以上でタラレバのおまけシナリオはコンプリートです。最後まで遊んでいただきありがとうございました! スクリプトエラー 今じゃないいつか――――。 一人じゃなくて、隣に彼女がいたあの頃――――。 「なんだ、嬉しそうにしやがって」 「は、はぁあぁ!? してないし、してたとしても彼方にはカンケーないんですけどっ」 「なんでだよ、関係あるだろっ」 「な、なんで関係あるのよ」 「好きな人の事だから、だろ?」 「か、彼方……」 「うんっ、彼方くんアリガトね」 「ん?」 「私が怖がらないように、色々気を使ってくれてたでしょ。だから、ありがとう」 「当然だろ? 俺はお前の為ならなんだってするぞ」 「えへへへ」 「黛達には感謝しているんだ。私のワガママで存続させているようなオカ研に、結局私の卒業まで付き合ってくれそうだからな」 「何だかんだで楽しんでると思いますよ、みんな」 「はは、そうだといいが」 「特に俺は……先輩と一緒にいられて、とっても楽しいです」 「黛……」 2016年12月某日  神奈川県某所 コンビニ店内 「おい、彼方。おーい!」 「おーい、戻ってこーい」 「……ハッ! あれ、テンチョ」 体を揺さぶられて現実に引き戻された。 どうやら妄想の世界にトリップしていたらしい。 気恥ずかしさを隠しつつ視線をあげると、テンチョが心配そうな顔でこちらを見ていた。 「大丈夫か? 随分とボーっとしていたが。風邪でもひいたんじゃないだろうな?」 「いえ、大丈夫です」 「む、そうか? まぁ、とにかく無理はするなよ。今日も随分と冷えるからなぁ」 店長が外を見て手をこすり合わせている。 つられて俺も入口の方へと視線をやると、自動扉の向こうでは雪がちらついていた。 「……すみませんでした」 「体調が悪いとかじゃないならいいんだ。気にするな」 ただ妄想に耽っていただけなのに、心配させてしまったようだ。 テンチョはそれが当たり前のように、いつも俺の事を気遣ってくれている。 母を早くに亡くし、父は仕事で留守がちという環境で育った俺にとっては、テンチョはもう一人の父親のような存在だ。 「大丈夫そうなら、俺はちょっとばかしやる事があるからバックヤードに下がるが、あと頼んでもいいか?」 「はい。大丈夫です」 「うむ。良い返事だ。流石は俺の見込んだ男。どうだ、本格的に他店舗の店長やってみないか?」 「ははは、俺には勿体ないですよ」 「そんな事はないと思うぞ。彼方なら十分にやれる。俺は自信をもって推薦出来るぞ。まぁ、考えといてくれよ」 「はいっ」 他店舗の店長かぁ……。 明確な目標もなくフリーターの道を歩んでいる自分にとっては、何とも有難い話だと思う。 テンチョには学生時代から何かと目をかけてもらっていた。 ……それというのも俺には少しだけ、人とは違う特殊な能力がある。 とはいってもそれはささやかな力で、人には見えないものが“視えて”しまったり、予知夢を見たり……その程度。 親父は霊能に興味のない一般の人にも名の知れ渡る程の霊能者だが、俺にはその力は僅かにしか受け継がれなかった。 けれどそんな俺の微細な力を、テンチョは温かく見守ってくれた。 『俺は心霊とかそういうのは信じないぞ!』なんて言いながら、真剣に俺の話に耳を傾けてくれた。 悩みもたくさん聞いてくれた。 「……はぁ」 自然とため息が出る。 今の状況にこれといって不満があるわけではない。テンチョには感謝してもしきれない。 でも、俺にもう少し“力”があったら……。 俺も親父のように“力”で誰かを救えたら……。 そうやって生きられたら、天国の母さんも喜んでくれるんじゃないだろうか。 そんな祈りにも似た思いが、心の奥底で夢見るように埋もれている。 ……こんな曖昧な感情をもった俺が、テンチョの期待になんて応えられるはずもない、よな。 「っと、仕事仕事」 意識的に明るい声を出した。そうしないといけないような気がした。 今の時間帯はさほど忙しくもない。品出しでもしておこう。 「っと、この“あったカイロ”よく売れてるな。補充しとくか」 「……………………」 ――――学生時代は良かったな。 単純作業を繰り返していると、俺の意識は再びあの頃へと引き戻される。 後悔している事もたくさんある。決して煌びやかな生活というわけでもなかった。 でもそれでもやっぱり、あの頃は良かった。 卒業したのはもう何年前だろう。 今の俺には夢があるわけじゃない、譲れない何かを持っているわけでもない。 ただ茫漠とした日常をバイトをしながら浪費しているだけ。 「あの頃に戻りたいな……」 ぽそりとそんな声が漏れた。 ゆずこやリリー先輩、それにハイン。 可愛らしい3人の少女達が、脳内で俺に微笑みかける。 あの頃の俺がもっとしっかりしてれば、今の俺の隣には誰かが微笑んでいてくれたのかもしれない。 たとえば――――ゆずこ。 「あーん」 言われるままに口を開いて――――ぱくっ。 「もぐもぐもぐ」 「どう、かな?」 「美味い」 「良かったぁ」 「頑張ってるな、ゆずこ」 「えっへん☆ なんてったって実行委員ですから」 「新聞部にオカ研にクリスマスパーティーの実行委員。色々重なってるけど本当に大丈夫か?」 「うん! みんなも協力してくれてるし、それに私は今までずっと誰かに助けて貰ってばかりだったから。頼まれた分は頑張らないと!」 「えらいぞ、ゆずこっ」 「えへへへ〜」 いやここでアッサリと流すな。もっとゆずこの側にいるようにして――――。 「そうだ、ゆずこ。俺も一緒に手伝うよ」 「ホント? 嬉しいっ」 そうそう、こうやって一緒にいる時間を増やしてだな。それで――――。 「ハッ!」 いかんいかん。またもや過去を思い返して、ガッツリと浸ってしまっていた。 いやしかし学生時代は、なんて惜しい事をしてきたんだろう。 今の俺なら、もっと―――― 「……キモ」 「へ? あ、いらっしゃいま――――」 呟かれた声に振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。 だが―――― 「……違う」 目の前の少女は明らかに生きている人間とは質が違う。 姿かたちこそただの少女にすぎないが、纏っている空気と瞳の奥にたゆたう物が、彼女が人間ではない事を俺に告げる。 「ふぅん。やっぱり視えるんだ」 言われた瞬間背筋をひやりとしたものが伝った。 目の前の少女は生きてる人間と遜色がないほどに、はっきりとした形で存在している。 ――こんなに判然と視えるなんて事、いつ以来だろう。 「……霊か? いや、それにしては」 ただの霊体ではない――――と思う。 浮遊霊や地縛霊の類とは、どこか質というか纏っている空気のようなものが違っている。 ――――だが俺に分かるのはそこまでだ。 目の前にいる少女が自分にとって良いモノか悪いモノかの判別すらつかない。 だが〈無碍〉《むげ》にするのも躊躇われて、つい会話に応じてしまう。 「私の事なんて何でもいいの。それより、アンタのその妄想癖、なんとかならないの?」 「え?」 「今は幼馴染。さっきはそれに加えて美人の先輩と、それから」 「うわわわわわわわっ!!」 「ちょっと、声大きいってば!」 「ななななな、なん、なん、なんで俺の頭の中の」 「ダダ漏れ。アンタが毎日毎日飽きもせずに過去に妄想を馳せてるの、私にダダ漏れだから」 「っ!?」 返す言葉が出なくて、口がパクパクと金魚のように開閉を繰り返す。 確かに俺は毎日のように飽きもせず学生時代に意識を飛ばしている。 でも、それを、なんで……。 「あはは、マヌケヅラー」 「う、うるさいっ!」 やっとの思いで吐き捨てた。 「……ね、あの頃に戻りたい?」 「なんだよ、いきなり」 「答えて。戻りたい? 皆と過ごした学園時代に」 「あの頃……」 今みたいに無為に毎日を消化しているのとは違ったあの頃。 未来が見えなくても、まっすぐ前を向いていられたあの頃。 気になる女の子がいて――なのに勇気が持てなかったあの頃。 「戻りたいさ、戻れるならな」 諦めに満ちた声でそう答えた。 「そう。じゃあ戻してあげる」 「はぁ? そんな事出来るわけ――」 ないだろ、という言葉は飲み込んだ。 目の前の少女の瞳があまりに真剣だったからだ。 非現実的といえば、目の前のこの少女の存在自体がそうじゃないか。 ……だとしたら。 非現実的な少女が紡ぐ夢のような話は、夢じゃなく現実になるのかもしれない。 そんな事を思わせる力が、少女の瞳にはあった。 「でもね、二つの条件があるの」 「条件?」 少女の瞳がゆらりと揺れた気がした。 「い、言っておくが、俺の魂はやらんぞ!」 「アンタ私をなんだと思ってんのよ」 「ま、魔女? とか」 「ハァ? バカバカしい。やっぱやめよっかな、アンタを過去に飛ばすの」 「いや、いやいやいや! 冗談ですって! 可愛らしいお嬢さんだ、ハハハハ」 「はぁっ。なんか本気でイヤになってきた。でも、ま――決めた事だしね」 「?」 「いい? アンタが守る条件はただ二つ」 「二つ?」 「一つは、自分が未来から来た事を他言しないこと」 「分かった。もう一つは?」 「もう一つ、こっちの方はさらに重要。もう一つは――」 「ゴクリ……」 「もう二度と後悔しないこと」 「後悔を……しない?」 「毎日毎日溜息ついて、頭の中で学園生活をリフレインするようなハメにはなるなって事!」 「な、なるほど」 「それから……あの頃のアンタには出来なかったことも、ちゃんと決着つけなさいっ。それが後悔しないって事なんだから」 「……分かった」 臆病で弱くて寄るべきものがなかったあの頃。 だけど今の俺なら違う。 過去を知っている俺なら、現実との向き合い方だって変わるだろう。 「よし、じゃあ目を閉じて」 「えぇ!? も、もうすぐにでも行ける感じだったりする!?」 「そうよ。何か不都合でも?」 「いや、俺バイト中なんだけど……」 「店長がいるでしょ」 「そりゃいるけど、でもなー」 「ああもう! 細かい事気にしてないで、いいから目を閉じて!」 「だって俺まだ品出し中だし、こんな中途半端な状態じゃ店長も――ってうわっ!」 “あったカイロ”の詰まった段ボールをしまおうと、歩き出したその矢先、持ち上げた段ボールの死角にあった買い物カゴに思いきり蹴つまづいた。 倒れる! と思ったその瞬間―――― 「ハァ……行くわよ」 呆れたような少女の声が耳に届くと、瞼の裏側が真っ白な光に支配された。 体は床に着地する事無く、浮遊感に包まれ、耳の奥をリンとした鈴のような音が支配する。 次第に瞼の裏の真っ白な光が、強い力を放ち始めると、意識がすぅっと高いところへと引っ張られていく――――。 「未来は変えられる。キミが変われば」 「……待ってるから」 「――――くん」 「――て――――た――くん」 「――――きて! かな――――くん」 ん……。 誰かが俺を呼んでる……。 「彼方くんっ! 起きなさーーーーーーーい!」 「うわっ!?」 布団がはぎ取られて、体に冷たい空気が触れる。 その冷たさに目を開けると、そこは見知った俺の部屋だった。 「あ、やっと起きた」 「ゆ、ゆずこ!? わ、若い……」 「? なに言ってるの彼方くん。そりゃ、私はまだ若いよー」 「しかも制服……制服姿の、若い……ゆずこ……」 「寝ぼけてるの? 今日平日だよ? 彼方くんも早く起きて、制服に着替えないと」 「俺も制服!? ヤバくないか!?」 「かーなーたーくーんっ。何ワケわかんない事ばっか言ってるの? 制服着て行かない方がダメでしょっ」 「は、ははは……」 確かめるように自分の顔を、手のひらでペタリと触る。 ……皮膚が若い、気がする。 ゆずこも若いし、俺も……若返った――って事、だよな……? 「もうっ、しっかりしないと」 そうやって目の前の女の子は頬を膨らませた。 彼女こそが何度も何度も、繰り返し妄想に登場させていた幼馴染の路村ゆずこ。 そうだ。学生時代はわけあって、一緒に暮らしているんだった。 ふっと壁に貼られたカレンダーに目をやる。 『2008年 12月』 そこに表記された数字に、脳の奥がじわりと痺れた。 「ホントに戻ってきたんだな……」 記憶だけはそのままに、身体も時間も8年前に戻れたらしい。 「てぃっ!」 「いてっ!」 「いつまでも寝ぼけてるみたいだから、デコピンの刑に処しちゃいましたー」 「いてて……分かったよ、ちゃんと起きるって」 寝ぼけている訳ではないのだが、本当の事を言うわけにはいかない。 「うんうん、よろしい。それでどんな夢を見てたの?」 「もしかしてまた予知夢とか?」 「そういうワケじゃないよ。本当に寝ぼけただけだから」 「ふぅん……」 「な、なんだよ」 ゆずこはこう見えて感が鋭い。 まさかとは思うが無意識に身構えてしまう。 「ま、いいや。ご飯出来てるから待ってるね。早く着替えてきてねー」 「お、おう」 さすがに未来から戻ってきた、なんて奇想天外な事を見抜かれるわけないよな。 当たり前の反応に、内心ほっと安堵の息をもらした。 「おー、いい匂いだ」 テーブルにはゆずこの用意してくれた朝食が乗っている。 ベーコンエッグにトーストとサラダ。そして俺の好きなコーヒー。 これに加えてゆずこは毎日、俺の弁当まで作ってくれているから頭が上がらない事この上ない。 「じゃあ食べよっか」 「おう」 「いただきます!」 ぱくっ、もぐもぐ。 「うまい」 「美味しいっていうほどのものでもないけどな〜」 なんて言いながらも嬉しそうに微笑むゆずこ。 だけど実際うまいのだ。 ベーコンエッグの味付けもコーヒーの淹れ方も、懐かしいゆずこのそれだ。 こんな風にゆずこの用意してくれた朝食を食べるのは、実に数年ぶりで思わず胸の奥が熱くなる。 「毎日ありがとな、ゆずこ」 「え? なにいきなり、えへ、えへへ」 「だらしない顔になってるぞ」 「だって彼方くんにありがとうって言われて嬉しいんだもん」 「はは、そっか」 そういえば昔の俺はストレートに感謝の気持ちを伝える事がどこか気恥ずかしくて、こんな風にはなかなか言えなかったように思う。 「毎日かかさず弁当も、夕食もだもんな。たまにはサボったっていいんだぞ?」 「どうしちゃったの? 急に」 「いや、毎日ホントに大変だよなって思ってさ。ゆずこだってもっと自分の時間が持ちたかったりしないか?」 「なんだ、そんな事。それなら何も問題ないよ。私は彼方くんが私の作ったものを美味しいよって食べてくれたら、それがとってもとっても嬉しいし」 「次は何を作ろうかなって、それだけで毎日ワクワク出来るんだもん」 「それにね、お父さんが転勤になって、借りていたお家の期限も切れちゃって……」 「どうしようかって思ってた時に、彼方くんのお父さんがここに住んでいいよって言ってくれて……凄く嬉しかったんだ」 「だから私が出来る事は何でもしたいの」 「でも実際うちの親父は地方での仕事がメインで、家にはいない日が多いわけだしさ。だからそんなに気を遣わなくても……」 「だからこそだよ! だからこそ、私が彼方くんの栄養管理をしっかりさせて貰わなくっちゃ。そうじゃなきゃ信頼してくれてるおじさんに合わす顔がないもん」 幼い頃に両親が離婚しているゆずこにとって、実の父親はかけがえのない存在だ。 だがその父親に付いていき、新しい土地で一から人間関係を築くというのは、ゆずこには少しばかり酷なようだった。 両親の離婚を機にこの街に引っ越してきたゆずこは、転校や転居という物に何か思う所があるのかもしれない。 ゆずこは父親と自分の躊躇いの間で悩んでいた。 そんな時に俺の父親は、ここで一緒に住むことを提案した。 その提案に俺は少しとまどったが(なにせ親父は留守がちで、実質ゆずこと二人暮らしのような形になるのだ。健全な男子なら色々思う所はあるだろう) ゆずこの警戒心のなさに、いつの間にかヨコシマな気持ちはどこかへと消えていった。 「そういえば今日の放課後の予定、ちゃんと覚えてる?」 「放課後……? なにかあったっけ?」 8年前の予定など覚えているはずもない。 「……リリー先輩に怒られるよ?」 「オカルト研究部か……」 リリー先輩というワードで、すぐにその存在が鮮明に蘇る。 ――オカルト研究部。 ゆずこと俺は何とも怪しげな部に所属しているのである。 とはいっても自主的に参加した訳ではないのだが。 「ちゃんと行かなきゃリリー先輩怒るよなぁ」 「今日はどんなことするんだろうね♪」 ゆずこのこの何にでも前向きな態度には、心から感服する。 「あ、やだっ。 もうこんな時間だ! 早く食べて登校しないとっ。ぱくっ、もぐもぐもぐもぐっ」 「おいゆずこ、慌てて食べると喉に」 「むぐーーーーっ! んぐっ、んぁっ、んっ、んっ、んーーーっ!」 「言わんこっちゃない! ほら、水水」 「むぐ、ごく、ん――――ふーーーっ、助かったぁ」 「まったく……ほれ、ほどよく急いで食べるぞ」 「うんっ。 もぐもぐっ、んむっ、あむっ」 「ハムスターみたいだなぁ」 「んむんむっ、ごくんっ、んぱーっ。そ、そんな事言ってる場合じゃないよ、彼方くんも早く早くっ」 「はいはい」 頬を膨らますゆずこを愛らしいな、なんて見つめながら俺も急いで食事をかき込む。 ごちそうさまを言うやいなや、急いで二人で片づけを済ませると、俺とゆずこは揃って玄関を飛び出した。 「二人ともおっはよー。今日もお揃いで登校とは、仲がいいねぇ」 「えへへ。おはよ、ありえ」 「はいはい、おはよう」 うわぁ、ありえも若いなー! って、当たり前か。 矢野口ありえはテンチョの娘さんで、ゆずこの親友だ。 学園内でさえ迷子になるほどの方向音痴だが、明るく人当たりがいいので、迷子になるたびに誰かしらに助けて貰っている。 「おはよ、みんな」 「おはよ、ひなちゃん」 「おはよー」 こっちは久地ひなた。 元気でいたずらっぽくて、常に周りを笑顔にしてくれる存在だ。 「ねぇねぇ、 今日ってオカルト研究部だよね?」 「うん、そうだよー。今日はリリー先輩どんな物見せてくれるんだろーね」 「ねー、楽しみー」 「だねだねー♪」 うっ、前向きなやつらだなぁ。 俺は正直ちょっと気が引けてるぞ。 リリー先輩は美人で頭も良くて生徒会長で――っていう完璧超人ではあるが、オカルト的な事になると豹変するんだよな。 ……その、性格というか言動が。あれがなぁ……。 8年前の記憶が蘇って、目を覆いたくなるような気分になる。 はぁ――とため息交じりに、視線を部室棟へと続く廊下に向ける。 ……放課後、何やるんだろうなぁ。 ん? 今、廊下を横切ったのって――あの子、だよな。 コンビニで俺をこの時代へと飛ばした謎の女の子。 あんな子、以前の世界にはいなかった。少なくとも俺の記憶にはない。 ――すでに過去が変わりつつあるのか? 追いかけてみようかと思ったちょうどその時、始業を告げるチャイムが鳴った。 「あ、先生来ちゃうね。 ほら、彼方くんも着席着席ー」 まぁいいか。 この学園の制服も着ていたし、あの子はここの生徒だったという事だろう。 ……いや待てよ。制服? コンビニで出会った時にあの年齢だったんだから、今ならもっと幼くてもいいはず。 となるとあの子は、この時代に亡くなった子なのか? 亡くなった年齢が俺達くらいだったから、そのまま成長しないでコンビニに現れた? 「彼方くんっ、ボーっとしてちゃダメだよ。早く席に着かないと」 「あ、あぁ」 考えても仕方ないか。 この学園にいるというなら、いずれにしても近いうちに話す機会は持てるだろうしな。 「おはよう!」 晴れ晴れとした表情で、担任教師が入ってきた。 「おはようございまーす」 「はい、今日もいい挨拶ですね。さて早速だけど今日は転校生を紹介します」 転校生? ――――あ、そうか。 凛と背筋を伸ばして教室に入ってきた少女。その美しさに男子生徒が一気にどよめく。 「簡単でいいから自己紹介をお願いするわ」 「宮前ハインリッヒ小町です。よろしく」 そうだ、ハインは転校してきたんだよな。 うんうん、だんだんと色んな事を思い出してきたぞ。 「わぁ、キレー。ハーフかなぁ?」 「路村さん、ご名答。宮前さんのお父様はドイツの方だそうよ」 おぉ〜、と男子一同声を揃えて感嘆の声を上げる。 何がおぉ〜なのかは定かではないが、やっぱり俺も初見の時はおぉ〜と思ったものだった。はは、懐かしい。 「最初に言っておくけど、私は生まれも育ちも日本なので、ドイツ語喋って〜なんていう要望には応えられません」 「はぁーい。じゃあえっと、お友達として仲良くして下さいっていう要望には応えてもらえる、かな?」 「えぇっ!?」 「あぅぅ……やっぱりいきなりは、ダメ?」 こういう時、ゆずこは物怖じしたりしない。 転校生というハインの状況を、ゆずこなり〈に慮っ〉《 おもんばか 》ているのかもしれない。 ゆずこの大きな瞳に真っ直ぐ見据えられたハインは、一瞬視線を逸らしたあと、小さく口を開いた。 「えっと……。ま、まぁそれは……その、別に、いいけど」 「わぁい! ありがとー!」 「っ! ……う、うん」 「ふふ、仲よき事は美しきかな。じゃあ宮前さんの席は路村さんの後ろね」 「分かりました」 「私は路村ゆずこ。よろしくね、ハインちゃん」 「よろしく、路村さん」 「名前で呼んで貰えると、嬉しいな」 「っ、分かったわ。ゆず」 「えへへ」 にこやかなゆずこにつられるように、ハインも柔らかく頬を緩めた。 「…………」 ん? なんか今ハインがこっちを見なかったか? 「よし、じゃあホームルームはじめまーす」 ……気のせいか。 この時点でハインが俺を気にするわけもないしな。 とにかく今は授業に集中するとしよう。 ――1限目終了のチャイムが鳴った。 ゆずこの方へ視線を向けると、何やら女の子達で盛り上がっている。 「えぇ〜!? そうなの!?」 「えぇ、だから今日からよろしく」 「うんうん、こちらこそ! うわぁ〜、楽しみだなぁっ」 「いやー、盛り上がってきたねぇ」 「だねだね。ねぇねぇハインちゃんはお昼はどうするの? もし良かったら私達とどうかな?」 「今日はやめておくわ。色々調べたい事もあるし」 そう言ったハインがチラリとこちらを見た――ような気がした。 「調べたい事?」 「大した事じゃないの。とにかく今日は遠慮しておく」 「そっかぁ。じゃあ仕方ないね」 「残念っ」 「あ、この辺りの地理とかって分かる? 帰り道とか」 「ふふっ、それくらいは大丈夫よ」 「私じゃあるまいし」 「胸を張って言うことか」 「あははは」 「じゃあ、お買い物スポットとかはどう?」 「そう言うのはまだ分からないわ。こっちに来たばかりだし、必要最低限の事だけしか頭に入ってないの」 「じゃあ今度みんなでミクティ行こうよ」 「ミクティ?」 「この辺りでお買い物っていったらミクティなんだー。お洋服でも雑貨でも何でも揃ってるよ」 「へぇ、そうなの」 「ハインちゃん、なんでも似合いそうだよねっ♪ くぅーっ! 血が騒ぐぅっ」 「あはは。 ひなちゃんは人のお洋服を見てあげたりするのが大好きなんだよ」 「センスもいいし、ひなちゃんに見繕って貰った服って、すっごく可愛いんだよね」 「そうそう、自分じゃ普段選ばないような服でも、ひなちゃんコーデなら、不思議と馴染んじゃうんだよ」 「へぇ……ちょっと楽しみかも」 「まっかせて! 可愛い女の子のさらなる可愛いを引き出すのが、私の使命! だもんっ」 「燃えてきたーっ。メラメラメラ」 はは、なんだか盛り上がってるな。 さすがにあの中には入れんが、楽しそうで何よりだ。 おっと授業だ。 次は――――物理か。 苦手だったんだよなぁ、これ……。 やっと昼休みだ。 ずーっと座って授業を受け続けるって結構大変なもんだったんだなぁ。 さてと、どうしようか。 放課後 「彼方くん、部活いこ」 「おう。ありえとひなたは?」 「先に行ってるって」 「そういやゆずこは新聞部にも入ってたよな。そっちは大丈夫なのか?」 「うん、新聞部の方は自分が書きたい! って思った時に記事にするだけだから」 「ゆずこの記事ってほとんどが俺に関する事だった気がするんだが……」 「だって私の書きたい事って、彼方くんの事ばっかりなんだもん」 「俺の事なんて書いても面白くないだろ」 「どうして? 私、彼方くんの夢の話とか聞くの好きだよ」 「この前だって、店長さんのコンビニから人が溢れてる夢見たーって言ってたら、次の日その通りになってたし」 「あー……あれな。バイトのひなたが触ってたレジの調子が悪くなって、お客さん達が大行列だったんだよなぁ」 「でも彼方くんが夢を見てたから、気になった私達がちょうど覗きに行って」 「それでお手伝い出来たから、大きな混乱にはならずに済んで、店長さんも喜んでたじゃない?」 「まぁ、そう言われればそうかもしれないけど」 この頃、俺は正式にコンビニでバイトをしていたわけじゃないが、たまに店を手伝う事はあった。 そのおかげで、バイトとして正式に採用された時も、実に仕事がやりやすくて安堵したのを覚えている。 「私、彼方くんって凄いと思うよ」 満面の笑みでそう言われると、なんだか少しだけ胸が痛む。 大きな事故や事件を予見する夢を見られるわけでは決してない。 せいぜい俺の能力ではご近所騒動どまりだ。 「彼方くん?」 「早く部室に行こう。リリー先輩、もう待ってるんじゃないか?」 「あ、うん! そうだね、急ごう」 わずかな諦念のような感情を、ゆずこに見破られそうな気がして、努めて明るく歩き出した。 「失礼しまーす」 扉を開けると8年前の部活の記憶が鮮明に蘇った。 理科室を部室として使用しているオカルト研究部。 しかし実はこう見えて、あちらこちらの棚や引き出しには、リリー先輩愛用のオカルトグッズや本が隠されているんだよな。 ははは、懐かしいなぁ。 「諸君、よく集まってくれた!」 奥から勢いよく登場したのが、この部活の部長であり学園の生徒会長でもある大山莉璃先輩。 廃部寸前だったオカルト研究部の存続を熱望し、俺やゆずこ――それにありえとひなたも(半ば強引に)加えて、部としての体裁を保つことに成功している。 「リリーさん、今日はどんな事をするんですか?」 「よくぞ聞いてくれた矢野口。今日の研究対象は―――」 「これだ!」 リリー先輩が勢いよく取り出したのはアルファベッドと数字、そしてYESとNOという文字が書かれている一枚の板だ。 「ウィジャ盤ですか……」 「一目で分かるとはさすがだな、黛」 「なんかコックリさんする時の紙に似てるね」 「こ、 こっく……!」 あ、ゆずこコレ完璧にビビってるな。 「久地、いい所に気が付いたな。これはコックリさんやキューピッドさんと言われる簡易降霊術の元となったものだ」 「そそそ、それって大丈夫なんですかぁ〜……」 「ゆずこ、怯える事はない」 「古くは織田信長も使用していたとか、80年代にアメリカの船員が持ち込んだだとか諸説はあるが」 「伝統に基づいた信頼と実績の降霊術だ」 「ろくな実績じゃない気がするんですが」 「黛、では君の意見を聞かせてもらおう」 「多くはただの集団ヒステリーですよ。霊的なモノなど関与していません。その証拠にウィジャ盤はアメリカでは玩具売場で販売されていたじゃないですか」 実際は低級霊の類が悪さをした事もあっただろうとは思う。 だがここはひとまず、ゆずこを安心させる為にこう言っておく。 「え? そうなの?」 「ああ、ルーレットの当たり目を占う為に使われていたり、まぁライトな使い方をされてたんだよ」 「なぁんだ、そっかぁ」 「ほっとするのは早いぞ、ゆずこ」 「え……」 「確かに玩具売場で売られていたのは事実だ。だがそれは一時的な話。その後研究が進むにつれ、霊的作用を疑わざるを得ない事件が多々起こった」 「先ほど黛はこう言っていたな。『多くはただの集団ヒステリーだ』と。この意味が分かるか?」 「あ……。お、多く……“は”?」 「そうだ、ゆずこ賢いな。つまり全体から見れば僅かではあるが」 「霊的な可能性を拭いきれない事例も存在するという事だ」 「あんまりゆずこを苛めないで下さいよ」 「失敬な。私はただ事実を述べているだけだ」 「う、うぅ……」 「私もちょーっと怖くなってきたかな〜、なんて、ハハハ……」 「私はなんかドキドキしてきたかも」 「先輩、ウィジャ盤を使おうなんて思っているのなら、俺は反対です」 「理由を聞こう」 「……良くない事が起こるかもしれないからです」 「フッ……フフ、フハハハハハハハハハハハ!」 あ、やべ、スイッチ入れちまったな、コレ。 「良くない事? 実にいいぞ黛! つまり君はこう言いたいわけだ。ウィジャ盤により降霊される霊体はアストラル界下層の住人だと」 「確かにそういう事例は後を絶たない。だが、では君はペイシェンス・ワースの事例をどう考える?」 「パール・カランが行ったウィジャ盤による降霊で、ペイシェンス・ワースと名乗る霊体が示したアルファベッドが、文字になり文章になり」 「果てには物語になったというじゃないか」 「無学なパール・カランが古語まで用いて、500万もの単語を使用出来たのはなぜだ?」 「降霊が成功していたと考えるのが最も理に適っているのではないか? となるとアストラル界下層のいわゆる低級霊とペイシェンス・ワースとの差はなんだ?」 「一体どんな要因でこの差は生まれたというのだ!」 「せ、先輩……」 「む、なんだ黛」 「早口すぎて理解が追い付きません……」 「ハッ! す、すまん。またやってしまったようだ」 完璧超人リリー先輩の唯一の欠点がこれだ。 自分の理論や大好きなオカルトの事を語る時、興奮して人格が少しその……アレになってしまう。 「とにかく、ウィジャ盤の使用は認めません」 「私はね、黛。パール・カランは強い霊能力を持っていたんじゃないかと思っているんだよ」 「低級霊に惑わされない強い力を持った人間なら、任意の霊を降霊出来るんじゃないかと思っているんだ。たとえその媒体がウィジャ盤であったとしてもな」 「リリー先輩の言う事が仮に正しかったとしましょう。でもここにはそんな強い霊力を持った人間はいませんよ」 「いるじゃないか、君が」 「俺にはそんな力はありません。仮にあったとしても、危険な賭けになると分かっていて協力は出来ません」 「どうしても?」 「どうしてもです」 「絶対に?」 「絶対です」 「ウィジャ盤まで用意してきたのに?」 「コレクションに加えておくくらいで勘弁して下さい」 真剣な瞳でリリー先輩に見つめられ、思わずドキッとしてしまう。 いや、ダメだダメだ。流されるんじゃない、俺! 「ダメですよ」 じーーーーーーーーっ。 二人の視線が絡み合うこと数十秒、リリー先輩が大きく息を吐いた。 「……ふぅ、 分かった。悪かった、私の負けだよ」 なんとかリリー先輩を諦めさせることに成功したようだ。 「そ、それじゃあそれは使わないんですね」 「ああ、ゆずこも怖がらせて済まなかったな」 「良かったぁ〜〜」 「よかったねぇ〜〜」 「ちょこーーーっとだけ見てみたい気もしたけどねぇ」 「コラコラ、リリーさんを刺激するようなこと言わないのっ」 「てへへ」 「よし、本日の部活はここまで! 各自、寄り道などせず真っ直ぐ帰宅するように」 「了解でーっす」 「ありえは迷子にならないように、十二分に気を付けて帰るように」 「あはは、はーい」 「先輩、次の活動日はいつですか?」 「明日からは学園主催のクリスマスパーティーの準備が始まるだろう?」 「ゆずこはパーティー実行委員だし、定期活動は少しお休みだな。次の活動日は決まり次第連絡する」 「はぁい、お気遣い有難うございますっ」 「そっか、もうそんな時期か」 学園主催のクリスマスパーティーは蓋子学園恒例の行事だ。 商店街に学生達で大きなツリーを飾ったりと、学園主催と言えど中々に見栄えのするイベントになっている。 「パーティー楽しみだねー」 「うんうん」 クリスマスパーティーか。 ……あれ、なんだろう。何か大切な事を忘れているような。 胸の奥に真っ黒な穴が口を開けているような、そんな感覚にふいに襲われて内臓の内側がゾワゾワとする。 「彼方くん? どうかしたの?」 「ん、あぁ、いや、なんでもない」 そうだ、なんでもない。 ふいに生まれた不安をかき消すようにして微笑んだ。 「そう? じゃあ帰ろっか」 「おう。リリー先輩お先です」 「ああ、またな」 「今日のオカ研はちょっと怖かったなー」 「ゆずこ、完全にビビってたよな」 「うぅ……、UMAとかUFOとかはちょこっとワクワクもするんだけど、本格的な心霊現象とかは、やっぱり怖いもん」 「それもそうか。何にせよリリー先輩が諦めてくれて良かったよ」 気付いてたのか。 ゆずこは人の感情を見抜くのが上手い。 「さて、と。帰ったら何しよっかなー。久しぶりにレトロゲームで遊ぶのもいいよなー」 勿論、俺の照れ隠しだってお見通しだ。 「ただいまー」 「ん、お帰りー」 「うぇぇぇ!?」 「うわぁ! 彼方くん、急におっきい声ださないでよー」 「ホントよね、まったく」 「まてまてまて! 普通におかしいだろ!? どうしてハインがここに!?」 「あれ、彼方くん聞いてなかったの?  ハインちゃん、今日からここで一緒に暮らすんだって」 「俺は聞いてない!」 「言ってないもの。ゆずには伝えたけど」 「俺にこそ伝えるべきだろーが!」 と、ここまで言ってやっと思い出した。 そういえばこの家で3人で暮らしていたんだった。 最も以前はハインとはどうにも折り合いが悪く、家の中で顔を合わす事すら少なかった。 だから印象に残っていなかったのだ。 「あのね、ハインちゃんのお母さんってとっても有名な超能力者なんだって」 「それで彼方くんのお父さんと交流があって、学園に転入するにあたって、ここで一緒に住んだらどうかってなったみたい」 そんな話をいつ……。 ああ、そういえば一限目が終わった辺りでありえ達と妙に盛り上がってたな。 あの時か……。そうと分かっていれば、話に加わっておいたのに。 おかげで必要以上に驚いてしまったじゃないか。 「将来は私もママみたいな超能力者になるつもりだし、彼方にも霊能力があるからいい刺激になるんじゃないかって言われてたんだけど」 じっ……。 「ちっさい霊力ね〜。そんなんじゃなーーんの刺激も受けそうにないわ」 くっ、事実なだけに反論が出来ない。 「潜在能力は高そうなんだけど……。 まって……っ! もしかすると、それで……だから……ブツブツ」 「なにブツブツ言ってんだ?」 「っ! もしかして、アンタが?」 「はぁ? なに言ってんだよ、さっきから」 (うぅーん、なんだか不穏な空気だなぁ……) (ここはひとつ――よしっ) 「ねぇ、ご飯にしようよっ。私ぱぱーっと作っちゃうから。ハインちゃんって好きな食べ物ってなに?」 「プレッツェル」 「プレッツェルってあのお菓子の?」 「そっちはアメリカの。私が好きなのはドイツで好まれてるパンみたいな方」 「あ、そっか。ハインちゃんのお父さんドイツの方だったね」 「うーんでもそっかぁ、私プレッツェルは作った事ないなー」 「私は得意料理だけど」 「そうなの!? すごーーい! じゃあ今度作り方教えてくれないかなぁ? ハインちゃんの好きな物なら、私も作れるようになりたいし。ね? ダメ?」 「べ、別に、ダメ、じゃないけど……」 「ホント? やったぁ! ありがとね、ハインちゃん!」 「えへへ、それじゃあプレッツェルは今度にするとして、今日は普通のご飯でいいかな?」 「うん、いい」 「なんだハイン、嬉しそうにしやがって」 「えへへ、良かった。彼方くんとハインちゃん仲良くなれそうだね」 「どこがぁ!?」 はぁ、なんだか先が思いやられるな。 でもまぁ賑やかにはなりそうだ。 今回は仲良くやれるといいな、ハインとも。 「ごちそうさまでした」 「ありがとう、ゆず。とっても美味しかったわ」 「ホント? 良かったぁ。口に合わなかったらどうしようかなって、ちょこっとだけ心配だったんだ」 「ゆずこの料理なら誰にでも歓迎されるだろうな」 「それは言いすぎだよ」 なんて言いながらも、ゆずこは嬉しそうだ。 「えへへへ〜。 そうだ、ハインちゃん。私達学園にはお弁当を持って行ってるんだけど、良かったらハインちゃんの分も明日から作ってもいいかな?」 「それは……別にいいけど、ゆず大変じゃない?」 「ちっとも! 2人分作るのも3人分作るのも同じだもん」 「ありがとう。嬉しい」 あ、笑うと可愛い。 「っ! ちょっと、やらしい目でこっち見ないでくれる?」 「そんな目では見てないだろっ」 「どーだかっ」 うっ、すごい睨んでくるなぁ。 敵対心むき出しにされてるんだけど、俺なんかしたっけ? 「まあまぁ。そうだ、ハインちゃん。ハインちゃんの超能力? それってどんな力なの?」 「あ……聞いたらダメ、だったかな。嫌なら答えなくていいのっ。ごめんね」 (今まで私の周りにいた人間は、私の人と違う力を怖がるか、利用しようとするかだけだった) (でも、この子は――多分、純粋に接してくれてる) 「……別に嫌じゃないわ」 「ホント? 良かった。だって一緒に暮らすんだもん。話せることは何でも話し合えたらなって思って」 「……私のママはね、FBIの行方不明者捜索なんかにも協力している超能力者なの」 「よくテレビの特集なんかでみるやつだな。FBI超能力捜査官! みたいな」 「実際にはそんな役職はFBIには存在しないわ。でも捜査協力をしているのは事実よ」 「スゴイんだねぇ」 「私もママの血を引き継いでるから、亡くなった人の意識を感じ取ったり、あとはテレキネシスも使えるわ」 「テレキネシス?」 「ほら」 ハインが指をくるりと回すと、食卓にあったスプーンが宙に浮かび上がり、同じようにくるりと回転した。 「わ!  スプーンが浮いたよ!?」 「凄いな」 「これくらい超能力者を名乗るなら当然だわ」 「すごいよすごいよぉーー! うわぁ〜〜〜〜〜っ」 「ふふふっ」 「ハインちゃんすっごいんだね! こんなに凄い力を持ってるなんて凄すぎるよーっ! 教えてくれて、見せてくれてありがとう!」 「ふふっ、大した事じゃないわ」 「ううん、凄いよっ! あのね、彼方くんも不思議な力があるんだよ」 「俺の事はいいよ」 「どうせ大した力じゃないんでしょ」 「そんな事ないよ。何にもない私からしたら二人とも凄いよ」 「料理の才能があるじゃない」 「でも、それだけだよ。いっつも彼方くんに守ってもらってばかりだし」 「へぇ、女の子を守るなんてこと、出来るんだ」 「お前なー……」 「彼方くんはね、両親が離婚した後お父さんと一緒にこの町に引っ越してきた私に出来た、最初のお友達だったんだ」 「お母さんもいなくなって、お父さんは仕事で忙しくて……」 「一人で心細くてたまらなくて。 だから凄く嬉しくて」 「ゆず……」 「前に住んでた所でもね、私の事をいつも気遣ってくれるユウちゃんっていう女の子がいたの」 「こっちに来てからも向こうに遊びに行ったりしたかったんだけど、私まだ子供だったから、なかなか行けなくて」 「そうこうしているうちに、ユウちゃんもどこかに引っ越してしまったみたいで、もうどこでどうしてるのかも分からないんだけど……」 「でもね、ユウちゃんにも彼方くんにも仲良くしてもらえて、とってもとっても嬉しかったの」 「だから、ハインちゃんも困った事があったら――ううん、困ってなくても、私に出来ることなら何でも言って欲しいな。今度は私が誰かの役に立ちたいから」 「ゆず……。ゆずは十分役に立ってるじゃない」 「少なくとも今まで毎日コイツに食事を作ってたわけでしょう」 コイツって。 「でもそれは私がしたくてしてる事だし」 「はぁーーー……」 「なんだよ、その深いため息は」 「ここに住んで良かったわ、ゆずの為にも」 「どういう意味だよ」 「あらぁ〜? 分からないのぉ〜?」 「まぁまぁ、二人共。今日から一緒に暮らすんだし、そのくらいで。ね?」 ん? そう言えばハインの荷物はどうしたんだろう? 見た所リビングには無いみたいだが。 「ハインの荷物はどうしたんだ? ここに空き部屋はないだろ?」 「ハインちゃんには、私の部屋に来てもらったんだ。だから荷物も私の部屋にあるよ」 「良かったのか?」 「もちろんっ。なんか姉妹が出来たみたいで嬉しいよ」 「ゆず……有難う」 「まぁ仕方ないか。俺の部屋に住むわけにもいかないもんな」 「当たり前でしょっ!」 「あはは。さてと、じゃあお皿片付けちゃうね」 「私も手伝うわ」 「私一人で大丈夫だよ?」 「せめてこれぐらいはさせてちょうだい」 「ふふっ、うん、じゃあお願い」 「はー、食べるだけの人は気楽でいいわねぇー」 「俺だって言われれば手伝うぞっ」 「言われてからやってもねぇ〜〜」 「ハインちゃーん、コップ持ってきてもらっていいかなぁー」 「はーい」 この態度の違いはなんなんだ? 俺が何をしたっていうんだっ。 「はぁっ」 知らずため息がこぼれてしまった。 いかんいかん、こんな事では過去と同じになってしまう。 ハインの態度は確かに気にはなるが、賑やかになりそうじゃないか。 そうだ、前向きに行こうぜ、俺! 翌日 「学園まではこの道を行くのが、一番近いんだよ」 「そうなのね。確かにここを通ると、大通りから行くより短縮されるわね」 「でもまだこの街の事をよく知らないうちは、色んな所歩くのも楽しかったりするよね」 「そうね。近くの商店街も賑わってたし、あそこで学園のクリスマスパーティーするんでしょ?」 「うん、そうだよ。 あ! もし良かったら、今日の帰り一緒に商店街に行かない? 意外と色んなもの売ってたりするよ。ね、彼方くんも一緒に」 「コイツも一緒にぃ?」 「俺は別に構わないけど、ハインは嫌みたいだぞ」 「そんな事ないよ! そんな事ないよね? ね? ハインちゃん」 「ゆずがそこまで言うなら、別に彼方も一緒に来てもいいけど」 なんなんだその言いぐさは。 だけどまぁ、気にしてもしょうがない。 ここは一つ俺が大人として、ゆったりと受け止めるべきだよな、うん。 「だって! じゃあ放課後よろしくね、二人とも」 「分かったわ」 「よーっし、じゃあ今日も一日がんばろーっ」 「おうっ」 昼休み 弁当も食べたし、どこかへ行こうか。 「一日無事にしゅーりょー。彼方くん、ハインちゃん、帰ろ?」 「商店街に寄ってくのよね?」 「うん、色々見て回ろうよ。ついでにお夕飯の買い物もしていきたいし。二人ともなにか食べたいのある?」 「うーん、俺は和食がいいかな」 「カプレーゼが食べたい」 「和食じゃねぇじゃねぇか」 「カ・プ・レ・ー・ゼ」 何がカプレーゼだ、ようはサラダだろ? あんなもんで腹が膨れるかよ! という気持ちをぐっと堪える。 ああ、大人だなぁ。大人だよ、俺。ハッハッハ。 「まぁまぁ。じゃあそうだなー……」 「うん、お豆腐のカプレーゼにしようか」 「さすがだな、ゆずこ。見事な折衷案だ」 「シェフゆずこにお任せ下さい♪ メインは和風のパスタでいいかな」 「構わないわ」 「ハインも女の子なんだから、料理位したらどうだ?」 「するわよっ、出来るわよっ。 ただ、今日は別に、いっかなって思ってるだけ」 ……さては得意な物しか作れないタイプだな。 「な、なによ」 「いや、なんにも」 「はいはい、二人とも行くよ〜?」 なだめる様にしてゆずこが歩き出す。 「そういやありえ達は?」 「さっきリリー先輩に連れてかれたよ?」 「……そうか。リリー先輩、また何か見つけてきたのかな」 「あはは、そうかも。一緒に帰れたら良かったんだけどね」 「あの二人も同じ方向なの?」 「うん。ていうかありえの家は商店街の中なんだ」 「そうなんだ」 「この時間帯ならテンチョやママさんにも会えるかもな」 「そうだね、二人にも紹介したいな、ハインちゃんのこと」 「そうだな。じゃ行くか」 「じゃーん♪ ここが蓋子玉川商店街です」 「思ってたより色んなお店が揃ってるのね。ちょっとした買い物ならここで十分だわ」 「でしょでしょ?」 「お、あそこにいるのはテンチョとママさんだ」 「ちょうど良かった。ハインちゃんも紹介したいし、挨拶していこうよ」 「店長? ママさん?」 「テンチョとママさんはありえの両親なんだ。テンチョはこの近くのコンビニの店長なんだけど、それ以外にも色々と経営しててさ」 「なるほど、この辺りのボスってわけね」 「ボス……ってわけでもないとは思うが、まぁそんなとこだな」 「ママさんはこの近くでスナックを開いてるんだよ。すっごく美人なんだぁ。ありえも将来はあんな感じになるのかなぁ」 なるぞ。とびきりの美人に。 なんて事はもちろん教えられないわけだが。 「あら、あなた達」 俺達に気付いたママさんとテンチョが、こっちへと近づいて来てくれた。 うーん、ママさんは今日も美人だなぁ。 ママさんは咥え煙草をしているように見えるが、実はテンチョの店で売っている20円の棒キャンディーを舐めているだけだ。 以前どうしていつもそれを食べてるんですか? って尋ねたら「好物なの♪」と笑ってたっけ。 「ママさん、テンチョこんにちは」 「こんにちは」 「おう、こんにちは。ん、そっちの子は?」 「昨日転校してきた宮前ハインリッヒ小町です。ボス、よろしくお願いします」 「ボス?」 「テンチョがこの辺りの店を色々経営してるって教えたら、じゃあボスねってなってさ」 「はっはっは! なるほどな。よろしくな、えーっと」 「ハインでいいです、ボス」 「了解。ハインちゃん」 「ふふっ、とっても可愛らしい子ね。彼方くんもスミにおけないんだから」 「そんないいものでは……」 「どういう意味よ」 「いえ、大変光栄であります」 「ハハハ。敷かれてるなぁ〜」 「全くです……。ママさんみたいな綺麗な人に敷かれるなら、こっちとしても大歓迎なんですけどね」 「ふふっ、彼方くんったら」 「ママさんって本当に綺麗ですよね。全く年齢を感じさせないって言うか」 「おい、彼方……」 「え? ……あ」 しまったぁぁぁぁぁ! ママさんに年齢の話はタブーなんだった! 「年齢、がどうかしたかしら?」 「い、いやー……そのー……、なんでもないです……」 「ふふふっ、気を付けてね」 うぅ、目が笑ってないぞ……! 「は、はいっ。気を付けます……」 「ふふっ」 あ、危なかったぁ……。 ママさんには例えそれが良い意味であったとしても、年齢の話は絶対NGなんだった。 「それでハインちゃんは、この辺りに住んでるのか?」 テンチョが気を遣って話題を変えてくれた。 有難うございます、テンチョ! 「ハインちゃんも私と同じで、彼方くんの家に住む事になったんです」 「まぁ、素敵じゃない。家族が増えたって感じがするわね」 「そうなんです♪ えへへ」 「一見するとハーレムだが、意外と苦労が多いかもな」 そうなんです、さすがはテンチョ! 「ありえは一緒じゃないの?」 「ありえとひなちゃんはリリー先輩と用があるみたいで」 「そうなの。あの子ちゃんと帰って来れるかしら」 ありえの方向音痴はそれはもう凄まじいもので、暗くなるとますます方向感覚が分からなくなってしまうから、ママさんとしては心配なのだろう。 「大丈夫ですよ。ありえの方向音痴っぷりはリリー先輩もひなたも十分理解してますし、送り届けてくれるはずです」 「皆には迷惑かけちゃうわね」 「ちっともそんな事ないですっ。ありえとお話しながら歩いてるだけで、楽しい気分にさせて貰えるし」 「それは確かにそうだな」 「ありもひなもいい子よね」 「いい友達に恵まれたな、ありえは」 「本当ね。みんな有難う」 「おっと、もうこんな時間か。新しく入ったバイトの様子見に行かなきゃならんのだった。じゃあ皆、またな」 「お疲れ様です、ボス」 「じゃあ私もお店の準備があるから、みんなまたね」 「はい」 「二人ともいい人ね」 「うん。色んな相談にも乗ってくれるし、すっごく助けて貰ってるよ」 「そうだな。俺の予知夢の話も真剣に耳を傾けてくれるし。大人であんな人、なかなかいないよ」 子供の話す夢みたいな戯言に耳を傾ける時間を持つのは、大人になるにつれ難しくなるという事が、今の俺には十分に分かっている。 「予知夢?」 「大したものは見れないよ。ご近所騒動どまりの予知夢をたまに見るだけっていうか」 「私はそれって凄い事だと思うけどなぁ」 「ふぅん……。なるほどね、それが彼方の能力ってわけ」 「そうなるかな」 「……ふぅーん」 何やら不満そうなハインの気持ちを晴らすかのように、ゆずこが明るく微笑みかけた。 「ハインちゃん、別の所も案内するよ。次は――」 「そうだ、せっかくだからクリスマスツリーの設置予定地にいかない?」 「ツリー?」 「うん。毎年大きなツリーをこの商店街に学園の生徒で飾るんだ」 「今はまだ置いてないけど、もうあと数日で運び込まれると思うから。場所だけでも分かってたらいいかなって」 「そうね、じゃあ案内して貰おうかしら」 「うんっ」 ――――クリスマスツリー。 その単語を聞いた途端、背筋をぞわりとした何かが襲った。 なんだ? この感覚、昨日も……。 「彼方くん? 早く行こうよ」 「お、おう。そだな」 ……俺は。 ……俺は何か大切な事を忘れているのか? 「ここが設置予定地でーす」 「へぇ、随分大きなスペースね」 「ハインちゃん、ちょっとやそっとのツリーじゃないんだよ? とっても大きいんだから。3階建てビルくらいの高さがあるんだよ」 「へーぇ、そんなに大きいんじゃ飾りつけも大変そうね」 「その為に実行委員がいるのです」 えっへん! とばかりに胸を張るゆずこに、ハインが口角を上げる。 「ふふっ。私にも手伝えることがあったら言ってちょうだい。手が空いた時に手伝わせてもらうから」 「わぁ、ありがとう!」 「手が空いたときって。ハイン、転校してきたばかりで何がそんなに忙しいんだ?」 「……はぁ。彼方には分からないでしょうね」 「何がだ?」 「こっちの話よ」 「……ホントに霊能力に優れてるのかしら。ブツブツ」 「じゃあ後はお夕飯のお買い物して、帰ろっか」 「そうだな。おーい、ハイン。ブツブツ言ってないで行くぞー」 「あっ、もう! ちょっと待ちなさいっ」 「じゃあご飯作るから、出来るまで二人とも好きな事しててねー」 「いいの?」 「うん。お料理好きだし、じーっと待ってて貰うより、自由にしてて貰った方が気が楽だから」 「分かったわ。有難う、ゆず。それじゃあ私は――」 「彼方くんもいつも通りくつろいでてね」 「いやたまには俺も手伝うよ」 「どうしたの?  もしかして昨日ハインちゃんに言われたの気にしてる?」 「そう言うわけでもないけど、たまにはさ」 「えへへっ、そっか」 「で、何すればいいかな?」 「じゃあまずは綺麗におててを洗って下さい」 「はいよ」 「大変よろしい。じゃあ、トマトをスライスしてもらおうかな」 「了解」 「どした?」 「なんかこういうのっていいなって思って」 「ん……」 「さっきママさんが家族が増えたのねって言ってたでしょ。これってすっごく幸せな事だなって」 「そうだな。まあハインは俺の事を家族とは思ってないだろうけどさ」 「あはは。ハインちゃんのああいう態度は、きっと照れ隠しだよ」 「そんな可愛げがあるもんには見えないがな」 「もーっ、そんな事言っちゃダメだよ」 そう言ってゆずこが頬を膨らますから、俺も自然に笑ってしまう。 「……ありがとね、彼方くん」 「この程度の手伝い、礼を言われるほどの事じゃ」 「ううん、そうじゃなくて。あ、もちろんお手伝いも嬉しいんだけど。でもそうじゃなくて」 「こうして一緒に暮らせて本当に嬉しいんだ。 私きっと、一人じゃ寂しくて泣いてばっかりだと思うから」 「ゆずこ……」 照れたように笑うゆずこを抱きしめたい衝動にかられる。 「ゆず――」 「あ、彼方くん。それちょっと分厚いかも」 「えっ! ホントだ、スマン」 「あはは、でも食べ応えあっていいかもね」 子供の頃からゆずこは色んな思いをしてきたんだろう。 だからこれからのゆずこは、ずっと笑って暮らせますように。 柄にもなく心の中でそっと祈りをささげた。 「いただきます」 「ん〜っ、ゆずの料理ってホント美味しいわ」 「えへへ。おかわりもあるから沢山食べてね」 「このトマトも食べ応えある切り方でいいわね」 「あ、それは彼方くんが切ったんだよー」 「そうかそうかぁ、ハインは俺の切り方が気に入ったのかぁ」 「ち、ちがっ! なにこれ、すっごく食べにくい!」 「あはは、ハインちゃんは面白いなぁ」 「素直になっていいんだぞ?」 「私はいつだって素直よ!」 どこがだ。 「じゃあ先に風呂に入らせてもらおうかな」 「うん、サッパリしてきて」 「おう、サンキュ」 ……そう言えばハインは、どこに行ったんだろう? 部屋で荷物の整理でもしてるのかもしれない。 後で一応声をかけてみるか。 何か必要な物があるかもしれないしな。 「風呂風呂〜っと♪」 ガチャリと音を立てて、脱衣所の扉を開けた――――。 「……え?」 扉を開けるとそこにはハインがいた。半裸で。ていうかほぼほぼ生まれたままの姿で。 で、でかいっ。 「ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 あ、ヤベ。 「出てってぇええぇええぇええぇぇえぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ご、ごめんっ!」 「出てって出てって出てって出てって出てって出てって出てって!! 出てってよぉぉぉおぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!!」 「ゴメンっ! ほんっとゴメン!」 や、やばい……。 心臓が口から飛び出しそうなくらい、バクバク言ってる。 「どうしたの? なんかハインちゃん叫んでなかった〜?」 「あ、いや、そのっ」 「彼方くん、顔まっ赤だよ?」 「わざとじゃない、わざとじゃないんだっ! 信じてくれ、ゆずこ!」 「? なにが?」 「あ、いや、そのぉーーー……」 「そいつ今、私のお風呂、の、の、の、覗きにきたのよっ!?」 「彼方くん……」 「ちがっ! そんな事するわけないだろ!?」 「覗きはダメだよ……」 「信じてくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 「全く信じられないわよっ」 「ごめんね、ハインちゃん。私もまさかハインちゃんがお風呂に入ってるとは思わなくて」 「私も言わずにお風呂に向かっちゃったから、悪いと言えば悪いんだけど……」 「でも普通ノック位するわよねぇ?」 「すみませんでした」 「あ、それお醤油足らなかったらコレ使ってね」 「有難う。 もう、誰かさんのおかげで食事も喉を通らないわよ」 「いや、十分食べてると思うぞ」 「そこうるさいっ」 「スンマセン」 今日はもう一切口答えできないなこりゃ。 「こほん。ところでそろそろ期末の時期なんじゃないの?」 「……あ」 「忘れてたな、すっかり」 「だってやる事が多すぎるんだもん。オカ研にクリパ実行委員に新聞部! その上テスト勉強までって!」 「言われてみれば、もう明々後日から開始じゃないか」 「もう何日もないじゃない」 「行事が重なるから、テスト自体は二日しかないんだけどな。おまけに先生たちも割と甘く採点してくれたりする」 「じゃあ余裕なんじゃないの?」 「……私は不安だよー。ハインちゃんは転校してきたばかりだけど、大丈夫なの?」 「こっちの方が授業の進行が遅れてたから、ほぼ復習みたいなものなのよ。だから問題ないと思うわ」 「さすがだな」 「ふふっ、とーぜんっ」 「はあ、ありえやひなちゃんは勉強してるのかなぁ」 「そうだなぁ。……じゃあ丁度オカ研もないし、部室を借りて皆で勉強会するか? リリー先輩も都合がつくようならお願いしてさ。先輩、頭いいから」 「そうだね! そうだよね! 皆に教えて貰えたらなんとかなりそう!」 「ね、ハインちゃんもいいよね?」 「オカ研……リリがいるのよね。大丈夫かしら」 「はは、ああ見えて先輩は面倒見がいいし、ハインの超能力についても無理やりどうこうするような事はないって」 「そう? それならいいけど」 「じゃあ明日からは皆で勉強会だね! 私、ありえ達にもメールしておくっ」 勉強会かぁ。 この年の期末ってどんな問題が出たっけなぁ。 「勉強会とは熱心だな」 「私、すっっっかりテストのこと忘れちゃってて」 「実は私も」 「私は少しテスト勉強してたけど」 「抜け駆けズルいっ」 「ありえはこういう所しっかりしてるよねぇ」 「はぁ、私達もしっかりしないとだね」 「はは、まぁこの時期はやるべき事が多いからな。致し方あるまい」 「確かに多いですよね。とくにゆずこは色々掛け持ちしてるし」 「私で良ければ教えるから、分からない箇所がある者は遠慮なく聞きに来るように」 「お願いしますっ」 「そう言うリリは勉強しなくていいの?」 「ああ、テストの範囲はようは復習だからな。今さら慌てるほどの事でもない」 さ、さすがだっ! 「それもそうよね」 「話が分かるな、宮前」 「ふふっ、リリもね」 ニヤリと不敵に微笑みあう二人。 これがナチュラルに頭のいい人間同士のなせる業か……! 「うぅ……っ。早速私は詰まってるんですけどぉ……」 「どこだ?」 「日本史全般……。今回範囲が広すぎるよー」 嘆くゆずこの手から日本史の教科書を取り、パラパラとページをめくる。 「あー……、そうだな……。うん、この範囲。この辺りさえ見とけば大丈夫だと思うぞ」 「ここから、この辺り」 教科書を見ると当時の事がまざまざと思い出された。 そう、確かこの辺りの問題が重点的に出ていたはずだ。 「どうしてそんなに自信満々なの? あっ! もしかして、予知夢? 予知夢で見たとか?」 「あー……うん、そう、そうなんだよ。夢でこの辺りの問題解いててさ」 過去の事を覚えてるんだよ、なんて言えるはずもない。 「それって本当に現実になるのかしら?」 「黛、詳しく聞かせてくれ」 「いや、詳しくも何も……。その、テストを受けてる夢を見たって言うだけで、あは、あははは……」 「私、彼方くんを信じるっ。 もう私にはヤマを張るしか道はないっ」 「同じくっ! 予知夢でありますよーにっ!」 「よしっ、勉強だ! 叩き込むぞーっ」 「おーっ!」 「ただの夢でしたーってオチにならないといいけど」 「その可能性もあるから、私は地道に勉強しておこっと」 「うん、その方が確実だと思うよ」 俺だってあくまで記憶を辿っただけだしな。 「ねぇ彼方。予知夢ってどれくらいの頻度で見るものなの?」 「おお、詳しく聞かせてくれ」 「そんな頻繁には見ないですよ。ごくまれです」 「普通の夢とはどう違うの? 見た瞬間に予知夢って分かるもの?」 「普通の夢との違い、か。明確にこうって言えるわけじゃないけど、なんとなく輪郭がしっかりしているというか、クッキリして見えるんだよな」 「例えば?」 「そうですね……。テストの夢を見たとしましょうか。予知夢じゃない場合は、なんとなくボンヤリとテストを受けている夢を見るんです」 「でも予知夢になるような夢だと、ピンポイントでテスト問題までしっかりと記憶されるというか」 「ずいぶん便利なのね」 「上手く見られればな」 「夢は潜在意識の世界。その気になれば知りたいと思う情報をも得られるのかもしれんな」 「たかが夢で?」 「そう馬鹿にしたものでもないぞ。例えば自由に夢の内容を変えられる明晰夢」 「あれを極めれば、夢で見た事を現実にする事すら可能だというしな」 「そんな上手い話があるもんですかね」 「さて、どうだろうな。だが人間の能力は、現代科学では解明しきれないものも多い」 「今は世迷言とすら取られがちな予知夢も、数年後には科学的根拠でもって立証されているかもしれんぞ?」 「人間の可能性、みたいな話?」 「はは、まぁそんな所だな」 「じゃあもしリリー先輩が自由に明晰夢を見られるとしたら、どんな夢がいいですか?」 「そうだな……。私の見たい夢はただ一つだな」 「なに? 興味あるわ」 「ふっ。秘密だ」 「もーっ、何それーっ」 「知らないのか、宮前。夢は他人に話すと叶わないとも言われているんだぞ?」 「それは目を開けてみる夢でしょっ」 「同じようなものさ」 ……先輩? 何だか凄く寂しそうに見えるが、何かあったんだろうか? 「あーっ、 もう分かんないっ! こっちも、ここも!  ぐぬぅぅぅぅ」 「ゆずこ、私が見てやろう」 「せんぱぁぁぁいっ! お願いしますぅぅぅっ」 「私もお願いしますぅぅぅっ」 「もうっ、二人ともそんなに縋ったらリリーさんの制服伸びちゃうでしょっ」 「ずびばぜぇぇぇんっ」 「ごめんなざぁぁぁいっ」 「はいはい。ほら、教科書開いて」 「はいっ!」 「はは、ゆずこは勉強と運動がちょっと苦手かもな」 「でもお家の事は完璧よ」 「ああ、俺はそれで十分だと思うけどな」 「な、なんだよ、その目はっ。別に深い意味はないぞっ」 「ふぅーんっ」 なんなんだよ、本当に深い意味なく言っただけだからなっ。 「そういう事にしときましょうか。 さて、私も復習しておこっと」 こうして俺達は一夜漬けならぬ二夜漬けで、各自知識を叩き込んだのであった。 後日 「彼方くーーーんっ!」 「おう、テストどうだった?」 「凄いっ! 凄いよっ、 彼方くんの言ってた範囲ドンピシャバッチリだったねーーっ! おかげで何とかなったよー! ありがとう! 彼方くんっ」 「はは、ちゃんと予知夢だったみたいだな」 「うんうんうんうん! やっぱり彼方くんは凄いっ。あー、これ新聞部で取り上げたいな〜っ」 「記事にしないのか?」 「うぅっ。だってなんかテストでズルしたって感じ、しない?」 「ハハハ、ちょっとするかな」 「やっぱり? だよねぇ。すっごく記事にはしたいけど、今回は諦めるよ」 「それがいいかもな。とにかく無事に赤点もなく終わって良かったな」 「うんっ!  これでパーティーの実行委員の方に集中できるよっ」 「そうだな」 ……クリスマスパーティー。 やっぱり何かが引っかかる。 「ん? あれは……」 「どうしたの?」 「ごめん、ゆずこ! ちょっと用思い出した」 「あ、うん。また後でね〜」 いま確かにティアがいたよな? どこ行ったんだ? 俺はまだまだ聞きたい事があるんだ。 確かそこの教室に――――。 ぐるりと教室内を見回す。 が、どこにもティアの姿は見当たらない。 「…………いない」 「どうした、黛。こっちの教室に何か用か?」 「あ、いえ……」 ここ先輩のクラスだったのか。 「先輩、今背の低い女の子がこの教室に入ってきませんでした?」 「いや、見ていないが。 なんだなんだ黛、好きな子でも出来たのか? ゆずこや宮前たちに囲まれているっていうのに、中々欲張りさんだな」 「違いますよっ」 確かにこの教室に入ったと思ったんだが。 元より神出鬼没の存在だ。 そう簡単には捕まえられないか。 「そうかぁ、黛は小さな女の子が好みだったんだなぁ」 「色々と誤解を招くような言い方をしないで下さいっ」 「おっとチャイムが鳴ったな。自分の教室に戻った方がいいぞ」 「うわっ、急がないと。失礼しますっ」 「廊下は走るなよー」 「なるべくそうしますっ!」 「……小さな女の子ねぇ。ふむ、このクラスには該当者はいないな」 夢を見ていた。 たくさんの人の泣き叫ぶ声と、混乱の中で響き渡る叫喚。 悲鳴の渦の中で、俺は震えていた。 揺れる手を必死に伸ばして、喉が張り裂けそうな程の咆哮をあげる。 ああ、頼む。頼むから、誰か――――。 誰か――――――! ……やがて訪れた静寂。 遠くを見つめた彼女は、ゆっくりと口を開く。 嫌だ、聞きたくない。やめてくれ。やめてくれ! 「うわぁっ!」 ドッドッドッ、と心臓が音を立てて暴れている。 全身が汗に濡れ、ひやりとした感覚にブルッと震えた。 「夢……か」 嫌な夢だった。 細部までは思い出せない――――だから予知夢ではないと思う。 だけど何だこの胸騒ぎは。 「……ティア?」 ふいにティアの条件が脳裏を掠めた。 他言しない事。 二度と後悔しない事。 ――――後悔しない事? 「彼方くーーん、ハインちゃーーん、ご飯出来たよーー」 思索はゆずこの元気な声で途切れた。 「彼方くーーーん?」 「起きてるよーーー、すぐ行くーーーー」 「はーーーい」 あの夢はなんだったんだろう。 心臓を爪で引っかかれたような、ぞくりとした感覚が消えてくれない。 ――――多分、俺は何かを忘れている。 そしてそれは思い出さなきゃいけないものだ。 二度と後悔しないために。 「無事にテストも終わって良かったー。これで気兼ねなく今日から本格的にクリスマスパーティーの準備に取り掛かれるよ」 「準備って具体的にはどんな事をするの?」 「メインのツリーの飾りつけとか、ポスター貼りでしょ。それから出し物をやる子達はそういう準備をしたり――とにかくやる事がたっくさんあるんだ〜」 「じゃあ授業もあるし大変ね」 「あれ、ハインちゃん知らなかったっけ?  テストの追試験がない子達は、年内は授業もないんだよ、うちの学園」 「えぇっ!? そうなの?」 「うん。なんでも理事長がカトリック系の人みたいで、クリスマスに重きを置いてるんだって」 「だから今日からは全校生徒上げて準備に徹するの。ツリーの搬入作業も始まるんじゃないかな」 「へぇ。そうなのね」 ツリー……。 今朝の夢で響き渡った悲鳴が、脳内を駆け巡る。 思い出せ、きっとこれは俺に取って重大な――――。 「ボーっとしてどうしたのよ」 「え? あ、いや、なんでもない」 「ホントに?」 「本当だって。テスト終わってホッとしてさ、少し気が抜けてるんだ」 「ただでさえボンヤリしてるんだから、これ以上気を抜いてどうするのよ」 「はは、ごめんごめん」 二人に無駄に心配をかけさせる訳にはいかない。 いや説明しろと言われても、何も話せない。 ――俺自身が何も分かっていないのだから。 「はーじまりましたっ、 クリスマスパーティー準備期間♪」 「全員無事に試験通って良かったね〜」 「全くです」 誰一人赤点を取る事無く、無事に期末試験を終える事が出来て本当に良かった。 「準備っていうけど、それぞれ何をするかは決まっているの?」 「基本的には生徒の自主性に任せられてるんだ。だからまーったく何にもしない子もいるんだよ。早めの冬休みだーって」 「でもどうせならパーティーを思いっきり楽しみたいし、その為には準備もしっかり参加しなくっちゃね」 「ふふっ、そうね。それじゃあ私はどうしようかな」 「良かったら私と一緒にツリーの打ち合わせにいかない? 今日の午後から搬入ってさっき先生が言ってたから」 「分かったわ。彼方はどうするの?」 「そうだな、俺は――」 「彼方くん。今日は私がキミを独占したい」 「なんなんだ一体」 「私、ポスター貼り係なんだよぉ〜っ。 美術部の子に頼まれて引き受けたはいいけど、凄い量でさぁ〜。うっうっうっ、お助けくだせぇ〜」 泣きまねをしながら縋りつくひなたを、ベリッと引きはがす。 「分かった分かった、付き合うからしがみ付くのはやめろって」 「やった! ラッキー♪」 キラキラと目を輝かせおって。 ゲンキンなやつだなぁ。 「じゃあ私もポスター貼り手伝うよ」 「有難う! 持つべきものは友だねっ! じゃあ早速ポスター貼りに出発だーっ」 「頑張ってね」 「おう、そっちもな。後で行けたら行くから」 「じゃあ私達も行きましょ」 「えへへ、今年はどんなパーティーになるのか楽しみ〜」 「じゃあ俺達も行動開始だ」 「よっ――ととっ。本当に凄い量だな」 段ボールいっぱいのポスターを抱えて、ひなたとありえの後を付いていく。 「学園中どころかこの地域の隅々まで貼れる量だよね」 「商店街の方はおとうさん達が協力してくれるお店を、探してくれるみたい」 「有難うっ! 助かる〜」 「あ、ここいいんじゃない? 階段の踊り場のとこ」 「いいな。貼ってくか」 「うん。あー、でもどうせなら上の方に貼りたいね。その方が上から降りてくる人の目にも留まりやすいし。下から見たら正面になるし」 「じゃあ俺が貼るよ」 ポスターを一枚取り出して、踊場の壁へと向かう。 「この辺でどうだ?」 「うーん、もうちょっと上がいいなぁ」 「分かった、よ――っと」 爪先立ちになってポスターを合わせてみる。 「どうだ?」 「うーーーん、もうちょこっとだけ上がいいかなぁ」 「じゃあ何か台になるものが必要だな」 これ以上は俺の手では届かない。 「えーっ、この時間が惜しい時に脚立か何か取りに行くのー?」 「じゃあどうする?」 「うーん…… よしっ。彼方くん肩車してよ」 「マジですか」 「マジマジ。ほれほれ近う寄れ」 「はぁ、しょうがないか。じゃあありえ、位置確認お願いな」 「任せて」 「じゃあ――――よし、いつでもいいぞ」 身を屈めてひなたの手がかかるのを待ち構える。 「行くよ? よいしょっと」 両肩にひなたの重みが加わる。うーん、見た目の割に意外と重い。 「重たいとか思ってないだろうね?」 「……思ってないよ」 「よし、じゃあ上がって貰える?」 ググっと両足に力を入れて、ひなたを肩車したまま立ち上がる。 「ポスターを広げてっと。ありえー、位置この辺どうかなー?」 「もうちょっと右ー」 ありえの指示通りに少しだけ右へと体を移動させる。 「この辺ー?」 「もうちょっと上ー」 「んーっ、この辺ー?」 「うん、いい感じだと思う!」 「了解ー。じゃあここに画鋲で……っと。よし、出来たー!」 ポスターを貼り終わったひなたが、大きく両手を上げた気配がした。 「うわっ、ひなた! 急に動きを付けるなって」 「え? だって、どぅわぁあぁっ」 「おいおいおいっ! うわ、うわぁっ」 「あぶなーーーーいっ!」 ドシーーーーン! という大きな音を立てて、俺とひなたは大きくバランスを崩して床へと倒れ込んだ。 いってててて……。 「あ、あはは……えっと、大丈夫?」 ……………………。 妙に息苦しいと思いながら目を開けると、ひなたの股間が思いっきり俺の顔面へと乗っかっている。 「ふもっ! ふもももっ」 「あんっ、喋られると息がかかっちゃう☆」 なーにが「息がかかっちゃう☆」だ! そんな事より口元に触れる二つの馴染み深い感触――――。 「ぷはっ! い、いいからどけって! お前の股間のゴールデンなボールが俺の顔を圧迫してるんだよ!」 「これはこれはサービスが過ぎましたかな?」 「求めてねぇよ! そんなサービス求めてねぇからっ」 余りにもナチュラルに女装しているので、ついつい忘れがちになってしまうが、こいつ久地ひなたはいわゆる男の娘というやつなんだった。 「えー、でもこういうベタ展開って萌えませんか?」 「ナッツ&ミルキィな物が当たらなければなっ」 「二人とも大丈夫?」 「うん、私は大丈夫」 「俺もまぁ、体的には――ってだから早く降りろって」 「うーん、残念っ」 「……えらい目にあった」 「照れ隠しがすぎるぞっ☆」 「照れてねぇよっ! どんだけ前向きに解釈するんだよっ!」 「あははは。とにかく二人とも怪我もなかったし、ポスターも貼れたし良かったじゃない」 「そういう事♪ さーて次のポイントに移動するよー」 「次は3階に行ってみようか」 「だねっ。また手が届かなかったら彼方くんお願いねー」 「ぜっっったい嫌だっ」 はぁ……。もうあんなハプニングが起こりませんようにっ! 「さー、 元気に登校だ〜」 「今日は何をするの?」 「うーん……。やる事は沢山あるけど、明日は日曜日だからなー。中途半端な状態にしたくないから、週明けにまとめて出来るように色々と調整かな」 「じゃあちょっと余裕あるんだな」 「そだね〜。そういえば先輩が時間ありそうなら部活に来るようにって言ってたから、全部済んだら顔を出しに行こうかな」 「オカルト研究部ねぇ」 「ハインちゃんもどう? 良かったら入らない?」 「遠慮しておくわ。リリって普段はいい人だけど、オカルトとか超常現象とかの事になると、ちょっと迫力凄いし」 「あはは、確かにそうだね。でも色んな事を教えて貰えるし、たまにちょっとだけ怖い時もあるけど楽しいよ」 「ハインは超能力者だし、オカ研に入ったらリリー先輩大喜びだろうな」 「うっ……やっぱり私はやめておく」 「えー、残念っ」 「ははは、でもまぁ賢明な判断かもな」 脳裏にリリー先輩の不敵な笑みがよみがえる。 クリスマス準備にオカルト研究部の活動かぁ。 今日はどうしようかな。 日曜日。 さて、今日はどうするかな。 せっかくの日曜だし、どこかへ出かけようか。 その日の夜 「彼方くん! テレビ! テレビ見て!」 ゆずこに言われるままに視線をテレビに向けると、そこには見知った顔が写っていた。 「父さん……」 霊能者である実父がドキュメンタリー番組でインタビューを受けていた。 「さすがは黛先生。テレビにも引っ張りだこよね。息子の方はパッとしないのに」 「ほっとけ」 テレビの中ではアナウンサーが次々に質問を繰り出している。 『では黛先生は霊能力の開花には本人の意志が大切だとお考えなのですね?』 『意志、そして意識が重要と考えています』 スピーカーから聞きなれた声が聴こえるというのは、いつまでたっても慣れない。 「おじさん元気そうだね」 「そうだなぁ」 父さんなら……。 父さんなら思い出せない記憶を掘り起こす時、どうするのだろう――ふとそんな事を思う。 『意識の力は絶大です。意識を高めれば未来を変える事は出来るのです。それどころか、過去の任意の記憶を掘り起し、今への糧とする事も容易いでしょう』 俺の悩みが伝わったかのような的確な答えが液晶画面の向こうから告げられて、思わず目を見開いた。 『それではその意識を高めるには、どうすれば良いのでしょうか?』 『やはり“思う”という事です。人間は全てを知覚しているわけではない。強く思う事によって、自らの無意識下の力に訴えかけるのです』 「無意識下の力に……強く、思う」 「うーん、難しいお話だなぁ」 「そうね。でも言いたい事は何となく分かるかも」 「……そう、だな」 俺は真剣に忘れている何かを思い出そうとしていただろうか。 強く思っただろうか。 ……答えはノーだ。 忘れている何かを思い出そうとすると、体がザワザワして落ち着かなくて、その恐怖から逃げるように意識を背けていた。 父さんが今の俺の状況を知っている訳もない。ましてこの番組を見たのだって偶然だ。 だけどこれが親子の血というものなのかもしれない。 『人間は弱い生き物です。けれど同時に強い生き物でもあります。そしてその差異の要因は、思いの――意志の力に他ならない』 「分かったよ、父さん」 「彼方……?」 「よしっ、風呂入って寝る」 「え、もう? テレビ最後まで見ないの?」 「おう、もう大丈夫だ」 「何が大丈夫なのよ。意味分かんない」 恐怖心がないと言えば嘘になる。 だけどここで目を背け続けていたら、俺はきっと後悔する。 もう二度と後悔するわけにはいかない。 それがティアとの約束だから。 心を落ち着かせて、記憶の底の方へと意識を沈めていく。 ――――俺は何を忘れいるのか。 たくさんの人の泣き叫ぶ声が耳の奥に響いてくる。 震えている自分の手が見える。 ざわりとした悪寒が全身に走り、目を背けたくなる。 ――――ダメだ、しっかりと見ろ。そして記憶をちゃんと掘り起こすんだ。 過去に何があったのか。 俺がここに戻ってきて、本当にしたかった事は何なのか。 そうだ、もっと深く。 ――――――――――深く。 …………そうだ、ツリーだ。 ――――――あのツリーなんだ。 「楽しみだね、クリスマスパーティー」 「ほら、もうすぐ飾りつけも完成だよ」 「よく頑張ったな――っ!? ゆずこ! 危ない!」 「え……?」 「彼方くん! ゆずこがっ! ゆずこがぁ!」 「落ち着きなさい、ありえ」 「だって! だってゆずこが意識不明なんだよ!? あんなに大きなツリーが、倒れて、ゆずこが下敷きになって、それで、それで」 「ありえ! 落ち着いて」 「いっ、いやああぁああああぁあああぁああぁ」 どうして目を覚ましてくれないんだ。 ゆずこ……頼むから、目を開けてくれ。 「…………っ」 「ゆずこ! 意識が戻ったのか!?」 「…………あなた、誰、ですか?」 「はぁっ……!」 息をのんで目を開いた。 心臓がこれでもかと早鐘を打ち、体からは大量に汗が流れている。 「……思い出した」 掘り起こした記憶の残酷さに、思わず両手で目を覆った。 ……そうだ。 あの日クリスマスツリーが倒れて、ゆずこはその下敷きになったんだ。 一時は意識不明の重体だったが、命だけは何とか助かった。 だが次に目覚めた時、ゆずこは俺の事を知らなかった。 いや誰の事も覚えていなかった。 全ての記憶を失ったゆずこ。 俺は一から関係を築こうと必死になった。 毎日病院に通い、毎日話をしようとした。 でもゆずこはそんな俺に心を開く事はなかった。 それどころか寧ろ、俺を怯えた目で見ていた。 医者の話では最後に見た光景が、倒れてくるツリーと自分を呼び止める俺の姿だったのではないか? だから俺に対しても恐怖心が備わっていると予測される、との事だった。 俺にはそれが、ゆずこに怯えた目で見られる事が――目の前で起こった悲劇を、ただ見ているだけしか出来なかった自分への罰のように思えた。 だから――――忘れたのだ。 あの日の事故を。 だから――――封印したのだ。 あの日の記憶の全てを。 そして俺は妄想世界の住人になった。 ゆずこや皆が何の迷いもなく過ごす学園生活へ、俺の意識を落とし込むことで、あの惨劇に打ちのめされた自分の心を救う事に夢中になった。 バイト先で、自宅で、出先で。 俺は妄想する事でしか安らぎを得られなかった。 そうやって誤魔化しながらでないと、生きてはいけなかった。 「倒れるんだ。あのツリーが」 いや、違う。 そんな事はさせない。 その為に俺は過去に戻ってきたんだ。 もう二度とゆずこの笑顔を奪わせない、誰にも何にも。 日が昇るのを待って、俺はすぐにパーティー会場へと来た。 はやる気持ちを抑えて、ツリーの周囲を注意深く確認する。 ツリー下部を固定しているボルトの緩みもなければ、風などで倒れたりしないように、ツリー上部もワイヤーロープでしっかりと繋ぎとめられている。 「……どこもおかしい所はない」 安定した場所に設置もされているし、試しに力をこめてツリーを押してみたがビクともしなかった。 「でも、これは倒れた」 どうして? 確かあの時、ニュースにもなったはずだ。 キャスターはなんて言っていたっけ? 目を閉じて過去の記憶を探っていくと、やがて事件を伝えるキャスターの声が脳裏によみがえってきた。 『本日正午過ぎ、私立蓋子学園主催のクリスマスパーティー会場に設置されていたクリスマスツリーが倒壊しました』 『警察と消防は原因を調査していますが、現段階では原因は不明また――――』 ……そうだ、原因不明だ。 目を開くと俺をあざ笑うかのように、巨大なツリーが商店街に影を落としていた。 「……中止にするしかない」 原因は分からない、だがツリーが倒れる事は現実として起こるのだ。だとしたら俺に出来るのはただ一つ。中止を求める事だ。 「よし……」 決意も新たに視線をあげたその先に―――― 「……ハイン?」 ツリーに睨み付けるような視線を浴びせているハインが、通りの向こうに立っていた。 「っ!」 ハインはきびすを返すと、素早くその場から立ち去った。 俺に気付かなかったのか? それとも俺を避けた? 「なんだったんだ?」 どこか腑に落ちなさを感じながらも、俺は実行委員のゆずこの元へと向かった。 「ゆずこ!」 「あれ? 彼方くん、どうしたの? 何かあったの?」 教室で談笑していたゆずこの元に、厳しい顔つきの俺が現れたものだから、ゆずこは面食らったように目を見開いた。 「ゆずこ、クリスマスパーティーは中止にしてくれ」 「大変な事が起こるんだ、だからっ」 我ながらアホみたいな説明だ。 だが気が急いている俺から出るのは、理路整然とした説明ではなく単純な言葉だった。 「……夢、見たの?」 「え? 夢?」 「……いつもの予知夢じゃないの?」 俺の動揺ぶりに怪訝な表情を見せながらも、ゆずこがそう聞き返す。 予知夢――そうだよ、予知夢で見たっていう事にすればいいんだ。 何も過去で起こったなんて言わなくても、簡単な理由づけになるじゃないか。 そんな事にも頭が回らないなんて、どれだけ動揺してるんだよ、俺! 「そう、そうだよ! 見たんだ、夢で。あの大きいツリーが倒れてさ、会場がパニックになって怪我人も出て――」 「…………そう」 ゆずこの大きくて丸い瞳が、俺を観察するように見つめる。 その目は俺の嘘など、あっという間に見抜いてしまいそうな程に強く澄んでいる。 ゆずこは少しだけ逡巡した様子を見せた後、決意を込めて口を開いた。 「……無理だよ、中止なんて」 「っ! どうしてだよっ」 「だって……だって皆頑張ってくれてるんだよ?」 「こんな……私みたいな何のとりえもない人間を実行委員に選んでくれて、その私にたくさんたくさん協力してくれてるの」 「その皆を危険にさらす事になるって言ってるんだっ!」 ゆずこに拒絶されるとは夢にも思っていなかった俺は、思わず強い口調になった。 「うん……。彼方くんの夢の話を聞くのは好きだよ。信じてないわけでもない。でも、予知夢だからってパーティーを中止には……やっぱり出来ないよ」 「じゃあ、じゃあせめてツリーだけでも撤去出来ないか? ほら、皆で協力してさ。もっと別の方向で――」 「パーティーのメインビジュアルだってツリーが前面に使われてるし、今更そんなこと出来るはずないよっ」 声を震わせながら言葉を発した後、ゆずこは俺から視線を外した。 それだけで答えには十分だった。俺の言いたい事も分かる、けれど自分の思いも変えられないのだろう。 「……分かった、俺が先生や皆に掛け合ってみる」 「えっ、彼方くん!?」 ゆずこの声を振り切るように、俺は急いで駆け出した。 「ツリーを?  でもそれって難しいんじゃないかな? だって嫌な夢を見たから……っていう事だよね? 先生はなんて言ってたの?」 「全く取り合ってもらえなかったよ。担任だけじゃなく、他の先生も……」 「うん……私も難しいと思うよ」 ありえは困ったように顔をしかめた後、小さくごめんねと呟いた。 「なるほどなぁ、彼方の話は分かった」 「じゃあ!」 「だけどここまで進めてしまったものを中止にするのは、さすがに難しいだろうな」 「そんな……」 「だが彼方の話はしっかりと周りにも伝えておく。警備や見回りも強化しよう」 「はい……」 テンチョは俺の話を聞き流したりはしなかった。 だけど中止はそれでも難しい選択なんだろう。それは理解できる。 でも――――! 「大丈夫だよ、考えすぎだって! 彼方くんは真面目だなぁ」 「違うんだよ、考えすぎとかじゃなくて本当に――」 「彼方くんの話は信じたいけどさ、やっぱり難しいと思う」 どうして分かってくれないんだ。 俺は、俺は本当の事を言っているのに……! 「なるほど。黛の話は分かった」 リリー先輩は深く頷いている。 生徒会長のリリー先輩が味方についてくれれば、これほど心強い事はない。 「それじゃあ……!」 「――だが現実的には難しいだろうな」 「先輩……」 「そんな顔をしないでくれ黛。私はもちろん君の言う事を信じる。だが、多くの人間には世迷言としか受け止められないだろう。それも理解できるな?」 「……はい」 そんな事は分かっている。 俺がもし他人だったら、やっぱり一笑に伏すだろうから。 「だからどうしても中止させたいというのなら、いや、ツリーの設置だけでも止めさせたいというのなら、やはりゆずこを説得するしかあるまい」 「ゆずこを……?」 「そうだ。ゆずこ――つまり実行委員からの方針変更という形でしか、ツリーを撤去する方法はないだろうと思う」 「そう、そうですよね。それが一番現実的、ですよね」 「ああ。そうと決まればゆずこに話を通すぞ、私も行こう」 「ゆずこがどこにいるか分かるか?」 「多分この時間帯だと、パーティー会場にいると思います」 「そうか、急ぐぞ」 「えーっと、実行委員のテントにこれは置いておくとして――」 「彼方くん、それにリリー先輩」 「ご苦労だな、ゆずこ。捗っているか?」 「はいっ!  もうバッチリです」 そう言って微笑むゆずこの笑顔に、どこか翳りがあるように見えるのは、俺の気のせいだろうか。 「そうか。……単刀直入に言おう。ツリーの話なんだが」 「分かってます。彼方くんの予知夢の事、ですよね?」 「そうだ。ゆずこは黛の力を信じているだろう?」 「だったら大事をとって、せめてツリーだけでも」 「ダメよ」 この声は……。 「ハインっ!」 「宮前、君はなぜ反対する?」 「彼方、あなた随分学園で騒いでたわね。クリスマスパーティーは中止しろって」 「それがなんだよ」 「ゆず、中止になんてする必要ないわ」 「ハイン!」 「予知夢だとかなんだとか。ハッ、笑わせないで」 「お前にそこまで言われる筋合いはない! 俺は――本当に見たんだ! あの惨状を!」 「だったらアンタこそハッキリとした確証を見せなさいよ!」 「予知夢なんて言うアンタの脳内でしか確立していないような事じゃなくて、他人を納得させられるだけの理由を見せなさいよっ」 「……っ!」 「どうしたの? そこまで中止に固執するのなら、何かあるんじゃないの? ……隠している事が」 「そんなものはないっ! 俺は……ただ……」 嘘を吐いている。 未来から来た事を隠す為に。ハインはその綻びに気づいているのだろうか? 「何もないのなら、なおさらパーティーを中止になんて出来ないでしょう。違う? 彼方!」 「くっ!」 俺とハインは正面から睨みあった。 ツリーが倒れる確証? そんな物は勿論ある。だけどそれは口に出せない事だ。 条件その一、未来から来た事を他言しない事。 ティアとの約束が俺の中で大きく膨らむ。 「ほら、何も言えないじゃない」 「クソッ! だけど本当に――」 「もういいよっ!」 俺とハインの間を割って入るようにして、ゆずこが大きな声を出した。 「ごめんね、ハインちゃん。彼方くんも。リリー先輩も」 「……私も色々考えたけど、やっぱり中止には出来ない。ツリーの飾りつけもさっき全部終わったし、今さら撤去なんて出来ないよ」 「そう、だな」 「うん。皆、心配させちゃってごめんね!  私、もっともっと頑張るからっ。彼方くんの不安も消し飛ぶくらいのパーティーにするから!」 「ゆずこーーー! 打ち合わせしたい事があるんだけどーーーっ」 「あっ、ひなちゃんが呼んでる。 はーーい! 今行くねーーー」 「りょーかーーい!」 「それじゃ、私行くね! 皆ありがとう!」 「くそ……」 「当日は私も各方面に気を張っておく。 そう気を落とすな」 「ハイン?」 あんなに俺に突っかかってきたハインは、パーティーが中止にならないと分かると、まるで俺に興味などなかったかのように、黙ってその場を立ち去った。 「ハインのやつ、なんであんなにムキになっていたんだ?」 「宮前には宮前で何か考えがあるのかもしれんな」 考え? ハインの? 誰が何をどう考えようとも、ツリーは倒れる。 だとしたら俺は、俺にはもう、何も出来ないのか? またあの道を歩むことになるのか。 リリー先輩と別れた後も、一人であちこち駆けずり回ったが、結局ツリーの撤去は出来そうにないままだ。 事故が起こる事が分かっていながら、パーティーを中止にする事すら、俺には出来ないのか。 「じゃあ一体なんの為に戻ってきたんだよ……」 情けなさと自分への憤りで、湿っぽさを含んだ深いため息が漏れた。 「情けな」 聞きなれた声だった。 ――全ての始まりの声だ。 「……ティアか」 「クリスマスパーティー、中止になりそうにないね」 「見てたのか。……それもそうか」 「それで? どうするの?」 「どうするって……」 「諦めるの?」 「皆に話をした。予知夢って事にして中止を求めた。でもどうにもならなくて……これ以上俺に一体なにが出来るっていうんだよっ」 苛立ちをぶつけた。 だけどティアの表情は何も変わらなかった。 「何もしなければ後悔する事になる。だって事故は起こるんだから。私、言ったよね? 過去に飛ばす条件」 「――もう二度と後悔しない事」 「そう」 「だけどパーティーの中止もツリーの撤去も出来ないんだ、俺には」 「じゃあどうなるの?」 「ツリーが倒れて、ゆずこが……下敷きに」 過去に戻る条件――――。 もう二度と後悔しない事。 いや、待て。条件はもう一つあったじゃないか。 「他言しない事……」 「他言しないっていう条件を破ったらどうなるんだ? 予知夢だから誰も相手にしないんだ、そうだろ?」 「未来から来たなんて話、もっと相手にされないわ」 「違うって。近いうちに起こる大きなニュースをいくつか挙げるんだよ。大きいニュースなら俺もさすがに覚えてるし」 「たとえば紅白の歌手の発表とか、海外の王室の結婚とかさ」 「そういうのをいくつも当てれば、皆とは言わないまでも信じる人が出てくるだろ? そうすれば、俺の話にもっと真剣に耳を傾けて貰えるよなっ」 「……いい案ね」 「だろ? じゃあ――」 「でも無理よ。条件を破ったら、無条件で彼方は未来に帰るの。そしてその際は、今の彼方が起こした事は全て白紙。つまり何も変わらない」 「どうする? 諦めるの?」 諦める……? その考えがよぎると同時に、病室で俺を怯えた眼差しで見つめるゆずこの姿がフラッシュバックした。 「……諦めない。もう二度とあんな思いはしたくない。ツリーが倒れるというのなら、それは変えられないというのなら、俺がゆずこを守って見せる」 「ふぅん」 自分で口に出して、やっとその可能性に気が付いた。 「そうだ、そうだよな。誰かが犠牲になるという未来を変える事は出来ないかもしれない。でもその誰かを変える可能性はある、いや変えてみせる」 たとえその犠牲が俺であったとしても、ゆずこが犠牲になるよりずっといい。 「いい顔になったじゃない。さっきまでとは大違い」 「有難う、ティア。目が覚めた気分だよ」 「じゃあ私からの餞別。あの事故の日の日付は覚えてる?」 「事故の日付……。あの日の日付は確か――そう、12月11日だ」 「日付が分かっているなら、守る事は出来るんじゃない?」 「有難う、ティア! そうだよなっ。11日……明後日か。俺はその日、ゆずこの側を離れない。絶対に何が起きても」 そうだ、絶対に離れるものか。 ――もう二度と後悔しないために。 「……未来は変えられるって信じてる」 「ティア……!」 礼を言おうと顔を上げると、ティアは既にいなかった。 「有難う……」 既に誰もいない空間に向けて、一人感謝の言葉をそっと捧げた。 12月11日 いよいよこの日がやってきた。 俺は朝からずっと張り付くようにして、ゆずこの側を離れていない。 「彼方くん。心配してくれるのは嬉しいけど、大変じゃない? 朝からずっと私の隣で」 「気にするな」 実際、片時も離れないというのは思っていたより大変だった。 ゆずこもきっと窮屈な思いをしていると思う。 だけどそんな事を言っている場合じゃない。 「……ごめんね」 「だって、私」 「ゆずこーーーー!」 ゆずこが何かを言おうとしたタイミングで、ありえがこちらに向かって駆けてきた。 「やっと見つけた」 「どうしたの? そんなに急いで」 「商店街の人達への提出用の記入用紙、さっきやっと完成したから持ってきたんだ」 「ありがとう、助かる〜。早速記入しちゃうね」 「うんっ、よろしく」 「ありえ、何か変わった事はなかったか?」 「特になにもないよ? 無事に開催出来そうで安心してるくらい」 「そうか」 確かに今からツリーが倒れるとは思えない程、パーティー会場は穏やかだ。 もしかすると俺が過去に戻った事で、何らかの形で過去が改編されているのか? いや――もしそうだったとしても、今はまだ油断する訳にはいかない。 「ここまで準備するの大変だったから、絶対にパーティー本番は成功させたいなぁ」 「もちろん♪ その為に頑張ってきたんだもん。学園の皆も商店街の人達もたくさん協力してくれて、感謝でいっぱいだよ」 「うんうん。過去と比べてもいっちばん盛り上がるパーティーにしようね」 「あはは、うんっ! それくらいの心意気で、まだまだ頑張るぞ〜っ」 「よーーしっ、ラストスパート頑張っていこー!」 「おーっ! ――っと、よし書けたっと。じゃあ私、実行委員本部にこの用紙提出してくるね」 「俺も行く」 「もー、彼方くん心配しすぎだよ」 「ん、かもな。でも一緒に行く」 「あはは、素敵なナイトだね」 「もうっ、からかわないでよ。 とにかく、本部に行ってくるね」 「うん、お願いね。あ! この後まだ聖歌隊の皆との打ち合わせがあるんだから」 「会場がイイ雰囲気だからって彼方くんとあんまり寄り道しちゃダメだよ〜?」 「もーっ、からかわないでよーっ。じゃあ行ってきます」 「あはは、行ってらっしゃーい」 ありえに見送られ、ゆずこと俺が本部へと向かって歩き始めて十数秒後―――― ミシッ―――メリメリメリ―――――ッ!! その時が来たのだと知覚したと同時に、歪な音と巨大な影が俺とゆずこを覆った。 「ゆずこ! 危ないっ!」 「え…………」 「きゃあああああああああああああああーーーーーー!!!」 ゆずこに覆いかぶさるようにして、体を半転させた。 悲鳴と叫喚の中、ツリーの陰で視界が暗く染まっていく。 奪われていく視界の片隅に、鋭い視線をこちらに向けている存在が目に入った。 あれは、ハイン……? 完全に倒れたツリーの巻き起こした埃と喧騒の中、意識が少しずつ遠のいていく。 …………ゆずこ。 声にならない声で、唇だけが守りたかったその名前を虚しくかたどった。 「彼方……分かっていたの?」 「お世話になりました」 「有難うございましたぁっ!」 地面に着くんじゃないかという勢いで頭を下げると、ゆずこは保健室の扉を閉めた。 「うっ、うぐっ……えぐ……っ、んっ、うっ」 「もう泣くなよ、ゆずこ」 「だって、だって……彼方くんが……」 「骨も折れてないし、ただの打撲だよ。先生も大した事ないって言ってただろ」 「でも……」 泣きじゃくるゆずこの頭をぽんぽんと優しく叩く。 ――――ツリーが倒れたあの時。 俺はゆずこに覆いかぶさるようにして身を転じた。 結果ツリーは俺の左足をかすりはしたが、二人を下敷きにする事はなかった。 事故が起きた瞬間は巻き起こる土煙と衝撃で、俺は一時的に意識を失いかけたが、今はすっかり落ち着いている。 過去ではゆずこが生死をさまようという大事故となったツリーの倒木は、今回は俺が軽い打撲を負った以外は他に怪我人もいない。 会場は崩れたツリーの後片付けやらで大変だろうが、他には特に大きな混乱もなく、滞りなく処理されていくと思われる。 ――変わったんだ。俺が悔やんでも悔やみきれなかったあの事故は消え失せた。 「……彼方くん、ごめんねっ。ごめんなさいっ」 ブンッと風を切りながら、ゆずこが俺に向かって頭を下げる。 「なんだなんだ、どうした?」 俺はそんなゆずこの肩をそっと叩いて、出来る限りの優しい声を出した。 「うぅっ……。だって……だって彼方くんはあんなに中止を求めてたのに、私はそれを受け入れなくて……それで、それで――」 「彼方くんにケガまでさせちゃった」 「ただの打撲だよ」 「……いつもの予知夢の話をしてる時と様子が違うなって思ってた。いつもよりもっとずっと……真剣だった。なのに私……っ」 「……嫌な予感がしただけだよ」 そう苦笑する俺を、ゆずこがじっと見つめてくる。 「彼方くんの予知夢の中では、何が起こってたの? もしかしたら、私が――――」 「結果はよく見えなかったんだ。ただ事故が起こる映像が見えただけでさ」 濁した。 真実を語れない以上、誤魔化した言い方をするしかない。 「そう……」 「ゆずこ?」 「……………………うん、分かった」 暫し逡巡した様子を見せたゆずこだったが、やがて大きく頷くと決意を込めた眼差しで、俺を正面から見据えた。 「今日の事は私、一生忘れない。彼方くんがこれから先、何かに困ったりする事があったら、絶対に恩返しする」 「恩返しなんて大げさなやつだな」 「……大げさなんかじゃないよ」 「ゆず! 彼方!」 「ハインちゃん」 血相を変えたハインがこちらに向かって走ってくる。 「はぁっ、はぁ……大丈夫? 二人とも、ケガは?」 「私は大丈夫。 でも彼方くんが」 「俺も平気だよ。軽い打撲だ」 「ふーっ、良かった……」 心底安堵したのか、ハインの肩が大きく下がった。 「ハイン? 息まで切らして、そんなに心配してくれたのか?」 「バカッ! 誰のおかげでその程度で済んだと思ってるのよ!」 「ツリーが倒れる時、私がテレキネシスで倒木方向を修正したのっ!」 「でも急だったし、だから、完璧には出来なくて、彼方の足にかすってしまって……」 「その後も色々あって、気付いたら二人ともいないしっ。人に聞いて保健室に運ばれたって分かって、それでやっと今こっちに来れたのよ」 「そうだったのか。ハインが……」 「心配かけさせるんじゃないわよっ、バカ!」 「うっ、うあああぁあぁあんっ! ハインちゃんっ、ハインちゃんっ、ハインちゃぁーーーんっ」 「きゃっ! ちょっと、ゆず! 急に抱きつかれたらっ」 「えぐっ、ひく……っうっ、ハインちゃん、ありがとぉおおおぉぉっ。ハインちゃんがいなかったら、彼方くん、彼方くんがぁあぁああぁ……」 ハインの胸にしがみ付くようにして泣きじゃくるゆずこの背中を、ハインは優しく撫で続けた。 「あ、いましたよ! 先輩っ」 「良かった……、二人とも大丈夫そうですねっ」 「うむ。一安心だな」 「リリー先輩達まで来て下さったんですか」 「ああ、事故の後処理をしていたから少し遅れてしまったがな。まだこっちにいてくれて良かったよ。その様子だとケガも大した事なかったようだな」 「はい、二人とも無事です」 「どっこも怪我とかしてないの? 痛い所ない?」 「左足を少しだけ打撲したけど、その程度だよ。ありがとな、みんな」 「ふぅっ、心配させてくれたな。 だが良かった……本当に」 「はい、有難うございます」 「うっ、うぅ……ごじんぱいおがけじまじたぁあぁあぁ」 「二人が無事ならそれでいい。 報告だがクリスマスパーティーはひとまず中止になった」 「仕方ないでしょうね」 「ごめんなさいっ、私が……もっとしっかりしていたら」 「ゆずこのせいじゃないよ」 「そうだよ。私も彼方くんの予知夢の話、ちゃんと考えてなかったし」 「それは仕方ないさ。誰だって急に予知夢で〜なんて言われたって、そんな事じゃツリーの撤去なんて出来ないよな」 ゆずこは俯いて、ぎゅっと拳を握りしめている。 「ゆずこが無事だったんだ、俺はそれで十分だよ」 ――その為に、俺は戻ってきたんだ。 後悔を消して、時間を取り戻す為に。 「ふむ……。よしっ、今から皆で黛の家で食事会でもしようじゃないか。大した事故にならなかったお祝いだな」 「そんな大げさな」 「ゆずこの顔を見てみろ。この世の終わりみたいな顔してるだろうがっ。ここは一つ、気分転換になるような事をしないと」 言われて改めてゆずこの方へと向き直ると、その顔は真っ青で泣きじゃくった目元だけが、赤く熱を帯びていた。 「そ、そうですね」 「よーし、では決まりだ! 各々用意を済ませたら、黛の家に集合だ」 「ほら、ゆずこも」 「うん……でも……」 「ゆずこの料理がなかったら始まらないよ? 彼方くんも食べたいよね」 「そういや腹減ったな。ゆずこ、頼めるか?」 「……うんっ」 「やっと笑ったな」 「えへへ……。うん、ありがとう彼方くん」 「じゃあ一度解散だな。さて、何を作ろうか」 「リリーさんの手料理とか嬉しすぎます〜」 「ひなちゃんもだよ?」 「味見専門でお願いします」 「えへへ、ダーメだよ」 良かった。先輩のおかげでゆずこも元気になれそうだ。 さて、じゃあ俺も帰るか。 「彼方」 「ん? ハインは皆と行かないのか?」 「その前に話しておきたい事があるの」 ハインの真剣な眼差しに大きく頷く。 「ツリーが倒れた原因なんだけど」 「分かるのか!?」 「はぁっ。本当に何も分かっていなかったの?」 「何も……って。俺はただ予知夢を見ただけで」 「ツリーを倒した存在には気付いていなかったのね?」 「ツリーを倒した存在? そんなのがいるのか!?」 ゆずこをあんな目に合わせた存在。そんな物がいるのなら、俺は絶対に許したくはない。 「正体は思念体だったわ。たくさんのね」 人為的なミスや災害、あるいは幽霊などという物ですらなく、ただの思念体だっていうのか? 「私はこの学園に来た時から、ずっと嫌な気配を感じていた。それで色々と調べていたんだけど……どうもあのパーティー会場の辺りに、嫌な気が充満してたのよ」 「その嫌な気配は中でも、ツリー周辺から一番強く感じられたわ」 「あのツリーの周りから?」 「そう。彼方もツリーの事を気にかけているみたいだったし、最初は彼方も怪しいかもって思ってた。でもそれもどうも違うかなって」 「じゃあ他の何かがってなるのに、そんなに強い意志をもった存在は見当たらなかったわ」 「それもそのはずよね、一個一個は大した事のない、思念体の集まりが犯人だったんだもの」 「思念体の集まり?」 「そう。一つ一つはとるにたらないモノばかり。だから突き止める事が出来なかった」 「でもその小さな存在が無数に集まって、ツリーを倒すほどの大きな力となっていた」 「だからあの時、ハインは――」 鋭い視線をこちらに向けていたのか。 「ずっとツリー周りは警戒していたから、倒れた時もなんとか対処できたし、犯人さえ分かれば思念体の集合体を蹴散らすぐらいは造作もない事だし」 「そうか……そうだったのか。でもなんで思念体はあのツリーを倒そうとしたんだろう」 「さぁ。思念体は人間の思いが具現化された存在。つまりはああやって楽しい事をするのが、喜ばしい人間ばかりじゃないって事ね」 「クリスマスパーティーは毎年やってたみたいだし、そうやって少しずつヘイトを集めていたのかもしれないわ」 「そしてその悪意が溜まりに溜まって、時限爆弾のように膨らんでいったんじゃないかしら」 「そのタイムリミットが今日だったってわけか……」 「多分ね。もっとも思念体を飛ばした本人たちは、全くの無意識でしょうけど」 人間の無意識の妬みや羨み憎悪……。 「そんなもので……ゆずこは」 ゆずこの人生は狂わされたのか。 「ゆず? ケガをしたのは彼方でしょ」 「えっ、あ、あぁ、そう……そうなんだけどさ、ゆずこ落ち込んでたから」 「そうね、ゆずは可哀想な事になったわね」 「ああ。ハイン、有難うな」 「お礼を言われるような事じゃないわ。私はアンタや、それにあの女の子の霊――ティアだっけ? あの子が怪しかったから、疑うようにして監視してた」 「そうやって周りを疑って警戒して。ツリーの倒木にすぐ対応出来たのも、思念体を散らせたのも、そうやって疑心を育てていた結果だもの」 過去ではハインに助けられる事はなかったのはその為か。 未来から来た俺の動きは十分怪しかっただろうし、ティアの存在も……。 「彼方の予知夢の話を信じてれば、ゆずが泣くような事にもならなかったんだけど、あの時の私には何が正しいのかの判断が付かなかったから」 「だから予測不能な事や予定を変更する事を恐れたの。私の監視外の事が起きたら、対応できる自信がなかったから」 「そうだったのか。だとしても俺はハインにお礼を言わせて貰うよ。本当に有難う」 「も、もうっ、本当にそういうのいいってば!」 照れたようにはにかむハインを見て、俺は過去が変わった事に安堵した。 「とにかくっ、私の方は全部話したわよ。今度は彼方の番」 「俺の番?」 「どうしてツリーが倒れる事が分かったの?」 「だからそれは予知夢で――」 「聞き方が悪かったわね。私が聞きたいのは、どうして今日倒れるって分かったのかって事よ」 っ! 「ツリーが倒れた時のあの動き。あれは今日ツリーが倒れるって知っていた人間の動きよ。知らなかったら咄嗟にあそこまでゆずを庇えないわ」 「それも――それも夢で見たんだ」 「でもそんな話はしてなかったじゃない」 「確証がなかった。だから誰にも言わなかったんだ。言った所で信じて貰えないなら、不安を煽るだけだろ?」 「そういう言い分も確かにあるか……」 「俺を疑ってるのか?」 「ううん、もう疑ってはいないわ。犯人は思念体だし、彼方に何か目的があったとしても、事故にゆずを巻き込む理由がないもの」 「じゃあ納得してもらえたって事でいいか?」 「そうね……。彼方の予知夢も中々どうして馬鹿にしたもんじゃないって事ね」 「ハハハ、だろ?」 「調子に乗らないっ」 「ごめんごめん。とにかく有難う、ハイン」 「も、もうっ。お礼はいいってば! とにかく危機的状況は去ったし、聞きたい事も聞けたし。それじゃあ私も帰るからっ! また後でね」 「分かったよ」 俺にこれ以上の礼を言わせないぞと言わんばかりに、ハインは早足で消えて行った。 「ハイン、有難う……」 誰もいなくなった空間に向かってもう一度だけそう呟いた後、俺も一歩大きく足を踏み出した。 「よし、皆揃ったな。ではこれより料理を始める。黛、キッチンを借りるぞ」 「はい、楽しみにしてます」 「任せておけ」 「調理器具の場所とか教えますね」 「よろしく」 「私も手伝う」 「手伝うんじゃなくて、私達も作るのっ」 「そうだった。 女子力女子力♪」 「じゃあ私も―― っ!?」 「なんで……ここに……っ」 「ティア! よくここが分かったな」 「……うん、そういうの分かるから」 「はは、そっか。じゃあ楽しんでいってくれよ」 「ハァ!? アンタどういう神経してんのよ! 確かにツリーの事故には関係なかったけど、でもこの子の存在はあからさまに怪しいじゃないっ」 「こーーーんな正体の分からない存在に、簡単に心許してるんじゃないわよっ」 「ティアは怪しいやつなんかじゃないよ」 「……ダメよ。きっちり除霊しないと、この子の為にも良くないわ!」 「おいっ、ハイン!」 「二人ともなにしてるのー?  ……なんで誰もいない方に喋ってるの? も、もしかして……なにか……いたりする?」 「え? えーっと――」 「ゆず顔色悪くなってない?」 「ゆずこは俺の話を聞く分にはいいんだが、実際そういった類の事は苦手なんだ」 「そういう事はもっと早くいいなさいよっ!」 「言う機会なんかなかっただろっ」 「二人でヒソヒソ話してる……やっぱり何かが……」 「いない! なーんにもいないわよ! ちょっと彼方の好きな味付けを聞いてただけ」 「そんな明後日の方見ながら?」 「な、なんとなく気恥ずかしかったのよ、それだけよ!」 「そうそう、ハインは照れ屋だからなっ」 「ハァ!? 私のどこが照れ屋なのよ!?」 「そこに引っかかるなよっ!」 「??? なんだかよく分からないけど……。ハインちゃんも早く来てね?」 「す、すぐ行くわっ」 「……ティア、あんたの事は今日の所は見逃してあげる」 「なんだ、ハインもやっぱり優しいな。良かったなティア」 「ゆずが怯えるのが可哀想ってだけよ! そいつの事は認めてないし、成仏させるべきっていう考えは変わってないから!」 「アンタねぇ……!」 「ハインちゃーん、早くーー」 「今行くわーっ」 「アンタ達、覚えておきなさいっ」 悪役の捨て台詞じゃあるまいし。 「私ってここにいたら迷惑?」 「迷惑なはずないだろ。ハインもああ見えて楽しんでるよ」 「そんな風には見えないけど。私のこと除霊しようとしたし」 「ははは……、あれって本気なのかな?」 「私に分かるわけないでしょ」 その頃、キッチンでは――――。 「ハインちゃんは何を作るの?」 「私はもちろんプレッツェルよ」 「ドイツ発祥だったな、確か」 「えぇそうよ。私は作るのも食べるのも大好き」 「そうなんだ! すごぉい」 「別に大した事じゃないわ」 「食べるの楽しみだなー」 「だねだね♪」 「作ってる所、観察させてもらってもいいかな? ほら、作り方覚えておきたいから」 「いいわよ」 「ふむふむ、生地をまずはよーーく捏ねるんだね」 「楽しそうだな。私も混ざっていいか?」 「えぇ。じゃあ皆で作ってみる?」 「それいい!」 「じゃあはい、生地のおすそ分け」 「ありがとう」 「有難う。こういうのってワクワクするな」 「ですねですね♪」 「私達も半分こ♪」 「上手に出来ますようにーっ」 「――よしっと。じゃあこの辺りでバターを入れて」 「よーーっく捏ねたら生地を伸ばして――中心は太く、先の方は細くなるように伸ばすといいわよ」 「なるほどー」 「おっ、順調かも」 「ひなちゃん上手ー」 「料理ってあんまりした事なかったんだけど、なんか楽しいね」 「やりだすとハマっちゃうんだよー」 「ゆずこが言うと説得力抜群だな」 「生地を伸ばし終わったらハート形っぽくして、中心をクロスさせれば――」 「おお、よく見るプレッツェルの形になったな」 「おーーーっ」 「すごい♪」 「この形って可愛いけど、なんだか不思議な形だよね」 「腕を組んでいる様を表しているとか、キリストの三位一体を表しているとかいう説があるわね」 「ほーう、興味深いな」 「さんみいったい?」 「よく聞かない? 父と子と聖霊の――って」 「聞いたことあるっ」 「それが三位一体」 「へぇー」 「なんか外国の食べ物って感じがするね」 「だねー」 「そういう由来も含めて宮前はプレッツェルが好きなのか?」 「考えた事なかったけど、そうかもしれないわね。私の除霊方法はエクソシスト由来のものだから」 「なるほどな。ちなみにその方法というのは」 「うっ、えーっと! それはまた今度!  それよりひな、あり、出来た?」 「うん、出来たよー」 「私もバッチリ」 「ゆずはどう?」 「えへへ、ちゃんと出来たよ♪」 「綺麗に形成出来てるわね、やっぱりゆずは器用だわ。リリはどう?」 「あぁ、出来たぞ」 「ん、これならバッチリ。出来たら今度はそれを重曹を入れたお湯で煮て――」 「あれ? いち、にー、さん、し、ご、ろく、なな。7個もあるよ? ハインちゃんとリリー先輩、ありえとひなちゃん、彼方くんに私だから6つでいいよね」 「えっ!?  えーっと、その、まぁ、いいじゃない。ほら、彼方が2つ食べるかもしれないし」 「それもそうだね」 「えへへ♪ 私の分も作ってくれたんだ」 「いつの間にこっちに!?」 「ん? どうしたんだ?」 「私なんか手順間違った?」 「い、いや、私の勘違いだったみたい。あは、あははは……」 「お邪魔みたいだから私は向こうに戻りまーす」 「くぅ……っ」 (ティアのやつぅ……!) 「ハインちゃん? 茹でた後はどうするの?」 「……そのまま15分くらい生地を休ませて、あとはオーブンで焼くだけよ」 「じゃあオーブン余熱しておくね」 「うん、お願い」 (はーっ、なんで私がこんなにドキドキしなくちゃいけないのよっ) 「じゃあ私も自分の料理を作るか」 「先輩は何を作るんですか?」 「アクアパッツァだ」 「わぁ、さすがですね!」 「アクアパッツァって何ですか?」 「簡単に言えば魚のスープだな」 「へぇ〜〜」 「そう言うありえ達はどうするの?」 「私達は二人でハンバーグを作るよ」 「頑張るからねっ」 「楽しみだなぁ。プレッツェルにハンバーグにアクアパッツァかぁ」 「じゃあ私はハンバーグ用の軽めの付け合わせとトマトでカップサラダでも作ろうかな」 「良い組み合わせだな」 「ゆずの料理はどれもとっても美味しいから楽しみだわ」 その頃、リビングでは――。 「ティア、キッチンどうだった?」 「ハインさんが私の分までプレッツェルを作ってくれてた」 「はは、そっか。良かったな」 「うん」 「そう言えば、ティアはご飯を食べたりは出来るのか?」 「出来るよ。別に食べなくても平気だけど」 「へぇ、そうなんだ」 キッチンから楽しそうな声が聞こえてくる。皆のおかげで、ゆずこも気持ちが安らいできているのだろう。 その事実が俺自身もホッとさせる。 「彼方はいいやつだね」 「なんだよ、いきなり。褒めても何も出ないぞ」 「ちぇっ、言って損した」 「ははは」 「完成♪ 彼方くーん、全部出来たよー」 「おおおおおおおお! 豪華だな!」 「今日のメニューはハインちゃん特製プレッツェルに、リリー先輩特製アクアパッツァ」 「ありえとひなちゃん特製ハンバーグに、付け合わせのゆずこスペシャルとトマトのカップサラダです」 「どれも美味そう! 見たら急激にお腹が減ってきたぞ」 「じゃあ早速、食べるとするか」 「いただきまーす」 ぱくっ……もぐもぐ……! ごくん! 「美味い……! プレッツェルもこのスープもハンバーグもサラダも全部美味い!」 「えへへー」 「私達が作ったんだ、当然の結果だろうな」 「フフン♪」 「プレッツェル、美味しい」 「あったりまえでしょ」 違和感のない会話の仕方をしてる。 ハインって何だかんだ優しいよな。 「……先輩、このアクアパッツァ? でしたっけ。これめちゃくちゃ美味しいです」 「大概の事は出来てしまうからな、私は」 「さすがの完璧超人っぷりですね」 「そういう所は尊敬するわ」 「苦手な事やどうにもならない事もたくさんあるけどな」 「先輩でもあるんですか? そんな事」 「もちろん。たくさんあるぞ」 「なんか意外です」 「ははは、私を何だと思ってるんだ」 「んー、幸せ〜。こうやって皆で美味しい物食べてる時って最高に幸せだよね〜」 「同感だ」 「……良かった」 「ゆず、どうしたの?」 「リリー先輩の学園での最後のクリスマスパーティーだったのに、中止になっちゃったから。私……すごくすごく申し訳なくて」 「ゆずこ、そんな事……」 「分かってます、先輩は何とも思ってないって事。でもこれは私の気持ちなんです」 「私が申し訳なくて仕方なくて。なのに先輩は、こんな私の事を沢山気にかけてくれて」 ゆずこ、やっぱりまだ気にしてるんだな。 何とか目先を変えてやりたいなぁ。何かないか? 良い事……楽しい事…………。 ――――そうだっ! 「だったらもっともっと大きなイベントで、終わったイベントの記憶を上書きしちゃおうぜ」 「大きなイベント?」 「そう! クリスマスパーティーよりも大きなイベント! それで先輩の学園生活の大きな思い出を作ればいいだろ?」 「おおっ、それはいいな。たとえば――そうだ、皆で温泉に行かないか?」 「温泉、ですか?」 「ああ。この近くにいい温泉があるんだ。せっかくだから皆でゆっくり一泊するのはどうだろうか?」 温泉に――――いっぱくぅぅぅぅぅぅ!? 「大賛成ですっ!!」 「やらしい事考えてるんじゃないでしょうねっ!」 「そんなわけあるものか。俺はただ純粋に温泉が好きなのだよ」 「なにが、なのだよ――よ」 「でもハインも行きたいだろ?」 「そりゃ、まぁ、温泉は好きだけど」 「だよなっ」 「ゆずこ達はどうだ?」 「私も温泉、行きたいです」 「私も行きたい!」 「行かないわけないじゃないですか〜っ」 「決まりだな」 「私もいこっと♪」 「……賑やかになりそ」 「そうだね」 「ハハハ……(ティア〜〜〜ッ!)」 「ハインさんってば、こっち睨まなくてもいいじゃん」 ハインとティアの不穏な気配は無視して、リリー先輩の方へと視線を向ける。 「いつ行きます?」 「そうだな、旅館に問い合わせもしてみるが、次の土曜12月13日から一泊でというのはどうだろう? 冬休みに入る前だし、混雑もしてないだろうから」 「いいですね」 「楽しみです〜っ♪」 ゆずこも元気に笑っている。 温泉で楽しい思い出を上書きして、パーティー会場での事故の事なんて、早く忘れてほしい。 「では少し待っていてくれ。父の友人の旅館に空いているかどうか確認してくるとしよう」 そう言うと先輩は携帯を片手にリビングを出て行った。 「どんな所なんだろうね」 「そりゃもう先輩の紹介だもん、凄い所なんじゃない?」 「お金とか大丈夫かなぁ。あんまり高かったら行けないなぁ」 うっ、確かに。 「その辺はリリも考えてくれてるでしょ」 「だといいけどな」 「予約取れたぞ。露天風呂付き客室のいい部屋が空いていた」 「先輩、お値段はおいくらですか?」 「案ずるな、ゆずこ。友人価格でいいそうだ。ハッキリ言って安いぞ」 「わぁ! 良かった〜」 「一安心っ」 「客室に付いている露天風呂で、一番大きな部屋が取れたから、皆で十分に入れるぞ」 「本当にいいんですか? そんないい部屋を」 「ああ、大丈夫だ。父との関係もあるし、好意に甘えさせてもらおう」 「それじゃお言葉に甘えて、よろしくお願いします」 おっしゃーーーー! 皆と温泉だ!! 否が応にもテンションが上がるぜー! 「ご飯も美味しいし、温泉旅行も決定したし、幸せすぎる〜〜っ」 「なに持ってこう〜〜」 「トランプとか?」 「修学旅行みたいだな」 こうして終始楽しい雰囲気で食事会は幕を閉じた。 温泉、楽しみだなぁ。 さて今日はどうしようか。 12月13日 「彼方くーん、早く早くーっ」 「そんなに慌てなくても温泉は逃げないよ」 「えへへ〜、ワクワクしちゃって」 「リリ達とは駅で待ち合わせなのよね?」 「うんっ、3人とは駅で合流だよ」 「じゃあ向かうとするか」 「そうね」 「楽しみ〜!」 「あっ! ゆずこ達来たー」 「ごめ〜んっ、待った?」 「ううん、私達もさっき着いた所だよ」 「良かった〜」 「全員そろったな。それでは出発するとしよう」 「ここからどれ位かかるんですか?」 「電車とバスを使って1時間30分くらいだと思うぞ」 「近いですね」 「じゃあ早速向かいましょ」 「とうちゃーーく♪ 近くにこんな雰囲気のいい所があったなんて全然知らなかった〜」 「ホントだよー。こんな立派な旅館があったなんて」 「いわゆる穴場スポットだな。いい所だろ?」 「はい♪ これは温泉も期待出来ますなぁ〜」 「ふふっ、楽しみ」 「はぁっ。やっぱりティアもいるわけね」 「不満か?」 「当たり前でしょっ。……でもまぁ、ここで除霊だなんだって言ったら、ゆずが怖がるし。今日のところは見逃してあげる」 「優しいよな、ハイン」 「くだらない事言ってないで、さっさと中に入るわよっ!」 「ハインちゃん、嬉しそうだね〜♪」 「えぇ!? う、そうね。嬉しいわっ」 「フンフン〜〜〜〜♪」 「うぅ、先が思いやられるわ……」 「よっし、では客室へ向かうぞ」 「うわぁ〜、凄い凄い! 広い! おまけに豪華!」 「ちょ、ちょっとリリ! もしかして彼方もここで寝るの?」 「なにか問題でも?」 「え……俺も同じ部屋、なんですか?」 それはひっじょーーーーに喜ばしいと同時に、とてつもなーーーーく危ない。主に俺の理性的な意味で。 「冗談だ。そこに大きな襖があるだろう」 「これですね。なるほど、ここを閉めれば実質部屋が二つあるようなものですね」 「少し狭いかもしれんがまぁ十分だろう」 「十分すぎます。いい部屋を取ってもらって、本当に有難うございます」 「ははは、礼には及ばん」 「じゃあ私も彼方くんと一緒に、あっちで寝るね」 「えぇ!? な、な、何を言ってるの?」 「あ、そっか。ハインちゃんはまだ知らなかったんだ。あのね、ひなちゃん一応男の子だから」 「え!?」 「あれ、私からハインちゃんに言ってなかったっけ?」 「聞いてないわよっ。ホ、ホントに?」 「ホントだよ〜。えへへ」 「……はぁ。なんか私、自信なくしそう」 「気持ちは分かるぞ、宮前。あんな可愛らしく笑えないよな……」 「リリ……」 「ひなちゃん、危なかったら、いつでもこっちに来てね」 どういう意味だ、ありえよ。 「あはは、ありえアリガト♪  という事で襲わないでね、彼方くん」 「するかっ!」 「にゃはははっ」 全く。 「えへへっ、二人共仲がいいんだから。あっ! あっちが例の客室付き露天風呂ですね。ひろーーい!」 「どれどれ…… わぁっ、ホント豪華!」 「早く入りたーい」 「そうだな、じゃあ先に風呂に入るとするか。黛は――――」 「俺は後でいいです。先に皆で入っちゃって下さい」 「そうか、済まないな」 「レディファーストは当然よね〜♪」 「じゃあ私も彼方くんと一緒に入ろっと」 「うぇあっ!? おま、なに言ってっ」 いくら性別が同じと言えど、それは色々とマズい気がするっ。 「だってー」 「ひなちゃんも一緒に入ろうよ」 「そうだよ、別にいいじゃん。ひなちゃんだし」 「そうね、ひななら別に一緒でも問題ないわ」 「ダーメ。それに私、今日生理だから☆」 「あってたまるか!」 「えぇー、ないと思う? 確かめちゃう? 一緒にお風呂で」 「確かめないっ!」 「あはははっ。まぁ、この通り彼方くんと遊んでるから、気にせず入ってきてよ」 「ム……そうか?」 「ひながそう言うなら、いいけど」 「じゃあ準備しちゃおっか」 「うん♪」 「準備完了ー」 「行っちゃう? 入っちゃう?」 「はしゃいで転ばないように気を付けるんだぞ」 「はーい。ゆずこー、かけ湯かけ湯」 「そうでしたっ! 早く入りたくて忘れちゃうトコだったよー」 「いそいそ……」 「はぁ、くれぐれも変な行動はとらないようにしてよね」 「もちろん♪」 「信用できるのかしら……」 「どうした宮前、入らないのか?」 「入るっ! 入るわよっ」 「? じゃあ早く行くぞ。体が冷える」 「そうね、行きましょ」 「ん〜〜〜〜〜〜〜〜っ! 極楽〜〜っ!」 「あっっったかぁ〜〜い」 「やはりここの湯はいいな」 「ふぅ〜〜〜〜〜〜っ、とろける〜〜〜」 「やはり温泉はいいな。日本人に生まれて良かったと痛感するよ」 「確かに。シャワーだけとか考えられないものね」 「はぁ〜〜〜、お風呂入るとどうして『はぁ〜〜〜』って言っちゃうんだろー」 「はぁ〜〜〜〜っ」 「アンタもはぁーとか言っちゃうのね」 「うん、ついつい出ちゃう。えへへ」 「あ、うんっ。そ、そうよね。私も出ちゃうもの。はぁ〜〜〜」 (いけないっ、ついついティアに普通に話しかけちゃってたわ) 「えへへへっ」 「もういいわよ……っ」 「あははっ! お湯パシャパシャするの楽しいっ」 「ちょっ! なに子供みたいな事してるのよっ!」 「ん? なんだやけに波立ってるな」 「えっ!? わ、私がちょっとバタ足してたのよっ。こうすると足のむくみがとれるっていうし」 「そうなんだ! じゃあ私も。バシャバシャバシャ。これ結構きくね!」 「でしょ? あはは……」 「ちょっとティア! あんまり勝手な事しないでよね!」 「ごめんなさい。えへへ」 「まったく」 「むむむむむーーーぅ」 「どうしたの、ゆず?」 (まさかティアに気付いた!?) 「ハインちゃんって、やっぱり胸おっきいよね」 「む、胸!?」 (なんだティアに気付いたわけじゃなかったのか。ていうか何で私がこんなに隠してあげなきゃならないのよっ) 「リリー先輩がスタイル抜群なのは知ってたけど、こうやってお風呂入ってるトコ見ると、二人とも迫力が凄いっていうか」 「そこに気付いてしまったか、ゆずこ」 「気づいてしまったのだよ、ありえ」 「くっ、お互いツラいトコよのぅ」 「中々魅力的だと思うが」 「そうよ、ゆずとありだって可愛いじゃない」 「可愛いって言われるのは嬉しいけど、でもなぁー」 「私もぼんきゅっぼんになりたいっ」 「同じく! どうしたら胸って大きくなるのかなぁ」 「……………………私もちっさい」 「揉まれると大きくなる、なんて言うけどな」 「えぇ!? じゃ、じゃあ先輩は……」 「バカ。そんなわけないだろう。これはもって生まれたポテンシャルだ」 「くぅ〜〜〜っ。じゃあハインちゃんは? ハインちゃんは、その、揉まれたり、したの?」 「されてるわけないでしょっ!」 「ほぅ、意外だな」 「えへへ、なんだか安心しちゃった」 「もうっ! あとで誰かに言ったりしないでよっ」 「はいはーい」 「ははは。確かに黛には聞かせられんな」 「バッチリ聞こえてるんだけどな……」 「やーらし」 「うわぁっ! ひなひなひな、ひなたっ!」 「動揺しすぎ」 「そりゃするだろ! そんな近くにいると思ってなかったし!」 「どれだけ集中して聞き耳立ててたのかなぁ? ん〜?」 「いや、聞き耳を立ててたわけでは……」 「誤魔化さなくともよい」 「……立ててました」 「うむ、健康な男子なら仕方のない事であろう」 「それよりもひなた、早く離れなさい」 吐息がかかる程の至近距離でニヤニヤとした笑みを浮かべているひなたを、手でグイッと押しのけた。 「もーっ。つれないなぁ、彼方くんはー」 頬をぷぅっと膨らませたひなたの表情は、男の子と分かっていても十分に可愛い。 「……なぁ、ひなたは本当に皆と一緒に入らなくて良かったのか?」 「私はあとで彼方くんと入るもん♪」 「だからダメだって!」 「なんで?」 「なんでってそりゃ……」 ひなたは俺と同じ性別だけど、俺と同じじゃないだろうっ。 どうやったら男にも関わらず、こんなにも髪の毛サラサラ、肌ツヤツヤ、華奢な体つき、唇プルルンになるんだよっ。 「ハッハァ〜ン。さては彼方くん、意識しちゃってますな?」 「す、するかっ!」 「隠さずともよい」 「さっきから何なんだよ、そのキャラ!」 「あ、出て来たみたい」 「ほっ……」 危ない危ない、危うく色んな道を踏み外すところだった。 「い〜いお湯だった〜」 「こんないい旅館に格安で泊まれるなんて幸せすぎますぅ〜〜」 「先輩、本っ当にありがとうございますっ」 「礼はいいよ。私も皆と来られて嬉しいからな」 「次はひなが入って来たら?」 「うん♪ じゃあ行こっか、彼方くん」 「行かないってっ」 「えーっ、いいじゃん〜」 「ダメ! いくらひなちゃんでも混浴はダメェーっ!」 「ありゃりゃ。ゆずこに言われたら仕方ないなー。じゃ、入ってきまーす」 「ふぅっ、助かった」 「ほっ」 「久地と黛の入浴が済んだら、丁度食事の時間になるだろうな」 「食事っ! 楽しみーっ」 「楽しみな事ばっかりだね」 「楽しみ♪」 「あんたの分はないでしょっ」 「俺の少し分けてやるから、気付かれないように食べるんだぞ」 「やったぁ!」 「またそんな甘やかして」 ティアも温泉で気分が高揚しているのか、随分と態度がくだけているな。 こうして見ると、どこにでもいそうな普通の女の子だ。 「二人ともなにをコソコソ話してるの?」 「な、なんでもないわっ。彼方が私の分まで料理をよこせとか言ってきたから、あんたにあげる分はないわよって話をしてただけ」 「えぇ!? 俺そんな事――」 ギロリ。 うっ、そんな目で睨むなよ、ハイン。ティアはティアで笑ってるし……。 「ダメだよ彼方くん。そんなにお腹減っちゃったの?」 「いやぁ、その……ハハハ……」 「私の分けてあげるから、人のは取っちゃダメだよ」 うぅ、ティアの事を説明できないのってツラいっ。 「あー、美味しかったぁ〜」 「もうお腹パンパンッ」 「どれも美味しかったぁ〜」 「海老しんじょう美味しかったなぁ」 「黛は健啖家なんだな。見事な食べっぷりだった」 「え? いやー、ハハハ……そうなんです」 「ティアが彼方の分、貰いすぎるから、皆が彼方に料理を分けてたじゃないっ。それをまた片っ端から食べてくんだもの。あれじゃ彼方は大食いよ!」 「えへへ、ごめんごめん。彼方、ありがと」 「はは、いいよ。美味しかったか?」 「うん!」 大食漢のイメージがついてしまったかもしれないが、ティアが喜んでくれたなら――まぁいっか。 「さて、お風呂で日頃の疲れも癒え、美味しい料理に舌鼓も打った。となると残すはメインイベントだな!」 「メインイベント? なんですか、それ」 先輩のこの顔、何かを企んでいる時の顔だ。うっ、悪い予感が……。 「ワックワク」 「ドッキドキ」 「大人数でお泊りのメインイベントと言えば、やる事は一つ」 ごくり……。 「肝試しだ」 「ブレないなぁ」 「いーーーやーーーでーーーすぅううぅぅぅぅ」 「えぇーーーーーーーーー……」 「鉄板だね〜」 「いい趣味してるわ……」 「だろう?」 「褒めてないわよっ!」 「嫌です、嫌です、嫌です、嫌ですっ! 絶対に嫌です!」 「ゆずこ、それでも君はオカルト研究部名誉部員か?」 「もうやめますっ、オカルト部やめますぅうっ」 「私も嫌ですぅぅぅぅぅぅぅっ」 「まぁそう言うな。場所もここから近いし、心霊スポットとは言っても、そんなに大した物ではないんだ」 「多分な」 「多分ってなんですかぁぁぁ」 「はぁっ。一応説明だけ聞きますけど、場所はどこなんですか?」 「この近くに鳴ヶ崎神社っていうのがあるんだが」 「鳴ヶ崎神社……? なんか聞いたことがあるような」 「私も聞いた記憶があるなー」 「おお、さすがは我がオカルト研究部部員。アンテナ張ってるな」 「違いますっ! えーと、えと……」 「そうだ。ありえだ」 「うん、私が前に迷子になった時に助けて貰った神社だね」 「そんな事があったのか?」 「ちょっと遠出したら帰り道が分からなくなっちゃって、いつの間にかその鳴ヶ崎神社に迷っちゃったんだ」 「そしたらそこの巫女さんと、その巫女さんの彼氏さん? か旦那さんか分からないけど、その人に親切にして貰えて。無事に帰れたんだー」 「そうなんだ。でもそれなら心霊スポットって感じじゃなさそうだけどな」 「ガイドブックにもその神社載ってた気がするけど、心霊スポット的な特集はされてなかったはずよ」 「実は鳴ヶ崎神社に霊が現れると言われ始めたのは、ごく最近なんだ。しかも夜にしか怪奇現象は起こらないらしい」 「はぁ。だからここの旅館をおさえたってわけですか」 「そういう事だ」 「ぬかりない」 「私は行きませんっ! 絶対絶対イヤですっ」 「先輩、ゆずこもこう言ってますし……」 「ふむ、ならばゆずこだけ置いていくか」 「!! そ、それも嫌ですっ! だってここから近いんですよねっ、鳴ヶ崎神社。なのにここに一人って」 「くるかもな、こっちに」 「きゃーーーーーーっ!」 「ちょっとリリ、あんまりゆずを苛めないで」 「すまんすまん。ついついゆずこの反応が可愛くて」 「全く……」 「うぅ……。鳴ヶ崎神社に改めてお礼には行きたいけど、夜は絶対に嫌」 「ちょっと面白そうではあるけど」 「ひなちゃんは余裕だなぁ……」 「ではこうしようか。鳴ヶ崎神社に向かう人間と、ここで待つ人間。二班に分かれよう。ここでも何らかの心霊現象が現れるかもしれないから、待機組も必要だしな」 「うぅ……どうしてこんな事に」 「さっきまであんなに幸せだったのに……」 「ゆずもありも諦めなさい。こうなったらリリは止められないわ」 「ハインもなかなか分かってきたな」 「まあね」 「二人とも涙目になってる。カワイソ」 「はぁ、全くだよ。じゃあその班分けはどうするんです?」 「そうだな――くじ引きでいいか。夜分に大人数で神社に行くのも申し訳ないから、神社に行くのは2名でいいだろう。では簡単なくじを作成する」 「どうかここに残れますように……! ここに残れますように……!」 「ここが安全って保障もないけどね」 「ハインちゃん〜〜〜〜〜〜〜〜」 「私はここに残ってよっと。またお風呂に入ってこようかな」 はぁ、ティアは気楽だな。 「当たっても当たらなくても楽しそう♪」 「ハズレを……! ハズレを引けますように……!」 「出来たぞ。この割り箸をそれぞれ引っ張ってくれ。鳴ヶ崎神社班の箸先は赤く塗ってある」 「うぅっ、分かりましたぁ」 「では行くぞ」 「せーの」 「おお、印だ」 「はぁ、私も同じ」 赤い印はハインとリリー先輩の持った箸の切っ先に着いていた。 「良かったぁ〜。じゃあ私達はお留守番だね」 「そうだね〜」 「ちょっと残念かなぁ」 「では早速行くぞ、宮前」 それじゃあ俺もここで―――― 「時間切れね」 なんだ? 目の前が徐々に、だが確実に霞んでいく。 耳に届いていたはずの声が、音が、消えていく。 なんだ? どうした……ん……だ…………。 「時間切れよ、彼方。これ以上は過去にはいられない」 ――どうして? 「誰とも心を……真に通わす事が出来なかったから」 ――そうか。 「……せめて楽しい思い出として、この記憶は残してあげるね」 ――記憶を? 「さよなら、彼方」 ――ティア? ――――ティア! 「彼方、おい! どうした、彼方!」 ハッ! 店長の声で意識が現実に引き戻された。 「妙に静かだなと思って見に来てみれば……あったカイロの段ボール抱えてどうしたんだ?」 「あ……はは、ははは……」 「? 大丈夫か?」 「大丈夫、です」 夢……だったのか。 そりゃそうだよな、あんな事――過去に戻るなんて事、現実に起こるはずがない。 「疲れてるんじゃないのか? ……よし、客もいないし休憩にするか」 「いや……その」 「気を遣うな。そうだ、ありえがゆずこちゃんと行った鎌倉旅行の土産を昼に持ってきてな。あれを茶請けにしよう」 「ゆずこ……? ゆずこと行ったんですか!?」 「? そんなに驚く事じゃないだろう。二人はずっと親友なんだし」 「はは……は……、そう、そう……ですよね」 「っ! おい、彼方。お前なに泣いて――」 夢なんかじゃない。 過去は変わったんだ。 俺の隣に誰かがいてくれる訳ではないけど、ゆずこは助かったんだ。 ゆずこは、元気にしているんだ。 「すみません、ちょっと目にゴミが入ったみたいで」 「それならいいんだが」 「休憩頂きます」 これでいい。 これで十分だ。 これで俺はやっと、前を向いて歩いて行ける――――。 でもティアは? ティアはどうしたんだろう。 いや、考えても仕方ない。俺に分かる事じゃない。 目じりに浮かんだ涙をぬぐい、もう二度と会えないであろう彼女に心の中で頭を下げた。 有難う、ティア。 「……違う。ここからじゃない」 あそこでキョロキョロしているのはハインか。 何か困った事でもあったんだろうか? 「どうした? 学園の事で何か分からない事でもあった?」 「きゃっ! いきなり話しかけてこないでよっ、驚くじゃない」 俺に声を掛けられたハインが、ビクリと体を震わせた。 「す、すまん」 「……別に何かが分からないとかじゃないわ。 ああ、でも――アナタの事は分からないわね」 「俺は黛彼方。彼方でいいよ。……宮前さん」 転校してきたばかりの彼女を、ハインと呼ぶのは躊躇われた。 「ラストネームで呼ばれるのは好きじゃないの。ハインでいいわ」 「分かった」 宮前さんと呼ぶのは慣れていなかったから、早々の申し出に内心で安堵する。 「で、ハインは俺のこと他に何が知りたい? スリーサイズとか?」 「ばっ、ばっかじゃないの!?  そ、そんな事気になるわけないでしょっ」 赤面してる。実は免疫が薄いタイプなのかもしれない。 「私が知りたいのは、アナタの能力の事よっ」 「能力?」 「隠しても無駄よ。アナタが人とは違う力を持っている事は知っているんだから」 「力って……」 まさかとは思うが予知夢を見るとか、霊が視えるとかそういう類の事か? しかし興味を持たれる様な大それたもんじゃないぞ、俺のは。 「霊能力よ。すっっっっごく小さな力しか感じられないけど」 「ははは……。まぁ実際大した力じゃないしな。それで、どうしてそんな小さな力の俺が気になるんだ?」 「この私を前にして何も感じないわけ?」 「ほら! 感じるものがあるでしょ!?」 「いや、何にも感じないんだが」 「〜〜〜〜っ!? 本気で言ってるの?」 「冗談ではないな」 「そう、だな……」 「感じる、もの……」 「……うーん。可愛くて、おっぱいがデカいな」 「ななななななななななな、なん、なん、なん」 「おっ、反応も可愛い」 「バカ! 変態! どこ見てんのよ! そういう事を言ってるんじゃないわよっ!」 「はぁ」 「このっ、私のっ、溢れでる霊力をっ、何とも思わないの!?」 「あ、そういう事か」 確かにハインは普通の人と違って、圧倒的な力のようなものが全身から発せられている。 ……最も霊感のない人には何も視えないだろうけど。 「アナタは知らないかもしれないけど、私のママは有名な超能力者なんだから! FBIにだって捜査協力しているのよっ」 「なるほどなぁ」 「もっと興味を持ちなさいよっ!」 「はは、ハインって凄く賑やかなんだな」 クールな見た目の印象とは大違いで、何だかそれがとても愛らしく見える。 「誰が賑やかにさせてんのよっ!」 「ハハハハハ。でもそういう所、意外で可愛いな」 「かっ、かっ、かっ、からかうんじゃないわよっ!」 「からかってはいないんだけど」 「もういいっ!」 そっぽを向いてしまった。 うーんやりすぎたかもしれない。 「はぁ……。この調子じゃ期待できそうにないわね」 「期待?」 「この無自覚さ……。っ! ううん、もしかすると」 何か思い当たることがあったのか、ハインがぐっと俺へと視線を向ける。 「もしかして、アンタ自身が……」 「……ここまでね。教室に戻るわ」 ハインは何を言おうとしていたんだろう。 俺自身が――って言ってたよな。 うーん……。気にはなるが、とにかく今は教室へ急ごう。 「ここでもない、か」 この学園に来た時から、どこからか不穏な気配を感じる。 何か嫌な予感がして、胸騒ぎがおさまらない。 「……………………こっちも違う、か」 神経を研ぎ澄まし、目に見えない悪意のような何かを探ろうとするが、〈残滓〉《ざんし》のような僅かな気配が鼻につく程度だ。 「でも……絶対に何かがある」 気になる事と言えば、やはり彼方の存在だ。 表層部分の能力は薄いとはいうものの、潜在能力は高いのだと思う。 となると無意識的に彼方が、何らかの形で良くないモノに影響を与えているのかもしれない。 「アイツ以外に特別な力を持ってる人間は見当たらないし……」 彼方の行動は昨日も今日も、何もおかしな所はない。 授業中も昼休みの間も、相変わらず霊力は大したことなかった。 でも、なぜか気になる。どこか引っかかりを覚える。 「彼方を見張る必要があるわね」 私のこの力は生きている人間を救う為に使うもの。生きている人間が前を向けるように使うもの。 昔――――救えなかったあの子の為にも。 「私がっ、私にっ、もっと……もっと力があったらぁ」 大丈夫よ、ハイン。ママが必ず見つけるから。 「ママァッ」 「…………はぁっ」 大きな溜息が出た。 子供の頃に助けることが出来なかったあの子。 あの頃の私にもっと力があったら――毎日毎日そう思って、悔恨の中で今日まで私は自分の力を鍛えてきた。 「私はもう負けない」 もう二度とあんな思いを誰にもさせない為に。 そしていつか。 いつかのその時に――――あの子にもう一度会う事が出来たら、胸を張って向き合えるように。 「誰っ!?」 「消えた……?  でも確かに今、誰かがいた」 やっぱりこの学園には何かがある。 「私がしっかりしないと」 ――――頼れるのは、自分の力だけなんだから。 「ハイン、今帰りか?」 「見れば分かるでしょ」 「じゃあ一緒に帰ろうぜ」 「どうして私が彼方と一緒に帰らなきゃいけないのよ」 「別に同じ家に帰るんだし、いいだろ」 「し、仕方ないわねっ」 ん? ちょっとほっぺた赤くなってないか? 実はこういうの慣れてなかったりするのか? ……こんな風に思うのは、あまりにも希望的観測すぎるか。 「なにニヤニヤしてるのよ。つまらない事考えてるんじゃないでしょうねっ」 「してないよ――――あれ、あそこにいるのは……」 「あの子……」 少し遠いけどティアだよな。あんな所で何を――――あ、こっちに気付いた。 「逃げたわ、追うわよ!」 「おい、ハイン!」 「………………」 「はーっ、はーっ。っど、どこまで逃げるのよ」 「さすがに、息が、きれる……はーーーっ」 「そんな怖い顔で追いかけられたら誰だって逃げるわ」 「怖い顔? そりゃそういう顔にもなるわよ。この世に居てはならない存在が、普通に学園に存在していたらね」 「おいハイン、ティアは別にそういう存在とは……」 「ティア?」 「私の事よ」 「へぇ、大層な名前ね。でも名前なんてどうでもいいわ。あなたの存在はこの世界にとって異分子でしかない。あなたの世界に還りなさい」 そう言うとハインは構えるように右手を広げた。 「待てって! ティアは……ティアはそんな存在じゃない」 「彼方に何が分かるの? この子が学園に何かしらの悪い影響を与えている存在の可能性は高いのよ」 「悪い影響ってなんだよ……」 「そんな事も分かっていないの? 呆れた」 溜息と同時に鋭い視線で、ハインは俺を睨み付ける。 だけどティアが悪い影響を与える存在? そんな事あるはずがない。少なくとも俺はティアを信じている。 「とにかく、私はこの子を還すわ、本来あるべき場所へね。父と子と聖霊の御名において命ずる――」 「やめろって!」 咄嗟に俺は身を乗り出して、十字を切ろうとするハインの前に立ちはだかると、ティアへの視線を遮った。 「ティア、逃げろっ!」 「ちょっと邪魔しないでよ!」 「ティア、行け!」 「分かった……っ」 次の瞬間、ティアはいつものように風の中へと溶け消えた。 良かった――と心底安堵している自分に少しだけ驚く。 「ちょっと! どうして止めるのよ!」 獲物を取り逃がした肉食動物のような熱を帯びた目で、ハインが俺を睨み上げる。 「……ハイン、あの子が何に見えた?」 「浮遊霊ね。還すべきだわ」 「即答なんだな」 「だって明らかじゃない」 「……確かにそうかもしれない。けど、あの子が何をしたっていうんだ。浮遊霊や地縛霊には、そうならざるを得ない理由があるはずだろ」 「それを考慮して放っておけっていうの?」 「もちろん悪さをしている霊ならそうも言ってられないだろう。でもあの子は何もしていないじゃないか」 「それに……」 「なによ」 「あの子は普通の浮遊霊じゃない、と思う。もっと違う、別の――」 俺を未来から飛ばす事が出来るような、とんでもない“思いの力”を持った存在。 俺がじっと見つめると、やがてハインは溜息と共に肩の力を抜いた。 「……情報不足ね」 「ハイン……」 「確かにあの子は他の霊とは違う性質を持っているのかもしれない。でもだからってそれが危険じゃない保証はない。……警戒するに越した事はないわ」 警戒。 確かにティアがなぜ俺を飛ばしたのか、それによってティアに何かメリットがあるか、それともそんな物は全く関係のない話で、もっと別の目的があるのか……? ――――俺には何も分からない。 「ティアって言ったわね。あの子の事はもう少し詳しく知った方が賢明ね」 「ああ……」 ティアの事は何も知らない。何も分からない。 だけど俺は……ティアは悪いやつなんかじゃない、そう信じている。 ふぅっ、今日も一日終了っと。 ん? メールが来てるな。 「どれ……おっ、ケンジからか」 クラスメイトのケンジから、わざわざメールか。なんだろう? 「ん? 『お宝入手したんでお裾分けしてやるよ』。画像付きか――うぉっ!」 こ、これは……! 今をときめくグラビアアイドル、オッキーナのメチャキワ画像じゃないかっ! 「ケンジぃぃぃぃ! 有難う! 有難うケンジ! よーし、今日はこれで――」 「入るわよー」 「どぅわぁっ!?」 「……なによ、その反応。ていうか今、何か隠したでしょ」 「かかか、隠してないぞ」 「……怪しすぎ。アンタやっぱ何か企んでんじゃないの?」 「な、なんの事だっ?」 コイツ、俺が今からオッキーナでいそしむ事に気付いたのかっ!? いや、まさか! いくら超能力者とて、そんな事は出来まいっ! 「それっ!」 「うわっ、何をする! やめろ!」 「いいから出しなさいっ。隠したものを見せなさいっ」 「やーめーろーー」 背中を丸めて携帯を守る俺に、ハインが覆いかぶさるようにして携帯を取り上げようとする。 「そんなに必死になるなんてますます怪しいわっ!」 「大した物じゃないって!」 「じゃあ見せてくれてもいいじゃないっ」 !? こ、この背中にあたる感触はっ。 ま、間違いない。 ハインのお胸様だーーーーーーーっ!! 「早くっ、出しなさいっ」 ヤバい。出そう。オッキーナ秘蔵グラビアの後にコレは余りにも刺激が強い。 色んな意味で前傾姿勢になってしまう。 「ちょっとっ、もうっ、早くっ、出しちゃいなさいよっ」 アカーーーン……! これアカンて、ハインさん……っ! 「…………ハイン」 「なによ?」 「胸がすっげー当たってます」 「っ!? 〜〜〜〜〜〜っ!!」 バッという音が出る勢いで、ハインが後ろに跳び退った。 「最低最低最低最低最低っ! エッチ! スケベ! 変態!」 「いや別に俺からした事じゃないじゃないですか……」 こういう時、どうして男は敬語になってしまうのであろうか。 「知らないわよっ! バカっ! 彼方のバーーーーカ!」 …………はぁ、行ったか。 色々言われた気もするが、なんとか暴発という最悪の自体は免れたようだ。 しかしアイツ何の用だったんだ? まぁいっか。 今は下半身に集まった血液を放流する事の方が先決だ。 「有難く使わせて貰うぞ、ケンジ!」 級友に感謝の意を表し、俺の夜は更けて行くのであった。 「急に入ってくるなよ。マナー違反だぞ」 「ノックしたじゃない」 「返事を待て! 俺が入っていいって許可したか?」 「……してないけど。でもちょっと参考書借りるだけなんだから、別にいいじゃないっ」 「よくない。どんな理由であれ、最低限のマナーは守れ」 「…………むぅ」 「で、なんの参考書がいるんだ?」 「数学」 「じゃあこれな。もう用は済んだろ?」 「何よ、その言い方。……彼方ってやっぱり怪しい!」 「なんでもいいから出ていきなさい」 「ふーんっ、だ! なによなによ! 彼方のバーーカ!」 ふぅっ、何と言われようが知った事か。 俺は今からオッキーナといそしまねばならんのだ。 クリスマスパーティーの日は一日、また一日と近づいてくる。 でも俺の中では不安な気持ちが渦巻き続けていた。 ――――クリスマスツリー、か。 このツリーを見ていると、いつも胸が締め付けられる。 やっぱりここには何かがあるのか……? あそこにいるのはハインか? あんな所で何をしているんだろう。準備を手伝ってるようにも見えないけど……。 (……この会場。やっぱりこの場所からは何かを感じる) 「っ!  ……なんだ、彼方じゃない」 「どうしたんだ、こんな所で」 「そっちこそ」 俺はこのツリーの事が気になって――とは言えないよな。 俺自身何でこんなに胸騒ぎがするのか説明がつけられないし。 「俺は――そう、少し準備の事が気になって」 「……ふぅん。ねぇ、今ツリーの後ろから来たけど、準備ってどんな?」 「えっ!? えーっと、そう、そうだ、あれだ」 なんでこんなに突っ込んで来るんだ? 準備の手伝いをするんだったら、この辺にいたっておかしくはないだろう。 「ねぇ、何の準備?」 ハインが疑いの眼差しを向けてくる。 何を考えているのは知らないが、無駄な猜疑心を植え付けてもいい事はない。 何か良い理由づけはないだろうかと、辺りを見回した。 「えーと……そう、オーナメント! オーナメントが落ちてたから、それを拾って飾ってたんだよ」 「ふぅーん、その割には何か焦ってない? 返事に時間もかかったし」 「焦ってなんかいないぞ? ただオーナメントって言葉が出てこなくって、ちょっと口ごもっただけでさ。はは、はははは〜」 「……あっそ」 (やーーっぱりなんか怪しいっ) うーん、これはまだ疑われてるな。ここは一つ―――― 話題を変えるに限る! 「そういやハイン。リリー先輩が今度部室に顔を出してくれって言ってたぞ」 「そう露骨な顔するなよ。リリー先輩、ハインのこと買ってるんだから」 「それは有難い事かもしれないけど……」 「他の皆も喜ぶと思うぞ? ハインが来てくれたら」 「……考えとく」 「おう。俺ももっとハインと一緒にいたいしさ」 「えぇっ!? えっと、その」 「せっかく一緒に住んでるんだし、色んなこと話し合えたらなって。ゆずこもそう思ってるだろうし」 「なっ! そういう事ねっ。 ま、紛らわしい言い方しないでよねっ!」 「俺なんか変な言い方したか?」 「もういいっ! 私、他にも行くところあるからっ」 「お、おう。気をつけてなー」 「ふんっだ」 怒りながらではあったが、ハインが無事に立ち去ってくれたので改めてツリーを見上げた。 高いツリーを見上げていると、ザワザワっと皮膚が泡立つような感覚が全身を襲う。 ……何かがあったはずなんだ。この場所で。 ――――早く思い出さないといけない。 決意を胸に、ぐっと奥歯を噛みしめた。 退散するに限る! 「じゃあまたな、ハイン」 「どこに行くのよ?」 「学園に戻るんだよ。ひなたに頼まれてた事があってさ」 「ハインも準備手伝えよー?」 「わ、分かってるわよ!」 よし、なんとか誤魔化せた――かな? とにかくこれ以上疑われてはたまらない。長居は無用っと。 ん? あれってハインだよな。あいつが出てきたあの店って、あれってアニメショップか? 「よぉハイン」 「ぎっくぅうううううううううぅぅぅぅ!」 ギクリと体を震わせたハインが、ゆっくりとこちらを振り向いた。 ……あ、すんごい顔。 「どうした?」 「きゅきゅきゅ、急にこえ、こえ、こえ、 声かけないでよっ!」 「お、おう……」 なんだこれ、めちゃくちゃ動揺してるぞ。 「よ、用がないなら私は行くわよ」 「お、おう。じゃあまたな」 色々と聞きたい事はあるが、これ以上突っ込んだらまた嫌われてしまいそうだ。 「えぇ、またね、また! ごきげんよ〜〜〜〜うっ!」 あ、すんごい勢いで走ってった。 なんだったんだろう。うーーん、アニメショップになんか用があったのか? 「あー……ハイン、さっきあそこの店から出てきたよな」 「ハァ? ハァ? ハァ? ハァ〜〜〜!?」 「だ、だれが!? だれが店舗特典豊富な竜の穴マップブックスから出てきたですって!?」 「わ、私がそんなとこ行くわけないでしょっ」 「いや、その紙袋。竜の穴マップブックスのだよな」 「いや、今さら隠されても」 「フ……フフ……フフフフフフフフ」 「どうした? いきなり不敵に笑いだして」 「フハハハハ! そうよ! 私はアニメオタクよ! 何か悪い!? いいえ、何も悪くないわよっ! ただアニメを見ているだけっ!」 「可愛い女の子達の青春群像にときめきを覚えているだけっ!  あるいはカッコイイロボットの戦闘に胸を躍らせているだけ!」 「なのにっ! なのにどうしてそんな目で見られなきゃならないのよぉーーーーッ!」 「いや別に悪いとか思ってないし、この目は生まれつきなわけだが」 「そりゃ私だってちょっとは恥ずかしいかな、なんて思ったりもするわよ! 負い目が一切ないって言ったら嘘になるわよ! でも、でもね仕方ないじゃない!」 「“あの日見たとある魔法少女がこんなに可愛いわけがないオンライン”の特装版ブルーレイボックスの店舗特典が豪華なんだもの! 豪華すぎたんだもの!」 「そりゃ喜び勇んで買いにくるってもんでしょ! それが素晴らしい作品への礼儀ってものでしょ!!」 「あー、“あのまほ”か。あれ面白いよな」 「…………………… え?」 なんだか凄い勢いでまくし立てられたが、ハインが“あのまほ”にハマっている事だけは十分に伝わってきた。 「俺も好きだよ、“あのまほ”。テレビ放映時は毎週リアルタイムで観てたし」 「ふ、ふぅ〜〜〜んっ。なぁんだ、そう、彼方も“あのまほ信者”だったってワケ」 「いや、信者って言うほどのものでもないとは思うけど」 「いいの! いいのよ、彼方。隠さなくてもいいの! 分かったわ。帰ったら一緒にこのブルーレイを観ましょう」 「あ、でも店舗特典はおさわり禁止だかんね!」 別にそこまでは……まぁ、いっか。ハインがなんだか楽しそうだし。 「で、彼方は何話が好きなの?」 「いや、話数とかは分かんないんだけど……」 「ふふっ、分かったわ。なるほどなるほど! じゃあ今晩から、ちゃんと復習しなさいっ」 「ブルーレイの高画質の作画修正もバッチリの、この特装版ボックスでね!」 「わ、分かった……」 「そうと決まれば早く帰るわよ!」 満面の笑みでくるりと踵を返したハインの後を、俺は慌てて追いかけたのだった。 ……アニメ、好きだったんだな。 「薄力粉も強力粉もゆずが用意しておいてくれるっていうし、クリームチーズは買ったし、あとは……」 「よぉ、ハイン」 「きゃっ! な、なによ、彼方じゃないっ」 「そんなに驚くことはないだろ? 一緒に帰ろうと思ってたのに、さっさと帰っちゃうからさ」 「だって……」 ハインが手に持ったレジ袋を気にするように視線を落とした。 「なんだ買い物帰りだったのか。それならそれで付き合ったのに」 「別に彼方の為に作るわけじゃないのよっ? ゆずが私の作ったプレッツェルが食べたいって言ってたし。それで、だからっ」 「ハハハ、分かってるって。皆の為だよな?」 「そうよっ! バカっ」 「なんで怒ってるんだ?」 「怒ってないっ」 「分かった! 俺に食べて欲しかったんだ!」 「ぃっ!?」 「へ?」 てっきり『そんなワケないでしょっ!?』なーんて怒鳴られると思っていたのに、当の本人は耳までまっ赤だ。 「ちがっ、ちが、違うわよっ! その、色々と疑ったりしちゃったし、悪いなって思っててっ」 「そ、それにゆずの事を守った彼方はちょっとだけカッコ良かったし……」 「ハイン」 「惚れたな、俺に」 「ぃ〜〜〜〜〜〜っ!!??」 「え? いや、冗談だったっていうか。その、そんな反応されると」 俺まで赤面しちゃうじゃねぇかぁーっ! 「バ、バッカじゃないのっ!? ほ、惚れ、惚れるとかないからっ! もう帰るっ!」 「あ、おいハイン。待てって!」 駆け足で去っていくハインを俺も慌てて追いかける。 というかあの顔……。 あんな顔されたら俺、メッチャ意識しちゃうぞ!? 「牛乳飲むか?」 「カルシウムなら十分足りてるわよ!」 ……生理か? というデリカシーのない発言が出そうになったが、グッと言葉を飲み込んだ。 「アンタまた下らないこと思ったんじゃないでしょうねぇ?」 「思ってないよ、全っ然。ハハハ」 「はぁ。なんか色々考えてた自分がバカみたい。もういいわ、早く帰りましょ」 「おう、そうだな」 ため息交じりに肩を落としたハインと共に帰路へとついた。 駅前本屋 「……なるほど、ふむふむ」 「きゃぁっ!」 「うぉっ! ビックリした」 「それはこっちのセリフよ! いきなり声かけてこないでっていつも言ってるでしょっ……!」 それにしてもこんなに焦るなんて、なんかやらしい本でも読んでたのか? どれどれ背表紙は――っと。 「全国温泉大全集?」 「っ!!」 「ははっ、温泉楽しみなんだな」 「〜〜〜〜っ! そ、そうよ! 悪い!? 私が皆と行く温泉を楽しみにしてたら、何か不都合でもあるってわけ!?」 「似合わないとかガラじゃないとか、そんな事は彼方に言われなくても分かってるんだから!!」 「そんな風に思うわけないだろ。楽しみにしてくれて嬉しいなって思ってるよ」 「な、なによ……」 「ほら、俺達急に一緒に住むことになってさ、色々あったし。リリー先輩はあんな感じだから、結構強引な所もあるだろ? 勿論そこが先輩のいい所でもあるんだけど」 「でもそれで仕方なくハインも行くって感じだったら、やっぱ悲しいしさ」 「そんな事は……全然ない、けど」 「うん、こうしてガイドブックまで見に来てくれてるんだもんな。安心したよ」 「それ何度も言わないでよっ。大体彼方はここに何しにきたのよ」 「ハインと同じ」 「俺も見に来たんだ、ガイドブック」 「なんだ、彼方も楽しみにしてるんじゃない」 「当たり前だろ? 皆で行く初めての旅行なんだからさ。ところでいい本あった?」 「えっとこれは見やすいかなって」 ハインがさっと本を取り出す。 「どれどれ――へぇ、料理や温泉の写真も多くて、見やすいな」 「あとはこっちも良かったわ」 「客室のレイアウトがいいな。へぇー、お、ここの旅館も良さそうだな」 「そうなのっ! 見てるだけで、次はここも行きたいな、こっちもいいなって次から次に目移りしちゃって」 「ははは、分かる気がする」 「でしょでしょ?  ――――って、べ、別に私はアンタと一緒にとかは、全然全く少しも微塵も考えてないんだからね!」 なんでいきなりそんな話になるんだ? 「きゅぅ〜〜〜〜〜っ! 私は十分見たから、先に帰るからっ」 なんだ? とにかくハインが帰るなら俺も帰ろうかな。 「じゃあ俺も一緒に」 「アンタはもっとしっかり予習しときなさいっ!」 凄い勢いで出て行ってしまった。 なんだったんだ一体……。 ハインは相変わらず面白いやつだなぁ。 「彼方も来たのね」 「やっぱりまだ少し気になってさ」 「そうよね。……簡単に片付いてしまうものね」 会場中をハインが見回す様に視線を送る。 ツリーの残骸はどこにも無い。 「もう跡形もないって感じだな」 「……残留思念もないわね」 「ハインは凄いな。俺にもそれくらい力があったら良かったんだけどな」 そうしたら、過去の世界でもゆずこを救えたかもしれない。 「でも予知夢を見てたんでしょう?」 「あぁ、うん、見てたけど……」 「それなら十分なんじゃないの? あらかじめ危機を回避出来る能力なわけだし」 「いつも見られるわけじゃないから」 過去も今も予知夢で危機察知が出来たわけじゃない。 ただ俺は起こる事を知っていただけだ。そしてそれは俺の能力なんかじゃなくて、ティアのおかげなんだ。 「か、彼方は気付いてないかもしれないけど、アンタの潜在能力って凄く高いと思うわ」 「そんな事ないよ」 「もうっ、煮え切らないわねっ。いい? 自信なんてものは自分で勝手に作り上げていくものよっ」 「ハハ、そっか」 「そうよ。他人がどう思おうと、自分が出来るって思えたらそれでいいじゃない。彼方に足りないのは自信よ」 「分かった。少しでも自信を持てるように、前向きに取り組むよ」 「ハァ。期待出来そうにないわね」 呆れたように溜息を吐くハインの優しさに、少しだけ心が軽くなった気がした。 「慰めてくれてるのか?」 「ハァ!? そんな事なんで私がしなきゃなんないのよっ」 「だって自分に自信をもっていいよって事を、言ってくれたんだろ?」 「ち、違――わないけど、でも別に慰めたわけじゃないからっ」 「そうよっ」 ハインの頬が紅潮している。 こういう所、本当に可愛いよな。 「有難うな、ハイン」 「もういいってば」 「ハインはその能力をコントロールする為に、きっと凄く努力をしてきたんだろうな」 「……そんなの、当たり前の事だわ」 「その当たり前の事を俺はしてこなかった。だからこれからはもう少し、自分の力と向き合ってみようと思うんだ」 父親へのコンプレックスもあった。それに加えて見たくないものが視えるこの力が、俺は好きじゃなかったんだと思う。 でも目を背けていたって、何にもならない。 だったら今度こそ、俺は俺自身とも向き合いたい。 「……期待してる」 「俺に?」 「の・う・りょ・くにっ! いい? あくまでも彼方自身じゃなくて、彼方の能力になんだからねっ」 「ははは、分かったよ」 「どうだかっ」 照れながらそっぽを向いたハインの横顔を眺めながら、俺は新たな決意を胸に秘めた。 ……自分の力を正面から受け入れるんだ。 ――――未来の自分の為に。 「おっひる〜♪」 「もーお腹ペコペコだよー。 早くセッティングしちゃお」 「だな」 ガタガタと机を移動させて、いつも通り4人の席をくっつける。 「セッティング完了♪  はい、彼方くんお弁当」 「今日も彼方はゆずこの愛情たっぷり弁当かー」 「えへへ〜。愛も栄養もたーっぷり詰め込んでみましたー」 ゆずこが弁当箱の蓋をあけると、そこには色合いも美しい完璧な料理の数々が並んでいる。 「卵焼きに、ほうれん草の胡麻和え。鰆の西京焼きに金平ごぼう。今日は和食だね。美味しそー」 「毎日ゆずこのご飯が食べられるってだけでも、彼方くんは相当な幸せ者だよね」 「ほんと、ほんと」 「感謝してます――っと、わっ」 手が滑って箸が床に落ちてしまった。 「もー、彼方くん何やってるのー」 「しょうがない。面倒だけど洗いに行ってくる」 「でも今日ってお昼前の授業に3組の体育、1組の美術が重なる日だから、今ごろ手洗い場は大混雑だと思うよ?」 そうか。 今日は他のクラスの生徒は、早めに手洗いを済ませておく魔の水曜日じゃないか。 「はぁ……今頃は洗顔と筆荒いで大行列だな」 その中に箸を洗いに行くのは、正直かなり面倒だ。 「じゃあ、ゆずこの箸で食べさせて貰ったら?」 「えぇ!?」 「なるほど! あーんってやつだね。ナイスアイディア♪」 「いやいやいや、ちょっと待て」 「ご安心下さい。弊社社員、路村ゆずこの『あーん』は高い信頼性を誇る幸福度アップ間違いなしの『あーん』ですから」 何をどうご安心すればいいのか分からん上に、なんなんだそのノリはっ! 「どうするの? わざわざ洗いに行くの?」 「……行ってくるよ」 「えぇーっ、なんでぇー!?」 「なんでもなにも恥ずかしいだろっ」 「家ではいつもしてもらってるクセに」 「し、してないよっ!」 ゆずこが顔を真っ赤にしながら否定する。 「……うぅっ、とにかく行ってくるよ」 心底めんどくさいけど、しょうがないよな。 教室で「あーん」はなぁ……。さすがになぁ……。 ……でもちょっと惜しいかったかなぁ。 「……洗いに行くのは嫌だけど」 「じゃあ決まり♪ ほら、ゆずこ」 「ほ、ほんとにやるの?」 「もっちろん」 「……ゆずこ、嫌じゃないか?」 クラスのど真ん中で、あーんなんて顔から火が出る程に恥ずかしいんじゃないだろうか? 「わ、私は……彼方くんがいいなら、いい、よ?」 「これは撃ち抜かれましたな」 「ですなぁ」 「ちょ、ちょっと二人とも! あんまりからかわないでよー」 「そうだぞっ」 「はーい。んじゃ昼休みも限られてるんだし、一つの箸で二人とも食べなきゃなんだから、早速やっちゃおー」 「う、うん」 おおっ、来るのか? やるのか? ついに! 本当に!? 「えっと……じゃあ彼方くん、いくよ?」 なんだろう、めっちゃ緊張してきたっ。 「あ、あーん」 恥ずかしさから少しだけ視線を宙を泳がせつつ、言われるがままに口を開いて――――ぱくっ。 「そりゃゆずこの料理がまずいわけないよね」 「おまけにあーんで食べさせて貰ってるわけだし」 確かにこうやって食べさせて貰うと、気恥ずかしさは半端ないが多幸感も凄まじい。 「さー、どんどんいきましょう。次はその卵焼きなんて丁度いいんじゃない?」 「なにがどう丁度いいんだよ」 「よく漫画とかで見るあーんって大体卵焼きな気がしない?」 「分かる気がするー」 なんの偏見だ。 「次は卵焼き、だよね?」 そう言ってゆずこがそっと卵焼きを差し出してくる。 「あーん、して?」 ……破壊力がヤバい。 引き寄せられるように思わず口が開いていく。 ぱくっ。 「おおっ!」 「よく見るやつだ!」 「どう?」 「ゆずこの味だ。美味しいよ」 「良かったぁっ」 「なんか今の言い方やらしくないですかぁ?」 「そうやって言われると……」 「やめなさい」 何を言ってるんだこの子らは。 ほら見ろ、完全にゆずこは分かってないじゃないか。 「そ、そーだ」 雰囲気を変える為に、財布をまさぐる。 「よっと、あったあった。ほら、ゆずこ」 「あっ、ギザ10!」 ギザ10とはいう間でもなく、ふちがギザギザになっている10円玉の事だ。 ゆずこは子供の頃にこれを母親から幸福のコインだと教えられ、それ以来熱心に集めている。 「さっき購買でノート買ったら、お釣りでもらってさ。ほれ」 「貰ってもいいの?」 「もちろん。こんなんじゃ毎日のお礼にもならないけどさ」 「彼方くーーん! ありがとう! とってもとっても嬉しい!」 「ハハハ、そんなに喜んでもらえれば本望だよ」 「えへへ、ギザギザだぁー」 10円玉のふちを指先で嬉しそうに撫でているゆずこを見ていると、自然とこちらも口角がゆるんでしまう。 「良かったね、ゆずこ」 「うんっ♪ このギザ10のおかげで、午後からもモリモリ頑張れるよー」 俺の方こそゆずこの愛情弁当で午後からも頑張れるぞ、と思ったが気恥ずかしくて口には出来ない。 「午後……。あーっ、英語の課題やってないっ」 「じゃあ急いで食べて、急いでやっちゃおう。私も手伝うよ」 「ギザ10の幸福パワー! ひなちゃんが課題をさくっと済ませられますよーにー!」 そんなに万能なものではないだろう、ギザ10。 でもこうして過ごしていると、楽しくて時間が経つのはあっという間だ。 ……ここに戻って来られて良かったな。 「リリー先輩、放課後部室で勉強みてくれるって〜」 「やった! これで勝つる!」 「勉強教えて貰って、勉強した気になっちゃうやつだコレ」 「きちんと理解出来なきゃ意味がないアレね」 「うっ、痛い所を……!」 「ははは。テストは明後日だから気合の入れどころだな」 「うんっ。ここを乗り越えてクリスマスパーティーの準備に専念したいしっ」 「クリスマスパーティーはそんなに大々的なの? 商店街にツリーを飾るのは聞いたけど」 「他にも色々あるんだよー。講堂で立食パーティーみたいなのもあるし、合唱部の聖歌に合わせて吹奏楽部が演奏したり」 「ちょっとした文化祭みたいな面もあるんだ」 「へえ、本格的なのね」 「楽しみだよねぇ」 「その前にテスト勉強しっかりとだな」 「うぅ……はい、まったくです」 「落ち込まない! 大丈夫だって。皆で集中して勉強するんだし」 「私も分かる所は教えるから」 「お互い乗り越えようっ」 「みんな……っ、うん! 私頑張るねっ」 「その意気だな」 楽しい事の前に、嫌な事はさっさと終わらせるに限る。 放課後は真面目に勉強するぞっ。 「毎年カップルが誕生するよな」 「そうなんだよね、えへへへ」 「私も彼氏ほしーなー」 「私もー」 「皆いないの?」 「いないよー」 「私もいない」 「いるように見える? いたらこんなにいつも皆と一緒にいないよ、私っ」 ひなた、目がマジだよ。 「ハインちゃんはどうなの? 前の所でいたりした?」 「わっ、私は、そういうのは……ない、けど」 「えーっ、意外!」 「ハインちゃん美人だから、いるかと思ってた〜。えへへ、仲間だね」 「確かに意外だな」 「べ、別にいいでしょっ! そういう彼方こそどうなのよっ?」 「いないけど」 「同じじゃないっ!」 「同じだな」 「くぅ〜〜〜っ!」 「えへへっ」 「どうしたゆずこ?」 「クリスマスは皆で過ごせるのかなって思って」 「そうかもな」 「じゃあ今年も私、ケーキ作っちゃおうかな」 「期待してました!」 「ゆずこのケーキ美味しいもんな」 「へぇ、それは楽しみね」 「うんっ! クリスマスが楽しみだね〜」 「無事に迎えられるように、まずはテストを乗り越えなくちゃね」 「そうでした……」 よしっ、放課後は真面目に勉強するぞ。 「うーーん……」 「彼方くん、入ってもいいー?」 「おう、どうした?」 「明日のお弁当なんだけど――あれ、家具のサイト見てたの?」 「ああ。ハインがリビングに小さめのラックが欲しいって言ってただろ? 俺もあったら便利だなって思ってたからさ、ちょっと探してみようと思って」 「へぇー。私も一緒に見てもいい?」 「もちろん。良さそうなのあったら教えてくれ」 大きく頷くと、ゆずこが俺の肩越しにモニターへと目をやる。 「座布団に座るか?」 「ううん、ここでいいよ。 えへへ、ありがとう。あ、これ可愛いー」 「どれ?」 「このキッチンワゴン」 「それも必要なら買うか?」 「ううん。見てるだけでいい」 「なんじゃそりゃ」 買わなくても見てるだけで楽しいなんて、いかにも女の子っていう感じがする。 「あー、このガーデンテーブルも可愛いなぁーー」 「うちのベランダじゃ、これは置けんぞ」 「えへへ、そうでした。でもこうして一緒に家具選ぶのって楽しいね」 「そうだなぁ――」 「なんか新婚さんって感じするかもな」 「新婚さんっ!?」 「そんなに驚くような事か?」 「だ、だってそれって結婚するっていうか、そのあのえっとっ! ……えへへ」 「なんだその緩んだ顔は」 「だって……んと、なんとなく?」 「はは。ゆずこは結婚したらどんな家に住みたいんだ?」 「結婚したら――――」 視線を宙に向けて、考え始めたゆずこの表情がくるくると変化していく。 でもその表情はどれも幸せそうだ。 「――――私は好きな人と一緒なら、どんなお家でもいいな」 「ゆずこらしいな」 「だって好きな人が隣にいてくれるだけで、毎日が楽しくて幸せだもん」 「確かにそうかもしれないなぁ」 「毎日自分の作ったご飯を食べてくれて、美味しいよって言って貰えて、ホントに幸せなの」 「ん? それだと今と変わらなくないか?」 「えっと、今! 今もとっても幸せって事っ。深い意味とかはないです、はいっ」 「はは、顔まっ赤だ」 「もーーっ、いいのっ、いいのですっ!」 「ゆずこは良いお嫁さんになれると思うよ」 「ホント? ホントにそう思う?」 「優しくて料理が上手いし、なにより家の中の空気を明るくしてくれる。俺はそういう人と結婚したいな」 「わ、私も! 彼方くんみたいな人と結婚したいっ。 側にいるだけで、自分が強くなれるような、そんな彼方くんのお嫁さんに――っ!」 「わわわっ! 違う違う、彼方くんみたいな人のっ」 「ははは、分かってるって」 「……分かってないと思う」 「ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど」 「なんでもないよっ。えっと、家具選ばなきゃねっ」 「だな。ハインの為にも真剣に探してやらんとな」 「そう、そうだよっ。あはは、話がズレちゃった」 「いくつか候補を決めて、ハインにも選んで貰おうか」 「うんっ。それがいいと思う」 あれもいい、これもいいと目移りしながら、俺とゆずこはネットサーフィンに勤しんだのであった。 「色々デザインが凝ってて面白いよな」 「ネットだと個性的なのも見つけやすいね」 「このコレベット型のベッド面白いな」 「車? 本当にある種類なの?」 「スボレーのコレベットっていう車種」 「へぇー。確かに可愛いね。子供が出来たらいいかも」 「そうだなぁ。子供かぁ」 ふっと、ゆずこと俺の子供だったら、どんな子になるのかなぁなんて考えてしまう。 「わ、私っ、あのっ、もしかして変なこと言っちゃったかな? あの、あのね、家族が増えたらなっていう意味で、あのその、えっと」 どうやらゆずこも同じらしい。顔を真っ赤にして、手をバタバタさせている。 「いつか増えるといいな、家族」 ゆずこはいつだって優しく微笑む。 そんなゆずこには絶対に幸せであって欲しいと、心からそう思った。 「ゆずこー、手伝いにきたよー」 「ポスターの方はもういいの?」 「何とか無事に終わったよ」 「あれ、ハインちゃんは?」 「気になる事があるっていって、商店街の奥の方へ行ったよ」 「体よくサボったんじゃないか?」 「彼方くんじゃあるまいしー」 「あはは、それより見てっ。ほらっ、あそこにツリー設置されたんだよ」 「うわぁ、やっぱり大きいねぇ」 「でしょでしょ」 ツリー、か。 パーティー会場のメインとして巨大なツリーが配置されている。 …………クリスマスパーティー……ツリー…………。 きゃああああああ! 誰か! 誰かきてくれ!! 「……まただ」 またあの嫌な感覚がよみがえる。 なにかが――なにかが起きたはずなんだ。 あと少しで思い出せそうなのに、その記憶にわずか手が届かない。 「じゃあ早速飾りつけしてかなきゃね! 彼方くんもモチロン手伝ってくれるよね?」 「……あ、ああ」 「おいおい、ぼーっとしてる時間はないよーっ? パーティー当日まではやる事いっぱいなんだから」 「分かってるよ」 とにかく今は目の前の事に集中しよう。 皆にいらない心配をかけたくもないしな。 「ツリーのオーナメントとかは届いてるの?」 「うん、こっちに色々あるよー」 ゆずこがガサガサと足元の段ボールを広げていく。 「うわぁ、いっぱいあるねぇ」 「でもこれでもまだ全部じゃないんだよ。さすがにこれだけ大きなツリーの物となると、数もハンパじゃないねー」 「そういえば手芸部の子達が、まだまだ作ってくれてるみたいだったよ」 「へぇ〜、楽しみだね♪ じゃあ早速、飾りつけていこう。高い位置の飾りつけは業者さんがやってくれるみたいだから、手の届く範囲を攻めてこう」 ゆずこは複雑な家庭環境で育ったせいか、他人に気を使いすぎるふしがある。 頑張りすぎるゆずこを見ていると、たまに無性に心配になってくる。 きっと俺と出会う前のゆずこを守ってくれていた女の子も、ゆずこの事が危なっかしく見えたんだろうな。 「あ、向こうで呼んでる。ごめんね、ちょっと私行ってくる」 「おう。頑張れよ」 「はーーい!」 ん? あそこでこっちを見ているのは……。 消えた。 でもティア、だったよな? 「さー、どんどん飾り付けてくよー」 「おーっ! はい、こっち彼方くん担当ね」 手に取ったオーナメントは日の光に晒されて、きらきらと輝きながら俺の思考を遮った。 「うーーーーん……」 「どうしたんだ、ゆずこ。そんなに唸って」 「あ、彼方くん。あのね、これなんだけど」 「ギザ10か。でも随分汚れてるな」 「そうなんだよ。洗剤で洗ってみたけど、あんまり綺麗にならなくて」 「でも折角の幸福のコインだもん、ピカピカにしたいなーって思ってるんだけど」 「そうだな――」 「消しゴムで擦ってみたらどうだ?」 「それ案外いいかもね。持ってくる」 「持ってきたー。よいしょっと、どうかなー? ゴシゴシゴシ」 ゆずこは懸命に消しゴムで10円玉を擦っている。 「うーーーん…………。どうかな?」 かざされた10円玉は、少し汚れが落ちたように見えた。 「ちょっと綺麗になったか?」 「うん。とりあえずの汚れはとれた、かな? 彼方くん、アドバイスありがとー」 「もっと劇的に綺麗になったら良かったんだけどな」 「でもこうして彼方くんとギザ10の事お話出来たし。えへへ、やっぱりギザ10は幸福のコインだ」 「こんな事でか?」 「こんな事が嬉しいんだよ」 えへへ、と笑うゆずこを見て、なんだかほっこりしたのであった。 「ウスターソースがいいって聞いたことあるぞ」 「ウスターソース? どうするの?」 「ソースに浸して10分くらい待てばいいんじゃなかったかな」 「やってみる。えーっとソースソース……」 「あった。ちょこっとだけ小皿に入れれば十分だよね?」 「おう。コインの両面にソースが付けばいいんじゃないか」 「じゃあ――――これでよしっと。うん、ちょっと待ってみるね」 10分後。 「どうかなー?  なんかワクワクしちゃうね」 「理科の実験って感じだな」 「ではソースを流します」 「よろしくお願いします」 「うわぁ〜〜〜っ、すごいよぉー!  見て、ピッカピカ!」 水で洗われた10円玉は、まるで新品のように綺麗に輝いている。 「ホントだ、凄いな」 「うんうん、新品みたいだよーっ! ギザ10の新品なんて手に入らないから、すっごく嬉しいっ」 「他のも浸けてみたらどうだ?」 「だね! あ、でもこんな事にソース使ったら勿体ないよね。そうだっ、明日は豚カツにしよう」 「食べ終わった後の食器に残ったソースを使うって事か」 「ちゃんと考えてて偉いな、ゆずこ」 本当に嬉しそうだな。 「ありがとね、彼方くん」 「なにもしてないぞ、俺は」 「そんな事ないよ。彼方くんに教えて貰わなかったら、ソースなんて思いつかないもん。えへへ」 「嬉しそうだなぁ。よっぽどピカピカギザ10が嬉しかったんだな」 「それもあるけど、こうして彼方くんと一緒に過ごせるのって幸せだなって思って。ふふっ、やっぱりギザ10は幸福のコインだなー」 「はは、そうかもしれないな」 何気ない事でも、一人で過ごしがちだったゆずこにとっては幸せを感じる事なんだろう。 幸福のコイン、か。 それでゆずこが幸せになるのなら、何枚でも集めてやりたくなるな。 「ゆずこ、ひなちゃん。今日うちに寄ってかない?」 「なになに?」 「おかあさんがクッキー焼いてるんだけど、多分いっぱい出来ちゃうと思うんだよね」 「だから良かったらどうかなって」 「行く行く♪ ママさんのクッキー楽しみー」 「ゆずこは?」 「んー、今日はちょっと行けないんだ。残念」 「そっかぁ。ハインちゃんも一緒に暮らすようになって忙しいよね」 「う、うん。そうなんだ」 「じゃあまた今度焼いた時には、ハインちゃんも誘って一緒に来てね〜」 「ありがとう。その時を楽しみにしてるね」 「じゃあまたね」 「うん、ごめんね。また今度!」 「彼方くん、見てたんだ」 「家の方は俺がやっておくし、行って来たらどうだ?」 「ううん、いいの」 「そうか?」 「……うん。私ね、最近ちょっとダメなんだ」 「ダメ?」 「クリスマスにお母さんと別れたから。この時期は、なんだか普通の家族って言うか」 「そういうの……ちょっと苦手っていうか」 「こんな事、思っちゃいけないのにね。ありえもママさんも大好きなのに、羨ましいな、いいなって思っちゃって」 「ごめんねっ。あはは、ホント私ダメダメだぁ」 「無理しなくていいぞ」 「無理はしてないよ? そんな風に見えちゃった、かな?」 そう言って笑うゆずこは、やっぱりどこか寂しげだ。 「ゆずこ〜〜〜〜〜っ」 「わぁっ! なに〜〜〜?」 名前を呼びながら、ゆずこの頭をワシャワシャと撫でまくる。 「偉いぞ、ゆずこ〜〜〜っ。毎日ありがとうな、ゆずこ〜〜〜っ」 ワシャワシャワシャッ。 「あはははっ、やめてよ彼方くんっ。 髪の毛がボサボサになっちゃうよ〜」 そう言いながらも頭を撫でられて喜ぶ犬のように、ゆずこは俺の手に身を任せて、されるがままになっている。 「あははは、彼方くん〜〜っ、あははっ」 「あはははははっ」 「どーだ、元気出たか?」 「出た出たっ、出たからもうやめて〜。 くすぐったいよ〜」 「よーっし」 撫でまくった手を止めて、ゆずこの髪をなんとなく整えてやる。 「あー、くすぐったかったぁ〜。えへへへ」 「ゆずこ、帰るぞ。俺達の家へ」 「……うんっ。私達のお家、だもんね」 「その通り!」 血が繋がっていなくったって、同じ環境で育って居なくったって、一緒に暮らす俺達は家族だ。 少なくとも俺にとってゆずこは、守ってやりたい存在なのだから。 「……帰ろうか」 「よしっ、今日は俺も何か一品作るよ、夕飯」 「彼方くん、何か作れたの?」 「さすがに卵焼きくらいなら、俺でも作れるだろ?」 「あー、意外と難しいんだよ? 卵焼き綺麗にパタンパタンって折れる?」 「……スクランブルエッグにしとく」 「ふふっ。彼方くん、ありがとう」 「まだ作ってないぞ?」 「あははっ。うん、そうでした」 そう言うと、ゆずこは少しだけ俯いて小さく頷いた。 部活や実行委員を精力的に活動するのは、寂しさを紛らわせたいのかもしれない。 そんな事に俺は、今さらながら気付いたのだった。 「日用品と夕飯の材料の買い足しに、商店街まで行ってくるねー」 「俺も行くよ。荷物持ちくらいさせてくれ」 「せっかくの日曜日なのにいいの?」 「もちろん。というかそんな事言い出したら、ゆずこの方こそせっかくの日曜なのに、家の事ばかり気にしてるじゃないか」 「私はお家の事するの好きだから」 「じゃあ俺もゆずこの手伝いするの好きだぞ」 「えへへっ、そっかぁ。ふふっ、ありがとう」 「よし、行くか」 「うんっ!」 「全部買えたか?」 「んーっと、ねぎでしょ、にんじんでしょ、ティッシュに歯磨き粉、それと――――」 「うん、全部そろった」 「よし、じゃあ帰るか」 「うん。 ――あ、あれ」 「ありえだな」 一つ向こうの通りで、ありえが犬を連れて歩いている。 「おーい、あーりーーえーー」 「!」 「あ、気付いた」 「奇遇だねー。二人とも買い物〜?」 「おう、日用品のな。よー、ウチュウ元気にしてるかー」 「ワン!」 ありえの愛犬のウチュウは、嬉しそうに俺達の足元をくるくると回っている。 犬種は確かキャバリアとかいう種類だったはずだ。 ありえと何となく髪型というか雰囲気が似ていて、見ているとほっこりしてしまう。 「今日はウチュウちゃんが一緒なんだね。じゃあ迷子の心配はないね〜」 「うんっ。商店街はおかあさんのお店もおとうさんのコンビニもあるし、庭みたいなものなんだけど、それでもたまに迷子になっちゃうから」 「ウチュウには助けられてるよ〜。あはは」 ウチュウは『ナビゲーターなら任せて!』と言わんばかりに尻尾を振っている。 「うんうん、ありがとね、ウチュウ」 「ウチュウは偉いなぁ」 「あら、あなた達こんなところで奇遇ね」 「あ、おかあさん」 「こんにちは、ママさん」 「ワワンっ♪」 喜ぶウチュウにありえが優しく微笑みかける。 「ありえ、ウチュウがいるから大丈夫だと思うけど、気を付けて帰らなきゃダメよ」 「だーいじょうぶだって。ね、ウチュウ?」 「ワンッ」 「万が一の事があったとしても、ママさんのお店のお客さん達も、ありえの事は気にかけてくれてるし、今のありえなら地元ネットワークですぐに見つかりますよ」 「ふふ、そうね。皆のおかげだわ。――あら、あの人は初めて見るわね。ちょっとお店の名刺を配ってこようかしら」 ママさんの目が商店街に営業に来たらしき、見慣れないサラリーマンの姿を捉えていた。 「もー、おかあさんやめてよ。すぐに名刺配って回るんだから」 「地道な営業が大切なのよ。それにこういう活動が、ありえの事を知ってもらう切っ掛けになるんだから」 「おかあさんってば本当に心配性だよね」 「子供の頃、あんなに派手に迷子になったんだもの。心配性にもなるわよ。あの時はどこを探しても見つからなくて、お母さん本当に腰が抜けそうだったんだから」 ありえは子供の頃、一人で歩いていたら隣町まで行ってしまい、ママさんは誘拐でもされたのじゃないかと、気が遠くなるほどに心配したという。 結局その時はテンチョの友人が、運よくありえを見つけてくれて事なきを得たとの事だが、以来ママさんはありえの迷子には敏感だ。 「例の迷子事件があってからですよね。ママさんがお店を開いて、来るお客さん来るお客さんにありえの話をして」 「今ではこの街でありえを知らない人間はいないってくらいで」 「誰かしらありえを見つけては助けてくれて、この街の皆さんにはいつも感謝してるのよ」 「うぅ……ちょっと恥ずかしい」 「恥ずかしいなんて言ってる場合ですか。あなたがいなくなってしまう恐ろしさに比べたら、どんな事も恥なんかじゃないわ」 「もー、なんかくすぐったくなってきたぁ! 私、帰るね! みんなまったねー!」 ありえはウチュウにアイコンタクトを送った後、大きく手を振ってくるりと方向転換した。 「気ぃつけて帰れよー」 「ありえ、またねっ」 「うん! よし、ウチュウ帰るよっ。 こっちこっち〜」 「ワワワワン! ワン! ワン!」 「あ、こっちか。 はは、よーしウチュウ私を導いておくれ」 いつもの調子とはいえ、ウチュウが付いていなかったら、不安な事この上ないな……。 「全くあの子ったら……。二人ともいつも有難う。これからもありえと仲良くしてあげてね」 「任せて下さい」 「ふふっ、じゃあ私も行くわね。二人も気をつけて帰るのよ?」 ママさんは優雅な足取りで商店街の中へと消えて行った。 「……………………いいなぁ」 「え、あ、ううんっ! なんでもないよっ」 なんでもないって顔じゃない。 きっとありえとママさんを見て、自分の母親の事でも思い出したんだろう。 「ゆずこには俺がいるだろ。それに、今はハインも」 「彼方、くん?」 「俺達は家族みたいなもんだろってこと!」 常々思っていた事とはいえ、こうして口に出すのはやっぱり少し気恥ずかしい。見る見る赤面していくのが自分でも分かった。 「うん…… うん、うんっ!」 嬉しそうに笑いやがって。 「そうだよね、えへへ。 彼方くん、ありがとう」 誰かの事を羨んだり、自分を寂しく思ったり。 そんな事は大人になったって続く事なんだ。 だからこそ大事な人の隣には、いつだって立っていてやりたい。 今の俺は心からそう思える。 「買い忘れないか?」 「うん、大丈夫。リリー先輩も来てくれるし、張り切ってご飯作るからね」 「私とひなちゃんも作るからね〜」 「女子力見せてやるです」 「はは、それは楽しみだな」 ゆずこにありえにひなたにハイン、それにリリー先輩。これは賑やかな食事会になりそうだ。 「…………ごめんね。足、まだ痛む?」 「まだ気にしてんのか。足はもう殆ど平気だよ」 「でも……。彼方くん、あんなに忠告してくれてたのに。いつもは彼方くんの夢の話を聞くの大好きなのに。肝心な時に言う事聞けなかったら意味がないよね」 「私ね、実行委員に選ばれて、それで何としてもクリスマスパーティー成功させたかったんだ」 「そういう賑やかなのって憧れで、ありえやひなちゃんと出来るのが嬉しくて」 「だから色んな不安もあったけど、彼方くんの予知夢はただの悪い予感なんだ、大丈夫なんだって……自分に言い聞かせてた」 「彼方くんの事、誰よりも信じてるのは私――そう思ってたのに、すごくズルいよね」 「そんな事ないさ」 「ごめんね、本当にごめんなさいっ」 「俺はさ、予知夢とか人とは違う物が視えたりだとか。そういうの凄く辛い時期があってさ。でもその度に隣でゆずこが、そんな俺の話を嬉しそうに聞いてくれて」 「怖いとか気持ち悪いとか思って当然なのに、ゆずこはそんなことおくびにも出さないでいてくれてさ。感謝してるんだ」 「だからもしゆずこが俺のおかげでって思ってくれるなら、俺はそれを……その、誇ってもいいのかな? なーんて」 「彼方くんっ!」 「うわぁっ、ゆずこ! いきなり抱き付くなって!」 「おおっ! 熱い展開っ☆ 黙って見守っていた甲斐がありましたっ」 「ひなちゃん、からかわないのっ」 ひなたとありえの言葉も耳に入らないといった様子で、ゆずこがにこやかに微笑みかけてくる。 「えへへ、うん……! 彼方くんは私の自慢だよ!」 「あはは、エッヘン! だな」 「なーにやってんだお前ら、こんな往来で熱く抱き合っちゃって」 「てててて店長さん!? いいいい、いつから見てました!?」 「ゆずこには感謝している。俺は誇っていいのか? ははは、みたいな所からだな」 「結構見てましたね! もっと早く声かけて下さいよっ!」 「もー、おとうさんったら空気読んでよー」 「読んでたから黙って見てたんだろ?」 「……うぅ、お気遣い有難うございます」 「ははは、その様子だとケガ、大した事ないみたいだな」 「はぁーっ。なんだ心配してくれてたんですか」 「当たり前だろう。お前がツリーの下敷きになった――なんて噂が飛び交っててさ。心配してた所にお前らが現れたんだ。そりゃ様子を伺うだろ」 「ご心配おかけしましたっ」 「二人とも無事で良かったな」 「はい。でも覗きは控えて下さい」 「イケズだなぁ、彼方は」 「どっちがですか!」 「あはははっ」 ゆずこにも笑顔が戻ったみたいだな。 「さっきおかあさんにはメールしておいたけど、今日は彼方くんの家で皆と食事会してくるから」 「いいじゃないか。帰り大丈夫か?」 「私が送ってくからご安心を」 「いつも悪いな、ひなちゃん」 「帰り道の途中なんで全然大丈夫です」 「有難うな。じゃあ皆、しっかり楽しめよ」 「じゃあ行こっか」 「ありえ、そっちじゃないよ! こっちこっち」 「全くお前は……」 「えへへへ。じゃあ改めてしゅっぱーつ」 不安そうなテンチョに見送られながら、俺達は商店街を後にした。 「温泉♪ 温泉♪」 「わくわくだな、ゆずこ」 「おやつも買ったし、新しいタオルも買っちゃったんだ」 「おやつは俺にも分けてくれよ?」 「もっちろんだよ! ふふふふふ〜ん♪」 「にしてもご機嫌だな」 「分かる? 分かります? 分かっちゃいますぅ〜?」 「じゃーーん! コレ、さっきお釣りでもらったんだ」 ゆずこが翳したのは10円玉だった。 ん、という事は――――やっぱりフチがギザギザになっている。 「ギザ10じゃん。やったな」 「うん! ギザギザの10円玉は幸せのコインだもん。えへへ、嫌なことは続かないように出来てるんだね」 「うん……」 「まだ気にしてるのか?」 「気にしてないっていったら、ウソになるよ? 彼方くんにケガまでさせて、結局パーティーは中止だし……。あの時、彼方くんの指示に従っておけば――って」 「それは仕方のない事だっただろ。それに俺は――ホラもうこの通り、ケガも治ってピンピンしてるわけだしさ」 左足の軽い打撲は、あっという間に治ってしまった。 「うん、治って本当に良かった」 「おおげさだなぁ」 「……この街に来る前に、私の事をいつも気にしてくれてたユウちゃんの話、覚えてる?」 「ああ、覚えてるよ」 「ユウちゃんもね、いっつも私のこと守ってくれたんだ。クラスで浮いちゃいそうな時も、すぐに側に来てくれたりして」 「ドッヂボールの時なんか、私の代わりにボールにぶつかっていったり」 「大事にしてもらってたんだな」 「うん。なんかね、従妹に病気で動けない子がいて、元気だった頃のその子の笑顔と私の笑顔が似てるからって。そんな理由を聞いたことがある」 「そっか」 「私ね……いつか絶対ユウちゃんを助けられるようになりたいって思ってた。でも出来ないまま引っ越して」 「そしたら今度は彼方くんに助けられてばっかりで。だから、今度こそは――」 「彼方くん、何か困ってる事とか、悩んでる事とか……そういうのがもしあったら何でも言ってね。私はいつだって彼方くんの味方だよ!」 「ふっ、あはは」 「もー、なんで笑うのー」 「いや、味方っていう言い方が、可愛いなと思ってさ」 「子供っぽかったかな」 「ゆずこらしくていいと思うぞ」 「うーーーん、それって私が子供っぽいってこと?」 「ゆずこはゆずこっぽいってこと」 「よく分かんないよ、それー」 「そのままでいいって事だよ」 「そう? ふふっ、そっか」 柔らかな髪を揺らして笑うゆずこは、無邪気で愛らしい。 この笑顔をこうして向けて貰える事に、俺は胸がいっぱいになった。 あれ、あそこにいるのって――――。 「彼方くん! どうしたの、こんな所で」 「それはこっちのセリフ。俺は通りかかっただけだけど、ゆずこはどうしたんだ? そんな所でしゃがみ込んで」 「タイムカプセルを探してたんだ」 「タイムカプセル?」 「この街に来た時に、この公園に埋めた事を思い出して。確かこの辺だったと思うんだけどなー」 体を丸めて、一生懸命に土を掘っている。 「手伝おうか?」 「え、いいよ。結構大変だよ?」 「じゃあ尚更手伝わせてもらわないとな」 「彼方くん……ありがとう」 ゆずこの近くにしゃがんで辺りを見回す。 「よいしょっと、じゃあこっち掘ってみるな。掘る物、掘る物――っとこの石でいいか」 「うん、お願いします」 手頃なサイズの石の角で、焦げ茶色の土をガリガリと掘り進める。 「黙々と掘っちゃうな、これ」 「なんか土触ってると真剣になってきちゃうんだよね」 「分かる気がする」 「……何を埋めたかは覚えてるのか?」 「んーとね手紙と……あとは宝物」 「宝物、か」 「うんっ、宝物」 子供の思う宝物なんて大した物じゃないだろうが、きっと思い出がいっぱい詰まった物なんだろうな。 「うぉっ! なんか当たったぞっ」 「ホントだ。よしっ、私もそこ掘るっ」 掘る事しばし。 「………… あった!」 そう言ってゆずこは錆びた缶ケースを土の中から掘り起こした。 「良かったな、見つかって」 「うん! 有難う! 早速見てみるね♪」 嬉しそうに缶ケースの蓋を開けたゆずこが、嬉々として中を覗きこむ。 「手紙は……、あった! ユウちゃんからの手紙!」 「前の街で仲良かった子だよな」 「うんっ! この手紙ね、新しい街へ行っても、ゆずこちゃんならすぐに友達出来るよって書いてあるの」 「私ね、この街に来るの凄く不安だった。友達が出来るかなって考えると怖くて堪らなかった」 「だけどこの手紙を読むと、勇気が貰えたの」 ゆずこの指先が愛しそうに手紙をそっとなぞりあげる。 「彼方くんに友達になってもらうまでは、毎日読み返してたんだよ?」 「そうだったのか」 「彼方くんに友達になって貰って、それから他の友達が出来て。その内にこの手紙に頼らなくてもよくなって」 「それでタイムカプセルにしたんだ。大切な思い出のカプセル」 「宝物の方はどうなんだ?」 「そっちもバッチリ入ってたよ。ほらっ」 そう言ってゆずこが缶から取り出したのは、ギザ10だった。 「ギザ10か」 「あっ、またギザ10〜? って思ったでしょっ。このギザ10は特別なギザ10なんだからっ」 「特別?」 どこか他のものと違う所でもあるのだろうかと、顔を近づけてじっくりとゆずこが翳したギザ10を観察する。 「普通のギザ10に見えるがなぁ」 「……これはね、彼方くんが私に初めてくれたギザ10なんだよ」 「え、そうなの?」 「そうなのっ! 私がギザ10集めてるって言ったら、彼方くん次の日持ってきてくれたんだ。『家じゅうひっくり返したらあった』って笑ってたな」 言われてみれば、そんな事もあった気がする。 「……私に勇気をくれた手紙とコイン。ちゃんとあって良かった」 その時、背後から視線を感じた。 振り返ると、寂しそうなティアが木の下に立っていた。 俺が名前を呟くと、彼女は風に溶けるようにふっと姿を消した。 「いや、なんでもない」 ゆずこにティアは視えない。だから何でもないとしか言いようがない。 「……私、強くなるから」 「えへへっ、彼方くんに心配ばかりかけさせてられないもんね。今日はタイムカプセルに勇気をもらいに来たのでしたー♪」 そう言ってゆずこはおどけて笑いながら、大切そうにタイムカプセルの缶を胸に抱いた。 「はは、そっか。さて、帰るか。その前にちゃんと土を戻しておかないとな」 ゆずこは健気だ、いつだって。 だから俺はそんなゆずこを守りたいと思う。 ――――昔も、今も。 「見つかるといいな」 「うん。彼方くん、もう家に帰るよね? だったらハインちゃんに頼まれてた雑誌、部屋の机の上に置いてあるって伝えておいてもらえるかな?」 「了解。あんまり遅くなるなよ?」 タイムカプセルかぁ。 懐かしいな、俺も昔どっかに埋めた気がするなぁ。 「ふっふっふ、聞いたぞ、黛」 「な、なにをですか?」 リリー先輩のこの笑顔。きっとろくでもない事を言われるに違いない。 「キミの家の同居人に、新しく転校生が加わったらしいな」 「えぇ、まぁ。でもどうしてそれを?」 「私は何でも知っている」 こえーよ! 「それで、それが何か?」 「冷たいじゃないか、黛。 その彼女、特別な力を持っているそうじゃないか」 ぎくぅっ! 「そ、そう、でした? いやー、ないですよ、特別な力なんて、ないない。ぜーんぜんないですよ」 「ちょっと」 さ、最悪のタイミングだ……! 「この私に特別な力がないですって? ぜーんぜん何の力もないタダの可愛い女の子ですって?」 「そこまでは言ってないだろっ」 「彼方の分際でよくもまぁ私の力を甘くみた発言が出来たものだわね!」 「ほう、ほう、ほほーーーーう! 彼女が例のドイツ人のお父上と、超能力者のお母上をもつ宮前ハインリッヒ小町くんか」 「ドイツ語、の方がいいのだろうか?」 「私は生まれも育ちも日本ですからドイツ語での会話は不要です」 「なんだそうか。それならばこちらとしても話しやすい。私はこの学園の生徒会長兼オカルト研究部部長の大山莉璃だ。リリーでいいぞ。あらためてよろしく、宮前」 サラッとドイツ語で会話をしようとする所が、さすがリリー先輩だ。 だけど……なるべくなら会わせたくなかった。これは、絶対ヤバい流れになる。なるに決まっている。 「……どうも」 (ラストネームで呼ばれるのは嫌いなんだけど、リリは年上だし仕方ないか……) 「それで、だ、宮前」 先輩の目つき変わったぁーー! 「っ! な、なにか?」 リリー先輩の迫力に、ハインの肩がビクンと跳ねる。 「キミのお母上は超能力を使って、行方不明者を何人も発見しているというじゃないか。生者だけでなく、残念な結果になってしまった方も含めて、な」 「心より敬意を表する!」 「えぇ、そうよ。ママは私の自慢だもの」 「そうだろうそうだろう。では宮前、単刀直入に言おう。君もオカルト研究部に入らないか?」 「はぁ? 私が?」 「そうだ、オカ研で一緒に〈現世〉《うつしよ》と〈常世〉《とこよ》の狭間を研究してみないか? もっとも君なら研究するまでもなく、理解出来てしまっているの かもしれないがな」 「ん? なんだその嫌そうな目は。はっはーん、分かったぞ宮前。キミはオカルトというものを、怪しいサブカルチャーとでも捉えているのではないか? 」 「だとしたらそれは全く違う。確かに君はその能力で実際に、〈幽世〉《かくりょ》の世界と交信出来ているのだろう。つまりそれは君にとっては間違いなく〈現世〉《うつしよ》なのだ」 「だが能力のないものにとってはどうだ? それは“隠されたもの”という広義の意味でのオカルトに他ならないではないか」 「ちょ、ちょっ……」 「諦めろ、ハイン。こうなった先輩は誰にも止められない」 「はぁ!?」 「たとえばマイナスイオンや波動なんていう疑似科学。あれだって十分オカルトだ」 「だが実際はマイナスイオン発生機の類は電気屋にいけば当たり前のように売られているし、波動にしたってそうだ。いや私は別にこれらを否定している訳では無い」 「ただ人間は理解の及ばないものに対して懐疑的、あるいは妄信的になるという事だ。だが我がオカルト研究部は違う」 「理解の及ばないもの、目に見えない世界にも真理は存在するのではないかという疑問」 「そしてそれはきっと私を、いや我々を次のステージへと導いてくれると、そう信じている」 「疑いと確固とした信念、その両方をもって活動しているのだ、我々は」 「そんな大層な理念があったんですか……」 「黛ぃっ!」 「ひぃっ! し、しまった」 「〈現世〉《うつしよ》と〈常世〉《とこよ》、〈幽世〉《かくりょ》にもっとも近い君がそんな事では困るぞ!」 「いや、そのー、ははは……」 「分かった、黛。キミにはもう一度しっかりと教えねばならないようだ。黛は筋が良いから理解していると、私が勝手に思い込んでしまっていたのも悪かった」 「よし、さっそくだが――」 「い、いやその……」 「……そぉーっと」 「あ! ハイン!」 「私、急用を思い出したんで、これで! さよならっ」 「ああ! 期待の超新星が!」 「先輩、俺の教育なんてしてる場合じゃないですよっ。期待の超新星の確保の方が先ですっ」 「む、そうだな! おーーーい、待ってくれ宮前ーーーーっ!」 「先輩! 廊下は走っちゃいけませんよーーー!」 「ハッ! わ、私とした事がっ!」 ふぅ、なんとか助かった。 先輩も早歩きで追いかけて行ったし、あれならハインも逃げ切れるだろう。 この隙に俺もここを離れた方がよさそうだ。 くわばらくわばら。 「やぁ黛。クリスマスパーティーの準備は捗っているか?」 「俺はゆずこと違って実行委員ではないですけど、協力できることはしてますよ。そういう先輩はどうなんですか?」 「私は生徒会長だぞ。 そりゃあもう忙しいさ」 「の割にその手に持っている本は――ソロモンの小さな鍵ですか」 「〈聡〉《さと》いな、黛。さすがだ」 「それとそっちは羊皮紙ですか」 「ああ、今朝届いたんだ。今は何でもネットで注文できるからな、いやはや便利だよ全く」 「……先輩」 「なんだ?」 「ダメですよ、悪魔召還なんて」 「はっはっは!」 「笑っている場合ですか。そんないそいそとグリモワールと羊皮紙抱えて、早速ためしてみちゃおっと☆ とでも思ってた感バリバリですよ」 「試してみたくなるだろう。それにこれはちゃんとした契約だぞ? 下手な低級霊よりよっぽど安全だ」 「悪魔のふりをした低級霊はゴマンといますし、そもそも全く安全じゃありません」 「固い、固いなー、黛は」 「リリー先輩」 「あんっ、黛ってすっごくかったぁい」 「そんな色っぽい声出してもダメです」 「チッ、なかなかやるな」 「とにかく、これは俺が預かっておきます」 「ああ、そんな殺生な!」 「部長に危ない事をさせないのも部員の務めですから。さ、リリー先輩、パーティーの準備を手伝いに行きましょう」 「ま、待ってくれ黛! せめてチラッとだけでも試させてくれ」 「ダメですって」 「どうしてもか?」 「……はぁ、仕方がない。ここは黛に花を持たせてやるか」 なんとか諦めてくれたようだ。 まったく油断も隙も無い先輩だよ、本当に。 「……はぁ。ダメですけど、見るだけなら」 リリー先輩の潤んだ瞳で懇願されては、無碍に断る事も出来ない。 「話が分かるじゃないか。よし、では見るだけにしても黛の意見を聞かせてもらおうか」 「意見って言われても困りますよ。俺は専門家でもないですし」 「なに難しい事はない。例えばここに書いてある清めの儀式についてだ」 「色々ありますよね。書物によっても清めの儀式って千差万別な気もしますけど」 「そうなんだよ。まず衣服の着用だが、やはり何も身に着けない方がいいのだろうか?」 「いっ!?」 「なにを驚くことがある。 魔方陣に入る前に、己の身を清め、裸のまま陣の上に立つことはオーソドックスな事だろう?」 「あの、リリー先輩……さっき、その本で儀式を始めようとしてましたよね?」 「そうだが」 「ここでやろうとしてました?」 「ああ。シャワー室を借りて、その後は部室でと思っていたが」 「ダ・メ・で・すっ! 止めて良かったですよ、本当に!」 「なぜだ? 部室なら何も問題はあるまい」 「大ありです! 学園のっ、部室で、全裸とか――――!」 うぅっ、想像したらヤバい。 「〈初心〉《ウブ》なやつよのぉ、黛」 「そ、そういう問題じゃないでしょうっ!」 「ははは。黛のその顔が見られただけで、今日はよしとしようか」 「……もうそれでいいです。そうしておいて下さい」 リリー先輩を部室で全裸にするわけにはいかないからなっ。 はぁ。それにしても先輩にはやっぱり敵わないな……。 「あれ、リリー先輩だけですか」 「みんな忙しいみたいでな。そういう黛こそどうした? 今日は活動日じゃないぞ」 「俺はちょっと忘れ物を取りに――ってあれ、先輩かわいいヌイグルミですね」 先輩の膝の上でキュートな表情のクマのぬいぐるみが、ちょこんと座っている。 「ふふ、そうか?」 「どうしたんですか、それ」 「作っているんだよ、私が。あとはこのリボンをつけてっと――――よし、完成」 「手作りですか。器用に作るもんですねぇ〜。さすがリリー先輩だ。それ、誰かへのプレゼントですか?」 「分かるか?」 「さっきリボンを着けてあげる時、とっても優しい目になってましたから」 「そうか……ふふっ、黛には何でも見抜かれてしまうな。これは妹へのクリスマスプレゼントしようと思ってな」 「そういえば妹さんがいらっしゃったんですよね」 「ああ、めちゃくちゃ可愛いぞ。地上に舞い降りた天使だな」 「先輩に似てるんでしょうね」 「いや、私にはあまり似ていない。 はっは〜ん、さては黛。私の事を天使だと思っていたな」 「いえ、それは言葉のアヤっていうか」 「そうだな……。天使と一言で言ってもその種類は様々だ。妹と私ではそもそもがヒエラルキーからして違うだろうな。はたして私は父か子か聖霊か」 「ふっ、私が父や子のヒエラルキーであると例えられるわけはないな。となると権天使、大天使、それとも天使か」 「権天使となると時間を司る事が出来ると言われているが、そんな事が出来たらどんなにいいか」 「例えば昨夜だが、ネットでアングラな海外サイトを巡っていたら、まんまとウイルスリンクを踏んでしまってな」 「それからはもう時間よ戻ってくれと、PCの前で血涙を流す始末だ。実に参ったよ。いやそんな事はどうでもいいな」 「オカルト部的に天使と言えばやはりダイアン・フォーチュンか」 「いや、あの……」 「心霊現象から身を守る際に、魔法円を描いて天使に祈る事を提唱した方だな」 「我が前にラファエル、我が後ろにガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にウリエルというあれだ」 「カバラ十字も大事な要素だ。アテー、マルクト、ヴェ・ゲブラー、ヴェ・ゲドゥラー、ル・オラーム、アーメン」 呪文を唱えがら十字を切り始めた先輩を尻目に、俺はそっと部室を抜け出す事にした。 こうなってしまってはもう止まらない。 そろーっと、そろーーーーっと。 「あぁっ! 黛っ、どこへ行く!?」 「きゅ、急用思い出しましたーーっ! すみません、また今度ーーーーーーっ!」 「今から実践に移ろうと思ったのに……」 ……ハァ、ハァッ。 えらい事に付き合わされる所だった。 ふぅーーー、なんとか逃げ切れたな。 「そんなに可愛いなら一度会わせて下さいよ」 「それは出来ない相談だな」 「どうしてですか?」 「妹は、その、そう! 人見知りが激しいんだ。それに……」 「それに?」 「あんなに可愛い妹に会ったら、きっと黛は私より妹の事が好きになっちゃうもん……」 「えっ」 そ、それって……。 リリー先輩の瞳がどことなく濡れているように感じる。 こ、この視線は……っ! 「黛……私…………っ」 ゴクリ。 喉が大きく上下する。 先輩が爪先立ちになり、その整った顔がグッと俺へと寄せられる。 先輩の肩へと手を伸ばそうとしたその時―― 「なんちゃって!」 先輩が大きく両手を広げておどけて見せた。 体が緊張から一気に解放される。 「か、からかわないで下さいよっ」 「ハッハッハ、ドキッとしたか? ん?」 「しましたよ、しました。めちゃくちゃドキドキしましたー」 「まだまだ甘いな、黛」 カラカラと笑う先輩からは、さっきまでの憂いの表情は微塵も感じられない。 かつがれたーっ! 「愛い奴よのぉ、黛は」 「……もうそれでいいです」 先輩に振り回されるのは後輩の使命みたいなものだ。 照れ隠しに大きめの溜息をついた後、自然と顔がほころんだ。 「……河童を捕獲しに行こうと思う」 「何を言ってるんですか、いきなり」 「今日のオカ研は河童がテーマですか」 「心霊とかより楽しそうだね」 「うんうん、河童ならおとぎ話って感じ――」 「尻子玉抜くぞっ!!!」 「ひぃっ!」 いきなりビシィッと指をさされたゆずこの肩が大きく跳ねた。 リリー先輩、ゆずこの反応楽しんでるな、こりゃ。 「河童を甘くみていると尻子玉を抜かれるぞ」 「なななななんですかそれぇ……」 「分からん。なにせ見た事などないからな。だがそれを抜かれた物は死ぬそうだ」 「それゆえに一説には魂とも言われているぞ」 「ひぇっ」 「どうやって抜かれるんですか?」 「肛門からだ」 「肛門にグッと腕を入れられて、そのままズルッと抜かれるんだよ」 「お尻の穴から、そのまま……ズルッと……ゴクリ」 「私は尻子玉が見たい。魂がどんな物なのか、この目で確かめたいのだ。その為には河童を捕獲せねばならんだろう」 「あの……河童なんていないと思いますよ? ……いないと思いますけど、もし、万が一、万が一にも本当に出会えちゃったらどうするんですか?」 「その尻子玉って簡単に見せて貰えるんですか?」 「難しいだろうな。なにせ河童の宝だから」 「じゃあどうするんですかぁ……。危ないだけじゃないですかぁ」 「それを皆で考えようじゃないか。まずは黛、何かいい案はあるか?」 いい案って……。 「きゅうりとかでいいんじゃないんですか?」 「河童にはきゅうり。なるほど道理だな。だが日本人全員が米が好きなわけではないように、きゅうりがそうでもない河童もいるのではあるまいか?」 「その時は諦めるしかないですね」 「ならんっ! ならんが……、おびき寄せた河童がきゅうり好きでなかった場合、こちらとしては打つ手がない」 「それでは可愛い部員たちを危険な目に合わせる事になるやもしれん……」 「……じゃあやめときましょうよ、ね?」 「私も怖いですっ」 「興味はありますけど……うーん」 「お尻からズルッとなんて絶対嫌です!」 「これがオカ研部員の総意です」 「……くっ。日本は民主国家だ。数には勝てんな」 「それじゃあっ」 「捕獲計画は白紙だな」 「ほーっ……。良かったぁ」 「尻子玉……魂の色……ブツブツ」 リリー先輩は残念そうだが、余りにも計画が突飛すぎる。 だからまぁ、これで良かったよな。 「そもそも捕獲許可証持ってるんですか?」 「いい所を突いてくるな、さすがは黛」 「なんですか、許可証って」 「河童を捕獲するには許可証がいるんだよ。もちろん私はゴールド許可証だが、諸君たちは所持していないだろうから、直接現地で取得してもらう形になるだろうな」 「先輩、確か河童捕獲7カ条があったと思うんですが」 「良く知っているな、黛。それがどうかしたか?」 「確か生け捕りにして傷つけず、頭の皿の水もこぼさず、金具のついた道具の使用も禁止でしたっけ?」 「ああ、それに加えて捕獲場所や捕獲対象の指定もある」 「実際7カ条を守って捕獲するのは相当なテクニックと体力、そして運が必要だと思いますよ」 「確かにな」 「遠方ですし、まずは確実に捉えられるテクニックを見つけてから実行に移した方がいいんじゃないですか?」 「ハッ! 全くだ、全くその通りだよ、黛。感謝する。急いては事を仕損じるを素でいくところだった」 「よし、そうと決まれば早速特訓だ! 河童役と捕獲役に別れるぞっ」 頓狂な声をあげるゆずこに肩を寄せ、素早く耳打ちする。 「ゆずこ、耐えろ。河童捕まえに行くのと、ここで捕獲ごっこするのとどっちがいい?」 「うぅ、ここで捕獲ごっこです……」 「だよな」 「じゃあ最初の河童は――――」 「はいはい! 私やるー♪ お皿の代わりにリボンをゆるめに結び直してっと。うん、これで頭下げたらリボン〈解〉《ほど》けちゃうからねー」 「おお、いいぞ久地! 皆、頭をさげさせるなよー。リボン、いや河童の皿から水が零れてしまうからなっ」 「あはは、これはこれでちょっと楽しいかも」 「尻子玉ぬくぞーーー」 「ひなちゃんその動きなにーっ、あはははっ」 「行くぞ、皆のもの! ほりゃああああああああああっ!」 はは。何とかリリー先輩の興味の方向を変えられたようだ。 これはこれで皆も楽しそうにしてるし、一時はどうなるかと思ったけど結果オーライだったかな。 「どうしたんですか? こんな所で佇んで」 「黛か。いや、もうすぐ卒業だなと思ってな。卒業したら滅多な事ではこの学び舎を見る事もないだろうから、今の内によく見ておこうと思って少しな」 「まだ12月じゃないですか。あと3か月あります」 「3か月なんてすぐだぞ」 「それは、そうですけど……」 「……何かあったんですか?」 「どうしてそんな事を聞く?」 「元気がないように見えるから」 「卒業を思って少しセンチメンタルな気分になっているだけだよ」 「そうですか?」 「そうだよ」 どうしてだろう。リリー先輩はたまにとても寂しそうに見える。 皆に好かれて美人で頭も良い先輩。 でもどこか危うさを感じてしまう、そんな時がある。 「あんまり長くいると、体が冷えちゃいますよ。そろそろ中に戻りませんか?」 「部室にありえのハーブティーがあります。あれ飲んじゃいましょう」 「はは、そうだな。ご馳走になってしまおうか」 「ええ、部の共有財産ですから」 前を歩くリリー先輩が、それでもやはりどこか孤独に見える。 「卒業しても遊びに来てくださいよ」 「私がいなくなってもオカ研があるのか?」 「ありますよ。俺が続けます」 「黛……いや、黛次期部長っ!」 「それはやめて下さい」 「なぜだっ! 私は今、猛烈に感動しているぞっ! 他でもない黛が私の意志を継いでくれるというのだからなっ!」 「いやそんな大それた事ではなくてですね、部室があると皆で集まるのにも丁度いいですし……」 「ああ、黛を勧誘していて良かった! なに、部にある書物その他道具の類は全て好きに使ってくれていいぞ!」 「そうだな〜、部長就任祝いにブードゥー人形でも送ろうか?」 「それ呪いの人形じゃないですか」 「それは間違いだぞ、黛。元々はブードゥー人形は愛を持って制作された神聖な願いを叶えるドールなんだ」 「呪いの人形云々は正規のイニシエーションを受けていない者が、勝手に作り出した副産物といえよう」 「は、はぁ……」 「その証拠に最近では恋愛のお守りとしても売られたりしているからな、いやあれは私も驚いたんだが。ブードゥー人形をそんなポップに扱ってもいいのか? と」 「だがそもそも文化とはそういうものなのかもしれんな。時代や場所によって、その意味を大きく変えるのは当たり前だ。ならば受け入れようじゃないか。なぁ黛!」 「そ、そうっすね……」 うぅっ、先輩は元気になってくれたけど、オカルトスイッチを刺激してしまったようだ。 こういう展開は望んでいなかった。いなかったぞ、俺! 「よし、その辺りの事を部室でじっくり語り合おうじゃないか。ハーブティーを飲みながらな。はっはっは!」 「はぁっ。分かりましたよ。今日はトコトン付き合いましょうっ」 「おお、さすがは黛次期部長!」 「だからそれやめて下さいって」 今日はもう腹をくくって、先輩に付き合おう。 ――寂しそうにしていたのは事実だし、な。 ……こういう時、なんて言えばいいんだろう。 何か声をかけたいのに、かけるべき言葉が見つからない。 「どうした黛、早く行くぞ」 遅れて歩く俺にリリー先輩が振り返って手招きした。 駆け足で先輩の元へと急ぐ。 はぁ、逆に気を遣われているようじゃダメだなぁ。 ん? あそこにいるのは――。 「ああ、黛か。どうした、買い物か?」 「えぇ、欲しいアルバムがあったんで。先輩は?」 「私はこれから映画を見に行く所だ。黛も一緒にどうだ?」 「いいんですか?」 「もちろんだ。ところで黛は観たい映画はあるのか?」 「えっ。俺が選んでいいんですか?」 「参考にはしよう」 こ、これは先輩との映画デートと言っても過言ではないのではっ? だとすると、やっぱり恋愛映画で決まりだよな! 「そうですね、今でしたら緯度経度0°で愛を叫ぶ、とか僕の初夜をキミに捧ぐ、なんかも評判いいですよね。あと愛空もゆずこが最高だった〜って言ってましたよ?」 「ほう。なるほどな。よし、では行くぞ」 「いやー、良かったな! 実にいい映画だった」 「先輩、俺……恋愛映画が観たかったんですよ。それが、なんですか……あのフタタマウィッチプロジェクトとかいう映画はっ」 先輩が選んだ映画は俺達の街にある蓋子(ふたこ)を舞台にした、ドキュメンタリータッチのホラー映画だった。 「いやー、やはりホラーはPOVに限るな。臨場感が違うよ、臨場感が! なぁ、黛」 「俺……もうあそこの河川敷歩けそうにないですよ」 「聖地感出てしまったからな。確かに行きにくいかもしれん」 「いえ、そういう事ではなくて……」 「あの欄干にばーっと手形が浮かんでくる所、実に興奮したんだが黛はどうだ?」 「どうもこうも……。というか先輩、最初からあれ観る気マンマンだったんですよね? なんで俺の意見を聞いたんですか?」 おかげで一瞬甘酸っぱい気持ちになってしまったじゃないか。 「なに単純な事だ。黛がもっと面白そうなホラー映画を知っているかもしれんと思ってな」 「先輩より知ってるわけないじゃないですか」 「ははっ、そう持ち上げてくれるな。愛いやつめ」 「褒めてませんよ……」 「照れなくていいんだぞ?」 ダメだ、好みのホラー映画を観て完全にテンションが上がりまくっている。 はぁ、先輩との映画デートは儚い夢だったか。 「あの……ダメもとで聞きますけど、気分転換もかねて恋愛映画観てから帰りません?」 「こんなにも良い具合に高揚した気分を、恋愛映画でクールダウンさせてどうする」 「デスヨネー」 「そうだ。今度オカ研メンバーで河川敷でキャンプするのもいいかもしれんな」 「ゆずこが泣いちゃうんで勘弁してやってください」 「あはは、それは可哀想だな」 ……まぁいいか。 この笑顔が見れただけでも良しとしておこう。 リリー先輩が楽しんでくれたのなら、それで十分だよなっ。 と、言い聞かせた俺であった。 「いえ、遠慮しておきます。早くこれ聴きたいんで」 「そうか。それじゃあまたの機会にな」 「是非。先輩も楽しんで来てくださいね」 「ああ、勿論だ」 先輩と映画か。 ちょっと惜しい気もするけど、楽しみにしてたアルバムだしな。 早く帰って聴きまくろっと。 「リリー先輩も料理を作ってくれるんですか!?」 「黛、キミは私をなんだと思っているんだ。私だって乙女の端くれ、料理くらいはお手の物だぞ」 完璧超人のリリー先輩が料理が出来ないって事はないだろうと思う。 が、俺なんぞに振る舞ってくれるという事に意外性を感じてしまった。 「楽しみにしてます」 「うむ、期待して待て」 「そう言えばありえ達は一緒じゃなかったんですか?」 「ああ、三人は商店街に寄って行くと言っていたな。私は駅前で材料を揃えたかったから、別行動だったんだ」 「そうだったんですね」 「ところで黛。例の予知夢の事だが、実際どうだったんだ? いつもの予知夢の話とは、黛自身の反応も違っていたし、今回の予知夢は何か特殊だったのか?」 「いえ、そういう訳じゃないんですけど……。しいて言うなら何度も気にかかる夢だったと言いますか」 過去を思い出せずに、何度も何度も心に引っ掛かりを覚えたのは事実だ。 「ふむ……。予知夢は寝ている間に行われる記憶の整理、その中でも自分の無意識下で見ていた物などがデジャヴのように感じられるという説もある」 「だが、黛のはそれとは全く別物だろうな」 「そうですね、違うと思います」 「つまりそれは科学的な事象ではなく、なんらかのオカルティックな事象という事だ。さすがは我がオカ研の部員だけあるな」 「ははは、先輩には敵わないですよ、ホント」 未来からやってきた、なんてSFかオカルトの世界だよな。 「……ゆずこは大丈夫だろうか? 随分と落ち込んでいたから半ば強引に食事会など提案してしまったが」 「大丈夫だと思います。きっとありえ達が上手く気分を変えてくれてるんじゃないかと思いますけど」 「そうだな。あまり気にやまないといいが」 「はい、そう願います」 「人間って言うのは薄情というか便利というか、あるいは有能というべきか――」 「どんな事でも薄れていくんだ。怒りも悲しみも喜びも全てな」 「だからゆずこの心に突き刺さったものも、いずれは溶けていくさ」 「本当に、薄情だよな……」 リリー先輩の瞳に暗い色が差している。 ……何かあったのか? 「先輩? どうかしたんですか?」 「いや、何でもない――おっと、もうこんな時間だ。早く黛の家に向かった方がいいな」 「そうですね。あ、荷物持ちますよ」 「別に大丈夫だぞ、これくらい。それに彼方は足を怪我しただろう?」 「それこそこれくらい大丈夫です。ほら、貸してください」 「うぅむ、悪いな」 「いいから行きましょう。ゆずこに元気なって貰わないと」 「はは、そうだな」 その日――先輩が一瞬見せた悲しげな表情の意味を、その時の俺はまだ知る由もなかった。 ミクティ前 「買い物ですか? 先輩」 「なんだ黛も来てたのか」 「少し気になる事があって、本屋で立ち読みをしてました」 「気になる事?」 「いえ大した事じゃないんです。今度泊まる旅館の事とか、周辺に何があるかとか、その程度の事で」 「はっはぁ〜ん、さては黛。浮かれてるな?」 「ははは、その通りです」 「同じく私も浮かれている。浮かれて一泊用のスキンケアセットを買いに来たところだ」 「ミクティにですか?」 「いつも使っている所の物が、ここにしかないからな」 へぇー、やっぱり先輩は色々気を使っているんだな。 「あと新しい下着も買ったぞ」 「ぶっ! な、な、なにを急に!」 「ハハハ、〈初心〉《ウブ》な反応をしてくれるじゃないか。 買った下着を見せてやろうか? ん?」 「からかわないで下さいよっ」 「ハハハ、悪かった。それでガイドブックには、何か面白そうな事は記載されていたのか?」 「この辺りからさほど離れていないのに、料理は普通の温泉地と同様に美味しいって事と、意外と自然が豊かって書いてありましたね。あとは有名な神社があるとか」 「フフフフフ」 な、なんだこの不敵な笑いは。 「あの、先輩。なんですかその笑みは。なんというか嫌な予感がするんですけど」 「なに、気にすることはない。温泉が楽しみだなぁーーーという、その高揚感で思わず笑みが零れただけだ」 それにしては随分と邪悪な微笑みだった気がするんだが。 「早く当日にならないか、楽しみだな」 「そうですね」 不敵な笑みの理由が気にはなる。 気にはなるが――――まぁいいか、当日になれば分かるだろうし。 「ん、あれは――」 「ティア!」 「なんだ彼方か」 「何を見てたんだ? あっちにいるのは――リリー先輩か?」 「……生徒会長もやってオカルト研究部の部長もして。大変だよね」 「そうだな。俺達の事も常に気を遣ってくれてるし。たまに俺も思うよ。先輩自身はいつ気持ちが休まるんだろうって」 「そうだね……。 あ、でも」 「寝る時はいつもひつじのヌイグルミ抱いて寝てて、その時はすっごいリラックスした顔してるけど」 「へぇ! あの先輩が? なんだか意外だな。ていうか何でそんな事知ってるんだ?」 「この前ちょっと覗きに行っちゃったんだ」 「そういうの良くないぞ」 「まぁまぁ。 っと、こっちに来る。それじゃね」 ティアがフッと消えていなくなる。 「……行っちゃったか。全く覗きとは大した趣味だ」 「黛、いま帰りか?」 「ええ、そうです。先輩は?」 「私はこれが手に入ってな」 「何ですか、それ。全然読めないんですけど。えーっとヘブライ語? かな」 「ご名答。これは天使ラジエルの書と言ってな。名前くらいは聞いたことあるだろう?」 「ああ、なんか最も忌まわしい黒魔術とかなんとかって評された本でしたっけ」 「そうだ。正確にはピカトリクスと並んでニグロマンティア認定された本だな」 「ただこれは実際はそんな悪いものではない。むしろ霊的な防護や導きを与えてくれると言われている」 「怪しくないですか?」 「かもな。 いや、私もヘブライ語には精通していなくてな。なんとなくしか読めないんだ」 なんとなくなら読めちゃうんですか。 「だからこの機にいっそヘブライ語も勉強してみようかと思っている」 「さすがですね、先輩」 「待て黛。なぜ背を向ける」 「いや、なんとなーく嫌な予感が」 「ははは、嫌がる事などなにもないぞ。さっきも言ったがこれは霊的な防護や導き、つまり新しい才を開くのに役立つと言われているんだ」 「どうだ、黛。私と一緒にヘブライ語を――」 「失礼しますっ! 俺、今日は時間ないんでーーーーぇぇぇーーーー」 「あ、おい! 黛ーーーーーーーーー!」 はぁ、はぁ、はぁっ。 リリー先輩のあのクセだけは困ったもんだ。 いつも忙しく過ごしてて、いつ気持ちが休まるんだろう――――なんて、俺のいらないお節介だったな、こりゃ。 !? あの子は……! 「ちょっと待ってくれ!」 「ちょっと、おい! 待ってくれって!」 俺の必死の制止の声に、少女の足がぴたりと止まった。 「なに?」 「なに……って」 制服だし態度もそっけない。だけどこの子は間違いなくコンビニに現れたあの子――で、いいんだよな? 「用がないなら行くけど」 「いや、待ってくれ! そ、そうだ! 名前。キミの名前は?」 他にも聞きたい事は山ほどあるのに、口をついて出た疑問は至極単純なものだった。 「……知ってどうするの?」 「どうする……って事もないけどさ。名前くらいは知りたいなって。あ、俺の名前は黛彼方」 「……知ってる」 「なんでもない。私の名前、か」 「ああ、教えて貰えるかな」 「……ティア」 「そう、ティア。ティアよ」 「そうか。綺麗な名前だな」 ティアと言われて真っ先に涙のしずくが思い浮かんだ。 その寄る辺ないイメージは、なんとなく目の前の少女に合っているような気がした。 「それで、他には?」 「聞きたい事は山ほどある。まず――ティアはコンビニで会った子で間違いないんだよな?」 万が一ひと違いだった場合に備えて、未来の事は伏せて置く。 「そうよ。妄想好きの彼方」 「うっ!」 間違いない。間違いなくティアはあの女の子なんだ。となると――ああクソ、聞きたい事ばっかりだ。 「なに固まってるの。何もないなら――」 「待て! 待ってくれ。聞きたい事ばっかりなんだよ。どうやって俺をここに飛ばしたのかとか、どうして俺だったのかとか、キミは――ティアは何者なんだとか」 「それは……、っ!」 ゆっくりと口を開いたティアが、目を見開くようにして息を飲む。 「さよなら」 次の瞬間、ティアの姿は風に溶けたように消え去っていた。 凄くハッキリ視えてはいたけど……やっぱりあの子は、生きてる人間じゃないんだ。――未来でも、この世界でも。 近づいた足音に振り返ると、ハインがすぐ側に立っていた。 「……今、ここに誰かいなかった?」 「いや、誰もいないよ」 そうとしか言いようがない。 小さく首を傾げると、ハインはすぐに踵を返した。 もしかしてティアは、ハインの気配を感じて消えたのだろうか? 色々と話を聞かせて貰いたかったが……。 ――――でもまた会えると思う。 そう、また会えるさ。 ……きっと。 「…………なんかザワついてる」 「考え事か?」 「きゃっ! 急に声かけてこないでよっ」 「ごめんごめん。姿が見えたからさ」 「何? また質問?」 「そりゃ聞きたい事は山ほどあるけど、そっちこそどうしたんだ? 不思議そうな顔してただろ」 「学園中がザワザワしてるなって思って」 「明後日からテストなんだよ。期末テスト」 「期末テスト……」 「ティアは勉強は得意か?」 「本を読むことは好き。だから国語は好き」 「現国か。いいよな、俺も好きだよ」 「げん、こく……そう、現国」 なんだ? なんか一瞬変な間があった気がするけど。 「彼方はこんなとこで油売ってて大丈夫なの? テスト近いんでしょ?」 「大丈夫だよ。なにせ俺は2回目だからな」 「ふふっ、そっか」 あ、笑った。 ティアが笑ったというだけで、なぜかホッとする。 「今なら学園中が落ち着きがないから、俺がこうしてティアと喋ってる――つまり傍目から見たら一人でブツブツ喋ってても、気にするやつはいないな」 「そうかもね」 「だから何かしたい事があるなら付き合うぞ?」 「ああ。何がしたいんだ?」 「じゃあ教室で、彼方の席に座りたい」 「そんな事でいいのか?」 「そっか。じゃあ行こう」 「ほら、そこが俺の席だよ」 「ふふっ、ここでこうして授業受けてるんだね」 「まぁ、そうだな」 ティアは小さく頷くと、ゆっくりと教室を見回した。 「……いいなぁ」 「彼方くーん? どうしたの? 席にも座らないで」 「いや、これは――」 言い訳をしようと視線をティアの方へと向けた時には、そこにはもうティアの姿はなかった。 「あ……」 「いや、なんでもないよ」 どことなく寂しそうで、何気なく嬉しそうで。 ティアが何者で何を目的としてるのかは分からないけど、でも彼女には笑っていてもらいたい――――そんな風に思った。 「マズいんだった。俺もウカウカはしてられないんだ」 「じゃあ戻ったら?」 「そう、だな。じゃあまたな、ティア」 「……うん、また」 少し寂しそうにも見えるけど仕方ない。 なにせ8年ぶりのテストだ。 俺もしっかり気合入れないと赤点必至だからな。 「こんな所にいたのか」 「……うん。いた」 「……そっか」 聞きたい事はたくさんある。 知りたい事もたくさんある。 だけどティアの横顔が余りに寂しそうで、とてもそんな自分本位の事なんて口に出せそうにない。 「寒くない?」 静かに流れる冬の川を、ただただ二人で眺める。 ティアは、どういうつもりでここにいるんだろう。 きっとこの世には存在しないであろう彼女と過ごす時間は、思いのほか穏やかだ。 「……川って、ずーっと流れてるんだよね」 「私が生まれる前も、私が生まれてからも、私が死んじゃっても」 「……そうだな」 「見てるとね、安心する。時間が流れてる、動いてる、過ぎているって実感できて、ホッとするんだ」 時の流れを実感して、それで安堵するなんて、ティアのいる場所は時間を感じる事さえ出来ないような所なんだろうか。 ――――あの世ってそういう物なのかもしれないなぁ、なんてボンヤリと思考する。 「相槌ばっかりだね」 「女の子と話すのに慣れてないんだ」 「嘘ばっかり」 「バレたか」 「……2度目の学園生活はどう?」 「楽しんでるよ。戻ってこれて良かった」 「有難うな」 「……クリスマスが近いね」 「そうだな。準備に学園中が騒々しいよ」 「うん。賑やかだなって思ってた」 「ティアはクリスマスは好きなのか?」 「どうだったかな。好きだったような気もするけど」 何となく二人とも川へと視線を馳せた。 せせらぎすら聞こえてきそうな静寂の中、ティアが小さく口を開いた。 「……………………信じてる」 「信じてる? 何をだ?」 「……彼方の、可能性」 「俺の可能性? それってどういう意味――ティア?」 次の瞬間にはもう、ティアはそこにはいなかった。 「行っちゃったのか。……でもまた会えるよな?」 俺がどんなに会いたいと思っても、ティアから出てきてくれないと会えはしない。 だからいつが最後になってしまうかなんて分からない。 だけどまた会える。 なぜか強くそう思えた。 「……ここがオカルト研究部の部室か。ちょっと覗いてみちゃおっと」 「今日はサイコキネシス及びテレキネシスについて研究しようと思う」 「はいはーい、その二つってどう違うんですか?」 「いい質問だ。どちらも念動力によって物を動かす能力といえる。その為この二つは同じものと混同されがちだが、実際には別物だ」 「ふぅん、超能力ねぇ」 (ど、どうしてティアがここに!?) 「どうしたの? 急に変な声出して」 「い、いやなんでも……!」 あははっ。彼方ってばあんなにビックリしてる。他の人達は――うん、やっぱり誰も私の事は視えてないみたい。 「サイコキネシスはサイコ、つまり精神の力を使って物理的なエネルギーを発生することが出来る。しかし物体に対しさほど大きな影響をもたらす事は出来ない」 「せいぜいが鉛筆やタバコなどの小さく軽いものが限度だろう。一方テレキネシスは――――」 めちゃくちゃ真剣に説明してるなぁ。……あ、そーだ♪ いーこと思いついちゃった。 彼方以外には私の姿は視えてない。でも私は物体に触れることが出来る。 ふふっ。となればやる事はひとつでしょ。 「ひょいっと!」 近くにあった花瓶を無造作に持ちあげてみる。 「!?」 「せせせせせ先輩っ! か、花瓶! 花瓶が浮いてますーーーーっ!」 「見れば分かる! これは一体どういう事だ!?」 「おいおいおいおい!」 うわー、皆すっごい驚いてる。クス、クスクスクスッ。なにこれ、とっても楽しい! 「今度はこっち♪」 「うわぁー! 今度は本が空中に!」 「おお、なんという事だ!」 「感心してる場合ですかぁっ。これどうなってるんです!?」 「あはは! おっかしー」 「おいっ、イタズラはやめろ!」 「イタズラ?」 「誰に言っているんだ、黛」 「うぇ!? いや、その、イタズラっていうか、なんていうか……ハ、ハハハ」 プーっ、クスクス。あははははっ、彼方のあの困った顔っ。 「お前、笑う事ないだろ! こっちは必死なんだからな」 「え、なに……こっちとか、お前とか」 「い、いや、そのー……」 「分かったぞ、黛! これは寧ろポルターガイストの分類に当たる現象という事だな!? この部屋に我々以外の何物かがいると! そういう事なんだな!?」 「えっ、ほ、ほんと? ほんとに? 冗談、だよね?」 「冗談ではない!」 「どうしてリリー先輩が決めつけるんですかっ」 「部長だからだよ」 「意味が分かりませんっ」 あーあ、大混乱。 これ以上やると大変な事になりそうだし、この辺で退散しておこっかな。 「じゃ、あとはヨロシク〜♪」 「あ、お前、卑怯だぞっ」 「その視線の先、あっちか!? あっちにいるのか!?」 「いいいいい、いませんっ!」 「嘘が下手だな、黛」 全くね。 あー楽しかった。部活っていいなぁ♪ 「無事になんとかなったみたいね」 ふいにティアが現れると、ほっとした表情で話しかけてきた。 「ティア……! ありがとう、ティアのおかげだよ」 ティアに駆け寄り感謝を伝えると、恥ずかしそうにティアは少しだけ視線を逸らした。 「……私は別に何もしていない。過去を変えたのは彼方の意志」 「そんな事ない。ティアが俺の背中を押してくれたから、そして何より俺をここに飛ばしてくれたから。だから変えられたんだ」 「俺はあの日の事故から、ずっと自分の記憶も心も閉ざしてた。だけどやっと目が覚めたんだ」 「じゃあもう思い残すことはない?」 「ある! あるよ、まだまだたくさん」 確かに一番大切な目的は果たされたと言ってもいいだろう。 でも後悔をしないという意味では、俺にはまだまだやり残した事がたくさんある。 「ふぅーん、どーせ毎日妄想してたような事を現実にしたいとか、その類のことでしょ」 「うっ、鋭いっ」 「彼方ってすっごく分かりやすいんだもん」 「は、ははは……とは言っても夢の時間はオシマイなのかな?」 「条件、忘れたの?」 「他言しない事と後悔しない事」 「そう。彼方が学園生活を心から楽しみたいという後悔があるのなら、それを叶えなくちゃ意味がないじゃない」 「そうかっ。じゃあ俺はまだここにいていいんだなっ」 「嬉しそーにして。単純」 「なんとでも言ってくれ」 まだここに居てもいい。 未来に帰るにはまだ早い。 今の俺には、その事が嬉しくてたまらない。 「……幸せになってよ」 「ティア? おい、また消えちゃうんじゃないだろうなっ?」 「残念だけどその通り。色々と融通の利かない体なの」 「そうか……」 「そんな顔しないで。また後でね」 「分かった。また後で」 俺が言い終わるか終らないかのタイミングで、ティアの姿はふっと消えた。 だけどティアはまた後で、と言っていた。 いつ会えるかも分からない存在。 だけど俺は次第にティアと会うのが楽しみになっていた。 「ティア、いるのは分かってるぞ」 「鋭くなってきたね」 「さすがにな。ティアの雰囲気というか匂いというか、そういうのを感じられるようになってきたっていうか」 「ティアは温泉は好きなのか?」 「なによいきなり」 「一緒に行くんだろ?」 「行くけど。正直、温泉が好きかどうかっていうのはあんまり分からないかな」 「分からない?」 「行った記憶があまりないっていうか、覚えてないっていうか。もちろん行った事はあるよ。でも印象にないんだよね」 「そうなのか。じゃあ楽しみだな」 でも大丈夫かな……」 「なんの事だ?」 「……ハインさん」 「大丈夫だろ。ああ見えてハインは面倒見がいいし」 「口では除霊するとかなんとか言ってるが……あいつが本気になったら、きっとあっという間にそんな事出来てしまえてただろうし」 「うん……ハインさんの力は凄い、と思う」 「やっぱ血筋なのかなー。FBIに協力は伊達じゃないっていうか」 「血筋なら彼方も十分。素質も」 「俺の事をそんな風に見てるのはティアだけだよ」 「そんな事ないと思うけど」 「ははは、そうかな」 「後悔しないでね。今の彼方は未来を変えられるんだから」 「ああ、ツリー事故も変えられたしな」 その事は俺の中で、確かに自信となっている。 「……ところでティア、どうしてお前は俺を過去に飛ばしたんだ? もしかして何か変えて欲しい過去でもあるのか? だとしたら俺が」 「…………ティア?」 行っちゃったのか。 全く神出鬼没で掴みどころのないやつだ。 ……ティアの目的。 きっと俺を飛ばした理由があるはずなんだ。 それは語りたくないって事か、今はまだ――――。 よっ! と勢いに任せて引いた割り箸の先は赤く塗られていた。 どうやら当たってしまったようだ。 「……はぁっ。私と、彼方が印付きのようね」 ため息交じりにそう言ったハインが握った割り箸の先も、俺のと同じく赤い。 「みたいだな」 「おおっ! 特殊能力持ちの二人か。これは何かが起こらないはずはないっ」 「煽らないで下さい」 「でもホントに何か起きそ〜」 「こ、怖い事言わないでよ〜っ」 「うぅっ。彼方くん、ハインちゃん、二人とも気をつけてね?」 「えぇ、有難う。 それよりゆずの方こそ大丈夫?」 「私がついてるから心配はいらん」 「それが心配なんですけど……」 「同感ね」 「はっはっは、異な事を。こちらの事は気にせず、安心して行ってきたまえ」 「……はぁっ、分かりましたよ。ハイン、行こうか」 「色々と気にはなるけど仕方ないわね。じゃあ行ってくるわ」 「い、行ってらっしゃい」 「気をつけてね」 「それでは少しでも黛達の負担を減らす為に、今から大怪談大会とする」 「黛達が心配なのだろう? 鳴ヶ崎神社にはウジャウジャ霊体がいるかもしれんぞ? 少しでもこちらへ引き寄せた方が良いじゃないか」 「それと怪談と何の関係があるんですかぁ……」 「知らないのか? 霊はそう言った話をしていると寄ってくるんだぞ、ほら、こうしている間にも……」 「ぎゃああああああああああああああ!!」 「ひょええええええええええええええ!!」 「ハッハッハ、良いリアクションだ!」 楽しんでるなぁ、先輩。 「こっちはいいから、早く行ってきなよ。そんで何か面白いネタ仕込んで来て。そしたらリリー先輩も満足するだろうしさ」 「わ、分かった」 「リリにも困ったものね」 ぎゃーぎゃーと騒ぐゆずこ達を置いて、俺とハインは鳴ヶ崎神社へと向かった。 旅館を出て歩く事十数分。 目的の鳴ヶ崎神社はすぐに分かった。 「うぅ〜寒っ。……ここね。本当に旅館から近いのね」 「だな。昼に来たら中々風光明媚な所なんじゃないか?」 「そうねぇ…… っ! 彼方っ!」 「ああ。何かいる、な」 風の音に混ざって、何か別の――呻きのような物が聞こえた。 どこだ? どこにいる? 神経を張り巡らせて、辺りを探ってみる。 「……後ろだな。ハイン、1、2の3で振り向くぞ」 小さく頷いたハインと目配せをして、二人の呼吸を合わせる。 「行くぞ。1、2の――――3っ!」 「う〜ら〜め〜し〜や〜〜〜」 「……ベタなのが出てきたな」 振り向いた先に居たのは、敵意の無さそうな霊体だった。 金髪碧眼という容姿にも関わらず、うらめしや〜などと言うベタ中のベタ発言をするあたりが、どうにも可笑しい。 さてどうしたものか――とあぐねていると、ハインが右手を上げてスッと構えた。 「父と子と聖霊の御名において命ずる――」 「わぁー、待て待て!」 除霊体勢に入ったハインの前に立ちはだかって阻止をする。 「ちょっと、なによ? そこをどきなさいっ!」 「そんな問答無用で蹴散らそうとするなって。何か未練があったりするんだろうし、話くらいは聞いたっていいだろ」 「聞いてくれるのか?」 「わぁっ! いきなり接近しないでよねっ! そ、それに話を聞く気なんて私にはないからっ!」 「シクシクシク……」 「まぁ待てって。……えーっと、どうされたんですか? 良かったら話だけでも聞きますけど」 「そういうのは危険だってば! 無暗に霊体に心を開くべきじゃないし、霊体に心を開かせる必要もないっ」 「危険な事なんてしませんよぉー」 「だったらなんでこんなトコに留まってるのよ。アンタが現れるって噂になってるわよ」 「いやぁ……ここの神主さん達は優しくて、僕の存在も見過ごしてくれてるんです……。だから昼間は迷惑かけないようにひっそりしてたんですけど……」 「ははは、噂になっちゃってました?」 霊体のわりには笑った顔に、緊張感と言う物がない。 うん、やっぱり悪い霊じゃないと思う。 「夜だけ幽霊が現れる心霊スポットとして広まってるわよ」 「そうでしたか……。僕は少しだけ寂しかっただけなんですけどねぇ」 「何かあったのか?」 「……あなた達、さっきから普通に話しかけてくれますけど、僕の事ってちゃんと視えてます?」 「バッチリ視えてるよ」 「バカにしないでよね。アンタくらいの霊なんて、クッキリハッキリ認識出来てるに決まってるでしょ」 「そうなんですか、良かった……。えっと、それじゃあ僕の見た目ってどう思います、か?」 言われて改めてその姿を見てみる。 金髪碧眼長身、はっきり言って日本の街中では目立つだろう。 そしてこの流暢な日本語は、ハインと同じように日本生まれ日本育ちなのかもしれない。 「どうでしょう?」 「どうって……ハーフ、なのかな? とかそのくらい?」 「そう! そうなんですっ。僕、見ての通りのハーフで。見た目のせいでクラスでも浮いてて……」 「まさかそれを苦に自殺……?」 「いえ、死んじゃった原因は病気なんです。それはまぁ仕方のない事なのでいいんですけど」 いいのかよっ! 「じゃあ何が不満なのよ」 「……友達が出来なかったんです。ずっと」 ポソリとそう告げると、霊体の目に暗い影が差した。 「もちろん僕が内気だったせいもあります。ううん、僕の性格による所が大きかったと思います」 「でもそれでも……この人とは違う容姿は、自分の心に言い訳するには十分でした」 「こんな姿だから友達が出来ないんだ、皆と同じ姿だったら僕だって――って」 「〈欺瞞〉《ぎまん》だわ」 「分かってます……」 「人と違う姿をしていれば、人と違う視線を浴びるのは当然の事じゃない」 「だけど、誰もがそんな風に強くは生きられない」 「別に私だって……。私だって最初から強かったわけじゃない」 「ハイン……そう、だよな」 「分かったような口きかないでよ」 「ごめん」 「別に……いいけど」 「あなたにはあなたを、大切に思ってくれる人がいるんですね」 「べっ、別に彼方はそういうのじゃ……!」 「俺は思ってるよ、ハインの事。とっても大切に思ってる」 「ハァ!? な、なに言ってるのよ、急に!」 「急だったかな? 結構ハインへの好意は伝えてきたつもりだったんだけど」 「全く伝わってないわよ!!」 ハインが頬を染めながら、抗議の声を上げた。 だけど嫌がってはいなさそう……かな? 「ははは……いいな、羨ましい」 寂しそうに吐息を漏らした霊体に、ハインがスッと向き直る。 「……アンタにもいたかもしれない」 「そうでしょうか」 「冷たい視線や、暗い視線の力は強いの。そういうのに触れ続けていると、自分に向けられている温かな視線に気づきにくくなるわ」 「穏やかな視線は強い力を放つことなく、ただ……包み込んでくれるだけだから」 「確かに突き刺さるような鋭い視線は、強く印象に残るな」 「そう、それだけの事。アンタは冷たくて、痛い視線に飲まれただけ」 それも恵まれた容姿への、ただの嫉妬心だったかもしれない。 真実はその何倍もの好意的な視線に包まれていた可能性だってある。 でも一度暗い思いに捉われた人間は、そこから中々抜け出せないものなのだろう。 「そう、でしょうか……。僕にも……誰かが……」 「そう思う事は出来ない? 自分が気付かなかっただけ、俯いて目を合わせてこなかっただけ……」 「それは…………いいえ、そうですね。出来る――気がします」 「弱気な事言ってんじゃないわよ。結局は自分が見たり感じたりしている事なんて、自分自身の気の持ちようなんだから」 「アンタには自分を思ってくれてる人がいたはず、いやきっといた――」 「それに気付けなかったのは、自分が少しだけ臆病だったからだって、そう思えばそれがアンタの人生にとっての真実になるんじゃない」 「……そう、そうですね」 ゆったりと笑った霊体の目からは、暗い色は消え失せていた。 「そんな風に柔らかく微笑むことが出来るなら――――もう、いいのか?」 「はい、もう大丈夫です。道を見失う事無く、行けるような気がします」 「ありがとう御座います、お二人とも。お二人に出会えなかったら、僕は道を見失ったまま、ずっとここで人々を羨望していたでしょう」 「別に、そんな事……」 「あなたは優しい人ですね」 「ああ、ハインは優しいんだ」 「そ、そういうのいいからっ! もうっ。えっと……じゃあ、送るわよ?」 霊体の朗らかな返事を聞くと、ハインは右手をスッと上げて十字を切った。 目を閉じて意識を集中しながら、ハインが言葉を紡いでいくと、霊体の輪郭がボンヤリと空気に溶けはじめる。 「……父と子と聖霊の御名において命ずる。汝、迷う事なく神の国へと旅立ちたまえ。アーメン!」 一瞬光り輝いたかと思うと、次に視線を向けた時には、そこにはもうあの霊体はいなかった。 「ふーっ」 無事に導きを終えたハインが、大きく息を吐いた。 「お疲れ様。……ありがとな、ハイン」 「なんで彼方がお礼を言うのよ」 「だってあの人の話、聞いてくれたから」 「それは別に、彼方の為にしたわけじゃないし」 「ははっ、そっか」 「……確かに問答無用で浄化させてしまうより、彼方が言うみたいに霊体と向き合った方が、良い除霊の仕方なのかもしれない。でも――」 「――霊の心に簡単に立ち入るべきじゃない」 「今回は上手くいったけど、相手がとてつもない憎悪の持ち主だったら、その感情に飲み込まれてしまう可能性だってあるのよ?」 「分かってる。でも俺は……俺の隣にハインがいてくれさえすれば、どんな感情にも負ける気がしないよ」 「なっ、何を……急に何を言い出すのよっ」 「何って愛の告白だけど?」 「ハァ!? なっ、なっ、なっ」 「あはは、ハイン。顔まっ赤だよ」 「彼方が急に変なこと言うからでしょっ!」 「変かな。ずっと思ってた事なんだけど、あぁハインが好きだな。ハインは可愛いなって」 「〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?」 いきなりの告白にハインは目を白黒させている。 無理もないか。俺だって今ここで言うつもりなんて無かった。 だけどあの霊体にハインの事を大切に思っていると白状してしまったからには、ちゃんとハイン自身にも俺の気持ちを告げなきゃいけないと――そう思ったのだ。 「ちょっとツンとして見えたりもするけど、本当は凄く優しい所が好きだよ」 「口では色々言うけど、ティアの事だっていつも何気に見守ってくれてるだろ? 旅館でだって違和感ないように会話してさ」 「それに今だって結局は話を聞いて、それどころかアドバイスまでしてる」 「それはただの成り行きで……っ」 「パーティー会場のツリーの事もそうだよ。ハインがいなかったら、俺とゆずこは……大変な事故に巻き込まれてたと思う」 「あの時ゆずを守ったのは彼方じゃない……」 「俺だけじゃ無理だったって事は、ハインが一番よく分かってるだろ?」 「……それは、そう、だけど」 「俺への厳しい視線や疑いも、全部目に見えない何かから、目に見える誰かを守る為だったんだよな」 時にシビアな判断から、俺に冷たい事を言っていたりもしたけど、本当は誰よりも学園の事を心配してくれていたんだ。 「全部、一人で……。俺なんかじゃ大した役には立たないかもしれないけどさ、これからはハインのそういう悩みも苦しみも分けて欲しいと思うんだ」 「……っ! そん、な事……」 「足手まといになるかもしれないし、迷惑かけちゃうかもしれないけど」 「……彼方は、本当は凄い力を持ってるよ」 「だったらいいけど。ハインを助けられるから」 「っ! 私……、そんな事、言われたことないから。だ、だから何て言っていいのか」 「何も特別な事は言ってない。俺はハインが好きだよって言ってるだけなんだ。好きだから守りたい、守らせてほしい。ただそれだけ」 「好きだよ、ハイン。可愛くて恥ずかしがり屋で、少しだけ素直になれないハインが大好きだ」 「ばっ、ばかっ」 「嫌?」 「嫌じゃないっ! ひゃっ! ち、ちがっ、今のは私も好きだったとか、そう言う意味じゃなくてっ、えっと、そのっ」 「素直になってよ、ハイン」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! …………………………………………………………………………………」 「好き」 「え? ごめん、間が空きすぎて聞き逃した」 「好きって言ったのよ、バカ!」 「な、何度も言わせないでよっ」 「良かったぁ……。あんまり間を空けるから俺、てっきり振られるかと思ってさ」 「そんなわけないじゃない。私が……彼方を振るとか、そんなの……」 「……私も、本当は……彼方の事、いいなって思ってたんだもん」 顔を真っ赤にして、俺の方を見ようとしないハインの恥じらいに、心が跳ねあがりそうな程に喜び沸き立ってしまう。 ハインの方を引き寄せると、ハインの目が驚きに大きく開かれた。 「キス、してもいいかな?」 「っ! い、いいわよ」 恥ずかしそうに視線を外したハインの唇に、自分の唇をそっと重ねる。 柔らかくてプリンっとした弾力のあるハインの唇を、優しく吸うとハインの体がビクンと跳ねた。 「ふぁっ、んっ……んぁ……んん…………彼方ぁ……」 俺の名を甘い声で呼んだハインの、小さく開いた唇に舌を入れて、そっとハインの口腔内をまさぐる。 「んんっ! んぁ、むちゅ……ちゅぱ……んっ、んぁっ、舌っ、……ぁあっ」 舌でハインの舌の裏をなぞると、一瞬大きく目を見開いた後、ハインはすぐに俺にも同じことをした。 そのまま互いの舌を絡め合い、唾液の交換をするかのように、互いの舌と唇を貪りあう。 「んちゅ……んぱっ……ハイン、好きだよ……好きだよ、んちゅっ……ハイン」 「彼方ぁ……んちゅ……じゅる……ふぁぁ……っ、んっ、んぁっ、ちゅっ……ちゅぅぅぅっ」 「んちゅ……ちゅっ……じゅるるっ……ハイン、ハインからも……んちゅっ、聞きたい……ちゅるるっ」 「んはぁっ……んっ、んぁ……しゅ、しゅきぃ……んはぁっ、ちゅぷぅっ……んっ」 「んちゅっ、んっ…………んぱぁっ。……ハイン、声が小さすぎてよく聞こえないよ」 「……だから、好き、だってば」 「もう一声」 「もうっ! 好きよ! 私も彼方が好きっ!」 「嬉しいよ、ハイン」 「んむっ……んっ、ちゅぱ……あっ……あん……またぁ、キス……んんっ、んぁっ、ふぁぁっ」 「キス、しゅきぃ……んんっ、彼方との、んぁっキス、ふぁぁぁっ、気持ち、いぃよぉ……んぁぁっ」 うっとりと瞳を閉じたままのハインとのキスを味わいながら、そっとハインの胸元へと手を伸ばす。 「んぁぁっ!? ん……んちゅ……ふぁっ、ぁんっ……むちゅぅぅ」 ハインは驚いた目をして見せたが、嫌がるそぶりはない。 そのまま柔らかな胸へと手を置くと、モニュンッとした感触と共に、温かくて弾力のある胸の中へと指がズブズブと飲み込まれていく。 「だ……だめぇ……んっ、んぁ……おっぱい……触っちゃ……んんんっ」 胸を揉まれながらも、舌を交じらわせることを止めないハインが、形ばかりの制止の声を上げる。 そのまま服の上から探り当てた乳首をクリッと捏ねると、ハインの体が大きく震えた。 「きゃっ! んっ、んぁ……っ、わ、私、それ以上……んんぁっ……あぅっ、あっ、されたらぁぁぁ……んはぁっ」 「だめ……だめぇなのぉ……んっ、んぁ……あぅっ……そ、そこ……あぁ……っ」 「んちゅっ、ちゅぱっ……ちゅっちゅっ、んぱっ、ちゅちゅぅぅっ」 「キスゥ……んっ、されながら……あぁっ、おっぱい、揉まれたら……もうっ、んぁっ、あぅっ、んんんっ」 舌でハインの上あごをなぞりながら、右手でプニプニと柔らかな胸を揉み続けると、ほどなくハインの足がガクガクと震えはじめた。 「んっ、お、お願いよ……彼方ぁ……、も、もうっ……あぁっ、立ってられないのぉ……っんん!」 「分かった。じゃあハイン、後ろ向いて?」 「後ろ?」 言われるがままに背中を見せたハインへ、目の前の木へ体重を預けるように指示をする。 「なんかゴメンな。初めてだったのに、こんな外でさ……」 「今それ言う?」 「スマン。でもハイン見てたら、我慢が利かなくなっちゃってさ。本当にごめん」 「……いいわよ、別に。それに……わ、私も……したく、なっちゃってたから」 「ハイン……!」 がばっと抱き付こうとした俺を、手でハインは軽く制した。 「ストップ! も、もうっ! あんまり触られると私また――」 その先を言いそうになって口を噤んだハインの頬が赤く染まっている。 「また、なに?」 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! 彼方ってホンット意地悪だわっ!」 「ハハハ、ごめんごめん」 笑って誤魔化した俺を、唇を尖らせながら可愛らしく睨み付けた後、ハインはポソリと口を開いた。 「……彼方と仲良くなれて良かった」 「ハイン? どうした、急に」 「いい機会だから、聞いて貰ってもいい? 私の……後悔の話」 ――――後悔。 生きていればどんな人間にも、後ろから追いかけてくる黒い影。 俺は過去に戻った事で、その影を遠く引き離そうとしている。 だけど普通の人間は――――皆、その後悔を背負って生きているんだよな……。 「もちろん。ハインが話したい事なら、どんな事でも」 「有難う」 ハインは少しだけ寂しげに微笑むと、俺の手を柔らかく握った。 「……私ね、子供の頃とっても仲の良かった友達がいてね。いつも一緒に遊んでたの」 「でもある日……ママが当時協力していた捜査を、妨害しようとした人間がいて……。そいつらは私を攫ってママを脅して、捜査から降りさせようとしたの」 「そんな事が……。ハインは大丈夫だったのか?」 「うん……。私は大丈夫だった」 「私、は?」 「あの日の事は今でもハッキリと覚えてる。 私はいつも通り友達と遊んでいて、そして知らない大人達が現れて……」 その先を躊躇う様に、一呼吸だけ言葉を区切る。 「目の前でね、友達が誘拐されちゃったの。……私と間違われて」 「私はすぐに後を追おうとしたけど、子供の足じゃどうにもならなくて。あの頃の私に今位の力があれば、もっと何か対応出来たでしょうけど……」 「子供だったんだから、仕方ないよ」 「ん……。それでね、急いでママに電話して。ママはすぐに念視を開始して、犯人達の場所を突き止めたわ」 「ほどなく警察が友達を保護して、彼女に怪我は無かったけど……」 「でもね、その時に感じた恐怖は消えない。本当は私が感じるはずだった恐怖を、あの子が代わりに感じてしまったの」 握った手が僅かに震えているのを感じて、俺はハインの手をギュっと握りしめた。 それに後押されたかのように、ハインが続きを話し始める。 「それからその子とは一緒に過ごさなくなった。ううん、その子だけじゃない。他の誰とも……。その代りに私は超能力の特訓に明け暮れたの」 「自分の力で誰かを守れるように、もう二度とあんな思いはしないようにって」 ハインが自嘲気味に小さく笑う。 「……別に誰とも深く関わらない事は、大した苦労じゃなかったわ。ツンとした態度をとっていれば、それ以上は誰も踏み込んで来なかったから」 「成長して超能力で色んな事が出来るようになって、そんな私を好奇な目で見る人もいたけど、そんなもの片っ端から無視してきた」 「だから……かな。パパとママが彼方の家に行きなさいって言ったの。能力者同士刺激になるから、なんてきっとウソ」 「本当は私にもう一度、他人と関わるきっかけを作りたかったんだと思う」 「そうだったのか……」 誰にも話した事がなかったであろうハインの苦い過去に、胸の奥が締め付けられるような痛みを覚える。 「別に今さら誰かと関わろうなんて思ってなかったから、正直面倒だなとも思ってたの。……ふふっ、でも来て良かった」 「ゆずが私に凄く普通に接してくれて、とても嬉しかったわ。彼方も人とは違う能力を持っているから、そういう意味でも気が楽だった」 「でもだからこそ、学園で悪い気配を感じた時に敏感になったの。もう二度とあんな思いはしたくないから。私は私のこの力で、守りたかったから」 「ハインがそうやって警戒してくれてたおかげで、俺もゆずこも助かったんだな。有難う、ハイン」 「ゆずを助けたのは彼方よ。私は少し手助けが出来ただけ」 「あの時の彼方を見て、凄いって思ったわ」 「彼方は私みたいに超能力が使えるわけじゃない。霊視は出来るけど、でもテレキネシスもサイコキネシスもない」 「だけど恐れずにゆずに覆いかぶさって……。見ていてね、凄く勇気づけられたの。彼方は過去の私が出来なかったことを、してくれたから」 力のない人間が、それでも友人を守った――という事か。 「だから、私……黛家に来て良かった」 優しく微笑んだハインの肩を抱いて、おでことおでこをコツンと合わせる。 「俺もハインが来てくれて良かった。ハインとこうして過ごせて幸せだよ」 過去の世界のハインは、誰も寄せ付けようとはしていなかった。 本当はこんな寂しさを、ずっと抱えていたんだな……。 「これからはどんな事でも相談してよ。一緒に解決していこう」 「うん……。有難う、彼方」 ――――大好きよ、と耳元で囁かれ、俺は多幸感に目を閉じた。 「きゃぁっ! すっごい風」 「うぉ〜、寒っ。風邪ひかない内に、旅館に戻ろうか」 「そうしましょ。 あ〜、寒〜〜いっ」 かじかむ手を息で温めたハインのその手を、包み込むように握りしめる。 「こっちの方が温まるぞ?」 「ふふっ、うん! 彼方の手ってあったかい」 嬉しそうに目を細めたハインと、手をぎゅっと握りあいながら、鳴ヶ崎神社を後にした。 「ただいま」 「戻ったわ」 「二人共お帰りーっ。大丈夫だった?」 旅館に戻ると心配していた様子で、ゆずこがすぐさま迎え出てくれた。 「ああ、大丈夫だったよ」 「良かったぁ……」 「ゆずこ凄く心配してたもんね」 「有難うゆず。そっちは大丈夫だったの?」 「大丈夫も何もリリー先輩の怪談トークに、ゆずこはビビりまくりだったよ、あはは」 「笑い事じゃないよ〜」 どうやらこっちはこっちで盛り上がっていたようだ。 「……首筋にキスマークついてるぞ」 「えぇっ!? ウソッ!?」 リリー先輩に指摘されたハインが、慌てて首筋を手で隠した。 ん? 俺、あんなトコ責めたっけ? 「フッ、かかったな」 「ななななな、なんなんなんっ、〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 だよな。俺はそんなもん付けてない。 「ハッハッハ。言った通りだったろ? いくらなんでも帰りが遅すぎるからな」 「いやー、中々に下世話なトークだったよー」 「二人共ごめんね。止めようとしたんだけど、止めると今度は怪談が始まっちゃって……」 「恐怖と二人の進展予想で、頭の中グチャグチャだった……」 「な、なんか悪かったな」 「それでそれで? 二人は何をしてたの? 向こうで何があったの?」 「それは……えーっと……」 「聞かずもがな。ナニかがあったんだろう」 「オヤジっぽい事を言わないで下さい」 「はっはっは」 「くぅ〜〜っ」 豪快に笑い飛ばした先輩と、羞恥で顔を真っ赤にしたハインの対比が実にコミカルだ。 とはいえ、このままからかわれてるわけにもいかないよな。 ――――よし。 「……ごほん。えっと、俺とハインは付き合う事になりましたっ」 「わぁ、おめでとう!」 真っ先にゆずこが祝福の声を上げる。その朗らかなお祝いの言葉が、何だか少し照れくさい。 「有難う、ゆずこ」 「これからもよろしくね、ゆず」 「もちろんだよっ」 「能力者同士とは、これは二人の子供が楽しみだな」 「こ、こどっ!?」 リリー先輩のストレートな発言に、ハインは目を白黒させながら動揺している。 「あんまりハインをからかわないでやって下さいよ」 「ハハハ、いいじゃないか。目出度いことなんだし」 「そうだよー。いやー、肝試しやって良かったねぇ」 「そうだろう? 久地は分かってるな!」 「へへへ〜」 「全くもう。 二人共、これからも色々と冷やかされるとは思うけど、応援してるから」 「ははは、有難う」 「さーて、では詳しく話して貰おうか。諸々委細漏らさずな」 「話すわけないでしょっ!」 「なにっ……! むぅ、では霊体験方面はどうだ?」 「そっちもあるにはあったけど……」 「聞かせてもらおうっ!」 「いや〜〜、聞きたくない〜〜〜〜っ!」 「お願い、ハインちゃんっ! 話さないで〜〜!」 怪談の苦手な二人は両手で耳を塞いで、頭をブンブンと振って拒絶を示している。 「じゃあ代わりに初えっちの事聞かせてよー」 「そ、そんなの言えるわけないでしょっ!」 「じゃあ霊体験だな」 「いや〜〜〜〜!!」 「やめて〜〜〜!!」 「ならばえっち!」 「あ、あのねぇ……!  もうっ、彼方なんとかしなさいよっ」 「……俺、風呂入ってくるわ」 「あ! ちょっと待ちなさい!」 「逃がさんぞ宮前!」 「きゃぁっ! リリ、どこ触ってるのよ〜〜〜〜っ」 「……心なしか大きくなった気がするな」 「も、揉まれちゃったの?」 「えー、あれって迷信じゃないの? ほ、ほんとに? そんなにすぐ大きくなるの?」 「な・ら・な・い・わ・よ・っ!!」 キャアキャアとはしゃぐ女性陣を尻目に、俺はそーーーっと脱衣所へと向かった。 許せハイン。 こうなったらもう俺の手にはおえん。 「あー! 彼方ーーーーー! ズルいわよーーーーっ!!」 「離さんぞ、宮前〜〜〜〜〜」 「きゃあああああああああっ」 こうして賑やかに夜は更けて行ったのであった。 いやはいや、恋バナをする時の女性の勢いは凄いな、ホント……。 「先輩、宿の手配有難うございました」 「えへへ、とっても良い温泉だったし大満足です」 「それは良かった。ゆずこもどうだ? 少しは元気になったか?」 「はい! もうバッチリです」 「そうか、ふふっ」 「それで私、考えたんですけど……」 「簡単な――学園内で出来るようなクリスマスイベントをしたいなって。楽しみにしてた人もいっぱいいるし」 ――――リリー先輩の学園最後のクリスマスだし、な。 「それ良い! そうだよね、なにもパーティーなんていう大それた規模じゃなくてもいいよね」 「うんっ。ミニパーティーって感じの物が出来たらなって」 「クリスマスまであと10日くらいだけど、場所さえ変えれば予定通り出来そうな事もあるわよね。聖歌隊とか、演劇とか」 確かにその辺りはイベント会場じゃなくても、学園の講堂なんかで十分に出来そうだ。 「早速先生に許可取ってみようよ!」 「俺も手伝える事は協力するからな」 「有難う、彼方くん」 あれ? もっと喜ぶかと思ったのに、ゆずこの返事には元気がない。 「? どうした? 何か気になる事でもあるのか?」 「気になる……ってほどでも無いんだけどね、その……」 「…………もう、あんな事……起こらない、よね?」 「……あれは楽しそうで賑やかなパーティーを嫉妬した、小さな思念体の集まりが起こした事故だったのよ」 「ほう。それは初耳だな」 「言っても余計に怖がらせるだけだと思ったから。でもその思念体は私が蹴散らしたから、もう大丈夫よ」 「そう、だったんだ……。……でもまた私、楽しい事をしようとしてるよね? ……それでも、平気かな?」 尋ねたゆずこの瞳が揺れている。 ――――怖い思い、したんだもんな。 「分かったわ。私が責任持ってパトロールする」 「なるほど。それはいいな」 「悪意のある存在がいないかどうか、あちこち見て回るから」 「俺も協力するよ」 「……そうね。彼方の霊視能力は有難いわ」 「だから、な? ゆずこは安心してクリスマスの準備してくれよ」 「彼方くん、ハインちゃん……!」 一気に破顔したゆずこが、勢いよくハインに抱き付いた。 「きゃぁっ! もう、ゆず! すぐ抱き付くんだからっ」 「えへへ……。二人共有難う」 「これで一安心、かな?」 「そうだね。もちろん霊的じゃない部分での、チェックも強化しなきゃだけど」 「ふむぅ。本来なら私も黛達とパトロールに付いて回りたいが……。クリスマスまで日も無いしな。今回は大人しく実行委員の方を手伝わせて貰うよ」 「有難うございますっ!」 「こちら的にも助かります」 「どういう意味だ、黛ぃ」 「え? あ、あはははは……」 リリー先輩と一緒に幽霊探しなんてしたら、どんな恐ろしい事になるか……! 「とにかく、こっちは任せてくれて良いから」 「うん、有難う……。ごめんね、私の都合で」 「いいのよ。私も不安因子は潰しておきたいから」 ……そういえば、ティアはどこに行ったんだろう。 昨夜神社から帰ってた時には、既にいなかったが。 ハインと一緒に幽霊退治、か。 ――――ティアは? ティアの事をハインはどうするつもりなんだろう。 「よし、では帰るか」 「明日先生達に許可を取ってみないと、ハッキリとした事は分からないけど」 「でも色々計画は練ろうよ」 「そうだね♪ 何か良い案ある?」 「そうだな〜……」 「ねぇねぇ、こういうのはどうかなーー?」 ……考えても仕方ないか。 ティアがいつ現れるかすらも、俺には分からないんだから。 「あれ、ゆずこは?」 「クリスマスパーティーの許可を貰いに行くから先に行くね〜って、さっき出て行ったわよ」 「そうだったのか。張り切ってるな、ゆずこ」 「ええ。私達も頑張りましょ」 「そうだな。……まずはどうする?」 「学園内だけで済ますパーティーにはなるでしょうけど、元凶となったパーティー会場はチェックしておきたいわよね」 「そうだな。じゃあパーティー会場に行ってみようか」 「ええ、そうしましょ」 「到着――っと」 ツリーのなくなった会場をぐるりと見回す。 閑散としていて人の気配はもちろん、人ではない存在の気配もない。 「……大丈夫そうね」 「ああ。なぁハイン、思念体っていうのは、簡単に再生される物なのか?」 「どうかしら。少なくともここに現れた思念体は、短くはない月日を嫉妬や憎悪に費やした存在だったから、すぐにまた現れるって事はないと思うけど」 「そうか、良かった」 「ゆずが心配?」 「まあな。気丈に振る舞ってはいるけど、次にまた同じような事が起きたら、ゆずこはきっと……耐えられないと思うから」 「そう、よね……」 「あれ、ママさん。どうしたんですか? こんな所で」 「二人の姿が見えたから、ちょっとこっちに寄ったのよ」 「そうだったんですか」 「ふふっ、ありえから聞いたわ。あなた達付き合ったんですって?」 「えぇっ!? あ、え、う〜〜〜っ」 「ははは、ハイン顔まっ赤だぞ」 「だ、だって!」 「初々しくていいわねぇ〜。それで二人こそ、ここで何をしているの?」 「ちょっとパトロールと言うか。また何か悪さをする存在がいないか、ハインと回ろうと思って」 「学園内だけで済むような規模を抑えたパーティーを、改めて企画する事になったんです」 「そう言えばありえも今朝は早く出て行ったわ。そう、パーティー再開するのね」 「はい、やっぱり皆楽しみにしている事なんで」 「でもその為には、またあんな事が起こらないように色々と気を配らないとって。それで私達はパトロールを引き受けたんです」 「二人は霊的な物が視えるんだものね。私にはそういうのはよく分からないけど、でも二人にしか出来ない事よね。頑張ってね」 「有難うございます」 「ん〜、次はどこを見回るの?」 「やっぱり学園かしら。実際に使われる会場が、学園になるでしょうし」 「そうねぇ。でも――隣町の植物園はどうかしら?」 「私ね、お客さんから頂いて、植物園の入場券持ってるのよ。2枚」 「えっと、でも、私達……」 「ふふっ、確かにパトロールは大切よ。でもあなた達だって付き合いたての、とっても大切な時期じゃない。デートに行ったって罰は当たらないと思うけど」 「でもゆず達が頑張ってるのに、私達だけそんな事……」 「だから植物園のパトロール、なのよ? 隣町に行くには電車も乗らなくちゃだし、ああいう所ってそういった存在が集まりやすいわよね?」 「確かに駅ではよく見かけます」 人が多い場所には思念体や霊体も多い。 「ね? なら、決まり」 悪戯っぽく笑って、ママさんは俺の手に植物園の入園券を握らせた。 「有難うございます、ママさん」 「いいのかしら」 「ふふっ。きっとね、ありえもゆずこちゃんも、二人が二人の時間を大切にしてくれる事を望んでると思うわ」 「そうでしょうか?」 「そうよ。だからあの子達、実行委員としてまた頑張ってるんじゃないかしら」 確かにゆずこ達が実行委員として過ごす時間が増えるなら、それと比例して俺とハインが二人で過ごす時間も増すだろう。 「ゆずこ達に気を遣わせちゃったみたいだな」 「もちろん、パトロールをして欲しいっていう気持ちも嘘じゃないと思うわ。でもまずはあなた達が幸せじゃないと、ね?」 「有難う、ママ」 「ふふっ、いいのよ。じゃあ行ってらっしゃいな」 「行ってきます」 俺はハインと一緒に過ごせるなら、どこにいようと何をしていようと幸せだ。 だけど――そうだよな、ハインは女の子だ。 もっとデートしたり、二人で過ごしたりしたいよな。 「行こう」 ママさんにペコリと頭を下げると、俺とハインはどちらともなく手を繋いでその場を離れた。 「う〜ん、青春っていいわねぇ。私も久しぶりに、デートに誘ってみようかしら」 植物園 「素敵。温室だけあって、緑も豊富ね」 「外の空気とは全く違うな。この時期にこれだけの植物が見られるのはいいな」 「外は寒いし枯れ木が多くて寂しいものね。こんな温室がある植物園があるなんて知らなかった。ママに感謝だわ」 「そうだな。あ、これヤグルマギクじゃないか?」 青色の可憐な花が、温室の中で凛と咲いている。 「ホントだ。綺麗……」 「ドイツの国花って、この花だよな?」 「そうよ。でもよく知ってたわね、そんな事」 「そりゃハインに関係のある国の事だから」 「えっ? えっと、その、それって」 「プレッツェルが好きだったりするし、他にもドイツの物で好きな物とかあるのかなーって思ってさ」 「それで前にドイツって、他には何があるんだろーって調べたんだ。その時に知ったんだよ。ドイツの国花」 「そっ、そう。……前から私のこと、考えてくれてたんだ」 「ん? ごめん、よく聞こえなかった――――ハイン、暑いのか? 顔赤いぞ」 「暑くないわよっ、ちが、暑い! 暑いわねぇ、この温室っ」 「そうか? 温かくてちょうどよくないか?」 「いいのっ、暑いの!」 「よく分からんやつだなぁ」 「だ、だって彼方が……嬉しくなるような事、言うから」 「も、もうっ! あんまり気にしないでっ。 えーっと……そうだ! 彼方は好きな花ってあるの?」 「俺か? そうだなぁ。好きな花って言われても、そんなに詳しくないからなぁ」 改めてグルリと周囲を見回して、自分好みの花を探す。 「うーーん、あ。この花綺麗だな。――ダリアっていうのか」 「ピンク色で綺麗ね。目が覚める位に鮮やかだわ」 「俺の中のハインのイメージって、こんな感じだな。華やかで可愛くてさ」 「ひゃい!? かな、彼方ってそう言う事……すぐに言うわよねっ」 「そうかな? 思ってる事が正直に、口から出ちゃってるだけなんだけど、嫌?」 「嫌じゃない――けど、そう言うの言われなれてないもの。どんな反応したらいいのか分からないわっ」 ハインみたいに可愛い子なら、いくらでも言われてそうなものなのに。 でもハインは、他人との必要以上の関わりを持たないようにしてきたんだもんな。 「慣れてよ。これから俺はこう言う事、きっと沢山言うだろうから」 「……慣れそうにないわ」 「そういう反応も可愛くて好きだから、それはそれでアリかな」 「〜〜〜〜〜〜っ!!」 「あはは、ハインは可愛いなぁ」 「彼方はカッコイイし優しいし、何故か分からないけど、たまに大人っぽい余裕みたいなのあるし、そういう所とかいいわよね!」 「? どうした、急に。でも有難う」 「うぅ……」 「彼方は照れたりしないのね」 「ハハハ、俺を動揺させたくて言ってたの?」 「うぅっ」 「ハインってホント面白いよな」 「私に面白要素はないわよっ」 「そうか? 少なくとも今の俺達は、お互いにお互いの好きな所を言い合うっていう、なかなかのバカップルぶりを披露しちゃってるけど」 「ハッ! えーっと周りに人は――いない。ふぅっ、平日の昼間で良かったぁ……」 辺りをキョロキョロと見回したハインが、人気のなさに安堵の息を漏らす。 そんな様子も微笑ましくて、心の中がポカポカとしてくる。 「……なぁハイン。これからもさ、時間がある時は二人で色んな所に行こうな」 「なによ、急に」 「パトロールも大事だし、ゆずこ達の手伝いも勿論したいどさ。俺はハインと一緒に過ごす時間も大切にしたいんだ」 「彼方……」 「だって俺はハインの彼氏、だもんな?」 照れたように頷くハインに、にっこりと微笑む。 ハインもそんな俺を見て、頬を緩めてくれた。 ……こういうのって、いいなぁ。 「さて、じゃあこの後はどこに行きたい? どこか行きたい所あれば付き合うよ」 「……どこでもいいの?」 「もちろん」 少しだけ考えるそぶりを見せた後、ハインが躊躇いがちに小さく口を開いた。 「じゃあ……竜の穴マップブックスに行きたい」 「それって駅前の?」 「そうよ、ダメ?」 「いいよ、行こう」 「やったぁ! うふふふっ」 「嬉しそうだなぁ」 「ここの花々を見ていたら思い出したのよ。先週始まった花をテーマにした新作アニメがあるんだけど、それのグッズを見に行きたいの」 「へぇ〜。面白かった?」 「まだ1話だから断定は出来ないけど、期待値は高いわ。期待値としては今期1ね」 「ハインはアニメが本当に好きなんだな」 「……あんまり人とは関わらないようにしてたから、自然と家で一人で過ごすことが多くて。その中でアニメは私の癒しだったから」 「そっか……」 ハインも色んな思いをしてきたんだろうな。 「あ! でもでもアニメと出会えたのは、むしろ私にとってプラスでしかないのよ? だってアニメって凄いもの!」 「俺はアニメにはあんまり詳しくないからさ、今度ハインの好きなアニメ教えてよ。ハインが好きな物なら俺も知りたいからさ」 「彼方っ!」 目がキラッキラ輝いてるぞ。 こういう話をする相手もいなかっただろうから、メチャクチャ嬉しそうだな。 「好きな作品の円盤は全部揃えてるから、いつでも貸し出せるわっ。そうね、まずは何からがいいかしら。やっぱり“劇場版あのまほ”かしらね」 「そう言えば“あのまほ”映画にもなってたんだもんなぁ」 「えぇそうよ。新キャラも出てたし、今だって劇場版2が――――って私、アニメの話しすぎね。折角の植物園なのに」 「俺はハインが楽しそうならそれでいいけど」 「ダメよ。それにアニメはいつでも見られるもの」 「アニメの話は、竜の穴マップブックスに着いてからにするわ。私だって彼方とのデートを楽しみたいって気持ちがあるのよ?」 「分かってるよ、ハイン」 「もうっ、余裕なんだから」 「ははは、じゃああっちの特設コーナーに行ってみないか? 南国の花特集だって。フルーツジュースもあるみたいだぞ」 「わぁ、素敵ね。行きましょう」 にっこり笑ったハインが自然に俺の手を取る。 それだけで俺はとてつもない幸せを感じる事が出来る。 うーん、幸せだなぁ。 「ただいま〜。あら、ゆずはまだ帰宅してないみたいね」 「だなぁ。ん?」 「ゆずこからだ。えーっと――――今日はもう少し作業をしてから、ありえ達とご飯を食べて帰ります。食事の用意出来なくてゴメンね。だって」 「そんな事気にしなくていいのに。帰り大丈夫かしら?」 「遅くなる時は大体ひなたが送ってくれるからな。でも一応迎えが必要なら、連絡しろよってメールしておくよ」 「そうね。それがいいと思うわ」 携帯を操作して、ゆずこに返信をする。 「これでよし――っと。俺達は晩飯どうする?」 「そうねぇ、さっき軽食を取ったばかりだから、まだお腹は空いてないけど」 「俺もまだ大丈夫だな――――っ」 ふと互いの視線がぶつかった。 「えっと……その……」 部屋には二人きり。 さっきまでちっともそんな事を考えてもいなかったのに、意識をしだしたらもう止まらない。 「あの、さ……俺の部屋、行く?」 「別に、い、いいわよっ」 ハインの精一杯の強がりが愛しい。 「じゃあ行こうか」 「……なんか緊張する」 「俺も同じだよ」 囁くように言って、後ろからハインをギュっと抱きしめた。 「か、彼方……っ」 「したい。ダメ?」 「キス、してくれたら……いいわ」 ハインの可愛らしい要求に、体が奥から熱くなる。 ハインをくるりとこちらへ向かせて、目を閉じたハインとそっと唇を重ねた。 「ん……んぁ……ちゅぱっ、んんっ」 「舌、出して」 「むぁ……んっ、こ、こう? んんっ」 言われるがままに突き出したハインの舌を、甘噛みするように口に含んで、舌小帯を舌先でチロチロと刺激する。 「ひゃぁうっ、 んんっ、んぁ……ちゅぱっ、んんんっ、ふぁぁぁ」 トロリと溶けた声を出したハインをベッドへと誘うと、二人で倒れ込むように布団の上へとダイブした。 「……彼方、有難う」 「デート、楽しかった」 「俺も楽しかったよ。またどっか行こうな」 「ゆずこだ」 「おかえりなさーーーーい」 「リビング行こうか?」 「えぇ、そうしましょ」 「お帰りなさい」 「あれ、二人共まだ制服だったんだ」 「あ、あぁ。その、今帰ってきたばっかりなんだよ、俺達も」 「そ、そうなのよ。あははは〜……」 「? そうなんだねー」 帰って来てすぐにHモードに入ってしまって、着替える時間なんて無かったとはとても言えない。 「それよりゆず、そっちはどうだったの?」 「うん、バッチシ許可貰えたよ〜。軽めの文化祭みたいな感じで、講堂と教室使ってパーティーするんだ」 「へぇ。各クラスで出し物とか出来るのか?」 「ううん。そこまでの時間も予算もないから、あくまでいくつかの教室を使うって感じかな」 「ほら講堂での立食パーティーあるでしょ? あれを使える教室でするの。ジャンルごとに喫茶店みたいな感じで」 「楽しそうね」 「でしょでしょ? それで講堂では時間を午前と午後に分けて、聖歌隊と学園演劇を開催するんだ」 「そうか。聖歌隊はパーティー会場で披露の予定だったもんな」 「うん。でもこれなら全部お披露目出来るかなって」 「考えたわね、ゆず」 「えへへ〜。そっちはどうだった?」 「パーティー会場は何も問題なかったよ」 「そっか……。良かった……」 胸に手を当てるとゆずこは、ホッとしたように息を吐いた。 「明日からは学園の方も見回るわね」 「うん、有難う。もうあんな事は起きないと思うけど、でも二人が見回ってくれてるって思えるだけで、とっても安心出来るの」 ぐぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。 「ふぇ?」 「スマン、俺の腹だ」 性的な運動をしたせいか、すっかり空腹になっていたらしい。 「あれ、まだ食べてなかった? じゃあ何か軽く作ってくるね!」 「いいよ、ゆずこも疲れてるだろ? 自分で何か適当に」 「あはは。ご飯作るのなんて何の労力でもないよー。座っててー」 「大丈夫だよ? ハインちゃんも座っててよー」 「いいからいいから。じゃあちょこっとだけ待っててね〜」 「悪いな」 「はぁっ……」 「ゆずにいつも作って貰って悪いなって」 「そうだな。でもゆずは喜んでると思うぞ? 自分が作った物を誰かに食べて貰うの好きだし」 「確かにゆずはいつもニコニコしてるわ。でも私だって……」 「……私だって彼方に作ってあげたいわ」 「はぁっ。私ってどうしてプレッツェルくらいしか作れないのかしら」 「ハインのプレッツェル美味しかったぞ?」 「……ゆずに習ってみようかしら、料理」 「へぇ」 「な、なによっ」 「楽しみだなって」 「彼方の為だけにそう思ったわけじゃないのよ!? ほら私も作れるようになったらゆずだって助かるだろうし」 「他の事だってその色々、えっとだから」 「ははは、分かってるよ。確かにゆずこも助かるかもな。俺も出来る事は手伝わないとなぁ」 ゆずこがしてくれる事に何の疑問も感じずに、当たり前の事として享受していた過去。 今はその有難味が実によく分かる。 「そうよっ、彼方も何かしなさいっ」 「洗濯くらいかなぁ」 「せせせ洗濯はダメェッ!」 「? なんでだ?」 「だ、だって……下着、とか見られちゃうじゃないっ」 「もう十分に見させて貰ってるけど」 「バカっ! そういう問題じゃないのっ!」 なかなか乙女心はデリケートなものだな。 「出来たよ〜。あれ、ハインちゃんどうしたの? 顔が赤いけど」 「な、なんでもないわっ」 「お、美味そうだな」 「えへへ。冷めないうちにどーぞ♪」 「有難う、ゆず」 「どういたしまして」 「あの、ね、ゆず……」 「今度……今度私に料理を教えてくれないかしら?」 「もっちろん! 私で教えられる事なら何でも聞いてよ〜」 「当たり前だよー。むしろ私がハインちゃんに、教えられる事があるなんて嬉しいな」 「有難う、ゆず!」 「良かったな、ハイン。じゃあ頂くとしようか」 「うんっ。いただきます」 「はぁ〜い」 俺達が箸を進めるのを嬉しそうに眺めるゆずこを前に、美味しい食事を楽しく頂いて夜は更けて行った。 12月16日 「さー、今日はビシバシパトロールするわよ」 「張り切ってるな」 「とーぜんっ! 昨日は結局学園には来ていないし、パーティー会場を確認しただけで終わっちゃったもの」 「そうだなぁ。じゃあまずはどこから行こうか?」 「講堂周辺と学園の正門の辺りから行きましょ。講堂には人が集まっているし、正門は一番人の出入りが多いから」 「よし、じゃあ早速行くか」 「ええ!」 「講堂は問題なかったわね。えーっと学園の周囲は――――」 ハインと一緒に辺りをぐるりとを見回す。 特に怪しい影は――――あ。 「ティアだ」 「どこ?」 「ほら、あそこ」 俺は指でティアの場所を示そうとしたが、その必要は無かった。 ティアはこちらに気付くと、少しだけ警戒した表情で俺達の方へと近づいて来た。 「久しぶりだな。温泉以来か? あの時は俺達が肝試しから帰って来たら、いなかったけど」 「うん。でも別に久しぶりってほどじゃないと思うけど」 ティアはこちらから会おうと思って会える存在じゃない。 そのせいか少し合わなかっただけで、ひどく久しい気がしてしまう。 ハインがピリッとした声を発した。 振り返ると今にも十字を切ろうとしている。 「わわっ! 待てって! ハイン、お前まさかとは思うがティアを――」 「そのまさかよ。その子、いい加減ちゃんと送ってあげないと」 「どうしてだよ……。ハインだって、ティアの事は目をかけてくれてたじゃないか。皆で家で食事した時も、温泉の時も上手く会話してくれてただろ」 「あの時はそうするのが、一番混乱がないと思ったからよ。私は最初から言ってたわよね、ここに居てはいけない存在だって」 「誰が決めたんだよ、そんな事。ティアは……ティアはそういうのじゃないよ」 そりゃ俺にだって正体は分からない。 だけどティアは現世にいたからといって、悪さをしたりするような奴じゃないって事だけは、自信を持って言える。 「そういうのじゃない? じゃあその子は何なの?」 「それは…………」 「分からないんでしょ?」 沈黙した俺を庇うように、ティアが一歩踏み出した。 「彼方、もういいよ」 「ティア! ダメだよ、そんなの!」 「安心して。ハインさんの思う通りに、消えてあげる気なんてないから」 「なんですって……!」 「ハインさんはどうして私を消したいの?」 「どんな人間にも等しく死が訪れるように、どんな霊体も等しく還るべきだわ。そこに例外なんて無いの。それに……」 「それに……?」 「言って」 「っ! そうやってフラフラしてると、その内この地に縛り付けられて動けなくなるわ。そうしたらもう、暗い世界でしか存在できなくなるのよっ!?」 「……っハイン。そういう事、だったのか……」 ハインはハインでティアの事を考えてくれていたんだな。 思い切ったように言ったハインは、ギュっと唇を噛みしめている。 『あなたこのままじゃ地縛霊になるわよ』なんて本当は言いたくなかったんだろう。 「有難う、ハインさん。でも私はそういうのじゃないから」 「そういうのじゃ――ない?」 「俺も不思議に思ってたんだ。なんかこう……上手くいえないけどさ、ティアって普通の霊体とは違うよな」 「だったらアンタの正体はなんなの? 得体の知れない存在なんだとしたら、それはやっぱり警戒するべき相手だわ」 「私の事は……話せない」 「…………そうか」 「そうかって……彼方!」 「ごめん、ハイン。ティアの事は見逃してやってくれないか」 「どうして……。どうしてそこまでその子の味方をするの?」 「味方とかじゃなくてさ……」 「あ! 待てよ、ハイン!」 制止の声をかけたが、ハインは後姿からでも分かる怒りようで、足早に走り去ってしまった。 「追いかけなくていいの?」 「……いい。後でちゃんと話すよ。それよりティア」 「彼方と二人きりでも、私の事は話せないよ」 「ううん、そうじゃなくて。さっきのハインとの話だけど、ティアは本当に地縛霊なんかにはならないのか? もしここに何か未練があるなら――」 やがてその思いは縛られてしまうだろう。 「大丈夫。私はならない」 「随分ハッキリと断言するんだな」 「だって確証があるもの」 「確証?」 「……有難うね、彼方。私のコト庇ってくれて」 「そんなの当たり前だよ」 「私が過去に飛ばしたから?」 「もちろんそれもある。ティアには感謝してもしきれないよ。でも……でもさ」 「一緒に食事したり旅行に行ったり、こうして色んな事を話したり。俺達もう友達みたいなもんだろ? 友達の事を守りたいって思うのは当たり前だろ?」 「……ともだち」 「ふふっ。そっかぁ、友達」 なんだなんだ? 彼方と友達なわけないでしょ! なんて怒られるかと思ったら、意外と嬉しそうにしてくれてるぞ。 「ティア、良かったらさ。これからはもっと一緒に――――」  ごめん、彼方。私……もう、そろ、そ――――」 言い終わる前にティアの姿はどんどん透明度が増していき、やがてその姿は完全に風景の中へと溶け込んだ。 「ティア……」 いつも何の前触れもなく現れ、突然に消えてしまう。 次に会えるのはいつだろう。 ――――また会えるよな? 俺達、友達になれたんだから。 「っとと! いけね! ハインを探さないと!」 ハイン怒ってるだろうな〜。 でもハインにも分かって欲しいんだ。 俺達は世界の全てを知っているわけじゃない。だからどんな事にも検討の余地はあるはずなんだ。 「あれ? ハインちゃん。彼方くんと一緒じゃなかったの?」 「彼方なんて知らないっ!」 「ケンカでもしちゃった?」 「うぅっ、ぐすっ」 「わわ! ハインちゃん泣かないで〜っ!」 「泣いてなんかいないもんっ」 なんて強がってはみたものの、瞳はこれでもかという程の潤いを帯び、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。 「えーっと……そうだ! あそこの教室は空き教室だから、とりあえずそっち行こうよ」 「うん……ごめんね、ゆず」 「いいからいいから」 「よしっ、やっぱり誰もいないね」 「……うん」 「それでどうしたの? 私でよかったら聞くよ?」 「彼方が……私よりも他の女の子の事ばかり庇うの」 「彼方くんが?」 「私だってその子の事を思って言っている事なのに。でも私の言う事は否定して、その子の言う事は信じるの」 「私より……あの子の方が……好き、なのかな」 「それはないよ!」 「……でも私は気もキツイし、言葉もキツイし、素直じゃないし」 (自覚があったんだね……ハインちゃん) 「見た目だって……その子と私とじゃ全然タイプが違って。本当はああいう子が好きなのかな、とか色々考えたら悲しくなってきちゃって」 「逃げるみたいに校舎に入っちゃったんだけど。……はぁ、私ってどうしてこうなんだろ」 人との関わりを極力避けてきたせいか、少しの事でも動揺したり嫉妬したりしてしまう。 こんな心の狭い自分が嫌だ。 彼方だって、こんな子と付き合いたくないって思っちゃうかも……。 「はぁ〜〜〜〜〜〜〜……」 「そんなに落ち込まないで。その女の子ってどんな子なの?」 「小さくて細くて華奢で、髪なんてまっすぐでサラサラで」 「スレンダーだから制服も似合ってるのよ。私なんて胸が大きいから、ケープだってすぐに捲れ上がっちゃうし」 「ハインちゃん、それ本気で言ってる?」 「冗談なわけないでしょっ」 「そっか……うぅっ、羨ましい」 「ゆず?」 「とにかく! そう言う事なら大丈夫だから。彼方くん、胸の大きい子好きだからっ」 「え。そうなの?」 「うん。彼方くんの好きなアイドルとか、グラビア雑誌とかの傾向を見るに、確実に巨乳好きだと思うよ」 「そ、そう」 ほーっと内心で安堵の息を吐く。 こんな事で一喜一憂するなんて、我ながら自分がバカっぽく思える。 恋愛って、こんな気持ちになるものなの? 「それにね、彼方くんに限って一度好きって言った人を、裏切るようなマネはしないと思うの」 「彼方くんって、ああ見えて基本真面目なんだよ」 「店長さんの所のコンビニとか、偶に手伝ってたりするんだけどね、仕事ぶりもしっかりしてて、いつも褒められてるんだ〜」 「仕事だけじゃなくて人にも真面目。オカルト部だって彼方くんのそういう所に、とっても助けられてるもの」 「ゆずは……彼方の事、とってもよく見ているのね」 「えぇ!? だ、だって私は―― 私は彼方くんと過ごす時間が多かったから。兄と妹みたいな感じで、毎日一緒に過ごしてたら、必然的に知っちゃうよ」 「ハインちゃんと彼方くんはまだ知り合ったばかりだもん。お互い分からない事や伝えられない事があっても、当たり前じゃないかな」 「そうだよ。それにね、知り合ったばかりなのに、もう両想いなんだよ? それって単純に、すごくすごくすごーーい事だよっ」 「両想い……」 改めてそう評価されて、思わず頬がカアッと赤くなる。 「ふふっ、ハインちゃんまっ赤だよー」 「もうっ! からかわないでよ」 「ハインちゃんは自分の事を素直じゃないなんて言うけど、一緒に暮らしてたら分かるよ。ハインちゃんが本当はとっても真っ直ぐな子だって事」 「……だから大丈夫」 ゆずこは優しく微笑むと、私の背中をポンポンと優しく叩いた。 「有難う、ゆず。なんか元気になってきた」 我ながら単純そのもの。 「あはは、その調子その調子。そうだ! せっかくだから今日はハインちゃんが、夕飯作ってみない?」 「私が?」 「うん。私が隣でサポートするから」 「私も料理は教わりたいけど……上手く出来るかしら」 「出来る出来る♪ 料理なんて難しい事じゃないよ。難しかったら毎日なんて出来ないもん」 「それじゃあ彼方の好きな物を作りたい。彼方が好きで――かつ私に作れそうな物」 「うーん、そうだねぇ。彼方くんは和食の方が好きだから……親子丼なんてどうかな?」 「親子丼……。卵フワフワに作れるかしら」 「大丈夫大丈夫。うち親子鍋あるから。あれ使うと意外と簡単だよ?」 「親子鍋?」 「親子丼とか作る用の鍋。薄くて小さいこれ位の大きさの、見た事ない?」 ゆずが両手で、鍋の大きさにしては小ぶりな輪っかを作る。 「なんか見た事あるかも」 「えへへ。じゃあ帰りに商店街寄って、材料買ってこ。彼方くん喜ぶよ、きっと」 「……だといいけど」 「そうと決まれば、今日の分の委員会のお仕事片付けちゃおうっ。ハインちゃんも手伝って〜」 「ふふっ、私に出来る事なら何でも言って」 「えっとねー、それじゃあまずは――――」 ゆずの指示を伺いながら、実行委員の仕事を手伝った。 ――――彼方、喜んでくれるかなぁ。 ふぅっ。結局あの後ハインとは会えずじまいだった。 やっぱりあの時追いかけるべきだったかな。でもティアの事も気になったしなぁ。 「ただいま〜」 「……お、おかえりなさい」 「ん。あのさ、ハイン今日の事なんだけど――」 「はいはーい! ご飯すぐ出せるから、まずはご飯先に食べようよ。ね?」 「ん、分かった」 ゆずこは俺とハインが、昼に少しギスギスしてしまった事を知っているみたいだな。 「ハインちゃん、キッチンいこー」 ハインは少しだけ俺に視線をくれた後、キッチンへと消えて行った。 俺も部屋着に着替えてくるか。 「良い匂いだな。今日は親子丼か」 「うん。彼方くん好きだよねー」 「好物の一つだな」 「……っ」 「はい、じゃあ食べよっか」 「おう。頂きまーす」 出来立て熱々の親子丼を口に運ぶ。 卵がフワトロで実に美味だ。それに――――ん? 「……味付け変わった?」 「ど、どう?」 「うん。この味付けもこれはこれで好きだな。というより、寧ろいつもの味付けより好みかもしれん」 「ほ、ほんと!?」 「ハイン、急に立ち上がってどうした?」 「えっへへ〜」 「なんだなんだ?」 妙にニヤニヤしているぞ。 「実はこの親子丼、ハインちゃんが作ったんだよ!」 「どうどう?」 「めっちゃ美味い」 「……ほっ。良かった」 心底安堵したように、ハインが胸を撫で下ろした。 一生懸命作ってくれたんだろうな。 「有難うな、ハイン。とても美味しいし、作ってくれた事が凄く嬉しいよ」 「わ、私は――その、別に……」 「ハインちゃん、ちゃんと言お?」 「その……っ、昼間は変な感じになってゴメンナサイ。なんか、私も……ムキになってたと思う、から……っ」 少しだけ俯いて躊躇いがちに告げたハインの、その表情に胸がきゅっと締め付けられる。 ハインは色々と考えてくれてたんだな。 「ううん、俺の方こそ悪かったよ、ハイン。あの時ハインを追いかけて、話すべきだったよな」 「えぇ!? お、追いかけてなんてこなくていいわよっ!」 「追いかけてたらハインちゃんの泣きが―――― わぶっ!」 何かを言おうとしたゆずこの口を、ハインが両手で押さえつける。 「なんだなんだ? おい、ゆずこ」 「彼方は気にしなくていいのっ! ゆずも! い・い・わ・ね!?」 「むぎゅう〜〜〜」 「手を離してやらんと、ゆずこは返事も出来んぞ」 「あっ」 「ぷはぁっ! び、びっくりした〜」 「びっくりしたのはこっちよ」 「えへへ。ごめんね、ハインちゃん」 ? 俺には何の事だかよく分からないが、とにかくハインが元気になったみたいで良かった。 「さ、ご飯食べちゃおうよ。冷めたら勿体ないよ」 「そうだな。折角のハインお手製の超絶美味親子丼だしなっ」 「あんまり褒めないでっ」 「ハインちゃんの味付けのアレンジ、私には無い味だから私も作ってて楽しかったよ」 「そう?」 「うんっ! また今度一緒に何か作ろうね」 「ええ! 彼方は、その……リクエストとかある?」 「リクエストかぁ。そーだなぁ、唐揚げとか餃子とか食べたいかなぁ」 「おおー。最近どっちも作ってなかったもんね。シンプルな料理だけど、アレンジ次第で色んなの出来るし良いね〜」 「じゃあ次はそれで」 「またハインが作ってくれるのか?」 「わ、私も唐揚げ好きだし? 餃子も――作るの楽しそうだしっ」 照れ隠しのように口を尖らせて見せるハインが、愛おしくて可愛らしい。 「餃子はねぇ、皮包みが楽しいんだよ。犬とか豚とかライオンとか、金魚やタコの形なんかにも出来るんだ〜」 「そうなの? 普通の形の物しか食べた事がないわ」 「お店では中々出てこないからね。お家餃子のお楽しみ」 「ははっ、楽しみにしてるよ」 「……練習あるのみね」 こうして楽しい夜は更けて行った。 ハインはもっと怒っているかなとも思っていたけど、蓋を開けてみればそんな事は全くなくて、むしろ俺を気遣って手料理を振る舞ってくれた。 俺もハインの気持ちを、もっと大切に考えられるようにならないとな。 ティアの事だって、ハインは彼女の事を思えばこそ、言ってくれているのだから。 「さ、今日もパトロール始めましょ」 「分かった。じゃあまずは――――」 口を開きかけたその時、前方から異質な存在の視線を感じた。 「……なんだ?」 この視線の質は、ティアではない。 そして生きている人間のものでもない。 「何かいるわね」 ハインも校舎の奥から感じるその存在に、キッとした視線を向けている。 「ええ」 悪さをする存在なのかどうかは分からない。 だがパーティーに向けて動き出したゆずこが、再び悲しむような事態にだけは絶対にしたくない。 校舎の中へと消えた霊体を、俺とハインは追いかけた。 「いた?」 「いや……確かにこっちに行ったと思ったんだけどな」 「……見失っちゃったわね」 「仕方ない。もう一度よく警戒しながら見回りを――――」 「大変大変大変〜〜〜〜〜〜!」 ひなたが慌てた様子でこちらに向かってダッシュしてくる。 「まさか……!」 「また、何か起こったのか!?」 「はぁ、はぁ、ふぅ〜〜〜っ。けほっ、あーーー……」 「大丈夫か? そんなに急いでどうした」 「ふぅっ、息整いましたーっ。ででで、コレ! 二人にコレ見て欲しくって」 「コレって……写真?」 言われるがままに、ひなたが差し出した写真を手に取り確認する。 「これ……」 「心霊写真ね。思いっきり写ってるじゃない」 「やっぱり? 光の加減とか、シミュラクラ現象とかじゃなくて?」 「シミュラクラ現象なんて、よく知ってたな」 「えっへん。リリー先輩率いるオカルト研究部部員ですから」 「胸を張る事か」 「シミュ? ラクラ現象?」 「人間は3つの点が集まった図形を見ると、人の顔に見えちゃうように脳がプログラムされている――って現象の事だよ」 「あー、あれってそういう名前が付いてたんだ」 「なんかさー、怖いなーって思ってると柱のシミとか、木のウロとかが顔に見えたりするじゃない? そういう類の事、だったりしない? この写真」 ひなたが差し出してきた写真は、使われていない教室を写した物で、教室の隅がやけに暗い。 そしてその闇の中に、人の顔のような物が浮かび上がっていた。 「これはそういう物じゃないわ。間違いなく本物よ」 「ひょえ〜〜〜〜〜〜〜!?」 「ひなた、なんでこんな物撮ったんだ?」 「いやー、クリスマスパーティー用に、パンフレットを作ろうって事になってさ。いつもは商店街と一緒のパンフだけど、今回は学園だけでの催しになったでしょ?」 「だからパンフも新しく作ろうよって事で、じゃあついでに卒業アルバム用に、色んな場所の写真も集めておこうかってなったのね」 「それで写真部の子達に手伝ってって言われて、色々撮ってたんだけど……」 「こんな物が撮れちゃったと」 「これはどこの教室?」 「3階の西側の角の使われてない教室だよ」 「分かったわ。この事はゆず達には?」 「言ってないよ〜。ゆずことありえはこういうの苦手だし、先輩に知られたら大変な事になりそうだし」 ……確かに。先輩に知られるのだけは阻止したい。もし知られようものなら―――― 「よぉっくやった久地ぃぃぃ! さあ行くぞ、すぐ行くぞ! 霊体に何としても話を聞かせて頂こうじゃないか! はーっはっはっは!」 なんて言って盛り上がるに違いない。 「そうね。他の皆には、このまま内緒にしておいて。ゆずを不安がらせたくないし」 「それじゃあ私と彼方で、その教室に行ってくるわ」 「おう、知らせてくれて有難うな」 「わわわっ! ちょっと待って!」 「? なんだ?」 「まだ何かあるの?」 「えへへ……実は、さ……その1枚だけじゃないんだよねぇ〜」 ひなたはゴソゴソとスカートのポケットをまさぐると、さらに2枚の写真を出した。 「この2枚もそれっぽいんだけど……どうかな?」 「どれどれ――――あぁ、写ってるな」 「どっちも疑う余地の無い心霊写真ね」 「えぇ〜〜っ! こ、こっちもかぁ……」 ひなたがガックリと肩を落とす。 「はぁ……1日で3枚も心霊写真撮っちゃったよぉ〜。これ私大丈夫だよね? 呪われたりしないよね?」 「その心配は不要よ。そこまでの強い怨念みたいな物は、この写真からは感じられないから」 「ホント? ホントに?」 「えぇ、安心してちょうだい」 「……ほっ」 「この学園ってこんなに霊体が多い場所なの?」 「そんな事はないぞ。そりゃ偶には見えてたけど、霊感のない人間が1日で撮った写真の、それもそれぞれ違う場所で3体も写るなんていうのは……」 「ちょっと異常、よね。何か原因があると考えた方が良さそうね」 「ひなた、こっちの2枚はそれぞれどこの教室だ?」 「えっとねー、こっちが2階の西側角の空き教室。こっちは4階の東側角の空き教室だよ」 「空き教室までしっかり撮影してたんだな」 「写真部の子達は撮りそうにないし、でも撮影しておけばレイアウトの時に、雰囲気作りとかで使われるかなぁって思って」 「なるほどな」 「そしたらコレだもん……。はぁ、普通に使われてる場所を撮っておけば良かったよ〜」 「でもそのおかげで私達は助かったわ」 「ん? そなの?」 「ああ。実は霊体を見失ってさ。パトロールし直す所だったんだ。でもこの写真があれば、あたりが付けやすい」 「ほへ〜。なんか二人共カッコイイね」 「どうして?」 「常人には無い能力で学園の安全を守るっ、シュバッ! みたいな感じがするもん」 「ハハハ、なんだそれ」 「えへへ。とにかく二人共頑張ってね! あ、この写真渡しておくね」 「おう。後の事は任せておけ」 「任せたぞい」 「ふふっ。じゃあ行きましょうか」 「私も写真撮影に戻るね。 もうこれ以上は変なの写らないといいけど……」 「ひなたも頑張れ」 「うん! それじゃあ二人共またね〜!」 俺達に手を振ると、ひなたは元気に駆け出した。 「あぁっ、廊下は走っちゃダメよって、言い忘れちゃった」 「ははっ。ひなたは元気だからなぁ」 「転んだりしないといいけど」 ハインはやっぱり優しい。 「さてと、それじゃあどこから行こうか?」 「そうね。2階から順番に上へと上がって行かない?」 「分かった。じゃあまずは2階の空き教室からだな」 2階廊下 「西側角って言ってたよな。同じ場所にいるとすれば、もう少し先――――」 「っ! この教室ね」 「……だな」 空き教室の前に到着すると、扉が開いてもいないのに、中から人とは違う気配が漏れ出ていた。 「開けるぞ」 ハインが黙ったままコクリと頷く。 それを合図に一気に教室の扉を開いた。 扉を開けるとそれはすぐに分かった。 教室の隅に暗い澱のような物が、空気に滲むように広がっている。 「父と子と聖霊の御名において命ずる――――」 ハインが素早く十字を切る。 「ハイン、待てって!」 「こんな状態になったら話なんて通じないわよ!」 確かにそうかもしれない。 目の前の存在は、人の形すら保ってはいない。 だけどそれでも俺は――――。 「待て……!」 「我に汝従うことは正し。七大天使たるミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、カマエル、ハニエル、ザドキエルの名に於いて――――」 俺の制止の声を無視して、ハインは言葉を紡ぎ続ける。 それを制そうと伸ばした手が空を切った。 「この世ならざる者よ、ここより去るべし。いざ行け、我が前より!」 ハインが式文を唱え終わったのだ。 「ふぅっ」 さっきまでそこに降りていた影は、もはや微塵も残っていない。 「……話を聞いてから、あの世に送れって?」 「……いや」 分かっている。 今回の相手は話なんて出来るような状態じゃなかった。 だけどそれでも俺は――俺はやっぱり問答無用で消すような事は、避けたいと思ってしまう。 「私達は万能じゃないわ。話も出来ない程に形を留めていないものと心を通い合わせて、合意の上で上がってもらう事なんて出来ないのよ」 「分かってる」 「……その優しさ、いつか付け込まれるわよ」 「悪意を持った霊体に?」 「そうよ」 「言ったよな。俺はハインの事を思えば、どんな感情にも負けないって」 「〜〜〜! ば、ばかっ! そんなの分かんないじゃない! 私は彼方に危険な目にあって欲しくないの!」 「俺もハインに苦しい思いをして欲しくないんだ。今だって俺に迷いがあったから、ハインは率先して浄化してくれたんだろ?」 「そ、それ、は……」 「本当はハインだって嫌だよな。あんな風に消してしまうのは」 「ごめん、ハイン。俺がもっとしっかりしないとな」 「別に私は……その方がいいと思ったから、しただけよ」 「俺は自分の能力に自信なんてなくてさ。それどころか、ちょっと人より霊感が強い位にしか思ってなかったんだ」 「でも今のハインを見て改めて気づかされた。ハインはずっとこうやって、一人で戦ってきたんだなって」 「そんなの……そうするのが当然だっただけよ」 「俺はハインの力になりたい。いや、ハインを守りたい。だから……俺に流れてる父さんと同じ血を、信じてみたいと思う」 俺にとって霊能力――ひいては父親は、憧れと憎しみの対象だった。 ああなれたらという願いと、比較される位なら捨ててしまいたいという想い。 その二つがいつも俺の中でせめぎ合っていた。 そしてそのどちらにも振り切る事が出来ずに、俺はつまらない大人になった。 与えられた仕事をこなす事で日々を消化し、過去の事故の記憶を閉ざし、目を塞いだまま――ただ生きていた。 「今さらどうやって、霊力を高めればいいのかなんて分からないけどさ。でも俺やってみるから」 「…………協力する」 「私に出来る事は協力する。彼方なら出来ると思う。潜在能力はとっても高いもの」 「自分で気付いてないの!?」 「あ、あぁ……」 「鳴ヶ崎神社で式文も〈咒〉《じゅ》も使わずに、霊体と完璧に会話が出来てたり、ティアともしっかり交流出来てる。あんな事、少し霊力がある程度の人間には無理よ」 「特にティア――。あの子は普通とは違う。あの子と触れ合える事が出来るのは、彼方の霊力が高いからよ」 「うーーーん、そうかぁ? ティアは意外と視えてる人、多そうな気もするんだけどなぁ」 「学園に何度も現れても、誰も騒いだことが無いのが何よりの証拠よ。あの子は特別」 コンビニに現れた時は、そんな事は思いもしなかった。 当たり前のように、いつも見えている他の霊体と、同じような物だと認識していた。 「……確かに誰も騒いでないな、ティアの事」 「あの子は私と同等以上の能力を持った人間にしか、視えないでしょうね」 「それって」 「自信持ちなさいってこと!」 ビシッと人差し指を突きつけたハインが、照れ笑いを浮かべている。 その姿に自分の中のモヤモヤとした感情が、一気に吹き飛んでしまう。 「有難う、ハイン」 「いいってば! もうっ、次に行きましょ」 「分かった。じゃあ3階に移動しようか」 「ええ。それと帰ったら特訓よ」 ハインを守れるようになるなら、特訓にもグッと身が入る。 ハインが心を痛めないように、俺は自分の力を信じたいとそう思う。 「行くわよー?」 3階廊下 「次はここだな」 「……いるわ、中に」 「油断するなよ」 慎重に扉を開けて、気配のする方へと視線をやる。 先ほどと同じような黒い霧のような存在が、教室の隅でぼうっと佇んでいた。 「…………浄化するわよ?」 「少しだけ、時間をくれないか?」 「危険だと思ったらすぐに引くから」 「……分かったわ。でも私もすぐ隣で構えておくから」 「頼んだ」 ハインと同じ歩幅で、ジリジリと霊体に近づいていく。 やがて手が届きそうな程の距離まで接近すると、霊体からは何か悲しみのような物を感じた。 「……なにか悔いがあるんだな」 ――――アぁ…………グ…………ァア…………。 音に乗らない声のような物が、僅かに脳内に響いて来た。 「何か言ってる」 「え? ……………………私には何も聞こえないけど」 ――――アぁ…………ぉ…………ァオ…………。 「間違いなく何かを訴えてる。だがそれだけだ。それ以上の事は分からない」 「何を言っているかまでは、彼方にも伝わってないって事ね」 「……そうだ」 自分の無力が悔しい。 この霊体は何かを訴えているはずなんだ。 俺はそれを聞く耳を持っているのに、力不足でその声を聞きとる事が出来ない。 「クソッ。元は同じ人間だった存在の、最後の願いくらいは聞き届けたいって、そう思っているのに」 今まで自分の霊能力と、真剣に向き合って来なかったツケだ。 「……上げるわよ?」 「ああ。送ってやってくれ」 ハインが式文を唱える姿を見ながら、無力さに硬く拳を握りしめた。 俺はハインみたいに、迷っている魂を上げる力もない。 ――いや、ここで後悔しても仕方がない。これ以上後悔しないために行動すればいいんだ。 彷徨える魂を還し終えたハインが、大きく息を吐いた。 「お疲れ様」 「有難う。さあ次に行きましょう」 「連続で大丈夫か?」 「平気よ、これくらい」 ハインは笑ったが、少しだけ心配になる。 「心配性」 「顔に出てた?」 「とっても。分かりやすいわよね、彼方って」 苦笑するハインと共に教室を後にした。 「日が暮れて来たな」 「急ぎましょう。夜は彼らの時間だもの」 俺とハインは急いで、4階の東側廊下へと向かった。 4階廊下 「東側角の空き教室は――あそこだ」 「? 気配を感じないわ」 「ずっと同じ場所に留まっている訳じゃないのかもな」 「そういえば昼に外で視た霊体も、まだ発見出来てないわよね」 「ああ。あるいはあの動いていた霊が、ここでひなたに撮影されたのかも。……よし、とにかく開けるぞ?」 「………………やっぱり何もいないわ」 自分の目でもう一度周囲をぐるりと見回したが、どこにもおかしな所はない。 「どこに行ったのかしら。4階の教室を一つずつ見て回る?」 「いや今日はもうやめておこうか。日も暮れてしまうだろうし」 「……そうね。すぐに悪さをするような霊体という感じもしないし」 「俺もそう思う。写真からはそこまでの攻撃性は、見受けられなかったから」 「それに俺達がこうしてパトロールしている事は、ゆずこ達も知っているから、少しでも不可思議な現象があれば、すぐに教えてくれると思うんだ」 「心霊写真以外のそういう話は聞いてないものね」 「そう。つまり一応は安全なんだと思う」 「辺りを気にしながら下に降りましょうか」 「そうしよう」 ハインは平気だと言ったが、短時間で3体も除霊するような事にならなくて良かったと、内心で安堵に胸を撫で下ろす。 ハインの性格からして目の前に対象がいれば、どれだけ疲れ果てていようとも除霊をしようとするに違いない。 「思ったより早めに帰れちゃうわね」 「その分みっちり特訓ね」 「お願いされます」 自分にも確固たる力が欲しい。 その力で少しでも多くの魂を救っていきたい。 俺は今日初めて、父の背中を明確に追いたいと思った。 「霊能力の特訓〜〜〜〜〜!?」 「そうよ。彼方の霊力を開花させてみせるわ」 「ほえ〜〜〜、すっごいんだねぇ」 「頑張ってみるよ」 「うんっ。おじさんもきっと喜ぶよ。彼方くんが霊能力者になったら」 「そうかな?」 「そうだよっ! ねぇねぇ、特訓ってどんな事するの?」 「霊力そのものは彼方は大きな物をもっているから、そこを鍛えるというよりも第6感を鍛える訓練をしようと思ってるの」 「だから厳密には霊能力の訓練じゃないわね」 「へぇ〜〜〜、なんか凄そう」 「何も大掛かりな事はしないのよ。ほらESPカードとかって聞いたことない?」 「ESPカード……?」 「リリー先輩が前に見せて来た事があったろ? 丸とか星とかが書いてあってさ。先輩はゼナー・カードって呼んでたけど」 俺の言葉にムムムと腕組をした後、ゆずこは思い出したようにポンと手を打った。 「あー、あれかぁ。伏せられたカードから一枚抜いて、そのカードに描かれた図形を当てるっていうのだよね」 「そうそれ。ゼナー・カードの別名がESPカードなんだよ」 「そうなんだ〜」 「私が子供の頃に使ってたカードを持ってきたから、良かったらゆずもやってみない?」 「いいの? 特訓の邪魔にならない?」 「いわば直感と集中力を高める特訓だから、ゆずがいる位で乱れるようならダメって事よ」 「手厳しい」 「そう言う事なら私も喜んで参加させて貰う〜。リリー先輩が見せてくれた時は、結局他の事が始まっちゃって、このカードでは遊ばなかったんだよね」 ゆずこにかかれば、ESPカードも遊びの一環だ。 無邪気に笑うゆずこが実に微笑ましい。 「それじゃ始めるわよ」 ハインがカードを切って手早く伏せていく。 「じゃあゆずはこれ。彼方はこっちね」 俺達の前にそれぞれ一枚ずつ伏せられたカードを配る。 「よし。プラス記号だ」 配られたカードをすぐさま返して図形を確認する。描かれていた図形は丸だった。 「ハズレか」 「う〜〜〜〜ん、イメージイメージィ、透けて見えろ〜〜、透けてみえろ〜〜〜! ……キタ! 波型!」 バッと音がしそうな程の勢いで、ゆずこがカードを捲った。 「ありゃ四角。やっぱりそんな簡単には当たらないね。これってコツとかってあるのかなぁ」 「これはね、直感に頼った方がいいの。考えたりイメージしない方がいいのよ。ハズレてもいいから何度も繰り返していくの」 「じゃあやり方としては、彼方くんの方が当たりやすいって事?」 「そうね。彼方のやり方の方が効率がいいと思うわ」 感心したように頷くと、ゆずこはカードを集めてかき混ぜると、ハインに向けてカードを伏せた。 「ハインちゃんには、これ!」 ゆずこが配った一枚のカードに目を配ると、ハインはすぐにカードに手をかけた。 「プラスね」 言いながらカードを捲ると、そこに描かれていた記号はハインの言った通りプラスだった。 「凄い〜〜〜! ハインちゃん凄い凄い!」 「わ、私は、そのっ……子供の頃に特訓してたから」 「それが凄いんだよ! 子供の頃なんて! 私なんてこんなカードがあった事すら知らなかったのに」 「ハインは努力家だよな」 「も、もう! 私の事はいいからっ。もう1回いくわよっ」 「お願いします」 俺とゆずこは交互に、ハインの差し出すESPカードに挑戦した。 2時間後 「丸だな」 「正解っ」 「凄い! さすが彼方くんだー! もう殆ど当てられてるよね」 「正直2時間足らずでここまで正解率が上がるなんて思わなかったわ」 「それってつまり?」 「彼方はやっぱり才能あるって事ね」 「うわぁ〜〜! やったね、彼方くん!」 自分の事のように喜ぶゆずこの姿を見ていると、こっちまで必要以上に嬉しくなってしまう。 「ハハ、有難う。でもゆずこも中々凄かったぞ?」 「そうね。正解率4割って所かしら。ゆずも才能あるんじゃない?」 「わ、私は……その、才能あっても困るかなーー。あは、あはは……」 「ゆずこは幽霊とか苦手だもんな」 「うーん、オカルト研究部で色々とそういった類の物に触れていると、自然とチャンネルが合いやすくなるのかもしれないわねぇ」 「確かにな。ありえもひなたも、薄らとした心霊体験はあるみたいだし」 今日も心霊写真をガッツリと撮影しちゃってたしな。 「……オカ研で霊感ゼロなのってリリー先輩だけだよね」 「そうなの?」 「ああ。リリー先輩は――――いくら特訓してもダメだろうな。根本的に霊感そのものが無さそうだ」 「それはそれで凄いわね」 「あれだけのオカルトグッズに囲まれて、オカルトの研究してても、向こう側に引きずり込まれないわけだから、良いと言えば良いんだけどな」 「それもそうね。普通の人間だったら何らかの影響が出てるわよ、さすがに」 「だよなぁ……」 オカルトにまみれてオカルトの話ばかりしていたら、普通は多少のラップ音位は聞いても良さそうな物だ。 だが先輩はそういうモノを引き寄せる“質”のような物を、全くもって持っていない。 そのおかげで毎日健康に楽しく、オカルト活動が出来ているというわけだ。 「あ、もうこんな時間だね。私、お風呂入れてくるね」 「有難う。今日はゆずから先に入って」 「おう。俺はもう少し訓練したいから」 「分かった。頑張ってね」 「さてじゃあ続きを――」 「続きはこっちにしましょう」 「それってトランプ?」 「そうトランプ」 「普通の?」 普通のトランプで訓練? と考えていたその疑問が、顔に出ていたらしい。 ハインは小さく苦笑すると、バカにしたものじゃないのよ――とでも言いたそうな表情で、トランプを切り出した。 「カール・ゼナーがカードをデザインする前までは、ESPの訓練ではトランプが使われていたのよ」 「まずはねトランプの柄を当てるの。これは4種類だからESPカードより簡単ね。はい」 ハインが一枚のカードを差し出した。 「クラブだな」 捲るとそこにあったのは直感通りの黒い三つ葉。 「正解ね。じゃあ次は数字を当てましょ。はい」 「ジャック」 「惜しい、キングよ。でも絵札のイメージは出来てたわね」 「うーん、次!」 ハインは手際よくカードを切っていく。 「9」 「残念、6よ」 「でも近いな」 「ええ。じゃあ次はこれ」 「エースだ」 「当たり。エースは分かりやすかったかもしれないけど、ESPカードからの短時間で中々の進歩ね」 「ハインが付き合ってくれてるからさ」 「ふふっ、まだこれで終わりじゃないのよ? 今は数字を当てるだけだけど、最後は数字と絵柄の両方を当てるの」 「ジョーカーも入れたら53通り。これが出来るようになる頃には、大分鍛えられていると思うわ」 「なるほどな。確かに難易度が俄然高い」 「でしょ? しかもこれは一人でも出来る訓練だから、時間を見て続ける事が大切よ」 「分かった。このトランプ借りてもいいかな?」 「もちろん。はい」 ハインからトランプが手渡される。 ハインはきっと子供の頃、こうやって一人で特訓してきたんだろう。 そのハインを思うと、胸の奥で切なさにも似た気持ちが広がっていく。 「頑張ってきたんだな、ハイン」 「なっ、なによ、急に」 「俺はこうしてハインに支えて貰えてるけどさ、ハインは一人で努力してきたんだよなぁって思ってさ」 「私は……そうしたかったから、してきただけよ」 「偉いな、ハイン」 頭を優しく撫でると、ハインは猫のように目を細めた。 「もー、子供扱いしないでっ。わ、私が教えてるのに、どうして私が彼方に褒められなきゃなのよっ」 「照れてる顔も可愛いなぁ」 「〜〜〜! か、彼方ってやっぱり油断ならないわっ」 「なんだそれ」 顔を真っ赤にしたハインが可愛くて、思わずクスクスとした笑いが零れる。 「とにかく! トランプでしっかり訓練しなさいよっ!? それから、明日からは別のメニューで特訓するからっ」 「コーチ、よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げると、ハインはすくっと立ち上がった。 「コーチなんて呼・ば・な・い・でっ」 「じゃあ師匠!」 「くぅ〜〜〜!」 「先生! マスター! 師範代!」 「……それ以上言ったら、リリに言いつけるわよ」 「リリに彼方が、自分の能力を開花させようと努力してるって言ってやる……」 リリー先輩にこの事が知れたら、どんな事になるかは想像に難くない。 そしてその想像は、非情に厄介な想像だ。 「すみません、調子に乗りました」 「よろしい。じゃあ、今日はここまで。トランプ頑張ってね」 直感を鍛える訓練か。 聞こえない声に、耳を傾けられるようになる為にも、頑張らないとな。 「8、6、2、J、1……2、っと」 自室に戻ってからも、ひたすらトランプを捲り続けていた。 もうどれくらいこうしているだろう。 さすがに少し疲れたなぁ。 「んーっ……」 大きく伸びをしながら息を吐いた。 「はーい、開いてるよ」 「ハインか。どうした?」 「やっぱりまだやってたんだ」 ハインが机の上のトランプを、チラリと確認した。 「やり始めたら止まらなくてさ」 「あんまり根を詰めすぎちゃダメよ?」 「はは、了解」 ……そうか。 ハインは俺の事を心配して、様子を見に来てくれたんだな。 「そろそろ休憩しようと思ってた所なんだ」 「そう? それじゃあ私、お茶でも淹れてくるわね」 「うーーーん……」 「どうかしたの?」 「お茶より、もっとリラックス出来る方法がある、かなぁ〜……なんて」 せっかくハインが覗きに来てくれたんだ。 ただお茶を飲むだけじゃなくて、もっとこう……なぁ? 「どんな方法?」 「ハインが膝枕してくれる、とか?」 ハインの頬が一気に染まる。 だけど可愛い彼女が、頑張る彼氏の様子を見に来た――と来れば、この要望はベタでありベターな展開ではないか。 「ダメかな? ハインに膝枕して貰ったら、疲れも一気に吹き飛んで、癒し効果抜群なんだけど」 「あ、あのねぇ……っ」 「ダ、ダメっていうか……」 「ダメっていうか?」 「ダメじゃないけど……その、恥ずかしいわよっ」 「この部屋にはハインと俺しかいないのに、恥ずかしがる事ないだろ?」 「それはそうだけど……」 「ハインの膝枕でリラックスしたいなー。それだけで明日からも頑張れるんだけどなー」 「わ、分かったわよっ。もうっ」 やった! ハインの優しさにつけ込んだみたいで、若干の罪悪感もあるが……。 それはそれとして、単純に喜ばしすぎる展開だっ。 「ここに座ればいい?」 「ああ、頼む」 「もうっ」 唇を尖らせながらも、ハインは床にペタリと座り込んだ。 柔らかなその太腿に、そっと頭を乗せていく。 「うーーん、極楽」 「大げさね」 「本当に気持ちいいんだって。ハインの肌がすべすべして、太腿がムチッとしてて……」 感触を確かめるように頭を動かす。 「ひゃぅぅっ!?」 「あ、あんまり動かないでっ。くすぐったいわ」 「はは、ごめんごめん。と言いつつ、さわさわ……」 「ふぁぅぅぅぅっ!?」 太腿を触られたハインが、ビクリと体を震わした。 「かーなーたーぁー? 今度したら、膝枕止めるわよっ」 「スミマセンでしたーっ! ハインの反応が可愛くて、つい……。もうしないって」 膝枕を止められては困る、と慌てて謝罪する。 呆れたように息を吐いたハインだが、その声色はどこか穏やかだ。 「彼方には敵わないわ」 「優しい彼女で痛み入ります」 「調子がいいんだから」 なんて言いながらも、ハインは俺の頭を優しく撫でてくれた。 「……ありがとな、ハイン。俺、頑張るからさ」 「無理はしないでよ?」 「私には霊の声は聞こえないから、彼方に倒れられでもしたら、私だけじゃなくて、あの霊体達だって困っちゃうんだから」 黒い霧のような実体のない彼らは、確かに何かを訴えている。 その言葉を聞き届けて、それから見送りたい。 「ねぇ、彼方」 「誰かと一緒に過ごすのっていいわね」 「ずっと一人で十分だって思ってた。日常も超常も、全部一人で出来るって思ってた」 「だけど……彼方と一緒に過ごしたら、毎日が新鮮なの。毎日驚きと発見があるわ」 「それがとても楽しくて――――」 ハインがそこで言葉を飲んだ。 「……どうした?」 「……私きっと、もう一人には戻れないわ」 「ハインが隣にいないなんて、考えられないんだ」 一人じゃ得られない沢山のものを、俺はハインから貰っている。 こうしている今だって、ハインの温かな体温を感じられて、実に気持ちがいい。 目を閉じると、全身が安らかな心地に包まれていく。 「……ずっと一緒にいてね、彼方」 「彼方?」 「……寝ちゃったのね」 「特訓頑張ってるもの、疲れちゃうわよね」 「……おやすみなさい、彼方」 「彼方が起きるまで、ずっとこうしててあげる」 「……大好きよ、彼方」 「うーん…………おわっ!」 眠っていた事に気付いて体を起こすと、ハインに膝枕をして貰っていた事を思い出した。 どうやらハインも眠ってしまっていたようだ。 ハインを優しく揺り起こす。 「おーい、ハインー?」 「ん……んん…………? ……あれ? 彼方?」 「おはよう、ハイン」 「え? ……あ、私……眠ってたのね」 「ごめんな、ハイン。膝枕して貰ったまま寝ちゃったみたいでさ。重たかっただろ?」 「ううん。私も寝てたから――――んんーっ!」 「ど、どうしたハイン!?」 体勢を整えようとしたハインが、腿の辺りに手を置きながら悶絶している。 「ハイン!?」 「すっっっっっごく……痺れてるぅ〜……」 そうなるよなぁ。 「スマン! ハイン、本当にっ!」 「い、いいのっ。私も寝ちゃったし、少し……すれば治るからっ。んぁっ、ぅーーーーっ」 そりゃ痺れは、そのうち取れるだろうけど……。 これでは余りに申し訳がないぞっ。 「ハイン、俺に出来る事ないかな?」 「ないっ、わね……っ」 「……ですよね」 「き、気にしなくていいからっ。次からは私も気をつけるしっ」 「え? 次があるのか?」 てっきりもう二度と膝枕はしてくれないものかと……。 「し、知らないっ」 「顔が赤いぞ、ハイン」 「こ、これは痺れてるから、よっ!」 「有難う、ハイン!」 ハインの否定の言葉を無視して、ガバッと抱き付く。 「ふぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ、あ、足ぃ……っ、まだ痺れてるのに、抱き付いたらっ」 「ご、ごめんっ」 「わ、わざとやってない?」 「ははは、バレたか」 足の痺れに耐えてるハインも可愛くて、少しばかり悪戯心が湧いてしまった。 「ぅぅ〜〜っ、覚えてなさいよ、彼方ぁ〜〜〜っ」 「お手柔らかにお願いします」 痺れの取れたハインに、お返しとばかりに太腿をつねられたりしながら、賑やかに夜が更けていった。 こういう軽口が叩きあえるのも、なんだかとっても幸せだなぁ。 「さーて今日も見回りしてくか」 「そうね。結局昨日は一体見逃してしまったし。それに昨日の昼間に見た霊体もいるし」 「ハインは心霊写真に写った残りの1体と、昨日の昼に見た幽霊は違う霊体だと思う?」 「……微妙な所ね。同じかもしれないし、別かもしれない。なにせ昼に見たのは、ほらここからあの辺り――――」 「見て!」 ハインが指さした先に昨日と同じように、この世ならざる物が存在した。 「いた!」 「追いかけましょう!」 「こっちに来たと思ったんだけどな……」 「さすがに距離が離れすぎてるわよ。追いつけないわ」 「昨日と同じ霊体かな」 「どうかしら。でもその可能性は高いんじゃないかしら。だってこの学園にまるで呼び寄せたみたいに、霊体ばっかり集まるわけないし」 「大変大変大変〜〜〜〜〜」 声のした方へ視線をやると、ひなたが慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきていた。 「あれは――――またひなたか」 「どうしたのかしら」 この流れはまるで昨日の事をリプレイしているみたいだ。 「ふぅ〜〜〜〜っ、二人発見〜〜〜」 「どうしたんだよ、そんなに慌てて」 「ま、また撮れちゃった!」 嫌な予感がする。 「今度は5枚も!」 ひなたが懐からババっと取り出したのは、5枚の写真だった。 そしてそれは昨日と同じく……。 「……心霊写真ね」 「ほ、本物? また本当に本物の心霊写真?」 「だな。どうなってるんだ、この学園は」 「ちょっと異常ね」 「うぇぇぇ〜〜〜……。大丈夫だよね? なんか怖い事起きたりしないよね?」 「少なくとも昨日除霊したのも、この心霊写真のも大きな力は持ってないと思うわ」 「ツリーが倒れた時みたいに、集合体にでもならない限りは無害に近い、か」 「あるいは少しずつ、人の負の感情を取り込んで強くなっていかない限りは、ね」 「えぇ〜、大丈夫なの!?」 「この程度の弱い霊体が、何かを起こせるようになるまでには時間が掛かるわ。私達が発見次第に除霊していけば、大きな問題にはならないはずよ」 「ほっ。良かったぁ〜」 「この写真も貰っていいか?」 「もちろん! なんか持ってるのもちょっと怖いし、預かって貰えると助かる〜」 「責任持って保管しておくよ」 「有難う。じゃあ私、もう行くね」 「頑張ってね。また何か見つけたら教えてちょうだい」 「了解。それじゃまたね〜!」 「……どうしてこんなに霊が集まってるのかしら。もちろん学園は集まりやすい所ではあるけど、でもそれにしたって多いわ」 「何か原因がある――よな、多分」 「ええ。でもそれは今は分からない。だから見つけ次第に除霊するくらいしか手はないわね」 「もうこうなると、どこで見つかってもおかしくないって感じだな」 「そうね。写真が撮れた場所は勿論だけど、他の場所もしっかり見て行きましょう」 「分かった。よし、早速行くか」 俺とハインは連れだって、長い廊下を進んでいった。 1階廊下 「彼方、あそこ……」 「ああ、いるな」 長い廊下の突き当り――人気のない場所で、それは一人で立ちつくしていた。 ハインと頷き合ってから、ゆっくりと霊体へと近づいていく。 近づく程にキーーーンとした耳鳴りが始まった。 「何か言ってるな」 「……何て言ってるか分かる?」 音に意識を集中して、相手の意志を汲み取ろうと試みる。 ――――……テ……ァア……キ……ガ、ミ…………。 「……ダメだ。断片的な音しか拾えない」 昨日よりは多少は音が取れるようになってきたような気もするが、やはり一朝一夕の訓練では劇的な変化は現れない。 「分かった。じゃあ還すわよ?」 「父と子と聖霊の――――」 現世での本当の意味での最後の言葉を聞いてやれないのは、とても悲しいし無力感を覚える。 だがここで意地を張っても仕方がない。 今の俺の力ではどうしようもないし、悔しいと思っただけ特訓を重ね、早く一人前の能力を手に出来るように努力する事の方が先決だ。 「……ふぅっ」 「有難う。次に行きましょ」 「昨日よりも数が多くなりそうだけど、ハインは大丈夫か? キツかったら無理せずちゃんと言えよ?」 「分かってる。無理して全部を浄化する前に倒れでもしたら、そっちの方がコトだもの」 「そう言ってくれて助かるよ」 ハインの事だから無理をしてでも全部を還すと言い出すかもと思っていたが、俺が思っていたよりハインは大人だったようだ。 「……だって彼方に心配させたくないもん」 「ん? ハインどうかしたか?」 「なーんでもないのっ。さ、2階に行ってみましょうか」 先ほどの廊下と違い、学園内クリスマスパーティーの準備をしている生徒達が、あちらこちらへと行き来している。 その中にまたも黒い霧が固まった一角があった。 「待って! ……二体いるわ」 「本当だ。幸い他の生徒たちは気付いてないみたいだな」 「気づかれない内に浄化しましょう。下手に混乱を招いたら危険だわ」 生徒達のざわめきに紛れながら、目的の場所へと近づいていく。 俺達の足取りを不審がる者は誰もいない。 黙々と歩みを進めると、やがて黒い霧の前に立った。 ――――ェあ…………アォ……ヨ…………タ…………ァ……。 やはり何を言っているかは分からない。 ハインに向かって首を横に振ると、ハインはコクリと頷いてから十字を切った。 せめてハインの邪魔が入らないよう、辺りの生徒達へと気を配る。 それぞれ大きなポスターを持っていたり、段ボールを運んだりと忙しそうだ。 手伝いに行きたい気持ちもあるが、まずは俺達にしか出来ない事をしっかりとやらないとな。 「……ふぅっ、浄化完了」 「お疲れ様。二体同時だったけど大丈夫か? 少し休憩しようか」 「……そうね。そうしましょうか」 自動販売機で飲み物を買って、俺達の教室へと向かった。 随分久しぶりに自分の席に座った気がする。 教室は何人かの生徒達が作業をしていたが、思っていたよりも落ち着いていた。 「ゆず達はいないのね」 「実行委員だからな。メイン会場の講堂や、出店をする教室の方にいるんじゃないかな」 「私も手伝いたいけど……」 「俺達に出来る事をしなくちゃな」 「うん、そう思う」 ハインも俺と同じ事を考えていたんだなと、少しだけ誇らしげな気持ちになる。 「それにしても多いよな。なんでこんなに霊体がいるんだろう」 「今までもこういう事はあったの?」 「いや、ないよ。こんな事は俺がこの学園に来てから初めてだ」 「何が原因なのかしら……」 「ツリーが倒れた時もさ、この学園に不穏な空気が漂ってたんだよな?」 「ええ、そうよ」 「でも最終的に思念体が引き付けられたのは、パーティー会場だ。あそこで事故は起こった」 「今回も同じように、どこか別の場所に集まってるって事はないかな?」 「可能性としてはあるかもしれないわね。一つの場所に留まり続けている霊もいるけど、移動している霊もいるみたいだし」 「まさかまたパーティー会場に?」 「その可能性は低いんじゃないかしら。だって私達パーティー会場は真っ先に調べたじゃない」 「もちろん、あれから数日経ってるし、状況が変わっているかもしれないけど」 「念のため帰りに見てくるよ」 「私も一緒に行くわ」 「疲れてるだろうしいいよ。それ位は一人でも平気――」 「い、いいのっ! 私も一緒に行くのっ」 「この後も除霊しなきゃだろうし、無理してないか?」 「鈍感! 彼方と……少しでも一緒にいたいって、なんで分からないのよ」 「えっ!? あ、あははは〜。そうだったのか」 「ごめん。今すっごく嬉しい」 「バカ……」 野暮な事を言ってしまった。 でもこんな状況でも、ハインが俺と過ごす時間を大切に思ってくれていた事が嬉しい。 「もうっ! ――――ねぇ、さっきの心霊写真見せて貰ってもいい?」 「ああ、ひなたに貰った新しいやつだな。えーっと」 「どれどれ――――うぅん……」 「何か気になる事でも?」 「どうして全部黒い霧状なのかしら。ほら、人間としてのハッキリとした形状を、保っている霊体は一つも無いわよね」 「確かに。しっかりとした形を保っている相手なら、もっと話も聞きやすいんだけどな」 「……話が聞けたら大量発生の原因も、分かるかもしれないのに」 「俺、頑張るよ」 「彼方こそ無理しないでね」 「分かってる。何か俺達って似てるよな」 「ふふっ、そうかもしれないわね」 自分の事より相手の事をこそ心配してしまう。 自分の事には無頓着にもなれるのに、相手の事となると過保護と言うか心配性と言うか。 「あはっ」 ハインも同じような事を考えていたのか、不意に楽しそうに吹き出した。 「好きな人と似てるって、いいわね」 「はははっ、かもな」 「さて、と。じゃあそろそろ行く?」 「もういいのか?」 「いちご牛乳飲んで、元気回復したわ」 ハインは立ち上がると、ピンク色の紙パックをゴミ箱に捨てた。 「よし、行くか!」 霊体探しを再開する為、俺とハインは教室を後にした。 3階 空き教室 「アーメン!」 「これで何体目だ?」 「えーっと……5体、ううん6体目?」 「次から次だな」 「彼方の方はどう? 言葉は聞き取れてる?」 「声は聞こえるけど、言葉の意味は全くだな……」 「残念だけどそろそろ日が暮れる。パーティー会場に寄る時間もあるし、今日はこの辺にしておこう」 「……俺、頑張るから」 「ふふっ。今日も帰ったら特訓ね」 「もちろんだ」 「じゃあ行きましょ」 パーティー会場に到着すると、俺とハインは手分けして隅々まで見て回った。 「どうだった?」 「こっちは何も。そっちは?」 「同じく。やっぱりここにはもう霊体は、集まっていないみたいだな」 「……となると、やっぱり異常発生しているのは学園だけね」 「よぉ、どうしたこんな所で?」 「ボス!」 「こんばんは、テンチョ。ちょっとした見回りをしてたんです」 「見回り? ここはもう学園主催のパーティーの会場でもないのにか? ――ん、そういやママが、二人でパトロールしてるのを見たとか言ってたか」 「そうなんです。あ、この前はママに植物園のチケット頂いて、有難うございました」 「いいっていいって。楽しめたか?」 「はい!」 「そりゃ良かった。 それでどうしてまた今日もここに? まだ何か気になるのか?」 「気になる……というか、その」 「どうした? 何かあるなら言ってみろ。話すだけでも違うかもしれんしな」 「そう、ですよね。……じゃあこれは、ありえやゆずこには内緒にしてるんですが」 「分かった。俺からもありえには言わないと約束する」 「さすがボスだわ」 ハインに褒められて、満更でもないと言った様子で、テンチョが頷いた。 はは、テンチョはすっかりハインに懐かれてるな。 「実は俺達の学園、出るんですよ」 「出るって……そりゃ、つまり……?」 「幽霊です」 「……そうか。それで?」 俺がこういった話をする時、テンチョは決して冷やかしたりしない。 いつだってこうして真剣に耳を傾けてくれる。 それがすごく――――有難い。 「その数が尋常じゃないんですよ。昨日からでもう8体も除霊してるんですが、一向に減る気配がないんです」 「ひなが写真部の子達と一緒に、色んな所を撮影してるんですけど、心霊写真もバンバンに撮れちゃってるような状況なんです」 「そらまた難儀だな」 「はい。それでありえとゆずこは怖がらせたくないので、内緒にしてるんですけど……」 「あんな事があった後だしなぁ……。しかしそれだけ多いと、除霊するのも大変だろう」 「ハインが頑張ってくれてるんですけど、キリがないというか」 「うぅむ。彼方は除霊は出来ないのか?」 「残念ながら……」 俯きそうになった俺を励ます様に頷いた後、ハインがテンチョの方へと向き直る。 「でも彼方には、私には聞こえない霊体の声が聞こえるんです」 「って言っても、言葉として認識できるほどの声じゃないんですけど……」 弱気な発言をしそうになった俺の肩に、テンチョがポンと手を置いた。 「大丈夫だ、彼方。お前ならちゃんと声を聞けるようになる」 「テンチョ……」 「人には向き不向きがある。お前の能力が死んだ人間の声を聞く事に特化しているなら、それを伸ばさない手はない」 「……はいっ。昨日からハインに付き合って貰って、特訓しているんですけど、中々……」 「始めたばかりだもの。そんなの気に病む事じゃないわ」 「だけどクリスマスパーティーまでには解決したいんだ。ゆずこを安心させたいから」 「俺はさ……霊感とかないから、詳しい事はよく分からない。でもな、最終的に人間を支えるのは思いの力なんじゃないか?」 「思いの力?」 「同じだけ努力して、同じだけの才能があるなら、最後はどれだけ結果にしがみ付けるかの差だと思う。だから彼方もしがみつけ。自分の能力の導く未来に」 自分を信じて、ひたすら突き進むしかない。 不安でも、身にならないかもしれない――という弱気な考えが頭を掠めたとしても。 「俺はお前を信じてるからな」 「おっと、もうこんな時間か。ママの店に配達に行かないと。じゃあな、頑張れよ二人共!」 「……ボスって良い人よね、ホント。この街の人って、皆良い人だわ」 「ああ、俺もそう思うよ」 だからこそ守りたいんだ。 その為に自分の力を役立てたい。 「私達も帰りましょうか」 「ああ」 霊体大量発生の原因は、相変わらず分からない。 だがこの場所は、もう除外してもいいだろう。 その事が分かっただけでも、一歩進展だと――そう互いを励まし合いながら、二人で帰路に着いた。 「今日も特訓?」 「ああ。昨日の夜、あの後一人でトランプを続けてみて、大分当てられるようになったんだ」 「凄い凄い」 「それなら今日は別の形式で直感を高める訓練をしましょ」 「よろしく頼む」 「これから彼方にいくつか質問をするわ。その答えは私は勿論知ってるわ。彼方は答えを知らなくても、考えてはダメ。直感で答えるの」 「じゃあ行くわよ。私の好きな果物は?」 「りんご」 「私が今日一番最初に見た車の色は?」 「白」 「今、私が思い浮かべている色は?」 「虹色」 「月刊誌エステリック占いランキング、今月のやぎ座の順位は?」 「2位」 「私の好きなドイツ語は?」 「ダンケ」 「私の嫌いな野菜は?」 「パプリカ」 「第一エノク書に登場する天使の数は?」 「66」 「ヤブイヌの鳴き声は?」 「ワンワン」 「最近女子達の間で流行ってる食べ物は?」 「ピンクのたい焼き」 「私の好きな音楽は?」 「……クラシック」 「惜しい、即答が重要よ。今一瞬考えたわね」 「アニメソングとクラシックが両方浮かんでさ。迷っちゃったよ」 「これは言わば心を繋げる作業なの。彼方の直感が私の心と繋がって、答えが分かるようになるのよ」 「ほぇ〜〜、すっごいねぇ」 「ゆずも出題してみる?」 「私でもいいの?」 「もちろん。ゆずがちゃんと答えをイメージできる質問ならね」 「分かった。じゃあ彼方くん、やってみるね?」 「私の好きなキャラクターは?」 「キャッティ」 「私が昨日見た夢は?」 「どこかから落ちる夢」 「ありえが今日のお昼に食べたのは?」 「サンドウィッチ」 「リリー先輩が最近買った物は?」 「新しいタロットカード」 「ひなちゃんが楽しみにしてる新作ゲームは?」 「虎が如くオメガ」 「美術の河村先生の今日のネクタイの色は?」 「グレー」 「購買部の新作パンは?」 「カレーパン」 「……ううううん。えへ、私が詰まっちゃった」 「ふふっ、質問を考えるのも大変よね」 「それで答えは?」 「私の質問に対する回答の正答率は7割くらいだったわよ。初めてにしては上出来ね」 「んーと……私のは2つ不正解かな」 「なかなかだと思うわ」 「なんとなくだけど、これ効きそうな気がする」 「うん。なんとなく、だけどな」 言葉を耳で聞くだけじゃなくて、相手のイメージを――その心を俺自身の直感と繋げられたら。 あの黒い霧のような霊体達の声を、聞けるようになるかもしれない。 「じゃあ練習あるのみよ。この訓練は一人じゃ出来ないから」 「私も協力するね! ……しっかり質問事項を考えてからになっちゃうけど」 「有難う。よろしくな、二人共」 「もちろん!」 こうして二人に助けられながら、俺の特訓は夜遅くまで続いた。 12月19日 「さあ今日も除霊していきましょ」 「ああ。昨日も有難うな、特訓」 「どう? 調子は」 「昨夜やってもらった質問に答える直感訓練。あれのおかげで少しだけ、道筋が見えたような気がしてるよ」 「凄いじゃない」 「……声が聞こえるようになってるかは別だけどね」 「結果を知る為にも、霊体を探さないとね」 といっても、きっとすぐに霊体は見つかるだろうな。 何せ今この学園には、何体もの霊体が浮遊しているのだから。 「まずは1階廊下から行ってみましょうか」 「よし! 頑張るぞっ」 気合を入れて校門をくぐった。 「……いるわ。廊下の奥」 「また黒い霧だ」 「行ってみましょう」 手が届きそうな程の距離まで近づくと、低い唸りのような音が脳に響き始める。 その音に意識を集中させる。 考えるな、直感で。心のイメージで……………………。 ――――ぁあ……よ……ば……ァア…………タァ…………。 「何だ? もう少し……」 ハインが黙って見守る中、もう一度意識を集中させる。 ――――ァア……あ……わ…………が……み…………タァ…………。 「………………っ」 ――――ぁあ……ョ……ば……ァア……か…………み、……タァ…………。 「………………っ! ダメだ、昨日よりは聞き取れるけど、やっぱりまだ……」 「分かったわ。後は任せて。父と子と聖霊の――――」 ハインが十字を切る中、俺はそれでも言葉にならない音に意識を集中した。 もう少しで分かりそうなんだ。 なのに…………。自分の力不足が悔しくて仕方がない。 「有難う。さぁ、次に行きましょう」 ハインは俺に落ち込む隙を与えないようにと、軽い足取りで俺を2階へと導いた。 落ち込んでる場合じゃないよな。 今は自分に出来る事をしないと。 2階 空き教室 「これでよしっと」 「今回もやっぱりダメだったよ。もう少し、本当にあと少しって感じの所まで来てる感じはするんだけどな」 「うーん……。思うんだけど、彼方の能力そのものは一定のレベルに達してると思うの」 「達してる?」 「ええ。いくら霊力があるとは言っても、あんなに簡単に直感訓練をこなす事は出来ないはずよ」 「つまり彼方は元々の潜在能力を使えるだけの力は、既に備わっているんだと思うの」 「……じゃあ何で声を聞きとれないんだろう」 「きっかけ――何かきっかけがあれば覚醒するんじゃないかしら」 「きっかけかぁ」 「あるいはヒラメキ。そういった直感に訴えかけるきっかけが必要なんじゃないかしら」 「なるほどな……。しかしヒラメキ、きっかけかぁ」 その時、ふと長く合っていない父の顔が浮かんだ。 「……父さん」 「何か今ふと父さんの顔が浮かんでさ。これもヒラメキなのかもしれないな。今日の夜にでも電話してみるよ。今どこで何やってるのかも知らないけど」 「全国を飛び回っているんですものね」 「ああ。だから電話に出れる状況かどうかも分からないけどさ、してみようと思う」 「そうね。繋がる事を願ってるわ」 「おう。さーて、じゃあ次行くか」 「ええ。次は――3階の西側の廊下に行ってみましょう」 「またいるな」 「上げてしまうわ」 ハインが十字を切りながら式文を唱える。 それにしても本当に数が多い。 連日こうして除霊しているのに、一向に減った気がしない。 「何が起こっているんだ……」 パーティー会場には異変は無かった。 通学路や商店街を通っても、霊が増えた感じは無い。 なのにどうして、この学園だけが――――。 「ふぅっ……」 「大丈夫か? 少し休憩しようか」 「そうね―――― あら、ゆずだわ。こっちに向かってきてる」 「ん? ホントだ。おーーい、ゆずこーー。どうしたーー?」 「二人共ここにいたんだね」 「どうしたゆずこ、浮かない顔して。何かあったのか?」 ゆずこの表情はどこか憂いを帯びていて、瞳はキョロキョロと辺りを伺っていた。 「……えっとね。実は、その……さっき立ち聞きしちゃったんだ。ひなちゃんと写真部の子達の話」 ゆずこの顔と落ち込んだ声で、彼女が何を知ったかは明白だった。 「私が怖がると思って、二人共内緒にしてくれてたんだよね?」 「……ああ。ごめんな。なんか隠したみたいになっちゃってさ」 「ううん! 二人共私の事思っての事だもんね。有難う」 「危害を加えてくるような事は無いのよ? 彷徨っているだけっていうか。だからパーティー会場の時みたいな事にはならない、ううん、させないから安心して」 「ハインちゃん……。 うん、有難う! 彼方くんが急に特訓を始めたのも、今回の事が関係してるんだよね、きっと」 「そうだな。他にも思う所はあったけど、でも大きなきっかけになった」 「そっかぁ。私は彼方くんは凄い力を持ってるって思ってるから、特訓してくれてちょっと嬉しかったりするんだ。それで……どう、なのかな?」 「どう……って……」 ハインが俺に目で訴える。本当の事を言えば、ゆずこは怖がるかもしれない。 このまま正直に何もかも話してしまうのか、それとも濁しておくのか 「……あの、な」 「本当の事話してくれていいから。私は、大丈夫だから」 「分かった。今までの状況を話す」 「最初は浮遊霊がいると思っていたくらいだったんだ。だがひなたに何枚もの心霊写真を見せられた。そしてその写真の通り、今のこの学園には多くの霊体がいる」 「っ! そそそ、それで??」 「見つけ次第除霊しているのだけど、数が減らないのよ」 「数が減らない? それって次から次へと現れてるって事?」 「そうなるわね」 「ただ何かを話してはいるんだ。だけど今の俺にはしっかり聞き取れなくてさ」 「私は元より霊体の声を聞く能力は弱いの。だから私には全く、音すらも聞き取れない」 「だから俺は自分の能力を鍛えて、彼らの訴えを聞こうって思ってるんだけど……なかなかな」 「すごいすごい! すごいよ彼方くん!」 「まだ成功してないから、全然凄くはないぞ?」 「そんな事ない! きっと霊だって……聞いて欲しいと思ってるから、彼方くんの前に現れたんだと思う」 「そうか……そういう考えもあるな」 「とまぁ現状はそんな感じよ。打開策も無いけど、害もないって所ね」 「そっかぁ。分かった。私には除霊とかそういうのは出来ないから、自分の仕事をするしかないけど……。でも私に協力できることがあれば、何でも言ってね」 「俺達に出来る事はパトロールと除霊。後はとにかくリリー先輩にだけは、秘密にしておかないと」 「うぅっ、確かに先輩なら、霊が溢れてるなんて聞いたら、大喜びしそうだよね」 「リリにバレたら騒がしくって除霊どころじゃないわ」 「それは困る〜」 「口外厳禁!」 「了解でありますっ! リリー先輩にはハインちゃんと彼方くんの事は、何かテキトーに誤魔化しておくね」 「うんっ! それじゃあ私そろそろ戻らないと。二人共ちゃんと話してくれて有難う」 「こっちこそ。聞いてくれて有難う」 「二人を信じてる。二人ならきっと打開策が見つけられるって思ってる」 「えへへ。それじゃ、また後でね〜!」 大きく手を振りながら、ゆずこは上階への階段を駆け上って行った。 「ゆずこ頑張ってるな」 「私達ももう一頑張りしましょ」 「おう!」 何度か休憩を挟みながら、俺とハインは除霊とパトロールに勤しんだ。 その夜――――。 「そっかぁ〜。今日も霊の数は減ってないって感じなんだねぇ」 「ゆずと別れた後も、何体か除霊はしたんだけどね」 「原因が分からない事にはな……」 「その為には彼方くんの、霊の声を聞く能力に頼るしか……!」 「おじさまには電話した?」 「いや、まだ」 「気が進まない?」 「そういう訳じゃないんだけどさ。今まで自分の霊能力をどうにかしようなんて思った事もなかったし、いざ話を――って考えても何から話せばいいのかなって」 「おじさんと電話する事自体が久しぶりだよね?」 「ああ。父さんは忙しい人だから」 どこかで山籠もりでもしていたら、電話をかけても繋がりもしないだろう。 「とてつもない力を持った霊能力者よ――ってママも言ってたわ、おじさまの事」 「ああ。俺も父さんの事は尊敬してる」 霊能力者という仕事上、勿論心無い色んな事も言われている。 だがそれでも多くの人が、父さんの力によって救われたと言ってくれているのも事実だ。 「彼方くんから電話貰ったら嬉しいだろうな、おじさん」 「そうかな」 「そうだよ。何から話せばいいのか分からなくたっていいと思う。親子なんだもん」 「……そうだよな。少し難しく構えすぎてたかもしれない。よし、電話してくるよ」 「連絡着くといいわね」 携帯をグッと握りしめて、一人自室へと向かう。 「――――よしっ」 久しぶりに父に電話を掛けるというだけで、妙な緊張を覚えている。 ひとつ気合を入れてから、父の携帯番号へと発信ボタンを押した。 「…………出てくれ」 祈るような気持ちで携帯を握り、コール音へと耳を傾ける。 『もしもし?』 数度目のコールの後、聞きなれた声が受話器ごしに届いた。 「父さん……! あ――っと、久しぶり。今って電話大丈夫?」 『大丈夫だ。ゆずこちゃんは元気にしてるか? あと小町ちゃんとも仲良くやってるか?』 ――小町ちゃんと言われて一瞬ピンと来なかったが、ハインの事だと分かるなり自然に笑みが零れた。 「どっちも元気だよ。ハインとも上手くやれてる」 『そうか、良かった。それでどうした? お前から電話してくるなんて珍しいじゃないか』 「ちょっと聞きたい事があってさ。霊能力に関する事なんだけど……」 『……そうか。彼方がそんな事を俺に聞くようになったのか。小町ちゃんとの生活は、いい刺激になったみたいだな』 「ああ。ハインの能力は凄いと思う。物を動かすエスパー的な能力だけじゃなくて、除霊まで出来るんだから」 『そうだな。……それで彼方はどうしたいんだ?』 「俺さ……ハインが聞こえないような声が聞こえるんだよ、霊の」 『……………………』 「だけど今はまだ完全には聞こえないっていうか。相手の気持ちを知って、理解したうえで還って貰いたいって思ってるんだけど……」 「ハッキリとした形の霊の声は勿論聞こえる。そういった霊なら、ハインにも聞こえるんだけど」 『形を留めていないような霊の声は聞き取れない、か』 『まず一つ。ヒトとしての形を留めていないような霊との接触は、危険な場合も多い。それは分かってるよな?』 「分かってる。でもそれだってそれぞれだろ。単純に彷徨っているだけの霊もいる」 「そしてその迷いの理由が本人にも分かっていないなら、俺はちゃんと話を聞いたうえで導きたいと思う」 『相手の感情に引っ張られないという自信があるか?』 「ハインにも同じ事を言われたよ。……俺はさ、父さん。守りたいんだ、ハインの事」 「どんな感情よりも、ハインを守りたいという気持ちの方が強いよ。その意志で自分を強く保てると思ってる」 「霊体のぶつける悪い感情に引っ張られたりしない」 『……そこまで彼方が言うなら、信じよう』 「父さん」 『ただ危ない時や迷った時は、いつでも俺に相談するんだぞ?』 「でも父さん忙しいのに……」 『馬鹿野郎。息子に頼られて嫌な気持ちになる親がいるか。俺は彼方の成長を感じられて嬉しいよ』 少しだけ照れくさそうに、父さんが軽く笑う。 「それでどうしたらいいかな? ハインに直感を鍛える訓練とかして貰って、あと一歩って感じはするんだけど」 『まずはリラックスだ。たとえどんな窮地に陥ろうとも精神を落ち着かせる事が大切だ。上手くいかないからと言って焦ってはいかん』 「分かった。次は?」 『聴覚を鍛えろ。ベッドに入ってから、全ての音に注意深くなれ。自分の心臓の音も聞きもらすな』 『直感を鍛えるっていうのは、そうやって色んな感覚を研ぎ澄ましながら、自分自身と会話していく事なんだ。魂の声を聞くんだよ』 『そうして自分の魂と会話出来るようになれば、同じ魂という世界で、弱い霊体の声も聞くことが出来るだろうな』 「……っ! そうか。俺は自分との対話が足らなかったって事か」 『よく気付いたな、その通りだ。霊能力者っていうのは相手の声を聞く為に、自分の迷いも消さなきゃダメなんだよ』 早く声が聞こえるようになりたいという焦りと、霊体へばかり集中しすぎていた意識。 だから俺には声が届かなかったのか。 『彼方。お前には既に死者の声を聞く能力は備わっている。それはお前の才能だ』 「才能?」 『一口に霊能力者と言っても色んな人間がいる。除霊が得意な者、お祓いが得意な者、憑依が得意な者。お前は声を聞く事に優れているんだ』 『予知夢もその一環だろう。声なき声からの信号を、夢と言う形で見ているんだ』 「そう、だったのか……」 物言わぬ存在や、隠された思いや意図――――。 そう言ったものが、夢となって表れていたのか。 「父さん……俺、声を聞いて、相手の心を満たして、それで還ってもらいたいんだ」 『相手がお前との会話で満たされれば、そう言った除霊も出来るようになるだろうな』 「なれるといいな」 『なれるさ。お前が強く望めばな』 こんな風に父さんと話すのは初めての事だった。 今までは父であり偉大な霊能力者という存在に、引け目や負い目を感じていたから。 「有難う、父さん」 『おう、頑張れよ』 「ああ、やってみる」 父さんの激励を受け、充足した気持ちで通話を終えた。 「父さんと電話出来たよ――あれ、ゆずこは?」 「トイレの電球が切れたからってコンビニに行ったわ。おじさまと連絡ついて良かったわね」 「ああ。良い話が出来たよ。それに改めてハインとの共同生活は、俺に取って良い刺激になってるんだって思えた」 「な、なによ急に」 「ハインとこんな風に仲良くなれなかったら、俺は自分の能力の事を真剣に考えたりしなかった」 「仮に能力を使って何かをやろうとして、そしてそれが上手くいかなかったとしても、そんな物かと諦めて過ごしてたと思う」 「こんな風に前向きに努力が出来るのは、やっぱりハインのおかげなんだ」 「……能力者は孤独だわ。だから私も彼方と一緒にいられる事が、ただそれだけで嬉しいのよ」 「ハイン……。よしっ、明日からも頑張ろうな!」 「ふふっ、もちろん!」 迷いなく笑うハインに勇気づけられたような心地に包まれながら、静かに夜は更けて行った。 暗く静かな部屋でそっと目を閉じた。 規則的な音を刻む時計の針、外を走る車のエンジン音、タイヤがアスファルトの上を転がっていく音。 遠くから聞こえる微かな猫の声、冬の冷たい風が窓ガラスを叩く音。 深く深く意識を沈み込ませていく。 ぴくりと動いた指先とシーツとの衣擦れの音。 耳の奥から体の内部まで落ちていくイメージ。 やがてドクン――と心臓の音が聞こえた。 ドクンドクンと脈打つ鼓動に耳を馴染ませると、次第に体は弛緩してリラックス状態へと入っていく。 ――――お前はどうしたいんだ? 内なる声に耳を傾ける。 ――――俺はこの力で救いたい。死者も生者も隔てなく。 ――――お前に出来る事は何だ? ――――声を聞く事。どんな小さな声も、悲痛な叫びにも、目を反らすことなく耳を傾ける。 ――――見えるか、あれが――――だ。 ――――見える。あれが――――。 ――――魂の色を知っているか? ――――インディゴブルー。 ――――迷いが生まれたら? ――――お前に相談するよ。 自分との対話を続けていると、ふいに瞼の裏が明るくなった。 真っ白な光が支配する世界で、俺の意識はどこまでも広がっていった。 ――――ああ、俺は掴めたんだ。 「なんか今日の彼方違うわね」 「うん。何ていうか、潜在能力が目覚めたって感じがする」 「昨夜、父さんに言われた事を実践してみたんだ」 「実践?」 「自分との対話をして、自分の魂に触れる。それが出来るようになれば、耳だけじゃなくて魂の部分で、声にならない声を聞きとれるようになるって言われてさ」 「耳だけじゃなく……。さすがね。そんな発想、私には出来なかったわ」 「俺も同じ。改めて父さんの偉大さに気づかされたよ」 こんなに素直に父さんを褒められる自分の変化にも、内心で少しだけ驚く。 「聞き取れるといいわね。あの黒い霧みたいな霊達の声」 「ああ。学園についたら早速探してみよう。多分まだいると思うから」 「ええ。その場に留まっている霊でも、例の徘徊していた霊体でも、どちらでもいいから見つけましょう」 「そろそろ解決したいしな」 連日の除霊で、ハインだって疲れが溜まっているに違いなかった。 何としても今日こそ――――いや、気負いすぎるのはよくない。 心を緊張させすぎてはダメだ。…………ハイン。 「どうしたの? 私の顔をじっと見て」 「ハインの顔を見ながらリラックスしようと思ってさ」 「それはいいけどっ。……でもそんなに見られたら、私の方がドキドキしちゃうじゃない」 ハインと顔を見合わせて笑い合う。 大丈夫だ。ハインを思えば、俺はどこまでも行けるような気がするんだ。 「いたわ!」 使われていない教室に気配を感じて入ると、黒い霧はズリズリと引きずるように蠢いていた。 「彼方っ」 「やってみる」 黒い霧の前に立ち、静かに目を閉じる。 ゆっくりとした呼吸を繰り返し、意識を深い所まで沈み込ませる。 「…………っ!」 ハインが何かを言っている気がする。 だがその声はもう聞こえない。閉じた目の中に浮かぶのは、昨日見た真っ白な光の世界だ。 光の中で黒い霧はとても浮いて見えた。やがてひどく歪んだ声が耳に届きはじめる。 ――――ァァ……ウ……た。か……が……で……。 焦らずにゆっくりと意識を広げていくと、断片的に、だが確実にその声が言葉となって聞こえ始める。 ――――あ、あぁ……よば、れた。 「呼ばれた? 誰に?」 ――――か、がみ……、しゃ、しん、……道が……でき……。 「……道?」 ――――合わせ、か、がみ……しゃ、しん、…………道……が……。 「……もしかして誰かが霊道を?」 ――――ここ、は……どこ、だ……。あの……道を……とじ……。 「分かった、約束する。必ずその道は閉ざす」 ――――しん、じて……いい……の……。 「ああ。だから……ここに居ても何にもならないから……」 ――――あ、あぁ……そう、そ、う……声が、届いた……。 「聞かせてくれて……有難う」 ――――……たま、しい、の……せか、いに……かえ、ろう……。 ゆっくりと手を差し伸べると、霧がブワリと膨らみながら、俺の体を包み込んだ。 そして次の瞬間、それは真っ白な世界に溶け消えた。 「…………はぁっ、行ってくれたみたいだな」 目を開くとハインが心配そうな顔でこちらを見ていた。 「彼方!」 「大丈夫だよハイン。それにあの霊もちゃんと除霊出来た」 「ええ、凄かったわ。何の式文も〈咒〉《じゅ》も無く除霊出来るなんて」 「話し合えたんだ。だから正確には俺が除霊したんじゃなくて、自分の意志で還って貰っただけっていうか」 「それって凄いことよ」 「はは、有難う。ついでに謎も解けた気がする」 「どうしてこの学園に、こんなにも霊体が次から次へと現れているのか」 「……どういう事?」 「この学園には霊道があるんだ」 「霊道? でもそれだったら以前から、霊体が現れてないと変じゃないかしら?」 「作られたんだよ、最近ね。そしてこの学園でそんな事をする人間はただ一人だ」 「あっ!」 「そう、リリー先輩だよ」 面白がるからという理由で避けて来たリリー先輩その人が、まさに元凶だったというわけだ。 「行こう、ハイン。多分リリー先輩は部室にいるから」 「分かったわ!」 「リリー先輩!」 「うわっ!」 勢いよく扉を開けると、そこには多くの霊体と、キョトンとした顔のリリー先輩がいた。 「ちょっとコレ、なんなのよ、この数!」 ハインが顔をしかめるのも道理だ。 これだけの霊の密集地帯は見た事がない。 「やっぱりここから来てたんですね……」 「? どうした二人共、そんなに血相を変えて」 「どうしたって……リリ、何ともないの!? こんな中にいて!」 「こんな中? 部室がどうかしたか?」 「さすがです、先輩……」 「霊感ゼロは伊達じゃないわね」 呆れながらも部室内を見回すと、原因はすぐに分かった。 二枚の鏡が向かい合わせに飾られている。 さらには2枚のポスターが、お互いの視線が合うように左右の壁に貼り付けてあった。 「事情は後で説明します。とにかくこの合わせ鏡と、壁のポスターを外しますよ」 「いや、ちょっとま――――」 「問答無用! 彼方、私は霊道を閉じる作業に入るから、話の通じそうな人から除霊していってちょうだい」 「なんだなんだ二人共」 全く状況を理解できない様子のリリー先輩を一先ず置いておいて、俺は静かに瞳を閉じ先程と同じように霊との対話を開始した。 「……はぁっ、はぁっ。お、終わったぁ〜」 「ふぅーーー……っ。こっちも同じく」 ハインの力によって霊道は閉ざされ、部室内に溢れていた霊体達も全て元の世界へと還す事が出来た。 「リリ!」 「おかげで大変な思いをしたわっ」 「俺から説明します。先輩の作ったその霊道、しっかり機能していたんですよ」 「そうなのか!? いやー、合わせ鏡をしても何の反応もないから、ポスターも合わせてみたんだがな。他にも塩やら水やら人型やら用意して――」 「溢れまくってましたよ、この部室。そしてここから学園中に広がって行ってたんです、霊達が」 「それもこの未完成な霊道を通ってきた霊だから、人の形すら留めていないような存在ばかりがね」 「俺達はそれを除霊しつつ、霊体から話を聞くことが出来て、ここに辿り着いたんです」 「それは……迷惑をかけたようだ。すまない」 状況を理解したリリー先輩が、申し訳なさそうに頭を下げた。 「わ・か・れ・ば・い・い・の・よっ! 全く、どうして霊道なんか」 「降霊……。降霊がしてみたくてな」 「……先輩、降霊術の類は簡単には無理なんです。だから霊道なんて作っちゃいけない」 「そう……だな。悪かった」 先輩が悲しそうに俯いた。 その顔を見ていると、それ以上は何も言えなくなってしまう。 「はぁっ、ともかくこれで新しい霊は現れないって事よね」 「そういう事だ。学園内にまだ何体か残ってると思うから、後はその霊達を除霊すれば完全に終了だな」 「随分と大変な目に合わせてしまっていたんだな。この埋め合わせは必ずする」 「私、REDSUNの特大いちごパフェがいいっ」 「ふふっ、分かった。いくらでもご馳走しよう。黛、出来るなら霊達にも謝っておいてくれ。迷惑をかけたな」 「分かりました。っと、ゆずこ達にも報告しておかないとな」 「そっちは私が話をしておこう」 「分かりました。じゃあハイン、行こうか」 「ええ――――っ! 彼方、今っ廊下に霊が通ったわ!」 「なにっ!? じゃあ先輩、また!」 「特大いちごパフェ忘れないでよーっ!」 「…………どうして私には視えないのだろうな」 ハインが祈りを捧げると、目の前の黒い霧は立ち消えた。 「ふぅっ……俺の方も終わったよ」 「となると――今ので最後かしら?」 「多分。そうじゃないかな」 「すっかり日が暮れちゃったわね」 「遅くまでお疲れ様」 「彼方が助けてくれたおかげよ。私一人だったら、とても今日中には除霊しきれなかったわ」 「それを言うなら、ハインが特訓してくれたおかげだよ」 「ううん。彼方って凄いと思うわ。こんな短期間で確実に力を付けたんだから」 「はは、褒められると嬉しいな」 「ふふっ、喜んでいいだけの成果をあげたわよ」 「じゃあ喜びついでにご褒美が欲しいかなー、なんて」 「……いいわよ」 「えっ!?」 てっきり調子に乗るんじゃないっ! とか言われると思っていたのに、予想外の反応に驚いてしまう。 「だって……彼方は本当によく頑張ってたし。私で出来る事なら、何でもいいわよ?」 「な、なんでも……」 ゴクリと喉がなってしまう。 「あ、あんまり変な事言わないでよっ?」 「じゃ、さ……」 こんなチャンスは早々あるものじゃないだろう。 多少無理目なお願いでも言ってみる価値はある、価値はあるぞ俺! 「下着を取って、机にしゃがんで貰えないかな?」 「えぇ!? こ、ここで!? しかも机の上……って」 「よく見たいんだ、ハインの事」 「で、でも……」 「こんな時間だし、もう誰も学園には残ってないだろうし」 ダメもとでダメ押しをしつつ、じっとハインの瞳を見つめる。 目を反らして頬を染めたハインが、逡巡のあと小さく口を開いた 「……わ、わかったわよ」 「いいの!?」 「そんなに目を輝かせないでよっ! こっちは死ぬほど恥ずかしいんだからっ!」 コクコクコクコクと無言のまま頷いた。 言ってみるもんだなぁ、まさに〈僥倖〉《ぎょうこう》、〈物怪〉《もっけ》の〈幸〉《さいわ》い、〈好機逸〉《こうきいっ》すべからず! 「あ、あんまり見ないでよ……」 少しだけ唇を尖らせながらそう言うと、ハインはゆっくりとスカートを捲し上げて、可愛らしいショーツに手をかけた。 「……………………っ!」 教室で、ハインが! おパンツを! 脱いでる!! 興奮で荒々しい息を吐きそうになるのを、すんでの所でグッとこらえる。 「……っ、恥ずかしい」 消え入りそうな声でそう言うと、ハインはショーツを足から抜き取った。 「それで、どうすればいいんだっけ」 「そのまま、そこに……そう、机にしゃがんで」 「ん……っ」 ハインは恥じらいながら机に脚を乗せると、そのままゆっくりとしゃがみ込んだ。 「それにしても……すごい惨状ね」 「…………だな」 色んな体液が混ざり合ったものが、床に水たまりのようにして溜まっている。 「うぅ……っ」 「これ……私のおもらし、よね……」 「おもらしかどうかは分からんが、ハインから出たものではあるな」 「彼方が出したものでもあるでしょっ!」 「おっしゃる通りです。モップ持ってくるな」 掃除用具入れからモップを取り出して、床をせっせと拭いていく。 ハインも雑巾で汚してしまった机や椅子を、これでもかと磨き上げている。 「……しかし良いものが見られた」 「……っ!?」 「嬉しかったよ。有難うな、ハイン」 「に、二度目はないわよっ! もう、あんな……自分で広げて、とか」 「分かってるって。はぁ〜、今日の事は一生忘れないぞ」 「……ばかっ」 顔を真っ赤にしながら視線を逸らしたハインの愛らしさに、胸の奥が締め付けられそうな心地になる。 「好きだよ、誰よりも」 頷いたハインの頬が嬉しそうに緩むのを横目で確認しながら、モップを持つ腕に力を込めて掃除を再開したのだった。 「二人共お帰りー。リリー先輩から聞いたよ〜っ。無事に心霊現象を解決したんだよね?」 「ああ、もうバッチリだ」 「良かったぁ〜。二人共お疲れ様。それと有難う!」 「これでひとまずパトロールは終了かな」 「そうね。クリスマスまで日にちも少ないけど、私達に出来る事があれば手伝うから」 「有難う! でもずーっとパトロールと、除霊し続けてくれて疲れたよね? だから私としては二人でゆっくりしてほしいかな、なんて」 「ゆっくり?」 「明日は日曜日だし、二人でどこかに出かけてきたら?」 「そっか、日曜か。ハインどうだ? 何か予定あったりする?」 「ない、けど……」 「けど?」 「ちょっと行きたい所はあって……」 「それって俺も一緒に行ったらダメなやつ?」 「ううん! 大丈夫よ。でも」 「じゃあ決まり。明日はハインの行きたい所に行こう」 「い、いいの?」 「もちろん。よし、じゃあ俺は風呂入ってくるよ」 「もう湧いてるからすぐ入れるよー」 「おう、サンキュなー」 「ゆず……。相談したい事があるの」 「ハインちゃん?」 「ど〜〜〜〜しよ〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 「わぁっ! ビックリしたぁ。部屋に入るなりどうしたの?」 「明日彼方と二人でお出かけ。これって……」 「これって?」 「これってデートよね!?!?!?」 「うきゃぁ!」 「ハッ! ごめんなさい、ゆず。大きな声を出したりして」 「あはは。ハインちゃんでも動揺したりるんだねぇ」 「だってぇ」 「二人ってデートとかは、あんまり出来てなかったりする?」 「ありのママに植物園のチケットを貰って行ったけど、あれは流れでそうなったから――こんな風に最初からデートって言うのは、初めて、かも」 「そうなんだぁ。ドキドキ楽しみだね♪ それで相談って言うのは?」 「服よ、服! 何着て行ったらいいと思う?」 「あー、重要だね」 「重要よっ」 クローゼットを開けて、手あたり次第に洋服を出してみる。 「例えばコレ、とか? それともこっち、とか」 「それなんかいいんじゃないかなぁ?」 「これ? うーーん、確かにいいかもだけど……うーーん……」 「悩んじゃうよね。だって初めてのデートなんだもん」 「うん。……可愛いって思われたいし」 「女の子だもんね。となると私じゃあんまり力になれないかなぁ」 「うん。私、流行とかには疎くって。こういうのはね、ひなちゃんが得意なんだよ」 「そう言えば前も言ってたわね。ひなのセンスは凄いって」 「そうだ! ハインちゃんが候補の服をいくつか着て、その写メをひなちゃんに送ってアドバイス貰おうよ」 「分かったわ。じゃあ早速着替えるから、撮影お願い出来る?」 「もっちろん!」 こうしてデート前ファッションショーが始まった。 「ふーっ。こんな感じかな。全部で8着も着替えたけど……」 「お疲れ様。ハインちゃん的にはコレ! っていうのあるの?」 「それが、どれもピンと来ないのよね。お気に入りの洋服はあるんだけど、コレじゃないなーみたいな」 「大事な日の服って選んでる内に、なんか違う……ってなっちゃいがちだよねー」 「これも似合わない。これも変。これはおかしい――って感じで、似合わないスパイラルに入っちゃうのよね」 「あるあるあるある。普通に着てたはずの服なのに、あれ? こんなんだっけ? とか」 「分かりすぎる程に分かるわ、ゆず」 はぁ。 彼方に可愛く見られたいけど、自分じゃどれが正解なのか分からないわ。 「ひなちゃんから返信きたっ。 えーっと……3枚目のブラウスと、5枚目のスカート、それに8枚目のショートタイをアクセにするといいかもー! だって」 「3枚目のブラウス――これと、このスカートと、このネクタイ?」 「うん。そうみたい」 「分かった。この組み合わせで着てみるわ」 「どう、かしら?」 「すっごぉーい! 似合ってるよ、ハインちゃん! うんうん、ハインちゃんはやっぱり白が似合うね〜!」 「自分では選んだ事のない組み合わせだったけど、こんな合わせ方があったのね。新しく買った気分」 「ひなちゃんコーデは完璧だから!」 「うんっ。ひなにもお礼を言わないと」 「これなら彼方くんも大喜びだよ。明日、楽しんで来てね」 「ええ! 有難う、ゆず」 「おーーーい、風呂出たぞーーー」 扉越しに彼方の声が聞こえて、思わずドキリとする。 「はいはーい!」 「次はゆずが入ってきて。私は洋服の片付けしないとだし」 「はーい。じゃあお先にお風呂もらうね」 明日はこの服装でデート。 それを思うだけで、なんだかとってもドキドキワクワクしてしまう。 ふふっ、彼方とデートかぁ。 「でも彼方大丈夫かしら……」 私の行きたい所ならって言ってくれたけど、明日はちょっと特殊な所に行きたいのよねぇ。 「おまたせ」 照れたように小首を傾げながら登場したハインの姿に目を見開いた。 「変?」 「めっっっっっちゃ可愛い」 「あはっ、良かったぁ」 心底安堵した様子で、ハインが一気に破顔する。 「おめかししてくれたんだ」 「おめかしって言い方可愛いわね」 「ハインの方が可愛いわけだが」 「あ、あんまり見ないでっ。その、恥ずかしいから」 手を顔の前でバタバタさせながら、ハインが玄関へと向かう。 「じゃあ、行きましょ」 「地下鉄?」 「隣町に行くだけだけど、少し距離があるから乗っていきましょ」 「了解。それでハインの行きたい所ってどこなんだ?」 「っ! 彼方は、その、どこでも一緒に行ってくれる、のよね?」 「引いたりしないかな……」 「えーっと、とにかく場所は隣町のイベントホールよ」 「イベントホール? 何かイベントやってるのか? 日曜だしな」 「え? え? え? 彼方ってイベントとか知ってるの?」 「? イベントだろ? 知ってるだろ、フツー」 「な、なぁんだぁ! そっか、知ってたんだ。それなら話は早いわ! 行きましょ♪」 なんだなんだ? 何か急に元気になったな。 まぁいっか。よっぽど見たいイベントでもあるんだな。 「ここ、か?」 「そうよっ。今日はここで“あのまほ”オンリーイベントが開催されてるのっ!」 「え? なになになに? お、おんりー?」 さっぱり意味が分からん。 “あのまほ”オンリー? “あのまほ”だけのイベントって事か? 俺の戸惑った顔を見て、ハインの表情が強張っていく。 「……えっと、一つ確認してもいいかしら」 「どぞ」 「彼方の思うイベントって……何?」 「フリマとか現代アートとか車の展示会とかそういう」 「きゃっふうううううううううううううううううううううううううううっ!!!」 「だ、大丈夫かハイン!? どうした!?」 崩れるように座り込んだハインを、咄嗟に助け起こした。 なんだなんだ!? 「きゃふぅ……あ、あぁ……そう、そうよね……そういうの、やってるわよね。ていうか日曜日にやってるイベントって言ったら、そういうの思い浮かべますよねぇ」 敬語!? 「え、何だ? おーーい、ハインしっかりしろーー」 「彼方……、彼方は知らなかったかもしれないけど、世の中には同じアニメが好きな同志達が集まって、ファンアートとかをお披露目する場があるの……」 「そ、そうなのか」 「そして今日、このイベントホールで開催されているのは、私の大好きな……」 「あの日見たとある魔法少女がこんなに可愛いわけがないオンライン、通称“あのまほ”のみを扱ったイベントが開催されているの……」 「でもっ、知らなくて、当たり前だわ……こ、ここで見た……事は……わ、忘れてちょうだい……ガクッ」 「ハイーーーーーーーン!!」 「……と、冗談は置いておいて、中に入ろうか」 「え? いいの? 本当に?」 「ハインが行きたかったイベントなんだろ? それに俺も全く知らない世界だから興味あるし」 「彼方ぁ……」 「有難う! そして全力で楽しみましょっ!」 「ははは、おう」 くるくると表情が変わるハインを見られて、既にとても面白い。 中はどんな感じなんだろう。 楽しみだな。 「見て、彼方――――これがイベントよっ!」 俺の手を取ったハインが、意気揚々と会場内へと足を踏み入れた。 「おお、なんだか凄いな。見た事ない物ばかりだから新鮮だ。ハインはよく来るのか、こういうの」 「実は私も初めてなの。こういうイベントがある事は、サイトとか動画で知ってたんだけど」 「そうなのか?」 「興味はあったんだけど、中々一人で行く勇気がなくて。かといってこういうの楽しんでくれるような知り合いもいないし……」 「でもでも! このイベントはどうしても来たかったのっ」 「“あのまほ”オンリーだもんな」 「そう! そうなのよっ、彼方分かってるじゃないっ」 今さっき仕入れたばかりの知識だけど。 「きゃーっ! あのイラストちょーかわいーーー!」 「本当だ。プロみたいに上手いな」 「あ、あのグッズも素敵! あーっ、公式ブースまであるーーー!」 「公式ブース?」 「このイベントはね、“あのまほ”の運営さん公式イベントなの。ワクワク5割増しよね♪」 公式とか非公式とかがあるんだなぁ。 よく分からないけど、ハインが嬉しそうで俺も嬉しい。 「あ、あの本! 欲しかった作品だわっ! ちょっと買ってくるわね!」 ははっ。お店の人と楽しそうに話してるのが、ここからでもよく分かる。 よっぽど来たかったんだろうな。一緒に来られて良かった。 お、買い終わったみたいだ。 「お待たせ!」 「良い買い物出来たみたいだな」 「ええ! ずっと欲しかったの。イラストサイトで、この作家さんのイラスト素敵だなってずっと思ってて」 「ネットで注文しようかなとも思ってたんだけど、このイベントに参加される事知ってたから」 「どうしても一言、いつも素晴らしいイラストを有難うございますって伝えたくて」 「ハインみたいに、本当に“あのまほ”が好きな子にそんな風に言って貰えて、作家さんも嬉しかったと思うよ、きっと」 「だったらいいな。ふふっ」 「お。キャラクターの仮装してる子もいるんだな」 「きゃい〜〜んっ♪ か、かわいいっ。写真撮影させて貰わないとっっっ」 「ハインはしないの? ああいうの?」 「コスプレって事? 私には無理よ、無理!」 「どうして? 作るのが大変とか?」 「それも勿論そうだけど……」 「あ、あの店屋さん衣装売ってるじゃないか」 「サークルっていうのよ。お店屋さんじゃなくて、サークル。あそこは衣装サークルさんみたいね」 「その衣装サークル? さんで買って着てみればいいのに」 「無理無理。“あのまほ”はもっと、こう――――例えるならありとかひなみたいな子じゃないと」 つまり貧乳って事か。 あのアニメは俺も見た事があるが、確かにぺったんとしたキャラが多かったかも。 「はぅぅ……私もああいう体型に生まれたかったわ」 贅沢物め。 「そんな事言わずに着てみればいいのに」 「ダメよ。キャラクターの魅力が損なわれるわ」 着たくないわけでは無さそうなんだけどなぁ。 「あー! あのイラスト集も絶対買わなくっちゃ! ちょっと行ってくるわねっ」 ふぅむ……。 そうだ! この隙にさっきのお店で衣装を注文しよう。 それで家に届けて貰えば、ハインに買った事もバレないしな。 家で着るだけならハインもきっと着てくれるだろう。 着たそうではあったし、なにより俺が見たい。 「すみませーん、この衣装なんですけど――――」 よし、無事に注文出来たぞ。 「ふーっ、お待たせ。随分かかっちゃった」 「いいよ。俺も色々見てたから――って随分買ったな。持つよ」 「ううん、大丈夫。だってこれは幸せの重みだから」 「自分で持ちたいんだな」 「そういう事♪」 「よっし。じゃあ持ちきれなくなったら俺が持つから、隅々まで見て回ろうか」 「彼方ぁ〜〜! ほんっとーーに有難う!」 「あはは。ハインがそんなに喜んでくれて、俺も本望だよ」 こうして二人で会場中を余す事無く見て回ったのだった。 「楽しかったぁ〜……。感無量とはこの事ね」 「初めて触れた世界だったけど、俺も楽しかったよ。誘ってくれて有難うな」 「私も……彼方が一緒に来てくれて良かった。有難う」 「この後はどうする?」 「うーん。戦利品の整理もしたい所だけど、ちょっと疲れない?」 「そうだな。どっかにお茶しに行こうか」 「そうしましょ」 喫茶店 REDSUN 注文した飲み物を一口すすると、ようやく一息つけた心地になった。 「ふぅ〜」 「ハインもな」 「ふふっ、私はいいのよ。楽しかったから。でも確かに体力がいるものなのね、イベントって」 「だな。ただ見て回ってるだけなのに、何か凄くカロリーを消費した気がする」 会場の熱気にあてられたのかもしれない。 だけど不思議なこの充足感はなんだろう。 「ほわぁ〜〜〜〜……」 「なんだその恍惚とした表情は」 「ハッ! い、いけない。不思議な満足感で気が抜けてしまったわ」 可愛い。 ハインでもこんな感じになるんだな。 「ハインはイベントにサークル? として参加はしないのか?」 「私は見るの専門ね。絵とか描けないし」 「はは、そっか。また行くのか?」 「うん、行きたい」 「ハインが嫌じゃなかったら、俺もまた誘ってよ」 「ああ、結構楽しかったよ」 「良かったぁ〜……」 「どうした? 随分ホッとしたみたいな顔してるけど」 「ちょっと不安だったのよ。彼方は私の行きたい所ならどこでもいいって言ってくれてたけど、やっぱりほら少し特殊な空間ではあるから」 「イベントって言ったら『ああ、日曜日のイベントね』なんて言うから、てっきりああいうイベント知ってるんだって勘違いまでしちゃったし」 「そう言えばあれってどういう意味だったんだ?」 「大体土日に開催されるの、ああいうイベント。私オタクだからイベントって言ったら、もう今回みたいなイベントに直結しちゃって」 「ははは、そういう事だったんだ」 「うん。だけど彼方全然気にしてないって言うか、受け入れてくれたから。嬉しかった」 「ハインが“あのまほ”好きなのは知ってたしさ。好きな物を共有できたら、それだけで楽しいだろ?」 「そっか。ふふっ、そっかぁ。じゃあ彼方の好きな物も教えて」 「好きな物かぁ」 野球観戦とかレトロゲームとか、好きな物は色々あるけど……。 でも一番好きなのはやっぱり――――。 「ハインかな」 「えぇっ!? そ、そういう事、聞いてるんじゃないわよっ」 「でも今はハイン以外の事は考えられないくらい好きだし」 「も、もうっ。そんな事言ったら、私だって……その、彼方の事が、好き、よ?」 「“あのまほ”より?」 「当たり前でしょっ。もーっ」 頬を膨らませたハインが、愛らしくてたまらない。 「もうっ。……許すけど」 「良い一日だったな。ハインの色んな面が見れたし」 デート用に可愛い服も着てきてくれたし、イベント会場では色んな表情が見られた。 こういう機会をこれからもっと持てるようになりたいな。 「……これ飲み終わったら帰ろうか」 沢山の戦利品を抱えながら、俺とハインは同じ帰路に着いた。 帰る所が同じという事も、とても幸せで恵まれた事だよなぁと、俺は改めて父とそしてハインの両親に感謝したのだった。 12月22日 「昨日は楽しかったな〜。ハインはどうだった? 戦利品は」 「もうバッッッチリだったわ! 一つのハズレも無く、全て国宝級の作品ばかりだったわ」 国宝とはまた大きく出たな。 「次のイベントが楽しみだわ。 あー、でもバイトとかしないと、お小遣いだけじゃ心許ないわね」 「バイト? ハインが?」 「今すぐにってわけじゃないけど」 「アルバイトかぁ。まぁうちの学園はバイト禁止じゃないから、可能だろうけど……。どんなバイトがしたいんだ?」 「そうねぇ。やっぱり竜の穴マップブックスの店員さんとか?」 「働くそばからグッズ買ってそうだな」 「うっ……確かに。それはちょっとマズいわよね。じゃあボスのコンビニでお世話になろうかしら」 「テンチョなら雇ってくれるだろうな。コンビニのバイトって意外と大変だけど」 「えっ、そうなの?」 「商品の販売や補充だけじゃなくて、公共料金の支払いにギフト商品なんかもある。切手にはがきに印紙。それからゲームソフトやCDの予約」 「宅配便に肉まんとかおでんなんかの調理、販売。店内清掃、検品、発注、それから一番面倒なのがタバコだな。種類も多いし、急いでるお客さんも多いしな」 「あとは新商品のポップを作ったり――」 「わわっ! や、やめておくわ。コンビニは無理」 「覚えてしまえば、大した事じゃないぞ?」 「覚えるまでが大変すぎるわよ」 「はは、確かにな」 俺も最初は戸惑ったもんだ。いやー、懐かしいな。 「何か私に合う仕事があるといいんだけど……」 「ハインに合う仕事かぁ。やっぱり得意な事がいいんじゃないか? ハインは特技も多いしさ」 「得意な事って言っても超能力とか――」 「それいいんじゃないか?」 「どういう事?」 「ほらこの前もあれだけの霊を除霊で出来ただろ? だから除霊師みたいなのってどうかな」 「除霊師……」 「そう言えばハインは、将来どうなりたいんだ?」 「ママみたいな超能力捜査官になりたかったわ。子供の頃からずっとママは私の憧れだから」 「でもね今――彼方に言われて、除霊師もいいなって思ったの。死んだ後もなお彷徨っている人を救えたら、それってとっても良い事よね」 「それは俺も思うよ。地縛霊だの悪霊だのと言われたって、元は同じ人間なんだもんな」 「もちろん今の俺には、強い力を持った霊は上げられないけどさ。でもそういう仕事もいいなって、実は俺も思ってるんだ」 「そうよね」 俺の言葉に頷くと、ハインが真摯な眼差しを俺に向けて来た。 「……ねぇ、彼方」 「私達で作らない? 除霊事務所を」 「もちろん学生の内は本格的な活動は無理だけど、ネットとかでお仕事募集して、授業の無い週末だけでも除霊師として働くの」 「……それを続ければ卒業する頃には、ある程度の人脈が出来てるかもな」 週末だけの除霊師か。 今は未だ素人同然の俺達だけど、料金設定を安くすれば需要はある気がする。 そしてそれは仕事であると同時に、俺達の修行にもなる。 特に俺は経験が少ないから、この提案は非情に有難かった。 「分かった、俺も手伝わせて貰うよ。だけど一つだけ約束してくれ」 「仕事は必ず二人でする事。相手がどんな存在か視えないだけに、一人で霊と向き合うのは危険だと思うから」 「分かったわ。そうよね、自分の手に余る存在かもしれないんだものね」 「難しいと思ったら、一旦引いたっていいと思うしさ。二人いれば逃げる事くらいなら、出来ると思うんだ」 「彼方って意外とちゃんと考えてるのね」 「意外とは余計だ」 「ふふっ、そうね。彼方はちゃんと考えてるわ」 「よっし、そうと決まれば俺もまたしっかり修行しないとな」 「そうね。年が明けたら早速動き始めましょ」 「ああ、分かった」 除霊師としてハインと共に活動する。 それは後悔しながら毎日を妄想で補っていた未来の俺からしたら、まるで夢みたいな話だ。 だけど俺はもしかすると心のどこかで、こういう未来を望んでいたのかもしれない。 「ふふ、楽しみが増えちゃったな」 「でもまずはクリスマスパーティーを成功させないとね。明日は祝日だし、私達に出来る事なんてもう殆どないかもしれないけど、出来る事は手伝わせて貰いましょ」 「ああ、成功させよう。それとさ、ハイン」 「なぁに?」 「イブの夜、なんだけど」 「日中は学園で翌日のパーティー準備があるから、どこかに行ったりは出来ないけど、終わってから一緒に出掛けられないかなって思って」 「そうよねっ、イブ、だものね」 「ああ。各自自分の担当の準備が終わったら、家に戻って着替えてから出かけようよ」 「あ、それだったら一つ提案があるの」 「提案?」 「ふふっ、駅で待ち合わせしない? ほら、私達って一緒に暮らしてるから、なかなかそういうドキドキって味わえないから」 「待った? みたいなやつがやりたかったりする?」 「うっ、すこーーし」 ムギュッとした表情で動揺したハインが可愛い。 そうか、そうだよな。 いつも一緒に居るから、待ち合わせなんてした事ないもんなぁ。 「ははは、了解。じゃあ各自着替えてから、夕方18時に駅で待ち合わせしよう」 「分かったわ。ふふっ、楽しみ」 「ああ。楽しみだよ。彼女と過ごすイブなんて初めてだから」 「わ、私も……同じ。……好きな人と一緒に、イブに過ごすとか」 「良いイブにしような」 「今からじゃ人気のお店の予約は取れないだろうけど、一緒に街を歩いたり、イルミネーション見たりさ」 「うんうんうんっ!」 「計画練っておくな」 「私も見たい所とかピックアップしておくわ」 「よっし、今日も一日頑張れる気がしてきたー!」 ハインと二人で過ごすイブ。 ああー、幸せすぎて怖い位だっ。 「ああ、黛達か。この前は迷惑をかけたな」 先輩が改めて霊道作りの事を詫びる。 その表情は真剣そのもので、先輩自身も心を痛めていた様子が伺えた。 「もういいわよ。大きな問題が起こる事もなかった訳だし」 「そう言って貰えると助かる」 「除霊も無事片付いたんで、俺達も何かパーティーの準備を手伝おうと思ってるんですけど、人手が不足してそうな所ってありますか?」 「そうだな。実行委員の方から生徒会には特に依頼は来ていないが、さっき矢野口が忙しそうにしていたのを見かけたぞ」 「ありはどの辺に?」 「3階の科学準備室の近くにいたと思ったが」 「じゃあそっちに行ってみます」 「リリ、またね」 「ああ。矢野口によろしく伝えておいてくれ。何か困った事があれば、生徒会も協力すると」 「行きましょ」 「リリの話だとこの辺りに――――あ、いたいた。ありーーー」 廊下でクラスメイトと打ち合わせをしていたらしきありえが、ハインの呼びかけに気付いてこちらへと向かってきた。 「二人共お疲れ様〜。私に何か用?」 「俺達は手が空いたからさ、何か手伝えないかなって思って」 「わぁ、有難う〜。助かるーっ。えっとそれじゃあ早速なんだけど――――よいしょっと、はい彼方くんコレ」 廊下の隅に置いてあった段ボールを持ち上げると、ありえは俺に手渡した。 「よっと――――随分軽いな」 「飾りつけ用の小物しか入ってないから」 「これをどこに飾ればいいの?」 「正門が寂しいから、あそこに飾って貰えたらなって。入り口から華やかな方がいいもんね」 「なるほどな。了解」 「早速取り掛かりましょ ――――っ!」 「……………………気のせい、かしら」 「何かいたのか?」 「…………ううん、もう感じない。気のせいかも」 「二人共どうしたの? 急に考え込んじゃって」 「あ、ああ。何でもない。じゃあこれは任せてくれ」 「うんっ、お願いしまーす」 ハインの感じた気配が気にはなるが……。 ――――何もいない。 意識を集中させてみても、おかしな気配は感じられなかった。 となれば、ここでこうしていても仕方がない。 自分達に出来る事を今はしないとな。 「段ボールはここでいいか。よっと――」 「中身はどんな感じ?」 地面に置いた段ボールを開けて、ハインは中を確認すると、すぐに小さな人形のような物を取り出した。 「わぁ、可愛い。これって元は、ツリーに飾る用だったオーナメントかしら」 「どれどれ――お、これなんかはツリーに飾られてたのを見たぞ」 「そうなんだ。ツリーがあんな事になっちゃったけど、こうしてまた使われるなら、作った人も報われるわね」 段ボールいっぱいの、星やお菓子や人形をかたどったオーナメント。 これを飾れば正門も随分と華やかになるだろう。 「さーてどんな風に飾りつけてこうか?」 「そうねぇ。じゃあ門のここの所を 何かを感じ取ったのか、ハインがキョロキョロと辺りを見回す。 俺も慌ててその視線を追うと、そこに居たのは――。 遠く――校舎の陰になるような場所に、ティアが一人で立っていた。 「……なんだ。さっきから感じていた気配は、あの子だったのね」 「おーーーい、ティアーーー!」 辺りに人気がないのをいい事に、大声でティアの名を呼ぶと、ティアは慌てた様子でこちらへやってきた。 「ちょっと! 声大きいってば」 「はは、誰も聞いてないよ。それより久しぶりだな」 「うん、久しぶり」 「なによ、また除霊するとか言うつもり?」 「……言わないわよ、もう」 「アンタが何を目的としてるのか、何でいつまでもフラフラしてるのかは分からないわ。でも……」 「でも理由があるなら、それを尊重してもいいかなって今は思える。たとえそれが私には、話して貰えない理由であったとしてもね」 「ハインさん……」 「で、でもっ! 基本的な考えは変わらないわよっ。戻るべき場所にはちゃんと還るべきだって、そう思ってるから」 「うん。有難うハインさん」 「……別にお礼を言われる様な事じゃないわ。私が……そう思うようになっただけだもの」 照れくさそうなハインが視線を逸らす。 ……ちゃんと考えてくれたんだな。 「俺からも礼を言うよ、ハイン。有難う」 「だからお礼を言われるような事じゃないってば。……彼方の、おかげみたいなものだし」 「俺の?」 「彼方を見ていたら、霊達の声に耳を傾けるのも悪い事じゃないなって。危険な行為だと思ってたし、今でも勿論警戒はしてるわ」 「でも聞けるものなら、その――本当の意味での、最後の言葉になるであろう声を聞けたら、それはきっと良い事なんだわって、今はそう思えるの」 「もっとも私は彼方みたいに、声を聞く能力が特別高いわけでも無いから、殆ど聞けないでしょうけど」 「その為に俺がいるんだろ。ハインは俺に出来ない事、俺はハインに出来ない事を補い合っていければいいんだから」 「ええ、そうね。そう思う」 「ハインが俺のおかげだって言ってくれるならさ、詳しくは言えないけど……俺もティアのおかげで変われたんだ」 「ああ。色々あって話せる事は少ないんだけど。でもティアのおかげっていうのは、嘘偽りのない事実なんだよ」 「……そう」 (だから……だからいつも庇っていたのね) 「ティアと出会う前の俺と今の俺とでは、全然別人なんじゃないかっていう位に変われたんだ」 「だったら私もティアのおかげね」 「えっ……」 「だってその変わった彼方と出会えて、そして好きになって。ううん、それだけじゃなくて……彼方にも私を好きになって貰えたんだもの」 「だからティアのおかげよ」 「ほ、本当に?」 「ええ、本当よ」 「こんな事で嘘を言うわけないだろ」 「……ふぇっ」 ティアの目がみるみるうちに潤んでいく。 「ちょっ、ティア! 泣いてるの?」 「泣いてない」 「……思いっきり泣いてるように見えるけど」 「触れてやるな」 「うぅっ、み、見てないから。私、見てないっ」 慌てた様子のハインが、明後日の方向に視線をやる。 その隙にティアは、涙をゴシッと拭った。 「うぅっ、ぐす……っ!  え、えへへ」 「甘えるティアも可愛いよな」 「うん、可愛い」 俺達の言葉に、ティアが何とも言えない嬉しそうな表情をする。 サラサラと髪を揺らしながらペコリとお辞儀をすると、ティアは優しく微笑んだ。 「えへへ、有難う。二人とも」 「二人にそんな風に言って貰えるなんて思ってなかったから。私でも誰かに影響を与えられたんだって、そう思えたら嬉しくって」 「……二人に会えて、良かった」 微笑みの中に影が射す。 また消えてしまうのか? それとも――――それとも、もっと別の……。 「ティア、どうしたんだよ。そんな言い方……」 「多分ね、私……もうあんまり会いに来れないから」 「ハインさんと会うのはこれが最後、かな」 「どういう事よ」 「最後にこんな素敵な言葉を聞かせてくれて有難う」 「ま、待ちなさいっ」 「ふふっ、私を除霊しようとしてた人が言う言葉とは思えないな」 「そ、それは。えっと、そのっ、状況が違うでしょっ」 俺達の疑問には答えずに、ティアは自分の想いをただひたすらに伝えてくる。 「彼方の家で皆でご飯食べた時、私の分までプレッツェル作ってくれて有難う」 「温泉でも自然に私と話してくれて嬉しかった。ハインさんは優しいなって、ずっと思ってたよ」 「ティア……やめてよ、そんな言い方」 「これはね、悲しいお別れじゃないから。だからそんな顔しないで」 「っ! で、でも……お別れって…………除霊するわけでもないのに、どうして別れなんて……」 「うん…………」 霊体を除霊する以外の別れ。 それがどんな事か、俺には何となく分かる気がした。 俺が未来に帰るように、ティアもどこかへ……自分のあるべき場所へ帰るのかもしれない。 「彼方も有難う。それと……時間が多分もう、あんまりないから」 ゆずこを救えた。 そしてハインの事を愛し、ハインにも愛された。 俺の中の後悔は解消され、心は満たされている。 そしてそれは、元の世界に戻る時間が近づいて来ているという事なんだろう。 「彼方? ……何かあるの?」 「大した事じゃないんだ」 未来に戻ったからと言って、俺がこの世界から消えるわけじゃない。 あくまで俺の意識が戻るだけだ。 だからハインにとっては、本当に何でもない事。 ……俺は少し寂しい気もするけど、な。 「……っ。それじゃ、私……もう、行くね」 「ティア、待ってくれよ。もう少しだけでも――――」 「ふふっ、さよなら」 「ティア、有難う! 私っ、会えて良かった!」 「えへへ、うんっ!」 「ティア――――」 まだまだ伝えたい事はある、と口を開いた次の瞬間には、もうティアの姿は消えていた。 「…………行っちゃった。本当にもう会えないのかしら」 「……分からない」 だけどティアがああ言った以上、ハインとはきっともう会えないんだろう。 「ハイン、有難う」 「彼方はお礼ばっかりね」 「はは、そうかな」 小さく笑った後、ハインは遠慮がちに口を開いた。 「……ねぇ、ティアは大丈夫よね? 私と会えないのは仕方がないけど、ティア自身はちゃんと幸せよね?」 「それは俺にも分からないんだ。だけど……だけど俺はそうだと信じたい」 「私もそう信じたい。ううん、信じるわ」 俺をこの時代に飛ばしてくれたティア。 だけど結局、当のティアの事は分からずじまいだ。 「……作業を続けましょうか。これ、今日中に全部片付けないと」 「そうだな。よっし、気合入れるか」 胸に残る寂しさを紛らわすかのように、俺とハインは作業に没頭した。 「ふーっ、こんな感じでどうかしら」 二人で手分けした甲斐があって、校門はすっかりクリスマスムードに彩られた。 「いいんじゃないか? ――お、ありえだ」 校舎から出て来たありえが見えた。 俺達の姿を確認すると、嬉しそうに駆け寄って来る。 「二人共ありがとーーー! うわぁ〜、とっても素敵にしてくれたねぇっ」 「なかなかのセンスだろ?」 「うんっ! さっすがハインちゃん!」 おい。そこは俺も褒めて欲し――――いや、実際に配置を決めたのはハインだからな。 ある意味ありえの審美眼は正しいと言える。 「役に立てて良かったわ」 「ふふっ、記念写真もたくさん撮影しておくね♪ ハインちゃんがこの学園に来て初めてのクリスマスだもん」 「有難う、あり」 「それで後は? 他に手伝う事はないか?」 「あとは細々した事だから、もう大丈夫だよ。パーティー本番は25日だけど、明後日のイブにも軽めのお披露目は出来るんじゃないかな」 「無事に開催出来そうで良かったわ」 「うんうん。だから二人共、明日は祝日だし、たっぷりお休みを満喫してよ」 「おう、サンキュな。ハインは明日どっか行きたい所とかあるのか?」 「観たい映画はあるけど」 「じゃあそれに行こう」 「いいの? この前も私の行きたい所だったし、彼方の行きたい所にも付き合うわよ?」 「俺も付き合って欲しい事がある時は、ちゃんと言うって。今は行きたい所は特にないからさ」 「そう? じゃあ明日は一緒に映画館に行きましょ」 明日だけでなく明後日のイブも、ハインとデートの約束をしてある。 これは楽しくなってきたなぁ〜。 「にやにやにや♪」 「な、なに?」 「幸せそうだなぁって思って。せっかく付き合ったんだもん、幸せでいて貰わないとっ」 「はは、なんだそりゃ」 「とーにかくーっ、明日は二人でゆっくり過ごしてよ。私とゆずこは学園に来て、少しだけ準備した後、ひなちゃんと一緒に買い物に行く予定だから」 「うんっ、ミクティにプレセール見に行くんだ〜」 プレセール……つまるところバーゲンか。 もうそんな時期なんだなぁ。 「そう言うわけだから、気兼ねなく〜」 「えぇっ!? そ、それって」 「あはは、それじゃ二人共お疲れ様でしたっ。私は校舎に戻るね。またね〜!」 「もうっ、ありったら」 「そっか。明日ゆずこは留守なんだな」 ……となると、うむ。 俺の計画通りの事が出来そうだぞ。 ふっふっふ。 「何か良からぬ事を考えてない?」 「俺が? まさか」 「だといいけどっ」 「さーて、片付け済ませたら帰ろうか。明日が楽しみだな」 「ふふっ、そうね」 12月23日。 その日は俺に取って少しだけ特別な日。 その日をハインと過ごせるなんて、こんなに嬉しい事はない。 12月23日 「彼方ーー。私はもういつでも出られるわよー?」 「ごめんごめん、お待たせ」 今朝届いた宅配便の開封作業をしていたら、少し手間取ってしまった。 何はともあれ今日届いて良かった。 「私もそろそろ出かけるね〜」 「プレセールだっけ?」 「うん、楽しみー。年明けのセールはハインちゃんも一緒に行こうね」 「ええ、誘ってちょうだい」 「うんっ♪ えへへ、彼方くんの誕生日、二人でめいっぱい楽しんで来てね!」 「わわっ、早く出ないと待ち合わせに遅刻しちゃう! それじゃ行ってきまーす!」 「…………彼方」 「今日って彼方の誕生日だったの?」 「ウソ、知らなかったっ」 「言ってなかったからな」 「どうして言ってくれなかったのよー!」 「わざわざ言うような事でもないかなって。ちなみに俺はハインの誕生日知ってるけど」 「ゆずこに聞かれて答えてただろ? 1月10日だよな?」 「なななな、なん……っ」 「なんで彼方ってばそういう根回しはいいの!? 普段はボケボケなのにーっ」 さすがにボケボケではないだろう。 ……多分。 「どうしよう……何にも用意出来てない」 「いいよ、用意なんて」 「クリスマスプレゼントはちゃんとあるのっ、あるからっ」 「あれを今渡してもいいけど……でもそんなのって、なんか」 「ははは、本当にいいって。ていうかクリスマスプレゼントを用意してくれてたってだけでも嬉しいよ」 実際この誕生日はクリスマスも誕生日も、場合によっては正月まで一緒にされる事もあるからな。 「じゃあ一つ、プレゼント貰ってもいいかな?」 「もちろん! 何がいいの? 欲しい物とかある?」 よっしゃー! この言葉を待ってたんだよ! 俺の誕生日を悟られずに来た事に寧ろ感謝! 「今日デートから帰って来てから、一つお願いしたい事があるんだ」 「お願いしたい事?」 「そう。内容は秘密。どうかな?」 「内容は秘密っていうのが気にはなるけど……いいわ。私に出来る事なら」 「よしっ!」 「え? なにその反応。なんか嫌な事じゃないでしょうね?」 「全然! 全然そういうのじゃないよ。はははは」 「怪しい……」 「ほら、俺達も出ないと映画の時間間に合わないぞ」 「もうそんな時間? そうね、急ぎましょ」 あぁ、夜が楽しみだなぁ! 「それでハインの観たい映画ってなんだ? 劇場版“あのまほ2”とか?」 「それはもう3回観たわ」 「さすがだな……」 「今日観たいのはね、その……恋愛、映画なんだけど」 「恋愛映画かぁ。今って色々公開されてるよな」 「私が観たいのはMr&Mrsシュミットよ」 「あー、予告編がテレビで流れてるの観たな。なんかエクソシストの夫婦が同時に悪霊に憑りつかれて、互いに相手に憑いた悪霊を取り払うみたいなやつだっけ?」 「そうそれ! 恋愛要素だけじゃなくて、アクションも凄いみたいだから、彼方も楽しめるかな? って思って」 「俺もあれ観たかったんだよ。ナイスチョイス」 「ふふっ、良かった」 単純な恋愛映画じゃなくて、俺も楽しめそうな作品を選んでくれる辺り、ハインって気遣いが出来る子なんだなと再認識させられる。 「ええっ」 ハインがすっと手を伸ばし、俺も自然にその手を取る。 冬の外気に当てられて冷たくなった指先が愛しい。 ハインの細く冷たい手を握りしめながら、歩幅を合わせて映画館へと向かった。 「面白かっっった〜〜〜〜」 映画を観た興奮冷めやらぬ間に、食事でもしようとREDSUNにやってきた。 注文したパスタを食べながら、ハインはウンウンと余韻に浸っている。 「お互いに攻撃しあう所とかドキドキしたな」 「あそこね! ハラハラしたけど、ハッピーエンドで良かった〜」 「だなー。二人の間に生まれた子供が、またエクソシストにっていう終わり方も好きだな」 「私も好き。あぁ〜、すっごい充足感」 「ははは、なんだか父さんの事を思い出したよ」 「彼方のパパ?」 「ああ。母さんは俺が小さい時に他界しちゃったから、あんまり覚えてないんだけどさ。母さんは父さんに仕事を依頼した客だった、って聞いたことがあってさ」 「仕事の依頼?」 「母さんは何かに憑かれてしまったらしくて、その除霊を父さんに頼んだって事らしい」 「へぇ〜、そうだったのね」 「憑かれたのは大変だったけど、結果的にあなたに会えたんだから幸運だった――って言ってたって、昔はよく父さんにノロケられてたな」 「ふふっ、素敵なお話ね」 「父さんにとってあの世っていうのは、俺が思うよりもずっと身近な所なんだろうな。母さんが亡くなっても、そこまで落ち込まなくてさ」 「だから俺も変に悲しくならずに済んだんだ。今は何となく、その感覚が分かる気がするし」 あの世とこの世の境目は実は曖昧で、その境界線に立つ事が俺達には可能で。 そこには色んな感情が渦巻いているけど、それも含めて人なんだと今はそう思える。 「ハインの所はどうなんだ? 聞いたことある? 両親の馴れ初めみたいなの」 俺の質問に、ハインがどこか誇らしげな表情になる。 「私のパパとママはね、ある事件で出会ったの」 「事件?」 「企業への逆恨みなんだけどね。パパはその事件の被害者で、犯人に攫われて行方不明になってしまったの」 「警察も手を尽くして捜索したけど、足取りが掴めなくて。ママの所に依頼が来たのね」 「ママは無事に犯人に監禁されていたパパを見つけられて、それが二人の馴れ初め。パパはママの事を見た瞬間に恋に落ちたそうよ。東洋の神秘だ! なんて言って」 「あはは、なんか想像しちゃうな」 ハインのお母さんなんだから、さぞかし美人なんだろう。 そんな美女が己の能力でもって救出に来てくれたら、惚れないわけがない。 「私ね、その話を聞いて凄く誇らしい気持ちになったわ。ママはパパを、孤独と不安の恐怖から救ったんだもの」 「ああ、とても立派だと思うよ」 「前にね、私と間違われて誘拐されちゃった子の話したでしょ?」 「あの時もママが助けてくれて。私にとってママは憧れと同時に、高い高い壁でもあるの」 ハインみたいな凄い能力を持っていても、そんな風に思うんだな。 未来にいた頃の俺は、もうずっと長い間――父親への劣等感に苛まれていた。 今は少しでも父さんに追い付きたいと思えるようになったが、それは他ならぬハインのおかげだ。 「だから頑張るわ、私。この力で困っている人を、一人でも多く助けたいから」 「偉いな、ハインは」 「な、なによぉ……っ」 「純粋にそう思っただけだよ。誰かの為に頑張れるハインはカッコイイぞ」 「も、もうっ。すぐそう言う事言うんだからっ」 「ははは。でもハインが困った時には、俺が必ず助けるから」 「だから何でも一人で抱え込まずに、頼ってくれよな。まぁまだ頼りないとは思うけどさ。これからもっと努力するから」 「ふふっ、そうね。彼方も私もまだまだ努力が必要だわ」 「ああ、そうだな」 俺達はまだまだ未熟だ。 でもだからこそ成長できるんだ。 だから――未熟なのは悪い事なんかじゃない。 「私ね……たくさんの人を救って、一流の能力者として認められたいの。ママと同じように、パパの故郷のドイツでも認められたい」 「いつか一緒にドイツに行けたらいいな」 「うん。ちゃんとした能力者になって、パパの故郷に彼方と行けたら……ふふっ、考えただけでもワクワクしちゃうわ」 「ははっ、俺も同じ」 ハインの父親の故郷ドイツ。 そこにハインと一緒に、同じ土俵に立つ能力者として行けたら、どんなに素晴らしいだろう。 「映画に付き合ってくれて有難う。それでこの後はどうするの?」 「まだ帰るには早いし、どこか寄って行こうか」 「そうね。彼方は行きたい所あるの?」 「行きたい所かぁ……うーん」 正直に言うとハインと一緒に出掛けているだけで楽しいので、特にここに行きたい! というような希望は無かったりする。 とはいえいつもハイン任せっていうのも、逆に気を遣わせてしまうそうだしなぁ。 「…………カラオケでも行く?」 「えっ!? カ、カラオケ……」 「イヤ? 嫌なら別にいい――――」 俺も特別行きたいわけじゃないから、と言おうと思った矢先にハインが大きく首を振った。 「いいえ、行きましょう! カラオケ!」 なんだ凄い勢いだな。 実は好きなのかな、カラオケ。 「じゃあ食べ終わったら行こうか」 「ええ、そうしましょうっ」 妙に力が入っているように見えるが。 カラオケなんて久しぶりに行くなぁ。 「ここでいいかな?」 「ここが……カラオケ……」 「えーっと、えっと、そのっ、ねっ!?」 「何が『ね?』なのかは分からないけど、もしかしてハインって、初めて?」 「そうだったのか。もしかしてカラオケとか、苦手だったりした?」 「ち、ちがっ! 行ってはみたかったのっ。でもっ」 「私はあんまり人と関わらないようにしてたから。こういう所って皆で行くものでしょ? だから……」 行きたくても行けなかった、って事か。 「そっか。じゃあ今日は思う存分楽しんでよ」 「もちろん。ハインの好きな歌、バンバン歌って」 「私の好きな歌……。ちゃんとあるかなぁ」 「大概の歌は入ってると思うぞ?」 「そうなんだ! 楽しみ」 「じゃあ入ろっか」 「わぁっ、本当に色んな曲が入ってるのね」 「歌いたいのあったら、どんどん入れてよ」 「じゃあ早速……えーっと…………」 戸惑いがちにデンモクを操作して、ハインがお気に入りと思われる曲を送信した。 「上手いっ!」 「そ、そんな事、ないと思うけど……」 「上手いよ、本当に」 「そう、かな? 初めてマイクを使って歌ったから、自分ではよく分からないけど」 ハインの歌声は伸びやかで、ひいき目を抜いても十分に上手いと思う。 「次は何入れる?」 「彼方も歌ってよ」 「そうだなぁ……」 ああ、こういう感じ。 すっごくデート! って感じがするなぁ。 今さらながらにしみじみと噛みしめてしまう。 「あ、この歌。好きなんだよなー。ハイン歌える?」 デンモクに表示された曲名を見て、ハインが大丈夫だと頷いた。 「歌えるけど、自分で歌わないの?」 「女性ボーカルはキー的にキツイんだよ。キーを下げて歌うのって、あんまり好きじゃないし」 「そう? じゃあ私が歌うわね」 気持ちよさそうに歌うなぁ。 ハインの歌を聴いているだけで、自然に顔が綻んでしまう。 「ふーっ。大きな声で歌うと気持ちいいわね」 立て続けに歌い終わったハインが、大きく息を吐いて深呼吸をしている。 「ハマりそう?」 「ふふっ、そうね。ハマっちゃうかも」 「俺でよければいつでも付き合うから」 「ええ! また一緒に来ましょ♪」 「楽しみにしてるよ」 こんなに喜んで貰えるなんて、ここに来て良かったな。 「……私ね、誰かと映画に行くのも、カラオケに行くのも……初めてだったから」 「だから今日すっごく楽しいわ」 「これからもハインが好きな所や、行きたい所に行こうよ。たくさん」 俺の意識はきっともうすぐ未来に帰る。 だけど今こうして感じたり思った事は、この時代の俺の中に当然残るんだろう。 それが俺の未来――つまりは俺が来た世界に、どんな影響を与えるのかは分からないけど。 「なんか私ばっかり楽しんじゃって悪いわ。……今日は彼方の誕生日なのに」 「いいんだよ。俺はほら、後でお願い事を聞いて貰うからさ」 「ねぇ、そろそろ教えてくれても良くない? お願い事ってなんなの?」 「帰ったら分かるよ」 「家に何かあるの?」 「何かあるっていうか……用意してあるっていうか」 「用意、ねぇ」 「とにかく、後のお楽しみって事で。今はカラオケを楽しんでよ」 とはいっても帰宅してからのお楽しみは、主に俺にとってのお楽しみなわけだけど。 「分かったわ。えーっとじゃあ次は――――」 このあとたっぷり2時間、俺とハインはカラオケを楽しんだ。 ハインは歌いたい歌を存分に歌い、初カラオケは良い思い出になったようだ。 「歌った〜〜〜」 大満足の表情で、ハインが大きく伸びをする。 「楽しかったな。だいぶ日も傾いて来たし、そろそろ帰ろうか」 「あっ、その前に」 「ん? どっか寄ってく?」 「今日は私が夕飯作るわ。彼方の誕生日だもの。それ位はさせて?」 「めっちゃ嬉しい」 「い、言っておくけど、私はゆずみたいに上手くないからっ。でもゆずには色々教わってるの。だから少しずつだけど、作れるようにはなってきてるの」 ゆずこに料理を教わり続けていたんだな。 ハインはそういう方面でも努力家で、改めて感心させられる。 「彼方は何が食べたい? といってもレパートリーは少ないけど」 「牛丼かなぁ。それに生卵が付いてたら最高」 「牛丼? そんな物でいいの?」 「そういうのが食べたいんだ」 ゆずこが作ってくれる凝った料理も勿論美味い。いや美味すぎる。 だからこそ、たまにはそう言うシンプルな料理が食べたいと思ってしまうのが、人間というものなのだ。 ……我ながら贅沢な話だとは思うけど。 「分かったわ。じゃあ帰りに材料を買って行ってもいいかしら?」 「牛丼だと牛肉と玉ねぎと卵と――紅ショウガはいる?」 「欲しい」 「確か冷蔵庫に紅ショウガは無かったと思うから、紅ショウガも忘れずに買わなくっちゃ」 まさかハインの手料理を、再び味わえるとは思っていなかった。 ともすれば喜びで早くなってしまいそうな足取りを、ハインの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。 指折りながら材料を確認するハインの愛らしさに、心を躍らせながら近所のスーパーに足を運んだのだった。 「はい、どうぞ」 テーブルにホカホカの湯気が立った、ハインお手製牛丼が置かれた。生玉子も準備OKだ 醤油と出汁の香りが鼻腔をくすぐって、食欲を増進させる。 「うおー、美味そう」 「味付けはゆずに聞いたレシピを応用してあるけど、初めて作った物だから余り期待はしないでね」 「匂い嗅いだらめっちゃお腹空いてきた。いただきます!」 「上手く出来てると良いけど……。いただきます」 「ぱくっ、もぐもぐ……」 こ、これは――――! よく煮込まれた牛肉に生卵が絡んで、味そのものをググっと高めている。 シャキシャキの玉ねぎと紅ショウガの相性も良く、つまる所シンプルにこれは……! 「美味い!!」 「本当に美味いよ! 初めて作ってこれって凄いな!」 「そんな事ないわよ、簡単な物だもの。……といっても料理初心者の私は、失敗する可能性も十分あったけど」 「そんな可能性を微塵も感じさせないこの完成度。めっちゃ美味い。もぐもぐ……」 「そこまで喜んでくれると作り甲斐があるわね」 「はふっ、もぐもぐ……ごくん。ぱくぱくっ」 「もー、がっつきすぎよ」 そうは言っても、好きな子が作ってくれた美味い物を食べているのだから、男なんてこんなものだろう。 「ふふっ、でも嬉しいわ。料理って楽しいわね」 「それってまたハインの手料理を、期待してもいいって事?」 「レパートリーを増やしておくわ」 「よっしゃ!」 「大げさよ、彼方」 「ははは、すっごい嬉しくてさ。最高の誕生日だよ」 「来年は手作りケーキが作れるように、今から練習しておくわ」 「期待してる」 「ええ。1年もあれば、きっと出来るようになってるわ」 来年も再来年も、出来る事ならあの未来の日まで、ハインとこうして寄り添っていたい。 「それで彼方のお願いって何? 料理は私から言い出した事だし、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」 「ああ、食べ終わったら言うよ」 「どんな要望なのかしら」 「そんなに難易度の高い事じゃないから」 行為自体はすこぶる簡単な事だ。 ただハインは……渋るだろうなぁ〜。 「分かったわ。まずは食事を済ませましょうか」 「おうっ。ハフ、もぐもぐ……! いやー、楽しみだなー」 「うぅ、なんだかちょっとドキドキだわ」 不安そうな表情を浮かべるハインをよそに、美味しい牛丼に舌鼓を打ったのであった。 「ごちそう様でした!」 「お粗末様でした」 愛情たっぷり牛丼で胃は満たされ、満腹のお腹をゆったりと擦る。 「後片付けしちゃうわね」 「それ位は俺がするよ」 「いいわよ。丼ぶり2つだけだし」 「何から何まで悪いな」 「ふふっ、これくらい大した事じゃないわ。洗ってくるわね」 丼ぶりやコップを持って、ハインはキッチンへと消えた。 「片付け終わったわよ」 「有難う。じゃあ俺の部屋に来て貰えるかな?」 「いよいよお願い事ね?」 「そういう事」 「分かったわ、行きましょ」 あぁ〜、ドキドキしてきたぞっ! 「部屋に来たけど、私はどうすればいいの?」 「ちょっと待ってて――よっし、これこれ」 クローゼットを開けて今朝届いた物を取り出して、ババーンとハインの前へと突き出した。 「っ!? こ、これって……」 「そう、“あのまほ”のコスプレ衣装だよ」 俺の手には“あのまほ”のキャラクターが着ているのと、同じ形の衣装が握りしめられていた。 その衣装を見たハインは、驚きで目を丸くしている。 「ど、どうして彼方がこんな物……!」 衝撃が凄かったらしく、ハインの口がパクパクと空気を飲んでいる。 「この前のイベントで、可愛いなって思ってさ。ハインが着てる所見てみたいなーって」 「でもそんなのいつの間に……!」 「衣装サークルさんだっけ? 出展してただろ。ハインが本とか買いに行ってる間に、あそこに注文しに行ってたんだ。で、今朝届いた」 「き、着ないわよっ。私、無理だからっ」 「俺の誕生日のお願い、一つだけ聞いてくれるんじゃなかったの?」 「それは、そ、そうだけどっ! でも“あのまほ”は無理よっ。あの時も言ったけど、その衣装はもっと――ありやひなみたいな子じゃないと似合わないのっ」 つまり貧乳な。 「そこをあえてハインが着る事により、ムッチリ感があって凄く良いと思うんだ」 「作品のイメージを損なうわっ」 「そりゃイベント会場で着たら、そう思う人も中にはいるかもしれない。でもここには俺しかいないわけだしさ」 「ううっ、それは……確かにそうかもしれないけどっ」 「頼むっ! 着て見せてくれっ!」 「ううぅぅっ」 ハインが唇を噛みしめながら、首を横に振る。 だがここで引くわけにはいかーーんっ! 「この衣装を注文した時の俺の高揚が分かるか? この衣装が今日届いた時の俺の喜びと期待が分かるか、ハイン!?」 「熱量凄いからっ」 「そりゃ熱量も高まるって。俺は真剣だぞ、ハイン。真剣に見たいと思ってる。ハインのコスプレ姿を!!」 ババーーーン! という効果音が、頭の中で鳴った気がした。 コスプレ衣装を高々と掲げて、何を言っているんだと思わなくもないが、見たい物は見たいのだから仕方がない。 頼む! 頼むから着てくれ、ハイン!! 「………………………………はぁ」 「分かったわよ……、着る。 でもちょっとだけだからねっ。少しの時間だけ、ちょこーーっとだけ着て、すぐに脱ぐからっ」 「やった! バンザイ! バンザイ! バンザーーーイ!」 思わず万歳三唱してしまった。 なんならもう少しで、飛び跳ねてしまいそうな勢いだ。 「喜びすぎ。衣装貸して。着替えてくるから」 「ここで着替えてくれないの?」 「バカッ。そんな事しないわよっ。いいから貸しなさいっ」 怒ったように衣装を受け取ると、ハインは自分の部屋へと着替えの為に向かった。 いやーワクワクするなぁ。 ハインがあの衣装を着たら、さぞかし――――ふっふっふ。 「…………遅い」 ああいった服を着るのに、どれくらいの時間が掛かるものなのかは分からないが……。 いくらなんでも遅すぎないか? もしや着るのが嫌になったんじゃ……。 「見に行ってみるか」 待ってても仕方がない。 ハインの部屋に行ってみよう。 「〜〜〜〜〜っ」 なんだ? ハインの部屋から、ハインの声が聞こえるぞ。 扉の前に立って、中から聞こえる声に耳を澄ます。 「あー、もうっ。恥ずかしすぎっ、こんなの絶対無理っ。ぬ、脱いじゃおうかな。そうだ! サイズが合わなかった事にしちゃえば―――ー」 何やら不穏な事を言っている。 だが既に着替えは終わったようだ。 となれば俺のとる行動はただ一つ! 「そこまでだっ! 脱いでもらう訳にはいかないぞっ」 「きゃああああっ!」 「おお……!」 こ、これは! なんとムチムチプリンな……! 想像以上に良いっ! 「い、いきなり入ってこないでよっ!」 「サイズが合わなかったことにして脱いでしまおう――なんて聞こえたら、いきなり入っちゃうだろっ!」 「立ち聞きなんて卑怯よっ」 「嘘を吐いて、コスプレを拒否する事が卑怯じゃないとでも? そんなにピッタリジャストフィットしてるのに!?」 「ピ、ピッタリすぎるのよっ」 うーん良い眺め。 胸が窮屈そうにも見える程に、ぴっちりムッチリとした衣装に、何とも言えない衝動が全身を駆け巡る。 ……端的に言えばムラムラっとくる。 「うぅっ、こんなにピッタリなの“まどれぇ〜ぬ”じゃないっ」 「“まどれぇ〜ぬ”……? ああ、その衣装のキャラか」 「“まどれぇ〜ぬ”は、小さくても頑張って巨悪に立ち向かう、そこが魅力なのに……っ!」 「“まどれぇ〜ぬ”の魅力を全部潰しちゃってるわ、私っ! あ、あぁ〜……」 代わりにハインの魅力が全部出ちゃってるけど。 「はぁっ。イベント会場じゃないのが、せめてもの救いね」 「まぁ……確かに、その格好は他の奴には見せたくないなぁ」 余りにもエロすぎる。 こんな格好で人前に出すわけにはいかんぞ! 断じて! 「だから嫌だったのに……。私じゃ似合わないものっ」 「似合いすぎる程に似合ってるぞ」 「どこがよっ!」 「“まどれぇ〜ぬ”の事は一旦置いておいて、純粋にハインが着ている衣装として見てみろ。めっちゃ似合ってるから」 「イヤよ。見たくないわっ。ていうか見られないわよっ」 「しょうがないなぁ……。よしっ」 「っ! な、なによ彼方。携帯なんか取り出して」 「写真を撮ろう。記念撮影」 「ダメダメダメダメダメ〜〜〜っ!」 「客観的に見てみろって。似合ってるから、大丈夫だから!」 「そういう問題じゃないのよ〜っ。お願い、撮らないでーっ」 「……今日、俺の誕生日なんだよな」 わざとらしくボソッと呟いてみたが、ハインには効果抜群だったようだ。 「え……っと、それ、は……そう、よね……うん」 「この誕生日ってさ、恵まれないんだよ。子供の頃からクリスマスと一緒にされる事が多くてさ。あんまり祝って貰ったりとかないし」 ゆずこ、そして父さんスマン。 俺は今、己の欲望の為に嘘を吐いたぞーーっ! ゆずこなんか毎年なんらかの形で、ちゃんと祝ってくれてたのになーっ! ……ただまぁ、たまには一緒にされる事があったのも事実だしな。うむ。 「だから今日さ、ハインが何でも一つ願いを聞いてくれるって言ってくれて、嬉しかったんだ」 「うぅっ、そ、そんな風に言われたら……っ」 じーっとハインの瞳を見つめる。 ハインはその視線に耐えかねたように目を反らすと、諦めた様子でコクリと頷いた。 「分かったわよぉっ」 「じゃあ!?」 「あんまりいっぱい撮っちゃダメだからねっ! 少しだけよ、少しだけっ」 「承知!」 おっしゃーーー! 言ってみるもんだなぁーー! それじゃあ早速、携帯をカメラモードにしてっと。 「撮るぞー」 「もう一枚」 「こっちからも」 「次は――――」 「ダメッ、もうおしまいっ! 撮影終了っ」 「え〜……」 「そんな顔してもダメよっ」 ふむぅ。 十分に良い写真は撮れたので良しとするか。 「有難うな、ハイン。おかげで良い思い出が出来たよ。ほらハインも見てみ? 似合ってるだろ」 「そ、そう? どれどれ――――」 俺の携帯を覗き込んだ、ハインの胸の谷間に目を奪われる。 うぅっ、触りたいっ。 「似合ってない〜っ」 「キャラとしてじゃなくてさ、ハインとして見てみてよ。キャラのイメージとかじゃなく、ハイン自身として」 「私、自身?」 困ったような表情で小首を傾げた後、再び画像に目を落とす。 「うぅっ、なんかコレっていやらしくない、かしら?」 「よくぞ気付いた」 「えっ? ちょっ、キャア!」 「ど、どこ触ってるのよっ」 「実は最初に見た時から、ずーーっとこんな感じでさ」 「ふぁぁっ、あ、当たってるからっ、硬いのっ……当たってるからぁっ」 一気に頬を染めたハインの胸と性器に、同時にそっと手を伸ばす。 「ひゃうぅぅっ! さ、触っちゃダメェ……!」 「可愛いよ、ハイン」 「耳、もと……そんな事、言わっ、ないでぇ……」 ピッタリとした衣装ごしにハインの乳首を探り当てて、キュッと摘まんでみると、ハインの体が大きく揺れた。 「きゃぅぅぅっ! ダ、ダメだってばぁっ。あ、あぅぅっ」 徐々に力が抜けていくハインの体を支えるようにしながら、乳首をくりくりと捏ねくり回すと、ハインの腰がガクリと揺れた。 「は、ぁあぁぁっ、んっ、んぁっ……おっぱいダメ、なのにぃっ」 「このまましていい?」 「ひゃうっ! このままって、この衣装のままって事ぉ? ぁっ、んぁあっ」 「そう、この格好のまま」 「んぁぁ、ダメって言っても、する……クセにぃっ、あんっ、あぁっ」 「はは、さすがによく分かってるね」 ここまで来て止められるはずもない。 「全くもうっ」 「着替えるの早いなー」 「だって、着てたらまたどうなるか分からないじゃないっ」 「はは、確かに。コスプレしてるハインもとっても魅力的だったから、あのままだと何回でもしたくなっちゃうもんな」 「……バカ」 「着てくれて有難うな、ハイン」 「恥ずかしかったけど、彼方が喜ぶなら……また、着てもいいわ」 「本当に!?」 「たっ、たまにはよっ! たまーーーには!」 「やったー! めっちゃくちゃ嬉しいよっ! 次の機会までは、今日撮った写真を眺めてる事にしよう」 「人に見せたりしないでよ?」 「頼まれても見せたくないよ。こんなHなハイン」 「〜〜っ!」 言葉にならない呻きをあげて、ハインが顔を真っ赤にする。 恥ずかしくても俺の希望を叶えてくれたハインに、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。 「有難うな、ハイン。おかげで良い誕生日になったよ」 「……なら、良かった」 柔らかく微笑むと、ハインは満足そうに頷いてから、幸せそうな表情で口を開いた。 「ハッピーバースデー彼方。特別な日を、私と過ごしてくれて有難う」 その言葉に俺からも、自然に笑みが零れる。 ハインを抱き寄せ腕の中に収めると、ハインも俺の背中に手を回した。 「とっても幸せだわ、私」 「俺も」 愛しい人に祝って貰った誕生日の夜は、静かに――だが温かく更けていった。 12月24日 「街はクリスマスムード全開だなぁ」 「ふふっ、本当ね」 昨日はハインのおかげで、非常に良い誕生日が過ごせた。 えっちなハインもたっぷり見られたし、幸せすぎて充足感がヤバい。 そして今日はイブだ。 昨日楽しませて貰った分、今日は俺がハインを楽しませたいな。 「今日は予定通りでいいか?」 「ええ。学園での手伝いが終わったら、各自帰宅して着替え。それから駅で待ち合わせよね?」 「時間は18時だったよな。もし遅れるようならメールするな」 「私も連絡入れるわ。楽しみね」 「きっとどこも混んでるだろうけど、イブにハインと出かけられるだけで、凄い幸せだよ」 「ふふっ、私も」 待ち合わせは18時か。 うーーん、実はまだプレゼントを用意してないんだよなぁ。色々とバタついてたし。 何か用意しないとなぁ。 「クリスマスが終わったら、すぐにお正月ね」 「早いよなぁ。1年が本当に早い」 「お正月は一緒に初詣に行きましょ。それで春になったらお花見をするの」 「いいな、それ。夏になったら海だな」 「秋は?」 「紅葉を見に行ったり、美術館に行ったりもいいかもな」 「楽しみな事ばかりね」 そうやって季節を重ねて、ずっとハインと一緒に居たい。 どうか未来でも、俺の隣にハインが居ますように。 「俺さ、このイブはすっごく大切な思い出になると思ってる」 「付き合って最初のイブだものね」 「ああ。それも勿論だけど、でもそれだけじゃなくて――――」 それだけじゃなくて俺にとっては、過去に戻ってきた意味の集大成のような物だから。 だけどそれをハインに伝えるすべはない。 「とにかく、楽しみで仕方がないって事!」 「子供みたいよ、彼方」 「ははは、そうか?」 身を切るような冷たい風の中を、ハインの手を取って歩く。 それだけで心は温かく満たされる。 全部ティアのおかげだ。 ――――そういえばティアは? ハインに別れを告げに来てから、すっかり見ていないけど。 ……ティアは今どこにいて、何を思っているんだろう。 「二人共おはよ〜」 「おはよう、ひな」 「おはよう。今日って何か手伝える事あるかな?」 ひなたの顔を見るなり、早速パーティー準備の進行状況を聞いてみる。 「うーんと、明日出す料理の下ごしらえしてるチームがあるから、そっちに人手が欲しいかな」 「分かったわ、私はそっちに行くわね」 「よろしくっ!」 「俺は?」 「力仕事も残ってはいるんだけど、それよりもオカ研でリリー先輩が何かしてるみたいだから、そっちの様子を見てきてくれるかな?」 「それは心配だな。了解、見に行ってくるよ」 「またこの前みたいな事がなければいいけど……」 「さすがにもう霊道作りみたいな、無謀な事はしないと思うぞ」 ……と、思いたい。 「じゃあ彼方くんはオカ研、ハインちゃんは2階のAクラスに料理チームが集まってるから」 「早速行ってくるな」 「お願いしまーす」 2階Aクラス 「あっ、ハインちゃん! 来てくれたんだ〜」 「人手がちょっと足りないかな、って思ってたから助かるよー」 「そう言って貰えると嬉しいわ。それで何をすればいいかしら?」 「明日配るクッキーを作ってるんだけど、とにかくたーーっくさん作りたいのね」 机をいくつも引っ付けて出来た、簡易調理台の上には薄く伸ばされたクッキー生地が、所狭しと並べられている。 「どんどんこっちで生地を作ってくから、ハインちゃんは型抜きお願いしてもいいかな?」 「了解。こっちのクッキー型を使えばいいのね? 星型とか人形型とか色々あるみたいだけど、それぞれ何個ずつ必要とか決まってる?」 「ううん、その辺は適当でいいよ。ラッピングの時にバランス良く入れていけばイイから」 「型抜きされた生地は、隣の調理室で随時焼いてくるからね」 「こっちの生地作りが型抜きの速度に追いつかないと思うから、次の生地が出来るまでは焼けたクッキーのラッピングをお願いしたいな」 「ラッピング資材はそこの机に纏めて置いてあるから、どれでも好きなの使って」 二人が慣れた様子でテキパキと指示を与えてくれた。 よし、私も頑張らないと! 「それじゃ私は、早速焼きに行ってきまーす」 「よろしく〜。 私達も頑張ろ♪ ハインちゃん」 「えぇ!」 「ふぅ〜っ」 「お疲れ様、ハインちゃん」 「ゆずの方が疲れてるんじゃない? 生地作りって意外と重労働よね」 「えへへ、大丈夫だよ。明日は皆に配れるんだって思ったら、ワクワクの方が強いから」 「さすがね、ゆず」 「エッヘン!」 胸を張ったゆずが微笑ましくて、目じりが自然に下がってしまう。 ありえがそろそろ次のクッキーを持ってきてくれるかしら――――と、廊下に視線をやった時だった。 「ハインちゃん? 廊下どうかした?」 さっき廊下から視線を感じた。 人じゃない存在の、あの冷たい視線。 またこの前みたいにティアが見ていた? ううん、あの子の視線はあんなに冷たくないわ。 目を凝らし、意識を集中させて廊下を注視する。 ――――が、そこには何も居なかった。 「どうかした?」 「ううん、気のせいだったみたい」 ゆずを心配させるわけにはいかない。 とにかく今は作業に集中しよう。 そしてこれが終わったら、一度見回りしておこう。 「ほいほ〜い、次のクッキー焼けましたぁ!」 「ラッピングしていくわね。型抜きの済んだ生地は、そこにあるから」 「了解〜。ほらほら、ゆずこも。手が止まってるぞよ?」 「わわっ、急がなくっちゃ」 「頑張りましょっ」 ……ただの気のせいだといいのだけど。 「ああ、黛か。どうした?」 「ひなたがリリー先輩が、部室で何かやってる――って心配してたんで覗きに来ました」 「久地のやつめ。私を何だと思っているんだ」 ほっといたら何をしでかすか分からない、要注意人物―――――という側面があるのは否定できない。 「それで何をやっているんですか?」 「安心したまえ。この前のような事にはならないから」 「霊道作りですね」 「あの時は申し訳ない事をした。宮前と黛で、全ての霊を除霊してくれて助かったよ」 「先輩には霊が視えないんですから仕方ないですよ。溢れてても気付きようが無いんですから」 「そう言って貰えると助かるが、元よりそんな人間が手を出して良い物では無かったな」 「まぁ、そうなんですけど……」 分かっているなら、危ない事は止めてほしい。 「この前の事を大いに反省して、今回は私自身の霊感を高める方法を模索している最中だ」 「以前もやってませんでしたっけ?」 「ああ。毎度失敗に終わっているが、諦めるわけにはいかんのでな」 「どうしてそこまでして霊を視たいんですか? 視られても大したメリットはないですよ」 「ふふっ、そうかもな。だがそれでも私は視たいんだよ」 リリー先輩には何か、確固たる目的があるのだろう。 だけどそれはきっと、今の俺には教えて貰えない。 「俺でよければ手伝いますけど……」 「黛にはもう十分手伝って貰ったさ。このオカルト研究部でな。私もじき卒業だ。これからは自分でやってみるよ、やれる事から少しずつな」 「その為には周りに迷惑をかけないようにしなくてはな。この前のような事が大学で起こりでもしてみろ。解決できる人間は誰もいない」 「それなら、俺かハインに連絡下さい」 「何?」 「俺達二人で少しずつ、除霊の仕事を請け負って行こうと思っているんです。将来的には二人で事務所を持ちたいなって」 「ほほう……」 リリー先輩が興味深そうにスッと目を細めた。 「なるほどな……。いや、実に良いと思うぞ。二人の才能を眠らせておくのは、余りに惜しいからな」 「有難うございます。……だから、大丈夫ですから。俺達が解決しますから、先輩は先輩の目標に向かって突っ走って下さい」 「黛……。ふふっ、有難う。まさか君から後押しを受けるとは思わなかったな」 「俺はリリー先輩に、危ない事はするなと言ってばかりでしたからね」 「その言葉の重さ、今なら分かるよ」 「俺も今なら分かります。それでも成したい目標があったら、人は行動に移さずにはいられないって事が」 「……変わったな、黛。それは宮前の影響か?」 「そうかもしれません。少なくとも一人じゃないって、そう思って少しだけ強くなれたような気がします」 「おめでとう、黛。私から見ても、二人は実に似合いのカップルだ。心から祝福するよ」 「リリー先輩。先輩は俺にとって最高の先輩です」 「ふふっ、そうか」 照れくさそうに微笑をもらした後、先輩は何も問題がないと言う様に、首を小さく縦に振った。 「さて今日はイブだぞ。心配をかけたようだが、こちらは何の問題もない。宮前の所に戻ったらどうだ?」 「そうですね、分かりました。そうします」 「メリークリスマス、黛」 リリー先輩に見送られ、俺は部室を後にした。 「出来た〜〜」 「ふぅーーっ、お疲れ様」 「ハインちゃんもお疲れ様〜っ」 「たっくさん出来たね〜。これなら皆に食べて貰えるね」 「うんうん。皆のおかげだよ、有難う〜」 「……また、だわ」 また視線を感じた。 やっぱり気のせいなんかじゃない。 ……確かめなきゃっ! 「ごめん、ゆず。私これで――――!」 「ん? あ、うん! 有難うね〜〜〜っ」 「行っちゃった」 「今日はイブだからねー」 「あ、そっかぁ。彼方くんとの予定があるよね。私達もケーキ食べて帰ろー」 「うんうん、ひなちゃんも誘わなくっちゃね〜」 「おーい」 「彼方くん? お疲れ様〜」 教室に入るとゆずこ達は既に片付けも終わり、今にも帰る所だった。 ぐるりと周囲を見回したが、ハインの姿はない。 「あれ、ハインは?」 「さっき急いで帰ってったよ〜」 「そっか、サンキュな」 ハインそんなに急いでたのか。 これは俺も急がないとな。 待ち合わせにはまだ少し時間があるけど、プレゼントも用意したいし。 「じゃあ俺も帰るわ、二人共またなっ」 「またね〜」 帰って着替えたら、すぐに隣町に向かおう。 ハインを待たせるわけにはいかないからな。 「こっちに行ったと思ったんだけど……」 辺りを見回して意識を集中させる。 僅かだが異質な臭い――のような物を、階段の方から感じ取った。 「……下ね」 時計をちらりと見ると、午後4時を少し回った所だった。 すぐにアイツを捕まえて除霊をすれば、彼方との待ち合わせには十分に間に合う。 「彼方に言おうかしら……」 校内に霊を見つけたので、除霊する事を伝えようかと考えたその時、彼方の言葉がフラッシュバックのように蘇った。 「……ダメ。彼方あんなに楽しみにしてくれてるんだもん」 大丈夫。 きっと大した相手じゃない。 彼方に無駄な心配をかけさせる必要なんてないわ。 「追いかけないと」 階段を下りて瞳を閉じ、意識を集中して気配を探る。 ――――視えない相手を探す為に。 「18時まで後1時間くらいか。その時間で探せるかな、良いプレゼント」 ゆずこ達はいつもミクティに行く、って言ってたよな。 あそこに入ってる雑貨屋になら、何か良い物があるかもしれない。 「行ってみるか」 プレゼントの定番って言ったら、やっぱりアクセサリーとかかなぁ。 うーん……ハインの好みの物かぁ。 中々難しいな、プレゼント選び。 午後5時32分 「無事にプレゼントも用意できたし、駅に戻るか」 ミクティで雑貨屋を中心に回る事、数店舗目でコレだ! と思える物に出会えた。 「ハイン、喜んでくれるといいな」 冬の日は、間もなく完全に落ちようとしていた。 日を失った通りをクリスマスのイルミネーションの灯りが、優しく照らしている。 「ほぅっ」 吐いた息の白さを眺めながら、恋人達で賑わう街並みを一人駅へと向かう。 だが心には寂しさや、惨めさなんて微塵もない。 なぜなら俺も今から会えるのだから、愛しい恋人に。 ともすればニヤけそうになる頬を、必死に押し戻しながら、ハインの到着を待つ事にした。 「待ちなさいっ!」 あっちへフラフラ、こっちへフラフラと移動していた霊体の、その姿をやっと視界に収めることが出来た。 「あれは……っ」 黒い霧のような存在には見覚えがあった。 リリが作った霊道から来た――彷徨える存在。 「全部除霊したと思ったのに……!」 思い返せば、最初に見た黒い霧のような霊は動き回っていた。 私達が除霊したのは、全て教室や廊下の片隅で、行き場が分からなくなって佇んでいただけの存在。 「あいつは……最初からずっと逃げてたんだわ。私達の動きを見てたのね」 観察されていた事に気付かなかったのは、完全に自分の落ち度だった。 度重なる除霊で、少し感覚が鈍っていたのかもしれない。 「とにかく、ここで還しておかないと」 明日はクリスマスパーティー本番だ。 その日にまた何かあっては、今度こそゆずは立ち直れないだろう。 ……あいつを最初に見てから何日が過ぎた? その間に学園中を動き回って、どれだけの負の感情を取り込んだ? ――――いや、よそう。 嫌な考えを振り払うように、小さく首を振った。 「大丈夫、これくらい一人で出来るわ」 自分に言い聞かせるようにそう言って、校舎の奥へと消えて行った黒い影を追った。 「ハインまだかな」 時刻は18時を10分程過ぎている。 俺より早く学園を出たはずだが、俺が家に帰った時には既にいなかった。 先に済ませておきたい用でもあるのだろうと、その時は気にも留めていなかったが……。 「もう少し待つか」 彼女を待つ彼氏、というのも決して悪い物じゃない。 ハインはきっともうすぐ、息を切らしてやってくるだろう。 その顔を想像すると、自然に笑みが零れてくるのだった。 「遅いな」 待ち合わせ時刻は既に30分も過ぎている。 ハインの性格からして、これだけ遅れても連絡がないのはおかしい。 「電話してみるか」 携帯を取り出して、メモリからハインの番号へと発信した。 支度に手間取っているのか? いや、それならメールの一つも来るはずだ。 ダメだ、出ないな。 「家に電話してみよう」 嫌な予感を振りはらって、今度は自宅へとコールする。 頼む、出てくれ。 繋がった! 「はい、黛です」 「ゆずこか? 俺だけど」 「彼方くん? どうしたの?」 「そっちにハインっているかな?」 「ハインちゃん? ありえとひなちゃんしかいないよ?」  「……そうか」 「いや、何でもない。多分ハインの携帯の電源が、落ちてるか何かだと思うんだ。もしそっちに連絡あったら、俺の携帯に電話貰えるかな?」 「はーい! 分かったよー」 通話を終えた携帯を握る手に、必要以上に力が込められていた。 ハインは家にも帰っていない。 連絡もつかない。 何かあったのか? いや待て。 今自分で言ったじゃないか。携帯の電源が落ちてるか何かだって。 もしそうだとしたら、下手にここを動いたらすれ違いになってしまうだろう。 「もう少し、もう少しだけ待とう」 嫌な予感を振り払うように頭を振って、引き続きハインの到着を待つ事にした。 さらに30分後。 「ダメだ、いくら何でも遅すぎる」 あれから何度もハインの携帯に電話を掛けたが、一向に繋がる気配は無かった。 「何かあったのか……?」 そう口に出してしまった途端に、背筋をスーッと冷たい物が走った。 「探さないと!」 駆けだしそうになった足を、すんでの所で理性が制す。 探す? どこを? ハインが行きそうな所? こんな時に? 「……闇雲に探しても、見つけられる可能性は低い」 その時――ハインの言葉が脳内で、フラッシュバックのように響き渡った。 「ママは無事に犯人に監禁されていたパパを見つけられて――――」 そうだ。 ハインの母親は、行方不明になったハインの親父さんを見つけられたじゃないか。 その類稀な能力で。 俺にもその何分の1かでも力があるというなら、ハインを探し出すことが出来るはずだ。 ハインはドイツという広大な国土で消えたわけじゃない。 この街で行方が知れないだけだ。 「集中しろ……。落ち着け、冷静になれ……焦るな、集中しろ……」 出来る。いやしてみせる。 ハインが今どこでどんな状況なのか、皆目見当もつかないが、それでも見つけてみせる。 ハインの笑顔、ハインの声、ハインの匂い――――そしてハインの霊力の色。 それらをまざまざと脳内に思い浮かべて、自分の知っている景色と合わせてみる。 それはさながら直感を鍛える特訓で使用した、ESPカードを当てるような作業だった。 裏返った風景というカードを捲って、そこにいる人を探し出す。 ――自宅。ゆずこ。 ――商店街。テンチョ。 ――河川敷。リリー先輩。 一枚、一枚、ゆっくりと、だが確実に風景を捲っていく。 繰り返し繰り返し、幾枚ものカードを捲っていき、やがて――――。 脳内カードのある一枚を裏返そうとしたその時、ハインの声が聞こえた気がした。 「助けて、彼方」 捲ったカードは学園だった。 ハインはまだ、学園にいる! それが何を意味しているのかは分からないが、俺は猛烈な勢いで一気に駆け出した。 グラウンド 陸上競技用トラック前 「追いつめたわよっ!」 黒い霧が諦めたように、動きを止めた。 ――――仕事は必ず二人でする事。 彼方の声が一瞬脳裏をよぎって、胸をぎゅっと締め付ける。 「……今日はイブなんだからっ」 初めての恋人、初めてのクリスマスイブ。 今頃は二人でイルミネーションに彩られた街を、歩いている予定だったのに。 「お前を完全に送って、それから私は急いで彼方の所に行かなくちゃいけないのよっ!」 黒い霧がゆらゆらと揺れる。 それはまるで私に向かって、抗議の声を上げているようにも見える。 ううん、実際上げているのかもしれない。 「……行くわよ。父と子と聖霊の――――」 「ガァッぁ……! グゥァアァアぁ……!」 声にならない雄叫びのような音と共に、黒い霧が大きく膨らんだ。 その衝撃で十字を切ろうとしていた手が、大きく跳ねあげられる。 「くっ、もう一度!」 「グルルルルルルァァァァァァ」 「だから私には何を言ってるのか分からないのよっ! 父と子と聖霊の御名において命ずる!」 彼方ならこの霊の言葉も、聞き取れたのかもしれない。 私一人で来たのは、間違いだったのかもしれない。 だけどそれでも……今さら後に何て引けない! 意識を集中させて作った浄化の光を、目の前の霊体に向かって解き放つ。 「ウガァアァア!」 「嘘っ!?」 光をまともに受けながらも、黒い霧は消滅しなかった。 それどころか再び衝撃波のような物を発生させて、私に向かって解き放った。 「マズいっ!」 巻き起こった風で、背後の体育用具室の扉が大きく開く。 その扉へ飲み込まれるようにして、私の体は体育用具室へと転がり込んだ。 「い、たたたた……」 飛ばされた衝撃で打ち付けたお尻を撫でながら、ゆっくりと身を起こす。 「……真っ暗ね」 窓の無い用具室には、一切の光がない。 真の闇の中、四つん這いになって入口の扉まで何とか辿り着く。 力を込めて扉を開けようとしたものの、扉はビクともしなかった。 「誰か! 誰かいないの!?」 こんな時間に、こんな所を通る人なんているはずもない。 耳を澄ますと扉の向こうから、あの黒い霧の声のような低い音が聞き取れた。 「開けなさいっ」 返事は無い。 どうやら私をここに閉じ込めておくつもりらしい。 「そうだ、電話っ」 携帯を取り出そうと、スカートのポケットに手を入れた。 だけどそこにあるはずの慣れた手触りは無かった。 「……ない。どこかで落としたんだわ」 ここまで夢中でこの霊体を追ってきた。 その最中にどうやら落としてしまったようだ。 真っ暗な闇の中で、誰とも連絡のつかない状況だと脳が認識すると、皮膚が一気に粟立った。 「寒い……」 真冬に暖房設備もない暗闇。 不安が一気に押し寄せてくる。 「大丈夫よ、明日になれば……明日になれば誰かが気付くわ」 ……明日まであと何時間? あと何時間こうしていればいいの? それに――――。 明日までコイツを、野放しにしておいていいの? 「それは、ダメ……」 この霊体は明らかな悪意を持って、私に立ち向かってきた。 そんな存在を放っておいたら、何をするか分からない。 あのツリーの倒壊事件のように、また何か大きな事故が起こるかもしれない。 「そう思って追ってきたのに……」 彼方に心配を掛けたくなかった。 彼方にイブを楽しんで欲しかった。 だから私一人で良いと思った。私一人で除霊出来るって思ってた。 過信しすぎた、自分の力を。 「……仕事は必ず二人でする事」 彼方の言葉をポツリと呟く。そう、そうするべきだった。 暗闇の中で、自分の声だけが空気を震わす。 心細さで泣きそうだ。 「彼方、待ってるかな……」 待ち合わせ場所に訪れない私を、どう思っているだろう。 心配をかけさせたくなかった。 楽しいイブにしたかった。 なのにこれじゃ結局、彼方に心配をさせてしまっているだろう。 「諦めるな、ハイン」 折れそうな自分の心を奮い立たせるように言い聞かせて、念を込めて十字を切った。 「天にまします我らの父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来らせたまえ。 御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」 祈りを捧げる。扉の向こうの存在の力が少しでも弱まるように。 「我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。 我らに罪を犯す者をわれらが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ」 「我らを試みに会わせず、悪より救い出したまえ。 国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり」 息を大きく吸って、あの黒い霧に届くように、力を込める。 扉の向こうからの反応は無い。 祈りにも似た気持ちで、もう一度扉をグッと押してみる。 扉は相変わらずピクリとも動かなかった。 「少しも効かなかったかな」 諦めにも似た渇いた笑いが零れると同時に、横隔膜が震えた。 「泣いちゃダメ、ダメ……」 必死に言い聞かせる。 こんな暗くて寒い場所で、涙の一滴でも零してしまったら、もう戻れない。 一気に不安に飲み込まれて、扉の向こうの黒い霧の思うツボだ。 大好きな人の名前を呼ぶ。 大好きな人の笑顔を思い浮かべる。 「彼方……っ」 大好きな人の声。 「彼方……っ!」 大好きな人の手、背中、髪、唇、温度、私を見つめる瞳。 「彼方……。助けて、彼方……」 暗闇の中で膝を抱えて、彼方の名前だけを呼び続ける。 「ごめんね、彼方。私……行けそうにない」 今、何時なんだろう。 この暗闇では時計を見る事も出来ない。 後悔に押しつぶされそうになりながら、膝を抱える手をギュっと握りしめた。 駅からここまで急いで戻ってきた。 ハインはまだ、学園のどこかにいるはずだ。 「落ち着け、もう一度しっかりイメージするんだ」 瞳を閉じて意識を集中させ、頭の中で再び景色を伏せて行く。 今度はさっきとは違って、学園内のみにその範囲を絞る。 1階の昇降口から廊下、教室。 階段を上って上の階へ。また廊下、教室。 脳内で校舎内の全ての教室の扉を開いたが、そこにハインの姿はない。 だけどここにいるはずなんだ。 「次は校舎以外の場所だ」 講堂、プール、テニスコート。 いない。 部室棟、グラウンド――――っ! グラウンドのカードを捲った時、ハインの気配を感じ取った。 「グラウンド、違う――――ここは……体育用具室か!」 体育用具室の暗闇の中、膝を抱えているハインが視えた。 「待ってろ、ハイン!」 何かがあった事は容易に想像できた。 だが何があったとか、何がいるとか、そんな事は関係なかった。 今は一刻も早く、ハインの元へ向かわないと! グラウンドの片隅にある小さな体育用具室。 その前に数日前に散々見た、あの黒い霧がいた。 「あいつが……ハインを」 ハインでも敵わなかった相手だ。 俺でどうにかなるとは思えない。 だけど躊躇っている時間は無かった。 考えが纏まる前に、俺の足は駆け出していた。 「……グアァアぁ、が、アァァアアァ」 黒い霧の目の前に立つと、霊体は何かを叫んでいた。 その言葉は余りにも乱雑すぎて、まるでラジオのノイズのような音をまき散らしている。 「耳で聞こうとするからダメなんだ」 耳で聞けばノイズとしてしか理解できない。 直感と心で聞くんだ。 そして俺にはそれが出来るはずだ。 「ウぁアアぁ……が、ぐ……ぎぃぃいぃぃ」 瞳を閉じて意識を集中させる。 強い力を持った存在だが、その体からわずかにハインの霊力を感じた。 きっとハインが浴びせた攻撃が効いているのだろう。そのおかげで、俺の思念でも何とか届きそうだ。 「聞かせて貰うよ、あんたの声を」 「……が、……しい……た……えて」 大丈夫だ、聞き取れる。 ゆっくりとだが確実に、言葉を追っていく。 「お前達が……羨ましい……いつも楽しそうに……笑い、あえて……」 「ずっと見ていたんだな、俺達を」 「見て、いた……ここに、呼び出されて、ここは、皆、楽しそうで……賑やかで……っ!」 「羨ましい……! 妬ましい……! 憎らしい……! 俺には……俺には、何も……」 「誰かを羨ましいと思うのも妬ましいと思うのも、そんな事は生きていたら誰だって思う事だ」 「誰の事も羨まない人間なんていない。だけどそれは生きている人間の感情だ」 「なんだ……なに、を……お前は……何を言って……」 「そんな感情に死んでもなお引っ張られるのか? 死は等しく平等だ。どんな人間にも」 「……平等……」 「お前が後ろの用具室に閉じ込めたであろう子が言ってたよ。どんな人間にも等しく死が訪れるように、どんな霊体も等しく還るべきだって」 「恨みつらみに縛られるんじゃなく、還る事こそが平等なんだ。誰も劣ってなんかいない、誰も優れてなんかいない」 「……………………ぁあ」 こんな説得が通じるのかは分からない。 だけど俺にはこれ以外の方法がない。 ハインのような浄化能力は俺には無く、俺に出来るのは自主的に還って貰う事だけだ。 だが何としても上げてみせる。 すぐ目の前で、ハインが俺を待っているんだからな。 「……俺だってとても不完全で未熟なんだ。何も優れてなんていない」 「あの子があんたに祈りを捧げたりしてたんだろ? そうじゃなきゃ、アンタみたいな力の奴が、俺の話を静かに聞いている訳がない」 「その……通りだ……俺には……もう、……大きな力は……ない……」 「このまま恨みを持ち続けていたら、やがてこの地に縛られる。それでもいいのか? 呼び出されて彷徨って、結果がそれでいいのか?」 「つかのま……生の世界を……見て……喜びと同時に……」 「憎しみも持ったんだな」 「だが……それも……終わりに、しよう……」 「呼び出して悪かった。霊道を作ってしまった人間も、申し訳なく思ってる」 「もう一度……話が……出来て、良かった……。声をあげても……誰も、気付かず……誰とも意思の疎通が出来ないのは……辛かった……」 「誰にも……見て貰えず……、俺は……どんどん……自分の、嫌な感情に……捉われていった……」 「そういう感情は……たくさん……転がっているから……吸収するのは、簡単……だった」 「……そう、だよな」 「だけど……満たされはしない……いつまでも、どこまでも……渇いたまま、だ……ただ、一人……渇いた、まま……」 それは一体どんな孤独だろう。 俺にはきっと想像もつかない世界だ。 「……よく、話してくれた」 「あぁ……あの子に、悪かったと……伝えておいてくれ…………」 「分かった、必ず」 「……では、還るとしよう…………平等な、世界に…………」 一瞬、黒い霧だけの存在なのに、彼が笑ったように見えた。 「行った……か……」 何とか送り上げる事が出来て、ホッと胸を撫で下ろした。 「っと! ホッとしてる場合じゃないっ、ハイン!」 急いで体育用具室へと駆け寄り、重い扉を開く。 「彼方ぁ……!」 俺の姿を目に止めるなり、ハインが勢いよく抱き付いて来た。 体は冷え切っていて、抱きしめた背中や触れた首筋が冷たい。 「お待たせ。待ち合わせ場所ここに変更になったの、気付くの遅れてさ」 「ぐすっ……待ったぁ、すっごくすっごく待ったぁ」 「ごめんな、ハイン」 「ううん、わ、私の方こそっ! 私……っ、一人で……っ」 「どうして俺に連絡してくれなかったの?」 「すぐに終わるって思ったの……。またあの黒い霧みたいなのを見つけて。でもすぐに除霊出来るって……」 「彼方との楽しいイブの為にも、私が……早く解決すればいいって、そう思って」 「彼方すごく楽しみにしてくれてたし……私も、楽しみだったからっ」 俺の為、だったのか。 「有難うハイン。だけど次からはどんな事があっても、俺に必ず連絡する事」 「うん……、うん……」 「はぁっ、本当に無事で良かった。駅にも来ないし、電話にも出なくて……心配した」 「あいつを追いかけてる時に、携帯どこかで落としちゃったみたいで」 「そうだったのか。こんな所で一人で不安だったよな。電気点けなかったのか?」 「扉が閉まると真っ暗なのよ、ここ。とてもスイッチなんて探し出せなくて」 暗く冷たい用具室で一人で耐えていたのか。 ハインを抱きしめる腕に、ギュっと力がこもる。 「よく頑張ったな、ハイン」 「ひっく……ぐすっ、彼方ぁっ」 泣きじゃくるハインの背中を優しくポンポンと叩くと、ハインは安心したように頬をすり寄せて来た。 「見つけられて良かった……」 「そう言えば……どうしてここが分かったの?」 「ハインがさ、自分の両親の馴れ初めの話をしてくれたの思い出してさ。行方不明者だったハインの父さんを見つけたっていう」 「じゃあ霊能力、で?」 「ハインが特訓してくれたおかげだよ。ESPカードを伏せるみたいに、頭の中で景色を伏せていって、捲る時にハインを直感で感じる所を探したんだ」 「それがここ?」 「凄いわ、彼方! そんな事が出来るなんて……!」 「何でもやってみるもんだよな」 「っ! そう言えばアイツは? この辺りにいなかった? 黒い霧みたいなの。気配はもう感じないけど……」 「何とか除霊出来たよ」 「っ! 凄い……」 「完全にハインのおかげだけどな」 「私の?」 「ハインが先に除霊を試みてくれてたおかげで、あいつの力は大分弱まっててさ。そうじゃなきゃ俺の話なんて、聞いてくれなかっただろうな」 「ハインが頑張ってくれてたから、俺でも何とかなったんだ。あの霊がハインに悪い事をしたって、そう言ってたよ」 「そう……。それじゃあ無事に還れたんだ」 「ああ、もう大丈夫だ」 「良かった……」 ハインが安堵の息を漏らす。 その吐息が耳元をくすぐった。 「約束、覚えてる?」 「……仕事は二人でする事」 「はは、その通り」 おでことおでこをコツンと合わせて、ハインの髪を優しく撫でる。 「もう破らないでくれよ。生きた心地がしないからさ」 「うん。私ももうこんな思いしたくない。不安でたまらなくて、彼方に会いたくて……仕方がなかった」 「見つけてくれて有難う、彼方」 「俺はまだまだ未熟だけどさ。ハインの事だけは、世界中のどこにいたって見つける。見つけてみせる」 「愛してる、ハイン」 「私も愛してるよ、彼方。人ってこんなにも誰かを好きになるのね」 それは俺も思っていた驚きだった。 自分がこんなにも必死に、全力で誰かを愛せるだなんて知らなかった。 「知ってた? 彼方がティアの事を庇う度に、私ホントは心の中であの子に嫉妬してたのよ?」 「え? でもティアは――――」 「分かってる。そういう相手じゃないよね。でもそれでも不安になるの。私、自分で思ってたよりずっと嫉妬深いみたい」 ハインが照れ笑いを浮かべながら、幸せそうに目を細める。 「はは、気を付けるよ」 「ううん、彼方はそのままでいて。生者にも死者にも優しい彼方を、好きになったんだもの」 「誰かを好きになって不安になったり嫉妬したり、人ってこんなに醜い感情と、こんなに美しい感情が混在できるのね」 「だけどそれは悪い事じゃない。どんな感情も生きていればこそだ」 「ふふっ、そうね。彼方といると、新しい事に沢山気付かされるの」 「それは俺も同じ。ハインと過ごした毎日の全てが新鮮だった」 灰色の世界でずっと記憶を閉ざして生きていた頃とは、比べ物にならない程の驚きと喜びの毎日。 「……彼方」 「キス、したい」 「この状況でそんな事言われたら、キスだけじゃ済まないかも」 「ふふっ、いいよ」 恥ずかしそうに頷いたハインに、理性のタガが飛びそうになる。 今すぐに押し倒したい気持ちを抑えて、ハインの唇にそっと唇を重ねた。 「んっ、んちゅ……ちゅ……んっ」 軽くキスを終えると、用具室の中へとハインを誘う。 壁際にある電球のスイッチを入れると、用具室の中は真昼のように明るくなった。 体操部が出しっぱなしにしていた、マットへとハインを横たえようとすると、ハインが小さく首を振った。 「今日は私が、したいから……」 ハインに促されるままに、俺はマットへと寝ころんだ。 着替えを終えて、二人揃って体育用具室から出た。 「鍵を掛けて――っと」 「体育用具室の戸締り完了。さ、帰ろうか」 「ええ。彼方、本当に有難う」 「はは、お互い様だよ。ハインだってツリーが倒れる時、俺達の事を助けてくれたじゃないか」 「それとこれとは別よっ」 「同じだよ。俺達がさ、本当に除霊事務所を作ってやっていくとしたら、きっとこんな事はいくらでも起こる事でさ」 「その度に助けたり、助けられたり――俺はそうやってハインと一緒に生きていけたらなって思うんだ」 「だからお互い様、な?」 「ふふっ、分かったわ。でも折角の初めてのイブだったのに、こんな事になってしまったのは……ごめんなさい」 「ハインが無事だったんだから、そんなに悪い事でもないよ」 「え? どうして?」 「だってこんなイブ、一生忘れないだろ?」 「ぷっ、クスクス。そうね、忘れたくても忘れられないわ」 「だろ? あははは」 「ふふふふっ」 緊張感から解き放たれて、朗らかにハインが笑う。 どちらともなく手を取って、二人で一緒に帰路を辿った。 「あっ! そう言えば、プレゼント用意してたんだった。えーっとコレなんだけど」 「わわっ! 待って、まだ渡さないでっ」 プレゼントを取り出そうとポケットへ伸ばした手に、ハインが慌ててストップをかける。 「私もプレゼントがあるの。家に置いたままだけど……」 一度帰宅して、着替えてから落ち合う予定だったもんな。 「だから帰るまで待って。このままだと、私またプレゼントがないままだわ」 誕生日を知らなかった事を、まだ少し悔やんでいるのか、ハインが可愛らしい唇をツンと尖らせた。 「はは、分かった。じゃあ家までお預けだな」 「ほっ。良かった」 ハインの為にプレゼントを探していたのが、随分と昔の事のように感じる。 ほんの数時間前の事なのにな。 「ほら、彼方っ。家が見えて来たわよっ」 弾んだ声でハインが駆け出した。 「早くーーーーっ」 プレゼント交換が楽しみで堪らないといった表情で、ハインがこちらへと手招きをしている。 そんな彼女に向かって大きく頷くと、俺も急いで家へと駆けだした。 「ゆずはお風呂みたいね」 「じゃあちょっと待ってて。プレゼント持ってくるから」 プレゼントか。なんだろうな。 待っている間に制服のポケットから、ハインへの贈り物を取り出した。 可愛らしくラッピングされた、俺からのささやかなクリスマスプレゼント。 「お待たせ」 小さな箱を持ってハインが戻ってきた。 「じゃあ改めて。はい、プレゼント」 「有難う! はい、彼方にもプレゼント」 「はは、有難う」 「開けてもいい?」 ハインが包装紙を開くと、雑貨店で買ったスノードームが現れた。 キラキラとしたラメの入った、手のひらサイズのスノードーム。 「わぁっ! 可愛いっ♪」 早速ハインはスノードームを逆さにして、キラキラと光る雪をドームの中に降らせた。 「綺麗……」 「中に入ってるジオラマ、何か分かる?」 んー、とハインが中のミニチュアに注目する。 「これって聖堂……よね? あっ、ケルン大聖堂!」 「正解っ。ドイツに関するものを渡したくてさ」 大きくて、美しいステンドグラスが有名なケルン大聖堂。 美しく荘厳なそのイメージは、ハインにぴったりに思えた。 だから何をプレゼントしようかと迷っている時に、このスノードームを見つけた瞬間「これだ!」と即決してしまった。 「素敵なプレゼントを有難う、彼方。とってもとっても嬉しいわ!」 「いつか一緒に行こうな、ドイツ」 「その時はケルン大聖堂には、絶対行かなくっちゃ。ふふふっ」 宝物を見つけた子供のような瞳で、ハインは何度も何度も銀色に煌めく雪を、小さなケルン大聖堂へと降らせている。 「俺も開けていいかな?」 「ええ、開けてみて」 シンプルな包装紙に包まれた箱を開けると、中から皮ひもに通された十字架が現れた。 「私とお揃いなの。彼方はクリスチャンじゃないから、洗礼的な意味じゃなくて、お守りみたいなものとしてどうかなって」 そう言うとハインは制服のケープの内側にあるポケットから、全く同じ十字架を取り出した。 「有難う。ハインとお揃いだなんてすっごく嬉しいよ。これ着けただけで、霊力あがりそうな気がするな」 「もうっ、そんな事あるわけないじゃない」 クスクス笑うハインに見られながら、首に皮ひもをかける。 「ハインに貰った大切なクロス。俺も毎日身に着けるよ」 「ふふっ、そう言って貰えて嬉しいわ」 ハインが祈りを捧げてきたように、俺もハインへの想いを、このクロスに捧げて行きたい。 ぐぅ〜〜〜〜っ。 安堵と喜びでリラックスしたら、お腹が鳴ってしまった。 「何か作るわね」 「いいよ、俺が作る。ハインは今日一日大変だったんだから」 「それは彼方も同じじゃない」 「じゃあ一緒に作ろうか」 「それもいいかもしれないわね。仕事は二人で――だもの」 お互いに微笑みあうと、どちらともなくキスをした。 12月25日 「彼方、早く早く〜っ」 「待てってハイン。そんなに急がなくても、パーティーは逃げないよ」 「だってゆず達があんなに頑張って作ってきたパーティーよ。早く見たいじゃない」 高揚した様子のハインに手を引かれながら、俺達は校舎の中へと入っていった。 「わぁっ、彼方見て! メイド喫茶ですって」 「あんな出店クラスがあったのか――ってメイド男子生徒じゃねぇか!」 「あははっ、意外と似合ってる。ふふふっ」 「うげぇ、こっちを見るな! 手招きするな! 俺はやらないからなっ!」 「ふふふっ。あ、見てあっち! 占い喫茶なんていうのもあるわよ。あとで占ってもらわない?」 「俺達の相性を?」 「相性は占って貰わなくても分かるわ。バッチリだもの」 「はは、そっか。じゃあ何を?」 「二人の未来……は、一緒にいるって決定してるから、占って貰わなくていいしっ」 「そんな事言ってたら、占って貰う事なくないか?」 「あははっ、それもそうね」 ハインの瞳は何か楽しい事がないかと、キョロキョロと辺りを見回している。 「あっちは――き、肝試し?」 「もうクリスマスとか全く関係ないな。ていうか、よくこの短期間で作ったな、アレ……」 「ふふっ、でも皆楽しそうよ。この笑顔が見られるなら、こういうのもアリかもしれないわね」 「そうだな。ハインが守ったんだよ、この日を」 「ううん。彼方が居たから、私は頑張れたの」 ――――あの日。 俺が悔やんでも悔やみきれない、ツリーが倒れたあの日。 あの事故が起こっていたら、ここにある笑顔は何一つ消え去ってしまっていただろう。 霊道から溢れ出て来た数多の霊体。 昨日のあの霊を除霊出来ていなかったら、今も何か良くない事が起こっていたかもしれない。 ハインのおかげで、俺は変われたんだ。 これからは、ただ前だけを見て歩いて行ける。 後ろを振り返って、あの日ああしていたらとか、あの時こうしていればとか。 そんな事はもう、思わない。 ――――妄想世界のタラレバにさよならだ。 「あー、ハインちゃーーん。昨日のクッキー配ってるから、良かったら取りに来て〜」 遠くでゆずこが、手招きをしているのが見える。 ハインは大きく息を吸うと、元気に返事をした。 「分かったーーーー」 「彼方、ちょっと行ってくるわね」 「……目的は達成されたみたいね」 背後から良く知った声が聞こえた。 背中越しにティアの気配を感じる。 周りの賑やかだった喧騒が無音となり、俺とティア以外の時間が全て止まっている。 そうか――――これで……終わりなんだな。 廊下の奥でゆずこからクッキーを受け取って、微笑んでいるハイン。 俺が自分の力と向き合って、そして自分を受け入れるきっかけをくれた彼女。 一人でずっと頑張ってきた、強くて優しくて愛しい存在。 「愛してるよ、ハイン」 制服姿のハインをしっかりと目に焼き付ける。 未来に戻っても、一緒に居てくれるかな。 俺にとって誰よりも、何よりもかけがえのない存在。 隠し事なんてハインには何一つしたくなかったけど、その隠し事のおかげでこうして一緒に過ごせたんだ。 ……未来から来た事、内緒にしててゴメンな。 「もういい?」 「キリがないから。もう十分だよ」 「……そう。それじゃあ帰るわよ――――未来へ」 ティアがそう告げると、周囲の風景が瞬間的に光の中へと溶け込んだ。 目の前が真っ白で何も見えない。 「…………さよなら、彼方」 光に包まれた世界で、ティアの声だけが聞こえる。 だがその姿は辺りをどれだけ見回しても、どこにも見えない。 ティアにはもう会えないのか? 未来に戻ったら、もう会えないのか? 「ティア! ティア!」 必死に名前を呼んでも、ティアの声すら聞こえない。 「ティアーーー!」 もうティアには、俺の声は届かないのかもしれない。 それでもありったけの声を張り上げて、見えないティアに向かって大声を放つ。 「有難う、ティア! 君のおかげで、俺は未来を掴めたんだ!」 「俺はやっと―――自分に自信を持って生きていける! 有難う! 有難うティア!」 あの頃ずっと目を背け続けていた特異な力と、俺を取り巻く特殊な環境。 過去をやり直した俺は、その力に真正面から立ち向かうことが出来た。 そして最高のパートナーを見つけた。同じ悩みを共有し、同じ力を高め合うことの出来る存在。 これからはその大切な存在と歩んでいこうと思う。 いつまでもずっと―――――。 「おい彼方、どーした、そんなにぼーっとして」 「え? あ、あれ?」 「お前今から仕事だろう。ハインちゃん、もう来るんじゃないのか?」 「仕事……そ、そうだ。事務所に除霊の依頼があったんだった」 俺とハインは学園を卒業後、二人で除霊事務所を設立した。 毎日たくさんの事が巻き起こるけど、ハインと二人ならどんな事件も解き明かせる。 そう自信をもって、様々な依頼を解決している。 「しっかりしてくれよ、所長さん。ほら、この栄養ドリンクはサービスだ」 「有難う、テンチョ。じゃあ行ってくるよ」 「おう! 頑張ってこい」 テンチョから栄養ドリンクを受け取って、急いでコンビニを出る。 その首元で皮ひもに通されたクロスが揺れた。 「ハインの……お守り」 なぜかひどく温かい気分にかられる。 あの忘れようのないクリスマスイブが、まるでさっき起こった事のように、まざまざと思い返された。 「ははっ」 自然に笑みが零れた。 クロスをぎゅっと握りしめると、力がどんどんと湧いてくるような気持ちになる。 「よーっし、今日も頑張るぞ!」 グッと拳を突き上げると、通りの向こうにハインが見えた。 「なーーに、ガッツポーズしてるのーーーっ。早くきなさーーーいっ!」 見られていたようだ。 照れ笑いを浮かべて、俺はハインの元へと駆け出していく。 「すぐ行くーー!」 これからも色んな事があるだろう。 壁にだってぶつかるだろう、苦しい事も悲しい事もあるだろう。 だけどハインとなら、どんな事だって乗り越えていける。 ――――心から、そう思える。 「な、なにをするの?」 背中を向けたハインのプリンッとしたお尻が扇情的だ。 スカートを捲し上げて、その無防備なお尻にゆっくりと手を伸ばす。 ――――もにゅんっ。 「きゃぁっ! ど、どこ触ってるのよ!」 口では拒絶の言葉を発したが、ハインが姿勢を崩す事はなかった。 もにゅもにゅもにゅっ。 柔らかさと弾力を楽しむようにして、両手でお尻を揉みしだく。 「ぅあ……っ、あっ、あんっ……変な手つきで、揉ま、んっ、ないでぇ……あんっ」 お尻を揉む度にハインの背中がグッと仰け反り、木に付けた指先にググっと力がこもる。 「ダメ……だってばぁ……あぅぅっ、ひゃっ、んんっ……、ぁあっ」 「でもハイン、気持ちよさそうな声が出てるよ」 「ちがっ、これ、はぁ……ああっ、はぁ、はぁ、んんんっ」 指摘されて必死に声を漏らすまいと唇を噛みしめるハインだったが、それは感じている事を証明しているような物だった。 「もっとよく見たいな、ハインの大切な所」 「えぇ!? ちょっと? あっ、んぁぁ!」 動揺するハインをよそに、愛らしいショーツをそっと引き下ろすと、つつーっとした透明な液体が糸を引いた。 「いやっ、ふぁぁ……! こ、こんな所で、そんな……っぁあ」 「凄く濡れてるよ、ハイン。感じてくれてたんだ」 「違うわよぉ……バカぁ……あぁっ、んっ」 冷たい外気に晒された皮膚が少しだけ粟立って、ピクリと筋肉を震わせた。 「寒いよな、こんなとこじゃ」 「あ、当たり前じゃないっ」 「大丈夫、すぐに温めるよ」 「え? どういう……」 意味? と問おうとしたハインのしとどに濡れた性器ににゅぷんっと中指を挿し入れた。 「ひゃぅぅっ!? あっぁ、あぁあっ……、んっ、んぁ、ダメ、ダメだってばぁ……っ!」 容易く入った指先を膣壁にグニグニと押し当てると、愛液が溢れ出してヌポンヌポンといういやらしい音が辺りに響く。 「あぁっ、んっ、んっ、ダメ、なのにぃ……んぁっ! こんな、トコ、なのにぃ、指、気持ちぃぃ……っ! ひゃぅぅっ」 「ふぁっ、あぁっ、あむんっ、そ、そんなに膣内ぁ、いじられたらぁ、……んぁっ、私、あぁっ、気持ち良くて、もう……っ!」 「ダメ、他のこと、あぁっ、考えられなくなっちゃぅっ、あっ、あぁっ、……指で膣内掻き回されるのいいっ、いぃよぉっ! あぁっ」 ぐるりと指を回して、ザラリとした感触の場所を見つけ出す。 Gスポットの当たりを付けると、そこをグニグニと刺激した。 「ひゃぅっ!? そ、そこ、なんなのぉ? あぁっ、あっ、あっ、あぁ! す、凄いの、そこ、もうっ、あぁっ!」 「そこ、指で押されると……、あぁんっ、体がビクビクって震えちゃう……っ、あぅっ、ふぁぁっ、あフ……ッ」 「ここがハインのGスポットだよ」 説明しながらさらにグニグニ。 「今、触られてるのがっ、っくぅ、……はぅっ、Gスポット、あっ、んんぁぁあんっ」 「あぁうっ、凄いの、Gスポットぉ……Gスポット押されると、んぁっ、いっぱいいっぱい溢れてきちゃうぅぅっ」 「ふぁぁぁっ、んっ、きゅぅぅっ、あぁっ……はぁ、はぁっ、あぁぁぁっ」 宣言通りハインの膣からはとめどない愛液が溢れ、それは太ももまで濡らしていた。 「あ、足ぃ、ガクガクしちゃぅぅっ、立ってられないのぉ、あぁっ、んっ、んぁっ!」 木にしがみ付くように体重を預け、必死に快楽に耐えるハイン。 俺の手でこんなにも感じてくれている事が嬉しくて、さらに指の動きを早くする。 「ひぃっん! だめぇ、あぁぁぁっ、気持ちぃぃのぉ、Gスポットが気持ちぃぃのっ! あぁっ、んっ、ふぁぁあっ」 「こんなの……良すぎるわよぉっ、ひんっ、あぁあっ、んっ、ん、んぁぁぁあんっ」 「ひぁっ、おま○こ掻き回されるの、すごくいいのっ! あぁっ、膣内ぁっ、擦られてるぅうぅぅっ」 「あっ、あっ、あっ、あっ! ふぁんっ、ダメ、私っ、あぁっ、も、もうっ! あふっ、あぁぁあんっ」 「いやっ、ダメ、ホントに、もうっ、あぅっ、あっ、あぁぁぁっ、あぁぁ、ダメぇ、ああぁあぁあああああぁあんっ!」 一際大きな声を上げると、ハインの体はビクンと大きく震えた。 軽く達してしまったのかもしれない。 そっと指を引き抜くと、指先はふやけそうな程に濡れていて、愛液が手首まで垂れてきた。 「あっ……抜い、ちゃうの……?」 残念そうな声を上げたハインを安心させるように、そっと微笑んだ後ハインのコートへと手を伸ばした。 静かにコートを脱がせて、ブラウスのボタンをゆっくりと外していく。 「……はぅぅぅ」 これから起こる事に期待しているかのように瞳を濡らして、俺の手つきをじっと眺めているハインが健気で可愛い。 ほどなくブラウスのボタンを外し終えて、ブラを引き下げると形が良くて大きな胸がブルンっと露わになった。 「綺麗だね、ハイン」 「バカぁ……こんな時に、そんな事言わないでよぉ……」 現れた胸に手を伸ばす。とても片手には収まらない胸が、俺の指の動きで形を変えていく。 「ふぁあぁ……っ、んんっ、んぁぁ……はうぅぅぅ……」 「優しく……胸、揉まれると……あふぅぅぅっ、あぁっ、んん……はぁぁんっ、ん……」 微睡むように胸への快楽を享受していたハインの乳首を、指先でキュッと摘み上げると、ハインの瞳が大きく開かれた。 「ひゃうっ! あっ、ダメ、乳首……はぁ、あぁぁあんっ」 驚いた表情のハインを眺めながら、乳首を摘まんで指先で弄ぶ。 「あぁぁあうっ! ダメ、ダメ、あぁぁぁっ、ふぁぁ、それ……ダメェ……っ、ふぁあぁっ」 「何がダメなの?」 「だって……またぁ、私、気持ちよく、なっちゃぅからぁ……! あふっ、んんっ」 「乳首ぃ、クリクリされると、うぁっん、はぁ、気持ちいぃからぁ……っ、あぁふっ、んっ、はぁ、ぁあっ」 「もっと気持ち良くなってよ。ハインのそういう顔、もっと見たいんだ」 「恥ずかしい……っ、恥ずかしいよ、あぁふ、こ、こんな顔……見られるの、あぁぁっ、恥ずかしいよぉっ」 「凄く可愛いよ、ハイン。俺にだけに見せてくれる顔をもっと見たいんだ」 「……ひぁ……っ、こ、こんなの見せるのあんただけ、なんだからっ……あぁっ、はぁっ、んっ、んんっ」 「ふぁぁんっ、気持ち、いいよ、あぁぁ……私、凄く、気持ち、いいの……っあふぅっ」 うっとりとそう告げたハインをもっと感じさせたくて、空いている方の手で今度はクリトリスへと手を伸ばす。 「きゃんっ! な、そこ、あぁぁあぁぁっ! あっぁ、あぁん!」 ほんの少し触れただけなのに、ハインの足がガクリと揺れた。 「クリトリス弱いんだな、ハイン」 「だって……だってそんなトコ、触られたのも、初めてなのよぉ……っ、あっ、あぁぁあああんっ!」 勃起してツンと上を向いたクリトリスを中指と人差し指で挟みながら、グリグリと刺激するとハインの背中が大きく仰け反った。 「きゃふぅぅっ、あはっ、んぁっ、す、すご……あぁぁぁっ、んっ、んぁっ」 ハインの喘ぎを聞きながら、胸への愛撫も忘れない。 モニュモニュモニュッ。 「あぁぁぁ……! ダメ、ダメ、ダメぇ! おっぱい揉まれながら、クリトリスもクリクリってされて、私、もう、気持ち良すぎるのぉっ!」 「ふぁぁぁっ、あぅぅっ、あぁぁっ、あんっ、お、おかしくなりそぉっ、あふっ、んはぁっ」 「……指で、気持ちイイトコ全部触られて、あぁっ、もうっ、あふっ……いっぱいいっぱい出ちゃうっ、いっぱい出るのぉぉぉっ」 「ハインの太腿、もうびっしょりだよ」 「だってぇ……だってぇ……! 気持ちいいからぁっ、あぅっ、あぅっ! あぁっ、ふぁぁ、私、私もぅぅっ」 お尻の穴までヒクつかせて、ハインが限界を訴えた。 それでもなお手の動きを止めず、むしろより一層の速さでもって刺激を加え続けると、ハインはいよいよ震えはじめた。 「あぁぁっ、すごい、すごいよぉ、ねぇ、すごいのぉぉぉ! 全部、全部気持ち良くて、私もうっ、あぁあっ、私、イっちゃうぅぅ!」 「いいよ、イって。イってよ、ハイン」 「ひぃぃんっ! イク、イク、……好きな人に指で触られてイっちゃう、あぁぁんっ! おっぱいとクリトリス同時にクリクリされてイクゥぅぅ!」 「あぁぁぁあっ! んぁっ! イク、イクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!」 ハインの体が大きくしなった。 「……んっ、んぁ……はぁ、はぁ、はぁ」 イッたばかりのハインが、大きく肩で息をしている。 その皮膚にはうっすらと汗が浮かび上がって、肌が桃色に染まっている。 「ん……はぁ、……ん……はぁ、…………っ」 「まだ寒い?」 「いじわる……」 唇を尖らせたハインに軽くキスをすると、今度はこちらを向かせた。 服装が乱れ、胸も露わになったままのハインの片足を持ち上げ開かせると、ハインの性器や胸が月明かりの下でよく見える。 「綺麗だよ、ハイン。それにとっても……魅力的だ」 「あ、あんまり見ないで……」 「ハインのここ、ピンク色でビチャビチャに濡れてて凄くエロい」 「ばっ、ばかぁっ。あっ、あんっんんんんっ」 ゆっくりと性器全体を撫でまわすように手のひらを動かすと、ハインが甘い吐息を漏らす。 「んぁ……ねぇ、はぁ、私、もう……大丈夫だから……。……それ、入れて……?」 ズボンを履いたままの状態でも分かる程に、勃起したペニスを目で追いながら、ハインがコクリと息を飲んだ。 「いいのか?」 「……うん。私も……欲しい、の」 恥じらいながら途切れ途切れにそう告げたハインへの愛しさが爆発しそうだ。 ジッパーを下ろしてペニスを出すと、そっとハインの入口へとあてがう。 「入れるよ?」 「うん、きて……」 ハインの承諾の声を聞き、ペニスを少しずつハインの膣内へと侵入させる。 ぬぷっ、ぬぷぷぷぷっ、つぷっ――――。 「っ!! んんんん……むぅぁ……! んんんっ」 「キツイか? もしキツイなら――――」 「んくっ、んっ……いいのっ、大丈夫、だから……全部、入れて……」 目の端に涙を浮かべながらハインが微笑む。 その顔を見ながらゆっくり少しずつ、だが確実にハインの奥へとペニスを深く突き刺していく。 「……っ! ん……っ、んんっ、……ひっく……っ、んっ!」 「ハイン、もう少しだから」 「うん……っ、んっ、あふぅっ、……んっ、はぁっ、んんんんっ!」 つ――――ぷんっ。 濡れた音と共にペニスは全てハインの膣内へと飲み込まれた。 ハインの太腿には破瓜の証である赤い雫が僅かに線を引いている。 「あっはぁぅ。んっ、……全部、入ったのね」 「有難う、ハイン。痛いのに、受け入れてくれて」 「ううん、思ってたより痛くなかったわ。……んっ、ふぅっ……いっぱい準備してくれてたから、かな」 照れ笑いを浮かべたハインの唇を優しく吸い上げる。 「ん……むちゅっぅっ、はぁ、また、キス……んむっ、んぁぁぁ……れろ、んちゅっ、ちゅぱぁ」 お互いの舌を交換するかのようにまさぐりあい、繋がったまま舌を絡め合う。 「んんぁっ、ふぁう……んっ、んんっ、キス、されると……んぁ……幸せぇ……んんっ」 「入れられたまま、ぁぁん……キス、すると……、また……どんどん溢れてきちゃう……ふぁぁあ……」 「むちゅ、れろ……ぺろ……んんっ、ちゅぅぅぅっ、んっ、ちゅぱっ」 ペニスに纏わりつくように、ハインの膣がきゅっと締まる。 「動いて、いいよ……キス、してたら……ジンジンしてたのが、薄れてきたみたい……んちゅっ、ちゅぱぁっ」 「……分かった。でも無理はしなくていいからな。痛かったら、ちゃんと言えよ?」 「ふふっ、やっぱり優しいわよね……んっ、でも、大丈夫……だから……んちゅっ、ちゅぱっ」 唇を求めるハインの髪を優しく撫でた後、ペニスをゆっくりと引き抜いた。 血液は愛液と混ざり合い、既にその色彩は薄くなっている。 「はぁぁぁ……んっ、んんんん……」 大きく息を吐いたハインに合わせて、ゆっくりとペニスを挿入する。 「ふぁっ、あぁっ! んんんぁ……」 「大丈夫か? ハイン」 「うん……へーき、みたい……初めてなのに、不思議……おち○ちんをずっと待ってたみたいに……安心するの……」 「そんな可愛い事言われたら、俺――」 動きたくなってしまう。 「ん、動いて……。好きなように動いていいから……。ね、して? 私、好きなようにされたい」 そんな風に言われて自制出来る男がいるだろうか。 ハインの膣からペニスを引き抜くと、今度は一気に突き刺した。 そしてそのまま抽送を開始する。 「あっ、んぁっ! 大きなおち○ちんが……ひゃうっ! ズプズプ来てるっ……! あっ、あんんっ、あぅっ!」 「膣内で、あふぅっ、擦れてる……あはっ、んっ、あぁぁぁっ、いっぱい当たってる……ふぁぁあぁんっ」 「はぁっ、あぁぁん! あ、当たってるよぉ、Gスポットにおち○ちん当たっちゃってるよぉ……、あぁぁあぁっ!」 角度を少しだけつけて、ハインのGスポットを狙ったように亀頭で擦り上げると、ハインの口からダラリとした涎が垂れた。 「は……、はぁぁぁん! 凄いぃぃ、凄いよぉぉ、気持ち、いいのぉ! 指も、指も気持ち良かったけど、あぁぁああんっ!」 「おち○ちん! ……ふぁぁっ、おち○ちんってこんなに気持ちいぃのぉ……! あっ、あぁぁぁあん!」 「おま○こにおち○ちんきてるっ、きてるぅぅぅぅっ! ああぁぁぁぁっ」 ハインの粘膜が擦れるパチュパチュという濡れた音が耳に届く。 「はっは……はぁぁあ……! 初めてなのに、私、初めてなのにぃぃ……! んぁっ、ひんっ、ひぃんっ! あっ、あぅっぅぅ!」 「初めてだけど、気持ちいいのぉっ! おち○ちんで膣内ぁ、突かれるのいいのっ、あふっ、もっと、もっとしてぇ……!」 快楽を全身で受け止めながら、だらしなく口を緩めたハインが何とも色っぽくて、腰の動きがグッと早くなってしまう。 「ひゃぅっぅぅぅっ! す、すご……あぁぁっ、凄いよぉぉぉぉっ、あぁぁぁんっ」 「あっ、あぁっ! いいっ、いいっ! 早いのっ、奥までズンズンきてるっ! あぁぁんっ!」 「何度も何度も奥ぅ、刺激されて、ああぁぁんっ! 気持ちいいっ! いぃよぉ、ふぁぁぁ……あぁぁっ」 ハインの硬く屹立した乳首を口に含み、軽く歯をあてるとハインの膣がヒクリと締まる。 「あぁぁ……しゅごぉいぃぃぃ! 乳首、齧られながらっ、おち○ちん挿入ってるぅのぉ……しゅごい、しゅごいぃぃぃ! ひぃああぁうっ!」 呂律も回らなくなる程に感じているハインの胸を更に愛撫する。 「あぁっ、もう、ダメェ……、おっぱいもおま○こも気持ち良くって、おかしくなりそぉぉぉぉぉ……! あっ、あぁぁっ!」 「乳首噛まれてるのにぃ、気持ちよくって……あふぅっ、しゅきぃぃ……! あっ、あぁぁあぁううっ! ひんっ! ふぁぁぁっ!」 「ん、ねぇ……キス、キスしてぇ。私、おかしくなりそうだからぁ、キスして欲しいのぉぉぉ……! お願ぁい、キスしてぇっ」 飛びそうな自我を抑え込もうとでもするように、ハインが舌を突き出して俺の舌を求める。 磁石のS極とN極が引かれあう様に、俺達の舌も強く絡まり合う。 「ん、むちゅ、ちゅぱぁっ、あぁっ、ふぁぁ……っんんっ、あっ、あぁっ、んっ、んっ、んんんんっ」 「ンフ……、んっ、ちゅぅぅぅっ、れろ、んんっ、ちゅぱっ、んぁっ、んっ」 「ちゅぱ……っ、れろ、んんっ、じゅるっ、じゅるるうっ、あふっ、舌も、んちゅっ、んぁ、好きぃ……んんっ」 ひとしきり舌を絡ませると満足したかのようにハインは唇を離した。 二人の間で唾液が透明な糸を引く。 「好き、好きよ。私、あなたが大好き」 「俺もハインが好きだよ。これからもずっと好きだ」 「嬉しい……。あぁっ、こんなに幸せで、気持ち良くて、私……っ」 はぁはぁと息を吐いたハインの膣内がキュキュッと収縮する。 そこだけが意識を持った生物であるかのように蠢く膣に、ペニスがググっと反応をする。 「ふぁぁんっ、おち○ちんが……んっ、私の膣内で大きくなった……、すごい、こんな風になるのねっ、んっ、あぁっ、あふぅっ」 「ハインが可愛くて、反応したんだ」 「嬉しい……ちゃんと……んはっ、反応されて、あぁぁっ、幸せだよ、んっ、あふぅっ」 「もっと、もっと好きにしてっ、……あなたの気持ちのいいように動いて……っ、あぁっあふっ、ふぁぁっ」 「……分かったっ」 ハインの言葉に甘えて、何度も何度もペニスを抽送させていく。 「あぁぁあぁっ、う、動いてるっ、熱いおち○ちんがいっぱい擦れてるっ、なか、なか、私の膣内で、あぁっ、あっ、あんっ!」 「んっ、んはぁっ、はぁっ、あぁぁあぁっ、ふぁあぁぁぁあぁっ」 膣壁に擦りつけるようにして、何度も何度もピストンさせる。 ハインの瞳も声も濡れていた。 「ふぁぁあぁあっ、えっちな音してるっ、おち○ちんが私の膣内ぁっ、来る度にっ、ズボズポッってえっちな音がするぅっ」 ジュッポジュッポジュッポジュッポ。 地面にシミを作り出しながら、何度も何度も突きあげる。 「あぁあぁっ、あふっ、ん、くぅぅぅぅっ、あふっ、あはぁあぁぁぁぁんっ!」 「ハイン……! 俺、もうそろそろ……っ」 ペニスがヒクヒクとした脈動を始め、限界が近い事を知らせている。 「ふぁぁっ、硬いの、膣内でビクビクしてるっ、あぁぁあぁっ、私の膣内で、震えてるぅっ、はぁっ」 「あぁぁ、あふっ、あふぅっ、イって? 私でっ……んぁ、私の膣内で、イって? あっ、あっ、あうっ」 「っ! ハインッ」 「膣内にっ、膣内に欲しいよ……っぅあん! ぜんぶ、全部受け止めたい……ひゃうっ、きゃんっ」 「あぁぁふっ、ふぁぁ、全部欲しいのっ、あぁっ、きゃんっ、ひゃぅぅぅぅぅぅっ」 潤んだ瞳でそう言われ、俺は再び腰を打ち付けた。 深く浅く、激しく優しくを繰り返しながら、何度も何度もピストンを続けるとますます射精感が高まっていく。 「すごっ、あっ、激しくなってっ、あぁっ、凄いのっ、あっ、あっ、気持ちいいぃぃぃぃっ」 「あぁああっ、いいっ、いいぃぃぃぃぃっ! おち○ちんで突かれるの好き、好きぃぃぃぃっ!」 「いっぱいになっちゃぅっ、私、もうっ、……ひぁっ、いっぱいだよぉっ、あはぁぁぁぁんっ」 Gスポットに重点的に当たるように、亀頭で膣内を押しあげる。 「あぁぁあっ、また、また当たってるぅぅ、きてる、きちゃうっ、あぁっ、あんっ、ひぃぃんっ!」 「いいっ、いいぃぃぃぃぃっ! Gスポットいいぃ! あぁっ、ダメ、ダメ、痺れちゃうっ、私、痺れちゃぅぅぅぅぅっ」 「はっ、はっ、あぁっ! 膣内ぁ、膣内すごい……! あぁあっ、気持ちいぃぃぃっ!」 「俺も凄くいいよ、ハイン!」 「あぁぁぁっ、幸せぇっ、……なたと……ぁなたとあぁぁっ、あなたとこうなれて……っ、幸せなのぉっ」 可愛い事を言われて、満ち足りた思いでピストンを繰り返す。 ペニスが昂ぶって限界が近い。 「ああぁぁぁっ、あふっ、んぁあぁぁぁん、ひゃんっ、ひゃぁぁぁぁぁんっ」 「も、もうダメぇ、あぁぁあっ、イっちゃう! たくさん擦られて、もうっ、イっちゃうよぉぉぉぉっ」 「はぁっ、あぁあぁぁんっ! ん、フぁぁっ、私、初めてなのにおま○こでイっちゃうぅぅ!」 「俺もイキそうだっ」 「イってぇ、んぁぁあぁぁっ、一緒に、イってぇえぇぇぇぇっ、あふっ、あはぁぁぁぁっ」 「おち○ちんでイクよぉ……! あぁあうっ! おち○ちんで、もぅ、イクぅぅぅぅぅっ、あああぁぁぁぁっ」 ハインの膣が激しく収縮を開始し、それに合わせてペニスも痙攣を始める。 「っ! ……イクよ、ハイン」 「あふ、んぁぁあぁっ、ああぁぁあっ、ふあぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ!」 「アァっ! アァッ! あぁぁぁああああぁぁぁん! イクイク、イクゥゥゥゥゥゥ!」 既に答える余裕もなくなったハインへと、最後の激しい抽送を始める。 「ひぁああああああんっ! あっ、あんっ、んっんんっああああああっ!」 「も、あぁぁぁぁぁっ、キテ、ああぁぁぁぁっ、きゃふぅぅぅんっ! あはっ、んはぁぁぁっ」 「あっ、あっ、あっ、イク、イッてる、あうっ、ああぁぁぁああぁっ、イクイクっ、あああぁぁあ!」 「くっ、出る……!」 「あぁぁあああぁあああぁああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!」 ドクンドクンと脈打ちながら、ハインの膣内へと全ての精が放出されていく。 「ん……んくっ、ん……っ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」 「あ……は…………あぁ……っ……出てる……彼方のが、私の膣内に……全部……出てるぅ…………」 味わう様に目を閉じたまま、膣を収縮させ続けるハインにそっとキスをした。 「ん……んちゅ……ちゅぱ……んん……」 「んちゅ……ちゅっ、ちゅぱ……」 「あふぅっ、ん……ちゅぅっ、ちゅぱっ…………んっ」 唇を離すと同時に射精し終わったペニスをズルリと引き抜くと、白濁液がゴポリとハインの穴から零れ出た。 「いっぱい……出たのね……嬉しい……」 「私で……いっぱい出してくれて、嬉しいよ、彼方」 太腿に伝う精液を愛しそうに眺めると、ハインが安堵の笑みを浮かべる。 「好きな人に抱かれるのって……こんなに、幸せなのね……」 噛みしめるように囁いたハインの肩を抱いて、もう一度軽くキスをした後、冷たい風に晒された身を隠すように、互いに服装を整えた。 「っと……」 正面から甘えるように抱きついてきたハイン。その力に抗うことなく、俺の身体は布団に沈む。 「ふふっ……♪」 ハインは俺の下半身にのしかかるような体勢で、照れ混じりの笑顔を浮かべた。 「感謝しなさい。……今日は特別に、私の方からしてあげるわ」 「してあげるって、何を?」 「な、何をって……だ、だから、そういうこと……」 「そういうことって?」 「〜〜っ……! そ、そういうことはそういうこと! わ、私が、そのっ……っ、あなたのモノを、色々、ああして、こうしてっ……」 この状況下で、女の子にあれこれ尋ねることがタブーだと分かってはいても……その顔が見たくてやっちゃうんだよな。 「初めての時は、されるがままだったから……きょ、今日は、私の方から、と思って……」 「なるほど……ありがとう、ハイン」 「べ、別に、お礼なんて……」 「俺と一緒にいることで、ハインも少しずつエッチに積極性が出てきてる……って事かな」 「っ!? そ、そういう言い方しないでぇっ!」 必死に否定するハインを微笑ましく思いつつ、心の中ではこっそりと感謝している。 恥ずかしさを堪えてでも、俺のために頑張ろうとしてくれているハインの気持ちが嬉しかったから。 「それじゃあ……」 「あ……う、うんっ……」 互いの視線が交わることで、それまでの和気藹々としたムードが色気を帯び始める。 「えっと……ここを……」 ハインはぎこちない手つきで俺のベルトを外し、チャックを下ろして―― 「ひゃっ……!」 下着から飛び出した俺のペニスを目の当たりにして、短い悲鳴を上げた。 「な、なに今のっ、びっくり箱みたいっ……」 ……その例えはどうかと思うぞ……。 「私がする前から、こんなになって……ねぇ、もう気持ちよくなってるの……?」 「気持ちよく、っていうよりは……興奮してるんだ」 「興奮……」 「ハインとエッチなことが出来るって分かった時から、ずっとね」 「〜っ……!!」 その反応を見るためなら、多少の恥ずかしいセリフも口に出来ちゃうな。 「そ、そう、なのね……私と、エッチなことが出来るから……期待、とかして……それで、こんなに……」 現時点で硬く反り返っているそれを見て、ハインの表情が艶めいていく。 「……大きな……おち○ちん……」 性的な欲求から起こる色艶とは別に、恥じらいや戸惑いといった初心な感情が見てとれるあたりが愛おしい。 ……しかし……。 「あの……ハイン?」 「な、なにっ?」 「そんなにまじまじと見つめられると、さすがに恥ずかしいんだけど……」 「ああっ! ご、ゴメンっ! でも、だって……!」 俺の指摘を受けて、ハインがあたふたと両手を振る。 「……っていうか、男の人のモノを、こんな近くで見るの、初めてなんだもの……」 「こ、これが……あの時、私の中に入ってきてたんだ、って思ったら……なんか……」 ハインはそこで言葉を途切れさせて、太ももをもじもじと擦り合わせる。 その生々しい反応に、思わず生唾を呑みこんでしまう。 「と、とにかくっ……今日は、私がするからっ……」 「ああ。それじゃ、お願いしようかな」 「うん……ただ、黙って……私のご奉仕で、気持ちよくなるだけで、いいんだから。ね……?」 「ご奉仕」という言葉に、下半身が軽く反応してしまった。幸い、緊張しているらしいハインには気付かれなかったみたいだけど。 「それじゃ……」 そして、ハインは自ら身を乗り出して―― 「……ちゅっ……」 挨拶をするかのように、俺の亀頭に礼儀正しく控えめなキスをしてくれた。 「ん、ちゅるっ……れろっ、ちゅ、んちゅっ……」 恥ずかしげに覗かせた舌先で、撫でるように竿を舐め上げるハイン。 「こ、こう……かしら……ん、れろっ……ちゅるっ……」 戸惑い混じりに触れてくる舌が気持ちよくもあり、くすぐったくもある。 「ん、んん……なんか、ちょっとしょっぱい……これが、……おち○ちんの味……?」 「って……あ、あんまり、こういう事言っちゃダメよね……うん……」 一人でそう口にして、一人で照れてるところがなんか可愛いぞ……。 「ぺろ、ちゅ、ちゅるるっ……ん、れろれろっ、ちゅっ、んんっ……くちゅっ……」 にしても……あのハインが、自分から積極的に口でしてくれるなんて…… 「んん、れろっ、ちゅるっ……ぺろっ、ん、んちゅっ、ちゅぷっ……ちゅぱっ、くちゅっ……」 普段の強気な言動をしっているからこそ、しおらしくフェラをしている表情がグッとくる。 「ん……はぁっ……ん、気持ちいい……?」 鼻筋に裏筋を這わせるように、その綺麗な顔にペニスを密着させてハインが問いかけてくる。 そんな彼女に一度だけ頷き返すと、ハインは嬉しそうにはにかんだ。 「そう、よね……ん、ちゅっ……私が、っ……ちゅる、れろっ……ここまで、してあげてるんだもの……」 「さっきよりも、おち○ちんがムクムクって膨らんで……硬さも熱さも、凄いことになってる……ちゅるるっ、ぺろ、くちゅっ……」 「これって、感じてくれてる証拠……よね? ん、れろっ……」 ハインのフェラは、決して上手くはないのかもしれない。けど…… 「んっ……それじゃあ、もっと……ん、ちゅ、れろれろっ……」 拙いながらも、俺を気持ちよくしようとしてくれるその献身的な姿勢が、身体に伝わってきて…… 「んちゅっ……れろれろっ、ぺろっ、んっ、ふぁっ……はぁっ……んんっ、ちゅぷっ……」 それを意識すると、下半身が震えてしまう……! 「んん、れろっ、ちゅぷ……ここ、気持ひぃ……の? ぺろっ」 「っ……!」 「あはっ……♪ 今、ビクッて震えた……身体は正直、ってやつかしら?」 裏筋をなぞるように舌を這わせて、亀頭をひと舐めされた瞬間……思わず、下半身が跳ねてしまった。 「ここが……ん、気持ちいいところ……? んちゅ、れろっ、れろれろっ……」 「う、くっ……」 亀頭を撫でるように舐められ続けて、堪えようとしても声が出てしまう。 「そっか……じゃあ、もっとここを……」 そう言って、ハインが一度口を離したかと思うと―― 「んむっ……!」 お、俺の先端が……ハインの口の中に……!? 「ん、んんっ……! んむ、ん、んくぅっ……ん、ぷっ……」 口内に含まれることで、敏感な亀頭が頬の裏や舌、唇に擦れてっ…… 「んむぅっ……ん、んじゅっ……ちゅるっ、んぷっ、ちゅぷっ、んんんっ……」 は、ハインの唾液で……俺のモノが覆われていくっ……。 「んっ……ふーっ……んふっ……ん、んんっ……」 「痛くない?」「気持ちいい?」「大丈夫?」……そんな気遣いのこもった視線で、上目遣いに俺を見てくるハイン。 口の中にペニスを含んだままの彼女に、俺が頷くことで返事をすると…… 「ん、ちゅぷっ……ん、じゅっ、ちゅるっ、じゅるるるっ……」 「っ……!!」 唇で竿を固定するようにしながら、ゆっくりと頭を上下させ始めた。 「んぷっ……ん、んぐぅっ……ちゅるっ、んじゅっ、ちゅっ、ちゅぷっ……んじゅっ、ちゅぷっ、んんんっ……」 こ、これっ……ハインの口が、小さいからなのか…… 「んちゅっ、ちゅっ、じゅぷっ……ぷちゅっ、くちゅっ……ん、んむっ、んんーっ……!」 亀頭の周辺で、唇や舌が行ったり来たりを繰り返して……敏感なところがピンポイントで刺激されるっ……! 「んむっ、ぷはっ……! はっ、はぁっ、はぁっ……」 息継ぎのためか、どこかぼんやりとした表情のハインが口を離す。 「ん、ちゅるっ……ふぁ……おち○ちん、スゴいぃ……さっきから、ビクビクって力強く脈打って……ん、ちゅるっ……」 そのまま休む間もなく、舌での愛撫を続けてくれるハイン。 「こんなに膨らませたら、口の中に入りきらないじゃない……ん、あむっ……」 不服そうにそうこぼして、再度亀頭を口内に含んだかと思うと―― 「んじゅるっ……! じゅっ、んちゅっ、ぷちゅっ……! んむっ、じゅっ、じゅるるっ……!」 さっきよりも激しく、刺激的なフェラチオを惜しげもなく披露してくれる。 「じゅぷっ、んん、んくっ……! ちゅぷっ、んちゅ、ちゅるるっ、ぷちゅっ……!」 気付けば、ハインの口の周りは愛液と涎ですっかり濡れていて…… 「くちゅっ、んっ、んむぅっ……ぷはっ! はぁっ、ん、んんっ……あむっ、んじゅるっ、じゅっ、じゅぷっ……!」 口角に白い泡が溢れるほど、夢中になってむしゃぶりつくハイン。 そんなハインの積極的な姿勢と、直接的な刺激が相まって……そろそろっ……! 「は、ハインっ……! 俺、もうっ……」 「んんっ……ん、んむっ……ん、んっ……!」 呻くような俺の声に、ハインがこくこくと短く二回頷いた。そして…… 「んじゅっ! じゅっ、じゅぷっ……! ちゅぷっ、んじゅっ、じゅるるっ、じゅぷぷっ……!!」 ふぇ、フェラの激しさが、ますます強くっ……! 「んっ、んむぅっ……! んじゅっ、じゅぷっ、じゅるるっ……! ぷはっ! はっ、はぁっ……!」 「ふぁぁっ……ん、このままっ……全部、出してぇっ……私の、口の中にぃっ……ん、あむっ……じゅぷっ……!」 唇で、竿を擦るように刺激され……口内の圧迫感と、舌の愛撫で亀頭を責められてっ……! 「くちゅっ、ちゅぷっ……! ん、んむぅっ……! んじゅっ、ちゅっ、じゅるるっ、ぷちゅっ……!」 「んむぅーっ……! ん、んんっ! んくっ、じゅるっ、じゅぽっ! ぐぽっ! ぷちゅっ、ちゅっ、んじゅっ……!!」 だ、ダメだ、もうっ―― 「んんっ! んむっ、んじゅるるるるっ……!」 「は、ハインっ!」 「んんっ……んむぅうううううっ!?」 ――ハインの名前を叫ぶと同時に、勢いよく下半身が爆ぜる。 「んくっ、ん、んんっ……!? ん、んむっ、んぷっ……ん、くっ、んんんっ……」 口内で噴出する精液に、ハインは驚きを隠せない様子だ。 「んむぅっ……! ん、んちゅっ……ちゅっ、んくっ、ん、んくっ……」 それでも、ハインは決して口を離すことなく……懸命に、俺の射精を受け止めてくれている。 やがて、段々とその勢いが弱まってきたところで…… 「んぷぅっ……!!」 ハインの口から離れた俺の竿が、勢いよくしなって反り返る。 「ん、んくっ……こく、んっ……んんっ……」 可愛らしく喉を鳴らして、ハインが俺の……って、えっ……。 「は、ハインっ……?」 飲んで、くれてる……のか? 「んんんっ……! はっ、はぁっ……んくっ……ふぁっ……はぁ……はっ……」 耳まで真っ赤にしながら、ハインがゆっくりと口を開いた。 「んぁ……」 控えめに差し出された舌は、鮮やかなピンク色をしていて……全部飲んだってことを、アピールしたいんだろうか。 「うう……なんか、苦くて舌がピリピリする……」 「別に、そこまでしなくても……」 「いいのっ……私が、してあげたかっただけなんだから……」 それも、俺を想ってくれたが故の行動……と考えるのは、さすがに自惚れすぎだろうか。 「でも……これだけ出た、ってことは……気持ちよかった、ってことよね?」 「ああ、それはもう」 少しだけ顔を横に向けて、ハインが嬉しそうにはにかむ。 その様子が、たまらなく愛しく思えてきた俺は…… 「ひゃわぁっ……!?」 攻守交代とばかりに、ハインを布団に押し倒す。 その際に思わずといった感じで漏れたハインの悲鳴が、またなんともいえず可愛らしかった。 「ちょ、ちょっと、えっ……? あ、あっ……」 そのまま強引に、有無を言わさずハインの制服をはだけさせていく。 「〜っ……」 可愛らしい下着を丁寧にずらした結果、ハインの透き通るような白い肌が露わになった。 「ハイン……綺麗だよ」 「脱がす前に言いなさいよ……もう……」 形の良い乳房と、その先端でぷっくりと膨れた乳白色の乳首。 そこから視線を下にずらせば、柔らかな肉に挟まれるような形で秘裂が見え隠れしている。 「……あんまり、見ないでよ……」 「……特に何もされてないのに、その……もう、ビショビショになっちゃってて……恥ずかしい、から……」 顔を赤らめてそう告白しながらも、その部位を隠そうとしないところに、ハインの同意を汲み取る。 「ハイン、挿入るよ」 だから、俺はハインの腰を抱くようにしながら、下半身を近付け―― 「んっ……ん、ふぁっ……あっ、あぁっ、んぁああああああああっ……!!!」 ハインの唾液と自らの精液でベトベトになったペニスを、ハインの膣内に押し込んだ。 「はぁっ……! ん、んぁっ……! あぁっ、あ、あぁっ……!」 一度体感した行為、とはいえっ…… 「は、入って、きて、るぅっ……! ……なたの、熱いのがっ……わ、私の、中にぃっ……!」 この快感と刺激っ……油断すると理性が溶けていきそうだ……! 「あっ、あ、あっ……段々、奥、きてぇっ……あなたと、一つにっ……あっ、はぁっ……!」 「硬くて、熱いおち○ちんがぁっ……私の、おま○この中っ……! どんどん、進んできてっ……あっ、ああっ!!」 ずるずると腰を沈ませて、先端が最深部に辿り着く。 「んっくぅううっ……!!」 その瞬間、ハインが身体を小さく仰け反らせた。 「んっ……はっ、はぁっ……ぜ、全部……入ってる……?」 「ああ……一番深いところまで、ハインと繋がってる……」 「ひゃっ……! あっ、んっ、んんっ……!」 それを証明するために軽く小突いてみると、ハインが愛らしい悲鳴を上げた。 「はぁっ……んっ、はぁ……ね、ん……ゆず、は……」 「ゆずは、まだ……帰ってこない、わよね……?」 「ああ……ありえたちと飯に行ったんなら、きっとお喋りで盛り上がるだろうから……当分帰ってこないよ」 「……じゃあ、いっぱい声出しても……平気……?」 「平気」 俺の許しを得たからか、ハインは子供のようにあどけない笑顔を見せた。 「それは、たくさん声が出ちゃうくらい、激しくして欲しいってこと?」 「ふぇっ!? べ、別に、そういう意味じゃっ……」 と、口ではそう言っているが……こうしている今も、ハインの膣壁は何かを期待するようにペニスをキュッと締め付けてくる。 「なら、お望み通り……」 「ち、違っ……私は、そういうつもりで言ったんじゃ……ひゃぁああんっ!?」 さっきは、ハインが俺の事を気持ちよくしてくれた。 「あっ、ん、んんっ……! んぁっ、あっ、はぁっ……! あっ、あぁあっ……!!」 なら、今度は俺の番だ……! 「ふぁっ、あぁっ……! あっ、んんっ……! ふぁっ、あっ、ひゃぁあんっ……!!」 最初はゆっくりと、焦らすようにねっとりとした腰つきでピストンを繰り返す。 「ちょ、ちょっと、んぁぁ……ん、んんっ……! はぁっ、あっ、んっ……はぁっ、……ひぁ、あぁっ……」 「ん、んぁっ……はぁっ……だ、ダメぇっ……そ、そんなっ、ゆっくりっ……や、優しく、しないでぇっ……」 「だ、だって……そんな風に、されるとっ……ん、あっ……おま○こが、切なくなっちゃうっ……」 その言葉通り、熱を帯びたハインの膣内が俺のモノに絡みついてくるのが分かる。 「ってことは、やっぱり激しく……」 「だ、だから……いちいち口に出さなくていいのっ! さ、察しなさいよっ……」 反応を楽しむためとはいえ、さすがにちょっと意地が悪すぎたかな……よし。 ハインの下半身を抱き寄せるようにして、一度体勢を整える。 冬場だというのに、二人の繋がっている箇所から生じる熱で、俺たちはほんのりと汗ばんでいた。 「ふぁぁ……」 腰を前後させやすい位置に動かして、再びハインと見つめ合う。 「声、我慢しなくていいから……」 「ん……ちゅっ……」 愛しい彼女に、想いを込めたキスを一度。そして…… 「あっ……ん、んんっ! んぁっ、あっ、はぁっ……! あっ、あぁっ、んぁああっ!!」 先程までの挿入が前戯だったかのように、強めに腰を打ち付ける。 「ひぁあああんっ! ああぁぁっ……! あっ、そ、そんなっ、いきなりぃっ!」 快感からか、目尻に涙を浮かべていやいやと首を振るハイン。 その手前では、俺が腰を一突きする度に、豊かで弾力のあるおっぱいが上下に揺れている。 「こんなっ、激しくされたらぁっ……! やっ、あっ、あぁっ……! お、おっぱい、揺れちゃうぅっ……!」 「それがエロいんだって……!」 「え、エロいって……んぁああっ!? そ、そんなこと言われても、全然嬉しくないんだからぁっ!!」 形の良いおっぱいが弾ける度に、うっすらと浮かんだ汗が光を反射して輝く。 そんな、ハインの裸を見下ろすようにしながら……ひたすらに、獣のように性欲をぶつけていく。 「だ、ダメぇっ! そんなっ、おち○ちんっ、いきなり来ちゃダメぇっ……! おま○こっ、変になっちゃうぅっ!」 「いいよ、変になっても……!」 快楽に身を委ねる事を赦しながら、夢中になって腰を振る。 「んっ、あっ、ぁああああああっ!! ふぁっ! あっ、あぁ! お、奥ぅっ、奥までぇっ、おち○ちんが来てるぅっ!!」 「なかぁっ、ズプズプって擦れてぇっ……! おま○この中っ、かき回されてぇっ……ダメぇっ、気持ちいいっ、気持ちいいのぉっ!!」 互いの呼吸が伝わる距離感で、ハインが淫らによがっている様を見て興奮が高まる。 「んっくぅうううっ……! あっ、はぁっ、ん、んんっ……! ひゃぁっ、あっ、あぁぁっ……! やっ、んぁっ、あぁぁんっ!」 視覚だけじゃない。触れ合う肌、淫靡な匂い、愛らしい喘ぎ声……身体中の感覚が、ハインと繋がることに悦びを覚えているんだ。 「ひぁあああっ!?」 意図的に腰を引いたまま、以前ハインが感じてくれた箇所を重点的に責め上げる。 「やっ、あっ、あぁっ……! そこっ、そこぉっ……! やっ、やぁっ……気持ちいい、気持ちいいのぉっ……!」 「私のっ、一番感じちゃうところっ……おち○ちんで擦られるとぉっ、あっ、あぁああっ!! おかしくっ、おかしくなるぅううっ!!」 激しさを増せば増すほど、二人の結合部からジュプジュプといやらしい水音が鳴り響く。 普段気丈に振る舞っているハインが、口の端から涎を垂らすほどに乱れて…… 「はっ、ん、うぅっ……! ひぁっ、あっ、ぁぁあっ……!! はぁっ、ん、んんっ! あっ、あぁっ、あぁああーーーーっ!!」 そういうギャップを見せつけられると、ますます股間が熱くっ……! 「んっくぅうううううっ!!! はぁっ! あっ、あぁっ! やぁっ、もっ、ダメぇっ……! ホントっ、ホントにおかしくなっちゃうからぁっ!!」 突き上げる度に、収縮力を増しているように感じられるハインの膣内。これは、絶頂が近いってことなのかもしれない。 かく言う俺も、そろそろ限界が近いっ……! 「ひぁああっ! あっ、ん、んんーーーっ!! はぁっ、んぁっ、あっ、あぁっ……!!」 「ハインっ……! 一緒に、一緒にイこうっ……!」 「あっ、あぁっ! んっ、うんっ! イきたいっ! 一緒にイきたいぃっ! 一緒に気持ちよくなりたいのぉっ!!」 俺のペニスが激しく脈打ったのと同時に、ハインの膣内がキュッと締まったのが分かる。 「全部っ、中ぁっ! 中に出してぇっ! ……私の身体で気持ちよくなった証拠をっ、おま○この中に全部注ぎ込んでぇっ!」 「くっ……!!」 ハインに求められるまま、一心不乱に腰を突き上げる。もう、このままっ……! 「んぁあああっ!! あっ、はぁっ! もうっ、もうイくぅっ! おち○ちんに激しくかき回されてぇっ! おま○こイッチャうぅっ!!」 「一緒にイくのぉっ!! 大好きなっ、おち○ちんと一緒にぃいいいいっ!!」 「おま○こっ! おま○こがイくぅっ! イッちゃうぅっ!! おま○こイくぅううううううううううううううううっ!!!!!!!」 「っ――!!!」 「んぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」 ――それはもう、隣家まで響きそうなほどの大音声。 「あぁっ! んっ、んんっ……! ふぁっ、はぁっ、あっ、あぁっ……!」 激しく仰け反り、ビクビクと身体を震わせるハインの体内に…… 「んっ、んんーーーっ……!! あっ、あぁっ……! ん、っくぅっ……!」 俺の精液が、二度目の射精とは思えない勢いで注がれていく。 「あっ、あぁっ……ん、んぁっ……か、彼方のっ、熱いのぉっ……中、入ってっ……」 「ドピュ、ドピュってぇ……おち○ちん、脈打ちながら……いっぱい、吐き出してる……ん、んぁっ……あぁっ……」 その行為を促すように、ペニスを圧迫して離そうとしないハインの秘裂。 「んっ、あっ……あぁ……はっ、はぁっ……んぁ……はぁっ……はぁ……はっ……」 しばらくの間、俺たちはそのままの体勢で、熱を帯びた性器を繋げ合わせていた。 それから、少しの時間が経って…… 「……ん……はぁ……」 互いに呼吸を整えながら、視線を逸らすことなく見つめ合う。 そのままの状態で、俺は額の汗ではりついたハインの前髪を指先で整えた。 「……気持ち、良かった……」 照れ混じりに、けれど素直に感想を口にするハイン。 「ゆずの帰りが、遅いって分かったから……声、我慢しないでいっぱい出しちゃったわ……」 「どうりで……今日のハイン、すごくエロかった」 「っ……そ、そういう報告はしなくていいわよ、もうっ……」 ばつが悪そうに視線を逸らすハインを見て、頬が緩みそうになってしまう。 ハインは恐らく、無自覚なんだろうな……そうやって、拗ねたりする表情もまた、俺には可愛いとしか思えなくて―― 「……大好き」 ……照れくさそうな表情を浮かべながらも、俺への好意を口にしてくれた彼女に…… 「……んっ……ちゅっ……」 俺は、精一杯の想いを込めた口付けをすることで、返事の代わりとした。 椅子に座って視線を向けると、ハインの恥部が実によく見えた。 瞳を反らさずにじっと見つめていると、ハインの足が小さく震えた。 「あ、あんまり見ないでってばぁ……」 「ハイン、もう一つ頼みがあるんだけど」 「もっとしっかり見たいからさ、自分の手で広げて見せてくれないかな」 「!! なななななな、なん、なん……!」 言葉にならずに目を白黒させるハインの動揺が凄まじい。 だけど見たい。見てみたい。ハインの、いわゆる“くぱぁ!”を。 「へ、変態っ! そ、そんな事フツー言う!?」 言わないかもしれない。だがそれでも見たいものは見たい。 「……俺さ、すっごく頑張ったんだ。少しでもハインの役に立ちたくてさ」 「確かに……頑張ってた、けど……」 「見せてくれたら、もっと頑張れそうな気がする」 「……ッ、都合の良い事ばっかりっ」 「〜〜っ! そ、そんな目で見ないでよっ。……断れなくなっちゃう」 「! いいの?」 「よくないっ! ……よくない、けど……少しだけ、なら……」 「少しでいい」 「もうっ……! こんな事、あなたにだけ……なんだからねっ」 顔を真っ赤にしながらそう言うと、ハインはそっと自分の手を性器へと伸ばした。 白く細い両の手の指先が、ハインの恥部をゆっくりと押し広げていく。 「ん……んんっ……ぁんっ、……んふぅ……っ」 ニチャリという湿った音を出しながら、ハインの大陰唇が開かれピンク色の小陰唇が露わになる。 膣口はヌラヌラと濡れて光っていて、今にも雫がこぼれ落ちそうだ。 「濡れてる」 「だって……そんな目で……見る、からぁ……」 「見られると濡れちゃうの?」 「分かんないわよぉっ。……でも、こんな風に見られると、アソコがヒクヒクってなっちゃうの」 ハインがびくりと体を震わせると、トロリとした愛液が机を濡らした。 「机にシミが出来ちゃうね」 「えっ……あ……、いや……私、こんな……恥ずかしい……。もうダメェ……」 足を閉じようとしたハインを、そっと手で制す。 「そのまま」 戸惑うハインをよそに、ハインが自分の手で広げたままの膣に、ゆっくりと指を挿し入れた。 ぬぷっとした温かくて湿った感触に指が締め付けられる。 「あぅっ! あ、あぁ……っ、ん、あふぅぅんっ」 「手はそのままにしてて」 「だ、だけど……あ……あぅっ、こ、このまま、……ンァッ! このまま、なんてぇ……っ!」 身を震わせながらも俺の言いつけを守り続けるハインが愛しい。 挿し込んだ指先をグッと押し曲げ、ハインが好きなGスポットを刺激する。 「ふぁぁんっ! それ、ダメ……っ! あっ、あっ、んぁああんっ!」 「そこ、あぁぁあっ、そこっ、弱いからぁっ、んっ、あぁぁあっ、ダメェ……っ!」 「でもこんなにグチュグチュ言ってるよ」 「ひっ、ひんっ! んぁっ、気持ち、いいっ……気持ちいい、けどぉ……っ! んぁっ、ぅみゅっ! んぁぁっ」 「こ、こんな……自分で……あふっ、おま○こ広げて……っ、あ、あぅっ! ……指でグチュグチュにされて……っ!」 「恥ずかしいのにぃ……! 恥ずかしいのに気持ちいいのぉっ! あんっ! あぁっ!」 素早く指を上下させて、ざらついた膣壁を何度も何度も刺激する。 ハインの目がトロリとしてきて、口がだらしなく開いていく。 「あぁっ! あふっ、んふっ……! きゃんっ! あっ、あぁっ! ひぃんっ!」 「ふぁぁぁぁっ、んっ、んくっ、はぁっ、はぁあぁぁんっ」 ハインが広げた恥部の中心で勃起したクリトリスが、触ってほしそうにヒクリと動いた。 ゆっくりとそこに顔を近づけて、そっと唇で吸ってみる。 「ちゅうっ、ちゅくっ、ぺろ、れろ、ちゅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅっう!」 「きゃぁぁぁぁんっ、ソコ、んぁっ、す、吸っちゃ、あぁぁあっ、あふ、んっ、あぁぁっ」 「んふぁあああぁあんっ! あっ、あっ! あっあぁあぁ!」 「膣内ぁ、グニグニされてるままなのにぃっ、クリトリスまで吸われちゃうのぉっ? あぁっ、そんな事、され、たらぁあああぁっ」 「じゅる……ちゅるるるっ、奥から、いっぱい溢れてくるよ、じゅるるっ、ハインの愛液」 「ひゃうっ! あ、溢れちゃう、溢れちゃうぅっ。おま○この奥から、あぁっ、いっぱい溢れちゃうの止まらにゃいよぉぉぉっ」 「あぁああぁ……らめ、らめ、もう、あぁっ! じ、自分で広げてられにゃくなっちゃふぅうぅっ」 ハインの指先が自らの愛液で光りながら、快楽に耐えようと必死にわななく。 そんなハインの様子を確認して、今度は舌全体をクリトリスに押し付けながら、素早く舌を上下させる。 「じゅる、ぺろぺろ……んっ、お尻の、穴まで……じゅるるっ、ヒクヒクしてるのが分かるよ」 「ふぁあぁあんっ! おま○こパクパクしちゃうし、お尻もヒクヒクってしちゃうのっ、あぁぁあっ」 「えっちな汁で、あぅあぅっ、お尻までビショビショになっちゃってるゅうぅぅっ、ふぁぁぁんっ」 「じゅるるるっ、ぺろぺろぺろ、ちゅっぅぅぅぅぅっ」 「ひぁっ、ぁあっ! 広げたおま○こ刺激されるの気持ちいいっ……! 気持ち良すぎるよぉ……っ! あぁ、ふぁぁああんっ!」 「きゃうううううっ、んっんっ、んっ! あぁ、舐められるのも気持ち良すぎるのぉっ! じぇんぶぅっ、おま○このじぇんぶ気持ちひぃぃぃ」 「ハインの……じゅるるっ、クリが硬く尖ってる、ちゅぅぅぅっ」 「あふっ、んはぁぁあっ、良すぎるのっ、あぁぁぁっ、あぁぁぁあんっ、あふっ、イク、あはぁぁっ」 「そんなに、あふっ、いっぱい舐められたら、ああぁぁぁっ、あふっ、ひゃうぅぅぅんっ」 「ああああああぁああぁ……! らめっ、イク、あぁんっ! クリトリスでイっちゃうぅぅっぅぅぅぅっ!」 包皮の剥けたクリトリスがビクビクと痙攣すると、ハインの両足にググっと力が込められる。 ピンと張った背筋から、ハインが達したのが見てとれた。 ――――ぬちゅっ……、じゅく……、ぬぽぬぽっ。 「ひゃうぅぅっ!?」 イッてしまったハインを休ませる事なく、そのまま入れっぱなしの指をズポズポと抜き差しする。 「ぁぁあああぁあ……だめぇ……だめぇ! いま、イッたばっかり、あぁっ、あんっ、イッたばっかりだからぁぁああ」 「このままGスポットを擦り続けてあげるから、もっと気持ち良くなってよ」 「っひぃん!? らめ、らめぇぇ。ふぁぁ、私、なんか、変、あぁっ! 変なのぉぉぉっ……!」 「イッたのにぃ、イッたのにぃぃぃんっ、あふっ、あぁぁあああぁっ、ふぁあぁぁぁぁっ」 辛うじて性器に両手を当てている程度にしか、自分の態勢を保てない程にハインはガクガクとした痙攣を繰り返している。 「お、ねが……私、それ以上、されたらっ、あっ、あぅっ、出ちゃうよぉぉぉっ。違うの出ちゃうぅぅぅっ」 「潮って事? それなら別に――――」 「違うのぉ、違うよぉっ! お、おしっこ……おしっこ漏れちゃうぅぅぅぅぅううぅぅっ。ああぁああんっ」 「……いいよ、おしっこでも」 ハインから出るものなら潮であろうと尿であろうと、然したる問題では無い。 「やだぁ……やだよぉ……! あぁっ、アァッ! 膣内、グニグニしちゃらめっ、ぁああぁうっ! きゃふぅっ!」 「気持ち良くない?」 「気持ちいぃよっ、だから、自分じゃっ、よけられないからっ、気持ち良くって、っ……指受け入れちゃうからぁっ」 「あなたが抜いてくれないとぉっ、いつまでもっ、おま○こが……あなたの指離さないからぁあぁっ」 「抜いてぇ、抜いてぇ……ぁああぁっ、それ以上ズポズポされたらぁっ、あぁっ、漏れるっ、漏れちゃうっ!」 「尿道ヒクヒクしてきちゃってるっ、Gスポットの上の膀胱がジュンジュンしてるのっ、してるぅからぁあぁっ」 刺激を受け続け興奮状態になったGスポットが、大きく肥大しているのが指先に伝わる。 その肥大した膣壁をググっと押し続けると、ハインはビクンっと体を反らした。 「ふぁぁ……ほんとに出ちゃ……あっ、あぁっ、あっ、ぁあああ! 出るっ、出るぅぅぅぅぅぅううううっ!!」 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!」 ――――ぷっしゃああああああああああああああああああ。 ハインの絶叫にも似た絶頂の声と共に、ハインの性器から大量の液体が噴き出した。 その液体は俺の腕まで濡らしながら、パタパタと音を立てて教室の床へと落ちて水たまりを作った。 「はぁ……はぁっ、……はぁ、はぁ……うそぉ……、うそでしょぉ……っ」 「私……あぅぅ、おもらし、しちゃったのぉ……ふぁっ」 ハインから出た液体に色は殆ど付いていない。 サラサラとした透明に近い液体が、ハインの太腿をしとどに濡らしている。 「きっと潮だよ……多分」 「おしっこだったらどうするのよぉっ! こ、この年で……おもらしなんてぇ……」 ハインは今にも泣き出しそうだ。 少しやりすぎてしまったかもしれない。 「ごめんね、ハイン。気持ちいいって言うハインが可愛くてさ」 「バカぁ……」 椅子から立ち上がって、瞳を潤ませるハインに優しくキスをすると、ハインの体が弛緩する。 ゆっくり制服のボタンを外して、ブラをずらすと形のいい胸がぷるんっと揺れた。 そのままハインの上半身を机へと倒して、その腰をグッと両手で引き寄せた。 「ひゃうっ」 冷え切った机に背中が押し当てられ、ハインが小さく悲鳴を上げる。 それでも俺にされるがままに身を委ねるハインの首筋へ、そっと唇を下ろしていく。 「ちゅっ、ちゅっ、……ちゅぅっ」 「ぁっ! んっ、ねぇ……あなたのも、触りたい……」 ハインが俺のペニスへと手を伸ばす。 ジッパーを下げると、既にガチガチに勃起したペニスが勢いよく飛び出した。 「……ん……おち○ちん」 ハインの指先が亀頭をくるくると撫でまわす。 先走りを指ですくうと、そのままカウパーを絡みつけるようにしてペニス全体に馴染ませていく。 「気持ち良くなって?」 人差し指と親指を合わせて出来た円形で、カリをひっかけるようにしながら上下に扱く。 柔らかい手でゆっくりと摩擦を加えられると、腰がびくっと動きそうな程に気持ちがいい。 「気持ちいいよ、ハイン」 「ホント? もっとよくなって欲しいから、気持ちの良い所を教えて?」 「じゃあ……さっき出たハインの体液で、もっとベトベトにして欲しいな」 「え……、これ、で?」 「うん、それでして欲しい」 「……分かったわ」 こんな物でいいのだろうか? という疑問と、先ほど盛大に放出した恥じらいとで戸惑いながら、ハインは自分の内腿から滴り落ちる液体を手に取った。 その濡れた手で、改めて俺のペニスへと手を伸ばす。 「ん……とっても熱くなってる。それに硬くてガチガチ……」 ぬちゃ、ぬちゃ、と空気と皮膚のこすれ合う音を出しながら、リズミカルに上下に手を動かされて、ペニスがピクンッと跳ね上がる。 「気持ちいい? おち○ちん、ぴくぴくってしたわよね」 「ハインの手、とっても気持ちいいよ」 「ふふっ、グチョグチョってえっちな音がする。んっ、私の、ぁっ、手の動きで、おち○ちんから、んんっ、えっちな音がする……っ」 「おち○ちん、あふっ……触ってるだけ、なのに、ぁんっ、私まで、気持ち良く、ふぁっ、なってきちゃった」 「こう、してっ、根元から、んっ、亀頭まで一気に扱いて、あふっ、そのまま、手のひら……んっ! くるってして、カリをきゅってするの」 「そうすると、あふっ、んぁ、おち○ちんが、ぴくって、ぁぁあ……する、から、んっ、嬉しくて」 「……っ! はぁ、……っ!」 「眉間に皺が寄ってるよ。きもち、いい? ふふっ、これが、ぁん! きもち、いいんだよ、ね? ……んんぅっ」 長い指先が何度も何度も裏筋を刺激する。 ハインは興奮で首筋まで肌を赤く染めながら、力加減を変えて上下運動を繰り返す。 「んっ! おしっこが出る穴から、ヌルヌルのがいっぱい、あぁっ、出てるぅ……。いっぱい出てるよぉ、あぁ……ん!」 「硬いので、ぁあっ、手のひら擦れる……! あふぅっ、んっ、私のえっちな汁と、おち○ちんが、ふあぅ、私の手の中で、んっ、混ざり合ってるよぉ」 ぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅっ。 淫らな音を立てながら白い肉に包まれたペニスに、ドクドクと血液が集まってきた。 「……っく! ハイン、俺、もう……イキそうだ……!」 「うん、いいよ。イッて? このまま……」 「うぁっ、ぁあ……!」 「おち○ちん膨らんできた、あぁっ……んっ、んっ、んっ、いっぱいシコシコしてあげるっ、んっ、ん」 「ビクビクしてる、イクのね、あぁっ。んっ、はぁっ……んんんっ」 「音、凄い……っ、んっ、んっ、んはぁっ」 「ハイン、もう……っ!」 「んっ、んぁっ、イッて、イって、私の手で、イッてぇ……!」 「……っく、出るっ!」 ――――びゅるびゅるびゅるっ! ドクンドクンと脈打ちながら、大量の白濁液がハインの恥部や太もも周辺を汚す。 「あったかい……はふぅっ、あったかいの、いっぱい出たね、んっ」 「はぁ、……っ。……ハインのおかげだよ。有難う」 「ふふっ、上手に出来たみたいで良かったわ」 精液に体を汚されながらも、にっこりと微笑むハインの穏やかな表情を見ていたら、出したばかりだというのにペニスがむくりと顔をもたげた。 「っ! また大きく……」 「入れてもいいかな? ハインの膣内に」 「うん……きて……」 頷いたハインの腰をぐっと引き寄せ、まだ十分に濡れているハインの膣内へと一気にペニスを突き立てた。 「きゃううううっ! あ、は……んんっ、挿入ってる……! 一気に……、あぁっ、あぁぁぁんっ」 「奥まで、……ふぁぁっ、奥まで届いてるぅ……! んぁああっ、あふっ、はぁあぁぁぁっ」 「ハインの膣内あったかくて、きゅうきゅう締め付けてくる……!」 「あっふぅ、んんっ、おち○ちん……、あぁっ、凄いぃ。硬くて太くて、ぁあっ! いぃぃぃっ」 「あんっ、あふっ、ふぁぁぁぁっ、んっ、はぁっ、はぁあっぁぁんっ」 ゆっくりと腰を引いてペニスをぬぷりと抜いた後、今度は勢いよくハインの膣内へ一息にペニスを挿し込む。 「あっ、あっ! あぁあうっ! きゃふぅっ、ふぁあぁっ!」 「根本まで……あぁっ、全部挿入ってるっ、私の膣内に、あぁっ、全部きてるぅぅっ」 「動くよハイン」 「うんっ、うんっ、動いてぇ、いっぱいいっぱい動いてぇっ、あふっ、あぁぁぁぁっ」 「あぁぁっ、擦られてるっ、あはぁぁぁぁっ、気持ち、いぃぃぃっ」 「ふぁぁあんっ! おち○ちん、やっぱり気持ちぃい! 好き、好き、好きぃっ!」 手前の膣壁に擦りつけるようにして、何度も何度もペニスを抽送すると、ハインの喘ぎが大きくなっていく。 「ぁあ! そこ、当たるぅっ! 気持ちいいとこ、当たってるぅ! Gスポットが、カリ首で擦られてるっ!」 「ふぁぁぁぁっ、きゃふっ、あうぅぅぅんっ、ヒンっ、んっ、んはぁぁぁぁぁっ、当たってるのぉぉぉ」 「きゃふぅっ、あうぅっ! ズポズポって音が凄いよぉっ! おま○こから気持ちよくて、あぁっ、んはぁあぁっ」 「愛液が溢れて、おち○ちんを濡らしちゃってるのっ! あぁぁっ、んっ、んっはぁぁあぁっ」 「ヌレヌレおち○ちんとヌレヌレおま○こで、ジュッポジュッポっていやらしい音、いっぱい出ちゃってるっ」 「私のおま○こから、えっちな音もえっちな汁も、全部……ぅあぉ、全部出ちゃってるぅぅっぅぅぅぅぅぅ!」 「あふっ、あふんっ、あぁぁぁっ、んっ、んぁぁぁっ、はぁあっぁぁぁんっ」 「ハイン! ハインの膣内、凄く気持ちいいよっ」 「私もぉ……ゃふぇぇんっ! 私も凄く気持ちいいのぉっ! あふっ、あふっ、あふぅうっぅぅっぅっぅ」 ハインの膣壁はペニスを離すまいとするかのように、ギュウギュウと締め付けるかのように蠢いている。 愛液は止めどなく溢れ続け、ペニスの抽送はどこまでも滑らかだ。 滑らかなピストンは自然と加速度を高め、ハインの膣内を何度も何度も擦りあげる。 「速いっ、あぁぁぁっ、おち○ちん速いよぉぉっ、あぁぁぁっ、あんっ、あんっ、あんっ!」 「速くて、あふっ、奥まで、あぁぁぁっ、奥まできて、あぁぁぁぁぁっ、んっ、んぁあぁぁっ」 「すごぃぃっ……これすごぃのぉぉっ! 奥にっ……いっぱい、んっ、んぁっ! あっ、ふぁっ、あんっ、あっ、きゃうっ」 「私の膣内ぁ、おち○ちんでいっぱい……! いっぱいだよ、あぁあう……いっぱいなのぉっ!」 嬉しそうに目を細めるハインが愛しくて、ペニスで子宮口を刺激する。 「ひゃうっ! 奥……っ、奥のトコ、コツンコツンって、うふぁっ、あたってる、あたってるの分かるよぉっ、あぁあぁっ」 「気持ちぃぃっ、あぁっ、あんっ、ふぁああぁぁぁっ、コツコツ好きぃっ、あぁぁぁあぁっ」 「奥にあたるの嬉しくて、ふっ、ふぁあぁ、おま○こが、ひくひくってしちゃってるっ。あぁん! ひくついちゃってるっ!」 「あぁあっ、あっ、あっ、あっ! いい……いい……あぅううんっ、んっ、んっ、んっ!」 俺達以外誰もいない夜の教室で、パチュンパチュンという肌と肌がぶつかる音が激しく響き渡る。 「もっと……もっと突いてぇ……っ、さっきの、お腹の裏の、とこ、おま○この上の、とこ、ぁあふぅっ、ひぃんっ」 Gスポットのところか。 ハインが望むなら、いくらでも――と腰をグラインドさせて、ハインの良い所に当ててやる。 「きゃふうううぅぅぅぅっ! しゅごっ、しゅごぃのっ、あ、これ、これしゅごぃっ、あぅっ、んはっ、んはぁあぁあぁあんっ!」 「好きなの、これ、ここ、好きなのぉぉおっ、あふっ、んはっ、あぁぁぁぁぁあっ」 「ここ、擦られると、あぁぁぁっ、何も分かんなくなっちゃぅぅっ、あぁっ、あぁぁぁっ、あぁぁぁぁっ」 ハインの表情が気持ち良すぎて何も考えられないといっている。 はぁっ、はぁっと細かく息を吸いながら、今にも落ちそうな意識を必死に留めているみたいだ。 「このままGスポットにあてたまま、スピードをあげるぞ……!」 「ひゃうぅぅぅぅっ! うそ、うそぉ……っ、もっ、もっ、ダメなのにっ、ダメにゃのにぃっ、これ以上、早く、あぁああんっ、早くされたらぁぁあ」 「Gスポットぉ、ぐちょぐちょ掻き回されて、イクっ! あぁあんっ、きゃうっ、あはぅっ、いっぱい、擦られてるっ」 「ハインの膣内、め……っちゃくちゃ締め付けてくる……! くっ、ぁっ!」 「らってきもてぃいぃのぉ、……ぁなたので擦られて、あぁぁっ、きもてぃぃぃのぉぉっ」 「……っなたの、あふっ、大きくなってるっ、あぁぁぁっ、……おち○ちんもパンパンに膨らんでるぅぅぅっ」 「……すごっ、っく」 「いっぱい締め付けちゃぅぅっ、嬉しくて、あはぁぁっ、気持ち良くて、おま○こきゅーってなっちゃうぅぅ」 「あふっ、あふっ、あはぁぁぁんっ、んっ、んぁっ、ひぃぃっ、んぁあぁぁぁんっ」 「おま○こビクビク止まらないよぉぉっ、あぁぁっ、あぁぁっ、あぁあぁぁぁぁぁぁぁっ」 ハインの締め付けがより一層の強さを増し、俺のペニスを捉えて離さない。 これでもかと絡みつく膣壁にペニスを擦り続け射精感が増していく。 「――っ!」 「……きもてぃぃのっ、あはぁぁっ、あなたもいぃんだねっ、……堪えてる顔、好きぃぃっ、あふっ、あぁあぁあっ」 「あぁぁっ、ふあぁぁ、も、あぁぁっ、イクぅぅっ、ああああぁぁぁっ、んっ、んぁあぁぁっ」 「あっ、あっ、あん! も、イっちゃうっ! 私ぃ、イっちゃう! イク、イク、イク! あんっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あーーーーっ!」 「俺も……っ、俺ももうっ!」 「あはぁぁあっ、んっ、んぁっ、出して、ああぁぁ、……あはぁぁっ、あふぅぅぅぅぅっ」 「あんっ、あぁぁぁっ、あふっ、んぁあぁぁぁぁああぁっ、イク、私、ああぁぁっ、イクぅっぅぅ」 「イッて、イって、イってぇ! あっ、あぁっ、あっ、あぁぁぁんっ! はぁっ、はぁぁああぁっ」 「あふっ、あはぁぁあっ、イク、イク、イクぅううううううううううううううううううううぅぅ!」 「……っ! 出るっ!」 「あああぁああああぁあああぁああああああああああああぁあああぁああぁっ!!!」 ペニスから精液が放出されるその直前、ペニスを膣から引き抜いた。 引き抜かれたペニスから放出された精液は、放物線を描きながらハインの胸へと、びゅるびゅるという音すら立てそうな勢いで落下した。 「あぅぅ……んっ、はぁっ……あぁ……んっ、んんっ……」 「はぁっ、はぁ……っん、……はぁっ」 息を整えながら、ハインがゆっくりと視線を下げる。 「はぁ……っ、んんっ、はふっ、彼方の……あったかいの、いっぱいかかってる……」 確かめるように指で精液を掬い取って、自分の胸をゆっくりとなぞりながら、ハインは幸せそうに微笑んだ。 「んっ、……あふぅ、……彼方ぁ、キス……しよ? ん、んちゅ……んっ」 「んんっ……」 「ん、ちゅっ、ん……」 求められるままキスを交わした後、ハインの胸と足にかかったままの精液を拭き取って、俺達は互いに身支度を整えた。 「あっ……」 ハインの体に自分の体を押し付けるように、ぴったりと密着する。 ハインの背中は俺の胸に、柔らかなお尻は股間と接する形となった。 「……誰にも、言わないでよね……?」 「何を?」 「だから、その……私が“あのまほ”の衣装に身を包んで、こういう事をしたってことを……」 「言うわけないって。大丈夫」 これまでの発言からも分かるように、作品を愛してやまないハインらしい心配だ。 それは杞憂だと微笑むことで、ハインの表情から少しだけ不安が薄らいだ気がした。 「んぁっ……」 ハインの大きなおっぱいに、ピッタリと密着したコスプレ衣装。 スクール水着のような肌触りの膨らみに、そっと指を這わせる。 「ん、んっ……」 片手の指が触れただけでも、ハインの背中がぴくんと震えるのが伝わってきた。 そのまま、欲求のままに力をこめていく。 「はっ、あぁっ……ん、あっ……くっ、ふぅっ……」 生地に動きを制限されているとはいえ、いやらしく形を変えていくハインのおっぱい。 弾力や温もりが、自分の手のひらに包まれていることを確かめるように、揉みしだく。 「んっ、んんっ……! んぁっ……はっ、あぁっ……あっ、んんっ……」 布越しの愛撫だけでも、こんなにいやらしい声を漏らすようになって…… 「ひゃぁんっ……ん、あぁっ……あっ、はぁっ……ぁっ、あぁぁぁっ……」 俺との行為を重ねることで、ハインも着実にエッチになってるんだな……。 その事実に悦びを覚えつつ、俺は二本の指先を伸ばして―― 「きゃぅうううんっ!?」 衣装越しでも分かるほどに勃起していたハインの乳首を、キュッとつまみ上げた。 「や、やぁっ……! あっ、そ、そこはっ……ん、んんんっ……!」 人さし指と親指の腹で、こねくり回すように愛撫をする。 「ひゃっ、ん、んんんーっ! あっ、あぁっ……ふぁっ、んぁっ、あっ、ああぁぁっ……!」 そうすることで、ハインの吐息はより淫らになっていき……露出した太ももを、モジモジとさせ始めた。 「はっ、ん、んんっ……ふぁ、あぁ……そこ、はっ……あ、あぁっ……」 「ハインはここ、敏感だよな」 「んっくぅうううっ!!」 抓ったままで真上に持ち上げると、ハインが小さく仰け反った。 「はっ、あ、あぁっ……あぁっ……ダメぇ、もうダメなのぉっ……」 「ダメって言われても、もう止めるつもりは……」 「そ、そうじゃなくてぇ……」 少しだけ戸惑う様子を見せてから、ハインがこちらを振り返り…… 「……直接、触ってほしいの……」 ……俺の耳元に、ドキッとするような一言を囁いてきた。 「……そういう事なら……」 そして、俺はハインの望み通り―― レオタード状の衣装を真ん中に引っ張る事で、ハインの美乳を外気に触れさせた。 「んっ、んんんっ!!」 そのまま、再度おっぱいに手を宛がい、先程と同じように乳首をキュッと摘まむ。 「は、んぁっ……っなたの手っ……直接、おっぱいに触ってるっ……ん、んんっ……」 「力強くて、温かい手のひらに弄られてっ……んっ、あっ、あぁっ……! ふぁっ、あっ、あぁんっ……!」 「やっ、あ、んんっ……おっぱいだけで、感じちゃうのっ……はぁっ……ん、ひゃぁんっ……!」 やっぱり、布越しとは違う。感触も、刺激も、興奮も……。 「ひぁっ、ん、んぁあっ……! あっ、はぁっ……ん、んんっ……! くふぅっ……!」 ハインの肌と、直接触れ合っているという事実が……俺の下半身を、じんわりと熱くしていく。 「はっ、あぁっ……あ……なたの、熱いの……お尻に、当たってる」 それを確かめるように、ハインが腰を左右に振ってくる。柔らかな尻肉に擦れて、軽く身悶えてしまった。 「私のおっぱいを揉んでるだけで、こんなにしちゃうなんて……エッチ」 「それを言うなら、ハインもだろ?」 「わ、私は別に……ひゃぅうっ!?」 胸ではなく、もう片方の箇所に伸ばした指を動かす。 最も敏感な箇所を弄られたからか、ハインの膝がガクンと震えた。 「あ、あぁっ……、そっちはっ……あっ、あっ、あっ……!」 衣装の上から、ハインの割れ目を人さし指の腹でなぞる。 「ん、んんっ……! ふぁっ、あっ、はぁっ……! んぁっ、あっ、あぁっ……」 それを何度か往復させるだけで、ハインの表情はみるみるうちに艶を帯びていった。 「だ、ダメっ……そこ、そんなにこしこししたらっ……あっ、はっ、あぁっ……」 「い、衣装が、濡れてぇっ……ビショビショになっちゃうぅっ……」 これを購入した時点で、汚す気満々だった俺には関係のない話だ……! 「ん、んんっ……! あっ、あぁっ……ひゃあああんっ!?」 「おおっ……」 興味本位で衣装を上に引っ張ってみたら、ハインのおま○こにキュッと食い込んで……! 「ちょ、ちょっと……! だ、ダメぇっ、あっ、ん、んんっ……!!」 それをさらに持ち上げたり、左右に揺らしたりすることで……気付けば、ハインの太ももに愛液が伝っていた。 「ハイン、こんなに濡らして……」 「だ、だからぁっ、それはこんな風にエッチなことばっかりするからぁっ……!」 「でも、直接触って欲しいって言ったのは、ハインだろ?」 「っ……そ、それは……」 その言葉が口から出たということは、より多くの快感を求めていたからに他ならない。 なら、彼氏の俺としては、ハインの望み通りに……! 「ひあぅうううううっ!?」 下半身を弄ってばかりで、おざなりになっていた胸への愛撫を再開。 「ひゃっ、ん、んぁああっ! あっ、あぁっ! んんんーーーっ!!」 と同時に、すっかり濡れている秘裂への愛撫も同時進行する。 「あっ、あ、あぁっ……! そ、そんなぁっ……い、一緒、一緒になんてぇっ……! ん、んんっ……!」 「おっぱいとおま○こぉっ、同時に責めちゃダメなのぉっ……! あっ、んぁっ、あぁああんっ……!!」 ハインが口にした「ダメ」の真意をしっかりと受け取って、両手の指を巧みに動かしていく。 「んくぅっ、くっふぅううんっ!!」 硬くしこった乳首を、指の腹で強めに扱きつつ…… 「んぁっ! あっ、あぁっ……!! はぁっ、ん、んっくぅううっ……! ひっ、んっ、ひゃぁああんっ!」 濡れ染みのできた割れ目の部分を、執拗に擦っていく。 「ちっ、乳首ぃっ……! んっ、んぁっ、シコシコされてるぅっ……! はっ、あっ、あぁっ……!」 「……好きな人に、触られてぇっ……いっぱい感じて、ビンビンに勃起しちゃってる乳首ぃっ……! 激しく、扱かれてるのぉっ……!」 興奮で膨らみを帯びた乳首を、引っ張り、抓り、扱き、転がし。 「あっ、あぁんっ! やっ、あぁっ、そ、そんなに引っ張ったら、伸びちゃうぅっ! 乳首が長くなっちゃうからぁっ!」 出ないはずの母乳が噴き出してくるんじゃないかと思うくらいに、ハインの乳首を弄り倒しつつ…… 「んぁあああああああんっ!!!」 衣装の隙間から指を忍び込ませ、直接割れ目に触れた瞬間、ハインが激しく仰け反りよがった。 「はっ、あっ、あぁっ……! んっ、んぁああっ……! 私のっ、ビショビショおま○こぉっ……長い指が、入ってきてるぅっ……!」 「あっ、あぁっ……! て、手前のところぉっ、コリコリするのダメぇっ……! イッちゃうっ、すぐイッちゃうからぁっ……!」 片手で乳首を、もう片方の手で秘裂を弄ることで、ハインの全てを支配しているかのような錯覚を覚える。 「んんーーっ……! はっ、はぁっ……ん、んぁっ、あぁっ……! ひぁっ、あっ、あぁああっ……!」 彼女の身体を意のままにしているという、ちょっと危ない高揚感……それが、俺の興奮を高めていって…… 「ひゃあんっ!? んぁっ、あっ、はぁっ……ん、あっ、あぁっ……! いいっ、いいよぉっ、気持ちいいのぉっ……!」 さっきから、ずっとお尻に擦れているコイツを……早く、ハインの中にぶち込みたいっ…… けどその前に、ハインを一度絶頂に導いてあげたいんだ……だから……! 「きゃふぅううううううううううっ!?」 乳首にするのと同じ要領で、秘裂を弄っていた指で「それ」を弄る。 「ひっ、んっ、んぁああああっ! クリぃっ! クリらめぇえええええええええっ!!!」 ただでさえ乱れていたハインが、首を激しく振ってよがり始めた。 「しょこぉっ! しょこはらめなのぉっ!! それっ、しゃれたらぁっ! すぐイッちゃうぅっ! イッちゃうからぁああああっ!!!」 口の端から涎を垂らし、呂律が回らなくなるほどに感じてくれている。 「クリはぁっ! 敏感だかりゃぁっ!! んっ、あっ、あぁああっ! シコシコしちゃらめなのぉおおおおおっ!!!」 俺の指先がふやけるほどに、止めどなく溢れてくる愛液。膝はガクガクと震えて、立っているのもやっとな様子だ。 それだけ、ハインが激しく感じてくれてるってことだよな……。 「んんっ! んっ、んんんんんっ!! はっ、あぁっ! かっ、かにゃたぁっ! かにゃたっ! もうらめぇええええっ!!」 ……舌っ足らずな感じで名前を呼ばれて、ちょっとドキッとしてしまった。 「イクぅっ! イッちゃうぅっ! イッちゃうからぁっ!! スゴいのきちゃうからぁあああああああああっ!!!!」 「ああ、イイよっ……イッてくれ、ハインっ……」 興奮を煽るように、わざと耳元でそう囁く。 「んぁあああああっ!! あっ、イクっ! イくのぉっ!! ひっ、ん、んぁっ! あぁあああっ!!」 「クリと乳首っ、同時にシコシコしゃれてぇっ!! おかしくなりゅうっ! おかしくなっちゃうぅうううううううっ!!!」 「あぁっ! あっあぁあああっ、ん、んぁっ! はぁっ! あっ、あぁああああああああああああああああっ――」 「んにゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」 ――大絶叫と共に、全身を激しく震わせたハインは…… 「んぁっ、あっ、あぁっ……! おっ、ほぁっ……あっ、はぁっ……あ、あぁっ……」 全体重を俺に預けるかのように仰け反って、勢いよく愛液を噴出させた。 「んっ、んんっ……! あっ、あぁっ、あぁーーっ……! はっ、はぁっ……んぁっ、あぁっ……」 下腹部は痙攣し、膝を震わせながら快感の余韻に喘ぐハイン。 「はぁっ……はっ、はぁっ……はぁっ……はぁ……はっ……」 そんな、激しく乱れた一面を見せてくれたハインを、俺は後ろからずっと抱き締めていた。 やがて…… 「ん……ふぁ…………はぁ……はっ……」 ある程度呼吸の落ち着いてきたハインが、涙目になった視線をこちらに向ける。 「……衣装、穢しちゃったわ……」 「大丈夫だって、誰にも言わないって約束しただろ?」 「そうだけどっ……でも、そういう事じゃなくて……」 作品への愛が深いからこそ、キャラのイメージを穢してしまったという罪悪感があるんだろうか。ふむ…… 「でも……これは言ってみれば、ハインが考えたオリジナルキャラ、みたいなものだろ?」 「ふぇ……?」 「だって、俺が知る限り……“あのまほ”に、猫っぽい口調で喋るキャラはいないはずだから」 「イッた瞬間のハイン、めちゃくちゃ可愛かったなぁ……『んにゃぁあああああっ!!』なんて叫んだりして」 「〜〜っ!!???」 狙い通り、ハインの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。 「かっ、かにゃたぁあああああっ!!!」 「あ、ほらまた」 「ち、違っ! い、今のはただ噛んだだけでぇっ!!」 よしよし、なんとか意識を逸らせたみたいだし…… 少しだけ声のトーンを真面目に戻して、腰をピッタリと押しつける。 「っ……、……あなたの……凄く、熱くなってる……」 「気付いてた?」 「最初は、意識してたけど……途中から、気持ちよすぎて、わけわかんなくなっちゃってたから……」 ハインのお尻に挟まれる形で、反り返った俺のモノはギンギンになっている。 「私のエッチな姿を見て、こんなにしちゃったんだったら……ちゃんと、私が責任とらないとダメ……よね?」 そう言いながら、ハインはどこか嬉しそうにはにかんでくれた。 その言葉に頷いた俺は、ハインの身体を抱きかかえたまま、体勢を整えて…… ハインのくびれたウエストに両手を添えるような形で、挿入の準備をした。 「……エッチな彼氏を持ったせいで、せっかくの衣装がまた汚れちゃうわ……」 「でも、この辺を濡らしたのは主にハインだろ?」 「それだけ私を気持ちよくしてくれたのは、どこの誰よ。もう……♪」 軽口を聞きあいながら、秘裂を覆っている衣装を横にずらす。 そうすることで露わになったハインの大事な場所は、先程噴き出した愛液の名残で艶めいていた。 「ふぁっ……」 口付けのように先端を触れさせることで、ハインの口から甘い声が漏れる。 そのまま、ゆっくりと腰を密着させるようにして…… 「あっ、んぁっ……ん、くぅっ……あっ、あぁっ、あぁああああっ……!!!」 汁気と熱を帯びたハインの膣内に、自分を滑り込ませていく。 「ん、んぁあっ……! はぁっ、お、大きな……おち○ちん、入って、きてっ……あっ、はぁっ……」 相変わらず、理性が吹き飛びそうになる締め付けだっ…… 「はっ、あぁっ……なんか、いつもより、おっきい、気がするっ……ん、んんんっ……!」 「ハインが俺のためにこの衣装を着てくれたから、より一層興奮してるのかも、なっ……」 「ひゃぁんっ!?」 レオタードはハインの谷間に挟まったままなので、相変わらず大きなおっぱいが露出されている。 重力に従って豊満な果実のように実っているそれを、下から思いきり鷲掴みにした。 「も、もうっ……そうやって、おっぱいばっかりっ……」 「大丈夫、こっちもちゃんとするから……」 「そ、そういうつもりで言ったわけじゃ……ひゃうぅっ!?」 僅かに勢いをつけて押し込んだペニスで、ハインの一番深いところをグリグリと。 「やっ、あ、あぁっ……い、一番、奥まできてるぅっ……おち○ちんが、子宮に当たってるぅっ……!」 亀頭の先に伝わってくる、コリコリとしたクセのある感触。 「あっ、あ、あっ……! ん、ふぁっ……はっ、はぁっ……あっ、あぁんっ! んっ、んんっ! くふぅっ……!!」 それを重点的に責めることで、ハインの膣内はより熱く、そして圧迫感を増していく。 「ん、んんっ……あぁっ、気持ちいいよぉっ……きてっ、もっときてぇっ……!」 絡みつく膣壁の刺激と温度に、ペニスが溶かされてしまいそうだ……! 「もっと、激しくしていいからぁっ……私のおま○こっ、メチャクチャにしていいからぁっ……!」 その言葉通り、求めるように腰を振って……今日のハインは、いつになく積極的になってくれている。 積み重ねてきた性行為が彼女をそうさせたのか、それともこの衣装が気分を盛り上げているのか……。 「あっ、んぁ……んんんんんんーーーーーーーーっ!!!」 いや……今は、そんなことより……ハインと一緒に、気持ちよくなることだけをっ……! 「はっ、はぁっ……! あっ、んんっ! そうっ、もっと、もっといっぱいしてぇっ!」 「私のおま○こっ、好きなだけ使っていいからっ……! だからっ、おち○ちんいっぱい気持ちよくなってぇっ!」 「くっ……ハインっ……!」 ハインの方から腰をうねらせて、擦れる箇所に変化をつけてきている。 今はまだ、理性が僅かに残ってるけど……これ以上されると、俺の方だけ先にっ……! 「ひぁあっ!?」 出来る事なら、一緒にイきたい。その一心で、おっぱいを掴んでいた手に力を込めた。 「ひゃうぅううううんっ……!! んっ、はぁっ、あっ、あぁああっ……!!」 手のひらで乳房を揉みしだきつつ、指先で未だに硬さを残した乳首を刺激する。 「ふぁっ、あっ、あぁっ……! いいっ、いいのぉっ……! 乳首ぃっ、ギュッてされながらおち○ちんジュプジュプされるの、気持ちいいのぉっ!!」 その言葉通り、乳首を強く抓り上げる度に…… 「きゃふぅううううううんっ!!!」 ハインの膣が、生き物のようにキュッと締め付けてきて……これはっ……! 「んっ、あっ、はぁっ……あぁっ、伝わって、くるぅっ……私の、おま○こにぃっ……」 「おち○ちんが、ビクビクって、脈打って……気持ちいいって、悦んでるのがっ……おま○こに、ハッキリ伝わってくるのぉっ……!」 一分の隙間もなく、ピッタリと密着している俺とハインの性器。 ハインが俺の脈を感じ取っているように、俺もまたハインの興奮を、ペニスを通じて感じているわけで…… 「ん、んんんっ……! はぁっ、あっ、んっ……! んぁっ、あぁっ……!」 軽く腰を前後させるだけで、刺激を悦ぶように中の襞が動いているっ……。 「んぁああああっ!?」 勢いよく突き上げた時は、狭くなった膣内が必死に侵入を拒んでくるのにっ…… 「あっ、あ、あっ……! ん、んんっ……! んぁっ、はぁっ、あっ、あぁああっ……!」 引き抜こうとすると、全力でペニスに絡みついてくるっ……! 「んっ、あっ、あぁっ……! ふぁぁ、ふぁぁっ……!」 「ハインっ……! くっ、うぁっ……」 互いの名前を呼び合うことで、より高まっていく興奮と熱。 室内とはいえ季節は冬。暖房をつけていないのに、身体は真夏のように熱い。 ハインの綺麗な背中に、俺の身体から滴る汗が―― 「あぁっ……! んっ、あっ、あぁっ……! 好きっ、大好きぃっ……!」 「っ――!!」 その一言に、容易く反応してしまう身体。 エッチの最中に、真っ直ぐな想いを伝えられて、興奮とはまた別の感情が昂ぶってくる。 「ハインっ……! 俺も、好きだっ……!」 それを受けて、俺も同じ想いを告げる。 すると、ハインの膣内が急激に圧迫感を増した気がした。 「ふぁっ、あっ、ん、んんんっ……! そ、そんなこと言われたらぁっ、感じちゃうっ、いっぱい感じちゃうぅっ!!」 「あなたを好きな気持ちが、膨らんでぇっ……! 心の中までっ、気持ちよくなっちゃうのぉおおおおおおっ!!!」 ああ……俺も、全く同じ気持ちだっ……。 「ひゃぅううっ! んっ、あっ、ふぁああっ……! あっ、はぁっ、ん、んんんっ……!!」 だから、このまま…… 「はぁっ、ん、んぁっ……! あっ、あぁっ、あぁんっ! ん、んっくぅうううっ……! あっ、あぁっ、あぁああぁーーーーっ!!」 このまま、ハインと一緒にっ……! 「あぁ、あぁぁっ! ダメっ、ダメぇっ……! このままじゃ、またイッちゃうぅっ……! 私っ、私だけでイッちゃうぅううっ!!」 「平気だっ……! 俺も、もうっ……!」 脈動が激しくなったハインの膣内で、俺もまた限界が近いことを察する。 「ハイン、一緒にっ……このまま、中でっ……!」 「うんっ! きてっ、きてぇっ……! 私のっ、私のおま○この中でぇっ! いっぱい! いっぱい出してぇっ!!」 これ以上、射精を堪える必要もないっ……あとはもう、本能の赴くままにっ……! 「ひぁっ! あっ! んぁあああんっ! ふぁああっ! ダメぇっ! イくっ! イッちゃうぅっ! おま○こだけっ、気持ちよくなっちゃうぅっ!」 「おち○ちんもっ、一緒にイッてぇっ! おま○この中で絶頂してっ、私の中に全部注ぎ込んでぇえええええっ!!!」 言われなくても、そのつもりだっ……!! 「んぁあああああああああっ!! あぁっ! もうっ、もうムリぃっ! おま○こぉっ! おま○こイッちゃうぅううっ!!」 「ビクビク震えたおち○ちんに奥までメチャクチャにされてぇっ! 絶頂しちゃうぅっ! スゴいのきちゃうぅうううううううっ!!!」 「んぁっ! あっ、あぁあああっ!! あぁぁぁっ!! あぁあああああああああああああっ!!!!」 「イクぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!!!!!!!!!!」 ――視界が明滅する中で、耳に届くハインの絶叫。 「ひぁぁああっ!! あっ、ん、んぁああっ……! はぁっ、ん、んんっ……! ふぁっ、はっ、はぁっ……!」 玉の汗を浮かばせた背中を大きく仰け反らせ、痙攣する膣内でペニスを容赦なく締め付けてくる。 「んっ、んんっ……! んっくぅうううっ……!」 その圧迫感に促され、俺も絶頂へと達し……全身が震えるのを感じながら、ハインの中へと精液を注ぎ込む。 「んぁっ、はぁっ……あっ、あぁっ……彼方、のぉ……きてる、きてるよぉっ……」 「私の、おま○この中にっ……いっぱい、ドピュドピュって……ん、んんっ……温かい、のぉ……」 ガクガクと膝を振るわせているハインを支えるようにして、腰に踏ん張りをきかせる。 快感の波があまりに強すぎたせいか、ハインは自力で立つのもままならないみたいだ。 「ふぁ……はぁっ……はっ、はぁ……ん、んんっ……あ、あぁっ……」 射精が収まったところで、ふと下を見ると……ハインの太ももに、溢れ出た精液が伝い落ちていた。 「や、だぁっ……彼方の、気持ちよくなってくれた証が……ん、あぁっ……おま○こから、溢れでちゃうっ……ダメぇ……」 その官能的な光景に、再び性欲が灯りそうになったけど……今の衣装でこれ以上の行為は、ハインが嫌がるかもしれないな。 「ん……んんっ……はぁ……はっ……」 それからしばらくの間、俺たちはそのままの体勢で互いの温もりを感じていた。 ハインも自立できる程度には落ち着いたようで、精液と愛液にまみれた足をしゃんと伸ばしている。 「……彼方の……」 「彼方の、精液に……私のお腹、満たされちゃった……」 そう口にしながら、ハインが自らのお腹に手を添える。 「こういう事を、積み重ねていって……いつか、私と彼方の子供ができるのよね」 「今のうちに、名前とか考えておくか?」 「き、気が早いわよ、もう……」 満更でもなさそうな口調で、ハインが照れ混じりにはにかむ。 「それに、今はまだ……」 こちらを振り返るような形で、ハインが視線を俺に向けて…… 「彼方と二人だけの時間を過ごして、今だけの幸せを噛みしめていたいもの……」 「っ……」 ……不意にそんな言葉を投げ掛けられて、思わずドキッとしてしまうのであった。 「今日は彼方に助けられて嬉しかった。だからいっぱい私にさせてね?」 上目遣いでそう言うと、ハインは俺のズボンのジッパーへと手を伸ばした。 「ふふっ、もうガチガチね」 窮屈そうにズボンの中に収まっていたペニスがブルンッと勢いよく飛び出した。 ハインの冷たいままの手がペニスを優しく包み込み、ゾクッとした快感が下半身を包み込む。 「痛くない? 力ってこれ位でいいかしら?」 「ああ、いいよ」 優しく握られたペニスに、ゆったりとしたストロークが加えられる。 「こう、ね?」 うっとりとした瞳でペニスを見つめながら、ハインの指先が亀頭を弄ぶ。 「おしっこの出る穴、くるくるってすると……ふふっ、出てきた。カウパー液」 滲みだした先走りを指先にとって、カリ首から竿部分へと塗りこめてゆく。 皮膚のこすれ合う渇いた音に混ざって、ちゅくっという濡れた音が出始める。 「くちゅくちゅって言ってる。私の手とヌルヌルのカウパー混ざって、おち○ちん擦る度に、んっ、くちゅくちゅって音してる」 「……っぁ、ふっ」 気持ち良さに声が漏れると、ハインは嬉しそうに目を細めた。 「感じてくれてるのね。んっ、おち○ちん、私の手の中でピクピクしてる」 「おち○ちんの熱が伝わってきて、私の手もあったかくなってきたぁ」 俺の体温がハインの手に伝わり、温度も湿度も混ざり合っていく。 ゆっくり優しく触れられるその動きに、もどかしさと気持ち良さが入り混じる。 「指に、カリの部分が引っかかって、あふっ、手で握ってるだけなのに、気持ちぃい……」 「くちゅくちゅって音、聞くだけで……変な気持ちになってきちゃう」 ハインの腰がゆるく動いて、スカートが俺の足をユラユラと擦る。 「あぁふぅっ、んっ、もう我慢できない。舐めさせて、ね?」 俺の返事を聞く前に、ハインは俺の裏筋へとピンク色の舌を押し付けた。 「はぷ……ちゅむ……ちゅちゅちゅ……んちゅぅっ」 裏筋、カリ首、尿道口から根元まで。 全てが愛しいと言わんばかりに、ペニスに口づけの雨を降らす。 「私……んちゅぅっ、……なたの、んちゅ、おち○ちん、ちゅぷ、ぺろ、舐めるの、じゅるるっ、好き……んちゅぅっ、ちゅぷっ、ぢゅぷっ」 「ふふっ、んんんっ、カウパーどんどん、じゅるるっ、溢れてきてるわ……んちゅっ、ちゅぅぅぅううっ」 「カウパー……ちょっとしょっぱくて……ちゅるるっ、不思議な味……じゅるるっ、んちゅぅ、ちゅぅぅちゅぅぅぅ」 もっと味わおうとでもするかのように、亀頭部分でニュルニュルと舌を回しては、先走りを舐めとっていく。 「はぁっ、んん……っ」 「もっと気持ち良くなって? じゅるるっ、ちゅるるっ、いっぱいいっぱい……んちゅっ、舐める、から……んっ!」 俺の反応を喜んだハインが、舌を震わせながらペニス全体を愛撫する。 「ちゅるるっ、じゅるっ、……おち○ちん、ピクピクが、止まらなくなってる。んふっ、じゅるっ、ちゅるるっ」 気を抜けば射精してしまいそうな程に気持ちがいいが、それをすんでの所で何とか堪える。 「んちゅう、じゅるるっ……ぺろ、れろ、れろん、んちゅっ、ちゅううううっ」 「じゅるるっ、れろれろっ、んむっ、んちゅぅぅぅっ、んちゅっ、ちゅぱぁっ」 ハインの唾液と俺の先走りが混ざりあって、摩擦はどんどんと滑らかになっていく。 「じゅるるっ、ぺろぺろ、んちゅっ、ちゅぱっ、じゅるっ、んんんっ、あふぅっ、んちゅぅっ」 「んちゅうっ、……んっ、んちゅっ、おち○ちん、しゅきぃ、舐めるのしゅきぃ、んちゅぅぅぅっ」 「ねぇ、んちゅっ、もっと、ちゅるるっ、こうして欲しいとかあったら、ちゅぅっ、言って? んちゅう、ぺろぺろっ」 「じゅるるっ、あなたの、っん、したい事なら、ちゅううううぅっ、なんだって、んちゅるるるっ、したいの、じゅるるっ」 扇情的な視線でそう言われて、自分の中の欲望がハッキリと目を覚ます。 「じゃあ、さ……」 「なぁに? んちゅぅうぅっ、じゅる、れろ、れろんっ」 「ハインの……胸で挟んで欲しいんだ。俺のを」 柔らかく大きなハインの胸。 そこに挟み込まれたら、どれほど気持ちがいいだろう。 「む、胸? ん、んちゅぅぅっ」 「んちゅっぅぅ、んっ、らめ、じゃない、んっ、んっ、んっ」 「んちゅ、んっ、じゅるるぅぅぅっぅぅぅぅぅっ」 名残惜しそうにペニスをひとしきり唇で吸った後、ハインはゆったりと顔を上げた。 そのままブラを外して、ためらいもなく美しい胸を露わにする。 「こう……かしら?」 ぱゆんっという音がしそうな程に、柔らかい胸が優しく俺のペニスを包み込む。 「もっとギュっと挟んでいいよ」 「分かったわ。こう、かな? んっ、んくっ、……っ」 言われた通りに強めにペニスを胸で挟んだハインが、俺の反応を伺う様に上目遣いでそっと見上げる。 「ああ、いいよ。とっても」 ペニスに加えられる刺激そのものよりも、視覚的にこれはくる。 「そのまま胸で扱いてみて?」 「ふぁい……んっ、んんっ、こ、んぁ、こんな感じ、くぅっ、かな?」 ハインが胸を支える手に力を込める度に、もにゅんもにゅんと柔らかなおっぱいが形を変えて、俺のペニスに纏わりつく。 「こうして……、胸で挟んだまま、んぁっ、縦に擦ると、んんっ、あふぅっ」 「んっ、んはぁっ、おち○ちん、おっきぃ……んっ、ん、ん、はぁっ」 胸に挟まれたまま上下に擦られて、ペニスがヒクリと反応を示す。 「ふふっ、気持ちいい? おち○ちん、ビクってなったわ。んふっ、あぁ、あぁっ、んっ」 「あなたの硬いおち○ちん、あぁっ、おっぱいの中で、はぁうっ、ビクビクってして、んっ」 「どうしよう、んんっ、……あふぅっ、気持ち良くしたいのにっ、わ、私まで、あぁっ、気持ち良く……あぁっん」 「いいよ、ハインも気持ち良くなって」 「ダメ、ダメよぉ、おち○ちんを……ふぁあぁ。……おち○ちんを気持ち良くしたい、だけなのにぃぃぃんっ」 「んっ、ふぁぁぁっ、んっ、……んぁぁっ、んっ、……あんっ」 ハインの乳首は既に固く勃起して、突き出るように屹立している。 「ハイン、乳首がもうビンビンに立ってるね」 「ふぁあぁっ、い、言わない、で、んはっ、あぁっ、おち○ちん、おっぱいで挟むの気持ち良くて……あんっ、ひゃふぅ」 「俺のを挟んでいる手で、そのまま自分の乳首も刺激してみて?」 俺に言われた通りに指先を乳首に触れさせたハインが、ビクンっと体を跳ねさせた。 「ひゃふぅぅっ、あっ、あぅっ、こ、これダメェ……、あぅっ、んっ、んぁ」 「何がダメなの? 気持ちよさそうに見えるけど」 「だ。だって……んぁっ、気持ち良すぎるからっ、あぅ、おち○ちん挟んだまま、おっぱい、擦れて……んぁっ、あぅっ」 「これ以上、んぁっ、乳首まで、刺激、したらぁっ、あぅっ、はぁあぁっ、ふぁぁ……、気持ちいいのぉっ」 「み、見ないで、んふぅっ、そんな風に、見られてると、私っ、あぁっ、あんっ、はふぅっ」 ハインの腰が無意識に動いている。 グネグネとした腰の動きに合わせて、ペニスを挟んでいる胸も、その両手も回転するような動きが加わる。 「あぁっ、ん、ひゃぅっ、あっ、あぁっ、ん、あなたにも、もっと気持ち良くなって欲しいのぉっ、んはぁっ」 「じゃないと、私、あ、あぅっ、気持ち良くて、もう、あぁっ、ふぁぁああぁあぁんっ」 「ね、……して欲しい事、教えてっ、んっ、んはぁぁんっ」 「じゃあそのまま胸で挟んだ状態で、咥えてくれるかな?」 「うん、んっ、する、咥えるっ。あなたのおち○ちんしゃぶるの好きぃ、好きだからぁっ、あふぅっ」 満ち足りたトロンとした瞳のまま口を開くと、ずっとそれを待ちかねていたとでも言わんばかりの勢いで、ハインはペニスを口に含んだ。 「はむぅっ、んちゅっ、ぺろ、んちゅぅぅ……れろれろっ、じゅぷぅぅぅっぅ、んぷっ」 「……んくっ、ん……口の中で、いっぱい……んちゅっ、れろれろ、チュパチュパ……、ちゅぅぅっ」 すっぽりと口に含まれた亀頭部分の、隅々まで温かな舌が這い回る。 ハインの舌が尿道口を責める度に先走りが溢れ、ハインはそれを一滴も逃すまいとするかのように吸い尽くす。 「じゅるるうっ、じゅっぽ、じゅっぽ、ふぉ、んっ、ちゅうるるるるっ、じゅっぽぉ、じゅるるるるっ」 「はぁ、あふぅ、……ぁなたのおち○ちん美味しい、美味しいの、じゅるるるぅるっ。ちゅるるっ、じゅっぷじゅっぽ」 「んちゅぅぅっ、あむっ、あむんっ、じゅるるっ、じゅぽぉぉぉぉっ、んっ、んっ、んん」 唾液が胸の谷間に滴り落ちて、天然のローションのような役目を果たす。 「胸もしっかり使って、上下に扱いて」 「んっ、んぁあっ、こ、こう? あふうっ、でも、これ、すると、あふぅっ、おっぱい気持ち良くなっちゃうぅ、ふぁぁっ」 「いいよ、ハインも気持ち良くなってよ」 「あ、あんっ……んっ、あはぁぁんっ、じゅるるるっ、ちゅぱぁぁぁっ、ちゅぱっ、ちゅぱっ、れろれろ」 「きゃふぅぅぅっ、あ、あむぅっ、おっぱい、擦れて、んふっぅぅぅっ、口に、いっぱい、おっきなおち○ちん、あふっ、ちゅるるるっ、じゅるぅっ」 「気持ちいぃ、んちゅ……気持ち、んんっ、いいっ、じゅっぽぉぉぉ、れろろっ、んちゅるるるぅぅぅぅっ」 ハインの舌と胸の動きがどんどんと加速していく。 その気持ちの良さに背筋をゾクゾクとした感覚が走っていく。 「っ、くぁ!」 「ん、じゅる……っ、感じてくれてるのね……んちゅっ、じゅるるっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぱぁぁぁぁっ」 「舌ぁ、おしっこの出るトコに、ぎゅぎゅって押し当てるからっ、いっぱい、いっぱい、熱いの、出してね」 俺の反応を見てその時が近いと察したハインが、より一層の刺激をペニスに加える。 「んちゅっ、カリも、じぇんぶ、あふっぅ、あなたの、おち○ぽは、じぇんぶぅ、私のもの、んちゅっ、なの、ん、あふぅっ、じゅるるるっ」 「じゅるるるるっ、じゅっぽ、じゅっぽ、むっちゅぅぅぅぅぅぅうううっ、れろ、れろれろれろっ、ちゅぱぁああぁああぁっ」 「っ! ハイン、もう……っ!」 「むちゅうっ、らして、むちゅっ、このまま、んちゅっ、このまま、私の口に、じゅっぽぉぉぉ、出してぇっ!」 「じゅるるるっ、れろんれろん、ちゅぷぷぷぷっ、ちゅぅぅっ、ちゅぅぅ、ちゅぱぁぁぁぁっ」 「んむっ、……んくっ、熱くなってる、んっ、んぁぁぁっ、んっ、ん、ちゅるるるるるっ」 「じゅるるっ、ちゅぅぅぅぅっ、ちゅっ、ちゅぱぁぁぁぁあぁぁっ」 ペニスがビクビクと脈動を始める。 その動きに合わせて、ハインがより一層の激しくペニスを舐めまわし、吸い付くし、胸を使って扱きあげる。 「じゅるるるるるっ、じゅるっ、ちゅうぅぅぅ、んちゅうっ、じゅっぽじゅっぽじゅっぽじゅっぽじゅっぽっ!」 「ちゅぷっ、れろれろれろれろっ、むにっ、んっ、じゅるるるっ、じゅっぽぉぉぉぉぉっ」 「……っ、出るっ」 「ちゅるるるぅるるっ、じゅっぷじゅっぷ、じゅるるるるるっ、ちゅぅっ、んちゅっ、んくっ、んちゅっぅぅっぅっぅっ」 「むちゅうううううううううぅぅぅうっ、じゅっぱぁぁぁぁぁ、ごっぷぅ、ごっぷぅ、ごっぷぅぅっぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 「……くぅっ!」 精が解き放たれ、一気にハインの口内へと放出された。 「あふっ! ……んっ、んんっ、じゅるるるっ」 「んっ、んちゅ、んちゅ、ちゅぅぅ……んっ、んっ、んっ」 最後の一滴まで漏らさないとでも言うかのように、ハインは震えるペニスから口を離さない。 「んぐっ、んっ、んんーっ…………んっ、ごくんっ」 射精が完全に終わったのを確かめるように、何度も口の中で尿道口を確認した後、ハインは口内に溜まった精液を一気に飲み干した。 「……はぁっ、……ふぅっ」 射精の快感で息が上がる俺を、ハインが愛しそうに見つめる。 「んちゅっ、ん……ふふっ、全部飲んじゃった」 「気持ち良かったよ、ハイン」 「ふふっ、良かったぁ」 胸を露わにしたまま首筋まで桃色に染め、にっこりと微笑むハインを見たら出したばかりだと言うのに、またもペニスが硬くなる。 「彼方のおち○ちんは、まだまだ満足してないみたい」 「今日はこのまま私に任せて?」 「私が彼方を……全部気持ち良くしたいの」 俺に軽くキスをすると、ハインはショーツをそっと下ろした。 ショーツを下ろす時にニチャッとした濡れた音が聞こえて、ハインがとてつもなく濡れている事が分かった。 「なんだか凄く濡れてる音がしたけど」 「おち○ちん舐めてたら、いっぱいエッチな気持ちになっちゃったの。こんな子……イヤ?」 「嫌なわけないだろ、大好きだよ」 「良かった……。あなたの事を思うと、私、すぐこうなっちゃうから」 なんかとんでもない事を言われた気がするぞ。 ショーツを脱ぎ終わると、ハインはそのまま俺の体を跨ぎ、そっと体を落としていった。 「んっ、んんっ……んはぁぁっ、んっ、んっ、……あ…………あんっ」 「……んっ、あふぅっ、……全部、挿入っちゃったぁ……あふぅっ」 既に愛液で溢れていたハインの膣は、俺のペニスを易々と飲み込んだ。 待ちかねていたペニスの侵入に、膣壁がキュウキュウと締め付けながら喜んでいる。 「根元まで……全部、飲み込んでる……んっ、んはぁっ、あぁぁぁっ……」 「はぅぅ、……んぁっ、入れただけなのに、あぁん……っ気持ち、いぃっ、このまま動いて、いい? あふんっ」 「ああ、ハインの好きなように動いて見せて」 「んっ、あっ、あふっ、分かったわ……んっ、あぁぁっ、ん、んんん」 ハインはゆっくりと腰をグラインドさせて、性器を俺の下腹部へと擦りつける。 その動きはクリトリスを擦りつけているようにも見えて、俺自身の興奮も高まる。 「あふぅんっ、んっ、あぁぁっ、いい、んっ、あぁっ、んんんっ……」 「もしかして、クリトリスに当たってる?」 「ひゃぅぅっ、あ、当たってるわ、んんっ、だから、はふぅっ、余計に、気持ち、よくって、あぅぅっ」 「いいよ。もっと擦ってる所見せて」 「あ、あぅっ、んっ、んぁ、おち○ちん入れたまま、クリトリスまで、あぅぅっ、擦れちゃうのぉ……っ、ひぐぅっ」 「あぁぁっ、擦れて、あぁっ、んんっ、はぁっ、はぁ、ふぁあぁぁぁっ」 「気持ちいい、気持ちいいよぉ、あっ、あっ、あっん! 奥、奥に届いてるの、硬いおち○ちん届いてるぅっ」 「あぁ……、あぁ、あぁっ! おま○こヒクヒクしちゃうっ、気持ち良くってケーレンしちゃぅっ」 「腰の動き、止められないのっ、あぁっ、あっ、あぅぅっ、ダメ、凄く欲しかったから、もう、もうイッちゃいそうっ、ぁぁあっ!」 「イッていいよ、イってみせて、ハイン」 「あぁっ、おち○ちん入れたばっかりなのにぃ、もう、イッちゃうのヤダぁ。勿体ないよぉ、なのにっ、なのにぃぃぃっ」 「入れたばっかなのに、あはっ、あぁぁぁあっ、まだ、ダメなのにぃっ、あんっ、あんっ、あんっ」 「イっちゃう、イっちゃう、イっちゃう! クリトリスグリグリ擦りつけながら、おち○ちんでイっちゃぅぅぅぅぅぅぅっ!」 「ああぁああああぁっ! あぁあぁっ! あっふぅぅぅぅぅぅぅっ!」 ハインの体が大きく仰け反り、膣がビクビクと痙攣する。 しとどに溢れた愛液が、ハインの内腿を濡らしてテラテラと光らせている。 「あ……あぁ……は……イッちゃった……、あぅぅ、イッちゃったぁ……」 イッたばかりで放心しているハインに、今度は俺が下からグイッと突き上げる。 「ひゃうっ!? かな、わ、私、いま、イった、ばっか……、あぅっ、あっ、んぁぁあぁんっ!」 「もっと気持ち良くなって欲しくてさ。凄いよハインの膣内、きゅうきゅうに締め付けてくる」 「ひんっ! ヒィンっ! ひぃっ、あっぁ、あぅぅぁっ! イッたばかりのおま○こ突かれるのしゅごいっ、あふっ、あふぅぅぅっ!」 余りの快楽の連続に、呂律が回らなくなったハインが、全身で快楽を享受している。 「ハイン、そのままっ。自分で胸も触ってみて」 「ひゃうぅぅっ、お、おっぱいまで、触ったら、私、あぅっ、ひゃうぅぅううんっ」 「見たいんだ、ハインのえっちな所。たくさん見たい」 「そ、そんな風に、言われたら、言われたりゃぁあぁぁっ、あふっ、あふぅんっ」 ハインがほっそりとした指先を、そっと自分の乳房へと運ぶ。 「あぅぅっ! ダメ、あぁっ、気持ちいいよぉっ。下から突かれながら、自分でおっぱい触るのいぃぃぃぃっぃっ!」 「はぁあぁんっ、もう、あっ、あっ、アァッ! こんなに気持ちイイの、初めてっ、あぅっ、あぁぁあぁっ!」 「奥までズポズポ来てるのっ、……っなたのおち○ちんが奥まで届いて、おま○こ堪らないのぉっ、ひんっ、あぁうっ!」 ハインの膣はヒクヒクと蠢きながら、終わることなく愛液を垂れ流し続けている。 溢れかえった愛液が、ペニスと膣の摩擦に白く泡立つ。 「ほら、またハインで動いて。ハインが気持ちいいように動いて」 「え、えぇっ、んっ、んはぁぁぁっ、ダメェ、もう何しても、どう動いても気持ち良すぎなのっ、あひぃぃぃぃっ」 「あふっ、あふっ、あぁぁぁぁっ、いいっ、いいのっ、あんっ、あん、あぁぁぁあんっ」 腰を必死にグラインドさせて、ペニスを膣でしっかりと咥えこむ。 乳首をクリクリと弄り回しながら、ハインは必死に俺の下腹部へとクリトリスをも擦りつける。 「乳首もクリトリスもおま○こもって、ハインは欲張りだなぁ」 「あぁあんっ、だって、だってぇ……あっ、あぅっ! ひぃんっ、ひゃうっ、あふぅうぅっぅうぅぅぅうう!」 「あふっ、あふっ、あぁぁぁあんっ! あんっ、あぁぁっ、ふぁぁぁぁあんっ」 言葉にならない様子で嬌声だけを上げ続けるハインの背筋が大きく仰け反る。 「あぁぁまたイク、イクよぉぉぉっ! あっ、あぁぁぁああ! あふっ、イク、イクゥゥゥゥゥ!!」 「あっ、あっ、ああぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁっぁ!」 足までビクつかせながら、ハインが短く痙攣する。 「あ……あふっ、んっ、また……イッちゃったぁ……っ。んんっ、あふぅっ」 震えるハインの足をそっと撫で上げて、まだイッている最中のハインを下から大きく突き上げる。 「ひゃうっ! あっ、あっ、あっ、きゃふふうううううううううっ」 ハインの膣肉、その細胞の一つ一つがペニスを包み込んでいるかのような、凄まじい感覚がペニス全体を包み込む。 グチョグチョと音を立てる膣が、それだけが別の生き物のようにペニスに吸い付いてくる。 「っく! ハイン、凄くいいよっ」 「あふっ、あふっ、あっふぅぅぅぅんっ! 私もぉ、私も膣内ぁ凄くいいよ、いいよぉ、あぁっ、あぁっ、あぁあんっ!」 「あぁんっ、ふぁぁ、んぁぁっ、突いてぇっ、さっきみたいに突いてぇっ、自分でおっぱい触るより、クリトリス擦るより、突かれるの一番好きぃぃっ」 ジュッポジュッポと大きな音を立てながら、ハインの柔らかな秘肉の奥まで何度も何度もペニスを抽送する。 「ひゃうっ、あぅっ、あっぁああぁっ! それ好き、好きぃっ! 下からグングン突き上げられるの、好きぃぃぃっ!」 「私のっ、いっぱい濡れてグチョグチョのおま○こに、もっと、もっとしてしてしてしてぇええぇえぇえぇっ」 ハインの足を押さえつけて、奥まで深く突き上げた後、腰全体を使ってグラインドさせる。 その動きがハインのGスポットを刺激したようで、ハインは大きく目を見開いた。 「あっふうううううう! すごっ、すごいよぉっ、あうっ、あうっ、あうっ! グリグリ掻き回されて、私の膣内、……あぁぁぁっ!」 「あなたでいっぱいなのぉぉっ! あぁっ、ジュポジュポ言ってるぅぅ、おま○こジュポジュポ言ってるぅぅぅっ、あふっ、あふっ」 「ジュポジュポ言いながら、おち○ちん咥えこんでるよぉぉっ、あっ、あふっ、ひああぁぁあぁぁあぁっ」 ハインは自然に自分も腰を動かし始めている。 Gスポットに当たる所を探り出しては、ビクリと体を震わせ、また俺からのピストンに身を任せる。 「ハインがいいの、ここ、だろっ?」 ハインが必死に当てようとしているGスポットへ、亀頭をグイッと押し当てる。 「あっふうぅぅぅぅぅぅぅっ! あぁっ、あっ、そこ、あぁ、ふあぁあぁぁあああんっ!」 ハインが大きく体を仰け反らせたので、二人の結合部が良く見える。 ハインの膣に俺のペニスが何度も何度も出入りして、その度にハインの性器から白く泡だった愛液が溢れ出してくる。 「よく、見えるよ……っ、ハインと俺のっ、繋がってるとこ……っ」 「あぁあっ、見て、見てぇ……私の膣内が、大好きなあなたのおち○ちんでいっぱいなトコ、見てぇぇえぇっ」 またハインの膣がぎゅうっと締め付けを増した。 ヌルヌルの肉と肉が混ざり合って、互いの境界線を無くしていく。 「ひっぃ、ひっぃ、ひぃんっ! Gスポットぉ、おま○この一番いい所にあたってる、当てられちゃってるのっ、あぅっ、あふうぅぅぅっ!」 「らめ、らめ、もうっ、あっ、あっ、あっ! 凄い、凄いぃぃぃっ、イク、イクっ、あぁっ、またイっちゃうううううううう!」 ハインの膣が何度目かの収縮を始める。 今度こそ俺もその動きに抗えそうになかった。 「俺も、もうイキそうだ……っ」 「あふっ、おち○ちん、私の膣内で膨らんだぁっ、あぁっ、出して、出してぇっ、私の膣内で出してぇっ」 「おっきぃ、おっきぃよぉ、おっきぃので突かれて、私、もうっ、あうっ、あうっ、ああぁあぁああぁああああっ!」 ハインの体が最後の快楽を貪る為に、ハインの意識の及ばぬ所で腰を揺らし続けている。 膣がビクビクとわななき、ハインの口からは唾液がつつと零れ落ちた。 「あぁぁっ、……ビクビクってしてるっ。私の膣内でぇ、おち○ちんもビクビクってなってるぅぅぅっぅっ、あぁぁぁっ」 「ハインのも凄い……、締まりまくって……!」 「あぁぁっ、んっ、んぁぁっ、気持ちいぃ、あぁぁあっ、あなたと一緒になれて、気持ちいぃぃぃっ」 二人の境界がドロドロと溶けあう様に絡みつき合って離さない。 「あぁっ、あはぁっ。ふぁっ……はぁっ、あぁぁっ、んっ……あぁぁぁぁっ、もう、あぁぁああっ」 「すご、下から奥にゴツゴツきて、あぁぁっぁっ、んっ、あぁぁぁ、イっちゃうぅっ、もう、あぁぁぁっ、イっちゃうのぉぉぉっ」 「ふぁぁっ……あなたもいいの? あぁっ……んっ、おち○ちんイクの? あぁぁあっ、イこうっ、一緒に、あぁぁあっ、一緒にぃぃぃ」 「あふっ、あふっ、あっふぅぅぅぅぅんっ! ん、あっぁっ、あぁぁぁぁぁっ!」 「イクゥ……イクゥ、あっ、あぁあっ、ひぅぅぅぅぅぅぅっ! ……なたに突かれてイクゥゥゥゥッ!」 「俺もっ、もう……!」 「出して、出してね、このまま……っ、あう、あぁっ、あふっ、ひっ、このまま出してっ、一緒にイってぇっ!」 「ああ、……っ! くっ、出るっ」 「ふぁぁぁぁんっ、んっ、んぁっ、あぅっ、あああぁぁっ、あっはぁぁぁぁぁぁぁんっ!」 「せーし、いっぱい来てっ、私の膣内にいっぱい出してっ! ひゃっ、あふうっ、ゃあっ、ひぃっ!」 「むぁ、ひゃあぁぅっ、イクっ、イクっ! イクっ! ああぁぁぁぁあぁっ!!」 「出すぞ、ハインッ」 「ぁうんっ、きてきてきてぇっ、あぁあぁあっ、んっ、あぁぁぁぁっ、イクぅううぅうぅうううぅうううっっっっっ!!」 「イっちゃう、イク、あぁぁぁぁぁっ、はうっ、はうっ、はぁぁぁぁっぁぁぁっ!!」 「出る――――っ!」 「ぁあぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあっ!!」 ビュルルルルルッ! という音が聞こえそうな勢いで、ハインの膣内へと勢いよく射精した。 「……あぁっ……は、……ん、…………あぁぁ、……はぁぁぁ……んっ」 「っく、んっ、はぁ……っ、で、出てるぅっ……彼方の、あったかいの、ビュ、ビューって……いっぱい来てるぅ……っ」 「んはぁ……ふっ、はぁぁっ……んっ、んはぁ、……っ」 「はぁっ、はぁ……っ、……ハイン、有難う」 俺の全てを受け止めてくれたハインの腰をそっと撫でる。 「ふぁぁっ、ん……、んぁ……んっ、ふぁ……っ」 「……んっ、……ふふっ。私、とっても幸せだわ。彼方と一緒に……こうして、あぁっ……」 「彼方の全部貰って……幸せなの……。……ふぁ、んっ、大好きよ、彼方……」 ハインが瞳を閉じて顔を近づけてくる。 その唇に優しくキスをすると、ハインをぎゅっと抱きしめた。 「俺も同じだよ、ハイン」 優しく囁くと、ハインは嬉しそうに小さく頷いた。 ドイツ ケルン大聖堂前 「大聖堂凄かったな」 「ええ、なんだか色んなパワーを貰えた気がするわ」 「彼方覚えてる? 私にケルン大聖堂のスノードームくれたの」 「スノードーム?」 「やっぱり忘れてる。ほら学生時代の、初めてのクリスマスイブ」 「あの事件の事は覚えてるよ。忘れるわけないだろ。あの日ハインに、このクロスペンダント貰ったんだから」 「で、自分のプレゼントは?」 「え? えーっと……あ」 「思い出したみたいね」 「そっか。あの時に俺が渡したプレゼントが、ケルン大聖堂のスノードームかぁ」 「今でも大切にしてるのよ。事務所の私のデスクに飾ってあるんだから」 「えぇ!? そ、そうなのか?」 「ほんっと彼方ってそういうトコ、気付かないわよねぇ」 まじまじとハインの机なんて見てないからな……。 「でもそんな所も、彼方らしくて好きだけど」 「俺も好きだよ、ハインの事。誰よりも大好きだ」 「もっ、もうっ! 真顔で急にそんな事言わないでよっ」 「先に言ってきたのはハインだろー?」 「私はいいのっ」 ぷいっと横を向いた視線がある一点をじっと見つめた。 その視線の先を追うと、この世ならざるものが行きかう人々を見つめている。 「……あの人」 「浮遊霊、だな」 「話を聞いてみましょ。それで私達に出来る事なら」 「協力させて貰おう、だよな?」 学生時代、俺は沢山の霊に出会って、沢山の言葉を交わした。 そしてそれは俺にとっても、とても良い結果を残してくれた。 場所も時間も人種も、生死すらも関係ない。 そこに救える可能性があるのなら、俺達はいつだって言葉を交わすべきなんだ。 ――――真っ直ぐな心で。 大切な人と向き合うのと、同じ想いで。 「……印が、付いてるぅぅぅぅぅぅぅぅ」 「同じく」 俺の引いた箸と、ゆずこの握りしめている箸。 その先端が同じように赤く塗られている。 「おおっ! 黛とゆずこの幼馴染コンビか。息もぴったりだろうし、これは楽しみだな」 「ちっとも楽しくないですぅぅぅぅぅぅぅっ」 笑い事じゃないといった様子で、ゆずこがうぅっと小さく唸った。 「大丈夫、ゆず?」 「大丈夫じゃないかも……」 「くじ引きは絶対だからな、頑張って行って来い」 「まぁ、こっちに何もこないっていう確証もないしさ」 「ひゃうっ!!」 「ひなちゃんっ! ゆずこ泣いちゃうよっ」 「ごめんごめん」 「……………………ぐすっ、どうして私がぁ」 「俺がついてるから、な、ゆずこ」 「絶対絶対絶対どっかに置いてったりとかしないでねっ、あとあと途中で怖い話とかもしないでねっ」 「分かった、分かった。そんなに縋ってくるなって」 こんなに怯えているゆずこを前に、道中で怪談を始める程、俺も悪趣味では無い。 「それじゃ行ってきます」 「検討を祈る」 「アーメン」 「頑張ってね!」 「行ってら〜♪」 「…………うぅ〜〜っ」 本気で嫌がってるな、コレ。 「かかかかかかかかなかなかな」 「落ち着けゆずこ」 「彼方くぅーーん……」 今にも泣きだしそうなゆずこが、俺の腕をひっしと掴んで来ている。 ……胸がガンガンに当たっているが、本人はそれどころじゃない。 「おおおお、落ち着く、うんっ、おちおち落ち着かないと……!」 「大丈夫か?」 「うううううううううん、うんっ」 「それは肯定か否定かどっちだ、ゆずこ」 「ごごごごご、ごめんね、こわ、怖くって」 「もう帰っちゃうか。どっかで適当に時間潰してさ。リリー先輩には俺から上手く言うよ」 死んだ魚の目をしていたゆずこの顔が、俺の提案で一気に明るくなった。 「こんなにゆずこを怯えさせてまで、肝試しもないだろ?」 「彼方くぅーーーーん……!」 「よし帰るか――――」 そう踵を返そうとしたその瞬間、何も居ないはずの闇の中から俺達以外の視線を感じた。 「……待て」 「何か気配がしないか?」 「ややや、やめてよっ。そういうのナシって言ったじゃんっ」 「いや本当に……」 会話をしている間も気配はどんどんと近づき、今や何者かの吐息が俺の耳に届く程にその距離は近い。 ――――いるな、これは確実に。 一つ小さく息を吐くと、思い切って後ろを振り返った。 「俺が分かるのか……?」 闇の中に白くボンヤリとした空気をまとった人間がいる――それを知覚した途端、俺と同じタイミングで振り返っていたゆずこが絶叫を上げた。 「ひぃぃぃぃやあああっぁあぁあぁっぁぁあああああっぁぁぁあ!!」 「落ち着けゆずこ、痛い痛い腕、腕がちぎれるっ!」 絶叫と共にゆずこがありったけの力で、俺の腕へとしがみ付いてくる。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、何にもしません、出来ませんっ! 帰ってくださいっ、お引き取り下さいーーーーーっ!」 「息なら引き取ってるんだがなぁ……」 「ぎょええええええええぇえええぇえええええぇえええぇえぇっ!!」 ――そう。ゆずこは決して霊感がゼロなわけではない。 これくらいハッキリと視える存在だと、ゆずこにも視えてしまうのだ。 「う〜〜ら〜〜〜め〜〜〜し〜〜〜〜」 「いやぁぁあぁぁぁぁぁあぁああっぁあっぁっぁあああぁ!!」 ゆずこは叫びながら俺の腕に更なる力を込め、引きちぎれんばかりに掴み上げた。 「イタタタタタタッ!! ゆずこ、待て、落ち着いてくれっ! おい、アンタもあんまりからかわないでやってくれよ」 「ハハ、可愛い彼女だね……羨ましいよ……」 「そう思うなら、これ以上驚かさないでやってくれ」 「分かったよ。悪かった……」 俺が普通に会話しているのを見て多少は落ち着いたのか、ゆずこは俺の後ろに隠れながらも恐る恐る口を開いた。 「…………うぅっ、な、なにかご用でしょうか?」 「……楽しそうにしているのが見えたから……つい羨ましくて……見ていただけなんだよ……俺には、誰も……誰もいなかったからね……」 「え……だ、誰もいないって……?」 俺の肩ごしにゆずこがそっと顔を出す。 その顔からは恐怖心とは別に憂いも見て取れた。 誰かの悲しみや辛さを感じ取った時、同じように胸を痛める――――ゆずこはそういう子なんだ。 「そのままの意味だよ。俺は誰にも愛されなかった。愛されないまま死んだんだ」 ゆずこが真剣に耳を傾けるので、彼はゆっくりと噛みしめるように自分の事を話し始めた。 ……きっとずっと誰かに聞いて欲しかったんだろう。 「だけどそれも当たり前の事だ。俺が人を愛さなかったのだから。他人を愛さない人間が、他人に愛されるわけがない」 「……どうして心を開かなかったんだ?」 「分からなかったんだよ。愛さなかったんじゃない、愛せなかったといった方が正しいのかな」 「神様は己を愛するように隣人を愛せ――なんて言うけど、自分の愛し方も分からないのに、他人を愛せるわけがないだろう」 「…………私も」 「私も、そういう不安な気持ちは、あり、ます」 「キミも?」 ゆずこの発言に興味津々といった表情で、男がにゅっと顔を近づけてきた。 「うひゃぁっ!」 「あの、彼女驚いちゃうんで、なるべく顔を近づけないであげて下さい」 「ああ、すみませんねぇ」 「こ、こちらこそ、ご、ごめんなさい」 ブルブルと震えながらも、ゆずこは真剣な眼差しで口を開いた。 「わ、私の家は子供の頃から……なんていうか――灰色でした」 一語一語区切るように、思いを込めてゆずこは語りかける。 「両親の仲が悪くて、二人とも私の前では取り繕ってくれてるんですけど、そういうのって子供は敏感に察知しちゃうっていうか」 「両親が笑うたび、家の中の色が一つずつ消えていく感じがして。友達の家に遊びに行くと、そこは色鮮やかで。自分の事より娘の事を思ってくれるご両親がいて」 「そのうち両親が離婚して、離婚した時は寂しさと同時に少しだけホッとする気持ちもあって……。そんな自分がまた嫌になって」 「……私は少しずつ人の笑顔の裏を考えるような、そんな人間になってしまっていました」 「……君は恵まれているよ」 彼は自嘲気味に笑って、瞳に暗い影を落とした。 「そう、ですよね。私なんかよりずっとずっと大変な思いをしてる人がたくさんいるっていうのは分かります。私が恵まれているって事も、その通りだと思います」 「でも私にとってのこの世っていうのは、私の目で見える範囲でしかないんです。私にとっての世界の真実は、私の人間関係の中にしかないんです」 「そしてその中では私は……やっぱり寂しくて、自分に自信が持てなくて、上手に自分を愛せなくて。……だからいつもどこか不安で」 そんな風に思っていたのか。 大人から見ればなんて事はない話だ。 だが学生時代において、学園という庭は自分の世界の全てだった。 学園という庭の中で誰かと比べて、羨望したり寂寥感を感じたり。 それは大人から見れば十分に満たされていて、大した事じゃないかもしれない。 でもその時にはそんな事には気付けないんだ。 ……今の俺には、それがよく分かる。 「だから、私……あなたの事を忘れません」 「……?」 「私は私の世界しか知らないけど、だったら私の世界で起こったことくらいは、きちんと受け止めていきたいって……そう、思っているんです」 「俺を、忘れない?」 「はい。今日ここで会ったこと、忘れません……もちろん、こんな経験そうそう忘れたりしないとは思いますけど」 えへへ、といつもの調子でゆずこが小さく笑った。 「忘れない……か。俺でも誰かの記憶に、その人生に残る事が出来るって事、だよな」 「……ダメ、ですか?」 「ありがとう。気持ちが、楽になったよ……」 そう言った彼の表情は、とても柔らかかった。 「……もう、大丈夫ですか?」 未練が消えたのか、彼を取り巻いていた白い靄のようなものが、清廉な空気と混ざり合っていく。 「では手を貸してください。見送らせて頂きます」 「……頼もうか」 目を閉じて霊体の手に触れ、意識を集中させる。 こんな事やった事なんてない。 だが、出来るという確信にも似た思いがあった。 体の中から光のような物が満ちて、視界が真っ白になる。 手の先に触れた感触が広がりながら、真っ白な世界に溶け込んでいく。 空に引き寄せられる様な感覚に身を任せて意識を霧散させると、指先に触れていた奇妙な感触がふっと無くなった。 「消えた……」 無事に送れた事にホッとしながら、肩の力をふっと抜いた。 「凄いね彼方くん! こんな事出来たんだね」 「……初めてやったよ」 「でもゆずこの話を聞いていたら出来る気がしたんだ。自分の目に見える世界を信じよう、俺は俺の力を信じようって思ってさ」 「そうなんだ。やっぱり彼方くんは凄いな」 優しく微笑むゆずこだったが、その瞳はどこか寂しそうだ。 「どうかしたか?」 「……変な話しちゃったから。ごめんね」 「なんで謝るんだ?」 「私が……嫌な子だって、彼方くんに知られちゃったから」 「ゆずこのどこが嫌な子なんだよ」 「〈他人〉《ひと》のこと羨んで、〈他人〉《ひと》の幸せの中に寂しさを感じてる。自分に自信がないのは、あの幽霊さんも私も同じで……」 「だからこんな私なんて、誰かに信じて貰えるわけなんてないって、どこかでいつも諦めてる」 「……ゆずこは俺の言う事も信じられない?」 「ううん! 彼方くんの言う事は信じてる。昔から、ずっと。だって彼方くんは――」 「私のヒーローだから」 「……俺はゆずこに信じて貰えている事に、どれだけ救われてきたか分からないよ」 「この能力のせいで自分が嫌いになりそうになった時も、ゆずこが信じて話を聞いてくれてたから。俺は――――」 「自分の力や自分の判断だけで、自分を愛せる人間ってどれくらいいるんだろうな。少なくとも俺はゆずこが信じてくれているから、自分に自信が持てたんだよ」 「うん……彼方くんの言う事分かるよ。でもね、私……ありえとか見てるといいなって思っちゃって。そんな自分が……嫌になっちゃうんだ」 明るくていつもニコニコと微笑んでいるゆずこの、その心の奥底にずっとくすぶっていた寂しさに、俺は今ようやく目を向けた。 「人ってさ、誰かと比べないと自分の輪郭すら掴めないと思うんだ。自分が人より身長が高いか、低いか――そんな事すら誰かと比べなきゃ分からない」 「だから誰かと比較するなんてのは当たり前でさ。そこで劣等感や寂しさや羨望を抱くのだって、誰にでもある事なんだ。そしてそれは悪い事なんかじゃない」 「悪い事じゃない、の?」 「だってそれって自分を知れたって事だろ? それって悪い事か?」 俺の言葉に小さく首を振ったゆずこの瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。 「……………………ぐすっ。ごめんね、彼方くん。彼方くんはこんなに私を受け止めてくれるのに、なのに私……クリスマスツリーの撤去も、あんなに反対して」 「それは仕方のない事だったろ?」 「ううん、違うの。私、意地になってたんだ」 「意地?」 「皆と頑張ったから、皆が頼ってくれたから、だから絶対成功させたい。……それは勿論、本当。本当の気持ちだよ?」 「だけど、だけどホントは……」 そこまで言うと、ゆずこは思い切るように一つ大きく息を吸った。 「……ホントはね、彼方くんがいなくても頑張れるよって、そう言いたかっただけなの」 「それって……」 どういう意味だ? ゆずこは俺から離れようとしていたんだろうか。 「ハインちゃんが来て一緒に暮らして。それはとっても楽しい事だけど、いつかこうやって彼方くんは、私以外の誰かと暮らすんだろうなって思ったの」 「だけど私が今のままじゃ、彼方くん安心出来ないよねって思って。だから彼方くんが笑って、私じゃない他の誰かの手を握れるようにって……」 「頑張ったつもりだったけど、やっぱり……ダメで……っ」 そんな風に思ってたのか。俺を拒絶したんじゃない、俺を思って一人で立とうとしてたんだ。 「なんか最近の彼方くんって、前よりも時々すごく大人っぽく見えて。だから私、余計に頑張らなきゃって。変わらなきゃって……」 名前を呼ぶと俺の腕は、自然にゆずこの体を引き寄せた。 「バカだな、ゆずこ。そんな心配する必要なんてないよ」 「だけど……私……っ、昔っから彼方くんに守ってもらってばかりだからっ」 「だったらこのまま一生守らせてよ」 「ゆずこが好きだよ」 ゆずこはこんなにも俺を思っていてくれたんだ。 昔の俺はゆずこからの好意を当たり前のように享受していた。 ゆずこが必死に、ひたむきに俺を思ってくれているなんて気付きもせずに。 毎日それが当たり前の事として、ゆずこと過ごしていた。 だから、後悔した。 だから、現実を受け入れられなかった。 そして諦念の中で生きていた。 だけどもう――――もう二度とこの温もりを離したりはしない。 「……家族とか幼馴染とか、そういうのじゃなくて、一人の女性として。俺はゆずこが好きだ」 「ほ、ほんと? ほんとに?」 信じられないと言わんばかりに、ゆずこの目が大きく見開かれる。 「ああ、だからゆずこは俺にもっと甘えていいし、頼ってくれたら嬉しい」 照れながらそう告げると、ゆずこはパッと破顔した。 「彼方くんっ! 私もっ、私も同じなのっ。彼方くんが好きで、大好きで、彼方くんの支えになれたら嬉しいの」 「はは、そっか。俺はゆずこのヒーロー、なんだよな?」 「うん、そうだよ。昔からずっとずっと私のヒーロー」 「じゃあゆずこはヒロインだな。だからもっと自分自身の事も好きになってよ。すぐじゃなくてもいいからさ。俺の好きな人なんだから」 「……うんっ、うん! 彼方くんに選んで貰えた私、なんだよね? 私……生まれて初めて自分に自信が持てそうな気がするよ」 「ははっ、ゲンキンなやつだなぁ」 「彼方くんの言葉は魔法の言葉なんだよ、私にとって」 頬を染めながら笑うゆずこが限りなく愛しい。 誰かと思いが通じると、こんなにも心が満たされるのか。 俺はこんな大切な事を、ずっと見逃してきたんだ。 「ゆずこ。……キス、してもいいかな?」 思い切ってそう言うと、ゆずこは顔を真っ赤にしながら頷いて、小さく口を開いた。 「わ……私も、して欲しいなって、思ってた」 恥じらうゆずこをそっと引き寄せて―― ちゅっ 柔らかくキスを交わした。 「え、えへ、えへへへへ」 「さっきまで泣きべそかいてたのに、もうだらしない顔してるぞ」 「だって、嬉しいんだもん。こんなに嬉しい事、私きっと初めて」 「大げさだなぁ」 「あー、信じてないな?  今ね、すっごくすっごく嬉しくて、すっごくすっごく幸せなんだよっ」 「信じるよ、俺も同じくらい幸せだからさ」 「うん……。えへへ、あの幽霊さんに感謝しなくっちゃ。あの人がいなかったら、こんなに素直になれなかったと思うから」 「じゃあ俺も感謝しなきゃな。ゆずこの思いを知れたんだから」 「ありがとう、幽霊さん」 ゆずこが誰もいない空間に言葉をかける。 その言葉に返事をするかのように、風が柔らかく木々を揺らした。 「えへへ、彼方くんもありがとう」 「はは、どう致しまして。じゃあ――帰ろうか」 どちらともなく手を取って、目と目を見合わせて微笑みあう。 そんな風にして歩きながら、俺とゆずこはゆっくりと鳴ヶ崎神社を離れた。 「おう、どうたった?」 「大変でしたよー。私、あんなにハッキリ幽霊見たの初めてです……」 「なに!? 見たのか出たのか触れたのかーっ!?」 「えーーっ!? ゆずこ、それホント!?」 「ウソウソウソウソウソーーーー!?」 「コラコラ、あんまり乗り出さない。ゆずこだって大変だったんだからな」 「そうよね。ゆず、大丈夫だった?」 「うん、彼方くんがいてくれたから」 「……ちょっと待て。キミ達、なにやら距離が近くないか」 ぎくっ。 なんでそんな所まで目敏いんだこの人は。 「えへ、えへへへ〜」 「ちょっと彼方、アンタゆずに変な事したんじゃないでしょうね!?」 「してないよっ!」 ……キスはしたけど。 「はれんち」 「わお」 「やましい事は何もないぞっ」 「えへ、えへへへっ」 「むむぅ、その笑みの意味は一体……」 「詮索禁止!」 「あは、あははは……」 「いやー、そうかそうか。二人とも付き合う事になったわけだな」 「どうして分かったんですか?」 「ゆずこの幸せそうな顔を見れば分かるよ」 「リリー先輩……」 「おめでとう、ゆずこ」 「良かったね、ゆずこ♪」 「二人とも有難う」 微笑むゆずこと俺の隣に、静かにティアが近付いて来た。 「変えられたんだね、おめでとう」 「ああ。有難う」 「彼方、ゆずを泣かせるような真似したら、悪霊ガッツリ憑依させてやるから」 「その話、詳しく聞かせてもらおうか。宮前、君はそういった憑依系の能力も――――」 「わわわわわっ」 「待ちたまえ、宮前!」 「ないないっ、そんな能力! 聞き間違えでしょ!」 「いいや、オカルト話を私が聞き間違えるはずがない!」 「もー勘弁してよ!」 「勘弁? なるものかっ」 「あぁ〜〜、なんでこうなるのよーーっ」 「くすくすっ。大変だなぁ、ハインちゃん」 「ははっ、そうだな。……ゆずこ」 「これからもよろしくな」 満面の笑みを浮かべたゆずこに、俺の心は愛しさでいっぱいになった。 過去は変わり、ゆずこは笑顔で俺の隣にいる。 ――――戻って来れて本当に良かった。 「えへへ、温泉楽しかったね〜」 旅館からの帰路の途中、ゆずこが心底楽しそうにスキップ混じりで歩いている。 「お肌ツルツルになれたし、食事も美味しかったし、景色はいいし最高だったわね」 「近くにあんな良い所があったなんて、全然知らなかったなぁー」 「先輩の交友関係恐るべし、だな」 「全くね。でもおかげで楽しく過ごせたわ」 「……肝試しはちょっと怖かったけど」 「あら、そのおかげで二人はくっつけたんだから、結果オーライじゃない」 「えへへ、うん。そうかも」 「ふふっ。ゆずが幸せそうで私も嬉しいわ」 「ハインちゃん……ありがとう」 「わ、私は別に……友達が幸せだったら、私も嬉しいから」 「ハインちゃ〜〜んっ!」 「きゃっ、ゆずったらっ。もうっ、すぐ抱き付いてくるんだからっ」 「えへへ、ハインちゃんにそんな風に言って貰えて、すっごく嬉しいんだもん♪」 ハインがゆずこの背中をポンポンと優しく撫でる。 仲の良い姉妹を見ているようで、何だか見ているとホッコリとしてくる。 「ちょっと彼方、なにをニヤニヤしてるのよっ」 「ニヤニヤって……」 穏やかな眼差しを向けていたつもりだったのだが。 「いい? 彼方、ゆずを泣かすんじゃないわよっ?」 「何っ回も聞いたよ」 「こういうのは口うるさいくらい言ってもいいのよっ」 「どういう理屈だよっ」 「あはは。ほらほら、二人共。もうお家着くよ?」 「ちっ、命拾いしたわね」 どこの悪役だよ。 「ふーっ、やっぱ家は落ち着くなー」 「そうだね〜。温泉とっても楽しかったのに、それでも帰ってくるとやっぱりホッとするね」 「一息入れたい所だけど、まずは荷物の整理しないとね。旅行の後って洗濯物がどうしても増えちゃうのよねー」 「私がまとめてお洗濯するから、全部出しておいてくれればいいよ」 「そんなの悪いわよ」 ハインが旅行鞄を開いて、手早く中身を仕分けしていく。 「えーっと、これとこれと、これも洗濯ね。それから――――」 「あれ? 私のじゃない携帯の充電器が入ってる」 「どれ? あ、これってリリー先輩のじゃないかな?」 「もうっ、リリったら。どこかで混ざったんだわ」 「明日、学園で渡せばいいんじゃないか?」 「んー……でもこれ無いと困るわよね」 「しょうがない、ちょっとリリのとこまで行ってくるわ」 「今から?」 「うん、リリ困ってると思うし。それに今ならすぐに外出できるしね」 帰宅直後なのでコートさえ羽織れば、すぐにでも出られるだろうけど。 「外、寒いぞ?」 「こういうの、ちゃんとしておかないとモヤモヤしちゃうから」 「そっか。気を付けて行ってこいよ」 「いってらっしゃい。リリー先輩によろしくね」 「はーい、行ってきまーす」 「こういうとこマメだよね、ハインちゃん」 ハインらしいと言えば、ハインらしいが。 「さて、と。じゃあ俺も荷物の片づけでもするかー」 「……えへへ」 鞄を開けようとした所で、ゆずこが照れ笑いを浮かべているのに気が付いた。 「どうした? にやにやして」 「ニヤニヤなんてしてないよー」 「? そうか?」 「やっぱりニヤニヤしてる」 「えへへっ、だって……二人っきりだなって思って」 「え!? あ、そ、そう、だな。ハハハ……」 何がハハハなんだ。 改めてそんな風に言われると、意識しまくってしまって妙に恥ずかしい。 「もしかしてハインちゃん、気を遣ってくれたのかなぁ」 「なるほど……その可能性はあるかもな」 ……あるいは先輩の計算かもしれないが。 「かーなたくん♪」 「おっと」 満面の笑みで抱き付いて来たゆずこが、俺の胸へとポスンと顔を埋めた。 そのままモフモフっと俺の腕の中で顔を動かす。 「くすぐったいよ、ゆずこ」 「だって嬉しくて、幸せで。ありがとうね、彼方くん」 「ゆずこは有難うってよく言うよな」 「ホントはね、大好きって言いたかったの。……でもそれは言えなかったから」 ……俺が他の誰かと一緒になるかもしれないって、そう思ってたから――――か。 「だからありがとうって、私の精一杯の気持ちを込めて言ってたんだ」 「でもそっか、もう言ってもいいんだね」 「大好きだよ、彼方くん。ありがとうって思う時、同じくらい大好きって言いたかったの」 「彼方くんが好き、大好き!」 「俺もゆずこが大好きだよ」 抱き付くゆずこの顔をあげて、俺はそっと唇を重ねた。 「ん……ちゅっ……んんっ」 「ん、ちゅっ……ん」 そっと唇を離すとゆずこは、恥ずかしそうに頬を赤らめた。 「……彼方くんとキスするだけで、どうしてこんなに幸せなんだろう」 「じゃあもっとしてもいい?」 「……何回でも、いいよ」 恥じらうようにゆずこが答えた。 勿論もっとキスもしたい。 だけどもっと先の事もしたい――その意味での確認だったのだが、ゆずこのこういう鈍さも愛おしい。 キスしないの? と小首を傾げるゆずこの肩をそっと引き寄せて、深く唇を重ね合わせる。 驚いた様子で目を見開いたゆずこだったが、次の瞬間ぎゅっと目を閉じてこちらへと体を預けてくれた。 「……んっ! んぁ……んんっ」 呼吸の為に僅かに開いたゆずこの唇から、その口内へと舌を潜り込ませると、ゆずこの体がぴくりと震える。 舌を絡ませると、ゆずこの舌は驚いたように逃げてしまう。 それを追いかけるようにして、ゆずこの口の中で舌を躍らせる。 「ふぁ……っ、んんっ、んぁ……っ!」 「ん……、ちゅちゅっ、ん……」 「ちゅっ、ちゅぱぁっ……ん、んんっ……っ! ふぁっ」 とろりと惚けたゆずこの声に、下半身へと血が集まるのが分かる。 「ベッド、行ってもいい?」 「う、うん……」 恥ずかしそうに俯くと、ゆずこは思い切ったように頷いた。 「な、なんか凄く緊張しちゃうな」 部屋に入るなり、そう言って扉の前で固まるゆずこの手にそっと触れる。 「っ! あっ……。あはは、変なの、彼方くんの部屋いつも入ってるのに」 相当な緊張をしているのだろう、握ったゆずこの手は小さく震えていた。 その姿に少しだけ頭が冷静になる。 そうだよな、初めて――だもんな。 「ゆずこ、無理する事はないからな? 俺は別に今すぐじゃなくたって――」 「ダメッ!」 「ダメ……。私、ちゃんとしたい。ちゃんとして、私が彼方くんの彼女なんだって……思いたいの」 「こういう事しなくったって、ゆずこは俺の彼女だよ」 「うん……。彼方くんは優しいから、そう言ってくれるの分かるよ」 「でもそれじゃダメなの。私が……私に自信を持ちたいから」 ゆずこには自分への自信のなさから、どこか諦めたようにしてきた部分が確かにある。 俺に身を任せる事で、その不安が解消されるならと、震えるゆずこの肩をそっと引き寄せた。 「じゃあ……するぞ?」 「よ、よろしくお願いします……」 ぎゅっと目を瞑ったゆずこの体を、そっとベッドに押し倒した。 「えぇー!? それじゃあ最後までしてないのぉっ!?」 「私も昨日は驚いたわよ。家に帰ってさりげなーーく聞いてみたら、最後までしてないって言うんだもの」 「ふむ、作戦は失敗だったか」 「さ、作戦!?」 「ああ。宮前の鞄に私の充電器を入れて置けば、宮前の性格ならその日の内に届けてくれるだろうと思ってな。二人の空間を作ってやろうと思ったんだが」 「えぇ!? そんなこと考えてたんですか!?」 「可愛い後輩達の気持ちが通じ合ったんだ。それくらいの配慮をするのは当然だろう」 「あ、あははは……」 先輩、恐るべし! 「それで、どうなったの? 彼方くんとは」 「うん……。私、すっごく焦っちゃって。それですぐに、その……して貰いたくて。でもそしたらすっごく痛いし、緊張でもうワケが分からなくなっちゃって」 「うぅっ、やっぱ痛いんだ……」 「それでそれで?」 「そのまま、最後まではせずに……」 「そっかぁ〜」 「ふぅむ……」 「あ、あんな感じになるなんて思ってなくって……もう、どうしていいのか」 昨夜の事を思い出して、顔がカァッと紅潮してくるのが分かる。 「わ、私えっちがあんなに恥ずかしい事だなんて思わなかったぁ……」 「恥ずかしくてダメだったの?」 「痛みが原因じゃなくって?」 皆が興味津々といった様子で質問をしてくる。 私も逆の立場だったら、色々と気になると思う。 だって……した事ないことなんだもん。 「痛みも……もちろんあったんだけど……」 「それに加えてもうもうもう、恥ずかしくって! 私の体、どこか変じゃないかな? とか気になっちゃうし」 「それにあの体勢! あ、足を開いて、アソコがよく見えちゃうような格好で、もう恥ずかしくて早く終わって欲しくって」 「好きな人の前で足を開く、とか……。 きゃーっ、考えただけでも恥ずかしいーっ」 「だよねだよね?」 ありえも顔を真っ赤にしている。 やっぱり恥ずかしいよね!? これって普通の感情だよね!? 「ゆずは彼方とするのが嫌だったの?」 「嫌じゃないよっ。むしろ早くちゃんとしなくちゃって」 「ちゃんとして……彼方くんの彼女だって、自信が持てるようになりたくて」 「自信? ゆずこは黛の彼女だろう。何か不安な事でもあるのか?」 「不安……。不安、です」 私の心には不安の種がいっぱい埋まってる。 「だって彼方くんの周りにはリリー先輩や、ハインちゃんみたいな魅力的な人達がいっぱいいて……」 「私は何の特徴もない子で。それなのに彼方くんが選んでくれた事が凄く嬉しくて、でもだからこそ不安で」 「だから私、早く彼方くんにして欲しかった。それで私が相手でもちゃんと……してもらえるって思いたかった」 「彼方が好きなのはゆずなのよ? そんな心配必要ないわよ」 「うん……、そうなんだけど……でも…………」 やっぱり不安なんだ。 「ゆずこ……。ゆずこの気持ちも分かるよ。でもそれじゃあ失敗しても仕方がない、かも」 「そうだな。ああいった事は時間をかけて行うものだというじゃないか。まして初めての際は尚更だろう」 怖くて痛くて不安で。早く証が欲しいのに、結局は彼方くんを困らせてしまった。 「……緊張もしただろうし、仕方ないわよ」 「ハインちゃぁん……!」 ハインちゃんの優しい慰めに涙腺がゆるむ。 「ねぇゆずこ、痛いってどれくらい痛いの?」 「すっっっごく痛かったよ。なのに全然最後まで出来てないんだもん。どうしよう……」 「一般的に出産は鼻からスイカを出す痛み、処女喪失は鼻に大根を入れる痛みと言われているが」 「だ、大根!?」 「無理ぃ!!」 「きゃふっ!」 ハインちゃんが驚いた様子で鼻を押さえてる。 気持ち分かるよ、ハインちゃんっ! 鼻に大根とか……! 無理無理無理! 絶対に無理……! あぁ〜、どうしよう。私、一生彼方くんと出来ないのかなぁ……。 「ゆずこって……ひとりエッチってした事、ある?」 「ひょぁ!?」 ななななな、なんて!? 今、ひなちゃん何て言ったのぉーーーーーー!? 「ひな、い、いきなり何を言うのよっ!」 「だからぁ、ひとりエッチだよ。……自分でするの。ゆずこした事ある?」 「ないよ!!!」 「じゃあ……してみたら、どう? かな?」 「ななななな、なに、なに言ってるのぉおぉぉぉぉっ」 何か凄くえっちな事を言われている気がするっ! 「ふぅむ……なるほど。まずは自慰行為で慣らしていくというわけか」 何を納得してるんですか、先輩! 「恥ずかしがってる場合じゃないよ、ゆずこ! いい? これはもう、自主トレだよ!」 「自主トレェ!?」 「そう、自主トレ。いきなりバッターボックスに立てる打者がいないように、いきなり上手く出来る処女もいないと思いたまえ!」 ズガーーーーーーーーンッッッ!! 衝撃的な一言に、昔の少女マンガのように白目を剥いてしまいそうになる。 「自分で……する……」 ありえが思わず息をのむ。 「だがいい案だと思うぞ。ゆずこは自分のものを見た事もないんだろう?」 「鏡で確認しながらしてみるのは有効なんじゃないか? 自分のものに対する不安も消えるだろうしな」 「確かにそうやって言われてみるとそうかもしれないけど……でも、自分でする、なんて……」 ハインちゃんの顔が真っ赤に染まる。 私の顔も、きっと同じくらいまっ赤だと思う。 「だけど恥ずかしがってる場合じゃないんじゃない? 次に進むためには大切な事なんだから」 「ひなちゃん……。でも、そっか」 「うん、そうだよね」 自分でするのだって怖いけど、だからってこのままじゃ次も上手く行くとは思えない。 「処女膜にも種類があるからな。形状的に難しいものであれば、自慰行為でも厳しいだろうし。逆に言えば自慰が出来るというなら、性行為も出来るという事だ」 「しゅ、種類!? あれって種類があるものなんですか?」 「あるぞ。なんだ自分の体の事なのに、意外と知らないものなんだな」 私もそんな事、全く聞いたことも無かった。 「わ……私も知らなかったわ……。 ていうかリリはどうしてそんな事まで知ってるのよっ」 「? 医学書とかに書いてあるだろう?」 「そんなの普通は読んでないわよっ」 「ム……、そうなのか?」 あはは……、さすがはリリー先輩。 「とにかくリラックスして、彼方くんを信じて任せなくちゃ」 「うん……そうだよね」 「自分で、その……す、するのも凄く恥ずかしいとは思うけど……」 「でも自分の事を自分でちゃんと受け止められたら、少し不安感が薄れるっていうのはあるかもしれないわよ?」 「そーそー、そうやって不安感が薄れたら、自然にリラックス出来るかもしれないしさ」 「そっか……うん、頑張る」 自分でするのも何だかちょっと怖いけど……、でも頑張らなきゃ。 「あとは――そうそう、行為の際は枕やタオルを腰の下に入れるといいって聞いた事があるな」 「なになに? それはどこからの知識ですか?」 「あれは確か……、サバトと処女性の関係について調べていた時だったかな」 「なんだ久地はサバトについて興味でもあるのか? よろしい、詳しく話そう」 「わわっ、け、結構ですーっ」 「いやまて久地、サバトというのはそもそも――――」 「リ、リリーさんっ! 今はゆずこの悩み解決が先ですよっ」 「タオルとか腰の下に入れるとどうなるんですか?」 「ああ、そうだったな」 「助かったよ、ありえ」 「腰の下に枕等を入れる事によって、腰への負担が減り、痛みが和らぐことがあるそうだ」 「そんな効果があるんですね。ちゃ、ちゃんと出来るかどうか分からないですけど……でも試せそうなら頑張りますっ」 どんな事でもチャレンジして、次こそは彼方くんを最後まで受け入れたい。 「そうだ! もう1回温泉に行って来たらどうかな? 今度は二人で」 「いいかもしれないわね。あそこならノンビリ出来るだろうし、同じ部屋でするよりいいかも……」 「そうだね、雰囲気変わっていいかもしれないね」 「よし、部屋が空いているか聞いてこよう」 そう言うと先輩が携帯を片手に立ち上がった。 「先輩、そんな迷惑かけられませんっ」 「水臭い事を言ってくれるな。大事な後輩二人の世話くらい焼かせてくれ」 「先輩……っ」 先輩の思いやりと優しさに心がきゅぅっと温かく締め付けられる。 見上げた私の視線を優しく受け止めると、先輩は携帯を操作し旅館へと電話をかけた。 「もしもし、大山です――――」 「彼方くんは都合とか大丈夫かな?」 「いいわよ、どうせ暇してるって」 「あはは。今の最優先事項はゆずこと彼方くんのラブラブ大作戦だし」 「ラブラブ大作戦……」 「大丈夫、次はきっと……ね?」 「ありえ……」 皆は真剣に私達の事を応援してくれている。 なのに私はあんなにも不安になって、怖くなって……。 「――――はい、それではよろしくお願いします。はい、有難うございました」 「電話終わったみたいね」 「取れたぞ。次の金曜の夕方から一泊だが、良かったか?」 「はい! ありがとうございますっ。彼方くんにも確認します」 早速彼方くんにメールで伝えると、すぐにOKの返事が届いた。 「彼方くんも大丈夫だそうです。リリー先輩、本当に有難うございました!」 「はは、頑張れよ」 「金曜までは自主トレだねー」 「う、うん……。それも、頑張ってみる……」 想像しただけで、とっても恥ずかしいけど……。 「あんまり気負わないでね。金曜まではまだ少し日にちがあるし……」 「そうね。普通にどこかにデートに行ってくるのもいいんじゃない?」 「デート……」 「確かに。二人ってデートとかってしてるの? 昔からずーっと一緒にはいるけど」 言われてみればデートという形のものは、した事がないかもしれない。 「そっかぁ……私、焦りすぎてたなぁ……」 「ずっと好きだったんだもんね」 ありえは私の気持ちを昔から知ってくれている。 そう――私は彼方くんの事がずっとずっと好きだった。 彼方くんが初めて、私の友達になってくれたあの日からずっと。 いつか彼方くんの隣で別の誰かが微笑む事を覚悟しながら、それでも彼方くんが幸せならそれが自分の幸せだって言い聞かせてきた。 だから、嬉しくて。 だから、舞い上がって。 だから、とてつもなく不安で。 「えへへ、私もっとちゃんとしなくっちゃだね」 「ゆずこなら大丈夫だよ、なーんにも心配いらないんだから!」 親友からの太鼓判に自然と笑みが零れる。 帰ったら彼方くんに提案しよう。 ねぇ、どこかに一緒に行こう? 私デートがしてみたいな――って。 「彼方くん、温泉の予定オッケーしてくれて有難うね」 「礼を言うのはこっちの方だよ」 「あの、それでね。金曜までに、私――その」 「ん? どうした?」 口ごもったゆずこの目が泳いでいる。何かあるのか? 「わ、私っ、彼方くんとデートしたいっ!」 思い切ったように勢いこんで言い放ったゆずこの顔は真っ赤だ。 「デート?」 「うん……、その、私達ってちゃんとデートしてない、よね?」 言われてやっと気付いた。 そうだ。俺達は付き合っているというのに、二人でデートというものをしていない。 いつも一緒にいるのが当たり前になりすぎていて、そんな事にも気が回らなかった。 「ごめんな、ゆずこ。そうだよな、まずはデートだよな」 デートもしない前から俺は……はぁ、自分が情けない。 「私も今日ひなちゃんに言われてハッとしたんだ。えへへ」 照れ笑いを浮かべるゆずこに、救われた思いがする。 「じゃあどこに行こうか? ゆずこの行きたい所ならどこでもいいぞ」 「ホント? じゃあ―――――」 そう言うとゆずこはそのままの姿勢で固まってしまった。 「おい、どうしたゆずこ。おーーーい」 フリーズしたゆずこの目の前で手をパタパタさせると、ゆずこがハッと意識を取り戻す。 「ど、どこに行くかは今じゃなくてもいい?」 「じゃあ、少し時間を貰うね。えっと日にちは明後日でいいかな?」 学園は早めの冬休みのようなものだ。 クリスマスパーティーも一時中止になっていて、特にする事はない。 「よろしくね、彼方くん」 そう言うとゆずこはそそくさと自分の部屋へと戻って行った。 なんか様子がおかしい気もするが……。まぁいいか。 デート、か。 「それで?」 「デートの場所も決まってないけど、何よりっ」 「デートの服装が分からない、と」 彼方くんとのデートが決まったとはいえ、どこに行けばいいのかも何を着ればいいのかも分からなくて、昨夜は思わず言葉に詰まってしまった。 それを皆に相談したら、こうしてすぐに集まってくれた。 「まさに私の出番ってわけね! コーディネートはまっかせなさい」 ひなちゃんがドーンと胸を張る。 「お願いします、先生!」 「うむ、大船に乗ったつもりでいたまえ」 「そんなに凄いの?」 「久地のセンスは本物だよ、宮前」 「へぇ、リリが言うなら間違いなさそうね」 「えっへん!」 胸を張って見せるひなちゃんのキュートさに、自然に顔が綻んでしまう。 「クローゼット開けるよ?」 「どこでも好きなように見て」 「了解。じゃ遠慮なく〜♪ フンフンフ〜ン♪」 「じゃあひなちゃんがコーディネートを考えてくれてる間に、私達はデートプランでも練る?」 「そうね、それがいいかも」 「ゆずこはどこか行きたい所はあるのか?」 「それが思い浮かばなくて……」 「特別な事はしなくてもいいんじゃない? 二人で過ごすことが大事っていうか」 「でもそれじゃあ普段と変わらなくない?」 「う……確かに」 でもデートって。 どんな事をすればいいんだろう? 「そこにある雑誌は、この街の情報誌か?」 「はい……一応、こういうのも見てはみたんですけど」 「ふむ……どれどれ」 雑誌を手に取ったリリー先輩が、優雅な手つきでページを捲る。 「ほう、ここなんかいいんじゃないか?」 「どれどれ―― なんだ、ただの喫茶店じゃない」 「ただの喫茶店と侮るなかれ。この喫茶店REDSUNには、カップル向けメニューがあるようだぞ、ほら」 先輩の指し示したページに視線を落とすと、カップルに人気! という見出しと共に、1つのグラスに2本のストローがささったドリンクの写真が掲載されていた。 「すっごいベタですね……。こういうのってまだあるんだ」 「これは、その、ちょっと恥ずかしいかもです……」 「確かにな。だがこのアルバイト店員の証言を読んでみたまえ」 先輩はある文面を指でトントンと指し示す。 「証言、ですか? えーっと――このラブラブフォーエバーエタニティドリンクを飲んだカップルは、どんな困難も乗り越え結ばれる……」 「嘘くさーい」 「自分の友人も彼女とこのドリンクを飲んで、見事ゴールイン。彼女は良家の子女で二人の身分差は明らかだった……」 「身分差ってこの時代に?」 「でもそういうの気にするお家はあるかも」 「まぁこういう噂の類は尾ひれがつくものだ。まして店員の話なんだから、これは店の戦略かもしれん。だがこういう物にチャレンジしてみるのもいいかもしれんぞ」 「えぇーっ、恥ずかしいでしょ」 「まぁな。だが恥ずかしい事を出来てしまえるのが、恋愛の特権ではないだろうか」 言われてみればそうかもしれない。 街行くカップルを見ても、みんな恥も外聞も関係なさそうで、だけどそれはとても幸せそうに映る。 「……私、頑張ってみる」 「彼方くんなら、何だかんだ楽しんでくれそうではあるよね」 「確かにね」 「それにこんな事は恋人じゃないとやらない事だ。今までの――二人でちょっとお茶でもしようか、という状況とは全く違うからな」 そうだ、確かにこれは恋人じゃないとしない事だよね。 そう思うとさっきまで恥ずかしくて堪らなかった物が、何だか急に輝いて見えた。 「出来たーーっ! このコーデが完璧!」 「おお、ちょうど久地の方も終わったみたいだな」 「どれどれ?」 「じゃーん! こんな感じですっ」 ひなちゃんがハンガーに掛けた洋服を、ババーンと皆の前に差し出した。 「いつものゆずことは違う、新しい魅力を引き出すためには、何といってもほのかな露出!」 「ろ、露出……」 「って言ってもオフショルで肩を少し出す感じだし、下はガーリーなスカートだから、変なやらしさはないから安心して」 「確かに普段のゆずことは違った感じで、いいかもしれないな」 「組み合わせ方もいいわね。可愛いんじゃないかしら?」 「ねね、ちょっと着てみてよ」 「うんっ、分かった」 ひなちゃんが選んでくれたお洋服。 普段の自分では絶対にしないようなコーデだけど……似合うといいなぁ。 「どう、かな」 「すっごく可愛い!」 「いいじゃないか」 「ホント、とっても良く似合ってるわ」 「うんうん、これは想像以上だよ!」 ドキドキしながらお披露目したけど、こんなに褒めて貰えて嬉しいな。 「ゆずこの良い所がぜーんぶ出てる感じする〜」 「ひなって凄いのね」 「えっへん! でございます。 どう? ゆずこも気に入ってくれた?」 「もっちろん! ひなちゃん、有難う! 自分のクローゼットにあった物で、こんなに変われるなんて思わなかった」 「未来の一流スタイリスト、久地ひなたにお任せあれ♪」 「あはははは」 おどけるひなちゃんを見て、自然と笑顔になっている。 私、皆に支えて貰ってるんだな。 「これで服もデートプランもバッチリね」 「うん、みんな有難う!」 皆への感謝を込めて、ペコリと頭を下げた。 そんな私を皆の温かな視線が包み込んでくれる。 この服を見たら彼方くん何て言うかな? いつもと雰囲気が違うって気付いてくれるかな? 幸せな疑問符が頭と心を埋め尽くしていく中、私はしれず微笑んだ。 「お待たせしました」 部屋から現れたゆずこに思わず目を奪われた。 「変、かな?」 不安そうな顔になったゆずこに向かって、全力で首を振る。 「変じゃない! ていうかめっちゃくちゃ可愛い。可愛すぎて思わず言葉が出なかった」 「もうっ、上手いなぁ〜」 「本当だって。凄く可愛い」 「ホント? えへへ、嬉しい! ひなちゃんに選んでもらった甲斐があったな♪」 「ひなたに選んで貰ったのか。アイツさすがだな」 いつものゆずこも可愛いが、ナチュラルかつ肩出しでセクシーさも強調されている今日の服装は、実に素晴らしい。 「うーん……たまらん」 「あ、いやいや、なんでもない。つくづく可愛いなって思ってさ」 「えへへ、そんなに褒められて嬉しいな♪」 笑顔も100点だ。 「それで行きたい所は決まったのか?」 「うん。隣町でね、行ってみたい喫茶店があるの」 「そっか、じゃあそこに行こうか」 大きく頷いたゆずこと共に、隣町へと向かった。 うーん、なんだかドキドキするぞっ。 「随分賑わってるな」 「ホントだねぇ。何か人が多い―――― あっ!」 「あそこにいるの、ホラ!」 ゆずこが指さした方を見ると、何やら巨大な羊のような形状をした黄色い着ぐるみが、子供たちと握手を交わしていた。 「なんだアレ」 「彼方くん知らないの? ミゾノッティだよ! 幸せ黄色のミゾノッティ!」 「ミゾノッティ〜?」 ゆずこは随分と興奮しているが、ハッキリ言って全く知らない生物だった。 そう言えばこの頃から流行語大賞なんかでも、ゆるキャラが注目され始めたんだっけ。 どうやらミゾノッティとやらもその類なんだろう。 「いいな〜、ミゾノッティ! 私も握手したいな〜〜」 「じゃあ並ぶか」 「え!? いいの?」 「ははっ、もちろん」 目をキラキラと輝かせるゆずこが実に微笑ましい。 はしゃぐゆずこを見守るようにして、握手を求める列へと並ぶ。 「あぁ〜、可愛いなぁ。ミゾノッティ」 「確かに妙な可愛らしさはあるな」 「羊なのに黄色って所がいいんだよ〜。ほら見て、あのモコモコっとした体」 「触り心地良さそうだな」 「でしょでしょ!」 中の人は大変だなぁなんて思ってしまうのが、男と女の差だろうか。 そんな事を考えていると、俺達の番が回ってきた。 「ミゾノッティ〜〜〜」 ゆずこが手を伸ばすとミゾノッティも同じように手を差しだし、二人でブンブンと握手を交わす。 続いてミゾノッティは俺にも手を伸ばしてきた。 「有難う、ミゾノッティ」 礼を言うとミゾノッティはゆずこにしたように、俺ともブンブンと勢いよく握手を交わした。 記念に携帯で写真を撮ってもらい、次の方へと場所を譲ろうとすると、ミゾノッティがまたも俺の手を掴んだ。 ミゾノッティは大きく頷いて、今度はゆずこの手も掴んで、そしてそのまま俺の手とゆずこの手を結び付けた。 驚いた顔を一瞬見せた後、ゆずこはすぐに照れ笑いを浮かべた。 その様子にミゾノッティは満足そうにして、俺達に手を振った。 「ありがとう、ミゾノッティ」 俺とゆずこは手を繋いだまま、その場から離れた。 繋いだ手が妙に気恥ずかしい。 「えへへ……なんか、こういうの凄く新鮮」 「子供の頃はよくこうして彼方くんが私を引っ張っていってくれたよね」 そうだったかもしれない。 あっちへ行くぞ! 今日はこっちだ! と学区内を余すことなく案内していた記憶がある。 「私達、恋人……なんだもんね」 「だな。なんでもっと早く思いつかなかったんだろう。恋人なら手くらい繋いで歩くよな」 「ふふっ。いつも一緒だったから。二人で歩く時の距離とか、そういうの決まっちゃってるもんね」 苦笑を浮かべた後、ミゾノッティが繋げてくれたままの状態の手を、ゆずこの指と俺の指をしっかりと絡め合う恋人繋ぎに変えた。 「こうして歩こうか」 たったこれだけの事で、恋人らしい気がしてくるから不思議だ。 ゆずこが嬉しそうに、握りあった手を見つめては微笑みかけてくる。 こんな事で幸せそうな表情が見られるなら、もっと早くしておけば良かった。 俺とゆずこは距離が近すぎて、気付くべき事に気付けなかったりするんだろう。 だけどそれは悪い事じゃない。少しずつ前に進めばいいのだから。 「雑誌で見た喫茶店はもう少し先なの。行こう、彼方くん」 手を繋いで歩幅を合わせて、俺達は目的の店へと向かった。 いらっしゃいませ、2名様ですか? というお決まりの文句と共に愛想のいい店員に席へと案内された。 「ここがゆずこの目的の店?」 席に着くとゆずこはメニューを確認し、一人大きく頷いた。 「あった。私は決まったけど、彼方くんは?」 「じゃあ俺はアイスコーヒーで」 「アイスコーヒーと、コレ下さい」 ゆずこが指で指し示したメニューを確認すると、店員は「かしこまりました」と返して、キッチンへと去って行った。 「飲みたい物があったんだな」 「うん。特別メニュー」 はにかむようにして笑った後、ゆずこは落ち着きなく辺りを見回した。 「結構お客さん入ってるね」 「そうだな。内装も緑が多くて光もよく入ってるし、綺麗で落ち着く店だなここ」 近所にこんな良い喫茶店があるとは知らなかった。 長く住んでいる地域でも、まだまだ知らない事はたくさんあるもんだなぁ。 「彼方くんはどこか行きたい所とかなかったの?」 「俺か? そうだな、色々あるけど――でもゆずこといられるなら、どこでもいいかな」 「それは私も同じ」 温泉から帰って来た後、付き合えた喜びとハインが気を利かせて出て行ってくれた事で、二人でベッドに入ってしまった。 だが本来はこうしてデートをしながら、ゆっくり向き合っていく事こそが大切な行為だと思う。 浅薄な行動でゆずこに痛い思いをさせてしまった事に、後悔の念が募る。 「これからはさ、色んな所へ行ったり、色んな事をしよう。遊園地とか、動物園とか、夏になったら海とかさ。何でもしよう」 「うんっ。まずは温泉、だね♪」 ゆずことまた温泉に行けるのは純粋に嬉しい。 鳴ヶ崎神社に、今度は昼の内に参拝に行くのもいいかもしれない。 「お待たせしました。アイスコーヒーとラブラブフォーエバーエタニティドリンクです」 談笑していると注文したドリンクが届いた。 ――――が。 「……なんか凄いの来たな」 店員が何食わぬ顔で去って行った後、テーブルに置かれた二つのドリンクの内、ラブラブフォーエバーエタニティドリンクと言われた物の存在感に口がポカンと開いた。 大きめのグラスにこれ見よがしに2本のストローがささっている。 「雑誌に載ってたんだけど、これを二人で飲んだ恋人は、どんな困難も乗り越えられるんだって」 「へぇ〜」 心底どうでもいい。 だけどその話題を振ってきたゆずこの、その精神性が愛らしくてたまらない。 「女の子ってそう言うの好きだよな」 「あ、バカにしてる」 「してないよ」 「もうっ、私はこれ注文するのにも緊張したのにぃっ」 ぷくーっと頬を膨らませたゆずこに、思わず笑顔が零れる。 「ハハ、じゃあ一緒に飲もうか」 「え? いいの?」 「ゆずこが俺達の未来を思って頼んでくれたんだろ? 飲まないでどうするよ」 「えへへ、そっか。えへへへ」 過去の俺だったら――――きっとこんなもの恥ずかしくて飲めないと言っていただろう。 だけど今の俺はこういう事も含めて、全てが愛しくて楽しくてたまらない。 ゆずこが隣にいて、ゆずこが俺の事を考えてこの喫茶店に案内してくれただけで、十分すぎる程に嬉しいのだ。 「じゃあ俺こっち」 1本のストローを取って、もう一方をゆずこの方へと向ける。 「私はこっちね」 ゆずこもストローを手にした所で、お互いに小さく頷くと同時にストローに口を付けた。 ちゅーーーーーーっ。 ストローの中でくるくると回転したソーダ水が、喉をシュワリと潤した。 「あはっ、飲めた。彼方くんと」 「嬉しそうな顔して」 「嬉しいもん。彼方くんと私は、これでどんな困難でも乗り越えられるね♪」 「ハハ、そうだな」 俺が頷くとゆずこは満足そうに大きく息を吐いた。 「えへへ、良かったぁ……。無事に彼方くんと飲めたぁ」 「だって人もいっぱいいるし、飲んでくれないかと思った」 確かに他の客も多い。 だけど他人は自分が思っているほど、自分の事を気にしてなんかいないし、仮に見られまくったとしても通りすがりの存在だ。 どうって事はない。 そんな物の視線を気にするより、目の前の大切な人が喜んでくれる事の方が大切なのは、当たり前じゃないか。 「俺はゆずこが望むなら、なんだって叶えたいよ」 「彼方くん……。えへへ、私は幸せ者だなぁ」 ストローの先を指先で弄びながら、ゆずこが躊躇いがちに口を開いた。 「私には彼方くんがいるんだもんね。これからもずっといるんだもんね」 「本当に幸せだなって。私、お母さんがいない事やお父さんと離れてる事に、寂しさを覚えたりしてたけど……でも、彼方くんがいてくれるんだもん」 「こんなに幸せな事ってない。彼方くんで良かった。私の側にいてくれた人が彼方くんだったから、私たくさんの事を乗り越えられたんだ」 ゆずこ……。 ゆずこの寂しさや切なさを、少しでも軽減出来るなら、俺はいつだって側にいてやりたい。 「これから先は、なんでも二人で乗り越えられる。だから安心していいよ、ゆずこ。この――なんだっけ? ラブラブジュース? 一緒に飲めたんだからさ」 「あはは、ラブラブフォーエバーエタニティドリンクだよ」 「長い名前だなぁ」 「それがまたいかにも! って感じでいいよね」 コロコロと笑うゆずこにつられて、俺の頬もゆるんでいく。 「この後、かぁ。実はこの後の事は何も考えてないんだ」 「このラブラブフォーエバーエタニティドリンクを頼むんだ! 彼方くんと飲むんだ! ってその事ばっかりに気を張ってたから」 「そんな一大事だったのか、コレ」 「一大事だったのっ」 「はは、そうか。じゃあこの後は、テキトーにプラついて帰るか」 「うんっ。あ、せっかくこっちに来たからミクティに寄りたいな」 「特に買いたい物があるわけじゃないから、本当にプラプラしてる感じになっちゃうけど……いい?」 「もちろん。そういうもんだろ、デートって」 俺が発したデートという言葉に、ゆずこは目を輝かせながら満足そうに口元を緩めた。 「ただいまー!」 「お帰りー。どうだった、デートは」 「えへへ、楽しかったよ。例のジュースも彼方くんと飲めたし」 「へぇ、彼方ちゃんと飲んであげたのね。やるじゃない」 「別にどうって事でもないよ」 「うっ! ……やるわね、彼方」 何がだ。 ハイン的にはあのラブラブなんたらドリンクを飲むのは、相当の覚悟が必要らしい。 「あとはプラプラしてただけなんだけど、おかげで楽しく過ごせたよ。有難うね、ハインちゃん」 「お礼を言われる様な事は何もしてないわよ。そうだ、さっきありから連絡があったんだけど、クリスマスパーティーの代替案を考えないかって」 「代替案?」 「ツリーは無くなったけど、会場の方も綺麗に片付いて落ち着いたそうよ。商店街や学園関係者への説明も、今日の昼に終わったらしいわ」 「そう。新しいクリスマスパーティーなら、開催してもいいって事らしいのよ」 「ホント? ホントに!? 中止じゃないの!?」 「えぇ。と言ってもクリスマスまで時間もないし、大掛かりな事は出来ないでしょうけど」 「それでもいいよ! だって皆凄く凄く頑張って準備してきてたんだもんっ。それにリリー先輩の最後のクリスマスパーティーだし」 「良かったな、ゆずこ」 「うん! そうと決まれば明日からは忙しくなるぞぉ〜っ!」 「ふふっ、ツリーの代わりになるような何かも見つかるといいわね」 「代わりかぁ〜……うぅーーーーーん……………………」 唸ったままゆずこは固まってしまった。 「ゆずこ、おーい。ゆーずこー」 「ハッ! いけない、ついつい集中しちゃって」 「すぐには浮かぶものじゃないだろうしさ、明日また学園で皆と相談するのがいいんじゃないか?」 「そうだね、うんっ」 「新しい出し物以外にも、ポスターの訂正とか、元々予定されてた催しなんかの調整も、し直さないとね」 「うんうん!」 「何でも言ってくれよ、俺も協力するからさ」 「有難う、二人とも! えへへっ、何だかワクワクが止まらないよっ」 あんなに怖い目にあったというのに、ゆずこは心底嬉しそうだ。 いや……あの事故に対する引け目のような物もあったんだろう。 それがパーティーが開催されると知って、胸のつかえが下りたのかもしれない。 そしてそれはあの日の恐怖より、よほど勝る喜びなんだろう。 「よーーーっし、明日から張り切っちゃうぞーー!」 握りこぶしを掲げたゆずこに、俺とハインは笑みをこぼした。 「クリスマスパーティー出来るようになって良かったね〜」 「大変な事故ではあったが、幸いにも重傷な怪我人等は出なかったし、大きなトラブルも無かったのが考慮されたらしい」 「良かったぁ……。それもこれも皆のおかげだよ、有難う!」 「私達は大した事してないよ。彼方くんはヒーローだったけど」 「からかうなって」 「ううん、本当に彼方くんのおかげ。ありがとう、彼方くん」 「ゆずこもよく頑張ったな」 ゆずこの頭をポンポンと撫でてやると、嬉しそうに頬を緩める。 「アツいわねぇ」 「見せつけてくれるなぁ。あー、私も彼氏ほしーー!」 「ぬ、ぬけがけ禁止だからね!  ゆずこに続いてひなちゃんまでってなったら、あぁ〜……」 ありえがガックリと肩を落としている。 そんなありえを見て、思いついたようにリリー先輩がポム、と手を打った。 「では次のオカ研はタルパの作り方について、講義及び実践にしようか」 「タルパ?」 「チベット密教の秘奥義でしたっけ?」 以前、父さんの蔵書で読んだ事があった気がする。 「そうだ。人工未知霊体――つまり無から霊体を作り出すわけだ。どんな相手も思うがまま、自由にイメージすれば良い」 「それって妄想と何が違うんですかぁ?」 「妄想のさらに先へ行くんだ。頭の中ではなく現実世界に重ねて想像する」 「完成すれば自分が作り上げたタルパと会話をする事も可能だそうだ」 「へぇ〜、なんか凄そうですね」 「まぁ最も自分以外の他人には、見えない存在だがな」 「タルパとの会話は、傍から見たらカオスすぎるわね」 「ハッハッハ。まぁ独り言の激しい人間と認識されるやもしれんな」 「うぅ……そんな彼氏イヤですぅ……」 「そうですぅっ。あぁ〜、ゆずこが羨ましいよー」 「ありえが本気で探したら、彼氏なんてすぐに出来そうだけど」 「そうかなぁ〜」 「彼氏持ちの余裕だーっ」 「そんなんじゃないよ〜っ」 女の子達でキャッキャとはしゃいでいる。 その光景を見ているだけで、実に微笑ましい気分になる。 「いーなー、ゆずこはーーーっ」 「あんまりからかわないでよ〜っ」 「はいはい、ゆずが困ってるでしょ。それよりクリスマスパーティーをどうするかよ」 「そうそう、そうだよっ。クリスマスパーティーの打ち合わせをしなくちゃ」 「タルパの話はもういいのか?」 「それはもう十分ですっ」 「むぅ……」 リリー先輩は心底残念そうな顔をしているが、ここで助け舟を出したらヒートアップするのは目に見えている。 申し訳ないが、ここは俺もスルーしておこう。 「聖歌隊のみんなは予定変更なく進めそう?」 「うん。ツリーの部分が無くなっちゃったから、ステージの位置は変わるけど問題なく進められると思う」 「立食パーティーの方も、料理部の皆が引続き頑張ってくれるって。場所は学園の講堂で変わりナシ」 「そっかぁ。学園演劇は?」 「学園演劇?」 「うん。クリスマスにちなんだ演劇を、毎年演劇部の子達が披露するんだ」 「場所は――今回は商店街内のコミュニティセンターだったはずなんだけど……」 「ああ、そちらも変更点などなく問題ないぞ」 「今回は小さな子供達でも理解できるような内容にしたみたいでな、学区内の子供達が楽しみにしていたよ」 「へぇ。色々あるのねぇ。それじゃあ後はどうするの?」 「プレゼント交換会も問題なく進められると思うし、あとは目玉となる何かがあればいいんだけど」 「やっぱりメインはクリスマスツリーの代わりになる、何かを出したいなぁ……」 「とは言っても急だもんねぇ……。うーーん、ひなちゃん何かアイディアある?」 「なんにもだなぁー。一応演劇部の子達の衣装デザインとかしてるから、そっち方面でファッションショー的な物もいいかなって思ったんだけど、でもなぁ」 「なにか問題があるのか?」 「うーーん、単純にクリスマスっぽくなくない? そりゃあ、やるとなればソレっぽい衣装にはするけど……。でもツリーの代わりにって言われると……」 「インパクトに欠けるか」 「そういうこと」 「とはいっても時間もないからな。あと一週間しかないぞ」 今日は12月18日の木曜日だ。25日まではちょうど一週間の計算になる。 「でも急にアイディアなんて浮かばないわよね。 だからまずは、出来る事から進めない?」 「そうだね。うん、それがいいと思う」 「じゃあ私は演劇部と聖歌隊の皆との、打ち合わせに行ってくるよ」 「私は商店街の方の調節が必要な場所とか、もう少し詰めてくるね」 「うん、二人ともお願いします」 「私にも何か手伝えることない?」 「それじゃあ写真部の皆と一緒に、ポスターに使えそうな写真を用意しておいてくれないかな?」 「了解。どういう写真が必要?」 「うーーん、メインビジュアルのツリーが無くなっちゃったから、新しい物にしたいんだけど、何をメインに据えるか決まってないから……」 「分かったわ。じゃあ使えそうな物は片っ端から撮ってくるわね」 「有難う〜〜〜!」 「元のポスターは美術部の作品だったな。あれを白紙に戻すのは勿体ないし、美術部員達にとっても酷だろう。あの作品の利用法は私が考えよう」 「お願いしますっ!  でも、大丈夫ですか? 私も美術部の子達の事は、気になっていたんですけど……」 「問題ない。良い作品の利用方法などいくらでもあるさ」 「良かったぁ……! よろしくお願いしますっ!」 「俺は男子連中と力仕事担当してくるよ。運搬作業は特に多いしさ」 「うん! よろしくねっ。それじゃあ皆で頑張って、良いクリスマスにしようっ! せーのっ」 「おー!」 「――――よっと。ふぅ、結構重いなぁ」 頼まれた資材を校門前に置いて、ふぅっと大きく息を吐いた。 運ぶ物はまだまだ沢山あるから、しっかり頑張らないとな。 背後からかけられた声に振り向くと、そこには見慣れた制服姿のティアがいた。 「温泉以来だな。あの日も途中から消えてたし……」 「うん、ちょっとね」 濁したティアはどこか元気がなさそうだ。 「どうした? 何かあったのか?」 「……多分ね、そろそろだと思う」 「そろそろ?」 「彼方の心は随分と充足してきているよね。それはつまり――」 「……後悔のない過去になってきているって事か」 俺が過去に戻れたのは、もう二度と後悔しない為だ。 だが今の俺の心は満ち満ちていて、その中にある後悔の念は正直薄れている。 「せめてクリスマスパーティーの成功だけは、体験していきたいな」 「それが後悔になるのなら、そこまでなら大丈夫……多分」 やはり今日のティアの様子はどこかおかしい。 いつもよりずっと儚げで、消え入りそうにすら見える瞬間がある。 「私も……もうあんまり来られないかもしれない」 「来られない? ティア、お前はどこから――」 「有難う、彼方」 「私、楽しかった」 「何を……何を言ってるんだよ」 そんな事を言うなんて、まるでもう――――もう会えないみたいじゃないか。 「お礼だよ、ただの。そんな心配そうな顔しないで」 「クリスマスパーティー、成功しますように」 「ティアも見に来てくれるだろ?」 「そうだね。……見たいな」 なんだかザワザワとした気分になる。 ティアとはもう会えない……? いや、そんな事ないよな。 ……そうだ、そんなはずないに決まってる。 自分に言い聞かせるように、一人唇を噛みしめた。 「待ってるからな」 ティアが小さく頷いた次の瞬間、その姿は風へと溶け消えていた。 「ティア……。また会えるよな、俺達……」 物思いに耽りそうになった時、遠くから俺を呼ぶ声がした。 いけね、まだ資材運びの途中だった! 「すぐ行くーーーーーーーーーー!」 大きく返事をしてから、俺は皆の元へと走った。 ティアの事は気になるが、俺が果たすべきは“後悔をしない事”。 その為に今は、このパーティーを成功させる事に集中しなくては。 条件を守らなきゃ、過去に飛ばしてくれたティアに申し訳が立たない。 そうだよな、ティア――――。 ……あれ、まだ誰も帰ってきてないのかな? 「彼方くん? ハインちゃーん?」 返事はない。どうやら私が一番早く帰ってきたみたいだ。 「なんか二人に申し訳ないな。実行委員の私が一番早く帰ってきちゃった」 ひとまず出来る事は全て処理をしてきて、二人ももう帰ってるだろうなと思ってたけど……。 こんな事なら帰る前に連絡入れれば良かったかな。まだ何か手伝える事があったかもしれないし。 「二人が帰って来たら謝らないと」 鞄を置いてカレンダーに目をやる。 クリスマスまであと一週間。その間に何か代替案が浮かぶかな。浮かんだとしても間に合うかな。 そんな事を思うと少しだけ気分が沈みそうになる。 「ダメダメ、前向き前向き!」 自分に喝を入れて、もう一度カレンダーを見る。そうだよ、もう一週間しかないんじゃなくて、あと一週間もあるって思おう。 …………ん? 「あっ! あぁ〜〜〜……」 口から情けない声が出た。 今日は木曜日、明日は――彼方くんとの温泉リベンジデートの金曜日だ! 「バタバタしててすっかり忘れてたぁ……。明日の夕方からは彼方くんと温泉なんだった!」 デート前の準備や、いざデートが出来た喜びや、クリスマスパーティーの再開――と立て続けに起こって、ついつい忘れてしまっていた。 「どうしよう……。何も準備してないよ。えーっと、持ち物は〜〜」 クローゼットを開けて一泊旅行用の鞄を取り出そうとして、ふと頭にひなちゃんの声がよみがえった。         「ひとりエッチは自主トレだよ!」 「じ……自主……トレ……」 そうだよ、ちゃんと……その、ひ、ひとりエッチしなくっちゃ。 だってこのままじゃ、また凄く不安になったり、怖くなったり、痛かったりして、彼方くんに迷惑かけちゃう。 それに私だって本当は彼方くんと、ちゃんと一つになりたくてたまらないんだから。 「……しなくちゃ」 開いたクローゼットをパタンと閉じて、ベッドにどさりと腰を下ろす。 「えっと鏡、鏡……」 手鏡を取り出して、ちゃんと自分の性器が見える位置へとセットする。 「ここで……大丈夫」 今から自分がしようとしている事を想像して、思わずゴクリと喉がなった。 じ、自分で自分のを見るのも怖い……! 「ダメダメダメ!」 頭をブンブンと振って、くじけそうになった心を遠くに飛ばす。 「す、するぞ……ちゃんと自主トレするぞ……」 自分に言い聞かせるように声に出してそう言うと、そっと下着を下ろしてゆっくりと足を開いた。 鏡へそぅっと視線を運ぶ。 鏡に映った下着もつけずに足を開いた自分の姿に、恥ずかしさから全身がカァッと熱くなる。 「うぅ……あんまよく分かんないな」 必至に鏡を見てみたけど、このままの態勢では性器がどうなっているのかイマイチよく分からない。 「っ、よ、よしっ」 気合を入れて思い切って自分の指で、自分の性器を開いてみる事にした。 「あぁ〜、もう何やってるんだろ……恥ずかしい」 でも、しなきゃ。 指先を性器に合わせて、ぐいっと開く。 「!!」 「え? え? え? な、なにコレ……え? ウソでしょ? え? え? えぇーーーっ!?」 鏡に映し出されたその姿に、思わず驚愕の言葉ばかりを発してしまう。 だってなんなのコレ。もうコレ、え、コレ? コレが女の子のなの? ウソでしょ? いやコレ現実だけど、現実だけどぉぉぉぉっ。 「……………………受け入れがたい」 ポソリと本音が漏れた。 確かに保健体育の教科書なんかで図説は見た事があった。 でも本物は図説のように整っている訳でもなければ、色もピンクだけど内臓感がハンパない。 「こ、こんなものを彼方くんに見せちゃったの……?」 絶望感が押し寄せる。 彼方くんのおち○ちんは、ツルっとして大きくて硬くてしっかりしてた。 対して私のは入り組んでて、柔らかくて何だかよく分からない。 「うぅ……彼方くん……」 恥ずかしくって不安で思わず涙が出そうになる。 だけど……彼方くんはこんな私のものを、優しく触ってくれたんだよね。 「そうだよ、ちゃんと……ちゃんとしなきゃ。次は彼方くんを受け入れられるように、ちゃんと練習しなきゃ」 こんな物を触るのなんて正直怖い。 というより、触っていい場所なのかどうかすら確証が持てない。 「彼方くんはどう触ってくれたっけ……」 確か優しく上下にさすってくれたはず。 恐る恐る指先を割れ目に当ててみる。プニッとした感触が指先に伝わって、思わずビクンと体が跳ねた。 目を閉じて彼方くんの事を思い浮かべながら、優しくさすりあげる。 彼方くんの指が私に触れて、彼方くんの声が私の耳に届いて、彼方くんの匂いに包まれたあの日。 「ん……んん……」 彼方くんの事を思い浮かべると、さっきまで触るのも汚いとさえ感じた行為への、嫌悪感が薄れていく。 「彼方くんは……もっと……んっ、んぁ……」 そういえば彼方くんは胸も触ってくれたっけ。 制服のボタンを外して、ブラも取って胸をあらわにする。 目を開いてそっと見下ろすと、ピンク色をした突起がツンと上向きに立っていた。 「ここ……、おっぱいの……、ここ、を……んっ、ふぁっ」 「彼方くんの舌で、ゆっくりと……あぅっ、舐められて……んぁ……っはぁっ、んんっ」 尖端を指先で上下に軽く弾いてみる。 「きゃうっ」 ビクンと体が震えた。 指先からのわずかな刺激にも関わらず、体の奥からズクリとした感覚が現れて、全身を満たしていく。 「彼方くん……っ、彼方くん……彼方くん、好き……んっ、はぅっ……ぁあっ」 「ふぁっ、んっ……彼方くん……っ、あっ、あぁっ、んはぁ……っ」 気付けば夢中で胸を揉みしだいたり、乳首を摘み上げたりしていた。 彼方くんにもっと触れて欲しい。彼方くんにもっと触れたい。 恥ずかしいけど、もっともっと乱れてしまいたい。 ……でもこんな風に思ってる事が知られたら嫌われちゃうかなぁ。 「こんな……えっちな子って……うぅんっ、あっ、幻滅されちゃう、かも……あぁんっ」 そう思っても手は止まらずに乳首を弄り回してしまう。 はぁはぁと荒くなった息を整えようと視線を上げると、鏡の中の自分が目に入った。 上気した頬が桃色に染まり、自分で自分の胸を揉みしだいている姿は背徳的に見える。 「……っ! あ……、これって……」 見たくないと目を背けそうになった下腹部へと目をやると、先ほどまでとは打って変わって、そこからはヌラヌラとした液体が溢れ出ていた。 そっと指ですくってみると、ネットリとした液体が指先を濡らしていく。 「んっ、な、にコレェ……んぁっ、はぁっ……うぅっ」 「いっぱい……ベトベトになっちゃってる、ふぁっ、あぁ……んっ、んんっ」 彼方くんの指を思い出しながら、割れ目の上にちょこんと顔を出している突起に触れると、体に電気が走ったようにビクリと震えた。 「ふぁっ、あぁぁっ! ……んぅぅっ、はぁっ、あっ、ここ、あぁっ……」 「ここ……んっ、クリトリスってっ、言う、んだよね……あっ、あぁっ、どうしよう……んっ」 「あぁっ、気持ちいい……気持ちいいよぉ……彼方くんっ、んぁっ、私、気持ちいぃ……っ」 クリクリと陰核を刺激すると、透明な液体が後から後から、とどまる事なく溢れ続ける。 「あっ、あっ、んん……あぅぅっ、ひっ、んっ、気持ちいぃ……、自分でして、気持ち良くなっちゃうぅ……っ」 「んっ、んっ、うぅっ、あぁっ、クリトリス……指で触って、おっぱい、揉むと……あぁっ、あっ、あっ……!」 自分でも何を口走っているのか分からない。とにかく気持ち良くて、もっと刺激が欲しくなる。 彼方くんはどうしてくれていたっけ? あの時、何を……そうだ、中に指、入れてくれてた。 あの時は怖くて恥ずかしくて、とても感じる余裕なんてなかったけど、今なら? 「誰、も見てない……んっ、あっ、ここに指、入れ、なくちゃ……んっ、んぁ!」 ヌメヌメとした愛液で中指をたっぷりと濡らして、そっと割れ目にあてがうと何の抵抗もなくニュプンッと指が飲み込まれた。 「あんっ! んん……ウソ……入っちゃった……」 自分の体の反応が信じられなくて目を見開くと、鏡には私の膣が私の指をしっかりと咥えこんでいるのが映っている。 「入ってる……私の……指……、あっ、アソコに入っちゃってるよぉ……っ」 自分で自分をえっちだと思う。恥ずかしくてはしたない事をしていると思う。 だけどそう思えば思う程、愛液は奥からどんどんと零れてくる。 「この、指……っ、ん、これを……あっ、あぁっ、曲げたまま、なぞって……あぅっ」 「ふぁぁんっ、んぁっ……あっ、あぁっ、んっ、ダメぇ……、あっ、あぁっ」 彼方くんがそうしたように、自分でも膣壁をなぞり上げると、皮膚が粟立つ様な感覚に足が震える。 「あっ、あぅっ、私……感じてる……恥ずかしい……っ、恥ずかしいけど、感じちゃう……っ」 乱れたくないという理性と、快感に身を任せてしまいたいという本能とが、自分の中で必死にせめぎ合う。 怖かったのは彼方くんの前で、こんな痴態をさらけ出す事だったんだと今更ながらに気付いた。 「あっ、あぁ……、気持ちいい……どうしよう……、彼方くん、気持ちいいよぉ……っ」 「私っ、ちゃんと……感じてる……っ、指、も入るし、あっ、あぁっ……ひぃ……ん」 恥ずかしさと怖さと緊張がなければ、こんなにもすんなりと指を飲み込んでしまう自分の体がひどく浅ましく感じる。 だけどこの行為は堪らなく気持ちがいい。 「あっ、指、止まらない……っ! 膣内ぁっ、グニグニってして、クリトリス、クリクリってして、乳首……つまんでって、あっ、あぅっ!」 「ダメ……ダメ……っ、ダメなのに、指、止まらないよぉっ、あぁっ、あっ、あぁっ、気持ちいいっ」 痺れるような快感の波が押し寄せてくる。 頭が真っ白になって、ああもう私何も考えられない。 「あぁんっ、はぁうっ、んっ、んぁっ、ふぁぁんっ、んっ、んっ、あぁぁぁっ」 「気持ちいい、気持ちいいっ、気持ちいぃのぉっ! あっ、あっ、あひぃんっ、あっ、だめ、イクっ、私……っ、あぁっ」 「私、イっちゃう! ひとりエッチでイっちゃう! あぁっ、イク、イクっ、あぁああぁあっ!」 ビクン! っと大きく体が震えると同時に快楽が全身を支配した。 「あ……っ、あぁ……、あっ、あぁ……あっ……」 奥から流れ出て来た初めての快感に、息が上がって何も考えられない。 イッたばかりの膣はビクンビクンと痙攣しながら、それでもなお指を飲み込んでいる。 「はぅ……あ……あぁ……んっ……」 余韻に浸りながら指を引き抜くと、ヌプリと湿った音がした。 「私……しちゃった……、一人で、えっちな事……」 鏡に映る自分の姿に動揺すら覚える。 乱れた制服姿が恥ずかしく、慌てて身なりを整えた。 「ふぅ……」 きちんと服を整えると、今度はさっきまで自分が座っていたシーツに目がいった。 シーツは愛液に浸されて、その部分だけ変色している。 「……っ! これ、ハインちゃん来たらバレちゃわないかなっ」 「あ、洗っちゃおう! そう、ジュース零した事にして洗っちゃおう」 気持ちいい事しか考えられなかった脳味噌が冷静さを取り戻して、取り繕う事を真剣に考え始める。 なんて現金な頭なんだ、と呆れながらもちゃんと自分が感じられた事に安堵を覚えて、頬がゆるんでしまう。 「大丈夫、私は、ちゃんと出来る」 恥ずかしいのは変わらないと思う。でも怖さは少し薄れた感じがする。 ちゃんと感じられた事で自信のようなものが付いたのは確かだ。 「明日は彼方くんと温泉……」 想像するだけで恥ずかしくて、でも嬉しくて。 恋する事の喜びに一人微笑みなら、急いで掃除を開始した。 「ゆずこ、彼方くん、こっちこっち〜」 「お待たせー、色々持ってきたよー」 ゆずこと一緒に学園の倉庫から運んできた、様々な使えそうな物を詰め込んだ段ボールをドサリと地面に置いた。 「有難う。ハインちゃん達どうだった?」 「ハインは写真部と一緒にポスターのデザインの選考中。リリー先輩は美術部の子達のツリー作品を、聖歌隊の舞台に配置してた。どっちも順調だよ」 「おおっ、いいね」 「みんな〜」 呼びかけに振りむくと、ウチューを連れたありえがこちらに向かって駆けてくる。 「ありえー、それにウチューちゃーん」 「ワンワン!」 名前を呼ばれたウチューが嬉しそうに尻尾を振りながら返事をする。 「あははっ、ウチュー早い早い!  っととと、ストーップ」 俺達の前まで来ると、ありえとウチューは揃って足を止めた。 「ウチューと一緒なんだな」 「うん、あちこち駆け回ってるから。迷子になってる場合じゃないし」 「はは、それもそうだな。偉いな、ウチュー」 「それで商店街の方はどうだった?」 「問題なく許可貰えたよ。学園のクリスマスパーティーを楽しみにしてくれてる人も多くて、再開を喜ぶ声が大きいの」 「なんかそういうの聞くと嬉しくなっちゃうね」 「後はメインのツリーに代わる何かが見つかるといいんだけどねぇ」 うーんと頭を捻ってみるが、元々が大々的なツリーであっただけに、あれの代わりとなると中々思い浮かばない。 「……ガランとしちゃったね」 「ツリーの台座だけしか残ってないもんな」 ゆずこが寂しそうにツリーのなくなった会場を見つめる。 何を思っているのか――その意を計りかねて、掛ける言葉を模索してる間に沈黙が出来てしまった。 「まぁまぁ、何にするかはアイディア待ちって事でさ!」 空気を変えようと、ことさら明るくひなたが声を上げる。 「そうだね。それに何も浮かばなかったとしても、クリスマスパーティーが開催されるだけでも凄い事だよ」 あんな事故があったのだから、それは本当にその通りだと思う。 「それより二人とも夕方には温泉でしょ?」 「ああ。でも何か悪いな、皆が準備している時に」 「気にする事ないよ。パーティー再開を知る前に、先輩が予約してくれたんだし」 「そうそう。それに出来る事も、もうあまりないしね」 確かに再開の際に必要な準備の殆どは、既に片付きつつある。 「だから二人でゆっくりしてきてよ。特にゆずこはずっとバタバタしてたんだし」 「有難う、二人とも」 「いいっていいって。 って、ゆずこちょーーっとこっち」 そう言うとひなたは少しだけ離れた所へとゆずこを引っ張っていった。 「それで、どう? ちゃんと自主トレした?」 「ひゃぅぅ……し、したよ」 「えらい! それで、どう? 自信はついた?」 「うん……、怖いのとか、薄れた気がする」 「よっしゃぃ!」 「何がよっしゃい! なんだ?」 「わわわっ、き、聞こえた?」 「そりゃいきなりよっしゃい! なんてデカい声出せば聞こえるよ」 「そ、そこだけ?」 「? ああ……」 「ひなちゃん〜〜〜〜っ、危ない所だったじゃん〜〜っ」 「ごめんごめん。つい嬉しくなっちゃって」 コソコソしてるなぁ。何か聞かれたらマズい事でも話していたのか? ゆずこの表情から察するに悪だくみでは無さそうだが。 「私も今日はもう1回商店街に戻って、軽く打ち合わせしたらそのまま帰るから」 「道案内よろしくですぞ、ウチュー」 「二人とも気兼ねなく行っておいでよ」 「分かった、有難うな」 「気分転換出来て、何か良いアイディア浮かぶかもしれないしね」 「そうだね。うん、そうなったらいいな」 「じゃあ一度家に戻るか」 「うんっ、それじゃ二人共よろしくね」 「気を付けて行ってきてね」 「うん、行ってきます」 二人に挨拶を済ませて、俺達は自宅へと戻った。 制服を着替えたゆずこが、荷物を持ってリビングへとやってきた。 「もう行けるか?」 「旅館に入る前に、この前の神社に寄ってもいいかな?」 「鳴ヶ崎神社に?」 心霊体験をした神社にゆずこが自分から、もう一度行きたいと言い出すとは思っていなくて少し驚いた。 「うん。鳴ヶ崎神社の事があったから、素直に自分の気持ちを話せたんだもん。きちんとお礼に行きたいんだ」 「そうだな。あの事があったから、俺もゆずこに思いを伝えられたんだよな。よし、お礼参りに行くか」 「えへへっ、うん!」 正確には願掛けをしていた物が叶ったわけではないが、心情的には鳴ヶ崎神社に手を合わせたい。 「まずは鳴ヶ崎神社にしゅっぱーつ」 弾んだ声を上げるゆずこの手をそっと握る。 「出発だな」 少しだけ驚いた表情を見せた後、ゆずこは嬉しそうに手を握り返してきた。 満面の笑みで微笑むゆずこと、手を繋いだまま鳴ヶ崎神社へと向かった。 鳴ヶ崎神社に着く頃には、日はやや傾きかけていた。 「暗くなる前に着いて良かったな」 「何かこの前とは全然印象違うね」 日が落ちる前の鳴ヶ崎神社には、清廉で厳粛な空気が漂っている。 「肝試しで夜に来た神社とは大違いだな」 「あの時は怖かったなぁ……」 思い出したようにゆずこはブルリと体を震わせた。 「……あの幽霊さんの事も、ちゃんとお祈りしなくちゃ」 「そうだな。いわば俺達のキューピッドみたいなもんだからな」 「もうっ、そんな言い方して」 「ははっ。じゃあお参りしてこうか」 手水舎で手と口を清めてから賽銭箱の元まで歩く。 鈴を鳴らして賽銭を投げ入れ〈一揖〉《いちゆう》してから二礼二拍手。 手を合わせて目を閉じる。 この前の名前も知らない霊体の成仏を祈った後、ゆずこといつまでも幸せに暮らせますようにと願いを捧げる。 薄く目を開いてゆずこの様子を伺うと、ぎゅっと目を閉じて何やら真剣に手を合わせている。 こういう何事にも全力な所がやはり可愛い。 願い終えたので、深く礼をしてから身を起こす。 ゆずこはまだ祈りを捧げている。たくさん祈っているのだろうか。その姿が微笑ましい。 「……………………よしっ」 納得した様子で深く礼をすると、顔をあげたゆずこは照れくさそうにはにかんだ。 「随分時間かけたな」 「だってお礼を言う事がたっくさんあったんだもん」 どうやら願いを捧げてたというよりは、純粋に感謝の気持ちを伝えていたらしい。 そんなところもゆずこらしくて良いな、と思う。 「私ね、今とっても幸せだよ」 「俺も同じ」 一度は失った存在が、こうして隣で微笑んでくれている。 その喜びと幸せは、他の誰にも想像も出来ないような事だろう。 「お参りも済んだし旅館に向かうか」 ゆずこの柔らかな手を引いて、二人でゆっくりと旅館へと向かった。 「うわぁ〜、リリー先輩またこのお部屋とってくれたんだねぇ〜」 客室に案内されると、ゆずこは感嘆の声を上げた。 「二人で使うには広すぎるよな」 「うんうんっ、しかもまた格安料金だったし……。本当に良かったのかなぁ」 「折角だからと厚意に甘えさせてもらったけど、今度なにかお礼をしなくちゃな」 「うんうん、そうだよねっ。先輩なにをしたら喜んでくれるかなぁ」 「先輩の喜ぶ事って言ったら答えは一つだろ」 「……オカルト、だよね」 「その通り」 「オカルトかぁ……うーん、何かもっとプレゼントとかイベントとか、そういう形でお返ししたいんだけどなぁ」 「そういうのでも喜んではくれるだろうが、オカルト関連の物に比べたら反応は薄いだろうな」 「お礼は相手に喜んで貰う為にするもの、だもんね。はぁ……オカルト方面で頑張ってみようかな」 「おおっ、ゆずこがそこを譲歩するとはっ」 「だって感謝してもしつくせないよ。私達の為に、またこんな良いお部屋をとってくれたんだもの」 俺だって先輩には心から感謝している。いい機会だし、何かしらのお礼はしたい。 「彼方くん何かオカルトネタある? 先輩が喜びそうな」 「うぅーん……。先輩って色んなオカルトに精通してるけど、中でも降霊術の類は特に詳しいよな」 「そう言われてみるとそうだね。降霊とか召還とか、ああいうの好きだよね」 「となると口寄せ系の本とかどうかな」 「先輩が持ってない本になるよねぇ……うーん」 「難しいな」 眉をひそめて沈思黙考の態勢に入ってしまったゆずこ。 その真剣な姿勢がどこか可笑しい。 「ぷっ」 「あー、なんで笑うのー?」 「いや、ゆずこがオカルトの事で真剣に悩むなんて、なんか面白くてさ」 「そりゃ悩むよー。先輩へのお礼だもん」 「はは、でもとりあえず先輩へのお礼は、置いておいてもいいんじゃないか? すぐに思い浮かぶようなものでもないだろうし」 「うーーん、でもなぁ」 「気に留めておくだけでも、新しい何かを発見しやすくはなるだろうしさ。それが本かグッズか、はたまた別の事かは分からないけど」 「そっか。そうだね、アンテナを張ってれば、先輩好みの物に出会えるかもしれないもんね」 納得した様子で、ゆずこがフムフムと頷く。 「しかしゆずこはオカルト研究部に、よく所属し続けてるよな」 「そりゃ先輩の強引な勧誘があったし、ありえやひなたも一緒とはいえ、ゆずこは心霊関係は苦手だろ?」 「……うん。ツチノコ発見とか未確認飛行物体を見た! みたいなのはワクワクするんだけどね」 「だよな。なのによく頑張ってるなぁって思ってさ」 「だって……彼方くんがいるもん」 少しだけ拗ねたように口を尖らせながら、ゆずこが言葉を続ける。 「彼方くんと一緒に過ごせる時間が増えるなら、オバケが怖いのなんて、我慢できちゃうもん」 「え? そんな理由で頑張ってたのか?」 「私にとっては大きな理由なのっ、もーっ」 「ははは、ごめんごめん。有難うな、ゆずこ」 頬を膨らませたゆずこから聞かされた本音の部分に、思わず照れ笑いを返してしまう。 ゆずこはもうずっと前から、俺の事を思ってくれていたんだと改めて認識させられた。 「私はずーっとずーっと彼方くんが好きだったんだから。彼方くんはどうか分かんないけど」 「俺もゆずこが好きだったよ、ずっと」 「ホント!?」 「ああ、本当だよ」 「嬉しいぃ〜〜〜っ」 目の端に涙すら浮かばせながら、ゆずこが喜びの声を上げる。 ウソは言っていない。俺はあの事故が起きてから、ゆずこの大切さに気づき、後悔し……。 そしてこの時代に戻ってきたのだから。 「ツリーが倒れた時はどうなっちゃうのかなって思ったけど、パーティーも開催されるし、彼方くんとも一緒だし」 「こんなに幸せでいいのかな。幸せすぎてバチが当たりそうだよ」 「さっき鳴ヶ崎神社にお参りしたから大丈夫だろ」 冗談交じりにそう言うと、ゆずこは満足気に頷いた。 「えへへ。 あ、もうこんな時間。食事処に行こうか」 時計を見ると午後6時を過ぎた所だった。 「そうだな、行こうか。風呂は食事の後にするか」 「っ! う、うんっ」 何気なく提案しただけだったのだが、ゆずこの顔にわずかに緊張の色が走る。 そうだよな、この部屋に俺達二人だけの夜が来るんだ。 意識をしてしまったら、何だか俺の方まで緊張してきた。 「行こうか」 内心の緊張を悟られまいと、努めて冷静にゆずこを促した。 いかんいかん。 ここでまた緊張していては、この前の二の舞になってしまう。 別に出来なくたっていいんだ。 ゆずこが微笑んでいてくれれば、それで――――それで俺は十二分に幸せなのだから。 「美味しかったぁ〜」 「あー、腹パンパン」 「ここのお料理に使われてるお出汁が売店で売ってるみたいだから、帰りに買っていこうかな」 「お、いいな。ゆずこは料理が出来るから、食べる事も刺激になってて凄いな」 「そんな事ないよ。ただ食べながら、これは何を使ってるのかなぁ〜って無意識に考えちゃうだけだもん」 「それが自然に出来るっていうのが、料理が得意な人なのかもしれないな」 美味しい食事に舌鼓も打ったし、となると次は――――。 「風呂、入るか」 「う、うんっ」 「ゆずこ先に入っていいぞ」 「えぇっ、い、いいよっ。彼方くんから先入ってきてよ」 「俺は後からでもいいけど……」 「この前も私達が先だったし、それに化粧水とか色々用意しないといけないから。だから先に入って?」 「そっか。じゃあお言葉に甘えようかな」 「じゃあお先ー」 タオルと下着を持って、浴室へと向かう事にした。 ゆったりとした時間を過ごさせてもらおうか。 「……入った、かな?」 水の流れる音が聞こえる。彼方くんは露天の方に行ったみたいだ。 大きく息を吐いた。 やっぱり緊張してしまう。 わ、私……今日こそ彼方くんと――――。 「ドキドキする……」 えっちをしちゃえば安心出来るって思ってた。 ハインちゃんやリリー先輩みたいな、魅力的な人達に囲まれながらも、私を選んでくれた彼方くん。 もちろん信用してるけど、この不安感は理屈じゃない。 だからえっちをすれば、彼方くんに所有された感じがして、安心出来ると思ってた。 でも実際は上手く出来ないし、こうしてリベンジ温泉に来ても、また上手く出来なかったらどうしようって不安になっちゃう。 だけど――――こんな事を考えてしまう自分はもう嫌だから。 「大丈夫、だよね」 言い聞かせるようにして声に出した。 自分の耳に届いた自分の声に少しだけホッとする。 目を閉じてスカートの中に手を入れる。 下着ごしに優しくさすりあげた後、性器に直接触れてみる。 「……ぁうっ、んん……っ、ん」 優しく撫でまわすようにして刺激を加えると、やがてヌルリとした液体が指を濡らした。 「あ……あぁ……んっ、はぁっ」 そのまま指をそっと曲げると、何の抵抗もなく膣は指を飲み込んだ。 「あぁうっ、んっ、はぁ……っくん、あぁっ」 「んくっ……、ん、あぁっ、中に……ちゃんと、指……はぁうぅっ、入ってる……んっ、んん」 大丈夫、私のはちゃんと受け入れられる。 だって自分の指でグニグニと膣壁を押し上げるだけで、こんなにも気持ちがいい。 「あっ、だめ……あぅっ、んっ、あぁっ、ひっ、んぁあぁっ……んんっ」 「ふぁっ、あぁっ……ん、気持ちぃぃよぉ……っ、んっ、んぁっ、あぁぁあっ!」 ビクンと体を揺らして、軽く達してしまった。 はぁはぁと荒い息を整えながら指を引き抜くと、中指はべっとりと愛液にまみれて光っていた。 「……しちゃった。自分で」 こんな所に来てまで、しかも彼方くんが少し離れた所にいるのに、 なのに一人でしてしまった事に対する羞恥と、罪悪感がないまぜになった感情が胸をきゅっと締め付ける。 大好きな人の名前を呼びながら、しっかりと頷いてみる。 大丈夫だよって言い聞かせるみたいに。 「ふーっ、いいお湯だった」 「それじゃあ私も入らせてもらうね」 「おう、ゆっくりしてこいよ」 …………なんだか凄くドキドキするぞ。 この状況で期待しない方がおかしいだろう。 今日ゆずこが俺を受け入れてくれるのなら、俺はゆっくりじっくり愛するつもりだ。 この前は俺もゆずこも焦りすぎた。 ゆずこは初めての経験からか動揺していたし、一度はゆずこを失っている俺も、何か確証が欲しかったのかもしれない。 ――――確かにゆずこはここにいて、誓って俺を愛してくれているという確証が。 そんなものはゆずこを見ていれば十分に伝わっているというのに。 それでも足りずに求めてしまう。 「余裕なさすぎだろ、俺」 ともすればフラッシュバックしそうになる過去の事故。 事故を防ぎ未来は変わった。それでも……不安は拭いきれないのかもしれない。 なにせ俺は何年も記憶を閉ざしてきたのだから。 「ゆずこ」 愛しい人の名前を口に出してみる。 俺が名前を呼ぶと、いつも笑顔で答えてくれる彼女。 心から幸せにしたいと思う、ただ一人の存在。 目を閉じてゆずこの色んな表情を思い浮かべると、自然と笑みが零れてくる。 浴室から聞こえる水の音に耳を傾けながら、俺は肩の力が抜けて行くのを感じた。 「……ん?」 目を開けるとゆずこがこちらを覗き込んでいた。 「あはっ、寝ちゃってた?」 「みたいだな――――っ!」 寝ぼけ眼だった瞳の焦点が定まると、目の前のゆずこの姿にくぎ付けになった。 ごくりっと喉が鳴る。 バスタオルだけに包まれたゆずこの姿は扇情的で、否が応にも体が反応してしまう。 「まだ髪を乾かしてないの」 濡れた毛先を指先で弄ぶゆずこに視線を投げた次の瞬間、俺はその体をグイッと引き寄せ抱きしめた。 「っ! 彼方くんっ」 ゆずこは抵抗する事なく俺に身を任せる。 そのまま敷かれていた布団にゆずこをドサリと押し倒した。 「私、ビショビショだよ? いいの?」 「構わない。それより、ゆずこは……」 理性が吹っ飛んで勢いで抱きしめてしまったが、本当にゆずこは大丈夫だろうか? 「私も、したい」 俺の安堵の呟きを聞くと、ゆずこは小さく微笑んだ。 「せっかく風呂に入ったのに、もうベタベタだな」 「またお風呂入らなくっちゃね」 「一緒に入ろうか?」 「いいのか!?」 ゆずこの性格から恥ずかしくて拒否されるとばかり思っていたが、頬を染めたゆずこは伏し目がちに頷いてくれた。 うーん、ダメもとで言ってみるもんだ。 「だってもう全部見られちゃったんだもん。だから、一緒でもいい」 「ううん、一緒がいいな」 甘えたように腕を絡めると、ゆずこは俺を露天の方へと誘い出した。 日が落ちた露天はライトアップされていて、その光の温かさに心がフワリと浮かび上がるような心地になる。 「ふぅ〜〜、ここの湯は何度入ってもいいなぁ」 「ふぁ〜、寒い季節の露天風呂最高〜」 白い息が白い湯気と混ざり合って、不思議な模様を空中に作り出す。 「湯触りもいいよな、ここ」 「アルカリ泉だからかなぁ。お肌がトゥルンって感じになって気持ちいい〜」 「どれ」 手のひらをゆずこの肩へとそっと這わせる。 「あんっ、もうっ」 「本当にすべすべだな」 「彼方くんもすべすべだよ」 お互いの肌の感触を確かめあう。 「あー、気持ちいいな」 「うんうん♪ えへへ」 肌に触れあっていると、やがてゆずこがホッとしたように大きく息を吐いた。 「……出来て良かった」 「不安だった?」 「うん……。だってね、大好きな人に自分の全てを見せるのって、とってもとっても怖かったんだもん」 「自分のが他の人より、何かおかしかったらどうしようとか、上手く出来なかったらどうしようとか……」 「でも早くしてしまいたいっていう焦りとか、そういうのごちゃ混ぜになっちゃってた」 「俺はゆずこと一緒に過ごせれば、それで十分だよ」 「うん。そうなんだよね。私だって同じ。……でも不安だったんだ」 「だけどこうして全部終わってみると、何があんなに不安だったのかなって不思議なの。ゲンキンだよね」 そう言って笑ったゆずこの表情は、実にほがらかだった。 「愛してるよ、ゆずこ」 自然と言葉に出た。 何の意識も構えもなく、心から出た真実の気持ちだった。 「嬉しい……。あはっ、変なの。嬉しいのに、なんか涙出てきちゃった」 目の端に浮かんだ涙を隠すようにして、バシャバシャとお湯を顔へと運ぶ。 「よぉっし、頑張るぞ! 色々、たくさん頑張るぞっ」 「ははっ、その調子。ゆずこは元気なのが一番だよ」 「えへへっ。まずはクリスマスパーティーの代替案が浮かぶように頑張らなくちゃ」 頷いて再び深く湯に沈みこむ。 見上げれば満点の星空。 見下ろせば岩風呂を囲むように配置されたライトの灯りが、幻想的な光を水面に落としている。 のどかだなぁ……。 「……これだ」 「これだよ、彼方くん! ライトアップ! ツリーがなくても立派なクリスマスパーティーになるんだよっ」 そう言ってゆずこがライトのひとつをビシィっと指さした。 「落ち着けゆずこ、何の事かサッパリわからん」 「あ、ごめん。えへへ」 俺の指摘にハッとなったゆずこが、照れ笑いを浮かべている。 「それで、何を思いついたんだ?」 「イルミネーションでツリーを作るの。パーティー会場の壁面とか使って」 「ツリーの代わりに、ライトで――イルミネーションのツリーを作るのっ」 「イルミネーションのツリー?」 「うんっ。ツリーの形にイルミネーションを配置するの。これなら平面に出来るから、危なくないし」 「よく駅前とかに飾られる様なやつか?」 「そうそう! ああいうのっ! イルミネーションアートっていうのかな」 「ツリーはもう置けないけど、イルミネーションならきっと審査通ると思うんだ」 壁面を利用したイルミネーションアートか。 頭の中にいくつものライトで作られた、ツリーのアート映像が浮かび上がる。 「確かにイルミネーションなら倒れる心配もないしなぁ」 「でしょ? うん、これなら大丈夫っ」 「間に合うか?」 「そんなに大それたのは無理かもしれないけど、出来る限りの事はするっ。もちろん間に合わせるよっ」 「リリー先輩は今年が学園最後のクリスマスだもん。私、たくさんたくさんお世話になったから、だから……本当は絶対成功させたかった」 「でもこれでなんとかなりそうっ。私、戻ったら早速学園や、商店街の皆さんに掛け合ってみる!」 「ああ、俺も手伝うよ」 「うんっ、あははっ。どうしよう、嬉しくてワクワクして……こんなに幸せでいいのかな」 「いいんだよ。ゆずこは幸せになっていいんだ」 ――――1度目の過去の世界であんなに辛い思いをしたんだから。 「とにかくそうと決まれば忙しくなるな」 「うんっ、明日から早速動くね」 「じゃあ明日は帰ったら着替えて、すぐに学園に向かうか」 「ごめんね。せっかく二人で温泉に来たのに慌ただしくて」 「ゆずこと一つになれたし、俺にとってはそれだけでも十分過ぎる。慌ただしいなんて思わなくていいよ」 「うん……私も、彼方くんと一つになれて良かった」 「イルミネーションの案も出て、温泉に来て本当に良かったよな」 「うんっ、ありがとう彼方くん。私、彼方くんにお礼しなきゃいけない事ばっかりだね」 「お礼なんていいよ。ゆずこが実はえっちな子って分かった事が、俺にとってはこれ以上ない報酬になってる」 「っ! も、もーっ! 恥ずかしいからっ、あんまり言わないでぇっ」 恥じらうように頬を手で覆ったゆずこが可愛らしくて、思わず後ろから抱きしめた。 「っ! か、彼方くんっ」 「か……硬いの、当たってる」 「ゆずこが可愛いからさ」 「も、もうっ、そんな事言われたら……」 「またしたくなっちゃう?」 かぁっと赤面しながら、ゆずこはコクリと頷いた。 「……もう一回しようか」 「うんっ……でも、またベタベタになっちゃうね」 「そしたらまた温泉に入ればいいだろ?」 「あははっ、全身ふやけちゃいそう」 とろけそうな声でそう言うと、ゆずこは俺に吸い付くようにキスをした。 「お世話になりました〜」 旅館の女将に礼を言うと、ゆずこはペコリと綺麗なお辞儀を見せた。 「じゃあ駅に向かうか」 「向こうに戻ったらどうするんだ?」 「学園だけじゃなくて商店街の方からも許可を貰わないといけないから――」 「ふぅむ、色々やる事は山積みだな」 「まずは許可を取ってからじゃないと、イルミネーション作りには入れないからなぁ」 「ハインやリリー先輩には俺から話をしておくよ。手伝える段階になったら、いつでも動けるようにしておくから」 「ありがとうっ。私、絶対許可下りるように頑張るからっ」 「ああ、頑張ろうな」 弾む声で返事をしたゆずこの手を取り、二人で家路を急いだ。 「イルミネーションのツリー!?」 「ライトをツリー型になるように配置して、会場に飾るの」 「いいね! うん、いいと思う」 「確かにそれなら今からでも間に合いそうだし、場所も会場の壁面利用とかでいけるよね」 「ナイスアイディアだよな」 「ゆずこ、よく思い浮かんだねぇ」 「えへへ。皆のおかげなんだ」 「どゆこと?」 「旅館のね、露天風呂に入ってる時に思いついたの。岩風呂がライトアップされてて、これだぁ! ってなったんだ」 笑顔でそう言うゆずこを前に、昨夜の事を思い出して体の奥がじわりと熱くなる。 いかんいかん、今は思い出してる場合じゃないぞっ。 「なるほど〜! でもそれで思い浮かぶんだから、ゆずこ凄いよっ」 「そんな事ないよ。でもずっと何かしたいな、出来ないかなって思ってたから、思い浮かんで良かった」 「頑張ろうね、ゆずこ!」 「ていうかぁ、いっちばん大事な報告がまだなんじゃないかい?」 ギク……! ひなたの視線が俺へと突き刺さる。 「大事な報告?」 「彼方くんとちゃんと出来たのかどうかって事!」 「ひゃぃっ!」 「ははは……」 やっぱり見逃してはくれないか。 「えっと……えーっと……」 目を白黒させて狼狽するゆずこの顔を見れば、結果は一目瞭然だろう。 だがひなたはちゃんと俺達の口から告げないと納得しないだろうな。 仕方ない、ここは俺から言っておくか。 「……出来たよ、ちゃんと」 「もー、ひなちゃんったら……。そういう事は聞いちゃダメだよ」 「だって心配だしぃ……」 「心配もあるけど面白がってるでしょ」 「えへへ、バレましたか」 「バレないわけあるか」 「でも良かったね、ゆずこ」 「えへへ……。うん、良かった」 「どー良かったのかくわしく!!」 「ひなちゃん!」 「びっくぅん! や、やだなぁ。ありえ怒んないでよぉ」 ありえは滅多な事には怒らないが、怒った時にはすこぶる怖い。 さすがのひなたもありえの視線にタジタジだ。 「ははっ、ひなたも本気のありえには敵わないな」 「返す言葉も御座いません」 「もっ、もぅっ。私が怖いみたいじゃない〜」 自覚ないんかい! 「あははっ。二人とも有難うね」 「末永〜くお幸せに♪」 「ゆずこの想いが届いて、私も自分の事みたいに嬉しいよ。彼方くん、ゆずこをこれからもよろしくね」 「泣かせたら承知しないから」 ありえから覇気が見える……! 「じゃあ私は先生の所にイルミネーションの許可を貰いに行ってくるね」 「私も一緒に行くよ。先生の説得なら任せてよ」 「頼りにしてます♪」 「私は商店街の方の確認に行ってくるね。会場の作りも改めて確認しておかないと」 「こっちの許可が取れたら、メール入れるね」 「俺も何か手伝える事あるか? さっきリリー先輩とハインには連絡入れておいたから、もうすぐ二人も合流できると思うぞ」 「リリー先輩とハインちゃんが来たら、ポスター作りの下地を進めておいてもらえるかな? 何が何でもイルミネーション案通して見せるからっ」 「分かった。じゃあそれっぽいのが出来るように調整しておくよ」 「うんっ、お願いね。 じゃあひなちゃん行こっか」 「オッケー」 「私も行ってきまーす」 「一人で大丈夫か? 迷子にならないか?」 「ここから商店街までならさすがに大丈夫だよ。途中で寄り道したら、ちょーっと危ないかもだけどさ」 「おいおい、不安になってきたぞ。ゆずこ、俺やっぱりありえに付いて行こうと思うんだが」 「うん、お願い。先輩達とはこっちで落ち合うね」 「えぇっ!? いいよ、ホントに。大丈夫だって」 「いいからいいから。ほら行くぞ」 「う、うん。なんかゴメンね」 「なに言ってんだ。じゃあまた後でな」 「うん、またね!」 「よろしく!」 「はぁ……なんかゆずこに悪かったなぁ。彼方くんと二人で、なんて。自分の方向音痴が恨めしいよ」 「なに言ってんだ。どっかで迷う事を心配するより、よっぽど建設的だろうが」 ありえは眉根を寄せて大きく溜息を吐いた。 「……ゆずこね、彼方くんの事ずっとずっと好きだったんだよ」 それはゆずこを恋人として意識してから、ひしひしと感じていた。 「彼方くんが自分以外の人を選んでも、笑顔で送り出せるようにって、そんな事を真剣に考えるくらい彼方くんが好きなの」 「……でも彼方くんがゆずこを選んでくれて良かった。私の親友が好きになったのが、彼方くんで良かった」 「有難うね、彼方くん。ずっと言いたかったんだけど、なかなか二人で話せる機会もないしね。えへへ」 「俺はただ……自分に正直になっただけだよ」 「うん。そうだよね。でもゆずこと彼方くんがずっと一緒にいてくれて、いつか家族になってくれたら……あははっ。私多分泣いちゃうな」 ゆずこは家族に対する寂しさをずっと抱えている。 それは外側から何を言おうと、どう慰めようと、紛らわす事は出来ても埋める事は出来ない。 ありえはその事をちゃんと分かっていたのだろう。 「ゆずこは幸せだな。ありえみたいな親友がいるんだから」 「あはっ、彼方くんにお墨付き貰っちゃった」 おどけるありえの笑顔に心がフワッと軽くなる。 俺にとっても良い友人をもったな――と、視線をあげた先に、見慣れたダンディズム溢れる後姿が見えた。 「おっ、あそこにいるのテンチョじゃないか?」 「どれどれ? ホントだ、おとうさんだーっ。おとーーさーーんっ!」 ありえが両手をブンブン振りながら声を上げると、すぐにテンチョはこっちに気付いて歩んできた。 「よう、珍しい取り合わせだな。ゆずこちゃんはどうした?」 「パーティーの実行委員として張り切ってますよ」 「そうか……。そうだな、ツリーが無くてもやる事はまだまだ――」 「おとうさん、違うのっ。別の事をするんだよっ、ゆずこが思いついてね、イルミネーションでやるのっ」 「落ち着けありえ、どういう事だ?」 「だからっ、えーっとゆずこがね、頑張って〜〜、んーっ! 彼方くん、説明お願いっ」 興奮したありえは自分で説明するのがもどかしくなったらしい。 「分かった分かった。テンチョ、俺達イルミネーションをツリーの代わりに飾ろうと思うんです」 「イルミネーション? それなら街路樹なんかにも飾られてるとは思うが」 「そういうのじゃなくて、ライトの配置でツリーを描くっていうか」 「イルミネーションアートって事か?」 「そうそれーーっ!」 「はは、なるほどな。考えたじゃないか、それなら会場の壁面で十分に出来そうだな。電源関係も問題ないと思うぞ」 「本当ですか?」 「ああ。元々巨大ツリーのライトアップ用に電源は確保してあったんだ」 「やったぁ! 早速会場もチェックしに行こうよ、彼方くん!」 「そうだな――って、ありえどこ行くんだよっ。会場はこっちだぞ」 「あ、あはは……やっぱり彼方くんに着いて来て貰って良かったかも」 「全くお前は……。 でも、そうか。ゆずこちゃん、大丈夫なんだな」 「テンチョ?」 「心配してたんだよ。あんな事があったしさ。もしかするともうあの会場に近寄るのも嫌なんじゃないかってな」 「そう、ですよね。そうなってもおかしくなかった」 「男が思うより女性は強いって事だな」 ハハハ、と豪快に店長が笑う。 そうだ、ゆずこは強い。強くて優しいから、時々とても切なくなる。 「ゆずこからメールだ。なになに―― あっ、イルミネーションの許可出たって!」 「やったな! じゃあ皆にも会場の方に集まって貰うか。現場で打ち合わせした方がいいよな」 「そうだね、メールメール……。会場で待ってます――送信っと」 「商店街の実行メンバーの方には、俺から伝えておくよ。皆、気のいい奴らだから喜んで受け入れてくれるだろうさ」 「お願いしてもいいの?」 「当たり前だろ。いいからお前達は、お前達にしか出来ない事を頑張ってこい」 テンチョがありえの頭をワシワシと撫でると、ありえは嬉しそうに微笑んだ。 「彼方、迷子係ですまないが面倒みてやってくれ」 「もちろんです」 「よっし、じゃあ出発〜!」 「おう、頑張れよ!」 テンチョに見送られ、俺とありえはパーティー会場へと急いだ。 「こっちこっち〜〜〜〜!」 「やぁ、待たせたな」 「えへへ、バッチリ許可取れました」 「やったな、ゆずこ」 「全てが順風満帆ですなぁ」 「ああ、久地から聞いたぞ。二人とも上手くいって良かったな」 「も、もうっ! リリ、そういう事は直接言うような事じゃないわよっ!」 「なぜだ。可愛い後輩二人が結ばれたのだ。めでたいだろう」 「ひゃ、ひゃわわわっ」 「ほらっ、ゆずの顔が真っ赤じゃないっ!」 「ひなた……もう他には誰にも言ってないよな?」 「他の誰かにまで言ってたら、いくらなんでもデリカシーなさすぎでしょ」 自覚はあるのか。 「ふふっ、まぁこれくらいの冷やかしは相談料ってところかな♪」 「高いのか安いのか分からんな」 とは言ってもひなたの自主トレ発言のおかげで、あんなにエロいゆずこが見られたんだ。感謝するべきかもしれない。 「ちょっと彼方、あんた何かやらしい事考えてない? 顔が緩んでるんだけどっ」 「ぎくぅっ! か、考えてるわけないだろっ! 今はパーティーの事で頭はいっぱいだっ!」 「どうだか」 相変わらず鋭いなぁ、ハイン。 「そう言えばハインちゃんのポスター班はどんな感じ?」 「イルミネーションって決まる前から、色々と素材は集めてたでしょ?」 「その甲斐あって、それっぽい写真も押さえていたから、問題なく出来そうよ」 「そっかぁ、良かったぁ」 「美術部のツリー作品もポスターの一部に使用する事にしたんだ。あとは学園演劇用パンフレットにも活用する事が決定している」 「さすが先輩ですね、どちらも人の目に着くものだ」 「一度はパーティー自体が無くなったわけですし、美術部員達も喜んでたんじゃないですか?」 「ああ、彼らの笑顔が見られて良かったよ」 こういう所が、さすがは歴代でもトップクラスと評価の高い生徒会長だなと思う。 「イルミネーションはここの壁面にする?」 「そうだな。さっきテンチョが言ってた電源は――あそこか。うん、ここなら問題なく使えるだろうな」 「配線関係はどうしようか?」 「私、工学研究部にツテがあるから、そっちに頼んでみるよ」 「わぁ、ありがとうっ!」 「任せなさい♪ じゃあ早速工学研究部の子達に連絡入れてくるよ」 「となると電気関係はこれで大丈夫かな」 「そうだな。だがもう一つ、大きな問題が残されている」 「大きな問題?」 「予算があんまり下りなかったの。逆を言えばこの予算内で出来るなら、何でもオッケーって事なんだけど……」 「まぁツリーにも予算が掛かってたわけだしなぁ。どれくらいまで下りるんだ?」 「……これ」 「どれどれ――――いっ!?」 ゆずこの差し出した学園からの承認用紙に目を通し、そこに表記された数字に思わず息を飲む。 そこには予想をはるかに下回る金額が明記されていた。 「やっぱこんな予算じゃ無理かな」 「ここの壁面を埋めるっていうと、相当な数のライトが必要よね」 「そうだな、ふむ……」 「厳しいかなぁ……」 「諦めるのは早いっ!」 「ありえ、なにか方法ある?」 「おとうさんに聞いてみたらどうかな? この辺りの事ならなんでも知ってるし、何かいい情報教えて貰えるかも」 「そっか!」 「確かに店長さんなら何か名案があるかもしれないな」 「そうよね、何て言ってもボスだもの」 ボスはハインが一方的に呼んでいるだけともいえるが……。 「じゃあ早速お父さんの所に行ってみようよ。さっき商店街の方で打ち合わせするって言ってたから、まだ向こうにいると思う」 「よしっ、じゃあ行くか」 「それじゃあ私と宮前は、ここで壁面のサイズを計ったりしておこうか」 「そうね。壁面の大きさでライトの大体の数を計算しておくわ」 「二人ともよろしくお願いしますっ」 ペコリと頭を下げたゆずこに微笑みを返した二人を残し、俺達三人は商店街へと向かった。 パーティー会場から移動してほどなく、商店街の片隅にテンチョとママさんの姿が見えた。 「おとうさん、おかあさんっ!」 「おー、どうした? ゆずこちゃんに彼方も一緒か。ありえ、さっきの件なら問題ないぞ」 「商店街の皆も明るい話題には協力的だからな。何でも言ってくれって」 「パーティー再開決定したのよね、おめでとう」 「ありがとうございますっ」 「あのねっ、それでライトが欲しくて、でもお金ないし、パーティーが」 「落ち着け、ありえ。それじゃ全く意味が分からんぞ」 「うぅ〜〜んっ、ゆずこ、後は頼んだっ」 実にデジャブな展開だ。 ありえは興奮すると、頭に口が追い付かなくなるらしい。 「全く、何をそんなに興奮してるんだか。それでゆずこちゃん、ありえ何言ってんだ? イルミネーションアートをやるってのは、彼方から聞いているが」 「あら、イルミネーションアート? 素敵じゃない」 「えへへっ、ママさんにそう言って貰えると嬉しいな。でもこの企画には問題があるんです」 「どうしたんだ?」 「ツリーの準備もしていたし、予算があんまりないんです」 「だからお父さん、ライトとかそういうの安いお店知らないかなって?」 「それで金が無いとかなんとか言ってたのか」 「そういう事なのです」 「テンチョ、どこかツテがあったりしませんか?」 「そういう事なら俺の所に相談に来たのは正解だったぞ。知り合いの問屋から卸値で買えるように口きいてやるよ」 「本当ですか!?」 「やったぁ! あのね、予算はこれだけなんだけど」 ありえが学園の承認用紙をテンチョに見せると、テンチョはむむぅと低く唸った。 「ホントに少ないな……」 「やっぱり厳しい、ですよね?」 「なぁに、他ならぬゆずこちゃんの頼みだ! ここで何とか出来なくてなーにが店長だ」 「よっ! 蓋子玉いち!」 「わーっはっはっは!」 ありえもテンチョに合わせて胸を張る。 その隣でママさんは冷静に予算を見つめていた。 「でもやっぱりちょっと心許ないわよね。うーん……そうだわ、私もお客さん達に聞いてみるわね」 「お客さん?」 「ほら、ああいうイルミネーションの道具って、毎年飾らずに倉庫とかで眠っちゃってるってパターンも多いじゃない?」 確かに一度や二度は張り切って飾っても、後はしまいっ放しというのは、よくあるパターンだと思う。 「だからそういう物がないか、あれば貸して貰えないか交渉しておくわ。とにかく沢山のライトが必要なのよね?」 「そうなんですっ。でもいいんですか?」 「ふふっ、ゆずこちゃんの役に立てるなら、私も嬉しいわ」 「クリスマスまで実質あと三日でしょ。イルミネーションアートなら、生徒さん達で協力すれば十分に出来るでしょうけど、それにはまず材料が集まらなくちゃね」 「大丈夫。集めてみせるさ」 「ママさん、店長さんっ。本当にありがとうございますっ」 思いきり頭を下げて礼を言うゆずこに、テンチョとママさんが微笑みかける。 「よせよ、水臭い。俺達はゆずこちゃんの事も、ありえと同じくらい大切なんだからよ」 「ふふっ、そうよ。困ったことがあったら――ううん何も困ってなくても、いつでも来てくれたら嬉しいわ」 「年取ると、毎日が単調なものでな。若い子の話聞くだけでも、元気が出るってもんだ」 「テンチョの毎日のどこが単調なんですか」 「うるせぇ、言葉のアヤってもんだろが」 「あははっ、ぐすっ、うんっ。二人とも本当に感謝感謝ですっ!」 「おう、気にするなってんだ」 「それじゃあ道具が集まって来たら、連絡入れるわね。心配しないで? きっとお客さん達が、すぐに集めてきてくれるから」 ママさんの美しい微笑を見ていると、間違いなく集まるだろうと確信が持てる。 「はいっ! よろしくお願いしますっ」 「私もおかあさんのお手伝いする」 「ありえはそろそろお家に帰りなさい」 「えぇー……っ」 「ウチューも待ってるし、暗くなると危ないでしょう」 「そうだよ、ありえ。今日はありがとう」 「俺達も問屋さんに寄ったら、今日は帰るからさ」 「うんっ、また明日も頑張らなきゃだから。ね?」 「分かった!」 「問屋にはすぐに連絡入れておく。場所は分かるか?」 「裏通りにある所ですよね? 前にテンチョの店の手伝いで、一度行った店なら大丈夫です」 「おう、そこだ。お前たちが着く頃には話はついてるから、安心して行って来い」 「はいっ! じゃあ行ってきます」 「ふふっ、気を付けてね」 「はーいっ」 三人に見送られて、俺とゆずこは問屋へと向かった。 ゆずこの顔は晴れ晴れとしていて、俺達の足取りは軽かった。 「問屋さんとも話がついたし、良かったな」 あの後すぐに問屋を訪れると、テンチョから連絡を貰っていた店主は、丁寧に俺達に接客してくれて、随分と割引もしてくれた。 おかげで低い予算にも関わらず、かなりの材料を手に入れる事が出来た。 「店長さんとママさんに大感謝だよっ」 ゆずこの手が俺の手に触れ、自然に手を繋いで歩き出す。 冷たい指先を温めるように包み込まれて、照れ笑いを浮かべたゆずこが、ぽそりと囁くように口を開いた。 「……今日、とっても嬉しかった」 「えへへ、イルミネーション案通って、ライトも買えて」 「そだな」 ゆずこは少しだけ言うのを躊躇うように目を泳がせた後、俺の手を握る指先にきゅっと力を込めた。 「……でもそれよりも嬉しかったのは、店長さんとママさんに、ありえと同じように大事だって言ってもらえた事なの」 「何もなくても来ていいんだよって、それは嬉しい事なんだよって言われて……嬉しかった」 「……良い人達だよな、本当に」 「うん、とってもとっても優しくて、温かい」 小さく息を吐いたゆずこの肩が僅かに震えた。 「……私、バカだった。あんなに思って貰えてたのに、寂しさや羨ましさを感じてたなんて」 「親が離婚したとか関係ない所で、勝手に不安になってただけだったんだって気付いたの」 「人の感情は目に見えないから。だから不安になったりもするさ」 「うん。でもそんな不安さえも全部自分の思い込みかもしれないんだもんね。だから、これからも色々迷うと思うけど、でもね」 「彼方くんが隣にいてくれている、それだけで私は自分に自信が持てて、たくさんの事を乗り越えていける気がしてるんだ」 「同じだよ、俺も」 誰かの事を愛しいと思って、その人に信頼されているというその自信で、人はどこまでも強くなれる。 俺はここに戻ってきて、それにやっと気付けたんだ。 「…………私、一歩進んでみる」 「進む?」 「うん。イルミネーションアート、お母さんにも見て貰いたい」 クリスマスに母親に別れを告げられたと、以前聞いたことがある。 そのゆずこがクリスマスパーティーに自分の母親を呼ぼうとしている。 それは、とてつもない成長だ。 「って言っても、もうずっと連絡も取ってないから。まずはお父さんに連絡先を聞かないといけないんだけどね」 「……いいのか? その、何かあればすぐに俺に言うんだぞ」 「うん。えへへ、有難う彼方くん」 「正直に言うとちょっと怖いの。お母さんの声を聞くのも10年ぶりだから」 「でもね、会いたいって心から思えたの。今まではお父さんの気持ちとか色々思うと、何も出来なくて。私は臆病で」 「だけど何があっても受け止めてくれる人がいるって、私には彼方くんがいるって思ったら、なんだか私、強くなっちゃったみたい」 あははと朗らかに笑うゆずこを、そっと引き寄せて頭をポンポンと優しく撫でる。 「ゆずこは偉いな。でも無理だけはするなよ」 「うん。……彼方くんの手、大きくてあったかくて、安心するなぁ」 「ゆずこが望むなら、いつだってこうするからな」 「うんっ、えへへ……」 微笑むゆずこに歩幅を合わせて、俺達は帰路に着いた。 「ただいまっと」 「お帰りなさーい。ライトどうだった?」 「もうバッチリ。大体買い揃えられたよ。お店の方が明日会場に直接運んでくれるって」 「まだちょっと足りないかなとは思うけど、あとはママさんがお客さん達から集めてくれる分で足りると思う。そっちはどうだった?」 「うん、これ。大体必要な数は計算しておいたわ。後はデザインにもよるだろうけど」 ライトの色と必要個数が書かれた紙片をハインがゆずこへと差し出した。 「ふむふむ。……うん、こっちの予測と大体同じだね」 「色はツリーならこれくらいの配分かなって、リリと計算した概算なんだけど」 「うん、これで大丈夫だと思う。 でも緑のLEDがちょっと足らないかなぁ……」 「ママさんの方でどれくらい集めて貰えるか、だな」 「もし集まらなかったら、ツリーのオーナメントか何かを、赤とか白で表現するのはどうかしら?」 「それいいね! うんうん、ツリーって綿が掛かってたりするもんね。それなら白色で表現できるし」 「明日からは集まったライトの数で表現できるデザイン考えないとな。残り日数を考慮したら、少しずつでも作ってった方がいいか」 「そうね、頑張りましょう。といってもクラスの子達も皆協力的だし、人海戦術で問題なく期限内に仕上がるとは思うけど」 「皆も頑張ってくれてるもんね」 「特にリリの卒業前の大イベントでしょう? リリのファンクラブっていうの? あのメンバーが凄くって」 「えぇ!? リリー先輩ってそんなものまであるのか?」 「うそ、彼方くん知らなかったの? リリー先輩のファンクラブって、結構な人数がいるのに」 「マジか……」 全く知らなかった。 「気を付けたほうがいいわよ〜。胡散臭い能力でリリー先輩に特別に目をかけて貰ってるって、アンタ目の敵にされてるんだから」 「ウソだろ?」 「あははっ、半分ホントで半分ウソ。前はそうだったみたいだけど、今はゆずとくっついて安心したみたいよ」 「えぇーっ! リリー先輩ファンクラブの人達が、どーして私達の事知ってるのぉ!?」 「いや、それは見てれば分かると思う……」 「そうよね……意外と無自覚なのね、ゆず」 「わ、私そんなにベタベタしてるかな?」 「ベタベタっていうより、全身から幸せオーラが出てるし、彼方を見る時の目がもうキラッキラなのよね。気付かない方がおかしいわ」 「あ、あはは、恥ずかしぃ……」 「今さら恥じらっても無駄だぞ」 今までのゆずこの行動は全て天然だったのか。 いや、ゆずこが計算なんて出来るはずもないんだが。 「ふふっ、幸せそうなゆずを見てると私まで嬉しくなっちゃう。明日からまた頑張ろうね」 「っ、うん!」 「さてとじゃあ夕飯にしましょ。簡単な物だけど、作っておいたから」 「ハインが!?」 「私だって多少なら出来るのよっ! もうっ」 「有難うハインちゃん! すごく嬉しい!」 「……味の保証はないわよ」 クリスマスまであと4日。 イルミネーションアートを成功させて、そして――――。 ゆずこが母親とまた話が出来るようになりますように。 小さな願いと共に、夜がそっと更けて行った。 「こっちだよーー」 ありえがブンブンと手を降ると、両手に荷物を抱えたテンチョとママさんがこちらへと近づいてくる。 「すごい荷物だな」 荷物の多さを視認して、慌てて二人の元へと駆け寄った。 「持ちますっ」 「あら、大丈夫よ。これくらい」 「いえ、持たせてください」 半ば無理やりに荷物を受け取る。 重くはないが、商店街からここまで運ぶのは面倒だっただろう。 「言って貰えれば取りに伺ったのに」 「なぁに、呼ぶほどの量でもないと思ってな」 「これ全部お客さんからの預かり物ですか?」 「そうなの。皆にお願いしたら、随分と集まっちゃったわ」 ママさんの笑顔の賜物だろう。 個人が集めたとは思えない量のLEDライトが、たくさんの紙袋いっぱいに詰められている。 「うわぁ〜、すっごい集まったねぇ」 「ふふっ、これで足りるかしら」 「有難うございますっ。すみません、わざわざ持ってきて頂いて」 「いいのよ。この時間帯は暇だし、皆が頑張ってる姿を見られて嬉しいわ」 「おー、随分と大人数が集まってるじゃないか」 「えへへっ、この分だとイブには点灯出来そうです」 「そうか。パーティー本番は25日だよな?」 「そうだよ。だから25日に完成出来ればいいんだけど、でもイブにテストも含めて点灯出来たらいいなって」 「無理しない程度に頑張るのよ」 「当日を楽しみにしてるよ。じゃあママ戻ろうか」 「そうね。ゆずこちゃん、彼方くんまたね」 「ライト本当にありがとうございました!」 「助かりました!」 礼を言う俺達に笑顔を返すと、テンチョとママさんは仲良く会場を後にした。 「私も店長さんとママさんみたいな夫婦になりたいなって」 「お、おうっ! そうだなっ」 必要以上にデカい声で反応してしまう。 「ふふっ、今すぐじゃないよ。でもいつか、そうなれたらいいな」 「……ああ」 「二人とも浸ってる場合じゃないよー。早速このライトも配置していかなくっちゃ」 「あはは、そうだね」 「3人ともここで何して―― あ、そのライト! ママさんが持ってきてくれたの?」 「ちょうど今さっき受け取った所だよ」 「どれどれ〜。あ、すっごい。色んな色揃ってるね」 「配置図の方はどれくらい進んでる?」 「リリー先輩の指示のおかげで、かなり良いトコまできてるよ」 「そうか。流石だな先輩は」 「デザインはツリーだけを想定してたけど、これだけあったらまだ追加出来そうだね」 「うんうん、ツリーの周りに星とか天使とか配置出来るかも」 「隅っこの方にハインの好きなプレッツェルでも加えてやろうか」 「あははっ、それいいかも」 「クリスマスと言えばジンジャークッキー♪ プレッツェルと一緒にジンジャークッキーも配置したらどうかな」 「おおっ、いいね。じゃあその辺も下絵を考えなくっちゃ」 「何やら楽しそうだな」 「もうっ、サボってたんじゃないでしょうね」 「あ、二人とも。これ、ママさんが集めてくれた分を持ってきてくれたの」 「ほう、これはまた凄い量だな」 「これだけあったら、図面の追加が出来そうね」 「俺達もそれを今考えてたんだよ。ハインの好きなプレッツェルでも隅っこの方に追加しておくかって」 「っ!? わ、私の好きな物なんか追加してどうするのよっ」 「だってハインちゃんのこの街での初めてのクリスマスだもん。それにジンジャークッキーと一緒に配置すれば違和感ないよ?」 「愛されてるなぁ、宮前」 「も、もうっ!」 照れた様子で頬を赤らめている。 はは、ハインも可愛い所があるよなぁ。 「せっかくなんで、先輩もリクエストないですか?」 「そうですよ、リリー先輩のリクエストも聞かせて下さい」 「む……そうだなぁ。うーーむ」 急には思い浮かばない様子で、こめかみを人差し指で押さえながら、先輩は考えを巡らせ始めた。 「クリスマス……ミサ……ミサ、黒ミサ、サバト……」 「そうだ! 黒ヤギなんてどうだろう?」 「却下です。クリスマスに黒ミサもないでしょう」 「むむぅ……せめてヤギ」 「せいぜい羊ね」 「羊か……ふふっ、それもいいな」 「ああ。しかし羊は全くイベントに関係ないがいいのか?」 「作成者特権ですよ。それに俺達みんな、先輩には何かお返しがしたかったんですから」 「そうですよ。私いつも先輩に助けて貰ってばかりで。この前だってあんな素敵な旅館を用意してくれて……まだそのお礼も出来て無くて」 「こんな事じゃなんのお礼にもならないですけど、でもせめて気持ちだけでも受け取ってください」 「……いい後輩をもったな、私は」 「胸を張る所じゃないよ、ひなちゃん……」 あはは、と皆で笑い合う。 この和やかな雰囲気が、寒空の下でも心を温かくしてくれる。 「そうと決まれば早速ライトの配置を考えないとな」 「よぉっし、頑張るぞっ」 「大分進んだな」 「そうね。これなら十分に間に合いそう」 「こうなってくると他にも色々したくなっちゃうね」 「あはは、確かにそうだね」 「他……かぁ。 そうだ、ここにアーチとかあったらどうかな?」 「確かにアーチもあれば見栄えはグッとよくなるが……」 「さすがに後2日でアーチまでは難しいですよね」 うーーん、と頭を捻る一同。 そうだなぁ、アーチ……アーチ……。 「何かいい案でも浮かんだ?」 「文化祭で使ったアーチあっただろ? あれを改良できないかな」 「おおっ、名案!」 「一から作らなくていいから、それなら十分間に合うかも!」 「そうと決まれば、俺はちょっと校舎に戻って見てくるよ。日も暮れて来たし、皆は先に上がって」 「……いいの?」 「もちろん。それで使えそうなら男子連中に声かけて、明日ここまで運んでくるからさ」 「頼りになるぅ♪ さっすが男の子!」 「ひなたも手伝うか? ん?」 「嫌だわぁ、私か弱いからぁ、そういうのはちょっと」 「はいはい。じゃあ行ってきます」 「私も行く」 「いいのか? ハインと一緒に先に帰ってていいんだぞ」 「私は実行委員だよ? ちゃんと自分の目で確認しておきたいんだ」 「はは、そうか」 「……健気ね」 「黛と一緒にいたいんだろう」 「じゃあ私達はキリの良い所まで進めたら、帰ろうか」 「じゃあ行こうか、彼方くん」 俺達は連れだって学園へと向かった。 「文化祭のアーチ、まだ倉庫に保管されてて良かったね〜」 「ああ。状態も良かったし、あれなら文字の部分を書きかえて、装飾をそれっぽくし直せば、問題なく使えると思う」 「えへへ、また一つグレードアップだね」 「はは、そうだな。男子連中への声かけは済んだから、明日は朝から会場の方に運ぶから」 「ありがとう。私も装飾頑張るね。ツリー用に手芸部の子達が作ってくれてたオーナメントが活きそうで嬉しい」 「ポスターの美術部の作品も、手芸部の小物も無駄にならずに済んで良かったな」 「うん、本当にそう。皆頑張って作ってくれてたから。あ、オカ研の部室にちょっと寄っていいかな」 「いいけど、何かあった?」 「実はね、今回あった色んな事とか3年生の卒業の事とか、そういうの新聞部で記事にしようって思ってて。内緒で書いてるの」 「……よくそんな時間あったな」 「記事自体はね、少しずつ書いてたから。それに書き加えていってるだけっていうか、もちろん修正しながらだけど」 「頑張ってるんだな」 「えへへ、私に出来る事ってそういう事しかないから。それでね、先輩との楽しい活動も記事にしてみようって思ったの」 「今まではオカ研の事ってあんまり記事にしてなかったんだけど、今回はしてみようって。それで面白いって思ってくれたら、部員が増えるかな――なんて」 「リリー先輩喜ぶぞ、きっと」 「私が先輩にお返し出来る事ってビックリするほど無くって。何かないかな、出来ないかなって考えた時に、先輩の作ったオカルト研究部を残していけたらなって」 「そう、思ったの。でもその為にはまず部員確保だよね」 「ん、そうだな」 ゆずこは俺が思うより、ずっと大人で。 そして前向きな努力家だ。 「だから部室で活動記録を見たいなって。色んな事がありすぎて、いざ記事にしようと思ったら、思いっきり詰まっちゃって」 「記者先生、楽しみにしてますよ」 「もぅっ、すぐからかうんだからっ」 「ごめんごめん。おっ、部室着いたぞ」 「えーっと活動記録は……」 「確か先輩がこの辺で保管してたような」 「んー、 あっ、あったあった」 ファイリングされた活動記録をペラペラと捲っていく。 「色んな事してきたね」 「こうして見返すと壮観だな」 「ツチノコ見に行くぞ! って言われて連れて行かれたのが動物園で」 「先輩はツチノコの正体はアオジタトカゲだって言ってたな」 「そうそう、それで実物見たら本当にツチノコの目撃イラストとそっくりでビックリしちゃった」 「リリー先輩のおかげで楽しかったよな」 「うん……。でも先輩が一番夢中になってたのは、やっぱり降霊とか霊媒師とか、そういうのだったよね」 確かに先輩はそういう物に対する食いつきが良かった。 ……何か目的でもあったのだろうか。 「この前はウィジャ盤なんか持ち出してきたしなぁ。あれには参ったよ」 「あはは、あの時は怖かったなぁ。つい最近の事なのに随分前の事みたい」 ゆずこが少しだけ遠い目をして、ファイルを捲る手を止めた。 「…………私ね、本当はちょっとだけ、ちょっとだけ……パーティー会場を見るの怖かったんだ」 「……分かるよ」 あんな目にあったんだ、そう感じるのは当然だろう。 「あの時――彼方くんとハインちゃんがいなかったら、大変な事になってたと思う。私は多分……」 ツリーの下敷きに、という言葉をゆずこが飲み込む。 「あのままだったら私、きっとずっと怖くて不安だったと思う。でも皆が家に来てくれて、そのまま温泉旅行が決定して」 「私に落ち込む時間なんかないんだぞって、皆に言われてる感じがして。だんだん怖い事を思い返したり悩んだりする時間が減っていったの」 「それでいざ会場にまた向かった時には、自分でもビックリするくらい前向きな気持ちだったの」 「でもこれって皆のおかげなんだ。私、皆に助けて貰って支えて貰って……」 「それはゆずこが良い子だからだよ。ゆずこが良い子だから、皆なんとかしたいって思うんだ」 「そう、かな。そうだったら嬉しいな」 「私、すぐに自分は人よりダメだって思っちゃうから」 それは長く続いた家庭という箱への、劣等感からくるのかもしれない。 「人には誰が上とか下とかないよ」 「そう、かな」 「そうだよ、俺はそう思う。上下はない。でも左右はあるかな。自分よりちょっと右にズレてるな、とか左に寄ってるな、とかさ」 「人間なんて皆、自分を基準にしてしか考えられないんだ。だったら上下で考えるより、同じ板の上の左右の差って考えたらいいかなって」 「左右……ふふっ、本当だね。上下って考えるよりずっと気持ちがいいな」 「だろ?」 俺は誰かより劣っている訳じゃない、俺は違うんだと――心で血を吐きながら妄想世界に逃げた俺の処世術。 だけどそれは逃げであって、逃げじゃない。 人によっては、ずっとずっと前を向ける視点だったんだと――今ならそう思う。 「うんっ。彼方くんと話してると、いつも私は元気になれちゃうの。不思議なくらい、元気に前向きになれる」 「俺も同じ。ゆずこを思うと、いつだって強くなれる」 ゆずこが目を閉じ、そっと爪先立ちになる。 その肩をそっと引き寄せ、もう何度したか分からない口づけを交わす。 「んっ……んん……むちゅっ、んっ、ぅあっ……んっ」 チュパチュパというお互いの唇を吸う音が部室を支配する。 名前を呼んでそのまま、ゆずこの胸へと手を伸ばす。 「むぁっ、んぁっ、ちゅ……んんっ、あっ、おっぱい……んぁ、気持ち、ぃいよぉ」 ゆずこは抵抗する事無く、俺の手に身を預ける。 「……してもいい?」 「ここで?」 「鍵、閉めてくるからさ。ダメ?」 「……私も、したい。このままお家までお預けなんて、イヤだよ」 消え入りそうな声でそう言ったゆずこに、優しく微笑みかけてから扉へ向かい施錠した。 「これで誰も来ないから」 服装を整えて、互いに顔を見合わせる。 「部室でこんな事しちゃうなんて、冷静になると凄い申し訳ないね」 「うっ、確かに……」 「リリー先輩の聖なるオカ研でなんて事を……」 「……リリー先輩なら寧ろこんな事に使われたら喜びそうな気もするがな」 「え、どうして?」 「サバトとかで性行為にふけるのは当たり前の事だからさ」 「へぇ〜……。 でもでもっ、やっぱりダメだよっ。しっかり掃除してこ!」 「全くだな。えーっと雑巾雑巾」 雑巾を探そうと部室のロッカーを開けると、横から伸びたゆずこの手がスプレータイプの消臭剤を取った。 「除菌消臭アリエース! 羊印のアリエースの消臭力は完璧だよっ」 テレビCMのようなフレーズで宣言すると、シュッシュッシュッシュとあちらこちらへと吹きかける。 「淫靡な空気がフローラルブーケの香りに変わっていく……!」 「凄いわ、アリエース! まるでお花畑みたぁ〜い」 シュッシュッシュッシュ。 「グッスメル!」 「グッジョブ!」 互いに親指をビッとあげて、ニヤリと口の端を上げる。なんだこのノリ。 「……変なスイッチ入っちゃったね」 「だな。消臭はもういいだろ。後は雑巾で拭いていこう」 「うん。えへへ、彼方くんとだとお掃除も楽しいな」 ゴシゴシと力を込めて汚れた机や床を磨いていくと、何だか気分も良くなってくる。 「そうだなぁ、家の掃除もこれからはもっと手伝うよ」 「いいよ、そんなの。私お掃除も好きだし」 「でも掃除が早く終わったら、二人の時間が増えるしさ」 「っ! もぉ〜、彼方くんってエッチだよね」 「えぇ!? 俺はただ二人で出かけたり、一緒にテレビ観たりとかそういう……」 「ひょえ!?」 「ひょえ!? じゃないよ。ゆずこはエッチぃなぁ」 笑って誤魔化しているが、ゆずこは首までまっ赤だ。 「俺としては嬉しいけどな」 「……なら、えっちな子でいい」 どちらともなく顔を近づけて、何度目か分からないキスをする。 「ん……ちゅ……んん」 少しだけ唇を食んだあと互いに見つめ合い、くすりと微笑を返す。 「こんな事してたら、いつまでも帰れないね」 「俺も同じこと思ってたよ。さ、掃除はこれ位でいいんじゃないか?」 「うん、来た時よりも綺麗になってる。ヨシッ!」 満足そうに頷くと、ゆずこが手早く掃除用具を片付ける。 「帰ろうか」 「なんだか遅くなっちゃったね。ハインちゃん心配してるかも」 ……というより、あいつらまたヤってんじゃないでしょうねぇ!? とでも思われているかも。……事実だが。 「学園新聞の記事用のネタはもういいのか?」 「えっと、さっき見てた――これ、このファイルだけ借りてくね」 「おう。新聞、楽しみにしてる」 「うんっ♪ 楽しみにしてて。イブには公開できると思うから」 イブか。 俺もゆずこに何かプレゼントしたいな。何がいいかな。 「彼方くーん、ドア閉めちゃうよー?」 イブの夜までには何か買いに行こう。 ゆずこが喜んでくれるような、何かを――――。 「ゆず、何してるの?」 「学園新聞の記事を作ってるの」 「そっか。ゆずは実行委員兼、新聞部員だものね。クリスマスの記事?」 「うん。それと――あとはオカ研の記事」 「オカ研〜?」 「部活として体をなすには今の人数は本当にギリギリで。リリー先輩が卒業しちゃったら、それでもう人数足らなくて」 「リリは人気があるんだから、いくらでも人なんて集まりそうだけど」 「そういうのは嫌なんだって。 本気でオカルトの明日を担う若人のみ歓迎する! って言ってたよ」 「あはは、上手い。目に浮かぶな」 「まぁ私達も、決して本気でオカルトの明日を憂いてるわけではないんだけど……」 「特殊能力持ちの彼方と、ゆず達は相性がいいメンバーって事よね」 「そんな感じ。でもね、色々と楽しい事もあったんだ。……もちろん、怖い事とか驚く事もいっぱいあったけど」 「でしょうね」 想像出来るわ、と言った調子でハインちゃんが大きく頷いた。 「だからね、オカルト研究部の活動内容を、学内新聞の記事にして新規部員を募集! って感じにしたいかなって」 「それでリリー先輩が卒業しても、オカルト研究部は続きますって証明したいの」 「……いいじゃない。きっとリリも喜ぶわ」 「えへへ。でね、良かったらハインちゃんにも入って貰えたらなー、なんて」 「ダメ、かな? 今すぐにじゃなくていいから」 ハインちゃんをじっと見上げる。 私の視線を受けたハインちゃんが、しょうがないなぁといった様子で、口元を緩めた。 「……仮部員、ならいいわよ」 「あくまで仮よっ! 部員が足らなくて無くなっちゃうのは、私も寂しいし……。人がいっぱい入ったら辞めるから」 「ありがとうっ! ハインちゃん!」 「きゃっ! もうっ、ゆずったら。 すぐに抱き付いてくるんだから」 「えへへ。ハインちゃんって抱きしめると気持ちいー」 「も、もうっ! 何言ってるのよっ」 「あはは、ハインちゃん顔まっ赤だよー」 「コホンッ。からかわないのっ」 「――さてと、それじゃあ私はそろそろお風呂に入ってくるわね」 「行ってらっしゃい」 「記事作り頑張ってね」 「さて、と。私も作業の続きに取り掛からないと」 静かな部屋にタイプ音だけが響いている。 新聞を仕上げて、クリスマスパーティーを成功させて――――そうだ。 「お母さん……」 お母さんに連絡しなくちゃ。 その為にはお父さんに連絡先を聞かないと……。お父さん、嫌がるかなぁ。 離婚した当時はどうして二人が別れたのか、子供の私には分からなかった。 でも今は少し分かる。親権を父親が取ったという事は――そういう事なんだろう。 連絡なんてしない方がいいのかもしれない。このままで幸せなんだから、何も今更……。 ――――ううん、会いたい。それでもやっぱり。 「ごめんね、お父さん」 ぽつりと謝罪の言葉が漏れた。 ポケットから携帯を取り出して、お父さんに電話をかけた。 ……まだ仕事中かな。 ……忙しいかな。そんな時にお母さんの話なんてしない方がいいかな。 プツっとコール音が途切れて、聞きなれたお父さんの声が「もしもし」と返事をする。 「お父さん、今大丈夫かな?」 どうしたゆずこ、なんて言いながらも、その声は嬉しそうだ。 「お父さん、元気? ちゃんとご飯食べてる? うんうん、そっか……うん、こっちは何も問題ないよ。うん」 どうしよう、いざ聞こうと思うと中々聞きづらいな。 なんていう私の躊躇いを受話器越しに察知して、お父さんの方から何か相談か? と疑問を投げかけてくれた。 うん、ここで聞かなきゃ。頑張れ、私。 「……あのね、私。……私、お母さんに会ってみようと思って。離婚の条件に私が大きくなるまで、一切の接触を断つっていう約束があったのは知ってるよ」 「それは私がちゃんと自分で考えられる年になるまでって事だよね。自分の頭で善悪だけじゃない感情を、受け止められるようにって」 「私、ちゃんと自分で考えられるよ。人から聞いたことを鵜呑みにしたりせずに、ちゃんと考えられるよ。だから――――」 「だからお母さんに会いたい」 両親が離婚してからの10年間。決して決して口にしなかった言葉。 それを言ったらお父さんが傷つくから。 それを言ったらお母さんと、もう二度と会えない気がしたから。 受話器の向こうでお父さんが、大きく息を吐いたのが分かる。 「お父さん、ごめんね」 私が謝ると、お父さんは優しい声で言った。 「違うよ、ゆずこ。ゆずこが大人になったなって思って、それが嬉しかったんだ」 そう言ったお父さんの声も、少しだけ震えているような気がした。 「お父さん……!」 ちょっと待ってろと言うと、お父さんが引き出しを漁る音が聞こえて、ほどなくお父さんはお母さんの電話番号を教えてくれた。 「……の、045っと。うん、メモった。うん、大丈夫。電話出来るよ、心配しないで」 お母さんの電話番号を書いたメモ用紙が眩しく見える。 この数字の羅列がお母さんへと繋がるだなんて、不思議な感じ。 「うん、有難う。じゃあまたね。うん、お仕事頑張ってね。はーい、おやすみなさい」 通話を追えると、大きく息を吐いた。 メモを持つ手が僅かに震える。拒絶されたらどうしよう。 あらゆずこ、私には新しい家族がいるから、もうあなたには会えないわ――――なんて。 ブンブンと頭を振って嫌な考えを吹き飛ばした。 「大丈夫」 大丈夫だよ。 だって例えお母さんと会えなくったって、私を受け止めてくれる人がいる。 私の涙も私の痛みも喜びも、全部全部ひっくるめて抱きしめてくれる人がいる。 大好きなその人の名前を呼ぶと、自然に笑みが零れる。 不安は吹き飛んで、代わりに勇気が湧いてくる。 指は自然に聞いたばかりの番号を押していた。 ……知らない番号だし、出ないかな。 …………………………。 もしもし?――受話器から躊躇いがちに聞こえた声は、懐かしい記憶通りの声だった。 「おかあ、さん……」 私の消え入りそうな一言で、電話の向こうのお母さんは泣き崩れながら、私の名前を呼んでくれた。 ゆずこ、ゆずこって呼ばれるたびに、胸の奥がグッと締め付けられて、泣くつもりなんかなかったのに、涙がボロボロ零れてくる。 「お母さん、えっと……久しぶり」 少し息を落ち着けて、やっとの思いでそう言えた。 もっと沢山言いたい事も聞きたい事もあるのに、いざとなると何も言葉が出てこない。 代わりにお母さんの方から元気? とか困った事ない? なんて言われて、それに対してたどたどしく答えるだけ。 だけどちゃんと伝えなきゃ。 「あの……、ね、お母さん。私……」 言わなくちゃ。ずっとずっと10年間言いたかった事、言わなくちゃ。 「私……お母さんに会いたい。あの……そっちの事とか色々あると思うけど……、その……私ね」 「学園のクリスマスパーティーの実行委員になったの」 「それで大きなイルミネーションアートとかも作ったりしてね、それで……急、なんだけど、見て貰えたらな……って」 お母さんは私の提案に対して、何の迷いも戸惑いもなく、すぐに返事をしてくれた。「お母さんもゆずこに会いたいわ」って。 「あ、あのねっ、それじゃあ日にちなんだけど……」 そこまで言って続きを言う事を躊躇った。 だってクリスマスは特別な日。新しい家族と過ごすに決まってる。 イルミネーションアートを見て貰いたいって、そればっかりに気を取られていたけど、それは考えてみれば今の家族との時間を奪うって事なんだ。 「え……、イブ、でいいの?」 そんな私の内心の動揺を知ってか知らずか、お母さんはイブの日に会おうと言ってくれた。 「だ、だって……イブだよ? イブは家族と……」 言いよどむ私に、お母さんが言う。 「ゆずこだって私の家族じゃない」 「あ……あぁ……うっ、うっ、お母さんっ、お母さぁん……っ!」 本当はずっとずっと寂しかったの。 本当はずっとずっと会いたかったの。 本当は何度も何度も心の中で叫んでたの、お母さんどこに行っちゃったの? って。 「うん……うんっ、ぐすっ、うんっ、じゃあイブに駅で。うんっ、うん……有難う」 「うん、じゃあ明後日」 通話を終えると肩から力がフッと抜けた。 10年ぶりに聞いたお母さんの声は昔と何も変わっていなかった。 涙で赤く腫れた目を擦り、頬っぺたに手を当てる。 頬は熱を帯びていて、私の興奮を隠すことなく紅潮していた。 「……会えるんだ」 「ふー、いいお湯だったぁ。 あら、ゆずどうしたの?」 「泣いてた……にしては、嬉しそうね。何かあった?」 「うん……良い事あったんだ。えへへ、お母さんと電話しちゃった」 「そう、えっと……それでお母さんはなんて?」 「会える事になったの」 「良かったじゃない!」 「うんっ! 有難う、えへへ。さてと、私もお風呂に入ろうかな」 「あ、今日はまだ記事作りで起きてるから、先に電気消して寝ちゃってね」 「私も今日は読みたい本があるから気にしないで」 「はーい、じゃあお風呂行ってきまーす」 お母さんとこんな風に話せる日が来るなんて思ってもみなかった。 イブが楽しみだな。明日はイルミネーションアートを完成させなくっちゃ。 アーチも出来たらいいなぁ。ふふっ、やりたい事ばかり頭に次から次へと思い浮かんじゃう。 幸せを胸に感じながら、過去と向き合う為に一歩を踏み出した夜は更けて行った。 「そうか。お母さんに会えるのか」 「うん、だから明日は夕方から少し出かけてくるね」 「おう、気を付けてな」 満面の笑みで答えたゆずこの様子だと、おばさんとの通話は良い結果を残したみたいだな。 「ふふっ、じゃあ張り切って今日は完成させないとね」 「頑張るぞーっ」 「俺はまず学園に戻ってアーチを取ってくるよ」 「重たいと思うけど大丈夫?」 「男子数人いれば、あれ位なんて事ないよ」 「そっかぁ〜。凄いなぁ、男の子」 「私のテレキネシスでっていう手もあるけど?」 「目立ちすぎるんでやめて下さい」 「ふふっ、するわけないじゃない」 まぁ騒がれるのが嫌いなハインが、そんな行動を取る訳がないか。 「よし、じゃあ早速行ってくるよ」 「私達も会場に行って、下準備してようか」 「おーーい、持ってきたぞーーー」 「わぁー、皆有難う〜〜〜っ」 「場所どうする? この辺でいいのか?」 「さっき印付けておいたの、えーっと……ここ、ここ!」 ありえが指さした先を見ると地面にカラーテープで、かぎ型の印が付けられていた。 「了解。じゃあこの位置に合わせて――っと」 ドスッという重たい音を立てて、アーチは地面へと接地した。 「みんな本当に有難う!」 「重たかったよね? あっちにお茶用意してあるから、休んでいって?」 ゆずことありえに見上げられながら礼を言われて、男子連中はご満悦な様子で休憩所へと向かった。 あいつらには二人の笑顔で十分な報酬だろうな。……最も俺もその内の一人だが。 「イルミネーションアートは、ほぼ完成したわよー」 「今リリー先輩が、配線チェックしてる」 それもまた凄そうな光景だな。 「――で、これが例のアーチね。手の入れ甲斐があるわね」 「でも皆でやったらすぐ終わるよ、きっと」 「そうだな。早速始めるか。デコレーションペーパーとかは揃ってるのか?」 「残りすくなーーーーーい予算の中から、何とかゲットしてきたよ」 「あはは、無事に用意できたのなら万々歳だな」 「こっちは手芸部の子達が作ってくれたオーナメント。これを柱の部分にバーッて飾っていけたらなって」 「ここも若干ツリーっぽくしようって事で、柱の色は緑にするんだよね」 「まずはこのスプレー塗料で塗っちゃおう。乾くまで時間もかかるし」 「俺がやるよ」 「じゃあ私もスプレー係に回るよ。ほい、マスク」 「サンキュ」 「私もするよ」 「結構ニオイとかキツイぞ?」 「ん〜、キツくなったらいつでもリタイアするんだよ? はい、マスク」 「有難う。頑張るね」 マスクを手に取り、ゆずこは気合十分だ。 「じゃあ私達はその間に、デコレーションペーパーで飾りを作ったりしましょうか」 「よーっし、やるかぁ!」 気合を入れてから、俺はスプレー缶をカラカラと振り上げた。 「よし、完成」 「ほう、器用なものだな」 「あ、先輩。お疲れ様です。そっちはどうでした?」 「テスト点灯も問題ない。綺麗な仕上がりだったぞ」 「ああ。よく頑張ったな」 「私、見に行ってこよっと!」 「私も!」 「ずるい、私も〜!」 バタバタと3人は駆けていく。元気だなぁ。 「ふふっ、賑やかな事だな」 「でも良かったわ、間に合って」 「ああ、上出来だ。アーチの方はあとは乾くのを待って、飾りつけするだけか?」 「そうです。そういえばハイン、ポスターの方は?」 「あっちも完璧に仕上がってるわよ。今頃は写真部の子達で手分けして、あちこち貼りに行ってるんじゃないかしら」 「……ゆずこも元気そうだな」 「はい。ご心配おかけしました」 「ゆずこの事だから、落ち込んで前に進めなくなるんじゃないかと思ったが……杞憂だったらしい」 「安心したわ。ゆずから元気がなくなったら、こっちまで悲しくなるもの」 「そうだな。……ゆずこの明るさにはいつも助けられてるから」 「色んな思いをしてきたからこそ、ゆずこはいつも周りを気遣う習性のようなものが身についているからな。勿論それは美徳だとは思うが……」 「傍から見てて危うさもあるって事ですよね? でもゆずこはきっともう大丈夫だと思います」 「ああ、私もそう思う。ゆずこは何というか、一皮むけたな」 「……それが彼方のおかげっていうのが、ちょーっと癪だけど」 「なんでだよっ」 「私だってゆずの力になりたかったわよっ」 「ゆずこはハインにもめちゃくちゃ感謝してるぞ? ハインちゃんがいなかったら――ってこの前も泣きそうな顔で言ってたぞ」 「わ、私は別に……何もしてないし」 ハインの耳が赤く染まる。 こういう反応が素直で、ハインも良いやつなんだよな。 「お?」 パタパタとした足音が近づいてくる。 どうやらゆずこ達が、イルミネーションの確認を終えたようだ。 「凄かったよ〜!」 「とっっっても綺麗だった!」 「少ない予算、少ない日数でも何とかなるもんだねぇ〜」 「後はこのアーチだけなら、各自自宅で作業でも良いと思うぞ。連日根を詰めていたからな」 ゆずこは新聞作りもあるだろうし、その方がいいだろう。 「じゃあ今日は解散にしましょうか」 「そうね。私は一応ポスター班に連絡を入れて、手伝える事があれば行ってくるわ」 「そうだな。俺もアーチを運んでくれた連中の所に、顔出しに行ってくるよ」 「ふふっ、明日が楽しみだね。午前中には飾りつけ終わるよね、きっと」 「うん、終わるんじゃないかなぁ」 「あともうちょっと、明日も頑張ろうね」 イルミネーションアートの出来映えの満足感に満たされながら、俺達は各々帰宅した。 「ふぅ〜、今日も一日よく頑張ったなぁー」 「彼方くん、お帰りなさい」 「おう、あれ? ハインは?」 「帰る途中で店長さんに会って、そこで意気投合しちゃったみたい。ありえと一緒に店長さんと、ご飯食べてくるって」 「はは、そっかそっか」 ボス! とか言ってたもんなぁ。 店長もハインに懐かれたら嬉しいだろうな、うんうん。 「ねぇ、彼方くん」 「今日は何の日か分かる?」 「今日? えーっと23日か…………あ」 「やっぱり忘れてた。今日は彼方くんのお誕生日だよっ」 「最近バタバタしてたから、自分の誕生日の事なんて、すっかり抜け落ちてたよ」 「だと思った。あらためて――こほんっ」 「お誕生日おめでとう! 彼方くん」 「えへへ。ちょっと待っててね」 そう言うとゆずこは、パタパタと軽やかな足取りでキッチンへと向かった。 ん? なんだ? っ!? おいおい、なんか凄いの持ってきてないか!? 「じゃーーーんっ」 「凄いなっ。これってもしかして、ゆずこが……?」 「もちろん♪ 私の手作りだよ」 「ほへ〜〜〜……」 凄すぎて何ともマヌケな感嘆が漏れた。 「パーティーの準備とか色々あるのに、よくこんな凄いの作れる時間があったな?」 「えへへ。アイシングクッキーは先に作っておいたんだ。色々と下準備もしておいたし、後はケーキを焼くだけにしておいたから」 「アイシングクッキー……ってこの可愛いやつか?」 ケーキにデコレーションされた何枚ものクッキーは、愛らしい形や模様が施されていて見た目にも華やかだ。 「そうだよー、えへへ」 「アイシングって事は、冷やしながら作るのか?」 「ううん。このアイシングは、砂糖がけっていう意味の方のアイシングなんだ。お砂糖と卵白で作るんだよ」 「砂糖と卵白でこれが出来るのか!?」 「あはっ、彼方くん驚きすぎだよー」 はー、お菓子作りの妙技だな。 「本当はクリスマスケーキも作りたかったけど、今年はバタバタしちゃって出来そうにないし」 「でも彼方くんのバースデーケーキだけは、絶対に作りたかったから」 「有難う、ゆずこ。忙しいのに作ってくれて、凄く嬉しいよ」 「彼方くんが喜んでくれたなら、私も嬉しいな」 ゆずこは何てことないみたいに笑っているけど、実行委員の仕事だけでなく、自身の母親とのやり取りもあっただろう。 そんな中で俺の為に、ケーキを作る時間を捻出してくれたこと自体が、純粋に感激モノだ。 「しっかしこれを俺一人で独占した――なんて言ったら、ひなたあたりが暴動を起こしそうだな……」 なんて言いながら、携帯を取り出して写メを撮りまくる。 「よっし、良い写真が撮れた。後でひなたにメールで送って、見せびらかしてやろう」 「あははっ、ひなちゃん飛んできそう」 「飛んでくる頃には、ケーキは俺の胃袋の中だけどな」 「ひなちゃんにはクリスマスが終わったら、別のケーキを作ってあげよっと」 「はは、それは喜ぶだろうな。どうせ年末も皆で集まるだろうしさ」 「うんっ♪」 パシャパシャと記念撮影を済ませた所で、お腹がグゥと鳴ってしまった。 「あはっ、じゃあ早速食べる?」 「切り分けるね」 ゆずこが慣れた手つきでナイフを入れて、食べやすい大きさへと切ってくれる。 「はい、どーぞ」 「よし、頂きます」 差し出されたケーキを受け取り、大きく口を開けてアムっと頬張る。 ぱくっ、もぐもぐ……。 「美味い!」 「ホント?」 「クリームも甘さ控えめだし、このクッキーも意外とシンプルな味なんだな」 「見た目ほど甘くないでしょ?」 「ああ、これならいくらでも食べられそうだよ」 「良かったぁ〜〜っ。彼方くんに美味しいって言って貰えて」 「ゆずこの作った物なら何でも美味しいけどな」 「そんな事ないよー。たまには失敗しちゃったりもするよ?」 ゆずこの料理は、いつだって間違いなく美味いが。 「彼方くんが気付いてないだけで、私は『あ〜、今日ちょっと味付け失敗しちゃったな』っていう日もあるんだよ」 「そんな事、思った事もないな。ゆずこの料理を、ゆずこと食べられるだけで幸せだし」 「もうっ、彼方くんったら」 照れた様子のゆずこを見ながら、パクパクとケーキを口に運ぶ。 スポンジもフワフワで本当に美味しい。 ――――こんな風に過ごせる日が来るなんて、本当に夢みたいだ。 ゆずこと一緒に過ごすなんて事が、二度と叶わなくなってしまった未来。 あの頃の事を思うと、胸にこみ上げてくるものがある。 「彼方くん、どうかした?」 「あんまり美味いから言葉を失ってた」 涙が滲みそうになるのを、必死にこらえて何とか誤魔化す。 「ふふっ、大げさなんだから」 「大げさなもんか。可愛い彼女の手作りケーキが美味すぎるって、奇跡レベルの事なんだぞ?」 俺の言葉を受けたゆずこが、あははと朗らかに笑って見せる。 「彼方くん、大好きだよ」 「俺も大好きだよ」 「照れる……」 ふわりと髪をゆらしながら、頬を押さえるゆずこが愛しい。 「有難うな、ゆずこ」 「えへへ。彼方くんの誕生日を、彼方くんと過ごせて嬉しいな」 ゆずこへの温かな思いで、胸がいっぱいになる。 「ハインちゃんだ。お帰りーー」 「あーっ、なにそれ! 何か凄いの食べてるっ」 「ゆずこが作ってくれたんだよ。俺の誕生日の祝いに」 「彼方って今日が誕生日だったんだ。 って、それよりそのケーキよっ!」 俺の誕生日はどうでもいいと。 ハインのストレートな反応に、思わず笑ってしまう。 「はいはい、ちょっと分けてやるよ」 「ああ。というかこの美味さを、共有したい感はある」 「じゃあ皆で食べようか。切り分けちゃうね」 「デザート食べて来なくて正解だったわ」 ゆずこにケーキを切り分けて貰って、3人でゆっくりと堪能した。 誕生日の事なんてすっかり忘れていたけど、思いがけず賑やかに過ごせて、幸せな気分のまま誕生日の夜は更けていった。 部屋に戻ると、自然と肩の力が抜けた。 ケーキ上手に出来て良かったな。 時間の余裕もあんまり無かったし、失敗したら作り直す時間は無かったから、美味しく出来て本当に良かった。 彼方くんも喜んでくれたし、ハインちゃんも目をキラキラさせながら食べてくれた。 私、やっぱりお料理好きだなぁ。 自分の作ったもので、誰かが幸せそうにしてくれると、私も幸せな気持ちでいっぱいになれる。 「さて、と――――」 誕生日のお祝いも済んだし、次はリリー先輩のお礼を込めて、学園新聞を完成させなくっちゃ。 パソコンの前に座って、キーボードを打ち込んでいく。 (私達オカルト研究部は……大山莉璃先輩のおかげで……とても楽しい部活動を……) (……大山先輩の……残してくれた沢山の知識は……きっと新入部員の方にも……喜んで貰える) (喜んで貰える……頂ける、の方がいいかな) 「よし、文章は完成。後は写真を貼りつけて――――」 「ふふっ、オカ研フォルダの写真って沢山あるからなぁ。どうしようかな」 「はーい、どうぞー」 「ハインが今から暫く、テレビ占領するけどいいかってさ」 「全然大丈夫だよ。ハインちゃんはDVD鑑賞?」 「みたいだな。ハマってるアニメのクリスマス限定ボックス? みたいなのが届いたらしい」 「そう言えば何か色々特典付いて来たーーー! ってさっき嬉しそうにしてたね」 ケーキを食べ終わった後に、宅配便のお兄さんが届けてくれた段ボール。 それを開けるなり、ハインちゃんは小躍りしそうな勢いではしゃいでた。 ふふっ、ハインちゃんの喜びに溢れた顔を思い出して、私も頬が緩んできちゃう。 「ははは、ああいうトコ面白いよな。お、ゆずこは新聞の記事作りか。調子はどうだ?」 「もうちょっとって感じかな。後は写真を選ぶだけなんだけど――」 彼方くんにモニターが見えやすいように、椅子を後ろへ少し引く。 「どれどれ」 彼方くんが机に片手を置いて、私の背中越しにモニターへと視線をやる。 背中に彼方くんの体温を感じて、なんだかドキドキしてしまう。 ……だけどドキドキと同時に、何だかとっても安心する。 「凄い量の写真だな」 「ひなちゃんやありえも写メで色々撮ってたみたいで、この機に送って貰ったらこんな大量になっちゃった」 「どれも思い出深いなぁ」 「そうなの。だから中々選べなくて。5枚くらいは載せたいなって思うんだけどね」 「こんな写真を公開したら男子連中から恨まれそうだなと思って。冷静に見てみると、俺ってめちゃくちゃ可愛いメンバーに囲まれてるよな」 「今頃気付いた?  でも目移りしちゃダメだよ?」 なんてちょっとだけ悪戯っぽく言うと、彼方くんは優しく笑った。 「目移りなんて出来ないよ。こんなに可愛い彼女がいるんだからさ」 ポンポンと優しく頭を撫でられて、私は満足そうに微笑んでしまう。 彼方くんに触れられると、いつだって私は笑顔になる。 「…………明日、何かあったらすぐに連絡して来いよ」 ポソリと告げられたその言葉で、彼方くんの本当の目的が分かった。 お母さんと会う私の事を、心配して様子を見に来てくれたんだ。 「彼方くんは優しいなぁ……」 「なに言ってるんだ」 彼方くんが私にくれた分だけの優しさを、私も返す事が出来るのかな。 彼方くんの優しさは大きくて、いつまでもたっても追いつけそうにないなぁ……。 「ううん、彼方くんはおっきぃなぁって」 クシャッと笑って私の頭を、照れ隠しみたいに少しだけ乱暴にガシガシっと撫でる。 その横顔が、とても愛しい。 「ねぇ、彼方くんならどの写真にする?」 「そうだなぁ……これなんかは部室の様子が、よく分かっていいんじゃないか」 「あ、色んな道具がバッチリ映ってるね。これはちょっとワクワクする感じがあるかも。よし、一枚はこれに決定♪」 「完成楽しみにしてるな」 「うんっ、してて」 これを作り終わったら、お風呂に入って、それで明日の――お母さんと会う準備しなくちゃ。 っていってもする事なんて何もないけど、でも何となく準備しなくちゃって気がしちゃう。 心の準備、なのかな? 「かーなーたー、ジュース持ってきてーーーー」 「はぁ、ハインは何をやってるんだ」 「くすくすっ。テレビに夢中で動けないんだよ、きっと。行ってきてあげて?」 「しょうがないなぁ」 「かーなーたーーー。ジューースーーー」 「分かったってーーーー」 ハインちゃん楽しんでるなぁ。 ふふっ、このお家に馴染んでくれて良かった。 姉妹が出来たみたいで、ハインちゃんが来てから毎日が新鮮で温かい。 ――――私、本当に幸せだ。 ……だから、大丈夫。 明日どんな結果になったとしても、私には帰る家があるから。 「……よっし、ラストスパート頑張るぞ」 気合を入れ直して、モニターとのにらめっこを再開した。 「完成ー!」 早朝からの作業の甲斐あって、ついにアーチも完成した。 手芸部員渾身のオーナメントや、デコレーションペーパーで作られたポインセチアで飾られたアーチは、即席のものとは思えない程に立派だった。 「随分と華やかになったなぁ」 「本当ね。ほら、近所の人達が続々と見に来てくれてるわ」 「うわぁ、嬉しいなぁ」 「今日の夜も軽くライトアップするみたいだが、正式には明日の点灯式までお預けらしいな」 「そうなんです。明日はご家族で見に来る人も多いみたいで。小さな子達へのお楽しみに、大人はちょっぴりお預けなんです」 「いい試みだな ―――ん?」 満足そうに会場を見つめるリリー先輩の前に、ゆずこが一枚の紙を差し出した。 「蓋子学園新聞部の号外ですっ。今朝発行ホヤホヤの書下ろしです」 「ほう、これは楽しみだな。頂こう」 「はい、皆にも」 「完成したのね、おめでとう」 「えへへ、有難う。ハインちゃんも協力有難うね、夜遅くまで作業してたから」 「そんなのいいわよ」 「どれどれ〜、クリスマス特集と――オカ研特集!?」 「そう。むしろそっちがメインかな」 「ほう……」 興味深そうに目を細めて、リリー先輩が紙面へと目を落とす。 そこにはクリスマスパーティー再開に至る紆余曲折、そしてオカルト研究部の活動内容が書かれていた。 クリスマスパーティーの記事は周囲への感謝を、そしてオカルト研究部の記事はひたすらに楽しさを押し出していた。 なかでも部活動の様子が良く分かる写真は、どれも皆楽しそうに笑っていて和やかな雰囲気だ。 オカルトという暗い言葉の響きのギャップと相まって、その写真はよりいっそう楽しさが増して見える。 号外新聞は多くの人に楽しんで貰いたいという、ゆずこの気持ちがよく表れている内容になっていた。 「リリー先輩、私達にいつも楽しい時間をありがとうございます。この前の温泉も凄く楽しかったです」 「いや、私の方こそいつも……」 「先輩に返せる物って考えたんですけど、私に出来る事や贈れる物で先輩が喜んでくれそうな事って中々見つからなくて」 「でも彼方くんや皆と一緒にいるうちに思いついたんです。オカルト研究部を、先輩の卒業後も存続させようって」 「リリー先輩が教えてくれた色んな事、怖かったけど面白かったです」 「部としての体裁を保つギリギリの人数でやってきましたけど、この新聞で少しでも他の皆にも興味持って貰えたらなって」 「ゆずこ、この記事すごく良いよ。すごく、すごく良い」 記事に目を通したありえが、感動した様子で何度も何度も頷いている。 「えへへっ。楽しい思い出は良い記事になるね」 「……そうだよね。先輩が卒業しても私達で頑張ってこう。幸い先輩のご教授のおかげで、オカルト知識はついたしね」 「はは、確かに知識は完璧だな」 「ハインちゃんも仮部員になってくれるって言ってくれたんですよ。ね、ハインちゃん?」 「え、えぇ……あくまで仮よ、仮!」 「先輩、俺達頑張りますから」 「…………みんな。そうか、私の……趣味のようなものに、強引に付き合わせてしまっていたのに」 「でも楽しかったんです。全部、楽しかったです」 「ゆずこ……いや、路村部長!」 「ひゃい!? あ、あの部長になるつもりは――――」 「何を言うかっ。この記事からは、オカルトへの熱い情熱が伝わってくるぞ!」 「こめられたのは、リリへの熱い感謝だと思うけど……」 ハインのもっともなツッコミに、皆で明るく笑い合う。 「ふふっ……ゆずこ、本当に有難う。こんなに嬉しい贈り物はないよ」 「リリー先輩、これからも私達に色々教えて下さいね。卒業してからも、ずっと」 「ああ。路村部長を、完璧なオカルトエリートに育ててみせよう」 「いや、それはちょっと……」 照れ隠しに軽口を叩いたリリー先輩だが、その表情は今までに見たどの笑顔よりも優しい。 「新入部員来るといいな」 「これだけのいい文章だ。気合の入ったオカルトマニアが来てくれるだろう」 「それにこれだけの文章が書ければ、明日の点灯式でのスピーチも期待出来そうだな」 「えぇ!? な、な、なんですかそれ!?」 「? なんだ聞いてなかったのか?」 「先生たちが言ってたよ? 実行委員の路村がよく頑張ってくれたから、代表で挨拶させようって」 「聞〜い〜て〜な〜い〜〜〜」 「まぁスピーチと言っても、そんなに構えるような事じゃない」 「いつも通りの素直なゆずこの気持ちをマイクに乗せれば良いだけだよ」 「あわわわ……」 「こりゃまだまだ気が抜けないな、ゆずこ」 「はうぅぅぅ……」 「それよりゆず、時間はいいの?」 ハインに言われたゆずこが、慌てた様子で時計を確認した。 「わわっ、もうこんな時間!」 「お母上と会うのだったな。気を付けて行ってきなさい」 「明日のスピーチは失敗したとしても俺が何とかしてやるから、スピーチの事は気にせず行って来い」 何とかする――そんなプランは全くないが。 だがそれでも俺は、ゆずこを安心させてやりたい。 「勇ましいねぇ、コノコノ〜」 「ふむ……。オカルト研究部員らしく、“黛彼方によるクリスマス霊媒ショー”なんていうのはどうだ? スピーチの失敗なんて吹っ飛ぶぞ」 「勘弁して下さいよ」 「そもそもどうして失敗前提で、話が進められてるんですかっ」 「なに、ただの言葉のあやだ」 「もー、不吉すぎますっ」 「あははっ。失敗したら彼方くん、霊媒ショーよろしくね」 「無・理・だっ」 「じゃあ私がテレキネシスでも――」 「それだっ!」 「じょ、冗談で言っただけだってば!」 「ハッハッハ、否定する事はあるまい。なぁ、宮前仮部員」 「ちょっ、リリ!? しないわよ、やらないわよ!?」 「くすくすくすっ」 「とにかくさ、ゆずこが困るような事があったら、俺達みんな必ず助けに行くからさ」 「そうだよ、どこにいたって飛んでくからっ」 「うんっ。……みんな有難う」 ゆずこが俺達一人一人の顔を見つめる。 大丈夫だ、ゆずこ。 俺達が付いてるんだから。 「えへへ、じゃあ行ってきます」 「ああ、気を付けてな」 「はーい!」 元気よく手を降りながら、ゆずこは駅へと駆け出して行った。 その姿がどんどんと小さくなるにつれ、何とも言えないソワソワとした気持ちが湧いてくる。 「ゆずこにとって……」 「ゆずこにとって、良い再会でありますように」 胸の前で手を組み合わせ、祈るように囁いたありえに、俺はそっと微笑みかけた。 「俺もそう思うよ」 「今年はゆずこのクリスマスケーキ食べそびれちゃったなぁ。昨日彼方くんから写メで来たバースデーケーキ、すっごい美味しそうだったぁ〜……」 「だろ? 味も最高だったぞ」 「ズルいよ、彼方くんっ」 「久地は食い意地が張ってるな」 「だってゆずこのケーキ、すっごい美味しいんだもん。こうなったらお正月のおせちに期待だねっ」 「おせちまで作れるの!?」 「ああ、美味いぞ」 「凄いわね」 ゆずこはきっと夜まで帰ってこないだろう。 だけどそうだな、夜に何かプレゼントを渡せたらいいな。 今日はイブだし。 しかし何にするかなぁ……、うーーーん。 「皆に相談なんだけどさ」 「ゆずこにクリスマスプレゼントを渡したいんだけど、何が良いかな?」 「えーっ! 彼方くんまだ用意してないのー!?」 「色々バタバタしてたしさ」 「信じらんな〜い。付き合って初めてのクリスマスなのに〜?」 「こういうとこホンットボケボケよね」 「ゆずこが喜びそうな物か。キッチン用品とかどうだろう? 毎日使ってくれるだろうし」 「ん〜、確かに実用的でいいですけど、初めてのプレゼントは、やっぱり身に着けれるものがいいんじゃないかなぁ」 「なるほど……」 身に着けられる物、か。 「アクセサリーは好みがあるしねぇ」 「そうね……。これからが寒さの本番だし、マフラーや手袋なんてどうかしら?」 「いいな。実用的かつ身に着けられる」 「それ系だったらゆずこは、ミクティに入ってるジルスチューデントってお店のが好きだと思うよ」 「ジルスチューデント……よしっ、覚えた」 「バシッと気合入れて、可愛いの見つけてきてよ」 「おう、じゃあ早速行ってきます」 ゆずこに似合いそうな良い物が手に入るといいな。 「じゃあ我々はどこかでお茶でもして帰ろうか」 「REDSUN行きましょー。イブで混んでるかもだけど」 「混んでたらうち来ます?」 「名案だな」 「いーねいーね、賛成♪」 「ボスとママにクリスマスの挨拶もしたいし、いいわね」 「俺からもよろしく伝えておいてくれ」 「じゃあまた明日!」 「うん、また明日〜」 盛り上がる皆に見送られ、俺は隣町へと急いだのだった。 「ふぅ、結構時間かかったな」 ありえに教えられた店に入ったまでは良かったが、何がいいのかが見当がつかず、店員さんに勧められるがままに店内を物色し、結局手袋とハンカチを購入してきた。 正直手袋だけで良かったのだが、店員さんの強烈な「おススメですよ〜、今こちら大変人気で〜」攻撃に負けてしまったのである。 「まぁいいか」 ハンカチならあって困るような物でもないだろうしな、と自分を納得させる。 「さすがに人が多いな」 周りを見渡せば、どこもかしこも恋人達でいっぱいだ。 どのカップルも幸せそうで、見ているとこちらの気分も何となくほっこりしてくる。 こんな気持ちになれたのは何年ぶりだろう。 いつもは呪うような気持ちで過ごし、妄想世界へと逃げていたクリスマス。 それが今は、こんなにも穏やかだ。 人の流れを目で追うようにしながら駅へと向かう――――ん、あれは……。 人混みの中でポツンと佇んでいる少女。 誰もティアには気付かずに、ただただ彼女の前を素通りしている。 そんなティアの様子を目にとめた瞬間、俺の足は駆け出していた。 俺の呼びかけに気付いたティアが、ふっと視線を上げた。 「はぁっ、はぁ……ふーっ」 「そんなに急いでどうしたの?」 「ティアが、見えたからさ……」 息を整えながらそう言うと、ティアが少しだけ目を見開いた。 「ティアはどうしたんだ? こんな所で」 「別に。ちょっとクリスマスの街が見たかっただけ」 「そっか。明日さ、パーティー会場でイルミネーションアートの点灯式があるんだよ。ティアにも来てほしいんだけど……どうかな?」 「いいね、私も……見たいよ」 「来られない?」 「……分かんない」 その時ふと思った。 ティアはどうして現れたり、消えたりするのだろう――と。 ただの霊体なら、ずっとそこに留まれるはずだ。 だけどティアはいつも急に、ふっと消えてしまう。 「ティア、あのさ……」 ティアって何者なの? と尋ねようとティアの顔を見つめると、その瞳が余りにも寂しそうだったので、思わず言葉を飲み込んだ。 誰にも気づかれずに、ここにただ立っていただけのティア。 ――何を思っていたんだろう。 「え……っと、そうだ!」 握りしめていた紙袋から、綺麗に包装されたハンカチを取り出した。 どうせ店員の押しに負けて買っただけの物だ、これはティアに渡そう。 「これ、プレゼント」 「っ! わ、私に?」 「うん。良かったら受け取ってよ、クリスマスプレゼント」 「ありがとう……」 ティアが静かに伸ばした手の、その白く細い指先が少しだけ震えていた。 「凄く、嬉しい」 「大したもんじゃないから、そんなに喜ばれると申し訳ないよ」 「でも嬉しいから」 ティアは受け取ったハンカチを胸に抱いて、愛しそうにきゅっと抱きしめた。 「ティア……俺も有難う。ティアのおかげで、俺の運命は変わった。ううん、俺だけじゃない、ゆずこの運命も」 「彼方で良かった……時間を巻き戻したのが、彼方で良かった……!」 ティアは今にも泣きだしそうな顔で、俺の瞳をじっと見つめている。 その姿が余りにも儚くて、胸の奥がギュっと締め付けられた。 「ティア、明日――――」 待ってるから――と告げる前に、いつものように彼女は消えた。 「ティア…………」 ザワザワとした喧騒がやけに大きく聞こえる。 ティアのいなくなった空間で、暫くの間ただ立ちつくしていた。 「お帰りー」 帰宅するとハインはリビングでテレビを見ていた。 「まだ帰ってないわ」 「……ゆず遅いわね。せっかくのイブなのに良かったの?」 「俺とのクリスマスなんて、来年だっていいよ。再婚しているゆずこのお母さんが、イブにゆずこと会ってくれる事にこそ、意味があるんだから」 家族と過ごすクリスマス。 家族と訣別したクリスマス。 そのクリスマスという日に会ってくれる事の意味は、ゆずこにとってとても大きいだろう。 「ずい分殊勝なのね。二人の初めてのイブだもの、もっと……寂しがってるのかと思った」 「はは、そんなに子供じゃないよ」 「……なんか彼方ってたまにミョーに大人っぽい時あるわよね」 「お、尊敬の眼差しか?」 「前言撤回。 ――で、プレゼントは買えたの?」 「おかげ様で」 ティアに会った事を言おうか――いやハインはまた除霊した方が良い、なんて言うかもしれない……。 そんな風に考えて逡巡していると、玄関の扉が開く音が聞こえた。 「ゆず帰ってきたんじゃない?」 リビングに現れたゆずこの顔は朗らかだった。 それだけで良い再会だった事が伺える。 「お帰り、ゆず」 「その様子だと楽しかったみたいだな」 「うんっ。二人とも有難う」 「俺達は何もしてないよ」 「そうよ。さて、と――ゆずも帰ってきた事だし、二人で話したい事もあるでしょ? 私はこの通りDVD見てるから、お気遣いなく〜」 手をひらひらっと振ると、ハインはテレビに向き合った。 「はは、有難うな。じゃあゆずこに話を聞かせてもらおうかな」 「うん。話したい事、いっぱいあるんだ」 「じゃあ俺の部屋来るか?」 「そこ座って」 ゆずこがポスンとベッドに腰掛けたので、俺もその隣に座る。 「……お母さん、どうだった?」 「元気そうだった。10年ぶりに会ったのに、思い出の中のお母さんと変わらなかったな」 「そっか、会えて良かったな」 「うん……。たくさん謝られて、抱きしめて貰って、それで私もお母さんもいっぱい泣いて……。色んな事話せたんだ」 「……10年ぶりだもんな」 母親と別れた子供からしたら、とてつもなく長い時間だ。 「話しても話しても話題が尽きなくて。お母さんに幸福のコインって教えて貰ったギザ10今も集めてるよとか、他愛もない事ばっかりなんだけど」 「色んな事をたくさんたくさん話したら、もっと早くに会わなきゃいけなかったよね、ってお母さん泣いちゃって」 「私も寂しかったよって。ずっとずっと寂しかったよって……伝えられて。そしたら抱きしめてくれて……嬉しかった」 ゆずこの肩をそっと引き寄せると、ゆずこが俺の肩にトンと頭を乗せた。 その頭をそっと撫でて、ゆずこの話に耳を傾ける。 「……お父さんは私の前で、お母さんの事を悪く言ったりはしなかったの」 「私がお母さんの事を話すと、寂しそうな困ったような顔をするだけで」 「そんなお父さんが可哀想で、私も自然にお母さんの事を聞かなくなったの」 「それに家からケンカの声が無くなって、ホッとする気持ちもあったし」 「でもそんな風に過ごしてたら、そのうちいつもどこか人の表情を伺うのが癖になっちゃって」 「だからこそゆずこは人の気持ちに敏感で、優しくて周りに気遣えるんだよ」 「ふふっ、そう、かな。でもそうだったらいいな。そしたら……無駄な事なんて何もないんだなって思えるから」 「どんな過去でも、その一部でも欠けたら今の自分じゃない。だから全ての過去には意味がある」 慟哭した過去があったから、今の俺には全てが愛しい。 以前は当たり前に享受していた物も、全てが有難い。 「えへへ、有難う彼方くん。イルミネーションアートの、テスト点灯も見て貰えたんだ」 「ゆずこはこんな事を計画できるほど、大人になったのね――って喜んでくれた。嬉しかった」 「よく頑張ったもんな」 「えへへ。そうだ、お母さんからこれを貰ったの」 ゆずこがポケットから、可愛らしいキャラクター物の封筒を取り出した。 「手紙?」 「うん。ユウちゃんからの手紙」 「こっちに来る前にゆずこの事をいつも助けてくれてた子か」 「お母さんの所に届いてたんだって。でもお母さんは私に会えなかったから」 「手紙を預かるけど、渡せるのはいつになるのか分からないよって伝えてたみたい」 「読んだ?」 「うん、読んだ。私はユウちゃんにいつも気遣って貰ってばっかりって思ってたけど、手紙には私と一緒にいると必要とされてるって思えて強くなれたって」 「なんかそれ見た時、また泣けちゃって。私でも誰かの支えになれてたんだって。守って貰ってばかりって思ってたけど、違ってたんだって」 「気持ちって巡るんだなって。こうやって巡り巡ってまぁるくなって、地球をぐるっと一周して――還ってくるんだって思えて」 「……俺もゆずこがいるから、強くなれたんだ」 ゆずこを守りたい、もう二度とゆずこを手放したくない。 あの時こうしてい“たら”、ああしてい“れば”……。 そんなの妄想と、悔恨の世界に逃げたくなんてない。 そう思えたから、俺はここに帰って来れた。 「彼方くん……えへへ、有難う。私、今日やっと本当の意味で、自分の事を好きになれた気がするの」 「彼方くんが愛してくれたから、彼方くんが受け止めてくれるから、お母さんに会う勇気が出来た」 「それでお母さんに会えたら、心の中で固まってた感情が涙と一緒に全部流れて……なんだか今は世界中の全てを抱きしめたい気分っ!」 「おわっ! あはは、くすぐったいって」 抱き付いて来たゆずこが俺の胸に頬を擦る。 「彼方くん、大好き。私の世界は彼方くんでいっぱいだから、こうしてると地球を丸ごと抱きしめたみたいな感じがする」 「ずいぶんスケールがでかいな」 「ふふふっ。大好きな人に愛されると、女の子の世界は無限に広がるの」 嬉しそうに目を輝かせるゆずこと唇を重ねる 「ん……んちゅっ、ちゅっ……んんっ」 「ちゅ……、ん……っ」 「ちゅぱ、れろ……んんっ、ん……」 唇を離すと、ゆずこが照れ笑いを浮かべていた。 「ねぇ、彼方くん。今日は私に……たくさんさせて?」 「私が……彼方くんにいっぱいしてあげたいの。ね、足……少しだけ開いてくれるかな?」 「こ、こう……か?」 ゆずこに言われるがままに、ベッドに腰掛けたまま俺は股を開いた。 服装を整えると、どちらともなく微笑みあう。 心も体も満たされて、部屋中が幸せに包まれていく。 「あ、そうだ」 「これ、クリスマスプレゼント」 プレゼントを用意していたことを思い出し、部屋の隅に置いていた紙袋をゆずこへと手渡した。 「用意してくれてたの?」 「ああ。夜には渡せるかなって思って」 「嬉しい。えへへ……」 「実は私も用意してあるんだ」 「俺は昨日ケーキ貰ったばっかだぞ?」 「あれは誕生日プレゼントだもん、えーっと鞄鞄……」 鞄を引き寄せて、ゆずこが中からお目当ての物を取り出した。 「はいっ、クリスマスプレゼント」 「なんだかプレゼント交換会みたいだな」 「子供の頃を思い出しちゃうね」 綺麗に包装されたプレゼントを、互いに受け取りあう。 「もちろん。俺も見させて貰うね」 「うんっ。なんかこういうのドキドキする〜」 ワクワクしながらプレゼントの包みをペリペリと剥がしていくと、ほどなくして中身が見えてきた。 ん? これはもしかして――――。 「あ!」 「手袋だ!」 ゆずこの手には俺のプレゼントしたピンク色の手袋。 俺の手にはゆずこのプレゼントしてくれた黒い手袋。 互いの目を見合わせると、自然に笑いがこぼれた。 「ははは、ゆずこも手袋を選んでくれたんだな」 「そうなの。これからが寒さの本番だし、身に着けて貰える物がいいなって思って」 「俺も同じ理由」 恋人と考えていたことが同じ。 たったそれだけの事なのに、どうしてこんなに可笑しくて幸せなんだろう。 「これジルスチューデントのだよね。私、ここのお洋服とか大好きだから凄く嬉しい! 有難う!」 「ゆずこはそこの物が好きって、ありえに聞いてさ。俺もこの手袋凄く嬉しいよ、有難う!」 改めてゆずこからのプレゼントに目を落とす。 シンプルなデザインながら生地の手触りが良くて、この手袋すごく使い勝手が良さそうだ。 「この手袋買うの大変じゃなかった? あそこのお店って女の子ばっかりだし、いつも混んでるし」 「店員さんが色々教えてくれてさ。普段は服買う時とかに近くに来られると、ちょっと面倒だなぁなんて思ったりもするけど、ああいう時は凄く助かるな」 「おススメどれですか? なんて聞くだけで、あれやこれやと見せてくれてさ。俺はその中から、ゆずこのイメージの物を選ぶだけだったから、大丈夫だったよ」 「あはは、そっかぁ」 「じゃなきゃあんな女の子ー! って感じの店、どこに何が置いてあるのかも分かんないよ」 「くすくすっ。なんか目に浮かんじゃうな。これ私の好みにピッタリだよ。本当に有難う」 ゆずこは早速手袋をはめて、指を曲げたり伸ばしたりしてニットの感触を楽しんでいる。 「お母さんにも会えて、彼方くんとも過ごせて、プレゼントまで貰っちゃって。こんなに幸せでいいのかな」 「俺も凄く幸せだよ。ゆずこがこうして隣にいてくれるだけで、それだけで最高に幸せだ」 ゆずこがそっと唇を重ねた。 「私ね、夢があるの」 「夢?」 「うん。結婚して、旦那さまと子供がいてね。それで二人は私の作ったご飯を毎日食べてくれるの。私は二人を毎朝見送って、それからお掃除やお洗濯をして――」 「時間が空いたら、お昼はちょっとだけ働いたりして。それで夕方には帰って来て、夜ご飯を作るの。それでね、家族でその日の事を話しながら食事をするの」 「そんな生活が私の夢」 「そんな事がいいの。私には無かった物だから。子供の頃から一人で食事をとる時間も多かった。誰も作ってはくれないから、自然に料理は出来るようになったけど」 「お父さんが早く帰って来れる時は一緒に食事も出来たし、そういう時は私の料理を喜んで食べてくれたけど……仕事が忙しくて、そういう機会は少なかったかな」 「だからいつか私に家族が持てたら――――そんな生活がしたいんだ。それでね、その時は――」 「その時は?」 「……その時は、私の隣にいるのは彼方くんがいいな」 ゆずこがコツンと俺の肩へと頭を寄せた。 そんなゆずこの頭をポンポンと撫でると、ゆずこは嬉しそうに目を細めた。 「俺も変わらず、ずっとゆずこの側にいたい。俺がヨボヨボのじいさんになっても、ずっと隣にいてほしい」 「やだ、そんな事言われたら、なんか涙でちゃう」 「幸せの涙はいくら流してもいいんだよ」 「えへへ……うんっ」 ゆずこが俺に手を伸ばし、ぎゅっと抱き締めてきた。 俺もそんなゆずこを抱きしめかえすと、安心感で静かに吐息が漏れた。 「大好きよ、彼方くん」 ゆずこの顔は見えなくても、その表情はありありと浮かぶ。 そしてそんなゆずこを思う俺も、同じような顔をしているんだろう。 ゆずこをこうして再び抱きしめられる幸せ。 俺は過去に戻ってきた意味を成した。 俺にはもう、タラレバは必要ない。 「見て、この人だかり! すっごいね」 「商店街の人達も皆応援してくれて、今日も集まってくれたんだ。一度は中止になったけど、せっかくまた出来るなら、前より良い物にしようって」 「おかげで色んな物が用意できたし、皆で作り上げたって感じがするよ」 ぐるりと会場を見渡すと、沢山の人がにこやかに過ごしているのが確認出来た。 「あのアーチも、子供達が喜んでくれてるな」 文化祭用のアーチだった物は、沢山のオーナメントが飾られた、鮮やかなクリスマス用のアーチへと変貌を遂げている。 「手芸部の子達ね、イベント後にアーチに飾ったオーナメントを、欲しい子達にプレゼントするんだって」 「へぇ! それはちびっこ大喜びだな!」 「だから皆の目が真剣でしょ? どれにしよう、あれもいいな、これもいいなって悩んでるんだよ。可愛いよね」 アーチの前には沢山の子供達が、夢中で上を見上げながら、オーナメントを選んでいる。 あんなに喜んで貰える物を皆と作れたと思うと、なんだか少し誇らしいような気分になった。 「あとはイルミネーションアートの点灯式ね」 「頑張れよ、ゆずこ」 「うぅ……緊張してきた」 「言う事は決まったのか?」 「……頭の中に、なんとなく……は。っていうか、こんなにたくさんの人が来てくれるって知ってたら、もっとちゃんと練習してきたよ〜」 「でも色んな事があったから、どのみち練習する時間なんかなかったんじゃない?」 「うっ! 確かにそうかも……」 「こういうものは気持ちだ。気持ちが伝わればそれでいいんだよ」 「うぅ〜、そうでしょうか……」 「そういうものだ」 「お〜い」 「あ! おとうさんとおかあさん!」 「よっ。皆揃ってるな」 「いよいよね」 「店長さん、ママさん。沢山協力してくれて、本当にありがとうございました!」 「おいおい、そんなに改まられるような事はしてないぞ」 「そうよ、ゆずこちゃん。皆のお手伝いが出来て楽しかったわ」 ゆずこがテンチョとママさんに礼を言っていると、アナウンスを知らせるメロディが会場に流れた。 「ただいまより蓋子学園主催クリスマスパーティー、イルミネーションアートの点灯式を行います」 ワァッという歓声が会場中から上がる。 「始まるぞ」 「さぁ、ゆずこ」 「は、はいっ」 「なんだか娘の晴れ姿を見るような気分だなぁ」 「もうっ、おとうさんったら。 ゆずこ、緊張しすぎないでね」 「ゆずなら大丈夫よ」 「もし失敗したら彼方くんが、一発ギャグで会場を盛り上げてくれるんだよね?」 「くすくすっ」 「そう、その調子でリラックスだぞ」 「頑張れよ。ここで見守ってるから」 「うん! 行ってきます!」 壇上へと駆け出したゆずこの背中を、祈るような気持ちで見送る。 「なんだか私まで緊張してきちゃった」 「ママもドキドキしてきたわ」 「問題ないわよ、ゆずなら」 「……ああ、そうだな」 そう話している間に、ゆずこが舞台袖へと到着したようだ。 「それでは、私立蓋子学園クリスマスパーティー実行委員を代表して、路村ゆずこさん壇上へどうぞ」 アナウンスに導かれて、ゆずこがゆっくりと壇上へと上がる。 その表情は思っていたよりも穏やかだった。 「実行委員の路村です。早速ですがイルミネーションを点灯したいと思います。それでは――――」 ゆずこが裏方の生徒に目配せをする。 OKが出たのを確認すると、ゆずこは大きく息を吸った。 「カウントダウン――3――2――1――!」 ゼロ! のタイミングでイルミネーションが点灯した。 キラキラと輝く光のツリーに、会場中からため息が漏れる。 「全くだ」 「すごい、すごいねっ」 「うんっ、まさに光のシャワーって感じ」 「おー、こりゃ見事なもんだ」 「こんなに綺麗なイルミネーションを見るのは初めてよ。皆よく頑張ったわね」 「見事にイルミネーションが点灯されました。それではここで路村さんから皆様へ挨拶があります。路村さん、どうぞ」 「はい……っ!」 緊張した面持ちで、ゆずこがマイクを握りしめる。 ゆずこはキョロキョロと視線を泳がせたが、やがてその視線が俺へと定まるとリラックスしたように微笑んで、静かに語り始めた。 「この度は蓋子学園クリスマスパーティーにお越し下さいまして、誠に有難うございます」 「〈先日〉《せんじつ》のツリー倒壊の事故により、一時はパーティーは中止と決定されたのですが、こうして開催できたのは、ひとえに皆様のおかげです」 「多くのご協力、まことに有難うございました!」 ゆずこが綺麗にお辞儀をすると、会場から拍手が巻き起こった。 拍手の波が収まると、ゆずこは嬉しそうに小さく頷いてから、再び口を開いた。 「……私個人の話になってしまい恐縮ですが、この場をお借りしてどうしてもお礼を言わせて頂きたい方々がいます」 「親友のありえとひなちゃん。二人がいなかったら、この計画は早々に頓挫していたと思います。本当に有難う」 「うっ、えぐっ。ゆずこぉ……」 「ありえ、泣かないでよぉ〜」 ゆずこの言葉に泣き出したありえを、ひなたがおどけて慰める。 だがそんなひなた自身も、瞳がウルウルとして今にも涙が零れ落ちそうだ。 「生徒の皆さん。至らない点が多々あったと思いますが、いつも笑顔で協力してくれて感謝しています。有難う御座いました」 「そして何よりこの作品に使われた大量のイルミネーションライトを揃えるにあたり、多大なるお力添えを頂いた店長さん、ママさん」 「私は二人の優しさに触れて、とても幸せな時間を過ごすことが出来ました。本当に本当に有難うございます」 「ゆずこちゃん……」 「やだ、もう……ゆずこちゃんったら」 テンチョとママさんが嬉しそうに肩を寄せ合う。 「生徒会長のリリー先輩。このイルミネーションをどうしても見せたいと、その原動力になったのは、あなたです」 「不出来な後輩をいつも導いて下さって、感謝の気持ちでいっぱいです」 「……ゆずこは誰より出来の良い後輩だよ」 先輩が俺にしか聞こえないような小さな声で、ぽそりとゆずこを称えた。 「一緒に暮らしているハインちゃん。私が忙しくなってきて、お家の事がおろそかになった時、いつもサポートしてくれて、本当に嬉しかったよ。ありがとう」 「私は大した事してないのに……ゆずったら」 ハインはぷいと顔を背けたが、その声は僅かに震えていた。 こちらからその表情は見えないが、グッと涙を堪えているのだろう。 「最後になりましたが、いつも私の隣に居て、私を支え、私に自分を信じる力を与えてくれた――あなたに心を込めてお礼を言わせて下さい」 「彼方くん、ありがとう――――」 ゆずこが柔らかく微笑むと、俺も足元から浮き立つような幸福感に包まれた。 会場は拍手に包まれている。 俺にはもう後悔なんて――――なにもない。 「……綺麗ね」 「ティア……来てくれたのか」 振り向くと背後にティアが立っていた。 視線をイルミネーションアートに送って、眩しそうにスゥっと目を細めている。 俺がティアと話していても、周りは誰も気づかない。 ハインでさえ気づいておらず、まるで俺達の周りだけ時間が止まっているみたいだ。 壇上のゆずこへもう一度目を向けた。 もう二度と手に入らないと思った、一度は失った存在。 その彼女は今、こんなにも大勢の人達の前で自分の想いを伝え、そして祝福されている。 制服姿のゆずこを、しっかりと目に焼き付ける。 たくさん成長したね、ゆずこ。 俺も君のおかげで変われたんだ。 ティアがそう告げると、周囲の風景が光に溶け込んだ。 ティアの声だけが聞こえる。 もうティアには俺の声は届かないのかもしれない。 「有難う、ティア! 君のおかげで、俺は変われたんだ!」 「俺はやっと―――前を向いて行けるよ! 有難う! 有難うティア!」 あの頃には気付けなった大切な事を、今だからこそ失いたくないかけがえのない物を、過去をやり直した俺はこの胸に抱くことが出来た。 なんだか随分と長い間、意識を飛ばしていたような気がする。 手には温かいお茶が二本握りしめられていた。 「テンチョ、これ」 お茶をレジへと置くと、店長がニヤリと不敵に微笑んだ。 「お前今からデートなんだってな。久しぶりに外で待ち合わせだって、ゆずこちゃんはしゃいでたぞ」 店長が慣れた手つきで商品をバーコードに通していく。 デートという単語で必死に記憶を探ると、ゆずこと『偶には外で待ち合わせでもして、それから久しぶりに隣町にでも遊びに行こう』と約束した事を思い出した。 「そ、そうだ。一緒に暮らしてるから、こういうのホントに久しぶりで」 「しっかりしろよ。マンネリ解消に高い飯食わせろー! とかいう訳でもなく、外で待ち合わせでいいなんて泣かせるじゃねぇか。ほい273円」 「俺の財布事情はあいつもよく知ってるんですよ。はい、じゃあこれで」 代金を支払ってお茶を受け取る。 「ははは、でも最近は少し軌道にのってきたって聞いたぞ」 「少しずつ、ですけどね」 あの夏の日――リリー先輩発案で行われた神社での肝試し。 そこで俺とゆずこはある霊体に出会い、俺はその霊体の除霊に成功した。 そしてその後、二人の距離も一気に縮んだのだ。 もう8年も前の事なのに記憶はとても鮮やかで、なんだかつい最近起こった事みたいだ。 そしてあの事件以来、俺の霊能力も少しばかり開花したらしく、今の俺は新米除霊師として毎日奮闘している。 まだまだ依頼件数も少なく実績も乏しいが、この力で誰かを救えるのならと取り組む日々は充実している。 もちろん挫けそうになった事も何度かある。 その度にゆずこは俺を励ましてくれた。 『ツリーの事故の後に言ったでしょ? 彼方くんがこれから先、何かに困ったりする事があったら、絶対に恩返しするって』 いつもそう言って優しく微笑みながら、俺を支えてくれるゆずこには、心から感謝の毎日だ。 「じゃあ俺、行きます」 「おう、ゆずこちゃんによろしくなー」 片手を上げながら、笑顔をくれた店長に見送られコンビニを出た。 「ふーっ、今日も寒いなぁ」 白い息を吐いていると、ポケットの中で携帯が震えた。 「ん? 電話か。――もしもし、ゆずこか。なんだ今から会うのにどうした?」 「えへへ、もうすぐ着くよっていう電話」 「なんだそりゃ」 電話越しにゆずこがワクワクしているのが伝わってくる。 「ふふっ。今日も寒いね〜」 「テンチョのとこで温かいお茶買ったからさ、これ飲みながら行こうよ」 「わぁ、えへへ、有難うっ」 ゆずこは昔も今も変わらず、どんな些細な事でも喜んでくれる。 「あ、彼方くん見えた♪ じゃあ切るね」 電話を下ろすと、通りの向こうにゆずこが見えた。 見た目は成長したものの、その中身は学生の頃と変わらず元気で可愛らしい俺の彼女。 俺を見つけると、嬉しそうに走ってきた。 「急ぐと危ないぞー」 俺の言葉にハッとしたようになって、ゆずこが少しだけスピードを落とす。 そんなゆずこに俺もついつい駆け寄ってしまう。 毎日会っているのに、少しでも長く一緒にいたい。 「お待たせしましたぁ」 「はは、行こうか」 二人で手を繋いで歩き出す。 こうしてどこまでも歩いていくんだ。 ゆずこと一緒に、いつも笑いあいながら。 ベッドに横たわってもなお、ゆずこはぎゅっと目を閉じたままだった。 「ひゃいっ!」 「そんなに緊張しなくても大丈夫だから」 そんなゆずこの緊張をほぐそうと、そっと唇を合わせる。 ビクンっと体を震わせるゆずこの髪をそっと撫でると、少しだけホッとしたのか、ゆずこの体がわずかに弛緩した。 そのままゆずこの唇を優しく舌でなぞると、小さな唇が遠慮がちに開く。 隙間から滑り込むように舌を侵入させると、ゆずこの体が反射的にビクンと震えた。 「ふぁ……っ、んん……っ、ちゅっ……んぱっ……ぁあっ、んっ」 ゆずこの口の中に舌を這わせ、彼女の舌を追いかけながら、ゆずこの胸へと手を運ぶ。 驚いたように目を見開いたゆずこの姿に、思わず苦笑が零れる。 こんなに緊張されると、俺の方まで緊張してしまいそうになる。 「んん……ふぁぁ……っん……っ」 不安そうに瞳を揺らしながらも、必死に舌を動かすゆずこの愛らしさに、胸の奥が熱くなる。 少しだけ指先に力を込め、ゆずこの胸へ刺激を加える。 「は……、恥ずかしいよ……」 「まだ下着の上からだよ?」 「うん……それでも恥ずかしい……っ、こんなの初めてだもん……」 伏し目がちに恥じらいの言葉を口にしたゆずこと、そんな彼女の可愛らしい下着が目に入る。 「可愛いよ」 「子供っぽくない?」 「ちっとも」 こんな状況でもそんな事を気にするゆずこが、たまらなく愛しい。 「これ、外してもいい?」 頷くとゆずこはブラのホックに手を伸ばした俺を気遣うように、少しだけ背中を浮かせた。 ゆっくりとブラを外すと、やや小ぶりながらも形のいい胸があらわになる。 咄嗟に手で隠そうとしたゆずこの手をグイッと押さえつけた。 「ダ、ダメ……やっぱり……は、恥ずかしいよぉ」 「どうして? すごく可愛いのに」 「だ、だって……」 声を震わせながら羞恥に耐えるゆずこの、薄紅色に染まった首筋をなぞるように舌を這わせる。 「ひゃぅっ! んっ、あっ……くびぃ……っ、んんっ、あん!」 すべすべとした胸の感触を指先に受けながら、そのままゆっくりと舌を下降させていく。 「それ以上……舐めちゃ、ダメぇ……」 消え入りそうな声で制止をかけたゆずこの懇願に聞こえなかったふりをして、舌を尖らせて小さめの乳首を優しくつつく。 「はぅっ……! や、やぁ……っ、そこ、ダメ……っ」 「そこ?」 分からないよ、とばかりに小首を傾げると、ゆずこの喉がこくりと震えた。 「……おっぱいの……先、の……」 「ちゃんと言ってみて?」 優しく誘導すると、ゆずこは羞恥に顔を真っ赤にさせながらも、口を開いた。 「ち……くび……」 「ここをされるとダメなの?」 舌をぺとりと乳首に押しつけ、ゆっくりと下から上へと舐め上げる。弾力のある乳首は俺の舌の動きに合わせてグニャリと変形した。 「あぁうっ! ダメ……ダメェ……! ちく、び……舐められると……あ、あぅっ」 「どうなるの?」 「柔らかい……舌が、私の乳首を、あぅっ……、な、舐める度にぃ、んっ……おっぱいが、ふぁぁっ、あぁんっ」 「ヘン……変な感じなの……んぁっ、口でっ、ちゅぱぁってされると、私ね……っ、あぁっ……」 味わった事のない感覚を説明する言葉が見つからず、ゆずこは体をくねらせた。 そのまま舌で乳首を責めながら、下腹部へと手を伸ばす。 「きゃっ! そこ……ダメェ……っ」 戸惑いながら俺の手を止めようと伸ばすゆずこの手を押しのけて、下着の中へと指を滑り込ませるとピチャリとした感触が指先に触れた。 「ひゃぅっ! いやいやっ、私、ヘンだもん……っ、んんっ……優しくおっぱい舐められて……ぁあっ、そこ、ヘンなの……っ」 指を優しく上下にスライドさせると、湿っぽい音が耳に届く。 「んんぁ……っ、なんでぇ……、私、あぁぅ……っ、なんでこんなにっ、アソコが濡れてっ、あぁっんっ……こんなのっ、ヘンだよぉ……っ」 「濡れてるのは変な事じゃないよ」 「ホ、ホントに? 私、下着がすごく濡れてるの、自分で分かってるから……っ、あぅぅ……んぁっ、……」 「それはゆずこが感じてくれた証拠だよ。だから俺はすごく嬉しいんだ」 「うぅ……おっぱい舐められて、アソコをさすられただけで、下着をベトベトにしちゃうような子でも……いいの?」 「当たり前だろ」 俺の返事を聞いて、少し安心したかのように力を抜いたゆずこの足から、そっとショーツを引き下ろすと、つーと透明な愛液が糸を引いた。 「は、恥ずかしい……! お願い、見ないで、見ないでぇ……っ」 身をよじらせて、足を閉じようとするのを腕で押し戻して、あらわになったゆずこの秘所に視線を送る。 ピンク色でヌラヌラと濡れて光っている、誰にも見せた事のないゆずこのそこは、とても綺麗だった。 「綺麗だよ、ゆずこ。それにこんなに濡れてる」 「いやぁ……っ」 なおも足を閉じて必死に隠そうとするゆずこに、俺は優しくキスをした。 「んん……ふぁ……あぅっ、んっ……んん……」 目を閉じて舌を受け入れたゆずこの太ももをなぞりあげた後、その中心にある女性器へと再び指を添わせる。 「んぁっ!? んっ、んんんんっ!」 いやいやをするように首を振ろうとするゆずこだったが、唇を塞がれて思うように身動きが取れない。 そのまま中指に力を込めて、ゆずこの膣へと侵入させるとヌプリと音を立てて、温かな肉の中へと飲み込まれていく。 「あぅっ! んっ……らめ……っ! んぁっ」 中指をくいっと曲げて、ゆずこの膣内を優しくなぞり上げると、ゆずこの体は大きく跳ねた。 「お、お願い……っ、ふぁっ……、わ、私……っも、もう……っ!」 余りに必死に懇願するので、ゆずこの顔を伺うと、その瞳は涙で濡れていた。 「ゆずこ……、もしかして痛かったか?」 「う、ううん、痛く……ないよ、痛くはないの……っ、でも……っ」 ゆずこの膣口は小さく、指一本でもキュウキュウと締め上げる。 おまけに全身が緊張からか固くなっていた。 このまま最後までいこうとしても、ゆずこの初体験は痛みの大きな物になる事が予想された。 「……やめておこうか?」 「ちがっ、違うの……っ、わ、私、怖くって……。だから……っ、は、早くしてほしいの」 「でも、これじゃあ……」 「ダメ? ……わ、私……ダメかなぁ?」 不安に揺れるゆずこの瞳を見ていると、ダメだなんてとても言えない。 「……じゃあもう少しだけ触らせて。そしたら――するから」 所在なさげに身を任せるゆずこの膣へと入れた中指を、優しく前後に動かした。 「はぅっ、んんっ、んぁ……っ、あっ、ひんっ」 下唇を噛みながら、ゆずこは目を閉じて俺の指に体を預ける。 「あぁっ、あっ、んん……くん、お願い、もう……んっ、してぇ……」 「まだ早いよ」 「い、いいからぁ……っ、こ、このまま……なんて、その方がっ、怖い……」 俺はズボンのジッパーを下げると、既に固くなっていたペニスをゆずこの膣へと押し当てた。 「行くよ?」 頷いたゆずこの表情を確かめながら、ゆっくりと腰を押し付けてゆく。 「ひぃんっ! あ、あぅっ、んぁっ!」 まだ先も入りきっていないような段階にも関わらず、ゆずこはギュっと目を瞑り体を硬直させた。 「ごめん、ゆずこ痛かったよな」 「あ、あぅ……初めてって……んぁ、こ、こんなに……こんなに痛いのぉ……っ?」 消して準備が万端とはいいがたい。 まして初めてでは、いきなり入れろと言う方が無理だろう。 「ん……うぅ……っ、ぐすっ、……ったぁぃ……はぅぅっ」 「まだ先も入りきってないよ。……ゆずこ、無理しなくていいから」 「うっ、ぐす……っ、私、ふぁっ……っくんのこと、大好きなのに……、なのに怖いし……、痛いし……うぅっ、ぐすっ」 「ごめん、俺も焦りすぎてた。続きはまた今度にしようか」 「私から早くしてって言ったのに……、早くして、ちゃんとホントに……彼女に……なりたかったのにぃ……うぇぇん」 涙をぽろぽろと零すゆずこの体を抱き起して、そのままギュゥッと抱きしめた。 「セックスが出来なかったら、俺はゆずこの彼氏じゃない?」 「そんな事あるわけないよっ」 「じゃあ俺も一緒。せっかくのゆずこの初めてなんだからさ、もっとゆっくりでいいと思うんだ。ゆずこが怖いって思わない位、ゆっくりしようよ」 「うぅっ……ふぇ……っ」 「な、だから続きはまた今度。今日は急だったし、ちゃんと心の準備が出来てから、また挑戦してみようよ」 頷いたゆずこに安堵を覚えながらも、俺の下半身は固く屹立したままで、正直に言ってしまえば今の状態はキツい。 好きな女の子が乱れた姿で腕の中にいて、我ながらよく自制しているなと思うが、それもこれもゆずこが愛しいからだった。 「ここ……、まだ大きいね」 ゆずこがおずおずと俺の下半身へと手を伸ばす。 ゆずこの柔らかくて白い手に触れられると、ペニスはピクリと反応を示した。 その様子を不思議な生き物でも見るかのような視線で、ゆずこはじぃっと見つめてた後、小さく口を開いた。 「私……で……する……」 「私……く、くち、で、するっ。そういうの、あるんだよね?」 「そ、そういうの?」 ゆずこからの思いもよらぬ提案に、思わず声が上ずった。 「口で、するの……、クラスの子が話してたの、聞こえた事があるの……。私、おち○ちん舐めたいよ」 いきなりの申し出に戸惑う俺を無視して、ゆずこは俺のペニスの前へと顔を寄せた。 「おっきぃ……男の子って、こ、こうなんだね……なんかピクピクってしてるし、さきっぽが濡れてるよ?」 「あんまり見なくていいよ」 「えへへ、恥ずかしいんだね。私と、同じ――あむっんっ!」 「うぉっ!?」 俺の反応に安堵した様子を見せた後、ゆずこは躊躇いもなくパクンっと一気にペニスを咥えこんだ。 「ほぉひははひひぃ?」 ペニスを咥えたまま喋るものだから、何を言っているのか分かったものじゃない。 だけどそのくすぐったいような感覚と、上目づかいのゆずこの表情に思わず背筋がビクリと伸びあがる。 「んぽっ……かぽっ、ん、ちゅるるるっ、んんんんんっ」 「ちゅるるっ、これ、んんっ……んぁっこ……がぽっ、じゅるぅっ」 何の知識もないゆずこが必死に頭を動かしながら、俺のペニスをしゃぶっているという状況に、脳の奥がじんわりと痺れる。 「んん、どう、かな? ……んぱっ、これで……んんっ、じゅるっ、あってる? じゅるるるっ」 「……っ! 合ってるよ」 「んんっ、じゃあ……んぱぁっ、して欲しいこと……んんっ、あったら、ちゅぱぁっ、言ってねっ、ん、れろぉっ」 して欲しい事……。 想像が頭を駆け巡って、ゴクリと喉がなる。 「じゃあ……ゆずこ、舌を突き出して」 「ん? こう?」 言われたままに、舌を突き出すと、ゆずこは次の指示を待つ。その姿が従順な犬のようで、俺の中のスイッチを入れる。 「そのまま舌でゆっくりと舐め上げて」 「ぺろっ、れろっ、ちゅるっ、……ん、こう?」 「そう、さっき俺がゆずこのおっぱい舐めたみたいに、ゆっくり舐めて」 「んん、ふぁ……っ、ちゅるっ、ちゅぱっ、ぺろっ、れろっ……。私の……おっぱい……んんっ、こんな風にっ、んぁっ、んんっ、れろぉぉぉっ」 「優しく……んちゅ、ちゅぅ……舐めてくれた……ん、はぁ……ちゅぅぅっ、れろ、んっ」 「ん……ふぁ、ちゅぅっ、れろ……はぁ、んんっ……ちゅぅ、れろ、れろん……んんっ」 俺のリクエストに忠実に、ペニスを舐め上げるゆずこの頭をそっと撫でると、ゆずこは嬉しそうに目を細めた。 「上手いよ、ゆずこ。そのまま亀頭の先に舌を押し当てて」 「ここ? ちゅるっ、んんっ、さっきの、濡れてたとこ……ちゅるっ、んっ、しょっぱくて、んんっ、不思議な味ぃ……」 とろりとした瞳で、口の中で先走りを味わうゆずこの舌がやらしく蠢く。 「ぺろぺろ……ちゅっ、んん……、おち○ちんから、んんっ、透明なの……んむっ、いっぱい出てくる……ちゅぅぅっ」 「くっ、ゆずこの舌がっ、気持ちいいから……カウパーが溢れてっ、止まらないんだよ」 「嬉しい……っ、もっと、かうぱぁ? それ、欲しい……んちゅ、ちゅるるっ、ぺろっ、んちゅぅっジュルッ、じゅうっ」 「ちゅるるるっ……じゅるっ、んはっ、舐めても舐めても、ちゅっ、どんどん、んっ……出てくる……んはっ、ぺろぺろぺろ」 「全部……全部舐めるから……んっ、ねっ、たくさん……気持ち良くなって……んちゅぅぅっ、れろっ」 一滴も漏らすまいと、カウパー腺液が溢れだす度に唇を押し付け、ジュルジュルと吸い上げる。 「もっと……もっとぉ……カウパーいっぱい……んぁ、ちゅぅぅっ、口の中、……っくんの味だけぇ……ちゅっ、ちゅぷぅっ」 「んちゅっ、じゅるっ、んんっ、んぁっ、お○んちん、んんっ、ピクピクってしてる……じゅるるっ」 「気持ちいいよ、ゆずこ。……今度はそのまま、さっきみたいに口に含んで」 「あむっ……こほぉ?」 ペニスを口に含んだまま、俺に確認を求めるゆずこの瞳が濡れている。 「そう、それで口の中で……舌を動かして」 「うん、れろれろ……ちゅるるるっ、じゅるっ、んんっ、はむ……ちゅぅぅぅぅっ」 「んぷっ、んんっ、じゅるっ、んぁ……んちゅぅっ、おち○ちん、ふぁ、おっきぃ、んん、ちゅぅぅぅっ、んくぅっ」 「おっきくて……んふ、私の……なか、全部……っ、……ぁくんでいっぱい、れろれろ、ちゅっ、ちゅぷぅぅぅっ、ちゅっ」 「亀頭のクビレの部分に、ぐるっと、舌を這わせて」 「こぉ? ふむっ、んんっ……れろれろ、ここを……ぺろぺろぺろっ、ちゅぅぅぅっ、れろれろれろっ」 「上手いよ、ゆずこ。……っ!」 ゆずこの献身的な舌遣いに、思わず吐息が漏れた。 「あむ、んんっ……きもち、いぃ? ……んっ、ちゃんと、はむっ、良くなってくれてる? じゅるるるっ」 「いいよ、凄く気持ちいい……ぅっ」 「嬉しい、んんっ、ちゅぅぅっ、嬉しいよ、ちゅぅぅぅぅっ、れろれろ、ちゅぱぁっ、ちゅぷっ」 「んっ、んっ、んっ……ちゅぱちゅぱ、れろれろれろ、ちゅるるるっ、はむっ、ンふ……ん、んぁ、ぺろぺろぺろ」 「んぁっ、……くんの、お○んちんで、口の中、擦られると、ちゅるっ、私も……ん、んぁっ!」 フェラチオしながら感じてくれているのだろうか。 セックスというか体に触れられる事自体が、ゆずこにとっては初めての経験で、きっと恐怖心があったのだろう。 硬さの抜けなかった体が、今は俺を思う気持ちによって、リラックスしてくれている。 それどころかゆずこ自身も反応してくれている。 「んはっ、んんっ、はぁう……んっ、あぁっ、んちゅぅぅっ、あふっ、はぁんっ、んっ、気持ち、いぃ……んふ、あむっ、れろれろっ」 「かぽっ、んぷっ、んっ、んっ、……ちゅる、んちゅるっ、ちゅっ、ちゅっ、じゅるるるっ」 ゆずこは俺に言われた通りにカリを刺激し、裏筋を舐め上げながら口を上下させている。 その舌の動きは拙いが、それがまた体だけでなく心をも満たしてくれる。 「お○んちん、おっきくなってりゅ……っん、んぁぁんっ! 口のなか、擦れて、気持ちひぃ……っ! あぅっ」 「ほっぺに、お○んちん当たって……んんっ、んぱぁっ、あひぃっ……んっ、んんっ、好きぃ……っ、これ好きぃっ」 頬肉にペニスを擦りつけながら、恍惚の表情でむしゃぶりつくゆずこの表情に、射精の予感が高まっていく。 「それ……気持ち良すぎる……っ」 「あむ……んんっ、なって……いっぱい、気持ち良く、なってぇ、んむっ、ちゅぅぅぅっ、ちゅぱぁっ」 「れろれろ、こくっ、んっ……ちゅぅっ、ちゅっ、ちゅっ、れろれろ、んんん……っぁん」 「おち○ちん、んはぁっ、ピクピクしてりゅ……、口の中で、んちゅっ、ピクンピクンって……ぁふぅっ」 「ピクンピクンのおち○ちんが、んちゅっ、ほっぺ擦って……はぅぅっ、ぁっ、んちゅっ、んはぁっ」 「私も……んちゅぅぅっ、気持ちひぃの……じゅるるっ、れろれろれろれろっ、ちゅぷぅぅぅっ」 ゆずこの口の中で唾液まみれになりながら、ペニスが何度もビクビクと痙攣している。 「あふ、アぁン……んむっ、ちゅるるるっ、じゅるっ、れろれろれろっ、ちゅぷぅぅぅっ、ぺろぺろぺろっ」 「先っぽ、いっぱい出てきて……じぇんぶ、吸うからぁっ、ちゅぅぅぅっぅっ、ちゅっ、ちゅぱぁっ、ちゅっちゅぅぅぅ」 「……ぁうっ!」 強く吸われて腰が浮きそうになる。 「おち○ちん、私の口の中で、んちゅっ、膨らんでるっ……はぅっ、ちゅるるるっ、ちゅぅぅっぅぅぅっ」 「んぱっ、んちゅぅぅっ、はむっ、ちゅ、ちゅぱぁぁぁっ、んちゅっ、ちゅるるるるるるっ」 何度も何度も吸われ続けて、限界が近付いてきた。 「ゆずこ、もう出そうだ……!」 「うんっ、出してっ……んんっ、このままっ、いっぱい、出してっ……ちゅるるるるっ、じゅるっ、ちゅぅぅっ」 ゆずこはもしかするとカウパー腺液が出ると思っているのかもしれない。 このまま出していいものかと、一瞬思案したが押し寄せた快感の波にそのまま身を任せる。 「んっ、んっ、んぁっ! じゅるるううっ、ごぷっ、んんっ、んぱぁっ、出してぇっ、……っくんの……んくっ、このままっ、出してぇ!」 痙攣を始めたペニスへ、ゆずこはより一層の刺激を集めようと、必死に頭を振る。 「じゅるるるっ、れろれろれろっ、んふっ、んぁ、んちゅぅぅぅぅっ、んっ、んっ、んっ」 「あむっ、んちゅっ、ちゅぅぅぅぅっ、はぁ、んっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」 「ビクビクしゅごい……っ、んはっ、口の中ぁ、あむっ、凄いよぉっ、じゅるるるっ、ちゅうっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅっ」 「んちゅっ、ちゅぱっ、れろっ、はむむむっ、んちゅぅぅぅぅっ、ちゅるぅぅぅぅぅっ、ちゅぅぅぅぅぅっ、れろれろっ、ちゅぅぅぅっ」 「……出るっ」 ドクドクドクっという感覚と共に、尿道から一気にゆずこの口の中へと精液が放出される。 「っ!? ふにゅぁっ、んっ、んんんんんっ!」 口内射精に驚きながらも、ゆずこはペニスから口を離さない。 「あふっ、あむっ……んんんっ、んちゅっ、ん、ちゅ……ちゅぅぅ、んん……」 ドクン、ドクンと脈打つペニスを、ゆずこがしっかりと咥え込んでいる。 軽く開いたゆずこの口元から、白濁した液体がわずかに零れ落ちた。 「んぁ、んんんぁ……っ、んっ、んくっ、んくっ、んっ」 「ゆずこ? の、飲まなくてもいいんだぞっ?」 「んふ、んっ、……んんっ、ん……」 首を軽く振って“飲む”と意思表示をした後、ゆずこは残さず精液を飲み干した。 唇の端から零れた少量の精液を指でなぞりあげると、ゆずこはにっこりと微笑んだ。 「んくぅ……これが、彼方くんの味……私、彼方くんの……ちゃんと受け止められた、んだよね?」 「ああ、凄く気持ち良かったよ」 俺の答えに心底安堵したように、ゆずこの肩が大きく下がる。 「良かったぁ……。私、彼方くんに嫌われたらどうしようって……」 「嫌う? 俺がゆずこを?」 「うん……だって、ちゃんと出来なかったから。だからせめて口で気持ち良くなって欲しくって」 「たとえそんな事してなかったとしても、俺がゆずこの事を嫌うはずないだろ? 俺ってそんなに信用ないかな?」 思わず苦笑した。 例え何も出来なかったとしたって、俺がゆずこを好きな気持ちは変わらない。 「ううん! 嫌うはずない。でも、やっぱり不安で……だから、出来て良かった。えへ、えへへ」 不安を隠すように笑うゆずこを、俺はもう一度強く抱きしめた。 「好きだよ、ゆずこ。誰よりも」 ゆずこも俺の腰へと手を回すと、そっと腕に力を込めた。 「私も大好き。誰よりも、何よりも」 耳元で聞こえたゆずこの声は、少しだけ震えていた。 ゆずこの唇に自分の唇を重ねると、ゆずこがわずかに口を開いて俺の舌を受け入れる。 「ん……むぁっ、んんっ、ちゅっ、んん……っ」 俺の舌の動きに合わせるようにして、自分も必死に舌を動かすゆずこが可愛い。 「ふぁっ、……っん、あっ、あふぅっ、……っくんと、んんっ、キス、するの、んぁ……っ、好きぃ……っ」 そんな事を言われたらいつまでも唇を貪り続けたくなってしまう。 キスをしたまま手のひらで、ゆずこの形の良い胸にそっと触れた。 「あっ、んぁ……っ、んっ、んんっ」 湯上がりのゆずこの肌はピンク色に上気していて、体の奥の方から熱を放っている。 じわりと浮かび上がった汗を指先に掬い取ると、濡れた指で乳首をキュッと摘み上げた。 「ぁっ……んっ、はぁんっ……! キス、されながら……そこ、触られると……あっ、あぅっ!」 「気持ちいぃ……ん、ぁあっ……んっ、いぃよぉ……、あふぅぅぅっ、んんっ」 「ゆずこ、可愛いよ」 「あっ、ダメ……っ、んんっ、そんな事、言われたら……私っ、あっ、ぅあぁんっ」 ゆずこの声に甘い響きが混じる。 その声に導かれるように、ゆずこの口内を味わっていた舌を首筋に這わせながら、軽く吸い付いていく。 ちゅっちゅっという肌を吸い上げる音だけが、静かな部屋に響いていた。 「んんっ、はぁ……あぅぅっ、ふぁ……あふんっ、ふぁぁぁっ」 もどかしそうに身をよじるゆずこの腰を押さえて、首筋から脇、腰へと舌を下ろしていく。 「あぁ……っくんの……舌、気持ちいい。あぁっ、んん……っ、はぁっ、はぁっ……ふぁっ」 「下……ダメ、あぁっ……んんっ、あふぅぅぅっ、あぁっ、んっ、んっ、……っぁ」 舌先がゆずこの秘所へとたどり着く。 性器に息がかかると、ゆずこの体がビクリと震えた。 「あふぅぅっ、ダ、ダメだよ、そ、そんな所……、あふっ、あぁぁぁっ」 ゆずこの恥じらいのこもった制止の声をよそに、目の前に現れた陰核にそっと口づけをする。 「ひゃぅぅっ! ぁあっ、な、何これぇっ、あふっ、あぁぁあんっ」 敏感な部分に訪れた刺激に、ゆずこの体がビクリと震えた。 驚いている様子のゆずこの反応を楽しみながら、クリトリスを優しく吸い上げる。 「ちゅるっ……ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅるるっ」 「あっ、あぅっ! そ、それ凄い……っ、凄いのぉっ。気持ち良すぎて……あぁっ、わ、私……んんぁっ!」 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅうううぅっ」 「す、吸っちゃダメェ……! それ以上吸われたらぁ……あぁぁっ! んぁっ、はぁんっ」 ゆずこの手が所在なさげに俺の髪をまさぐり、ゆずこの足が快感から逃れようと内腿へと力を入れる。 「ダメだよ、ゆずこ。足を閉じようとしちゃ」 「だって……。だって、気持ち良すぎて、怖いよぉ。私、おかしくなりそうなんだもん」 「おかしくなっていいんだよ、こういう時は」 「ホントに? ……いいの? だって私、変な声出ちゃうし、変なこと言っちゃいそうだし」 「そういうのが全部嬉しいんだ。ゆずこは俺の言葉、信じられない?」 「ううん、信じてる」 「じゃあ恥ずかしがらずに感じて。ゆずこの気持ちいい事、もっと教えて」 「う、うん……っ、分かった」 頷いたゆずこを確認して、白い足の間に顔を埋める。 指で大陰唇を開くと、奥からトロリとした愛液が零れてくる。 溢れ出て来たそれを少しも逃さないように、口を付けて吸い上げた。 「じゅる……っ、じゅるるっ、れろ……ちゅぱぁ」 「はふぅぅっ、んっ、あぁぁんっ、いい、あふっ、んっ、あぁぁっ、んっ、んんっ」 「んぁっ、あぁっ、あっ、気持ちいい……気持ちいいよぉ。そこ、舐められるの……気持ちいぃ……」 「どこ? どこが気持ちいいのか、ちゃんと言って?」 「あ……そこ……」 「ダメだよ、ゆずこ。ちゃんと言わなくちゃ。ちゃんと自分の言葉で、気持ちいい所を教えて欲しいんだ」 「あぅぅ……」 「ほら、足も閉じちゃダメだよ。俺はもっともっと見たいし、気持ち良くしたいんだから」 そう言うとゆずこは顔を真っ赤にしながらも、両足をそっと開いた。 「有難う、ゆずこ。よく見えるよ」 「あ、あんまり見ないでぇ……、見られてるだけで、私……っ、奥から……あぅっ、溢れてきちゃうぅ」 ゆずこの性器から愛液がトロリと零れる。 「舐めても舐めても出てくるね。……ちゅるるっ、じゅるっ、じゅるるっ」 「ひゃうぅぅっ、あぅぅっ、出ちゃうよぉっ、舐められたら、余計にっ、あふっ、あぁぁんっ」 「ん、美味しいよ、ゆずこの……じゅるるっ」 「っ! あっ、ダメ……吸われて恥ずかしいのに、たくさん出ちゃうのぉ……っん、んぁっ、はぁんっ! 気持ちいいっ」 「じゅるっ、じゅるるっ、ちゅるるぅぅっ」 「気持ちいぃ……あはっ、んっ、ゆっくりおま○こ舐められて、あぅっ、あっ、んっ、いっぱい濡れちゃぅうぅ」 「あんっ、舌で、優しく舐められて、あぅっ、凄く感じちゃうの……っ、んっ、んぁっ、あんっ」 「ふぁぁぁっ、んっ、んぁぁあんっ……んっ、あぅっ、あぁぁあっ、ふっ、ふぁぁ」 嬌声を上げるゆずこが愛しくてたまらない。 俺の愛撫で感じてくれている事に安堵を覚えながら、再びクリトリスにそっと舌を押し付けた。 「ひゃぅっ! ら、らめっ、そこはっ、あっ、あぅっ、さきっぽらめぇっ!」 ビクリと体を反応させたゆずこの制止の声を無視して、そのまま舌で上下に舐め上げながら、強く吸い上げた。 「あふぅぅんっ! あはっ、んぁっ、はぁ、はぁっ、らめ、らめぇぇぇっ」 「ちゅるるっ、れろれろっ、じゅるるっ、ちゅぅぅぅっ」 「ひぃんっ! あぅっ、らめ、らめ、らめ! あぁうっ、それぇ、気持ち良くって、あっ、あっ、あっーー!」 「いや、いやぁっ、私、あぅっ、おかしくなっちゃうの、それ、されると、あっ、あぅっ、あんっ、んっ!」 気持ち良さで腰が浮いてきているゆずこの性器へ、さらに激しく舌を這いまわす。 「じゅぷっ、じゅぷぷっ、ちゅぅぅぅっ、ちゅるるるるっ」 「あはぁっ、んっ、んぁっ気持ちぃぃ、舌ぁっ、激しいよぉっ、激しくて気持ちいいのぉっ」 「あふぅっ、らめぇっ、いっぱいペロペロされて、クリトリスがピクピクしちゃうっ、しちゃうのぉぉっ」 「ふぁぁあんっ、あふっ、あぁぁぁっ、らめ、らめ、あふっ、んっ、あぁぁぁぁあんっ」 呂律も回らなくなったゆずこへ、それでもなお舌と唇で責め上げる。 「あぅっ、あぅっ、あぁっ、イク、イっちゃうぅっ、ぁあ……っくんにおま○こ舐められてイっちゃうよぉっ!」 「私だけ……あふっ、気持ちよくなっちゃってるのっ、あぁっ、あふっ、あぁぁぁあんっ」 「ちゅぅぅっ、いいよ、ゆずこ。たくさん気持ち良くなって、れろれろれろっ」 「あはぁっ、んっ、なっちゃうっ、気持ちいいの止まらないのっ。あなた舌で、私、私……あぁぁああっ」 「ひんっ、ひぃっ、イク、イク、イクぅぅぅ! 舐められてイっちゃぅうぅぅぅぅぅっ!」 一度大きく体を震わせて、ゆずこの腰が浮き上がる。 小陰唇がパクパクと酸素を求める魚のように開閉し、ゆずこの荒い息遣いが部屋を支配していた。 「はぁ、はぁ……んっ、はぁ……、あっ、んっ……はぁっ」 「うん……平気……んはぁっ、はふぅっ、ん……っ」 ゆずこが少しずつ呼吸を整えていく。 「あふぅっ、ん……はぁっ、……恥ずかしいけど、大好きな人の前でイッちゃった……えへへ」 照れ笑いを浮かべたゆずこの頭をそっと撫でる。 「ゆずこに気持ち良くなってもらえて良かったよ」 少しずつステップアップしていければいい――そう思っていた俺の腕をゆずこがグイッと引き寄せる。 「最後まで……してくれないの?」 潤んだ瞳でそう言われて、俺の体は正直に反応した。 「して、欲しいの……私、今日は大丈夫だから」 今日はリラックス出来ているという事だろうか? 確かにこの前に比べて、体は素直に感じてくれているように思える。 「……痛くなったらちゃんと言うんだぞ?」 「うん、分かった」 頷いたゆずこの笑顔を確認してから、俺は中指をそっと膣口へと挿し入れた。 抵抗感があるかと思われた挿入は、以外にもするりと俺の指を受け入れた。 「ど、どうしたの?」 「いや、この前より……その、入れやすいなって」 「わわっ、あ、あのっ、あのっ、あのっ」 動揺して赤面したゆずこの体から、ひとまず指を引き抜いた。 なんだ? なんでこんな体に変化が……。 「ち、違うのっ、あのっ、じ、自主トレしてただけなのっ」 「ひ、ひなちゃんにね、言われたのっ。お、オナニーは自主トレだよって。ちゃんと自分のを見て確かめて触って、それで――」 「それで恐怖心とか無くして、自分のでちゃんと、その、ちゃんと感じられるって自信つけなきゃで、だから、あのっ」 「オナニーしてたの?」 「うきゃぁぁっ! う、うぅ……はい、して、ました……さっき、……くんがお風呂入ってるとき、も……」 「えっちな子って幻滅する? わ、私、あなたの事、想像して、オナニーして、イっちゃってるの。あ、あぅぅ」 「幻滅なんてするわけないだろ。むしろ、嬉しいっていうか……」 「ホ、ホント? ……くんの指を想像しながら自分で自分のおま○こ触っちゃうような子だよ? 私、やっぱり自分でもおかしいんじゃないかって」 「そんな事ばっかり言わないでくれ」 「俺の事想像して、とか、あんまり言われると、もう今すぐにでもシタくてたまらなくなる」 「して。してよぉ……っ、私、してほしかったんだよ、ずっと、ずっと……」 縋るような目で俺に訴えかけたゆずこに優しく口づけをして、俺は再び指先を膣口へと押し当てた。 「嬉しいよ。ゆずこがこんな風に自分で準備してくれてたこと」 「あっ、あぅっ、指、入ってくる……んっ、んぁっ、あぁっ」 中指をくるりと膣壁に沿うようにして回して、ゆずこのGスポットを探り当てる。 ザラりとしたそこに指の腹を押し当てて、そのまま上下に擦りあげる。 「っぁあ! なに、なにソコォ……あっ、あっ、そこ触られると、あぅっ、き、気持ち良すぎるよぉ……っ、あぅっ!」 「ここがゆずこのイイ所なんだ」 「ふぁぁっ、んっ、はぅっ……あぁっ、き、気持ちいぃっ……んっ、んぁぁっ、はぁうっ」 「ぁあっ……指、自分のと全然違うのっ、優しく触られて、あぁっ、ダメ……っ、なんかダメぇ……っ」 「奥ぅっ、奥が疼いちゃう……っ、トロトロの愛液溢れてきちゃうのっ、あっ、あぅっ、あぁんっ」 「気持ち良すぎて、お尻の穴までひくついちゃってるのが分かるよぉ、これ、どうしてなのっ、あっ、あぁっ! あぁっ」 Gスポットを刺激されたゆずこの反応が目に見えて変わった。 ヴァギナもアナルもパクパクと痙攣しながら、さらなる深い刺激を求めるように愛液がしとどに溢れてくる。 「あっ、んぁっ、もっと、もっとしてぇ……あぅっ、もっと膣内ぁ、こすって欲しいの……っ」 「私、あふん、初めてなのにっ、おち○ちん、んっ……欲しくて欲しくてたまらないよぉっ」 ゆずこの腰は快楽を求めるようにグリグリといやらしく動いている。 「ねぇ、おち○ちんっ、あぁっ、おち○ちん入れてぇっ、熱いので、膣内こすってぇっ、あぅっ、あんっ!」 「いいのか? 入れるぞ?」 「うん、きて……きてきて、きてぇ」 トロンとした眼で要求するゆずこの膣口に、既にガチガチになったペニスを押し当てる。 「……入れるぞ」 一言断りを入れてから、腰をズブズブと落としていった。 「んっ! んぁっ……! あっ、あっ、あぁ……」 目を見開いたゆずこはやはり苦しそうだ。 十分に馴染ませたとはいえ、初めてなのだから当然だろう。 「あっ、……あぁっ、んっ」 ゆずこは悶えながらも自分の頭の下にあった枕を引き抜くと、そっと腰元へと持ってきた。 「腰の下に、枕っ、入れると痛みが和らぐって聞い、たから」 言うとグイッと、腰の下に枕を入れ込んだ。 「随分勉強してきたんだな」 「だって、ちゃんと……したかったんだもん。あはぁ……んんっ、ふぅっ……はぁ」 照れ笑いを浮かべるゆずこの膣口は、枕の効果で上向きになりペニスを膣壁へ沿わせやすくなった。 ググっとペニスを押し入れると、やはりキツかったが、それでも何とかそのままの態勢を維持する。 「んく……っ、んっ、……入った、の?」 「入口に少しだけ」 「全部、してね。痛くってもいいから、全部、して……」 少しずつ、だが確実に肉壁をかき分けるようにして、奥へ奥へと挿し込んでいく。 「……ひっ、あっ、んんんんっ! あぅっ、あっ、んんっ」 必死に痛みに耐えるゆずこを見下ろしながら、それでもペニスを進ませる。 プツ―――プツ、ツ――――。 膣壁をかき分けながら、奥へ奥へと挿し込んでいく。 ゆっくりとした動きでペニスを全て挿入し終わると、ゆずこの太ももに赤い破瓜の印が零れた。 「ひぁ……あぅっ、んんんっ! ……つぅっ……!」 「全部入ったよ、ゆずこ」 「あふっ、ふぇ? っぅ……本当? わ、私……っん、……あぅぅっ、ちゃんとっ……受け入れ、られたの……? っ!」 目の端に浮かべた涙をそっと唇で吸い上げると、ゆずこは母犬にじゃれる子犬のように目を細めた。 「ああ。ゆずこの膣内、凄くあったかいな」 「あはぁっ、ん……良かったぁ……私……ちゃんと、出来たんだぁ……あっ、あぅぅ」 「痛むか?」 「ちょっと、ジンジンするけど……でも平気だよ」 「ん、あふっ……ちゃんと出来た喜びの方が大きくて、っあぁ……痛みなんて、んっ、気にならないよ」 ゆずこが顎を持ち上げたので、そのまま深くキスをする。 「ん……むぁ……はぁっ、繋がったまま……キス、するのって……んんっ、気持ち、いぃ……」 お互いの舌を絡め合う濡れた音に、脳みそがボウッと惚けてくる。 「んちゅっ、んぱっ、あぁっ、キスしながら、んちゅっ、もっと、……んんっ、もっとエッチなこと……して?」 「ちゅるっ、んちゅっ、じゃあ動くぞ?」 「うんっ、ちるるっ、して……おち○ちんが、私の中で、んちゅっ、動かして……んっ、ちゅぅぅっ」 ゆっくりと腰を引き抜いて、もう一度ペニスを深く突き立てる。 「あっ……あぁっ、あぅっ、大きなおち○ちんが、私のおま○この中で……動いてるぅぅっ」 「ひっ、ひぁっ、嬉しい……あっ、あぁっ! ……くんとえっち出来て、すごくすごく嬉しいのぉっ、あはぁんっ」 「ゆずこ……!」 「あぁっ、んっ、んんっ、おま○こ、ジンジンするけど、でも、奥が、あぁっ、奥っ、奥におち○ちん当たると、私……っ、あぁっ」 「溢れちゃうの……っ、おま○この奥からトロトロのおま○こ汁が出て来ちゃう……っ、あっ、あぁっ、ひぃっ」 「あぁっ、だめっ、変なこと……いっぱい口走っちゃう……っ、あっ、あぁっ、でもいい、んだよ、ね?」 「いいよ、変な事、いっぱい言ってよ、ゆずこ」 「あぁっ、好きぃ、好きぃ、好きぃ、だいしゅきぃっ! 大好きな……人の、あぁっ、おち○ちんが私のおま○こズポズポしてるだけで、あぁっ幸せぇっ」 「ふぁぁあっ、あふっ、あぁぁんっ、んんっ、はぁっ、はぁっ、あふぅぅぅんっ」 「し、幸せぇ、にゃのぉっ! あぁぁんっ。もっと、もっとして? あぁっ、ぅぅんっ! 私の事なんて気遣わないで、思うままに動いてぇ」 「……くんが気持ち良くなってくれたら、私、私も気持ちぃいのぉ……っ、あっ、あぅっ! いいっ、いいのっ、膣内ぁっ、あふぅぅっ」 肌を紅潮させながら俺のモノを受け入れるゆずこが愛しくてたまらない。 ペニスを膣に入れたまま、クリトリスを指先で弾いた。 「あっ、あぅっ! そこぉ、あふっ、あふっ、あぁあんっ! そこらめっ、あぁっ、気持ちいいのっ。あっ、あっ、あっ」 「ダメなの? やめる?」 「やっ! やめちゃいやぁっ! もっとぉ、もっとしてぇっ。クリトリスくりくりってしてぇっ、ゆずこのおま○こトロトロにしてぇっ」 リクエストされるがままに、クリトリスに当てた指を激しく上下に擦りあげる。 「あっ、あひぃっ、ひぃん! いいっ、いいよぉっ、イっちゃうっ、クリトリスすぐイっちゃうっ! あっ、あぁっ!」 「おち○ちんで奥までズンズンされて、あふっ、あぁっ! 指でクリトリスぐりぐりされて、私、イっちゃうっ、あぁっ」 「イッて、イっていいよ、ゆずこ」 「ふぁぁぁぁんっ、あふっ、イク、イッちゃうっ、あぁぁぁぁんっ、あふっ、あふっ、あはぁぁぁぁぁんっ」 「あなたもいっぱい擦って、一緒にイってぇ……っ、わ、私と同じだけ気持ち良くなってぇぇぇっ」 煽られるがままに腰の動きを早くする。 パチュンパチュンと濡れた音が響き渡り、ゆずこの膣がクククッとペニスを締め上げる。 「ああ、イク。俺もイク……!」 「イって、イって、イって、イってぇっ! 私も、あぁっ、あっ、あっ、あぁっ!」 ゆずこの体に力が籠る。 足先がピンと伸びて、背筋が反りあがっていく。 「あぁっ、あっ、もう、もう私、あぁっ、あっ、あっ、うぁああっ」 「イク、あぁぁあんっ! イクぅぅぅっ、あふっ、あはぁぁぁぁあああぁぁぁぁあんっ!」 「イク……!」 ドクンドクンと脈打ちながら、ゆずこの膣内へと精を放った。 「あぁっ、あっ……はぁっ、出てる……彼方くんの……私の、中に……っ」 「んんっ、はぁ……はぁっ、んっ、はぁ……っはぁぁ」 「うん……平気……ちょっと、息が上がっただけ。……ふぅっ。えへへっ、やっと、はぁっ、彼方くんと一つになれたんだね」 「そうだな。有難うな、ゆずこ。ゆずこが頑張ってくれたから、最後まで出来たんだ」 「私……すごく幸せ。大好きな人とするのってこんなに幸せな事なんだね」 どちらともなく頬を寄せ、そのまま軽くキスを交わす。 「彼方くんとキスするのも、彼方くんとえっちするのも本当に幸せ」 ゆずこは細く白い指先で自分の腹部を軽く撫で上げた。 「ねぇ、彼方くん。もう一回、しよ?」 「ダメ、かな?」 「ダメじゃないけど……ゆずこの体は大丈夫なのか? その、痛み――とか」 「少しは痛いかもしれないけど……でも、それよりも彼方くんと、もう一回したいな……って」 「ゆずこはエッチだなぁ」 「も、もうっ! 相手が彼方くんだから、なんだから!」 「はは、分かってるよ。おいで、ゆずこ」 ゆずこの体をそのままグイッと引き上げて、俺達は向かい合った。 「あはっ、この体勢だとぴったり引っ付けるね」 ゆずこの首筋に舌を這わせると、くすぐったそうに首を傾げる。 「ふぁっ……あなたの体温と、ん……私の体温が混ざり合う気がする。……ねぇ、キスして?」 言われるがままに唇を寄せ、ゆずこと舌を絡め合う。 「んむ……んぁ、ぱぁっ、んちゅ、ちゅぱっ、んん……」 うっとりと甘い響きを漏らすゆずこの背中を、つつと指先でなぞると気持ちよさそうに目を細めた。 「あなたの……指って、どうしてこんなに気持ちいいのかな……あふっ、ぁあん」 「ゆずこのココ、ずっと濡れっぱなしだな」 密着しあった性器からニチャニチャとした水っぽい音が聞こえてくる。 「あはっ、ん……くんに触られると、それだけで私、ふぁぁっ、いっぱい濡れちゃうみたい」 「もう入れてもいいかな?」 「うん、入れてぇ。……また欲しい」 ペニスを入り口に合わせて、抱きしめあったまま挿入する。 ヌプヌプとした感触と共に、さっきよりも随分と楽にペニスが埋まっていく。 「あ……あぁ、きてるぅっ、入ってる。私の中に、大きなおち○ちんきてるぅ……あぁっ」 「ふぁぁぁっ、んくっ、ん……あぁぁっ、奥、奥に……あぁぁあぁんっ」 ペニスを奥まで挿し込んで、そのまま腰をグラインドさせる。 左手でゆずこの腰を引き寄せながら、右手で形のいい乳房を包み込むように揉みしだく。 「んぁっ、おっぱい、んんっ、あっ、おっぱい揉まれるのも、気持ちぃいっ」 全ての刺激が新鮮で、全ての刺激に耐性がないゆずこの体は、何をしても敏感に反応する。 「痛くないか?」 「うん、痛くない。ジンジンしてたのも、だいぶ治まってきたみたい……はぁんっ、んん」 痛みが少ないという返答に安心して、俺は腰を強めに打ち付けた。 「ひゃうぅぅっ、んっ、んぁぁああんっ、奥までキテるぅぅっ、あっ、あはっ、ああぁぁぁぁぁんっ」 「あっ、あぅっ! やっぱり気持ちいいっ、気持ちいいよぉっ! おち○ちんで奥、ゴツゴツされるの、気持ちいいっ」 俺の首に両腕を回しながら、大きく背中をのけぞらせると、ゆずこの乳首が上向きにプルンと跳ね上がった。 その固く屹立した乳首を口に含む。 「んちゅ、ちゅぱっ、ちゅるるっ、んじゅ、じゅるっ、れろ、ぺろ」 「はぁんっ、おっぱい吸っちゃぁ、あっ、んんっ、先っぽ舐められて、あふっ、吸われて、私、またいっぱい濡れちゃうっ。あぁっ、あぁぁんっ!」 「んむっ、ちゅるっ、いっぱい濡れて、いいよ、んちゅちゅっ、ちゅぅるるっ」 「あふぅぅぅっ、あはっ、んっ、んぁぁぁっ、き、気持ちいぃよぉっ。気持ち良くて奥からぁ、たくさんたくさん溢れてきちゃうぅぅっ」 「ひゃぅぅっ! おま○この奥がじゅわってなってるのぉっ、あっ、あっ! あなたの……おち○ちんも、舌も全部しゅきぃっ」 「乳首、すごく固くなってる。もしかして早く触って欲しかった? んちゅっ、ちゅるるっ」 「んくぅぅっ、あぅっ、分かんない、分かんないよぉっ。だってどこも全部気持ちいいんだもんっ、あっ、あぅっ、全部、全部いいのぉっ」 乳首に吸い付きながら、右手を秘所へともっていく。 手探りでまさぐると、固く勃起したクリトリスに指先が触れた。 「ひぃんっ! そこ、あぁっ、あっ、あっん!」 「乳首もクリトリスもこんなにガチガチに勃起させて、ゆずこってやらしいんだな」 「うぅっ、イヤァ? そういう子は、あぁっ、イヤ? あっ、あっ、あんっ!」 「嫌だったらこんなに興奮してないよ」 「良かったぁ……。んぁっ、だって、私……あふぅっ。手で触られるだけで……、んんっ、いっぱい感じちゃうのぉっ」 「体の全部が、あぅっ、気持ち、よくって……はぁんっ、ピクピクってして、あはぁぁっ、気持ちいいのが止まらないのぉっ、あぁっ」 「じゃあもっと気持ち良くしないと、なっ」 宣言してから乳首に激しく舌を這わせる。 クリトリスをこねる指先にも、より一層の力を込めた。 「ひゃぅっ! あっ、あぁっ! きもりぃぃっ、あぅっ、おっぱいもぉ、おま○こもぉ、きもてぃいぃよぉっ」 「あはぁぁっぁんっ! はぁっ、はぁっ、おち○ちんが膣内で沢山擦れてるのっ。私の膣内がっ……ふぁっ、あなたでいっぱいだよぉっ」 「あふっ、ふぁぁぁぁっ、あっ、んっ、はっ、あぁぁぁぁんっ! んんっ、あぁぁああぁっ」 喘ぐゆずこの腰を押さえて、ペニスをグッと深く突き立てた。 ゆずこの体重を太ももに感じながら、そのまま下から突きあげる。 「あっ、あぁっ、す、凄いぃっ、お、奥までズンズンって、あっ、あぁっ、ひんっ! き、来てるっ、来てるのぉぉぉっ!」 「下から……奥まで届いてる……っ、あはっ、んっ、あふっ、あぁぁぁぁぁんっ、はぁっ、んぁぁあぁっ」 突き上げる度にゆずこの乳房がユサユサと揺れる。 その様に否が応にも興奮が高まっていく。 「可愛いよ、ゆずこっ」 「大好き、大好き、大好き、大好きぃっ、あぁっ! 大好きぃっ」 互いの目と目を見つめ合い、どちらともなくキスを求める。 「むにゅっ、このまま、キス、んんんっ、したまま、んはっぁ! このままで、イキたい、んんっ」 「分かった。んちゅ、ちゅぱっ。このまま、出す、んちゅぅぅっ」 「んはぁっ、……くんの舌、吸いたいのっ、んちゅ、ちゅぱっ、ちゅるるうっ。おいひぃ……じゅるっ……くんの唾液おいひぃよぉっ、ふぁぁんっ」 ゆずこに吸われた舌の先端が、甘い潤いを増していく。 それに比例するようにペニスの抽送をどんどんと加速していく。 「あっ、んむっ、はぅっ、しゅ、しゅご……んぁぁっ、んちゅぅぅっ、あぁ、あぁあぁっ、イクイクイクゥ……わ、私もうイっちゃうぅぅぅ」 「俺も……そろそろ……んちゅっ、れろっ、んんんっ」 「あふっ、んちゅっ、あふっ、んっ、んちゅちるるるうっ、ちゅぱぁぁあぁあっ」 「一緒に……一緒にイキたいよ、んちゅぅぅっ、一緒に、んちゅぅぅっ」 「分かった……! んちゅっ、ちゅぅぅっ」 快感に身を任せながら必死に舌をまさぐるゆずこの膣が激しい収縮を始める。 その収縮運動に搾り取られるように、ペニスも奥深くから震えを帯びて白濁した液をゆずこの膣内へと放とうと痙攣する。 「あむっ、んちゅっ、……おち○ちん……ちゅるるっ、ビクビクしてるっ、あふっ、んっ、んちゅぅぅっ」 「ゆずこの膣内も、ちゅっ、ちゅぅっ、ビクビクしてる、ちゅっ、ちゅぅぅぅっ」 「ふぁぁっ、ふぁあぁぁんっ、んちゅっ、ちゅぅぅぅっ、あっ、んっ、んっ、んはぁああぁあぁっ」 「あふっ、んぁっ、イクゥ、も、ほんとにイク、あぁぁあぁあぁああぁっ、ん、ちゅぅぅぅ、あふぅぅぅっ」 「んちゅっ、ちゅっ……俺ももう……出るっ」 「ぅんんっ、んはっ、出してぇっ、私の中にぃ、んちゅっ、あなたのっ、せーえき全部、んはぁっ、欲しぃっ、いっぱい、いっぱい出してぇぇっ!」 「あふっ、あはっ、んちゅっ、あぁぁぁっ、イク、イクぅっ、あぁぁぁぁあぁぁっ、イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅうっ!!」 「……俺も……ィクッ!」 「あぁああああぁあああぁああああぁーーーーーーーっ!!!」 「あ……あふ……あふんっ、んっ……んぁ、……はぁっ、ん、……はぁっ」 ゆずこの体がヒクリ、ヒクリと震える。 どちらともつかぬ荒い息を整えながら、軽いキスを交わす。 「はぁ、はぁ……んちゅっ、ちゅ……」 「んちゅ、ん……はぁっ、ん……んぁ……んっ」 「はぁっ、んっ、はぁっ。気持ち、良かったぁ……」 「はは、俺も良かったよ」 「嬉しい……彼方くんも、良くなってくれたんだね。ん、ちゅ……」 何度目か分からないキスを交わして、互いに優しく微笑みあう。 「えへへ……、彼方くん、大好きぃ」 心底幸せそうに囁くと、ゆずこは俺の肩へと顔を埋めた。 そのまま暫くの間、お互いの体温を交換するように二人で抱きしめあっていた。 「っ……もう、こんなに……」 机の上に腰掛けた俺が、開いた股の間。 その空間に跪いたゆずこが、目の前で反り立つペニスを見て頬を赤らめた。 「さっきのキスだけで……大きくなっちゃったの?」 「それだけ、ゆずこが魅力的だってことだ」 「っ……! も、もう、なんか恥ずかしいよ……」 満更でもなさそうなゆずこの反応が、少しだけ可笑しかった。 「でも……私も……同じ、かも……」 俺の股間から視線を逸らして、両手を挟んだ太ももをもじもじとさせるゆずこ。 「私も、その……あのね、えっと……」 「部室で、二人っきりになって……キス、したり……おっぱい触られたりして……」 「さっきまで、みんなと普通にお喋りしてたのに……今、こんなエッチなことしちゃってるんだ、って思ったら……」 そこでゆずこは、俺の目を上目遣いに見つめてきた。 「私の、一番エッチなところが、ね……じんじんして、切なくなっちゃってるの……」 俺を見上げながら、その発言……反則だろゆずこっ……! 「ど、どうしたの……?」 ここが自室だったなら、今すぐベッドの上に押し倒していた自信がある。 けど、ゆずこも言っていたように、ここはあくまでもオカ研の部室。我を忘れたとしても、その事実を忘れてはいけない。 となると、あんまり派手な行為は避けた方がいいのかもしれないな。 「ど、どうしよっか……また、初めての時みたいに、その……お口で、する……?」 「そうだな……」 あれは腰が抜けそうになるほど気持ちよかったから、またお願いしたい気持ちはあるが……。 「あ、それじゃあ……」 「うん、なに……?」 「口じゃなくて……手で、してくれないか?」 「えっ……手?」 不思議そうな顔を浮かべながら、ゆずこが小さな手のひらを俺に向ける。 「それなら、後で手を洗えば大丈夫かな……って思ってさ」 「あ……う、うん、分かった……頑張るっ!」 ほんの少しの愛撫とキス、なにより部室で行為に及んでいるという背徳感も相まって、既に硬く反り返っている俺のペニス。 ゆずこは拙い手つきで俺の下半身をまさぐり、膨らみの先端を凝視している。 「っ……おち○ちん……やっぱり、凄い形してる……」 「いや、みんな一緒だと思うけど……」 「そ、そういうことじゃなくてっ……! 改めて、この距離でちゃんと見ると……なんか、そのっ……」 「……あんまりジロジロ見られると、俺も恥ずかしいかな〜、なんて……」 「あっ……ご、ごめんなさい!」 「そもそも、今日が初めてってわけじゃないんだし……ゆずこも、もう見慣れたものだろ?」 「みっ、みなっ……!? そ、そんなことないよぉっ! もうっ、エッチぃっ!!」 最後は冗談のつもりで言ってみたけど、ゆずこが予想以上に照れてくれた。 「と、とにかくっ……手で、すればいいんだよね……?」 不安げなゆずこの問いかけに、俺は再度頷いた。 すると、ゆずこはゆっくりとこちらに手を近付けて…… 「こ、こんな感じ……?」 反り返っていた俺のモノを、指を添えるように包み込んできた。 「わっ……おち○ちん、熱いよぉ……それに、心臓みたいにぴくんって脈打ってる……」 細くしなやかなゆずこの指が触れただけで、僅かに体が震えてしまった。 「片手じゃ足りないくらい、大きい……あっ、今、ちょっと膨らんだ……」 「気持ちが高まれば、それに合わせて大きくなる仕組みだから」 「そ、そっか……りょ、了解ですっ」 妙に畏まったゆずこの返事に、笑いそうになってしまった。 「で、でも、このまま握ってるだけじゃ、気持ちよくないんだよね……?」 「まあ、そうだな……出来れば、前後に扱いたりとか……」 「ぜ、前後に……こう、かな……?」 「うっ……」 竿に添えられていた五本の指が、滑るようにゆっくりと動き始める。 「だ、大丈夫? 痛くない……?」 「ああ、大丈夫。くすぐったいくらいだよ」 「じゃ、じゃあ、もうちょっとだけ……ん、んんっ……」 ペニスの反応を確かめるように、慎重に。それでいて少しずつ、摩擦の力を強めていくゆずこ。 冷たい空気に支配された部室で、ゆずこの手だけが熱を帯びている気がした。 「あっ……おち○ちん、またムクムクって……先っぽも、真っ赤になって膨らんでる……」 「これって、気持ちいいっていう証拠なんだよね……?」 「……ふふ、そっか」 その事実が嬉しかったのか、ゆずこの表情がふっと柔らかくなった。 「私の手で……感じてくれてるんだ……エッチな気持ちに、なってくれてるんだ……」 慈しみのこもった目で、ゆずこが俺のペニスを見上げる。その献身的な様子に、たまらず愛おしさを覚えてしまう。 「じゃあ、もっと頑張るねっ……んっ、いっぱい、いっぱい気持ちよくなって、もらいたいからっ……ん、んんっ……」 ゆずこのやつ、段々と要領を掴んできたみたいだ……。 「ん、んっ……んしょっ……んんんっ」 「ぐっ……」 「あっ……ふふっ、えへへっ……♪」 ペニスを扱く手つきが段々とスムーズになってきて、俺が声を漏らすと嬉しそうにはにかんだりする。 「そっかそっか。考えてみれば、当たり前だよね……」 ん……? なんの話だ? 「口でクチュクチュってするときも、手でゴシゴシってするときも、感じる場所は一緒なんだね」 「え? うぁっ……!」 「先っぽの、抉れてるところとか……おち○ちんの裏側の、スジになってるところとか……こうやって、すると……」 さ、さっきまでは心地良い程度の刺激だったけど、これはっ……! 「ほら、おち○ちんもいっぱいビクビクってするようになって……これ、気持ちいいんでしょ……?」 「ゆ、ゆずこ、それはっ……」 「待っててね……もっと、もっと気持ちよくしてあげるから……んんっ、いっぱい気持ちよくしてあげるからっ……♪」 俺を想ってくれるゆずこの気持ちが、手コキの激しさとなって表れていく……! 「あっ……先っぽから、出てきたよ? 透明なおつゆ……」 「これも、感じてくれてるから出てきたんだよね……? ね、そうだよね……?」 射精を堪えることに意識を割く必要が出てきたせいで、返事もままならないっ……。 「ふぁあ……これ、ぬるぬるしてるから……さっきより、動かしやすくなるかも」 「私の手が、おち○ちんから出てきたエッチなおつゆまみれになって……ほら、見て……?」 ゆずこに促され、俺は視線を落とす。 「先っぽから出てきた透明なおつゆが、私の手を汚して……それを、私がおち○ちんに塗りたくってるの……」 「クチュクチュって、いやらしい音がして……んっ……エッチな匂いも、どんどん強くなってる……」 頬を上気させ、うっとりとした表情で……僅かに口を開けたまま、夢中になって俺のモノを扱くゆずこ。 「ふぁあ……私たち、部室でこっそりエッチなこと、しちゃってるぅ……」 それに対して、俺は最早1秒でも長くこの快感を味わうべく、されるがままに歯を食いしばっている状態だ。 「心臓がドキドキする音と、おち○ちんがクチュクチュする音で、頭の中がいっぱいになって……私、私っ……」 「っ……!?」 ゆ、ゆずこの手が、さらに激しくっ……! 「ね、イッて? 早くイッてっ……? 我慢しないで、私の手に全部出してっ……?」 瑞々しい太ももをもじもじと擦り合わせながら、亀頭や裏筋を重点的に責めてくるゆずこの指。 もしかして、ゆずこは……俺が感じてるのを見ているうちに、自分も―― 「うぁっ!?」 「気持ちいいところ、いっぱいゴシゴシしてあげるからっ……私の手で、クチュクチュってしてあげるからぁっ……」 ひ、人さし指の腹で、亀頭を思いっきり擦られてるっ……! 「だから、ねっ……? 早く、早くピュッピュってしてっ……? 精液っ、全部私に出してっ……?」 「先っぽからっ、勢いよくピュッピュってぇ……ん、んんっ……私が、全部受け止めるからぁっ……!」 だ、駄目だっ! これ以上は、もうっ……!! 「ふぁあっ……おち○ちん、すっごい熱くなって、ビクビクしてるよぉっ……!」 「ゆ、ゆずこっ、もうっ……!」 「うんっ、出してっ、出してぇっ……! 私の手の中に、精液いっぱい出してぇええっ!!」 「っ!!!」 「ひぁっ……!!!」 ドクンと激しく脈を打って、その瞬間放水されたかのように飛び出す白濁液。 「あっ、あぁっ、ふぁああっ……」 それは瞬く間に、ゆずこの小さく愛らしい手を汚していった。 「ふぁっ……はぁっ、はっ……あぁっ……あっついの……いっぱい、出てきたっ……」 次から次へと溢れ出る精液を、どこか嬉しそうに見つめるゆずこ。 やがて、ゆずこの手は俺のペニスを締め付けたかと思うと…… 「ん、んんっ……」 そのままゆっくりと先端に動かして、尿道に残った精液を搾り出した。 「……全部、出ちゃった?」 「ああ……ゆずこの手が、気持ちよくて……って、え?」 「今、出ちゃった? って……」 「あっ……だ、だって……」 俺の質問に、ゆずこは頬を赤らめ……行為の最中に何度か目にしたように、ぴたりと閉じた太ももをもじもじとさせた。 「……最初に、言ったでしょ……? 私の、一番エッチなところが……じんじんして、切なくなっちゃってる、って……」 そういえば、言ってたような……。 「そんなモヤモヤした気分のまま、目の前にあるおち○ちんに、直に触れて……」 「この手のひらで、……あなたが一人で気持ちよくなっていくのを感じちゃってたから……だから、私……」 ペットが飼い主に向けるような、哀願に近い視線。 「……もう、我慢できないよぉ……」 今にも涙目になりそうな表情で、可愛い彼女にそんなおねだりをされたら……! 「だからっ、ねっ……? 私もっ……」 「あ、ちょっ……! ゆ、ゆずこっ……!?」 俺の制服を引っ張るゆずこの力が、思ったより強いっ……! 「私も、エッチしたいのっ……! 大好きなあなたと、一緒に気持ちよくなりたいのぉっ……!」 「わ、分かった! 分かったから、ちょっと――うわっ!?」 身体を預けていた机の上から、それこそ引きずり下ろされるような形で床に倒れる俺。 「っつつ……」 軽く打ち付けた尻に痺れを感じつつ、体勢を……って、あれ……? 「ん……あぁ……っ、あぁっ」 腰の周りに、女の子一人分の重みを感じるぞ……これって、まさか―― 股間を剥き出しにしたまま、仰向けに倒れた俺の下腹部。 その上に跨がるようにして、衣服をはだけさせたゆずこがこちらを見下ろしていた。 「ゆ、ゆずこ……」 「ん、んぁっ……!」 剥き出しになった互いの性器が擦れることで、ゆずこの背中がピンと音を立てて張り詰めた。 「あ、はぁっ……ね、……分かる、でしょ……? 私の、ここ……もう、こんなに……ん、んんっ……」 裏筋に覆い被さるような形で、俺のモノに密着しているゆずこの秘裂。 「こう、やって……腰、ちょっと動かすだけで……ん、ふぁっ……! あっ、はぁっ……ん、んぁっ……」 「クチュクチュ、って、エッチな音が鳴って……それだけでもう、私……」 ゆずこはそう口にしながら、自ら腰を前後させていく。 「硬くて熱いのが……私の、一番大切なところに……擦、れてぇっ……」 「おま○この奥、からぁっ……エッチなおつゆが、溢れてきちゃうのぉ……んぁっ……はっ、あぁっ……」 ゆずこが高まっていることは、すっかり蕩けきったその表情からも伝わってくる。 「ね、……もう、いい……? おち○ちん、私の中に入れていい……?」 断る理由などあるはずもなく、俺は優しく微笑んだ。 「やったぁ……♪ それじゃあ、ん、んんっ……」 そしてゆずこは、僅かに腰を浮かせる。 「大好きな人のおち○ちんで、いっぱい感じるからね……? だから……エッチになっていく私のこと、ちゃんと……見ててね?」 竿の根元に手を添えて、亀頭を秘裂へと導くようにして―― 「ん、んんっ……んぁあああっ……!!!」 精を吐き出したばかりのペニスを、ゆっくりと咥え込んでいった。 「はっ、あっ、あぁっ……! ん、んぁっ、あぁっ……!!」 温かな沼へとはまっていくように、ズブズブとゆずこの膣に侵入していく俺のモノ。 「ん、あっ、あぁっ……ひぁっ、あっ、あぁっ……! ま、待ってぇっ、あぁっ……!」 「ちょ、ちょっと待ってぇっ……今、ダメだからぁっ……」 待って、って言われても……俺は特に何もしてないんだけどな……。 「んっ……はぁっ、はっ……ふぁっ……はぁっ……はぁ……」 「んんっ……あ、あのね……私……さっきからずっと、待ってたから……」 「待ってた……?」 「……だから、その……おち○ちん入れてもらうのを……」 頬を真っ赤に染めたゆずこの表情が、「言わせないでよぉ……」と言っている気がした。 「それで、ね……いっぱい、いっぱい期待しちゃってたから……その……」 「おち○ちんが入ってきただけで……ちょっと、イきそうになっちゃったの……」 おいおい……なんだよその可愛らしい報告は……! 「けど、……んっ、少しでも長い時間、こうして繋がっていたいから……」 「だから、頑張ってイくのを我慢しようとして……それで、ちょっと待って、って言ったの」 「……なるほど」 「それに、ほら……ここ、一応部室だし……あんまり声出しちゃうと、誰か来ちゃうかも……」 戸惑い気味になにかを言っているゆずこだが、俺の考えはほぼ固まっていた。 確かにここは部室で、最初は俺も派手なことは控えよう、と考えていた。 しかし、一度手でしてもらった上に、ゆずこの愛らしい想いに触れてしまった今……もう、そんな事を気にしている余裕はない! 「ゆずこっ!!」 「ひゃぁあっ!?」 俺が突然突き上げたことで、ゆずこが驚きに目を見開いた。 「ひゃぁんっ!? あっ、ん、んぁっ……! やっ、やぁっ……!」 「だ、ダメだよぉっ……! ふぁっ、ん、はぁっ……! そ、そんな、激しくしたらっ! 私、すぐイッちゃうからぁっ!!」 「いいよ、好きなだけイってくれ……!」 「ふぇええっ……?」 「別に、一回イッたら終わり、なんてルールがあるわけじゃないだろ?」 「そ、それは……そうかもだけど……」 「それに、俺はさっき一回イってる。これで二人同時に気持ちよくなっても、一回と二回じゃ不公平だろ?」 「あ、あぁんっ……ひゃぅううっ!?」 自分で口にしておいて恥ずかしくなってきたので、それを誤魔化すべく下半身に力を込める。 「あっ、あっ、あぁっ! んぁっ、はっ、ふぁああっ……!!」 俺が一度突き上げるたびに、大きく上下に揺れるゆずこのおっぱい。 「ひぁあああっ! あっ、んぁあっ! おっ、奥ぅっ、奥まできてるよぉっ……!!」 下から見上げるその光景に興奮を覚えながら、膣壁を擦るように貫いていく。 「あっ、ん、んんんっ! イッちゃうぅっ! 私、イッちゃうよぉっ!!」 「ああ、いいぞっ……イッてくれ、気持ちよくなってくれっ……!!」 絶頂に近づくゆずこを許容するように、激しく収縮する膣内をかき乱して―― 「あっ、ふぁあっ! んぁっ、あっ、あぁあああっ……んぁああああああああああああああああああああっ!!!!!」 ……その叫び声と共に襲い来る締め付けに対し、歯を食いしばって射精を堪える。 「あっ……はぁっ……ん、んぁっ……ふぁっ、はぁっ、はっ……」 「ふぁああ……ふぁ……私、イッちゃったよぉ……」 ゆずこの身体中に快感が満ちたことを、ビクビクと震える膣壁が伝えてくれる。 「気持ちよすぎて、大きい声も出ちゃったよぉ……大丈夫、かな……?」 「平気だよ。今ぐらいの時間なら、この辺に人なんて滅多に来ないし……それより……」 「ふぇっ……? ひゃっ、んぁあああんっ!?」 未だ痙攣の収まらぬゆずこの身体に、ズプリと奥まで一挿し。 「ふぁぁぁん……!? ひぁっ! あっ、ん、んぁっ……!!」 「これで一回ずつだから、最後は一緒にっ……!」 「ひぁああっ! ま、待って待ってぇっ! あっ、あぁっ、ん、んんんっ!!」 「ま、まだぁっ! イッたばっかりだからぁっ! イッたばっかで敏感だからぁっ!! くぅうんっ!」 ゆずこに手を掴まれて哀願されるも、俺はピストンを緩めることなく快感を貪っていく。 「あっ、あぁああっ! 敏感なのにっ、いっぱい擦れちゃうぅっ! いつもより、感じちゃうぅううっ!」 ……実は、俺としてもそれを狙っての計算だったりする。 俺とゆずこが付き合ってから、身体を重ねる回数もそれなりに増えてきたので…… 少し趣向を凝らしてみようと思い、ゆずこがイッた直後に責めてみようと思ったのだ。 「おっ、おち○ちんがっ、おま○この中擦ってくるのぉっ!! そこっ、ダメっ、ダメぇえっ……!!」 「ダメなのにっ、気持ちいいのぉっ……! こんなっ、こんなの知らないぃいいっ!!」 未知の快感を肌で感じてか、ゆずこは涎を垂らしてよがっている。 「ひゃぅうううっ! んっ、んぁっ、あっ、あぁああっ……!! はっ、んぁあっ、はっ、ああっ!!」 そこまで大胆に乱れるゆずこを見ていると、俺の方も気分が盛り上がって……! 「あっ、あぁっ……! おち○ちん、また膨らんでるぅっ……!」 「おま○この中でっ、ビクビクしてぇっ……! 私の中が、広がってるみたいだよぉっ……!」 「くっ……ゆずこっ……!」 「あぁああああんっ!!」 半ば理性を欠いた状態で、一心不乱にゆずこの膣内を突き上げる。 「やっ、やぁああっ! まっ、またっ、またイッちゃうぅっ!! んっ、はぁっ、ふぁああっ!」 「さっき、イッたばっかりなのにぃっ! またっ、またきちゃうぅっ! スゴいのきちゃうのぉっ!」 さっきよりも、いやそれ以上に激しく、ゆずこの中がギュッと締め付けてくるっ……! 「ふぁっ、あっ、あぁあっ……! こ、今度は、一緒っ、一緒じゃないとヤだぁっ!」 「ああっ……ゆずこ、一緒にイこうっ……!」 「うんっ! きてっ、きてぇっ! 私の中にぃっ、全部出してぇっ……!!」 これで、射精を堪える必要もなくなる……! あとはもう、本能の赴くままにっ……! 「んぁああああああっ!!! あっ、はぁっ! ん、んんっ! いいっ、気持ちいいよぉっ!!」 「大好きな人のおち○ちんにっ、奥まで貫かれてぇっ!! もうっ、おかしくなっちゃうぅうううっ!!」 「ひゃぅううっ!! あっ、あぁっ! イくぅっ! イくっ! イッちゃうっ! イッちゃうぅうううううっ――」 「イくぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!!!!!!!!!!」 ――明滅する視界と、脈動する熱棒。 「ひぁああああっ!! あっ、ん、んぁああっ……! はぁっ、あっ、あぁっ……! んっ、んんんっ……!!」 揺らいだ意識が戻ると、俺の下腹部に跨がって大きく仰け反っているゆずこが見えた。 「んっ、あっ、はぁっ……あっ、あぁっ……きてるぅっ……彼方くんの、いっぱいきてるよぉっ……」 「私の、お腹の中にぃっ……彼方くんの、熱いのぉっ……ビュクビュクって、出てるぅっ……」 収縮した膣壁がペニスを締め付け、それに促されるように勢いのいい射精が続く。 それからもしばらく、俺達は繋がったままで見つめ合った。 「ん……ふぁ……はぁ……はぁっ……」 ひんやりとした空気が漂う部室の中で、俺とゆずこの周りだけが淫らな熱に包まれている。 そんな事を肌で感じているうちにも、興奮と射精が緩やかに収まってきて…… 「ふぁああ……私の中が……彼方くんで、満たされてるみたい……えへへっ……♪」 ほっそりとした下腹部に手を添えて、ゆずこが嬉しそうにはにかんだ。 「にしても……ゆずこがあんなに乱れるなんてな」 「ふぇっ……?」 「ほら。一回イッた直後に、俺に下から突かれて……」 「あ、あれはっ……! 敏感になってるからダメって言ったのに、彼方くんが強引にするからっ……」 その時のことを思い出してか、ゆずこが顔を真っ赤にして俺を非難してくる。 「……でも、いつもより気持ちよかったから……また、試してみても……いいかも……」 「えっ……?」 「な、なんでもないもんっ! 彼方くんのエッチ……!」 ……ホントは丸聞こえだったんだけど、聞こえなかったフリをするのが吉、だろうな。 「ん、しょっ……っと」 足を開いたことで出来た目の前の空間に、ゆずこが前屈みになってしゃがみ込んだ。 「ゆ、ゆずこ、これ……」 胸元を露出させ、その温かく柔らかな二つの膨らみで俺のモノを挟み込んでくるゆずこ。 「……言ったでしょ? 私の方から、してあげたい、って……」 そう口にしたゆずこは、上目遣いではにかんだ。 「あのね、私……初めてエッチなことをしたときから、ずっと、気になってたことがあるの」 「気になってたこと?」 「うん……私……その……してもらってばっかりで、自分では全然頑張ってないな、って……」 「だ、だから、その……エッチなことは全部、任せっぱなしっていうか……わ、私の方から、積極的にできてない、っていうか……」 「そう……か?」 初めての時、自分から口でするって言ってくれたり、この前も積極的に俺の上に跨がってくれたりしてたから、そんな風に感じた事はないけど…… ゆずことしては、結構気になったりしてるんだろうか? 「それは、恋人としてどうなのかなって思ったから……だから、今日は、その……」 「……くんの好きなおっぱいを使って、頑張ってみるから……わ、私のカラダで、気持ちよく、なってほしいなって……」 恐らくは、恥ずかしさを押し殺しながらの献身的な言葉。 そこにこめられたゆずこの愛情に触れて、喜びが抑えきれなくなる。 「……ありがとう、ゆずこ」 「ふぁ……えへへっ♪」 感謝の印に頭を撫でることで、愛しい彼女は目を細めて喜んでくれた。 「それじゃ、お願いしようかな……」 「あっ……う、うんっ……」 その一言を合図に、ゆずこの頬がじんわりと赤く染まっていく。 「こ、こんなことするの、もちろん初めてだから……こうして欲しいとかあったら、絶対言ってね?」 「ちゃんと、出来ないかもだけど……一生懸命、頑張るからっ……」 そう言いながら、ゆずこは自らのおっぱいを両手で寄せ上げる。 「だから……私のおっぱいで、気持ちよくなれたら……その時は、いっぱい出してね……?」 ゆずこの愛おしい気遣いに触れただけで、射精してしまうんじゃないかと思ってしまった。 そんな錯覚から覚めた直後に、ゆずこの柔らかな感触がペニスを包み込んでくる。 「んん……ん、しょっ……」 既に硬く、熱を帯びた俺の下半身を、逃がさないようにと両胸で挟みにかかるゆずこ。 「こ、こうやって、サンドイッチみたいに挟んだら……えっと、その後は……」 「こ、こうっ……おっぱいを、上下に擦って……それで、おち○ちんを刺激するように……」 ……逐一動作を口にしながら行為に及ぶのは、羞恥プレイの一環か何かだろうか……。 「あ、あれ……上手く擦れない……あっ、逃げちゃダメだよ……!」 「いや、別に逃げてるつもりは……」 「うう……確か、こうやって挟めば大丈夫って、教えてもらったのに……」 ……教えてもらった? 「……なあ、ゆずこ」 「ふえ……?」 「今、教えてもらった、って聞こえた気がしたけど」 「えっ……!? そ、それはっ……」 俺の眼差しを避けるように、ゆずこが視線だけを右に逸らす。 「……男の人は、胸でしてあげると悦ぶ、って……その……みんなが……」 ……うん、大体把握できた。 「も、もしかして、違った……!? おっぱいで挟まれても、嬉しくない!?」 「まさか。俺もこういうので悦ぶ男子の一人だよ。けど、どっちかっていうと……」 「どっちかって、いうと……?」 「……ゆずこが、俺のためを思って頑張ってくれてるっていうのが、嬉しい」 二人きりで、肌をさらけ出し合っているからこそ……こんな台詞も、口にすることが出来る。 「そ、そっか……それじゃあ私、頑張るねっ……」 「大好きだからっ……、いっぱい悦んでもらえるように……いっぱい、いっぱい頑張るねっ……!」 そう言って、ゆずこは再度自らの胸に手を添え…… 「ん、んんっ……!」 柔らかなおっぱいを捏ねるようにしながら、中心に挟み込んだ熱いモノを圧迫し始めた。 「ん……ふぁっ……わっ、熱いっ……もう、こんなに……」 「はぁ……ん……んぁっ……おち○ちん……すっごく熱いよぉ……ん、んんっ……」 竿全体を包み込んだ膨らみが、眼下でたぷたぷと上下する。 「おち○ちんの熱さが、おっぱいに伝わってきて……ずっと触れてたら、火傷しちゃいそう……」 二人きりの静かな室内で、ゆずこの吐息と衣擦れの音だけが響く。 「ね、ねえ……これ、本当に気持ちいいの……?」 「ああ。じゃなきゃ、こんなに熱くならないって」 「そ、そうだよね……ん、んっ……あっ……」 不安そうな表情を浮かべていたゆずこが、俺の先端を見て小さな声を上げた。 「これ……先っぽから、透明なおつゆが出てきてる……よかった、ちゃんと感じてくれてるんだ……」 その事実に安堵しながら、ゆずこは再び自分の乳を上下させだした。 「ん、んっ、んんっ……んぁっ……はぁ、んん……」 これまでよりも荒く、それでいてリズミカルに。 「ふぁ、あっ……ん、んぁっ……はぁ……はっ、んんっ……ん、んんっ……」 そうすることで、竿を伝っていた我慢汁が谷間を濡らし……それは瞬く間に、潤滑油と化していく。 「ふぁっ……すごい……おち○ちんから出てきた、エッチなおつゆで……私のおっぱいが、ヌルヌルになって……」 「これ、さっきよりも擦りやすくなったかも……ん、んんっ……!」 胸の間が粘膜まみれになることで、室内に響き始めるいやらしい水音。 それが大きくなるにつれて、ペニスに伝わる刺激も段々と強さを増してきた。 「ふぁあ……おち○ちんから、エッチな匂いがしてきたよぉ……ん、はぁっ……」 「こんな近くで、こんなエッチな匂いを嗅がされたら……はぁ……私っ……ん、んんっ……」 太ももをもじもじとさせながら、夢中になってパイズリを続けるゆずこ。 「うっ……!」 かくいう俺も、最初の頃は問題なかったけど……段々、余裕がなくなってきたっ……。 「はぁっ……すごい、すごいよぉっ……おち○ちん、いっぱいビクビクってしてっ……ん、んんっ……」 「私のおっぱいの間で、破裂しそうなくらいに膨らんでるの……全部伝わってきちゃう……ん、はぁっ……はっ、はぁっ……」 エッチなスイッチが入っているのか、ゆずこはうっとりとした表情で俺の亀頭を見つめている。 「先っぽから、エッチなおつゆもどんどん溢れてきて……ふぁっ……ダメぇ、もったいないよぉっ……」 その一言に、疑問を覚えた瞬間―― 「ん、ちゅっ……」 ゆ、ゆずこの舌が、亀頭にっ……! 「ん、れろっ……んりゅっ、ちゅ、ちゅるっ……」 「うっ……ゆ、ゆずこっ……!?」 「ぺろぺろ……ん、ちゅっ……んんっ……れろっ、ちゅ、ちゅぷっ……」 子猫がミルクを舐めるように、ゆずこが亀頭の先端に滲み出た我慢汁を舌先ですくい取っている。 「ちょっ、ゆずこっ……」 「ん、ちゅるるっ……ん、どうひたの……? ん、れろれろっ……」 「あ、いや……」 パイズリだけなら、まだまだ堪えられると思ってたけど…… 「んっ……待っててね。今、いっぱい気持ちよく、してあげるからぁっ……ん、ちゅる、ぺろぺろぺろっ……」 その愛らしい口で、一番敏感な部分を責められるとなるとっ……! 「ん、んんっ……ふぁっ……おち○ちん、いっぱいビクビクしてるよ……」 「ね……これ、気持ちいいの……? ん、ちゅっ……」 亀頭を舐めるようなキスをされて、たまらず腰が浮いてしまう。 「あ、おち○ちんがビクンって震えた……気持ちいいって、お返事してくれたんだ……♪」 独りでに反応したペニスを誉めるかのように、ゆずこが舌先で裏筋を撫でてくる。 「ん、ちゅっ……れろっ、ちゅ、んんっ……はぁっ、はっ……ん、んんっ……」 それに加えて、左右から竿を包み込んでくるこの感触……こ、これはっ……! 「ゆ、ゆずこっ……俺、そろそろ……」 「うんっ……いいよ、出して……? いっぱい、いっぱいピュッピュってして……?」 「私が、全部受け止めるからっ……くんのせーえき、全部受け止めてあげるからっ……」 その決意を表すかのように、ゆずこのパイズリはより一層激しさを増し…… 「ん、んんっ……! ちゅっ、れろっ、ちゅぷっ……ん、んちゅっ、ちゅるっ……!」 温かな舌先は、亀頭を包み込むようにうねっていく。 「ぐっ……!」 愛しい彼女に、これだけ献身的に奉仕をされて…… 何とか今まで踏ん張ってきたけど、これ以上は……もうっ……! 「んん、ふぁっ……おち○ちんのビクビクが、どんどん激しくなって……、もうイきそう……?」 歯を食いしばりながら、数回頷くことしか出来ない。 「んっ、いいよっ……我慢しないで、全部っ……全部、出していいからっ……れろっ、ちゅぷっ……!」 「おち○ちんビクビクさせながら、ドピュドピュって……いっぱい、いっぱい射精していいからぁっ……!」 ゆ、ゆずこのパイズリが、さらに激しくっ……!! 「いつでも、大丈夫だからぁっ……! んちゅっ、ぺろぺろっ……! 私のおっぱいでっ、ん、ふぁっ……くんの大好きなおっぱいでぇっ……!」 「頭が真っ白になっちゃうくらいっ、いっぱい気持ちよくなってぇっ!!」 「ひぁっ!? ん、んんっ……!」 ――その言葉に導かれるように、視界が白く明滅して…… 「んっ、んんっ……!」 股間が蕩けるような感触を経て、射精に達したのだと気付く。 「ん、んくっ……んぷっ、ん、ちゅるっ、ぷちゅっ……」 少しずつ、意識が戻りかけたところで……俺は目を疑ってしまった。 「んむっ……ん、んんっ……! んちゅっ、ちゅ、んくっ……」 ゆずこ……射精しているペニスに、口をつけて……飲んで、くれてるのか……? 「んっく……ん、んむっ……ちゅ、ぺろっ、んちゅるっ……」 細い喉をこくこくと鳴らして、勢いよく噴き出す白濁液を懸命に嚥下していくゆずこ。 自発的に、そんなことまでしてくれるなんて……どこまで、献身的な彼女だろう。 「ん、んんっ……んく……ふぁ……はっ……はぁ……」 やがて、上目遣いにこちらを見つめてきたゆずこが、小さく口を開いて舌を出す。 全て飲み干したことを証明するその様は、まるで誉めてもらえることを待つ子犬のようで……俺は、優しくゆずこの頭を撫でた。 「えへへっ……彼方くん、初めての時よりいっぱい出てる気がする……」 「そう、か? 自分では、よく分からないけど……」 「これって……あの時よりも、彼方くんが気持ちよくなってくれたから、なのかな……?」 「……かもな」 射精が終わった後でも、俺が気持ちよくなれたかどうかを気にしてくれるゆずこ。 こんな子が、彼女になってくれて……俺は、本当に幸せ者だな。 そんな想いを口にする代わりに、俺はゆずこの細い身体を優しく抱き上げて―― 「んっ……」 制服をはだけさせつつ、ベッドの上に押し倒した。 「ふふっ……ぎゅーっ……♪」 俺は身体を覆い被せるようにして、ゆずこの魅力的な裸を組み敷いている。 そんな俺に甘えるような形で、ゆずこがぎゅっと抱きついてきた。 「……こうしてると、温かい……」 ゆずこが足を交差させることで、二人の下半身はより広く密着する。 「あなたの体温が、直接肌に伝わってきて……なんだか、凄く安心できるの……」 「不安とか、心配事とか……そういう気持ちを、全部溶かしてくれる……」 真っ直ぐに、ゆずこがこちらを見つめてくる。俺は、その瞳に吸い寄せられるようにして…… 唇を重ね合わせることで、胸の内から溢れ出る思いを伝える。 「ふぁっ……んんっ……」 そこから体勢を整えようとしたところで、ゆずこが軽く身悶えた。 「こうやって、ぎゅーってしてるから……おち○ちんが、さっきからずっと擦れちゃってる……」 それを確かめるべく、軽く腰を揺らすことで…… 「あっ、ん、ダメ、だってばぁっ……く、くすぐったいよぉっ……」 反り返ったペニスが互いの下腹部に挟まれて、ビクビクと脈打ってしまう。 「ゆずこ……もう、大丈夫?」 「うん……へーきだよ」 俺の問いかけに、腰回りに絡みついているゆずこの両脚が軽く緩むのが分かった。 「さっき、おち○ちんをおっぱいで気持ちよくしてたときから……もう、ずっとふわふわしちゃってて……」 「早く、一緒に気持ちよくなりたいなって……そんなことばっかり、考えてたから……んんっ……」 先端を割れ目に宛がうことで、身をもって実感する。 「……濡れてる……でしょ?」 ゆずこの大切な箇所が、とっくに俺を受け入れる準備を済ませているという事を。 「だから……きて? 私の、中に……」 その誘いに促されるままに、俺はゆっくりと腰を落として―― 「んっ、んんっ……あっ、んぁっ、ひゃぅうううううっ……!!!」 熱を帯びたゆずこの膣内に、ペニスを送り込んでいく。 「あっ、ん、んぁっ……! はぁっ、ん、んんんっ……!」 奥へ、奥へと押し込む度に、ゆずこの身体が小さく震える。 「ふぁっ……はっ、あぁっ……きてる、きてるよぉっ……ん、んぁっ……」 「っ……あぁっ、おち○ちんっ……私の、奥の方までっ……ズプズプって、入ってっ……ん、ふぁあっ!」 最後の一押しを受けてか、ゆずこが一際大きな喘ぎをこぼした。 「んっ……はっ、はぁっ……ぜ、全部、入ってるの……?」 「ああ……根元まで、全部っ……」 付け根の部分が密着していることを肌で感じたのか、ゆずこが嬉しそうにはにかんだ。 「あ、はぁっ……やっぱり……この瞬間が、一番幸せ……」 「気持ちいい、とか、そういうことよりも……大好きな人と、繋がってる、って……実感できる、この瞬間が……」 「……今日は、好きなだけ……エッチなこと、していいからね……?」 耳元で囁くように誘われて、たまらず下半身に血が通ってしまう。 「だって今日は、特別な日なんだから……だから……ふぁっ!?」 ゆずこの言葉を最後まで待てず、本能的に腰を動かしてしまう。 「ん、ふぁあっ……! あっ、ん、んむっ……ん、んんんっ……!」 そんな俺の勢いに負けじと、懸命にしがみついてくるゆずこがまた愛おしいっ……。 「んっく、ん、ふぁっ……! あっ、ん、んんーっ……!」 俺の肩に顔をうずめるようにして、懸命に声を堪えようとしているのは……ハインのことを、気にしているんだろうか。 「ひゃうっ!? あっ、ん、んむぅっ……ん、んんっ……んっ……!!」 「ゆずこ……?」 「んんっ……ふぇ? なに……?」 「ひょっとして……声、我慢してるのか……?」 「だ、だって、隣にハインちゃんが……」 その答えが予想通りすぎて、思わず笑いそうになってしまう。 「それなら別に、気にしなくていいと思うけど」 「えっ、な、なんで……?」 「さっき、DVDを見てるからお構いなくって言ってた時……ヘッドホンを手にしてただろ?」 「そう……だったような」 あれは多分、ハインなりの気遣いなのだろう。と、個人的には解釈している。 「だから、大きな声を出しても大丈夫。ハインには聞こえないよ」 多分。 「そ、そっか……なら、我慢しなくても大丈夫、かな……」 「それに、仮に声を聞かれてたとしても……ゆずこはエッチな女の子だから、興奮しちゃうんじゃないか?」 「ふぇええっ!? し、しないもんっ! 私、そんな変態さんじゃないよぉっ!」 俺を非難したいのか、ぽかぽかと胸を叩いてくるゆずこ。全く痛くないので可愛さしかない。 「とにかく、余計なことは気にしなくて大丈夫、だから……」 「あっ……ん、ちゅっ……」 今は、二人の行為に集中しよう。そう口にする代わりに、唇を重ねる。 「ふぁ……ん、んぁっ……あっ、あぁっ、んんんっ……!」 そして、組み敷いたゆずこの内部を擦るように、腰を打ち付けていく。 「ひゃぁんっ! あっ、んっ、んっくぅっ……!」 「おくっ……おく、まで、きてるよぉっ……! 熱くて、硬いおち○ちんがっ……私のおま○この中でっ、暴れてるのぉっ……!」 ひんやりとした空気が漂う室内で、二人の密着した箇所だけが熱を帯びている。 「あっ、あ、あぁっ……! ん、はぁっ、あっ、あぁっ……! ひゃっ!? ん、んんっ……!」 激しく擦れ合う性器は言わずもがな、下腹部や胸などは、冬だというのに汗をかいて…… 「ん、んぁっ……! やっ、あぁっ……これ、乳首ぃ、擦れてぇっ……」 「感じすぎて、勃起しちゃった乳首がぁっ……あなたの身体に当たって、ジンジンしちゃうぅっ……!」 俺の胸板に擦れることで、その存在を主張してくるゆずこの乳首。 「ひぅううっ……! んっ、んぁっ、あっ、あぁっ……! はっ、ん、んんんっ……!」 コリコリとしこった二つの突起は、摩擦による刺激でますます芯を硬くしていくのが伝わってくる。 「あっ、ダメ、ダメっ……わ、私、もうっ……イッちゃいそうだよぉっ……」 縋るような声で、ゆずこが俺の耳元に囁く。それと同時に、腰回りの細い脚がキュッと締まるのが分かった。 「なら、このままっ……」 「あっ……ま、待ってっ……!」 ラストスパートをかけようとしたところで、ゆずこが慌てたように俺の肩を掴んだ。 「え……えっと、今日は、その……」 ……ああ、なるほど。 「分かった。それじゃ、外に……」 「う、うん……ごめんね……ひゃぁんっ!?」 謝る必要なんてないのに、申し訳なさそうな顔をするゆずこ。 「あっ、ん、んんっ……! ふぁっ、あっ、はぁっ……ん、んんっ、んぁっ……!」 そんなゆずこがおかしくて、それでいてたまらなく愛おしい。 「あぁっ……! 激しいよぉっ……! んっ、はっ、あぁっ……!」 「お、おくぅっ……! おま○このっ、一番深いところまでぇっ……あっ、あぁっ! 届いてるぅっ!」 興奮と熱に浮かされて、頭の中がぼんやりとしてきた。 「ひぁああんっ! ふぁっ、あっ、あぁっ……! 気持ちいいっ、気持ちいいよぉっ!」 理性が剥がれ落ちていく代わりに、俺の身体は獣のようにゆずこを求めてっ……。 「おま○この中でっ、おち○ちんが激しく擦れてぇっ……! あっ、あぁっ、ダメぇっ、イッちゃうっ! イッちゃうからぁっ!!」 身体の震えや喘ぎ声、ゆずこの反応が大きくなっているのを感じた俺は、夢中になって腰を振る。 「おま、○こっ、感じすぎてぇっ! おかしくなっちゃうっ! おかしくなっちゃうぅううっ!!」 これは、そろそろっ……! 「ふぁぁ……あぁぁっ! 一緒っ、一緒にぃっ! 一緒にイッてぇっ!!」 「ああ、一緒にっ……」 って、あれ……? 「大好きなあなたと、一緒にぃっ……! 一緒に気持ちよくなりたいのっ! 一緒におかしくなりたいのぉおおおっ!!」 「ちょっ、ゆずこ……?」 ゆ、ゆずこの脚が、俺の腰を思いっきりホールドしてっ……! 「おま○こぉっ! おま○こイッちゃうぅっ!! もうっ、もう限界なのぉおおおおおっ!!」 「大好きな、あなたのぉっ! 熱くてっ、硬いおち○ちんにメチャクチャにされてぇっ! んんっ! あっ、あぁあああっ!!」 「もうっ、ダメぇっ! ダメなのぉっ! イくっ! イッちゃうっ!!! イッちゃうぅうううううううううううううっ!!!!!!」 「うぁっ――!!!」 「ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!!!!!!」 ――最後に残った一欠片の理性で、なんとか腰を引き抜こうとしたものの…… 「ひゃぅうううううううっ!!! んっ、んんっ……! んぁっ、はっ、あっ、あぁっ……!!」 絶頂へと登りつめるゆずこに、腰回りをがっちりと固定された結果…… 「あっ、ん、んんっ……! んぁっ、はっ、はぁっ……あっ、あぁっ……」 健闘虚しく、俺のペニスはゆずこの中で盛大に果ててしまった。 「はっ……はぁ……ん、んぁあっ……はぁっ……ふぁっ……」 果たして、ゆずこはこの事実に気付いているんだろうか……。 「ん……ふぁ……彼方くんのぉ……熱いの、中に、いっぱいぃ……♪」 ……気付いてない気がする。 「あの……ゆずこ?」 「ふぇ……? どうしたの……?」 「その……今日って、ダメな日だったんじゃ……」 「え……? …………」 俺の顔と繋がったままの下腹部を、二回ほど交互に見てから…… 「ああーーっ!!」 余韻に浸ることを許さないゆずこの悲鳴が、室内に響き渡った。 「ど、どうしようっ……! 私、そのっ、夢中になっちゃってて、全然気付かなくてっ……!」 「ダメな日だ、って、自分から言ったのに……もし、出来ちゃったら……」 そう口にして、ゆずこがおずおずと俺を見つめてくる。 その瞳には、不安とは別の感情が確かに映っている気がして、俺は―― 「……もし、そうなったら……色々、ちゃんとしないとな」 「だって、俺は父親に、ゆずこは母親になる、ってことだろ?」 学生とはいえ、責任能力はそれなりにあるつもりだ。経済的な苦しさはあるかもしれないけれど、そこは死ぬ気で努力をする。 第一、子供が出来て困る。なんて中途半端な気持ちで、俺は目の前にいる彼女を好きになったわけじゃない。だから…… 「だから、その時は……二人で一緒に、これからのことを、真剣に考えような」 「…………うんっ……♪」 満面の笑みを浮かべたゆずこの頬に、一筋の涙。 俺はそれを指先で拭い、そっと顔を近付けて―― 「……ちゅっ」 胸の内からこみ上げる幸福感を分かち合うために、愛する彼女にキスをした。 「こらー、ちゃんと靴履きなさーいっ」 ゆずこがそう注意したが、我が愛娘はキャッキャッキャッキャとはしゃぐばかりで、きちんと靴を履こうとしない。 「元気が良くていいじゃないか」 「もう、パパは甘いんだから。ほら、ママとどっちが先にお靴履けるか競争だよ?」 競争という言葉に娘は反応して、一生懸命マジックテープを留めて靴を一人で履いてみせた。 「うんっ、出来たね。偉い偉い」 大したもんだな、とその子育て手腕に感心する。 「よしよし、パパと手を繋ごう」 俺はもっぱら甘やかし専門だ。 「ふふっ、ママとも繋ごうねー」 小さな両手は大きな二つの手に包まれる。 そんな娘の様子を見て、ゆずこが心底嬉しそうな笑みを浮かべた。 「……彼方くん、私とっても幸せよ」 「彼方くんがいて、この子がいて。私の家族が私を優しい気持ちにさせてくれるの。いつも」 「それは俺も同じだよ。なぁ、ゆずこ。ゆずこが幸せな時は、俺達も幸せなんだ」 「じゃあ幸せがどんどん膨らんじゃうね」 「ははは、そうだな」 「えへへ。……夢が叶っちゃったな。子供の頃からの大切な夢」 「自分の家族が出来たら皆でご飯を食べたりしながら、毎日を迎えるっていう夢だよな」 ささやかな、でもとても大切な夢。 「そう、私の夢」 そう言って笑ったゆずこの笑顔はあの頃のままだ。 「この子もいつか、互いの幸せを願える人と出会えますように」 「うぅっ、そういう話はやめてくれ。娘さんを俺に下さいなんて言われたら……あー、いかん! 想像だけで卒倒しそうだ」 「もー、パパったら」 「ハハハ。さて、行こっか」 「お天気もいいし、絶好のピクニック日和だね」 ゆずこがお手製のランチを入れたピクニックボックスを掲げた。 今日は家族で近所の公園でピクニックだ。 玄関扉を開けると温かな春の日が差し込んで来る。 穏やかな春の匂いに包まれながら、俺は愛する家族の手をぎゅっと握りしめた。 声を揃え、勢いよく抜いた割り箸の先は、赤色に塗られていた。 パートナーは――と見回すと、リリー先輩がニヤリと笑っている。 「私が当たりだ」 「当たりって……」 「黛も当たりだったようだな」 「当たり……というかハズレというか」 「……………………この二人なんだ」 「良かったぁ〜。肝試し行かなくて済んだぁ〜っ」 「ゆず、もう一度お風呂にでもいかない?」 「うん、そうだね。のんびりしに行こっか」 「じゃあ私とひなちゃんはトランプでもしよーよー」 「2人で熱いトランプってなると、スピードかな? へっへっへ、負けないよ〜?」 「ふっふっふ。私が“超絶技巧! スピードのありえちゃん”って、呼ばれていたのを知らないな?」 「ありえは異常にスピードが得意なんだよね」 「げげっ!」 「意外な特技ね……」 「このありえ、たとえ道には迷おうとも、トランプの置き場所には迷うまい!」 呑気なもんだなぁ。 こっちはこの寒い中、鳴ヶ崎神社まで行かなくてはいけないというのに。 うぅっ、気が進まないなぁ。先輩は――――っと。 「ふんふふ〜ん♪」 めっちゃ乗り気だ。 目なんかキラッキラだし。 「……気を付けてね」 「? おう」 「いや……」 ティアが――――と言おうとしたのだが、当の本人は客室の片隅へと移動してしまっていた。 少し気になる態度だった気もするが、まぁいいか。 それよりも今は襖の前で早くもコートを着て、今か今かと出発を待ちかねているリリー先輩の方が気になる。 「さーて、黛ぃ! 支度は出来ているか? 問題なければ、すぐ行くぞ、やれ行くぞ、そら行くぞっ」 「はぁ、分かりましたよ。……行きましょうか」 「ああ、そうしよう♪」 先輩がこうなった時は、どう抵抗しても無駄という事を今までの付き合いで、十二分に分かっている。 よっし、こうなったらもういっそトコトン付き合うか! そうだな、そうしよう! あーっはっはっは…………はぁ。 「いやぁ、楽しみだなぁ!」 「元気ですね……。寒くないんですか?」 と、問う間にも冷たい風が身を凍らせる。 「寒っ!」 「軟弱者め。 よし、私が温めてやろう」 「わわっ、急に両手を広げて迫ってこないで下さいっ」 「ウブなやつめ」 「ムッ。リリー先輩こそ怖い事が起こって、夜寝られなくなっても知りませんからね」 「何を言うか」 「今日はヌイグルミも持ってきてないでしょうし。毎日羊のヌイグルミを抱いて寝てるんですよね? 無くてもちゃんと寝られます?」 「なっ!? な、なぜ黛がムフロンの事を知っている?」 「あれ? 前に話してくれませんでしたっけ? 名前までは知りませんでしたけど」 「……そうだったか?」 「違いましたっけ?」 じゃあどこで聞いたんだっけか。 「うぅむ、ムフロンの事は私以外は知らないはずだからな。おそらく何かの折にでも、口から出たのかもしれん」 「しかしまぁ、ムフロンが居らずとも――」 リリー先輩が俺の目を見つめて、不敵な微笑を浮かべる。 先輩のこの表情……とんでもない事を言われそうな気がするぞ。 「……な、なんです?」 「黛が添い寝してくれればいいだけの話だしな」 「っ!? な、なにをっ」 「ははは、顔がまっ赤だぞ。本当に黛は可愛いな」 「うぅっ、先輩には敵いませんよ」 「はっはっは。さぁ、無駄話はここまでだ」 「体が冷え切る前に、鳴ヶ崎神社に急ぐぞ」 颯爽と歩き出したリリー先輩の背を慌てて追いかける。 とにかく鳴ヶ崎神社に行きさえすれば、リリー先輩も満足してくれるだろう。 「どうだ黛。いるか? 出てるか? 来ちゃってるかっ?」 「リリー先輩、騒ぎすぎです」 鳴ヶ崎神社に到着するなり、辺りをキョロキョロと落ち着きなく見回すリリー先輩。 本当にこういうのが好きなんだよなぁ。 「確かにこういう時は、静かにしているのが礼儀というものだな。私とした事が……」 肌を刺すような風が空気を切り裂いた。 その鋭い風の音に乗って、俺達以外の声が聞こえた――――気がした。 慌てて周囲に気を配る。 気のせいか? ……いや、違う。気のせいなんかじゃない、確かな視線を感じる。 どこだ? どこから……? ――――あそこか! 「どうした黛。……まさかっ!」 「そのまさかです。奥の雑木林から何か……来ますっ!」 「でかしたっ!」 目が輝きすぎですよ、先輩。 普通の女子なら『キャーッ!』とか『怖いよ、彼方くん!』とか言う所だが、この先輩に限ってそんなセリフが出てくるはずもない。 「どこだ? どっちだ?」 「こっちに向かって来てますよ、ほらもうすぐそこ――――っ!」 すぐそこに来ています、と伝えようとした丁度その時にはもう、若い男の霊は俺達の目の前に立っていた。 「……ななこ、ななこなのか?」 「ななこ?」 リリー先輩を上から下までゆっくりと眺めた後、若い男は懐かしむように目を細めた。 「ななこ……。あぁ……」 「なんだなんだ、そこに誰かがいるのか? ズルいぞ黛、詳しく実況してくれ!」 「リリー先輩、ちょっと落ち着いて下さい」 そうだった。 オカルト大好きのくせに、霊感の類が全くないんだよな、この人。 「これが落ち着いていられるかっ!」 「リリー先輩っ、興奮しないで下さいって! ちゃんと説明しますからっ」 「本当だな? しっかり教えてくれたまえよっ!」 「えぇえぇ、もう間違いなくっ」 「……うむっ」 俺の腕をグイグイと引っ張りながら、慌ただしく辺りを見回す先輩を何とか落ち着かせる。 「リリー? ななこじゃないのか?」 「この人は大山莉璃さんです」 「そうか……。妹に、とてもよく似ていたから」 「妹さんに?」 それで俺達を見つけて何の警戒もなく近づいて来たのか。 「そうだ。私が謝りたくても、謝る事が出来ない妹だ。……君は霊力が強いな」 「えっ? 強いという程の力ではありませんが……」 「自分で気付いていないのか? 君の霊力はとても強い」 そんな事を急に言われても戸惑う事しか出来ない。 確かに父さんは、とてつもない才能と力を持っている。 だがだからと言って、俺にまでその力が伝わっているかは分からない。 「とても……不躾な願いなんだが」 「何でしょう?」 若い男の幽霊からの不躾な願い。 良い予感などするはずもない言葉だが、何故か俺はこの男を拒絶する気にはなれなかった。 この男からは悪意や憎悪という感情が、微塵も感じられないからかもしれない。 僅かな時間ためらいを見せた後、若い男は思い切った様子で口を開いた。 「……良かったら少しの間だけ、その体を貸してはくれないだろうか」 「体を……?」 「ああ、どうか警戒しないでくれ。私はただ謝りたいだけなのだ、妹に。……それが出来ないのならせめて、妹によく似た彼女に話だけでも聞いて欲しい」 「なんだ黛、さっきから何を話しているんだ?」 リリー先輩は俺の言葉から会話を想像する事しか出来ない。 理解が及ばぬという顔で、俺の様子を覗き込んできた。 「彼女に直接私の声が聞こえれば話は早いのだが、どうやら彼女は全く私の事を感じ取れないようだ」 「リリー先輩には霊感の類はありませんから。……そこで俺の体、ですか」 霊を自分の体に下ろした事など一度もない。 そもそもがそんな事が可能なのかすら危うい。 だが目の前の男は俺に向かって泣き出しそうな瞳で、真摯にただひたすらに俺の返事を待っている。 「もし……ちゃんと出来たとして、それで……それで先輩に話を聞いて貰ったら、あなたはちゃんと旅立てるんですか」 「私をこの世に縛り付けているのは、妹への悔恨と懺悔への未練だけだ。それが叶えば、自然俺はこの世から消滅する。……約束する。君に迷惑はかけない」 「……正直そういった憑依的な事は、一度もやった事なんてありません」 「一つの体に二つの意識が入る事を、俺の体が拒むかもしれない。いや寧ろ、あなたを受け入れる事が出来ない可能性の方が高いと思います」 「もちろんその時は諦める。……だが君のような霊力の高い人間、そして妹によく似た彼女。こんな状況は今後、もう二度と起こらないだろう」 「私にはもう、君に賭けるしかないんだ。いや、君達に……」 「……俺には最早時間の概念は無いが、それでも多分何十年もこの世を彷徨った。やっと……やっと出会えたんだ。勝手な願いだとは思うが……」 ――――何十年か。 愛しい人への懺悔の気持ちを抱きながら、時間その物を失う程に〈彷徨〉《ほうこう》するのはどんな気持ちだろう。 それは暗く悲しく、ただただ後悔し、心を失い、在りし日の事を思いながら毎日を消化して。 ――――ああ。その感情を持っていたのは、他でもない。 ……俺じゃないか。 この人は過去に戻る前の俺と――――同じなんだ。 「……分かりました。出来るかは分かりませんが、やってみましょう」 「ほ、本当か?」 「有難う、なんと礼を言えばいいのか……」 「お礼は成功してからでいいですよ」 俺へと頭を下げようとした霊体を手で制し、リリー先輩の方へと向き直る。 「お待たせしました、リリー先輩」 「なんだ、やっと説明してくれるのか? 随分と話し込んでいるようだったから、黙って見守っていたのだが」 「はは、ご協力有難うございます。それで目の前に男性の霊がいるんですけど、妹さんに悔恨の思いがあるそうなんです」 「妹に?」 「はい。それでその妹さんは、とても先輩に似ているらしいんです。だから先輩に、代わりに話を聞いて欲しいって」 「そう、なのか……。勿論協力はしたいと思う。思うがしかし私には、全く見えも感じもしないのだ。……どうしてやる事も出来ん」 先輩は悔しそうに形の良い眉をしかめた。 オカルト好きで、ただただ面白がっているだけの人じゃない。 先輩はいつだって真剣で、そして本当は誰よりも思いやりが深い。 「……今からこの霊を、俺の体に降ろしてみようと思うんです」 「降ろす……憑依させるという事か!? 黛、君はそんな事が出来たのか!?」 興奮気味に目を見開いた先輩に、だが俺は静かに首を横に振った。 「……出来るかどうかは分かりません、やった事なんてありませんから。……ただ出来るような気がしています」 「もし成功したとして、その間は俺の意識は俺の中のどこか奥深くで、眠る事になると思うんです。リリー先輩、一人でも霊との対話って大丈夫ですか?」 「願ってもない展開だ」 ああ、こういう人だった。 先輩にとっては要らない心配だったな。 「それじゃあ、やってみます」 「っ! 重ねて聞くが……良いのか?」 「ええ。あなたは悪い人じゃなさそうだし、それに……」 ……あなたはティアと出会う前の俺だから。 「……いえ、何でもありません。気にしないで下さい。それじゃあ手を、貸して頂けますか?」 「あ、ああ……」 男が戸惑いながら伸ばしてきた手を、そっと握り返して意識を自分の奥深くへと集中させる。 握った指や触れた掌から、男の感情が少しずつ流れ込んで来る。 後悔、謝罪、たらればに縋る空想。 その感情の波に飲み込まれるように、意識がずっとずっと深い部分へと押し流されていく。 薄れゆく意識の中、喘ぐように大きく息を吸い込んだ――――瞬間、瞼の裏を強烈な光が支配し、俺の世界が真っ白になる。 「お……おぉぉぉぉおぉぉぉぉ……あぁ、あぁぁあぁぁぁ……」 真っ白な世界で自分以外の意識、自分以外の感情、自分以外の匂い、自分以外の色が一気に流れ込んで来る。 それらに道を譲るようにして、俺は深い眠りの底へと落ちて行った――――。 「なな、こ」 「黛……っ! そんな……顔つきがまるで違う」 「ああ、ななこ。私が分かるんだね。私を見てくれるんだね。お前の瞳に再び私が映される日が来るとは思わなかったよ……」 (黛は彼の妹と私がよく似ていると言っていた。この男は私を妹として認識しているのだな) 「ななこ、お前には本当に悪い事をした」 (……話を合わせておくべきだろうな) 「いいのよ、兄さん」 「お前にあんな思いをさせて、私は……。いや、私の悔恨などどうでもいい。ただ、ななこ――お前が救われてくれれば」 「私が……救われれば? ねぇ、兄さんは? 兄さんは救われないの?」 「私には……救いを求める資格などない」 「救いに資格が必要なの?」 「……必要だよ。誰彼の罪も救済してくれるほど、世界は優しくないんだ」 「だがそれでも……誰だって救われたいはずじゃないか」 「誰だって救われたいはずだろうっ。後悔もする悔恨もある、でも、それでも救われたいと思ってしまうのが人間なんだ」 「こんなのは傲慢だ。身勝手なエゴイズムの発露だ。だけど……それでも、今じゃなくても、いつかは……いつかは救われたいと思ってしまう」 「そんな資格が無くとも! 一生を闇で過ごすのが当然の報いだとしても!それでも……」 「それでも人は……願ってしまうんだ」 「あなたがどれ程の時間を、彷徨っていたのかは分からない。私が贖罪になれるはずもない。だけど……それでもっ……」 「己の弱さを棚に上げた都合の良い願いだ。〈驕慢〉《きょうまん》な救いようの無い欲だ。だけどせめて謝罪したい。そしてその謝罪という行為こそが、救いじゃないか……」 「泣いてくれてるのかい? こんな、私の為に」 「有難う、あなたは優しい女性だ」 「違う、私はっ」 「妹によく似た優しいあなた。あなたに私の我儘を、一つだけ聞いて欲しい」 「我儘?」 「あなたに微笑んでもらいたい。妹はいつも笑っていたから。それで私は別れを告げられる、この世界に」 「分かっているんだ。ここで後悔していても、仕方のない事だという事は。ただ……きっかけが欲しかった。この世界を手放すきっかけが」 「そう、か。…………分かった」 「ななこ」 「…………ふふっ」 「ああ、ななこ……! 有難う、有難う、本当に有難う……! これで、私は――――」 「っく! なんだ、どうした?  おい、黛っ、黛!」 「……うぅ……ん」 白い世界が不意に消え失せたかと思うと、意識の奥底から急速に自我が引き上げられた。 ぼやけた視界の中で、リリー先輩が必死に俺の名前を呼んでいる。 「黛! しっかりしろ! 黛!」 「……せん、ぱい」 「黛!」 「あぁ、そうか……俺」 戻ってきたんだ。 あの若い男の霊から体を返されて。 「大丈夫か? どこか不調はないか?」 「あ、あぁ……と……。大丈夫、みたいですね。どこも何ともないです」 心底安堵した様子で、緊張感に包まれていたリリー先輩の表情が一気に柔らかくなる。 「俺……何だか意識がこっちに戻る時に一瞬ですけど、あの男性とリリー先輩によく似た女性が、光の中に消えていくのが見えたような気がします」 「そうか……。彼はきっと妹さんに会えたのだろうな」 そうかもしれない。 いやそうだと信じたい。 「……それより先輩の方こそ大丈夫ですか? 瞼の端が何だか赤いですよ」 「いや、これは……っ」 「何かあったんですか?」 「俺は先輩からしたら頼りない後輩かもしれません。でも頼りない後輩だって、話を聞くくらいは出来ますよ」 「ははっ、黛には誤魔化しが効かないな」 目尻に残った僅かな涙をグイッと拭うと、リリー先輩は思い切ったように一度大きく頷いた。 「……あの男性と話して、少し思う所があってな」 「思う所、ですか」 「黛。今のような憑依は、また出来るのだろうか?」 「やってみない事には分からないですけど……どうしたんですか? 本当に少し変ですよ」 「……長い話になるが、聞いてもらえるか」 風の冷たさや薄暗い闇は、もう気にならなかった。 今はただ先輩の話を聞きたい。 俺の想いはそれだけだった。 「……私に妹がいるのは知っているだろう」 「もちろん知ってますよ。リリー先輩いつも、可愛い可愛いって自慢してるじゃないですか」 「ああ、そうだ。可愛いよ、とても」 「そんなに可愛いなら、一度お会いしてみたいですよ」 はは、と笑おうとした所で、ハタと目を見開いた。 先輩の表情が、今まで見た事が無いほどに沈んでいたからだ。 「……妹は、ずっと眠ったままなんだ」 眠ったまま? ……どういう事だ? 「妹が昏睡状態に陥ってから、もう10年になる」 「何とか意識を取り戻して欲しいと、方々手を尽くした。だが名医と言われる先生方に診せても原因は不明、打つ手なし」 「目覚めない以外は身体的にも異常は見られず、ただ眠っているだけだから呼吸器等も必要が無い。……だから妹は家にいる。ずっと」 「だが妹は何も出来ない。ベッドに横たわって、日に二度の栄養点滴を受ける。それを繰り返すだけの毎日だ」 かけるべき言葉が見つからない。 己の不甲斐なさに歯噛みした。 「笑う事も怒る事も食べる事も排泄する事も叶わない10年だ。……そんなの死んだも同然じゃないか」 「命があって良かったと思う気持ちは当然あるんだ。だけど同時に、こんな生に意味があるのかとも思ってしまう」 「そしてそんな風に妹の生を疑った時には、酷く落ち込む。妹の命は妹の物なのに、自分は何を考えたのかと」 ……そう思う先輩を誰が責められるだろう。 楽にしてあげたいなんて、そんな感情はただのエゴかもしれない。 だけどそういう考えがチラッとでも浮かんでしまうのは、愛しい家族ゆえだろう。 「…………そして何より救えないのは……妹をそんな体にしてしまったのが、他でもない私だという事だ」 俺の顔を悲しい瞳で見つめた後、先輩は思い出を探るように静かに目を閉じた。 「……10年前の夏、私と妹は夏祭りに行こうとはしゃいでいた。私は早く花火を見に行きたくて、歩幅の小さな妹が少しだけ疎ましかった」 「だから私は妹をおいて、どんどんと歩いた。……気付くと妹は道路を挟んだ向かい側の歩道を、私に追い付こうと一生懸命歩いていた」 「早く来ないと置いてっちゃうよー、軽い気持ちで言った。妹は私に置いていかれまいとして、慌ててこちらへ駆け出した」 その先にどんな事が起きたのかは想像に易い。 だから先輩、辛いならもう――――そう言おうとしたが、喉が張り付く程の渇きが声帯を締め付け、俺の言葉は声にはならなかった。 「妹が急いで歩道を渡ろうとしたその時、突然車が飛び出してきて、妹は…………私の……目の前で…………」 「っ……、運転手は酒に酔っていた。前方不注意の過失傷害」 「だが私があの時、妹を急かさなければ――――いや、そもそもが幼い妹の歩幅に合わせて歩いていたら、あんな事には……ならなかったんだ」 「でもそれは……それはリリー先輩のせいじゃないですよ」 やっとの思いで月並みな慰めの言葉を口にした。 こんな言葉、何の意味もないのに。 「父も母もそう言ってくれた。周りの大人も、医者も、友人も。あれは事故なのよ、運転手の起こした事故なの、莉璃のせいじゃないわ――と」 「だけどダメなんだ、私がそう思えない。私はそう思わない」 「私はもう一度、もう一度妹と……エリカと話がしたいんだ。それで謝りたい」 リリー先輩……。 「毎日毎日エリカのベッドでごめんねって言っても、エリカは何も答えてくれない。泣き崩れても怒鳴っても、静かな呼吸音が返ってくるだけ」 「だけど……そんなのはもう嫌なんだ」 「許さないって、身勝手だって罵られたっていい。許して欲しいなんて思ってない。だけど……もう一度だけ……っ」 「もう一度だけ……エリカと話がしたい…………。どんな形でもいい、エリカの声が聞きたい……っ」 リリー先輩が、どうしてオカルト研究部なんて物を立ち上げたのかが、今やっと分かった気がした。 「……だから先輩は、降霊とか召還の類ばかりを研究していたんですね。妹さんの生霊を呼び出す為に」 「ああその通りだ。バカげているだろう? だがそれでも私はオカルトに縋った」 「現代医学では打つ手なし。原因は今もなお不明のまま。科学ではおよそ到達出来ない領域に、エリカはたった一人だ」 「もう一度妹と話をさせてくれるのであれば、怪しげなオカルトだろうと悪魔だろうと関係ない。どんなに泣いて叫んで祈りを捧げても、神は救ってくれなかったしな」 「だからって危なすぎるでしょう」 「全くだな。こういう時に人間は宗教に傾倒するんだろうな」 「またそんな穿った見方を……」 「地球は23度傾いていているからな。真っ直ぐ物が見たいなら、少しだけ斜めから世間を見るのは、実に理に適った事なんだよ」 「その結果がオカルトですか」 諦めたような声と同時に、決して諦めてなどいない瞳で、〈滔々〉《とうとう》とリリー先輩は語った。 ……先輩が俺をオカルト研究部に入れたのは、こういう事だったんだな。 「リリー先輩。俺を……俺をオカルト研究部に入れたのは」 「そうだ。自分の欲望の為だ。黛がお父上に対して、一言では言えぬ感情を持っている事は、理解しているつもりだ」 「だがそれでも私は自分の欲を優先した。エリカと話せる糸口が見つかるのなら、他の事なんて何も思い遣れなかった」 「…………だが」 リリー先輩が震えるように息を飲む。 俺はただ黙って聞き遂げる事にした。 「私のワガママに付き合ってくれるゆずこ、矢野口、久地――――そして何より黛。君達を見て、君達と過ごして……私は……」 「私は学園生活を楽しいと思ってしまった。そんな事、思って良い訳がないのに。エリカには何もないのに、私は……毎日が、充実していて」 「君達と一緒にいると、自分が普通の……何の罪もない人間のような、都合の良い錯覚すら覚えたんだ……」 「……卑怯者とは私の事だ。私は君に対してだって」 「っ」 リリー先輩の想いを知るには、もう十分だった。 これ以上リリー先輩の言葉で、リリー先輩を傷つけて欲しくなどない。 「……俺、やってみようと思います」 「ちゃんと出来る保証なんて無いです。さっき出来たのも、何となく波長が合っただけなんだと思います。俺には憑依させる自信なんてありません」 「だけど訓練します。学びます。先輩が何年もそうしてきたように。幸い部室にはその手の類の本なら、いくらでもありますからね」 「まゆ、ずみ……な、何を……君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」 「リリー先輩の妹を降ろすと言っているんです。これはその為の努力をするという宣言です」 「……ぁあっ!」 リリー先輩が崩れるような呻きを上げた。 その肩が震えているのは、決して寒さのせいなんかじゃない。 「リリー先輩、俺……頑張りますから」 「黛っ! 有難う……っ! 有難う……っ! わ、私は……私、は……っ」 「……俺は先輩には、いつも笑顔でいて欲しいんです。振り回されるのも、慣れてしまえばとても楽しいですし」 「ふふっ、そうか……はははっ」 泣きそうな声で笑ったリリー先輩が、俺の顔をスッと見上げた。 「……黛、私は君に何を返せばいいだろうか?」 「何も要りません。俺は……リリー先輩を支えたいだけなんです。好きな人には笑っていて欲しい、それだけですから」 「っ! そ、それって……つまり、黛は…………」 「……はい。リリー先輩が好きです。あれ? 気付いてませんでした?」 「き、気付くものかっ」 「あはは、そうでしたか」 「………有難う、黛。私のような人間を好きになってくれて。でも……」 「でも私は――――君の気持ちには応えられない」 ――――自分は罪人だから。 先輩の目がそう語っていた。 「……構いません。でも好きでいさせて下さい。それ位は許してくれますよね?」 「あ、ああ……だが……」 口ごもる先輩に向かって、俺は朗らかに微笑んだ。 俺なんかに気を遣ってほしくない。 だから精一杯の明るい声を出す。 「さ! 帰りましょうか。ゆずこ達が待ってますよ」 「っ! あ、ああ」 くるりと身を翻して歩き出そうとしたその時、先輩の手が俺の手をぐっと握りしめてきた。 「先輩?」 「ちがっ、こ、これはっ。その、無意識だ。ただの反射だ。そう、ちょっと躓いたせいだ」 「? そう、ですか?」 手を離してもう一度歩き出そうとすると、再び先輩の手が俺を引き留める。 「大丈夫ですか?」 「ちがっ、こんな事するつもりは無かったんだ。なのに黛が行ってしまうと思ったら……勝手に手が」 「どうかしたんですか? まだ話したい事があるなら、俺でよければいくらでも聞きますよ?」 「もう……やめてくれ……」 「リリー先輩?」 「優しくしないでくれ……自分の気持ちが……抑えきれなくなりそうだ。私は、私は幸せになんてなっちゃいけないのに!」 「幸せになっちゃいけないなんて、そんな事言わないで下さい」 「妹は……私のせいで……なのに私が…… 私は黛の事を好きだと言っていいと言うのか!? そんなの許されるものか!」 「リリー先輩! 俺の事を好きって……」 その言葉さえ聞かなければ抑えられたはずの感情が、思わず爆発しそうになる。 「っ! 違うっ、違う違う違う! 黛の事なんてなんとも思ってない!」 「ただ特別な力があるから、それが妹に繋がるかもしれないから、だから近付いただけだ! 私はそういう嫌な人間なんだ!」 「……嫌な人間は震えながらそんなこと言いませんよ」 「違う……違うんだ……」 「リリー先輩。先輩に愛して貰えないなら、俺は不幸なんです。先輩、俺を不幸にするつもりですか?」 リリー先輩が自分を卑怯者だと言うのなら、俺の方こそ卑怯者でありたいと思う。 「黛……っ」 「俺のせいにして下さい。俺が不幸になるから、俺を幸せにする為に、俺に付き合ってるだけだって、そう思って下さい」 「そんな事……」 「リリー先輩は妹さんと、もう一度話をする為に――――その為に俺と心を通わした。それでいいんです。いいですから」 「黛……! 黛ぃぃぃぃぃぃっ! うっ、うっ、うああぁああああっ!」 リリー先輩は俺の胸へと飛び込むと、せき止めていた感情が一気に押し出されたように涙を流した。 「先輩……好きです、ずっと前から」 「黛……っ、あぁ……っ、うっ、うっ……黛ぃぃ……っ」 互いに利己的でこんなものは、単なる自己愛からくる言い訳にすぎないのかもしれない。 学生だった頃は、こんな風に受け入れられなかったかもしれない。こんな風に立ち回れなかったかもしれない。 それどころか利用されていたと感じて、強烈な幻滅を感じてしまったかもしれない。 だけど愛が純粋で綺麗なだけのものじゃないっていう事を――――今の俺は知っている。 リリー先輩が泣き止むまで肩を抱きながら、俺達はただ夜の中に佇んでいた。 「二人共! 無事だったんだねぇ〜」 「帰りが遅いから道にでも迷ってるのかと思ったよ」 「ありえじゃあるまいし」 「ははは、心配をかけたようだな。すまなかった」 「それで何かありました? 幽霊いました?」 「ふっふっふ。とてつもない事が起きたぞ。聞きたいか? 聞きたいだろう!」 「いやーっ、聞きたくないですーーっ」 「待てゆずこ、逃さんぞっ」 「きゃーーーーっ」 ははは、リリー先輩の調子も戻ったみたいだ。 心の中では色々思う所もあるだろうが、今はこうして笑っていてくれるだけで十分だ。 「あら? 彼方、ちょっと霊力の感じ変わったわね」 「ええ。なんだか強くなった感じがする。それに……上手く言えないけど、能力の質も変わったような……」 あの霊を降ろした事で、そういう系の力が開花したのだろうか。 ……そうだったらいいな。 「そう言えばティアは? 姿が見えないけど」 「気付いたら消えてたわ。あの子の事は、いつかちゃんとしないと……」 除霊するって事か……。 ハインには悪いが、そんな事をさせるつもりは勿論無い。 「聞きたい事があったんだけどな」 「聞きたい事?」 「大した事じゃないよ」 俺を過去に飛ばせるほどの力を持っているティアからなら、憑依系の能力についても何かしらのアドバイスが貰えるんじゃないかと思っただけだ。 「そう?  ――――きゃあ!」 「助けてハインちゃん!」 「ゆ、ゆずっ。急に抱き付いてきたらビックリするからっ」 「だってリリー先輩がぁ〜〜」 「待て、ゆずこ! 私が面白い話をしてやろうと言うのだ! 見ろ、矢野口はすっかり聞く気になっているぞ!」 ありえ……。 あんなにガッツリひなたにホールドされて……。 「やーだーーっ、ひなちゃん離してよぉ〜〜っ」 「ふっふっふ。一緒に聞こうよー、リリー先輩のちょっと怖い話」 「やだやだやだ〜〜っ」 「嫌がってるじゃないですかぁ〜〜〜っ」 「あれはじゃれているだけだろう。 そんな事より凄い事が起こったんだよ、鳴ヶ崎神社で」 「わー、わー、わー! 聞こえなーーーーーーいっ」 「こらゆずこっ、耳をふさぐんじゃない! 私は初めて霊体との接触を」 「わわわわわーー! やだやだやだ! 聞きたくないですぅぅぅぅぅぅぅっ」 「リリ! ゆず本気で嫌がってるじゃないっ」 「っ! 宮前! そうだ、宮前だっ」 「先程の鳴ヶ崎神社での心霊体験についての、宮前の見解を是非とも聞きたい所だ。よし、今日は朝まで語ろうぞ!」 「えぇぇえぇ!?」 「さー、宮前。聞いて貰うぞ」 「か、勘弁してよ〜〜〜っ」 ははは、賑やかだなぁ。 ……だけどこれでいい。 リリー先輩の心の深い場所に触れられた特別な夜は、ゆずこ達のおかげで和やかな雰囲気に包まれたまま更けていった。 ふぅ……色んな事があった一日だったな。 先輩にあんな過去があったなんて、思いもしなかった。 降霊、か。俺に先輩の妹さんを降ろすなんて事が、本当に出来るんだろうか。 いや、弱気になってる場合じゃない。 他の誰でもないこの俺を、あのリリー先輩が頼ってくれたんだ。 …………リリー先輩と俺……付き合えたんだよな? 正直、怒涛の展開すぎて実感がわかない部分もある。 リリー先輩は俺にとってずっと憧れの先輩で、困った部分もあるけど、そこも何だか可愛らしくて。 この人の隣に立てたら――――そんな風にずっと思っていた。 なんだ? 誰か――――。 「しっ、皆が起きるだろ」 そう言われて襖の向こうのゆずこ達と、少し離れた所で眠っているひなたへと意識が向いた。 全員しっかり眠っているらしく、寝息だけが断続的に聞こえてくる。 「ななな、なんで、リリー先輩が」 「ふふっ、黛がヌイグルミの代わりになってくれるんじゃなかったか?」 「お、俺はそんな事言ってませんよっ」 リリー先輩が一方的に言って、俺をからかっただけじゃないかっ。 「はは、そうだったか?」 「そうですっ」 至近距離のリリー先輩に微笑まれて、心臓が破裂しそうな程の大きな音を立てている。 しかも先輩は浴衣姿だ。 今にも胸が見えそうなその姿に、否が応でも艶めかしさを感じてしまう。 「黛……好きだよ」 囁くような声で先輩が続ける。 「黛に好きだと言って貰えた時、本当はとても嬉しかった」 「今でも嬉しいんだ。エリカはこんな事、許してくれないだろうな……」 「そんな事、分かりませんよ」 「ああ、そうだな。人の心なんて本人にしか分からない。私がそう思ってしまうだけだ」 先輩の睫毛がわずかに震えている。 また自分を責めているだろうという事は、容易に想像が出来た。 今はもうこれ以上、悲しい事を考えて欲しくない。 「……キス、してもいいですか?」 「しますよ」 リリー先輩の返事を待たずに顔を近づけた。 先輩は軽く唇を開いたまま、静かに目を閉じた。 「っ! ……んっ、んちゅっ、んむっ、んぁ……っ」 リリー先輩の唇を軽く食みながら、何度も何度も唇を重ねる。 「ふぁ……っ、んぁ、ンン……っ、ンッ、んちゅっ」 開いた唇から舌を入れて、先輩の舌と絡ませる。 舌先と舌先が触れ合う度に、先輩の体が小さく反応する。 「まゆ、ずみ……んんっ、ふぁっ、ぅん……っちゅぱ、んちゅぅっ」 静かな客室に二人の唾液を交換する音と、衣擦れの音だけが響いている。 目を閉じたままのリリー先輩の緩んだ襟元から、そっと胸へと手を伸ばした。 「ふぁんっ!? ま、んぁ……黛……、そこ……はぁっ」 「……っと、声が大きくなると、皆が起きちゃいますね」 このまま続けたい気持ちもあるが、ひなたが隣で眠っている状況ではさすがにマズいか。 「だ、大丈夫だ……。こんな事もあろうかと、久地には私が特別な粉をお茶に入れておいたから、多分朝まで起きないだろう」 「え……そんな事してたんですか?」 「……こんな事もあろうかと、な」 それって先輩は俺とこうなる事を期待してくれてたって事、だよな? 「先輩……っ!」 喜びに押されて、先輩の唇を何度も吸いあげる。 「んぁ……っ、んっ、んっ、んん……っ」 少しだけ汗ばんだ皮膚が手のひらに触れる度に、何とも言えない衝動が全身を駆け巡る。 鎖骨を静かになぞり上げてから、撫でるように再び手を下げていくと、ほどなく大きくて柔らかな物に触れた。 「んん……っ、ふぁ……っ、あっ、胸……はぁっ……んっ」 声を抑えながら身を固くする先輩の、豊かな胸の突端に触れると、先輩は電気が走ったようにビクリと大きく体を震わせた。 「ぁ……あぁっ……ぁっ」 声を漏らしそうな先輩の口を唇で塞いでから、ゆっくりと胸を揉み上げる。 「むちゅっ、んちゅ、ちゅぱっ、ふぁっ……んんぁ! ン、んちゅぅっ」 指先に触れた乳首が硬く屹立している。 その硬い突起を摘み上げると、先輩はまたも体を反応させる。 「ちゅぱっ、ん、ま、黛……っんぁ、あぁっ、はふぅっ」 「んちゅ、ちゅっ、んはっ……先輩、ちゅっ、ちゅるっ」 「んぁ、ま、待て、……んっ、黛……っ、わ、私が……んっ」 俺の手をそっと制すると、先輩はゆっくりと身を起こした。 ここまでかな――と思ったその矢先、先輩がそっと俺の体を跨いで静かにショーツを降ろした。 行為を終えた幸福感に俺とリリー先輩は満たされていた。 ひなたも先輩の処方した謎の粉のおかげか、未だ目を覚ます気配はない。 「リリー先輩、俺……先輩の事ずっと大切にしますから」 「何だか気恥ずかしいな。こうしていても、黛には私の……ああいう姿を見せてしまったわけだし」 普段の先輩からは想像もつかないような言葉と動作。 それらを思い出したかのように、先輩が頬を染めた。 「俺は凄く幸せでしたよ」 「ふふ、そうか。……私は小さな死を感じたよ」 「小さな死――フロイトでしたっけ?」 「そうだ」 ……しっかりと達してくれたという事だろう。 「こんな風にセックスをして、自我を緊張から開放して、世界と自分との境界線を消していったら……やがては黛の見ているような世界が見られるようになるだろうか」 「どうでしょう。処女性を求める儀式なんかも多いですけどね」 「ハッ! その通りだ。ムムゥ、私はもうあの儀式は出来ないのか。あ、あれもダメだな、それと確かあの流派も――――」 指折り数えては残念そうな顔をしている。 一体どれだけやりたい儀式のストックが溜まってたんだ。 「処女性は失われましたけど、その代り俺が先輩の目的を理解してますから」 「あ……そう、か。そうだったな」 「リリー先輩は一人じゃありません。これからは俺も協力します」 「心強いよ」 リリー先輩がそっと俺の手に触れた。 その手を優しく握り返すと、先輩がホッとしたように微笑む。 「有難う、黛」 リリー先輩がそっと目を瞑る。 射精後の眠気がゆったりと全身に広がっていき、やがてそのまま夢の世界へと旅立った。 ティア? 真っ白な世界でティアが何かを言っている。 何を言っているんだ? 確かに口は動いているのに、声が聞こえない。 「……………………!」 どうしたんだティア。 俺に何か伝えたい事があるのか? ティア! 声を出したいのに何故か俺も声が出せない。 走りたくても走れなくて、ティアに近づきたいのに届かない。 やがてティアの姿が消えると、俺の意識も風景に溶け込むように霧散した。 「彼方くーーん、いつまで寝てるのーー?」 襖の向こうから届いたゆずこの声で目を開く。 いつもと違う景色に、ここが家ではなく旅館だと気付かされた。 「………………先輩?」 隣へと腕を伸ばして、感覚だけで先輩の存在を確かめようとしたが、リリー先輩は既に襖の向こう側の客室へと戻っているようだ。 「ふぁ〜っ」 大きなあくびが出た。 ……昨日、ここで俺とリリー先輩は――――。 「かーなーたーくーーん? ご飯食べに行くよーー?」 「もういいわよ、置いていきましょ。さー、食堂食堂」 やべっ! 「起きてる、起きてるよっ!」 「やっと来た」 「おはよう」 「お早うございます」 既にちゃんと服を着て、俺に向かって微笑を投げたリリー先輩に、俺も同じように柔らかく笑いかけた。 「むーーーぅ……」 「どうしたのひなちゃん、そんな唸ったりして」 「なんかリリー先輩と彼方くんの雰囲気が違う気がする」 「なっ!?」 うぉっ、さすがひなた。 色恋には目ざといなーーっ! 「そうやって言われると、なんか距離が近い? かも?」 「そう言えば昨日の夜中、なんか声が聞こえたような気が」 「わーーーっ!」 「ななななによ、リリ! 急に大きな声出さないでっ!」 「どうしたんですか先輩。先輩がそんなに取り乱すなんて珍しいですね」 「うっ、それは……そのっ。み、宮前」 「その……声、だが」 「リリが喜ぶような怪奇現象の類じゃないわよ。私も夢うつつの中で、なんか聞こえる気がするなーって思った程度だし」 「そ、そうか……ほっ」 ふぅっ。悟られてはいなかったみたいだな。 これ以上詮索される前に、俺の口から白状してしまおう。 「えー……こほん。俺とリリー先輩は付き合う事になりました」 「ま、黛っ」 「いいじゃないですか。皆にも知っておいて貰った方が気が楽ですよ」 「それは……うむ、それもそうだな」 「えーっ!? 本当に二人付き合ってるんだーっ!」 「わぁ! リリー先輩おめでとうございますっ」 「あ、いや……そんな祝われる様な事では」 「……じゃあ昨日の声って、呻き声じゃなくて――」 「それ位にしておこうな、ハイン」 「っ! そ、そうねっ」 「なになに? どういう意味?」 「何でもないわよ、ふふふふふっ」 キョトンとした表情のありえに苦笑いを返して、リリー先輩が大げさに手を上げ伸びをした。 「さーて、黛も起きた事だし、早く食堂へ行こうじゃないかー」 「ですねー! 私もうお腹ペコペコだよーっ」 「旅館の朝ごはんって美味しいよねー」 「わーい楽しみー」 ほっ。 なんとかハインの聞いた声は、夢で聞いたものって事で済ませて貰えそうだな。 ん、夢? そう言えば俺も今日は何か夢を見ていた気がするぞ。 どんな夢だったっけ? うーーーん……。 「黛、行くぞ」 「あっ、はい!」 夢なんて思い出せないもんだよな。 「有難うございました」 リリー先輩が慣れた様子で、女将への挨拶を済ませてくれた。 「リリー先輩、旅館手配して下さって本当に有難うございましたっ」 「少しは元気になれたか?」 「はいっ! 皆とワイワイ過ごせて、楽しかったです」 「ゆずが元気になってくれて良かったわ」 ゆずこの笑顔に翳りはない。 俺達に気を遣っているわけじゃなくて、ちゃんと元気になってくれたみたいだ。 「ねぇ、ゆずこ」 「もう一回実行委員で頑張ってみない? もちろんツリーは無理だけど。でもツリーが無くても出来る事ってあると思うんだ」 「ひなちゃん……。そっか、そうだよね。ツリーが無くてもパーティーは出来るんだよね」 「学園内だけで済むような、規模を縮小したパーティーなら今からでも準備間に合うんじゃないかなぁ」 「それいい! そうだよね、せっかくのクリスマスだもんね。早速明日から先生達に掛け合って許可を貰おう!」 「……ゆずこ、大丈夫か?」 あんな事があった後だ。 実行委員としてパーティー準備に、密に関わるなんて出来るんだろうか。 「彼方くんは心配性だなぁ。もう大丈夫だよ」 「私も手伝うから安心しなさい」 ハインが胸を張って強気な笑みを浮かべる。 そうだな、ゆずこは一人じゃない。 「生徒会の方でも手を回そう」 「はいっ、よろしくお願いします!」 「……リリー先輩いいんですか?」 先輩は妹さんの降霊の方に集中したいんじゃないだろうか。 「有難う黛。だが私は生徒会長だぞ? 生徒の自主的な活動をサポートするのは当然だろう?」 「はは、そうですか」 リリー先輩が余りにも爽やかに言ってのけるので、自分の心配など杞憂にすぎないのだと理解する。 先輩は10年間ずっとこうして過ごしてきたんだ。 焦りもあるだろう、もどかしさもあるだろう。 だけどリリー先輩にとって、それは自然な感覚なんだろうな。 「じゃあ皆帰るぞ」 こうして俺達の合宿は幕を閉じた。 明日からは学園でクリスマスパーティーの準備を手伝おう。 それと――――先輩の妹さんのお見舞いにも行かせて貰わないとな。 「ふーっ。旅館もいいけど、やっぱりここの方が落ち着くわね」 「お、すっかりこの家も気に入ってくれたみたいだな」 「そ、そういう事じゃないわよっ!」 「あはは、ハインちゃんったら〜」 素直じゃないなぁ。 だけどハインがこの家に馴染んでくれたみたいで単純に嬉しい。 「それより彼方は良かったの?」 「もうっ、ニブイわねぇ。せっかくリリと付き合ったのに、私達と普通に帰ってきちゃうんだもん」 「それもそうだね。二人でお茶でもしてから帰ってきても良かったのに」 うっ。そんな事、全く思わなかった。 「はぁっ、リリは本当に彼方で良かったのかしら」 「お・れ・が・い・い・ん・だっ!」 「わぉ♪」 「自信家〜」 「い、いいだろ、別にっ」 両想いになれたんだからっ。 ……まぁ俺が押し切ったみたいな所は多々あるけど。 「ん、メールか――――リリー先輩からだ」 「ほら、やっぱりどこか寄ってから帰れば良かったのよ」 「次からそうするよ」 これ以上ここに居ては、何をどうからかわれるか分からない。 さっさと自室に戻ってしまおう。うむ、それがいい。 「えーっと、リリー先輩からのメールはっと」 携帯を操作して、届いたメールに目を落とす。 「なになに――――」 『黛、私を受け入れてくれて有難う。黛と出会えて本当に良かった』 『それから明日だが、学園の帰りに私の家に寄ってくれないか? 妹を紹介したい』 そう綴られた文面を読んで、胸がギュっと締め付けられる。 楽しく過ごした時間が終われば、リリー先輩は目覚めない妹の元へと帰るんだ。 それはどれ程に切ない事なんだろう。 「もちろん伺わせて頂きます――――送信っと」 勢いに任せてベッドへと倒れ込む。 明日はリリー先輩の妹さんに会える。 どんな子なんだろう。そしてどんな状態なんだろう。 本当に俺の霊力で力になれるんだろうか。 ……いや、出来ると信じよう。 出来るか出来ないか分からない事なら、出来ると信じて突き進もう。 ――――リリー先輩を救いたい。 その為ならどんな事だって、やれる事はやってみるしかない。 「……ははっ」 これってリリー先輩がしてきた事じゃないか。 暴走気味に見えたリリー先輩のオカルト実験は、やれる事をやってみた結果だったんだな。 リリー先輩は妹を救う為に。俺は先輩を救う為に、いま同じ事をしようとしている。 「よしっ、頑張るぞっ」 ベッドから跳ね起きて力強く拳を握った。 まずは明日オカルト研究部の部室で、憑依関係の本でも読み漁ってみるか。 出来そうな事は、何でも手を付けてみよう。 未来を切り開くために。 二度と後悔をしないために。 「パーティー再開の許可が下りて良かったな」 「はい! リリー先輩が先生達と掛け合ってくれたおかげです」 「大した事はしていない。それにこれも生徒会長の務めだ」 ゆずこ達実行委員メンバーとリリー先輩で、朝から職員室で先生達と話し合った結果、クリスマスパーティー再開の許可が下りたとの事だ。 ゆずこ達の明るい表情に、こちらまで嬉しくなってくる。 「リリー先輩が会長で本当に良かったです」 「そういえばリリって、いつまで会長なの?」 「この学園は毎年1月に選挙があるんだ。だから年内いっぱいって所だな。後は卒業までに新しい会長への引継ぎ業務が主になる」 「そうなのね。じゃあ本当にあともう少しの間ね」 「ああ。……ちなみにオカ研の方は次期部長が決まっていない。どうだ宮前? 君なら――」 「い・や・よっ! 全くもう……大体私はオカルト研究部の部員ですらないし」 「おや、そうだったか?」 「そうよっ!」 「ははは、とにかく許可が下りて良かったよ」 「うん! 今日が15日だから、クリスマスまであと10日。頑張るぞーっ」 「皆、お疲れー! どうだった? 許可下りた?」 「バッチリ。リリー先輩の鶴の一声で、先生達もすぐに許可してくれたよ」 「さすがです、先輩」 「褒めすぎだ」 実際リリー先輩は、歴代生徒会長の中でもかなり優秀なようで、先生方からの信頼も篤い。 「クラスの子達や他のクラスの子も、パーティー再開には賛成?」 「もちろん! 皆も協力してくれるって。それでパーティーまでに用意しなきゃいけない事を、リスト化してきたんだ。えーっと……コレコレ」 ひなたがポケットからメモ用紙を取り出した。 ざざっと見ただけでも、かなりの項目がある事が分かる。 「うわぁ〜、結構いっぱいあるね」 「これは大変だねぇ。手分けした方がいいね」 「どれどれ? んー……じゃあ私は、この聖歌隊の子達との打ち合わせに向かおうかしら」 「ええ。この前聖歌隊の子達と少し話す機会があったの。だから練習場所も分かるし、大丈夫よ」 「有難う、ハインちゃん」 「じゃあ私は写真部の子達と打ち合わせしてこようかな。パンフレットとか、ポスターも作り直さなきゃね」 「とは言っても予算は余りないからな」 「ですよね……うぅっ」 「なぁに工夫次第でどうとでもなるぞ。何も一から作り直す必要もない。使えるものは使わないとな」 「じゃあ俺は既に出来上がった物の中から、使えそうな物をピックアップしようかな」 「私も手伝おう」 「じゃあ私とありえで各場所回って今までに用意出来た物を、オカルト研究部の部室に持ってくるようにお願いしてくるね」 「ああ、頼む。それが終わったら、別の所を手伝いに行ってくれていいから」 「じゃあ早速行こうか」 「私達も行くか」 クリスマスパーティーは規模を縮小するものの、再開できる事になった。 生徒会長のリリー先輩の最後の大仕事だし、あんな事故が起きた後のパーティーだから、何としても成功させたい。 俺もしっかり協力しないとな。 「凄い量ですね」 各担当場所から集まった段ボールの山を見て、感嘆にも似た息が漏れた。 一度は中止になったクリスマスパーティーが再開されるのを、学園の多くの生徒が喜んでいるのだという事が、ここに集まった多くの段ボールを見て分かる。 「皆、張り切って持ってきてくれたからな」 「ゆずこ達も嬉しそうでしたね」 「ああ。それじゃあ少しずつ仕分けしていこうか」 「はいっ。えーっとどれどれ」 手近にあった段ボールを開いて中身を確認すると、小さな人形のような物が沢山詰まっていた。 「これは……ツリーのオーナメントかな」 「手芸部の作品だな。それはそのまま使えそうだな。どこにでも飾り付けられそうだ」 「ですね。じゃあこれはこっちに置いておいてっと」 目の前の段ボールを次から次へと開封し、中身を確認しながら利用方法を考えていく。 「これは――――ポスターに使用していたツリーの絵か」 「パンフレットの一部とかに使えないですかね。確かにツリーはなくなっちゃいましたから、ポスターとしてのメインビジュアルには難しいでしょうけど」 「そうだな。パンフレットの装飾のような形なら、クリスマスのモチーフとして悪くはあるまい」 「折角作ってくれた作品は、どんな形でも使いたいですよね」 「ああ。私もそう思う。さあ、物はまだまだあるぞ。仕分け終わった物は、利用方法をメモして隅に寄せておこう」 「ですね。じゃあ頑張って作業しましょうか」 「ああ、そうしよう」 二人だけの部室で黙々と作業を続ける音だけが響き続けた。 「ふー、今日はこれ位にしておこうか」 「大分仕分けしましたね」 目の前に山と積み上げられていた段ボールは、随分と数を減らしていた。 仕分け終わった物は、既に再配置先へと運ばれている。 「後は明日で十分だろう」 ふーっと互いに大きく息を吐く。 今日はこの後、リリー先輩の家にお邪魔になるし、そろそろ帰る準備を――――。 ……おっと。そう言えば憑依系の本を見たいと思っていたんだった。 「リリー先輩、この辺に確か憑依系の本ってありましたよね?」 「あ、ああ……。ちゃんと考えてくれていたんだな」 「当たり前じゃないですか」 「そうか……。いや、あんな風に言って貰ったはいいが、余りにも突拍子のない事だと……考え直されてしまうかもしれない――などと思っていたのでな」 「確かに突拍子もない事ではありますけど、俺達はそれをやろうとしてるんですから、研究は大切ですよね」 先輩が色んな書物を読み漁っていた気持ちが分かる。 「それで憑依系の本なんですけど……」 「ああ、そうだな……。憑依系は――――この辺りだな」 リリー先輩が本棚の一角を指し示す。 そこに目をやると、今までは気にも留めていなかったが、憑依や降霊といったタイトルの書物が何十冊も並べられていた。 「何冊か借りていってもいいですか?」 「勿論だ」 「おススメとかあります?」 「そうだな……。どれもアプローチや考え方が、微妙に違っていたりするからなぁ。どれが黛に合う方法なのか……」 「分からないですもんね。じゃあ適当に何冊かピックアップしていきます」 「ああ、それがいいだろう。そして読んでみた結果、気になる事があれば聞いてくれ。その疑問に役立つ本なら選べると思う」 「はいっ、よろしくお願いします」 「それはこちらのセリフだ。有難う、黛」 リリー先輩が少しだけ申し訳なさそうな顔をした。 そんな顔をする必要なんてないのに。 「今日はこのままリリー先輩の家にご一緒してもいいんですよね?」 「じゃあ早速向かいましょう」 リリー先輩が少しだけ緊張した様子で、短く息を吐いた。 眠ったまま目覚める事のないリリー先輩の妹。 ……本当に俺が力になれるのだろうか。 いや弱気になっている場合じゃない。 力になってみせる、絶対に。 「リリーせんぱーーーい」 リリー先輩の家へと向かおうとしたその時、ひなたがこちらへ向かって駆けて来た。 「なんだ、久地。どうした?」 「すみません、もう帰る所でしたよね? どうしても確認して貰いたい書類が出来ちゃって」 「分かった、行こう。すまないが黛はここで少し待っていてくれるか?」 「ごめんね、彼方くん。すぐ終わるから」 「気にするなって」 書類の確認だけなら、すぐに済むだろう。 大方生徒会長の承認印が欲しいとか、そういう類の事だろうと思われる。 「ふーーっ」 吐く息が白い。 手をこすり合わせながら待っていると、ふと背後に気配を感じた。 振り返ると、そこにはティアが静かに立っていた。 「昨日はどうした? 肝試しの後、帰って来たらいなかったからさ」 「何かあったか?」 ティアの表情はどこか沈んでいるように見える。 「……ねぇ、本当に先輩の妹を憑依させるの? 妹、別に死んじゃったわけじゃないんでしょ。そんな事って出来るの?」 「正直分からない。俺にそんな事が出来るかどうかなんて」 「だけどずっと眠ったままだっていうなら、妹さんの意識はどこにあるんだろうな。その場所次第であるいは……って、そう思うんだ」 「……そう。でもそれって彼方にとって危険な事なんじゃないの? 他の人の意識を入れるなんて」 「そうかもしれない。でもそうだったとしても、俺は先輩の望みを叶えたいんだ」 「俺が後悔しない為に」 「そっか……。じゃあ仕方ないね。本当は行ってほしくなかったけど」 「ううん、なんでもない」 口を開いた時には、ティアはもういなかった。 「待たせたな」 「あ、先輩」 「ん? どうかしたか?」 先輩の背後――ティアがいた辺りに視線を馳せた俺に、リリー先輩が小首を傾げた。 「いえ何でもありません」 今はティアの事を考えても仕方がない。 とにかく今は先輩の妹の事を考えなくては。 「そうか? じゃあ今度こそ行こうか」 「ここだ」 「ほわぁ……」 マヌケな声が出た。 リリー先輩の家には初めて来たのだが、余りの立派さに溜息が漏れる。 「大したおかまいは出来ないが上がってくれ」 「お邪魔します」 「ここが私の部屋だ。妹は隣の部屋にいる」 ちらりと先輩が室内の扉に目を向けた。 あの扉の向こうが、妹さんの部屋なんだろう。 「今日はご両親は?」 「二人共今日は仕事で遅いんだ。私達家族が留守の間は妹の――エリカの面倒は、17時までは訪問看護の方が診てくれている」 今は18時だから1時間ほど一人で過ごしていたという事か。 「先に一度エリカの様子を見てくる。少しだけここで待っていてくれ」 「はい、分かりました」 「入るよ」 ノックをした後、先輩は隣の部屋へと入って行った。 一人になって改めて周りを見回す。 ここがリリー先輩の部屋か。 シンプルでありながら、女性らしさも感じさせてくれる部屋は、リリー先輩のイメージにピッタリだ。 あそこにあるのが例の羊のぬいぐるみか。 レトロな雰囲気があるけど、大切にされているのがよく分かる。 …………リリー先輩は今、妹さんの前で何を考えているんだろう。 随分立派な家だけど、両親の居ない間は先輩はいつも一人で、妹さんと向き合っているんだな。 それは一体どんな思いなんだろうか。 「どうでした? 妹さんの様子は」 「朝と何も変わっていなかったよ。眠ったままだ」 「そう、ですか……」 「さぁ、案内しよう。この扉の向こうだ」 「入るよ、エリカ」 「失礼します」 「エリカ、黛が来てくれたよ」 先輩に勧められるまま部屋の奥へと足を運び、ベッドに横たわる少女を見た。 ――――瞬間、俺は言葉を失った。 「…………この、子……この子は…………っ!」 「どうしたんだ、黛。真っ青だぞ」 「だって……この子は…………っ」 目を閉じ静かに眠っている彼女は、俺の良く知った顔だった。 見間違いか、他人のそら似かとすら考えたが、そんなはずもない。 この子は間違いなく――――。 「ティアだ……」 「ティア。出てきてくれ、いるんだろう? なぁ、ティア!」 「ティア? 妹はエリカだ。ティアとは誰だ?」 リリー先輩とティアを交互に見つめる。 何から話したらいいのか、この事実をどう受け止めるべきなのかと頭が混乱していた。 「すみません、俺……少し動揺してしまっていて……」 「大丈夫だ。落ち着いてからでいい」 妹の事を知っていた様子の俺からの情報を、本当は喉から手が出る程に欲しているだろうに、リリー先輩はそれでも尚、俺の事を気遣ってくれている。 衝撃を受けている場合じゃないぞ、俺。 ちゃんとリリー先輩に全てを伝えなくては。 俺がティアと――――先輩の妹のエリカさんと過ごしてきた時間の事を。 「俺とティアは――いや、エリカさんは」 「エリカでいいよ。黛はティア? と呼んでいたのだろう? それなら妹も今更“さん”なんて付けて欲しくないと思うから」 「はは……そうかもしれませんね。エリカは俺に、ティアって呼んでって言ってくれてたから」 「随分と仲が良いんだな」 「俺はエリカの事を前から知っているんです。俺とエリカは出会ってから、色んな話をしてきて……」 出会いの部分は話すわけにはいかない。 それは俺が未来からやってきたという事を、告げる事になってしまうから。 「……エリカは俺達とよく一緒にいるんですよ。この前の温泉だって付いてきてましたし」 「なっ……それは、つまり……」 「幽体として、です」 ここにこうしてティア――エリカが現実の人間としての形を持っているのだから、つまりはティアは生霊だったという事なのだろう。 「そんな……エリカが……あそこに居たなんて」 「楽しそうにしてました。俺達が肝試しから帰って来た時には、もう居なかったんですけど」 「居なかった?」 「ティアはいつも突然現れて、突然消えてしまうんです」 「そうか……こちらから会おうと思っても、それは叶わないというわけか」 「はい。でも本当によく居るんですよ。ゆずこを慰める為に、家で食事会したじゃないですか。あの時も居ました」 「っ! あの時……宮前はプレッツェルを一つ多く作っていたが、まさか――!」 「そのまさかです。ハインにもエリカは視えているんです。だからハインは……エリカの分も作ってくれたんです」 「宮前……! 私は宮前に何と礼を言えばいいのか……!」 ハインはティアを除霊しようとしていたけど、リリー先輩の妹と分かったら、ハインは一体どうするのだろうか。 「オカルト研究部でポルターガイスト現象だって騒いだことがあったでしょう? あれはエリカの悪戯だったんですよ」 「っ! そんな……」 「私は……エリカと会えていたのか。一緒に過ごせていたと言うのか……!」 「どうして私には視えないんだ。今は? 今はいないのか?」 「残念ながら今は居ません。でもここに体があるのだから、呼びかけてみればあるいは」 「エリカ! エリカ!」 「エリカ! ティア! いつもみたいに出てきてくれっ。いるんだろ? ここにいるんだよな? ティア!」 ベッドで眠るエリカに向けて声を掛けても反応は無く、部屋中に響き渡るような大声で呼びかけてみたが、やはり結果は沈黙だった。 「出てきてくれよ……ティア……!」 「どうしたんだ? エリカは……」 「……気配を感じません」 「そんなっ……どうして……」 「分かりません……」 そもそもがティアを呼び出した事などないのだ。 ただの一度も。 「エリカ! エリカ! お願いだ……、私に……私にもう一度会ってくれ。どうか……謝らせて……エリカ……!」 ベッドに縋りつくようにして懇願するリリー先輩の声が、虚しく響き渡った。 「エリカァ……ッ!」 泣き崩れるリリー先輩を見守る事しか出来ないまま、ただただ時間だけが過ぎていった。 「すまない。見苦しい所を見せた」 「いえ、そんな……」 昏睡状態のままの妹――その幽体と共に過ごせていたと知らされた、リリー先輩の心中は俺などには計り知れない。 しかもその妹は、俺達の呼びかけでは現れてはくれなかった。 「黛には……ずっとエリカが視えていたのにな」 何故私には視えないんだ! という言葉をリリー先輩がグッと飲み込む。 「エリカは……どうだった? その……どんな様子だったのだろうか」 「元気でしたよ――元気っていう言い方も違うのかもしれないですけど、でも元気でした」 「最初は凄くクールな子だなって思ったんですけどね」 「クール? エリカが?」 「ええ、ちょっとだけツンとしてるような印象を受けました。色々話していったら、全然そんな事ないんだなって分かりましたけど」 「そうなのか。私の知っているエリカとは随分違うんだな」 「リリー先輩の知っているエリカは、どんな子なんですか?」 「明るくて優しくて、だけど少し内気な所があって、よく私に甘えていたよ」 「えぇ!? そうなんですか? ちょっと意外です」 あのティアが内気とか甘えん坊とか。 ……それが本来のティア、いやエリカの姿なのだろうか。 「会いたいな、私も……」 リリー先輩がお気に入りの羊のヌイグルミを触りながら、寂しそうに瞳を揺らした。 ――――そういえば、このヌイグルミの事を教えてくれたのはティアだったんじゃなかっただろうか。 記憶を辿ってティアの言葉を思い出す。 「そうだ……。リリー先輩が羊のヌイグルミを抱いて寝てるって、ティア――エリカが教えてくれたんです」 「俺やっぱり先輩から、ヌイグルミの話なんて聞いてないんですよ。今思い出したんです、あれはエリカから教えて貰った事だって」 「エリカが……」 「その時エリカは先輩の部屋をちょっと覗きに行っただけだって言ってたんですけど、本当はよく先輩の事を見ていたんじゃないでしょうか」 「エリカが私を……見てくれていた」 リリー先輩が少しだけ口元を緩める。 「そうか。エリカは私の側にもいてくれたのか」 「この羊のヌイグルミはエリカが私にくれた物なんだ。ゲームセンターのプライズ品。エリカはこれを取る事が出来て、そして私にくれたんだ」 「お姉ちゃんいつも有難うって笑ってたな」 愛しい物に触れる時の優しい瞳で、リリー先輩がそっと羊のヌイグルミを撫でる。 「あれからずっと……私はこの子を抱いて眠っている。エリカはこんな私を見て、どう思ったんだろう」 きっと喜んでいたと思う。 だけどその答えはエリカにしか分からない。 そしてその答えを尋ねようとしても、エリカは現れてくれそうにない。 「…………そうだ」 「ハインに聞いてみるのはどうでしょう? ハインもティアを見ていましたし、ハインなら何か分かるかもしれない」 「……宮前は迷惑じゃないだろうか」 「ハインなら迷惑がったりしません」 「そうか……そうだな。それに私も……宮前にならエリカを見せられる」 10年も昏睡状態の続いている妹の姿を、無暗には他人に見せたくないのだろう。 先輩にとって俺達は、やっと見つけた全てを話して相談できる相手なんだ。 「ハインに電話します」 携帯を取り出して、ハインの番号に掛けてみる。 何度目かのコールの後、ハインと通話が繋がった。 「はい。彼方? どうしたの?」 「ちょっと相談したい事があるんだけど、今って時間あるかな?」 「今までパーティー準備作業してて、もうそろそろ帰ろうと思ってた所よ。それで相談したい事って何?」 「……ティアの事なんだけど」 「ティア? だから私の考えは変わらないわよ。ちゃんとあの子の世界へ戻すべき――――」 「そうじゃないんだ。ティアは……いや、説明するより見て貰った方が早いな。ハイン、今からリリー先輩の家に来る時間はあるか?」 「別に予定もないし、リリの家に行くのはいいけど……。でもなんでリリの家なのよ」 「それは来れば分かるよ。じゃあそのまま学園で待っててくれるかな。すぐに迎えに行くから」 「よく分からないけど、分かったわ。ここで待ってる」 「ああ、よろしく」 通話を終えてリリー先輩と小さく頷き合う。 「ハイン来てくれるそうです。俺ちょっと学園に迎えに行ってきますね」 「私も一緒に――」 「いえリリー先輩はエリカの側にいてあげてください。すぐに戻ってきますから」 「分かった。すまないな、黛」 「はは、こんな事なんでもないですよ」 申し訳なさそうに眉根を寄せたリリー先輩に微笑みかけて、俺はハインの待つ学園へと向かった。 「うぅ〜、寒ぅい。こんな寒い日に、リリの家まで何しに行くのよ」 「今俺が言葉で説明するよりも、実際に見て貰った方が早いよ」 「見る? リリの家に何かがあるの?」 「ああ。ハインの考えが聞きたいんだ」 「……ふぅん。訳ありなのね」 「そうだ。リリー先輩の家は、ここから近いから」 「……分かったわ。行きましょ」 「有難う。恩に着るよ」 「大げさねぇ」 あながち大げさな事態でも無かったりするのだが、それは実際に自分の目で確認して貰った方が良いだろう。 冷たい空気に身を硬くしながら、俺とハインはリリー先輩の家へと向かった。 「すまなかったな、宮前。急に呼び出したりして」 「いいわ。それで相談って?」 「まずは私の妹のエリカを見て貰いたい」 「妹?」 「先輩の妹は10年前に事故にあって以来、ずっと昏睡状態なんだ」 「妹の命に別状はない。呼吸も自分で出来るし、自宅での栄養点滴で生きている状態だ」 「……そんな。でも……」 「妹は隣の部屋にいる。こっちだ」 「…………分かったわ」 突然のリリー先輩の悲しい背景に、どんな言葉を掛けていいのか分からない様子で、ハインはただ小さく頷いた。 「エリカ、入るよ」 「妹のエリカだ」 「っ!! 嘘…………だって、だってこの子は……!」 エリカの姿を見たハインが、信じられないといった様子で目を大きく見開いている。 「そう、この子は俺達の良く知ってる子だ」 「宮前もその名前で呼ぶのか。本当に……エリカはティアとして君達の前に居たんだな」 「いや、もちろん信じていなかった訳じゃない。ただ……実感が中々得られないというか」 それはそうだろうと思う。 ずっと会いたくて話したくて仕方のなかった妹が、自分の知らない所で自分達と関わっていたと知っても、戸惑うのは当前だ。 「ティアはリリー先輩の眠ったままの妹、エリカだったんだ」 「そう……だったの……」 「リリー先輩はティアと話がしたいって言うんだけど、呼んでも現れてくれなくて」 「あの子は元より神出鬼没じゃない。それに……」 「気遣いは無用だ、宮前。気付いた事があるなら、何でも言ってほしい」 ハインは思いきるように一呼吸置くと、静かに口を開いた。 「ここに彼女の体があるっていう事は、ティアは浮遊霊の類じゃなくて生霊だったって事よね」 「生霊……。それじゃあ仮にハインがティアを除霊してたとしたら?」 「ここに戻ってきただけでしょうね」 「……そうか。なぁ、ティアは今どういう状態だと思う?」 「詳しい事は分からないわ。でもここには気配を感じない」 「それは俺も同じなんだ。ティアは一体どこに……?」 「分からないわ……。でも、考えられるとしたら――」 「何か分かるのか?」 「私達が肉体を見てしまったからかも」 「どういう事だ?」 「生霊は対象者に自分を認識させない事によって、何かを成し遂げる側面が大きいわ」 「対象者、つまりこの場合は彼方ね。彼方に自分を、自分の正体を認識されてしまったから」 「私のわがままで……また……またエリカから自由を奪ったのか」 「それは違いますっ! 違い、ます……」 俺が姿を見てしまったから、エリカが表に出て来られないだなんて悲しすぎる。 そんな事は信じたくない。 他に理由があると思いたい。 「……生霊になってまで私達の、リリの側にいたんだもの。何か伝えたい事があったのは事実のはずよ」 「伝えたい事……。なぁ、その為に無理をして、今まで出てきていたって考えられないか?」 「その可能性もあるわね。彼方に肉体を見られたからではなく、単純にこのタイミングで力が切れてしまったのかも」 「力が切れた? じゃあエリカはどうなるんだ?」 「もし力が切れてしまったのなら、ティアはとても疲れてしまったのね。それで意識の奥底に幽体が落ちたんだと――私は思うわ」 「だけどそれなら命に別状はないはずよ。元ある所に幽体が戻っただけだもの」 だとすれば力が回復したら、エリカはまた現れてくれるだろうか。 「リリー先輩はずっと、エリカともう一度話がしたいと思っているんだ。この前の肝試しの時に、俺の体に霊を憑依させた話は聞いてるよな?」 「リリが嬉々として話してたわね。つまりティア――いいえ、エリカを彼方の体に降ろすってわけ?」 「そうだ。それって可能だと思うか?」 「意識の奥底に落ちた幽体を呼び起こすのは大変よ。時間もかかるわ。でも出来ないわけじゃないと思う」 「っ! 可能性はまだあるという事か!?」 「弱気なんてらしくないわよ、リリ」 「だけどどうすればいいんだ? 俺に何か出来る事は?」 「彼方の霊力を送り込むっていうのはどうかしら?」 「送り込む?」 「手を握って念を送るの。エリカの使い果たした霊力を、彼方の霊力で補うのよ」 「そうか……! そうすればエリカ自身の霊力にも刺激が加わって、また目覚めてくれるかもしれない」 「その通り。でも一気に送っちゃダメよ。体がどんな反応を見せるか分からないもの。出来れば毎日、少しずつ送るのがいいと思うわ」 「分かった、やってみる」 「くれぐれも自分の霊力の全てをぶつけるような事はしないようにね。今度は彼方まで参っちゃうから」 「黛に危険が及ぶなら私は……」 「危険なレベルまではやりません。安心して下さい」 「そうよ、そんな事したら本末転倒だもの」 「……有難う、二人共」 「今なら私が付いているし、試しに少しだけ霊力を送ってみたらどうかしら?」 「そうだな。分かった、やってみる」 「大丈夫ですよ、心配いりません」 この言葉の根拠なんてないけど。 でもティアが相手なら危険な事など無いという、絶対的な信頼のような物があった。 「エリカ……」 名前を呼んで、身じろぎしないエリカの白くほっそりした手を握りしめた。 瞳を閉じて意識を握った手へと集中する。 俺の霊力の色のような物が視え、それがエリカの透明な奥底の部分へと溶けだし、混ざり合っていく感覚。 その感覚にしばし身を任せた後、ゆっくりと目を開いた。 「……ふーっ」 「はい。何ともないです」 「良かった」 「ほんの少しだけだけど、エリカの生体反応が高くなった気がするわ。続ければきっともっと良くなるはずよ」 「もう一度、俺の前に現れてくれるくらいには回復してくれるかな」 「確証はないけど、きっと……きっと現れてくれるわよ」 今はそう信じて霊力を送り続けてみるしかない。 「彼方は一人じゃないわ。リリだっているし、私も似たような事例が無いか調べてみる。何か分かったら連絡するから」 「有難うハイン」 「ティアの事は私も気になってたし……。お礼を言われる様な事じゃないわよ。それじゃあ私は帰るわ」 「送ってくよ」 「いいわ。彼方はリリに付いていてあげて。ほら……色んな事を知ったわけだし」 「私の事なら大丈夫だ。それに黛も疲れただろう? 今日は二人共帰りたまえ。外まで見送るよ」 「すっかり日が暮れてしまったな。二人共有難う」 「リリ……一人で悩まないでね。事情を知った以上、私も協力するから」 「ああ、よろしく頼む。それと一つ頼みがあるんだが」 「なんですか?」 「妹の事はゆずこ達には知らせないで欲しい。ゆずこは……きっと凄く心配するだろうから」 確かにゆずこがエリカに出来る事は何もない。 それでは無意味に気を揉ませるだけになってしまう。 だから先輩は今まで誰にも相談してこなかったんだろう。 「私も了解。それじゃあ帰りましょ」 「気を付けて」 リリー先輩に見送られて、俺とハインは家路を急いだ。 「でも驚いたわ。ティアがリリの妹だったなんて」 「俺も驚いたよ」 「……私、あの子に悪い事しちゃった」 「悪い事?」 「除霊しようとした。あの子はお姉ちゃんの側に居たかったのよね、きっと」 「だけどハインはあの子の面倒もよく見てくれたじゃないか。自然に会話してくれたりさ」 「それは……したけど、ただその場の成り行きって言うか」 「それでもティアは嬉しかったと思う」 「だといいけど。……会えるといいわね、もう一度」 「ああ。リリー先輩に彼女の言葉を伝えたい」 どうしてエリカは自分の素性を、俺に話してくれなかったんだろう。 そもそもどうしてエリカが俺を過去へと飛ばす事が出来たんだ? 話したい事も、聞きたい事もたくさんある。 だけど今の俺に出来る事は、少しずつでも霊力を分け与えて、エリカがもう一度現れる事を願う事だけだ。 ――――待っててくれよ、エリカ。必ずもう一度お姉ちゃんと話をさせてみせるから。 誰にでも無く、胸の奥でそっと誓いを立てた。 「意識の奥に落ちた幽体か……」 ハインの言っていたことを思い返しながら、部室から借りて来た本をパラパラとめくる。 今回のケースに似たような事例はないかと探してはいるが、借りて来た本には載っていなかった。 「そんなにすぐに見つかるわけないか」 やっぱりここは毎日のように先輩の家に通って、エリカに力を送り込むしかない。 俺達の予測が正しいとすれば、力を使い果たしてしまう程に、俺達と接触していたエリカ。 「目的は何だったんだろう」 俺の目的は勿論、もう二度と後悔をしない事だ。 過去を変え、今度こそ自分自身とちゃんと向き合う事。 だがそのチャンスを俺に与えたエリカは、俺と同じように実在する人間だった。 となるとエリカにも何らかの目的があったはずだ。 呼びなれた名前が口をついた。 いつもどこか遠くを見ているようなティア。 そしてそのままの姿で昏睡していたエリカ。 俺はきっとエリカが何者であっても、あんな姿を見たら救いたいと思っただろう。 エリカがリリー先輩の妹じゃなくても、俺とこっちの世界で接触していなかったとしても。 俺の目を覚まさせてくれた彼女を、俺も同じように目覚めさせたい。 「そう言えば今日、リリー先輩の家に行くまでにティアに会ったよな」 あれが今の所、最後に見たティアの姿だ。 あの時ティア――エリカは何て言っていたっけ。 「彼方にとって危険な事なんじゃないの? 他の人の意識を入れるなんて」 ティアは俺がしようとしている事を理解していた。 俺がエリカを俺の体に降ろす事を知っていたんだ。 ……だけど拒絶はしていなかった、よな。 どこか悲しげな表情ではあったような気もするけど、止めろとは言っていなかった。 寧ろ成功するのかどうかを気にしていたように見える。 「エリカも先輩と話したい事があるんだ、きっと」 10年間、会話する事すら出来なかった姉妹。 その間に流れる感情がどんな物なのかは、俺には予想も出来ない。 それでも俺は二人の力になりたいと、心からそう思った。 「お早う。昨日は色々と悪かったな」 「ティアの事が分かって良かったです。エリカに会わせてくれて有難うございました」 「そう言って貰えると、少しだけ気が楽になるよ」 「今日もリリー先輩の家に寄ってもいいですか?」 「妹に霊力を渡してくれる、という件か?」 「はい。そのつもりです」 「それは本当に黛の体に害はないのか?」 「はは、心配しすぎですよ」 「だが……黛にまで何かがあっては私は……」 「俺は先輩の断りもなく、先輩の前から消えたりしませんから」 いつか今の俺の意識は、未来へ帰るのかもしれない。 だがそれでも帰るのは“この俺の意識”だけで、先輩の目からすれば俺はそのまま存在し、何も変わらない日常が続くだけだろう。 だから何も心配はいらない。 「危険を少なくする為にも、毎日少しずつ渡すんです。それなら俺にもエリカにも、悪影響は少ないと思いますし」 「そうだな……分かった。よろしく頼む」 「はい! それじゃあ今日も仕分け作業の続きしましょうか」 小さく微笑むと、先輩は手近な段ボールへと手をかけた。 「ふーっ、大分進んだな」 「そうですね。少し休憩しましょうか」 「お茶淹れますね」 「待て、私が淹れよう」 「ああ。それくらいは私にさせてくれ」 エリカの事は俺も救いたいし、リリー先輩に気を遣って貰う必要はない。 だけどこうして何かをしている方が、リリー先輩にとって気持ちが楽になる事なのかもしれない。 そう思って、甘んじて先輩の淹れてくれたお茶に口を付けた。 「あー、美味しい。落ち着きます」 「私もこのほうじ茶は気に入っていてな。香りが良くて気分を落ち着かせてくれる」 「冬はあったかいお茶に限りますね」 「みかんでもあればもっと良いのだが」 「はは、今度持って来ましょう」 「ふふっ、そうだな」 二人きりの部室でお茶を飲んでまったりとした時間を享受する。 だけど心の片隅で、やはりエリカの事を気にしてしまう自分がいた。 ――降霊、か。 「俺が鳴ヶ崎神社で男の霊を降ろした時、あの時ってどんな感じでした?」 「凄かったぞ。何せ見た目まで変わっていたからな」 「いっ!? 見た目まで!?」 「言っていなかったか? 黛は見た事もない男性の姿になっていたぞ」 「そんな事ってあるんですか?」 いくらなんでも見た目まで変わる降霊と言うのは聞いた事がない。 「あるのだろうな、事実私はこの目で見たのだから」 「人間が物を見るのは、脳に電気信号が送られるからだ。よく言うだろう? 霊が視えるのはその人とチャンネルが合った、なんてな」 「周波数が合った人間の目に映るっていう説ですよね。霊能力者と言われる人たちは、常人の何倍ものチャンネルを持っているって事になりますけど」 「そうだ。電気信号そのものは人の目には映らない。だが脳はテレビやラジオと同じ働きをして、周波数や電気信号をキャッチし、我々の視覚に影響を与えている」 「あくまで私の推測だが、黛の霊力は対象者に直接電気信号を送っているのではないだろうか」 「直接? 霊の望むものを見せているという事ですか?」 「発信者である霊体か、あるいは受信者である人間の望むものか、もしくはその両方かは分からん。あの霊の話を聞いている時、私も彼の力になりたいと思ったからな」 「ただ普通の幻覚と違うのは、そこに霊力を使った降霊の要素が入っている事だ。つまりそれは一方的なただの幻覚では無い。霊体の感情は間違いなく入っている」 「ただの幻覚ではなく、間違いのない降霊術だと、そういう事ですか」 「私はそう思う。神社での降霊は、それを裏付けていると言えるだろう」 「確かに神社の霊の事は、あの日あの場所で出会うまで、全く知らなかったですもんね」 「それでも彼の体を電気を発するエネルギー体として降ろし、粒子と粒子をぶつけ合わせて黛は私の視覚にまで影響を与えた」 「いわば黛の降霊術と言うのは、霊力と幻覚の合わせ技のような物なんじゃないかと――私は考えている」 「……やっぱりリリー先輩って凄いですね。自分ではそんな事、とてもじゃないですけど考えられませんでした」 「ふふっ、伊達にオカルトマニアはやっていないよ」 「はは、ですね」 リリー先輩の仮説が正しければ、俺は俺の体をエリカの幽体に貸すことによって、リリー先輩とエリカそのものを実際に引き合わせる事が出来るのかもしれない。 「俺、努力しますから。リリー先輩とエリカを会わせたいのは、俺自身の願いでもあるんです」 「……有難う。 だがなぜそこまで思ってくれるんだ」 「リリー先輩が好きだからですよ」 「うっ、そ、そう言われると……返す言葉も無いのだが」 「ははは、後は――俺はエリカにとてつもない借りがあるんです」 「借り?」 「はい。それは話す事は出来ないんですけど。でもその借りはとても大きくて、俺がこうして真剣に降霊に取り込む理由には、十分すぎる程の事です」 「そうか。……分かった、深くは聞かない」 リリー先輩は静かに頷くと、柔らかく微笑を浮かべた。 「私は嬉しいんだ。例え生霊としてでも、あの子が……エリカが私の知らない所で、黛や宮前と交流を持てていた事が」 「おっとまた湿っぽくなってしまったな。さぁ、作業を再開しようか」 暗い雰囲気を吹き飛ばすリリー先輩の笑顔。 思えば先輩の笑顔と少しの強引さに、どれほど憂鬱な気持ちが救われてきただろう。 ……これからは俺も先輩にとって、明るい春の日差しのような存在になりたい。 「……それにしても中々終わらんな」 「終わるかと思いきや、また新しい段ボールが運び込まれてきてますからね」 「それだけパーティーに向けて、準備が進んでいたという事だな」 「再開できる喜びの数って事で頑張りましょうか」 「おお黛。良い事を言うな」 「ははは、でしょう?」 俺とリリー先輩は、その後もしっかりと作業を続けた。 「よし、今日はここまでにしようか」 「ふーっ、頑張りましたね」 「うむ」 仕分けられた段ボールの山を見ると、何とも言えない達成感が胸に広がる。 「じゃあ戸締りをして、先輩の家に行きましょう」 「ああ、そうしようか」 夕暮れの中、俺と先輩は学園を後にした。 「今日も両親はまだ帰ってきていないはずだから、気兼ねなく入ってくれ」 「有難うございます。先輩のご両親はご多忙なんですか?」 「以前は母は仕事を休んでエリカの事を診ていたのだが……。10年も続くと、エリカが昏睡しているのは特別な事じゃなくて日常になる」 「そうすると元々忙しい人だったから、仕事に復帰してからは、夜分遅くに帰ってくることもままあるな」 「そうなんですね」 人には生活がある。 見守る事しか出来ないのなら、仕事の世界に戻るのも頷けた。 「だからこそ、私はエリカの側に付いていてやりたいと思うのだが……。実際には隣に居ても、出来る事など何もなくてな」 その度にリリー先輩は、自分の罪と向き合うような心地に身をつまされているんだろう。 「リリー先輩、早くエリカの所に行きましょう。今日の分の霊力を分けたら、少しは容態が変わるかもしれませんし」 気持ちを切り替えて欲しくて、努めて明るい声でそう言うと、リリー先輩も微笑を浮かべた。 「そうだな。よろしく頼むぞ、黛」 「今日も黛が来てくれたよ」 「エリカ、来たよ」 「うん、何も変わりなさそうだ。看護師の方からのメモにも、異常なしと書いてある」 「じゃあ始めてもいいですか?」 「ああ、頼んだ」 昨日と変わらないエリカの手を取り、昨日と同じように目を瞑った。 自分の中に流れる力を、エリカの手の中へと流し込んでいくイメージ。 その力はやがて二人の手を包み込み、互いの手は光に包み込まれていく。 ――エリカ。 もう一度話がしたいんだ、エリカ。 念をこめながら力を送り続けると、俺とエリカの境界線が光で滲んでいく。 少しでいいから、もう一度…………。 もう一度話をしよう。 心の中で念を押すようにそう告げてから、静かに目を開いた。 「……終わったのか?」 「はい。昨日と同じくらいの霊力は送り込めたと思います」 「そうか。有難う」 力を送り終わったが、エリカは変わらず瞳を閉じたまま身動きもしない。 「変わりない、ですね」 「ああ。だが焦っても仕方がない」 「そうですね。これを続ければいつかはきっと……」 きっともう一度、話が出来る。 「お茶でも出すよ。私の部屋で待っていてくれ」 「すみません。お気遣い有難うございます」 「はは、気にするな。じゃあ少し時間を貰うぞ」 変わらないエリカをもう一度見下ろしてから、俺はリリー先輩の部屋へと移動した。 「ふー。お茶が美味しいです」 「疲れただろう? 霊力を分けると言うのは」 「いえ、そんなに疲れはしないですよ」 「ならいいのだが」 「気にしすぎですよ。俺だってまたエリカと話がしたいんです。お前ホントはエリカって言うんだってなー、なんて言ってやりたい」 「ティア、だったか。エリカの偽名は」 「そうです」 「どうしてそんな名前を名乗ったんだろう。エリカではなくティアとして、成したい事があったんだろうか」 エリカが偽名を使った理由、か。 その理由は何となく分かるような気がした。 「……心配されたくなかったのかも」 「それはどういう意味だ?」 「エリカと正直に名乗っていたら、俺がどこかで口を滑らして、そしてそれをリリー先輩が聞いていたかもしれない」 「その名を聞けば、私はそれがただの他人であっても、気には留めるだろうな」 「でしょう? それでエリカの存在をリリー先輩に話したら、エリカが先輩の妹だって、きっともっと早く分かったと思うんです」 「だけどエリカは、そういうのは余り望んで無かったのかもしれない」 エリカは私と会いたくないのか? とリリー先輩の目が不安げに揺れる。 違う、そうじゃない。エリカはきっと……。 「きっと自分の事を気にせずに、楽しんで欲しかったんだと思います。リリー先輩の笑顔を見ていたかったんじゃないかな」 「私の……笑顔を?」 「はい。自分の事に気付いてほしいなら、エリカと名乗っていたと思うんです。でもそうしなかった」 「そしてエリカは、何だか楽しそうにしていました。でもそれって俺がエリカの体の状態を知らなかったからなんですよね」 「俺がエリカの状態を知っていたら、エリカと一緒に楽しくなんて過ごせなかったと思うんです」 「そしてそんな俺を、エリカは寂しく思ったんじゃないかなって」 「だから偽名を……」 謎の女の子のままであったからこそ、俺はエリカに素直な態度で接する事が出来た。 「……そうだな、そうかもしれない」 「エリカは自分も皆と同じように過ごせて、そんな日々が嫌いじゃなかったと思います」 「だってエリカはちゃんと学園には制服で来てたんですよ? 視える人なんて俺とハインくらいなんだから、楽しんでなかったらわざわざ制服なんて着ませんよね」 「そうだったのか。ちゃんと……制服を」 「はい、バッチシ着こなしてました」 「ふふっ、そうか。……実は両親が、エリカがいつ目覚めてもいいようにと、制服は用意してあるんだ」 「そう、だったんですか……」 「制服だけじゃなく、色んな洋服や小物も一通り、エリカの部屋のクローゼットに入っているんだよ」 「エリカは喜んでると思いますよ、それ。温泉の時にはちゃんと私服で来てましたし」 「はは、そうか。そうだったんだな。私も見たかったよ」 「見れますよ、きっと。だってエリカはこれからもっともっと良くなっていくんですから」 「……そう、そうだよな。なぁ黛、もっと教えてくれないか? エリカの事。エリカがどんな風に過ごしていたかを聞かせて欲しい」 「もちろんです。そうだなぁ……、あ、この前の温泉なんですけど」 「エリカも途中まではいたんだったな」 「はい。それで俺、あの時すっごい料理食べまくってたじゃないですか」 「ああ。それで私やゆずこが黛に色々と分けたんだった」 「あれ、実はエリカが食べてたんです」 「上手いんですよねぇ。視えてない人が不思議に思わないようなタイミングで、ヒョイヒョイっとつまんでいくんですよ」 「エリカの事を説明できる状況じゃなかったですし、俺はもう必死で自分が食べた事にしてたんです」 「あははは! そうだったのか」 「ハインも俺の皿に色々と乗せてくれてたんですけど、全然追いつかなくて」 「そう言えばデザートのアイスもすぐになくなっていたな」 「そうなんですよ! エリカってアイスが好きなんですか? アイスは特に早かったな〜」 「ああ、エリカはアイスが好物だった。そうか、今でも好きなんだな」 「昔からなんですね」 「そうなんだよ。ふふっ、今も同じか」 噛みしめるように言うと、リリー先輩は心底嬉しそうに微笑みながら、何度も何度も頷いた。 「エリカは楽しんでいたと思います。神出鬼没で、考えていることが分からない部分もたくさんありましたけど……」 「でも今思えばあの分からない感じと言うか、謎めいた感じはエリカである事を隠していたからだったんだなぁって」 「私はエリカにも私と同じように過ごして欲しかった。笑ったり泣いたり怒ったりして、当たり前の日常を当たり前に享受して欲しかった」 「エリカが生霊として過ごした時間は、当たり前の時間ではないが、それでも我々と同じ時間を過ごしてくれていたのなら、私はとてつもなく嬉しいよ」 リリー先輩は、こんな風にいつも妹の事を考えて生きてきたんだな。 「エリカは……先輩の事が心配だったのかもしれませんね」 「私の事を? エリカを心配しているのは私の方だぞ?」 「だからこそです。自分の事ばかりを気にしているリリー先輩だからこそ、エリカは気にしていたのかもしれませんよ」 「エリカの事、ばかり……か。だがそれは……」 「分かっています。自分の中の罪の意識がさせる事、なんですよね」 リリー先輩はエリカの事故が、自分のせいで起こったと思っている。 そしてその思いは10年間、ずっと抱き続けたままなのだ。 もちろんそう思ってしまう気持ちは分かる。 エリカへの想いが強ければ強いほど、罪の意識だって大きくなるのだろう。 だけどそれは、俺から見たらとても悲しい。 「先輩、デートしませんか?」 「なっ、わ、私と黛がか?」 「そうです。だって俺達って付き合ってるんですよね?」 「それは、そうだが……」 「じゃあいいじゃないですか。しましょうよ、デート。嫌ですか?」 「嫌じゃない!  ……嫌ではないが……」 エリカに申し訳がない、と言う言葉をリリー先輩が飲み込んだ。 「俺のワガママに付き合って下さい。俺は彼女と一緒にデートとかしたいです」 「そう、だよな……」 俺への想いと、エリカへの罪悪感の間でリリー先輩が揺れ動く。 もっと俺のせいにしていいのに。俺が言うから仕方なく付き合ったって、そう思ってくれていいのに。 だけどそんな風には、簡単に気持ちを逃がすことの出来ない先輩だからこそ、俺は好きになったんだ。 「エリカは、怒ったりしませんよ」 「リリー先輩が楽しく過ごしているのを見るのが嫌なら、あんな風に色んな所に付いてきたりしません」 エリカだってリリー先輩の幸せを願っていると思ってしまうのは、俺の勝手な希望だろうか。 「そうか。 ……そうだな。エリカは、優しい子だから」 「リリー先輩、じゃあ――」 「ああ、しようか。デート」 「そ、そんなに喜ばないでくれ。私だって嬉しいんだから」 「あはは。それじゃあ次の土曜日、20日でいいですか?」 「分かった。……それでどこに行くんだ? 私は、その……デートとか初めてだから……」 リリー先輩がゴニョゴニョと恥ずかしそうに口ごもる。 いつもハキハキとした先輩からは想像も出来なかったような姿に、体の奥がグッと熱くなった。 「リリー先輩が行きたい所とかあれば、ピックアップしておいてください。俺もどこか面白い所がないか探しておきます」 「ああ、私も」 にっこりと微笑んだリリー先輩の肩をそっと引き寄せると、先輩の瞳が大きく揺れた。 「黛?」 「キス、してもいいですか?」 「っ! べ、別に構わない」 恥ずかしそうに少しだけ視線を外したリリー先輩の唇へ、そっと自分の唇を重ねた。 遠慮がちに胸へと手を伸ばすと、リリー先輩がビクリと身を硬くする。 「んっ……ちゅぱ……んぁ、ま、黛……だ、だめっ」 「ちゅ……ちゅぷ……んっ、ちゅぅぅっ」 「んぁ、ちゅぱ、ちゅっ、んんっ、ちゅぅぅっ、ちゅっ」 舌を絡ませながら、深いキスを交わし続けると、先輩の体から徐々に力が抜けていく。 エリカに対して申し訳ない気持ちは勿論あるだろう。 でも俺はリリー先輩にだって幸せになってもらいたい。 リリー先輩に嬉しいって思って貰えるような事を、もっとたくさん与えたい。 「……先輩、好きです」 「今ここでそれを言うのは、卑怯だぞ……」 「卑怯でいいです、俺」 先輩が笑ってくれるなら。 「……最低な姉だな、私は」 「だけど私も好きだ、大好きだよ黛」 堪え切れなくなったように、そう告げたリリー先輩を抱きしめて、そのままベッドへと倒れ込んだ。 服装を整えて、どちらともなく微笑みあった。 「どうしたんですか、先輩」 「いや、こうしていると……何というか、とても幸せを感じてしまって」 「……俺、もっともっと先輩を幸せな気分にしてみせますから」 「デートしたり、一緒に食事をしたり。そういう普通の彼氏みたいに、先輩を愛したいんです」 「そして勿論エリカとリリー先輩を会わせて、リリー先輩に心から笑って欲しいって思ってます」 「俺はリリー先輩の彼氏ですから、彼女の喜ぶ顔を見たいと思うのは当たり前ですよ」 「なら、私も。私も黛の喜ぶ顔をたくさん見たい」 「はは、有難うございます。まずは土曜日のデート! 楽しみにしてます」 「分かった。私も楽しみにしている」 大きく返事をすると、リリー先輩も口元を緩めながら頷いてくれた。 リリー先輩もエリカも、俺はどちらも幸せであってほしい。 ふと窓を見ると、すっかり日が落ちていた。 Hもしてしまったし、随分と時間が経っていたみたいだ。 「――それじゃあ、今日はこの辺でおいとましますね」 「もうこんな時間か。気を付けて帰ってくれよ」 「了解です」 リリー先輩に見送られて、俺は先輩の家を後にした。 一人の自室で掌をじっと見つめてみる。 ここから霊力――生体エネルギーのような質を持つそれを、エリカへと送り込んでいるんだよな。 意識を集中してエリカに霊力を送る時と同じように、意識を手のひらに集中させてみる。 じわりと指先まで熱くなるような感覚が右手を満たすと、ほどなく霊力の塊のような発光体が手のひらに浮かび上がった。 「もう少しだけ強く……」 ハインは少しずつ送らないと、体がどんな反応を示すか分からないと言っていた。 それは俺もその通りだと思う。 だが叶うなら少しずつ、送り込む霊力を増やしていきたい。 「これ位……なら、どうかな」 右手に溜めた霊力を今度は少しずつ流していく。 エリカに放つように、空気の中へと霊力を溶かし込んでいった。 ハインは一気にやると、俺の方も参ってしまうと言っていた。 ならばこうして霊力の維持と放流を繰り返しながら、俺の持つ基本的な霊力その物を底上げ出来るように、特訓してみるのは手なんじゃないだろうか。 手のひらの発光体は少しずつ、だが確実に空気へと溶け消えていく。 やがて全ての霊力を解き放つと、自然に大きく息を吐いた。 「ふぅっ!」 今の俺にはこれ位が、無理なく維持出来る限界のようだ。 だが毎日訓練を続ければ、使える霊力はもっと増えるだろう。 そしてエリカに送る力も、少しずつ増やしていくのなら、彼女自身への負担も少なく済むに違いない。 「頑張ろう」 誰にでもなく気合を入れた。 「……俺だってもう一度会いたいんだよ、エリカ」 俺をこの時代へと連れてきてくれたエリカ。 エリカの目的は分からない。 だけどエリカが生霊として、俺達と一緒に過ごした学園生活は、本来彼女が望んでいた生活だったはずだ。 もしかするとだからこそ俺の時間を、この学園の一員であった時代にまで巻き戻してくれたのかもしれない。 「全部推測だけどな」 本当の気持ちが知りたいよ、エリカ。 リリー先輩の為だけじゃない。俺の為にもエリカへの霊力の受け渡しを頑張らなくては。 そう固く決意して、一人の夜は更けていった。 12月17日 「ふー、仕分け完了だな」 「意外とかかりましたね」 「ああ、思っていたより量が多かったな」 「じゃあ残りの段ボール運びに行ってきます」 「いえ大丈夫です。残り少ないですし、先輩は休憩してて下さい」 「む……ならばお言葉に甘えさせて貰おう」 「はい。じゃあ行ってきます」 黛はいくつかの段ボールをひょいと掲げると、内容物のそれぞれの担当箇所へと配りに行った。 「忘れ物か?」 「あれ? リリー先輩だけですか?」 黛かと思って顔を上げると、そこには久地が立っていた。 「久地か。どうした? 何か困り事か?」 「いえ、こっちの仕事がひと段落したんで、先輩達を手伝おうかと思ってきたんですけど――どうやらこっちも終わったみたいですね」 「ああ、ちょうど今終わったよ。黛が段ボールを運んで行った」 「そうだったんですねー。じゃあ休憩しましょー。私、お茶淹れまーす」 「矢野口達はどうした?」 「ありえはもうすぐ来ると思います。ゆずことハインちゃんは、商店街の方に向かったので、今日はそのまま帰っちゃうかもですね」 「お疲れ様です〜。あれ、その様子だとこっちも落ち着いちゃった感じですか?」 「ああ、少し休もうと思っていた所だ」 「はい、ローズヒップティーどぞー」 「ここのハーブティー美味しいよねー」 「レモングラスと迷ったけど、今日は美容にテキメン! なローズヒップにしてみました〜」 「美容……」 美容と聞いて、黛の顔が思い浮かんだ。 私は黛から見て、その……女性としてどうなんだろうか。 「ありゃ? 先輩どうしたんですか?」 「い、いや……その」 「リリー先輩が口ごもるなんて珍しいです。何かあるなら言ってください」 「そうそう。私達でも意外に役に立てるかもしれないですよ?」 「あ、あぁ……。でも大した事じゃないんだ」 「なら尚更話してくださいよー」 久地が人懐っこい笑顔を浮かべながら、話を促す。 本音を言うと、久地達に相談に乗って貰いたい事が一つあった。 「……相談させて貰おう」 「実は……その……黛と、デ、デートをする事になった」 「? 二人って付き合ってるんですよね?」 「デート……してないんですか?」 「一緒に帰ったりはしているが、ちゃんとしたデートという物は、次の土曜日の約束が初めてだ」 「ほえ〜」 矢野口が驚いた様子で口を開けている。 うう、やはり普通はもっと早くデートをするものなのだろう。 「それで先輩の相談って言うのは?」 「あ、あぁ……その……服、なんだ」 「服?」 ああ、恥ずかしいっ。 こんな恋する乙女そのもののような悩みを、私が持つ事になろうとはっ。 だが昨日、黛にデートに誘われてからというもの、私の頭の中では『何を着て行けばいいのだ?』という疑問が、何度も何度も繰り返されている。 「デート、というからにはそれなりに身なりを整えないと――とは思うのだが、何を着て行けばいいのかが見当もつかない」 「……先輩カワイイ」 ああ、恥ずかしいっ! だがこれも黛の為だっ。 恥を忍んで助言を貰おうじゃないか。 「リリー先輩、そういう事なら私に相談したのは正解ですよ!」 「だねだね♪ ひなちゃんのセンスはズバ抜けてるから」 「私、将来は女の子を綺麗にする職業に就きたいんだよね〜♪」 「そうだったのか。良い目標だな」 「えへへ。だからそういう事なら、先輩を私がプロデュースしちゃいますっ」 「よ、よろしく頼む」 正直に言うと、こんな相談をする事自体が、非常に照れくさい。 だけどどうせなら黛に沢山喜んで欲しいではないか。 それに…………私だって可愛いって思われたい。 「そうと決まれば、今から早速ミクティに行きましょー!」 「えぇ!? い、今から!? 私は今日も下校後は黛と予定があるのだが……!」 毎日のエリカへの霊力の注入を止めるわけにはいかない。 「だったら余計に今行くべきですよ。仕事はひと段落したんですし、今から行けば十分に下校には間に合いますよ」 「そーそー。折角学園側が生徒の自主性に任せるっていう名目で、休んでても良いような時間をくれてるんですから、これを利用しない手はないですよっ」 確かにうちの学園はクリスマスに重きを置いている。 その為期末試験が終われば、後は早めのホリデーに入ろうが、クリスマスパーティーの準備に入ろうが自由だ。 「リリー先輩、難しく考えすぎです。今日まで頑張って、あんなに沢山の段ボールの仕分けしたんですから、今日は一日お休み! でいいじゃないですか」 「そう、か。そうだな」 「じゃあ行きましょう♪ 彼方くんには私から適当にメール打っておきますね。そうだなー、商店街に行ったゆずこ達の手伝いでもお願いしておこうかな」 「それがいいね。あっち方面ならミクティとは真逆だから、鉢合わせる事もないだろうし」 「えへへっ。どうせならサプライズおめかしにしたいもんね〜」 久地が笑顔のまま携帯を操作し、黛へとメールを送信する。 「これで良し、と」 「ミクティにしゅっぱ〜つ♪」 二人に手を引かれるようにしながら、部室を後にしミクティへと向かった。 「先輩、次はあの店のあれ着てみてくださいっ。あれ!」 「久地、少し休まないか?」 隣町に着くなり、久地は本領発揮と言った様子で、私の腕を引きながら、あちらこちらの洋服を吟味し続けている。 「ファッションは出会いですよっ。休んでたら良い服が逃げちゃいますよっ」 「そんな事はないだろう」 「そんな事あるんですっ」 むぅ、そういう物なのだろうか。 私はファッションには疎い方だから、久地に力強く言われてしまうと、そういう物なのかという気になってくる。 「分かった。あの店のあれだな?」 「あ、あっちも可愛くない?」 「どれどれ〜?  わぁ、いいね! トップスはあれでいいかも! 先輩、あっちも行きますよ〜」 うーむ、こうなったら私もトコトン試着する覚悟を決めようじゃないか。 「ゴーゴゴー♪」 「最っ高! あの黒いワンピめっちゃ似合ってました」 「リリー先輩のスタイルの良さが際立ってて、とっても素敵でした〜」 「二人が選んでくれたおかげだよ」 「ありえが見つけた白いトップスも良かったよね。ワンピとの相性もバッチリだったし」 「うんうん、素敵にコーデ出来そう」 「二人共付き合ってくれて有難う」 「なんのなんの。ていうかまだまだですよ」 「ん? しかし服は揃ったと思うが」 「靴とアクセがまだじゃないですかー。あのワンピに合いそうな靴あります?」 「うーん……」 自分の持っている靴を一足一足思い浮かべてみるが、コレ! というのは見つからない。 「ない、かもしれない」 「それじゃあ靴も見ないとですね」 「この際なんでトータルコーディネートさせて下さい」 「こちらこそお願いする」 「ねぇねぇ、化粧品とかも見たいよね」 「見たい見たい! 先輩にはヌーディ―かつ、うるみ目なメイクが似合うと思うんだよね〜」 「うるみ目絶対似合う〜! チークは練りチークが良さそう」 「ナチュラルに血色良くなるし、練りチークいいね〜」 本人をよそに二人がキャッキャと盛り上がる。 私には疎い話題ではあるが、どんな風に変われるのだろうと思うと、少しだけワクワクする。 「それじゃあまずは靴から見に行きましょう。その後アクセ、最後にメイク用品」 「分かった。よろしく頼む」 「はーい♪」 「ふー、買えた買えた」 「ひなちゃんセレクトの化粧品、完璧だったね」 「どれも使いやすそうだし、私の肌色にも合っていて、選んで貰えて良かったよ」 「有難う。本当に二人のおかげだよ」 一人ではとてもではないが、こんなに上手く買えなかっただろう。 「すまない、メールだ。――黛からか」 メールを開いて文面を確認する。 『商店街での買い出し作業が終わったので、今からリリー先輩の自宅に向かおうと思うんですが、先輩はまだ学園ですか?』 「あっちの作業も終わったようだ」 「じゃあ今日はこの辺で解散にしましょうか」 「だね。私はありえを送っていきます」 「ああ、そうしてやってくれ。二人共改めてお礼を言うよ、本当にどうも有難う」 「えへへ。私達いつも先輩に助けて貰ってばかりだから」 「今日は私達も嬉しかったです」 にっこりと笑顔でそう言ってくれる二人を見ていると、自然と肩から力が抜けていく。 「それじゃ帰ろっか」 手を振りながら去っていく二人を見送った後、黛へとメールを返信する。 「私も今から自宅に帰る所だ。直接来てもらえるか? ――送信っと」 メールを送信し、携帯をしまう。 肩にかけたショッパーの重みが、幸せの重みに感じられる。 この服、黛も気に入ってくれるといいな。 そんな事を思いながら、急いで自宅へと向かった。 リリー先輩の自宅に到着すると、玄関前でリリー先輩が出迎えてくれた。 「有難うございます。そっちはどうでした? ひなたとありえと一緒に作業してたって聞きましたけど」 「え? あ、あぁ、そうだな、うむ、大した事はなかったよ。そういう黛の方こそどうだったんだ?」 「こっちも商店街に置きっぱなしだった道具とかの回収程度でした。明日からは本格的に、学園内での準備作業が始まるみたいですけど」 「そうか。ゆずこの様子はどうだ?」 「もうすっかり落ち着いてます。さっきツリーのあった場所にも行ったんですけど、表面的には何とも無さそうでした」 「強いな、ゆずこは」 「俺も少し驚いてます」 ゆずこは俺が思っているよりもずっと強い子だったんだと、今さらながらに思い知らされる。 「こんな所で立ち話もなんだったな。すまない、入ってくれ」 「お邪魔します。早速ですけど、エリカの元へ向かってもいいですか?」 「エリカ、入るぞ」 今日もエリカは変わらずベッドに横たわっている。 目は静かに閉じられ、呼吸が乱れている様子もない。 「……変わらず、ですね」 「そうだな……。エリカ、今日も黛が来てくれたぞ」 「今日は昨日よりも少し多めに霊力を送ってみようと思っているんです」 「黛の体は大丈夫なのか?」 「昨日家に帰ってから、少しだけ霊力をコントロールする練習をしてみました。少しずつなら送り込める霊力を、増やしていけると思います」 「ハインも一気に送るのは危険かもしれないって言ってましたから」 「俺の霊力の底力を増やすのと同時に、エリカに送る量も少しずつ増やして行ければって思ってるんです」 「有難う、黛。ここで霊力を送るだけでも疲れるだろうに、帰宅した後もそんな訓練をしてくれて……」 「エリカと会いたいのは俺も同じですから」 「それじゃあ始めさせて貰います」 いつも通りにエリカの手を取り、いつも通りに目を閉じる。 昨夜自室で訓練した時と同じように、まずは霊力を手のひらに集中して集めてみる。 自分が無理なく維持できる量を右手に集めきると、そこから今度は少しずつエリカの手の中へと霊力を流し込んでいく。 エリカの様子に変化はなさそうだ。 ならば今日は今出した霊力を、全てエリカに流し込んでみよう。 ――――エリカ。 苦しくないか? 辛くないか? 俺の霊力は君の役に立ちそうか? 念をこめながら力を送り続けると、俺とエリカの境界線は真っ白な光で滲んでいく。 待ってるからな、エリカ。 また会えるって信じてる。 エリカの心に届けと、自分の想いを込めた霊力を放出しきると、俺は静かに目を開いた。 「…………終わりました」 「有難う。体調はどうだ?」 「問題ありません。昨夜のシミュレーションが効いてるみたいです。あれ位なら、俺の体への負担もないです」 「そうか。良かった……」 俺の方が参ってしまっては、本末転倒と言う物だ。 エリカに力を送り続けるためには、まずは俺自身がしっかりしていないと。 「また明日な、エリカ」 返事のないエリカの頭をそっと撫でて、俺と先輩はエリカの部屋を出た。 「毎日すまないな、黛」 「先輩謝ったりお礼を言ってばかりですよ。せめてすまない、は禁止にしましょうか」 「さっきも言いましたけど、エリカに会いたいのは俺も同じなんです。聞きたい事も言いたい事も沢山ある」 「そうか。そう言っていたな」 「はい。エリカには俺が、どれだけ礼を尽くしても足りない恩があります」 「恩? そう言えば前にもエリカに借りがあると言っていたな」 「はい。内容は話せないんですけど……」 エリカが俺を過去へ戻す事の条件の一つに、他言しない事がある。 俺はその条件という名の約束を破る気はない。 「エリカと俺の二人だけの秘密って所ですかね」 ははは、と笑って誤魔化そうとしたのだが、リリー先輩が少しだけ不満そうに唇を歪めているのが分かって、すっと笑いをしまった。 「どうかしましたか?」 「いや、随分仲がいいんだなと思ってだな。その……なんというか」 リリー先輩らしくもなく口ごもっている。 そしてその頬が徐々に紅く染まってきた。 「先輩顔が赤いですよ」 「そんな事はないだろうっ。 私はただ――その、そう、いつも二人で過ごしていたんだなって思って、エリカと過ごしていた黛はどんな顔をしてたのかなとか」 「そういうその、一般的な? そう、一般的なアレだ、えーっと……」 「あの、リリー先輩」 「先輩、もしかしてヤキモチ焼いてたりします?」 「そ、そんなわけないだろうっ! 私がエリカにヤキモチを焼くとか、そんな事思えるはずがないっ。ただ、なんというか……」 「なんというか?」 「私の知らない黛がいる事に、少しだけちょっとだけ、心がヒリついたというか。そうっ、ちょっとそんな風に思ってしまっただけだ」 「それって嫉妬ですよね?」 「……うぅっ、かもしれん」 顔を赤らめた先輩が、俺からフイッと視線を逸らす。 か、可愛いっ。 「嬉しいです、先輩」 「嫉妬されて喜ぶ奴があるか」 「はは、違いますよ。勿論嫉妬して貰えた事は嬉しいですけど、先輩がエリカと心の位置を同じにして考えてくれた事が嬉しいんです」 「心の位置?」 「エリカに申し訳ないとか、エリカにこうしなければならない、こう思わなければならない――」 「そういう感情とは別の所で、エリカと同じ立ち位置で、エリカに嫉妬を覚えてくれたって事ですよね」 「っ! そう、かもしれない」 「俺は先輩にもっともっとそう言う感情を出して欲しいんです。勿論エリカへの罪悪感とか色々あるでしょうけど……」 「でもリリー先輩にとっても、今は一度きりの青春なんですから」 「せ、青春」 「あ、ちょっと照れてます? いい言葉ですよ、青春って」 二度と戻っては来ない掛け替えのない時代だという事を、俺はリリー先輩の何倍も痛感している。 「……正直に言うと、エリカへの罪悪感が薄れていくのは、やっぱり怖いんだ」 「だけどそれでも黛と過ごすのは幸せで、嬉しくて……。エリカには何もないのに」 「いいじゃないですか。それでも」 「妹の為に自分を犠牲する姉であり続ける必要なんてない。そんな事をエリカが望んでいるかどうかも分からない」 「大切なのは俺の力で、エリカとリリー先輩を会わせる事です。そしてそれが叶った時に、思う存分謝ればいいじゃないですか」 「だけどそれでは……」 「たとえエリカが許してくれなかったとしても、そこから時間をかけて贖罪していけばいいじゃないですか。今はまだエリカがどう思っているのかすら分からない」 リリー先輩が何かを考え込むように、眉根をぐっと寄せて沈黙する。 利己的な考え方だとは思う。 だけど俺の出会ったティアには――先輩の事を恨んでいるような様子なんて微塵もなかった。 「すぐには無理かもしれないが、私も前向きに自分の青春への取り組み方という物を検討しよう」 「なぜ笑う」 「先輩ってやっぱり可愛いです。リリー先輩ほど可愛い人、この世に二人といません」 「ななななっ、何を言うかっ。黛、あまり年長者をからかう物じゃないぞっ」 顔を真っ赤にして否定の声を上げるリリー先輩の肩を、そっと引き寄せて軽めのキスを交わす。 「大好きです、先輩。だから俺は先輩に笑顔で居て欲しい」 「その為に、俺もっともっと頑張りますから。しっかり霊力コントロールの訓練しておきます。リリー先輩も何か良い方法とか見つけたら教えて下さいね」 「それじゃ今日はこの辺で帰ります。また明日も来ますから」 「明日また学園で」 「分かった。気を付けて――」 これ以上ここにいると、衝動に負けてまたリリー先輩を押し倒してしまいそうだ。 今日の所はここで帰って、しっかりと霊力訓練に励むとしよう。 ――エリカとリリー先輩を会わせる為に。 「少し時間が空いたんで、部室で本でも読もうかなって」 「パーティー準備の方はいいのか?」 「ゆずこ達が頑張ってくれてるんですけど、今の作業がミシンとかの裁縫系なんです。ああいうのは俺には手伝えそうにないんで、こっちに来ました」 「そうか。生徒会の方の準備も、少し落ち着いていてな。私も今部室に来たところだ」 「商店街のパーティー会場とは違って、学園内で開催するミニ文化祭みたいな物ですからね」 「文化祭で使用した道具なんかもそのまま使えたりするから、思っていたより作業に時間が取られないのは確かだな」 「ですね。気兼ねなく休んじゃいましょう」 「はは、そうだな。それもいいかもしれん」 言いながら先輩がお茶を淹れてくれる。 その間にオカルト研究部の蔵書の背表紙を一つ一つ確認していく。 この前借りた本は既に読んでしまった。 役に立たなかったわけではないが、これといったインスピレーションを得られなかったのも事実だ。 「気になる本はあるか?」 紅茶の入ったティーカップを机に置きながら、先輩が俺の方を気にして尋ねる。 「うぅーん……降霊についてもっと詳しく知りたいんですけど」 「降霊か。古くは旧約聖書サムエル記に出てくるエンドルの魔女が有名だ。昔から口寄せや降霊と言った物は行われていたという事だろう」 「エンドルの魔女ですか」 「サウル王に命じられて、エンドルの魔女は預言者サムエルの影を黄泉の世界から呼び出させたんだ」 「影、ですか」 「ああ。エンドルの魔女は影という形でもって降霊を行ったようだな。もっともその影は、悪魔の偽装だと解釈されたらしいがな」 「ふぅむ……。影……」 「何か気になるか?」 「俺は神社で降霊をした時、何て言うかこう……光に包まれる感じがしたんです」 「ほう」 「真っ白な世界に自分以外の色が流れ込んで来て、混ざって行って、やがて自分自身が深い所に落ちていくというか」 「上手く説明できないんですけど、意識が霧散していくような感覚に包まれるんです」 「なるほどな……。そうやって自我を消す事で、他人の感情を容れ易くしているのかもしれんな」 「他のいわゆる霊媒師と言われる様な人達は、霊媒中の意識を保っているんでしょうか」 「人によるだろう。完全に霊に身を任せるのは危険と判断して、俯瞰的に自分を見ているような霊媒師もいるはずだ」 確かに知らない霊に自分の全てを預けるというのは、少し怖いというのは分かる。 俺は鳴ヶ崎神社の霊に対して、同情と言うか哀切のような感情を抱いたから、彼に体を預ける事を許せたのだろう。 そしてまたエリカに対しては、全面的に信頼している。 エリカに体を貸す事は、全く異論がなく不安など起きようはずもない。 「俺は降霊対象を信頼しているから、自分の意識を消せる、っていう事なんですね」 「恐らくは。私も多くの書物や映像を見て、降霊については研究してきた」 「だが知っての通り、私の霊感は皆無だ。だから全ては憶測にすぎない」 「実体験に基づいた話は、何も出来ないのが悔しいよ」 「いいえ、リリー先輩の知識には助けられてます。俺は自分が誰かの霊を降ろすなんて考えても見なかった」 「いや、そもそもが自分の霊力とだって真面目に向き合って来なかったんです」 高名な霊能力者である父への憧れと劣等感の狭間で、やがて俺は父を羨みたくない一心で、真剣には自分の能力と向き合わなくなった。 「だけど今は自分の力を知りたいんです。もし本当に俺に降霊の才能があるなら……」 それは他の誰かの役にだって立てるかもしれないって事だ。 ――――自分のこの少しだけ特異な力で。 「黛には素晴らしい才能があると私は信じている。君をこのオカルト研究部に入部させた時からな」 「ははは、それは俺があの有名な霊能力者黛の息子だから誘ったんでしょう」 「私を見くびって貰っては困るぞ。確かに黛のお父上の事がないと言えば嘘になる」 「だが私はそれ以上に、君に惹かれたんだ。何故かは分からないがな」 リリー先輩に真っ直ぐな瞳で“君に惹かれた”なんて言われると、何だか妙にドギマギしてしまう。 「……俺、頑張ります。霊力のコントロールだけじゃなくて、霊を降ろす器としてもちゃんと受け身が取れるように」 「霊を降ろす器……か」 俺の言葉にピンと来るものがあったのか、リリー先輩がフムと小首を傾げる。 「何か?」 「降霊とは少しだけ違うが、チャネリングの技術は役に立つかもしれんな」 「チャネリングってアレですよね。単純に霊を降ろすというよりも、もっと高位な存在――神霊とか精霊、さらには宇宙人とかを降ろすってやつですよね」 「そうだ。彼らチャネラーは一般的な降霊術とは違い、亡霊を体に降ろす訳では無い」 「彼らは高次元の存在を降ろすから、降霊相手に体を乗っ取られるような危険は、チャネリングにはないと主張している」 「ゆえに彼らの行うチャネリングは瞑想のような形をとるんだ」 「心をリラックスさせ、そこから意識をトランス状態にして高位の超自然的存在と、己を同調させ交信させる」 「っ! それって」 「似ているな」 「はい、俺のやり方に近い感じがします」 「となると器としての特訓は、チャネリングのトレーニングを流用するのがいいかもしれない」 「と言うと?」 「チャネリングは5感に頼らず、第6感を用いる。だから第6感をいかに鍛えるかが重要になってくるんだ」 第6感――――視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚とは別のもう一つの感覚。 霊感や予知と言われる様な物がそれに当たる。 「第6感って鍛えられる物なんですか?」 「第6感――己の直感を感じるには、考えてはならない」 「考えない?」 「直感がやって来るスピードは、ある研究所が行った直感力測定の結果として、0.1秒〜0.3秒と発表されている」 「つまり何か決めよう、と考えた0.1秒〜0.3秒後には、既にもう直感の答えは心の中では出来上がっているという事だな」 「当然そんな短い時間に考える余地など勿論無い。考えるな、感じろという事が非常に大切というわけだ」 「なるほど……。ついつい頭で考えてしまいがちな部分を取っ払うって事ですね」 「そうだ。大人には難しいかもしれんが、もっと幼い頃は考える前に体が動いていた――というような事は多々あったはずだ」 「あー、ありますね。それで痛い思いをした事も何度もあります」 幼少期の苦い思い出が蘇る。 「子供の頃のように、心を自然体に保つというのは、第6感を鍛えるに置いて重要だよ」 「さすがに詳しいですね」 「まぁ、な。……白状すると、私も昔は第6感を鍛えようと努力したんだ」 「先輩が?」 「ああ。第6感を鍛えて、視えない物が視える目を手に入れたかった。だが結果はご覧の通りだ」 失敗って事か。 「鍛えるというのは、元々あるから出来るんだ。ゼロをどれだけ鍛えてもゼロのままでな……」 「リリー先輩の霊力の無さは筋金入りですもんね」 「うっ……言ってくれるな、黛」 「はは、でもそこもリリー先輩の魅力ですよ。それで先輩はどんなトレーニングをしてたんですか?」 「すぐにでも実践できるのはトランプを使ったトレーニングだな」 「トランプ? 普通のトランプですか?」 「そうだ。トランプを伏せて、カードを捲る。そしてマークを当てるんだ。確率は4分の1。やってみようか」 そう言うとリリー先輩は引き出しから、何の変哲もないトランプを取り出した。 「重要なのは考えない事。行くぞ? マークを答えてくれ」 簡単にトランプを切った後、一枚のトランプを伏せたまま机に置いた。 「っと、ハート」 「一拍置いたな。という事は考えたという事だ。そして正解は――クラブか」 考えるつもりなど無かったのに、どうやら考えてしまっていたらしい。 「どんどん行くぞ」 リリー先輩が呼吸も置かずに、カードをどんどんと出しては捲っていく。 その速さに合わせて、俺もただただトランプのマークを答えていく。 「ダイヤ、スペード、クラブ、クラブ、ダイヤ、ハート」 10分ほどそれを続けていると、不思議とマークの正解率が上がってきた。 「クラブ、スペード、ハート、ハート、ハート、クラブ、ダイヤ」 「……凄いな」 感嘆の声を上げると、リリー先輩が手を止めた。 「もう殆ど正解じゃないか」 「うーん、でも何か実感ないです。自分の意志で答えてると言うより、口が勝手に動いてるみたいな感じなんで」 「それこそが考えずに感じている証拠じゃないか。私は全く出来なかったぞ」 確かに論理的な思考を好むリリー先輩に、考えるなというのは少し酷な事かもしれない。 「よし、それじゃあ次のステップに行こう。次は数字を当てるんだ」 「一気に選択肢が増えましたね」 「4種類から13種類だからな。さらに最終的にはマークも数字も当てるんだ」 「そこまで当てられるようになったら本物ですね」 「ああ。黛ならきっと出来る」 「頑張ります。これなら自宅で一人ででも出来そうですし、今日から早速家でも練習してみます」 「ああ、よろしく頼む。第6感を鍛えれば、目や耳や鼻では感知できないような事も感知できるようになるだろう」 「そしてそれは精神世界を広げてくれる事になると思う」 精神世界。 俺の場合は目を閉じた時に広がる、光の中の真っ白な世界。 そこを広げて直感でエリカの存在を探し当てれば、それをそのまま自分の体へと落とし込めるようになるのかもしれない。 「後は……心を落ち着かせる事。つまり焦りは禁物だ」 「黛が私の事を思って、早くエリカと会わせようとしてくれている気持ちは十分に伝わっている」 「だがどうか焦らないで欲しい。そして無理をしないでくれ。トレーニングにしてもエリカに霊力を送る事にしても、黛のペースでやってほしいんだ」 「私はもう10年待った。今更それが数年伸びようとも、結果が出るかもしれないという希望を得られただけでも、十二分に嬉しい事なのだから」 「……分かりました」 俺が頷くと、リリー先輩はにっこりと綺麗に微笑んだ。 リリー先輩は強い。 だからこそ俺はそんなリリー先輩を支えて、そして守れるような存在になりたい。 「さーて、それじゃあ他の文献ももう少し見ておこうか」 リリー先輩に促されながら、俺は先輩の蔵書に目を通していった。 あの後、色んな本に目を通して、今日もエリカの元に行ってきた。 エリカの様子に変化は無かったが、昨日よりも少しだけ量を増やした霊力を送っても、拒絶反応は出なかった。 「全部吸収されてると思うんだけどなぁ……」 誰にでもなく呟きが漏れる。 毎日少しずつではあるが、エリカに霊力を渡している。 エリカが俺の前に現れるのに、どれほどの力を使っていたのかは分からないが、少しくらいの会話なら、そろそろ出来てもいいような気がするんだが……。 「もう一度話がしたいよ、エリカ」 「じゃあしようよ」 「どわああああああああああああああっ!?!?」 突然かけられた声に驚いて顔を上げると、そこにはいつもの調子でエリカが何食わぬ顔で立っていた。 「エ、エリ、エリ、エリカッ!」 「彼方に本当の名前で呼ばれるのって、なんかちょっと照れくさいね」 「そうだなって言ってる場合かっ。お前、どうしてここに!?」 「どうしてって、いつもこうやって普通に現れてたじゃん」 「確かにお前は神出鬼没だった。この家に来た事も初めてじゃない。だけど本当のお前は――」 リリー先輩の家で眠ったままで――と続けそうになって言葉を飲んだ。 「……気を遣わなくてもいいのに」 「エリカ……。じゃあ聞くが、その――大丈夫なのか?」 「彼方が霊力を分けてくれたから。少しならお喋りできるよ」 「俺の霊力で? という事はやっぱり、俺達の前に現れてくれなくなったのは――――」 「そう、単純に力が切れちゃったの。こうして浮遊しているのって、自分で思っていたよりも疲れる事だったみたい」 困っちゃうよね、とエリカが苦笑する。 良かった……。俺に姿を見られたから、生霊として存在できなくなったわけじゃなかったんだ。 心の底から安堵の息が漏れた。 「ホッとしてる?」 「してるよ。またこうして会えたわけだしさ」 「ていうか先輩の所に行かなくていいのか? 俺の所に来るよりよっぽど近いだろ」 「私に距離は関係ないよ。それにお姉ちゃんにはちゃんと会ってる。こうして自由になった時は、いつも真っ先にお姉ちゃんの所へ行くの」 「ただ……お姉ちゃんには、私が視えないけど」 エリカは少しだけ悲しそうに目を伏せた後、気持ちを切り替えるかのように小さく首を振った。 「それより聞きたい事、たくさんあるんでしょ」 「あるよ。勿論たくさんある」 「いいよ。答えられる事は答える」 そうは言っても、エリカはいつまた消えてしまうか分からない。 なら俺がまず真っ先に聞くべき事は決まっている。 「エリカ……。エリカは……、その」 聞くべき事は決まっているのに、どうしても口ごもってしまう。 もしエリカの答えが、俺の望むものじゃなかったらと考えると、躊躇してしまうのだ。 「言いなよ」 エリカがじっと俺を見つめる。その視線は先を促しているようだった。 そうだ、ちゃんと聞かなくちゃ。 他の誰でもない、俺自身の言葉で。 「…………エリカはリリー先輩の事を恨んでいるのか?」 そんなはずは無いと思う。 否定してくれるに決まってる――そう思っているのに、やはり少しだけ声が上ずってしまった。 「……恨んでなんかないよ」 「っ! だよな!?」 心底安堵して、肩から力が抜けていく。 「うん。恨むわけない。だってあれは事故だもん。私だって急いでて、周りが見えてなかったから」 「お姉ちゃん、ずっと後悔してるよね。私ね、何度もお姉ちゃんに言ったよ。お姉ちゃんのせいじゃないよって」 「だけど届かないんだもん。耳元でわーーって大きな声を出しても、お姉ちゃんには響かない」 「リリー先輩は、全く霊感がないから」 「うん。だから彼方から伝えてよ。恨んでないよって言ってたって」 「それは勿論伝える。だけど……俺の口から出た言葉じゃ、リリー先輩は納得しないと思う」 「彼方の言葉を信じないっていうの?」 「そうじゃない。先輩は俺の言葉を信じてくれるだろう。だけどそれとは別の所で、納得が出来ないと思うんだ」 「俺から聞かされた俺の言葉じゃ、リリー先輩の気持ちは晴れないと思う。……上手く説明できないけど」 「……何となく、分かる気がする」 「そうだ! 手紙を書くのはどうかな? エリカの字ならリリー先輩も見覚えがあるだろ? だから――」 「それは無理」 「私もね、手紙を書こうと思った事はあるの。でも無理なんだ。ちょっと紙とペン借りるね」 エリカは俺が机の上に出しっぱなしにしていたボールペンを手に取るとノートを開いた。 「見てて」 エリカがサラサラとボールペンを走らせる。 だがボールペンからインクが出る事はなかった。 「あれ? インク切れてたっけ?」 エリカの手からボールペンを受け取り、同じようにノートにペンを走らせると、グニャグニャとした線がノートに書かれていった。 「ちゃんと出るな」 「こういう事なの」 「私は何度書いても、ペンを変えても、文字を残せないんだ」 「それってどういう……。だって食事や風呂は問題なく出来てるよな?」 「私が食べたりして、物が消えてしまうような事は出来るんだけど、私が何かをこの世に残す事は出来ないみたいなの」 「まぁ生霊なのに食べたり温泉に入れたりするだけでも、ラッキーなのかもしれないけどね」 少しだけ寂しそうにエリカが笑って見せる。 その笑顔の向こうに、エリカの持っている悲しさが見えた気がして、俺は努めて明るい声を出していく。 「せっかくだし何か食べたい物とかあるか? もしあるなら今からでも――そうだ、ゆずこに何か作って貰うか! 何が食べたい?」 「あはは。大丈夫だよ。今はお腹空いてない」 「そうか? 遠慮はいらないぞ。アイスも冷蔵庫にあるはずだ。大サービスでハーゲンガッツ食べてもいいぞ」 「ハーゲンガッツかぁ、いいね。でも今日はいいや。ふふ、彼方がいつもと変わらなくて、ちょっと安心」 「安心?」 「……私ね、私の本当の姿を彼方に見られるのが少し怖かったんだ」 「可哀想だなって思うでしょ? 憐れんで同情して、そして距離が出来る」 「私はそんなの嫌だった。私の正体――私の体を知らなければ、よく分からない生意気な霊で済んじゃうのに」 「だけど彼方は……勿論内心では色んな事思うだろうけど、こうして普通に接してくれてる。それが凄く嬉しい」 「嬉しいのは俺の方だよ。こうしてまた話せたんだから」 ……ねぇ本当に私の事を降ろすの?」 「ああ――っていうか、エリカがそのままズバッと入って来れないのか? 俺はエリカにならいつでも体を貸すぞ?」 「あはは、アリガト。でも流石にそれは無理だよ」 「鳴ヶ崎神社では上手い事、降霊出来たんだがなぁ」 「その人は男の人で、年齢的にも本来の彼方の年齢に近いんじゃない?」 「確かに……その通りだ」 本来の俺。 今から8年後の俺だ。 「そういう身体的、精神的特徴が似てると、魂もシンクロしやすいの。だからスポッと入れられたんだと思う」 「……エリカと俺じゃ何もかも違うな」 「そう、何もかも。だから優れた霊力が必要だし、私もそれなりに力を蓄えないといけない」 「分かった。じゃあ俺は引続き霊力コントロールや、第6感を鍛える訓練を続けるよ。それと同時にエリカへの霊力の注入も変わらず続ける」 「嬉しい、けど……彼方は大丈夫なの? 無理してない?」 「自分でも驚くけど、全く辛くはないんだ。……俺って案外凄い潜在能力とか持ってるのかもしれないな」 「ふふ、かもね」 曲がりなりにも父と同じ血が流れているのだ。 多少は人よりも霊力の容量が多くても不思議ではない。 「……私、これで大人しく眠りにつくね。彼方に貰った力を使って、今日は出て来ちゃったけど、ちゃんと彼方の体を借りられるように、私も力を蓄えておく」 「エリカはそれでいいのか?」 他にやりたい事や、見たい事がまだまだ沢山あるんじゃないだろうか? だとしたら俺はそれを叶えてやりたい。 例えそのせいで降霊が遅れたとしても……。 「私の一番の望みはね、お姉ちゃんと話す事なの」 「お姉ちゃんに後悔を無くして貰って、幸せになる事を恐れないで欲しいの」 「今日こうして出て来たのもね、お姉ちゃんの事恨んでないよ、って伝えて欲しかったからなの。あとは案外楽しく生霊してるよって事も、伝えてくれたらなって」 「分かった。間違いなく伝える」 「お姉ちゃんは納得しないだろうけど、よろしく」 照れ笑いを浮かべたエリカの体が、少しずつ薄く空気に同化していく。 「エリカ……!」 「ん……もう戻らなきゃ。彼方……有難う。有難うね」 「次はアイス食べてけよっ、またどっか一緒に行こうな! それから、えっと」 「ふふ、またね」 ゆるく微笑んだエリカは、完全に空気へと溶け消え、今までエリカの居た空間に、ただ静寂だけが訪れる。 机の上を見ると、無造作に置かれたボールペンが目に入る。 何も残す事が出来ないエリカの事を思うと、胸の奥がキュッと苦しくなった。 「俺、頑張るから」 エリカに体を貸せるように。 リリー先輩とエリカを会わせられるように。 「なに!? エリカが……エリカが来たのか!?」 昨日の夜にエリカが俺の部屋に来た事を伝えると、先輩は驚きを隠せない様子で大きく目を見開いた。 「勿論俺の所に来る前には、リリー先輩の部屋に行ったみたいですよ」 「エリカが……私の部屋に……」 「今までも何度も行ってると思います。自由に動ける時は、まずお姉ちゃんの所に行くって言ってましたから」 「なに!? そ、それは何というか……嬉しいような、ちょっと恥ずかしいような……」 まぁいきなり見られたら嫌だったり、恥ずかしかったりする瞬間って言うのは、誰にでもあるよなぁ。 ……俺もセクシャルソロ活動している所なんかを見られてたら困るし。 …………そういう時にエリカが現れなくて本当に良かった。 「それで……エリカから伝言を預かってます」 「……聞こう」 リリー先輩の表情が、一気に神妙な物になった。 何を言われてもいいと言う覚悟を決めたように、唇を硬く引き結んでいる。 「恨んでなんかないよって、それを俺から先輩に伝えて欲しくて、昨日は来たみたいなんです」 「……恨んでない、か」 「ええ……。でも本人から聞かないと、ダメですよね。やっぱり」 「黛が優しい嘘を吐いてくれているとは思わない。会った事も、その伝言も嘘偽りなんかじゃないと思っている」 「だけど……やはりダメだな。頭では理解出来ていても、心が……落ち着かないというか」 「エリカに俺も言いました。先輩は俺の言葉を信じるだろうけど、納得はしてくれないだろうって」 「黛……、すまない。だが正にそんな感じの気分だ」 リリー先輩は10年間、ずっと後悔し続けてきた。 それを俺の口から出た言葉で納得してくれと言っても、簡単には割り切れないだろう。 「分かってます。だから俺、必ず先輩とエリカを会わせますから。実は昨日もエリカにすぐにでも体に入れないかって聞いてみたんです」 「っ! エリカはなんて!?」 「それは無理だって」 「鳴ヶ崎神社で、初めてなのに降霊が上手く出来たのは、霊と俺の身体的、精神的な特徴が似ていから、魂がシンクロしやすかったんだと言われました」 「ですが俺とエリカとじゃ、性別から何から全く違いますからね」 「なるほど……そういう事なんだな」 「はい。だからエリカを降ろすには優れた霊力が必要で、それと同時にエリカも力を蓄えていないといけないらしくて」 「昨日は恨んでないって伝えて欲しくて、俺から受け取った霊力を使って出て来たみたいなんです」 「でもこれからは、今までのように自由に浮遊したりせず、リリー先輩と会う為に、自分の身体の中で霊力を温存していくって言っていました」 「エリカは……私に会ってくれる気があるんだな」 「当たり前じゃないですか。誰よりも何よりも会いたいのは、リリー先輩ですよ」 「俺も引続き、霊力を高めるトレーニングに励みます。それからエリカにも今まで通り、毎日霊力を注ぎます」 「俺とエリカの力が互いに高まったその時には、エリカを降ろせるはずです」 「黛……!」 「わわっ!」 リリー先輩が感極まった様子で抱き付いて来た。 「有難う、有難う黛……! 有難う……!」 俺の胸に顔を埋めた先輩の肩が小さく震えている。 涙を見せずに泣く先輩の背中をそっと擦ると、リリー先輩は何度も何度も頷いた。 「黛……、私は……君にどう礼をすればいいのか……っ」 「はは、お礼は成功してからでいいです」 「分かった。その時は何でも言ってくれ」 バッと顔を上げた先輩が、真剣な眼差しで俺を見つめてくる。 「はは、期待してます。あ、それともう一つ伝言です」 「案外楽しく生霊やってるよ――だそうですよ」 「ふふ、そうか……そうか、はは」 リリー先輩は少しだけ安堵したように笑うと、もう一度――今度はしっかりと俺を抱きしめた。 雑務を終えた俺は、今日もエリカの元へと向かった。 エリカの様子は今日も、昨日と何ら変わりがない。 人形のように静かに、ただただ深い眠りについている。 そんなエリカを見ていると、昨日あんな風に話した事が夢みたいに思える。 「昨日は有難うな、エリカ」 聞こえているかどうかは分からないが、それでも俺はエリカに語りかけずにはいられなかった。 「リリー先輩にちゃんと伝言したからな。心配せずに、しっかり霊力蓄えてくれよ」 エリカからは勿論返事はない。 だが何となくエリカが微笑んだような気がした。 「私も……エリカと話せる日を待ってる。ずっとずっと待ってるから」 リリー先輩がエリカの頭をそっと撫でる。 昨日とは違って、その目は寂しさよりも優しさが優っているように見えた。 「それじゃあ今日も霊力を分けますね」 「頼む」 俺の霊力を分け与えるため、エリカの手をそっと握りしめた。 「終わりました」 「……昨日に比べて変化とかはあるのか?」 「特に変化は無かったです。ただ昨夜のエリカの話では、間違いなく俺の霊力は伝わってるので、ちょっと安心しました」 自分の力が確実に伝わっているのかどうか、そう不安に思わなくていいだけでも、集中して力を送れるという物だ。 「さて、それじゃあ今日はそろそろ帰ります」 「外まで見送らせてくれ」 「今日も有難う」 「いえいえ。それで明日なんですけど」 明日は先輩とのデートの日だ。 「っ! デ、デートだったな」 「どこか行きたい所とか決まりました?」 「いや、それが中々……」 色んな事が起きたからな。 それどころじゃなかっただろう。 だけどそんな時だからこそ、明日はめいいっぱい楽しんで貰いたい。 「明日の10時にここに来てもいいですか? 先にエリカに会っておきたいので」 「分かった。では明日10時に」 「はい、では明日!」 明日はまずエリカに霊力を渡して、それからリリー先輩と気兼ねなく過ごそう。 そんな思いに心が満たされていきながら、俺は一人帰路に着いた。 その夜 「彼方くん、明日ゲームのコントローラー二つ借りてっていい?」 「ん? 別にいいぞ」 「えへへ、良かった。明日ね、ありえの家でゲーム大会なんだー」 「へぇ、何のゲーム?」 「スマッシュシスターズの新作。ひなちゃんが買ったんだって。それで明日はハインちゃんも一緒に皆でゲーム大会なの」 「パーティーの準備も、土日に出てまでする程の作業は残っていないしね」 「スマシスの新作かぁ。いいな」 「彼方くんも来る?」 「いや、俺は明日はリリー先輩とデートだから」 「なになに、どこに行くの?」 恋バナの食いつきは流石にいいな。 「それがまだ行く所が決まってなくてさ。二人共どっかいい所知らないか?」 「いい所ねぇ……」 「何か思いついたか?」 「確かねぇ、クリスマスパーティーの会場だった場所に、期間限定で動物ふれあい広場が出来てるはず」 「そう言えば私もポスターを見たわ。あの広い敷地を寝かせておくのは勿体ないものね」 「一応ネットで調べた方がいいと思うけど、多分もう開催されてると思うよ」 「動物ふれあい広場か。いいな」 「うさぎとかモルモットとか、豚とかリスとかいるんだって」 「モフモフ……」 ハインがうっとりとした目をしている。 動物が好きなのかもしれない。 「ハインちゃんも行きたい?」 「ま、まぁ少しは」 「じゃあ明後日にでも行く? 明日はゲーム大会だから」 「そうね、皆で行くのもいいかも」 「じゃあ明日はそっちの計画も立てよっか」 「そういう訳で、私達明日は帰ってくるの遅くなると思うけど、大丈夫かな?」 「ああ、問題ないよ。ゆっくり楽しんで来てくれ」 「はーい。 ねぇねぇ、ハインちゃんってスマシス初心者だよね?」 「ええ。やった事ないわ」 「前作ならあるから、今から特訓しよー。キャラの特性だけでも掴んでおこう」 「ふふっ、燃えるわね」 熱いまなざしをぶつけ合うと、二人はテレビの前へと移動した。 こりゃ明日は長くなりそうだな。 デートが終わったら、リリー先輩とここでゆっくりするのもいいかもしれない。 いつもリリー先輩の家にばかりお邪魔しているから、たまにはこちらで迎えさせて欲しいしな。 12月20日 カーテンを開けると晴天だった。 「絶好のデート日和だな」 昨夜ゆずこ達に話を聞いた後、ネットで動物ふれあい広場を検索した所、18日から28日まで開催との事だった。 リリー先輩に特に希望が無いようなら、二人で行ってみよう。 その前にエリカに会わないとな。 身支度を済ませて、リリー先輩の家へと向かう事にした。 リリー先輩の家に着いてインターフォンを押すと、リリー先輩がすぐに玄関まで迎えに来てくれた。 「いらっしゃい」 「ど、どうした?」 いつもと雰囲気が違う……! というか何だろう、凄く女性らしいと言うか、ボディラインがより分かるというか、なんか髪もサラサラだし、唇もプルプルだっ! 「……変、かな?」 「めっちゃくちゃ可愛いです。可愛すぎて可愛すぎて、もう頭おかしくなるかと思いましたっ!」 「大げさだぞ」 「大げさなんかじゃないですよっ! なんていうかいつもと雰囲気が違って、凄くドキドキするっていうか」 「ば、ばかっ。褒めすぎだ」 照れた先輩の顔が真っ赤に変わって、それがまた愛らしい。 「褒めすぎじゃないですよ。リリー先輩のそんな可愛らしい姿を見たら、学園中の男子どもが騒ぎ出しますよ」 「私は黛が気に入ってくれたのならそれでいい」 「先輩……またそんな可愛い事言って」 「熱っぽい目で見るなっ」 「ははは、スミマセン。でも本当に可愛いです。良く似合ってます」 「実はこの服は、久地と矢野口に選んで貰ったんだ。黛がこんなに気に入ってくれたのなら、二人にも改めて礼を言わねばな」 「ひなたとありえに?」 わざわざ買いに行ってくれたんだ。今日の為に。 その気持ちがとても嬉しい。 「そういえば、リリー先輩は卒業後は進学ですよね?」 「ああ。超心理学部のある所へ行く。家から通える場所にあるしな」 エリカの事があるから、県外には出られないんだろう。 「超心理学部ですか。さすがはリリー先輩ですね」 「私らしいだろう?」 「ははは、そうですね」 超心理学は、オカルトを学術的に研究する学問だ。 どこまでもリリー先輩らしくて、思わず頬が緩んでしまう。 「おっと、こんな所で立ち話をさせてしまった。すまなかったな、入ってくれ」 「お邪魔します。それじゃあ今日もエリカの所に行かせて貰いますね」 「エリカ、今日も来たよ」 エリカの眠る部屋に入り、今日も同じようにエリカを見下ろした。 眠るエリカの表情は穏やかで、変化等はない。 「始めますね」 エリカの手を取って、瞼を閉じる。 毎日霊力を維持するトレーニングを続けているせいか、エリカへと注ぐ霊力の量を少しずつ増やしていても、俺の体が苦しくなることはない。 いつもの通りに目を閉じた世界に、光が広がっていく。 その真っ白な世界の中に、静かに意識を霧散させる。 エリカの手を握りしめて、今日の分の霊力を全て放ったその瞬間――。 ハッとして瞼を開くと、エリカは変わらず眠ったままだった。 「どうかしたのか?」 「今、光の中で、エリカが笑っていたんです」 「なんだと?」 「いつもはただ光が広がるだけの世界で、エリカの姿なんて見えません。だけど今日は最後の霊力を送るその瞬間……」 「ほんの一瞬でしたけど、エリカの笑顔が見えました」 あれは幻なんかじゃない。エリカは確かに笑っていたと思う。 でもどうして? 今日、いつもと違う事は…………。 「そうか……。エリカはきっと、嬉しかったのかもしれないな」 「それはどういう?」 「多分ですけど、リリー先輩がオシャレして出かけるって事が、嬉しいんだと思います」 「なっ」 「リリー先輩はエリカの事を考えて、エリカの事を願って生きて来た。でもエリカの意識だって、先輩の幸せを願ってるんだと思います」 「だから今日は嬉しくて、嬉しい思いが強くて、笑顔が見えたのかもしれない」 「そう、か。エリカの強い思いか」 「はい。 エリカ、俺がお姉ちゃんをバッチシ楽しませるからな」 エリカの体とは会話は出来ない。 だけど俺の耳にはエリカの『任せたわよ』と言う声が届いた気がした。 「行きましょうか」 リリー先輩の手を引いて、俺はエリカの部屋を出た。 「戸締りよし」 「それじゃあ行きましょう」 「どこか行く所は決まっているのか?  私は結局、デートに最適なスポットが見つけられなかったのだが……」 「あはは、最適なスポットですか」 真面目に考えていてくれた事が、リリー先輩らしくて微笑ましい。 「ありましたよ、デートスポット」 「そうか! よし、ではそこに向かおう」 リリー先輩が意気揚々とした様子で、拳をグッと突き出した。 その先輩を促すようにして、俺と先輩は一緒の歩幅で歩きだした。 「ここは……」 「先輩、ほらあそこ。あのツリーがあった辺り見て下さい」 「ん? ……動物ワクワクふれあい広場?」 「ツリーがなくなって、急きょ期間限定で動物と触れ合えるイベントが開催されてるんですよ。良かったら行ってみません?」 「行くっ」 被せ気味でリリー先輩が答えた。 その瞳はキラキラと輝いて、今にも駆け出しそうだ。 意外にもこういうイベントが好きなのかもしれない。 「黛、早くこーーい!」 などと思っている間にも、リリー先輩は10メートルほど先まで駆け足で進んでいた。 「ははは、すぐに行きますよー」 先輩は先に係員さんの案内を受けて、囲いの中へと入って行った。 俺も慌てて後へと続く。 リリー先輩がしゃがみ込むと、人に馴れている様子で動物たちが寄ってきた。 「可愛いっ」 先輩が嬉しそうに目を細めて、チョコチョコと動き回るうさぎやモルモット達を眺めている。 「撫でても大丈夫だろうか? 驚かせてしまわないかな」 「大丈夫なんじゃないですか? この子達、人間に馴れてる感じありますし」 「では、そーっと……」 リリー先輩がゆっくりと手を伸ばして、ウサギの背中をそっと撫でた。 「っ! 撫でられたぞっ。すごくツルツルだ……!」 うさぎの手触りの良い被毛に触れられて、リリー先輩の目がキラキラと輝く。 「あ、あそこでウサギ用のおやつが売ってるみたいです。ちょっと買って来ますね」 「私も行こう」 「いえ、先輩はここでモフモフしてて下さい。すぐ戻ります」 立ち上がりかけたリリー先輩を手で制して、ウサギ用のおやつを売っている係員さんの元へと移動した。 「買って来ました。どうぞ」 リリー先輩に買ってきた物を手渡すと、おやつを持ったリリー先輩に反応したうさぎが、リリー先輩の膝の上へとピョコンと飛び乗ってきた。 「おおっ! 黛、見てくれ! 膝にうさぎがっ!」 「見てます見てます。ははは、可愛いですね」 うさぎは鼻をヒクヒクさせながら、リリー先輩の手から餌が渡されるのを待っている。 「よーし、ゆっくり食べるんだぞ」 うさぎのおやつは乾燥ニンジンやパパイヤ、潰した大麦や牧草などが色々入ったセットだった。 その中から無作為に選んで、うさぎの鼻先へと運ぶと、うさぎは夢中で食べ始める。 「可愛いー、可愛いー、可愛すぎるーー」 おやつを与えながら、うさぎの背中を撫で続けるリリー先輩が何とも微笑ましい。 「ほら、黛も撫でてみたらどうだ? 今ならおやつに夢中だからチャンスタイムだぞ」 「はは、そうですね。それじゃあ俺も――」 手を伸ばし、うさぎの背中をそっと撫でてみる。 「っ! こ、これは!」 「凄いだろ? 凄いよな?」 「凄いですっ。あったかくてフワフワでツルツルでモフモフで」 何というか触っているだけで、メチャクチャ癒される。 「あ〜……幸せだーー……」 リリー先輩が恍惚とした表情で、無心でうさぎの背中を撫でている。 確かにこの感覚は、ちょっと他にない幸せ感がある。 「ほら先輩、他の子達も欲しいって言ってますよ」 「おおっ、これはすまない」 リリー先輩の周りにおやつを求めて、沢山の小動物たちが集まってきた。 リリー先輩は少しだけ慌てた様子で、順番におやつを与えていく。 「ケンカせず食べるんだぞ」 「おー、食べてる食べてる」 「可愛いなぁ。動物ってやっぱりいいな」 「先輩は動物好きなんですね」 「大好きだよ。家では飼えないがな」 「そうなんですか?」 「エリカが自宅で点滴治療しているからな。動物の毛が舞うといけないから、飼わない事にしているんだ」 「そうだったんですね……」 俺の声のトーンが少しだけ下がってしまった事に気付いたリリー先輩が、俺を気遣うようにこやかに微笑んだ。 「なに、エリカが回復したら飼えばいいんだ。エリカも動物好きだからな」 「はは、そうですよね」 「ああ。しかしウサギやモルモットに触れる機会など今まで無かったのだが、こんなに可愛いんだな」 「犬や猫ほどのメジャーなペットではないですもんねぇ」 「ああ。だがかなり愛らしいぞ、この生命体は」 「ははは、気に入って貰えて良かったです」 動物ワクワクふれあい広場なんて、少し子供っぽいかな? と思ったりもしたのだが、リリー先輩が思いのほか気に入ってくれたようで嬉しい。 「うぅ〜、いつまでもこうしていたいな」 「付き合いますよ、いつまででも」 「ははは、そうか。それじゃあほら、黛。あそこにも可愛い子がいるぞ? 触ってこなくていいか?」 「本当だ。毛が長くて可愛いですね。ちょっと触ってきます。先輩も行きましょうよ」 「私はこの子が下りてくれるまでは、身動きが取れんからな」 言いながら膝の上に乗ったままのうさぎを、リリー先輩の手が愛しそうに撫でている。 「その子が降りるまで、ずっとそのままですか?」 「無論そのつもりだ。私の膝にわざわざこうして来てくれているのだからな」 「その子を抱っこして、あっちに行ってみるっていうのはどうでしょう?」 「それもいいな。だが私はこのままでいい」 どうやら膝に乗せている感触が、とてつもなくお気に召したらしい。 「ほら、私に遠慮はいらない。あっちの子を触ってきたまえ」 「はーい、じゃあちょっと行ってきますね」 こうして俺と先輩は、気が済むまで動物たちと触れ合った。 「すっかり夕方ですね」 「もうこんな時間か。楽しい時はあっという間だな」 あの後もうさぎやモルモット、さらには豚やリス等とも触れ合い続け、気付けばもう日が傾き始めている。 「この後はどうします?」 「そうだな……、黛は何か提案はあるか?」 「良かったら俺の家に遊びに来ませんか? ほら、いつも俺がお邪魔してばかりだし」 「それはエリカの為に来て貰っているというか……」 「だが黛の家か。いいな、伺おう」 「良かった。今日はゆずこ達がありえの家でゲーム大会するって言って、いないんですよ」 「そうだったのか。黛は参加しなくて良かったのか?」 「あはは、俺は先輩と過ごせる方が何十倍も嬉しいですよ。そうだ、ちょっと小腹空きません?」 「空いたな」 「この近くに美味しいたこ焼き屋さんがあるんです。そこで買って帰りませんか?」 「いいな。では早速向かうとしようか」 「ここです。ここのが美味しいんです。味も色々あるんですよ」 「ん〜、良い匂いだ。折角だから色んな味を食べてみたいな」 「じゃあ6個入りを味を変えていくつか買いましょう」 「おおっ! それはいい」 「すみませーん、たこ焼き6個入りで――――」 「バッチリ買えました」 「いくらだった?」 尋ねながら財布を取り出した先輩の手をそっと制す。 「あはは、いいですよ。これ位ご馳走させてください」 「しかし……」 「リリー先輩がいつも俺が家に行く度に、お茶とかお菓子とか出してくれるお礼です」 「それじゃあご馳走になろう。有難う、黛」 こういう律儀な所も先輩らしくていいなぁ。 「それじゃあ後はコンビニで、飲み物でも買って帰りましょうか」 と声を出したものの、やはり家には誰もいない。 「どうぞ、上がって下さい」 リビングテーブルに買ってきたたこ焼きや飲み物を置いてから、コップを取りにキッチンへと向かう。 「テキトーに座ってて下さいねー」 「ああ、有難う」 コップを二つ持ってテーブルに戻ると、リリー先輩はリビングをぐるりと見回していた。 「何かありました?」 「こうして見ると広いなと思って。この前は皆が居たから、気付かなかった」 たこ焼きのパックを開いて、テーブルに並べていく。 「あの時は大人数でしたもんね。さ、食べましょうか」 「おお〜っ。なんとも美味しそうだな」 二人同時にアツアツのたこ焼きを口に運ぶ。 ソースと鰹節の香ばしい匂いが鼻を抜けていく。 「あつつっ、はふっ、もぐっ」 「はふっ、はふっ、もぐもぐ……ごくん。美味しい」 「ここの店、行列が出来てる時もあるんですよ」 「この味なら行列が出来るのも頷ける」 「気に入って貰えて良かったです」 「……エリカにも食べさせてやりたいな」 「降霊の後、どうなるかは分かりませんけど……、でも今までみたいに出て来られるなら、食べさせてあげる事は可能ですけどね」 「そうか。エリカは食事が出来るんだったな」 「ええ。ただ何かを書き残したりとかは出来ないんです」 「この前来た時に、リリー先輩に手紙を書いたらどうか? って言ったんです」 「手紙……そうか、物には触れるんだものな」 「はい。でもダメでした」 「ダメとは?」 「形に残る物は残せないみたいなんです。インクの入ったボールペンにも関わらず、エリカがペンを走らせると何も書けなくなっちゃって」 「食べ物を体内に入れるという事は、つまりは見えなくするという事。そういう事は出来るが、その逆に残す事は出来ない、と」 「はい。残念ですけど」 「ふぅむ……確かに残念だが、新しい情報だ。教えてくれて嬉しいよ」 「そう言って貰えて良かったです。さぁ、冷めないうちに食べましょう」 パクパクとたこ焼きを口に運んでいく。 美味しい物でお腹が満たされて行く幸せを、二人で一緒に堪能する。 「今日は楽しかった」 「俺もです」 「良い場所に案内してくれたな」 「実は昨日、ゆずこ達が教えてくれたんです。イベントやってるよって」 「多分、パーティー準備で商店街に行った時に、ポスターか何かで見つけたんだと思います」 「なるほどな。準備の方はどうだ? 何か困った事があるとかは言ってなかったか?」 「すこぶる順調みたいですよ。だから土日はバッチリ遊ぶんだーって言ってました」 「あはは、そうか。クリスマスももうすぐだな」 「ですね」 「その……黛は23日は何か予定はあるか?」 「ありません」 「良かった。じゃあ一緒に過ごそう」 「はい、俺からも誘おうと思ってたんです」 「黛の誕生日だものな」 「リリー先輩の誕生日でもあります」 憧れの生徒会長と同じ誕生日だと知った時の、何とも言えない甘酸っぱい気持ちが蘇る。 「誕生日が同じだなんて、不思議な巡り合わせだな」 「去年は部室で、皆にお祝いして貰いましたね」 「ああ、楽しかったな。久地が何故かゾンビのメイクをして登場して」 「リリー先輩が喜ぶ事イコールホラー! って事で、あんな感じになったみたいですよ」 「確かに私は大喜びだったが、ゆずこは泣いていたな」 「……いつもの事ですね、それも」 「ははは。損な役回りだな、ゆずこは」 今年の誕生日はどんな風に過ごそうか。 皆でなく、二人で過ごす初めての誕生日。 「楽しみです、23日」 「ああ、私も同じだ」 そうだ、先輩にプレゼントを買わないとな。 明日にでも探しに行ってみるか。 「ごちそう様でした」 「ふーっ、すっかりお腹膨れちゃいましたね」 「空き容器片付けちゃいますね」 「私がやろう」 「いえ、捨てるだけですから。良かったら俺の部屋で休んでて下さい」 「黛の?」 「そこの扉開けたら俺の部屋なんで」 「この扉か……」 「どうかしました?」 ゴミを片付けながら、扉の前で固まっているリリー先輩に声を掛ける。 「なんというか緊張するな」 「緊張?」 「……彼氏の部屋に入るとか、初めての体験だからな」 「そ、そんな風に言われると、俺の方まで緊張してきました」 「す、すまない」 「はは、とりあえず入っててください。お茶持っていきますから」 緊張した面持ちのまま、リリー先輩が俺の部屋へと入って行った。 「お茶入りましたよー」 「いえいえ。ん? 何を見ていたんですか?」 「机の上にトランプがあるなと思って」 「直感トレーニングは毎日続けてますから。大分当てられるようになったんですよ」 「ほう。さすがだな」 「霊力コントロールの方も順調なんです。今まで自分の霊力を鍛えようなんて、思った事も無かったんですけど」 「黛には確かな力がある。それは間違いない事だ。そうでなければ鳴ヶ崎神社での事に説明がつかないだろう」 「……将来、この力で人の役に立てるといいなって、最近はそんな風に思うんです」 「黛なら出来るさ。私も力になれる事なら何でも協力するぞ」 「はい、その時はよろしくお願いします」 自分の力から目を反らしてきた過去とは違い、今の俺は自分の力に真剣に向き合っている。 そしてそうする事で、新しい目標や未来への希望が見えてきている。 大きな変化だよな――と一人内心で考える。 「どうかしました? 何かソワソワしてますけど」 「……男性の部屋に入る事など無かったからな。初めての経験に少し動揺している」 真面目な顔でそう告げたリリー先輩を、俺は反射的に抱き寄せた。 「きゃぁっ」 「あんまり可愛い事ばかり言わないで下さい」 俺以外の男の部屋に入った事すらない先輩。 俺の部屋で戸惑いながら、緊張している先輩。 その無垢な様子に、身体が熱くなっていく。 「ま、黛……?」 「先輩、したいです」 リリー先輩の背中に手を回して、ブラジャーのホックを探り当てる。 ビクンと体を震わせたリリー先輩の背中で指先を滑らせると、全てを受け入れると言う様に先輩が静かに瞳を閉じた。 その整った顔に、静かに唇を近づけていく。 「ん……んちゅぅ……ちゅっ、レロ……」 唇を重ね合わせて、互いの舌を絡ませる。 ネルッとした舌の感触を楽しみながら、リリー先輩のニットと、ホックを外したブラを一気に上へと引き上げた。 「ま、待て黛……! 私も黛に沢山触れたいんだ。だから、その……ベッドに座ってくれないか?」 「ベッド、ですか? 分かりました」 言われるがままベッドに腰掛けると、リリー先輩が床に膝立ちをした状態で、俺のジッパーをそっと下ろした。 「黛とこうなれて良かった」 「俺の方こそ、そう思ってます」 「……神社で――黛の事が好きなのに、愛される事を拒絶しようとした私を、黛は受け入れてくれた」 「俺のせいにしてくれていいって言ってくれて、私は……何ていうか、少しだけ気持ちが楽になったんだよ」 「そして今はエリカの話も、普通に出来るようになった」 「エリカの事をこんな風に人に話す事なんて無かったから、それも単純に嬉しいんだ」 「俺もエリカがリリー先輩の妹で、そして俺の力が役に立てるかもしれないって分かって、頑張ろうって思えたんです」 「エリカの正体が分かるまでは、何かしてあげたくても、何も分からない状態でしたから」 「そう言えばリリー先輩は子供の頃からオカルト好きだったんですか?」 「いや……子供の頃は全くダメだったな。どちらかと言うとテレビの心霊番組何かを、楽しみに観ていたのはエリカの方だったよ」 「ああ、子供の頃は知らない人も苦手だったし、強引さも無かった。……いわゆる良い子だったんだな」 「少なくともオカルトだー! なんて言って、部員を巻き込むようなタイプではなかったよ」 「あはは、想像もつきませんね。……あ、でも」 「リリー先輩ってHの時は、普段とちょっと雰囲気違いますよね」 「何て言うか素直っていうか、凄く可愛いです。あれが先輩本来の性格だったのかな」 妹を救いたい、妹と話がしたい。 そう思って色んな事に挑戦し続けている内に、リリー先輩は今の強さを手に入れたんだろうな。 「ま、黛っ。き、君はいきなり何を……」 「え? 何か変な事言ってます?」 「……むぅっ」 「黛には敵わんよ」 頬を染めた先輩が、恥ずかしそうに俯いた。 髪をそっと撫でると、先輩は黙って身を任せてくれる。 「先輩、愛してます」 「……私も、愛してる」 「別に送ってくれなくても良かったのに」 「ダメですよ、もう日も暮れてますし」 「だけど寒いだろう?」 はーっと吐いた息が白い。 「先輩と少しでも長く一緒に居たい、じゃダメですか?」 「……そう言われると、私も一緒に居たいから、その……断れないが」 「はは、良かった。そう言えば先輩、明日は?」 「明日は両親と、エリカの主治医の先生がいる病院へ行くんだ。定期的な報告をするだけなんだが」 「ああ。夕方には戻ると思う」 「分かりました。それじゃあ明日は夕方過ぎに、エリカに会いに伺いますね」 明日は夕方まで時間が空くな。 よし、先輩への誕生日プレゼントを買いに行く事にしよう。 「送ってくれて有難う」 「いえいえ」 「黛」 「はい? っ!」 リリー先輩がスッと背伸びをして、俺に軽くキスをした。 「はは、ビックリしました」 彼女の家の前でするキスと言うのは、何というか必要以上にドキドキしてしまう。 「たまには私だって驚かせるぞ」 「リリー先輩には、いつも十分驚かせられてますよ」 自覚がないのが恐ろしい。 「今日は本当に楽しかった」 「俺も楽しかったです。今度また動物園とかも行きましょう」 「いいな」 「はい。さぁ、もう入って下さい。風邪引いちゃいますよ?」 「分かった。黛も気を付けて帰るんだぞ」 「はい。おやすみなさい」 「おやすみ」 家の中にリリー先輩が入ったのを確認して、来た道を引き返す。 「うーっ、寒っ」 冷たい風が身を切り裂く。 だが冬の空気はどこか透き通っているような感じがして、嫌いじゃない。 「帰ろう」 しんとした空気の中、俺の足音だけが響いていた。 「おはよー、彼方くん」 「おはよう、彼方」 「おはよう、二人共」 「ねぇねぇ、昨日動物ワクワクふれあい広場行った?」 「ああ、行ったよ」 「どうだった? どんな感じ?」 「めっちゃ可愛かったよ。餌やりとかも出来てさ、リリー先輩が餌を持ったら、皆わーって寄って来て」 「きゃーっ! ゆず、行きましょっ」 「うんうん、行くっきゃないね! 教えてくれて有難う、彼方くん。寒いし行くかどうか迷ってたんだけど、楽しそうだし行ってくるっ」 「ああ、行って損はないと思うぞ。先輩なんて膝にうさぎ乗せてたし」 「羨ましい〜〜っ!」 「私達の膝にも乗ってくれるといいねっ」 「うんうんっ」 「それじゃ、早速行ってくるね。彼方くんの今日の予定は?」 「買い物とかして、ちょっとリリー先輩の家に寄って――帰りは夜かな」 「了解です。何かあったらメールしてね」 「分かった。そっちもな」 「うん。じゃあ出発しよー」 賑やかな二人だな。 ハインがゆずことすっかり仲良くなったみたいで良かった。 さてと――俺も支度を済ませたら、街にでも行ってみるか。 日曜日だけあって、街は人々で賑わっている。 リリー先輩へのプレゼント、どうしようか。 「うーむ……」 リリー先輩と言えば、やっぱオカルト系だよなぁ。 確かこの近くに現役魔女が開いた、オカルト及び呪術と魔法の専門店があったはずだ。 あの先輩の事だから、既に足は運んでいるだろうが、何か掘り出し物があるかもしれない。 「覗いてみるか」 記憶を頼りに店を探しながら、路地裏へと向かった。 目的の店は見つける事が出来たが、結局何も買わずに出てきてしまった。 専門店というだけあって、謎の骨や謎の石、謎の皮や謎の棒などが豊富に取り揃えてあった。 だがその中のどれを選べば、リリー先輩が喜んでくれるのかは、全く想像もつかなかった。 「仕方ないな。本屋にでも行ってみようか」 先輩が喜びそうな本が売ってるといいけど……。 「やっぱダメだなぁ」 街で一番の大きな本屋にはオカルト関係だけじゃなく、文化人類学や民俗学などの本も豊富に取り揃えられていたが、そのどれもが部室で見た事がある物ばかりだった。 「この街で手に入る物なら、そりゃ先輩は既に持ってるよなぁ」 リリー先輩へのプレゼントは実に難しい。 去年はゆずこ達と合同で祝えたから良かったが、彼氏として一人で祝うとなると非常に悩む。 「何かこう……これだ! っていう物が見つからないかな」 特にこれといったアテもなく、キョロキョロと辺りを見回しながら、街を歩いていく。 「これだ……!」 ブラブラと歩き回るうちに、商店街にまで来てしまった。 だがその商店街の中の、寂れた中古ショップでリリー先輩が欲しがっていたDVDを発見したのだ。 「これにしよう!」 お金を払い、DVDを購入する。 リリー先輩の好きなPOVホラーのシリーズ。 だが今買ったDVDは諸般の事情で回収&廃盤になってしまい、リリー先輩も手に入れる事が出来なかったと言っていた。 それがまさか、こんな商店街で手に入るなんて。 このDVDにそんな事情があるなんて事を知らないであろう店主が、店の目立たない場所に陳列してあった為、マニアの目に留まる事なく今日まで売れ残っていたようだ。 「これは嬉しい。嬉しすぎる……!」 ワクワクと高揚する気分に頬を緩ませながら、時計を見ると午後5時前だった。 「そろそろ先輩は帰宅してるかな」 メールをしてみよう。 もう帰ってますか? という旨を尋ねると、リリー先輩からすぐに戻っているという返事が届いた。 「先輩の家に行こう」 良い物が買えたし、後はエリカに日課の霊力注入をしに行かないと。 エリカの主治医の先生に会うと言っていたし、そっちの話も聞きたいな。 「お邪魔します。病院はどうでした?」 「特に変化はなかったよ。治療方針もこれまで通りだ」 「そうでしたか……」 「両親は病院の帰りに、そのまま仕事に向かってしまったから、家には私とエリカしかいない。気楽に上がってくれ」 リリー先輩に誘導されながら、今日も真っ先にエリカの部屋へと向かった。 「エリカ入るよ」 室内に入りエリカの顔色を伺う。 特に変化はなく、やはり今日もただ静かに眠っている。 「エリカ、今日も始めるからな」 答える術を持たないエリカの、ひやりとした手をそっと握りしめる。 「始めます」 リリー先輩の同意を合図に、ゆっくりと目を閉じた。 霊力を手のひらに集中して集める。 光の玉のような物を手のひらに作り上げていくのだが、その玉の大きさは毎日少しずつ大きくなってきている。 今日は昨日よりも一回り大きくなった光の玉。 それを維持するのに苦はない。 俺自身の霊力の底力もアップしてきているのを実感として覚えながら、今度は出来上がった光の玉から少しずつエリカへと霊力を流していく。 毛糸玉から伸びる毛糸のように、俺の霊力を1本のひも状にして、エリカの手の中へと少しずつ送りこむ。、 エリカの様子に変化はない。 このまま引続き、溜めた霊力を全て流しても大丈夫そうだ。 エリカは俺の体に降りる為に、こっちの世界に出てくる事もせずに、頑張ってくれてるんだよな。 頑張ってくれよ、エリカ。 念をこめながら力を送り続けると、瞼を閉じた世界で俺とエリカの境界線が真っ白な光で滲んでいく 待ってるぞ、エリカ。 「……待ってて。あと、少しだと思うから」 「……エリカ!?」 光の中でエリカの姿を探すが、その影すら見当たらなかった。 だがエリカの声が聞こえた。 ハッキリとしたエリカの意識が、確かにあった。 「待っているから! 俺も先輩もいつまでも待っている! 俺は何回でも何回でも、エリカに力を送るから!」 光の世界で俺の声だけが響き渡る。 「待ってるからな、エリカ。必ず、また会おう」 囁くように呟いて、もう一度光の世界を見回した。 「…………エリカ」 エリカの霊力の糧になれと、溜めきった霊力を全て与え終わると、俺は静かに目を開いた。 「……終わりました」 「毎日送る霊力を多くしています。それに対してエリカの体が、負担になっている様子もありません」 「……そして今日はエリカの声が聞こえました」 「本当か!? エリカはなんて!?」 「待ってて、あと少しだと思うから――確かにそう言っていました」 「あと少し……それって」 「俺の体に降りてくるだけの力が溜まってきた、という事だと思います」 「っ! ……エリカ」 先輩の声が上ずるように震える。 10年待ち望んだ妹との対話だ。 それがもうすぐ叶うかもしれないと思えば、その胸中がどれほどの物か、俺には計り知れない。 「エリカ……エリカ……ァ……」 リリー先輩とエリカが会えるまで、もう少しだ。 「待ってて、あと少し――か」 エリカの言葉を噛みしめるように反芻する。 エリカへの霊力の転送は、上手くいっていると思って間違いない。 だが――――俺は本当にエリカを、この体に降ろせるのだろうか? ここにきてそんな不安が頭をもたげる。 鳴ヶ崎神社であの男性霊に体を貸した時、なぜか出来るような気がした。 それは本来の俺と似通った存在だったからだろう。 だがエリカは俺とは全く違う上に生霊だ。 男性霊と違い、信頼感や意思の疎通はあるものの、何せやった事のない生霊の降霊なのだ。 何か大きな問題が起きないとも限らない。 俺だけに問題が起こるならまだしも、エリカの身に何かあったら……。 ん、誰だ? 「はーい、どぞー」 「おー、ハインか。どうだった? 動物ワクワク広場は」 「動物ワクワク“ふれあい”広場よ。楽しかったわ、とっても。私モルモットに触ったのなんて初めて!」 「――ってそんな事を話しに来たんじゃなかった」 「というと?」 「ティア……じゃなかったエリカの事よ。その後どうなったのかなって」 「丁度良かった。俺もその事で、ハインに聞きたい事があるんだ」 「まずエリカの状態なんだけど、順調に霊力は渡せていると思う」 「根拠はあるの?」 「ある。俺は霊力を送る時、目を閉じて……何て言うか光の世界みたいな所に行くというか、視えるというか、世界が広がるって言うか……」 あの世界を伝えようとすると、言葉にするのは難しい。 「何となく分かるわ。それが彼方の精神世界なのね。それで?」 「その光の中で昨日はエリカが笑っていたんだ。そして今日は姿は見えなかったけど、声が聞こえた」 「エリカはなんて?」 「待ってて、あと少しだと思う――って」 「……なるほどね。エリカは彼方の身体を借りるのに、どれくらいの霊力が必要なのかを分かっているのね」 「そっか……確かにそう言う事になるな」 エリカは俺と違って、起きている事象をきちんと理解しているという事なんだろうか。 「それなら降霊の時も、エリカに従えばちゃんと降ろせるって事か?」 「降霊自体2回目だし、エリカは生霊だ。正直ちゃんと出来るのかなって思っててさ。ハインの意見を聞きたかったんだ」 「……出来ると思うわ。彼方って、何か今トレーニングとかしてる? 降霊する為に霊力を高めるとか、チャンネルを合わせるための直感訓練とか」 「リリー先輩に教えて貰ったり、自分で調べたりしてやってはいる」 「なるほどね。それで少し霊力の質が変わってきた感じがしたのね」 「質?」 「本来彼方が持っていた物よ。眠らせていただけの力が、トレーニングに刺激されて、表に出てくるようになったんだと思うわ」 俺が本来持っていた力。 眠っていただけの力、か。 「今の彼方なら、少なくともエリカの降霊は出来るはずよ。だってエリカがそれを望んで、呼吸を合わせてくれると思うから」 「呼吸を合わせる……そうか」 鳴ヶ崎神社の霊もエリカも、共通していえるのは俺の体に降りる意思があるという事。 一般的な降霊術のように、こちらから向こうへ呼びかけるわけではない。 相手が合わせてくれる事が、何よりも重要という事なんだろう。 「ただ――問題はエリカが生霊であるという事」 「前も言ってたよな。予測がつかないって」 「生霊になれる程の強い思いをエリカは持ってる。そして彼方の身体を借りて、その思いを遂げようとしている」 「死霊が現世に残っているのとは、また質が全然違うわ」 「……予測がつかないって言うけど、その口ぶりからすると、ハインは何か見当がついているんじゃないのか?」 「そうね……。一つ懸念している事があるわ」 「それは?」 「エリカが自分の力で、ちゃんと自分の体に戻れるのかっていう事よ」 「エリカはいつもちゃんと戻っているし、問題ないんじゃないか?」 ハインが静かに首を振る。 「ずっと伝えたかった思いを吐き出せるのよ。そこでどんな風に感情が動くか分からない」 「リリだってそうよ。やっと叶ったその時間を、自分の意志で切り上げられるかしら」 「……降霊にはタイムリミットがあるわ。その時間を越してしまうと、最悪彼方は彼方の中で目覚める事が出来なくなってしまう」 「ううん、それだけじゃないわ。エリカもエリカの中に戻れなくなってしまうかも」 「……どうすればいい?」 「……エリカはあと少しって言ってきたのよね?」 ハインの問いかけに黙って頷く。 「エリカには大よその予測が付くんだと思うわ。あとどれ位の霊力を送られたら、彼方の身体に入れるっていう予測が」 「だからエリカが降霊日として予測した日は、私も同席する」 「もちろん。同席して、もうこれ以上は彼方の意識が危ないって言う段階に進む前に、エリカの精神を彼方の身体の外へと出すわ」 「確かにそれなら不慮の事態が起こったとしても、俺も安心だ」 「過信はしないでよ。私だって初めての事なんだから」 「分かってる。……有難う、ハイン」 どんな事が起こるか分からないのに、それでも付き合ってくれる、そしてサポートをしてくれるハインに心から感謝した。 「私もエリカの願いは叶えたいもの。事情も知らなくて何度も除霊しようとしちゃったし」 「ははは。エリカはそんな事、一切気にしてないよ」 「でしょうね。でもこれは私の気持ちの問題だから」 そう言ってにっこり微笑んだハインに、俺はもう一度礼を言ったのだった。 「なに、それじゃあ宮前も手伝ってくれるのか?」 「はい。ハインがサポートしてくれます」 「そうか。宮前が……」 部室には俺と先輩しかいない。 これはいい機会だと、昨日ハインと話し合った事を、リリー先輩に伝えた。 「確かに私も不安がなかったと言えば嘘になる。もし万が一何かが起こった時、私には対処しきれる自信が無かったから」 「だから少しでも危険を感じたら、中止にするしかないと思っていた」 「だが宮前がサポートしてくれると言うなら話は別だ。私からも礼を言わねば」 「ハインもエリカの願いを叶えたいって言ってました。事情を知らないまま、何度も除霊しようとしてしまった事を、申し訳なく思っているみたいで」 「それは宮前の立場であれば当然の対処だろう。何も宮前が気に病む事は……」 「でもハインはそういうやつですから」 「……そうか、そうだな。私は良い後輩に囲まれているな」 しんみりとした表情で言ったリリー先輩を元気づけたくて、俺は鞄からトランプを取り出した。 「先輩、ちょっと見て貰えます?」 「トランプか」 「はい、行きますよ?」 リリー先輩に目で合図をしてから、伏せたトランプを捲っていく。 「ダイヤのエース、クラブの9、クラブの3、ハートのクイーン、スペードの2」 言い終わるか終らないかのタイミングで、次々と捲られていくトランプのカード。 そして現れたカードの表を見て、リリー先輩の瞳に驚きの色が浮かぶ。 「……凄い。全部当たってる」 「どうです? 自主トレの成果です」 照れ隠しに笑うと、リリー先輩がバッと抱き付いて来た。 「凄い凄い凄い! 凄いぞ、黛! あははは、本当に凄い!」 「わわっ、せ、先輩っ。そ、そんなに抱きしめられたらっ」 リリー先輩の柔らかい胸が、俺の胸板に当たって、プニプニと変形していくのが分かる。 その胸の感触に気を取られて、よこしまな思いが胸を貫いていく。 「せ、先輩……、その……っ」 「だって嬉しいんだ。とっても……!」 「分かります、分かりますっ。俺も出来るようになった時は嬉しかったですし、でもその」 「黛〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 ぷにぷにぷにににんっ! アカン、これもうどうしたって、凄いわ。 ダイレクトに先輩の感触が伝わってくる。 制服の下に隠されている、その中身をなまじ知っているだけに余計にタチが悪い。 「のわ〜〜〜〜〜〜っ!」 「んにゃぁっ!?」 やっとの思いでなんとかリリー先輩を引きはがした。 「ど、どうした黛……っ!」 俺から離れた先輩が、俺の体――主に下半身の変化に気づき、言葉を飲んだ。 「リリー先輩の胸が……めっちゃ当たって、その……」 ああ、恥ずかしい! 真昼の部室で俺は一体何を!! 俺の様子を確認したリリー先輩がそっと瞳を閉じる。 「いや、でも……」 ここでキスなんてしようものなら、しようものならっ! 「んーーーっ」 早くしろと言わんばかりに、瞳を瞑ったままのリリー先輩がかかとを上げる。 もうっ、しょうがないっ。 「どうなってもしりませんからねっ」 俺の理性がどこまで持つか……。ハァ。 「ん……ちゅ……」 唇を合わせると、リリー先輩の方から唇を開いて、舌を出してきた。 伸ばした舌にこじ開けられるように、俺の口も開いていく。 「ん……ちゅぱ……ちゅぅぅっ、れろ、んん……っ」 「んん……はぁ、んんっ、……っ」 下腹部へ血が溜まっていくのが分かる。 リリー先輩を引き寄せると、リリー先輩も俺をしっかりと抱きしめる。 「んはぁ、んん……んっ。んちゅうっぅ、ちゅっ……」 背中を撫でていた手を、そのまま形の良いお尻へと伸ばす。 「んふぁっ、んぁっ、んん……!」 驚いた声を上げたが、リリー先輩は抵抗しなかった。 それを良しとして、そのまま柔らかいお尻の肉をグニグニと揉みしだく。 「ふぁぁ、ぁ、んぁ……、んちゅぅっ、んちゅ、ぁあぁ……っ」 うっとりとした声をあげるリリー先輩の柔肉の感触を楽しむと、そのままショーツを引き上げて、肉の谷間に挟み込む。 「んはぁうっ、んっ、んぁ……! あぁんっ、んちゅっ」 大きな声が出ないようにする為か、声を上げそうになると、より一層の深さでリリー先輩がキスを求めてくる。 「んんっ、んちゅ……、リリー、せんぱ……んっ」 「んちゅっ、ちゅぅぅ、あふっ、んぁ、ちゅぅぅっ」 引き上げたショーツの隙間から愛液が零れて、リリー先輩の太腿を濡らしている。 太腿を撫でた指先に、リリー先輩のネットリとした愛液が絡みついてきた。 「っ……凄く……濡れてますよ……ん、ちゅっ、……っ」 「んっ、黛も……んちゅぅ、凄く……ふぁんっ! あぅ……か、硬いぃ……っ」 太腿で俺のゴリゴリとした部分を押しながら、リリー先輩がうっとりとした瞳で俺を見つめる。 「……先輩、俺もう……」 「ああ、しよう」 「しようって……ここでですか?」 真昼の学園。 パーティー準備期間で人は少ないと言えど、いつ誰が来るか分かった物ではない。 「鍵を閉めるよ」 「黛はそのままで耐えられるのか?」 「それは……無理ですけど」 「ふふっ、私もだよ」 悪戯っぽく微笑んでから俺から身を離すと、先輩はそっと部室の鍵を閉めた。 「これで良し、と。さて黛、どうしようか」 リリー先輩が蠱惑的な表情で、俺へと近づいてくる。 うーん、たまにはガッツリと俺がリードしたいなぁ。 よしっ、今日は少しだけ強引にいってみよう。 「先輩」 「え? きゃぁっ」 リリー先輩を一気に壁ぎわへと追いつめて、そのまま胸へと手をかけた。 「はぁ……。結構汚してしまったな」 色んな物が混ざり合った液体が、部室の床にシミを作っている。 更には放った精液の匂いが、部室に広がっているような気さえする。 「換気しましょう」 窓を開けて空気を入れ替える。 途端冷たい風が部室に入ってきて、思わず身が震える。 「うー寒っ」 「突発的な快楽の代償というやつだな」 「そんな大層なものですか。ほらほら、早く掃除しちゃいましょう」 掃除用具の入ったロッカーから雑巾やモップを取りだして、手分けして汚した所を拭いていく。 「……そう言えばパーティーの準備って全部済んだんですかね?」 「ああ、生徒会に報告があった分では、もう殆ど終わったみたいだ。後は今頃最終のチェックをしている所だろう」 「そうなんですね。結局殆ど手伝わなかったなぁ」 「それは私も同じだな」 そうは言っても先輩は、生徒会長としての雑務はしっかりとこなしていたはずだ。 「先輩、明日はどうします?」 明日は俺達二人の誕生日だ。 「黛はどこか行きたい所はあるか?」 「いえ、特には。先輩は?」 「この前動物ワクワクふれあい広場で、良い思い出を貰ったからな。特に行きたい所は、私もないんだ」 「あれ楽しかったですもんね」 「ああ、可愛かった」 思い出した様子で、リリー先輩が楽しそうに微笑む。 「もし黛が嫌でないのなら、明日は私の家に来ないか?」 「喜んで伺わせて貰います」 「折角の誕生日なのに、本当に私の家でいいのか?」 「明日は街はどこも凄い人でしょうし、寧ろ有難いです」 それに俺のプレゼントはDVDだ。 どうせならリリー先輩が喜んで観ている所が見たい。 「なら決まりだな」 「はい。それじゃあ明日は直接先輩の家に行きますね」 「ああ、待ってる。明日も両親はいないから、気楽に来てくれ」 リリー先輩のご両親は本当に忙しい人達なんだな。 だからこそリリー先輩は、いつもエリカの側に居られるようにって考えるようになったんだろう。 「昼でいいですか? 12時頃」 「ああ。明日の午前中はエリカの訪問看護の方がみえるし、昼からだとこちらも有難い」 「分かりました。では明日は昼に」 「ああ――っと掃除はこれくらいでいいかな?」 部室をくるりと見渡す。 あんなインモラルな事が行われたとは思えない程に、部室は綺麗になっていた。 「ですね。クリーン空間になりました」 「ついでだから部室も少し整理するか」 「手伝いますよ」 「色んな道具や本を買っているせいか、物が多くてな」 「これって全部必要なんですか……?」 リリー先輩が開いた棚からは、謎の道具がこれでもかと溢れ出てくる。 「オカルト“研究”部、だからな。研究するという意味では、どれも必要だろう」 「物はいいようですよね……」 「ははは、どれも興味深い物だぞ。人間の考える事と言うのは実に興味深い。黛のお父上は道具は余り持っていない方か?」 「バッグ一つに入る分くらいだと思います。いつも持っているバックがあるんで、多分仕事道具はあれに全部入っているんじゃないかなぁ」 父さんがいつも持っているレザーの鞄が頭に浮かぶ。 あの中身を見たいと思った事など一度も無かったのに、今の俺は中を確認してみたいな――なんて考えるようになっている。 「ほう、何が入っているのか見てみたいな」 「今度帰って来た時に、見せて貰いましょうか。父さんにも先輩の事紹介したいし」 「うっ、そう言われると無性に緊張してしまうな」 「先輩でも緊張とかするんですね」 「私を何だと思っているんだ」 「完璧超人?」 「あはは、完璧な人間などいないよ」 確かにそうだ。 一歩踏み出して深い所に触れてみれば、完璧に見えた先輩も、誰にも見せない大きな傷を抱えていた。 「だが完璧じゃないから、人間は人間を愛せるんだと私は思う」 「そう、ですね。……本当にそうだと思います」 自分に自信がなくて、大切な物を失っても取り戻せなかった――過去に戻る前の自分。 だけどそれでもガムシャラに突き進んでいたら、あるいは俺の未来は変わっていたのかもしれない。 ……こんな事に気付けたのは、今、俺がここにいるからだ。 そしてそれは紛れもなく、エリカのおかげだ。 「……今日もエリカの声が聞こえるといいな」 知らず漏れ出た独り言に、リリー先輩が小さく頷いた。 部室整理を済ませ、細々とした雑事を済ませると、時刻は15時過ぎになった。 少し早目ではあるが、俺と先輩は学園を後にし、エリカの元へと向かった。 部屋に入るとエリカは、昨日と変わらず静かに眠っていた。 「見た目にはやはり、何の変化もないな」 「霊的な部分に干渉しているだけですからね。――エリカ、今日も来たよ」 目を閉じたままのエリカに話しかけ、そっとその小さな手を握りしめる。 それは今にも握り返してきそうな程の、生きている人間の手だ。 だが……その手に力が加わる気配はない。 ゆっくりと目を閉じた。 意識を集中させ、手のひらに霊力を溜めて球状にする。 その光の玉をエリカの中へと少しずつ流していく。いつものように。 光の世界だ。 いつもと変わらない真っ白な光り輝く世界。 「エリカーーー」 名前を呼んでみた。 ……返事はない。 「エリカーーーー」 もう一度。 ……やはり世界には俺の声しか響かない。 今日はもう無理なのか、と諦めようとしたその時。 ふいに俺以外の気配を背中に感じて振り返った。 「エリカ!」 「あれ、姿視えてる?」 「視えてるよ! 昨日は声だけだったのに、今日はちゃんと……」 「そっか。 ……あ、でも……もう……」 エリカの姿が急速に光の中へと溶けていく。 「この世界で……ここまで、形を……保てるなら、……本当に、あと……もう少し……」 「あと、もう少しだから……彼方、お願い……お願い、彼方」 「分かった! 分かってるから!」 にっこり微笑むとエリカの姿は完全に光の中へと溶け消え、そして俺の手のひらに溜めた霊力も、その最後の一筋がエリカの体の中へと混ざって行った。 「どうしたっ?」 「エリカに会えました」 「なっ!」 リリー先輩が驚きに身を乗り出す。 「今日は声だけじゃなくて、ちゃんと姿もあって……でもすぐにいなくなっちゃいました」 「だけどもう少しなんだと思います。本当にあと少し……」 「“その時”はきっとエリカの方から教えてくれそうな気がするんです」 「エリカが教えてくれる?」 「エリカは言ってました。ここまで形を保てるなら、あと少しだって」 「エリカは分かってるんだと思います。俺の体に降りてくるには、どれくらいの霊力が必要なのか」 ハインもそう予測していたし、エリカの様子を見るに、この予測は当たっていると思う。 「楽しみですね、先輩」 「楽しみ?」 「そう、楽しみですよ。だって10年ぶりに話せるんですから」 「……そう、か。そうだな、10年ぶりに話せるんだ」 エリカの降霊は贖罪だけじゃなく、リリー先輩自身にも喜びを覚えて欲しい。 そして新しい一歩を踏み出して欲しいんだ。 エリカが俺にそうしてくれたように、今度は俺がリリー先輩に与えたい。 喜びと新しい世界を――。 「今日も有難う、黛」 先輩の瞳に戸惑いの色が見える。 何か不安な事でもあるのだろうか? 「どうかしたんですか? 何か少し元気がないように見えますけど」 「黛に隠し事は出来ないな」 「俺で良ければ話を聞きます」 「……大した事じゃないんだ。エリカと会えると思ったら、嬉しさと喜びと……少しだけ不安な気持ちと……。そういうのが入り混じってしまった」 不安、か。 先輩からしたら、エリカがどんな思いで過ごしてきたかを、初めて自分の目と耳で知る事になるんだ。 「ふふっ、贅沢な悩みだ」 会いたい会いたいと願っていた妹。 会えるだけで十分だと思っていた妹。 だが不安になってしまう気持ちもよく分かる。 「大丈夫ですよ、先輩。どんな結果になったって、今よりはずっといいはずです。だって前進出来るんですから」 俺の言葉を噛みしめるように、先輩が強く頷いた。 「そうだな。前に進めるんだ」 過去への後悔に捉われずに、これからの事を考えられる。 それはとても幸せな事だ。 「先輩には俺が付いてます。何があったって、一人じゃありません」 「ふふっ、言うようになったじゃないか」 「でしょう?」 二人で顔を見合わせて、どちらともなく笑い合う。 そう、俺達は一人じゃない。 俺もリリー先輩もエリカも――――。 一人なんかじゃないんだ。 翌、12月23日 12時を少し過ぎた所で、リリー先輩の家に到着した。 インターフォンを鳴らすと、すぐにリリー先輩が出迎えてくれた。 「お誕生日おめでとうございます、リリー先輩」 「有難う。黛もおめでとう」 なんだか少しくすぐったい気分だ。 同じ誕生日に生まれた二人が、こうして恋人同士として同じ日を過ごすというのは、少しだけ不思議な気持ちになる。 「上がってくれ」 リリー先輩に導かれて、先輩の部屋に入ると、簡易テーブルにいくつもの料理が並べられていた。 「凄い……!」 思わず感嘆の声が漏れる。クリームソースのパスタに、照りやきチキンにサラダ。 それにケーキまで置かれていた。 「昼食を既に済ませて来た――なんて事はないよな?」 「ないですよ」 「はは、良かった」 「これって……もしかして、先輩の手料理だったりします?」 「当たり前だろう」 「さすがすぎます……!」 ゆずこの料理もプロ級だが、リリー先輩の料理もやはり凄い。 料理を全くしない俺からすると、何をどうしたらこんな物が出来るのかと、不思議で仕方がない。 「大した事はないよ。ケーキだって簡単に作れるガトーショコラだし。本当は本格的な生クリームケーキを作りたかったんだが、時間が足りなくてな」 午前中に訪問介護師さんが来るって言ってたもんな。 いやしかし、ならば尚の事凄い。短時間でこれだけ作った……って事だよな。 「見てたらめちゃくちゃお腹減ってきました」 「ははは、そうだな。冷めないうちに食べよう」 「頂きます!」 「頂きます」 アツアツのパスタを口に運ぶ。 「あむっ……もぐもぐ、ごくんっ! 美味い!!」 「あはは、大げさだぞ」 「だって本当に美味いんですよっ! クリームも丁度良い濃さっていうか」 「口に合ったようで良かったよ」 「合いまくりですっ!」 なんて言いながらも、チキンの照り焼きをパクリ。 こっちもタレが鶏肉と絡みあって、実にたまらない味になっている。 「はぁ……幸せです」 「はは、そう言って貰えれば私も幸せだな」 どこかへ出かけるよりも、こうして大好きな彼女の手料理を食べながら、一緒に過ごせる誕生日は何て幸せなんだろう。 「俺、本当に今嬉しいです。12月23日っていう誕生日って、クリスマスと一緒にされる事も多いじゃないですか」 「ははは、黛もか。私もエリカが元気な頃は、クリスマスはクリスマスでちゃんとあったんだ。エリカの手前、父はサンタクロースにならなければならなかった」 「だけどエリカがああなってしまってからは、その必要がなくなってしまってな。私はサンタクロースが父だと言う事を、知ってしまっていたし」 「サンタクロースの正体を知ると、この誕生日はクリスマスとの合わせ技にされてしまいがちなんですよね」 「そうそう」 「俺なんて下手したら正月まで一緒にされた事ありますからね」 「あはは、正月までとは豪気だな」 「笑い事じゃないですよ。子供にとって、クリスマスとお年玉は一大イベントなんですから」 「ふふっ、確かにそうだな」 「だから今日はすっごく嬉しいです。俺の為に作ってくれた料理、俺と一緒に過ごしてくれる先輩」 「私の作った料理を食べてくれる黛、そして誕生日を一緒に過ごしてくれる黛。同じだな」 二人で顔を見合わせて微笑みあう。 「そう言えばエリカはどうですか? 訪問看護の方は何か言われてましたか?」 「今日も何も問題はなかったよ。いつも通りの点滴を投与して、今も眠っている」 「そうですか。食べ終わったら様子を見に行ってもいいですか?」 「もちろんだ。よろしく頼む」 「はいっ。でもその前に、この美味しい料理を堪能させて頂きますね。はむ……ハフハフ……っごくん!」 美味しい料理に舌鼓を打ちながら、俺は出された料理を綺麗に平らげていった。 「お粗末様でした。お腹は膨れたか?」 「はい、もう満腹です。ガトーショコラも、すっごい美味しかったなぁ〜」 「黛は甘い物も平気なんだな」 「毎日食べたいほどの甘党ではないですけど、たまに食べるのは好きなんです」 「ほう、覚えておこう」 「リリー先輩の好きな食べ物はなんですか?」 「私か……私は特にこれといって決まった物はないが、この前黛と食べたたこ焼きは美味しかったな」 「商店街の! あそこの美味しいですよね〜」 「ああ、美味しかった」 「また食べに行きましょう」 未来の約束――――。 俺はいつまで、この世界にいられるのだろう。 後悔しない過去を過ごせたら、俺の意識はきっと、あの未来へと戻るのだとは思うが……。 今はまだ戻る訳にはいかない。 俺はエリカと先輩を会わせなければならないから。 ……それが叶ったら? それが叶った時こそ、俺の意識が未来へと戻る時なのかもしれない。 だけど戻るのは、俺の今のこの意識だけだ。 リリー先輩にとっては、目の前の俺が消えるわけでも、何かが変わる訳でもない。 「楽しみだな、また行くの」 だからこれでいい。 その約束を果たす時には、俺は未来に帰ってしまっているかもしれないけど、リリー先輩は変わらず幸せでいてくれるのだから。 「エリカの所に行ってきます」 「分かった。では私は片付けておこう」 「あっ、手伝います」 「いやエリカの元に行ってやってくれ。片付けはすぐ終わるから」 「分かりました。それじゃエリカに今日の分の霊力を渡してきます」 「ああ、よろしく頼む」 昨日は姿も見せてくれたエリカ。 今日も会えるだろうか、あの光り輝く世界で。 ベッドに横たわるエリカを、いつも通り見下ろす。 点滴が終わったばかりだからだろうか、今日は少しだけ顔色が良いような気がする。 「エリカ、始めるよ」 エリカの手を握りしめる。 霊力の玉を作り出して、重なりあった手のひらから少しずつ、少しずつ霊力を送り出していく。 小さく名前を呼んだ後、瞼の裏にいつもの真っ白な世界が広がった。 「エリカ! まだ力を送り始めて間もないのに、もう会えるなんて」 「うん、大分力を溜められたから」 エリカが俺の手元をひょいっと覗き込む。 「今日はあとこれだけ霊力を貰えるんだ――うん、これなら明日には、彼方の身体を借りられると思う」 「本当か!?」 「うん。今日の分と、明日貰う分。それを合わせたら、十分彼方の中に入っても、自我を保てると思うから」 「そうか……そうか……!」 「どうしたの? そんなに何回も頷いて」 「嬉しいからさ。だって、嬉しいだろ? やっと先輩とエリカが……話せるんだから」 「有難う、彼方。彼方のおかげだよ」 「それは成功してからでいいよ」 「ふふ、そうか」 「……それでね、彼方。彼方の事なんだけど」 「ああ、俺もいつかは未来へ戻るんだよな?」 「……うん。今の彼方の意識は、彼方の後悔が無くなった時に戻ると思う」 「その時は、私……ちゃんと見送るから」 「大丈夫だよ。エリカは疲れてるかもしれないし」 俺の後悔が無くなる時、それはエリカと先輩を会わせた時じゃないだろうか。 だとしたらエリカは、かなりの霊力を使うはずだ。 「……そうだよね。見送れないかな」 「……気にするなって」 手のひらに集められた光の玉が、どんどん小さくなっていく。 「もうすぐ今日の分、受け取り終わっちゃうね」 「……なんだろう、ちょっとだけ寂しいな」 その気持ちは俺も同じだった。 「明日、ね」 「ああ、明日な」 微笑んだエリカの姿が、光の中へと滲んでいった。 霊力を渡し終えて、光の世界も徐々に消えていく。 「明日また会おうな!」 もうエリカの姿は見えない。 だけどエリカが大きく頷いた気がした。 「ふーっ、片付け完了っと」 扉を開けるとリリー先輩が、机を布巾で拭き終わった所だった。 「もうそんなに時間経ってたか。こっちも今片付け終わった所だ」 「有難うございました。本当に美味しかったです」 「こちらこそ綺麗に食べてくれて有難う」 「……それで、エリカは?」 先輩に問われ、エリカとの会話を反芻する。 『これなら明日には、彼方の身体を借りられると思う』 エリカはそう言っていた。 明日渡す分の霊力で、俺の体に降りられると。 「エリカ、明日会えるみたいです」 「……ほ、本当に?」 「はい、エリカが言ってました。なので明日は、ハインと一緒にここに来ます」 「ああ……、分かった……! ああ……本当に……」 リリー先輩が言葉にならない様子で、震える手で頬を覆った。 「すまない。感情が溢れすぎて、どんな顔をしていいのか……」 「そのままでいいですよ。リリー先輩が落ち着くまで、俺待ってますから」 「有難う、黛……」 「大丈夫です、先輩……大丈夫」 先輩の肩を抱き寄せて、静かに優しく撫で続ける。 その手の動きに安心するかのように、リリー先輩がそっと目を閉じた。 そんな様子を見守りながら、先輩の動揺が収まるのを待つ事にした。 「落ち着きました?」 「ああ、大分な。すまなかった、何か色んな感情が溢れてきて」 落ち着いた表情で、リリー先輩が俺から静かに身を離した。 「……10年ですもんね」 「ああ、10年だ」 10年越しに、リリー先輩の念願が叶おうとしているんだ。 そこに至る感情は、俺には想像もつかないだろう。 「本当に有難う、黛。……と、そうだ」 「興奮して大事な事を忘れる所だった」 そう言うとリリー先輩は机の引き出しから、小さな包み紙を取り出した。 「改めて誕生日おめでとう」 「プレゼント、ですか?」 「ああ。気に言って貰えるかは分からないが」 「開けさせてもらいます」 綺麗にラッピングされた包みをはがすと、出てきたのはパワーストーンのブレスレットだった。 「あ、カッコイイ」 デザインが男性用になっていて、黒っぽい石が数珠つなぎになっている。 その黒い石の中に、一つだけ青緑色の石が入っていた。 「これって何ていう石なんですか?」 「黒っぽいのはブルータイガーアイだ。集中力を高めてくれる。もう一つは誕生石のターコイズだよ。気持ちを安定させてくれる」 「へぇ、どっちも俺にピッタリですね。……あれ、まだ何か入ってる」 包み紙の奥にまだ何か入っている。 「えーっと……これは、水晶?」 「そうだ。パワーストーンの浄化用に使ってくれ」 「パワーストーンって浄化するものなんですか?」 「なにっ!? 黛、そんな事では困るぞ!」 あ、これは久々にスイッチ入れてしまったかも。 「石と言うのはそもそもが流通に乗った時点で、様々な人間の手に触れている。すなわちその念を吸収していると言えよう」 「さらには毎日身に着けていれば、当然本人が受けるはずのマイナスエネルギーを代わりに吸収してくれるのだから、やはり汚れていくのだ」 「つまり浄化しなければ、マイナスエネルギーの溜まった淀んだ物を身に着けているのと何ら変わりがない! そんな物に何の意味があると言うのだ」 「買っただけで、身に着けただけで何のケアもしないなどと言語道断! そこでこの水晶の出番だ」 「この水晶クラスターは浄化の効果が非常に高いと言われている。多面にカットされた先端が多方面にエネルギーを放出し、石の持つエネルギーを浄化するのだ」 「毎日眠る前などにパワーストーンを外し、水晶の上に置いておくのがいいだろうな。おっと、ならその水晶のパワーが落ちていくのではないかと思ったな?」 「いい質問だ黛。水晶は強い石だが偶には浄化をした方が良い。その時は流水に浸けるか、月光浴をさせるのがいいだろうな」 なんだか凄い情報量を与えられた気がする。 殆ど理解できていない気もするが、とにかく毎晩外してこの水晶の上に置いておけばいい事だけは分かった。 「わ、分かりました。ちゃんと毎日浄化します」 「うむ、それで良い」 リリー先輩が満足そうに頷く。 どうやら、いつもの先輩の調子に戻ったみたいだ。 やっぱりリリー先輩はこうじゃないとな。 朗らかな気持ちのまま、俺も鞄からプレゼントを取り出した。 「これ、俺からのプレゼントです」 「何だ? 開けるぞ?」 リリー先輩が飾り気のない包装紙をペリペリと開いていく。 「っ!! こ、これ、これは……!!」 「どうです? もう持ってました?」 「持っていない! 持っていない! 持っていない!!」 良かった。 例のDVDは、まだ手に入れてなかったみたいだ。 「これ……これ“とってもコワすぎる!”のファイル4だよな!? 幻の廃墟で降霊会の時の!」 「そうです。廃盤になったあれです」 「放送禁止用語を消し忘れたとか、写ってはいけないものが写っていたとか、スタッフの身に危険が及んだとか、様々な憶測がなされたが……」 「結局理由は分からないまま回収、そして廃盤になってしまった伝説のDVD! よく手に入ったな……」 「たまたま運が良かったんです」 商店街のあの店主に感謝だ。 「有難う、黛! こんなに嬉しいプレゼントはないよ!」 「喜んで貰えて何よりです。もし良かったら今から観ませんか?」 「実は一刻も早く観たくて仕方がなかったんだ」 でしょうね。 「それじゃあカーテンを閉めるぞ。少しでも暗い方が雰囲気が出るからな」 カーテンを閉めた後、リリー先輩がデッキにDVDを入れて、こちらへ戻ってきた。 「よっと」 座ったリリー先輩の後ろに座って、後ろからリリー先輩を抱きしめる。 「わぁっ」 「こういう風に観たいんですけど、ダメですか?」 「ダメ、ではないが……」 先輩の耳たぶが赤い。 後ろからで表情はよく見えないけど、どんな顔をしているのかは何となく分かる。 「じゃあこのままで観ましょうよ。俺、こういう風に観るの夢だったんです」 「そう言われると断れないだろう」 なんて言いながらも、先輩は抵抗する事無く背中を俺に預けてくれる。 「……じゃあ再生するぞ?」 ディスクを読み込む機械的な音がした後、テレビの画面に薄暗い廃墟が映し出された。 「始まったぁ〜〜〜……!」 噛みしめるように呟いた先輩の高揚感が、後ろに居ても十分に伝わる。 画面の中ではPOVらしい、臨場感に溢れる映像が展開されている。 作品の中で怪奇現象が起こる度に、先輩の身体がわずかに揺れて前のめりになるのが分かる。 あぁ〜、彼女を後ろから抱きしめながら観る映画っていいもんだなぁ。 俺はと言うとそんな事ばかり考えているから、内容がサッパリ頭に入ってこない。 「……黛」 「なんです?」 上の空だったのを気付かれてしまったか? 「今の観たか?」 「え? えーっと……」 俺の反応で観ていないと判断したリリー先輩が、リモコンで巻き戻し作業をする。 「……ここだ」 リリー先輩が手を止めたシーンに目をやる。 そこには明らかに作り物では無い物が写っていて、思わず鳥肌が立ってしまった。 「黛、これは」 「本物です」 「おぉぉぉーーーー! 本物!? 本物!? 本物なんだな!?」 「本物ですよ、落ち着いて下さい」 リリー先輩の感極まった反応で、立った鳥肌が急速に引いていく。 「これが廃盤の原因かぁ」 「これちょっとヤバいですね。見る人によっては、気分が悪くなると思います」 ホラーDVDなのだから、多少本物が映ったとしても問題は無かったはずだ。 だが購入者に体調不良を訴えられては、回収するしかなかったのだろう。 映り込んでいる霊は、観る者に影響を与えるだけの力を持っている。 「凄いな! 本物ってこんな感じなんだなぁ!!……でもどうして映像に残ると、私にでも視えるんだろう?」 「映像としてフィルムに焼き付いてしまうからですかね。雨上がりに虹が見えるように、普段は目に映っていない物が、ある条件で映し出されるというか」 「なるほどな。その仮説は案外的を射ているかもしれんぞ」 「加えてこの霊は凄まじい力を持っているんだと思います。普通ならフィルムに焼き付くなんて事、起こらないはずなんですが」 「この霊は特殊だったと」 「だと思います」 とてつもない激レア映像であることは間違いない。 この世に形跡を残せないエリカは勿論だが、通常の霊体でもここまでハッキリと映像として残るというのは珍しい。 「……それでリリー先輩は気分悪くなったりしてませんか?」 俺はそれなりにこういう場合の対処の仕方も知っているし、体が自然に拒絶反応をするから大事には至らない事が多い。 だがリリー先輩はどうなんだろうか? こんな風に霊体を視認したのは、初めての経験だと思うが……。 「気分? ……大丈夫だ」 「さすがは霊感ゼロですね」 半ば苦笑気味にそう言ったのだが、リリー先輩の背中が妙に熱を持っているように感じる。 「だい、じょうぶ……」 「先輩っ! どうしたんですか!?」 先輩の体が柔らかくしなだれかかってきた。 熱っぽい気もするし、もしかすると嫌な気に当てられて……。 「リリー先輩っ、大丈夫ですかっ!?」 「ん……なんていうか、ちょっと……」 「何です? どうしたんです!?」 先輩に何かあったらどうすれば……! いや、しっかりしろ俺! 「先輩っ!」 「……セックスがしたい」 「ハァ!?」 間抜けな声が出た。 「何だろう……あの映像を見てから、凄く体が熱いんだ」 「あ、あの……」 そんなアホみたいな話があるだろうか。 いや待て。強い霊力を当てられると、発情する人がいるというのは聞いた事がある。 だけどまさか……リリー先輩がそのタイプの人だったなんて。 「ん……黛ぃ……」 トロンとした声で先輩が答える。 「黛ぃ……」 ああもう、どうとでもなれ! と服を脱ぐと、それを見ていた先輩も、同じように服を脱ぎ捨てた。 下着姿の先輩が、俺のペニスを咥えようと細く長い手を伸ばす。 服装を整え、お茶を一口すすり落ち着いた所で、俺はゆっくりと口を開いた。 「う、うむ」 「あのDVDは観るの禁止ですっ」 「そ、そんな……!」 「そんなって先輩がどうなるか、身をもって分かったでしょう?」 「あ、あぁ……何というか……こう、自制が出来なかった」 「リリー先輩は、悪意を持った強い霊力を当てられると、発情しちゃうんですよ」 「発情!?」 完全に発情状態だっただろう、あれは。 「……最も先輩は霊感ゼロですから、普段は浮遊霊か何かが悪意を持って接して来ても、気付かないでしょうけど」 「気付いていない、という事は受信していないのと同じ、という事か」 「そういう事です。でもあのDVDは映像として残されたことによって、霊感のない人間も強制的に、チャンネルを合わせて受信させられてしまう」 「そしてその効果は様々です。吐き気や頭痛を伴う人もいるでしょうし、中にはぶっ倒れる人もいるかもしれません」 「私の場合はそれが、その……発情、と」 「自覚ありますよね?」 じっと先輩の瞳を見つめると、先輩はやや気まずそうに視線を外した。 「……う、うむ。確かにあの映像を見てから体が熱くなって、無性に……その欲しくてたまらなくなってしまった」 「確かに今日の先輩は凄かった」 「や、やめてくれっ! 思い出したら恥ずかしくなってきたっ」 冷静さを取り戻した先輩が、赤くなった頬を隠す様に両手で押さえている。 こんな先輩も可愛いが、言うべきことはビシっと言わなくては。 「あのDVDは封印して下さいねっ」 「…………う、うむ」 あ、これ観るな絶対。 「はぁ、分かりました。それじゃあせめて、あれを見る時は俺と一緒の時にして下さい」 「顔輝きすぎです」 先輩はダメと言ったからといって、簡単に聞いてくれるような人ではない。 まして霊感ゼロの先輩が、本物の霊を視る事が出来る唯一のアイテムを手に入れたのだから、そう簡単に諦めてはくれないだろう。 だったら一人で観られるより、俺と一緒の時にだけ観て貰った方が余程安心できるというものだ。 「約束する。黛といる時にしか観ない」 「約束ですよ」 「ああ!」 ……ふぅ、一安心かな。 俺の前だけでなら、たまにはあんな風に乱れられるのも、それはそれでアリだし。 「……じゃあ早速だが続きを見ようか」 「黛と一緒ならいいんだろう?」 にっこりと微笑むリリー先輩の勢いに負けて、再びDVD鑑賞に手を出し……。 その後、腰が砕けるかと思う程に、セックスをしたのであった。 「ハイン、ちょっといいかな?」 「ん? どうしたの?」 「明日なんだけど、エリカが降ろせそうなんだ」 「っ! ……それはエリカから?」 「ああ、エリカが明日って」 「分かったわ。私も明日、同席するわね」 「悪いな、イブなのに」 「いいのよ。別に予定もないし」 「有難う。埋め合わせは必ずするから」 「REDSUNのスイーツバイキングでいいわ」 「はは、了解。じゃあ明日よろしく」 準備は整った。 ハインがサポートに付いてくれるというのは、気持ち的にも安心できる。 明日はクリスマスイブ。 もしもこの世に神様がいるというのなら、降霊を成功させてほしい。 そしてリリー先輩とエリカを会わせてあげたい。 それが叶うなら、俺はもう思い残す事は何もないのだから。 「クリスマスパーティー開催でーす」 校門前でゆずこがパンフレットを配っている。 「お、やってるな」 「えへへ。彼方くんもはい、どーぞ」 受け取ったパンフレットに目をやると、どの場所でどんな出し物が行われているかや、簡単な地図が掲載されていた。 見た事のあるイラストや素材もふんだんに使われていて、ゆずこ達のパーティーへの温かな思いが伝わってくる。 「彼方くん、おっはよー」 「二人共おはよう。あんまり手伝えなくてごめんな」 「ううん。全然! 荷物の仕分けしてくれただけでも助かったよー」 「そうそう。それに簡単な文化祭みたいな物だから、気軽に楽しんでよ」 「あ、リリー先輩だ。おはよう御座いますっ」 「おはよう、皆」 「先輩もクリスマスパーティー楽しんで下さいね。色んなお店も出てますから」 「ああ、そうさせて貰うよ」 今日はエリカと会えるかもしれない特別な日だ。 それでもリリー先輩はいつもと変わらず、俺達に優しく接してくれている。 「ゆずこ、各教室にもパンフ配りに行かないとっ」 「そうだった!」 「じゃあ皆で手分けしようよ。リリー先輩、彼方くん、またね!」 俺達に手を振りながら、ゆずこ達3人は校舎の中へと消えていった。 「無事に開催出来て良かったな」 「そうですね。一時はどうなる事かと思いましたけど」 ツリーが倒れた事でクリスマスパーティーは、もう開かれないものと思っていた。 だけどゆずこ達の頑張りで、規模は小さくなったが今年もこうして開催されている。 確実に変わった未来に、胸の奥がじんと熱くなる。 「先輩、ハインに今日の事伝えてあります」 「宮前の都合は大丈夫だったか?」 「はい、問題ないそうです。今日の放課後、一緒にエリカの元に来てくれます」 「そうか。宮前にもお礼をしないとな」 リリー先輩と話していると、遠くから生徒会執行部のメンバーが、こちらに向かって来るのが見えた。 「む、私に用があるみたいだ。それじゃ、黛また後で」 「はい、また」 さて、と――。 それじゃあ俺も、クリスマスパーティーを覗きにでも行こうかな。 「結構楽しかったわね、パーティー」 「そうだな。明日もまだ何かあるみたいだけど」 「規模を縮小したとは思えない位、色々あって凄かったわ」 短期間の準備期間だったにも関わらず、出店も催しも多種多様に開催されていて、中々に見ごたえがあった。 「……リリはまだかしら」 「そろそろ来ると思うんだけどな」 などと言っている側から、校舎から出て来たリリー先輩が見えた。 「あ、来た来た」 「すまない、二人共。待たせてしまった」 「私達もさっき来た所よ」 「生徒会の方はもういいんですか?」 「ああ、大丈夫だ。 黛、宮前……二人共、今日はよろしく頼む」 互いに顔を見合わせて頷き合うと、俺達はエリカの元へと向かった。 「二人共入ってくれ」 いつものように玄関を通り、いつものようにエリカの部屋へと向かう。 だが今日はいつもと違う事が起こるはずだ。 エリカの感覚が正しければ、今日……エリカは俺の体に降りてくる。 「……前にも言ったけど、エリカは生きているわ。だから予測不能の事態が起きた時は、私が対処させて貰うわね」 「分かっている。その時はよろしく頼む」 「ええ。それともう一つ、エリカを降ろすには時間制限もあるの。長く降ろしていては、エリカにも彼方にも良くないから」 先輩が真剣な表情で頷いた。 「それじゃ始めます」 「黛、くれぐれも無理はしてくれるな。もしこれが上手く行かなかったとしても、私は……」 「はい、分かってます。……でもきっと大丈夫ですよ」 リリー先輩に微笑みかけてから、いつも通りにエリカの手を取った。 霊力を手のひらに集め、少しずつエリカの中へと流し込んでいく。 やがて見慣れた世界が、瞼の裏に広がった。 「エリカ……? エリカ!」 ぐるりと周囲を見回して、エリカの名前を必死に呼ぶ。 「エリカ! エリカーーーー!」 「いるよ、彼方」 エリカが現れた。 声も姿もハッキリとした、コンビニで初めて出会った時のままのエリカ。 「エリカ……、大丈夫なのか?」 「うん、彼方のおかげだね」 「……色んなことがあったね」 「楽しかったよ。エリカのおかげで、ここまで来れたんだ」 過去に戻って、リリー先輩やエリカと過ごせたから、俺はもう一度――――自分自身を見つめ直せたんだ。 「彼方が頑張ったからだよ。だからね、未来の彼方はもう大丈夫」 「……そうか。未来は変わったんだな」 その言葉で俺自身の後悔は消え失せる。 だけどまだだ。 まだ終わる訳にはいかない。 「エリカ、俺の中に――――」 「……これでさよなら、かな。未来へ戻った時に記憶の混乱が起こらないように、ティアとしての私と過ごした記憶は消えると思うし」 「消える?」 「うん。彼方は初めから、この選択をした事になると思う。後悔した過去は、過去ごと消える」 俺がゆずこをツリーの倒壊から助け、そしてリリー先輩を愛したという人生の選択。 それが正しく、この世界で起こった事となるんだ。 あの時ああしてい“たら”とか、こうしてい“れば”とか――――そんな事ばかり考えていた過去とは決別して。 「彼方に会えて良かった。ティアとして出会った私とは、これでさよならだけど」 「また会おうよ。今度は未来で。未来の……エリカと」 「ふふ、とびきり大人になってるよ、私」 「10年後のエリカに会えるのを、楽しみにしてるよ」 どちらともなく手を伸ばし、固い握手を交わす。 エリカの手は熱く、血の通った温度だった。 「……彼方、少しだけ体を借りるね」 エリカが自身の呼吸を、俺の呼吸に合わせる。 すー、はー、すー、はー……。 二人の呼吸のリズムが重なり合う内に、真っ白な世界がどこまでも広がっていく。 その広がりは止めどなく、世界の境界線が消え失せていく。 それと同時に自分の体の輪郭も消え、やがて―――― 「ありがとう、彼方――」 エリカの声だけが柔らかく耳に残ると、俺の意識はどこか深い所へと落ちていった。 「彼方の体が……! エリカの霊力に彩られて、エリカの姿になっていく……!」 「こんな……こんな事って……!」 「エリカ、エリカ、エリカ、エリカ!」 「……そんなに叫ばなくても聞こえてるよ、お姉ちゃん」 「エリカぁぁぁっ!」 「お姉ちゃんっ!」 「ごめんね、エリカっ。ごめん、ごめんなさい、ごめんっ。私、10年前のあの時……! 私が、私がもっと……!」 「謝らないで。あれはお姉ちゃんが悪いわけじゃないんだもん。私も不注意だったんだ」 「でも、でもっ……でもぉ……!」 「私ね、いつも悔やんでたよ。あの日どうして、どうしてもっと注意して歩かなかったんだろうって」 「うん……うん……っ」 「でもそれは体がこうなっちゃったからじゃない。お姉ちゃんが、私の為に自分の人生を犠牲にしてたから」 「エリカ……?」 「お姉ちゃんは私を思って後悔して、悔やんで悔やんで……、自分を責めて」 「でも私はそんなお姉ちゃんを思って、後悔してたんだ」 「だってお姉ちゃん、全然幸せそうじゃなかったんだもん。毎日毎日私の事ばかり考えてて。私、それが辛かったの」 「自分の体の事より、お姉ちゃんの生き方の方が辛かった……!」 「私達姉妹だもん、やっぱりそういう所、似ちゃうのかな。自分じゃなくて相手の事を思って……後悔しちゃうんだ」 「エリカも……私の事を……?」 「そうだよ、お姉ちゃん。私もお姉ちゃんの事をずっとずっと思って、お姉ちゃんをこんな風にしちゃったあの事故を、悔やんでたんだ」 「だけど後悔しないでって言いたくても、お姉ちゃんには私の声は届かないし」 「エリカ……ぁ……ぁっ、うぅっ」 「……胸を張って幸せになってよ、お姉ちゃん。それが私の望みなんだから」 「でも私はエリカを、エリカは……っ! ……なのにっ」 「もうそういうのやめよう。お姉ちゃんがそんなんだと、私いつまでも不幸だ。お姉ちゃんの幸せが、私の幸せでもあるんだから」 「大丈夫、また会える。今度はちゃんと自分の体で。私、頑張るから」 「もう、会えないの?」 「生霊としてフワフワしてるのって、結構霊力を使うし、その分の力をちゃんとした形で使いたいなって」 「ちゃんと……使う?」 「これだけ意識がはっきりしてるんだもん。あとは体と意識を繋げられたら、きっと私……目覚められると思う」 「っ! それは本当? 本当に!?」 「うん。ただ……やっぱりまだまだ時間はかかると思う。でも、私は大丈夫」 「大丈夫だから」 「エリカ」 「だから幸せになって。約束だよ、お姉ちゃん。ね、笑って」 「ぐすっ……う、うんっ」 「有難う、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんが大好き」 「エリカ、私も……私もエリカが大好きだよ!」 「えへへ、知ってるよ」 「はは、ははは……」 「……さよなら、お姉ちゃん」 「嫌だっ! 行かないで、行かないでエリカ! まだ、まだもう少しだけ……!」 「お姉ちゃんは泣き虫だなぁ。そんなんじゃ彼方に呆れられちゃうよ」 「いい! なんて思われてもいい。呆れられたって構わないっ! エリカ、だって――だって10年ぶりなのよ!? 私、まだ何にも話せてないっ。エリカぁ……っ」 「リリ、そろそろ戻さないと、彼方の体に影響するわ。それにあくまでエリカは生霊。だからちゃんと還さないと、エリカの体にも良くないわ」 「っ! うっ……ぐぅ……うっ……」 「私、必ず戻ってくるから。ね、約束」 「約束?」 「お姉ちゃん、私との約束を破った事なかったよね? だから私も約束」 「……分かった、約束」 「またね、お姉ちゃん」 「またね、エリカ」 「戻すわよ? いいわね?」 「……ああ、頼んだ」 「父と子と聖霊の御名において命ずる。汝、大山エリカよ、黛彼方を解き放ち、あるべきところへ還れ」 「エリカ……。またね、約束だよ……」 「……大丈夫よ、きっと。ううん、絶対」 「ん……あ、あれ?」 気付くとリリー先輩の部屋だった。 降霊は? どうなったのだろう? 「気付いたか」 「先輩! エリカは!?」 「会えたよ。黛のおかげだ。本当に有難う」 「良かった……でもどうして俺はここに?」 確かに隣のエリカの部屋に居たはずなのに。 「降霊が終わった後、黛は意識を失ったように眠ってしまってな。訪問看護師さんが来る予定だったから、宮前と一緒にこっちの部屋に運ばせて貰ったよ」 「えぇ!? ハイン、何か言ってました?」 「全く手間のかかるっ! 霊媒師を目指すなら、事後もちゃんとしなさいよねっ!」 「と言っていたかな」 「はは、ははは……後で謝っておこう」 リリー先輩が俺に向かって綺麗に頭を下げた。 「本当に有難う」 「顔を上げて下さい、リリー先輩」 「有難う……っ、有難う、黛」 顔を伏せたままの先輩の瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。 「先輩……!」 慌てて駆け寄ってリリー先輩をギュっと抱きしめた。 「エリカは……エリカは私の事を心配してくれていた、こんな、こんな私の事を……!」 「言ったじゃないですか。エリカは先輩の事を恨んでなんていませんよって」 「黛ぃ……っ、うっ、うぅ……、有難う、黛、有難う……っ」 「はは、先輩って意外と泣き虫ですよね」 同じことをエリカにも言われたよ、と言うとリリー先輩は照れくさそうにはにかんだ。 その先輩の背中をポンポンと叩いていると、胸の中に温かな思いが広がっていく。 意識が霧散しそうになるのを捉えて、俺はその時が来た事を悟った。 制服姿のリリー先輩を、しっかりと瞳に焼き付ける。 リリー先輩は俺の全てです。 先輩がいたから、俺は自分の力と向き合えました。 「愛してます、誰よりも」 「私もだよ、黛」 その答えを聞いた瞬間、周囲の風景が光の中へと溶け込んだ。 意識がどんどん高い所へと昇って行く。 下を見ると制服姿の俺とリリー先輩が、抱きしめ合いながら言葉を交わしている。 ――大丈夫。 俺もリリー先輩も、もう大丈夫だ。 目を伏せて逃げたくなるような事にも、真正面から向かい合う強さを俺は先輩から学んだ。 かけがえのない思いと共に、温かな願いと共に。 「……またね、彼方」 リリー先輩の美しい姿態に、喉がゴクリと音を立てた。 俺の体を跨いだままショーツを取り終わると、先輩はそのまま俺の太腿へと腰を下ろした。 太腿に湿った感触が当たる。 リリー先輩が体勢を整えようと少しだけ体を揺らすと、太腿にヌルリとした感触が広がっていく。 「凄く……濡れてませんか?」 「い、言うな……っ」 恥ずかしそうに顔を赤らめた先輩が、照れ隠しのように俺の股間へと手を伸ばした。 「そっちも……硬くなってるじゃないか」 「そりゃ……先輩のそんな格好見たら」 嫌でもこうなりますって。 妖艶な笑みを浮かべた先輩が、俺の下着をグイッと下ろすと、硬くなったペニスが勢いよく飛び出した。 「……男性のペニスとはこういう物、なんだな」 初めて見た生の男性器に、リリー先輩の目が大きく見開かれる。 興味深そうに舌なめずりをすると、先輩の柔らかな手が俺のペニスを包み込んだ。 「確かこう擦ると気持ちいいと聞いた事があるが……」 どこかで聞きかじった知識を元に、リリー先輩が握った手をゆっくりと上下に動かした。 「っ! ぁ……っ」 優しく握られながらの刺激に、思わず声が漏れる。 そんな俺の様子を、先輩は嬉しそうに見下ろした。 「気持ち、いいか?」 「……いいです」 「ふふっ、そうか。もっと良くするには、どうしたら良いのか教えて欲しい。私には、分からないから」 初々しい手つきで何度も何度もペニスを擦りあげながら、リリー先輩が少しだけ戸惑いを見せる。 男性器を見た事もなければ、こんな事をするのも初めてなのだろうから、その戸惑いは当然と言える。 それでも何とか俺を気持ち良くしようとしてくれている、そんなリリー先輩がとても愛しい。 「じゃあ亀頭の部分で捻りを加えて貰えますか?」 「こ、こうか? んっ……」 「いいです……っ」 シュッシュッとペニスを扱く渇いた音が響く。 リリー先輩は俺に言われた通りに、ただ上下に扱くだけだった動きから、捻りを加えたり力加減を変えたりして、動きに緩急を付け始めた。 「んっ、……はぁっ」 初めてとは思えないその動きの巧みさに、腰が浮きそうになってくる。 「ん……段々分かってきたぞ。ここをこうするのが……いいんだな。ほら、尿道から透明な液体が出てきた」 プクッと浮かび上がったその液体を指先で掬い取ると、リリー先輩はそのままクルクルと人差し指で尿道口を弄んできた。 「それ……気持ちいいです……っ」 「カウパー液がどんどん溢れてくる。凄いな……、男性でも濡れるんだな」 そんな言い方をされると妙に恥ずかしい。 太腿を少しだけ上げて、先輩の性器をそっと擦りあげた。 「先輩だって凄く濡れてるじゃないですか。さっきよりもヌルヌルが増してますよ? 俺の触って興奮しちゃいました?」 「んっ、あぁんっ……そ、そんなに擦るな……ダメ……ッ」 いつも冷静なリリー先輩が、羞恥に頬を染めている。 そんな先輩の表情をもっと見たくて、腕を伸ばして柔らかな胸へと手を伸ばした。 「ぁあうっ! む、胸ぇ……触っちゃダメェ……っ、あぁっ、んっ、んんーっ」 「リリー先輩の胸、すっごく柔らかくてフヨフヨしてて、触ってるだけでもとっても気持ちいいです」 「あぁうぅ……っ、ダメ、だと……言っているだろ、ひゃぅぅっ!」 「どうしてダメなんです? こんなに濡れてきてるのに」 「きゃんっ! あ、足……っ、足、擦るなぁ……っ、あ、あぁ……っん!」 腿でグリグリと先輩の秘所を擦りあげながら、ツンと上を向いた乳首をキュッと摘み上げる。 「ひゃぁうっ! ち、乳首っ、摘ままない、でぇ……っ! あぅぅっ」 リリー先輩の乳首が硬くなると同時に、薄いピンクの乳輪も膨らんで僅かに大きさが縮んでいる。 キュッと締まった皮膚が、俺から与えられる快楽に小さく震えた。 「くぅぅんっ、んっ、あっ、ふぁ……っ、わ、私……、あぁっ」 「どうですか? 気持ちいいですか?」 「気持ちいい……っ、気持ちいいが……っ、あぁっ、んんっ、はぁっ、きゃうぅぅぅっ」 「……そっちも、気持ち良くなってくれ……あぁっ、私だけ、感じているのは、あぁんっ! 恥ずかしい……っ、はぁ、ぁぁうっ」 快楽に翻弄されていた先輩が、再び俺のペニスを握ると優しく上下に扱きだした。 「さっきみたいに、ふぁぁっ、すれば、いいか? んぁぁっ、黛のペニスから出るヌルヌルを、手に取って……こうやって……ぁあっ」 「……っ、気持ち、いいです……っ、先輩っ」 「はぅぅぅっ、わ、私もいい……っ。……胸、揉まれて……君の、あぅぅっ、ペニスを擦るの……いいぃぃいぃいぃっ」 「ん……っ、んぁぁっ、あふっ、んっ……あぁっ、……んはぁ、ペニスが手に……吸い付いてくる……んっ、ふぁぁっ」 先輩の指先がカリ首を弾くように擦りあげる度に、背筋がゾクゾクとするような快感が襲う。 うっとりとペニスを握りしめる先輩の胸を、少しだけ力を入れて揉みつくす。 「ひぃんっ! ふぁぁぁっ、あぁっ、む、胸……あぁっ、あっ、指で……、私の胸の形が、ぁうっ、変わってくぅぅっ、あうぅっ」 「こんな風に触れられるだけで……あぁっ、感じてしまって……あぁっ、きゅうっぅぅぅっぅんっ」 「んっ……凄く熱い……っ、ぁはぁっ、ペニスがピクピクしてる……っ、あぁっ、うぅぅぅんっ」 「リリー先輩、俺……先輩にもっと気持ち良くなって欲しいです」 「い、今でも十分に……気持ちいいのだが……っぁあっ、こ、これ以上なんて……っひゃぁっ」 躊躇うような眉根を寄せた先輩の腰をグイッと引き寄せ、先輩の恥部に自分の屹立したペニスを押し当てる。 「きゃうぅぅっ、な、何を……あぁっ、何をするつも、り、ぁあぁっん!」 「さっきまで俺の太腿がしてた事を、今度は先輩自身で俺のチ○ポでして貰いたいかなぁ、なんて」 「ひゃうっ! な、何? そ、そんな事……っ、あぁっ、あぅぅぅっ」 「俺の足に擦りつけてたじゃないですか。おかげで俺の太腿はベチョベチョですよ」 「そ、それはぁ……っ、あぁっ、だ、だけど……っ、こ、ここに、自分で……?」 「自分で擦りつけてくるリリー先輩が見たいんです」 じっと先輩を見つめると、恥じらう様に視線を逸らす。 「そ、そんな目で見るな……うぅっ、わ、分かった……だが上手く出来る保証はないぞ?」 「構いませんよ、そんな事」 「じゃあ……してみる……んっ、あぁっ、んん……」 先輩のヌルヌルの性器が、ペニスの竿部分に引っ付けられた。 軽く触れただけなのに、先輩の愛液で俺のペニスはヌラリと光っている。 「すご……めちゃくちゃ濡れてますね」 「あ、あんまり言うな……っ、恥ずかしいっ」 「可愛いですよ先輩」 「っ!? こ、こんな時に、そんな事を言うなっ」 照れて真っ赤になるリリー先輩の顔を下から眺めると、互いの視線が絡み合った。 「好きです、先輩」 「私も……好きだよ、とっても」 同じ思いを共有しているという事が、こんなに幸せなんだと改めて認識させられる。 「先輩、動いてみて貰えますか?」 「分かった……、こ、こう? ひゃうんっ、あぁっ、あぁあぁ……っ」 手で上下に擦っていたのと同じように、今度は自分の性器を上下にペニスに擦りつける。 「ひぃっ、きゃっ、んんぁぁ、っあぅっ、こ、これ……これダメ、あぁあぁっ、わ、私まで擦れて……っ、ふぁぁっ!」 「んっ、ん……んぁ、あぁぁんっ、あぁぁっ、んっ、んっ、んぁぁぁ、はぁっ、んっ……!」 「俺のに先輩のクリトリスが……クニクニって当たって、っく、気持ちいいです」 「はっ、あぁっ! ダメ、そんな事言うな……っ、あぁぁっ、あぅっ、あぅっ、ぃぃぃんっ」 「あふっ、あ、当たってる……んっ、んぁぁ、はぁっ、んっ、ああぁっ」 「もっと擦って下さいっ、先輩の気持ちいい顔もっと見たい……!」 「あぁぅぅぅぅっ、か、感じちゃうっ。君の、熱くて硬いペニスに、あぁっ、擦りつけてると……どんどん愛液が溢れてきちゃう……っ、あぁっ!」 「あぁ……っ、ダメ、なのに、あぁっ、はぁっ、気持ち、いい……! んっ、はぁ、あぁぁっ」 「もっと動いて下さい、リリー先輩のいいように動いて」 「はぅぅぅぅぅっ、あっ、あぁっ、ダメ、これ以上したら、クセになるっ、クリトリス擦るのクセになっちゃうぅぅぅっ」 口ではそう言ってはいるが、先輩の腰は動きを止めない。 ペニスに何度も何度もクリトリスを擦りつけながら、しとどに愛液を垂れ流している。 「あぁっ、あっ、あぁっ、ダメ、わ、私……なんか変、変だ……っ、あぁっ、んぁっ、きゃうぅぅっ、ふぁっ」 「何が変なんです? とっても気持ちよさそうな顔してますよ」 「ちがっ、変、変だ……っ、あっ、あぅっ、腰が止まらない……っ、あぁあっ、あうぅぅっぅぅんっ」 「クリトリスがピクピクって痙攣してきてますよ、イキそうですか?」 「イク……? あぁっ、私は……イキそうなのか、きゃうぅうっ、ひんっ、ひんっ、ひゃふぅぅぅっ、んぁっ、んんんーっ」 「イッていいですよ、先輩っ。リリー先輩の最高に気持ちいい顔見せて下さいっ」 「あぁぁっ、は、初めてなのに……っ、こ、こんな、こんなトコ刺激したのなんて、初めてなのにぃっ、イ、イク、あぁっ、もうっ、きゃふうぅっ」 「ひゃうんっ! 腰止まらないっ、彼方のペニスに自分で擦りつけて、あぁ、あぁっ、あうっ、ダメ、ひゃううぅぅっ」 「あぁっ、んっ、あぁっ、あっ、動いちゃうっ、あぁっ、身体が……勝手に動いちゃうっ、はぁっ、あぁぁあぁっ」 「あぁぁっ、あっ、あっ、あっ、もうっ……ふぁぁぁっ、んっ、あぁぁぁぁっ」 一際激しく腰を揺すったかと思うと、リリー先輩の足がぎゅっと俺の太腿を締め付けた。 「あぁぁあぁっ、イク、イク、……君に見られてるのに、あぁっ、イっちゃううううううううううううううううっっっ!」 「あ……ぁあ……、ふぁぁぁ……んっ、んん……はぁ、はぁ、んっ」 荒い息を整えながら、先輩の体が徐々に弛緩していく。 「はぁ、はぁ……んっ、達してしまった……私だけ……、んっ、はぁっ」 「リリー先輩のこんな姿を見た事があるのは、俺だけだって思うと凄く嬉しいです」 少しだけ唇を尖らせると、先輩はゆっくりと俺のペニスへと手を伸ばした。 「私だけがあんな顔を見せるのはズルい。男性のイク所も見せてくれ」 「っ、先輩……っ! そんなに激しく……っ」 先輩が先程までとは打って変わって、一気に激しくペニスを擦りあげた。 先輩の愛液にこれでもかと濡らされたペニスの潤滑は増し、先輩が手を動かす度にヌッポヌッポと淫猥な音を響かせる。 「ん……はぁっ、凄いぞ、どんどん硬くなってる……っ、んんっ」 「っく、先輩それ凄くイイです」 ヌラヌラと光るリリー先輩の指先が、カリ首をキュッと絞めつける。 それだけで体が震えるような心地に陥る。 「ふふ、またカウパーが出て来た。私のと混ざって……んんっ、どっちの分泌液なのか分からないな……っ」 そんな事を言いながら、自分の愛液と俺の先走りの両方を掬い上げて、尿道口をくるくると刺激する。 何度も何度も擦り上げながら、力加減を変化させて、ペニスへ様々な刺激を加えてくる。 今にもイキそうになるのを堪えて、もう一度先輩の胸へと手を伸ばした。 「ひゃうぅっ! い、今は私が……そっちを、あんっ、気持ち良くする番だろうっ、ひゃふんっ」 「リリー先輩の胸すっごく気持ちがいいから、ずっと触っていたんです」 「あぁっ、うぅぅんっ、くっ、わ、私も……気持ち良くしたい、からっ……ふぅぅん!」 胸をプニプニと揉まれる快楽に眉を寄せて耐えながら、先輩はより一層速さを増してペニスを扱きあげてきた。 「……んぁっ、あんっ、どんどん、ひゃぅぅっ、ピクピクってしてきてる……っ! ふ、ふぁぁんっ、んっ、はぁっ」 「大きくなってる……っ、あふっ、どんどん膨らんで、熱くなって……っ、あぁっ、んっ、ふぁぁっ」 「手で擦る度にクチュクチュって、音を出して……っ、んぁっ! はぁっ、またヒクついてるっ」 事実もう今にもイキそうだった。 射精の予感に背中が反りあがりそうになる。 「先輩、俺……もうそろそろ……っ!」 「イッて。イッてくれ。私の手で、イッてぇっ、あっ、あぅぅうぅっんんんんっ!」 「ピクピク凄い……! あぁっ、ペニスが、こんなに震えて……あ、あふぅぅっ!」 「……イキますっ!」 「あっ、凄い……っ! ビクビクして、あぁっ、あぁぁあぁっ」 ドクドクと脈打ちながら大量に精液が放出されていく。 リリー先輩の手を汚しながら、全ての精が解き放たれると、荒くなる息を整えながら、先輩の表情をそっと窺った。 「すごい……こんなにも出るものなのか……」 初めて見たであろう射精に目を奪われながら、感心したようにリリー先輩から感嘆の声が漏れる。 「それに……出したばかりなのに、こんなに硬いままの物なのか?」 射精が終わってもなお、俺のペニスは硬く天に向かって屹立したままだった。 「先輩が魅力的だからです」 「な、何を……っ」 「……先輩、最後までしてもいいですか?」 リリー先輩がチラッと襖の向こうを見た。 結構な声を上げた気もするが、襖の向こうで人が動く気配はない。 「皆ちゃんと眠ってますよ」 「いや……私も、最後まで……したい」 コクンと小さく頷いた先輩をそっと抱きしめた後、そのまま後ろを向かせた。 「大きな声が出そうなら、枕で押さえて下さいね」 「っ! わ、分かった」 こちらに向けて高くお尻を突き上げさせると、リリー先輩の性器がよく見えた。 既にビッチョリと濡れていて、性器自体がヌラヌラと艶めかしく濡れ光っている。 「凄く濡れてる、それにヒクヒクしてます」 「あ、あんまり見るな……」 「とっても綺麗ですよ、先輩のマ○コ」 「そ、そんな言い方するな……」 「先輩にも言って欲しいな、チ○ポとかマ○コって」 「言えるはずないだろう……っ、んっ、はぁぁぅ」 見られているだけでも感じてしまうのか、リリー先輩の膣からツツーッと涎が垂れてくる。 「凄いですね、またこんなに溢れて」 「恥ずかしいから……っ、あぅっ、んんっ」 「これだけ濡れてたらもう入れられそうですね。……入れますよ」 「っ! あ、あぁ……わか、ったぁ……っ」 先輩の腰を掴んでペニスを入り口に押し当てる。 初めて男を受け入れる膣は、しっかりと口を開いていた。 「行きます」 「ぅ〜〜〜っ!」 痛みを覚悟したリリー先輩の体がグッと硬くなる。 緊張をほぐす様にお尻を撫でまわしながら、少しずつペニスを挿入していく。 「ん……ふぁっ! んん、っぁあ!」 ヌプ、ヌプ……っと音を立てながら、先輩の膣内へと打ち立てていく。 キツイが濡れ方も半端ないので、思っていたよりかは薄い抵抗で、ペニスが奥へ奥へと飲み込まれていく。 「んぁああぁあああぁっん!」 痛みに耐えたリリー先輩が大きく息を吐いたその瞬間、俺のペニスも根元までしっかりと挿入し終わった。 「全部、入りましたよ」 「……っぁあぁ、ふぁ……っ、んんっ」 「だ、大丈夫だ……思っていたより、痛くない……っ」 リリー先輩の内腿が破瓜の印で赤く彩られる。 それでも先輩は俺の方へと視線をやると、ゆるく微笑んだ。 「動いてくれていいぞ。そっちの、いいように……はぁっ、してくれ」 「……少しずつ、動きますね」 リリー先輩は大丈夫だと言ってくれたが、それでもやはり苦しそうだ。 ゆっくりゆっくりペニスの抽送を開始する。 「ん……、んんっ、ふぁぁっ、……っく、ん、あぁ……んっ、はぁっ、はぁっ」 「ふぁ……ぁぁっ、んんっ、ペ、ペニスが抜かれる時……あぁっ、ゾクゾクが止まらなくなる……っ、んぁああぁっ」 シーツを握る手に力を込めながら、先輩が必死に俺のモノを受け入れてくれている。 その事が何より嬉しい。 ペニスを引き抜かれるのが好みならと、奥まで深く入れてからゆっくりとペニスを引き抜いてみせる。 「ひゃぁぁあああぁんっ! あっ、あぁっ、……ふぁっ、ペニス、凄い……、あぁっ、んっ、はぁっ、あぁっ!」 「もしかして感じてくれてます?」 初めてだと言うのに感じてくれる物だろうかと、そんな疑問を口にした。 「自分でも、不思議……っ、だけど……っ、あぁっ、ペニスがぁ、気持ちいい……っ、あぁっ、ひゃふぅっ」 「嬉しいです、先輩。でもそれなら……俺のチ○ポで気持ちいいって言って欲しいなぁ」 「だ、だからそれは……! っ! ひゃうぅぅぅぅぅうぅっ」 一気に奥まで突き刺したペニスを、そのまま勢いよく抜くと先輩の背中が大きく仰け反った。 「あ、あぁ……んっ、あっ、あぁぁ……っ」 「リリー先輩これが好きなんですね。もっとしてあげますから、ちゃんと言ってください。じゃないとしませんよ?」 なんて本当は俺も、したくてしたくて堪らないのだけど。 「あぁん……んんんっ、おち○ぽ……」 「え? 先輩、よく聞こえないです。もう1回お願いします」 「あぁっ、おち○ぽいぃのぉっ……ひゃうぅぅっ」 消え入りそうな声だったが、確かに先輩が淫語を口にしてくれた。 その事が嬉しくて、俺は再び抽送を開始する。 「あぁっ! ふぁぁっ、奥ぅっ、奥にきてる……っ! んっ、んあぁぁぁっ」 「ちゃんとこれからはチ○ポとマ○コって言ってくださいねっ」 「そ、そんな変態っぽい事、これ以上……言えるものか……、んっ、あぁぁっ」 「皆フツーに言ってますよ?」 「ふぁぁっ、そ、そうなの、か? あぁっ、あんっ、あぁっ」 ……他人のセックスなんて見た事がないから、知る由もないのだが。 でもあの先輩がこうして乱れてくれている事が嬉しくて、ついついそんな嘘が口を吐いてしまう。 「それに、俺が……先輩のそういう言葉、聞きたいんですっ、くっ」 「し、しょうがないやつめ……っ、んっ、はぁぁっ、ぜ、善処するっ、あぁっ、はぁっ、はぁっ」 「ほら、先輩……言って下さい、俺を喜ばせると思って」 「き、君がそれで……きゃふっ、いいなら……し、仕方がない……っ」 「先輩!」 先輩の同意が嬉しくて、膣壁に擦りつけるようにペニスをピストンさせる。 「あぁっ、ひぁっ、おち○ぽ、あぁぁっ、おち○ぽが、膣内で……あぁっ、擦れて……」 「ふぁぁあんっ、お、おま○このぉ……奥、奥までおち○ぽきてるぅぅっ、あはっ、あっ、気持ちいいっ、気持ちいいのぉっ!」 一度言ってしまえばタガが外れたのか、リリー先輩が普段の彼女からは想像も出来ないような淫靡な言葉を羅列する。 「リリー先輩の膣内、すっごく気持ちいいです。肉壁がキュウキュウ締め付けてきますっ」 「あぁぁっ、はぁっ、んぁ……んっ、んぁぁぁっ、はぁ、あぁっ、……いいっ、あぁぁっ」 「あぁっ、んはぁっ! 初めてなのに、あぁっ、き、気持ち良くて……! おま○こがキュンキュンってしてるっ」 その言葉通りに先輩の膣は、絡みつくような収縮を続けている。 「ん、んぁ……っ、あぁ、ふぁぁぁ! んっ、んっ、はぁ、あはぅぅぅっ、いいぃぃぃっぃっ!」 「君のおち○ぽで突かれると、凄いの……っ! あぁっ、ふぁぁぁぁっ、いいのぉ……! はぅっ! きゅぅぅっぅぅぅぅぅん!」 「お尻の穴までヒクヒクしてますよ」 「ひゃうっ、み、見ちゃだめぇっ! あぅっ、あぅっ、あぅっ!」 「恥ずかしい、から……あぁぁぁあっ、んっ、あぁっ、あんっ、あんっ、あぁぁぁっ」 すっかり快楽の虜となっているリリー先輩。 この分なら大丈夫そうだなと、腰の動きを速める事にする。 「少し激しくしますっ」 「ひゃうっ!?」 いきなり激しさを増したピストンに、先輩が思わず大きな声を上げた。 自分でもその大きさに気付いた先輩が、慌てて枕を口元に当てる。 「んふっ、んぁっ、き、気持ちよすぎ……! あぁっ、何度も何度も擦られて、もうっ、あんっ! あぁぁあああぁっ!」 「ふぁぁぁっ、奥、奥まで一気に届いてる……っ、あぁっ、あぁっぁあぁっ!」 「奥から一気に、はぁっ、抜かれると……んんんぁああぁあ、おま○こがヒクヒクしちゃうっ、あぁぁっっ」 「気持ちよすぎて……あぁっ、はぁっ、キュンキュン止まらないの……っ、あぁっ! はぁっ、はぁっ」 涎を垂らしながら、先輩の瞳がうっとりと濡れている。 初めて受け入れた快感に、先輩の足はガクガクと震え始めていた。 「あぁ……むはぁっ、ダメ、そんなにされたら……っう、あぁぁぁあんっ! 溢れちゃうっ、またいっぱい溢れちゃうぅっ」 「いいですよ、先輩。凄く……いいっ!」 「私もいいぃぃぃっ、いいのぉぉぉぉっ! か、感じてるぅっ、んぁっ、あぁああぁあぁあっ!」 再び射精の予感が下半身を包み込んできた。 ラストスパートとばかりに、今度は角度を付けて一気にリリー先輩の膣内へと押し入れた。 「ふぁぅぅぅぅぅぅっ! あっ、あぁぁぁぁぁんっ」 枕で声を抑えるのも忘れて、リリー先輩が一際大きな嬌声を上げる。 「Gスポットに当たったみたいですね。……ここが、先輩のいい所、なんですねっ」 「あぁぁぁっ! ん、んぁ、そこ、凄い……っ! ふぁっ、はぁっ、あぁぁぁぁぁんっ! そこ擦られたら、私ぃぃぃっ」 震える先輩の腰をしっかりと掴んで、先輩の最も感じる部分に何度も何度も押し当てる。 「ふぁうっ! あんっ! あぁぁあんっ! 気持ちいいっ、いいのぉっ、君のおち○ぽでおま○この中ぁ、押されて気持ちいぃぃっ、あぁぁぁっ!」 「あぁぁぁっ、はぁっ、はぁっ、そこ、当てられると……っ、あぁっ、身体が……ビクビクってしちゃうのっ、あぁぁぁっ」 「リリー先輩の好きな所、何度でも擦ってあげますっ」 Gスポットに当たるように、カリ首を引っかけながら、繰り返しペニスを抽送する。 「ん、んはぁあぁっ、あぁっ、あっ、いい、あぁぁっ、膣内、いっぱい擦られて……ふぁぁぁあぁっ、んっ、んっ、んぁあぁっ!」 「あぁぁああぁあぁんっ、ダメダメダメ……っ! また身体が、ビクビクって、あぁっ、私もう……イっちゃう……!」 「初めてなのに、ああぁぁっ、こんな、淫らな事、初めてなのに……あぁっ、イクっ! また、あぁぁぁあっ」 背中を大きく仰け反らせた先輩を見下ろしながら、俺もラストスパートをかける。 リリー先輩の秘肉がこれでもかと収縮しながら、俺自身に絡みついてくる。 その濡れすぼった肉に何度も何度もペニスを打ち立てると、射精の予感に尿道が開いてくる。 「俺ももうそろそろイキそうです……っ!」 「なって、あぁっ、……気持ち良く、なって……あぁぁっ、あぁぁぁっ、んっ、はぁっ」 「ふぁあっ……私の中で、あぁっ、震えてる……んっ、あぁぁっ、はぁっ、熱くて硬いのが、私の中で、あぁあぁっ」 「ビクビクってしてる……っ、んっ、んぁぁぁぁっ、はぁっ、はぁっ、私の膣内、擦りながら……あぁっ、膨らんでる……あぁっ」 「っく、先輩の膣内も、締め付けが増して……っ!」 「き、気持ちいいのっ、わ、私もぅっ、あぁぁぁっ、もうダメ、あぁっ、ふぁぁぁぁぁぁっ」 「あぁぁあっ、いいっ、もう、イク……っ、んっ、んぁっ、あぁぁぁぁぁぁっ、あんっ、あんっ、あんっ」 「俺ももう……出ますっ」 本能に身を任せて、ラストスパートをかける。 「あぁぁっ、あっ、んっ、んぁっ! ふぁぁぁぁぁっ、あぁぁぁっ、あぁっ、もう、あぁぁっ、イク、また、イクぅ……!」 「ふぁあぁん、んっ、んぁっ! イッて、イってぇ! あっ、あぁぁあっ、あぁぁあんっ!」 「一緒、一緒に……、あぁっ、ふぁぁぁぁあっ、イク、イク、イっちゃうぅぅっ、あぁぁぁあっ」 「っ! ……イク!」 「あぁっ、私も、あああぁぁあぁあっぁっぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあああっぁああ!」 射精の瞬間にペニスを引き抜き、先輩の真っ白なお尻へと精液をぶちまけた。 「はぁ、はぁ、はぁ……んっ、あぁ……、熱いのが、かかってるぅ……っ」 肩で荒い息を吐きながら、先輩が自分のお尻をそっと撫でた。 その指先に俺から出た精が付着すると、嬉しそうに目を細める。 「ちゃんと……私で、イッてくれたんだな……」 「当たり前じゃないですか……。先輩は俺が誰より愛しい人なんですから」 「ふふ……そうか。黛の……誰より……。ふふっ、そうか……」 満足そうに微笑むと、リリー先輩は静かに目を閉じた。 舞台をベッドの上に移し、後ろから先輩の身体に抱きつく。 それと同時に、その大きな胸を両手で触ってみたら、先輩の口から甘い声が漏れた。 「まったく、君には困ったものだな」 「リリー先輩が受け入れてくれるからですよ」 「ふふ、同罪――だな。……それで、今日は一体どんなエッチな事をしようというんだ?」 「そう、ですね……」 最初からこれが目的で先輩の家に来たわけじゃないから、そう訊ねられてもすぐには答えが浮かばない。 頭であれこれ考えるよりも、身体が今欲していることを……そんな結論に行き着いた俺は―― 「んんっ……あっ……」 流れのまま、手を添えていたリリー先輩のおっぱいに、軽く指を食い込ませた。 「今日は……先輩のおっぱいをめちゃくちゃにしたいと思います!」 「ほう、また随分と大胆に宣言してくれたな……私のおっぱいを、めちゃくちゃに……?」 肩越しに俺を見つめてくるリリー先輩。その口調はどこか挑発的だ。 「はい。先輩のこの大きくて、魅力的で、破壊力満点のおっぱいを……俺の手で、めちゃくちゃに……!」 「ひゃっ……!?」 膨らみの下に手を添えて、それを思いきり上に持ち上げてみた。先輩の口から可愛い悲鳴が漏れる。 パッと手を離すと、二つの膨らみは重力に従ってたぷんと揺れ落ちた。 「めちゃくちゃ、って……意外と過激な事を言うんだな」 「こういう時くらい、男らしさをアピールしておかないと……普段は先輩にやられっぱなしですし」 「過激と男らしさをはき違えていないか……? というより、なんだその言い方は……それじゃあまるで――ひぁっ……」 まずは制服の上から、先輩の柔らかい膨らみをじっくりと味わう。 「ん、うう……あっ……ん、んっ……」 先輩の背中に自分の身体が密着することで、体温や鼓動が伝わってくる。 「はぁ……ん、んんっ……ふぁっ……あっ、んっ……」 頬を赤く染めた先輩の口から、悩ましげにこぼれる吐息。 下着、そして制服の上からでも、やっぱり気持ちのいいものなんだろうか。 「んっ……ふふっ」 ん……? 「先輩、どうしたんですか?」 「ああ、いや……男らしさをアピール、なんて口にした割には、やっていることが控えめだと思ってな」 「制服の上から、ただ愛撫をするだけで……、本当にそれで満足なのか?」 これは、もしかして……「直接触ってほしい」という、先輩なりのおねだりなのでは……!? 「まさか、この程度で満足だなんて……!」 いや、そうに違いない……! となれば、俺が次に取るべき行動は…… 先輩のおねだりに負けず、また制服の上から胸をまさぐる。 「ひゃっ……」 先程と同じように、迷うことなく両手をその膨らみに添える。 ボタンが取れたら今にも零れてしまいそうな先輩のおっぱい。 「あっ、んっ……ふぁっ、あっ……はぁっ……ん、んんっ……」 「まったく……男という生き物は、本当におっぱいが大好きなんだな……」 「否定はしません……!」 「学園でも街中でも、分かりやすく視線を感じるものな……単純というか、何というか……んんっ!」 「お、おい……どうした……なんだか、急に愛撫が……んっ、あっ……激しく、なって……ふぁっ……!」 それは、自分でも無自覚の行為だったようで……。 「さては、男の視線を胸に感じるという話を聞いて、やきもちを焼いたのか……?」 「……否定はしません」 「ぷっ、ふふっ……おっぱいが好きなことといい、やきもちを焼くところといい……まるで子供のようだな」 仕方ないじゃないか……! 彼女の胸が注目を集めていると聞かされて、平常心を保てる男がどれほどいるんだ! 「安心しろ、……私のこの胸は、お前だけのものだ」 「先程の宣言通り……今日は、好きなだけ堪能してくれて構わない……んっ、ふぁっ……」 心の中で喜びを噛みしめつつ、全神経を指先に集中させて揉みしだく。 「んっ、あぁっ……はぁっ……ん、んぁっ……あっ……ん、んっ……」 時折、胸の先端部分に指を食い込ませつつ……あくまで制服越しに、愛撫を続ける。 「それにしても……ふふっ、まさかとは思うが……下着の外し方が分からないのか?」 くすくすと笑いながら、冗談めいた口調で俺を見つめるリリー先輩。 「それは違いますリリー先輩。この感触を堪能したいと思って」 「感触を堪能するなら、いっそ直接……」 「じゃなくて、制服越しの感触を、ですよ」 「……そ、そうか……」 俺の言葉を受けて、先輩はどこか残念そうに唇を尖らせた。それを受けて、俺の中に確信めいたものが芽生える。 間違いない……先輩は今、おっぱいを直接触って欲しいと思っている! ならば、ここは一つ……先輩がそれを訴えてくるまで、徹底的に焦らしてみよう! 「んんっ……ん、はぁっ……ん、ふぁっ……はっ、あぁっ……」 肩越しに聞こえる先輩の甘い吐息を耳に、10本の指を絶えず動かしていく。 「ん、んんっ……んぁ、はぁっ……なんだか今日は、手つきがいやらしいぞっ……」 「そりゃ、いやらしい事をしてるわけですから……」 「そ、そういう意味じゃなくて……ひゃぁんっ!?」 ついに探し当てた、先輩の愛らしい乳首。それを刺激することで、先輩の身体がビクンと震えた。 「あっ、あぁっ……んっ……ち、乳首はっ……」 「乳首は?」 「っ……う、うるさいっ……ん、んっ……」 くっ……先輩から見えないのを良いことに、思いっきりニヤニヤしてしまう……! 「くっ……はっ、あぁっ……ん、んぁっ……あっ、あぁっ……」 それを続けているうちに、段々と先輩の身体に変化が現れた。 「はっ、ん、んんっ……んぁっ、あぁっ……ひゃっ、ん、あぅっ……!」 豊かな丸みを帯びた乳房は、しっとりとしているように感じた。 「きゃふぅっ……! だ、だからっ、乳首っ……あっ、んっ、んんっ……!」 執拗に弄り続けた乳首は、制服越しでもハッキリと分かるほどに硬くなり、その存在感を主張している。 「あっ、あ、あぁっ……ん、あぁっ……」 太ももをもじもじと擦り合わせ、何度もこちらの様子を窺ってくるリリー先輩。 その瞳には、明らかに懇願するような感情がこもっていて…… 「んぁっ……も、もういいだろうっ……」 「いや、こんな機会は滅多にないですから、もう少し……」 「き、機会ならいくらでもあるだろう……! 冬休みともなれば、それこそ……ひぁっ!?」 人さし指と親指の腹で、リリー先輩の乳首をキュッと摘まんだ。その反応が愛らしい。 「先輩、乳首がすごい勃起してますよ。自覚してますか……?」 「そ、そういう事を耳元で言うなぁっ……! あっ、ん、んんっ……はっ……!」 む、先輩のその表情……さては、俺の意図に気付いたのかな。 「さ……さては君、私のことを焦らして……」 「……バレました?」 可愛らしく舌なんかを出してみたんだけど、先輩の肩はぷるぷると震えている。 「ほら、こういう時でもないと、主導権を握らせてもらえないですし……」 「だからって、こんな……ん、んぁっ、ひゃぅううっ……!」 先輩が何かを言おうとしたタイミングで、乳首を刺激する。それを咎めるような視線で、先輩がこちらを睨んできた。 「ほら、先輩が正直にならない限り、ずっとこのままですよ」 「なっ……!?」 色んな感情がない交ぜになってか、身体がゾクゾクしてきたぞ……。 「俺にどうして欲しいのか、先輩の口から聞かせてください」 「〜〜〜っ……!!」 耳まで真っ赤に染めた先輩が、目を大きく見開いている。 そんな先輩を見つめる俺は今、物凄くいやらしい顔をしていると思う。二つの意味で。 「くぅっ……わ、私は年長者だぞっ……? なのに、こんな……! す、少しは敬う心をだな……っ、あ、あっ……! ん、んんっ……!」 どんなに抗ったところで、先輩の弱点を両手で制している俺の方が立場は上……! なんだろう、このクセになる優越感……色々といけない扉が開きそうな気がする! 唇を噛んだまま逡巡していた先輩が、俺の事をキッと睨んできた。それでも、顔は赤いままだ。 「……て……ほしい」 「ちょ、直接っ……触って欲しいっ!」 「……そのエッチな手でっ……私の胸を、直にっ……触ったり、揉んだりっ……」 「それだけじゃないっ、乳首も、してほしいっ……! 抓ったり、引っかいたり、引っ張ったりっ……とにかく、とにかくっ……」 「私のおっぱいを、めちゃくちゃにしてほしいっ!!」 「ひゃぁっ!?」 その言葉を待っていました、と言わんばかりに、制服とブラを一気にひん剥いた。 「あっ…………んんっ!? ひゃっ、あっ、あぁっ……!」 そして間髪入れず、両手全体を乳房に密着させる。 「ん、んぁっ……あっ、あっ、んぁああっ……!」 手のひらに吸い付いてくるような、先輩の瑞々しいおっぱいの感触。 布越しではないその生々しい触感に、たまらず股間が熱くなってしまう。 「はっ、あぁっ……ん、んぁっ、あっ……手……温かい……」 「先輩のおっぱいも、めちゃくちゃ温かくて、柔らかくて……朝まで揉んでいたいくらいです!」 「ば、バカなことを言うなっ……あっ、ん、んぁっ……」 お世辞じゃない。先輩を焦らしている間、俺だってずっと我慢していたんだ。 そしてようやく触ることの出来た、リリー先輩の生おっぱい。両手でそれを味わっているだけで、興奮と幸福で頭がボーッとして…… 「そ、そんなことされたら……私の方が、我慢出来なくなるだろう……」 「今だって、もう……身体が、言うことを聞かなくなっているのに……」 「早く、一緒に……繋がりたいって……私の身体を鎮めて欲しい、って……さっきからずっと……あ、アソコが、疼いて……」 ……!! 「ひゃぁああああっ!?」 先輩の一言で火がついた俺は、硬くしこった乳首を摘まみ上げて思いきり引っ張った。 「ちょっ、んぁぁっ……!? そ、そんな、いきなりっ……! んっ、くふぅっ……!」 「やっ、だ、ダメっ……! そ、そんなに強く引っ張ったらっ……! あっ、んぁっ、あっ、あぁっ……!!」 「先輩っ……! 今の先輩、めちゃくちゃ可愛かったです!」 「ホントは、もっとこうしていたいんですけど……もう我慢出来そうにないんで、一気にいきます!」 「お、おいっ……! んぁっ、あっ……! ん、んんんっ!!」 欲望の赴くままに、先輩のおっぱいをメチャクチャにしていく。 「や、あっ……! そ、そんなっ、乱暴にしたらっ……! あっ、ん、んぁっ! あっ、はぁっ……!」 「ん、んんっ……! やっ、先っぽぉっ……! キュッてされ、たらっ……あっ、んっ、あぁっ!」 完全に勃起した乳首を執拗に責めることで、先輩の身体が熱くなっていくのが分かる。 「ふぁああっ……! こ、このままじゃ、イッちゃうぅっ……乳首だけでイッちゃうぅっ!」 「いいですよ、イッてくださいっ……!」 手のひらで乳房を揉みしだきつつ、指先で乳首をこねくり回す。そして、先輩を絶頂に……! 「あっ、あっ、あぁっ! ダメっ、ダメぇっ……! もうダメぇっ! イくっ! イッちゃうぅっ!」 「おっぱい揉まれてっ、乳首弄られてるだけなのにぃっ……! 変になっちゃうっ! おかしくなっちゃうぅっ!」 「ひゃぅううううっ! ああっ、イクっ! イッちゃうっ! イッちゃうからぁあああああああああっ!!!」 「んんっ! あっ、んぁっ、ああぁぁぁっ――んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!!!!!!!!!」 前面に密着した先輩の背中が、ビクンと跳ねるように震えて…… 「ふぁっ、あっ、あぁっ……! ん、んぁっ……はぁっ、あっ……はっ……」 肩越しに見えたのは、小刻みに痙攣する先輩の引き締まった下腹部。 「あっ……あぁ……ん、はぁっ……う、うう……」 やがて、それらの震えが収まったところで…… 「……イッて……しまった……」 こちらを振り返ったリリー先輩は瞳いっぱいに涙を浮かべ、何か悪いことをしてしまったかのようにそう言った。 「まさか、君にこんな辱めを受けようとは……」 「辱めって……恥ずかしい事してるんだから、仕方ないじゃないですか……」 「うるさい、正論を言うな……それより……」 おっぱいを丸出しにしたままの先輩が、軽く身動ぎする。二つの膨らみがぷるんと揺れた。 「君のここが、先程からずっと当たっているわけだが……」 先輩がお尻を左右にくねらせることで、密着している俺のモノが擦れてしまう。 「私を辱めた仕返しだ。この硬くなったものをどうしたいのか、その口で直接言ってもらおう」 「先輩の中に入れたいです!!」 うんうん、面食らってるな。 「お、お前はっ……も、もう少しその、恥じらいというものをっ……」 「でも、言えって言ったのは先輩じゃないですか」 「そ、それはそうだが……ひゃっ!?」 会話の隙を突いて、先輩をベッドの上に押し倒す。 先程まで俺の両手に収まっていたおっぱいが、ぷるんと揺れて汗の玉を放った。 「先輩……もう、こんなに……」 「う、うるさいっ……いちいち口に出すな……」 胸への愛撫で達してくれた先輩の下着は、濡れていない部分の方が少ないくらいグショグショになっている。 下着の端に手を掛け、太ももから抜くようにゆっくりと引く。 そうすることで、愛液の湧き上がっている秘裂が露わになった。 「そ、そんなにじっくり見ないでくれ……羞恥心で、どうにかなってしまいそうだ」 普段の先輩を充分すぎるほど知っているだけに、恥じらいの浮かんだ表情がたまらなく愛おしい。 「んっ、あぁっ……」 愛液にまみれた割れ目にそっと指を這わせると、先輩の太ももがピクンと震えた。 「やっ、あっ、んんっ……お、おい、あぁっ……」 指の腹で軽く叩くだけで、ピチャピチャといやらしい音が響く。 「まさか、とは思うが……また、私におねだりさせるつもりじゃないだろうな」 「いや……さすがにそこまでSではないです」 一瞬、頭を過ぎった……とは口にしないでおく。 先輩の下半身に密着するような形で、ペニスの先端を秘裂に宛がう。 「それに……これ以上焦らしちゃったら、俺の方が我慢出来ないです」 「……ふふっ、そうか」 やわらかく微笑んだ先輩が、俺を受け入れるように腰を浮かしてくれた。 「私も、同じだ……もう、我慢出来そうにない……」 「……んっ、この胸を好き放題されていた時から、ずっと……私のここが疼いて、切なくなっていたんだ……」 「だから……それで……私の中を、満たしてくれないか……?」 先輩、無自覚なのか……? あのリリー先輩が、今みたいなおねだりを口にするなんて……そんな可愛らしく求められたら、俺はもう――! 「ん、んぁっ……あっ、あぁっ、んんんんんんっ……!!!」 重心を前方に動かすようにして、ゆっくりと先輩の中に入っていく。 「うっ、あぁっ……はぁっ、あ、あぁっ……は、入って、きてるっ……、おち○ぽがぁっ……」 「私の、中にぃっ……ズプズプ、ってっ……あっ、はぁっ……ん、んぁああっ……!」 悩ましげな吐息を交えつつ、挿入の刺激に身悶えるリリー先輩。 にしても、相変わらずスゴい締め付けだっ……! 「んっ、んんっ……! あっ、はぁっ……あっ、な、中っ、擦れてっ……あっ、んぁっ、あぁっ……!」 蕩けるような肉感と熱に飲み込まれて、ペニスが溶かされそうになるっ……! 「ひぁっ、あぁっ……ん、んんっ……んんんーーーっ……! あっ、はぁっ……はっ、はぁっ……」 やがて、先輩の膣内に根元まで咥え込まれたところで、俺は一旦腰を止めた。 「ん……全部、入ってるのが分かるぞ……、熱いのが……私の、ここまで届いている……」 どこか嬉しそうにはにかみながら、先輩が自らの下腹部に手を添える。 「不思議だな……こうしていると、早く一緒に気持ちよくなりたい、と感じる一方で……」 「出来ればずっと、このままこうして……それこそ、永遠に繋がっていたいと思ってしまう自分もいる」 つい先程、俺も似たようなことを感じていただけに……先輩と気持ちが通じ合った気がして、胸の奥が温かくなる。 「けど……それではお互い、我慢ができないから……だから……っ」 リリー先輩が俺を見つめてくる。その表情は優しさに満ち溢れていた。 「好きなようにしてくれていい……私の中で、気持ちよくなってくれ」 「んぁっ……! あっ、あぁっ……! んぁっ、あっ、はぁっ……んっ、あぁぁぁっ!」 さっきからずっと、先輩を愛おしいと思う感情が胸の内で小さな爆発を繰り返していた。 「ふぁっ……! あっ、ん、んんんーーーーーっ……! はぁっ、ん、んぁっ、あっ、ひぅっ……!」 それが、今の一言を聞いたことで……もう、自分では抑えられないくらいにっ……! 「ひぁっ……! あっ、あぁっ……! んぁっ、おち○ぽぉっ……! おま○この中っ、擦ってっ、んっ、んぁっ……!」 「私の、中ぁっ……! ズポズポされてぇっ、押し広げられてるぅうううっ……!!」 腰を思いきり突き動かすことで、奥深くへと飲み込まれていくペニス。 「んっ、くぅううっ……! ふぁっ、あっ、んんっ……! んぁっ、あっ、はぁっ……あっ、あぁああぁぁっ……!」 それを引き抜こうとすると、先輩の膣壁が必死になって吸い付いてくる。 「んっ、んぁっ……! はぁっ、あっ、あぁっ……中っ、気持ちいいところっ、引っかかってるぅっ……!」 「おち○ぽのっ、カリのところぉっ……! おま○この襞に擦れてっ、気持ちよくなっちゃうぅううっ……!」 「ひゃぅううっ!! んぁっ、あっ、はぁっ……! あっ、んっくぅっ……! ひっ、ん、んぁっ、あぁんっ!」 俺が激しく突けば突くほど、先輩の豊満なおっぱいが縦横無尽に揺れ動きまくる。 「あっ、あぁっ! 中っ、気持ちいいっ……! 気持ちいいのぉっ……!」 その度に汗の玉が弾け飛ぶ光景が、たまらなくエロいっ……! 「んっ、んんんっ……! はぁっ……あっ、ん、んんっ……! んぁっ、あぁっ、はぁっ……!」 「まゆ、ずみのぉっ……! おち○ぽの形がっ、おま○こに伝わってくるぅっ……!」 「私のっ、中ぁっ……! 奥まで、入ってきてっ……太さも、硬さも、熱もっ……全部、全部感じてるからぁっ……!」 「先輩っ……!」 俺も同じように、膣内の様子をペニスで感じ取っている。 圧迫感による刺激だけじゃない。愛液の量や温度から、先輩が激しく感じてくれているのが伝わってくるんだ……! 「んっ、くぅうううっ……! はっ、はぁっ……! あっ、あぁっ……またっ、また、イくっ……イッちゃうっ……!」 その言葉が合図だったかのように、先輩の膣内はより一層締め付けが激しくなって……こ、これはっ……! 「今度はっ、今度はおま○こでイッちゃうぅううっ……! 君のおち○ぽにぃっ! おち○ぽにイかされちゃうぅううっ!」 絡みつくような膣壁の圧迫感に、たまらず背中が震えてしまう。 このままだと……俺の方も、長くは持たないっ……! 「んんんっ……! ふぁっ、あっ、はぁっ……! あっ、あぁっ……ふっ! んぁぁっ!」 「イッちゃうっ! イッちゃうからぁっ……! 君のおち○ぽでぇっ! おかしくなっちゃうからぁああっ!!」 先輩が可愛らしく喘いでいる。 それを見ていると全身がカッと熱くなって……これは、もうっ……! 「んぁああああっ! あっ、はぁっ! ん、んんんっ……! んぁっ、はぁっ、ふぁあっ……あぁぁーーーっ!!」 「先輩っ……! もう、このままっ……!」 「うんっ! イッてっ! イッてぇっ! 私の中でぇっ! おま○この中でイッてぇえええええっ!!」 「おま○この中でぇっ! おち○ぽからいっぱい精液出してぇえええっ!! ドピュドピュってぇっ! 全部中に出していいからぁああっ!!」 「気持ちよくなった証をぉっ……! 私の中にぃっ、全部注ぎ込んでぇええええええええええええっ!!!!」 「んぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」 ――一瞬だけ視界が真っ白になって、理性がどこかへ吹き飛んだ。 「んんんっ……! んぁっ、あっ、はぁっ……! んっ、くぅっ……! ふぁっ、あっ、はぁっ……!」 目の前では、愛しい先輩が全身を震わせ、その表情を快感に染めながら…… 「んっくぅううっ……はぁっ……はっ、ん、んんっ……ふぁっ……はぁっ……はぁっ……はっ……」 下腹部を痙攣させ、俺のペニスを思いっきり締め付けて……射精を促してくるのだった。 「んんっ……はぁっ……あぁ……熱いのぉ……中に、いっぱい……ん、んんっ……びゅるびゅるって、出てるぅ……」 「私の、おま○こがぁ……満たされて……なんだか、温かい……んっ……ふふっ……」 しばらくそうして繋がったまま、互いに呼吸を整える。 その間に、結合部から愛液と精液の混ざった粘液が伝い落ちるのを見て、また少し股間が熱くなってしまった。 「ん……ふふっ……今出したばかりだというのに……黛は、本当にスケベだな……」 「そりゃ……こんな魅力的な先輩と一緒ですから」 「ふふっ、言うじゃないか」 微笑みあいながら、俺達はもう一度強く抱きしめあった。 露出したペニスをリリー先輩が、じっと見つめる。 「やはり……何度見ても大きいな」 驚いたように目を見開いた後、リリー先輩は舌をグッと突き出して、ペニスに舌を絡ませた。 「れろん、れろれろ……、ちゅぅっ、ん……ちゅぷっ、ちゅぱぁ……レロレロ、ちゅぅぅっ」 アイスクリームを舐めるように舌を這わせたかと思うと、今度はキスをするように唇を這わせる。 「はぁっ、気持ちいいです」 「んちゅぅっ、君のっ、んちゅぅぅっ、気持ちいい所、んちゅっ、ちゅぱぁっ、教えて欲しい……れろんっ」 「全部いいですけど……カリ首の所を舐められるの、弱いです」 俺のリクエストを聞いてた先輩が、カリ首をぐるりと一周舌を這わせた。 思わず息が漏れた俺の反応を確認すると、そのまま繰り返し繰り返し舌をなぞらせる。 「レロレロ、んちゅぅぅっ、ちゅぱっ、熱いの……んちゅっ、ピクピクしてる……ちゅぅぅぅっ」 「気持ちいいし、それに……先輩の格好凄くエロいから」 露出させた胸で、乳首がツンと硬く尖っている。 そこに触れたい気持ちを抑えて、ただじっと見下ろす。 「んはぁっ、そんなに、み、見るな……んちゅっ、ちゅぱっ、んんんんっ」 「折角俺の為にオシャレして来てくれたのに、なんかスミマセン」 ニットだからシワになる事はないと思うが、それでも何だか少し申し訳ない気持ちだ。 「んむ……今日、喜んで貰いたくて、ちゅぅっ、選んだ服だから、んっ、君が喜んでくれれば、むはぁっ、それで、いい……ちゅぅぅぅっ」 可愛い事を言ってくれるので、またもペニスが膨張する。 「はむっ!? んんっ、ま、また大きく……んはぁっ、じゅるるっ」 「先輩があんまり可愛い事ばかり言うからです」 「んふぅぅっ、んっ、ちゅむ……ちゅぅぅぅっ、んんっ、んはぁっ」 「んちゅ、ちゅるるるっ、れろ……んっ、ちゅぱっ、れろれろれろっ」 俺の言葉に照れている顔を見せまいとでもするように、リリー先輩が夢中でペニスを愛撫する。 「んちゅぅっ、ふぁっ、んんっ、カウパー液が溢れて来たぁ……んちゅっ、ちゅぅぅぅぅっ」 「んん……んはっ、んちゅぅぅっ、カウパー零さないように、んちゅっ、しないと……んちゅぅぅっ」 先走りを吸い取るように亀頭を唇で包み込むと、そのまま先輩がじゅるりと先走りを吸い取っていく。 「じゅるるっ、んちゅっ、ちゅぅぅぅっ、んは、んんんっ、カウパーは、やはりしょっぱいな、んちゅっ、んんんっ」 「んちゅぅっ、はぷぅっ、不思議な味だが……んちゅっ、いつまでも舐めていたくなる、んはっ、じゅるるるっ」 リリー先輩の口の中で、俺の先走りと先輩の唾液が混ざっていく。 その混ざり合った液体を存分に絡ませた舌が、俺の尿道を何度も何度も舐め上げる。 「んぷぅっ、じゅるっ、ちゅるるぅぅぅっ、あふっ、んはっ、、んふっ、これ好きぃっ」 「先輩、そのまま奥まで飲み込んで?」 「わ、分かった……んっ、んはぁっ、んっ、んっ、じゅるるっ」 「じゅ、じゅるるるっ、ちゅぅぅぅぅっぅぅっ、んっ、んっ、んちゅぅぅぅっ」 先輩が俺のペニスを、ジュプジュプと音を立てながら飲み込んでいく。 「んっ、んはっ、んふっ、のろ、喉に当たって……んはっ、はうっ」 「キツかったら奥まで飲まなくていいですよ」 「んふぅっぅっぅ、いい、いいの、口の中、じぇんぶ、あふっ、熱いので満たされて、んはっ、これ、いぃっ」 うっとりとした表情でそう言うと、リリー先輩が再びペニスを吸い上げていく。 「じゅるるるるるるっ、んぷっ、ぷぁっ、んふっ、じゅるっ、ちゅぱぁっ、んちゅっ、ちゅうぅぅぅうぅ!」 「っ! 奥まで咥えてから、一気にカリ首まで引いて下さい」 「んふっ、分かった……あふっ、んっ、んはぁっ、んっ、んちゅぅぅっ」 喉の奥に当たる程にペニスを咥えてから、ジュルゥゥッと吸い上げつつ一気に頭を引く。 ペニスが先輩の喉で、シコられているような錯覚に陥る程に気持ちがいい。 「んっ、んっ、んちゅっぅぅぅぅっぅっ、れろっ、ちゅぅぅっ、んちゅぅぅぅぅぅっ」 「うぁっ、それ……ヤバいです」 「ちゅるるるるっ、んふっ、れろぉぉぉぉぉぉっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぱぁっ」 俺の反応を喜ぶかのように、嬉しそうな表情でリリー先輩がペニスを吸い尽くす。 「んじゅ、じゅぷっ、れろぉぉぉぉっ、じゅ、じゅるっ、じゅぽぉぉぉぉぉぉぉっ」 「気持ちいいですっ、先輩っ」 「ちゅぷぷっ、私も、んんんん……! 口の中、じゅるっ、擦れて……じゅぱぁっ、気持ちが、いい……んふぁぁぁぁぁっ」 「はむぅっ、あふぅっ、あぁっ、あっ、ん、美味しい、んふっ、あふっ、じゅるるるぅぅっぅぅぅ」 「あふっ、んっ、舐めるの……止まらない、ん、んちゅ、ちゅるるるるるっ、ちゅぱぁぁっ」 夢中と言った様子でリリー先輩の唇が、俺のペニスを貪る。 温かな口腔内で柔らかい舌が、縦横無尽にペニスを何度も何度も舐め上げる。 「んっ、んぁ、んちゅぅぅぅっ、気持ちぃぃ、口の中、いいぃぃっ、ふぁぁぁっ」 「君ので……いっぱいになって……ふぁぁぁっ、じゅるっ、気持ちいぃのぉ……っ、んっ」 「俺も凄く気持ちいいです」 「はむぅっ、ちゅっ、じゅるるっ。たくさん、舐めるから、んちゅじゅるっ、いっぱい、吸うから……じゅるっ、れろおぉぉぉぉっ」 「だからっ、じゅるっ、私の口の中に、んちゅっ、熱いのじゅるるっ、全部、出して? じゅるるるるるぅぅぅっ」 リリー先輩の舌の動きが加速していく。 吸引力も強くなっていき、背筋をゾクゾクとした快感が走っていく。 「っ、んぁっ!」 声を上げた俺を見て、俺の限界を察した先輩が、より一層の激しい刺激をペニスに加えていく。 「カリも、ちゃんと舐めまわすからっ、んじゅっ、じゅるるるっ、尿道が私の口の中で、パクパクしてるぞ……んちゅぅぅぅっ」 「じゅるるるっ、じゅぽぉっ、ちゅっぅぅぅぅぅぅっ! んちゅぅぅぅぅぅっぅぅっ」 「んぁ……、ちゅぱっ、ビクビク震えてる、んちゅっ、このまま……このまま出してっ、んじゅっ、ちゅぅぅぅぅっ」 「ちゅぅぅぅぅっ、じゅるるっ、ちゅぱっ、んっ、んっ、んっ、んちゅぅぅっぅぅぅっ」 「もう……出ますっ」 「じゅっぽぉ、じゅっぱぁぁぁあぁ、ちゅるっ、ちゅぱっ、ちゅるぅぅぅっぅぅぅぅ!!」 「んはっ、んちゅっ、ちゅるちゅるっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」 「っぁう!」 溜まりに溜まった精液が、一気にリリー先輩の口の中へと飛び出していく。 ドクリドクリと脈打つペニスを、最後の一滴まで漏らすまいとでもいう様に、リリー先輩の口がしっかりと咥えこんでいる。 「んちゅっ、ごっくごっく、んく、んくくくくく……んっ、んっ」 「んんーっ、んっ、んむっ、んっ……ごくんっ」 ゴクリと喉を鳴らした先輩は、やっと俺のペニスから口を離した。 「……んぷぁっ、ふぅっ。ふふっ、良質なタンパク源だな」 満足そうに微笑んだ先輩に優しくキスをする。 「んっ、はぅぅっ、ん……んちゅ、ちゅ……んっ」 「ん……、んちゅ、……はっ、んっ」 「んは、ん……ん……んちゅっ、ちゅ……」 唇を離してリリー先輩の髪をそっと撫でた。 「リリー先輩、凄く良かったです」 「ふふっ、だがこれはまだまだ硬いぞ」 「はは、だって先輩の姿がエロすぎですもん」 「乳首硬くなってますね。俺の舐めながら感じてました?」 「そ、それは……」 「脱ぎましょうか、先輩。折角の洋服が汚れてしまうといけないんで」 「そう、だな。……分かった」 先輩は立ち上がるとスルスルとワンピースを降ろしていった。 「こ、この体勢は……その、少し恥ずかしいな」 「リリー先輩の事が良く見えていいですよ。凄く濡れてますね。フェラ気持ち良かったですか?」 「わ、私は……君のを舐めるのが好きだからな」 「ちゃんとチ○ポって言ってくださいよ」 直接的な性器名称を言うのは、やはりまだどこか恥ずかしいらしい。 それでも先輩は俺が言えば、ちゃんと応えてくれる人だ。 「君の……おち○ぽが好き、なんだ」 「よく出来ました」 ご褒美ですと言わんばかりの勢いで、ペニスを一気にリリー先輩の濡れた膣へと挿し込む。 「ふぁぁぁぁぁぁぁっ! あふっ、す、すご、あっ、あぅぅぅぅぅっ」 「先輩の膣内、もうヌルヌルですね」 「あっ、あふっ、んはっ、これ、あぅぅっ、お、奥、奥まで届いて……っんぁああぁぁんっ」 子宮口をコツコツとペニスで刺激すると、膣壁がきゅうぅぅっと締め付けて来た。 「凄い、締まりますっ」 「あはぁっ、んぁっ、おち○ぽ、気持ちぃぃっ、あぁっ、膣内が……膣内がキュウキュウしちゃうっ」 「はぅぅ、んはぁぁあんっ、んっ、あぁっ……いい、いいのぉっ……、んっ、あはぁぁぁんっ」 リリー先輩が喘ぐたびに、形の良い胸がプルンプルンと大きく上下する。 その大きな胸に手を伸ばして、柔らかな肉をグイと揉みしだく。 「はぅぅっ、む、胸っ、あぅぅっ、揉まれるの、あぅぅっ、好きぃぃ……!」 「めちゃくちゃ柔らかくて気持ちいいです、先輩のおっぱい」 「あうっ、あふんっ、大きな手で……あぅっ、包み込まれると、ふぁぁぁっ……気持ち良くて、幸せぇっ、んはぁんっ」 「あ、あはっ……んっ、ふぁぁぁっ、あっ、あぁっ……んっ、んぁぁ……っ」 柔らかな胸の中心で硬く尖っている乳首に指先が触れると、リリー先輩が一際大きな声を上げる。 「ひゃうっ! あぁっ、んはぁっ、ち、乳首……乳首ダメェっ」 「どうしてですか? こんなに硬くなっててクリクリする度に、先輩の膣内収縮してますよ」 「弱いの……! 乳首、触られると……私……っ、あぅっ、あふぅぅぅっ」 「気持ち、よくて……あぁっ、ん……あぁぁぁぁっ、ふぁっ、んはぁっ」 「俺の咥えてた時から、乳首尖ってましたもんね。触って欲しかったんですよね?」 「あふぅぅぅっ、さ、触って欲しかった……けど、急にそんな風に摘まんだりしたらっ、あぅっぅっ」 待ち望んでいた乳首への刺激に、リリー先輩の首筋がじわりと赤く染まっていく。 体の芯から感じてくれている事が嬉しくて、ますます乳首を弄り回す。 「きゃふっ、ふぁっ、はうぅぅぅぅぅっ……あぁんっ、あぁっ、気持ちいぃっ、おっぱい触られるの……いぃっ、いぃのぉっ」 「あぁっ、んっ、んはぁっ、チ○ポ入れられたまま、乳首触られて、もうっ、んあはぁぁぁぁんっ」 「気持ちいいっ、あふっ、あふぅぅぅぅんっ! 気持ちいいよぉぉぉぉっ」 目を潤ませながら快楽を享受している先輩が愛しくて堪らない。 もっと気持ち良くなって欲しくて、胸を触っていた手を、今度は股間へと伸ばす。 「んっ、ぁん」 胸から手が離れた事を残念そうな瞳で見守っていた先輩だが、その体が次の瞬間大きく跳ねた。 「ふぁぁぁ、はぅうぅうんっ! そこっ、クリトリスあふっ、んっ、あぁぁぁんっ」 中指で円を描くようにして、リリー先輩のむき出しのクリトリスを刺激していく。 繋がった結合部からはヌラヌラとした愛液が、これでもかと溢れ出してきた。 「あんっ、あんっ、ああぁぁぁぁっ……んぁ、はぁっ、あぁぁっ」 「このまま動きます」 「だ、だめ……! そこ触られながら、動かれたりしたら……したらぁっ……あっ、あぁぁぁあっ」 「先輩の気持ち良くなってる顔、たくさん見せて下さい」 手の動きを休める事はせずに、そのまま腰を打ち付ける。 「ふぁぁっ、膣内……あぁっ、膣内も外も擦られて……っ、んっ、んぁ、あぁぁぁぁあっ」 「あふぅぅっ、あん、あぁぁぁああんっ、気持ちいいっ……あふっ、気持ちいいぃぃぃぃっ、全部いぃぃぃっ」 「あぁぁあんっ、もう、ダメ……あふっ、私、バカになってしまうっ……あうぅっ、あうっ、あうっ」 リリー先輩はいつも理性的だ。 だからこそ、こんな時くらい頭を真っ白にしてもいいと思う。 「いいですよ、バカになっちゃって下さい」 「ダ、ダメ……、そんなの……っ、あっ、あぁっ、ふぁぁぁぁぁっ、恥ずかしい……っ、んっ、んはぁ」 「み、乱れすぎて……、君に嫌われたくない……っ、ん、んはぁぁあぁっ」 なんて可愛らしい事を言ってくれるんだろう。 「先輩ならどんな姿になっても、俺の気持ちは変わりません……、寧ろ色んな先輩が、見たいです」 奥を突きながらそう告げると、先輩が嬉しそうに目を細めた。 「ほ、本当に……あぁぁっ、本当にいいんだな? あぁっ、はっ、気持ち良さに、身を……あぁっ、任せてしまっても……、んぁっ」 「いいですよ、先輩っ。俺に色んな先輩見せて下さい」 「あぁぁあんっ、ふぁっ、あぁぁあぁっ……気持ちいいっ、気持ちいいの、あぁ……っ、あっ、あっ、あぁあんっ!」 「ふぁっ、んふぁっ、あぅぅぅぅっ! き、気持ち良くて、もう……君のおち○ぽの事しか考えられくなるっ、あうっ、あううっ」 「あぁああっ、擦れてるっ、大きいのが……んっ、私の膣内でいっぱい擦れてるっ、あんっ、あんっ」 「おち○ぽでおま○こ捲られる度に、あぁぁぁんっ、膣内からいっぱい溢れちゃうのっ、気持ち良すぎて、いっぱい出ちゃうぅぅっ」 「リリー先輩の愛液、もう泡立ってますよ。白くてブクブクになってます」 「あふぅぅっ、き、気持ちいいのっ、だって気持ちいいのっ……クリトリス擦られながら奥を突かれるのって、こんなにも気持ちいいのぉぉっ」 リリー先輩から溢れ出した本気汁が、空気と混ざり合って真っ白になっている。 二人の結合部が白く彩られ、その様が視覚的にも俺を高めていく。 「はうぅぅっ、奥、奥に何度も何度も来てるっ、あうっ、あぅぅぅぅぅっ、膣内がヒクヒクしちゃぅぅぅぅぅっ」 「腰が動いてますよ、先輩っ」 「か、勝手に動くのっ、あふっぅぅ、気持ち良くて動いちゃう、あぁっ、ああっ、あぁぁあぁぁぁっ」 「子宮が降りてくるっ、あぁっ、あぅぅぅっ、降りてきてるぅぅぅぅっ」 「っくぅ! 凄いです、先輩の子宮口が……亀頭を撫でてきてますっ」 「もうダメ、もうダメ……あぁっ、イクっ、イク、あぁぁあぁぁぁんっ」 「まだです、まだダメですよ、イッちゃ」 「あぁっ、でも、でもイクのっ、あぁあぁぁんっ、イッちゃうぅぅぅ」 達するのを必死に堪えようと眉根を寄せた先輩だが、ほどなく体が大きく跳ねた。 「あぁっ、あぁあああああああぁああぁあああぁぁぁぁっ」 一際大きく喘いだ後、先輩のがビクンビクンと痙攣する。 「イッちゃダメって言ったのに」 「あふ、あは、んっ、だって……あふぅぅぅっ」 「……このまま動きますね」 「っ! だ、ダメ、私、まだっ」 先輩の制止を聞かずに、一度ペニスをぐーっと引き抜くと、今度は奥まで一気に突き刺した。 ずぷんっという音と共に、先輩の瞳が大きく見開かれる。 「あぁぁぁぁっ! ふぁぁっ、あぁっ、あぁぁぁぁあああああぁぁああぁんっ」 「ふぁぁぁっ、あぁっ、あぁぁぁあああ……、んっ、奥ぅ…………っ、あぁぁっ」 「先輩の膣内、ピクピク痙攣しまくって、凄く気持ちいいっ」 「だって、だってぇ、わ、わた、まだっ、あうぅぅぅぅっ、まだイッてる……! あぁぁああんんっ」 イッている最中に奥までペニスを入れられた膣壁が、これでもかと痙攣しながら俺のペニスを締め上げていく。 「あぁあんっ、んっ、んぁ、か、体も……っ、アソコもビクビク、んっ、止まらない……っ、あぁっ」 「ふぁっ、あぁっ……おち○ぽ……私の、一番深い所にきて……あぁっ、んっ、あぁぁぁあぁっ」 「ひゃふぅぅっ、ダメ、ダメなのにっ、また私……腰が動いてるっ、あは、あはぁぁぁぁんっ」 「いいですよ、先輩の好きなように動いてっ」 「あぁんっ! ふぁぁぁンっ! あッ、んッ! あはぁぁぁぁっ!」 「奥まで突かれて一気に抜かれるの好きぃっ、好きぃっ、好きぃぃぃっ」 呂律が回らなくなってきた舌を突き出して、リリー先輩がキスを求める。 その舌に吸い付くようにしてキスを交わすと、先輩が嬉しそうに目を細めた。 「ん……んっ、んちゅっ、ん……、ちゅぱっ、んっ、……んはぁっ」 「セックスしながらキスするの、あぁっ、凄く幸せぇ……、あぅ、あぁっぅうぅっ!」 再びリリー先輩の胸へと手を伸ばし、達した後の敏感になった乳首を摘まむ。 「あぅぅっ、また、おっぱいまたぁ……触る、あぁぁあぁんんっ」 「先輩、すごくやらしいです」 「あんっ、あんっ、あぅぅっ、き、きみだけだから……っ、ん、んぁっ、……君の前だけだからぁあぁぁっ」 「俺だけ?」 「……君だけっ、……君だから、こんなにやらしくなるのっ、あっ、あぅぅ、あはぁぁぁぁんっ」 「大好きな人の手が、指が、私に……あふぅっ、私に触れるだけで、あぁぁあんっ、気持ち良くて、あふ、あふぅぅぅぅっ」 心底幸せそうにそんな事を言うので、愛しさからペニスがヒクリと痙攣する。 「あはっ、あぅっ、おち○ぽも痙攣してる……私のと、ぁうっ、同じ……っ」 「俺も……そろそろイキそうです」 「イッて? あふっ……そっちもイッて? ん、んぁぁぁっ」 胸を愛撫していた手を離し、リリー先輩の足をより一層高く持ち上げる。 そのまま一気にペニスの抽送を速めていく。 「あぁぁぁんっ、激し、あぁんっ、あふっ、ひゃうっ、ふぁあぁぁああああんっ!」 「すご、たくさん、ズポズポされて……っ、おち○ぽ奥まで、届いて……っ、あぁぁあっ」 リリー先輩の濡れまくった膣壁が、音を立てながらペニスを締め上げる。 大陰唇がめくれあがる度に、ズポズポと湿った音が部屋中に大きく響き渡る。 「あぁんっ、音、音凄いぃ……恥ずかしいのにっ、いっぱい溢れて止まらないの……っ、あぁぁぁっ」 「あぁぁっ、溢れちゃう……っ、んっ、はぁっ、あぁぁぁぁっ、んっ、んんん」 「あふぅっぅっ、ふぁぁぁぁあぁ! おま○こいいよぉ……! あぁぁあっ、はぁっ、んぁぁぁぁ」 「してぇ……、好きなように……たくさん、動いて、あぁっ……、奥、いっぱい突いてぇっ」 望むなら、とペニスをガンガンに突き上げる。 奥まで突いては一気に引き抜くのを繰り返すと、先輩の体に再び力が入って行く。 「あぁぁあっ、私の膣内、全部君になってる……っ、君のでいっぱいになって……、あぁっ、ふぁぁぁっ」 「んんんんっ……あぁあっ、はぁっ、気持ちいぃ……、あぁぁぁあっ」 「俺のが先輩の中に挿入ってるトコ、全部見えてますっ」 「あふっ、あぁあんっ、は、恥ずかしいのに……全部見られてるって思ったら、恥ずかしいのにぃ……っ、あぁっ」 「ああぁああっ、えっちなおま○こ……たくさん見られて、あふっ、あぁぁあぁっ、またいっぱい出ちゃうっ、出ちゃうぅぅぅ」 ジュッポジュッポジュッポジュッポ! 濡れた肉と空気の混ざり合う音が、俺と先輩二人の耳を支配していく。 「音、音すごい……! 凄い音、あぁっ、は、恥ずかしぃっ」 「凄くやらしいです。やらしくて興奮しますっ」 「あ、あふっ、あふふぅぅぅぅぅぅぅんっ! そんな風に言われたら、またたくさん……あぁぁあぁっ」 「あぁぁんっ、恥ずかしいっ、恥ずかしいのに……、んっ、気持ちいいの止まらないっ」 「ふぁぁぁっ、イク、またイッちゃうぅぅ……っ、あぁっ、膣内、擦られて……あぁぁぁっ!」 「たくさん擦られてイッちゃうぅ……! あぁっ、あんっ、あぁぁぁぁぁっ」 「――俺ももう限界ですっ」 「あぁっ! おち○ぽビクビクしてるっ! 私の膣内で、膨らんでる……っ、あぁっ、あぁぁぁあ」 いよいよ限界を迎えたペニスが、熱を帯びて先輩の膣内で痙攣を始める。 「いぃ、いぃのっ…あぁっ、あぁぁぁっ、んふぁぁぁぁっぁぁぁっ、好き、好きぃ……あぁっ」 「あぁぁぁ、ダメ、あぁんっ……イク、ふぁぁぁぁぁっ、んっ、んぁぁぁっ」 「先輩……、もうっ」 「イッて? 私もイクから……、あぁぁっ、だから……んぁっ、君もイッてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇえ!!」 「イク、イキますっ」 最後の何往復かの抽送を開始する。 「あぁぁぁあっ! ふあぁあぁっ、イッて……イッてぇぇぇえっ! あぁぁぁあぁっぁあああんんっ!」 「ふぁっ、あぁぁっ、あぁぁぁんっ……、はぁっ、んっ、はぁぁあぁぁっ、イク、あぁぁっ」 「私も、あぁっ、私……も、もう……あぁあぁっ、イっちゃうゥゥゥゥうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅ!!」 「――――出ますっ」 「あぁぁああぁぁあああああああああああああああっぁぁぁぁあああぁぁんっ!」 限界を迎えたペニスをズルリと引き抜いて、リリー先輩の腹部へと射精した。 ドクッドクドク! っと脈打ちながら放たれた精は、腹部だけでなくリリー先輩の胸まで飛び散った。 「あふ……んっ、はぁ……、あぁっ、黛の、たくさん、かかってる……んはっ、あぁっ」 「黛の匂い……くん、すはぁ……っ、あふぅ、黛の匂い、幸せぇ」 「ん……、んはぁ……はぁっ……はぁっ、ん…………っ」 目を閉じながら体にかかった精液を、確かめるように指先でなぞり上げるリリー先輩の頬に優しくキスをした。 「ん、んぁ……んっ、黛……、私……幸せぇ……」 「俺も同じです」 リリー先輩をそっと抱きしめると、先輩は嬉しそうに微笑みながら目を閉じた。 「ま、待ってくれっ……いくらなんでも、いきなりすぎるっ……」 やや強引に先輩の衣服をはぎ取り、そのまま胸や股間といった大切な箇所を露出させる。 「きゃうっ、ぁ……っ」 「俺に任せて下さい、先輩」 「任せろと言っても、こんな格好は……これじゃあまるで、犬が……その……」 壁に寄りかかるようにして立つ先輩の片足を、ぐいっと抱え上げた。 そうすることで、リリー先輩は必然的に大股開きの体勢になり…… 「犬が、なんですか?」 「……な、なんでもないっ……」 俺の位置からだと、二人の結合部が丸見えな状態だ。 戯れ程度のイチャツキで、すでに半勃ちになっていた俺のペニス。 制服を身にまとったままの先輩が、性的な部分だけを露出させている光景を目の当たりにして、それは即座に硬化していく。 「ま、待て、まだ早いっ……」 「分かってます、だから……」 「ひゃっ……!? あっ、ん、んんっ……」 硬さを帯びた自らのモノで、先輩の秘裂を擦っていく。 「な、なにを……ん、んぁっ……あっ、はぁっ……」 「先輩と、エッチするための準備です」 「は、ハッキリ言わなくていいっ……! それに、こんなやり方でっ……んんっ……!」 熱のこもったペニスを、割れ目に沿うようにゆっくりと動かす。 「だ、ダメだ、こんなっ……また、焦らすようなことをして……」 「焦らしてるんじゃなくて、準備ですってば」 「う、うるさいっ、似たようなものだろうっ……! んっ、ひゃっ……あっ、あぁっ……」 水菓子のような感触の襞が、クチュクチュと擦れるだけで……下半身が痺れそうになってしまう。 「んっ……んぁっ……あぁっ……」 互いの性器を擦りつけ合う、背徳的でマニアックなプレイ。 「ひゃううううっ!?」 割れ目の少し上、鮮やかな色をした突起に亀頭を押しつけたら、先輩の身体がビクンと震えた。 「ん、んぁっ、そこはっ……く、クリはっ……」 「先輩が、一番感じてくれるところですよね」 「そ、それは……んんっ! あっ、あぁっ……ん、んぁあっ……」 竿の部分で襞を擦りつつ、俺の先端と先輩の陰核を何度もキスさせる。 「や、やぁっ……こ、こんなっ……あっ、んっ、んぁっ……硬いのが、当たってっ……んんっ……!」 やがて、その行為を続けているうちに……段々と、自分の竿が粘膜に濡れていくのが分かる。 それは言うまでもなく、先輩の秘裂から湧き出てきた愛液が絡みついたものだ。 「はぁ……はっ、んっ……んぁっ……あぁぁ……」 先輩の口から困惑の声が漏れ、その視線には哀願の念が見てとれた。 俺としても、すっかり準備は出来ている。身体の方も、心の方も。 「先輩っ……」 リリー先輩の太ももを抱え直してから、俺はゆっくりと重心を前に移動させ―― 「んっ……ん、んぁっ……あっ、あぁっ、あぁああああぁぁっ……!!」 先輩の中に、熱くなったペニスをねじ込んでいく。 「あぁっ……大きいのがっ、私の中にっ……ん、んんっ……はっ、あぁっ……」 「ズプ、ズプってっ……入って、きてっ……ん、ふぁっ……! あっ、あぁっ、あぁんっ……!」 内側を押し広げるように、ゆっくりと、深く。 「んぁっ……この瞬間は……何度味わっても、緊張するっ……んぁっ、あっ、あぁっ……」 その緊張が現れているのか、ヒクヒクと震えながら異物に絡みついてくる先輩の膣壁。 でも、先輩の言うとおりだ……今日までに、こうして何度か身体を重ねてきたけれど…… 「んんっ……はぁっ、あっ、あぁんっ……! んぁっ……あっ、あぁっ……ふぁっ……」 二人がひとつになる瞬間は、いつまでたっても特別なものに感じられる。 「はっ、はぁっ、あっ……ん、んんっ! んんんーーーーっ!!」 奥へと進むにつれて窮屈になるのを感じながら、最後の一押しを少しだけ強引に。 「んっ、はぁっ……あっ、あぁっ……全部、繋がってる……おち○ぽと、私のおま○こが……」 根元まで密着したのを確認してか、莉璃先輩がどこか嬉しそうに目を蕩けさせた。 「この格好だと、繋がってるところがよく見えますね」 「わ、分かってる……いちいち口に出すな」 「先輩のいやらしいおま○こに、俺のモノが――」 「口に出すなぁーーーーーっ!!!」 顔を真っ赤にして、イヤイヤと首を振りながら暴れる先輩。 先輩って、エッチの時は可愛らしさが倍増するから……ついついからかいたくなっちゃうんだよな。 「まったく……行為の最中に起こっている事を口に出すなんて、どれだけスケベなんだ、お前は……」 「先輩の身体がエロすぎるから、俺もスケベにならざるを得ないんですよ」 「全然誉められている気がしない……失礼なヤツめ」 ん……待てよ。 「先輩、それいただきましょう……!」 「へ……?」 「今からするエッチで、先輩が感じたことや思ったことを、逐一口で説明してください!」 「なっ……な、なっ……!?」 「ほら、よくあるシチュじゃないですか。『自分の口で説明してごらん』みたいな」 「よくあるシチュと言われても、そんなの私が知るわけないだろう! あっ、ちょっ……!」 「バ、バカっ……! 会話の最中に、動くなぁっ……! あっ、ん、んんっ……! ひゃぁんっ!」 抵抗気味の先輩をこちらのペースに巻き込むべく、唐突に腰を前後させる。 「お願いします、リリー先輩……! その方が、お互いに興奮できると思います!」 「っ……! わ、分かった! 分かったから、そんな目で見るなっ……もう……」 よし! 言ってみるもんだ! 「じゃあ、お願いします……!」 「ひぁっ……!? あっ、あぁっ……ん、んぁっ……はぁっ……ん、んんっ……え、えっと……」 先輩の反応に期待しつつ、抱えた足を抱き寄せるようにして突き上げる。 「んぁああっ! あっ、はぁっ……、んぁっ……あ、熱くて硬いおち○ぽが……ん、んんっ……!」 「わ、私のおま○こに、出たり入ったりを繰り返してっ……んっ、はぁっ……あっ……あぁああっ……」 羞恥心で頬を染めながら、それでも俺の要望にしっかりと応えてくれるリリー先輩。 「お、おち○ぽっ……今でも、充分おっきいのに……まだ、私の中で、ムクムクって膨らんで……」 「その大きさも、温度も……あと、時々ビクンって脈打つのも……全部、おま○こに伝わってくるっ……あっ、んっ、ふぁっ……!」 その献身的な姿勢と、耳から伝わるいやらしい情報が手伝って、ますます下半身が熱くなっていく……! 「ひゃぁああっ!? あっ、ん、んんんっ!」 「ほら、先輩っ! お願いしますっ……!」 「そ、そんな事を言ったって、いきなり激しくされたらっ……! あっ、あぁっ! んぁっ、ふぁああっ!」 抽送の速度と強さを上げることで、衣服からこぼれた先輩の巨乳が激しく揺れる。 「ああっ! だ、ダメっ……! おっぱい揺れちゃうぅっ! んぁっ! あっ、あぁっ……!」 突き上げる度に大きな軌道を描くそのおっぱいを見ていると、理性がどこかに吹き飛んでしまいそうで…… 「おち○ぽ激しくなってぇっ、中でいっぱい擦れてるぅっ……! あっ、んぁっ、はぁっ!」 「君の、おち○ぽっ……! カリのところがっ、おま○こに引っかかるのぉっ……! それがっ、気持ちいいのぉっ!」 その言葉を意識して、腰の位置を上向きに調整しつつピストンを続ける。 「んぁああっ! そうっ、それぇっ! そこっ、そこいいのぉっ! いっぱい引っかかってっ、いっぱい感じちゃうぅううっ!!」 「愛液と我慢汁で、グチョグチョになった私のおま○こぉっ! おち○ぽでメチャクチャにされてぇっ、おかしくなっちゃうぅううっ!!」 今までよりも早い締め付けの強まりに、思わず背筋が張ってしまう。 さっきのお願いは、あくまでも先輩の口からいやらしいことを聞きたいっていう気持ちからのものだったけど…… 「んぁっ、あっ、あぁあああっ! ふぁっ、あっ、んんっ……! んっ、んぁっ! んんんんーーーーーーーーっ!!」 自分の口で説明することで、先輩自身も興奮してくれているのかもしれない……! 「ひゃううううっ……! あっ、あぁっ! お、おま○こっ、ビクビクって震えてっ……! あっ、んっ、んんっ!」 「おかしくなりそうなのにぃっ、おち○ぽズボズボされてるぅっ! ダメっ、ダメぇっ! もうダメだからぁっ!」 涙目になり、口の端からは涎を垂らすほどに快感を覚えている先輩。 そんな先輩と一緒に達したくて、無我夢中に腰を振る。 「ひゃぁああんっ!? あっ、んっ、んんんっ! 奥っ、一番奥まで届いてるぅっ!」 「硬くてっ、熱いおち○ぽきてるぅうう!! 私のぉっ、子宮に届いちゃってるぅううっ!!」 亀頭に感じる、コリッとした感触っ……これが、先輩のっ……! 「ひぐぅっ……! あっ、あぁっ! もうっ、もうダメぇっ……! 無理っ! もう無理ぃっ! イッちゃうっ! イッちゃうぅっ!」 「先輩っ……! このまま、一緒にっ……!」 「うんっ! 一緒っ、一緒がいいっ!! このまま、繋がってっ……! ふぁああっ! あっ、ん、んんっ! んぁあっ!」 下半身に渦巻く射精感を、先輩の中にっ……! 「んぁあああっ! あっ、あぁっ! おち○ぽぉっ! おち○ぽでおかしくなるぅううううっ!!」 「おま○こかき回されてぇっ! こんなっ、犬みたいな格好でっ、めちゃくちゃにされてぇっ!!」 「イくっ! イッちゃうっ、イッちゃうぅうううっ!!! イクイクイクイクイクぅううううううううっ!!!!!」 「ふぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」 ――先輩の大絶叫が部屋中に響き渡り、下半身が熱く弾けた。 「んんんんんっ……! んぁっ、あっ、はぁっ……! おっ……はぁっ……はっ、んんっ……!」 地面に着いた方の足をガクガクと震わせながら、盛大に愛液を噴き出した先輩は…… 「あっ、あぁっ……ん、んんっ……あぁっ……熱いのぉっ……きて、るぅっ……」 痙攣する膣内の締め付けで、俺のペニスが吐き出す精液を飲み干していく。 「一番、奥までぇっ……いっぱい、注がれてぇ……ん、はぁっ……あっ……ふぁっ……」 脈打つ自分のモノから、際限なく発射されていく白濁液。それを一身に受け止めてくれる先輩の秘裂から、二人の愛液が溢れ出てきた。 「あ、あぁっ……せっかく、中に出してもらったのに……」 ほんのりと汗ばんだ先輩の太ももを、白く濁った粘液が伝い落ちていく。 それが白く泡立っているのが、行為の激しさを物語っていた。 「はぁ……はっ……」 それから、しばらくの間……俺達は互いに繋がったままで、乱れた呼吸を整えた。 「……黛と一緒にいると、教育上よろしくない知識がいっぱい増えてしまいそうだ……」 「ど、どういう意味ですか」 「彼女に状況説明をさせながらのプレイ、などと……また一つ、黛の心の闇を覗いてしまった」 「闇、とか言わないでくださいよ……あくまでも興味というか、好奇心というかですね……」 「まあ……その、なんだ……別に、悪くはなかったが……」 そう言って、ばつが悪そうに視線を逸らす先輩。 そんな先輩の頬が、ほんのりと赤く染まっているのを見て…… もう何度目だか分からないくらいに、先輩を好きな気持ちを再認識したのだった。 「はむ……んちゅ……ちゅぅぅっ、……みの、咥えるの……むちゅぅぅっ、好きぃ……っ、んちゅ、じゅぽっ、じゅるぅぅっ」 こちらにお尻を向けたままのリリー先輩が、頭を上下に動かしている。 動く度に唇がめくれ上がりながら、たっぷりの唾液と共に俺のペニスを包み込んでいく。 「んちゅぅぅっ、じゅっ、じゅぽっ、んっ、んっ、んっ、んんんっ、じゅるるるるっ」 「先輩、激しすぎますって」 「んちゅるるっ、ちゅるるっ、んじゅるるうぅぅぅっ、いいぞ、イッても、んちゅっ、じゅるるる、じゅっぽぉぉぉっ」 これほど激しくされるとイこうと思えばいつでもイケる状態にはなるが、こんなに早く射精してはつまらない。 リリー先輩の激しさを緩めようと、目の前にあるショーツをずらす。 ニチャッという濡れた音を出しながら、ショーツが糸を引いている。 「……めっちゃ濡れてますね」 「んじゅるっ、じゅっ、じゅるるっ、……君の、おち○ぽ、じゅるるっ、好き、だからぁ……っんっちゅっ、ちゅうぱぁぁぁっ」 「俺もリリー先輩の事、気持ち良くしますね」 「んふぅぅっぅっ、じゅぽおぉぉぉっ、ん、ん、んじゅるぅぅっぅぅぅっ」 滴り落ちそうな程に濡れたリリー先輩の性器に口を付け、そのまま音を立てて吸い上げる。 「じゅっ、じゅるっ、じゅぷぷぷっ、じゅるうぅぅっ」 「んはぁっ! お、音を立てるなぁ……! あ、あぁ、んはぁっ」 「じゅる、ちゅるるぅるるぅるぅるるるっじゅるっっっ!」 「あふっ、音……あぁんっ、恥ずかしいぃっ……あぅっ、んっ、ちゅちゅうぅぅっ」 抵抗するように浮かせようとしたお尻を手で押さえつけて、なおも性器を吸い続ける。 リリー先輩もそれに負けまいとするかのように、より一層激しくペニスに吸い付いてくる。 「じゅるっ、ちゅっ、ちゅるっ、凄いですよ、吸っても吸っても、じゅるるっ、どんどん溢れてくる……っんんん」 「ひゃふぅっ、んちゅ、ちゅるるっ、そっちこそ、カウパー凄い……んちゅぅぅっ」 「ちゅぅぅっ……口の中が、……おち○ぽの味で、んじゅるっ……いっぱいだ、ちゅぷぅぅっ」 「んじゅ、じゅるっ、リリー先輩も……んちゅ、もうクリトリスが勃起してますよ、んじゅるっ、ちゅぅぅぅぅっ」 「ひゃぁん! そこ吸っちゃだめぇぇぇぇっ、あぅっ……ふぁ、ひゃぅぅうぅんっ」 「ぺろぺろぺろ、じゅるるぅぅぅっ、クリトリス、ピクピクしてますね、ちゅるううぅぅっっ」 「あ、あぅっ! あふぅんっ! 気持ちいぃ……気持ちいぃよぉ、あぁっ。あうっ! あぁんっ」 「じゅるるっ、ちゅるるるっ、べろべろべろべろ、じゅるるるっ」 「あ、あふ、あむっ、わ、私もちゅるるっ……もっと気持ちよく、べろ……する、じゅるるるっ、ちゅぅぅぅっ」 「ちゅっぽちゅっぽちゅぽぉっ、じゅるるるっ、ちゅるっ、ちゅっ、じゅぅぅぅっ」 先輩のストロークが再び激しくなる。 それに合わせて俺も、舌の動きを激しくする。 「じゅるるっ、べろべろべろべろ、じゅぷっ、じゅるるっ、先輩のジュース、凄いいっぱい……じゅるるるっ」 「あふっ、あんっ、あふぅっぅっ……ちゅるるるっ、じゅるるっ……ちゅっぽぉぉぉ、んんんんっ」 「全部吸ってあげますね、じゅるるるっ、じゅぷぅぅぅぅっ」 「ああぅっ! んふ、んぁ、あぁぁぁんっ……ちゅるるるっ、あふんっ」 「ふぁっ……舌ぁ、凄い……んっ、あぁうっ……感じちゃうっ……いっぱい感じちゃうぅっ」 気持ち良さに何度も口を離しながら、それでもフェラチオを続ける先輩。 そんな先輩をもっと気持ち良くしたくて、先輩の性器の中へと中指を沈めていく。 ぬぷぬぷ、ぬぷんっ。 湿った音と共に、中指が軽々と飲み込まれていく。 「ふぁうっ……! あぁっ、んんんんっ、んちゅ、ちゅゅっぷ、じゅるるるっ、んはぁ、んちゅぅぅぅぅっ」 なおも夢中でペニスを咥えるリリー先輩の膣壁を中指でグニグニと擦っていく。 ザラリとしたGスポットを探り当てると、そこを重点的に押すようにする。 「ンハァッ! あぅっ、あっ、そ、そこ……そこ、あぁぁぁあんっ」 「先輩、もう舐めてくれないんですか?」 「あふっ、あんっ、あぁっ、な、舐めるぅ、舐めたいぃ、けど、あぁっ」 グニグニグニッ。 リリー先輩の唇がペニスに届きそうになった時に、再びGスポットを強く刺激する。 先輩の背中が仰け反って、再び大きく喘ぐ。 「そ、それされると、あ、あぁっ、舐められないっ、んはぁっ……気持ち良すぎて、……んっ、舐められなくなっちゃうぅっ」 「ここですか?」 「ふぁぅぅんっ! あぅっ、そ、そこ、そこいいの、あぁっ、良すぎるのぉぉ、あぅっ、あぅっ」 「先輩のGスポット、もっと刺激してあげますね」 「ダメェ、だって舐められなくなっちゃうっ。ソコ……気持ち良すぎて、んっ、んぁっ、おち○ぽ咥えたいのに出来ないのぉぉっ、ふぁぅぅぅんっ!」 先輩からの刺激が緩んで、俺の方にも少し余裕が出てくる。 もっと気持ち良くしようと、性器に指を入れたままクリトリスに舌を付ける。 「きゃふぅっ! あぅっ、ダ、ダメ、それ……っ、あぅぅ、膣内に指入れられたまま……そんな風に舐められたらぁんっ、あぁぁっ」 「じゅるるるるっ、じゅるっ、ちゅぱぁっ」 「あぁっ、んっ、気持ち良すぎるぅぅ……あふぁ、あぁ……っん、あっ、あぁぁぁあぁんっ」 すっかりフェラが出来なくなった先輩が、今度はゆったりとした手つきでペニスをそっと握った。 「んぁぁっ、はぁっ、手、手でぇ……手で、するからぁ、……あぁ、ふぁっ、あぁっ」 俺からの責めに抗うように、ゆるゆるとペニスを握った手を上下させる。 「……君の、好きな、んっ……あはんっ、カリのとこ、ああぁ……いっぱい擦るから、あぁっ、あぅっ、はぁぁっ」 「ちゅっぽぉ、ちゅるるっ、ちゃんと唾液でしっかり濡らして……おち○ぽ……んっ、ジュプジュプにするからぁっ」 先輩が口の中にペニスを含んで数回ストロークした後、唾液が絡みついたペニスをゆっくりと扱き始める。 「んふ、んぁ……あぁん、硬くて、ビクビクしてる……んはぁぁんっ、あふぅぅぅ」 「俺も……もっと気持ち良くします。じゅるるっ、ちゅぱぁぁぁっ」 吸い付くようにクリトリスを刺激しながら、指で先輩の膣の中を穿り回す。 指を動かす度にジュポジュポとした音が響き渡り、溢れ出た愛液が俺の顔を濡らしていく。 「あふっ、あふぅぅぅっ気持ちぃぃ……! 膣内ぁ、んっ……弄られながら舐められると、もうっ、あぁっ」 「じゅるるっ、先輩……ヒクヒクって痙攣してますよ。ちゅっ……イキそうですか? ちゅるるっ」 「イク、イッちゃう……もう、あぁぁっ……んっ、あふっ、あふっ、あふぅぅんっ」 「お、お願い、君のもいっぱい擦るから、あはぅっ……わ、私だけじゃなくて、あああ……一緒にイって、一緒がいいのぉっ、あぁぁっ」 「じゅるるっ、じゃあもっと擦って下さい、じゅるるるるうっ、じゅぷぅぅっ」 「ふぁうっ、ふぁうっ、あぅぅっ! わ、分かった……! ちゃんと擦る、からぁぁぁっ……んっ、ん、んぁっ」 快感に震える手で、リリー先輩が必死にペニスを刺激する。 そのたどたどしさが興奮を高め、刺激はさほど強くないのに、どんどん射精感が高まっていく。 「じゅるるっ、ちゅるっ、じゅぱぁ、れろれろれろれろっ」 「あぁふぅぅっ、あんっ、好き、好きぃ、あふっ、あぁっ、ひゃふぅぅぅぅっ」 ジュポジュポジュポジュポジュポッ!! 指の動きを激しくするとクリトリスの痙攣が激しくなった。 俺ももう出そうだ――ッ。 「あぁぁぁああんっ! も、もうダメ、イク、イッちゃう、私イッちゃう……指で……あぁっ、イクゥッ!」 「俺もイキますっ」 「たくさん……擦るから……っ、あぁっ、んっ、あぁっ、君の硬くて熱いの……、いっぱい擦るから……っ」 「だから……あぁっ、イッて……、あぁぁあっ、私と一緒にぃ……、ん、んぁ、あぁぁっぁあぁぁっ」 「イッて……イッてぇぇ! あふぁあぁぁぁんっ、あぁっ、あぁっ、あぁっ、イク、イクぅぅぅぅぅっ!!」 「……っ!!」 ドピュドピュと勢いよく精液が飛び出していく。 「あふ、いっぱい出てるぅ……ふぁぁぁぁっ、ん……はぁっ」 リリー先輩は顔にかかった精液をすくうと、口元に運んでぺろりと舐めた。 「あふ……温かい、精液……ちゅるるるっ、ちゅぅぅっ……ん、……ふぁ」 精液の味を堪能している先輩の腰に、静かに手を当てた。 「先輩、そのまま体を起こして下さい」 「ん……? こう? んぁ……」 体勢を少しだけ整えて、身体を起こしたリリー先輩に、下からペニスを突き刺した。 「きゃぁっ!? ひゃ、ひゃぁぁぁん……! イッたばっかなのに、あ、あぁ……おっきいの挿入ってるぅぅぅっ」 「足、ちゃんと開いて」 「あふぅっ、足、開くと……あぁっ、お、奥まで来て……っ、あぁぁぁんっ」 言われた通りに足を大きく開いたリリー先輩の胸に手を伸ばし、そのまま大きく揉みしだく。 「あぁぁっ、あぁっふぁぁ……お、おっぱい、そんな風に……揉んじゃ、あぁっ!」 「乳首勃起して、ツンと上向いてますね」 「だ、だって……触って欲しかったの、大好きな人に、触って欲しかったのぉっ」 「じゃあご希望通りにいっぱい触らないとですね」 柔らかな胸は俺が揉む度に形を変える。 その中心にある硬い突起を指ではじくと、先輩の身体がビクリと揺れる。 「ひゃうっ! あ、あぁっ、あふぅぅっ」 「乳首好きですよね」 「あふっ、あ、あぁ、好き、好き、乳首好きぃっ……あんっ、あぁぁっ、あはぁっ」 「先輩好きな所ばっかじゃないですか」 「らってっ……乳首もおっぱいもクリトリスもおま○こも……全部好きなのっ、き、君に触られるところ……全部好きっ、あぁふっ」 「ふぁぁぁっ……全部、あぁぁっ、全部良くて……あぁっ、あんっ……ふぁぁぁ、はぁっ」 「こんな先輩、イヤ? こんなダメな先輩だけど……んっ、嫌わないでぇっ。あぁっ、ふぁぁぁっ……んっ」 「むしろ大好きです」 「あふぅぅ、嬉しいっ……エッチな先輩でも……んっ、好きでいてくれるの……嬉しいぃっ」 顔に纏わりついたままの精液もそのままに、俺の上で先輩が乱れているのがたまらない。 「リリー先輩、そのまま先輩が動いてみて下さい」 「ふぁぁっ……、わ、私が? んっ、はぁ……っ」 「はい、先輩のいいように動いて?」 「う……わ、分かった……あぁっ……んんっ、んぁっ、はぁっ」 一度大きく息を吐いた後、リリー先輩が腰を浮かしてペニスをズルリと引き抜いていく。 カリ首を膣にひっかけるようにして動きを止めると、今度は一気に腰を下ろし、先輩の膣壁に根本までペニスが包み込まれる。 「あふぅぅっ! 奥、奥まで一気に、あぁっ、こ、これ好きなのっ、あふっ、ひゃうぅぅっ」 「こうして、一度ずるぅって抜いて……んっ、んぁ……っ」 「はぁ、あぁああん! 一気に奥まで届くの好きぃ……好き、好きぃっ」 「ふぁぁぁっ、んっ……あぁっ、はぁっ、あぁ……、んっ、んぁぁぁぁんっ」 リリー先輩が喜びに体を仰け反らせながら、何度も何度もペニスを抽送する。 「あんっ、あんっ、ふぁうっ……気持ちいい、……君のおち○ぽいいっ、あ、あぁっ、あぁっ」 「はぁっ、んっ……君もいい? あぁっ、私のおま○こいい? あぁっ……あふっ、あぁぁああああんっ」 「凄くイイですっ、先輩っ」 「良かったぁっ……あふっ、あふっ、あぁあんっ! おち○ぽいっぱい擦るからっ……、んっ、私の膣内でいっぱい擦るからぁっ」 「ふぁぁんっ! きゃうっ、あうっ……な、なんか君のおち○ぽで自分を慰めてるみたいっ……自分の気持ちいい所擦りまくってるの、私ぃっ」 「いいですよ、先輩っ。俺のチ○ポで気持ち良くなって下さいっ」 「なるっ、なるっ……気持ち良くなっちゃぅっ、あぁぁんっ! んんっ、んはぁっ」 「Gスポットに当てて……あはっ、んっ、……亀頭が引っかかって、んぁっ、気持ちいぃのぉっ」 リリー先輩が喘ぐたびに、膣壁がきゅうきゅうと締まってペニスに絡みついてくる。 「あふぅっ、気持ちぃぃっ、あうっ、あうぅっ、あんっ、あぅぅっ」 「ふぁぁぁっ、ん……はぁっ、はぁっ……あぁぁっ、いぃ……んっ」 あのDVDを見たせいか、リリー先輩がいつも以上にエロい気がする。 何度も何度も尻を打ち付けながら、ズポズポとペニスを飲み込んでいく。 「あぁあぁっ、あぅっ、あぅっ、ひゃううぅぅっ、擦れてるぅっ、膣内ぁ、擦れてるぅうぅっ」 喘ぐリリー先輩の乳首を再び刺激する。 リリー先輩はうっとりとした声をあげながら、俺の手に身を任せる。 「ひゃぅぅぅっ。おち○ぽズポズポして、乳首触られるの好きぃ……あぁっ、体全部が気持ちよくなるぅぅっ」 「あぁぁんっ、いいっ、いいよぉっ。あふ、あふ、あふぅぅぅぅんっ」 溢れ出た本気汁が真っ白くなって、リリー先輩の太腿を濡らしていく。 「長い指がおっぱいフニフニってする度に、キュンキュンするのっ……あぁっ、体の奥からキュンキュンしてくるのっ」 「あぁっ、おっぱい揉まれて、幸せぇ……ぁふっ、んっ、……指、好きぃぃっ」 「俺も……先輩のおっぱい触るの気持ちいいですっ」 「あはっ、嬉しいっ。いっぱい触って? いっぱいいっぱい触って、いっぱいいっぱい好きになってぇ」 「好きです、大好きですよっ」 「私も好きぃっ、おち○ぽもおち○ぽ入れたまま、あぁっ……おっぱい触ってくれる指も、全部好き、好き、好きぃっ」 「じゃあチ○ポ入れたままクリトリス触られるのは?」 「あふっ、好き……それも大好き! ひゃうっ、あぁっ、クリ擦られるの大好きぃぃぃっ!」 それならと今度は中指でグリグリとクリトリスを刺激する。 「ひぅぅうんっ! あっ、あぁっ、気持ち、い、あぁぁぁんっ」 「ふぁぁぁっ、あぁっ……気持ち、よくてぇ……あぁっ、こ、腰が震えちゃう……っ、はぁっ」 「クリトリス刺激したら、先輩の膣内が痙攣して……凄いっ」 「弱いの、弱いからぁっ……クリ触られるの弱くてっ、あぁあうっ!」 円を描くようにクリトリスを刺激すると、リリー先輩の背中が大きく仰け反った。 「それ気持ちよすぎぃっ、あぁぁあうっ! いいっ、いいっ、いいのぉぉっ! きゃふぅぅっ」 「一番ビンカンなトコ……あぁっ、指で……挟むみたいに、刺激されて……あぁぁぁっ」 「感じ過ぎちゃう……っ、あぁっ……はぁっ、はぁっ、あはぁぁっぁぁぁんっ」 「先輩のマ○コ凄い絡みついてきますっ」 「気持ち良くっておち○ぽ離したくないのっ! あぁっ、膣内が……きゅうきゅう言いながら、んっ……締め付けちゃうのっ」 「あぁぁっ、震えてる……私の膣内ぁ、収縮して……あぁっ、んっ、あぁぁぁぁっ」 「私……っ、あぁっ、……君ので……いっぱいになってるっ、んはぁぁっ、あぁぁぁっ」 「おま○この形が、んっ、……っみの形になってるぅぅぅぅっ……全部、全部、君のものなのぉぉっ、あふっ、あふっ、あぁっ!」 リリー先輩の背中が大きく仰け反る。どうやらイキそうみたいだ。 「あぁっ! ヌルヌルのおま○こにおち○ぽズポズポしながら……あぁっ、クリ触られて、もうイキそうっ、あぁっ、あうぅぅっ」 「さっきイッたばっかりなのにぃ……あぁっ、またイクぅっ、私、またイッちゃうぅぅっ」 「いいですよ、イッても……っ!」 「んはぁっ、あぁっ、で、でも……あぁぁっ、んっ、あはぁぁっぁぁっ」 「わ、私だけイっちゃう、ダメ、あぁ、でもイク、イク、我慢できないっ、イクゥゥゥゥッ!!!!」 ビクンビクンと体を痙攣させながら、リリー先輩の身体が弛緩していく。 だが休憩を許さずに、勃起したままのペニスをそのまま下から突きあげる。 「きゃふゥゥゥゥッ! まだイッてるのにぃっ、膣内ぁ痙攣してるのにぃっ、下からいっぱい突かれてるっ」 「あはぁぁっ、ダメ、イキっぱなしになっちゃうっ! あぁぁあっ! イキっぱなしのおま○この奥までズンズンきちゃってるぅぅぅっ」 「……っ! くぁっ、すごっ」 イキ続けている膣が、これでもかとペニスを締め上げる。 膣壁と言う膣壁全てが痙攣して、ペニスに触れている恥肉の全てが精液を貪ろうと喘いでいるみたいだ。 「ひぅっ! ひぅっ! ひぁっ! あぁっ、あぁっ、あっふぅぅうぅぅぅぅっ!」 「らめっ……あぁっ、きもち、あぁぁ……いぃぃっ、んっ、んはぁっ、あぁぁぁぁっ」 「あぁぁぁあぁんっ! あふっ、んぁっ、あふぅぅっ、イク、あぁっ、また、ああぁぁぁっ、またイク、あぁぁんっ!」 言葉にならない声をあげるリリー先輩に、なおも執拗にペニスの抽送を繰り返す。 「まだまだ……行きますよ、先輩……っ!」 「あぁあっ! ひゃうっ、あぁぁっ、ひん、ひぁぁぁぁんっ! あふっ、あふっ、んんんぁぁああぁんっ!!」 「あはぁっ……たくさん、キテるぅぅ……っ! あぁっ、はぁっ、奥まで、あぁぁぁぁっ、キテるぅぅっ」 先輩が喘ぐ度に膣がキュウキュウと鳴き声をあげながら、ペニスを根元から締め付ける。 「……っ、すご……っ」 「ふぁぁぁぁっ、あぁっ、あんっ、あぁぁぁぁぁっ!」 かつてないほど圧縮にペニスが痙攣をはじめ、限界を悟った俺はさらに抽送を激しくする。 「きゃふぅぅっ! すごぃ……これすごぃぃっ! あぁっ……おち○ぽが膣内でビクビクしながら……来てるぅっ、あふっ」 「ビクビク震えながら……あぁっ、奥まで届いてるっ! 子宮にゴツゴツ当たってるのっ! あうっ、あうっ、あぅぅぅっ!」 「こんなの……あぁっ、凄すぎて……、私……あぁっ、はぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁんっ!」 「先輩、俺もう……!」 「来て、来て! 膣内に出してっ! んっ、んはぁっ……私の膣内に……いっぱい出してぇぇぇっ!」 「な、膣内に、いいんですかっ?」 大胆な発言に心が跳ねる。 「いいのっ、いいのぉぉっ、膣内に欲しいっ、膣内に欲しいのっ……あぁぁんっ!」 「君のせーし、膣内に欲しいぃぃっ! ん、……んはぁっ、欲しくて膣の痙攣止まんないのっ!」 「だから、だからぁああぁあんっ! 膣内に出してぇぇぇっ、膣内に出して、私でイッてぇぇぇえっぇっ」 「……分かりましたっ」 このまま出していいのならと、何も考えずにただひたすらに腰を振る。 「ふぁぁぁっ、あぁっ、あぁっぁあっぁああああん! ん、んぁ……っ、ふぁぁぁぁっ」 「あぁっぁああ、すご、あぁぁっ! 激しいっ、ズポズポされてあぁああぁっ、またイク、イク、何回イッたか分かんないっ」 「分かんない位イッたのに、またイク、またイクのぉぉぉっ!」 「……先輩っ!」 「あぁ、ふぁぁぁぁ……っ! あぁぁっ、好き、好き、好きぃ……っ! 大好きぃぃぃっ」 「ん、んはぁぁぁっ、ふぁぁぁぁぁあぁぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁああっ」 このタイミングで可愛らしく好きと言われてはリミットだ。 「あぁぁぁぁっ、あぁぁぁっ、んはぁぁっ、イク、イク、あぁぁぁぁあぁぁっ」 「俺も……出ますっ!」 「ふぁあぁぁぁぁぁぁぁああっ! イッテぇぇぇ、ん、んぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっ」 「あぁぁぁっ、イクゥううぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅっ! あぁぁあぁぁっぁっぁぁぁっ!」 ドクドクと脈打ちながら、リリー先輩の膣内へと一気に精が放たれる。 「あ……あふ……、あふんっ。……出てる、いっぱい……私の膣内……」 「黛の精液、熱いのキテる……、あふっ、あぁっ、おま○こが収縮しながら、精液飲み込んでるぅ……」 「あ、あふぅぅん……あは、あっ、中出し気持ちいぃ……っ、大好きな人に膣内で出されるの、気持ちいぃ……!」 うっとりとした表情で噛みしめるように、膣内に出された精液を堪能するリリー先輩。 そんな先輩が愛しくてたまらない。 「あぁっ……は、たくさん、イッちゃった……あふっ、あふんっ、黛のおち○ぽでいっぱい……イカされちゃったぁ……」 「あふっ、顔もおマ○コもドロドロぉ……。あは、あふっ、はぁ、あぁっ。黛とのセックス好きぃ」 「好きぃ、黛、大好きぃ……」 「俺も大好きです」 完璧で綺麗でとてもエロい先輩。 そんな愛しい先輩をもう一度抱きしめる。 「ん……あふ、あぁ……」 小さくキスを交わして、俺達は静かに身を離した。 「お前今から仕事だろう。今日は大阪だったよな」 「大阪……? っ! そ、そうだ。大阪で降霊の依頼があったんだった」 「しっかりしてくれよ、売れっ子。ほら、この栄養ドリンクはサービスだ」 「有難うございます、テンチョ! じゃあ、行ってきますっ」 「おう、がんばってこいよ!」 ――そうだ。 俺は10年前のクリスマスの日に、莉璃の妹を降ろした事件をきっかけに、本格的に霊媒能力に目覚めたんだった。 それで今は、全国の依頼者の所へ飛び回っている毎日で――――。 「……なんだか長い夢を見ていたような気がするな」 電話か。 ポケットからスマホを取り出して耳にあてる。 「――もしもし」 「彼方? 今、電話いい?」 「大丈夫だよ。どうかしたの?」 こんな時間に莉璃から電話なんて珍しいな。 「エリカが……エリカの意識が戻ったの!」 「うん、それで今から病院で検査なの。でもどこにも異常がなかったら、筋力が低下しているからリハビリは必要だけど、じきに日常生活に戻れるかもって」 「そうか……! 良かった……良かった……! 本当に!」 10年前、降霊には成功したものの、エリカの昏睡状態は続いたままだった。 それがやっと……やっと目覚めたんだ! 「有難う! 本当に有難う、彼方。……今から仕事よね? ごめんなさい、どうしても伝えたくて」 「嬉しい報告を有難う、仕事が終わったらすぐに病院に向かうから!」 「うん、気を付けて行ってきてね」 通話を終えた手が震えていた。 エリカの意識が戻った……! エリカの意識が戻ったんだ……! 喜びに全身が震えるのを押さえる事が出来ない。 エリカが……! ああ、神様! 「……頑張ったなっ。頑張ったな、エリカ……!」 エリカへの想いに胸が熱くなる。 ふっと脳裏に、制服姿のエリカの姿が浮かんだ。 なぜかそんな名前が口を吐いた。エリカはエリカでティアじゃないのに。 だけど言葉は無意識のままに、俺の口から独り言を吐き出していった。 「……有難う、ティア」 「エリカ、来週にも退院だって」 「順調に回復して良かったよ」 病院でエリカの主治医による説明を受け、快方しているとの報告にホッと胸を撫で下ろした。 「……全部、キミのおかげ。キミが私と、エリカを導いてくれたんだ」 「それは俺のセリフだよ。俺は莉璃とエリカのおかげで変われたんだ」 莉璃の為にと努力した結果が、今の俺へと繋がっている。 「10年前のクリスマスの日に、彼方がエリカと合わせてくれていなかったら、私きっと……どこかで折れてたと思う」 あの頃の莉璃は、自分を責め続けていた。 自分は幸せになってはいけないとまで思っていた。 エリカはそんな莉璃の意識をも変えてくれたんだ。 「ううん、それだけじゃない。彼方は私を支えてくれた。……どんな時も」 「莉璃……」 「愛してるよ、ずっと」 柔らかく微笑む莉璃の手を取って、二人で木漏れ日の中を歩いていく。 「エリカが退院したら、どこへ行こうか」 「ふふ、動物園とかいいかも」 「それ、莉璃が行きたい所だろ?」 莉璃が心から笑っている。 この笑顔を守りたい。 ――――いつまでも、いつまでも。 お姉ちゃんがどんどん遠ざかっていく。 さっきまで目の前に居たはずなのに、今はもう通りの向こうから私を手招いている。 「早く来ないと置いてっちゃうよー」 急がなきゃ。 早くしないと花火が始まっちゃうし、お姉ちゃんにも追いつけなくなっちゃう。 ダッと音を立てて駆け出した。 次の瞬間――――私の世界は、車のヘッドライトの放つ光で真っ白になった。 あれ、なんだろう。 真っ暗だ。 さっきまで真っ白だったのに、今は全部が真っ暗。 何も無い。何も見えない。 「エリカァ……!!」 お姉ちゃん? お姉ちゃんが泣いている。 どうして? 「エリカエリカエリカエリカ……ッ!」 泣き叫ぶお姉ちゃんをお父さんが慰めてる。 「ごめんね、エリカ! 私が……! 私がぁ……っ!」 何を謝っているの? お姉ちゃんどうしたの? ――――あれ。 私……声が出ない。 目も開かない。手も足も動かない。 泣きだしたい不安で胸がいっぱいになったけど、わぁっと声を上げる事も、涙を流す事も出来ない。 私、死んじゃうのかな? ……お姉ちゃんと花火、見たかったなぁ。 お姉ちゃん、お父さん、お母さん……。 ――――そこで私の意識は途絶えた。 ふっと目が開いた。 そこは真っ白だった。 私以外は誰も何もない、ただの白い空間。 真っ白な世界で、腕をぐーっと伸ばしてみた。 自分の記憶にあるよりずっと長くて、ずっと白い腕だった。 今度は足をぐーっと伸ばしてみた。 やっぱり自分の記憶よりもずっと長くて、ずっと白い。 髪に触れた。 髪も長くなっている。 自分の尻尾を追いかけまわす子犬のように、くるくると身を翻しながら、自分の姿を確認してみる。 「……全部は見えないな」 どれだけ首や体を捻っても、自分の背中も自分の顔も見る事は出来ない。 だけど自分に何が起きたのかは、何となく分かった。 ……私、成長したんだ。 だからこんなに手足が長くて視線が高い。 「……時間、どれくらい経っちゃったのかな」 花火大会に行って、事故にあって。 真っ暗になって、今は真っ白。 この間にどれだけの時間が重ねられたんだろう。 ……考えても分からないけど、でも私は大きくなった。 ――――18年よ。 懐かしい声が聞こえた。 「誰?」 とてもとても懐かしいのに、それが誰なのか分からない。 だけどその声は優しくて、私の心は警戒する事無く会話を続ける。 ――――18年エリカは眠ったままなんだよ。 「18年かぁ……。あ、でも今こんな風に話せるって事は、私ってもうすぐ目覚めるって事だよね?」 行きたい所、やりたい事、いーっぱいあるんだ。 あの日見られなかった花火だって見たいし、それに夏休みの宿題もしなくちゃ――あ、これはいいか。18年も経ってるし時効だよね、時効。 ―――――残念だけど、そういう訳にはいかないんだよ。 「……どうして? だって私、元気だよ」 ――――エリカ。お前の意識は、もうすぐ体から抜けてしまうだろう。 「抜ける? どうして?」 ――――体が弱ってしまっているから。だから意識と肉体との繋がりが、薄くなってきているんだよ。 「それって死んじゃうって事?」 ――――ごめんね、それは分からないの。 ――――ごめんね。 「ううん、仕方ないよ。それより肉体から意識が抜けたらどうなるの?」 ――――自由に世界を見て回れるだろうね。 「ホント!? 凄い凄い!」 ――――だけどあくまで生霊としてだよ。それも体が弱っている間は意識だけで飛び出しやすくなるけど、体の状態が落ち着いている時は簡単には抜けられない。 ――――いつ抜けられるか、いつ体に意識が戻る事になるかは分からない。とても不安定な状態になるんだ。 「それでもいい。だってここは真っ白で、他に何も無いんだもの」 ――――そうかい。それじゃあ少しだけ、力を貸してあげようね。 「どうするの?」 ――――意識を肉体から抜けさせる為のコツを教えてあげるね。それさえ分かれば体が弱っている時なら、簡単に体から抜け出すことが出来るだろうから。 ――――行くよ。体で感覚を覚えるんだよ。……はいっ。 力がふーっと抜けていく。 代わりに上へ上へと何かに引っ張り上げられるみたいに、意識が浮かび上がっていった。 ふわふわ、する。 あれ、ここ。 どこだろう? 周りをキョロキョロと見回すと、見慣れたファッションビルがあった。 「ミクティだ」 あのビルは昔からあった。 よくお姉ちゃんに、屋上のゲームセンターへ連れて行って貰ったっけ。 「えへへ、懐かし〜」 ワクワクした気持ちで、ミクティへと駆け出した。 と、目の前をスーツ姿のサラリーマンが横切る。 「危ないっ!」 って思ったのだけど、私とサラリーマンがぶつかる事は無かった。 私、幽霊なんだ。 周りの人は誰も私が視えない。 私の声も聞こえない。 「……でも、いいや」 だって今まではずっと眠ったままだったんだもの。 それがこうして世界を見られるようになっただけでも、十分に幸せだ。 「よーっし、あちこち見て回るぞ〜っ」 「ここが商店街かぁ〜。……クンクン。何か美味しそうな匂い」 匂いのする方に視線を向けると、“名物! 開運つくね”と書かれたのぼりが風にはためいていた。 その前では学生と思われる恋人同士が、一つの串を分け合いながら食べている。 「いいなぁ……」 私も食べたい。 けどお金を持ってないし、そもそも私って何かに触れるのかな。 そっとのぼりに触れてみた。 さっきぶつかりそうになったサラリーマンとは違って、明らかに物に触れた感覚があった。 「よいしょっ」 力を込めてのぼりを持ち上げると、スーッと持ち上がってしまった。 キャーッと言う叫び声に振り返ると、彼氏とつくねを食べていた女の子が、青ざめながらこちらを指さしている。 「私が視えるの!?」 のぼりを置いて女の子へとぐっと身を近づけた。 けど女の子は相変わらずのぼりの方を見て青ざめていて、目の前の私の事なんて気にも留めていない。 「そっか。私の事は視えないけど、私が動かした物は視えるんだ」 自分を認識して貰えない事への残念さと、驚かしてしまった申し訳なさに気まずさを覚える。 「ビックリさせてゴメンナサイ。えーっと次次、次の場所行こうっと」 どこに行こう。 行きたい所なら沢山ある。 私立蓋子学園に来てみた。 もし私が普通に過ごしていたら、きっとこの学園に通っていたと思う。 沢山の生徒達が制服姿で行き来している。 笑ったり怒ったり、はしゃいだりからかったり。 自然とそんな声が漏れてしまった。 制服を着て学園に通うって、どういう気持ちなんだろう。 これだけ大きな校舎だと、私の知らない設備もいっぱいあるんだろうな。 どんな授業が行われていて、どんな先生がいるんだろう。 ……先輩と付き合うとか、そういうのって普通にあったりする? 漫画の中でしか知らないような事が、ここでは現実として起こっているのかな。 「私も……彼氏とか、作ってみたかったなぁ」 私の体が弱っているから、私はこうして体から離れる事が出来る だけどそれって近いうちに、私が死んじゃうって事……なのかな、やっぱり。 「それでもいい」 それでもいいよ。 あのまま死んじゃうより、ずっとずーっといい。 「よっし、別の所に行ってみよう」 次はどこがいいかな。 そうだ! よくお姉ちゃんと遊びに行っていた近所の公園に行ってみよう! 「うわぁ〜〜っ、なっつかしぃ〜〜〜!」 公園は昔と全く変わっていなかった。 なじみ深い遊具で、近所の子らしい幼い姉妹が遊んでいる。 妹と思われる子が、お姉ちゃんに負けないように必死にジャングルジムを昇っていく。 お姉ちゃんの方は、ジャングルジムのてっぺんで、優しい目で妹を見守っていた。 「お姉ちゃんもいつも、ああやって私を待っててくれたな」 私はいつだってお姉ちゃんを待たせてばっかりだった。 そんなお姉ちゃんに追い付きたくて、早く大人になりたくて仕方がなかった事を思い出す。 「お姉ちゃん、どうしてるのかな」 真っ先に向かうべきだった場所に、やっと意識が向いた。 そうだよ、まずはお姉ちゃんの様子を見に行くべきだった! 家にいるのかな。 それとももう結婚とかしちゃって、家を出ちゃってるのかなぁ。 ふふっ、お姉ちゃんに会えるの楽しみだな。 家の様子は変わらなかった。 少し古くなったかな? とは思うけど、きちんと手入れされてきたようで、劣化した感じはない。 「お姉ちゃん部屋にいるかなぁ?」 家の中へと足を踏み入れて、お姉ちゃんの部屋へと向かう。 お姉ちゃんは部屋に居た。 綺麗で大人なお姉ちゃん。 だけど暗くて沈んでて、涙を流しながら膝を抱えていた。 「エリカ……エリカ……ごめんね……ごめんねぇ……っ」 お姉ちゃんは私の名前を呼びながら、何度も何度も謝っている。 「エリカが……回復しますようにって……ずっと……ずっと願ってたけど……」 「私のせい……私の……」 お姉ちゃんのせい? 「私があの日……花火大会のあの日……エリカを急かしたりしなければ……」 驚いた。 お姉ちゃんは私がこうなってしまった事を、自分のせいだと思っているんだ。 あれは私が飛び出してしまったから起きた事故なのに。 「エリカ……ごめん、ごめん、ごめんなさい……っ」 ……18年だよ、お姉ちゃん。 18年もこんな風にして過ごしてきたの? 自分を責めて、自分の幸せを捨てて。 「お姉ちゃん!」 駆け寄ってお姉ちゃんを抱きしめようとしたけど、私の体がお姉ちゃんの体に触れる事は無かった。 「うっ……うぅっ……エリカ……」 触れようと伸ばした手が空気に溶け込むように、透明になっていく。 意識がふわりと浮かび上がって、体の感覚が抜けていく。 「あれ?」 気が付くとまたあの真っ白な空間に居た。 「……そっか。戻ってきたんだ」 ――――どうだった? またあの声がする。 「色んな所を見て回れたよ。案外変わってなくて驚いちゃった」 町並みは思っていたほど変わっていなかった。 だけど……だけど……。 「……お姉ちゃんが、泣いていたの」 ――――……………………。 「お姉ちゃん、私の事故はお姉ちゃんのせいだって思ってるみたい。あれはお姉ちゃんのせいなんかじゃないのに」 「もう18年経ってるんでしょ!? なのにお姉ちゃんまだ泣いてた。泣きながら私に謝ってた」 「18年だよ……。私、お姉ちゃんには幸せになっていて欲しかったのに。どうして……どうしてあんな……」 ――――悲しいね。 「悲しいよ……! 凄く凄く悲しい……! なのに私はお姉ちゃんに触れられないの。お姉ちゃんに声も届かないのっ」 「こんなのってないよ……! 私、私があの時、あんな風に飛び出したりしなければ……!」 ――――後悔してるかい? 「するよ! 当たり前だよ! しないわけない……!」 大好きなお姉ちゃん。 いつも明るくて賢くて美人で、私の自慢のお姉ちゃん。 そのお姉ちゃんが、あんなにやつれて泣き続けて。 ――――お前と同じくらい後悔してる人間がいるんだ。 「私と……同じくらい?」 ――――ああ。その人はある事故で大切な幼馴染を守れなくて、そこから彼の人生は変わった。 ――――エリカ。お前にその気があるのなら、その彼の後悔の時まで導く役目を与えよう。 「導く……?」 ――――彼が後々まで後悔する事件が起きるその時間まで、彼と共にお前を過去へ飛ばすんだ。 「過去へ? そんな事が出来るの? だったら私は、あの花火大会の日に時間を戻してほしい!」 ――――それは出来ないよ。それが出来たら一番だけどね。時間の巻き戻しは、その対象時間軸に直接関係のある人間には使えないんだ。 「私が後悔している時間には戻せないって事?」 ――――そう。だからお前が過去へ行くと言うなら、花火大会の日は選べないんだ。 ――――そんなにガッカリする事はないよ。なぜならその彼は、莉璃とも浅からぬ関係を持っているからね。 「お姉ちゃんと?」 ――――ああ。彼の後悔の時は、今から8年前。そして8年前彼は莉璃と同じ学園に通い、同じ部活の先輩と後輩の仲なんだ。 「お姉ちゃんと、同じ……。っ! それじゃあ」 ――――そう。もしかすると間接的にではあるけど、莉璃の気持ちを変えられるかもしれない。 「こんな風に泣いてばかりじゃなくなるかも、って事だよね?」 ――――そう。 「私、やる。その人を導く役になる」 ――――彼が莉璃に良い影響を与えてくれるとは限らないよ。それでもいいかい? 「……いい。だってその人が過去に戻るって事は、過去の人達に何らかの影響を与えるって事だよね?」 ――――そうだね。 「彼が後悔しないような生き方をしたら、過去の世界の誰かの未来が変わるかもしれない」 「私はこのままだったら、誰にも何にも影響を与える事なく死んじゃうだけ」 「街を見ていてもね、誰も私に気付かないの。こんにちは、さよなら、有難う、またね――そんな言葉と色んな表情が、私の中を通り過ぎていくだけ」 「さらさらーって私を抜けていくだけ。そんなの寂しいよ。悲しいよ」 「私だって誰かの役に立ちたい。私でも誰かに影響を与えられたって思いたい。生まれてきた意味が欲しいよ!」 ――――……分かった。それじゃあ少しだけ準備をするから、その間にエリカは色んな事を勉強しなさい。 「そっか……。そうだよね、私ってば色んな事知らなすぎるよね」 頭の中は18年前と殆ど変っていない。 物には触れるのだから、沢山の本を読んでみよう。 ――――それとエリカの姿を今から8年前の姿にするよ。彼はその時代に戻るのだから、その方が都合がいい事も多いだろうからね。 ――――良い子だね、エリカ。それじゃあ姿を戻すよ。 手足の長さが少しだけ縮んだ気がする。 服装もさっきと違って白いケープや黒いレースの服に変わってる。 ん……この服、どこかで。 「あっ。これ蓋子学園の制服! さっき見てきたのと同じ」 初めての制服に心が弾む。 これが制服かぁ。なんだか少し気恥ずかしい。 ――――似合ってるよ、エリカ。 「えへへ、有難う」 ――――こんな服もあるんだよ。 「わぁ! 可愛いお洋服!」 ――――気に入って貰えたかい? 「うん! とっても!」 私がこんな風にオシャレを楽しめるなんて、思ってもみなかった。 あはっ! とっても嬉しいなっ♪ ――――それじゃあ準備してくるからね。少しだけ、待っていておくれよ。 ……真っ白な世界から、懐かしい声の気配が消えた。 「ちゃんと勉強してなくちゃ」 本をイメージすると、真っ白な世界にポンッと数冊の本が現れた。 この空間で時間が、どう進んでいるのか分からない。 だからあの優しい声の言う準備の時間が、どれ位かかるのかも分からない。 それでも私は許される時間の全てを勉強に費やそう。 「お姉ちゃんの未来を変えるんだ」 どれくらい時間が経ったんだろう。 何冊の本を読んだんだろう。 これで少しは大人らしくなれたかな。 そんな事を考えていると、あの懐かしい声の気配がした。 ――――こっちは準備出来たよ。エリカは大丈夫かい? 「うん、大丈夫」 優しい声に返事をする。 ――――それじゃあエリカに、時間を巻き戻す力を与えようね。目を閉じて。 言われるがままに目を閉じると、私の中に知らない色が混ざってきた。 その色は私の中で形を作り、やがて鍵のような形状に変化した。 ――――その鍵で空間を開けるんだよ。 私の体の中とも外とも言えない場所に出来た鍵。 目には見えないけど、でも確実にその鍵はここにある。 ――――エリカ。エリカが導く人の名前は黛彼方。この人にはエリカの姿が視える。 「黛……彼方……」 ――――いいね、エリカ。その人が何を感じ、どう動くかは分からない。莉璃の未来も変わらないかもしれない。 ――――エリカが体から出る事が正しい事かも分からない。もしかすると命を縮める事になるかもしれない。 ――――それともう一つ、エリカや黛彼方が未来から来た事は、誰にも他言しちゃいけないよ。それを言ってしまったら、何もかも無かったことになってしまうからね。 ――――未来から来た事を言わずに、過去を変えるのは難しいかもしれない。それでも本当に行くかい? 「行く」 迷いなくはっきりとした口調で言い切ると、温かな光が全身を包み込んだ。 ――――行ってらっしゃい、エリカ。どうかエリカと莉璃に幸せな世界が広がりますように。 体の輪郭がどんどん滲んでいく。 意識が引き上げられて、ふわふわとした感覚に身を任せる。 ――――…………。 白い世界から飛び出そうとしたその瞬間、瞼の裏におばあちゃんの笑顔が浮かんだ。 あの優しい声、おばあちゃんだったんだ。 おばあちゃんが私を助けに来てくれたんだね。 「……有難う、おばあちゃん」 黛彼方って言ったよね。 このコンビニにいるみたいなんだけど……。 店内を見回す。 お客さんは一人もいない。っていう事は店員さんかな。 店長さんらしき人はおじさんだし、年齢的にあの店員さんは、ちょうどって感じだけど……。 「……はぁ。あの頃は良かったなぁ」 ……え、何? なんか遠くを見ながら、溜息吐いてるんだけど……。 それにブツブツ独り言言ってない? とか思ってたら今度はニソニソ笑い出したよ。 なんか怖いよー。一体何を考えてるんだろう? ……って思ったら、この人の考えてる事がどんどん頭の中に流れ込んできた。 これってこの人の妄想? こんな女の子達に囲まれてキャッキャウフフしてる妄想で、意識ぶっとんじゃってるの? 「……ハッ!」 うわぁ、急に正気に戻った! コワ……。 しまった! つい声に出しちゃった! キモいっていうか、どっちかっていうと怖いんだけど、妄想炸裂しすぎな大人コワーー! 本当にこの人が黛彼方なのかなぁ? うぅっ、自信が無くなってきた。 男の人の瞳が私を捉える。 この人、間違いなく私が視えてる。 街を浮遊しても誰の目にも留まらなかった私を、この人は真正面から見据えている。 視認して貰えた喜びをグッと抑え込む。 冷静に――そう、もっとクールに接さなきゃ。 だって子供と思われたら、真面目に取り合って貰えないかもしれない。 私だって大人なんだ。 勉強だってしたし、体だって成長してるし。 ……おっぱいはちっさいままだけど。 ありのままの私だと、明らかに子供っぽいと思われてしまいそうなので、クールな人を装うという作戦に出る。 ……この人、ちょっと妄想癖あって怖いけど、やっぱり凄い人なのかも。 だって私が死んじゃった人の霊じゃないって、この一瞬なのに気づいたみたい。 よし、ここは一つ私も頑張って、この人が興味を持ってくれるように導いていかないと。 お姉ちゃんの事も妄想してたとか、正直ちょっと引く。 けど仕方ないか。 お姉ちゃん美人だもんね。 ウソ。 さっきちょっと流れて来ただけ。 でも明らかに彼方の顔色は変わった。 おばあちゃんが言ってたもんね。過去を後悔して生きてるって。 そしてさっきの妄想。 妄想世界に日常的に逃げてるって事は、誰にだって予測できる。 お願い。戻りたいって言って。 そしたら私はあの鍵を使って、あなたを過去に戻せるの。 お姉ちゃんが学園に通っていたあの頃へ……。 「あの頃……戻りたいさ、戻れるならな」 望み通りの言葉が返ってきて、ホッと安堵の吐息を漏らした。 お願い、信じて。 信じて、私を。 真剣な眼差しを彼方に向けると、彼方は了解したようにコクリと頷いた。 「……でもね、二つの条件があるの」 おばあちゃんは未来から来た事を、言ってはいけないって言ってた。 でも私にはどうしてももう一つ、約束が欲しかった。 うぅっ、本当にこの人で大丈夫なのかな……。 意外にお調子者っぽい。 でもこうして取り繕おうとするって事は、それだけ過去に執着がある……って事でいいよね? 言えば全てが無かったことになってしまう。 そう、それが私の欲しい約束。 過去に戻るなら、後悔をしないでほしい。 幼馴染を守れなかった――っておばあちゃんが言ってたけど、その記憶を持って過去に戻ったら? 今の彼方なら、その幼馴染を守る事が出来るんじゃないのかな。 例え彼方がお姉ちゃんと深い関わりを持たなかったとしても、ちゃんと過去と向き合って幼馴染は守って。 過去を変えて、未来を変えて、そしてこんな私でも誰かの人生に影響を与えられたんだって、そう思わせて。 体の中にある鍵をイメージして、目の前の空間の中へと挿し込んでいく。 何もない空間から少しずつ光が漏れてきた、もう少しだ。 もうすぐ過去への扉が開く……! 私が鍵を使って過去への扉を開けたその瞬間、背後で彼方が段ボールに躓いた。 不安が残るなぁ。 だけど私はこの少し頼りない人の事を、なんだか好きになっていた。 またすぐ会えるよね。 力を使った私の意識も遠のいていく。 ああ、次にまたこうして出て来られるのはいつかなぁ。 その時は私も、皆と同じように登校するんだ。 真新しい制服を着て、憧れのあの学園に。 ――――お姉ちゃんが過ごす、私立蓋子学園に。 気付くと学園の前だった。 彼方を過去へ送ってから、どれくらいの時間が経ったんだろう? ……ううん、案外そんなに時間は経っていないのかも。 私の体と精神はとても不安定で、ちょっとした事ですぐに意識が体の中へと戻ってしまうみたい。 いつ戻るか分からないっていうなら――――。 「楽しまないと♪ 学園ってどんな所なのかな。探検探検〜」 授業が終わる鐘が鳴ると、教室からぞろぞろと生徒達が出てきた。 でも誰も私には気付かない。 「もー、ひなちゃんったら」 「あはははっ、これ後でゆずこにも話しちゃおっ」 「えーっ、恥ずかしいから内緒にしてよーっ」 ……いいなぁ。 仲の良さそうな二人。 私の友達は皆どうしてるだろう。 ……私の事なんか忘れちゃってるか。 仕方ないよね、10年だもん。 ……でも、私も……友達が欲しいなぁ……。 なんて事を考えていたら、遠くの方に彼方が見えた。 あれ……? あれって私の方に向かってきてる? え、嘘。ど、どーしよー。 私は当然、彼方が未来から来た事を知ってるわけだけど、でもちょっと待って。 この世界で私達って、普通に接触してもいいのかな? 確かに彼方には会いたかったけど、でもこんなすぐって――――。 うーーん、おばあちゃんは私と彼方の接触については、特に何も言ってなかったけど……でも大丈夫なのかな? 「ひとまず逃げようっ」 何かあってからでは遅いし、ここはとりあえず身を隠そうって思ったのに、彼方ってば足速いよっ! すっごい勢いでこっち来てる〜〜! ……しょうがない。 ここはあんまり話さないようにしてやり過ごそう。 エリカ――――。 そう反射的に答えそうになったのを、ぐっと抑えた。 私と彼方がこの世界で関わって、そして私の名前をエリカと知る。 彼方はいつか誰かに、私の話をするかもしれない。 それはクラスメイトかもしれないし、お姉ちゃんかもしれない。 彼方の会ってる幽体の名前はエリカ……それを知るってお姉ちゃんにとっては良い事? それとも悪い事? ……分かんないよ。 知ってるよ、彼方。 どうしよう。 何か考えないと。何か、何か……。 口から自然に出てきたのは、ギリシャ神話の女神の名前だった。 おばあちゃんを待っている間に読んだ沢山の本。 その中でも私は神話が大好きで、ティアはお気に入りの女神だ。 6人のティタニスの一人、遠く輝く一つの光。 直接何かが出来なかったとしても、私は誰かを照らす光になりたい。 例えそれが、一瞬の煌めきだったとしても。 本当の名前じゃないけど、こんな風に言って貰えるのは凄く嬉しいな。 彼方が色んな事を聞いてくる。 そりゃそうだよね。いきなり過去に飛ばされたら、誰だって頭の中はハテナハテナの嵐だよ。 彼方が私の正体を探る質問をしたその時――。 こっちに近づく生徒がいた。 あの人……私が視えてる? ダメ。 今、彼方以外の視える人と接触するのは危険な気がする。 えーっと、これって自分の意志で戻れるのかな。 体が弱ってる時にしか出て来られないけど、戻るのは自由に出来たり――とか。 少しだけ意識を集中させてみる。 …………ベッドで眠る私が視えた。 ……うん、行けそう。眠っている私の映像に意識を捧げる。 彼方の戸惑いの声が届くか届かないか。 私の意識は急速に、体の中へと戻って行った。 ど、ど、どーしよーーーーーっ。 何でそんなに必死に私の事を追いかけてくるのよっ! 体から抜け出せて、いつもみたいにフラフラしてただけなのにっ。 彼方と――――そう、確かハインさんとか言ったっけ。 あの人が凄い勢いで、私に向かってダッシュして来て。 振り返っても、まだ私を追ってきている。 ……これは諦めてくれそうにないな。 まるで私を悪霊とでも言わんばかりの表情で、ハインさんがキッとこちらを睨み付けてきた。 ……言われても仕方がない。 私に反論する事なんて出来ない。 彼方……。 「彼方になにが分かるの? この子が学園に、何かしらの悪い影響を与えている存在の可能性は高いのよ」 ハインさんは私を疑っているの? そうなんだ、だからこんなにも視線が鋭い……! まさか……除霊する気!? 私を……、ここから消そうとしてるんだ……! 彼方が私とハインさんの間に入って、ハインさんの動きを止めてくれた。 彼方の鬼気迫った声にハッとなる。 自分の体を思い浮かべる。 そうすれば私は、あの暗い眠りの世界に戻る事が出来る。 ――――有難う、彼方。 言葉はもう、声にはならなかった。 体の中で眠っている間。 少しだけ、彼方の意識に触れられた。 悲鳴の渦の中で、彼方は震えていた。 倒れたツリー。 下敷きになった赤い人間。 あれは彼方の幼馴染……。 「誰か助けてあげてよっ!」 大きな声を出した所で、私の意識は体から抜け出してしまった。 「……助けるのは、彼方だ」 あれが彼方の後悔なんだ。 彼方の悔いても悔いても悔やみきれない過去。 私と同じ、辛い記憶。 ……私も協力しなくちゃ。 あんな事になってしまわない為に。 私だって誰かを守れるはずだよ……! ツリーの見回りをしたり、彼方の動きをよく観察しよう。 それで私に出来る事があったら、どんな事でもしなくちゃ! ツリーの事を完全に思い出した彼方は、学園中を走り回ってパーティーの中止を訴えていた。 だけど誰もその意見に賛成してはくれない。 クリスマスパーティーは、学園をあげての大きなイベント。 それを彼方の言葉だけで中止にしようとするのは、とても……難しい事なんだろうな。 河川敷で一人、彼方が肩を落としている。 ダメだよ、彼方。 その気持ちは凄く凄く分かるけど、ここで諦めちゃダメだよ! どうやって言えばいいんだろう、どうすれば彼方は前を向いてくれるんだろう。 実態のない私には……何も、何も出来ないの? ――――違う、私はティアだ。 無力なエリカじゃない。彼方を導くティアなんだ。 お願い、諦めたりしないで。 後悔しちゃうんだよ、彼方。 後悔して、後悔して、後悔して。 どうしようもならなくなって、その時に気付いたって、もう取り返しはつかないんだよ。 「だけどパーティーの中止も、ツリーの撤去も出来ないんだ、俺には」 だから……それを変える為に戻ってきたんでしょ。 彼方……、頑張ってよ。彼方! 「違うって。近いうちに起こる大きなニュースをいくつか挙げるんだよ。大きいニュースなら、俺もさすがに覚えてるし」 彼方って私よりずっと頭がいい。 ……眠り続けた私と、絶望の中でも生き続けていた彼方との差を感じて、心の中で感嘆する。 おばあちゃんが言っていた事を伝える。 未来から来た事を言えば、何もかも無かった事になってしまう。 ティアとして反応する。 だけど心の中のエリカの私が、やったぁ! と歓声をあげている。 良かった……。 彼方が諦めてしまわなくて。 過去はきっと変えられる。 過去……? そうだよ、既に起こってしまっている事なら……! そう、何も無暗に気を張り続ける必要はない。 大切なのは“その日”なのだから。 変えられる。 変えられるから。 だから……だから彼方。 いつでも前を向いていて。 その日――――私立蓋子学園クリスマスパーティー会場に設置された、巨大なツリーが倒れた。 だけど奇跡的に大きな被害が出る事は無く、負傷者も彼方が少しだけ怪我をした程度で済んだ。 …………過去を、変えられたんだ。 彼方が嬉しそうに私に微笑みかけてきた。 それだけでドキッ! と胸の奥が高鳴ってしまう。 お、男の人の笑顔って、こんなにドキドキするものだったっけ? ……彼方。 それって私が――彼方やゆずこさんの人生に、影響を与えられたって思っていいの? 眠っていただけの私が、誰かを…………。 ちょっとだけ意地悪。 そうだよ、彼方が微笑むのは私にだけじゃない。 あの妄想凄かったんだよなぁ……。 お姉ちゃんやハインさんやゆずこさんが、みーーんなキャッキャしてて。 そう、これで終わりじゃない。 あの事故で失った学生生活を、しっかり取り戻して楽しんで欲しい。 ねぇ、彼方。 彼方に私が選ばれるなんて思ってないよ。 だけど運命を変えた彼方は格好良かった。 真剣に立ち向かう彼方の姿を見て、私ホントはちょっぴり泣いちゃったんだ。 だから彼方、私の分も……。 もう少し彼方と話がしていたい。 なのに急速に意識が引き上げられていく。 自分の意志じゃなく、自分の体の状態の変化によって、私は眠りの中へと落ちていく。 大丈夫、すぐに戻って来れる。 だって私、生きてるんだもの。 あはは、食事会楽しかった〜。 皆の料理美味しかったし、それに何よりハインさんが私の分も、プレッツェルを作ってくれた事が嬉しい。 次は温泉かぁ〜、あはっ。 ワクワクしすぎて、思わず舞い上がっちゃう〜〜。 まぁ私の場合、本当に浮いちゃうんだけどね。 「おねえ、ちゃん?」 温泉の荷造りをしていたお姉ちゃんが、手を止めて私の名前を呟いた。 「エリカ、ごめんね。お姉ちゃん……1泊だけ留守にするから」 ……お姉ちゃん。 お姉ちゃんはいつだって、私の事を気にしてくれる。 だけどそれがとても心苦しい。 「お姉ちゃん、気にしないで。私ね、お姉ちゃんが幸せならそれでいいの」 「笑っててよ、お姉ちゃん……」 私の声は届かない。 彼方にも視える、ハインさんにも視える。 なのに一番話したいお姉ちゃんには、私は視てもらえない。 「話がしたいよ、お姉ちゃん……」 せっかくこうして、生霊として表に出てきているのに。 何とかお姉ちゃんと話が出来たらいいのになぁ……。 えへへへ〜♪ 私も来れちゃった☆ 体から抜け出せて良かった〜。 最近スルッと抜けられるんだよね。 ……私の体自体が弱ってきたって事、なのかな。 ダメダメ、暗くなってる場合じゃないよ。 折角の皆で来た温泉だもん! 私も幽体と言えども楽しまないとっ。 温泉温泉♪ トーゼン私も入っちゃうもんね〜。 ハインさんは私を除霊しようとしたりもするけど、何だかんだで私の事を気にかけてくれてる事が多い。 私にとってハインさんは、彼方以外に私を認識してくれる貴重な人。 ……お友達になれるといいんだけど、それは望み過ぎかな、やっぱり。 足をバタバタさせて、思いきり水しぶきをあげる。 こんなにはしゃいだの久しぶり! っていう位、楽しくって仕方がない。 だって子供だもーーーん。 ……正確には子供のまま、時間が止まっちゃった感じだけど。 お姉ちゃんは相変わらず、私の事に気付かない。 オカルト研究しまくってる割にニブイんだから。 あ、ハインさんがこっち睨んでる。 ……ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな。 ハインさんを困らせちゃった。 ハインさんは私との会話を、他人が聞いてもおかしくないようなレベルで、成立させてくれている。 「ハインさんって実は優しいね」 ハインさんは私を無視して、ゆずこさん達と話をしている。 聞こえてると思うんだけどなー。 照れ隠し? 食事を終えて客室に戻ってきた。 御飯どれも美味しかったなぁ〜〜。 彼方に随分譲って貰っちゃった。 彼方の目の前から次々に料理が消えていくので、皆は彼方が相当お腹が減ってたと思ったみたい。 彼方は次から次へと料理を分け与えられて、私がそれを次々に胃袋へと収めていったのでした。 皆さん、ごちそう様です。 と、ここでお姉ちゃんが提案したのが肝試し。 なにも冬の寒い夜空の下で肝試しもないんじゃない? と思うけど、お姉ちゃんは凄く楽しそうだ。 それに反比例して、ゆずこさんとありえさんが涙目になっている。 あーあ、カワイソ。 お姉ちゃんが作った簡易クジを皆の前にかざしている。 諦めたように皆が一斉にクジを引くと、当たりを引いたのはお姉ちゃんと彼方だった。 「……肝試し、か」 なんでだろう。 さっきから急に、何かが起こる予感に胸がいっぱいになっている。 お姉ちゃんと彼方の二人で鳴ヶ崎神社に行くって決まってから、急に……どうして? 今の彼方との関係を揺るがすような、そんな何かが起こりそうな……。 この予感は何? ただの胸騒ぎ? それとも……。 私も一緒に行きたいけど、どうやらそれは叶いそうにない。 どうして私、生霊なんだろ。 どうして私、皆みたいに自由に行動できないの。 私も彼方と一緒に行きたいよ。 ねぇ、彼方……。 瞼に浮かぶベッドに横たわる私の姿。 ああ、あそこに戻らなきゃ。 お姉ちゃん、彼方……彼方…………。 眠りの中で、お姉ちゃんと彼方の姿が見えた。 彼方は鳴ヶ崎神社で、男の人の霊を体に降ろしていた。 それを見たお姉ちゃんは妹――私の話をする事を決めたみたい。 お姉ちゃんが話している。 妹が昏睡状態で、もう10年も眠り続けていると。 そしてそれは自分のせいなんだって。 違うのに。 お姉ちゃんのせいなんかじゃないのに。 彼方はお姉ちゃんの話を聞き終わると、お姉ちゃんに協力すると言った。 『先輩は俺の尊敬する人です。俺で先輩の助けになれるなら』 彼方がそう言うとお姉ちゃんは感謝して、何度も何度もお礼を言った。 話が終わると彼方とお姉ちゃんは、これ以上は寒さに耐えられないと言った様子で、急ぎ足で旅館へと戻って行った。 ……彼方、私の所に来ちゃうんだ。 本当の私を、知られちゃうんだ。 彼方。 お姉ちゃんに協力してくれて有難う。 私じゃお姉ちゃんは救えないから。 だから私も感謝してるの。 有難う……。 でも……。 でも本当は……。 ティアとしていつまでも、一緒に楽しく過ごしたかったなぁ。 12月15日 いよいよだ。 あと一時間もすれば、彼方は私の所へ来るだろう。 でもその前に、もう一度だけティアとして会いたかった。 体からは簡単に抜け出ることが出来たので、私はすぐに学園に向かって彼方を探した。 彼方……、彼方は……? キョロキョロとあちらこちらへと視線を飛ばす。 ……いた! 校門の所に彼方が立っていた。 自由な女の子、ティアとももうすぐお別れ。 彼方にこの名前で呼ばれるのは、これが最後だろう。 何かあったのは彼方の方じゃない。 初めての降霊を成功させたんだもの。 そして今から見た事もない女の子の生霊を降ろしてみようって、そんな凄い事を考えてるんだもの。 なのに……。 なのに私の事を気にしてくれる。 彼方…………。 「だけどずっと眠ったままだっていうなら、妹さんの意識はどこにあるんだろうな。その場所次第ではあるいは……って、そう思うんだ」 妹の意識――――そんな所にすぐに考えが及ぶなんて、彼方はやっぱり凄いんだね。 ……その“妹の意識”はここにあるんだけど。 自分が付けた条件に少しだけ唇を噛みしめた。 後悔しない為――か。 だって彼方。 私の本当の姿を見たら、彼方は同情するでしょう? 可哀想って思うでしょう? そんな事、思われたくなかった。 何も知らない彼方と、ティアとしての私で、普通に接していたかった。 同情とか悲しみとか、そういう感情とは別の所で、一緒に居たかったの。 ……好きな人に可哀想なんて、思われたくないよ。 ああ、意識が急速に引き上げられていく。 もう少し話がしたかったのに。 ティアとしてちゃんと、言いたい事もたくさんあったのに。 どうして私、こんなんなの。 私……私だって…………。 遠くでお姉ちゃんと彼方の声がする。 あれ、もう一人いる。 ……そっか、ハインさんだ。 ハインさんにもバレちゃったんだな、私がお姉ちゃんの妹のエリカだって。 ハインさん、あんなに悲しそうな顔してる。 ごめんね、ハインさん。 でも私、ハインさんに追い掛け回されるの嫌いじゃなかったよ。 ハインさん容赦ないんだもん。 だけどそれって、対等に見てくれてたからだよね。 可哀想って思う子には、出来ない事……だよね。 ああ、皆の前に出て行きたい。 なのに体が凄く重いの。 重くて浮かび上がれない。 体の状態が良い時に表に出ていけないのとは違う、何とも言えない不自由さに意識が捉われている。 ここまで、なのかな? 私……力が尽きてきたのかな。 そんな事をボンヤリと思っていると、ふいに手のひらが温かくなった。 彼方が私の本当の名前を呼んでる。 ティアとして過ごしたかったのに、こんな風に本当の名前で呼ばれると、なんだか心地が良い。 手のひらから温かな物が流れ込んで来る。 それは私の体の奥底まで届いて、私の霊力と混ざり合っていく。 あったかい。 あったかくて優しくて、心が穏やかになっていく。 あったかくて優しくて、体中に安らぎが広がっていく。 ……うん。私、また出ていける。 また彼方の前に行ける。 これで終わりなんかじゃない。 穏やかで優しい彼方の霊力が流れてくる。 温かさに包まれていると、彼方の声が私の中に届く。 『――エリカ。もう一度話がしたいんだ、エリカ』 私も同じ。 同じだよ、彼方……! 彼方が霊力を送り続ける。 霊力が私の中で混ざり合って、それが力に変わっていく。 彼方が霊力を送り終わって、お姉ちゃんは私の部屋から出て行った。 彼方もその後を追う様に、部屋を後にしようとする。 待って! お願い、私……もう少しで出られそうだから……。 だからお願い……、お願い……! 「待って!」 「っ!? エリカ!」 自分の体が下にある。 私、離脱出来たんだ。 「エリカ、大丈夫なのかっ?」 「うん、大丈夫。少し力を使いすぎてたみたいなの。だけど彼方から分けて貰えたから……」 ぐらりと視界が揺れる。 そうは言っても、まだまだ不安定みたい。 だったら伝えたい事はちゃんと言っておかないと! 「ごめんね、驚いたよね」 「ああ、驚いた。……だけどエリカが生霊で良かったとも思ってるんだ」 「だって死んじゃってるわけじゃないんだもんな。いつか時間も気にせずに、一緒に遊べるかもしれないって事だろ?」 「……かな、た」 そんな風に思って貰えるなんて、考えてもみなかった。 可哀想な子って――そう思われるだけだと思ってた。 「俺、頑張るからさ。エリカに霊力を送り続けるから」 「だったら、キスしてよ」 自分で考える前に口が動いていた。 「私の体にキスして」 「……いいのか?」 彼方の体がそっと私の体に近づいていく。 彼方は優しく私の髪を撫でた後、静かにキスをした。 自分の体が、自分の顔が、眠ったままの私が……男の人と、キス……。 「……エリカに見られながら、エリカにキスをするのって凄い恥ずかしいな」 「い、いいでしょっ」 どうしよう、とんでもない事を言ってしまった。 なんとか取り繕わないと。 だってだって……、こんないつ死んじゃうかも分かんないような子、好きになって貰えるわけないんだから。 「どうして俺に……?」 えーっと、えーっと――――そうだ! 「お姫様は王子様のキスで目覚めるものでしょ」 私の体は眠ったままだけど。 「じゃあ俺はエリカの王子様なんだ」 彼方がはにかみながら言ったその言葉で、私の顔は一気に赤くなる。 「えっ!? えっと、えっと! その……っ」 そうだよ、彼方は私の王子様。 私に新しい世界を見せてくれた、私に可能性を感じさせてくれた、そんな素敵な王子様。 だけど……王子様には美しいお姫様が必要だよ。 アンデルセンもグリム兄弟も、描いたのは美しいお姫様。 眠ったままの痩せすぎの私なんかじゃない。 「エリカ、俺はエリカの事……」 やめて、聞きたくないよ。 その先の言葉は分かってる。 友達とか妹とか、そういうの。 彼方が口を開こうとしたその瞬間、タイミングよく意識が遠のいていった。 「ごめんね、彼方。また今度ね」 ああ、初めて体に戻されるのが嬉しい。 ……彼方、変な事言っちゃってごめんね。 私は眠りの中へと引き込まれていった。 12月18日 彼方は毎日私に霊力を与えてくれている。 そのおかげで、今日は何だかとても調子がいい。 これなら前みたいに体から出て、どこかに行けそう。 ふっと意識を持ち上げて、私は体から抜け出した。 この前は彼方にあんな事言っちゃって、とても恥ずかしいけど……。 でもやっぱり彼方に会いたい。 彼方の部屋をふわりと覗くと、彼方はぼんやりと考え事をしているみたいだった。 っ!? 彼方が考えていた事は、私の事だったんだ! そう思うと同時に、居ても立っても居られないような、そんな気持ちで心がフワフワと動き出す。 そんなに驚かなくてもいいじゃん。 「そうだなって言ってる場合かっ。エリカ、大丈夫なのか?」 「えへへ、彼方が霊力を分けてくれたから。少しならお喋りできるよ」 「そうか。……会いに来てくれて嬉しいよ、エリカ」 この前の話、忘れてくれてるかな。 王子様とか、そういうの……。 「話したい事はたくさんあるけど、まずはこれを聞いておかなくちゃならない」 「…………エリカは、リリー先輩の事を恨んでいるのか?」 初めて誰かに自分の気持ちを話した。 あの事故で私が抱いた感情は、恨みなんかじゃない。 抱いたのは後悔と――――悲しみだ。 ホント、なんでお姉ちゃんには霊感がないんだろう。 ほんの少しでもあったら、私でもお姉ちゃんの心を救えたかもしれないのに。 お姉ちゃんにとってこの10年の重みは、誰かから聞いた言葉じゃ納得なんて出来ないのかもしれない。 お姉ちゃんに手紙を書こうって思った事はあった。 だけど私の持ったペンから、インクは出なかった。新しいボールペンも古いボールペンも、鉛筆もマーカーも――――私が持った瞬間に色を失う。 ……私はこの世界に、何かを残せない。 私がボールペンを動かしても、そこに何も現れないのを見て、彼方は全てを理解したみたいだ。 「そっか……、無理なんだな」 「うん。食べたり温泉に入ったりは出来るけど、何かを残せたりは出来ないみたい」 「じゃあ――何か食べたい物とかあるか? もしあるなら今からでも――そうだ、ゆずこに何か作って貰うか! 何が食べたい?」 「ハーゲンガッツかぁ、いいね。でも今日はいいや。……ねぇ、彼方」 「有難う、いつもと変わらない感じで接してくれて。変に同情したり、憐れんだりせずに、ちゃんと接してくれて」 「そりゃあ俺はエリカの王子様だから」 か、彼方ってば急に何を言うの!? 「あはは、エリカ。顔まっ赤だぞ」 「だ、だだだだ、だって……! だって!」 「エリカ。俺に出来る事は他に何かないか? この前はエリカの体とキスしたけどさ、俺は今のエリカともしたいよ」 「ななななっ!? か、彼方ってスペクトロフィリアなの!?」 「スペクトロフィリア? ……ああ霊体愛好者の事か。よくそんな言葉知ってたな」 「本は沢山読んでるから……ってそうじゃなくてっ!」 「俺はスペクトロフィリアなんかじゃないよ。ただエリカが好きなんだ」 彼方の言葉に、心臓がドクドクと早鐘を打つ。 私、生霊なのに。 なのにこんなにも心臓が脈打っている。 私を……好き? 彼方が? とても嬉しい……、嬉しいけど……、でも…………。 「そんな、わけ……ない」 「だって私こんなんだもん。おまけに体だってあんな状態で、もしかすると死んじゃうかもしれないし……」 「…………好きだよ、エリカ」 やめてよ、彼方。 そんなに真剣な目で私を見ないで。 「私……彼方に幸せなんてあげられないよ!? きっと、きっと悲しい思いさせちゃうよ……」 お姉ちゃんだって私のせいで、いつもいつも泣いている。 これ以上、私の事で誰かを引っ張っちゃダメだ、ダメなんだ。 「幸せを貰おうなんて思ってないよ」 「俺がエリカを幸せにしたいんだ。俺を変えてくれたエリカを、今度は俺が幸せにしたい。それだけだよ」 「だって、だって……!」 「エリカが好きだよ。俺さ、エリカに王子様って言われて嬉しかったんだ。王子様なんてガラじゃないんだけどさ」 「でもエリカがそう思ってくれるなら、俺はエリカにとっての王子様になるよ」 「どんな困難も無理難題も乗り越えて、ハッピーエンドで物語を終わらせる。それが王子の務めだろ?」 涙が溢れて止まらない。 こんな風に言って貰えて、もう自分の感情が押さえられない。 「うん、うんっ! 彼方お願い、私を愛して! 私だって本当は……本当は愛されたいよ……!」 彼方が私を、ぎゅっと抱きしめた。 あったかくて優しくて、彼方の霊力と同じ温度。 「彼方ぁ……っ!」 彼方が私を引き寄せて、そのままベッドに座り込む。 「おいで、エリカ」 彼方に言われるままに、私は彼方の膝の上へと座った。 「体は大丈夫か?」 「それが凄く満たされた感じなの。彼方のを直接もらったからかな。あれが生体エネルギーとして、私の中に吸収されたみたい」 いつもは彼方の手から受け取っていた霊力――生体エネルギーを、直接体の中心で受け取ったからか、自分でも驚くほどに気力が湧いている。 「そんな事あるのか? ――いや、有り得るのかな。生きている俺の体液が、霊体のエリカの中に広がって……」 「難しく考えないでよ。とにかく私、めちゃくちゃ元気なんだから。……生霊の私が元気っていうのもおかしな話だけど」 「はは、そうか。そうだよな、エリカが元気ならそれでいいか」 「うんっ。だから……また、シテね?」 「お、おう。もちろんだ」 彼方の耳が少し赤い。 えへへ、なんだか私達どこにでもいる普通の恋人同士みたい。 「ふふっ、なんか凄く嬉しいな」 彼方と目を見合わせて微笑みあう。 そうだよね。彼方に霊力を貰わなかったら、こんな風に話す事すら出来なかった。 「……ねぇ彼方。彼方は本当に、私の事を降ろすつもりなの?」 お姉ちゃんと私を会せる為に。 「あはは、有難う。私も彼方の中になら、すぐにでも入れそうな気がするよ」 「試してみるか?」 「ううん、今はまだ無理。彼方と深く繋がって、魂はリンクしやすくなっているだろうけど、でも降霊となると話は別だから」 「鳴ヶ崎神社では、上手い事降霊出来たんだがなぁ」 鳴ヶ崎神社での降霊、か。 彼方の初めて降霊にも関わらず、容易く成功出来た。 …………あ、もしかして。 性別も年齢も身体的特徴も、何もかもが正反対だ。 ……おっぱいがぺったんこな所は同じだけど、それだけじゃどうしようもない。 「うん。だからもっと沢山一緒に過ごして、霊力をシンクロさせたいの」 さっきのえっちで、ひとまず自由に動き回れるだけの霊力は蓄えられた。 となれば後は多くの時間を共にして、二人の呼吸やタイミングを霊力レベルで寄せ合う事を続ければ、霊媒を成功させる事に繋がると思う。 「そうだな。エリカはどこか行きたい所とかやってみたい事とかあるか?」 「行きたい所……」 行きたい所もやりたい事も、たっくさんある。 だけどまず最初にやってみたい事は決まっている。 「校舎をちゃんと見て回りたい」 「蓋子学園の?」 「うん。一人でも色々と見てはいたけど、彼方に案内して欲しいな。……ダメ?」 「お安い御用だ」 「あははっ。うん、よろしくね」 今までは体との関係で、長く居られなかったりして、あまりしっかりとは見られなかった。 だけど彼方に力を分けて貰った今なら、ちゃんと過ごせると思う。 だったら私は、まず学園で過ごしたい。 お姉ちゃんや彼方が過ごす、私も通っていたはずの学園。 そこで普通に皆と同じように、色んな物を見たり触れたりしてみたい。 「明日は学園案内の日にしようか」 ああ、楽しみだなっ。 楽しみすぎて今夜は眠れなさそう――――あ、私の体は眠ったままか。 気持ち的には眠れない感じなんだけどな。遠足の前の日みたいな! 「それじゃあ私、今日はもう帰るね」 「分かった。明日は学園の――そうだな、オカ研で待ち合わせにしようか」 「うんっ。時間は約束できないけど、いいかな?」 「いいよ。もし俺が居なかったとしても、すぐに戻るから待っててくれ」 私の体は何時にどこで、なんてしっかりとした待ち合わせは出来ない。 だけどそんな私に、こうして彼方が合わせてくれる。 それが何より嬉しい。 「……また明日ね」 「また明日」 彼方に別れを告げると、私は意識を眠っている体へと集中させた。 眠りの世界に落ちていく。 おばあちゃんが私にくれた大切な時間。 私が普通の女の子みたいに、誰かに愛されるなんて思わなかった。 彼方に愛されて、求められて、生まれて良かったって思えたの。 誰にも認識されない幽体でも、人形みたいに眠ったままの体でも、それでも本当は誰かに認められたくて、愛されたくて。 寂しくてたまらなかった私の世界に、彼方が光を与えてくれた。 有難う、彼方。 彼方の事が大好きよ。 ――――大好き。 エリカの声が聞こえた。 俺の事を好きだと言う声。 俺も同じだよ、エリカ。 エリカがいたから、俺は変われたんだ。 生まれてくれて有難う、エリカ。 部室の中には誰も居なかった。 エリカとの待ち合わせには好都合だ。 さて、と。 エリカはどれくらいで来るだろう。 「学園案内、か」 エリカに校舎を案内してほしいと言われた時は驚いた。 そんな事でいいのか? って。 だけどすぐに思い直した。 エリカにとっては、何もかもが新鮮なんだ。 ……10年だ。 例えば未来の――コンビニでアルバイトをしていた俺の、あの歳から10年の時間を無に過ごすのとは訳が違う。 一番多感で、たくさんの事を吸収して、大きく成長できる10年。 その10年を眠ったまま過ごしたエリカにとっては、今がその時なんだ。 などと考えていると、ふいにエリカの気配を感じた。 どうやら無事に出て来れたらしい。 「もう来てたんだ」 「さっき着いたところだよ」 「そっか。えへへ」 エリカ嬉しそうだな。 よっし、俺も張り切って案内するか! 「まずはどこから行こうか? 学食とか?」 「学食いいね! ねぇねぇ、やっぱりコロッケパンとかの奪い合いとかするの?」 「あはは、しないよ。だけど人気のパンは午前中に予約しとかないと、ありつけないのは確かだな」 「予約? 予約なんてあるの!?」 「専用の用紙があってさ、それに個数を書いて提出しておくと、学食のおばちゃんが、ちゃんと確保しといてくれるんだ」 「へぇ〜、凄い凄い!」 嬉しそうだなぁ。 「後ね、美術室にも行ってみたいなっ」 「絵が好きなのか?」 「そう言うわけじゃないんだけど、美術室って見た事ないから」 「よし、じゃあ学食に美術室――」 「あと図書館! 図書室じゃないんだもんね」 「行きたい所いっぱいだな」 「よしっ。それでは新入生大山エリカに、先輩として学園の全てを案内します」 「新、入生……」 「すっごく嬉しいっ。私、新入生なんだね」 「ああ、そうだよ」 人には視えなくても、俺と二人の世界しかなくても、今この瞬間のエリカは私立蓋子学園の新入生だ。 「あははっ、彼方早く行こうっ」 エリカが俺の手をぐいっと引っ張る。 はしゃぐエリカの笑顔を見ていると、俺の方まで喜びでいっぱいになる。 「まずは学食から向かうぞっ」 「ふーーっ。沢山回ってくれてありがとう彼方」 午前中から始まった学園探索を終えると、随分と日が傾き始めていた。 「楽しかったか?」 「うん! 学食も美味しかったし、図書館は沢山の本があって目移りしちゃった」 「陸上部が練習するトラックも、本格的でカッコよかった〜」 思い出しては、ワクワクとした表情を浮かべるエリカが実に愛らしい。 「美術部の人達の絵が凄く上手くて驚いちゃった。あとは何といっても生徒会室」 「お姉ちゃんはいつもあそこで仕事してるんだね」 「リリー先輩は歴代生徒会長の中でも、人気と実力がトップクラスなんだよ。色んな雑務も易々とこなすしな」 「へぇ〜。やっぱりお姉ちゃんは凄いな」 「先輩が居なかったのが残念だったな」 「パーティーの準備期間だもん、仕方ないよ。それより彼方は、準備の手伝いしなくていいの?」 「必要な時は呼んでくれって言ってあるから大丈夫だよ」 「そう? もし私のせいで時間がないなら――」 「俺にはエリカ以上に優先するものなんてないよ」 エリカがティアだった時、いつももう少し話せたらって思ってた。 ティアがリリー先輩の眠ったままの妹――エリカだって分かった時、どうしようもなく苦しくて切なかった。 だけどティアが死霊じゃなくて、生きている人間だって分かって、嬉しくもあった。 そしてその感情に気付いた時、俺はティアに対する自分の思いに気付いたんだ。 ――――俺を導いてくれた彼女を、愛しているって。 「他に何かしたい事はないか? といっても、もう殆ど人も残っていないような時間だけど」 「……だったら…………」 エリカが言いにくそうに、口ごもる。 だが小さく頷くと、思い切った様子で口を開いた。 「だったら、ここで……したい」 「……へ?」 「彼方とここでえっちがしたいの。……ダメ?」 「ダメ、というか……なんというか」 仮にここで、このままエリカとHをしたとしよう。 そしてそれを誰かに見られたとしよう。 エリカの姿は人には視えない。 つまり俺が一人で腰を振っているように視えるだけだ。 別にエリカの裸を人に見られるわけじゃない。 「……ダメ、かな。たくさん行動したから、少し霊力が落ちてきてて」 「本当か?」 「うん……ごめんね」 そう言われてみると確かに、エリカから感じるエネルギーが弱ってきているように思える。 となれば迷っている場合じゃない。 いいじゃないか、別に。誰かに見られて変態扱いされたとしても! 他人には分からなくても、俺は間違いなくエリカと繋がれるのだから。 「分かった。ちょっと待っててくれ、鍵掛けてくる」 そうは言っても鍵は大事だ。 不安要素は出来るだけ取り除いておきたいからな、うむ! 鍵を掛けた事を確認して、エリカの方を振り返った。 エリカは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頬を緩めている。 「エリカ、おいで」 「彼方ぁ」 エリカの体をそっと引き寄せた。 「えへへっ、補給完了」 俺の精液を全て受け止めたエリカが、嬉しそうに微笑んでいる。 そのあどけない微笑みと、今したばかりの行為とのギャップに、何ともいえない淫靡さを感じてしまう。 「今日1日一緒に過ごして、えっちもして……また少しお互いの霊力が混ざり合ったね」 エリカがお腹の辺りを擦りながら、穏やかな表情を浮かべる。 俺達の霊力が混ざり合うという感覚が、エリカの中にはあるんだな。 「なぁ、エリカは俺の中に入れるタイミングとか分かるのか?」 俺の質問を反芻するかのように空を見つめた後、エリカはコクコクと何度か頷いた。 「多分……分かると思う。今の感じだと――――半分くらいは準備出来たんじゃないかな」 「半分、か」 リリー先輩には早く会わせてあげたい。 エリカが抱いてきた想いを、リリー先輩に伝えて欲しい。 だけどその降霊が終わった後、俺達はどうなるんだろう。 ……考えても仕方がない。 今は目の前にいるエリカの事だけを思おう。 「何でもないよ。さて、そろそろ帰ろうか」 「うん。途中まで一緒に行っていい?」 「いいけど、遠回りじゃないか?」 「私に距離は関係ないよ。意識を体に傾ければ、それで戻れるんだから」 それもそうかと合点して、俺はエリカと話しながら帰る事にした。 「すっかり暗くなっちゃったな。大丈夫か? 寒くないか?」 「平気。彼方こそ大丈夫? 私は風邪引いたりとかはないけどさ」 「体だけは丈夫だからな」 ……うわぁ、星キレー」 エリカが夜空を見上げて両手を広げる。 「見て、冬の大三角」 「ペテルギウスがあるから見つけやすいな」 濃紺の夜空の中で、赤い星は一際輝いて見える。 「今はこうして見ているけど、宇宙ではもう、あの星々は無くなってるかもしれないって思うと……不思議」 「何百光年も離れた先の星の光が地球に届いて、やーっと俺達が見られるんだもんな」 本当は消滅してしまっているかもしれない星の光、か。 なんだかその儚さが、目の前で静かに星を見上げているエリカに重なる。 「こんな風に夜空を見上げられるなんて、思ってなかったな……」 エリカが寂しそうに呟いた声を聞いた時、無意識にエリカを抱きしめていた。 「か、彼方?」 「エリカのしたい事、見たい事。全部やって行こうな」 「あはは、急に抱きしめるんだもん」 「嬉しいよ、凄く。嬉しくて私、彼方といると笑ってばっかり」 エリカの背中に回した手に力を込める。 エリカの体は華奢で細くて、抱きしめただけで壊れてしまいそうな錯覚すら覚える。 「……彼方で良かった」 「エリカ?」 「私が……過去に導く人が、彼方で良かったなって」 エリカが潤んだ瞳で俺を見つめる。 そのままそっと、エリカの唇に自分の唇を降ろしていった。 「ん……んちゅ、ん……」 「ん……ふぁ、……ん……」 静かに唇を離すと、エリカが優しく微笑んだ。 「彼方が私を選んでくれるなんて、思ってなかったよ」 「何言ってるんだよ」 「だって彼方の周りには、可愛い女の子ばっかりなんだもん。そんな中で私なんて……ただでさえ生霊だし」 「俺はエリカがいいんだ。他の誰でもない」 「うん。私も彼方がいい」 俺だけを見て、俺だけを愛してくれるエリカ。 「俺の過去の大きな後悔は、ゆずこを助けられなかった事。……だけど今は、もう一つ後悔してるんだ」 「もう一つ?」 「どうして俺は……8年前の学園生活の時にも、エリカの事に気付けなかったのかなって」 「俺がそこで気付いていたらエリカは……少なくとも俺とは、話が出来たんじゃないかなって」 18年の眠り。 そこにエリカの意識があったのかは分からない。 だけど目覚めた時、そして学園や街中で人に認識されなかった時――――エリカはどれほどの悲しみを抱えただろう。 「彼方にそう言って貰えただけで、私……十分に幸せだよ」 エリカが健気に微笑んでいる。 泣きだしたい時もあっただろうに、エリカはそんなそぶりも見せない。 「まだ足りないよ。エリカにはもっともっと幸せになって貰わないと」 「えへへ。じゃあもう一回キス……んっ、んちゅ……んんっ」 エリカの柔らかい唇が触れるだけで、心が急速に満たされていく。 「……大好きだよ、彼方」 「ああ。俺も好きだよ。誰よりも何よりも」 「あはっ、嬉しい!」 エリカが俺をぎゅっと抱きしめた。 「俺達、ずっと一緒にいられるよな?」 「……分かんない。その時が来たら、どうなるのか」 その時……か。 エリカが思いを遂げた時。俺の心残りが無くなった時。 「やりたい事、ちゃんとやらなきゃな。エリカ、次は何がしたい?」 「えーっとえーっと…………あ。ううん、でもこれは無理だな」 考えを巡らせたエリカが、何かを思いついた様子で顔を上げたが、すぐに小さく首を振った。 「なんだ? 言うだけでも言ってみてよ」 俺に促されて、エリカが遠慮がちに口を開く。 「……花火」 「花火?」 「花火が見たかったなって思ったの」 エリカは花火大会に行く途中で事故にあった。 元気な頃の最後の楽しい思い出は、花火大会なんだ。 「花火大会かぁ……」 「冬だし、無理だよね。こうなったら夏まで生霊するぞっ!」 「はははは」 その前に意識を取り戻せるといいんだがな。 他愛もない会話を楽しんだ後、俺とエリカはそれぞれの帰路に着いた。 「うーん……確かあったと思ったんだがなぁ」 「彼方くんどうしたの? そんな所でガサゴソして。探し物?」 「ああ、ゆずこ。この辺に夏の花火の残りって無かったっけ?」 「花火の残り?  んー、あったと思うよ。えーっとね」 ゆずこが棚をテキパキとした手つきで開けていく。 「確かこの辺に――――あった!」 「おおっ、サンキュ!」 ゆずこから開封済みの花火の袋を手渡される。 どれくらい残ってたっけ、えーっとどれどれ――――。 「……線香花火ばっかだな」 「だって派手なのは全部やっちゃったもん。それに彼方くんが言ってたんだよ、線香花火なんてつまんねー! って」 そうだったか? ……いや、そうだったんだろうな。ゆずこの性格なら、全部遊びきるはずだし。 「線香花火だけは大量に余ってるけど……。これで用足りる? 何かで必要なら、ありえとかにも聞いてみようか?」 「いや、これでいいよ。有難うな」 元々花火大会の花火には遠く及ばないんだ。 ――――エリカと線香花火大会をしよう。 これは俺の細やかな思い出作りだ。 「どうしたの? 彼方。こんな所に連れてきたりして」 「やりたい事があるんだ」 「やりたい事?」 何だろう? と首を傾げるエリカの前に、鞄から取り出したものを見せる。 「それは……線香花火?」 「家で夏に余った花火を探してたんだけどさ、線香花火しか残ってなかった。だけど花火は花火だから。気分だけでも、と思って」 「嬉しい……っ。すごくすごくすっごーーく嬉しいよ! 彼方、有難う!」 思いのほかエリカが喜んでくれている。 花火大会の大きな花火と比べたら、線香花火なんて――とも思ったけど、持ってきて良かった。 「じゃあ火を点けるな」 エリカと俺はしゃがみこんで、花火にそっと火を点けた。 「わぁ……綺麗……」 「おおー、線香花火も捨てたもんじゃないな」 派手な手持ち花火に紛れている時は、そんなに好きな方では無かったのだが、こうして見ると何とも可愛らしい。 「ね、ね、どっちが長く持つか競争しよう」 「おう、いいぞ」 ジジ、ジーという鈍い音を発しながら、線香花火がパチパチと弾ける。 「うーー、もう落ちちゃいそう」 「俺のはまだまだ行けるな」 「うーー……あっ! 落ちちゃった」 「俺の勝ちー」 「いいもん。次の点けるもん。彼方はそのままだよ」 「えぇっ?」 「えへへ、点いた。引続き勝負だからね」 「ははは、これじゃあ勝てるわけないだろ」 「分かんないよ〜?」 そうこう言っている内に、俺の花火の火が落ちた。 「じゃあエリカはそのままな。俺は新しいのを点ける」 「えっ、ズルい!」 エリカの表情がとても自然で、見ているとこっちも和んでしまう。 「よし、点いたぞ」 二つの線香花火が闇夜の中で、パチパチと弾ける。 静かで冷たい冬の夜に、明るい火花がとても綺麗だ。 「……有難う、彼方」 「花火見れて凄く嬉しい」 「線香花火だけどな」 「これで十分。ううん、彼方と一緒の線香花火は、花火大会の花火より綺麗だよ」 「夏になったら花火大会に行こう。海もいいし、お祭りとかもいいな」 「うん……。行きたい、ね」 ――――夏になったら。 夏になったら俺とエリカは、どうしているんだろう。 「なぁ、エリカ」 「俺はいつか未来に帰るんだよな?」 「それって今の俺の、この意識が未来に戻るって事だよな? 俺自体はこの世界にいるっていうか」 ああ上手く説明出来ない。 でも俺が未来に帰ったとしても、俺の存在そのものが、この時間軸から消えるわけではないと思う。 「……その通りだよ。ただ変えた過去と変える前の過去――この二つが同時に存在する事は無いの。記憶の混乱が起こっちゃうから」 「という事は、前の過去の記憶は無くなるって事か?」 「そう。ゆずこさんが事故にあった過去は消えてなくなるの」 「そっか。この世界が真実となって、未来に繋がるんだな」 ……あれ? でもそれだとおかしくないか? いやおかしいと言うよりマズくないか? 俺はティアに導かれて過去に戻った。 過去に戻れたのはティアのおかげだ。 だが過去に戻れたのではなく、それが元からあった事実として存在していくのなら……。 俺を過去に戻した“ティア”と言う存在はどうなるんだ? 「なぁエリカ」 「あっ! 最後の一本終わっちゃった」 「あ……終わっちゃったな」 灯りが消えて、周囲がフッと暗くなる。 エリカの顔を見ると、とても寂しそうだった。 そんな顔をしないでくれ、エリカ……。 「エリカ……好きだよ」 なんでこんなにも気持ちが〈逸〉《はやる》るのだろう。 「私も……ずっとずっと好きだよ、好きだよ彼方」 エリカをそっと抱きしめる。 折れそうな程に細い未成熟の体。 俺の全てを受け入れてくれる、ただ一つの存在。 エリカからの確かな体温に、下腹部が熱くなってくる。 「……あはは、彼方の当たってるよ」 こんな時だって言うのに、本当に男の体というのは。 ……いや、こんな時だからこそだろうか。 「うん。私もしたいと思ってたんだ」 花火の後片付けをした後、二人で橋の下まで移動した。 「もう……っ、信じらんないよっ」 「ごめんって」 「ぷぅーっ」 エリカが可愛らしく頬を膨らませて、抗議の視線を俺に向ける。 もう一度真剣に謝った。 「……許す、けど」 「頭撫でながら、キスして」 「はは、分かったよ」 そんな事でいいのかと、エリカを優しく引き寄せて、柔らかな髪を撫でながらキスをする。 軽いキスを唇に受けた後、エリカは俺からそっと離れた。 「えへへ。やっぱり彼方に撫でられるのって幸せだな」 エリカがひどく儚げに映る。 「帰ろっか」 「あ、ああ」 聞きたい事、確認したい事はあるのに、それを聞くのが何故か怖い。 聞いてしまったら、エリカのこんな穏やかな笑顔が、もう二度と見られなくなってしまうような気がして……。 「またね、彼方」 「おう、またな」 エリカも俺も、内心の不安にわざと気付かないフリをして、いつも通りに笑顔で別れの言葉を交わす。 エリカが微笑んだまま、風の中へと溶け消えた。 一人になった寒空の下、俺は何故かすぐに歩く気になれなくて、暫く一人で立ち尽くしていた。 一人で自室にいると、エリカの気配を感じた。 「えへへ、来ちゃった」 「調子良いみたいだな」 「うん。あのね、今日彼方にシテもらったら、明日はきっと……彼方の中に入れると思う」 エリカが俺の中に……。 リリー先輩とエリカが、やっと話し合えるんだ。 「だから明日、ハインさんにも来て貰いたいんだけど……いいかな?」 「ああ、ハインに言っておくよ。大丈夫だ、ハインならちゃんと来てくれる」 「不安なのか? ハインがしっかりと、サポートに回ってくれるよ。だから安心して降りて来い」 「ふふっ、有難う」 今日エリカに生体エネルギーを渡したら、明日にはエリカの降霊を行う事になるのか。 俺はスッと立ち上がると、引き出しの中から綺麗に包装された小箱を取り出した。 「エリカ、これクリスマスプレゼント」 「私に……?」 「他に誰がいるんだよ」 本当は明日渡そうと思っていた。 だけど降霊が終わった後に、そんな時間があるのかは分からない。 だから1日早いけど、今渡しておこうと思ったのだ。 でも私は何にも用意してないよ」 「ははは、気にするなって」 エリカは人には視えないから、買い物なんて出来ない。 まして手紙だって残せない。 何かを用意出来るはずもないのだ。 「開けてみてもいい?」 ワクワクした様子で、エリカが包装紙を開けていく。 気に入ってくれるといいな。 何を渡そうかと考えながら街を歩いて、見つけた小さなプレゼント。 「わぁ……! 綺麗なオルゴール」 俺が選んだものは手回し式のオルゴールだった。 オルゴールなら眠っているエリカの体にも、聞かせてあげられるかもしれないと思ったからだ。 「回してみてもいい?」 エリカがチキチキとオルゴールを回していく。 「素敵な曲……」 エリカはオルゴールから奏でられる旋律に、静かに耳を澄ましている。 「心に広がっていく感じがする」 「こんな風に音楽に耳を傾けたの、いつぶりかな……」 「有難う、彼方。私……嬉しくて……。ずっと聴いていたいな」 「エリカがさ……エリカが自分の体の中で眠ってても、俺が隣でオルゴールを回すから」 「ずっとずっと、毎日でも聴かせるよ。俺はエリカの側に……ずっといるから」 「彼方……。でも、そんなの……」 「そうしたいんだ、俺」 「……私、いつ目覚めるか分からないよ?」 「明日降霊が終わったら、私……ちゃんと自分の体の中に、居続けようって思ってるの」 「こうやって出て来たりせずに、自分の中で自分の体と一つになれるように」 「だってそうしないと……いつまで経っても、体のある存在にはなれないから」 俺にとっての後悔、俺にとっての心残り。 エリカにとっての後悔、エリカにとっての心残り。 それは明日の降霊が無事に終われば、全て解消されてしまう。 「……またエリカと過ごせるのを楽しみにしてる」 「私も……また彼方と一緒に過ごしたい。普通の生きている女の子として。でも……」 「いつ目覚めるか分からない私を待っててなんて……言えないよ」 「言っていいんだよ。だって俺達恋人同士だろ?」 「言えないよ……。だって……保証なんかないんだもん」 もしかするとエリカは目覚めないかもしれない。 幽体を体に戻して、エリカが意識を覚醒させる努力をし続けたとしても、良い結果は出ないかもしれない。 だけどもし、そうだとしたって……! 「私ね、目が覚めた時に……彼方が他の誰かと一緒でも平気だよ。彼方が幸せでいてくれたら、それで十分幸せだから」 「だから私の事は気にしないで。生霊なのに、こんなに幸せに過ごせたんだもん」 「もうこれ以上は大丈夫だから」 大丈夫なはずない。 エリカはまた一人の世界に行こうとしている。 たった一人で、孤独の中へ。 そんな事させたくない。 俺に出来る事は何もないかもしれないけど、でも……。 オルゴールの音くらいは届けられたらって、そう思わずにはいられない。 「俺の幸せはエリカと生きる未来にあるんだ。エリカと一緒にいたいんだよ」 エリカの瞳から大粒の涙ポロポロと流れ落ちる。 「俺を救ってくれたのはエリカなんだ。俺はエリカに救われた。だからエリカが救われるまで待ちたいんだ」 心も体も取り戻したエリカが、どこにでもいる普通の女の子として生きられるのを待ちたい。 「私だって彼方に助けて貰ったの。一人じゃ何も出来なかったよ……!」 「だから俺達一緒にいるんだろ。だからこれからも一緒なんだろっ」 「うん……! うん……!」 コンビニでのバイトに明け暮れて、悲しい記憶を封印したまま生きていた俺。 そんな俺がこうして前を向いて立っていられる。 全てはあのコンビニ、あの夜から始まったんだ。 「愛してる、エリカ。誰よりも愛してる」 「私も愛してる……! 彼方の望みなら何でも叶えたい! 彼方に幸せで居て欲しいの!」 「だって……だって彼方は、私の“たられば”を叶えてくれた人だから……!」 「あの時ああしていたら、あんな風に出来てれば――そういうの、全部彼方が……!」 それは俺も同じなんだ。 同じなんだよ、エリカ……! エリカが俺に抱き付いて来た。 華奢な腕を伸ばして、夢中で俺の背中に手を回す。 「しよう、彼方」 エリカに生体エネルギーを渡したら、エリカの力は十分に蓄えられてそして――――。 そして明日が来てしまう。 「したく、ないの?」 「そういう事じゃないけど……」 したくないわけはない。 だけど、したらどうなる? 明日俺達は……どうなるんだ? 俺の意識は……未来に帰るのか? 今の意識を持った俺は、エリカとはもう……。 「躊躇うなんてズルいよ、彼方」 「……私だって…………」 エリカは下唇を噛みしめると、決意したように真っ直ぐ顔を上げた。 「よーし、彼方がそういう風なら、私からしちゃうからっ」 「え? うわぁぁっ」 エリカは俺をベッドへと押し倒すと、俺の足元へと腰を下ろした。 躊躇いもなく俺のズボンのジッパーを降ろして、硬くなっていたペニスに触れる。 「本当はね、ぱいずりっていうの? あれがしてみたかったんだけど」 「ぱぱぱぱいずり!? エリカ、どこでそんな言葉を覚えてきたんだっ」 「勉強してるんだよ、私。ちゃんと彼方に良くなって欲しいから」 「だけど私にはぱいずりは無理だもんね」 「だから……こうするのっ」 エリカが細い足を俺の股間へと伸ばしてきた。 いよいよエリカを降ろす日になった。 俺はちゃんと出来るだろうか。 ……いや出来るはずだ。 今の俺とエリカならきっと――――。 ベッドに横たわる眠ったままのエリカ。 俺の知っているエリカとは違う、ただただ静かに眠るだけのエリカ。 その姿に胸が押しつぶされそうな心地になる。 ベッドに近寄ると、見覚えのある物があった。 「オルゴール……」 俺のあげたオルゴールが、ベッドの隣に置いてあった。 ハインが降霊における危険予測と、注意事項を説明してくれている。 これ以上は危険だ――という所で、ハインが強制的に俺の意識を引き戻してくれるらしい。 「黛……くれぐれも無理はしてくれるな」 「分かっています。……始めますね」 心配そうなリリー先輩に大丈夫だと頷いて、そっとエリカの手を取った。 エリカの手と俺の手。 繋がった部分に意識を集中させ、体の中を空っぽにしていく。 やがて真っ白な世界が瞼の裏に広がった。 「エリカ? エリカーーー!」 ぐるりと周囲を見回して、エリカの名前を必死に呼んだ。 昨日抱きしめあったエリカが、俺の前で微笑んでいる。 「そんな顔しないで、彼方」 自分が今どんな表情をしているのか分からなかった。 「有難うね、彼方」 「だからそれは……俺のセリフだって」 「あはは、じゃあお互い様、かな?」 エリカが悪戯っぽく微笑む。 このままこうして過ごしていたい――――けど、それじゃダメだ。 目を反らさずに、ちゃんと聞いておかないと、俺はまた後悔する事になる。 「なぁ……正直に答えてくれ。エリカは前に、俺の意識が未来へと戻ったら、元々の過去の記憶は無くなるって言ってたよな」 「うん、言ったよ。今の世界が真実となって、未来に繋がるって」 「……俺はティアに導かれて過去に戻った。だけど今が“元からあった事”になるなら、最初から過去に何て戻るはずはないんだ」 「…………うん」 「それって……俺からティアの記憶が無くなるって事じゃないのか?」 エリカが静かに目を伏せた。 伏せたままコクリと黙って頷いた。 「やっぱり……そう、なんだな」 「彼方が変わる為に、良い未来になる為に、今行われているこの降霊は、今回の世界で起こった事として残るよ」 「でもそれは、全部彼方の努力で行われた事になるの。私としてきた事は消える」 「だって私はティアだから。ティアとしての存在が消えるって事は、今話している私も無かった事になるの」 「全部……消えて無くなるって言うのか?」 嫌だとは言えなかった。 もちろん……本当は言いたい。 やめてくれって、降霊なんてやめてずっと一緒にいようって。 体なんてなくたっていい、だって俺にはエリカが視えるんだから。 だから今まで通り、二人で一緒に過ごそうって。 一緒に居続けようって。 …………だけど、それは俺のワガママだ。 エリカだって後悔してる。 エリカにだって目的がある。 リリー先輩に、自分の言葉を伝えるって言う目的が。 その目的の為に、エリカは頑張ってきたんだ。 「…………愛してるんだ、エリカ」 「たとえ全てを忘れても、俺はまたエリカを好きになる。エリカを愛す」 遠慮がちにエリカが頷く。 俺の気持ちは揺らぎないのに。 「もう彼方の中に入らないと。ハインさんが心配しちゃう」 「……また会おうね、彼方」 「当たり前だろっ。これでさよならな訳ないだろっ」 声が震えていた。 「うん。えへへ、彼方で良かった。私の初恋が彼方で良かった」 同時に駆け寄って、互いを強く抱きしめあう。 温かくて確かなエリカの感触。 エリカの呼吸を、俺の呼吸と合わせていく。 その広がりは止めどなく、世界の境界線は消え失せていく。 それと同時に自分の体の輪郭も消え、やがて――――。 「ずっとずっと大好きだよ、彼方――」 10年ぶりに、お姉ちゃんの瞳が私の姿を捉えていた。 お姉ちゃんと抱きしめあう。 お姉ちゃんの肩が震えていて、泣いているのが分かった。 ……泣かないでよ、お姉ちゃん。 お姉ちゃんに私の気持ちを伝える。 嘘偽りのない私の本当の気持ち。 お姉ちゃんに悔恨の日々なんて過ごして欲しくないという願い。 「もうそういうのやめよう。お姉ちゃんがそんなんだと、私いつまでも不幸だ。お姉ちゃんの幸せが私の幸せでもあるんだから」 私の為に誰かが不幸になんてなって欲しくない。 そんな事に安堵を覚えてしまったら、私は心まで眠ってしまう。 彼方にたくさんの力を貰った。 でもこのまま生霊として浮遊していたら、いつまでたっても私の意識は戻らない。 それじゃダメ、だから……。 たった一人になってしまうけど、私は私の体を目覚めさせるように頑張らなきゃ。 寂しくたって大丈夫。 私には彼方のくれた素敵な思い出がいっぱいあるから。 今までの私には無かった、たくさんの思い出! 「……またね、お姉ちゃん」 「リリ、そろそろ戻さないと、彼方の体に影響するわ。それにあくまでエリカは生霊。だからちゃんと還さないとエリカの体にとっても良くないわ」 「私、必ず戻ってくるから」 ……必ず。 「……ああ、頼む」 有難う、みんな。 …………有難う、彼方。 12月31日 「すみません、先輩。大みそかの忙しい時に」 「それはこちらのセリフだよ、黛」 リリー先輩の妹の降霊が終わってから、1週間が経っていた。 俺はこの1週間、毎日かかさずリリー先輩の妹――エリカの事を見舞っている。 「……なんでだろう」 「あ、いえ……こっちの話です」 何故か俺は、エリカの事が気になって仕方がないんだ。 リリー先輩の妹だから? 降霊した相手だから? ……違う。 俺はエリカの事が好き――なのかもしれない。 でもどうして? エリカの事を好きになる程、彼女の事を知っている訳では無い。 俺は毎日眠っているエリカを、ただただ見つめているだけだ。 ……一目惚れ、なのかなぁ。 「ゆっくりしていってくれ」 「すみません」 眠っているエリカを見ているといつも、何だか胸の奥が熱くなってくる。 エリカの側に置いてあるオルゴールへと手を伸ばす。 ここに来てこのオルゴールを回す事が、すっかり日課になっていた。 「……………………ティア」 え? 無意識にその単語が口をついた。 もう一度繰り返す。 だがやはり思い当たる節はない。 だけどその言葉は俺にとって、とてつもなく大切な物だと思えた。 「ねぇ、キスして」 私が求めるままに、彼方が私にキスをする。 こんな風に私が誰かに愛されるなんて、思ってもみなかった。 「ん……、ちゅ、ちゅぱっ、んんっ」 「舌、出して?」 「舌?」 言われた通りに舌を突き出すと、彼方の唇が私の舌をちゅぅっと音を立てながら吸う。 「ひゃっ、あぅ、あぁ……んちゅ、んぁっ、なに、これ……んちゅぅぅっ」 何これ何これ何これ? えっちってキスをして抱きしめ合って、それで何かする事だっていうのは知ってる。 本で読んだし、漫画でも見た事あるし。 でもでもでも、彼方の舌がニュプニュプと私の中に入ってくる。これは……何? 「あふ、なんで……舌ぁ、ぁあふっ、んちゅっ、んちゅうぅ、……私達の舌、んふぁっ、絡まってるよぉ、んちゅっ、なんでぇ」 「ん、ちゅっ、なんでって、キス、だろ?」 「キ、キス? これが? んはぁっ、んちゅっ、だ、だって、んんんはぁんっ」 キスって唇と唇を合わせるだけじゃないの!? 童話のお姫様達は、こんな事してなかったよ……! どどど、どうしようっ。どうしたらいいんだろうっ。 とにかく動揺しちゃダメだっ、子供だって思われちゃうっ。 内心の驚きが彼方に伝わらないように、私は必死で舌を伸ばした。 「んちゅ、ちゅぱ、舌、もっと、ちょうだい、んちゅっ、ちゅぅぅうぅっ」 「ん、んちゅ、ちゅぱ、れろ、んんっ」 「あふぅ、んっ、これ……んっ、きもち、いぃ……、んちゅっ、このキス、んぁ、好きぃ」 ただ唇を重ね合わせてたキスよりも、ずっとずっと気持ちがいい。 なんでかな。このキスをしていると、頭がとろんと蕩けそうな心地になる。 「エリカ……、んちゅっ、ちゅぅぅっ」 気持ちのいいキスをしながら、彼方が私の服のボタンを外していく。 ど、どうしようっ。 すっごくすっごく恥ずかしいっ。 「んちゅっ、ちゅっ……ちゅうぅぅ、ちゅぷっ、ちゅぱぁぁっ」 恥ずかしがったら彼方が遠慮しちゃうかも。 ダメダメ、そんなのダメだよ。私だって彼方を気持ち良くしたいもん。 そう思って夢中で彼方の口の中を、舌でたくさん舐めていく。 「んちゅ……ちゅぱ、れろ……んんっ、ちゅぅぅ……っ」 ボタンを外す衣擦れの音が少しずつ小さくなっていくと、皮膚に冷たい空気が触れた。 「ひゃうぅっ」 彼方に……おっぱい見られちゃってる。 彼方の視線を感じると、恥ずかしさで体が一気に熱くなった。 「はぁう……、う、あ、あんまり見ないで」 「だって…………小さいもん」 私のおっぱいは小さいままだ。 お姉ちゃんみたいに大きかったら、彼方の前でも堂々としていられたかもしれないけど。 恥ずかしくって手で隠そうとしたら、彼方がそっとそれを制した。 「可愛いよ、凄く」 「……ちゃんとえっちな気分になる?」 「なるよ」 彼方が私の髪を優しく撫でる。 心配しなくてもちゃんと好きだよ、って言ってくれてる気がして、自然に笑顔になってしまう。 「良かった……。私でいっぱいいっぱいえっちな気分になってね?」 小さな胸でもいいんだ。 そんな風に安心した私の胸に、彼方の大きな手が被さった。 「ひゃぅぅっ」 「ごめん、手冷たかったかな?」 「ち、ちがっ。ん、んぁぁっ、おっぱい……あふんっ、そんなに……ひゃうぅっ。触っちゃダメェっ、あふぅっ、んんっ、あぁっ」 彼方の手に触れられただけで、体が跳ねあがりそうになった。 「んはぁ……っ、ん……手ぇ……あぁっ、ん……変な、感じ……あぁっ」 彼方の手で皮膚を撫でられて、太腿がもじもじとよじるように動いてしまう。 この感覚、何なの……? 「ここはどう?」 探るような彼方の指が、私の乳首をピンと弾いた。 「ひゃうぅぅっん! あ、あふっ、んんっ」 彼方がちょっと乳首に触れただけなのに、体の奥から何かが溢れ出てきてしまう。 「ん……んっ、あぁっ、ふぁぁ……んっ」 「乳首ダメ? 気持ち良くない?」 「ううんっ、ダメじゃないっ。はぁ、う、……っん、気持ち、いいんだけど……」 変な気持ちになっちゃうの。 彼方が私の体に触れる度に、体が自分の物じゃなくなってくみたいな、おかしな心地に包まれる。 「気持ち良くなって、エリカ。ほら、乳首が硬くなってきた」 「ひゃうぅぅっ! ふぁあぁんっ、おっぱいの先、変だよっ。あぁうっ、……ん、んくっ、キュンってするの、あぁっ」 「んん……あぁっ……ふぁっ、どうしよう、あぁっ……なんか……あぁっ、んっ、んん……っ」 「……ふぁぁっ、おっぱい触られるだけで、体……ひゃふっ、ビクビクしちゃうっ……あふぅっ、んぁっ、ぁあぁ、おっぱいが気持ちいいよぉっ」 「エリカの乳首、ピンって立ってるよ。ピンクの乳首が硬くなって、俺の指に弾かれてる」 「あぁうっ、んっ、んぁっ! ち、乳首が気持ちよくて、あぅぅっ……なんか熱いよ、体が凄く熱いのっ……ふぁぁぁっ」 気持ち良くて何が何だか分からなってきちゃう。 全部の感覚が乳首に集中しちゃったみたいに、彼方の指の動きの事しか考えられない。 そんな私の下半身に、彼方の手がそっと伸びた。 「ひゃぁっ、な、なにぃ? ん……んはぁっ、はぁっ」 「ふ、太腿、触ってるぅっ……あぁっ、んっ、撫でちゃだめぇ……っふぁ、あふっぅぅんっ」 「エリカは全身が敏感なんだな」 そんな事言われても自分ではよく分からない。 戸惑う私をよそに、彼方が私の下着に手をかけた。 「ダメェ、そこは本当にダメェっ!」 私の制止をよそに、彼方が下着を下ろしてしまう。 「パンツべっとりだ」 彼方が手を引き抜いて私に見せてくる。 その手はビッショリと濡れていた。 え……これって……もしかして、私……? 「え? ウソウソウソ、私おもらしなんてしてないよっ!?」 私の言葉に彼方が目をパチクリとする。 ……何か変な事言った? 「そっか……。そう、だよな」 「エリカはずっと眠ったままだもんな。年は重ねていても、分からないよな」 「分かるよ? 私、大人だもん。大人だからおもらしとかしないし」 私が意地になって唇を尖らせると、彼方の顔が一気に破顔した。 「ふふっ、あははははっ」 「どうして笑うのっ!?」 「ごめんごめん、エリカがあんまり可愛いから」 彼方の言っている事がサッパリ分からない。 今の会話のどこをどうしたら、私が可愛いという話になるんだろう。 「エリカ。俺はそのままのエリカが好きだよ。だから無理しないで」 「……してないよっ」 「初めて会った時さ、エリカって凄くクールな感じだったよな。そのエリカがこんなに可愛いなんて」 「……だって子供っぽかったら相手にされないと思ったんだもん」 「いかにもな子供が、過去に飛ばすなんて言っても……信じて貰えないかなって。だから精一杯大人らしくしなくちゃって」 だからクールな子を装った。 大人ってクールでカッコイイ感じがするから。 「それであんな感じだったんだな」 「どんなエリカでも俺は信じたよ。エリカの瞳が真剣だったから」 「俺は素直なエリカが大好きだよ。だからエリカは知ってるふりなんてしなくていい。そのままのエリカでいいんだ」 「……本当?」 「ああ、本当」 なんだ……。 子供っぽいなんて、彼方は思わなかったんだ。 心に安堵が広がっていく。 「……じゃあ正直に言うけど、さっきのキスびっくりした。いきなり舌がニュルニュルって入ってくるんだもん」 「こういうキス? ん、じゅるっ、ちゅぅぅっ、ちゅるっ」 「んふぁ……んっ、……んちゅぅ。ちゅぱっ……んぁ、こういう、の、っ……んんっ、ちゅぅぅぅっ」 彼方の舌が再び私の中へと入ってくる。 それだけで頭も体もトロリと蕩ける。 「ん……ちゅぅっ、れろれろっ……ちゅぱぁっ、んんっ……ちゅうぅぅっ」 「んちゅ、ちゅっ…………イヤだった?」 「ううん、気持ち良くて……フワフワした」 「これは恋人同士のキスなんだよ。ちゅっ、んん……」 「んちゅぅ、ちゅっ……ちゅぷぅっ、んは、恋人同士の、ふぁっ……れろんっ、キス……れろ、あふ……んんっ」 そう言われると、このキスが大好きになってしまう。 私と彼方が、ちゃんと恋人である事の証。 「ん……ちゅっ…………っ、……それとパンツが濡れたのは、おもらしじゃないよ」 「そう、なの?」 「これはエリカが気持ちいい証拠なんだ。気持ち良くなって俺の事を受け入れる準備が出来た証拠」 「彼方の事を受け入れる準備が出来た証拠……。じゃあ、私いっぱいいっぱい濡れたいっ。たくさん受け入れたいからっ」 私の発言に彼方の耳が赤くなる。 もしかして変な事言った? 「無自覚って凄いな……」 彼方が照れ笑いを浮かべたので、私も一緒に微笑んだ。 「エリカに俺を受け入れてもらうには、もっともっとエリカに気持ち良くなって貰わないといけないから」 そう言うと、彼方が私の股の間に手を伸ばした。 「きゃんっ、そ、そんな所触ったら汚いってばぁっ」 「恋人同士はここを触りあうものなんだよ」 「そうなの? ……じゃあ私も触る」 手を伸ばして彼方の下半身を探ってみる。 でもどこをどう触っていいのか分からない。 そんな私の戸惑いを悟った彼方が、ズボンのジッパーを降ろして、私の手をそこへ導いた。 「はうぅっ……これ、これが……男の人のおち○ちんなんだ」 むき出しのそれは硬くて大きくて、見た事もないような形だった。 「あったかくて、大きくて、硬い……」 「俺のも先が濡れてるだろ? 同じだよ、エリカと」 「……同じ? 気持ちがいいと濡れるの? じゃあ私、いっぱい濡らしてあげる。どうすればいい?」 「……そのまま上下に擦って」 「こ、こう?」 言われるがままに手を上下に動かす。 こんなんで本当にいいのかな? 「上手いよエリカ。今度はもう少し早くしてみて?」 彼方の言う通り今度は少し早く動かす。 その動きに合わせるかのように、彼方のおち○ちんがピクッと震えた。 「私の手の中で、おち○ちんがピクンピクンってしてるよ。透明なおつゆもおち○ちんの先からいっぱい出てくる」 優しく握って上下に擦り続けると、彼方のおち○ちんがより一層硬くなっていく。 「俺もエリカに触るよ。ほら、エリカのおま○こも濡れてる」 「ひゃうっ! わ、私のおま○こ? ふぁっ……あぁっ、変、変だよっ。あぅぅぅっ」 彼方に優しく撫でられるだけで、体全体に電流が走ったみたいな感覚に包まれる。 下半身が自分の物じゃないみたいに、ガクガクと震えている。 なにこれ……、こんなの感じた事ないっ。 「凄く濡れてる。指、入れるよ?」 「え? んっ、んはぁぁんっ……んくっ、んぁっ、あぁっ!」 自分の体の中に、自分以外の人の物が入ってくる。 初めてのその感覚に、腰が浮きそうになってしまった。 「指ぃ、あなたの長い指ぃ……はぅぅっ、指入ってるっ……あぁっ、私のおま○この中に入ってるぅっ、あぁっ……んっ、んぁぁぁんっ」 「ふあぁぁっ、んっ、んぁ……あなたの……あぁっ、指、がぁ……っ、んっ、んんんっ」 「ヌプンって……私の、中にぃ入ってきたよぉ……あぁっ、ビチョビチョのおま○この中に、指ぃ……入ってるよぉっ」 「このまま動かすよ」 そう言うと彼方が私の中で、静かに指を上下左右に動かし始めた。 初めての感覚に頭が追い付きそうにない。 「きゃふっ! あぁんっ……! ……指、あぁっ、ダメ……なんか、なんかぁあっ、あぁっ」 「気持ちいぃ、気持ち良くなっちゃうよ……! あぁっ。あぁっ、指で擦られて気持ちがいぃぃっ」 「体が……私じゃないみたいに……んんっ、はぁぁぁんっ、気持ちいいの……ふぁぁあっ」 「こっちはどう?」 「きゃぅぅっ!?」 ゆっくりと中を掻き回したあと、彼方がもう片方の手で、おま○ここの外の部分を擦った瞬間、体がビクンと跳ね上がった。 「ここがクリトリス。女の子の一番ビンカンな部分だよ」 「クリ、トリスゥ? あぁっ、はうっ、んっ、ふぁ、はぅぅっ。……クリ、トリス? いっぱいいじっちゃダメ、あぁああっ!」 一番ビンカンな部分って彼方が言うだけあって、クリトリスを触られた瞬間、反射的に大きく仰け反った。 ああもう、なんなのコレぇ……。私、どうなっちゃうの? 「エリカのクリトリス、ビクンって震えてる」 「あふっ、あっ、あぁっ……そんなに、いっぱい擦っちゃダメぇ……! クリトリス擦られると……んはぁっ、頭ぁ、真っ白になってきちゃうぅっ」 「ふぁぁぁっ、あんっ……あぁぁんっ、んんっ、はぁっ、あぁあぁっ、も……もう……あぁっ」 「いいよ、エリカ。そのまま真っ白になって」 「ふぁぁっ……い、いいの? あふぅぅっ、あぁっ、真っ白になっちゃって……いいの? ……あぁっ」 「なって、エリカ」 「あぁぁぁんっ……! 怖いよぉ、怖いっ……か、体が、分からないよっ! あふっ……きゃふっ、あぁぁあぁっ」 「大丈夫だから。そのまま気持ち良さに任せていいから」 「ふぁぁっ! わ、かったぁ……! あぁっ、んっ……あぁっ、いい、気持ちいいっ! 指で擦られて、いっぱいおま○こ濡れてきちゃうっ」 「私の体……えっちな準備のヌメヌメが……いっぱい出てくるのっ、ふぁぁぁっ、あぁぁっ」 「気持ちいいよぉ、ひゃぅぅっ! あぁっ、あぁっ、あぁっ! ダメぇ、あぁぁああぁああぁっ」 「ダメ、ダメぇ……あぁっ! もう……っ、んはっ、はぁっ、あぁぁぁぁぁんっ」 体が小さく痙攣する。 感じた事のない強い快感が、クリトリスを中心に弾けるように全身に広がっていく。 「あぁっ、あぁっ、あぁっ、あぁあああぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!!」 ビクビクビクンと体が跳ねて、全身が快楽の波に攫われた。 喘ぐようにしか息が出来ない程の快感に、はっきりと意識が保てない。 「イッたね、エリカ」 「んはっ……はぁ、ん、はぁ……いった?」 「気持ち良さが限界まで達する事を、イクって言うんだよ」 「はぁ、ふぅ、んっ……そうなんだぁ。私……んぁ、……大好きな人の指でイッたんだね」 ちゃんと出来たみたいで、とても嬉しくなって微笑むと、彼方が私にキスをした。 「ん、んちゅ……んんっ、おち○ちんは、さっきから、変わらないね。んちゅっ、ちゅぅぅっ」 キスをしながら彼方のおち○ちんを触る。 硬くて大きなままのおち○ちん。 「……ねぇ、おち○ちんもイッて欲しい。んちゅっ……んんっ、ちゅるっ……はふっ、こうして……んぁ、っん、擦ればいい?」 彼方に教えられた通りに上下に優しく擦る。 彼方は気持ちよさそうに目を細めた後、私に深いキスをした。 「んちゅっ、れろ……ちゅぅぅっ、んんっ、んはっ……れるんっ、あむっ、んんっ……はむぅ……んっ」 「ん……ちゅっ……っ、俺は……エリカの膣内で気持ち良くなるよ」 「私の……膣内?」 彼方がゆっくりと私の体をベッドへと倒した。 そのまま私の服を器用にはだけさせていく。 彼方が後ろから私をそっと抱きしめる。 「私の……いっぱい濡れてるよ? だから……もうおち○ちん入れられるよね?」 「……本当にいいのか?」 「いいに決まってる。私、全部あなたの物になりたいよ」 私を抱きしめる腕に、ぎゅっと力が加わる。 それだけで凄く幸せで、心から安心出来る。 「怖くないか?」 「ちっとも。大好きな人のだもん」 「はは、そっか。……じゃあ入れるよ」 彼方は私の足を上げると、私のおま○こにおち○ちんをあてがった。 「ふぁっ」 初めて触れられたおち○ちんの感覚に、思わず声が漏れてしまう。 「行くよ、エリカ」 彼方が私の濡れたおま○こにおち○ちんをグッと押し当てた。 「んっ、んんんっ、んぁっ……んんんんっ……!」 肉を広げられる様な感覚と共に、熱くて硬い物が私の中をかき分けるように侵入してくる。 「はぁうぅぅっ、んっ、んぁっ、ひゃぅぅっ」 ――――つぷ、ん、つぷんっ。 プチプチと何かが弾けるような音がする。 おま○この中で濡れて泡立った液体が、小さく弾けて混ざり合っていく。 「不思議な感じはするけど、痛くはないよ」 「……じゃあ奥まで入れるぞ」 「うん、きて」 ずぷぷぷんっ! 濡れた音を響かせながら、彼方のおち○ちんが根元まで挿し込まれた。 「はぁうぅぅっ!」 「エリカ、大丈夫かっ?」 「ん……、平気。えへへ、これで私……あなたの物になれたんだね」 痛みが無いのは嘘じゃない。 私が幽体だからなのかな? 初めては痛いって聞いていたけど、そんな事はちっともなかった。 ただすっごく気持ちがいい。 「初めてなのに……すっごく気持ちがいいの……、……っなたぁ、私……気持ちがいいよぉ」 「大丈夫なんだな? ……じゃあ動くぞ」 「うん、動いて。っ……ふぁっ、一緒に……っ、気持ちよくなって?」 彼方が私の体を支えながら、何度も何度も腰を動かす。 その度に膣内が掻き回されて、出した事もないような声が溢れて止まらない。 「あぁっ、すご、凄いよ、あぁっ……おま○こ、んぁっ、おち○ちんで突かれて、あぁぁあっ、はぁっ、んぁっ」 「気持ちいい、ふぁぁあぁんっ! 気持ちがよすぎるよぉっ、こんな、こんなの初めて……っ! あっ、あぁっ!」 「エリカの膣内凄いよっ。キツくて、濡れまくってて……エリカのおま○こが絡みついてくるっ」 「あぁんっ、ん……あはっ、大好きな人のおち○ちんが挿入ってるのが嬉しいのっ、あぁっ、あぁんっ!」 「ふぁぁっ……わ、私でもちゃんと出来て……嬉しいよっ、あんっ、あぁぁぁんっ」 「はぁっ……んっ、んはぁっ、あぁぁぁ……いい、いいよぉ……んっ、んぁぁぁんっ」 初めての膣内を掻き回される感覚に、脳がピリリと痺れていく。 あぁ、これが好きな人と一つになるって事なんだ。 「ふあぁぁっ、ん……あぁっ、あぁぁっ、いい……いいよぉ……っ」 心も体も満たされすぎて、なんだか涙が出て来そう。 「エリカ、大好きだよ。エリカ」 「私も……! 私も大好きなの、あぁっ。あぅっ、あぁっ、あぁああんっ!」 快楽に身を委ねる私の耳に、彼方がそっとキスをする。 それだけで意識が飛びそうな程に気持ちがいい。 「ふあぁぁっ、あぁっ……んっ、んっ、あぁぁぁんっ」 「……エリカのクリトリスも勃起してるね」 「きゃふぅぅぅうんっ! あぁっ、あぅっ、そ、そこ……また触っちゃ、あぁぁああっ」 彼方の指がクリトリスを優しく弾く。 おち○ちんでお腹の中を突かれながら、クリトリスを触られて、もう何も考える事なんて出来ない。 「きゃふっ、きゃふっ、はぅぅっぅぅぅっ! 気持ちいい、気持ちいいよぉっ! あぁぁあんっ、あぅっ、あぅっ!」 「おち○ちんジュポジュポって私の中……かき回してるっ、あぁっ、あああああぁあんっ!」 「んっ、……あなたの指……、指も、クリトリスをクリクリしてて、それで私……っ、あぁっ、ダメ、ダメ、ふぁぁっ、ひゃうっぅっ」 「エリカの愛液、お尻まで垂れてるっ、……くっ」 「おま○こもクリトリスも気持ちがイイのっ……! ふぁぁっ、だから……だからぁ……あぁぁんっ」 「いっぱい濡れて、いっぱいジュポジュポって……あぁっ、ジュポジュポってなっちゃぅ……はぁんっ! きゃううぅぅんっ」 足先に力がこもっていく。 何も考えられないのに、自分がイキそうな事だけは分かる。 「気持ちいいっ、いいのっ! あふっ、あぁぁぁああぁんっ! おま○こいいよぉぉぉっ」 「ひんっ、ひゃうんっ! イ、イクぅぅぅっ、私イっちゃううよぉ、また……また体がビクビクってなっちゃうよぉっ」 「おち○ちんで……あぁっ、ジュポジュポってされて……私、あぁっ、イッちゃぅぅぅぅっ」 「俺ももうイキそうだ……!」 「イッてぇ、……おち○ちんもイってぇっ! 私の膣内でイってぇぇぇっ」 「ふぁぁっ、おち○ちん、私の膣内で……ビクビクしてるぅっ、あふっ、あぁあっ、あぁ!」 「ビクビクしてて気持ちいいっ、いいっ! あぁっ、あぁぁあぁっ! ふぁぁぁあぁっ」 「エリカの膣内も凄い、痙攣しまくってて……ぅっ! 気持ちがいいっ」 「あぁ……あぁっ、好きぃ……! んっ、んぁっ、んはぁぁっぁんっ!」 「俺も好きだよ……! エリカ!」 「あぁぁあんっ! ふぁぁ……! ……っなたぁ……っ! あぁっ、あぁっ」 私の膣内を往復する彼方の動きが速くなる。 その度に奥を突かれて、私の意識は飛ぶ寸前だ。 「あぁぁあんっ! ふぁっ、あぁぁぁっ、ダメ、もう……! あぁぁっ!」 「あふぅぅぅぅっ! 気持ちイイのっ、気持ちイイのぉぉぉ! あぁあ、あぁあぁぁっ、頭の中ハジケちゃうっ、真っ白に、あぁああぁんっ」 彼方のおち○ちんが一際大きく震える。 あぁ、私……私彼方と……一緒に……! 「あぁぁっ、ふぁぁ、イク、イっちゃうよぉぉ、一緒に……あぁあっ、一緒にぃぃぃっ」 「分かった……!」 「ふぁぁぁっ、ああぁあぁっ、ダメ、あぁぁぁぁっ、私……っ! ふぁぁぁぁっ」 「イクイクイクイクぅぅぅぅぅっ! あぁぁあぁああぁああっ! イっちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」 「俺も……出るっ」 「ああぁぁぁああっぁあぁぁあぁああぁぁぁぁあぁぁっぁぁぁぁあぁっ!!」 ドクンドクンと脈打ちながら、彼方の中から温かな液体が飛び出してくる。 ビュッビューーっと勢いよく射精されて、私の膣内が満たされていく。 「あふ……あぁん、あっ……いっぱい……出てるぅ……」 「彼方のが……私に……馴染んでく……ふぁぁっ……はぁっ、んっ」 「……はぁ、……っ、エリカ……有難う」 「んん……、んはぁっ……それは私のセリフだよ。……有難う彼方、はぁっ……私、女の子に産まれて良かった……」 彼方が私に優しいキスをする。 心も体も満たされて、体中が幸せに満ち溢れていく。 「幸せだよ、彼方……。生まれてきて一番幸せ……」 彼方に抱きしめられながら、私は小さく呟いた。 ギュッと抱き締めた小さな身体を、机の上に横たえる。 「ね……きて……?」 甘い声で誘惑の言葉を囁きつつ、エリカは自ら身体を開いた。 両手を足に添え、布一枚で隠された大切な箇所を惜しげもなく俺の眼前に晒す。 「また、ずいぶんと大胆だな……」 「だって、他の人に、見られる心配なんてないもの」 悪戯っぽく笑って、エリカが小さな舌を出す。 その小悪魔チックな反応に苦笑しつつ、俺は目の前に差し出された下着に手を伸ばす。 割れ目の部分を布越しに撫でると、エリカは僅かに太ももを震わせた。 「まずは、しっかり準備しないとな」 「とかいって、自分が触りたいだけ、なんじゃないの?」 「まあ……そういう気持ちもあるけど」 「ふふっ……エッチだなぁ……あっ、んんっ……」 人さし指の腹を、秘裂にそって上下させる。そうすることで、エリカの口から甘い声が漏れた。 「エッチ、って……誘ってきたのはエリカの方だろ?」 「ち、違うもん……ん、はぁっ……私は、霊力が足りなくなってきた気がしたから……それで……ふぁっ……」 「……んんっ、エネルギー補給させて? って……お願いした、だけ……だもんっ……ふふっ」 都合の良い理由を述べて、艶っぽく笑うエリカ。そんな彼女が愛おしくて、思わずこっちまで笑顔になってしまう。 「なら、満タンになるまで補給しないとな」 「うん、いっぱいにしてっ……エリカの中、……大好きなあなたでいっぱいに……あっ、あぁっ……」 人さし指を、割れ目に食い込ませるように押し込んでいく。 「あっ、あぁっ……ん、んぁっ……そ、そんな、グリグリってされたらっ……んっ、ひゃっ……」 やがて、エリカの下着にじんわりと濡れ染みが浮かび始めた。 「ふぁっ、あっ、んんっ……やぁっ……あぁっ、気持ちいいよぉっ……」 「ひゃぅううっ……! んっ、んぁっ……ねえ、あぁ……もう、いいでしょ……?」 「これ以上、されたらっ……ん、ふぁっ……パンツ、ビショビショになっちゃうぅ……」 その言葉を聞いて、俺は自らの手を引っ込める。 「んっ……はぁ……はっ、はぁ……」 エリカの下着が濡れることを懸念した……というよりは、これ以上続けていたら、自分が我慢出来そうになかったからだ。 自らファスナーを下ろして、下着の中から熱くなったものを解き放つ。それを見たエリカが、小さく声を上げた。 「……もう、そんなになってるんだ……」 「そりゃ、目の前で可愛い彼女が、エッチな声出して感じてるのを見たら……」 「ん……正直でよろしい」 冗談っぽくそう言うと、エリカは自らの下着に手を掛け―― クロッチに濡れ染みのできていたそれを、スラリとした脚から抜き取った。 そして再度、俺を受け入れるかのように大きく股を開く。 「俺以外の誰にも見えない」という特殊な事情が、エリカを大胆にさせているのか…… 遮るものなど何一つない状態で、愛液に濡れた秘裂が惜しげもなく晒されている。 「もうっ……じーっと見すぎ……」 「ああ、ごめん……なんか、見とれちゃって」 「この格好でそういう事言われると……素直に喜んで良いのか分からないよ」 言われてみれば、そうかもしれない。思ったことを素直に口に出しすぎたか……。 「ね、それより……」 エリカに行為を促され、俺はその下腹部をこちら側に引き寄せる。 「んっ、んんっ……」 エリカの痴態に興奮し、反り返るように上向いた俺のペニス。 その先端を、粘液で濡れた割れ目にあてがい―― 「ふぁっ……あっ、ん、んんんっ……! んぁあああああっ!!!」 窮屈な中を押し開くようにして、先端から潜り込んでいく。 「あっ、あぁっ……! ん、んぁっ……はぁっ……なた、のっ……熱いのがぁっ……ん、んんっ……!」 「私の、中にぃっ……入って、きてっ……はっ、んっ……んんっ……! ふぁっ、あっ……あぁっ……!」 相変わらず、ものすごい圧迫感だっ……! 油断すると、すぐにでも射精してしまいそうなくらいにっ……! 「んゃぁっ……! はっ、ん、んんんっ……! ふぁっ、あっ、あぁっ……」 「あぁっ……熱い、おち○ちんっ……ゆっくり、奥まできてるのぉっ……」 「硬くて熱い先っぽが、私の中をズプズプって押し開いてっ……あっ、ん、んぁっ……はぁっ、あっ、あぁああっ……!!」 エリカは身体が小さい分、普通の女の子よりも中が狭いのかもしれないっ……。 小柄で愛らしい彼女の繊細なところを傷つけないよう、慎重に、慎重に奥へとっ……! 「んっ、んんっ! んぁっ、あっ……ふぁああああっ……!!」 エリカの太ももと、俺の股間が完全に密着……したところで、エリカが小さく仰け反った。 「はっ……あっ、ふぁっ……はぁっ……全部、入った……?」 「ああ……根元まで、エリカと繋がってる」 亀頭の先端には、どこかコリッとした感触が伝わってきて……それもまた、一番深いところまで繋がっている証拠なのだと思った。 「じゃあ……早く動いて?」 「え……? そんな、いきなり大丈夫か?」 「へーきっ。さっき、ふぁっ……私のおま○こをいっぱい可愛がってくれたから……もう、準備万端だもん」 とはいえ、あまり激しく動きすぎると、壊れてしまうんじゃないかと不安になるほどの窮屈さ。 欲望の赴くままに腰を振ることも吝かではないが、それをしてしまったらエリカが…… 「どうしたの……?」 「……ひょっとして、私のこと子供扱いしてる?」 「ううん、絶対そう! 私の身体が小さいからって、余計な気を遣ってるでしょ……!」 み、見透かされた……!? これも霊力の成せる技なのか!? 「そんなの、気にしなくていいのっ……! 自分のしたいように、私のことを抱いてくれれば、それでっ……」 不意に飛び出したエリカの大胆な発言に、思わずドキッとしてしまう。 見た目は幼くとも、内面はれっきとした一人の女性……ってことか。 「あ……それとも……」 などと考えていたら、エリカが意味ありげに視線を向けてきた。 「いきなり速く動いたら、すぐに出ちゃうから……それが恥ずかしくて、ゆっくりしようとしたの?」 「そういうことかー……それなら、仕方ないかな、うん」 おいおい、何だよその強引な決めつけは……。 「ふーん、そっかあ……私のおま○こ、そんなに気持ちいいんだ……ふふっ」 喜び半分、挑発半分といった様子でくすくすと笑うエリカ。 って、それは大きな誤解だぞ……! いいだろう、そっちがそう来るなら……! 完全に抜けてしまわないよう、ギリギリのところまで腰を引いてから―― 「ひぁあああああああああっ!!??」 微塵も遠慮することなく、エリカの膣内を思いきり突き上げた。 「んぁああああっ!! いっ、いきなり、いきなりおち○ちんきたぁあああっ!!!」 その勢いを殺すことなく、胸を張るようにしてエリカの内側を擦っていく。 「ひゃぅううっ! あっ、あぁっ! お、おま○こっ、なかっ、擦れてぇっ……! んっ、んんっ!」 「……あなたのっ、反り返ったおち○ちんがぁっ、おま○この上の方、抉ってくるのぉっ……!! ひゃっ、あっ、あぁっ!!」 エリカの下腹部を揺さぶる度に、ガタガタと机が音を鳴らす。 普段、みんなが授業で使っている教室という空間で、淫らな行為に耽っている背徳感もまた、興奮材料になってっ……。 「あっ、ん、んんっ……! 熱いのぉっ、大きくて熱いのっ、どんどん膨らんでるのぉっ……!」 「私のっ、おま○この中押し広げるみたいにぃっ、ビクビクしながらムクムク膨らんでるのっ、伝わってくるぅううっ!!」 興奮すればするほどペニスが膨らみ、必然的に膣内の圧迫感は増していく。 早漏疑惑を払拭するために腰を振り始めた手前、このまますぐ果てるわけにはいかない……けどっ……! 「んっ、んんんっ……! ふぁっ、あっ、はぁっ……! んっ、くぅうううっ……! はぁっ、あっ、あぁああっ……!」 エリカの中が気持ちよすぎて、必死に歯を食いしばらないと……マズいっ! 「あっ、あっ、あぁああっ……! ……大きい、……大きなおち○ちんがぁっ、おま○この中でビクビクしてるぅっ!」 「ズポズポしながらっ、いっぱい震えてぇっ……! エリカのおま○こが気持ちいいよって、言ってるみたいなのぉっ!」 「ああっ……エリカ、気持ちいいよっ……!」 「うんっ! 私っ、私も気持ちいいのぉっ……! 大好きな人と繋がってっ、おま○こにおち○ぽジュポジュポされてぇっ、いっぱい感じてるのぉっ!!」 高まる快感を表現するかのように、結合部から止めどなく溢れ出る愛液。 「んっ、んんんーーーーっ! ふぁっ! あっ、はぁっ……! んっ、んぁっ! あぁああんっ!!」 混ざり合う粘液は抽送の激しさによって白く泡立ち、伝い落ちるそれがエリカのお尻を、果ては机を汚していく。 「んんんっ!!!」 腰を上向けて勢いよく突いた瞬間、エリカが全身を震わせた。 「んぁあっ……! そ、そこぉっ……! そこっ、気持ちいいよぉっ! ふぁっ、ふぁぁっ……!」 ここが、エリカの弱いところ……なら、このまま一気にっ……! 「ひゃあぁああああああんっ!! あっ、んっ、んぁああーーっ!! あっ、はぁっ、やっ、やぁっ、あぁあぁぁっ!」 身悶えるように身体を捩り、快感の波に溺れているエリカ。 「んんっ! ふぁあぁっ! そっ、そこぉっ……! エリカの一番気持ちいいところっ、そんなにズボズボってしたらぁっ……!」 「もうっ、我慢出来なくなっちゃうぅっ! すぐにイッちゃうっ! イッちゃうからぁっ!!」 「いいよエリカ、気持ちよくなってくれっ……!」 俺の方も、もうっ……!! 「ひゃぅうううううっ!!! あっ、あぁっ! うんっ! なるっ、なるぅっ! 気持ちよくなるぅうううっ!!」 「おち○ちんに奥までズポズポってされてぇっ!! おま○こが気持ちよくなっちゃうぅっ! もうおかしくなっちゃうぅううっ!!」 「あっ、あぁああああっ!! ダメっ、ダメぇええっ!! くるっ、きちゃうっ! きちゃうぅっ!! あぁっ! あっ! んっ! んんんんっ――」 「ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」 ――俺にだけ聞こえる大絶叫が、教室中に響き渡る。 「んぁああっ!! あっ、はぁっ……! ん、んんっ……! ふぁっ、はっ、はぁっ……! あっ、んっ、んぁっ……」 下腹部をビクビクと痙攣させ、机をガタガタと揺らしながら……絶頂に達したエリカは、涎を垂らして涙目になっている。 「んっ、んぁああっ……あっ、……ぁなた、のぉっ……熱いのっ、いっぱい……ん、んんっ……びゅるびゅるって、中にぃっ……」 そんなエリカの膣内に、勢いよく放たれていく精液。 「ふぁっ……あぁっ……んっ……おま○こ、満たされてるぅ……彼方の力が……私の、身体中に……」 結合部から溢れ出るほどに飛び出した白濁液を、それでもエリカは笑顔で受け止めてくれた。 「んっ……んんっ……はぁ……はっ、はぁっ……」 射精が収まり、呼吸が整ったタイミングで……ふと、エリカが俺を見つめていることに気付く。 「ん……なんだか、お腹いっぱいになった気分……」 そう言って、エリカは自らの下腹部に手を添える。 「彼方が分けてくれた生体エネルギーで、ここが満たされて……ぽかぽかして、なんだか、その……幸せな気持ちになれるの……」 嬉しそうにはにかんだその表情を見て、たまらずドキッとしてしまう。 と、同時に、股間も正直な反応をしてしまったわけで……。 「あ……彼方ってば、出したばっかりなのにまたビクンってした……」 「……こんな魅力的な彼女を前にして、一回で我慢出来るわけないだろ?」 「きゃっ……♪ 彼方ってば、ホントにエッチなんだー……」 相変わらず、俺をからかうようにくすくすと笑うエリカ。 ならば今度は……そんなエリカに対して、俺が攻撃を仕掛けてやる! 無防備だったエリカの身体を抱き寄せ、その胸元を完全に露出させてから―― 「ひゃわぁっ……」 窓ガラスへ押しつけるような体勢を取りつつ、片足を思いきり抱え上げた。 「か、彼方っ……?」 立ったまま片足を持ち上げられることで、エリカの秘裂は丸見え状態になっている。 そして、それ以上に…… 「ね、ねえ、彼方ってばぁ……」 「これ……ちょっと、恥ずかしい、かも……」 「恥ずかしい? どうして?」 「だ、だって、外から丸見え……」 そう。おっぱいを露出した状態で窓際に立っているので、校庭からエリカの痴態がはっきりと見えてしまうのだ。とはいえ。 「確かに、丸見えかもしれないけど……エリカは普通の人には見えないんだから、大丈夫だろ?」 「そ、そう、だけどっ……でもっ……」 放課後とはいえ、部活動や委員会で残っている生徒も少なくはない。こうしている今も、校庭にはまばらに人の姿が見える。 その中に、俺みたいな特異体質の人間がいたとしたら……エリカはきっと、それを不安視しているんだろう。 「そんな事より、エリカはこっちに集中しないと」 「ひぁっ……!?」 亀頭の先端をぬめった秘裂に押し当てると、エリカの口から小さな悲鳴が漏れた。 俺に言わせれば、その不安材料こそがエリカの羞恥心を煽るキーポイントだと思っている。 俺だって、彼女の恥ずかしい姿を誰かに見られるのは御免だ。でも同時に、多少のスリルを互いの興奮材料にしたいという好奇心もある。 だからこそ、「エリカの姿を視認できる特殊な人間が俺以外に存在したら」という、絶対にないとは言い切れない程度の可能性が、絶妙な塩梅なんだ。 「エリカ、いくよ」 「あ、あぁっ……ま、待って、待ってっ、ホントにっ――」 その言葉には敢えて耳を貸さず、俺は腰を近付けて…… 「んっ、んんんっ……! んんんんんんんんーーーーーーーーーっ!!!」 先程まで繋がっていたエリカの割れ目に、再度ペニスを押し込んだ。 「やっ、あぁっ……ま、またっ、……ふぁぁっ、熱いのが、入ってっ……んっ、んんんっ……!」 唇を噛みしめるようにして、挿入の刺激を堪えている様子のエリカ。 視認される可能性だけでなく、声を聞かれることさえも警戒しているんだろうか……その恥じらいもまた可愛いと思ってしまう……! 「あっ、あぁっ……! そ、そんなっ、いきなり動いちゃっ……! あっ、あぁっ……!」 「さっき、イッたばっかりでぇっ……まだっ、敏感っ、だからぁっ……! ひぁっ、あっ、んっくぅっ……!」 それは俺も一緒で、感じやすくなったペニスを出し入れする度に腰が震えそうになる。 「ふぁああっ! あっ、んっ、んんっ……! ひぁっ、あっ、ああぁぁっ……!」 一度出したばかりとはいえ、油断するとすぐにまたっ……。 「あ、あぁっ……!」 突然、エリカが助けを求めるような声を上げた。 「さ、さっきからあの人こっち見てるっ……私の姿、見えちゃってるのかもっ……!」 エリカに言われて、そっと窓の外を覗き込む。一人の女子が校舎を見上げているのが見えた。 俺たちのいる教室を注視しているというよりは、景色全体を眺めている風に見えるけど…… 「や、やっぱりこんなっ……ん、んんっ……ふぁっ、あっ……」 今のエリカには、それを判断するだけの冷静さが不足してるんだろうな。 「大丈夫だよエリカ。エリカのことが見える人なんて、滅多にいないって」 「で、でもっ……現に……あなたとか、ハインさんみたいな人がいるわけだし……それにっ……」 エリカはこちらに視線を向けてくる。困惑と恥じらいが入り交じってか少し涙目になっていた。 「……さっき、いっぱい注いでもらったから……私の霊力が高まって、姿が見えやすくなってる……かも」 その言葉を口にするのが恥ずかしかったのか、エリカの膣内がキュッと締まった気がした。 男としては、そんな愛らしいリアクションをされたら……当然、興奮してしまうわけで……!! 「ひぁああああああああっ!!?」 エリカの太ももをギュッと抱き寄せた俺は、より密着した股間を一心不乱に打ち付けていく。 「やっ、やぁっ! やぁっ! ん、んぁっ! ダメっ、ダメだってばぁあああっ!!!」 俺の動作が激しくなることで、互いの身体がぶつかり合う音が教室中に響き渡る。 「んっ、んんんんっ!!! ふぁっ、あっ、あぁっ! ひゃっ、んっ、んぁあああっ! やぁっ! あっ、あぁぁんっ!!」 それに加えて、愛液の混ざり合ういやらしい音や、エリカの喘ぎ声なども重なって……より興奮が高まっていく。 「やっ、あぁっ……! ダメっ、ダメ、なのにぃっ……! ……あなた以外の人に、裸なんて見られたくないのにぃっ……!」 「それなのにっ、いつもよりおま○こ感じちゃってっ……いけないことなのに、キュンキュンしちゃってるのぉっ……!!」 確かに、さっきより締め付けが激しい気がするっ……少し、ペースを落とさないとっ……。 「ねっ、んぁっ……私、エッチな女の子なのっ……? んっ……! んぁっ、あぁっ……!」 「誰かに、見られたらって思うとっ……ドキドキして、普段より興奮しちゃってる……んっ、はぁっ……」 「ねえ、私って、エッチな女の子……?」 腰の動きを緩めたタイミングで、エリカがそんなことを訊ねてきた。 「そう、だな……さっきも、エリカの方から積極的に求めてきたし……言われてみれば、エッチな女の子かもな」 「あぅ……」 「でも……俺はエッチなエリカも、大歓迎だ」 「ふぁぁ……ん、ちゅっ……」 気持ち以上のことを伝えたくて、俺は身体を倒してエリカに口付けをした。 「ん……ふふ……♪ エッチなカレと一緒にいるうちに、私もエッチになっちゃったのかな……?」 「それだと、原因が俺にあるみたいな言い方だけど……」 「うん、そうだよ?」 そう言って、エリカは満面の笑みを浮かべた。その表情に、言葉では言い表せない温もりを感じた。 「あっ……ん、んんっ……」 それと同時に、目の前のエリカを愛おしいと思う気持ちが溢れ出し……俺の身体は、再びエリカを求めていく。 「ひゃっ、ん、んぁっ……! あっ、はぁっ、あぁっ……んっ、くぅっ……!」 キュッと締まっているエリカの膣壁を、押し開くように奥へ、奥へ。 「やっ、はっ、あぁっ……! んっ、んんっ、んぁっ……! はぁっ、あぁっ……!」 「ふぁぁっ……あっ、んんっ……! 好きっ、大好きぃっ……!」 今、俺とエリカの目には互いの姿しか映っていないのだろう。 「もっと、もっと激しくしてぇっ……! さっきみたいに、奥までっ、強くしていいからぁっ……!」 先程まで外からの目を気にしていたエリカは、俺の瞳だけを見つめてそう懇願してきた。 「ひゃぅううううっ!!! んっ、んぁっ、あっ、あぁあああああっ!!!」 だから俺も、期待に応えるべく夢中になって腰を振る。 「私のおま○こっ、好きなだけ使っていいからぁっ!! おち○ちんが気持ちよくなれるまで、いっぱいズポズポしていいからぁっ!!」 下腹部に射精感が渦巻き、頭から理性が溶け落ちていくこの感覚っ……。 「だからっ、また中に出してぇえええっ!! ……精液いっぱい、エリカのおま○こに全部ドピュドピュってしてぇええええっ!!」 言われなくとも、そのつもりだっ……!! 「んぁあああああっ!!! あっ、あぁっ! はぁっ、んっ、くぅうううっ……! ひぁっ、あっ、あぁあっ! んんんーーーーーーっ!!!」 エリカの脚を両腕で抱き締めるようにして、獣のように腰を打ち付ける。 「ひぁあああんっ! またぁっ、また当たってるぅっ……! おま○このっ、一番気持ちいいところぉっ……! いっぱい擦られてるぅっ!」 「ふああぁっ! 私っ、またイッちゃうぅっ! おち○ちんで、イかされちゃうぅっ!!!」 「エリカっ……! このまま、一緒にっ……!」 「うんっ! 一緒にぃっ! 一緒にきてぇええっ!! ひぁっ! あっ! んぁああああっ!!!」 このまま、一気にっ……!! 「ひゃぅうううっ!! んぁっ! あっ、はぁっ! んはぁっ! イッちゃうっ! イッちゃうよぉっ!!」 「ずっとっ、我慢してたけどぉっ……! もうっ、もうダメなのぉっ! 限界なのぉっ!! あっ、んぁっ! あぁああっ!!」 「あなたのおち○ちんが気持ちよすぎてぇっ! おかしくなってイッちゃうぅっ!! あっ、あぁっ! イクっ、イクイクイクぅううううううっ!!!」 「イッくぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!!!!!」 ――二度目の絶叫が、教室中に響き渡った瞬間…… 「んんんっ……!!! ふぁっ、はぁっ……! あっ、あぁっ……! ん、んっくぅううっ……!」 急激に圧迫感を増した膣内で、俺のペニスも限界に達した。 「ふぁああっ……! あっ、はぁっ……彼方のぉっ……また、いっぱいきてるぅっ……んっ、んぁっ……」 「お腹の中、満たされてぇ……んっ! ふぁああっ……身体中、がぁ……ぽかぽか、してくるのぉ……んっ……ふぁっ……」 やがて、先程と同じように……エリカの中に収まりきらなかった精液が、結合部からとろりと垂れ落ちてくる。 エリカのすらりとした脚を伝い落ちていくその様が、またたまらなくエロくて…… 「んっ……んんっ……」 ふと、息を切らしたままのエリカが、俺の方を振り返った。 「もう、彼方ってば……ホントにエッチなんだから……」 「今、またちょっと大きくなった……ちゃーんと分かっちゃうんだから」 ……確かに、乱れに乱れた後のエリカを見て、興奮してしまったのは紛れもない事実だ。 「やっぱり、私がエッチになっちゃったのは……彼方の影響、だね」 「じゃあ……そういうことで」 若干の照れくささを憶えながら、エリカと少し見つめ合う。 そして俺たちは、どちらからともなく笑い合い……恋人と通じ合う喜びを、改めて噛みしめたのだった。 「よいしょ、っと……」 周囲をキョロキョロと見回してから、エリカが俺の前に跪く。 目線の高さがずれて、エリカの顔が俺の股間と向き合う形になった。 「どうしたんだ? そんな所にしゃがみこんだりして」 「してみたい事があるの。初めてだから、上手く出来ないかもしれないけど……私、頑張るからね」 「頑張るって、なにを?」 「もう……この体勢を見たら、分かるでしょ?」 そう言って、エリカが股間の膨らみをそっと撫でてきた。 「今から、私がごほーししてあげるの」 ご奉仕、の言い方がどこか拙く感じられたことに、笑みをこぼしてしまう。 「あーっ、なに笑ってるの!」 「いや、今のは……」 「どうせ私には出来ないだろうとか、思ったんでしょ? ちゃんと出来るんだから」 張り合うようにそう言って、エリカは俺のファスナーを下ろし…… 「きゃっ……」 跳ねるように飛び出したそれを見て、小さな悲鳴を漏らした。 「ふーん……、もうこんなに大きくしちゃってるんだ……」 この位置関係で、エリカが俺にご奉仕、ってことは……。 「私にご奉仕してもらえる、って期待して……こーふん、しちゃったの?」 「そんなところ……かな」 「ふふ……そっかそっか♪ それじゃあ……」 嬉しそうにはにかんでから、小さく息を吐くエリカ。そして、可愛らしく舌を出したかと思うと―― 「ん、ちゅるっ……」 エリカの柔らかく、生温かい舌が亀頭を撫でてきた。 「さっきも言ったけど、こんなことするの初めてだから……気持ちよくなかったり、痛かったりしたらちゃんと言ってね?」 「その代わり、気持ちいいなって思ったら……その時は、いっぱい出してね……?」 はにかみ混じりのお願いを受けて、俺は微笑みながら頷いた。 「それじゃ……ん、ちゅるっ……れろっ……」 「ちゅぷっ、ぺろっ、れろっ……ん、んちゅっ……れろっ……ちゅるるっ……」 尖らせるように突き出した舌で、エリカは俺のペニスを丁寧に舐めていく。 「んちゅるっ……ちゅるる、れろっ……ぴちゅっ、ちゅっ……ぺろぺろ、ん、んちゅっ……」 子猫がミルクを舐めるかのような、拙い舌使い。それがペニスの色々なところを這うように刺激してきて、くすぐったさと快感が入り交じる。 「ん……ちゅぷっ……んん、気持ちいい……? ん、ぺろっ……れろっ……これで、あってる?」 「ああ、ちゃんと気持ちいいよ」 「なら、いいけど……んちゅ、れろっ……ぺろっ、ちゅぷっ……」 当然、俺も口でしてもらうのは初めてなので、これがあっているかどうかは分からない。 ただ、エリカが献身的に、俺のモノを口でしてくれているというだけで……興奮とは違う嬉しさがこみ上げてくる。 「れろっ、ちゅっ……ん、んちゅるっ……ん……おち○ちん、ちょっとずつ大きくなってる、かも……ん、ぴちゅっ……」 「さっきより、硬くなってる気がするし……時々、ビクンって震えて……ん、ちゅっ、ちゅるるっ……ぺろぺろっ」 「あっ……今、気持ちよかったんだ。おち○ちんが元気にお返事したよ?」 敏感な箇所に舌が絡みついてきて、たまらず背筋が伸びてしまった。 「つまり、弱点は……ここ……? ん、ちゅるっ、れろっ……」 「うぁっ……」 「ふふっ、みーつけた……♪ この、先っぽのところなんだ……れろれろっ、ちゅ、んちゅっ……ぴちゅっ……」 「ここを、いっぱい舐めてあげると……おち○ちんがビクビクって悦んで……ぺろっ、ちゅっ、ちゅるるるっ……」 俺の無防備な亀頭を、エリカの舌が執拗に撫で回してくる。 「ここの、スジになってるところ……ここも気持ちいいの? ん、ちゅぷっ、ぺろっ……ちゅるっ……」 「うん……やっぱり、おち○ちんの反応が違う気がする……ふふっ、なんか面白いかも……ちゅっ」 亀頭に戯れのキスを受けて、下半身が痺れたような気がした。 「それじゃあ、先っぽとか……裏側のこことか……ん、ちゅるっ……れろれろっ……ぺろっ、ちゅるるっ……」 「いっぱい、いっぱいペロペロしてあげるね……ちゅぷっ、ぺろぺろっ、れろっ……ん、んちゅっ、ぴちゃっ、ちゅるっ……」 膨らむ亀頭に絡みつき、裏筋を這うように動き回るエリカの舌。 「れろっ……ちゅ、んちゅっ、ちゅるるっ……ん、ぷはぁっ……はっ、ん、んんっ……ちゅるっ、れろっ、ちゅぷっ……」 俺の弱い部分を的確に責めてくるそのテクニック……初めてのくせに生意気なっ……! 「ん、ちゅっ……あはっ……んん、先っぽからなにか出てきたよ……?」 先端に滲んだ我慢汁を、興味津々といった様子で見つめるエリカ。 「ん、れろっ……これは、精子じゃないの……?」 「似て非なるものというか……俺が快感を覚えることで、ちょっとずつ出てくるんだよ」 「ふーん……じゃあ、これは私のご奉仕で、ちゃんと感じてくれてるっていう証拠みたいなものね」 人さし指の先で我慢汁を拭い、エリカはそれをまじまじと見つめる。 「じゃあ……もっといっぱい気持ちよくしてあげたら、いっぱい出てくるの?」 「まあ、そうかな……」 「それじゃあ……あ〜……」 不意に、エリカが大きく口を開けたかと思うと―― 「あむっ」 お、俺の先っぽが、丸々エリカの口の中にっ……!? 「ん、んんっ……んちゅっ、ん、んむっ……れろっ、ん、んちゅっ……」 上下の唇で竿を固定するようにしながら、亀頭の部分にぱくついたエリカ。 どうしていいか分からないのか、そのままの状態で上目遣いに俺を見つめてくる。 「エリカ、えっと……そのまま、頭を前後に……」 「ん、んむっ……?」 「そ、そう……そうやって、口を使って、扱くような感じでしてもらえると……」 「んっ」 こくりと頷いて、エリカは再び俺のモノに視線を落とす。 「ん、じゅっ……ちゅっ、んちゅっ、ちゅるっ……ん、んぷっ、くぷっ……」 そして、頭全体をゆっくりと根元の方へと近付け、竿の部分を飲み込んでいった。 「んんっ……! ん、んちゅるっ、ぷはっ……はっ、はぁっ……はっ……」 深くまで咥えすぎたのか、エリカが涙目になって一度口を離す。 「ぱくっ……ん、んむっ……ん、んちゅっ、れろっ、ちゅっ、んんんっ……」 それでもめげることなく、再びペニスを咥え込み……ゆっくりと、確かめるように唇を滑らせていく。 「んっ、んんっ……んちゅっ、じゅっ、ちゅるるるっ……んちゅっ、ぷちゅっ、じゅるっ……」 小さな口で、懸命に俺を気持ちよくしようと頑張ってくれるエリカ。 その様子を見下ろしているだけで、胸の奥から高揚感が湧き上がってくる。 「んちゅっ、ちゅぷるっ……れろれろっ」 「んっ、ふふっ……♪ んちゅっ、れろっ、ちゅるるっ……ぺろっ、ちゅぷっ、んちゅっ……」 今、エリカのやつ……口の中に収まった亀頭に、舌を思いっきり絡めてっ……。 柔らかい唇で竿を扱きながら、そんなことまでしてくるなんて……こ、これはっ……。 「んっ、んふぅっ……んちゅっ、れろっ、ん、んんっ……」 夢中になって俺のモノにしゃぶりついているエリカの表情に、段々と艶っぽさが表れてくる。 「ぷはっ、はぁっ……ん、んちゅるるっ……じゅるっ、じゅぽっ、ぷちゅっ、ちゅるるっ……」 それが俺の思い過ごしじゃないことは、フェラの激しさが増していることからも窺える。 「ん、んんっ……! ふぁっ、ん、んちゅっ……じゅぷるっ、ぴちゅっ、れろっ、ぺろぺろっ……ん、ふぁあっ……」 エリカの口から奏でられる、じゅぷじゅぷといういやらしい音。それとは別に、ピチャピチャという音が聞こえた気がして―― エリカ……エリカが、俺のモノを咥えながら、自らの手で自分を慰めて…… 「ちゅっ、ちゅるるっ……ん、んちゅっ、れろっ、ぴちゅっ……ちゅぷっ、ん、んじゅっ、じゅっ、じゅぷっ……!」 俺のモノを咥えているうちに、自分も興奮したってことだよな……? その事実を知ったことで、俺の方まで興奮が高まってっ……! 「んんっ……! んっ、んじゅっ、ちゅるっ、ん、んぷっ……! じゅるっ、れろっ、ちゅっ、ちゅぷっ……!」 口を使って奉仕をする一方で、片手を下着の中に忍ばせ、自らの秘裂を弄っているエリカ。 そんな彼女の表情はすっかり蕩け、唇の端からは涎と愛液が白い泡となって垂れ落ちている。 「ぷはっ……はっ、はぁっ……ん、……あぁぁっ……あなたのおち○ちん、もっとぉっ……ん、んちゅっ、はむっ……」 一度口から離した涎まみれのペニスに、鼻先をすり寄せるようにして……再度、積極的にむしゃぶりついてくる。 「んじゅるっ……! じゅぷっ、ぷちゅっ、れろれろっ……! ん、んじゅっ、ちゅぷっ、ん、んんっ……!」 そして、エリカの口淫はより激しさを増し……程なくして、俺の下腹部に射精感が渦巻き始める。 「んっ、ちゅっ、んむぅっ……んんっ……! ちゅるっ、ぷちゅっ、じゅっぷ、じゅぷっ、くぷっ……!」 エリカの下着の中で鳴るクチュクチュという音もより鮮明になり、時折太ももを震わせて感じているのが確認できた。 できれば、もう少し味わっていたかったけど……でも、これ以上はっ……! 「え、エリカ、もうっ……!」 「んむぅっ……ん、んんっ……」 こくこくと二、三度頷いて、俺の射精が近い事を了承してくれたらしいエリカ。 「ぷはっ……はっ、はぁっ……ん、んむっ! んじゅっ! じゅるっ! じゅっぷっ! ぐぷっ、くぷっ……!」 「うぁっ……!」 そして、ラストスパートと言わんばかりに……こ、これはっ……! 「じゅぷっ! じゅるっ、じゅっぷっ……! くぷっ、ん、んむぅっ……! んじゅるっ! れろっ、ちゅぷっ……!」 唇で激しく竿を扱かれ、口の中で亀頭や裏筋を舐め回されてっ…… 「んっちゅ、ちゅるっ、れろれろれろっ……! んじゅっ、ちゅるっ、じゅぷっ、ぴちゅっ、れろっ……!」 その上で、口を思いっきり窄められて、ペニスを圧迫されたらっ……もうっ……!! 「んんんっ! んじゅるっ! じゅるっ! ぷっちゅ! じゅぷっ、ぺろぺろっ、ん、んんんっ! んんんんんっ――」 「うぁっ!!!」 「んむぅううううううううっ!!! んっ、んんっ……! んむっ、んぷっ……!!」 ギュッと目を閉じたエリカの口内で、ペニスが勢いよく爆ぜる。 「んっ、んむぅっ……ん、んちゅっ、ちゅるっ……ん、んんっ……んくっ……」 ビクビクと脈打つペニスを必死に唇で押さえ込み、その先端から放たれる白濁液を口で受け止めてくれるエリカ。 「んっ、んくっ……ん、こくっ……んちゅっ、ちゅっ、んむぅっ……」 って、あれ……エリカ、もしかして…… 「んんんっ……んちゅるっ……こく、んくっ……ん、んっく……こくんっ……」 飲んで、くれてるのか……? 「ん、んんっ……ぷはっ……はっ、はぁっ……はぁ、はっ……」 やがて、俺の射精が落ち着いたところで……エリカが口を離し、ペニスが弾かれたように反り返る。 「ん、ぷはぁ……はっ、はぁっ……ん、ふふっ……全部飲んじゃった……」 「エリカ……いくらご奉仕ったって、別にそこまで……」 「いいの……だって、勿体ないもん……せっかく、私のために出してくれたエネルギーなんだから……」 そう言って、エリカは自らの喉に指先を添えた。 「一滴残らず、全部欲しかったの……ふふっ……」 あくまでも、自分の意思でしたことだと……そう主張するエリカの可愛らしさに、頬が緩んでしまう。 それと同時に、彼女とより深く繋がりたいという思いもまた、自分の中でハッキリと膨らんでいって…… 俺は、エリカの身体を優しく抱き上げて…… その華奢な身体を持ち上げ、両脚を抱えるようにして挿入の準備を整えた。 「も、もうっ……私に、こんなえっちな格好させるなんて……」 「誰にも見えないから、大丈夫だろ?」 冗談っぽくそう言うと、エリカは笑顔で応えてくれた。 「ん、んぁっ……」 この位置からだと、反り返った俺のモノがちょうどエリカの割れ目に擦れる。 「や、やぁっ……ふぁぁ、ダメぇっ……そんな、焦らすようなこと、しないでぇっ……」 既に愛液でまみれたエリカの秘裂と、唾液や精液でヌルヌルになった俺のペニス。それを戯れに擦り合わせていたら、エリカが切なげにそう言った。 「早くぅ……早く、欲しいのぉ……おち○ちん……私のおま○こに、入れて欲しいのぉ……」 自ら腰を突き出すようにして、発情気味に挿入を懇願してくるエリカ。 「んんっ……ねぇ、気付いてたでしょ……?」 「何に?」 「さっき、おち○ちんにお口でご奉仕してるとき……途中から、自分でおま○こ弄っちゃってたこと……」 その光景は、しっかりと目に焼き付いている。あれで興奮がグッと高まったのも事実だ。 「大好きな人のおち○ちんに、しゃぶりついてるうちに……私、エッチなこといっぱい考えちゃったの」 「今までのエッチで、これが私のおま○こに入ってたんだ、とか……この後も、入れてもらえるのかな……とか……」 エリカの口から飛び出す直接的な物言いに、たまらず身体が熱くなる。 「そんな事、色々想像してたら……おま○こがキュンキュンしちゃって、我慢出来なくなっちゃって……」 「……それで、自分でしちゃったのか?」 俺の質問を受けて、恥じらい混じりに小さく頷くエリカ。 「だから……だからね、……早く、私の中に……おち○ちん、ちょうだい?」 そんな愛らしいおねだりをされたら、期待に応えないわけには……!! 「んっ、んんんっ……! ふぁっ、あっ、あぁあああああああああああっ!!!!!」 僅かに腰を引くことで、エリカの割れ目に先端を宛がい……そのまま、奥深くへと入り込んでいく。 「ひぁああっ! あっ、あぁああっ……んんんんんんんんっ!!!!!」 「っ……?」 根元まで一気に挿入したところで、エリカの太ももが小刻みに震え……膣壁がキュッと締まったのを感じた。 「んぁっ、あっ、あぁっ……! はっ、はぁっ……ん、んんんっ……」 「エリカ、今……」 「んっ、うん……軽く、イッちゃったぁ……んっ、はぁっ……」 とろんとした表情で、エリカがこちらを振り向く。 「さっき、自分で触ってるとき……イキそうになるギリギリで、……んはぁっ、射精したから……」 「私……気持ちよくなる直前で、弄るのをやめちゃったの……ん、んんっ……」 「だから……おち○ちんが入ってきた瞬間にっ……私、気持ちよくなっちゃってっ……」 そう話している今も、エリカの膣壁が俺のモノをキュッと締め付けている。 「ん、ふぁっ……でも、これで一緒……あなたも私も、一回ずつイッたから……」 「最後に、二人で一緒に……一緒に気持ちよくなれば、おそろい……でしょ?」 はにかみながらそう口にした愛すべき彼女に、俺も照れ混じりに頷く。 そのまま、エリカの太ももをがっしりと抱え直して…… 「んっ、んんっ……! んぁっ、あっ、はぁっ……ん、んぁっ、あぁっ……!」 抱え込んだ華奢な身体全体を揺らすようにして、エリカの膣内をかき乱す。 「ひゃっ、ん、んぁっ……! あっ、あぁっ……ん、んんんっ……! ふぁっ、あっ、あぁあああっ……!!」 「いっ、イッたばっかりでぇっ、敏感になってるからぁっ……おま○こっ、すっごく感じちゃうぅっ……! あっ、あぁっ、んんっ!」 人気のない橋の下で、エリカと交わってっ……奥まで、もっと奥までっ……! 「はっ、あぁっ……! んっ、んんっ……か、……大きなおち○ちんっ、ゴリゴリって、擦れてるぅっ……!」 「おま○この中で、暴れてっ……! いつもと、全然違うところにいっぱい当たるのぉっ……!」 確かに、この体勢っ……味わったことのない挿入感で、刺激も全然違うっ……! 「んぁっ、あっあぁああっ……! ……あなたのっ、おち○ちんのぉっ……! 先っぽのところがっ、引っかかってぇっ……!」 「おま○この中っ、コリコリってされてぇっ……ん、んんっ……! あぁっ! 気持ちいいっ、気持ちいいよぉっ!!」 激しく喘ぎ声を上げながら、キュンキュンと俺のモノを締め付けてくるエリカ。 先程の口淫とエリカの自慰ですっかり濡れた結合部が、ジュプジュプといやらしい音を立てている。 「ひぁっ、ん、んぁっ……! あぁっ、はぁっ、ん、くぅうううっ……! あぁっ、いいっ、気持ちいいよぉっ……!」 「ああ、俺もっ……!」 「やっぱり、自分の手じゃダメなのぉっ……! あなたのおち○ちんじゃないとっ、満足できないのぉっ……!」 「だからっ、もっと、もっとしてぇっ……! おま○この一番深いところまでっ、いっぱいズポズポしてぇえっ!!」 エリカの哀願を受けて、俺は腰に踏ん張りを入れる。 「ひゃぅうううっ……! うぁっ、あっ、あぁっ……! ん、んぁっ、はぁっ……あっ、あぁっ、あぁああんっ!!」 そうすることで、性器の擦れ合う音がより一層激しくなり…… 「んっ、んんんっ……! んぁっ、あぁっ……ん、んんっ……!? あっ……あ、んっ……」 ん……なんだ? エリカの様子が、少しだけ変わったような……。 「ふぁっ……え、えっと……」 「どうした……?」 「っ……う、ううん、なんでもないっ……だ、大丈夫だから、そのままっ……続けてっ……!」 「へ、平気だからっ……全然、問題ない、からっ…………多分……」 まあ、エリカがそう言うなら……このまま、より激しくっ……! 「ひぁああああああっ!?」 下から思いきり突き上げるように、エリカの膣内を貫いていく。 「ひゃぅううっ……! あっ、あぁっ……! きてるぅっ! おち○ちんが奥まで来てるぅうううっ!!」 「おま○この中っ、思いっきり押し広げられてぇっ……! 中の形、変わっちゃうぅっ……! んぁっ、あっ、あぁっ!!」 「くっ……!」 さっき出したばっかりだってのに、もう射精感がゾクゾクとっ…… 「あぁんっ! んぁっ、あっ、あはぁっ……! ふぁっ、あっ、あぁっ……ん、んんっ……! んっくぅううっ……!」 エリカもエリカで、いつもより膣内の締め付けが強い気がするっ……やっぱりこれも、イッた直後で敏感になってる、ってことか……? 「んっ、んぁあっ……! あっ、はぁっ……ん、んんんっ……!? あっ、あぁっ……」 エリカと一緒にイくためにはっ……今以上に、激しくしていかないとっ!! 「エリカ、このまま一緒にっ……!」 「んひゃぁああああんっ!? あっ、ぁ、あぁっ……! 待って、ちょっと待ってぇっ……!」 エリカの戸惑いを振り切って、俺は腰を振ることに全力を注いでいく。 「あぁあああっ! だっ、ダメぇっ……! ダメっ、ダメだからぁああっ! こっ、このまましちゃイヤらぁああっ!!」 「かにゃたぁっ! んぁああっ! らめぇっ! らめっていってりゅのにぃいいいっ!!!」 呂律が回らなくなるほどに感じているエリカが、たまらなくエロいと思ってしまうっ……! 「んんっ! んんんーーーーーっ!!! ふぁっ! あぁっ! やらぁっ! らめらめらめぇええええええっ!!!」 涙目になりながら、首を左右にいやいやと振るエリカ。 まだ感じた事がないくらいの大きな快感に、不安を覚えているのだろうか……大丈夫だエリカ! 一緒にイこうっ!! 「かにゃたぁっ! らめぇっ! ほんとにらめなのぉっ!! でちゃうっ! でちゃうでちゃうぅううううっ!!!」 「ああ、いっぱい出してくれっ……!!」 「そっちじゃないぃいいいいいっ!!! んぁっ! あっ、あぁああああああっ!! らめぇっ! らめらめらめぇええええっ!!!」 「でちゃうぅっ! でちゃうからぁあああああっ!!! 違うのでちゃうぅうううっ!! あっ、あぁああああっ、あぁあああああ――」 「ふにゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」 ――全身をガクガクと震わせて、激しい絶頂に達したエリカ。 「んぁああああっ! あっ、あぁっ……! やぁっ、やらぁっ……! らめぇっ……!」 そんなエリカの膣内に、俺は勢いよく精液を注ぎ込み……二人の結合部から、プシュッという小さな音が…… 「やらぁあああああっ……! 見ないでっ、見ないでぇええええええっ……!!」 目の前で、可愛らしい放物線を描く黄金色の液体。 「だめ、だめぇっ……止まって、止まってよぉっ……! ふぇええええっ……ふぇええええええんっ!!!」 ちょろちょろと流れ出るそれは、夜の茂みに飛び散って……すべて土へと還っていく。 「なんで、なんでぇ……もう、いやぁっ……うっ、ぐすっ……」 やがて、勢いの弱まったそれは、エリカのお尻を伝ってぽたぽたと垂れているわけだが……これは、もしかして…… 「エリカ……おしっこ、しちゃったのか?」 「く、口に出して言わないでぇえええええっ!!!」 両手で抱えているエリカが突然暴れ出したので、必死になって体勢を保つ。 「ち、違うもんっ……! 彼方とのエッチが、気持ちよすぎたんだもんっ……彼方がいけないんだもんっ……!」 「えっ、俺のせい……!?」 「だって、私言ったのに! ダメって言ったのにっ! 何回も言ったのに、彼方が全然やめてくれないんだもんっ!!」 「あ、あれ、そういう意味だったのか……!?」 「他にどういう意味があるのよぉっ!!」 「いや、ほら……あんまり激しくしちゃダメとか、そういう……」 「うぅっ……もう、彼方のバカっ、バカぁっ……! ふぇえっ……」 ううむ……今までに何度も恥ずかしい事をしてきた仲でも、やっぱりこれは耐えられないものなのか……。 気持ちよすぎておもらししちゃうエリカも可愛いよ、というフォローをしようと思ってたけど……やめておいた方が良さそうだな、うん……。 エリカの足がペニスを挟んで、フニフニと刺激する。 気持ち良さがどうという前に、このビジュアルはちょっとクる。 「すっごいエロい」 「えへへ……良かった。私、えっちな事はまだまだ勉強不足だから」 こんな事が出来るんだから、もう十分な気もする。 「どう? こうやって、ん……足の裏で上下に擦ればいいんだよ、ね?」 シュッシュッと音を立てながら、エリカの足がペニスを擦りあげる。 「……っ。ソックスの感触、凄くいいな」 「おち○ちん大きくなってきた。えへへ、なかなか変態さんだねー」 「エリカが相手だからだよ」 「私だってこんな事するの、あなたの前だけだよ。ねぇ、どんな風に動いたら……んっ、もっと気持ち良くなる?」 「そのまま足の指を動かしてみて?」 「ん……こう、かな? どう?」 エリカが足先に力を入れる。 それがまた新しい刺激になって、何とも言えない気持ち良さが腰の辺りに広がっていく。 「気持ちいいよ。エリカのエッチな姿も良く見えるし」 「えぇっ、そ、そんな風に言われると……急に恥ずかしくなってきた」 「可愛いよ、エリカ」 「あんまり見ないでぇ……」 頬を染めながらも、エリカは足の動きを止めずに、ペニスへの刺激を送り続ける。 靴下の衣擦れが優しくペニスを刺激して、じわりとした気持ち良さが持続する。 「あふ……っん、おち○ちん、んぁ……透明なの出て来たよ」 エリカの足が指先で先走りを掬い取って、そのままペニスに撫でつけるように足を絡ませる。 「そのまま擦り続けて」 「うん……んっ、……ふぅ、んぁっ、んん……っ」 「おち○ちんのおつゆで……ぴちゃぴちゃってして……ふぁっ、んん……っぁぁあっ」 ペニスに力を入れて、意図的にピクンピクンと揺らしてみた。 「ふぁ、あぁっ……あ、あぁぁ、おち○ちん凄いピクピクして、足の裏がくすぐったいよぉっ。はふぅぅ……っ」 「エリカにこうして見下ろされるのも新鮮でいいな」 「私も……不思議な感じ……んっ、ひゃふっ……ぁあんっ」 「んぁっ、ね……また大きくなってない? んん……ふぁぁぁ……っ」 「んん……あぁっ、ふぁっ、気持ちいい? 私の足で擦られて気持ちいい?」 エリカが徐々に興奮してきた様子で、足の動きを早くする。 「いっぱい……擦るからね……っ、んっ、んくっ……あふんっ、んっ」 「……っ、くっ」 「ふふ、声が漏れてる。もっと聞かせて? 気持ちよくなってる声聞きたい。ん……んフ……んん」 言えるか。 何となく男が喘ぐのは恥ずかしい。 「ほら、シュッシュッてたくさんするよ。ひゃふんっ、おち○ちん……上から下まで、あんっ、足の裏でシュッシュってするから」 「ね? っ……ふぁっ、私の足で……おち○ちん……んっ、いっぱい、するから……っ、んっ」 「……あぅっ」 「はうぅぅっ、気持ちいい。私も……あなたの気持ちいい顔見ながら、んぁっ、足の裏擦られて気持ちいい……んっ、はふぅっ」 「ふぁぁぁ、ん……あぁっ……、んっ、んん……はぅぅぅっ」 エリカの顔がトロリと蕩ける。 足の隙間から覗くショーツにも、じわりと染みが広がってきた。 「エリカ濡れてるな」 「えぇっ? そ、そんな事ないよっ……ん、はぁ……んぅぅっ」 「パンツにシミが出来てるぞ」 「ひゃぅぅっ、う、うそぉ。おち○ちん足でシコシコしてるだけで、私濡れちゃったのぉ? んっ、ひゃふぅぅんっ」 「そうみたいだな。えっちぃなぁエリカは」 「ふぁぁ……っ、わ、私……こんな事しながら濡れちゃう、えっちな子だったんだぁ、んんっ、あぁぁ」 「おち○ちん足で触ってるの、……じっと見られてるって思ったら……ぁあっ、変な気持ちに、なってきちゃって」 「奥から溢れて来ちゃったよぉっ、んっ、んぁぁぁ、ふ、ふぁぁぁんっ。あぁっ、おち○ちんピクピクしてて硬くて」 「擦ってるだけで気持ちがいいの……っ、んんっ、んぁ、ああぁぁんっ」 「俺も気持ちイイよ……!」 イク時とは違う気持ち良さが持続する。 イケそうでイケない感覚が続いて、脳みそがフワフワと浮遊するような感覚に支配されていく。 「ふぁぁっ、ん……あなたの気持ちいい顔……いっぱい見たい……っ」 「ん……、んふぁっ、ぁあっ……んっ、んっ、ん……っ!」 エリカが夢中になって、俺のペニスを何度何度も擦りあげる。 「あぁ、あっ……おち○ちん、凄い……っ。足なのに、足が触れてるだけなのにぃ……んっ、んっ」 「気持ちいいよぉ……っ! 気持ちいいっ、いいのっ。あふぅっ、あぁっ、んんっ」 「シミがどんどん広がってる。ビチョビチョに濡れてるのが分かるよ、エリカ」 「あ、あふんっ。濡れるの止まらないよぉ……っ、どんどん溢れて来ちゃうのっ。あぅぅっ」 「あぁっ、あふ……んんっ、あぁっ、んっ、んんっ、ひふ……あぅぅっ。んっ、んはぁんっ」 「いっぱい……溢れて来ちゃう……っ、おま○こから、えっちなのが……いっぱい出て来ちゃう……っ」 足を上下に動かしているだけのエリカが喘いでいく。 これだけで感じまくってしまったらしい。 「んっ、んっ、んあぁぁん……ふぁっ、あぁっ、んっ、んふぅっ」 「エリカ、どうしたい?」 「んっ、んぁ……はっ、…………し、したいよ。……大好きなあなたとしたい……」 「……ちゃんと言って? エリカは俺にどうして欲しい?」 「挿れて……欲しいの……っ」 「何を? ちゃんと聞きたいな、エリカ」 「はふぅ、んっ、おち○ちん、いっぱい濡れてる私の膣内に、んぁ、挿れてぇ……んっ、んぁぁ」 良く言えましたと言う代わりに、にっこりと微笑んだ。 互いに衣服を脱ぎさって、静かに抱きしめあう。 「ふぁ……あったかい」 「挿れるよ、エリカ」 エリカをぎゅっと抱きしめたまま、濡れた膣へと一気にペニスを打ち込んだ。 「あ、あふぅぅぅっ! 挿入ってきたぁ、ん、んぁっ、はぁぁあんっ」 「エリカのもう締め付けてる、……ぁっ」 「だって……だって欲しかったから、あぁっ、あふ、んんっ」 「……おち○ちん……触りながら、ふぁっ、私……欲しくって、あぁぁぁっ」 「俺もエリカの膣内に入れたくてたまらなかったよ……っ」 「ふぁぁあっ、あぁぁぁ……嬉しい……っ、ん、ふぁあぁぁっ」 ずっと足でじらされ続けていたペニスが、一気に柔肉特有の締め付けに包まれていく。 「んぁっ、はぁぁんっ、おま○こキューってなってるぅぅっ、気持ち良くってきゅうぅぅってしちゃうのぉぉ」 「ふぁぁっ、あぁぁっ、気持ちぃぃ……! ふぁぁぁぁんっ!」 ペニスに一気に膣壁が絡みついて来て、早くもイってしまいそうだ。 「……んっ、んぅっ」 「イキそうなの? あふっ、んぁ、ねぇイッて? ふぁぁ……あふぅっぅん」 「私の足でシコシコしてたおち○ちん、んっあふぅっ、今度は私の膣内でイッてぇ……あふっ、ふぁぁあ」 エリカが俺を強く抱くと、膣の奥へとペニスが届く。 根元まで咥えこまれた腰が射精の予感に震えていく。 「あぁぁっ、キてるぅっ。届いてるよぉっ、あぁっ! あぁぁんっ」 「……ダメだ、出るっ」 「出して、出してぇっ、そのまま出して……っ、あぁぁぁあっ」 「いっぱい動いて……そのまま……あぁっ、そのまま出してぇぇぇぇっ」 「…………くっ!」 焦らされて溜まっていた精液が、エリカの膣内へと一気に解き放たれた。 「あっ、あっ、ふぁぁぁ……んっ、あはぁっ」 「あぅぅぅっ、ドクドクしてる……んっ、あったかいのキテる……っ、あ、あぁぁぁ……」 「……精液いっぱい、ンフ……貰っちゃった、あふぅっ、んっ……ぁああぁぁ」 ビクンビクンと痙攣しながら射精し終わっても、まだペニスは硬度を保ち続けている。 「んぁうぅぅっ、……おち○ちんおっきぃよ……、ふぁぁあぁっ。おち○ちん膣内で硬いままなのぉ……きゃふぅ」 「だって……これから、だろ?」 一度射精した事により、段違いの余裕が生まれる。 射精が収まってもなお勃起したままのペニスを、再び一気にエリカの最奥へと突き上げた。 「ひゃうぅぅぅぅっ! あぁっ、あぁあぁんっ、奥、奥に……奥にキてるぅぅっ、あっ、あっ、あぁあぁっ」 「ふぁぁぁあんっ! あぁっ、大きなのが、あぁぁっ、膣内で擦れて……あぁんっ!」 「下からいっぱい突かかれてる……! あぁっ、奥までキてるよぉっ……あぁっ、あふっ、あぁああぁぁんっ」 「エリカの膣内、気持ちいい良すぎる……っ!」 「あぁっ、んはぁっ、私も……私もおち○ちん気持ち良すぎるよぉっ! ふぁぁぁぁっ」 「……さっきっ、んっ、膣内に出してくれた……っ、せーえきと、私のが混ざって……あぁっ、ふぁっ、凄い音……、あぁあんっ、んっ、んっ、んんんっ」 精液と愛液が俺のペニスによって、エリカの膣内でかき混ぜられていく。 その度に水っぽい激しい音が響き渡る。 「あぁっ、あふっ、あふっ、ズポズポいってるぅぅ、おま○こズポズポいってるぅっぅぅっ! ひぃんっ、きゃふぅっ」 「ふぁぁぁっ、んっ、んぁぁ……凄い……あぁっ、こんなの……あぁっぁあぁんっ!」 「エリカの膣内、凄い締め付けてきてるっ」 「あなたのっ、おち○ちんとずっと一緒……あふっ、ずっと一緒にいたくて、あぁっ、おま○こキューってなっちゃうのぉぉっ」 「気持ち、よくてっ、ふぁぁっ、いっぱい……いっぱい締め付けちゃうよぉっ、あぁっ、あぁぁぁぁんっ!」 エリカの小さめの膣を押し広げるように突き上げながら、何度も何度も子宮口を刺激する。 「あぁぁぁっ、コツコツ言ってるぅ……っ、ん、んはぁっ、奥に……あぁぁぁっ」 「奥、奥ぅぅっ! あぅっ、おち○ちん、奥でコツコツして……あぁっ、気持ちいいよぉっ」 「あぁっ、あふぅぅぅぅっ、んはぁっ、あぁあっ……んふぁぁああぁぁぁぁっ」 喘ぐエリカの背筋を撫でまわし、そのまま臀部へと手を伸ばす。 「きゃふっ、あ、あぁっ、お尻撫でちゃダメだよぉ……っ、あぁっ、んっ、んぁっ」 「エリカのお尻も……っ、すべすべで気持ちいいなっ」 「ひゃぅぅっ、んはぁっ、あっ、あぁぁあっ、……優しい手で、お尻撫でまわされて、あぁぁあっ」 エリカの尻肉をモニュモニュと揉みしだく。 尻の肉を強く揉む度に、膣の入り口が開いてバフバフとしたいやらしいらしい音が響き渡る。 「ダメ……あぅっ、ダメェっ、ジュポジュポで、ヌルヌルの……えっちな音いっぱい出ちゃうぅぅっ」 「おま○こいっぱいなのっ、あふっ、いっぱいなのに……お尻まで気持ち良くて、もうっ、あぁぁああっ」 「気持ちいいっ、おま○こもお尻も気持ちいいのっ! きゃふんっ、あぁっ、はぁあぁぁぁんっ、んっ、んぁっ」 エリカの肌を指先で堪能する。 しなやかな肌に触れる度に興奮度が高まっていく。 「またぁっ、またおち○ちん大きくなってきたぁ……んっ、んはっ、あぅぅうぅっ」 「私の膣内で膨れ上がってるっ、おち○ちんパンパンだよぉっ!」 「エリカ……! エリカの膣内も濡れまくってるっ」 「気持ちよくって、溢れちゃうのっ、あはぁぁんっ、あふっ、止まらないよっ、ヌルヌルのが止まらないのっ、ひゃふうぅぅっ」 「んんっ、んぁ……ふぁぁあぁっ、んっ、あぁぁぁっ、んっ、あぁっぁあっ!」 エリカの膣の収縮が激しくなっていくのが分かった。 感じてくれているのが伝わって、喜びで抽送が加速する。 「私の膣内、あなたでいっぱいになってるっ、ひゃぅぅっ、私のおま○こ全部、全部……おち○ちんでいっぱいぃぃぃっ、あふぅぅっ」 「……なたぁ……あぁっ、私の膣内……あなたの形になってるぅっ、ふぁっ、あぁぁんっ」 「あん、あふぅぅっ、ふぁぁぁああんっ、気持ちいいっ、おま○こぉ、ああぁあぁっ、あふぅぅぅっ」 「エリカ……っ!」 尻を撫でていた手を止め、再びエリカの体をぎゅっと抱きしめる。 「好きぃ、大好きぃっ! もっと、もっとギュってしてぇ」 「俺もエリカが好きだ、大好きだっ」 「ああぁあっ、ギュって抱きしめられたまま、大好きなおち○ちんでズポズポされてるっ、あぁあっ」 「ふぁぁぁっ、嬉しい……っ、嬉しいよぉ、あぁ……っ、あぁっ、あぁぁぁぁぁああんっ」 「私の膣内でおち○ちん、いっぱいいっぱい擦れてるのっ、あふぅっぅぅぅんっ、ひゃうっ、ひゃうぅぅっ」 「腰が動いてるよ……っ、エリカッ」 「ふぇぇぇっ、う、動いてるぅぅっ……んぁっ、気持ち良くて、気持ちいいからっ、勝手に動いちゃうのっ、きゅぅぅぅぅっ、あはぁぁぁっ」 「大好きな人にズポズポされて、自分でもズポズポしちゃうのっ、ひんっ、ひぃぃぃんっ! あふっ、あぁぁぁあっ」 「エリカの膣内、凄いな……! 収縮が激しくなって……!」 「あなたのせーし欲しくて、おま○こがビクビクしまくってるのっ、あぅっ、あなたのせーし、せーし欲しいのぉぉぉっ」 こんな風に求められると、男としても堪らない。 エリカの子宮口へと何度も何度もペニスを打ち付け続ける。 「きゃふぅぅゥゥんっ! ゴツンゴツンって言ってりゅぅぅっ! おま○この膣内、ゴツンゴツンって当たってるうぅぅっ!」 「ひゃふぅぅっ、こ、腰が動いちゃうよぉっ、これ以上気持ち良くなったら、私……あぅぅぅ、くぅぅぅうっ、んぁぁあぁあんっ!」 「おかしくなっちゃぅぅっ、気持ち良すぎて、おかしくなっちゃうぅぅっ! あふっ、あひぃぃぃぃぃんっ」 エリカを抱きしめる腕に力を込める。 皮膚と皮膚が吸い付くように、互いをしっかりと求め合う。 「あふっ、んぁっ、突かれる度に乳首がぁ、乳首が擦れてるよぉっ、あぁぁぁぁっ」 「広い胸で、私の乳首……あぁあっ、擦れてるよぉぉぉっ。あふぅぅぅぅんっ」 密着した状態で、エリカの乳首が俺の胸で転がる。 硬く勃起した乳首が当たる度に、くすぐったいような気持ち良さが広がっていく。 「エリカの乳首、気持ちいいよっ。硬くなった乳首が当たってくる……っ」 「乳首ぃ、……ふぁぁっ、擦れちゃうのぉぉっ……私の乳首がぁ、……あなたの胸でシコシコされちゃうぅぅぅ」 「ひぃうっ! ふぁッ、ふぁぁんッ! おま○こだけじゃなくて、おっぱいまで気持ち良くなって、あぁぁあぁふぅぅっ」 「あぁっ、ダメ、ダメ、ダメェ……! 気持ち良くって、あぁあぁっ、もうダメぇぇぇぇっ」 互いの胸が擦れ合う。 くすぐったいような気持ち良さに、くっと息が漏れてしまう。 「ふぁぁっ……気持ちいいんだね……っ、あぁっ、嬉しい……、あぁぁあぁっ、んふぁぁぁっ」 「私で……大好きな人に、あぁっ、気持ち良くなって貰えて……っ、ふぁぁぁぁぁっ、嬉しいよぉっ」 いじらしい事を言われて、エリカを抱きしめる腕に一層の力がこもる。 「んふぁぁぁっ、ギュってされて……、あぁぁっ、大好きな人の腕の中で、ふぁぁぁぁっ」 「あなたの中で、乳首も、擦れて……あぁあぁぁっ、気持ち良くって……っ、んはぁぁぁぁっ」 「あぁ……あぁっ、抱きしめられて幸せぇ、幸せなのぉ、んはっ! あふぅぅっ、幸せでイッちゃうよぉぉぉぉっ」 「俺もまたイキそうだ……!」 「イッてぇ……っ、イッてぇぇっ! 私の膣内に全部出してぇぇっ」 エリカも俺にギュウっとしがみついてくる。 そんなエリカを抱きしめたまま、一気にピストンを加速させていく。 「ひゃあぁぁぁんっ、すごっ、あふぅっ、早い、早いよぉぉっ、ズポズポ早いぃぃぃぃっ! ぁぁああああんっ」 「熱くて……あぁっ、硬くて、おっきぃのが……、あぁぁあっ、私の膣内で擦れてるっ! んふぁぁあぁっ」 ドロドロに溶けたエリカの膣が、俺のペニスを締め付けながら、何度も何度も収縮する。 「エリカの膣内凄いっ、キュウキュウ言ってるっ」 「きゃふぅんっ! おま○こいいよっ、いいよぉぉぉっ! あぁぁぁっ、イク、イクぅぅうぅぅっ!」 「んはぁっ、ん……んはぁっ、あぁああぁぁっ、あぁぁぁぁぁぁんっ」 俺を抱きしめるエリカの指先に、ギュウっと力が込められていく。 そんなエリカを愛しく思いながら、ラストスパートとばかりにペニスをガンガンに突き上げ続ける。 「乳首も、おま○こも、抱きしめられてる体も……! 全部、全部いいのっ、あぁあっ、あはぁぁぁぁぁぁっ、も、もうっ! もう、あぁあっ」 「イク、イク、イッちゃうよぉぉぉぉっ、あぁぁぁあああぁああぁあっ、ダメぇぇぇえぇぇえぇええぇっ」 「俺も、もう……出るっ!」 「膣内にいっぱい出してぇ、ビュビューっていっぱい出して、私の膣内満たしてっ。あはっ、はぁぁぁぁんっ!」 エリカの喘ぎに愛しさを増しながら、ラストスパートをかけていく。 「あぁあっ、凄い、あぁぁっ、んぁっ……ふぁぁぁぁぁぁああんっ!」 「おち○ちんのビクビク凄い……っ! あぁっ、あぁあっ、イク、私……ぁああぁぁあっ!」 「ビクビクおち○ちんでイっちゃうっ、あぁあぁぁっ、ふぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁああ!」 「あぁぁ、あぁぁっ! 好き、好き、好き、大好きぃぃぃぃぃぃっ、ふぁぁあっぁぁっ」 「あぁぁぁあっ、ふぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、ん、んふぁぁあぁぁ、もう、あぁぁっぁぁぁっ」 「あふっ、ひん、ヒィンっ! イク、イク、イクゥゥゥゥッぅぅぅうゥゥゥゥうううううううううううううううっ!!」 「ゃぁああぁぁあああああああああああああああっぁぁぁぁあああぁぁんっ!」 ドクンドクンとエリカの膣内で脈打ちながら精液が飛び出していく。 最後の一滴まで漏らさず、全てエリカの膣内へと放出した。 「あふ……あはぁ……んっ、はぁ、はぁ、あふっ、いっぱい……出てる……」 「私の……ひゃんっ、膣内に……全部、全部キテるぅぅ……んはっ、はぅぅっ」 エリカの膣内に全ての精を解き放ち終わると、エリカは満足そうに微笑んだ。 「たくさん……貰っちゃったね。彼方の…………私、これで…………」 これでエリカは――――明日には俺の中へと降りて来れる。 「本当に……幸せだったよ、彼方。……んっ、彼方のおかげ」 息を整えながらエリカが微笑む。 「離したくない。離したくないよ、エリカ」 「私も……離れたくないよ」 互いにもう一度強く抱きしめあった。 エリカの肩が僅かに震えているような気がする。 「離れたくないけど……でも……私、行かなくちゃ」 「彼方ぁ…………っ」 ぎゅっとエリカを抱きしめ続ける。 エリカも俺を抱きしめ続けていたが、やがて――――。 やがてエリカは消えていた。 2016年12月某日 どうやらテンチョのコンビニで、少しボーっとしていたらしい。 最近仕事が忙しいからなー。 疲れが溜まってるのかもしれんなぁ。 「そうなんです。大阪で降霊の依頼があって」 「売れっ子だなぁ。頑張れよ! ほら、この栄養ドリンクはサービスだ」 「おう、行ってらっしゃい!」 10年前のクリスマスの日に、エリカを降ろした霊媒をきっかけに、本格的に霊能力に目覚めた俺は、霊媒師として全国を回る日々を送っている。 「ん、電話か。 ――もしもし」 「黛か? 今、電話いいかな?」 「大丈夫です。何かありましたか?」 「エリカが……エリカの意識が戻ったんだ!」 「……っ!! ほ、本当ですか!?」 「ああ、今から病院で検査なんだ。それでどこにも異常がなかったら、筋力が低下しているからリハビリは必要だけど、じきに日常生活に戻れるだろうって」 「そうか……! エリカが……! 良かった……良かった……! 本当に!」 「有難う! 本当に有難う、黛。毎日エリカのお見舞いをし続けてくれて……本当に、本当に……」 「いいえ、俺は……」 俺はただ側にいたかっただけなんだ。 エリカの側に、ずっと一緒に居たくてたまらなくて。 「……今から仕事だったよな? すまない、どうしても伝えたくて」 「嬉しい報告を有難うございますっ! 仕事が終わったらすぐに病院に向いますからっ!」 「ああ、気を付けて」 喜びに震える手で通話を終えた。 「……頑張ったな、エリカ」 エリカが目覚めた…………! エリカが……! ああ、神様……!! 瞼の裏で制服姿のエリカが笑っている。 見た事もないはずのエリカのその姿が、妙に懐かしい物のように俺の胸を締め付けた。 「彼方さん、来てくれたんだ」 エリカは意識を戻してから、みるみる内に回復し、あっという間に退院できた。 そしてその後――俺とエリカは、周りも驚くほど急速に関係を深めていった。 まるでずっと前から知っていたかのように、俺とエリカはすぐに互いへの愛でいっぱいになった。 「エリカに大切な話があるって言われたら、全国どこに居たってすぐ飛んでくるよ」 「えへへ、そっかぁ」 エリカはずっと眠っていたせいか、年齢よりずっとあどけない。 そのあどけない笑顔を向けられると、それだけで俺はとてつもない幸福感に包まれる。 「それで話って?」 先を促した俺に、エリカが照れたようにはにかんだ。 「……あのね、赤ちゃんが出来たの」 「ほ、本当か!?」 「俺とエリカの……はは、やった! やったーーー!」 年甲斐もなく大きな声をあげてしまった。 ハッとなって口を噤むと、エリカがくすくすと笑っている。 「お腹……触ってもいい?」 「いいけど、あんまり変わらないよ」 エリカの腹部をそっと撫でる。 見た目にはあまり分からないが、この中に俺とエリカの子供がいるんだ……! 「名前とかどうしようか?」 「早いよ、彼方さん。まだ男の子か女の子かも分からないのに」 「うーーん……それもそうだなぁ。よし、両方考えよう」 「何か候補とかあるの?」 「男の子の方は無いんだけどさ、女の子ならずっと“いいな”って思ってる名前があってさ」 「どんな名前?」 「……ティアって言うんだけど」 「なんか俺にとって凄く大切な名前っていうか。なんでこんな風に思うのかは、分からないんだけどさ」 「……ずっと聞こえてたよ、オルゴール」 「ううん、何でもない。……ティア、か。いい名前だね」 エリカと頬を寄せ合って笑い合う。 こんな風にずっと生きていくんだ。 ずっと一緒に、離れることなく。 ――――約束された未来のように。 ある日のオカルト研究部 「う〜、今日もさっむいわねぇー」 「春が待ち遠しいね」 「ほんとだよー」 「冬服着るのも飽きたなー。早く春服買いに行きたい〜」 「全くだな。こう寒くては思考も鈍る」 「ですねぇ……」 「ふぅーん」 あれっ、いつの間にかティアがいるぞ。 「ちょっとティア! あんた何しに来たのよっ」 「ちょっと遊びに? そういうハインさんこそ、オカルト研究部の部員じゃないのに、どうしてここに?」 「私は、別に……い、いいでしょっ!」 暇だったんだな。 「ねぇねぇ、彼方も早く春になって欲しい?」 「そうだなぁ、お花見とかしたいな」 「お花見……」 「そこ、二人でコソコソと話をして、何か企みごとか?」 リリー先輩が不思議そうに小首を傾げて、鋭い視線を向けてきた。 ヤバい、ティアの事は上手く誤魔化さないとっ。 「べ、別に何も企んでなんかないわよっ」 「そ、そうですよ。あははは〜」 「ふむ、そうか?」 「ちょっとティア! あんたのせいで変に思われちゃったじゃないっ」 「えへへ、ごめんなさい。おわびに――――」 悪戯っぽく笑った後、ティアが大きく手を振った。 「ティアリン、ルルルン、リンリンリーーーン♪」 「は?」 「春の河川敷になーーれ♪」 魔法少女的なキメポーズをティアが取ると、部室の中が明るい光に満たされた。 「な、なんだぁ!?」 「な…………」 さっきまで部室にいたはずなのに、どういう事だ!? しかも暖かいし、オイオイ桜まで咲いてるぞ!? 「おい、ティアっ。これは一体どういう――――」 「ま、ま。細かい事は気にしないでよ」 「って言ってもなぁ……」 「タイムトリップが出来ちゃうんだから、これ位で面食らってどーするのっ」 「う……」 言われてみれば、その通りだ。 「あ、あれ? さっきまで部室にいたような気がするんだけど……」 ハインがキョロキョロと辺りを見回す。 「なに言ってるのハインちゃん。今日は皆でお花見に来たんじゃない」 「……そう?  ううん、そうよね?」 「珍しいね、ハインちゃんがボケボケだなんて」 「ボケボケではないわよっ」 ハインだけは何やら不審に感じたようだが、他の皆はすっかり順応している。 そんな皆の態度を見て、ハインの不信感も消え去ったようだ。 うーむ……。ティアの力、恐るべし。 「ふふふーっ」 ティアが誇らしげに微笑んでいる。 よしっ、せっかくだ。俺も楽しませて貰おうっ。 「諸君、見事な桜じゃないか」 「本当に……凄く綺麗ですね」 「暖かいし、絶好のお花見日和ね」 「うんうん♪」 「えへへ、皆喜んでくれて嬉しいな♪」 「そうだな。有難う」 「えへへへ♪」 「それにしても本当に、ここの桜は綺麗ですね。ピンク色が濃いっていうか」 「人が埋まっているのかもしれんな」 「桜が美しいのは、人の血を吸っているからと言うじゃないか。だから桜の花はこんなにも美しい桃色なんだ」 「そ、それは単なる作り話なんじゃないですか?」 「ふむ、元となったのは〈梶井〉《かじい》〈基次郎〉《もとじろう》氏の“桜の樹の下には”の一説だな。内容はこうだ」 「桜の樹の下には〈屍体〉《したい》が埋まっている! これは信じていいことなんだよ」 「何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか」 「俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ」 「――――と、いうものだ」 「へぇ、綺麗な文章ね」 「でもなんか不気味だよー」 「まぁまぁ、所詮小説発祥なんだから、怖がる事はないって」 「ふっ、甘いな」 「確かに始まりは一冊の本だったかもしれない。だが桜の下に死体が埋まっているというイメージは、広く知られている。それはなぜか?」 「……桜にはそれだけの魅力があるって事なんじゃないの。夜桜なんかは美しいけど、怖さを感じる時もあるし」 「その通りだ! さすがだ、宮前」 「さすがって……ただ感想を言っただけなんだけど」 「その感想こそが大切なんだ。多くの日本人は、桜に対する恐怖と鮮麗と言う感覚を共有している」 「これこそ文化遺伝子ミームのなせる業と言えよう。感覚をコピーし、広め、やがてそれは独自に進化をする」 「桜の木にまつわる、様々なオカルト的な話があるのは、進化の過程で生まれたものだろう」 「え……っと、難しくてよく分からないんですけど、つまりは作り話がたくさん出来るって事ですか?」 「端的に言えばそうなる。だがそのたくさんの作り話の中に本物がないとは限らない」 「だってそうだろう? 桜にまつわる逸話は数えきれない。その全ての話が完全な作り話だと思う方が不自然じゃないか」 「そんな事ないわよ、作り話ばっかりよ」 「ふっふっふ……。 幽霊と言えば髪が長くて白い服の女、というイメージを多くの人間が共有しているだろう?」 「そういうのは、あるかもしれないですけど……」 「幽霊は絶対的にいないものか? 否、そう言いきれる人間は少ない。では桜の木の下は? 同じ事なんだよ、諸君」 「ふぇ……」 「あ、あのねぇっ」 「ちょっと彼方! 彼方もなんとか言いなさいよっ。またゆず達が怖がっちゃうじゃない」 「はは、スマンスマン」 なんとなく聞き入ってしまっていた。 桜にまつわる逸話かぁ。面白い話ではあるが、折角のお花見だ。明るい話にしないとな。 「先輩、その話はそれ位にして、花見を楽しみませんか? ほら、えーっと……」 「リリー先輩はお団子が好き」 「そうなのか? えーっと、お団子! お団子食べましょう!」 「おお、いいな! 花見には団子、これも定番だな」 「はぁ〜、助かったぁー。ありがとね、彼方くん」 「ははは、俺も先輩が団子好きって、人から聞いただけだから」 「あ、いや――こっちの話」 ティアがこちらを見ながらニコニコと笑っている。 片手を軽く上げて礼を言うと、ティアは満足そうに頷いた。 「この制服で見る、最後の花見だな……」 「先輩、次の春にはもう進学してますもんね」 「超心理学を専攻するんでしたよね?」 「ああ、そうだ」 「超心理学……。リリって本当にオカルトが好きなのね」 「生きる指標だからな」 「そこまで行くと、さすがとしか言いようがないわ」 「先輩が卒業してしまった次の春も、また皆でお花見がしたいな」 舞い散る桜の花びらに思いを馳せる。 「んー……時間切れっぽい。元の部室に戻さないと」 「そっか。有難うな、ティア。お花見気分が味わえて楽しかったよ」 「来年も、その次の年も――――皆で一緒に来れたらいいな」 俺のその言葉に、6人全員が朗らかな笑みを浮かべた。 「今日は魂の降霊実験を行う」 「わわわっ、またそんな怖そうな事……!」 「そんな事して大丈夫なんですかぁ!?」 「ちょっと面白そうだけどなぁ〜」 「ひなちゃんは何でも面白がるんだからー……」 「リリー先輩は相変わらずだねぇ」 「全くね」 「なに、不安がる事はない。何かあった時の為に、宮前と黛を同席させている」 「全く……軽々しく呼んでくれるんだから」 今日も先輩はぶっ飛んでるなぁ。 「では早速始めよう。 アーヘイエーイーヘイエー……」 真剣な表情で印を結び始めたけど……、おいおい大丈夫か? 「はーーーーっ!」 え? うわっ、眩しいっ! な、なんだぁ!? 「きゃー!」 「いってて……先輩、何ですか今の」 光に包まれたかと思うと、意識が一気に霧散した。 衝撃に包まれたからか、頭に少しだけ痛みがある。 後頭部を擦りながら身を起こして――――ん、なんか視点が低い。 っていうか、アレ? なんだこれ、え? ウソだろ? ガラスに映った自分を見て衝撃が走った。 「ゆずこじゃん! これ!!」 ペタペタと体を触って確かめる。 サラサラとした長い髪、すべすべのほっぺ。 柔らかく、それでいて弾力に弾む胸。 むにむにむにむに……。 このおっぱい、確かにゆずこの体だ……。 「いやーっ、彼方くんっ! そんなに触らないでぇーっ!」 「えぇ!? そ、その反応……もしかして?」 「うん、私だよーっ、ゆずこだよぉーっ。なぜか先輩になっちゃってて……」 あの先輩が今にも泣きだしそうな顔をしている。 この頼りなさげな感じは、間違いなくゆずこだ。 「ふぇぇ……彼方くーん……」 「大丈夫だ、とにかく落ち着け」 内心は俺だってパニックだ。 だがゆずこをこれ以上、不安がらせる訳にもいかない。 「リリー先輩の体の中にゆずこって事は、先輩の魂は? リリー先輩ーー?」 俺の呼びかけに、少し離れた所で誰かが立ち上がった。 「どうした?  む、なんだか視点が低いな」 どうやらありえの中には先輩が入ってしまったようだ。 「せんぱぁーーい……」 「おぉ!? こ、これは一体……! わ、私がいるぞ!? もしやドッペルゲンガーか!?」 「違いますよ。先輩、ガラスに映った自分の姿を見て下さい」 「ガラス?  おおっ、こ、これは! 矢野口の体か!? 矢野口の中に私の魂が入ったという事か!」 「魂の降霊には失敗したようだが、魂の入れ替えには成功したという事かっ!」 「あの、先輩……」 「これは凄い事だぞ! ふははははははは!」 ダメだこりゃ。 「うぅ……なにコレぇ……」 今度は低い声が背後から聞こえた。 う……嫌な予感がする……っ。 「なんでこんな事に……うぅっ」 俺の体が泣きべそをかいている。 や、やめてくれ、気色悪いっ! 「こんなんじゃ女の子の服着ても、全く可愛くないよーっ! なにコレェ! 完全に男の体じゃんーっ! 指もこんなに節が目立って……あぁぁぁあ……」 あの反応……、中身はひなたか。 一応同じ性別のやつが、中に入ってくれて良かったと思うべきか。 「こんなのヤだよぉ〜〜っ」 「その体でクネクネするのはやめてくれっ!」 「ふぇ? その反応は彼方くん?」 「そうだ、お前ひなただろ?」 「うん……。ってその様子だと、皆の中身が入れ替わっちゃった感じ?」 「ご名答」 「あー、どーせなら女の子の体が良かったよーー!」 やれやれ……。 「で、私の体は?」 俺――――の体が、辺りをキョロキョロと見回す。 と、ポーチからコンパクトを取り出して、自分の姿を確認しているひなた? がいた。 「あのポーチ、ありえのだよ」 「と、いう事は――――」 「え、嘘……。あ、あれ? 私……ひなちゃんになってるの!?」 「やっぱり……、中身はありえ?」 「う、うん……、えっとそっちは、もしかしてゆずこ?」 「うんっ、えへへ〜」 長年の親友同士は多くを語らずとも、互いの中身が分かったらしい。 「そっか、皆入れ替わっちゃったんだね。ど、どうしよう……なんか凄く恥ずかしいよぉ」 そう言いながら、ひなたの体を確かめるように、ペタペタと手で触って確認している。 「ふぁぁぁ……なんか照れちゃう〜〜」 「そんな風に照れられると、私も恥ずかしい〜っ」 ありえからしたら、ひなたと言えども男性の体だからな。 「……お手洗いとかどうしよう」 「いやーっ! 深く考えないでっ」 「だってぇ……! 私が……ひなちゃんのを……きゃぁ〜〜っ! は、恥ずかしいよっ。ひなちゃん、付いて来てくれる?」 「分かった、その時は私が手伝うからっ」 手伝うって……。 男の娘のおち○ちんを、俺の体が取り出してトイレで云々って事か? 余りにも危ない絵だろ、ソレー! 「それは色んな意味で危険すぎるっ。ありえがもよおす前に、なんとか元の体に戻らないと!」 「うぅ〜……っ」 そういえばハインはどうしたんだ? こんな時、頼りになるのは何といってもハインだ。 「何これ、なんなのよーっ!」 あの反応――――ティアの中はハインか。 ティアの存在を知っているハインが、ティアの中に入れたのは不幸中の幸いかもしれない。 となると人数的に、ティアもハインの中に入ったって事だよな。 互いの事情を理解している者同士の入れ替えに、少しだけ安堵する。 「なぁ、この状況なんだが――――」 ティアの姿をしたハインに向かって声を掛けてみた。 が、こっちの言葉など耳に入らない様子で、集中して何かを考えているようだ。 「ちょっと待って、この体型……。 いける、これなら“あのまほ”の衣装を着こなせるわっ!」 「“まどれぇ〜ぬ”も“まかろん”も、場合によっては“らんぐどしゃ”さえも許されるかもしれないっ!」 「夢広がってきた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」 こんな時まで“あのまほ”かい! ダメだこれ、頼りにならんパターンだ……。 「ん……あれ、私……」 おっ、ハインの中に入ったティアも気が付いたようだ。 「体がちゃんとしてる……。ていうかおっぱいが大きい」 「見て見て彼方! 私、おっぱいが大きいよ!」 自分の体を確かめ終わったティアが、ハインの体で豊満な胸をポヨンっと大きく突き出した。 「ね、彼方! 見て見てほらっ、ポインポイン!」 「え? えぇぇ!?」 「おい、ちょっと――――」 「彼方ー、ほらほらーっ!」 だから、そっちは俺だけど俺じゃないんだー! 「えぇー!? なになに、ていうか誰? その感じだと中はハインちゃんじゃないよね?」 「え、あれ? ……ヤバ、私だけじゃなくて、皆の人格が入れ替わっちゃったって事?」 「えぇーーーっ!?」 そりゃ驚くよなぁ。 「全員目を覚ましたようだな。ここで一つ状況を確認しておこうか」 ありえ――――じゃなかった、リリー先輩がいつもの凛とした態度で、その場を仕切る。 混乱の張本人ではあるが、やっぱり頼りになるんだよなぁ。 「誰が誰の中に入ってしまったのか、もう一度ちゃんと理解したいです」 「分かった、では点呼を取るとしよう。各自、名前を呼ばれたら返事をしてくれ。――ゆずこ」 「矢野口」 「久地」 うぅっ、キャピキャピしないでくれっ。 「ふむ、黛」 「宮前」 「ここよ」 「宮前? どうした、宮前はいないのか?」 「あ、そっか。私の事は視えないのね」 何せティアの体だからなぁ。 って、ちょっと待て! 「待て、となると宮前の体に入っているのは誰だ?」 しまった! ティアの事がバレてしまう! 「えーっと……そのー……えへへへ」 「これは……つまり…………」 「つまり?」 「魂の降霊成功という事かーーーーーー!! 私は見知らぬ魂を降ろせたのか!? おお! なんという秘術!」 先輩、違いますっ。 全然降ろせてません! 初めからここに居た存在ですっ! 「でも……それなら、ハインちゃんの中には一体……。ふぇぇ、コレ……危なくないですか〜?」 「だよねだよね? ひっく、怖いよぉー、彼方くーーんっ」 オカルトが苦手な二人が、泣きべそをかきながら俺の両腕をガシッと掴んできた。 「ゆずこ、ありえ、安心しろ。悪い霊じゃないから」 「ふぇぇ、本当に?」 「ああ、本当だ」 「だ、大丈夫なの?」 「安心していいよ」 中身はゆずこだって分かっていても、先輩の体でこういう反応をされると、とてつもなく新鮮だな。 「ちょっとティア! このままじゃどうにもならないわよっ、何とか出来ないの?」 「んー、分かんないけど……ちょっとやってみるね」 「おいおい、大丈夫か?」 「多分……、えへへ……」 「おいおい、一体何の相談だ?」 「ま、まぁ。その……気にせずに」 「気になるだろうっ」 「よっし、もうやっちゃおっと♪ ティアリン、ルルルン、リンリンリーーーン♪」 先輩の横やりが入る前に、ティアが謎の呪文を唱え始めた。 「みーんな元通りになーーーれ♪」 魔法少女的なキメポーズをティアが取ると、部室の中が明るい光に満たされていく。 「いってて……ん、この声……この体……」 ペタペタと自分の体を触る。 硬くて何の面白みも無いこの体はまさしく……! 「俺の体だ。皆は? 皆は大丈夫か?」 「ん…………あ。元に戻ってるー!」 「私もー!」 「良かったぁ……、これでまだまだ可愛い服が着れるっ」 「ふー、あの体で衣装を着てみたかった気もするけど、やっぱり自分の体が一番ね」 「だねぇ」 「皆元に戻れたようだな」 各々自分の姿を確認して、大きく頷いた。 ほっ……。 なんとか無事に全員戻れて良かった。 「それにしても不思議なのは、我々以外の第7の魂の存在だ」 「まぁまぁ、そこは気にしなくていいんじゃないですか?」 「しかしなぁ」 「考えたって答えは出ないわよ。それにあんな凄い変化が起こった事の方が重要でしょ」 「えへへ、二人共アリガト♪」 やれやれ。 「ふむぅ、確かに大きな収穫だったな。よしっ! 確認の為にも、もう一度!」 「やめなさい!」 全員からのツッコミが入って、リリー先輩はバツが悪そうに苦笑を浮かべたのであった。 いつものように部室に入ると、リリー先輩を始め、オカルト研究部部員のゆずこ、ありえ、ひなた、それにハインとティアまで揃っていた。 「ご褒美あげる」 「へ? ご、ご褒美? 何の話だ?」 「いいから。少しの間だけ、夢を見させてあげるって言ってるの」 「ゆ、夢?」 「そう、ゆーーめっ。ないの? 何かあるでしょ」 きゅ、急に言われても……。 夢、夢……男のロマン……………………。 「うわ、キモ……」 「久しぶりに聞いたな、それ……」 「うぅっ、まぁいいか。ご褒美だしね、仕方ない……」 出たよ、謎の呪文。 「彼方の望む世界になーーーれ♪」 「あ、お兄ちゃん!」 「来るの遅いよ、兄貴っ」 「もー、ボケボケなんだから兄様は」 「兄上、そんな困惑した表情を浮かべて、どうなさったんです?」 「へ? あ、えぇ!?」 おいおいおいおい、こりゃ何の冗談だぁ!? 「全く、彼方は――――」 良かった! ハインはマトモ――――――。 「こんなのが実の兄だなんて、恥ずかしいったらないわよ」 じゃなかった! 「おい、ティア!? ティア!?」 ぐるりと辺りを見回すと、ティアは知らぬ存ぜぬといった顔で、少し離れた場所からこちらを見ている。 あいつめ〜〜〜〜〜っ。 「ティアって何の事ですか? 兄様」 「え、いやー、その……」 「お兄ちゃんってばどうしたの? もしかして本当にどこか悪いの?」 「悪いとしたら頭ね」 「ハインは毒舌家だなぁ。 兄上、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」 「ははは、大丈夫大丈夫……」 確かに俺は妹に囲まれたい! 的な願望があるっ。 だがそれが実際に、こういう形で叶えられると……その…………。 「お兄ちゃん?」 「兄貴?」 「兄様?」 「バカ彼方」 「兄上?」 ……………………いい。 「そーだよな、お前たちは全員俺の妹なんだよなっ」 「当たり前でしょ。何言ってんの」 ああ、もう細かい事はどうでもいいっ。 楽しもう。楽しもうぞ、妹ライフ! 「よーっし、じゃあ皆で盛り上がろう!」 「怪談でもしますか?」 「姉様やめて下さいっ」 「お姉ちゃんのオカルト好きには困っちゃうよー」 「にゃはは♪ まぁまぁ、怖かったら私が二人を守ってあげるから」 「ひなちゃん、その時はお願いね」 「まっかせて」 「何もそこまで怖がることはないだろう」 「苦手な子は苦手なものなのよ。ホントにリリはしょうがない姉なんだから」 じぃん……。 なんだろう、この感じ。 ほのかに百合のオイニーもする、かぐわしきスメルを感じ取りました、俺。 「ふふっ、それじゃあとっておきの怪談は、兄上に聞いて貰うとしよう。兄上っ」 「わわっ」 急に抱き付かれて思わずバランスを崩しそうになる。 「あ! お姉ちゃんってばズルーイ! 私もっ」 「ゆ、ゆずこ?」 ゆずこと先輩に両の腕を絡めとられる。 う、腕に……おっぱいが……。 「ずるいー、私もーー。兄様〜」 「私も♪」 さらにはありえやひなたまでくっついて来た。 なんだこれ、なんだこれーーーーっ! まさにハーレム!! 「どうした? ハイン。ほら、ハインもおいで」 なんて言ってみたりして。 ハインの事だ、行くわけないでしょっ――――なーんて言うんだろうけど。 「…………お兄ちゃん」 恥ずかしそうな表情のまま、ハインが正面から抱き付いて来た。 お、お胸様が当たっておられるーーーー! 体のありとあらゆる所にお胸様がポヨンポヨンと当たりまくって、ああ……! パラダーーーイス!! 「ふは、ふははは! ふははははは!」 「うふふっ、兄様ぁ。兄様に引っ付くの、とっても安心します」 「うんうん、お兄ちゃんとこうしてると、すっごく幸せだよ」 おお……! 「あ、に、き〜♪ 帰ったらゲームで対戦しようよっ」 「の、望むところだっ」 「わ、私だってゲームとか、多少は出来るし……っ」 「じゃあハインも一緒にしようなっ」 「兄上、私と過ごす時間も、ちゃんと作って下さいね」 「ああ、分かってる」 「お兄ちゃぁ〜ん♪」 「兄様ぁ♪」 「兄貴♪」 「兄上♪」 「……お兄ちゃん」 うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! マーベラス!! こんなもん笑い止まらんわっ!! 「ふは、ふはははははははは!!」 「あ、彼方ちゃん!」 「来るのが遅いぞ、弟君っ」 「もー、ボケボケなんだから彼方は」 「彼方君、どうした? 何を困惑しているのだ?」 「こんなのが実の弟だなんて、恥ずかしいったらないわよ」 「彼方、ティアって何の事?」 「彼方ちゃん、お姉ちゃんに隠し事なんてしちゃいけないんだよっ」 「そうだぞ、彼方君。何か悩みがあるなら、お姉ちゃんに話してみなさい」 「いや、悩みとか……そういう事では」 ただの戸惑いですし。 「ハァ? アンタってば私に隠し事する気?」 「隠し事ってわけじゃなくて、ですね……ははは」 なんだろう、なぜか敬語になってしまう! 「じゃあ何をモジモジしてるのよ。ハッキリしなさいっ」 「こらこら、そんな風に言ったら、彼方君が怯えてしまうだろう」 「ね、姉さんっ!」 どさくさに紛れて抱き付いてみる。 「ははは、甘えん坊だな。彼方君は」 リリー先輩が優しく俺の頭を撫でてくれている。 うわー、めっちゃいいですやん、姉! 「リリ姉ばっかりズルーいっ。私も彼方の事、可愛がりたい〜」 「えへへ、私も♪」 「ね、姉さん達っ」 ゆずことありえが俺に抱き付いてきた。 先輩に抱きしめられながら、ゆずことありえに引っ付かれて、これは、もう! これはもうだよ、コンチキショー! 「私もくっついちゃおっと♪」 さらにはひなたまで身を寄せて来た。 「全く……皆すぐに彼方を甘やかすんだから」 あぁー、クールなタイプの姉も、それはそれでアリ! 「今日の晩御飯は何が食べたい? 彼方ちゃんの食べたい物なら、お姉ちゃん何でも作っちゃうよ」 「ふふっ、私も手伝うぞ」 抱き締められながら、こんな風に甘やかされるとか、弟の立場最高! 「そんなに甘やかす必要ないわよっ。たまにはお姉ちゃんの為に、彼方が作りなさいよっ」 「お、ソレもいいね♪」 「料理なんて作れないって」 「姉である私に逆らうなんて10年早いわよ?」 「はは、はははは」 暴君タイプも良いんだよなーっ! 「なにニヤニヤ笑ってるんだ、弟君」 「いやー、幸せだなって」 「そうかぁ、お姉ちゃんに抱き締められて幸せかぁ!」 「私ももっとぎゅーってするーっ!」 「私もーっ」 ああ、前からも横からもお胸様が当たりまくって、もう、これ……、これもうホント……。 天上〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 「頬がゆるみっぱなしよっ」 「姉さん達が全員魅力的だからさ」 「そ・う・い・う・こ・と・だ・け・はっ!  ……上手いんだから」 「おや、ハイン。顔が赤いぞ」 「えへへ、彼方ちゃんはみーーんなの可愛い弟だもん、ねー♪」 「ねー♪」 「弟君への愛が止まらないねー」 「もうっ……」 なんて言いながらも、各々俺の頭を撫でたり、腕をぎゅっとしたりして、これでもかと甘やかしてくれている。 ああもう、笑いが止まらないぜっ! 「キモすぎてこれ以上見てらんない……」 離れた場所から見ていたティアが近づいてくると、俺に向かって呆れた様子で首を横に振った。 「終了終了! ご褒美タイム終了ーーー!」 「待ってくれ! あともう少し……!」 「だーーーーめっ! おしまいっ」 ティアがパンっと手を打ち鳴らすと、部室内に再び光が満ち溢れた。 「ん……あれ?」 「ふぁぁ……なんかちょっと眠っちゃったみたい」 「ゆずこも? 私もー」 「なーんか変な夢を見ていた気がするんだけどなぁ」 「同じく。内容は思い出せないんだが」 ははは……。 全ては夢の中、か。 「一瞬でも望んだ夢を見れたんだから十分でしょっ」 ま、それもそうか。 皆のあんな姿、現実では見られないしな。 「ご褒美有難うな」 「ふふっ、頑張ってくれたからね」 何の事だ? とにかくこれでオシマイって事らしい。 「最後まで付き合ってくれてアリガト♪ またね!」 満足そうにティアがにっこりと微笑んだ。 タラレバ as in what if stories