「ぅ……ぅん、うん」 ふわふわした顔で、お風呂のヘリをつかんだ手に力を込める。 最近のやり方のせいで、恋奈はイクときはリラックスして、俺に全部任せる癖がついた。 普段はSなのに。思うと、頼られてる気がして興奮する。 めりこむくらい子宮へ亀頭を押さえつけたまま、 ――ぐにっ、ぐにぅっ、にゅるっ 「っはぁ、あはっ、あはあっ、んくる、ぃううう」 「それっ、それ、んぁぁあそれぃううう、イイっ、イイの、よすぎちゃうう」 すり鉢の要領でこねまぜると、しまりのいいヴァギナがもっとペニスを絞る。 「あぅうっ、はぅうう、ンくぅううんっ」 「はぁ……ぁっ、あたる。おちん○んあたるぅう。おく、こすれて……ィいい、気持ちいいよぉお」 わなわな震える恋奈の背筋がピンと張った。 いつもツリあがってる目つきが、甘く蕩けて虚空を仰ぐ。 「く……っ、恋奈、ほら……っ」 「ひああああぅっ、あっ、あっ……っ!」 「は……ひゃ……」 「はぅううううううううんンンン〜〜〜っっ!」 肉ずれをかき消す音量で絶頂の声をしぶかせる恋奈。 「うく……っ!」 激しい反応は上の口だけじゃない。下もぎゅうっと痛いくらいペニスを噛む。 ――びちゅるるるるるるっっ! こらえる予定だったんだけど、つい俺も引きずられてしまった。 「きゃはっ、来た……来た来た……は」 「ンぁううううううううっ、あはっ、あはぁっ」 「ああぁぁあっ、大の熱いの、おなかいっぱいになってるぅ。ふぁああ」 出されるあいだ絶頂が延長するのは相変わらずで、恋奈はつらいんじゃないかってくらい腰を震わせながらエクスタシーをかみしめ続ける。 「っぅ」 なので盛大に出しきってしまい、終えたときには腰に来た。 ざぶんとお湯の中に座り込む。 「はー、はー」 「はぁー……っ、はぁー……っ」 疲労困憊って感じ。 恋奈も力がぬけてるけど、へりにもたれてるのでお尻はこっちにむけたままだ。 「……」 俺のが抜けたとたん、どろどろを垂らすヴァギナはひゅくんとうねって口を閉じた。 でも……。 ――ひく……っ、ひく……っ。 「……」 「……? な、なに大?」 「うん、さっきから気になってたんだけど」 ヴァギナはつつましく閉じたのに、こっちはぽっかり開いちゃってる紅輪へ手を伸ばす。 ――ツ。 「ひんっ!」 紅色に充血した、括約筋のわっかに。 「恋奈さ、もう前より後ろのほうが柔らかくなってるんじゃない?」 「は……?」 なんかお尻の穴のほうが柔らかくなりやすい。的な話を聞いたことがある。気がする。エロ小説で。 ということはだ。あのキツキツ恋奈ホールをここまでほぐした俺なら、こっちの穴も簡単にイケるのでは? ――ぐるぐるぐるぐる。 「はんっ、あ、ちょっと、え……?あはぁあ」 現に人差し指でなぞると、アヌスはひくひくしながら物欲しそうにぽっかり口をあける。 イケる。自信がある。 「あの……大? またするの?いいけど……なんでそっちの穴ばっかり……ぁん」 「あっ、あっ、ほじくらないで。指、深く入れられると私、変な気持ち……ンく」 「……えぅ? な、なんでそんなにめくるの?」 「ふぁ、なんでそっちに先っちょ……」 ――にゅぐ。 「あわぁぁぁあああなにしてんのよぉおおっ!」 さすがに圧力をかけると気付いたらしい。アヌスはきゅっとすぼまり、恋奈自身も暴れる。 「あやっ、ばか……入る入る!お尻はだめぇええ」 「ダメ?」 「ダメっていうか……まず無言で奪うなッ!常識ってもんがないのかアンタは!」 ヤンキーの総長に常識を説かれてしまった。 「イケると思うんだよ。恋奈ここ好きでしょ?」 くいくいと半分くらい勃起しなおした切っ先で穴を小突く。 「好きって……嫌いじゃないけど……ンふ。あっ、の、押さないで……ぁ、あふ」 「好きそうじゃん。……あ、開いてきた」 必死に寄ろうとしてる皺がほぐれてぬぱっとピンク色の中身がはみだしてくる。 押し付ける亀頭とも相性よさそうで、 ――ぐに、ぐににに……。 「すごいすごい。入りそうだよ恋奈」 「そっちが入れてるんでしょっ。ちょっと、ほんとに……やっ、やああなんか変んんっ」 「痛い?」 「痛い……っていうか。あの、あの……」 「くぁああんっ」 「あっと」 なにかに急き立てられるように恋奈が腰を跳ね上げた。 ――にゅるんっ。 「ひゃうううう」 「うわ、急にするからカリが全部入っちゃった。……あ、でも切れてはないね」 一番太いところも結構楽に入ったみたいだ。 まあ指2本は楽に入るくらい柔軟だったし。俺のもそんなに太くないから大丈夫だわな。 「もっと入りそう……いいよね恋奈」 「んはああ、はっぁん、ぁああうぅうん。お尻、お尻ひろがるうぅ、おしりがぁああ」 もう聞いてない様子。 勝手にやらせてもらおう。 ――ぐぐぐぐ……っ。 「はぁあぁあ……っ、か、かふ、ん」 「すっご、前とは全然ちがうんだ」 肉がみっちり詰まってて入れにくいけど、その分踏破していくこと自体が快感だ。 えーっと、どうするんだっけ。こっちの穴は確か、 「やり方はネットで調べてるんだ。痛かったら言ってくれ」 「は……はぃ……?」 「いれるときはゆっくりで」 ――ぬぷ……ぬぷぷ。 「んぅうう、ひ、ひろが……」 「蠕動に合わせて引き抜く」 ――にゅるぅううう。 「あはぁああぁぁああんっ」 「お、引くやつ気に入ったみたいだね」 「あか、はぁあ、知らないっ、知らない。おぅう、お尻ひっぱらないれよぉおお」 「あはは、すごい反応」 熱くてニュルニュルした肉が大量にペニスにぶつかる。 気持ちよさは前のほうが上かな。でも、 「どう恋奈? 気持ちいい?」 「あは……はっ、はぁああああ」 「ん……ぅ、……ぅん。おなか、こすれて、こすりだされて……お尻とけてる……」 「いいィ……もっと、もっとお尻ホジってぇ」 「了解」 恋奈の乱れっぷりは前も後ろも一緒だ。 「たっぷり楽しんでよ。ゆっくり入れて……」 ――ぐにゅるぅ……。 「んん……ちょ、キツい」 「勢いよく出す」 ――ちゅぷるぅうう。 「ぁっひぃいいいいんっ。ひぅ、ひぅううう。お、しり、うらがえるぅう」 「もう裏返ってるよ」 さっきから皺のなくなった穴の周りがむちっとめくれてピンク色の粘膜が出てきてる。 「大は? 大はどう? きもちい?」 「うん」 快感って意味じゃ前が上だけど、このペニス全体にくる肉の加圧はこっちだけだ。 気持ちいいっていうか、射精をおねだりされてる感じ。 「恋奈の体、お尻まで俺の精子、飲みたがってる」 「あっぅん、そぅ、そうなの。大のせーし、のみたい。大のせーしお尻に欲しいの」 「あっ、はっ、ひゃああ……んはあん」 クリュッ、クリュッと小ぶりなヒップが、さっきみたいによじれだした。 「またそんなにお尻回して。やらしーぞ」 「だぁってぇ、こうするとお尻、アナルほじれてぇ」 「分かってるよ。……はは、すごい音」 「やっ、やぁぁん、お尻の音聞いちゃやぁ」 「だってこんなにすごい音してるんだもん」 こっちも腰を動かすと、あらゆる角度で粘液がはじけてニュチャニュチャとひっきりなしに音がする。 恋奈のくびれたお腹は、もう楽器みたいにエロい水音をしぶかせてた。 「こっちも音だしてみようか」 「ふぇうっ? あっ、ひぁぁあああんっ」 俺の精液でべとべとの花弁へ指をやりクリトリスごと裂け目の中をかき回してみる。 「ひっ、ふぁあああんっ、あぁあっ、んっんっ。それらめ、それぇええ、前もゆるゆるになるぅう」 やっぱり挟みうちされるのに弱いらしい。恋奈の反応は強まる一方だ。 「は……んんっ」 ぶるぶるっと震えながら背筋をそらす。 「なに恋奈。お尻でイキそう? もう?」 「だ、だぁ……って、これ、すごすぎぃ」 挟みうちがとどめになり、恋奈はもう電気でも流されてるみたく全身を痙攣させた。 「俺も一緒にイキたいな。ちょっと我慢できる?」 「はああ、早く、早くね。私も、おしりっ、大きいの。すぐ来る、すぐだから」 切羽詰った様子でこっちを向く。 「分かってるよ」 キスした。 「言われなくても恋奈のアナル、俺のを搾り取ろうとウネウネしながら絡みついてくるから」 上体を折り倒した分、密着は深まり、 ――ぐぐぐぐっ。 「んちゅ、ちゅぷ……ひゅあああああっ!」 限界まで深く直腸を割った。 「あはぁっ、あはぁあ、深い、太ぉいい」 「大の、ば、ばか、こんなの。こんなの……すぐ」 「すぐイクぅううううう……っ」 「あら」 ペニスに食いつく括約筋をバウンドさせて、恋奈は一足先に上り詰めてしまった。 待ってって言ったのに。思ったけど……。 「……あ、大丈夫だ。俺もすぐ……ぅあ」 むしろイッてる最中のほうが、恋奈の内臓は活発に動くみたいだった。 食いつく腸壁がうねりを増す。なんかもう、そういう機械で搾り取られてるみたいに。 「こっちも……出るよ恋奈。出すからね」 「ぁんぅ、きて、きて……あああっ。ぐりぐり、くるっ、お尻ぐりぐりされてるぅううっ」 「うく……っ!」 ――びゅうううーーーーーっ! びゅるるぅーーっ! さっきから2連続なのに、すごい量のザーメンを流し込んでしまった。 「きゃはあっ、あっ、はぁっ……ぁ」 「くぅうあああああああああーーーーーーっ」 嗚咽を深めて、また新しいエクスタシーに突入する恋奈。 「ひゃあっ、はぁあああ」 「きて、きてる。ながれてきてる」 「おしりに精液……し、染みてるぅうう」 嬉しそうに俺の熱源を受け止める恋奈。 俺はとめどなく熱いのをしぶかせて、そんな恋奈をいつまでも喜ばせてやり。 やっぱり絶頂の延長する恋奈は、いつまでも浴室全部に嗚咽を響かせ続けた。 ・・・・・ 「はぁ、はぁ」 「はううう……」 さっきと同じく力が抜けてしまう俺たち。 俺は座り込んだ程度だけど。 「……うう」 ばしゃーんっ。 「恋奈!?」 完全に脱力した恋奈はへりにすらすがれず、湯船に落ちてしまった。 「い、いま助ける……はっ!?」 手をのばしかけて……気づく。 (ぷかー) 「……」 (ぷかぷか) 「恋奈……浮いてるよ!」 浮いてる! まちがいなく浮いてる。俺の補助なし、なにも掴まず。 「そ、そうか。イキまくって完全に力が消えたことで余分な力がかからず浮くことができたんだ」 (ぷかぷか) 「いや待てよ。アナルでしたことでヒップアップ効果的なものが現れ、それがうまい具合に作用したのかも」 (ぷかぷか) 「とにかく分かったぞ。恋奈が泳ぐには……アナルセックスすればいいんだ!」 「……」 「よく分かった……任せて恋奈。愛する恋奈のために、海に行くときは俺が責任を持って毎回アナルを犯すよ!」 「……」 「いまはとにかくこの喜びをわかちあおう」 「恋奈が浮いた♪ 恋奈が浮いた♪」 「さっさと助けろッッ!!!」 「ごめん」 ・・・・・ 「は、放しなさいよ」 ばしっと手を払いのけられる。 「えー、もっとさわりたーい」 「やかましいこのヘンタイ」 「よく考えたらアンタの助けなんているか。絶対エロいことされて終わるわ」 「失礼だな。俺は本気で恋奈のためを思って」 「説教垂れるならまずそれ隠しなさい!」 「は? ……うぉっ! 失礼」 腰に巻いたタオルが落ちてた。 お風呂に乱入しようと決めた時からナニはギンギンなので、見られてしまう。 「なにする気だったんだか」 信用をなくしたらしい。 ちぇ。一応恋奈のためってのは本当だったのに。 「……ったく」 「分かったわよ」 「はい?」 「溺れるのも飽きたから、そっち相手してあげる」 「いいの?」 「1回出せば大人しくなるでしょ」 それは保証できない。 「でも、じゃあ」 「……フンだ。そのあとは練習付き合いなさいよね」 「分かってるって」 ・・・・・ 「なに、この格好でするの?」 「水着の女の子から水着をとるような男だと思わないでいただきたい」 「あっそ」 ――ふにゅ。 「っふ……」 まずは触りやすいお尻に手を置く。 すべっすべでぷるっぷるなお尻が、ざらつく水着に締めつけられてるこの感じ。 まさに水着の醍醐味といえよう。 「は〜」(ふかふか) 「……」 「はぁ〜」(ふかふか) 「そんなに楽しい?」 「あ、ごめんごめん」 「でもさ、つい触っちゃわない?クッションとか、マウスパッドの手首のとことか」 「私のお尻がクッション?」 「最高級のクッションだよ!」 「アンタ女の子を喜ばせる才能ないわ」 自分でも思う。 「でも最高なものは最高なんです」 「最近さ、お尻、色っぽくなってきたよね」 「は? ……ンぅ」 お尻からお腹にかけてをなぞる。 おへそのふきんはへこんでて、きれいにくびれてるのでお尻の丸く膨らんだラインが際立つ。 「ちょっと育った?」 「わ、わかんない」 微妙なほめ方に、微妙な顔の恋奈。 「成長期なんだね。いいことだよ」 水着のおかげでラインがよく見える。上から下へ。何度も往復した。 お尻からお腹へ。お腹からお尻へ。 お尻からお腹へ……。 お腹から胸へ。 ――ふに。 「ん……っ」 (もにゅもにゅ) 「っ、ふ」 (もにゅもにゅ) 「な、なんでおっぱいだと黙るのよ」 「あ、いや」 「……育たなくて悪ぅござんした」 「なにも言ってないじゃない」 確かにちょっと思ったけど。 「まあこれからだよ、これから」 「いっぱい揉むと大きくなるっていうから、試してみよう」 「フンだ」 「……あぅ」 わきのところから水着の中へ手を入れた。 手のひらにすっぽり収まるサイズのふくらみ。にゅる、にゅる、コネていく。 「……、……ぅ」 先端にむけて絞るみたいに。 お湯で濡れて、ちょっと汗もかいてきたかな。すべすべのお肌はもっとなめらかになった。 さすりやすい。 ――むにり、ふにり。 「……っふ、……ふ」 「感じてる?」 「知らないわよ」 「息がはずんできてるけど」 「お、泳いで疲れてるから」 「おっぱいも張ってきてる。……ン、乳首」 ――ちょん。 「あっはぁんっ」 「とがっちゃったね」 もともと感度は高いほうだけど、それが快感に直結するようになってる。 「分かりやすいよね。感じてくると奥のほうからしこってくる」 「乳輪まで張りつめてるし」 「い、いちいち言わなくていいって……。きゃひ、ひっ、ぃうう」 「コリコリしてる。恋奈は身体の反応が分かりやすいよね」 「しらない……わよっ。ぁふ」 水着のなかだからちょっとつまみにくい小粒。親指の腹でころがした。 恋奈は感じてるのを見せたくないのか、顔を赤くして耐えてる。 そのプライドの高さがいちいち可愛い。 「はぁ……、はう」 時間を気にせずねちねち揉んでると息が切れてきた。 「感じちゃってるでしょ」 「知らないってば」 「素直じゃないな」 なら弱点の触り方をしてみよう。 乳首を指のあいだで挟みつつ、ふくらみ全体をつかむ。 ――もみゅもみゅもみゅもみゅ。 「んぁっ、うっ、はぁん……っ。はっ、はふ……っ」 「弱いよね〜この攻め方だと」 「う、うるさいっ」 本気で感じちゃってるぶん屈辱なんだろう。怒ってた。 でも体の方は、 「あふっ、ぁん。ん……く、くぅううん……」 「はぁ……はぁ……、ッあっん」 「ち……ぃ、乳首ばっかり……こすりすぎぃ」 「厳しくなってきたでしょ。そろそろ欲しい?」 後ろから手をまわしてるので、こっちにむいたお尻にはちょうど俺のが当たってる。 硬くとがらせた切っ先をぐりぐりお尻の谷間へあてる。恋奈の腰は迎えるように左右にモジついた。 「どうなの恋奈。乳輪ぱつぱつだよ。感じてるんじゃない」 「あぅ……ぅ」 「ほらほらぁ」 「う、うるさいっ」 「いたっ」 調子に乗りすぎたか。突き飛ばされてしまった。 「こういうのはいいのよ。さっさと終わらせてソレ小さくしなさいよ」 「でも前戯は大切だよ」 「いらない」 怒ってる。 プライドの高い恋奈には、『一方的に感じる』前戯は気に入らないらしい。 んーむ、俺は前戯好きなんだけどなぁ。恋奈が悦んでくれるから特に。 「いいじゃん。このあと練習付き合うんだから。ちょっとくらい、ね?」 「う……」 「し、しつこいのはダメだからね」 「どうして?」 「だって……」 「なんでもない」 黙ってしまう。 「?」 よく分からないけど。 まあいいや。許可がもらえたなら、 「たっぷりお楽しみくださいな。お嬢様」 「はいはい」 「溺れないための練習の前に俺のテクに溺れてもらおう」 「(無視)早くね」 ちぇっ。 お尻のふくらみに手をやり、ぱつんぱつんの水着の裏へ指をいれる。 「んぁ……っ」 「リラックスして」 同時に胸も。 文句はいうけど、恋奈のおっぱいはもうだいぶ興奮してるときのそれだ。 脂肪分の塊に血が回り、肌が瑞々しさを増して、触ってて分かるほどの弾力をうむ。 「もちろんこっちも」 ――ニュル。 「ひ……ひぅっ」 コリコリした肉門のなかへ指をやった。 お湯で洗った直後なのに、とろーっとした汁気の成分が染み出してきてるのが分かる。 ぶるんぶるんと強めにおっぱいをコネくると、門の周りが反応した。 「ふふ、乳首もまだ硬くなる。面白いね相乗効果って」 「あっ、ぁんむ……ぁあああんん」 「クチュクチュ言ってるよ」 ――ニュルゥウ。 汁気の熱さに導かれて穴の内部へ指を入れた。 「ぁぁっ、んっ、んんん……ン〜〜っ、ふっ、ふぅっ」 びくんびくん悶える恋奈。本気で恥ずかしい声がでそうなのか、必死に唇を噛んでる。 「我慢しないで。イイ声聞かせてよ」 「う、うるさい……っ」 「アンタちょっと調子のって……あ!こ、このまえの仕返しする気でしょ」 「バレた?」 このまえはオナホで散々恥かかされたからな。ちょっと復讐しないと。 「もうっ。ふざけんじゃない……ぅっ」 「もう遅いよ恋奈。こんなにほぐれた穴に指入れられちゃ、恋奈は反抗できません」 くっとヴァギナを割る指をおりまげた。 「ひぁあああぁぁんっ」 Gスポット、だっけ?イイとこに当たったらしく恋奈の声がたかまる。 しなやかにくびれたお腹をねじり、腰をいやいやさせるけど、穴に入った指をふりほどく力にはならない。 「弱点発見♪ それそれ」 「あひっ、ひっ、ひぅうううっ。こらっ、それだめ、それだめ……あああっ」 せっかく見つけたGスポットだ。徹底的に撫でてやった。 「あふぁっ、ふっ、ンふぅうう、それ、ほんと、あぅううホントに、ホントにぃい」 「ここってほんとにすごいみたいだね」 色んなとこ感じやすいけど、ここが一番だ。 「あっ、あっ、あふ……ふぁうううだめ。ホントダメ、ダメ、ダメ……」 「?」 「あああ前っ側、前っ側にクるぅうう」 「どしたの?」 ヌルヌルと粒のたった敏感スポットをコネてると、恋奈の様子が変わってきた。 持ち上がったヒップが逃げたがるみたく跳ねる。気持ちイイとこを押さえてるから逃げ切れないけど…。 「ぁふ、ぁんんん……やぁあ、前にくるぅ」 「前?」 前って……。 「ここ?」 「きゃふふぁっ」 クリトリスをつついた。 恋奈はクリが小さくて分かりづらいんで全体を上から押しつぶす感じ。 ――ムニムニムニ。 「ひんんん挟んじゃだぁめ……ひぁぁぁ」 恋奈の反応はさらにきわまる。 挟む? 確かに両側から粘膜を挟むかたちになってるけど。 「ぁっ、んっ、んく……、ふうう。うぁんっ、うぁんっ」 どうしたんだろほんとに。 恋奈の体はいい具合にトロけてる。ピクつくお尻の間では、複雑によじれ合わさるヒダが充血してスリットから顔を見せだしてた。 興奮してる。品のいい『女性器』が、エロい道具に変わりだしてる。 でも、 「んくぅ、うっ、うくぅううう」 恋奈自身はまだ抵抗が激しい。 「どうしたのってば」 「べ、べつ……に、どぉも……」 「んく……ひ」 ん? とろけそうな赤みの差した恥肉が、不思議なうねりを見せる。 「も……もぉ」 薔薇が開花していくように、ざわめくヒダが左右によって、 「もお……ダメ」 中央ではほんのり丸い粘膜の形状がぷくっと浮き上がる。 「ああああああああ……っ!」 ――ぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……ッ! 「うわ」 「くぁああああぁぁ……っ、あああっ、はっ、はゃぁああああああ……っ」 しつこいGスポット攻めでイッちゃったのか、指を飲み込んだヴァギナが痛いほどしまる。 それはいいんだけど……。 「くはぁああ、あーっ、あぁーっ」 水面にゼロ距離で放たれる黄金水が、すごい音を立てた。 「んひぅ、ひぅううやああああ。と、まら……とまらなぃい」 「おもらひ……とまらなぁい」 「……」 それで嫌がってたのか。 ちょっと膀胱がアレだったらしく、突然はじまった俺のイタズラに困ってたらしい。 「うう……う〜……っ。大のバカぁ」 「ゴメンゴメン。言ってくれないから」 「言えるかぁっ」 ごもっとも。 プライドの高い恋奈が、これから始めようってときに『ちょっとトイレ』なんて。 お湯の中におちたおしっこは温められて、ほわっと周囲に蒸散した。 濃ゆいおしっこのニオイ……。 「うう」 恋奈は恥ずかしそうだ。 「……」 ――ムチ。 「んぇ……っ?」 「はーっ、はーっ」 「ひ、大? 目が変よ」 「オオオオオオオーーーーーーーー!」 「まさか……暴走!?」 「ひゃあああんっ、急に入れるなぁっ」 「だってもうおしっこが。おしっこの匂いが」 「分かる恋奈。このお風呂いま全部恋奈のおしっこだよ。俺たち恋奈のおしっこに包まれてる」 「ばっ、そこまで出してねーわよ!」 「俺っていつのまにかおしっこで興奮する人になってたんだなぁ。恋奈のせいだよ」 「知らな……んっ、ふぁ、まだ敏感……」 軽くノックした蜜地は充分柔らかい。問題なく入っていった。 肉門を荒々しくこじあけて、粘膜をめくりかえす。 「ンぁうううう」 ぬめっとした感触に包まれると、本能的に荒くなってしまう。 いきなりで驚かせた上に乱暴かな?思ったけど、 「あっ、はぁぁ……もう、急にはやめてよ」 「ごめん」 恋奈はウェルカムな様子で、頬を緩ませてた。 たぶんおしっこをこらえて快感が途切れてたんだろう。我慢の必要がなくなったらしい。 「ンは、ンはぁ……」 左右のツインテをふるふるさせて、いきなりな突き入れを受け止めていく恋奈。 「はぁ……っ、あっ、あっ」 水着をめくればばっちり見えちゃう白いお尻。その中央に血の気の色した俺のモノが沈んでいく。 興奮した。 一番深くに届くより先に、 「ンん……んんんっ」 「感じてるね恋奈。お尻、動いてるよ」 「あふ、ああん。うるさい」 恥ずかしそうにしながらも、恋奈から腰をもちあげてふるふると俺のものへこすり付けてくる。 可愛いなまったく。 「こんなにちっこいくせに、すっかりエッチになって」 「ちっこい……?」 「いや語弊があるけど」 でもやっぱ年下だし。年下にしても子供っぽいほうだと思う。 「エッチ、ってのに語弊はないけど」 「う……」 ヌルリと順調に進んだきっさきは、簡単に子宮口まで届いた。 「すっかり俺のサイズを覚えて。子宮までの道がおいでおいでしてるよ」 「んぅ……ふ、そうしたのは誰よ」 「わぁ、私の中、あぅ、アンタの形に広がってるんだからしょうがないじゃない」 「それはどーも」 子宮口にあてたまま腰をまわしてみた。 「ひゃあっ、は、わぅうう、おくっ、ぐりぐり、ンぅううん奥にきてるぅうぅ」 恋奈自身もお尻をゆするので、俺のものはローリングして狭い粘膜道を荒らし回ることに。 「あはっ、ひゃあああっ……はう。ぁんっ、ゃあん」 「ねっ、ぁう、大……いつもよりなんか、なんか」 「うん?」 「お、重い……みたいな。変な感じ」 「痛いの?」 ちょっとあわてた。抜こうとする。 「だめっ、ぬいちゃダメっ」 「ちがう。痛いじゃなくて、その、ずーんって。あああああ深いとこに重いのがぁ」 「?? えっと」 あ、もしかして。 「おちん○んが硬すぎる、とか?」 「ふぁふ……それ、それかも。うううう。お、おなかぎゅってすると、重いのくるぅう」 「あはは、ごめんごめん」 「恋奈のおしっこで興奮しちゃって」 後ろから抱きしめて、またおっぱいに手をやった。 『重い』がいつ『痛い』に変わるか分からない。いまのうちに、 ――むにゅむにゅ。 「あふっ、う、くふぁあああん」 「ほんと乳首好きだね」 「そんなの……子宮おされながらじゃ誰だって乳首エロくなるわよぉ」 「かもね」 なおもペニスは執拗にスクリューさせて、性感を優しく追い込んでいく。 「ひっ、ひっ、ううう、こぉらっ、お尻はだめ」 「こっちも好きなくせに」 胸だけじゃなくいろんなところを刺激した。うなじ、耳、横っ腹。 お尻の穴を揉んだとき、唯一恋奈が嫌がる。 つまり弱点だ。 ――もみゅもみゅ。 「あぁ……っはぁぁん。お尻だめぇ、お尻の穴、ヨくなっちゃうぅ」 「なればいいんじゃない」 「あーん」 窮屈そうな皺のあつまりをおさえるだけで、エッチな声が深みを増す。 「いいよ。思う存分よくなりなよ」 さらにクリトリスや、あと、 「ふぁああおしっこ穴はちがうでしょっ。それ、ほんとちがうでしょ」 「いやぁここも正解じゃない?」 くりくり押さえると、恋奈は。 「ああぁぁあもう、ダぁめだってばぁ」 すぐとろけるような声を返す。 ここもれっきとした正解だ。たぶんこの体にダメな個所なんてないんだろう。 あと……。 「はいはい、落ち着いて」 「はぅん」 頭をなでてあげた。 気持ちよすぎて戸惑ってたのが一転、困ったような顔で、でも大人しくなる。 ここも弱点といえば弱点だな。性感っていうか、気が抜ける箇所だけど。 プライドが高いから普段は撫でさせてくれない。いまのうちにいっぱいナデナデした。 「あぅ……う、ぅ」 「ん……」 「えへ、大ぃ」 快感に息を弾ませながら、リラックスした感じで鼻をならした。 「あぁん、はーンんん……」 「んく……れ、れんな。もう」 恋奈の中身はますますキツく食いついてくる。 粘膜どころか、外側の盛り上がったお肉までむちっと俺のにくっついてくるほどだ。 「あはぁあぁぁ。熱いの、大のがあばれてるぅ」 「んんくっ、も、もっと大きくなるうぅ」 「で、出そう、かも……。恋奈、どう?」 ハート形のヒップに向けて反復させるペニスは、一往復ごとに蜜のテカりが増す。 その光沢が俺には快感の量だ。 「も、もぉ出る? イッちゃうの?」 「ぅん、うんいいわ、おもいっきり気持ちよくなって」 新鮮な果肉を搾りとるみたくぴっちりと俺のモノを揉みしごいてくる。 「ああっ、あっ、あっ、ああーっ。私も、私もぉお……っ」 そして俺が限界を示せば、つられるように恋奈も、 「はぁぁあ……っ」 乳白色の下半身がたまらない感じで跳ねる。 「っく……っ」 ――びゅちゅるるるるるるっ! 「ああああ……っひっ」 どろっとした体液の塊を、一番深い部分へ打ち出してしまった。 「んは……はああ、も、もう。いきなりはやめてよ。びっくりするじゃない」 「っ……、っ……あは、ごめん」 「はぁ……はぅ……」 「ぅ……」 放ち終えたものは、力をぬくとすぐにずるんと中から追い出された。 恋奈の中身は本人顔負けに勝ち気だから油断するとあっさり追い出されちゃって困る。 「はぁ……はぁ……」 本人顔負けに可愛いシメつけは、あとに残るけど。 「はふぅ……」 「どう? 満足してくれた大……」 「う」 得意げにこっちを向いて、恋奈が凍りついた。 「あはは、ま、満足はしたんだけどね」 気分的にはしたはずなんだが……体がイマイチだ。 出したばっかりのものは、半ばまで萎えてでもそこでまた勃起再開してしまった。 「なにやってんのよもう。ちっとも泳ぎの練習にいけないじゃない」 「もうしわけない。どうやら俺が先に恋奈に溺れてしまったようだ」 「(無視)ああもう……」 ぷくっと頬をふくらせる恋奈。 「出て」 「へ?」 「外に出て」 「えー? ここで終わり?」 「……そうじゃなくて」 湯船から追い出される。 で、寝かされて。 「よいっと」 上に乗られる。 「アンタのことだから、私が全部リードしてやらないと満足しそうにないわ」 「そ、そんなことは」 あるかも。 俺、マゾではないんだけど。恋奈に乗っかられるのは好きかもしれない。 「……クス」 楽しそうに目を細める恋奈。Sっ気全開だ。 「ほら……入るわよ。私のなか楽しみなさい」 「うん……ぅ、うううう」 ぬるるるっとペニスが食べられていく。 してることはさっきと一緒のはずなのに、不思議とちがう気がした。 「はぁ……あはっ、気持ちよさそうね大。乗っかられてるほうが好きなんだ?」 「う……ぅ」 ツインテールをゆらゆらさせて身体を上下させる恋奈。 体温の高い粘膜が、再度俺のを食いしめながら上下にしごきだした。 気持ちイイ……体から力をぬく俺。 と、それを見た恋奈がもっと笑いを強め、 「っふ、はふ、ふふ。私がいなきゃダメなんだから」 「う……」 そこまで言わなくても。 「んぁっ、あはっ、これからは、自分でするの禁止ね。全部……私がしぼりとってあげる」 「あはっ、んく……はぁっ、アンタなんか、私が管理してあげないとダメなんだから」 「そんなことは」 「そうなの」 嬉しそうに言うと共に、恋奈の中はより粘っこく俺のに絡むようになった。 ハチミツみたいな感触が何重にもペニスをくるみ絞ってくる。 「うく……」 こんなの、またすぐに……。 「ほら出しなさいよ。私の……ぁは、なかにっ」 背をそらして楽しそうに目を細める恋奈。 見下ろすような形……同時に、ペニスをくるむハチミツの感触が硬度を増す。 蝋にでも絡まれた感じ。う、うあ……。 「ああああっ!」 ――びゅちゅるるるるるっ! ものすごくあっけなく放ってしまった。 すごい勢いでペニスの中心を走る精弾。2度目なのに、強烈な快感に身もだえさせられる。 「うふっ、ふふふっ」 ツインテをふりふり、ぴんと背をのばす恋奈。 小さめのエクスタシーを覚えてるんだろう。 「簡単にイッちゃったわね……ふふっ」 嬉しそうにしてる。 うんまあ……簡単にイカされた。 でも。 「っは……あああっ」 「う……、あ、あれ?」 「あちょ、ひぁああんっ。こら、なにして」 「なんかもうたまらんのですよ女王様!」 いま出したばっかりなのに、恋奈の見下したような目を見てるとゾクゾクしてしまった。 Mに目覚めかけてるかは知らないけど、とにかく、 ――にゅぐっ、にゅぐっ。 「ふわわわわっ、あのっ、だ、出しながら突くな。あぁ……っひんっ、ひぅうう」 興奮で出したばっかりのものを打ち上げてしまう。 中で折れそうだったモノは、連続のことなのに恋奈の狭い穴と擦れて、 ――ぐぐ……っ、ミチィィ。 「んひぁああああ」 「バカ、も……このぉおお」 また膨らんだものが気に入らないのか眉を吊り上げる。 こっちとしては恋奈が魅力的で3連続勃っちゃったんだけどな。 「あの、あぅ、大人しくなさいよ。ふぁふ、ああ、は、はゃ、ンぅうう」 「ンなこと言われても……ハァ、ハァっ」 ずぐずぐと打ち上げる腰は止まらない。 「……このっ」 恋奈もムッとしつつ、ぎゅうぎゅうペニスを しめなおしてきた。 天井知らずに摩擦を深め合ってしまう俺たち。 「あく……ッ!」 ――びゅるるるるるっ! また出ちゃった……。 でも構わず腰を使い続ける。 「あああああこら、それ反則。子宮あったかくして、突いてくるの反則ぅ」 「ってふぁ! そこっ、ばか。へんなとこかけないで」 「へ?」 「あうっ、あうっ、あそこに。すごいとこにびゅーびゅーきてるぅ」 んと……。 ああ、暴れた拍子で、切っ先がさっきイジメた最大の弱点。Gスポットに当たってるらしい。 弱いそこに熱い体液をふきかけてるもんだから。 「はぁぁああ、びゅるって、びゅるって感じる」 「やんっ、はんんっ。やだ。前っ側、前っ側にむずって、またむずって来ちゃったぁ」 「なに恋奈。またおもらししそう?」 「ばっ、ちが……ああああっ、でも、でも……ふぁ」 かくんと小さな顎をしゃくらせて、高く上を仰ぐ恋奈。 ちょっと意識が飛んだ。 それは同時に全身をのけぞらせるような格好にもなり、結合部の前側を開けるようになってて……。 「……はっ」 「っあんふぁああああぁぁぁぁあああああぁああっ!」 「っく……」 ひときわ強烈な締めつけと同時に、予想外なものが来た。 おしっこの穴から、おしっことは明らかに出方のちがう汁気が。 潮吹き……ってやつ? 詳しくはわからないけど。 「あはぁぁぁあ……、はぁあ……、はぁあ……」 恋奈はおもらしのときみたく、ふにゃふにゃした顔で力をぬく。 「はぁあ……、ああ……」 「っ……っ……」 「…………んぅ」 「……」 ――ムクムクムク。 「ふぇっ!?」 でもつながったままのものがまた大きくなるので、脱力の時間は多くなかった。 「ちょっ、なに大、また?」 「だって恋奈がおもらしするんだもん。興奮して」 「お、おもらしじゃないわよ。ていうか落ち着いて……んんふぅんっ」 「もうちょっとだけ。ね、いいでしょ恋奈」 「だ、だめ、待って。待って……ぁ」 「あぁあぁぁああ〜〜〜〜〜〜〜!」 結局その後興奮がおさまらず恋奈がくたくたになるまでヤり抜いた。 恋奈……性癖的にはSだけど、 なんとなく責められちゃうタイプみたいだ。 ・・・・・ 「ごっそさん」 「おそまつさまです」 「う〜、食った食った〜」 ごろんとベッドに寝転ぶマキさん。 前まではご飯食べたらすぐ帰る人だったけど最近は寛いでいくことが多い。 「昨日ジメってたから寝不足でさ。は〜、やっぱダイの部屋いいな〜」 クーラーが気持ちいいんだろう。ゴロゴロしてる。 「食べてすぐ寝ると牛になりますよ」 「最近ちょっと太ってきたわ」 「そうなんですか?」 「ダイの料理って美味いから食いすぎるんだよなー」 「ほれ見ろ。お前の乳牛計画の産物だ」 たぷんとおっぱいを持ち上げるマキさん。 確かに最初のころに比べてさらに……。 「スケベ」 「そっちが見ろって言ったくせに」 「はーああ」 「……」 ため息とともにごろごろをやめて大の字になる。 ……? 「なにかあった?」 様子が変だ。 「んー? 別になにってこともねーけど」 「……」 ちょいちょいと指招きしてくる。 寄っていくと、 「てりゃっ」 「おわ」 引きずり込まれた。 「〜〜♪」 引っ付いてくるマキさん。 「ど、どうしたんですか」 「……」 聞いても答えず、胸にすりすりしてくる。 んと……。 「ストップ。こういうのはダメです」 「えー、なんで」 「この前もこれで恋奈と大変なことになったから」 「操立ててるってか。ちぇー」 口をとがらせる。 今日はやけに甘えん坊だな。 遠慮しないタイプとはいえ、自立心の強いマキさんにしては珍しい。 「なにかあったんですか」 抱っこ。まではいかないが近くへ行く。 「ン……なにがってこともねーけど」 「……」 「もうじき……じいちゃんの墓参り行くから」 「おじいさんの」 「あ、それで来週はたぶんココ来ねーから。メシいらない」 「そうですか」 来週……お盆か。 「はぁ」 大きなため息をついてもたれかかってきた。 このくらいなら拒否るのも酷だ。髪を撫でてあげた。 マキさんは不満そうに口をとがらせたまま。 「……」 「恋奈なんかにオトされやがって。ダイもマジで江乃死魔入りかぁ」 「それは……どうかな」 恋奈のことは好きだけど、俺的にはまだ江乃死魔に入った気はしてない。俺は不良じゃないんだから。 でも。 「お前の気持ちは問題じゃねーよ。周りが見てどう思うかだ」 「……ですかね」 「片瀬恋奈の男。本人がどう思おうがれっきとした江乃死魔の重要人物だよ」 「私や辻堂の敵だ」 「……」 そこだけは今でも引っかかってる。 恋奈のことを好きになっちゃったけど。それは同時に辻堂さん、マキさんとのあいだに、線を1本引くに等しい。 「覚悟決めろよ、ダイ」 「みんな仲良くお手手つないで――なんて甘ったれた発想は、ヤンキーの世界じゃ通じねえぜ」 「仲間以外は誰も信じられない。いや……」 「仲間だと思ってるやつだって、信じられるか分かったもんじゃない」 「梓? いたの、今日は集会ないわよ」 「はい、ちょーっと近くに来たから寄っただけっす。恋奈様は?」 「私はリョウから報告うけて、その帰り」 「そすか」 「暴走王国といい、身内の規律違反といい。面倒が重なってこまるわ」 「……すんません」 「へ?」 「いえいえ」 「ねー恋奈様ぁ」 「うん?」 「……」 「なんでもねーっす」 「ぜってーとりましょうね。湘南のトップ」 「当然よ」 「おはよーぅ」 「おうヒロシ、久しぶり」 「おはようございます」 登校日。 どことなく変わったような。代わりばえしないような。教室はそんな空気だった。 「長谷君焼けたね」 「ちょくちょく外出てたからね」 「僕はこもっていたわけではないのだがあまり焼けなかった」 「そういやヴァンって日焼けしないよね」 「もともとメラニンが反応しにくいタイプなんでしょうか」 「長谷君はちと焼けたね」 「かな」 結構外にいたから。 「いいじゃん。男らしさ20%増し」 「たくましくなったような気がします」 「剥いていい?」 なんか女子が集まってくる。 日焼け効果おそるべしだな。 「……」 「日サロ行ってこよかな」 「ああいうのは2番煎じじゃ無理だ。あきらめろ」 会うのが久しぶりなせいか、妙に話が弾んだ。 夏休み中の登校日って結構いい。学園が新鮮に思えるし、といって9月とちがって余裕もあるし。 自然とテンションあがる。 「「「おはようございます!!!」」」 「出迎えはやめろっつっただろ」 「たまのことだしいいじゃないっすか」 「……」 このテンションに紛れて、さらっと言っちゃえればいいんだけど。恋奈のこと。 ・・・・・ 「伝達は以上。ここからは、秋季文化祭のミーティングに入るよ」 「文化祭……幸せだなぁ、僕は青春を感じられるときが一番幸せなんだ」 委員長が前に出て、話し合いの時間になる。 文化祭でやる各教室の出し物を決める会議だ。 といっても1学期の時点で方針なんかは決まっており今日は確認だけ。 「えー、うちのクラスでは、文化枠の研究発表が第一候補に挙がりましたが」 「残念ながら他の立候補が多く、落選してしまいました」 「えーっ」 「ぶーぶーぶー!」 「すいません」 頭をさげる委員長。 するとブーイングの声が一斉に引くあたり委員長だと思う。 「結局は交流枠の喫茶店が候補にあがりました」 「このままこれで通してしまってよろしいでしょうか」 「んー」 「まー悪くはないけどぉ」 「楽そうだしいいんじゃね?」 (おっしゃああああ喫茶店!!! 喫茶店!!!!!あとはメイドだメイド服いけるか!?) 「ではうちからの出し物は、喫茶店ということで」 無難中の無難に落ち着いた。 その後はやる気のある子が集まって話し合いに。 「準備期間は16日からです。準備は簡単なので週2回くらい出ればよいかと」 「私全部来るよ。コーディネートとか任せて」 「私も行くー。夏休みの学園って好きなんだー」 こういうのって自然と女子が盛り上がるよな。 「ウエイトレス辻堂さんにできないかな」(にやり) 「可愛い服着せてみたいよねー」(にやり) 「さすがに怒られてしまうのでは」 「……」 「でも着せたいですね」(にやり) (ゾクッ) 「男子はなにかすることある?」 「夏休み中は週2で来て。力仕事とかあるから」 「えー? めんどくせーなあ」 「まあ来ることは来るけどさ」 (こまめに通ってなんとかメイド服に……) 「週2か。了解」 「坂東君は絶対来て! 絶対!」 「休んじゃだめだから! とくに採寸の日!」 「サボるつもりはないが……採寸?」 「着せたい服があるんだ」(にやり) 「別にどぉーってことない服なんだけどぉ」(にやり) (ゾクッ) 2学期からも騒がしくなりそうだ。 ・・・・・ テンションあがってたので、昼からもみんなと出歩くことになった。 「あ……」 「……」 「ヒロシー、遅いぞー」 「う、うん」 結局辻堂さんとは一度も話せなかった。 とくにどこに行くってわけでもなく。ウインドーショッピングしたり、喫茶店でだべったり。 「坂東君来ないの?」 「塾だって」 「ちぇー。ちょっと付き合い悪いよね」 「今度からはこまめに誘うよ」 本当に何をするでもない。『時間を潰すための時間』が過ぎていく。 その帰り道のことだった。 「そうそう聞いた? 3組の田中ヤラれたんだって」 「?」 「カツアゲだよ。ヤンキーに金脅し取られたって」 「……」 「えー、こわぁーい」 「最悪だな」 「夏休みのために1学期から貯めてきた5万。ごっそり持ってかれたとさ」 「……ひどいな」 5万……持ってく側には紙切れ5枚でも集めるには大変な数字だ。 「やっぱ嫌だね。不良って」 「辻堂さんとか大人しいから悪く言いたくないけどやってることはサイテーだよね」 「辻堂さんはカツアゲとかしないと思うけど」 「裏じゃ分かんねーじゃん」 「……」 裏でもしてないよ。言いたいけど言えなかった。 接してみれば分かるけど不良には2種類あるんだ。 ツッぱってる人と。ツッぱってるのを隠れ蓑にしたどうしようもない人。 でも傍から見ればどっちも『良からず』なわけで……。 「いてっ」 「あっ、すいません」 ん? 「いってえなあ」 「どしたん」 「急に殴られた。いてーわ」 「え? なぐ……か、鞄が当たっただけで」 「どうした?」 「お友達? こっちの彼女さあなに考えてんの。人のこといきなり殴ってきたんだけど」 「ちょっとお話しよっか。君らもお仲間だよね、ちょっとこっち来てくれる」 人気のない路地裏を指さす。 「……」 ああ、来た。 「すげぇ痛いんだけど。俺肩に爆弾抱えててさぁ」 「ははっ、マズいわ。医者いかねーと」 「それはすいませんでした」 みんなの前に出た。 「あ?」 「ご迷惑をおかけしました。鞄がぶつかった、だよね」 「う、うん」 「故意のことではありませんし、今度から気を付けます。もう行ってよろしいでしょうか」 前に出て毅然とした態度をとる。 「ハァ? なにこいつ気分わりーな」 多少怒らせても、目が俺だけにむけば色々と対策しようがある。 けど。 俺が前にでたことは、予想外の事態を呼んだ。 「テメェ俺が誰だかわかってんのか?俺にケンカ売るってことは、湘南の不良300人にケンカ売るってことだぞ」 「……」 300。 つい最近聞いた人数だ。 この湘南で、300人の不良といえば……。 「いいか。俺はなぁ」 「っ……こいつ」 「湘南最大のグループ、江乃死魔の一員で――」 「やめろっ!」 「……」 「あなたたち、江乃死魔なんですか」 「は……?」 「ち、ちがいますよ。江乃……あそことは関係ないっすよ」 「……ッ! 長谷さん……」 俺を知ってる。 リーダーが特別枠と紹介した俺の顔を。 こっちも見覚えがある気がした。俺にとっては300人のなかの1人なんであんまり自信ないけど……。 「江乃死魔の人ですよね」 「……」 「いまカツアゲしようとしてましたよね」 「おい、行こうぜ」 ばつが悪そうに背を向ける2人。 「くそっ、……マジかよ」 「だから嫌だったのに……」 「ノルマなんかあるから」 「……」 「あの……ヒロシ?」 「ン……あはは、知り合いだった。怖がらせてゴメンね」 「ううう……怖かったよぅ」 「知り合い? あんなタチ悪そうなのが長谷君と?」 「……」 「は、長谷君? 顔怖いよ?」 「ごめん、俺ちょっと用事できた」 「え? あ……っ」 あの2人の後を追った。 なぜだろう。身体を突き動かされた感じ。 実際、追いかける意味はあんまりない。2人の顔は覚えた。あとは次の集会で恋奈にいまのことを伝えれば済む。 でも……。 「ノルマなんかあるから」 嫌なことを思いついてしまった。 あの2人を恋奈に届けても意味がないんじゃ。もっととんでもないのが後ろにいるんじゃ。 夏の夕暮れ……生ぬるい空気に潮の香りが混じる。絶妙に気持ち悪い風を浴びながら、 あの2人がいるだろう場所を、直感であてた。 「あー」 「……」 「もー」 「……すいません」 「最悪だよ!」 「長谷センパイに見られたぁ? バカじゃねーの」 「ノルマはこなせない。回収効率は悪い。そのくせ最悪な地雷まで踏みやがって」 「あんたらホントなんのために生きてんの?シネよもう」 「……すいません」 「どーすんのよ、あんたらから足がついてあずまでヤバくなったら」 「あずの足は引っ張るなって言っただろ!」 「あぐ……ッ!」 「クソ……ッ。よりによって長谷センパイって。一番厄介な人に」 「お、俺たちどうすれば」 「……」 「もういい、テメェら江乃死魔やめろ」 「そ、そんな」 「二度とあずに顔見せんじゃねェ」 「いま抜けたら他のグループになにされるか。江乃死魔からも狙われるでしょうし」 「知るか」 「ほら、暴走王国とかいう連中もいますし」 「あ?」 「……そーね、あいつらに狙われて、通帳単位で身ぐるみはがれるかも」 「そんなぁ……」 「……」 「優先順位まちがってない?」 「え……」 「あんたらが今怖がるべきは余所のグループ?江乃死魔? 暴走王国?ちがうよね?」 「あずが顔見せんなって言ったことだよね」 「ひッ……」 「3秒以内に視界から消えないと――」 「梓ちゃん」 「っ……!」 「……」 「……」 ……はぁ。 見たくない光景だった。 「あ……の……」 「……」 「……」 「センパイも追ってきたんすね。自分もこいつらがカツアゲしてるって分かって恋奈様に知らせるためにいま――」 「……」 「……無理っすよねぇ」 ため息をつく梓ちゃん。 ああ。無理だ。 「どこから聞いてました?」 「ノルマがどうこう。ってとこから」 「……マジサイアク」 「俺も最悪な気分だよ」 「カツアゲ自体も最悪だけど、それをやらせて、裏で金巻き上げるなんてね」 「……取り分はフィフティーっすよ。1人月5万行かなかったらペナルティがあるだけで」 つまり1人月10万はカツアゲさせてたわけだ。 完全に犯罪だ。いますぐ警察につきだすレベル。 「勉強したんだけど、カツアゲって警察は動かないんだってね。立証が難しいから」 「もともとカツアゲって言葉自体、立件しにくいタイプの恐喝、強盗を区分けした隠語っすしねえ」 「ましてや盗った人を恐喝するなら、警察が行きつくことは確実にない、か」 「やってること悪質だよね」 「自分、不良ッスから」 「じゃあ恋奈に任せた方がよさそうだ」 警察が使えないなら、チーム内で何とかしてもらわないと。 「……」 「乾さん……バレたのはコイツ1人です。コイツの口を封じれば……」 「バーカ」 「殴っても脅しにならないのは前に見てるだろ」 「天敵なんだよこの人は。ヤンキー全部の」 「そうだね。俺はやっぱり不良の仲間にはなれないみたいだ」 友達にはなれるかと思ったけど。みんながみんな、とはいかない。 「……」 「あんたら、帰っていいよ」 「え?」 「失せろっつってんの」 「二度とあずの視界に入るなって言ったよ?」 「ッ……」 おびえた顔になる2人。 顔は覚えたから行かせていいだろう。俺も首を縦に振ると、2人は競って去っていった。 アジトには俺と梓ちゃん2人になる。 ・・・・・ 「さてとぉ……どうしましょうか」 近くにあった箱に腰かける梓ちゃん。 「梓ちゃんはどうしたい?」 「明日恋奈に会う予定だから、今のことはそのとき言う。でもいますぐ梓ちゃんから恋奈に言うなら……」 「警察じゃないんだから、自白しても意味がねーっす。恋奈様は許しちゃくれねっすよ」 「許す許さないは関係ないだろう」 自白ってのは減刑のためじゃなく自分の良心からする行為だ。 睨みつけると、梓ちゃんはふいっとそっぽを向き。 「……」 「反省してます」 「お願いです。恋奈様には言わないでください」 深々と頭を下げた。 っ……やめてくれよ。 「二度とこんなことしません。あいつらにもさせません。お願いです。許してください」 「その方が恋奈様にとっていいことなはずですよ。自分で言うのもなんすけど、自分江乃死魔には重要な人間すから」 「それは……知ってるけど」 でもそれとこれとは話が別だ。 彼女たちのしてたことはれっきとした犯罪。警察が役に立つなら今すぐ突き出したい。 俺は別に正義感が強いわけじゃないけど。常識的な善悪基準があれば充分に思うだろう。『友達にはなれない』って。 「お願いします。反省してますから」 「……」 頭を下げつづける梓ちゃん。 でも……。 「無理だよ」 俺はそっぽ向く。 ……胸が痛む。なんで俺が悪いことしてる気分なんだろ。 「……そう」 「じゃあ……これは?」 「っ?」 急に距離を詰めてきた。目の前に来る。 「交換条件。ってやつ。だまっててくれるなら……」 手をつかまれた。 あっと思う間もなく、熱いものが手首をとらえる。 スカートの中へ引っ張り込まれてた。柔らかい太ももに挟まれてる。 「ちょっ、梓ちゃん」 「好きにしていいっすよ。あずのこと」 「う……」 柔らかい腿の肉がむっちりと手の甲をつぶす。 軽く汗ばんでるのが分かる。ジトっとして、挟まれた手に吸いつくような感触だった。 指先に触れるショーツも……湿ってる。 「……それともこっち?」 上半身も寄せてくる。厚みのある2つのふくらみが俺の腹でつぶれた。 「いらねっすかコレ?おっぱいだけなら江乃死魔でもかなり上のほうだと自負してるっす」 ……顔の距離が近い。ピーチ味のリップと絡んだ吐息がかかる。 「い、いらないよ」 「どうして? 自分、魅力ないすか」 「そうじゃなくて……あの、俺には恋奈がいるから」 「別に恋奈様を裏切れとは言ってねーっすよ」 「交換しようってだけっす。センパイは余計なことをしゃべらない代わり、自分のことを好きにできる権利をもらう」 「自分はセンパイの『口』をもらう。代わりにセンパイは、自分の『身体』を受け取る」 「好きなとき好きなようにしていいっすよ。このカラダ」 「……」 今じゃなく言われたら最高だろうな、このセリフ。 「いらないって」 離れた。 へんな汗が出た。額をぬぐう。 汗びっしょりな俺に、梓ちゃんはクスッと笑うと。 「みんなが幸せになるだけのことっす。自分も、センパイも」 「恋奈様も」 「……」 確かに。 恋奈にはこんなこと知られたくない。あいつは俺から見ても分かるほど、梓ちゃんのこと信用してるから。 二度としないって言うなら……。 「ねっ」 「っ」 「くださいね……このクチ」 ちろりと唇を舐められた。 ……ゾクッと快感が走る。 「頼みますよ」 「……」 走るでもなく悠々と去っていく梓ちゃん。 ……くそ。 はっきり言って考えないようにしてた。 自分がいまいるのは、不良のグループだってこと。 ただ楽しい。ちょっと乱暴なだけの楽しい集まりだと思いたかった。 でももう逃げられない。受け入れなきゃ現実を。 自分がいるのは不良グループ。 世間様に迷惑かけて生きてる連中だって。 「……」 「……」 口元に残ったピーチの香りはいつまでたっても消えなかった。 「どうかした?」 「ン……いや」 約束通り遊びに来た恋奈と1日過ごす。 もう恋人になって1ヶ月。緊張することもなく(恋奈は最初からなかったけど)フラットに接する仲だ。 ……今日緊張してるのは別の理由。 「……」 「どうしたのよ」 「いや、なんでも」 言えない。 昨日のことが切り出せなかった。 だって俺にとっての江乃死魔は、やっぱり『不良グループ』でなく恋奈とその仲間たちなわけで。 俺の一言でそれは崩れる。 我ながらチキンだ。昨日のこと、見なかったことにしたいなんて思ってた。 「……」 それに。 「頼みますよ」 「……」 俺自身が、梓ちゃんを切り捨てることをためらってる。 我ながら甘い。 マキさんがいたら怒られそうだな。覚悟が足りないって。 「?」 怪訝そうにしてる恋奈。 「……」 「恋奈――」 「……」 言えない。 やっぱ無理だ。江乃死魔を、あの空間を壊すなんて俺には……。 「大ってば!」 「あ、うん。ごめん」 「今日さ、ご飯……外で食べない?」 「そんなこと?」 「いいわよ。どこで食べる?」 「うん……」 結局お茶を濁し、その日はそのまま過ぎた。 覚悟を決めろ。 これは恋奈の彼氏として越えなきゃいけないことだ。 「恋奈」 「うん?」 ・・・・・ ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……」 「……」 「……来ました」 「……」 「呼ばれた理由は分かってるわね」 「……」 ため息をひとつ。梓ちゃんはこっちを睨み。 「言わないでって言ったのに」 「……」 「無理だよ」 「君のやったことはヤンキーがどうこうじゃない。人として許されないことだ」 「昨日脅されたのは俺の友達だった。それまで楽しそうだったのに、泣きそうになってたよ」 「今日電話したら、まだ怯えてた」 「……」 「しばらくは1人じゃ出歩けなくなると思う。友達と遊んでるときも、あの近くを通ったら今日のこと思い出してテンション落ちるだろうね」 「お金そのものは取られなかった俺たちでさえ、楽しかった時間も、これから楽しめる時間も全部壊されたんだよ。君たちのせいで」 「どういうことだか分かるよね」 「……」 「知らねーよ」 「ッ……」 「あずのことなんだと思ってんの。不良だよ?人をビビらせてこそなんだよ」 「梓」 「っ……」 「別に大の偽善的なとこに付き合えとは言わないわ。確かに私らはヤンキーだもの」 「でも逆ギレしてんじゃねぇ。みっともない」 「……ふん」 「江乃死魔内で子飼いを作って、ノルマを課してカツアゲを代理させる。まさか規律違反が組織化してるとは思わなかったわ」 「子飼いは何人。誰なのか言いなさい」 「……」 「2人だけっす。顔は長谷センパイに聞いてください。もっとも、もうここには来ないでしょうけど」 「梓!」 「あの2人は恋奈様じゃなく自分が飼ってんすよ。ここで教えて潰されるわけにゃいかないでしょう」 開き直ったよう淡々と述べる梓ちゃん。 飄々としてるとは思ってたけどこんな子だったのか。 「アンタ……私を舐めてるわけ?」 「舐めてるわけないじゃねーっすか。恋奈様のことは尊敬してます」 「でもね。こっちはこの金脈作るためにどんだけ苦労したと思ってんすか。やすやす潰しちゃうわけにはいかねーんすよ」 「金脈……?アンタ金のために江乃死魔にいるの?」 「そうじゃないっすよ。そうじゃないけど、カツアゲ禁止って言うならこういうことするのはしょうがないでしょ」 「ッ……江乃死魔は湘南を制覇するために作ったのよ。金儲けのためじゃない!」 「だから恋奈様の言うことは聞いてるでしょう!」 「自分がなんか悪いことしました!?こっちはヤンキーやってんすよ!他人脅して金巻き上げて、なにが悪いんすか!」 「先生にゃ叱られるし内申さがるし。周りには白い眼で見られるのに清廉潔白でいろってか。バカじゃねーの!?」 「そうだよあずは金儲けも含めてヤンキーやってんだよ!楽して金が欲しいからここにいるんだ!楽に金の入るシステムのためにここにいるんだよ!」 一気にまくし立てる梓ちゃん。 言い終えたときには息をきらしてた。 「清廉潔白でいろなんて言ってねーよ。私らはヤンキーやってんだ」 「でも金のために動くやつは金が入れば満足しちまう。私はよく知ってるんだ。それじゃ湘南には通用しない」 「ましてやカツアゲは外に敵を作るだけ。何度も言っただろ組織には規律が必要だし規律には必ず理由があるんだ」 「う……」 怯む梓ちゃん。 「確かに気に入らない規律だってあるだろうさ。100人が100人納得して従ってるとは思ってない」 「でもな、ここは江乃死魔だ!私の江乃死魔なんだ、私の作ったルールに従え!」 「江乃死魔は仲良しクラブじゃねえ湘南を制覇するための組織だ!私が作った! 私の組織だ!」 「不満があるなら出てけ!」 「っ……」 「……」 「……」 「……出てきたくないです」 「……」 「恋奈様の側にいたい」 「……」 「子飼いの人数と名前」 「……」 「……」 「リョウ」 「調べて」 「ああ」 「……」 「話は終わり。梓はしばらく集会への参加禁止」 「今日は帰っていい。連絡したら来なさい」 「……はい」 「……」 背を向ける梓ちゃん。 最後に一瞬、俺を睨んだ気がした。 「……」 「おい」 「了解」 梓ちゃんが離れたところで、何人かが後を追った。 「……」 「恋奈」 「……」 気が抜けた、って感じにもたれかかってくる。 「知らせてくれてアリガト」 「うん……」 知らせたことを後悔するくらい疲弊しきった様子だった。 やっぱり恋奈にとって梓ちゃんは特別な1人だったんだろう。 ……これからどうなるんだろ。江乃死魔。 ・・・・・ 「……」 「……」 「……」 「……ウゼェ」  ッ 「えっ?! あ、あれ?」 「どこに行った? いまそこの角を……」 「消えた……なんてスピード」 ・・・・・ 「見張りまでつけて……あずのこと犯罪者扱いじゃん」 「……」 「……仲良しクラブじゃないんすね。じゃあ文句言わないでくださいよ」 「江乃死魔がぶっつぶれても」 「梓がねぇ。マジかよ」 「あいつ、よく奢ってくれたよ?」 「知ってる。ケチだとか金に汚いとか、そういうのじゃないのよ」 「ただあいつは何をするにも我慢したくないってこと。練習が嫌ならさぼるし、楽しみたいなら不良にもなる。遊ぶのにお金がいるなら……そういう人種」 「一番タチが悪いわ」 「……」 「それで、どうする? 彼女のこと」 「俺っちはどうでもいいぜ。梓はキライじゃねーけど、恋奈様を裏切る女にゃ用はねーよ」 「あたしは……れんにゃに任せるシ」 「……」 「恋奈」 「リョウが調べてくるのを待ちましょう。アイツがどれだけ子飼いを飼ってたのか」 「梓は優秀な参謀よ。いなくなるのは江乃死魔にとって痛手だわ。できれば監視をつけるくらいで済ませたい」 「具体的には?」 「2人……アイツの言った通り子飼いが2人なら。今後も行動を見張る程度で済ますわ。正直に答えたのは私への誠意なわけだし」 「2人……3、5人くらいは……」 ぶつぶつ言ってる。 こんなにブレてる恋奈は初めて見た。よっぽど梓ちゃんのこと、手放したくないんだろう。 俺としては恐喝、強盗やらかしてたんだからもう情状酌量の余地はないと思うけど。 でも感情の問題は仕方ない。黙っておこう。 「にしても分かんねーな。金なんてそんなに集めてどーすんだっての」 「すいませーん、ナポリタンおかわり」 「頭ごなしに批判はできないわ。お金は大事よ。集め方に問題があったってだけで」 「そうかい?」 「ナポリタン1皿750円だけど、いくら持ってる?」 「んーと……うお! 7円しかねーっての!」 「わ、わりぃハナ。ちっと貸してくれっての」 「二度と梓を悪くいうなだシ」 「赤の他人の財布を持ってくのとは話がちがうけどね」 「……とにかく」 「いまはリョウを待ちましょう」 「悪いが力になれない」 「そうか」 「内通者に規律違反。江乃死魔もグッダグダだな」 「……」 「むやみに数だけ増やしたツケが来たか」 「元湘南最強、湘南BABYの総災天センパイがどう動くか、見ものだぜ」 「……利ある限り江乃死魔を抜けるつもりはない」 「なくなれば?」 「……」 「……」 「恋奈も大変だな」 「総災天……なんですって?」 「江乃死魔で身内バレ騒動だとさ。カツアゲ禁止って命令をやぶってる江乃死魔員に覚えがないか、聞いて回ってるらしい」 「なんて答えたんです?」 「『テメェに教えることはねぇよ』」 「か、カッコいい」 「まあ知らないからだけどね。前に見たけど、顏まで覚えてないし」 「愛さん不良グループのこと興味ないっすもんね」 「クミはなんか知ってるか」 「海に来たお客に派手に絡んでる江乃死魔の雑魚がいることは聞いてます」 「そうなんだ。教えてやりゃよかったかな」 「幹部の乾ってやつが子飼いにしてる雑魚が問題だそうだ」 「ッ……」 「デカいのはティアラで小さいのが花子だから……。あのギャルっぽいのかな」 「……クミ? 顔色悪いぞ」 「っ、い、いえ。なんでも」 「?」 「しかしこれを機に江乃死魔、ガタガタになるかもな」 「そう……ですか」 「……喜ばねーのな」 「えっ? そ、そんなことないです。恋奈のヤローがおちぶれるならサイコーっすよ」 「……」 (クミ、絶対おかしい) (いつからだっけ? たしか6月の……) 「恋奈のやつ、男作って浮かれてますからね。隙ができてんすよたぶん」 「へ?恋奈、男作ったの」 「知りませんでした?」 「ンまあどうでもいいことだけど。意外だな、あいつそういうの興味なさそうなのに」 「ヤンキーのくせに男なんて作ってるやつぁロクなもんじゃないっすよ」 「うるせェ」 「どんな男なんだ?」 「なーんか地味なやつですよ。どっかで見た気もするけど……」 「あ、1つだけ分かってるのは」 「稲村の生徒です」 「……へえ」 「情報の集まりが悪すぎる。どうなってる?」 「こっちもダメでした。みんなしてなんか怖がってるみたいで」 「……」 「リョウさん……なんか嫌な予感がするんすけど」 「……俺もだ。どうも行動が先回りされてる気がする」 「辻堂の言うとおりにするのが無難か……?」 「はい?」 「なんでもない」 「乾を直にシメたほうが早そうだ。乾は?」 「あ、はい」 prrrrrr prrrrrr ・・・・・ 『見失った?』 「すいません。さっきまでナックで夕飯食ってたのに」 『昨日も途中でまかれたといってなかったか』 「はい。学園にはフツーに来てたから今日は10人体制で見張ってたんですけど、でも」 『……』 「いま25人まで増員して探してます」 「この近くにはいるはずなんだ――」 「ッ!?」 「……」 『おい、どうした』 「あ……、あ……」 「暴走王国……我那覇葉」 「へへっ、20人ちょっと。稼げそうだぜ」 「参る」 「ひ……ッ!」 「おい、おい!?」 「おいどうした! なにがあった!」 「うちが襲われた? 暴走王国に」 「いたた……はい。急に襲ってきました」 「例の2メートル女?」 「はい……あと利根川と原木」 「たった3人だけどめちゃくちゃ強くて。こっち、何もできなくて、それで」 「一通り殴って戦意が折れたところで金を持っていく。いつも通りといえばいつも通りの手口だ」 「だが明らかにいつもとちがう。これまで不自然なほどうちを避けていた暴走王国が」 「とうとううちを狙いだした」 「……なにを意味するか分かるな」 「……」 「か、確証はないわよ」 「……」 「いまはそれでいいだろう」 「だが忘れるな。いまや江乃死魔は500人に届く湘南最大の組織」 「湘南の夏が静かに過ぎたことはない。これまでこの最大組織である江乃死魔が平穏だったのは、異常なことなんだ」 「誰かが仕組んだとしか思えないほどに」 「……」 ・・・・・ 「いつ来てもここは平和ねぇ」 「ガ……ガ……」 「おばあちゃん、ようかんお代わり」 「ホゥホゥホゥ、よく食べますわいな」 「ば、ばあちゃん、これ重い」 「修行じゃ」 ここは極楽堂。極楽堂三醍寺。 俺がむかし育ててもらってた寺だ。 長谷家とは、親戚の親戚が檀家だっけ?あんまり縁はないけど、俺は親に放置されたあと育ててもらって恩がある。 なので盆と正月には礼儀として挨拶にくるんだが。 「ねえアイス食べたい」 「冷蔵庫の上から3段目」 「わーいっ」 「こ、この廊下をひとりで掃除するのはキツいんですけど」 「さだめじゃ」 姉ちゃんはお客さんになるのに対し、俺は余所に出た子供みたいな扱いなのでやたらと雑用を押しつけられる。 カンベンしてほしい。 「ホゥホゥ、ちゃぁんとヒロ坊の好きなコーヒー味のハーゲンもあるぞィ」 「わーい」 「ホゥホゥ」 この人は極楽堂三大。このお寺の元住職で、いまは隠居中のばあちゃんだ。 俺を預かってくれた人だから、2人目の母親、かな。 年齢的におばあちゃんって感じだけど。 「当時はぴちぴちの70代じゃったぞ。母親でよかろ」 「心読まないでよ」 「……ふぅ」 雑用の倉庫整理をひと段落して縁側に座る。 「やっぱお盆は人が少ないね」 寺にいたのはばあちゃん1人だった。 「お盆は稼ぎ時じゃあ。息子ぉらは檀家回りが忙しい」 「稼ぎ時って表現はどうかと」 「ホゥホゥ。今のオフレコで」 「はいはい」 正直、のんびりできていい。 住持さんたちがいると……面倒なのだ。説法がどうの布施がどうのと。 「湾岸はどうなっとるかィ」 「大変だよ。ヤンキーが多くて」 いまや俺も片足つっこんでるけど。 「そうかい。若いうちは元気なほうがええ」 「あっさりまとめるね」 「ホゥホゥ」 「ツッぱるということは、恋をするに同じよ。自分の気持ちで止められるものではない」 「そうなの?」 「恋をする。趣味を持つ。グレる」 「いずれも煩悩に他ならぬ。人の持つ終生捨て去ることのできぬ苦よ」 「さる男にいわく『人はオタクになるのではない。気付いた時もうなっているのだ』」 それはちがうと思う。 「むろんツッぱるというのは周りにとって恋や趣味よりよほどたちの悪い熱病じゃがの」 「ツッぱるも人生。人様に迷惑かけるも人生。しかして迷惑のツケはいつか払うが人生」 「まあ皆が熱に浮かされてこそ湘南の夏というもの」 「……」 ひょっとして俺が不良に片足突っ込んでるの、気づかれてる? 「……ばあちゃん、昔グレてたことがあるとか」 「ホゥホゥ」 ばあちゃんはなにも答えてくれなかった。 「おばーちゃん、アイスないよ」 「うん? おかしいの」 「あ……孫に食われてしもたか」 そのあとも掃除を手伝って帰った。 ・・・・・ (びくびく) (こ、来ないで。お願い来ないで……) 「きゃああ来ちゃったぁ!」 「江乃死魔の者だな」 「ひ……ひぃ」 「女かぁ、女は殴りたくねーなぁ」 「ケケケ、俺は気にしないぜぇ」 「参る」 「いや――!」 「あらよっとぉ!」 「ム……!」 「ハッハー! 網にかかったぜ恋奈様ァ。やっぱりこの辺を狙ってきたっての」 「ご苦労さん」 「つっても行動パターンを見れば次は十中八九ここにくるわけで、自慢できるほど難しい読みじゃないけどね」 「……」 「江乃死魔を狙いだして今日で3日目。こうも連日で来るなんて、落とし穴に向けてBダッシュしてるようなもんよ」 「こいつらが暴走王国」 「気をつけろ。たった3人だけど危険だ」 「30……40? 囲まれてやがる」 「50よ。プラス周辺に50。合図1つでアンタらは100人からタコ殴り」 「へへー、ま、俺っち1人でも充分だけどよ」 「……」 「やっぱでっけーなぁ。見ろよ恋奈様、俺っちよりデカいっての」 「そうね。……で不用意に近づくな、危ないわ」 「こんだけデカいと服とかなくね?買うときどうしてる?」 「……すまむら」 「あー、やっぱすまむらはいいよな、色々あって」 「俺っちウニクロ好きなんだけどさぁ、あそこサイズがねーから困る」 「……ウニクロは巨体に優しくない」 「そうそう。あ、でも知ってる? 米軍基地の近くに大きい服の専門店があってさ、そこがウニクロっぽい……」 「仲良くなるな!」 「さてと、アンタが暴走王国、我那覇葉でいいわよね」 「……」 「……」 「沖縄出身、那覇流古空手道場在籍、初段。12歳からは軍隊式マーシャルアーツをはじめ、無差別の格闘術に傾倒」 「!?」 「実家は我那覇サトウキビ農園。現在の農園管理者はアンタのひいおじいさんだって?一族そろって元気ね」 「お父さんが家出娘を心配してたわよ。あとで電話してあげなさい」 「……」 「アンタの身体的特徴を聞けば身元を洗うなんて簡単よ。地主の家系の情報網、甘く見ないことね」 「……くだらん」 「フン」 「鍛えた腕を試すために、ヤンキーの聖地でケンカ三昧。マンガみたいな人生ね」 「ただこれ以上は調べられなかったのよね。謎は残るばかりだわ」 「どうしてアンタみたいなのが不良の真似事して、不良専門の強盗なんてしてるわけ?」 「金を集めるためとは思えないわ。なぜ暴走王国を乗っ取ったの」 「なぜグループを作って、仲間を増やしてるの」 「うぬらの知るところではない」 「暴走王国の目的は武にこそあり。うぬら雑兵は我らの糧でしかない」 「……」 (『暴走王国の目的』……自分だけじゃなく。それに『我ら』……) 「アンタ、リーダーじゃない。ただの飼い犬ね」 「ッ」 「……」 (図星か) 「……」 (ミスったわ、言うんじゃなかった。だんまり決め込まれたら情報が引き出せない) 「これ以上言うことはない。行かせてもらおう」 「おおっとぉ! 帰すと思ってんのかい」 「江乃死魔を討つ許可は得たが、片瀬恋奈を討つ許可は下りておらぬ。退くしかない」 「退却を邪魔するなら、相応の対処をするまで」 「ハン。いいぜ、ヤろうじゃねーの。いいよなぁ恋奈様」 「ええ。最低でも我那覇には残ってもらうわ」 「……参る」 「来いやァ!」 「オラァァア!」 「ゴァッ!?」 (ティアラが競り負けた――!?) 「素人が」 「1! 2ィ! 34!!」 「ゴァッはッ!」 (正中線4連突き――空手家、強い!) 「怪我したくなきゃ逃げたほうがいいぜ」 「う……」 「ハッハー! 50や100で俺たちを止められると思ってんのか!?」 「れ、恋奈様」 「……」 「だ、そうよティアラ。だから最初からやめとけっつったでしょ」 「?」 「うう、ちくしょータイマンで負けるなんざ俺っちのプライドが」 「いまので負けよ。下がりなさい」 「私のやり方で行くわ。投石準備!」 「「「はい!」」」 「!?」 「ブチ当てろ!」 ――フォンッ!――ブオンッ!――ドゴッッッ! 「ぬぐっ!」 「石!? いいッッでェ!」 「ガンガン投げろ! 反撃させるな!」 ――ドグッ!――グォンッ! 「ぐああっつ! やめっ、いてっ!」 「姑息な――」 「ハアアアッッ!」 「3番下がれ! 2、4、スタンロッドォ!」 「了解! でりゃああッッ!」 「挟み撃ちだぜ!」 「ぬうう!」 「7、8番エアガン用意! 目を狙え!」 ――パルルルルルルルルッッ! 「っと、こんなおもちゃが効くか!」 「ってうわ、なんだこれペイント弾?」 「あぐっ、目、目がっ、目がっ」 「催涙弾にも使われる刺激物です。目は閉じておいたほうがいいですよ」 「……」 「相手の目をつぶすのは戦いの基本」 「読み違えたわね我那覇ちゃん?格闘技とケンカは全く別物。ましてや集団戦は、どんな格闘技にも対策はないわ」 「50対1で戦うことと、50人の力を使う私と戦うことはちがうのよ」 「く……!」 「ティアラ!」 「わりーなぁ、ホントはタイマンで仕留めたいんだけど」 「オラァアッ!」 「クヌ……」 「カアアアッッ!」 「うお!?」 (まだ止めた!? この状況で!?) 「ヌぅ……敗走など屈辱」 「だが先輩が言っていた。ケンカにおける敗北とは敵の目的が成ること。ゆえに――」 「逃げるぞ! 我に続け!」 「お、おうよ!」 「逃がさないっつってんでしょ!スタンロッド隊! 足を狙って――」 「ハァアアアッッ!」 「っづわああああ!」 「2番が崩れた。1、3! フォロー……」 「遅い」 「この屈辱……忘れんぞ」 「くぁいててて……」 「ひでぇ目にあったぜ……!」 「チッ……!」 「恋奈様! 逃げられちまう!」 「……」 「行かせなさい。思った以上に強そうだわ、プランBに変更」 「……ふーっ、ったく。今年の湘南はなんでこうどいつもこいつも」 「……」 「……『先輩』か」 ・・・・・ 「ひぃ、ひぃ」 「な、なんとか抜けた、かな」 「……屈辱」 prrrrrr prrrrrr 「……む、もしもし。先輩ですか」 「はい。罠でした、なんとか網をくぐりいま脱出したところです」 「は?」 「……」 「どうした?」 「いえ、追っ手などどこにも――む!」 「ひぇっ」 「う、うえーんだシ、ちっとも怪しくない子供のあたしは迷子になっちゃったシ」 「は……童が1人。もう行きました」 「いまのが? まさか」 「……はい。片瀬恋奈、侮っておりました」 「……はい」 「では、明後日の集会にて」 「……」 prrrrr prrrrr 「あん? 誰だこの番号」 「もしもし」 「……」 「……ひっ」 「はぁ……疲れた」 「昨日またケンカしたんだって?」 「ケンカじゃないわ。うちのシマを荒らしてたネズミがいたから罠にかけてぶっ叩いただけ」 やっぱケンカか。 自分の彼女が……思うといい気分しないけど、まあ怪我がなくて何より。 「欲を言えばプランB……ハナの追跡やリョウたちの半径50メートル追跡でたまり場にしてるところを見つけたかったけど」 「失敗、と」 「ええ。途中でまかれたみたい。まあ追跡隊にダメージはなかったからいいわ」 注文したカフェオレを一口。 「あっちもさすがに警戒するだろうからしばらくは大人しくなるでしょう」 しばらくは平和か。なによりだ。 「ここ、コーヒーがあんまり美味しくないわね」 「悪くはないと思うけどね」 ミルクと混ぜるとイマイチなブレンドではある。 「ん〜……」 「……俺のコーヒーが飲みたい、とか?」 「えへへ」 苦笑気味に首を縦にふる。 「いつのまにか大のに慣れちゃったみたい」 「嬉しいよ。でもゴメン、いまうちはちょっと」 「うん、別にここから行くつもりはないけど」 「?うち、どうかしたの?」 「どうってこともないんだけどさ」 最近、姉ちゃんが恋奈の話すると怒りっぽい。 「……」 「なによその顔」 「別にイマイチだからって飲めなくはないわ」 「うん」 「……」(じー) 「だからなに」 「……『こいつめ。俺のコーヒーがクセになってるぜ』とか思ってる?」 「そんなことは」 「でも俺のコーヒーじゃないと満足できないみたいだね。ふふっ、可愛い子猫ちゃんだ」 「うざ」 ひどい。 「……」 「ま、確かにこれよりはアンタののほうが好きだけど」 「とにかく、暴走王国を封じ込める算段はできたから。あとは時間をかけて戦力をそぎ落としてやるわ」 「恋奈の一番得意なやつだね」 「ええ。真綿で首をしめるように……ふふっ、ふふふっ」 楽しそうだ。 「恋奈のことだから、その暴走王国って人たち勧誘するとかはしないの?」 いつものパターンならしそうなもんだが。 でも言うと、恋奈は迷わず首を横に振った。 「ないわ」 「正直欲しい戦力ではある。例えばいま、利用する方法をいくつか考えてるけど」 「どういうこと?」 「ティアラ以上が30人よ。辻堂や腰越にぶつけるには最高の駒じゃない」 「……」 たしかに、武闘集団だって聞いてるから、30人に狙われたら辻堂さんでも勝ち目はないと思う。 「でも私の手元に置こうとはいまのとこ考えてないわ。舵取りが効かないだろうし」 「あいつらと私じゃタイプがちがうもの」 「……だね」 いきなりケンカを仕掛ける。殴って殴って、最後にはお金を持ち去る。 仲良くしたいタイプじゃない。 「ひたすら大きくして来た江乃死魔だけど、この一線だけは守ってるわ。根っこの部分が私とちがう人間はいれない」 「……」 「守ってきた……つもりだった」 「……」 声のトーンを落とす恋奈。 誰のことを考えてるかはすぐ分かる。 「梓ちゃん……どうなった?」 「まだリョウの報告が入ってない。監視だけつけて泳がせてるわ」 「何回か見張りをまかれてるけど、いまのところとくにおかしな動きはなし」 「……決めなくちゃ。どうするのか」 「恋奈……」 「……」 30人の武闘集団より、恋奈にはこっちのほうがはるかに大きな問題みたいだ。 梓ちゃん……。 江乃死魔の影に隠れ、私腹を肥やしてた。恋奈とは『タイプのちがう』子。 でも恋奈とは友達だった。 リョウさんの報告が来次第、裁定しなきゃならない。あの子をこれからどうするか。 許される限度は、子飼いにしてたカツアゲ班が例の2人のときだけだっけ。 いや3人。5人? ようするに恋奈の胸先三寸。 恋奈の意志だけで裁かなきゃならない。友達を。 「……」 暴走王国。身内の規律違反。 江乃死魔の抱える2つの問題が、いよいよ目を背けられないところまで来てる。 「……」 「行こっか」 「へ?」 席を立つ恋奈。 「うだうだ考えても仕方ないわ」 「今日は久しぶりの2人きりなんだから、めいっぱい遊ぼ。ねっ」 「う、うん」 外に出る。 もう時間的に遠出できないんで、恋奈のホテルへ行くことに。 「ほら大っ、早く早く」 「走らなくても」 手を引っ張られる。 そうだな。難しいことばっか考えてても仕方ない。 全部は明日だ。 考えるべきことはたくさんあるんだけど。 ・・・・・ 「はむはむ」 「どう?」 「うおぇ……っ」 「ひどいだろ。しらすクリーム」 「いえっ、う……美味いっす。愛さんにいただいたものはなんでも美味いっす」 「がんばらなくていいって」 「失礼な子だねぇ」 「感想くらい正直に言わせろや。この店じゃリピーターなんて珍しいだろ」 「まあねぇ」 「で、クミ。なんの用なわけ?急に江ノ島に行こうなんて。暇してたからいいけど」 「う……い、いえ。えっと」 (きょろきょろ) (……あの野郎、どこにいやがる?) (襲ってくるならきやがれ。今日は愛さんがいるんだ。あんな奴怖くねぇぞ) 「?」 「ってすご。アイス全部食べちゃった」 「あ……ははは」 「でも味はともかく、不味くはなかったっすよ。愛さんがご一緒してくれてんだもん」 「こういうのは一緒に食う人が大事っすからね」 「ン……」 「まーな」 「ん?」 「え……」 「ほら大、早く早く」 「待てったら」 「……」 「恋奈……こっちには気づいてないっすね」 「彼氏同伴だし、偶然でしょうか」 「……」 「愛さん?」 「……」 「あーあ」 「だから盆はキライなんだ……クソッ」 「ムシャクシャする。ダイのやつどこ行ったんだよ。昨日から帰ってこねー」 「……」 「……ま、恋奈ンとこだわな」 「ん?」 「分かってンのかこっちは江乃死魔だぞ!湘南最強グループ江乃死魔なんだ!」 「痛い目見たくなきゃあるもん全部おいてけ。サイフ、携帯、時計。そのネクタイピンもだ」 「ひぃい」 「う、うそじゃねーぞ。俺らはまだ江乃死魔なんだ。そのはずだ」 「なんとか……なんとかノルマの倍は持ってまたあの人に取り入らねーと……」 「……」 「ウゼェ」 ・・・・・ 「んっとぉ、暴走王国に狙われだしてから抜けたがるようになったグループは2組。でもこの前のケンカでどっちも思いとどまってるシ」 「そう。じゃあ今週の入会、脱会数は?」 「し、調べてないシ」 「ああもう」 久々の江乃死魔集会。 ただ最初の期間報告から、はかどってなかった。 「いつもは梓の仕事だかんなぁ」 「ですね」 やっぱ彼女の穴は大きい。 「そう。じゃあまだ500人ってところね」 「今日は……ほぼ全員集まってるか」 あたりを見渡す恋奈。 確かに、いつも超満員なアジトだけど、今日は数が多すぎて海岸にまであふれてる。 普段が300前後でいまは目算、倍近く。500はいるだろう。 「いま湘南のヤンキーは約1000人。とうとう半分に到達、か」 「……」 記念すべき日のはずだけど、嬉しそうじゃなかった。 「これからは庶務がもっと大変になる」 梓ちゃんのことを考えてるんだろう。 下を向く……。 そのときだった。 ・・・・・ 「おい! ちょっと待てっての!」 「?」 突然500の人波が荒れだした。 なんだ? 梓ちゃんか? 思ったけど、 「ちょっと待てよ! 今日はマズいんだっての」 「用事があるなら後で聞くシ」 ちがうっぽい。 「な、なにごと?」 思ってると、 「どわあああッ!」 「いってぇなあ!」 一条さんの巨体が弾き飛ばされ、500人の人垣が割れた。 「あ……」 「つじ……っ、な、なにしに来たテメェ」 意外な人が現れ、恋奈も動揺する。 俺は動揺どころか頭が真っ白になった。 「……大」 「……」 そうだった。 忘れてたというべきか。思い出すのから逃げてたというべきか。 「なにやってんだ、こんなとこで」 もう9割方予想はできてるだろうに、辻堂さんは答えを俺に求めてくる。 嫌味のつもりでこんなこと言う子じゃない。 「なに江乃死魔とつるんでんだよ!」 それだけ俺がここにいることは、裏切りなんだ。 「あの……」 「な、なにアンタたち」 「あ……大、辻堂にはまだ?」 「う、うん」 「……」 「辻堂さん……、えと、あの」 最悪の状況とタイミングだった。 いや最悪俺が江乃死魔となれ合ってることまでなら知られても構わない。良い気はしないだろうけど。 でもあと1つ言わなきゃいけないことがある。元カノに。 「……」 「あの」 でも500人が見守る中じゃ言えない。 どうすれば……。 「……」 「そう。知らないなら教えてあげるわ」 「こういうことよ」 俺の腕にくっつく恋奈。 「恋奈……」 「なに。言いたくないわけ」 「そうじゃないけど」 「……」 「なんだよ辻堂、知らなかったんかい?」 「もう1ヶ月以上前からだシ」 「……」 「なはは、男ぉとられて悔しい気持ちは分かるけどよ。今日は勘弁してくれよ」 「……」 「……」 周りからも静かながら嘲笑の声があがる。 ……やめてくれ。 「ティアラの言う通りよ。今日は相手してる余裕ないわ」 「大とのことがすっきりしないっていうなら今度時間をあげるから」 「ダメだ」 「は……?」 「……」 「大。アタシはお前になんて言った」 「え……」 「危険だから江乃死魔には、そいつには関わるな。そう言ったよな」 「付き合うなんざもっての外だ」 「別れろ」 「……」 絶句してしまう。 今カノのことを元カノに報告。怒るかなとか、不快にさせるかもとは思ったけど。こんなにもはっきり拒絶されるとは思わなかった。 「ふざけんじゃないわよ!うちらのことはアンタに関係ないわよね」 「外野は黙ってろ」 「がい……っ。だ、誰が外野で――」 「うるせェぞ!」 「ひっ……」 一睨みで恋奈をはじめ、ざわついてた周りの500人まで黙らされた。 「アタシが用があるのは大……テメェだけだ」 「で、でも俺は」 「なんのためにアタシらが別れたんだよ!」 胸倉をつかまれる。 「言ったはずだぞ!お前はヤンキーにはなれない。お前には合わないって。だから別れたんだろうが!」 「ただいるだけで敵が増えんだぞこの世界は!なにもしなくてもだ。無意味に敵を作って、増やして、それだけの世界だ!」 「お前にはできないだろうが! え!?寄ってくるやつはみんな敵だって思えるか!?殴られたら殴り返せるのか!」 「できないだろうが!!」 「できないから……ッ、だから、……だからアタシ、お前のこと……」 「……〜、〜」 「……」 「なんで恋奈なんだよ」 「アタシより敵多いのに。危ないのに。お前とはちがうのに……」 「アタシらなんのために別れたんだよ!!!」 「……辻堂さん」 こんなに感情をあらわにしたところを見たのは久しぶりだ。 胸倉をつかむ手に手を添える。 その手は、しめられた首が痛いくらい強い力なのに、 不思議とあの日と同じくらい弱々しい気がした。 「……」 「……」 言うべき言葉が見つからない。 ああクソ、最低だ俺。辻堂さんに嫌な思いさせるとか怒らせるとか、そんなとこばっか考えてて、 悲しませるなんて思ってなかった。 「……」 「……ハン」 静まり返ったアジトで、真っ先に口をひらいたのは恋奈だった。 「そういや別れた理由については聞いてなかったわね。そういうことだったの」 「……」 「……」 「情けない女」 「……なに」 「恋奈」 「ようするに大が他のヤンキーに狙われて危険だから。それで別れた、と」 「情けないっつってんの。なにが湘南最強の喧嘩狼よ。自分の無能を人のせいにしてるバカ女じゃない」 「……」 「たしかに不良ってのは周りみんな敵ばかりよ。三大天の私らはとくにね」 「でも私だったら別れようなんて絶対に思わないわ。大事なものは手放さないし、守ってみせるもの」 「自分がチキンなの棚にあげて人のカレシにケチつけてんじゃないわよ!」 「ッ〜……」 「……恋奈、もうやめて」 辻堂さんの手が震えてる。それは怒りだけが理由じゃないだろう。 俺は改めてその手を握り。 「辻堂さんも……ゴメン」 「……」 「情けなかったのは君じゃないよね」 「俺だ。別れたときの、覚悟のなかった俺」 「今とは違う」 「……」 「今の俺は恋奈が好きで」 「この関係を守っていく覚悟は決めてる」 「もう別れない」 「……」 俺の胸を、すがるようにつかんでた手を放す辻堂さん。 ふらっと危うい足取りで一歩、二歩後ずさった。 最悪のタイミングで言うことになった、元カノへの事後報告。 辻堂さんは……。 「……」 「……」 「……」 「……なら」 「……?」 「なら守ってみろ」 「ッ――」 「くぁ……!」 「江乃死魔総長――片瀬恋奈」 「そして長谷大」 「っ」 「いまから江乃死魔を消す」 「な……?!」 「守ってみろ大!」 「ちょっ、いきなりすぎんだろ!」 「落ち着け!」 ごちゅっ。 「ゴァアアアアッッ!」 「ッぐ!」 「辻堂、アンタ――」 「さっさと全員に命令を出せ。辻堂愛を討てって」 「なくても全員潰すけどな!」 「つっ、辻堂さんやめて!」 「……」 「急にこんな、辻堂さんらしくないよ」 ――ガッッッ! 「……っぷ」 さっきと同じ位置。胸倉をつかまれる。 でも力が桁違いだった。俺はたやすく吊し上げられ足が地面につかなくなる。 「勘違いしてんじゃねーぞ、江乃死魔の長谷大」 「理不尽な暴力に文句言ったって何にもならない。殴り返すしかない。これがテメェの選んだ世界なんだよ」 「ぐ――」 「覚悟したなら……受け入れろや!」 ――ブォンッッッ! 「ッ!」 ――バシッ! 「ぶはっ!」 突然何か飛んできて助かった。はじいた辻堂さんが俺を落とす。 な、なにが飛んできた……? 「あが……ぁ……」 人だった。俺よりはるかに無残に叩きのめされた人。 この前の……。 「おもしれーことになってんじゃん」 「腰越まで……、な、なんの用?」 「辻堂。3分もらうぞ。こいつに話がある」 突然現れたかと思えば恋奈に寄っていくマキさん。 なんなんだ立て続けに。 「……」 「辻堂さん……」 「……」 横槍で気分が冷めたのか、辻堂さんはいつもの彼女に戻り、静かに去って行った。 「あれ。3分で良かったのに」 「な、なんの用よ……」 「……」 「うが……っ」 「まっ、マキさん?」 いきなり恋奈の首をつかむマキさん。 「クレームに来たんだよバカヤロウ」 「あぐ、は、はなゼ……ッ」 「最近の江乃死魔……目障りなのが増えてしょうがねーんだよ」 「うう……」 「リーダー名乗るならちゃんと教育しやがれ」 「言ったはずだぞ。チーム作るのは勝手だけど、七里の近くで作るなら私の視界に入るな。不快なモンを私に見せんなって」 「が……く、くるし」 「出来なきゃ皆殺しだ。言ったはずだぞ!」 「マキさん放して!」 首は本当に危険だ。外させた。ゲェゲェと咳き込む恋奈。 「……」 「まー今日は、ゴミを2つ届けてやっただけだ」 「ひ……ひ……」 「うぐ……う? ……そいつら」 「目障りすぎるから軽く撫でた」 「二度と私の視界に入れるんじゃねぇ。次この私にゴミの処理なんてさせるようなら、元から断つからな」 「う……」 「よりによって私が一年で一番ムカついてる日によ」 「……」 ふと口を閉ざし、俺を見るマキさん。 「……」 「……メシ」 「え」 「ダイのメシが食いたい」 「えっと」 マキさんは、辻堂さんほどではないけど不機嫌そうだ。 あまりここにいるとヤバい。恋奈を見る。 コクコクと首を縦にふった。 「わ、分かりました。行きましょう」 マキさんを連れアジトを出る。 「……」 「……」 めちゃくちゃだ。もう。 ・・・・・ 「はぁ……連続で来られるとさすがにビビるわ」 「ツツ……どうなってんだい今日は。厄日だっての」 「うお! まぁーた巻き込まれてたんかいハナ!目ぇ開けろっての!」 「……チッ」 「あ、あの、恋奈様」 「唯一の収穫ね。リョウ」 「梓のこと聞き出して」 「ひいいい……ッ」 ・・・・・ 「あー……捕まっちゃった」 「もう誤魔化せないなー、サイアク」 「皆殺しセンパイ……余計なことしてくれちゃって。辻堂センパイが江乃死魔半壊させりゃ恋奈様もあずのこと戻さざるを得なかったのに」 「……」 「潮時かなー」 「!」 「オオオオオオオ!!!」 「くぁ……ッ!」 「……」 「愛さん……どうしたんすか。急に乗りこんだかと思えば何もせずに帰って」 「……」 「……クミ」 「はい」 「テメェ……昨日アタシを誘った理由はなんだ」 「へ?」 「急に江ノ島に行こうとか抜かした理由は。恋奈と、彼氏のことをアタシに見せた理由はなんだ」 「え、そ、そんな。理由なんて」 「……」 「聞き方が悪かった。テメェがアタシをハメるなんて思ってねーよ」 「テメェにアタシを誘うよう指示したのは誰だ」 「ッ!」 「……いやこれも聞き方が悪い。お前が『指示』されて従う相手はアタシだけだもんな」 「お前を脅してるのは誰だ」 「……」 「6月の……半ばくらいからか?お前、あきらかに様子がおかしくなったぞ。ずっと何かに怯えてた」 「誰に怯えてんだ」 「あ……の……」 「……クミ」 「……」 「あの女……です」 「急に電話かけてきて、愛さんを江ノ島に連れてけって。オレ、あいつが突っかかってきても愛さんなら平気だと思って、だから……」 「あの女ってのは」 「江乃死魔の……あの女です」 「江乃死魔幹部、片瀬恋奈の片腕」 「乾梓」 「あの日――」 「6月の……江乃死魔が乗り込んできて、愛さんが撃退して。ティアラの骨を折ったあの日」 「オレたちは愛さんの命令通り裏手から回り込んで連中の逃げ道を塞いでました」 「ほとんど愛さんがヤッちゃったけど、1人だけ逃げてきて」 「ひのふの……30。多いっすねー」 「愛さんに任されたんだ。生きて帰れると思うなよ」 「……」 「……上等」 「はっきり言って何が起こったか分かりませんでした」 「ゴォッホ!?」 「あぎゃあああ!!?」 「あっという間に2人沈められて」 「気づいた時にはオレもシメ落とされてた」 「次に目が覚めたのは……軍団30人、全員眠らされたあとでした」 「はいはい起きてくださーい。アンタだけは軽くヒネってるんすから」(ぺちぺち) 「あっ! え? て、テメェ」 「ホント辻堂センパイにおんぶに抱っこなんすね。よわっちぃの」 「ま、合計で30万。いい小遣い稼ぎにゃなったっす」 「て、テメェ一体なにを……」 「クスクス」 「フツーなら財布の中身全額没収するとこっすけど。抜いたのは1人1万だけっす。感謝してくださいね」 「あっ! サイフ、いつのまに」 「ただし残金はバイト代ってことで。ちょっと頼みたいことあるんすよ」 「は……?」 「クスクス」 prrrrrr prrrrrrr 「おっと、お電話です。……辻堂センパイからっすね」 ――ピッ。 「え? え……」 『クミ、そっちどうなった』 「は、はい。逃げてきたのは1人で」 「あの〜、降参しますんで。乱暴せずに捕まえるよう命令してもらえねっすか」 「な……っ」 「クスクス」 『分かった。そいつはいい』 「な、なんのつもりだテメェ」 「お願いしますよ。ケンカなんて下手に強いと面倒が増えますからね」 「ぐぅ……つつ、どうなりました」 「っと。いたたたた! 降参降参! 降参っすよ!葛西久美子さん超つえー!」 「おおっ、仕留めてるやん。さすがクミはんや」 「え、え……」 「結局そのままなし崩し的に」 「あ、あの女怖いんです。愛さんや腰越とはちがう、気持ち悪い感じで」 「それで――」 「メチャクチャ強くて」 「ゴォア……ッッ!!!」 「ふぅー、こえーじゃん急に襲ってきて」 「う、う……」 「ぐは……ッ」 「……フン」 「ハァ……ハァ……、ク。まだ未熟」 「……」 「未熟っすねぇ」 「沖縄のころからちっとも成長してねーよ。ナハ」 「ゴホッ、ゴホッ」 「わり、急だったから本気で入れちゃった。内臓潰れてない?」 「も、問題ありません」 「その『再会の挨拶は拳で』みたいなノリ、やめてよ。あずそういうの嫌いなんだから」 「……」 「お久しぶりです先輩」 「ども♪」 「……」(もくもく) 用意したサンドイッチを、マキさんは実に味気なさそうに口に運んでた。 どうしたんだろ。えっと、 「ひ、久しぶりですね」 最近お盆で帰省してたみたいだから、マキさんと会うの、久しぶりだった。 「……」 帰省前からメランコリックだったけど、さらに進行してるっぽい。 なにがあったんです? 聞きたいけど……。 ちょっと怖かった。さっきの江乃死魔での態度を見てると、なにを言っても暴れだしそうで。 「……」 「……」 「ダイはさ」 「はい?」 「いつまで続けんの。江乃死魔」 「え、いつまで……って」 言われても。続く限りとしか。 答えに詰まると、マキさんは拗ねたように口をへの字にした。 「キラいなんだよな。ああいうやつら」 「つるまなきゃ何もできなくて。1人じゃツッパる覚悟もねーくせに威張り腐って」 「数さえ集めりゃ正義。みたいな発想。気に入らねーんだ」 「そう……ですか」 「お前のことは気に入ってんだぜ」 「でも……まだ続けるのか。江乃死魔」 「……」 気が重い。 俺が答えればマキさんがどう思うかは分かる。 はぐらかす、くらいがちょうどいいと思う。 でも出来ない。 辻堂さんのときと同じ轍は踏めない。 「続けます」 「俺は恋奈の恋人だから」 「……」 「そか」 思ったより静かにマキさんは去って行った。 3つ用意したサンドイッチが、あと2つ残ってる。 2ヶ月くらい付き合ってきて、初めてマキさんが出された食事を残し。 その日を境に、彼女はうちに来なくなった。 「ヒロ」 「うん?」 「なんで朝ごはん余ってるの。全部食べたのに」 「ちょっとね」 「昨日の夜もコンビーフサンド余ってたわよね」 「うん」 今朝の分のマキさんの朝食。なくならなかったんで、タッパ―に入れて冷蔵庫へ。 「夏は冷蔵庫狭いんだから、2人で食べれる分だけ作るようにしなさい」 「そうだね」 「……」 今日の夕食も3人分つくるつもりだけど。 「……」 「雨……きそうね」 「うん」 「ちょっと肌寒いわ」 「うん」 「……そろそろ夏が終わるわね」 「……」 「うん」 ・・・・・ 「……」 「……」 空気が重い。 昨日は辻堂さんの乱入があったんで改めて江乃死魔500人、アジトに集結していた。 海岸まであふれるメンバー。 今日は主要メンバーもそろう予定だ。 梓ちゃんが呼ばれてた。調べが済んだらしい。 いよいよ恋奈が梓ちゃんを、友達を裁くときがやってきた。 「……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「ども」 「久しぶり」 「そっすね。一週間も会わないなんて初めてだったっす」 「自分がいなくてさびしかったでしょ」 「否定はしないわ」 淡々と答える恋奈。 梓ちゃんは相変わらずフラットだけど、表情がこわばってる気がした。 どっちも緊張してる。 「無駄は省くわよ梓。アンタの処遇について」 「はい」 「アンタの侵した規律は、少数グループが集まってできた江乃死魔にとって大きなストレスだわ。不満の声が大きかったから、破った気持ちは分かる」 「でも中心人物であるアンタが破った件は見過ごせない」 「でしょうね」 「アンタにはこれまで江乃死魔を大きくしてくれた功績があるから、罰則はその規模によって決めるわ」 「最後のチャンス。アンタが子飼いにしてたのは何人?」 「……」 「ご想像にお任せします」 「……そう」 「リョウ。お願い」 あくまでシラばっくれる梓ちゃんに、恋奈は落胆したような、予想通りなような、複雑な顔で隣を見た。 メモ帳を持ったリョウさんが前に出る。 調べは済んでる。梓ちゃんが何人の部下を抱えて、集団カツアゲなんてやらかしてたのか。 2人なら許すといってた。最高で5人なら。 「昨日捕まえた子飼いから芋づるで引き出せた、ノルマを課せられた人数は」 「……」 5人なら。 「乾の子飼いの人数は」 5人なら……。 「……」 「97人」 「ッ!?」 「辻堂との騒動後に加わった3人に1人が、乾に圧力をかけられていた」 「チッ……」 「……」 想像をはるかに超えた人数だった。 「言い訳の余地なしね梓」 「これはもう反省とかそういうレベルじゃない。アンタの存在そのものが江乃死魔の害だわ」 「……」 「追放処分じゃ生ぬるい。アンタのことは今後も永続的に監視をつけて――」 「はぁ……ッ」 震えそうに告げる恋奈の声を、梓ちゃんはため息で遮った。 肩をすくめると。 「もっかい聞かせてください恋奈様。自分、なんか悪いことしました?」 「江乃死魔はいまや湘南の半数を統べる一大組織。コレ、超ビッグなビジネスチャンスなんですよ」 「なにも麻薬売れとか、ブランド品横流ししろとか派手なことする気じゃないんすよ」 「カツアゲだけ。警察が動かないレベルの、ショボい小遣い稼ぎで充分なんです」 「なんでこれがいけないんすか」 「何度も言ってるでしょう。金は対価なのよ。無駄な恨みを買うだけ。それが私の目指すものの邪魔になるのよ」 「だからそこを譲ってくれっつってんすよ!」 「お嬢様には分かんないでしょうけどね!こっちは夢だけに生きてられねーんすよ、明日遊ぶ金だって欲しい!」 「第一、邪魔になるってのは恋奈様の妄想でしょう。現に100人が方々で金脅し取ってたとして、これまで一度でも問題になりました?」 「ぅ……」 「でしょ」 「ねえ恋奈様ぁ。全部なかったことにしましょうよ」 「……」 「ちょっと目ぇつむってくれればいいんすよ」 「あずは本当に恋奈様のこと尊敬してるの」 「たった3ヶ月で一時は300人の組織を作り、いまは500を束ねてるその統治能力。湘南を制覇するのは絶対恋奈様だと思ってるんす」 「お願いしますっ。これまでみたいに仲良くしてください」 深々と頭を下げる梓ちゃん。 恋奈は……。 「……」 「……」 「甘ったれんな梓」 「なんと言おうとテメェは私に逆らった。しかもまだ逆らおうとしてる。そんなやつはうちのチームに必要ねーんだよ!」 「私は湘南を制覇する。ンなこた言われなくても分かってる。そのためにお前は邪魔なんだ!」 「いますぐ消えろ!」 「……」 「……」 「……そすか」 もう一度、深くため息をつく。 そして……。 「…〜っ」 なぜか寒気がした。 この感じ……そうだ。 殺気だ。 湘南三大天が放つレベルの、震えが来るような殺気。 「ほんとに自分を追い出していいんすか?」 それまでは微妙に残ってた緊張感を完全に消す彼女。 フラットな……まるでなにかから解き放たれたような表情で、 「参謀の仕事、他に誰ができるんです」 「リョウがいるわ」 「あははっ、リョウさんには無理っすよ。その人クールだけど仕事できないっすもん」 「あ?」 「だってこの1ヶ月暴走王国のこと探ってたんすよねえ」 「じゃあなんで今になってもチームを乗っ取った女が誰か分かんないんすか」 「……?」 「ま、分からないよう手回ししてたんですけど」 「……まさか」 「常識で考えてくださいよ。身長2メートル強の女に乗っ取られたんなら、メンバーの人も女の特徴に1言加えるっしょ」 「『女』としか言わなかったのは特徴がなかったから。ヤンキーにはよくいるギャル系だったからっすよ」 「……」 「あと自分の子飼いが97人?どっから出たんすかその数字」 「お答えしますよ恋奈様。現在500人のこの江乃死魔で自分がノルマ与えた、自分が子飼いにしてるやつの数は」 「313人」 「は……?」 周囲がざわめく。 300人以上? まさかと思って見渡す。 ……確かに、500人いるうちの半数以上が、ばつが悪そうに下を向いた。 「単純な計算でしょう」 「江乃死魔内に作った自分のネットワークは101っす。あ、これなら97人に近いっすね」 「これに最近、暴走王国に脅されて加入した200人を加えれば……」 「な……」 「……」 「そうですよ恋奈様」 「王国が動くことで江乃死魔が増えたのは偶然じゃない」 「江乃死魔を増やすために、王国を動かしてたんす」 「お前が内通者」 「内通だなんて心外だなぁ。あずはちゃんと江乃死魔のために働いたじゃん」 「あずにとっては」 「暴走王国なんて、ただの手駒だったのに」 「てめえ!?」 「暴走王国30人、島内に集合させました」 「ごくろーさん」 「あず……さ……?」 「江乃死魔クビになっちまったし。今日からそっちに復帰するよ」 「暴走王国総長、乾梓に」 「……」 「……」 「……」 絶句してしまった。 周りの数百という子飼いの人たちも、知らされてなかったらしい。ザワめいてる。 「えー、暴走王国総長より業務連絡っすー」 「うちらは今後、江乃死魔と交戦状態に入ります」 「今月いっぱい。8月以内に、江乃死魔は完全消滅させるつもりなんでヨロシク」 「ただし、うちらも身内には手を出さないって方針を採用します」 「うちに入りたい人は付いてきてください」 言い残して悠々と去っていく。 周囲はざわめく一方で。 ただ半数近くが彼女に従い歩き出そうとした。 「行かせるなティアラ!」 「おうよ!」 「っとぉ、またアンタかい」 「貴様ごときが先輩に触れる資格はない」 「ハッ、リターンマッチは歓迎だぜ。ドラァッ!」 「行かせん」 「梓ぁ……」 「……」 「オゴッッ!」 「ほんっと仕事できねーな。ケンカまで弱いなんて」 (は、速……見えなか……) 「あとテメェも」 「ひ……っ」 「テメェがいるから江乃死魔全体がユルいんだよ。仲良しクラブになってんだよ!」 「いいいいい痛い痛い痛い痛い!」 「やめろ――うぐっ」 「動かねーほうがいいっすよ。足の関節外しちゃいましたから」 「どいつもこいつも気に入らねぇ……」 「梓ちゃんやめて!」 ハナさんの手を折らんばかりに捩じってる。止めに入った。 「センパイ」 「梓ちゃん……」 「もとはと言えばアンタが……!」 「う――」 止めたはいいけど今度はこっちが胸倉をつかまれる。 ……足が宙に浮いた。 あの細い腕でとんでもないパワー。辻堂さんとマキさん以外にこんなこと出来る子が……。 「この疫病神が……!アンタのせいで、アンタのせいで……!」 「梓ァ!!」 「ッ……」 「……」 「おあっ」 落とされた。 「お前……どこまで」 「……」 「残念だったっすね恋奈様」 「6月の辻堂センパイと腰越センパイをぶつけたアレ。途中で恋奈様が横入りしなきゃ、傷ついた方を自分が片付けて全部終わってたんすよ」 「他のバカどもとちがって、自分だけは作戦に従った。感情でなく恋奈様の言うとおりに動いた」 「う……」 「それにこのままなら王国を嫌われものにして江乃死魔員は7〜800くらいにできたはず」 「黙って自分の言うこときいてりゃすぐに湘南は恋奈様の手の中だった」 「自分がいれば、湘南なんていつでも制覇できたんすよ」 「っ……」 「さよなら恋奈様」 「ナハ、行くぞ!」 「……了解」 「んが……っ、コラァ、俺っちはまだやれるっての!」 「ッうぐ……」 「やる価値がないのだ」 「〜〜ッ……く、クソっ」 背を向けてアジトを去る2人。 一連で凍り付いてた500人のうち、ぞろぞろとたくさんついていった。 そのうち全員が彼女についたとも思えないけど。 最後まで残ったのは、100人にも満たなかった。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「こ、こいつ?」 「こいつが俺たちのトップ?」 「ども」 「ウソだろ。フツーのガキじゃねーか……」 「……」 「総長っつっても名義的なもんっすよ。暴走王国は今後もナハを中心に動いてください」 「みなさんみたいな選りすぐりのヤンキーの中じゃ自分なんかとてもとても。まあお抱えリーダーってことで勘弁してください」 「ま、まあそういうことなら」 「俺は賛成だぜ。カワイージャン」 「どもっす」 「……」 「ふざけんじゃねーよ」 「?」 「俺たちはビジネスとして湘南制覇を手伝ってんだぜ。遊びでやってんじゃねーんだ」 「湘南に集まる猛者だけで構成された武闘集団。それが暴走王国だろ。よりによって頭にこんなシロート女、置けるかよ」 「……」 「自分、ケンカもできなくはないっすよ?小さいころから護身術習ってましたし」 「ケンカとおままごとはちげーんだよ」 「ナハは琉球空手の達人。俺はファイトクラブじゃ負けなしだったし、他もみんな武勇伝持ってる」 「お前さんはどうだ? え?」 「おい、よせ」 「んー、人に自慢できる武勇伝はないっすねぇ」 「だろ。まー可愛いしナハの知りあいってんなら置いとくぶんにゃいいが、総長なんてとんでもねぇ」 「ケンカするにはちっとおっぱいがデカすぎるぜ」 「……」 「……バカが」 「ま、気持ちは分かるっすよ」 「でもひとつ言わせてもらうと……」 「ア?」 「そっちこそケンカするには」(ぽん) 「ちっと関節が外れすぎてんじゃないすか」 ――ぷらん。 「え……?」 「クスクス」 「骨も折れ過ぎてるし」(ベギベギベギベギ) 「いぎっ、ギァァアアアアアア!!!」 「気道も潰れ過ぎてる」(コチュ) 「かふ……っ」 「……フーッ」 「アンタらもケンカが仕事でしょ。なら覚えといてください。ケンカ売るときは、武勇伝唱えてるよりまず殴れ」 「まして肩書きに胡坐かいて相手を侮るなんて論外っす。相手は何を隠し持ってるか分かりませんよ。刀剣、銃器、もしくは」 「生まれつきどんな武道家も及ばないほどに恵まれた筋肉、骨格、神経細胞」 「護身術を習ってるかもしれないし――」 ――ッッッ!! 「オオオオオオオブゥッッッ!!」 「あまりの才能にただの護身術が、いかなる格闘技も及ばない殺人術へと昇華されてるかもしれない」 「あカ……、は……っ」 「……きたねぇ、よだれがついた」 「愚かな。病院へ連れて行け」 「あ……」 「……うそ」 「総長の実力は見ての通りだ」 「我はこの10年に1人と呼ばれる体躯から琉球空手はじめ、様々な格闘技で達人と呼ばれる実力を得たが。頂点に立ったことは一度もない」 「先輩がいたからだ」 「繰り返し言いますが、頭はナハってことでいいっす。自分は一番になんて興味ないんで」 「みなさんには期待してますよ。これだけの猛者が30……29人でかかれば辻堂センパイたちも何とかなるっしょ」 「お……おう」 「この暴走王国を湘南最大のチームにします」 「そのためにもまずは」 「江乃死魔を徹底的に切り崩しましょう」 雨が降り始め、日付の変わったころ。ようやくアジトも落ち着きだした。 「いてて……ちぎれるかと思ったシ」 「大丈夫ですか」(さすさす) 「うう……やっぱあいつムチャクチャつえーっての」 「……はぁ」 「リョウさん、もう動いても?」 「関節の戻し方くらい知ってる。問題ない」 「それより、乾についていった者の他に6チームが脱会を申し出た」 「……そう」 江乃死魔はこの数時間でガタガタだった。 もともとが強引な勧誘を繰り返して作った勢力だけに暴走王国という目に見えた恐怖が迫るとみんな手のひらを返すのは早い。 1人抜ければ2人抜け。3人が抜け。加速度的に恋奈の元を去っていく。 「どいつもこいつも……ッ!」 「仕方ないだろう。強い者には従い。弱い者には背を向ける。それがヤンキーの世界だ」 「くそ……、くそッ!」 「……」 「それでこれからどうする」 「なにが」 「半数が暴走王国に取りこまれ、その半数が脱会。このままだと江乃死魔は自然消滅するぞ」 「なにか打つ手はあるのか」 「うっさいわね。いま考えてる」 「梓……なんでよ。最初から私のこと……」 「恋奈……」 恋奈はずっと動揺してる。 信頼してた梓ちゃんの裏切り……いや、最初から利用されてた事実に。 たぶん10日くらい前の、彼女がカツアゲグループを仕切ってたことを知った俺と同じ気分だと思う。 ヤンキーであれなんであれ、グループってのはまず信頼関係から始まる。 そこに穴が空くってのは、キツすぎると思う。 「恋奈、今日はもう休んだほうがいい。帰ったら」 「……できないわよ」 ちらっと周りを見る恋奈。 残ったメンバーに、何人か話し合ってる人たちがいた。 ……江乃死魔を抜ける相談だろう。なら恋奈は最後までいないと。 「こんなときまで責任感の強い」 「当然のことでしょ。リーダーなんだから」 「お腹すいたね。ラーメン食べるシ?」 「……空いてない。欲しけりゃアンタたちで食べて」 精神的なダメージは一番大きいだろうに。 「……」 「それでもう一度聞くが。暴走王国に対抗する術はあるのか」 「いま考えてるって言ってるでしょ」 「……」 「……リョウさん?」 「……質問を変える。内通の件だが」 「暴走王国に情報を送ったのは乾で間違いない」 「本人の弁によると、むしろ江乃死魔の情報をもとにあちらを操っていたそうだが。どちらも同じこと。いまそれは関係ない」 「お前は内通者があいつだと気付かなかったのか?」 「き、気づくわけないじゃない。江乃死魔は100人以上いるのよ」 「だが全体を動かすとき、まず話すのはあいつ。一番疑わしいところにいた人間のはず」 「こちらとしては当然内通者ではない証拠をお前が持っているものと思っていたが……」 「確かめなかった理由は?」 「ぅ……」 「オトモダチだから、なんて言うんじゃないだろうな」 「……」 「りょ、リョウさん。仕方ないですよ。恋奈と梓ちゃんは友達なんだから、疑うなんて……」 「……だろうな」 「江乃死魔総長、片瀬恋奈」 「なに」 「本日をもって俺と、俺の湘南BABYは江乃死魔を脱会する」 「なにぃ!?」 「〜……ッ」 「世話になったな」 「ちょちょ、待てよリョウ!いま抜けられたら困るっての!」 「もともと俺たちは安全を確保するべく江乃死魔入りしたんだ」 「だが江乃死魔にいれば今後乾らに狙われる危険がある。なら、とどまる理由はない」 「ンな……で、でもダチじゃねーか」 「……」 「リョウ!」 「行かせなさい」 「恋奈……いいの?」 残った中でも格別こわもてぞろいが、50人近くがいっせいにきびすを返した。 アジトがさらに小ざっぱりとする。残ったのは……30もない。 「……仕方ないわよ」 「……くそー」 「……」 「いま他のチームに狙われたらキツいシ」 ・・・・・ 「……クミに傘借りりゃよかった」 「……」 「……よう」 「ン……」 「……」 「こっち、濡れねーぞ」 「……」 「……」 「……」 「この前はずいぶん熱くなってたな。珍しい」 「……」 「ちょっとうらやましいんだぜ?クールな喧嘩狼ちゃんは、私とやり合ってるときも微妙に冷めてるから」 「別れた今でも、私より遥かに大きな存在みてーだな。あいつは」 「……」 「江乃死魔、マジで潰すのか?」 「だからどうした」 「……別に。ただ」 「賛成だ」 「……」 「お前がやらなきゃ私がやる」 「恋奈のバカが。教育も行き届かないんじゃ目障りだ」 「……」 「……」 「三大天、か」 「いつの間にか引きずり込まれたよな」 ・・・・・ ・・・・・ 「いー夜だな、辻堂」 「……ああ」 「決着をつけるにはいい夜だ」 「ちょっと待ったー!!!」 「んぎゃーっ!」 「あ? なんだこのガキ、あぶねーな」 「また邪魔が入った」 「いってててて……」 「痛くない!」 「タフだな」 「うー、そうよ。私はタフなの」 「アンタたちにも負けてないのよ!」 「は?」 「ちょっと待ちなさい辻堂愛、腰越マキ!いまは決着つけちゃダメ!」 「なんでだよ。つかテメェ誰だ」 「ふっ、よくぞ聞いてくれました。私の名前は片瀬恋奈――」 「いずれ湘南を制覇する、江乃死魔の片瀬恋奈よ!」 「湘南制覇?」 「あー、江ノ島って片瀬って名字の人多いよな」 「そうなんだ」 「湘南トリビアの1つだぜ」 「地名じゃない!この片瀬恋奈が率いる神奈川広域連合、その名も『江乃死魔』!」 「ださ」 「ださくない!」 (……『辻堂軍団』よりはいい) 「とにかく! 決着はもうちょっと待ちなさい。私が江乃死魔を大きくしてアンタたちと肩を並べる。『三大天』の時代が来るまで」 「三大天?」 「そう。三大天」 「湘南が最も荒れる。史上1人しか成し遂げたもののない湘南制覇にもっとも近いとされる時代よ」 「カックイーでしょ」 「カックイー」 (史上1人だけ……母さん、すごいんだ) 「分かったらいま決着つけるのはやめてよ。私がもっと強く、大きくなるのを待ってなさい」 「あ、どっちも怪我してるじゃない。見せて」 「ン……」 「と……」 「「……」」 「これでよし」 「分かったわね。待つのよ2人とも」 「……」 「……」 「「知るか」」 「なーっ、こら待てっての!」 「力ずくでも止めるわよ! ハナ、ティアラ!」 「おうよ!」 「了解だっての恋奈様!」 ――ドグシャーン!!! ・・・・・ 「いてててて……」 「パワーだけはまあまあじゃねーか一年坊」 「きゅう〜」 「小っちゃい子を失神させちゃった……罪悪感が」 「あのうるせーのは……海に落ちたか。まあいいや」 「続き、どうする?」 「……」 「冷めた」 「私も。ヤッてるとまたあいつが邪魔に来そうだし」 「……三大天、か」 「湘南制覇がどうこうはともかく……面白そうだな」 「……」 「決着は次にしようぜ」 「ああ。次の機会。できたら……」 「「3人で」」 ・・・・・ 「ぶぁはぁ! し、死ぬかと思った」 「どうなった? えっと……」 「よし、今日闘うのはやめたみたいね」 「力比べじゃ負けたけど、目的を果たしたって点では私の勝ち。つまり三大天最初の戦いは引き分けね」 「……にしてもティアラのパワーがまったく通じなかった。想像してたよりとんでもないわね」 「もっと人数がいる。そうよ、江乃死魔は湘南最強に相応しい、湘南最大手のグループにするのよ」 「そうと決まれば勧誘ね」 「あの〜、溺れてたけど大丈夫?」 「む……! こんな時間に1人で出歩いて。アンタ不良ね」 「はい?」 「江乃死魔はいま新戦力を求めてるわ。アンタも入りなさい!」 「は、はあ?」 ・・・・・ ・・・・・ 「三大天って響きは結構好きだったぜ」 「……」 「もう充分に待った」 「3人の約束を果たそう」 「……ああ」 「へへっ、不思議だよな、辻堂」 「?」 「6月のアレも、今回も。私らがぶつかるときはいつも真ん中にダイがいる」 「っ……」 「あいつ、意外と三大天にとっては、最悪な貧乏神なのかもな」 「……」 「関係ないね」 「長谷大。あいつはもう江乃死魔の一員」 「……アタシの敵だ」 江乃死魔の崩壊は、一週間もたたないうちに加速度をつけた。 「我が暴走王国は広く人員を求めるものである」 「我が傘下に与する者は上納金厳守。ただし、最強たる我ら暴走王国の庇護を約束しよう」 「与せぬ者は後悔を知ることになる」 一気に200以上の人員をそろえた暴走王国はすっかり湘南の顔にとって代わった。 やつらのやり口は恋奈のそれとはまったくちがう。 一言でいえば恐怖による統治。従わないグループは徹底的に潰して回る。 普通なら敵を作り、他のグループの連合に潰されるやり口だ。 でもただでさえ名の知れたケンカ屋が揃った集団。誰もなかなか関わりたがらず。 ましてや今の湘南に200人を超えるグループに抵抗できるだけの組織はない。 それほどの求心力があったのは、江乃死魔だけ。 江乃死魔の人員をごっそりいただいた暴走王国は最高の方法で湘南トップに躍り出たといえる。 すべて計算? ……まさかな。 ともあれ。いまの暴走王国がすることは1つ。 「うが……っ!」 「ごほ……ッ!」 「8月31日までに江乃死魔は消滅させる」 「命が惜しくば自ら去るが良い」 徹底的に江乃死魔の残党を潰していくこと。 江乃死魔の、湘南最大グループだったイメージが消えないうちに叩き潰すことで、自分たちのグループにカリスマを構築していく。 何もかもがあちらの思いのままだった。 「残るは?」 「判断保留も含めて72人」 「確実に残るっていうのは29人。……ついに30人を割ったシ」 「……」 「そう……江乃死魔創設1ヶ月目の数字ね」 「まだまだ余裕じゃない。そこらのグループに比べればずっと大きいわ」 「恋奈……」 「……」 「なぁリョウ、また一緒にやろうぜ」 「しつこいぞ」 「リョウさえ戻ってくりゃ全部上手くいくと思うんだ。頼むよ」 「最近の恋奈様、ヤケクソ気味っていうか、なんかもうずっと落ち着いてなくてさ。困ってんだ」 「リョウが必要なんだよ。落ち着いて相談出来る奴が」 「……」 「江乃死魔に戻れとは言わねーから、話だけでも。なっ、俺たちダチだろ」 「……」 「知るか」 「も〜〜〜……ッ」 「無駄っすよぅティアラさん。総災天センパイは冷静さが武器なんだから。落ち目のとこに身を寄せるなんてありえねーっす」 「テメェ!」 「おっとっと、やめてください」 「もう仲間じゃねーんすよ?いまケンカするなら、本気で壊しにいきますよ?」 「ンなんで俺っちがビビると思うンかい」 「やれやれ。昔のよしみで言ってあげてるのに」 「恋奈様から許可は出てるんすか。いま暴走王国総長にケンカ売ると、衰えた江乃死魔で全面戦争始めなきゃいけなくなりますよ」 「ぐ……」 「分かったらウドの大木は黙っててください」 「総災天センパイ。例のこと、考えといてくれました」 「……」 「うちに入って下さいよぅ。湘南にはまだまだセンパイのファンが多いっすから、センパイが来てくれるとすげー助かるんす」 「な……っ、お、おいリョウ」 「……」 「考え中だ」 「ちぇ」 「江乃死魔は即ノーで梓たちは考え中かよ」 「……」 「怒らないでください。総災天センパイは賢い。それだけのことっす」 「もぉーっと賢い生き方を期待してますよ」 「……」 「リョウ……」 「……もう行く」 「……ケッ。勝手にしろぃ!」 「……」 「なんだってのどいつもこいつも」 ――ブォンッッ! 「うおっと!」 「チッ、外したか。こいつを仕留めりゃ江乃死魔なんてチョロいのに」 「ああ? テメェ辻堂の……」 「都合よく1人のようですね」 「愛はんの命令や。江乃死魔は1人も逃がさへんで」 「ゾロゾロと……いいぜ、やってやろうじゃ」 (っ、でも20人以上いる。いま派手にやらかすと恋奈様が……) 「なああちくしょう!」 「待ちやがれ!」 暴走王国だけじゃない。 立ち上げから数か月で急成長してきた江乃死魔。その分、敵も多く、 湘南全域に、この機に江乃死魔を潰そうとする空気が蔓延していた。 ・・・・・ 「……」 「お、おい! 勝手に入るな」 「あなたたち、もう江乃死魔はやめたはずでしょう」 「あ……」 「おーそうさ」 「いまや王国でも上のほうで使ってもらってるぜ」 「なにか用」 「なにってこともないですよ。恋奈『様』」 「ナハさんから言伝です。いますぐ全面降伏、江乃死魔の看板をたたんで暴走王国に服従するようにと」 「期限は1週間。最初言った通り8月中に返事がなければ」 「江乃死魔を名乗る組織は完全消滅させる。と」 「そう」 「用件はそれだけだから、帰らせてもらうぜ」 「へへ、お前らもさっさとこっち来た方がいいんじゃねーの?」 「く……」 「……」 「31日、か」 雨が強くなってる。 「夏休みも終わりなのに、イマイチな天気ね」 「涼しいのは助かるけど」 「超絶でっかい台風ができたってさ。この辺までくるかも」 「どのくらいデカイの?」 「今日の時点で今年最大。なおも発達中」 「すごいな」 「ま、来たとして月末から9月の頭。今年は1、2が土日で始業式は3日だから、学園には関係ないけど」 「いまのうちに1週間分くらい食料買っとくかな」 冷蔵庫の中身が心もとない。 「毎日無駄遣いするから」 「……いいだろ」 「いいけど」 たしかに毎日朝夕、一食多く作るけどさ。 マキさん、もう全然来なくなったから無駄になってるけどさ。 「行ってくるよ」 「車出そうか」 「いいよ。孝行までだから」 「どもっす」 「あら」 久しぶりによい子さんが店番の日だった。 適当に今日食べるものと日持ちするものを買いこんでいく。 「……」 「最近忙しそうにしてたけど、どうなった?サークル活動」 「サークル?」 最近忙しかったといえば、江乃死魔のことか。 「いまちょっと存続のピンチでして」 「そう」 「なにごとにも潮時があるわ。やめる時を見極めるってのも大切なことよ」 「え……」 「……」 よい子さん、不機嫌? 「なにかあったんですか」 「べつに」 「……部活、剣道部でしたっけ。上手くいってないとか」 「……」 「やめた」 「え……」 「潮時だと思ってね。やめたの。今後は仲間内だけでひっそりやっていくわ」 「そう……ですか」 適当に買い物を済ませて帰る。 よい子さん……どうしたんだろ。様子が変だった。 怒ってた? いや、怒ってたっていうよりは……。 「……」 分からん。 自然と足がここにむいてしまう。荷物を置いてアジトへ。 「恋奈様ぁ、こいつも持ってっちゃっていいんかい」 「ええ。……あら」 「なにしてるの」 段ボールをいくつか運んでた。 まるで、 「……」 片付けでもしてるみたいな……。 「台風が来るから、荷物を倉庫に運んでるし」 「あ、ああ。びっくりした」 そういや前の台風でもやってたっけ。 びっくりした。 31日……暴走王国の定めた江乃死魔解体期限を前に、急にだったから。 そうだよな。言われたからって自分から立ち退くなんて恋奈のキャラじゃない。 「運んでるのは俺っち1人だっての」 「江乃死魔のこういうの担当はアンタでしょ」 「ちぇー」 ぶつぶつ言いながらも作業に戻る、力仕事担当の一条さん。 「おっ、おもしれーもんが出てきたシ」 「? ……ああ」 鎖でつないだ二つの首輪。タイフーンチェインだっけ。 「久しぶりにコレ使いてーシ」 「いいねー。おい長谷、やろうっての」 「結構です。本気で」 「やめなさい。そんな大怪我必至の道具はいま使えないわ」 「う……」 こういうノリは好きなはずの恋奈に冷静に言われ2人もヘコむ。 「……」 無理だよな。前までみたいな楽しいノリで、なんて。 「……」 「初めて梓と会ったとき、これやったんだよな」 「覚えてるシ。梓、すげースピードで逃げてたよね」 「そうそう、そんで……」 「やめて」 「っ……ごめん」 「……」 「……」 「これからどうする?」 「どうもできないわ。これだけ狙い撃ちにされてる以上、アクション起こせばなにされるか分かったもんじゃない」 「ジリ貧ね」 「……そう」 「梓は優秀だから、私が教えた小戦力の潰し方は完璧に把握してるはず。手の打ちようがないわ」 「まさか私がやられるとは思わなかった」 自嘲気味に言う。 江乃死魔の頭脳担当は恋奈と、補佐の梓ちゃん。 ある意味で最も勝ち目のない敵といえるかも。 「……」 「潮時かな」 結局、それからしばらくして事態は動いた。 リョウさんの地道な調査の結果、梓ちゃんのしてたことは暴かれたそうだ。 結果梓ちゃんは江乃死魔を追放。 そのとき俺のことが漏れたらしく、恋奈は俺が黙ってたことを怒った。 俺たち自体はそれでどうなるってこともないんだけど、俺はなんとなく江乃死魔に顔を出しにくくなり、 だからここからはすべて聞いた話になる。 江乃死魔のアジトに、突如例の『暴走王国』が乗り込んできた。 すでに関東の主要組織から名のあるケンカ屋を集めたグループ。戦争になったら危なかったそうだ。 だが向こうの要求は、江乃死魔と暴走王国の統合。 その橋渡しとなったのが……。 「内通者は……アンタか」 「自分は江乃死魔贔屓だったんすけどね」 恋奈は拒んだが、江乃死魔内部からはこの統合に賛成する意見が多数生じた。 少数精鋭のケンカ屋部隊が味方に付いてくれる。日々危険な不良にとってこれほど美味しい話はそうそうない。 反対意見を抑えきれず恋奈も最後には根負け。江乃死魔は暴走王国と統合し、『新江乃死魔』が組織されることとなる。 「新江乃死魔総長……我那覇葉」 「この湘南は我が支配する」 「「「オオオーーーーーー!!!」」」 恋奈は副官――。 という名の、お抱え役職に追いやられた。 「……〜」 「ウザい天気。遊びにもいけやしない」 「……」 「はぁ」 「遅れました」 「ご苦労さん。どーだったっす?」 「は……新たに2チームが我らに協力を約束しました」 「ただしあくまで協力。王国入りするつもりはないとのこと」 「……」 「消しますか」 「やめましょ。もう8チーム潰したし、脅しになってねーっすわ」 「……申し訳ありません」 「うちの戦力は」 「中核を担うに足る武闘勢力はまた2人増え39名。その他忠誠を誓った者が158名。協力関係としていますぐ扱える戦力が232名」 「計400超。すでに充分湘南を制覇できる勢力かと」 「……江乃死魔は?」 「未だ存続中ですが、30、多くて50を切るころです。物の数にも入りません」 「31日を待たずとも、さっさと殲滅して王国拡充を本格的に行った方がよいのでは?」 「8月中って言ったんすから待ちましょ。ことを急ぐと焦ってるみたいで小物くせーし」 「なるほど」 「にしても……50か。うちについて王国入りしたのは150とちょい」 「ようするに江乃死魔で集めた500人のうち半分以上は、野に下っちまった、と」 「そうなりますが……江乃死魔に戻ることはない者です」 「我々が湘南最強であることはもはや疑うこともない事実かと」 「まだ辻堂センパイや腰越センパイが残ってるけどね」 「……ま、武闘派39人にあずとナハがいれば、なんとか倒せるか」 「……先輩なら1人で充分では?」 「さあね。でも少なくとも無傷じゃ無理。痛い思いするのはヤ」 「ご命令下されば我らで片付けます」 「いらないって。せっかく大人しくしてくれてんだから、トラの尾を踏むこたないっす」 「はい」 「……」 「……はぁ」 「なにかご不満ですか?」 「不満だらけっすよ」 「なに『協力関係』って。ようは自分らに狙われないようにしつつ、上納金は拒否っただけじゃねーっすか」 「しかし湘南を制覇する手駒には使えます」 「……」 「ねえナハ」 「はい?」 「なんかそれにこだわってるけど。湘南制覇してどうするんです?」 「どうするもなにも。我らが最強と証明できます」 「……」 「無論証明などなくとも我はこの地の与太者ごとき物の数とも見ておりませんし。先輩に勝てるものなど全国区でもおらぬと思いますが」 「……ふーん」 「……先輩?」 「……」 「ふふっ、ねえナハぁ」 「前々から聞きたかったんすけど。ナハってさ、どうしてそんなに最強にこだわるの?」 「?」 「どうしてそんなに強くなりたい?」 「どうしてそんなに」 「バカなんだよッッ!!!」 「っ」 「湘南制覇ァ? ンなことして何になるの?」 「で、ですから我らが最強だと」 「金になんねーだろうがッッッ!」 「湘南最強が何になるんだよ!あずに何の得があるんだよ!!!」 「大切なのは上納金だろうが!!!ノルマを納める手駒の数だろうが!!!」 「金だよ金!! 金金金金金金金!!!!!」 「……も、申し訳ありません」 「ったく」 「江乃死魔のころは300だったのに、いまは150人?しかも給料払わなきゃならないまとめ役が40人」 「人が集まらねぇ。こんなんじゃ150人からもすぐに離脱者が出る……」 「それでも我らに勝る組織など」 「勝ち負けじゃねえっつってんだろッッッ!!」 「はぁ……はぁ……」 「せ、先輩……」 「……」 「やっぱダメだわ」 「は?」 「恋奈様がいねーとダメだ」 「最高の組織を作るには、あの人がいねーと」 「なにをバカな」 「確かにあの者、小賢しいことは得意で蒙昧なる与太者を統べることはできたようですが、そんなものは真の強者には関わりなきこと」 「あの者にできて先輩にできぬことがあるのですか」 「……」 「その小賢しさはテメーにはあんのか」 「は?」 「組織を作る小賢しさがテメェにあんのか」 「……」 ・・・・・ 「奇遇っすねぇナハ。こんなとこで会うなんて」 「はい。武の聖地を探し旅してまいりましたが、近くに由比浜があると聞きこの地へ参りました」 「どーすか湘南は」 「良い土地です。沖縄に似て開放感があり」 「かつこの血なまぐさい気配。闘争が沁みついている」 「フツーに海でっけーでいいんすよ湘南の感想は」 「海でっけー」 「よろしい」 「……それで、お話にあった暴走王国とやら、いただいてよいのですか」 「はい。とりあえず隠れ蓑にしようといただいたけど、使い道がなくて困ってたんすわ」 「必要になったら呼びますけど、それまでは」 「では。先輩の眼鏡にかなうだけの猛者を集い、湘南最強の部隊を編成します」 「ええ。自分じゃどうも脅しが効きませんからねー」 「派手には動かないように。しばらくは趣味の野試合でもやって、腕ぇ磨いてるといいっす」 「了解しました」 「了解すんのかい。いまの時代に野試合て」 「……」 「最強の軍団か」 「なーんか違う気がすんだよなー」 「……」 ・・・・・ ――ドグシャーン!!! 「な、なにごと?」 「弁天橋のほう……ケンカ?」 「うわ! ひとり海に落ちた」 「もっと人数がいる。そうよ、江乃死魔は湘南最強に相応しい、湘南最大手のグループにするのよ」 (おお、自力で這い上がってきた) 「そうと決まれば勧誘ね」 「あの〜、溺れてたけど大丈夫?」 「む……! こんな時間に1人で出歩いて。アンタ不良ね」 「はい?」 「江乃死魔はいま新戦力を求めてるわ。アンタも入りなさい!」 「は、はあ?」 ・・・・・ 「……」 「とにかく人数集めりゃいいってメチャクチャな発想だよなー」 「でもそのメチャクチャで……たった3ヶ月で一度は300人の軍勢。500人に急増しても形を保ってた」 「先輩……」 「……」 「ナハ、1つ頼みたい」 「は」 「いますぐ1人、人を探してください」 「気難しい人なんで絶対に刺激しないように」 発生した台風は勢力を増し、この地方へ進行してる。 明日上陸の予定。 けどとんでもなく広い強風域は、もうこの湘南をすっぽりと覆っている。 「すごい台風が来そうだね」 「雨も風も、10年に1度のレベルらしいわ」 「……」 わざわざタクシーで遊びにきたのに、なにもしようとせずぼんやり外を見てる恋奈。 何もする気が起こらない。でも1人ではいたくない。ってとこだろう。 なら黙っておく。 「明後日……か」 「だね」 明後日が8月31日。 8月が終わる。湘南の夏が終わる日。 ……暴走王国の設けた期限最終日。 「そんな日に限って台風直撃とはね」 明日の夜から明後日の昼が台風の最接近だそうだ。 「つくづく雨に縁があるわね私たち」 「言われてみれば」 雨……最近の雨の日はいいことが多かったから好きになったけど。 やっぱり空の重さには気分を沈められた。 「……」 「……」 自然と2人、黙りがちになる。 「明後日……どうするの?」 単刀直入に聞いてみる。 明後日……暴走王国の定めた期限。 奴らが本格的に江乃死魔を消しにくる期限。 恋奈はしばらく黙ってたけど。 「まだ迷ってる」 「1つは『逃げる』ね。各自バラバラになって奴らの追撃をかわす」 「戦力的にはそれが一番だろうね」 弱り切ってる江乃死魔と、ノリに乗ってる暴走王国。戦力の差は歴然だ。 「問題は……相手が梓ってことね。こっちに残ってる全員の住所や元いたグループを知ってるのよ。追撃されたら振り切るのが難しいわ」 「そっか」 やっぱ身内の裏切りは手ごわい。 「1つは『戦う』。残り50人集めて奴らに戦争をしかける」 「勝てば万々歳だわ。また江乃死魔は湘南最強に返り咲ける」 「……」 自嘲気味に言う。 ってことは勝つのは無理なんだろう。 この前はあの我那覇さんと梓ちゃんだけに手も足もでなかったからな。 「1つは『無条件降伏』。……まあ、これは最初から考えてないわ」 「だろうね」 恋奈の性格なら。 「そして最後の1つ」 「……『やめる』」 「……」 「もう不良やめちゃう」 「……」 「……」 「ま、『逃げる』が一番でしょうね」 「……」 「……はぁ」 「雨、いつまで続くのかしら」 「うん」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ――ピンポーン。 「?」 チャイムが。 今日は姉ちゃんいないので出る。 「はい――」 「ども」 「……」 「大? 誰……」 「……ども」 「……」 「探しちまいましたよ。アジトかホテルだと思ったのに、どっちもいないから」 「彼氏ができてからの恋奈様。自分には予想もつかないことばっかするんだもん」 「何の用」 「……」 「最後通告ってやつに」 「どうです恋奈様。思い知りました?自分の身の程ってやつを」 「……」 「いま率いてる軍勢は、恋奈様がせいぜい50。自分は400ってとこっす。この格のちがい、わかってくれます?」 「……」 「……」 「自分は思い知ったっすわ。自分の身の程」 「……へ?」 「はは。ホントなら500-50で450の軍勢を率いてるはずなのに、従ってくれるのは200もいねーんすわ」 「恋奈様みたく、300だろうが500だろうがビシッと仕切る能力が自分にはねーんす」 「ヘコみますよね」 「……なにが言いたいの」 「だから最後通告っすよ」 「もう1回言います。全部なかったことにできねーっすか恋奈様」 「全部なかったことにして、協力してくださいよ」 「……」 「名前なんかどうでもいいっしょ。江乃死魔でも暴走王国でも」 「最悪時期を見計らって江乃死魔に戻してもいいし、恋奈様を総長に戻してもいい」 「ほんっっっのちょっとだけ。ほんのちょっとだけ自分のやることを見逃してくれれば恋奈様は気兼ねなく湘南を支配できるんすよ」 「ね?」 猫なで声で言う梓ちゃん。 ……こっちをだまそうとしてるんじゃないことは、声の調子で分かる。これまで仲良くやってきた経験があるし。 「……」 「お願いしますよ」 「……」 「恋奈様」 「……」 「恋奈……」 「バカじゃないの?」 「ッ……」 「私の言うことを聞かない軍勢なんていらないの」 「私が欲しいのは、私そのものなのよ。湘南を支配する私の分身。私と思想を共有した仲間」 「アンタが私を必要としてても。私はもうアンタを必要としてないの」 「……」 「ああそう」 「分っかりました。んじゃいいっすよ、江乃死魔、潰しますんで」 「……」 「一応明日までは待ちますんで、考えといてくださいよ」 「明日の夜、午前0時が期限っす」 「8月31日になったら江乃死魔は消します」 「あっそ」 「……恋奈」 「……」 ・・・・・ 「……クソったれ」 「先輩」 「ん?」 「見つけました」 「ああ……ども。じゃあ例の人にも連絡して」 「はい」 ・・・・・ 「そっか。前もここ、宿にしてたっけ」 「あ?」 「ども」 「なんか用か。いま機嫌がよくねーから、おしゃべりはやめたほうが得策だぜ」 「……」 「手伝っていただきたいことがありまして」 「消えろ」 「そう言わずに。聞いてるっすよ」 「江乃死魔を消すのにゃ肯定的なんでしょう?」 「……」 「話だけでも聞いてください」 「2人とも」 「っ」 「……なんで腰越がいる」 「恋奈様を潰す場合、三大天のお2人にゃ許可いただくべきでしょう」 「江乃死魔を掃討する件。ご協力願いたいなーって」 「……」 「……」 「話だけでも聞いてくれますかね」 「……」 「……」 「言ってみろ」 「台風……デカいのが来そうだな」 雨はまだだけど、昨日から窓が割れそうなほどの強風が吹いてる。 10年に1度クラスの大型台風だそうだ。 「……」 ベッドに寝そべりぼんやりしてる恋奈。 これでもう何日目になるか。恋奈はうちに泊まりにきて、そのまま帰ろうともしなくなった。 なにもかもにやる気をなくした。そんな感じ。 prrrrrr。prrrrrrr。 携帯が鳴る。 「もしもし」 「あ、センパイ?恋奈様どこにいるか知らねーっすか」 『……どうして?』 「いま集会やってるんす。副官が来てくれないんじゃ困るっすよ」 『行かないよ』 「はぁ……じゃあセンパイでいーっすわ。副官代行として参加してください」 「……」 携帯を切る。 嫌だけど……でも行かないと面倒になりそう。 いい機会だ。もう恋奈に関わらないよう言いにいくか。 「出かけてくるよ」 「……どこ行くの?」 「ちょっと待ってて、すぐ帰るから」 不安そうな恋奈の髪を撫でる。 すごい風だ。 雨はいまにも降り出しそうだった。 呼ばれて来たはいいものの、もうアジトにはほとんど人がいない。 「集会は?」 「あ? もう終わったよ」 「……そう」 なにが『副官が来ないと困る』だよ。 「あれ、長谷じゃん。なにしに来たの」 「……別に」 「今日も来なかったけど、あいつどうしたの?ほら元リーダーのお嬢」 「……」 「またヒッキーに戻ったとか?ははっ、エラそうにしといて所詮は……」 「オゴッ!」 「副官代行だぞ。口のきき方考えろ」 「ご……ご」 「すんませんセンパイ。教育がなってなくて」 「ここうるさいんで。2人ンなれるとこ行きましょう」 あの空間は息が詰まる。2人で外へ。 「恋奈様は?」 「来ない。さっき電話で言ったでしょ」 「やれやれ、自分で始めた江乃死魔なのにサボりとは。お嬢様はわがままが身にしみついてるっすね」 大げさに肩をすくめる。 「わがまま放題でフリーダムで。こういうのも才能っていうんでしょうか。生まれつきお金持ってる人特有の」 「……うらやましい」 目を伏せてなにごとか考えてるみたいだった。 「俺、やることないなら帰りたいんだけど」 「ダメっすよぅ、副官代行なんだから」 「ていうか……実は今日は、恋奈様よりセンパイに来て欲しかったしっ」 「?」 眉をひそめる俺に、梓ちゃんはクスッと笑い。 「意外とスムーズに江乃死魔との統合が済んだんで欲が出てきちゃいまして」 「このままナハに……新江乃死魔に湘南を制覇してもらおうかなって思うんすよ」 「そう。がんばって、恋奈はもう関係ないから」 「ええ。恋奈様はもう関係ないっす。すっかり腑抜けちゃって、カリスマもなにもあったもんじゃないっすからね」 「欲しいのはセンパイなんすよ」 「……?」 「辻堂センパイと腰越センパイのアキレス腱……。湘南制覇の鍵は、センパイなんす」 「なに言ってるのさ。あの2人には……」 「なにより」 「あずがセンパイを欲しいんです」 っ……。 「んむっ」 キスされる。……今度はきっちりと、唇全体がくっつく。 「ぷはっ、な、なにするの」 「なに怒ってんすか」 ケラケラと笑う梓ちゃん。 でもいつものお気楽な笑顔とは裏腹に、瞳にどこかねっとりした潤みがやどってる。 「前に約束したでしょう?センパイの口はあずのもので」 「あずの体はセンパイのもの、って」 「……」 また手のひらをスカートの中へ導かれる。 太ももの間の温度は、この前より熱かった。 「気づいてるっすよ。センパイ、あずのこと好きっすよね」 ぺろりと唇を舐められた。 「……んふ」 またキス……さっきより強く。 「っ」 力の抜けてその場に膝をつく俺。 「条件は前と同じ。恋奈様は裏切らなくていいし、あずのこと好きにしていい」 「……」 「ただし今回は、センパイの全部をいただくっす」 「……」 「……」 目の前に来た太ももが顔にこすり付けられる。 「舐めろ」 直撃が確定した台風の暴風域が迫ってる。 夜半過ぎにかけて最接近、とのこと。 午前0時は大荒れだろう。 「こんな日くらいホテルに戻ったら?」 「ここは雨来ないでしょ。問題ないわよ」 「でも」 「いたいの。ここに」 「……そう」 そっか。 8月30日。いま5時過ぎ。 梓ちゃんの言った期限まで……あと7時間ちょっと。 「……」 「……」 少なくした荷物から毛布を引っ張り出して2人でかぶる。 2ヶ月前とちがって、恋奈は素直にもたれかかってきた。 「……はぁ」 小さくため息をつく。 「江乃死魔は……いま何人?」 「分からない。抜けるって言わなくても来なくなった奴が多いから……」 「たぶんもう30……20いかないと思う」 「言うだけでガクッと来る数字ね」 「不良グループとしちゃ随分な大きさだと思うけど」 「まあね。でも」 「梓たちと戦うにはキツいわ」 「……」 やっぱり無条件降伏しかないんだろうか。 言われた通り……江乃死魔を手放すしかないんだろうか。 「……」 「無理だったのかな」 「……」 「私には無理だったのかな」 「湘南は私には広すぎたかしら」 「時代は私を選んでないのかしら」 「……」 「……」 「立って恋奈」 「?」 「ここ寒いし、他に行こう」 「で、でも」 「もう半月もまともにデートしてないじゃん。たまには彼氏に付き合ってよ」 「ン……」 「うん」 「こんなときに言うのもどうかと思うけど」 「なに?」 「俺、ぶっちゃけ恋奈のヤンキーの活動についてはそんなに共感してないんだ」 「何か月付き合っても、恋奈のことが大好きになったいまでさえ俺自身が不良になれるとは思えないからね」 「そうね。それでいいと思う」 「だから」 「恋奈がやめたいならやめればいいよ」 「……」 「俺たちは何も変わらない」 「恋奈のしたいようにすればいい」 「……」 「ヘコんでる彼女にひどいこと言うわね」 「そうかな」 ホテルでなく上の方へ向かう。 今日は別に点検日ではないけど、台風直撃で閉館中。 でも片瀬のお力で入れてもらい。 「今日も貸切だね」 「片瀬家に感謝しなさい」 展望室にはまた2人きりになった。 「今日も夕日を用意できないのが残念だけど」 「仕方ないわよ台風だもの」 「それに雨も悪くないわ」 「……」 「前にここで言ってたよね。自分には湘南のトップをとる才能があるって」 「あのとき、実は俺も思ってたんだよ。恋奈にはそういう才能あるって」 「お金持ちだからとか、そういうのじゃなくて」 「?」 「恋奈にはれっきとした、湘南のトップをとれる才能がある。たぶん辻堂さんやマキさんより」 「……どんな?」 「恋奈にはね、『恋奈に湘南のトップを取ってほしい』って、みんなに思わせる力があるんだ」 「これって才能じゃない?」 「……」 「だから江乃死魔に残った20人。ううん、いまは怖くて離れたけど、恋奈に従ってた全員を代表して言う」 「恋奈には湘南を制覇してほしい」 「……」 「でも俺は彼氏だから、こうも言うよ。やめたければやめていい」 「恋奈はどうしたい?」 「……」 「……」 「……」 長く口を閉ざす恋奈。 何と答えるべきか困ってるらしい。 でも迷ってる風ではない。 答えはもう決めてる。 「やめないわよ」 「……」 だろうね。 「やめない。絶対にこの景色。私のモノにしてみせる」 窓に手をつき、雨にぬれる海岸線をなぞる。 「認めるわ。私の器はまだまだ小さい。湘南を収めるには足りてないと思う」 「辻堂や腰越や……とんでもないのを残してるのに。身内に手を噛まれてこんなに追いつめられてる。不良の格も足りてない」 「単純な殴り合いになったら、辻堂や腰越はおろか、梓にすら負けそうだしね。持って生まれた才能すらショボいわ」 「でもやめない」 「私がやりたいんだもの」 「私の青春、これにかけてるんだもの」 「誰を泣かせたって。誰の迷惑になったって。やり遂げてみせる」 「……うん」 俺の彼女は、やっぱり不良だな。 良くない子だ。 でもそれでいい。恋したり、趣味を見つけるのと同じで。 恋奈はツッぱってるときが一番イイ。 「見てなさい大。負けはここまでよ」 「大きな組織を率いるんだもの。これくらいの内紛あって当然。通過儀礼みたいなものだわ」 「江乃死魔が湘南のトップになるための」 「私が」 「湘南最強になるための」 「あ……」 「あ……っ?」 雲が……。 突如えぐれるように穴をあける雨雲。 隙間から差し込む赤いまばゆさに、俺たちは思わず目を細めた。 「なに……これ」 「すご……」 台風の率いた雨雲のウネりから、晴れ間が覗いて俺たちを照らす。 たぶんほんの一瞬、雲の気まぐれだろう。 でも確かに夕日が覗いていた。 恋奈の絶賛する展望灯台からみた夕焼けは震えがくるほどきれいで。 まるで世界が世界じゃなくなったみたいだった。 「……」 「……」 「もうあんなに地平線に近い」 「すぐに夜が来るね」 「ええ」 「……」 「……」 「良くない奴らの騒ぎ出すころだわ」 ・・・・・ 切れ間はすぐに雨雲に飲み込まれ、夕日が覗いたのはほんの数分のことだった。 そうはないだろう光景を見た俺たちは、ふわふわした気分で灯台を下りる。 下につくころには日が落ち切り、もう夜になっていた。 「……」 「……」 集結を始めてる暴走王国の真ん中を抜ける。 まだ約束まで5時間はあるが、すでにざっと100人。 そのなかに、 「ッ――」 「ッ……」 「……」 「……」 見たくない姿を見つけてしまった。 あっちについたか。辻堂さん、マキさんのわきを抜けて橋へ。 巣に戻る。 こっちは……。 「おう、どこ行ってたんだっての」 「おせーシ」 「……」 「長谷さんと2人……彼氏といたってことは」 「下世話な想像はおやめなさい」 「恋奈様。江乃死魔全員、及び協力を申し出た3チーム。集合しております」 「計56人。常に恋奈様に付き従う所存です」 「ご苦労さん」 全員が集まってた。 「で、どこいってたシ?」 「デートよデート。ねっ、大」 「まあね」 「かーっ、こんなときにデートたぁ緊張感ねーシ」 「そうだぜ」 「これから決戦だってのによぅ」 「ン……」 「……」 「ええ」 「……」 そうだな。 これから決戦だ。 『逃げる』も『降伏』も『やめる』もない。恋奈のキャラに合わない。 戦うしかないんだ。 「ささっ、いつもの持ってきたシ」 特攻服を取り出すハナさん。 「……ええ!」 恋奈は迷わず受け取った。 「あと5時間――みんな」 「ケンカの準備よ」 「「「オオオーーーーッッ!!!」」」 「恋奈様、マジで玉砕覚悟で出てくんの?」 「おそらくは」 「恋奈様にしちゃ無謀っすね。こっちは手間が省けて助かりますけど」 「戦力差は」 「本隊の他に3グループが共闘するようです。全体で50人超」 「こちらは、集合の伝達に応じた者は318でした。辻堂軍団30名を含め、最終的には350になるかと」 「ふーん」 (あの死に体のチームにまだ3つも協力者) (こっちは300……。なにが協力関係だよ100人以上フケてるじゃん) 「ま、数自体の差は充分だけど」 「……」 (あんな爆弾まで用意したのに……恋奈様ちっともビビッてなかった。降伏してくると思ったのに) (なにか秘策でもあんのか?……まさかな) 「迎え撃つ形ですが……こちらの布陣はいかがいたします」 「そっすねぇ」 「武闘派本隊40人は後方で待機。前線は雑魚どもに任せましょ。うちの子飼いプラス『協力者』、計300人にね」 「俺ら出番なし?」 「無意味に痛い思いすることもないっしょ」 「ンまあ楽できるに越したことはねーけど」 「いざってときの保険も兼ねてるんすよ」 「辻堂センパイはないだろうけど……、腰越センパイは気まぐれっすからね。暴れだしたら止めてください」 「……なるほど」 「数的には300対50。こっちにゃ辻堂、腰越両名がいるし、いざとなりゃ自分も動きます」 「負けなんてありえない」 「どんだけ派手に勝つかだけが悩みどこっすよ」 「以上。普通に戦えば、勝つなんてありえない戦いだわ」 「現時点で200超……下手すると300」 「さらに40人の武闘派集団が控え」 「辻堂と皆殺しまでいる」 「もう嫌がらせだシ」 「ハッハー、任せな恋奈様!ようやくあの2人と決着つける日がきたぜぃ!」 「辻堂たちまでは期待してないけど、そろそろ我那覇くらい押さえてよ。アンタうちの切り込み隊長なんだから」 「おうよ! あいつとも決着つけるっての」 「ほんっとそろそろ頼むわ。アンタ次第で私らフツーに全滅するから」 「う……そう言われると緊張するっての」 「残りは残りで仕留めるのよ。策がないわけじゃない、この私を信じなさい」 「はい!」 「さすが恋奈様。この窮地にちっともビビってない」 「俺たち本当に勝てるんじゃないか」 「ふふーん」 (……他はともかく辻堂と腰越は勘弁してほしいわね) (やるしかないけど) 「お湯わいたよー」 「おーっし、久しぶりのずるずるタイムで英気を養うわよ」 「「「おーっ!」」」 「非常に強い台風28号は、今晩から未明にかけて神奈川沖を通過するものと見られており、注意を呼びかけています」 「ふぁああ」 「ヒロったら、こんな日にどこいったのかしら」 「……」 「よい子。シャッターおろすの手伝って」 「うん」 「……」 「……関係ねーよ」 (ずるずる) 「とまあこのように、常に風上へ風上へ回りこんで戦うのが基本よ」 「なんか意味あるシ?」 「これだけの雨風だから、風下は確実に視界を奪われるわ。この差は相当デカい」 「あと我那覇や利根川なんかの武闘派には多数で攻める。人数がいないときはなるべく近づかず、手の空いてるのが5人できたら一斉にかかりなさい」 「あっちから向かってくるんじゃねーかい」 「集団戦は逃げる側に有利なのよ。あっちは味方で混雑しちゃうから」 「なるほどぉ」 「ケンカってのは情報戦。1対2なら2人が勝つけど、100対200ならどっちが勝つかはわからない」 「でも俺っちタイマンが好きだなぁ」 「我慢しろ。ケンカに正々堂々なんて概念はないの」 「さて、それで残るは……」 「梓ちゃんと、辻堂さんとマキさん」 「……辻堂と腰越。こいつらが問題ね」 「マジで300人より厄介な2人だわ。何とかごまかしごまかしでいけないかしら」 「……」 「運が良ければだけど、何とかなるかもしれない」 「……?」 ・・・・・ 「23:55分……時間です」 「……ン」 「行きますか」 「へへへ」 「めっためたにしてやる」 「やっと恋奈のヤローをぶっつぶせるぜ」 「……」 「……つまんねーケンカになりそうだな」 「ヤる以上はきっちりヤるけどよ」 「……」 「さようなら恋奈様」 ・・・・・ 「すごい嵐ねぇ」 「……」 「湘南の夏が終わるわ」 ――――日本の夏の中心、湘南。 ――――夏の終わり。 ――午前零時。 約束の時刻。 暴風警報の発令に伴って弁天橋は通行が規制され。さらに両側から通行禁止用の看板を置いたので、誰も寄り付かなくなった。 当然だ。 道路に膜ができる程の大雨。 飛ばされそうな横殴りの暴風。 波が橋の上にかかるほど荒れ狂う海。 普通の人なら近づきたいとも思わないだろう。 規制を聞かない……よからぬ若者を除いて。 うちのアジトから50人。江ノ島のほうから300人。 合計350人。広い弁天橋もさすがに埋め尽くされる。 先頭の2人が睨みあった。 「……」 「……」 「はっきり言って」 「失望したっすわ。恋奈様はもうちっと頭がいいと思ってました」 「……」 「残念だけどここまで頑固だとこっちとしても使いようがないっす」 「消えてもらいますね」 「……」 「……」 「そうね」 「は?」 「ちょっと頑固すぎたかも。私のために100も200も人を用意してくれたのに、出てけだの必要ないだの言って」 「悪かったわね梓」 「……?」 「恋奈……?」 「情状酌量の余地をあげる」 「いますぐ武装解除し、この場で土下座しなさい。そしたら今回のことは水に流してあげる」 「そして今後、私に服従し、今後私の決めたことに逆らわないって誓うなら、もう一度江乃死魔に入れてあげてもいいわ」 「は……はあ?」 「カツアゲは禁止。組織内での零細形成も禁止。両方守り、二度と私に逆らわないならね」 「……」 「冗談やめてくださいよ」 「いまどっちの立場が上か分かってんのかアンタ!」 「私に決まってるじゃない」 「テメェは一生私の上には立てねぇよ梓ァ!」 「ッ……」 根拠不明な恋奈の強気に、梓ちゃんが一瞬怯む。 それを見逃さず恋奈は、居並ぶ300人に目を向けた。 「暴走王国!」 「全軍に告ぐ」 「歓迎するわ。ようこそ私の湘南へ」 「湘南最強のグループ江乃死魔の総長。片瀬恋奈」 「今日からアンタらのトップに立つわ」 「あ……」 「あの」 「……へへっ」 「そして俺っちはティアラ!湘南サイキョー連合江乃死魔の特攻隊長にして副長!一条宝冠!!」 「あたしはあやめ! 針山の菖蒲!江乃死魔副長にして神奈川の殺め人たぁあたしのことだぁーーーーーッ!」 「江乃死魔はいま広く人員を募ってる」 「応募資格は一つだけ。猿でも出来るわ。この私に服従すること」 「それさえ守れば、上納金もいらないし、抜けたがっても見せしめでシメることもない」 「「「う……」」」 300人がざわめく。 上納金。守らなければシメる。王国のルールはあっちの人間にこそストレスなはずで、突然のことにみんな……。 (……気を食われた) 「さあ、入りたいやつは私のところに来なさい!」 「「「……」」」 静まる300人――。 梓ちゃんがぎょっとしてるのが見える。 「チッ――」 「耳を貸すな! やっちまえ!」 「先陣突撃せよ!!!」 「「「っ」」」 「「「オオオオオオオーーーーーッッ!!」」」 「もう2、3分欲しかったわね」 「行くわよみんな!!!」 「「「オオオオオオーーーーーーッッ!!!」」」 演説は強制終了、 50対300のケンカが始まった。 「オラァッ!」 「ゴホッ!」 「ダリャッッ!」 「うおっとぉ!」 「やあああッッッ!」 「ッぐっっ!」 「やっぱこの人数だとすっげぇ」 「……うちらちょっと押されてる?」 「江乃死魔のやつら、常に数的優位で戦うよう徹底してるな」 「橋の横幅と風の向きを計算して、常に優位を取ってる。恋奈らしい」 「チッ……セコいヤローだぜ」 「ケンカが強いってのはそういうことだ」 「ウルァアアアッ!」 「きゃああうっ!」 「ハッハー! これで7人!」 「あれ、ハナどこいったっての?」 「きゅう〜」 「もうやられたんかい。まあいいや、寝てな」 「ドラァッ!」 「うぐ……っ」 「しつけーなテメーらは。なんでこの後に及んで片瀬恋奈に忠誠誓ってんだよ」 「こっちは楽しいぜぇ。ノルマさえ果たしゃ金は自由に使えるしよぉ」 「う……うぅ」 「楽しいとかいうわりに、なんか怯えてんじゃんか」 「ア?」 「逆に聞くが、そんなに怯えてまで忠誠を誓って楽しいものか?」 「こっちは楽しいぜ」 「恋奈様と一緒に湘南のてっぺんを目指すのはな!」 「黙れッッ!」 「1人やられた――フォロー! 陣形を崩すな!」 「はい!」 (始まって3分、そろそろ疲れてくるころ) 「数の優位が出てくる頃っす」 「さすが恋奈様っすね。50と300でマジで勝つ気で来た。現に最初は押し返されそうだったっす」 「でも……」 「1対2なら2人が勝つ。100対200ならどっちが勝つか分からない」 (けど50対300じゃさすがに300だわ) 「ここまでは分かってた。最初から真っ向勝負で勝てるとは思ってない……」 「……」 「狙いは油断して飛び出したあずを袋叩き。でしょ?」 「チッ……最初の挑発が足りなかった」 「そうはいかねーっすよ」 「確かに自分が出てっても簡単にケリはつきますけど。自分はあくまで高みの見物。リーダーの位置っす」 「あずの方が上なんだよ……!」 「ナハ!」 「はい」 「あいつが来る――ティアラ!」 「ひ……ッ」 「オオオオオオッッッ!!」 「きゃああああッ!」 「まず1人」 「テメぇの相手は……」 「こっちだっての!!」 「ッ――ふ、来たか」 「2人目はお前だ」 「来いやァ!」 「ティアラ! タイマンは避けろって……」 「聞こえてねーよ」 「ッ!」 ――ドゴッッッッ! 「……ちっ」 「ぅ……」 「いってぇ」 「大!」 「相変わらずカッコつけた野郎だぜ」 「こっちだ!」 「おおっとぉ!」 こっちの戦力がバラけてきて敵がリーダーの恋奈に近づいてきた。 他の人が気をそらしてくれた隙にちょっと恋奈を下げる。 「つつ……」 「バカ、アンタは動くなって言ったでしょ」 「彼女が殴られかかってて黙って見てるのは無理だよ」 「ったく……」 「いまは彼氏とか彼女とか忘れなさい」 「アンタは切り札なんだからね」 「分かってるさ」 「そろそろ出番が来そうだ」 「カァッッ!」 「ぐぁああッツゥ!」 「甘ェぜぇ、次はこっちの番だっての!」 「来い……!」 「ああああああ!!!」 「なーんつって。引き気味引き気味」 「なに!?」 「ハッハー!今日はタイマン禁止って言われてるっての」 「臆したか!! カァァァッッ!」 「任せるぜ」 「集団戦で激昂はご法度――」 「空気投げ!!」 「ヌゥ!!!」 「あれ、動かない」 「ハァァァアアッッ!」 「ぎゃー!」 「!?」 「ダラァッ!」 「ぐお……ッ!」 「ちぃい、小賢しいマネを」 「やっぱこういうやり方はイマイチだなァ」 「く……っハァ、ハァ」 「逃げるな。かかってこい……!」 「……」 (バカが……ナハ、明らかにオーバーペースだ) 「……」 「ナハ1人でもなんとかなりそうっすねー」 「いいんすか辻堂センパイ。このままじゃ何もせずに終わっちゃいますよ」 「……」 「天下の辻堂軍団が、宿敵江乃死魔のとどめを他に横取りされたうえ何もしなかったって歴史に残っちゃいますよ」 「ァンだとテメぇ」 「自分は親切で言ってるんすよ。いまなら楽勝でしょ。江乃死魔、片付けて来たらどうっすか」 「ン……確かに」 「どうします愛さん」 「……」 「……」 「愛さん?」 「飽きてきた」 「は?」 「雨も強いし、屋根のあるとこ行ってるわ。結果だけ教えて」 「あっ、ちょ、愛さん!?」 「……」 (ボソ) 「えっ? あ、はい」 「は? は?」 「クク……ッ。お前、人をノせるのヘタだな。恋奈ならもうちょっと上手くやったぜ」 「なにが……」 「まーいいさ。辻堂はこういうの趣味じゃねーだろうけど」 「私は獲物が元気なほうが好みだ。見物は飽きたし、サクッと終わらせてきてやるよ」 「あ……はい」 「来た……腰越」 「辻堂さんは参加しないみたいだ」 「ええ」 「思った通り……ね」 「頼むわよ、腰越封じの切り札」 「やれるだけやってみるよ」 悠々と歩いてくるマキさんの元へ向かう。 「……」 「運が良ければだけど、何とかなるかもしれない」 「……辻堂と腰越を押さえられるの?」 「うん」 「ていうか、マキさんは分からないけど、少なくとも辻堂さんは問題ないと思う」 「このケンカ、参加しないと思うんだ。さっきあっちにいたのも、見に来ただけだと思う」 「なんで分かるの」 「なんとなく」 「こういうのは彼女の趣味じゃない気がする。大人数に乗じて弱ってるところを……みたいなの」 「甘いことを……確かに弱ってる相手にケンカはしかけないタイプだけど」 「前に言われたでしょ。私もアンタも、敵にみなされてるのよ。今回だってとどめをさしに来てるわよ」 「たとえ敵とみなされたって彼女が変わるわけじゃない」 「知ってるんだ。辻堂さんがどんな人か」 「……」 「……」 「元カノと以心伝心してんじゃないわよ」 「それで……マキさんだけど」 「どうするシ?」 「ハナさんたちの好きなアレを使う」 「えーっと」 (暴走王国と江乃死魔で分けるのめんどくせーな) 「全員ブッ飛ばしゃいっか」 「はいストップ」 「お?よう、お前のことは知ってるぜ、江乃死魔の長谷大」 「お久しぶりです」 「恋奈の横で高みの見物かと思えば、出てきたのかよ」 「恋奈のことだから、私はお前には本気出さないとでも思って抑え役に回らせたか?」 「バカが、ケンカで手ぇぬくタチじゃねーよ」 「いえ、マキさんの相手するのは俺の意志です」 「?」 「腰越マキ!」 「はいっ?」 「あなたに1対1の勝負を申し込む」 「はあ?」 きょとんとするマキさんに、タイフーン・チェインをつける。 「なにこれ」 メモリは……マックス1時間。 「おおっ! ワンナワーチェーンデスマッチ!こんなとこでやるんかい!」 「鎖がとれるまで1時間、マキさんは俺とタイマン張ってもらいます」 「ただし俺以外に手出ししようとすれば、俺は全力で止める」 「……」 「受けてくれますよね」 「……ハン」 「おもしれーじゃん」 よし。 思った通り。マキさんはこういうの好きだと思った。 なんたって『皆殺しのマキ』だからな。マジで1人で敵も味方も全滅に追い込まれかねない。 首をつなぎ合ってれば、動きはかなり阻害される。俺1人で『皆殺し』を抑えられるならたいしたものだ。 残る問題は……。 「忘れんなよ。さっきも言ったけど」 「私はケンカで手はぬかねーからな」 ……俺の命が持つかどうか。 「ぎゃああああああ!」 「無謀すぎると思うけど……」 (とにかくこれで厄介なカードは封じた。武闘派本隊も出てこないみたいだし) 「どうした梓!? 手こずってるじゃない!」 「……」 「50と300で情けないわね」 「腕に覚えがあるんでしょ。アンタ1人で来たらどう、特別にリーダー同士、サシでやってあげるわよ!」 「……」 「……」 (どうだ……?) 「……ふふっ」 「乗っかるほどバカじゃねーっすよ恋奈様」 「どんな絡め手を用意してるか知らないけど。あずはこのまま高みの見物。江乃死魔が潰れてくのを見させてもらいます」 「クソッ……」 「カアアアアアッッ!」 「ンがあああ……ッ」 「……ち、ちくしょ」 「大したタフネスだが、ダメージが蓄積してきたか」 「オラオラ、ケンカ用の首絞めはどうだ?姉ちゃんのなんざ話にならねーだろ」(ギリリリ……) 「が……かふ……っ」 「ヒャーッハッハー! さすがに疲れてきてんだろ!」 「あがっ、ガハァッ」 「いでででで!」 「そろそろ限界かねぇ」 「潰れた数は江乃死魔が10に対してこっちが70以上やから、ようやった方とは思いますけど」 「それでもこちらはまだ200以上の戦力が残っている。話になりませんよ」 「もーちっとスマートに勝ちたかったけど」 「終わりっすね。恋奈様」 「く――」 (……ダメか) 「ふぁあ」 「始まって20分ちょい。そろそろ終わったころか?」 「つまんねーケンカだったな」 「……」 (江乃死魔の戦力じゃもって15分。そろそろケリがつく) 「……」 (江乃死魔の戦力だけなら) 「……ふふ」 「こっちは土下座しろなんて言いませんよ」 「ただ大人しくあずに従ってくれるならね」 「〜〜……っ」 「……」 「ンぎぁあああああ……ッッ!」 「がぁあああ……ッ」 「オラオラオラ!!」 「あぐっ、ぐううっ!」 「ああっ、あぐっ」 「ううう……っ」 「……」 「みんな……」 「決断も大切っすよ。江乃死魔リーダー、片瀬恋奈」 「ここでやめるか。それとも部下が全員病院送りに合うか」 「さあ! どうするんすか!」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……分かった」 「大きな声で!」 「……わ」 「やめろ……恋奈様っ」 「恋奈……ッ」 「わか――」 「待て」 「え……っ?」 「中々に楽しめた」 「うぐ……ちきしょ……」 「ここまでにしよう。二度と立てぬ身となる前に――」 「眠るがよい!」 「んグ――!」 ――ゴヅッッッ! 「……」 「……ぉ」 「……」 ――クラッ。 「そう」 「がは……ッ」 「コメカミをぶんなぐられたら、普通そうなる」 「リョウ!」 「う……グ」 「弱った相手を仕留めるからって油断しすぎだ。集団戦は素人だな」 「リョウさん……」 「お前……」 「選手交代。下がっていろ」 「は、はい」 「ここからは――」 「湘南最強! 俺たち湘南BABYがお相手すんぜ」 「元最強な」 「ム……!」 「ハッ!」 「ヌゥ……ッ」 「バック!」 「了解! だりゃああああッッ!」 「ちいいっ!」 「くぅ〜、こういう美味しい役やってみたかった〜!」 「湘南最強、湘南BABYナメんじゃねーぞ!」 「元最強な」 「ちぃい……ッ、雑兵どもが」 「も、もう終わったと思ったのに」 「元トップの湘南BABYが出てくるなんて……」 「あらら、いい空気つぶされちゃった」 「……」 「結局アンタもそっち側かよ」 「……」 「へ、へへへへ」 「たりめーだっての! リョウはダチなんだからよ!」 「さあな」 「それに来たのは、道案内も兼ねてる」 「なに?」 「うわぁあああん」 「ヒャーハハハハハッ、どっちにしろ数は大差なんだ、俺らの勝ちは変わらねーよ」 「これこれ」 「あ?」 ――ズンッ! (ぷちっ) 「小さい子をイジメてはいかんじゃってに」 「神奈川連合の……」 「フンハハハハ!うちの大熊を病院送りにしたのは誰じゃってに。落とし前をつけてやらんとのう!」 「片瀬恋奈どん、わるいが勝手にやらせてもらうぞ。ワシら神奈川連合100人及び」 「湘南BABY50名。この機に暴走王国を討たせてもらう」 「ヒャッホーゥ!」 「ケンカは不良の華だぜァ!」 「150人……」 「200だぜ!」 「誰!?」 「俺の顔を忘れたのかい。俺の名はエッジ、千葉最強のナイフ使い――」 「デッドナイフ・エッジ!!」 「誰だっけ」 (;-;) 「俺たちも助太刀する」 「千葉連合!?」 「借りを返させてもらおう。片瀬恋奈にはバス券50枚の――」 「乾梓! お前には50人総崩れの借りをな!」 「雑魚が……ッ!」 「あらら、なんか面白そうな流れに」 「お前も入ってるのか」 「ケンカ好きなんだもん」 「でも歯ごたえがねーわ。こいつ全然反撃してこないの」 「ひ、人を殴るのは慣れてないんで」 「ったく。つまんねーの」(ギリギリ) 「ぐえぇぇ……りょ、リョウさん、こっちも助けて」 テンションあがったマキさんがノリノリでさっきからずっとボコられてる。 「……」 「危ないことに首を突っ込むからだ。お灸すえてもらえ」 「うわーん」 「どいつもこいつも」 「戦力差は?」 「王国側は70人が戦意喪失。残り230人」 「江乃死魔側は100、50、50の加勢で200」 「230対200……まだ王国優勢?」 「いえ」 「オラオラ! リョウさんの命令なら辻堂でも腰越でもヤッたんぜ!」 「ひいいいっ、あっちは50人ぽっちじゃなかったのかよっ」 「こ、こうなりゃさっさと片瀬恋奈を片付けて……」 ――ガッ。 「えっ?」 「軟弱者!!!」 「ぎゃばぶっっ!」 「ふぎゃんっ!」 「はぁーっ、はぁーっ。まだまだ」 「恋奈様のとこへは行かせねーぜ!」 「江乃死魔側の戦意喪失は0だわ」 「250対230でんなぁ」 「……あーあ、江乃死魔優勢か」 「さっきから何ブツブツ言ってる」 「別に?ただ恋奈の泣き顔が見れねーのは残念だなって」 「……?」 「これで――」 ――ブオンッッ! 「っくぁっ!」 「280対200」 「テメェらの負けが決まったんだよ」 「裏切るのか辻堂軍団!」 「愛さんの命令だ」 「どっちかが一方的にやられてるうちは手出しするな」 「勝負が拮抗しそうなら――勝ってる方につけ」 「ケンカの鉄則だわな」 「オレはお前らを応援してたんだぜ?恋奈の味方するなんてまっぴらだ」 「でもしょうがねぇ、愛さんの命令だし」 「ッ〜……」 「お前もお前でムカつくしな」 ――ブォンッッ! 「クソッッ!」 「行くぜ辻堂軍団! 陣形を組め!」 「今日のところは暴走王国を壊滅させんぞ。江乃死魔を援護しろ!」 「「「オオオオオオオッッ!!!!!」」」 「調子に乗りやがって……」 「ナハ! 蹴散らせ!」 「ヌ……ヌゥ」 「タフだな」 「あれ、知らないうちに敵が増えてる」 「ま、マキさんもそろそろこっちに寝返ったりすると空気読めてますよ」 「んー?」 「ヤダ。ダイのことイジメるの、楽しい」 「ひーん」 「それでいい。しばらくジョーカーの相手しとけ」 「ハッッ!」 「ぐぁあっっ!」 「猿どもが……かかってくるがよい!」 「オリャアアア千葉最速のナイフ受けて見ろやァァア!」 「ッッ!」 「俺の名はエッジ! ナイフ捌きでは右に出る者のない人呼んで千葉の流星――」 「デッドナイフ・エッジ!」 「そして俺は千葉最速のナイフ使いにして、いまや蹴り技のスペシャリストともなった――」 「デッドナイフ・エッジ!」 「そして俺が千葉の新鋭――」 「デッドナイフ・エッジ!」 「俺も!」 「俺も!」 「「「俺も!」」」 「我ら」 「「「「「デッドナイフ隊!!!」」」」」 「喝ッッッ!」 「「「「「はぎゃーーっ!」」」」」 「調子に乗るな。この我那覇葉、与太者に倒されるほど繊弱ではない」 「何人でも来るがよい。真の強者とは何か、我が武の力、見せてくれる」 「フン――真の強者……ねえ」 「強い弱いで勝ち負けが決まると思ってるなら、相当なバカね」 「なんだと?」 「リョウ」 「ティアラ」 「ケンカってのが誰の土俵か、教えてやりなさい」 「了解」 「わりぃな。タイマンのほうが好きなんだけど、今日はリョウと肩並べてヤりたい気分だっての」 「――1対2か」 「来い! 強者とはどんなものか教えてやる!!」 「……ガキが」 「カァァアアッッ!」 「おっとぉ!」 「へへっ、やめたほうがいいぜ。ケンカってのは2対1じゃほぼ2人が勝つそうだからよ」 「我が武の前には通じぬ理屈よ!」 「お前はケンカってものが分かってない」 「破ッッッ!」 「これしきが――」 「ぬ……ッ!?」 「例えばお前は5分以上戦えるスタミナ配分を知らない。ラウンド制のないケンカじゃ致命的だ」 「こっちもダメージはたまってたけどよ、そっちも疲れでパワーが落ちてるっての」 「オラオラオラオラッッ!」 「くっ! ヌッ! くうう――」 「ぬるいわ!」 「!?」 ――ゴヅッッ!! 「ぐは……っ!」 「例えばお前は、1対1の戦い方しか知らない。多人数が相手じゃ集中力がもたない」 「なんだと……」 「まー悪いことじゃねーっての。ケンカもやっぱタイマンが一番だしよ」 「でもそれじゃケンカは出来ねーぜ」 「強いってだけで勝てるほど、ケンカは甘くないんだ」 「く……つらつらと痴れ事を」 「そして最後にお前は、視野が狭い」 「ケンカは360°敵だらけだっての」 「なに……?」 「……」 「へへっ」 「「2対1って誰が言った?」」 「!?」 「ヒャッハーーーーーーーーーーーー!」 「なにっっ!?」 「ガブッッ!」 「グオオオオッ!」 「とどめだッッッ!ハァァァァアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」 ――ゴヅッッッッ!!! 「グゥウヌッッッ! ウ、ウ――」 「まだ防御できんのか。やっぱすげーなアンタ」 「わざと両手をあけさせただけだ」 「今度はタイマンでケリつけようぜ」 「ヌ……!」 「ダッシャアアアアアアアアアアアアッッッ!」 「ゴァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」 「……」 「……へっ」 「だからあたしごと吹っ飛ばすなだシ!」 「く……、ク……」 「バカな……武を極めたこの我が」 「……」 「そもそも武道に多対1の技はない」 「せいぜい防御だけ。集団相手は避ける。これが鉄則」 「う……」 「2対1に応じた時点で、お前の武道はアマチュアなんだ」 「……」 「ぐ……っ」 「……フン」 「つえーなー、やっぱ気に入ったっての」 「あたしの敵じゃないシ」 「ふー……ッ」 「あーあー、あのデカいのまで終わっちゃった」 「誰か一発くらい恋奈のバカ殴ればいいのに」 「フンハハハ! 大勢は決したようじゃってに」 「……」 「オラオラオラァ! 切れるナイフが千葉人だー!切れないナイフは悪い千葉人だー!」 「ひいいいっ」 「まだだ! まだ戦えるぞ!」 「まだ投げられる……!」 「まだ殴られる……!」 「く、くそぉお……」 「俺辛いから休んでていい?」 「お立ちなさい軟弱者!」 「いてぇ!」 「ひとつ!」 「ふたつ!」 「みっつ!」 「おまけだ!」 「埋まっちまえ!!!」 「ギエエエエエ……吐き気がしてきた」 「はぁ〜、楽しい〜♪」 「な、なによりです」 お盆休み以降ずっと暗鬱そうだったのが、すっきりした笑顔を見せるマキさん。 もうケンカそのものから興味が引いてきたみたいだ。 被害(俺1人)は大きいけど。 「あれ? ケンカもう終わりかけてね?」 「そうなんですか? 目が回って見えません」 「ああ」 「お前らの勝ちみてーだぜ」 「さあ」 「どうする暴走王国! まだ続ける気!?」 「ひぃい……」 「ち、ちくしょう。あれだけ差があったはずなのに」 「も、もう降参しましょうよ」 「バカ野郎! ビビってんじゃねーよ!」 「ビビってるとかじゃなくて」 「こっちにいるより江乃死魔にいたほうが楽しかったじゃないですか」 「また江乃死魔に、恋奈様のところに戻りたいっすよぅ」 「う……それは……」 「……フン」 「梓!」 「……」 「分かるでしょう、決着はついたわ」 「大人しく降伏しなさい。悪いようにはしないから」 「……」 「梓!」 「……」 「い、乾さんもうやめましょう」 「俺たち勝てっこないっす」 「……」 「……」 「……」 「もういいよクソッたれ」 (ビク) 「ひ……っ」 「梓……?」 「……」 「茶番は飽き飽きだ」 「ひ、ひ……」 「どいつもこいつも足を引っ張る」 ――ぼぎゅる。 「ゲァ……ッ」 「どいつもこいつも期待に応えてくれない」 ――グシュ。 「おゲ……ッ」 「どいつも……こいつも……」 「ま、もともとあずは誰にも期待してないけどね」 「世の中みんなカスばっかり。やっぱお金が一番だなー」 「せ、先輩……」 「もういいよナハ。寝てな」 「知ってたもん。あんたデカいだけで何もできないって」 「っ……」 「あず以外の誰も、あずの役に立たないって」 「〜……先輩」 「コラァ梓! ダチになんてこと言うんだっての!」 「ダチぃ?使えねーダチになんの価値があるんだよ」 「アンタらと同じだ。あずにとって価値がない」 「梓……」 「……まだ続ける気か?」 「大人しく降伏しろ。お前の部下は戦意を失ってる。お前の負けだ」 「いらねーよ部下なんて」 「あずは1人でなんだって出来るんだ」 「1人でやるんかい?こっちはまだ200以上残ってるんだぜ」 「嘘つけ。アンタらも含めみんな満身創痍じゃん。動けるのなんて100人もいないでしょ」 「……100人なら勝てると?」 「もちろん。200人相手でも」 「知ってるでしょ? あずは勝てる戦いしかしない」 「テメェら雑魚が100いようが200いようが……」 「あずにとっては勝てる戦いなんだよ」 「やってみろや――!」 ――ゴチュッ! 「ぷ……っ」 「ァ……ッ」 「……」 「……速すぎる」 「み、見えなか……ぐ」 「達者なのは口だけだね」 「エラそうにしててもどいつもこいつも雑魚ばっかり。どいつもこいつも使えない」 ――ドッ! ゴッ! 「ぎゃあんっ」 「うあ――ッ」 「死ねよ……! みんなみんな!」 「ぐおおおっ!」 「うぁあっ!」 「ッ――梓ちゃん! やめろ!!」 「みんな梓から離れろ!!」 「よえー」 「よえーよえーよえー」 「よえーよえーよえーよえーよえーッッッ!!!雑魚が数集めていきがってんじゃねーよ!!!!!」 「う……うう」 「つ、つよ……ここまで……?」 「そんなに強いなら……どうして……」 「……」 「あずにとっては、強さなんて価値がないんだよ」 「この腕力。この反射神経。この才能。お金に出来るならすぐにでも売っちゃいたいわ」 「……ふーん」 「すっげーな、メチャメチャ速いじゃん」 「……」 「このタヌキが。ここまで出来るのに隠してやがったのか」 「アンタみたいにケンカが好きじゃないんだよ。痛い思いするの嫌いだし」 「でも――」 「ムカつくやつをバラすのは大好き」 「おっとぉ!」 「いっツ……」 「ハン、いいね。このあと辻堂に吹っかけようと思ってたけど、お前はお前で面白そう……」 「ッ……マキさん」 「うん?」 「て、手」 「手?」(ぷらん) 「うお!? 外されてる!?」 「あと0.3秒で骨もイケたのに」 「……ははっ。すげぇ」(コキュ)←関節戻し 「辻堂以外で本気出せそうなのは初めてだぜ……!」 「次は首外してやるよ!」 「ストーップ」 「あ?」 「梓、よそ見すんな。これは私とアンタの問題でしょうが」 「……」 「邪魔すんじゃねーよ恋奈。せっかく面白くなってきたんだからよ」 「アンタはいま大とデスマッチ中だろうが。他とヤるのはルール違反よ」 「いま暴れたら、大が首つりになるわ。勘弁して」 「ン……それもそっか」 首輪でつながれたままだからな。 「……」 「なにより、やらせるわけにはいかない」 「こいつを殴る予約は、私が一番に入れてるはずだわ」 「ハン、余計なことを」 「……ケリをつけるわよ、梓」 「OK、暴走王国対江乃死魔。終わらせよっか」 「さっきから必死であずをおびき寄せようとしてたよね。どんな奥の手を用意してるの?」 「そいつがあずに効くかなぁ?」 「……」 「さあ見せてみなよ!」 「……」 「奥の手?」 「あ?」 「そういやさっきも言ってたわね。絡め手がどうとか」 「なんのこと?」 「とぼけようったって……」 「奥の手もなにもないわよ」 「出てこいって言ったのは」 「こうしたかっただけ!」 ――パァンッッ! 「いタッ!」 「その生意気な顔をぶん殴りたかったの」 「こ、この」 「ッ〜」 「いつも言ってるわよね梓。調教には慈悲の心であたるけど、2度噛む駄犬は殴って仕込む」 「アンタ……今日で何回私に噛みついた?」 「う……」 ――パァンッ! 「あうッ!」 「ケンカ?勝手にこの私を同列に置いてんじゃないわよ」 「これは調教」 「噛みついた飼い犬に躾をするだけ」 「チッ……」 「ナメんなッッ!」 「がふ……っ」 「恋奈!」 「2回もビンタくれやがって」 「五体引き裂かれてーのかコラァ!」 「いっ……ててて」 「痛くない!」 「ハン、いつもながらタフだね」 「立てなくなるまでヤってやらァ!」 「あがっ!」 「ンぐぐ……」 「痛くない!」 「んぎゃわっ!」 「くぅ〜」 「痛くない!」 「恋奈っ。……く!」 一方的にボコボコにされてる。 助けなきゃ! 俺は2人に割り込むべく走りだし――。 「ぐェア!」 喉が詰まった。 「いてて。急に走るな、苦しいだろ」 そうだ。まだ首輪ついたままなんだ。 「マキさんも来てください。2人を止めないと」 「なんで?」 「恋奈が危ないんですよ!」 またやられた。 生来のタフネスでなんとか耐えてるけど、スピードが全然ちがって恋奈の攻撃は梓ちゃんにまったく当たらない。 一方的にやられてる。 言うんだけど。 「……」 「黙って見てろ。あいつが望んだ勝負だろ」 「あの恋奈がタイマン仕掛けてんだぜ?茶々入れるなんざ無粋だろ」 「あいつなりにやりたい理由があるのさ。あのタヌキ女と、サシでやる理由が」 「あ……」 「黙って見とけよ。カレシなら」 「で、でも」 「……」 「ナメんじゃねーよダイ。あいつは湘南三大天なんだぜ?」 「え?」 「……」 「さっきリョウも言ってたけど、ケンカと格闘技はちがう。じゃあその一番のちがいはなんだと思う?」 「えと……」 「……」 「勝敗に基準がないってことだ」 「勝ち負けは負ける方だけが決められる。負けを認めなきゃ負けはないし、勝つほうは勝ちを選べない。それがケンカだ」 「その意味で恋奈ほどケンカのつえーやつは湘南にもそういないぜ」 「ッ!?」 「私も辻堂も、江乃死魔には何度も勝ってるが」 「片瀬恋奈に『勝った』ことは1度もない」 ――パァンッ!! 「だからあいつは三大天なんだ」 「うく……いって」 「ウラァッ!!」 ――パァンッ! 「あうっ!」 「スピードが落ちてるわよ梓。いつも逃げてばっかいるから、攻め続ける疲労を身体が忘れちゃうのよ」 「う……」 「はーっ、はーっ」 「クソッたれ!」 ――ゴシュッッッ! 「痛くないッてんのよ!」 「捕まえた」 「な……ッ」 「好き放題殴りまくりやがって。もうビンタじゃ許さないわよ」 「飛び切り痛いのいくからね!」 「ひぁ……」 ――ゴヅンッッ! 「んが……っ」 頭突き――! 恋奈必殺のヘッドバットが直撃する。 俺も前されたっけ。あれ痛いんだよなぁ。 「もういっちょ!」 ――ゴヅンッッッ! 「あぐ……っ」 「まだまだァ!」 ――ゴヅンッッッッ!! 「ひは……っ」 額ばっかり狙ってヘッドバットする恋奈。 ダメージは回数が進むごとに蓄積される。 「あぐ……ぁう」 ――ゴヅンッッッッッ!!! 「っ……」 たった数発で、される側はもう声も出せなくなった。 「……」 「ひぁ……っ」 手をはなす恋奈。 梓ちゃんはもう、その場で崩れ落ちる。 「アンタの負けよ、梓」 「アンタじゃ私には勝てないのよ」 「う……ぅ……」 「うるせぇえええええッッ!」 「あく……っ」 反撃にでようにも、ダメージが下半身にきて立ち上がることすらできなかった。 耐久力ないんだな。恋奈とはまったく逆のタイプだ。 「はぁ……はぁ……」 「くそっ、くそっ、ちくしょう……っ」 「あきらめなさい」 「もう殴りたくないのよ」 「……、……」 「ッ」 「黙れッッッッッ!」 へたり込んだ梓ちゃんは、震える手でポケットを探り携帯をとりだす。 「まだだ!まだ残ってんだよ本命がな!」 「っ……」 「ッ……本隊か!」 「ナハの集めた全国のケンカ屋40人……。お前ら雑魚を皆殺しにするくらいチョロいもんだ」 「ヤバいシ!」 「携帯を取り上げろ!」 「遅ェ!」 すでにコール済みで、携帯のパネルに『通話』がともる。 「乾だ!暴走王国本陣! 来い!」 「く……!」 「……」 「……」 ・・・・・ 「……」 『……』 「……おい?」 『……』 『残念だったな』 ――ピッ。 「え……?」 「お、おい、おいっ!」 「……なに?」 「……」 「なんだよ。なにこれ」 「なにやってんだよぉおおおーーっっっ!!!」 ・・・・・ 「あが……ァ」 「がは……っ」 「……」 「……なにやってんだろ、アタシ」 「……」 「……大」 ・・・・・ 「ハぁ……はぁ……」 「まだだ……」 「まだ負けてない! 負けてないもん……!」 「梓……」 「梓ぁ、これ以上は」 「うるさい!」 「やぅっ!」 「ハナ! ……梓、いい加減に」 「うるさぁああいっ!」 「……」 「っと」 カチと音をたてて、俺とマキさんの首輪が外れた。 ケンカ終了の合図のように。 「……梓ちゃん」 自由になった俺は、彼女に近づいていく。 「ッ! こっち来んじゃねエッッ!」 ――ドゴッッ! 「大!」 「任せて」 みぞおちに一発。ちょっと痛かったが、マキさんのに比べれば大したことない。 改めて近づき、へたり込んだ彼女に目線を合わせる。 梓ちゃんはちょっと潤んだ目で憎々しげに睨みあげ、 「もとはと言えばテメェが。みんながッ。どいつもこいつもあずの言うこと……」 「梓ちゃん……」 「あずが正しいんだ! あずはまちがってない!」 「不良やってんだ。好きなことしてなにが悪い。人を殴っても、お金脅し取っても、何してもいいんだ。あずは、あずは……」 「……」 「あずは悪くない!」 ――パン! 「……」 「は……」 何発分か恋奈の手形がついてた頬に、一回りおおきな痕ができ、梓ちゃんは目を丸くする。 「ひぅ」 「大……」 ……いて。人を叩くって、叩いたほうの手も痛いんだな。初めてだから知らなかった。 「悪いよ」 「……」 「君のしたことは『不良』じゃない。『悪』だ」 「自分のためだけに、友達も、法律も、この湘南にいるすべてを欺いてる。君は紛れもなく悪い」 「……ぅ」 「今日君はいろんなものを失うだろう。組織、部下、いろんなものを」 「でも本当ならもっとたくさんのものを失くすべきだ。将来にわたる、すべての信用を」 「だって君が奪ったものは大きすぎるし多すぎる。友達の気持ち。傷ついた人たち。君たちが脅したすべての人たちの、ちょっとした幸せ」 「それが分かってる?」 「……っ、そ……う、……ぐ」 「分からないじゃ済まない。反省するんだよ」 「二度と自分が悪くないなんて言うな」 「……っひ」 「ひぃ〜〜……」 ぼろっと台風の大雨のなかでも分かる、大粒の涙をこぼす梓ちゃん。 「……」 参ったな。どんな状況であれ、人を泣かすのは気が咎める。 「まあ、そんなわけで俺は君を許せない」 「君がやったことは警察に行っても罪に問えないし、被害者にお金を返すこともできない。償うことさえできないんだから」 「っ……、っ……」 「……でも」 「俺には悪人の気持ちは分からないけど」 「……え」 「それでも」 「君の良くない友達は、君が心配そうだよ」 「……」 「……」 「恋奈様……」 「……戻りたい?」 「……」 泣きながら震えるばかりで口を開けない梓ちゃん。 恋奈は、 ――ズビシ。 「いて」 チョップを一発。 「本人の意思なんてどーでもいいわ」 「梓はこれまでもこれからも、私の部下なんだから」 「……っ、恋奈……、様」 ぽんぽんと頭をなでる恋奈に、梓ちゃんは、こらえきれない感じですがりついた。 誰もなにも発さない。静かな洋上に、小さくすすり泣く声だけが響く。 あれ? そういえば。 「雨……弱くなってるシ」 「うん。あ……」 晴れた。 「うおっ、雲どこいったんだっての」 「……中心に入ったんだ」 「台風の目、ってやつか」 なにかを洗い流し終えたように、雨も風もやんでいた。 いやまたすぐに降り出すんだろうけど。でも、 湘南の夜を穏やかな星空が包む。 「はーああ」 「なんか冷めちまった。また降らねーうちに帰るわ」 去っていくマキさん。 「湘南の夏も終わりだなー」 この機にと暴走王国の人たちも散り散りになり、橋の上はケンカ場の様相を失う。 残ったみんなは追うでもなく、一間の星空を眺めつづけた。 「不思議だね」 「なにが?」 「あれだけ大きな台風なのに、真ん中にはこんな穏やかな場所があるなんて」 「……」 「そう?」 「え?」 「嵐の中心にいる、のーんびりした変なヤツ」 「私は見慣れてるわ」 「?」 よく分からないけど、恋奈は嬉しそうに笑ってた。 こうして、 湘南の夏の終わりにやってきた、史上まれにみる嵐は、 様々なものを根こそぎぶち壊して、そして様々なものを残し、 終わりをつげた。 「さぁて!」 「台風一過でいい天気だわ。気合入れていくわよ!」 「おー!」 「まず1つ目、江乃死魔の現状は?」 「解体した暴走王国からの復帰組が甚大だ。昨日今日だけで31のチームが江乃死魔への再加入を希望している」 「湘南BABYを含めれば32チームかしら?」 「……検討中だ」 「現在311人。このペースなら1週間でまた500を突破するだろう」 「うんうん、夏休みの最後の最後で取り戻せたわね」 「次、暴走王国残党は」 「武闘勢力として集めていた本隊40人は、カツアゲによる集金ができないならと江乃死魔入りは固辞している者が多い」 「まあ入る入らない以前にほとんど病院行きだったが」 「……辻堂には助けられたわ」 「なお16名が湘南に残り江乃死魔入りするそうだ」 「いい数字だわ。そのくらいなら腕に覚えがあっても制御しやすいでしょう」 「それから……」 「アンタらだけど」 (びくびく) 「改めて見るとでっかいわねー」 「アンタ、どうする? うちに入る?」 「我は武を極めるべくこの地に来た。与太者に属するつもりはない」 「ンなこと言わずに一緒にやろーぜ。俺っちお前さんのこと気に入ってるっての」 (あの髪の毛、操縦桿っぽいシ) 「肩車してー」 「拒否する」 「だが、先輩への尊敬は揺るがぬ。先輩が属する以上、呼ばれればうぬらに力を貸そう」 「ま、いまはその程度でOKよ」 「ケンカに慣れたらまた誘ってあげる」 「さらばだ」 「おい」 「あん?」 「ウニクロっぽい服の店のこと、あとで教えてくれ」 「おうっ、今度一緒に行こうぜ」 「あーあ、でも仲間に入ってくんなきゃ俺っちが小っちゃく見えねーっての」 「小っちゃく見えたからってほんとに背が縮むわけじゃねーシ」 「うるさーい! 夢くらい見させろっての」 「はいはいケンカはあっちでやれ。……それで」 (ビクビク) 「どうしよっかな。参謀にはもうリョウがいるし」 「ケンカ強いって分かったから戦闘班にしようかしら。でも……」 「痛いのは苦手っす」 「ケンカ強いしサディストだけどヘタレなのよね。マジな時でなきゃすぐに逃げそう」 「まあしばらくは保留でいーんじゃない?」 「そうね。とりあえず奴隷(仮)ってことで」 「奴隷!?も、もうちょっといいポジションないんすか!?王国リーダーから一夜にして奴隷って!」 「不良なんてそんなもんだ」 「そもそもアンタ、なんで私にケンカ売ったわけ?一応200人くらいは従えてたんだから、お金集めするだけなら充分じゃない」 「それはその……」 「なんででしょう。自分でも分かんねーっすよ。恋奈様がびしっとしきってたの見てたら自分もやりたくて、でもやっぱ上手くいかなくて」 「アンタと私じゃ器がちがうのよ。多くを求めすぎたわね」 「ひでぇっす」 「ま、直接対決になったのはこっちにはありがたかったけど」 「そうそうあんたがノルマや王国設立の上納金で集めたお金。しめて562万」 「え!?」 「銀行口座にあったわ」 「荒稼ぎしてたんだなぁ」 「ちょっとうらやましいシ」 「悪事は具体的な数字を出すと生々しくなる……確かに」 「な、なんで額まで知ってんすか!?」 「口座を調べたの。アンタの手元に残すのもアレだから解約して全部市に預けたわ」 「はい!?」 「今回の台風で整備に550万かかるんですって。市長喜んでたわよ」 「ちょちょ、待って待って! どうやって解約したんすか!?」 「片瀬に不可能はないわ」 「こええエエエエエ!!」 「つかその500万、200くらいは自分がフツーにバイトして……。まあ使っちゃった分とトントンだからいいすけどぉ」 「安心しなさい。550万は使ったけど、残り12万は」 「残ってます?」 「江乃死魔のために使ったから」 「うえーん」 「12万も何に使ったんだ」 「カップ麺500人分」 「恋奈様も絶対極悪っすよぅ」 「これが償いになるなんて言えないけど。警察に届けても意味ないことだし、あとは梓自身の良心にゆだねましょう」 「なんだかんだでアンタは可愛い部下だもの。どうしても甘くなっちゃうわね」 「恋奈様……」(うるうる) 「あとそんな可愛い梓に朗報よ」 「なんすか?」 「今後おかしなことを考えないためにも定期的にお金が入るシステムを用意したわ」 「漁協がアルバイトを欲しがってて」 「はい?」 「ウオェェェエエエエ……」 「ガッハッハ、最近の若ぇのはだらしねぇなぁ」 「ああああじじじ自分船弱い、乗り物よわ……ウエエエ」 「ほら早く網を用意してくんな。お魚が逃げちまわぁ」 「うう」 「む、無理っす。自分すげーか弱いんでこんなハードな仕事できませぇん」 「そうだねぇ、こんなに細いし」 「あら、でもいい形の筋肉してるわ。充分仕事になるはずよ」 「真琴ちゃんが言うなら大丈夫か。ほら、がんばんな」 「そんなぁ」 「うふふ」 「お姉さん、厳しめに接したほうがいい子は勘で分かるの。覚悟してね」 「むぅ〜」 (このババア余計なことを。後でシメて……) 「……」 (ゾク) 「がんばりましょうね」(にっこり) 「は、はい」 (あれええ……?) ・・・・・ 「と、いうわけで、江乃死魔再建は順調よ」 「そう」 「でも俺とのデートも忘れないで欲しいな」 「分かってるわよ。だからこうしてサービスしてるじゃない」 「そうそう。あー、おっぱい強めに」 「ド直球なおねだりするわね」 もう半月くらいイチャコラしてないからフラストレーションがたまってる。 「最近恋奈のおしっこも舐めてないしなぁ」 「は!?」 「あっ、言っちゃった」 フラストレーションがたまってるせいだ。 「なんか今すぐ追い出すべき発言が出た気がするけど。今日はスルーするわ」 「よかった」 「それで総長、今後の江乃死魔の方針は?」 「夏休みのあいだはゆっくりしてたからしばらく忙しくなるわね。暴走王国を食ってしばらくは勢いがあるし」 「ふーん……」 「心配しなくてもアンタとの時間は減らさないって」 「うん」 「と、いうわけで恋奈は絶好調です」 「ぐまぐまうまー」 「聞いてよ」 「ああ、うん。明日から学園ってことだろ」 「聞いてないよね。恋奈の話だよ」 昨日の夜から、マキさんはまたご飯を食べに来るようになった。 「は〜♪ やっぱメシはダイのに限るぜ。半月も来ないって軽めのセルフMプレイだったわ」 「なによりです」 こっちも来ないと落ち着かなかったからな。嬉しい限りだ。 「でも忘れんなよダイ。江乃死魔に加担する以上、お前はどこまで行っても私の敵だってことをよ」 「知ってますよ。だからこの前はボコボコに殴られたじゃない」 「そうなんだよ。ダイってメシもいいけど、サンドバッグにするのもすげーいいの」 「お前の姉ちゃんがよくイジってる理由がわかったわ。これからは私もイジろかな」 「殺害予告ですか」 「ま、どのレベルでイジるかはともかく」 夕飯を食べ終えて、ごちそうさま。と手を合わせるマキさん。 「あれで気ぃ晴れたから、しばらく江乃死魔はどぉーでもいいや」 「じゃあな」 今夜は涼しいせいかクーラーで涼みもせず去って行った。 「おやすみなさい」 マキさんはすっかり前まで通りだな。 いつかまたあの人が敵になることもあるんだろうか? あるだろうな。明日か、遠い未来かは分からないけど。 それがヤンキーってもんだ。 我ながら、改めてとんでもない世界に飛び込んだと思う。 ま、仕方ないか。ヤンキーになるのは恋するのと同じどうしようもないもので。 俺が恋奈に恋してるのも、どうもできないんだから。 「ヒロー」 「うん?」 「明日始業式だけど、準備できてる?」 「うん。課題は全部カバンのなか」 「よろしい」 入れ替わりに姉ちゃんがダラダラしだす。 「夏休み、実質今日が最終日だったけど何してきたの?」 「なにってこともないよ」 恋奈のホテルへ行って。軽く遊んで。エッチぃことして。 「あーあ、結局最終日まで。今年の夏は全然ヒロと遊べなかったわね」 「あはは、ゴメン。用事がたくさんあって」 「そうね」 「よく片瀬のお嬢さんを家に招いたりして」 「う……」 そういえば……かなり多かったな。彼女だから当たり前だけど。 「じとー」 「なに」 「べっつに」 なにか気に入らないのか、出て行ってしまった。 なんだろ一体? ……そういえば姉ちゃんって俺が恋奈と付き合ってること知ってるっけ? 「……」 (あの顔、もう当然みたくしてたわね) (仕方ないわ冴子。あきらめなさい。ヒロだってそういう年なのよ) (ヒロは片瀬のお嬢さんが好き……) 「……」 「……かわいそうに」 「報われない片思いってやつね!」 「ま、片瀬のお嬢さんがヒロになびくなんてありえないから、ある意味いい安パイだけど」 「いつかあきらめた日には、お姉ちゃんがねっとりじっくり慰めてあげましょう♪」 ついに来ました。2学期。 「久々の学園だね!」 「ああ! 久しぶりに友達に会えるぜ!」 「ははっ、みんな焼けたなぁ〜」 「あっはははっ、学園サイコ〜タイ」 「いえーい!」 「「「いえーいっ!」」」 「そこまでテンションあげないとツラいのか?」 「ツラいよ」 「ツラいタイ」 「夏休み明けの登校ってちょっとした体罰だと思う」 「あ〜〜、1年で1番夏休みから遠い日とか存在する意味が分かんねー」 「そこまで言うか」 「まあまあ、がんばっていきましょう」 「誰?」 「誰?」 「委員長。久しぶり」 「あれ、お母……委員長。メガネ戻したの?」 「はい?……あ、まちがってこっちで来ちゃった。夏休み中はおしゃれしてなかったから」 「いいんじゃないか。そっちのほうが委員長オーラが強くて」 「そうですか?」 「ん〜、まあ委員長の好きな方でいいと思うけど」 「でもあっちの方が絶対可愛いよ」 「そうだぜ。夏休み明けでブルーなんだから好きな子の可愛いとこくらい見たい」 「あっちにして欲しいタイ」 「わ、分かりました。明日からはあっちにします」 「こっちのメガネそんなに不評だったんだ」 「……」 「辻堂さん。おはようございます」 「おう」 「誰?」 「ひどい」 「冗談だよ。でもどうした、あっちのほうが可愛かったのに」 「嬉しいような微妙なような。明日戻します」 「……」 「ン……」 「……」 「おはよう」 「オス」 ・・・・・ 「ところで私、さっき1回告白されませんでした?」 「そうだったか?」 始業式のあと。 「……」 「……」 「終業式の日もここで話したね」 「ああ、そういえば」 「誰かさんは1コ伝え忘れてたけど」 「ゴメン」 「あ……あと31日のあれ。残ってたヤバそうな人たちを止めてくれたの、辻堂さんだよね」 「……」 「ありがとう」 「礼なんかいいよ。江乃死魔のバカどもじゃ楽しめそうにねーから、ケンカしがいのある奴らを相手にしただけだ」 「うん。でもありがと」 「それから……ゴメン。言うのが遅れて」 「……」 「俺は、片瀬恋奈と付き合うことになりました」 「辻堂さんには……色々と不愉快だろうし、心配してくれたこと全部裏切っちゃったけど、でも」 「これからもずっと付き合っていくつもりです」 「……」 「……うん」 「……」 「あはは、言われないのは言われないでムカついたけど、改まって報告されるのも変な感じだな。アタシ、ただの元カノなのに」 「かもね。でも」 言っておきたい。 辻堂さんのためっていうか……俺の自己満足が大きいんだろうけど。でも言っておきたい。 むかし誰よりも好きだった彼女に。 「……」 「……」 「テメェはもう敵だ。おめでとうは言ってやらない」 「うん」 「あと恋奈に言っとけ。ムカつくから、いつか最悪なタイミングで最悪ないやがらせしてやるって」 「え……それはちょっと」 「うっせぇ。言わなくてもいやがらせはするぞ」 辻堂さんらしくないな。 「さ、もう行けよ」 「うん」 背を向ける俺。彼女もまた空へ目を戻す。 終業式の日と同じ、しこりのようなものは胸に残ってる。 たぶんこれは一生残るものなんだろう。爽やかなお別れとはいかない、微妙な痛みの名残。 でも、いいさ。 たぶんこのしこりは誰だって持ってるものだと思う。 俺たちが恋してた証。そして一歩、大人になった証。 「……ふぅ」 恋をするって難しいなぁ……。 「……」 「おめでとうは言わねーぞ」 「でも」 「幸せにな、大」 ・・・・・ 「おまたせ」 「遅いわよ!」 「すいません、アイスコーヒー」 「はーい」 「慣れるなーっ!」 怒られた。 「それで今日はどうする?」 「んー、夏休み追悼イベントとして恋奈にベッドで甘えまくるのもいいけど」 「昨日もしたじゃない」 「昨日は恋奈が甘えてきたじゃん」 「う、うっさいわね」 「……」 「ちょっとデートスポットをまわろっか。フツーの恋人っぽく」 「江ノ島ね。いいわよ」 恋愛の生々しい部分を体験したから爽やかに行きたい。 「今日こそ生シラス丼あるかな」 「時間的にちょっと厳しいんじゃない」 「じゃあ急ごう」 駆け足気味で江ノ島へ。 夏休みの終わった今日は、ちょっと空いてるからいい。 「ねー恋奈」 「人を好きになるって……色々あるね」 「色々?」 「えっと、ゴメン。ボキャブラリが足りない」 どんな言葉が適当かはわからないけど。 恋をすると楽しくて、気持ちよくて。 でもそれだけじゃないんだよなー。 「切ない、ってこと?」 「あー、それそれ」 切ない。だ。この胸にある、苦しい+αな感じは。 恋奈が好きなのに、前好きだった人を思うと走る動揺。 そして動揺してることそのものへの罪悪感。 全部ひっくるめて、切ない、だ。 「……辻堂となにかあったの?」 気づかれた。 「なにもないよ。ちょっと話しただけ」 「ふーん」 恋奈はとくに気にせず、くしゃっと俺の髪をなでる。 「よく分かんないわね。失恋ってするとそうなのかしら」 「つらいよー失恋は」 「つらいのは知ってる。ビービー泣きじゃくるんでしょ」 うぐ。古い話を。 「……」 「ま、いまんとこ私には関係ないわ」 「そうなの?」 「だって失恋なんてしたことないし」 「今後も予定もないもの」 「……」 「そうだね」 腕に絡めてくる手を握る。 ほっそりとして、ヤンキーやってるとは思えない小さな手だった。 けれど簡単につかめているようで、この手を離さないことは大変なことだって俺は知ってる。 だからこそ強く……強く握った。 幸いにも、 「えへへ」 あっちからも強く腕をからめてくれるから、 離さないでやっていく自信はある。 「恋奈はずっとしなくていいよ。失恋なんて」 「ずーっと、ね」 「江乃死魔総長、片瀬恋奈」 「湘南はもう私のものよ!!」 暦のうえは秋でも、まだ湘南には酷暑のなごりが残る今日この頃。 江乃死魔破竹の快進撃は止まるところを知らない。 「やっぱ暴走王国を吸収したのが効いてるシ」 「まっ、総長のれんにゃと今世紀の稲村チェーンと言われる副長のこのあたしが率いる限り、江乃死魔に敵はねーシ」 「がんばってくださいね」(なでなで) 「えへへ〜」 「楽できるのはいいんだけどよぅ。勢いがつきすぎて相手がすぐ降参しちまうからケンカできねーのがさびしいっての」 「ま、副長たる俺っちの強さが江乃死魔の強さの源ってぇやつだぁな」 「おっと、わりぃ長谷、もう行くぜ。約束があるっての」 「中間試験も気を抜かず行くぞ」 「はいはい」 「おっ、その服いいじゃんナハ」 「な、なんだこの服は。卑猥すぎる」 「ボディコンってぇやつだな。よくサイズあったな〜」 「……」 「どう思いますか?」 「じとー」 「な、なにさ」 「フンだ。センパイ嫌い」 「なに、まだ俺が恋奈に密告したこと怒ってるの」 「あれさえなければ自分が苦労することなかったっすもん」 「反省してないの?」 「反省はしてるっすよ。だから毎日毎日船乗せられてがんばってるじゃねーっすか……うぷっ」 「でもセンパイはキラい」 やれやれ。 「じゃあいいよ。俺も梓ちゃんのしたことまだ納得いったわけじゃないから」 他へいこう。 「待った待った。なんかセンパイ冷たくないっすか」 「別に」 「……自分のことキラいとか?」 「好きではないかな」 「それはダメっすよ。センパイは好いといてくださいよ」 「どんだけわがままなんだ君」 「んー、だってこっちはキラいだけどセンパイにキラわれるのなんかイヤっす」 「俺にどういう感情抱いてるのさ」 「キラいだけどデレデレ。新ジャンル嫌デレとでも」 よく分からん。 「さあな」 「まあ俺が卒業するまでは安泰なんじゃないか。その後のことは知らん」 「リョウさんは最後までクールですね」 「ところでリョウさんってこの辺りに住んでません?よく見かける気がするんですけど」 「幻覚だ。見るんじゃない」 「よい子ー、手伝ってー」 「はーい」 「……え?」 「幻聴だ」 とまあこんな感じで。 すでに湘南の9割を制覇するところまで来たらしい。 いま湘南にいるヤンキーは約1000人。 江乃死魔はついに900人を超え、県外からの協力者を含めれば1000の壁を突破。いまや湘南のほとんどのグループが江乃死魔入りした。 もちろん手を出せない人もいるわけだが。 「はいマキさん、サンドイッチ」 「もぎゅもぎゅウマー」 まあ俺としては、これまでと変わらず心配しながらも恋奈が嬉しそうなのを見せてもらえばいいさ。 「今日もお疲れ様」 「はふぅ……」 「ふふっ、万事順調だわ」 「湘南制覇まであと一歩……。夢の高みがこの手に入るまで」 「がんばってね」 恋奈の夢がかなうなら、俺も嬉しい。 「ええ。掴んでみせるわ」 「欲しいものは……なんでも手に入れる主義なんだから」 ぎゅっと俺の背中を抱く恋奈。 こっちからも抱きかえした。 ・・・・・ そんなある日のこと。 「今日の授業はここまで」 「起立。気をつけ、礼」 「ふはー」 今日もお疲れさん。 ヴァンは用事があるそうなので、1人で帰ることに。 と……。 「あ、いた」 「へ?」 「オッケー長谷大確保ー。作戦開始するぜー」 「はい?」 「まあまあ、こっち来いや」 「は、はあ」 よく分からないんだが不良は怖い。言われるまま連れて行かれた。 ここ……辻堂さんたちの軍団がアジトにしてる教室だっけ? 連れて来られると、 「そこ座って。あ、携帯貸してくれ」 あれよあれよという間に椅子につかされ、 「ほいさっさ」(じゃらじゃら) 鎖でぐるぐる巻きにされた。 「チーズ」 パシャッ。 俺の携帯で写真に撮られる。 え? え? これって……。 「メールに添付して。内容は……適当でいっか」 「『バカ恋奈へ』」 「『彼氏を返して欲しいなら 全軍率いて取り戻しにきやがれ』、と」 「ご苦労さん」 「辻堂ォオオオオオオオーーーーーーーーーー!!」 1000人。 うちの学園の生徒数より多いヤンキーが稲村学園を取り囲んだ。 「や、やりすぎだよ恋奈」 「大! 無事!?」 「おおっと、預かってるっつってんだろ」 鎖を巻かれたままなんで動けない。 「くぬ……テメェら」 「なんのつもりだ辻堂ォオーーーー!」 「ヤンキーが人をさらってなにが悪い?」 「お前が楽しみにしてるお祭りを潰そうとした。とかじゃねーぶん感謝しろよ」 「……こ、この」 「因果応報ってやつだぁな」 「うるさい!」 「悪いことはできないシ」 「うるさいうるさい!」 「まったくっす」 「お前が言うなーーー!」 「あのー、辻堂さん。それでこれは一体?」 人質の俺が話を進める。 「なにってこともねーだろ」 「まずはおめでとう恋奈。江乃死魔、ついに1000を突破したそうじゃねーか」 「は……? そ、それがなによ」 「このペースで湘南の9割なんて、母さんより早いぜ」 「ふふーん、そうよね」 「まあ母さんは1年の夏休み前には1500人を従えてたらしいけど」 「とっ、当時とは全体の数がちがうのよ!」 「まーともあれ、アタシからもお祝いを言いたくて。プレゼントを用意したんだ」 「……は?」 「アタシの首をやる」 「もちろん、アタシを殺れたらな」 「ッ……」 「分かってるだろうが、雑魚をいくら集めても、アタシを倒さなきゃ湘南をとったことにはならないぜ?」 「江乃死魔1000人、全員集めたよな?じゃあここで決めちまおう」 「……1000人対辻堂軍団でやるってこと?」 「バカか。これはお祝いだって言ったろ」 「1000対1でやってやるっつってんだよ」 「……」 「勝った方が湘南を手に入れる。それでいいのね」 「ああ。湘南と――」 「あと大を」 「は?」 「は!?」 「な、なんで大が出てくるのよ!」 「だって人質に取ってるわけだし」 「だ、だからって」 「それに……そうだな」 「まだアタシが大を好き。とかなら?」 「は!?」 「が……ッ!」 「ばばばばバカ言わないでよ今さら!ひ、大! なんか言ってやりなさい!」 「えっ、あっ、う、うん」 「あの、辻堂さんの気持ちはホントに嬉しいっていうか。その、光栄ですというか」 「ちゃんと拒否れーーーーーーーーーッッ!!」 だ、だって急に言われたから。 「……」 「冗談だよ。ただのいやがらせ」 「んが……っ」 「でもこっちは冗談じゃねーぜ」 パシッと拳を打ち合わせる辻堂さん。 「さあ、かかって来いよ」 ……1000人がひるんだのが分かる。 「く……」 「ナメんな!こっちにはどれだけ戦力があると思ってんの」 「行くわよティアラ!」 「おうよ!」 「でもスパイク忘れちまったけどいいのかい」 「準備しろ梓!」 「うぅ……すんません、まだ船酔いが残ってて」 「頼むわよリョウ!」 (ここで負けてヒロ君の立ち位置をゴタつかせれば、最終的に不良やめないかしら) 「ナハ! いいわね!」 「承知した」 「あ、この前闘った……怪我もういいのか」 「うむ。病院へ運んでくれたこと、感謝する」 「負け済みかよ!!!」 「落ち着け……この手勢でやるっきゃないわ」 「あたしもいるじゃん!」 「こっちは1000人。さすがに負けないはず」 「恋奈ー。その言い方負けオーラが出てるよー」 「うっさい!」 「……御託はもういい」 「はじめようぜ」 「く……! ああ分かってるわよ!」 「行くわよ喧嘩大神の愛!」 「この三大天最強、血まみれの恋奈率いる――江乃死魔1000人がお相手する!!!」 「全軍突撃ィ!!!」 「来いやァ!!!」 ……けほっ。 ごほっ! げほっごほっ! 「げーっほげほげほっ!」 「38.8℃。ちょっと高いわね」 「うー」 風邪ひいた。 「まったく、まだ夜は寒いのに海で遊んでるから」 「遊んでたわけじゃない」 「今日は学園お休みね」 「うん」 助かる。 「お姉ちゃんが温めてあげるから、ちゃんと治すのよ」 「いらんから布団に入ってこないで……わああ服脱ぐな!」 「ちぇ」 「冗談はさておき、寝てなさい。行ってきます」 「行ってらっしゃい」 ギリギリまで俺の相手をして、最後はポクエリアスと朝食のゼリーを置き出ていく姉ちゃん。 こういうときの姉ちゃんは優しい姉って感じでいい。 ……寝よ。 「さてと……ちょっと心配ね」 「おはよう冴ちゃん」 「にゃー」 「おばあちゃんおはよ……そうだ」 「……」 「くぁあ……」 「朝飯おせーな」 「ひろからメール……風邪か」 「あら、お休みなんですか」 「のようだ。心配だな、基本健康体なのに」 「心配ですね」 ゴゴゴゴゴ……。 「む?」 「お世話したい」 「風邪……弱ってる人。放っておけません!」 「タイムリミットは5分だ」 「急いで誰かお世話しろ。そうだな……できれば弱々しくて可愛い人がいい」 「あああどうしよう。私のオカン細胞が自世話作用を始めてしまいました」 「よく分からんが、心配してくれるなら礼を言う」 「大、風邪?」 「ああ、今日は休みだそうだ」 「辻堂さん、昨日はどうでした?」 「んと、あとで話すよ。オカン細胞は他のやつで抑えとけ」 「そか」 「大……今日来ねぇのか」 「すー」 「ぴー」 「……」 ……そういえば。 あのころは風邪なんて引いたら叱られたっけ。摂生ができちょらん! って。 苦しんでる相手にかける言葉じゃないと思う。 まあ子供はみんな相部屋で、1人風邪ひくと連鎖的にひどいことになってたから、管理する側にとっては迷惑だったんだろうけど。 インフルエンザの時期なんて大変だったな。みんなバタバタ倒れて。 大丈夫だったの1人だけだっけ? 「風邪なんて引くのは根性がないだけよ!」 姉ちゃんもあのころはスパルタだったなぁ。 あのころは。 あのころは……。 ・・・・・ 「ンぅ」 目を覚ます。 風邪のとき特有の、眠いけど頭が冴えてしまう状態。 はぁ……だるい。 ところで、 「……?」 なんだろこの香り。 香ばしいっていうか、ツンと来るっていうか。 これって。 「あらあら、起きちゃった?」 「おばあちゃん」 お隣のおばあちゃんだった。 「冴ちゃんに頼まれてねぇ。気分はどう? ごはん食べられる?」 作ってくれたらしい。鍋をくつくつ言わせてる。 「あは、おばあちゃんのお粥久しぶり。食べる食べる」 あんまり食欲ないけど、いい香りで刺激された。席につこうとする。 と、 「ホゥホゥ、風邪じゃとヒロ坊。精進がたらんのぅ」 「ばあちゃんも来たんだ」 おばあちゃんがもう1人。こっちは洗濯してくれたらしい、カゴを持ってる。 三大ばあちゃん。近くのでっかい寺、極楽院の元住職で。 俺が昔入ってた養護施設の管理者だ。 「……」 道理であのころの夢見るわけだよ。 「ホゥホゥ、トミちゃんちに遊びに来たら、坊主の見舞いに行くと言うんでの」 「そう。うん、ばあちゃんもアリガト」 「……で、ばあちゃんがいるってことは、この香りは、ばあちゃん特製の」 「ホゥホゥ、薬湯味噌汁じゃ」 「来たよ……」 恐怖の罰ゲームだ。 おばあちゃんの作ってくれるお粥の優しい香りをすべて吹っ飛ばして家中に漂うツンとくるニオイ。 漢方っぽい、キツいニオイ。 それだけなら薬ってことで口に運べようものを、 「飲みやすいように味噌汁にしてやったからのぅ。いっぱい飲んでしゃんとせえ」 「うう」 いらん気づかいを。 「さて、ごはんにしましょうか。ミッちゃんお椀用意して」 「うむ。ヒロ坊、トミちゃんを手伝いんさい」 「はいはい」 病人を働かせるなよ。 まあいっか。 いっぱい食べてさっさと治そう。 「風邪を治す薬ある?」 「体調でも悪いのか?」 「ヒロがノックアウトしちゃいまして。ありません? 風邪が一発で吹っ飛ぶようなの」 「ふむ。難しいな」 「風邪、すなわち流行性疾患とは単一の病態ではない。毎年、毎時ごとに別種の疾病が発症しているといえる」 「一般に言う『風邪の薬』は頭痛、胃痛を抑えるための物で、風邪を治すのは免疫に任せる以外手の施しようがないのが現状だ」 「風邪を治す薬――それが出来るということは、人類が病を克服するということ。いわば現世に賢者の石が生まれるに等しい」 「生命が常に淘汰されるべき命運を課せられる以上決して生まれないものやもしれないな」 「いや、免疫という万能薬はすでに神から授けられていたか」 「フフ、医学に関わる身には呪わしいほどの皮肉だ。最初から人の身にある機能が、医学が永遠にたどり着けない神の領域だったとは」 「ないの?」 「あるよ」 「ただちょっと副作用があるんだ。例えばこの薬を飲めば風邪くらい一発で吹っ飛ぶ」 「いいじゃない」 「でも副作用で今後3年間全身の毛穴という毛穴から40代のおっさんみたいな匂いを放ち続ける」 「ダメじゃない」 「うう」 お粥は美味しかったんだが味噌汁は最低だった。 ただでさえマズい薬湯が味噌と混ざる上に嵩が増えて。悪夢だよあんなの。 ばあちゃんたちは後片付けしたら帰るとのこと。俺はもうしばらく寝ることに。 いま学園は……昼休みごろか。 携帯を見るとみんなからメールが入ってた。 『気分はどうだ?良くなっていれば見舞いにいく』 そんなによくなってないし、移したら悪いな。遠慮する旨を返信。 『お加減はいかがですか?風邪に効く食べ物、方法などを調べました』 『情報量が多すぎてまとまらなかったので新しいホームページを作りそこに載せておきます。こちらのURLにどうぞ』 あとで見よう。ありがとうとだけ返信。 『ゴメン。昨日、雨の中で連れまわしたから』 「……」 「今度埋め合わせしないと」 「……」 「……でも。今日顔合わせなくて済んでほっとしてる。……最低だ、アタシ」 風邪の原因はたぶんマキさんに海に投げ込まれたことなんだけど。 メールじゃ伝わりにくいか。今度会ったら言おう。 「……」 俺と彼女はもう友達なんだから、 笑い話に出来るはず。 「ホゥホゥ」 「ばあちゃん、どしたの」 「皿4枚割ったらトミちゃんに追い出されたわい」 この短期間に4枚とな。 「じゃから坊主が寝るまで世話してやろうとな。ほれ、ピコピコで遊んどらんで横になりなされ」 「はいはい。これ携帯ね。家電以外の機械は全部がゲームじゃないよ」 「子守歌でも歌ってしんぜようか」 「いらないよ」 「著作権の関係でオリジナル曲じゃぞぃ。行くゾー! ワンツースリー!」 「いらないっつに。せめて静かなのにしてよ」 「では昔話でもしてしんぜようか」 「むかーし昔、あるところに三葉虫と恐竜がおった」 「昔すぎる」 「ではわしの若いころの話でも。わしの若いころはのぅ、巷ではだまごっちっちゅーピコピコが流行っとって。とくに白がすごいんじゃが」 「サバ読みすぎ。もういいから静かにして」 「ふむぅ」 横たわり目を閉じる俺。 ばあちゃんはそんな俺の髪をぽふぽふ撫で、 「ヒロ坊は昔から寝つきが悪いのぅ」 「ばあちゃんに人を寝かせる才能がないからでしょ」 「でなくとも悪かったわい。みんなで昼寝しとってもすぐ目を覚ましたし」 「……」 覚えてない。 「ま、添い寝されるとすぐぐーぐー言っとったがの」 「冴ちゃんに引き取ってもらえてよかったわい」 「……かもね」 寝つきがどうこうはともかく、 長谷家に迎えてもらえたのは、本当に幸せだと思う。 ・・・・・ 極楽院の養育施設はそんなにいい環境とは言いかねる。 寺がやってるものだから、自然と将来は寺に仕える。つまり坊さんになる子が増え、 逆に坊さんを志す人間は、自然と施設からも厚遇を受けることになる。 俺はどうも肌に合わず、そんな坊さん組には属さない、施設からは浮いた存在になっていた。 協調性はあったから友達はいたけど、どうも『まわりとは違う』感じで。 いわば家族がいなかった。 そこに現れたのが姉ちゃんだ。 当時はこの稲村区から極楽院の周りにかけてのガキ大将的存在だったんだよな。 ワルいこと色々やってた。寺の坊さんに落とし穴しかけたり、説法がうるさいって襲撃したり。 ……元ヤンだよな姉ちゃんって。 で、 「ヒロシ……ねえ」 「ヒロ、アンタも私の子分になりなさい」 「え、やだ」 「なんですって!」 「むむむ……。こんなに言っても私の言うこと聞けないわけ」 「友達ならいいけど」 「ダメ! 子分になれ、殴るわよ!」 「やだ」 「いてっ!すぐ叩く人とは友達にもならない」 「子分になれ!」 「やだ」 「なれー!」 「友達ならなるってば」 「ねーねーヒロー、子分になってよー」 「やだ」 「もう極楽院の子みんな私の子分よ?」 「よかったね。俺はならないから」 「なってよー」 いつの間にか気に入られてたな。 町内最強のボス猿だった姉ちゃんに懐かれて。 結局どっちも折れず、『子分』にも『友達』にもならなかった結果、家族になった。 ……なんでだ? 経緯が思い出せないけど、 俺は嬉しかった。しつこく付きまとってきてた姉ちゃんは、俺にとって友達より身近な人だったから。 家族って言葉をあてはめると、すごくしっくりきた。 すぐベッドにもぐりこんでくるから安眠できるし。 1人じゃなくなった。 「……」 別に最初から寂しくなんてなかったけどさ。 「他にないの副作用が軽いやつ」 「これなんてどうだ。バファリソX。優しさの構成割合が全体の7割を超えてるから、すごく優しいぞ」 「効能は?」 「バファリソの半分くらい」 「次」 「パイカルX。風邪を治すだけでなく、謎の組織の身体が子供になる薬も中和する逸品だ」 「まあ風邪を治す論拠が酒ってことだけだから卵酒でもつくった方が効果的だが」 「帰ったら作ってあげよかな……次」 「カワラヤン糖衣A。身体の組成細胞をどーだこーだして有害な感冒の性質を反転させ、無害にする薬だ」 「ただしホルモンまで反転してふたなりにしちゃう。ここからTSモノとしてやっていくなら効果的だぞ」 「……」 「……」 「ダメダメ弟じゃないと。次」 「ネタ切れ。そういくつも出てくるか」 「がんばってよ楓ちゃん。風邪で役に立たないなんて保健医キャラとして成立しないわよ」 「そう言われても」 「そうだ。もうひとつあったっけ。簡単確実即効で治す薬が」 「使えるもの?」 「……ちょっとシャレにならん副作用があるんだよな」 「やっぱりかい。どんな?」 「とんでもなく性欲が湧いて近くの異性に問答無用で襲い掛かる」 「なぜそれを早く出さないッッ!」 「ヒローッ!」 「くぴー」 「んぅ……姉ちゃん、お帰り」 「クク、くふふふふふふ気分はどう?まだ悪い?」 「いや、だいぶ楽になったよ」 ばあちゃんの薬湯は味はひどいけど効果は抜群だ。身体にまとわりついてた倦怠感は消えた。 ばあちゃんたちは……もう帰ったみたいだな。あとでお礼言わないと。 まだ頭がぼーっとするけど、たいしたことない。 「頭痛は? 吐き気は?悪いとこがあるならいい薬があるんだけど」 「ばあちゃんが薬湯作ってくれたから、それでいいよ」 「ダメよ!」 「びっくりしたぁ」 「この薬を飲みなさい。ちっとも怪しくないわ。そして荒ぶるリビドーの全てをお姉ちゃんにぶつけるの」 「???」 なんかの錠剤を渡される。 「さあ飲んで! 飲め! 飲め!」 「怖。な、なんだよいったい」 よく分からんけどそんなに言うなら。飲んでみた。 「……」 「ど?」 「どうって、普通だけど」 「あれ?」 「?」 「それより今日の夕飯どうする?俺食欲ないんだけど」 「んと、じゃあお粥作ってあげる。待ってて」 「おっかしいなあ」 首をかしげながら出ていく姉ちゃん。 夕飯を作ってくれるようだ。こういうとき家族っていい。 そうだ。 「姉ちゃーん」 「来たッ!?」 「OK任せて優しくしてあげるから。初めてだから戸惑うこともいっぱいだろうけどそういうことも思い出の1ページに」(脱ぎ脱ぎ) 「待って待って。なに? なんで脱ぐの」 「あれ?」 「いや、夕飯さ、ちょっと多めに作って欲しいなって」 「そ、そう」 「あれぇええ……?」 よく分からないがしっくりこない様子の姉ちゃん。 「ちょっと楓ちゃんどういうことよ。あの薬全然効かないじゃない」 『説明する前に行っちゃったから言えなかったが、アレは座薬だ』 「え……」 『経口で飲ませたのか?まあ問題はないが、胃酸で重要な成分が全部死ぬからただの栄養剤にしかならんぞ』 「……もう1個ない?」 『ない。あれが最後の1個』 「そんな〜」 待つこと30分ほど。 「できましたー」 「ありがと姉ちゃん」 お粥を持って姉ちゃん参上。 「多めには作ったけど、ドカ食いはダメよ」 「分かってる」 「じゃあ食べ終わったころに器取りにくるから」 「うん、ありがと」 「……」 「下半身に異変は?」 「はあ?」 「くそー」 ほんとどうしたんだ今日の姉ちゃんは。 まあいいや。食べよう。器によそう。 細かく切った白菜やネギなんかが入った、シンプルなお粥だ。 味はしっかりしてるけど香りは強くなく、こっちの体調を最大限に気づかってるのが分かる。 ありがたやありがたや。 「あむあむ」 美味しい。 ゆっくり食べさせてもらった。美味しい。 でも胃が小さくなってるようで、すぐお腹いっぱいになる。 鍋にはまだ大量のお粥。 「そういや姉ちゃんの手料理って初じゃね?」 「美味しいですよ。器用さで言ったら俺より上な人ですから」 来た。 この人のために多めに作ってもらったのだ。 「風邪ひいたん?」 「たぶんマキさんのせいでね」 「だらしねーな。こっち超元気なのに」 「マキさんは健康そうですもんね」 「うん。風邪って人生で1回も引いたことない」 すごいな。 「で、これ食っていいんだよな」 「はい」 「あ、でも器がないか」 「これでいいだろ」 「あ……」 俺が使った器とレンゲをとり、平気でよそって食べだすマキさん。 ……まあキスしまくった仲だけど。 にしても顔が熱くなった。 「はぐはぐ」 「で? 辻堂のことは吹っ切れたわけ?」 「んー、そうですね」 もう忘れたといえば嘘になるけど。 「まあそのうち慣れると思います」 そのうち、ね。 人間なんて最後は1人なわけだし。 「ぁむぁむウマー。ほんと美味いなこれ」 「でしょ。姉ちゃんさりげに家事全般できるんですよ」 「なんでお前が毎日やってるわけ?」 「さあ?」 姉ちゃん的に、俺にやってもらうのが好きだからとのこと。 こっちだって喜んでくれるなら悪い気しない。 「まーダイのはダイので美味いけどな。ごっそさん」 量が多くないんでサラサラっと食べてしまった。 「足りました?」 「微妙。まあいいや、今日はこの辺で」 パンと手を合わせる。 「風邪はどうなんだ? まだ熱あるとか」 「まだちょっとありそうですね。でもばあちゃんが作ってくれた薬湯があるんで明日には治るかと」 「薬湯? ……そういやさっきからこの家、すんごい漢方の匂いがする」 「昼に食べたんで」 「うえー、このニオイ嫌い」 逃げるように行ってしまった。 だいぶ経ってるので匂いなんてないと思うんだが、やっぱ犬並みの嗅覚なんだろうか。 まあいいや。まだ体調が悪いから、ごろごろしよう。 ふー。 「……」 1人のほうが気が楽だ。 そう。 1人がいい。 「っ、っ、っ、っ」 「ぷはーっ。仕事のあとはこれだーっ」 「……」 「ダメ。ヒロがいないとビール美味しくない」 「そろそろかな」 「ヒロ、入るわよ」 「……」 「ご飯もういい? 器下げに……寝てるの?」 「……」 「っ……」 「……」 「……?」 「……涙?」 「……」 「ばあちゃん?」 「ばあちゃん、どこ」 ・・・・・ 誰もいない。 何も聞こえなかった。 人の声、車の音、なにも。 おかしいな。探してみる。 でもすぐに気付いた。 「……ああ」 俺には探すような人、いないってことに。 「ッ……」 目を覚ます。 ……嫌な夢を見た気がする。 不快感が寝汗と一緒にべったり肌に絡んでいた。 どんな夢だっけ? 覚えてない。 ベッドを抜け出す。 昨日1日寝てたせいか、体が重かった。 「姉ちゃーん。そろそろ起きないと遅刻するよー」 「……」  ? 返事がない。 先に出たのかな。 着替えをすませて俺も出る。 「……」 あれ? 「おばあちゃん?」 いつもこの時間は庭いじりしてるのに。 近くの『孝行』へ。 「すいません。あの」 いない。 おばさんも、よい子さんも。 「……だ、誰か……?」 「誰かいませんか……あの」 誰もいない。 なんの音もしない。 「マキさん? ヴァン、委員長」 「誰かいないの!? 誰か!」 「誰でもいい、姉ちゃん! どこなの姉ちゃあん!」 誰か――。 「誰か!」 「っ!」 「ン……なに?」 「……」 ……ああ。 夢か。 「はぁ……はぁ……」 「……姉ちゃん?」 「……んぅ、寝顔見てたら寝ちゃってた。どしたん? 怖い夢でも見た?」 「……」 えと。 「覚えてない」 嫌な夢だった気がするけど、ぼんやりしてる。 「くぁあ。体調は?」 「うん、もう楽になった」 「あ、てか姉ちゃん今日はここで寝ちゃダメだよ。風邪が移る」 「んー、そうね、部屋戻んないと」 ベッドを出る姉ちゃん。 「あ……」 「?」 「や、べつに」 「そう」 「……」 「……」 「やっぱりここで寝る」 「ちょ、風邪うつるって」 「うつったらヒロが看病しなさい。ほら、こっち来て」 「う……」 いいのかな。 思ったけど。 姉ちゃんの手の中は温かくて、寝心地がよかった。 「37.3度。微妙ね」 「微熱でしょ」 「ぶり返さないとは言えない圏内だわ」 「んー」 じっと俺の顔を見る姉ちゃん。 「元気ないみたいだし、今日も休みね。大人しくしてなさい」 「行けると思うけど」 「ダメです」 ぴしゃりと言い、席を立った。 まあ休めるならいっか。 「分かった、静かにしてます」 「そう」 「……1人で平気?なんならおばあちゃんにまた頼めば」 「連日は悪いよ。もうほとんど治ってるわけだし」 「そう……」 「じゃあ行くから。なにかあったらすぐ携帯に、ね」 「うん」 やけに気を使って出ていく姉ちゃん。 どうしたんだろ? まあいいや。今日ものんびりしよう。 1人は気が楽だ。 (ぐきゅるるるる) 「今日も来やしねぇ。まだ風邪治ってないのか?」 「……」 「しゃーねーな」 「……はぁ」 「2日連続かよ」 昨日寝すぎたせいで全然眠くない。 といってやることもないし。学園休んだ日に勉強する気にもならないし。 ベッドに寝転がって、漫画を読んだりネットで時間つぶしたり。ぼーっとして1日をすごした。 こうしてると意外なほど時間が早く経つから不思議だ。いつの間にか昼を過ぎてる。 「……」 何もやる気が起きない。 ただぼーっとしてたい。 なにもしたくない。 ・・・・・ 「報告お願い」 「ういっすー。先週の壊滅によるチームの縮小化にはひとまず歯止めがかかったっす」 「残った人数は150人。まあ想定通りっすね」 「ハァ。空中分解まで行かなくて助かったわ」 「それでこれからどうするシ?」 「そうね、できればまた湘南BABY並みに大きいところを吸収して、名を上げたいとこだけど」 「どっかあるかい」 「北神奈川連合なんかは、ねらい目だシ」 「うーん、悪くないけど、微妙だわ」 「カナ連なら俺っちツテがあんぜ」 「どんな人たちなんすか?」 「歴史だけの形骸団体よ」 「昔は七浜や川神でハバ利かせてたレディースの力で、稲村チェーンとさえ渡り合ってたらしいけど、そいつがある時急に抜けて、その後は見る影もなし」 「あれ? でも川神市って神奈川でも湘南に匹敵するDQNスポットって言いません?」 「そうだけど、腕に覚えのあるのが残ってないのよ」 「何年か前から多馬川に黒髪の鬼が出没するとかで、活きのいいヤンキーはケンカ売りに行って全員再起不能にされたらしいわ」 「おかげでカナ連はいまじゃ雑魚しか残ってない。それでも最大で500前後。中心だけで100近い数は従えてるそうだけど……」 「……吸収するうま味はゼロね。ちょっと前にその雑魚すら300ほど片付けられたし」 「なんかあったんすか?」 「腰越にケンカ売った」 「なるほど」 「他に目ぼしいところは」 「湘南近郊のでっかいチームもあるにはあるシ。78番地の方にはってるMiUは?」 「この前腰越にケンカ売って消えたっての」 「バイクから電車にハマって最近ヤンキーに鞍替えしたっていう、ツタンライダーズは」 「皆殺しセンパイに以下略。最近ちょっと元気ないけど歴史的にはまだまだ活躍してる0080sは」 「腰略」 「全部腰越に持ってかれてるじゃない!」 「強いチームは調子に乗りやすくて、調子乗ってるチームほど腰越の目につきやすいシ」 「ったく、あいつと一緒の時代になったのは最大の誤算だわ」 「打倒辻堂の前にあいつの対策を考えなくちゃ」 「先生」 「うん?」 「ひろはどうしたんだ。風邪、そんなにひどいのか」 「ああ、いやいや、今日は大事を取って休んだだけ。朝の時点でもうほぼ治ってたから心配ないわよ」 「そうか。……しかし」 「どうかした?」 「朝メールを送ったんだが返信がないんだ」 「ひろなら体調不良でもすぐ返信するタイプだろう。どうも気になって」 「シカト……はありえないわね。寝てるのかしら」 「もう昼過ぎだぞ。治りかけててそんなに寝るか?昨日は送って2時間以内には返事が来たのに」 「といって見舞いのメールに返信を催促するわけにもいかん」 「……おかしいわね」 「見舞いに行こうか。だが今日は用事がある」 「心配し過ぎよ。治ったから逆に漫画にでも熱中して、携帯チェックしてないとかよ」 「ならいいが」 「心配ご無用。何かあったら知らせるから」 「頼む」 「……ふむ」 「念のために早く帰りますか」 「おった、長谷先生、職員会議じゃぞ」 「あ、今日でしたっけ」 「3会後1週間っちゅーことで勉強に身ぃ入らんもんの見極めじゃ。ちと長引くぞ」 「あちゃ〜」 「……ヒロに言わないと」(ピポパ) 『おかけになった番号は、電波の届かない状況にあるか、電源が入っておりません』 「あれ?」 prrrrr。prrrrr。 家の電話が鳴ってる。 10コールほど無視したけど、しつこいんで出た。 「もしもし長谷です……姉ちゃんか」 『出るの遅いわね。なにしてたの』 「別に。何か用?」 『携帯の電源切ってるでしょ。どうしたの』 「寝るのに邪魔だったから」 クラスのみんながまたメールをくれた。 いちいち返信するのが面倒だったんで電源切ってた。 「用事?」 『うん、今日ね……』 「……分かった」 電話を置く。 姉ちゃん、職員会議で遅いらしい。 俺はもう昼前には熱も下がってたので問題ないけど、 1人となるとご飯の用意が面倒になるな。余りもので適当に済まそうか。 ……あ、その前に。 携帯の電源を入れた。 うわ、ほんとにみんなからすごいメール。ヴァンからも2回着信が。 ご心配どーもの返信いれたほうがいいかな。 「……」 いいや。 数が多すぎる。明日会って言えばいい。 prrrrrr。prrrrrrr。 っと、着信。 辻堂さん? 「もしもし」 「あ、は……と、大?いまいいか」 『うん。どうかした?』 「どうってこともないけど、ほら、2日連続だから気になってさ」 「やっぱあの雨で連れまわしたアタシのせいだと思うし」 『辻堂さんのせいじゃないから安心して。それにもう完治はしてるんだ。今日は大事を取っただけで、明日は普通に行くから』 「そうか? そっか、よかった」 「ほら、単純に心配ってのもあるけど。やっぱ大がいないと、こう、物足りないっつーか、寂しいのもあって」 『……』 『うん』 『友達だもんね』 「え……あ、うん。ダチだよな」 『……』 「……」 『じゃああの、俺、夕飯の準備があるから』 「そう? うんわかった。じゃあそろそろ」 『うん』 「お、お大事に」 ピッ。 「……」 「……なに緊張してんだよ、アタシ」 「……はぁ」 なに緊張してんだろ俺。 さてと、夕飯のこと考えないと。 「……」 店屋物でいっか。 今日はなーんにもやる気しないし。 蕎麦かうどんでも頼もうとネット検索。 でも出前のネット受け付けってピザくらいしかやってないんだよな。少なくともうちの近くでは。 どうすっかな……。 思ってると、 「こんにちは」 「あれ、よい子さん」 ご近所さんが。 「冴子さんに聞いたわ。風邪だって?」 「うん、もう治ったけどね」 ぴと。 ナチュラルに額に手を当ててくるよい子さん。 「熱はなさそうね。体調は?」 「すこぶる良好。ダラダラしすぎてダルいけど」 「そう、良かった」 「それで、冴子さん遅いんでしょう。夕飯どうするか決めてる?」 「まだ。店屋物でも取ろうかと」 「ならうちに来ない? お母さんも喜ぶから」 「孝行に?」 嬉しい誘いだ。店屋物が決まらなかったら孝行でおにぎりでも買おうと思ってたくらいだし。手間が省ける。 でも、 「いいよ。悪いし」 「遠慮しないで」 「遠慮とかじゃなくてさ。ほら、一応風邪の身なわけで。うつしたりしたら大変だし」 「大丈夫よそんなの」 「……」 「本当にいいから」 「ン……そう?」 よい子さんは良い人なので、こっちが本気で行く気なさそうだと、空気を読んでくれる。 「気持ちだけありがたくってことで。ね」 「てかよい子さんもここにいると移しちゃうかも。もう……ほら」 「あ、う、うん」 俺が暗に帰ったほうがいいと切り出すと、それも察してくれた。 「……」 「なにかあったら言って」 「うん」 色々と察してくれる。よい子さんはほんといい人だ。 ……1人にしてくれた方がありがたい。 「もしもし冴子さん? はい、確かに様子が変ですね」 「あ、いえいえ。何かあったら言ってください」 ――ピッ。 「……ヒロ君、どうしたのかしら」 「……」 ――ポツ。 「……?」 「あ……」 「降って来ちゃった」 ・・・・・ ・・・・・ 「いわゆる」 「鬱病だな」 「ヒロが?」 「無気力、無関心、他人との接触を面倒に思う」 「典型的な鬱だ。教科書に載せたいくらい」 「まさか。サラリーマンじゃあるまいし」 「まあ『病』と言うのは語弊がある。ああいうのは医者が診断して病になるものだから」 「鬱というのは誰にでも多かれ少なかれある。このストレス社会ならなおさら」 「……そっか」 「原因は何なんですか?」 「あの子の抱えるストレスと言えば……例えば姉が大酒のみだとか、姉がベタベタしすぎとか、姉が何かにつけて苦労かけるとか、姉が」 「……第三者に言われるとヘコむからやめて」 「あと考えられるのはアレだな」 「失恋」 「……」 「私失恋てしたことないんだけど、そんなにストレスなの?」 「当然だ。心理学的見地からも、恋愛感情が心身に与える影響は計り知れない」 「生物の究極的な命題は生殖、繁殖にあるが。恋愛感情と言うのはそれに付随するようで、意外と相反している要素が大きい」 「浮気しちゃダメ。その人がいないと生きていけない。その人のことを思うだけでも幸せ。繁殖という点では幾らか矛盾した性質を伴っている」 「これは恋愛が、発情と同時に人の群生衝動に根ざした依存的性質であるからと言える」 「どゆこと?」 「人は恋している間、孤独を感じずに済む。ということだ」 「人間は常に孤独に怯えていると言っても過言ではない。恋愛という概念も、孤独から目をそらすために行っている要素が極めて強い」 「逆説的に、失恋ほど孤独を感じさせる状況はない」 「まあそんなに心を傷つけるほど強く恋が出来るのは、本来幸せなことなんだが……」 「どう思う?」 「恋を熱く語る楓ちゃんて薄気味悪い」 「ブチのめすぞ」 「とにかく、そんなわけでいま人とは接触したくないんだろう」 「孤独を感じたのにどうして接触したくないの?」 「人の心の面白いところだな」 「一度苦すぎる果実を味わったら、次からは薄ぼんやりした苦水で心を満たそうとする。次に果実を食べたときショックが少なくてすむから」 「孤独がイヤだから、人を遠ざけようとする。誰だって多かれ少なかれやっていることさ」 「ふーん」 「ヒロが失恋かぁ……」 「姉としてショックか?」 「ショックですよ」 「相手がお姉ちゃんだからって、告白もしないうちにあきらめなくたっていいのに」 「お前は絶対鬱にはならんな」 「どうすればいいんでしょう」 「さあ?まだ1日2日のことだからなんとも言えん。大抵の場合時間が癒してくれる」 「心配なら孤独を感じさせないように……そうだな。接触したがらなくても空気読まずに寄ってくるような」 「犬でも飼ってみたらどうだ?」 「結局降ってきやがった」 「マキさん。……あ、忘れてた」 「なにが?」 「いや、今日の夕飯うどんの店屋物だったんですけど。1人分だけで、もう食べちゃいまして」 「えーっ。なんだよそれ、うどん好きなのに」 「あ! このニオイ天ぷら!エビ天入ってたろ!」 「はいでっかいエビが2尾と」 「このヤロー!」 「ぐええええええ!」 チョークスリーパーされた。 「タップタップ。痛いです」 「エビ天……エビ天のうどん」 こんなに怒るマキさんは初めて見た。 「てかマキさんが遅いからじゃないですか」 いつも神出鬼没なくせに今日はちっとも来なかった。 「どっかのエビヤローが風邪でくたばってるから薬持ってきてやったんだよ」 「薬?」 「持ってきたぜ色々。ほら」 ポケットから出したのは……色んな草だった。 「じいちゃんがこういうの好きでさ。昔から色々教わってたんだ。で、効果がありそうなの持ってきた」 「……あの、ありがたいですけど、もう治ったんで」 「待ってろ。煎じ方も知ってるんだ」 「へへ〜、この私が薬の作り方を知ってるなんて変な感じだろ」 いえ、妙にしっくりきます。 「えっと、かぼす、すだち、行者にんにく。鬼ぐるみに鬼あざみに地獄の窯のふた……」 「後半の名前が怖いんですけど」 「これを……どういう配合で混ぜるんだっけ。まあいいや、適当にぐちゃぐちゃぐちゃ」 「あのっ、せめて泥くらい落として……ぐはっ!なんすかこのニオイ」 「あー、なんか毒としか思えねーニオイだな」 ばあちゃんの薬湯を超えてるぞ。薬以前に鼻がおかしくなりそうだ。 「まあいいや、食え」 「いま自分で毒っていいましたよね」 「大丈夫だって、成分的にはいいハズだから」 「勘弁してよ……」 「……」 でも、 見るとマキさんの服はところどころ泥で汚れてた。 この雨の中、薬を探し回ってくれた。のかな。どっから持ってきたか知らないけど。 「……じゃあ、1口だけ」 なんかぐちゃぐちゃにした草の塊を受けとる。 「触っただけで指がピリピリする」 「殺菌効果とかだろ」 「……」(はむ) 一口だけ食べてみる。 まごうことなき草の味がした。 「結構なお手前でした」 感想としては、抹茶とか飲んだ感じかな。味はひどいけど体は清潔になった感じ。 「よろしい。風邪なんてさっさと治して私のメシの面倒見ろよな」 「はぐはぐウマー」 マキさんは勝手にポテチ持ってきて食べてる。 俺は草でマキさんはポテチ……。まあいいけど。 「……」 それよりも。 「あの、マキさん。そろそろ」 「ん? なんで、姉ちゃんいねーだろ」 「ですけどほら、風邪移すと大変ですから」 「……出てって欲しいわけ?」 「……そうは言いませんけど」 1人になりたい。 「あ、でも雨降ってるか。じゃあ俺リビングの方行きますんで、マキさんは……」 「……」 「いいよ。出てくよ」 「……すいません」 なんか嫌なやつだな、俺。 でも……いいんだ。 1人のほうが気が楽だし。 辛い思いしなくて済……。 ――ガッ! 「む?」 「って誰が出てくか!エビの恨みは――」 「怖いんじゃあ!」 「ぎゃー!」 ――どしゃーんっ! ベッドにバックドロップされた。 痛くはないけど関節がきしむ。 「いてて。ちょ、マキさん」 「お前から来いっつっといて、急にもう出てけなんてアマいんだよ」 「もう私はお前が気に入ったから、手放す気ねーかんな」 「――……」 「あとせっかく持ってきた薬を一口しか食わねーところが気に食わねェ」 「ぜーんぶ食ってもらうぞ、これ」 「えー……ソレはほんとキツい」 「問答無用だ! オラ食え」 「もががが」 口に押し込まれる。 「ぐあ苦!無理無理無理無理! 一口で限界!」 「うるせェ、おらおら口開けろ」 「んーっ」 必死で歯を食いしばる。これ以上あんなモン食ったら脳がヤバい。 「このっ、開けろ」 腕ずくで顎を開こうとして来る。歯が折れそうだけど耐えた。 「……」 「じゃあ北風と太陽でいう太陽方式で」 「んわっぷ」 ある意味、さらに無理やりな方法で開かれる。 ポテチの味がする舌が唇を、歯を開いていく。 「でもこれじゃ詰め込めないか」 「んー、……なら。はぐ」 草の塊を半分ほど口にくわえるマキさん。 「口移しで薬を飲ませる。なんか時代劇みたいで面白くね?」 「俺にはそれが薬とは思えないです」 「うっせェ。とにかく残さず」 「ニガぁ! なんじゃこりゃあ!」 「口移しならそうなりますよね」 「いててて口が痛い! 水水水!」 姉ちゃんが昨日用意してくれたポクエリアスをぐびぐび飲んでいく。 「ぷはっ。はー死ぬかと……ぐぁ。ニオイが残る」 「自分が暗黒神の貢物みたいな味を作ったのは分かりましたか」 「ぐぬぬ」 「やっぱテメェが全部食え」 「ひどい」 またマウント取られた。 「良薬口に苦しっていうだろ。この味ならメチャクチャ効くぞ」 「にしても苦すぎ。エリクサーでも釣り合わないですよこんなの」 「もうやめましょう。これたぶん薬だとしても塗るとかお風呂に浮かべるタイプですって」 「うーるーさい!」 「もがー!」 結局その日はいつまでもマキさんに攻撃されることに。 でも不思議だな。ほんとに元気になれた気がした。 あの薬と言う名の毒が効いたとは思えないし……。 どうしてだろ? 「おはよう」 「うん、今日は顔色良いわね」 ぽふぽふと頭を撫でてくれる姉ちゃん。 「2日間もご心配おかけしました。もう完璧です」 「……」 (にこにこ) 「よろしい」 (心配しすぎよね。なにが鬱よ。ありえないっつーに) 「今日早く行くから。戸締りヨロシク」 「そうなんだ。行ってらっしゃい」 「〜♪」 機嫌のいい姉ちゃんを見送る。 俺は朝ごはんにしよう。まずはコーヒー豆をミルでガリガリガリ……。 「お前って苦いのに耐性あるよな」 「ですね。昨日のアレはキツすぎたけど」 「うぷ……まだ胃から匂いが逆流してる感じ。息するのも嫌だ」 「苦みに慣れてみます?コーヒー、もう1杯くらい増やせますよ」 「うー、苦いの嫌い」 「でも挑戦したいかも。淹れて」 「はいはい」 姉ちゃん以外の人に淹れる機会はあまりないのでちょっと嬉しい。 ドリップフィルターを使ってとぽとぽとぽ……。 「〜」 「前々から思ってたけど、お前コーヒー淹れるとき絶対ドヤ顔するよな」 「そうですか?」 「ははっ、鬱陶しい」 ひどい。 「できましたよ」 コーヒーカップを2つ並べる。 一口……。ふむ。 「今日はイマイチかな」 「げほっ! にが! ダメこれ!」 不評なようだった。ちぇっ。 「まあ今日は雨降ってるから仕方ないか」 「雨って関係あんの?」 「よく分かんないけど苦くなる気がします。いまみたいな梅雨は特に」 ネットを見る限りあんまり聞かないから完全な自論なんだが。湿気が関係あると思う。 「これは無理だわ。昨日のと核融合して口の中が気持ち悪い」 カップを置くマキさん。 砂糖とミルクも用意するべきだったか。 あ、待てよ。 「ならこっちはどうです?」 冷蔵庫からペットボトル入りのコーヒーを出した。 「アイス?」 「はい。この前もこれなら行けましたよね」 氷も入れて渡す。 訝しみながら口をつけるマキさん。 「ふむ」 「どう?」 「んー、苦いけど」 「でもギリ行ける気がする。なんだこれ? なんかちがう感じ」 「ダッチコーヒー。いわゆる水出しってやつです」 お湯で一気に落とすでなく、常温の水でじっくり香りを抽出するコーヒー。 アイスのままだと特に味に尖りがなくて、苦みがまろやかに感じられる。 大型装置がないと1杯分つくるのに数時間かかるから喫茶店なんかじゃあんまり出ないけどな。 「いいじゃんダッチワイフコーヒー。気に入った」 「なによりです」 「一緒に家出るの初ですね」 「だな」 いつもはメシ食って早々に退散するマキさんだけど、今日は姉ちゃんがいないのでゆっくりだった。 「金曜以来の登校なのに天気が残念だ」 「これはこれでいいじゃん」 「そういえばマキさん、傘は?」 「持ってない」 「これどうぞ。あげますから使ってください」 前にコンビニで買った透明なやつを渡す。 今日はおばあちゃん……庭いじりしてないか。とくにすれ違う人もなし。 「行きましょう」 「おう」 2人で行くことに。 ・・・・・ 「にゃー」 「こらこらラブちゃん、濡れちゃいますよ」 「あら、大ちゃん、風邪治ったみたい。よかったわねぇ」 「にゃあ」 「……」 「お隣にいるのは……マキちゃん?」 「不思議なご縁ねぇ」 「そういえばマキさんっていつもギリギリの時間までこの辺にいますよね」 「そうか?」 ここからなら当然七里は稲村より遠いわけだが、俺が通り過ぎる時間までマキさんはいる。 「遅刻とか大丈夫なんで?」 「遅刻はしないようにしてるよ。よくサボる分、単位には気ぃつけねーとだし」 「あんなにゆっくりなのに」 「タクシー使ってんの」 「あ、来た」 宿無しの身でタクシー? 思うより先に駆けだすマキさん。 「じゃーなダイ。また夜に」 「はい……あ!?」 ――シュタッ! 通りかかった電車の、屋根の上に飛び乗った。 「ふぃー、雨の日は屋根がなくてウザかったけど今日からは楽だ〜」 「ちょっとちょっと! 危ないですよ!」 呼ぶんだけど、江ノ電はゆっくりなようで速い。早々にマキさんを連れ去り行ってしまう。 ……アレ、絶対やっちゃダメなやつなんだけど。 アウトローだなぁマキさんは。 「おはよう」 「ひろ、元気になったのか」 「あいにくな天気でのご帰還だな」 「ま、2日で済んでよかったよ」 「おはよヴァン。みんなも、ご心配いただきまして」 「そうそう、昨日はメールごめんね。携帯の電源切ってて」 「お気になさらず。こちらこそかけ過ぎたかも。すいません」 「長谷君が休むなんて珍しいからみんな心配してたよ」 「ありがと」 2日も休んだせいか、みんなが温かい気がした。 ありがたい。 っ。 「……治ったんだ」 「う、うん」 「よかった」 「……」 「……」 あれ、なんか気まずい。 当然か、昨日電話してくれたのに変な感じになったし、 こうして直接会うのは日曜日以来……。 「……」 何とも言えない様子で背を向ける。 うーん、 難しい。 雨は昼をすぎてもやむ気配がなかった。 「この公式は次のテストで使うから覚えておくように。昨日のとこと合わせると得点分布高いわよ」 「風邪で休んでたとかは言い訳にならないから注意ね」 授業中にイジるなよ。 「クスクス」 「クスクス」 「クスクスタイ」 みんなこっち見てる。恥ずかしい。 授業が終わり、帰りの時間。 「雨、少しは小降りになってきただろうか」 「雲は薄れてきてるから、夜にはあがるかな」 ヴァンと一緒に帰る。 っと、 「こっちっす愛さーん。傘ぁ用意しましたんで」 「自分のがあるって」 辻堂さんの傘は、舎弟の人たちが持つようだ。 「任侠映画の世界だな」 「カッコいいじゃない」 本人が乗り気でない点を除けば壮観だと思う。 「まあ……辻堂が不良だからと一概に非難できる人間でないのは確かだが」 「?」 不良肯定発言。ヴァンにしては珍しい。 「ひろが妙に味方するから調べてみたが、うちの学園に彼女がいる意味は非常に大きいらしい」 「そうなの?」 「最凶校と呼ばれる稲村は、この地区全体。ひいては湘南のヤンキー全体に影響力が強い」 「稲村が荒れることで周辺校が刺激され、抗争の引き金になったり、無数の不良を引き寄せたり」 「だが僕らの入学した年に辻堂が稲村をシメあげた。手の付けられない最凶校と言われていたうちを、暴走しないよう押さえつけた」 「結果周辺校への影響力が下がり、血の気の多い連中を刺激することがなくなったんだそうだ」 「いまの湘南が平和でいる理由の何%かは、辻堂の存在が影響している」 「……そうなんだ」 確かに辻堂さんは、ケンカ好きだけど無闇な暴力はふるわない。荒事も極力避けたがってる節は何度か見せてた。 「犬がたくさん集まれば、いずれは縄張りを主張して吠え合い、噛みつき合うだろう」 「だが1人別格の、たとえば格上の狼が君臨すれば、犬の集団は1つの群れとなり、規律が生まれる。というところだな」 「犬扱いは失礼だと思うけど」 でも納得。 つくづくすごい子だったんだな、彼女。 「まあ不良は不良。僕たちとは住む世界がちがうわけだが」 「……だね」 「じゃあ、また明日」 「うん」 いつも別れるとこよりちょっと行ったところで別になった。 2日間身動き取れなかったので冷蔵庫が空になってる。近場の商店街で買い物だ。 えーっと、ネギと、キャベツと。 「おうアンちゃん。最近朝会わなかったけどどうかしたんかい」 「風邪だァ? そいつはいけねェな。ほれっ、産地直送のホタテをサービスしてやろう」 ラッキーなことが。 ちょっと予算が浮いた。何か買って帰ろうか。 あそうだ。 酒屋によった。姉ちゃん御用達の店だが……今日はアルコールでなくおつまみのコーナーへ。 酒屋のおつまみコーナーは、お菓子なんかも充実してて良い。 買い物を済ませて帰る。 「〜♪」 これからのことを思うと気分がよかった。 今日はマキさんに会ったら……。 「もし」 「だわ!?」 びっくりした。 な、なんだこの人。いつか見た江乃死魔の一条さんより大きい。 女の子……だと思うけど、下手すると辻堂さんたちより鋭い目を向けてきた。 「……な、なんですか」 「道を訊ねたい。武都KAWAKAMIは何処か」 「KAWA……川神市ですか?でしたらこの道をまっすぐ行って……」 説明する。 ここからじゃゴチャゴチャしてる七浜が邪魔で行きにくいので、丁寧に。 「かたじけない」 一礼して去って行った。 あーびっくりした。 でも礼儀正しい人だったな。 「……」 「そうだ、ちょっと待った」 「なにか」 「もう少し時間いただければうちのパソで地図が作れますけど」 「む……」 ちょっと戸惑う彼女。 「我を畏れぬか」 「はい?」 「……」 「否、忘れてくれ」 「厚意はいたみいるが、これ以上の手間はかけられぬゆえ」 行っちゃった。 世の中には色んな人がいるなぁ。 「おーいダイー」 「?」 マキさんの声が。 でもどこだ? 姿が見えない……。 「よいせっと」 ――ガタンゴトン。 隣の線路を江ノ電が通り過ぎるのに合わせて降りてきた。 「帰りもコレ使ってるんですか」 「余分なカロリー使わなくていいから楽なんだよ」 「なんかすげーデカいのに絡まれてたな」 「道を聞かれただけですよ」 「……」 「そういう天然がダイのいいとこだ」 「はい?」 ぐしぐしと頭を撫でられた。 「きゅぴーん!」 「痛い!」 「あ、悪い」 頭を撫でる手が急に力むから、折れるかと思った。 「ビーフジャーキーの匂いがする」 「よく分かりましたね封も開けてないのに」 魚屋さんで浮いたお金で買った。 「はぐはぐウマー」 「もう食ってる?!どうやって中身取ったんですか封も開けてないのに」 見ると袋がとても鋭利な刃物で切ったように破れていた。 「大好物だからちょっと本気だした」 「ビーフジャーキー1つで人智を超えるとは」 「そもそもマキさん用に買ったんですよコレ。ちゃんと家の中で食べましょうよ」 「わーい」 一緒に帰ることに。 「ちょっと待ってろ。ついでに食糧庫にもなんかないか見てくるから」 孝行の方へ行くマキさん。 食糧庫? なんのこっちゃ。 思ってると、 うおっと。 向こうからガラの悪いのがバイクを吹かしながらやって来た。 「ヒューッ、かわいコちゃん見っけ」 「はあ?」 「パイレーツすら食い殺すワイルドさの俺にぴったりのイイ女だぜ」 「いいじゃないですか、社長のタイプじゃないですか」 「胸がカーニバルだな」 マキさんが絡まれてしまう。 いかん、危険だ。絡んでる人たちが。 「よく分かんねーけど、消えろ。私はいまビーフをジャーキってんだ」(くちゃくちゃ) 「うおお……マジで好みかも。どうカノジョ、俺と中華街回らない?」 「うるせェ」(ドゴーン!) 「ぎゃー!」 「しゃ、シャチョー!」 「くるァ、いきなりなにするんですか!」 「うちのチームリーダーが星になったなう……と」 「ジャーキーが濡れるだろうが。まあ湿らせても美味いけど」 「もう許さん!こうなったらチーム皆屠HARD最強にして空手柔道合気合わせ10段のこの僕の力見せてやる」 「ヌォオオオ盛り上がれMyマッスル!アミノ酸パゥアーーーーーーーーーーーーーーー!」 ドゴーン! 「また1人星になったなう……と」 「マキさん何やってんですか」 あっという間に2人もヤッてしまった。 「邪魔だったんだもん」 「だからって急に殴ることは」 「ぐぐ……このアマぁ、荒っぽいじゃねーか。更にタイプだぜ」 「あ、生きてる。大丈夫ですか」 「へっ、これしきの痛み、パイレーツすら食い殺すワイルドさの俺には快感に等しい!」 「だが落とし前はつけてもらうぜェ……!」 絡んできた人たちが臨戦モードに入る。困ったな。 「サラッと片付けるから待ってろダイ」 「ケンカはやめましょうよ」 「だいじょびだいじょび。ちらっと皆殺しの呪文を唱えるだけだから」 「うるせェどりゃあああああ!」 「リリカル!」 「トカレフ!」 「キルゼムオール!!!」 (ピクピク) 「おしまい」 パンパンと手を払い、行ってしまうマキさん。 残されたのは屍の山。 怖かったので俺も頭を下げて、小走りで後を追った。 ・・・・・ 「カーニバルだったな」(←無傷) 「今日買ったのはジャーキーだけじゃありませんので」 「んっ……おおっ!」 コーラを買ってきた。 前に好きって言ってたもんな。マキさんの目が輝く。 「やったー!」 「すげーダイすげー。ジャーキーとコーラの組み合わせって私が一番好きなやつ」 「酒のつまみって炭酸ジュースとなら大抵合いますもんね」 「でもダメ」 「えー。なんだよーイジワルすんなよー」 「その前にお説教させてもらいます」 正座した。マキさんも自然と正座になる。 「さっきの人たち、ガラはちょっと悪かったけど別に悪意があって近づいたわけじゃないですよね」 「でも邪魔だったじゃん」 「どいてもらえば良かったでしょう」 どいてって言ってどかない相手に手を出すならまだ分かるにしても。そのパートを飛ばして吹っ飛ばすのは問題だ。 「めんどくせーよ。私の進行方向を遮った。それだけで殴るには充分」 「そんなメチャクチャな」 「うるせーな」 「っ」 ちょっと怒らせたっぽい。ドスの効いた声にぞっとさせられる。 「こっちはヤンキーやってんだ。気に入らねー奴はぶん殴る。それだけだ」 「……」 それはどうかと思うんだが。 「この腰越マキはいわゆる不良のレッテルを貼られているマズい飯を食わせる店には代金を払わねーし、普通のメシにも代金を払わねーなんてしょっちゅうよ」 「食い逃げ常習犯なんですね」 「気に入らねーやつは殴る。それが私だ」 「お説教はいらねーよ。それより早くコーラ飲もうぜ」 「ジャーキーとコーラを邪魔するやつは私に蹴られてブチ殺すってことわざ知らねーのか」 困った人だ。 マキさんと辻堂さん。 良く似た2人だけど、最大の違いはここだな。 辻堂さんなら最低限の常識は守る。人を殴るときは殴る理由がちゃんとある。 でもマキさんは、まず手を出してから考える。 辻堂さんが狼なら、マキさんはいわば野犬だ。似ているようで、心の根っこにある凶暴さがまるでちがってる。 「……」 なんか嫌だ。 「ああいうのは良くないと思うんです。無駄に敵を作るだけだし」 「そのときは出来た敵もブチのめす」 「ひどいなぁ」 「うっせーな。こっちはヤンキーやってんだ。敵作って何が悪い」 「……」 そう言われると弱い。 「私の生きざまがイヤならあきらめろ。お前には合わなかった。それだけだ」 「もう帰る。説教くれる奴のトコになんざいたくねェ」 「あっ、ちょ……マキさん」 出て行ってしまうマキさん。 ちゃっかりコーラは持ってかれた。 はぁ……嫌な感じ。 やっぱり俺とあの人も、根っこみたいな部分がちがうんだろう。 辻堂さんとさえ合わせきれなかったんだ。マキさんと仲良くなるのはさらに難しいと思う。 「……」 でも、 「マキさんが帰ったら、部屋の中ががらんとしちゃったな」 「すぐに慣れると思う。だから心配しないで、マキさん」 「大君」 「な、なぜ、どうして」 「実に不思議なんだ。急にまたお腹がすいて、夕飯を食べたくなったんだ」 「嬉しくない。これからまた、ずっとマキさんにご飯作らない」 「冗談はともかくジャーキー忘れた」 袋を取るマキさん。 「……」 「……」 「……ここで食っていい?」 「もちろん」 「ん」 ベッドに横になるマキさん。 参ったな。この人は辻堂さんより俺には合わないのに。 俺の中ではもう、いなくなると寂しいくらい大きな存在になってるみたいだ。 ・・・・・ ドン! 「と海賊っぽい効果音で持ってきました。大皿いっぱいのスパゲティが今日の夕飯です」 「おお〜、ミートボールがいっぱい」 「ナイスよヒロ。ちょうど今日はルパンゲティの気分だったの」 「ちなみに水曜日だからカルボナーラの気分だよね」 「よく分かってるじゃない。いーこいーこ」 「あと水曜はビールを3本にする日でもあるんだけど」 「却下」 「ちぇー。まあ涼しいからいっか」 まずは姉弟での夕飯にする。 「やっぱいいわね。2日も食べてないと弟の味が恋しかったわ」 「ホントに?」 「お世辞よ?」 なんやねん。 「でも美味しいのはホント。今日もありがとヒロ」 「どういたしまして」 それからマキさん用に持ってきた。 「ミートボールだ!」 「長谷家特製、気まぐれシェフの気まぐれスパゲティカリオストロ風でございます」 「いたーきますっ。がふがふんぐんぐウマー」 いつも通り美味しそうに食べてくれるマキさん。 姉ちゃんといい、俺は俺の料理を美味しそうに食べてもらうのが好きなんだろうな。 「マキさんも姉ちゃんに紹介して、3人で食卓を囲む……なんてのもいいかも」 「いらねーよメンドくさい」 「私はダイの部屋で充分」 うーん、まあ本人が言うならいいけど。 あとで面倒にならないかな。 「今日もやたら多かったわねご飯の量」 「でも朝には消えてるのよね。どうしてるのかしら、ヒロ、ご飯系は捨てるの嫌うはずだし」 「……隠れて犬でも飼ってるとか?」 「ごちそうさま」 「ふぃー、満腹満腹」 足をのばしてくつろぎだすマキさん。 だんだんこのご飯後のリラックスタイムが長くなってきた気がする。 それだけ心を許してくれた。ってことだろうな。 「家出中の身としちゃ贅沢言えねーけど、やっぱ屋根のある場所はいいなー」 「普段は小屋なんでしたっけ」 不法占拠してるって前に聞いた。 「うん」 「でも猟銃ぶっ放すジジイがいておっかねーの。当たると超痛いし」 「死なないんかい。この日本で撃つ方もすごいし」 「あっちはあくまで脅しだったっぽいけどな」 「そうそう、この前そのせいで小屋の屋根に穴開いちゃったんだよ。いま雨漏りしてて大変なの」 「そうなんだ。昨日大丈夫でしたか?」 「寝るスペースさえ確保できればいいんだけど。寝返りうって水かぶることもあるから、微妙」 「今年の梅雨は雨が少なくて助かるぜ……あ」 外を見るマキさん。と、 ちょうどそこで、もうだいぶ小雨だった空が晴れた。 「今日はゆっくり寝れそう」 身体を起こすマキさん。 帰るんだろうか? 「……」 「遊びいこっか」 「へ?」 「ダイの快気祝い――みたいな感じで、遊び行かね?雨も止んだことだしさ」 「でももう遅いですよ」 「いいじゃん」 「もうちょっとダイといたいの」 「ン……」 ちょっと照れる言い方。 ……でも同感。俺ももうちょっとマキさんといたい。 「おしっ」 俺も腰を上げる。 姉ちゃんに出かける旨を告げて外へ。 「でもどこに行くんですか?」 「んー、どこってことはないけど」 「まあ任せろ。湘南は意外と眠らない街だぞ。遊ぶのには事欠かない」 「夜も騒がしいですよね」 ワルそうな人たちが多い分、夜も人通りは多い。 いつもならカツアゲとかされそうで怖いから俺みたいな一般人は外出を控えるけど、 今日は最強のボディガードがついてる。 「マキさんはいつもどこへ?」 「んー、釣りかな。夜釣り」 「漁協の近くだとさ、雑魚が捨てられるからかそれを餌にする魚が集まってんだよ。で、それを釣って食うわけ」 「いやー、これが結構な生命線でさぁ」 「……さっきお腹いっぱいになったでしょ。他のにしましょう」 遊びならともかく、そんなサバイバル感覚のことこの時間帯にしたくない。 「んじゃ自販機の下の小銭あさりでもする?アレあんま好きじゃねーんだけど」 「まあでもヤキトリとか仕入れるにはアレが一番か。よしっ、行くぞ」 「行きません。さっきから『遊び』が一つも出てませんよ。全部生きる手段じゃないですか」 「この世はサバイバルだぞ」 「重すぎです」 浜辺を流すことに。 湘南とはいえ、まだ6月。海回りもこの時間はあんまり賑わってなかった。 そのぶんもう始めてる海の家は集客合戦で、ライブをしたり、手品師を呼んだり。 「……」 潮と雨の香りを孕んだ海からの風が、涼やかに夏の訪れを感じさせた。 真っ暗な空。真っ暗な海。 全身の細胞に闇が染み込んでいく感じ。街灯や車のライトが、妙にまばゆく感じられる。 暗がりのぶん、光が一層強い。昼と同じ場所なのにどこか違って見えた。 こんな世界を歩いてると、ワルい子になった気分だ。 ちょっとワクワクした。 このワクワクが癖になったら、俺も不良なのかな? あんなに違うと思ったヤンキーに、こうして夜道を歩くだけで親近感を覚えるから不思議だ。 「楽しそうだな」 「そうですか?」 「ま、気持ちは分かるよ」 「夜更かしって楽しいもんな」 「ですね」 そう、夜更かしは楽しい。 ワルいことは楽しいんだ。 ヤンキーの楽しさは、俺も充分に知ってるみたいだった。 「また降り出すかもしれませんよ」 「それもそっか」 ぺたんとベッドに腰掛けたマキさん。 「んー」 コーラが終わってしまったのでビーフジャーキーをくちゃくちゃ言わせてる。 「そうだっ」 「?」 リビングの方へ行ってしまう。姉ちゃんは部屋だから平気だけど……。 「じゃーんっ♪」 「げっ」 とんでもないものを持って帰ってきた。 「へへへー。エピスパトハイネ○ンにスーパートライ。お前の姉ちゃん色んなビールため込んでんな」 「ビーフジャーキーはあるのに炭酸がないんじゃ味気ないもんねー」 「ちょっとちょっと、ヤバいですよマキさん」 「なに? お前の姉ちゃん、こういうのは本数まで管理してる人?」 「いえ、適当に飲んで適当に買い足す派なんで本数は問題ないですけど……。飲むのはマズいですよ、それ子供は……ね?」 「お酒は20歳からですから……。そうだ、酔いたいだけなら川神水っていうノンアルなのに場で酔える不思議な水があってですね」 「オープン」(プシュッ) 「わーこら!」 「んっ、んっ、んっ、ぷはー。美味くはねーけどジャーキーには合うな〜」 「お前も飲めよ」 「いやです」 「うわっと、くらっときた。へへへ酔っぱらうってこういうのか〜」 「はいはいちがいまーす。いまのはさもビールを飲んだようなパントマイムで川神水を飲んだだけでーす」 「ビールを飲んだよ?」 「はいマキさんは20歳以上にけってーい!問題ありませんよー20歳だからねー!」 「21の方がよくね?」 「どうして?」 「1個下のお前が20歳になるから」 「わー!」 ・・・・・ 「ひっく」 「……うぃー」 「あー、くらくらするー」 「さもビールを飲んだようなパントマイムで川神水を飲んでみたけど、クるなーこれ」 「なに言ってんすか。ビール飲んだでしょビール」 「おおう、ダイのキャラが変わった」 「俺ァねマキさん。男たるもの、いつも正々堂々しとらなきゃいかんと思うわけですよ」 「常に堂々と自分でやったことは受け止める。それが男の証だと思うわけです。男らしいってそういうことだと思うのです」 「うんうん」 「だから自分のしたことを誤魔化しちゃいけないんです。俺はビールを飲んだ。認めるべきだと思うんです。それにしてもマキさんは巨乳だな」 「男らしい話の流れだ」 「俺正直言ってマキさんのおっぱい好きなんです。辻堂さんの美脚と張り合えると思うんです」 「普段なら殴るとこだけど私も酔ってるからいいや」 「あー、揉みてー」 「超正直。お前酔っぱらうとそうなのか」 「ダイなら特別に2揉みくらいしてもいいぜ」 「いえ、それは良くない」 「そういうのは恋人同士がすることですから。揉みません。揉みたいけどね? 揉みません」 「マジで男らしいじゃん」 「それにこっちの彼女の方が巨乳な気がする。へいへーいカノジョ〜、いいおっぱいしてんじゃーん」(モミモミ) 「ダイ。それはぬいぐるみだ」 「おお、ダラックマ君じゃないの。君は意外といいおっぱいしてるんだね」 「ほっぺな」 「はー」(モミモミ) 「……」 「あああ〜」(モミモミ) (……あれ? イライラする。ぬいぐるみに嫉妬してる?) 「はー、お酒っていいっすねー」 ぐにゃーってする。ぐにゃーって。 「あはははははは」 ワルいことするって楽しい。 よくないんだろうけど、でも。 でも……。 「……」 「くー」 「寝た?」 「おいダイ。だーいー。こんなとこで寝ると風邪ぶり返すぞ」 「むにゃむにゃ、もう食べられないよ」 「うわ可愛い寝言。ったく、しゃーねーなー」 「よいしょっと。……ほら動くな。布団ちゃんとかぶれ」 「……」 「くぴー」 「ったく」 ――ちゅっ。 ・・・・・ ・・・・ 「腰越と長谷大が接触?」 「ういっす。かーなーりー仲良さそうだったらしいっす」 「どういうツテなのよあの2人。つい先週カノジョの辻堂と殺し合いした相手なのに」 「……」 「リョウ、どうかした」 「……別に」 (ヒロ君がマキと……なんであの子はヤンキーにばっか寄っていくんだか) (まあヒロ君ならマキ相手でもキレさせることはなさそうだけど……) (あ、そっか……) (ふふ) 「?」 「とにかく、あんまり交友の輪を広げられると心配になるわね。長谷は辻堂とつながってるわけだし」 「あ、そのことですけど。長谷センパイと辻堂センパイ、もう付き合ってないみたいっすよ」 「へ?」 「あっちの学校からの情報っす。どう考えても付き合ってるようには見えないって」 「状況的に見て付き合ってるってのは嘘だったか、もしくはもう別れてるんじゃないすか」 「そうなんだ」 「で、長谷は今度は腰越にコナかけてる。なにあいつ、カサノバの親戚?」 「三大天を次から次へ渡り歩くたぁたいしたもんだっての」 「あのセンパイなんかイイ感じっすから、気持ちはわかりますけど」 「どこがよ。あいつが出てきてから江乃死魔の勢い急ブレーキだわ。とんだ疫病神よ」 「にははっ、三大天で自分だけシカトされてるからすねてるシ」 「ちがうわボケェ!」 「でも……ふむ。スパイに探らせるか」 「ひょっとしたらあいつ、辻堂と腰越両方のアキレス腱なのかも」 「くああ」 「おそよう。30分も寝坊よ」 「うー、布団でウトウトしすぎた」 遅刻するほどじゃないけど危ない時間だった。 「昨日ずいぶんと夜更かししたみたいね。2時くらいにトイレに起きたけど、まだ部屋の電気つけてたでしょ」 「色々ありまして」 「勉強?」 「ノー」 「なら反省しなさい」 寝癖でくしゃくしゃの髪を押さえてくれる姉ちゃん。 「もう行くわ。あと10分くらいしかないから急いで準備するように。遅刻したらいつもより7割強めにツネるからね」 「ふぁあい」 はー。 眠い。 「握・撃!」 「ぎゃああああああああ!」 ツネられた。 「目ぇ覚めた?」 「気絶するかと」 「行ってきます」 ひどい目にあったけど、目は覚めたので助かる。 今日はコーヒー淹れてる時間ないな。早く準備しよ。 「眠いわ」 「俺もです」 「夜更かしはお肌の大敵っていうけど、こんだけメンタル的に厳しいと大敵なの分かる」 2人そろって大あくびした。 「昨日のは楽しかったけど、控えたほうがよさそうですね」 「だな」 翌日がキツすぎる。 分かってたんだけどね。ワルいことは楽しい。でもその分、払うツケが大きいって。 「朝ごはんの用意してる時間もないや。マキさん、パンだけでいいですか」 「パン1枚かー。最近贅沢してたから昼にお腹鳴りそう」 「朝から重くていいならカップ麺って手もありますけど」 「うーん」 「そうだ。パンだけでいいや。もらうな」 トーストしたのを取って、バターを塗るマキさん。 「じゃなダイ。遅刻すんなよ」 なんか思いついたらしい。行っちゃった。 どうしたんだろ? まあいいや。俺も支度支度。 いつもより数分遅れて家を出る。 「今日はちょっと遅いねえ」 「にゃにゃー」 「あはは、行ってきます」 ダッシュで学園へ。 「うー遅刻遅刻」 角を曲がると、 「やーん転校初日に遅刻なんてー」 「へ?」 ――ドガーンッッ!!! 「あれー」 ――ぼちゃーん。 「あれ?」 ・・・・・ 「死ぬかと思った」 「すまん。あんなに飛ぶとは」 「なんだったんですか今の」 「いや、今朝って遅刻しそうな時間でしかも朝めしがパン1枚じゃん?なら転校生のパターンはやっとかないとと思って」 「転校生は人を界○拳4倍くらいの速度で吹っ飛ばしたりしません」 「痛いってのもあるけど……何するんですかマキさん。びっしょびしょじゃないですか」 海に突き落とされた。 「寝不足のダイにちょいとどきめきなメモリアルをお届けしようとしたの」 「それはありがたいですけど」 マキさんのじゃれ方に遠慮がなくなってきてる気がする。 イイことなんだろうか? 「って、あ……」 坂の向こうの学園でチャイムが鳴ってしまった。 遅刻確定。とほ〜。 「……ふむ」 ・・・・・ 「あたしの名前は片岡舞香」 「稲村学園2年1組に在籍する女生徒である」 「おしゃれとスイーツの話が好きななんの変哲もない女子A」 「しかしそれは仮の姿。本当の私は、湘南最大の不良グループ江乃死魔から辻堂軍団の情報を探るべく送り込まれた密使なのだ」 「狙いはもちろん彼女」 「彼女の情報を恋奈ちゃんに送ることが私の使命」 「自分の正体は絶対に悟られるわけにはいかない。ゆえにあたしは、常に泰然自若として彼女の様子を伺っている」 「おい」 「はははははいっっ!?ななななにゃにゃにゃにゃにつじっ、辻堂さん!?あたし全然怪しいことしてないよ!?」 「いや、こっち見てるから用事かなと」 「べべべべええべべべ別に何でもない。なーんにもないよ、ほんと、ほんと何にもない」 「そっか」 (怪しまれたかな?) (……あんなに怖がらなくてもいいのに) 「あー漏らすかと思った」 「正直ああも近くに来られるとビビるけど、まあ滅多にないので問題ない」 「そう、私はスパイ。江乃死魔の影」 「何事にも沈着冷静な、湘南の影を生きる女なのだから」 「!!!!!」 「はい到着。言っただろ校門が閉まってもイケるって」 「みみみ民家の屋根を駆けのぼらないで。怖かった……」 「じゃ、私も遅刻するとマズいから」(シュタッ) 「ここから走って七里の遅刻判定に間に合うのか……」 まあ遅刻せずに済んでよかった。 「あ、片岡さん。おはよう」 (じわ) 「と、トイレ行ってくる」 「?」 「海に突き落とされた?」 「それで今日は体操服なのかタイ」 「うん。あはは、涼しくていいよ」 「今度から気を付けるようにね」 「でも海はいいなぁ。僕も海に飛び込むときが一番幸せなんだ」 先生から許可もいただき、制服の問題はどうにかなった。 「誰に突き落とされたんだよ。下手したら傷害だぞコレ」 「知り合い。イタズラ好きな人でさ、仕方ないよ」 「長谷君はほんと心が広いね」 「ひろの一番の美徳だ」 「そうかな」 自分ではそんな気ないんだけど。 「ヒロシって怒ることあるの?」 「喜怒哀楽の2番目が欠落してる気がするタイ」 「そんなことないよ。怒るときは怒る」 ビールくすねようとする姉ちゃんのことは2日に1回は怒鳴るし。 「でもでもでも、全然想像できないよー」 「例えばこういうときとかあります? 怒るとき」 「んー、そうだな」 姉ちゃんのことは言えないとして。 「そうだ。ゲーセンに脱麻ってあるじゃない」 「脱衣マージャンタイ?」 「……やるの?」 「あれでさ」 「あと1枚。でもあと100円しかない」 「勝負だ!」(ちゃりん) カカカカカカッ(←配牌) 「ツモっちゃった。天和」 「あれはキレるよね」 「あー、なるほど」 「キレるタイ」 「長谷君そういうキャラなんだ……」 「確かにイラッとくる」 「坂東君もやるの?!」 「脱麻は経験ないが、麻雀は知っている」 「脱衣じゃないならいっか……でもなんかショック」 「……」 ん? いま辻堂さんがこっち見てたような。 ・・・・・ あっという間に放課後。 そのころには日なたで乾かしておいた制服も乾いている。 「でも磯臭い」 「水道で手洗いしただけですからね」 「今日は体操服のまま帰るよ」 てか俺自身も臭くなってると思う。さっきから髪が塩っぽくてパリパリになってるし。 「さっさと帰ってシャワー浴びよ」 「……むむむ」 「……」 「愛さん、前に言われてた件、調べがつきました」 「? なんだっけ」 「うちの学園に入ってる江乃死魔のスパイのことです。確定は4人。うち1人が愛さんのクラスの片岡っていう……」 「ああ、スパイはもういいよ。3会終わったし。……大とも終わったし」 「は……そすか」 「それよりクミ。もう1個調べてくれ」 「はい、お次はなにを」 「……」 「腰越が最近、大人しくなった理由について」 「でさ、最近やたらマッサージチェーン店が増えてるけど、アレって効果は全くなくて」 今日はヴァンが用事があるそうで、他のみんなと帰ることにした。 けど、 「おーいダイ〜」 線路を超えたところでマキさんの声が。 プラス、向こうから江ノ電が近づいてくる。これは……。 「うお!?」 「また変なタクシー使って。危ないですよ」 「楽なんだもん」 「「「……」」」 みんな絶句してる。 そりゃそうだ、電車の屋根にのって移動って、映画の世界だよ。 「みんな紹介するね。こちらマキさん。俺の友達で……」 「おっぱいでけえええええええええええええ!」 「おっぱいでけえええええええええええええ!」 「おっぱいでけえええええええええええええタイ!」 絶句の理由はちがったようだ。 「こいつらお前のダチ? 殴っていい?」 「……」 「ダイ?」 「おっぱいでけえええええええええええええ!」 「お前もかい」 「すいません。せっかくなんで言っとこうかと」 「まあいいけど」 「海水どうなった?」 うわっと。 「「「!!!!!」」」 急に抱きしめられた。マキさんの胸に顔が当たる。 マキさんはすんすんと俺の髪の匂いを嗅ぐと、 「落ちてねーな。来い、朝のはさすがに悪かったから、おわびに温泉に招待してやる」 「へ? ……うお!」 抱かれたままジャンプ。 ちょうど来た、さっきとは逆方向の江ノ電に乗る。 「わあああ高い! 結構高いこれ!怖ー!」 「うっせーな我慢しろ。駅員に見つかると面倒だろうが」 「あああああ……」 動くことも出来ず、俺は電車にそのままの意味で揺られていくことになる。 誰か助けてー。 「「「……」」」 「OK、携帯アドレス、ヒロシの枠は『友達』から『学園関係』に格下げ」 「了解」 「了解タイ」 江ノ島近く。 「ほい到着」 (ガクガクブルブル) な、泣くかと思った。 電車って上に乗ってると超速く感じる。すごい滑るし。 俺は今日で終わりにしても、マキさん、毎日あんなのに乗ってるんだよな。注意した方がいいかも。 「ほらこっち。温泉行くぞ、遅くなるとうるせーのが来て入れなくなるんだよ」 「ちょ、わ」 ぐいぐいと手を引いて行かれる。 島の中へ。 さらに奥。でっかいホテルのある方へ向かう。 『KATASE・江ノ島リゾートスパホテル』とのこと。 「こっからはダイの体力じゃ厳しいから運んでくな」 「体力的に厳しいところには行きたくな」 「ぎゃー!」 ホテルの裏。崖のある側に回り込み、シュタタッと壁を駆け上がる。 「ほい到着」 「うわ」 壁を登るのはマジで怖かったが、それ以上に連れられた場所にびっくりしてしまった。 露天風呂だ。窓のない一部屋があり、全面温泉になってる。 「片瀬ホテル名物、展望露天風呂」 「しかもここは土日以外一般開放されてないから、平日は貸しきりなんだ」 「よく使わせてもらってるんだぜ。ぶっちゃけ実家のより大きくて超気持ちいいの」 「そういえばマキさん、家ないのに身体は綺麗ですね」 よくシャンプーの匂いさせてる。 「でもこれって不法侵入なんじゃ」 「あー大丈夫。ここの持ち主には話通してある」 「正面から来るとフロントのチェックとか面倒だからこうやって裏から入るけどな。バレても警察が動くとかはねーから」 「そうなんだ」 よく分からない人脈を持ってるんだな。 でも嘘ではないだろう。不法侵入なら不法侵入ってはっきり言う人だし。 となると……。 「入りたくなってきた?」 「ジャパニーズですから」 はふー。 タオルとかも完備されてて、お借りした。 天然ではないながら、岩風呂になってる湯船に浸からせてもらう。 はー、 気持ちイイ。 ロケーションも最高。 潮を落とすだけだからシャワーで充分なんだけど、ついついくつろいでしまった。 「ダイー、湯どう?」 「いい感じですよ」 「じゃあ私も入ろかな」 「は?!」 「お邪魔しまーす」 「ちょちょちょぉぉ待った!」 「って脱がないんかい!」 「なに期待してんだスケベ」 「……」 一瞬期待したのは否めない。 マキさんは靴下だけ脱いでお湯に足をつけた。 「足湯ってやつ。結構気持ちよくて好きなんだ」 「お湯の中っていいですよね」 安らぐ。 俺は全身で楽しませてもらおう。ぐーっと伸びをした。 「やだ。ダイちゃんったら乳首ピンク色」 「見ないでよ」 こっちは普通に裸だ。恥ずかしい。 肝心なとこにはタオルかけてるからいいけど。 お湯を蹴ってちゃぷちゃぷ言わせてるマキさんと、静かに空の開けた風景を堪能した。 「いい景色だな」 「はい」 落ちていく夕日がまぶしい。 鈍く柔らかな、飴色がかったような太陽光線は、それだけでも温かい気がする。 いいなあここ。 「……」 「……」 まったりした気分。 特に口を開くこともない。けど、心地よい。 俺とマキさんっていつの間にこんなのんびりできる仲になったっけ? 俺とこの人、相性ってのがいいのかも。 「でも夕日はやっぱ日本海側かな。夕日たるもの海に落ちねーと」 「なるほど」 こうして遠くの山に消えていくのもいいと思うけど。 「いまから見に行こっか。日本海側に」 「間に合わないでしょ」 「私のバイク200キロくらい出るから全速力でいきゃどうにかなるんじゃね」 「200キロも出したくないです」 「んー、まあ今バタバタする気分じゃねーか」 ちゃぷと湯を波打たせる。 そうそう。のんびりしたい。 「バイク乗るんですね」 「まーな。ガソリン代がないからあんま出さないけど」 「……」 「免許取ったときはさ、こんな景色眺めながら、世界中旅したいなーって思ってた」 「へー、あ、でもいいかも」 世界のいろんなところに行って、夕焼けを見る。 ロマンがあっていい。 「やっぱ旅は自分探し的なアレで?」 「そんなんじゃないって。ただ色んなとこ行ってみたいだけ」 「昔から1つの場所にとどまるってのが嫌いでさ。色んなとこフラフラするのが性に合うんだと思う」 「ふーん」 「よく分かんないな。俺は家が一番落ち着く派」 「……」 「それはお前が自分の家が好きだからだろ」 「幸せな家庭で暮らしてるってことだよ」 「……ですね」 昔いろいろあった反動かな。 姉ちゃんのいる場所に戻るのが当然だと思ってる。 「ま、気持ち、ちょっと分かるよ」 「今の私は……旅はまだしたいけど。メシ食うときは毎晩お前んちに戻りたくなると思う」 「……そう」 「ふー」 ちゃぽんと音を立ててお湯の中に立つマキさん。 俺の隣にやってくると、 「よいせっ」 「なに」 俺の頭をまたぐ感じで、背もたれにしてる岩に腰かけた。 両肩に腿を乗せられる。 「なんかエロいんですけど」 「こっち向くなよ。お宝映像大放出しちゃう」 「はいはい」 俺の頭を挟んでる。つまり頭の真後ろにはパンツがあるはず。 意識すると変な気分になる。極力無視した。 「〜♪」 からかうように腿で頬をすりすりしてくるマキさん。 この人、くっつき癖みたいのがあると思う。 誰とも相容れない野良犬のくせに、気を許した相手にはくっつきたい。 根は甘えん坊なのかも。 「ねえマキさん」 「んー?」 そう考えると気になることが1つ。 甘えん坊な人がなぜ1人でいるのか。つまり。 「なんで家出なんてしてるんです?」 聞いた。 ずっと気になってて、でも聞かなかったことを。 マキさんはちょっと迷ったけど、 「家が嫌いだから」 あっさり口を開く。 「実家がさ、嫌いなんだ。人の嫌なとこばっか見えて薄汚ェ」 「家の人間も私のこと嫌ってるし。ま、お互いにウザいから出てってやろうかなって」 「ようは親切心だな。私なりの」 サバサバしてた。 寂しがってるって感じはしない。もう家に未練とかはない感じ。 マキさんらしい。 「でも学園は行くんですよね」 「ン……まあな」 「お金はおばあさんが出してるんでしたっけ」 「ああ」 「最低限の連絡先として学園だけは、な。いざってときばあちゃんの目につくとこにいたいし」 「いざってとき?」 「ン……あー、えっと」 「昔さ、マジもんの家出してたんだよ。貯金崩して授業サボって全国バイクで走り回って」 「国内とはいえ北海道から沖縄まで、その日の気分で行ったり来たり。……貯金が食費で1ヶ月で消えた」 「食べすぎです」 「駅弁ってどこも美味しいんだもん」 「で、金が切れたんで行くとこなくて家に帰ったら」 「8月の半ば……そう、17日だった」 「じいちゃんが死んでたんだ」 「え……」 「15日に。大往生だったって」 「前々から身体弱ってるのは知ってたけど、まさかって感じだった」 「私が遊んでる間に、いつの間にかポックリ」 「……」 「まーそれが後味悪くて、で今はプチ家出にしてんの。ばあちゃんが体壊したらすぐ分かるように、学園だけはちゃんと行って」 「ははっ、よくサボるけどな。どーも3時間目の授業で眠気が限界で」 「マキさん……」 「ンな顔すんな。同情されんのは嫌いだ」 「ってかこっち向くな。パンツ見えちゃうだろ」 見えてる。白。 見えてるけど、俺はマキさんから顔をそらさない。 マキさんはやれやれって感じに苦笑して、 「やっぱ死に目にあえないってのは親不孝だったかなーと思うわけよ。家族として」 「ははっ、こんな生き方してる時点で親不孝してるのは一緒なんだけどさ」 家を捨てたことさえサバサバしてるマキさんが、ここだけは妙に歯切れが悪い。 アウトローの手本みたいな生き方しててもやっぱ捨てられないものはあるよな。 家族とか。 その意味でマキさんも……どんな不良も、俺たちとはあんまりかわらないんだろうか? と――、 「くるァ皆殺し! 勝手に私の風呂ォ使うな!」 「ふわ!」 「へっ? 長谷……にゃああああなんで裸なのよ!」 闖入者が。 「片瀬さん?! なんで……ちょ、見ないで」 「何でもなにもここは私の風呂よ!うわわ、さっさとソレ隠せ!」 「片瀬さんのって……マキさん?」 「だから恋奈のものって私のものじゃん?ほら、七里の1年と3年だし」 「じゃん? じゃねーよ!」 「うっせーな。江乃死魔なんて目障りな組織作ったとき、何個か確認取っただろうが」 「私の視界をウロチョロすんな。私に聞こえる範囲で騒ぐな。私に絡むな。あとお風呂貸せって」 「1個も了解してねーわよ! 最後のは特にな!!」 たしかに最後のだけ毛色がちがいすぎる。 どうも風呂に入る了解を得てると思ってたのはマキさんだけらしい。 うーん。 好き勝手生きてるけど、代償は結構ボイコットしてるかも。 「家族?」 「家族がいないの?」 「うん」 「ふーん。かわいそう」 「……かわいそうじゃないよ」 「家族なんて誰にでもいるわ。私はお父さんもお母さんもいるし、ヨイちゃんだってお母さんいるもんね」 「お母さん大好き」 「……」 「ふんだ。私の子分にならないから家族がいないのよ」 「そんなの関係ない」 「あるわ。私の言うこと聞かないのが全部悪い」 「家族もいないやつに言っても分からないかしらね」 「……」 「ッ」 「あ、ちょ」 ・・・・・ 「ひ、ヒロ。ゴメンね?」 「……」 「泣かないでよ。言いすぎたってば」 「あっち行って」 「ゴメンってば。家族がどうこうはヒロのせいじゃないわよね」 「……」 「私のこと嫌い?」 「きらい」 「うー」 「……」 目が覚めた。 「はむはむ……にへへヒロ〜、これ美味しい」 姉に絡みつかれたうえ耳たぶはむはむされてる。そりゃ起きるわ。 姉ちゃんまた忍び込んできたらしい。 まったく、甘え過ぎだよ。 家族だからって。 「……」 「ふふ」 「がぶっ」 「ぎゃー!」 「和んでる場合じゃないぃいててて!放せ姉ちゃんそれは食いもんじゃ……ギャー!」 ちぎれるちぎれる! 「今度からは両耳に経文を書いて寝よう」 「ゴメンゴメン。手羽先のあのぺろんてしたとこ食べる夢見てて」 「ったく、歯形までつけないでよ」 「これで何個目だ?くるぶしの歯形、まだ消えてないぞ」 「歯形についてはお互い様でしょ。こっちだって肩甲骨噛まれたやつ、消えてないわよ」 「キスマークなんて全身にびっしり。お尻と腿の境目についたやつ、もう3年も消えないからたぶん一生残るわ」 「う……それは悪かったよ」 「まあ今日のはごめんなさいです」 「ビールのプールで泳いでたら手羽先が山盛り……。幸せな夢でテンションあがっちゃって」 「ビールプールの夢、3日に1回くらい見てるよね」 よく聞く。 「てかよく夢の内容そんなに覚えてるね」 「そうね、記憶に残りやすいタイプ」 「ヒロは今日なにか夢見た?」 「んー、見た気はするけど寝起きのピンチで全部飛んだ」 「あとそもそも夢の内容覚えてないタイプ」 「そうなんだ。それが普通らしいけど」 「それに覚えてなくても分かりきってるわ。どうせ今日も大好きなお姉ちゃんに甘えまくる夢よ」 むしろ嫌がらせされたときの夢だった気がする。 ま、いいや。 「俺今日はちょっと早く出るから」 「なにかあるの?」 「うん」 倉庫から自転車を引っ張り出してきた。 「あら珍しい」 「おはよおばあちゃん。……っしょっと」 よし、動きそう。 ちょっとさびてるが、しばらくぶりに出した自転車。問題なく乗れそうだ。 後輪にハブステップをつける。 この地区は坂道が多く、自転車は良い移動手段とは言えない。なので倉庫にしまってたけど、 この国道は平たんなので自転車の使い勝手は良い。 「おはようございまーす」 「おはようさん。あら、今日は自転車?」 「はい」 久しぶりに乗ると楽しいな。 ――キッ! ブレーキがうるさい。あとでサビ落とし打っとこう。 「なにごと?」 「俺の愛車、チキチキバンバン号です」 「だっせ」 マキさんはいつもの場所にいる。 さりげなくここ、江ノ電が道側に張り出して飛び乗りやすい場所だったんだな。 「でも今日からはあんな危ないタクシーやめた方がいいと思うんです」 「こっちのタクシーの方が安全ですよ。お嬢さん乗ってかない?」 「……」 「自転車って2人乗り禁止じゃなかった?」 え、そうなの? 「ま、いいや。七里まで頼む」 「はい」 「はぐはぐ……。ん〜、メシまで完備とは、やるねーこのタクシー」 「いえいえ」 朝の涼しい海風を頬に受けながら、稲村を抜けて七里まで向かう。 朝食のサンドイッチも気に入ったらしく、マキさんはご機嫌だった。 七里学園はそんなに遠くない。このくらいの時間+自転車のスピードなら俺も遅刻の心配はない。 「ヘルメットつけません? あぶないですよ」 「やだよダセェ。小学生じゃあるまいし」 「うーん」 まあヤンキーにそこまでさせるのは無理か。 このまま行こう。怒りだしたら厄介だ。 「しっかしお前も物好きっつーか。変なやつだな」 「そうですか?」 「メシだけでも大きなお世話なのに、送迎まで」 「知り合いが毎朝あんな危ないことしてるって知ったら放っておけませんよ」 「危ないって?」 「電車ってのはね、屋根の上には乗らないものなんです」 「あっちのほうがイイんだぞ、風が気持ちよくて。たまに電線で首つりそうになるけど」 「ほら危ない」 「これからはなるべく俺がこうしますから、もう電車は使わないで。ね?」 「……」 「はいはい」 ぎゅっと俺の服をつかみ、目を細めるマキさん。 海からの涼風が髪を揺らす。 たしかに俺、ちょっとお節介すぎるかな。 でもマキさんが放っておけないからいけない。 気になってしょうがないんだ。 「……」 「おざっす愛さん。昨日言われたこと、調べ終わりましたよ」 「ン……」 「腰越の最近の動きについてですけど」 「いや、いい」 「はい?」 「悪い……今度にしてくれ」 「聞きたくないんだ」 「???」 「とうちゃーく」 「ごくろーさん」 ぴょいっと降りるマキさん。 「帰りも来ますから待っててください。最悪1人で帰るくらいはいいけど、電車はもう使わないように」 「めんどくせーの」 「でも送迎はいい感じだから我慢する。早めに来いよ」 「はい」 さて、 俺も遅刻しないうちに学園行かないと。 ・・・・・ 「……なるほど」 やっと土曜日だ。 最近色々あって疲れた。休みの日はゆっくりしたい。 「たとえば?」 「そうだな、部屋でごろごろしたり、積んでる本やゲームを消化したり、たまってきた携帯のアプリも整理しないと」 「それで午後からは半日かけて夕飯の準備なんてどう?」 「凝ったものを作るわけじゃない。カレーとか、半日かけてじっくり煮込むの」 「いいわねカレー。やっぱ牛?」 「ノンノン」 「豚?」 「ノンノン」 「じゃあ鶏?」 「3つ全部ぶちこんだらいかがでしょう」 「トリプル! いいじゃない」 「でも主役は肉じゃない。ニンジン玉ねぎジャガイモを手間暇かけて調理するんだ」 「ニンジンは完璧に味が染みるまで。玉ねぎなんて見えなくなるまでじっくり煮込む」 「歯を立てるまでもない。舌でそっと押すだけでつぶれるジャガイモ。姉ちゃん好きでしょ?」 「いいわねー」 「まったり過ごして、手間暇かけたカレーで締めくくる。そんな休日が俺の理想なんだ」 「高速を時速150キロでぶっちぎるようなのは求めてないんだなぁ」 「しょうがないじゃない。おばあちゃんが味噌煮込みうどんが食べたいっていうんだもの」 「ははっ、アレって土産にするものじゃないと思うんだけど」 「まあまあ、たまの休みくらい姉弟水入らずでドライブするのもいいでしょ」 「俺は姉ちゃんと一緒なら近場で散歩するだけでも充分楽しいよ?」 「ふふっ、可愛いこというんだから♪」 「ふふっ、姉ちゃん180キロ超えてる♪」 「実は私、嬉しいことがあると2つの意味でアクセル全開にしちゃうお姉ちゃんだったの」 「まあ150も180も一緒か。地球はもっと早く自転公転してるんだし」 「ヒロは命の危機を感じるとパカッと悟りが開けるからいいわね」 月曜、風邪ひいた俺を看病してくれたばあちゃんにお礼を言いにいくことになった。 ばあちゃん。つまり極楽院三大元住職のいる極楽院三醍寺は、稲村方面でも有数の、由緒正しいお寺である。 長谷家も親戚のどっかが檀家になってるんだとかで少なからず縁がある。 一番の縁は昔ここにいた俺が里親になってもらったことだろうけど。 長谷家からは歩いてせいぜい30分。車なら15分もない距離なんだが、 「こんちはーおばあちゃん。はいコレ、お土産の味噌煮込みうどんの素」 「ホゥホゥ、ありがたいわい」 「と、トイレトイレっ」 うおえー。 「どうかしたかの?」 「車酔いじゃない?」 電話で聞いたらばあちゃんが味噌煮込みうどんなんてものを欲しがったせいで、とんだ遠回りになった。 名古屋まで往復4時間してからの到着だ。 いいけどね別に。 お茶を出してもらい一休み。 「というわけで、ヒロも元気になりまして。ありがとうございました」 「ホゥホゥ、わしは何もしとらんわい」 こっちのばあちゃんはホントに何もしてないな。くっさい薬湯を作っただけで。 まあでもお礼は言うべきだろう。黙っておく。 しばし一服。 「最近はどうかね。お父さんたちはがんばっとるかい」 「まだ大阪。あ、お盆も帰ってこないみたいだから、挨拶は私たちだけで来るわね」 「ふむぅ……たこ焼き楽しみにしとるんじゃが」 「素で良ければ私らが持ってくるわよ。大量に送って来られて困ってるから」 「ばあちゃんは結構食い意地が張ってるよね」 「ホゥホゥ、よく食べてよく寝る。この年になるとこれが一番の健康法じゃわな」 「ヒロ坊はどうかね。変わったことはないかね」 「……」 激動の2週間、その後の1週間だったけど、結果的には、 「とくになし。代わり映えのない日常です」 たぶんね。 「そうかい。それが一番」 満足そうに笑うばあちゃん。 と、 「……」 「最近色々あるみたいだけど?夜更かしするようになったり」 「う……」 「なーんか私に隠してたり」 マキさんのことだ。 ぼんやりとながら気づかれてたらしい。 「ホゥホゥ」 「そのくらいよかろ。人間ひとつくらい隠し事のあったほうが面白い」 ばあちゃんは寛容だった。 「隠し場所、ベッドの下から替えたほうがよいぞ」 「その点は問題ないです」 「ヒロはそっち方面、全部パソコンに収めてるんですよ」 「隠し場所はDドラ音楽フォルダの『クラシック2』」 「気づかれてる!?」 「音楽フォルダにクラシックって名前で入れてるくせに隠しファイルにしてたら逆に怪しいでしょ」 ……帰ったら新しいフォルダに移そう。 「まあエロ本くらいは許容するとして」 「お姉ちゃんに隠し事なんて。不良にでもならないか心配だわ」 「……」 俺は不良にはならないよ。 「まあまあさえちゃん。そうケンケン言わんで」 「エロ本を見るも人生。隠し事するも人生。一度くらいツッぱってみるも人生よ」 「ばあちゃんはいい加減なんだから」 「ホゥホゥ」 「それにヒロ坊が不良にならんのは、さえちゃんが一番わかっとるんじゃないのかね」 「……まあね」 「……」 この話をばあちゃんに振られると弱いんだろう。途端に静かになる姉ちゃん。 『不良になりかけた』なら、姉ちゃんのほうが前科アリだからな。 昔の姉ちゃんは、いわゆるガキ大将ってやつだった。 頭はいいしケンカも強いしでワガママ放題。稲村界隈の子供はみんな大きい子も小さい子も言いなりだった。 稲村地区のボス猿的存在だったらしい。 その勢力はここ、極楽院まで及ぶ。 俺の入ってた養育施設まで。 「今日からこのお寺の子たちも私の子分ね。私の言うことに逆らっちゃダメだから」 「なんだと!ここのボスは俺だ、誰がお前の言うことなんて」 ――ごすっ! 「びえーん」 「はい、私がボスに決定」 横暴なんてもんじゃないが、当時小さかった俺はあんまり関係なかったな。施設内で威張る子が変わったってだけで。 「冴子さんはイジメ嫌いだから。イジメっ子がいたら言えばやっつけてくれるよ」 「ただし冴子さんの言うことは絶対に聞くこと」 「ふーん」 「もうお菓子取られなくていいんだ」 「みーんな平等に私の子分よ。私以外が誰かをいたぶるのは許さないわ」 むしろ姉ちゃんに代替わりしたことでイジメみたいのがなくなって友達は喜んでた気がする。 「……」 「そこのアンタ、なんか納得いかない顔してるわね」 「別に」 「む……この感じ、長谷帝国への反乱分子1号だわ。アンタ名前は?」 「ヒロシ……ねえ」 「ヒロ、アンタも私の子分になりなさい」 「え、やだ」 「なんですって!」 とまあ我ながらズレた子供だったようで、空気読まずにガキ大将に従わなかった。 これがなぜか琴線に触れたらしく姉ちゃんはやたらと俺に構うようになり、 いつしかよくしゃべるようになってた。 「でねでね、私、学園で一番カッコいい男子に告白されたの。ほんとカッコいいのよ、生徒会長してて」 「ふーん」 「付き合ってくれーって言われて困るわ」 「ふーん」 「すごがりなさいよ……。でもどうしよっかな、付き合った方がいいのかな」 「……」 「あんま知らないんだけど、でもカッコいいし、付き合えばみんなすごがるし」 「……」 「やめたら?」 「へっ?」 (好きでもなさそうなのに付き合うなんて相手に失礼だ) 「そ、そう。他に取られるのはイヤ……と」 「分かった。付き合わない」 「うん」 加えて姉ちゃんが中学に入ったとき、とある転機が訪れる。 「学園の不良チームに誘われてるの」 「ふーん」 「うちの地区でケンカが一番強い不良ってことで名前が知れてたみたい」 「どうしよう。私って不良なのかなぁ」 『不良』と『ガキ大将』のちがいは、はっきり言って年齢だけである。 中学生のガキ大将は立派なヤンキーだ。 普通なら、これまでガキ大将としてカッコつけてきた流れでヤンキーにジョブチェンジするんだろう。 ただ姉ちゃんの場合。 「さえちゃん、フリョーさんはいやなの?」 「んぅ、うーん、私って勉強できるから」 姉ちゃんはガキ大将であると同時に、優等生でもあった。 ガキ大将と優等生は両立できても、不良と優等生は不可能。 このほんのちょっとの葛藤が人生を分けるんだから面白いよな。 「いやならやめれば?」 「ふぇ?」 「さえちゃんがいやなら、やめればいいよ」 「俺は乱暴なさえちゃんより、優等生なさえちゃんが好きだな」 「……」 「うんっ」 「というわけで私、もう親分は卒業するわ」 「「「ええーっ」」」 「次の親分は……そうね。ヨイちゃん任せた」 「わ、私ですか?」 「みんな好きに使っていいわよ。チームみたいにしたけりゃ名前つければいいし」 「でも急に言われても」 「せっかく稲村で最強のチームなんだから解散ももったいないしね」 「いっそ湘南最高を目指したら?湘南最強だぜべいべー! みたいな」 「は、はぃ」 「かっこいー! 俺も入る!」 「ぼ、ぼ、僕も」 「さてと、あとくされもなくなったわけだし」 「あとはヒロを私のものにするだけね」 「ヤだよ」 とまあこうして、不良に片足突っ込んでた姉ちゃんは悪の道を抜けることとなる。 ボス猿な性格は直らなかったけど、周りに愛想ふりまくことは知ってたんで、さも普通の優等生であるかのように。 いまでは真面目で明るい先生。 ちなみにこの一件で、ひそかに娘のやんちゃぶりに手を焼いていた長谷さん夫妻。父さん母さんは、俺を引き取ることを決めたらしい。 人生って不思議だ。 「諸行無常。世の中はなるようにしかならぬもの」 「なら若いうちくらい、無茶してみてもよかろ」 「ヒロはいい子だからヒロなの。不良になったら困ります」 「分かってるって。俺も不良になる気はないから」 なる度胸もないし。 「ホゥホゥホゥ」 「ばあちゃんはいつもそれよね。放任主義っていうかなんて言うか」 「ホゥホゥ、昔ド○ス・デイに憧れて説法の場でケ○ラセラを歌ったら怒られたわい」 「破戒僧だなぁ」 別にいいけど。 ・・・・・ 「ふぃー、ここのおトイレって和式しかないのがイマイチね」 一服して、姉ちゃんも用をすませた。 「そろそろ帰ろうか」 「そうね」 来て1時間も経ってないが、あいさつに来た程度だし、早めに席を立つ。 礼儀として顔は見せるようにしてるけど、この寺はあんまり長く居たくない。 会いたくない人、多いからな。 「もうかい? ホゥホゥ、またおいで」 「うん。また」 背を向けて立派な門をくぐろうとする。と、 「ヒロシ……チッ」 「ども」 会っちゃったか。 一服中だったらしい。灰皿なしでタバコを咥えた、坊主頭の男が1人。 坊さん……と言えるのは俺があっちを知ってるからで、パっと見たら堅気の職業には見えないだろう。 いかつい顔つきは剃った頭から顎にかけて傷が走り、耳はピアス用の穴だらけ。 「また住持に会いにきたのかよ」 「顔を見に来ただけですので。もう帰るところです」 「いまさら住持に媚び売ったって」 「うわっ。ッ……、い、行けよ」 「なぁにボス? 元親分には挨拶してくれないわけ?」 「……チッ」 タバコを近くのどぶに落とし、去って行った。 この吸殻は養育院の子たちが掃除しなきゃならない。拾い上げて近くのゴミ捨てへ。 ……ちょっと暗い気持ちで車に乗り込む。 「年々性格歪んでくわねアイツ」 昼過ぎになったので渋滞にぶつかってしまった。 すぐそこの我が家にたどり着けず、姉ちゃんと車に閉じ込められることに。 さっきの人……俺にとっては養育院の兄さんの話になる。 「ストレスでしょ。仕方ないよ」 寺ってのは清廉潔白なイメージの商売だけど、実際、内部のドロドロっぷりはひどいものがある。 競争社会なのだ。どれだけ檀家を持てるか、寺院を任されるかで一生が決まる。 しかも結果はほぼコネ。寺の息子に生まれれば安泰だけど、そうでなければ他人を蹴落とすくらいしないといい目は見れない。 子供を僧侶にしがたる親は結構多い。俺のいた養育院も、俺みたいな親がいない子より教育のため預けられた子のほうが多かったくらい。 ところが昨今、坊主はあふれ気味でも檀家は縮小傾向。僧侶も商売なので、お客様が減ればそのぶん儲からない。 寺を持てない、アパート住まいの僧侶。いわゆるアパマン坊主は拡大傾向にあるんだっけ? コネのない坊主はストレスも溜まるだろう。ああしてヒネくれても仕方ない。 「暴走族やめたのに、お坊さんになっても競い合ってるんだからおかしいよね」 「世の中そんなものよ」 ちなみにさっきの人が人相悪かったのは、ヤンキー上がりだからである。 5年くらい前まで湘南で走り屋やってて、顔の傷はチキンレース失敗したときのものだとか。 元ヤンの坊さんは結構多い。俺が知るだけで4人いる。 卒業後は頭丸める以上、学園の勉強なんてなんの意味もないわけで。退屈を持てあましてるわけだ。 「改めて思うわ。不良にならなくてよかった」 「ヒロもならないでよ」 「ならないってば」 「……でも」 「うん?」 「長谷家が引き取ってくれなかったら、いまごろなってたかも」 「そうね」 笑ってしまった。 不良って特殊なもののようで、そうなるだけの選択肢はごくごく身近に転がってる。 とそこで前の車がようやく動き出した。 流れに乗って俺たちの車も発進し……。 「……」 「渋滞長い! こっち行こ」 「どわ! また寄り道するわけ?」 高速の方へハンドルを切る姉ちゃん。 まああとは用事もないからいいけど。 高速に乗る。 今度はちゃんと100キロの制限に従ってるので助かる。 「どこ行こっか。どっか行きたいとこある?」 「いまどこ向かってるの?」 「んー、この方向は、長野ね」 「そうだ。最近釣りしてないわね」 「釣りかぁ。食える魚ならいいけど」 「スポーツフィッシングの方が楽しいわよ。食いつきいいし、引きが強いし」 「キャッチ&リリースのやつは……。怪我だけさせて返すってのがどうも。娯楽感覚で魚をなぶり殺してるみたいで」 「娯楽でなぶり殺されるのも娯楽で食われるのも魚にすれば一緒だろうけどね」 「ま、適当にぶらぶらしよ」 「はーい」 シートを倒してゴロゴロする。 過去はどうあれ、いまは楽しい。 それで充分だ。 「……」 「どこで何してても良いし。隠し事もいい。毎晩夕飯たくさん作ってる理由も聞かないけど」 「いつかはちゃんと話してよね」 「うん」 マキさんのこと、姉ちゃんになんて話そう。 あんまり隠しておけることじゃない。この家は俺だけのものじゃないわけで、こそこそ他の人を上げてるのは気が咎める。 でもなんて言えばいい? 家出娘がご飯を美味しそうに食べてくれるので毎晩ご馳走しています? まー怒られるだろうな。 困った。 「うーん」 「なに難しい顔してるの」 「男にはたまにシリアスな日が来るのです」 「なるほど。お姉ちゃんに告白したいことがあるんだ」 「!?」 「言われなくてもヒロが私を好きなのは知ってるけど、やっぱり言葉にしてくれると嬉しいわね」 びっくりした。いつもの冗談か。 「あもっとライトなやつだった?ケツマクラなら言ってくれればいつでもするわよ」 「いらないよ」 「本当に?」 「今日はいらないよ」 「悩んでるのはそのことじゃなくて……っと。いや、なんでもない」 このままだと姉ちゃんのペースで口走りそう。誤魔化すことに。 「昨日忙しかったぶん今日はゆっくりしますか」 姉ちゃんはごろごろ転がって、DVDの棚を見る。 「久しぶりにタヌキえもんの映画でも見よっか」 「あははは、こののべた君が拾ってきた恐竜をママから隠すとこ好きなのよね〜」 「……出かけてくるよ」 外へ。 どうするかなぁ。 あ。 「江乃死魔はいま弱ってる。抜けるならいまだぜリョウさん」 「そうだぜ。湘南最強! 湘南BABYの伝説はまだまだ終わらねーぜ!」 「考え中だ」 江乃死魔で見た怖い人が、何人かガラの悪そうな人を引き連れてた。 びっくりした。あの人、ここら辺の人なんだろうか。 「ハァ……あいつらの気持ちも分かるけど立ち上げた親分が忘れてるんじゃ最強目指しても」 「っと、ヒロ君。こんにちは」 「こんにちはよい子さん。何か言ってた?」 「なーんでもない。……こっちも忘れてくれちゃって」 「?」 「なんでもないったら」 「……」 「ふふっ」 嬉しそうに笑うよい子さん。 「気づいてない2人を見守るってのもなかなか優越感よね」 「???」 よく分からないが、気分良さそうに行ってしまった。 変なよい子さん。 ふらふらしてるうちに江ノ島の方まで来てしまった。 行ってみるか。 ・・・・・ 「あむあむ」 「しらすクリーム……やっぱひでーな」 「っ」 「あ……」 思いがけない人物と鉢合わせに。 アイスを食べてた辻堂さんは、こっちに気付き一瞬慌てたあと、口をつぐんだ。 「……」 「……」 うわ、気まずい。 なんとも言えない空気になってしまう。 別れて……1週間か。そういえばこうして1対1で会うの、初めてだな。 たぶん俺が避けてたから。 「や、やあ」 「おう」 「……」 「……」 失敗。 なにも考えず切り出したから話が途切れてしまいもっと沈黙が重く。 ええいがんばれよ俺。 友達になろうって言い出したのは俺だろ。 「なにしてるの。あ……そのアイス」 「うぁ、あの、目に留まったから。ほら、どんな味だったかなーって」 「ああ」 しらすクリーム。前のデートで一緒に食べた。 「ンなことより、そっち、どうした」 「俺はただぶらぶらと。ほら、いい天気だし」 「だな、この島もうじきすげー混むから散歩するには今がギリギリだ」 「うん」 「……」 「……」 ああ、ダメだ。続かない。 これならいっそ、会ってすぐ『じゃあね』のほうが良かったかも。 モトカノと喋るってこんなに緊張するのか。 「……」 「なあ大」 「うん?」 「お前さ、……あの」 「腰越と……」 「え?」 「……なんでもない」 なにか言いかけてやめる辻堂さん。 なんだ?思ったけど、 「じゃ、じゃあまた学園で」 「あ、うん」 行ってしまった。 一緒にいる間の空気はアレだったけど、行っちゃったら行っちゃったで寂しい気がする。 「……はぁ」 俺と彼女、急激に仲良くなって、付き合うとこまでいって、急に別れて。 相性は悪くないんだから、せめて友達にくらいなれると思ったんだけど。 もう無理なのかな。 あの日みたいに仲良くなるなんて。 「……」 展望台、行ってみるか。1人だけど。 ・・・・・ 「……」 「はぁ」 「ふふっ」 「なんか用か」 「別に。ただ誰かさんの見られたくないだろうところを見たと思ったら、面白くなっちゃって」 「……」 「元カレとは円満なお別れとは言えないみたいね」 「笑うなってほうが無理よ。あの喧嘩狼さんが、おしゃべりするだけでブルッちゃってるんだもの」 「……それで?」 「それだけよ」 「哀れだなって思っただけ」 「……」 「気分はどう? 腰越に男取られて……」 「ゴアッッ!」 「……ッ」 「……クソッ」 ・・・・・ 「へへへ、湘南三大天――全員女っていうからどんなゴリラかと思って見に来たけど」 「ゴリラ仲間が見つからなくて残念だったな」 「いいねいいねー、おっぱい大きいし。好みだぜぇ。これが終わったら可愛がってやる」 「元日本ボクシング無差別級ランカーの俺に殴られて顔の形が変わらなきゃなっ!」 ――どごーん! ん? すごい音が聞こえ、なんかデカい男が海に落ちるのが見えた。 「あっ、おーいダイ〜」 「マキさ……うわ! なんですその血」 拳が血まみれだ。 「なんか血の気の多そうなやつだとは思ったけど、あんなに鼻血が出るとは思わなかった」 「またケンカですか」 「売られたから買っただけ。正当防衛」 「それより……くんくん、この匂いは」 「はい、江ノ島に行ったんでシラスパンっていう」 「はぐはぐウマー」 「早!もう、俺用に買ったんだから」 「あ……血ぃつきそうだから手洗ってくる」 駆けていくマキさん。 ほんと自由な人だなぁ。 「……」 「いた。愛さんこんなところに。今日は大事な集会だから出てくださいって言ったじゃないっすか」 「んー? ……ああ、なんか聞いたっけ」 「気分じゃねーからそっちで頼むわ」 「いや出てくださいよ。愛さんがいねーとまとまらない案件なんです」 「……」 「はいはい」 「……?元気ないっすね、なにかありました?」 「べつに」 「いたたたた……怒らせようとはしたけどあんな一瞬でキレるとは思わなかった」 「基本は脅しから入るのに、今日は真っ先に手がでたシ」 「キレてたっすねー。1発で済んでよかったっすよ」 「様子見のレベルを間違えたわ。今日のこれはミスとして受け止めましょう」 「……収穫は大きいけど」 「なにがだい?」 「辻堂がガチでキレるってことは、長谷と腰越の線は完全につながったってことでしょ。さらに辻堂は長谷に未練がある」 「長谷大。打倒辻堂、腰越のキーマンに確定よ」 結局何をするわけでもなく1日が終了。 こんな休日もあっていいと思うけど、微妙だな。 ……そうだ。1つ考えなきゃいけないことがある。 マキさんの夕飯。 姉ちゃんにバレかけてるわけで、ガッツリ用意するのはちょっと厳しいかも。 マキさんならナックのハンバーガーとかでも文句言わないだろうし。 どうする? いや、ようは姉ちゃんの目を誤魔化せばいいんだ。色々やりようはあるさ。 ……マキさんには喜んで欲しいし。 夕飯を作ったら、あらかじめタッパーにマキさんの分を分けておく。 そして部屋に運ぶ。 これだけのことでも充分誤魔化せる。 「つーわけで姉ちゃーん。ご飯できたよー」 「うぇへへへへ、今日のおかずはなーにっかなー」 べろべろに酔ってた。 気ぃ使うことなかったか。 「本日の酒のつまみは……野菜炒め?またもやしが多いなぁ」 「1パック19円だったんだ」 「もやしってまあ安いし栄養価高いしでポテンシャルは認めるけど、あんまり多いと貧乏くさくなって微妙なのよね」 「気持ちは分かるけど」 「もやーーーーーーしーーーーーーーー!」 びっくりした。 「急になに」 「いや、このくらいテンションあげないともやしる気になれないから」 「ヒロも言いなさい。はいもやーーーーーーしーーーーーーーーーー!」 「も、もやーしー」 「ダメダメ恥ずかしがっちゃ。もやーーーーーーーーすーーーーーーーーーー!」 「もやーーーすーーーー」 「OK」 酔っ払いにはついていけん。 「というわけで今日は野菜炒めです」 「肉が少なーい」 「肉よこせーぶーぶー」 軽く蹴られる。 「これならハンバーガーとかのほうが良かったなー」 ひどい。 「もやし多すぎね?」 「1パックじゅ……29円だったんです」 ちょっとサバ読んだ。 「ありがたくいただくけど。これ野菜炒めじゃなくてもやし炒めだろ」 「もやし炒めはもやし炒めで美味しいですよ」 「はいもやーーーーしーーーーーーーーー!」 「……」 「もやーーーーーーすーーーーーーーーー!」 「……」 「////」 「いただきます」 そうだな、気を張る必要もない。 ナックで済ませよう。携帯でいまやってるキャンペーンを調べる。 えっと、ポテト100円とビッグナック200円か。 ……う、写真見ると食いたくなってきた。 うちも今日これにするか。 最寄りの店へ。 「いらっしゃいませメニューをどうぞ」 「ビッグナック4つとポテトL3つ」 「かしこまりました。ご一緒にセットになさいますとお安く」 「結構です」 「いまならハッピーセッ」 「結構です」 「かしこまりましたまたお願いしまーす」 「……」 なんでセット断るとちょっと悪いことした気になるんだろ。 しかしビッグナック1個200円は安いよな。うんうん。 帰ろうとすると、 「あっ、ヒロシちゃんヒロシちゃん。寄っていかない?」 「はい?」 「今日ね、よい子がハンバーグ作りすぎて、なんとかサバいちゃいたいのよ」 「お母さんだってパン仕入れすぎたでしょ」 「どうかなヒロ君。ハンバーガー1個100円なんだけど」 「……」 「どうかした?」 「ナックと孝行の……どっちもハンバーガー?どういう取り合わせよ」 「食べ比べてみようと思ったんだよ。別に高いやつ買って悔しかったからとかじゃ全然ないからね」 「はぐはぐウマー」 マキさんは満足してくれた模様。 「やっぱ味的には孝行が上か?」 「出来立てですからね。ナックのいかにもジャンクっぽい味もそれはそれでいいけど」 「でも量多すぎね?」 「はは……ポテトLで買ったからこれだけでもお腹いっぱいなんですよ」 「全部食えるけどね」 むしろマキさんがいてくれて助かった。 ・・・・・ 「ごっそさん」 「けふー、食った食った」 満足そうにお腹をさするマキさん。 両足を伸ばして寛ぎだす。 「……」 「どうかした?」 「あ、いや」 じーっと見てたら気づかれた。視線をそらす。 食後は当然のようにくつろぐようになったな。 最初から遠慮はしない人だったけど、最初のころはこんな無警戒ではなかったと思う。 いつの間にか俺の部屋に来るのが、俺のスペースにマキさんがいるのが当たり前になっていく。 いいな、こういうの。 「……」 「なあダイ、遊びいこっか」 「はい?」 「今日はジジイが静かだったからすげー昼寝がはかどってさ、夜寝れそうにねーの。行こうぜ」 「おわっ」 誘うというより強引に俺の手をつかみ、引っ張り起こすマキさん。 俺は抵抗も出来ずまた連れて行かれることに。 夜更かし……姉ちゃんに怒られたばっかなのに。 でも広がる夜闇が俺たちを包み、人目をさえぎる。 ワルいことに身を投じていく感覚が、ゾクゾクと背筋に心地よいものに変わってしまう。 「ははっ」 俺の手をつかんで走るマキさん。 「……」 俺はもうそれに勝てる気がしなかった。 「イギリスってどこから行くんだろ」 「たぶん空港じゃない」 「やっぱパスポートいるよなぁ」 「ないと飛行機にすら乗れないからな」 「あと英語しゃべれる奴がいないとキツいか。なあタロウ、ちょっとロンドン行かない?」 「今日は忙しい」 「連れション感覚で誘うとこじゃねーよ」 「なんで急にイギリスタイ?」 「ロンドンに母乳で作るアイスが売られてるんだって」 「なんで俺を誘わない!」 「パスポート作っておくから、飛行機チケット頼むタイ」 「これもう販売停止してるよ」 「っと、ゴメン。俺もう行くね」 放課後。のんびりしすぎた、荷物をまとめて教室を出る。 「行っちゃった。なあ、ヒロシ最近付き合い悪くね?」 「たしかに、妙に急いで帰ってしまう。何をしているのやら」 「前までなら母乳アイスの話なんて1時間は食いついてたタイ」 「僕はもう帰りたくなったんだが」 校舎を出たところで知った顔を発見。 「いいんちょ。バイバイ、また明日」 「はい」 「お急ぎですね」 「約束があってね。そうだ、アリガト。例の審査通してくれて」 「いえいえ」 自転車置き場に向かった。 自転車登校って学園の認可がいるんだな。知らなかったんだけど、昨日、委員長がフツーに認可印を持ってきてくれた。 自転車を持ってきて、駆け足で外へ。 途中でもう一度委員長にバイバイした。 「ふふっ、長谷君、ウキウキしてますね」 「……」 「……でも」 「……」 「〜♪」 マキさん待ってるかな。 「……」 「またここにいた」 「ン……なんだよ。集会の日じゃねーだろ」 「はい、でも」 「……えと」 「愛さん……最近どうしたんすか」 「……」 「ずっと誰のこと見てんすか」 「気づいてますよ。放課後はいっつも屋上まで来て、誰かのこと見てる。誰かを探してる」 「なにやってんすか。愛さんともあろう方が」 「……」 「うるせーな」 「ここは風が気持ちイイんだよ」 「愛さん」 「……」 「あんず色の夕焼け。夏のニオイがする風」 「ちょっと前に見た夢に似てるんだ」 「優しくて、嬉しくて、……覚めたとき切なくなるくらい楽しかった夢に」 「それだけだ」 「……」 「……」 「だから」 「あいつがなにしてても、アタシには関係ない」 「〜♪」 「〜♪」 「そこちげーよ。〜♪じゃなくて、〜♪」 「そう言ってません?」 「歌えてない。もういいからダイは入ってくんな。私だけでやる」 「〜♪」 「そこちがうでしょ、〜♪ ですよ」 「うっせーなー」 ワインレッドに近い深さへ移りつつある夕焼けの中、マキさんと帰り道を急ぐ。 登下校を一緒するのも今日で3日目。そろそろ慣れてきた。 「相変わらずヘルメットはしてくれないけど」 「お前私をなんだと思ってんだよ。んな安全運転のヤンキー見たことあるか」 「ですかね」 「にしても……くぁあ。眠い」 「夜更かしでもしたん?」 「したでしょ。主にマキさんに連れられて」 「あー、はは。忘れてた、こっちは昼寝てたから」 「不良め」 あっちは眠くなったら授業サボって保健室行くだけだろうけど、俺は大変なんだぞ。姉が教師だし。保健医も変だし。 「今日は夜遊ぶのやめましょ。行くとしても0時上がりで」 「中年みたいなこと言うなお前」 「体力ないんですよ」 「ま、あとで考えるよ」 「っと!」 適当なところで飛び降りるマキさん。 「どうかしました?」 「トイレ。帰ってていいぞ、メシよろしく」 行ってしまう。 トイレって。うちにもあるのに。 まあいいや、先に行きますか。 海岸前の国道以外は坂道が多いので、自転車は押さなきゃならない。 「やぁーっと怖えーのが去ったシ」 「メシがどうこう言ってたわね。また戻ってくる危険が高い……チッ、面倒な」 「俺っちに任せてくれりゃ腰越なんざラクショーで長谷と引き離せたのによぉ」 「みなさん。お久しぶりです」 拉致られた日以来だ。 「あ、一条さん身体大丈夫でした?辻堂さんとマキさんに巻き込まれて明らかにいけないとこまで体がネジれてましたけど」 「なっはっは、途中から意識なかったから問題ないっての」 それは問題ないのか。 「片瀬さんも……えっと」 べちこん! 「なぜ殴る!」 「次その顔見たら殴ろうって決めてたのよ」 ひどい。 「それで今日は何のご用で?」(なでなで) 「にょわっ、な、撫でるにゃ……」 「用件は簡単よ。長谷大――」 「今日からアンタ、江乃死魔に入りなさい!」 「江ノ島なら先日行きましたよ」 「そうじゃなくて、私の部隊の下っ端に加えてやるって言ってんの」 「はあ?」 「感謝しなさい。ほんとならフルボッコしてシーキャンドルに吊るすところを、仲間に加えてやろうってんだから」 「すごい方針の切り替えだね」 「私の寛容さに感謝することね」 「なるほど、マキさんが怖いから仲良さげな俺を落とそう、と」 「ギクゥ!?」 「なななななんでバレるシ!?」 「会った瞬間殴るほどムカついてる相手を勧誘なんて、そりゃ裏があるでしょう」 「ぐぬ……言われれば当然だけどこっちの考えが見抜かれたみたいでムカつくわ」 「現に見抜かれたシ」 「だーってろ!」 「どっちにしろ俺は不良グループになんて入りませんよ。他あたって下さい」 「他がいればそっち当たるわよ。あの腰越と仲がいいなんて、アンタしかいないから困ってるんじゃない」 「そうなんだ」 マキさんと仲がいいのは俺だけ。 なんか嬉しい気がする。 「……脅して勧誘は無理、か。こいつ恐怖って感情がないのよね」 (ホントなら拉致って力ずくで行くとこだけど、このあと腰越と会うっぽいから危険) (ここは懐柔させるしかない。友好的に……コホン) 「まあまあ長谷君、まずはお互いを知り合うところから始めようじゃない」 「なに急に気持ち悪い」 「気持ち悪いシ」 「気持ち悪いっての」 「雷電光!」 「げぶぅ!」 ものすごいコークスクリューだった。 「な、なんで俺っちだけ」 「ハナにやったら死ぬじゃない」 「そんなこと言わないで長谷君。お友達になりましょう」 「笑顔が怖い」 「今日急に、とは言わないわ。ただこの前のことは水に流してほしいの」 「うーん」 裏が見え見えな相手と仲良くするのはどうかと思う。 でも友好的に来る相手を無碍にするのもなぁ。 (……とか思ってるんでしょうね。こういう偽善者は友好的に行けば絶対断れないわ) 「江乃死魔を怖い組織と思ってるみたいだけど、そんなことないのよ。みんな気のいいやつばかり」 「なにか聞きたいことがあれば聞いて。なんでもこたえるから」 「んと、じゃあ」 「江乃死魔っていうか片瀬さんに質問があるんだけど」 「どうぞどうぞ。お友達だもの、なんだって答えるわ」 「じゃあ。片瀬さんってさ」 「破ァ!」 「痛い!」 「誰がおもらしキャラだテメェエエエエ!」 「『やっぱり』ってなんだい? まるで恋奈様が前に」 「鳳鱗隠!」 この子フツーに戦闘力高いんだな。 「もっさり言うな!」 「そうだシ。女の子に言うことじゃねーシ」 「それはゴメン」 「れんにゃは生まれつき髪の量が多くて朝からクシが通らなくて毎日大変な思いしてたシ。ちょっとしたコンプレックスだシ」 「それをほとんど話したこともないやつが指摘しやがって……許せねー!」 「あゆる〜〜せぇ〜〜ねえ〜〜〜〜!」 「いよぉ〜」 「ポン!」 「……」 「……」 「なんかゴメン」 「いや、ごめん」 「そうなのよ」 あれ、落ち込んだ。 「私さぁ、結構強いっていうか、そこらのヤンキーになら負けない自信あるのよ」 「てか一時は300人。いまでも200近いチームを率いてるのよ? これってすごくない?」 「普通に考えれば私が一番のはずなのよ。なのにあの2人と同格っておかしくない?何なら私だけちょっと格下っぽく見られるって」 「あの2人は異次元すぎるよね」 「そうなのよ。こっちはロイヤルストレートフラッシュ出してるのにあっちはどっちもファイブカードです。みたいな」 「だ、大丈夫。ジョーカーなしでロイヤルストレート出した片瀬さんのすごさはみんな分かってるから」 「そう? そうよね、私ってすごいわよね」 「うん。すごいすごい」 「えへへ〜」 「……」 「慰めるなッッ!」 「がああああ! 何なのよこいつムカつく!」 「いまの質問はイジワルだったとして」 「この程度の挑発で地が出るんじゃ論外です。俺は懐柔されませんよ」 「ぐぬ……」 「もういい! 今日は帰ってやるわよ!」 「べ、別にアンタなんか本気で欲しかったわけじゃないんだからね!」 最後に急激にツンデレ化して去って行った。 勧誘、か。 マキさんが目当てらしいけど、俺を引き入れてもマキさんが従うとは思えないぞ。 しかしこれで俺が、江乃死魔の人たちに完全に目をつけられたのは事実。 「……」 「終わりにしよう」 こうならないように辻堂さんと別れたのに。 ・・・・・ 「ただいま」 「遅かったわね」 「あれ、早いね」 「そっちが遅いのよ。遊んできたの?」 時計を見ると、確かに結構な時間だった。片瀬さんたちに時間とられたか。 「すぐご飯準備するね」 「あ、今日あんまりいらない。このあと楓ちゃんと飲むから」 「じゃあお腹に溜めるくらいでいいね」 冷蔵庫をあける。 孝行で買ったお惣菜が結構余ってるな。まとめてレンジでチンでもいいけど。 ……マキさんの分も考えると少ないかも。 まあいいや。お菓子とかで満足してもらおう。 「できましたー」 「ふむふむ、ヨイちゃんづくしね」 よい子さん特製ハンバーグに、よい子さん特製きんぴらごぼうに、よい子さん特製ゆずまりね。 「孝行のゆずまりねって正直微妙なんだけど」 「分かってるんだけど、おばさんが自信満々で勧めてくるからさ」 筍、白菜など白野菜いくつかを柚子の風味と絡めた八宝菜みたいなやつ。 柚子が強すぎてうちには合わないんだが、なんとなく買ってしまう。お店ともちつもたれつでやってる弱みだな。 「まーハンバーグだけでいいや。はぐはぐぐびぐび」 「だから手づかみはやめてよ。あとこのあと飲むのにビールって」 「飲みに行くからこそ準備運動が必要なの。……ぷはーっ、ヒロ、もう1本」 「ダメ。このあと店も行くんでしょ」 「ちぇ」 「てかもうちょっと酔ってるよね。大丈夫? またいつもみたいに吐くまで……とか」 「大丈夫よ、明日も授業だしそこらへんは自重します。大人だもの」 「ほぼ毎日自重できてない人の言葉じゃないよ」 「自分が限界ってラインは知ってます。ヒロとちがってね」 「?どゆこと?」 「限界ライン超えて飲んで、記憶飛ばすようなおバカなことはしないってこと」 「……? そんなことあったっけ」 「今年の正月、なにがあったか覚えてる?」 「今年の正月?」 えーっと、毎年のように姉ちゃんがぐだぐだしてて、俺は紅白見ながら年越しそばの準備して、 年明けと同時に姉ちゃんが絡んできて、なんか口の中が熱くなって……。 「あれ? あのあとどうなった?」 「激しい一夜だったわ」 「え?」 「気にしないの。ただ私と、あとヨイちゃんの初めてがいくつか奪われたってだけの話よ」 「よい子さんも!?」 「そうそうヒロ。私やヨイちゃんならまだしも、おばあちゃんにまであの絡み方は困るわよ」 「おっと、時間だから行くわ。11時まで帰らなかったら電話して」 「ちょちょ待って! 俺なにした!?」 姉ちゃんは好きなもので腹を満たして、出かけていった。 結果。 「本日の夕食は、孝行特製ゆずまりねになります」 「だけ?」 「……あはは」 ゆずまりねとご飯だけ。 何度も言うが孝行のゆずまりねは柚子が強すぎる。 柑橘系と白米……相性悪いよなぁ。 「まあホカホカご飯があれば文句ねーけどさ」 がふがふとかっ込んでいくマキさん。 「肉が少ない!」 「い、一応ベーコンとか入って」 「〜」 「ゴメンなさい」 「不機嫌ポイントが増えたぞ。あんまり貯めるとバッドエンドだからな」 「よく分からないけど、気を付けます」 「やっぱちゃんと作るよ。時間ある?」 「ええ、8時過ぎからだし、間に合わないならそれでもいいから」 「了解」 数品でいいので用意しよう。 切れ切れになってるハンバーグを砕いて、ひき肉と一緒にもやし炒めにいれたり。真ん中にでっかいステーキを置いたり。 姉ちゃんは気にせずリビングで寛いでる。 「今日って野球、交流戦だっけ」 「もうシーズン過ぎてない?」 「うーん、パのやつが見たいんだけどなぁ」 「セの地区はセしかやらないもんね」 「そういえばあの……樽美須君だっけ。すごい投手、どうなった?」 「億単位のドル積まれてメジャー行ったってさ。壱郎くらいがんばってほしいよね」 「億ドル……野球選手って儲かるわね」 「スポーツ選手は代えが効かないからね」 「教師としては、学生のうちから勉強もせずに野球ばっかやってるバカはムカつくんだけど、てっぺんがそれだけ儲かるなら何にも言えないわ」 「億まで行く選手は年に2、3人出るかどうかだからどこの産業も一緒だよ」 「女としてはそういうのを射止めて即離婚して慰謝料がっぽがっぽがベストね。樽美須君って独身?」 「もうやられてるからやめてあげなよ。……よし、夕飯できました」 手間をかけ過ぎたか、完成は7時半を過ぎた。 「うわー、いらないって日に限ってやたらと食欲のわくものを」 「あはは」 マキさんを想定したせいで肉類が多くなった。 「あー動物性タンパクの誘因力ハンパない。いただきまーっす」 「いただきます。……こらっ!ステーキ全部食うな」 「はぐがふ」 適当に腹に溜めて、姉ちゃんは出かけて行った。 美味しいとこを結構取られたが、 「ハムハムはふはふがふがふウマー」 「喜んでいただけてなにより」 マキさんは満足そうだった。 「私ステーキって一番好きかも」 「まんま肉ですもんね」 昨今は焼肉ブームだそうだが、やはりステーキ様の帝王然とした風格にはかなわない。 「とくにこうやってさ、かぶりつく感じ。ナイフじゃなくて歯で食いちぎるのが好き」 「お行儀悪いけど気持ちわかります」 「肉ってこう……がぶッ! っていきたいよなー」 「ラピョタでさ、海賊がハムのブロックに食いついて1切れサイズに噛み千切るのあるだろ」 「アレは見てるだけでお腹空きますね」 「私将来海賊になろっかな」 「ハム屋になったほうが効率的だと思いますよ」 一気にかっ込み終え、 「ごっそさん」 パンと手を合わせた。 「ふぃー、今日も食った食ったー」 ふにゃっと幸せそうに笑いながらお腹をさする。 やっぱ美味しそうに食べてくれるからこの人はイイ。 そういえば片瀬さんにいわく、この人がこんな姿を見せるのは俺にだけなんだっけ。 それも嬉しかった。 「しっかし最近ちょっと困るわ」 「なにが?」 「カロリー摂りすぎ。太りそう」 「マキさんの場合摂ったカロリーは全部使えるんじゃ?」 「そうだけどさ。ほら、通学にもタクシーができて消費カロリーは格段に減ったし」 「なーんかココが重い気がすんだよな」 胸をそらす。 ――たぷんっ。 「……」 「私、腹や足はいいけど、ここだけはすぐに太るんだ。今の時点でかなり制服パツパツで着てるからこれ以上デカくなると面倒なんだけど」 「どうダイ? 会ったころより体積増えてね?」 「し、知りませんよ」 「んー、毎日見てるやつには変化分かりにくいか」 「ま、毎日なんて。……まあ目が行くことはあるけどでもその、毎日ってほどじゃ」 「そういう意味じゃねーよ。ホントに毎日乳見てたのかドエロが」 「すいません」 「おっ……」 「触ってみる?」 「は……?」 「見た目の大きさじゃ分かりにくくても、手のひらの感覚とか、重さとかなら変化が分かりやすいかなーって」 「な……」 「……」 「……」 空気が固まる。 ま、まあマキさんなら言いそうなからかいではあるんだけど。 「……」 早く『冗談だよ』って言ってください。 汗が出てしまう。 マキさんは粘っこく潤んだ瞳で俺を見てる。 「〜…」 そ、そんな目で見ないで。 「……触る?」 「……」 「……」 「冗談だよ」 「はい」 知ってます冗談なのは。 でももうちょっと早く言ってください。 額をぬぐう。 「まーとにかく、太り対策をちゃんとしないと」 「ご飯の量減らします?」 「……」 びっくり。 「きゅーん、きゅーん」 「わ、分かったから捨て犬EYEはやめてください。昔の金融CMのお父さんの気持ちになります」 『皆殺しのマキ』がこうも簡単に泣きそうな顔に。片瀬さんが知ったらどう思うだろ。 「まあでも食う量を控えるのは大事かも。出されたモン全部食うようにしてるし」 「そこは問題かもですね。こっちもマキさん全部食べてくれるから、多めに用意してる気がする」 悪循環だ。 「1人で食べると量の調整が効かなくなるとも……あ」 「どした?」 「いえ、量が多くなる一因が分かりまして」 「マキさん用は基本俺と姉ちゃんの余りだから。ってのが大きいと思うんですよ」 「なるほど。飼い犬はドッグフードならいいけど残飯で育てるとすぐデブる、的な」 「残飯って言い方はどうかと思いますが……」 「やっぱ姉ちゃんに話して、マキさんも一緒にご飯食べれるようにしよかなぁ」 「それはいいって。変に気ぃ使いそう」 うーん。 でもいつまでも、食事の残りを回すのは微妙だ。 ずっと野良犬扱いしてるみたいで。 「てなわけで、隠れて犬でも飼ってるんじゃないかって」 「なるほど」 「でも痕跡は一切ないのよね。うちの庭もヒロの部屋も犬1匹隠せるほど広くないし」 「ふむ」 「犬じゃなくて飼ってるのは女――なんてどうだ?」 「アウトローの集まる湘南だからな。家出中とかでメシのないヤンキーを餌付けしてる」 「相手はメシ時しか来ないから探しても痕跡はない。家族にも内緒の密儀。やがて2人は食事だけでなくどんな時も一緒に……」 「あっははは、楓ちゃんギャルゲやりすぎ」 「だな。ありえないか」 「でもなんか隠してるのは事実なのよね」 「……」 「不満そうだな」 「ヒロが私に隠し事なんて、この10年なかったのに」 「何があっても話してくれた。それが家族だからって」 「まあ秘密のある姉弟という感じはしない」 「あえて言えば私のことが好きで好きでしょうがないくせに、正直に言えないって秘密はあったけど」 「はーあ、なんかヤな感じ」 「ヒロが私の知らないヒロになっちゃう」 「それが家族ってものだ」 「家族……か」 「ン……そろそろ行く」 「もう帰っちゃうの?」 「甥と約束があるんだ。そっちは?」 「んー、もうちょっと飲んでく」 「深酒はよせよ。じゃあな」 「……はーあ」 「家族かぁ」 「仲が良すぎるってのも問題よね。色々分かっちゃって」 「もう1杯おつくりしましょうか」 「そうね、じゃあ涙を忘れるカクテルを」 「メニューにあるものしか作れません」 「空気読めや」 「ういー。マスター。旦那から10日間放置プレイ食らった貴婦人にぴったりのカクテル作って」 「ではソルティドッグなどいかがでしょう」 「それぴったり?」 「ついでに娘が最近落ち込んでて家庭が暗い母親にもぴったりのカクテルお願い」 「ソルティドッグを」 「行きつけの店のマスターのカクテル知識が残念であきれてる私にぴったりのカクテル」 「ソルティドッグですね」 「そうそう、ダイの家って工事道具ある?」 「簡単なものなら。どうして?」 「いま寝泊まりしてる小屋がオンボロでさ。今度の台風で飛ばされそうだから補修したいなって」 「台風? 来てましたっけ」 「雲がよく動いてるし雨の匂いもする。週末あたりにデカいのが来ると思うぜ」 マジか。 天気予報を見てないから何とも言えないけど、こうも断言されるとドキッとする。 でも確かに台風の季節だし、 「来たとして、補修程度で大丈夫なんですか?小屋くらいじゃ飛ばされちゃうんじゃ」 「そこまでデカいのはさすがに来ねーだろ」 「あ、でも屋根が心配かも。雨漏りしそう」 「キツそうならうち来てくださいね。一晩くらい誤魔化せますから」 「んー」 たふんとベッドに寝そべるマキさん。 「あ〜……、ダイが余計なこというから身体がベッドを求めだした」 ごろごろする。 「じゃあ台風の日は来るかもってことで」 「はい」 「……とうとうお泊りだな。なにする気だ?」 う。 にへーっと湿っぽい顔で笑うマキさん。 「や、やめてくださいって」 また変な空気になりそうだ。先に打ち切った。 「はいはい。冗談だよ」 「どうしたんですか。今日、なんか変ですよ」 「んー? そうだな」 「よっと」 「おわっ」 押し倒された。 俺の視界全部を奪って、彼女はまたにんまり笑う。 「すんすん」 「な、なんすか」 鼻の先が、顔や首のまわりを這う。 「誰かさんが誰かさんのニオイさせてるから」 「ニオイ? えと」 「恋奈。あいつと会ってたのか?」 「あ、はい。さっき」 「片瀬さんの匂いも分かるんだ」 「辻堂ほどはっきりとは感じないけどな。あいつもタフなニオイさせてて分かりやすい」 「……辻堂のニオイさせてたら、どうしてたかな」 「あぅ」 ちろっと唇を舐めてくる。 そのまま口の位置がお互い2センチもない距離で止まった。 「……」 すっと辻堂さんよりキツめのラインで釣りあがったワイルドな瞳が、俺を射抜くように見る。 「マキさん……」 「大……」 唇へのひと舐めが誘い水になる。 唇が寄っていく……。 「……」 「ッ!」 「ん?」 一瞬俺がビクついたのが伝わったんだろう、あと5ミリのところで接近はとまった。 視線がかち合う。 「う……」 「あ、あはは」 どっちも急に気恥ずかしくなった。離れる。 「悪い。今日の私、なんか変だわ」 「今日っていうか最近」 「……お前から私以外を感じるのが、なんかヤだ」 「……」 「帰る」 「あ、は、はい」 窓枠に足をかけるマキさん。 「……」 「明日もちゃんと迎え来いよ」 「はい」 帰って行った。 「はぁ……」 濃い時間だった。 でも当然といえば当然の流れなんだろうな。若い男女が1つの部屋で、秘密の時間を共有してれば。 俺、いつくらいからマキさんのこと好きだっけ? 覚えてない。かなり早い時期から惹かれてた。 でも……。 「……」 はぁ。 「なに?」 「なんだよ大。言いたいことって」 「うん」 「辻堂さん。俺ね」 「俺……」 「他に好きな子が」 「ッ!」 目が覚めた。 スイッチを切り替えたような、パッと来た目覚めだ。眠気がかけらも残らないような。 「……」 「はぁ」 でも起きる気にはならない。 キツい夢を見た。身体が重い。 いつもは夢なんて覚えてないタイプなのに、なんで今日みたいな日に限って。 「……」 俺、マキさんのこと好きだけど。 辻堂さんのこともまだ好きなんだよな。 考えると気が重い。枕に顔を埋めなおす。 ――ぷにゅんっ。 「あーあ」 「あん……っ」 枕に顔をつけ大きくため息。 なんだろこの気持ち。 マキさんを好きになるのが、辻堂さんへの裏切り。みたいな。 でも辻堂さんとはとっくに別れてるわけで。 「うー」 「ううううーーーっ」(ぐりぐりぐりぐり) 「ひああああんっ」 枕に顔をグリグリした。 考えがまとまらない。 「俺、なにしてるんだろ」 「あ、朝一でお尻の開発はやめてぇ」 「は?」 「おわあ!」 「あふぁんっ、息が中にくるぅ」 枕だと思ったら姉ちゃんのケツマクラだった。 「ご、ごめん」 「もー、飲みすぎて気持ち悪いのに変に気持ちよくなったじゃない」 どおりでいつもの添い寝よりさらに甘酸っぱさが濃いと思った。 「なんで俺のベッドで寝てるの」 「酔った日は弟の添い寝までがセットだろうが!」 逆ギレされた。 怖くてゴメンなさいしそうな俺を置いて、部屋を出ていく姉ちゃん。 ちょっとくらいシリアスな時間をくれよ。 朝ごはんの準備。 「2時間強お尻に息吐きかけられ続けてムズムズする」 「起こしてよ」 「お姉ちゃんがおならしないお姉ちゃんだったことに感謝しなさい」 朝からすごい会話だ。 「ヒロってアナライズな方の人だっけ?脚フェチだと思ってたけど」 「んーまあ太もも好きだとどうしてもお尻のラインがってやかましい。狙ってやったんじゃないから俺の性癖は関係ない」 「よく言うわ。昔カンチョー! とか言ってお尻ばっか狙ってきたくせに」 「あれは……ホント申し訳ないけど、全国的に小学生男子はそんな時代があるものでして」 「だいたいヒロは純朴そうな雰囲気出しといて時々急に淫獣になるんだから」 「いつまで続けるんだこの話!」 ネチネチ×2家を出る時間まで。 「おはようございます。どうかしました?」 「あ、おはようよい子さん」 「おはようヨイちゃん。ヒロが小学生のときカンチョー魔だった話よ」 「ばっ」 「かんちょ……」 「ひいっ!」 「あー、そっか、ヨイちゃんにはトラウマだっけ」 「もー勘弁してくれ〜。何回もあやまったでしょよい子さん」 「そ、そうね。大丈夫よヒロ君。もう気にしてないから」 「あんなにぐっさり入ったことも、腰が抜けた私にまだ攻撃し続けたことも、今となってはいい思い出だわ」 「ごめんなさーい」 「というわけで幼なじみは厄介だと思うのです」 「私幼なじみは結構いるけど、そこまで凶悪なやつはいなかったぞ」 「うう……」 今日も2人、学園を目指す。 「そうそう、昨日の話」 「あん?」 「台風、デッカいのが接近してるそうですね。天気予報で見ました」 海の方を見る。 よーく見ると水平線の向こうにもやっとした雲が集まりだしてる気がする。 「ああ、風も涼しくなってきた。あと3、4日でこの辺に来ると思う」 「はい。どこに来るかはまだ分からないけど、今週末、日本列島に最接近するそうです」 「この辺に来るよ。覚悟しとけ、かーなーりーデカそう」 根拠は不明だが言い切るマキさん。 根拠もないのにそうなる気がするから不思議だ。 「……」 「台風直撃は週末にしても、雨は明日明後日には来るだろうな」 「そうなったらどうする? このタクシー」 「ん……」 そうだな。 雨の日に2人乗りはちと苦しい。 「じゃあ、雨が降ったら」 「歩いて一緒に登校しましょう」 「だな」 「おはよー」 「頼むよタロウ〜。お前は俺らの最終兵器なんだよ〜」 「しつこいな。興味ないと言ってるだろう」 「どうかした?」 「助けてくれ。合コンに来いとしつこいんだ」 「いつものか」 「坂東君がいれば相手を2ランクは高望み出来るんだ」 「こっちの数より女の数が多いなんてハーレムパターンも出来るかもなんだよ。頼むよ〜」 「ばかばかしい。交際を前提に会う相手にランクをつけるなんて、そんな下世話な話に協力できるか」 みんなもどうかと思うけどヴァンもヴァンで頭が固い気がする。 「でもそれじゃ良い子が呼べても、みんなヴァン狙いになるんじゃない?」 「その点は計算ずくタイ」 「俺らにはランクが高くても、タロウ相手じゃあきらめが入るランクの女を用意するんだ」 「すると女どもは坂東君目当てでやってきて、周りで妥協する可能性が高い」 「漁夫の利というやつタイ」 「卑屈すぎる」 「生々しい」 「頼むよ〜。今度の日曜の予定だから、写真受付がギリギリなんだよ〜」 「今度の日曜って台風じゃ」 「屋内から動きにくくなる雨はむしろありがたい」 あっちが来ない可能性もあるじゃん。 「はぁ……じゃあ写真は使っていい。でも僕は行かないからな」 「うーん……しゃーねー。おびき出すだけで充分だ」 ほぼ詐欺だぞ。 「じゃあ写真撮らせてもらうタイ」 「ヴァンが折れるなんて珍しい」 「昨日から言われ続けていい加減疲れた」 「じゃあ撮るターイ」 携帯を向けられる。 「どうせだから思いっきりカッコよく映っちゃえ」 「そうだな」 「映っちゃえで映れるもんかよ」 ――カッ! 「ぐぁあー!」 「目がー! 目がー!」 「どうだ?」 「完璧タイ。イケメンオーラが軽めの二フラムになってたタイ」 「ちょ、ちょっとその写メこっちに送って」 「ああダメ。直視すると鼻血が」 「ヴァンは便利な人生送ってるよね」 「なんだ今のフラッシュ」 「あ……」 「ン……」 不意打ち気味で辻堂さんと対峙することに。 「お、おはよう」 「おう……」 「……」 「じゃあ……」 「うん」 ダメだ。 もう辻堂さんとは、完全に間が持たなくなってる。 昨日のマキさんとのことが尾をひいてるからなおさら。 友達になろうって約束したのに。歩み寄りができない。 「はぁ……」 俺と彼女……もうずっとこのままなのかな? 帰り道。 「じゃ、サンキュー」 住処にしてる小屋を修繕するとかで、工具を貸した。 ……ってマキさん、小屋には無断で住んでるんだよな。修繕っていいのか?器物損壊にあたるんじゃないか? 「腰越にトンカチとのこぎりを持たせるなんて……。おそろしいことするわね」 「武器にする気はないと思いますけど」 「それもそうね。10トンくらいのハンマーでなきゃアイツの拳ほどの脅威にはならないわ」 俺はほんとにとてつもない人に囲まれてるんだな。 「片瀬さん。またですか」 「フン、昨日は失敗したから、今日は別の懐柔案を持ってきたのよ」 「辻堂腰越と湘南の魔王に続けて手ぇだすような淫獣ヤローには、最初からこうするべきだったわ。色仕掛け隊、GO!」 「おーっ」 (ビクビク) 2人が前に出る。 「な、なんです色仕掛けって」 「言葉のとおりよ」 「ねーねーセンパぁイ。自分らの仲間になってくださいよぉ」(むぎゅーん) おおう。 乾さんだっけ。ノリの軽そうな彼女が、腕に腕を絡めてくる。 マキさんほどじゃないけど乳圧がすごい。 「ハン、男なんて所詮乳しか見てない生き物よね」 「ね? いいっしょ。センパイ自分のことキラい?」 「き、嫌いではないですけど」 「じゃあ仲良くしましょうよぉ」(むぎゅー) 「ううう……」 くそう! 可愛い! こんな可愛い子の露骨な誘惑と乳圧。裏が見えてなきゃ100%フラフラっと行っちゃうぞ。 「揺れてる揺れてる。所詮男なんてこんなもんよ」 「……おっぱい使ったとたんに上手くいきそうってのが微妙に腹立つけど」 「さあとどめよ! 行けリョウ」 うおお。 マスクさんが近づいてくる。 この人は殺気みたいのが怖くて色仕掛けにむいてるとは思えないんだけど、 あれ? でもよく見ると、マスクの下はかなり美形っぽい。 (じー) (びくびく) 「それにどっかで見覚えがあるような」 「や、やっぱり無理だ」 「こらっ、逃げるなリョウ」 「絶対イケるわよ。辻堂より腰越を取った時点でこいつ絶対年上好きだから」 「いや、問題はそこじゃなくて」 「あの、この作戦は失敗ですって。俺、色仕掛けが通じるほど女好きじゃないです」 「ほんとに?」 「あう……その、たじたじなのは否めませんけど、オチることはないです」 「変質者はみんなそう言うのよ」 この子のなかで俺はどんなキャラクターなんだ。 「いいじゃないっすか。仲良くしましょーよ」 「……」 な、なに? くっついたまま間近からジーッと俺を見てくる乾さん。 「なんかセンパイ、可愛い」 「はい?」 「良い人オーラが出てるっていうか、ハメやすそうっていうか。自分センパイみたいな人好きっすよ」 「そ、それはどうも」 ハメられる気はないけど。 「だからぁ、仲間になりましょうよ。ね?」 「自分、もっとセンパイのこと知りたいっす」 「ぐああ!」 いちいち破壊力の高いことを。 (ハメられやすいやつ) (ハメられやすいんだから) 「ほらぁセンパーイ。まずは自分らのアジトに」 「――きゅぴーん!」 「へ?」 「加速装置!(カチッ)」 ――シュインッ! くっついてた乾さんが消えた。瞬間。 ――ドゴシャーンッッッ! 彼女のいた場所にクレーターが出来る。 「避けやがったか。大した反射神経だなあのおっぱい」 「ってもういねえ。逃げ足の速さは私や辻堂超えてるかも」 近くの屋根からマキさんが下りてくる。クレーターを作ったのは、さっき貸したトンカチだ。 「ひっ! こ、腰越」 「なーに人のモンにちょっかい出してんだコラァ」 「うぐ……見られたか」 「空気読めよな恋奈。こいつは私のモンだって分かってんだろ。横入りしてツバつけようってんなら……」 「お仕置きだ」 「く――しゃーない、3人で行くわよ!」 「って2人ともいない!?梓はともかくリョウー! リョウどこいったー!」 乾さんはもちろんマスクの人までいなくなってた。 「ただいまの時間、孝行弁当お安くなってまーす」 どこに行ったんだろう。 「1人だな。あきらめろ、もともとテメェだけは逃がす気ないから」 「く……く……」 「ンならぁあああナメんじゃねええーーーー!」 勇敢にも1人でマキさんに挑む片瀬さん。 残酷なシーンは省略しよう。 「いでえええ……」 「痛くない!」 「相変わらずタフなやつ」 「あと100回くらい叩きのめせば気力も折れるかな」 「ひーん」 「マキさんストップストップ」 「む」 人が血まみれになるトコなんて何度も見たくない。止めた。 「……」 「一番ムカつくのはお前なんだが?デレデレしやがって」 「で、デレデレなんて」 今度は俺が絡まれることになる。ちなみに片瀬さんはもういなくなってた。 マキさんは口をへの字にして、俺の胸板に顔を近づけると、 「他の女のニオイがついててムカつく」 「今日はメシいらねー」 「おーい」 「ッ……は、はい」 なぜかマキさんはよい子さんのもとへ。 何事か話す2人。俺の場所からじゃ聞こえないが……。 「……持ってけ」 「まいど」 弁当を1個受け取ったのが見える。 ふりむくマキさん。 「んべ」 小さくあかんべーして行ってしまった。 俺が悪いことしたわけじゃないんだが。 怒らせちゃったかなぁ。 帰る。 マキさんのことが気がかりだけど、といって出来ることもない。 今日はご飯いらないって言ってたっけ。孝行のお弁当もらってたし。 今日の夕飯はどうしようか。 「おーい」 「うん?」 「今日夕飯いらないから」 こっちもかい。 「昨日友達ができてね、今日も一緒に飲むのよ。それで」 「んー、じゃあ俺1人か」 姉ちゃんもマキさんもいない。 「そうね……あ、ヒロも来る?」 「飲み屋に?」 「海の家だってば。お酒以外のメニューもあるわよ」 「ラーメンとかパスタとかピザとか、そこらのファミレス程度にはあるから」 「1人分の用意ってのもアレでしょ?」 「そうだな」 酔っぱらう姉ちゃんの介護もしたほうがいいのは事実。 マキさんもいないし……、 「うん、じゃあそっち行くよ」 「おけおけ。お姉ちゃんがご馳走してあげるからね」 一緒に海の家へ。徒歩10分もかからない。 この時間の浜辺はほぼ誰もいないけど、簡易店街のほうは賑わってた。 更衣室やシャワーの棟は閉鎖されてるけど、よしず張りの中は人が結構いる。 「ヒロってあんまり来ないんだっけ」 「姉ちゃんが酔いつぶれたときの迎えとしては来慣れてるけど、客としては初かな」 「よろしい。お姉ちゃんがレクチャーしてしんぜよう」 「まずこの時間ここは給仕の係がいないから、基本セルフサービスよ。注文は自分でとって、自分で返しに行く」 「つまり唯一店長がそのまま持ってきてくれるカウンター席がねらい目だわ」 「アルコールを控えるために注文を少量で済ますなら、テーブル席の方がいい、と」 「今日はどっちにしろヒロが取りにいくからどの席でも一緒ね」 ひどい。 「何を注文してもおネギ、カツオブシ、紅ショウガは取り放題」 「でもピザにネギ乗せとかのネタは恥ずかしいからやめてね」 「そして最後に、この店はカレーが笑えるほどマズいわ」 「ね、姉ちゃん」 隣にカレー食ってる人いるよ。 「ネタとして食べてみるのはアリだけど、後悔しないように」 「以上を踏まえて、店長注文、ビールジョッキと枝豆ミニ盛り」 「えーっと、じゃあ俺、焼きそばの1.5倍盛りで」 「はいまいど」 カウンター近くのテーブル席に座る。 「それでそのお友達って人は?」 「まだ来てないみたい」 「それよりんがふっ、がふっ、がふっ、ぷはー!ジョッキのお代わりもらってきて」 「早ぁ!?」 さすが海の家、飲み物だけは異様に出るのが早い。姉ちゃんも飲むの早すぎだけど。 「ちなみにね、一応枝豆は頼んだけど、私は紅ショウガをつまみに飲むのが好きなの」 「ふーん」 「カツオブシでも飲めるわ」 「なんで恥ずかしいことをドヤ顔で言ってるの?」 「すいませーん、ジョッキお代わり」 「早!コラ姉ちゃん早すぎる、駆けつけ3杯ってジョッキでやることじゃないって」 「だいじょびだいじょび、いつもこうだから」 「……これから外に飲みに行くのは月1回までね。城宮先生にも言っとこう」 外の姉ちゃんがこれほどひどいとは思わなかった。 新しくできたお友達って人に引かれなきゃいいけど。 思ってると、 「さーえー」 「あ、来た。真琴ちゃんこっちこっち」 「……ども」 かしこまってしまう。 いくつくらいだろ。若々しいけど、姉ちゃんよりは年上っぽい人。 「? こちらは?」 「うちの弟。ヒロ、こちら真琴ちゃん」 「あ、はい。ども」 「弟……うふふ、昨日話してた自慢の弟さんね」 「初めまして。さえちゃんと仲良くさせてもらってます。辻堂真琴です」 辻堂……? い、いやまさかな。あんな大きな子がいるようには見えないし、お姉さんにしては年が離れてる。 「どうも。長谷大です。姉がお世話になっております」 「ヒロとさえなのね。覚えやすいわ」  ? 「真琴ちゃんなに飲む?」 「今日はどぶろくの気分ね」 「どぶろくて。そんなダサい酒置いてるわけ」 「アア!?」 !? 「おいコラァ、“酒”ぇ生業にしてるくせに“にごり”が出せねェだぁ?」 「あがががが」 ガンつけられた店長はもちろん、店内全員震えが止まらない。 「紅しょうがウマー」 姉ちゃん除く。 「……」 「じゃあ清酒をお願い」 「ははははは……はひ。にご、にごりもいますぐ調達して参りましゅ」 ……辻堂さんとは関係ないよな?あっちはこんなにもこんな感じじゃないはず。 「なにかあった?」 「なにもないよ。紅ショウガとカツオブシちょうだい」 焼きそばが来たので食べることに。 「あら、焼きそば好きなの?」 「特別ってほどではないですけど、美味しいかなと」 「そう。ふふ、アタシは好きなのよね」 「頼みます?」 「んー、まだいいわ」 「このお店のってソースが濃いから、早いうちに手を出すとお酒が進みすぎちゃって」 そうなんだ。 食べてみると確かに油たっぷりソースたっぷり。まさに『海の家の味』だった。 「でもこれなら……よっと」 「?」 カツオブシの入れ物の底をつつき、粉になってるカツオを多めにかけた。 ネギもパラパラとかけてよーくかき混ぜる。ソース、油が色んな方面に飛ぶように。 最後にひらひらのカツオブシをまぶせば、 「……いい香り」 「あぐあぐ……うん、まあまあです」 どうぞ。と真琴さんの方に皿を差し出す。 「じゃ、遠慮なく」 新しい割り箸で、 「はむはむ」 「……すごい。美味しい」 「あはは、カツオブシって万能調味料ですよね」 「謙遜しないで。調味料だけで作れる味じゃないわ」 出てきた清酒で口を引き締める。 「くーっ、染みるーっ」 気に入ってくれたようだ。 なぜだろう。この人が喜んでくれると嬉しい気がする。 「じゃあこれどうぞ。俺は新しいの頼みますんで」 「そんな、悪いわ」 「……一緒に食べない?」 「そ、そうですね」 美人なこともあって、ドキドキする。 「こるァ」 「あ、姉ちゃん。忘れてた」 「なーに人のモノにちょっかい出してるの真琴ちゃん。そっちもう旦那いるでしょ」 「ちょっかいなんて出してないったら」 へー、結婚してるんだ。 「……」 「そっか、大君、うちの旦那にちょっと似てるわね」 「はい?」 うお。 距離が近くなった気がする。 「ふふふ」 て、照れる。 「こらーっ、弟を誘惑すんなーっ」 「はいはい」 気分良さそうに焼きそばをつついてた。 食べ終わったので皿を片付けようとすると、 「やらせて。なにもしないんじゃ悪いわ」 真琴さんが先に席を立つ。 「あら」 「危ないっ」 飲みすぎだろう。かくんと膝が抜けそうになった。 慌てて抱き支える。 「っ……」 「……」 密着する形に。 「……」 「……あ、あはは」 「ゴメンなさいね、いい年して酔っちゃったみたい。だらしないの」 「い、いえ」 放した。 いかん見詰め合ってしまった。人妻と。 すごい美人だからつい……。 「……」 「二度とヒロは連れてこない」 「そう。まあこっちも羽目はずせて良いわ」 「外し過ぎないようにね」 「ういー」 テンション高めに出て行った。 あれは……1時間置きくらいに電話いれたほうがいいな。 俺は1人で食べよう。 買い置きのお惣菜を温めて、適当に食事を済ませる。 あと、もうひと手間。 ・・・・・ 部屋で1人で時間をつぶす。 ふむふむ……通販雑誌って結構楽しいんだよな。とくにホビー、趣味のコーナー。 「買いたいもんあんの?」 「そうですね。この腕時計なんかカッコよくないです?陸海空の自衛隊エンブレムが入ったやつ」 「おー、いいかも」 「やっぱエンブレムは航空自衛隊のがいい感じだな。海上も悪くはないけど」 「陸上のやつは腕時計にはイマイチかな」 「こりゃエンブレムっつーか家紋だからな。旗とかにするといいと思う」 ごくごくナチュラルに俺の肩にもたれ、雑誌を覗き込んでくるマキさん。 「あ、コレよくね?どんなドリルも鉛筆けずり感覚で砥げるアタッチメント」 「いいですね。安いし、インテリアとしてもカッコいい」 「ただ人生でドリルを研ぐ状況って1回でもありますかね」 「ねーな。私の場合キリでも大抵穴開くし」 「そうそう、貸した工具どうなりました?」 「返しといた。庭の赤い箱でいいんだろ?」 「はい。どうも」 「役に立ちましたか?」 「イマイチ。小屋の屋根修理してたジジイが帰ってきてさ」 「こっちは直してるだけだっつーのに怒るから結局逃げてきちゃった。屋根も修理できてないし」 「うーん、すれちがいは残念だけど、マキさんは文句言えないですからね」 「雨漏りのまま台風になりそう」 「大変だな」 「……」 「なんで普通に待ってんの?」 やっと本題に入る。 「今日メシいらねーっつったじゃん」 「はい。なのでご飯はやめました」 「でもマキさん来そうな気がしたから」 待ってた。 「……」 「風呂入った?」 「シャワーだけ。ニオイがイヤって言ってたので」 「……」 「へへー」 嬉しそうにヒザに乗っかってくる。 「お前、ほんと変な奴だな」 「疲れない? 他人のために何でもかんでも」 「疲れませんよ。別に他人のためにしてるわけじゃない」 「俺はマキさんの嬉しそうなとこを見るのが好きなんで。自分のためにやってるんです」 「あっそ」 ちゅーっとキスしてくる。 エロいやつじゃなく、あいさつ代わりにするような。じゃれた子犬が舐めてくるようなキス。 ほんと犬っぽいなこの人。 もう俺に充分懐いて、野良とは言えなくなってるけど。 「でもさあ、ほんとなんで?なんでそう……律儀っつーか、尽くしたがりなの?」 「なんでって、好きだからとしか」 「あ、でもそうだな」 「うん?」 「両親から接客の精神を仕込まれてるから。ってのがあるかも」 両親。もちろん生みの方でなく、長谷さん夫妻。俺の父さん母さんのほう。 「そういやお前んちって親見ねーな」 「いま大阪なんです。レストランを経営してて、どっちもあっちに」 生活が安定するくらいの人気はあるそうだが、こっちに支店を出すためいま頑張ってるんだそうな。 「でも小さいころはこっちにいまして。色々教わったんです。お客さんを迎えるべき心構え、みたいのを」 「ふーん」 「子は親に似るとはいうけど、にしても影響受け過ぎじゃね?」 「親は好きですから」 「ちなみにどういうのがあるわけ? その心構えって」 「そうですね」 例えば……。 「掃除をする時間とかですかね」 「時間?」 「マキさんってレストランっていつぐらいに掃除するか知ってます?」 「そりゃ閉店後だろ」 「そう。それが理想です」 外食店にとって掃除は調理の次に大事だ。 汚い店なんて好かれるわけないからな。汚れが出たら、すぐ取り除くのがベスト。 シミがついたり匂いが残るのを避けるには、閉店直後に掃除するのが一番。 「でも閉店後に仕事が出来る店ってのは、いまの日本の外食産業としてはかなり恵まれてるんですよ」 「なんで。30分くらいのことじゃん」 「その30分の残業時間にも時給が発生するでしょう」 「掃除ってのは基本アルバイトがすることですから。毎日となるとバカになりませんよ」 「なるほど」 「で、大手チェーンのファミレスなんかを見ると、最近の主流は開店直後に掃除することが多いんですよね」 「直後? 前じゃなくて?」 「はい。開店前でも、早く来させればその分時給が発生しますから」 開店直後のレストランってのは基本ガラガラだ。よっぽど流行ってない限り、開店30分以内に入る客は5組もない。 ならその時間、暇してる店員に掃除させようってわけ。 閉店後にバイトを入れると、残業代も発生して時給1000円。月あたり3万かかる。開店前でも残業代がないだけで800円。月2万4千。 でも開店直後なら、もともと必要な人件費だけで掃除を済ませてしまえる。というわけ。 「でもその場合、開店してすぐ入るお客さんには少なからず嫌な思いさせるじゃないですか。すぐそばで掃除機使ったり、洗剤の匂いさせたり」 「まーメシ中にはやめてほしいわな」 「それでも迷惑かけるお客さんは5組程度なので気にする人はいないでしょう」 「何人か気にして来なくなる人がいても、月3万の赤字にはまずなりません」 「でもうちの親はそれが嫌だそうで。掃除用にアルバイトを入れる余裕はないので、閉店後に残って自分たちで掃除してるんです」 「殊勝なこった」 「俺はそういう両親が好きなので、自然とお客さんはもてなそうって思っちゃうんですよ」 「ふーん」 「ははっ、なんかよく分かんねーけど。ダイらしい」 「ですかね」 ぱふんと俺の胸板に顔をつけてきた。 すーっとニオイを嗅いで、 「うん、お客が来る前にちゃんと掃除できてる」 「あはは」 シャワーを浴びた肌の匂いに満足そうだった。 「プラス」 「うん?」 「俺は意外ともので釣る人間なので、こんなものも」 リビングへ。冷蔵庫から、いい時間のものを持ってきた。 「プリンだ!」 「ノンノン。プディングと言っていただきたい」 「孝行弁当も悪くはないけど、あっちはデザートついてないでしょう」 さっき作っておいた特製プリン。皿に移してカラメルソースをかける。 「いただきまーっすっ♪」 「ぁむぁむ……ん〜〜甘〜〜♪」 幸せそうに頬をトロかしてるマキさん。 「うまく出来てます?」 「おう。ちょっとユルいのがいい感じ」 牛乳入れすぎただろうか。スプーンではすくいにくそうなくらいとろとろだ。 それが逆にイイようで、マキさんは幸せそうだった。 「? ダイは食わねーの」 「俺は……はは」 もともと俺と姉ちゃん用に作ったもので、あとは姉ちゃんの分しかない。 「……」 「あーん」 「え」 「あ〜〜〜ん」 差し出してくる。 ……照れるんだが、 まあこれくらいいいよな。俺たちなら。 「じゃ、じゃあ」 「あー」 「あー……」 「あぁ〜〜……」 「あげないっ」(ぱくっ) 「ひどい!」 口をあんぐり開けて放置される俺。ちょっと予想してたけど、でもひどい。 「だって美味しいんだもん」 「〜♪ 冷たくてあまま〜♪」 くそう。可愛い。 「あまうま」 「……」 「とろふわ〜」 (じー) 「分かった分かった。やめろその顔」 必死の上目使いが功を奏したようだ。 またすくってこっちへ差し出してくれるマキさん。 「あーん」 「あー……」 ――ぼたっ。 「あ」 落ちた。 すくったプリンがとろとろすぎて、俺のズボンに落ちる。 「あーあー何やってんだよもったいねーな」 「これは俺のせいでは……うお」 「はむ」 マキさんは躊躇なく舐めとりにきた。 俺のズボンに吸いついてじゅるじゅるすする。 ズボンの……中央。チャックの上を。 「お、お行儀悪いっすよ」 「もったいねーじゃん」 (じゅるじゅる) 「……」 お、お行儀が悪いだけだぞ。いかがわしいことをしてるわけじゃない。 「ったく」 舐め終わって顔を上げるマキさん。 俺の股間には吸われた唾液のあとが丸く残ってる。 ……なに考えてんだ俺は。 「次はちゃんと食えよ。ほら」 またひとすくい。 「あーん」 「あ、あーん」 変に緊張してしまう。 またこぼしたらまた啜ってもらえるかも。なんて思ってて……。 「あげないっ」 またやられた。引っ込めるマキさん。 が、 ――べちゃ。 「うあ」 今度はあっち側でこぼれた。服の襟のところに落ちてしまう。 「あーあーやっちゃった」 「んしょ……っと、無理か」 また舐めとろうにも、マキさん本人では届かない。 「どうしよ。もったいねー」 「ダイ。たのむ」 「なぬ」 こういう流れになるのか。 「拭いちゃったらもったいねーだろ。早く、シミになる」 「は、はあ……」 へ、変なこと考えるな俺。 舌を伸ばして、うす黄土色の半固形物を、 ――ぺろ。 「……」 「ちゃんと染みた分もとれよ」 「んん」 吸いついた。 マキさんの制服……、マキさんのニオイが染みついた生地に。 ちょっとしょっぱい。 「あー、そういや服洗ったの先週だわ」 「でしょうね。マキさんの汗、しみついてる」 「う……な、ならいいよ。舐めなくて」 「……」 「舐めますよ」 喉元に鼻を当てながら、服のえりをキツく食む。 甘酸っぱい体臭に汗のまじった、塩辛い味がした。 胸がドキドキ言う。 「……」 「……」 「ごちそうさま」 離れた。 「……う〜」 「あはは」 すごい変な空気。 やっぱ俺たちは相性がいいらしい。ナチュラルに変なことが出来てしまう。 よすぎるのも考え物かな。 「おはようございまーす」 「はいおはよう」 今日も元気に登校する。 「おうヒロ坊……くああ」 「眠そうですね」 「うちの納屋に住みついた野良犬が戸ぉ外しやがって、修理に一晩かかっちまった」 「屋根の補修もしたかったけど台風までにゃ間に合わんなぁ。雨漏りはビニールシートで我慢すっか」 そのまま学園へ。 「おはようございまーす」 「おうアンちゃん、今日も自転車かい」 「あら」 「あ……どうも」 「どこかで見た顔だって思ってたのよ。ここで縁があったのね」 「みたいですね。漁協の方だったんですか」 真琴さん、前からたまに挨拶だけはしてた人だったみたいだ。 「うふふ、おはよう」 「おはようございます」 今日も挨拶だけする。 朝からいい気分だった。 「じとー」 「マキさん、おはよ」 「お前は……尋常でないスピードと範囲でフラグ立ててんな」 「しかもあの女、たぶん辻堂の……」 「はい?」 「なんでもねーよ」 「昨日に引き続きご機嫌ななめ気味ですね。なにかあったんですか?」 「べっつに」 「ただなーんかムカつくだけ」 「……」 「ひょっとして、ヤキモチ、的な」 「……」 「痛い!」 殴られた。かなり強めに。 ぶすーっとしてるマキさん。 ヤキモチっていうか、小さい子供が拗ねてる感じかな。 まあ俺は悪いことしてないわけで。 「はい、ハンバーグサンド」 「おお、肉デカ! わーいっ」 すぐに機嫌なおった。 「食べながら行きましょうか」 自転車にまたがる。 マキさんはちょっと眉をひそめて、 「……デリカシー0男」 「ダイらしいか」 でもすぐ乗ってきた。 翌朝。 今日もマキさんを迎えに来て、一緒に学園へ向かう。 懸念してた雨はまだ降りだしてない。 「そういや昨日のさ」 「はい?」 「お前結局なんであのおっぱいにベタつかれてたの?」 おっぱい?乾さんのこと? 「なんか俺を江乃死魔に勧誘したいんだそうです。で、昨日は色仕掛けとのこと」 「色仕掛けねぇ。また直球勝負な」 「片瀬さんおかしなこと考えますよね」 「頭はいいけどな。現にダイ、ぐらっぐら揺れてたし」 「あはは」 すいません。 「やめとけよ、あんな愚図どもの仲間なんて」 「分かってます」 「嫌いっぽいですね。江乃死魔」 「江乃死魔限定じゃねーけどな。ああいうチーマーみたいのはキラいだ」 「へえ」 意外だ。マキさん、いつも目につく範囲の不快なもの以外は興味なさそうなのに。こんなにはっきり嫌うなんて。 「数さえ集めりゃ正義、って感じに雑魚が粋がってて、見ててムカつくだろ」 「ほんとに強いやつは1人でいい。1人だけで」 こだわりがあるっぽい。 この点は片瀬さんはもちろん、辻堂さんとも違うな。 辻堂さんも一匹狼っぽいというか、群れて悪さするタイプじゃないけど。仲間のことは大事にしてるっぽい。 マキさんはそういうの一切認めない。 「ほんとはうちの学園を中心に動いてるだけでもムカつくんだけど」 「そこまで嫌いなんだ」 「何度か消そうと思ったんだけど、リーダーが人外レベルにしぶといからな」 「あはは、片瀬さんガッツあるもんね」 「ま、いまんとこ放置中だ。私の視界ではウザいことしないっていう条件で」 楽しそうに言う。 なんだかんだでマキさん、片瀬さんのこと本気で嫌ってるわけじゃなさそう。 「もしダイがあんな連中の仲間になったらとても悲しい。悲しみのあまりキツめにお仕置きする」 「なりませんてば」 「まあ入っちゃっても江乃死魔を消せばいいんだけど」 「……」 片瀬さんのためにも入らないようにしよう。 「ほい到着」 「ご苦労さん」 バイバイと手をふり合って、俺は稲村へ。 そろそろ一週間か。 一緒の通学にも慣れてきた。 「腰越と恋奈がやりあった?」 「はい、めずらしくサシで」 「勝敗は決まり切ってるとして……恋奈が出るなんて珍しいな。なにがあったんだ」 「はあ、どうも恋奈のやつ、1人どうしても勧誘したい奴がいるそうで。その勧誘中に腰越と鉢合わせたようです」 「誰だよ。恋奈が直接勧誘に出向くなんて」 「はい、うちの学園の……」 「……なに?」 「はぁ……昨日は死ぬかと思ったわ」 「なにやってんだい恋奈様ぁ。色仕掛けに、腰越退治。どっちも俺っちがいりゃラクショーだったっての」 「(無視)梓、ケガなかった?」 「怪我はねーけど……本気で怖かったっすわ」 「もう自己防衛本能みたいのがぎゅるぎゅる働いて、出したことないスピードでハマまで逃げてたっす」 (ほんとに怖かったのは私よ) 「梓はともかくリョウまで逃げるとは思わなかった」 「置いて行ったのは悪かったが、こっちだって無策で辻堂腰越を相手するのは御免こうむる」 「責めてないわよ。いい状況判断だったわ」 「長谷に手ぇ出しにくくなるわね。なんとかしないと」 「どうすんすか?」 「最終的には無理やりさらうことになるけど……」 「ま、とりあえず今日出来ることはないわね。解散にしましょ」 「おっしゃ、ンじゃ遊びでも行くシ」 「おう、いいじゃねーの」 「こんないい天気だぜ、遊ばなきゃ損だっての」 「今日梅雨あけたんすか!もう雨降らないんすか!」 「やったー!」 「梅雨あけてないじゃないすか!」 「やだー!」 「あらら、降ってきちゃった」 「台風がこっち来てるって予報で言ってましたっけ」 「ああ、かなり勢力の強いやつだそうだ」 「夏の幕開けにふさわしい」 ・・・・・ 「これ危なくないです?」 「イケるイケる」 雨は降りだしたけど、約束通りマキさんを迎えに行った。 んだが、歩いて帰るのをマキさんが嫌がり、結局2人乗りで帰ることに。 俺は普段通り運転して。 「ん〜っ♪」 「……」 ぉぉぉ……。 真後ろに来たマキさんが、出来るだけ俺に密着して傘をさす作戦。 2人乗り自転車版の相合傘というべきか。 作戦はほぼ上手く行っておらず、傘が小さすぎて俺はずっと雨粒の直撃をうけてた。 でも『やめましょうか』とは言わない。 「もちっと密着したほうがいいかな」 ぎゅ〜。 「ああん」 力いっぱい密着してくるマキさん。 昨日の乾さんをさらに1まわり上回る存在感が背中をぐいぐい押す。 これを拒否るのは男ではあるまい。 夢のひと時だった。 やがていつもの場所につく。 「じゃあまたあとで」 「おう。ってぐしょぬれだな、風邪ひくなよ」 「はい。すぐシャワー浴びます」 おっぱいタイムが終われば雨なんて鬱陶しいだけだ、早めに家に帰った。 ・・・・・ 「ジジイは……よし、いねーな」 「ただいまー」 「ふぅ、立てつけの悪い小屋もトラクターのベッドも住めば都ってやつだわな」 「……げ。雨漏り」 「んー」 「かまうか! 私は寝る!」 「……」 「……」 「昼寝界のカリスマと言われた私も顔に雨がかかりながら寝るのは不可能だと分かった」 「どーしよ。傘使うか?でも台風だから飛んできそうだし」 「んー……」 「ふう」 さっぱりした。 雨で冷えた体をシャワーで温める。 もう7月間近だ。これくらいなら風邪ひくこともないだろう。 腰にタオルだけ巻いて脱衣所を出た。 「……」 「あ、姉ちゃんお帰り」 「じー」 「……」 「ジロジロ」 「きゃー」 シスハラ(シスターセクハラ)から逃れ、部屋へ。 さっさと服を着よう。 「あー屋根って素晴らしい」 「きゃー」 「は?」 「あ、いえ別に」 腰にタオルは巻いてる。上半身だけで照れるほどナイーブじゃないので、普通に服を着た。 「どうしたんです。やけに早いけど」 「小屋がダメだった。屋根が穴だらけで」 「雨漏りですか」 「ちょぉーっとここにいていいよな」 「えと、いるのはいいんですけど」 「うちは姉にノックと言う習慣がないので」 「ハダカガタリナイ!」 「もう服着ちゃったの」 「着たよ。あと急に入ってくるなよ」 「ちぇ」 「とまあこんな感じで急に来ることが多いんです」 「問題ねーよ。今の見てただろ」 確かに。突然の姉ちゃんの襲撃にも、マキさんは微塵も動じず気配を消し、天井に張り付いてやり過ごした。 「ニンジャのレベルですね」 「ハダカノ子ハイネガー!」 「やっぱり着てる」 「着たよ。あと姉の変態発言聞かされる弟の気持ちになれよ」 「ちぇ」 「これぞ腰越流忍術……平蜘蛛」 「なるほど、上の方に隠れてるだけに」 「バレる危険はなさそうですけど、ゆっくりできませんね」 「だな。んー、隠れるとこ隠れるとこ」 「ここ借りるわ」 替えの布団置き場にしてる押入れの中へ。 「うん、結構広いしフカフカだし。いいじゃんここ」 「暑いですよ」 「いいよ。気に入った。なんかあったら助けてマキえもーんて呼べ」 ふすまを閉めるマキさん。 本人がいいならいっか。 夕飯は普通に済ませる。 「台風、モロ直撃みたい」 「この地区にくるなんて珍しい」 「上陸じゃなくかすめる程度……か。雨も風も一番鬱陶しいパターンね」 「台風そのものは好きなんだけど」 「嵐でテンションあがるタイプだっけ」 「嵐の日はビールが進むから」 「晴れの日は?」 「進むわ。曇りでも雨でも雷でも雪でも槍が降っても進むわ」 「弟の裸を見た日が一番進むんだけど」 「ごちそうさま」 食べ終わったので食器を片づける。 姉ちゃんも食べ終わるのを待って、もう1つの夕飯を用意。 「マキさーん」 「……」 「マキさーん」 「……」 「マキえもーん」 「どうしたんだいヒロシ君」 「ジャイアントにいじめられるんだ」 「しょうがないなぁヒロシ君は」 「皆殺しナックル〜」(とてちてた〜) 「この拳を使うと大抵のやつは嬲り殺しにできるんだ」 「もっと安全なやつないの」 「きみはじつにばかだな。イジメなんて相手の息の根をとめるのが一番早いじゃないか」 「じゃあ結構です」 「今日のご飯〜」(とてちてた〜) 「これを食べさせれば、空腹で気の立ってる皆殺し生物を大人しくできるんだよ」 「ありがとうダイえもん」 変わっちゃったよ。 ・・・・・ 「ごっそさん」 パンっと手を合わせるマキさん。 「はー、今日も美味かった」 「なによりです」 「で」 外を見る。 さっきより雨が強くなってた。 「今日どうします? 雨漏り中の小屋で寝るにはキツそうな天気ですが」 「さっきから考えてるんだけど」 「1.どっかの家から屋根をパクる。2.ジジイを始末して小屋でなく家の方をいただく。3.ここに泊まる」 「3ですね」 「サンキュ」 「1と2は選択肢にいれるところからやめましょうね」 「ただ泊まるのはいいけど1つ問題が。俺の部屋、さっきの突発イベントが寝てる最中にも起きるんです」 「姉ちゃんが入ってくんの?」 「2、3日に1回の割合でベッドに来るんですよね」 「……」 「引かないでください。俺のせいじゃないんです」 「分かってて鍵かけないのは許容してるってことだろ」 ぐぬぬ。 「ようするにバレないように寝ればいいわけね。簡単じゃん、マキえもんパターンで」 「いいんですか。押入れそんなに広くないですよ」 「トラクターの上よりは広いよ」 シビアな人生だ。 「屋根さえ提供してくれりゃそれ以上は贅沢言わねーさ。押入れって結構楽しいし」 子供みたいなことを言ってまた押入れに引っ込んだ。 「蛍光ペンある? プラネタリウムみたいにしたい」 「改造はやめてください」 「なんか面白くなってきた。お泊り会って感じ」 「襲うなよ?」 「襲いませんよ」 「それはそれで失礼なんだが」 「じゃあ変更。襲えませんよ」 戦闘力にどれだけ差があるか。 「それもそっか」 笑い合う俺たち。 お泊り会か。 もともと神出鬼没でこの家に隠れ住んでてもおかしくない人だし。 今夜は楽しく過ごせそうだ……。 が。 「……」 「?どうかしました?」 急にマキさんの顔色が変わった。 「んー、いや」 何事か考え、 「お前ってマジでなんで私のこと襲わないの?」 「はい!?」 どういう質問だよ。 マキさんの目は真剣で。 「毎晩一緒にいる。ほぼ2人きり。お前は巨乳好き」 「最後おかしい」 「条件そろってんじゃん。なんで襲わない?」 「襲えない……じゃないよな。本気で抵抗されるとは思ってないだろ?」 「う……」 まあ、もうおっぱいの2〜3揉みなら許される関係だとは思ってる。 「でなんで襲ってこない」 「ちょっと待て本気でムカついてきた。私ルックスはかなりいいはずだぞ。なんでヤろうとしねーんだテメェ」 「ちょ、ちょっと待って。怒りのベクトルがおかしい」 「こっちはマジだ」 「私に欲情しない理由を言え」 「うおおーい、一宿一飯の恩人をシメないで」 「聞いてることに答えりゃいいんだよ。私を襲わない理由」 「それはこう、今の関係を大切にしたいと言うか。単に俺がチキンというか」 「……」 「ああ、ダイがチキンだからね」 納得するんかい。 「でもやっぱ許せねぇ」 「な、なんで急にピリピリしだしたんですか」 「自分でも分かんねーけど、なんかムカつくんだよ」 「言えコラ」 「私のこと好きだよな?」 「はい?!」 「好きって言えコラァ」 「は、えっと」 「え、いえ、好きです……けど」 顔が熱くなる。 「……」 「ならよし」 いいんかい。 「分からないだぁああ!?」 「すすすすいませーん」 「……」 あ、落ち込んだ。 「いや、あの、もちろんこう、もっと軽く。フラットな意味では好きですよ?」 「ただそう簡単に言うのもなんか違う気がしまして」 「……」 「ならいいけど」 なんとか機嫌戻ったようだ。 「えっと、まとめるとですね」 「俺はマキさんのこと好きです。これは本気で。フツーに好きです」 「ただエロいことするほど好きかというと、ちょっとブレーキがありまして」 「なに」 「……」 「ちょっとしたことです」 「そのことが片付くまで、マキさんのことどこまで好きになれるか自信がなくて」 「そんな状態でエッチぃことをしてしまうのは、許せないんです。自分的に」 「あー……」 「ようするにヘタレてると」 紳士と言ってくれ。 「はあ……じゃあ」 「おわっ!」 すごいスピードで押し倒された。 「今日のところはこれで勘弁してやる」 いつもの底が見えないニヤニヤ笑いを浮かべて顔を近づけてくるマキさん。 頬においた手が、ねばっこく首を撫でてくる。 「キスまでならOKなんだろ?」 「せ、線引きがむずか」 「んあ」 舌を突っ込まれた。 くっつかれたりキスされたりは何度かあったけど、こういうディープなのはこの前のアレ以来だ。 「ちょ、マキさん……これはエッチぃんじゃ」 「知るか。大人しくしてろ」 ああああ……。 そのまましばらくマキさんに絡まれ続けた。 俺はまだマキさんが好きになりきれず。このワイルドなお姉さんは、それが許せないらしい。 でもしょうがないよ。 俺の中にはまだしこりが残ってて、 それが消える前にしちゃうのは、マキさんに対して失礼な気がする。 延々とエロいキスをして、いい時間になるとマキさんは押入れに引っ込んだ。 ふすまを閉めるとき、 「こっちは……来られたらキス以外もOKしちゃうかもな」 「……」 ちょっと恥ずかしそうに言い、引っ込んだ。 はぁ……濃い時間だった。 でも、いつまでもじゃれてるだけじゃダメだよな。 決着つけないと、マキさんとのこと。 ……もうついた決着を受け入れないと。辻堂さんとのこと。 ・・・・・ ・・・・・ 目を閉じる。 マキさんがすぐそばにいると思うと、ちょっと緊張した。 でも疲れてたこともあって、目を閉じてると意識が鈍っていく……。 ので。 「う……?」 俺は両手両足をガッチリロープで固定されるまで、気づきもしなかった。 「は!?」 両手両足を伸ばした大の字で、動けなくされる。 「はは、大だけに大の字ですか。シャレが効いてますね」 「なにやってんのマキさん!」 「さすがに起きたか。縛っといてよかった」 「なんで縛るんすか。いやそれはまだいいとして、なに脱がしてんすか!」 お宝映像大放出じゃないか。 「なんかさー、脱がせたときもうすでにガッチガチだったんだけど、これってどうして?エロい夢でも見てたん?」 「えっと、これは朝立ちという生理現象で」 「真夜中だよ?」 「朝っていうのは寝てるとき全般の……。男の生理はあとでネットで調べてください。ロープはずして!」 「へー、勃起ってマジでこんな硬いのな」 「あう」 中指、薬指、親指ではさんで、すっすっとさすってきた。 「みんなこうなの? それとも、ダイだけ特別?」 「知りませんよ。みんなだと思うけど」 「ふーん」 興味深そうにするする撫でられる。 「だぁから……ンぬぁっ」 気持ちいいのがびりっと走って、思わず声が裏返ってしまった。 ひくんと腰が跳ねる。 「ちょ、暴れんなって」 拍子にペニスが逃げる。苦笑するマキさん。 「いやもう、ほんと勘弁してください。なんなんすかコレ」 「んー? いやさ、最近ダイがそっけないっていうか、ご奉仕度が低いっていうか」 「ま、まあちょっと放置するときありましたけど」 「あんな状態で好きって言われても信憑性がねーだろ」 「だから恋奈たちに見習って、一発色仕掛けでもしとこうかと」 「これは色仕掛けの範疇超えてます」 「本番までする気ないない。そっちはダイが襲ってきたとき考えるって」 「今日はおっぱいだけ」 「すごいところに行きついちゃったな。あの、マキさ……あうっ」 「逃げるなって。……おお、もっと硬くなる」 取り出した俺のものをいじるマキさん。 「あの、わはっ、……ら、乱暴はやめてくださいね」 男の子として、そこを触られるとどうしても弱かった。 「そうそう、いい子いい子。大人しくしてろ」 「あ……っ、う」 硬く勃起したものを優しくしごかれた。 皆殺しのマキ……なんて異名からは考えられないすらっとした指。柔らかな手のひら。 女の子の肌。気持ちイイ。 「わ、まだ硬くなる……。……っん、ヘンな匂い」 「う、クサいですか」 「いや……んっと。なんだろこのニオイ。ケダモノっぽいっつーか、魚貝っぽいっつーか」 「……キラいじゃない」 ピンク色にツルンと張り詰めた亀頭に鼻を近づけて、すんすん匂いを嗅がれた。 ……恥ずかしいぞコレ。 「うわ熱。ここだけ温度高すぎね?」 「仕様ですから」 「ヘンなの。男ってヘンなもん持ってんだなー」 ペニスに関しては初心者っぽいマキさん。 ――しゅにしゅに。 「うぁくっ! は、はひ……」 「まぁーだ硬くなる」 「なんか破裂しそうでこえー。痛くなったら言えよ、すぐやめるから」 「それはどうも……んんぁっ」 やめては欲しいけど、痛くはない。 イジり方は上級者だった。こっちの期待を煽るように撫でたり揉んだり。 「ああ……っあっ」 「あは、ヨさそうな顔してる」 「ヨすぎです」 他人に触られるってこういうことなのか。辻堂さんとじゃしなかったから知らなかった。 自分のタイミングじゃない時に快感が来るから、どれも不意打ちで腰が震えそうになる。 積み重なって快感そのものが跳ね上がってく感じ。 「う……、ああく」 「へへへー、もう暴れようともしねーでやんの」 「……」 事実だ。 いつの間にかマキさんにされるがままになってた。 「それじゃ、色仕掛け本番いくぞ〜」 「しょっと」 ――むにぃい。 「うわああ」 本番攻撃はそのままおっぱいが来た。 雑にめくった服からまろび出た真っ白なおっぱいが、ブルンと揺れながら俺のものを挟む。 「っ、っ」 「お、はは、谷間って結構神経あるんだ。びくびくしてるのが分かる」 あっちの感覚は知らないけど、こっちは相当大きくペニスをビクつかせたと思う。 「うわー、変な感じ。こっちも熱いのにそっちのがもっと熱い」 「あ……はは。乳首立ってきちゃった」 「う」 つい先っちょに目が行った。 なめらかに白いふくらみの先には、ぽつんと薄ピンク色の尖りがある。 「……マキさん、乳首小さいね」 「そうなん?」 「比較対象はエロ本だけだけど」 小さい気がする。 いやおっぱいが大きすぎるのか? ぷりぷりした薄色のニップルは、バストそのものの大迫力とは裏腹に、可愛らしい。 「ーっ ーっ」 「ダイ、鼻息が荒い」 「すいません」 なんといわれようと血走った眼で見続けた。 すっげー。 AV業界にも3D技術の入ってきた昨今だけど、ナマおっぱいの迫力には勝てんな。 奥行きが刻む陰影。ド迫力な谷間と、正反対に可愛らしい乳首の頼りなさ。 「やっぱこれって男にはイイの?」 「最高ですよ」 「そか。こっちとしては揺れて痛いから邪魔なだけなんだけど」 「フシュルルルルルルルル。フシュルルルルルルルルルル」 「そんなに喜んでくれるならなにより」 「でもさ……んせっ。私の結構デカいと思うんだけど、入りきらない」 深い谷間からは、かろうじて俺のものが先っちょだけ見えてる。 「ダイのってデカいのかな」 「……」 「ダイ?」 「もう一回言ってください。あ、携帯に録音機能があるからちょっと待って」 「はいはい」 ――ぐにゅっ。 「あふぅっ」 不意打ち気味に乳圧をかけられた。 手のひらとは明らかにちがう触感がペニスを叩く。ついヘンな声が出た。 「ははっ、焦った声可愛い」 「ダイってあんま慌てることないけど、逆境だと急に可愛くなるよな」 「……知りませんよ」 恥ずかしい。 「おっと、暴れんな」 さらさらの砂袋をふると、底に沈めたものが浮いてくる原理か。脈打つものがぷるつくおっぱいから顔を出してくる。 マキさんは器用に胸をずらして、充血した肉器を包みなおした。 何度も何度も包みなおす。 「んせっと」 ――ぱふぱふ、 「おっと、下から逃げる」 ――ぱふん、むにん。 「……ひょっとしてこれ気持ちいい?」 「恥ずかしながら」 柔らかさが波のように連続してぶつかってくる。 「全然想像できないんだけど、どんな感じなわけ」 「どんなって、難しいな。こう……ふわーって、ぶわーって。身体が溶けてるみたいな」 「わかんねーよ」 言葉じゃ説明しづらい。 「あと気分的なこともあるかも」 「マキさんのおっぱい綺麗だから、挟まれてるって思うと……こう、わーっ! って」 「だからわかんねーって」 苦笑する彼女。『綺麗だから』のくだりが気に入ったのか、嬉しそうだった。 でもそうとしか言いようがない。 「まーいいや、楽しめ」 ぐにぐにと膨らみ2つを躍らせる。 大容量のものがプニンたぷん柔らかくつぶれ、そのたびにゾクゾクさせられた。 「おっぱいってそんなにいいもんか。ぶにょぶにょしてうっとうしいと思うんだけど」 「私的には……こいつのほうが面白い」 ぎゅーっとさらにキツく挟んできた。 「あは、ン、コツつかめてきたぞ」 そうしたほうが楽なのか、身体全体を上下させだした。 ゆさっ、ゆさっと弾むバストが、いろんな角度から叩いてきた。 「あは……っ、はっ、ははっ」 「なんだよ気持ちわりー笑いかた」 「で、出ちゃうんです。わうっ、あは、んんう」 くすぐったい! とも微妙にちがうような、なんとも言えない感じだった。 くすぐったさが肌に染み込んで、ペニスの奥側からむずむずっとするような。 「いいって。へへ、その笑いかたバカっぽいけど可愛いぜ」 「バカっぽいならやめた……ううううっ」 こっちからも腰が動いてしまった。 ピクつくペニスが暴れると、柔らかい檻は簡単に崩れそうになる。 「おっと、へへへ〜♪」 マキさんはもちろん簡単にキャッチ。 ……逃げ場がない。 「あああぁぁあ、マキさん、あのっ、マキさん」 「んー?」 「これあの、えっと、タイム! 休憩!」 やめて。というのはアレなので、一旦インターバルが欲しい。 「なんで、気持ちいいんだろ」 「イイはイイんですけど、あの、恥ずかしい」 オナるときと快感の質がちがってて、どうしても変な声が出る。 快感は強くても気分が微妙すぎだ。 「なんだよ、人のパイズリ初体験。失敗みたく言いやがって」 「大成功だから問題なんです」 「んー」 不満そうなマキさん。 いかん。この人こういうときはたぶん、 「うっせえ。色仕掛け攻撃にタイムなんてあるか」(ぐにゅにゅ) 「わー」 容赦してくれなかった。 たぷんたぷんよじれながら俺のを押し揉むたわわな果実。 「あのっ、うっ、あう……うう」 「んっ、ふっ」 「うー、あんまこすりつけてるとこっちも変な気分になる」 「ほらほら……ほらっ」 「あああっく、く、く――」 オナるのとは異質の快感がせりあがってくる。 「ぴくぴくしてきた。これ出る? もう出そうなわけ?」 「は、はい。あああは」 「よーしよしよし。思いきってどうぞー」 肌の上でくすぶってるような、インパクト不足の気持ちよさが、際限なく膨れる。 出るとこが見たいらしい。興味深そうに顔を出した亀頭を眺めるマキさん。 「あのっ、あの、マキさん」 「んー?」 「そ、そこに……ああああっ」 そこにいるとかかっちゃいます。 とか冷静なこと言ってる余裕はなかった。 「ああああくっ!」 ――びゅるるるるるっ! びちゅるっ! 「ふぁあああっぷっ! あああ、む、むわぁああっ」 飛び出した精弾は、避ける暇なくマキさんの顔面を直撃する。 「なぁっ、も……んぶっ。なにすんだバカ……あああぷっ、あむううっ」 回避どころか反論まで許さない。上手い具合に目元、鼻先、そして唇と、綺麗な顔を余さずどろどろにした。 「うあは……う、あ……はぁあああ……」 なんだこれ。 いつもとちがう快感から来る、いつもと同じ射精の快感。 入り口がちがうだけでまったく違うものに感じられる。何年も前、初めて射精したときみたいな。 「あはぁあ……、はぁあ」 「てめー、チョーシ乗りすぎだコラァ。こっちは色仕掛けってだけで」 「はぁ……はぁ……」 「お」 「……」 ぐったりになってしまう。 気持ちよすぎ。頭のなかが真っ白になった感じ。 「んー」 そんな俺の顔を見て、マキさんは何事か考えると。 「まいっか」 ムカつき気味だったのはすぐに終わり、いつもみたく子供っぽく微笑んだ。 よかった。いま怒らせたら相手する気力ない。 ちょっと休憩……。 ベッドの上で縛られた身体を脱力させる。 「はふぅ……」 「……」 だが。 三大天最凶の女はそんな優しくなかった。 「ぺろ」 「ひんっ!」 「んー、タンパク質、とか言うけど肉っぽい味はしねーな」 「成分的に牛乳かと思ったけどそれともちがう。なんだこの味。……れろ、ねるぅう」 「あっ、あっ、あっ、あっ」 舐めてきた。 出したばっかの亀頭を、熱い舌が這いずる。 「んむちゅ……っ、んくぷ、ちゅるっ、ぺろ、ちゅぱちゅぱ……れろぉ」 「変な味。しょっぱくて……なんかいがいがする」 「あ、また硬くなってきた」 そりゃまた勃起するよ。 イッたばかりで敏感なペニスには、舌とおっぱい。両方の優しい刺激がなんとも言えず快感だった。 そして困ったことに。 「……へへ、よぉし、乳だけのつもりだったけど。ダイ相手ならこっちもやらないとな」 あの絡みたがりな舌が、 こっちまで来た。 ――ニュルゥウ。 「のわぁあああ」 「おー、さっそくいい声」 「フェラってすげーんだな。……んちゅる、ねろぉお、ちゅぱる、れろぉ」 「んん……んふぅ。ふふっ、さっきより硬くなってそう♪」 亀頭に絡む白濁を舐め終わって、マキさんは本格的に舌をからめてくる。 俺を攻める舌使い――しかも、 「んちゅっ、んる……おっと、大人しくしろや」 ――ぎゅう。 「あああう……」 根元のほうは挟んだままの柔らかいもので固定して。 あ、あれ? これって……。 「うわっと、すべる。ちょっと、こら、暴れんじゃねーっつの」 「ああああっ、はわっ、ああっ。マキさ……それ、やわらか……んぁっ、ああは」 そうだ。さっきは忘れてた。 AVなんかだと、パイズリってローションを使って滑らせるようにやるんだ。 さっきはそれがなくてぶつけられる感じだったけど、精液ローションですべりが良くなった今回は。 「もういいやこっちで押さえよ。はむっ、あむ……んちゅ、ちゅるっ、んるぅう」 「あああっ」 「ちるっ、れるれるぅ……ちゅぷるう。んは、コツ掴んだ♪」 先端に絡めた舌でペニス全体を押さえつける。 フェラとのW攻撃だ。 「これちょ、マキさん。あああそんな擦らないで。俺、ううう俺」 「1回出したあとって感度鈍るんだろ?そのぶんがんばらないとって雑誌で見たぞ」 どこの雑誌だいい加減な知識を。 イッたあとの肌は敏感になってて、しかもさっきより攻めがすごいから、 「ほれほれ、さっきはパフパフって感じだったけど、今度はズリズリできるぞ。パイズリどうだっ」 「最高ですっ、最高ですからちょっとタイム!」 「やなこった。はんむ……れろ、レロレロォ、んちゅぱ、ぷふ。へへへ自分が上達してるのが分かるぜ」 上達なんてもんじゃない。 「ぁんむ、ちゅるるっ、ちゅぱ、ちゅぱぁ。ねろねろぉ、んちゅぷるう」 熱い舌先が亀頭やカリを挑発的に撫でる。 そのたびに鋭い電流のような快感が走り、 「こうして……、これどう? ほらっ、ほらっ」 ――ゆさっ、ゆさっ。 「のおおお」 根元はトロけそうな柔感で殴り、しごかれる。 マキさんのは重たいうえに弾力が強い。はさまれてると柔らかさがずっしり感じられた。 「ああっ、も」 トロけそうに高ぶるペニス。 「あーん……んちゅる、ちゅぱぅ」 を、念入りに舐められる。 「コツつかめてきた。んる、ねろぉおお、ちるちる、ちゅぱるぅ」 「うっ、くふぅあっ。マキさん……んっ、そこ」 「んー、……レロレロ、れろれろ……」 ぴちゃぴちゃと子猫がミルクを飲むように舌をうねらせるマキさん。 それだけでも十分気持ちいいけど、なんか危険な気がした。 この超攻撃的な人が妙に大人しいときは絶対にデカい反動が来る。 「ちゅぱ……ちゅる」 ただでさえ舌とは微妙にちがう柔らかさのバストが四方八方から絡んでくるのに。 「ここかな」 「んんあっ!」 覚悟してる間もなく攻撃が来た。 包皮のだぶつきが残る亀頭の真下。いわゆるカリのくびれた部分に舌があてられ、 「ぬるぷぅうう……っ、れる、にゅるううっ」 「わああああっ、マキさ……、つ、強い強い!」 我ながら変な感想だが、『強い』だ。 快感が強かった。ビキビキのペニスでもとくに感じやすいところを、 「はむ……んちゅ、ぬるぅう」 「このめくれたとこピンク色。かわいーの」 「いっぱい舐めちゃお。レロネロ、んちゅるうう、れるぅうう」 別の生き物みたくクネる舌先が、とろとろの唾液を滴らせながら暴れる。 「……へへ」 「なんかおっぱいが変な感じ」 「?」 「ち○ぽの熱いのがこっちまで来ててさ。なじんでる、みたいな」 ちるちるとカリに吸い付きながら言う。 なじんでる。って感覚は分かる気がする。俺のとおっぱいの境目が消えてくみたいな、身体の中まで気持ちよさが入ってくるような。 もっとも俺はさっきからずっと感じてるわけだが。 あれ、てことは、 「マキさんも俺のをダイレクトに感じてる、と」 「ん? んー」 ダイレクトの意味が分からなかったのか、マキさんはちょっと首をかしげて、 「そうかも♪ ……はんむ」 ニュルつくバストを握りしめて、さらに勢いよくこすりつけてきた。 ――にゅっ、にゅっ、にゅぷっ、にゅぱんっ。 「うあっ、ああぁはっ、マキさ……ぁんっ」 「へへへー、もちろんちゃんと舐めてやるからな。ん、ちゅ、ちゅむ……んんぷんぷ、れろううう」 「くああああっ」 もう快感が鋭いくらいになってきた。 「んっ、ふっ、ふっ、ふっ」 ――ぬっ、にゅっ、ぬっ、にゅむんっ。 大きく上下するバストは勢いがつきすぎて、俺の腰や足を叩いてる。 そんな優しい柔らかさで左右からぴっちりペニスを包み、 「あんむっ、はむ、はんん、ちゅる、ちゅぷう」 「あわっ、うわわわ、か、カリのとこ集中的にコないで」 「やだね。これやると超嬉しそうにするじゃん。……んんん〜ッ」 カリ下のくびれの弱さを悟ったのか、唇全体でもぐもぐ甘噛みしてくる。 「ぷは、へへ、ビクビクしてる」 「またイキたいんだろ。……分かるぜ、私のおっぱいにビリビリくる」 マキさんも興奮してるみたいだった。 「ふふっ、……ふぅ、はぁ……はぁあ」 ニュルつくバストから興奮が伝染してるんだろうか、トロんとした眼で揺れる胸を持ち上げ、 「ちるぅう、じゅぷっ、ぷううう、亀頭がパンパン」 「ほれほれ覚悟しろ〜。さっさとここから……お」 トドメに移ろうとしたマキさんの目が一点でとまった。 「な、なに?」 嫌な予感……。 「チュル」 「のおおおわっ」 一瞬で当たった。 「ここもピンク。経験上可愛いピンク色のとこは、弱いと思う」 「弱いですっ、そこ弱いですから」 「ちろちろちろ」 あうううう。 尿道に舌の先を突っ込んできた。 「ン〜〜〜ッ♪ ふふふぅ」 いや突っ込むってのは語弊があるけど、狭い切れ目を硬くとがらせた先っちょでグリグリこじ開けようとしてくる。 「ここ、感じる?」 「っ、っ」 俺は返事もできない。 浅い部分はマキさんの言うとおり敏感だった。痛いくらいに。 そんなところを、 「ちるっ、ちゅぽっ、んちゅるうるる。ちゅぱちゅぱちゅぷぅうう」 「あっ、あっ、マキさんもう、もうっ」 「もう降参?」 「舌テクすげーな私、初めてなのに」 「こっ、これはテクっていうか」 「ん〜〜〜〜っ」(ぐりぐりぐり) 「んあああああっ」 舌の先がめりこむ。 裏スジに電気みたいのがビリビリ走った。軽く痛いくらい。 「お……びくんってした。いいぜ、思う存分出せ」 俺のが根元から震えてきたのに気づき、妖しく笑うマキさん。 「うく……っうああっ」 「ああふっ」 痙攣がおっぱいに伝わってるらしく、マキさんも興奮してる。 四つんばいのお尻をもじもじさせながら、 「ちるっ、ぺちゃっ、んちゅるるう、ほら、出せ、思いっきりシャセーしろ」 サディスティックに攻めを熱化させてきた。 「ちるぅうっ、ちゅぷ、ちゅぷるっ。んぷっ、んぷっ」 「ふは……っ、ふふっ、今度は全部飲んでやるよ。コーナイシャセー。な?」 口内……あうっ。 意識するとダメだ。さっき出し切ったはずの体内が疼く。 「おらおら、出せよ。溜め込んだモノ私にごちそうしろ」 マキさんはヤンキーそのものな残忍な笑いを浮かべ、おっぱいを凶器に、 「ほらほら」 ぐりぐり根元を締め上げてくる。 「〜……っ」 快感が跳ね上がる。 はさまれたままのものがピーンと張って、マキさんのあごをこする。 「ははっ、いいぜ……」 ――にゅぶぅううっ。 鋭い舌先はさらに尿口を抉り、 「出せよ」 「ひぅ……っ!」 ほぼ強制的だ。ペニスの奥にある射精スイッチを押された感じ。 なにか思う間もなく身体がビリついて、それで、 「あっ!」 「んぁはっ」 ――びゅるるるるるるるっ! びゅるぅううっ! ペニスが内側から焼けるようなパルスに、反発するよう大量の精液が吹き出す。 「くぁ……すげ。……ん」 「はむっ」 マキさんは言った通り熱いほとばしりに口をつける。 「んんぷ……っ、うわ濃ゆ……けほっ。あぷっ、あむぅううっ」 強烈すぎる射精に驚いたのか顔をゆがめた。 「ううっ、ううう」 それでも俺は快感に酔いしれながら、どろつきを放ち続ける。 「んくぷっ、も、こらぁあ、出しすぎ」 「んちゅるっ、んんっ、ちゅぅううう」 「ぷぁぁあっ、もうっ」 喉に触ったらしい。半分くらい喉に運んだところで口を離した。 「っう」 ――びゅるんっ。 まだ2射、3射目と続いてる。 それはマキさんの整った顔を、またしても余すところなく汚していった。 「ンぷ……」 普段ツリがちの強気そうな目つきが、困ったように垂れ下がったのが見えた。 「ふはぁ……へへ」 「これにこりたら、私のことをもーちょっと大事に扱うように」 「はぁ……はぁ……」 はぁぁあ……。 「どーだった?」 「最高でした」 嘘はつけない。メチャクチャ気持ちよかった。 「だろ。ふふふー」 「襲ってみたら……もっと気持ちイイかもな」 「う……」 「おお、また大きくなった」 「あ、あの、マキさん」 「できればこのロープ解いて……」 「じゃじゃん!」 「?!」 「きょーおっも元気に弟のベッドに……。ぎゃーーーーーーなにやってんだああああーーーー!」 「あらら、バレちった」 どごーん! ばすーん! ・・・・・ 「追い出されちゃったな」 「姉ちゃーん! あの、姉ちゃん、せめてズボン穿かせてー!」 「シャラップ浮気者!私にはお姉ちゃんも襲わず女連れ込んでち○ぽっぽするような弟はいない!」 「それ普通のことだろ!?」 「もう帰ってくるなバカーーーー!」 ダメだ、話を聞きそうにない。 「まああきらめろよダイ。これも人生だ」 「雨降る真夜中にフルチンで外に叩きだされたことがですか」 「むしろ自由になってよかったじゃん」 「私が教えてやんよ。家を出て自由になったやつの楽しい生き方ってのを」 「うう……」 ・・・・・ 結局この日を機に俺は家に戻れなくなり、マキさんと宿無しの日常を歩むことになった。 究極のフリーダム。究極的なアウトロー。 俺たちの生き方は、その後湘南に集まるヤンキーたちに大きな課題を課すこととなる。すなわち、 自由とは何か。 不良とは何か。 俺たちの名は、これら命題とともに、いまでも湘南の伝説になっているそうだ。 昨日のことが尾を引いて、朝からマキさんとは微妙な空気になった。 雨なので自転車はなし。歩いて一緒に登校する。 その間ほとんど会話はなかったけど、 マキさんは俺に歩幅を合わせて歩いてる。 「じゃ」 「うん」 「帰りは――」 「迎えに来るよ。歩きだから時間かかるけど、待ってて」 「うん」 七里まではかなりの大回りだけど、そのぶん早く出たので遅刻することはなかった。 「おはよー」 「おはよう。台風は避けられそうにないな」 「だね」 どうなることやら。 「大」 っ! びっくりした。 「な、なに辻堂さん」 会話をするのは超久しぶりな気がする。返すだけでドギマギした。 「今日、帰り、時間取れるか」 「え……と、難しいかも」 マキさんを迎えに行く約束がある。 「んじゃ昼休み。話したいことがあるんだ」 「う、うん。昼休みなら」 「頼む」 「うん」 「何事だ?」 「分かんない」 本気で。 昨日の夜から辻堂さんのことばっか考えてるけど、もう話すこと、特にないのに。 ……話そうと思うと、ちょっと気まずいくらいなのに。 あっという間に昼休みになった。 こっちをチラ見して教室を出る辻堂さん。 俺も従う。 番長の呼び出しだ。 連れられたのは……校舎の隅っこにある空き教室。 不良のたまり場として有名な部屋だった。 「のわりには綺麗だな」 「週1で掃除させてるからな。1階だから汚くするとすぐ虫がわく」 「タバコの吸い殻くらい落ちてると思ってた」 「愛さん命令で禁煙中なんだよ。匂いが嫌いなんだって」 「テメェ汚すんじゃねーぞ。散らかしたバカは稲村伝統乙死舞の儀百八式其の22。『肉体誤死誤死』の刑だからな」 「は、はい」 入った途端ガラの悪そうな人たちに睨まれた。 「脅してんじゃねぇ。アタシの大事な客だぞ」 「は、はい……すいません」 「それで辻堂さん、何か用?」 「何か用たぁどういう了見だこのドグサレが!愛さんに呼ばれたら『はい』か『イエス』だけ言ってりゃいいんだよビチグソがああああ」 「あべしっ!」 絡んできたと思ったらヤクザキックで壁にめり込んだ。 「脅すなっつったはずだ。『はい』か『イエス』以外の態度はこうなる」 「ず、ずびばぜん」 「仲間内ではフツーに番長やってるんだね」 「う……すまん」 コホンと咳払いする。 「まずはひろ……長谷。確認を取りたい。昨日調べさせたんだが」 「最近江乃死魔にちょっかいかけられてるってのはホントか?」 「江乃死魔……ああ、うん」 「ちょっかいっていうか、片瀬さんに仲間になれって言われた。2回とも断ったけど」 「江乃死魔が勧誘……ホントだったのかよ」 「しかも片瀬恋奈が直接。な、何者だあの少年」 周りがざわつく。 「理由は……やっぱ腰越?」 「うん。最近仲良いから、俺を引き入れればマキさんも、みたいに思ったのかな」 辻堂さんにマキさんのことを話すのはちょっと緊張する。 「みみみみ皆殺しをマキさん呼ばわりぃいい!?」 「仲が良いって……ありえるの?あの少年足はついてるわよね」 周りはもっと緊張してた。 「なるほど……参ったな」 「悪い長谷。アタシのせいで」 「辻堂さんのせいじゃないよ」 「いや、お前みたいなノーマルをこっちに連れてきたアタシの責任だ」 「……責任はとる」 静かに、ゾッとするほど強い語調で言う。 「アタシが絶対戻すから。もとの、アタシらとは全く関係ない世界に」 「ハンパな真似はしない。それがアタシの、ケジメのつけ方だ」 「……」 俺だけじゃない。周りでざわついてた人たちまで静かになるほどのすごみがある言葉。 稲村学園の番長は伊達じゃない。 「全員聞いたな。これから当面アタシらは、全勢力をかけてこいつを守る」 「もしそれで恋奈が引かないなら……仕方ない」 「江乃死魔との全面戦争も辞さない」 「戦争!?」 「ウオオオオ来たーーーーーーー!恋奈のアホと決着つけたらぁああーーーーーーー!」 「湘南は俺らのモンじゃあーーーーー!」 いかん。盛り上がってる。 「ちょ、ちょっと待ってください。暴力は推奨しません」 慌てて止めた。 「俺は大丈夫ですよ。昨日は来なかったし、一昨日にひと悶着あって、片瀬さんもうあきらめてると思います」 「そうなの?」 「うん。だからやめようよ、全面戦争なんて」 江乃死魔の人たちも悪い人じゃないんだ。乱暴なことにはしたくない。 「ん……しばらくは様子見のつもりだけど」 「えー?」 「うるせぇ。アタシのやることにケチつけんな」 「恋奈が強硬手段に出ることはなさそうなのか?」 「うん。乱暴なことされる気配はなかったよ」 「ひとまずは平気……か。分かった。じゃあこっちも強硬策はやめとく」 「ボディガードくらいいるかな。クミ」 「はい」 「大、紹介する。クミっつって、うちのチームのまとめ役」 「おう!愛さんの一の舎弟、葛西久美子だ! 夜露死苦!!」 「はい、お久しぶりです」 「どっかで会ったっけ?」 3会の日に話したやん。 この子、仲間以外の顔は全然覚えないっぽいな。 「こいつをお前のボディガードにつける。一応今年の新入生を1ヶ月で制覇した腕前だ」 「まあ身代わりくらいにはなる。と、いいなと、思う」 「大丈夫っすよ愛さん!オレがいりゃ恋奈のアホなんざ八つ裂きっすよ!」 「ホントはアタシがついてるのが一番なんだが……」 「……」 「?」 「なんでもない。クミだけじゃキツそうなときはアタシに電話しろ。5分以内に駆けつけるか江乃死魔壊滅させるから」 「よろしくお願いします」 できれば前者のパターンだけで。 「ですが愛さん、ボディガードクミさんで大丈夫ですか」 「どういう意味だコラァ?」 「目につくもん全部にフッかけるとこあるから、逆に危ないんちゃいます」 「まあな。でもゾロゾロ数つけると大に迷惑だし……」 「大丈夫っすよ。近寄ってくるやつ全員ブチ殺してやりますから」 「それがダメなんだよ」 確かに目につく全てにガン飛ばしてるような子じゃボディガードどころか敵を呼びそうだ。 「黙って静かにしてるのがいいんだけど」 「ケッ、悪いけどこれだけは愛さんにだって止められねっすよ。オレの凶暴さは生まれた時から」 「16×7は?」 「……」 「3時間は静かになります」 「ご苦労」 「どうだ大。こいつでいいか」 「あー、えっと」 時間かけて選んでくれたとこ悪いんだけど。 「ボディガード、いらないかも」 「なんで」 「もういるから」 学園外では、最強の人がだいたいいつも側にいる。 「あ……」 察したのか眉をひそめる辻堂さん。 仲が悪い彼女としてはいい気分しないかな?思ったけど、 「……」 「分かった」 あっさり首を縦に振った。 「じゃあクミは江乃死魔、恋奈についてろ。勧誘のときあいつが出張ってくるなら、どっちにしろいざってときは側にいることになる」 「分かりました」 手間かけさせるのも悪いんだけどなぁ。 「……」 「ンと、話は以上だ。時間取らせて悪かったな大」 「もう行くから、お前も教室戻れ」 「う、うん」 やや速足で去っていく辻堂さん。 俺も帰るか。席を立とうとすると、 「ちょぉーっと待った、話は済んでへん」 「なんすか?」 止められた。 軍団の人たちに囲まれる。ちょっと怖い。 「これだけは聞いとかないと。お前愛さんの何なんだ?」 「途中からファーストネームで呼ばれていた。相当親しいことは想像がつくが」 「あー、えっと」 何。って言われても難しいな。 「……」 「167?」 「不正解」 「もういいこっちだ。おいテメェ、オレたちの愛さんにずいぶんと馴れ馴れしくしてたなぁコラァ」 一番厄介そうな子も来てしまう。 どうしよう。恋人の件を隠して説明するなら、 「友達ですよ。クラスメイトで、仲良くなった。友達」 ……そう。友達だ。 俺と彼女は、友達。 「テメェごときが愛さんのダチ名乗ってんじゃねー!」 「ひどい」 「愛さんはなぁ、愛さんはこの湘南に並び立つ者のない美と強さの化身なんじゃ! 薄汚れたオレらヤンキーの世界に舞い降りた女神なんじゃああー!」 「オレぁもう愛さんのことを思うだけで、もう、もう……ああああああああああ!」 「愛さん! 愛さん! 愛さん! 愛さん (中略)モフモフしたいお! モフモフモフモフ、カリカリモフモフきゅんきゅんきゅい!」 「怖いんですけど」 「気にしぃな。いつもの発作や」 「まあ辻堂さんが魅力的って点は同意しますね。あんなに可愛い人見たことない」 「可愛いって言うんじゃねーよ!愛さんは可愛いじゃなく美しい! 誰よりも美しくそして強くそして可愛い!」 可愛いんじゃん。 「辻堂さんのいいところを5つあげるとしたら?」 「この、世に、生まれて、きてくれた、こと♪♪―――(≧▽≦)―――♪」 「愛さんの良さが分かるとは、我々と仲良くなれそうですね」 「愛さん挙動が可愛いんだよねー。コンビニのお気にのアイスが売切れてるとちょっと拗ねるし」(くちゃくちゃ) 「それ現場見たいな」 「そっちはなんかあるん?愛はんの可愛いエピソード」 「そうだな。前に一緒に江ノ電に乗ったんですけど」 ――ガタンゴトン。 「辻堂さん、席空いてるよ?」 「そこ優先席だろ」 「立ってる人いないじゃない」 「でも次の駅でババアが乗ってきたら譲らないと」 「こ、このアタシがそんな恥ずかしいマネできるか」 「って」 「ぐああああ!」 「なんやその可愛い愛はんはァァァァ!」 「愛さんのイメージが……イメージがあああああなのに胸が満たされていくううううう!」 楽しいなココの人たち。 「は!?」 ワープした? 「くだらねーことくっちゃべってんじゃねェ」 「す、すいません」 「教室に戻れ。アタシはあいつら軽めに殺してくる」 「……可愛い言うな」(ドキドキ) アジトの教室に入っていく辻堂さん。しばらく後、阿鼻叫喚の悲鳴が廊下まで響いてくる。 可愛いけどやっぱ怖い人だ。 帰った。 「無事かひろ。顔が真っ青じゃないか、そんなに怖い目にあったのか」 「うん、最後の最後で恐ろしかった」 教室は平和そのものだ。 「早くご飯食べないと。みんな、もう食べちゃった?」 弁当を開きながら聞くと、 「シッ!」 「はい?」 「静かに……いま折衝が最終段階タイ」 3人で携帯電話に耳をくっつけてた。 「合コンのセッティング。今週末が台風でダメだから代わりの日を申し込んで、その返答がいま来たらしい」 「へー、昨日の今日でずいぶん話が進んだね」 3人は血走った眼で携帯に耳をかたむけ、 やがてグッと拳を握った。 「やったーーーーーーーーー!」 「来たーーーーーーーーーー!」 「ハッピーエンドか。珍しい」 「やったぞヒロシタロウ!来週末! 金曜日! 7月6日合コンだー!」 「おめでとう」 「来週はもうテスト週間だぞ」 「関係ねーよテストなんて」 「今回はマジで当たりだぜ。あの陸上王国由比浜の子1年生4人!」 「スポーティな子は当たり率高い!けど年がいくとガリになる!1年生は最高の時期タイ!」 「ちょっと期待が先走ってる気がするけど、嬉しいなら何よりだよ」 「へへへー、可愛いのも確定だって。ほら聞けよこの声」 携帯を差し出してくる。 「返事留守電に入ってた声。超可愛い声してっから」 再生ボタンを押した。 「ども、連絡あざっすー。日曜の代わりの日ってことですけどぉ、自分ら6日がテスト終わりなんで、その日どぉすか」 ……? どっかで聞いたことあるような。 「なっ、可愛い声だろ」 「まあ可愛いと思うけど」 「声だけで外見は分からんだろう」 「声聞きゃわかるよだいたい。年齢、体重、あごの形。声紋ってのはすごい情報あるんだから」 「年齢は計らなくても知ってるだろう」 「昨今の声優ブームで鍛えた僕らの絶対音感に間違いはないタイ」 「ああ、確かに聴力関係ってすごい人いるよね」 「そうなのか?」 「1月に出た声優100人使ってるってアダルトゲーでまだサンプルボイスしか出てなかったころにネットで50人くらい特定されてた」 「人間の耳は恐ろしいな。僕なんてタヌキえもんの声が10年前と変わってるのにギリギリ気づけた程度だ」 「昔トイストーカーの主役2人の日本語吹き替えを誰がやってるか気づいたんだけど、そのこと自慢したらすごいバカにされた」 「細かいことはいい!とにかく次の合コンは当たりだ! 間違いない!」 3人は盛り上がってた。 あれ、でも。 「向こう4人って言ってたよね。こっち3人でいいの?」 「う……言われると厳しいタイ。釣り餌として入れてた4人目は坂東君だけど」 「最初言った通り参加は御免だ。テスト週間ならなおさら」 「まいったな。3:4が成立するならありがたいけど、よく考えたら坂東君なしで人数も欠けるとそれを理由に会自体なしにされるかも」 「悪いことは出来んな」 「まあこっちを増やすだけなら大丈夫だろ」 ん? 「だな」(ちらっ) 「相手を不快にさせない。補充要員としては最高の才能を神に与えられた男がここにいるタイ」 「はい?」 「というわけで、合コンに行くことになりまして」 「ふーん」 「えっと」 「合コンってアレだよな。ごはんがいっぱいでる」 「そうですね。最近じゃ合コン用の立食専門店みたいなとこも多いですね」 「まあうちら学生なのでそんな本格的なのではなく一緒にカラオケ行く程度で」 「……男にとっては女とワーキャーする」 「……そうですね。カラオケでワーキャーするかもですね」 「……」 「……」 「行っていいですか?」 「なんで私に聞く」 それもそうだ。 ただなんとなーく許可をとらなきゃいけない気がする。 マキさんはいつも通り飄々としててなにを言うでもなかった。 「じゃ、私こっちだから」 「え、雨漏りしてるから今日もうちなんじゃ」 「う……」 「め、メシまではこっちなんだよ」 微妙に不機嫌にはなってた。 「合コン?!」 「合コンってあの、ごはんがいっぱい出る?」 「なんでみんなそっちで認識してんの?」 「なに女の子とワーキャーしたがってるのよ!」 「す、すいません」 なんで姉ちゃんが怒るんだよ。 「あっ、しかも来週の金曜ってテスト週間じゃない。ダメダメダメダメ認めません! 勉強しなさい」 「1日くらい平気だよ」 「その1晩が致命的なことになりかねないじゃない」 「合コンって怖いところよ〜。きっと全身から鼻が曲がるほど濃い香水のにおいをさせた毒婦がムチンプリンしながらヒロを誘惑するわ」 「そして虜にされたヒロはアヘアヘ言いながら、金も人生も吸いとられていくのよ。絶対よ」 「ほら合コンってこんなに怖いのよ!戻ってきてヒロー! そっちに行っちゃダメー!」 「落ち着いて。姉ちゃんのほうが怖い」 「人数合わせで行くだけだから。ね?」 「うー」 「相手の子は年上? 下?」 「どうして」 「ヒロはドシスコンのお姉ちゃん大好きっ子クラブに育つくらい年上好きだから、年上相手だと危険だわ」 「そんな謎のクラブに育った覚えはないです」 「俺が姉ちゃんを好きなのは姉ちゃんだからであって、年は関係ないし」 「そ、そう」 「それにメインが1年って言ってたからたぶん年下ばっかだよ」 「ピチピチの若さで誘惑しようってのね。小娘どもめ〜〜〜!」 こりゃ説得は無理だな。 不機嫌を通りこして行き場もなくキレてる姉ちゃんは放っておき、夕飯の支度。 「今日食べたいものある?」 「ぶすー」 拗ねてた。 文句の出ないものにするか。スパゲティを茹で、トマト、玉ねぎ、輪切りにしたウインナーと絡める。 「あっ、この香り」 次に鉄板を用意して温め、溶き卵を投下。卵がプレートの上を覆うように。 そしてまだ半熟のうちに作っておいたパスタを落とす。 「できました。名古屋風ナポリタンでございます」 「これ好きー」 名古屋の喫茶店で頼むとよく出てくるやつだ。 「セットだし、今日はコーヒーにしようか」 「いいわね。ビールで割ってちょうだい」 「気持ち悪いよ」 「冗談よ」 姉ちゃんは機嫌直ったご様子。 コレはなんとなくだがアイスコーヒーと合う気がする。冷蔵庫に冷やしてあるペットボトルを出した。 「いつものことながらこだわるわね」 「コーヒーはホットが王道だけど、アイスも手間をかければ化けると思うんだよね」 ホットで淹れて氷で冷やすと味が水っぽくなる。もともと冷蔵庫で冷やしておいたほうがいい。 俺はブラック。姉ちゃんは砂糖ミルク1個ずつ。 ちょうどペットボトルにストックした分を使い切った。 「切れちゃった?」 「明日新しくする予定だったからちょうどいいよ。それより食べよう」 姉弟仲良く夕飯をすませる。 ひとまず姉ちゃんの気が晴れてくれて良かった。 が。 「マキさんの分のコーヒーなくなっちゃった」 「いいよ、こっちの方が好きだし」 コーラ片手に、ぞるぞるとナポリタンを平らげていくマキさん。 「でもこれはコーヒーと合うのに」 「いらねーって、苦いの嫌いだし」 「水出しのやつは好きって言ってませんでした?」 「水出し……ああ、あのさっぱりしてるやつ?」 「はい」 口当たりや香りがマイルドなので、前に出したらマキさんにも好評だったはず。 「どんな味か覚えてないけど、アレは飲みやすかった気がする」 「あれを思いっきり甘くしてやると、このナポリタンに妙に合うんです」 「う……ないんだからあんま言うなよ。気になってくるだろ」 「そうですね。すいません」 お代わりをと新しくコーラを注ぐ。 「しかしさ、見てたんだけど」 「お前の姉ちゃん、超絶ヤキモチ焼きなのな」 「あはは」 夕飯前のくだり、聞かれてたらしい。 「愛されてるこって」 「まあ……そうですね」 うちはかなりシスコンブラコン姉弟な自覚はある。 「なんで?昔なんかあったわけ?」 「うーん、まあ色々と」 普通の姉弟よりディープな過去送ってるからかな。 「よく分かんねーや」 スパゲティを食べ終わり、鉄板に敷いた卵焼きも一口に食べてしまうマキさん。 「んー……」 「まあ今日に限っては、姉ちゃんの気持ちも分かるけど」 「ごちそうさん」 パンと手を合わせる。 同時に押し倒された。 「お前が他の女口説きに行くって聞くと、なーんかムカつくわ」 「俺はあくまで人数合わせなんですけど」 「細かいことはイイ」 「お前が他の女に興味を示してる。それが気に入らねェ」 恨み言をいう唇が、唇のうえで旋回する。 炭酸特有のすっとする残り香が漂った。 「すいません」 「……」 「フン」 離れちゃった。 本気で不機嫌になってる様子。 まいったな。 「あの、マキさん?」 「バーカ」 押入れに入ってしまった。 「興味ないです」 「へ?」 まっすぐに目を見る。 「興味はないです」 「俺はマキさん以外の女性に……」 あ。 「えっと」 「……」 「おい、いまのは絶対詰まっちゃダメなとこだろ」 「す、すいません」 「ばーか」 押入れに入ってしまった。 しくじった。 「マキさん」 「……」 「マキえもーん」 「……」 返答なし。 参ったなぁ。 結局その日はマキさんは、ずっと出てこなかった。 ・・・・・ 「う……」 目が覚める。 台風が接近中のようで外が暗かった。 「くぴー」 「なんで?」 昨日押入れに閉じこもってたマキさんがなぜかいる。 「ま、マキさん?」 「んぅ……」 「押入れ、なんか寒くて。こっちのほうが温かい」 「んにゅ」 むにゃむにゃ言いながらまた寝た。 なるほど、押入れはエアコンの真下にあるから、冷気がモロに入るらしい。 1晩中受けたら寒いか。 「……」 ぽふぽふ。 頭を撫でてみる。 「んふ……」 気持ちよさそうに鼻を鳴らした。 昨夜怒らせたから、ちょっと救われた気分。 なでなで。 「んにゅんにゅ」 「えへ〜」 どんどん可愛くなってくなこの人。 湘南最強の不良のはずなんだけど。 「おはよう」 「あら、早いわね」 「あれ? 土曜日だよね」 出勤用の格好だ。 「校舎の防災規格にマズい数値が出たとかで、教師は緊急招集だって」 自分で用意したんだろう。トーストに目玉焼きを乗っけて食べてる姉ちゃん。 「メンドくさい。この程度の台風で吹っ飛ぶようならその程度の学園だったってことじゃない」 「あはは、ご苦労様です」 「帰るの昼過ぎるから。風、強くなるようだったら雨戸しめといて」 「はーい」 「ふふっ、台風が来ると昔のこと思い出すわね」 「?」 「小さいころは台風が来るとテンションあがっちゃって一晩中懐中電灯で遊んでたじゃない」 「ああ、やったね。最後は父さんと母さんに怒られて」 「ヒロ、それでもテンションあがりっパだから、最後は必ず私の布団にもぐりこんできたわよね」 「う……」 「激しい夜だったわ」 「学園行って学園!」 「はいはい」 恥ずかしい過去をほじくり返しよって。 でも事実だ。台風の日ってなんかテンションあがる。 朝のうちはこの家、マキさんと2人か。 ・・・・・ 「ふきっさらしのアジトはこういうとき弱いわね」 「ヒャッホー! すごい追い風だシ!」 「ぬおおおお俺っちも加速するってのぉおお!」 「そんなに速くなってないシ」 「体重がありすぎると風なんて関係ないっすからね」 「アア?!」 「追い風で逃げる自分に追いつくなんて不可能っす!」 「待ちやがれっての!」 「なにやってんだか」 「……」 「リョウ、今日は元気ないわね」 「寝不足なんだ」 (台風の日はどうも眠りが浅いのよね) (小さいころのヒロ君が一晩中激しくて寝かせてくれなかったから……) 「よく考えたら屋根のある場所って広くなかったっす」 「おかえり」(ボキボキ) 「にゃー!」 「〜♪」(足パタパタ) 「ご機嫌ですね」 「おわあ?!な、なんだよ委員長、なにしに来た」 「図書館に来たら天候で閉まっておりまして。ちょうどお母さんにお会いしたので」 「寄ってもらったの。マズかった?」 「別にいいけど……。人様のダラけてるとこ見るんじゃねーよ」 (可愛い) 「なに見てらしたんです?」 「九鬼えれくとろろーんの通販誌」 「九鬼エレクトロニクスの……量産型クッキーですね」 「九鬼とクッキーをかけてることについ最近気づいたわ」 「買うんですか?」 「これは高いから無理だけどさ。こっちの電子ペットのやつ」 「へー、本物の猫ちゃんそっくりな。可愛いですね」 「バイトしたらギリ買える……でも番長がバイトって。短期ならいいけど」 「あはは、番長さんも大変ですね」 がーりがーりがーりがーり。 「くぁあ……うるさい」 「おはようございます」 「またコーヒー。好きだなお前」 ミルを回す音で起こしてしまったようだ。 「今日はちょっと大量に必要ですので」 「ふーん……ん? これって」 テーブルに出しておいた、普通とはちがう器具に興味をもつマキさん。 上にでっかく水タンク。ノズルが伸びて、下にはドリッパーのセットされたペットボトル。 「あ、水出しコーヒー。こんなごっつい奴で作るの?」 「これは簡易版だから小さいですよ。本場のやつは人くらい大きいですから」 ペットボトル1本分出せばいいので安物だ。それでも普通のコーヒーメーカーより大きいが。 「へー、水出しって普通に飲んでたけどいつもこんなので作ってたんだ」 「はい」 引き終わった豆をドリッパーにセットする。 「なんか興味湧いてきた。これ、できたら1番に飲ませて」 「いいですけど、時間かかりますよ」 「そうなの?」 「お湯でやるのと違って、時間かけて抽出しないとただのコーヒーっぽい水ですから」 タンクについた弁を開く。 ノズルを伝った水がドリッパーに落ちだした。 ――ぽた、ぽた。 「……」 ――ぽた、ぽた。 「故障?」 「いえ、ベストなスピードです」 こうして1滴1滴たらしていく。 最初の1滴ができるのに30分。ペットボトルが満ちるのに10時間くらいかな。 ――ぽた、ぽた。 「ちなみに私がコップ1杯飲むにはあと何分待つんだ?」 「3時間くらい」 「……」 ――ぽた、ぽた。 「……」 ――ぽた、ぽた。 「だああー! 待てるかーーっ!」 「お、大声出さないで。タンクの水が揺れるとそれだけで水の落ちる間隔が乱れて」 「うるせー!」 怒鳴って冷蔵庫の方へ。コーラを取った。 「もらうぞ」 「こっちはいいんですか?」 「3時間もかけてコーヒーなんざ待てるかッ!」 「ハンバーガーとコーラは世界一売れてる。つまり世界一美味しいんだ」 「それは試算方法に偏りがあります。真の意味で一番売れてる食べ物と飲み物はパンと水ですよ」 「うるせー!」 そんなに怒らなくても。 「園芸部の修繕なんて生徒にやらせろっつの」 「そう言うな。これも教師の仕事だ」 「楓ちゃんはムカつかないの?」 「ムカつくさ」 「だがさっき、嫁が鬼嫁で有名な学長の服の胸ポケットにゲイバーのマッチを忍ばせてきた。これ以上責めるのは酷だ」 「鬼ね」 「台風の日は昔を思い出す」 「なにか思い出でも?」 「……フ、なにと言うこともない」 「昔の私は友達が少なくてな。仲がいいのはいつも部屋隅にいた座敷童のワラたんか、毎晩裸で近所を徘徊してるおっさんだけだった」 「そんな私の遊び相手といえば、双子の姉くらい」 「ところが、とある台風の日」 「ね、ねえ楓ちゃん、なにこの大きな凧」 「私の計算が正しければ、この大きさの浮力があれば私たちは空を飛べるはず」 「……飛びたくないよ?」 「私たちは世界で一番近くで星を見た女になるんだ」 「ガガーリンには勝てないよぅ」 「さあ……飛べ!」 ・・・・・ 「おかしいな。浮き上がる気配もない」 「ほ……」 「ちょっと見てくる」(ひょいっ) 「あ、降りるなら私も……ひゃっ」(フワ) 「む? なるほど重量を減らせば浮くか」 「か、楓ちゃん?これどうやったら降りられるの?」(フワフワ) 「……」 「考えてなかった、とか?」 「……」 「いま考えてることの逆が正解だ」 「でもそれは大きなミステイク」 「(ビュオオオオオ)あ〜〜〜れ〜〜〜〜!」 「あれ以来姉は私と遊ぶのを嫌がるようになった」 「友達が少ない理由は分かりました」 「ま、高校では淋人部という合コンサークルを作って友達少ない少ない言いながらリア充ライフを満喫してたけどな」 「それまでは本当にさびしかった。おっさんは国家権力の犬に連れていかれたし、ワラたんはある日透けていなくなったし」 「ところで園芸部室の補修はいいのだが、なんで女の我々が力仕事を任される?」 「体育の山本先生や風間先生が軒並み来れないんで。若い先生にがんばってくださいってさ」 「がんばるぞー!」 「若いですねぇ」 「……へっ」 「千葉連合50人、揃い揃えばさすがに壮観だぜ」 「湘南最強、辻堂軍団……。30人ほどとはいえ1人1人が良い面構えをしてる」 「気をつけろ、この俺デッドナイフエッジが手も足も出なかった奴らだ」 「む? だが……辻堂愛はどこだ」 「テメェらごときに愛さんの相手は100億年早ェ。オレらだけで充分ってこった」 「せやせや」 「最近暴れていなかったので燻っているのです。愛さんが出てきちゃ僕らの出る幕がないですしね」 「舐めやがって」 「……千葉連合。今日がテメェらの命日だ」 「これだけは言っといてやる」 「    !!!!」 「……」 「はあ!?」 「悪い風で聞こえない。なんつった?」 「だから! 今日はお前らの命日で」 「いやそこは聞こえた。そのあと」 「大事なとこだから聞いとけや。だから」 「      なんだよ!」 「はあ?!」 「すごい雨だな」 「おうヒロ坊。こんな天気に来たんかい」 「台風となるとじいちゃんのコロッケが欲しくなる」 「はっはっは、よく分かんねーが嬉しいぜ」 近くの肉屋さんに来てみた。 うちは基本お惣菜は孝行頼りなんだけど、とんかつとコロッケだけはこの店にしてる。 餅は餅屋。肉は肉屋だ。 「よーしジジイがメンチカツサービスしてやろう」 「いいの?」 「今日はこのあとやることがあってな。早めに店じまいすっから、余ってんだよ」 「やることって?」 「うちの小屋が屋根に穴空いててよ。直さなきゃいけねーんだ」 「……やれやれ、あの野良公、こんな日は他で宿ぉ見つけるといんだけど」 「手伝おうか」 「がははは、ヒロ坊のへっぴり腰にゃあ任せられねえな」 戻る。 じいちゃん大丈夫かな。こんな台風の日に。 ま、いまは風は強くないから心配ないとは思うけど。 ……ん? 小屋の屋根に穴? 「コロッケの匂いだ!」 「はい。たべましょう」 まさかな。 「ふぁーああ」 「雨つよ。出れなくなっちゃったねーこの店」 「彼氏があと1時間でライブ終わるから車回してくれるってさ」 「1時間かぁ、長いなー」 「喫茶店で1時間。駄弁ってると簡単に過ぎるけど、潰そうと思うと途端にキツいよね」 「話すことでもあればいいんだけど」 「もう特にないしねー」 「はぁ……」 「ふー……」 「……ミィ、これ見て」 「くしゃくしゃにしたストローの袋に水かけて『イモ虫〜』はもう飽きたよ」 「なによ!」 「じゃあ……これやろ」 「タバコ用のマッチ棒で塔作るのは店員さんに怒られるよ」 「うー」(ぽりぽり) 「シュガーポットに入ってるこんぺいとうだけ食べるのわきから見ると恥ずかしいよ」 「もう!」 「……」 「ミィ、ちょっと見て」 「今度はなに」 「さっきから右の鼻がムズムズする。鼻毛出てない?」 「トイレ行きなよ」 「めんどくさいじゃん。見てよ」 「はいはい。……あ〜、2本も出てる」 「マジか。ちょっと、お願い、抜いて」 「はいはい、大人しくして」 「優しくね。やるときはちゃんとやるって」 「すごい雨だ」 「ふわっ!」(ぶちっ) 「ぎゃー!」 「む? やあ、奇遇だな」 「あわわあばばばば坂東君」 「はが、はがが……坂東君?うわ、坂東ぐん」 「鼻、どうかしたか」 「だ、だんでもだい」 「ば、坂東君も雨宿り?」 「これだけ降ると傘が役にたたなくてな。だがこの店は満席のようだし、他に行こうと思う」 「ここっ、こ、ここでいいじゃん。席余ってるから」 「いいのか?」 「もちろんっ」 「ではありがたく」 「ふう、濡れてしまった」 「あわわわ」(ドキドキ) 「はわわわ」(ドキドキドクドク) 「は、鼻血が出てるぞ」 「はー」 「うー」 何もすることがない。 外にも出られないって苦痛だ。 でもネット通販とかで黙々と時間を潰すのはマキさんを放置してるみたいでアレだし。 どうするかなー。 「なんか遊ぶモンねーの」 「そうですねぇ」 押入れから、おもちゃ箱を引っ張り出してくる。 「トランプとか」 「2人で出来るゲームってあるか?」 「ジェンガ」 「壊さないように遊ぶものって苦手」 「お手玉とか」 「2人でやるもんじゃねーだろ。あとシブいな」 「おっ、ピーステあるじゃん。やろうぜ」 「え、マキさんってゲームできるの?」 「できるよ。なんで出来ないと思った」 「……」 「ウホ、ウホ。ピーステ、四角イ」 「オレ、食ベル。ガジガジ」 「ウマクナイ」 「痛い!」 「失礼なこと考えてる気がした」 「な、なにも言ってないのに」 「まあいいや。やりましょう」 準備する。 ……あ。 「なに?」 「コントローラーがない」 「はあ?」 「コレ買ったころはもう姉ちゃんがゲーム卒業する年だったから。1人分しかないんです」 なんでピーステってコントローラー別売りにしたんだろ。 「なんだよそれ」 「スーハミなら2Pもあると思います」 俺が生まれる前の年代ものだが、買ってもらった姉ちゃんがあんまりやらなかったようで綺麗に残ってる。 「いいじゃん。やろうぜ」 スーハミを準備。 「どんなのがある?」 「これなら最近のやつでもコツは分かるな」 「いまのより動きが固いけど、操作する分には問題ないですよね」 セットして開始。 「おお、スーハミのくせにアニメーション入ってる」 「ドット絵が動いてるだけだけど確かにアニメに見える」 VSモードを選んだ。 「私RYOな。昔からこいつなんだ」 「じゃあ俺はゲイルで」 「待ちゲイル派?」 「……はい」 サマソがいまでもちゃんと出ればいいけど。 「ラーンワーン ファイッ!」 「おーし行くぞ」 「あちょっと待った。位置代わって」 「なんで?」 「忘れてたけど右じゃ昇竜出ない」 「右のほうが出やすくないです?」 「え? なにそれ、お前って右だけ昇竜出る人なの?」 「両方出るけど、右のほうが出やすいでしょ」 「ありえねーよ」 「そうかな」 「ありえない。どういう指の構造してんだよ右だけ出るって。聞いたことない」 「……」(ムカ) 「ほら左行くからそこどいて」 ――バシ。 「が!?コラァ場所変えだっつってんだろ! 殴んな!」 「こっちは変わるって言ってないもん」 「この……ッ。いまの反則だぞ。こっち来い1回投げる」 「投げるのはダメージデカいじゃないすか。こっちは弱パンチだけなのに」 「先やったのそっちなんだからペナルティだよ」 「はぁ……」 「そうそう大人しくしてればいいの。これって投げは同時押しだっけ?」 「いえ、近くで中か強パンチだけです」 「そっか。んじゃ近くで」 「サマスー!」(バキッ) 「いでッ!? コラァアアなんで蹴った今ァア!」 「こっちは投げられるの了承してないです。ほらほら次行きますよ」 「ホッ! ダッ! ソニッブーン」 「ガアアアア! やめんか!」 「いでえっ! 直接攻撃なし!」 「なんだっけコレ。色んなヒーローが集まってどうこうってやつ?」 「はい。最近10年ぶりくらいに新しいのが出ましたね」 「やったことねーんだけど……誰が強いの」 「ライダーかな。レベル1技のリポルケインがやたら強いはず」 「俺はマンでいいや。始めましょか」 「オッケー。えーっと、パンチと、キック」 「あちょ、味方の近くで下手に……いてっ」 「なにこれ、ダイのキャラも殴れんの?」 「味方当たりがなしに出来ないんですよ」 「なはは、おもしれー」(ボコッボコッ) 「ちょっとちょっと。雑魚出てる、敵来てますって、なんで俺ばっか攻撃するんです」 「面白いから」(ボコボコ) 「やめてやめて。ちょ……やめろ!」(バキッ) 「が!テメー殴り返しやがったな。ウルァ!」 「だから倒すのは敵であって……痛い!なんで敵倒さずにこっちで殺し合ってんすか。痛いって!」 「この……ッ!」(バシッバシッバシッバシッ!) 「うわ、あれ? なにこれ、なんで動けねーの」 「味方殴りはコンボを合体でキャンセル出来るから死ぬまで殴り続けられるんです」 「うそ。ちょっ、コラァやめろ機ぃ減るだろ!」 「もう遅いです!」 「ハァ、ハァ」 「はい、2人とも2機ずつ減っておあいこです。そろそろ本編を進めましょう」 「うん……」 「ふぁああ」 「なあ、ボスつまんねーんだけど」 「このゲームのボスって『スライディングで永遠に転ばせつづける』だけで勝てちゃうんですよね」 「つまんねーからもういいよ。ほら、殴るぞ」(バキッ) 「あっ、ダメ」 「おあ!? なにこれコンボ入れてるのに……。いてててなんだよコレなんで食らう?!」 「無敵技多いからスライディング以外やると、反撃だけでやられちゃうんですよ」 「わーヤバい! 死ぬ! 死ぬ!」 「最初に2機も捨てるから」 「1はやったことあるけど2はねーな」 「1のほうが有名ですからね。バランス的にもあっちのほうがいいらしいし」 2はちょっと簡単だ。 「でも1はパスワードなんで姉ちゃんが嫌うんですよ」 「あー、そうそうセーブがパスワードなんだ。あれ私もキラい」 なんで女の子ってパスワードをやたら嫌うんだろ。 「始めましょう。誰使います?」 「ちょんまげロボが強いんだっけ」 「はい。じゃあ俺は主役で」 「このデブ忍者のほうが強そうじゃね?」 「こいつジャンプ力がないんですよ。天ぷらのステージが鬼になるんで」 はじめる。 全体通して簡単だけど、最初のうちはまっすぐ歩いてるだけでも楽勝だ。 (ぴこぴこ) (ぴこぴこ) 「なあ、こいつヤだ」 「なんで。強いでしょ」 「敵倒しても小判が出ない」 「近くで切るかチョンマゲを使うんです」 「めんどくさい」 「そもそもコレ敵の小判はあんまり関係ないですよ。マップ上のアイテムだけでガンガン貯まるから」 「うー」 「うおおおおなにこれデケー!」 「やっぱ2といえばインパクトですよねー」 「あははははなにコイツ! なにコイツ!あははははは」 「そんなにツボでしたか」 「じゃあこんな裏ワザ知ってます?緑と赤を同時に押すと」 「ん? なにが……落ちた!?なにこれ座席が落ちた! あはははははははは!」 気に入ってくれてなによりだ。 「これはさすがに知ってる」 「メチャメチャ売れたらしいですからね」 「最近出てるやつもほぼシステムまんまだよな。コーナリングがどうのは違うだろうけど」 「はい。むしろ今のやつは反則アイテムが多すぎるから元祖のほうが良いっていう人も多いですね」 「まーいいや、やろうぜ。150のスペシャルな」 「スペシャルコース……大丈夫ですか?1面が尋常でなく難しいですよ。せめて100CCにしたほうが」 「いいの、150のスペ」 「はいはい。誰使います?」 「えーっと、これ誰が強いんだっけ」 「個性があるだけで強い弱いはないです」 「ダイはどれ使うの?」 「俺はゴリラ……」 「じゃあ私がゴリラな」 取られた。 「まあボス亀でも性能一緒だからいいけどね」 レース開始。 スタートランプがともっていく。 ――ポッ、 「黄色ボタンがアクセルだっけ」 ――ポッ、 「はい。で、LRがジャンプ」 ――ポーン。 スタート! (ギュイーン!) 「おわ!? そうだロケットスタート忘れてた」 「ゴリラはスタート遅いからロケットし損ねるとキツいですよ」 「うっせーなすぐ取り戻すよ」 俺は1位。マキさんは8位に。 「なはははっ、いきなり1位になるからアイテムバナナでやんの」 たしかに1位はアイテムが弱くなる。 「でもこのステージ狭い橋があるからこういう置き系便利ですよ」 「負け惜しみを……おっしゃ!こっちは赤甲羅ゲット」 「待ってろよダイ。これぜってーおまえにぶつけてやる」 「2位まで来ないと俺には当たりませんよ」 「分ーってるよ、すぐに……おわっ!?曲がれねー!」 「このステージ滑るんですよね。重量級は特に」 「ンなろっ、曲がれーっ」 「にゃろおおおおおお!」 「あの、コントローラーガッてやらないでね。1発でバグるから」 「おっしゃあ5位まで来たぁ!」 「うわでも橋狭……、くそっ、どけオラァ!」 「よぉーしなんとかスピード落とさずぎゃあああなんでバナナーーーっ!」 「〜♪」 ・・・・・ 「……喉が痛い」 「叫び過ぎです」 ほぼ常に叫んでた。こっちは耳が痛いよ。 「ちょっと休憩。飲みものくれ」 「はいはい」 コントローラーを投げ出すマキさん。 飲むものを取りに行く。 ……お。 「はいマキさん」 「んー、またコーヒーかよ」 「あ……、これ」 「はい。さっきのです」 水出しコーヒー。コップに半分くらいまで溜まってた。 「へー、永久にかかると思ったけど、いつのまにって感じ」 「当然と言えば当然なんですけどね。はい、最初の一杯どうぞ」 「サンキュ」 「えっと、ミルクと砂糖、いくつ使います」 「ん……」 「いや、こんだけ待ったんだ。このまま行く」 口をつける。 「……」 「どうです?」 「すげー」 「すげー苦い」 「なんだよコレ! 全然苦いじゃん」 「そりゃブラックなんだから苦いですよ」 あくまで苦みがまろやかになるだけ。減るわけじゃない。 「ったく」 「あ、でもなんだろ、苦味が残らない感じ。抹茶みたいな」 「そこが水出しの醍醐味ですかね」 「へー。ははっ、これなら待った甲斐あるかも」 「ほら、ダイも飲めよ」 「ん、えと」 俺は飲みなれてるからいいんだが。 まいっか。 「いただきます」 一口。 マイルドな風味が口の中に広がる。 ……間接キスってのにちょっと照れたけど、 でも美味しかった。 「はー」 「ふー」 コップ半分なのですぐに飲み終わり、そのあとはまったりすることに。 午前だけで疲れたな。 でものーんびりだけして過ごすには、午後からは長い。 何かやること見つけないと。 「……」 その前にトイレ。 身体を起こそうとする。と、 「便所行ってくる」 あ、 先に立たれてしまった。 まあ我慢できるからいいさ。譲ろうとすると。 「え?」 「マキさん?」 出てっちゃった。 トイレじゃないのか? 「……」 5分くらいして戻った。 「あー、ひでー雨。ぐっしょぐしょ」 「トイレでしょ? なんで外行ったんですか」 「ん……べ、別にどうでもいいだろ」 「……野ション?」 「ちげーよ! 近くの公園行ってきたの」 「うちの使えばいいのに。姉ちゃんいないんだし」 「……それはそうだけど」 「いいだろ別に。それよりタオル貸して」 「そうですね。えっと」 でもマキさんの服、タオルで足りる濡れ方じゃない。 そういえばいつもこの服着てるな。 そうだ。 「使っちゃっていいの?」 「ええ、最近着てないやつですから」 乾燥機使って洗濯することにしたので、ついでにマキさんの服も洗濯した。 代わりの服は姉ちゃんのお古。 「助かるわ。いっつも風呂入るとき適当に水洗いしてたんだけど最近ニオイが残るようになってたから」 「洗剤があるとないとじゃちがいますもんね」 「ちょっと短いけどちょうどいい」 タンクトップが微妙にサイズあってないかな。姉ちゃんより背が高いうえ、胸回りも厚すぎて裾が足りない。ちらちらおへそが見えちゃってる。 でも入るようでよかった。 「コレいいな。涼しいし。気に入ったわ」 「ならこれから使います?姉ちゃんには適当にごまかしとくんで」 「いいの? じゃあ頼む」 お気に入りではないはずだから、貸すくらい問題ないはず。 「……」 「どうかしました?」 「なーんか日に日に長谷家に取りこまれてく気がする」 「このまま長谷マキになります?」 「それもいいかも。パパー、美味しいもの食べたーい」 「娘を狙ってきましたか」 「あー、でも長谷マキもいいかも。腰越って漢字で書くのめんどくせーし」 「そんな理由で名前を選ぶのはちょっと……。腰越って名字に愛着はないんで?」 「ないな」 言い切ったよ。 「だってそもそも腰越って偽名だし」 「は?」 サラッとすごいこと言ったぞオイ。 「家出してるっつっただろ。便宜上使ってるだけだよ」 「なるほど」 「だからぶっちゃけ苗字は何でもいいんだ」 「伊達、鳴門、虎野、くらいかな嫌なのは」 「どうして?」 「伊達巻、なるとまき、虎の巻」 「なるほど」 「あ、牧もいやだ。マキマキになっちゃう」 「あはは、そういえば腰越マキって略すと腰巻になりますね」 「……」 「ごめんなさい」 名前ネタは本人以外イジるとトラブルの元である。 しかしマキさん、苗字は偽名だったのか。 俺よく考えたらこの人のこと何も知らないや。家出の理由とか含めて。 知ってるのは名前と、七里の生徒ってことと、 マキ、は実名らしいこと。 「……」 ん? マキ? マキって……。 「ただいまー!」 「うわ帰ってきた!?」 「やば車の音聞こえなかった――」 「うー、びっちょびちょ。ヒロ、お風呂おねがーい」 「ヒロ?」 こっちに来る……。 「ハローヒロフロヘーロー」 「……」 「どうかした?」 「な、なんでもない」 マキさんはぎりぎり押入れに隠れた。 「仕事終わったの? うわ、ぐしょ濡れ」 「外で仕事だったからこんな感じ。お風呂お願い」 「シャワーだけササッと浴びたほうが早いよ」 「私はそれでいいんだけど」 「楓ちゃんが」 「先生。こっちもびっしょりか」 「私はいつも湯船が欲しい人なんだ」 「そしてお行儀悪くてもタオルをつけてくらげ〜とかやりたい人なんだ」 「ま、最近おっぱいが垂れてきててお湯に浮かべるだけでくらげっぽくなっちゃうんですけどね」 「テンション高いっすね」 「どうやら私は中年になっても、ずぶ濡れになると不思議とテンションがあがる人種だったらしい」 「コラ! 中年ゆーな!」 はは、ウザい。 「湯船のお湯はさっき洗濯で使っちゃったから時間かかるんです。姉ちゃん先にシャワー浴びて。そのあといれるから」 「楓ちゃん後回しでいい?」 「構わない。びしょ濡れの白衣に身を包んだ私はなんかカッコいい」 「だが私たちの風呂を別にしていいのか?一緒に入るよう差し向けて『勇気をだして覗く』の選択肢を選ぶと、貴重な百合CGゲットだぞ」 「今回はあきらめます。姉ちゃん、早く」 「先生は……どうします?タオルと、あと温かいものでも」 「タオルはいいが温かいものは欲しい」 「来るまで私はこの部屋を物色していようと思う」 「やめてください。できればリビングにどうぞ」 「ヒロぽんの部屋に来たらこんなに濡れちゃったよぉ」 「レモネードでも入れてきます。物色はダメですよ」 台所へ取りに行く。 「……」 (ダイさ〜ん? 私がいること忘れてない?) 「……」 「フッ」 「そこから見てるのは分かっている」 「ッ!?」 「……」 「なんつって!大雨の日に謎の組織に狙われてる風の私。カッコいい」 (なんだこのおばさん) 「見ているだけでいいのか?隙だらけだぞ、かかって来い」 「この大雨だ。俺の炎蠱は弱まってるのが分かるだろう。まだ自信がないのか」 「ッしまった! 狙いは俺じゃなくリリエルを!」 「ふぅ……他人の部屋で中学時代の脳内設定を実演。すさまじいセルフ羞恥プレイだ。軽めのMでなければ到底耐えられなかった」 (なんかこっちが恥ずかしい) 「さてと、せっかく来たんだから本当に物色したいが」 「常識を疑われるし、居間へ行くか」 「ほ……」 「だが押入れだけ物色!」(ガラッ) 「あ」 「え?」 「……」 「……」 パタン。 「……」 「先生、レモネード入りました」 「? なんか機嫌よさそうですね」 「懐かしい友達に会えて気分がいい」 「この家にも座敷童がいたんだな。大切にするんだぞ」 「は?」 「いい湯だった」 「お粗末様です」 「もう帰ります?ご飯食べてくならヒロが作りますけど」 「いや、帰ろう。世話になった」 「おけ、車回してきます」 ふぅ……。 ドタバタしてたけどなんとかマキさんのことはバレずに済んだ。 先生は姉ちゃんが送っていくので、またマキさんと2人の時間がとれそうだ。 「……」 「ヒロぽん、世話になったお返しに3つアドバイス」 「はい?」 「1つ。座敷童は大切にしろ、家を栄えさせてくれる」 「はあ」 なんのこと? 「2つ。私はわきとかきちんと処理してるから、湯船に浮いてるモジャ毛を見つけたら全部陰毛だ。好きに使っていい」 「それはアドバイスじゃないです」 「3つ」 「家族間で隠し事をするのは難しいぞ」 「あ……」 ……ですよね。 部屋へ。 「行ったん?」 「はい。また1時間くらい平気です」 「ふぃー。今回はさすがに焦った」 「……」 「どうかした?」 「いえ」 焦らなくていいように。 そろそろ姉ちゃんに言うべきだよな。マキさんのこと。 「なーんか隠してたでしょ」 「ああ。来たとき露骨に不自然だった」 「毎朝毎晩多めに作ってるご飯。台風と見るや家の中にまで持ち込んでる秘密。これら2点から導き出されるものは1つ」 「犬ね。野良犬をこっそり拾ってるのよ」 「……」 「女を連れ込んでる。とかは?」 「あっはは、あるわけないじゃないですか。ヒロは私が大好きなんだから、私以外の女を拾って部屋に連れ込むなんて」 「なるほど。一理ある」 「厳しいことは言いたくないけど、うちはペットNG。愛着がわく前に捨てるよう言わなくちゃ」 「明日までにつきとめて見せるわ」 「今日から」 「ぅん……」 「今日からここがヒロの家よ」 「……」 「どうして」 「ヒロは長谷大になるからよ」 「うん、おじさんたちから聞いた」 「ノンノン、おじさんじゃなくて、お父さん。今度からお父さんって呼びなさい」 「おとうさん」 「お母さんのことはお母さんよ」 「おかあさん」 「そして私は、お姉ちゃん」 「ヒロは今日から私の弟になるの!」 「どして?」 「堂々巡りか!ヒロは今日から長谷家の一員、私たちの家族になるからよ!」 「家族?」 「家族……」 「そう。そして私はヒロのお姉ちゃん」 「今日から私のことは冴子お姉さまと呼びなさい!」 「……」 「姉ちゃん」 「あれ素直。でもあの、お姉さまって」 「さえちゃんが……姉ちゃん」 「あは。姉ちゃんが出来た」 「まあいいわ。そうよ、私は今日からヒロのお姉ちゃん」 「ヒロは弟として、どの子分よりも私に尽くし言うことを聞き、私を尊敬しなきゃいけないのよ!」 「うん!なんでも言って姉ちゃん」 「あれ素直。急にキャラが変わったわね」 「まあいいわ。これでやっとヒロが私のものになった」 「うんっ」 「……」 (にこにこ) (すごい嬉しそう) 「ちょ、ちょっとヒロ、こっち来て」 「なぁに?」 「姉弟の宣誓をするわよ。これから私たちが仲の良い姉弟でいられるように」 「??」 「よく分かんないけど、姉ちゃんが言うならする」 「急に素直ね……最初からこうすりゃ良かった」 「じゃあ私のあとに続いて復唱。いいわね、私、長谷大は」 「私、長谷大は」 「あなたを姉とし、良い時も悪い時も、富めるときも貧しいときも、病めるときもまた健やかなる時も、お姉ちゃんを愛すると誓います」 「あなたを姉とし、良い時も悪い時も、富めるときも貧しいときも、病めるときもまた健やかなる時も、姉ちゃんを愛すると誓います」 ちゅー。 「ふぁ」 「なんでちゅーするの」 「う……なんとなく」 「きょ、姉弟ってのはこうするもんなの」 「そうなんだ。じゃあ……」(ちゅー) 「んふぁ……ん、んん」 ・・・・・ 「こちらヨイちゃん」 「よい子です」 「ひ、ひろしです」 「私の妹みたいな子よ。1個上だから、ヒロにとってはお姉さんね」 「そうなんだ。よろしくよい子さん」 「うん」 「こっち来て」 「なぁに?」 「私長谷大はあなたを姉とし、良い時も悪い時も、富めるときも貧しいときも、病めるときもまた健やかなる時も、お姉ちゃんを愛すると誓います」 「ふぇ?」 ちゅー。 「ひゃあっ。なんでお口舐めるの」 「姉弟はこうするんだって姉ちゃんが言ってた」 「そうなんだ。冴子さんが言うなら……」(ちゅー) 「んちゅー」 「んふ……ふぁ、なんか気持ちいいかも」 「コラー!」 「それは私以外しちゃダメ!」 「どうして?」 「どうしても!」 「んー、よく分かんないけど、姉ちゃんが言うなら分かった」 「姉ちゃんとだけするね」(ちゅー) 「あふぁ、ん、んんん……。んむぅ」 「あっ、あ、冴子さんだけずるい。私も」(ちゅー) 「んんむぅう」 「っふ、んんぷ」 「ぁむ……ん、ん」 「っふぁ……、んんん、ひぉく……あぷ」 「ぁむ、あん……」 「ダイ……こらぁっ」 「……?」 目が覚めた。 ……? なんか息苦しい。 えっと、 「あぷ、はむ……苦ふぃいって」 「……」 「うお!?」 マキさんと唇がくっついてた。 息苦しいわけだよ。 「な、なにしてんすかマキさん」 「こっちのセリフだアホ。いきなりキスしてくるし、尋常じゃねーパワーで外れないし」 「あ、す、すいません」 「でもなんでマキさんが」 「押入れ寒いっつってんだろ」 「そっか、エアコンの設定変えようと思って忘れてた」 「まだ眠い。起こすな」 「おっと」 布団にもぐりこまれた。 「人様の唇、勝手に奪うなよ」 「マキさんに言われたくないけど、すいません」 寝ぼけてやっちゃったみたいだ。 どんな夢見たっけ? 覚えてない。 眠いので俺も目を閉じた。 んー……。 そうそう、この夢。 ・・・・・ ちゅー。 「んふぅ……」 「んんん……」 ・・・・ ・・・ 「くああ」 「台風横断中、か。もう8時なのに暗い」 「さってとぉ、ヒロが起きてくる前にヒロの秘密暴露作戦でも考えますか」 「ただ秘密を暴くんじゃなくてできれば向こうから白状する流れにしたいのよね。今後ギクシャクしないためにも」 「まあたとえばいま部屋に押し入ったらヒロが隠してる野良犬を抱いて一緒に寝てる――とかなら一発解決なんだけど」 「ありえないか」 「どうしよっかなー」 「ふぁ……おはよ。台風どうなった?」 「おはよう。あと数時間で最接近、夕方くらいには抜けるってさ」 「そう」 「じゃあいまが一番楽しい時間だね!」 「相変わらず台風だとテンションあがるわね」 「なんでかな」 「色々な要因が考えられるけど、5文字で言うとこうね。子供だから」 なるほど。 「テンション高い?」 「イエス!」 「楽しい?」 「イエス!」 「私に隠し事してるでしょ」 「ななななななななんのこと!?」 「動揺しすぎ」 「まあいいわ。どうせ今日は外に出られないんだから、再来週のテストに向けて勉強でもしなさい」 「は、はい」 部屋に戻る。 まずい。さっきの姉ちゃんの目。完全に俺に隠し事があるのを察知してる目だった。それも今日中に暴こうとしてる。 マキさんのこと、とうとうバレるのか? いつかは言わなくちゃだけど、まだ心の準備が出来てないのに。 「姉として将来が心配なくらいウソのつけない子だわ」 「さて、あとはどうやって暴くかだけど」 「……」 「いい方法が思いつかない」 「姉ちゃんにバレかけてる?」 「はい。少なくとも隠し事があるのは感づかれてます」 「お前って隠し事出来なそうだもんな」 「そんな。俺は秘密はキチッと守りますよ」 「前に夕メシが梅屋の牛丼だった日、私のこと早く帰したがってたけど何してた?」 「は!?」 「そのわりには夜遅くまで電気がついてた。しかも部屋からハァハァと荒い吐息が」 「ああっ、え? なななななんのこと?何言ってるか分からないし。えー? 知らないなぁ。そんなことあったっけなぁ」 「もういいよ」 「とりあえず、ヤバいならジジイの小屋に帰っとくかな」 「え、でも雨漏りしてるんじゃ」 「寝るとき以外は気にならねーからいいよ。あ、この服、借りちゃっていいよな」 「それはどうぞ。でも寒いんじゃ」 「風が強いから多少な。でもバレること考えたら大したことない」 「姉ちゃんにバレるとお前ら姉弟がギクシャクするだろ。曲がりなりにも女連れ込んでんだから」 「まあ……」 言葉尻をとらえたら、いいことじゃない。 「私はどーでもいいんだけど」 「仲良し一家の邪魔になるのは避けたい」 「マキさん……」 邪魔だなんて。 いやそこはいい。彼女がどう思うかだ。それより、 「押入れならバレないんですし、出てくこともないんじゃないですか。その小屋に行くまででも濡れちゃいますよ」 「ン……それもそっか」 立ち上がろうとしてたのを腰を落ち着けなおすマキさん。 色々理由つけて残らせてるけど、 引き留めてる最大の理由は、たんに俺が他に行ってほしくない。って思ってるからだろうな。 そんなわけで今年最初の台風の日は姉ちゃんとの戦いになった。 「ヒロー?」 「いま何かいなかった?」 「なんのこと?」 「……」 「すんすん」 「なにさ」 (ケモノ臭さはない。ちょっと汗っぽいけど) 「でもなんか女のニオイがする」 「ね、姉ちゃんのニオイじゃない?」 「それもそっか。ヒロからする女のニオイなら、イコール私ね」 「その判定はどうよ」 「勉強しなさいね」 「ふぅ……」 「セカンドバイト!」 「おわあ!」 「奇襲通じず、か」 「どうやって出てきた」 「実は私、伊賀の血を引くお姉ちゃんだったの」 「勉強ならするから、出てってよ」 「はいはい」 はぁ。 マジで気を抜く暇もない。 「すいませんマキさ……」 押入れを開ける。 「マキサ?」 「ほわぁ!?」 「よいせっと。マキサってなに?」 「出てけーーーー!」 「飼ってる犬はマキサか。でもいまは部屋に入れてないみたいね」 はーっ、はーっ。 「いまのはマジでビビった」 「バレてなかったんですか今の」 「お前の姉ちゃんお前に似ず超人だけど天然度はお前似だな」 背を向けてて気づかなかったようだ。 「うろうろしてると心臓に悪いから今日は押入れで寝てるわ」 「はい」 俺は大人しく勉強してよう。 勉強勉強。 「……」 「あー、コホン」 「ドアにコップつけて声を聞こうとしてる姉ちゃん」 「ぎくっ」 『邪魔なのでやめてください』 「ちぇ。はーい」 ・・・・・ 『まだ聞いてるでしょ。気配で分かるよ』 ・・・・・ 『あれ、いない?』 「……来たぞ」 「おやおやこんな天気の日に。せめて明日まで待てなかったのかい」 「う、うるせェ」 「こらえ性のない嬢ちゃんだ。ま、人目を避けるには絶好の天候だからね」 「はい、季刊東北の旅夏の号。今回は秋田犬特集だ」 「おおお……すごい、30pはある」 「支払いはこいつで頼む」 「……なんだいこれは。多すぎるよ。釣りは出せないぜ」 「いまキャッシュがねーんだ。釣りは取っとけ」 「この年で図書券なんて使ってる子初めて見たよ」 「〜♪」 「愛さん、ここでしたか」 「っ。な、なんだよ」 「? なんすかその袋。厳重に包装されてますけど」 「関係ねーだろ。濡らしたくないんだ」 (濡らしたくない?湿気たらマズい……) (火薬!? ま、まさか) 「とうとう飛び道具すか……。必死に追いかけてるのに愛さんはもっと早く別次元に行っちまうんすね」 「は?」 「千葉連の件です。50人全員片付けて、さっき向こうに返しました」 「千葉連……ああ。うちのに怪我はなかったか?」 「軽傷は何人か。でも問題ないです、最凶校稲村は伊達じゃないっすよ」 「ただ向こうも様子見の雑魚って感じだったんで壊滅させたとは言えません。今後もちょこちょこちょっかいかけてくるかと」 「どっちも様子見で終わった、ってとこか」 「ええ。向こうがプロのケンカ屋……利根川や柏を雇ってたらこっちが危なかったでしょうね」 「勝ちは勝ちだ。胸を張れ」 「はいっ」 「そうだ。これについてちょっと嫌な話を聞いたんですけど」 「?」 「利根川も柏もいま入院中なんですけど、両方リベンジに燃えてるみたいです。夏までには怪我を治して、湘南に来るとか」 「リベンジ……誰に」 「……利根川はボクサーとして一度はランキングにまで載ったほどの男。ヤれるのは愛さん以外にゃ1人しかいないですよ」 「……腰越か」 「他にも何人かあいつにぶっ潰されて、復讐に燃えてるようなのが多い」 「この夏の湘南は荒れそうですね」 「……」 「荒れるのか……腰越の周りが」 「この情報はおそらく恋奈も掴んでます」 「長谷大。ヤバいんじゃないっすか」 「ああ」 「あと柏ですけど、こいつもリベンジしたがってまして」 「腰越に?」 「愛さんですよ。3週間前血祭りにあげたでしょ」 「覚えてない」 「疲れる……」 「私が言うのもなんだけど、お前らヒマだよな」 「自分でもそう思います」 あっちはからかい半分で来てるんだろうけどこっちは本気で隠してるから、損した気分だ。 「……」 「でねー、私に隠し事してるのよ。ムカつく」 「まあまあ、ヒロ君だって男の子なんですから」 「隠し事なんて出来ないように育てたはずなのに」 「……は!? ま、まさかどっかで女作ったとか!それでこのお姉さまに嘘をつくような子に」 「ありえないか。ヒロが私以外の女と、なんて」 「危険な発言の気がするのでスルーしますね」 「ヒロ君だってお年頃なんですから、言えないことの1つや2つありますよ」 (前まで湘南最強のヤンキーを彼女にしてたし) 「でもそれは、冴子さんにとってマイナスになることではないと思いますよ」 「なんだかんだでヒロ君にとって、一番特別な人は冴子さんなんですから」 「ン……」 「そっか、そうよね」 「よしっ! もう本人に聞いちゃお」 姉ちゃんが出て行って1時間。 そろそろ来そうだ。 「ひーろー」 ほらね。 「いま暇?」 「ヒマじゃないけど何かさせたいんでしょ。今度はなに?」 「……」 「こんばんは。ヒロの一生を変えてしまうかもしれない。クイズ、ミリオ姉アのお時間です」 なんかはじまった。 「解答はこちら、長谷大」 「ど、ども」 「緊張せずリラックスしていきましょうね」 「がんばります」 「では第1問。じゃじゃん」 「ヒロはお姉ちゃんのことを……どう思ってる?」 「1.好き 2.大好き3.愛してる 4.抱きたい」 「はあ」 「……」 「……」 「せいかーい!」 「姉としてね、あくまで姉として」 「……」 「……」 「せいかーい!」 「我ながらシスコン気味な自覚はありますので」 「……」 「……」 「せいかーい!」 「もうヒロったら、分かり切ってはいるけど面と向かって言われたら照れるじゃない」 「そっちが言わせたんじゃん」 「私も愛してるわ」 「……///」 「……(イラ)」 「マジで!?」 「あ、いや選択肢にあったから」 「そんな……急に言われても照れちゃう」 「でも大・正・解!!!OK始めましょう姉弟の壁は既成事実で飛び越えよう子供作っちゃえば世間の目なんて無問題よ!」 「ちょちょちょちょっと待って『前の選択肢に戻る』を」 「遅ェ!」 「あああ〜〜っ! ヒロっ! ヒロすごーい!」 「うああああっ、姉ちゃん、姉ちゃああんっ」 「ヒロぉおっ、こんな、××の×××まで××なんてっ。私もう、もう×××が×××になっちゃうー!」 「姉ちゃん! 姉ちゃーん!」 「イエスウィーキャーン!」 「……お邪魔しました」 ・・・・・ 「そんなこともありまして」 「いまでは女房と仲良くやっております」 「なによりだ。私ももうお前の家じゃ食欲が沸かないから、行くことなくなったしな」 「今度子供が生まれるんで遊びに来てください。はっはっはっは」 「湘南は今日も平和だ」 「では第2問」 「ヒロはそんなお姉ちゃんに隠し事をしている?」 「う……」 「50:50を使用で答えは二択よ。1.いる 2.いない」 これは選択の余地はない。 「1番」 「正解」 「第3問。それはどうしても、言いたくない?」 「……」 「いいえ」 「なら――」 「でも今は避けたい」 たった2週間のあいだに色々とありすぎて、俺の中でまだ整理がついてない。 きっぱりと言うと、姉ちゃんは、 「……」 「……」 「……」 「ざんねーん」 肩をすくめた。 「また解答者に呼ぶわよ。次は正解までしゃべれるようにね」 「はーい」 あきらめて出て行く。 ふぅ、これで今日は大丈夫かな。姉ちゃんのことだから油断できないけど。 「どーも私のことでぐだぐだやってると思うと微妙なんだよなー」 「マキさんのせいじゃないですって」 俺の問題だ。 マキさんをどう扱ったらいいのか……。第三者に話すとき、どういう相手と言うべきなのか判断できてない俺の問題。 俺のなかで、一番近いのは……。 「やっぱ私帰ろかな」 「どうして」 「だってお前の家族に迷惑かけるだろ」 「迷惑じゃないですって」 「俺にとってはマキさんだって家族みたいなものなんですから」 「ン……」 「……」 ……これだ。 一緒にいたい。一緒にご飯食べたい相手。 家族だ。 「……」 「……そ、そう」 「?マキさん、顏赤い?」 「赤くねーよ」 照れてるみたい。珍しい。 「しっかし姉ちゃんにも困ったな」 さっきの感じだとまた1時間くらい経ったら来そう。 「ゆっくり出来ないってのは困る」 「台風でさえなきゃ外行けばいいんだけど、家の中じゃ逃げ場がないからなぁ」 「ふむ」 「じゃあこんなのは?」 「へ?……おっと」 手を引っ張られ、俺まで押入れの中へ。 「2人とも隠れてればさ」 「ヒロー、次の詮索方法はお色気と暴力どっちが。あれ、いない?」 「出かけちゃったのかしら。雨も落ち着いてきたし」 「な」 「なるほど」 姉ちゃんは家探しでなく俺に絡みに来るわけだから、俺さえいなくなればいい、と。 「でもあと半日このなかで過ごすのは」 「なんで? 楽しいじゃんこういうの」 「うーん」 確かに、真っ暗な押入れのなかというのは、子供心に訴えかけるものがある。 狭い中は真っ暗で、エアコンを入れてないのでちょっと蒸し暑かった。 「……」 「ですね」 なんかイイ。 「だろ。ようこそ、私の秘密基地へ」 「でもちょっと狭いかな」 「だな。1人でギリだから」 「くっつかないと」 「っと」 乗っかられた。 もう慣れた感のある、鼻のくっつく距離まで顔を詰めて来て、にへーっと笑うマキさん。 「押入れって不思議だよな。わくわくして、なんか安心して、それで」 「エッチぃ気分になって」 「あぅ……」 ――ちる。 「んちゅ……る、ちゅぷ、ンン」 「あぷ……ふ」 「んち、ちるる、ちゅぷ、ちゅぷるっ」 「ふふ、最近ちゅーに抵抗しなくなったな」 「慣れてきたというか、癖になったというか」 「これも餌付けの一種ですかね」 「かもな」 ――にゅるゥウウ。 「んぷ……んくぅうん」 押入れがエッチぃ気分になるってのは俺もだった。 闇に包まれた世界は、夜の街のように静かな興奮で満ちてる。 いつもより積極的にイタズラを受け入れた。舌を絡めて、ねろねろとくすぐり合う。 積極的に……。 ――ぐにっ。 「んふっ」 「ん……」 「ンちゅる、ちゅぷぁ、はむ、ぁむ」 腰に手を回しても、マキさんは構わずキスし続ける。 たぶんもうちょっと大胆なことしても許容されるはず。たとえばお尻を揉んだり、もっとエグいとこに手を回したり。 「……」 でも。 「……」 「ン……」 俺の舌が止まったのを敏感に察知するマキさん。 「ぷは。なんだよまたかよ」 「……なんかすいません」 ダメだ。 キスまでは出来るんだけど、それ以上に行こうとするとどうしてもナイーブになる。 「ったく」 マキさんが離れた。 「こっちだってどうしてもシたいわけじゃないけど。こう何度もしらけられるとフラれてるみたいでムカつく」 「しらけたわけじゃないんですが……、すいません」 男として情けないのは確かだ。 マキさんはしばらくツンと口をとがらせて。 「悪いと思ってる?」 「思ってます」 「じゃあ、罰として」 またニンマリに戻り、顏を近づけてきた。 「今度はそっちからしろ」 「はい?」 「そっちからキス。したら許してやる」 「お前からは初だよな?」 「あ」 そういえば。 「ン」 口をきゅっと結んで突き出してくるマキさん。 「じゃあ、えと」 「っ……」 「ぁむ……ふ」 こっちからくっつける。 することは同じなのに、どのくらい強さにするか。歯を押しちゃわないか。考えることが多くて戸惑った。 「よし」 軽くあてた程度だけどマキさんは満足そうだ。 怒らせなくてよかった。 でも、そっか。 姉ちゃんのこと以外にも、考えること色々あるなぁ。 台風一過で昨日からいい天気だった。 抜けるような晴天に恵まれ、爽やかな火曜の朝。 「……」 爽やかな朝だ。 「〜ッ♪やっぱ歩きより自転車がいいな。風が気持ちイイ」 「ですね」 ちらっ。 「じー」 「どうかしたん?」 「いや、さっきからこっちを見てる人がいて」 「ああ、なんかいるな。7人」 7人!? 「じー」 「じー」 「じー」 ほ、ほんとだ。俺たちを見張ってるのは1人じゃなかった。 「メンチくらい気にすんな。私なんて会うと睨んでくるチームが15はあるぞ。他は全部逃げるけど」 「気になるのはそこじゃなくてですね」 「目障りならコロしてこようか」 「ダメダメ。暴力はやめましょう」 知らない人も多いけど、少なくとも1人は、 「ティアラだけは丸わかりだな」 「ですよね。見張るにしても人選ミスだと思うんですが」 「……」 「あえて丸分かりな人選でプレッシャーかけてる。とも考えられるが」 「?」 忘れそうになってたけど、俺、まだ江乃死魔の人たちに狙われてるんだよな。 そういやそっちを警戒してた辻堂さんたちはどうなっただろう。 俺の知らないところで、色んな力が動いてるみたいだ。 「じゃあ帰りに」 「おう」 もう通い慣れた七里学園。進路を返して、稲村へ向かう。 っと。 「……」 「お、おはよう」 「……」 (ちらっ) 「フン」 行っちゃった。 どうなってるんだ。俺の周りは。 「好きです! 付き合ってください!」 「だめだめ響いてこない! もっと感情こめろ、相手が反射的にハイって言っちゃうくらい」 「熱くなれよタイ!」 「おはよう」 教室は平和なのが唯一の救いだった。 辻堂さんに朝のことを聞きたいけど……、まだ来てないか。 「おうヒロシ、お前もやる?」 「見る限りやりたくないけど一応聞くね。なんの遊び?」 「合コンで告白する練習だそうだ」 「うん。やらない」 「長谷君は緊張しないね。合コン本番まであと3日しかないよ」 「人数合わせに呼ばれた合コンで3日前から緊張するのもなぁ」 いまマキさんのことで手一杯だから、合コン自体にも興味ないし。 「長谷君も考えてくれタイ。告白にOKもらうにはどうしたらいいタイ?」 「場の空気としか」 「今度初めて会う相手なんだろう?告白は重くないか」 「でももう手をうたなきゃ夏に間に合わない」 「タロウも頭いいんだからアイデアくれよ。無理げな女相手でも『好きだ』で『はい』って答えさせるには」 「ふむ」 「こんなのはどうだ?『私が好きだと言ったら貴女はノーと答えますか?』こう質問すれば無理な相手でも確実にイエスと」 「そういうスフィンクス的なとんちはいい」 「やっぱ気合いだな。大声で好きです! って言えばビビった相手はOKするはず」 「ビビらせるのって一番マズい気がする」 「ほら長谷君もやってみようぜ。大声で好きです! だ」 「えー」 恥ずかしいなあ。 でも言わなきゃ収まりそうにない。 「1回だけだよ」 「がんばれ」 せー、の。 「好きです!!!」 「なっ!」 「あ」 「は? は? なに」 「ご、ごめん。間違い。ってのもおかしいけど、こっちのこと」 「ッ……、ビビらせんな」 真っ赤になって去っていく辻堂さん。 「いまの辻堂さん、なんか可愛くなかった?」 「幻覚?」 「ひょ、ひょっとして番長っていうのは見せかけだけの初心な子だったりするタイ?」 辻堂さんに江乃死魔の人たちのこと聞くべきだろうか。 でもマキさんと仲良くしてる身じゃ頼りにくいなぁ。 といって江乃死魔の人たちに近づくと、今度は辻堂さんたちを敵に回しそう。 ……3つの組織が凌ぎを削る、湘南最悪の時代。三大天。 どう厄介なのか、ちょっと分かった気がする。 「おっしゃ! 僕は行くタイ」 「なに?」 「辻堂に告白するそうだ」 「命知らずにもほどがあるぜ」 「あの一瞬見せた可愛い顔。押せ押せに弱いタイプと見たタイ」 「性欲のためならこの命……惜しくないタイ!」 「お、男らしい」 (急に好きとか……くそ。動揺させやがって) 「辻堂さん!」 「あ?」 「好きですタイ!」 「耳元で騒ぐな」 「あひんっ」(←気絶) 「……」 ちょっとほっとした俺は、下衆な奴だと思う。 「ぬぁーっ! あんな学園から離れたとこで見張ってたら、遅刻確定だっての!」 「うう、もう遅刻者の取締始まってる。やべーなあ今日捕まったら5日連続だっての」 「こっそりフェンスを越えりゃあ……」 「一条さん。見えてますよ」 「うそ!? 音立てなかったのに」 「2メートルのフェンスを一足飛びで超える身長2メートルの人はさすがに見えます」 午前中に先生から、喜ばしくない用紙を受け取った。 「テスト週間だよ。範囲と日程はいま配ったプリントの通り。みんな、がんばって勉強しようね」 「幸せだなぁ。僕は生徒たちの目が血走るこのプリントを配るときが一番幸せなんだ」 テスト週間に突入。 ……はぁ。他に気にすることがいっぱいあるのに。 姉ちゃんが怒らない程度にはがんばらないと。 「……」 (てすとべんきょお) (最後にやったのは小学生のときか。なにもかもみな懐かしい) 「辻堂さん、どの科目から勉強していきます?」 「はい?」 「実は先週、各クラスの委員長が集まったんですけど」 「ホーホホホホ!1組はどうもクラス全体の平均点が低いですわね!」 「そうですね」 「平均で99点をたたき出す坂東君を有しながらどうしてこんなに低いのかしら」 「なるほど不良がいるからですわね!不良が足を引っ張るから平均が伸びないんですわ!」 「ということがありまして」 「1回のセリフで2回以上!マーク使うやつって大概めんどくさいよな」 「なんだかイラッときたので、今回辻堂さんには平均点で60を超え、2組の委員長さんを見返してもらいます」 「……なんでアタシが?」 「がんばりましょうよ」 「ヤだよメンドくせぇ。委員長同士の意地の張り合いなんざ」 「アタシに関係ねーだろ」 「……」 (すちゃっ) 「い、委員長がメガネを外したぁーっ!」 「ついに委員長がー!」 「え? だからなに?」 「これは決まったね」 「決まりだよ」 「では図書館へ行きましょうか。勉強、がんばりましょうね」 「え? え? なにこのぼやっとしたルール?」 辻堂さんはなんか忙しそうだった。 「マキさんはテスト勉強大丈夫?」 「んー? ああ、稲村と七里は今日からだっけ」 「こっちは問題ねーよ。赤点取ったことないし」 「そうなんだ」 すごいな。ちっとも勉強してる風じゃないのに。 「私の席、勉強できる奴が近いからさ」 「……ん?」 「全教科マークシート方式だから小難しい漢字や英語も出てこないし」 嫌な予感。 「あの、ちなみにマキさんって目ぇいい方ですか?」 「2.0以上は測ったことないから知らないけど。アレはできるぞ、パッと見たモノを記憶するやつ」 「はは、フォトグラフィックメモリーですか。便利ですね」 マークシートなんかを覚えるには便利だろうな。 「ぶっちゃけ……やってます?カンニのing形のやつ」 「ン……」 「……」 「は、半分だけだよ。赤点取ると面倒だから」 おいおい。 学園はちがうし学年もちがうし、口出しにくいけど。 「出来るだけ自分の力でやりましょうね」 「やってるって。……その、分かる問題がほとんどないだけで」 「ばいばいっ」 あ、逃げた。 仕方のない人だ。素直に勉強するマキさんってのも想像つかないけど。 帰ろうとすると。 「ヒロ君、ヒロ君」 「なに?」 「これ」 ブルーの小箱を差し出すよい子さん。 コーヒー豆みたいだ。えっと、『an Asian civet』……。 「これって!?」 「そう。東南アジアに旅行に行った人がいてお願いしてたら手に入ったみたいなの」 「すごいじゃん!」 超珍しいコーヒー豆だった。 「ずっと欲しがってたものね。はい、どうぞ」 「え、でもこんな。……あそうだ」 財布を取り出そうとするが、よい子さんは首を横にふる。 「いいったら。いつも贔屓にしてくれてるお礼」 こう言われると出しにくい。 んーむ、でも恐縮だな。たぶんだけどこのサイズでも2万は下らないぞ。 しかし嬉しい。長年欲しかった豆なのだ。 「……」 「これから大変だと思うけど、頑張ってね」 「私も出来る限り守ってみせるから」 「何度くらいのお湯で淹れればいいんだろ。ネットに載ってるかな。いや最初の一杯は俺の感覚でやってみたい……」 「聞いてないか」 「ぶるーん! ぶるるるるーーん!」 「ロックとセックス、ドメスティックを融合させた俺たちテスタメントが、湘南に新しい歴史を刻んでやるぜァーーー!」 「ドメスティックって家庭的って意味じゃなかったっけ」 「うおおお皆殺しを倒して俺たちの伝説第1章の幕開けだぁああああーーーーーーーーーーーー!」 中略。 「はーああ」 「もう辻堂くらいしか面白い相手いねーのかな」 「お、俺の伝説はこんなことじゃ終わらな……がくっ」 結局タダでお高いコーヒーをいただいてしまった。 恐縮なので代わりに1万円分くらい買い物したけど。 「念願のコーヒー豆を手に入れたぞ」 封を開けてみる。 香りからもうちょっとちがう気がする。 「なにこれ」 「お高いコーヒー豆です」 「ブルーマウンテンってやつ?」 「いえ、コピルアク。ブルマンナンバーワンの最低でも3倍はしますね」 「すごいじゃん」 淹れる前に1粒つまんで食べてみた。 (ポリポリ) (ポリポリ) 「味は普通」 「んー、でも独特のにおいがある。麝香みたいな」(ポリポリ) 「あ、するどい。一度ジャコウネコの体を通したものなんです」 「体を通す?」(ポリポリ) 「一度ジャコウネコが食べたコーヒー豆が、消化されず排出されたとき、独特の香りをもつんだそうです」 その分取れ高はものすごーく少ない。味や香りよりレア度を楽しむものだな。 「……」 「排出ってのはどうやって出すわけ?」 「そりゃ普通に、ぼとりと」 「うんこかい!」 「いで!き、綺麗に洗ってますから」 「そういう問題か! くそっ、3粒も食っちまった!」 「高級品なんですよ? 3粒でも100円くらいして」 「やかましい!あーもー……初対面で猫のエサ食わされたと思ったら、今になってその行き着く先を食わされるとは」 どっちもマキさんが勝手に食べたのに。 「うー、舌にうんこの味がこびりついてる」 「いやな言い方やめてください。成分的には100%コーヒー豆なんだから」 「ったく……」 「ん」 べーっと舌を出してくるマキさん。 「拭え」 「え……ああ」 「はむ」 口に含んだ。 「はちゅ……ぁむ、んむんむ」 「ちる、ちゅぷ……んちゅうう……んふぅ」 舌についたものが消えるまで、お互いに舐り合う。 もうキスは普通にする仲になってる俺たち。 何か考えなきゃいけないことがあった気がするけど、 ……ま、いっか。 「長谷大の行動パターンはこれでいいわけね」 「完璧だシ」 「ふむ、登下校中は腰越と一緒。学園では辻堂と同じクラス」 「湘南最強の護衛力になってない?」 「真夜中は……常に腰越が追従しているうえ家は警備会社に3件加入。家族構成に警視庁の人間が多数……これマジ?」 「リョウからの報告だから間違いないんじゃないかい?あいつがウソつく理由もねーっての」 「それもそうね。うーん、この地区の警察ならともかく警視庁一家となると片瀬のコネも通じにくいわ」 「だからここに連れてくるなら、学園でも帰宅時でも問答無用で襲っちまやいいっての。辻堂だろうが腰越だろうが俺っちがブッ潰すからよ」 「それができれば苦労してないわよ」 「腰越がティアラに潰せるような相手ならそもそも長谷を仲間に入れる意味がないシ」 「ンだとぉ!?」 「やるシ!?」 ぎゃーすかぎゃーすか。 「やっぱ数を使ってさらうしかないかしら」 「リョウと梓は?」 「リョウさんは用事があるとかで欠席。乾さんは今週テストです」 「そっか。うーん、あのバカを拉致るにはスピードとおっぱいに特化した梓がいると作戦の幅が広がるんだけど」 「ひとまず両方に連絡入れといて」 「長谷大をなんとか強制的にでもここに連れてこい、作戦求むって」 「はい」 「うー、テスト嫌だよぅ」 「あずにゃんは体育完璧だけど他ダメだよね」 「失敬な。数学と英語は頑張ってるっすよ。受験に入りそうだから」 「そういうあらゆる意味で計算高いとこ好きだよ」 「っと、ごめんメール来た。先いってて」 「なになに……恋奈様からか」 「長谷センパイを拉致る?また無茶言うなぁ、皆殺しセンパイがついてるんじゃ無理ゲっすよ」 「あずにゃん、なんだった?」 「いや、こっちのこと」 「それよりさ、金曜の合コン、どんな服着てく?」 「あれマジであずも行くの?顔貸すだけっつったじゃん」 「しょうがないでしょ。寄せ餌必要なんだから」 「あんたレベルが1人はいないと集合場所の時点で逃げられる恐れがあるんだよ」 「うちらで『並み以上』って言って通用するのあんただけなんだから、頼むよ」 「はいはい」 夕飯も終えてリラックスタイム。 「ぐだー」 最近のマキさんは、ご飯のあともしばらくうちでくつろぐことが多くなった。 何をするわけでもないけど、 「にゃうう」 「はいはい」 「にゃんにゃん」 「のわっ、こら乳揉むな」 今日は忍び込んできたラブと遊んでる。 野生同士気が合うんだろうか、ラブには一発で懐かれてた。 「にゃー」 「ふむふむ」 「にいい」 「辻堂がそんなこと? まさか」 会話してる? ちなみに俺は勉強中。 姉が教師をやってるというのは辛いもので、テストでしくじると姉ちゃんにまで迷惑がかかる。 ……そして迷惑をかけたらお仕置きが怖い。がんばらないと。 勉強勉強。 「ふぁーああ」 「ふにゃああ」 「眠くなってきた」 「勉強はかどってる?」 「はい、お姉ちゃん特製コーヒーの差し入れ。がんばりなさいね」 「う、うん」 「がんばってね」 「……」 「……」 「いま女いなかった!?」 「あれ? いない」 「だ、誰のこと? 俺1人だよ?」 「おかしいわね。いまやたら乳のデカい女が」 「にゃー」 「ラブを見間違えたんじゃない?ほら、姉ちゃん酔ってるとよく幻覚見るじゃない」 「かな。確かに今日もう3本空けてるけど」 「にゃう」 「もう、脅かさないでねラブ」 (デカ乳に変身できる化け猫だったら追い出さないと) 「はーびっくりした」 「油断してましたね」 「リラックスしすぎたかな」 マキさんが野性を失いつつある模様。 嬉しいような、困るような。 「頭が痛い」 「珍しいな」 「熱もあるみたい」 「腹でも出して寝たのか?」 「勉強した」 「知恵熱か」 「知恵熱に効く薬ってない?」 「ないことはないが……危険だぞ」 「知恵熱を治すには頭を使わなければいいから……あれでもないこれでもない」 「センリガントーイA〜」(とてちてた〜♪) 「服用後1時間、尋常でなく視力がよくなる薬だ。これさえ使えばカンニングなんて思いのまま。事前に勉強する必要がなくなる」 「危険てそっちの意味かよ」 「カンニングはしたことねーの。他にない」 「じゃあこれだな」 「エロエロクナ〜ル〜」(とてちてた〜♪) 「1粒で全身の穴という穴から何かしらの水が吹き出す超強力な媚薬だ」 「これで全身熱くなれば頭の熱さなんて」 「いいんちょ、休憩終了」 「はい。次は数学です」 学園の空気がテスト前の緊張感に包まれだしてる。 「愛してます!」 「ちがうちがう! もっと熱く、もっと情熱的に!」 「風を、風を拾うタイ」 「悪いねヘボパイロットで……。童貞力だけはホンモノってところを見せてやるよ」 「勉強しようよ」 「だって本番は明日なんだもん」 「坂東君なんてツッコミすら入れてくれなくて寂しいタイ」 ヴァンはマジメ代表だから勉強中。 「長谷君も熱くなれよ! 本番は近いぜ」 「はいはい」 「明日、合コンねえ」 「ええ」 「……」 「……」 「あの、これも付き合いと言いますか。いまさら抜けられないもので」 もうテスト週間に入ってるから代わりは見つけにくい。いまさら『やめます』はクラスメイトとの間に角が立つ。 「なんで言い訳するんだよ。行きたいんだろ、行ってくりゃいいじゃん」 「行きたいわけでは……」 「フン」 この話は不機嫌になる模様。 ……なんか付き合いの飲み会を奥さんに叱られるサラリーマンみたいだ。 「大ちゃん」 「うん?」 「ラブちゃん知らないかねえ。昨日の夜から見当たらないんだけど」 「あ、うちにいると思う。昨日の夜来て、朝見たときまだ寝てたから」 庭からまわってコツコツと窓を叩く。 「にゃー」 出てきた。 「ご心配おかけしまして」 「いえいえ」 心配させちゃったらしい。ほっとした様子で帰っていくおばあちゃん。ラブも後に続く。 「あいつも警戒心のない猫だな」 「アンタが野性を懐かせやすい体質なんじゃない?」 「なるほど。あるかも」 「ってうわあ!」 10人くらいに囲まれてた。 「入念に下調べするとこういうとき役立つのよね。生活サイクルの中でこの数時間だけ、腰越も辻堂も目を離してるときがある」 「腰越も案外ヌケてるっての」 「な、なにか用?」 「分かるでしょ。なにしに来たかくらい」 「七里もいまテスト週間だよね。よーし、みんなで勉強していい点数とっちゃおう♪」 「はい確保完了だっての」(がしっ) 「ツッコミなし!? 痛い痛い、ちょ、片瀬さん乱暴」 「悪いけど時間がないの。無理やりいかせてもらうわ」 「暴れても構わねーぜィ。どうせ力ずくで持ってくんだからよ」 「いててて。乱暴はしない方針だったんじゃ」 「情勢が変わったの」 「は、話ならここで」 「腰越が来たらまた面倒になるじゃない。ほらさっさと来なさい。ティアラ」 「おうよ」 引きずられてしまう。 ダメだ、誰かに助けを――。 「ウルァ!」 「いてっ!」 「ッと……葛西さん」 突然の乱入でつかまれた腕は離れる。 そうだ。彼女は江乃死魔を見張ってるんだっけ。 「大人しくはしてねーと思ったけど、いきなり強硬策かよ。ワケ分かんねーな江乃死魔は」 「チッ、雑魚が横やりか。うっとうしい」 「こいつがどうなろうと知ったこっちゃねーが、愛さんに守るよう言われてんだ」 「かかって来いヤ恋奈ァ!」 「……」 「辻堂は?」 「近くにはおりません」 「近くには誰もいねーシ、こいつ1人だシ」 「なら問題ないわ。ティアラ、2人とも捕まえろ」 「ハッハー! 了解だっての」 不意打ちの一発をものともせず戻ってくる一条さん。 「そういやテメェとヤるのは初めてだったな」 「おうよ! お互いナンバー2同士、どっちが上か決めとこうじゃないの」 にらみ合う湘南三大天の腹心2人。 「行くぞオラァ!」 「来いやァアア!」 勝負は――。 「いでででででで! ねじんな!ねじんな折れる折れる折れる!」 1秒だった。 「まあこれだけ体格に差があればね」 「ティアラは私より強いけど久美子は前に私に負けてるもの」 「うるせー! あのケンカは無効……いだだだ!」 「ストップストップ」 見てられない。間に入った。 「分かりました、従いますから暴力はやめてください。俺が一緒に行けばいいんですよね」 「おう、分かりゃいいんだっての」 「く、くそー。このオレがついていながらー」 「ついてても何の役にも立ってないシ」 「さあ、来てもらうぜェ長谷」 仕方ない……。 ――ドゴォオオオオオオーーーーンッッ! 「あれー」(キラッ☆) 「あれ?」 「のわあああああ腰越ええええええっ!いいいいつから!?」 「腰越も案外ヌケてるっての。の辺り」 「一番最初じゃないですか」 「七里もいまテスト週間だよね。よーし、みんなで勉強していい点数とっちゃおう♪」 「ツッコミなし!? 痛い痛い、ちょ、片瀬さん乱暴」 「やめて! 俺の情けないシーンリプレイしないで!」 「く、くそっ。作戦失敗、全員離脱――」 ――チュゴオオオオオオオーーーーーーーンッッ! 「あれー」(キラッ☆) 「逃げる相手でも容赦なくブッ飛ばすんですね」 「ムカついたらこうする主義だから」 「ふぃー、助かったぜ」 「このオレが皆殺しに助けられる日が来るとはな。だがヤンキーにも仁義がある、礼は言って」 ――ドゴオオオオーーーーーーーーンッッッ! 「あれー」(キラッ☆) 「なんで葛西さんまで!」 「なんとなく」 「ウゴォォ……死ぬかと」 「だ、大丈夫?」 「守ってくれてアリガト。でも逃げて、そういえばマキさんて敵味方考えない人だった」 「クソッ、よくも悪くも『皆殺し』かよ」 「今日はこれで帰るぜ。だが覚えておけ皆殺し、このオレは愛さんから軍団を任され」 「逃げてー!」 「ペガサス天昇……逃げたか」 「ふぅ」 恐ろしい。 ついさっきヤンキー10人に絡まれて拉致られそうになったのに、それより遥かに仲良くなったヤンキーの方が恐ろしい。 「実力行使に来た……か」 「どういう心境の変化っすか。先週までは懐柔案がどうこういってたのに」 「いまは押し時なのさ。なんとかって千葉のケンカ屋が腰越を狙ってんだろ?」 「は、はい」 「腰越を狙うやつが真っ先に狙うのは?」 「……なるほど」 「大は誰かの庇護下に入ったほうが良い。できれば江乃死魔みたいなデカい組織にな。これは確実」 「ところが腰越はそれを嫌がる。理屈は通じない。大を引き込もうとするやつはどんな理由があってもブッ飛ばす」 「つまり」 「さらってでも話をつけちまうのが早い。と」 「そんなとこだな。恋奈にしちゃちょっとスマートさに欠けるが――」 「他のチームに長谷を、腰越を取られるよりましだわ」 「にしても性急すぎる。腰越は、扱いを間違えばどのチームも壊滅するほどの爆弾だぞ」 「分かってるわよ」 「俺が湘南BABYを動かす上で学んだ最たる教訓。それは『君子危うきに近寄らず』だ」 「腰越はどこのチームにも従わない。ヒロく……長谷大を加えることは、一歩間違えば江乃死魔全体を叩き潰すことになるぞ」 「分かってるってば!」 「……」 「……」 「もしかして、勧誘じゃないのか?連れてきたがる理由は」 「なにか他に理由があって……他に取られる前に」 「……」 「うっさいわね」 「私のことはいいからリョウも考えなさいよ。長谷大を連れてくる方法」 「……」 「話は分かりました」 「でもなんで愛さん、そこまであいつにこだわるんです?」 「ン……」 「べ、別にこだわってねーよ。ただあいつが江乃死魔に取られると、腰越が」 「そこが愛さんらしくないっすわ。いつもなら恋奈も腰越もまとめてかかって来い!とか言いそうなのに」 「……えーっと」 「そ、そんなことはどうでもいい!次に恋奈がうって来そうな手を考えろ」 「は、はい」 「他のグループが腰越と大の関係に気づくのはそんなに遠くない。あっちも焦ってるはず」 「近いうち勝負かけてくるはずなんだ」 「強引に連れ出そうにも腰越が出てくる。懐柔案を取ろうにも辻堂と関係がある以上無理」 「連れてくるには」 「連れてくるには……」 「まず腰越とアイツを引き離す」 「腰越が大にムッとくるような状況がいい」 「かつ長谷の家の近くじゃダメ。たぶん腰越はあの近くに潜んでる」 「つまり腰越と大が離れた状態で、かつ大1人だけ遠くに出かけ」 「そこにうちの部下でもいれば……」 ・・・・・ 「遅れた?」 「いや時間通り」 合コンの約束、ちょうどだったようで、他3人も集まってた。 あとは女の子を待つだけ……。 「あのー、稲村学園の方ですか?」 「はい――」 女の子4人から声をかけられる。 「……」 「……」 「うだうだ考えててもしょうがない。とにかく昨日恋奈が襲撃してきたっていう時間帯は大に見張りをつけるぞ」 「分かりました」 「今日も来てるかもしれない。アタシは先行くから――」 「はいストップ」 「げっ! いいんちょ……」 「ダメですよ辻堂さん。今日は放課後図書館に集合って言ったじゃないですか」 「い、いや、いまヤンキー業が忙しくて」 「いけません。ほら行きますよ」(ずるずる) 「話を聞いてくれ〜」 「あ、愛さんが手も足も出ない……何者だあのメガネ」 「なーんもいい案が浮かばねーシ」 「俺っち7秒以上頭使うとコメカミがきりきりすんだよなぁ」 「ったく不真面目なんだから」 「頼りになるのはリョウだけだわ」 (ヒロ君を江乃死魔から遠ざける方法……。まあマキに任せれば大丈夫か) 「そういえば梓、もうテスト終わったんじゃないの?」 「うん、今日の午前中で終わったはずだシ」 「じゃあもうフリーよね」(ピポパ) 「もしもし梓?……なにそっちウルさいわね。カラオケ?」 『はい。ガッコのセンパイと打ち上げかねて遊んでるんす』 「そう。まあ息抜きなら仕方ないか」 『なんか用だったっすか?』 「なんてことないわ。ただ長谷を拉致る作戦考えてってだけで」 『長谷センパイ?』 「センパイならいま自分の下にいるっすよ」 「あ、梓ちゃん。ヒザから降りて」 「えー?だってこのボックス椅子固いんすもん」 「ぐぐぐ……一番イイ子がヒロシしか見てない」 「あの、デュエットしませんか」 「ていうか残りがハズレばっか」 「トマトジュースいる人」 「あ、僕欲しいタイ」 「あの……このあと一緒に歌いませんかタイ?」 「よ、喜んで///」 「はい、あ、はーい。分かりました」(ピッ) 「誰からの電話?」 「恋奈様っす。なんかぁ、この後センパイさらってこいって」 オゥ。 「でもカラオケは楽しんできてイイみたいっすよ。ねっ、センパイ一緒に歌いましょ。自分映画に影響されて天ふれ歌いたいんすけどぉ」 「あの、俺、体調が悪くなってきたんでトイレに」 「そすか? じゃあ早くしてくださいね」 「ほ……」 「見張るためとはいえ女子トイレに入れるのは抵抗あるんすけど」(ぐいぐい) 「いやぁああ〜〜〜」 ・・・・・ 「連れてきたっすー」 「都合のいい奇跡ね」 「久しぶりだなココも」 結局連れて来られてしまった。 だって乾さん腕力強いんだもん。 しかも、 「じゃっ、みなさんは次の店へどーぞ」 「あずはセンパイとここでフケますんで。ンふふふふふ、何をするかは秘密っすよー」 「ヒロシ……」 「ほらセンパイ暴れないで。いててててお腹痛い。センパイに破られた処女膜が痛むっす。責任とって介抱して」 「ヒロシ君……」 「生まれるー。早く行かないとセンパイとの愛の結晶がぽこぽこ出てくるっすー」 「ヒロシさん……」 あんなゴネ方されたら従わざるをえない。 「意外とえげつない性格してるよね」 「自分は恋奈様の命令に従っただけっすよぅ」 あれから半月くらいなのにまた拉致られるとは。俺はなんて運が悪いんだ。 「……」 「君は運が悪いっていうか迂闊すぎる」 「はい?」 (安全に逃がす方法……騒ぎを大きくするとマキが来て江乃死魔が消されるし) マスクの向こうでぶつぶつ言いながら行ってしまった。 「別に前回とちがって人質にしようとか乱暴しようって気はないから、怯えなくていいわ」 「そうなの? よかった」 「痛い!」 「ら、乱暴しないって言ったのに」 「する気はなかったけどその顔見たら殴りたくなった」 ひどい。 「とりあえずここは辻堂たちに場所が割れてるから場所を移すわよ。ハナ、例のもの用意して」 「うーい。これつけるシ」 「なんですこれ?」(なでなで) ぶっとい鎖のついた首輪を持ってこられる。 「ハッハー、運がイイっての。タイフーンチェインをつけられるなんて滅多にないぜぇ」 ――ガチャン。 つけられた。鉄製で、外しも切れもできそうにない首輪を。 「かの稲村チェーンが愛用した湘南伝統の決闘法、ワンナワーチェーンデスマッチの肝となるアイテムよ。光栄に思うことね」 「決闘……ですか」 「正しくは決闘って名目で逃げられなくした雑魚をリンチにかけるアイテムね」 「やっぱ乱暴する気じゃないすか」 「しないったら。……見てるとヤリたくなってくるけど」 「逃げるの防止につけただけよ。誰かとつながってもらうわ」 見ると首輪からのびる鎖の逆側には、もうひとつ首輪がついていた。 そのままの意味で『首輪』らしい。 4人を指さされる。 「手綱は誰に握ってほしい?」 あの4人の誰かと結ばれる、か。 安全な子を選びたいな。 外見的にはこの子が一番怖くない。 「ういっすー」 首輪の逆端をつける乾さん。 「迷いなく巨乳を選んだか。正直なやつ」 「心外なんだけど」 「まあいいわ、梓、B-2に連れて行きなさい。私らは辻堂腰越対策に痕跡を消すから」 「はーい」 「さっ、センパイ行きましょ」 「……」 「逃げるなんて無理っすよ。自分らもう運命の赤い鎖でつながれちゃったんだから」 「でも大声だしたら人くらい呼べないかな」 「なるほど」 「きゃー! やめてくださいっす、自分に首輪なんてつけてどうするんすかー!」 「分かった分かった! 騒がないで」 あっちの方が上手だ。あきらめよう。 連れて行かれたのは江ノ島のビーチだった。 「ホテル用のビーチか、なるほど」 「この時間は閉鎖中っすからね、基地の1つっす」 薄暗い木陰に入れば、30人くらいならいることすら分からないだろう。 「さってとぉ、恋奈様がくるまで30分くらいっす。待ちましょうか」 さびたベンチ椅子に案内される。 「はぁ、どうしたもんやら」 「長い人生こんなこともあるっすよ」 「……なんでヒザに乗る」 「センパイのヒザ気に入っちゃったんすもん。ベンチじゃお尻冷たくなるし」 「センパイって包容力みたいのがあるから、甘えたい属性が刺激されるんすよね」 甘えたい雰囲気ってやつか。姉ちゃんをよく甘やかしてるからあるのかも。 「こう、優しく抱っこしてほしいっていうか、マウント取ってジワジワ首を絞めたいっていうか」 「その2つはまったくちがうものだよ」 この子ちょっと危険な気がする。離れた。 「にしてもすごい偶然でしたね。どっちも合コンの数合わせで鉢合わせちゃうなんて」 「乾さんも向こうに無理やり誘われたんだっけ」 「はい。セッティングに顔だけ貸してって言われて、そのままズルズルと」 「ガッコの友達って気ぃ使うっすからねー。頼まれると断れねーっていうか」 「分かるよ」 「やっぱ江乃死魔が一番っすわ。自由にできて」 ぐるぐると肩を回す。 「あー、肩こったっす。ある意味センパイがいてくれて助かりました。体よく合コン抜けられたんで」 こういうタイプだったんだこの子。不良グループに入ってる理由がわかった気がする。 「ホントにこってるな。センパイ、ちっと揉んでくれません?」 「肩くらいなら」 慣れたものだし、後ろに回る。 「はじめるね」 「お願いしゃっす。……お、おお、ウマいっすね」 「家庭で鍛えられてるんだ」(むぎゅむぎゅ) 「いやー、最近おっぱいが育っちゃっていつも肩が重い……」 「ふぁっ」 「どうかした?」(むぎゅぎゅ) 「い、いえ、なんでも」 「あはぁんっ」 「?」(むぎゅ〜) (な、なにこの感じ……肩が溶けそぉ……) ぎゅっぎゅっ、 (だめ……ダメ、声が出ちゃう。でも拒めない……) 「気持ちイイ?」 「はぁ……い、こんなの初めて。あ、ん……っ」 「あはぁ……ん、あああ」 「それでさ乾さん。いますぐとは言わないけど、今日は大事になる前に帰りたいから、できれば協力してほしいんだけど」 「えぅ……は、はい」 「なんでも言うとおりにしますから……やめないで」 「お待たせ」 「はわあああああ!」 乱暴そうな人ほど優しい法則に期待しよう。 「俺っちかい? 別にいいけど」 「意外な人選ね」 「これつけるのも久しぶりだっての」 ガチンと逆側の首輪をつけた。 「久しぶり……慣れてるんですか?」 「おうよ、昔はよく使ったもんだっての」 「江乃死魔立ち上げ当初はこっちの手駒がなかったからこいつで俺っちがタイマン張って部下を増やしたのさ。いやー懐かしいっての」 「……へへ、あのころの血がたぎるぜェ」 ん? 「こいつをつけるとよぉ……もう……」 「相手を……叩きのめしたくなって……」 「グォォオオオオオオオオオオオーーーーーー!」 「まさか……!」 「暴走!?」 「でーでんでーでん」 「オオオオオオ!」 「スイッチ入ってる! 片瀬さん助けてー!」 「人の域にとどめておいたティアラが本来の姿を取り戻していく」 「天と地となんちゃらが相補性でうねったとかでなんかに変身しているんだわ」 「ワケ分かんない解説はいい! 助けて食われるー!」 壱弐参肆伍陸漆捌玖!!!!! 「ごっはー!」 「はっ?! 正気に戻ったっての」 「た、助かりました」 「君だけは幸せにしてみせる」 「悪い悪い。昔のクセが抜けなくてよ」 江ノ島にあるっていう別のアジトに連れて行かれる。 ここなら逃げられそうな気がするけど。 「おかしなことは考えねーほうがいいぜ」 「分かってます」 もうそんな勇気ない。 江ノ島内、ホテル用のビーチに連れて行かれた。 「なるほど、夜間は誰も来ない、か」 「いいとこだろ。昼のうちはビーチバレーとかできるんだぜ」 「湘南の海は混むから、いいですねこういう区画整理された場所」 で、前にマキさんと忍び込んだ温泉の真下だ。 ……マキさんのことだからここにも忍び込んでるかも。 「そりゃハナにするわよね」 「当然」 安牌中の安牌を選んだ。 「なんかよく分かんないけど、ま、ティアラや梓じゃ頼りねぇから仕方ねーシ」 ドヤ顔で首輪をつけるハナさん。 この子なら隙をついて逃げられそうな気がする。 「……フン」 「隙をつけば逃げられる。とか思ってるんでしょ。甘いわよ」 「へ?」 「ハナ、B-2にお願い。しばらく2人きりだけど逃がさないように」 「任せるシ。あそこはあたしらには庭みてーなもんだシ」 あえて俺たちだけでアジトから出す片瀬さん。 どういうつもりだ? 「こっちだシ」 江ノ島のほうを指さす。 ここからなら、駅がすぐだ。誰かに助けを求めてしまえばいい。 首輪だけが邪魔だけど、相手がハナさんなら……。 「力ずくで行ける! でりゃあああああっ!」 「わわっ!? コラァテメー!」 ハナさんを引きずって駅の方へ駆けだした。 あっちは力はもちろん体重も軽い。簡単に引きずって……。 「ふぎゃんっ!」 「あ」 振り向くと、ヒザを押さえて転がりまわるハナさん。 「うぎぅうう……っ、テメーなにしやがるシ〜」 引っ張り倒してしまった。血は出てないけど、ヒザをうったらしい。 「いててて、うー、うううー」 「……」 「ちくしょー、いたいよー」 「……すいません」 片瀬さんの余裕はコレか。 罪悪感に負け、俺は大人しく言われた場所へ。 江ノ島ホテルの管理ビーチだった。 「なるほど、夜間は人がいない」 「ハッハー、灯りがないのが難点だけど、邪魔が入らなくていいとこだシ」 確かに隠れるにはさっきのよりいいところだ。 「その分恐ろしい。不良に拉致られたって感じがする」 「シシシッ、怖がれ怖がれ」 「うう」(ブルブル) 「震えてるシ?」 「はい、怖いってのもあるけど、ここ寒いですね」 「海風がまんま来るからね。こっち座るシ、ちょっとは風が防げるから」 「ども」 風の来ない木陰にあるベンチに腰かける。 「ふぅ」(抱っこ) 「にょわっ、こらなにするシ」 「怖くてしょうがないので癒されようかと」(なでなで) 「な、なでるにゃ」 「あー恐ろしや恐ろしや」(なでなでなで) 「こらぁああ……」 この人は見るからに怖そうだけど、無闇な暴力に訴えてくるタイプには見えない。 「リョウを選ぶわけ? ……命知らずね」 「そうなの?」 よく知らないんだがそこまで恐ろしい人なのか。 「いいだろう」 首輪をとった。 でも手に持っただけ。 「つけないんですか?」 「この俺が首輪なんてつけられるか、みっともない」 (つけたら逃がせなくなっちゃうじゃない) 「それじゃ意味がないんだけど……、まあリョウならミスるとも思えないし、いっか」 「連れてく場所は例のビーチ。よろしくね」 「了解。行くぞ」 「は、はい」 「あと」 「マスクさんはねーだろ」 「すいません」 橋の上へ。江ノ島に向かうようだ。 首輪の鎖は手に持ってるだけなので、隙をついて逆に逃げればすぐに駅があるんだけど……。 「……」 無理。 怖い。 鎖は掴まれてるわけだし、無謀すぎる。 大人しくついて行こう……。 (さっさと逃げなさいよ) 「あ、あー、鎖はこんな風に軽く持とうかな。暴れられると放れてしまいそうだ」 「そうですか」 「……」 「おっと、落としてしまった。いま逃げられたら大変だ」 「そうですね」 「……」 「忘れ物をした、一度アジトに戻る。お前はここに置いて行くが、逃げないように」 「分かりました」 「WAWAWA忘れ物〜」 鎖を置いて行ってしまった。 待つか。 「……」 「お前俺のこと逆にナメてるだろ。正直に言え」 「はい?」 江ノ島内のビーチに連れて行かれた。 「ホテルの所有ビーチか、誰もいない」 「お嬢はやることが豪快だな」 ここもアジトの1つにしているようだった。 片瀬さんたちの到着を待つ。 「……」 「……」 き、気まずい。 他の3人にしたほうがよかったかも。あっちならまだ会話できたけど、この人はキツい。 まず全然しゃべらないし。 「……」 (気まずい。なにかしゃべった方がいいかしら) (でも声でバレたらまずいし) 「……はぁ」 「?」 「姉ちゃん大丈夫かなぁ」 「?さぇ……姉がどうかしたのか」 「あ、はい。夕飯のことを言ってこなかったから、お腹空かせてないかなーって」 合コンが何時までとか決めてなかったから、決まってからメールする予定だった。 ……俺がいないからってリミッター外してビールの海でおぼれてないだろうか。心配だ。 「あははははははははははははははは!うえーい、もう一本イッちゃお〜〜」 心配だ。まあどっかに飲みに行ってるだろうから、いつもと同じともいえるけど。 「いざとなれば孝行もあるし、夕飯の心配はないか」 (ぴくっ) 「困ったときはよい子さんに任せるに限る」 (コクコク) 「?どうかしました?」 「ッ、な、なんでもない」 「……その孝行という店は、その、どうなんだ?お前にとって」 「はい?」 「お、俺には関係ないが。なんだかよさそうな店じゃないか」 「そうですね。美味しいし、店員さんも美人で」 「なくてはならない場所、かな。俺にとって」 「……」(なでなで) 「なぜ頭を撫でる」 「ゴミがついてた」 「そうか。そんなにいい店なのか」 妙に気にしてる。 ……はっ!? 「ヒャーッハッハッハッハ!そんなにいい店ならよォ、火ぃつけたらさぞ綺麗に焼けてくれるんだろうなァ!」 い、いかん。不良にオススメの店なんて教えたらどんな悪いことされるか。 「で、でも良く考えたら古いですね!大した店じゃないです!」 「ええ!?」 「店員さんも言うほど美人じゃないな、うん」 (がーん) 「フー……ッ」 「……」 (行くぜ!) 「頼もう!」 「(ビクッ)は、はい」 「この泥Sソフト予約したい。Nantendogs3D。初回特典のやつで。あと3泥S本体も」 「は、はい。ではこちらの用紙に」 「〜」 「……」 「っ、い、妹がな!アタシ妹がいて、欲しがってんだ」 「ったく妹のやつこんなもん買いに行かせやがってマジウゼェ」 「まあその、妹の言うことだし。えっと、誕生日だから仕方ないけどな。妹の言うことだし」 「あ、ですがお客様」 「アア?!」 「ひいい!あ、あの、犬の種類がいろいろありまして」 「えっ? あ、チワワとかダックスフンドとか」 「うわ、うわ、どうしようどれにしよう」 「愛さーん!」 「芯龍拳!!!!」 「ぐはー」 「な、なにするんすか愛さん」 「すまん動揺した」 「ったく、オレが愛さんのパンチなら快感に変わる人種だからいいものの……」 「それより大変です。大の所在がつかめません」 「江乃死魔に拉致られたかも」 「なに……?」 「……」 「まだ帰ってねーでやんの」 「んー」 「別にどこ行って誰とメシ食ってどんな女と仲良くしてようがいいけどさ」 「……」 ――ドサッ。 「〜♪ ベッドひとり占めできるからいっか」 「……」 (すんすん) 「……ダイのニオイがする」 「……」 「いいニオイ」 「なんか」 「……なんか」 「……」 ――モジ。 「……」 ――さわ。 「ン……っ」 「灯りがついてない」 「?」 「家にはいねーみたいだな。江乃死魔に連れてかれたってのは確かなのか」 「ダチとカラオケ行ってたとこまでは間違いないです。で、そのあと女とシケこんだらしくて、その女がどうも乾梓、江乃死魔の幹部らしくて」 「……こんなパターンは考えてなかった」 「まあ情報はシケこんだってとこまでなんで、相手が乾だとしてもフツーに今頃楽しんでるだけって可能性も」 「死々咆哮弾ーーー!」 「なぜーっ!」 「アタシは江乃死魔のアジトに行く。軍団に召集かけとけ」 「りょ、りょうかーい」 「なんでいま怒られたんだろ」 「……ふーん」 片瀬さんを含め、10名弱がこっちのアジトに集まってきた。 首輪はタイマー制になっており、相手側だけは自動で外れるようになっている。 俺だけはまだ首につけられ、逆端を片瀬さんに持たれた。犬みたいな拘束を受けながら。 「……」(じー) 「……」 「やっぱ1ナノグラムも理解できないわ。なんでこいつがそんなにモテるの」 「俺、モテてる?」 「三大天の片方と付き合って、片方を餌付けしてる。これでモテてないっていうならアンタは湘南のヤンキーをバカにしてるわ」 辻堂さんと付き合うことになったのは君が原因なのだが。 「マキさんは特殊な人ですし」 「……」 じーっとこっちを見てくる。 「全っっっ然分かんない」 「そう何度も言わなくても」 「んでどうすんだい恋奈様ぁ。こいつ、仲間に引き込むんじゃないのかい」 「ああ、そうだったわね」 「……」 なんか迷ってる風な片瀬さん。 「一週間経ったけど気持ちは変わった?」 「いえ」 「でしょうね。アンタみたいなタイプは踏ん切りが悪いって相場が決まってるもの」 「やっぱ殴って言うこと聞かせるかい」 (ぴくっ) 「ひええ」 「やめなさい。殴っても意味ないのは3会の日に分かってるでしょ」 「今日は平気にしろ、下手なことして辻堂腰越をWで敵に回すのも避けたいし」 「じゃあ色仕掛け?」 「おっしゃー、神奈川のセクシャルバイオレットと言われたこのあたしの力、見せるときが来たシ」 「うわー、これは強敵だー」(なでなで) 「勧誘成功!」 「屈さないぞ。ハナさんがどれだけその可愛さで俺を誘惑しても」(なでなで) 「遊んでんじゃないの」 「それもそうだね」 「アンタは遊ばれてる側よ」 「うーん、難しいっすねぇ」 「あとは弱みをつく方法……そっすねえ例えば」 「仲間にならなきゃお姉さんがただじゃすまない。とか」 「っ」 「……」 「っ、な、なんすか」 「姉ちゃんを巻き込むのはやめてください」 「なんなの急に」 「あ、ひょっとしてここがアキレス腱?じゃあ本格的にお姉さんの素性洗い出して――」 「……」 「やめてください」 「本気で、やめてください」 「う、……そ、そんな怖い顔してもビビんねーっすよ。こっちはヤンキーやってんだから」 「梓、やめなさい」 「君も落ち着け」 「……」 「ただの挑発だ。怒るな」 「……」 頭に血が上っちゃったようだ。ベンチに腰掛けなおす。 「冴子さんなら巻き込まれても1人で解決するでしょ」 「それもそっか」 「へ?」 そそくさ。 「マジで家族に手を出させる気はないわよ。一応こっちにもルールってものがある」 「そう願うよ」 (こっちも辻堂腰越をけしかけない。ってルールは守ってもらう必要があるし) 「江乃死魔は基本、素人には手を出さないようにしてるわ」 「そうなの?」 「こっちはただのチンピラ集団じゃない。ヤンキーの地湘南を制覇するチームを作るんだから」 「うー、なんか自分だけ悪者みたいな」 「悪者とは言わないけど頭がよくないわ」 「ヤンキー同士ならいいけど、そうでなければ家族に手は出さない。金を取るのもよくない」 「グループを経営する上では基本中の基本。映画のマフィアもそんな感じでしょ」 「……」 「任侠の心得、ってやつ?」 「組織経営の効率論よ」 「ヤンキーってのは常にツッパってなきゃいけない。何かにケンカ売り続けてなきゃいけない」 「そりゃ弱い相手にケンカ売るのが一番楽だけど、1度それをやると次は2人に手を出さなきゃいけなくなる。ネズミ算式に増える」 「最後には手に負えないしっぺ返しがくるでしょ。なら最初から0で抑えとくのが楽なのよ」 「ふーん」 よく分からないけど、彼女なりに考えがあるようだ。 「だから梓の言ったことは無視していいわ。こっちは誠意を持って勧誘しようとしてるんだから」 「……」 「半信半疑って顔ね」 「まあいいわ、私はいま手を出さないって断った。つまり今後手を出さなければ、イコールアンタが私を信用する理由になる」 「ハナ、拘束を解きなさい」 「ふぇ?」 「はい?」 「今日中の勧誘は無理。もう用はないわ、行かせていいわよ」 「じゃ、じゃあなんで拉致ったんだっての」 「別に意味はないわ。腰越の周りがバタつきだして、今後手を出しにくくなりそうだったから急いだだけよ」 「なーんでこのボンクラに三大天のうち2人がオチたのか知りたかったけど」 「やっぱ分かりそうにないわ」 ふいっとそっぽを向く彼女。 「えと」 「なに?ようするに俺、片瀬さんの好奇心を満たすためだけに拉致られたわけ?」 「そうなるわね」 「なんじゃそりゃ」 「勘弁してくださいよ恋奈様ぁ」 (……まったくだ) 「いいでしょ。気になったんだから」 部下の子たちからさえ不満が出てた。 「一番文句言いたいのは俺だよ」 そんなバカバカしいことでここ数日怯えてたなんて。一気に力が抜ける。 「うっさい。アンタが辻堂腰越を一発で落とせるほどイケメンとかなんかこう、すごいとこがあればよかったのよ」 「調べても調べても頭悪い天然ってことしか分からないんだもの。気になるでしょ」 「この2週間気になって気になって……。だから話がしてみたくなったの」 「……俺のことがずっと気になってた?」 「恋奈様……まさか」 「ちがう! 言葉尻だけ捕まえるな!」 「にはは、れんにゃは自分の気持ちに気づかないタイプのツンデレだシ」 「誰がツンデレだ!」 「でもこの2週間をまとめると?」 「べ、別にアンタのためにヤンキー200人動員したわけじゃないんだからね!」 「怖いツンデレだな」 「事実だから。事実として、知的好奇心以外の何物でもないわ」 「ちょっと残念だけど助かるよ」 「ところであの、まだ外れませんか」 「ちょっと待つシ。えーっと」(カチャカチャ) 「ダメだシ。タイマーがいま動き出したからこの首輪あと1時間は取れねーシ」 「どうすればいいの」 「この首輪に鍵はないわ。破壊も不可能。あと1時間待つしかないわね」 「ま、無理やり連れてきた埋め合わせとして付き合うわよ。ラーメンでも食べにいく?」 「この状況でラーメンなんて……」 「そうだ、江ノ島といえば有名なラーメン屋がありませんでしたっけ。ほら、頑固おやじの店とかでテレビで紹介された」 「この状況で行くんすか。センパイ、度胸だけは三大天もびっくりっすね」 「島の中のラーメン屋は全部知ってるけど、頑固オヤジの店なんてあったかい?」 「昔はあったけどもう潰れたシ」 「そうなんだ。残念」 「あの店は最低だったわ。とにかく怒鳴ってキャラを作れば売れるとかリーマン崩れのさえない親父が勘違いして」 「この私にまで怒鳴りつけて来たから、恫喝行為として法的措置で黙らせてやった」 「君が潰したんかい」 「私はずるずるタイムに気を散らされるのが一番嫌いなのよ」 「今だったら江乃死魔一個中隊を送り込んでるとこだわ。ありがたく思うことね」 やっぱ怖い人たちだ。 「よく考えたらこんな首輪つけてラーメン屋なんていけないや」 「そうね。暇つぶし道具あるかしら」 「もぬけの殻……か」 (ピポパ) prrrrrr。prrrrrr。 「大の携帯……クソ。ここにあるってことはさらわれたのでビンゴか」 (……女とシケこんだんじゃないのは良かったけど) (恋奈が他に使う溜まり場……チッ、アタシらが知ってるだけで18はある) 「どうする? どうすれば……」 「ッ!」 「その携帯、ダイのなわけ?」 「ああ」 「そう」 「恋奈は殺す方向で決まり、と」 「結論を急ぐな」 「恋奈がどこにいるか知ってるのか」 「ニオイで追跡できる」 「便利なやつ」 「そこあぶねーぞ」 「は? なにが……」(カチッ) ――バルルルルルルルルルルル!!! 「ガス銃!? くっ」 ――ぎゅいーん。 「おお、懐かしのマトソックス避け」 「この前映画見といてよかった」 「なんだよこの仕掛け」 「このアジト、セコい罠が色々張ってあるから」 「不良のやることじゃないっつーか、恋奈らしいっつーか」 「なんでお前は知ってんの」 「カップ麺もらいに何度か来てるんだ。あ、そこ地雷な」 「怖! ヤンキーが使うもんじゃねーだろ」 「前に引っかかったときは痛かった……」 「おっしゃ来たぁあああ!レイズだっての、俺っちの全財産かけてやらぁ!」 「すごい自信ですね。そんなに高い役なんだ」 「くぬ〜……せっかく勝負できそうな手が来たのにさっきから下りっぱなしっす」 (勝負してやる!コール、コール、コール、コール、コー……。こ、声が出ない) 「下りるっす」 「俺も」 「センパイなんでした? 自分は9のスリーカード」 「ブタ。スリーカードならつっぱって良かったんじゃないか」 「うう、どうしても勇気が」 「梓は度胸ないからこういう勝負弱いわね。リョウは駆け引き強くてもずっとブタだし」 「ハッハー、誰かコールかけるやつはいねーのかい!」 「えと、じゃあコール」 「やってやるシ! あたしもコール!」 「よぉーし来いや2人とも!」 「勝負!!!」 「ツーペアだシ!」 「ぬぉ……! JとAのツーペア。やるじゃねーの」 「だが甘いぜィ! 括・目せよ――」 「ダイヤのフラッシュ!」 「なにィーーーーーーーーッッッ!!」 「ハッハー! 俺っちの勝ちだっての!!」 「フラッシュか、すごいな」 「ブァカな……あたしの、あたしのツーペアが」 「なんでツーペにそこまで自信あったんすか」 「フ――」 「なに!?」 「いい言葉を教えてあげるわティアラ。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」 「身体ばっかデカくても、アンタは私の手の上で踊る小鳥なのよ!」 「ま、まさか!」 「コール! スペードのフラッシュ!!」 「ゴァあああああああああああっっっ!!!」 「役が同じならスペードは最強……」 「これが王者の力よ」 「うぐ……さ、さすが恋奈様」 「フン、分かったかしら。この世には私みたく勝つべくして勝つ人間がいるってこと」 「カッコいい」 「当然」 「でも片瀬さん、一条さんがオープンするまでコールって言わなかったよね」 「ぎくっ!」 「あー、ルール上は負けっすね」 「ま、待ちなさいよ! いまのはティアラが開けるの早かったのよ!」 「その場合はノーゲームになる」 「んぐぐぐ……」 「いや……いいんだっての。負けは負けさぁ、チップは持ってってくれよ」 「いいの?」 「俺っちは今の手に賭けた。そして負けた。ならそいつは受け入れるっての」 「一条さんって正々堂々としてるんだね」 「へっ、よせよっての」 「照れなくてもいいじゃねっすか。カッケーっすよ」 「ヤンキーやってるからこそ、そういう精神は曲げたくないもんだ」 「ぐぐぐ……!」 「ふ、ふん! 何とでも言いなさい」(ジャラジャラ) 「あ、待って片瀬さん。チップ持ってかないで」 「なによ。ティアラが認めたんだから勝ったのは私じゃない」 「俺だよ。コールしてるし、俺フルハウスだもん」 「コイツ大ッッッ嫌い!!!」 「なーんかポーカー飽きてきたっすね」 「そだね。ちょうど20回でキリもいいシ」 「ちくしょー、そんなに負けてねーのにどうしてこんなにマイナスなんだっての」 「アンタ絶対おかしなことやってるでしょ!20回中13回がストレート以上って!!」 「し、知らないよ。今日は調子がよかったんだよ」 (20回中15回ブタってなんなんだ……) 「えっと、チップ獲得数は最終的に長谷センパイが+41枚、恋奈様+35枚」 「あたしが+3、梓がプラマイ0、リョウが-2で」 「20回勝負して-77枚っておかしいでしょ。1ゲーム5枚までなのに」 「無茶なレイズばっかしてるからだシ。何回全額レイズしたシ?」 「男にゃ引けない勝負があるんだっての!」 「カッコいいとは思いますけど」 「ちょっと困ったもんすねー」 「反省しろ」 「お、男ってとこツッコんでくれよ」 「アンタ、将来はパチスロ競馬競艇麻雀全部禁止ね。3日で地下行ってペリカ集めてる姿が目に浮かぶわ」 「ギャンブルで全財産1点賭けなんてナンセンスよ。99%勝てる確証があっても賢い人間ならしないわ」 「うー」 「んで次なにします?まだ40分くらいだから、首輪外れるまで結構あるっすよ」 「この人数ならトランプありゃ大抵のことはできるシ」 「シンプルにババ抜きでいいんじゃない?6人ならちょうど面白くなる数だわ」 「いいね。じゃあ配るよ」 「なんだこりゃ」 「なんで仲良くトランプやってんだ」 「あ、2人とも。ババ抜きやる?」 「やるやる」 8人分配っていく。 「はーい好きなの取って」 「ういっすー」 「あたしこれ」 「んじゃコイツ」 「……」 「8人もいると最初のやつでペア捨てが少なく済むからいいわね」 「っておわああああああ!ふふふ2人で来たぁぁあああああ!」 慌てる片瀬さん。 「おーっし、最初からペアあった〜♪」 「あああ梓ーーー! いざって時のために島の反対に用意した30人呼んで来い!」 「ういっす!」 「待てこら」 「んが。え、江乃死魔最速の自分が捕まった……?」 「勝手に抜けんじゃねーよ、配りなおすの面倒だろ。このゲームが終わってから行け」 「……」 「辻堂さんもやろうよ」 「……はぁ」 「大といると自分がヤンキーやってるのか不安になる」 (同感) 「げっ、いきなりババ引いちゃった」 「じゃあ俺はコレ、と」 満月の下、みんなでトランプすることに。 「ていっても俺最初からあと2枚だ」 「異常に運がいいわねアンタ」 「よーし、私から引くぞー」 「これっ!」 「……つまんねーもんくれてんじゃねーぞコラァ」 「私が知るか!」 「ああ!? やるかテメェ」 「くるぁ、よそ見してねーでこっちに回すシ」 「はいはい」 「やった! さっそくそろったシ」 「あーくそ」 「ほい次俺っち……1発は無理だわなぁ」 「おらよ」 (なんで普通にやってるんだろアタシ) 「なんで普通にやってるんだお前」 「分かんない」 (んーと、この真ん中なんか良さそう) 「……」 (ビク) (なんだ今の殺気、これを取るなという意味か?) 「ならば――こっち!」 「まいど」 (……ババ) 「はーい。……そろわねーっすね」 「はいセンパイ」 「どうも。じゃあ……これっ」 「おお、1発目でそろった」 持ってた2枚の片方ごと捨てる。 「てことはこれで終わりだ」 「絶対イカサマしたでしょアンタ!」 「配ったカードは最後に取ったじゃん」 片瀬さんにラス1を引き取ってもらい。 「やったー、1順目で勝利!」 「すげー」 今日はやけに運がよかった。 ふぅ……。 わいわいやってる輪から抜ける。 たぶんだけど、合コンに乾さんが来たところから幸運だったんだと思う。結果的に最近の気苦労が解けそうなわけで。 辻堂さんとマキさんには迷惑かけたけど。 と、 「終わったの?」 「ああ、2位」 Vサインを作って見せる。 そろって海風を楽しむことに。 人気のない海岸からは、星空がよく見えた。 「ふぅ……」 「あ、そうそうこれ。恋奈のアジトにあった携帯」 「ああ、アリガト。取られちゃって困ってたんだ」 「心配かけちゃったよね」 「ビビったよ」 肩をすくめる辻堂さん。 結果的には心配なかったけど、状況は3会の日の再現みたいなもんだ。 その分もう笑っちゃうしかないけど。 弛緩しきった空気に、どちらも苦笑するばかりだった。 もちろん笑ってばかりもいられない。 「いい予行練習になった」 至って真面目な声で言う。 「分かってるよな大。こんなバカなオチは今回だけだ」 「……」 「お前は湘南中のヤンキーから狙われる場所に立った。これからもこんなことが起こらないとは言えない」 「半分はアタシのせいだ。だからアタシは、なにがあってもお前を守る」 「でも半分は……これからは半分以上、アタシ以外の理由で襲われる可能性が出てくる」 「そこまでは面倒見切れねぇ」 「……」 分かってる。 考えないようにしてたけど分かってる。マキさんと一緒にいるのがどれだけ危険か。 「アイツは切れないのか?」 「……」 どうするべきかは分かる。 同じ理由で俺は2週間前、辻堂さんと別れた。今回も同じことをすべきだ。 でも……。 「……」 「っと、悪い電話。ちょっと待って」 「(ピッ)もしもし、なに委員長」 『どこにいるんですか辻堂さん!ゲームの予約に行くと言ってもう3時間ですよ!』 「すまん。ちょっと湘南最大のグループと抗争を」 『早く戻って下さい。今日は夜まで勉強するって約束しましたよ』 「う……分かったって」 「(ピッ)悪い大、行かなきゃ」 「う、うん」 「……」 「答え、迷ってるなら今日とは言わない。でも聞かせてくれ」 「明日……」 「あー、たぶん委員長が許してくれない。明後日もキツそうだな。来週はテスト始まっちゃうし」 「辻堂さんらしからぬことで悩んでるね」 「委員長怖いんだもん」 「一週間後」 「テストが終わったら……教えてくれ」 「お前に腰越といる覚悟があるのか」 「……」 「分かった」 「じゃあな」 静かに去っていく辻堂さん。 「はぁ……」 覚悟はあるか、か。 その言葉、また聞くことになるとは思わなかった。それも辻堂さんから。 3会の日はマキさんに言われたっけ。辻堂さんのため何でもする覚悟があるかって。俺はあるって答えて……。 今度はなんて答えるべきだ? マキさんのために、俺は何かをする覚悟はあるのか? 「……」 「いえーい3位〜♪」 「うわっぷ」 背中に乗っかられた。 「あれ、辻堂は?」 「帰りました」 「アア? なんだよあいつババ抜き勝ち逃げかよ」 「まーいいや、帰ろうぜダイ。腹減った」 「ですね。えっと」 片瀬さんたちの方を見る。 ひそかにマキさんが暴れだしたら怖かったんだろう。片瀬さんは『シッシッ』と手を振ってた。 「帰りますか」 「おう」 一緒に江ノ島を出る。 「ひ……っ」 さっき片瀬さんが言ってた伏兵の人たちだろうか。ヤンキーっぽい人たちが何人かこっちに気付き、顔を青くしてた。 気にせず帰る。 何十とたむろしたヤンキーたちが、一人残らずビビる『皆殺しのマキ』。 そんな彼女と肩を並べて、俺はもうなにも違和感を感じなくなってる。 マキさんと一緒にいるのが当たり前になってる。 たぶん俺、もう不良に片足つっこんでるんだろうな。 それがどういうことなのかは、いずれ分かるだろう。 ……後悔することになるのかも。 ・・・・・ 「恋奈ぁーー! 出てこいやコラァーー!」 「ええんかクミはん。愛はんのおらんうちから」 「江乃死魔の基地襲撃はやはり愛さんを待った方が」 「その愛さんがいねーからしょうがねーだろ」 「つか恋奈はどこ行きやがったんだ。長谷のヤローもいねーし」 「どこかにどんな罠があるかしれないのです。あまり無防備に動かない方が」 「うっせーな、天下の辻堂軍団がビビってんじゃ」 ――カチッ。 ん? なんだいまの爆音? 「ところでさダイ」 「うん?」 「なんでさっきから首輪つけてんの?」 「あ……」 「テスト勉強、はかどってる?」 (ぼー) 「ないか」 「お姉ちゃんのキッスでエンジンかかるかしら。うー」 「やめんか。あと21世紀にキッス言うな」 「どれどれ……あら、やることはやってるじゃない」 「一応昨日の合コンのために早めからかかってたから」 「よしよし。根がマジメなのがヒロの良いところよ」 「一向に成績がよくならないのはなぜでしょう」 「要領が悪いからじゃない」 ひどい。 「まあいいわ、がんばってね」 頭をなでなでして去って行った。 勉強、しないとなー。 でも、 1週間後……。 厳しいことが待ってる。 はぁ……。 「ダイッッ!」 「魔人!!!」 「ウオオオオオオオオオオオォォォォォ」 「遊んでんじゃねえ。ダイ、金貸して金」 「直球ですね」 これまで現ナマには興味なかったのに。 「商店街でさ、いい感じの名産市がやってるんだけど金がねーの。貸して」 「市……ああ、これですか」 チラシが来てる。ソバ、うどん市なんてのをやるそうだ。 「このまえ3会やったばっかりなのに元気だなうちの商店街は」 「湘南の夏は稼ぎ時だからな」 「再来週はアレだろ、えっと、ロックフェス」 「そっか。なんかありましたね」 湘南ロックフェス。近くの海岸で一日中コンサートをやる。 あれうるさいんだよな……ご近所としては勘弁してほしい。 「蕎麦、うどん市が急激に良心的なイベントな気がしてきた」 「だろ」  息抜きがてら、行ってみるか。 「昨日は悪かったな」 「あの爆発はさすがに死ぬかと思いましたわ」 「怪我人は?」 「ないです。6人くらいアフロになっただけ」 「頑丈でなによりだよ」 「……ヒロシと腰越、どうなりました」 「……」 「じき決着がつく」 「……」 「愛さん、ホント分かんねーっすよ。あのヒロシってのは何なんですか。愛さん、恋奈、腰越まで気にしてるなんて」 「なんなんだろ。よく分かんね」 「〜っ」 「……」 「あのヤロー、腰越をやるのに利用できるんじゃ?」 「バカなこと考えるな。どう利用するのかもよく分かんねーし」 「……」 「っと、クミ、そろそろ帰れ。用事がある」 「用事すか? オレに出来ることなら片付けますけど」 「いや、アタシがやらなきゃ意味がない」 「来るべき強敵をヤるための……特訓だ」 「強敵……わ、分かりました」 「へへっ、愛さん、なんだかんだ言って腰越とケリをつける気満々じゃん」 「オレもうかうかしてられねーぜ」 「こんにちはー。さあ辻堂さん、来るべきテストに向けて特訓開始です」 「あうう」 勉強には身が入らなかったところだし。一緒に市へ出てみた。 「へー、結構混んでるのな」 「麺類はなんだかんだで強いですからね」 出し物は多い。 「なにこれ美味そう。蕎麦がきの揚げ物だって」 「一本麺うどん……おお〜、この丼全部一本でできてるんだって」 「なにこれ、揚げうどん? アラレじゃん」 「どれも美味そ〜。食お、ダイ」 「はいはい」 回ることに。 食欲を刺激されたマキさんはすごい勢いで食べるのでちょっと財布が厳しい。 ま、いいさ。 「はぐはぐはむはむぽりぽりぽりぽり」 「ずるるるるるるるるるるるウマー」 お腹いっぱい食べるマキさんは幸せそうで見てて楽しい。 もともとこの顔が見たくてうちに招くようになったんだしな。 「……」 一目惚れだったわけだ。俺の。 「あっ、ダイ見ろ。手打ちうどん体験教室だって。やろうぜ」 「ああ、はい」 えっと、なになに。参加200円。伝統がなんちゃらな職人さんに講師してもらえます。 経験がおありで講師が必要ないと言う方もふるってご参加ください。か。 「どうしますマキさん。俺、うどん打ちなら経験あるんで講師はなしのコースにしますけど」 「私もいらねーよ。先生みたいなのって無条件でぶん殴りたくなる」 おいおい。 「うどん打ちならやり方も知ってるしな」 「え……?」 「なんだそのツラ」 「……マキさんがうどんを、つまり料理を?」 「だからなんだよ」 「似合わねーなら似合わねーってハッキリ言えや」 「似合わない」 「バイオレンス!」 「これだけは知ってんの。もともとうどん好きだから、米とぎと同じ感覚で」 「へー」 「……」 「なんだよその以下略」 「似合わな以下略」 「バ略!」 「あんなもんカシャカシャやっておわりだろ。こっちは家出上級者だから飯盒だって使えんだぞ」 「それはホントすごいな」 「……上手く炊ける確率は3%以下だけど」 「あとうどんはばあちゃんと、死んだジジイが好きだったからな」 「あ……」 聞いたことのないゾーンに話が入り、マキさんがあまり見ないタイプの顔を見せる。 でもそれは一瞬で、 「おらっ、打つぞうどん」 「はい」 参加を申請して台を貸してもらう。2人とも講師は抜き。 小麦粉、水、塩、綿棒、うち粉。基本的なものが渡された。 「どうせだから勝負しようぜ。どっちが美味くつくれるか競争」 「いいですね。負けた方はどうします?」 「今日のまわる経費、全部持つとか」 「……現時点で俺が全部持ってるんですけど」 「これからお前が負けるからだよ。オラ、勝負開始」 賭けは成立してないが、勝ち負けはつけたいようだ。 お互いがんばるって点は賛成。がんばろう。 力を込めて小麦粉の塊を練っていく。 素人が打つうどんなんてものはここだけだからな。より丹念にコネたほうが強いコシが出て美味しい。 ぎゅっ、ぎゅっ。 ……結構疲れる。 ――パンパン、パンパン。 マキさんは軽くやってるけど、あの人のパワーだとあれだけでも相当なコシがでそう。 負けるか。 「ふんぬっ! ぬぬ!」 むぎゅ、むぎゅ。 「がんばれー」 ありがとー。 沿道でやってるから色んな人がこっちを見てた。 ちょっと恥ずかしいけど力になる。 んぎゅ、んぎゅ。 「えーっと、ダイ、これどうやって切るの?」 「そういや包丁がないな。えーっと」 「包丁は釜の前です。あちらでお願いします」 「あ、はい」 沿道だから刃物は見張りの前でしか使えないようだ。 世知辛い世の中になったなぁ。 「マキさん、あっちです」 「ちょっと太いかな」 「……もう切れてる。どうやって?」 「手刀でパパッと」 「便利ですね」 「……まな板が真っ二つになってる?」 俺は普通に包丁を借りに。 勝負なので、2人で同時に釜にいれた。 「へへへー、楽しみ〜」 「はい」 「にしても……ふぅ、腰が痛い」 「オッサンくせー」 「しょうがないでしょ。うう、肩も腕もタルい」 明日筋肉痛になりそう。 ダレてると、 「ダイ、そろそろいんじゃね?」 「そうですかね」 「この釜デカくて湯の熱が下がりにくいから、家の鍋より早く茹るぞ」 「なるほど」 すぐにザルですくう。 「よく知ってますね」 「実家じゃこのサイズの釜使ってたからな」 「へー」 こんな大きい釜を使えるご家庭なのか。 結構大きい家の人だったり? 「うわ、ホントに茹ですぎた。だるだるしてる」 「なはは、言うまでもないけど勝負は茹でまで含めた味勝負だからな」 「はいはい」 「ていうかマキさんはいいんですか。一緒にいれたのに」 俺のですでにダルダルなんだから、早く上げないと。 「いいんだよ。私は切ったとき太目だったから」 「このくらい……っと」 1分ほど置いてあげた。 水でしめる。 あ、マキさんのほう、芯が綺麗な乳白色してる。美味しそう。 このあとは調理コーナーで、どうやって食べるか自分で選ぶんだけど。その前に、 「麺のみ勝負だからここで実食な。いいか、味は正直に言うんだぞ」 「はい」 さっそく食べてみることに。 まずは俺の方。 ――ちゅるるる。 「ふむ」 「うん」 「あれ。美味いじゃん」 「あれってことはないけど、上手くいったかも」 だるだるかと思ったら、冷水でシメたら適度に戻っていい感じになってる。 「よろしいですか」 「あ、はい。お願いします」 プロに味を採点してもらった。 「うん……とてもお上手です。種の扱いは申し分なし、切るのがちょっと薄かったようですが、冷たいまま食べるならちょうどよいかと」 「これならつけ麺か、ぶっかけが良いと思います」 「ども」 続いてマキさんのやつ。 「こっちは完璧だぜ。ダイのよりは美味くできてるだろうから、プロ級かも」 「自信ありそうですね」 食べてみる。 ふむ。 「……」 「……」 ん? 「あれ?」 「し、信じられない。ごりごりしてぶつんとちぎれて」 「俺の麺を天使のほっぺとするならマキさんのはゾウのお尻だ」 「作ったやつの目の前でいう言葉か」 「ごめん」 でもコレはダメだ。固すぎる。 「おかしいな、なにがダメだったんだろ。太く切りすぎたか」 「マキさん力が強いからコネすぎたんじゃ?それでコシが出過ぎて」 「んー、でもいつもコレでよかったぜ?」 「失礼」 プロに見てもらうことにした。 「ふむ、これは……」 「お嬢さん、塩を使わなかったでしょう」 「え、塩……って、なに?」 「入れてないんですか?」 「そういやこれ見よがしにおいてあったけど、あれって入れるの?」 「最近の主流では入れるのが普通です。あれでグルテンの形成を助けることによって、食べ心地のよい弾力を作っているので」 「塩を入れないと、すいとんと同じものになりますから、うどんとはずいぶん印象が違ってしまいますね」 「あー、なるほどすいとんだ。この感じ」 マズくはない。 ただ麺類というには噛みごたえがありすぎる。 「へー」 「もちろん使わないうどんもありますよ。例えば煮込みうどんに使う麺なんかはこちらが主流ですし」 「……それだ。うちのじいちゃんとばあちゃん、煮込みうどんが好きだから」 「また素人さんの打った塩を使わないうどんは歯触りが悪くなりがちですが、これはよく出来ている。うどんを打つ技術は素晴らしいものだと思います」 「ですが今日はちょっと……。煮込みうどんはこのあとの実食メニューに入っていないんですよね」 「真夏ですからね」 煮込みは熱い。 「ちぇ」 「いいじゃないですか、こっちは持ち帰るとして、今日は俺のやつ食べましょう」 「だな」 職人さんにお礼を言って実食コーナーへ。 「……」 「なにその顔?」 「別に?」 「……なにドヤ顔浮かべてんだコラァ」 「べっつにぃ。ただ勝負は俺の勝ちだなーって」 「あーはいはい、分かったよ認めますよ。私の負け」 「勝者のダイにはパンチ1年分プレゼントだっけ?」 「NO! NO!」 くそう。向こうから勝負って言ってきたのに。 どこまでも自由な人だ。 実食コーナーでは、色んな種類を選べるみたいだった。 一般の人にもプロがうったのを振る舞うコーナーと一緒になってて、そのプロが振る舞うのと同じトッピングができる。 ツユはもちろん、わかめ、天かす、カツオブシなど基本的な品から、揚げたて天ぷらまで具のチョイスに入ってて好印象だ。 「ダイ、どれにする?」 「おすすめされたし、つけ麺かぶっかけにしましょう」 「いいな。ぶっかけ好き」 「……あ、でもなんだこれ、『ぶっかけには天ぷらがつきません』?」 「他にもいいものがついてくるから採算が取れないんでしょうね」 つけ麺のほうなら普通につくっぽい。 「チッ、しゃーねーな」 「ちょっと主催者ブン殴って強奪してくるわ」 「ダメダメ!」 冗談のトーンじゃない。あわてて止める。 「ンじゃあきらめるけど」 「どっちにするわけ? つけ麺? ぶっかけ?」 「やっぱ天ぷらだよな」 「天ぷらは大きいですね」 まず受け取るものは麺つゆだけ。他のはすべてセルフサービスとなる。 ようはバイキング形式だ。 「全部とるぞ! 全部!」 「は、恥ずかしいからちょっとでいいですよ」 「やかましい! こういうとこでは恥ずかしがったら負けだろうが!」 この人は一番バイキングに連れてきちゃダメな人だ。 「とはいえ私にも理性がある。わかめは添える程度でいい」 「それでも結構山盛りですよ。つけ麺なのにそんなに使わないし」 「そして天かすは山もりどーん!」 「うわ! 迷惑!」 どこぞのラーメン屋の山盛りくらい下品な乗せ方だ。 「ごまはパラパラ撒いていき」 「ネギとカツオブシはまたまたどーん!」 「マキさん、さっそく山が崩れそうなんですけど」 「ヒャッハー! 小鉢のしょうが漬けだぁー!」 「それ小鉢じゃなくて蓋です。湯呑みの蓋」 「だがよダイ。ここまではあくまで遊び。本番はこれからだぜ」 「……」 小学生みたいな乗せ方するから周りの視線が集まる。 「狙いは天ぷら……テメェだ」 「ありったけのエビとイカを……いただくっ!」 「あのぅ、エビとイカはお1人様どちらか1つまででして」 「アア!?」 「ひいっ」 「脅しちゃダメ。ぶっかけにつかない時点で量限定なのは分かるでしょ」 「コイツをシメればもらえるんじゃない?」 「ひいい」 「そんなことしたら俺が本気で怒るんで、麺抜きのうどんパーティーになりますよ」 「ちぇ。じゃあダイの分もらう」 「それはあとで話し合うと言うことで」 収まってくれた。よかった。 「野菜天は取り放題なんだよな。山盛りもらうぞー」 「天かすが多すぎて乗らない……だと?」 「自業自得」 メインのエビイカ天をもらうべく列に並ぶ。 揚げたてをもらえるようだ。 じゅわー。 「おお……見ろダイ。天ぷらだ」 「天ぷらですね」 「実は私、カラアゲも好きだけど天ぷらも好きなんだ」 「おまえんち天ぷら率低くない?」 「うちは揚げ物は基本孝行に頼るので」 後片付けが面倒くさすぎるから総菜屋任せだ。でも、孝行だとカラアゲが1個50円切るのに対し、天ぷらは1個100円を超えるのが多い。 毎日食べるものだからどうしても安い方に傾いちゃう。 「アイスの天ぷらって知ってる?」 「珍品紹介でありました。美味しいんだけどすぐべしゃべしゃになるから微妙だそうで」 「ああいう必死なの見てるとさ、天ぷら屋って伝統はあっても人気ないなって思うわけよ」 「日本の伝統を守るためにも、もっと天ぷらを大事にしていこうぜ」 「別に必死なわけではないと思いますが」 「でも、そうですね。天ぷら屋の天ぷらってスーパーのじゃ味わえない価値があるっていうか」 「できたっ!」 聞いてよ。 揚げたてをいただいた。 「おおお〜、見ろダイ。この色」 「プロが作ると綺麗ですよね」 「惑星ボボルのカエルのフンもびっくりな山吹色だ」 「食欲なくなること言わないで」 席に着く。 箸をもらって、いただきまーす。 「あれ? お前イカ天?」 「はい、なんとなくイカの気分で」 「バカじゃねーの。エビイカどっちか1つなんだぜ。普通エビにするだろ」 「まあエビの方が人気ですね」 いま揚がった分も、お客さんが取るだろう分を考えて作ってるようだが、エビ30にイカ10ってとこだ。 「かぁ〜、エビがあるのにイカって。なにお前、『人が選ばないのを選ぶ俺カッコいい』とかそういう人?」 「いえ、ただ」 「絶対エビのほうがいいよ。天ぷらと言えばエビじゃん」 「エビテンプラー。天ぷら界のボス。その力は1尾で一般の天ぷら100個分に匹敵すると言われている」 「ですから」 「イカって。イカって」 「……本気でイラッとくる」 「ま、ありがたくもらうけどね」(がぶっ) 「がっ! こらー! あんだけ罵倒しといてサラッと奪うな」 「むぐむぐウマー。先にもらうって予告しといたじゃん」 「そうですけど」 「はぐはぐウマー」 (ひょいパク) 「あッ! テメー!」 「エビウマー」 「おっしゃぶっかけ!」 「天ぷらは孝行で間に合いますから」 こういうときプロが揚げるものとはちがうだろうけど、お惣菜だって充分美味しい。 それより今は俺が作った麺の味をめいっぱい楽しみたい。 「ぶっかけ好きー」 「はい」 「こう、温かいのをぶっかけられるとさ、満たされてるなーって気がするんだ」 「はい」 「私のにもぶっかけて欲しいな」 「そ、そうですね。……あの、マキさん」 「ダイのだけじゃ物足りないかもだし。言ってみよかな、私にぶっかけてくださいって」 「は、早くいきましょう」 まわりの視線が集まってる気がする。 列に並ぶ。 「ぶっかけぶっかけ」(ぴょんぴょん) 「好きなんですね」 「もともとうどん好きだったけど、これだけは格別だわ。初めて食べたときからもう病み付き」 「初体験であんなにしっくりくるなんて。きっと私生まれつきぶっかけられるの大好きなんだ」 「ああ……早くぶっかけて欲しい」 よっぽど好きなんだな。子供みたいだ。 ……子供みたいな意味で言ってるんだよな? 「大は好きじゃねーの?」 「俺も好きですけど」 「だよなー」 「店で食う時はさ、絶対大きいサイズにするんだ。もう大きいのでぶっかけてもらわないと物足りなくて」 「はいはい……あ、トッピングどうします?」 色々ならんでる。 「んー、やっぱ天かすは外せねーよな」 どばっと乗せてくる。 「うわ、ちょっとかけ過ぎじゃないですか」 「ホントだ。テントみたいになっちった」 「でもテントって大きければ大きいほど好きなんだ」 「これぶっかけなんですから。具が多すぎると麺まで汁が届きませんよ」 「あー。いわれるとそうかも。よし、コッチのせろ」 山盛り天かすを、マキさんのお皿へ。 でも麺にはいくつか残ってしまった。 「悪いダイ。こんなにしちゃって」 「いいですよ」 「よくねーよ。こんなカスまみれ気持ち悪いだろ」 「……」 「あとで私が掃除する。ダイのカスは全部」 「どうも。……空きました。行きましょう」 ここは自分でかけるみたいだ。色んな味のスープが入った鍋が並んでた。 「なに味にします?」 普通のつゆから、コンソメ、カレー、ポタージュなど、変わり種も多い。 「すげー種類あるのな」 「うどんは間口の広い料理ですからね」 何と組み合わせても食えるって気がする。 「ふーむ、これ美味そう。クラムチャウダー?食ったことない」 「面白いかも」 「こんな白くてトロトロしたのぶっかけたらどうなるんだろ。想像できねーわ」 「……」 「うーん、でもちょっとニオイがなぁ。キツすぎるっていうか。ドロドロすぎて喉に絡みそうだし」 「やっぱ普通ので行こうか」 「ですね。せっかく作ったんだし、うどんそのものを味わわないと」 「おう。変わり種もいいけど、やっぱナマが一番」 「さ、ダイ。ナマを思いっきりぶっかけてくれ」 「……はい」 おたまですくう。 「早く、早くぶっかけろその温かいのを」 「……」 「なんだよ早くかけてくれ。お前のおタマに溜まってるんだろ、全部ぶっかけろ」 ぱしゃっ。 「おお〜、豪快に行くじゃん」 「いいね。好きだぜそういう男らしいの。今度からぶっかけるときは全部ダイに頼もかな」 「はは、席に行きましょう」 やたらと周りの人たちが見てくるんで、視線を避けて席へ。 「よーし、たっぷりぶっかけてもらったことだし、食おうぜ」 「はい。あ、ちょっと待った」 「なにそれ、玉子?」 「ええ。ぶっかけにはこれがつくんだって」 これが天ぷらなしの理由かな。 パカッと割ると、 「温泉卵か」 「ぶっかけには嬉しいですね」 「だな。この白くてどろどろしたのがないとぶっかけとは言えねーよ」 「……」 「なあなあダイ、お前の玉、私がもらっていい?」 「え、ええどうぞ」 「へへへー、このとろとろの白身だけってのも好きなんだ」 お皿に顔を近づけて、温泉卵を、 「ぺろ」 「オウ」 「あは、ダイのやつ美味しい」 「ぶっかけてもらってよかった。ン……この白濁がたまんねーんだ。……ちろ、れろ」 「そ、そうですか」 ちょっとはしたないんで、周りの人たちが見てる。 「ン……すごい濃厚。クセになりそう」 「……」 「「「……」」」 「もうぶっかけから離れられなくなっちゃう」 「……」 「「「……」」」 「それで、最後に残ったこの玉を……」 「……」 「「「……」」」 「ぐしゃっと潰してかき混ぜる! ぐるぐるぐる〜♪」 「ぐああああああ!」 「「「ぎゃあああああああ!」」」 「は?」 「はー食った食った」 満足そうにお腹を撫でるマキさん。 あのあと結局自分の作ったやつも食べて、さらに無料配布になった余ったやつも食べてたからな、そりゃお腹いっぱいだろう。 「ダイには悪いことしちゃったな。結構使わせただろ?」 「いえ、最初のほうだけですよ」 後半は安いのばっか選んでた。 こういう市って『食べる』だけなら安くつくんだよな。『珍しいものを食べる』と急にお金かかるけど。 「返すアテもないのに金借りるってなんか嫌な気分」 「気にすることないですよ」 「あるよ」 「金は人間関係壊すぜ。仲良くしたいやつとは貸し借りしない。基本中の基本だ」 「……」 急にシビアなことを。 そういえば、 「マキさんってお金持ってないけど、カツアゲとかしないですよね」 最初のころご飯は脅し取られたけど、現金には触れなかった。 「いいことだと思うけど、何かこだわりでも?」 「べっつに。金なんてあっても食えないし」 「……」 「そういうのが嫌で家出たわけだし」 「?」 よく聞こえなかった。 「そうだ! ちょっと待ってろ」 「はい?」 突如駆け出して行ってしまうマキさん。 しばらくして……、 「バイク?」 「私の愛車、ゴルゴムRXだ」 綺麗に磨かれたビッグバイクだ。 「知っての通り無一文だからさ。今日の礼に私の最後の財産でお返ししようと思う」 「乗れよ。ツーリングしようぜ」 「え……俺このあと勉強が」 「どっか行きたいとこある?」 問答無用で乗せられた。 「1回分くらいのガソリンはあるはずだからさ、私の最後の財産だ。全部やるからチャラな」 「いえ別に返して欲しいとは」 「ぎゃー!」 まだこっちは行くっていってないのに、急加速する。 「マキさーん! マキさ……速ッ! 速すぎーーーー!」 「だいじょぶだよ事故らないから」 「ウソだどんどこどーん!」 「減速して! 公道で出していいスピードじゃない!」 「それもそっか、高速乗るぞ。大丈夫ETCカードついてるから」 「ウオオオオ分かった! 分かりましたからちょっと落ち着いて、まずはヘルメットをですね」 「ヘルメットかぁ、そろそろ買わないとな」 「助けてー!」 ・・・・・ 結局その日もマキさんに連れられ、夜遅くまで遊ぶことに。 夜遊びは慣れてきたとはいえ姉ちゃんにメールしたらさすがに怒られた。テスト週間なのに何してるのって。 俺、不良になってくなぁ……。 「はぁ」 マキさんの背中にしがみつく。 「どうかしたん?」 「べつに」 いま俺、どこにいるんだろ? 山道に入ってて周りは真っ暗だった。 「つかダイ冷静だな。まだ120キロくらい出てるのに」 「速いのは姉ちゃんで慣れてますから」 100キロを超えたあたりであきらめが入るのだ。 「それに周りがこんなだと、速い感じしないし」 「だな」 目を細めるマキさん。 真暗な道に並ぶ、幾台もの車のテールランプたち。 ずっと昔、キャンプか、スキーか、他の何かか。家族旅行の帰り道。 姉ちゃんと一緒にうとうとしながら、同じものを見た気がする。 綺麗で、はかなげで、ちょっと怖い。 時おりトンネルに入ると、今度は鈍いオレンジの人工的な眩さに包まれる。 間隔をあけて設置されたオレンジ色も、やっぱり綺麗で、ちょっと怖かった。 自分がどこか他の世界へ向かっているような感覚。 「……」 「このまま、さ」 「うん?」 「このままどこまで行けるかな」 「……」 マキさんも同じ気持ちみたいだった。 ぎゅっと腰に回した手に力を込める。 どっか知らない世界に行っちゃってもいい。こうしていられれば。 マキさんと一緒なら、どこに行ってもいい。 「……」 「……」 「とりあえずパーキングエリアには行きてーな」 「……」 うん、まったく同じ気持ちだ。 「近くにないですかね。お腹空いちゃった」 「私さ、自販機のたこ焼き好きなんだ。あるとこ知らない?」 「どこにでもあるような、あるとこ限られるような」 ――ファンファンファンファン。 「お?」 「そこのノーヘル2人乗りー!現行犯だー逮捕するー!」 「あらら、面倒なのが」 「あの……マキさん」 止まりましょう。言おうとするが、 「掴まってろよ〜」 マキさんは気にせずスロットルを絞る。 まあ、マキさんならこうするわな。 エンジンがすごい音をあげて急加速した。 「ほげえええええ。待たんかー、逮捕だー!」 「マキさんこれは本当にマズいんじゃ」 「200まであげるけど大丈夫?」 「はは、地球の自転に比べたら遅い遅い」 「スピードにはやたら強いな」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「疲れた……」 「もう日付の変わる時間ですね。お疲れ様でした」 「テスト勉強付き合わせて悪いな委員長」 「いえ。私も一緒に勉強できますから」 「ずっと付き合わせるのも悪いしさ、例えば明日とか、1日自由な日を作るとか」 「午前中にはお宅に伺いますね」 「しょぼーん」 「ふふっ」 「でも、そうですね。辻堂さんずっとがんばってますし、明日は息抜きにちょっと遊んじゃいましょうか」 「いいの!?」 「はい。もちろんそのあと勉強ですけど」 「ちぇ」 「ま、いいや。ンじゃ江ノ島でも行こうぜ」 「はい」 「あ、ここで結構です。ではまた明日」 「おう、また明日」 「……」 「いつの間にか委員長と仲良くなってる気が」 「委員長話しやすいからな。お節介だし、優しいし……」 「……」 「あいつと似てる」 「うおー! テスト勉強さぼって遊びに行く弟なんているかー!」 「いるかー!」 「お父さんいなくてさびしいお母さんを放ってテスト勉強ばっかしてる娘なんているかー!」 「いるかー!」 「あはははは、やー真琴ちゃんと仲良くなれて助かりました。夜退屈しなくて済むわ」 「こちらこそよ。地元の連中、アタシのこと怖がるか崇拝するかだから気楽な飲み友達がいなくて困ってたの」 「おかげで久々に“気持ちよく”酔えるぜ……うぃっく。へっ、“ダチコー”ってのはさぁ、やっぱ“気兼ね”なく飲めねーとさぁ」 「ある程度飲むとキャラ変わるけどなんなのソレ?」 「おっ、美人が2人。あげぽよ〜」 「どう姉さんたち、一緒に飲まない?」 「あ?」 「この年になってナンパなんて嬉しいわね。でも消えな」 「アタシはもう“旦那”一筋なのサ」 「私ももう弟一筋なのサ」 「いいじゃんいいじゃーん。旦那なんてただのオッサンだろ、俺たち若い方が」 「……」 “ピキッッ!?” 「!?」 「“喋らねー”でくれますか。“息”が臭ェーからよ」 「え……え……」 「アタシの旦那をディスるやつは……“不運”と“踊”っちまったんだよ」 「ごぁぁああああ!?」 「ひいいいいいいい!?」 「こら!」 「は!?」 「大声だすからビールがこぼれたじゃない!」 「す、すいません」 「私の前で酒をこぼすやつは……“不運”と“踊”っちまったんだよ」 「この迫力……昔を思い出す」 「あ、そろそろ帰らないと。またね真琴ちゃん」 「ええ、大君によろしく」 「……さえ、元ヤン? そんな感じしなかったけど」 「母さんやっぱりここにいた。帰るよ」 「お迎えご苦労様」 「そういえば今日、七夕なのよね」 「うん、もうあと30分くらいで8日だけど」 「七夕なのに誠君に会えないなんて、お母さん悲しい」 「どっかで笹もらってきましょうか」 「いらない。前にそれで竹藪にクレーター作って怒られたじゃん」 「〜♪」 「風が気持ちイイ」 「サマーシーズン到来だね」 「愛もそろそろ、彼氏くらい作ったら?」 「っ。……」 「お母さんが愛くらいのころはちょうど誠君と会っていっぱい口説かれてた頃よ。まあ照れて逃げては各地の連合皆殺しにしてたけど」 「……予定にないよ。残念ながら」 「……」 「あ、忘れ物」 「携帯店に置いてきたみたい。取ってくる」 「早くね」 「……」 「ふぅ。余計なことを」 「……彼氏」 「予定にねーよ」 「ふぃー、なんとか戻って来れた〜」 「高速のど真ん中でガソリンが切れたときはもうダメかと思いましたね」 「っ……」 「アレで走るの諦めて、バイク持って高速道から飛び降りたら、ポリ連中があきらめてくれたんだから、結果的によかったんじゃね?」 「そうなんですか?あの辺り、気絶してたから記憶があいまいなんですよ」 俺の体はダバダバだ。 「走るのも良いけど、こんな日はのんびり夜道の散歩ってのもいいよな」 「その結論にあと5時間早く行きついて欲しかった」 「……」 「星がきれいだ」 「七夕ですから」 「天の川ってどこ?」 「さあ? 調べましょうか」 携帯を取り出す。 姉ちゃんから何件か着信があるのに気付いた。メールしないと……。 「……」 と、 いまは禁止。とばかり、マキさんに手を取られる。 そうだな。 今夜はもうしばらく、マキさんと2人きりの世界で。 「んっ……」 キスする。 もう当たり前のようにこういうことする仲になった俺たち。 辻堂さんとの約束は、金曜日だっけ。 答えはもう決まってるんだよな。 あとはそれを彼女にいうだけ。 元カノに言う勇気がいるだけで。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「……」 「お待たせー……愛?」 「……ン」 「なんでもない」 「分かってたことだよ」 「〜♪」 本日は姉ちゃんがテストを作るべく学園へ。俺も一日テスト勉強の予定。 気合入れるためにも、朝はお高いコーヒーを淹れることにした。 「うわ、猫のアレのコーヒー飲んでやがる」 「おはようございます。その反応やめてください、普通のコーヒーですよ」 「まあダイの間口が広い趣味はともかく……。味はどうなんそれ? 美味いの」 「うーん……普通」 別に香味が格別強いとかそんな気はしなかった。 「お高いのは希少価値だけだったみたいです」 「猫の落とし物を回収する人たちの苦労が値段に直結してたわけか」 そんなとこだろう。 「マキさんは何飲みます?」 「コーラは?」 「あー、っと、すいません。切れてる」 「ブー」 「じゃあこの前のアレ。水出しコーヒー」 「水出しは……すいませんこっちも切れてる」 「なんだよ〜、喉かわいたー」 「ここが砂漠だったら私今頃死んでるかも」 「大げさだな。ミネラルウォーターで良ければ」 「お休みの日はあまーいのがいい」 「水出しのやつ淹れとけって言っただろ」 「事情を説明してもらおうか」 「いま少しの時間と予算をいただければ」 「弁解は罪悪と知りたまえ!」 「まあまあ、今日はミネラルウォーターでいいじゃないですか。マキさんそんなにコーヒーにこだわりないでしょ?」 「んー」 「ダイがコーヒー飲んでるならコーヒーがイイ」 「マキさん……」 「もしくはコーラ」 「あっさり揺らぐんですね。ちょっと待っててください」 「なに?」 「牛乳あるんで、あまーいカフェオレにしましょう」 「いいね」 「今日どうする?」 「あ、すいません。今日はさすがに勉強しないと」 「えー、遊んでくれないの?」 「ワンワン。遊んでほしいわん」 「う……」 「ひゅーん、ひゅーん」(上目使い) 「うううう」 「ダメ! ホントにやらないと」 「ちぇー」 なんとか誘惑をふりきった。 「えい」(ぷにゅん) 「なんすか」 背中に乗っかられた。 「べつに? ダイは勉強してろよ」 「私はただこうしてるだけ。絶対邪魔しない。ただくっついてるだけ」 肩にものすごーく重いものが乗ってるんですけど。 「さ、勉強しろ」 「集中できないです」 「いけないぞそういうの。学生の本分は勉強なんだから」 「嫌がらせですか……」 「ダイの嫌がることはしたくない」 「でもちょっぴり困らせたい。そんな乙女心」(むぎゅー) 「ああん」 今日はマジで勉強しなきゃなのに……。 「……」 「Nantendogs、予約してきましたよ」 「おう、サンキュ」 「さてと、どこに行きましょう。そんなに遊びほうけるわけにもいきませんが、息抜きする以上ゆっくりしたいですね」 「だな」 「……テンション低くないです?」 「……」 「疲れてるんだ。勉強勉強で」 「そう。でも午後からも勉強ですよ」 「ちぇ」 「つ( ・ー・)つ」 「……」 「+( ・▽・)+」 「(; ̄∀ ̄)」 「気晴らしならこの辺かな」 「はい」 「委員長は江ノ島くるの?」 「あんまり……ですかね、夏はとくに」 「そっか、昼は観光客地獄だし、夜は治安最悪だもんな」 「あっ、いいんちょー」 「……と、辻堂さん。偶然偶然ぐうぜーん」 「片岡さんたち、こんにちは」 「……ン」 「2人で遊んでるの?」 「ねーねー、ヨコシマ屋って海の家知ってる?ネットで見たんだけど、そこのフラッペが美味しいんだって」 「これから食べに行くんだ。委員長たちも行かない」 「フラッペですか。うーん……」 「フラッペ……」 (ってなに?) 「どーお辻堂さん」 「あ、アタシはいい」 「私も今日は遠慮しておきます」 「そっか。じゃ、また明日ね」 「はい。テスト勉強しなきゃだめですよ」 「……」 「フラッペって……」 「最近人気ですよね」 「にん……っ、あ、お、おう。人気だよな」 「私、今年に入ってもう3度も食べちゃいました。辻堂さんはどれくらい食べました?」 「え、あー、10回くらい」 「お好きなんですね」 「でも実は私、ちょっと苦手なんですよ。身体が冷えちゃって」 「!そ、そうだな! そうだ、身体冷えるよな」 「急になんです?」 「別に」 「そうだ、ソフトクリーム食ってかね?今日暑いし。ソフトくらいなら身体も冷えないだろ」 「そうですね。食べたいかも」 「じゃあこっち。おすすめの店がある」 「はい」 「ふふっ、なんだかこうしてると、デートしてるみたいですね」 「……」 「だな」 「江ノ島はデートスポットだから」 「(ーдー )=3」 「ヾ(°0°)ノ??」 「……」 「( >3)」むちゅー ダッ! 「�(°◇°)」 「(- -)」 「どうしたの?」 「く( ̄△ ̄)ノ!!」 「は?」 「ヾ( ̄へ ̄)ノ」 「ごめん全っ然分かんない」 prrrrr prrrrrr。 「(・〇・]ヨ モシモシ」 『ヒロ? 勉強してるかなーって』 「(> <)ノシ」 『邪魔されて集中できない? 友達でもきてるの?』 (なんで成立してるのよ会話) 『ちゃんと勉強しておくように』 「(ー ー)ピッ」 「(ー ー)…」 「-=≡ヘ(>◇<)ノ」シュタッ 「(≧へ≦)…」 「(〃⌒▽⌒)」 「(- -)」 「(⌒ ⌒)」 「\(^▽^ )」 「つ( ・ー・)つ」 「……」 「ふむふむ。片瀬製パンの誇る江ノ島の新しいお土産。しらすクリーム」 「超絶美味いから食ってみよう」 「そうなんですか。すいませーん、2つくださーい」 「あいよ」 「いただきまーっす。……はむ」 「……」 「……」 「う……っ、なんでしょう、その、個性的な味ですね」 「最悪だろ」 「……ひっかけましたね」 「はは。この後悔は誰かにもおすそ分けしようってずっと思ってた」 「……はむ」 「失礼な子だねぇ」 「そう言いながらアンタこの前も食べに来たじゃないの。なんだかんだ言ってハマってんじゃないのかい」 「そうなんですか」 「ンなわけねーだろ。……前も食べにきたのはホントだけど」 「それはもうハマっているのでは」 「ないって。ただ……」 「……」 「前に食った時を思い出すと、食いたくなって」 「利根川に連絡ついたか?」 「カンペキや」 「おし」 「とうとう湘南最強をキメるときが来たぜ」 「いよいよ明日からテストかー」 「ここまで来るともう焦りとか無になって心穏やかに運命を受け入れられるよな」 「なんだか諦めてるみたいな言い草だが」 「あきらめたんだよ。もう現実なんかいらないやポーイ」 「なにかあったの?」 「来たよ。リア充が」 「?」 「例の乾さんはどうだった?美味しくいただけた?」 「あ」 誤解を解くの忘れてた。 「いまさら言うのもなんだけど、彼女とは何でもないよ」 「知り合いなのは見てて分かったでしょ。で、久しぶりに会ったから遊んでただけ。いただくとかいただかないの関係ではないから」 「まあそこらへんは態度で分かったから逆恨みする気はないよ」 「あんな可愛い子にずーっと密着されてたことへの妬みは一生忘れないけど」 「それよりムカつくのが」 「いやあ諸君。青春を謳歌してるタイ?」 「僕はもうこの土日大変だったタイ。女の子2人が僕を取り合って修羅場過ぎるから」 「上手く行ったんだ」 「行ったなんてもんじゃないタイ。来てた子4人のうち2人が僕を取り合ってるタイ」 「すごいな。そういえばカラオケで良い感じになってたっけ」 「あっちは信代ちゃんタイね。でもそのあとトンちゃんの方からもメールが来て。いやハハハ、大変タイ」 「すごいじゃない。ところで信代さんっていうのは確か」 「身体と顔が限りなく正方形に近い彼女」 「だよね。でトンちゃんっていうのは」 「ピーナッツ詰め込みたくなる鼻した彼女」 「か。どっちも明るくていい子たちだったね」 「いや〜、モテるって困るタイ」 「キープして天秤にかけるとか、調子乗ってるといつか痛い目見るぜ」 「妬くな妬くなタイ」 「くそっ! 2人ともノーサンキューな顔だけどものすごーく腹が立つ!」 「そして焦る! 夏休みが近くて焦る!」 夏休みか。 確かに彼女の1人も作って突入したいよな。 「……」 アテがなくはないけど。 「ところでヴァンが静かなんだけど」 「時間の無駄だと思って勉強していた」 問題集を読んでた。 「タロウもちょっとは焦れよ! 彼女いない仲間だろ!」 「やめろ。坂東君の場合作ろうと思ったら『彼女にしてほしい子この指とーまれ』だけで選びたい放題だ」 「うぐぅ」 「いまのところ作るつもりないがな」 「それより勉強をしたらどうだ。テスト前日なんだぞ」 「それもそうだね。まずは目の前にある難題をクリアしないと」 「……だな! がんばるか」 「俺たちは登り始めたばかりだからよ。この果てしなく続くテスト坂を!」 「終わったー」 「時間がぶっ飛んだかのようにあっという間だった」 「テストの出来は?」 「まあまあ」 「そこそこ」 「絶望的」 「赤点! 我の夏休みは全て消し飛ぶ!」 「残念だったな」 「僕もだいぶヤバいタイ」 「彼女が出来そうなんだから赤点はやばくない?」 「はは、せめて彼女がいればテストに身も入ったのに」 「うまくいってないんだ」 「あの2人、どうも共謀して僕を手玉にとって、サイフにしようとしてるっぽいタイ」 「あ……また電話タイ。取らないと」 「お別れしたら?」 「そうもいかんタイ。天秤にかけてたなんてこっちからは言いだせんタイ」 「終われないのが終わり。それが電話を・受けなきゃいけないんです・レクイエム」 「大変だな」(ガッツポーズ) 「同情するぜ」m9(^д^) ふぅ。 ちなみに俺は、赤点はなさそう。 あんまり勉強しなかったけどヤマが当たった。 これで1学期にやり残したことは……。 あと1つだけ。 約束の日だ。近づいてくる辻堂さん。 「1時間したら例の場所に来てくれ」 「例の場所?」 例の場所……。 ああ。 「でもきょう雨降ってるよ?」 言うんだけど、辻堂さんは何も言わず去って行った。 『例の場所』が一発で通じたからか、ちょっと嬉しそうだった気がする。 1時間か。 テストが終わったとあって、学園からは続々と人がいなくなっていく。みんな学園って空気から早く逃れたいんだろう。 雨とはいえ1時間もすればほとんど人はいなくなる。ゆっくりおしゃべりするには良い。 「……」 その分、緊張の時間が長引くわけだけど。 何かすることないかな……。 「おい」 「はい?」 ――ゴッッ! 「かは……っ」 突如後頭部に重い衝撃が走る。 視界が揺れ、続いて暗んだ。意識が薄れる……。 ・・・・・ 「……」 「……いよいよ、か」 「大丈夫、心の準備は出来てる」 「よし、運ぶぞ」 「ちょーっと縛らしてもらうけど堪忍な」 「ぶはぁああっ!」 「どわ!? 起きよった!」 「つつ……なにするんですか痛いじゃないですか!」 いきなり後ろから殴られた。いてて。 「やっぱ気絶ってそう簡単にしねーよな」 「ズキズキするぅ……」 「ってあれ? 辻堂さんの」 「ぎくぅっ!」 辻堂軍団の人たちだ。 「どういうことです? なんでいま俺のこと殴ったんですか」 「え、えと、これは」 「ええい面倒や! 縛ってでも連れてくで!」 「??」 よく分からないがぐるぐる巻きにされた。 「連れてきました」 「ご苦労……って普通に目ぇ覚めてんじゃん」 「葛西さん。どゆこと?」 「よく考えたらこいつの性格なら無理やり連れてこなくても呼べば来たんじゃね?」 「ですね」 なんの話だろう。 「なに、ちょっとしたパーティだ」 「こちらへどうぞ」 椅子に座らされる。 「両手両足を縛らせてもらうぞ。痛いようなら言いたまえ」 「さるぐつわよ、噛んでちょうだい。大丈夫、汚くないわ」 「は、はい。もが」 拘束された。 「こんな緊張感のない人質初めて見た」 「もががが?(人質?)」 「ホントにこいつが腰越のツレかよ」 「ぐお!?」 どっかで見たデカい人が。 「こっちも信じられないんすけどね」 「いま呼び出してるとこです」 「ダイどうしたんだろ。今日は1人で帰れとか」 「来ました……頼みますよ」 「任せな(クチャクチャ)。こっちはパチンコヨーヨーカミソリは小さいころから仕込まれてんだ」 「パチンコもお手の物さ――行けっ! 手紙星!」 ――ヒュンッ。 「?」(ぱしっ) 「なんだこれ、紙?」 「よし確かに渡したぞ」 「逃げるよ。あの化け物じゃこの距離でも気づかれるかも」 「うんまあ気づいてるけど」 「ほわぁ!?」 「なになに(ガサガサ)……お前の大事な男は預かった。返してほしければ30分後に稲村の……」 「用事があるなら直接言えや。男って誰?」 「あ、あの、うちら命令されただけで」 「とにかくこの教室に行きゃいいのな。……あそこ?」 「は、はい」 「サンキュ」 ドゴォオオオオオーーーーーーンッッ! 「オゲェェ……」 「パチンコ1発分だからデコピン1発で勘弁してやる」 「校舎にめり込んでる」 「お前は普通にボコるから」 「ひいいいい!」 「なあここ灰皿ないの?」 「この部屋禁煙なんや。愛はんがニオイ嫌うさかい」 「んじゃこの空き缶借りるぜ。ポイ捨てはしねー主義だからよ」 「あの、お願いしますよ。禁煙だって言ってるじゃないすか」 「アア? うッせェな、こちとら腰越にリベンジできるっつーから来ただけでテメーらのルールに付き合う気はねーよ」 「……チッ」 取り出したタバコに火をつけるデカい人に、顔をしかめる葛西さん。 「抑えてくださいクミさん。吸い殻だけあとで片付ければいいじゃないですか」 「分かってるけどよ。……部屋に匂いがつくと愛さんが嫌がるんだよ。こっちはそれで毎日外で吸ってんのに」 「しばらくの辛抱だ。人質を取ったとはいえ我々だけで腰越を相手するのは危険すぎる」 「単体では千葉のケンカ屋でも最強クラス。ボクシングのプロランカー利根川。腰越狩りには必要な人材だわ」 「わーってるっつに」 「長谷を人質にして腰越をあいつに袋にしてもらう。そのあと愛さんがあいつを片付けりゃ、湘南最強は晴れて愛さんになるって寸法だぜ」 「セコいこと考えるなぁ」 「うわ! て、てめ、聞いてんじゃねえよコラァ!」 「聞こえるとこで喋ってるからでしょ。さるぐつわだけで耳をふさぐものしなかったし」 「さるぐつわも外れている。緩かったか」 「苦しくないよう気を使っていただいたようで、どうも」 「いえいえ」 身体の拘束はとけないが、話は大体わかった。 「こんなやり方、辻堂さんはOKしてるの?」 「うぐ……」 「してないんだね。マズいんじゃない? こういうやり方嫌いそうだよ」 「う、うっせーな!分かってるよンなことくらい!」 「でも愛さんがヌルいんだからしょうがねーんだよ!腰越の弱点が分かって、なのに一緒に守りましょうなんてどうかしてるって」 「愛さんは湘南のトップを取れる器なんだ。あとは本人にやる気と要領のよささえあれば……。それを補うのがオレたちなんだよ!」 「辻堂さんは望んでないと思うんだけどな」 「うるせぇ!」 「ッ!」 頬を張られた。 かなり強く。痛い。 「ゴチャゴチャ言ってんじゃねェ。もう後には引けねーんだ」 「おいおい、なーに外野がヒートアップしてんの」 用心棒的な人なんだろうか。辻堂軍団とは関係なさそうなデカい人が騒ぎを聞きつけてきた。 「へっ、なに企んでるか知らねーけど、俺を利用しようってんならやめといたほうがいいぜ」 「たくらむなんて」 「御託はいい」 「……」 「気にすんな。こっちだってマジでお前らのこと信頼してここに来たわけじゃねーよ」 「せっかくの機会だから、腰越だけじゃなく湘南三大天全部落として、湘南を俺のモノにしちまうってのも面白そうだしなァ」 「ま、それでも腰越落としまでは仲良くしようぜェ、葛西ちゃんよ」 「……ういっす」 不穏な空気をまき散らしながら、デカい人は腕をポキポキならし、 「こっちも一番の目標は、リベンジなんだからよ」 部屋の入口に背もたれた。 ――ドゴォオオオオオオオーーーーーーンッッ! そして飛んでった。 「あれ、意味もなく蹴破ってみたけど誰か当たっちゃった?」 「オゲ……」(ぴくぴく) 蹴飛ばされた戸と反対側の壁に潰されて意識のないデカい人。 「呼び出されたから来たけど預かった男って……。ああ、ダイか」 「ども。派手な登場ですね」 派手ついでにラスボス的な人を倒しちゃったぞ。 「ぐるぐる巻きでなにやってんの。SMってあんま理解できない派なんだけど」 「いえ、人質にされてまして」 「あわわわわ」 「はっ! ビビッてる場合じゃない!」 頼りの綱を1手めでネジ切られて茫然としてた葛西さんたちが、俺を囲みだす。 「大人しくしろや腰越ェ!この長谷がテメェのアキレス腱だってことは分かってンだぞコラァ!」 「は?」 「暴れないで――ちがう、暴れるな!こいつがどうなってもいいのか!」 ナイフを取り出す人まで。ちょっと怖い。 「えーっと」 「ああ、ようするにお前ら、ダイを人質にしてるわけね」 「そう言ってるじゃないですか」 「やれやれ」 「ウゼぇこと考えやがる」 「ひいいいいい!」 「あばばばば」 「ぶくぶく」 メンチ一発で囲んでるうち半分が失神、3割が腰を抜かした。 「ぐ……ぐぐ」 「ナメんじゃねー! こちとら湘南最強、愛さんの舎弟やっとんじゃああ!」 「おービビらなかったか。エラいエラい」 「ンじゃテメェには特別にゲンコツをくれてやる」 「ひ……っ」 「もちろん最終的には、ここにいる全員なぶり殺しにするけどな」 「ダイと私が仲良いの知ってさらったんだ。それくらいの覚悟は出来てるよなァ」 「あ、あの、マキさん」 あんまり乱暴なことは……思うんだが、 「く……」 「ドラァアア辻堂軍団ナメんじゃねー!」 葛西さんが先に殴りかかった。 「へへっ」 マキさんは楽しそうに笑い――。 ――ゴシャアアアアアアアアァァァァアンッ!! 吹っ飛ぶ葛西さん。 「いててて、死ぬかとおも」 「ぎゃーっ!」 「ウオ……いてぇ」 激突しかけた壁でデカい人がクッションになりダメージは最小限で済む。 「おお〜、さすが技巧派。ナイッシュー」 「人の獲物かっさらいやがって」 「う……あ、愛さん」 「なにやってんだアホ。死ぬとこだったぞ」 葛西さんを蹴り飛ばしたのは辻堂さんだったようだ。マキさんの鉄拳は空を切った。 「どういうことだ、なんで腰越がここにいる」 「呼んだのはテメェだろ」 「はあ?」 「だから」 「売られたケンカを買ってやるっつってんだ!」 「ゴァッッ!」 戸惑う辻堂さんに対し、すでにケンカのテンションになってるマキさんの蹴りが飛ぶ。 なんとかガードするけど押される辻堂さん。さらに、 「オラァァァアアッッ!」 「グッ! この……」 連打にさらされ、辻堂さんの目の色も変わった。 「なんだか知らねーが」 「人の縄張り、好きなように荒らしてくれるじゃねェか」 「ッおっと……!はは、さすが技巧派、カウンターもお手の物だな」 「だが!」 「あぐっっ!」 「パワー不足だ」 「いい機会だぜ。テスト終わりの打ち上げがてら、サクッと決着つけるか辻堂」 「フン……恋奈との約束があるから時期を待つつもりだったが」 「?」 「お前をコロすのに理由はいらねェ」 「同感だ」 睨みあう三大天の2人。 迫力は物理的な圧力を持つかのように、びりびりと俺たちの肌を揺らした。 両方に誤解があるっぽい。解きたいんだけど、俺は声も出ず、 「ッ……」 ただマキさんを睨む辻堂さんが、 「大? ぐるぐる巻きでなにしてんの」 必然的に彼女の後ろにいる俺に気づいた。 一気に戦闘モードを解く彼女。 「あはは、なにしてるんだろう」 「SMって理解できないんだけど」 「ちがうっちゅーねん」 「こっちだってワケ分かんねーよ。稲村のやつが来たからてっきり辻堂だと思ったのにいねーし。ダイはSMしてるし」 「……」 難しい顔をして何事か考えだした。 「あ、あの、とりあえずほどいてくれない?」 「はいはい」 ほどいてもらう。 「っ。いてて」 「どっか痛めたか」 「いや、ちょっとね」 さっき殴られてズキズキしてた後頭部が急に動かしたから痛む。 「……頬が腫れてる。殴られたのか」 「大したことないよ」 こっちは本当に痛みはない。 「……」 でも辻堂さんは難しい顔だ。 「で? 辻堂。決着つけるんだろ」 「やっぱパス。他にやることが出来た」 あっさりだった。 やれやれと肩をすくめると、 「大、悪かった。うちのバカどもが迷惑かけて」 「いえいえ」 「2週続けての予行演習になっちまったな。ったく、アホらしい」 「……落とし前はあとでつけさせるとして」 「ひいい」 残ってた人たちも失神させられることに。 「まさかうちのが最初に行くとは思わなかったけど」 「これが前から言ってきた、お前について回る危険だ」 「……」 「ヤンキーの、とくに三大天のそばにいるってのは、こういうことなんだ」 「今日って約束したよな大」 「うん」 「聞かせてくれ」 「お前はそれでも腰越とやっていけるのか?」 「それでも腰越の側にいるのか」 「……」 必要ないくらいはっきりと聞く辻堂さん。 たぶん答えは彼女も分かってるんだと思う。 ただ俺がはっきり答えるのを望んでるだけで。 「いる」 「俺はマキさんから離れない」 「……」 「……」 「そか」 やっぱり思った通りの答えだったらしい。辻堂さんは感情らしきものを見せない。 「どうして?」 「どうしてそこまで腰越に肩入れする。理由聞かせてくれ」 あくまで抑揚なく、感情は見せずに聞いた。 なら言わないと。元カレとして、 「マキさんが好きだから」 「……」 「……」 「そか」 そこでようやく表情を緩めてくれた。 緩めてから分かる。無感情だと思ってたさっきまでの顔が、どれだけ張りつめてたか。 どれだけ緊張してたか。 「よく分かった。アタシから言うことはない」 「うん」 「賛成は出来ないけど」 「……」 「……」 気まずい沈黙。 分かってたけど、元カノにこういうこと言うのは微妙だった。 「あの、悪い、なんの話?」 おっと、話の主題なのに忘れてた。 「ダイと私がどうとか……、いやそれより、なんで私が好きだーって辻堂に言うわけ?」 「言われると変な感じだな」 「聞いてた通りだろ。大、お前が好きなんだってさ」 「オメデト。お似合いとは思えねーけど、カップル誕生だな」 「カップル……」 「えっ? 好きってそっちの好き?」 「うん」 「……」 ぽかんとなるマキさん。 (ボンッ!) 「へ?」 火がついたように真っ赤になった。 「すすすす好き!? 好きって、あの、あの好き!?」 「うん」 「あ、そう……そうなんだ」 「……」 「マキさん?」 近寄っていくと、 「ふわわわわ! わっ、わん! わんわん!」 「がるるるるるっ」 「キャインキャイン!」 急激に犬化して逃げちゃった。 「なんじゃありゃ」 「どうしたんだろ」 「……」 「大さ、これまで腰越にちゃんと好きって言ったことある?」 「そりゃあ……」 「……」 ……あれ? 「何かの拍子で2、3回言った気は」 「はっきり言ったの今が初じゃねーだろうな」 「……」 そういえば前に『好きって言え』って言われた時は曖昧に誤魔化したっけ。 「てへ」 「さっさと追いかけろ。お前の天然はたまに人を傷つける。アタシが言うんだから間違いない」 「マキさーん!」 慌てて後を追った。 先走ってしまった。 まだマキさんと話つけてない。 20秒ほどおくれたのは致命的で、もうマキさんは影も見えない。 なにやってんだ俺は……。 「なにやってんだあいつは」 「あ、あの……愛さん。オレたち」 「目ぇ覚めたか。よーし全員集合」 「薄汚ェ手使おうとしたこと。ましてや薄汚ェ手使ったのにボコボコにやられてアタシに恥かかせたこと。反省会するぞ」 「うぐっ」 「す、すいません」 「気にすんな。説教する気はねーよ」 「愛はん……」 「稲学伝統乙死舞108式、フルコースめぐりで反省してもらうだけだ」 「ひええええええ」 「ちょ、ちょっと冷静になりましょう」 「確かにボコボコでしたけど半分は愛さんにやられたようなもので……」 「やかましい」 「愛はん……機嫌わるない?」 「さあな」 「「「ぎゃああああああああああ!」」」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 結局マキさんは見つからず仕舞い。 仕方ないので奥の手を使うことにした。 「今日は……カラアゲ尽くし? 張り切ってるわね」 「テストも終わったしね」 「カラアゲとビールって魔の組み合わせなのよね。美味しいわ止まらないわ脂肪になるわ」 「なんだかんだでカラアゲは強いよね」 肉好きな人には特に。 「マキさーん」 コツコツと窓を叩く。 「……」 「……」 「くそー、餡かけのとサクサクのを並べて出すとは卑怯なー」 来た。 「だがこんな罠にかかるかよ」 「皿だけもらってバイバイだぜ!」 「今日のごはんは炊き立てコシヒカリなのに」 「おのれー」 「話を聞いてくださいよ。雨降ってるでしょ、中へどうぞ」 「……」 口をへの字にしながら、ぴょいと窓枠を超えてきた。 「……いただきます」 「はぐはぐもぐもぐ」 「お茶どうぞ」 「がるるるるるっ!」 警戒してる。 さて、なにから話したものか。 「えっと、まず最初から事情を説明したいんですけど」 「辻堂さんは俺のことを心配してくれてるんです」 「ン……」 「そもそも俺と彼女が別れたのは、彼女に敵が多いから。一緒にいると俺が危険だと思ったからなわけで」 「マキさんと一緒にいても危険なのは同じだから」 「……まあ、狙われてるとは思う」 「でも俺はマキさんが好きだから」 (ビクッ!) 「緊張しないで。俺はマキさんが好きなので、一緒にいたいと思うわけです」 「さっきのはそのことを辻堂さんに伝えただけ。勢いでマキさんがいる前で言っちゃったのはイレギュラーでした」 「マキさんに答えて欲しいと思って言ったわけじゃないんです」 「そ、そか」 「焦ったよ。だって、まあダイのことは好きなんだけど。急だったから……」 「で」 「はい」 「この際だから言っちゃいますね」 「好きです。マキさん」 「俺の彼女になって下さい」 「……」 「……」 「私いまご飯食べてるんだけど」 「知ってます。あ、おかわりいります?」 「食欲が湧かねーよ」 ささっとカラアゲとご飯をかっこんで、お茶で一息つく。 「はぁ……」 「……」 「好きなの?」 「好きです」 「うー」 悶えてる。 可愛い。 「まああの、一応、私も好きだぜ?」 「うん」 ここまでは前に聞いてる。 「でもよく分かんねーよ。彼氏とか彼女とか」 「その、お前が辻堂のモノって聞いたときはムカついて奪おうと思ったけど」 「でも今はちがうんだろ?じゃあその、焦る必要ないから、だからその」 「がああああああッッ! 分かんないんだって!彼氏とかカップルとか結婚とか!」 「お、落ち着いて。結婚はさすがに早いです」 「マキさん、俺のこと好き?」 「好き」 ここは迷いなくあっさり答える。 「どのくらい」 「どのくらいって……分かんない気持ちに単位なんてないんだし」 「キスしてもいいくらいには好きですよね」 「うん」 「してもいいっていうか……したいな。ダイとするキス気持ちいいし」 「も、もうちょっとエッチぃことしてもいい。……って気分になる時もある」 「じゃあ付き合ってみましょうよ」 「それは……あうう」 ここだけは微妙そうだ。基準が良く分からん。 気持ちイイことはしてもいいけど、恥ずかしいことはしたくない、ってところか。子供みたいな人だな。 「や、ヤダ!なんかその……彼氏とか彼女とか、面倒くさい。ヤダ」 ぷいっとそっぽを向いてしまう。 「うーん」 しょうがないか。 「じゃああきらめます」 「あれ?あきらめちゃうの?」 「だってマキさんは嫌なんでしょ?」 「う、うん」 「じゃあいいです。マキさんを困らせたくない」 「これまで通りご飯は食べに来てください。そうすれば一緒にいられますから。俺はそれで充分」 「ン……」 「うん」 こくっと頷いた。 よかった。これだけ確約とれれば充分。 ホントはキスの確約も欲しいけど……、まあこれはあえて言うこともないだろう。 食器を片づけようとする。 「……」 と、 「どわっ!」 「ん〜」 押し倒されて乗っかられた。 珍しく眉根を垂れ下げて俺の顔を見るマキさん。 「ぺろ」 「なに」 「ぺろぺろ」 「あむ……なんすか、くすぐったい」 「お、お前なんかタンパクすぎてムカつく」 「はい?」 「私はイヤだけど、あっさり引き下がるなよ。もっとこう……ぐいぐい来いや」 「彼氏とか彼女とかは嫌だけど、こうもあっさりあきらめられるのも嫌だ」 よく分からんが怒ってるらしい。 「すいません」 「うー……」 「……」 「セックスしよう」 「はい?」 「セックスするぞ。キスから1個ランクアップ」 「でも付き合わないんじゃ」 「付き合わないよ」 「でも……こう、今のままってのもヤだから。セックスする」 「セフレってやつだな」 「えー、セフレって響きはちょっと」 「やかましい。イヤっつってもするぞ無理やり」 「いててて」 脱がされていく。 こっちとしても抵抗する気はないんでされるがままに。 「んせ……うおっ」 「……あはは、硬ぁ」 ズボンに触れたとき気づいたんだろう、顔を赤くした。 「キスするとだいたいこうなってるよな」 「否定はしません」 「……」 「おあいこだな」 「え……あ」 するんと自分のパンツも脱いだ。 クロッチの部分にほんのり湿り気があるのが分かる。 「濡れてる……」 「あはは」 「……キスするとだいたいこうなっちゃうんだ」 恥ずかしそうに言う。 俺も照れた。 「あ、あのマキさん。これ……マジで?」 ベッドのうえで折り重なるようになる俺たち。 着々と準備が進んでくけど、こんな即断即決でしちゃっていいんだろうか。セックスって。 思うけどマキさんは、 「知るかよ。シたいんだからいいだろ」 あくまで自由奔放だった。 「うわ硬ぇー。なにこれ、ほんとに人体?」 「一部ですけど……あうっ」 「力こぶ的なアレなの?」 「筋肉じゃなくて血液だそうです。えと、ちがいはよく分かんないんだけど」 「これはキスで大きくなったわけ?それともパンツでなったわけ?」 「えと……両方」 「ふんふん」 すごい恥ずかしいんだけど、俺が照れる様にマキさんは嬉しそうにしてる。 「……改めて見るとエロいもんな。このパンツ」 「うん……」 エロい。 白いコットンを引っ張るマキさん。 )( の形の中央が、てらてら光ってる。 「ちゃんと調べたことなかったけどおもらししたみたいに」 「んー? なにその顔」 じっと見てるのに気づかれた。 「このパンツ、欲しい、とか?」 「欲しい」 「変態」 バッサリだった。 「でも正直で賞ってことでごほうびやるよ。ほら、口あけろ」 口? 「もがっ!」 ぽかんてしてた口の中に無理やり丸めたそれを突っ込まれた。 塩っ辛い……酸味のつよいマキさんの味が口の中に広がる。 「けふんっ、けっふ、えふっ」 「咳き込むなコラァ、臭いみてーだろ」 だって無理やりねじ込むから。 それに臭いわけではないけど、ニオイが強くて喉にジンと来る。 「ダメだぞー、吐き出すの禁止な。んちゅ……てゅるぅ……ちるちる」 パンツつっ込まれた口の上を、舐めてくる。 なんとなく吐き出しにくくなった。 「んが……む」 もごもごさせると唾が移って、水分として口に広がってくる。 しょっぱくてキツめの甘いニオイのついたマキさんのパンツ汁。 「んかう」 「お、飲んでる飲んでる」 「はは、なんだよコレ。喉と一緒にちん○んがバキバキ反応してるぜ」 ――にぎにぎ。 「んふぅうう」 「ダイってこうしてると可愛いな〜。ほら私のパンツは美味しいか? ヘンタイ」 マキさんも興奮してる。ハァハァしながら俺の口や、顔全体を舐めてくる。 「……口あけろ」 「んぅ」 無理やり開かされた。 「ぷぁ」 どろーっと溜めた唾液を、パンツがつまった内部にたらしてくるマキさん。 しょっぱ味が充満する口のなかに、新しいトロトロした味が。 「あぶ、あううう」 「これでもち○ぽ反応してんじゃん。ダイってアレだよな、Mっ気あるよな」 「可愛いぜ……んん〜っ」 今度こそ本当のキス。口を口でふさがれる。 唇をレイプされたあの日みたいな、得たいの知れないゾクゾク感があった。 ぎゅーっと握られたペニスが、もう射精しそうに気持ちいい。 「ふふっ。……やれやれ」 「……ぷぶぁっ」 そのまま詰め込まれたパンツを抜かれた。 新鮮な酸素に深呼吸する……。開放感と、ちょっとだけ物足りなさがあった。 「そんなに美味しかった? 私のマン汁パンツ」 「……」 こくんと首を縦にふる。 「そうかそうか。ダイってだいぶキモいやつだったんだなー」 ケラケラ笑いながら、 「ちゃんとご馳走してやるから安心しろ。……増量で♪」 「えぅ……」 くしゃくしゃになったショーツを広げなおして、マキさんはクロッチを確認する。 「ここが美味しいんだろ。これまで私の汗や、おしっこがたくさん染みたトコ」 ――びィッ! やぶいた。 持ち前のパワーでそのクロッチだけむしりとる。 「ん……っ」 そしてそのむしりとった小布を一度スカートの中に戻した。 「ほぉら、タレ増量キャンペーン中」 中身をぬぐったらしい。ぬらぬらした汁まみれにして取り出す。 「はーいあーんして〜」 「ぁむ」 さっきよりさらに大事な箇所だけ。味が濃くて食べやすくした箇所だけ口に入れられ、 「食え」 「……」 「よぉーくもぐもぐして、ごっくんしろ。せっかくごちそうしてやったんだから」 「うぐ……」 「……」 もご、もご、 キツく歯を立てた。 マキさんの色んな味、ニオイが染み出してくる。 俺の体に取り込まれると思うと、興奮する。 「んぐ……っ」 「うわ、マジで食った?」 「ぷは……うん」 「バカかお前。引くわ〜」 言いながらもマキさんは嬉しそうだ。 「ったく、言ったのはこっちだけどノリ良すぎ。どこの世界に今日告った女のパンツ食う男がいるんだよ」 「でも美味しかったよ」 「うわ、マジでヘンタイだ」 「変な方向に目覚めんなよ。大事なのはパンツじゃなくて」 「私の体だろ」 ぶるんっと音がするくらい大きく波打つバスト。 制服と一緒にブラもめくれたので、そのハンパないサイズを押さえるものがなくなった。 「おっぱいでけー」 「どういう感想だよ」 そのままです。 へこんだお腹から上が、冗談みたいにこんもり盛り上がってる。 「触っていい?」 「早いな。さっきまで照れ照れしてたのに」 (おねだりの目) 「どーぞ」 「わーい」 ――むぎゅう。 「ん……っ」 握りしめた。 まさに『握る』って感じ。つかみきれないから、自然と指に力が入ってしまう。 「うわ、うわ」 ぽゆんぽゆんと転がしてみる。 「感想は?」 「すごいです」 「もっと具体的なこと言えや。誰かに触らすの初めてなんだから」 「えと、じゃあ……重い、かな」 これが一番印象的。 「それ褒めてる?」 「褒めてる褒めてる。手のひらにずっしり来るんだけど、なんかもうたまらない重さだよ」 柔らかいから指の隙間からこぼれそうなのがさらにたまらん。 「うはー、すげー」(ぽにょぽにょ) 「っ、ん」 「姉ちゃんのより大きいからかな。指を押してくるっていうか、柔らかさが指にキくっていうか」 「ふぁ……っ、う……っ」 「すごいよマキさん」(むにゅむにゅむにゅむにゅ) 「揉みすぎだっ」 怒られた。 「痛かったですか?すいません触りなれてるけど揉みなれてなくて」 姉ちゃんのはよくあてられるけど、愛撫の経験はほぼない。 「優しく……こうですか」 「んぁ……っ! あっ、あも、ヘンな声でるじゃ」 「いや?」 「そうは言ってな……ひぅっ、んふ。ただその、あんま……しつこい……と、ふぁんっ」 「感じちゃう?」 「……」 ムッとした顔で、首を縦にふった。 攻められると恥ずかしい人らしい。 「でも止まらないんですよ。こんなおっぱいしてる自分を恨んでください」 「ひぃぁ……っ、ち、乳首ひっぱるな。もォ」 手に余るサイズの先っちょにちょこんとある、盛り上がったピンク色の地帯をつかんだ。 搾るようにして突起をつまむ。 「はぅううううんっ」 「あは、敏感なんだ」 「知るかばかっ。こんな……ぁんっ、も、ふぁあ乳首……やぁん」 きゅっきゅっと搾り揉むと、マキさんの声はどんどん音域をあげていく。 「うわ、うわわ……へんな感じ。なんだろこれ、気持ちいいって、こういうの?」 「初体験?」 「う……そうかも。自分でするときは胸はあんまり……」 「あ、でも前にここでしたとき、うつぶせでしてたらおっぱい擦れて……。あんな感じかも」 「……前にここで?」 「あ」 しまった。って感じに口をとじるマキさん。 ちょっとあわあわしたあと、観念したように、 「お前がいなくてゴロゴロしてたとき……さ。ダイの匂いがするなーって思ってたら、いい気持ちになってきちゃって」 「……」 (ぴこんっ) 「ひうっ」 エロいこと言うからペニスが跳ねた。腿にこすれて、マキさんがびっくりしてる。 「ったく……どぉーしても大人しくしてねーのな」 白状したこともそのあとの可愛い声も照れるんだろう。にーっとごまかすように笑って。 「よっと」 「っ……」 「見すぎだっつーに」 「やめてよ」 いらない。とは言えないが首を横に。 「よろしい。欲しがったらどうしようかと思った」 「欲しくなくはないんですけどね」 「欲しいのはこれじゃねーわな」 「欲しいのは……中身だろ」 「う……」 スカートのなかへ手を導かれた。 ――にち。 「う」 熱い太ももの間……トロついてるのがわかる、肉の集まりに触れる。 「分かる? もうトロトロ」 「う、うん……」 「わは、ぷにぷにしてて可愛い」 柔らかな肉弁を左右にひらいた。 「あふ……っ。こら、勝手に触んな」 「んん、……も、しゃーねーな」 マキさんは強引だけどわがままじゃないので、こっちのやることも受け入れてくれる。 「ああ……ぁっ、ん。ううう……。うわ、うわ、変な感じ」 「腰が震えてるよ。マキさん可愛い」 「うっせ……ばぁか」 「ぅんんふ……っ、ふ、ふぅ」 蓋になってるお肉をそっとなでるだけで、どんどん吐息が乱れていく。 「は……ふ、はぅ……ふ。うううう……。うわ、うわ、おしっこのとこ、ふわーってくる」 「ぷにゅってのが勝手に広がってく」 「言わなくていいって……はう、う、うう……」 うにうに動く指に戸惑いがちで、背筋が震える。 連動して胸がユサユサするのが面白い。 「なんかこれ興奮する」 「ン……わかる。うぁっ、あっ、あああ」 「んっ、んふっ」 ――ぎゅうう。 「うううう」 こわばった俺のモノを握りしめてくる。 見えてない中。いつもジャレてる延長戦みたいな形でやらしいとこに触れる。 すごい興奮する。 「ダイ……キス」 「は、はひ……」 ぺろっと舌をからませた。 キスって甘いし……やらしいんだよな。 「るる……ぴちゅう、ちゅぷ、ちる」 「れろっ、ぇろっ」 「ンム……んちゅる、ぷはうぅう。いつもより舌、強引だぞ……ああむ、ンむぅうう」 興奮して色んな動作が荒くなる。 スカートの中のぷにぷにをさする動作はとくに。 ――くぱぁ。 「ひゃふぅうううっ」 「も……急にはやめろっつに。……んは、そこ空気があたるのもびっくりするんだから」 「中、割れちゃってるんだ」 「……」 コクンと首を縦にふる。 「も……こっち処女なんだからな。マンスジ割られるだけで結構怖いんだから、自重しろバカ」 「ごめん」 ほんとにちょっと怖いんだろう、苦笑いしてた。 「中、触っていい?」 「……優しくだぞ。ちょっとでもぎゅってするとマジ痛ぇんだから」 「はいはい」 ケンカ上等な闘犬が可愛いことを。 くぱと開いた肉のなかに指をやる。 ――ちゅぷ。 「濡れてる」 「言わなくていいよ。……ぁんっ、ん、あっ、ああああっ」 ぷりんとおっぱいをゆすって、全身を震わせるマキさん。 「へぇ、ヒダってこういうことなんだ。でこぼこしてるのが分かる」 同じくらい柔らかいけど、水分とはちがう粘膜の感触を指に感じる。 「うく……くうう」 「なんだこれ、なぅ……ちがぅ、ク、自分のとき……と、あっぁぁあうふ」 「っうああ、マキさん力入れすぎ」 「えあっ、悪い」 ちょっとキツくほじりすぎたか。マキさんの反応が激しすぎて、握られたペニスにお返しが来てしまった。 軌道修正。 「この……バカ。触るのはいいけど、その、本気で触んなよ」 「ちがいが分からないけどゴメン」 「ったく」 あっという間に乱れたのが面白くないんだろう。マキさんはこほんと咳払いして、 「こういうのは順序追ってやってくもんだろ」 「まずは……こっちから」 ぶるんっと音がするくらい大きく波打つバスト。 制服と一緒にブラもめくれたので、そのハンパないサイズを押さえるものがなくなった。 「おっぱいでけー」 「どういう感想だよ」 そのままです。 へこんだお腹から上が、冗談みたいにこんもり盛り上がってる。 「触っていい?」 「早いな。さっきまで照れ照れしてたのに」 (おねだりの目) 「どーぞ」 「わーい」 ――むぎゅう。 「ん……っ」 握りしめた。 まさに『握る』って感じ。つかみきれないから、自然と指に力が入ってしまう。 「うわ、うわ」 ぽゆんぽゆんと転がしてみる。 「感想は?」 「すごいです」 「もっと具体的なこと言えや。誰かに触らすの初めてなんだから」 「えと、じゃあ……重い、かな」 これが一番印象的。 「それ褒めてる?」 「褒めてる褒めてる。手のひらにずっしり来るんだけど、なんかもうたまらない重さだよ」 柔らかいから指の隙間からこぼれそうなのがさらにたまらん。 「うはー、すげー」(ぽにょぽにょ) 「っ、ん」 「姉ちゃんのより大きいからかな。指を押してくるっていうか、柔らかさが指にキくっていうか」 「ふぁ……っ、う……っ」 「すごいよマキさん」(むにゅむにゅむにゅむにゅ) 「揉みすぎだっ」 怒られた。 「痛かったですか?すいません触りなれてるけど揉みなれてなくて」 姉ちゃんのはよくあてられるけど、愛撫の経験はほぼない。 「優しく……こうですか」 「んぁ……っ! あっ、あも、ヘンな声でるじゃ」 「いや?」 「そうは言ってな……ひぅっ、んふ。ただその、あんま……しつこい……と、ふぁんっ」 「感じちゃう?」 「……」 ムッとした顔で、首を縦にふった。 攻められると恥ずかしい人らしい。 「でも止まらないんですよ。こんなおっぱいしてる自分を恨んでください」 「ひぃぁ……っ、ち、乳首ひっぱるな。もォ」 手に余るサイズの先っちょにちょこんとある、盛り上がったピンク色の地帯をつかんだ。 搾るようにして突起をつまむ。 「はぅううううんっ」 「あは、敏感なんだ」 「知るかばかっ。こんな……ぁんっ、も、ふぁあ乳首……やぁん」 きゅっきゅっと搾り揉むと、マキさんの声はどんどん音域をあげていく。 「うわ、うわわ……へんな感じ。なんだろこれ、気持ちいいって、こういうの?」 「初体験?」 「う……そうかも。自分でするときは胸はあんまり……」 「あ、でも前にここでしたとき、うつぶせでしてたらおっぱい擦れて……。あんな感じかも」 「……前にここで?」 「あ」 しまった。って感じに口をとじるマキさん。 ちょっとあわあわしたあと、観念したように、 「お前がいなくてゴロゴロしてたとき……さ。ダイの匂いがするなーって思ってたら、いい気持ちになってきちゃって」 「……」 (ぴこんっ) 「ひうっ」 エロいこと言うからペニスが跳ねた。腿にこすれて、マキさんがびっくりしてる。 「ったく……どぉーしても大人しくしてねーのな」 白状したこともそのあとの可愛い声も照れるんだろう。にーっとごまかすように笑って。 「よっと」 「っ……」 「見すぎだっつーに」 ……生まれたままの姿だ。 「やっぱ胸よりここのが気になる?」 「ここは見るの初めてなんで」 「辻堂は?」 「見たことないです」 パンツ越しにさわったけど。 (じー) 「……」 (じぃー) 「が、ガン見しすぎ」 「すいません」 「ったく」 しょうがないなって感じに笑うマキさん。 ぷにっとした肉の重なる間に指を2本つっこんで、 「ほら……見える?」 「わは」 ぐにっと左右に開いて見せた。 漫画とかで見る『くぱぁ』って擬音。本当なんだな。粘液でどろつく柔らか肉がぬぱーっと糸を引く。 「ふは……だから見過ぎだって。んぅ、むずむずしちゃうだろ」 「そんなに気になるわけ、その、こういうとこ」 「だって……さ」 「だから見過ぎだって」 照れるんだろう。ちょっと口数が多い。 逆に俺は黙りがちで、ピンク色をじーっと見つめてる。 「ヒダ、っていうか、でこぼこしてるんだね」 「知らねーよ、生まれつきこの形だし、他の見たことねーし」 「はは、見える? クリトリスこんなになってる」 「うん」 「それに真ん中の穴がぬぱーって広がってる。超やらしいよマキさん」 「う……他人に言われると恥ずかしい」 「穴、どんな感じ? 自分で見たことない」 ――にゅぐぅ。 真ん中の小さな穴に指をつっこんで、さらに広げる。 穴の中まで見えちゃった。入口よりさらに色素の薄い粘膜がびらついてる、トロトロのマキさんの中身。 「きれいだよ。なんか、エグいかと思ったけど、可愛い」 「……覚悟しろよ。これからここにお前のち○ぽいれるんだぞ」 「お前の童貞食べちゃう穴だ」 「うん……」 相当温度が高いんだろう。微妙に奥から湯気が漂ってる気がする。 「あそうだ、奥さ、何か見える?」 「何かって?」 「その……処女膜。って、自分で見たことないんだけど」 「ん……と」 そう言われると見たくなる。覗き込んだ。 「あう」 ひゅくっと閉じるマキさんの穴。 「見えないよ」 「わ、分かってるけど、急に顔近づけんな。鼻息が当たんだよ」 「いま広げるから。……んと、こう、かな」 コツが分からないんだろう。すー、はー、深呼吸して、お腹に意識を集めてるマキさん。 ――うにゅ。 「もっと閉じた」 「うぐ」 「あ、面白い。お尻の穴もひくってした。連動してるんだね」 「こっちの穴もぷくってしてきたよ。ここ、おしっこの穴? あはは可愛い」 「言わなくていい」 「ごめん」 またすーはーすーはー深呼吸する。 「こう……えと、こうか」 コツをつかもうとしてる。 そのたびにアナルの皺がもこもこ上下するのが気になってしょうがなかった。 ――にゅむぁ。 「開いた」 「あー、こ、この感じね。難しいな」 初めてマッサージ屋に来た人が脱力出来ないのと同じ感じだろうか。あそこのリラックスに戸惑いがちだった。 穴の方はすっかりゆるんで、指で広げればばっちり奥まで見える。 でも薄い桜色の粘膜の群れは、不均等に並んでて分かりにくいけど。膜らしきものはなかった。 「ないですよ膜」 「うそっ? あれ、おかしいな。知らないうちに誰かにレイプされたかな」 「やめてください」 「てかそもそも俺、処女膜ってどんな形なのか知らないんだけど」 「膜は膜だろ」 「なんかビニールみたいのとはちがうって聞きますよ」 「そうなんだ。ややこしいな……」 いつもの俺たちらしい。エッチしてるというか遊んでるような軽口の応酬。 その延長線上で、 「じゃあ確かめてみよか」 「ん……」 ピクつく俺のモノが握られた。 上向く竿の上に腰をもってくるマキさん。 「お待ちかねの大人タイムに行こう」 ぬらっとした粘膜がペニスの穂先にくっつく。 「光栄に思えよな。私の処女膜破りながら筆おろしできるんだから」 「膜があるか、しっかり確かめろよ。チャンスは1回だぞ」 「うん」 膜がどうこうはともかくとして、感覚はしっかり味わおうと思う。意識を集中した。 「……ッンふ」 白い太ももがおりてくる。 柔らかな粘着感と穂先がつぶれ合い……。 ――ニュル。ぐ……。 「う……ぁう……ぅ」 ――にゅぽっ! 「はうんっ!」 膨れ上がった先っちょが抜けた。 「あ、あ、あ……はい……わぁああああ、ああっ、はいる……ぅうう」 マキさんが狼狽してる。 そのせいか足腰から力が抜けてて、連結部がどんどん下りてきた。 そのぶん亀頭は奥へ奥へ進む。 「はにゃ……ぁわ、わ、わぅ。熱……ぃい」 「ああ……柔らかい……なんだこれ」 ――ぴつっ。 「ん」 ――ぴちっ、ツッ、プツツツ……っ。 「あ、マキさん。分かる? これ」 「へぅ? え、なに?」 「いま破れてる。膜破れてるよ」 「わ、分かんねーよ……そんな余裕な……ぁう」 ――プツ……ン。 「あ……」 「ン……」 格別大きいのが。 「あはは、いまのは分かった」 感じた途端にぎゅーっと穴がしまって、俺のモノに食いついてきた。 噛みつかれてる気分。 もしくはいつものマキさんみたく、強引にキスされてるみたいな。 「あは、どうしよダイ。私いま『女』になっちゃった」 「お前のちん○んでなったんだぞ。分かるかコラァ」 「わかって……あむっ」 なぜかテンションあがったらしい。貪るようにキスしてくるマキさん。 「お前もだぞ、どうだ私のま○こで『男』になった気分は」 「嬉しいか? 嬉しいよな」 「も、もちろん」 「そか……えへ」 「ん〜〜っ♪ ダイ〜〜っ」 やっぱりテンション高い。ぎゅうぎゅうくっついてくる。 おっぱいで押されるのが気持ちイイ。 「わうっ!……あ、あは、でもやっぱちょっと痛いわこれ」 「大丈夫ですか?」 顔をしかめてるマキさん。 でも心配はないみたいで。 「だいじょぶだいじょぶ。この痛み、結構好き」 「身体の中から痛くてさ。生理とはちがう、なんか……ぐーってくる痛さなの」 「すっげえ痛いけど楽しいからイイッ! みたいな」 「分かんないです」 「いいよ別に。男が分かる必要ねーし」 「ただ……ンぅ」 「はぁ……はぁあ、ンく、う……んふぅう」 「んんんっ」 ――ぬるるぅ。 「ああは」 力の入ってなかった腰を持ち上げるマキさん。 絞りつきの強い粘膜がペニスをなぞり舐める。ゾクゾクする。 「動くぞ……んっ、ンゥ、大人しくしてろよ」 「はい……くぁっ、あふっ」 ぬるぬるしたので俺のに噛みつきながら、腰をゆらす。 「あっ、あっ、うは……なにこれ」 「どう? セックスってやっぱちがう?……ふぁううっ、こっち、だいぶちがうけど」 「こっちもちがいます。なんだろ、なんか、ふわふわってしたのが、すごく……あうぅう」 「あはっ、こっちは真逆。すごい硬くて、ごりごりって……あうううっ」 「ああっ、あ、く」 「あは、ダイすげー顔。気持ちよすぎてだらしない顔してるぞ」 「しょ、しょうがないじゃん」 「ふふっ、気に入ったんだな私のカラダ」 「分かるか……あっ、あはぁ、んんっ、私の温かいま○こがチン○ン食べてる」 「んうっ、ふ、うふぅうう、うはぁぁ、身体の奥がじゅぽじゅぽすごい音してる。お前の溶けちゃうかも」 「うん……あっ、聞こえる、すごい音」 ――にじゅっ、じゅぷっ、じゅぷるっ。 マキさんの汁気が俺のに絡んで、ペニスを万遍なく舐められてる感じ。 それにマキさんの腰づかいも、 「あはぅ……ふぅう、……あは、コツつかめてきたぞ」 「だんだん分かってきた……ユルめかた。いれるときはふわーってさせて、抜くときは」 ――ぎゅうう。 「んんぅううううっ」 「ま○こ締めながら絞り出すようにすると効果的♪」 天性の才能があるんだろう。もう俺の弱いパターンを見破ってきた。 「あはっ、はぁっ、んんっ、あああんん」 俺が困ってるのが嬉しいようで、楽しそうに腰をゆらす。 ――ぷるんっ、ぶるんっ、たぷたぷ、ぽゆんっ。 連動しておっぱいがすごい揺れ方してる。 「どう? 乗っかられてチン○ンしゃぶられる感じ。気持ちいいもんなの?」 「当たり前ですよ……んぁっ、あっ、ヤバ」 「あうっ?」 腰づかいにプラスして、それ自体もウネウネ舞ういやらしい粘膜の感触。 俺はたちまち腰をふるわす。 「ふぁ……は。なんだよいまの。分かるぞ、ちん○んビクつかせて」 「もう出したくなったんだろ。せーしビュクビュク出したくなったんだろ」 「うう」 弱みを握ったとばかり、挑発的に頬をぺちぺち叩いてくる。 「へへ、相当気持ちよさそうだな」 「誤魔化そうたって無駄だぞ。分かるんだからな、お前のやつが気持ちよがって震えてるの」 「そりゃそうですよ。こんなトロトロにして、ううっ、俺のやつ舐めてくるんだから」 「ふふーん、ロストバージンでこんなになるなら、私けっこう才能あるな」 なんの才能か知らないが嬉しそうだ。 「じゃあもっと攻めちゃお。ほら……これ好きだろ。……ンっ」 ――ぐにぅ。 「うあ……っ」 マン肉が強烈に窄まってくる。 飲みこまれたペニス全体が絞られる感じ。気持ちよすぎる。 「ほら、ほら、ほらっ」 「あぅ……くっ、ふぁ」 「ンぁあぁあぁ……、やばこれ。あは。私も気持ちいいのが返ってくる」 意外な反射があるようで、とまどってた。 「んふ……ふ、……んんんっ」 でもやめない。マキさんはどこまでも強気で、俺を追い詰めた。 「はああっ、あぁ、すご……硬い。力いれても、簡単に広げてくる」 むしろマキさんのほうがダメージでかいのか?だんだん顔がぽーってしてきてる。 「マキさん……マキさんも気持ちイイ?」 「ん……ん〜」 「分かんね。ただ痛いのは、だんだんなくなって……あふ、ふふ」 腰の揺れもだんだんリズミカルになってきてた。 ヌッ、ヌッ、柔らかく出入りするペニス。 「はぁあ……っ、ああ、あああー、んぁあ」 マキさんの声もエッチくなっていく。 「はぁっ、はぁっ」 「あ……ああ?」 「なに?」 「いや、私……なんかいま、すげー下品じゃね?」 「そうかな」 「そうだよ……んんぅっ。はああ、処女なのにまたがって、ちん○ん食べちゃって。おっぱいプルプル言わせながら腰ふって、それで」 「……んんんふ」 「こんな……気持ちいいなんて。ふぁっ、あんっ」 「あはは」 それはちょっとはしたないかも。 「あっ、あっ、あっ、ああっ」 ――にゅぽっ、にゅぽっ、じゅぽじゅぷっ。 マキさんの腰づかいはどんどん大きく、どんどん卑猥になっていく。 プリプリのお尻が俺の太ももに当たって音を立てるくらい。 「んゆっ、んんぅ……はぁっ、あああっ。せっくす、セックス……好きかも」 「これ、やばい。ハマりそう」 「はぁ……はぁあ、おいダイ」 にゅるつく粘膜を噛ませながら、また体を倒してきた。 「責任とれよ。こんな気持ちイイの」 「ん……ぅん?」 「私、エッチ大好きになっちゃうから。お前のせいだから」 「これからもずーっと私専用のセフレ、な」 「……はいはい」 「そのかわりマキさんもね」 「分かってるって。お前以外にエロい気分とかならないし」 「んふっ、んんぅ……」 「私のこの穴、ダイ専用だから」 「っく……っ」 「あふんっ!」 射精感が目いっぱいのところまできた。ペニスがさらに跳ねる。 「な、なんだよ急に……。ふぁっ、あああああ奥で震えるぅ」 「マキさんがエロいこと言うからだよ。あっ、あっ、……ヤバいとまらない」 もうちょっと最初の1回を楽しみたいのに。あっという間に頂点が来た。 「でるっ……うぁっ、出すよマキさん」 「えぅ? あふ……しゃーねーな」 「いっぱい出せ。最後まで、私のなかで気持ちよくなれ」 抜く気はないらしい。俺の上で腰を落ち着けたまま、優しく言う。 気を配ってる暇はなかった。 「ふぁく……っ」 ――びゅるるるるっ! びゅくっ! びゅくぅーっ! 「はぅうあ……っ、ふぁっ、あああは……っ」 膣層の一番深くに当てたペニスが、あっという間に震えを起こした。 びゅるびゅると音を立ててヒダ多めなマキさんの内部をかいくぐっていくエキス。 「ああっ……、あ、……うううう」 いつもより出る量が多い。精液を強奪されるような、強烈な射精だった。 セックスってみんなこうなのか?相手がマキさんだからか? 分からないけど……。 「はあ……うあ、わ、分かるもんだなコレ。どくんどくんて、中に当たってる」 「はぁ……あー、結構好きかも♪」 「ダイの精子……気持ちイイ」 マキさんも満足げにまつ毛を震わせてた。 「ふぁあ……セックス、気に入った」 「はぁー、はぁー」 「あは、とろーんてしてる。そっちもヨかったんだな」 イイなんてもんじゃない。身体の底が抜けるような射精感だった。 「私もヨかったぜ……んっ」 ちゅっとキスしてくるマキさん。 ふわふわしててそれも気持ちいいんだけど、 「なんか子供扱いだな」 「はは、だってダイ可愛いんだもん」 「うう」 メンズのプライドが。 「てかマキさん、まだイッてないよね」 「ん? そりゃまあ。でもしょうがないだろ。処女だったわけだし」 「んーむ」 不満だ。 これが普通なんだろうけど、でも不満だ。 「マキさん感じやすいし、最後までいってみたい」 「いってみたいって言われても。欲張るなって、別に今日でおわりじゃないんだから」 「それは嬉しいけど、今日満足してほしいんだ」 「俺のち○ぽでひいひい言いながらアヘ顔Wピースで全身のあらゆる穴から汁を噴出してほしい」 「そんな女いねーよ」 「むむむ……」 ――ぐぐ……ぐ。 「お、お?」 「あは、またでっかくなった。なんだよー負けず嫌いだな。2連戦かー?」 マキさんも乗り気なようだった。痛みはないらしい。 「いいぜ。お前のでヌルヌルになってるけど、しっかり締めてやるから……」 「いや」 「はい?」 「こっちにしましょう」 「にゅあ……っ。な、なんだよ急に」 「あはは、マキさんこうしてるとホントに犬みたい」 「ホントにってなんだ……あぅっ。この格好、さっきよりぐりってくる」 「へー、お尻側に性感帯があるんだ」 そりかえった亀頭で腸の側をこすると、それだけでお尻全体が跳ねる。 「マキさん変なとこ恥ずかしがりだしプライド高いから俺だけイカせて自分はイキたがらないでしょ」 「ぎくっ」 「バレバレだよ」 「というわけでそんなズルいマキさんを、俺は誠心誠意、イカせてみたいと思うわけです」 このポージングなら腰を動かしやすくていい。 ――ぬるるる。 「ひんっ、んんん……っ」 「……結構簡単そうだね」 「う、うるせーバカ……あふぅんっ」 さっきまではマキさんが一方的に動いてたけど、俺も動かすと、マキさんは意外なほど弱かった。 敏感さんなのはさっきので分かってたけど、さらに制御できない快感にも弱いらしい。 足腰がびくんびくん反応してる。 腰を引いて、出す。それだけで。 「きゃふぅううううっ」 皆殺しのマキとは思えないくらい可愛い声を上げた。 「てめっ、こらああっ。チョーシ乗りすぎ……。あんんっ」 「はは、お尻側のココ撫でると勝手に膣がしまっちゃうね」 ギュッとしまればしまるほど快感は彼女にも返る。 俺は1回出したから結構余裕があるし、 「これならどうにかなりそう……行くよ」 「待て、ちょ、待てっつーに。せめて心の準備……ひぁ」 ――にゅぐっ! 「はぁあぁああんっ」 キツキツの内部へ向けて腰を送った。 「にゃっ、ふあっ、ひいいいぅっ、くうん」 「あぅうう、こらっ、だ、急にはびっくりするだろって……あふ、ふぁううう」 「あはは、ゴメン」 「でも腰とまらないよ。マキさんのなかキツキツなのにネットリふやけて、俺のに嬉しそうにしてるんだもん」 受け入れてくれるのが粘膜の感じとして分かる。 「ァううううううンンンン……っ。それ、……すごぉおおおお」 甲高い悲鳴や低い声を交互に放ち、動物的に悶えるマキさん。 とくに引き抜くとき、カリ首の張りでみっちりとヒダを引っかかれるのが好きらしい。 「ならもっと」 ――にゅごっ、にゅごっ、ぬぎゅぬぎゅ。 「きひぃいいいあああああっ、うわ、うわ、なううううぅぅっ」 ――ぐりゅぐりゅぐりゅ。 「ひっ、ひぅうっ、ひっ、ひくぅ」 ――じゅぽぉおお……っ。 「あぁぁああぁあ〜〜〜〜〜〜っ!」 ペニスの扱い一つでもう声がとまらなくなってる。 「でももっと行くよ……」 「えぅ……あっ」 手を前に回す。くびれたウエストから……。 ――ぷにゅん。 「はうぅっ? お、っぱ……」 ――ぎゅう。 「はにいいいいっ、ちくびっ、急にするなってぇ」 大迫力のふくらみを尖がらせるピンクの突起。 きゅっとつまんで引っ張る。 「ああっ、あっ、あぁぁあ〜〜。なにこれ、なにこれぇ」 「さっきより反応がすごいね」 「へん……うわわすごい感じ。乳首の、いいのが……ま○こにジィンッって。あうあうあうあぁ2つダブってぇえ」 「うは」 マキさんがどれくらい感じてるか、こっちにも感触が来た。膣の絞りが一層強くなる。 「わ、わ、わぁああ……」 「あはぅううん乳首、乳首すごぃいい。おっぱいが……ちん○んで、すごよぉおお」 小さな突起を指でくりくりやると、反応は高まる一方だ。 揉めと催促するように胸をそらして、大容量をたぷたぷ俺の手のひらにこすりつけてくる。 「んぐ……んぐぅうううう……っ」 「はぇ……え」 「だぁこらっ」 あ、逃げられた。 マキさんのおっぱい、重量もすごいから、思い切り振ると手が弾かれてしまう。 「お、おっぱいは禁止。感じすぎる」 「ちぇ」 本気で感じちゃった分、本気で嫌がってる模様。 ならあきらめるか。 「……」 ――ツ。 「んぅ?」 「こっちで我慢しますね」 おっぱいより近いとこに来てるお尻をつかんだ。 手のひらにちょうどいい膨らみ。わしづかみにしてぐにぐに揉む。 「んっとに柔らかいもんが好きだなお前」 「男はみんなそうですよ」 「まあこっちは乳首がないからいいけど……」 「……う? でも変な感じはするか?」 「まあいいや。お尻揉まれるの結構気持ちいい」 マッサージ感覚なようで、うっとりしてるマキさん。 気に入ってくれてなによりだ。 もっと気に入ってもらおう。 ――くにゅり。 「ひんっ?!」 「マキさんはお尻の穴まで可愛いね」 前よりちょっと濃い目のピンク色。 いやらしくて興奮するし、 「ば、ばか、変なとこ触るな……あうう」 「やっぱりだ。お腹に力入れるとこっちも力が入る」 「皺が深くなって輪っか型に持ち上がって。超絶やらしいよマキさん」 「へ、へんなこと言うなっ」 慌てるマキさん。 でも構わない。ひくひくする可愛いドピンクの肛門を撫でながら、 ――ぐじゅぽっ。 「はうううんっ」 ペニスで膣コネを再開した。 ――じゅぽっ、にゅぽっ、にゅじゅっ、じゅっ。 「ああひっ、ひぅっ、んっ、んなあああっ。ああ、そんな、何度もついちゃ……ン」 ――さわさわ。 「ふぁああお尻撫でながら突くなぁっ」 「こっちも乳首と同じみたいだね」 触ると膣が反応しちゃって、マキさんの感度を跳ねあげてる。 「やっ、やめろっつの……ぁあんっ、あれ? あ、あふっ」 胸と同じよう引きはがそうとするけど、今度は上手くいかなかった。 ハート型のお尻の間には、俺のものがずっぽり深々突き刺さってるわけで。そんな状態でお尻をふったらマキさんのほうがキツい。 「観念して気持ちよくなっちゃいなよ。ほら、ほら」 肛門をコネながら、腰を差し込んだ。 「あうううんっ。もっ、テメェチョーシ乗りすぎ」 「あっ、ううんっ、あうううう」 「ふぁあああお尻掴んでパンパンするなぁっ」 プライドが高いので怒ってる。 でも俺は構わず、接合した腰を起点にマキさんを揺さぶりまわした。 「おああああっ、はうっ、はんうううっ」 全身をのけぞり悶えさせるマキさん。 「うわマキさん。おっぱいブルンブルン揺れてる。超やらしいよ」 「知らない、ってぇ」 「ほらっ、ほらほら、もっと揺らしてみて」 「あんくぅううううっ、もっ、こらああ。あんま、突きすぎ。パンパン突きすぎいい」 「じゃあ攻め方を変えよう」 深くにとどめて、すりこぎを使うようにぐりゅぐりゅ。 「あううううそれもすごいいいい」 「あ、面白い。マキさん分かる、子宮をこねるとマキさんのアナルひとりでに開いてくよ」 「えぅ……?」 ムチ。 赤く焼けた肛皺をめくった。 「指、簡単に入っちゃう」 ――ヌぷぅう。 「おおおおおお……っ」 アナルに指を含ませてみる。 意外と簡単に、根元まで入ってしまった。 「あぅっ、……はうう、うううううう」 でもそれでマキさんに起こる変化は大きい。 ――ぎゅううう……っ。 「うあ……ま、マキさん?」 「はっ、はぁあ……ああああ」 乳首攻めや肛門入口撫ででも充分に反応してたマン肉が、さらに強く絞ってくる。 「あはは、どうマキさん。もうイクでしょ。イキそうでしょ」 「お、お前があんまり突くから……ぁっ。んあっ、ふぁう、あっ、あああっ」 「いいよ、思う存分イッて。俺もそろそろ……くっ」 1回出して落ち着いてた快感が、ねろねろの粘膜で遊ばれるうちまた戻ってきてる。 「はんっ、あんっ、ああううううう。ふぅ、は……はゃぁああああっ」 「っ、うぅく」 また出そうだ。激しい抜き差しを続けながら、子宮へ向けて亀頭をこすらせた。 「あっ、んんく、くぅう。来るぅうっ、なんか、なにかくる、きちゃ……ふぁ」 お尻に乗せた手をさらに食いこませた。 ぐにっと尻たぶがめくれて、指を突き入れたアナルが丸見えになる。ムチムチこっちへ隆起してくるアナルが。 「はぁああ」 見て楽しみながら、マキさんをこっちへ引き寄せた。 「きゃううううううんっ、んっ、うっ、ンくぅううううううなにこれええ」 「出すよっ、出すよマキさん……っ」 「はぁああ、あっ、あっ、あっ、あっ。来る来る来る来るぅうううっ、来ちゃ、ああーーっ」 「ッく――!」 ――どぷぅううううっ! びゅぷうううーっ! 「くひぁああああーーーっ!」 「はぁっ……っはぁあああ」 「んあぁぁああイクぅううううーーーーーーーーーっ」 口をぱくぱくさせて盛大に喘ぎ鳴くマキさん。 俺は無意識にぶるつく肌へ向け体を密着させていた。 ――ずぐぅう。 「んぐぅううこぉら、出しながら子宮押しつけ……ふぇぅうう」 「んぅっ、んぅうううっ」 「あはぁぁあぁあ……」 さらに体を芯からビクつかせる。 「は……」 マキさんをイカせた。その手ごたえと、強烈な射精感に、俺はもう疲れ果ててしまう。 ――じゅぽんっ。 狭くしまったまま戻らない膣から、抜くときすごい音がした。 「ああ……いっぱい出たな。逆流してるよ」 「み、……見るなばか」 「あはは、アナルは逆に広がって戻らなくなってる」 「言わなくていいっつに」 怒ってるマキさん。 でもあっちも満足そうだった。 「好きだよマキさん」 「なんだよいまさら」 「いや、一線越えたから改めて言っておきたくて」 「腰越マキさん」 「はい」 「大好きです」 「ん……」 「……」 「へへ」 嬉しそうに笑う。 「ったく、照れるだろ」 「んじゃあ私も……ダイ。あ、長谷大」 「はい」 「……」 「……」 「……えーっと」 「言ってよ」 「分かってるって。えっと、だから」 「……」 「あああー恥ずかしいぞこれ」 「なんで。簡単なことじゃない」 「マキさん好き好き。ね?」 「うん……あの、大、す……」 「……」 「やっぱ無理」 「なんでやねん」 「キスしたりセックスしたりは簡単だったのに、なんで好きはいえないんですか」 「分かんねーよ。なんか恥ずかしいの」 よく分からんところにツボがある人だ。 可愛い。 「ほーらぁ、言ってよマキさん。俺のこと好きって」 「う〜〜」 「そ、そもそもセフレって約束だぞ私ら。好きとかって違うだろ」 「違わないですよ。好き同士でなきゃセフレにはならないもん」 「そうか?……そうか」 「じゃああの、……大」 「はい」 「だ、ダイのほうがいい。なんとなく」 「どっちでもいいですよ」 「うん。……すー、はー……」 「好きだぜ。ダイ」 「……」 「……」 2人そろってニヤーってなる。 「好きだよマキさん」 「な、何回も言うなよ」 「やだ。言いたい。大好きマキさん」 「分かったって。んと、えっと……」 「私もダイのこと好きだ」 「好き……」 「あーもう!」 耐え切れなくなったのかキスで口をふさいできた。 どうやら言葉よりも行動がいい派らしい。 あわせよう。こっちからも唇をぶつけていく。 まずはセフレ、だっけ。恋人って言葉すら使うのをためらう子供っぽい彼女。 ゆっくり変えていってもらおう。 「ゆっくり恋人になろうね、俺たち」 「……ん」 鼻をならすだけで返事するマキさん。 やっぱり子供みたいだった。 「でも大人なこともちゃんとしよう」 「へぅ?……おわっ! も、もうかよ」 もうですよ。プリプリおっぱい当てながら寝るから、また固くなってしまった。 「ね、ね、マキさん。もう1回」 セフレさんにお願いする。 「やっぱお前絶対淫獣だわ」 「マキさんのアニマル分がうつったんだよ」 「言い訳すんな」 頬をツンてされる。 「はぁ……主導権とられるからヤだな。セフレってのも」 「主導権についてはフィフティーでしたよ。マキさん激しいんだもん」 「そうかなぁ」 後半のしか頭に残ってない様子だ。 「じゃあセフレやめます?」 「改めて恋人ってことで、彼氏彼女になれるなら俺は言うことなしなんですけど」 「だ、だからそれは恥ずかしいの」 ここだけは譲ってくれない。 やっぱ基準がよく分からない人だ。 「セフレのまんまでいいよ。主導権とられるのは微妙だけど」 「わぷっ」 また乗っかられた。 「セックスは楽しいから気に入った」 火のついてしまった俺のセフレさんは絶倫そのもので朝になっても終わらなかった。 こっちは体力厳しいんだけど、 でもマキさんの体相手なら何回でも。 「学園行くわねー」 明け方ごろどちらからともなく寝オチして、途中むにゃむにゃしながら姉ちゃんの声を聞いた。 テストが終わって先生は採点が忙しいようだ。 働く姉ちゃんには悪いけど、これ幸いと2人でお風呂に入ったり、 「んぁっ、こら、そこまで洗えっつってねーだろ」 「ここは汗が溜まりやすいそうだよ」 「にゃろー」 「調子のんなっ」 そのまましちゃったり。 俺たち身体の相性は抜群みたいで、 だからもう止まらなかった。 ・・・・・ ……夢。 いつもの夢だ。 小さいころの夢。 養育院で育てられて、友達がたくさんできて、姉が出来て、 姉ちゃんに引き取られて、 友達とお別れした夢。 「ンぅ」 目が覚める。 「ヒロー、お姉ちゃんもう行くわよー」 「ん、ふぁーい」 姉ちゃんは今日もお仕事か。ご苦労様です。 「……あれ」 「マキさん?」 どこ行った? 身体を起こすと、 「〜♪」 「なにやってんの?」 視界に入りにくいところにいた。 具体的には俺の下半身にしがみついてて、 「ちょーっと大人しくしてろ。えっと、あの1回は計算しないものとして」 「ふにゃけて書きにくいな」(カキカキ) マジックペンで俺のモノになにか書いてた。 「もう1回言います。なにやってんの?」 「記録つけてんの」 『正』って文字を3つ書いてた。 「ああ、回数の」 「こうすりゃ忘れないだろ?」 「忘れないようにする意味が分かりませんし、書くなら紙でいいでしょ」 「でもよかった。突然ヤンデレに目覚めたとかで『マキ専用』って書いて、他で使ったら切っちゃうよ。とか言い出したらどうしようかと」 「……」 ――『マキ専用』(カキカキ) 「書くんかい」 「ノリでさ」 子供みたいな人だ。 「他で使ったら切っちゃうよ」 「使う予定ないけど。ノリで病まないでください」 「……」 「ちょろいっっ!」(ざすッ!) 「ぎゃー!」 「なかに誰もいませんよ」(ぐちぃ) 「あばばばば」 「冗談だよ」 「や、やめてください、そこを握りながらの冗談は」 怖い。 「別に専用とか言う気はないけど、他で使うときは一言私に断れよ。セフレとはいえ良い気しねーから」 「分かってます。ていうか他で使う気はないですって」 「よろしい」 「私のも、セフレとはいえダイ専用にしとくから」 「……」 「にへーってすんな気持ち悪い」 そのまま朝ごはん。 「肉が食べたいなー」 「最近肉ばっかだったからちょっと落としましょうよ」 トーストと目玉焼き。あとサラダ全般。 「せめてベーコンエッグにしてほしかった」 「ベーコンがなくて」 「こんなんじゃちっとも食欲わかねーよ」 「はぐはぐもぐもぐウマー」 すごい勢いで食べる。 「お腹空いてました?」 「誰かさんが夜中まで体力使わせるから」 「あはは」 マキさんだって放してくれなかったじゃないか。 今日は水出しコーヒーもちゃんとあるんで、2人で一服することに。 「そういえば今朝、なんの夢見てたの?」 「夢?」 「むにゃむにゃ言ってたぞ。姉ちゃんがどうとか」 「んー」 「俺、夢ってまったく覚えてない派なんですよ」 「あー、分かる。私もほとんど覚えれない」 「でもなんか色々見てたみたいだぞ。嬉しそうにしたり辛そうにしたり。どっか覚えてない?」 辛そうに。 「なら昔のことかな。この家に来る前」 「へ?」 「養育院にいたころのことかも」 「……」 「どうかしました?」 「養育院……って、なに?お前この家の子じゃねーの?」 「あ、言ってませんでしたっけ。俺、長谷さんには引き取ってもらってるだけで、血のつながりはないんですよ」 「マジかよ!」 そういえばマキさんには話したことなかった。 「重てーよ、サラっと言いすぎ」 「ですかね」 俺としてはどうでもいい過去なんだけど、やっぱ聞いた人の反応は大きいか。 「……養育院」 「まさかな」 「はい?」 「なんでもない」 「で、そのころの夢だとなんかあるわけ。辛そうにすること」 「この家に来るとき劇的に生活が変わりましたから。仲の良かった子とお別れしたりして」 「なるほど」 「当時は好きな子とかもいましたし。離れるのはキツかったです」 「まあ姉ちゃんのことも好きでしたし、家族ができたし。この家に来られたのは嬉しかったですけど」 「ふーん。……シビアなのにお前が言うと緊張感ねーな」 「……」 「好きな子……か」 「?」 「ダイの初恋の相手ってどんな奴?」 「な、なんですか急に」 「いいじゃん。言えよ」 「う……えっと」 「最強のヤンキーだけどすごく優しい心を持ってて、純情で、意外と女っぽくて、その……」 「辻堂のことはいい!昔好きだったってやつのほう!」 「ああ。でも昔のほうは初恋ってほどでも」 「いいから聞かせろ。気になる」 マキさんにしては珍しく食い下がる。 「そうだな。っていっても10年も前だからあんまり覚えてないんだけど」 「彼女は……寺社に縁があるとかで、よくうちの養育院がある寺にも遊びに来てて」 「寺……」 「ちょっとお姉さんぶる人だった。いくつかは知らないけど、外見的に俺とはそんなに離れてるとは思えなかったけど」 「ふんふん」 「肩のところでそろえた髪がよく似合ってて……」 「……それって」 「元気かなぁ、雛乃ちゃん」 「誰だよ!」 「誰って、初恋の人ですよ」 いまごろ何してるんだろ。結局何歳なのかすら分からなかった。 「はぁ……ま、ありえねーか。養育院なんてこの辺だけで死ぬほどあるし」 朝食を終えてごろごろしだすマキさん。 「今日どうする?」 「さすがに2日間ぶっ続けだったから腰が痛いですね」 「ゆっくりするか」 窓の方を向いた。 「いー天気。日向ぼっこでもしてよかな」 「俺はやること溜まってるからそっち済ませます」 「じゃ、ひとりでのーんびりしてる」 フリー人め。 「この時期だとすぐに日が照ってくるから焼けちゃいますよ」 「そっか。でもぐだーってしたいんだよなー」 「うーん、じゃあちょっと待って」 姉ちゃんの部屋へ。 勝手に借りるけどいいだろう。 「これ使ってください」 「もう朝メシ食っちゃったよ」 「クリームですよ。日焼け止め」 「ああ……。こういうのべとべとするから嫌いなんだよな。いいじゃん焼けても」 「痛くなりません?」 「あんまり気にならないタイプ。すぐ焼けるけどな」 「んー、でもこんだけ日差しがあるとちょっとしたら真っ黒になりそう」 「ダイは日焼けっ子ってどうよ」 「小麦肌、的な?」 「セクスィーじゃね?」 そうだな、 「じゃあいいじゃん」 美白だからもったいない気もするけど、変わったら変わったでセクスィーかもしれない。 「そうだ」 「?」 「じゃじゃーんっ」 「おお、セクスィー」 「やっぱ焼くならこれだろ」 「さっきのクリームも一応借りるわ。痛くなりそうだったら塗るから」 「はい」 クリームを渡す。 「よーし焼くぞー、ゴーゴーメラニーン」 シュタッ! 屋根にのぼって行った。 元気な人だ。 「〜っ♪ いい天気」 「日なたぼっこっつかお昼寝日和だな。まだ朝だけど」 「くああ……やべ。マジ寝しそう」 「あー、このクリームどうしよ」 「……そうだ♪」 ・・・・・ 「えー、焼けちゃったら私じゃないってこと?」 「そこまでは言ってないです」 趣味の問題として、だ。 「んじゃこのクリームだけは使う。それでも焼けちゃう分はあきらめろ」 「……」 「はい」 「はい?」 「日焼けクリーム。そして年下のオトコのコ」 「私もさ、『優しく塗ってちょうだぁい』って言いたいお姉さん成分がごく微量ながらあるんだよね」 「なるほど」(キュポッ) 「で、でもそんなこと。俺、恥ずかしい……」(ぬるぬる) 「高速で手に広げながら恥じらっても説得力ないぞ」 「ですね」 「ちょっと待ってろ。さらなるトキメキアイテムも」 「じゃじゃーん」 「おお、セクスィー」 「やっぱ日焼けオイルといったらこれだろ」 「お、俺やっぱり恥ずかしいよマキさん」(わきわき) 「その手つきやめろ。キモい」 「さっ、どーぞ」 「はい」(にゅるゥ) 「ンふ……」 一昨日昨日と触りまくった肌に触れる。 女の子っぽい曲線を作る、野性的なバネの強い皮膚。 改めてなのでホントにちょっと照れた。 ――にゅるぅう。 「ふぁ……ん」 「ムラがないように、な」 「うん」 ・・・・・ 「稲村区役所からのおねがいでーす」 「稲村の青い海を守るためー、ご協力おねがいしまーす」 「湘南の景観を守りましょーう」 「もうイヤだ〜。勘弁してくださいよ愛さーん」 「俺たちみたいに人相の悪いのじゃ募金なんて集まるわけないですよ」 「この数でやっててさっきから52円しか集まってないじゃないですか」 「そりゃ大変だ。ボランティアとはいえ、せめて1万か2万は集めてーからな」 「集まるまでずっとそうして反省してろ」 「ひーん」 「勤労自体はかまわないが、こうも暑いとさすがに苦しい」 「フラッペでも食べたくなるわね」 (ぴくっ) 「あ反応した。愛さんも好きなの、フラッペ」 「好きっていうか……えっと、あの」 「?もしかして愛さん、フラッペが何なのか知らないとか」 「うるせーーー!」 「ぎゃー!」 「疲れたー、楓ちゃん冷たいものちょうだい」 「自販機で買え」 「この時間は部活の子たちが殺到してて先生は無理。職員室の冷蔵庫は教頭の育毛剤が占拠してるし」 「知ってるのよ。この虫歯防止啓発ポスター、裏が冷蔵庫になってるって」 「ど、どうやって気づいた」 「勘。……なにこれ、ペクタードッパーしかないわけ」 「やれやれ」(ぷかぷか) 「すごい、そのタバコの煙わっかにするやつ生で見たの初めて」 「昔は3重丸まで行けたが……もう無理かな」 「弟君の内緒はどうなった」 「進展なし。相変わらずコソコソやってるわ」 「ふむ」 「そろそろマジで突き止めたいわね」 「ま、なるようになるさ」 「あ、例の日焼け止め、どうだった?」 「クリーム? まだ使ってない」 「そろそろ日焼け対策は念入りにな。若いうちはいいが、年取るとすぐシミになるぞ」 「まだ若いから大丈夫よ」 「甘い! その油断が悲劇を呼ぶんだ!」 「怖! べ、べつにそこまで」 「でも早め早めの対策は大事ですよ」 「なんか出た。わ、分かったってば」 「せっかく作ったんだから大事に使えよ。例のクリーム」 「笑えるほど日焼けをふせぐ自信作だ」 土日が終わっても、今回はテスト休みがもう1日。 海の日である。 それでも仕事が忙しいらしい姉ちゃんがブツブツ言いながら出かけていくのを見送ったあと。 「ダイ〜」 「はい?」 「ヒリヒリする」 「だから言ったのに」 昨日一日でこんがりだった。 「昨日はまだ赤くなってる感じだったけど今日はもう完全に日焼けですね」 「うー、かゆいよー」 「かいちゃダメ。もっと痛くなりますよ」 「だからクリーム使うよう言ったのに」 「こんなに焼けるとは思わなかった」 「あはは、セクスィーはセクスィーですよ」 「くそー」 ジト目で見てくる。 「うう」(ぽりぽり) 「さっきからお尻ばっかりかいてますね」 「焼けてるとことそうじゃないとこの境目ってなんかかゆくなる気しない?」 「意識するからですよ」 「う〜」(ぽりぽり) 「ううう〜」(ぽりぽりぽり) 「……あの、ですから」 お尻ばっかかくのやめて欲しい。意識しちゃう。 「服だめっ! こすれてかゆい」 わっ。 ばさっと服を脱ぎすてて去って行った。 「今日ずっとこれにする」 「水浴びてくるから」 「はい。湯船洗った後ですから、溜めれば水風呂にもできますよ」 「うい〜♪」 ウキウキしながら風呂へ。 と……ん? 「マキさん、なにそれ」 「ん?」 「太もものトコ、なんかついてません?」 褐色の肌になにか……。 「あ、あー……」 「なんでもねーよっ」 逃げるように行ってしまった。 どうしたんだろ? よく分からん。 「……」 しかし……、イイな。日焼けしたマキさん。 スポーティというか、健康的で。かつエロい。 ムラムラ来てしまう。 昨日の夜は出来なかったんだよな。マキさんがヒリヒリするっていうから、添い寝だけで我慢した。 「……」 そういえばマキさん、お尻かゆがってたっけ。 肌のヒリつきを抑える軟膏はある。 「マキさーん」 「んー?」 マキさんは1回シャワーでさっぱりしたのか、湯船に水をためてるとこだった。 「この薬使いましょう。かゆみを抑えるって」 「軟膏? こういうのって効いたことねーんだけど」 「まあまあ、気分の問題ですから」(ぬりぬり) 「なんで自分の手に広げる?」 「分かりませんか」 「だんだんスケベを隠さなくなってきてやがる」 「まいっか。頼む」 エッチぃ提案に、むしろノリノリで身体をくっつけてくる。 こういうとこイイなあマキさん。 「では遠慮なく……ん?」 また太ももに気づいた。やっぱり何かついてる。 「これなんです? なんか白いテープみたいな」 「えあっ、あ、あ〜……」 照れたように笑うマキさん。 「これは……ほら、昨日一応日焼け止めクリームももらっただろ」 「はい」 「あれ、実はちょっと使ったんだよ。どんなふうになるか試したくて」 「その結果が、コレ」 「コレ日焼けのあと?」 テープじゃない。肌だ。元の白い肌。 「ものっすごい効果なのなあのクリーム。薄く塗っただけなのにこうもくっきりになるとは思わなかった」 「効きすぎですね」 水着のラインとかも痕になってるけど、そこより肌の白さが残ってる。むしろメラニンを白に着色した感じ。 「で、字ぃ書いたんだけど、くっきり出たら出たで恥ずかしくなっちゃって」 たははと笑うマキさん。 字か。言われてみれば漢字っぽい。 「なんて書いたんです?」 「ん? んー」 マキさんはやっぱり恥ずかしそうにわらって、 「こんな感じ」 「なにやってんすか」 「ノリって怖いよな」 太ももの文字はこの角度から見ると読める。   『大専用』  『お好きにどうぞ』  『そーにゅーOK』などなど。 「前に漫画でやってるの見てさ。ほら、昨日の朝、お前にも同じようなことしただろ。それでつい」 「その漫画はアレでしょ。女の子が嫌がってるのにこういう扱いされちゃうのがエロいとこでしょ。自分でやってどうするんですか」 「ひ、引くなよ」 「引くでしょこれは」 「てかこれホントにどうするんです。しばらくこのままですよ」 ちなみに俺も昨日アソコに書かれたわけだが、水性ペンだったのでとっくに消えてる。 「まったく」(さわ) 「ふっ」 「ノリと勢いだけで生きてちゃダメですよ」(さわさわ) 「ぁんっ、お、思っきり触りながら説教すんな」 「だって俺専用って書いてあるもん」 やっちゃったことは正直引き気味だけど、エロいのは間違いない。 ――コチョコチョ。 「あああふっ。エラそうに」 「そもそもこのツートンカラー、ツボです」 文字がどうこう以前に、褐色の肌ともとの白さのギャップがかなりイイ。 ――さわさわ。 「んぅ……もう」 困った顔ながらマキさんも嬉しそうだった。 「あんま強くすんなよ。ヒリヒリしてるんだから」 「はい」 ドキドキしながら、白いままな肉唇に指を添える。 ――ムニュリ。 柔らかい。 「広げていい?」 ――くち。 「にゅふぃ……っ、もう広げてるだろうが」 軽く押しただけで、トロ肉はニュパと音を立てて左右に裂けた。 「このビラビラが小陰唇……これがおしっこの穴」 「なんでわざわざ言うんだよ」 「だってほら、前回は触れなかったじゃないですか」 今回はじっくり探索してやる。 お風呂の水とは微妙にちがうトロっとしたエキスがさっそく染み出しているお肉をかき混ぜた。 「大陰唇ってぷにゅぷにゅしてるんですね。あはは、可愛い」 「内側のはグロいからな」 「いや小陰唇も可愛いと思いますよ。ただこっちは子供っぽい感じで」 ――ぷにぷに。 「ん、ふ」 「くすぐったい?」 「うん、触られるの、まだ慣れてない」 「じゃあもっと触っちゃおう。そーれぷにぷに〜」 「ばーか」 苦笑いしてるマキさん。 俺は構わずぷにぷに弄る。 重なろうとする陰唇を、ひろげたり、逆に寄せてつぶれ合せたり。 「はん……は、あう……んふ」 「マキさん、息がはずんできてない?」 「だって気持ちイイんだもん」 正直だ。 「あとこの格好ちょっと苦しいかも」 「はい? ……ああ」 言われてみれば。お尻や太ももの落書きを見せようとするマキさんの格好はかなりきわどい。 まんぐり返しに近い。ひざを抱えてお尻を持ち上げた格好。当然お腹は圧迫される。 「でも我慢してください。この格好エロくてイイ」 「お前……優しさが取り柄のキャラなのに欲望を優先させんなよ」 「ホントに苦しいならやめてもいいけど」 「んにゃ。どーぞ」 運動神経の塊みたいな人なんで、さほど苦労してない。ンッと自分からもっとお尻をあげてくれた。 ――ぼさっ。 「おお」 拍子におっぱいが、信じられないくらい重たそうに揺れる。 「相変わらずすごいなマキさんのおっぱい」 こっちもツートンカラーだ。触らせてもらった。 褐色の肌からはぐれた白いお肉。その先っちょにあるピンク色をさする。 「ひゃぅっ、にゃううう……。そこ弱いっつってんだろ」 「知ってますよ。だから触るの」 くりくりと優しくころがす。 「ンふぁ……も、バカ」 この前セックスしながら触ったときは狼狽してたけど、挿入してない状態だと普通に気持ちイイようで。マキさんはうっとり鼻をならす。 ならもっと。優しく転がした。 「んふぅ……ふぅうう」 「ほんと敏感だよね、ここ」 「おかしいな……そんな気しなかったんだけど」 「ダイのせいで最近おっぱい太り気味だから、感度まで上がったのかも」 「どーしてくれんだコラァ」 「そんなこと言われても」 そういえば前にご飯いっぱい食べるようになってちょっと太ったって言ってたっけ。 もともと大きいので違いは分からないけど、おっぱいにお肉がついたらしい。 「責任はとりますけど」 にゅるにゅると水ですべりスライムみたいに逃げる柔感を、上手く招きよせた。 「あううううん」 「はは、乳首だけじゃなくおっぱい全体敏感だ。これは確かに俺のせいかも」 「だからそう言ってんだろ」 マキさんは気付いてないだろうが、見やすいようにもちあげたアソコで、小陰唇が開いてる。 バストへの愛撫でまた膣が反応してる。 分かりやすい感度パラメーターだった。 「ちょっと本気で攻めてみよう。えーっと」 マッサージには自信ある。応用した指技を試してみた。 ――むぎゅうう。 「あうっ、ちょ、ちょっとキツい……んっ」 強めにつかんで感覚をとがらせ、そのあと皮膚をくすぐるよう撫でる。 「はう……な、なにこれ。お前慣れてるの」 「おっぱいは知らないけど、マッサージなら」 姉ちゃんによくやらされる。 すっすっとじらす感じで指を這わせ、 「はう……ひゃあ」 まずは外側から。 あくまで準備体操だ。ゆっくり、ゆっくり、円を描くように押し揉む。 「んふ、ふぅ……うう、うううう」 「そうだ、ここ弱いそうだけどどうです」 アンダーバストもさすってみた。 「はんぅううっ。そ、そこは……むずってするかも」 「効果的だ♪」 おっぱいとお腹の境目。ちょうど水着との境目で、日焼けとそうでない色むらになってるとこ。 普段おっぱいで隠れてるから、弱いと思った。 逆さをむいてるこの格好だと狙いやすい。おっぱいを揉んだまま舌を這わせる。 「あうううううっ、そ、そこ、うわ知らなかった。すごい……ぁんっ」 「新しい弱点見つけたね」 「うー、ヤバい。どんどんダイに開発されてしまう」 「気持ちイイからいいじゃない」 「そうだけどさ」 納得いかない模様。やっぱ本質的には攻めの人なんだな。 でも、 「ん〜〜っ♪」 「あうううんっ、んふっ、ふぅ、うううう」 それ以上に本能に忠実で、気持ちイイことに貪欲だった。 外から煽ったバストは、感度が高まる一方だ。 ポイントをずらして触れてなかった乳首は、もう周りの乳輪から盛り上がってた。 「触って欲しそうにしてる」 「触ってほしいんだもん」 「了解。でも、もうちょっと焦らそう」 「いじわる……あうっ、はっ、んんん。これも気持ちいいけどぉ」 ぞくぞくっと不自由な体を震わせてるマキさん。 いつ来る、いつ来るって感じに、乳首まで揺れてる気がした。 「はぁ……はぁあ」 俺はじっくり焦らして、たっぷり性感をあおって。 それから、 ――うにぅ。 優しくおっぱい全体を揉みつぶした。 先端を指に挟んで。 「ぃう……」 ――きゅむっ。 「あひぃいいいいいいいいいいいんっっ!」 ――ぷちゅうっ。 「あ……」 思った通りすごい反応になり、ぐんと全身をそらすマキさん。 その拍子に、もちあげた股間で小さな穴がぴゅるりと蜜を吹いた。 「あは、すごいマキさん。膣吹きする人なんだ」 「はえ? 膣吹き……ってなに?潮吹きのこと?」 「いや俺もよくは知らないけど、ぬれぬれのおま○こが急にぎゅーってなって、中身を吹いちゃうってやつ」 感度抜群な名器の証拠……とか、漫画で見た。 「ぁう……なんか恥ずかしい」 「恥ずかしがることないですよ。あは、テンションあがっちゃった」 俗説の真偽は知らないが、マキさんが感度抜群な名器なのは事実だ。 「いいもの見せてもらいました……ン」 「にゅあ……っ」 お礼の代わりに、そっちにキスした。 口を開いたぷにぷに大陰唇に口をつけ、そっと舌で小陰唇をめくる。 「あふ……つ、つぎはクンニ?展開早くね?」 「色々やりたいじゃないですか」 「いいでしょ、ここ俺専用なんだから」 太ももの落書き焼跡をなぞりながら言う。 「……バカ」 苦笑しつつ『しょうがねーな』って感じに、マキさんはヒザを抱え直してくれる。 舐めやすくなったあそこへ改めて近づいた。胸をわしづかみにしたまま、 ――ちろ。 「はうん……っ」 ぷにぷにの大陰唇が、めくられたのが不満なのか閉じようとする。 「柔らかい」(ぷにぷに) それも気持ちイイ。 「あは……ふ、はふ」 「おさらいですね。これが大陰唇……」 ぬるーっと舐めていく。 盛り上がった土手と腿の境目は、アンダーバストと同じくらい敏感そうだった。 「あん……はふ、ふふ」 何度も舐めるとマキさんの声が甘く変化する。 「こっちが小陰唇」 「きゃふっ!も、……急にはやめろっつに」 今度は中へ。油断してたんだろう、可愛い声が出ちゃって、マキさんは困ってた。 「ここが尿道口……これがクリトリス」 「んぅっ! そ、そこは優しく、な」 「ここ、やっぱ弱いんだ」 「そこは……みんなそうだろ。さすがに」 男のペニス。とくに亀頭にあたるという女の子の弱点。クリトリス。 肉の真珠みたく真ん丸でつるんとした形状だった。もう包皮からは半分顔を出してる。 「分かりました。優しくします」 「たのむわ」 「優しく集中攻撃しますね。はむっ」 「わっ!? こら、そういう意味じゃ……にゃああっ」 包皮どころか周辺ごと、大きく開けた口で吸いついた。 「いぅ……うっ、うううううっ」 空気圧の変化だけでも強烈らしい。マキさんは全身をこわばらせる。 でも拍子に腕が縮こまり、抱えてたヒザをもっと引き寄せることに。 身体が丸まって、お尻がもっと俺の方へ来た。 「あむあむ」 「んきゃあんっ、あうっ、あぅうう。も、あんっ、こらぁあ」 「さすが俺専用クリトリス。敏感だ」 「お、お前専用は穴だけだろ」 「そんなことないよ。矢印でこの辺全体をさしてるじゃん」 「つまりこの辺全部俺のモノ……ンンん」 「あーん」 唾液を多く分泌して、クリトリスを包んだ。 マキさん、クリが大きいタイプみたいで、包皮をはじいちゃってるから優しくできない。せめて唾液でオブラートだ。 あんまり意味はないけど。ンくンくと舌をあてがうと、 「ひうううっ、はんっ、ひゃああんっ、それすごっ、あーーすごぃいい」 マキさんはもう電気を流されてるみたくすごい反応をする。 2点同時だとどうなるかな。乳首をつまみつつあてた舌をバイブさせる。 「はにゃぁあああっ、あっ、あんんっ、ンゅうう。ふぁっ、ふぁああクリ、クリがああ、乳首がぁああ」 簡単にイッちゃいそうだった。 「ん……クリトリスってこりこりしてるんだ」 「はぁあ、あはぁああ」 「面白い」(かぷ) 「ひっ……きぃいいいいいんっ」 前歯を当てたりすると、もう悲鳴に近い声が出た。 こっちは刺激が強すぎるかな。舌だけにしよう。 「はく……あぅう……く、んんぅう」 8の字を描く感じで小陰唇まで舌を往復させて、 「あはぁ……あはぁあああ……」 乳首をツネリながら、クリトリスをはじく。 「っ、あふぅううううっ」 効果的だ。 「あんんぅ、んんぅうううん……あはぁあ、ダイ、ダイぃ……すごいよぉ」 「どんな感じ? セックスとはちがう?」 「ンと……ダイの舌、熱くて、セックスと似てる。同じくらい気持ちイイ」 「でも柔らかくて、すごく、優しい……っから、気持ちイイの、とまらなくて……くふぁっ、ふぁああ」 「マキさんの穴うねうねしてる。反応してるよ俺の舌に」 「お前がエロいことばっかするからだろ」 「あぁああ、クリ……イイ。いぃい、乳首と一緒のやつ気持ちぃぃい」 「了解♪」 ご要望に従って、今度は集中的に乳首をツネり、クリをこちょこちょ転がす。 「ああああんんっふふぁああーーっ!」 「はんんんっ、うっ、うううっ、クリっ、あたる、こすれるうう。イイ、これいいい」 「うは……マキさんおま○こが口に吸いつくよ」 「あはぁあっ、だって入っちゃう、力はいるんだもん。ヨすぎてま○こ、ま○こ動いちゃうんだよぉお」 また膣吹きするかな。狙って、キュウキュウ窄まる穴を刺激しつつクリ攻めを速めた。 連続して舌でたたくと、そのぶんクリトリスはふくらみ、感度も跳ね上げ、 「あううっ、はう……ひゃうううーーっ」 「あつ……なに?ジンッて、ジンッてのが……おへそ、下……」 「あむ」 「ンン……っ?! く」 もうクリトリスだけに吸いついてみた。 おっぱいを飲む赤ちゃんみたくンくンく吸いながら、ローリングさせる舌に巻き込んでいく。 「ふぃっ、ひ……っ」 ――にゅりにゅり、 「ああ……うあああ――」 ――にゅろぉおおお。 「あぁぁあああああ〜〜〜〜もうダメぇええ」 忘れてた。 乳首もぎゅーっと乳輪からつまむ。 「っ……!」 「くふ……ふ、ふぁ……出る」 「なんかっ、なんかでる、何か出るぅううぅっ」 「あふぁぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!」 っと、 「ああっ、あぁっ、ひゃああああ!おしっこ、おしっこでちゃううう〜〜〜〜っ」 ――ぷちゅっ、じょぼっ、 ――じょぉおおー……っ。 「おわ……」 最初ホントにおしっこかと思った。 マキさんのそれは、そのくらい塊になって一気に噴出するタイプだ。 「ああああああ……は、……はぁあああぁあ……」 ただ落ち着いてよく見ると、特有のニオイはないし、マキさんの反応も解放感とは微妙にちがう。 「あはぁあ……、はぁー、はぁー」 イッてる。 これって、 「マキさん……今度は潮吹いた?」 「はぅう……はん、はんん……」 応答なし。頭の中は完全にイキきってる模様。 す、すごいぞ俺。もう女の子に潮まで吹かせちゃった。 「あぁ……あぁああ、おもらし……じゃない?」 「ちがいます。潮ですよ。潮吹き」 「……こんの淫獣」 恥ずかしいらしい。睨んでくる。 確かにしつこくクリトリス攻めすぎたかも。 「でも……たしかに何かちがう。おしっことも。イクのともなんかちがう」 「いまイッてなかった?」 「イッたけど……なんか変」 はぁはぁと息を切らしながら、アソコを高く持ち上げたエロポーズを崩さない彼女。 俺専用とマーキングされた穴がヒクヒクしてる。 「気持ちイイのに……エロいのが収まらない」 「えっちぃの垂れ流しになってる感じ。うう、どうにかしろダイ。私このままじゃビッチ女になっちゃうぞ」 「ビッチというのはメス犬って意味だからビッチ女は意味が重複して」 「そういうことじゃない」 「ごめん」 「分かってますよ。マキさん、潮吹きでエロエロになったんでしょ」 あとは消えたけどマキさん専用のペニスを取り出す。 「あは……♪」 嬉しそうに頬を緩めるマキさん。 なるっていうか、もうビッチっぽい。 俺専用のメス犬さん。 「入れて欲しい?」 「う、うん。ほしい」 「じゃあおねだりして。ちゃんと言えたらここにずぷーってしてあげる」 「んぐ、テメェ」 怒る湘南最凶ヤンキー。 でもエッチスイッチの入った今、ひくひくする穴にペニスを当ててる俺の方が立場は上だ。 もともとノリはいい人だし、 「い、入れてください」 大きいおっぱいをユサユサさせながらいやらしいおねだりをする。 「どこに? なにを?」 「私のなかに、ダイのおちん○ん」 「これのこと?」 切っ先をあてがう。 ――にゅぐぅ。 「あふぅんっ、それ、それぇ」 「そうだね、入れたいかも。俺もマキさんのあったかおま○こ好きだし」 「そ、そう。早く入れて。ダイ専用の私のま○こ、熱くてトロトロの汁まみれになってるから」 「はぁ……はぁあ、ちょっと前まで処女だったのにこんなビッチま○こでダイのちん○んに期待してるからぁ」 「はいはい」 こっちも下手にじらすと、このまま言葉攻めで射精しそうだ。 腰に力を入れた。 ――ぐちぅ。 「んっ、ふぅうううっ」 しまる力の強いマキさんのヴァギナは、期待が逆効果で入ろうとするペニスに反発する。 それを本気汁のトロ味ですべらせ、割り裂いていくのが快感だった。 ――ぐぐ。 「きふぃ……ひあ、ふと」 ――ぐぐぐ……。 「あっ、あっ、あ――」 「マキさん期待しすぎて乳首とクリが勃起してる」 「う、うるさいな――」 ――にゅぽっ! 「――ひぁあああああああああっっ!」 不意打ち気味にペニスの切っ先が内部へ。 「ああああもっ、んくぅう入った。入ったぁ、ダイのち○ぽ入ってきたぁああ」 「あっ、う……熱い、や。すごく熱くて硬くて太いの……ぉ、マン肉ひろがるぅう」 「この前したばかりじゃない。忘れてた?」 「覚えてるよぉ……覚えてるけど、想像以上なの」 内部はヌルヌルで、先さえ入れば簡単に奥へ奥へ進んでいける。 「マキさんのおま○こ、温かいよ」 「へへ……だろ。さっきから発情しっぱなしだったもん」 「さっきっていつ?」 「……昨日の夜からずーっと」 「すっかりエッチ好きになっちゃって」 処女だったころからもう目覚めたみたいだ。 「お、お前のせいだろ」 「ダイのちん○ん、こんなにたくましくてビクビクして、私のなか気持ちヨくするから」 「あう……はあふ、私こんなに、こんなに……おまえのち○ぽ、ま○こにいれるの」 「セックス大好きになったんだろ……っ」 ――じゅぽぉおっ。 一気に根元まで突き入れた。 身体を折り倒して丸まった身体に密着する。結合はさらに深まり、 「ん〜っ♪」 ふかふかなおっぱいに顔をうずめる。 「……お前だっておっぱい大好きじゃん。えっちぃの」 「俺は最初から好きだったよ。3日でち○ぽ好きになったマキさんほどじゃない」 「ぶー」 拗ねたようだけど、結合は解かない。 「動くね。……んっ、んっ」 ――にゅぽっ、にゅぷっ。 「くひぁああっ、ひあっ、ああああ〜〜っ」 丸まったマキさんの身体をゆりかごみたいにしてゆさゆさと揺さぶる。 「くぁあ……んっ、んぁおおおお……っ。あぅっ、おうううう、こえすご、せっくす、せっくすすごぃいいい」 「ダイ、ンぁあぁああダィぃいい。ち○ぽ、動いて、ぁあぁち○ぽきもちいいい」 「あはっ、はっ、俺も気持ちイイよ」 俺のが入ると締まるのがクセになったらしい。マキさんのマンヒダはペニスのいたるところにくっつき、吸いついてくる。 「すぐ出ちゃいそうだな……最初から思いっきり行くよマキさん」 「うんっ、うんして。私もすぐイク……すぐ、すぐっうあぁああまた潮吹いちゃうぅう」 「はぁっ、あっあっあっあっ、んぁあああ。はへ、へぇああああ」 ぐちり、ぐちり、ピンク色のヴァギナが色が変わりそうに強く貫く。 ついでに枕にしてるおっぱいにもイタズラした。 「んぅうう、あっ、そう。おっぱい。チクビ……もっと吸って。ふぁあああおっぱいイイ、ちくびっ、乳首ぃいいいっ」 「あううううちくびがっ、乳首があ、おっぱいま○こに響くぅう、乳首イイの、ま○こにすごぉいいい」 相乗効果でペニスを絞る力が増えた。 「はへあ、へああああ、もっと、もっとぉお」 「すき、ダイ好きぃいい」 「俺も好きだよ」 「ふぇあああセックス好きぃいいい。ち○ぽ、ダイのち○ぽ好きぃいっ」 「そっちか」 「えぅ? あ、もちろんダイも好きで……。……んんんんぅぅっ」 「ふふ、分かってるって」 「あはぁあああダイ好き……、奥ぐりぐりされるのも好きぃいいいっ」 まあいいけど。 乳首を噛みながら子宮をぐりぐりしたり、逆に浅瀬をこするように抜き差ししたり。 「はぁっ、はぁぁあっ、すごいの、イイの、イイのがどんどんくるぅう」 「何度も言うけど俺専用だよこの穴。俺以外は入れちゃダメだから」 普段なら怒られそうな独占宣言。でも、 「へぅうう分かってる。分かってるよぉ」 「ダイ以外のなんて……いらないもん。私が好きなち○ぽはダイのだけ」 「好きなセックスもダイとのだけ」 「……」 嬉しい答えが返ってきた。 「嬉しいよマキさん……ふふっ、すごく可愛い」 感じすぎて頬のゆるんでる顔にキスする。 「可愛いし、やらしすぎ。エッチ大好きなビッチって感じ」 「あう……うるさい」 「こんな顔もお前だけだ。他の誰にも見せねーんだからな」 「分かってる。だからもっと見せて、マキさんのやらしい顔」 ――じゅぷっ、じゅぴゅぬっ。 汁気が多すぎてすごい音のする接合部を、さらに荒々しく擦る。 「あっはぁあああ見て、見て見てぇええ。スケベな私、エッチぃ私全部見てぇっ」 「はひ、はぃいいんっ、ひぅ、ひぅふ。んぁあああ……っふかいいい」 発情しきった上何度も擦られたヴァギナは、もうどろどろになってる。 ぴんと張りのある小陰唇フリルが舌のように粘液をまみれさせてペニスにくっついてた。 果肉をつきやぶる快感が増して、つい乱暴に深々とついてしまう。 「あはぁあああぁぁあああぁあっ」 マキさんが喜ぶからなおさら。 「もっとしまりが強くなった……うう」 「んぅ、どう? ダイも、ダイも気持ちいい?」 「もちろん……ふくっ、あはは」 下手するとすぐ出ちゃいそうだ。慌てて下半身に力を込めた。 下半身は粘膜の柔らかさに夢中になってて反復運動が止まらない。意識だけでもしっかりもたないと。 ――にゅじっ、にゅじっ、にゅぽっ、にゅぶっ。 「んぅうううう、ああ、ああぁああ、やらぁあ溶ける、ま○こ溶けるぅうう」 「はぁんっ、あーん、ああああんんん、奥、奥にあたって……すごぉおいいっ」 「っう」 マキさんが動くから、粘膜の動きは加速する一方だし。 「マキさんのなか熱すぎ。溶けちゃいそうだよ」 「はぁあ、溶かして、溶かして……ぇ。ち○ぽでぐちょぐちょヒてぇええ」 「うく……っ」 ピストン運動が自然になるにつれ、俺たちの体の境界線が分からなくなってくる。 一体感。ってこういうのかな。ビッチなマキさんとエロエロな俺の感覚がシンクロしてる気がする。 「マキさん……マキさん……っ」 「ダイ……んぅううダイぃすごぉいいい」 「たまらないよ。うっく、あ、あぁあ」 「出そう? ふふ、ち○ぽ汁でそうなんだろ。あはっ、あんっ、はぁあん」 俺の絶頂を感じたのか、マキさんも合わせるように心のセーブを切った。 「あああああ私も、私ももうらめぇええ。イク、イク、イクぅううーーっ」 「出して、来て、ダイの来てぇええ。ダイの熱いのお腹にだしてぇええ」 「うんっ、うんっ……っ」 お互いの体が摩擦する熱さで、風呂場に湯気が立つ。 猛烈な汗の匂いに包まれながら、俺たちはトロけあっていく。 「はむっ」 「きゃふぅうううんっ」 絶頂に向け愛撫も加速させた。乳首を食みながら、 ――ぐりゅうぅう。 「んぅ……?」 ――にち。 「う……ひきっ」 「きぁぁあぁあぁああクリが、クリがぁあああっ」 ペニスを差し込む角度を変えて、一番弱いところを両方の腰で挟むようにした。 「もぁっ、もっ、クリはらめぇええええイクイクイクいくぅうぅううううーーーーーっ!」 ムケてるマキさんのものは、俺たち自身の肌に絡まれ、俺たち自身の震えで擦られることに。 「はぁ……はぁああ来て、来てダイぃ、もう出してぇ」 「ダイの欲しいの。ダイのせーし。ダイの精液いっぱいほしいぃいいっ」 「うん……っあは」 「好きだよマキさん」 「んぅ……」 最後の瞬間、言ってみる。 マキさんは『なんだよ急に』って感じに笑い。 「私も……だって」 「ダイ……好き。ふぁああああひ、あい、愛してるぅううっ」 「くひぁあぁいあぁああんっダイ好きぃいい。ひぁっ、ダイ愛してるぅううぅっ」 ぐちゅつく粘膜をからめ合いながらお互いの名を呼ぶ。 それが止めになった。 「っく……!」 俺は限界まで子宮へ穂先をめり込ませ、 ――ぬぷぁ……。 マキさんの子宮も微妙に入口を広げて、俺の切っ先を迎えた。 ――びゅるるるるるるるぅうううううっっ! 「きゃはぁぁあああああああんっっ!」 「あうぅうう出るっ、出る、でるぅうっ」 「へぁあああ出してぇえええ子宮に飲ませてぇええっ」 ――ぶちゅうううううっっ! 子宮に食いこませたまま発射してしまった。 膣どころか子宮の中に滑り込んでいく精液たち。 「いき……ひっ、ひは……」 「ああああああああ」 「イクぅうううううううっ!」 「イッ……あああっ」 「ひぁああぁぁぁぁぁあーーーーーーーーーーっっ!」 何度も何度も絶頂を絞り、マキさんは精子の奔出を受け入れてくれた。 「ああぁあ……はぁ……、あー……は」 意識が遠くなったらしい。目をぱちぱちさせて、快感の反芻に溺れてる。 それでもヴァギナはヒクついて、俺のペニスを食いしめ続けてる。 ほんと、マキさんの身体。エッチになったな。 ……もっともっと開発しよう。 何時間かして風呂を出た。 「気づいたんだけどさ」 「はい?」 「エッチのあとってアイスが美味しい」 「俺は水がいいかな」 終わったあと2人で水風呂に浸かったけど、暑さよりも喉がかわいてる。 「はあ……それでどうします?」 「なにが?」 「太もものそれですよ。このままじゃ厳しいでしょ」 「だなぁ」 スカート穿いててもチラチラ見えてしまう。 「今日も日なたぼっこして焼くか」 「それしかないかな。ここまでくっきりなツートンカラーだと完全に隠れるか微妙だけど」 「ノリで生きるって大変だな」 「今後は反省しましょうね」 「はーい」 と、 ――ピンポーン。 誰か来た。マキさんを隠しつつ迎えると、 「冴子いるか」 珍しい人が。 「姉ちゃんなら学園ですけど」 「そうか。ならこれを渡しておいてくれ」 「気軽に日焼けを楽しめる塗料スプレーだ。肌には完全無害で、塗り広げれば手軽に日焼け肌になれる」 「効果は約半月。一週間ごとに塗り重ねれば色落ちすることもない」 「前に渡した日焼け防止クリームで失敗して肌に色むらが出来たときの補正なんかで使うといい」 「先生のその都合のいいキャラ、素敵です」 「は?」 「取れなくなった」 「なにやってんですか」 例の片瀬さんのところでつけられた首輪だ。 そういえば勝手に持ってきちゃって、返せてなかったっけ。 「鍵どこ? 暑くて鬱陶しい」 「鍵はないんですよ。確か……」 継ぎ目のところを覗き込んだ。 あれから調べたんだが、これ一度ロックしたらタイマー以外外す方法がないらしい。 タイマーはオンになってた。……1時間。 「あと1時間外れませんね」 「うぜー」 「壊していいよなコレ」 ぐっと首輪をつかむ。 「一応預かりものなので」 「うっさい。壊す」 問答無用で力を込めた。 「うー、やっとボランティア終わりました」 「ご苦労さん。これに懲りたら無断でバカなことすんなよ」 「はいぃ」 「クミちゃんが愛に刃向うなんて珍しいわね」 「単なる行き違いっすよ。はぁ、人前でボランティアなんて恥ずかしすぎ」 「クミちゃんみたいなタイプには厳しい罰ね」 「アタシのころは、裏切った身内はもっと厳しく接したけど」 「どんな感じ?」 「アタシとチェーンファイト」 「……死刑ですか?」 「アタシが本気でぶん殴ってもヒビも入らない、ヒヒイロカネの親戚で出来てる首輪があってね、毎晩50人くらいシメて回ったわ」 「若かったなーあのころは」 「若さで済まされる話か」 「あの首輪不思議なのよね。持ってるとこう、戦闘の本能が刺激されるっていうか」 「誰でもドSになるっていうか」 「硬ってぇ……なんだこれ。ただの鉄じゃない」 「鉄なら壊せるって発想がすごいと思います」 ペンチとかも使ったんだけどダメだった。 「たった1時間だから待ちましょうよ」 「うー、でもなんかコレ、恥ずかしいんだけど」 「まあ確かに、ちょっと面白い格好ではありますね」 前にされてた俺が言うことじゃないけど。 鎖のはしを持つ。 「あはは、こうしてると犬の散歩みたい」 「はあ? バカか」 もがいてるマキさん。 「……」 ――ぐいっ。 「きゃいんっ」 「こら、急になにすんだ」 「ごめんごめん」 でもなんだろう。このふつふつとわきあがる感情。 「もう1回引っ張っていいですか?」 「ふざけんな、次やったら」 ――ぐいっ。 「きゃいんっ」 「マキさん可愛い」 「お、お前なあ」 「あ、首痛いです?」 「痛くはないけど、びっくりする」 首ってのは人体急所だからな、嫌そうだった。 でも、嫌がるからこそ。 ――ぐいぐい。 「こ、こら」 引っ張ってこっちに来させた。 「くはーっ!なんだこれ、なんかマキさんが可愛い!」 「ちょ、こら」 抱きしめた。すりすりする。 首輪の件でむっとした様子ながら、マキさんもそんなには怒ってない模様。 「マキさんマキさん。ちょっとしゃがんで」 言われた通りしゃがむ。 「床に手ぇついて」 「?」 言われた通りに。 「おすわり」 「??」(ささっ) 「お手」 「???」(ちょこん) 「ってふざけんなコラァ」 全部従ったあとで胸倉をつかまれる。 「すいません、調子乗っちゃって」 「この私が犬扱い……。表に知れたら湘南の勢力図が変わるぞマジで」 「おかわり」 「わん」(ちょこん) 「ノリノリじゃん」 「勢力図なんて知ったこっちゃねーしな」 「ふせ」 「ハッハッハ」(うつぶせ) フツーに言われた通りにしてくれる。 マキさんのこういうとこ好きだ。 「よぉーしよしよし。マキは可愛いなあ」 なでなで。 「わんわんっ」 「ボール投げたら口で咥えて拾ってくるかな」 「調子にのるなわん」 ダメか。 でも、 「マキはちょっと運動したほうがいいと思うんだけど」 「ひわっ?」 四つん這いの体をヒザに乗せた。 胸とお尻に手をやる。 「ここら辺が柔らかすぎ。お肉がつきすぎてる」 「わ、わん?」 反射的にお尻をふりふりゆするマキさん。 「ん? どうしたマキ、尻尾ふって。そんなにじゃれるなよ」 俺はさらにお尻をなでなで。 腰をせりだして固くなったものをこすり付ける。 「ちょ、マジかお前」 露骨なセックスアピールに赤くなる彼女。 でもやめない。 なんか攻撃的な気分だった。 「ほらダメだろマキ。ワンちゃんが服なんて着てちゃ」 「え? え?」 「脱ぎ脱ぎしようね〜」 「わああああ」 「お前のこの怖い者知らず感は何なんだよ」 「このくらいならマキさんは許してくれそう。みたいな信頼の表れとも言えますね」 「ああいえばこう言う……」 微妙な顔のマキさんだけど、お願いした格好は普通にしてくれた。 「おーよしよし」(なでなで) 「わんわんっ」 「もっとナデナデしてやるからな〜」 「んぁっ、だからエロいとこばっか触るな」 お尻を撫でられ、困った顔になる。 それでもワンワンポーズはやめないんだからノリのいい人だと思う。 「マキさんはおっぱいはもちろんとしてお尻の形もいいね」 アニマルな恰好のせいもあって、大迫力だ。 「そうなん?自分じゃ胸と一緒でデカすぎると思う」 「それはウエストが細いからだよ」 くびれたお腹からふくらんでいくこのライン。たまらんものがある。 ――つぅー。 「うく」 指を這わせると、ゾクゾクするらしい、そりかえった綺麗な背筋がぴくつく。 「マキさんってくすぐられるの弱いよね」 「あー、そうかも。背中とか特に」 ――さわさわ。 「ふわっ!……そうだよな、言ったらテメェは当然触るよな」 「そりゃそうだよ」 白い背筋をなぞりまわした。 おっぱいやお尻でぽよぽよのイメージあるけど、マキさんは基本かなり細い。 うかびあがった肩甲骨。筋肉質な張りのある背中。可愛くくぼんだ背骨。 後ろ側からはかなりマニアックな楽しみ方が出来た。 「引っ張るよ」 「? ああはいはい」 首輪はあくまで遊びなので苦しがらせない。合図してから鎖を引いた。 ――じゃら。 「おわっと」 のけぞるマキさん。 おお、肩甲骨がさらにういてさらにマニアックに。 でも背中も充分魅力的だけど、 ――ぷるんっ。 「ひゃっほーいおっぱいバンザーイ!」 背中をそらすと大きなおっぱいが大胆に揺れる。 たまらんものがある。後ろから抱きついた。 「わっ、も、結局これかよ」 「モットーは自分に正直。長谷大です」 「ひぅ……んん。ダイに付き合ってると、オッパイ形まで変えられそう」 「こんなやらしい乳首してるのが悪い」 むにゅむにゅとわしづかみにして揉みしだく。 その間もくすぐるのはやめない。背中、お腹、横腹、腰をするする撫でまわす。 「ふぃぃうふ……も、お前どうなってんの。触りかたがやたら手慣れてんだけど」 「マッサージには自信ありまして」 姉ちゃんにみっちり仕込まれたからな。人肌が気持ちイイ触りかたは心得てる。 「ただ乳首は研究中。……こんな感じ?」 「あふっ、んんふぅ……うん。いい気持ち」 プリプリしたピンク色の突起は、触りかたがちょっと難しかった。 「乳首と乳輪では弾力がちがうんだね。知らなかった」 「はああぅ……そぉ、だな」 うにーっと乳輪を引っ張りながら言う。 おっぱいは柔らかくて乳首は弾力がある。乳輪はその中間くらい。 「実に興味深い」 「あぅっ、にゅ、乳輪もかなり敏感だから、優しく、な」 「……あ、乳首がぷくってなると、乳輪までもちあがってくるんだね」 ここら辺は男とは明確にちがう。 これからじっくり研究していこう。 「ちなみにこの辺も慣れてる」 すっとお尻のラインをなぞる。 「ふぁう……っ、なに、ここまでマッサージしてんの?」 「はい」 「お前ら姉弟って……まあいいや」 「マッサージの一環ですけどね」 気持ちイイ触りかたは分かるつもりだ。 背中とおなじくくすぐる感じに撫でたり、 ――ぐっ。 「んふっ」 親指で按摩。 「な、なんで急に指圧入るんだよ」 「得意なんで」 「意味分かんねーな。……あ、でもいい。気持ちいいかも」 気に入ってくれたようだ。マキさんはうっとり目じりを細める。 「こんなのどうです」(ぎゅっぎゅっ) 「あ〜イイ感じ」 「お客さんこってますね〜」(ぎゅ〜) 「ケンカが忙しくて」 ――する。 「んふ……っ」 無防備に差し出してくれてるお尻。中央のラインへ指を寄せていく。 くすぐる感じの優しいタッチで、ゆっくり、ゆっくり……。 「あは……、は、は……」 中央へ。 ――うに。 「ぁん……」 閉じたお尻のお肉を割ってみた。マキさんも大人しく足をひろげ、腰もちょっと持ち上げてくれる。 この前見たより明るい場所で、逆さを向いた盛り肉がお目見えになった。 「わはぁ……」 「……改めて見られるとハズいな」 「すごくきれいだよ」 この前は興奮してエロいとしか思ってなかったけど、今日はもうちょっと細かい感想があがる。 太ももの白さとピンク色の色彩差とか、ぷにぷにのお肉が子供ほっぺみたいとか、あと……、 「今日はこっちも良く見える」 「んぃうっ!」 お尻をめくってるので、当然こっちも見える。お尻の穴に指をやった。 「そ、そっちは恥ずかしいから」 「やだ。すごく可愛いよこっちも」 恥ずかしがってきゅーっと力の入るアヌス。 すると、そういう体質なんだろう。張った筋肉に肛門周辺のお肉が引っ張られて、穴がおちょぼ口みたく山になる。 「リラックスしてよ」 なでなで。 「ひっんんんっ。だ、だからそこはぁ……。あうっ、くるァてめぇ!」 怒るマキさん。 こっちを触られるのは苦手なようだ。 「……」 ――なでなでこりこり。 「にゃああああだからやめろっつに!」 「あはは、ごめんごめん」 どうも今日はサドっ気が出てきやすい。気をつけないと。 「でもマキさん、こっちも敏感だよね」 「え……? う、うん。みたいだけど。だから触られるのも嫌なの」 ふむ。 怒らせない程度にこまめに触って行こう。 「今日はこっちだ。……開くよ」 ――にゅぷぁ。 ぷにぷにの肉を左右に分ける。 層になってるピンク色の粘膜。 「ガン見しすぎ。そっちなら恥ずかしくないわけじゃねんだから」 「分かってるよ。でもさ」 ナマの女性器を見てる。 それもこんな美人の。 改めて感動してしまう。 「な、なんだよそのツラ。変なやつだな」 俺が本気で見惚れてるのが分かるんだろう。マキさんは照れ笑いだった。 たくさんの細かい粘膜群が、ひしめきあってつぶれる内道。 中央ではあの気持ちイイ穴がきゅーっと口をとじてる。 「俺、この穴に入れたんだよね」 「いまさらかよ。5回や6回じゃねーだろ」 「うん」 ゾクゾクした。 「入れただけじゃないだろ。何回も何回も突きまくって、お前の汁で逆流するくらいいっぱいにしたんだぜ」 「うん……」 「それで私……もうクリがぱんぱんになるくらい感じちゃって、すっかりお前の形とか覚えちゃって……」 「あぅ……」 「? どうかした……ぁ」 じゅわ。 ガン見してた穴に、ぷくっと水滴が浮いた。 浮いた。っていうか、湧いたっていうべきか。閉じきった穴から水気が出てきた。 「うわ……あは、濡れちゃったよマキさん」 「う、うるせー。言わなくていい」 「玉になってる。……ただの汗じゃないね」 よっぽど粘性のあるエキスなんだろう。表面張力が強くて、水玉のまま壊れない。 「……メチャメチャ可愛い」 ――ヌチ。 「んんっ」 水滴を壊さないように、穴の周りに触れた。 濡れてる。ってほどじゃないけど、周りの粘膜も自然な湿り気を帯びてるから不思議だ。 壊さないように、壊さないように、ソフトに周りから刺激していく。 「うっ、ふぅ……っ、はあああ……。なんか変な感じ」 「もっと濡らしてみて、どこまで大きくなるか見たい」 顔を近づける。 「はん……鼻息くすぐったいって」 「気持ちよさそうだよ」 「鼻息が荒いっつってんの」 「仕方ないよ。……だって」 プリプリの真っ白ヒップに頬を当てた。 「マキさんのここすごくイイ匂いがするもん」 「にお……っ。……お前、分かっちゃいたけどマニアックなのな」 「実は匂いは俺の中で非常に重要な要素です」 例えばマキさんのおっぱい。その深い深い谷間からは、ホットミルクみたいな甘ったるい香りがする。 それはそれでとてもイイ。優しくて、女らしくて、興奮する。 ただこの生々しい粘膜に鼻を近づけると、 「しょっぱくて……ちょっと酸っぱいニオイがする。これが女の子のニオイなんだね」 「うう」 「血のニオイと似てる。でももうちょっとナマっぽい」 「マズい、このセフレ、変態だ」 「すんすん。お尻の谷間からは汗の匂いが強く……」 「ヘンタイだー!」 ――ぱつん。 「あ! マキさん、……もう、潰れちゃったじゃん」 大切に大切に育てた愛液のしずくが、大きい声出すから震動で壊れてしまった。 粘膜を覆うとろっとしたエキスに代わる水滴。ちぇ。 「仕方ない。今度は味を調べよう」 ――ぺちゃ。 「なぅ……っ、迷わず舐めたよ、めげない変態だな」 酸味の強いしょっぱさが口に広がった。 ヴァギナはペニスで触れた弾力からは信じられないくらい柔らかで。舌をとがらせれば穴が空いちゃいそうだった。 「変なの。こんな風なんだ、女の人って」 「ふっ、う……っ、ふぅ……んんっ」 男はどんどん硬くなるけど、女は逆らしい。 人の肉とは思えない。ちょっと粘度があるだけの……ハンドクリームとかの中に指を突っ込んでる気分。 「指入れるね」 「い、言わなくていいよ」 奥までほじくっていく。 穴の形をたしかめるためぐいっと左右にひろげた。 「ひにぁあああっ、開くときは言えって!」 「注文が多いなぁ」 どっちにしても怒られる気がする。 それだけマキさんもいっぱいいっぱいなんだろう。 「あは、奥までまっピンクなんだ。いや奥のほうは白に近いかな」 「ひぅっ、うっ、ふぃ……ぃん。ンっ、んん、ぅ……」 ぐぢぐぢ身体の中をイジくられて、マキさんはもう顔が真っ赤だ。 穴の反応もすごかった。ぎゅーっと締まりたがってるけど俺の指が邪魔だから、真ん中の上下だけ締まって『∞』みたいになってる。 「おま……ほ、ほじりすぎだ。……ぉ、く、おなか、ぎゅーってなっちゃうだろ」 三大天最凶もお腹の中を触られたら弱いみたい。 ……なら。 「んちゅ……」 「はうっ」 力が入ると盛り上がるクセのある穴を舐めた。 汗が蒸れてるのか塩辛い。悪くはない味だ。 「ぺちゅ、ぺろ、んるんる」 「わああああおおおおまっ、おまっ、お尻も舐めるのかよ。しかも躊躇なく」 「可愛いんだもん」 こりこりと山になってる円形の皺を外側からつついて、 ――ぬぷ。 「ひぃん……っ」 舌で筋肉のリングをほじほじ貫いていく。 「んんんん……っ、くううう、んぐぅうううっ。待ぁ……て、ぁは、はわ、ああん」 マキさんには予想外の展開だったようで、動揺がすごかった。 俺は構わず窄まるヴァギナを優しくなぞりながら、舌をスクリューさせてアナルを広げる。 「ぉぅ……ん、ほ、にょぉおお……っ。やめ、やめ……ないんだ。このヘンタイ……ふぁう」 「テメェこの私を、ダブル攻めで。アナルでイク女にする気なんだ」 「……」 そこまで考えてなかったけど改めて思うと興奮するな。 「いいね。イッてよマキさん」 「湘南最強のヤンキー腰越マキがお尻の穴を舐められながらのマン弄りでイクほど気持ちよくなるとこ見せてよ」 「んぐぅうう……このやろ。だ、誰にも言うなよ……てめ、あは、あは」 絶頂感がせりあがってきてるんだろう。ピクン、ピクン肩甲骨の浮いた背筋が緊張してる。 俺は構わず2つの狭穴をほじり続けた。 「んひ……ぅ、ひぅ、ひぅうう」 ピクピクはやがてプルプルに変わる。 足の指が丸まるくらい全身に力がこもってる。 「お尻の穴がふやけてきたよ。こっちも前と一緒でひろがるんだね」 皺の食いつきは相変わらずすごいけど、内側がねっとりしてきてる。 「うううう……やば。わかる、わかるぅうう。お尻がユルんでるの自分で分かるぅ」 「あぁああぁ、も、ぶぁーって、くる。ぶぁーってのくるぅう」 「前なんてもう熱い汁が俺の手首まできてるよ。ほら聞こえる、すごい音」 指を2本忍ばせたヴァギナでも、絞めつけと緩みの連鎖が起こってた。 段階をつけてせり出すマン肉に、ズボンの中でペニスが早く入りたがって跳ねる。 ――ちゅこちゅこちゅこちゅこ。 機械的に動かす指が、ひどく生々しい音を立てるのがいやらしかった。 「いいく……、いくっ、いっ、いっ……ひぅ」 「あはぁあぁあああああ……」 体中に入ってた力みが一斉に抜けた。 リラックスに近い動き。全身の筋肉が弛緩して、ヴァギナもお尻もふわーっと緩む。 次の瞬間。 「ひぃいいくっ、くっ、いくっ、いくっ」 「い……っ」 「ぃいイクゥうううううーーーーーーっっ」 ――ぶちゃ……っ! 「うお……っ」 「はぁっ、あぁああぁおおおおお……っ、はぉおっ、おっ、おおお……っ、うう」 細いお腹からお尻にかけて、折れそうなくらい強烈な振動が走った。 「あうっ、ああああああっ、ううああううっ」 その震えが体の中まで伝ったように、格別粘性の濃いエキスが膣から飛び出す。 俺の指をぬって出た飛沫は俺の手首を、腕全体をぬらした。 「あは……あはぁ……」 「はぁぁあん……」 「もうマキさん汁気多すぎ。吹いちゃってるよ」 ぬぽっと音を立ててお尻の穴から舌を抜く。 「んぐ……うるせぇ。テメェがしつこくイジるからだろうが」 「そうだね。指で弄りすぎた」 イジメすぎて、なぜか俺が焦らされてるような気分になってきた。 「ちゃーんと栓しないと」 「う……」 「いいでしょ。マキさんのいまイッたとこなのにこんなにヒクヒクしてる」 「受け入れ準備万端でしょ」 恥ずかしそうに下唇を噛むマキさん。 でもこういうとこは素直な人で、 「あはは、じつはかなり前からいれて欲しくなってた」 「お前のせいだぞ。さんざんイジったうえアナルまで舐めるから」 「私のま○こ、うずいてしょうがなかったんだから」 「了解了解、いまならこっち使えばもっとすごいことになりそう」 「……チョーシこきやがって」 「お願します、ご主人様」 「入れるね」 「ワン♪」 ――ぬぷぅ。 ゼリーに近いほど蕩けきった肉の中へ切っ先を入れる。 「っく」 刺激があった途端、穴は狭くなり俺の亀頭が小さくなるくらい食いついてきた。 「やっぱマキさんのはトラップだな」 入りやすいと思って油断してるとすぐイカされそう。 まだ慣れない処女喪失のとき相手しといてよかった。コツが分かる。 ヌメらかな狭さに歯をくいしばりながら、ペニスを進めて行った。 「あう……っ、は、はは……んぅうう。やぁ……っぱ、指より太い」 「指より……すごい、気持ちイ……ぃっ。ふぁあぁあああん」 マキさんも快感が強いようで大きな胸までぶるつくくらい全身を震わせてた。 「こっちもすごいよ。マキさんのお肉、自分からせりあがってくる」 腰を進めると奥へ引っ張り込まれるような。俺が入れてるはずなのに、吸い込まれてるような錯覚におちいる。 「あああっ、はっ、んは……ふぁああ」 「ダイ……っあはぁあダイ、すごいいいっ」 「太いの、硬いのでお腹ひろがる。お腹、ダイのちん○んにひろげられてるぅう」 ヒダヒダがうねってペニスに寄ってきてる。 入れただけでとろかされそうな感触。ゾクゾクする。 「はんっ、あんっ、……んんっ、んふぅ」 「ま、マキさん。もう腰振ってるの」 「だって……だってダイが指で、ヘンなイカせかたするから」 「気に入らなかった?」 「気に入らねーよ。……気持ちは良いけど、そのイクのが、低いっていうか、緩いっていうか」 「ダイのちん○んでイクのが好きなの」 「……それは失礼を」 ――ぐりゅり。 「ひゃっ、ひぁああんっ」 「もおお……そうやって、急に奥のほうで暴れるの禁止」 「マキさんがこっちにお尻くっつけるから」 勝手に深くまで入っちゃって、少しの動きが奥まで響くのだ。 「急じゃなきゃいいんだよね。もっと強く動くよ」 「んん……ぅん、どーぞ。……あは。はぁあ、ダイのちん○んいっぱい感じさせて」 ペニスを蜜まみれにして、磨くようにしぼりあげる柔らかラビア。 こっちも腰をしっかり抱え、速射砲のように突きを送った。 「あっ、あっ、あっ、あっ、あぅうううん、それっ、つよい。あああすごぉいいい」 「こういうの好きでしょ」 「うんっ、うん、荒っぽいの好きぃ」 動物的な肉のぶつけ合いが好きなのはこの数日で確認済みだった。 「こんなこともしたり」 ――じゃらっ。 「ひゃんっ」 鎖を引いて首輪を引っぱった。 びっくりして上体を持ち上げるマキさん。当然お腹の、ペニスと結合する道の角度も変わる。 「あぉっ、お、お、ぉぉおおお……っ。それ、ふぁああそれ、それぇええ」 「気に入ってくれてなにより」 「あはぁあ感じる、ぐいーって、ぐいーって強く、ダイのちん○ん、かんじるぅ」 「キモチいいよぉ……ふぁっ、はぁああ」 「俺もだよ。マキさんの身体、最高」 「……えへへ。そゆこと言うな、んふっ、気持ちイイだけじゃなくて、うれしくなる」 背中をそらすとおっぱいが弾むので、どうしてもひと揉みしたい。 抱きしめるように乳首をとらえて、そのままやわやわコネくった。 「っふぅううん、またかよ。おっぱい好きだな」 「男の子ですから」 こんな反則おっぱい見せられたら揉むさ。 それに……。 「こんなやらしいアナル見せられても」 ――つぷ。 「ひんっ?!」 「さっきからアナルが可愛くひくひくしてるよ」 前を満たしたときからずっと、マキさんはお腹に力を入れてる。 ずーっとお尻の穴が、こんもり持ち上がってた。俺が突くのに合わせてヒクついてる。 「これは触らなきゃ損でしょう」 さっき癖をつけてあるので、一気に中指を根元まで入れてみた。 「おぅ、う……ぅうううううん」 こっちは胸とちがって乗り気じゃないマキさんだけど、 「あは……あはぁ……おしり、ぃ」 「……ぅ」 「はぁあああああああんお尻気持ちイイ、アナル、あなるもっとほじってぇ。ま○こイカせながらアナル開いてぇえ」 さっき2穴攻めのヨさを知っちゃったせいか、快感に負けた模様。 「かしこまりました」 すぐに人差し指も追加する。トロけたアヌスは簡単に2本目の指も迎えた。 指を広げると、ぐちりと音を立ててマキさんの直腸が見える。 「はぇっ、へぁああ、おなか、わかる。お腹に空気がはいるぅう」 「おっと……はは、マキさんエッチぃ」 火がついたんだろう。腰をこっちへせりだしてくる。 すべすべのヒップが俺のお腹とこすれて気持ちイイ。 「んふぅ、んんぅ、ダイ、もっと、もっと上」 「うん? この辺?」 催促されるままにペニスの角度を上向かせて、尾てい骨のあたりを叩いた。 「っはぁああっ、そこぉお、そこっ、そこ好き。そこにちん○ん当たるのすきぃいい」 「ご要望はなんでも言ってね」 「もちろん言わなくてもちゃんと責めるけど」 もっと弱いところを責めよう。腰を引いていき、浅いところで亀頭を、 ――ぬくぬくぬく。 「きゅう……う、ぁ、わ……」 そして一気に深く突き刺す。 ――じゅぷるぅ。 「ひゃぃいいいいいんそれも好きぃいいいっ」 「ふふ、マキさんの好きなやり方、どんどん吸収しないとね」 マキさんのエッチなとこ、もっと見たいもんな。 「そうだお尻で同じことしたらどうなるだろ」 「えぅ? ……ひっ、んんんっ」 アナルに入れた指で、同じように浅瀬をさする。 「はぅっ、あうううん」 これだけでも反応がすごい。お尻では皺がふわーっと開いていくし、マン肉は雪崩みたいに食いつくし。 ――にゅぶぅう。 「はああああっ、うううううううん!」 奥まで突っ込んだときには、首につけた鎖が弾むほど全身がひきつった。 「すーっごい反応」 「はうぅう……ひゃぅううう」 「じゃあ今度は……」 両方同時に浅瀬へ運んで、すこすこ刺激した。 「ひっ、うぅっううう、ダイ、ダイ両方は、両方はちょっと……すごすぎるの来るってぇ」 「だからやるんだよ。ほら、イクよ……」 ――じゅぷうううぅっっ。 「ひぃいいいいいいいいいいいんっっ!」 っと……。 「っはんっ、んはぁあん……っ、ああっ、も、イッちゃったじゃんか……あぅうう」 想像以上の反応だった。こんなに感じてくれるのか。 イッたときのマキさんの肉ヒダはうねうねがすごくて、こっちにもすごく気持ちイイ。危うく俺まで射精しちゃうとこだった。 「ああぁ……も、お尻から指ぬけぇ。ま○こ蕩けちゃうだろ」 「ふふ、それもいいじゃない」 蕩けるくらい気持ちよくしたい。 連続していまのを繰り返すことにした。 ――にちゅっ、にちゅっ、 「ひぅっ、ひぃいいん」 浅いところをかき回して、それから一気に、 ――じゅぽおおおっ。 「くぁあああああんっ」 絶頂のテンションから下りかかったところでぶり返して、マキさんの悲鳴がきわまる。 「やもっ、ダイ、やりすぎぃい。ダイのちん○ん、んんぅう、すごくて、ぅうう、お尻までヘンになるぅうう」 「大歓迎です」 「ひああぁああああっ」 小刻みに腰を、指を使って感じるポイントを徹底的に攻めた。 もちろん単調にならないように、 「ぃううううちくびっ、あっ、チクビ、イ……」 「……あはぁ、あはぁああ、おっぱい揉まれるの、好きぃい」 責めるポイントを変えたり、 ――じゃらっ。 「んぐぅううんっ」 鎖を引っ張って快感とは別種の興奮をデコレートしたり、 ――ニュルウゥ。 「ンンンンっ、はお、おおおんん、そこはよわぃいいい……」 一番弱い尾てい骨の奥を責めたり。 「んふぅ……ふぅううう、だい、ダイィ」 「気持ちイイ?」 「あううう、い、……気持ちイイ。ダイのちん○ん……奥、スキぃい」 すっかりトロけちゃったマキさん。 「ダイの……か、かたいの、が、おっきくて。奥……当たって」 「奥……ごりごりってされると、わーってなって。それで、それで、カリが、お尻のほうの、イイとこ……ひっかく」 「ダイのちん○んま○こ溶けるぅ」 「じゃあそろそろ出しちゃうよ。俺の気持ちイイやつ、マキさんのなかにぶっかけるから」 「っんふぁ、きて、ダイ。ダイの熱いのいっぱい中に出して」 ――じゅぷっ! じゅぷっ、じゅぷっ! これまでより勢いをつけて抜き差しを深める。 「ふぃいぃいあっ?!あっ、んあっ、はげし、は、激しいぃいっ、ふぃうううううっ」 マキさんもまたすぐに3度目の絶頂にさしかかった。 「あはんっ、はぁああああんダイ、ダイぃいいイイよ、きもちいいよぉお。すごい、これすごぃいいっ、ああああダイいいっ」 2つの穴に俺のペニスと指をはやしたまま美麗な腰をクネクネさせるマキさん。 「んくっ、く」 そのダンスに俺も誘いこまれた。 「ああいっ、いく、またイク。イクぅう」 「ダイのちん○んすごすぎてま○こまたイクぅう」 「俺も、うう、出すよマキさん」 「きてぇええ、きてっ、きて来てっ。私っ、も、イク。い、イッチャ……ああっ、あっ、あっあああああぁあ……、あ」 「イクぅううーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」 「っう……!」 ぎゅるっと絞られた膣圧で、マキさんの蜜がペニスを洗う。 その感触が止めになった。 「ひぃううう……っ」 「あああああっ!」 ――びゅくくっ! びゅっ、びゅるるるるるるっ! 「あはぁあああああーーーーーーーーーーーーーっ!」 痛いくらいの快感が脳天と、ペニスの内側を突きぬけた。 俺は頭が真っ白になるのを感じながら、蕩けるような発射の喜悦に喉をならす。 「はぁんっ! あああううううっ、あんっ、んんん……くぅううっ」 「はぁ……はう、はああ……ふ、あううう」 「あはぁ……」 ほんとの犬みたいによだれを垂らしながら、受け止めるマキさん。 「んん……ぅう、も、熱すぎ……」 「ま○このなか……焼けてるみたい。んふっ、ちょ、いいかげんちん○ん小さくしろよ」 「はぁあ……あは」 「はう……」 気持ちよさそうに目を閉じた。 ・・・・・ いつの間にか首輪のタイマーは切れていた。 「はー、ロクなもんじゃねーなこの首輪」 「楽しかったじゃないですか」 「そりゃロクでもねーやつはそうだろうさ」 返す言葉もない。 「今日は何だったわけ? 性格かわってたぞ」 「不思議だけどこの鎖を持つと気分が昂ぶるんですよ。隠れてたSっ気が出てくるというか何というか」 「ふーん」 鎖を手に取り、ジャラと遊ばせるマキさん。 「……」 「なるほど」(カチャ) 「……なんで俺に首輪を?」 「分からない?」 「分かりますけど」 「おすわり!」 「わん!」 ノリがいいのはお互い様のようだ。 色々あった1学期も、ついに最後の1日となった。 明日は終業式。授業は今日までである。 「う〜〜っ」 「おはよう大ちゃん」 「にゃー」 「おはようございます。ラブもおはよ」 「うう……いちち」 「あれ、じいちゃんどうかした」 「おうヒロ坊おはようさん。いやな、腰をヤッちまってよ」 「そうなんだ。大丈夫? 立ってるだけで辛そうだけど」 「息子夫婦が世話ぁしにくるって言ってっから心配ねえや。店のほうはしばらく休業だがよ」 「そうなんだ。近いうちにコロッケ買いに行こうとしてたんだけど」 「わりぃな。治ったらまたメンチカツご馳走してやっから」 「楽しみにしてる」 「さってと、最後に海の家に品出しして……とぉ」 腰を押さえながらも、元気に働くじいちゃん。 心配はなさそうだ。 「夏休みかー」 「やっとですね」 「学園は面倒だけど、行けないは行けないで不便だな。クーラーある場所が欲しいから」 「うちに来ればいいじゃないですか」 「それもそっか」 「でも姉ちゃんから隠れるのって面倒なんだよなー。押入れの中はクーラーの効きがまちまちだし」 「クーラーがあって、のんびりできるとこが欲しい」 「うーん……」 「そうだ。今日俺、三者面談があるんで帰り遅くなります」 「そか。んじゃ今日は別でいいよな」 「ですね」 関係が『ご飯を一緒に食べる人』から『セフレ』にランクアップしてからってもの、マキさんとの仲は順調だった。 必要以上にベタつくでなく、といってタンパクでなく。 ……ほとんど恋人だと思うんだけどな。まいっか。 必要以上にはベタベタしてないし。 「忘れてた」 んちゅ〜。 「あんむ」 「ん〜っ♪」 「ごちそうさま。遅刻すんなよ」 「ふぁい」 やることやったらタンパクに去っていく。 必要以上には、してないぞ。ベタベタ。 「朝から必要以上にベタついてんじゃないわよ鬱陶しい」 「あ、おはよう」 「いや〜、セイシュンだってのうらやましい」 「にはは、ティアラには一生無理だシ」 「ンだとコラァ!」 「順調みたいね」 「おかげさまで」 「まだ信じられないわ、あの皆殺しが男を作ったなんて」 肩をすくめて行こうとする片瀬さん。 「マジで人前でべたつくのは避けたほうがいいわよ」 「うん」 ベタついた気はないんだけどな。 俺も学園へ。 「おはよー」 「おはようひろ」 「サマァーーーーーーー!」 「ヴェイケイショーーーーーーーンッッ!」 「いえーい!」 「いえいターイ」 パシッとハイタッチした。 「気持ちは分かるが、テンション高すぎないか」 「いいじゃん」 「夏休みだぜ夏休み! ついに来た夏休み」 「やりたいことが山積みタイ」 「タロウはこの休み、なんかする予定?」 「勉強合宿には応募しているが」 「つまんねー」 「もっと楽しい予定立てなよ。俺みたいにFF5の低レベルやりこみパターン増やすとか」 「僕みたいに1日6回抜いた記録を更新してみるとか」 「どっちも御免だ」 「そうだな、残る予定としては……髪でも切るか」 「髪型変えるの?」 「長くなってきたからな。僕みたいな優秀な人間は身だしなみにも気を使うものだ」 「あー、分かるわ。天パって夏場はキツいもんなー」 「そうなの?」 「とにかく暑い。髪が汗を逃がさないらしくて頭が蒸す」 「しかも湿気が増すとどんどん髪が膨らんでくる」 「大変だね」 「ほんとだよ。ちょっと油断するとケセ○ンパサ○ンの親戚みたいになるんだ」 「短くしたいが、さすがに坊主というのも憚られる」 「どうタロウ、一緒にストパーかけにいかない」 「いいかもしれない」 意外なところでヴァンに友情の兆しが。 「ハマの方のKamiKamiって美容院知ってる?芸能界御用達って言うカリスマ美容師のいるとこ。あそこ行ってみようぜ」 「分かった」 「俺あそこ1回でいいから行ってみたくて……」 「馴染みにしている店だ。行くたびにモデルとして写真を飾られそうになるので厄介だが、同伴がいればあちらも遠慮するだろう」 「……やっぱやめよう」 残念。 1学期最後の授業も淡々と終了。 今日ですべてのテストが帰ってきた。 「はあ……絶対ママに怒られる」 「今回難しかったもんねー」 「……」 「ママって言ってるんだ」 「! お、お母さん!」 「……」 「おめでとうございます」 「こ、この答案ホントにアタシの?」 「お名前も筆跡も辻堂さんのものじゃないですか」 「だって、そんな、ありえねーよ。赤点がない」 「おめでとうございます」 「あははは……やったぁ。サンキュー委員長」 「テスト週間中は1078回くらいコイツ埋めようって思ったけど、すげー嬉しい」 「はい。3回ほど穴を掘りだしたときは焦りましたが、辻堂さんなら大丈夫と賭けてみてよかった」 「補習なしの夏休みなんて久しぶり」 「勉強しないでいい夏休みがきたんだ!」 「はい」 「というわけで休みが始まったら一緒に宿題がんばりましょう」 「ふぇえ」 ちなみに俺は、全体的に前よりちょっと下がった。 姉ちゃんに叱られるかな……。赤点はないからいっか。 「では1学期の授業はここまで。解散して結構だよ。午後から三者面談のある子は残ってね」 「幸せだなぁ。僕はこれから夏休みってときが一番幸せなんだ」 クラスの空気が一気に弛緩する。 「ひろは……今日が面談だったか」 「気が重いよ」 「はは。保護者が教師だとこういうとき大変だな」 もう済ませたヴァンが去り、1人残される。 ホントに大変だ。姉ちゃんと先生と3人なんて。 どうしよっかな。 「はぁ……母さんが来る」 「辻堂さんも今日なの?」 「うん。……厳しい」 へこんでるみたいだった。 そういえば辻堂さんのお母さん、会ったことない。 「お母さんってどんな人?」 「元ヤン」 「ヒョーゥ!」 「ワターシは中国四千年の歴史を持つ暗殺者ドラゴン!このギャングが集まる暗黒海岸湘南は、今日このワターシが制圧するアル!」 「おい」 「ハイ?」 「稲村学園はどこだ」 「知らないアル」 ――どぐしゃっ! 「知らないのか知ってるのかどっちだ」 「アイヤー……、知らないアル」 ――ドゴォオオーーンッッ! 「ないのかあるのかどっちなんだ」 「し、知らないアル……はっ!」 「オァタァ!」 「ひでぶーーー!」 「学園に来ると無条件で凶暴になるから厄介なんだ」 「父さんに頼めばよかった」 行ってしまった。 辻堂さんのお母さん……気になるけど会わない方がよさそうだな。 「ヒロ、行くわよ」 「はーい」 教室に向かった。 (カチカチ) 「メール、誰に?」 「飲み友達の真琴ちゃん。今日か明日一緒に飲みませんかーって」 「はーああ、気が重い」 「大変です愛さん! 静岡県連を率いる総勢200人のチーム武楽屡死波から挑戦状が!」 「いま忙しい」 「で、でももう江ノ島辺りまで来てるそうで」 「三者面談終わるまでだよ」 「200ぽっちより母さんのほうがよっぽど困る」 「テスト結果、今回は1組が2組を抜いてしまいましたね」 「ぐぬぬぬぬ」 「あくまで平均点の話ですからお気になさらず」 「こちらも辻堂さん1人がすべて赤点を回避したから2組に勝ったとは思っていませんし」 「おおお覚えてらっしゃい!」 「ふふっ」 「あれ、委員長」 「どうも。辻堂さんも今日面談でしたっけ」 「委員長もか」 「はい。母を待っているところで」 「あ、来ました」 「来たわよ歩……あら、辻堂さんね、こんにちは」 「ども。……会ったことありましたっけ」 「歩から聞いてるわァ、一目でわかった」 「ああ、金髪は目立つからな」 「聞いてた通りK-09な肌質ね。タンパク質の整い方も4.00。イメージそのまま」 「でしょ」 「どういう伝わり方してんだ」 「本当にきれいな肌。ねえうちのサロンでモデルのバイトしない?写真1枚飾らせてくれるだけでいい稼ぎになるわァ」 「いや、結構です」 「即決しないで考えておいて。受けてくれればお給料の他にうちのサロンの利用費をただにするから」 「興味ないんで」 「もっと綺麗になるお手伝いをするわよ」 「女の子だもの。振り向いてほしい男の子くらいいるでしょう?」 「……興味ないです」 「……」 (ベロォ) 「ひあ!」 「この味は嘘をついてる味だぜ……!」 「なななな舐めた!?」 「お母さん! もう……あっち行ってて下さい」 「ちぇ」 「すいません。うちの母ちょっと強引で」 「強引さは娘と一緒にしろ、人の顔を急に舐めるのは問題だと思う」 「美肌マニアの血が騒いだのかと」 「愛ー、来たわよ」 「遅かったね」 「ふふっ、久しぶりの学園だからウキウキしてたら、道を間違えちゃって」 「懐かしいわねこの校舎も。昔は毎日通ってたのに」 「グラウンドの土、入れ替えたのかしら」 「母さんがいたころの土はいま花壇に使われてるってさ。栄養豊富になったから」 「そうだ、来る途中にブンブンうるさいのがいたから適当に海に放り込んだけど良かったわよね」 「武楽屡死波が全滅しました」 「大人げないなぁ」 「学園に行くと思うとついね」 「行きましょ。面談の前にちょっと校舎を見たいわ」 「はぁ」 「お互い親には苦労するな」 「ですね」 「失礼しました」 「はー緊張した」 「怒られなくてよかった」 「怒られるほど派手な生活してないよ」 「それが一番だわ」 「さて、私まだ仕事残してるからここでいいかしら」 「うん。夜は……飲みにいくんだっけ」 「あっち今日予定があるそうだからお流れになった。うちで食べるわ」 「分かった」 帰るか。 人のまばらになったグラウンドを横切り、校門へ……。 うお。 門の外がバイク乗り100人近くに囲まれてた。 江乃死魔か? いや、トレードマークの特攻服は着てない。他の暴走族っぽい。 全員なぜかずぶぬれで、 「辻堂ォオオーーーーーーー!」 「辻堂姉妹ーーーーー! 出てこいやーーー!」 「武楽屡死波、来やがったか」 「ひのふの……ざっと100人。情報の半分とはいえとんでもない数です」 「ううう……辻堂愛とケンカしに来たら辻堂真琴とか言うのに殺されかけた」 「姉妹でナメくさりやがって!落とし前つけてもらうぞコラァア!」 「やべえ……愛さんは」 「いま面談中や」 「それで辻堂君は期末テストを非常にがんばってね」 「……なんだか外が騒がしいなあ」 (バイクの音と……誰か叫んでやがる。姉妹? なんのこった) 「どこだ辻堂ォオーーー! ……へくしっ!」 すごい騒ぎになってきた。 もう校舎に人は少ないとはいえ、よろしくない事態だ。 どうしようか……。 「おい、おいそこの」 「はい?」 「なに見てんだウスラバカ。ちょっとこっち来いや」 ぼーっとしてたら目をつけられてしまった。 「テメェなに見とんじゃ!おちょくっとんのかワリャア!」 「ナメてっとブチ殺すゾくるァアア!」 「近くにコインランドリーないんかい!!」 「は、はい」 正統派の暴走族に絡まれたのは久しぶりだ。 マキさんや辻堂さんみたく湘南最強の威圧感に慣れてるせいかさほど恐怖ないけど、やっぱり凄まれると迫力がある……。 「ダーーーーイ」 「?」 「あ?」 (ぷちっ) 「へへ〜、1人で帰るのアレだったから待ってたんだ」 「そうなんだ。でも上空から現れることは」 「なんだよ、嬉しくねーの。一緒に帰りたいって乙女心」 「嬉しいですけど。あの、まずはどいてあげましょう」 「? ああ」 「んが……っ。は〜、クソボーだったら死んでた」 踏みつぶされてた人からどく。 「なあ、暑いから冷たいもの食べたい。この近くの海の家で人気のフラッペがあるんだって」 「そうなんですか。いいですね」 「ただ今はフラッペよりも」 「なにすんじゃコノクソアマぁああアア!」 「ぶるるブッチコロッったんぞォラアアア!」 もう言葉が判別しにくいくらい怒ってる100人。 マキさんは目をぱちくりさせ。 「稲学って半漁人も通ってんの?」 「いえ、初対面です」 「もう決めた! テメェからブチ殺す!辻堂落としの前にこのクソアマぼっこんだらああ!」 「魚人語って分かんねー」 俺も判別できなかった。興奮しすぎだ。 何て言ったかは分からないけど、興奮した100人が全員武器を取った。 「あ? やんの?……ったくいまはフラッペの気分なのに」 「ウルセェ死ねェエエエエエ」 ガシッ。 「はれ?」 先頭の人の頭をつかむマキさん。 ――ブオンッ! ――ブオンッ! 捕まえた体をヌンチャクみたいに振り回しだした。 風圧がマキさんの体を包む。 「こ、これは――!」 「知っているのか葛西さん!」 「愛さん77の『殺し技』を超える破壊力を持つ、腰越7つの『皆殺し技』の1つ! ドレス!」 「半透明な……人という名のドレスというわけかい」 「みんな離れるんだッ! これに巻き込まれたら」 ――ドゴォオオーーーーーーーーーーん! 「葛西さーーーーーーーん!」 解説の子が星になってしまったが、その威力に説明など無用。 ――ブオンッ! 「「「ぎゃああーーーーーーー!」」」 ――ブオンッッ!! 「「「あれーーーーーーー!」」」 あっという間に100人全員を蹴散らしたマキさんは、 「むろふしーーーーーーーーーーーー!」 「……」(←無の境地) 「おしまい! さ、フラッペ食いに行くぞ」 最後の1人もさらっと片付けた。 「……」 「ん? なに」 「他の男を体にまとわりつかせたからって妬かなくてもいいじゃん」 「そのことへの苛立ちは後回しです」 唖然としてしまう。 「アタシの言うことじゃないだろうけどメチャクチャするなお前」 「よう。最近よく会うな」 「アタシの客を片付けてくれたようでどーも。余計なことしやがって」 「今日は暑いからヤるのは今度な。ほらダイ、行こうぜ」 「あ、はい」 「そうだ、辻堂も来る? 海の家行くんだけど」 「ン……」 意外なお誘い。 辻堂さんはピクンとわずかに肩を震わせ、 「遠慮する。クミ、回収しねーと」 「そっか。また今度な」 「……」 残念なような、ほっとしたような。 「行こうぜダイ。フラッペ食いに」 「はい」 「アタシも行く」 「びっくりしたぁ」 「葛西さんはいいの?」 「(ピポパ)もしもしクミか? いまどこにいる。シーキャンドルの上? 死んでないな。OK(ピッ)」 「さ、フラッペってやつ食いにいくぞ」 「何なんだ急に」 3人でその話題になってる店へ。 海岸線は、もう2日後に迫ったロックフェスの準備で舞台なんかが用意されてた。 気にせず海の家へ。 「……」 「はい、フラッペ3つ」 「わーい」 「かき氷じゃん!」 「かき氷だよ」 「知らなかったの?」 「か、かき氷は知ってるよ。でもその……フラッペってなんだ。かき氷の分際でえらそうに」 「まあ作ってるもんは基本一緒なのにリゾットと雑炊はちがいますー的なイラッとくるオシャレネームではあるな」 「いいじゃん。食べようよ」 フラッペでもかき氷でも、この暑さじゃすぐ溶けちゃうのは一緒。 3人で先がスプーン型になってるストローを手に取った。 「和風フラッペ……宇治金時に抹茶の粉をかけて白玉と大福アイスを乗せたもの」 「ここまでしてどうしてかき氷と言わない」 「どうでもいいじゃん。サクサクウマー」 「だな。サクサクウマー」 「辻堂、白玉ちょうだい」 「やなこった」 「……」 「(ひゅんパクッ)……もちもち〜」 「このヤロウ」 「ま、いいけどね。(ひゅんパク)」 「あれっ? 私の大福アイスが半分ない」 「もちもち〜」 「コラアア!」 「テメェにキレる権利はねーよ!」 「大福の方がデカいだろうが!」 「だから半分にしただろ!」 「ぐ……いててて」 「キーンてきた。キーンて」 「……」 「ふふっ」 「なんだよ」 「いや。湘南最凶の2人が並んでかき氷つついてるってなんかおかしくて」 「まあ珍しい状況ではある」(パク) 「次の機会はないだろうけどな」(パク) 「それも寂しいなあ。両方が俺の白玉とってく人だとしても」 「……」 「仲良くはできねーよ」 辻堂さんは静かに言い。 「それより腰越。今日のアレ、もうやめとけ」 「なにが?」 「意味もなくケンカを買うこと。いつかひどい目にあう」 「知らねーよ。見た目に鬱陶しいのは消す。これが私のスタイルだ」 「お前だけのことなら何も言わない。ただ」 「これからお前の側には、いつも大がいるのを忘れんな」 「ン……」 「……」 半分食べたフラッペを手に席を立った。 「じゃあな。ちょっとは考えろよ」 去って行った。 「……」 微妙な空気が残る。 「けっ、えらそーに説教くれやがって。自分だって売られたケンカは全部買うくせに」 「……いまはそうでもないよ」 「?」 「……」 「ふぅ」 「辻堂さん」 「よう、面談終わった?」 「はい。……あ、フラッペ。いいな」 「食う? もう半分もないけど」 「あは、欲しいです。面談は汗をかいてしまって」 「ン」 「……」 「なあ、このあと時間あるか」 「はむ……はい?」 「江ノ島いかね? ソフトクリーム食べに」 「ごっそさん」 こちらは残ってフラッペ完食。 さっきの話題は強引ながら流すことにする。 「美味かった〜、暑いの吹っ飛んだ」 「かき氷は体温下げてくれるのが大きいですよね」 「はぁ……このまま寝たい。最近夜寝苦しいから」 クーラーがないからキツいって言ってたっけ。 うーん、できればうちに招きたいんだけど……。 と、そのとき。 「おん? ヒロ坊じゃねえか」 「あ、どうも」 近所のじいちゃんが。仕事中らしい。 「腰、大丈夫なの」 「これが最後だ。しばらく供給が安定しないからフランクフルトをありったけ、な」 この店に届けたようだ。 「あとは息子夫婦に任せて……」 「ん?」 「?……げっ!」 「お、おめえ野良公!」 「知り合い?」 ・・・・・ 「マキさんの言ってた小屋って」 「最近夕飯時にいなくなると思ったら、ヒロ坊にたかってやがったのか」 「たかってねーよ。親切だよ」 「ホントかヒロ坊。脅されてるんなら言え。ジジイは腰を痛めても猟銃の腕には自信がある」 「ほんとほんと。友達なんだ」 「ったく、世間は狭いぜ」 まったくだ。 マキさんはさっきから、俺の手前バツが悪いのかぶすっとしてる。 じいちゃんはやれやれとため息をつき。 「まあ今日はいい機会だ。野良公、話つけようぜ」 「はいはい。出てけっつーんだろ」 「結論から言えばそうだ」 「ヒロ坊のダチンコっつーなら悪い奴とは思えないし、勝手に小屋を使うだけで物盗りってわけでもない。できれば小屋の寝泊りくらい許容してーが」 「今日はうちには息子夫婦が来んだよ」 「腰を痛めたからだよね」 「そう。うちのは神経質でな、敷地内に得体のしれねー珍客が寝てたら、大騒ぎになる」 「俺だったら銃1発ですますが……、せがれたちは警察も呼んじまうと思うんだ」 それは銃のほうがキツいのでは。 「ご近所さんの迷惑になるし、うちのにゃ孫もいるしでよぉ。毎晩パトカーの音と戦うのは避けてーんだぁなぁ」 「……」 「はいはいわーったよ」 降参とばかり上を向くマキさん。 「今日限り出てく。あとで荷物取りにいくよ。傘1本だけど」 「そうか!よぉーしよしよし、話の分かる野良犬だぁ」 ぐしぐしとマキさんの頭を撫でる。 「今度うちに来い。じじいがメンチカツごちそうしてやっからよ」 がははと笑って出て行くじいちゃん。 「はーああ」 マキさんは憂鬱そうだった。 「やっぱり小屋にいられなくなるのはキツい?」 「うん、あそこのトラクター、寝心地よかったから」 「その基準はどうかと思うけど」 大きな変化になるようだ。 「……」 クーラーがあって、良いベッドのある場所。 難しいよな。あそこ以外探すのは。 「大の家に」 「はい」 「結構前から考えてたんですけど、もう一緒に住みましょう」 マキさんの性格的に断られそうだったから言わなかったけど。今日ならたぶん首を縦に振るはず。 「ご存じの通りうちの押入れはマキさんのホテルにしてますし。なんだったらベッドも2人寝れる広さはあります」 「個室が欲しいなら物置にしてる客室を片付けてもいいし……そっちはクーラーがないけど」 「どうです?」 「いや、正直新しいとこが見つかるまで頼む気ではいたけど」 「ずっととはいかないだろ。姉ちゃんがいるんだから」 「説得します。今日」 「誤魔化すのも嫌になってきたし、姉ちゃんにも紹介したいんです。マキさんのこと」 「この人が俺の恋人です。大好きな人ですって」 「ン……」 「どうかな」 一応聞いてみる。 実際マキさんに選択肢はない。それ以外アテはないんだから。 ただ言ってほしかった。 あくまで自由人だった彼女に、俺のうちに住む。俺のところへ来るって。 「……」 「……」 「だな、頼むわ」 あっさりだった。 「さりげにセフレから恋人にランクアップしてるのが気になるけど……まあセフレって紹介したら姉ちゃんキレそうだし」 「任せる。養ってくれ」 「はい」 「ってこういうのもなんだけど、嫌がらないんですね」 「なんで?」 「最初のころに言ってたじゃないですか。ご飯のこととか、同情されるのはいやだって」 「あれは施しされてるみたいで嫌だったんだよ」 「ダイが私にする親切が、施しか?」 「……ですね」 施しじゃない。 好きだからするんだ。 ……最初にごはんをあげた日から、施しだと思ったことは一度もない。 「じゃっ、さっそくジジイの家から荷物持ってくるわ」 「はい」 さてと、あとは姉ちゃんだ。 大丈夫だとは思うけど、うまく説明しないと。 ここ1ヶ月くらい怪しんでたご飯のこととか含めて。 そのあとは……。 「……」 姉ちゃんとマキさん、仲良くやっていけるかな。 姉ちゃん、自分は破天荒なくせに破天荒な他人はキラいだし、 ――パァーンッッ! 「どわああなにすんだジジイ!メンチカツくれるっつったじゃねーか!」 「誰が全部食っていいと言った!1枚に決まっとるだろうが!」 マキさんはあの通りだし。 大変な夜になりそうだ。 ・・・・・ 「腰越……マキさん」 「うん」 「俺の、まあ、一応……恋人」 「ども」 「……」 「で、マキさんは家出しててさ」 「ある意味ヤンキーらしいわね」 「しばらく……ていうかこれから、泊めてあげられないかなーって」 「……」 「ふむ」 「ようするにヤンキーの彼女が出来た。それでうちに住ませたいと」 「うん」 「だ、だめ?」 「……」 姉ちゃんはしばらく考え込んだあと、不意にクスっと笑い、 「最近のご飯のことは、これが原因。と」 「ま、まあね」 「変だと思ったのよ。野良犬にあげてるにしても量が多いから」 「まさか人間相手だったとは」 「うん……ごめんなさい」 「で、どうかな姉ちゃん」 「……」 「……」 「……」 「……クスッ」 小さく微笑む姉ちゃん。 「実は、予想通り」 「へ?」 「ウソのつけないヒロがこうもずっと隠したがるなら犬や猫じゃないとは思ったし。動物がいるにしては隠し方が完璧すぎた」 「さらに言えば、部屋に髪の毛が落ちてたわよ。どう見ても人間。それも女ものの」 「あ……」 そこまで考えてなかった。 「それとマキ……さんだった?あなた、私の服使ってるでしょう」 「うん……あ、ごめん。勝手に」 「いいわよ、もう着るつもりないのだから」 「でも内緒で持ってくなら、せめてタンスの中はもうちょっと散らかさないことね」 「うぐ」 「以上のことから……ヒロの秘密が女の子だってことは、結構前から気づいてました」 「姉ちゃん……」 さすがだ。俺たちより一枚も二枚も上手だった。 「まあそれでもこうして面と向かって言われると驚いてるけどね」 「う、うん。ごめん」 「それで姉ちゃん……いいかな。マキさんのこと」 「……」 「ふふっ、そうね」 ――バタン! 「……」 「……姉ちゃん?」 「いい」 「わけ」 「あるかーーーッ!!」 「予想はしてても誰が思うか女を飼ってるなんて!!出てけ!二度と戻ってくるなーーーーーーーーーー!!!」 「ちょ……っ、姉ちゃん」 ――ガチ! 無情にも鍵をかけられた音が。 「怒るかもとは思ったけど、1クリックで追い出されるとはな」 「さすがに計算外でした」 「くそー姉ちゃんめー。正論とはいえ問答無用で追い出すなんて」 「正論とはいえ人を野良犬扱いかよ。ったく」 「許せませんね」 「まったくだ」 「でも正論ですね」 「まったくだ」 「常識で考えようよ大君。1か月間も肉親に内緒で家に人を上げ続けてたんだよ。それは怒るよ」 「マキさんが説教しないでよ」 「想像してみ。あの姉ちゃんがお前に内緒で、お前の知らない男に毎晩ご飯食べさせたら」 「ふざけんな!」 「な」 「ううう……ごめんよ姉ちゃん」 「まだそこにいるの?どっか行きなさい」 「10秒以内に声の聞こえないところに行かないと背の低いもん順になぶり殺しにするわ」 怖い。 「聞いてよ姉ちゃん、確かに俺が悪かったけど」 「10、9、8」 ダメだ。 「さっさと逃げるか説得しないと嬲られちゃうぞダイ」 「困ったな」 「ってなんで俺なんですか。小さい方からなんだからまずマキさんでしょ」 「私のほうが背ぇ高いじゃん」 「なに言ってんすか俺の方が高いですよ。俺170あるもん」 「私だって170だよ」 「へー一緒なんだ」 「7654321!」 「すんません!」 「どうしましょう」 「しゃーね。どっかで時間つぶそう」 「しかないか」 いまの姉ちゃんに寄って行くのは空腹のマキさんに寄っていくより危険だ。 メールで何度か『ごめんなさい』を送りつつ、今日は外で一晩越すことにした。 「でもやっぱ俺の方が高いですよ。男の子だもん」 「そうかあ? ダイはデカいってイメージねーぞ」 「それは俺が雰囲気的に小さい人間なだけでいや小さい人間ではないけど」 「てかマキさん、妙に大人しかったですね」 いつもなら姉ちゃんがキレまくっててもその場だけやりすごしてベッドだけゲットするイメージなのに。 「んー、なんかお前の姉ちゃん、変な迫力あるから。敵に回しにくい」 逆らっちゃいけないオーラみたいのを野生のセンサーでとらえたらしい。 「……」 「どっか会った気がするんだよな」 「ふぁあ」 「おはようございます」 「んー? あそっか、おはようダイ」 結局宿は見つからず、道端で一晩過ごしてしまった。 マキさんがいつも朝寝てた堤防で寝たんだが……、 あー眠い。 「冬はきついけど、夏はなかなかだろここ。風が涼しくてさ。下がちょっと硬いけど」 「硬いのもですけど、虫がきついですよ」(ぽりぽり) 「?うわ、かなり食われたな」 全身がかゆい。 「水門の側って虫は来にくいんだけどな。水の音かなんかのせいで」 「メチャメチャきましたよ」 「てかマキさん、なんで全然刺されてないの?」 「私はほら、寝るときは虫よけにフィトンチット出すようにしてるから」 「そんな『お腹出さないようにしてるから』的なお手軽さで出せるものでしたっけ」 「細胞の進化が足りねーぞ。南極いけ南極」 「しかし毎日ここ使うのはさすがに避けたいな。さっきからケツが痛い」 「ジジイのところはもうダメだし……。しゃーねー、恋奈の部屋でもジャックするか」 「毎日ここを使わないのは賛成ですが、ジャックはダメ」 「外人差別か。ジャックさんが聞いたら怒るぞ今の」 「ジャックさんにはあとで謝りますよ。片瀬さんに迷惑かけちゃダメです」 「ただ申し訳ないことに、姉ちゃんがあの様子じゃしばらくうちは期待できません。どこか寝るとこ探した方がいいかな」 「金はねーぞ」 「ですよね。俺もそんなに持ってないし」 「それはNG。金は借りない主義っていっただろ」 「そうでした。うーん……」 マキさんが金を稼ぐ方法。 「っと、そろそろ学園行かねーと」 「もうこんな時間か」 ギリギリだ。 「私はこのまま行くけど、ダイはどうする?」 「制服に着替えないといけないから一度家に帰ります。そろそろ姉ちゃんの頭も冷えてるだろうし」 「おけ。じゃーな」 シュタッと久しぶりに側をとおった江ノ電に乗って行ってしまった。 今日は文句言えない。昨日フラッペ食べた勢いで帰ったから、自転車はまだ学園だ。 さ、遅刻する前に俺も行こう。 「ただい」 うお。 「……」 「あ、あの。姉ちゃん」 「早く着替えなさい。遅刻しないように」 「待って」 早々に車に乗り込もうとするのを呼び止める。 「あの、昨日は」 「……」 「マキさんのことは」 「天覇活殺!」 「ぎゃー!」 「離れながらにして経絡秘孔のひとつ。身体が勝手に部屋に戻って着替えるツボを押した」 「はあ?……うお、足が勝手に動く」 結局話は出来ずじまいだった。 遅刻がどうとかを気にするってことは、姉弟の縁を切るとかではないようだ。よかった。 ……ただマキさんのことを認めてくれないだけで。 駆け足で学園へ。 今日は終業式。式のために朝のホームルームが省略されてて助かった。 「おはようひろ。遅かったな」 「む……風呂に入ってないのか? におうぞ」 「うそ。どのくらい?」 「汗の匂い。悪臭と言うわけではないが、磯の香りも染みついているな。かなり強い」 海のすぐそばで1晩過ごしたから。 「なに、オナって拭かずに登校したの?」 「冒険者だな」 「ちがうよ」 「あれはやらない方がいいタイ。前にやったときみんなから白い目で見られて大変だったタイ」 「……」 「……」 「じ、事故だったタイ!」 「なになになにー? 長谷君が臭いって?」 「夏場の不衛生は注意した方がいいですよ」 「こういうときに限って来ないでよ」 「くんくん」 「嗅がないで!?」 「確かに海の匂いはするかも。いいじゃん、夏の男って感じで」 「どれどれ」(すんすん) 「あー、っぽいぽい。サーフィンとかやってそう」 「ただほんのり汗の香りも。早めにシャワーを浴びましょうね」 「すいません」 「いいじゃんいいじゃん。ワイルドな感じで長谷君のイメージとギャップがあって」(すんすん) 「だね。ワルっぽくていいかも」(すんすん) 「光栄だけど……あの、あんまり嗅がないで」 「……」 「な、なんかうらやましい」 「ひろはああいうおかしなモテ方をするときがある」 「あっ、辻堂さん。辻堂さんも嗅いでみたら」 「バカか」 (すんすん) 「嗅がないでよ」 「ちょ、ちょっと気になったんだよ」 (すんすん……なんか懐かしい) 「……シャワー浴びてくる」 逃げるように外へ。 式まで15分。部室棟のシャワー室を借りて、間に合うだろうか。 「む? どこへ行く」 「ども。ちょっと体が汚いんでシャワーを浴びに」 「身体が汚い?」 「……」 「なにか?」 「ちょっと来い」 「はい?」 時間がないのに、連れて行かれてしまった。 「私はスクールカウンセラーも兼ねてる。悩みがあるなら言ってみろ」 「はい?」 「誰に犯されたか知らんが、自分が汚れたなんて卑下することはないんだぞ」 「無理やりな性交など犬にかまれたのと同じだ。若者よ、君の価値はそんなことで揺らぐものではない」 「相手の女も血迷ったんだろう。女は男が思っているより性欲が強いからな。私も満月が来るたびに……」 「ストップストップ。そういう意味じゃないです」 「? じゃあどういう……」 「男か?! 掘られたのか!」 「そうか……前々からヒロポンはゲイに狙われそうな顔してると思ってたけど」 「くっ! こんなことなら初菊は私が優しく開発してやるべきだった!」 「今からでも遅くない。ズボンを脱げ。そんな記憶飛ぶくらい優しく開発してやる」 「マジでちがいます。あえて言うといま精神的にレイプされてます」 「そのままの意味で汚いんですよ。昨日シャワー浴びてないんで」 「? ああ、そういえば汗臭い」 先生にも言われてしまった。 ……ああダメだ。もうシャワーに行ってる時間がない。 「そんなに臭いですかね」 自分では海の香りしか分からないんだが。 「言うほどじゃないと思うが、気になる子もいるかもな。最近のガキはデリケートだから」 「やれやれ。私がお前たちくらいのころなんてポマードべっちょりが多くて学園中悲惨なニオイだったものだが」 「って70年代の学園なんて知るかーい」 「70年代ってポマードが流行ったんですか」 「……こういうジェネレーションギャップもあるんだ」 「そう気にするな。1日風呂に入らなかっただけだし、常に吸血鬼戦争に備えてニンニクを貪り食ってる種族でもないんだろう?」 「うーん、でもなぁ」 マキさんは嗅覚が鋭いから。 「そんなに気にするなら」 くいっと天井から垂れ下がった紐をひっぱる先生。 ぷしゅーっ! 「わっ!」 どこからか蒸気のジェットが来た。 「吹付タイプの消臭薬だ。5時間くらい人間の嗅覚には無臭の香料をかけた」 「なんでそんなもん常備してるんです」 「ギャグにマジで返すなよ」 身もふたもないな。 「この保健室、ホントに先生の私室にしてますよね」 「まあな。例えば明日街にゾンビがあふれたとして、3か月間は籠城できる戦力がある」 「はっ! が、学長には内緒だぞ。そのベッドの下の階段はなんでもないからな」 「はい。俺はなにも聞いてないです。なので変な世界に巻き込まないでね」 主がおかしいのを除けば普通の保健室。 ベッドだってあるわけで。 ……あ。 「……先生、お願いがあるんですけど」 「初菊の開発か?」 「ちがいます」 「なるほど、保健室」 「今日から夏休みですしね」 「いいじゃん」 式のあと。マキさんを連れて来てみた。 マキさんは一発で気に入ったらしい。さっそくベッドに寝転んでごろごろしだす。 「冴子に追い出されて……ねえ。まあヒロポンの知り合いなら構わない。好きに使え」 「食料としてこんなものもある。賞味期限が近いから食べていいぞ」 プラスチックの筒を渡された。 「これは……南極探検で使われるという」 「超小型携帯食。見てろ」 机の横にある生徒からの投書箱にいれる。 チンと音がして下から出てきた。蓋をあけると、 「ペペロンチーノ!」 調理済みのパスタが出てきた。 「これ、レンジなんだ」 「ずるずるウマー」 「もちろん投書を入れられてもちゃんと読んでるぞ。でも来るのは月2,3通だから」 「ほんと好き勝手してますよね」 「子供のころは誰だって秘密基地を欲しがっただろう。そんな当たり前の夢をかなえるとこんな感じになる」 「いまはまだ無理だが、将来的に畑に植えるだけで成長して、パカッてあけるとパスタやハンバーグが入ってるカブを作りたい」 この人の生き方、ちょっとうらやましい。 「あるものは食べていいし使っていい。夏休みの間だけな」 「条件は汚さないこと。散らかさないこと。夏休み中は勝手に入ろうとするバカが出るからそいつらの始末を頼む」 「りょーかーい」(ごろごろ) 「本当にありがとうございます先生。これでしばらくはしのげます」 「姉弟ケンカなんて、早く折れたほうがいいと思うがな」 う……。 「人間というのはいつも孤独に怯えて生きている。家族というのは、そうした人の弱みに根差した概念と言える」 「いきなり家族に出て行かれるのは辛いぞ」 「……」 「もちろん出てけとは言わない。ここは好きに使っていい」 「ありがとうございます」 「座敷童には親切にするタチなんだ」 「じゃあな」 主が帰り、2人で残された。 「……」 「……」 「別に私はベッドさえあればいいから。お前は帰ったら」 「そうします」 いきなり出てきたから姉ちゃんが心配だ。 「しっかし当面の問題は片付いたけど、新しく食糧問題が出て来たな」 「たくさんあるじゃないですか」 食べていいらしい携帯食料が結構ある。 「これ、1個1個が小さい。明後日まで持たない」 「朝夕はお前んちに頼ってたけど、しばらくは……な?」 「……すいません」 姉ちゃんがいい顔しなそうだ。 「なーんかバイトでも探すかなー」 「そういえばマキさん、家出してるのにアルバイトは全くしないですよね」 「昔は色々やってたぞ。全部クビになったけど」 そうなんだ。 「なんかねーかな、いいバイト」 「そうですね」 「安直ですけど」 「やったことある。3日でクビになった」 「どうして?」 「店長が優しくていい店だったんだけどな。客を3人目血祭りにあげたとこで切られたよ」 やっぱりか。 このビジュアルを活かさなきゃ損だ。 「実は応募したことがある」 「意外だな」 「3日でキュウリ2本しか食えなかったときついふらふらーっと」 「でも選考で切られた」 「うそ」 マキさんを切るなんて。他はどんだけレベル高いんだ。 「顔はいいんだけど、おっぱいが大きすぎだってさ。着れる服が少なくて」 納得。 「砂袋とか楽勝でしょ」 「もうやったんだよ。ほら、この前オープンしたペタスモール湘南とかいう。あれの工事」 「ああ、大型モールの」 予定から3ヶ月遅れたけど、去年オープンした。 「工場長がムカつくやつだったから殴り飛ばしたら基礎土台が崩れたとかで大問題になってさ」 「……」 3ヶ月遅れたのはまさか。 「……で、いきなり力仕事提案されるってムカつくんだけど」 「すいません」 「バイト向いてねーんだよな私」 「うーん」 湘南中のヤンキーが震えあがる皆殺しのマキが普通に働くってのも難しいか。 「あーあ、RPGの世界ならモンスター倒せばちゃちゃっと入るのに」 「その例えはともかく、マキさんなら能力的に一攫千金狙えそうですよね。懸賞金とか」 「ツチノコ探そっか」 「2、3日で見つけるのは難しいかと」 「うーん……」 お金のことはゆっくり考えるとして、今日は帰ることに。 「ただいま」 「……」 気まずい。 「あの、姉ちゃん」 「……」 「マキさんのことはどうも、その」 「……」 「通知表」 「あ、はいはい」 終業式の通例行事を忘れてた。渡す。 ざっと目を通し、 「期末は下がってたけどこっちは問題なし。……ま、及第点ね」 「はい」 「……期末が下がったのって例のヤンキーのせい?」 「そ、それは」 ない。とは言い切れない。 「〜……」 怒ってる。怖い。 「あの。姉ちゃん。内緒にしてたのはホントごめん」 「でもマキさんのこと放っておけなかったっていうか。その……」 「……」 なんて言えばいいんだ。 迷ってると、やがて。 「はぁ」 姉ちゃんは大きくため息をつく。 「こっち来て」 「う、うん」 よく分からないが寄っていく。と、 (ぎゅー) 抱きしめられた。 「なに」 「うっさい。ちょっとこうさせろ」 「はい」 怖いので言われるままに。 姉ちゃんは首に鼻をあてて、 「汗臭いわね」 「ごめんなさい」 「……子供のころからちっとも変ってないくせに」 「?」 「……」 「OK」 ――むぎゅウウウウ! 「ッ!?ぎゃああああ痛い痛い痛い!!!」 思いっきりツネられた。 「これで勘弁してあげる」 「オオオ……そ、それはどうも」 死ぬほど痛かったけど一瞬のこと。それで済ませてくれたようだった。 「ムカつくはムカつくけど、まあ隠れてこそこそエロ本見てた――の強化版ってとこよね。うちに被害はなかったわけだし、許してあげる」 「なによりです」 「うちに住ませる気はないけど」 「はい、そこまでは望みません」 「いいの?」 「姉ちゃんが嫌がるならそっちを優先するよ。マキさんは好きだけど、姉ちゃんは姉ちゃんなんだから」 「……そう」 「よろしいっ」(ぎゅーっ) また抱きしめられた。 いつものことだ。好きにさせておく……と。 ――ぴらっ。 「姉ちゃん、何か落ちたよ」 「うん? ああ、生徒の子にもらったやつよ。捨てといて」 「なに」 拾ってみる。 「明日からロックフェスでしょ。それでなんかミス湘南コンテストがあるとかで、生徒の子が応募してみないかって」 ミスコン……。 「もちろん断ったけどね。先生がやったら問題だわ」 「ミスター湘南なんてのもあるわよ。ヒロ、出てみたら?」 「賞金なんと50万円」 「これだ!」 「は?」 「これだよ姉ちゃん! サンキュー姉ちゃん、やっぱ姉ちゃんは頼りになるよ」 「え? え? 急になによ」 「賞金50万……これだけあればしばらく何とかなる」 「マキさんのビジュアルなら優勝間違いなしだ!」 「いやーマキさん美人だもんな〜。絶対優勝だよ」 「湘南で1番綺麗なのはマキさんで決まり……」 「あ」 「さっき勘弁してあげる。って言ったわね」 「あれは嘘だ」 「ぎゃあああああああ!!!」 湘南ロックフェス。 ここ稲村から江ノ島海岸までがお祭り騒ぎに包まれる。日本有数の音楽イベントである。 毎年湘南にゆかりのある歌手が呼ばれたり、新人バンドの顔見世が行われたり。 音楽業界が傾いてる最近では、よりお祭り要素に力が入れられている。 一般としては参加しやすくて助かる。 「とくに今年はうちの九鬼銀行が協賛しているから、昔からの催しもパワーアップしてるんだ」 「さすが誠君。今年が盛り上がれば協賛を取り付けた辻堂部長の手柄がまた1つ増えるってわけね」 「手柄は関係ないよ。みんなが楽しんでくれるのが一番」 「やだ……濡れる」 「中でも去年まで盛り下がり気味だったから力を入れたのが、ミス&ミスター湘南コンテストだ」 「今日はミス。明日はミスター。2日間で、湘南で一番の紳士淑女を決める」 「今日はミスコンか」 「出てみようかしら」 「だ、ダメだよ真琴さん」 「ふふっ、冗談だったら。誠君以外の好奇の目にさらされるだなんて気分よくないわ」 「それもあるけど、僕は一応主催者側の人間だから」 「真琴さんが出たりしたら確実に優勝してしまう。主催者と優勝者が夫婦だなんて、なにを噂されるか分かったものじゃない」 「うふふ、てことは誠君もミスター湘南には出られないわね。主催者が優勝したら大変だし」 「な。うちの親、3分以上見てるとイライラするだろ」 「そんなことは」 「他行こう」 「ところで今年のミスコン最大のポイントは、ビジュアルだけでは選ばれないということなんだ」 「もちろん可愛い、かっこいい人は有利だけど、それ以上にゲーム性の強いイベントを入れて、そちらでの加点も結果に反映するようになっている」 「クレームに負けたわね」 「ああ。とかく目立つイベントごとは、うるさい団体が多くて困るよ」 「今年から水着審査もなし。と言っても、参加者が勝手に着る分にはノータッチだけど」 「優勝賞金は50万円。さあ、誰が優勝するかな」 「というわけで、ミスコンです」 「なーんか鬱陶しいけど、1日で50万は美味しい」 「いいね。出ようぜ」 軽いノリで応募用紙にサインするマキさん。 こういうチャラい大会に出すのはちょっとアレだけど、背に腹は代えられない。 「いけるかな」 「もちろんですよ」 マキさんならビジュアルは申し分ない。 さらに今年はゲーム要素ありで、それも得点に加算されるとのこと。 ゲーム内容は分からないけど、こういう大会ならスポーツ系だろう。マキさんに死角はない。 しばらくしてルール説明のため、参加者全員が舞台近くに集まってきた。 「あれ」 「あん? げっ、会うとロクな目にあわないやつが」 「ぎゃああああででで出たぁあーーー!」 「そんな怯えなくても」 「誰こいつ。知り合い?」 覚えてすらいないらしい。俺が知ってるだけで2回は命を奪いかけてるんだが。 「出るんですね」 「まあな。夏前に愛用の原チャいじりてーんだけど、資金繰りがキビしくて」 「つか腰越が出んのかよ。……ぐぬ、プロポーションじゃ勝てねェ」 「安心しろ。顔も私が勝ってる」 「ンだとコラァ!?」 「まあまあ」 「辻堂さんは出ないよね」 「出るわけねーだろ。愛さんだぞ」 当たり前か。硬派な人だもん。 「よかった……最強のライバルが減ってくれて」 「……」 「テメェそれどういう意味だ?あいつが出てたら私が負けるとでも?」 「い、いや、ちょっとでも危険な相手は出ない方がいいじゃないですか」 「いまの、オレがちょっとも危険じゃない相手って意味だよな」 しまった。W墓穴だ。 「ケッ、ぜってー負けねーぞ」 嵐が去った。 「お、お母さん。私こんなの興味ないったら」 「いいから行っといで。もうエントリーしちゃったんだから」 「もう……勝手に」 「よい子さん」 「ヒロ君……ああ恥ずかしいところを。っ、マキまで」 「よう」 「強敵ですよマキさん。よい子さんはうちの町内一の器量よしさんで有名です」 「分かってる。リョウは素顔だと男受けいいもんなー」 「知り合いなんだ」 「えっ、ええ! 昔ちょっとね」 そういえば前にお弁当もらってたっけ。 「リョウってよい子さんのあだ名?」 「ええ、あの、『良子』だから」 「はは、俺もいつの間にかダイが定着したよ」 「リョウは自分でリョウがいいって言ったじゃん」 「?」 「なんでもなーい古い話はわすれましたー!」 「それより、マキが出るなら私ホントに出る意味ないじゃない。勝ち目ないわ」 「そんなことないよ。よい子さんだって美人だよ」 「嬉しいけど……こういうのってスタイル加点も大きいし」 切なそうに胸を押さえるよい子さん。 確かにマキさんのチョモランマに比べると、そこはなだらかな平原だった。 「落ち込むなって、リョウも2位くらいいけんだろ」 「この尻は男には武器になる」(ぺしっ) 「ひゃんっ」 お尻を叩かれ可愛い声をあげる。 「……」 確かによい子さんのお尻はスリムタイプなマキさん辻堂さんとはちがってでーんとしてるからマニアックな得票が期待でき 「ヒロ君」 「すいません!」 「そういえばマキ、服はそれで行くの?」 「なにが?」 「加点を狙うなら水着か制服が目を引くわ。水着は言うまでもないし、制服は学生限定のポイントになるし」 「なるほど。めんどくせーけど50万のためだ、万全を期すか」 「ひとっ走り行ってくるわ」 行っちゃった。 「そう言うよい子さんは私服だけど」 「私は優勝したくない。お母さんが言うから出るけど、あんまり注目されたくないもん」 「そっか」 よい子さんらしい。 (水着はもちろん……制服なんて着たらマスクなしでもバレるかもしれねェ) 「ただいま」 「おかえりマキさ……うわ、そっちか」 制服のほうだとばかり。 「こっちのほうが人目引けそうじゃん」 「でしょうね」 来ただけで周りの視線が明らかに集まってる。 「おっぱいでけー」 「でけー」 ちなみにマキさんは、例の日焼けクリームを使って太ももの文字はもちろん胸やお尻の焼け残りも完全に隠れるくらい褐色肌になってる。 「セクスィー」 仕方ないとはいえ、ガンガン人目を引く。 「……」(イラ) 「妬くなって。見られても減るもんじゃねーだろ」 「マキさんが下世話な視線にさらされると思うと俺の神経はすり減ります」 「ったく、可愛いやつ。……いいから胸張っとけや」 「こいつをめくって中身を見て揉んで吸ったのは、世界でお前だけなんだから」 「……うん」 そう思うと誇らしいけど、でも複雑だった。 「……2人とも、きわどい会話はやめましょうね」 あ、ご近所さんの目を忘れてた。 (……もうそんな関係に) 「お待たせ。どうなった」 「おかえりなさい。まだ始まってません」 「……」 「なに」 「いや、やっぱマキさんは制服がいいなーと」 「な、なんだよ急に」 「活発っていうかなんていうか。ね、よい子さん」 「そうね。マキは制服似合うわ」 「やめろって」 照れてる。珍しい。 「……」 「2人とも、そういう関係だったんだ」 「へ? あ……」 そういえば俺たちのこと、よい子さんは知らないっけ。 「えっと、まあ、そうです」 「なに照れてんだよ」 「だってさ」 「ふふっ、お似合いだわ」 クスクスと笑うよい子さん。 幼なじみに恋人を紹介するって妙に気恥ずかしい。 (またヤンキーと付き合うって……ヒロ君、どういう星のもとに生まれたのかしら) (まあマキはアクがないからお似合いだけど) 「およ?」 「げっ」 「あっれー? センパイじゃねっすか」 「おわ、腰越までいるシ」 「千客万来だな。お前らも?」 「おうよ。湘南1の美女を決めるコンテスト。俺っちが出なくて誰が出るんだい」 「イロモノ枠のティアラが審査員賞。そしてあたしが優勝だシ!」 「50万は大きいっすからねー」 「片瀬さんは」 「興味ないってよ」 「だろうね」 そういうタイプだろう。 「うぐー、よりによって皆殺しセンパイが出るんすか」 「マズいの?」 「マズいなんてもんじゃねーっすよ。センパイも知ってるでしょ、自分の一番の武器」 「?」 「おっぱい!センパイいっつもこの胸当てるとでれーってなって自分に逆らえなくなるじゃないっすか」 「そ、それは誤解だ」 「ほんとに誤解です。ほんとに。ほんとに」 「上位互換の皆殺しセンパイにゃ勝てねーっす」 「うわーんどうしよー、恋奈様から引き立て役2人預かって、ガチで勝ちに来たのにー」 「引き立て役?」 「どこだシ?」 「残念だったな。ま、こっちも遊びで出てねーんだ」 余裕なマキさん。 たしかに乾さんもかなり可愛いほうだけど、マキさんは別格だ。 「うぐー、ゲームも他の人ならともかく皆殺しセンパイには勝てそうにないし」 「なっはっはーあきらめな梓。どうせ優勝は俺っちだっての」 「……どうすっかなぁ」 「腰越もよ、参加するだけ無駄だっての」 「なにお前マジで優勝したいの?イロモノ枠じゃなくて?」 「当然だっての!見よこの腹筋! そして上腕二頭筋!」 「おお……ほんとにすごい」(さわ) 「ふやっ、ワレメに触るなっての」 「触りたくなるよコレは」 「分かるシ」 分かる。 「とにかく! お前さんみてーな水風船メじゃねーぜ。もう優勝は決まったようなもんだっての」 「はあ? 言ってくれんじゃねーかデカブツが。お前は素直にイロモノ枠で審査員賞狙ってろ」 「イロモノだぁ? こンのやらぁ……」 「投票前にここで決着つけたろうかっての!」 「やってみるか?こっちはイロモノ枠が1つ減るのは残念だが」 「じゃかあしい! さらにパワーアップした俺っちの必殺タックル、受けてみるっての!」 「ちょ、ちょっと一条さん?」 急激にキナ臭い状況に。 「オオオオオオ……!」 「ふひー」 「なにこれ」 「脱力を超えた脱力……潜在意識下に残る筋繊維のこわばりを溶かし……」 「そして」 ビキッッ! 「見てくださいっての父上。これが――」 「ハリャリンパーーーーーー!」 「あれー」 「オチが一緒なのに溜めがなげーよ」 「あーあ、イロモノ枠が1人減ったシ」 「これじゃイロモノ枠はハナセンパイと15番の口から蛇を入れて鼻から出す人との一騎打ちっすね」 仲間がやられたのにタンパクだな。 「……」 (そうだ) ん? いま黒いものを感じたような。 「えー参加者のみなさん集まって下さい。ルール説明を開始します」 「本日の司会進行を担当します。夏のときめきとめないで。つべ前田です」 「ただそのまえに、エントリー番号9番、腰越さん」 「あん?」 「いま通報がありまして、他の参加者の方に暴力行為を行ったとか。本当ですか?」 「ケンカ売ってきたから70mくらい投げ飛ばしただけだよ」 「……暴力どころか殺人未遂だな」 「やっと空いてきた。メシにしようぜ」 「はい」 「らっしゃーせー。……げっ!」 「なにしてんのお前」 「別に。営業手伝い……バイトみたいなもんよ」 「お知り合いですか?」 「あー、まあな」 (ちらっ)←今日は平和でいたいアイコンタクト (ちらっ)←同意のアイコンタクト 「お席へどうぞ。ご注文は」 「讃岐うどんを」 「えーっと、何にすっかな」 「うちはラーメンが美味しいわよ。具やスープを私が選んでるの」 「麺類の気分じゃない。麻婆丼」 「……」 「麻婆丼としょうゆラーメン小」 「まいど〜♪」 「ふぇえ……」 「あら、もうミスコン終わったの?」 「なんであたし審査員特別賞もらったんだろ」 「ミスコン……ああ」 「あ、クミからメール入ってる。……7位に終わったので全然落ち込んでないけど1人で帰ります。か」 「まあまあね。結局誰が優勝したの?」 「では今年のミス湘南から喜びの言葉をいただきましょう」 「巨乳と白衣の組み合わせに勝てるものはない」 「ハプニングに見せかけた白衣の下が途中溶けだして水着になる仕様もおみごとでした!」 「うう、おっぱいを制服で隠し過ぎたのが敗因っす」 「せっかく皆殺しセンパイには勝ったのにー」 「結局ミスコンなんておっぱい選手権よね」 「腰越……どうしたの?」 「まさか出る前に失格になるとは」 「参加選手を投げ飛ばしたらダメだよ」 至って当然の流れだ。 「どうします。いきなり50万は高望みだったにしろ、稼ぐ方法が消えちゃいましたよ」 「そうさなー。なんかもう稼ぐってのが面倒になってきた」 「ごろごろ出来る場所はできたし、もういいや。食いモンは適当に見つければいいし、あとのこともそのうちどうにかなるだろ」 「マキさんはホントに自由ですね」 計画性。みたいのが苦手でしょうがない。 行き当たりばったりというか、とことん野生に近い生き方。 「私らしいだろ?」 「ダメ人間です」 確かにマキさんらしいとは思うけど、いつまでもそれじゃ困る。 その日食べるものを求めてさまよう。それだけの人生になってしまう。 そんなの本当に野良犬だ。 「50万はダメだったけど、他のを探しましょう。なにかいい方法があるかも」 「まあそこまで言うなら」 「でもあえて言うと……『ダメだった』とは確定してなくね?」 「へ?」 「始まりました湘南ロックフェス2日目。本日は、日本の夏の海に一番似合う男を決める、ミスター湘南コンテストを行います」 「司会は私、夏歌で紅白だって出たことあるんだぜ。つべ前田と」 「恋の呪文はスキメキトキメキス。城宮楓です。よろしく」 「先日のミス湘南で大賞をとった城宮さん。本日はどんな大会になるでしょう。私は男のミスコンなんて全く興味がないんですが」 「先日に負けず劣らずのにぎわいだと思いませんか」 「最近はイケメンなんちゃらと付けばなんでも売れるビッチ上等な風潮だからな。モテない女どもが群がっているのさ」 「あとこういうとき場を盛り上げてくれる観客は体育会系が多い。体育会系はだいたいホモだからな」 「みんな! イケメンが見たいか!」 「妄想でセクる準備はできたか!」 「ち○ぽついてるのはみんなホモか!」 「よろしい」 会場のほうが得体のしれない盛り上がり方をする傍ら、参加者はルール説明を受ける。 「マジで俺が出るんですか」 「50万欲しいじゃん」 「……絶対無理だと思う」 俺なら失格になることはしないにしろ、マキさんとちがって勝てる要素がない。 「大丈夫だって。ダイはカッコいいから」 「ほんとに?」 「思い出してみろって、これまでの人生でもいろんな女に褒められてきただろ」 「うーん……」 そういえば髪切った日の翌日なんかはよく、 「うんうん、男前になったよ」 「ホゥホゥ、よぅ似合っとる」 「カッコよくなったわね」 ってご近所さんに言われる。 「自信わいてきた」 「早いな。まあそれでいいさ」 「昨日の感じからいってゲームでの加点も大きいし。そっちでがんばりゃ何とかなるだろ」 「なによりダイが湘南では何位くらいに入るのか、私が見たい」 「……」 そう言われると頑張らざるを得ない。 しかしライバルが多いからなぁ。 「ロック&セックス&ドメスティックを融合させた俺の伝説第2章が今日幕開けだぜ!」 「ククク……これで優勝すりゃ辻堂と再戦しなくても湘南を制したも同じ!」 「パイレーツすら食い殺す俺のワイルドさ!見せてやる……!」 みんな血走ってて怖い。 「長谷君。君もでるタイ」 「あれ、出るんだ」 クラスの子まで出てた。 「ぼかぁ日本一男らしくありたいタイ。だからこの大会で優勝して、故郷に錦を飾るタイ」 「まーたライバル出現かぁ」 「まあ正直、やめときゃよかったと思ってるタイ」 「どうして?」 「あれ」 観客席を指さす。 「おっ、ヒロシじゃん」 「長谷君も出るの? がんばれー」 「オゥ」 クラスのみんなが。 クラスメイトの前でコンテスト……うわ、恥ずかしい。 「なははは、あとに引けなくなったな」 「むしろいま引きたいんですけど」 「そして何より苦しいのが」 「長谷君とアイツの対決か。なんか楽しみになってきたな」 「にははっ、あたしらの最終兵器には勝てないと思うけどねー」 「ひろも出るのか」 「ガッデム!」 勝ち目がマジで消えた。 「ヴァンも出るんだ」 「勝手に応募されてしまったんだ。優勝賞金を文化祭の出し物の資金に使うというから断りきれなくて」 「まさか身内から最強の刺客が来るとはタイ」 「ごめんマキさん。無理だったわ」 「んー?ああ、確かにイケメンだな」 顔がいいだけじゃない。頭もいいし、運動神経も超人だから、ゲームでも隙がないと思う。 「勝つの厳しいなら抹消しようか」(ポキポキ) 「ダメダメ。俺の親友」 あっちに行ってもらう。 「えっと……ヴァンも優勝狙い?」 「興味ないからみんなに顔向けできる程度に参加するつもりだったが……」 「やる以上僕は勝つぞ」 「だよね」 「どいつもこいつも十人並みなやつばかり。負けるなど性に合わん」 ヴァンは勝ちたがりだからなぁ。 「まあいいタイ!学園1イケメンの坂東君に勝ってこそ、湘南1の男と言えるタイ!」 「うーん」 栄誉的にはそうだけど、ただ賞金の欲しい俺としてはかなりテンションが下がる。 「まあまあ、ようはゲームで勝ちゃいいんだよ」 「そうだけど」 どうなることやら……。 「さあついに始まりました!湘南1の男を決めるミスター湘南コンテスト」 「司会は私、ストッピンインザサマーでおなじみつべ前田と」 「恋の呪文はスキトキメキホトトギス。城宮楓でお送りします」 「そして湘南ナンバー1を競う、今日の主役はコ・イ・ツ・らDA!」 司会の進行で舞台にあがる俺たち。 うわ……観客が多い。 参加者は15人ほど。 みんな自信満々で、ひとりおどついてると逆に視線を集めてしまった。 「ヒロシもっと胸張れーー!」 「あはは、いいよいいよー小動物っぽくてー」 さらし者だ。 司会が適当にルールを説明していき、 「ではさっそく最初の競技に参りましょう」 「まずはファーストインプレッション。選手の自己紹介と同時に、無作為に選ばれた女性客100名による投票を行う」 「単純に投票率の高いものから、1、2、3位に30、20、10ポイントが入る。まずは顔で決めちゃおうってわけだな」 「ここで見た限りとびぬけたイケメンなんて1人2人だ、自己紹介でのインパクトを狙うのも重要だぞ」 「ではエントリーナンバー1の方から自己紹介をどうぞ」 1人1人前に出てアピールしていく。 「長野から来ました弾丸ハリー。昔は荒れた時期もありましたが、いまは受験を志して真面目に勉強しています」 「千葉の青き流星、柏!特技はボクシングだ! シュシュシュシュッ!」 「ご当地七浜のTAKAです!」 みんな張り切ってた。 「続いてエントリーナンバー8番、どうぞ」 「おっ、ようやくいいのが出てきたな。ざっと見て顔がいいと思ったのはこいつだけだ。優勝候補だぞ」 「稲村から来た、タロウ。よろしく」 「クールに決めましたね〜」 「正統派はこれでいい」 「カッコいいぜータロウー!」 「キャーキャーキャー! もう優勝でいいよ優勝ー!」 「坂東君サイコー!」 無愛想に見えたんだが、それでも客席はかなりの盛り上がり方してる。 「続いてエントリーナンバー9」 「ヒャッホーゥ!」 「あっ! アイツ……!」 次の人はヴァンにも負けず劣らずのイケメンだった。ちょっとメイクにピアスに髪染とケバいけど。 「俺の名はマナブ。ロック&ドラッグ&ドメスティックの伝説を刻みに湘南に降り立った伝説。マナブ」 「人は俺を伝説のギタリスツ、リングウェイの生まれ変わりと言う」 「長谷君、長谷君」 「はい?」 客席から呼ばれる。 「アイツ殴って。ブッコロして」 「なんかあったの」 「元カレなの。あたしにチョーシいいこと言っといて他に女作ってたの! サイテーなの!」 「そりゃひどいな」 「それも30人も!」 「それは気付かない方が悪い」 「今日ここで優勝して俺の伝説の1ページに書き加えたいと思います。ヨロシク〜」 「はいありがとうございました。良いですね、慣れてる感じですね。ちなみにリングウェイはまだ存命です」 「ああ。顔も悪くない」 「ところでその肌にある斑点。ジフィリスの症状だがちゃんと治療してるか」 「ぎくぅっ!」 「梅毒ですか」 「う、うるせえ。優勝賞金で治すよ」 「……」 「……なあ」 「う、うつってないよ! まだあげてないから」 「……あぶなかったぁ」 「では次の方どうぞ」 「はい……」 俺の番だ。舞台の中央へ。 うわぁ、視線が集まる。 「長谷大です。よろしくお願いします」 とくに小細工せずに頭を下げる。 「いいぞーダイー」 「がんばってー」 応援も無難だった。 「ヒロシです……ども」 「あの、えっと……。なんでもないです」 「緊張しすぎー」 「腹から声出せヒロシー」 うう。 「ちーっす、ヒロヒロっす〜」 がんばってみた。 ――ざわっ! ざわめく会場。 「うわぁ……」 「うわぁ……」 「うわぁ……」 「ご、ごめんなさい。長谷大です」 やるんじゃなかった。 「ヒロポンも出るのか」 「地味地味アンド地味で優勝の道が細すぎるな。よろしい、徹底的にひいきしてやろう」 「きゃーヒロポンかっこいー」 「それはどうも」 余計なこと言わないでください。 そんな感じでアピールタイムも終了し、 「ではあらかじめ投票スイッチを渡された100人のみなさま、投票をお願いします」 投票タイム。 「これって誰が入れてるの?」 「私らはスイッチもらえなかったね」 「えーっと、このマシンで投票すりゃいいのな。ダイの番号は……」 「誰にする? やっぱ8番の彼?」 「9番もなかなかよくない?」 ちょっと緊張した。 「さあ集計が進んでおります」 「ちなみにこの投票は最後にもう一度行われます。そちらではポイント配分が大きいので、早くも優勝候補が特定されてしまいますね」 「おっと結果が出たようです」 「これは……上位3名のみの発表がよさそうですね」 「ああ、全員の得票数を発表するのが普通だが」 「15人参加で6人も0票がいるんじゃあ可哀想だ」 先生、余計なことを。 会場がざわめき、15人のうち自信のなさそうなのが8人くらい苦笑いした。俺もその1人だ。 「1、2、3位にそれぞれ30、20、10の得点が入ります。まず1位」 「得票数51。エントリーナンバー8、タロウ」 「どうも」 やっぱりか。 超順当に一番イケメンのヴァンが30ポイント獲得。 「続いて第2位。得票数32。マナブ」 「えー、少なくない?」 「2人でほとんどがめてるんだ我慢しろ。ついでに3位が5票な。あ、柏」 「うぐ……」 ゲーム前からすごいことになってしまった。 「1、2、3位だけで88票取ってるタイ」 「残り12人は12票……。そりゃ0票が6人いるはずだよ」 落ち込んできた。もう0票の6人を免れれば勝ちな感じだ。 お、俺は0じゃないよな。マキさんが1票入れてくれてたし。 ……1票だけってこともないよな? 「さあ、若干みなさんテンションが落ちてますが、ここからゲームで取り返せるはずです。がんばっていきましょう」 「ゲームで勝っても最後の投票で惨敗するだろうが、まあ頑張るのは悪いことじゃない」 解説役がひどい。 「まずは30点。幸先のよいスタートだ」 「さすがにヴァンだね」 「ふっ、だがどちらかというと次からのゲームの方が楽しみだ。他人に頼らず僕の力で相手を倒せるからな」 勝ちたがりさんだ。 「それではさっそくはじめましょう。ミスター湘南コンテスト第1競技!」 「大じゃんけん大会!!!」 「……」 「……」 「じゃんけんで1、2、3位を決めます。点数はさっきと同じ30、20、10」 「「「……」」」 「会場の空気がすごい勢いで冷めてるんだが」 「しょうがないじゃないですか。ミスターの方は予算少ないんですから」 「はぁ……能力と勝敗が関係ない勝負は一番嫌いだ」 「あはは、俺は勝ちの芽が出てきたってとこかな」 テンション下がったけどな。 「私を含めた16人による勝ち抜き戦です。4連勝すれば優勝ですからチャンスは公平ですよ」 「では行きます。じゃーんけーん……」 ・・・・・ 「1位おめでとう」 「俺、すごい」 「第一競技じゃんけん大会は、怒涛の4連勝。エントリーナンバー12番ヒロシ君が1位です」 「ひろは地味にLUCの値が飛びぬけているな」 「悪いことじゃないね」 「うらやましいタイ。僕と坂東君なんて1回戦負けだったのに」 「まあまあ。運だよ」 「でもこれで得点はヴァンと並んだね」 「ああ、30同士」 「でも抜かれちゃったタイ」 「おっしゃー! 最後に負けたけど2位でさらに20追加。40点で独走だぜ!」 あの人に抜かれてしまった。 他の人たちが0と10でうろうろするなか、俺、ヴァン、あの人が30と40。自然と目立つ。 「優勝圏内だぞ。がんばれヒロポン」 「がんばれー」 「ヒロシー、ほどほどに目立てー」 なんか会場中に俺に対する同情ムードが。 「さあまだまだどの選手も逆転できますよ。がんばってください」 「続いては! 灼熱の地湘南に最も適応できるのは誰だ。灼熱のサウナ我慢大会!」 「暑さ我慢か」 「お約束だな」 「さあ選手の皆さん、こちらの特設サウナへどうぞ」 「ちなみに服装は自分で選んで構わんぞ。水着が良ければ水着になればいいし、着たままが良ければ着たままでいい」 「じゃあ脱ぐに決まってる。男らしくボクサーパンツ一丁で行くぜぃ!」 「着たままだな。最低限の品性は必要だ」 「もちろん脱ぐぜ!見られて困る身体してねーからよ!」 「……こもりっきりで白いんだよなぁ俺」 「サウナ勝負なら脱いだ方が有利に決まってるタイ」 「だよね。でも……」 「みんなどんどん脱いでいくな」(ニヤニヤ) あの意地の悪い笑い方。 「着たままで行こう」 「何かあるタイ?」 「なんとなく罠がある気がする」 着たまま会場へ。 「ダイー、脱がねーの?」 「大丈夫だって、ちょっとナヨってるけどバカにされるほどショボい身体してないって」 「ダーイー。脱いだ方がいいいって。あそこにあるあのほくろは気にしなくていいから」 「黙ってて!」 大声で嫌なことを……周りがみんなニヤニヤしてるじゃないか。 サウナに入った。 「んが……さっそく暑い」 「これは……強烈だな」 ドライサウナってやつだろうか。赤外線で火傷しそうだ。 「あちちちち、服着てくりゃよかった。直だと熱いってか痛ぇ」 これが罠か。 指定された席に着く――前にもう3人、部屋を出て行った。 「ルールは単純、こちらの部屋で、3つの関門に挑戦してもらうだけ。途中でリタイアするのも自由です」 「最後まで残った順に、やはり30、20、10とポイントが加算されます。根性で逆転できるチャンスです。がんばってください」 「しかし当然ながら課せられる3つの関門も強烈なもの揃い。まさに男の中の男にしか耐えきれないような……」 話が長い! こっちは頭の血管キレそうなのに、長々と喋らないで欲しい。 「ちなみにリタイアした方は、あちらの特設会場。プチ札幌へどうぞ。中継の乾さーん」 「うーい乾っすー。こっちは札幌から持ち込んだ雪でひえひえっすー」 「限界だーって思った方はこっちにどうぞ。いーっぱい接待しちゃうっすよー」 「ちょっと! なんで私がこんなことしなきゃいけないのよ」 「まあまあ、このバイト可愛い子が揃ってないと雇ってくれないんだからしょうがないじゃねっすか」 「ヌオオオオ! この超巨大氷かき機でかき氷も完備だっての!」(ガリガリガリガリ) 「お待ちしてるシ」 「ああ……天国が見える」 まだゲームが始まる前なのに頭がクラクラする。 目の前にかき氷完備の雪原……。拷問だよコレ。 「ハッハー!」 「無理だこれ……リタイア」 「おーっとまた1人リタイア。さっそく残り9人になってしまいました」 「これは早くはじめないとまずいですね。ではゲームスタートです。第一関門どうぞ!」 ガラガラとキャスターで9人のもとへ鍋が9つ運ばれてきた。 「煮込みうどん……」 「これは出るだろうな」 さっそく底意地の悪い代物が。 「第一関門はこのあつあつ煮込みうどん。15分以内にスープの1滴まで完食してください」 「ちなみにうどんは、いつもあなたの食事をニコニコお手伝い。孝行の提供でお送りします」 針が90°の位置をさすタイマーが出てくる。 「さあ張り切ってお召し上がりください。用意スタート」 「……ところで解説はどこへ?」 「あははははは、そーれくるくるくるくる〜」 「にゃーっ、離すシ〜」 「実は私はフィギュア選手になりたかったんだ」 「真夏に氷のリンクってのもオツなもんね。くるくるくる〜」 「うぐううう」 「ひーっ、ひーっ」 「く、口が焼けるタイ」 あっちで楽しんでる人たちをしり目にこっちは地獄だった。 「本来暑い中で熱いものを食べるのは、人体の構造的に避暑効果があるはずなのだが」 「この状況じゃ人体構造とか関係ないよ」 口をあけるだけで口粘膜から蒸発する唾液が陽炎を作る。そんな中で煮えたぎる鍋料理。 「もう無理、限界」 いつの間にかリタイア者も増えており、残りは5人になっていた。 ただここまで来ると逆に、あと2人ギブアップすれば10点は入るという欲が沸く。 「おっしゃ食べたタイ!」 「こっちも……完食だ!」 「うおおお! 熱さなんて一線を越えればただの快感。食べきった!」 みんなどんどんクリアしていった。 「ひぃ……ふぅ……」 「ひろ、無理しすぎると次のゲームにも響くぞ」 「……」 そうかも。俺一応30点取ってるし、ここで無理しなくても……。 いや! 「マキさんが応援してくれてるんだ!俺は負けない!」 「あはははは、ダイ〜、これ終わったらスケート場行こうぜ。やってみたくなった」 「筋がいいぞ。もっとエッジを利かせて回るんだ」 「こうか? くるくるくる〜」 「……」 「ひろ?」 「負けません!」 萎えそうになる気力を奮い立たせてスープにかかる。 食べなれた孝行の味というのがよかった。なんとか最後の1滴まで完食に成功。 「ヒロシ君も第一関門を突破」 「っとぉ! ここでタイムアップです。いま食べきれていない方は失格となります」 「くそ〜っ」 一番のライバルの人が落ちた。 残り4人。とうとうサバイバルだ。あと1人出し抜けばポイントが入る。 「第二関門はカレーとなります」 「ホホイチ提供の辛さ40倍カレー200g。こちらも15分で食べきって下さい」 「ネタがワンパターンだな」 「その分厳しい」 皿で出てくる。 量や熱さ的にはうどんのほうがキツそうだった。問題はどれくらい辛いかだけど……。 ひとすくいして舐めてみる。 「から!」 「困ったな、刺激物は苦手だ」 「……」 「海原さん……力を貸してください」 ええい。ここはもう。 「だーっ!」(がばばー) 一気にかっこんだ。 「なるほど、合理的だ」 「あとで胃がおかしくなりそうだけどね」 「僕も見習おう」(ばばばーっ) 「ふむ、熱さに慣れたあとだからさほど辛くないな」 今回は正解を導き出せた模様。 「……」 「食べないの?」 「実はみんなには内緒にしてほしいんだけど」 「?」 「僕、辛いものが大嫌いなんだタイ」 「いつも弁当には明太子とか辛子レンコン食べてるじゃないか」 「あれ実はただのタラコと、レンコンのミソマヨネーズあえタイ」 「ううう……嘘をついてたタイ。九州男児なのに辛い物が苦手な自分が男らしくなくて許せなかったタイ」 「そうだったんだ」 「つらかったな」 「僕はここでギブアップするけど、みんなには黙っててくれるタイ?」 「もちろんだよ」 「他人の隠し事を言いふらすほど悪趣味ではないさ」 「ああ……よかったタイ。2人が甘口で」 「おっと1人脱落者が出る模様。これで第二関門を終え、ついに残り3人です」 「ここからはいつ抜けても点数が入るか」 「一気に気が楽になったな。できれば高得点を狙いたいが」 「さあ最終関門。これはここまでの2つとはちがい、いたってシンプルです」 「ご紹介しましょうこちらは日本に数少ないサウナマイスターのサブさん」 「あらよっとぉ!」 「これよりお三方には、サブさんによるサウナの醍醐味を体験してもらいます」 「それに1秒でも長く耐えた人が勝者です」 「嫌な予感しかしないんだけど」 「サウナの醍醐味……あれか」 顔をしかめるヴァン。 「あらよっとぉ、アンちゃん達威勢がいいねぇ。けどホントのサウナってのはこんなもんじゃないよ」 入ってきたサブさんとやらが、湯を張った桶に手拭いをつける。 「あらよっと!」 ――バッ! 「?」 手拭いの水気をストーブへ。 水は一瞬で蒸気にかわり、 「はいよっ!」 ――バサバサバサ! え……。 「っっっぎゃああああああああ!」 「でましたこれぞサウナの醍醐味、ロウリュです」 「蒸気の熱風か……これはさすがに」 「あらよっと」(バッ!) 「うぐ……ッ! き、キツすぎる」 「あらよっと」(バッ!) 「あちちちちちち!」 3人に均等にふりかけられる。 当たった瞬間は熱湯のように熱く、その後感じる温度が増していく気がする。 「やりすぎだよこ……うぁっちぃ!」 「下手したら死人がでるぞ」 「ドMにはご褒美! ドMにはご褒美!」 「うぉおおおお……」 もうダメだ。 他2人は折れそうにないし。降りよう。 「ギブアップか?」 「うん、もう無理」 立ち上がろうとする。 「そうか、残念だ」 「日頃冴子さんのいびりに耐えているひろならこれくらいイケると思ったが」 「!?」 姉ちゃんの……いびり? 「あはははヒロー、ビールとってビール」 「うええ二日酔い。ヒロどうにかしてー」 「ドライブ行こー。久しぶりに時速200キロ出したくなっちゃったー」 そうだ。そうだった。 この程度の熱さ。姉ちゃんのいびりに比べれば――。 「む?」 「うおおおおおお!」 「こ、これは。ひろが悟りのオーラに包まれていく」 ぴかー! 「……」 「ひろ?」 「人の子よ、嘆くことはありません」 「到達してしまったか」 「いかな苦しみも、ブルーデーの姉に絡まれる時間に比べれば、たいしたことではない」 「あらよっと!」(バッ) 「ははは、心地よいそよ風です」 「余計なことを言ったようだ。このモードに入ったひろはあらゆる苦痛を遮断する」 「ギブアップする」 「9番のタロウ君がリタイア。3位なので10ポイントを獲得です」 「あははは……わーいつり目っこ天国だー」 「あ、こちら気絶してますね」 「決着がつきました。灼熱我慢ゲーム、じゃんけんから連続でヒロシ君が制しました」 「っずはあ!」 息をするのも辛い空間から脱出する。 「おつかれ。さすがだな」 「はは、我ながら耐久力だけはあるって思い知ったよ」 「(ずるずる)あれ、まだやってたの」 「あなたのためにがんばったんですよ。……なに食ってんですか」 「煮込みうどん、余ったからって」 「……」 「なはは、そう怒るなって」 「なに、些細なことです」 かき氷をもらって喉を潤しつつ、会場に戻った。 「さあミスター湘南コンテストもついに大詰め。最終競技に移ります」 「一次投票で人気を二分したタロウ君、マナブ君が順調にポイントを稼ぐ中、エントリー12番のヒロシ君が破竹の勢いで2ゲームを制覇」 「ポイントは現在1位ヒロシ君が60ポイント。2位にタロウ君、マナブ君が40と肩を並べています」 「俺がトップ!?」 夢中でやってたら驚きの状況になってた。 「いいぞヒロシー!」 「そのまま優勝しちゃえー!」 こういう番狂わせは盛り上がるらしく、歓声が湧く。 恥ずかしいけど嬉しかった。 「しかし本当の勝負はここからです。続いてゲームブロック最終競技」 「江ノ島一周競争!」 「解説の城宮女医。そろそろ働いてください」 「はいこちら解説の城宮。現在江ノ島に来ています」 「ご存じここ江ノ島は湘南最大の観光スポット。湘南1の男を決めるにはうってつけの場所と言える」 「島の外周は4000メートル。これを一周してもらう」 「島の周りの海には5つのフラッグゲートがある。これをすべて潜り、私のもとへ来たらゴールとなる」 「はいありがとうございました」 「最後はモロに体力勝負か」 「まあこれまでの傾向からいって最後はこういう派手なのが来ると思ったが。にしても」 「水泳か……まいったな、自信がない」 「ヴァンって泳げないっけ」 意外だ。スポーツ万能なイメージなのに。 「僕も泳ぎは苦手タイ。山育ちだから」 「俺は一応泳げるけど、4キロはキツいかも」 「なおゲートフラッグはそれぞれロープでつながっているため、泳げない方はそれを手繰っても結構です」 「またこの競技に限り道具の使用が許可されます。浮き輪、ビート版、なんでも使ってOK。各人知力体力を使ってゴールしてくださいね」 「ほう……」 「浮き輪ありか。ならなんとかなるかな」 「知力を……タイ」 「なおこの競技、1、2、3位にポイントが入るのはさっきまでと同じだが」 「1位から順に50、30、10とポイントが上積みされている」  ! 周りがざわめいた。 『とくに1、2位は大きい。がんばるように』 「大逆転のチャンスですよ〜。みなさんがんばってくださいね〜」 終盤にこういうのはシンプルだけど強いな。会場の熱気が増す。 「1位を取ればまだイケる」 「さらに言えばこのあと最終投票があるはず。ここでの活躍は得票率にも直結しますね」 「ふんばりどころタイ……知力を使うタイ」 みんな目をギラギラさせてた。 とくに、 「へ……っ」 「お前ら、ここまではチョーシ乗ってたけど覚悟しとけよ」 どんっと参加者の1人に肩をぶつけられた。 40点の彼だ。いまのところヴァンを除けば一番のライバル。 なんだか不穏なことを言いながらスタートラインにつく。 「あの男、不良っぽいな。嫌な感じがする」 「まあまあ、印象だけで人を決めないで」 あっちは俺たちを意識してるわけで、警戒はしたほうがよさそうだけど。 「それでは最終競技を始めましょう。各者用意――」 スタートラインに立つ俺たち。 「タロウもヒロシもがんばれよー」 「誰か僕のことも応援するタイ」 「お前もうポイント的に逆転不可能じゃん」 「でもがんばれー」 「長谷くーん、マナブ殴ってー」 「スタート!」 みんなの声援を背に駆けだす俺たち。 泳ぎの競争。という名目だが、ほとんどが真っ先に海でなく道へ向かった。 走って江ノ島へ。 一番近いゲートが陸地から近かったのだ。つまり最初は走った方が早い。 ゲートの近くに来ると、今度は一斉に橋から飛び降りる。 「おっしゃ、第1ゲートクリアタイ」 「うん」 ここからが問題だな。第2ゲートまで泳いでいくか、ロープ伝いに行くか。 「っぷはあっ!おーし千葉の河童といわれた俺のスピード、見せてやるぜ」 「江ノ島一周なんて泳いでちゃ体力が持たない。ロープ伝いに行くさ」 「どうするヴァン?」 「あれ?」 ヴァンがいない。 「僕も行くタイ」 「う、うん」 どこ行ったんだろヴァン……。 「ひろ……誘う前に行ってしまった」 「まあいい、勝負は勝負だ。僕は勝ちに行く」 「道具は何を使っても構わないんだな」 「はい」 「よし」 泳いで島を一周するのは難しそうなのでロープ伝いに行くことにした。 「おっしゃー第2ゲートもらったー!」 さすがに泳いだ人の方が早い。 でもいいさ。堅実に行こう。 「チッ……」 うお! 「やあひろ」 「ヴァン、いままでどこに……何乗ってんの?!」 水上スキーにまたがってた。 「どんな道具でも使っていい。がルールだからな」 「ずるい」 「あとよく運転方法知ってたね」 「父に言われてハワイで覚えた。飛行機の操縦や拳銃の扱いに比べれば楽なものだ」 「ヴァンは明日体が縮んでも少年探偵になれるよ」 「乗っていくか?」 「……いらない」 「ふふ、ちょっと意地っ張りなのはひろの美徳だ」 嬉しそうにしつつ、容赦なく行ってしまうヴァン。 スピードは圧倒的でも、ゲートは人1人通れるかって幅だから、スキーを使うと潜りにくい。あの道具がそのまま有利になるとはいえない。 が、 ヴァンの運転は超上手く、あっさり通り抜ける。 ……意地張らずに乗せてもらえばよかった。 「……もしもし。ああ俺、例のやつ頼む」 「ん?」 近くで同じくロープ伝いにきた人が携帯を手に何か連絡してる。 そっか。電話。これも道具だからアリなんだ。 で誰に連絡したんだ? ッ! びっくりした。また何人かのジェットスキーが俺たちのちょっと離れたところを通り過ぎる。 あれは……レース参加者じゃないな。 「へへっ」 ん? いま、目でなにか合図した? 「ふぁあ、このゲーム時間がかかるから退屈」 「っぷはああっ」 「お、もう来たのか」 「ゲートはまだタイ。でも……」 「島をつっきって近くまでいけば最小限の体力でしかも早く行けるはずタイ!」 「ハハハハハ! 知力を使うとはこういうことタイ!」 「はーっ、はーっ、疲れた」 「やっぱり島を泳いで1周って体力が持たないか?山のある島内を突っ切るよりはマシだと思うけど」 「ああ!? ちょっと待て水上スキーありかよ!」 「アリに決まってんだろうが、道具なんだから」 「テメェもかよ。くそっ、俺も乗せろ」 「ヒャーーハハハハ! だぁれが乗せるか!お前はそこでぴちゃぴちゃ遊んでな!」 「性格変わってない?」 「ああっ、やっぱりバイクに乗ると走り屋の血が疼く。すいません真琴様! 真っ当になると誓った俺だけど今日だけは走り屋にプレイバックします!」 「待ってろ紅蓮蛇! 賞金50万はいただきだぜー!」 ――ドゴォオオっ! 「おわッッ!」 ――ざぶーんっ。 「ざまあ……あいや、大丈夫か顔から落ちたけど」 「だ、誰だぶつかってきやがって。危ないじゃ……」 「へへへ」 「運がなかったな」 「……お、おい、何もってやがる」 ――プシューッ! 「ぶおわっ」 「なんだこのスプレー……げほっ、い、息が」 「げーっほげほっ! 目もだっ。うわちょ、何も見えない」 「おっと? これは何事でしょう」 「どうやら一部参加者に、地元の若者とトラブルがあったようです」 「あれトラブルってレベル?」 「大事にしたくないんだろ。運営も大変だよ」 「アイツの仲間の人たちじゃん……うわ最悪」 ん? ロープを伝ってくると、ゲート近くの様子がおかしい。 「げへっ、げほぷぁっ、たすけあぶぶぶ」 「おおお俺山育ちだから泳げなあぶぶぶぶ」 何人か溺れてる。 「ちょっと待って下さい」 泳いで助けに行った。 ッ!? なんだ、目がチリッて。 「っぷはあああっ」 「げほっげほっ」 「大丈夫ですか。ロープここです、掴まって」 「あぐっ、あぐ……サンキュ」 ロープまで連れて行く。 2人とも目を開けられなくなったようだ。それに妙にせき込んでる。 「なにがあったんですか」 「わ、分かんね。急にブシューッて」 「催涙スプレーだ、……げほっ。喉もやられた」 「催涙……なんでそんなもの」 浴びるとしばらく目、鼻、のどがやられる護身道具だ。 そんなものをこの大海原で……。下手したら殺人未遂だぞ。コンテスト係員の人が見てくれてるとはいえ。 「へっ、運がなかったな。アバヨ」 俺の前をロープ伝いに行ってた人は、特に気にした様子なく行ってしまう。 俺はどうしよう。レースの途中とはいえ、2人を置いても行けないし。 「けほっ……なあアンタ、いまロープ伝いに来たよな」 「え、はい」 「……あの野郎を追ってくれ。スプレーかけてきたやつら、アンタとアイツを不自然に避けてた」 「……」 そういえばあの人さっき電話してたっけ。 「道具は何を使ってもOK、仲間を使ってもOK。とか?」 「分からないけど、追ってくれ……げほっ。俺たちはしばらく動けないから」 「分かりました」 確証があるわけじゃないが、お仲間だとしたら独走させるのも気分よくない。言われた通りロープを伝ってあとを追った。 第2ゲートをくぐり、残り3つ。 他の選手は大丈夫か? 「む……ッ、おい、危ないだろう」 「うーるせえ。一番先頭にいる自分を恨みな」 「てかなにこいつ、コーナリング上手すぎ。ぶつけらんねぇ」 「モーターボート全般、競艇に出られる程度の経験はあるからな」 「すげー」 「ならこいつでどうだ!」 ――プシューッ! 「むっ、スプレー?」 「甘い!」 「避けた!?」 「不良共め。貴様らの十人並みな悪意など見切れるさ」 「なんだよこいつ主人公補正みたいな」 「相手をしてやる気はない。先に行くぞ」 「あー逃げられた」 「ヤバいよ、あいつマナブの言ってた一番すごそうってやつだろ」 「ちぃい……ゲートだ。ゲートを塞ぐぞ」 「む……厄介なところに」 「なんのつもりだ? 単なる嫌がらせにしてはいやに執拗だが……」 「おーいヴァーン」 「ひろ、もう追いつかれてしまったか」 大回りになる水上スキーに比べて、泳いだりロープを伝えば直線で行けるからな。 「えっと……あれがスプレーの人たちか。なにかされた?」 「急に攻撃してきた。軽くいなしたが、今はゲートを塞がれて困ってる」 確かに2機が第3ゲートの前に陣取ってる。 手にはスプレー……近づくと危険そうだ。 「へへっ、ごくろーさん」 「そっちこそ。賞金でなんかおごれよな」 「やっぱり」 「そういうことか」 俺の前でロープを伝っていた人が行くと、2機は不自然にゲート前からどく。その隙に悠々抜けた。 「どうする。いくらなんでもやり過ぎだ、大会委員会に直訴するか」 「見てる人たちは楽しんでるから、空気を壊すのもなあ」 とはいえあのグループはやり過ぎだ。 「追いついた……なんだよアレ」 「ゲートが塞がれてる。通れねーじゃん」 お仲間の1人を除いた全員が第3ゲートを通れず迷惑してる。 「アウトローはアウトローに何とかしてもらおう。マキさーん!」 「?」 「あのカレー辛すぎ」 「まだ食ってたんですか」 「海に立ってる?」 「さすがにねーよ。見ろ、ロープの上に立ってんの」 「それでも充分超常現象だ」 「あれは……」 「ひいいいいいみみみみみなっ、みなごっ、ごっ」 「実はかくかくしかじかでして」 「まるまるうまうまなのか」 「OK、先に行ったってやつを殺せばいいのな」 「ダメダメ。あの人は一応参加選手なんだから」 こっちも仲間を使って妨害したら同レベルになってしまう。 「でも泳いでる相手にスプレーかけるような人は、ちょっと痛い目に合っていいと思う」 「めんどくせーな。そこらにいるのもまとめてブッ飛ばしたほうが早いぞ」 「ひい!」 「ダメです。ね、マキさん。お願いだから」 「はいはい」 やれやれって感じに肩をすくめるマキさん。 「あ、あの彼……皆殺しとどういう関係?」 「皆殺しって話しかけると死ぬって言うけど人語理解できるの?」 周りがざわざわしてる。 「ちらっと苦しませるだけでいいのな」 「なるべく危なくないようにね」 「了解。では」 「腰越式皆殺し講座〜♪ わーわーパチパチ」 「まず、服を脱ぎます」 「そして気合いだ! 気合いだ! 気合いだー!」 「ハッピーシャワー!」 ――ちゅどーん! 「ほぎゃー!」 手から出たビームみたいので陣取る2機が吹っ飛ぶ。 「なんだ今のは」 「世の中にはツッコんだら負けという言葉があるんだ」 「あと脱いだ意味は?」 「それは俺も気になる」 「あいつら竜宮城に招待してくるから、お前らはレース続けな」 どぷんと沈んでいくマキさん。 「な、なんだいまの浄化のひか……うぉっ」 ほどなくあっちの2人も海中に引きずり込まれた。 「じゃあ俺たちは先を急ごうか」 「あ、ああ」 「ひろ、不良とか関係なく付き合う相手は選ぶのを勧めるぞ」 「悪い人じゃないんだよ」 「やれやれ」 「後ろに乗れ。最後のゲートまで一緒しよう」 「え、でも」 「借りはすぐ返したい主義なんだ」 んー。 追いついてきた他の人たちも『どうぞどうぞ』って顔だった。 行かせてもらうか。ボートの後ろに乗る。 「マキさーん、先行くねー」 「うーい」 波間から顔だけ出すマキさん。……引きずり込んだ2人が見えないのが気になるが。 「行くぞっ」 第3ゲートも抜けた。 「さあ折り返し地点の第3ゲートにたどり着く選手が続々と出てきたようです」 「先頭はエントリーナンバー9番マナブ君。8番タロウ君、12番ヒロシ君も猛スピードで追い上げている模様」 「長谷君たち頑張ってるじゃん」 「ああ……坂東君ボートまで運転できるんだ。ステキ……」 「点数の上位3人がこのレースでもトップ3か。優勝はあの3人の誰かに決まりだな」 「長谷君が入ってるなんて不思議だよねー」 「やはり坂東君が優勢でしょうか」 「あれ、委員長来てたの」 「はい。最初からいましたよ」 「よぉーし第4ゲートクリア」 「後続は全部切ったし、これで1位いただき。コンテスト優勝ももらったぜ」 「え!?」 「ここにいたか。お友達は海の藻屑になったようだぞ」 「殺気立ったみなさんが追ってますので、捕まったら何されるか分かりませんよ」 「だちょっ、待てぇ!」 「スキーの使い方上手いな……くそっ。よりによってあいつらに」 「これで終わりだと思うなよ」 「見えてきた。あそこが最後のゲートだ」 「あそこを抜けたら勝負、だね」 「ああ、負けないぞ」 最後まで仲良くするのはヴァンの性格じゃない。あそこからゴールにかけては勝負だ。 といってもスキーがないぶん俺が不利だけど。 いいさ、がんばろう。 「最終ゲートにトップでさしかかる選手が見えてきた。おっと、2人だ。2人の選手が同時にゲートを通過するようです」 「ゲート通過!」 「よっと」 ――どぼーん! 俺だけバイクから飛び降りる。 一瞬だけ目くばせして去っていくヴァン。 俺にまったく勝ち目がないわけじゃなかった。 「っぷはぁっ!」 最終第5ゲートは、第1ゲートと同じく橋から近い。あとはここから島へ一直線である。 一方のヴァンはバイクを置きにいかなきゃならない。島に直接上陸できるけど、タイムラグがある。 「つまり! より速く走った方が勝つ!だりゃああああ!」 島のゴール目指して駆けだした。 「1位じゃん。走れーダイー!」 気絶している男を2人引きずったマキさんが、島のほうで手を振ってる。 「おっしゃあ!」 ロープとバイクを使ってあんまり泳がなかったので、足に疲労はあんまりない。充分走れる。 勝ち目は――ある! 「……」 「ふふ」 「おっと、いくらひろでも勝ちを譲ってやる真似はしないぞ」 「1位は僕だっ」 「……」 「へへ、ヨロシク」(ピッ) 「どこか停める場所……ここでいいか」 「む?」 「おらあああああッッ!」 「っなに!」 ――どしゃああんっっ! 「くっ、さっきの……まだいたのか」 ――プシューッッ! 「スプレー……しまっ。げほっ」 「っ!」 島にさしかかったところでヴァンを気にすると、ちょうどあっちも島に入ろうとするところだった。 でもまた出てきたバイクに横からぶつかられ、顔にスプレーを浴びせられ。 「くぁ……っ」 ――どぼーん! 「あ……」 沈んでしまう。 確かさっき、 「水泳か……まいったな、自信がない」 「っっ」 「ダイ!?」 飛び込んだ。 橋は結構高いので、落ちるときゾクゾクする。 ――どぶんっっ! ヴァンの沈んだところへ潜る。 ・・・・・ 「……へへっ、2人同時かよ。ラッキー」 江ノ島近海の海は正直汚い。 視界が悪かった。 でもだいたいの位置が分かってるから、なんとか。 「ごぼっ」 捕まえた。 「ヒューッ、作戦成功」 「にしても、お友達を助けに飛び込んだのか?泣かせるね〜」 「泣く程度じゃすまさねーけどな」 「え……」 ――どぶん。 ・・・・・ 「っっぶはっ」 「っぷは」 浮上する。 「大丈夫?」 「けほっ、ひろか? 目が開けない」 「何かされたんだね。大丈夫、支えてるから」 「ああ……島の方向を教えてくれ。上がった方が早い」 「うん、こっち」 連れて行く。 「大丈夫だ、泳げるから」 「あれ?」 「ふぅ……さすがに焦った」 「うん、チカチカするが目も見える。ありがとうひろ」 「ヴァン、泳ぎは自信ないって言わなかった?」 「うん? ああ、大会なんかで上位につく自信はない。十人並みには泳げるがな」 話のレベルが違ってたらしい。 「なんだよ。心配して損した」 「ふっ、好意はありがたくいただいておこう」 「それでレースだが……」 「おめでとう。1位で到着だ」 「おっしゃー!」 「トップが決まりました。エントリー番号9番のマナブ君、1位でゴールです」 「ああ……」 取られちゃった。 「まあいい、2位でも充分なポイントだろう」 「まあね」 「ひろ、先に行け。僕はまだ走るのは苦しい」 「え、でも」 「……」 「早く行ってくれ。ひろがゴールしないと僕もできない。後続に追いつかれたらポイントが減るぞ」 「んー、じゃあ」 ありがたく行かせてもらおう。先生の所へ。 結局最終レースは、俺が2位、ヴァンが3位になった。 ・・・・・ 「長く続きましたミスター湘南コンテスト。ついに優勝が決まるときがやってきました」 「眠くなってきた。これより最後の投票に入る」 最初の舞台に戻ってきた。 「ここまでいずれの選手も、湘南の夏の主役に相応しい活躍を見せてくれました。みなさん、ここに立つ全員に大きな拍手を」 疲れ果ててる俺たちを歓声が包む。 「そしていまから、最後の投票を行います」 「1次予選にてご協力いただいた100人の女性たちにもう一度この15人の中から湘南1に相応しいと思う男性に投票してもらいます」 「今回はその得票数そのものがポイントになる。これまでのポイントに加算され、総合点のもっとも高いやつが優勝だ」 「どの選手もまだ充分に逆転の可能性がありますが、なかでも注目すべきはこの3名」 「エントリーナンバー8番、タロウ君。1次予選では51という圧倒的な支持を獲得。各競技でも活躍し、現在50ポイントを稼いでいます」 「この最終得票では圧倒的に有利だな。どこまで票を重ねられるか」 「エントリーナンバー9番、マナブ君。予選でも2位の好成績。そして江ノ島一周レースでの活躍により、現在なんと90ポイントを稼いでいます」 「予選と同じ30票を獲得すれば、坂東は引き離せる。まさに優勝候補筆頭だ」 「そしてエントリーナンバー12番。ヒロシ君。予選では選考外ながら、何と競技で1、1、2位の驚異的な成績を記録。こちらも90点に届きます」 「がんばれー」 なんか言ってよ。 「間違いなく今日一番のがんばりを見せた彼。女性たちのハートはどれだけつかめたのか?」 「3人を始めたくさんの優勝候補が肩を並べます」 「さあ、投票を開始してください」 観客の何人かがスイッチを入れ始めた。 「私はダイで確定として」(ちらちら) 「あーん、やっぱ望み薄か?」 「あたしらは板東君一択だね」 「ああ、文化祭のため」 「ですがさすがの坂東君も厳しくないですか」 「ぶっちゃけあの3人以外優勝はないけど、そのなかでも1人ヘコんでるもんな」 「他は10、20ばっかだもんね。あーっ、マナブは優勝しませんように〜っ」 「でもアイツが1番の候補じゃね」 「だねー。30取っちゃえば、長谷君が30点取れるとも思えないし」 「なんかクラスメイトが失礼なこと言ってる」 「気にするな」 まあその通りだと思う。 投票……たぶんほぼ全部が俺たち3人に集まるだろうけど、 最初の投票のままの展開になったとして、ヴァンとあの人がそのまま。残りが全部俺に入ったとして、ヴァン100、あの人120、俺110。 「うーん、勝てないかなぁ」 「よく分かってんじゃん。1位は俺だよ、誰がどう考えても」 悔しいけど、俺たちもそう思う。 「せめてレース2位をヴァンにゆずればヴァンが勝てたかもしれないのに」 「それはいいっこなしだろう。それにまだ分からないぞ」 「僕の見たところ、少なくとも今日一番湘南で輝いていたのは……」 「おおーっと! 集計が出たようです」 おっと。居住いをただす。 「さあ今年のミスター湘南コンテスト。栄えある第1位は?」 「特別解説城宮女医、お願いします」 「では第3位より発表する」 「へへ、さすがにこれはお前らのどっちかが取れると思うぜ」 嫌なこと言う人だなー。 「オメデト3位」 「そう、おめでとう。3位エントリーナンバー9番、反都マナブ君。90ポイント獲得」 「はれ?」 「最後のレース、仲間に妨害させたり溺れる人間を何度も見てみぬふりしたり、心象が最悪だったな。全部こっちで中継されてたのに」 「得票数0で90ポイントから動かず。3位」 「ええええええええ!?」 ひどいオチだ。 「やれやれ、ひろ、こういうのを古い言葉で?」 「天網恢恢疎にしてもらさず」 「短い言葉で?」 「自爆」 「正解」 「あとお仲間がきてるぞ」 「マナブてめええええええ!」 「俺たちが海底のお魚と仲良くなるような地獄見てまでフォローしたのに、50万とり損ねただぁあああああ!?」 「袋だ! 袋にしちまえ!」 「ひええええお助けー」 連れられていった。 「さて、邪魔なのも去ったところで」 「審査員100人が空気を読んだことで、ぶっちゃけ残る100票はこの2人が独占している」 会場中の視線が俺たちに集まった。 俺とヴァンに……集中するとは思ってたけど、独占まで行くとは。 「一気に発表するぞ。第2位は」 「……」 「……」 どうなる。 ヴァンは50票は固いとはいえ、アドバンテージは圧倒的に俺。俺は31票とれば勝てる。 どっちだ。 「第2位は……」 どっちだ……。 「……」 「…………おめでとう」 「エントリーナンバー12。長谷大」 あ……。 ダメか……。 「92ポイント」 「は?」 「はあ?」 「そして栄えある優勝は、おめでとう。なんと98票を獲得しての148ポイント。板東太郎!」 「……」 「……」 「「「……」」」 「ま、最後は顔だな」 なんじゃそりゃーーーーーーーーーーーーー! ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「どっと疲れた」 「あの結果はねーよな」 「なんやねん98て。今日やったゲーム全部関係ないじゃん。最初の投票だけで決着ついたじゃん」 どうもレースでのスキーの操縦テクや、俺に2位を譲る姿勢とかが評価されたらしい。 うわーん、俺もヴァンを助けにいったのにー。 もう悔しがる気力すら起きない。脱力してしまった。 「まあまあ、私の他にもう1人はお前のこと選んだんだから、それでよかったじゃん」 「そっか、2人のうち1人はマキさんなんですよね」 「うん」 「うわあああああ〜〜〜〜〜!実質俺に入ったのは1票だけなのかぁ〜〜〜〜!」 「なはは、まあまあ」 慰めるように肩をぽんぽんしてくれるマキさん。 「いいじゃん。一応私の彼氏は、湘南で2番目の男ってことになったんだから」 「うーん」 それでもまだ納得いかないんだけど。 まあ、マキさんは満足そうだからいっか。 「それでお金はどうしましょう。50万、結局入らなかったけど」 「バイトしようぜバイト」 「急にどうしたんです」 「さっきカキ氷食ってて思ったんだ。あ、海の家でバイトしたら、まかない的な感じでカキ氷タダになるーって」 なるほど。マキさんらしい。 「じゃ、海の家のバイト探しますか」 「おう」 「最後の最後で超がつくほどクソゲームになったな」 「いいじゃん、うちのクラスから1、2位が出たんだし」 「こんなコンテスト、お盆明けには忘れられているさ」 「委員長、賞金の目録。預けておく。文化祭に使ってくれ」 「本当によろしいんですか?坂東君が勝ち取ったものですのに」 「最初からその予定だったんだ、構わない」 「いいじゃんいいじゃんいいじゃーん。これでうちのクラスの文化祭、他のクラスじゃできないようなことやっちゃおう」 「ああ、それがいい」 「はあ……複雑だけどやっぱ坂東君ってカッコいいわ」 「そうそう資金が足りないようなら言え。もう25万は融通が利くぞ」 「どうして?」 「実はこの大会、去年も出て優勝しているんだ。賞金の半分を貯金してあって使い道に困ってる」 「カッコいいけどやっぱ嫌いだわ」 「ところで俺ら、なんか忘れてない?」 「なんだっけ?」 「っぷはあああ! 道に迷ったタイ!」 「やっともとの道に戻ってきたけど、第3ゲートが見つからんタイ」 「ぬおおー! 見つけてやるタイー!」 「はーああ、気分直しに出たビーチバレーも全然面白くなかった」 「愛さんどこいったんだろ。あのイインチョとかいうメガネと遊ぶって言ってたけど」 「あん? ミスター湘南、終わったのか」 「優勝の板東君カッコよかったよね〜」 「うん超カッコよかった。知的、イケメン、運動神経も良さそう。あんな彼氏欲しい〜」 「準優勝の長谷君も悪くはないんだけどね」 「あー、アレはダメでしょ。あのおっぱい大きい彼女とラブラブオーラ出しすぎ。あれじゃ女性票は入らないよ」 「でも2票入ってたよね。誰がいれたんだろ」 「さあ?」 「彼女持ちだって分かってていれるんだから、無駄なことするよね〜」 「……」 「あっ、どこにいたんすか愛さん」 「ん……いや。父さんに頼まれて」 「ミスター湘南の審査員」 幸いにもマキさんを受け入れてくれる海の家はすぐに見つかった。 「面接を始める前にうちは水着で接客するんだけど、水着に着替えてくれるかな」 「合格」 そんなわけで働くことに。 でもマキさん1人じゃ心配だな。 「俺も働けませんかね」 「えー、そんなに募集してないしなぁ」 「ダイはダメなの? なら他に」 「合格」 OK。 残る問題はマキさんがちゃんと働けるかだけど、 「うーいハンバーガーにツナサンドにフランクフルト。飲み物はコーラね。お待ちくださーい」 「おまちど」 「これウインナーサンド?あー間違えたわ、いいじゃんそんな変わんねーし」 「はぐはぐ……フランクフルトってさぁ、マスタードに入ってる粒が結構好きなの」 「あん? これも注文だっけ。まあいいじゃん」 働けてはいなかった。 「ツナサンドとフランクフルトお待たせしました。失礼しました」 「びっくりしたぁ」 唖然としてるお客さんには俺がフォローいれる。 「これがツナサンド」 「美味そー、1個くれ」(ひょいパク) 「あっ! こらマキさん!」 いかん、フォローが追いつかない。 「ああっ、こんな美人に食べ物ブン盗られた」 喜んでる? 「店長これ大丈夫ですか」 「うーん、見たことない営業状態だけど」 「すすすすいませーん、こっちハッシュドポテトお願いします」 「あいよー」 「はぐはぐ、これもうめー」 「あああっ、こっちも食べられた」(ゾクゾクッ) 「すいませんラーメン大盛り」 「うるせーないまメシ食ってんだろ」 「睨まれちゃった」(ゾクゾクッ) 「ああああのー、フランクフルトも」 「はいはい」 「んー、でもお腹いっぱい。はい」 「食べてもらえない! 逆に放置! 逆に放置!」 「売り上げが伸びてるから何とも言えない」 「この国はどこへ向かっているのか」 「おーい店長、しょうゆラーメン2つ」 「あいよ」 「あとフラッペのブルーハワイ。私用に」 「休憩時間にね」 問題はなさそうだった。 「ふぅ……」 その分フォロー役は疲れたよ。 今日は試用ってことで午後からだけだったんだけど、足が棒だ。帰ったとたんにソファに突っ伏す。 「お帰り。……あらら、だいぶ焼けたわね」 「うん、外で客引きなんかもしたから」 痛いってほどじゃないけどヒリヒリする。 「ヒロ、昔から焼けるとかゆくなっちゃうでしょ。ちょっと待って」 「んー?」 枕元に腰かける姉ちゃん。 突っ伏した俺をひざまくらするように抱えて、 ――ぺた。 「あう」 「かゆみ止めのクリーム」 「ああ」 塗ってくれる。ヒヤッとして、ちょっとむず痒いけど気持ちイイ。 「昔からこれだったわよね」 「うん」 痒くなりやすい、髪のところや首筋など。ツボが分かってるらしく、的確に塗ってくれる。 「ふぃ〜」 「……」 「……」 「……」 ンぅ……、 「……」 「追いかけてアルバイトまで。ヒロのお節介DNAはどうにかしたほうがいいわ」 「……そんなに好きなの? あの子のこと」 「……」 「私より多くお世話する相手なんて認めないから」 「ヒロ?」 「くひゅー」 「……ふふっ」 「子供なんだから」 バイト3日目。 そろそろコツみたいのが分かってきた。 「はい味噌と塩ラーメンお待ち」 「すいませーん、ハイネ○ンジョッキで」 「ビールならビールって言えや」 「ちょっと! 水を持ってきてちょうだい」 「そこに機械あるから自分で持って来れば」 「なんですってぇー! ムキィー!」 「お持ちしました、お冷です」 マキさんは勝手にやらせておいて、怒りそうなお客さんは俺がフォローする。 完全にマキさんが足を引っ張ってるように見えるがそうでもなく、 「はいご注文どうぞ」 「あ、あの、じゃあヤキソバ」 「はいよ。でもこの店のヤキソバ美味くねーぞ、こっちのカラアゲとかは全部インスタントで美味い」 「じゃ、じゃあそれに変更で」 「変更? ……注文キャンセルの仕方分かんね。両方たのめよ」 「わ、分かりました」 「あれ? お前最近毎日来てるやつじゃね?」 「ひゃっ、覚えててくれた」 「確かいっつもしょうゆラーメンとフランクフルトとツナサンド頼むんだよな。おっけ、最初から注文いれとくから」 「え、そんなに食べられな……いえ、お願いします」 ガンガン注文を増やしてる。 「これって大丈夫なんですかね」 「最終的には客側の意思だから大丈夫でしょ。ほら、ナックとかがよくやってるアレだよ」 「セットメニューが多すぎる気がするけど」 「客引き効果もすごいしね」 「今日こそ食べてもらうんだ。俺のフランクフルトをあの子に」 「きょ、今日も来てしまった。頼んだものが出てこないのは分かってるのに」 すっかり癖になってる客がいるのは確かだ。 「ロックフェスでいま一つだった売上、ここで取り返せそうだ。助かるよ」 みんな喜んでるならいいか。 「ういー、お嬢ちゃんおっぱい大きいねえ。こっち来てお酌してよ」 「……」 「ブ・チ・こ・ろ・す・ぞ」 「ストップストップ」 俺が1人で苦労してる感が否めないけど。 ちなみに海の家ってことで、困った客も結構来る。 そういう人は全部俺が担当した。 「ちょっと! このポテト辛すぎるわ、わたくしを高血圧で殺す気!」 「申し訳ありません。すぐ直しますので」 「マスター。ねえマスター、涙忘れるカクテルをお願い」 「店長はいま参りますので」 「このラーメンを作ったのは誰だッ!」 「はいちょっとお待ちくださーい」 大変だ。 ・・・・・ 「ふぃー」 やっと客が引けてきた。 「でへへ」 「えへへ」 「注文しねーなら失せろ」 「すいませーんっ」(すたこら〜) 無理やり引かせた。 しばらく休憩の時間ができる。 「疲れた」 「お腹いっぱい」 「働いてる最中にその感想はおかしいと思う」 「いいじゃん。美味いもの食べたほうが勤労意欲もわくってもんさ」 「マキさんはホント自由だよね」 「その方が楽しいじゃん」 不良め。 まあマキさんらしいからいっか。そのぶん苦労するのも俺だけで済んでるし。 「……」 「なに?」 「別にお前までついてくることはなかったと思うんだけど」 「俺がいなきゃマキさんかなりの確率でクビです」 「にしても夏休み始まっていきなり潰すとか」 「……」 「私についてきたかったー、とか?」 「そんなことは」 「んー?」 「……まあ結果的に一緒の時間が増えたのは美味しいとは思ってます」 「正直でよろしい」 くっついてきた。 マキさんのスキンシップは何気にパワーがすごい。 「ん?」 「なに照れてんだよ」 「べ、別に」 「なーにー照れてんの〜」(むぎゅー) 「分かってるくせに」 「えへへへ」 わざとおっぱいをくっつけてくるマキさん。 しょうがない人だ。 「……そういやしてないな。1週間くらい?」 「ドタバタしてたもんね」 「……」 「い、いまは仕事中だから。ほら」 「関係ねーよ」 奪うようにキスされた。 ほんと……マキさんは。 「ほれほれ」 「あっ、ちょ」 自分の武器を分かってるので、ぐいぐい胸を当ててくる。 「ちょっとだけ補給しようぜ。時間ありそうだし」 「補給て、あの、ここじゃあ」 引けて来たってだけで店の方はまだお客さんいるのに。 接客カウンターの影にはなってるものの、ちょっと覗きこまれたらすぐ見えちゃうし、店長だっていつ来るかわからない。 「ほらほらぁ」 でもマキさんは止まらない。冗談でやってたら火がついてきた感じだ。 「はは……んふっ、ふ、はう」 「……乳首立ってる。しょうがない人だな」 「えへへ」 恥ずかしそうに笑う。 「水着だと乳首立ってるの分かっちゃいますよ。何とかしてください」 「なんとかって言われても。これどうすりゃ萎えるの?」 「……どうするんだろ」 「男ならあれだよな、なんか出すといいんだよな」 「その言い方がアレですけど、たしかに」 「……母乳ってどうやってだすの?」 「一朝一夕では難しいかと」 「ちぇー、男は簡単なのに〜」(むぎゅ) 「のわあああ、やめなさい」 服の上から掴まれた。 「おっ、おっ? もう結構アレじゃないか」 「んぐ」 そりゃあれだけおっぱい当てられながらエロエロなキスされれば、こうなるさ。 「これ1回抜いたほうがよくね?」 「ダメですって。人が、人が……んぅ」 「ちゅ……むる、んちゅぅう、ちるる」 舌まで入れてきた。 うわ、まずい。気持ちイイ。1週間ぶりだから……。 「んむ……んる……」 「ふふ、その気になってきた……。ちゅるる。ほら、舌の根っこのとこ弱いだろ」 「よ、よわいれす……んぷく」 「もうち○ぽぴくぴくしてる。んぁこら……暴れんな、乳首こすれて……あっ。もっと立っちゃうだろ」 「も……マキさん、見られちゃうって」 「……いいじゃん」 「見せつけてやろ……」 「長谷君たち、どこにいきました」 「はわぁ!」 かなり手遅れ目なところで離れた。 乳首はなんとかエプロンで隠せた。 「ふふふ〜♪」 ニヤニヤしながらジャレつくように口もとを甘噛んでくる。 いかん。調子に乗り始めた。 こうなるとマキさんはどこまでいっても止まらなくなる。 「マキさん、人が来ちゃいますから……うわっ」 「来ないように祈ってろ」 やってることは子供なくせに、どこの大人よりも強引だからたちが悪い。 とにかく抑え込まないと。ここじゃいつお客さんに見られるか分からない。 「ほらマキさん、横着しないの」 ――さわ。 「ふにゃっ」 水着なので隙だらけのわきをくすぐった。拘束がゆるむ。 でもここで引くと無理にくる。ここは……、 「いまはお仕事の時間でしょ」 ――なでなで。 「あう」 背中から髪を撫でつつ抱きしめる。 「ちょ、なんだよ仕事じゃねーの……ひぁっ」 とくに背筋をツゥーってするのに弱い。 「わ、分かった分かった。仕事するから」 「分かればよろしい」 子供っぽい人だからな。コツさえ分かれば扱いやすかった。 「……」 ――ツゥー。 「のわあああっ、仕事するんじゃねーのかよ」 「そうだけどさ」 いまは店、暇なわけで。 「もうちょっとイチャコラしてるのも悪くないかと」 「お前は……エラそうなこと言って欲望には正直だな」 「否定はしません」 なでなで。 「もおお……」 マキさんは意外と弱点が多くて、頭皮とかを撫でられるとすぐふにゃってなる。 なのでなでなでなで。 「んんんぅ」 「もう……ちゅっ」 我慢できないって感じにキスしてきた。 でも軽くなので問題ない。こっちが思えばいつでも放せる。 誰か来るまでこのままにした。 「ちぅ〜」 「んふふぅ。ちる、ちぅ」 「ダイ」 「うん?」 「大好き」 「……なに急に」 照れる。 「なにってこともねーだろ。好きだぜダイ」 「分かってますよ。俺も好きです。マキさん」 結局自重できなくなって、そのまま延々いちゃついてしまった。 「あ……っ」 「はい?」 ふと何かを思い出したように顔をあげるマキさん。 きょろきょろと何事か気にすると、 「わ、悪いダイ。ちょっと休憩」 「いま取ってたじゃないですか」 「そうじゃなくて、えっと」 「トイレっ」 「あちょ、マキさん!」 トイレならこの店にもあるじゃん。 言う暇もなくどこかへ行ってしまう。 どこまでも自由な人だ。 ほんとに働いてるって感覚がないんだよなぁ。 「くああ」 「まだいたの? アルバイトは」 「今日はおやすみ。もともと週4だから」 3日連続でやったけど今日は休み。明日また入って、土日もなしだ。 「そう。じゃあ宿題とか早めに済ませなさいね。そろそろ7月終わるわよ」 「うう」 休みの日にテンション下がることを。 「私は今日は……車でも洗おかな」 「一緒にやらない、久しぶりに」 「夏場に2人でやると水遊びで終わっちゃって1日かけてもボンネットも洗えないって去年の夏に証明されたでしょ」 「ちぇ」 洗いにいった。 俺は朝ごはんにしよう。適当に用意していく。 テレビもつけた。平日のこの時間のテレビを見るのは久しぶりだ。 ふむふむ。血液型占い。俺は今日……いまいち、か。 「やった、B型絶好調だって」 「来たんですか」 「いいだろ、姉ちゃん外なんだから」 調べてから来たようだ。 例の一件以来、マキさんはうちに来なくなってたんだが……。 「ごはんがなくてさ。今日は頼む」 「いいですけど……お給料あるでしょ?」 ちなみにマキさんは口座がないので、バイトの給料を日給制にしてその日渡しにしてもらってる。 城宮先生にもらった非常食はもう食べつくしたとかでそっちでやりくりすることになってるんだが……。 「昨日、夕飯探して歩いてたら、イベリコ豚のポークジャーキーってのが売ってて」 「経済観念なさすぎですよ」 全部使っちゃったらしい。 しょうがない人だ。 まあ朝ごはんくらいなら問題ないだろう。姉ちゃんに見つからないうちにささっと準備する。 「なになに、B型のラッキーカラーは緑。おいダイ、緑色の肉を頼む」 「ありませんよ気持ち悪いな。緑なら普通にレタスとかでいいでしょ」 「私占いって全然信用してないわ」 都合のいい人だ。 「リアルな話、血液型で運勢って分かるもんか?星座とかならまだ信じる気になるけど」 「占いにそれを言ったら負けですよ」 「運勢ってのは外からのものなのに、なんで体の特徴で変わるんだ?……あ、でも誕生日なんてもっと関係ないか」 「B型はおおざっぱっていうのに、マキさんって結構細かいとこ気にするんですね」 「うぐぅ」 痛いところをつかれたって感じに下を向く。 「血液型の性格診断もわけわかんねーわ。なんで血の種類で性格が決まる?」 「さあ?俺も正直、血液型占いは信じてないです」 「でも他人の性格を血液型でレッテル貼りするのは大好きなんですよね」 「根暗」 「平均的日本人です」 「ご飯できましたよ」 「やった」 用意してなかったので、シンプルにコンビーフサンド。 「ダイのメシ食うの久しぶりだな。はぎゅはぎゅもぐもぐウマー」 それでもマキさんは嬉しそうだった。 うーん……。 やっぱ姉ちゃんに認めてほしいなあ。住むのはともかく、ご飯くらいは一緒に。 でもまた怒らせるのもナンだし。 「ごっそさん」 パンと手を合わせるマキさん。 そのままごろごろ寛ぎだす。 「なんだかんだで1週間も離れてると、ダイの味が恋しかった」 「言ってくれればバイト先でも作ったのに」 「そこまでじゃないから」 がっかり。 「でもやっぱ……もうカスタマイズされたみたい。私の腹、ダイので一番満足するように」 「そう」 「……エロい意味じゃないぞ?」 「知ってますよ。いい意味で受け取ってたんだからぶち壊さないで」 「はふー」 マキさんはごろごろしながら、 「そうだ、コーヒー。コーヒーある?」 「え、飲むんですか」 「今日はダイ印のが欲しい気分なの。ほらあの、水出し? 欲しい」 「えっと……」 冷蔵庫を見る。 「すいません。切れてます」 「またかよ」 「今日来るとは思わなかったから」 夏は俺も姉ちゃんもアイスのことが多いから自然と減りも早い。 「作りましょうか」 「何時間で?」 「知っての通り」 「最低3時間だろ。待てねーよそんなに」 ぷーっと頬をふくらせた。 子供みたいな人だな。 「まあいいじゃないですか。マキさんも今日は休みなんだし、ゆっくり時間かけて出来るのを待てば」 「やだ。待つのきらい」 ぷいっとあっちを向く。 ほんと子供みたいだ。可愛いけど。 「じゃあこいつで勘弁してください」 「?コーラ! いいのあるんじゃん」 すぐに機嫌を直してくれた。 手軽に買えるものならちゃんとストックしてある。 「けふー」 ご満足いただけた模様。 姉ちゃんが戻るのはまだもうちょっとかかるだろう。見越してかマキさんはリラックスしてる。 「しっかしマキさん、貯金まったくしないんですね」 「んー、小さいころからそういう習慣がねーからな」 「お父さんお母さんに言われませんでした?いざってときのたくわえは大事だって」 「ない。一度も」 あるんだなぁそういう家。 「ん? でも前、貯金を崩して日本中を旅してたって言ってませんでした」 「……」 「なにもしなくても口座に貯まるシステムだったの。……何もしらない子供でさえ」 「ふーん」 ご両親が管理してたんだろうか。 「ダイはせこせこ貯めてそうだよな」 「両親の教えで月の小遣いの2割は貯金箱に入れてましたから」 「そういうの大事だぞ。将来的に、私は浪費が激しいから、お前はしっかりサイフのヒモ締めといてくれ」 「……」 それって、 「は……はい、分かりました」 「冗談だよ。本気で照れんな」 「なんだ」 しょぼん。 「そうやって一発であきらめるのもダメ」 「はい?」 「なんでもね。それより今晩だけどさ、ひさしぶりにどっか遊びに行こっか」 「いいですね」 最近は住居を探したり仕事を探したり、生きてくことに大忙しで遊ぶ暇がなかった。 まあマキさんはずっと遊んでたけど。 「んじゃ今晩迎えにくるから……」 「やべっ」 「あっぢ〜、喉かわいた〜」 危なかった。 「せ、洗車、終わったの」 「まだ半分。やっぱ昼からはヒロも手伝って。暑すぎてやる気しない」 「はいはい。よろこんで姉ちゃんの水鉄砲の的になります」 マキさんは夜からって言ってたし、いいだろう。 「1回お風呂入ってくる。ビールとハーゲン出しといて、バニラね」 「こんな時間から飲むの?」 「汗をかいたらシャワー。シャワーあびたらアイス。アイスはビールのお共。簡単な方程式じゃない」 「そうそう、ハーゲン、適当に色々揃えといたから、好きなの食べていいわよ。バニラは私用だから切らさないように」 「はい」 「あと新しい味のでっかいレーズンがかいてあるやつ。あれゲロマズ。見るのも嫌になるくらいだから」 「コソコソ会ってるお友達にあげなさい」 「っ」 バレてたか。 まあ意識して見れば誰かいることくらい分かるよな。 「別にこれマズくねーじゃん」 「もう食ってる」 「お前の姉ちゃん、意外とタヌキだよな」 「かも」 たまにどきっとさせられるんだよな。 「怒らせないうちに帰るわ。夜に迎えにくるな。アイスご馳走様っつっといて」 「はい」 うーん。 俺、八方美人すぎるだろうか。 でもどっちも大切だから、いい顏したいんだよな。 困った。 「ふぃー、あがったよー。ヒロビール、ビール」 「はい」 「おいコラ大。0%のやつは2度と私の視界にいれんなって今年6度目にヒロが泣いた日に言っただろうが」 「まだ昼、いや朝なんだからアルコールは早いよ」 「ったくもー、自分で取りに行きます」 「やれやれ……あと姉ちゃん」 「ん?」 「服着てから出てこい」 昼からは久しぶりに姉ちゃんと2人で過ごした。 車の掃除したり、お返しに宿題見てもらったり。 姉ちゃんはいつもと変わりなく……。 「……」 あのころから変わらない、俺の姉ちゃんだった。 俺の家族になってくれた姉ちゃんだった。 「……」 「どうかしたん? 難しい顔して」 「いや、姉ちゃんのことが気になりまして」 「つくづくシスコンだなお前」 「そういうことじゃなくて」 「……」 「マキさんの家族ってどんな人なんですか?」 「ン……」 単刀直入に聞いてみた。 これまでははぐらかされたり、言いにくそうだったから聞かないことにしてたけど。でも。 「どんな人たち?」 「……」 今の俺たちなら……。 「あっち、ゲーセンあるぜ、行ってみよ」 ダメか。 「あのゲーセン潰れてますよ」 「でも人が入ってくぜ。やってるかも」 薄暗い路地裏にある古びたゲーセンに入っていく。 「……」 「もう捨てたものなんだから、言うことねーだろ」 「いまのダイほど大事なもんじゃねーよ」 「そう」 嬉しいような、複雑な気分だった。 家族は捨てた。か。はっきり聞いてみると微妙な気分だ。 一度は親に捨てられたことのある俺としては、とくに。 ・・・・・ 「あん? なにここ電気通ってないじゃん」 「……マキさん、場違いな気がするんですけど」 入ったゲーセンはやっぱり潰れてるようだった。 古いゲーム筐体が打ち捨てられて、隅っこの方に追いやられている。 中央は開かれ、ホールのようになっていた。 薄暗く、そのくせ人の入りは多い。20人強がひしめいている。 「……そういやここ、前に来たことがある気がする」 「いつ?」 「ダイに会う前。マッチョな外人がご飯くれるってここに連れてこられた」 「急に襲いかかってきたからそのときいた50人くらい皆殺しにして帰ったけど、まだやってたんだな」 「無事でなによりです。さあ帰りましょうか」 たぶんだがここは俺みたいな健全な青少年が来ちゃいけないとこだと思う。 けど帰ろうとする前に。 「フンハハハハハ! 皆の衆ようこそじゃってに!北カナ連主催、湘南ファイトクラブに!」 始まってしまった。出入り口が閉められ、見張りっぽいマッチョさんが2人前に立つ。 「わしゃあ主催の坂田雅狩。よろしゅうじゃってに。本日は新たなチャンプの現れるやもしれんゆえ、楽しい夜になりそうじゃってに」 「さあ紹介しよう。新チャンプ候補。湘南に現れた身元不明の超人、我那覇葉……ナハ!」 「……」 いつか見た人が。 「なんだろ、ファイトクラブ?」 「だな。いわゆるケンカ場」 「殴り合いってシンプルな勝敗で賭けた金を取り合う、最も原始的な賭け事」 「殴り合い……あ、始まった」 「ハアアァァアアッッ!」 「おわあああっ、すっげえパンチ」 リング状に観客で囲まれたホール中央で、例の彼女が、負けないくらい巨体の男と殴り合いを始めた。 うわぁ……女の子だろうに、容赦なしだ。殴るのも、殴られるのも。 「ね、ね」 「はい? あ、どうも」 肩を叩かれて振り向くと、ミスター湘南コンテストで見た人が。 「奇遇ジャンこんなとこで。参加者……じゃないよな」 「当然ですよ。紛れ込んじゃって、びっくりしてます」 「はは、見た目は危なっかしいけど、観客は基本安全だから安心しな」 「観客にまで攻撃してくるやつはたまにいるし、ポリが来たらすぐ逃げたほうがいいけど」 それは安心できないです。 「俺はあの人の付き人。利根川さんっつってうちの連合じゃ一番の人なんだけど……」 「っが! この、オラオラオラオラ!」 「良い連打である」 「が、隙が多い――喝ッッ!」 「どああっ!」 「あらら、ダメっぽいかな。退院明けにいきなりあんなバケモノに挑むから」 「入院してたんですか」 「ああ、ちょっと前に湘南最凶っていうヤンキーにやられてさ」 「ちなみにさっき言ってた観客にも攻撃してきて、ここに集まってた腕利き50人を全員血祭りにあげたってのと同じ奴なんだけど……」 「ダイー、あっちにケバブがあった」 「あ」 「はい?」 「ウマー」 「ぎゃあああああああみみみ皆殺しぃいいいい!?」 「みなっ、腰越じゃと!?」 「む」 「は……?」 全員の視線がマキさんに集まる。 さっきマイクパフォーマンスしてた主催者が慌てて前に出た。 「な、なにしに来おった腰越!またわしらのクラブを壊す気か」 「なにがだよ。ケバブ食ってるだけだよ」 「……マキさん、さっき言ってた50人皆殺しって」 「今日はお前に壊されたあとようやく再建し、3か月ぶりの開催なんじゃ。お前さんと組むカードなんぞないぞ」 「別にヤりにきたわけじゃねーっつってんだろ。はぐはぐ」 助かることに、お肉を食べてるマキさんは殺気が激減するから、みんなの緊張はほぐれた。 けど、 「いいところで会ったぜ腰越。やっとリベンジの」 「ゴアッ!」 「……湘南三大天、最凶の一角、腰越マキ」 「ぜひ手合わせを所望したい」 「手合わせ?」 「……」 「……」 「帰れ。手合わせなんて生半可なモンは湘南にはねえ。あるのはケンカだけだ」 「それにいまはケバブ中だし……」 「問答無用! いざ!」 「うお!」 「どわっと」 「カァアアアアアッッ!」 「うおっと。デカいのにすげースピード」 「うぬを相手に慢心はせぬ。全力で行かせてもらう!」 「散ッッッ!!!」 「チッ!」 「マキさん!」 ゲーセンから飛び出した2人は、そのまま人気のない商店街の路地で格闘しだす。 「1、2ィ――ハァアアアアッッ!」 「とっ、とっ、……にゃろっ」 「すげ、あの細い体であんな巨人を相手にしてやがる」 「驚くとこが逆だ。我那覇葉……腰越相手に攻めに回れるなんて」 確かに我那覇さんが優勢だった。 でも、 「おっと、速ーなオイ。格闘家か?」 「フンッ! カッッ!どうした、なぜ攻めて来ん!」 「ケバブはぽろぽろしてすぐ落ちちゃうんだよ!」 マキさんにはまだ余裕がある。 それどころか、 「1,2の――」 「……?」 「このテンポだな」 「なに!?」 「シネ」 ――ゴルルルルルルッッッ!! 「ゴォ……ッ! がッ!」 手では料理を確保したまま、マキさんの蹴りが相手の腹をとらえる。 「うぐ……ぐ」 ギリでバックして直撃は逃れたけど、ノーダメージとはいかなかったらしい、顔をゆがめてる我那覇さん。 蹴り……見えたのは1発だったけど何発入ったんだろ。10以上音がしてた。 「なんたる……ク、この短期に我が動きの拍子を見切り、合わせたというのか」 「見切り? よく分かんねーけど」 「テメェが避けれそうにないスピードに吊り上げただけさ」 勝負あった。我那覇さんは立っていられず膝をつく。 「ハァ、ハァ……力も素早さも図抜けているが、強さ以上に何かがある。いまの我には手も足も出ぬ何かが」 「これが……湘南最凶」 「で? どうするデカブツ」 「はぐはぐ。このケバブ食い終わる前に消えればここまでにしてやるぜ」 「ク……」 「続けたいっていうなら……」 「マキさん、ストップストップ」 なんとか止めに入った。ちょっと遅かった気がするけど。 「今日は俺と遊ぶ約束でしょ。ケンカよくない」 「売ってきたのはこいつだもん」 「だからここまで。ね?ほら新しいケバブもらってきましたから」 「わーい」 本気にはなってなかったので、あっさり引いてくれた。 「大丈夫でした?」 「む……かたじけない」 「うぬは」 「お久しぶりです。川神市にはつけました?」 「うむ。世話になった」 「己が未熟を悟り、先輩の勧めるここ湘南の地で腕を磨きなおすつもりであったが……。この地ですらまたも未熟と思い知らされるとは」 先輩? 見た目の通りタフなようで、すぐに起き上がった。 「腰越マキ。いずれ再戦を望むものである」 「やめとけ。お前なかなか強いから、次やるときは手加減できるか微妙だ」 「……」 「ダーイ、行くぞ」 「は、はい」 ゲーセンの方で唖然としてる人たちにぺこっと頭を下げる。 また新しい遊び場を探すことに。 ・・・・・ 「我那覇ですらケタがちがうか。やはりとんでもないのうあの娘っこは」 「リョウの言っておった通りじゃ。手が出せんわい」 「くっそ、今日は俺の試合だったんだぜ」 「腰越のヤロー……覚えてやがれ」 「あきらめい。我那覇にも押されとったおんしに手が出せる相手ではないわい」 「……ケッ」 「直接手が出せないなら……、それなりの方法を考えるまでだ」 「おい」 「ごあ!?」 「な、なんじゃ! まだなんか用か」 「ケバブ余ってない?」 「びっくりしたぁ……芯の周りがのこっとるわい。持ってけぃ」 「サンキュー」 「分からん女じゃ」 「……くそっ。おい柏、あいつのプライベート徹底的に洗っとけ」 「腰越のですか。でもあいつ通ってる学園くらいしか」 「なんとかしろや。あっただろ私生活のヒント」 「あの一緒にいた男とかよ」 結局どこに行くことも出来ず、寝床に戻ってしまった。 「ここ環境はいいんだけどさ、夜はクーラー使えなくて嫌だわ」 「省エネがどうこうで5時以降は電源からきられてるそうですね」 「ま、どうしてもってときは冷蔵庫に入ってる」 「危ないですよ。……ってか冷蔵庫あるんだこの保健室。しかも人が入れるサイズの」 「はー、ケバブ美味かった。将来ぜってートルコ行こ」 「いいですね。トルコは料理が美味しいって言いますし」 「あの餅みてーなアイスも好き」 「ドンドルマですね。あれなら海岸通りの露店に出てなかったっけ」 「ああ、あの店なら鎌倉の方に移ったぞ。前にムカついて店主ブッ飛ばしたから」 オゥ。 「なんでそんなことに」 「だって頼んだ奴さ、目に前に出してきたと思ったら急に引っ込めるやつやるんだよ」 「トルコの人はよくやりますよね。ただのお茶目じゃないですか」 「1、2回ならいいけど1分くらいやられてイラッと来た。んで最後は遊び過ぎて地面に落としやがったから殴った」 「ああ……落としちゃったんだ。それはイラッとするな」 「でも殴ることないじゃないですか」 「そいつは軽くバシっとやっただけだよ」 「そのあと見ててゲラゲラ笑ってた奴がウザかったから海に叩き込んだんだけど、たぶんあれ見てビビって移転したんじゃね」 「他にも殴ってるんかい」 「マキさんはちょっと手が早すぎます」 「うっせーなぁ」 「その件だけじゃなく殴り過ぎなとこありますよ。さっきもほら……50人皆殺しとか」 「3ヶ月前のことだよ。説教すんな」 ぶすーっと頬を膨らせてベッドに座る。 「それにあの50人は殴られる理由があったぜ。わけも分からず連れ込まれた女が襲われかけてるのに笑って見てやがったんだから」 「私じゃなかったらレイプされてた。それを見て見ぬふりしようとした奴らだ。殺されなかっただけ運がいいよ」 「うーん」 そう言われるとなんとも言い辛いけど。 「でも暴力は」 「いいんだって。バカは殴ったって」 寝ころびながら、じっとこっちをむくマキさん。 「私だって暴力はよくないって考えくらいあるぜ?」 「でもな、人を殴る行為は暴力で、犯されかけてるやつをただ見てる行為が暴力じゃないなんてのはおかしいだろ」 「私は騙されて連れ込まれてストレスを受けた。それを見てた奴らにもストレスを受けた。だからストレスの分、ゲンコツでやり返した」 「法律上は私が悪かもな。でも感情として、先に暴力をふるったのはどっちだ?」 「私は法律なんて昔のハゲたおっさんどもが決めたあやふやなものより、自分の感情に従う」 「……」 まいった。言い返せない。 マキさんの言ってることは、アウトローの理屈だ。法治国家では許されない。 許されないけど……でも。 「……」 「……」 「なーもー!ほら説教なんかするから空気がしらけた!」 「こっち来い」 「おわっと」 ベッドに引っ張り込まれる。 「世の中にはいい暴力があるってこと教えてやる」 「はい? あ、ちょ」 仰向けで寝かされて上に乗られた。 「な、なにするんですか」 「分かるだろ?」 「逆レイプ」 「わー」 「お前ももうちょっと暴力的になったほうがいい」 「え……あう」 さわさわとズボンの上からアレを撫でてくる。 簡単に大きくしてしまう俺。 「ほらもう威嚇してる。暴力的〜♪」 「はぁ……」 「否定はしません」 ――がばっ。 「わはっ。こういうときだけ強引になる」 嬉しそうに俺を受け止めるマキさん。 でもやっぱ思うのは、俺とマキさんじゃ考えの根本がちがうんだな。 どっちが間違ってるのかは分からないけど。 「いらっしゃいませー」 「ありがとうございましたー」 もうすっかりバイトには馴染んでいた。 「はぁ……ダイが放してくれないから腰がタルいわ」 「う……マキさんだってもっともっとってすごかったじゃないですか」 昨日は遅くまでもりあがってしまった。 「だからもう眠くて……ふぁあ」 「長谷君、お願いしますよ」 「は、はい、すいません」 「でも今日、ちょっとお客さん少なくないです」 水曜までより明らかに引けてる。 「そろそろ8月だから、ライバル店が増えだしてるんだよ」 「うちはロックフェス狙いでフライング営業してるけど、ほとんどの店はお盆休みを集中的に狙うから。逆にお客さんが分散しちゃうんだ」 「へー、じゃあこれからが逆に楽になる、と」 「うん……仕事もそんなになくなるね」 「う」 いま一瞬いやなものを感じた。 仕事がそんなになくなる。ってことは店員もそんなにいらなくなる。 もともとこの店のバイト募集は1人だったわけで。2人目の俺は……。 「すいませーん」 「あ、はーい」 まあ本気で嫌がられるならやめればいっか。いまは働こう。 「お前毎日来るな」 「は、はい。今日こそは手羽先をお願いします」 「手羽先さっきいっぱい食ったから飽きたわ。ポテトでよくね?」 「じゃあポテトも」 このとんでもない会話が普通に思えてくるから慣れって恐ろしい。 俺も俺で、 「ちょいと! しょうゆラーメン遅いざます!」 「はいお待ちください」 「ういー、よっぱらっちまったーい」 「お水ですどうぞ」 「問おう。貴方がこの店のマスターか」 「店長、お願いします」 接客にすっかり慣れてた。 父さんたちの影響で才能あったのかな。マキさんともこのおもてなしスキルで仲良くなったし。 「ご注文のカレーです。どうぞ」 「うむ」 「聞くがこれは本物のカレーか?」 「はい」 「では本物のカレーとは何なのだ。そもそもカレー粉とはなんなのだ?まず第一にカレーとはなにか?」 「あ、他のお客さんが呼んでるのでしばらくお待ちください」 「うむ」 「ふぃー、愛も連れてこようかしら。でも娘と飲み屋ってのもなぁ」 「あ、さえからメール。なになに一緒に飲みませんか」 「いまタテシマ屋で飲んでます。良かったら来てください……送信と」 「返信きた。タテシマ屋?」 「ヒロたちがバイトしてるとこじゃない。……すいません急用できました。送信」 「……」 「うーヒマ〜〜〜!」 「ダメだ。ヒロをイジる時間が少なすぎる。このままじゃ姉キャラとしての自我が保てない」 「誰でもいいからイジりやすい年下を……」 「こんにちはー。ヒロ君います?新しいメニューのお試しに」 「ナーイス。ヨイちゃんこっちおいで」 「は……きゃあああーーーー!」 「リョウ、携帯切ってるみたい」 「まーいんじゃねっすか。あの人、私生活がミステリアスなのもいいとこだし」 「久しぶりの幹部会だから全員揃いたかったけどよ」 「5人なら団体席に通されるけど、4人で店に入ると4人席にされるからイヤだシ。ティアラ1人で1.5人分取るから」 「0.5人分で済むやつがいるから不便しないわ」 「誰のこと?」 「いらっしゃいませー」 「ふーん、内装があっちの店とそっくり……」 「げっ!」 「あれ。食材は裏の搬入口から来るはずなのに」 「食べちゃダメだよ。いらっしゃい片瀬さん。偶然だね」 「最悪な偶然だわ。他行こうかしら」 「これはこれはお嬢様、よくぞいらっしゃいました」 なぜか店長が出てきた。 「こんにちは店長。ロックフェスじゃずいぶんと売り上げがへこんだそうだけど、その後いかがかしら?」 片瀬さんもケンカ腰だ。何かあるんだろうか。 「おかげさまでなんとかやって行けてますよ」 「フン、まあいいわ。この店もまた片瀬の共同出資に戻ったし、売り上げには貢献してあげる」 よく分からないけど啖呵を切りつつ4人で席に着いた。 「ご注文は」 「塩ラーメン」 「しょうゆラーメン」 「とんこつラーメン。ジャンボで」 「自分この味噌田楽」 「かしこまりました」 ここはマキさんに接客させると面倒になりそうなので俺が行った。 えっと、片瀬さんが塩で、ハナさんが醤油で……。 「味噌田楽とはシブいわね」 「ダイエット中なんす」 ラーメンはざっと湯がくだけなので30秒で用意できる。 「お待ちどうさまです」 4人分並べていく。塩に醤油にとんこつ大盛り……。 「はい味噌」 「ふぇ?」 みそラーメンを置く。と、乾さんが小首をかしげた。 「自分これじゃないっすよ」 「あれ、みそでしょ?」 「味噌ですけど、味噌田楽。豆腐のやつっすよぅ」 「あ……」 しまった。 「天然キャラ?」 「ご、ごめん。すぐ作り直すよ」 「いいっすよ。これいただきます。センパイ可愛いなぁ」 構わず箸をとる乾さん。 許されてしまったようだ。あとでアイスでもサービスしよう。 「お前こいつらとも仲良いわけ?」 「まあ悪くはないかな」 何度か拉致られてるけど。 「悪いわよ。敵でしょ敵」 「でも俺っち長谷個人にゃ恨みはないぜ」 「面白いやつだシ」 「センパイみたいなタイプ好きっすよ。可愛くて」 「……ったく、うちのバカどもは」 片瀬さんだけはやれやれって顔してるけど、彼女も嫌うような反応じゃない。 この人たちともいつの間にか仲良くなってた。 「ダイのその敵を作らない才能、すごいと思うわ」 「ある意味でヤンキーにむいてるかもね」 「不良なんてそれだけで敵が増えてく人種だし」 「江乃死魔の幹部連中がこの店に集まってるって?」 「ああ、入ってくのを見た。たった4人だ」 「総災天がいないならチャンスじゃないすか。一条宝冠は厳しいけど、不意打ちならなんとかなる」 「おっしゃーついてこいお前ら!俺たちの伝説第2章の幕開けだぜ!」 「……」 「ご、50万のことは悪かったよ。ついてきてくれよ」 「ふぃーみそラーメン美味し〜。ダイエットは明日からっすー」 「そしてこのレンゲの上にあつめた麺にマヨネーズをぐるぐるぐる」 「うまうまっすー」 「まあ冷やし中華では普通にあるよね」 「どうぞ。こちらお詫びのデザートです」 「あら、フラッペ。気が利いてるじゃない」 「私らもくれるの? ラッキー」 「サービスしすぎじゃね?」(シャクシャク) 「いいじゃないですか、知り合いなんだし」 乗じてマキさんも自分の分を作ってる点はスルーする。 5人仲良くかき氷をつつくのを見守ってると……。 「片瀬恋奈ぁあああーーーーー! いるかオラぁ!」 「は?」 突如数人の男が乗り込んでくる。 「なにごと……。っ、な、何だ一体」 「店長、お客さんを誘導してください」 怒鳴り込んできただけじゃなく、手には鉄パイプ、金属バット、折り畳みナイフ。危険な連中なのは言うまでもない。 片瀬さんを狙ってきたようなので、他にもちらほらいるお客さんを奥へ誘導しつつ見守ると、 「いたな江乃死魔。お前たちを倒し! 今日こそ俺たちテスタメントが」 「あばばばばばば」 すぐ解決しそうだった。 「ひいいいなんで皆殺しがここにいいい」 「いいいイヤだイヤだもうイヤです竜宮城なんて行きたくないほんとに苦しいんです助けて僕ほんとおじいさんになっちゃいますから助けて」 「なに、知り合い?」(はむ) 「覚えてないけど、前に殴ったかも」(あむ) 「あっ、お前のやつみかんついてんの。1個くれよ」 「いいけど、そっちクリーム乗ってるわね。ちょっともらうわ」 「鉄パイプ持った相手が攻めてきたのにこの余裕」 「さすが三大天っすよねー。自分なんてガクブルっすわ」 「余裕ぶっこいて見えるけど」 「あたしだって怖くねーシ」 「すごいすごい」(なでなで) 「ハッハー、ここは俺っちが片付けとくってことでいいんかい?」 「ぐおデカ……、怖くねーぞ。俺たちの伝説はここから始まるんだ」 「そ、そうだ、俺たちの、俺たちの」 「俺たちの伝説はここからだ!」 ――どしゃーん! 「うるせぇ」 「あれ、俺っちは?」 向かってきた人たちは全員天井に突き刺さってた。 「コラァ腰越、人の獲物を横取りすんなっての」 「アア? 守ってもらっといて文句つけるとか、エラそうになったもんだな一年坊」 「まず3年生には腰越『先輩』。あと敬語だろ?」 「いいいいいでででで!! 放せってのー!」 「マキさんストップストップ」 さっそくこっちと始めてしまった。止めに入ろうとする。 でもその前に。 「腰越さん……」 「? あ……」 マキさんが珍しく、自分のやったことに気づいた。 「ふー、まあまあだったわ」 「ぐすぐす……もうお嫁にいけない」 「だらしない。ヒロならあの4倍は行くわよ」 「どんな姉弟だ」 「それで今日ヒロ君は?」 「いないの。アルバイトだって。最近うちより海の家にいる時間の方が長いのよ」 「ヒロ君がアルバイト。お小遣い困ってるのかしら、うちでよくいっぱい買ってくれるから」 「小遣いは足りてるはずよ。さっきのやつやるたびにおひねりあげてるもの」 「どんな姉弟だ」 「バイトは付き合い」 「マキとか言う付き合いたての彼女と一緒に働きたいってこと」 「マキと……へえ、やっぱりくっついたんだ」 「ふふっ、お似合いですもんねあの2人」 「お似合いなモノカーーーーーーーー!!!」 「きゃああ痛い痛い痛いちっちゃくツネらないでー!」 「そっか、冴子さん、昔からマキのこと気に入ってなかったですっけ」 「? 昔からって」 prrrrrrr。prrrrrrrr。 「あ電話。ちょっと待ってて」 「もしもし。おばーちゃん、どうかした?」 「今年のお盆ね、うん。言った通りヒロと行くわ。父さん母さんは無理」 「うん、うん。養育院の子たちが?……いらないわ、ヒロはあんまりあそこに連れて行きたくないし。そっちで楽しんで」 「ふぅ」 「なんでした?」 「極楽院よ。覚えてる? 昔よく遊びに行った」 「はい、冴子さんの命令でよく襲撃した」 「あそこのおばーちゃんが、もうじき養育院でキャンプに行くからご一緒しませんかーって」 「キャンプかぁ。そういえば昔も行ってましたね。みんなで山へ行って魚釣ったりカレー食べたり」 「あの子も野生が刺激されて人一倍はしゃいでたっけ」 「あの子って?」 「はい?」 「……あれ、もしかして冴子さん。気づいてないです?」 「は?」 「ですから」 「ただいまー。ああ、よい子さんいらっしゃい」 「お邪魔してます」 「おかえりヒロ。早くない?」 「はぁ……バイトが急きょなくなった」 「なにかあったわけ」 「天井に穴が空いたから今日は修理のために閉店で」 「天井に穴を空けたから、クビになっちゃった」 「あの店長も1発でクビにしなくてもいいのにな」 「店を壊したらそりゃクビですよ。確実に他のお客さんに怖がられてたし」 ちょっと『この機に人減らしを』みたいな感じもしたけど。 「その分昨日の給料はイロつけてもらったから別にいいんだけどさ」 「労働5時間だから……実質時給4000円。確かに美味しいですね」 マキさんの財布には、現在諭吉先生が2人。 退職金もかねてってことで昨日の日給だけで2万もらった。 店の補修金を取られなかったことも含めて、客足を伸ばしてくれたお礼ってとこだろう。 「次のバイト見つけるまでこれで凌がないと」 「そうだな」 「つーわけで何か食いに行こっか。8000円で超デカいステーキが食える店があるんだけど」 「1個前の俺のセリフを読んでください」 「明日は明日の風が吹くって」 「あ、でもそうだ。新しい住まい探したいのに、資金がこれじゃ困る」 「ここじゃダメなんですか」 「気に入ってるし、夜はいいんだけどさ。昼は……」 「っと、こっち来い」 「はい?」 ベッド際のカーテンに隠れる。 見ると入ってきた人が。 「あいつは……いないな。いいぞ、入って来い」 「は、はい先生」 あれはうちの学年でもかなり可愛いと評判の、2組の川井さん。 「先生、私、私もう」 「我慢できないのか? いやらしい子だ。ほら、足を広げてみろ」 「はい……」 「なにしてんの」 「エロいこと」 「見りゃ分かりますよ。なんじゃありゃあ」 「よく考えたら『寝床』を提供してくれただけで昼はあの先生フツーに来るんだよ。それも同室するのはすごーく困ること始める」 「……」 「先生っ、もうおしっこ出ちゃいますっ」 (じー)どきどき 「ガン見してんじゃねぇ」 窓から外へ。 「寝れるけど住処にはできないんだよなーあの保健室。どっかもっと自由にゴロゴロできるとこ探さないと」 「あの先生が頼りになった時点で落とし穴があると思ったよ」 まだドキドキしてる。 「どーすっかなー」 「こことか……ごろごろする分にはいいか?」 「人は寄りつきませんよね。不良のアジトだし」 「出てけッッッ!」 「でもダメだ。橋の上がうるさくて音が響く」 「このシーズンは観光客多いですから」 「出ろーーーーー!」 「そう怒んなよ」 「そうそう、本当に住もうとは思ってないって。ぶらぶらしてたら来ちゃっただけで」 「ハァ、ハァ……日に日に図々しくなるわねアンタ。この1ヶ月に2回拉致った相手のアジトに遊びにくるか普通」 マキさんがいれば安全だからなぁ。 「なに、住むとこがないわけ?」 「あることはあるけど昼寝スペースがない」 「あ、お前の部屋があるか。静かだし、ベッドフカフカだし、裏の窓から侵入すれば一発だし」 「(ピポパ)もしもし私よ。大至急私の部屋の窓をすべて防弾ガラスに変えてちょうだい。対大砲用の一番硬いやつにね」 「なあ、お前のツテでどっかない?2万で借りれるアパート」 「さすがに湘南にはないわよそんな物件」 「あ、いわくつきのとこならあるわ。ひと月15000円ぽっきりで」 「なかなかいいところよ、オーシャンビューで。本来なら80000くらいするんだから」 「いいねー、教えてくれよ」 「待って待って。8万が1万5千てただごとじゃないですよ。どんないわくがついてるんですか」 「前の前の前の前の前の住人が自殺したのよ。それ以来入った人間が確実に大怪我するの」 「管理人や清掃業者ですら入ろうとすると怪我するから、部屋中の血の跡とお札をどうにもできないのが辛いところね」 「想像以上じゃないか」 「私も入ったけど突然セスナ機が突っ込んできて驚いたわ。直撃して、さすがに死ぬかと思った」 「君は本当に頑丈だね。龍のだし汁入り温泉にでも入ったの?」 「その時壊れた壁がまだふさがってないけど紹介してあげてもいいわよ」 「うーん、血なまぐさそう」 「じゃあ2万は無理ね」 「その2万を元手に金を増やしたらどうだい」 「それいいかも。5万までいけばいくらでも物件はあるわ」 「元手にって言っても、パチンコや競馬はアレだし」 「俺っちのツテでファイトクラブがあんだけど、そこが参加2万で5連勝すりゃ20万になるぜ」 「ファイトクラブってここから近い商店街の裏にあるゲーセンの?」 「およ、知ってんのかい」 「はは、すでに出禁食らってます」 3か月前に食らったうえ、ちょっと前に行って2度と来るなと言われてる。 「湘南には非合法の賭博クラブもあるシ。れんにゃなら知ってるシ?」 「知ってるけど」 「あるんだ。ああいうの映画の中だけだと思ってた」 「世の中でタブーとされてることは、往々にして裏で行われてるのよ」 「でもあそこも推薦できないわね。1玉4000円のパチンコとかあるけどああいうじゃらじゃらウルさいの嫌でしょ」 「うん、イヤ」 「マジメにバイトすりゃいいじゃないすか。自分がちょっと前にやってた新聞配達、紹介できるっすよ」 「朝は寝てるわ」 「シンプルかつひどいっすね」 「どうしよっかなー」(ごろごろ) 「……」 「は! マズいくつろぎだしてる」 「やっぱここでいいや。涼しいし、上がうるさいけど我慢できる程度だし」 「なし崩し的に居つく気だわ。アンタ、飼い主でしょ連れて出てきなさいよ!」 「そうだね。マキさん、迷惑してるみたいだから」 「人は金で飼える。犬は餌で飼える。だが腰越マキを飼うことは誰にもできん」(ごろごろ) 「コンビーフの安売りがあるんです」 「わぁい」 「餌で飼えるんじゃない」 「上手くいかない」 「あんな不法占拠が上手く行ったら困りますけどね」 「ま、いいや。コンビーフウマー」 買い込んだコンビーフ缶片手にマキさんはご機嫌だった。 1日色んな物件を見て回ったけど、当然ながら2万で入れる部屋なんてあるわけなし。 じゃあバイトを探そうにも、そもそも募集がないし、マキさんにできそうな仕事も見つからない。 「はむはむ」 本人はお気楽だ。 「……」 むしろ俺のほうがヤキモキしてるんだけどな。 保健室だっていられるのは夏休みの間だけだ。本気で住むところ探さないと。 「はむはむ……あ、鎌倉のサラミ食いたくなってきた」 でもマキさんには緊張感がない。 子供っぽいっていうか、現実的じゃないんだよな。彼女。 なまじ身体能力的に、そのお気楽が許されるからなおさら。 もうちょっと大人になった方がいいと思う。 「……」 それと、住処。 いい機会かも。このままなあなあになるより、ここらでビシッとけじめつけるのも。 「ねえマキさん」 「うん?」 「俺たちっていま、セフレじゃないですか」 「……なんだよ急に」 「もうなって2週間だし、そろそろ恋人にランクアップしてもいいかなーって」 「う……だから何急に」 「こんな真昼間の道端で言うことかよ」 「いいじゃない。どう? 彼氏彼女になれる?」 「……えっと」 「やだ」 ぷいっと顔を赤くしてそっぽを向く。 「あ、いや、ダイが嫌なわけじゃないぞ。セフレはお前ひとりだし、その、キスとかエッチぃことはお前とだけだ」 「でも恋人って言い方は……やだ」 やっぱり恥ずかしいらしい。 考えてみればこういうとこも子供っぽいな。彼女。 「分かりました。恋人はあきらめます」 「うん……悪い」 「だから家族になりましょう」 「は?」 「俺はもうセフレは嫌です。でも恋人は嫌なんですよね」 「うん」 「じゃあ間を1コ飛ばして、家族になりましょう」 「1コどころじゃなく飛んでると思う」 「改めて一緒に暮らしましょう。マキさん」 「ん……」 目を真っ直ぐに見て言う。 前回はなし崩しだった。『家がないからうちに来よう』みたいな。 自由人だったマキさんに、うちに住む気があるか聞いただけだった。 今日はちがう。 「ずーっと一緒にいる。それが当然」 「そんな家族になりましょう。マキさん」 「……」 俺がマジなのが伝わったんだろう。マキさんはしばらく照れた様子であたふたして、 「……」 やがて珍しく弱々しい顔をした。 マキさん、こういうマジな空気が苦手っぽい。 でも今日は茶化さない。まっすぐに目を見つめ続ける。 俺は野良犬を飼いたいわけじゃない。腰越マキさんと暮らしたいんだから。 「……」 「……」 「ん」 「うん」 「私も暮らしたい」 「大とずっと一緒にいたい」 「……」 言ってくれた。 湘南最凶の番長でなく、1人の女の子腰越マキとして、俺を選んでくれた。 「……えへへ」 「あは」 「……」 「……」 「恥ずかしいわバカーーーーーー!」 「ぎゃー!」 ごろごろごろ〜! 突き落とされてしまった。 ま、まだ気恥ずかしい空気は長続きしないか。 やっぱマキさんは子供だ。 「でも暮らすってどうやって?姉ちゃん怒るぞ」 「もう一度お願いしてみます。俺はマキさんにマジだから、一緒に暮らしたいって」 「それでダメなら家を出ます」 「マジ!?」 「はい。安いアパートの情報は入ったんで、そこを借りて2人で住みましょう」 貯金はあるから頭金ならなんとかなるし、バイトで賄える家賃のところもいくつか見つけた。 「もちろん姉ちゃんを放ってはおけないからちょこちょこ世話焼きに戻りますけど」 「俺はマキさんを優先します」 「……そか」 「……」 「まあそれは最後の手段な。お前、正直家は出たくねーだろ」 「それはまあ」 姉ちゃんと離れるのはイヤだ。俺にとってはある意味他の誰より大切な人だから。 「私からも頼んでみる。住ませて下さいって」 「え……マキさんが?」 「あはは、人に頭下げるの慣れてねーから、ちょっと緊張するな」 慣れてないどころか、俺が知る限り初めてだぞ。本気で人に頼みごとなんて。 本気で俺と暮らしたがってる。 嬉しかった。 「……」 「腰越マキ。……まーちん」 「はぁ……思い出した。あの子か」 「なにが腰越よ、紛らわしい」 「ただいま」 「おかえり……おっと」 またマキさんを伴って帰る俺に、眉をひそめる姉ちゃん。 「姉ちゃん、お願いがあるんだ」 「……なに」 「マキさんのこと。怒らないで欲しいんだけど」 「……」 すー、 はー、 「改めて、うちに置いてほしい」 バッと勢いよく頭を下げる。 「お願いします!」 「……」 「んと」 「お願い……します」 マキさんも慣れない様子で頭を下げた。 「……」 「……」 「……」 どうだ? 姉ちゃんは深々と頭をたれる俺たちを交互に見て、 「……」 「おっけ、夕飯にして」 「はい?」 「お腹空いてるの」 「いやその前に」 「だからいいわよ。OK」 「……」 「……」 「あっけなくない!?」 瞬殺じゃないか。色々と説得の言葉考えて来たのに。 「なによ、文句あるわけ」 「文句なんて。ありがたいけど」 「じゃあいいでしょ」 「こっちも事情が変わったの。……追い出すには忍びないのよ」 「は?」 「私物はリビング。寝るのは父さんたちのベッドね。正月までは帰らないから好きに使っていいわ」 「お、おう」 「食器とかは余ってるし……、あ、服どうする。私の古いのでいい?」 「うん……ども」 「姉ちゃんのだとパツパツになるんじゃないかな。ほらマキさんって」 ぎゅう〜。 「ゴアアアアアWはダメ! Wはマジ痛い!」 「誰がデブだコラ」(ぎゅー) 「胸です! 胸がおおき」 「貧乳で悪かったわね」(ぎゅぎゅぎゅー) 「言ってなーいそんなこと言ってなあぎゃあああちぎれるーー!」 そうだ。大事なこと忘れてた。 マキさんと暮らせることになった。それはホントに嬉しいんだけど、 この2人と暮らして、俺の体はもつのか? 「さて、今日から邪魔者……じゃない。居候が出来たわけだけど」 「居候なんて言い方やめようよ。家族でいいじゃない」 「私にとっての家族はヒロだけ」 「父さんと母さんを忘れないで」 「とにかく、おいそれと増やせるものじゃないの」 「居候よ。あくまでね」 「冷たいな。いいじゃん家族で」 「家族が増えるよ」 「やったねサエちゃん」 「よくない。バッドエンドフラグだわ」 「こっちとしても家族がどうこうはこだわってねーよ」 「ダイと一緒にいられるなら充分」 「マキさん……」 「大……」 「どりゃああああッッ!」 「ぐえあ!」 スープレックスをきめられた。 「これからうちで甘酸っぱい空気を出したら常に私がジャーマンを狙うと思いなさい」 「い、いえっさー」 さすがに人目も弁えずイチャつくのはやめておこう。姉ちゃんの迷惑になる。 「ダイの耐久力が高い理由が分かってきた」 「えっと、まー……腰越さん」 「はい」 「最初にはっきりさせておきたいのは、あなた、ヒロの恋人なのよね」 「んと……その表現はアレだけど。一応恋人を飛び越えた家族ってことになってる」 「そう」 (ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな) 「まあそれはいいわ。当人同士の問題だもの。好きなようにすれば」 (泣かせてやる嫌がらせしてやる絶対追い出してやる二度とヒロに近づく気も起こらないようにしてやる) 「ただし1つだけ。この家では長谷家のルールに。つまり私のルールに従ってもらうわよ」 「ハァ?」 「この家の親分は私。入るなら当然、私の言うことは聞きなさい」 出た。久しぶりのボス猿モード。 小さいころガキ大将だった姉ちゃんは、いまでも家の中だけはこのモードが治らない。 ぶつけられるのは俺1人(たまによい子さん)だからあんまり気にならないけど。 「他人の言うこと聞くってのは一番嫌いだ」 マキさんはしれっとそっぽを向く。 「好きか嫌いかはどうでもいいのよ。ここに住む以上、服従はしてもらうから」 「ヤだね」 「嫌かどうかも関係ない」 「……」 「……」 「す、ストーっプ。仲良くしようよ」 さっそく火花を散らしだした。あわてて間に入る。 「フン」 「チッ……」 ムカついてる2人。 そうか。こういう問題もあるっけ。 いばりんぼなボス猿と、 一匹狼の野良犬。 相性が最悪すぎる。犬猿の仲とはよく言ったもんだ。 マキさんにとっては、同属嫌悪で敵視してる辻堂さんより、はるかに一緒にしちゃいけない相手かも。 「ま、おいおい思い知らせてやるか」 「例えば恋人だか知らないけど、この家にいる限りヒロの所有権は私にあるわ」 抱き着いてくる。 「ねーヒロ。お姉ちゃんのこと好きよね」 「そりゃまあ」 「ふざけんな。私のモンだ」 「ダイ、お前私のことが好きなんだろ」 「は、はい」 「私でしょ」 「私だろ」 はは。 しかも2人がケンカする最大の争点は、俺らしい。 命が危ないかもしれない。 「言いなさい! どっちのほうが好きなの!」 「言ってやれ。もう私なしじゃ生きていけないって」 「だ、だから」 「「言え!」」 「はい!」 「〜♪」 「ぎゃあああああああ!!!」 「あら」 「そっか。マキが来てるんだっけ」 「げふぅ……」 せ、選択肢が役に立ってないじゃないか。どっち選んでも致死性のダメージ受けるんだから。 「……ま、八方美人のヒロがこの状況で言っても意味ないけど」 「だな」 だったら攻撃しないで。 「その他にも長谷家の掟は色々あるわ。あとで箇条書きにするから全部頓首すること」 「破ったら……あの罰をうけてもらうから」 「あ、あれ? アレは厳しすぎるよ」 「うるさい。長谷家の掟は絶対なの」 おそろしい。 「罰ってどんなの」 「世にも恐ろしいゲームだよ」 「ハセハセ・モリモリの歌をダンス付きで歌ってもらうわ!」(どーん) 「地獄だな」 「……」 「……ダイ? その顔、まさか」 「言わないで!死んでも思い出したくない!」 「分かったら長谷家の掟には従うことね」 「へっ、考えとく。……この私がマジにビビる日が来るなんてな」 「ま、いまのところはそこだけ気を付けてくれれば」 「ようこそ長谷家へ」 「……おう」 「よろしく、姉ちゃん」 こうして長谷家に新しい一員が加わった。 ・・・・・ ちなみに、 1日目の感想としては。 「ヒートアップしたら喉かわいた。ヒロ、ビール」 「私も喉かわいた。コーラ」 「あと今晩の献立決めた?ゲティがいいなゲティ」 「いいね。肉たっぷりのやつな」 この2人は似た者同士ではないかと言うこと。 「あー、腰がいたい。揉んでヒロ」 「私もバイトのせいで今週は肩こった。揉んでくれ」 「私が先よ」 「肩のが早くすむだろ」 「ヒロ早く」(ぎゅー) 「ダーイー」(ぎゅー) 「ちょっと、ヒロの背中は私の特等席よ。勝手に乗らないで」 「そっちは抱っこされてるからいいだろ」 「もちろんここも私専用。てかヒロの体はだいたい私の椅子だから」 「あっそ。いいぜ、これからは私の布団にするから」 「もともと私の枕よ」 「今日からは私の」 「ふざけんな」 「ふざけてるのはそっちだ」 「ほらダイ。ほっといてあっち行こうぜ。はいよどーどー」(お尻ぺしっ) 「こら、ヒロはお尻も私のものなんだから勝手に叩かないでよ」 「ヒロ、こっちよ」(お尻ぺしっ) 「あっちだ」(ぺしっ) 「こっち」(ぺしっ) (ぺしっ) (ぺしっ) (ぺしぺしぺし) (ぺしぺしぺしぺしぺしぺし) (すぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ) (すぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ) そして俺が苦労するのは規定事項ということ。 たった1日目でお尻を真っ赤に腫らしながら、つくづく思った。 ……この選択は合ってたのか? ハァ……ハァ……。 い、息が苦しい。 体中が熱いし……汗が止まらない。 「はぁ、はぁ」 頭がぼーっとする。 ……風邪? いやちがう。 「これは……、これは……」 「おっぱいだ」 「ぶはぁっ! あー窒息するかと思った」 「んぅ……? おー、はよっすダイ」 「おはよんヒロ」 「と、……チッ、目が覚めたら消えてるよう流れ星に祈ったのに」 「おはよう腰越さん」 「はよ」 「どっちも離れてくれない?」 4つのおっぱいで顔が埋もれて息苦しい。熱いし、いいニオイだし。 同居開始したらしたで大変だったな昨日は。 まあ24時間のうち22時間くらいは身体のどこかにおっぱいが当たってる1日も悪くはなかったけど。 もうちょっと落ち着いた1日を過ごしたい。 渋めのキリマンジャロブレンドをミルでがーりがーり。 「〜♪」(とぽぽぽぽぽぽ) 「お前そのコーヒー淹れるときのドヤ顔どうにかしろよ」 「あとミルからドリッパーに移すときやたらと大げさにするのやめて。粉が散るから」 「……」 攻撃される量も2倍か。トホホ。 「ジュワ!」 「じゃ、行ってくるわね」 「仕事?」 「ええ。私は先生してるから、休みの日も補習だなんだで大変なの」 「アンタらを2人きりにするのはムカつくけど……」 「ヒロ、仕事に行くお姉ちゃん、どう?」 「カッコいい」 「というわけ。行ってきまーす」 「行ってらっしゃい」 「行ってらっしゃい」 「……」 「なんか負けた気分」 「デュワ!」 「はい?」 「……」 「あれ、キラキラしねぇ」 よく分からん。 「まあいいや、うるせーのもいないし今日はゆっくりしよ」 気を使うものがなくなったとばかり、ソファの上で丸くなるマキさん。 いつもよりさらにリラックスしてごろごろしてる。 「もう怖いものなしだねマキさん」 「おう。遠慮することなくゆっくりさせてもらうぜ」 ダメ人間化が始まってるような。 まいっか。 「俺は……ぱぱっと家のことしちゃうか」 掃除とか洗濯とか、最近サボり気味だった。 いい天気だしやっちゃおう。 「手伝おうか」 「いえ、1人で出来ますから」 「んー」 「いや、なんか働く。姉ちゃんだけ働いてるのはムカつく」 おお、マキさんから働きたがるなんて。 「じゃあ洗濯はこっちでやりますから、掃除を始めといてください」 「おけ。雑巾……これだな。適当に拭いてるわ」 「ふきふき」 シンプルなのがいいんだろう。雑巾片手に埃を払いだすマキさん。 俺はカゴに入った衣類を洗濯機へ。 「たまってるなー」 「こまめにやらないとすぐたまるぞ」 「ですね」 今日からは3人分だし、気を付けないと。 あ、マキさんのパンツ。 「……」 ――ぴょいん、ぴょいん。 引っ張ると、汗で湿ってるのが分かる。 「なあ、このポスターが入れてある木の枠ってなんていうんだっけ」 「額」(ぴょいんぴょいん) 「椅子に机に……こういうのの総称は?」 「家具」(ぴょいんぴょいん) 「嗅ぐなよ?」 「変態」 「あっ、いや! ……引っかけないでよ」 「今のに引っかかるのは願望があるからだろ」 「……すいません」 変なことを考えないうちに洗濯機にいれる。 お風呂のお湯を入れて回した。 「ふぅ」 やっぱ同じ同居人でも、マキさんと姉ちゃんじゃ全然違うな。 「……」 指先にはまださっきの、汗の湿り気が残ってる。 「……」 (すんすん) 「変態」 「すいません!」 「嗅ぎませんて」 「ちぇ」 「嗅いで欲しかったんかい」 「嗅いでほしかったというか、嗅ぎたがる変態のダイをからかいたかった」 ひどいなオイ。 「そんなに言うなら嗅ぎますよ」 すんすん。 「言ってねえだろ! ちょ、コラ嗅ぐな!」 「……ふむぅ、パンチの効いたワイルドスメル。マキさん結構汗っかきですよね」 「ちょっと、ばか、あの……」 「……」 あれ。 「……バカ」 両足をくっつけてもじもじするマキさん。 「……すいません」 本気で引かせてしまった。慌ててパンツを洗濯機に放り込む。 なにやってんだ俺は……。 洗濯機を回してる間、俺も掃除することに。 「掃除機かけるんで、マキさん家具どかすのやってください」 「おっけ」 ――ブォオオオーン。 「なにこの掃除機、うるさい」 「遠心分離式……とかいう吸引力が落ちないやつ。通販でやたら勧めるから買っちゃいまして」 ……ちょっと失敗だったな。音がすごくて近所に気を使う上に、吸引力が落ちないかわりそもそも強くない。 「まあうちの掃除くらいには充分だけど。ソファお願いします」 「ほい」 片手でかるーくソファを持ち上げてくれるマキさん。 下を掃除していく。マキさんは手にした雑巾で適当に足を拭いたり。 楽ちん楽ちん。 「次そこの本棚」 「ほいさ」 「テーブルお願いします」 「はいよ」 「次は……」 「……」 「マキさん?」 「飽きた」 「はい?」 「掃除飽きた」 ぽいっと雑巾を放り捨て、行ってしまった。 悪びれた様子なくソファに寝転びなおす。 面倒になった。って感じではないな。ただ『飽きた』らしい。 まあもともと俺1人でやる気だったからいいんだけど。 どこまでも子供みたいな人だなぁ。 うちは昼のあいだリビングのクーラーを入れないことにしてるので、昼ごはんは俺の部屋で。 「はぎゅはぎゅウマー」 「ここだけは前までと変わりませんね」 「うん。ダイのメシが美味いのもいつも通り」 朝のうちにやることはやってしまったので、昼からはとくになにもなし。 「俺もゆっくりしよう」 夏休み入ってすぐ慌ただしかったから、久しぶりにぐだーっとすることにした。 「はー」 「ふー」 2人でベッドに寝そべる。 のんびりすることにかけては、俺たち2人はもう完成されてるかもしれない。 「……ダイ」 「うん?」 「だーいー」 ごろごろーっと転がって俺の手の中に入ってくる。 だらけから甘えへのコンボ。マキさんの得意技だ。 「へへへー♪」 仰向けの俺にまたがるマキさん。 こうしてると、甘えたい盛りの子犬にじゃれつかれてる気分。 「しばらくは私が独り占めだな」 「はいはい」 「頭撫でろ」 「甘えんぼだな」 撫でてあげる。 「んふ〜」 嬉しそうだった。 前からくっつきたがりな素養は見せてたけど、エッチするようになってからのマキさんは甘えにためらいがなくなった。 それだけ心を開いてくれたってことだろう。可愛い人だ。 「お礼。……ん〜っ」 「ちゅむ……んふ」 お互いに口元を舐め合うようなキス。 「えへへ」 ――ふに。 「んあっ」 スカートをめくってお尻をつかむ。 ぴちぴちの触り心地が迎えた。 「こ、こら……変なとこ触るな」 「ダメ?」 「ダメじゃないけど……ンっ」 おっぱいとはちょっとちがう、お尻の感触。 ――ふにふにムニムニ。 肌そのものの弾力は胸より強い感じなんだけど力を込めると指の食いこみは胸より深まる。 張りのある肌にトロけるような脂肪が詰まってる。そんな感じ。 つい揉み方が念入りになった。 「あふっ、はん……んもう」 「感じてる?」 「……うるせぇ」 「はむ……んんちゅっ、んちゅる、るろ」 反撃にかキスして、舌をいれてくるマキさん。 もちろん俺も応じる。ねろねろと唾液まみれの舌をからめながら、 ――ウニウニ。 「ふぁああん……」 お尻を揉むのがしつこすぎたのか、マキさんが甘く喘ぐ。 拍子にとろーっと唾液が落ちてきた。 「んく」 もちろん美味しくいただかせてもらう。 「んふ……スケベ」 「マキさんの体がえっちぃからだよ」 「っ……お前のだってエッチぃぞ」 「あうっ」 ぐりっと腰を回すマキさん。下にある俺の腰……前側にある出っ張りが押される。 「大人しくしてよ」 ぎゅーっとお尻をキツくつかんで抗議した。 こんもりした丸みを三角形に覆う、パンツのゴムのラインの中に、指を忍ばせていく。 「は……うふ」 「お尻の谷間が熱くなってる」 「今日は暑いから」 「ウソ。ここがトロトロになってるからでしょ」 不意打ち気味に、腰を打ち上げてみた。 「ひゃうううんっ。……も、バカ、びっくりすんだろ」 クロッチを尖ったペニスで押されてマキさんは目を丸くする。 パンツの中ではくちゅりと音がして、そこがもうヌレヌレなのが分かった。 「はぷん……ぁむ、……ダイ……んちゅ」 目がトロンとしてきたマキさんは、さらに夢中でキスしてきた。舌をからめ、歯茎の隅々までナメしゃぶる。 あっちの方が上なのでキスはマキさん主体だ。 ――ぐにぃ。 「ひいぃん」 なのでお尻を徹底して攻めた。 ムチムチの弾力をコネるみたく念入りに揉んだり、中央に合わせて擦りあわせたり。 「あっ、う……お尻の穴むずむずする」 「好きでしょこういうの」 「落ち着かないって……はう、はんん」 言うとおり落ち着かなそうにお尻をクネらせた。 でもクネクネする腰つきは、ちょうど犬が尻尾を振ってるのに似て喜んでるようにも見える。 当然胸も強烈に俺に押しつけられて……。 ――ぐにぐに。 「んちゅ、んるるぅうう」 「んぱう、はむ、ぁむ」 ――ぐにぐにぐにぐに。 「……」 「けふっ」 「あん?」 「けほっ、けほっ」 イチャイチャの途中だが、せき込んでしまった。 「どうかした?」 「いやあの……マキさんちょっと、待って。苦しい」 「はあ?」 身体をあげてもらった。 ふぅ……楽になる。 「マキさんおっぱい大きすぎ。のしかかられると苦しいよ」 感触は気持ちいいんだが、ぐいぐい来られると困る。 「前まではこれくらいしても平気だったじゃん」 「そうだっけ」 確かに。前はそんなに苦しくなかった。 あ、もしかして。 「え、うそ」 「ちょっと確認」 ふにふに。 「ふぁ」 揉んでみると分かる。 「大きくなってる気がする。会った頃より確実に」 「なんで分かるんだよ」 「そりゃ分かるよ。俺初めてあったころからずっとこの胸を」 「とにかく、大きくなってます。ブラとかキツくないです?」 「ん……言われると最近苦しい気がする」 「マジかよ〜。あー、危ないと思ってたんだ、ダイと会ってからメシ食う量が格段に増えたから」 「お前のせいだぞ。責任とれコラァ」 「責任とっていっぱい揉みますよ」 「ふにゃっ。そ、そうだ。すげー揉まれるの原因かも」 「本気で気になってきた。ホントに目で分かるくらい育ってる?」 「たぶん。計ってみましょうか」 引き出しからメジャーを取り出した。 姉ちゃんが中学高校の成長期にはよく計らされたのでやり方は知ってる。 「頼むわ」 身体を起こすマキさん。俺は後ろへ。 ひじを上げてもらい、トップの位置を測ってメジャーを通した。 巻きつける……。 「……」 うう。 柔らかいものにメジャーを巻くのは意外と難しい。つぶさないようソフトに。でも垂れないように。 「いま乳首立ってるんだけど、これの上?」 「下です」 「マジで詳しいのな」 ちょっとあきれたように言われた。 えーっと……。 「ちなみにもとはいくつだったんです?」 「98」 「……育ってますね、101です」 「うそっ、大台乗ってる!?」 「はい。正確には101.5。102も近いかと」 「うあ〜、ウソだろ、大台は超えないように祈ってたのに〜」 「……」 俺はむしろ100強と聞いて興奮するんだが。 「ちょ、他も測って。とくにヒップ」 「はいはい」 アンダーを通り越してお腹へ。 胸から考えるとびっくりするほどへこんだウエスト。そしてまた滑らかに張り出すヒップ。 ……改めてマキさんの体ってすごいよな。 「60と99です」 「ほ……お尻は増えてない」 お尻もよく揉んでるからな。心配だったらしい。 「でもウエストは増えてる。どうしてくれんだコラァ」 「いてっ」 ベッドに押し倒された。 「俺のせいですか」 「お前のメシと、揉まれても抵抗できなくするテクニックのせい」 どすっと仰向けの俺の上に頬杖をついて寝ころぶマキさん。 「ただでさえデカすぎて鬱陶しいのに人様の身体もっと不便にしてくれやがって」 「すいません」 「ったく」 「お仕置きだな」 ・・・・・ ――ガチンッッ! 「なに?」 「お仕置き道具♪」 俺の首にかけた鉄輪を楽しそうにロックするマキさん。 「これ……あれだよね。片瀬さんたちの」 前に拉致られたときそのまま持ってきちゃった、鎖つきの首輪だ。 「いい感じのお仕置き道具だろ」 「……マキさん」 頼むよ。脱力してしまう。 「おら犬。なに2本足で立ってやがる。しゃがめや」 「マキさん」 「わんだろ?」 「わ、わん」 嫌な遊びが始まってしまった。 「しゃがめ」 「はい」 四つん這いになる。 「よいせ」 ――むぎゅ。 「なぜ背中に乗る」 「いいじゃん」 「いいけど」 お尻の感触が気持ちイイけど。 「でもおかしくない? 俺犬なんだよね。犬にまたがるのは」 「あー、それもそっか」 「じゃあ馬ってことにする?お馬さんごっこ」 「子供だなぁ」 「うるさい、このだば(駄馬)!」  ! 「おまえはもうわたしのものだ!」 「そのネタは色々ダメ!分かった、犬に乗っていいから」 「じゃあOK。はいよどーどー」 結局馬扱いで鎖を引いてきた。 マキさんを乗せてその場をうろうろすることに。 「わーい」 楽しそうなマキさん。 ――ぷにゅぷにゅ。 お尻やーらかい。 「はい次、お座り」 「わん」 座る。 「お手」 「わん」 「お代わり」 「わん」 「おっぱい」 「わん」 マキさんのおっぱいを持つ。 「まさか説明する前に正解を選ぶとは」 「本能ってやつですかね」 「はー、でもこれイイ。支えてもらうとすげー肩が楽」 「おっぱいって重いんですか」 「重いぞ。常にいらねー荷物を抱っこしてるようなもんだからな」 女の人も大変だ。 「俺で良ければいつでも支えますから」(もみもみ) 「あんふっ」 「いつでも言ってくださいね」(もにゅもにゅもにゅ) 「お前はこういうときだけ妙に……ふぁんっ、ち、乳首までイジるな」 「すいません」(くりくり) マキさんが何してほしいかはだいたい分かるので、揉み続けた。 「んふっ、んっ、……もう。スケベ」 「マキさんのセフレだもん」 嬉しそうなマキさん。 「んちゅ……ちる、ちむ……あんちゅ、ちゅるっ」 キスした。火のついてるマキさんはすぐに舌を突っ込んできて、ねろねろとからめ合うことに。 「んむふ……あんむ、ちゅる。……コラァ犬、なにご主人様のクチビル奪ってくれてんだ」 「犬だもん。ハッハッ」 息を荒くしてこっちから舌を入れていく。 「んんぐっ、んふん。むふ、ああん、んんっ」 本物の犬みたいに長く舌を伸ばして、甘い唾液をたたえた口の中をねぶりまわした。 「ちゅる、んふぅん。犬、こらってば。ご主人様に……」 「ご主人様、俺のツバ飲んでほしいわん」 「んん」 責められて不機嫌気味なのは、乳首をいじってごまかす。 どろっと舌を送り込むと、 「むぁふ……ん、んく」 マキさんは当たり前に飲んでくれた。 「も……てめ、チョーシのりすぎ」 「ちる……んむ、んぉ」 ――とろぉ。 お返しが来た。 最初のころにこういうキスばっかしたので、俺たちのディープキスはやたら唾液の交換が多い。 俺ももちろん飲み下した。マキさんのとろけるようなニオイが、胃に染み込んでいくのを感じる。 「んふ……」 「ちん○んは命令してねーぞ」 「すいませんご主人様」 ぎゅっとズボンの上から俺のを握ってくるマキさん。命令はなくても、そこはギンギンに起っきしてる。 「やっぱお仕置きがいるな」 「あぅ……っ」 ベッドに運ばれた。 鎖を使って俺を首輪で制御しながら、意気揚々とまたがってくるマキさん。 「へへへー、覚悟しろこの犬。テメェご主人様をナメすぎだ」 「舐めたくなるご主人様の口が悪いんです」 「そういう意味じゃねーよ」 勃起したものを取り出して、しゅにしゅにと扱く。 「こんなにして。どんだけエッチマンだよお前」 「白状しろオラ。私のおっぱい魔改造したのも計画的犯行だろ」 「そんなことないですよ」 「マキさんのおっぱいは最初から最高だったので改造する意味がない」 「う……ちょっと嬉しいのが悔しい」 「まあいいや。おっぱいだけじゃなくて、この身体全体的にテメェのせいで、発情期のメス犬状態にされちまったからな」 「借り、返させてもらうぜ」 ――ニュル。 「うあ……」 柔らかい肉が下りてきて亀頭に当たる。 「んふ……、ふ……」 呼吸を合わせるマキさん。そこから勢いをつけて、 ――ニュルルルルっ。 「あああああっう」 「んふぅううん……っ」 準備体操なしで接合させた。 「へへ……うお、ちょっと痛いかも」 「無茶しすぎですよ。お腹大丈夫?」 準備しなかったマキさんのなかは、まだあんまり濡れてもいない。 こんな状態で無理やり入れたら……。俺はいいんだけど、マキさんはキツいのでは? 「はぁー……っ、はぁー……っ」 キツそうだ。息を乱してた。 やったこと自体には満足げで。 「へへ、毎回ま○こヌルヌルになったあとだとこっちがイカされちゃうからな」 「これなら……んっ」 「うあ……っ」 そのまま腰を使いだした。 ――にゅぐう、にゅるぅ、にゅっ、にゅっ。 「あっ、うあ……これは……わぁは」 「っ、っ……」 濡れてないセックス。初めてだけど、いつもとはだいぶ感触がちがう。 亀頭のあたりが擦れるのはちょっとヒリついた。 でも柔らかな粘膜でしごかれる緊縮感はいつもより強くてゾクゾクする。 「キモチよさそうじゃん」 「んぅ、いつもとはちがうけど、かなりイイですこれ……あはっ」 とくにカリのちょっと下に、ぴちぴちした粘膜ヒダが絡むのが何とも言えずイイ。ぶるっと来た。 「ならよし。オラオラ、もっとよがりやがれ」 引き締まったお尻をゆさゆさゆするマキさん。 「んあっ、ま、マキさんでもこれ。マキさんはヨくないんじゃ?」 「私はいいよ。ダイが悶えてるほうが楽しいから」 「でも」 「いいの。こうしてるだけで充分気持ちイイ」 楽しそうに笑って、結合部をぎゅーっと締めてきた。 んーむ、こっちとしてはマキさんにも乱れてほしいんだが。 「ふふっ、ほら、ほら、回してみるとどうだ」 マキさんは楽しそうだ。セックスを遊びの一部みたいに見てる感じ。 たぶん俺とくっついてるだけで楽しいんだろうな。 愛されてる。 ――にゅるぅうう。 「うううわっ、ま、マキさんそれヤバい」 締まる粘膜の道が、雪崩を打つようにペニスをこすった。 普段でも気持ちイイけど、潤滑用の汁がないと摩擦が強くて……すごい刺激。痺れそう。 「……へえ、ま○こ濡れてないときはこれがいいんだ」 こっちが弱ると野生の嗅覚ですぐに悟るマキさん。 「あんまり動かさなくていいのな。えっと、こうして……」 腰を落ち着けて深くまで結合させる。 「こう」 ――キュウウウ。 「あああああっは」 「なはは、喘いでる喘いでる」 もう膣圧の使い分けまでできるのか。この人エッチすぎるぞ。 「動かすより私も楽だし、これで行こ。んっ、ンンッ」 「あのっ、んくっ、くぁああ」 ――ぐち、ぐちぃ。 深いところや浅いところで、段階をつけるようにしまったりゆるんだりするヴァギナ。 結合からしばらく経ったので、膣そのものも潤滑油を分泌しだしてしっとりしてきてる。 それが吸着感をさらに強めた。気持ちよすぎ。 「ふふっ……ンふ、やば、私も興奮してきた」 「ほら……どうだダイ?」 ぐりんと腰を回すマキさん。 「うくっ」 「ああっふ! ……んっ、んんっ」 予想外の快感が自分に帰ったんだろう。顔を真っ赤にしてる。 「はは、イイ感じになってきたっぽいな。おたがいに」 「そりゃこれだけ深々とヤッてればね」 「だわな。……ふぅう、じ、自分がやらしいの、いやになるくらい実感するわ」 楽しそうに笑いながら、くいくいと腰のグラインドも交えだした。 「んぅあ……そ、それすご、ああぁあは」 「へへへ、ダイ、意外と感じやすい」 「せめられると弱いみたい。うく……っ」 もうゾクゾクするような射精感が沸いてきてる。 ただもうちょっとこの、おったてたペニスを好き勝手にされる受け身な快感を楽しみたくて耐えた。 「っふ、っふぅう、うわ、うわうわ、これ好きかも。ぐちょぐちょにぬれてるよりダイの形がよく分かる」 「形とか気になるの?」 「だって感じるんだもん。ダイのちん○んの……こう、フォルムっつーか。入ってる実感っつーか」 「……あああは」 言ったら余計意識しちゃったらしい。苦笑まじりにぶるぶるっと震える。 「んんふ、はぁ、あはぁあ、イイ……やっぱ私、セックス大好きみたい」 「知ってるって。……うくっ、マキさんのま○こ、さっきからすごいやらしく動くんだよ」 「んはぁ、あは、あはぅう、だって気持ちイイん……、ひにゃっ、ふ、深いトコにあたるぅ」 腰のよじれはどんどん大きくなっていく。 「マキさん俺のち○ぽでオナニーしてない?」 「えぅ……そ、かも」 「しょうがねーだろ。おまえのちん○んこんなにギッチギチになって、私の中かきまわすんだから。はぁあ、あう、んぅう」 「ダイのち○ぽこんなに気持ちいいんだからぁっ」 大きなおっぱいをたぷたぷ弾ませもだえるマキさん。 褐色のバストは光沢が強くて、弾む様がより大胆に、よりいやらしく見える。 「あんまりエッチく迫らないでよ。ムラムラきてしょうがない」 見てるだけで射精しそうだ。 「へへ……あぅふ。うっせーもっとムラムラしろ」 「くぁ……ふぅんっ。お前だってこんなエッチく大きいの使って、中っ、ごりごりってしてるだろぉが」 じゃらっと鎖をひっぱられた。 鉄のわっかで喉がしまる。来かけた射精感がぎりぎり横にそれた。 「んっと、いつもいつもナマイキなことばっかり」 マキさんはそんな俺に、興奮した目でにんまり笑う。 サディスティックな瞳……見られるだけでゾクッと快感が走る。 「あぅっ、深いトコ当ててびくってさせんな。急だと……んふ、エロい声でちゃうだろうが」 「エロい声はずっとしてるよ。可愛い声が出るだけで」 「んふっ、むふぅう、んっ、んっ、ひゃぁあああヤバい、かも。気持ちいいの、どんどん大きくなる……ふぁああ激しくなってぇ」 たまらない感じでくびれた腰から綺麗なヒップにかけて、ぐいんぐいんグラインドさせる。 もう完全に俺を使ったち○ぽオナニーだ。 「はんっ、はんっ……はっ、はっ」 前のめりがちになってヒクヒク踊るマキさん。 連動したおっぱいがたぷたぷと振り子みたいにゆれてる。 「乳首こんなにして」 「ひゃう……っ!? う、ンぅううっ、バカ、そこ触んなよ。あぅっ、う、うううう」 チョコレート色のおっぱいのなか、色素の逆にうすいピンク色の突起を揉んだ。 乳首はそれ自体が生きものみたいにムチムチ膨張してくる。 「ふぁうっ、はっ、ふううううんっ。乳首っ、やうう乳首ぃい、乳首が、乳首がぁああ」 ここはすっかりマキさんのビッチスイッチだった。 「あああっ、んーっ。こら、ばか。またち○ぽ大きくしただろ。ああぁぁああち○ぽ、ち○ぽかたぁい、大きいぃ」 「一緒だよ。マキさんのま○こが締めすぎなんだよ」 「んなわけねーだろ。あう、は、あーんん。わたし、ま○こ、ま○こヨすぎて力入んねーんだから」 メス犬モード突入したマキさんは、すごい言葉を連発しながらあえぎ泣く。 全身にどっと汗が浮いたのが分かる。エッチなニオイがぷんぷんしてきた。 「はううう乳首、乳首はなせよぉ。それさぇると……ああっ、子宮むずむずって、んぁああ子宮熱くなるんだからぁ」 言うが早いか子宮の回りから、どろっと熱いエキスがペニスにしぶき掛けられた。 挿入したまま膣吹き。ってとこか。 濡らさずに俺だけ責めようってマキさんのもくろみは崩れたわけだが……。 「ツぁ……これすご」 そのぶんすべりがよくなって、こっちにも強烈な仕返しになる。 吸盤みたいにくっついているマン肉がすべる感触は、ペニスの限界点をつついた。 「マキ……さんっ、そんなエッチく腰ふらないで。俺もう、もう……っ」 「んぅああああ知るか。お前のせいだろ。おまえが……っはぁ、乳首で、ぁああち○ぽにメロメロにしたからぁあ」 「うあんっ、うぁあんっ、はん、あーんん」 全然容赦してくれずに、スケベっぽく腰をゆらすマキさん。 こっちも光沢のある褐色ヒップが揺れて、俺は……もう、 「あうくっ!」 ――びゅるるるるぅううーーーー! びゅびゅーっ! まさに搾り取られる。って感じに吐精させられていた。 選択権一切なしでイカされる感覚……。 「うう」 これもイイ。 「あっ……はん、きた。なかに来たぁ。ふぁあぁん、ンン、んふぅう熱ぅい」 子宮にぶっかけられるのが好きなので、マキさんは受け止めとろんとした顔をしてる。 「んは……ふは……ふ……」 「ンん……ぅ」 「……へへ、だらしねーの。簡単にイッちゃって」 「はふぅう……だね」 我ながら、攻めるほうが好きだと思ってたけど、受けるほうも好きだったとは。業が深い。 「いいかテメェ、これにこりたら……」 「ってあれ? これそもそも何のお仕置きだっけ?」 「忘れた」 「私も。えーっと、確か胸がどうとか」 思い出そうとしてる。 別に思い出されてもいいんだけど……、誤魔化しとくか。 「おっぱいのこと?」 「ひあんっ」 いきなり弱点の乳首ごとわしづかみにする。 「きゅ、急に揉むなぶぁか。びっくりするだ……」 ――にゅむにゅむ。 「きゅぅううんっ」 「実はさっきからずっと揉みたかった」 褐色肌が汗でヌメって、ミルクチョコレートみたいな色合いになってる。超エロい。 「あにゃっ、だ、だから……あの」 誤魔化しがてらに揉んでるだけだが、この素晴らしい感覚をあじわってると、 ――グググっ。 「ひぅうう……こうくると思った。お前おっぱい触ると回復早すぎ」 「マキさんの胸がステキすぎるからです」 流れで乳首をとらえたまま、第2ラウンドに入った。 チャンスだ。 「今度は俺が攻める番ね。マキさん、腰浮かせて」 「はぁ? ずっと私のターンに決まって……。っひぁ!」 ずるんと勢いをつけて突き入れた。 乳首をつかまれたマキさんは全身の性感が昂ぶってる。子宮をつけば一発で……、 「もぉ……て、テメェ……こら」 「ンな焦らされた子宮叩かれたら、は……はへぇぁ、あああ硬いちん○んで子宮ぶたれたら……ぁ」 「あぇはぁあああっ、んぁっ、んぉおお。いいっ、ち○ぽヨくなっちゃうだろうがぁあ」 快感で自動的に腰から力が抜ける。 こうなれば下からでも責めるのは楽だった。ぐいぐいとブリッジするようせりあげれば、 「はぅうう、えぁああ、子宮っ、あたる。届くぅうう」 「ダイのちん○ん、ダイの硬いのが一番奥ごつごつしてくるうっ」 ――じゅぽっ、じゅぼっ、ぎゅぢゅっ、にじっ。 「はんっ、あんっ、はんっ、あああ〜」 「すごい音だね」 「う、うるせ……お前がせーえき出しすぎなんだ」 「マキさんだってその前膣吹きしようとしたじゃん」 「……そぉだけど」 ――じゅぷっ、ぐぢゅぢゅっ、じゅぽぷっ。 「ふふ、濡らさないでするのもいいけど、やっぱこの音聞かないとお汁垂れ流しっ子のマキさんとしてる気しないな」 「恥ずかしいこと……はぅううっ、あう、んんんんっ。あぁぁあ〜〜、こら、ちん○んで子宮にするなって。あのっ、あのっ」 「それされたらすぐイクって知ってるだろぉ……」 「もちろん知ってるよ。ほらこのへん……」 ぐりりとスクリューを送る。 「ひっ、うううんんっ」 「好きだよねマキさん」 「へぁああへ……ひ、ふぃいい」 「す……ぅ、好きぃ。そこ、そこ叩かれると、子宮がキュンってして好きぃい」 「っふ……俺も好きだよ。ここ叩くとマキさんのま○こすごい吸いつくから」 「実は前回このカッコでしたとき。覚えてる? 初めてのアレ」 「うん……? ん、うん」 「アレでこの格好のときはマキさんをイカせられなかったのが心残りなんだ」 「今日は思いっきりイカせてみたい。いいよね」 「う……なんかよく分かんねーこだわりだけど」 ちょっと迷うマキさん。 今日は責めてたはずが逆転しちゃうのは悔しいっぽいけど、 「っ、は、……まいっか。……っふふ、ん、もう私、お前のに犯されたいってこんなにぎゅーってしてるし……あは」 「たっぷりイカせて……ダイ」 「もちろん」 もう一度マキさんの好きな、スクリューかけたやつで最奥を叩いた。 「はぁう……ふっ。あはぁあ、こんなされたら、私のま○こお前のち○ぽ型にかわっちゃいそう」 「俺はそのつもりでやってるよ。俺専用の穴なんだから」 「ったく、あうっ、ふふ、そうだったな」 「でも忘れんなよ。お前のち○ぽも私の専用だぞ」 「分かってますよ。俺のち○ぽは、マキさんのこのお汁でねとねとなスケベま○こにしか入れません」 「ばーか」 なんかよく分からないけど、宣誓をしてしまった。 不良ってかただのいい加減な2人だよなコレ。 まあいいさ。気持ちイイし、マキさんとなら楽しい。 「そろそろまた出ちゃいそう。行きますよマキさん。また弱い子宮に精子ぶっかけてエッチなマキさんをアヘらせちゃいますよ」 「うん、うん来てっ。出してぇ。ダイの欲しいダイの熱いのでお腹たぷたぷにしたぁい」 ――じゃらっ。 鎖をひっぱるマキさん。 それは俺の首輪を引くというより、身体を倒した彼女が正確に俺の顔をとらえるためで、 「んむ……ちゅ」 「はむ……」 キスした。 「んんん……くっ、ああぁぁあああーーーっ。私……もっ。私もいくっ。いく、イクぅううっ」 一度出してる俺よりマキさんのほうが我慢の沸点は低い。 融点はとっくに超えてて、本物のチョコレートみたいに熱く蕩ける体をうちふり、接合させたペニスを食い絞った。 「だしてっ、だして、出してぇええ。欲しいの、ダイのせーし。精液中に欲しいっ」 「早く私のおま○こダイのち○ぽ汁で調教してぇえ」 「ひゃあ……っ、は、あぁぁあああっ」 「あぁぁぁアァァァァああぁああーーーーーーーっ!」 俺のが射精準備に入ったのを悟ると、マキさんはそれだけでイッてしまった。 「あは、マキさんイクの早すぎ」 「あぅぅうううぅぅうらって、らってぇえ」 期待感だけで先走ってイクなんて。身も心もセックスにハマってる。 「っふ……ほら、マキさんがエロいから」 俺も……。 「っふぁ……んんきて。ダイ、きてぇえ」 「っく……!」 ――びゅくくくくーーーっ! びゅるっ、びゅるるっ! 「ああああ……っ! ひぁあああぁあーーっ!」 褐色にヌメるヒップを揺らし踊るマキさんへ向け、2度目の噴出がはじまる。 「あはぁあっ、ぁ、んんんっ、やあぁああ子宮、子宮熱ぅい、子宮たぷたぷぅ」 「うく……くああ、マキさぁん」 ヨロコびでそのまま腰をクネクネさせる、マキさんの反応は凶悪だ。 いままさに出してるペニスを気持ちのいい柔具でしぼってくるのと同じ。射精がとまらなくなる。 ――びゅるぅっ、びゅるううっ。 「はっ、ふん……あっぅうううん。ああん」 幸せそうに鼻を鳴らし、絶頂感を反芻する彼女。 はー……。 俺の家族兼セフレは、どこまでエッチになっていくんだろ。 「はぁ……はぁ……」 「はぁ……はぁ……」 疲れた。2人してベッドでぐったりになる。 「だいじょぶマキさん?」 「だいじょぶ……ではない」 あっちも絶頂が深すぎたのか、疲れ切ってる模様。 「ふぅ……」 「……」 「あ! 思い出した、ダイが私のおっぱいを魔改造したんだ!」 面倒なところに話が戻ってしまった。 「もうそれはいいじゃないですか」 エッチ後のまったりした気分を楽しみたい。身体をくっつけた。 「俺はマキさんのおっぱい、大きい方が好きです」 「だからよくないです?」 「う……うー……」 まっすぐに言われて考えるマキさん。 やがて口をツンと尖らせ、 「まあいいけど」 「そのかわり」 どすっと俺の上に乗っかってくる。 「今後は私が重いと思ったら、この胸すぐにお前が支えろよ」 「むしろ望むところです」 「アア!?」 ひい! 「テメェそれ私が太りやすい体質なことディスってんのか?」 「マキさんって太りやすいの?」 お腹とか超絶くびれてるのに。 「肉がつきやすいんだよ。特に乳」 「それは太りやすいとは言わないのでは」 「最近ヤバいとは思ってたんだよ。ダイのメシ美味いから食べ過ぎちゃうし、ダイと遊ぶ方が楽しいからあんまり暴れてないし」 「……太った?」 「見た感じは変化ないですけど」 ……あ、でもおっぱいはボリューム増してるような。 「むー」 「もういい」 「あれ、マキさん?」 「ばーか」 行っちゃった。 しまった。デリカシーがなさすぎた。 結局その日1日、マキさんは怒ったままだった。 姉ちゃんも変な空気を察したのかベタベタして来ず、寝るときは1人に。 「んーむ」 別に1人で寝るのはいいんだけど。 ……でもちょっとさびしい気がする。 ・・・・・ 「なでなで」 「んふ〜♪」 幸せそうに表情をとろかすマキさん。 「マキさん、頭撫でられるの好きだよね」 「んー? べつにそうでもないぞ」 「こんな嬉しそうなのに」 「これは頭撫でられて嬉しいんじゃなくて」 「ダイといちゃいちゃしてるのが嬉しいの」 「……」 「なでなでなでなで」 「おっ、倍になった」 「んじゃこっちからは……スリスリ〜」 「ふわ、あはは」 おっぱいとかお尻とか、たっぷりボリュームのあるマキさんの体は、柔らかいスポンジみたいなものだ。 それで身体をこすられるんだから、ちょっとくすぐったい。 「ちゅむ……んふ、……ダイ」 「ふはぁ」 「……」 「好きだぜ、ダイ」 「珍しいマキさんの口から」 「うっせぇ。顔見てたら言いたくなったの」 「レアイベントだぞ。ありがたく思え」 「ふふ。じゃあこっちはいつものイベントを」 「好きだよマキさん。愛してる」 「あう」 まっすぐ目を見て言う。照れたらしい、頬を赤くするマキさん。 「えへへ」 でもやっぱり嬉しそうだった。 ・・・・・ 「っぷはう」 「ふぃい」 「暑い」 「暑いっすね」 クーラーつけてるとはいえ、この真夏日にあんまりべたべたしてるのもキツい。 「うわー、見て、べっとべと」 セーラーがところどころ肌にはりついてた。 「俺も服のなかすごいですよ」 こっちはTシャツだけど、でも汗かいた。 「私のがすげーよ」 「俺ですよ」 「私だ」 「む……」 俺がどれだけ汗かいてるか分かってない模様。 「とりゃっ!」 「にゃっ」 服を脱ぎつつ抱きしめた。 「ほーれほれほれ、すごい汗でしょ」 べたべたな体をこすり付ける。 「ちょっ、こら、なにやってんだお前」 「よく分かんない」 なんとなくやった。反省はしていない。 「……ったく」 「そうだ♪」 なぜかクーラーのリモコンを取り、電源を落とすマキさん。 そして、 「あ、ズル」 「そっちも脱げばいいじゃん」 にーっと笑った。 「ていっ」 定位置にしている俺の腕の中に戻る。 俺はシャツを脱ぎつつ受け止める。 クーラーがきれ、すぐにも蒸し始めるなかでまた密着する俺たち。 1分もしないうちに新しく汗がうきだした。 「あっちぃ」 「暑くしたのはマキさんでしょ」 「そうだけどさ」 お互いの汗がぶつかって、肌がニュルニュルする。 「へへ」 楽しいんだろう。俺の体の上ですべろうとするマキさん。 「なんかいいなこういうの。人の皮膚って気持ちイイ」 「長い間忘れてた気がする」 「誰かと触れ合うことがなかった、とか?」 「あったよ。主にぶん殴る拳とかに」 「それは気持ちよくないでしょうね」 「まあ他の誰かじゃダメだろうけどな。ダイの体、気持ちイイ」 幸せそうにニュルニュルしてくる。 「なんか幸せ。この感じ」 「……うん」 熱さのせいか。絡み合った汗のせいか。身体の境界線がぼんやりしてる。 マキさんと俺の体が一つになったみたいな。 「……ドキドキしてる」 心臓の音が伝わったんだろう。いたずらっぽく笑いながら胸板に頬ずりしてきた。 うっとりした顔でそのままとどまる彼女。 ちょうど収まりの悪い髪が口のすぐ下に来る。 「すんすん」 「ん……なにやってんの」 「マキさん、汗の匂いすごいんだもん」 潮っぽくて、ちょっと柑橘系をまぶした女の子の香り。 クセになる。胸いっぱいに嗅いだ。 「んぅ……あは、なんだこれ。ニオイ嗅ぐと心臓の音も大きくなるのな」 「ドキドキしますから」 「じゃあ許可する。いっぱい嗅げ」 「私も嗅ぐ」 鼻先を首のあたりに移して、すーっと吸ってきた。 「は〜……ダイのニオイがする」 「じゃあこっちも、すんすん」 今度は口元にマキさんの耳がくる。キスしながら匂いを嗅いだ。 「やふっ、くすぐったいって」 「そうですか? じゃあ」 ――ぺろ。 「にゃっ」 舐めた。マキさんは全身ビクってなる。 「あ、耳の裏、汗の味がする。ぺろぺろ」 「なう、も、こら……ちゃぷ」 「うあ」 すぐに反撃がくる。首筋を舐められた。 「んー、ダイの汗、塩っ辛い」 「でも肉っぽくて美味そうかも。ちゅぷ、れる」 彼女の方が上になってるため自由は彼女にある。そのまま好き放題に舐められだした。 ちろちろと小さな舌が首から鎖骨、胸板を這う。 ――ちろ。 「はう!」 「んー? はは、男も乳首弱いのな」 「しょうがないでしょ。あっ、あっ、あっ、そんな舐めないで」 「うっさい。ちる、ちろ、んちゅるぅ〜」 弱いとみるや集中攻撃してくる。 「だわっ、わ、分かりました。分かりましたマキさん。降参降参」 くすぐったすぎる。抱きしめて中止してもらった。 いつのまに勝敗が出来たか知らないが、俺を降参させて楽しいんだろう。マキさんはにーっと子供みたいに笑い。 「ん……っ」 「ふ……」 勝者の特権とばかりキツくキスしてきた。 ・・・・・ 「な、なんか位置取りがおかしくね?」 「そうですか?」 「勝者に敬意を払って、王座についてもらったつもりですけど」 「この椅子すわり心地悪い」 「ひどい」 「お尻の下に硬いものがあって」 「気に入りませんか?」 「気にいった」 「じゃあいいじゃない」 抱きしめた。 「あとこの椅子ぬるぬるするんだけど」 「気に入りませんか?」 「超気に入った」 「なによりです」 身体をすりよせていく。 ――ニュルリ。 皮膚と皮膚が汗という潤滑剤越しに擦れる感触は、官能的で、あと楽しかった。 子供のころ姉ちゃんとよくしたなこういうの。 姉ちゃんや……養育院で仲の良かったみんなと。 「ったく、なんだかんだでダイのほうがクーラー切ったの満喫してるじゃん」 「だってマキさんのカラダ、気持ちいいんだもん」 ――ニュルニュル。 「んは……ふふ、確かに」 「こういうの好き。……んっ、それっ」 「ふぁ、あはは」 マキさんからも腰を動かしてきた。 皮膚のこすれがさらに強くなる。 「んっ、んぅっ」 「ふは……あは」 ジメジメした身体が重なることで、体温同士がさらに高くなる。 肌が熱せられて、さらに汗をかいてしまう。 「変な感じ。すっげーやらしいことしてる気分」 「小さいころはよくこんなことしてた気がするのにね」 「だな」 「昔……誰だっけ。仲良かった男友達と風呂入るたびにこうやって遊んでた」 (ぴく) 「ん?」 「男友達……?」 「ああ、男の友達そんなにいなかったんだけど1人だけやたら馴れ馴れしいのがいてさ」 「……」 「妬くなよ。もう10年は会ってないくらいだぞ」 「それでも嫉妬しちゃうのが男なんです」 「その子よりしっかり目に攻めないと……ほれほれ」 「にゃん……っ、あふっ、ふふ」 耳たぶにキスした。わりと本気で嫉妬してる俺はどうかと思う。 マキさんは耳がくすぐったいのか、そんな俺が情けないのか、クククと笑い、 「そうだな。しっかり目に私を楽しませろ」 「はい」 ――ツ。 「にゅふ……っ」 子供ではしないとこに指をやった。 汗を吸った水着は肌に張りついて、恥肉をぷっくり浮かび上がらせてる。 「脱がせますよ」 「自分で脱ごうか」 「脱がせたいの」 するすると抜き取っていく。 プニっとしたお尻の肉にゴムが食いこんで、ちょっと脱がせにくいのがまた興奮した。 「……マキさん、もう濡れてるじゃん」 「汗だよ」 「ウソだね、だってこんなにヌルヌルしてるし」 するりと指先で筋を割る。 「んきゅ……ぁん」 「ここだけかきっぷりがすご過ぎる」 「……うっせーな」 からかわれたのが気に入らないのか、マキさんは口をへの字にした。 「誰かさんがこぉーんなの当ててくるからだろ」 「っ。はは、そうだね」 俺もパンツをずらしてギチギチなものを取りだす。 マキさんはいたずらっぽく笑って、腿で挟みながら。 「んは……こうしてると変な感じ。ちん○んが生えたみたい」 ぬるぬるの果肉をこすり付けてきた。 「男になるとこんな感じなのかな」 「よくてフタナリじゃないですか」 俺からもスライドさせて、へばりついた裂け目を擦る。 「んぁう……っ、ああ、は」 「女性器がなくなったわけじゃないし。なんなら女性器の方が俺のより興奮してそうだし」 「うっせぇ、お前のほうが興奮してるよ」 「マキさんだよ」 競うように擦り合わせる。 「あんっ、ああ、ふぁ、あーん」 「ほら、俺のにまでお汁が滴っちゃう」 「んぐ……ナマイキな。ひぅっ、んんぅ、こら、クリにぶつけるのは反則」 「あっ、あっあっ、ふゅううう。お、お尻も、モゾモゾするぅ」 「うん? ああ」 不可抗力ではあったが、ちょうどペニスの根元、もじゃもじゃの陰毛地帯に、マキさんのお尻が来てる。 素股してると毛がちくちくアナルをこするらしい。そっちも敏感なマキさんは困った顔だった。 「ふふ、ね。フタナリでやめといたほうがいいでしょ」 俺は勃起の角度を変えて、ユルくふやけた肉果へ切っ先をあてる。 「でないとコレできなくなっちゃう」 「んぅ? ……ふぁっ! あっ、あっ、ダイ……入ってくるぅうう」 そのままマキさんの体重を使えば、俺のモノは簡単に内道を満たしていった。 不意打ちすぎてびっくりしたんだろう。マキさんは目をまん丸く見開いて、 「はく……うううう……あぅ」 「テメェこら。入れるときは入れるって一言断れやこの世紀末淫獣伝説が」 「あはは、ごめん」 流れで入れてしまった。 根元までずっぽりだ。戸惑いがちの内壁がウネりながら吸いついてくる。 「痛くない?」 「だいじょぶ。……へへ、気持ちよくて、幸せな感じ」 ふにゃっと笑うマキさん。 可愛い。 「……」 「ねえ、しばらくこうしてよっか」 「ん? どゆこと」 「ネットで見たんだけど、スローセックスって言ってさ。あんまり動かないでするセックスがあるんだって」 体力を使わずに気持ちイイから人気だそうだ。 まあマキさんに体力の問題はないし、俺もこのカラダを相手にしてるんだから体力は無限大に持ってくる自信あるけど。 「色々理由はあるけど一番としては、長ーくマキさんとつながってたいなぁ。と」 「……」 「ふふっ、OK。それやってみよう。あんまり動かねェのな」 「うん。それで……」 ――ニュル。 「ふぁっ」 「もっとかきやすくなった汗を楽しもう。と」 首筋にキスする。 挿入のショックでふるつく体は、熱量が上がってまた新鮮な汗の滴を浮かせてる。 「はむはむ」 「んんふ……っ、もう」 くすぐったいんだろう、眉をゆがめるマキさん。 でも嫌がりはせず。 「いいかもな。ダイとならくっついてるだけでも楽しいし……んふっ、これはこれで気持ちイイし」 動かないとはいえ、体の中を拡張してるのに変わりはない。こみあげてくる快感に目を潤ませてる。 「……好き、こういうの」 「楽しめそう」 「ふぁっ」 逆にあっちからも、こっちの顔を舐めてきた。 「ぁむちゅむ……ちろちろ。ふふっ、ダイの汗ってなんか味薄い」 「そうなの?」 「なんちゃらイオンが足りないんじゃね?おらおら、もっと絞りだせや」 ――がぶっ。 「いてて」 噛まれた。 「ふふふぅ、はぐはぐ」 「ちょ、マキさん。歯形ついちゃう」 「つけてんだよ」 甘噛みってやつだけど、犬歯をぐりぐり押し込んできて微妙に痛い。 「あふ……っ、んん……はぁ、はぁあ」 時々俺のペニスを包むヴァギナもぎゅるっとウネり、噛みつくみたいに強くしまった。 このワイルドなお姉さんにスローセックスは合わないんだろうか。下半身を動かさない分、凶暴になってるっぽい。 「はむぅう。んふっ、ダイ……ほら、ちゅーも」 「はいはい」 「はぅむっ、あむ、んちゅるぅう、ちゅろ、んちゅぬちゅ……ハァ、ダイ……あはぁあ」 唇をつけると、貪るようにキスしてくる。 コレ、いいかも。 あえて動かさない。っていう焦らしが、マキさんの野性を逆に焚き付けてる。 「腰は動かしちゃダメですよ」 「分かってるよ……ひゃいっ!ち、ちん○んビクッてさせんな」 「ごめんごめん」 ヴァギナも収縮が強くなって、快感がいやます。 「このまま……ね」 「うん」 水着のカップで覆われたバストに手をやる。 「こっちは汗かいてないんですね」 「おっぱいはあんまりかかないんだ」 「へえ……汗腺が少ないのかな」 「代わりにここはすごいけど」 くいっと胸をそらし気味にするマキさん。 張りのあるおっぱいがぷりゅりと持ち上がった。俺の手は下から支えるところへ導かれる。 「……わ、ほんとだすごい汗」 アンダーバストの部分はじっとりだった。 「意外と注意点なんだぜ。汗がたまるからあせもになりやすい」 「こすれる部分ですからね。そういや姉ちゃんもよく吸水パット入れてるっけ」 姉ちゃんより巨乳さんだから汗もすごいだろう。 「今日もちゃんと拭いたほうがいいかな」 「へ? ……ひにゃあんっ」 汗を手のひらで拭った。 「バカ、アンダーくすぐったがりなんだから、強くコスるなよ」 「知ってますよ。くすぐったがりだからこすったの」 「んふぅ……もう、あっ、あっ」 あそこには硬いものをずっぷり入れたままなので、感度があがってるんだろう。マキさんの反応は強い。 強い。っていうか、長い。感じると反射的に膣が締まって、それが自分に返る。そのサイクルで長く悶えることになる。 「はう……っ、あぅ……意外と厄介だぞこれ」 「ですね。俺もちょっとヤバかった」 マキさんが長く感じる分、俺のペニスにも心地よいウネりが長時間くる。気を付けないと。 「というわけであまり刺激しないようにここから。……あむ」 「はえ? あ、ああ」 手についた汗を舐めた。 マキさんのアンダーバストに溜まってた汗。 「ん〜デリシャス。マキさんのおっぱいの味がする」 「なわけねーだろ」 「でもほんとにちょっと、首とはニオイの質がちがいますよ」 ほんのり甘い感じがする。おっぱいの甘い香りが移ったっぽい。 「そうなんだ。……さすがに自分で舐める気はしねーけど」 「……ダイもちん○んの周りの汗はちん○んの味がするのかな?」 「知ったこっちゃないですけど、原理的には移ってるかもですね」 自分で想像するとキショい。 「あとで舐めよう」 「間違っても噛まないようにね」 「他はどこだろ、汗の溜まりやすいとこ」 「マキさんならここだろうけど」 「あうっ」 おっぱいをわしづかみにする。 両方を合わせるようにして擦り合わせた。真っ白なふくらみは谷間でたぷんと重たげにぶつかる。 「ここも汗たっぷりだ」 ぶつけたとき、ぴったんぴったん音がした。水気がなきゃしない音だ。 「あふっ、はううう、ちょ、これアリか?はんっ、あああぁーん」 胸をユサつかせる衝撃は、亀頭とキスしてる子宮に直結するんだろう。マキさんが慌てる。 「汗を調べてるだけですよ」 俺は気にせずたぷたぷ肉の盛りあがりを楽しみながら、 ――きゅむ。 「っひん!」 乳首をつまんだ。 ――ぎゅう。 「っう」 ペニスをくるむマン肉の、カリ首近くがぎゅっと締まった。つい声が出る。 「あはっ、はぁあ、……スローセックスはどうなったんだよ」 「だから下は動かしてないですよ」 俺は動かしてない。マキさんはお尻をもじもじさせてるけど。 「……イキたくなっちゃった?」 「う、うるせぇ」 「ふふっ、よく考えたらこうやって後ろから挿してると、マキさんの大好きなここもこすっちゃうもんね」 腰の位置をかえて……ぐりぐり。 「っっひあ!」 カリ首をつかって膣のお尻側にあるツボを刺激した。 「あああっ、も、動かすなって約束だろ」 「そこ……ぉ、反則ぅ」 約束破った俺に怒りさえできないほど、マキさんは感じちゃってる。 子宮からちょっと下った腸側……。Gスポット的なものがここにあるんだろうか、マキさんの最大の弱点だった。 「はは、ごめんごめん。今日は責めない約束だったね」 腰を止める俺。 「ううう……」 マキさんは抗議がちに睨んできた。 長い挿入と、その間に受ける胸へのイタズラで、発情スイッチが入っちゃったらしい。お尻がモジっ、モジっと左右にゆすれてる。 「今日は味わうの第一……よっと」 「……あれ。よっ、……よっ!」 「なにしてんの」 「顔が届かない」 おっぱいの下や谷間にたまる汗を直に舐めようとしたんだけど、舌が届かなかった。 「くそー、ここなら届くのに」 胸自体をもちあげてこっちに近づける。先端にあるピンク色の先端は簡単に口元まで来た。 「はぷ」 「ひゃむんっ!コラァ、人のおっぱい道具みたいに使うな」 「だってアンダーまで届かないんだもん」 汗はやっぱりマキさんの肌から直に舐めたい。 んーむ、首やうなじでもいいけど。 「そうだ。……はむ」 「? ……んぅっ!?」 ちょうどいいとこが目の前にあるじゃないか。 アンダーバスト並みに汗のたまってるだろうわきの下を舐めさせてもらう。 「おおおい、そこはくすぐったいって」 「でも味が濃くていい感じですよ。うわ、塩っ辛いくらい」 「それにしょっぱいニオイも濃くて……あは」 「ニオイって……うう、恥ずか……はうっ!」 「ハァハァ、マキさんハァハァ」 「ああああちょ……っ、そうだニオイフェチだっけ。んぐっ、ま、まだ大きくなるぅう」 皮膚と粘膜の中間みたいな、くにゅくにゅのわきの下。 汗の蒸れやすい空間特有の香りに興奮して、勃起がさらに強くとがってしまう。 「あう、わう……大きくするのも反則ぅう」 「あっんん、ああん、あーん」 「あはは、わきの下で感じちゃってる?」 「だぁ……って、こんな大きいの、なにされたって感じちゃうだろ……ふぁっ、あっ」 「あや……、イッちゃう、イッちゃう」 「え、もう?」 意外なほどあっけなく降参宣言が来た。 マン肉もきゅんきゅん俺のを巻き絞ってきて、絶頂が近いのが分かる。 「はぁあ……あぁああーっ、あーっ」 こっちが何かするまえにイキはじめてしまい、目をとろんとさせるマキさん。 ゆっくりせりあがった快感が、いつの間にか溜まりに溜まってた。ってとこか。スローセックスが人気の理由が分かった気がする。 「いいよ、このままイッてみましょう」 わきの下で感じるみたいなので、ちろちろ舌を這わせたまま、巻きつくヴァギナをペニスでたたく。 「はぁ……あぁあっ、んぅ、ふうう」 「なんか、なんだろ。ゆっくりだけどすごいデカそう。すごい強くイッちゃいそ……あっ、ああっ」 「っ……分かるよ。イッてマキさん」 「ああ……っ、あっ……ぁああっ」 俺の攻めはあくまでゆっくり。 ペニスは最小限しか動かさないし、大きなおっぱいから汗だくの横腹やおへそをなぞったりするだけ。 性感帯と呼べる場所はほとんど触らない。なのに、 「ひ……っ、うううう」 「んく」 「っひあぁあああああぁああ〜〜〜〜〜〜っ!」 マキさんは家中に響くくらい大きな悲鳴をほとばしらせた。 「ひぅあっ、ああああひっ、ひっ、ひっ」 「ンンぅウウウウウウウ……ッ!」 すごいイキかた。体中の筋肉をひきつらせてイッてる。 マン肉の絞り方もすごくて、食いつかれるペニスが痛いくらいだった。 「あう……っ、あうううう……っ」 「なんか……いつもとちがう、いつもよりユルい……のに、いつもより……びりびり、すごくて」 低空のアクメが長く続いてるらしい。マキさんはもう目をうつろにしてる。 「そんなに気持ちイイの?」 「うん……なは、恥ずかしいな。本イキでエロいとこ見られて……はぁ、はふ」 苦笑しながら目を細めてる。 ……う。 「や、やっぱり連続はキツい?」 俺も引っ張られてしまった。射精したくて仕方なくなる。 マキさんはそんな俺に、すぐに察したようで。 「いいよ。思いっきり来い」 「お前にされてキツいことなんかねーよ」 ぎゅーっと力の入らないだろうヴァギナを絞ってくれる。 「っく……! じゃ、じゃあ」 「ああはっ、ふぁっ、はぁぁああぁああっ」 さっきまでの大人しさがウソのように、ウネウネ絡みくるヴァギナへ、穂先をスライドさせた。 しゃぶられてるように蜜だらけの粘膜がすべる。気持ちよくて仕方ない。腰づかいも荒くなる。 それでも、 「ぁんっ、はんふぁあ……っ、あうっはぅ」 「ああぁ、頭……ぼーっとする。あは、イッたあとだと……ダイのがじわーって感じて幸せ」 「もっと、もっと強くして。もっと強く奥まで来て」 「うん……っ」 マキさんは俺と肌を重ねることそのものを楽しんで、すべて快感に変えてる。 「ン……っ」 「あむっ」 愛しくて仕方ない。反射的にキスした。 「むふっ、ふぅん、んん……」 「汗くせぇよ」 「マキさんの汗だよ」 「だな。……オラ、へんな味つけてないで、ダイの」 「はい」 自分の汗よりはこっちがいいんだろう。舌を要求してくる。 「はぷむ……ぁむんむ。ぷはぁん」 ねっとり唾液を絡ませておくった舌を、マキさんは嬉しそうに頬張り、くちくち舌で転がした。 「んちゅる、ち……マキふぁん。はぁ、マキさん。可愛いよ」 「なはぁ、はぁぁん……んっ、んんんっ」 「大好きだ、マキさん、マキさんっ」 ――もにゅん。 わきの下も感じやすいので、両手をやって揉んだ。 「はにゃっ、あっ、ああぁあん、くすぐったい」 「もぉお……んっ、んくぅうう」 くしゅくしゅと指で特有の肉をくすぐりながら、ペニスの穂先では子宮下の弱点を射抜く。 「はっ……っ、ふぁあああっ。ばぁ、か。そこは、そこ……そこはぁああ」 痛烈なくらいの官能帯を射抜かれ、マキさんはよだれを垂らしてむせび泣く。 「はぁあ、あひぁぁああ、それすご。あぉ、おおおお、ダイのち○ぽすごいぃい」 「んぅ……でも、うううう」 そのさなか、ちょっと不満げに俺を睨んだ。 なに? 思ってると。 「そこばっかするなよ……ふぁう、あう、すぐイッちゃうだろ」 「私もダイに好きって言いたいんだから」 「んむ……っ」 あっちからキスを仕掛けなおしてきた。 「んちゅう、んちんち、あぷぅううダイぃ」 「はぁ、あはぁ……マキさん」 「好きだぜダイ。んふ、ふぅ、愛してる」 「大好きだよ……うくっ!」 そこが限界点になった。 射精間際にイチャつくのは、俺の持久力的に無理がある。すぐイッてしまう。 「ひぅうううんぁぁあっ、も、もっと大きくぅ」 「でるっ、うううっ、でるっ」 「ああぁぁああぁぁあっ!」 ――びちゃああああっ! びゅるっ! びゅちゃあっ! 堰を切った体液が、一斉にとびだしてマキさんの子宮をとらえた。 「ひぅっ、ひううううんっ、あっ、あっ、熱いのっ、あついの来るぅううっ、熱いのいっぱぁい」 「っく……ううっ、うううっ!」 身体の中身が吹き出すような快感に、思わず俺も唸り声をあげた。 あは……すっげ。 「はぁ……っはぁ……っ」 「はぁんん……熱ぅい」 マキさんの中をどろどろにしていく精液。 でもその前に、2人とも汗でどろどろ。 なんか……セックスしてるって実感が薄い射精だった。 遊びの延長線で感じる快感。 すごくイケナイことをしてる気分で、ゾクゾクした。 ・・・・・ 「はふぅ」 ――どさっ。 暑すぎてのぼせたようになり、2人ベッドに倒れた。 頭がぼーっとする。宙に浮いてるような気分。 「はぁ……はぁ……」 「あは……これ、脱水症状ヤバそうじゃね?」 「かも……ん。そこに水ありますよ」 机の上を指さす。相当ぬるいだろうけど、ペットボトルの水がある。 「やった……もらう」 体を起こすマキさん。 ンくンくと一気に飲み干していく。 「あー、マキさんこっちにも一口ギブミー」 「んー? はいはい」 最後の一滴まで飲んで、 「ん」 ――ちゅー。 口移しで流された。 美味しい。ぬるいけど。 「ふはー……生き返るー」 「……はぁ、ホント、子供かって話だよな。私ら」 「だね」 やったことはセックスとはいえ、はしゃぎすぎて脱水症状とは。 「でもまあいいじゃない。楽しかった」 「うん」 今日のは、気持ちよかったは良かったけど。それ以上に楽しかった。 恋人同士のラブんラブんなそれというより、子供同士のじゃれ合いみたいな。 俺とマキさんらしい。 セックスって快感の強さだけじゃないんだな。勉強になる。 「ふー」 目を閉じると、疲れと暑さで意識がまどろみに引きずり込まれていった。 子供みたいに疲れ切ってる。 子供みたいに。 「……」 子供のころ。 誰かとこんなことしてた気がした。 「くぴー」 「……幸せそうな顔で寝やがって」 「どうしてやろっかな。痛めつけるのは可哀想だけどエロいことだけじゃこのヘンタイ喜ぶだけだろうし……」 「そだ」 「むにゃむにゃ」 誰かの声がきこえた気がする。 でも眠いから気にせず寝てると……、 「でい!」 「ごは!」 腰とお腹に痛みが。 なんでか知らないが足をつかまれ引っ張りあげられていた。 身体が半分に折りたたまれる。 「いでででなに?! え、マキさん?! なにして」 「さらに!」 「どっかーん」 「むがー!」 顔を踏んづけられた。 「いってぇなになになにしてるの!」 なんで踏まれる。この格好は? いろんな疑問があるんだが、それよりなにより、 「なんで尻!」 顔がケツで踏まれてるだけじゃない。なぜか逆さで持ち上げられた俺の尻もあっちにがっちりつかまれてる。 「あのぅマキさん? 今度はなんの悪ふざけ?」 「前々から思ってたんだが同居人が私に優しくないからお仕置きに来た」 「でも暴力系は嫌だろ?」 「うん」 「だから辱め系。でも多少の辱めだとお前喜んじゃうだろ?」 「そうでもないよ」 「そこでこのちんぐり返しというあんまり喜ぶ人がいない必殺の体位ってわけだ」 「恥ずかしい?」 「恥ずかしい」 普段風の通らない玉袋の下とかに空気が触れる。嫌な爽快感がある。 「でなんでマキさんまで裸なの?あとなんで俺顔踏まれてるの?」 「それは……ノリ」 「お話はいい。さあ覚悟しろよ〜、皆殺しのマキをナメたツケはデカいんだからな」 「な、何する気ですか」 「……あんまり見る機会なかったけど、ダイのアナルって可愛いな」 「きゃー!」 そっちか。そっちなのか。 「お前何回言っても人様のココ攻めてきやがるし。お仕置きの意味もこめて……」 「てい」 ――ねる。 「おわああ!」 予想外の感触が、形容しかねる部分に走る。 「ふむ、やっぱ可愛いぞここ。ぷにぷにして。ダイが私のやたら舐めてくる理由がわかった」 「ぁむ」 「ちょっ、ちょま、マキさんっ?やめっ、あわわわわわっ!」 汚くはしてないけど、清潔とは言いかねる箇所なのに、マキさんはまったく躊躇せず舌をおく。 ――ぬるん、ぬるん。 「んん……くっ!」 ぬらっとした柔らかさが谷間を這う。 俺がしたことは何度もあるけど、こんな感じなのか。 「おー感じてる感じてる。たまたまがひくひくしてる」 くすぐったさを煮詰めて濃くしたような、味わったことのない快感だった。鳥肌が立つ。 「へへ、これはこれでいいかもな。ダイのアナル可愛いし、ぷにぷにして美味しそうだし」 「せっかくだからエネマアクメってのまで試してみよう♪」 「ひ……ひっ」 お試しだった舐め方を、本格的な愛撫に切り替えるマキさん。 「ちろ、ちる、んちゅんちゅ……たまたまも感じやすいんだっけ? はむ」 「あううう」 お尻の外周を唾液だらけにしたあと、ありの門渡りへ、太ももへと舌を這わせ、最後に玉袋を咥える。 乱暴にされると地獄な個所だけど、さすがに扱いはやさしかった。 優しすぎて。 「あっは……ああっ、あうっ、あうっ」 「おお、感じてる感じてる」 感じたことのない快感にやられるくらい。 そ、そういえば俺、ここ責められたことないっけ。 それ自体はくすぐったさが強いんだけど、時々急にペニスの中央につーんと走るような快感がある。 「うううっ、まきさん……あぅうっ、ふっ、ううっ」 「キモチいいかダイ?私をナメてるからこんなやり方で恥ずかしい思いしちゃうんだぞ」 「わかった、分かりましたから、ごめんなさぁい」 「ふふ……ぁんっ」 大きな声を出すと、不意に顔にのっかるマキさんの腰がちょっと浮いた。 「さ、さっきから息がくすぐってーよバカ」 照れた感じにもじもじして、また戻してくる。 そっか、いま俺たち、条件は一緒なんだ。 チョコレート色のヒップはすぐそこにあるわけで。なんなら中央に息づく、甘そうなくらい美味しそうなおちょぼ口も……。 「んむ」 「はう?!」 「んむ、んむぅ」 クラクラしちゃって、本能的に目の前にある小口にキスしていた。 「ちょぉ待て、お前がせめるな……おぉおおうっ」 チュウチュウと吸いながら中に舌を入れ、コネくりまわす。 「あうんっ、あぅうううん……んんん」 「はぁぁあぁあ、テクじゃお前が一歩上手かよ」 「でも……ナメんな。はむっ」 「んぃ……っ」 やられっぱなしがキラいなマキさんは、すぐに俺にも同じことをしてきた。 「もう許さねー。これからたっぷり犯して舐ってエグり倒してやる。せいぜい泣きわめきやがれ」 「んぐ……っ」 ――ぬろぉおお。 「うわあああ」 穴の中まで舌を入れられてしまった。 お尻の中を舐められる……人生でされる日がくるなんて思わなかった。 「んじゅる、ちゅるる、んちゅ、れろぉ」 ――ニュロリ、ニュルリ。 驚くほど長い舌で、深い部分を舐められる。 「はぁ、はぁ……やっぱ可愛いじゃん。んるるっ、ちゅりる、ちゅろろろ」 「あっ、……あっ!」 時々だけど舌先が、とくにイイとこをかすめるときがある。 ペニスの根元が直接舐められてるような。精液のタンクをそのまま押されてるような。 「ふふ、ここが弱そうだな」 ――じゅろり。 「うああああっ」 マキさんに見抜かれた。その部分だけに舌を置かれる。 「あは、穴が広がっちゃってるぜ。ほれほれエネマでイッちまえ」 力みのよわくなってきた口の周りを、はむはむ×2ネチっこく甘噛んだり、深くまで舌を送り込んでスクリューさせたり。 「あ……あ……あ……!」 なにかに目覚める予感。 「お……きたきた♪」 「うわあああーーーー!」 ペニスが根元から爆発するような快感のまえに、俺はいともたやすく飲みこまれていた。 射精……してるんだけど、変な感じ。精を放ってるっていうか、漏れ出てる感じがする。 「ははっ、出てる出てる、びゅるびゅる出てる」 「射精するときってお尻も反応するのな。おもしれー」 ああ……なんてエクスタシー。 これまで感じてきたものすべてが幻だったかのような、新しい真実を知ってしまった。 「……」 「今日はこのくらいにしとくか。いいかダイ、これに懲りたら二度と私にナメた真似をだな」 「……」 「……ダイ?」 「……フ」 「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」 「素晴らしい気分だ!」 俺はまた1つ、新しいゾーンに到達したようだ。 「あらら、目覚めちゃった」 「マキさん! もっと頼む! もっともっと俺の覚醒を手伝ってくれ」 「んー」 「オッケー」 かくして覚醒の始まった俺は、すさまじい勢いでアナリストとしての成長を遂げることとなる。 「指4本くらいなら入りそう……」 「ウォォ……」 「手首までいけるか?」 「グウウウウ!」 「前立腺ぱーんち!」 「ンギモッヂィイ!」 「ハァ、ハァ」 「お返しです」(ぺろ) 「ふぁ! わ、私にもするのか」 攻、守、ともに行けるようになった俺に隙はなかった。 俺の興味は尽きることがなく……。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 数年後。 「うー、トイレトイレ」 「いまトイレを求めて全力疾走している僕は大学に通うごく一般的な男の子」 「しいてちがうところを挙げるとすればアナルに興味があるってとこかナーー。名前は直江大和」 「そんなわけで帰り道にあるトイレにやってきたのだ」 「ふと見るとベンチに一人の若い男が座っていた」 「……」 「……」 (ジジー) 「やらないか」 「……」 「……」 「出て行っちゃうの?」 「うん。長谷さんのうちが引き取ってくれるって」 「そうなんだ」 「ふーん……」 「じゃあもう会えなくなっちゃうね」 「そんなことないよ」 「ン……」 「……」 「……ふぁあ」 「小さいころの夢?」 「はい。覚えてます? 俺が養育院にいたころ」 「ええ、冴子さんに気に入られてよく引っ付かれてたころよね」 「あのころのことを夢に見まして」 「へー」 (昔の……私や冴子さんのこと?それとも……) 「どんな夢?」 「それがですね」 「うんうん」 「なんと」 「なんと?」 「ちっっっっっっっっっっっっとも覚えてないんです」 「なんじゃそりゃ」 「俺、夢で見たことって全然覚えられないんですよね。昔の夢を見たってとこまで覚えてるのがもう奇跡なくらい」 「はぁ……懐かしい話が出来るかと思ったのに」 「あの子のこと思い出せないわけだわ」 「はい?」 「なんでもない」 「ねえ覚えてる? あのころのヒロ君って冴子さんに反抗的だったから、よくいじめられて泣かされてたの」 「そ、そのことは封印って約束でしょ」 「いいじゃない小さいころのことなんだから」 「それ言うならよい子さんの封印も解くよ。カンチョーされておもらししちゃって」 「わーっ! 分かった分かった、封印します」 「……当時はすいませんでした」 「いえ、こちらこそ」 「……」 「……」 「そ、それで夢を見たからどうしたの?」 ずれた話の流れを修正する。 「はい。うどんが作りたくなりまして」 「うどん?」 「当時の俺が初めて覚えた料理がうどんだったんですよ。で、昔の夢見たから今日はうどんにしようかと」 三大ばあちゃんが煮込みうどんが好きだからって、よく打ってあげてた。 まあ今思えば下手だったけどな。養育院にいた友達と一緒にがんばったもんだ。 「で、麺棒貸してください」 「なるほどね。はいはい」 すぐに持ってきてくれるよい子さん。 さすがに惣菜店だけあって、孝行にはかなり本格的な調理用品がたくさん置いてある。 とくに麺棒は、市販で買えるやつよりずっと使い勝手がいいのだ。 たまにこうして貸してもらう。 「はいどうぞ」 「ども、夕方には返しにきます。あ、うどんもおすそ分けするんで、今日の夕飯は期待しててください」 「ふふ、失敗しないようにね」 「しないよ。失礼だな」 「どうかしら。中学のころ私が教えてあげるまで、あんなに硬いのしか打てなかったじゃない」 「う……あれは、うどんを打つときは塩をいれるって知らなかったから」 このまえの蕎麦、うどん市で知ったけど、塩をいれないで打つうどんは素人には難しいらしい。 「いまは完璧です。期待して待ってて」 「はいはい」 俺が何を言ってもよい子さんはにこにこしたままだ。 どうも敵わないな、この人には。優しいお姉さんって感じで。 「まあいいや、麺棒お借りします」 「はいどうぞ」 「しかしこんな長い棒みてるとチャンバラでもやりたくなるな」 「ふふ、男の子ね」 「そういえばよい子さん、中学の頃は剣道やってたよね。最近はどう?」 「そうね。学園に剣道部がないから多少は衰えてるかもだけど」 「長物使って人をブッ叩く感覚は忘れてないわ」 「?」 ――ぎゅっ、ぎゅっ。 お借りした麺棒でうどんを打つ。 プロ用の道具を使うと、こっちまで料理上手になった気がするから不思議だ。 さてと。種を伸ばして……。 「なに、うどん打ってんの?」 「はい」 「材料同じだからパスタにしようよパスタ。スパゲティ食べたい」 「パスタはちょっと難しいんだよ」 「なんで水着?」 「反応遅」 「軽めのノリツッコミで寒いわ」 「説教すんなよ。なんで水着なの」 「「暑いから」」 ハモった。 「はぁ……まあ家の中ならいっか」 ノリで行動する人が揃うと、たまにこういう変なことが起こる。 「いまから伸ばすんだけど、2人ともどのくらいの厚さがいい?太いのか細いのか、きしめんみたいにするか」 「太ぉいのをお願い」 「ダイの太いのが食べたい」 「はいはい。超極太にしますよ」 「お口に入るかしら」 「シコシコやりながら頬張ればいいよ」 放っといて打とう。麺棒で伸ばしていく。 せっ、せっ、 (脱がせ脱がせ) せっ、せっ、 (脱がせ脱がせ) 「なんで2人して俺を脱がせる?」 「え、見て分かんない?」 「私らを見ろよ。どっちも水着だぜ?」 「さっきからガン見してるよ。でもなんで2人が水着だから俺まで脱ぐんだ」 「なにダイ、女を半裸にして自分だけ普通の格好でいるような男だったの?」 「そんな弟に育てた覚えないわよ」 「1.俺が2人を半裸にしたわけではない。2.俺は常識のある弟として育てられた。以上の理由から却下」 「むー」 「つまんなーい」 「麺打ちみたいな肉体労働をさ、薄着でする男ってセクスィーだと思う」 「セクシーなダイ、見たいな」 「う……」 直球なおねだり。心が揺れる。 「い、いやだよ。そんなバカバカしい……」 「異議あり!」 「なに」 「いまの被告の発言は、すでに水着である私たちをバカにしたものです」 「裁判長」 「異議を認めます」 「裁判の正当性を保つためにも、被告にも私たちと同じ服装になることを主張します」 「裁判長」 「認めます」 「異議あり。これが裁判なら服は着るべきでは」 「裁判長」 「異議を却下します」 ひどい。 「この国は民主主義国家。その大原則は、私に置いては自由を認めるかわり公では多数決を根本としている」 「いまこの場での多数派はどっち?服? 水着?」 「以上の理由からあなたは服を脱ぐ必要があります」 「以上。証明終了」 「さあ脱げー!」(ぐいぐい) 「Q・E・D! Q・E・D!」 「きゃああ」 結局ひん剥かれることに。 この2人、普段は仲が悪いくせに俺をイジるときは息ぴったりだから厄介だ。 ……俺、昔から年上には頭が上がらなかったっけ。 ・・・・・ 「8月初日が雨になるとはね」 「涼しくていいじゃない」 「それもそうね」 「そしてこんな日もお姉ちゃんは仕事なのです」 「姉ちゃんカッコいい!」 「カッキーン!」 「こういう天気の日に古いネタやると尋常でなく滑った気になるわ」 「腰越さんはまだ寝てる?」 「うん、そろそろ起こすよ」 「いいわね気楽で。行ってきます」 「行ってらっしゃい」 なんだかんだで姉ちゃんは面倒見がいいようで、マキさんのいる生活に1週間もせず慣れてきていた。 喜ばしい限りだ。2人で俺をイジる回数が増えると思うと厄介だけど。 「マキさーん。朝ごはんできました……」 「起きてたんだ」 「うん、さっき」 「……」 「どうかした?」 いつになくテンションが低い。 眠いときはテンション低めな人だけど、それにしても様子がおかしかった。 マキさんは雨降りの外と、カレンダーを見比べ、 「8月入ったのに雨なのな」 「ええ。初日からあいにくの天気ですね。涼しいけど」 「……8月、か」 「?」 「いや」 ふぅ……。暗鬱げにため息をついた。 「ダイ」 「はい?」 おいでおいでされる。 寄っていくと、 「ていっ」 「のわっ」 抱きつかれ、ベッドに引き倒された。 すりすりと胸に頬ずりしてくる。 代わりにあっちも胸を張りだして、挑発的におっぱいをこっちにあてて。 もう慣れたものだから分かる。アレのお誘いだった。 「ちょ、マキさん……朝から?」 「いいじゃん」 どうしたんだろ。テンションが低いのに、甘えたがって来るマキさん。 8月って何かあるのか? 俺は分からないまま、マキさんの望む通り肌を重ねるしかできなかった。 「……ふぁ」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「調査は済んだ」 「やはり腰越マキの動向をつかむのは難しい。この広い湘南で、居もかまえない野良犬を探すなんてのは」 「チッ……役にたたねーな」 「しょうがないだろ。身動きが取りにくいんだ。下手に動いたら江乃死魔に狙い撃ちにされる」 「江乃死魔か……400人からなる集まり。さすがに敵には回したくねーが……」 「だからってこのままじゃ千葉連の名折れだぞ。なんとしても腰越を見つけだせ!」 「……フン」 「やる気のねー野郎だぜ」 「柏。そっちはどうなった」 「はい……一緒にいたやつの情報は、ある程度は」 「どんなやつだった」 「長谷大。この近くに住んでる、稲村学園のやつです」 「稲村? ……辻堂の傘下か。手ぇ出しにくいな」 「ねえやめませんか。こいつ良い奴っぽいから手ぇ出したくないっすよ」 「うるせえ! 腰越の手掛かりはそいつだけなんだ。もっと調べ上げろ」 「場合によっては……そいつを使って」 「……」 「どうしたもんか」 「まだ悩んでるの?」 「悩むよこれは」 「Nantendogsのチワワの名前。うー、どうしよう。なんて名前がいいかなぁ」 「3時間もなにやってんだか」 「なにか知らない? カッコよくていい名前」 「そうねえ……。世界で一番カッコいい名前は『誠』だと思うわ」 「あ、でもダメ。誠君の名前を犬になんて。……でもでも、誠君と同じ名前のワンちゃん。きゃー! 禁忌の扉が開けそー!」 「名前呼んで返事させるのが醍醐味のゲームなんだよ。嫌だろ父親と母親の名前つけるなんて」 (やっぱり『愛』に関係のある名前つけたいな。でもラブはもう使っちゃったから……) (ライク! ライクがいいかも) (ラブと並んで語感もいいし……うん) 「愛……ラブ……ライク」 「はい!?」 「うわクミ?! な、なんだよ急に」 「I Love 雷句? だ、誰っすか?どこのヤローだ愛さんにコナかけやがって!」 「誰でもねーよ。それより何か用か」 「あ、はい。言われてた腰越の周辺調査ですが」 「千葉連が調べてるみたいです」 「……」 「例の、長谷大。あいつとの関係も含めてかなりのところまで踏み込んでるみたいっすね」 「チッ……ついに来たか」 「どうします?」 「……」 「まだ動かなくていい……動けない。アタシらの動きが千葉連に悟られると逆に厄介だ」 「大に言っとかねーとな……」 「分かりました。現状を維持します」 「ああ、ヨロシク」 「で雷句って誰すか!?」 「誰でもねーようっせーな」 「はぐはぐウマー」 昨日ちょっと微妙そうだったマキさんのメンタルは、1晩経ったら元に戻った。 「どんなに落ち込んでても美味しいもの食べてうんこしたらなおるよ!」 「女の子がうんことか言わないの」 「姉ちゃんもね」 「なに、昨日元気なかったのは落ち込んでたから?」 「っぽい」 姉ちゃんが帰ったとき元気がなかったのは、丸1日セックスして疲れてたからだけど。 「別に落ち込んでないって。憂鬱だっただけ」 「ふむ」 「……そっか、8月はじーちゃんの命日か」 「?」 なんかぶつぶつ言ってる姉ちゃん。 「よろしい、じゃあそんな腰越マキの憂鬱を、今日は晴れ晴れユカイにしてあげましょう」 「昼から楓ちゃんと飲みに行く約束だけどそれまで仕事もないし、美味しいもの作ってあげるわ」 「料理できんの?」 「姉ちゃんは俺より上手ですよ」 器用な人だから、大抵のことは出来る。 「ま、それでも努力に勝る天才なしってやつで、日頃任せてる普通の料理はもうヒロの方が上手いだろうけど」 「おやつ作りはまだ私が上だわ」 「!!!!!!!!!!!!!」 「どしたん?」 「ね、姉ちゃん。おやつ、ってまさか」 「そう。久しぶりに作ってあげる」 「クリームチーズケーキサエコスペシャル!」 「キタ――――――――――――――――!」 「は? は?」 「いえーいサ・エ・コ! サ・エ・コ!」 「OKOK、もっと崇めなさい」 1人ぽかんなマキさんを置いて盛り上がる俺たち。 「特別に作ってあげる」 「きゅーん、きゅーん」 「はいはいそんな捨て犬アイで見なくてもヒロの分も作るわよ」(なでなで) 「わんわん!」 「ダイが私の犬キャラパクるくらいハイテンションだけど、そんなに美味いの?」 「さあ? 私は普通に作ってるだけなんだけどぉ」 「世界一美味しいよ。あれを超える食べ物はない」 「ですって」 「はは、姉弟そろってウザい」 「そこまで言われるとさすがに気になるな。欲しい。作って」 「はいはい。……ふぅ、これでまた1人私の虜になるのね」 キッチンへ入っていく姉ちゃん。 ああ……そんな後姿もステキだよ姉ちゃん。 「ダイの目がキラキラしてる。ちょっとジェラシー」 「はっきり言って俺がシスコンに育った理由の何割かは、姉ちゃんがこのケーキを作れるからです」 「まだかなー。まだかなー♪」 「……」 「うわ本気で楽しみになってきた。まだかなー、まだかなー♪」 ・・・・・ 待つこと数時間。 「まだかなー、まだかなー♪」 「何時間経ってもテンション保ってる。どんだけ楽しみなんだよ」 「出来たわよー」 「やったー」 「ダイのIQを半分にするほど美味しいケーキ……。いいね、食おうぜ」 「三等分でいいわよね」 「俺が半分食べて残りを2人で二等分するのがいいと思う」 「私のために作ったんだろうが。私が一番多くとる権利あるぞ」 「はいはい。ケンカするなら四等分ね。半分は私と楓ちゃんで食べます」 「こんちは。……ん? チーズケーキ?」 「……」 「なんだそのツラ」 「取り分が減った……」 「食べてくでしょ」 「ああ」 「んじゃ四等分に……」(ザクッ ザクッ) 「はいどうぞ」 (クワッッ!) 俺は一瞬のうちに、円形のケーキを裂いたナイフの角度を計算する。 四等分は簡単なようでいて意外と難しい切り方である。人の手で行う場合、ナイフの進入角にわずかな誤差は必ず起こる。 すなわち、必ず大きいの小さいのが出来る。それを見極めればちょっとでも大きな体積を――。 「これでっかい。もーらいっ」 「がっ!」 大きいやつ取られた。 否。焦ることはない数学の授業を思い出せ。二つの直線で交わる角度は向かい側が必ず相似する。つまり反対側は必ず同じ大きさを、 「私これね。はい、こっち楓ちゃん」 「どうも」 「わー!」 姉ちゃんに取られた。 残ったのは城宮先生のと同じやつ。ちょっと小さいやつ……。 「うく……、ぐ……」 「はいはい泣きそうな顔しないの。替えてあげるって」 「わーい」 「このアホっぽい萌えキャラはホントにヒロポンか?」 「たぶん」 4人に行き届いたので、いざ実食である。 「いいですかみなさん。これを食べるときは気を落ち着けて、心を静かに保ってください」 「さもないと……すべてを持って行かれます」 「意味が分からん」 「いまに分かります」 「御託はいいからさっさと食うぞ。こっちは待ちくたびれてんだ」 たしかに。作るのに時間かかったからな。 「では、いただきます!」 「いただきまーっす」 ――パク。 フォークも使わず手づかみで、豪快に半分くらい頬張るマキさん。 「ふむふむ」(もくもく) 「どうですか?」 「どうって、チーズケーキはチーズケーキだろ」 「確かに美味いけどな。サクサクで中に行くほどしっとりしてて」 「急にトロッと蕩けて、リッチでクリーミィな香りが広がって……」 「ああん」 「な、なにこれ……舌が……口の中がふわって。とろって……あはぁああ初めての感触ぅ」 「あああああああ〜〜〜〜〜〜っ!」 「だから気をつけてって言ったのに」 「これケーキじゃないのか?」 「フツーにチーズケーキよ。味には自信あるけど」 「初心者には刺激が強すぎるかもしれません。先生は気を付けてください」 「なんだかよく分からんが。こっちはつまらんネタに付き合う気はないぞ」(パク) 「うん、確かに美味い」 「皮はクラッカーみたいにサクサクなのに、クリームはほとんどソースみたいにトロけるこの境目がたまらない」 「香りもすごく上品で」 「おほォっ!」 「んぁおっ、おっ、おおぅっ、おほおおーーッ!ふわとろっ、サクサクがふわとろなのっほぉおーーっ。こってりフワトロチーズペースト特盛なのぉーー!」 「だから言ったのに」 俺は慣れてるから気を静めて食べる。 はむ。 「うん、相変わらず美味しいよ姉ちゃん」 「ヒロは冷静ね」 「俺がおかしくなったら気持ち悪いでしょ」 「美味しいことは美味しいけど、ただのチーズケーキなわけだし」(ぱくぱく) 「ただほんのちょっと……、手が止まらないだけで……」(はむパクはむパク) 「んああああっ、サイコーです! 姉ちゃんはサイコーです!」 「へっへっへ、堕ちやがった」 「悔しい……でもっ」(ビクビクッ) ・・・・・ あっという間に食べ終わった。 「ふぅ……」(賢者) 「こんなにすごいの……初めて」 「あやうくアヘ顔Wピースするとこだった」 「ご好評なようでなにより」 「じゃ、私たちは飲みに行くから、留守番よろしくね」 「はーい」 「行ってらっしゃい」 「引っ張ってくれ。腰が抜けてる」 「そうそう2人とも、私のちょっと残ってるから食べていいわよ。仲良く分けて」 一人分の半分くらい残ったのを指さし、出て行く姉ちゃん。 「行ってらっしゃーい」 「らっしゃーい」 ――バタン。 ドアの閉まった音が聞こえる。 瞬間、俺は動いていた。 「ッ――!」 「チッ!」 ケーキの前で交錯する俺とマキさん。 「ハァァアアアアッッ!」 ――ゴツッッ! 「ぐっ!」 さすがは三大天最凶。マキさんは躊躇なくいますべきことを選択した。 ライバルの排除――俺を攻撃する。 だが、 「ハアアアアアッッ!」 「なに!?」 俺は殴られた力を利用してケーキのもとへ跳ぶ。 「甘いよマキさん。腰が抜けてちゃパンチは打てない!」 「ちぃい!」 そのまま横っ跳びでケーキを奪取した。 「いただきまーす」 「コラァ! 姉ちゃんは仲良く分けろっつっただろ!」 「もう殴った人が言うか!」 殴られたところはちょっと痛むが、ケーキのためなら大したことない。 「よこせテメーーー!」 「ぬおおおお! 渡すものかーーーー!」 掴みかかってくるマキさんから必死で皿を守る。 相手は三大天最凶。だが俺にも譲れないものがある。 「でりゃああッッ!」 「どわっと、すげーパワー」 全力で引き離した。 俺とマキさんの間に距離が出来る。チャンス! フォークでひとすくい。 「あーん」 「待てぇええーーー!」 すぐに体を起こすマキさんだが、この距離ならもう遅い。 最初の一口もらった――――。 「とあああああああ!」 「!?」 「吸いとる!」 ――ギュオオオオオオオオ! なんて人だ。吸引力でケーキを吸いこもうとしてる。 「フォークを取ろうとする吸引が右回転!ケーキを取ろうとする吸引が左回転!」 結構呑気にしてた俺も口が一瞬巨大に見えるほどのマキさんの食欲にはビビった! その2つの吸引の間に生じる圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙! 「どわああああ〜〜っ」 吹っ飛ばされる俺。 「おっしゃあ!」 ――べちゃ。 「あ」 「……」 「そんな人智を超えた技で攻撃されたら俺は皿なんて持ってられませんよ」 ケーキは床でつぶれてる。 残ったのはフォークに残るひとすくいのみ。 「……」 「……」 「……」 「ダメ」 「よこせオラァアアアアーーーーーーー!」 「イヤだーーーーー!!!」 「えーっと、確かこの辺……」 「どこだ大んち……長谷、長谷……」 『イヤだーーーーー!』 「!?」 「邪魔するぞ! 大! 今の声は――」 「は?」 「へっ?!」 「な……ッ」 「なにやってんだ」 突然現れたかと思えば、俺たちを見てぽかんとなる辻堂さん。 一方の俺たちも突然現れた彼女にぽかんだ。 床のケーキを食べれるとこだけ食べてた手を止める。 「……」 「……」 「……」 「美味そうだな」 ・・・・・ 「……腰越と一緒に暮らしてる?」 「はい、成り行きで」 「……」 付き合いだしたところまでは知ってても、1ヶ月しないうちに同棲は予想外だったんだろう。またしても絶句する辻堂さん。 「あはは、やっぱ驚くよね」 「驚くよそりゃ」 「だよね」 「マキさん住む家がなくて。うちは部屋余ってたから」 「……長谷先生は許可出したの?」 「うんまあ、紆余曲折の末」 「普通だと思ってた元カレが、意外とムチャをすると思い知った」 「はっきり言って褒められないぞ。前も言った通り、腰越と付き合うってだけでお前、相当危険なんだからな」 「分かってるけどさ、マキさんも困ってるわけだし」 「ったく」 やれやれって感じに肩をすくめる辻堂さん。 「困ってる人は放っとけない。アタシと別れたのは正解だぜ」 「腰越と付き合ってちゃ本末転倒だけど」 「ゴメン。辻堂さんには心配かけてるよね」 「……」 「……」 「ま、なっちまったもんはしょうがねー」 「しばらく様子を見よう。どうなるか、先のことなんて分からないし」 「江乃死魔は問題ない、ってのは本当なんだな」 「うん。片瀬さんたちはもう俺たちに手を出す気はないと思う」 これまで付き合った感じとして、たぶん。 「そか。一番厄介なのをクリアしたなら、アタシからは何も言わねーよ」 「しばらくは様子見だ。うちも出来る限りバックアップする」 「ありがとう」 「じゃ、帰るわ。気をつけろって言いに来たけど、もう気を付けたくらいじゃ意味ないとこに踏み込んでるみたいだし」 「うん。また今度……えっと、10日の登校日に」 「ああ」 「サルベージ完了!」 「できた!?」 落ちたチーズケーキ。半分くらいの量がサルベージ出来たみたいだった。 「いいなダイ。私がサルベージしたんだから、取り分は6:4だぞ」 「分かってますよ。それより早く食べましょう」 「おう」 「……マジで床に落ちたのを食べる気か。野良犬と付き合ってる元カレが野良犬になってく」 「辻堂さんも一口どう? メチャクチャ美味しいよ」 「客人に落としたものを勧めるなよ」 帰り支度をする辻堂さん。 付き合いのいい子なので、去り際に一口だけ、 「(ぱく) うん、美味いじゃん」 「またな」 「うん」 「ああん」 「私が狙われてる?」 「辻堂さんが言うには」 「なるほど。この2年で1000人くらいはブチのめしたから、逆恨みはされてるかも」 何人かは逆恨みとは言えない人もいるんだろうな。 「ま、誰が来てもダイは私が守るよ」 「頼もしいです」 「……」 「そろそろ、私の方が守ってほしい時期だけど」 「へ?」 「なんでもない。それより行くぞー」 「すぽーん!」 「わわっ、マキさん!」 「下に水着着てるって」 「分かってるけど、場所を考えましょうよ」 まわりは海水浴客がすごいのに、急に脱ぎだすから慌ててしまった。 周りの人(とくに男)もみんな見てる。水着と知ってがっかりしてるけど、どっちにしろその凶悪バストに見惚れてた。 せっかく湘南住まいということで、今日はデートに海に来た。 家から5分の海水浴。 だが、 「……今日は失敗だった気がする」 「ですね」 平日とはいえお盆の近い金曜日の本日。 湘南の砂浜は超満員だった。上空から写真を撮ったら、海と砂浜より人とビーチパラソルのほうが多いくらい。 「こんだけ多いと海入る気にならねーな。ぬるそう」 「泳ぐどころか浸かるだけで精いっぱいっぽいですね」 といって砂浜も人だらけ。遊べるスペースがない。 うーん……。 「げっ、また会った」 「ども」 最近よく会う人が。 「ン……恋奈が水着? 何して遊ぶの」 「そっか、片瀬さん泳がないよね」 「なんで決めつける!」 「みんなでビーチバレーよ。場所取ってあるから」 「へー」 「へー」 「いい場所取ってんじゃん」 「ついて来るなー!」 「あはは、ゴメン」 海水浴スペースから区切られた、ビーチバレー用のコートがたくさんあるところへ。 1面だけど取ってあった。いつもの面子もいる。 「おっ? 腰越も来たんかい」 「いいじゃんいいじゃん。6人でやるシ」 「ちーっすセンパイ。どっすか自分の水着」 「可愛いよ」 「お……ども。……直球で返されると照れるっすね」 「ったく……まいっか、ハナ入れて4人じゃビーチバレーなんて成立しないし」 「どういう意味?」 「6人で3グループ作って、ローテでやりましょか」 「おう、すぐクジ作るぜ」 とくに揉めずに入れてもらえるようだった。 捨ててある紙コップのストローを6つ集めて、先に☆マーク2個、×マークを2個書く。 ☆、×、無印のクジってわけだ。 「私から引くわ」 「ンじゃ次私」 「俺っちはこれ」 「次どうぞ」 残り3つで俺に選択権。 「んじゃ自分はこれ」 「余りはあたしで……はいっ、ペア誰だっ」 ☆チーム。 「すごいのが来たわね」 「ちぇ、ダイとが良かった」 「私に当てないでよ」 面白いペアが出来たようだ。 ちなみに俺たちは、 「がんばろうねハナさん」 「おう!」 無印チームが成立した。 ……はは。負けたな。 抽選の結果、まずは俺たち無印対☆チーム。つまりマキさん、片瀬さん連合軍。 「行くわよ」 「私がサーブやりたい」 「ダメ。アンタのサーブなんてハナがウケたら五体引きちぎれるわ」 「ちぇ。まあダイに当たって引きちぎれたら困るか」 引きちぎれる点は否定しないんかい。 「ハッッ!」 ――バシッ! おお、いいサーブ。 でもコースがまっすぐで取りやすそう。これなら――。 「行くシ長谷! レシーブ!」 「はい――トス!」 上手くつながった。 「てりゃああああーーーーーー!」 「届かない」(スカッ) ――ポテン。 「ういー、恋奈様チーム1点っす」 「……」 「あのハナさん。ちょっとジャンプしてください」 「とりゃ!」(ぴょいん) 「はは、身長の分ジャンプ力があるかと思いきや、そうでもないんですね」 「ハナの運動神経は小学校低学年に毛が生えた程度よ」 ジャンプしてもネットの上まで手が届いてない。 「これゲームとして成立しなくない!?」 「次行くわよー」 「オラ長谷! 気ぃ抜かずに構えるシ!」 「……」 「あ、センパイいまちょっとイラッとしたっしょ」 「そんなことないよ?」 あきらめの気持ちは入ったけど。 ・・・・・ 「当たりを引いたかな」 「ハッハー、運がいいじゃねーか長谷」 残ったメンバーで唯一マキさんに対抗できそうな人を引いた。 まずはマキさんチームと戦うことに。 「おーっし恋奈様ァ、申し訳ねーがいまだけは本気で勝ちにいかせてもらうぜぃ」 「かかってらっしゃい。世の中には人生単位の勝者と敗者がいることを教えてあげるわ」 「サーブ行くぜ。ダイ、当たって死んでも恨むなよ」 「当てない方向で」 ――ゴッッ! マキさんのサーブからスタート。 軽く打ったように見えるけど、でもすごい音がした。 「オラ長谷ボーっとすんな」 「どっせい!!」 でも一条さんもさすがだ。力ずくで跳ね上げる。 ちょっと雑なボールだけどこれなら。 「はいっ!」 トスする。 「ドリャア!」 ――ドゴンッッ! 「おおっと!」 一条さんのスパイクも大砲級だった。マキさんにはレシーブされてしまうが。 「せいっ!」 「クイック!? このっ!」 「取られた?! やるわね」 片瀬さんは技巧派。速攻で打ち返してくるなどトリッキーな技を使う。 ……俺もパワーより技で攻めたほうがいいな。 実はバレーはちょっと自信あるのだ。大学時代の姉ちゃんがよくやってて、俺も付き合わされたことがある。 「長谷ッ!」 「はい――ダッッ!」 一条さんの上げてくれた球を打ち返す。 スピンをかけたボールは……。 「ハン、遅い遅――」 ――ぐいん。 「おわっ!?」 ――ぽよんっ。 空中でスピードを落とした。ばっちりの位置で待ってたマキさんが逆に不意をつかれる。 腕でなく胸に当たってしまい、あらぬ方向へ飛んだ。 片瀬さんも追いつけず、 「アウト。センパイチーム1ポイントっす」 「やった」 「おおー、やるじゃん長谷」 「にゃろー、細かい芸当使いやがって」 「片瀬さんにだけいい格好させられないからね」 「フン、面白いじゃない」 良い感じに空気が温まってきた。 と……。 「おわやばっ」 マキさんが慌てて身をかがめた。 「なに?」 「あぶねー、ブラが外れるとこだった」 「あ……」 俺がボール当てたから。 「ご、ごめん」 「ったく、気をつけろ」 「なにラブコメの王道やってんのよ」 「///」 「う、うっさい」 「あははっ、2人とも赤くなってるっすー」 「ここまで含めて王道だシ」 事故なんだけど無性に恥ずかしい。 「ほー……」 「う、うらやましいぜぃ。あの狂犬腰越でさえラブコメが出来んのかい」 「くそー、俺っちにも彼氏さえいりゃラブコメの1つや2つ……」 「直った。おーし覚悟しろよダイ、テメェから1本取ってやる」 「お手柔らかに」 「ほいっ!」 こっちのサーブで再開。 あっちは堅実にボールをまとめ、 「てりゃっ!」 片瀬さんのスパイクが来る。 「行くよ一条さんっ」 「あっ、お、おう」 俺がレシーブ……。 「一条さんっ」 うまく一条さんの方へさばけた。 「おっしゃ、トス――」 (あ……胸元に来るっての) (これってチャンスなんじゃ?一応男からのボールだし) (えっと……) ――ぽゆんっ。 「おわっと、ミスったっての」 「あ……っ」 フォロー間に合わず、落ちるボール。 「恋奈様チーム1ポイントっす」 「すまねえ長谷」 「気にしないで。こっちも送球が中途半端だった」 「そ、そうだぜ。胸に当たっちまったっての」 「ゴメンゴメン」 さ、あっちのサーブだ。 「あの、胸に……」 「来るよ、構えて」 「お、おう」 「はっ!」 次は片瀬さんのサーブ。マキさんほどじゃないがかなりのスピードだ。 一条さん側に行く。 「一条さんお願い」 「おう!」 (あ、またこの位置……) ――ぽゆんっ。 また胸に当たった。ボールが落ちる。 「あらら」 「恋奈様チーム2ポイント」 「す、すまねえ長谷」 「いいって。同じトコに当たったけど痛くない?」 「おう、でも」 「えと……」(ぐいっ) 「わ、わー、ブラがずれたっての」 「そう」 「まいっちんぐだっての〜」(クネクネ) 「早く直しなよ」 「赤くなれや!」 「はい?」 ・・・・・ 「よろしく」 「よろしくっす」 一条さんがベストだったけど、まあいい子が来た。 「えへへ、自分たち何かと縁があるっすね」 「そうだね」 前の合コンでの縁はありがたくなかったけど。 ちなみに最初の試合はマキさんペアVS一条さん、ハナさんペアになり、俺たちは見学。 「ねーねーセンパイ。この水着にこのピアス、合うと思いません?」 なぜか俺、この子に妙に懐かれてる気がする。 「センパイってなんかこう……オーラがいいんすよね。不良の琴線に触れるって言うか」 「まあ、妙にヤンキーと縁のあるオーラは出てるかも」 付き合った女の子がどっちも湘南最強のヤンキーだもんな。 「……」 「これで腰越センパイから奪ったら自分も三大天レベルってことっすかね」 「はい?」 「えいっ」 ――ぷにん。 「わ、い、乾さん」 「梓でいいっすよ。もしくはあずにゃん」 しがみついてきた。 マキさんほどじゃないにしろ、かなりのボリュームな胸が腕に押しつけられる。 「ちょ、離れて」 「えへへ、自分欲しいものができたらかなりえげつない方法でもいただいちゃうタイプで」 ――ギャンッッ! 「どわ危ねーーーッ!」 「へえ、私のサーブを避けるとは。やるじゃん」 「ひーっ、ひーっ、遺伝子レベルまで染みついた逃走細胞が超反応したっす」 「人様のカレシにちょっかい出してんじゃねぇ」 「じょ、冗談っすよぅ」 涙目になってる乾さん。 ……ちょっとデレっとしてたのは隠しておこう。あのサーブ、俺には避けきれない。 またバレーに戻るマキさん。乾さんはさすがにビビったのかちょっと間を空けてる。 ……ん。 「乾さん、そこ、血出てる」 「へ? ……ふわ、いまのカスってたみたいっす」 ビーチサンダルから露出したくるぶしのところにかすり傷が出来てる。 「手当したほうがいいな」 「このくらい平気っすよ」 「砂とかで化膿したら大変だよ。絆創膏だけでも。ね」 「んと、じゃあお願いするっす」 「誰か救急セットもってない?」 「そこの岩陰のバッグに入れてあるシ」 「借りるね。行こう乾さん」 「は、はい」 手を引いていく。 「一応消毒もしておこう」 「はい」 「でもその前に綺麗にしたほうがいいな。水……はないか」 「失礼」(ぺちゃ) 「ひゃっ、せ、センパイ。そんなとこ舐めたら汚いっすよぅ」 「我慢して。ン……るろ」 「ひぅ……あふっ、んん、くすぐったい」 「すべすべしてる。乾さんって足がすごくきれいだね」 「えぅ、あ、ありがとうございます。ふぁんっ、そんな、しつこく舐めちゃ……」 「これでよし。じゃ、かけるよ」 「はい。や、優しくお願いしますね」 「最初だけちょっと痛いかも……それっ」 「きゃはんっ」 「痛かった?」 「だ、大丈夫っすけど。こんなにいっぱいかけるなら言ってください。びっくりした」 「あはは。ごめんごめん」 あとは絆創膏を貼って。 「いっぱい血が出ちゃったね」 「ン……いいんす。センパイのしてくれたこと、嬉しかったから」 岩陰から出る。 ――ギャンッ! ――どごーん! 「ぎゃーーー!」 ・・・・・ 何戦か終えて、 疲れてきたところで、江乃死魔の人がもう1人増えた。 「腰越と遊んでたのか……すごい状況だな」 「いやー、遊んだ遊んだ」 「正直ビビったけど、ま、悪くなかったわ」 「リョウも来たし、今日はここまでね。このあと幹部だけで会議するから」 「お開きだね。お疲れ様、楽しかったよ」 「おう」 「また遊ぶシ」 去っていく江乃死魔の人たち。 なんかフツーに仲良くなってるな、あの人たちと。 「じゃ、帰るか」 「みんな、幹部会は例のチャーシュー大盛りのラーメン屋よ」 「もうちょっと遊ぼうぜ恋奈」 「なんでよ。幹部会だっつってんでしょ」 「いいじゃん。その大盛りチャーシュー屋教えろ。あわよくばお前らのチャーシューをよこせ」 「誰がやるか……わああ」 行っちゃった。 「マキさん、俺夕飯の準備するんで先に帰りますね」 「おう、チャーシュー食ったらすぐ戻る」 一足先に俺だけ帰ることに。 と、 「……そうだ、部下から報告うけるんだった。幹部会先に始めてろ」 「おう、早く来いよな」 マスクさんも別行動のようだった。 方向が重なったらしい。一緒に歩くことに。 「……」 「……」 うわ、気まずい。 江乃死魔の人たちにはある程度慣れたけど、この人のことはあんまり知らないんだよな。 ほとんどしゃべらないし、目が合うとそらされるし。どんな人なのかすら分からない。 「……」 (しまったぁ〜〜。時間ずらすんだった〜〜) (いまから急に別方向に行ったら絶対不自然だし。でもヒロ君の側にいたらいつ気づかれるか……) 「あの」 「はいっ!?」 「へ?」 「あ、ちが、その」 (私はヤンキー、ヤンキー、ヤンキー) 「なんじゃオラァ。文句あんのかコラァ」 「ひええ」 この人こんな凶暴だっけ? (キャラ間違えた。えっと) 「なにか用か」 「あ、いえ」 戻った。 気難しそうな人ではあるけど、江乃死魔とは仲良くなりたいから、この機会に話してみよう。 「あの、は、長谷大です」 「ああ、知ってる」 「えっと……おリョウさんですよね」 「ああ」 「ちなみにリョウは本名だ。決して偽名じゃないしあだ名でもない。お前の知り合いにそういうあだ名のやつがいても偶然だ」 「は、はあ」 どうした急に。 「そうだ、リョウさん詳しそうだから聞きたいんですけど」 「俺っていま江乃死魔の、っていうか湘南のなかで、どういう扱いなんでしょう」 「ン……」 聞いてみる。 なぜかこの人なら教えてくれそうな気がした。不思議とこの人なら、俺を狙うとかはない気がする。なんとなく。 「色んな人から注意するように言われて、ビビっちゃって」 「……」 リョウさんは少し考えて。 「辻堂愛の元恋人。そして腰越マキの現恋人」 「今のところはおおっぴらになってないからいいが、もし広まったらみんなから狙われるだろう」 「……」 「湘南中のヤンキーにとって一番とりたい首になる。お前の首を取るだけで、湘南全体でも5本の指に入るほど名があがるからな」 「加えて辻堂、腰越共にいくつも恨みを買っている、そいつらからも狙われるだろう」 「湘南中のヤンキーがお前の敵になる」 「……そうなんだ」 改めて言われると怖かった。 「辻堂はそこらへんを危惧してお前を切ったはずだ」 「……」 分かってる。 俺がマキさんと付き合ってることそのものが、辻堂さんにどれだけ迷惑かけてるか。 「だが怯えることばかりじゃない。味方だって多い」 「そうなんですか?」 「腰越はもちろん、辻堂もお前に目をかけているだろ」 「プラス恋奈も、不思議とお前のことはそんなに討とうとする気概がないようだ」 「下手に狙えば他2人とぶつかることを危惧してか。……他に理由があるかは知らないが」 「とにかく、湘南最大のグループはお前を狙わず。かつ2強がお前を守ろうとしている」 (私も守るしね) 「無闇に手を出す輩は現れないだろう」 「怯えなくていい」 「そう……ですか」 ほっとした。 それもそうか。辻堂さん、マキさんをおおっぴらに敵に回すのなんて片瀬さんくらい。その片瀬さんも心配ないんだから。 大きく息をつく。 「……」 「だが常に覚悟は決めておけ」 「っ」 「理屈で言えば狙われることはない。だがヤンキーはいつも理屈でなく感情で動く」 「お前はいつ狙われてもおかしくない。その緊張感は決して切るな」 「私……俺もこの世界に足を突っ込んだときから覚悟だけは決めてる。大事なもののためにはなんだってする覚悟を」 「……はい」 「じゃあな」 去っていくリョウさん。 大事なもののために、なんだってする覚悟か。 「……」 あれ? いつの間にかリョウさんの後姿が見えなくなってた。 おかしいな、孝行の辺りにいたと思ったのに。 「よい子? この暑いのになんて格好してるの」 「あ、あはは、なんでもないよお母さん」 「???」 夕飯の準備してる間も、リョウさんに言われたことが気になってた。 大事なものを守る覚悟。 俺の大事なものって……。 「あっははははは、ヒロー、このお酒美味しいよ〜」 「どわっ。なにこんな時間から……酒くさ!1日中飲んでやがったな」 「でへへ、真琴ちゃんの旦那さんから外国のお酒お土産にもらっちゃってさ」 「見てこれ、度数40超えのリキュール。甘いのに超強いの〜」 「ああもう……分かったから離れて。いま包丁使ってるんだから」 「えへへへへあとでお酌して〜」 ふらふらしてるのでソファに運んだ。 ったく……しょうがないな姉ちゃんは。 「ただいまー。姉ちゃんどうしたの?」 「よぃーっすまーちん。これ美味しいよ」 「まーちんって……小学校のときのあだ名だわ。なにこれジュース?」 「はいどうぞ」 「ダメです。マキさんは手ぇ洗ってきて。姉ちゃん、顔洗うか寝てて」 「いいじゃん。はい美味しいよ」 「サンキュー」 「こらこら」 俺は止めるんだが、聞かずにマキさんは渡されたグラスに口をつける。 「……」 「その前に」 「?」 帰ってきたばかりなのに出て行ってしまうマキさん。 「どうしたの?」 「分かんない」 そういえば前から時々ああしてふらっと外に出て行くときがある。 酒のニオイがキツすぎたんだろうか? ・・・・・ ――ゴスッッ! 「いいからさっさと出しゃいいんだよ」 「ひ、ひいい。分かった、分かりましたからもう殴らないで」 「ひのふの……3万ぽっちかよ。シケてんな」 「おいどうする。これっぽっちじゃ全然足りないぜ」 「チッ、もうちょっと範囲広げねーと、まったく稼ぎにならな……」 prrrrrrr。prrrrrrr。 「っと、はいもしもし。ティアラさん、なにかご用で?」 「長谷んちの見回り?もちろんやってますよ、当然じゃないっすか」 「(ピッ)ったく、どうして俺たちがあの皆殺しの監視なんてさせられるんだよ」 「しょうがないさ。あの化け物の動きをつかめるだけでも、江乃死魔は相当楽になる」 「……チッ」 「さーえー」 「じゃ、帰りは夜になるから」 「行ってらっしゃい」 晴れた土曜日。姉ちゃんが朝早くから出かけて行った。 「ふぁあ……姉ちゃんどうしたの?」 「飲み友達と地ビール工場ツアーだそうです」 毎日毎日よく飲むもんだ。 まあ休みの日だから文句は言わない。先生は日々大変だもんな。 「帰り夜か。んじゃ1日ダイと2人だな」 「ですね」 「暑いから外出たくないし。イチャイチャしよっか」 「まだ朝ですよ?」 「朝ですよ」 「朝ですよね」 抱きしめる。 こっちはこっちでイチャイチャツアーと行こう。 ・・・・・ 「まいどあり」 「おう、またなヨイちゃん」(お尻ぺしっ) 「ひゃんっ。もーおじいちゃん、腰もまだ治ってないのに」 「はっはっは、もう痛みは引いたよ」 「ンもう」 「ふぅ……午前中のお客さんは引けたかな」 「ご苦労さん。昼からはお母さんがやるから遊んできなさい」 「うん、なにかあったら呼んでね」 「しっかしあんたは、日に日にお尻がおっきくなるね」(お尻ぱしっ) 「なうっ! お母さんまで。これ結構気にしてるんだからね」 「あっはっは、あんたは細いのに、小さいころからやたらとこっちに栄養が偏るんだよねえ」 「はぁ……なんでだろ」 「なにかしてたんじゃないのかい。お尻が大きくなるようなこと」 「わけわかんない言いがかりはやめてよ」 「ふぅ……昼からは何しようかな」 「……」 「そうだ。この前脅かしちゃったから」 ん、 メールだ。なになに。 『お昼ごはんの予定は決まっていますか?4人でお弁当、一緒に食べませんか』 よい子さんのお誘いだ。4人ってのは俺とマキさん、姉ちゃんだろうな。 ちょうど昼ごはんどうするか迷ってたところだ。姉ちゃんはいないことを交えつつ、もちろんと返事した。 「いいところに。昼メシ、弁当にしたいんですけど、リクエストあります?」 「に」 「肉ですね。ジャンボカラアゲ弁当……と」 注文のメールも返す。 あとはよい子さんを待つだけ……。 「食前にいっぱいやろうぜ」 「?なんですそのジュース……ああ」 例の、姉ちゃんのもらったジュース。 「この前は結局飲めなかったし、気になってたんだ。飲もうぜ」 「ダメですよ。それはえっと……今日は具体的に言いませんけど、飲んじゃダメなやつで」 「んくっ、んくっ、んくっ、ぷはー!」 「早!」 一切躊躇なく行きおった。 「くぁキツ……なんじゃこりゃ」 「あーでも甘くて美味しいかも」 「詳しく説明しますけどこれは川神水とかいう飲むと酔うらしい水にフルーツを漬けたノンアルコールジュースでして」 「ダイも飲めよ。美味いぞこの酒」 「いえーいマキさん冒険心自重して」 「んっ、んっ」 「んちゅ〜〜っ」 「むわあああ」 口移しで無理やり飲まされた。 「ぷぁ! やめなさい共犯をふやすのは!」 「うお」 ひざに来た。カクンとその場に崩れる俺。 「なにこれ。めっちゃ強い」 「なになに、度数40%だって。ウイスキーストレートで飲んでるようなもんだな」 「これ……アレです。年がどうこう以前に飲んじゃいけないやつです。せめて氷で薄めるとか……」 「まあいいじゃん」 「あむ……んくおおお……」 流し込まれた。 肌を焼いてからってものマキさんは、エッチはもちろん遊びたい方向全体に遠慮がなくなってる気がする。 悪いことじゃないけど、でも、 あああ〜、考え事してる場合じゃない〜。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「マキがジャンボカラアゲ。ヒロ君が海鮮幕の内。冴子さんは不在」 「ふふっ、ヒロ君の場合マキが食べてるの見て自分もお肉欲しくなるだろうからカラアゲ追加パックも持って……と」 「……私、世話焼きすぎ?」 「お邪魔しまーす」 「あれ、ヒロくーん? マキー」 「あ、いたいた2人ともなにして……酒くさ!」 「んぉ? おーリョウ。カラアゲの匂いがすんぞ、ちこう寄れぃ」 「うええ……」 「ちょっとマキ、なにこの惨状。なんでヒロ君倒れてるの」 「ヒロ君、ヒロ君大丈夫」(ぺちぺち) 「あぇー? あはははははよい子さんだー」 「酔ってるわね……もう、マキ!ヒロ君にお酒飲ませたでしょ」 「なんだよリョウ、ンな怒んなよ〜」 「そうだよ〜よい子さん、怒ると顔に皺できちゃうよ〜」 「ヒロ君に言われるとやたら傷つくわね」 「えへ〜、よい子さーん」(すりすり) 「はいはいよい子さんですよ。(なでなで)もう、マキ、どうするのコレ。冴子さん怒るわよ」 「にはは、だってこのジュース美味しかったんだもん」 「あ悪いリョウ。全部空けちゃったからお前のぶん残ってないわ」 「結構よ。まったく、こんな昼間から酒盛りなんて不良じゃないんだから」 「お前不良じゃん。一時は湘南のトップを取った」 「それは先代に言われたから……どうでもいいや。手伝って、ヒロ君をベッドに寝かせるから」 「40%!? そんなに強いのコレ?」 「うん、超キツかった。でも美味かった〜」 「……」 「どうかしたん?」 「これ、ヒロ君はどれくらい飲んだわけ?」 「私はダイにはある程度感謝してるからな。飲み物とはいえちゃんと半々にしたぞ」 「40%を1本の半分……飲みすぎ!体質次第じゃ致死量よ」 「大丈夫だろ、あの姉ちゃんの弟だし」 「血はつながってないって。……いやそれより、つながってる部分が問題なのよ」 「何かあんの?」 「なにもないよ〜」(すりすり) 「ヒロ君は本人は否定するけどドのつくシスコンだから性格とか冴子さんに超影響受けてるの」 「酔ったときの反応とかまんまなのよ」 「は〜ん……」(すりすり) 「あー、そういや絡み酒だったわ。さっきまですげー絡んできた」 「絡む程度ならいいわよ」 「あの酒乱が服着て歩いてるような冴子さんですらヒロ君にお酒を勧めることはしない。なぜか分かる?」 「その言い方だと姉ちゃん以外の酒乱がみんな全裸になるんだけど」 「いいから!ヒロ君には絶対飲ませちゃいけないの!」 「何かあんの?」 「酔うたびに絡みがひどくなるのよ。それで酔うたびに」 「んふ〜、よい子さ〜ん……」(すりすり) 「エロくなるの」 「はぁ〜、よい子さんのお尻気持ちいい〜」(すりすり) さっきから頬ずりしてるけど、気持ちよくてちっとも飽きない。 「よい子さんのお尻は稲村の宝じゃ」(ぐりぐり) 「う、うんありがとう。(なでなで)でねヒロ君、頬ずり程度ならともかく顔を埋めようとするのはやめてくれる?」 「ジーパンが硬くて埋まらない」 「それは良かったわ」 「むー、こらぁダイ。それ浮気だぞ」 「それはちがう!」 「俺はマキさんを心から愛してる。大好きだ。他の人に浮気なんて絶対にしない」 「よい子さんのことはお尻以外興味ないよ!」 「マキが原因でなきゃ殴ってるわ」 「ダイ……」 「マキさん……大好きだよ。……んっ」 「うん、私も好き……ちゅっ」 「人のお尻にくっついたままイチャつくのやめてくれない?」 「それにほんと素敵なお尻なんだ。マキさんも触ってみて、ヤミツキになるから」 「どれどれ」(むにむに) 「おお! なにこれ、マウスパッドじゃん」 「マキさんのおっぱいも素晴らしいけど、こっちも素晴らしいでしょ」(むにゅ) 「たしかに……ふぁっ、急に揉むな」 片手にマキパイ、片手によい尻。 最高だ俺って。 「でもマジですげーなこれ。(もにゅぽにゅ)リョウ、お前ケンカ技に顔騎取り入れろよ。一瞬で圧殺できるぞこの尻なら」 「黙ってろ。あ、あの2人とも? そろそろ放してくれる?」 「んー? よい子さんが嫌がるなら仕方ない」 放した。 「ほ……ほらマキも放せ」 「えー、ヤダ。気持ちイイもん」(すりすり) 「あ〜マジ気持ちイイ。クセになりそう」 「ちょ、ちょっと」 「むむ」 なんかヤキモチ。 「いいなーこれ。おいリョウ、気に入ったから嫁に来い。常にケツいじくらせろ」 「ふざけんな」 「マキさん、それ浮気」 「ん? あー、そうかも」 むむむ。 「てりゃっ」 「あむっ、……んんっ、んふ、もう、なんだ急に」 「マキさんは俺のなんだから。……んちゅ」 キスした。マキさんは苦笑しながら受け止めてくれる。 「だから2人とも人の股間でイチャつかないで」 「ずっと一緒にいようねマキさん。んちゅ……るろ、ちろ……ちゅるっ」 「ぷは。たりめーだろ、ダイとはずっと離れないぜ……ちゅむ」 「あのぅ」 「嬉しいよマキさん……んっ、おっぱい柔らかい」 「ふぁ……ン。ちゅーしながら胸揉むなよ。エッチくなっちゃうだろ」 「なろうよ。んちゅ、ちろちろ、ほら歯茎のこの辺舐められると弱いでしょ」 「あうふ……、も、もう。ダイちゅー上手すぎ」 「マキさんだからがんばっちゃうんだよ。……んんむ……」 「いい加減にしろーーーーー!」 「びっくりした。なによい子さん」 「よ、酔った勢いではじめないで。そういうことはせめて私のいないところで」 「あー、なはは、悪いリョウ。そうだよな」 「分かってくれればいいけど」 「1人置き去りなんてかわいそうだ。おいダイ、リョウも混ぜてやろう」 「はい」 「は?! あ、っきゃああああ!」 俺はマキさん一筋だが、よい子さんが寂しがってるとあれば話は別だ。 マキさんに押さえてもらい、 「はむっ」 「んぐぅっ!」 キスした。 「はむ……ぁむ。よい子さんとちゅーするの久しぶりだね」 「ち、小さいころのは遊びみたいなもんで」 「じゃあちょっと大人のキスをしちゃおう。んる」 「あぅっ!?」 (な、なにか入って……んぅう、舌?ヒロ君の舌が入ってきた?) 「んちゅ、るろ、ちるる……んるんる」 (ウソ……うわうわ、変な感じ。人間の舌ってこんな味なんだ) (それにすごくよく動く……あう、ちょ、ちょっと。口の中かきまわされて……舌まで舐められてるぅ) (あ……でも舌の根っこの方舐められるの、なんか……) 「どうだリョウ。ダイのちゅーって気持ちイイだろ。気配り上手っていうか、すげー優しくて」 「んはん、ああん……」 「聞こえてないか」 「はふ……ぁう、だめ。そんなに吸っちゃ……ぁん」 「よい子さんのツバ、マキさんとはちがう感じ。でも美味しいよ……ちゅる」 よい子さんは大人のキスは初めてみたいなので、こっちがリードするべく丹念に舌を使った。 舌を絡ませてコネくりながら、歯茎の隅から隅へ俺の唾液をぬりつけていく。 「ああ……ん、あーん……んく」 なにも言わずに喉がうごいて、俺の唾液を飲んでるのが分かる。 「そうだ。マキさんと同じことだから、こっちも触らないと」 「へ? ……ぁっ」 胸をつかんだ。 「……あんまりないな」 「う……ひどい」 「気にしないで。これはこれで可愛いよ」 ふにふにと服越しじゃ分かりにくいくらい薄い。でも触れると確かに柔らかいふくらみを揉む。 「ぁぅっ、んっ、だめよヒロ君。やめなさい、こんなの、こんなの……あああああ」 「あれ、乳首どこだ?……まあいいか」 ブラが硬い種類なのか位置が分からない。 仕方ないので、 ――さわさわ。 「ふゅううんんぅ」 わき腹、鎖骨、お腹なんかから撫でまわしていく。 「ああっ、あは……んんっ。どうしてこんなに慣れて……ぁむ、ふぅん」 よい子さんはまだジタバタしてるけど、だんだん体に力が入らなくなってきてる。 「……」(←おいてけぼり) 「まいっか。ケツ撫でてよ」(もにゅ) 「きゃふぁあんっ。こら、マキまでぇ」 「いいじゃんこれくらい。私のダイ貸してやってんだから」 「別に貸してくれなんて頼んで……ぁむ」 「ダメだよよい子さんよそ見しちゃ。ほら、キスに集中して」 「あんく……んふぅ、むふぅう」 (にゃも……なにこれ。なにこの状況。幼なじみにキスされながら胸揉まれてお尻揉まれて……) (あ、あ、ヒロ君て舌長い。んぷ、よだれ全部飲まれちゃう……) (頭ぼーっとする……、口の中かきまわされて……胸、さわられてると。か、からだが熱く……) 「んふぅ……んふぅう」 「よい子さんもその気になってきたね」 ぺちゃぺちゃと向こうからも舌をからめて来てる。 「あぷ、あんむ……ヒロ君、ふぃろ君ん……」 丹念に舐め返した。 「可愛いよよい子さん。……ふふ、よい子さんもおっぱいが敏感なんだね」 「っやぅん。あ、ああ、……んんんっ」 ムニムニ弄ってやると、こっちの口にふきこまれる甘い吐息が増した。 「はは、リョウがノリノリだ。珍しいないつも冷静が売りなのに」 「服、脱がすよ」 「えぅ……っ、あ、だ、だめっ」 裾をつかんだら抵抗された。 仕方ない。服の中に手を入れるので妥協する。 さっきから乳首が見つからなくて不思議だったんだ。探してみる……と、 「そっか、よい子さんサラシ派だっけ」 「んぐ……ぅう」 剣道やってる関係でブラはしない。って昔姉ちゃんが言ってた気がする。 (ケンカじゃ固定してるほうが安全だもんな。私は締まるの嫌いだからしないけど) 縛りは緩いんで外した。ぷりゅんと控えめながら優しい感触が指にあたる。 「乳首見っけ♪」 「んふん、んふぅん……ダメぇ」 いやいやと黒髪を散らして首を横に振るよい子さん。 でもネチっこく続けたキスが金縛りになって、抵抗と呼べる抵抗はなかった。 優しくバストをほぐしていく。 「ぁんっ、あーん、……んんぅ、はん」 「へぇ、リョウも感じやすそう」 「かなり感度いいですね。マキさんといい勝負かも」 「ふふ、ほんと可愛いよよい子さん」 「あんん……ヒロ君。なんだか変、変な気持ち。私、私……」 「いいよ変になれば。俺に任せて」 「ああ……ヒロくぅん」 乳房を転がしながらずっぽり舌を入れる。 よい子さんは観念したように鼻を鳴らして、ねろねろと俺の口の中を舐め返してきた。 「なーんかイイ雰囲気だな。妬けてきた」 「幼なじみのお姉さんと言うのは大切な存在なのです」 優しく気持ちよくしてあげたい。 「んふんっ、あむ、ぁぁあん……。どぉしよ……ヒロ君とこんな、こんな……ぁんむ」 まだ戸惑いはあるようだが、もうキスには従順なものだ。 舌の付け根、裏っかわ。 マキさんの好きなところはよい子さんにも弱点で、責めてると嬉しそうに鼻をならす。 「ああは、あぁぁあ」 「ほら、今度は俺のツバ飲んで」 「んん……ぅ」 「……うん」 ますますキスにのめりこんだ。 「むー」 「じゃあ私は一足先にこっちをイジっておこう」 「んぁ」 1人で寂しいのか、マキさんがズボンに手をかけてきた。 エロいキスでバキバキになってしまったものが取り出される。 「へへへー、今日も元気元気」 「あうっ、う、マキさ……んく」 亀頭を『いい子いい子』されて思わず腰が引けた。 よい子さんと離れる。と、 「……きゃっ」 「あれ、リョウ、これ初めて?」 「み、見たことないに決まってるでしょ。早くしまって」 「へー、やっぱバージンなんだ」 「これくらい慣れといたほうがいいぜ。お前ももう大人なんだから」 「あはは、マキさん1ヶ月前まで処女だったのに大人ぶってる」 「うっせー。私は『きゃっ』なんて言わなかったよ」 「よーしリョウ。お前なら特別に私用のこれに触らせてやる。ダイのでち○ぽ慣れしとけ」 「い、いらないわ……きゃああっ」 引き倒されるよい子さん。 「マキっ! なにす……うわわわヒロ君近づけないで!」 「俺が見せたわけじゃないけど、さすがにマキさん以外に見られるのは恥ずかしい」 「……」 「だが!」 「俺はよい子さんを第2の姉のように思っている。隠し事なんてしたくない」 「なによりこうも恥ずかしがられるとちょっと楽しい。マキさんじゃ全然ビビッてくれないし」 「見てもいいよよい子さん!」(どーん) 「きゃあああ!」 「ダイは酔っぱらうとエロくなるっていうか、いつも3くらいの変態レベルが5に上がるんだな」 「ま、とにかく見てろ。コレ面白いんだぞ、ぴくぴく跳ねたりして結構可愛いの」 第三者の目があると興奮するんだろう。マキさんはちろりと妙にいやらしく舌なめずりして、湿らせた唇を寄せてきた。 「ちむ……ん」 「ふわぁ……」 ペニスの穂先にぬめらかな感触がくっつく。 これが初じゃないけど、フェラされるのは毎回かなりの冒険だった。気持ちよすぎてすぐに射精しちゃうから。 でも今日は大丈夫な気がする。 「思う存分見ていってねよい子さん。気が向いたら好きなように触って」 「さ、触ったりなんて……」 「俺はよい子さんのお尻に触らせてもらう」(むぎゅ) 「ひゃあああ!」 さりげなーくこっち側に誘導しておいたお尻を掴んだ。 うんうん。おっぱいも可愛かったけど、やはりよい子さんはお尻だ。 「この大迫力! 稲村に生まれてヨカッター!」 「他の女にテンションあげやがって。まあ気持ちは分かるけどさ」 「ヒロ君、もう……ほんとにあぅ、んんんっ」 長々と責められたよい子さんは、すっかり体に火がついており、お尻を揉まれてもすぐに体から力が抜ける。 「ほら興奮してんだろリョウ。見ろよ、こっちもエロエロで面白いから」 「……うわぁあ」 とろんとした瞳が、俺のペニスで吸いこまれるようにとまる。 「先っちょだけ膨らんでてさ、キノコみたいだろ。ここをイジると……」 ちろりと舌が這う。 「あうううっ」 「わ……っ、びくってした」 「な、面白いだろ」 「この広がった真下。ちょっとくびれてるこの辺りも敏感なんだ」 「ここなら怖くないだろ、触ってみる?」 「っ……い、いやよ」 「そうか? まあ無理にとは言わないけど」 カリ下のくびれに指を巻きつけるマキさん。 にゅくにゅく扱きながら、快感で痺れる穂先にもぺろぺろ舌を伸ばしてくる。 「うわ、うわ、ビクビクしてる。……ヒロ君痛いんじゃないの?」 「いや、だいじょぶ。すごく気持ちイイ」 「当たり前だろ失礼だな。私のテク舐めんな」 温かな唾液で亀頭を包みながら、根元のあたりも力に強弱をつけて扱いてくる。 ……気持ちイイ。 「はぁ、はぁ、すごくイイよマキさん」 「へへ、だろ」 「……んふ、ふぅ、ふぅう」 快感が高まり……。 「あ……ああん」 どうしても興奮をぶつける先が欲しくなる。 目の前にあるよい子さんのお尻を、粘っこく揉みこんでいく。 「だ、ダメぇ……ダメよヒロ君。私たち……こんなこと」 「どうして。俺はよい子さんが好きだから、気持ちよくなって欲しいよ」 「わ、私には君は弟みたいなもので……」 「や……っ」 邪魔なジーンズを下ろした。 一緒にパンツまで脱げてしまう。ご近所さんに立派なもんだと好評な、安産型の綺麗なお尻があらわになった。 「あは、そういえばよい子さんのお尻、ナマで見るのは久しぶりだね」 昔はよくお風呂一緒したけど。 「ああ……あーん。私、や。見られてる。ヒロ君に大事なとこ見られてるぅ」 「ああ……なにこの気持ち。ダメなのに、……ダメなのにぃ」 よい子さんは腰をクネクネさせて嫌がるけど、本気で逃げることはなかった。 思う存分見せてもらう。 「マキさんのやつより重たい感じかな。色っぽいっていうか」 「どうせ私の尻は子供っぽいですよ。……ふわ、ち○ぽ反応させすぎだバカ」 「マキさんのも可愛くて素敵だよ。ただこっちは……綺麗、かな」 ぎゅっと掴んで優しく揉む。 「ああっ、ん……っ、あんんん」 それだけでよい子さんは、下半身全体をヒクヒク反応させてた。 「お尻の穴まですごくきれいだ。ふふ、マキさんのよりちょっと色が濃いかな」 「ひんっ? だ……そっちは触っちゃ」 「あー、気をつけろよ。そいつすぐアナル責めてくるから」 「だめぇ、ダメよ。んん、はぁ、あはぁん」 「もう順応してる?」 「敏感なんだね」 優しく撫でながら、もう少し下へ指をやる。 「よい子さんのま○こ、ちょっとやらしいな。プリッとしたお肉が土手からこぼれてる」 「はう……ひ、そこはぁ」 「びらびらもクリも大き目で、こっちも大人っぽい、かな」 「……もう濡れちゃってるね」 「あーん」 もうよい子さんは完全に恥ずかしいとこをまさぐられるのを嫌がらない。 ねっちりねっちりせめて行った。 「あはぁ……あぁあ」 (やだ私、ヒロ君に。弟にエッチなことされて、こんな気持ちに) (あっ! ふぁああダメェヒロ君。私より私の感じるとこ掴んでるよぉ) 「ふふふ〜、どうだリョウ、ダイのテクすごいだろ」 「う、うん……あああ」 「反撃しないとやられっぱなしだぞ。ほら、触ってみろよ。ここが淫獣生物ダイの唯一の弱点だ」 「ンふ……ぅぅ」 「これが……ぁ」 ふっくらした腰をよじらせながら、よい子さんはとうとうマキさんの誘いに乗り、俺のモノに手を寄せてきた。 そっと細い指が触れる。 「っ……」 「ひゃっ、びくってした」 「キモチよがってんだよ。ほら、このカリの下が弱いんだ、握ってやれ」 「うん……」 おずおずと指を回してくる。 よい子さんの手はマキさんの手よりヒンヤリしてる。温度差も妙に快感だった。 「ふわ……ああ、熱い。こんなに熱いんだ」 「そう。結構強めに握っても大丈夫だぞ。逆に硬くなるから」 「う、うん」 初めてなんだろう。試すようにして、力をこめたり、抜いたりする。 弱めの手コキ……これだけでもかなり気持ちイイ。 「びくんっびくんって……大丈夫かな。痛くないのかな」 「相当喜んでる反応だよコレは。リョウ、私よりち○ぽマイスターの才能あるぞ」 「……」 微妙な顔ながら、ゆるゆると俺のモノをあやしてくれる。 「ああっ、は……ぁ」 マキさんのそれとちがってどこまでも優しい攻め方だった。声が出てしまう。 「はぁ……はぁ……おちん○ん。ヒロ君のおちん○ん……すごい、たくましいの」 「はは、目ぇとろーんとさせちゃって。リョウもエッチぃ才能アリアリだな」 よい子さんも俺を攻めて興奮してる。目の前に来たしなやかな下半身が、くねくねと妖しく左右していた。 「そろそろ舐めてみろよ」 「え……で、でも」 「教えてやるって。こうするの、ほら……」 ――ちゅる。 「んく……っ」 適度にやわらかく、弾力のある舌がまた穂先を舐めた。 「こうやってくるくるって、ちゅろ……んちゅるっ、ぺろぺろ、はむぅん、んちゅっ」 「う……っ、う……っ」 「簡単だろ」 「う、うん」 (……あ、ヒロ君の息が荒くなってる。お尻にあたる) 「ちろちゅる……んぷる。ちるっ。それで舐めるだけじゃなくて、たまにこうやって……ちゅっ」 「あうっ」 「キスしてやるのも効果的。……ふふ、ちろっ、んちゅー……れろれろぉ」 マキさんも興奮してきたのか、フェラに熱中しだした。 ぬぷぬぷと唇をじゃれつかせながら舌をからめる。 あー、すごい気持ちイイ。酔ってて快感が薄くなきゃもう出してたかも。 「な? 汚くないから」 「う、うん」 (ヒロ君のなら……舐めるくらいいいよね) 「……ちろ」 「あくっ」 そうしてマキさんだけでも天国だったのに、よい子さんまで参加してきた。 「んちる……ちるぅ。やっぱり熱い。……はぁ、これがヒロ君の味。ヒロ君のおちん○ん……」 「んちゅぅうう……ちろ、れるれる、れろぉ。はむぅう、ちゅっ、ちゅむ」 「そうそう。上手いじゃん。やっぱち○ぽ使いの才能あるぜ」 たしかによい子さんのテクはかなりのものだった。 カリ首の下にからめた指は休まず上下させながら、先っちょや根元を交互に舐めてくる。 慈しみに満ちた、子猫の毛づくろいをする親猫みたいな舌づかい。 「あ……先走り出てきた。舐めていいぜリョウ」 「うん……ちゅるっ」 「ふふ、相当気持ちいいみたいだなダイ」 「うん……よい子さんすごいよ。才能だけならマキさんより上かも」 「けなされてるのか褒められてるのか分かんねーよ。……んちゅ、れろれろ」 「んふぅん、あん、はん……ん」 「ちろ、ちゅぷぅ……れるる。リョウ、こっち側舐めて。私はそっち側」 「うん」 2人のお姉さんは、コンビネーションまで使いだした。 「ちろちゅる……んろぉ、んぷる。ぺろ」 「あむふ……はぁ、ああヒロ君。ちゅりる、ぺろぺろ、ちろ、んん。ちゅるぅ」 唾液でしっとり濡れた柔らか粘膜が、2枚で競って俺のモノを上下する。 「うう……2人ともすごいよ」 「ふふっ、こんなにパンパンにして。ちゅりる。んふっ、ちゅうう……ちゅぱ」 「んはぁ、はああ、じゅぽる……んぷー……っ。任せて、ヒロ君のおちん○んいっぱいあやしてあげる」 「ありがと……んく」 「ああーんっ」 お返しは1人で悪いけど、よい子さんをたっぷり攻めた。 おしゃぶりしながらトロけてくおま○こを指で広げてくすぐりながら、 ――ツプゥ。 「はぁ……っく、うぁあん」 「へえ、簡単に入っちゃった。よい子さん、お尻ゆるめるの上手なんだね」 「んく……うう、誰のせいよ」 「?」 「ヒロ君が昔カンチョーで……それで私その穴がジンジンするように……あっ、あっ、ああっ」 文句の言葉も中途半端に、快感でねっとりした声を放つしかできなくなる彼女。 よく分からない。酔ってるし。 でも喜んでるのはまちがいなさそうだ。いっぱいほじろう。 ――ぐにぐに。 「へぁああああっ、お、お尻。お尻ぃい」 「へー、リョウもアナル弱いんだ」 「……私だけじゃないんだな。良かった」 「こっちは乱暴にできないからね……ちゅむ」 ピンと伸びた太ももから伝い、びらびらの大き目なヴァギナを舐める。 初めての日のマキさんより口をきつく閉じてた。見るからに処女だって分かる。 「膜は大事にしないと。でも破かないけど気持ちよくするからね」 「あーんっ、そ、そんなに中で優しくかきまわさないでぇ」 2穴攻めに弱いのもマキさんと一緒だった。 「ほらリョウ、反撃反撃。油断してると一方的にやられちゃうぞ」 「うん……あはぁあ」 快感が後押しするのか、よい子さんのテクがさらにきわどいものになる。 「んふぅ、あふぅん。ヒロくぅん」 カリ首のくびれをねろねろ舐めたり、玉袋の周りまで舐めたり。 さっき教えたディープキスみたいに余す場所なく舌をいきわたらせてくる。 「ふふっ、負けてられねーな」 マキさんはマキさんで攻撃的だ。 唾液を惜しげもなく裏筋に乗せて、垂れるラインを指でくすぐったり。舌をドリルのようにして尿道をつついたり。 とくに2枚の舌が同時にきゅっと茎を締める感触がたまらない。 「あっ、あっ、ヤバい……2人とも。俺もう」 「お、出るみたいだぜリョウ。私らでダイをイカせてやった」 「むふんっ、んふぅん、んん……出る。それって……せい、えき?」 「そう。ほら口つけろ、口に受けるのやってみな。苦しいけど超エロいぜ」 「う、うん」 迷い迷いながらもうよい子さんは完全にノリ気で。尿道に口をかぶせてきた。 これからお姉さん代わりの人の口に出すんだ……思うと軽い罪悪感と、強烈な背徳感にゾクゾクした。 「出る……出るよっ」 「んくぅう」 ――びちゅるるるるるるるっ! びゅるうううっ! 「っぷぁあああんっ」 初めてだから軽く出そう。とか思ったけど、こんなの調節できるわけない。とびっきり濃いのをびゅるびゅる噴火させた。 長い黒髪をざわめかせて驚くよい子さん。でも、 「ムぐ……っ、ふぅ、ぐ……んぷうう」 顔をしかめながら、次々ほとばしるエキスを口でうけていく。 「おお〜、やっぱ才能あるなリョウ。私最初はむせたぜ」 「むふぅう、ふゥッ、ふぷぅううっ」 ニオイもキツいだろうに。がんばって俺を受け止めてくれる。 ……いかん。マキさんがいるのにキュンとしてしまった。 「ううん……ンぅぅうん……」 それによい子さんは本当に、口で受ける才能があるようだった。 俺の噴射をうけとめながら、すらっとした下腹部をウズウズと揺れ動かしている。 「はは、なんだよ。口に出されて感じてるの?」 「ああん……ぷぁああん」 「んん……ふ……」 「けほっ! えふっ、けふんっ、けふんっ」 「ああ、さすがに飲みきれないわな」 「ほらほら可愛いお顔がよごれちゃったぞ。大人しくしてろ……ぺろ、れろ」 「ああ……マキ」 「今日のは特別濃いな……ちろ、んるっ」 「……」 「ずるい」 「へ?」 「私がもらったんだから……私が全部飲むわ」 「んちる……ちゅるう。ああ、ヒロ君の味。すごくいやらしい……」 「……はは」 「マジで才能ありなのな」 ・・・・・ 「はぁ……はぁあ」 「まだ口の周りについてる。ほら……ぺろ」 「あむ……ん、んん」 不意打ちでマキさんからキスされても、よい子さんは抵抗せず受け止めてる。 「はぁ……はぁ……」 「どうだったよい子さん?」 「う……」 「し、知らない。2人とも酔った勢いでこんなこと……」 「いいじゃん」 「ほらリョウ、続きもしてほしいんだろ?ここがウズウズしてるくせに」 「あ、あ、いやぁ」 脱がされた下半身を触られ、戸惑うよい子さん。 でもそこまでで、マキさんはすぐ体を放し。 「これ以上は強制しねーよ。ま、リョウなら貸してやってもいいけど、ダイに浮気は強要できない」 「続きが欲しけりゃ自分で言え。なっ、ダイ」 意地悪く笑いながら服を脱いでいき、得意のドッグポーズになった。 俺のはもちろんさっさとエレクトし直してる。続きはすぐだ。 よい子さんは……。 「……」 「……」 「…………」 「よく出来ました」 生まれたままの姿になって、マキさんと同じくお尻をつきだした。 好奇心が抑えきれない様子で俺のあそこをチラ見してくるよい子さん。 意外だ。あの清楚なよい子さんが。 「任せて、絶対気持ちよくしてあげるから」 なんか間違えてる気がするが、酔いで頭がホワホワするからどうでもいい。よい子さんを喜ばせるのが間違いなはずがない。 「こうして並べてみると、2人の体ってだいぶ対照的だね」 身長は同じくらいなのに、ちょうど正反対と言っていい。 ムッチリこってりなマキさんに対し、スリムなよい子さん。 胸のサイズも真逆だし、お尻は逆にマキさんは引き締まってるけど、よい子さんはふかふかしてる。 お尻の穴はマキさんのは皺の部分が小高くなっていやらしい。よい子さんのは逆に穴の入口が深く引っ込んでる。 果肉もマキさんのは盛り肉が閉じやすいのに対し、よい子さんのはびらびらが見えちゃってる。 「どっちが好み?」 「選びません」 そんな正解のない選択肢は御免だ。 「ていうか選べません。どっちも超好み」 両方同時に触ってみた。 「はんっ」 「ひゃうっ」 もう一つちがうところ。マキさんのは汁気が多めで、よい子さんのは汁がヌルヌルする。 「あ、あ……ヒロ君。ほんとにするの?」 「OKしたからお尻だしてるんじゃないの?」 「うう……」 「初めてだろうから怖いかもだけど、安心して、マキさんのときは上手くいったから」 「最初からかなり気持ちヨかったぜ」 「……そこを気にしてるわけでは」 「どう? 俺のちん○ん」 軽くしごいて勃起を高めながら聞く。 よい子さんは頬を赤くしながら、 「太くて、長くて……すごく立派」 「……」 怖くない?って意味で聞いたんだけど、なんか嬉しい答えが。 怖がってないみたいだし、大丈夫か。 「最初はこっちからだぞダイ。やり方の手本見せてやらないと」 「そうだね」 そんなこと言ってるけど、ほんとはほったらかしで焦れてたんだろう。とろとろお汁を垂らしてるマキさんのお尻をつかむ。 「あふ……よく見とけリョウ。いれるときはこうやってちょっと腰をあげてだな」 くいっと入れやすい角度を作ってくれる。 「……うん」 よい子さんもなんだかんだでガン見してた。 「ここがマキさんくらいトロトロだと入れやすいんだ。よい子さんも興奮してしっかり濡らしててね」 刺激もないのにヌルヌルなヴァギナへ切っ先をあてる。 「入れるときはこのくらい優しくするから安心して」 「っふ……ンぁあああ」 ――ぬルルル……。 バックスタイルで挿入していく。 マキさんはこの犬這いが一番お気に入りだ。小さめに窄まってた肉穴も、何度か助走をつけたらすぐにユルんでいった。 「あは……はははぁあ、見てるかリョウ。こんなに奥まで……ヨくされるから気をつけろ」 「ダイのち○ぽ……気ぃつけないとすぐに穴の中自分の形にしようとメリメリ来るからな。んっ、んんっ」 ぷるんぷるんおっぱいの先まで震わせながら、俺を受け止めてくれるマキさん。 かなり感じちゃってるのに、よい子さんの前でカッコつけてるのか声が裏返らないようにしてるのが可愛い。 「み……見てる、か、リョウ」 「うん……うん、マキ大丈夫なの?あんなにも太くて硬いの、大丈夫なの?口に入れるのも大変だったのに」 「あはぁ……だいじょぶ。も……私、クセになってて……ぅううう」 「はぁあぁあああへぇあああち○ぽ、ち○ぽぉ、ダイのち○ぽ大好きになってるからぁあ」 ズブズブとスムーズに入るペニスの深度に比例して、マキさんがメス犬モードに突入。 「あはんっ、あっ、ああん。大変だけど、大変なのが……すごい……んだ。はううううっ。おま○こギチギチが……ヨくなってるぅう」 「ふぁぅううダイ、ダイきてぇえ。もっとぐりぐり深いとこ突いてぇえっ」 「言われなくても」 そこらの不良が100人いても逃げ出す勝気な目元をいやらしく赤らめて叫ぶマキさん。 誘い水に流され、俺はぐちぐちと力強く穂先を進めて子宮をノックする。 「っ、ううう、おぅうう、それ好き、そこ……こつこつされて、イジられるの好きぃい」 「ここも好きだよね」 ちょっと引いて、カリ首でお尻側の肉をこする。 「んぉおおおおうううそれも、それもぉお。あぁあんんんそこ弱いぃい」 「ひ、ヒロ君……平気なの?あのマキがこんなすごい声だすなんて……あっ」 「平気だってば、ほら」 マキさんのエッチさに引きずられてると、よい子さんをおいてけぼりにしそうだ。 こっちも指でしっかりご奉仕した。ひくひく蠢く処女膣をつつきながら、クリトリスを痛くない程度にはじく。 「きゃっふうぅうううんっ」 「ふふ、さっきより愛液出て来てるね。マキさんの見て興奮してるんだ」 「ひ、ヒロ君……ふぁっ、く、あうううん。そんなに開いちゃ、んぅ、恥ずかしいよぉ」 恥ずかしそうにお尻をくいくいゆする。 けどそれは、とろーっと蜜をしたたらせて欲情を証明するだけだった。 「その気になってるくせに」 「そ、そんなこと……あんっ、あーん」 「へへ、素直になれってリョウ」 「ダイは私のモンだけど……。っふ、あう、特別に貸してやるんだ。はは、楽しまなきゃ損だぞ」 「べ、別にそんな……、っきゃうううんっ」 「ふぁぁああっ、あっあああん。ダイ、ちょ、今日激しく……んぅうう」 「2人が相手だから張り切らないとね。ほらっ、ほらっ」 1度出して精子タンクは空だ。2人を楽しませる肉バイブになったつもりで、精一杯腰をグラインドさせた。 「あぁああ〜〜っ」 「ふぅ……ううん」 深くを突かれたマキさん。乱暴にクリトリスをこすられたよい子さん。どっちも一緒に体が跳ねる。 大きさのまるでちがうバストの先で、ぴんぴんと乳首が同じように跳ねてるのが印象的だった。 「あも……もぉ、イッちゃう、イク、イクイク……」 「早いね。ち○ぽしゃぶるだけでテンション上げてた?」 「うっせーな……んく」 びくんとたまらない感じでお尻を震わすマキさん。 浅くへ、深くへスラストさせるペニスに、限界特有のピクついたマン肉がぶつかってくる。 「はぅっ、あう……うううっ、ンぅ」 「あはぁぁああぁあああーーーーーーーーーーーーっ!」 ――ぴゅぶるっ! あっという間にマキさんは歓喜の咆哮をあげた。 多めの汁が膣に絞られ、ペニスの隙間から吹き出す。 「くへぁ……うう」 「もうイッた。ふふ、ゴメンねよい子さん。マキさん感じやすいうえエッチ好きで、最近どんどんイキやすくなってるんだ」 「だぁ……ダイが開発したんだろがぁ」 「かもね、マキさんのメス犬調教」 「ったく……どんどん淫乱にされてんだぞ」 「ヒロ君が……、こ、腰越マキをメス犬調教」 ひくひく震える肩から力が抜けそうになってる。 これ以上やるとキツそうだ。一度結合をほどいた。 今日はまだやることがあるしな。 「挿入からイクまでの手順は分かった?」 「きゃうんっ」 よい子さんのお尻をつかんだ。 ヴァギナは奥までじっとりさせておいて、まだ心の準備が出来てないらしい。よい子さんは怯えた目でこっちを見る。 「大丈夫だったら、そんなに怖い?」 「うう……怖い、っていうか。……そもそもなんでこんな展開になったのか」 「安心して、絶対気持ちイイ」 ちゅっとお尻にキスする。 「よい子さんの嫌がること、俺がすると思う?」 「ヒロ君……」 「痛かったら言って」 マキさんのを潤滑油に、切っ先を定めた。 「行くよよい子さん」 「ん……う……」 「……」 「ヒロ君ならいっか」 ――にゅぐるぅ。 「ひぅあああーーー……っ、ん、んーーっ。ヒロく……ふぁ、やっぱ大きいぃい」 「あは、さすがに狭いな、よい子さんの中」 「ふと……あ、ああああ、なにこの感じ。身体が開いてく……、身体が、ぁあ」 「痛い?」 「痛い……じゃなくて、んっんんっ。ヘンな気分。身体が、私、身体が……かわってく」 「私の体……ヒロ君の女にされてくぅ」 ずぷずぷと進行する俺のモノに、よい子さんの肉が急速に馴染んでくるのを感じる。 やけたヴァギナは甘く緩んで、めりこんだ亀頭をキュンキュンしめつけ、それに合わせてよい子さんの声も、 「はう……はんっ、あっ、あああ、んん」 「なにこれ、なに……なにこれぇ。ああっ、すごぉい」 「あああ奥までぇ、きてる。奥までくるぅう一気にぃ。あっ、あっあああ、熱い、ヒロ君の、ヒロ君のが、奥に届いて……んぅ、す、すごいのぉっ」 「っく……うああ」 ギュウギュウ締めつけてくるヴァギナに、俺も声がでた。 早くもとろーんとなってるよい子さん。 「もう気持ちいいんだ?」 「っぅ……ん、んん」 恥ずかしいんだろう口を噤みたがるよい子さん。 でも儚い抵抗だった。ねとねとの蜜道を俺のが抉りきり、子宮に亀頭でキスするころには、 「はぁあ……あん、ああん、い、いい」 「いいっ、気持ちいいのぉ。ねえヒロ君。私こんな……はぁあセックスって気持ちよいのぉ」 「それでいいんだよ。っく……よい子さん、すごい締めつけてる。ぬるぬるして気持ちイイ」 「やぁん、恥ずかしい。ヌルヌルって言わないで……ふぁっ、あっ」 ここの感触も、マキさんのねっとり柔らかな粘膜とはだいぶちがう。 プリプリ弾力のある粒の群れが、汁のすべりに任せてペニスに吸いついてくる感じ。 一体感はマキさんのほうがすごいけど、こすれる快感はこっちのほうが上かも。 「すごく気持ちイイよよい子さん。あは、癖になりそう」 「おううう、おく、奥ぅうう、ヒロ君、お願い奥たたいてぇ。あっあん、あああ。奥、奥好きぃ、奥ステキなのぉっ」 「了解」 コリコリした子宮口に亀頭をぶつけた。 「んぉ……う、おうううううう……っ」 スクリューをかけるとすごい声が出る。 小さいころから2番目の姉ちゃんて感じに面倒見てくれた彼女の、下品な鳴き声。 興奮する。 「ああ……ッ、出そう。出ちゃいそうだよ。いいよねよい子さん、よい子さんのヌルヌルま○こに俺のニオイつけて」 「えぅ……だ、出すの?」 ちょっと戸惑ってる彼女。 でも迷ったのは2秒もなかった。 「い、いいよ。ヒロ君なら」 「いっぱい出して……あは、今日大丈夫な日だから。あとでピルも飲むから……気にせずに」 「ヒロ君に女にされた証。私のなかにいっぱいマーキングして」 「んっ」 がくがくと腰が震えるのを感じた。 やけるような射精の衝動に任せて、よい子さんの内部を叩きまわす。 「かはひぃいいいっ、ぃうっ、いうううん。あはっ、あはぁああすごぉおい」 「私も、わらひもイッちゃう。ああっ、イカされるぅ」 「ヒロ君のカンチョーで覚えたマジイキ。今度は……今度は子宮に出されて……え」 「いくっ! く……いくぅううーーーっ!」 細い背筋から悩ましい腰つきへのラインをくねらせ、のぼりつめていくよい子さん。 「く……っ!」 「あはぁぁああきて、来てヒロ君。いっぱい出してぇええっ」 「ひあぁぁうぅぅぅうううぅぅぅっ!」 ――びちゅるるるるるるっ! びちゃああ! 口に続いて下の口めがけて、濃厚なものを大量にぶちまけてしまった。 「くぁああぁあ来たぁああぁ。はいって、入ってきたぁ。熱いの、ヒロ君のどろどろ硬くてしょっぱくてくさぁい精子、奥に入ってきたぁ」 震えながら甘く悶絶するよい子さん。 「ひぐのっ、ひぅううイクの、イクのとまらない。あんぅううすご、すごすぎぃい。一人でするのと全然ちがうぅうう」 「あうっ、あぅっ、あううううんっ。んっ、んっ、んんんーーっっ」 絶頂の終着点が見つけられないらしい。体力が枯れるまで果て続けた。 「くひぁんんっ、はん、はうううう……ううっ」 「あはっ、あはぁあ……はぁああぁあ、すごいぃい……ん」 やがて細い身体から力が抜けていく。 「ふふ、すごいイキ方するんだねよい子さん」 「う……」 理性が戻ってきたらしい。恥ずかしそうに目に涙を浮かべた。 辛くなりそうだからいったん抜く。 「そんな顔しないで。大好きなよい子さんが楽しんでくれて嬉しい」 「……もう、ヒロ君」 「……あのー、こっち忘れてませんか」 忘我状態だったマキさんが目を覚ました。 「忘れてませんよ。大丈夫でした? ほとんど意識飛んでたけど」 「んん……ちょっとだるいかも」 「でもそれより、ダイこらぁ、ラブラブすぎだお前ら」 「ら、らぶらぶなんて」 「そんなことないですよ。ただよい子さんは大事な人だから、心の底から気持ちよくなってほしいなって」 「言い訳すんな淫獣大魔王が。あんなねっちりエッチ、私としたことねーぞ」 「いつもあんな感じですよ」 「さっきはあんなだったのよ」 「あれ、そうだっけ」 「まあ不満があるようなら……」 ――にゅるぅう。 今度はマキさんへ。 「んぅうううぅうぅっ!ちょ、おま……もう復活してる?」 「はぁあ……年上2人にアナル丸出しでま○こ捧げられると、思ったよりち○ぽに来ます」 勃起が止まらない。 「今度はWで抉りますね。乱暴になっちゃうかも」 酔っぱらってる上に2回の射精でもう頭が真っ白になってる。 大好きな2人に喜んでもらうことしか考えられない。 ――ずにるぅううっ。 「あふっ、はううううんっ、もっ、いきなりち○ぽ埋めすぎぃいい。子宮、子宮もちあがっちゃうだろ」 「だってマキさんのなか気持ちイイんだもん。はっ、あっ、すごい締まるよ」 「っはぁあぁん、あんっ、ああんっ」 腰をおくると、連動しておっぱいがユサユサゆれる。見てて楽しくて腰づかいが荒くなった。 弱いスポットを中心にとろとろの内道のいろんなところを突きまわす。 「あはぁあぁあ、強いの、ま○ことけるぅう。ち○ぽ熱くて、どくどく脈打って、ま○こに響くぅう」 早くも次の絶頂に向けて悲鳴を上げるマキさん。 「……」 「分かってる。よい子さんも忘れてないよ」 「えっ?! わ、わたしはべつに」 ――にゅぽっ。 「はんっ」 甘く締まる膣道から一度ペニスを抜く。 ――じゅにゅるぅうう。 「ンくぁぁあああんっ。あんっ、あぁーん、きた、ヒロ君の太いのきたぁああ」 「ふふ、遠慮してたのに喜んじゃって」 「らって、らぁってぇ、もうヒロ君ので頭いっぱいなんだもの……んぅっ、くうううん」 よい子さんも早くも快感がぶり返してる模様。 なら。マキさんと同じようについさっきまで処女だった肉を貫き、小突き、かきまわした。 「おおっ、ォうぅぅうう、もっと、もっとぉお。奥、いいの、ヒロ君のもっと欲しいのぉ」 「嬉しいよよい子さん。もっと喜んで」 大きなお尻と腰がぶつかり、肉同士の衝突音が蒸した室内を包む。 そしてまたマキさんの方へ、 「んぅううううう、も、ダイ。これやばい。ヤバいかも」 「なにが?」 「途中で1回抜かれると、ダイのち○ぽ改めて欲しくなって……」 「入れられるときそれだけでぇぇえ、ふぁっ、はああ、あぅんんんくぅうま○こトロけちゃうぅう」 「へえ」 「よい子さんはどう?」 「ぃううううううう……っ、う、ううう」 「わ、分かんない。さっきからヒロ君のおちん○んで頭いっぱい。ずっと欲しくなってるから……分かんない」 初めてなよい子さんはピンと来ない模様。 「でもトロけちゃうのは分かるぅう。あっ、あっ、もっとしてぇ、もっと乱暴に突いてぇヒロくぅん」 言われるまでもない。どすどす叩くに近い荒さでよい子さんの子宮を突く。 「あっああ、ぅうううんヒロ君……ヒロくぅん。んくっ、うううううっ」 「すごく気持ちいいよ。ち○ぽにきゅうきゅう尖ったヒダが吸いついてくる」 「ヌルヌルしていやらしくて、よい子さんの中いやらしい」 「も、もおお……」 「っひぁあうう」 「マキさんの中は締めつけがキュンて強くて。あは、精子ほしがってるね」 「ふぁあうううしかた、ないだろ、私もう、もう」 「んぃうううっ、ああっ、ああはぁぁ」 「よい子さんも精子ほしがってる。ふふ、さっきのですっかり膣出しの味覚えたね」 「しょ、しょうがないじゃない。ヒロ君がいけないのよ……ぁんぅ、あんなに気持ちいいこと教えるから」 「ふぁああっ、あっ、あーっ、あぁあーっ」 「ひゃああっ、んんぅううっ、お尻跳ねちゃうっ、お尻やらしく動いちゃうぅ」 「ダイ、もぉだめ。またイクっ、イク、イクぅう」 「私もイク、い……いぃ……くうう」 「いくぅうううううううーーーーーっ!」 「あ……っ」 「っあはぁぁああぁぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜っっ!」 「っく……!」 マキさんから抜こうとした動きが限界で、抜きながら放ってしまった。 飛沫はちょうど2人に向かってとび、背中を、おしり、顏までとどくほどびちゃびちゃと白く汚していく。 「っはぁああん、ダイのせーし、ダイのせーしだぁ」 「あはぁあぁあヒロ君の精液でどろどろにされちゃう。ステキぃ、どろどろぉ」 2人はぶっかけられて達したらしく、同じようにウットリ目を細めてる。 ふぅ……。 3連射はさすがに腰にキた。力が抜けてその場にへたりこむ。 「はぁ……はぁ……」 「はぅ……はふ」 「んん……ああん」 「……さあ」 「次行こうか」 「はれ?! あ、ああああもう?!」 「おー、私いまので満足だから、しばらくリョウが独り占めしていいぞ」 「独り占めっていうか私も腰にキてふぁぁああんっ」 「ああ、よい子さんの中すげー気持ちイイ。よい子さんもいっぱいヨくなって」 「こっちの穴も好きなんだよね。いっぱいほぐしてあげるからね」(くにくに) 「はぅん?!」 「あ……広がってきた。よい子さんやっぱりこっちの穴の才能あるよ。これなら」 「もっと太いのも入りそうだよ」 「あぁああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!」 ・・・・・ 「ただいまー」 「はぁ〜、ビール工房めぐり、楽しかったけど飲みすぎたわ」 「うちはみんな酔っぱらうと性欲がえらいことになるから大変なのよね」 「ヒロー?」 「すぴー」 「んぅ……う? ああ、おかえり姉ちゃん」 「ただいま。昼寝してたの?」 「うん……えっと」 「あれ、なんだっけ」 なんかエロい夢を見た気がする。 「ふーん、よく分からないけど」 「いやに片付いてるわね、この部屋」 (ぼー) 「よい子、そろそろ閉めるわよ」 「どうしたの? 昼にヒロシちゃんちに遊びにいってから、ずっとぼーっとしてるけど」 「ん……ふふ、なんでもないよ」 「なにかイタズラされたとか」 「……そうだね。ヒロ君、まだ子供っぽいから」 「カンチョーとかやめられないみたい」 「でも昼間からこれはどうでしょう」 「んー?」 「クーラーあるのに汗だくになっちゃうよ」 さっきからずーっとべったりだ。 「いいじゃん。また汗だくだくになれば」 「うーん」 この前の汗ヌルプレイが気に入ってるらしい。 「あれは気持ちよかったけど」 「でもただくっついてるのは暑いよ」 「にゃ。なんだよケチー」 「意味もなく汗をかくことはないと思うんだ」 ペットボトルの水をコップに移す。 クーラーはかけてるのに暑すぎて喉がかわく。うるおそうとすると。 「んくっ、んくっ、んくっ、んくっ。ぷはー」 「2リットルを一気ですか」 ペットボトルの方を全部飲まれた。 「これはいっぱい汗かくぞー」 「なんで嬉しそうなの」 あっちは汗かきたいみたいだった。 「同じくっつくにしても、たとえば暑さをしのぐべくお互い服を脱ぐ等すればいいと思うし、同じ汗をかくにも大変いい汗がかけると」 「えい」(巻きつき) 「ごあ」 「クカカカカカ。離れてなお恐ろしい皆殺しのマキの力受けるがいい」 捕まってしまった。 「いてて、すごい力」 「巻きつきには自信がある」 どこらへんに自信があるかは知らないが、すごいパワーなんでまったく動けない。 「ほれほれ、逃げたきゃ抜けてみろ」 「ぐぬっ、くぬっ」 「ダイはマヒして動けない」 「あれ巻きつきでマヒるのって理不尽ですよね。お互い動けなくなるはずなのに」 「あー、分かる気がする」 どうでもいいけどさ。 「このっ、放せー」 もがく。 「クカカカ、この封印魔法の前には貴様など無力なものよ」 「くそー、俺がいないと世界の光がー」 「我を封じた魔法で貴様がやられるとは皮肉だな勇者よ。闇の呪術でパワーアップした封印を解く方法などない」 「くそー、世界の光がー」 「もっと設定ヒネれよ。さっきから世界の光一点張りじゃねーか」 「急には無理ですよ」 「おら勇者。もっと何か考えないと封印にシメ殺されんぞ」(ぎりぎり) 「いてててて!」 「ちなみに封印魔法が巻きつきなのは、『巻きつき』と『マキ付き』をかけてる説が有力」 「へー、へー、へぃててて!」 「オラオラ、抵抗しないとボキってイっちゃうぞ」 「光がー! 世界の光がー!」 とまあ遊んでたのだが、 「そろそろ巻きつきからの連携必殺『くすぐり』が発動して……」 「っ……」 「? どうかした?」 さりげにぐいぐいくるおっぱいを楽しんでたら、急にマキさんが離れた。 「ちょ、ちょっとタンマ」 「?」 もじもじしてる。 これは……? なるほど。 「封印魔法! とりゃっ」(巻きつき) 逆に抱っこしてほしいなんて、マキさんは甘えんぼさんだなぁ。 「わう、待ったダイ、いまは……」 「なるほどこれはこれでマキ付きになりますね。すりすり」 抱きがいのある体なので思い切り抱きしめた。 女の子っぽい柔らかさと、筋肉の弾力が強烈で楽しい。 「ううう、だ、だから今はぁ」 「どうした勇者よ。悔しければ振りほどいてみよ」 「う……振りほどけるけど、捻挫させちゃう」 「だ、ダイ。あのさ。いまは」 「どうかした?」 せっかくこっちからくっつきに行ってるのに、急にノらなくなった。 聞いてもなぜか言いたくなさそうだし……。 「っう……、うう」(もじもじ) 「?」 ひざをこすり合わせてるのに気付く。 これって……。 「おしっこ行きたかったとかですか?」 「ビンゴだよバカ野郎」 「あう……っ」 時間取らせたのがマズかったらしい。うずくまってしまうマキさん。 「水2リットル一気なんてするから」 「うるせーな」 「とりあえずトイレ行きましょう。歩けます?」 腰に来てるようなので、手を引いてあげる。 「あ、あの、私トイレは……」 「どうぞ」 「……」 「どうかした?」 わざわざ連れてきてあげたのになぜかマキさんは入ろうとしなかった。 内股になって、つま先同士をもじもじこすりあわせながら、やりにくそうにそっぽを向いてる。 ??? 「どうしたの? 誰も入ってないから使いなよ」 「……ん?」 ふと気づいた。 「そういえばマキさんってトイレ使うとこ見たことない」 「ぎくっ!」 「あれ? ちょっと待てよ」 もう一緒に暮らしだして結構長いが、マジで一度もないぞ。 そういえば朝と夜、よく突然飛び出していくことがあったような……。 ……まさか。 「マキさん。ひょっとしてずっと外で?」 バレたのが分かったんだろう。マキさんは観念して、 「しょ、しょうがねーだろ!実家が和式で育ったから洋式便所使えないの。洋式しかないこの家が悪いの」 「なるほど、そういう人たまにいるそうですね」 排泄ってのは自律神経だから、いつもと違う環境でしようとしてもなかなか出来ない。 現に外人が日本に来ても、和式でするのってかなり難易度高いって言うし。 「外のどこ使ってたんです?」 「公園。ほら坂あがったとこにあるだろ。あそこ和式だから」 「あんなところまで? 遠すぎません?」 歩いて10分くらいかかる。トイレに行くには相当な遠出だ。 「だってあそこ以外で和式のとこねーもん。コンビニとか全部洋式だし」 「ギリギリの時とかありません? 大丈夫でした」 「……」 「まさか」 「ち、小さい方! 小さいほうだけだぞ!」 オゥ……。 お花を摘んだこともあるらしい。 「ワイルドお姉さんキャラとはいえこんなワイルド成分は欲しくなかった」 「だからしょうがねーだろ!文句言うなら和式便所持ってこいや!」 恥ずかしいらしい。逆ギレするマキさん。 「はうん!」 「大声出すと膀胱にキますよね」 「ちくしょ〜」(もじもじ) うーん。 一緒に住むのにこれは困るな。 とはいえトイレなんてそうそう買えないし。 「洋式の使い方覚えましょう。それで万事解決です」 「だから使えないって。こういうのは感覚の問題なんだから」 もっともだ。 なら……。 ・・・・・ 「まさに! 逆転の発想!洋式でも和式風に使えばいい!」(どぎゃーん!) 「さもいいアイデアかのように言うお前の頭がどぎゃーんだよ」 「格好は一緒だけど……これ逆に無理だろ。安定しないぞ」 「まあまあ、洋式に慣れてない人は本当にこうするそうですよ。試してみましょう」 「はい、お腹に力入れて。しーしー」 「う、うん……ン……っ」 ひざを抱えて力を入れるマキさん。 「んん〜」 「う〜〜〜〜……っ」 「ってお前が見てたら出るわけねーだろ!」 「ツッコミまでだいぶかかりましたね」 マキさんはノリが良すぎると思う。 「でも俺はマキさんが大好きだから。困ってるときはいつだって側にいてあげたい」 「そういうああ言えばこう言うとこ嫌いだわ〜」 「イジったら意外とすんなり出るんじゃないかな」 「ひあっ、ちょ……テメェ」 「くぱぁしてみよう」 「あふ……っ」 柔らかなフワトロ肉をかきわける。 ジューシーな内脂があらわになった。薄ピンクの粘膜の隙間では、本当に我慢してるらしい可愛いおしっこ口がひくひくしてる。 「も、もおお……広げんな。スースーしちゃうだろ」 「……そんなに見たい?」 「見たい」 食い気味に言う。 やれやれって感じにため息をつくマキさん。でもマン肉はひくひくして、そんなに怒ってないのが分かる。 「……ったく、私の男、想像以上に想像以上だ」 「……はぁあ」 意識を集中させるためか、目を閉じて深呼吸する。 「……」 「……」 「出ねーよやっぱ、見られてると」 「か。マキさん意外と常識あるもんね」 「……意外?」 「あ、でもエッチなお汁が出てきた。こっちの汁はいいよマキさん、ほらほら太ももまで濡れちゃってる」 「お、お前がそんなに見るからだろ」 「そんなに見るから、だから体のなかジンジンして。それで……」 「ん……あは、エッチな穴までくぱくぱしてる。エッチぃなマキさん」 「うーるーせぇ」 怒ってはないものの、本気で恥ずかしいんだろう。口をへの字にしてる。 「でもおしっこの方は完全に閉じちゃったな。どうしようか?」 「お前が出て行くって選択肢を使えばかなり楽に解決すると思うんだが」 「そうだ。ここを使ったらどうかな」 「ここ……ひぁんっ」 力が入ってほんのり桃色を帯びだしてるプルプルヒップの中央に指をやった。 「ぁも……バカ、またそこ触んのかよ」 おしっこの穴に連動してる美肛は、もういつものようむちっと裏返りそうなくらい盛り上がっていた。 「ここを刺激すればおしっこチョロチョロくらいチョロい気がする」 「根拠が意味わかんね……んふっ」 ぷくっと火山の火口みたく持ち上がった口を、ぷにぷに周りから刺激した。 小じわが浮くほどキツく締まってる穴だけど、周りの組織は意外なほど柔らかい。 「ほらほら、ここを中心にリラックスして〜」 「んふ……むふぅん、んっ、んんっ」 マキさんの体は基本どこも柔らかくできてる。多少の緊張はマッサージでほぐれるはずだった。 この穴もよぉ〜く揉めば、その分、 「あはぁ、あっ、ああ、お尻、やぅ、お尻熱く……。んっ、んふぅうん」 「お尻の穴が可愛いピンク色になってきたよ。そろそろ広がりそうでしょ」 「広がるもなにも……お前が無理やり指入れて……」 ――にゅむ。 「はんぅっ」 前と一緒でよく揉んだら柔らかくなった。ほぐれた筋肉の輪に、指が食いこんでいく。 「あっあっうううう、お尻……に、入ってくるぅ」 「もう1本くらいなら慣れてない?」 「それはいつもアレな……、う、後ろだけだとキツいよ」 そっか。セックス中なら気もまぎれるけど、お尻オンリーは気になっちゃうか。 「でも我慢して。ほら、穴を緩めるイメージ」 「くぁ……はっ、はひぁああ」 にゅー、にゅー、ゆっくり指を出し入れした。 奥から染みてきたヌルヌルの腸液が指にからみついて、動かすのはたちまち楽になる。 「ほんとやらしいんだよねマキさんのお尻って。こんなにねばねば汁いっぱいで、簡単にユルんじゃうし」 「ゆ、ユルみやすいのは、お前がよくイジるから」 「いや最初からかなり柔らかかったよ」 ――ニュくニュく。 「ひ……ひぅっ」 「マキさんのアナル、最初から柔らかくて」 ―-ぬこぬこ、ぬぷん、ぬぷん。 「はあ……っ、あっ、ああ……」 「すぐ感じるくらいいやらしかった」 「……あはぁあ」 好き放題にかき混ぜたアナルがトロけていく。 丸っきりヴァギナと同じ反応だから面白い。 「これならもう指2本くらい広がるね。いれるよ」 「に、2本? あう、ううう……ぉおお」 「や、優しく……な」 「もちろん」 ――にゅるぅぅ。 人差し指に加えて中指もハメてみる。 「ひぃくぁ……お、おおんんんっ、あうっ、あうう」 「やっぱりツルンて楽に入った。どうマキさん。肛門のなか優しくなでなでされるの好きだよね」 ねじこんだ2本の指先を、色んな方向に折り曲げた。しっとりした腸壁をくすぐったり、突いたり。 「すっ、好き……っ、んぅ、お尻、すきっ」 引き締まったヒップをぷるんぷるん左右させて真っ赤な顔で首を縦にふる。 「じゃあユルめてみて。アナル真っ赤にしてないで、リラックスさせるの」 「えぅ……む、難しい……」 「ここの筋肉を使うんだよ」 「ふぃうっ!」 鉤づめ状に折り曲げた指先で、入口のリング筋を内側から押してみる。 「お、……ほぉ、う、んんぅおおおぅ」 けど濃いピンクの皺がぽっこり持ち上がるだけで、むしろ筋肉は締まる一方だ。 「上手くいかないな……なら」 ――にゅるるるっ。 「ひぅううぅっ。きゅ、急に奥までくるなよっ」 ――くちゅくちゅぷちゅ、にゅぷん、にゅるる。 「あっ、あっ、ちょ……そこ撫でるのはぁあ」 可愛いお尻全体を反応させて、マキさんはアナルの快感に悲鳴を上げる。 でもその顔に苦しさや嫌がりは感じられない。すっかりお尻が気持ちよくなってる。 あとは……。 「ここかな」 ――ツ。 「にぅ……っ!」 柔らかな肛門と指の根元が突っ込むまでねじ込んだ。 「くぁは……ぁ」 マキさんの一番弱いところ。子宮からちょっと下りたお尻側の粘膜、つまりお尻からは膣側の粘膜を、 ――なでなで。 「んぃいいいいいっ、ひぅっ、ひぅうううっ。そこはっ、そこわぁあああ」 「あぁぁあああダイ、ダイ待って待って待って。お尻で、お尻……で……んひっ」 「お尻でイクぅううぅううううぅ〜〜〜〜〜〜っっ!」 「っと」 予想外に早かった。急速にピンク粘膜を引き絞らせるマキさんの身体。 「くぁうぁあああ〜〜、はぁあ、ああぁぁ〜」 ちかちかするんだろう、目を何度も瞬かせながら、全身の筋肉をいきませてる。 それは当然括約筋も。お尻の穴がぎゅっ、ぎゅっと柔軟するみたいに俺の指を食い絞り、 「……あはぁあ」 やがて力を抜いた。 ――じょろ……っ。 「はう……」 ――じょろろろろろろ……っ。 「あ……出た」 脱力しきったマキさんのあそこから、金色の筋が便器のなかへ落ちていく。 「はぁあ……あはぁあ……」 「んんっ」 恥ずかしいのか無意識のものか。ぷるぷるっと震えるマキさん。同時にアナルもぎゅっと締まる。 「あはぁ……」 ――じょろろろろ……。 それでも最後までリラックスした様子で、膀胱の中を空にしていった。 ・・・・・ 「はぁー……っ、はぁー……っ」 「コツつかめました? 和式風のおしっこの仕方」 「つかめるわけねーだろ。変な癖がつかないか心配だわ」 「なるほど」 「んひっ」 ちょんちょんとまたお尻の穴に触れる。 「こっちの穴は変なクセつきそうだもんね。ぽっかり口ひろげちゃって」 「う、うるせーな……お前のせいだろ」 「分かるマキさん。お尻が閉じたり開いたりすると、ぱくぱく音がするの」 「やかましい」 空気を食んだ柔粘膜が音を立ててる。 あっちとしてはおならに近い感覚なんだろうか。恥ずかしそうだった。 「でもとうとうアナルでイケるようになったね。腸液も垂れ流しで、こんなにスケベになった」 「だからお前のせい……あぅ」 まだ余韻が引かない様子で、乳首を立てた胸が揺れるほど息を荒げながらこっちを向く彼女。 その目がまん丸く見開かれる。 「こんなにもの欲しそうな穴、放っておいたら可愛そうだよね」 取り出したペニスを近づけていく。 マキさんは眉をハの字にさせ、 「……もう、やっぱり犯す気で毎日調教してやがったな」 「バレてた?」 「バレバレだよ。最近じゃ口より長い時間ここにディープキスしてたもん」 か。 「痛かったら言ってくれればすぐやめるよ。ね? チャレンジするだけ」 ――にゅぷん。 あてがう。 「あう……っ」 ねとねとに濡れた穴は柔らかく口を閉じた。 まるで俺の亀頭を歓迎するようにキスしてくる。 「じゃあやっぱするんじゃねーか」 「私のアナル、もうどんなにキツくされても全部気持ちよくなっちゃうんだから」 ――ずにぅうううう……っ! 「んんんんんひぅううう……っ!」 「うわ……最初のころのおま○こより柔らかいかも。マキさん才能あるよ」 「才能じゃねーよお前の教育だよっ」 「くそっ、この私をアナル大好きに調教しやがって」 「湘南中のヤンキーが驚くだろうね」 ハート形のお尻は、驚くほど楽にペニスを咥え込んでいく。 「あも……どうしよ、マジ、マジで気持ちイイかも。ふぁっ、ふぁあああ……っ」 ぬっぷりした感触がペニスをくるむ。 前とは似てるけど微妙にちがう挿入感だった。さすがに粘膜の感じは前の方がいいけど、 「やっぱりこっちは食いつきがすごいよ。……ほら、ほら動くよマキさん」 「んんっ、ぐっ、くうぅうう」 ――ぴちゅっ、ぴじゅっ。 「あ……おしっこ漏れてる」 「あうぅ……ふ……ぅう、言うなよそんな、んん、と、止まらないんだって」 「いいじゃない。突くたびにちゅるちゅる飛び出て面白いよ」 興奮しちゃって、腰づかいが荒くなる。 「あぐっ、はっ、うううう。そんな、激しいって、ああああダイの、ダイのが裏からぐいぐいきてる。お尻でセックスしてるぅ」 「楽しいねこういうのも。……ん、この辺が子宮?」 裏からずんずんと押してみた。 「はくううう、そう、そうだけど、そんなに押すな。お尻から子宮ヨくなっちゃうだろ」 「よくなればいいよ」 ――ぬるぅ。 「んぅ……っ」 「ほら……ほらっ、ここなんかすごいでしょ」 「ぃう……っ」 もうマキさんの肛門は刺激になれて、横向きにもだいぶ柔軟に伸び広がるようになってる。 なので皺を上へ、下へ伸ばさせて、角度をつけて腸壁を叩いた。 「ぅくううううっ、くふっ、ふぅうう、それ、は、そこはぁ」 子宮からちょっとしたのお尻側。さっき攻めたら簡単にイッちゃったところに亀頭を食いこませる。 「んくっ、うっ、んぐぅうううっ、そこはダメだって。そこ……反則ぅうう」 「スイッチになってるもんねここ。ちょっと叩くだけでお尻全体が俺のにぶつかってくるよ」 「分かってるなら……んあっ、そんな押すなって。へぁっ、も、こら、うううう」 「はぁううう、わたし、変になるだろ。お尻、お尻きゅんてなって、ぉうううお尻がぁあ」 反応は聞くまでもなく、身体全体に現れていた。 丸く開いた肛門が自分から広がるような反応を起こす。生来の癖として括約筋がむちーっと持ち上がり、俺のを丸呑みにする生き物みたいにうねった。 「あうっ、あぅううぅっ」 ――ぴちっ、ぴちゅるっ。 ヴァギナは興奮しすぎてるのか何もしないうちからひし形に口をひろげてる。 もう膀胱は空なはずで、おしっこは出なくなったけど、代わりに甘い蜜分がお尻をつくたび吹き出すように。 「これならすぐまたお尻でイケるね」 「やだばか……こ、こんなの、ヤバいだろ」 「はぁん、あはぁあ、こんな気持ちイイの覚えたら、アナル大好きになって、毎日ダイのち○ぽ入れてほしくなるだろっ」 「なればいいじゃない。毎日いれるよ」 ――ぬこぬこ。 時に激しく、時に優しく腸壁を撫でコネる。 「んうぅふぅうん……っ、んっ、んっ。も……だめぇ」 ふっくらした肛門の口がヒクつく。 直腸がぐちぐち音を立ててペニスに迫り、食いしめた。 初めてのアナルセックスだけど分かる、イクのが近いって。 「あっ、おっ、んは……んくっ、くううう……。ふぁああお尻でっ、お尻でっ、お尻でぇええ……っ」 「んくゥゥウうううーーーーーーーーっ!」 ――ぷちゃぁああ……っ。 お尻の絞りがひときわ強くなり、同時に絞られた膣から音がするほど大量に蜜が吹く。 「またイケたね」 「くあふ……あふん、あふぅうう……、あんん」 狂ったように踊り跳ねる腸壁が亀頭を舐めるのが気持ちイイ。 とくにマキさんの弱いとこ、アナル側のGスポットが悩ましくうねるのを、ちょうど裏筋で感じた。 同時に括約筋は引きちぎらんばかりに根元を絞る。 「は……うっ、はううう」 「あ、マキさん、大丈夫?」 マキさんはもう心配になるくらいイキまくりだ。 ちょっと休憩をあげたいんだけど、ペニスが抜けなかった。入口筋が閉まりすぎてる。 それに、 「あはぁ……はぁあ、ダイ、もっとぉ」 「んんっ」 豊満なバストが垂れるくらい不自由な便器のうえで身体を前のめりにして、お尻をこっちに捧げてくる。 「もっとしてアナルぅ、アナル、あなる好きぃ。もっとダイのでお尻犯してぇ」 「あはは」 飛んじゃってるな。 しばらく経ってアヌスが緩んでくるので、また動かしやすくなる。 ――ぬっぷぅう。 「ゆーっくり動かすから、今度は一緒にイこうね」 「う、うん……ンっ、んおぉお、ヴぅ、おおお」 根元まで戻しただけで白目を向くくらいすごいよがりかただった。 「キツかったら言ってよ」 「んゥウウらいじょぶ、だい、じょぶ、だから」 「い、イッたせいでさっきより、重い感じ。ふわってなって。楽になって……むしろ」 「さっきより感じちゃう?」 「っ……」 はずかしそうにアナルをヒクつかせながら首を縦にふる。 肛門はぐちぐちと踊るように連続して筋肉を俺のモノにぶつけてくる。 「あんっ、ぁんっ、すごい、気持ちイイ。お尻好き、アナル気持ちいいのぉ」 湘南最凶の不良の面影はなく、ずぶずぶお尻の穴を埋められて喜ぶマキさん。 ――にゅぱっ、にゅぱっ、 「アナル完全にユルんだね」 「お、お前がこんなにしたんだろ」 「俺のが入りやすいように自分で広げたんだよ」 ――ぱんっぱんっぱんっ。 出し入れがスムーズ過ぎて、腰とお尻をぶつける音がするくらいだ。 ぬめる肛門はねちゃねちゃ粘膜を裏返しながら俺のモノを飲み込み、抜こうとするとぴっちりピンク筋を吸いつけてくる。 「ふふっ、気持ちイイよマキさん」 見た目にいやらしいだけじゃなく、出し入れもノーマルセックスにも負けない快感だった。 「うっ、うう、あうう、おぅうううっ、うぅん。おなかっ、おなかすごいよぉ、お尻からお腹にかけて、気持ちいいのがとまらなぁい」 尖った亀頭が1滑りするたびにマキさんはもう下品な唸りをとめられなくなっている。 覗き込んで気づいたけど、ひとりでに温まったヴァギナから湯気が出てた。 「あおおおおっ、おおっ、ぉんんんんっ、あなるっ、とける、おかしくなるぅうう」 「ダイのちん○ん太すぎるよぉ。なか、なかこすれて、うぶぅううぁおおおおおん。中からひきずりだされて……ひぃいいいい」 「あっあっあっぁっ、ぱんぱんって、ぱんぱんって叩かれてる。おしりぃ、お尻たたかれてるぅ。ああっ、あっ、あああぁぁあああっ」 「もっ、も、らめっ、らめぇえ。ダイ、またイク、またイクぅうう」 「何度でもどうぞ。……っ、次は俺も一緒に……ね」 「うんっ、うん……っ」 尾てい骨のあたりをツンツン後ろへ突き出すようにしながら、マキさんがまた絶頂に迷い込む。 「いくっ、いくいくいくっ、イクぅううーーっ。またいくっ、お尻でイクぅーーーっ」 「っく……うっ、出すよっ」 「きてぇえええ、ダイの精液。ダイのせーしいっぱいだしてぇえ」 「あなるにっ、お尻にぶっかけて。肛門の奥までダイのでうめつくしてえええええっ」 「きひぁあぁああぁぁああっ!」 これまでで一番お尻を全体も穴もよじらせて、マキさんが上り詰めていく。 「っあああああっ」 ――びりゅるるるるるるっっ! びゅるるうぅっ! 合わせて俺も一気に精のトリガーを絞っていた。 本当に水鉄砲みたいに体液がとびだし、マキさんの出口に流れ込んでいく。 「あお……っ、お、おぅうううう」 「来たぁあ、来てるぅうダイのせーし。ダイのせーしアナルにどぷどぷきてるぅう」 「熱い……あったかぁ……ぃ、あは、あは」 「んぁぁあぁあああああんまたイクぅうううーーっ!」 連続で昇りつめていった。 「っく……う」 「んぐ……んうぅうう……」 ――にゅぼっ。 アヌスの締めつけはイクとき最高潮になる。力の抜けたペニスでは残っていられず、ちょうど排泄するように奥から押し出された。 「はぁ……ぉ」 一瞬白濁まみれの腸壁を見せ、きゅっと締まるアナル。 いつもみたいに山をつくるよう、赤くなった皺肉を持ち上げてる。 「あぁあぁあぁあ……」 ――びゅるびゅるびゅる……っ。 火口からはやがて、噴火でもするように白いものが吹き出して便器に落ちて行った。 ・・・・・ 「とまあこのように、洋式便所でもやり用はあるのです」 「これからはわざわざ外に行かなくていいよマキさん」 「言いたいことはそれだけか?」 「ひい!」 「ったく。……まあ気持ちよかったからいいけど」 「次するときは状況考えろよコラァ」 「はーい」 次からはさすがにトイレでは襲わないようにしよう。ベッドで誘えばいいさ。 「それよりトイレのこと本当にどうします?洋式のほうが使えないなら何か考えますけど」 「いい方法ある?!」 「おまるを買って来ぐはー!」 「トイレ?」 「一発で当てんな」 ちょっと怒るマキさん。 水2リットルも飲むからこうなるわな。 「ゴメンゴメン、行ってきたら」 「うん」 窓から飛び出していくマキさん。 「……」 「え? トイレじゃないの?」 なぜ外に。 ・・・・・ 「ただいまー」 「外のトイレ使ってきたんですか?」 「うん、公園のやつ」 「なんでそんな遠くのを。うちの使えばよかったのに」 「あー、ん、っと……」 「いいじゃん別に。それよりぎゅー」 また巻きついてきた。 ちょっと気になったけど。 「ン……このニオイは」(すんすん) 「あれ、トイレのニオイついてる?」 「いえトイレっていうか、もっとそのままな……」 下半身へ顔を寄せていく。 「おしっこのニオイがする気がする」 「が!? か、嗅ぐなコラァ!」 「封印魔法発動!」(巻きつき) 「すんすんふんふん」 「だわああっ、嗅ぐなー!」 実際のところそんなにニオイなんてしないが、恥ずかしがってて可愛い。 「にゃっ」 短パンの上から股間に手をやりモミモミ。 「んっ、ふぅっ、ふぅうう」 「さすがにおしっこはついてないか」 「あ、当たり前だろ……ぁん、ばか。優しく揉むな」 「ひゃんっ」 力の抜けたマキさんをそのままベッドへ。 「おかしいなぁ、どこからおしっこのニオイするんだろ。ここ?」 ――ふにゅん。 「んっふ……もう」 おっぱいに顔を埋める。 もちろん甘酸っぱい体臭と汗のまざったニオイしかしない。 「こ、こらダイ。強引だぞ」 「いいじゃない」 「いいけどさ。……んふっ」 ちゅっと軽くキスする。 それでスイッチが入り、マキさんは全身から力を抜いた。 ちょっと足を持ち上げて、こっちに巻きつけてくる。 辻堂さんのスリムなそれとはちがう。筋肉とお肉のたっぷりついた健康的な美脚。 ――さわさわ。 「ぁふぅ……っ、ん、ふふっ。えっち」 内太ももを撫でるだけでマキさんは可愛い声をあげる。 「マキさんは胸ばっか注目してたけど足もいいなー」 「その発言微妙に失礼だぞ」 「ごめんごめん。でも」 仰向けの彼女に覆いかぶさるようにして身体をくっつけた。 「マキさんの身体、どこも俺好みだよ」 「口のうまいやつ。……っ」 今度はあっちからキス。 「ちゅぅ、んる、ちゅぷぅ……ちろ」 マキさんは舐めっこが好きなので、すぐに舌をツッコんでくる。 もちろん優しく応じた。甘ったるい香りの詰まったあっちの口の中をたっぷり味わう。 そのまま、 ――うにぅ。 「ぁふん……っ、きょ、今日は足じゃねーの?」 「足『も』いい。俺はいつもこのおっぱいの虜です」 乳首をつかんで柔らかなおっぱいをもみほぐす。 「んふぅ、んふぅん……ちゅむ、ちる」 興奮してるんだろう。マキさんの舌づかいがエロくなってきた。 「……」 ん? そういえば。 「どうかした?」 「あ、いや。なんでも」 なんか不思議な感じが。 まあいいや。胸を転がしながら、ハーフパンツの上からヴァギナをコネる。 「ぁうっ、ひ、ひみゅん……きも、ち、気持ちいいっ、ダイぃ」 「あはんっ、はん、は、は」 「ふふ、感じてるねマキさん。こんなに腰浮かせちゃって」 ブリッジするようにして、俺の指にマン肉をこすり付けてくるマキさん。 快感に正直な人だ。 四つん這いじゃなくても動物みたいだな。かわいい。 「……」 四つん這いじゃなくても。 「あ」 「なに?」 「そういえば俺たちって、この格好でするの初めてじゃないです?」 「はえ?」 「ああ」 「そういえば」 「前からって初だな。私が上になるパターンはあったけど」 「何十回もセックスしてるのに正常位がなかったとは。盲点だった」 「マキさんワンワンポーズ好きだからなぁ。いつも四つん這いでもっともっとって」 「逆じゃボケ。お前が人の尻触りたがってあの恰好にするんだろ」 それはある。 マキさんの場合アニマルな恰好のほうが合うし、バックからだと巨乳が垂れがちになって目の保養にもなるし。 「でもこういうのもいいなぁ。重力でつぶれるおっぱい」 また胸に顔を埋めた。 正面からのマキさんのおっぱいは、いつもみたいな大胆な揺れ方はしないけど、そのぶんずっしりした重量感があった。 「こうしてるとマキさん、普通の女の子みたいだ」 「どういう意味だコラァ」 「そのままの意味です」 するっとハーフパンツを奪う。 普通……よりはちょっとエッチかな。パンツの中身はもうぐっしょりだった。 「可愛いがってあげるね、マキさん」 「う……」 目を真っ直ぐに見て言う。 そういえば真っ直ぐに目を見るのもあんまりないな。セックス中はとくに。 マキさんはちょっと照れて、 「えへ、えへへ」 でも嬉しそうに笑った。 「うん、いっぱい可愛がって、大」 長い足を自分から広げてくれる。 「もうぐしょぐしょだ」 「……っさいなぁ」 「ぴっちり閉じた可愛いおま○こ。俺だけのものだね」 「……うん」 覆いかぶさったままペニスをセットしていく。 「入れるよ」 「うん、来て」 「大のおちん○んで、私のこといっぱいいっぱい愛して」 ――にゅる……ルル。 「はぁああぁあ……っ」 ぬるーっと差し込んでいくペニスを、マキさんはいつもより妙に可愛く、顔を真っ赤にして迎え入れた。 双乳がぷるぷる痙攣しててエロい。これ、バックからするときは気付かなかった。 「あんまりいじらなかったけど、あっさり入るね」 「はぅ……当たり前だろ」 「私のここ、大のおちん○んで犯されるために成長してるんだから」 「うん」 嬉しいこと言ってくれる。 切っ先がめりこむたび、高熱をはらんだ肉がきゅるきゅる万遍なく吸いつく。 肉ひだがめくれるたび挿入がふかまり、強烈な一体感に包まれた。 「キモチいいよ……ううっ、マキさん。ああっ、マキさん……っ」 「大……わ、私もっ、ぁううう、すご、ぃいい」 蜜がどんどん溢れて、いれるだけでにちゅにちゅいやらしい音がする。 興奮してしまって、茎を送る腰づかいが荒くなった。 マキさんは強めのストロークも歯を食いしばって受け止めてくれる。 「はっ、あん……あんっ、あああんっ」 お腹に力をこめて突き入れれば、そのぶん感じてるのがすぐに分かる甘い声が応じた。 「ああっ、ふぁああ、すごい……大、ヘン。あそこヘンになる……ぅ」 「後ろからするのとだいぶちがうね」 「うん……なんか、大の、すごく大きく感じる」 「たくましくて、硬くて、熱くて……男らしくて」 「あはぁぁあっ、大、ひろし好きぃいっ」 「俺も大好きだよ。……うは、マキさんの中いつもより熱いかも」 「こんなにきついなんて……超気持ちイイ」 「ああん。あーん大のが太いからぁ」 「マキさんがしめるからだよ」 ――にちっ、にちっ、にちっ、にちっ。 腰づかいは勢いをつける一方だ。 濃密にくっつけた粘膜同士がヌルヌル感で覆われてて気持ちよくて仕方ない。 「はぁーーんっ、あーんっ」 女の子っぽく肩をくねらせながら喘ぐマキさん。 可愛い声にあわせて、つぶれかけのプリンみたいな丸みが、ぷるぷる大胆に波打ってて興奮する。 「ひゃんっ」 ぎゅっと握りしめた。適度な弾力と柔らかさ。捕まえたこっちの手のひらが気持ちイイ。 「あっ、あっ、そう……もっとおっぱい揉んでぇ」 「言われなくても」 「乳首も、乳首……ひぁぁあんっ」 過敏なピンク突起は、キュッとつまむとヴァギナに直結した反応が出る。 マン肉がぎゅーっと締まって、俺はもちろんマキさんにも強烈な刺激を返した。 「はぁぁあいい、気持ち、いい。大とこうするの好き。大好き」 「幸せぇ……」 軽めのピストンで、深い一体感を強く味わった。 この前のスローセックスで学んだこと。好きな人とのエッチは、ハードにしなくても充分気持ちイイ。 むしろこっちのほうが、快感に目をくらまされず幸せを感じていられる。 「可愛いよマキさん。好きだ、大好き」 「にゃう。んふ、なんだよぉ、顏見て恥ずかしいこと言うなよぉ」 「私だって大好きだぞ。……ん、ほら」 求めてくるキスに応えた。 と……。 「あふぁっ!」 ちょうどカリ首がヌルヌル粘膜の良いところにハマったらしい。目を丸くした。 「やっ、んんっ、大。あっ、くる。もう来ちゃう」 「いいよ、好きなタイミングでイッて」 もちろんどこにハマってるか、俺は感覚として分かった。 マキさんの体はもう知り尽くしてる。 「ほら、ほらこういうの好きだよね」 「はぁあーん、あん、あぅうん、ふぅう。うん、うん好き」 「それ気持ちイイ……優しくて、大らしくて好きぃ」 亀頭を当てたまま体を揺らせば、軽く電気を流されてるみたくマキさんが震える。 乳首がこれでもかってくらい勃起して……、あとちょっとだ。 「んくっ……っ」 「う……」 キュンとヴァギナが締まり、ペニスが引っ張られるような快感がわく。 ……俺も出そう。 「はぁ……っあはぁあ……っ」 「っ……ふ、っふ……」 「んぁああん……いいっ、すごくいい。あそこトロけそぉ」 勢いをつけないピストンのなかで、マキさんはうっとりと目を閉じる。 イキそうなときはこんな顔するんだ。バックからじゃ分からなかった。 「いくよマキさん。俺、出すから、マキさんのなかに出すから」 「んぅ、うん、うん……一緒に、な」 「うん」 自然とお互いに手を取り合っていた。 そっか、前からだと手をつなぎやすいってのもあるな。 俺もマキさんも手をつなぐのはなんとなく好きで……。 「あう……っ!」 「は……っ」 「ああっ、ああぁぁああイクぅうっ。大、大ぃいいくいくいくぅーっ」 「マキさん……ううっ、俺も、っくっ」 「はぁぁああぁぁぁぁぁあ……っ!」 ――びゅくるるるるるるる……っ! 甘ったるい気分そのままに、ありったけの精子を放っていた。 「ああん、あぁ、あーん。きたぁ、おなかに、おなかに大の熱いのきたぁぁああ……」 「あぅううぅぅううぅぅ……っ」 これでもかってくらいのミルクを浴びせられて、さすがにマキさんの体も大きく弾む。 全身が絶頂感にのたうってた。 「あぅっ」 愛しくなってしまい抱きしめる。 トロけそうに柔らかな身体には強烈なバネがあって、抱いてるだけで気持ちイイ。 「はぁー……っはぁー……っ」 「はー……っ、はー……っ」 「……」 「好きだよ、マキさん」 何度言っても足りない言葉を耳元でささやく。 マキさんは言われるたびに気持ちよさそうに鼻を鳴らして。 「私も……好き」 「大好き」 「大がいれば……もう他になにもいらない」 ・・・・・ 「ン……」 目を覚ます。 今日もいい天気だ。 えーっと。 「暑いよ」 「ごめんごめん」 また潜り込んでた姉ちゃんを追い出す。 「マキさんも」 「んー?」 「……」 「んー」(すりすり) あれ。 今日はしぶとい。起きたのに離れてくれなかった。 「マーキーさん。起きようよ」 「やだ。もうちょっと」 すりすり。 どうしちゃったんだ。いつもより2割増し甘えん坊だぞ。 「〜♪ ダイ〜」 「うーん……」 「しょうがないなぁ」(なでなで) 「えへへ」(すりすり) 「あはは」(なでなで) もうちょっとだけこうして……。 「ぢゃねえよ! さっさと起きろーーー!」 「すんません!」 叩き起こされる。 仕事に行く姉ちゃんを見送って、俺たちは朝ごはん。 トーストに、俺はジャムをぬって。マキさんはベーコンを乗せて食べる。 「はむはむ」 「はぐはぐ」 「……」 「なあこれ、ジャムちょうだい」 「はい? どうぞ」 ベーコンだけ先に食べて、俺のと同じジャムを塗った。 「はぐはぐアマー」 珍しい。 「なあ、コーヒーも飲みたい」 「今日はコーラあるのに」 「いいから。水出しのやつないわけ」 「ちょっと待って」 冷蔵庫を調べる。 「すいません。切れてますね」 「ったく。欲しいときに限ってない」 「3時間は……待てませんか」 「待てません。ダイのと一緒がいいの。淹れて」 珍しく普通に淹れたホットを欲しがった。 「どうぞ」 「サンキュ」 マキさんはそのままブラックで口をつけ、 「にがっ」 そのまんまの反応をした。 「せめて砂糖使いましょうよ。牛乳あるし、カフェオレにします?」 「んー? ……んー」 「今日はこれでいい」 しぶい顔をしながら、またブラックコーヒーに口をつけた。 どうしたんだろ? ・・・・・ 様子が変な理由は、午後になって明かされた。 「明日から1週間……もっとかかるな。10日くらい、空けるから」 「どこか行くんですか?」 「じいちゃんの墓参り」 「あ……」 そっか。前に聞いたっけ。 8月15日がおじいさんの命日。それを知ったのが17日だったって。 「……」 明らかに行きたくなさそうなマキさん。 でも『行かない』という選択肢は、最初から外してるっぽい。 あのフリーダムな彼女が……。おじいさんのこと好きだったんだろう。 「……」 「この色、叱られるかも」 「色? ああ」 元気印な日焼けのあとは、だんだん皮が破れだしてるものの、まだ残ってる。 「大丈夫でしょ。おじいさんだって孫が元気に育ったって思うだけで」 「ジジイはいいんだよ。もう死んでるから」 すごいこと言うなオイ。 「嫌なのはまだ生きてる方。ばあちゃんはまだいいけど……」 「……檀家連中は」 「はい?」 「……」 「なあダイ、頼みがあるんだけど」 「一緒に……来てくれない?」 「はあ?」 「墓参り……ううんその前の4、5日だけでいいから。一緒に」 「お前が一緒なら……その、安心できるから」 え……よそ様の墓参りに? 「ほんと?」 「ちょっと緊張しますけどね」 さすがに場違い感がハンパないけど、こんな不安定なマキさんは初めてだ。放っておけない。 「……」 「ただお墓参りとなると礼服が要りますね。学園の制服でいいんでしょうか。ネクタイくらいは……」 「やっぱいいや」 「よく考えたら、男なんて連れ帰るほうが問題だ」 「そっか。ですね」 「でもありがと」 ぎゅーっとしがみつかれる。 不安定なメンタル、ちょっとは回復したようだ。 「さすがにそれは」 「えー? ぶー」 「だってよそ様の墓参りって。キツいですよさすがに」 「それはそうだけどさ」 「……まあよく考えたら来られても困るけど」 「でもあっさり拒否んなよムカつくな」(ぎゅー) 「いててて」 怒らせてしまった。 でも元気は出たようだ。 ・・・・・ マキさんは怒ってしまったのでその日は1人で寝ることに。 ……ぐぅ。 ・・・・・ 「ダイ」 「はいはい」 とてとてとこっちにくる彼女。ご要望通り抱きしめた。 頭を撫でてあげると、やっと笑顔になる。 マキさんは色んな意味で子供なところがある。 そんな彼女にとって、墓参りってのは厳しいものがあるようだった。 「くぁあ」 遅くになってのそのそと起き出してくるマキさん。 その日も何をするでもなく、 ただいつもより4割増しほど甘えてきた。 作っておいた水出しコーヒーをブラックのまま、苦がりながら飲みたがり、 昼を過ぎたころ。 「んじゃ、行ってきます」 「はい」 近くに散歩にでも行くように、ふらっといなくなる。 「……」 帰りは10日後。 ステーキでも買って待ってるか。 「……」 「はぁ」 「なーん」 「お? よう、最近うち来なかったな」 「……あらあら」 「?」 「お久しぶり」 「お、おう」 (誰だっけこのばあさん) 「こんちはおばあちゃん。今日も暑いわね」 「すっかり夏ねぇ」 「出かけるの」 「ああ、昨日言っただろ。10日くらい」 「そう。久しぶりにヒロを独占できるわね」 「はいはい。……帰ったらしばらく私によこせよな」 「ふふっ」 「送ってあげようか」 「いらねーよ」 「あの姉ちゃん、つかみどころがないから苦手だ」 「〜♪ 風が気持ちイイ」 「湘南の夏はいい」 ――ドゴッッ! 「……」 「いまいちなことも多いけど」 「いいからさっさとサイフだせや。殺すぞコラァ」 「ひぎっ、ひいい。わ、分かりまし」 ぷちっ。 「おげっ」 「群れて、つるんで、脅し取る」 「こういうのを見てると無性に腹が立つ」 「あえ……み、みなごろ」 ――ドゴォオオオオオオオーーーーーーーーン! 「やれやれ」 「ど、どうも」 「あ、あなた確か、海の家の」 「あん? ……ああ、よく来てた」 「も、もうあの店では働かないので?」 「クビになったし、もう意味もないから行かねーよ。あきらめろ」 「そうですか……」 「で、でも、来年とか。気が向いたらまた働いてるところ見たいな」 「僕も、友達も店長も、あなたが来なくなって寂しがってるから」 「……」 「あっそ」 「おん? おう、野良公じゃねえか」 「ああ、ジジイ。腰はもういいのか」 「がっはっは、いいわけないだろ。先生に無理言って退院したら病院出た瞬間痛いのなんのって」 「笑いごとじゃねーよ。病院戻れや」 「……? 元気がねえな。どうかしたんかい」 「別に」 「……」 「よし! せっかく会えたんだし、ジジイがとびきり美味いベーコンをご馳走してやろう。こっち来な」 「はあ? せっかくってなんだバーカ」 「文句は言いつつ来るんだな」 「ベーコンはもらう」 「はぐはぐウマー」 「お、おいおいやるのは1切れ2切れでブロックごと食うんじゃ……まあいいか」 「なんで元気ないか知らんが、辛気臭い顔するもんじゃないぞ」 「ヒロ坊が心配するでな」 「ン……」 「だな」 「うぐ……うう」 「し、死ぬかと思った」 「クソッ! 皆殺しのやつ、こっちはあいつを見守ってやってんだぞ」 「まあ監視はほぼさぼってるけど。ムカつく」 「覚えてやがれ……」 「今年もいまのうちから回り始めましょう。盆に間に合いませんからね」 「……」 「お待ちしておりました、お嬢」 「……」 「あーあ」 「暇そうにしてるわね」 「マキさんがいないとどうも」 「最近分散しがちだった世話焼き濃度をお姉ちゃんだけに向けるといいんじゃない?」 「姉ちゃんは世話焼き濃度を濃くするともっと濃いのがいいって駄々こねるから」 「ちぇ」 「どうせまたすぐふらっと帰ってくるわよ。……鬱陶しいことに」 「それより明日、登校日でしょ。準備はできてる?」 「そっか。もう明日か」 休み休みで感覚がマヒしてた。 「夏休みも半分終わり……か」 「ええ。この先はあっという間よ。お盆とか逆に忙しいし」 「……」 湘南の夏が終わっていく。 日の落ちたころ、買い出しに出かけた。 マキさん不在によりさっそくワガママホルモンの過剰になった姉ちゃんが、『ヤキトリが食べたい』と言って聞かないのだ。 まあこっちも世話焼きホルモンを持て余してたし。買いに行く。 そういえば……。 もうずいぶん前に思えるけど、マキさんと初めて接点持ったのも、ヤキトリを買いに行った時だったな。 たしかここからケンカを目撃して、プラス、当時は『堤防で寝てる人』って認識だったマキさんを見つけた。 それで後を追って……。 ここの角を曲がった人気のない路地裏で、ヤキトリ脅し取られた。 あのときは俺、尾行したと勘違いさせたんだっけ? 当時は警戒心の塊だったよな、彼女。 今じゃ信じられないけど、当時だと思う。 俺の恋人が、湘南で一番危険で関わっちゃいけない女だってことは。 ――ゴツッッ! 「ッ……」 最近聞きなれた、人の殴られる音が、 「あ……?」 自分の後頭部から響いた。 「がはっ!」 重くて硬いものが後頭部ではじける。俺は一瞬意識が飛んで、その場に座り込んだ。 「オラァッ!」 「あがっ! がっ、あぐっ!」 そのまま蹴られる。 だ、誰だ。 「ハン、クソが。やっぱこいつ、たんなる雑魚じゃねーか」 「皆殺し味方につけたからってチョーシこいてんじゃねーぞオラ!」 どこかで見た顔が2人、長物を手に立っていた。 ・・・・・ 「おはよー」 「おはようひろ。しばらく会わなかったが……」 「ッ!ど、どうしたんだその怪我」 「あはは、階段から落ちた」 頭に包帯を巻いて登校すると、さすがにみんなから心配される。 「なんだよ、湘南ナンバー2の男が台無しジャン」 「いたそ〜。ダイジョブこれ?」 「これ後ろから打っていますね。気を付けてください、後頭部は危険です」 「うん。……いてて、触らないで」 包帯は頭だけだが、痛いのは全身だ。 「……」 ・・・・・ 「うちのクラスの文化祭の出し物は、文化枠、研究発表に決まりました」 「予算がたーっぷりあるので豪華な発表にしましょうね」 登校日はとくにやることもなく、課題提出なんかを済ませたら終了する。 文化祭について話し合うSTも終わり。 「では本日は解散。みんな夏休み後半も宿題をさぼっちゃだめだよ」 「幸せだなぁ。僕はまだ夏休みが残ってると思うときが一番幸せなんだ」 帰っていいことに。 みんな席を立ちだすのと同時にメールが来た。 呼ばれるまま、指定された場所へ。 「……」 「……ふー……」 澄み切った空。吹き抜ける風。 爽やかな夏の1日だった。 真夏の日差しでさえ心地よく感じるような。穏やかな世界。 「……」 なのに、肌が薄ら寒かった。 1人で待たされる。1人にされるという状況が怖い。 朝は姉ちゃんの車に乗せてもらってきたけど、このあと帰りどうしよう。 「……」 どうしよう。 「お待たせ」 「ああ」 やっと来てくれた。メールでここに来るよう言ったのは彼女だ。 「何か用事?」 「分かるだろ?」 「……」 分かる。 ぽりぽりと頭をかく俺。昨日殴られたところがまだ痛かった。 「さすがに後頭部の怪我で階段から落ちたってのは不自然だったかな」 「車にひかれた。にすべきだったな。それでもアタシらなら、ケガの質を見ればどうやってついたかくらいわかるけど」 さすがは番長さんか。 「大丈夫だったか?」 「うん。痛かったけど、たいした怪我じゃないよ。もともと頑丈だしね」 この包帯もちょっと大げさだと思う。 「よかった」 「……」 「いまうちのを総動員してお前を襲ったやつを探させてる」 「助けてくれた人が相手の特徴覚えてて助かったよ」 「そう」 何発か殴られたけど、犬の散歩中だったご近所さんが見つけてくれて、騒ぎになってあっちが逃げた。 「もう目星はついたらしい。こういうときのクミは笑えるほど優秀だ。すぐに見つけてくれるだろ」 「そいつらが今後お前の人生に関わることはねえよ。安心しな」 「……」 一安心だ。 頼りになる番長がいると、こういうときありがたい。 昨日の夜から身体に走る、神経の突っ張りは取れないけど。 「……」 「そんな怯えた顔すんな。もう終わったって」 「う、うん。分かってる」 「分かってるけど……でもさ」 怖い。 昨日の恐怖がまだ残ってる。 無意味な暴力。無闇な悪意ってのが、こんなに怖いものだとは思わなかった。 辻堂さんのために3会を守ろうと、300人の不良に向かっていったことはある。 あのときは怖くなかった。怖くても向かっていく勇気はあった。 今はダメだ。勇気がわかない。 なんの意味もなく殴られるなんて絶対イヤだ。 意味のない暴力。意味ない痛み。 これがヤンキーなんだろうか?意味もなくケンカしたり、バイクを転がしたり。 俺には無理だ。 「……ふぅ」 「やっと人並みの感覚になったな」 「え……」 「大、様子を見てたけど、やっぱりこう言わなきゃいけないみたいだ」 「腰越を切れ」 「……」 「あいつがいる限り昨日みたいなことはまた起きる。あいつへの恨みはまたお前に向く」 「付き合うなとは言わない。隠れてこっそり会うくらいならいい。けど家に住まわせるなんてもっての外だ」 「切れ」 「……」 前と同じことを、今度ははっきり命令形で言う辻堂さん。 それだけ今回のことは彼女も驚かせたんだろう。それは分かる。 けど……。 「できないよ。もうマキさんとは家族みたいなものだから」 「……昨日みたいなことがまた起きても?」 「また起きても」 きっぱりと言う。 墓参りに行くのを……本当の家族のもとへ行くのを嫌がってたマキさん。 なら俺たちが拒絶するわけにはいかない。 「……」 「……」 「説得方法間違えた。お前がまだ狙われてる風に言ってビビらせてから腰越のことあきらめさせるべきだった」 「あはは、人をだませないのは辻堂さんの良いところだよ」 「他人を傷つけられないのはお前の悪いとこだ」 やれやれって感じに肩をすくめる彼女。 「ま、どうなるかなんて神のみぞ知るだから、お前の好きなようにやればいいさ」 「実際腰越がいれば襲ってくるようなやつも少ないし。アタシも出来る限り協力する」 「うん」 「応援してくれて本当に嬉しいし助かってる。ありがとう辻堂さん」 「っ……」 「じゃあ俺、もう帰るよ」 「ああ、帰り道は人通りの多いとこ通れよ」 「うん」 屋上を後にする……。 「……」 「……」 「大」 「うん?」 ドアに手をかけたところで不意に呼ばれた。振り返る。 辻堂さんは、ちょっと言いにくそうに下唇をもごもごさせながら、 「……アタシは」 「……?」 「アタシは筋を通したいだけだぞ」 「へ?」 「お前を危ない世界に連れてきたのはアタシだから、お前を守りたい。そう思ってるだけ」 「それにアタシは、誰かを好きになるってのはどうしようもないことだと思ってる。アタシがそうだったように」 「だからお前が腰越と付き合うのに文句は言わない。お前たちが好き合ってるならどうにも出来ないから。そこら辺の筋は通す」 「でも……」 「……」 「……でも」 言いにくそうにもう一度口をつぐみ、下唇をかむ。 そして、 「アタシはお前らを応援したことなんて一度だってないぜ」 「……」 「……」 「……」 ・・・・・ 「さてと」 「こいつらがお探しの、長谷を襲ったってやつよ」 (ぴく……ぴく……) 「もうボコボコじゃねーか」 「腰越を敵に回すとマズいってのにバカなことするからヤキいれたの」 「シシシッ、ヤキ入れなんて久しぶりだからティアラが張り切っちゃったシ」 「俺っちよりリョウのほうがキツかったぜ」 「そういえばリョウ、珍しくヤキ入れに参加したわね。なにかあったの?」 「さあな」 「ご要望通りくれてやるわ。辻堂に貸し1だって言っときなさいよ」 「はいはい。連れてけ」 「ひぎ……ぁ……助けて」 「皆殺しセンパイを敵にしたがるほどバカじゃ救えねーっすわ」 「ううう……」 「あ、あとクミ。もう1つ」 「こいつらが睨みきかすのさぼってたから長谷の家、かなり広まってるみたい」 「どういうことだ」 「もうかなりの数のヤンキーが長谷と腰越の関係を知ってるってことよ」 「ッ……」 「もちろんだからって腰越相手にケンカ吹っかけるバカは少ないだろうけど」 「湘南の夏が静かに過ぎたことはないわ。せいぜい気を付けるよう辻堂に言うことね」 「もう包帯しなくていいわけ?」 「いいったら。朝の時点でほとんど治ってたんだし。大げさだよ」 「でも心配だわ」 「昔姉ちゃんのプロレスの練習台にされた時の方が重傷だったよ」 「それもそうね」 お気楽な人だ。 ちなみに姉ちゃんは、俺が暴漢に襲われたのは知ってるけど、他の事情は教えてない。 関わらせたくないもんな。 「ン」 ふと携帯を見ると、辻堂さんからまたメールが。 俺を襲った人たちは見つかり、二度とバカなことできないようにした。とのことだ。 なにをしたのか思うと微妙だが、正直、ほっとした。 「っ!」 窓の外をけたたましいバイクが数台、通り過ぎた。 「うるさいわね。湘南の夏はこれだから」 「ヒロ……? 顔色悪いわよ」 「な、なんでもないよ」 「大丈夫だったら」 「うん……」 はぁ……。 マキさん、まだ帰らないのかな。 「本日はお忙しいなかをありがとうございました」 「いえ、では次は秋分に」 「マキさんまでいらして下さって。父も喜んでいますわ」 「……」 「お構いなく」 ・・・・・ 「ふう、やっと半分。たった3日でこんなに回らなきゃいけないなんて」 「次は……鈴木さんか。あの人話が長いから困るんだよなぁ」 「……」 「嬢はもうちょっと愛想よくしてくださいよ。むすっとばっかしてないで」 「ジジイの代わりに回ってるだけなんだから顔見せるだけで充分だろ」 「そんな顔してたらあっちも怖がるでしょう。……まあ顔見せるだけでもいいだろうけど」 「……」 「チッ」 「まいどあり」 夕飯用に惣菜をいくつか買って帰る。 「……頭、大丈夫?」 「正気のつもりだけど」 「そうじゃなくて」 「ああ、うん。大丈夫。もう治った」 例の一件はもうご近所中に広まってるようだ。 「(なでなで)もう怪我はなさそうだけど」 傷のあった後頭部を撫でてくる。 「うん。結構血が出たけどふさがったよ。傷の形にハゲちゃったけど」 「まあ昔冴子さんのプロレスの実験台にされてたころよりはマシだね」 「うん、姉ちゃんとよい子さんのタッグ技に比べればちょろいちょろい」 「……反省してます」 ッ! 「ヒャッホー!」 店を出ようとしたところで、近くをバイクが通り過ぎた。 普通のバイクだったけど、音が大きくてびっくりする。 「……」 「……」 「送るわ。行きましょ」 「でも」 「いいから。ね」 手を引いて歩き出すよい子さん。 甘えさせてもらうことに。 途中、 「b」 「q」 「?」 茂みに向けて立てた親指を下にした。 「なにしてるの?」 「別に? 指の運動」 「???」 ・・・・・ 「分かったなコゾー。この辺は俺たち湘南BABYひいては江乃死魔の土地だ。無闇にふかすんじゃねぇ」 「す、すいませんでした」 「やれやれ、リョウさんちょっと過保護だぜ」 「ま、あの伝説の親分の弟さんを陰ながら守るってのは悪くないけど」 「……ん?」 「ここら辺に腰越マキの住処があるはずだ。探せ、長谷ってやつの家」 「長谷大……見つけたは見つけたけど、何者なんだよ。江乃死魔や辻堂とまでツテがあるって」 「……」 「大変なことになりそう」 8月15日―― 「おばーちゃーん、来たよー」 「お邪魔します」 育ててくれたご縁もあって、うちは年に一度、挨拶にいくことにしてる。 今年はちょっと前に行ったからいいかなと思ったんだけど、結局行くことに。 お盆の坊さんというと慌ただしいイメージがあるが、 「ホゥホゥ、いらっしゃい2人とも」 のんびり3人分のお茶を持ってやってくるばあちゃん。 もう引退したばあちゃんは呑気なものだった。 むしろ他の坊さんたちがみんな外を回ってるので、寺の中は静かなくらいだ。 俺としても気が楽だった。 「ふー」 縁側に腰かけて3人で一息つく。 「ここは夏も風があって涼しいからいいわ」 「ホゥホゥ、なによりじゃ」 「お土産のようかん、切ってくるわね」 俺とばあちゃんになった。 「その後どうかね。風邪など引いとらんか」 「ないよ。元気いっぱい」 「ホゥホゥ、そらあ良かった」 「わしの薬湯のおかげかねぇ」 「……かもね」 前に風邪の看病に来てくれたときの薬湯の味を思い出す。 ひどかったなアレ。 「……」 そういえばその日の晩にマキさんがくれたなんかの草を煎じた薬もひどかった。 「ん、ばあちゃん、裾が汚れてるよ」 「朝の涼しいうちにじいさんの墓参りに行ったからの」 「……そっか、おじいちゃん、もう」 何年か前に亡くなったんだっけ。 養育院にはノータッチであんまり覚えてないけど、優しい人だったな。 いつも漢方の匂いをさせてたのを覚えてる。趣味だとかで、ばあちゃんにあの薬湯を教えたのもおじいちゃんだとか。 「人もまた諸行無常。今頃は極楽浄土で女の尻でも追っかけていよう」 「そういう人だったんだ」 「若いころから女好きじゃったからの」 「それに物欲まみれじゃった。部屋を鉄道模型と古い汽車の備品だらけにしおって」 「鉄オタ?」 「ヒマな日は毎日駅を回って電車の写真ばっか撮っておったわい」 驚愕の事実。 まああんまり覚えてないんだけど。 「……」 「末期を看取ってやれんかったのが心残りじゃわ」 「そうなんだ」 「よりにもよって忙しい日に逝きおったからの」 「朝まで笑ってSL模型を磨いとったと思えば、夕に気づいたときはポックリじゃったわ」 「その後も数日、忙しいてほったらかしで、埋葬するにも時間がかかった」 「じいさん、怒うとるかの」 「……大丈夫だよ」 「孫は怒うとったから、心配じゃわい」 「……」 ・・・・・ 「いつまでほったらかしとくんだよ」 「盆は忙しいのです。ご理解下さい」 「死んだことは気付かない。死んだら死んだで病院任せ。……僧侶のすることかよ」 「皆様の鎮魂と安寧のためじゃ。特別扱いはできんわい」 「……お客第一の商売ってわけね」 「……チッ」 「……」 「潔癖すぎるからのぅ、あの子は」 「うん?」 「んにゃ。じいさまに悪いことしたなーと」 「ホゥホゥ、あっちに行ったら謝ってやらんと」 「まだ早いよ」 「わかっとる。あと50年くらいしたらの話じゃ」 「それは遅いよ」 「切ったわよ」 ようかんを持った姉ちゃんが戻る。 3人でのんびりした。 「ホゥホゥ、塩ようかん。最近はよう分からんもんがあるのぅ」 「最近甘いものにはやたら塩が入るのよね。チョコといいパフェといい」 「さえちゃんは最近なんかあったかい?」 「んー? そうねえ」 姉ちゃんは何事か考えると、 ふとイタズラっぽく笑い。 「ヒロの連れ込んだ同居人に苦労させられてるわ」 マキさんのことに触れた。 「連れ込んだ?」 「そう。彼女作ってね、その子と一緒に暮らしたいとか言うの」 「色々事情があって仕方ないから了承したけど、毎日毎日イチャついてくれちゃって。目の毒」 「うっさいなぁ」 イチャついてはないはずだぞ。姉ちゃんの前では。 「ほぉう。そんなことが」 「……」 「しかも驚いたことに、その女の子がなんと……」  ? 「うぐっ!」 「ちょ、ちょっとおしっこ」 行っちゃった。 まあ余計な話が続かなくてよかったか。 「ホゥホゥ」 「その年で女を家に……のぅ。ヒロ坊はじいさまの血が濃いようじゃな」 「誤解です。事情があって」 「鉄道グッズ集めはほどほどにの」 「ちがうっちゅーねん」 マキさんのこと……説明したいけど、 でも複雑すぎるな。結果的に好きな子を連れ込んだ点は変わらないし。 「ホゥホゥ。ま、若いうちは好きに生きるがよかろう。恋をするも人生よ」 ばあちゃんは1人で結論出しちゃったみたいだし。 「しかしヒロ坊。覚えておきなされ」 「うん?」 「恋するは自由。しかし恋するは、同時に煩悩でもある」 「愛は苦のひとつに他ならぬ」 「恋をするということは、すなわち苦しむに等しいぞ」 「……」 「はー、このお寺和式トイレしかないから困るわ」 姉ちゃんが戻ってきて話は中断する。 そのままようかんだけいただいてお暇した。 ばあちゃんの言うことはいつも大げさなうえにいい加減でよく分からない。 けど。 恋をすることは苦しむこと、か。 ・・・・・ 「へへっ、ここが長谷家だな。皆殺しのマキが住んでるっていう」 「誰もいないみたいだぜ。どうする」 「ちょうどいいじゃん」 「スプレーとってくれ。誰も来ないうちにここに新たな伝説開幕の証を……」 ――ドグッッ!!! 「おげ……ッ」 「えっ? あれ? 喧嘩狼……」 「囲まれてる?」 「連れてけ」 「ういっす」 「……」 「はぁ」 マキさんがいなくなって9日。 明日で約束の10日だ。 「はぁ……」 「物足りないって顔ね」 「マキさんがいないと物足りない」 「ふふっ、ちょっとお尻のところに頭持ってきて。かかと落としするから」 「でなくても退屈だ」 「課題でもしたら?」 「もう終わってる」 「へえ、すごいじゃない気付かなかった。いつの間に?」 「マキさんがいなくなってから、モヤモヤを発散すべく勉学に打ち込んだらすぐに」 「1分でいいからマとキとさとんで構成される単語を出さないように出来ないかしら」 チョークスリーパーされた。 「そんなこと言われても、寂しいものは寂しいよ」 「耐性つよ。首絞めてるのに微塵も動じてない」 「弟が完全にとられちゃったみたい。お姉ちゃん寂しー」 「姉ちゃんなしで10日ってのもキツいけどね」 「そうそう。中学の修学旅行で4泊5日だったとき、3日目の夜に耐え切れずに電話してきたわよね」 「う……お、お土産何が欲しいか聞いただけじゃん」 「メールの方が便利だったと思うけど」 「……」 ごろん。 「お?」 ぐるぐるぐる〜っ。 「にゃーっ」 布団で簀巻きにして黙らせた。 「マキさんまだかなぁ」 明日くらいならいいけど、明後日は耐えられないかも。 どこに行ったか分からないから耐えるしかないんだけど。 「まあまあ、どうせ明日には戻るって」 「一緒にテレビでも見ましょ。ほら、面白そうな映画がやってるわよ。今までにない全く新しいミステリーだって」 「そういうのって大体面白くないけどね」 一緒に見ることに。 「なんで一緒にテレビ見るといっつも俺の膝の上にくるの?」 「いや?」 「いいけど」 始まった。 「ここが村に通じる唯一の吊り橋か」 「ええ、ここが落ちたら村から出られませんし、村には警察も来られなくなります」 「こういう設定って現実にありえるのかな」 「橋一本で外界と通じてる村はあるだろうけど、木製の吊り橋ってことはないわね。木の橋で間に合う程度の川なら泳いで渡れるし」 「ヘリって方法もあるよね」 「なに!? 村長が殺された!?」 「死後硬直の状態から言ってこいつは死後5時間ってとこだな。全員アリバイを取るから広間に集まりなさい」 「冗談じゃない。俺は部屋に帰らせてもらうぜ」 「うわ、死体結構グロい」 「日本のやつでここまで血を出すのは珍しいな」 (ぶるっ) 「怖い? もっとくっついていいよ」 「……」 「ほら姉ちゃん、遠慮しないで」(ぶるぶる) 「私まで震えが来るほど震えながら強がらないで」 「……血は苦手なんだよ」 「これは犯人の罠だ。閉じ込められてしまった」 「きゃー! 誰か助けて!3年前のあの事件は私のせいじゃないのよー!」 「うわ、後ろから来る」 「こういうシンプルなのほどスリリングね」 「やばいっ、逃げて、そっちはダメ!」 「この俳優のレベルじゃ死ぬの確定よ。……あーやられ」 ――ガシャーン! 「!」 「っ、なに、テレビじゃないわよね」 「うん」 2人で見に行く。 廊下の天窓が割れてた。 「なにこれ」 「……」 これって……。 「この石ね。カラスのイタズラかしら」 そんなに大きくない、確かにカラスでも持てそうな石が落ちてた。 天窓にあいた穴の大きさを見ても、これのせいだろう。 でも……。 「……」 「……へっ」 「……」 「ま、夏だし別にいいわ。明日にでも業者呼びましょ」 「うん」 今日は新聞でふさいでおくだけに。 その後はまたテレビに戻る。 「途中見逃して分かるかしら……あ、もう解決編だ」 「ハハハハ! 吊り橋が落ちたら出られない。こんな村はもうイヤだ。これはこんな村にした村長への復讐だ」 「なんじゃそりゃあ。確かに見たことないミステリーだけど」 「……」 「ヒロ? どうかした?」 「つまんなかったけど、そんなに怒らなくても」 「いや……そうじゃなくて」 その晩は、遅くまで眠れなかった。 朝。 昨夜が遅かったせいで眠い。重たい上半身を起こす。 「くぴー」 上半身は物理的に重かった。 「姉ちゃん、離れて」 ジタバタもがくけど、手も足も動かない。 「んにゅんにゅ。いいじゃない、お邪魔虫が戻るまで姉弟水入らずを堪能しよ」 「熱いし息苦しいんだって」 マキさんとのWパンチほどじゃないけど、姉ちゃん1人でもおっぱい力は強力だ。 「つれないの。ちょっとはサービスしろ〜」 スリスリしてくる。 「人生の7割くらいを姉ちゃんへのサービスに費やしてるじゃんか。これ以上何を望むんだよ」 「9割にアップ」 「ぜいたく言い過ぎ。離れてってば」 「ヤダ。ほらほら、起きたならまずはお姉さまにおはようのちゅーでしょ」 「むちゅ〜」 「んぐ……っぷああ!」 奪われてしまった。ジタバタして逃れる。 「これはマジでやめなさい!言ったでしょ、俺もうマキさんと恋人なんだから、姉弟でも口へのキスはダメ」 「やかましい!」 「痛!」 「宇宙開闢の時から弟に姉のちゅーを拒む権利はない!」 「逆ギレかよ!うわやば、動けない。誰か助けてー!」 「もらった! マキルート完!」 「いい加減にしろ」 「あれ?」 「げっ、ど、どこから」 「最初からいたよ。明け方に帰ったの。そっちが上半身独占してるからこっちは下半身にくっついてた」 「道理で足も動かないと思った」 「コラテメェ、なに姉ちゃんにチューされてちん○ん固くしてんだ」 「やん」 「ご、誤解です。朝だからです」 「ったく。まあ姉弟のスキンシップにとやかく言う気はないけど」 「一応上書きはしとかねーとな」 「わわ」 ちゅ〜。 また奪われた。なんで俺はキスといえば一方的に奪われるんだろう。 「ハァ……ヒロ独占モード終了か。ま、いいけど」 「んちゅる、にゅる、んぷぁ、ダイの味久しぶり」 「ぷは……あふ、マキさ……んんるっ」 「ちょっとちょっと、ディープのまではじめないで」 引きはがされた。 「まったく……先に言うことがあるでしょ」 「は?」 「家に帰ったらなんて言うの?あいさつも出来ない不良はお断りよ」 「ン……ああ」 「ただいま」 あ……。 「おかえり」 「おかえりなさいマキさん」 なんかドタバタしちゃったけど。 10日ぶりの日々が戻ってきた。 「……」 「……」 「さて続き続き」(ちゅー) 「あちょ、あむぷ……っ」 「いいなー」 「じゃあ私は姉らしく弟がイヤがるトコロにちょっかい出そう」(にぎにぎ) 「もがー! それやっていいのは小学生まで!」 10日間の普通の日々が消えたと言うべきか。 「あれが……」 「腰越マキの住む家」 「絶対に近づくなよ。気づかれたら命がないからな」 「だ、だいじょぶっすよ。俺は千葉最強のナイフの使い手、デッドナイフ……」 「え?」 「なにか?」 「貴様ら」 「!!!!???」 「人ン家の周りをウロウロと…」(がしっ) ――ブンッッ! 「人の頭があんなに速く振られるのをはじめてみた」 「〜〜〜」(←卒倒) 「うせろ」 「ひええーすいませーっん!」 「2匹いたけど追っ払ったぞ」 「助かります」 やっぱり今日も来てたのか、マキさんを狙う人たち。 ……俺に闇討ちしてきた人たちの同類。 一週間前のことだし、相手はもう捕まったとはいえまだ恐怖が強く残ってる。 「まー心配すんな。誰が来ようと私のダイに手ぇだす気ならコロす」 ちょっと怖いが頼もしい。 「あとさっきのこと、姉ちゃんには内緒で」 「だな。言ったらすげーいやみ言われそう」 心配かけないようにだけど……まいっか。 「そういえば日焼け、戻っちゃいましたね」 「あんまり外に出なかったからな。新陳代謝早いし」 「相当なスピードだね」 「……」 「残念?」 「実のところあっちの健康美的なのには、かなりフェチ魂をくすぐられてました」 「うん、視線で気付いてた」 「それよりメシメシ。朝メシにしようぜ」 「離れてる間ずーっとダイのメシが恋しくてさ」 ちょっと照れる。 今朝は和食なので、急遽3人に増えても問題なかった。 ごはんやみそ汁を用意していく。 「いただきまーす。もきゅもきゅウマー」 「こらこら、姉ちゃんが来るまで待ってよ」 関係なしに食べてしまうマキさん。彼女らしい。 「……」 久しぶりだな、マキさんのいる食事。 いつの間にか彼女なしだと味気なくなってた。 美味しく食べてくれるだろうか。緊張する。 「ゾゾゾ……」 「そのメカブ最近よく食べてるんだ」 「……」 「カラダにいいからね」 「パックだから色々入ってんだろうけど。カラダにいいから」 「うむ……」 「海草キラい」 「……」 ヤバい…泣きそうだよ。 「でもダイが用意したモンだから食う。ずぞぞぞウマー」 よかった。 「なーにが用意したモンだからよ。食べ物ならなんでも食べるくせに」 「そろったね。じゃ、いただきますしようか」 「おう、いただきまーす」 「いただきます」 夏休みの最中も文化祭の準備をすることになってる。自由参加だけど、今日は登校した。 「展示物の配置順なんかは決めてきましたので、今日はみんなで買い出しに行きましょう」 「ちなみに出し物は何の展示になったの?」 「はい」 「健康器具のこれまでとこれから、です」 「うおっ、まぶしっ」 「坂東君のおかげで資金があるので、ぶら下がり用の鉄棒から最新の電気腹筋マシーンまで目ぼしいものを取りそろえようと思うんです」 「そして文化祭終了後、余った器具は学園に寄贈。あわよくば学園の一部にスポーツジムを創設」 「ああっ、夢だったんですよジムのある学園」 「委員長は優等生キャラに見えて自分の欲望にド正直だよね」 「さあ行きましょうか。まずは最寄りのホームセンターから」 「こんなことのためにコンテストに出されたかと思うとやや納得がいかない」 「だね」 「だが実は僕、ホームセンターめぐりが大好きなんだ。行くぞひろ」 「はいはい」 そんなに出席率は多くないメンバーを引き連れて出かけることに。 「あ……」 「辻堂さんも来るなんて意外だな。自由参加なのに」 「正直出る気なかったんだけどさ、昨日の夜……」 「明日は文化祭の準備予定日ですね。自由参加なのでどのくらい集まってくれるか心配ですが……」 「たくさん集まるといいな」(ちらっ) 「とくに重たいものをたくさん運ぶのでできれば力持ちな人に参加して……」 「欲しいな」(ちらっ) 「って」 やっぱ委員長、自分の欲望に正直だ。 「我が校の番長をなんだと思ってやがる」 「それで来ちゃう辻堂さんは優しいよ」 「フン……」 「今日はやけに機嫌がいいな」 「うん、朝、マキさんが帰ってきてさ」 「……ああ」 微妙な感じでそっぽを向く辻堂さん。 彼女とはそんなに盛り上がれる話題ではないか。 「……」 「まだ追い出す気はないのか」 「辻堂さん」 「相変わらず危機感のねーやつ」 肩をすくめる。 「前は協力してくれるって言ったじゃない」 「協力はするさ。でも面倒はないに越したことない」 やっぱり分かり合えないっぽい。 「お前がどれだけ危険な状況にいるかは前に話したよな」 「たった1週間で闇討ちうけたこと忘れたのか?」 「……」 忘れるわけない。 あのときを思い出すとまだ怖いし、殴られたとこはまだちょっと痛い。 「腰越なら1人でもやっていけるだろうし、あいつもお前がやられたら泣くぞ」 「アタシはどっちも幸せになれる方法を提案してると思うんだけど」 「……」 「それはちがうよ」 「?」 「……」 「さあ運び出してください。車がつかえないのでみんな手で運びます。どこかにぶつけないように」 「健康器具を大人買い……。子供のころからの夢が1つ叶いました」 「委員長これ重すぎ」 「がんばってください。ファイトファイト」 「やれやれ」 「マッサージチェアって健康器具って言うのかな」 「分かんねーけど。配送サービスを使わず運ぶものじゃないことは確かだな」 「んしょ、っと」 「あ、すごい。1人で持てるんだ」 「あ、すごい。じゃねーよ手伝えよ」 「ゴメンゴメン」 チェアのパーツをまとめた段ボールを支える。 「さ、行こうか」 「あ、ああ……」 「……」 「なんで隣に来るんだよ。向かいで持てよ」 「それもそっか」 「ったく……」 ・・・・・ 荷物を運ぶ以外の仕事は委員長たちがやってくれる。日の高いうちに下校した。 ――ぽた、ぽた、 「ただいま」 「……」 ――ぽた、ぽた、 「なにしてるんです。水出しコーヒー?」 「うむ。冷蔵庫になかったゆえ、姉ちゃんにセットしてもらい淹れだしたところじゃ」 カップに3分の1くらい溜まってる。 「すでに1時間待ったがこれだけしかたまらぬ。あまりの遅さに、人生の悟りに到達しかけておった」 「1時間で悟りて。全国の仙人に怒られますよ」 「もーやだ! バーカバーカコーヒーバーカ」 悟りを閉ざしてごろんとふて寝するマキさん。 「授業終わったん?」 「はい。もう夏休み中に行くこともなさそうです」 「そう」 「じゃ、こっからは私にかかりつけだな」 くいくいと伸ばした足で『おいでおいで』する。 荷物をおいて飛び込む俺。マキさんはあえて胸元をせり出しておっぱいで受け止めてくれた。 「わーい」 「へへー、朝はおっぱらなかったから待ち遠しかっただろ」 「うん」 正直言ってYESだ。この10日間、かなりの回数これが恋しかった。 思うぞんぶんくっついてゴロゴロした。 俺たちはもう、こうしてくっついてるのがデフォなくらいになってる。 甘えて。甘えられて。それが当然なんだ。 誰になんと言われても。 「ん」 「なに?」 「辻堂のニオイがする」 こっちの髪に口をつけたマキさんが、ちょっと眉をひそめた。 「しかもだいぶ強い。どこでくっついてきたんだコラァ」 「学園でさ。一緒に荷物運びしたから」 「……ふーん。まあこのくらいならいいけど」 「浮気してたら、ツナの缶詰みたいにすっからな」 「しませんよ。あとその脅し文句意味が分かりませんよ」 「ならいいけど」 「お前、まだ辻堂に未練タラタラだからさ」 「別に未練なんて……」 「……」 ない。って言うとウソになるか。 友達になろう。なんて約束して2ヶ月。 いまだに彼女を友達と思えたことは1度もない。 元カノ……一度は付き合ってた相手。友情が芽生えにくい目でしか見れない。 まだちょっと好きなんだと思う。 「……」 「……」 「でも!」 「?」 「あくまで元カノは元カノです」 「俺が好きなのはマキさんだし」 「俺はなにがあっても家族を優先します。マキさんをね」 「……」 「うん」 「ふーん、ダイ、そこまで危ないと思われてるんだ」 「辻堂さんが言うにはね。そんなに自覚ないけど」 「朝も何人かうろついてたな」 「私が怖いからダイを狙う、か。ありえるかも」 「ヤンキーなんてのは基本カスばっか。とくに湘南って地名に引き寄せられただけの雑魚はそういう姑息な憂さ晴らしが大好きだ」 「私の場合仕返しに来るやつ全部返り討ちにしてたから、そういう対象から外れてると思ってたけど……。恨んでるやつも多いだろうな」 あっけらかんというマキさん。 俺の感覚からいうと物騒このうえないんだけど、本人に自覚はないらしい。 実質的な被害は闇討ち受けたのと、あと、 「昨日の窓はどっちだったんだろ」 「廊下の窓? 昼に直してたけど」 「昨日割れたんです。石が投げ込まれて」 「姉ちゃんはカラスだって言うんだけど、時期が時期だけに」 「……」 「人だったみてーだぜ」 「え?」 「昨日の窓、もう直してやがる」 「へへへ、みんなが退院するまで何回だって……そらッ!」 ――ヒュンッ! ――パシッ。 「え?」 「なるほど、闇討ちなんて派手なのじゃなくても、こういう地味な嫌がらせも来る。か」 「確かにちょーっとメンドくせーかも」 「片付けた」 「早いな」 「ま、心配はいらねーよ。辻堂にも言っとけ」 「ダイが不安に思うことは、全部私が叩きのめす」 「まいどあり」 「こんなに安くしてくれていいの?」 「マキがいると食費が大変でしょ。サービスよ」 「ならこっちのたこ焼きもちょうだい。カリふわで美味そう」 「金出して買え。12コセットで200円」 「ちぇ。ケチ〜」 「昔助けてやった恩を忘れたのかよ。ほら暗黒世紀との抗争で」 「わー! わー! 分かった分かった1コだけよ」 「やりぃ」 この2人、同い年だからか仲がいいな。なんの話をしてるかは知らないけど。 「じゃあたこ焼きもください。24コセットで」 「甘やかすんだから。こっちはまけないわよ。400円」 「はい」 「その後どう? 危ないことしてない?」 たこ焼きをパックに詰めていくよい子さん。さりげなく25コ入れてくれる辺り良い人だ。 「マキさんが帰ってからは特に。ご心配おかけしました」 「困ったことがあれば言ってね。こっちもなるべく気を付けてるけど」 「気を付けてるって……」 「ご、ご近所として、怪しい人はいないか見張ってるってこと」 「ありがと。よい子さんも気を付けてね」 「ここの地区はやたらと治安がいいけど、やっぱり湘南ってのは悪いのが集まりがちだから」 「分かってる」 「この地区の治安がよくなったのは誰かさんがお母さんのためにーって湘南最強の」 (ぽいっ) 「わんわんっ」 よい子さんの投げるカラアゲに飛びつくマキさん。 ほんと仲が良い。 平穏とは言えないが、少なくとも危害のない日々は続いていた。 遅くに出歩くのはやめる。出るにしてもマキさんと一緒する。 この2つは徹底してる。 ガラスを割りにくるような無茶な人も、マキさんの常人離れした嗅覚があれば問題なし。 (ジロジロ) 「ひ……っ」 たまにガラの悪そうな人がこっち見てるけど、マキさんが睨み利かせればすぐに逃げてしまう。 もう大丈夫だ。 このまま平穏な日々が続くと思う。 「あそこが腰越のいる家か」 「ち、近づきすぎないでください。柏さんはあの位置から見てただけで気づかれていまだに脳震盪で苦しんでます」 「ビビりすぎだろ。今日は利根川さんだっているんだから……」 「ごちゃごちゃうるせぇ」 「ひえっ!? ぎゃああああーーーーーッッ!」 「うっとーしい空気で見てやがるから、ちっとも新しい体位の開発がはかどらねーだろ」 「あぶっ!」 「おごぉっ!」 「ったく、連日メンドくせー」 「げほ……っ、げほっ、だ、大丈夫か」 「いてて……軽くで助かりました」 (ぴくぴく) 「こいつはダメだな。今日は退くぞ、油断しすぎた」 「はい……」 「くそっ、腰越のやつナメやがって」 「……正攻法じゃ厳しすぎる」 「なにか他の方法を」 「……腰越め」 「あいつさえいなけりゃ」 「ずるずる」 「ぷはーっ。夏場のインスタントラーメンは外で食うに限るっての」 「美味いものはどこで食べても美味いわよ」 「ふぃー、恋奈様、調査終了っすー」 「ご苦労様。はいちょうど出来たところよ」 「どーもっす」(ずるずる) 「勧誘どうなったシ?」 「はい、成果はいま一つっすね。傘下に入ったグループはまだ5つ。いまの江乃死魔は全体で400人ってとこっす」 「夏休みのあいだに500まで行きたかったけど無理があったかしら」 「あと1週間で100アップはキツいっすね」 「途中までは上手く行ってたのに……あのバカが無茶するから」 「? 誰のことだ」 「腰越よ。あいつが後先考えず小規模グループを潰して回るから、チームが崩れちゃって勧誘を仕掛けられないの」 「まあその分あいつらを怖がるやつらが寄らば大樹の陰ってことで競ってうちと手を組みたがる点は助かるけど」 「……やれやれ」 「あんな考えなしじゃいつか手痛いしっぺ返しが来るわ」 「……」 「ま、とはいえ夏で500に乗せる線もまだあきらめたわけじゃないけどね」 「きびしくねっすか?」 「100なんて数はワンチャンスよ。この湘南なら、大きな騒動が来れば100くらいのヤンキーはすぐに集まってくる」 「湘南の夏が静かに過ぎたことはないのに、今年はまだ静かすぎる」 「なにかが起こるわ。これから」 「嵐が……来る!」 「来てます来てます……これはかなり来てますよぉ」 「夏休み終わりに台風かぁ」 朝から天気予報が賑わってる。 超巨大な台風が発生したそうだ。現在勢力をあげつつ、日本に接近中。 「コース的にこの湘南も引っかかる……っていうか直撃しそうね」 「この前もここに来たのに。今年は当たり年かな」 「直が年2は珍しいわね。しかも大きいのばっかり」 「……」 窓をあけて外を眺めるマキさん。外はもう雨が大降りになってた。 「嵐の匂い」 「ここに来るぜ。あと3日、4日後だ」 よく分からないけど、確信を持って言う。 「信ぴょう性は?」 「なんとなくだけど9割超えそう」 「警戒しておきましょうか。車回してあげるから、今日のうちに食料とかの買い出しすませましょ」 「うん。あ、車はいいよ、買うとしても商店街だから」 「そう」 言われた通り今日の内に買い出しを済ませることに。 「どれくらい買う?」 「マキさんのお腹が満たせる量5日分かな」 「あくまで常識の範囲内でね。あと野菜も買います」 「ちぇ」 2人で商店街をまわった。 雨とはいえ今日は日曜日なので結構人がいる。 「〜♪」 「マキさん、傘振り回さないで。通行人に水がかかります」 「振り回してる?」 「回してます。マキさん、傘下手」 「そんなこと言われたの初めてだ」 「俺も漫画のなかにだけある表現だと思ってました」 「実は傘の扱いって慣れてねーんだよな。昔から傘買うとすぐチャンバラでダメにするからずっとカッパ派だった」 「なんとなく分かる気がする」 「……じゃあ」 「お?」 俺の傘にいれる。 「ちょうどデッカい傘買ったばっかりなんです。これで行きましょう。たぶんマキさん1人より濡れないから」 「なるほど」 「なーんか子ども扱いされてるみたいで微妙だけど」 「マキさん子供なんだもん」 「ンだとコラァ」 「まあいいや、相合傘ってやってみたかった」 くっついてくる。 傘2つあるんだから絶対非効率的だけど……。 こっちの方が楽しいからいい。 ・・・・・ 「……」 (? 大……と) 「……」 「ひ……っ」 「? あ……」 ふとすれちがった人が、俺たちに反応した。 見覚えがある……前にマキさんに吹っかけて、殴り飛ばされた人だと思う。 ただ今日はケバいメイク控えめで、普通っぽい格好してる。オフの日らしい。 「……」 ――タッタッタッ。 逃げるように駆けて行った。 そりゃ休みの日までマキさんに関わりたくないわな。 俺たちは気にせず他へ。 と、帰り際。 「荷物多すぎ。べたべたになってる」 「ちょっと買いすぎましたね」 このあと孝行に寄る予定なんだがその前に2人で持てる容量を超えてしまった。 傘からもはみ出しがちで、雨の直撃を受けてる。 「貸せ。持って先帰ってる」 「はい」 さすがの力持ちさんで、全部一抱えにして持って行った。 俺はひとりで孝行へ。 雨が強くなってきていた。やっぱ姉ちゃんに車回してもらうべきだったかな。 横切る国道134号線も、車の通りが多くなって――。 ――ドンっ! 「?」 足が滑った。 いやちがう。押し出された。 道から突き飛ばされた俺は車道に下りており、 ――キキィイーーーーーーーーーー!! 「あ……」 ――ドンッッッ!! ・・・・・ 「……は、はは」 「ははっ、はははっ! どうだ!アタシら猫夜叉をナメてるとこうなるんだよ!腰越に言っとけ!」 「はぁ……はぁ……」 「……」 「あれ? ちょ、起きなさいよ」 「……」 「え? え?」 「だっ、誰かぁぁああああ」 「ッッずはああああ死ぬかと思った!」 「うわぁ生き返ったぁ!」 「危ないじゃないですか!」 「お、お兄ちゃん大丈夫かい」 「はい、すいませんボンネットへこんじゃいました」 ぶつかったのは軽車な上、30kmも出してなくて衝撃がすごいだけで済んだ。 それでも死ぬほどビビったけど。 「いま救急車呼ぶから」 「お構いなく」 「ちょ、アンタ無事なの?」 「無事じゃないですよ! 死ぬかと思った……」 「アタシも心臓が止まるかと思った」 「あれ」 「ひ……ッ」 ・・・・・ 「特に問題なし。あったとして、明日ムチうちが出るくらいだろう」 病院に行こうという辻堂さんに、大げさすぎだと嫌がったら、ここに連れてこられた。 先生は医師免許持ってるそうだし、なぜかそれっぽい設備もたくさんあったので診察はしてもらえる。 「オラッ、きりきり歩けや」 「ひーん」 あの人は辻堂軍団の人に預かってもらった。身元の洗い出しや、ボンネット修理費の請求など細かいことは全部やってくれるそうだ。 「飲み物買ってくる。用が済んだら帰れよ」 先生が出て行き、 辻堂さんと2人になった。 「……」 「……」 「2回予行練習があったはずだ。江乃死魔とアタシらに1回ずつ拉致られて」 「あれから何を学んだ」 「……」 「そして実践編も、アタシが知る限り2回だ。1回は闇討ち。2回目は今日」 「……そろそろ学べよ。ヤンキーの世界ってのは理屈は通じない。意味のない暴力がまかり通ってるって」 「……」 「アタシが何を言いたいかは分かるよな」 「うん」 「でもお前は、腰越を追い出す気はないんだよな」 「うん」 何度も繰り返した問答だ。お互い答えは分かり切ってた。 辻堂さんは深々とため息をひとつ。 「いい加減にしろ!」 「っ……」 「今月だけで2回だ! 2回死にかけてんだぞ!自分の命より腰越が大事か!」 初めてかもしれない。ヒステリックに怒鳴る辻堂さん。 それだけさっきのことを見ててビビったんだろう。 「……ゴメン」 「ッ……クソッ」 ぐいっと胸倉をつかまれた。 「アタシらが何のために別れたか忘れたのか」 「アタシはこうならないためにお前を切った。いまでもあの選択は正しかったと思ってる」 「最後の警告だ、お前も腰越を切れ! 今すぐ!」 「……」 「無理だよ」 「どうして!」 「マキさんはもう家族だから」 「ッ……」 「……」 「家族は命よりも大事?」 「うん」 「……」 口を閉ざす辻堂さん。胸倉をつかむ力もわずかに緩む。 「前に言ったよね。俺、もらわれっ子だって」 「ああ」 「物心ついたときからそうだったから親がいなくて寂しいと思ったことはない」 「でも家族が出来た嬉しさはずっと覚えてるんだ」 「……」 「マキさんて俺とちょっと似てるんだよ。甘えたがりなところとか、とくに」 「俺はマキさんに側にいて欲しいし、マキさんが俺に一緒にいて欲しがってる自信もある。だから切るなんて出来ない」 「ゴメン」 「……」 「そうか」 俺の言ってることは、たぶん辻堂さんを傷つけてると思う。 でも貫かなきゃならない。 これはマキさんを好きになった俺の覚悟だ。 「最後にもう一度だけ言う」 「アタシはいま部下に言って、お前んちの周りに相当数の見張りをつけてる。腰越とお前の関係をかく乱する情報も流してる」 「もしアタシの言うことが聞けないなら、もう見張りはつけない。お前を守ってやるようなことはしない」 「腰越を切れ」 「できない」 「……」 「あっそ」 行ってしまった。 「……はぁ」 大きくため息をつく。 力が抜けてしまった。近くのベッドに腰かける。 「ヒロポンらしからぬ世界に足つっ込んだもんだ」 「聞いてたんですか」 「この部屋、盗聴器つけてるから」 おいおい。 「……」 「心理学的見地から見て、恋愛感情が心身に与える影響は計り知れない」 「ヒロポンは恋すると強くなるタイプだな。うんうん、男の子らしくていいぞ」 「恋は人を強くする……ですか?」 「ああ」 「前に姉の方にも話したが、恋愛感情と言うのは人の群生衝動に根差した要素が強い。逆に言って群生を作ることこそ恋の目的の一つ」 「人間社会での群生。人は、これを家族という」 「どういうこと?」 「ようするに」 「人が家族を大事に思うことは、どんな状況であれ間違ってはいない。ということだ」 「……クソったれ」 「愛さん、落とし前はつけさせました。仲間も呼び出して脅し聞かせたんで今後腰越には関わらないと思います」 「ああ、サンキュ」 「……」 「どうかしました?」 「べつに」 「そうだ、うちの連中に通達してくれ。この前言った大の家周りの見回りと、情報操作」 「はい」 「……」 「倍に増やせ」 「なー」 「ラブちゃん、雨が降ってるでしょう。遊んでると風邪をひきますよ」 「あら」 「やっと腰が治ったと思ったら、どうなってやがる。この辺も物騒になっちまって」 「この間も柄の悪い子に睨まれたよ。嫌な感じ」 「……」 「……」 「……チッ、妙に物々しいぜ、何かあったのか」 「分かりません。他のチームも腰越を狙ってるのかも」 「……ったく」 「なああ」 「夏もそろそろ終わるのに、困ったねぇ」 夏の終わり。 台風が近づいてきてる。 最接近は明日の夜になるらしい。やっぱり直撃コースだとか。 叩きつけるように降りしきる雨。縛るように吹きすさぶ風。 「なんでこんな日に飲みにいけるわけ?」 「しょうがないじゃん、誘われちゃったんだもん」 「断る勇気、大事」 「行ってきまーす♪」 ウキウキして出て行った。 夜飲みに行けないじゃない!とか台風を盾に、朝の10時から飲みに行く姉ちゃん。 当然車はつかえない。このドシャぶりの中、歩きである。 ご苦労なこった。 「〜♪」 マキさんは相変わらずごろごろ。 俺はというと、もうそろそろに迫った新学期の準備がてら、部屋や居間を掃除してて、 ――午前11時55分。 prrrrrrr。prrrrrrr。 湘南の夏の終わり。 嵐の1日。 悪夢はこの一本の電話から始まった。 「もしもし、長谷です」 「もしもし、こちら辻堂と申しますが、長谷冴子さんのお宅でよろしいですか?」 「はい。えっと……真琴さんですか?」 辻堂さんって聞くと紛らわしいが、この声は姉ちゃんの飲み友のほうだと思う。 どうしたんだろ?彼女に呼び出されていったはずなのに。 「大君ね。お姉さん、家にいないかしら。11時に約束してるんだけど」 「もう出ましたよ。結構前に」 「そうなの? おかしいわね」 「……?」 おかしいな。 「もう一度電話かけてみるわ。来れないからって帰るようなら、アタシに電話ちょうだいって言っておいて」 「はい」 電話を切る。 「……」 まさか。 でもごうごうと風が唸る窓の外を見てると、不安になってくる。 ここら辺は坂が多くて雨の日は滑りやすいし、海に流れ込む川もある。 落ちた……とか? でなくともなにか事故に。 「ダイ? どうかした?」 「いや、はは」 まさか。あの姉ちゃんが。 思いながら携帯で、携帯にかけてみる。 不安は――12時00分。 確信に変わった。 「もしもし姉ちゃん」 「……」 「もしもし」 「気づくの遅くない?」 「ッッ!!!」 「ダイ、どした」 俺の異変に気付いたマキさんが携帯の反対側に耳をつける。 「まあおかげでこっちも早々見つかりそうにないとこに移動出来たよ」 「状況、分かるよね」 「ええ」 「こっちも大事にはしたくないんだ。警察は勘弁してくれよ」 「警察が動くようならお姉さんすぐ解放するけど……、顔に傷くらいはつけさせてもらうよ」 「……」 「当然の権利だぜ?こっちが腰越につけられた消えないレベルの傷は1コや2コじゃないんだから」 「……」 「要求はなんですか」 「いま言った傷痕の整形費用かな」 「100万用意しろ。ATMでおろせる額だからラクショーだよな。キャッシュで100万」 「不揃いの紙幣とか贅沢は言わねーからさ、現金で万札100枚。3時までに用意しとけ」 「それで姉ちゃんは返してもらえるんですか」 「もちろん。無傷で帰すさ」 「今日のところはね。じゃ、3時間後に」 ピッと音を立てて着信が途切れる。 数秒後、姉ちゃんの携帯からメールが来て。 毛布をかけられ床に寝そべる、意識のないらしい姉ちゃんの写真が来た。 「……」 「……」 「……ダイ」 「……っ」 「トイレ」 駆け込んだ。 うぷ……っ。 「……くそっ」 「……」 「……」 「ふぅ……ふは……」 胃袋が飛び出るかと思った。 頭が真っ白だ。現実感が希薄で、夢でも見てる気分。 「っ、っう、マキさん? マキさんどこ」 「ここだ」 「勝手に外出ないでよ!!」 自分でもびっくりするほど大きい声がでる。 「勝手なことしないで!いまっ、いま、その、なに……っ。俺……」 ダメだ。二の句がつげない。頭が混乱してる。 「悪かった。落ち着けダイ。大丈夫、私がなんとかするから」 マキさんはいくらか冷静で、俺の肩を撫でる。 手のひらの感触が嬉しかった。あったかくて、それだけでもずいぶんと気持ちが落ち着く。 人の手のひらひとつ程度が大きく感じるほど、頭の中がぐちゃぐちゃだ。 「……なにこれ」 「姉ちゃん……さらわれたの?」 「……」 マキさんは答えず、肩を撫で続ける。 答えてくれないと数秒間は理解できないほど混乱してた。 姉ちゃんが誘拐されたって。 「……」 視界がぼやけた。 胃の中身を全部出したので、吐き気の代わりに涙が出てくる。 「落ち着け、深呼吸だ」 「頼むから落ち着いてくれ。私も……気分が悪い」 マキさんも混乱してるみたいだった。 このままじゃ2人ともパニックになる。俺からもマキさんを抱きしめた。 「深呼吸しましょう。深呼吸」 「ああ……」 吸って、 吐いて、 2人くっついてるので、お互いの呼吸が伝わる。安定して呼吸できた。 なんとか頭がはっきりする。 「状況を整理します。姉ちゃんがさらわれて、100万要求された」 「ニオイで追跡できるかと思ったけどこの雨じゃ無理だった」 「相手はたぶんプロの誘拐犯とかじゃない。ただのチンピラだと思う」 「……マキさんを恨んでる」 「……すまねぇ」 「いま何を言ってもしょうがないです。何とかする方法を考えましょう」 「どうするんだ?」 「100万なら何とかなると思う」 近くのコンビニATMで預金残高を確認した。 うちは親からの仕送りで生活してるから自由に使えるお金が多い。 生活費用の口座にある残高と、俺の個人口座。全部合わせれば100万くらいなんとかなった。 「これでひとまずはOK」 「金、渡すわけ」 「姉ちゃんに怪我させるわけにいかないでしょう」 「とはいえ、これで万事解決とはいかない」 「100万なんて誘拐の身代金としちゃはした金だ。治療費とか言ってたけど、どう考えても遊ぶ金に消えると思う」 「つまりただ金を渡しても」 「使い果たされてまた同じことされると思う」 「犯人は捕まえたい。グループだったら全員まとめて。もちろん姉ちゃんの安全は確保したうえで」 「だな」 「捕まえさえすりゃ……2度とバカなこと出来ない。したくなくなるようにしてやる」 「……」 「あれ。いつもみたいに『乱暴なことは……』って言わないの?」 「今回ばかりは、マキさんがヤらないなら俺がヤります」 「……」 (ダイがマジだ) 「ただ難しい。こっちだって警察じゃないんだ。一筋縄じゃいかないと思う」 「キャッシュを要求してきたんだから、引き渡すとき私があっちの後をつけるとか」 「それは向こうだって予想してるから対策打ってきそう。最後の手段と思った方がいいです」 「か。メンドくせーの」 他に方法も探しておきたい。二の矢も、三の矢も、百の矢だって。 (すー) 「ふーっ」 よし、 大丈夫だ。気はしっかりしてる。 「約束まで3時間……2時間半ある。こっちの用意はそろったし」 「出来ることは出来るだけしておきましょう」 ・・・・・ ・・・・・ 「……う?」 「頭痛い……なに、ここどこ」 「……へへ」 「……? 誰」 「どこ行くんだ」 「姉ちゃんの足取りを追ってみます。なにかあるかも」 向かった先は分かってる。通りから海岸に下りてすぐのところにある海の家だ。 この雨でも歩いて10分かからない距離なので、どこでさらわれたか分かるかも。 まずはまっすぐ店へ。 (やっぱこの雨じゃニオイの追跡は無理……チッ。我ながら情けない) ・・・・・ 「どうしたんだアイツ? ……愛さんに連絡しとくか」 「センパイが見たことねー顔してたっすね。恋奈様に伝えましょ」 ここが姉ちゃん行きつけの店。 飲み友達の真琴さんとはいつもここで飲んでる。 やや速足にはなったものの、やっぱり5分強。ほんの500メートルほどの道。 姉ちゃんがさらわれたのはこの間のどこかで間違いないだろう。 ただどうすれば特定できるか分からないし、そもそも特定したからどうなるものでもない。 「どうしよう……」 「どうかした?」 「ッ!」 びっくりした。 いつものメンバーを伴って江乃死魔の人たちが。 「どうもしねーよ、失せろ。殺すぞ」 「なにキレてるのよ」 「センパイの様子がおかしいから呼んでみたっす。何かあったんすか」 「言えることなら言え」 「ン……」 待てよ。片瀬さん、前に、 「家族に手を出させる気はないわよ」 付き合ってみた感覚として彼女はかなり合理的な人だ。こんな泥臭い事件は起こさないと思う。 それに彼女たちの誰かが犯人だとして、俺があちらを信用するという態度にだすことで、犯人を刺激することにはならない。 それに……。 「実は」 全部話した。包み隠さず。 「誘拐……?」 「さえ……っ、お、お姉さんが?」 リョウさんが一番動揺してたのが引っかかったが、5人とも一様に驚いてる。 「100万円……ふざけてるわね」 「うん」 「片瀬さん。言いたいこと分かってくれると思うんだけど」 「分かってるわよ。うちの身内かも」 「なんで」 「前もこいつを闇討ちしたバカがいたでしょ。400人もいるから暴走する奴はでてくるわよ」 これだ。 片瀬さんは信用してもいい。ただ江乃死魔は信用できない。 「やっぱテメェか……ったく。早いうちに江乃死魔全部潰しとくべきだった」 「400人全員の住所を言え。2時間半あるんだ。皆殺しにしてやる」 「落ち着いてマキさん。まだ決まったわけじゃないよ」 「もし400人の中にいるとして、1組目で犯人を見つけ出さないと意味がないぞ。お前が暴れ回ってると知れれば人質が危ない」 「そっか」 「片瀬さん、頼む」 「俺たちだけじゃ手が回らないんだ。協力してほしい」 「ハァ? なんで私が」 「お願いだ」 深々と頭を下げた。 湘南1の組織力。そして犯人の確率が高い人選に対し、一番知識のある子。 彼女の協力が欲しかった。だからこそ話した。 「お礼はなんでもする。お願いだ」 「ン……」 俺の真摯な態度に、眉をたわめる片瀬さん。 たぶんこの子なら……。 「そうね」 「ま、いいわ。協力してあげる。ヒマだし、人に貸しを作るの好きだし、身内の恥だったらそいでおくに越したことないし」 「ありがとう」 よかった。この子ならたぶん力になってくれると思った。 「ちょぉーっと待った」 「ア?」 「長谷家の人間が拉致られた。こんなもん長いこと見張ってきた俺らの恥だぜ」 「せやせや、愛はんに怒られるで」 「あと単純に長谷先生の危機となれば、稲村学園男子として見過ごせません」 辻堂軍団の人たちが。 「愛さんもすぐに来るってよ」 「辻堂さんが……」 まだ気にかけててくれたのか。 不思議と驚きよりも、ほっとしたっていうか、当然って気がする。 もちろん嬉しい。 「お姉さんを無傷で取り戻すためにも、犯人グループを刺激しない」 「面倒ね。ちょっとの怪我くらい我慢させなさいよ」 「頼むよ。逆上させたら怪我だけじゃ済まないかも」 「うっさいわね。ノロノロしてるとその方が危険が増すじゃ……」 「ダメだ」 「絶対に無傷で。絶対に人質を危険にさらすな」 「な、なによリョウまで。分かったってば」 なぜかリョウさんが協力的で、助かる方向へ話が進む。 「でもまったく手がかりがない中で犯人を刺激しないように探すなんてどうやれば……」 「腰越を使えばいい」 「辻堂さん」 15分くらい遅れて来てくれた。 「腰越なら相手に気づかれずに調べたりできるだろ」 「そっか、雨で流れさえしなきゃ、姉ちゃんのニオイは嗅ぎ分ける自信ある」 「便利な超能力ね」 「悪さしそうなくらい腰越を恨んでるチームならいくつか覚えがあるわ。ついてきて」 「ハナ、私らはまずカナ連の支部。そのまま江ノ島側から回るわ」 「アンタらは鎌倉側から目ぼしいチームの状況を探って。探るだけよ、誘拐絡みの調査してることは伏せて、あくまで視察って名目で」 「任せるシ!」 「梓。アンタ人をだますの得意だからいざって時は話術で切り抜けて。ティアラ、アンタバカだから何もしゃべるな」 「ういっす」 「……」 「リョウ……あれ? どこ行った?」 「こっちでも独自に動くぞ。全員、親分の身に危険が及ぶなんざ解散モノの恥と知れ」 「おうよ!」 「先代は俺たちで助けるんだ!」 「こっちも大人数で歩くのは避けたい。お前らは大の家を見張ってろ」 「は、はい」 「? 葛西さん、どうかした」 「いや、なんか引っかかるんだよな」 「なんだっけ……」 「?」 「こっちも行くわよ」 「うん」 ・・・・・ 「……」 「こんな時にナンだけど、この2人とチームで動く日が来るなんて、想像もしてなかったわ」 「チーム組んだ覚えはねーよ」 「……」 「アンタ、つくづくおかしな星の元に生まれてるわね」 「そうかな」 「味方に引き入れるのが正解だったかしら」 「っと、ここよ。ちょっと待ってて」 到着したのは、いつか来た路地裏だった。 例のゲーセンだ。 「ファイトクラブのある」 「そういやヤバそうなのがゴロゴロいたっけ」 調べておいたほうがいい。 「私が話してみるから、長谷と辻堂は隠れてて。腰越、頼むわよ」 なにげに調査にはノリノリな片瀬さんが先陣を切った。 マキさんも調べるべく裏に回る。 残されたのは……。 「……」 「……」 「とんでもないことになったな」 「うん」 「意外と冷静じゃん。もっと何もできないくらい慌てふためいてるかと思った」 「慌ててるよ。なんとか平静を装ってるの。でないと気が変になりそう」 時間を確認する。 1時半。まだ電話が来て1時間半しか経ってないのか。もう昨日のことのように思える。 3時に来るっていう電話。早く来てほしいような、永久に来てほしくないような。 「……」 ……ん? 姉ちゃんを最後に見たのが10時……。 「てなわけで、ポリが警戒区間ってことで取り調べを強めてるそうだから、しばらくは大人しくしたほうがいいわよ」 「ほほう、片瀬恋奈どんがお越しじゃっちゅーから何事かと思えば、そんなことのためにわざわざ。えらいすまんこってに」 「気にせんでもしばらくクラブ開催の予定はないし、非合法な取引もしとらんってに。まあここの不法占拠を突かれたら痛いがのぅ」 「そう……」 「?まだ何か用じゃってに?」 「い、いや。別に」 「っ、話は以上よ。じゃあね」 「お、おう」 「どうだった」 「この建物に姉ちゃんのいる気配はない。中にいたのは恋奈が話してたやつ含めて9人で、どいつからも姉ちゃんのニオイはしなかった」 「ここじゃない、か」 「まだ1個潰れただけよ。クサいところはいくつもあるから、ガンガン潰していきましょう」 「……」 「ちょっと待って」 「なに?」 「辻堂さん、頼みがある」 「は?」 さっき顔の割れてない辻堂さんに頼んでもう1度ゲーセンへ。 「なんじゃってに何度も何度も……ぐお!?」 「……ども」 「け、喧嘩狼の辻堂どん……。なんじゃってに。片瀬どんに続いて」 「恋奈が来たのか?」 「む、いやなんでもないってに」 「それで? 何か用かってに。ファイトクラブなら今日は開いとらんってに」 「いや、ただ」 「アンタらの傘下で最近、腰越にちょっかいかける話が持ち上がってるって聞いてよ」 「む……」 「具体的な話があるならこっちにも回してくれよ」 言うだけ言ってさっと背を向ける。 「……」 あっちの人は、真意を測りかねてるのか何も言わなかった。 「緊張した」 「充分だったよ。ありがとう」 「なるほど、腰越にちょっかい出したがる奴なら、辻堂ほど味方に欲しい人材もないわね」 「あいつらだけじゃなく、お仲間も含めて自滅を狙える、か」 「効果があるかは分からないけど、罠は2重、3重に張っておきたい」 あちらの『傘下で』、『話を聞いた』。あくまでぼんやりした話にとどめておく。 本当にそういう計画がある人以外、相手しない程度に。 あくまで相手を刺激しない安全圏から。かつ効果的な罠を。 「大にしちゃダーティーな手ェ使うな」 「そうね。脅してかつ罠にかけるなんて。もっといい子ちゃんだと思ってた」 「良くない方法なのは知ってるよ。辻堂さんにも迷惑かけちゃうし、悪いと思う」 「でも今日だけは何でもする」 「俺にとって姉ちゃんより大事なものはあんまりないんだよ」 「……」 「……」 「知ってるよシスコン野郎」 「喜怒哀楽の2番目の感情が欠落してると思ったけど、お姉さん絡みだとすぐキレるのよね」 「……」 「次に行こう。片瀬さん、次は」 「こっち」 さらに強くなる雨の中、湘南にいくつも点在する不良たちの拠点を潰して行った。 中には辻堂さんを見た途端逃げ惑う人たちもいて焦ったけど、ひっ捕まえて事情を聴くに誘拐とは関係ない模様。 進展のないまま、約束の3時を迎えつつあった。 「なにか分かりました?」 「何にもなし。そろそろ電話が来るから、家で受けようと思って」 たぶん携帯にくると思うけど、家の電話ってことも考えられる。 時間を待った。 ……さっきの電話がずいぶん遠く思えるけど、まだたったの3時間なんだよな。 「……」 そう思うと違和感があった。 prrrrrrrr。prrrrrrrr。 着信はやはり携帯に来る。 「もしもし」 みんなが聞き耳を立てる。 「ぅ……、う……」 「ヒロ……? ヒロなの?」 「姉ちゃん!?」 「はいしゅーりょー。さっき聞かせ忘れてたけど、この通りお姉さんは元気だよ」 「……」 「早く姉ちゃんを返してください」 「だいじょぶだいじょぶ。何事も起こらなきゃ6時には解放するよ」 「慰謝料の用意はできてる?」 「っ……?」 「はい。100万、確かに」 「ご苦労さん。それじゃあそいつを持って、6時になったら駅前のボナンザってサテンへ。遅れないように」 「はい」 ――ピッ。 着信が切れる。 「はぁ……」 腰が抜けそうになった。姉ちゃんの声を聞けて、緊張の糸が緩んでる。 「なんかすっとろい犯人ね。金は用意出来てるのにまだ3時間待たせるわけ?」 言われると変だ。 ……姉ちゃんにひどいことしてないだろうな。 「ボナンザって店、分かるか。早めに行って向こうのうちそうな手を考えたり」 「午後6時……ボナンザ」 「思い出した!」 「っ、なんだよ」 「この手口、犯人が分かりましたよ」 「なに!?」 思わず掴みかかってしまった。葛西さんはちょっとびっくりしつつ。 「さっき言ってたことを確認するぜ。正午に電話がきた。『警察が動くならすぐ帰すが怪我させる』って言った」 「『慰謝料として』100万円を要求。3時に電話、6時に取引。その場所はボナンザ」 「う、うん」 「それで?」 「覚えてないんすか愛さん」 「猫夜叉ですよ。5月くらい? うちのタイチをさらったやつら」 猫夜叉? って確か……。 「あの時のあいつらとやり口が全く一緒だ。時間、金額、指定の店まで。今回もあいつらの仕業ですよ、まちがいない」 「そういやボナンザに呼び出されたっけ。行く前に居場所つきとめて壊滅させてやったけど」 「ほらね、あいつらがさらったんすよ。そうと決まれば話は早い、ボコりに行きましょう」 「この前ヒロシが突き飛ばされた件であいつらの情報は全部仕入れてる」 「あの人たちか」 この前の車に轢かれかけたアレ。あれをやった人が猫夜叉ってチームを名乗ってた。 「ちょっと待って気が早いわ。猫夜叉ってレディースの集まりでしょ。いまの電話、男だったじゃない」 「ンなもん誰か雇ったか兄弟にでも頼んだかだろ。行こうぜ、逃げられるかもしれねぇ」 「シンプル過ぎて引っかかるが」 「殴ってから考えりゃいいさ」 「おい待て」 走り出したマキさんは止まらず、俺たちが追いついた時には、 「な、なんだよ。まだうちらに用かよ」 「……姉ちゃんのニオイはしねぇ」 「まあいい。前にダイにイタズラした話は聞いてるぜ」 「ここで落とし前つけとこう」 「ひあああああ!」 「やめろ!」 「ッ、邪魔すんじゃねーよ」 「こいつへの脅しと制裁はこっちで済ませた。これ以上は意味がない」 「関係ないね。まだ2本の足で立ってるじゃねーか」 「立てない体にしたほうが早い」 「ッこのバカ野郎が……」 「ちょっと待った! 落ち着きなさいよ」 「マキさん!」 「っ、な、なんだよ」 止まらなくなりそうなので、無理やり外に連れ出す。 「はぁ……はぁ……」 「くそっ、くそなんだってんだ」 「運が悪かったわね。ま、身から出たさびだと思いなさい」 「……」 「悪かったな」 「なんなんだよ。あいつらの仕業なんだろ。ボコって姉ちゃんの居場所吐かせればいいじゃんか」 「まだ決まったわけじゃないでしょ」 「あと電話かけてきたのが男だって忘れた?あそこに男の人はいなかった、もし犯人だとしても、仲間に姉ちゃんが何されるか」 「っ……そっか」 「……はぁ」 「……」 「まあ心配はなさそうだけど」 「?」 「どういうこと」 「ちょっと待って」 時計を確認する。 3時20分。電話が来てから20分。 やっと違和感の正体がわかった。 「葛西さん、聞きたいんだけど」 「あ?」 「今回の件はその……誰だっけ。辻堂軍団の人がさらわれた時と同じような状況なんですよね」 「お、おう」 「OK……もうひとつ」 「辻堂真琴さん、って知ってる?」 「は?そりゃ……愛さんのお母さんだよ。うちらにとっては伝説の……」 お母さんなんだ。お姉さんだとばかり。 「辻堂さん」 「……」 「案内してくれるね」 「は?」 「お帰り……あら」 「どうも」 「ネタばらしは6時の予定じゃなかった?」 「姉ちゃんを返してください。早く」 「あれ〜〜? あははははヒロじゃん。なにしてるの〜こんなとこで〜」 「よかったぁ……」 ――だきっ。 「お、おお?」 抱きしめるというよりは、安堵感で腰が抜けそうですがりつくような形に。 「なにこれ……どういうことよ」 「長谷先生、さらわれたんじゃ」 「あ、愛さん。俺なんかミスりました?」 「タイチ、なにやってんだよ」 「猫夜叉のやり口をモロパクりってのはイマイチだが、まあいい。ご苦労さん、帰っていいぞ」 「は、はい。どうも」 「この声……誘拐犯だよな。殺そうか」 「ひい!」 「気分的には許せないトコだけど、やめましょう。暴力はよくない」 「責められるべきなのは真犯人の方だし」 「……」 ・・・・・ 「くぴー、くこー」 「睡眠薬とか使ったわけじゃないんで念のため。ちょっと強いリキュールを勧めただけよ」 「はい、だいたい分かります」 「ベッドに運んでくるわね」 姉ちゃんは心配ないようだ。 葛西さんは軍団や江乃死魔の人たちに事件解決を知らせるべく先に帰った。 さて。 「ようするに単なる狂言誘拐。それも本人は酒飲んで寝てただけ。と」 「お騒がせしまして」 「いつ分かったのよ」 「3時の電話ですよ。姉ちゃんの声、いつものべろべろに酔ってるときの声だったから」 「……私には苦しんでる声に聞こえたけど」 「いえ、あれは酔ってる声でしたね。苦しんでるときはもうちょっと鼻にかかるんです」 「そういう説明のつかない感覚で核心に迫るのやめてくれない?真面目に考えてたこっちがバカみたい」 「すいません」 「あれで冷静になったら、今回の件のおかしな点が色々と見えてきた」 マキさんに恨みがあるのに俺たち姉弟を狙ったとか。やり口どころか語彙まで以前の誘拐をパクってるとか。とくに気になったのは、 「辻堂さんが葛西さんたちを俺の家に残したこと。犯人が来るかもとか言ってたけど、それを気にするなら俺たちを残そうとするはずだ」 「そういやそこ気になった。ヤンキーの巣窟めぐりをダイにさせようとか、辻堂なら嫌がるんじゃって」 「そしてもう一人の辻堂さん。11時から飲む約束をしてるっていう辻堂真琴さん」 「11時の約束で12時に心配の電話が来るのは遅いし、5分で行ける店で11時って約束して、10時に家を出る姉ちゃんはちょっと早い」 「さらに言えば俺たちが12時半に店に行ったときいなかったしね。誘拐のことはしらなかったのに。しかもそのあと3時間以上まったく連絡がなかった」 「2人の辻堂さんの行動が明らかにおかしい。しかもその2人は親子」 「なるほど、そりゃ怪しいわ」 (ひとつも気付けなかった……ムカつく!) 「さて、それで……辻堂さん」 「……」 「おふざけにしては度が過ぎるよ」 誰かを責めるのは慣れてないけど、今日だけは怒らせてもらう。 姉ちゃんを巻き込んだのはやりすぎだ。 「どういうつもり。三度目の予行練習、とでも?」 「……」 「私らをからかって楽しかったか?」 「小賢しいマネするようになったな……。テメェらしくもない」 「……フン」 辻堂さんは小さく鼻を鳴らし、 「猫夜叉の連中には悪いことをした。もう落とし前つけたあとなのに、また噛みたがりな野良犬に噛まれて」 「テメェのそういうところを警告したかったんだよ。なのに今日まで事件起こしやがって。そこまで頭が回らないとは思わなかった」 「アア?」 「次は猫夜叉の連中が、長谷先生をさらうかもしれない。車道に突き飛ばすかもしれないっつってんだよ!今日のことの仕返しにな!!」 「っ……」 静かだったのが一転、怒号をあげる辻堂さん。マキさんはもちろん俺や片瀬さんまでビクつかされる。 さらに彼女はその野生の狼のような、理知と凶暴さを湛えた眼光で俺を見据え、 「そうだよ大。今日は3度目の予行練習だった」 「けど明日は練習じゃないかもな」 「明日! お前の家族は連れ去られてどういう目にあうか分からないんだよ!!」 「この3時間はどうだった。怖かっただろ。不安でたまらなかっただろ」 「それがアタシらの世界なんだよ!」 「……」 それは、 「……はぁッ」 「いいか、この世には捨てなきゃいけないものがある」 「アタシはラブを飼えなかった。だからあきらめた。お前だって同じことをしただろ」 「これは同じことなんだよ。その野良犬は飼っちゃいけないんだ」 「今すぐ捨てろ!」 あまりの剣幕に気圧されてしまう。 辻堂さんの言うことは一方的だ。けど、反論の余地はなかった。 それほど今日俺は怖かった。 どうすればいいか分からなくなるくらい怖かった。 あれが今後も続くなら……。でも。 「……」 「……」 「……」 「ま、言って聞くようならここまで大事にはなってねーわな」 大きくため息をつく彼女。 その視線は俺の隣に向く。 「腰越。お前は今日どう思った?」 「う……」 「大は先生の心配しかしてないけど、お前は2人分の心配がいるよな。大と、先生」 「2人を確実に守れるって言えるのか?」 「お前が大の前から消えれば、すべてが丸く収まるんだ」 「それは……。……っ」 マキさんもまた言い返せなかった。 俺たち……どうするべきなんだ? いや分かってる。辻堂さんの言うことが正しい。 あれもイヤ。これもイヤじゃ済まない。選択の余地はない。俺とマキさんが一緒にいるのは難しすぎる。 「ダイ……」 「マキさん……」 目線がぶつかった。 さっとそらす彼女。 1歩、2歩、後ろへ下がり、 なにも言わず去っていく。 「……」 「……」 「……」 「ッ」 「待って!」 「わっぷ」 捕まえた。 行ってしまわないよう強く抱きしめる。 「ダイ……」 「ダメだよ。俺、マキさんがいなくちゃ」 「でも、私……私は」 「なんとかなるはずだよ。なんとか……する方法を考えようよ」 具体的なことは何も浮かばないけど、 でもマキさんがいなくなるなんて、今の俺にはもう考えられない。 「大。子供じゃないんだから」 「子供なのは分かってる」 でもあれもイヤ。これもイヤを通したいんだ。 「さっき辻堂さん言ってたよね。姉ちゃんがさらわれたのに俺が冷静だって」 「マキさんがいてくれたからだよ」 「え……」 「マキさんが当たり前みたいに側にいて、怒って、突っ走って。俺の代わりに姉ちゃんを心配してくれたから」 「俺たちにとってだけじゃない。マキさんにとっても、もう俺たちは家族なんだ」 「絶対に放さない」 「ダイ……あぅ」 もっと強く抱きしめる。 家族になら許される、痛いくらいの強さで。 「……」 「……」 「……」 「そうかよ」 「……辻堂?」 「……はぁ」 「もういい。分かった」 静かに、低くつぶやく辻堂さん。 何かを決心したように。 「恋奈もいるしちょうどいい。腰越」 「え……」 「ケリをつけよう」 「っ」 「ヤンキーらしく、一番シンプルな方法でケンカしよう。勝った方が、相手の全てを手に入れる」 「お前が勝ったらアタシの全てをやる。金、持ち物、時間。うちの軍団も全部くれてやる」 「アタシを含めて、お前の部下になってやる。湘南最強の組織だ。もう誰も手出しは出来ねェ」 「辻堂さん……?」 「逆に」 キッと睨みつけるその視線は、マキさんを見てなかった。 俺を睨んでた。 「お前が負けたら、お前の全てをもらう。金、持ち物、時間、自由」 「家族」 「……っ」 「な……っ」 「恋奈。聞いての通りだ」 「えっ、な、なにが」 「もうじき湘南の夏が終わる。三大天の時代を終わらせるにはいい頃合いだろ」 「あの日の約束を果たそう」 「っ……」 「……あの日の」 「アタシと腰越でやる。場所をお前が用意しろ。誰も来ない、絶対に邪魔の入らない場所がいい」 「引き換えに、勝ったのがアタシにしろ腰越にしろ、ケリがついたらあとは好きにしていい。傷ついたとこを襲うなりなんなり」 「……」 「江乃死魔はいま400人よ。いいのね」 「ああ」 「構わないよな」 「……」 「……」 「……ああ」 「いててて……風の音って頭に響く」 「二日酔い中はなにしてても響くよ」 「はぁ……真琴ちゃんに勧められて強いお酒飲みすぎた」 「反省してください」 「……」 「昨日なにがあったの?帰ってきてから2人とも暗いけど」 「何もないよ」 何もない。 姉ちゃんが心配することは、何も。 「ベッドのシーツ替えたぞ」 「ういー」 姉ちゃんは今日1日ダウン気味。あとで水を持って行ってあげよう。 「風すげー。台風いまどこ?」 「今夜が最接近だそうです。中心気圧はいまだに上昇中。もっと強くなりますよ」 「夏の終わりにとんでもないのが来たな」 「ええ」 2人で窓の外を見る。 湘南から夏を奪いたがるかのように吹きすさぶ風。 嵐が迫っている。 「どうしてもやるんですか?」 「……またかよ」 聞いてみた。昨夜から5回くらいは聞いたと思う。 「どっちが勝ってもお前ら姉弟が安全でいられる。辻堂の心配りだろ。受けない手はねーよ」 「でも」 その方法はケンカ。それも決して邪魔を入れない。必ず決着までいく闘い。 大怪我するかも。いや、大怪我でさえ済まないかもしれない。 「止めたって無駄だぜ」 「これは私らにとって、大と会う前から決めてた約束だ。ケジメなんだよ」 「私が腰越マキである限り、あいつとはケリをつける」 「……」 マキさんの決意は固かった。 いい加減な人なのに、こういうとこだけ頑固だ。 辻堂さんには一途な人だった。 「何も変わんねーって」 「ぱぱっと勝って、それで終わりだ。別にあいつをどうこうする気はない」 「私は部下だの軍団だのウゼーもんはいらないし。ダイたちの護衛として名前借りるくらいだよ」 「でも、負けたら」 俺たちの関係は終わる。 「負けなきゃいいだろ」 「……」 辻堂さんには一途なくせに、こっちはいい加減だから困る。 「姉ちゃんのこと任せていいですか」 「どっか行くの」 「はい、出かけてきます」 「そう」 もうあんまり役に立ちそうにないが傘をさして出かけた。 ・・・・・ 「無駄だと思うけどね」 昨日知ったままの道をたどり彼女の家へ。 けど、 「ごめんなさい、愛、どこかに出かけちゃったわ」 「そうですか」 どこに行ったんだろ。こんな嵐で。 「……」 「大君、昨日のことは」 「いえ、いいです。何も言わないでください」 「姉ちゃんは気付いてないんで、これまで通りでいてくれれば」 「そう。助かるわ、いい飲み友を失くさずに済んで」 「……」 「怒らないで。とは言わないけど。恨まないであげてね」 「これからあの子が何をどうしようと、あの子はあの子なりにケジメをつけたいのよ」 「自分の初恋に」 「……」 辻堂さんはどこだろう。 思いながら、ぼんやり歩いてた。 なぜここに来たかは自分でも分からない。 あの辺りをとおるときはいつも学園への行き帰りだからか。それとも、 彼女との思い出が途切れた場所を選んだのか。 「了解。ああ、ご苦労さん」 辻堂さんは誰かと電話してて、ちょうど終わったとこらしい、切った。 こっちを向く。 「この雨じゃ傘なんて意味ねーだろ」 「来いよ」 「うん」 彼女のいる木陰へ。 あの日、俺たちが別れた場所だった。 「ちょうど恋奈からだった」 「いい場所が見つかったそうだ。今晩12時。腰越に伝えてくれ」 「……」 時間。場所がもう決まったらしい。 今晩12時……始まってしまう。湘南最強のケンカが。 「……」 「……」 「何も言わねーのか」 「お前のことだから、ケンカはやめて〜とかバカなこと言いに来たと思ったけど」 「……うん。来た理由はそれ」 でもなんか言えなくなっちゃった。 たぶん辻堂さんも、マキさんに対しては一途だと思うから。 俺が口をつぐむのを見て、彼女は苦笑がちに、 「やっと理解できたみてーだな。こっちの世界のこと、ちょっとは」 「理解はできないけど」 「でもマキさんと辻堂さんのことはなんとなく分かる。2人が1度はぶつからなきゃすまないってことは」 「……そか」 小さく笑う。 彼女の笑顔、久しぶりだ。たとえ仮面みたく無理やり着せたものだとしても。 「1つだけ聞きたい」 「うん?」 「このケンカ、辻堂さんにとって意味はあるの?」 「……」 「俺のためだってことは分かってるよ。でも俺、君になにもしてあげられない」 「どうしてそこまで俺のために……」 「……大」 静かに俺の言葉を切る彼女。 いつの間にか笑顔は消えてた。 小さくため息をこぼし、 「それだよ」 「え……?」 「お前の、そういうところが」 「嫌いなんだ」 「っ……」 「お前のその、人類みな兄弟みたいな。世界は善意と親切で動いてるみたいな考え方」 「誰がお前のために戦うって?どこのお人良しだと思ってんだ。アタシは辻堂愛だぞ」 「アタシはアタシのためにアイツを倒す。それだけだ」 「そのついでに、お前をこっちへ引き込んだことのケジメもつけたいだけ」 「……そう」 「お前まさか、アタシがわざと腰越に負けるだなんて思ってないだろうな」 「アタシの意見はあの日から変わってねーぞ」 「長谷大の恋人にヤンキーは似合わねぇ。アタシだろうと、アイツだろうと」 「……」 そうだったね。 それが俺たちの別れた理由だった。 「……」 「なんでアタシがお前らのためになにかしてやるだなんて思えるんだよ」 「え……」 「なんでもない」 「もう行く。腰越に言っとけ、今晩12時。3人で約束した場所に来いって」 「うん」 「……」 「お前もちゃんと見に来いよ。腰越が負ける瞬間を」 「行くよ」 2人の決着を見届ける。 たとえその結果、 俺とマキさんが別れることになっても。 そして、 湘南の夏に、最後の嵐がやってくる。 「久しぶりにこっちの服着ると肩こりそう」 「しょうがねーか。こういうときは盛装も必要だ」 「な、辻堂」 「あの日もこれだっけ」 「ヤンキーたるもの、カッコつけなきゃね」 「……あれから半年」 「楽しい季節だったわ」 ――――日本の夏の中心、湘南。 ――――夏の終わり。 ――午前零時。 「手回ししてこの橋の上は、午前零時から朝6時まで通行規制をかけてもらったわ」 「邪魔は一切入らない。これでいいわよね」 「ああ、ご苦労さん」 「でもちょっと観客が多くないか」 「緊張するぅ。あの2人がガチでぶつかるとこナマで見られるなんて」 「ティアラさんは見たことあるんですよね」 「おう」 「思い出すだけで身震いがすんぜ」 「辻堂対腰越……」 「あの辻堂に勝てるやつなんているのかよ」 「前もここだったなー」 「すっげぇ気迫。チビりそう」 「どっちが勝つかまったく予想できない」 「てかどっちも負けるところが想像できねー」 「実力伯仲……否。両者ともに底が見えぬ」 「湘南中のヤンキーが見物に来てるわ」 「江乃死魔のやつらはともかく、他は人払いしとけよ」 「いいじゃない。400が1000になっただけよ」 「多すぎってことに変わりはねーな」 「まあいいじゃん。巻き込まれたやつは運がなかったってことで」 「そろそろ始めようぜ。辻堂」 「ああ」 傘を捨てて距離を取る辻堂さん。 「マキさん……」 結局この瞬間まで、何を言うべきか分からなかった。 情けない顔してたんだろう俺に、マキさんはいつものようにニッコリ笑い、 「心配せずに見とけ。何も変わらねーから」 くしゃっと頭をなでる。 辻堂さんと向き合った。 俺は何も出来ない。ケンカを止めることも、2人を説得することも。 いや『出来ない』じゃないか。ろくにしなかった。 どんな形であれ、2人の決着を俺も望んでた。 「フー……ッ」 「約束、忘れんなよ腰越」 「分かってるよ。負けた方は勝った方に従う」 「一番シンプルな、一番私ららしいやつだ」 「すべてのものを捧げる。どんな命令にも従う」 「金、物、地位、プライド」 「栄光、仲間、家族……」 「男」 「……」 「……始めるぞ」 「同感だ」 ――ゴォオオオオオオオオ―ーーーーーンッッ!!! 初手はまっすぐに突っ込んで、まっすぐに殴りかかった。 ガード一切抜きで振り下ろされたマキさんの木刀を、辻堂さんがかわしつつカウンター。けど木刀を囮にしたマキさんの蹴りも入る。 ガード一切抜きの殴り合い。軍配は両者にあがる。 「ッツぅ……」 お互い大きく吹っ飛ばされ、顏をしかめてる。 「いてて……あれ、折れちった」 衝突の激しさに、武器と呼べるものはあっけなく砕けていた。 「やれやれ、愛用品だぞ。ったく」 「これだからお前とヤるのはたまらねーんだ」 カランと2つになった木の棒を捨てるマキさん。 「使わないのか?先が尖ってもっとヤバい武器になったけど」 「いらねーよ。扱いにくい」 「一撃必殺を狙うと、器用な喧嘩狼ちゃんには簡単にカウンター決められそうだ」 「……」 「さあな!」 「アアアアアア!」 ――ゴガガガガガッッ! 「オラァァアアアッッ!」 ――ッッゴォオオンッッ! 交錯した2人の姿が一瞬ブレて、離れる。 「ッシィイ……前より速えーのかよ」 「ッ――ふ」 「スァッッ!」 「ドあッ!」 「クソッたれ、これまでは手の内隠してやがったな」 「お前ほど人を殴る衝動に正直じゃないんだよ」 「今日は違う」 「あっそ!」 ――ゴッ! 「じゃあこっちもマジでやらねーとな!」 「ハァァアアッッ!」 「ダらららららららららッ!」 ――ゴスッッ! ドグッ! ゴゴゴゴゴッッ!! 1発1発が橋を揺らすほどの音を立てて拳と拳がぶつかり合う。 腕と足の振るわれるスピードが速すぎる。叩かれた雨粒が飛まつとなって霧のように2人を覆っていく。 「本気だとここまで……」 「ハッ、ク――ッ、ドラアアアッッ!」 「オラオラオラオラ!」 「なんちゅースピード。自信なくすっすわ」 「ちょっ、どうなってるシ? 見えねーシ!」 「……」 「アアアアア――ダッッ!」 「がぐっ! は……っ、ったく、やっぱ最高だよお前は」 「ヴラララララァアアア!」 「クァッ! グ――!」 「手数の差は腰越が7辻堂が3。腰越のスピードが圧倒している。しかし」 「破ッッッ!!!」 「ゴアッッ!」 「クリーンヒット数は辻堂が勝る」 「つ……ゥ……」 「じゃあ辻堂有利?」 「フー……ッ」 「否」 「オラアアッッ!」 「っぐあああっっ!」 「腰越にダメージはない」 「ってて……」 「外野が好きなこと言いやがって。ダメージないわけねーだろ、超いてーよ」 「……久しぶりだぜ、痛みってのも」 「タフだな、相変わらず」 「……クク」 「そう、そうだった。この感覚だ」 「……?」 「殴ったときの拳のしびれ。殴られたときの皮膚の痛み」 「全身に血が通ってるのを感じる。しびれが、痛みが、苦しみが、吐き気が、自分の体を感じさせてくれる」 「忘れてたぜ……これがケンカだったよな」 「ノって来たぜ!」 「っ」 「ッつァッ!」 「ハァアアアアアアアアッッ!」 「まだ速くなるだと……!?」 「腰越がノッてきた。下がるわよハナ。巻き込まれたら」 「うわっと!」 「クハハハハ! どうしたついて来れねーのか!?」 「チッ……バカげたスピードだ」 拳のぶつかる速度がはっきりとツリ上がる。 巻き込まれたらヤバい。見ていたみんなが下がっていく。 「おおらッッッ!」 「ぐ……っ!」 マキさんのラッシュが速すぎて辻堂さんが押される。 それでも乱打は大振りで、コンパクトにさばく彼女のガードは突破できず、 「オラァッッ!」 「あぐ……っ」 隙間を縫うようにカウンターをみぞおちに叩き込んだ。 「く……、う――」 「ははっ」 「!?」 「ラアアアッッ!!」 「ぐああっ!」 人体急所への1撃さえものともせずさらに殴り返すマキさん。 「やっぱ身体性能じゃ腰越が1枚上みたいね」 「スピードは圧倒していた」 「パワーもよ」 「辻堂くらい上手くさばけなきゃ、常人なら1発目で昏倒してるわ」 「パワー、スピード、タフネス。数字を出したら、あらゆる面で腰越を超える奴なんてこの湘南にはいないでしょうね」 「じゃあ腰越が勝つシ?」 「……」 「さあね」 「はッッ!」 「チッ……!」 「フーッ、フーッ……!」 「オアアアアアまだまだ上げるぞオラァアアアア!!」 「化け物が……」 「……」 「あ?」 「逃げんじゃねー!」 「うわわっ、こっち来るっての」 「下がれっっ!」 ――ッッッゴォオオオーーーンッッ! 「く……ッ!」 「後退とはらしくねーじゃねーか辻堂」 「なにを狙ってやがる?」 「さあな」 「ま、どーでもいいけどよ」 「オラァッッ!」 (ここだ――) 「ハッッ!」 ――びしゃっ! (水たまり?! 踏み込みが――) 「オラァアッッ!」 「ぐあッ!」 「ポジション取りまで気にしてる。愛さん本気だな」 「っツぅ〜、セコいこと考えやがって」 「ケンカにセコいセコくないはねーよ」 「それもそう……だッッ!」 「ラァアアアッッ!」 「フン」 「!? ……自販機!?」 ――ドグシャァーーーーーンッッ! 「くぁ痛ってェ……鉄の塊おもっきり殴っちまった」 「公共のものなのに真っ二つになっちまった。まあ恋奈がどうにかするか」 「もう一度聞くがさっきの木刀は使わねーのか腰越。武器を使っちゃいけないルールはねーぞ」 「ハン、お前相手じゃゲンコツのほうが好きなんだよ。また叩き折られるだろうし」 「ああそう」 「こっちは遠慮なく武器使わせてもらうぞ。自販機、車、表札、ポスト……」 「地面」 「ッッッ!?」 ――スパァァアアアアアーーーンッッ!! 「投げ技!?」 「辻堂が?!」 「いっってぇええ……!」 「コンクリートがへこんだ。石頭だな」 「いてェだろコラァア!」 「グッ……!」 「このタイミングは」 ――ズバァアアアアアアアアンッッ!! 「ンぐぁあああ!」 「知ってンだよ」 「ただの投げじゃない。相手の力をそのまま叩きつける力に使う――。一番理想的で一番痛い奴っす」 「理想形の合気」 「出たー! 愛さんの殺し技最強! 合気投げ!」 「辻堂こんなこともできたんかい」 「そうは使えねーけどな。合気、つまり気を合わせる」 「愛さんに合う気なんて湘南に1人だけだ」 「いてて……顔から落ちた」 「やってくれんじゃねーか!」 「1、2、3のテンポでパンチから蹴りへ」 「このタイミングで詰めると」 「うぉ!?」 「お前は手が出ない」 ――ドゴオオオオッッ! 「ハァァアアアアアアッッ!」 「くぁ……っ! クソッ!」 「舐めんなッッッッッ!!!」 「ぐ……ッ、速ェ……」 「でもそのスピードが」 「ごはッッ!」 「そのままテメェのダメージだ」 「辻堂が盛り返した。能力の腰越なら技巧の辻堂、ね」 「これで決まるシ?」 「まだよ」 「ケンカは数字じゃ決まらない。でも小手先の小技で決まるもんでもないわ」 「ふぃー……ッ、いててて。カウンターって受けるとムカついてしょうがねーな」 「……」 「はぁ……」 「もっと速くもできるけど……また投げられたら今度は立ち上がれるか分からない」 「お前はホント上手い闘い方をするね。ケンカの天才、ケンカの申し子。喧嘩大神の愛」 「テメェ用のヤり方だよ」 「ケンカ用に技を考えるなんて、テメェだけだ」 「光栄だ」 「……ふふっ、皮肉だよな辻堂」 「……」 「私が人生で熱くなれたのはお前だけだった」 「家族も、バイクも、どこ旅しても退屈だった世界で、1人だけ見つけた特別がお前だった」 「ところが決着を延ばし延ばしにして楽しんでるうちにもう1人熱くなれるやつを見つけて。そいつを取り合っていま決着をつけようとしてる」 「……」 「私用に技を錬ってくれたんだ。敬意と感謝の証として、私に出来る限界のスピードでぶつかっていくのもいい」 「その結果カウンターで負けることになってもただのケンカなら満足できたと思う」 「だが」 「今日は1ミリも負けを挟むわけにはいかない。ダイのために、勝ちにいかないと」 「……やってみろ」 「やってやるよ。ただしここからは、ケンカ用の私じゃねェ」 「……?」 「……へへ」 「……ぅっ?」 「な、なんすか。寒気?」 「……」 「よ、よく分かんないけどもっと離れるわよハナ」 「ヤバいのが来るわ」 「……」 「シュー……ッ」 鋭く呼気を放つマキさん。 この真夏なのに息は白く曇ってた。 全身に触れる雨粒も気化してる。マキさんの周囲が揺らいで見える。 「これをヤるのは……湘南に来て初」 「ここまで成長して初だ。さて、どうなっちまうのかな」 「……フン」 「大した前口上だが、なんだよ。実は真の力を隠してました、か?」 「まあそれだな。真の力、っていえるほど扱いやすいモンでもねーけど」 「ちょっとヤバいヤツを使うぜ」 「……」 「子供のころ、衝動的に何かを壊したことはないか?」 「泣きながら誰かを殴ったことは」 「……あ?」 「気づいたら自分でも怖いくらい何かを壊してた。殺しちまうくらい相手を叩きのめしていた」 「自分の知らない自分に気づいたことは」 「誰だってあるだろう。人間も動物。凶暴な部分は心の根っこに必ず生えてる」 「ヤンキーなんてのはその動物的な部分が抑えきれなくて小出しにして日々生きてると言っていい」 「……まあな」 「私はそれが、人よりちょっと根が深い」 「人よりちょっとヤンキーの素質が深くて」 「人よりちょっとやりすぎちまう」 「ダイは私のモンだ……だから使う」 「小出しにして生きてるヤンキー、腰越マキじゃなく。爆発させちまう昔の私、極楽院マキの力」 「ッ……」 「……信じてるぜ辻堂」 「私を人殺しにしないでくれよ!」 「!!?」 「ッッヴゥウウウウウウウゥゥゥゥゥアアアアアアアーーーーーーーーッッッッッ!!!」 「な――ゴッッハァッ!!」 「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」 「うああああああっっ!」 「フーッ、フーッ。グルルルルルルルルルルルルルルッッッ!」 「カァアアアアアアアアアアアアッッッ!」 ――ゴガッッ! グシュッ! ガガガガガガッッ!! 「くそっ、プッツンしたらパワーアップかよ、都合のいい」 「1、2の――……!?」 「遅いッッ!」 「あああッッぐ!」 「しゃらクセーンだよ……! ちまちまと」 「ヴラアアアアアッッッ!!」 「クソッたれ……」 「なにあれ、スピードがこれまでの比じゃない」 「速さだけでなく。1撃の比重、強さ、どれもさらに格を上げた」 「マキさん……」 「あんな隠し玉があったとはね。辻堂ですらついていけてない」 「こんなの……もう」 「決まるわね」 「はぁ……ハァ……」 「フーッ……フーッ……!」 「ウァアアアアアゥゥ……終わらせるぞ……辻堂」 「ダイを守るためなら……私はなんだってする」 「誰にでも勝てる、誰よりも強くなれる」 「くッ」 「ガァアアアアアアアアッッ!」 「っっ――うあ!」 「オラアアアアアアッッ!」 「うが……っ、ぐっ、く」 「ダアッッ!」 「ぐあああああああッッ!」 もう戦局は一方的だった。 マキさんのスピードはマジで目が追いきれない。 「ぐああっ、く、あがッ!」 辻堂さんですら対応不可能。2発に1発は直撃を食うし、 「ヴラアァアッッ!」 「っぁあああっ!」 ガードしてさえ、腕や足へのダメージが激しい。 人間業じゃない。完成された強固な城門が、ハンマーで無理やりこじ開けられていく。 反撃に移ろうにも、カウンターは出す前にあちらの攻撃が当たる。投げ技は掴んだ手が力ずくで払われる。 「シュルルルッッ」 「――ッッおご」 逆に首をつかまれ、 ――ゴシャアアアアアンッッ!! 投げ飛ばされた。 いや投げなんて上品なものじゃない。腕力で地面に叩きつけられる。 「ウゥゥウウウウ……!」 「か……ァ……」 「あ……」 ――ドシャアアアアアンッッ!! 道路にひびが入りそうに強くたたきつけた。 「ハーッ……ハーッ……」 「……」 「……」 「私の負け。と言え辻堂」 「う……」 「降参と言え。すればいまここでやめてやる」 「……」 「言えッッ!」 さらに2発、3発、地面に叩きつけようとする。 「も、もうやめてマキさん!」 震えの来てた足がなんとか動いた。 止めようと駆け出そうとする。こんなのもうケンカじゃない、殺人だ。 「……」 でも、 「!」 「止めるな!」 「うわっ!」 片瀬さんに蹴り飛ばされた。 「片瀬さんなにする……」 「まだ終わってないわよ!」 「グルルルルル……ッ!」 「ゥ……ゥ……」 「負けだと言え……」 「っ、っ……」 「ダイは絶対に渡さない。負けたと言え!」 「……」 「うるせェ」 「言えオラアアアアアアアアアアッッッ!!」 「ッ――」 「ガァッッ!!」 ――ゴッッッ! またも叩きつけられる辻堂さん。 「ッッ!?」 けど今度はただやられるだけじゃなかった。 その瞬間にマキさんの胸倉をつかんでる。叩きつけられたパワーを巻き込み、そのまま、 「オラアァアアアッッ!」 マキさんも投げ飛ばした。 「あぐ……っ」 掴み合ってるので揉みくちゃになって転がる2人。 近くのフェンスに激突し、 ――ゴシャァッ! フェンスが割れた。 ――バシャァアアアーーンッッ! 「落ちた!?」 「2人とも!」 覗き込んでも夜なうえ台風の海は波立って何も見えない。 ――ドゴゥウウウンッッッ! ただ時おり爆音とともに、台風のそれをかき消す巨大な波紋が広がる。 ――ドォオオオオーーンッッ! ――ゴォオオオオーーンッッ! ――グシャアアッッ! 飛び出した2人は海岸に落ちる。 「ハァ……ハァ……」 「ハァ……ハァ……」 「うぐ……」 「テメェの……負けだ」 「く……」 「2人とも!」 俺たちもすぐ後を追う。 「……はぁ……、はぁ……」 「認めるんだ……辻堂。もう勝てないのはお前が一番分かるだろ」 「私はまだまだ行けるんだぜ。まだまだ強くなれる」 「ダイとの毎日のためなら。これからもダイと一緒にいるためなら……」 「……黙れ」 「お前なら分かるだろ!」 「黙れ!!!」 「ッ……辻堂さん」 追いついた時には、勝負はもう決してるように見えた。 悠然と立つマキさん。 反面辻堂さんは全身ボロボロで、闘うどころか立つこともできない。 でもその目は喧嘩狼の鋭さを残してて、俺は間に入るのをためらった。 「……ッ」 俺とマキさんを交互に睨む彼女。 「……」 「まだ未練があるのは知ってるよ」 「知っててもらった。お前から奪った」 「……」 「でも文句は言わせないぜ。それを選んだのはお前だ。お前があいつを泣かせた。だからもらった」 「お前が勝ちから降りたんだろうが!負けを認めやがれ!」 「……黙れ!」 「ッ……」 「ハァ……ハァ……」 「はぁ……、はぁ……」 「く……っ」 「なにが……大のためだ」 「……」 「大との楽しい思い出が支えてくれる……か?」 「そうだよ」 「お前なら分かるだろ」 「……」 「……」 「分かんねーよ」 「辻堂さん……」 「覚えてない」 「楽しかったことなんて」 「1つだって覚えてない!」 「辻堂……」 「思い出すのなんて苦痛だけだ。痛みだけだ」 「側に来るたびたまらなくなる。優しく笑うたび胸が痛む。涙が出そうになる」 「たまに触れ合うとき、試されてるような気持ちになる」 「捕まえたくなる。あざができるくらい強く」 「痛いんだ! 苦しいんだよ胸が!!」 「……」 「あんなに楽しかったのに」 「あんなに嬉しかったのに」 「いまじゃ何百回殴られるより痛いんだ」 「お前……」 「……」 「……」 「こんなに痛いのに」 「こんなに苦しいのに……」 「どうしてお前がそこにいる?」 「――」 「ぐ……ッ!?」 「ちくしょう……ッ!」 「ちくしょうッ!!」 「ちくしょうッッッ!!!」 「ゥがは……ッ!」 「クソッ! クソッ! クソッッ!」 「なにが大のためだ。なにが大のために負けないだ!」 「アタシが誰のためにこんなに痛いと思ってる」 「誰のためにこんな、こんな!!」 「ク……!」 「それでアイツは泣いてたんだよッッ!」 ――ゴヅッッ! 「黙れ!!」 「がっっ!」 「お前なんかに分かるか!!!」 「抱きしめるだけが愛情じゃない。好きって言うだけが恋じゃない!」 「ッ……」 「お前なんかに……お前なんかに!!!」 「クソッタレ……!」 「ァアアアアアアッッ!!」 「ガアアアアアアアアアアアッッッ!!!」 異様な光景だった。 明らかにマキさんのほうが速い。パンチも強いのに。 「うあああああああああああああああああ!!!!!」 マキさんの攻撃は辻堂さんに届いてなかった。 殴ってるはずなのに、痛みにつながってない。 「ちくしょう! ちくしょうッッ!」 「どうしてお前が!」 「お前が! お前が……」 「お前があああああああああああ!!!」 もっと強い痛みにのたうつように、辻堂さんの拳はやまなかった。 「……」 ダメだ。 「かは……っ、が……ゥっ」 これはケンカじゃない。 辻堂さんの、マキさんの好きなケンカじゃない。 「……」 前に立つ片瀬さんの肩を叩いた。 道をあけてくれる。彼女も見たいのはこんなものじゃないんだろう。 立っていられなくなったマキさんを、馬乗りでなおも殴り続ける辻堂さん。 その肩にそっと手を置いた。 「ッ……」 「う……」 「……」 「もうやめよう」 「……」 「だい……」 「……」 どいてくれた。 「まて……てめぇ」 「……」 「お前の負けだ。腰越マキ」 「く……」 「お前とこの男は家族だって前に言ったな」 「家族が止めに入った。それはつまり、これ以上お前が戦えないってこと」 「お前の負けだ」 「っ……」 「認めないなら、この男の家族を名乗るのをやめろ」 「なにを……」 「やめてマキさん」 なにか言おうとするマキさんを抱きしめて止める。 もう俺を振り払うだけの力もない。とても戦える状態じゃない。 辻堂さんはそんな俺たちを一瞥し、ふぅとため息をつく。 「約束は覚えてるよな。負けたお前は、いまからアタシの舎弟になる」 「アタシにすべてを差し出す。家族も、恋人もすべて」 「いますぐ長谷大の家を出ろ。二度と会うんじゃない」 「……」 「く……」 淡々と下される勝者の命令。 従うしかない。それがルールだ。 「……」 迷いながらもマキさんが支える俺の手から逃れる。 俺も一歩下がった。 「……」 「……」 「……」 「っ」 「あぶないっ」 でもマキさんは1人で立ってることも出来なかった。膝が崩れかけ、俺が慌てて支える。 身体は震え、力が入ってなかった。 雨粒にしては熱い滴が頬を伝う……。 「……」 「……」 「……」 「ただし」 「え?」 「それはお前がアタシの舎弟に相応しいヤンキーである場合」 「ヤンキーでなきゃ舎弟には必要ない」 「辻堂さん……?」 「それって……」 「いまこの場でヤンキーをやめろ」 「二度とケンカしない。不良をやめて真っ当になる。誰からも恨みを買わないように生きるって言うなら」 「アタシの舎弟には相応しくない。アタシの命令は聞かなくていい」 「誰と付き合おうが一緒に住もうが、好きにしろ」 「……」 「辻堂……」 「……ふぅ……」 「長谷大の恋人に、ヤンキーは似合わねぇ」 「……」 「……」 「……」 唖然とする全員を尻目に、静かに去っていく辻堂さん。 葛西さんを始め、舎弟の人たちがあとを追う。 マキさんは、 1人で立てもしないので、俺の手から動けなかった。 ・・・・・ 「ったく」 「なんで2人のバトルが終わったらみんな早々に解散してんのよ!このあと私らが2人ともヤるはずだったでしょ!」 「やー、すごいもん見たから忘れてたっての」 「うちら400人もその他600人も迫力でブルっちゃってたっすからねー」 「どっちも満身創痍でたたくチャンスだったのに」 「そんなこと言って。自分だって見惚れてたシ」 「やかましい!」 「まあアレはアレで良かったと思うが」 「緊張感のないのもほどほどにな。三大天の時代は終わり、均衡は破られた。ボーっとしてるとすぐ辻堂にやられるぞ」 「分かってるわよ」 「腰越のやつ。あっさり抜けてくれちゃって」 「あーん」 「あーん」 「もくもくウマー。へへ、やっぱ怪我人病人には桃缶だよなー」 「別に両手は大丈夫なんだから自分で食べればいいのに」 「身体が痛くて動かない。ほら、食わせろダイ」 「はいはい。あーん」 「あーん。ウマー」 決戦の夜から一夜明けて。 9月1日の本日だが、土曜日なのでまだ夏休み。始業式は3日になっている。 1日経ってムチうちがすごいらしい。マキさんの看病で大忙しだった。 「もう、こんなの今回限りにしてくださいよ」 「知るかよ。これくらいなる方がケンカの醍醐味なの」 「まあこんなの初めてだけど」 だわな。 「……」 「言われなくても、今回限り。最後だよ」 「もうケンカしないって約束しちゃったし」 「……うん」 あっけないと言えばあっけないもので。 マキさんは辻堂さんに言われた通りヤンキーを卒業。もうケンカしない。暴力も振るわないと決めた。 まあ染みついたものがあるからすぐには治らないだろうけど。でも。 それで遠慮なくうちに居座ってる。 俺たちは家族で、恋人であり続けてる。 「はーああ、カッコ悪いな私」 「姉ちゃんがさらわれたときはオタつくばっかだったし。ケンカまで負けた。そのうえまだダイのところに居座ってる」 「……ヤバい。改めて考えると本気で恥ずかしい」 「まあまあ」 肩をぽんぽんする。 「言ったでしょ。姉ちゃんがさらわれたときはなにもしなかったとは思わないよ」 「本気で動揺して、本気で慌ててくれた。姉ちゃんのために。それがすごくうれしいんだよ」 「かな」 「それに勝ち負けはともかくとして。ケンカのことも嬉しい」 「べつに辻堂さんとのケンカ、受けなくてもうちにはいられたのに。勝っても何を得たわけでもないのに、勝負を受けてくれた」 「俺たちの安全のためにケンカ受けた。別れる危険を負って戦ってくれた」 「それがすごくうれしい。そういうところ好き」 「……ふん」 「別にお前らのためだけに受けたわけじゃねーよ」 「辻堂の持ち物で……欲しいものがあった。それを奪いたかったから受けたんだ」 「そうなの?」 「もちろんボディガードに使おうってのもあったけど」 「……欲しかったな」 「なに? 欲しかった辻堂さんの持ち物って」 「……」 「長谷大」 「は?」 「アイツの中にある長谷大」 「それにお前の中にある、アイツの居場所も欲しかった」 「お前まだあいつのこと好きだろ。あいつも、たぶん」 「……」 「ケンカで勝ったら、奪ってやれるかもって思ったんだよ。お前らの中にお互いにあるモンを全部」 「……そうなんだ」 おかしなこと考えるな。 「でも無理だよ」 「……」 「これだけはケンカで勝っても負けても変わらない」 「俺のなかにある辻堂さんが好きな部分は一生変えられない」 「……」 「フン」 「別にいいけどさ。オラもっとお世話しろや。桃あーん」 「はいはい。あーん」 「私も体調不良。お世話してーヒロー」 「こっちはなんで未だに二日酔いなんだ」 「迎え酒にビール飲むのは危険ね」 「お世話しろー」 「私もしろー」 「はぁ……」 「……はぁ」 「ン、どうした。始業式は今日じゃないぞ」 「知ってるよ。クミが腰越落としの祝勝会がどうとかうるせェから逃げてきたの」 「ふーん」 (シュボッ) 「ふぅー……っ」 「……」 「先生」 「うん?」 「タバコ、一本ちょうだい」 「構わんが……吸ったっけ?」 「いや初体験。……火ぃお願い」 「ほら。……そうじゃない吸うんだ。吸いながら火をつける」 「こう?……ぷはっ、うはっ、けほけほっ、なにこれ」 「最初はみんなそうなる」 「すぅー」 「けほっ、けふんっ、けへっけへっ」 「やめとけ。身体が拒否ってる」 「……うん。気持ち悪くなってきた」 「はぁ……」 「どういう心境の変化だ?」 「別に」 「……」 「ちょっとは本格的にワルぶりたくなったか?」 「他人の迷惑顧みずに奪われたものを取り返すような」 「……」 「あきらめろ。お前は本物の悪にはなれない。母親も残酷で凶暴だが悪くはなれない女だった」 「……フン」 「……ふふ」 「男を取り返すチャンスなのにしなかったって?」 「早いな。どっから情報仕入れてくるんだよ」 「大人は何でも知っているんだ」 「別に取り返すとかじゃねーよ。別れさせようとして、でも気が変わっただけだ」 「ふーん」 「……」 「取り返せる可能性もなくはなかったと思うぞ」 「……」 「私の見たところ、お前たちまだどっちも……」 「……すまん。なんでもない」 「……フン」 「しねーよ。そんなだせェこと」 「……」 「……まだあいつのこと好きなんだから」 「……」 「……」 「最近この話ばっかりしてるが……」 「うん?」 「生物学的に見て恋愛とは、生殖と群生衝動に起因する」 「生物は元来生殖のために生きているし、人は常に孤独に怯えて生きる生き物だからな」 「?」 「だが恋をした人というのは、相手のことを思ってどんなことでもしてしまう」 「相手の幸せのために、自分が身を引くことさえ」 「……」 「生殖とも群生衝動とも矛盾するくらい盲目的な愛情。生物学的にいえば愚かなことだが」 「一度くらいそんな恋をしてみたいもんだ」 「……」 「どうだった? 辻堂愛の純愛は」 「……」 「サイテーだよ」 「ホントなんだって!この前の台風の日、弁天橋で不良たちのとんでもない抗争があったらしいよ」 「またまたぁ。すぐ話盛るもんねマイは」 「台風で橋の一部が壊れたのは確かですけど、抗争は言い過ぎでは」 「もーっ」 「おはよう」 「おはようございます長谷君。久しぶり」 「久しぶり。あれ、ヴァンは?」 「もう勘弁してくれ。毎日じゃないか」 「頼むよタロウ」 「ミスター湘南コンテスト以来昔作った合コンのツテから催促が殺到してんだよ」 「今度こそ! 今度こそいいの引き当てたいタイ!」 「分かった分かった。写真だけな」 「大変そうだね」 「ヒロシもどう?コンテスト2位だし写真送っとく?」 「あはは、ごめん俺はもう合コンはいいや」 「同居中の彼女に知られると困るし」 「そっか、そうだよな」 「彼女がいちゃ合コンはな」 「同居してるんじゃ誤魔化すのも難しいタイ」 「「「……」」」 「「「同居!?」」」 「「「彼女!!?」」」 今日は始業式だけなのであっという間に終了。 すぐ帰るんだけど……。 その前に、 「……」 「一応言っとくとここ、稲村の番長が決闘に使う場所だから。勝手に入ったらボコられるぞ」 「怖いな」 「なんか用か」 いつものように枠に背もたれる辻堂さん。 「用っていうか、まだお礼言ってなかったなって」 「別に礼言われること何もしてねーだろ。腰越はヤンキーやめただけだし。アタシもあいつをボコれてすっきりしたし」 「そう」 「そうだ」 「……スッキリした。何もかも」 背を向けた空のほうばかり見てるのは、俺に顔を見られるのが嫌なのか。 だから俺も空の方を見る。 「初めて話してから……まだ3ヶ月も経ってないんだね」 ここからの景色はあの日とちっとも変わらない。 「だな。なんか信じらんねぇ」 「うん、不思議な感じ」 色々なことがありすぎた。 「あれから1回付き合ってみて、別れて、友達になろうって言って……」 「……それで」 「うん」 気まずいまま2ヶ月だ。 たったの数日好きだっただけなのに、2ヶ月経っても気まずいなんて、やっぱり不思議だった。 「……」 「……」 会話がうまく続かない。とても友達なんて思えない空気。 たぶん俺たちはまだ友達になんてなれないんだろう。 それくらい強く。それくらい真剣に好き合ってたから。 元カノってそういうものだ。 「……行けよ」 「腰越、待ってるんだろ」 「うん」 隣から離れた。 屋上を出ようとして、 「そうだ、お礼」 「マキさんのことで色々助けてもらったのに」 「……」 「ありがとう辻堂さ……」 「やめてくれ」 「え……」 「やめてくれ」 「ありがとう……って言われたら」 「なんか終わっちゃう。そんな気がする」 「……」 「……」 「……」 「礼はいらねーっつってんの」 「ダチなんだからさ」 「うん」 「ふーん、辻堂と、ねえ」 「はい。難しいけど、ゆっくり距離感掴んでこうかなと」 「どうです?」 「今カノに元カノのこと嬉しそうに話してんじゃねェ」 それもそうか。 「ま、いいんじゃない。お前らの仲が微妙ってのもなんか責任感じるし」 「マキさんのせいでは……あいや、マキさんのせいだな」 「うっせーな」 ぎゅっと背中に引っ付いてくるマキさん。 「私のせいでもいいけど、返さねーぞ」 「お前、もう私のものだからな」 「分かってます。変える気はないですって」 「俺はもうマキさんが好きなんだから」 「……」 「ならいい」 まだちょっと拗ねた感じだった。 変な感じ。 小さいころは人を好きになるって気持ちがよく分からなかった。 恋人ができたら分かると思ってたのに、出来たらもっと分からなくなってしまった。 マキさんとの関係、セフレから恋人を通り越して家族になったけど、よかったかも。 恋人を作るって難しい。 「……」 恋をするのも難しいから、これからもずっと悩むことにはなりそうだけど。 「なに考えてんの?」 「んー? 別に」 「マキさんと家族になれてよかったなーって」 「おう」 俺たちはこの言葉で誤魔化せちゃうわけで。 あんまり深く考えなくていいや。 「ふんぬっ、ぬぬぬ!」 「そうそう、がんばれがんばれー」 「な、なんで扱ぎながら上がらなきゃ。せめてマキさん降りてよ」 今日からはこの自転車での行き帰り、家までマキさんと一緒することになる。 いつもなら家の近くの坂道の前で降りてくれるんだが、今日からは乗せたまま登らなきゃならなくなった。 「ヌオオオオ……マキさん重い」 「失礼だぞテメェ」 マキさんが降りてくれないから大変だ。 「って俺が降りれば一緒か」 「ありゃ、なんだよ根性ねーな」 マキさんは乗ったままだが、手押しで運ぶことに。 車庫に入れるべく裏に回る。 「あらあら、仲良しさんねえ」 「にゃー」 「あ、おばあちゃんこんにちは」 「ン……ども」 「こんにちはマキちゃん」 そういえばおばあちゃんとマキさんのペアって珍しい気がする。 「もう名前も知ってるんだね」 「あれ? お前が教えたんじゃねーの?」 「へ?」 俺は教えてない。 なんでおばあちゃんマキさんの名前を……。 姉ちゃんか? 思ってると。 「そうそうマキちゃん、このあとミッちゃんも来るよ」 「は?」 「ばあちゃんが来るんだ」 「ば……え?」 マキさんの様子がおかしい。 目をまん丸くして、それから。 「ホゥホゥ、お待たせトミちゃん」 (ピシ) 「あ、ばあちゃん」 「いらっしゃいミッちゃん」 現れたばあちゃんに石になった。 「およ?」 ばあちゃんもこっちに気づく。 そういえばばあちゃんとマキさんは初めてで……。 「ホゥホゥ」 「奇遇じゃのぅマキや。盆は墓参りがすんだら挨拶もせず帰りおって」 「え」 「う」 「わーーーーーーーーーーーーー!!」 「マキさん!?」 突如聞いたこともない悲鳴を上げるマキさん。 「なんでばあちゃんがいンだよーーーッッ!」 屋根に飛び乗って逃げていく。 「ホゥホゥ」 「待ちんしゃい」 ――ズゴシャーーーーーーーーーーーンッッッ!!! 「ぐは……」 なんかとんでもないアレなことが起こり、マキさんは地面に叩きつけられた。 「ま、マキさん大丈夫?」 「痛ッてぇな!あの川神院ですら恐れ封じた13の滅技のひとつ孫に使うなよ!!」 「ホゥホゥ、人様の顔見て逃げるからじゃわい」 「相変わらずばあちゃんのお仕置きは容赦ないなあ」 「ぐ……ダイ、ばあちゃんの知り合い?」 「私や辻堂を見ても怖がらない一因が分かった」 「マキさんこそ。しかも」 養育院の育ちならみんな『ばあちゃん』って言うけど、いま『孫』って言ってたような。 「マキさん……まさかばあちゃんの」 「おや? 大ちゃん気づいてなかったの」 「いかにもわしの血のつながった孫。極楽院マキじゃ」 「……ケッ」 威嚇がちにあっちを向いてる家出娘さん。 びっくりだ。世間は狭いってホントだな。 「住んでるとこ知られたけど、帰らねーからな私は!ずっとダイのところに住むからな!」 「ホゥホゥ、別にええよ。ここにおるのはさえちゃんに聞いとったしの」 「なぬぃ!?」 「あー、姉ちゃんも知ってたんだ」 「お前さっきから反応薄いな」 「驚いてるけどね」 「ホゥホゥ」 「マキは仏門に仕えるっちゅー性格でもないし、若いうちは見分を広めるがええ。家出するのも旅をするのも他で住むのもよかろう」 ばあちゃんは相変わらずおおらかだった。 「じゃ、じゃあ私、このままダイの家に住むからな。いいんだな」 「ええかいヒロ坊?」 「俺はもちろん」 「ならよかろ」 「ほ……」 よかった。 まあダメって言われても従うマキさんじゃないだろうけど。 「ホゥホゥ」 「小さいころの約束、守ったようじゃの」 「「へ?」」 「出て行っちゃうの?」 「うん。長谷さんのうちが引き取ってくれるって」 「そうなんだ」 「ふーん……」 「じゃあもう会えなくなっちゃうね」 「そんなことないよ」 「だって遠くへ行っちゃうんでしょ」 「仲のいい子がいなくなったら私1人になっちゃう。お父さんもお母さんもいないし」 「じいちゃんやばあちゃんがいるじゃない」 「その2人しかいないんだもん」 「うーん」 「じゃあいつかマキちゃんもおいでよ」 「へ?」 「ばあちゃんたちが許してくれたら、うちにおいでよ。一緒に家族になろう」 「いいの?」 「もちろん」 「うん。約束、ね」 「うん。……あ、手を貸して」 「なぁに?」(ぎゅっ) 「家族になるセンセイをするんだ。えっと」(ぎゅっ) 「私、長谷大は、あなたを姉とし……」 そうだ。姉ちゃん以外とは姉弟になっちゃダメなんだっけ。 「姉以外で家族って何がある?」 「んー?」 「お嫁さんとか」 「じゃあそれで。私、長谷大は――」 「マキちゃんをお嫁さんとし、良い時も悪い時も、富めるときも貧しいときも、病めるときもまた健やかなる時も、マキちゃんを愛すると誓います」 「ふぇ」 ちゅー。 「んんぅ……」 「なんでちゅーするの」 「家族はこうするらしいよ」 「ふーん」 ちゅー。 「う……」 目を覚ます。 「うー……」 夢を見たような……。 「……ふぁあ」 「おはよー」 「おはよん」 姉ちゃんはもう起きてた。 「マキさんは?」 「まだ寝てる。昨日は3時までかかったから」 ウキウキしてる。 最近の姉ちゃんは常に機嫌よさそうだ。 逆にこっちはテンション低い。 「おはようございます。眠そうですね」 「うう……その姉ちゃん鬼だよ鬼」 「あはは」 「失礼ね。タダで家庭教師してあげてるんだから感謝してほしいわ」 この前ばあちゃんに会った時のことだ。 「家出はええが、人様に迷惑かけるようじゃいかんぞ。不良じゃ言うて悪さしとらんだろうの」 「う……」 「どうなんじゃヒロ坊?」 「えっと、まあちょっと問題のある行動は多いけど、これからは大丈夫だよ。もう不良やめたから」 「そ、そうだよ。やめた、もう」 「ほう? そうなんか」 「ならひとつ命令じゃ」 「あ?」 「不良でないなら、学生の本分にいそしまんとの」 学生の本分は勉強。 来年は進学するように。とのこと。 「テストなんてカンニングすりゃ一発なのに」 「いけません。それが通るのは不良だけだよ」 「うえーん」 そんなわけで、もう秋のいまは熱化している進学模試。対策として、最近のマキさんは連日勉強漬けだった。 合法的にいたぶれるからって家庭教師役の姉ちゃんはノリノリだ。 本当の家族みたいに、楽しい日々が過ぎていた。 「行ってきます」 「行ってきます」 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」 「にゃー」 今日も学園。3人一緒に家を出る。 姉ちゃんは車で。俺とマキさんは自転車で。 ここでもちょっと変わったことがあって。 「なあヘルメットやだ」 「かぶらなきゃダメだよ。不良じゃないんだから」 「はぁ……」 そう言われると弱いマキさんは観念して安全ヘルメットをかぶったままに。 眠いんだろう。ぎゅっと背中にすりついてきた。 「そうそう、ばあちゃんの言ってた昔のことって思い出した?」 「ああ、今朝昔の夢を見ましたよ」 俺とマキさんは昔会ってる。 ばあちゃんの孫と、ばあちゃんの養育院の子供。年も近いし、縁があるのはとくにおかしくない。 ただ、 「どんなだった私ら?」 「はい、それがですね。なんと」 「なんと?」 「なんと……」 「全然覚えてないんです」 「なんだよそれ」 「俺、夢の内容ってちっとも頭に残らないタイプなんですよねー」 「役立たねーな」 「マキさんだって覚えてないじゃん」 「だけどさ」 会ってたのは間違いないんだろうけど、どっちも全然記憶にない。 姉ちゃんやよい子さんに聞いてもニヤニヤするだけで教えてくれないし。 ま、ゆーっくり思い出していけばいっか。 「夏が終わっても暑いな」 「湘南だからね」 「でも海の家はおわっちまったか」 「また来年、だね」 「来年また一緒にバイトしよっか。ほら、家に金入れなきゃだし」 「いいね。でも浪人になったらそんな時間ないよ」 「うー」 抗議代わりにヘルメットで背中をぐりぐりしてきた。 あれからマキさんは約束通り、不良でなく、普通の女子校生であり続けてる。 ケンカはしないし、暴力もあんまり振るわなくなった。たまに手が出るときはあるけど。 不良たちからのお礼参りなんてのもたまにあるけど、睨み一発でほとんどの状況は解決する。 何よりこの前の辻堂さんとのケンカ。あれが派手なデモンストレーションとなった。 結果は辻堂さんに負けたとはいえ、あんなすごい戦いを見せられたら、誰も2人に挑もうなんてしないわな。 たまーに聞き分けのないのが絡んでくることもあるが、晴れて湘南最強を名乗りだした辻堂軍団の人たちが目を光らせてくれてるみたいだし。 「ヒャッホーゥ!腰越マキ! 今日こそお前を倒して俺たちの伝説を」 「喝ッッッッッ!!!」 「あれー」(きらっ☆) 「再戦の申しいれは我からである。割り込みはやめてもらおう」 「一度染みついた武は抜けるものではない。待っているぞ、うぬの血が再び滾ろうその日を」 ボディガード的な人が出来たんで特に問題なし。 「まだまだ、時期を伺うんだ。リベンジの時期を」 「はぁ……」 「利根川さん、ひょっとしてビビってません?」 「はあ!? な、なわけねーだろ!万全を期してるんだよ!」 そもそも元湘南最凶に絡みたがる不良なんてそんなにいないしな。 「あー、暴れたい。スカッとしたい」 「ダメですよ。辻堂さんとの約束」 「分かってるって。あいつとの勝負結果を無視する気はねーよ」 「でもさ。恋奈をいたぶるくらいならよくね?ほらマジメな生徒として、同じ学園の悪い1年生に指導。みたいな」 「だーめ」 「ちぇ」 やっぱり子供っぽい人だ。 まあいいさ。しばらくは平穏な時間も続くだろう。 湘南の夏。嵐の季節は終わったんだ。 「……」 「そうだ、朝水出しコーヒー切れてたけど、装置セットしといてくれた?」 「あ、忘れた」 「えー、なにやってんだよ。帰ったら飲もうと思ってたのに」 「すいません」 「代わりにコーラでも買って帰りましょうか?」 「んー? うーん……」 「いいや。帰ったらすぐセットしてくれ。カップ1杯で充分だから」 「3時間はかかりますよ」 「たった3時間だろ」 「待つよ」 恋人が出来ました。 とても嬉しいことだと思う。 初恋は叶わなかったけど、でも好きな人と結ばれた。 とても良いことだと思う。 姉に恋人が出来ました。 とても嬉しいことだと思う。 弟としてはちょっと妬けるけど、家族として喜ぶべきだと思う。 さて。 その状況が重なった場合は、どうするべきなんだろう。 つまり、 「なーに難しい顔してるの?」 ごろんとヒザに頭をのせてくる姉ちゃん。 「いま人生最大に難しい状況なんだよ」 「ふーん」 「じゃあストレスはお姉ちゃんがヌイてあげましょう。はーいぬぎぬぎして〜」 「のわああやめなさい!」 ズボンを掴んでくる手から逃げる。 「なによー。親切で言ってあげてるのにー」 「いま朝! これから授業!」 「ガチガチにしてるくせに」 「朝は自動的にこうなるの」 「ちぇ」 腰をあげる姉ちゃん。 冗談やってる場合でなく、ギリギリな時間帯である。早く準備しないと。 「はぁ……」 あれからずいぶんと経った。 俺が辻堂さんと別れてから……、つまり、 姉ちゃんが毎日俺の部屋で寝るようになってから。 それ自体は、もともと2日に1回は部屋に来てたから大した変化ではないのだが。 「ご飯できてる?」 「うん」 (ぎゅ〜) 「……」 (ちゅ〜) 「ご飯にしようよ」 「はいはい」 姉ちゃんのスキンシップがパワーアップしたくらいか。大きな変化は。 「コホン」 席に着く。 「いただきます」 「いただきまーっす♪」 機嫌よさそうな姉ちゃんと朝ごはん。本日はシンプルにトースト、サラダ、目玉焼きなり。 コーヒーは姉ちゃんが砂糖2、俺が砂糖1。 「はぐはぐ」 「あ、ヒロ。顔にジャムついてる」 「どこ?」 「動かないで」 (ぺろっ) 「……」 「えへへ」 「どーも。ほら、早く食べないと遅刻するよ」 「タンパクねえ」 いちいち相手してられないよ。 「……」 (ぬりぬり) 「……」 「なんで唇にジャム塗ってんの?」 「えー? なんのことー? 分かんなーい」 「もしかして顔についてるとか?」 「だったらヒロにとって欲しいなー」 「そういうことか」 無視だ無視。ごはんに戻った。 (はぐはぐ) 「じー」 (もぐもぐ) 「じぃー」 「はいはい!」 ぺろっ。 舐め取った。 「ごくろサマー」 「あら? ヒロ、舌にジャムがついてるわ」 それはいまあなたのを舐め取ったからで。 「んちゅっ、ちゅむ……ちろ」 「ぁう……」 絡める、ってほどではないけど、舌をペチャペチャ舐めあった。 ……気持ちイイ。何回やっても慣れない。 「ぷは」 「っふ……。ご、ごはん中はやめてよ。恥ずかしい」 「ふふっ、いいじゃない」 「ヒロには言ってなかったけど、私は実は、朝夕とわずイチャコラしちゃう人種にちょっと憧れてるお姉ちゃんだったのよ」 「俺は憧れてないよ」 とまあ朝から甘々トラップをいくつも仕掛けてくる。 姉ちゃんにも困ったもんだ。 学園に行く準備を済ませていった。 2杯目に濃い目にいれたコーヒーで、気分をリフレッシュさせていると、 「準備完了」 「行きますか」 なんとか遅刻しない時間に間に合った。 「忘れ物はない?」 「ない」 「行ってきますのキスは?」 「ないよ」 「ちぇー」 「じゃあ行ってらっしゃいのキスね」 「わー」 ・・・・・ 「はぁ」 「朝から疲れているようだ」 「姉ちゃんがテンション高くて」 学園は安らぎの場所だ。 「長谷先生、なにかあったタイ?」 「最近ずっとご機嫌だけど」 「逆にヒロシは疲れ気味だな」 「ははは、ちょっとね」 言えるわけない。 「あ……」 「ン……」 「……」 「……」 「お、おはよ」 「……はよ」 ふぅ。 「辻堂の様子も気になるところだ」 「最近妙に仲が良くないか?」 「まーね」 辻堂さんとは……まあ理想的かも。 『仲が良くなった』とはいえないけど、悪くはなってない。 クラスメイトらしいクラスメイトって感じ。 まだちょっとギクシャクするけど、前は声もかけられないヤンキー相手だったわけで、かなり良好な関係といえる。 これでよかったんだよな。俺たち。 「はーいみんな席ついてー」 「うわ!」 「今日加山先生お休みだから、私がSTやるわよー」 パンパンと手を叩く。 みんな従って席に戻るあいだ、 「……」 見られた。 (うわ! ってなによ失礼ね) (ご、ごめん) (へー、私が来るの嫌だったんだ。へー) (びっくりしただけだよ) (目で会話している……) みんな着席した。 「伝達です。まず来週からはじまる期末試験について……」 仕事はきっちりこなすタイプで、ホームルームを進行する姉ちゃん。 「1組は5月の考査で伸び悩んだから、ちゃーんと勉強しておくように」 「こっちが授業で3回も教えた公式忘れてるようじゃ困るわよ」 ぐぬ。 俺のことだ。何人か察したらしい、クスクス笑った。 「連絡は以上」 「1時限目は数学よね。じゃっ、あと7分くらい自由にして結構」 自分の科目なので残るらしい。教卓に腰かける。 授業開始まで7分間、教室が休み時間になる。 「先生先生せんせー」 「うん?」 「先生ってさー、最近エステとか行ってる?」 姉ちゃんはすぐさま女子たちに囲まれた。 人気ある先生だからさほど珍しい光景ではないけど、やっぱりちょっと落ち着かない。 「エステ? どうして」 「だってみんな言ってるよ。最近急に前より綺麗になったって」 「それはどーも。でもとくにコレってことはしてないわ」 「たしかに、エステに行ったというよりは肌そのものが若返ったというべきでしょうか」 「なにか食生活に変化ありませんでした?」 「食生活……そうねぇ」 食事はとくに変えてないはずだ。 あ、待てよ。俺に絡む時間が増えて、酒の量が減ったかも……。 「……」 「たんぱく質が多そうなものは積極的に摂るようにしたわ」 「ぐッッッ!」 「どうしたひろ?」 「な、なんでもない」 「クスクス」 姉ちゃんはみんなが気付かない程度にこっちを見てニヤニヤしてる。 たしかにタンパク質はよく搾りとられてる……。 うう、いかん。変なこと考えるな。 「フフッ」 姉ちゃんはずっと楽しそうだった。 授業中もイタズラは続く。 「はーい、試験範囲はここまで」 「時間余ってるわね。教科書の問題片付けちゃおっか」 練習問題をページで指定した。 みんなそれぞれで取り掛かる。 「……」 う……。 みんなの視線がノートに向くと、またこっちを見てきた。 こっちばっか見んなよ……思ってそらすけど、 「……」 ちらっ。 さっ。 ちらっ。 (あんま見るなよ) (いいじゃん別に) (今度は口パクで会話している。器用な2人だ) (クラスであんまり下品なこと言うなよな) (下品なことって?) (た、タンパク質がどうのって) (事実じゃない。ビール控えめになった分、お肉を食べるようにして) (あとヒロのアレも♪) 「ぐ……っ」 平然となんつーことを。 「クスクス」 面白そうに笑ってる姉ちゃん。 みんなは問題に夢中で気付いてない。 これよしと姉ちゃんは、愛用してる指し棒を掴み、 ――しゅにしゅにしゅに。 「う……」 こすりだした。 普通に見ればただの指のマッサージだ。 けどいつもああして握られてる俺にすると……。 「ほれほれ」 ――しゅにしゅに。 「〜〜」 や、やめてよ。 「ふふっ、……〜」 姉ちゃんはさらに口元を手でかくすと、俺にだけ見える角度で、舌をちろちろさせた。 ……先っちょをああして舐められるとめちゃめちゃ気持ちイイ。 (ってだからぁ!) 「〜♪」 ううううう。 マズい。ズボンが。 ズボンの中身がぁぁああ……。 「はい時間です。みんな出来た?」 は!? ちょうどそこでチャイムが鳴った。 「無理無理無理こんなのぉー」 「面白いくらい分からなかった」 「時間が余った」 「ふふっ、ぶっちゃけここの範囲からの応用問題は次のテストで点数の配分高いわよ」 「答え合わせは次回します。間に合わなかった人は課題にするからやってくるように」 「じゃあ解散」 「長谷君」 「はいっ!?」 みんなが休み時間に入るなか、呼び止められる。 こっち来た。 「あなた、一問も解いてないじゃない」 「す、すいません」 邪魔したのはアンタだろ。とは言えない。 「授業はマジメに受けなさいね」 「エッチなことばっか考えてないで」 「……」 うるさいな。 「ペナルティとして、荷物運びでもやってもらおうかな。そこのカバン持ってちょうだい」 「はぁい……」 クラス中に生温かい目で見られるなか、数学用の教材を運ぶことに。 みんなおかしくは思わなかっただろうけど、 「カンベンしてよ姉ちゃん」 「学校では先生って呼びなさい」 「カンベンしてください先生」 「興奮したくせに」 「……うっさい」 事実、まだズボンが突っ張ってて歩きにくい。 学園では先生って呼ばせるなら、学園では先生らしい態度をとってほしい。 姉ちゃんは気分よさそうに笑うと、 「ちょっと来て」 「?……うおっと」 連れ込まれた。 「楓ちゃーんベッド貸して」 「はあ? ……ああ」 「今度おごれよ」 「のみこみ早!」 阿吽の呼吸みたいので出て行ってしまう。 そして2人きりになった途端。 「やっほーい♪」 「あぶないって」 飛びついてくる。 持ってた教材を落としそうになった。ベッドに置く。 「あらら、もうこんなに硬い」 「あうっ。ちょ、ちょっと、触らないで」 ズボンの上から出っ張ってるものを揉まれる。 「もう。長谷君、授業中になにを考えていたの」 「そっちが考えさせたことだよ。……だ、だからその……うわっ。本気で掴むな」 「はいはいジタバタしないの」 「こうしないと治まらないでしょ」 わたわたしてるうちにズボンを剥かれた。 悔しながらエラいことになってるものがびんっと勢いをつけて飛び出す。 「おおー、元気元気」 楽しそうに亀頭を『いいこいいこ』してくる姉ちゃん。 ……やめてください。それだけで気持ちいい。 「舐めて欲しいでしょ?」 「……なに言ってんだ」 下っ腹にはりつきそうなシャフトを握りながら、姉ちゃんはイタズラっぽく笑い、 「知ってるのよ。朝からギンギンにしてたじゃない」 「だ、だからあれは朝立ち」 「生理現象か興奮したものかくらい分かります」 「……」 正直、朝からずっと姉ちゃんのこと考えて悶々としてたけど。 「1回ヌイとかないとキツいでしょ。丸1日こんな状態でいるつもり?」 「べつに。変なこと考えずにいればそのうち治まるよ」 「……できる?」 「……」 無理かも。 朝からずっと悶々としてる。これじゃ1度は治まっても、なにかにつけて姉ちゃんを思い出して……。 「ほらね」 勝ち誇ったように笑った。 「そうでなくても、フツーにして欲しいんじゃない?」 「んくっ」 ぎゅっと強めにモノの根元を握ってきた。 しゅに、しゅに、小さい範囲で手を上下させる。 ――ニュル。 「あら。ふふふー♪ 相当期待してるんじゃない」 尿道に溜まってたカウパーが出てきてしまった。先端部の切れ込みに透明な玉をつくる。 あえて手をとめた姉ちゃんは、 「ふーっ」 「っ……」 息を吹きかけてきた。 粘性のある雫が波打つ……。 亀頭に生温かい吐息が絡んでゾクゾクした。 「ふふふーん」 「あの……姉ちゃん、マジでさ」 「あら、まだ口答えできるんだ」 「ここ学園だし」 一番根本的なことを忘れてた。ここは家じゃない。 「大丈夫よ。楓ちゃんのことだから誰も来ないように不在看板とか出してくれてるわ」 かもしれないけど。万が一ってことがある。 「むしろなんかワクワクしない?学園でこんなことするなんて」 「怖いだけです」 「そのうち楽しくなるわ、たぶん」 「ヒロには言ってなかったと思うけど、私は実は学園でエロいことするのをちょっと夢見る先生だったのよ」 「そうだ。ここ学園だし、姉ちゃんって呼ぶの禁止にしよっか」 「長谷先生と呼べと」 「そうよ、長谷君」 「想像してみて。長谷君はいま学園のなかで、美人で評判の長谷先生におちん○んを握られてるのよ」 「う……」 そ、そう言われるとなんか興奮するような。 「ほらこっち見て。長谷先生が長谷君のおちん○んを……」 ――ニル。 「あくっ」 先走りの露の玉が舐め取られた。 切れ目にゾゾッとするような柔らかな感触が走る。 「〜♪ ちょっとしょっぱいわね。シャワー浴びてないからかしら」 「どう長谷君? 学園でおちん○ん舐められた気分は」 「ね、姉ちゃん」 「姉ちゃんじゃないでしょ」 ――ぎゅう〜。 「っうわ……っ」 根元をキツく握られた。 痛気持ちよくてひざが砕けそうになる。 「せっ、先生。長谷先生」 「よろしい」 またソフトに。 ――じわ。 ポンプの要領で、新しい前ぶれが浮いてきた。 「ホントに元気ね……ほら、これ好きでしょ」 ――しゅにしゅに。 さっき教室で指し棒にしてたよう、竿を優しくあやしだした。 「くぁ……んっ、く」 ふっくらした姉ちゃんの手のひらが這う感触。 気持ちイイ2:くすぐったい8 くらいか。これはこれでクセになりそう。 「それともこっち?」 ――チロ。 「あぅ」 「っ……っ、ちる、……んっ、ふ……」 ――ちろっ、ちるっ、チロチロ。 薄いピンク色の舌を尖らせて、先っちょに来た。 舐める。っていうか、さする。って感じ。 気持ちいいのともどかしいのでゾクゾクする。 「っふ、んふ……、っ……」 「っく……、う……く」 腰が震えた。 学園で喘ぐってのは恥ずかしすぎるから声を抑えるので大変だ。 「どーかな長谷君?」 「……」 自信満々で見上げてくる。 「これでもまだ私にはして欲しくない?」 「いや……えと」 「まーどうしてもっていうならここでやめてもいいけど」 「え!?」 つい大きい声が出た。 にんまりする姉ちゃん。 「ほら、して欲しいんだ」 くそう……。 「正直に言いなさい。言わないとやめるわよ」 手を止める姉ちゃん。 「ちゃんとおねだり出来たら続きもしてあげる」 「お、おねだり?」 「そ。まーっすぐに私の目を見てこう言うの」 「意地を張ってごめんなさい。ウソをつきました。僕はいつも先生のことを考えておちん○んを恥ずかしいくらい大きくしてます」 「大好きな先生におちん○んを可愛がってほしいです。って」 「い、言えるかそんなの」 「んん〜? まだ意地張る気?」 「いいのかなぁ。もう残り時間、あんまりないわよ」 時計を指差す。 あ……。休み時間、あと5分もなかった。 「あと5分で強制終了よ」 「……」 「それにさっきそっちも言ったけど。長引くほど誰か来る危険性も高まる」 「……」 「ほらほらぁ、どうするの長谷君」 「……〜〜」 ……くそう。 「い、意地をはりました」 「ちゃんと私の目を見て」 「〜……」 視線を合わせる。 ……見慣れた姉の顔なのに、美人だと再認識して妙に気恥ずかしい。 「俺は先生のことを考えて、その……ペニスを大きくしてます」 「……」 「い、言ったよ」 「まだよ。肝心なところが抜けてる」 「〜……」 「大好きな先生に可愛がってほしいです」 「やっぱ先生って微妙ね。大好きなお姉ちゃん、にして最初からお願い」 「姉ちゃん!」 「はいはい。怒らないの」 「はむ」 んくっ。 一瞬怒ろうとしたのが、一気にぶっとんだ。 口内粘膜のぬめらかな感触が亀頭をくるむ。 「ンふ……すごい汗のニオイ」 「んちゅっ、んるっ、ちゅぷ、ちゅるっ」 「あっ、うっ」 「んふ、んる……レロぉ……ちゅぷ、んるるっ」 薄くリップを刷いた唇をつぼめて、先走りにあふれた尿口を吸ってくる。 「くぁ……う、うは」 さらに根っこの方を掴んだ手もまた上下しだす。 くすぐったいのは、吸引される尿道で腰にくるくらいの快感にかわる。 「いい顔よ。可愛い」 「ちゅぷ、ちゅるるっ。んくっ、んくっ、んくっ」 「はふぅ……くちる。ちゅるちゅるぺちぺち」 一呼吸置くと、今度は舌もぶつけてきた。 ぐるりと雁にそって舌の腹をこすりつけ、 「んんんん……っ」 ――ぬむるぅうう……。 そのまま顔をすすめてきた。 温かい唇の裏側へと亀頭が埋没していく。 初めてじゃないんだけど、いつもこの瞬間は大事なものが飲み込まれそうでゾッとする。 そして膨れ上がった先端が喉に触れると、 「んちゅっ、ちゅろっ、るろぉお……ぺちゅる」 「ぷはぅっ、んちゅっ、んぱ、るろっ。れるれる」 「あっ、あっ……っ」 小さく束ねた髪をひらひらさせて顔全体を前後させだした。 フェラチオ……やっぱすごい。 何回かしてもらったけど全然慣れない。毎回腰が抜けそうだ。 「ちゅぷる……んんんん……っ」 赤く膨れたグロい塊が、キスするとあんなに柔らかい姉ちゃんの唇に沈んでいく。 見てるだけで頭がぼーっとした。 「ぷは……どぉヒロ? 先生の口の中」 「う、ぅん……」 「うんじゃないでしょ。ちゃんと言いなさい」 ぺちぺちと舌の腹で穂先を叩いてきた。 「先生におちん○ん可愛がられてどんな気持ち?」 「……キモチいいです」 「よろしい……はむっ、ちゅるっ、ぴちゅ」 柔らかな唇がスムーズに海綿体を滑る。 「ちゅぷっ、るろっ、んちゅ……れるれる。はむ、んぷ、んっ、んっ、んっ」 反比例して姉ちゃんの吐息が、つっかえがちになっていった。 「んふっ、んは、はぁ、はぁ……ちゅるっ」 息が切れてる。 姉ちゃんも興奮してる。 「ぷはぅ……ヒロ……おっきい。ン、んふ」 「んんん……ちゅる、ぴちゅ、ねるねる、ぷふぅう」 タイトスカートのなかで太ももをモジモジとこすりあわせてた。 『長谷先生』が興奮してる。思うとそれだけでも、かなりクるものがある。 「あの、姉ちゃん。俺そろそろ……」 「ン……もう?」 「って時間もあんまないか。いいわよ、好きなように出しちゃって」 「あ、口の中にだすのよ。服汚すとマズいから」 「う、うん」 ムニと唇がカリの少し下にあてられる。 位置はあまり動かさず、小刻みに首を動かし出した。 「っ、っ、っ、っ……。ちる、ちゅむ、ちるっ」 亀頭には舌をまきつけて、ビブラートするように震動させる。 「んぁあああ……」 腰にピリピリくる刺激の波が、より小刻みで、より深いものになる。 「ぷふっ、んふっ、ちゅろ、るろっ。んむ、んちゅっ、んっ、んっ、んっ、んっ――」 リズミカルに首を上下させて、カリのくびれをしめつける。 垂れた唾液がローションになって根元に溜まる。絡んだ指も、リズムにのってしごきあげてきた。 「っは、ふは……」 「っふ、はふ……」 「くあ――っ」 ――びちゅるるるるっ! すごい音を立てて姉ちゃんの口の中をかすめ、スペルマが飛び出した。 「んぁっぷ!」 来るのは分かっていても勢いに驚いたんだろう。姉ちゃんが喉を鳴らす。 どろつきは舌ではじけて一気に喉へ走る。 姉ちゃんはむせないように暴れるシャフトを口で収め、ゆっくりと俺のを溜め込んでいった。 「く……ぅ」 「っぷ……、ンふ」 「ン……」 やがてびゅーびゅー噴出すものが収まるのを待って。 「……んっ、んっ、んっ……」 嚥下していく。 「……はぁ」 うー。 姉ちゃんを相手にしてると、一人でするよりはるかに大量に出る気がする。 そのぶん放出の快感が長引く。 体がガクガクした。 「ぷは……っ」 最後の一滴まで飲み下してくれる姉ちゃん。 尿道のぶんも吸いあげて、亀頭のぬめりをとってから口を放した。 「はぁ……」 「はぁ……」 同時にため息が出た。 行動は真逆で、姉ちゃんは満足げに身体を起こし、俺は逆に快感が残ってて腰がぬける。 崩れ落ちそうになり、近くのベッドに身体を預けた。 「また一杯だしたわね。そんなに気持ちよかった?」 よだれでべとべとの口元を拭う姉ちゃん。 「うん……」 「学園でするのにハマりそうとか」 「……」 否定できない。 学園……とかはともかく。 『姉ちゃん』じゃなくて 『長谷先生』にしてもらうの、ハマるかも。 「やってから気付いたけど、口のニオイ大丈夫かしら」 「まーでも、今日もまた良質なタンパク質を確保できました」 「……」 からかいに応える余裕もない。 俺はもうぐったりだった。 と――。 チャイムが。 「やばっ、次3組の授業なのに」 「行くわねヒロ。そっちも次の授業急ぎなさいよ」 「うぉおい……」 行っちゃった。 おのれ……。もてあそぶだけもてあそんで……。 言いたいけど、虚脱感がすごくて身体が動かない。 「色々すごいなお前ら」 「ども……」 「しばらく休んでていいぞ」 「はぁ……はぁ……助かります」 「ただそのアレなものは早くしまえ」 「はい……」 ズボンをあげようとする。 でも身体が動かない……。 「さっさと隠さないと次は私が襲うぞ」 「いまちょうどパールとビーズローターがあるから前立腺を開発しつつ尿道を……」 (がばっ!) すぐ起きた。 「授業に行きます」 「それがいい」 ・・・・・ とまあこんな感じで。 俺の毎日は、常に姉ちゃんに振り回されてる。 ある意味前までとなにも変わってないけど……。 「このままじゃいかんと思いませんか」 「なにが」(もぎゅもぎゅ) 「最近の姉ちゃん、ノリノリなんですよ」 学園でも私生活でも常にテンションが高い。 そして俺は長年にわたる調教で姉ちゃんには逆らわないという考えが染み付いてる。 このままでは一夜の過ちで長谷家がおかしくなってしまう。 「そうは思いませんか」 「もうおかしくなってんだろ」(はぐはぐ) 「ですかね」 「台所であんな格好であんなプレイしてる家がおかしくなってないと思うか?」 「……ったく、お菓子盗みにきたらとんでもねーもん見せやがって」 「すいません」 「あの格好って腰痛くないの?」 「ちょっと痛いですね。でもそれ以上に気持ちいいからやめられなくて……」 「ちがう!いまの問題は姉ちゃんですよ姉ちゃん」 「うん」 「つーかさっきから何が言いたいわけ?相談がしたいの? ノロケたいの?」 「相談です」 「やっぱこのままじゃダメだと思うんですよ」 俺と姉ちゃんは言うまでもないが姉弟なわけで。 まあずるずると関係続けてる俺が一番悪いんだけど。 「不満があるならあるで本人に言えばいいじゃん」 「聞いてくれますかね」 「知らねーよ」 「私はのーんびり見させてもらうから、がんばれ。じゃっ」 行っちゃった。 話しやすいから話したけど、マキさんに相談に乗ってもらおうってのがまず間違いだったか。 どーすっかな、姉ちゃんのこと。 「ただいま」 帰ってきた。 「帰ったよーヒロー」 「ご飯にする? お風呂にする?それとも……わ・た・し?」 「おかえり。それは俺が言うセリフだよね」 「じゃあ言って」 「ご飯にする? お風呂にする?」 「ヒロにする」 「そんなメニューはございません」 「いいからパンツ脱げミスター長谷」 「きゃああ」 いきなり押し倒される。 「待って待って、落ち着きなさいミス長谷」 やってることがほぼ痴女だよ。 「ミセスでいいのに」 「いやおかしいで……うわっ、耳は弱いって」 振りほどいた。 「なによー、ノリが悪いわねー」 「姉ちゃんがノリが良すぎるんだよ。人生単位で」 いい機会だ。話し合おう。 「コホン。いい姉ちゃん」 「なに?」 「俺たち最近……その、完全にアレじゃない」 「夫婦よね」 「そこまで?こ、恋人くらいでいいと思うんだけど」 「そうね。恋人だわ」 「……」 自分で言っといて照れる。 「でもさ。基本は家族、姉弟なわけじゃない」 「うん」 「だったらその……性的なアレはちょっと……さ」 「なに。私のカラダに飽きた?」 「まさか」 飽きるわけない。あんな柔らかくて温かくて気持ちいいもの。 むしろハマりつつある。 だから怖いんだ。 「姉弟ですることじゃない」 「その……父さんや母さんにも申し分けないっていうか」 「2人はOK出してるわよ?」 「はい!?」 「言ってなかったっけ」 「あのあと一応断っとこうと思って母さんに電話しといたの。私たち恋人になりましたーって」 驚愕の事実。 「ちょっと待って」 携帯を取り出しピポパと操る姉ちゃん。 「……あ、母さん? 私。うん冴子」 「そっちはどう? へー。……ちょっと。変な関西弁使わないで」 「でさ、前も話したわよね。私とヒロ、たぶん将来は結婚するって」 「こらー!」 あわてて電話を奪った。 「もしもし! あのっ、母さん!?いま聞いたことは……」 「……は? え? なにその落ち着き」 「いや、うん。……変な関西弁使わないでよ。……うん、え?」 「……」 「うん。じゃあ正月にまた」 通話をきる。 「どう?」 「孫は早く見たいけど、俺が学園出るまでは早まるな。だって」 俺と姉ちゃんがアレなこと自体は許容されてしまった。 「長谷家と俺とじゃ価値観がちがうみたいだ」 「世の中色んな人間がいるものよ」 「はは。こんなところで自分がもらわれっ子だって自覚する日が来るなんてね」 「おバカ!」 「痛い!」 「もらわれっ子なんて言い方はやめなさい!」 「あなたは……あなたはもう長谷家の一員よ。大切な私の家族よ!」 「でももらわれっ子だから赤ちゃんもOKね」 「殴り返すぞコラ」 色々ショックが多い。 「……」 あ、でもこれで、俺と姉ちゃんがどうなっても父さん母さんには迷惑がかからないわけか。 その点はよかった。 「……」 「……」 「ようするに、そういう気分になれないと」 「まあ、そういうこと」 問題はなさそうだけど、でも良心の呵責ってものがある。 勢い任せでヤッちゃったことをずるずる続けるってのは……。 「……」 「OK。分かった」 「へ?」 「このところヤりまくりで私も腰にきてたし。ちょっと小休止をはさみましょう」 「前までの、フツーの姉弟な私たちに戻ってみましょ」 「いいの?」 「ヒロがそうしたいんでしょ」 「てことでヒロ。夕飯は?」 「あ、うん。出来てるよ」 「ビールもよ。今日は瓶のやつ飲むから」 「うん……」 「……」 行っちゃった。 なんか……あっさりだな。 いやこれでいいんだけど。 ・・・・・ 「いただきます」 「いただきまーす」 揃ってぱんと手を合わせる。 本日の献立は、ご飯、みそ汁、コロッケ、いわしの塩焼き、青菜の煮付けなり。 「ビールが進むわ〜」 久しぶりに聞いたなそれ。 「姉ちゃん、コロッケばっか食べないで野菜も食べなさい」 「青菜って生臭いのよ。ビールと合わない」 「ったく」 良くも悪くも、完全に前まで通りだった。 戻ってみて分かったが最近の姉ちゃん、ビール全然飲んでなかったな。 エッチぃことを含めて俺に絡む時間が増えた分酒は減ってた。 ……酒より俺にハマってた。 「……」 「なにニヤニヤしてるの」 「なんでもないです」 「あ、ヒロ。おべんとついてるよ」 「?」 顔を近づけてくる姉ちゃん。 頬に手をやり……。 「……」 「はい」 米粒のついた指を口元へ。 「……うん」(パク) 自分で処理する。 「……」 舐めてくれるとか思ってしまった。 「……」 「なぁーにを想像したのかな?」 「べ、べつに」 「クスクス」 「…〜」 くそう。 ごはんのあとは一服。 そろそろ試験週間だが、勉強する気にもなれないので居間でくつろぐことに。 テレビをつけた。 最近あんまり見ないけど……。 「ぼー」 『ハーイキャサリン、今日はふくらはぎからスリムになれる、ウルトラスレンダーエイトを紹介するよ!』 『まあ! これで憧れのボディに変身ね』 「通販好きよね」 「楽しいじゃん」 姉ちゃんが横に来た。 「でもちっとも買わないじゃない。お小遣い足りない?」 「いや、買う気がないだけ。CMが好きなんだ」 自分が憧れボディになる気はない。 「でも洗剤系はよく買うわよね」 「……植物由来って言葉に弱くて」 「換気扇がピカピカになる! とか言ってたけど黄ばみ全然とれてない」 「おかしいな。ドイツ生まれのタフな油落としって言ってたのに」 「ふふ」 っと。 姉ちゃんがもたれかかってくる。 えっと……これくらいは前からしてたっけ? 『まあ! 分かるわ〜お腹の脂肪が燃えてるわ〜』 「ヒロも買ってみたら? このNUSAが認めた腹筋運動効果ってやつ」 「NUSAって結構簡単に認めるからなぁ」 「腹筋が6つに割れたヒロ。見てみたいかも」 腹筋をさわさわしてきた。 「割ってみたら?」(さわさわ) 「んああ、姉ちゃんくすぐったい」 「割ってよー」(さわさわ) 「分かった分かった今度割るから!」 逃げる。 「くすぐり弱いわね相変わらず」 「分かってるならやめてよ」 「分かってるからやるんじゃない」 「ほーれわき腹はどうかな〜?」 「うわわわわ!」 「待って姉ちゃん! ストップ、ストぉーップ!」 「なに」 「約束とちがう。今日はフツーに過ごすんだろ」 「フツーじゃない」 「普通か!?」 「……」 「普通か」 よくやってたっけ。これくらい。 「嫌がるならやめるけど」 「お風呂、先にいただくわね」 「一緒に入る?」 「……」 「け、結構です」 「一瞬迷った」 「……」 あれ? あれ? なんかおかしいぞ。なんだこの物足りなさ。 俺、混乱してる? ・・・・・ 「……」 「……」 「…………」 「すー、すー」 「……」 寝れない。 なーぜーだーーー……。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 眠れなかった。 ずーっと起きてたし、ちょっとウトウトしたときはあっても眠りは浅かった。 落ち着かないっていうか。物足りない感じだ。 枕がかわったというか。布団がいつもとちがうというか。 「……」 姉ちゃんの重みがなかったというか。 「マジかよ俺……」 最近ずーっと姉ちゃんと一緒だったから。 そうだ、姉ちゃん起こさないと。 「姉ちゃーん?」 「すぴー」 寝てる。 超気持ちよさそうに寝息を立ててた。 ぐぬ……なんだろうこの不公平感。 姉ちゃんはお気に入りのテディを抱いて寝てる。 俺でなくても抱っこできるものがあればいいらしい。 「くぴゅるるるる……」 「えへ〜……ヒロ〜」(すりすり) 「……」 そうでもないか。 「ほら、姉ちゃんおきて」 肩をゆする。 「ん〜……」 ごろんと身体をかえす姉ちゃん。 ――ゆさっ。 「……」 触り慣れた……ていうか、当てられ慣れたものだけど、今朝はまだ一度も触ってない。 んーむ。 「……」(ぽにゅ) 「んぅ」 (むにゅむにゅ) 「あっ、んっ」 「……」 なにやってんの俺。 急にむなしくなった。手をとめる。 ……決して『触る』でなく『当てられる』じゃないと物足りないからではない。 「姉ちゃん。姉ちゃんおきて」(ゆさゆさ) 「んー」 「ふぇ……? ああヒロ、おはよん」 「おはよう」 身体を起こす姉ちゃん。 「……?」 「どうかした?」 「んにゃ……」 「寝てるあいだにおっぱい触った?」 「は!?」 「そ、そんなわけないじゃん」 「んー」 「なんだ。夢か」 残念そうだった。 俺に触られる夢見てたの? 「……」 やめときゃよかった……。 朝から何考えてるんだ俺は。 「ほら姉ちゃん、起きて」 ぽんぽんと頬を叩く。 「んー」 「ふぁ……」 「おはよ」 「んー」 「おはよーん。むちゅ〜〜」 「おわあああ」 押し倒された。 むちゅー。 「んがっ、ンむむむ」 「ん〜〜〜っ♪」 「ぷはー目ぇ覚めたー」 「なによりだよ」 「あ、いまこういうのナシってルールだっけ」 「うん……」 「なはは、ゴメンゴメン。寝ぼけてて」 「……」 「別にいいけど」 「……」 「もっかいする?」 「し、しないよ」 姉ちゃんの態度は基本変わらなかった。 昨晩の通り、前までの俺たちとして接してくる。 「そろそろ出れる?」 「うん」 なにも変わらずだ。 変わらない。 「……」 「虫の居所が悪そうだな。珍しい」 「悪くは……。うーん」 「……」 モヤモヤする。 なにかは分からないんだが、なにかが物足りない。 あー……。 うー……。 「……」 「はーいっ、授業はじめるわよー」 姉ちゃんの授業は今日もいつも通りだった。 「だからこの問題は問3でも使った公式を使って」 ぼんやりと聞き流していると。 目が合う。 「……クス」 「長谷君。ちゃんと聞いてる?」 う……。 「す、すいません」 教科書に集中した。 姉ちゃんは気にせずまた授業に戻る。 「……」 うううう〜。 ・・・・・ 風に当たりたい。屋上に来た。 この学園は海が近い。屋上にくればいつも爽やかな潮風が迎えてくれた。 「フッ……汚れた俺の心もこんな風のなかじゃ、ちっとばかし清らかに思えるぜ」 「は?」 「うわびっくりしたぁ!」 「いたの?」 「最初からいたよ」 気付かなかった。 「なにしてたの」 「……」 ちょいちょいと俺の後ろを指差す。 (ピクピク) 「う……ぐ……」 「決闘でしたか」 「もう終わったから、ゆっくりしてけよ」 フェンスにもたれる辻堂さん。 ……2人になると、ちょっと緊張しちゃうな。 といってもここで帰るのも悪い気がする。しばらく2人(+片瀬さんたち)で過ごすことにした。 「ふー……っ」 「相変わらずみたいだね」 「まーな。最近千葉連合とかいうのが吹っかけてきて大変だわ」 「あはは。怪我しないでね」 「ああ」 「誰かさんに教わった通り、いざって時は逃げることも覚えたから、大丈夫だよ」 「……うん」 話してみると意外と気分が軽い。 彼女との仲、悪くはなってないみたいだ。よかった。 「……」 「そっちは最近どう? あれから何かあった?」 「ん……」 「浮かない顔してるけど。悩みとか」 「うーんと」 別れた日に姉に食われて、ずるずる関係を続けてます。 言えるわけない。苦笑だけ返す。 「ふーん」 「……」 「一時的な――とはいえ、元カノから言わせてもらうと、だ」 「へ?」 「悩んでるーって顔はしてるくせに、困ってるって顔はしてねーのな」 「そうかな」 「そうだよ」 「悩んでても、もうどっかに自分なりの答えを持ってる。そんな顔」 「だからさ」 顔を覗き込まれる。 「シケた顔してないで、素直に行動してみたら?」 「ン……」 「な」 「……」 「うん」 そうだな。 答えはもう出てるんだ。 姉ちゃんのこと。どうするか――はともかく。 俺がどうしたいか。 「ありがと辻堂さん。俺、行くよ」 「おう」 手を振って別れる。 「……」 「……ふーっ」 「がんばれよ大」 「元カノの意見は大切にな」 「……いててて」 「痛くない!」 「さー第2ラウンドだぜ辻堂! かかって来いや!」 「……おう」 「感謝するぜ恋奈」 「?」 「100人くらいいたぶってスカッとしたい気分なんだ」 「は?」 「100人分いっくぞー」 「え? え? え?」 「ぎゃあああああああ!」 ・・・・・ 近所の八百屋でエリンギが安かったんで買ってきた。 夕飯はキノコパスタにでもするか。エリンギじゃデカいけど、カルボナーラ味ならなんとかなる。 ざっと仕上げて、お高いトリュフのパウダーを一つまみパラパラ。 「ただいま」 「おかえり」 「〜♪ おいしそうなニオイ。今日はカルボナーラ?」 「うん。もう出来るから手ぇ洗ってきて」 「了解」 そのあいだに準備していく。 フライパンからマキさんの分を小皿に、残りを大皿に移し、テーブルへ。 2人分の取り皿を用意して。 あとビールも。 「っ、っ、っ、ぷはー」 「やっぱ仕事のあとはこれだー!」 もう飲んでた。 「まいっか、ちょうどいい。ごはん出来たよ」 「ほーい」 いつものように2人、席につく。 「いただきまーっす」 「いただきます」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ 「ふぃー」 「今日は酔ってるね」 「久しぶりに早いペースで飲んだから。あー、ビール2本でも効くわね」 ほろ酔いって感じでふにゃふにゃしてる姉ちゃん。 ベッドに転がる。 「ふぅ……」 「ヒロー」 「うん?」 「足がむくんでるっぽい」 「ああ、はいはい」 ヒザを折り曲げてつま先で『来い来い』ってしてくる。 マッサージのおねだり。してあげることに。 細いつま先を掴み、足の裏から指圧してあげる。 ぎゅっ、ぎゅっ、 「んふ〜♪ 気持ちいい」 「仕込まれてるからね」 小さい頃から姉ちゃん用に鍛えぬいたテクである。 力加減。触る場所。全部覚えてる。 姉ちゃんが一番リラックスできるように。 「……」 効果は抜群で、寝転んだままウットリする姉ちゃん。 このまま寝ちゃうことも多い。そうなったらあとで起こさないとな、お風呂まだだし。 いまは楽しんでもらうのを優先するけど。 足の裏から甲、足の首をとおって、ふくらはぎへ。 「……ふー」 「……それで?」 「うん?」 「姉弟に戻りましょう宣言から24時間だけど、ご感想は?」 「……そうだな」 もう24時間も経ったんだ。 気付かなかった。結構モヤモヤするときはあったけど、 最終的に……辻堂さんのいったとおり、答えは俺のなかにあったわけで。 「なにも変わってない。かな」 「そう?」 「そーだよ。さすがにキスやら何やらは減ったけど」 手の位置をふくらはぎからさらに上へ。 ヒザの裏から……太ももへ。 「んふっ」 「……」 「俺と姉ちゃんって、もともとやってることは限りなく姉弟から外れてたんだね」 「もともと恋人みたいなもんだった、と」 「ふふっ、いまごろ気付いた?」 「そーゆーこと。ヒロは最初っから私が大好きで」 「最初っから私のものになる運命だったのよ」 なんか悔しいが、その通りだと思う。 太ももにやった指をもっと上へ。 「と、いうわけで結論。意味がないと分かりました」 俺と姉ちゃんは、どんな関係であれ接し方は変わらないらしく。 なら『姉弟』どまりより『恋人』のほうが気持ちイイことできるだけ得だ。 ――むぎゅっ。 「んぁっ」 お尻の肉をわしづかみにする。 ゼリーみたいに指が沈み、ぬめりみたいな弾力が返ってくる。 ――ぐにゅぐにゅぐにゅ。 押し揉む。 「あふっ、んっ、……こら」 「ダメ?」 「ダメじゃないけど……マッサージでしょ?」 「マッサージだよ」 腰や腿まで含めて、色んなとこを指圧していく。 もちろんお尻の肉を中心に。 ――むにむに。 「っは……は……、あは」 息がはずんできてる。 俺はさらに、ひとさし指から小指までの4本はこんもりしたお肉に食い込ませながら、 ――ぐいっ、 「ひゃっ」 親指は中央のワレメに入れて、左右に開いてみた。 「も、もう。びっくりするでしょ」 「ゴメン」 いきなりお尻をめくられて、さすがに恥ずかしそうな姉ちゃん。 俺は気にせず、その親指でも按摩していく。 ――ぐにぐにぐに。 「んく……ちょ、ちょっとそれ、やめて」 「なんで?」 「お尻の穴にじわーって……ふぁ」 落ち着かないらしい、腰をクネクネさせる。 エッチぃ。 「わーかった。やめるよ」 指を放す。 ――ぽふ。 変わりにお尻に顔を埋めた。 「わは、こら。マッサージは?」 「あとでするよ。いまは……ね?」 すりすりと甘える感じでほお擦りしてみる。 「うー」 「……ンもう」 ちょっと恥ずかしそうだけど、最終的には仕方ないわねって感じに笑う姉ちゃん。 「我慢できなくなっちゃった?」 「うん。姉分が足りない」 「補充していい?」 「どーぞ」 「私も弟分が足りなかったわ」 許しを得たので谷間にうずめる感じで顔をぐりぐりさせる。 すー。 「ちょっ、こら、お尻の匂い嗅がないで」 「なんで? すごくイイ匂いだよ」 「は、恥ずかしいでしょ」 「1日歩き回ったんだなーってニオイ。先生も大変だね」 汗かいて、それが擦れるお尻の肉に挟まれてたっぷり熟成されたニオイ。 「すんすん」 「う……か、嗅ぐなっつーに」 恥ずかしそうにモジモジする。 そりゃあっちにしたら落ち着かないわな。お尻のニオイを嗅がれてるわけだから。 気にしない。 「脱がすよ」 「ふぇっ?」 邪魔なものをおろした。 パンツだけにして、改めて顔を乗せる。 「〜♪ やっぱナマに近いほうがいいなぁ」 「ひ、ヒロ? テンション高くない?」 「今回のことはいい教訓になったよ」 俺ってもともと姉ちゃんが大好きだったわけで。 つまり姉ちゃんに興奮することは、とくに悪いことではない。 「なのでいただきます!」 「な、なんかヘンなスイッチ入って……きゃっ」 ハート型のワレメの間に鼻を突っ込んだ。 びくんと脚を反応させる姉ちゃん。温かい太ももが首を挟む。 「ハムッ、ハムハフッ、ハフッハフッ!」 「ちょわっ、わーっ、食べられるーっ」 「がるるるるっ!」 噛みついたショーツにニオイが染み付いてて、ホントに食べたくなる。 さすがにしないけど、 ――ぐりぐりぐり。 「んんぁっ、あっ、あっ」 クロッチに盛り上がりがくっきり浮かぶくらいに顔を押しつけた。 「ちょはっ、ひろ、鼻息くすぐったい」 「くすぐってるんだよ。フンハフンハフンハ」 ふかふかな枕にほお擦りしながら、裂け目の奥へ鼻息を送る。 「にゃあ……ふっ、んふぁ」 姉ちゃんは腿をビクビクさせて悶えた。 「息だけで感じてる?」 「そ、そんな強引にされたら当たり前」 「……そっか。そういえば姉ちゃんはもう2日も溜まってるんだね」 「う……」 エロいことしたのは昨日の昼。保健室でのアレが最後だ。 俺はしたけど、姉ちゃんはスッキリしてないはず。 「ゴメンね」 ちゅっと内腿にキスする。 「はにゃ……っ」 それだけで鼻を鳴らす姉ちゃん。 まだなにもしてないうちから、だいぶ高まってるみたいだった。 「いかがでしょうお姉さま。昨日からワガママにつきあってもらったお返しに、めいっぱいご奉仕させていただきたいのですが」 「いつも以上にご奉仕してくれるわけ?」 「うん」 「ふふっ、ホントにヒロは私が好きね」 「まあね」 姉ちゃんは好きだし、姉ちゃんが喜ぶことをするのも好きだ。ずっと昔から。 「じゃ、お任せします」 「弟の愛のご奉仕、楽しませてもらうわ」 「うん」 また内腿……今度は付け根に近い、秘肉との境目にキスする。 予想してたのか声こそ出さないものの、姉ちゃんはくすぐったそうに腰をモジつかせた。 そのままそっとクロッチに触れる。 「……すごく熱い」 「し、仕方ないでしょ」 もう何度か触ってるから分かる。 発情してる温度だった。 現に指先に力をこめれば、 ――ニュル。 「ひぁんっ」 「もう濡れてるね」 中のほうが汁っぽくなってる。 動かせば。 ――クニュクニュクニュ。 「ぅぁっ、んっ、んく……はっ、ぁひ……っ」 寝転んだまま全身がビクビク反応した。 クレバスはもう口をひらいており、押し込んだせいでショーツの生地が中に入っていく。 張りついて秘肉全体が透けるようになってしまった。 えっと、たしかこの辺に、 ――くにくに。 「んぁあっ!」 「ば、バカ。ソレはいきなり触るなって何度も言ったでしょ」 「あはは、クリトリス敏感だよね」 「誰だってそうなの」 「姉ちゃんは特別だと思うよ」 比較対照は辻堂さん1人だけど。 そっと当てた指を回してやる。 「んぁ、あああ、はゃっ、感じすぎ……るぅ」 敏感すぎるんだろう。電気がはじけてるみたいに姉ちゃんは腰を跳ね上げた。 刺激が強すぎるか。 「あ……」 思ってると、クロッチにじわっとエキスが染み出してきてしまった。 「やっぱり今日は格別敏感だね」 「そう……みたい」 1回堰をきった汁気はどんどんあふれてくる。 ショーツがぐっしょりになって、そのまま布団まで染みてきた。 「姉ちゃん濡らしすぎ。今日俺寝れなくなるよ」 「そ、そんなこと言っても……ヒロがウマいから」 「俺、ウマい?」 「うん……」 「……」 いかん。嬉しい。 「……まあ比較できる相手はいないんだけど」 「へ?」 「なんでもない」 よく聞こえなかったけど、 「姉ちゃんのヨロこぶツボには自信ある」 むちっと下着越しにクレバスを割ってみる。 「んはぁっ」 びしょびしょのショーツが中身にくっついた。 薄ピンクが透けて見える。 「うわぁ、すっごいやらしいよ姉ちゃん」 「い、言わなくていいから」 「でもホントに……ん」 じかに見たくなった。 下着もおろす。 濡れてて脱がせにくいけど、くるくる丸めていけばなんとかなった。 「大洪水だね」 おもらしでもしたみたいだ。 裂け目の内側はまだ表面張力がきれてるのに、新たに湧いてくる蜜で水たまりみたいになってる。 「はぁ……はぁ……」 軽くコネただけなのに、息切れまでするレベル。 「1回イッたほうがいいかな……ンっ」 「ふやっ」 もう一度お尻に顔を埋めた。 トロトロになってる箇所へ舌を這わせる。 「あっ、あっちょ……舐めるの?」 「クンニ好きでしょ?」 「キラいじゃないけど……な、舐めるなら、あの、シャワー浴びてから」 そういえばクンニ自体は何回かしてるけど、シャワーなしははじめてかも。 ぺちゃりと舐めた箇所も、いつもよりしょっぱ味が濃い気がした。 気にしないけどね。ぺちゃぺちゃぺちゃ。 「んぁっ、はっ、ちょ待――ぁんっ」 「なに」 「き、汚いって。舐めるのは、あの」 「いまさらそんな仲かよ」 「姉ちゃんの身体だよ? どこも汚くない」 「こことか――」 ――ツゥ。 「ひん……っ?」 舌の位置をあげて、会陰部……だっけ?裂け目の一番底の部分へ。 やっぱり汗のニオイが強いそこを適度に舐めて、それから、 ――ツゥウ……。 「ンぅあああお尻はホントだめぇえ」 アヌスまで舌がきて、さすがに跳びはねてる。 でも気にしない。腰をがっちり抱えて、プルつくお肉を顔でかきわけ、 「ぺろぺろぺろぺろ」 「んぁああはっ、お尻なめるなぁあ」 「さらに……ンぐぐぐ」 ――にゅるぅうう……。 「いいい入れるなぁああ」 深々と舌をつっこむ。 暴れる姉ちゃんだけど、俺に来る抵抗とよべるものはトロけそうなお肉がぱふぱふ顔を押す程度だ。 好き勝手にほじくらせてもらった。 「ぁはんっ、こら、入れすぎ。あぅうう奥まで舌いれすぎぃっ」 「きゃふっ、はふ、うううお尻熱くなるぅう」 内側から括約筋をこりこりやるのがキくらしい。声がふわついていく。 「こんな深くまで舐めるのは初だっけ。どう? 姉ちゃん」 「ぁはっ、はっ、ああ……ぅううう」 「なんか……ヘンな感じ、んぅ、ジリジリ、するぅ」 「ン……あ、面白い。腸が動いてるのが分かる」 「ばか……恥ずかし……っわああ急に動くなっ」 「んー、でもちょっと長さが足りないな」 直腸がヒクヒク触って欲しそうにしてるんだけど、舌じゃ届かない。 指に変えた。 俺のツバが残ってるから――。 ――ヌルゥ……ずぷ、ずぷぷぷぷ……。 「ひ……ぅううううう」 「へー、直腸ってホントに体温高いんだ」 じっとりした熱さが指に絡みつく。 ミッチリくっついて隙間が分かりにくいけど、奥まですすめた。 「ひ……ふぃ……」 でもあんまり派手には動かさない。怪我したら怖いもんな。 変わりにこっちを、 「ぺろぺろ」 「ひゃっ、はあああんっ。急にはダメだって」 ヴァギナに舌を戻す。姉ちゃんはびっくりしたように背筋をうねらせた。 気にせずプクッと持ち上がった白いお肉を引っ張る感じで左右に分ける。 「んはぁ……あっ、んく、ううううう」 「あ、すごい。こっちまで中の肉がうねうねしてる」 「お尻に指入れると感度が増すんだね」 「知るかそんなこと……ひぅっ、ちょ、同時に動かすの……ぁっ、ああああぅ」 そっと掃くように腸をさわりつつ、ピクつく前のピンク粘膜をぐりゅりとコネる。 「ひんんんっ」 おしっこの穴から一番深いところにかけて、肉全体がうねうね反応した。 お尻の穴まで反応してるのが面白い。入れた指がうっ血しそうなくらいしぼられて、また舐めるみたく腸にくっつかれた。 「ね、ねえヒロ。するのはいいけどお尻は……本気で恥ずかしい」 「どうして? すごく可愛いよ姉ちゃんのお尻の穴」 「一生懸命シワを寄せてさ。それに」 ――ツゥ。 「きゅああああっ」 息づくアナルを抉ったまま、クリトリスにも舌をやってみた。 「ああぁぁあはっ、はぁあーっ、そこっ、だから。んぁ、敏感だから……ぁっ」 さっきいじった余波か、お尻攻められて興奮したのか、パンパンに膨れた核をそっと撫でる。 「んひぃいい、くりっ、クリ、感じすぎ……ひぅう」 反応はひと際すごくなった。 「はあぁっ、はぁああ……もぉ」 ムチムチもりあがる膣肉の隙間から、煮立ったように新しいエキスが湧き上がってくる。 採掘されたばっかりの温泉みたく、吹き上がる汁が俺の顔を濡らした。 「すぐイケそうだね……速くするよ」 「ひうっ?」 ちゅくんとクリトリスを唇で挟んだ。 お尻をねっちりかき回しながら、 ――こりゅこりゅこりゅこりゅ。 「ひぁあああああっ、あっ、あぁっ、んぁああっ。はげしっ、んううう激しいって」 「やだ、やだお尻も熱いの。クリトリス……で、お尻まで気持ちヨク……あああ」 「あっ、あっ、来る――イ……ぅああぁああ」 快感が過負荷のレベルまできてるらしい、姉ちゃんはもう決壊したダムみたく布団のうえへ汁をふきまくってる。 それが楽しくて、俺はさらに舌をクネらせた。 「んくっ、んっ、んんんんっ」 絡まれたクリトリスが可哀相なくらいよじれる。 「ぁああーっイク、ヒロっ、イッちゃう、イッちゃう」 「お好きなように」 ベビーピンクに染まるお尻をうちふる姉ちゃん。 太ももまでブルブルと震え、心配になるくらいだった。 「っは、あはっ、あっ、あっ……」 「あぁあああイクっ、イクッ、いくっいくっ」 指を含んだお尻がギューッと締まり、同時に前の穴も窄まる。 場所をおわれたエキスがぴゅっと吹きだして、顔にかかった。 「はぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!」 お腹でなにかが爆発したみたいに、腰を中心に全身をびくびくバウンドさせる姉ちゃん。 「っああっ、ひゃああああっ、っうっ、っううっ。……はぁあああ」 「あく……あぅううう」 「相変わらずすごいイキ方だね」 体中でイッてる感じ。 今日はひと際すごいけど、焦れてたからかな。お尻もせめてるからかな。 「はぁ……っ、はぁ……っ」 どっちかは分からないけど、イキ方がいつもより深いのはまちがいない。 「あ……っ、あぁ……」 30秒くらい経っても、姉ちゃんはヒクヒクお尻を上下させながらイキ続けてた。 浅い絶頂の波がおさまらない感じ。 「イキまくりだね……指抜くよ」 断ってからお尻の指を抜いていく。 ――ずるぅうう。 「ひぅう……」 それだけでも気持ち良さそうに鼻をならした。 あ……。 「うわ、お尻開きっぱなしになっちゃったね」 出した指にはコッテリしたトロみがついたままだ。 括約筋で絞れなかったらしい。 見ると、綺麗なお尻の真ん中では中の赤みが分かるくらい孔が口を開いてた。 「ほらほら、閉じなさい」 つつく。 「ああんっ、ん……んふ」 逆効果だ。姉ちゃんが鼻を鳴らすだけで、むしろ指に反応したよう穴のまわりはだらしなく広がってしまった。 んーむ。 「閉じてくださーい」 「はむ」 ムチッと持ち上がってる括約筋を口に含む。 「へあ……っ」 唇で食むようにして戻した。 一度戻せば、穴も感じを思い出したのかまた皺の浮いたドーナツ型に戻る。 「よしよし」 「……なに、してるのよ」 あ。 気がついたらしい、姉ちゃんに睨まれる。 「いや、エロいことになってたから最後まで責任とろうかと」 「もう……。ヒロ、物腰は柔らかいくせにやることは淫獣だわ」 これ以上お尻を攻められるのが恥ずかしいのか、ごろんと身体を返す姉ちゃん。 腰が抜けてるっぽい。布団からは動かない。 「やりすぎた?」 「やりすぎ」 ちょっと怒ってる。 「ヒロのご奉仕はときどき暴走するから厄介よね」 「ごめんなさい」 「まあ愛情の裏返しってことで」 「あ……っ」 「ん……」 キスする。 実際、一番寂しかったのは唇かも。 ここんとこ1日30回ペースでしてたのに、昨日今日はしなかったから。 「ぷぁ」 「……こら。お尻舐めた口で勝手なことしないで」 「あ、ごめん」 「ンもう」 「……はむ」 今度はあっちから。 そっと忍ばせてくるので、今度は舌ありで応じた。 「はむ、んちゅ、れる……」 「んっ、んぅ」 ねろねろと蕩かし合うようにぶつかる舌が気持ちイイ。 一度イッた姉ちゃんの身体が、簡単にまた熱くなってくのを感じる。 「ちゅる……んく。……ヒロ」 「ぁう」 ズボンの上から、出っ張ってるものに触られた。 「おいで」 「うん」 シャフトを取り出した。 そういえば最初のときから1回も使ったことないな。ゴム。 ……俺たち、もうずいぶんと前から引き返せないことになってたみたいだ。 まあいいさ。もう引き返さない覚悟はきめた。 「いくよ」 「きて……」 ――にゅるぅ。 先っちょをあてがい、腰をすすめる。 「んは……いぅ、入れるの、だいぶ慣れたわね」 「最初のころは俺じゃ無理だったもんね」 姉ちゃんの、狭いからちょっと入れにくい。最初のうちはずっと姉ちゃんに上になってもらってた。 「でも弟は成長するんです。……ほらっ」 ――ずぐ……る。 「んんんう……っ!」 固く尖らせた切っ先は、どれだけ狭くてもぬかるみを正確にとらえてる。 腰を進めればなんとか侵入していけた。 ――ヌヌ……っ、ヌル、ぬぐぐぐ……っ。 「ああああああ……」 くぐもった低い声を放つ姉ちゃん。 「気持ちいい?」 「っん、ぅん……っ」 首をかくかく縦にふる。 にゅるにゅるしたのとペニスの接合点が増えるごとにうめき声は音域をあげていく。 「っはああああ……っ、あっ、ああぁあ……うう」 半分までくればあとは楽で、 ――にゅるぅっ! 「ひゃああああああんっ」 一気に根元まで挿入した。 「あは……ヒロのいつもよりかたぁい」 「さっきから興奮しちゃって」 「もぉ……えっちね」 「姉ちゃんのせいだよ」 「ふふ……。……っは、はぁ、はぁ」 ペニスの体積分身体を削られてて息をするのも苦しそうにしてる姉ちゃん。 でも俺が腰をつかせると、 「おいで、ヒロので気持ちよくして」 頭をくしくし撫でてくれた。 「うん……」 実はさっきから限界だ。 一拍置いて呼吸をおちつけ、俺は一気に腰を前後させはじめた。 「っうううふぁっ! ああああっ、あっ、んぁああっ」 猛然と突っかかるペニスの律動に、姉ちゃんは目を丸く見ひらく。 ――ぺしゅっ、ぺしゅっ、ぺしゅっ、 「ああっ、あっ、あっ、あっ!」 濡れた腰や腿の肉がぶつかるせいで、手拍子に似た音が立つ。 「どう姉ちゃん。どう?」 「んぁっ、んぅ、ぅん、うん。イイ、あああすごいっ」 ほじくるに近い深さまで埋めたペニスが踊ると、ちょっと無理してた姉ちゃんの顔色が変わっていく。 「あはっ、はぁっ、あああんっ。いい。気持ちイィイ」 ――ぐりゅ、ぐりゅ、 たたきつける穂先が内側の壁をコスるたび、 「ひぁあっ、はあぁっ。ぁんっ、んっ、んんっ。らめ……んぁああ奥っ、奥こすりしゅぎぃい」 「はは、姉ちゃんすごい声」 「らって、らってぇっ」 腰が俺のを迎え撃つみたいにせりだしてきてる。 仕草がいちいちエロいから、俺の動きも乱暴になった。 ――ニュッ、ニュッ、ニュッ、ニュッ! 「ぁんっ、はんっ、ぁんっ、あぁんっ」 リズミカルにぬかるみを出入りさせる。 ぴちゅぴちゅと粘っこい水音がついてくるのが興奮した。 「ぁはっ、あんっ、んんっ、ンぁああああ」 「うごくっ、奥、きてるのっ、ごりごりくるぅう」 「っ、っ、っ」 「……子宮下りてきた。姉ちゃんこれ分かる?」 深い部分にあったコリコリ感が、連続する突きに応えるよう張りだしてきた。 ここに触るの、好きだ。 ――ぐにぐに。 「んぅ……う」 子宮が持ち上げられ、姉ちゃんは口をぱくぱくさせる。 「分かる姉ちゃん? 俺の、当たってる」 「分かる、ううう分かるぅ。ヒロの熱いの、ヒロのおちん○ん当たってるぅう」 「うぐっ、あうっ、ぁううううっ。ぁんっ、ああんっ、あつっ、おなか熱いって、そんなぐりぐりしちゃ……あぁあああ」 「だってこんなに悦んでるもん」 子宮を押すと、姉ちゃん自身より身体のほうが激しく反応する。 膣の粘膜が俺のペニスを調べる感じで、ねばっこく張り付いてくるのだ。 その感触がたまらなくいやらしい。 「あはっ、はぁ、はぁ。ほらもっと突くよ」 「ンくぅううう……っ、うっ、うううっ。ヒロっ、やちょ、今日……感じすぎ……かもっ」 「いいじゃん。思い切り乱れなよ」 挿入角度を色んな方向へあやつって、色んな角度からついた。 姉ちゃんが横向いてるので、そり返ったものは主に側面をえぐりあげるわけだが、 ――ぐりゅぅう……。 「はひぃいいいいっ、ひっ、ひんんっ」 その側面にもかなり感じるツボがある。 カリの膨れを中心に念入りにこすった。 「ぁはっ、はあっ、はんんんっ、もぉっ、もおお。ひろっ、ひろ攻めすぎぃい。またイクぅう」 「やっぱ弱いねココ」 「……こっちの弱点と同時だとどうなるかな」 クリトリスにも手を伸ばした。 ぷるぷる震える小球。そっとつまむと、 「ひゃあああああああっっ!?」 「あ、面白い」 ペニスに絡むものがすごいウネりかたをした。 なるほど、神経がつながってるのか。 「ならうりうりうり」 「んぁっ、い、イタズラする……ああああ」 クリをイジメながら感じるトコをこする。 「ひゃああああんヒロやりすぎぃいいいっ」 「姉ちゃんが感じやすすぎるの」 2日ぶりの刺激だからか、いつもより敏感になってる。 楽しくて仕方ない。 「横もいいけど、姉ちゃんはココが弱いよね」 「えぅ……あっ」 俺も身体を倒してみた。 正面から向き合う格好。ちゅっと軽くキスして、 「ここ」 ――ぐに。 「ひゃあああああっ」 子宮をおしながら、モノのそりを利用しておへそ側を叩く。 カリ首がこすれただけですごい声を上げた。 「やっぱ弱いね。Gスポットってやつかな」 「わっ、分かん……にゃっ、はゃあああっ」 ずぐずぐと子宮をとらえつつ、おへそ側をゆったりつつく。 「はぁぁああ〜……っ、きもち、いい、ょすぎるよぉ」 姉ちゃんはもうろれつの回らない感じで、喉を鳴らし続けてる。 全身から力が抜けてるのに、つまんだクリトリスは指を弾きそうなくらい元気よく跳ねてるのが印象的だった。 そっと擦りつつ裏のGスポットを叩く。 「あはぅっ、はぅ、はんぅううう……。もっ、とけちゃう、からだトケるぅうう……」 「ヒロ、いじわる。ヒロのおちん○ん、いじわるぅう。きもちよすぎて、も……らめになるぅ」 「一度イったら。楽になると思うよ」 「にゃああんやだぁ。ひろも、ヒロもイクの。一緒にイクのぉっ」 ――ぎゅにゅるぅう……。 ……うぉ。 「……っ、たく、姉ちゃんは」 ほんとワガママな人だ。 自分がイキそうなのを悟ると、子宮近くの粘膜が波をうって俺のに食いついてきた。 自分がイクならと俺もイカせる気だ。 いつでも俺を付き合わせる……姉ちゃんらしい。 「あはぁ……。ね、ヒロ。ひろのおちん○ん、一緒に、ね?」 「うん」 ぎゅうっと子宮を押し返しながら、もう一度キスした。 小作りなスリットを含め、俺のに噛みつくヴァギナめがけて、腰をスライドさせながら、 「出すよ、姉ちゃんがイクのと同時に出すから」 「うんっ、うんン……っ」 「あはぁあっ、はぁっ、ひゃあっ、あっ、あっ!」 速いリズムのつきこみに姉ちゃんの呼吸がつまる。 断続的な呼吸は、そのまま限界の近さを訴えていた。 「んううっ、んくっ、くぁああんっ。あたるっ、あたるぅ、ヒロ、ふぁああ奥にあたるぅ」 「もっとして、もっとコスって、ああああおちん○んがイイとこ押してるぅううっ」 勢いよく亀頭を送るたびに、こりこりした子宮口がバウンドしてるのが分かる。 俺は際限なく力が入ってしまい、シャフトのそりは増すいっぽうだった。 「ひゃああああっ、くるっ、くるくるぅううっ」 付き合わされる方はたまったもんじゃないだろう。 凶悪な張り出し方になったカリがヴァギナを抉る。 「ひゃあ……っんんんっ」 「姉ちゃん……」 「あふ……っ」 唇をいただくと、 「んは……。ヒロ、ヒロ」 半分意識のとんだ状態でもキスを返してくれる。 無意識に俺とのキスが刷り込まれてるのか、キスする相手なら俺しかいないと思ってるのか。 どっちにしたって嬉しい。 「大好きだよ姉ちゃん」 「あは……」 ビンビンつっぱる勃起を小刻みに送りながら言った。 すると小突いてた子宮口から、また新しく熱い汁気がコップを逆向けたみたいに落ちてくる。 「く……っ」 姉ちゃんの熱と俺の熱が一体化したみたいで、お互いの境目が分からなくなった。 ……ダメだ。 「姉ちゃん、出る。出すよっ」 「んは、きてっ、きてきてきてぇえっ」 「ぁあああ私も、いくっ、ンぅううイク、イクぅう。ふぁあぁあは、ヒロ、ヒロいくうう」 っく、 ぶくんと亀頭がさらに膨れて、姉ちゃんの弱いトコを圧迫する。 「くぁ――!」 それがきっかけになったのか、姉ちゃんの身体もびくびくっと激しい震えを起こし、 「はゃあぁぁあぁぁあイクぅうーーーーーーっっ!」 ついでびんっと仰け反った。 「くぁ――!」 ――どぷびゅるるるるるるるるるっっ! 俺のものも、昨日フェラしてもらったのを忘れたようおびただしい量を放つ。 「くぁあああっ、あああきた、ヒロの熱いのきぁああ」 「はぁああーーーっ! ンぁあ、ああああーーーっ!あついのっ、子宮にっ、子宮にあついのぉおおっ」 「っ! っ!」 「あはぁああああーっ、ヒロ、すごい、ヒロぉおお」 快楽のうなりを奥歯でかみつぶす俺と、惜しげもなく放ちまくる姉ちゃん。 反応は対照的でも、溺れてる快感の度合いは一緒だ。 「姉ちゃん……っ」 「ひろぉお……」 硬いくらい濃いスペルマがペニスの中心を走る俺と、そんなもので子宮をどくどく叩かれる姉ちゃん。 どっちのほうが衝撃が強いんだろ。 それは分からないけど、 「……んふ♪」 身体がとけそうな快感は同じ。 俺たちはしばらく力の入らない身体を絡め合っていた。 ・・・・・ 「はぁあ……」 「はふぅ……」 ぐったりだ。 「マッサージはどこいったのよ」 「ある意味究極のリラックスじゃん」 「それもそっか」 どっちもふにゃふにゃ。 「……姉ちゃん」 「うん?」 「大好きだよ」 キスする。 「ふふ、なによいまさら」 「ちゃんと言いたくて」 エッチ中じゃないと照れちゃうからな。いまくらいのテンションなら言える。 「俺は昔っから、姉ちゃんが大好きだから」 「……知ってるわよ、昔っから」 今度はあっちからキス。 「ヒロは私が大好き」 「うん」 「はー……っ」 なんか気がぬけた。ごろんとベッドに寝転がる。 「あれ、眠いの?」 「実は昨日あんまり寝てなくて」 「……私がいなかったから?」 「……」 首を縦にふる。 「ふふ」 姉ちゃんは嬉しそうだった。 「じゃあ今日は一緒に寝ようね」 「ん……ベタベタするからシャワーだけ浴びるわ。その後いつもみたいに添い寝して……」 「……」 (ピコーン!) 「わっ」 「そうだった」 シャワータイムを忘れてた。 ・・・・・ ・・・・・ 「おじゃましまーす」 「っと、なになに。『マキさんへ、今日はキノコパスタです。ちゃんと手を洗って食べてくださいね』」 「んー、肉がすくねーなー」 「いただきまーっす」 「でもその前に手洗い手洗い……」 『あはぁあああああ……っ!』 「びっくりしたぁ」 『姉ちゃんったら、あんまり大きな声出すとお隣さんに聞こえちゃうよ』 『だってぇ、ヒロがヘンなとこ触るから』 『姉ちゃんのここが可愛いからだよ』 『ぁああん、お尻そんなに洗っちゃダメェ』 「……」 (ドキドキワクワク) ――ぬるぅうう。 「はぁあああん、深すぎィ」 「さっきはこのくらい入ってたから大丈夫」 洗いっこってことで姉ちゃんの身体を手で洗う。 まあ適当に手をソープでぬるぬるにしたら、狙う場所はひとつだけど。 「あ、あ、すごい。指2本くらい入りそうだよ、さっきより緩んでる」 「ゆ、緩む言うなっ」 ――にゅるん。 「はぁああんっ」 中指と薬指が根元まで行ってしまった。 イケるもんだな。さっきイキすぎて筋肉が疲れてるんだろうか。 左右交互に出し入れする。 「あわっ、わっ、わっ」 「どう?」 「へ、へんな感じ……。お尻と、あとお腹がムズムズする」 こっちもさりげにネッチリ揉んでる胸では乳首がビンビンに尖ってた。 「気持ちいい?」 「……」 なにも応えない。 でもこの顔は悪くないんだろう。 「少なくとも痛くはないでしょ。石鹸でよく滑るし」 「う、うん。痛いのはだいじょぶ」 ぽーっとした顔でお尻の穴を俺にあずける姉ちゃん。 この人はワガママだけど、俺のワガママも最大限に聞いてくれるのだ。 「は……ああ」 「穴が開いてきたよ。姉ちゃんのお尻の中、見える」 「い、言わなくていいから」 「でもほら、ぬちゃぬちゃしてどんどん滑りがよくなる」 「もう気持ちヨくなりだしてない?」 「……」 何度も何度も指をおりまげながら聞く。 今度は微妙に首を縦にふった。 実際穴はホントに柔らかくなってきてる。 指2本が楽に動けるし、広げれば奥が覗けるくらい広がるし。 「んふぅううん……っ」 ときどき思い出したようにぎゅーっと閉めようとする姉ちゃんが可愛い。 「ひぅ、広げすぎだって、お尻」 「だって広がるんだもん」 ぬるぬると出し入れする指を、折り曲げてみる。 「あはぁああ……」 「ほら、もう気持ちイイ声だ」 「ば、ばか」 「っふ……、……ふ」 「こんなしつこくされたら、気持ちよくなるの当たり前じゃない」 「だよね」 奥の肉もすっかりふやけきってる。力を込めれば、簡単に指が根元まで入った。 「ねえ姉ちゃん、これなら……さ」 たふたふおっぱいをコネながら言う。 「え……? う」 横腹あたりに当たる硬いもので要求が分かるんだろう。姉ちゃんはちょっと戸惑い、 でも首は縦にふってくれた。 「い、いいけど」 「やったっ」 「もう……いつからこんな子になったのかしら」 困った顔ながら、自分からもお尻を持ち上げてくれる。 「でもいいわ。おいで。最後まで開発してみて」 「お姉ちゃんのお尻もヒロの女にして」 ひゃっほー! 後ろに回る。 見るとやっぱり穴はかなり小さい。 赤黒く充血した俺のものとはサイズが合ってない。 「痛かったら言ってね。……力抜いて」 「ン……」 エラをあてがう。ねっとりした汁でまみれてた穴は、緊張したのかひゅくっと皺を深くした。 ゆっくり力を加えていく……。 「っあ……あ、くる、来る」 ――ぬぐ……ゥウウ……。 「ンンンンン……ッ!」 「あ……キツいけど大丈夫そうだよ。広がる広がる」 「う、うううう」 「分かる姉ちゃん? お尻の穴がぐわーって広がって俺のを飲み込んでく」 「実況しなくていいから……ンはっ」 「はぅ……はぇええぇ……」 括約筋が難問だったけど、入っちゃえば後は意外と楽だった。 まきしめるような締めかたで俺のに食いついてくる。 うわ……気持ちイイ。 「っ……入った。痛くない?」 「痛いのは……だいじょぶ。でもちょっとキツいかも」 姉ちゃんはハァハァと呼吸を乱してる。 慣れるまでちょっと待とう。動かすと痛がらせちゃうかもだし。 待つあいだ、 ――たぷたぷ。 「んふっ、んっ」 ――くりゅくりゅ。 「はぁあん」 「な、なんでイロイロ触るのよ」 「いや、手持ち無沙汰で」 おっぱいやクリトリスもいじってみた。 「姉ちゃん、アナルで結構興奮してない?すごい濡れ方だよ」 窄まったヴァギナからひっきりなしに蜜が湧いてる。 さっき流し込んだ俺の精液が逆流して指につくくらいだ。 「べ、別に興奮ってほどは……」 「ほんとに?」 「んぁはっ、してないってぇ」 でもさっきから結構ノリノリだよなぁ。 「……あは」 括約筋がふわーって緩むのにあわせて、色っぽい声も出てるし。 これなら、 ――ヌヌッ。 「ぁひ……っ」 「あの、も、もう動かすの?」 「だってあんまり痛くないでしょ」 「優しくするから」 くいっ、くいっと小さな幅で腰を送ってみた。 「はぁあっ、あっ、ああっ」 でも姉ちゃんの反応は大きい。 「待って、待った、優しいのナシ。優しいのは止めて」 「どうして?」 「だって……ぅく、はうう」 「どーぉーしーてー?」 小刻みに腰を震動させる。 揺れはそのまま姉ちゃんのお尻に伝わり……、 「はぁぁあああぁあぁん……っ」 すっかり感じちゃってる声だった。 「もう気持ちよくなってるから?」 「あぅ……ううそうよ」 「ううううアナル、アナルもう馴染んでるから。おちん○んに馴染んで……気持ちイイからぁあ」 しぼりだすように言う。 同時に白いヒップも、もうウソがつけないようでウネウネ左右に踊り出した。 「あぁあー、お尻、お尻すごいぃい。こんなの、やっ、こんなのクセになるぅう」 「いいじゃんクセになっても。これからエッチのたびにこっちもイジるよ」 「はぅ、恥ずかしいじゃない」 羞恥心は強いようで怒る姉ちゃん。 「でもお尻はすっかり味を覚えたっぽいけど」 ぐりぐりとペニスをしならせる。 「きゃはぁあああっ、やっ、も。あんまり気持ちよくしちゃ……ンぁあイイのぉ」 もう感じてるのは明らかだ。 精液を逆流させる蜜の量はさらに増えてタイルに伝うほどだし、声もはっきりと甘ったるい。 なによりペニスに食いつく穴のリング筋がムチムチ持ち上がって吸い付いてくる。 「あはは、俺も気持ちいいよ姉ちゃん」 前とは穴の吸い付き方がちがってて、バキュームされてるみたいだった。 腰が震えてしまう。 「ああああぁぁああ」 「姉ちゃん、お尻の性感もすごいんだ」 「んぁんっ、あふっ、うんっ、うんすごいの。あなる、あなるすごいのぉ」 俺よりむしろ姉ちゃんのほうが動きが激しい。ゆさゆさとヒップを揺すり、俺にこすりつけてくる。 応じてこっちからも腰を送った。 小刻みなのも感じるみたいだけど、 ――ヌルゥウウ……。 「ぅあひぃいい……」 ゆっくり抜いて、 ――ぐりゅうう……っ。 「んぐぅうううっ」 ゆっくり入れる。 長いストロークで攻めてみた。 「ひぁっ、ひぁっ、はぁぁ……」 「お尻気持ちいいよぉヒロぉ」 姉ちゃんは子供みたいに涙声になってる。 「なるほど、ゆっくり抜くときが一番ヨさそうだね」 「う……? ぅ……わかんない。全部気持ちイイ」 「いいよ、姉ちゃんは任せてくれれば」 「姉ちゃんを喜ばせることにかけては俺より上の人間なんていないもんね」 ――ずりゅうう。 「あひぃいいんんっ」 腸のかたちがほぐれてきたのか、ペニスが根元まで楽に通る。 抜き差ししやすい。めいっぱいまで出し入れした。 「ひぅう……、ひぅうう……」 「あはぁあああ……っ」 「どんどん声が大きくなるね」 「か、からかうの……禁止ぃ」 「ゴメン」 謝罪の意味で、根元まで入れたとき小刻みなバイブもこめる。 「はわぁあああ、ぁんんっ、ぉぅうう」 あとおっぱいも。 「ふぁああああ」 「はは。アナルいじめるのと乳首いじめるのじゃ感じ方がちがうんだね」 「しらない、ってば。ぁんんんぅっ」 「はうううおっぱい、攻めすぎ。乳首のびちゃうう」 「アナルもすっかり馴染んでる」 ペニスに食いつく入り口筋を覗く。 皺がのびきってる。微妙にピンク色の粘膜が見えるのが興奮した。 「んぁ、も……優しく……しすぎるからぁ」 「私のあなる……ヒロのおちん○ん大好きにされちゃうじゃない」 「えー? でもここ、最初からエロかったよ」 「ほらほら、こんなに広がっても気持ち良さそう」 「んあぁああん、知らないってばぁ」 ぬるー、ぬるー。 スローな腰使いに、姉ちゃんはすっかり慣れた感じでお尻を合わせだした。 細いお腹を右へ左へへこませてペニスとダンスする。 「これなら初アナルでもイケそうだね」 「えぅ……そ、そぉ、かも」 動きが激しいのでおっぱいまで揺すりながら、姉ちゃんは目を伏せた。 「イケそう? 一緒に俺も出すけど」 「ぅん……イケるっていうか、イキそう。なんか……ぞわぞわして、……大きいのがきそう」 ウットリした顔でヒップをうねり狂わせ、姉ちゃんは身じろぎがきわまる。 何度も見て知ってる。姉ちゃんがイキそうな前兆だ。 「いいよ。好きなだけ気持ちよくなって」 おっぱいを捕まえた手で、上半身を支えてあげる。 あくまでゆっくり、でもしつこくしつこく腰を送り込んだ。 「あふぅう、はん、ぁああん。ヒロ、お尻がいいの。お尻こんなに気持ちイイの」 「どうしよう……初めてなのにこんな。恥ずかしい……」 「いいってば」 「俺は姉ちゃんが悦んでくれるのが一番好きだから」 「ンぅうう……あは、よかった」 言うと、ついに姉ちゃんは全身から力を抜く。 皺の伸びた入り口部を中心にコネくるペニスに、身体の全てを預けた感じ。 「じゃあ……じゃあ、なるね」 「私……」 「ヒロのおちん○んで、アナル大好きになるね」 「くぁ――!」 鼻にかかった宣言を最後に、細い裸体ががくんと強張った。 「ああ……っ、あっ、ああああ……っ」 細かい電気の粒で撃たれているように四肢がビリつく。 同時にうねる直腸がもぐりこんだペニスと息をあわせたがって吸い付きを増す。 「くぁあああっ、あああっ、ああああああっ」 「うく……っ、く――」 「ンぅおおおお、いく、イクぅううぅうっ」 腰から起こった痙攣は全身まで伝播した。 ボリューミィなおっぱいでは乳首が十センチ単位でピンピン跳ねるほどの痙攣。 「ぁぉ――!」 「ぁああああぁぁあぁぁあああ……っっ!」 「っう――」 イッた……。 初めてのアナルセックスで、それこそノーマルに負けないくらい深く昇りつめる姉ちゃん。 気持ちいいのにあわせて、そのいやらしさに飲まれ、俺は2度目の堰を切っていた。 ――ぶちゃああ……っ! どろどろの塊が姉ちゃんの腸へ、胃へめがけ流れ込んでいく。 「はぁおおおおお、きたっ、お尻きたぁ。お腹にヒロの熱いのきたぁあ……っ」 「く……ぅっ」 2度目なのに出る出る……。自分でも信じられない量だった。 エキスは大量すぎて姉ちゃんのお腹をたっぷり温め、 「あくうううう」 「う……ぁやっ」 「へ?」 「やあぁあああああ……っ」 あ……。 しゃーっと聞きなれた音を立てて、タイルめがけ黄色い筋が走った。 2つ――姉ちゃん、おしっこが二股になる人なんだ。 「ゃぁ……っ、あっ、あぁあっ、とまらないぃ」 「……あはは」 いくら姉ちゃんでもこれは生まれて初めて見る。 もちろん初めて嗅ぐ女物のおしっこの匂いが密閉されたバスルームを包んだ。 ……興奮。 「うううう……私、私」 さすがに恥ずかしいんだろう、半泣きな姉ちゃん。 「あはは、まあまあ、気にしないで」 「ただこんなことにならないためにも今後はちょっとビールの量を控えるとか」 「ううう……」 「うるさいこのぉっ」 「うわ!? いででででこの状態でツネらないで!」 「このっ、この――」 「……ってあれ?」 ――グググ。 「あう……っ!? な、なんでまた大きくしてるのよ」 「いや、イイ匂い嗅いだらつい」 「ばかぁあああ……っ!」 入れたままのものがまた固くなってきて、幸いにも姉ちゃんの怒りの矛先をかわせた。 『ちょっと、ヒロ、待ちなさい。いま敏感だから休ませて』 『えー、でも抜いたらツネってくるでしょ』 『し、しないから……うぁあ後ろから膀胱押すなぁ』 『あ、またピュッて出た』 『このっ、ちょっと、ホントに』 『じゃあ抜いてもいいけど……次のプレイ、俺に指定させてくれる?』 『……どんなの?』 『普通にクンニ』 『そ、それくらいなら』 『飲むのはさすがに厳しいけど、舐めるくらいならやってみたかったんだ』 『洗わずにってこと!?』 (ずずず……) 「ふぅ」 「ごちそうさま」 ・・・・・ ・・・・ ・・・ はー。 「おはよん」 「おはよ」 やっぱり姉ちゃんと一緒だと、快眠そのものだった。 「よく寝た」 「こっちも快眠だったわ」 「昨日もフツーに寝てたじゃん」 「まあね」 こういうとこは姉ちゃんのほうが大人だ。 しかし……。 「はぁ……」 「なにそのため息」 「いや、考え直すと、やっぱりこれでいいのかなって」 「またかい」 「あのさヒロ。毎晩1回誘うと5回は放してくれないくらいノリノリなのに、朝になると毎回賢者になるのやめてくれない?」 「だってさぁ」 落ち着いて考えれば、やっぱ姉弟ってのは問題だ。 これから苦労すると思う。 俺はいい。姉ちゃんのためならどんだけ苦労してもいいけど、 「姉ちゃんが苦労するのはなぁ」 「一晩でティッシュ1箱あけるくせに、ヘンなとこ常識的なんだから」 「……」 苦笑しながら、ふっとため息をつく姉ちゃん。 「じゃあ心配性な弟に、肩の荷がおりる秘密をひとつ教えてあげる」 「なに?」 「爆弾発言だから、心臓がとまらないように注意してね」 「?」 「実は!」 「実は?」 「実は私……ずーっと前から」 「ヒロのことが大好きなお姉ちゃんだったの」 「知ってるよ」 「こんにちは、初心者のためのチュートリアル講座のお時間です」 「講師は私、ネタキャラと思ったら大間違いだ!城宮楓と」 「見た目は完全なネタキャラ、北条歩でお送りします」 「ここは私たちメガネ2人が、初心者のお前にこのゲームのやり方を解説する場所だ」 「チュートリアルを聞いていかれますか?」 「1回くらい聞いたほうがいいぞ」 「いらっしゃいませ。初心者の方のためのチュートリアル講座です」 「講師は私、熟女って言うな!城宮楓と」 「お母さんと呼ばないで。北条歩でお送りします」 「ってまた来たのか? 覚えが悪い生徒だな」 「だがお馬鹿さんは可愛がりがいあって好きだ。どうする? 説明を聞いていくか?」 「ここは、チュートリアルの村です」 「はい?」 「気にするな、言ってみたかっただけだ」 「改めましてチュートリアル講座へようこそ。ここは初心者の方にこのゲームを快適にプレイしていただくための説明をする場所です」 「講師は私。時空の壁なんぞ三十路の力で飛び越えた城宮楓と」 「今日もバリバリ張り切ってくンで夜露死苦!」 「言ってみたかっただけ。北条歩でお送りします」 「解説を聞いていかれますか?」 「どうもーメガネでーす」 「メガネでーす」 「2人合わせてメガメガネでーす。よろしくお願いしまーす」 「ここはメガネ2人によるメガネをかけている方へのチュートリアル講座です」 「講師は私、メガネ、城宮楓と」 「メガネ、北条歩でお送りします」 「メガネはかけてるか?」 「チュートリアルの世界へようこそ。ここは初心者の方のための説明の場所です」 「講師は私、立ち絵にタバコが入ってる時点でアメリカ進出はあきらめた。城宮楓と」 「元の設定ではもっと大人しいはずでした。北条歩でお送りします」 「もう5回目だからさすがに初心者ではないと思いたいが」 「ぐるぐるメガネの私に会いに来てくださったんでしょうか」 「初心者の方ですか?」 「チュートリアルの世界へようこそ。ここは初心者の方のための説明の場所です」 「講師は私、たれ目で悪いか!城宮楓と」 「何回来ても私のエッチシーンはありません。北条歩でお送りします」 「もう何回来てるんだ。初心者なはずないぞ」 「初心者の方ですか?」 「では上級者の方ですか?」 「よろしい! ではチュートリアルを始める!」 「わーぱちぱちぱち〜」 「このゲームは普通のADV。つまり選択肢で展開を分岐させるゲームだ」 「夏の湘南で、夏の湘南らしい青春を楽しんでください」 「ここは“青春”でなく“セーシュン”と書くべきかな」 「基本的にはテキストを読み進めて選択肢を選ぶだけでいい。もちろんテキストが長いから、結構分岐は多いが」 「ちょっと練習してみましょうか。誰から攻略したいですか?」 「バカ……照れるだろ」 「べ、別に攻略される気なんてないけどね」 「ン、さんきゅ」 「シスコンね〜、知ってたけど」 「先生も短いとはいえ攻略可能です。エッチシーンはがっつりあるんでお楽しみください」 「まあ本人のルートより他の子ルートでヤキモチ焼いてるほうがキャラが立ってる気がしないでもないけどな」 「あらどうも」 「でもゴメンね。アタシは旦那一筋だから」 「残念ながらおばさまは攻略できません。諸ルートで絡む時もありますけど、あまり意味ないので勘弁してください」 「とまあこんな感じに分岐する」 「本編ではもっと長いですけどね」 「これによってヒロインが決まったり、その後の成り行きが決まったりするわけだ」 「基本的にヒロインの確定後は一本道です。選択肢自体は好きなものを選んで楽しんでください」 「あまりふざけた選択をくりかえすと、話が途中で終わっちゃうこともあるけどな。星になったり、湘南の伝説になったり」 「こっちもちょっと練習してみようか。私のこと、どう思う?」 「よしよし、正解。そうやって正直に答えればいいんだ」 「分かるか? 実は巨乳枠なんだぞ私」 ――サクッ。――ゴシュッ! ぐりゅっ、ぐりゅりゅ。 「刺されてしまいましたね。バッドエンドです」 「中に誰もいませんよ」 「とまあ、こんな感じです」 「よっぽどズレた選択をしない限り大丈夫ですから、好きなものを選んでくださいね」 「他に重要なポイントとしては、付き合うことになったあと、そのヒロインに大きな影響を与える選択肢が存在する」 「ぶっちゃけた話がヒロインの外見が変化するわけだ」 「外見が変化するとどうなるんでしょうか」 「日常やCGはもちろんとして、ヒロインの性格にも若干の変化が出る」 「ヒロインも望んで彼女らしい性格になっていくわけだ」 「俺の色に染まれ、ということですね」 「なんだかんだで外見の変化というのは大きいからな」 「そうですね。私もとある人に言われて本編途中でこのメガネはやめにしますし」 「本編ではレア気味のぐるぐる委員長が見たいときはこのチュートリアルに来るんだぞ」 「続いてムービーに関する説明です」 「ムービーがつくのか?」 「みたいですね。できれば見て欲しいですが、右クリックするとさらっと飛ばせちゃいます」 「ためしにやってみよう。右をぽちっで飛ばせるからな」 「ムービー、どうぞ」 「飛ばせましたか? じゃあ次の説明へ」 「画面表示の設定だな。今回から画面比率でややっこしいことになってるから、ちょっと触れておこう」 「私これ苦手なんですよね。先生お願いします」 「了解。言うことはややこしいけど、弄ってみれば簡単に分かるから心配するな」 「ゲームは通常16:9で設定してある。これが、コンフィグで4:3にも設定できるんだ」 「この場合メッセージウィンドウは画面外に配置される。CGなんかがウィンドウで隠れなくなるわけだな」 「ようするにお使いの画面に合わせてどうぞ。というわけですね」 「ああ、といってもどちらにも利点はあるんだぞ」 「16:9は基本だからCGを画面いっぱいで見られる。逆に4:3は絵がちょっと小さくなってしまうが、メッセージウィンドウに邪魔されずに見られる」 「エッチシーンなんかでウィンドウが邪魔でおいイイとこなのに乳首見づれーよ! 乳首! 乳首!ってなることあるだろう? ああいうとき使え」 「懐かしい……昔のゲームはみんなこんな感じでメッセージは外にあったものさ」 「何年前の話ですか」 「まあ昔のは単純に容量の関係で解像度を大きく出来なかったからだけどな」 「ちなみにこの解像度の設定は毎回起動時に聞かれますけど、左下にあるチェックを外せば出なくなります」 「そのあとはコンフィグ画面でいじって下さいね。起動設定ツールでまたオンにもできますけど」 「他に機能として、スクリーン解像度を大きくしたり小さくしたりすることができるそうです」 「私は大きければ大きいほど好きだな」 「そこは個人の自由で。ただし大きくするほどPCのスペックを必要とします。注意してくださいね」 「私の愛機は16年前に買ったメモリが512キロのやつなんだが」 「それはまずゲームが起動しません」 「ちぇ。じゃあスパコンでも買ってこよーかな」 「他に注意することはありますか?」 「そうさな、ゲーム終了時の掛け合いとか、しゃべってないでさっさと終わりたい! ってときはオプション画面でオフに出来る」 「他にも色んな機能があるから適当にためしてくれ。分からなかったらまずイジる。勇気が大事だぞ」 「音声を再生するか、キャラごとに設定することもできるんですね」 「ああ、男キャラは全部キャンセルするもよし。お気に入りの子の声しか再生させないもよし。好きにカスタマイズしてくれ」 「主人公の長谷君は最初から音声が入ってない」 「主人公だからな」 「エッチシーンとかで男側にも声が欲しいときは、自分でアテレコするといい。そんなに無茶なことはしゃべらせてないから大丈夫」 「他にもゲームをクリアしたらおまけモードへどうぞ。CGや回想、音楽モードがあります」 「……中にはおまけシナリオがあるキャラも」 「そこらへん含めて、コンプ目指してがんばるんだぞ」 「ではまた本編でお会いしましょう」 「ではもう何度かプレイ済み。クリア済みという方のためのチュートリアルを始めます」 「すっぴんとものまねしは能力値が低いように思えるが、マスターしたジョブの特性を引き継ぐので最終的には最強のジョブとなる」 「ここからは若干のネタバレを含みますので見たくないと言う方はすぐにタイトル画面に戻って下さい」 「エッチのあるキャラは計5人!3人と冴子の他にもう1人エッチシーンのあるキャラがいるぞ!」 「といったようなことを平気で言っちゃうから、嫌なら前の選択肢に戻るを押すんだ」 「よろしいですか?」 「といっても、このゲームではバッドエンドを出す方が手順がややこしかったりするので、上級者の方なら攻略自体は出来ていると思います」 「ここではCGをコンプリートするためのコツなどをひとつ」 「別にコンプしなくてもある程度楽しんでもらえたらそれで充分ですけど」 「ちなみにさっきも言ったように、エッチシーンのあるヒロインは計5人だから。もう5人分見ちゃったら期待してもそれ以上はないぞ」 「ネタバレしちゃうとそれは私ではありません」 「意外だよな。委員長、一部からは人気出そうなのに」 「私は不良ではないので、攻略キャラの条件を満たしてないんですよ」 「なるほど」 「てかなんで私はエッチないんだろ。不良教師ってだけの理由で時空の壁を破って入りこんでやったのに」 「セックスアピールが足りなかったかな。みこしに全裸の立ち絵発注して、なんの脈絡もなくマッパなキャラになっちゃおっか」 「先生の場合、このメーカーでエッチするには足りないものがあるからでは」 「そっか私処女膜なかったっけ、あはははは」 「タカヒロ……許さんタカヒロ」 「まあまあ」 「コンプのコツに戻りますね。まず3ヒロインとも、外見の変化に伴いエッチシーンが変化します。1度のプレイではCGは埋まりません」 「そしてさらに3人とも一筋縄ではコンプできないようになっている」 「例えば辻堂さんですが、テスト週間が要注意です。髪の色以前にテスト成績によっても夏休みが一部分岐します」 「他2人も微妙にややこしいシーンが存在する。ここではとりあえずヒントだけ」 「片瀬さんの場合、彼女さんだけでなく友情を大切にしてください。あなたのお友達が誰かに恋していませんか?」 「腰越マキはすごーくめんどくさい」 「選択肢次第でだんだん不機嫌になっていくキャラだが、この不機嫌数値が一定を超えるとキレられてしまう」 「だがずーっとご機嫌だけとってもダメだぞ。ある程度不機嫌数値をため込んだときだけ発生する選択肢があるんだ」 「そのイベントは日焼け時にだけ起こります」 「とても難しいですけど、埋まったときの感慨もひとしおですよ。とある作品からのゲストもいるので期待してください」 「上級者用のコンプヒントは以上です」 「結論から言うとこうだな」 「色んな選択肢を試す。コンプしなくても死にはしない。すっぴんは強い」 「以上」 「ではここで聞いたことを参考に、いつまでも純愛ワールドを楽しんでくださいね」 「「ばいばーい」」 「ん、そうか」 「ではまたお越しください」 「ゲーム終了、お疲れさん」 「テメェこんなもんで終わる気じゃねーだろうな。愛さん待たしてんじゃねーぞコラァ!」 「やめろバカ、恥ずかしい」 「でもまた会いに来てくれよな」 「ゲーム終了ね。次も江乃死魔の集会には必ず参加するのよ」 「ちなみに次はいつやるんだい?」 「私の気分次第」 「ツンデレ流の『いつでも来て』って意味だシ」 「ツンデレじゃねーよ!」 「あれ、終了すんの?」 「んじゃさっそくメシの準備おねがい。お腹空いてるから肉多めご飯山盛りでな。あとちょっと眠いから静かでくつろげる場所も……」 「って色々言い過ぎかな」 「ゲーム終わった?じゃあお風呂お願い。温まってる間にご飯の準備ね。あと最近お疲れだから肩と足のマッサージも」 「慣れてるか」 「私らって3人とも髪ボサボサよね」 「アタシくせっ毛なんだよなー。いくら梳いてもどうしても跳ねちゃう」 「私は髪の量が多いからまとまらないの」 「私はやろうと思えばまとまるんだけど」 「なんでやらないの?」 「ボサ髪やめると、ダイがおにぎりしか出してくれなくなるんだよ」 「辻堂母です。好物はヤキソバです」 「辻堂娘です。好物はソバです」 「なんでヤキソバじゃないの?」 「いいじゃん別に」 「絶対焼き入れるべきだと思うわ」 「焼きいれるかはアタシが決めるよ」 「な、なんの話です?」 「ねばねーばぱあーで♪ きょもはりーきって♪」 「はっ!?」 「……」 「な、なによ」 「お嬢様、最近がらの悪い連中に付きまとわれているとは本当ですの?」 「は!? え、えっと、べつに」 「恋奈様、どうかしたかい」 「ひえっ! こ、こちらどなたですの」 「ぺ、ペットよ! 最近飼い始めたゴリラ」 「ごり?!」 「だーシだシだシだシ」 「ってのってのっての」 「っすっすー」 「この会話の意味が分かったらもう江乃死魔から逃れられないわよ」 「自分おっぱいサイズはとある武神を超えてるのにどうもおっぱいキャラが立たないんすよね」 「ふーん。なんで?」 「センパイのせーっすよぅ」 「巨乳枠なのに1度も触れられない私よりましだ」 「愛、たまにはお父さんと話そうよ」 「めんどくせーな。じゃあえっと、元気?」 「そんなよそよそしくしないで、もっと親子らしくさ」 「分かんねーよ。話題提供してよ」 「そうだなあ。親子らしく、えっと……」 「元気?」 「私がロウ!」 「私がカオス」 「アタシがニュートラルなんだそうだ。このゲームは」 「一番カオスなのは姉ちゃんだと思うけどな」 「そういやアタシら3人が集まるのって本編ではあんまりないよな」 「敵対してるんだから当然よね」 「個別ではよく話すけどな。辻堂とも、恋奈とも」 「ケンカ売られてるだけだ」 「ご飯取られてるだけよ」 「うちら湘南最強のはずなのに、開始早々あんなことになるとは思いませんでしたね」 「これも時代だ」 「栄枯盛衰。一度は湘南のトップを取ったんだから先代も文句は言わないだろう」 「懐かしいなー先代」 「あたしの名はローズ!神奈川の血吸い花、鮮血のローズ!」 「気になってたんすけどその名乗り、なんでハナって言わないんです?」 「昔は言ってたんだけどね。あたしの後に名乗るとれんにゃが『ハナ血まみれの恋奈』になるからって」 「あー」 「なに見てんだテメェ」 「ひぇっ、べ、べつに」 「何か文句あんのかコラァアア!!」 ――30分後 「よしよし」 「キャンキャン」 「そういや相性抜群だなこの2人」 「この前、ヤンキー時代の知り合いと会ったんだけどすっかり丸くなってて驚いたわ」 「人間いつかは丸くなるわよね」 「他にも警察官になってたり、ボランティアで海外に行ってたり」 「そうそう、元スケバンで旦那のことご主人様って呼んでる女もいた」 「そ、それは変じゃない?」 「辻堂って武器は使わないんかい?ヨーヨーとか」 「ないな。このお守りのチェーンで相手を逃がさないようにすることはあるけど」 「俺っち使い方覚えよっかな。ヌンチャクみてーに振り回してさ、カッコいいっての」 「別に止めないけど」 「これまでに37回同じこと言って試して、頭にぶつけて記憶が飛んでるから気をつけろよ」 「ゲーム終了お疲れ様」 「よく目を休め、軽くストレッチなんかもやっておくように」 「小腹がすいたら孝行へどうぞ。サービスしちゃうわよ」 「お待ちしてます」 「どーもー、ハナでーす」 「ナハでーす」 「2人そろってハナハナハでーす。今日は顔と名前だけでも覚えて欲しいんですけど」 「汝の顔、低すぎて見えぬ」 「こっちからも高すぎて見えないシ」 「坂東君って坂東だからヴァンなんですか?」 「ああ、といっても、そう呼ぶのはひろだけだが」 「委員長は委員長だから委員長なのか?」 「はい。一度もお会いしたことない方にまで呼ばれます」 「ゲーム終了ですね。お疲れ様でした」 「目は疲れてないか?プレイするときはあまり画面に顔を寄せないように」 「ゲームするだけで疲れるというときは、姿勢を正し、背筋を伸ばしてプレイするとかなり違ってきますよ」 「健康に気を使って、楽しくプレイしましょうね」 「エロゲやってる時点で不健康だけどな」 「誰もいない、変身するなら今のうち」 「メテオGO! 変身!ぎゅぃいいいーーーーーーーん!」 「俺の運命は……はっ!?」 「……」 「……ごめん」 「い、いえ」 「今日なんかあった?」 「なーんにもない」 「脇役ってヒマだなー」 「ヒマタイ」 「ここからここのコードに移るのが難しい」 「ギターだいぶ上達したね」 「日々これ精進! このままいけば卒業旅行でロンドン行って演奏する日も近いよ」 「うん! 残る問題は」 「聞かせたい彼氏と何週間も会ってないことだね」 「言わないで」 「急に中で出すなんてひどい。ンもう、君だから許してあげるんだよ」 「って1回で良いから言われてみたい」 「分かる」 「そっちは言われたい台詞ある?」 「ぶ、無礼者。王族であるわらわの尻尾をつかむなど……そなたと結婚せねばならんではないか」 「んなしきたりのある姫様いねーよ」 「まず獣人にツッコむタイ」 「見て見てこの爪」 「うわー、きれーい」 「どれどれ……うわキモ!虫の卵みたい」 「マニキュアくらいはいいけど、デコ爪ってこだわりすぎると男には引かれるぞ」 「うっさいなあ」 「終了時のかけあい最後の1個が埋まらなくて、何度も何度も起動しては終わり起動しては終わりを繰り返しているプレイヤーさん」 「最後の1個がこれだったら本当にごめんなさい」 「ごめんなさい」 「ごめんなさーい」 「逆に何回やってもこれが出るって場合もごめんタイ」