届いたメールを見るなり、 自宅を飛びだしていた。  全力で走りつづけること5分、 体中が酸素を欲し、 両脚はすでに鉛のように重い。  だけど、気持ちははやる一方だ。  校門をくぐり、校舎には入らずに、 分かれ道を右へ曲がる。  その先にある裏庭には、 古く大きなリンゴの樹が立っている。  まだいない、か。  呼吸を整えながら、 ゆっくりとリンゴの樹へ近づいていくと、  後ろから伸びてきた誰かの手に、 目を覆われた。 「早かったね。走ってきたの?」 「まぁ……それより、この手は何だ?」 「わたし、 今日はあんまり顔を見られたくないよ」 「それって、 “ずっとこのまま話す”って意味か?」 「うん」 「『うん』って言われても……」 「わたしも走ってきたんだ」 「人の話、聞いてるか?」 「うん、聞いてる。 だからね、わたし、すごくドキドキしてる。 君もそうなのかな?」  聞いてないな。 「家から走ってきたから、 心臓がうるさいぐらいだよ」  ……返事がない。 「どうし――」 「それだけ?」  と言われても、 それ以外に答えようがない気がする。 「ホントに、それだけ?」 「……え、と……?」 「何も言わないで。わたしが言うから」  まぶたに触れている手が、 かすかに震えているのが分かる。 「――好き」 「あ、ダメだよっ。こっち見ないで」  そう言われても、引きよせられるように 俺の視線は彼女の瞳に吸いこまれていく。 「イジワル。そんなにじっと見ないでよ。 どんな顔していいか、分からないんだから」  心臓が早鐘を打つ。  それは、もう、 全力疾走をしたせいだけじゃないと はっきり分かった。 「俺も、リンカのことが好きだよ」 「う……そ……ホントに?」 「本当にだ」 「どうしよう…? そんなこと言われたら、わたし、 嬉しすぎて息ができなくなる」 「せっかく両想いになったんだから、 呼吸困難で死なないでくれよな」 「だって、ぜったい振られると思ってた んだから。こんな不意打ちされたら、 息の仕方なんて忘れちゃうよ」 「じゃ、思い出させてあげようか?」  彼女の肩に手をやって、そっと顔を寄せる。 「うん、思い出させて」  リンカとの距離が縮まっていく。  唇と唇が触れるその直前―― 「こんなの、夢みたい」 「夢なんかじゃないよ」 「……………」  夢だった。  つけっぱなしのテレビには、 人気アイドルグループ“コートノーブル”の リンカが映っている。  おのれ、夢とはいえ、あと一歩であの唇に……  そう思った瞬間、 テレビ画面のリンカの顔がアップで映った。  魅惑的な唇を目にして思わず、 ごくり、と唾を飲みこむ。  テレビ画面に射抜くような視線を放った。  もしかしたら、 寝起きで理性をなくしているのかもしれない。  でなければ、悪魔が耳元で囁いたに違いない。  俺は鋭く尖らせた唇を、 テレビ画面へと近づけていき―― 「――それでは次のニュースです」  ちょうど熟年の渋みを醸しだす ロマンスグレーのアナウンサーに 画面が切りかわった。  テレビごしにオジサマとの マウストゥマウスの感触を味わいながら、 俺は思った。  そうか。 神よ、あなたは俺が嫌いなのですね……  先程の一件は若き日の過ちとして 忘れることにして、  腹も減ったし、 気分転換がてらに〈新渡町〉《しんとちょう》にやってきた。  昼時はとっくに過ぎてるから、 どの店も混むことはないだろうけど、 ランチメニューは終わってそうだ。  ぶらぶら歩きながら、 どの店に入ろうかと視線を巡らせてると、 ある広告が目に留まった。  コートノーブルのリンカだ。 「こんなの、夢みたい」  アイドルの衣装もかわいいけど、 制服姿も似合ってたよな。  まぁ、夢だけど。  俺の灰色の青春には、 アイドルが同じ学校に通っている なんて奇跡は存在しない。  それどころか恋の気配なんて、 どこにもまったくこれっぽっちもない。  けど、そんな俺にも ひとつだけ特別な力がある。  何を隠そう、それは予知の力だ。  ある特定の事柄についてのみ、 未来を100%当てることができる。  今日のような夢を見た日、 その超自然的な力が俺に囁くのだ。 「そう、 今の学校を卒業するまで、 俺に彼女はできない――と」  キリッと表情を引き締め、 決め台詞風に独り言を放った。 「俺の予知は外れない。 卒業式の日、お前はそれを思い知るだろう」 「……………」  あぁ、なんて虚しいんだ。 これじゃ、ただの痛い人じゃないか。  しかも、思い知るのは俺だよ。  いや、だめだ。 ネガティブになっちゃいけない。 もっと前向きに考えるんだ。 「信じるんだ。アイドルじゃなくたっていい、 死ぬほどかわいい子との運命的な出会いが いつか俺にも訪れるんだ――ってさ」 「……………」 「よし、決めた。 昼ごはんはハンバーガーにしよう」  何事もなかったかのように、 マックの自動ドアをくぐる――  目に飛びこんできたのは、 思いもよらない光景だった。  透明な雫が、女の子の頬を伝い、 一滴、二滴と床に落ちる。  彼女は、 何か神聖なものにでも出会ったかのように、 まっすぐ前を見つめている。  いったい何があるのかと、 その視線の先を目で追った。  そこにあったのは、 そう、 紛れもなく、  マックのメニュー表だった。  まったくもって意味が分からない。 「先にお並びのお客様からどうぞ」  並んでいるのは俺とその女の子だけだ。  様子をうかがうも、彼女は店員に呼ばれた ことに気がついてないようで、さっきから じっとメニューを見つめたままだ。  順番を抜かすわけにもいかないよな。 「あのさ、呼ばれてるよ」 「えっ? あ、は、はい。 不慣れなもので、ご迷惑をおかけしてしまい、 申し訳ございませんでしたっ!」 「あ、いや、そんなに謝らなくても。 ただ気づいてないみたいだったから、 声をかけただけだし」 「そうでしたか。 お心遣い、ありがとうございます」  なんていうか、少し変わった子だな。 「あのぉ。お声をおかけいただいたのも 何かのご縁だと思います。つかぬことを お伺いしてもよろしいでしょうか?」 「え、うん。別にいいけど、なに?」 「あの、ですね。こちらのお店では、 どうやって注文すればいいのでしょうか?」 「普通でいいと思うけど?」 「ということは、やっぱり一見様はお断り なのですね! ごめんなさいっ! 私、出直してくるのですぅっ!」 「え、ちょっと……」  女の子は走りさっていった。  と思ったら、走って戻ってきた。 「あのぉ、もしかして、あなたは こちらでよくお食事をお召しに なられているのではないでしょうか?」 「まぁ、近いし、よく来るよ」 「でしたら、その、 大変差し出がましいとは思うのですが、私に 紹介状を書いていただけないでしょうか?」  ……何だって? 「『紹介状』って……この店の?」 「はい。お恥ずかしい話ですが、 私、生まれてから一度もファストフードを 口にしたことがないのです」  マジか、どんなお嬢様だ…… 「ぜひ食べてみたいのです。お願いします。 紹介状を書いてくださいませ。 後生ですから!」  後生とか言われても。 「気持ちは分かったから、 落ちついて聞いてくれるか?」 「はい。 私、ファストフードのためなら、死ねます!」  頼むから、落ちついて聞いてくれ…… 「この店な。この店というか、 ファストフード店ならどこでもだけど、 紹介状はいらないんだ」 「いらない、のですか。でしたら…?」 「そうだよ」 「紹介ではなく、審査が必要なのですね」 「違うよっ!」 「ですけど、完全会員制なのでしょう?」 「そんな高級ファストフード店は存在しない」 「ということは、ご予約が必要なのですか?」 「完全予約制でもない」 「それでは、さる血筋の人しか 食べられないのでしょうか?」 「世襲制でもないっ!」 「でしたら、国民投票で当選した方だけが、 利用できるのですかっ!?」 「なんで民主主義だよっ! なめてんのかっ!?」 「そういうことでしたか! このお店に相応しい人だけが、 お食事を許可されるのですねっ!!」  瞬間、俺は両腕を天高くかざし、 激しくクロスさせた。 「ノーォォォォォォォォォォォォッ!!」 「イッツ、フリーパスッ!! エブリバディ、フリーパスッ!! アー、ユー、オーケイッ!?」  しまった。  俺としたことが、つい興奮のあまり、 大げさなボディランゲージと 片言英語になってしまうとは……  こんなんで通じるわけがない。 「おー、りありー? 誰でも食べられるのですぅっ!?」 「なんで通じてるんだよ…?」 「こんなこともあろうかと お勉強をいたしました。でも、 街の人は自然に英語を使われるのですね」 「その認識には誤解しかないけどな」  とにかく、ようやく理解してもらえたようだ。 細かいことは良しとしよう。 「まぁ、注文してきたらどうだ? 食べたかったんだろ」 「はい。いろいろと面倒を見てくださり、 ありがとうございました。 それでは、行ってまいります」  女の子はすたすたとレジカウンターへ向かう。  そして、逃げるように戻ってきた。 「あのぉ、 こ、こちらでお召しあがりになりますか って言われてしまいました」 「ここで食べてくのか?」 「はいっ!」 「じゃ、そう言えばいいんだよ」 「ですけど、言った後は どのようにすればよろしいのですぅ?」 「食べたい物を注文すればいいんだよ」 「その後はどのようにすればいいのですか?」 「会計して、商品を受けとって、 好きなところに座って、あとは食べるだけだ。 簡単だろ?」 「は、はい。 食べたい物の上に座って商品を受けとって、 会計を食べればよろしいのですね」 「分かった。ついてってあげるから、 そんなにテンパらないで」 「重ね重ね、ご面倒をおかけしますぅ」  女の子と一緒にカウンターレジに向かう。 「いらっしゃいませ。 こちらでお召しあがりですか?」 「はい。 で、何を注文したいんだ?」 「はい。 こちらをお願いしてもよろしいでしょうか?」  女の子が指さしたのは、アップルパイだ。 「これと?」 「他にも頼まないと、だめなのでしょうか?」 「あぁいや、これだけなら、それでいいんだ」  初めてマックに入って、 注文するのがアップルパイ1個か。  やっぱり変わった子だよな。 「アップルパイと、それから ダブルチーズバーガーのセットをください。 飲み物はコーラで」 「それと、お会計は別々にしてもらえますか」 「かしこました。ホットアップルパイと マックスダブルチーズバーガーのセット、 お飲み物はコーラですね」 「セットのお客様、お会計620円になります」  財布を開き、会計する。 「ホットアップルパイのお客様、 お会計100円になります」 「は、はい。よろしくお願いします」  女の子は財布からクレジットカードを とりだし、店員に差しだした。 「お客様、申し訳ございませんが、 当店ではカードは使えません」 「そうなのですか……」  女の子が困ったように、こっちを見てくる。 「カードしか持ってないのか?」 「はい。現金がないとファストフードは 食べられないのですね……」  しょうがないな。 「100円ぐらい奢ってあげるよ」  女の子の代わりに、会計を済ませた。 「ありがとうございます。 このご恩は一生忘れません」  大げさだな。 「気にしなくていいって」  俺は商品を受けとると、 ひとりで席へ移動した。  ダブルチーズバーガーの包装紙を外し、 「さぁ食べようか」 と大口を開けた瞬間、 視界の隅にあの女の子の姿が映った。  アップルパイをトレーに載せたまま、 所在なさげに立ちつくしている。  たぶん、どこに座っていいか 分からないんだろう。  仕方ない。乗りかかった船だ。 「こっち、空いてるよ」  空席を指さしながら、声をかける。  彼女は嬉しそうな顔をして、 小走りにやってきた。 「何度もお手数をおかけしますぅ」  女の子は丁寧にお辞儀した。  しかし、空いている席に座ろうとはせず、 俺の顔をじっとのぞきこんでくる。 「あのぉ、もしよろしければ、 ご一緒させていただけないでしょうか?」  まだ不安なことがあるんだろうか?  まぁ、ちょっと変わってるけど 悪い子じゃなさそうだし、 それに何といっても、かわいい。 「どうぞどうぞ。 もしかして、食べ方が分からないとか?」  その子は席に腰掛けながら、 「はいぃ。分からないのです……」  マジか……冗談だったのに。 「中身をちょっと出して、 箱の部分を持って食べればいいんだよ」 「ということは、 ナイフもフォークも使わないのですか?」 「そうだよ。まぁ、慣れないと 違和感があるかもしれないけどさ。 意外と食べやすいから、試しにやってみな」 「はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのですぅ」  素直だな。 「いただきます」  彼女は背筋をピンと伸ばして、 しっかり両手を合わせた。  そして、アップルパイを箱から出し、 宝物を扱うような手つきで、慎重に口へ運ぶ。 「おいしいのですぅっ」  ただのアップルパイなのに、 彼女はまるでこの世で一番おいしい物を 食べたかのような表情を浮かべた。 「はむはぁむ。 私、こんなにおいしい物を 生まれて初めて食べました」  女の子はアップルパイを すぐに食べきってしまわないように、 少しずつかじりついている。 「あ、申し遅れました。 私、〈姫守〉《ひめかみ》〈彩雨〉《あやめ》と申します」 「俺は〈初秋〉《はつあき》〈颯太〉《そうた》だ。 よろしくな」 「ところで、 ファストフード店に入ったことないって、 姫守はお嬢様なのか?」 「いいえ、そんなに大した家柄ではないのです。 ただお父様もお母様も連れてきて くださらなかっただけなのですぅ」 「誕生日はフレンチよりもファストフードが 食べたい、って何度言っても 聞いてくださらないのです」  うん、間違いなく、お嬢様だ。 「お母様もお父様もいつもそうなのです。 『あれはいけない、これもいけない』って いけないことだらけにしてしまうのです」 「その上、ちっとも家に帰ってこなくて、 いつもお手伝いさんに私のことを任せっきり なのです」 「そんなふうにされたら、私だって、 欲求不満で不良になってしまうのです」  その言い草は、ちょっと面白い。 「どんな不良になるんだ?」 「ふふっ、 今日はファストフードを食べてしまいました。 立派な不良なのです」  かわいい不良だな。 「じゃ、もっと悪い遊びを教えてあげようか?」  思わずからかいたくなって、そう口走った。 「そういうのはいけません。 私、あんまり危ない遊びには興味ないのです」  おぉ、さすがお嬢様だ。 しっかりしている。 「でも、興味はないのですけど、どんな遊びか こっそり教えていただけますか?」  いや、そうでもないか? 「『興味ない』ってわりには知りたいんだ?」 「それは誤解なのです。 何事も聞いてみないと分からない というだけの話です」 「あぁ、そういうこと」 「それで、どんな危ない遊びなのでしょうか? 私にもできますか? いつやるのですか? 今日ですか? これからやりますか?」 「興味津々じゃんっ!」 「興味はないのです。 ただたまには羽を伸ばしたくな……っ」 「……どうした?」 「すみません。つかぬことをお伺いしますが、 いま何時か分かりますか?」  俺はケータイを見て、 「2時半すぎだけど…?」 「大変なのですっ! 私、お母様と約束をしていたのでした!」 「何時から?」 「2時半なのです。 すみません。私、帰ります。 本日は色々とありがとうございました」  姫守は大急ぎで走りさっていき――  そして、また戻ってきた。 「忘れ物か?」 「いえ、その、良かったら、 連絡先をお伺いできますか? 借りたお金をお返ししたいのです」  律儀な子だな。 「いいって、100円ぐらい。 それより約束してるんだろ。 早く行ってあげたほうがいいよ」 「そうですか。お優しいのですね。でしたら、 本日はお言葉に甘えさせていただきます」 「あぁ。じゃあな」  姫守は丁寧にお辞儀をした後、 また全速力で走りさっていった。  ずいぶんと浮世離れした子だったな。 「やばい、超眠い……」  遊び歩いていたら、 すっかり夜遅くなってしまった。  まぁ、うちは放任主義だから、 叱られる心配はないんだけど。 「ただいまっと」  さすがに親はもう寝てるよな。  シャワーは明日でいいか。 着替えて寝よう。 「おかえりー」 「あれ、もう寝てるや。 あいかわらずだなぁ。 まいっか。あたしも寝よっと」  ぼんやりと意識が覚醒する。  なんだか体が重たい。 右手が痺れてしまったかのように、 感覚がない。  何だ? 昨日何かしたっけな?  ともかく体を起こそうとする。  けど、できなかった。  右手が何かに引っかかってて、 そのせいで起きられないのだ。  いったい何が――と隣を見て、  すべての謎が解けた。 「おい、友希。起きろ」  左手で友希の体を揺する。 「友希、朝だよ。 ったく、いつのまに来たんだよ、お前は」 「……起きたか?」 「うん、おはよ」 「おはよう。 で、いつ来たんだ?」 「うんとね、昨日よ。 颯太が帰ってくるの待ってたのに、 気づかず寝ちゃうんだもん。ひどいよね」 「ひどいも何も知らなかったよ。 母さんに誘われたのか?」 「うぅん、昨日はおじさんに偶然会って、 『夕飯ステーキだから食べてけ』って 言われたの」 「マジで!? 俺の分はっ!?」 「あ、ごめん。食べちゃったわ」 「な…… お前、俺の家じゃステーキは 年に1回あるかないかだぞっ!?」 「だって、颯太帰ってこないし、 おじさんもおばさんも『冷える前に食べな』 って勧めてくるんだもん」 「なぁ、もしかしてそれは 焼かなきゃいいだけの話じゃないか」 「あたしに言われても…… おばさんが焼いちゃったのよ。 寮暮らしじゃ滅多に食べられないでしょって」 「実家暮らしでも滅多に食べられないよっ!」 「だから、あたしに言われても……」 「く…… 父さんも母さんも、なんで実の息子よりも 赤の他人のお前に甘いんだ…?」 「『昔から娘が欲しかった』って言ってたわ。 息子なんて“できちゃったから仕方ない” ぐらいだったらしいよね」 「なにショッキングなこと さらっと言ってんのっ!?」 「あ、ごめん。もう知ってると思ってた」 「いやいや、冗談だろ? な? ただのタチの悪い冗談だよな?」 「子供の頃、おじさんとおばさんに よくオモチャ買ってもらってたなぁ」 「お願いだから、スルーはやめて!」 「でも、そのおかげで、 颯太の誕生日プレゼントが買えなかった ことがあったんだって」 「冗談だろぉぉぉぉっ!?」  そういえば、いつだったか、 誕生日にプレゼントをもらえなかったことが あったような……まさか、そんな…… 「なんてこった、俺ってじつは、 いらない子だったのか……」 「よしよし、あたしがいるからね」 「冗談はいいとして!」 「えー、ひどいよぉ」  いや、そっちの話じゃないんだが。 「とにかく! 真偽は置いといて、 お願いだから冗談ということにしといてくれ」 「そんなに本気にならなくても。 分かったわよ。本当のことは あたしの胸の奥にしまっておくね」  ってことはやっぱり、本当なのか?  やばい。 聞かなきゃ聞かないで、 無性に気になってくるぞ。 「な、なぁ。 かるーくでいいんだけど、 真偽の程を教えてくれないか?」 「いいの? 傷つかない? 絶対?」 「言っとくけど、かるーくだからな! ちょっとでも加減を誤ると、 死んじゃうからな」 「えー、難しいなぁ。 まいっか。じゃ、言うけど――」  ごくり、と唾を飲みこむ。  やばい。ドキドキしてきた。 「――冗談だよ」 「だったら、 もったいぶらずに言えばいいじゃんっ!」 「ほらー、『傷つかない』って言ったのに」 「何が『ほらー』だ! 傷ついてないよ、怒ってるんだよ!」 「嘘だぁ。颯太は怒らないのが取り柄でしょ」 「いくら温厚な俺でも、怒る時は怒るんだ」 「怒ったらどうするの?」 「それはもちろん――」 「え……う、うそ、そんな、や、やめて、 そんなところだめ、だめだよぉ…… あたし、そんなに、されたら――」 「何もしてないよっ!!」 「あー、興奮したんでしょ?」 「でっ!! 泊まったのは分かったけど、なんでわざわざ 俺の布団に入ってきてるんだ?」 「えっとね、ちょっと人恋しくなっちゃって」 「いいか、人恋しいのはみんなそうだ。 だからって勝手に人の布団に入っていいなら、 世の中に性犯罪なんてないんだぞ」 「えー、布団ぐらい別にいいじゃん。 昔は一緒にお風呂だって入ったのに。 そういう他人行儀なの、好きじゃないなぁ」 「いくつの時の話をしてるんだよ。 昔と今とじゃ、ぜんぜん違うだろ」 「嘘だぁ。 颯太はぜんぜん変わってないし、 あたしだってそうだよ」 「いやいや、変わってないようで けっこう変わったよ」 「そうかなぁ? 例えばどこ?」 「どこって……」  子供の頃とは明らかに違うふたつの膨らみが、 恐ろしいほどの引力を放ってるじゃないか。  あぁ、恐ろしい。 本当に恐ろしいものだ、あれは。  視線はまたたくまに釘付けにされ、 理性を緩めれば、今にも手を伸ばして しまいそうになる。  こんな身体しといて、 昔と同じに接してくるんだから 勘弁してほしいよな。 「ねぇねぇ、だいじょぶ? 勃起してるよ?」 「さ・わ・る・な!」 「えー、だって、昔はよく ぶらんぶらんさせて遊んでたじゃん。 ほら、こうやって」 「やめ、おま、それ…………」  友希の手が俺の荒ぶる股間を 挑発するかのようにまさぐってくる。 「ふふーん、なぁに、かわいい声出しちゃって。 昔はこんなの平気だったでしょ」  まずい。このままじゃ暴発――  だめだ。  だめだ。だめだ。だめだ。  だめだぁぁぁぁ―― 「ノーォォォォォォォォォォォォォッッッ!!」 「ノー、オールドっ! ノー、エンシェント! イッツ、ナァァァァァァウっ!」 「えと、『昔は昔、今は今』って言いたい?」 「イエスっ! イエェェス! オーイエー!」 「ふーんだ。 ま、いいや。 そろそろ起きよっか。学校いこうよ」 「あっちの部屋で着替えてくるわ。 10分で用意してねー」  ベッドに倒れたままの俺を残して、 友希は部屋を出ていく。 「あ、ごめん。 今日はもうちょっと時間かかるよね?」 「なんでだよ?」 「だって、ほら、大きくなっちゃったし、 出してあげないと、ね?」 「余計なお世話だよ!」 「ご、ごめん。じゃ、10分でいい?」 「当たり前だろ」 「そ、そうなんだ。分かった。 じゃ、あとでね」 「そっかぁ、 颯太って、そんなに早いんだぁ……」 「そういう意味じゃないんだけどっ!!」  あいつ、いつから こんなに下ネタ好きになったんだっけ……  記憶を振りかえりながら、 俺は制服に着替えるのだった。 「あー、もう時間ないや。 走らないと遅刻しちゃうよ」 「マジかー。ちょっとゆっくりしすぎたな。 よし、じゃ、走るよっ!」 「あ、置いてかないでよっ!」 「おっはよーっ!」  友希が元気良く挨拶すると、 教室にいた生徒たちから、 挨拶が返ってくる。 「おはよう」  と俺もみんなに挨拶しておく。 「絵里、おはよっ」 「おはようございます」 「芹川、おはよう」 「あ……」  芹川は逃げるように、 友希の後ろに隠れてしまった。 「よしよし、颯太は怖いもんねー」 「やめれ。その言い方じゃ、俺が 何かしたみたいじゃないか……」 「絵里、颯太に何かされた?」 「いえ、そんなことは、ありません」 「訊くなよな……」 「それにしても、もうそろそろ一年か? 最初はすぐに慣れると思ったけど、 ぜんぜん慣れなかったな」 「そんなことないわよ。 絵里も他の男子は無理だけど、 颯太とは話せるようになったでしょ?」 「はい。少し、ですけど……」 「それを友希じゃなくて、 俺に言えるようになったら、 慣れたのかもしれないけどさ」 「でも、最初は颯太がいたら、 まったく話せなかったんだから、 すごい進歩よ。ね、絵里?」 「はい。 あ、そういえば、一時間目は 先生がちょっと遅れるらしいですよ」 「そうなんだ。走って損しちゃった」 「珍しいですね。 遅刻しそうだったんですか?」 「うん。ここだけの話、 昨日、颯太の家に泊まったんだけど、 ぜんぜん寝かせてくれなかったんだ」 「聞こえてるぞっ! さらっと嘘をつくなっ!」 「寝かせてくれないって……え、えっと」 「颯太って酷いのよ。あんな草食系の顔して 『やめて』って言ってもお構いなしなんだ から」 「……無理矢理って、ことですか?」 「いや違う、違うぞ。誤解だ、芹川っ! よく考えてみよう。そんなわけないだろ。 そもそも俺と友希は付き合ってないんだし」 「……え、そこまでして、 付き合ってないんですか?」 「あ、いや、そうじゃなくて……」 「いいのいいの。もう慣れたから。 こいつの好きなようにやらせておけば、 いつか終わるから……」  おのれ、言わせておけば、 好き勝手なことを……!!  いくら俺が草食系だからって、 いつまでもやられっぱなしだと思うなよ。  草食系には草食系の戦い方ってものが あるんだ。 「そこまで言うなら、友希っ! 俺が潔白だという証明を見せてやるよ!」  俺は芹川の手首をがっしりとつかんだ。 「……あ…………」 「ど、どうするの?」 「それを知りたかったら、 黙ってついてくるんだな!」  芹川の手を引き、友希を後ろに引き連れて、 教室の外へ向かう。 「どこに行くんだ、初秋?」 「俺が童貞である証拠を見せるために、 ちょっと産婦人科まで」 「そんなもん医者に行かんでも 顔を見れば分かる」 「それ酷くないですか!?」 「そもそも行き先が間違っとる。 産婦人科じゃなく脳外科で診てもらえ」 「脳を診れば童貞かどうか分かるんですか?」 「いや。 どうも脳に腫瘍がありそうだからな」 「それ、どういう意味っすかっ!?」 「いいから席につけ。 授業を始めるぞ」  すごすごと自分の席に引きあげる。 「あ、あの……初秋くん……」  ん? 珍しいな。芹川が友希を経由せずに 話しかけてくるなんて。 「どうかした?」 「…………お願い、離して……」  芹川の手首をつかんだままだった。 「あー、やっと終わったー。 絵里ー、学食いこ。 今日はプリン食べたい気分なんだぁ」 「じゃ、売りきれる前に急ぎましょう」 「颯太は今日どうするの?」 「部長が『部室に来い』ってさ」 「そうなんだ。 葵先輩って颯太のこと好きだよね」 「間違いなく いいオモチャだと思われてるけどね」 「えっ? 昼休みに僕を玩具だと思って使ってください って頼んだの?」 「プリン売りきれるぞ」 「そうだった。じゃ颯太、 あんまり変態プレイしすぎないのよ」 「しないよっ!!」 「……まったく」 「ねぇ、今の話聞いた? 初秋くんってやっぱりそうなんだ」 「確か、晴北学園のメタモルフォーゼ って呼ばれてるんだっけ?」 「呼ばれてないからねっ!」  ともかく、教室に残された俺への視線が 永久凍土並に冷たいので、そそくさと その場を後にした。  上履きから靴に履きかえ、 裏庭に向かう。  裏庭を抜けた先に“クラブハウス107”がある。 そこが俺の所属する、園芸部の部室だ。 「噂というのはなかなか興味深い。 いったい、どうしてそんな噂ができるのか、 考えていると僕は夜も眠れなくなってね」 「昨日の晩、君にメールを送った後、 気がつけばもう朝になっていたよ」 「……昼間っから飛ばしてますね、部長。 今度は何の病気を発症したんですか?」  軽口を叩くと、 部長は意味深な笑みを向けてきた。 「……な、何ですか?」 「いやね、懲りない男だと思ったのさ。 そんなことを言って、僕に何をされるか 分からないわけじゃないだろう?」  ずい、と部長が身を寄せてくる。 「それとも期待してるのかな?」  さらにすり寄ってきた部長の胸が 俺の身体に押しつけられ、 くにゅうっと形を変える。  やばい。  友希の言う通り、確かに俺は草食系だ。 いや、それどころか 「植物系」 と言っても 過言じゃないほどのヘタレだろう。  だから、こんなことをされたって、 野性が目覚めるとか狼の誇りを思い出すとか、 そういうことは決してない。  けど、しかし、植物系を自負する俺とて この巨大なおっぱいを前にすれば、 そう――  タケノコぐらいは確実に生える! 「ここをこんなにして、いけない子だね。 どうしてほしいのかな?」 「いや、部長、その……」 「そんなに物欲しそうな顔をするものじゃ ないよ。もっとイジメたくなるじゃないか」 「ほら、身体を楽にして…… 僕にすべて任せればいい」 「あ、あぁ、あ……」  た、タケノコが、タケノコがーっ!? 「ふふ、いい子だ。じっとしているんだよ」 「――今、ちょん切ってあげるから」 「え、ぶ、部長、冗談――」 「なわけがないじゃないか。 ほら、早く君の悲鳴を聞かせておくれよ」  あっというまに萎れた俺のタケノコめがけ、 ハサミがゆっくりと迫ってくる。 「やめ、う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  跳びのいた。 みっともないほど全力で。 「ぷ、ふふふ、くっくっくっくっく。 バカだね、君は。 冗談に決まってるじゃないか」  絶対に嘘だっ! 「心臓に悪いんで、 悪ふざけはやめてもらえますか」 「おかしなことを言うじゃないか。 君が変な病名までつけたぐらいだ。 言われてやめられるなら、苦労しないよ」 「もしかして部長、根に持ってるんですか?」 「いいや。 面白いことを考えるものだと思ったよ。 まぁしかし、実に安直なネーミングだけどね」 「そうですか。“サディズム症候群”って 部長の発作的嗜虐趣味をはっきり表した 実にいいネーミングだと思いますよ」 「そんなふうに自画自賛されると、 君の口をホッチキスで留めたくなる んだけどね」 「いやまぁ、そこは遠慮しといて、 お薬出しときますんで、 ちゃんと呑んでくださいよ」 「……君はたまに本気で ぼくの頭がおかしいと思ってないかな?」 「そんな気がするなら、ちょっとは 普通らしくすればいいと思うんですけどね」 「十分普通だよ。 僕のどこがおかしいのさ?」 「……………」  まさか部長、自覚がなかったのか? 「君は今、ひどく失礼なことを 考えなかったかな?」 「いいえ、まったく!」  危ない危ない、顔に出ていたか。 「ふぅん。まぁ許してあげるよ。 今日は機嫌がいいんだ。 ちょっと面白そうな情報を仕入れてきてね」 「さっき言ってた、 噂がどうこういうやつですか?」 「そうだよ。 君のことだから何も知らないだろうけどね。 今、この学校で流行ってる噂があるんだ」 「どんな噂なんですか?」 「おかしな噂だよ。 裏庭にリンゴの樹があるじゃないか。 あそこに妖精が棲んでいるんだとさ」 「はい? ……妖精?」 「面白いだろう。 このご時世に妖精だなんて、 どうしてそんな噂が流れるんだと思う?」 「さぁ…… 誰かが面白がって流したんじゃありませんか」 「そうかもしれないね。ただ、それだけじゃ 噂はなかなか広まるものじゃないだろう」 「まぁ、それもそうですね」 「僕が調べたところによると、どうも 4〜5年前から、授業中に妖精の歌を聞いた という生徒が現れはじめたそうだよ」 「どうもその歌が『妖精がいる』という 根拠になっているみたいだね」 「どんな歌ですか?」 「そこまでは分からないけどね。〈晴北学園〉《うち》は六年制の一貫校だろう」 「5年前に歌を聞いた生徒がいないか 訊いて回ったら、確かに何人かは 『聞いたことがある』と答えたよ」 「どうせ、 誰か他の生徒が歌ってただけじゃないですか」 「残念ながら、五〜六年生に訊いて回ったけど、 授業中に歌を歌っていたという生徒は いなかったよ」 「嘘ついたんじゃ?」 「可能性はあるだろうね。 だけど、僕相手に嘘をつくメリットはない」 「じゃ、誰が歌ってたっていうんですか?」 「決まってるじゃないか、妖精だよ」 「部長って確か、けっこう頭いいですよね。 学年トップクラスじゃありませんでしたっけ」 「あぁ、 前の期末テストでは学年トップだったね」  「トップクラス」 と 「トップ」 じゃ かなり意味が違うんだけど…… 部長にとっては些細な問題なんだろうな。 「……なんで妖精なんか信じてるんですか?」 「バカだね、君は。 信じたほうが面白いじゃないか」 「…………ですよね」  さぁ、この症状にどんな病名をつけたものか と俺は考えるのだった。 「やば、もう下校時刻か」  裏庭に作った菜園を見る。 「今年はちゃんと育つといいんだけどな」  この菜園と学校にある畑は園芸部のもので、 特にここの作物の世話は俺一人でしている。  というのも、農薬を使わない自然農法に 挑戦してみたかったからだ。  畑のほうは確実に収穫できるよう 農薬を使ってるんだけど、 これが結構な出費になる。  予算のあまり出ない園芸部としては、 あまりお金を使わずに野菜を育てたい。  そう思って始めたのが、裏庭の自然農法だ。  しかし、今のところ 芳しい成果は出ていなかった。  まぁ、ぼちぼちやるしかないよな。 誰が困るわけでもないし。  菜園をぐるりと見て回り、 最後にリンゴの樹の前に立つ。  樹齢100年近くの大木だけど、 俺がこの学校に入ってから、 実をならせたことは一度もない。  いちおう、 これも世話してあげてるんだけどな。  本当に妖精が棲んでるなら、 実をならせてくれても良さそうなものだ。  それに、放課後は結構な頻度で 裏庭で作業をしてるけど、 歌なんて聞いたことは一度もない。 「どう考えても、ただの噂だよな」  裏庭を後にした。 「おはよう」 「おはよ。 ねぇねぇ、昨日のオカズは何だった?」 「オカズ? サバの味噌焼きだけど?」 「そ、そっかぁ……すごいね、颯太って サバの味噌焼きでもオカズになるんだぁ。 マニアック……」 「そっちのオカズじゃないからねっ!」 「えー、オカズって言ったら、 そっちのオカズでしょ?」 「というか、 朝から当たり前のように下ネタを入れるな」 「いいじゃん。 ねぇねぇ、絵里は昨日のオカズ何だった?」 「お前は何を訊いてるんだ」  芹川が答えるわけないだろ。 「だ、誰にも言わないでくださいね」  芹川が友希に耳打ちする。 「……え、うそ、そんなの、本当に? そんなのもうオカズって言わないわ」  な、何だって…!?  オカズを通りこして、 まさか、アイテムをっ!?  こんな大人しそうな顔して、 アイテムを使ってるっていうのか!? 「トウモロコシだって」 「と、トウモロコシだってぇっ!?」  入るのか?  こんな小柄な芹川の中に、 ぶっといトウモロコシが本当にっ!? 「……言わない約束だったのに」 「いいじゃない。 隠すようなことじゃないでしょ。 おいしかった?」 「はい。ちょっと苦しかったですけど……」  何ということだ。  男性は苦手なのに、トウモロコシは おいしくいただけるなんてことが この世にあり得るとは…… 「いいな。あたしもお腹いっぱい 焼きトウモロコシ食べたいなぁ」 「ただのおかずの話じゃんっ!!」 「うん、そう言ったでしょ」 「じゃ、なんで芹川はさっきから 恥ずかしそうにしてるんだっ!?」 「……ご、ごめんなさい……」 「いや、怒ったわけじゃないんだけど……」 「颯太は男子だもんね。女子的には 夜ごはんが焼きトウモロコシだけって、 けっこう恥ずかしい気がするのよ」 「俺にはさっぱり分からない感覚だ」 「ほら、颯太は草食系だし」 「それ草食系の意味違うよね!?」 「あ、そうそう。 そういえば颯太はアレ聞いた?」 「お前って、たまに俺の話を まったく聞いてないよな」 「そんなに颯太って、 トウモロコシで女の子の大事なところを ぐりぐりする話したいの?」 「『聞いた』って 何のことでございましょうか?」 「あれよ、あれ。妖精の歌。 昨日の五時間目に、うちのクラスで 聞いた人がたくさんいるんだって。ね、絵里」 「はい、わたしも聞きました」 「マジで? あれって、ただの噂だろ?」 「でも、10人とか20人も聞いたって話だし、 間違いないわ。きっと妖精がいるのよ」 「妖精がいるんなら、 俺が一番最初に会ってると思うんだけどな。 しょっちゅう裏庭にいるんだし」 「うーん、 トウモロコシには見えないのかなぁ?」 「それ、俺のこと!?」 「ほら、妖精って ヨコシマな心の持ち主には見えない っていうじゃない」 「言っとくけど、俺みたいな 毒にも薬にもならない男はなかなかいないぞ」 「たぶん『人畜無害』って言いたいんだ と思います」 「それ、頼むから俺に言ってくれ。 ハブられてるみたいで、すごいへこむよ」 「……え、あ……ごめんなさい……」 「無茶言わないのよ。 絵里だって頑張ってるんだから」  そうなんだけどな。 「でも、さっきの妖精の歌の話だけど 真面目に考えて、授業サボッた生徒が 歌ってただけじゃないか?」  言うと、友希と芹川は視線を合わせて、 「夢がありません」 「ごめんね。あれでも悪気はないのよ。 ただちょっと空気が読めないだけで」 「おい。俺が悪いみたいな話になってないか?」 「大丈夫。颯太は何も悪くないから。 あたしが代わりに謝っておくからね」 「俺が悪かったよっ!」 「じゃ、妖精つかまえてきてくれたら、 許してあげよっかなぁ」 「もうちょっと難易度を下げてくれ」 「えー、じゃ、教室で公開一人えっちとか?」 「難易度下がったけど、無理だよっ!!」 「大丈夫。 颯太ならきっとできるよ! 頑張ろうよっ!」 「頑張れないよっ!」 「じゃ、一番興奮するシチュエーションを 400文字以内に書いてくるとかは?」 「もうちょっと普通な感じで お願いしてもいいかな!?」 「じゃ、今一番ハマってるエロ本――」 「いいかげん下ネタから離れろ」 「えー、そんなに厳しく限定されたら、 何も言えないじゃん」 「お前の辞書には下ネタ以外載ってないのか」 「あははーっ、なに言ってるのよ。 そんなわけないじゃん」 「……………」  いや、そんなわけあるよ。 「まぁ、それはいいとして。 やっぱり妖精なんて、 いるとは思えないけどな」 「けっきょく実際に姿を見た人はいない わけだろ?」 「じゃ、賭ける?」 「おう、いいよ。俺が負けたら、 公開一人えっちでも400文字以内でも 何でもやってあげるよ」 「そんなこと言って後悔しない?」 「しないね」 「じゃ、あたし、妖精いないほうに賭けるね」 「その流れおかしくないっ!?」 「あ、チャイム鳴った。颯太が勝ったら、 何でも言うこと聞いてあげるからね」 「……え、おい、ちょっと待てよ。 まだ賭け成立してないよな? な?」  俺の抗議を完全に無視して、 友希たちは席に戻っていった。  昼休み――  例によって部長に呼ばれていたので、 部室へと向かった。 「ようやく来たね。 まったく女を待たせるなんて、いつから君は そんなにいい男になったのかな?」 「すみませんね、授業があったもので。 それで、また妖精の話ですか?」 「その話半分に聞こうとする態度は 気に触るけど、まぁ大目に見てあげるよ。 じつは朗報があるんだ」 「もしかして、昨日、 うちのクラスで妖精の歌を聞いた生徒がいる ってやつですか?」 「いや、それは初耳だよ。 けど、そうか、昨日っていうのは興味深いね」 「どういうことですか?」 「昨日、僕のクラスに 妖精の姿を見た生徒がいたんだよ」 「姿を見た? 歌じゃなくてですか?」 「そうだよ。聞くところによると その子は授業中、気分が悪くなって 保健室で寝ていたらしくてね」 「目を覚ましたら、歌が聞こえたそうだよ。 慌てて窓から裏庭を見ると、 妖精が歌を歌っていたというわけさ」 「なんでも絶世の美少女だったそうだね」  美少女の妖精ねぇ。 「どう考えても、学校の生徒じゃないですか?」 「そう思うだろう? けれど、そんなに美人なら、顔も名前も 知られていたっておかしくないじゃないか」 「けど、 まったく見覚えのない顔だったそうだよ」 「制服は着てなかったんですか?」 「残念ながら、樹の陰になって、 そこまでは見えなかったそうでね」 「それじゃ、 その『見た』っていう人がたまたま知らない 生徒だっただけだと思いますけど?」 「もちろん裏はとったよ。 各クラスの先生に訊いてみたけど、その時間、 授業をサボった生徒は一人もいなかった」 「じゃ、百歩ゆずって裏庭にいたのが 晴北の生徒じゃないとしましょう」 「それなら考えられるのは、 夢か寝ぼけてたかの どっちかで決まりでしょう」 「君のクラスの生徒が歌を聞いたのは、 五時間目じゃないかな?」 「そうですけど……え、じゃ、もしかして?」 「うちのクラスの生徒が妖精の姿を見たのも、 ちょうど五時間目だよ。まさか、 『全員が夢を見た』とは言わないだろうね?」 「それは、まぁ、なさそうですよね……」 「なら、答えはひとつじゃないか。 あのリンゴの樹には妖精が棲んでるんだよ」 「本気で言ってます?」 「そのほうが面白いからね」  その理由はどうなんだろう……  放課後―― 「颯太ー、バイト行こっ」 「お前、シフト見てないだろ」 「えっ? なんで?」 「俺は今日バイト休みだよ」 「えー、そんなぁ。 いいじゃん、一緒に行こうよ」 「いやいや、一緒に行っても バイト代出ないからね」 「だって、一人で行くと道中寂しいよ?」 「今までだって一人で行ってたこと 何度もあるだろ」 「でも、 今日は一緒に行けると思ってたんだもん」 「悪いけど、俺も部活休んだら、 部長に何されるか分からないからな」 「えー、じゃあさ、 パンツ見せてあげるから、だめかなぁ?」 「え……」  ぱ、ぱぱ、ぱぱぱ――  パンツだってぇっ!? 「ば、バカを言うなよ。 俺は植物系だぞ、植物系。 パンツが何だっ!」 「だよね。じゃ、いいや。諦めるわ」 「ちょっと待った!」  俺は、あたかも ガンコ親父が改心した時のような口調で、 言った。 「負けたよ。 そこまでの誠意を見せられて断るほど、 俺も人でなしじゃない」 「ほんと? パンツ見せたら、一緒に来てくれるの?」 「くれぐれも言っておくが、 パンツが見たいわけじゃないぞ!」 「あくまでお前の誠意を見たいだけだ。 そこのところを誤解してもらっては困る」 「うん、何でもいいよー」 「じゃ、じゃあ……その……いいのか?」 「う、うん……」  友希は一瞬、教室内を見回す。  生徒はほとんど残っておらず、 誰もこっちを気にしてない。  それに、このポジションなら 友希がスカートをめくっても、 それが見えるのは俺だけだ。 「あんまり見ちゃだめだよ?」 「わ、分かってるよ」  何だ? 妙に緊張してきたな。 「じゃ、行く、ね」  友希は両手をそっと腰の辺りに置き、  きゅっと手に力を入れる。そして――  思いっきり、下げたのだ。  俺のズボンを。 「……やだ、そんなに 嬉しそうな顔しないでよ……」 「そんなわけあるかいっ!! 何が悲しくて俺が俺のパンツを見せられて、 嬉しそうな顔しなきゃならんのだっ!」  と、そこまで言って、初めて気がついた。  友希がスカートをめくっても、 俺にしかパンツは見えない。  しかし、俺のパンツは 教室内の誰からも、丸見えだってことに。 「や、やだぁ…… あれ、初秋くん、何してるの?」 「しょうがないよ。 だってメタモルフォーゼだもん」  恥ずかしさが全身にこみあげてきて、 一瞬でズボンを引きあげた。 「まったく。もう部活いくからな」 「あ、待って。待ってよ」 「怒った?」 「怒ってないよ」 「でも、ちょっと怒ったでしょ?」 「ぜんぜん怒ってないよ」 「じゃ、嬉しかった?」 「ズボン下げられて嬉しかったら変態だよ……」 「あー、やっぱり怒ったんだぁ!」 「あのな……」 「ごめんね」 「だから、気にしてないって」 「でも、ごめん」 「本当に怒ってないから」 「ほんと? 本当にしこってない?」 「なんでそこで下ネタだよっ!?」 「な、なごむかと思って」 「なごまないよっ! 台無しだよっ!」 「ゴムないよ、中出しだよ?」 「黙れ、下ネタ大王!」 「下の口を塞いじゃうぞ?」 「……あのな」  いったい、どこで育て方を間違えたんだろう?  いやまぁ、育てた覚えはないんだけど。 「というか、そろそろバイト行こうな。 いいかげん遅刻するぞ」 「ちぇ、つまんないの。 颯太ってつれないんだぁ」 「今日は野菜持ってくから、 どうせまたあとで会えるよ」 「本当に? なーんだ、それを早く言ってよね。 落ちこんで損しちゃったわ」  現金な奴だな。 「じゃ、ナトゥラーレで待ってるね。 葵先輩によろしくー」  あっというまに友希は去っていった。 「アスパラガスを収穫してきたよ。 今年はなかなかいい感じに育ったね」 「手塩にかけて育ててますからね。 タマネギも終わりました」 「じゃ、あとはネギかな?」 「ネギも終わってますよ。 リヤカー持ってきますね」 「うぉいっしょっと! これで全部ですか?」 「あぁ。しかし、君はよく働くね。 野菜の販路も見つけてきてくれたし、 おかげで大助かりだよ」 「まぁ、好きですから。 それに野菜はたまたまバイト先で 買ってくれることになっただけですし」 「俺としては、部長がちゃんと 野菜を育ててるほうが意外でしたけど? 『人は見かけによらない』っていうか――」  口にした瞬間、失言に気づき 俺はとっさに身構えた。 「確かに、園芸部を作ったのは 学校で休憩所が欲しいと思ったからだけどね」 「いちおう活動らしいことをしておこうと、 適当に種をまいたんだが、 たまたまうまく育ってね」 「それ以来ハマッてしまったというわけだよ。 ……どうしたのかな? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」 「いえ、予想と違う答えが返ってきたもので」 「何の話かな?」 「その、部長の発作が起きないなと」 「ほほぅ」  部長は不穏な笑みを浮かべると、 リヤカーの上に乗った。 「それじゃ、行こうじゃないか」 「途中で坂があるの、知ってますよね?」 「男の子だろう。 一人で頑張ったら、ご褒美あげるよ」 「信じませんよ。 どうせろくでもないものでしょう」 「ふぅん。15分以内に着いたら 僕の胸を好きにしてもいい、 って言おうと思ったんだけどね?」 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」  ということで、この街一番の繁華街、 新渡町にやってきたわけだが―― 「はあっ、はあっ、はあっ…!! だ、騙された。よく考えたら、 15分以内に着くわけないじゃないか……」 「心外だね。僕は何も意図してないよ。 君が勝手に騙されたんだ」 「ぐうの音も出ませんよ……」  というか、しゃべるだけで、かなりしんどい。 「ほら、ナトゥラーレはもうすぐそこだよ。 早く行こうじゃないか」 「すいません。 ちょっと、休憩してもいいですか?」 「しょうがないね」  部長がリヤカーから降りてきた。 「でも、ここまでで17分か。 惜しかったね。残念だろう?」 「まぁ、 もともと本気にはしてませんでしたけどね」 「おや、言うじゃないか」 「いつもからかわれてますから、たまには 部長にも恥ずかしい思いをしてもらおう と思っただけですよ」 「ふぅん。それはそれは……」  部長は俺に顔を近づけ、耳に唇を寄せる。 「――あぁむ」  唇と歯の感触が耳に伝わり、 一瞬、体中に快感が走った。 「……え……えぇと、部長…?」 「ふふ、百年早いよ」  かすかに残る甘噛みの感触に囚われながら、 まったくもってその通りだと思った。 「いらっしゃいませ。 ――あっ」 「どうも。 野菜持ってきました」 「いつもお疲れ様。じゃ、手伝おっか」 「いえ、まやさんは仕事しててください。 今日はけっこう忙しそうですし」  店内をざっと見回しながら言うと、 「そぉ? じゃ、お言葉に甘えちゃおっかな。 ありがとね。 葵さんもお疲れ様」 「なに、部活動の一環だよ」 「すいませーん。注文いいですか?」 「はーい。ただいまお伺いします。 ……ごめんね。じゃ、任せちゃうね」 「はい」 「あ、颯太くん、口開けてみて」 「こうですか?」  口を開けると、まやさんは そこに何かを入れてきた。  甘い。飴だ。 「何味だ?」 「えぇと、いちごですかね?」 「ふふっ、正解。じゃね」  まやさんって、 いつも飴持ち歩いてるよな。 「どうも、マスター。野菜持ってきました」 「おう。いつものところに置いとけ」  マスターは一瞬こっちを振りむくと、 すぐに調理に戻った。 「そういえば、お腹が空いたね」 「こんな時間にですか?」  野菜を冷蔵庫にしまいながら、 部長に訊いた。 「今日は妖精のことを考えていただろう。 気がついたら昼休みが終わっていたんだよ」 「部長って、そういうところありますよね」 「『そういうところ』というのは、 もしかしてバカにしているのかな?」 「『かわいいところ』って意味です」 「ふぅん。まぁ、許してあげよう。 ところで何か食べていかないか?」 「いいですよ。 じゃ、残りの野菜も早く運んじゃいましょう」  野菜を運びおえ、 俺たちは席でメニューを広げていた。 「ここのナポリタンは どのぐらい量があるのかな?」 「けっこうガッツリありますよ。 トマトケチャップも自家製ですし、 オススメですね」 「ふぅん。 興味はあるけど、僕は小食なんだ。 そんなに食べられないよ」 「じゃ、半分食べてあげましょうか?」 「そうしてくれると助かるよ」 「ご注文はお決まりですか?」  見計らったように友希がやってきた。 まぁ、見計らってたんだろうけど。 「ナポリタンと、 ハンバーグステーキセットで」 「おや、君は昼食を済ませたはずだろう?」 「働いたら小腹が空いたんで」 「ふぅん。非効率な身体だね」 「男子なら普通ですって。どちらかといえば 部長が効率よすぎるんです」 「あー、あれでしょ? あんまり食べないのに どうやっておっぱい維持してるのか って思うんだよね。やーらしいのー」 「おい、店員」 「ほう。 君は、僕が小食なことから、 そんなことを連想していたわけだ」 「いえ、連想していたのは友希なわけで、 俺はそんなことまったく」 「とか言って、しっかり膨らんでるじゃん」 「何がっ!? ねぇ何が!?」 「ふむ。これのことかな?」 「はうっ!」  テーブルの下を部長の脚が伸び、 靴のつま先が、股間をぐりぐりとまさぐる。 「ちょっと、タンマ、それ、本気で痛――」 「痛気持ちいい?」 「いけない子だね。 もっときついお仕置きが必要かな?」 「あうっ!」  なんだ、これ、やばい。 やばいぞ。  靴で股間を踏みつけられているだけなのに、  俺のマッシュルームが 今にもマツタケに品種改良されそうだ……  いけない。  このままじゃ何かが…… 俺の中の何かが発芽してしまいそうだ! 「ゆ、友希、助け――」 「ご注文くりかえします。 ナポリタンとハンバーグステーキセット ですね。少々、お待ちくださいませ」 「カ、カムバック、ユウキ。 カムバアアァァァァァァァァァック!」 「颯太くん。他のお客様もいるんだから、 店内であんまり大きな声出しちゃだめだよ。 ビックリしちゃうからね」 「あ、はい。すいません……」  やばい。普通に怒られた。 「葵さんも、 あんまり颯太くんを刺激しないでね」 「すまないね。 しかし、面白いオモチャがあれば 遊びたくなるものだろう?」 「ふお……!!」  部長の靴がさらに股間にめりこむ。 「葵さん。だめですよ。 店内ではお行儀良くしていてください」 「さて、どうしたものかな。別に 誰に迷惑をかけているわけでもないだろう?」  からかうような視線を向ける部長に対して、 まやさんはにっこりとほほえみ返す。  なんだ、この一見なごやかでいて、 異様に緊迫感のある空気は…? 「まぁ、ここは君の顔を立てるとするよ」 「ありがとうございます」  部長はようやく足を下ろしてくれた。 「まやさん、助かりました」 「どういたしまして。 かわいい後輩のためだからね」  うぅ、なんて優しいんだ。 友希や部長とは大違いだ。 「あ、ごめんね。ちょっとじっとしててね」 「え、はい?」  まやさんが、俺の股間に顔を埋めるように 前屈みになる。  そして、とりだしたハンカチで ズボンの股間部分をさっと拭いた。 「土で汚れちゃってたから、ね」  そう言いのこして、 まやさんは仕事に戻っていった。 「ねぇねぇ颯太、ナポリタンと ハンバーグステーキセットなんだけど……」 「どうした? 材料が切れてたか?」 「うぅん、マスターが『自分で作れ』って」 「はい? 俺、今日は客なんだけど?」 「今日はビックリするぐらいお客さん多いから、 厨房が回らないんだって」  確かに、気がつけば店内は満席だ。  平日にお客さんがこんなに来ることは 滅多にないもんな。 「まぁいいか。 そのほうが早く食べられるし」 「ところで、 ちゃんとバイト代は出るんでしょうね?」  ハンバーグステーキとナポリタンを 同時に作りながら、 隣で調理中のマスターに声をかける。 「おう。休日出勤扱いだ」 「って言っても、これ作っただけじゃ、 微々たるものですけど」 「なら、働いてくか? 今日は人手が足りんしな」 「いえ、部長と一緒に来てるんで」 「パスタそろそろだろ。茹ですぎるなよ」 「任せてくださいっと」  フロアに戻ると部長と友希が 何やら話をしていた。 「それはなかなか興味深い話だね」 「ナポリタンとハンバーグステーキセット お待たせいたしました」  ナポリタンの皿をテーブルに移すが、 部長はまったく興味を示そうとしない。  それでピンと来た。 「妖精の話ですか?」 「よく分かったじゃないか。 友希が面白い噂を仕入れてきてね」 「何だ?」 「友達から聞いた話なんだけどね、 じつはあの裏庭にあるリンゴの樹って、 樹齢数百年あるらしいのよ」 「いやいや、それは噂もいいところだよ。 あの樹は確か樹齢100年ぐらいのはずだぞ」 「そもそもリンゴの樹からして、 日本に入ってきたのが19世紀ぐらいだろ」 「樹齢数百年ってのは、 どう考えてもおかしいだろ」 「それがね。じつは、あの樹は あたしたちが普段食べてるリンゴの樹とは 別物らしいのよ」 「別物って、どういうことだよ?」 「うん。一説によれば、アダムとイヴが食べた 知恵の実をならせた樹なんだって」 「は…?」  アダムとイヴって…… いくら噂でも、尾ひれはひれがつきすぎだろ。 「だから、あのリンゴの実を食べれば、 どんな願いでも叶えてくれるんだってさ」 「と、いうわけだが、君はどう思う?」 「分かってて訊いてます?」 「少なくとも面白くなってきたのは確かだね」  それは否定しないけど。 「誰が考えたか知りませんけど、 いろいろと無理のある設定ですよね」  朝。寝起きのぼんやりした頭を働かせ、 緩慢な動作で学校に行く用意をする。  リビングには誰もいない。  テーブルに青いメモ用紙と赤いメモ用紙で、 書き置きが残されていた。  俺はまず青いメモ用紙のほうに視線を向ける。 『今日からしばらく終電&始発だ。 ――家族のために働く父より』 「なるほど」  ちなみに、その書き置きをめくると、 昨日の書き置きが残されている。 『残業代が出ない。 ――悲痛な父より』 「前々から怪しいとは思ってたけど」  テーブルの上にある白いメモ帳から一枚 紙をはがし、ボールペンで返事を書く。 『父さんの会社、ブラック企業じゃね? ――父の将来を危惧する息子より』  続いて赤いメモ用紙のほうに視線を移す。 『今日は日帰り出張なの。飛行機が朝早いから、 朝ごはんとお弁当つくる時間がなくて、 ごめんね』 『でも颯ちゃんは料理上手だから、大丈夫よね。 冷蔵庫にあるもの適当に使っていいからね。 ――仕事が忙しい母より』 「まぁ、慣れてるけどさ」  何を作ろうか、と冷蔵庫を開けた。 「なるほど」  冷蔵庫を閉じて、白いメモ用紙に 母さんへの返事を書きこむ。 『冷蔵庫空っぽだよ、母さん。 ――食材の補給を切に望む息子より』  さて、学校いくか。 ごはんは途中で朝マックでもしよう。 「よっ、初秋。期待してるぜ」  クラスメイトの黒田が俺の肩を叩き、 校舎へと走っていった。  何だ? 「あ、初秋くん。頑張ってね」  玄関で靴を履きかえてると、 今度はクラスメイトの山本が声をかけてきた。 「あれー、何してるの? 告白?」 「うぅん、声かけといたら、 最初に教えてくれるかもしれないし」 「あー、そうかも。 じゃ、初秋くん、あたしも応援してるから、 よろしくね」  三橋はそーっと、俺の手にタッチした。 「えへっ、触っちゃった。 ぜったい御利益あるよ」 「じゃ、じゃあ、あたしも。えいっ」  またしても手にタッチされる。 「やったやった。 じゃ、行こっか。 初秋くん、よろしくねー」  二人は去っていった。 「御利益って、俺は生き仏か何かか……」  ていうか、何をよろしくされてるんだ?  ……その後、教室にたどり着くまでにも、 4〜5人から声をかけられた。 「おはよう」 「おっはよー。どしたの、難しそうな顔して? 今朝はスッキリできなかった?」 「それについてはこれっぽっちも 心配する必要はないよ」 「あ、先生くる前にヌイてくるんだぁ。 時間、大丈夫? でも、颯太なら平気か」 「どういう意味だよっ!?」 「が、学校でそういうことするの、 わたし、あんまり良くないと思います……」 「じゃ、家ならいい?」 「はい。家なら、仕方ないことだと思います。 生理現象ですから」 「颯太、絵里が『家でならいい』って。 ざーんねん、我慢してね」  あのな…… 「そうじゃなくて。朝から色んな奴らに 『頑張れ』とか『期待してる』とか声を かけられるんだけど、なんでかと思ってさ」 「あれ? もしかして知らなかったりする?」 「何が?」 「晴北学園の伝説のことよ」 「なんだそれ?」 「ほら、妖精が棲んでいるリンゴの樹。 あれって、もう数十年も実をならせてない って噂でしょ」 「そうだけど、それがどうかしたのか?」 「あのリンゴの樹には妖精の魔法が宿ってる らしくて、実を食べればどんな願い事でも 叶うんだって」 「は?」 「でも、あのリンゴをならせるには、 自然農法じゃないといけないんですよね」 「そうそう。そこでみんな 園芸部の颯太に期待してるってわけなのよ」 「……話はまぁ、だいたい分かった」 「で、その伝説、いつできたんだよ?」 「全校生徒の諸君、園芸部の陸奥葵だ」  何だ? 葵部長? 「すでに学園裏サイトを見ている人は 知っていると思うけど、僕たちの通う この晴北に、今日新しい伝説が誕生した」  この放送、まさか…? 「裏庭にあるリンゴの樹には妖精が棲んでいる。 そして、その実には妖精の魔法が宿るという」 「一口食べれば、 どんな願い事でも叶えてくれるそうだよ」 「欲しい物は何でも手に入るだろうし、 志望校への合格もたやすい。意中の彼や彼女 を振りむかせることだって、簡単なことさ」 「ただし、あのリンゴに実をならせるには、 自然農法以外に方法はない」 「だが心配はいらないよ。我が園芸部のエース 初秋颯太が『何としてでも実をならせる』と 約束してくれたからね」 「収穫を楽しみに待っていてくれ。 以上だ」  クラス中の視線が俺に集中するのが 分かった。 「なぁ、これって?」 「うん。朝からずっと流れてるよ」 「マジか……」 「いったい、どういうことですかっ!?」  昼休み。部室にいる部長を見つけ、 開口一番問いただした。 「おやおや、まったく君と来たら、 真っ昼間だというのにそんなに興奮して、 盛っているのかな?」 「そんな冗談に付き合ってる場合じゃ ありませんよっ。あんなことして 大変じゃないですかっ」 「ふむ。大変なこと。 どれのことかな?」 「とぼけないでくださいよ。思いっきり やばいことを、やらかしましたよね?」 「あぁ、なるほど。あれか」 「まったく。どういうつもりなんですか? 言い分次第じゃ、いくら俺でも怒りますよ」 「確かに君の恥ずかしい写真を 裏サイトにアップしたのは悪かった。 反省してるよ」 「分かればいいん――」 「って、それ初耳ですよっ! そっちのほうが大変じゃないですかっ! どんな写真をアップしたんですか?」 「おや、違ったか。とすると、君の名前で 野菜を使った新鮮性生活日記を 裏サイトで連載していることだろうか?」 「何ですか、新鮮性生活日記って!? まさか俺が『晴北のメタモルフォーゼ』って 呼ばれてるのって、部長のせいですか!?」 「待てよ、君が日がな鏡を見つめては、 『俺様は美しい』と口にし、キメポーズの 研究に日々勤しむ情報をリークしたことか?」 「嘘もいいところじゃないですかっ! どんだけナルシストな設定に してんですかっ!?」 「困ったね。心当たりが多すぎて分からないよ。 大変なことというのは、いま言ったことよりも はるかに一大事なのかな?」 「……いえ、もうなんか、 自然農法でリンゴに実をならせるぐらい、 大したことがない気がしてきました……」 「さすがだね。君なら、きっと そう言ってくれるだろうと思っていたよ」 「そんなことより、恥ずかしい写真と 新鮮性生活日記とナルシスト情報の ことなんですけど」 「あぁ、それは嘘だよ。いくらなんでも そんなことするわけがないじゃないか」 「……………」 「何だい、その反抗的な目は? そんなふうに見られると興奮するじゃないか」  はぁ。本当にもう。 「いいかげん、その病気治してくださいね」 「それは難しい相談だね」 「まぁ、しかし、いいじゃないか。 君だって、あのリンゴの樹に実を ならせようと頑張ってただろう?」 「……なんで、知ってるんですか?」 「それぐらいお見通しさ。僕は部長だからね」  それらしきことを話した覚えもないんだけど、 意外とちゃんと見てるんだな。 「これで全校生徒が応援してくれるんだ。 やりがいも出てきたんじゃないか?」 「やりがいどころか、 ものすごいプレッシャーなんですけど?」 「それが晴北の伝説を背負うということだよ」 「意味が分かりません……」 「そもそも伝説って、 自分が作るもんじゃないと思うんですけど?」 「バカだね、君は。どんな伝説だって、 いつか誰かが作ったものなのさ」 「だったら、それがたまたま今日、 自分で作ったっていいじゃないか」 「そうですかねぇっ?」 「そうさ。案外、由緒正しい伝説だって、 最初はこんなくだらない始まりだった のかもしれないよ」  何となく 「そういう可能性もあるよな」 と思った。  だから、いつも俺は 手玉にとられてばかりいるんだろう。  とはいえ、こんなことは今更だ。 「どうしたのかな? 急にスッキリした表情になったじゃないか?」 「いえ、別に。いつも通り、 しょうがない部長の尻ぬぐいをしてあげよう と思っただけです」 「いい心がけだ。 君のそういうところは好きだよ」  放課後――  今日は日直だったよな。  俺が日直ノートをとりにいこうとすると、 「いいって。俺が代わるよ」 「え、いや、でも」 「お前にはお前のやることがあるだろ」 「……やることって、まさか?」 「俺な、じつはC組の佐藤さんのことが 好きなんだわ」  知らねぇよ…… 「だからな、頼む。 1ヶ月ぐらいは待つ覚悟でいるからよ」  黒田に背中を押され、文字通り送りだされた。 「あー、初秋くんだ。農業って大変なんだよね? これあげる、家庭科で作ったんだ」  山本はクッキーを差しだしながら、 「あたし、在学中にどうしても留学したいの。 でも、両親が許してくれなくて」  そんなこと言われても…… 「お願い。 留学の申請書の〆切がもうすぐだから、 何とか頑張って! 応援してるから!」 「あー、抜け駆け禁止っ! あたしだってアイドルのオーディションを 受けるんだからっ!」  また来た…… 「あたし、 リンカみたいなアイドルになるのが夢なんだ。 だから何とかGWまでによろしく!」  二人はクッキーを俺の手に握らせ、 去っていった。  ここに着くまでに受けとったのは、 クッキーが4個、飴玉が3個、 図書カードが2枚、肩たたき券が1枚だ。 「みんな、できたてほやほやの伝説に 踊らされすぎだろ」  まぁ、言われなくても リンゴの樹の世話はするわけだし、 実がなったら、俺だって嬉しい。  だけどなぁ。 みんな、根本的に勘違いしてるんだよな。 「リンゴって実が収穫できるの、秋だし」 「期待している連中には悪いけど、 お前はいつものペースでのんびりやってくれ」  いまだ花さえ咲いてないリンゴの樹に、 話しかけるように言う。  ひとまず農具をとりに部室へ向かおう と歩きだす。正面から爽やかな風が 通りすぎていく。  ふと誰かの声が聞こえた気がして振りかえる。  しかし、 そこにはリンゴの樹があるだけだった。  朝。 いつものごとく、のっそりとベッドから 這いずり出て、学校に行く用意をする。  リビングには今日も誰もいない。  テーブルの上の青いメモ用紙を読んでみる。 昨日の返事が書いてあった。 『はっはっは、父さんの会社が ブラック企業なわけないだろう』 『仕事っていうのは、 お前が考えてるよりずっと厳しいんだ。 終電で帰れるだけ、父さんは幸せだよ』 『それに父さんはこう見えても幹部候補なんだ。 幹部候補は何事も経営者の目線で 考えなければならないんだぞ☆』 『今は会社が厳しい時期だし ある程度、仕事がきついのは仕方ない。 でも、やりがいだってあるんだ』 『だから、お前は何も心配しなくていい。 分かったな。 ――24時間働けますな父より』 「そうか。これが、社畜か……」  どうやら、そうとう訓練されてるみたいだ。  何か一言で現実に引き戻せるような 言葉はないものかと考え、 白いメモ用紙に父さんへの返事を書く。 『父さんって、ぶっちゃけ給料いくら? ――母さんのほうが稼ぎがいいんじゃないか と疑う息子より』  続いて、赤いメモ用紙に目を落とした。 『ごめんねー。 お母さん買い物するの、すっかり忘れてたわ』 『昨夜、24時間スーパーで買い物しといたわ。 安売りしてたから、 ジャガイモたくさん買ったの』 『日持ちするし、 颯ちゃんジャガイモ好きでしょ』 『それじゃ、行ってきます。 ――今日も慌ただしく出かける母より』 「ジャガイモか。 よし、じゃ、コロッケだな。 挽肉があればいいんだけど……」  俺は母さんが買ってきた食材を 確かめるために冷蔵庫を開けた。 「なるほど」  冷蔵庫を閉じて、 白いメモ用紙に返事を書く。 『野菜がジャガイモ一種類しかないよ、母さん。 ――驚く息子より』  しょうがないから、 コロッケを大量に作って冷凍しておこう。 「おはよ――」 「初秋、リンゴはまだかっ!?」  ……そんなに早くできるわけねぇ。 「えーと、なぜ?」 「それが、佐藤さんが見知らぬ男と 一緒に帰ってるところを 昨日、偶然見かけてしまったんだ……」  だから、知らないよ…… 「わたしも、お願い、初秋くんっ! 昨日彼氏に『太った』って言われちゃって、 今すぐ痩せたいのっ!」  ダイエットしろよ…… 「頑張ってるけど、そんなにすぐには……」 「そんなこと言うなよっ! 友達だろっ!」 「そうだよっ! 初秋くんならできるよっ!」 「うんうんっ! あたしもそう思うっ! 頑張ってっ!」 「あのさ、リンゴっていうのは秋に……」 「初秋っ!」「初秋くんっ!」「初秋くん!!」 「が、頑張るよ……」  数の暴力には敵わなかった。  放課後―― 「ねぇねぇ、今日はこれから リンゴのところに行く?」 「リンゴの話はよせ。 今日は嫌になるほど聞いた」 「あははっ、颯太、モテモテだったもんね」 「勘弁してほしいよ。先生まで 『期待してる』とか言いだすんだからさ」 「そうなんだ。みんな伝説とか好きだよね」 「わたしも、夢があって素敵だと思います」 「頼むから俺の苦労も考えてくれ」 「……ご、ごめんなさい」  芹川は友希の後ろに隠れて 小さくなってしまった。 「こら。何すごんでるのよ?」 「いや、 そんなにすごんだ覚えはないんだけど……」  男子が怖いからしょうがないんだけど、 地味に傷つくな。 「それで、リンゴのとこに行くなら、 どうしたんだ?」 「あ、うん。バイト休みだから絵里と 『遊んでいこう』って話してたんだけど、 颯太も暇なら一緒に行かないかなって」 「いいね。別に、ずっと見てなきゃ いけないわけじゃないし。今日ぐらい、 リンゴのことは忘れて、ぱーっと遊ぶかな」 「ほんと? じゃ、遊びにいこっ!」  カバンを持ち、一歩足を踏みだしたところで、 背中に殺気めいた視線を感じた。  振りむくと、 「……リンゴ……」 「……リンゴォ……」 「……リンゴォォォ……」 「「……リィィィンーゴォォォォ……」」 「……いや、やっぱりやめとこうかな…… 最初が肝心だし……」 「う、うん。それが、いいかも……」 「じゃ、頑張ってね。また明日ー」 「あぁ。芹川もまたな」 「……あ……はい……」  友希たちと別れ、裏庭へ向かう。 気分はすこぶる重たかった。  そもそも俺はリンゴについて それほど詳しいわけじゃない。  家がリンゴ農家でもない限り、 この歳でリンゴを育てる機会なんて まずないしな。  それでも一般的な知識ぐらいはある。  例えば、発芽して花が咲かないことには、 実は絶対にならない。  雌しべが受粉して初めて、 花が果実へ変化するからだ。  その果実に養分を送るのが葉だ。 開花前に葉が開かなければ、 果実は大きく育たない。  けれど今のところ、このリンゴの樹には 一枚の葉さえ生えてない。 「どんなに頼んだって、お前もこの状態じゃ 実をつけようがないよな?」  リンゴの樹を仰ぎ、 愚痴を言うように話しかける。  そして、目を疑った。  花も葉も生えてないリンゴの樹に、 ひとつだけ、果実がたわわに実っている。 「……夢でも見てるのか…?」  そう思いながらも、果実に手を伸ばす。  その瞬間――  果実が、まばゆい光に包まれた。  そして――  信じられないことに、リンゴは 謎の生物らしきものへと姿を変えたのだ。  常識を木っ端微塵にしてしまうような 出来事に、言葉が何も出てこない。  しかし、本当に驚くべきはここからだった。 「やぁ。初秋颯太。ようやく会えたね」 「な……しゃ、しゃべったぁっ!?」 「何をそんなに驚いてるんだい? ぼくは妖精だ。 人間の言葉をしゃべるぐらい朝飯前だよ」 「……妖精? このリンゴの樹の?」 「その通りだよ、初秋颯太。 ぼくの名はQP。君に大事な話があって、 はるばる妖精界からやってきたんだ」  いや。 いやいや、ありえないぞ。 妖精なんているわけがない。  だから、これは、つまり――? 「なんだ、夢か。 ってことはあれだな。 そろそろ先生にどやされて起きる頃か?」 「やれやれ、あいかわらず人間っていうのは、 頭の固い反応をするね。夢だと思うなら、 樹に頭をぶつけてみればいいよ」 「さすが俺の夢だな。 なかなか気の利いた展開だ」  これで目を覚ませそうだ。 「よし、じゃ、行くよ。せーの!」  思いっきり体を反り、リンゴの樹めがけて 背筋力をフル活用した渾身の頭突きをかます! 「どぅりゃあぁっ!」 「ごっ……うぐぅぅ…………!!」  強烈だった。しかし、 その場にうずくまりたい衝動を必死に堪える。 「い、痛……く、なんか、ないっ! 痛くなんかないぞ。ふぅ。良かった。 やっぱり、夢か!」  ちょいと頭がうずくような気がするけど、 たぶん悪夢だからだろう。 「なら、もう一回してみてくれるかい?」 「も……もう一回だって!?」 「そうだよ。どうせ痛くないだろう?」 「もちろん痛くはない。痛くはないぞ。 痛くはないんだけど、俺の中の何かが 猛烈に拒否しているっていうか……」 「おかしいね。夢なら、できるはずだよ」 「……ぐ、ぐむぅ……」  や、やってやる。 やってやるぞ! 「これは、夢だっ! 夢に決まってるっ!!」  ふたたび体を限界まで反らし、 思いきりリンゴの樹めがけて、 頭突きをかます。 「とりゃっ」 「……………」 「おや? ずいぶん手加減したように見えたけどね」 「い、いや、これはちょっとした手違いで……」 「じゃ、もう一回やってごらんよ。 今度は本気で」 「………………」 「……く……」  できない。 俺にはこれ以上できないよ。 だって、  本当はめちゃくちゃ痛かったんだ…… 「もう分かっただろう。 これは夢じゃないんだ。現実だよ」  まさか、本当に…?  いやいや、落ちつけ。落ちつくんだ。 まだ決めつけるのは早計だ。 「……よし、分かった。俺もちょっとだけ これが夢じゃないかもしれないという気が してきた」 「だけど、夢じゃないとして、 妖精がいったい俺に何の用だ?」 「最初に言ったはずだよ。 君に大事な話があるんだ」  そういえば、そんなことも 言ってたような気がする。 「いいかい、この先君の人生には 世にも恐ろしい悲劇が待ち受けている」 「ぼくはその悲劇から君を救うために やってきたんだ」 「いまいち分からないんだけど、 なんで未来が分かるんだ? 妖精ってそんなもんだったっけ?」 「妖精界と人間界の時間軸が違うからね。 妖精界から人間界をのぞけば、未来が 見えるんだよ」 「もちろん、いろいろと制約はあるけどね」  うーむ、本当なんだろうか?  だけど、恐ろしい悲劇が起こるのが本当なら 聞いといて損はないかもしれない。 「いったい、何が起こるっていうんだ?」  尋ねると、QPは一呼吸おき、 それからふたたび口を開いた。 「ここから先は心して聴くといいよ、初秋颯太。 一言一句、決して聴き漏らさないようにね」 「なぜなら、これは君の人生を左右する、 とても大切なことなんだ」 「これからぼくが話すことによって、 君は君の人生を変える可能性を 手に入れることができる」 「だけど、くれぐれも覚えておくといい。 人生を変えるも変えないも、すべては 君次第だということをね。いいかい?」  ごくり、と唾を飲みこみ、うなずく。 「それじゃ、教えよう。君の未来を」 「今のままなら、君は次の夏休みに、 ある女の子と出会うだろう」 「君は恋に落ち、彼女と結ばれるんだ」  ……うん? 「なぁ、それは悲劇どころか、 ものすごくいいことなんじゃないか?」 「それだけならね」  つまり、それだけじゃないってことか。  半信半疑だったけど、 こんなに真剣に話されると、 否が応でも身が引き締まる。 「どうなるんだ?」  真剣な口調で問い、QPの答えを待つ。  どくん、どくん、と心臓が いつもより早く鼓動を刻んでいた。 「彼女と結ばれたことが原因で、 君はこの世で一番大切なものを ふたつなくしてしまうんだ」 「いや、みっつだったかな?」 「……………」 「まぁ、どっちでもいいや。 とにかくそういうことだよ。 分かったかい?」  もちろん、一瞬にして聞く気をなくした。 「じゃあな」 「待つんだ、初秋颯太。 君の人生を左右するとても大切なことだと 言ったはずだよ」 「黙れ、幻覚! 俺の人生を 左右する大切なことのわりには ずいぶん適当じゃねぇのっ!?」 「妖精界ではふたつもみっつも同じなんだ。 妖精は数にこだわらないからね」 「訳の分からないことを 言ってんじゃねぇっ!!」  踵を返し、全力でダッシュする。 「待つんだ、初秋颯太」 「うるさい、幻覚は黙ってろっ!」  そう、夢じゃなければ幻覚だ。 きっと熱があるに違いない。  そういえば、頭が痛いような気もしてきた。  早く帰って寝よう。ぐっすり眠り、 目が覚めれば、このふざけた幻覚とは きっとおさらばできるはずだ―― 「はっ……!!」  跳びおきるようにして目を覚ました。  三月だっていうのに、 全身に寝汗をかき、パジャマまで ぐっしょり濡れている。  ものすごく悪い夢を見ていた気がする。 「……そっか。夢、だよな…… そりゃそうに決まってるか……」  ふぅ、と一息ついた後、 のっそりベッドから這い出て、 学校へ行く用意を整える。  今日もリビングには誰もいない。 「さて。父さんの返事はっと」  テーブルの青いメモ用紙に目をやる。 『手取りで15万。父より』  と、ひどく筆跡が乱れた字で書いてあった。 「というと、額面20万ぐらいか? 1日16時間ぐらい働いてて、 休みがほとんどないから……」  俺は白いメモ用紙にすらすらと 返事を書いた。 『父さんの給料って、時給に換算すると 俺のバイト代以下だよね? ――追及の手を休めない息子より』  続いて、赤いメモ用紙に書いてある 母さんの返事を見た。 『ごめんね。ジャガイモ一種類だけじゃ だめよね。いろいろ買っておいたわ。 ――冷凍コロッケをおいしく食べた母より』  俺は冷蔵庫を開いた。 「なるほど」  白いメモ用紙に返事を書く。 『メークイン、キタアカリ、 インカのめざめ、男爵いもと いろいろ買ってくれたみたいだけど』 『ジャガイモ以外の野菜が欲しいんだよ。 ――ジャガイモ生活に苦しむ息子より』  いいかげん母さんもメールぐらい使える ようになってくれないかな?  電話だって、 いつ出られるのか分からないんだし。  まぁ二人ともアナログ人間だし、 いまさら無理か。  それはともかくして。  さぁ、今日は何のジャガイモ料理を 作ろうか…?  たくさん寝たおかげか体が軽く、 今日はいつもよりちょっとだけ早く 学校に到着した。  しかし、昨日は変な夢を見たよな。  ここ最近はリンゴだの、妖精だの、 そんな話題ばっかりだったからか?  だいたい、よく考えたら あんなことあるわけないしな。  たぶん、学校中の生徒に プレッシャーかけられて、 精神的に疲れてたんだろうな。  その証拠に――  ほら、一晩寝てすっきりしたら、 妖精なんてどこにもいな―― 「やぁ。おはよう、初秋颯太。 一晩寝て、ぼくの話を冷静に 聞けるようになったかい?」 「……………」 「……頼む。誰か嘘だと言ってくれ……」 「仕方ないね。嘘だよ」 「お前が嘘なんだよっ!!」 「そろそろ現実逃避はやめたほうがいい。 君がどんなに目を背けていても、 事態は何も変わりはしないよ」 「現実逃避の塊みたいな奴に 言われたくないよ……」 「そんなこと言っても、 現に君の目にはぼくが見えているはずだよ」  確かに、見えてはいる。 それは疑いようのない事実だ。 「だけどさ、大切なものが ふたつなくなるのとみっつなくなるのを 一緒にする妖精ってなんだよ?」 「人間っていうのは分からないことを言うね。 2回死ぬのも3回死ぬのも同じじゃないか」 「……え……」  今、なんて言った?  それに昨日、こいつは、 俺の未来に悲劇が起こると言った。  つまり―― 「……俺が死ぬって、そういう意味か…?」 「いいや。別に死なないよ」 「おい。ふざけんな……」 「僕は真剣そのものだよ。いいかい? 本当に重要なのは、これから起こる悲劇を 避けられるかどうかだ」 「それに比べれば、 大切なものを2個失うか20個失うのかなんて、 大した差じゃないよ」 「……いや、それは大した差だろ……」  というか、なんで増えてるんだよ…? 「まったく人間っていうのは数にこだわるから 困るね」 「そこまで言うなら、ぼくの力で 君が大切なものを1兆個失う ようにしておくよ」 「おま……それ、どういう理屈だよっ!?」 「1兆個もあれば君だって 2個3個の差にこだわらないだろう?」 「それはそうだけど……」 「妖精にとってはそういうことなんだよ」 「分かったような 分からないような理屈だな……」 「仕方ないね。なら、君がぼくの理屈を 理解できるように、今から大切なものを 1兆個失う魔法をかけてあげるよ」 「ま、待て待てっ! 分かった、分かったから、 信じるよっ!」 「本当かい? なら、 無駄な魔法を使わなくて助かるんだけどね」  いまいち妖精だってのは信用できないけど、 いざ 「1兆個」 とか言われると 強気にも出られない……  ここは話を合わせておくか。 「それで、お前の言う『悲劇』が本当に起きる とするだろ」 「どうやったら、 その悲劇を避けることができるんだ?」 「簡単な話だよ。悲劇の原因となる女の子と 夏休みに出会う前に、他の誰かと 付き合ってしまえばいいんだ」 「…………つまり?」 「イケそうな女の子がいたら、 声かけて付き合っちゃいなよ」  なるほど。 「分かったぞ」 「それは良かった」 「ふざけんなっ! お前、じつはラジコンかなんかだろっ!」 「俺が告白したら、 『あいつ本気で告白してやんのー』って 笑う気だなっ!? 正体表せ、この野郎っ!!」  むんずとQPを捕まえる。 「うわっ、何をするんだ?」 「黙れラジコンっ! 出てこい本体っ! さもなくば、こいつを分解して 化けの皮をはいでやるぞっ!」 「やめるんだ、初秋颯太っ! 放せっ! ぼくは妖精だ」 「おのれぇぇ、ない、ないぞぉ。 チャックはどこだぁっ!?」  俺がQPの体をくまなく検査してると、 「ね、ねぇねぇ颯太、さっきから何してるの?」 「あぁ。いや、こいつがさ、 たぶんしゃべるラジコンか何かなんだけど、 チャックがどこにも見当たらなくて……」 「え、と、『こいつ』って…?」 「こいつだよ、こいつ。 このかわいくない小動物みたいな奴」  QPを友希に差しだしてみせる。 「……え、と………?」 「見る限り、 君は手に何も持っていないようだけど?」 「え…?」 「ぼくの姿は君にしか見えないよ、初秋颯太」 「……じゃ、声は?」 「聞こえないだろうね」  っていうことは、つまり―― 「颯太、保健室いこ。 あたし、ついてってあげるから。 大丈夫よ、怖くないから。ねっ?」 「いや、幻覚と幻聴の症状が出ているんじゃ、 保健室の先生じゃ手に負えないと思うよ。 すぐに病院へ連れていったほうが賢明だ」  そう、友希と部長からは、 俺が完全に頭のおかしな人に見えてた ってわけだ…… 「えー、このとき彼女は、視界いっぱいに 広がった花畑を見て、どんな心情でいたか、 という問いだが――」  それにしても酷い目に遭った。  あの後、ふいに芝居の練習を したくなったという言い訳を駆使して 何とか精神病院送りは免れた。  別の意味で頭がおかしな人には 思われただろうけど…… 「授業というのはなかなか面白いね、 初秋颯太」 「お前、いったい何しにきたんだよ…?」  他の生徒に聞こえないよう、 小声でQPに話しかける。 「いくら言っても君は信じないからね。 のんびりやることにしたんだよ」 「だからって、 授業なんか聞いてて面白いのか?」 「面白いよ。 妖精界にはこんなものないからね」 「妖精界ねぇ……」  にわかには信じがたいけど、 こいつの姿が俺にしか見えないのは さっき身をもって痛感したばかりだ。  少なくともQPは、この世界の常識に 当てはまらない存在であることは 確かだろう。  俺の頭がおかしくなったんじゃなければ、 だけど…… 「……なぁ、これまで言ったこと 全部、本当なのか?」 「ぼくは嘘はつかないよ。妖精だからね」 「だけどなぁ。悲劇が起こらないよう 彼女を作れなんて言われても、 いまいちピンと来ないんだけど……」 「君は女の子に興味がないのかい?」 「――ということだな。 じゃ初秋、この時の彼女の心情を答えてみろ」 「そりゃ彼女ぐらい欲しいと思ってるよ」 「お前の心情は訊いとらん」  くすくすと教室中に笑い声が漏れる。  どちくしょう。うっかり力が入って 声が大きくなってしまった。 「もういい。加西、お前が答えろ」 「どうやらその反応だと それなりに興味はあるみたいだね?」 「そりゃ俺だって、年頃の男子だからな。 恋ぐらいしてみたいよ」 「なら、いいじゃないか。 ぼくは君を助けたい。君は恋をしてみたい。 利害は一致しているはずだよ」 「なぁ、お前、 なんでそんなに俺を助けたいんだ?」 「この学校に入って、君は毎日のように 裏庭のリンゴの樹を世話してくれただろう」 「やり方はまぁ、下手クソだったけれどね。 妖精は受けた恩を必ず返すんだよ」  うーむ、まぁ、 リンゴの樹の妖精だっていうなら、 変な話でもないか。 「でも、彼女が欲しいからって、 すぐできるんなら苦労しないよな」 「ぼくに任せておけば何も問題はないよ。 なにせぼくは恋の妖精だからね」 「おい。待て。さっきまで リンゴの樹の妖精って言ってなかったか?」 「リンゴの樹の妖精といえば、 恋の妖精のことだよ。妖精界では常識だ」  うさんくせぇ……  でも、こいつが妖精なのは たぶん間違いないだろうしな。 「分かったよ。で、俺はどうすればいいんだ?」 「手当たり次第に当たって砕けるのがいいよ」 「おい、恋の妖精。なめてるのか?」 「そう言われても、それが一番可能性が高い んだ。『下手な鉄砲も数を撃てば当たる』 って言うじゃないか」 「俺の鉄砲はうまいかもしれないだろ」 「うまいなら、彼女の一人ぐらいいるはずだよ」 「……………」  おのれ、言わせておけば、妖精のくせに…… 「まぁ、いきなり、知らない相手に声を かけるのは成功率も低いだろうからね。 知り合いから狙っていくといいよ」 「知り合いって、例えば誰だよ?」 「そうだね。陸奥葵や芹川絵里、 小町まや辺りもいいけれど、 やっぱり御所川原友希が狙い目だよ」 「狙い目って、あのなぁ……」  あれ? 「お前、なんで友希たちの名前知ってるんだ?」 「妖精界にいる時に調べたのさ。 そもそも君の名前だって知っていただろう?」 「あぁ、そういえばそうだよな……」 「それで、誰と付き合いたいんだい?」 「いや、 急に『誰と付き合いたい』とか言われても、 そんなふうに見たことないし」 「なら、これからはそういうふうに見ると いいよ。彼女たちの素敵な一面が分かって、 君も恋に落ちるかもしれないしね」 「でも、今まで特に意識してなかったのに 『彼女が欲しい』と思ったら急に好きになる とか、いまいち嘘くさくないか?」 「恋っていうのはさ、 もっとこう運命的な何かがあるもんだよな」 「君はもっと現実を見たほうがいいね。 そんなものを待っていたら、 一生たっても恋なんかできないよ」 「いや、でもさ、ある日、 かわいい子と運命的に出会って恋に落ちる とか、そういうのってあるだろ」 「落としたハンカチを拾ってあげる とか、そういうことがさ」 「いいかい初秋颯太、運命なんてものは、 好きになった後に何だかんだと人間が 勝手にでっちあげるものなんだよ」 「だいたい、かわいい子がハンカチを落とす のに運命を感じるぐらいなら、いいから すれ違った瞬間に運命感じちゃいなよ」 「お前、本当に恋の妖精なんだろうな…?」 「ぼくほど恋の妖精らしい恋の妖精はいないよ」  信じられねぇ…… 「まぁ、どうしても友達やクラスメイトが嫌だ って言うなら、もう一人、適任がいるよ」 「適任って、 そんな奴いるとは思えないんだけど ……誰なんだ?」 「姫守彩雨だよ」  まったく、思いもよらない名前だった。 「終わったようだね。 さぁ、彼女に会いに行こうか?」 「昼休みは50分しかないんだけど?」 「問題ないよ。すぐそこだからね」 「おい、待てよ」 「QP、どこに行くんだよ? こっちは出口じゃないぞ」 「それぐらい分かってるよ」 「じゃ、なんで――」  問いただそうとした瞬間、視界に 見覚えのある女の子の姿が入ってきた。 「……同じ学校だったんだな?」 「運命を感じるかい?」 「お前、それ、妖精のくせに いやらしい言い方だぞ」 「そうだね。こんなのはただの偶然だよ。 だけど、君と彼女が恋に落ちたら、 きっと言うはずさ。『これは運命だ』ってね」  世知辛いことを言う妖精だな と思いながら、姫守のほうへ視線を飛ばす。  すると、姫守がこっちに気づいた。 「あ……あーっ! 見つけたのですーっ!」  姫守が声をあげたかと思うと、 こっちに向かって走ってきた。 「あ、あのぉ、ご無沙汰しておりますぅ。 覚えていらっしゃいますか?」 「あぁ、姫守だろ。 同じ学校だったんだね」 「はい。4年B組なのです。 初秋さんは何年生ですか?」 「俺も四年だよ。4年A組」 「そうでしたか。それではこれから2年、 またどこかでお会いするかもしれませんが、 その際はよろしくお願いいたします」  ぺこり、と姫守がお辞儀する。 「さっき『見つけた』とか言ってたけど?」 「あ、そうなのです。じつは私、 あれからずっと初秋さんを探していたのです」 「どうして?」 「くすっ、手を出してくださいますか?」 「こう?」  俺が手の平を広げると、 姫守はその手を両手で包みこむ。  ドキッとしたのと同時に、 手の平に硬い感触を覚えた。 「お返しします。やっぱり、 お借りしたままではいけませんから」  百円玉だった。 「そっか。わざわざ、ありがとうな」 「いえ。こちらこそ、 その節は大変お世話になりました。 ありがとうございます」  あいかわらず律儀な子だな。 「……………」 「……………」 「……はは」 「くすくすっ」  やばい。話すことがない…! 「今だ! フラグを立てるんだ、初秋颯太!」  いきなり何を言いだすんだ、お前は? 「何だよ『フラグ』って?」  小声でQPに訊く。 「恋のきっかけを作ることだよ。 妖精界では『フラグを立てる』と言うんだ」  つまり、恋のきっかけを作れってことか。 「いきなりハードル高いことを 要求しないでくれ」 「フラグを立てるのは基礎の基礎だよ。 やってみれば簡単だから、試してごらんよ」  言われてできたら苦労しねー。 「頼むから、具体的にアドバイスをくれ。 どうすればいいんだ?」 「何でも構わないんだけどね。 じゃ、園芸部にでも誘ってみたらどうだい?」 「他の部活に入ってるかもしれないだろ。 断られたら、どうするんだよ?」 「さぁ。そんなことぼくに訊かれても困るよ」  こいつ、役に立たねー。 「あのぉ、どなたか そこにいらっしゃるのですか?」  やばい。不審がられてる。 「ほら、今がチャンスだよ。 騙されたと思って、やってごらんよ」  ……仕方ない。  どうせ断られるだろうけど、 誘うだけ誘ってみよう。 「あのさ、もし良かったらなんだけど、 園芸部に入ってみたりしないか?」 「え…?」 「その、別に無理にってわけじゃ」  姫守は身を乗りだすように一歩前進してきて、 「そ、その、 つかぬことをお伺いしますが、もしかして、 それは部活の勧誘をなさってるのですかっ!?」 「あ、そうだよね。季節外れだし、驚くよね! 無理なら、別にぜんぜん気を遣わなくて いいんだ。興味があればの話だからっ!」 「は、はい。でも、私、 園芸部の活動なんて全然わかりませんし、 お役に立てないと思うのです」 「そ、そっか。そうだよね! 姫守は、お嬢様だもんな。 野菜なんて育てるわけないよな!」 「そ、それに、私、お恥ずかしい話、 一度も部活に入ったことがなくて、 どうしていいか分からないのです……」 「あぁ、帰宅部なんだ。だったらしょうがない よな。習い事とか、たくさんしてるだろうし、 忙しいよなぁ」 「ですけど、こんな不詳の私なのですが、 いつか皆さんと同じように部活に入れたら と、ずっと思っていたのです……」 「大丈夫だよ。部活なんて大したことないし、 みんなと一緒じゃないといけないなんて 考えなくていいんじゃないかなっ!」 「ですから、そのっ! 至らないところも多々あるかと存じますが、 なにとぞよろしくお願いしますぅ」 「あぁうん。 ぜんぜん気にしなくていいよ。 こっちこそ無理に誘ったみたいで悪かったな」 「えっ…?」 「んっ…?」  あれ? 何か致命的に噛みあってないような…? 「いったい何を聞いているんだい、君は。 さっきから彼女はずっと『入部する』と 言っているよ」 「入部…? 本当に?」 「はい。ぜひお願いいたしますぅ」  おかしい。 ぜったい断られると思ったのに、 何が起きたんだ…? 「『園芸部に誘ってみたら』と言ったのは 誰だったか、覚えているかい?」  偉そうなQPが、妙に憎たらしかった。  放課後――  さて、姫守を迎えにいくか。 B組って言ってたから、隣のクラスだよな? 「お邪魔いたしますぅ。 あのぉ、初秋さんはいらっしゃいますか?」  と思ってたら、向こうからやってきた。 姫守に手を振って、 「おう。ここだ。すぐ行くっ」  なぜか教室中がざわつきはじめた。  男子連中が俺のほうに走ってくる。 「お、おい、初秋っ! お前、姫守さんとどういう関係だっ!?」 「返答次第によっちゃ、 クラスの男子全員を敵に回すことになるぞ!」  え、何これ…? 「男子だけじゃないわ。 みんなの姫守さんに近づこうなんて、 あたしたちも黙ってないから」 「抜け駆け禁止よっ」  クラスメイトたちにじりじりと詰めよられる。  ていうか、 こいつら目が据わってるんだけど…? 「なぁ友希、ちょっと助けてくれ。 俺、何も悪いことしてないよな?」 「えー、見る限り颯太が悪いと思うなぁ。 姫守さんは、みんなのアイドルなんだから」 「なんだそれ? 初耳なんだけど?」 「初耳だと白々しい奴めっ!」 「じゃ、いったい なんで姫守さんがお前を迎えにきたんだ!?」 「抜け駆けには、八つ裂きの刑よっ!」 「姫守さんの人の好さにつけこんで、 いったいどうしようって言うの!?」 「そうだーっ! 説明しろっ、説明!」 「なぁ友希、 なんで姫守ってこんなに人気あるんだ? そもそもクラス違うだろ」 「だって、美人だし愛想いいし、 すっごく丁寧な言葉使いで、 ちょっと天然なのよ」 「颯太は植物と料理にしか興味ないから 知らないかもしれないけど、 ファンクラブだってあるわ」  うーむ。 4年間通ってたのに、まったく初耳だ。  それとも、もしかして友希と同じで 四年生からの編入なのか? 「ま、まぁとにかく、 みんな落ちついて聞いてくれよ」 「いいわよ。みんな集まって。 今から初秋くんが姫守さんのことで、 重大発表するわ」 「いや、そんな大事にしなくても……」 「何だとぉ?」 「いや、何でも……」 「それで、どういうことなの?」 「単純に姫守が『園芸部に入部する』って言う から、部室に連れてくだけなんだけど…?」 「え、姫守さん、園芸部に入るのっ!?」 「ようし、じゃ、俺も入るぞっ! 初秋、俺も連れてけ」  お前、C組の佐藤さんはどうしたんだ? 「あたしもあたしもっ! 園芸部で姫守さんと一緒にお花育てるっ!」  クラスメイトたちはさらにぐいぐいと 詰めよせてくる。 「……ちょ、ちょっとま、待て。 お前ら、そんなに一気に詰めよるな…… 潰れそうだ……」 「待って、みんな落ちついてっ! 肝心なことを忘れてない?」 「止めるなよ。姫守さんのためなら たとえ火の中水の中だっ!」 「でも、園芸部には、 あの陸奥先輩がいるのよ……」  盛りあがっていたクラスメイトたちが、 一気に意気消沈した。 「マッドスチューデントがいたんじゃ、 どうしようもない、か……」  なんだ、その酷いあだ名は…… 葵先輩、いったい何したんだ? 「初秋。姫守さんのことはお前に託す。 陸奥先輩の魔の手から守ってやってくれ」 「姫守さんに何かあったら 承知しないんだからね」  そう口々に勝手なことを言い、 クラスメイトたちはあっさり解散した。 「……何だったんだよ…?」 「颯太。なにぼんやりしてるのー? 姫守さん待ってるから、早く行こうよ」 「あぁ……って、お前も来るのか?」 「うん。だって、せっかくの機会だもん。 あたしも姫守さんと話したいわ」 「ねぇねぇ、姫守さんって どうして園芸部に入ろうと思ったの? 植物とか好きなんだ?」 「はい。お花を見るのは好きなのです。 育てるのは疎いのですが、初秋さんが いらっしゃるので心強いのです」 「あれ? じゃ、姫守さんって、 颯太と前から知り合いだったの?」 「このあいだの日曜日に マックスバーガーでお声をかけていただいて、 いろいろお世話になったのです」 「んー? それってナンパだよね?」 「なんでそうなる。困ってたみたいだから、 ちょっと助けてあげただけだよ」 「私、現金を持っていなくて、 お支払いをしていただいたのです」 「代わりに身体で払えって?」 「言うわけないだろ」 「身体でお支払いしたほうが よろしかったのですぅ?」  はい? 「うんうん。身体で払ったほうが 颯太、ぜったい喜ぶよ」 「そうでしたか。それでは初秋さん、 私、身体でお支払いいたしますので、 何なりとお申し付けください」 「……え、いや……」  マジで…? 「あー、やーらしいのー。 まず俺の大根を生で食べてもらおうか、 とか考えてたんだぁっ!」 「やらしいのはお前だっ!!」 「やらしいのはこれからだ?」 「違うよっ!」 「痴漢するよ?」 「……………」 「くすっ、二人とも仲がよろしいのですね。 羨ましいのです」 「じゃ、颯太の大根、一緒に山分けする?」 「はい。ぜひ一緒にいただきたいのです」  さすがお嬢様だ。 まったく意味わかってないぞ。 「お前、姫守に変なこと言わせるなよな」 「えー、厳しい。変なこと言ってないのに。 ただの下ネタだもん」 「それを世間一般では 『変なこと』って言うんだ」 「……下ネタ、なのですぅ? あのぉ、今のは何かおかしかったのですか?」 「いや、気にしなくていいんだ。 聞いても後悔するだけだろうから」 「ですけど、気になります。 後悔しないように気をつけますから、 教えてくださいますか?」  どうやって気をつけるんだろうか…? 「でもさ、その、なんていうかな……」 「お願いします!」 「いや……やっぱり、よそう。な。 大人になったら、おいおい分かるから。 たぶん」 「そんなぁ。教えてくださらないのですかぁ?」  う……  いや、でもな。俺が説明すると セクハラにしかならないし…… 「友希、後は任せたからな」 「えー、あたしだって恥ずかしいんだけど?」 「自業自得だよ。ちゃんと責任とれよ」 「すみません。お手数をおかけしますが、 お願いいたしますぅ」 「しょうがないなぁ。 だから、その、すっごく遠回しに言うけどね」 「おち○ちんのことよ」 「これ以上ないほど直球だよっ!」 「えぇと、ということは、 初秋さんの大こ……あぁ…!?」 「ちなみに、男根と大根をかけてたんだけど、 分かった?」 「知らないよっ!」 「あのぉ、初秋さん、 何なりとお申し付けください とは言ったのですが……」 「う、うん」 「お大根を食べるのは…… その、堪忍なのですぅ」  めちゃくちゃ返答しづらいんだけど…… 「ま、まぁ全部、友希の冗談だから」 「あははっ、面白かった?」 「笑えないよ!」 「それより、早く部室いこうか。 部長も待ってるだろうし」  言わなきゃいけないことを思い出し、 部室前で立ちどまる。 「そういえば、うちの部長、 たまに変なことするかもしれないから、 気をつけて」 「『気をつけて』って言われても、 困っちゃうだけだと思うなぁ」 「変なことって何ですか?」 「簡潔に言うと、サディズム症候群っていう 人をイジメたくなる病気なんだ」 「ご病気なのですか? かわいそうなのです」 「そう、かわいそうな人なんだよ。 でも、基本的には悪い人じゃないから」 「分かりました。 悪い人じゃないのでしたら、大丈夫なのです」  マックで注文する時はあんなにテンパってた わりに、意外と物怖じしないな。 「じゃ、行くよ」 「ふぅん。君は僕のことを他人に そんなふうに紹介していたんだね。 よく分かったよ」  やばい……聞こえてた…… 「ち、違うんですよ。せっかくの新入部員を 逃さないように、あらかじめ言い聞かせて おいたほうがいいと思って」 「何のフォローにもなってないようだけど?」 「……う……」 「まぁ、新入部員を連れてきたという話だし、 許してあげよう。そこの彼女のことかな?」 「はい。姫守彩雨と申します。 園芸のことは何も分かりませんが、 今日からお世話になりますぅ」 「……………」 「部長? どうしました?」 「……あぁ、いや、何でもないよ。僕は陸奥葵、 いちおうここの部長をやっているよ。 よろしく」 「はい。ご病気を患っていらっしゃるのに、 部長さんをなさっているなんて、 尊敬してしまうのです」 「ですけど、あまり無理をなさらないように。 もしお辛くなったら、いつでも私をいじめて くださいね」  あれ? すごい誤解してないか? 「ほほう。いい心がけじゃないか。 じゃ、さっそく教えておこうかな?」  や、やばい…… 「ま、まってください、部長っ! 姫守はそういう意味で言ったんじゃ!?」 「何を勘違いしているのかな? 『僕が病気だ』っていう誤解を解くだけだよ」 「……えっ?」 「ご病気ではないのですか?」 「きっと、彼の勘違いだろうね。 僕は生まれてこの方、 人をイジメたことなんてないよ」  嘘つけよ…… 「でしたら、良かったのです。 健康なのが一番ですから」 「姫守くんはいい子だね。 彼氏はいるのかな?」 「いえ。いないのです」 「それは良かった」 「良かった、ですか…?」 「なに、男なんてくだらないものだからね。 彼氏なんて作らないに限るよ」 「ね、ねぇねぇ颯太、 葵先輩ってもしかしてさ…?」 「俺も今ちょうどそう思ったところだ……」 「薔薇なのかなぁ?」 「百合だよねっ!?」  まさかサディズム症候群だけじゃなく、 レズビアンシンドロームまで 隠していたなんて。 「あたし、葵先輩の タイプじゃなかったのなぁ?」 「何を考えてるんだ、お前は……」 「だって、ほら、あたしには そこまで優しくないじゃない」 「――ということだけど、大丈夫かな?」 「……はい? 何がですか?」 「ふぅん。僕の話を聞いてないなんて、 どうやらお仕置きが必要なようだね」  部長が身を寄せ、ぐりぐりと足を踏んでくる。 「ま、待ってください、部長。 ほら、姫守が見てますよ」 「……ち。仕方ないね。 あとで覚えていなよ」  ふぅ。助かった。  ていうか、いよいよ、 百合疑惑が濃厚になってきたな…? 「それで、何の話ですか?」 「姫守くんの歓迎会だよ。 明日、できないかと思ってね」 「明日、俺、バイトなんですけど?」 「じゃ、ナトゥラーレでやればいいじゃん。 貸し切りにすれば、働きながらでも 参加できるよ」  友希はすぐにケータイで電話をかけた。  というか、確か明日は 友希もシフトに入ってたよな。  自分も参加するつもりだな? 「あ、もしもし、マスター? 友希です。 明日、学校の友達とナトゥラーレを 使いたいんですけど…?」 「はい。それで、貸し切りにできますか? ……はい。ありがとうございます!」  友希は通話を切って、 「オッケーだって」  ということで、明日、 姫守の歓迎会をやることになったのだった。  朝。 今日は土曜日だから、午前中だけ授業だ。  ベッドの誘惑をはね除け、 まぶたをこすりながら、 学校へ行く支度をする。  今日も朝は誰もいない。 いったい二人ともいつ休んでるんだろう?  さて。父さんの返事はと。 『お前にもいつか分かる時が来る。 仕事の価値は時給じゃ計れない、ってことを』 『今日からしばらく会社に泊まりだ。 だが、辛くなんかないぞ。 自分をごまかしているわけでもない』 『父さんは父さんの会社に誇りを持ち、 愛しているんだ。 だから毎日が充実しているんだ』 『お前にはまだ難しかったかもな、ははっ。 でも父さん、背中で語っちゃうぞ☆ ――強き父より』 「……手遅れだったか……」  あとは、ジャガイモの問題だな。  母さんの手紙に目を通す。 『ごめんね、今から海外出張なの。 お父さんにお金もらって、何か買ってね。 ――飛行機に乗り遅れそうな母より』 「なるほど」 『父さんはしばらく会社に泊まりだって。 ――書かずにはいらなかった息子より』  それにしても、バイトしてて良かった。  午前中の授業が終わり、放課後。 俺は友希と一緒にナトゥラーレへと向かった。 「「おはようございまーすっ!」」 「おはようございます。 18時からの貸し切りのお客様って、 颯太くんたちなんだって?」 「はい。 部長と新入部員の姫守って子が来ます」 「あ、歓迎会なんだ。そっか」 「まやさんも一緒にどうですか? バイトあがり予定あります?」 「え、わたし? 予定はないけど、 でも、わたし園芸部に関係ないよ?」 「そんなこと言ったら、 友希も関係ありませんけどね」 「えー、あたしはたまに遊びにいくじゃん」 「友希はまだ晴北の生徒だけど、 わたし学校も違うし」 「誰も気にしないと思いますけどね。 せっかくの貸し切りですし」 「んー、でもなぁ。 わたし、いたほうがいい?」 「もちろんですよ」 「そっか。颯太くんがそう言うなら、 お邪魔しちゃおっかな」  まもなく18時というところで、 俺は必死に洗い物を片付けていた。  数分前に最後のお客さんが店を後にし、 表にはすでに 「本日貸し切り」 の札が かけられていた。 「あ、姫守さん、葵先輩、 いらっしゃいませー」  来たみたいだな。 「颯太くん。葵さんたち来たわ」 「はい。洗い物おわったら、すぐ行きます」 「どうしようかな? 姫守さんと初対面の人もいるから、 最初にみんなで自己紹介しよっか?」 「そうだな。俺たちもまだ ちゃんと自己紹介したわけじゃないし」 「じゃ、姫守さんから時計回りでいい?」 「はい。かしこまりました」  姫守は行儀良く姿勢を正して、 「晴北学園四年生の姫守彩雨と申します。 このたび、園芸部に入部いたしました」 「趣味はテレビゲーム、 好きな物はホットアップルパイです」  テレビゲームが趣味なのか。意外だな。 「至らない点も多々あると思いますが、 なにとぞご教授の程をよろしくお願いします」  姫守の丁寧な自己紹介に拍手が鳴った。 「はーい、質問ある人いる?」  そんな突然、振られても すぐには思いつかないな。  いまハマッてるゲームとか訊けばいいのか? 「あれ、みんなもしかして緊張してる? じゃ、あたしが訊いちゃうよ。 えっとね、ずっと気になってたんだけど――」 「姫守さんって何カップ?」 「こらあっ!!」 「えぇと、Cなのですぅ」 「答えなくていいからねっ!」 「Cとは予想外だったわ」 「確かに、僕もてっきりDと ばかり思っていたよ」 「やっぱり、育ちがいいから、 大きく見えるのかなぁ?」 「そんな話は初耳だよ……」 「そういう友希もそうとうなモノに 見えるけれどね」 「やだなぁ。葵先輩ほどじゃないですよ」 「正直、邪魔なんだけれどね」 「あー、分かりますー。 肩こっちゃいますよね」 「……ね。お願いだから、この話やめない?」 「大丈夫ですよ、まやさん。 大事なのは大きさじゃありませんから」 「じゃ、颯太くんはどっちが好きなの?」 「いや、どっちって言われても……」 「颯太はおっきいのが好きよ。 あたしのおっぱいよく見てるから」 「見てないよっ!」 「あぁ、道理で、そういうことか」 「なに思わせぶりなこと言ってるんですか!?」 「颯太くんなんかキライ」 「いや、違うんですよ、まやさん。 誤解ですってっ!」 「知らない」 「はーい。じゃ、次、そんな おっきいおっぱい大好きな颯太の番ね」 「やめようよ、そういう説明っ! 俺の印象がだだ下がりになるだろっ!」 「大丈夫、颯太かっこいいよ」 「それ白々しいにもほどがないっ!?」 「というわけで、颯太の自己紹介でしたー」 「まだ何も紹介してないんだけどっ!?」 「えー、今のでだいたい分かったでしょ?」 「今のじゃ誤解しかしないからねっ!」 「うんうん、分かる分かる。 じゃ次、葵先輩、お願いします」  ものすごいおざなりに流されたんだけど……  まぁ、別に自己紹介することないけどさ。 「本当に僕の番でいいのかな?」 「えぇ、諦めました……」 「じゃ、遠慮なく。もう自己紹介済みだけど 改めて、晴北学園五年生、陸奥葵だよ。 趣味はガーデニング、嫌いなことは運動」 「座右の銘は一日一善」 「弱い者イジメじゃなくてっ!?」 「ほほう?」  しまった! あまりに荒唐無稽だったものだから、 つい条件反射で本音が…… 「やだなぁ初秋くん、 僕が弱い者イジメなんて酷いことをする わけないじゃないか」 「で、ですよね……」 「それはそうと、あとで 君と二人っきりで話したいことがあるんだ。 もちろん、付き合ってくれるね?」 「……え、えぇ、まぁ……」  あぁ、あの笑顔が、 いつもとは違うあの笑顔が……  果てしなく怖い…! 「もしかして、告白…!?」 「違うよねっ!!」 「あはは。じゃ、次はあたしね。 晴北学園四年生、御所川原友希よ。 園芸部じゃないけど、たまに遊びにいくわ」 「趣味はウインドウショッピング、 嫌いなものはホラー映画」 「好きな下ネタは―― やだ、あたしのおち○ちん、勃起しちゃった」 「……………」 「ふむ。今日はそこそこ」 「もぉ……」  さすが、二人とも友希のノリになれてるな。 生暖かい目で見守ってくれている。  あとは姫守がドン引きしてないことを 祈るばかりだけど…? 「御所川原さんは、その、あの、あの、 お、お大根が生えていらっしゃるのですか?」  ま、真に受けただとっ!? 「じつは、ね。もう慣れたけど、 処理がけっこう大変でさ」 「そうでしたか。 それは大変なご苦労をされてますね」 「あはは。 でも、これはこれで楽しいこともあるのよ。 そうだっ、こんど見せてあげよっか?」 「え、ええっ!? それは、その、ですから、 か、堪忍なのですぅ……」 「そ、そっか。そうだよね。 女の子なのに、気持ち悪い、よね……」 「ご、ごめんなさい。 私、そういうつもりでは……」 「いいのいいの。 そういう反応されるの、慣れてるから。 あははっ……」 「……ご、御所川原さんっ! 私、やっぱり見たいのです。御所川原さんの おち○ちん、見せてほしいのですっ!!」 「……ほんと…? 勃起しても、知らないわよ……」 「その台詞おかしいだろぉぉぉぉぉっ!! 生えちゃってて傷ついてる女の子が、 なんでそんなこと言うんだよっ!?」 「えー、細かい。 颯太の性癖には付き合いきれないなぁ」 「それはこっちの台詞だ。こっちの! ていうか、オチまで長ぇよっ!!」 「えっ? ということは、冗談だったのですか?」 「だいたいあいつの言うことは冗談だから」 「物理的にはともかく、 心にはちゃんと生えてるわ」 「やかましいっ!」 「くすっ、 御所川原さんは冗談がお上手なのですね。 尊敬なのです」 「あ、それ、名字で呼ばれるの好きじゃない んだー。なんか、ごついじゃん。 『友希』って呼んでくれればいいから」 「かしこまりました。では、 私のことは『彩雨』とお呼びくださいね、 友希さん」 「うん。そうするね、彩雨」 「くすくすっ、友希さん」 「あははっ、彩雨」  なんだこの 付き合い始めのカップルみたいな感じは…… 「そろそろわたし、 自己紹介してもいいのかな?」 「あ、ごめんごめん。 それじゃ、まやさん、お願いします」 「じゃ、初めまして、小町まやです。 わたしは晴北じゃなくて、〈美楠〉《みなん》学園の二年生なんだけどね」 「なんでここにいるのかって言うと、 バイトしてたら、たまたま誘われて お邪魔しちゃったって感じかな」 「晴北の園芸部で作った野菜を ナトゥラーレで買いとってるから、 これからも会うと思うわ。よろしくね」 「こちらこそ、ご迷惑をおかけするかと 思いますが、よろしくお願いいたします」 「ちなみに、まやさんは何カップ?」 「ひ・み・つ」 「えー、じゃヒントだけっ」 「それぐらいにしとかないと、 まやさんは怒ったら怖いタイプだぞ」 「こーら、そんなこと言わないのよ。 別に気にしてないんだから」 「え、じゃ、何カップなんですか?」 「泣いていいなら、 颯太くんにだけ教えてあげるね」 「も、もう訊きません!」 「そぉ? ざーんねん」 「じゃ、そろそろ乾杯しようじゃないか?」 「そうですね。飲み物たのみましょうか」 「ゴ、ゴホンッ」 「ねぇねぇ、彩雨はなに飲みたい?」 「こちらの、キャラメルマキアートが 気になっているのです」 「あ、あー、あーーっ」 「僕はカモミールティーにしておくよ」 「葵さんって、ハーブティー好きね。 わたしはアールグレイにしようかな?」 「なんというか、みんな 乾杯しにくそうなチョイスだよな……」 「カフェなんだから、しょうがないじゃん。 あたしはオーガニックコーヒーにしよっと」 「じゃ、俺はウインナーコーヒーな」 「ゴ、ゴホン、ウン、ウホンッ……」  ん? 「さっきから、変な声聞こえないか?」  周囲を見回すと、 「うっうん、ウホンッ!」  わざとらしく咳払いをするマスターと 目が合った。  何やら期待に目を輝かせている。  まさかとは思うけど、マスター、 いい歳して仲間に入りたいんですか…? 「あ、マスター、ちょうど良かったです」 「おう。何か用か?」 「はい。これ飲み物のオーダーです」 「あ、あぁ……分かった……」  肩を落としてマスターは厨房へ向かう。 見てて辛くなる光景だ。 「あ、マスター、肝心なことを忘れていました」 「おう! なんだっ!?」 「早めでお願いします」 「お、おう……」 「友希さん、 そちらの方はどちら様でしょうか?」 「そっか。彩雨は初対面だよね。 ナトゥラーレのマスターよ。今日は歓迎会の ために、特別にお店を貸してくれたの」 「そうなのですね。私、姫守彩雨と申します。 マスターさんもご一緒に歓迎会を していただけるのですか?」 「おう。そうしたいのは山々だが、 俺がご一緒すると、 料理を作る奴がいなくなるからな」  ものすっごく誘ってほしそうなんだけど…… 「いいんじゃないですか。 どうせあたしたちしかいませんし、 いざとなったら颯太もいますし」 「お、おう。そうか。 そこまで言うんなら、 まぁ、しょうがないわな」 「ようし、今日は奢ってやる。 好きなだけ飲み食いしていいぞ」 「やったぁっ! ねぇねぇ、 みんなマスターが奢ってくれるってさ!」 「……………」 「どうした?」 「いえ……」  そんなに仲間に入りたかったのか と思って……  というわけで、 歓迎会が始まったんだけど―― 「初秋くん、サーモンクリームグラタンと パンプキンコロッケ追加だ」 「分かりました」 「颯太ー、五目チャーハンと 若鶏のグリル作ってー」 「はいよー」 「颯太くん、カルボナーラと 鶏のからあげ作ってくれる?」 「了解です……」 「颯太。ナポリタンとレタスチャーハン、 焼きソバ、エビドリア、オムライス、 三種のチーズピザを大至急だ」 「はいよ……って、そんな炭水化物ばっかり 誰が食べるんですかっ!?」 「俺だ。事務室に運んでくれ」 「歓迎会に参加してたんじゃ ないんですかっ!?」 「ほら、なんつーの? やっぱ若い子たちとは話が合わないんだわ。 おじさん5分で限界よ」  寂しそうな背中を見せながら、 おじさんは去っていく。  というか、それなら俺の代わりに 料理作ってくださいよ、マスター。  はぁはぁはぁ。疲れた。  これでオーダーはあらかた作ったよな?  というか、みんな、どんだけ食べるんだよ…? 「やっほー、お疲れー、元気してるー?」 「ま、また追加オーダーか…?」 「そんなに怯えなくても。 せっかく颯太が疲れてると思って、 手伝いにきたのに」 「手伝いにきたって、 そこにあるフライドポテトで、 もう作るものないよ」 「颯太は何も食べてないじゃない。 あたしが作ってあげるから、 ちょっと休んでなよ」 「本当に? いいの?」 「うん。たくさん作ってくれてありがとね」  俺は椅子に腰掛け、脱力する。 「何を作ってくれるんだ?」 「えーと、まず牛乳と、卵と、練乳を メインで使うわ」 「うちのメニューにないっぽいな。 デザートか?」 「えへへっ、い・い・も・の」  友希はボウルの中に材料を入れて、 へらで丹念にかき混ぜる。  しばらくして、 「できたわ。 うん、完璧。 ねぇねぇ、見て見て、颯太」 「どれどれ、なに作った……んだ…?」  目の前のボウルには、 ぱっと見アレにしか見えない 液体状の物が入っていた。 「はいっ、疑似精液。あーん」 「食べられないよっ!」 「えー、食べられるよ。 卵白と練乳と牛乳だもん」 「そういう問題じゃないよね!?」 「あははっ、じょーだんっ。 まだこれで完成じゃないから」 「完成だろうと完成じゃなかろうと、 その途中経過を見せられた時点で ぜんぜん食欲わいてこないんだけど」 「しょうがないなぁ。 こっちはあたしが食べるわ。 颯太には新しく作ってあげる」  友希は、新しく卵、牛乳、薄力粉、 砂糖などをとりだし、別のボウルに 生地を作りはじめた。  続いて生クリームをボウルに入れ、 泡立て器でシャカシャカと混ぜていく。  またしばらくして―― 「できたよ。はい、颯太の大好物っ。 生クリーム多めにしといたからね」  綺麗に皿に盛りつけられたのは、 できたてのクレープだった。 「やばい。超うまそうなんだけど……!!」  俺はクレープに祈りを捧げるように 手を合わせる。 「いただきます」  ナイフでクレープを切りわけると 中からとろーっと濃厚なクリームが 溢れでてきた。  なるべくクリームがこぼれないように、 切りわけたクレープをフォークですくいあげ、 口に放りこむ。  絶妙な歯ごたえの生地の感触とともに、 とろけてしまいそうな生クリームの甘さが 口全体に広がり、舌の上ですっと消える。 「デリシャスッ! オー、デリシャスッ!!」 「何これ? 超デリシャスなんだけど? どうやって作るの?」 「それは企業秘密かなぁ」 「なんでだよ、別にいいじゃん。 な、コツだけでも」 「そんなにおいしい?」 「おいしいなんてものじゃないよっ。 超デリシャスだよっ!」 「作り方教えてくれるんなら、 代わりに何でもするからさ。いいだろ?」 「じゃ、こっちの疑似精液入りのも食べたら、 教えてあげよっかなぁ?」 「そ、それは……」  目の前の忌々しいクレープを、 怨念こめて睨めつける。  握りしめたフォークが、 武者震いで小刻みに揺れた。  行けるはずだ。  いかな疑似精液とは言え、 元は卵白と牛乳と練乳。 どこにでもあるありふれた食材だ。  頭を真っ白にすれば、行けるはず。  いやさ、行ってみせるっ!  思いこめ、言い聞かせろ。  これは卵白。これは卵白。  あれはただの卵白だっ!  俺は卵白入りクレープめがけて、 覚悟のフォークを向ける。 「今だ! 食・ら・えーーーーーーっ!!」 「うわぁ、精液食べちゃうんだぁ……」 「思い出させないでねっ!!」 「ごめんごめん。ほら、いいよ、食べて」 「…………もう無理だよ……」  完全に心が折れた。無念だ。 「そんなに落ちこまなくても。 これぐらいまたいつでも作ってあげるよ?」 「本当にっ!? じゃ、毎日つくってくれるかっ!?」 「ま、毎日つくってほしいの…?」 「だって『いつでも』って言っただろ?」 「だって最近は家事分担、多いみたいだよ。 だから、2日に1回」 「いいよ。じゃ2日に1回は代わりに 友希の好きなものを作ればいいんだな?」 「そうそう。約束だよ」 「そっちこそ約束だぞ」 「いいよー」  友希は自分の分のクレープにフォークを刺し、 「はぁむ。あむ、もぐもぐ。 あ、精液入りのクレープもおいしいよ」 「疑似だよねっ!?」 「あー、やーらしいのー。 そういうこと考えるんだぁ」 「お前がな」 「もっと食べたい?」 「いいの? じゃ、あと10枚っ!」 「そんなに食べられるの?」 「甘いものは別腹って言うだろ。 20枚は軽いよ」 「じゃ、食べられなかったら、 罰ゲームであたしの精液飲んでみてね」 「……だから、疑似だよね……」  ていうか、意地でも 下ネタ入れてくるのやめようよ……  それにしても―― 「そうだね。陸奥葵や芹川絵里、 小町まや辺りもいいけれど、やっぱり 御所川原友希が狙い目だよ」  狙い目って言われても、 友希とは子供の頃からの付き合いだしなぁ。  その上、 こんな下ネタばっかり話されたんじゃ、 そういう関係にもなりにくい。  しかし、友希って好きな奴いるのかな?  自分自身“恋”っていうものがいまいち 分からないからか、「誰かが恋してる」 って のが想像しにくいんだよな。  「恋ができたらいいな」 って憧れはある んだけど。 「……ん? なに、じーっと見て。 どうかしたの?」 「あぁ……いや、ちょっと 恋ってどんなもんかと考えててさ」 「恋? あー、やーらしいのー」 「なんでそうなるんだよ……」 「だって『恋は下心だ』って言うじゃん」 「あぁ、そう……」 「もうすぐできるから、待っててね」 「おう」  まぁ何はともあれ、クレープが先決だな。 「うぐぅ……」  テラスの椅子にもたれかかり、体を休める。  さすがにクレープ25枚は 調子に乗りすぎたか……  「2日に1回つくってもらう」 って頼んだけど もう当分はノーサンキューだな。  店内からは楽しそうなガールズトークが 聞こえてくる。  残念ながら、今はあの 激しいボケの応酬が予想される会話に 入っていくだけの余力がない。  しばらくここで夜風にでもあたっていよう。 「やれやれ、情けないね、初秋颯太」  この偉そうな声は? 「まったく、 君はいったいここで何をしているんだい?」  やっぱり、お前か。 とうとう学校の外にまで 姿を現すようになったか。 「食べすぎて胃が苦しいから夜風に当たってる だけだって」 「はぁ。その行動は理解に苦しむよ。 いったい君は何のために 彩雨を園芸部に誘ったんだい?」 「何のためって、 お前が『誘え』って言ったんだろ」 「ただ誘うだけで終わったら、 何の意味もないじゃないか。 『彼女を作れ』と言ったはずだよ」 「それはそうなんだけど、 急に言われたって、どうすりゃいいんだよ?」 「やれやれ。ちゃんとフラグを立てたから うまくやるだろうと思っていたら、 こんな有様だとはね。心底驚いたよ」 「もしかして君はヘタレか鈍感か難聴かい?」 「……妖精にそこまで言われると、 わりと落ちこむんだけど……」 「まぁいいや。 今日からぼくが君の家に泊まりこんで、 恋愛の何たるかをみっちり指導してあげるよ」 「いや、そこまではしなくていいから」  ていうか、できれば遠慮したい。 「君の意見なんて訊いてないよ。そもそも 君は女の子と付き合ったことがないだろう」 「バカにするなよ。俺だって 女の子と付き合ったことぐらいあるよ」 「どうせ向こうから告白してきて、 すぐに振られたんだろう?」 「な、なぜそれを…?」 「君の行動を見ていれば分かるよ。いいかい? そんなものは付き合った内に入らないんだよ」 「な……付き合った内に入らない…… 俺の恋愛面における 唯一のアドバンテージを……」 「いいかい? 君みたいな恋愛初心者の上に 才能の欠片もなければ甲斐性もなく おまけに何の取り柄もない男はね――」 「さすがに言いすぎじゃないっ!?」 「まさか。妖精は嘘をつかないよ。 人間と違って正直だからね」 「でも、優しさはないみたいだな……」 「それは知らないけど、 泊まり込みでテコ入れでもしないと、 期限内に君に彼女ができないのは確かだよ」 「そう言われてもなぁ」 「何か不服なのかい?」 「いやまぁ、俺の家に泊まりこむのは 最悪、いいんだけどさ」 「それ以前にピンと来ないんだよ」 「何がだい?」 「だから、その恋愛がさ」 「お前は『彼女を作れ』って言うけど、 恋もしてないのに、その気になれないだろ」 「おや、君もたまにはいいことを言うね」 「『たまには』は余計だけどな」 「だけど、心配することはないよ。 恋には魔法がかけられているからね」 「なんだ、また妖精界の話か?」 「いいや。これは人間界にある魔法のことだよ」 「嘘つけよ。人間界に魔法なんかないぞ」 「恋の始まりはいつだと思う?」 「そりゃ、その子のことを『好きだ』って 自覚した時じゃないか?」 「いいや、間違ってるよ。いいかい? ほんの少し、彼女のことが気になった、 それが恋の始まりなんだ」 「ちょっと気になっただけで?」 「十分だよ。彼女のことが気になりはじめたら、 もう自分でも止められなくて、いつのまにか 彼女のことばかりを考えるようになる」 「そして、気がつけば好きになっているんだ。 それが恋にかけられた魔法なんだよ」 「誰も逆らえない、 世界中の何よりも強い、 人間界だけの素敵な魔法だよ」 「嘘だと思うなら、試してみればいい」 「おいっ、QP? どこ行くんだ?」 「なんだよ、言うだけ言って。 何しにきたんだ?」 「ご、ごめんなさい。お邪魔なのですか?」 「えっ?」 「あ、いや、今のは独り言だよ。 どうしたんだ?」 「初秋さんが途中で抜けられたので、 様子を見にきたのです。 具合が悪いのでしょうか?」 「あぁ……そっか、ありがとう。 でも、食べすぎただけなんだよね」 「それなら一安心なのです」 「そういえば、 姫守はあんまり食べてなかったよな? 口に合わなかったか?」 「いえ、とてもおいしくいただきました。 もともと小食なのです」 「気に入った料理は何かあったか?」 「友希さんに分けていただいた 自家製ビーフストロガノフが とってもおいしかったのです」 「あぁ、そうだろ。 あれはうちで一番の人気メニューなんだ」 「初秋さんがお作りになられたのですか?」 「それが、あのビーフストロガノフは けっこう難しくて、マスターじゃないと あの味にならないんだよね」 「いつか教えてもらおうと思ってるんだけどさ」 「そうなのですね」  そこで、会話が途切れた。  何を話したものかと考えてると、 「あのぉ、初秋さん、 ありがとうございました」 「ん、何の話?」 「園芸部に誘っていただいて、 私、とても嬉しかったのです」 「あぁ、気に入ってくれたんなら、 俺も嬉しいよ」 「うちの部長があんなんだからさ、 なかなか他の部員が入らないんだよね」 「まぁ、姫守には優しいみたいだけど」 「はい。 皆さんにとっても良くしていただいて、 私、恐縮してしまいます」 「部活って、こんなに楽しいのですね。 私、こんなふうに皆さんと過ごすのは 初めてなのです」  そういえば、勧誘した時も 「部活に入ったことない」 って言ってたっけ? 「姫守はどうして今まで部活に入らなかった んだ?」 「お知りになりたいのですか?」 「あぁ」 「くすくすっ、でも秘密なのです」 「え…?」  てっきり教えてくれると思ってたのに。 意外だな。 「秘密って言われると、 なおさら知りたくなるんだけど?」 「そうなのですか? でしたら、初秋さんの秘密と交換なのです」  俺の秘密…?  そんなのあったか? 「『秘密なんてない』って言ったら?」 「では、だめなのです」 「だめ?」 「はい。くすくすっ」 「……どうしても?」 「どうしてもなのです」  初対面から警戒心のなかった姫守が、 なぜか、これだけは教えてくれないようだ。 「そっか。じゃ、仕方ないよな」 「仕方ないのです。 ……あ、そういえば、 つかぬことをお伺いしてもよろしいですか?」 「ん、なに?」 「あのぉ、ですね…… ご存じだったら教えてほしいのですが…… や、やっぱりやめるのですぅ……」 「え……いやいや、そこでやめられると めちゃくちゃ気になるんだけど……」 「ですけど、変なことを訊いて、 ご迷惑をおかけするといけませんし」 「大丈夫だって。そんなこと気にするなよ」 「そ、それに、そのぉ、 少々バカな質問かもしれないのですぅ」 「でも、姫守は気になることなんだろ?」 「それは、そうなのですが……」 「大丈夫だよ。 どんな質問でも絶対バカにはしないって。 な、いいじゃん、教えてくれよ」  そうやって気安い感じで押してみると、 「……はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  姫守は、すーっと息を吸いこみ、 覚悟を決めたようにピタリと止めた。 「その、“恋”というのは、 どんなものなのですか?」  すごく、タイムリーな話題だった。 「ちょうど俺も、 知りたいと思ってたところだよ」 「そうなのですね。で、でしたら、 初秋さんも初恋はまだなのですかっ?」 「あぁ、そうなんだけど。 姫守は、恋がしたいんだ?」 「……だ、誰にも秘密なのですぅ」  何だろう? 今、一瞬だけ、胸の奥がうずいた気がした。 「じつは、順番があったのです」 「何の順番だ?」 「やりたいことの順番なのです。 昔からずっとずっと考えていたのです」 「ファストフードを食べて、 部活に入って、 それから恋をするのです」  なるほど。かわいいこと考えるな。 「それで、次は恋の順番ってことか?」 「はい。そうなのですが、 勝手がよく分からないのです」 「恋はどのようにすれば、できるのですか?」  その気持ちはよく分かる。 「俺も知りたいぐらいだよ」 「くすくすっ、そうでした。 私たち、お仲間なのでした」 「嬉しそうだな」 「心強いのです」 「そうかぁ?」 「初秋さんは、恋をしたいのですか?」 「言っとくけど、これは誰にも秘密だよ」  そう前置きをしてから、 ひそひそ話をするように言った。 「じつは昨日から、 密かに頑張ってるところなんだ」 「くすくすっ、私もじつは昨日からなのです」  奇遇だな。 「でも、恋って相手がいるものだからさ。 自分だけ頑張ってもどうしようもないよなぁ」 「それでしたら、頑張ってる者同士、ご一緒に 恋を始めてみるのはいかがなのです?」 「……えと、どうやって?」 「そういえば分からないのでした。 くすくすっ」  姫守の笑顔に、 無意識に視線が惹きつけられる。  うさん臭い恋の妖精は、 「彼女のことが気になりはじめたら、  それが恋の始まりだ」 なんて言った。  その言葉が本当かどうかなんて、 恋をしたことのない俺に分かるはずもない。  そう、恋なんてよく分からなくて、 だから 「そのうち分かるだろう」 と ただ身構えるばかりだった。  だけど、俺以上に恋に疎くて世間知らずの 姫守は、分からないのに、笑顔でそこに 飛びこもうとしてる。  だから、この時、思ったんだ。  「どんな顔をするんだろう」 って。  「恋をして、姫守は、どんなふうに  変わっていくんだろう」 って。 「あのぉ、どうかなさいましたか? まだお腹の調子が悪いのですか?」 「……あぁ。いや…… 『楽しい恋ができるといいな』って思って」 「くすっ、はい。私も同意見なのですっ」  ほんの少しだけ、 彼女のことが気になりはじめていた――  わずかに覚醒しはじめた意識に、 雑音が入ってきた。  その音がだんだんと明瞭に聞こえはじめ、 やがて、意味を持った言葉に変わっていく―― 「こんにちは、コートノーブルのリンカです。 今日はみんなに重大発表があります」  ……なん、だ…? 「メンバーのカノンが交通事故にあって、 入院することになりました」  あぁ、テレビがついてるのか?  おかしいな? 昼寝する前にちゃんと消したはずなのに。 「幸い、命に別状はありませんでした。 ですが、その事故で彼女は喉をケガして、 今は声を出すこともできません」 「もう一度歌えるようになるのか、 またコートノーブルへ復帰することが できるのか、それも分からないそうです」 「でも、わたしたちは信じています」 「誰よりもコートノーブルのことが大好きな 彼女が、きっとここに帰ってくることを」 「ふぅん。治るといいね」 「おい、そこの小動物。 人が寝てるのになにテレビつけてるんだ」 「やぁ。ようやく起きたようだね、初秋颯太。 ちょっと訊きたいことがあるんだけど」 「何だよ?」 「今日はカノンのために歌います。 聴いてください――“木漏れ日のバラード”」 「彼女は有名人なのかい?」 「あぁ。有名なんてもんじゃないよ」 「コートノーブルって言ったら、 国民的アイドルグループで、 リンカはそのメインボーカルだからさ」 「天使の歌声とか言われるぐらい、 声が綺麗でさ。しかも、この曲なんかは、 リンカが作詞作曲してて、ソロで歌うんだよ」 「ふぅん。よく分からないや」 「お前、本当は興味ないだろ」 「人間っていうのは アイドルが歌っているところを見ていて、 何がしたいんだい?」 「別に、好きだから見てるだけだろ」 「いくら好きになったって、 付き合えなかったら意味がないじゃないか」 「いやいや。 好きなら、見てるだけでも楽しいだろ」 「『付き合えないなら意味ない』とか 普通、考えないぞ」 「そんなことだから少子化が進むんだよ。 このままだと人口が一億人を下回る そうじゃないか」 「経済は落ちこんで、給料も上がらない。 年金の問題だってあるだろう? 老後はいったいどうすればいいんだい?」 「妖精が心配することじゃないよ……」 「妖精だって社会問題ぐらい興味があるよ。 まぁいいや。やっと起きたんだ。 そろそろ指導を始めさせてもらうよ」  昨日言ってた 「恋愛の何たるか」 ってやつだよな? 「ちょっとお腹すいたから、 もう少しテレビでも見ててくれ」  時刻は夕方の6時をちょっと回ったところだ。 少し早いけど夜ごはんを食べてしまおう。 「よし、できた」  手早く作りたかったので、トーストに、 ベーコン、卵、トマト、キュウリなどを 挟んだクラブハウスサンドにした。 「何か食べ物の匂いがするね」 「あぁ。良かったら、お前も食うか?」 「何ていう食べ物だい、これは?」 「クラブハウスサンドだよ。 ソースにこだわっててさ、 けっこう美味いと思うよ」 「じゃ、食べてみようかな。 がつがつがつがつがつっ!!」  QPはものすごい勢いで、 クラブハウスサンドを平らげた。 「この複雑に混ざりあった味は、 妖精界のアレに似ているね」 「へぇ。妖精界にも似た料理があるんだな。 なんて言うんだ?」 「ゴブリンのうんこだよ」 「食べ物じゃないよね、それっ!」 「こんな物が夕食だなんて、 人間というのはかわいそうだね」 「ゴブリンのうんこを食べたことがある お前のほうがかわいそうだろ」 「まさか、食べたことなんてなかったさ。 ぼくは妖精だからね。 食べなくても味ぐらい分かるんだよ」 「それ、意味が分からないんだけど……」 「まぁ、人間には分からないだろうね。 とはいえ、君のおかげで ぼくはゴブリンのうんこを食わされたわけだ」 「もう、お前には何も作ってやらないぞ……」  いったい何なら妖精の口に合うんだろう?  料理人を目指す身の上としては、 かなり悔しかった。  朝。 いつもより早く起きた俺は、 ゾンビのごとくベッドから這いずり出た。 「やぁ、今日は早起きだね。 何かあるのかい?」 「あぁ。 そろそろいい時季だから、 ジャガイモを植えようと思って」  制服に着替え、学校へ行く準備をする。 「しかし、 君もなかなかいい案を考えたようだね」 「何の話だ?」 「葵か彩雨を誘ったんだろう? 朝早く学校に行けば、 他の生徒に邪魔されることもないからね」 「別に誰も誘ってないぞ」 「何だって? こんなに朝早く、本当に一人で ジャガイモを植えるだけなのかい?」 「おう」 「まったく、まるで理解できないよ。 それなら放課後でいいじゃないか」 「別に朝やりたい気分なんだから、いいだろ」 「やれやれ、仕方ないね。 こうなったら、ぼくが一肌脱いであげるよ。 君のケータイを貸しなよ」 「あ、おいっ。勝手にとるなよっ。 どうする気だ?」 「決まってるじゃないか。 彩雨を呼びだすんだ」 「やめろっ。こんな朝早くに迷惑だろ」 「当たって砕けてみるよ」 「バカっ、砕けるのは俺だっ! 返せっ!」 「こらっ、待て、逃げるなっ!」 「はぁはぁはぁ……もう逃がさないぞ…! さぁ、大人しくケータイをよこすんだ」 「そんなに心配しなくても、 ぼくは恋の妖精だよ。君の恋が台無しに なるようなメールを送るわけないじゃないか」 「……本当だろうな?」 「そんなに疑うなら、読んでごらんよ。 ちょうどいいメールが書けたところだ」 「……どれどれ?」  ケータイの画面に視線をやると、 そこには―― 『グッモーニン、かわいい子猫ちゃん。 これから学校の畑で一緒に小粋な ジャガイモ遊びをしないかーい?』 『15分後には到着予定さ。 あぁ、早くかわいい子猫ちゃんと一緒に、 最高のジャガイモライフを楽しみたいよ』 『シーユー、マイリトルキャット』 「我ながら、怖いぐらいの文才だと 思わないかい?」 「むしろ送信するのが怖いぐらいだよ」 「確かに、代筆のラブレターの文面に 惚れてもらっても困るね」 「そんな心配はまったくしてないよ」 「これだけお膳立てしてもらって いったい何がそんなに不服なんだい?」 「何もかもだよっ! いいから、そのメールは削除しとけ。 一瞬でもお前を信じた俺がバカだった」 「そこまで言うなら、消すけど……あっ……」 「何だ? 何をした…?」 「君が煮えきらないから、 メールを送信しておいてあげたよ」 「嘘つけよっ! 今『あ』って言ったよな。『あ』って! 間違えて送信したんだろっ!」 「どうやら、腹をくくるしかなさそうだよ」 「お前のせいでな!」 「大丈夫、ぼくは恋の妖精だよ。 こんなこともあろうかと――」 「奇跡を願う気持ちには定評があるんだ」 「飛べっ!!」 「ふぅ。悪は滅びた……」  やばい。さっそく返事が来た。  いったい、どんな反応が…? 『おーりありー? それでは、 ゆありとるきゃっとは学校に行くのです』 「……マジか?」  畑に到着後、作業を始めてると、 「初秋さーん」 「遅れてしまい、申し訳ないのですぅ」 「いやいや。俺が急に呼びだしたんだし。 むしろ、思ったよりずっと早くて ビックリしたよ。家、近くなのか?」 「はい。学校のすぐそばなのです。 よろしかったら今度、いらしてくださいね」 「いいの?」 「はい。一緒にゲームをしたいのです」  そういえばゲームが趣味って言ってたよな。 「じゃ、今度な」 「はい。約束なのです。 あ、そういえば、ジャガイモ遊びって、 何をするのですか?」 「あぁ、分かりづらくてごめん。 そろそろ植え付けの季節だから、 ジャガイモを植えようと思って」 「ジャガイモを植えるのですね。 ですけど、私でお役に立てるか心配なのです」 「簡単だよ。種イモって言って、 この切ったジャガイモを、 こうして土に埋めていくだけだから」  俺は目の前で見本を見せてやる。 「こうして、こうして、こうだよ。 簡単だろ」 「は、はい……簡単な気もするのです」 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。 失敗したっていいんだから。 ほら、ちょっとやってみなよ」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「えーと、こうして、こうして、 こうなのですぅ」 「そうそう、それだけだよ。 ジャガイモはけっこう簡単なんだ」 「それじゃ、あの棒が立ってるところまでは 植えていいから。続けてやってみてくれるか」  姫守に種イモを三分の一、渡す。 「はい。それでは、 不退転の覚悟で行ってまいるのです」  姫守が順調に種イモを植えているのを 確認すると、俺も自分の作業に戻った。 「初秋颯太。ぼくの見たところ、 この畑は使い物にならないよ」  くっ……悪は滅びてなかったか。 「どういうことだよ? ちゃんと去年も一昨年も収穫したぞ」 「農薬を使って、だろう?」 「そうだけど、別に普通だろ。 農家だって農薬つかうんだし」 「君は農薬の正式名称を知ってるのかい?」 「ん? 正式名称が農薬じゃないのか?」 「違うよ。正しくは“農毒薬”というんだ」 「は…? 毒薬…!?」 「そう、 君たちは食べ物に毒をまいているんだよ」 「だいたい、農薬は虫や草を殺すものなんだ。 人間に害がないわけないじゃないか」 「で、でも、別に普段から食べてるけど、 何ともないぞ」 「寿命が5年縮まったって気づかないだろう。 それに世の中には、この農薬のせいで、 すぐに体に異常をきたす人もいるんだよ」 「そんなこと言われても、 農薬を使わないとまともに 野菜が育たないんだけど……」 「それは逆だよ。君たちが農薬を使いつづけた せいで、土の中の生態系が崩れて、 野菜が育たなくなったんだ。かわいそうにね」 「まぁ、君たち人間にとっては今更かも しれないよ。けれど、農薬にはもっと 恐ろしい問題が隠されているんだ」 「寿命が5年縮まるより恐ろしい問題なのか?」 「そうだよ。それがあるからこそ、ぼくは 農薬の存在を絶対に許すことができないし、 こうやって君たち人間に啓蒙しているんだ」  だんだん聞くのが怖くなってきたな。 「……いったい何なんだ?」 「いいかい? よく覚えておくんだよ。 畑に農薬を使いつづけると――」 「……使いつづけると?」 「ぼくの鼻水が止まらなくなるんだ。 これだけは絶対に許せないよ」 「個人的な恨みじゃねぇかっ!? 人間は鼻水出ねぇよっ!」 「ひどいことを言うね。 人類皆兄弟だろう。 妖精だけ仲間外れかい?」 「人類じゃないからな」 「まぁいいや。ともかく、ぼくが この畑を本来の姿に戻しておくよ」 「そんなことできるのか?」 「君はどうもぼくのことを 信じてないようだからね」 「この機会に見せておくとするよ。 妖精の魔法を」  そう言って、QPは畑に視線をやった。 「……て、おい、なんだこれ?」 「わぁぁ、す、すごいのですぅっ! いま植えたジャガイモさんが、 もう育ってしまいましたっ!?」  ジャガイモだけじゃない。 畑には季節外れの野菜たちが、 山ほど実っていた。 「おい、QP……」 「……どうやら、 少しやりすぎてしまったようだよ」  「少し」 じゃないだろ…… 「あのぉ、お野菜はこんなに早く 成長するものなのですか?」 「いや……」  何と言おうか返答に困り、 「今日は畑に妖精でもいるのかもな……」  晴北学園にまたひとつ、 新たな伝説が生まれた瞬間だった――  朝。 うっすらと意識が覚醒しはじめる。  布団のぬくもりがとても気持ち良く その心地良さに浸ってると、  ――痛っ。  て……なんだ、今の?  痛っ、痛い、痛い痛い…!! 「痛いんだけどっ!?」  って、何だこれ? 「やぁ。おはよう、初秋颯太」  こいつの仕業か。 「おい、小動物。 俺のベッドに雨のように降ってきた この果物は何だ?」 「知らないのかい? これはバナナというんだ」 「バナナぐらい知ってるからねっ!」 「じゃ、何が知りたいんだい?」 「だから、このバナナをどうするんだよ?」 「見ててごらんよ。 この黄色い部分が皮なんだけど、 手で簡単にむけるんだ」  QPはバナナをむこうとするんだけど、 「簡単にむけ――」  指があるのかないのか分からない手で 懸命にバナナをむこうとするんだけど、 「簡単に――」 「……………」 「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ」 「素直に『自分の手じゃむけない』って 言ったら!?」 「ぼくは恋の妖精だよ。 そんなことあるわけないじゃないか」 「じゃ、むいてみろよ」 「それは人間の固定観念にすぎないよ。 妖精にかかれば、バナナの皮なんて、 手でむくまでもないんだ。見ててごらんよ」 「がつがつがつがつがつがつっ!!」 「皮ごと食うな!」 「やれやれ、ぼくがバナナをどう食べようと 勝手じゃないか」 「そんなことより、君は今日が何の日か 覚えているかい?」  ごまかしたな……まぁいいけど。 「今日って何かあるんだったか?」  カレンダーに視線をやる。 「えーっと、3月14日だから……」 「ホワイトデーだよ。 このバナナでケーキでも作って 学校に持っていくといい」 「QP。驚くかもしれないけど、 俺がもらったバレンタインデーの チョコレートの数は尋常じゃないんだぞ」 「ケーキをいったいどれだけ 作らなきゃならないと思ってるんだ?」 「そんなにもらったのかい? 君らしくもない」 「ふっ、聞いて驚くなよ」  俺は指を2本立てた。 「20個かい? 義理だとしても、 なかなかもらったほうじゃないか」 「いいや」  立てた親指と人差し指で、円を作ってみせる。 「ゼロだっ!」 「まぁ、どうでもいいや。 とにかくホワイトデーなんだから、 バナナケーキを作って持っていくといい」 「ちょっとは慰めてよねっ!?」 「大丈夫。君はただ致命的にモテない上に、 友人関係も上っ面だけということを 証明したにすぎないんだ」 「それ慰めてなくないっ!?」 「いいや、十分慰めているよ。 でも、友希やまやもくれなかったのかい?」 「チョコレートケーキの作り方を教えてくれ って言われて、みんなで一緒に作って食べた けどさ」 「けっきょく半分以上、俺が作ったんだよ。 そんなの『チョコもらった』って言わない だろ?」 「さぁね。 とにかく、今はバナナケーキを作ることだよ」 「なんでバナナケーキなんだ?」 「ホワイトデーにバナナケーキを贈ると 恋が芽生える、と言われているはずだよ」  まったく初耳なんだけど…? 「まぁいいか。 もう目も覚めたし、せっかくだから作るよ」  こう見えても料理は好きなんだ。 「女の子を口説け」 って言われるよりは はるかに楽だ。 「初秋颯太、これがバナナケーキかい?」 「いや、それはクレープだよ。俺の朝飯だ。 いちおう、お前の分も作っておいたぞ」 「どうしてだい?」 「クラブハウスサンドは不味いって言うから、 甘い物なら口に合うかと思ってさ。 まぁ食べてみろよ」 「じゃ、いただくよ。 ――がつがつがつがつがつがつ!」  QPは一瞬でクレープを平らげた。 「へぇ。ふんわりとした食感で、 けっこう甘いんだね。 それでいてそんなにしつこくない」 「ま、そのクリームを作るまでには けっこう研究したからさ。美味いだろ?」 「そうだね。妖精界の言葉で賞賛するなら、 トロールのゲロみたいだよ」 「それ、間違いなく褒めてないよねっ!」 「妖精には、人間界の食事で 口に合うものが少ないんだよ。 それより、バナナケーキはまだかい?」 「……あぁ、もうすぐ焼けるよ」  ちきしょう。次こそは…!!  放課後―― 「ねぇねぇ、朝から気になってたんだけど、 そのおっきいバスケット、なに?」 「あぁ、バナナケーキだよ」 「食べていいの?」 「なんでそうなる?」 「だって、ホワイトデーでしょ。 あたしの分ないの?」 「まぁ、あるんだけどさ。ていうか、 お前、俺にチョコレートくれてないよな?」 「えー、チョコレートケーキあげたじゃん」 「言っとくけど、 あれは半分以上、俺が作ったんだ」 「じゃ、あたしも今度、バナナケーキ作るわ。 それでいい?」 「それならいいけど……」  なんか違うような気がするんだよな。  まぁいいか。 「部室で食べるの?」 「あぁ。行くか」 「わあぁ、バナナケーキなのですっ。 今日は何かのお祝いなのですか?」 「ホワイトデーだよ」 「ということは、こちらは バレンタインのお返しなのですか?」 「まぁ、いちおうね」 「さ、差し支えなければ 教えていただきたいのですが、 どちらかがチョコをあげたのですか?」 「葵先輩って、 チョコレートケーキ作りましたっけ?」 「いいや。面倒臭いから、材料のチョコだけ 初秋くんの口に突っこんでおいたよ」 「そっか。葵先輩もあげたんですね」 「いや、それ『あげた』って言わないよね」 「友希さんも、チョコをあげたのですか?」 「そうよ。チョコレートケーキだけど」 「では、そのぉ、このバナナケーキは どちらへのお返しなのですか?」 「どちらって言うか、両方な」 「両方、なのですか…!?」 「あぁ、たくさんあるから姫守も食べていいよ」 「え……私も、ですか?」 「あぁ」 「それにしても、 あいかわらずうまく作るものだね」  部長がバナナケーキを手にとり、かじりつく。 「はぁむ。もぐもぐ。 ん、おいしいね、これは」 「うん。すっごくおいしい。 おかわり欲しくなっちゃうぐらい」  友希と部長がバナナケーキを あっというまに平らげていく。 「は、初秋さんっ! 私、そういうのいけないと思うのです!」 「えっ? な、なに? いきなり、どうしたんだ?」 「ですから、どちらかはっきりしたほうが いいと思うのです」 「『はっきり』って何を?」 「ですから、そのぉ、 お、お二人と付き合うのは、 いけないことなのです」 「…………はい?」 「『はい?』ではないのですっ。 部長さんと、友希さんと お付き合いをなさっているのでしょう?」 「いや、そんなことは――」 「そうか。バレてしまっては仕方ないね」 「は…?」 「颯太が『どうしても一人には決められない』 って言うから仕方なく、ね」 「おい……」 「初秋さん。お気持ちは重々承知しますが、 そんなおいたをしてはいけないのです」 「だから、あのね、姫守」 「ならぬものはならぬのです。 恋人がお二人というのは、問題なのです」 「確かに、性癖も違うから 三人でするのはなかなか大変でね」 「そういう問題じゃないですよね!?」 「そうそう、それに二人同時に相手すると、 颯太の体力が持たないよね」 「なに言っちゃってくれてんの!?」 「ほら、お二人ともこう言ってることですし、 これまでのおこないを十分に反省して、 悔い改めるのです」 「けれど、最近それが妙に癖に なってきたというかね……」 「え…?」 「うん。最初は嫌だったけど、だんだん 葵さんのことも好きになっちゃって……」 「ええっ!? で、ですけど、 その、貞操はお一人のために お守りするものではないのですか?」 「いいや。 君もそのうち分かると思うが、 一人では物足りなくなるんだよ」 「そ、そんなぁ…… 物足りなくなるのですぅ?」 「大丈夫よ。そんな時のために、 一夫多妻制があるんだから」 「日本にはないよねっ!」 「その代わりに、事実婚という制度があるのさ」 「代わりになるようなものでしたっけっ!?」 「じ、事実婚なら、仕方ないのですぅ」 「いやいや、騙されてるからっ! 完っ全に騙されてるからっ!」 「いえ、そういう幸せの形もあると思います。 どうかお二人を大事にしてあげてくださいね」 「……何を悟ったんだ。この短い間に……」 「ねぇねぇ、バナナケーキ食べないの?」 「それどころじゃないからねっ!」 「じゃ、もらっちゃうわよ」 「それどころじゃないけど食べるよっ!」  よし、いったんブレイクしよう。  糖分を補給して冷静になれば、 意外とすんなり誤解も解けるかもしれない。 「姫守もバナナケーキ食べたらどうだ?」 「……え、そ、その……」 「どうした? さっき欲しがってただろ?」 「お、お気持ちは 大変嬉しいのですが、私はその、 まだ物足りなくなってないのですぅ」 「……………」  なるほど。姫守が誤解した理由が分かったぞ。 「あのね、姫守。 ホワイトデーにバナナケーキをもらったら 交際OKって意味じゃないんだよ?」 「えっ? ですけど、お二人とも先ほど、 あ、ということは、つまり……」 「……お騒がせをしてしまい、 申し訳ないのですぅ……」  ようやく誤解が解けたようだった。  そんなホワイトデーの部活が終わって、 帰り道―― 「ん…?」  道路に何か光る物が落ちているのを見つけた。  クマのキーホルダーだ。 落とし物かと思い、手を伸ばす。 「あれ? 左腕…?」  拾いあげてみると、 クマには腕が一本なかった。  壊れたから捨てた、ってことか…? 「……………」  愛嬌のある顔してるよな、と思い、 そのクマをじっと見つめる。  なぜか、懐かしいような温かいような、 不思議な気持ちになってくる。  だんだん、持ち主に届けたほうがいい ような気がしてきた。  道路を見回してみるも、 クマの腕は落ちてない。  どうしよう?  汚れてるわけじゃないけど、 いかんせん腕が一本だけだ。交番に届けても、 お巡りさんも困ってしまうだろう。  だけど――とクマの顔をもう一度見る。  やっぱり、このままここに捨てておくのは 忍びない。 「……うーん……」  交番で落とし物として預かってもらえるか、 訊くだけ訊いてみよう。  というわけで、交番にやってきたんだけど―― 「あれ…?」  交番のドアには 「パトロール中」 の札がかかっていた。 どうやら中には誰もいないようだ。  仕方ない。また明日、 学校の帰りにでも届けることにしよう。  ポケットにクマのキーホルダーを入れ、 帰路についた。 「ただいまー」  と言ってみたものの、 父さんも母さんもまだ帰ってない。 「首尾はどうだい?」 「何だよ、首尾って?」  訊き返しながら、 カバンとクマのキーホルダーを机の上に置く。 「……………」 「……ん? どうした?」 「初秋颯太。悪いことは言わない。 今すぐそれを、元の場所に 戻しておいたほうがいいよ」 「それって何だよ?」 「そのクマのキーホルダーだよ」 「は? なんで?」 「ぼくはクマが嫌いなんだ。 見ているだけで顔にじんましんが出るんだよ」 「……どう見ても、出てないぞ」 「もっと近づいて、よく見てみなよ」  言われた通り、近づいてみる。 「いや、やっぱりないんだけど?」 「目を顕微鏡のようにして見てごらんよ。 ミクロ単位の細かいじんましんが できているだろう?」 「できてたって見えないからねっ!」  まったく、こいつの言うことは、 どこまで本気なんだか 分かったもんじゃないな。 「とにかく、落とし物だから、 明日、交番に届けるんだよ。 それまで我慢してくれ」 「ぼくの天敵であるクマと 今晩ずっと一緒にいろって言うのかい?」 「なんでそんなにクマが嫌いなんだよ?」 「クマはリンゴを食べるじゃないか。 リンゴの樹の妖精であるぼくにとっては 天敵もいいところだよ」 「あぁ、そういうことか……」  いや、ちょっとおかしいぞ。 「そんなこと言ったら、 リンゴを食べる動物は 全部、天敵にならないか?」 「いいや、天敵はクマだけだよ。 あいつらは意地汚いからね。 顔を見るだけで腹が立つんだ」  うーむ、個人的な恨みがあるだけ のような気もしてくるな…… 「まぁ、今夜だけなんだから我慢してくれよ。 いまさら戻しにいくなんて面倒臭いだろ」 「……うぅ……クマ……怖い…… 食べられる……トラウマ……」 「何の真似だよっ!?」 「ぼくがこんなに怯えているのに、 放っておくのかい? かわいそうだとは 思わないのかい? それでも人間かい?」 「そんなふてぶてしい態度の奴を 『怯えてる』とは言わないからねっ!」 「おや? いま気がついたけれど、 そのクマのキーホルダーには 悪い妖精が宿っているね」 「一瞬でバレる嘘をつくのはやめろ」 「いいや、これは本当だよ。 そのキーホルダーを持っていると、 妖精に悪さをされるかもしれない」 「今すぐ元の場所に戻してきたほうがいい」 「いちおう訊いてやるけど、 どんな悪さをされるんだ?」 「それは……難しい問題だね」 「自分で言いだしたんだよねっ!」 「他の妖精が何をするかなんて、 ぼくに分かるわけがないじゃないか」 「だったら、悪さをするかも分からないだろ」 「その妖精は持ち主には従順だけど、 他の人間には攻撃的になるんだよ」  まったく信じられないけど、 もう少しだけ付き合ってやろう。 「そもそもリンゴの樹ならまだ分かるんだけど、 これなんか、ただのキーホルダーだぞ。 こんな物にも妖精が宿るものなのか?」 「もちろん、どんな物であっても、 大切にされた物には妖精が宿るよ」 「何の妖精で、名前はなんて言うんだ?」 「……何だったかな? ちょっとど忘れしたよ」 「お前、嘘つくにしたって、 もうちょっと真面目に話せよな……」  俺がそう言うと、QPが不自然に視線を移す。  その先をたどってみると、 “夢のレストラン特集”という雑誌があった。 「夢……ユメ……そう、思い出したよ、 初秋颯太。夢の妖精ユメグマだ」 「……………」  まったく信じられねー。 「そのユメグマって奴が このキーホルダーに宿ってるんなら、 姿が見えるんじゃないのか?」 「妖精は他の妖精がいる時には 姿を現すことができないんだ」 「そもそも姿を現したとしても、 持ち主以外には見えないだろうしね」  どんどん嘘くさい話になってくるな。  よし、もうちょっと問いつめてみよう。 「それならさ、俺が このキーホルダーの持ち主になれば いいんじゃないか?」 「そしたら、その妖精も従順になって、 悪さされる心配もないだろ」 「そんなことをしなくても、 ユメグマに何かされたら、 ぼくが助けてあげるから大丈夫だよ」 「そうか。じゃ、持ってても大丈夫だな?」 「……………」  よし、勝った。 「がつがつがつがつがつっ!」 「あっ、こらっ! なに食べてるんだよっ!?」  QPはクマのキーホルダーを 一瞬にして呑みこんでしまった。 「あーあ、まったく。 持ち主が捜してるかもしれないだろ。 どうするんだよ?」 「大丈夫、このキーホルダーは ぼくがあとで元の場所に戻しておくよ」 「いま食べたよねっ!?」 「心配しなくても人間と同じで、 食べた物は下から出せるんだよ。 疑うなら今やってあげるよ。ふっ――!」 「汚いだろっ!!」 「ふぅ。やれやれ」 「ところで話は戻るけど、首尾はどうだい?」 「……………」  いま蹴っとばしたばかりだってのに…… 「……だから、さっきも訊いたけど、 首尾って何のだよ?」 「決まってるじゃないか。 何のために、君にバナナケーキを 持たせたと思ってるんだい?」 「あぁ。バナナケーキならみんなで おいしく食べたけどな。 別に恋なんて芽生えなかったぞ」 「『あーん』はしたかい?」 「いや、するわけないよね…?」 「じゃ、口移しはどうだい?」 「余計にするわけないんだけど…?」 「それなら、 『このバナナケーキを  ぼくだと思って食べてくれるかい』は?」 「お前、なに言ってんの?」 「まったく、初秋颯太。 君は何にも分かってないね。いいかい? 恋というのは行動あるのみだよ」 「せっかくのホワイトデーに、 わざわざバナナケーキを持っていった っていうのに、それが何だい?」 「あーんも、口移しも、 “このバナナケーキをぼくだと思って”も しなかっただって?」 「そんなことで君は本当に 恋をするつもりがあるんだろうね?」 「百歩ゆずって俺に恋をするつもりが まったくないとしてもだな」 「お前の言う通りにして恋が芽生える気は 全然しないんだけど」  「このバナナケーキをぼくだと思って――」 なんて言った日には、 相手に殺意が芽生えても不思議じゃない。 「何を言ってるんだい? ぼくは恋の妖精だよ。ぼくの言う通りに していたら、間違いなんて起きないよ」 「むしろ、間違いしか起きない気がするぞ」 「これだから素人は分かってないね。 ぼくがこんなにも親身になって 恋の近道を教えてあげてるっていうのに」 「獣道すぎて普通の人間には通れないんだよ。 ていうか、お前って本当に恋の妖精なのか?」 「どうしてだい?」 「いや、だって恋の妖精だったら普通、 女の子に魔法をかけて俺に惚れさせる とか、できるもんじゃないか?」 「やれやれ、まったく君は。 魔法でむりやり好きになってもらおうなんて、 いったい恋を何だと思ってるんだい?」 「え……いや、でも……」 「好きになる気持ちを弄ぶような真似を 恋の妖精がすると思っているなら、 まったく心外だよ」 「そもそも魔法で好きになってもらえて、 君は本当に嬉しいのかい?」 「だ、だけど、キューピッド桜は?」 「いくらキューピッド桜を使っても、 もともと君のことを好きにならない女の子は、 絶対に好きにならないよ」 「そうなんだ……」 「だいたい、 そんな他力本願で恋をしようなんて、 恋に対する侮辱以外の何物でもないよ」 「わ、分かったよ……」 「いいや、分かってない。 この際だから言っておくけど、 どうも君は恋を舐めているね?」 「いや、そんなことは……」 「妖精がしゃべってるんだから、 黙って聴くことだね。 いいかい? まず恋というものは――」 「――つまり、ロミオがキャピュレット家の パーティに忍びこまなければ、 ジュリエットには出会わなかった」 「恋というものは、 みずから行動を起こさない限り、 決して始まらないということなんだ」 「そう――確かにシンデレラと王子様が 出会ったのは、魔法使いのおかげだよ」 「カボチャの馬車やドレス、 ガラスの靴がなければ、 彼女は舞踏会に行けなかったからね」 「だけど、魔法使いがやったのはそこまでだよ。 二人が恋に落ちたのは、 純粋に彼らが惹かれあった結果なんだよ」 「……………」  これ、いつまで続くんだ?  いいかげん疲れてきたんだけど。 「なぁQP、今日はこのぐらいで……」 「あーん?」 「……………」  なんか、キャラ変わってるんだけど…? 「じゃ、ちょっと休憩にしないか? だんだんお前の言うことも 頭に入らなくなってきたしさ」 「ちょっとぐらい休憩してもいいだろ」 「しょうがないね。 それぐらいなら、構わないよ」  よし。 「じゃ、一眠りするかな」  ベッドに横になって目を閉じる――  ――振りをして、薄目を開けながら QPの様子をうかがう。  何を考えてるか分からない顔で 浮かんでいる。  このまま寝た振りを続ければ、そのうち あいつも退屈になって席を外すだろう。  その隙をついて、ここから脱出しよう。  さもないと、また延々と シェイクスピアやら童話やらのストーリーを 聞かされる羽目になるだろうしな。  しかし―― 「……………」  QPはまったく退屈そうな素振りを見せない。 ていうか、なに考えてるか全然わからない。  けど、いくら妖精だからって、 何もしなければ暇になるはずだ。  その時まで待てば――  ……なんだか、眠くなってきた。  まずい。このままじゃ、本当に……  寝て……しまいそうだ…… 「ふっ――」  何だ? この声?  薄目を開けると、おぼろげな意識の中、 信じられない光景が見えた。 「ふっ、ふぅっ、ぅぅぅぅぅ、ぅぅぅんっ!」  なんとQPの下から、クマのキーホルダーが、 原型そのままでひり出てくるのだ。  見たくないものを見てしまった。 「ん……んん?」  気がつくと、ベッドの上だった。  どうやら、しばらく眠っていたみたいだ。  ていうことは、 さっきQPが下から出してたのも、夢か?  部屋を見回すも、 クマのキーホルダーはどこにもない。  ついでにQPの姿もなかった。 「……………」  チャンスだ。 ベッドから跳びおきると部屋を出た。  忍び足でリビングにやってくる。  QPの姿は見えない。  よし、逃げきれる。  ふぅ、脱出成功っと。  ひとまずナトゥラーレにでも行って、 一息つこうかな。  無駄に頭を使ったせいか、 すこぶる甘いものを食べたい気分だ。  交差点の信号で立ち止まり、 青になるのを待つ。  行きかう車をぼーっと見てると、 何か光る物が道路を転がったような気がした。  その次の瞬間、俺の後ろから、 誰かが飛びだしてきた。  彼女は道路に落ちている物を拾いあげて、 ほっとしたようにほほえんだ。  俺は思わず、息を呑んだ。 「――危ないっ!」  考えるよりも早く、飛びだしていた。  道路の向こう側からトラックが 走ってきている。居眠りでもしているのか、 まるで減速する気配がない。  彼女はとっさのことで、 足が震えて動けないようだ。  どちくしょう! 間に合え…!!  俺は全力でコンクリートの地面を蹴って、 彼女に突っこんだ。  瞬間――目が合った。 俺は両腕に渾身の力をこめて思いきり 相手の体を押した。  彼女は道路脇まで突きとばされて、 尻餅をついた。  良かった――  と胸を撫でおろしたのも束の間、 目の前にトラックが迫っていた。  ようやく俺に気がついたのか、 トラックのブレーキ音が響く。  けど、いまさら止まれるわけもない――  空が見えていた。  赤く染まった、綺麗な空が――  誰かの泣き声が聞こえたような気がした。  振りむこうとしたけど、体が動かせない。  それに、視界になんだかモヤがかかっている。  意識がすうっと遠ざかっていき、 俺は、漠然と死を予感した。  嫌だ……  必死にあがくように、手を地面に這わせる。 すると、何かが指に触れた。  それをぐっと握りしめ、目の前に持ってくる。  右腕のない、クマのキーホルダーだった。 「あ……れ…?」 「……あれ?」  いったい、どうなってるんだ…?  直前の記憶を振りかえってみると、 交差点での出来事が頭をよぎった。  確か、トラックに轢かれたはずだけど……  特に体に痛みは感じない。 時計を確認すると、3月15日だった。  昨日、トラックに轢かれたとするなら、 こんなに早く傷が治るわけがない。 とすると―― 「――夢か…?」  そうとしか考えられない。  つまり、昨日はあのままベッドで 寝てしまったってことか。  それにしても酷い悪夢だったな。 なんでこんな…… 「だから、あれほど注意したじゃないか。 ユメグマの仕業だよ」  寝起きで頭が回らないってのに、 QPが変なことを言ってくる。 「まだそんなこと言ってるのか? だいたいそれは昨日、お前が食べただろ」 「食べたからこそ、 トラックに轢かれる悪夢を見る程度で 済んだってことだよ。感謝してほしいね」 「じゃ、食べなかったら、 どうなってたんだよ?」 「それは聞くだけでおぞましい悲劇が――」 「……いや、ちょっと待てよ。 俺は『トラックに轢かれる夢を見た』なんて 一言も言ってないぞ。なんで知ってるんだ?」 「悪夢といえば妖精界では トラックに轢かれるのが一般的だからね」 「……………」  めちゃくちゃ嘘くさいんだけど…… 「『夢か』って言っただけで、 『悪夢』とは一言も言ってないぞ」 「そんなことより、今日も頑張って 恋の特訓をしようじゃないか」 「ごまかそうとしてないっ!?」 「それは誤解だよ」 「どんな誤解なのか、聞かせてもらおうか?」 「初秋颯太。君は『今が現実だ』って、 どうして言えるんだい?」 「いきなりなに言ってんの?」 「もしかしたら、これは夢で さっきのが現実かもしれないよ」 「あのね……そんなわけないだろ」 「さぁ、どうだろうね? 現に君はさっき目覚めるまで トラックに轢かれたのは現実だと思っていた」 「だとしたら、今、この瞬間が夢だとしても 何の不思議もないと思わないかい?」 「いやいや、めちゃくちゃ不思議だよね。 どこをどう考えたら夢になるわけっ!?」 「君がついさっき自分で言った通りだよ。 これが現実なら、君が見た夢の内容を ぼくが知っているはずがない」 「つまり、どう考えても、これは夢だよ」 「なるほど。だけど、これが現実だとしても、 お前が夢の内容を知ってたことに 説明がつく考え方がひとつだけあるだろ?」 「ぼくが君に悪夢を見せた張本人だって 言いたいのかい? 残念ながら、 その考えには、大きな矛盾があるよ」 「何だよ?」 「心優しい恋の妖精であるこのぼくが、 君にそんな酷いことをするなんて、 誰が考えてもありえないからね」 「誰が心優しい恋の妖精だっ!!」  ふぅ、 いいかげんなことばっかり言いやがって。 「やれやれ、君はあいかわらず 妖精の言うことを素直に聞かないね」  ち、もう戻ってきたか。 「いいかい? 君はユメグマに夢を見せられて いるんだ。そして、ぼくはその夢に干渉して 君を助けようとしているんだよ」 「はいはい。じゃ、早く目を覚まさせてくれよ」  投げやりに答えた。 「あいにくと、ぼくの力でそこまではできない。 ユメグマの夢の中では、 ぼく自身も自由な行動がとれないからね」 「君自身がこれは夢だと気づく他ないんだ」 「どうやったら気づくんだ?」  もはやまったく信じてないけど、 とりあえず訊いてみた。 「こんなことは夢じゃないとありえない―― って思うことができれば、夢は覚めるよ。 大丈夫、夢には矛盾が多いものだからね」 「例えば?」 「何だっていいんだよ。例えば、ほら、 現実に妖精なんているわけないじゃないか」 「……………」 「……………」 「自分の存在を否定してまで、 訳の分からない言い訳してんじゃねぇっ!」 「っとにもう……」 「確かに、この世界が夢だというのは、 ものの例えだよ」  しつこいな。 「素直に『嘘だった』って言えよ」 「まさか。妖精は嘘はつかないんだ。 あくまで例え話だよ」 「で?」 「つまり、ぼくは君にこの例え話をするために、 心を鬼にして君に悪夢を見せたってことだね」 「やっぱり、お前の仕業じゃねぇかっ!」 「確かに、ぼくの仕業であることは事実だよ。 だけど、これは必要なことだったんだ。 そう――」 「――いつか失われたモノをとり戻すために、 ぼくは心を鬼にして悪夢を見せたんだよ」 「よし」  悪は滅びた。 「もうひとつ理由はあるんだ。 昨日、君がぼくの話を寝た振りして やりすごそうとしただろう?」  くそっ、しぶとい奴め。 どうやったら滅びるんだ? 「何のことだか分からないな」  本当のことを言うと、 また説教コースが待ってるかもしれないので、 とぼけてみた。 「ふぅん。まぁ、どっちでもいいや。 君が寝てしまったから、夢の中で特訓が できるように魔法を使ってあげたんだよ」 「トラックに轢かれる特訓して どうするんだよ?」 「何を言ってるんだい? もともとトラックに轢かれそうだったのは、 君じゃなかっただろう?」 「ん? あぁ、そうだけど……」 「君が彼女を助けるまで繰りかえそうと 思ったんだけど、安心したよ」 「なかなか君もフラグを立てる方法を 分かっているようだね」  さんざん蹴っとばした甲斐があったのか、 ようやく本音らしいことを白状したな。 「ていうか、あんなのは二度とご免だからな。 夢なのに、めちゃくちゃ苦しかったぞ」 「大丈夫だよ。現実でもその調子でいけば、 あっというまにフラグが立つよ」 「何が大丈夫なのか分からないし、 現実だと、フラグ立っても死ぬよねっ!?」 「大丈夫だよ。その時は――」 「その時だよ」 「せめて『魔法で何とかする』とか 言ってくれないっ?」 「ぼくは恋の妖精だよ。 治癒の魔法なんて使えるわけが ないじゃないか」 「あぁ、そう……」  あいかわらず役に立たない奴だ……  まぁ今更か、とタンスから着替えを用意する。 「出かけるのかい?」 「あぁ。 今日は姫守の家で遊ぶ約束をしてるんだ」 「朝の挨拶はさりげなく『今日も綺麗だね、 思わず見とれてしまったよ、ぼくの彩雨』 から始めると、話題が広がるよ」 「そんな高度な話題の広げ方ができるか」  謎のアドバイスをしてくるQPを あしらいながら、私服に着替え、 姫守の家へ行く準備をした。 「ごめんくださーい」  俺と友希は途中で落ちあい、 姫守の家に遊びにきていた。 「はいー。 あ、初秋さん、友希さん、いらっしゃいませ。 どうぞ、おあがりください」 「うわぁ、ひろーい。ここって彩雨の部屋?」 「いえ、こちらは居間なのです。 お部屋もあるのですが、居心地がいいので、 だいたいこちらで過ごしております」 「外から見たらすっごく大きかったけど、 部屋どのぐらいあるの?」 「12部屋ぐらいでしょうか。 あとお庭もあるのです。ご覧になりますか?」 「うん、見たい見たいっ」 「こちらなのです」 「わー、綺麗…… ねぇねぇ、あれって何の木?」 「桜なのです。 四月になりましたら、お花も咲いて、 もっと綺麗になるのです」 「ほんと? いいなー。 彩雨の家でお花見とかできない?」 「構いませんよ。 私も皆さんとお花見をしたいのです」 「やったぁ。じゃ、颯太がお団子作るから、 みんなでどんちゃん騒ぎしよっか?」 「俺に許可はとらないのか……」 「だって、颯太お花見好きでしょ? お花見あると、勝手にお団子 作ってくるよね?」 「そうだけどさ」 「ということで、決まりよっ。 今から楽しみね」 「はい。 あ、お茶を淹れてまいりますので、 おくつろぎになっていてくださいね」 「彩雨ってお嬢様ね?」 「まぁ、あの箱入りっぷりで だいたい分かってたけどな」 「って言っても、お前のところの実家も 似たようなものじゃないか?」 「えー、そうかなぁ? おじいちゃん、お金はあるけど悪趣味だし」 「それは言えてるな」 「なぁ、さっきから気になってたんだけど、 あのでっかいテレビでゲームしてるのか?」 「はい。大きなテレビですと、 臨場感がありますから、とても楽しいのです」 「へぇ。確かに、楽しそうだよね」 「あのぉ、もしよろしければ、 一緒にやりませんか?」 「いいね。やろうよ」 「あー、いいなぁ。 あたしもやりたいわ」 「平気なのです。 三人でプレイできるソフトもありますから」 「何があるんだ?」 「“ゾンビ&バレット”というゲームなのです。 コントローラーも三人分あるのです」  姫守がハンドガン形状のコントローラーを 持ってくる。 「ゲーセンにあるガンシューティングの やつだよな。何回かやったよ」 「あたしもー。これけっこう好きよ」 「くすっ、心強いのです」  姫守はゲーム機の電源を入れ、 手慣れた動作でプレイをスタートさせる。 「初秋さん、友希さん。 ここから先はゾンビシティなのです。 準備はよろしいでしょうか?」 「いいよ」「おう」 「では、行くのですっ。 三人で、あの残虐非道なゾンビどもを ぶっ殺して差しあげるのですぅ!」 「……………」  姫守、人格変わってないか? 「返事がないのですっ!」 「うん、一緒にたくさんぶっ殺そうね」 「お、おう……」  というわけで、ゲームスタートだ。  開始早々、山ほどのゾンビが襲ってくる。 「撃つのですっ! 撃ち殺すのですっ! ゾンビに鉛の鉄槌をなのですぅっ!」 「姫守の目の色が変わってるんだけど……」 「初秋隊員っ! ここは遊園地ではないのです! 笑っていらっしゃる暇があるのでしたら、 鉛玉をぶちこむのですっ!」  言葉使いも色々おかしいし…… 「きゃああぁぁ、たくさん来たのですっ! やられてしまうのですぅっ!」  逃げたって仕方ないのに、 姫守は画面から迫るゾンビを避けるように 走りまわっている。 「彩雨隊長をやらせたりしないわっ」  お前はノリノリだな。 「友希隊員、助かったのですぅ」 「気にしないで。それより、 何してるのよ、颯太隊員」 「怒ってはいけないのです。初秋隊員は ゾンビに家族を殺され、 PTSDになってしまったのです」 「そうだったわね」 「え、俺そういう役回りなのっ!?」 「撃ち殺すのです。撃ち殺すのですっ! このボスゾンビさえ倒せば、 このヘビーな旅行も終わりなのですっ!」 「でも、あたしたちのライフは残り1しかっ!」 「そんなことは関係ないのですっ! ゾンビをすべて根絶やしにするまでは、 くたばるわけには行かないのですっ!」 「また新手のゾンビどもが現れたのですぅ。 手荒い歓迎をしてやるのですっ!」 「きゃああぁぁぁぁっ!」 「彩雨隊長ーーーーっ! あ、しまっ――」 「友希隊員っ! 友希隊員っ! あなた方、よくも友希隊員を…! ぶっ殺してやるのですぅっ!!」 「ま、負けないのです。 そんな大勢でこられても、私はっ!」 「きゃ、きゃあああぁぁぁっ!!」 「ぐはぁぁっ!!」 「そんな初秋隊員、 私を庇って負傷してしまったのですか?」 「いやいや、いま思いっきり盾にしたよね? 俺のライフ、もろ減ったんだけどっ!?」 「分かりました。 初秋隊員の覚悟は無駄にはしません。 奴らに一泡吹かせてやるのです!」 「今から目に物を見せてやるのですぅ、 さのばびっちボスゾンビッ!」 「うあぁぁぁぁ、俺のライフが、 俺のライフがぁぁぁっ!!」 「撃つのです、撃ちまくるのですっ! 腐れ死体は撃ち殺してやるのですぅっ!」 「死ね、死ねっ、 死ねなのですぅぅぅぅぅっ!!」 「死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 「地獄の底でおねんねするといいのです」 「……………」 「……………」 「くすっ、ゲームクリアなのです。 やりましたっ! ……あれ? お二人ともどうかなさいましたか?」 「いや、姫守ってさ、もしかして、 普段すごい気を遣ってるのか?」 「ごめんね。気づいてあげられなくて。 あたしたちの前では、そんなに 溜めこまなくてもいいからね」 「えっ? い、いえ。違うのですっ。 今のはその、お恥ずかしながら、少々、 感情移入してしまっただけなのですぅ……」  少々じゃないよな、と思った。  朝。 太陽の光を受けて、 のそのそとベッドから這いずり出る。  学校に行く支度をしてると、 「君への指導を始めてはや一週間が経ったよ、 初秋颯太」 「朝からどうしたんだ?」 「ぼくの指導を受けて一週間も経ったわりには 彼女たちとの仲があまり進展していない と思わないかい?」 「そんなこと言ったって、 急に進展するものじゃないだろ」 「いいや、それは間違っているよ。 恋に必要なのは時間じゃないんだ」 「じゃ、何だよ?」 「行動だよ。いかに行動したかが重要なんだ」 「そう言われても、 けっこう頑張ってるほうだろ」 「いいや、ぼくからしてみれば、 君のやり方はこの上なくじれったいね」 「だから、これからはぼくの言う通りに 行動するんだ。そうすれば間違いないよ」 「……でもさ、お前の言うことって、 いまいち信用できないんだよな」 「何を言ってるんだい。ぼくは恋の妖精だよ。 つまり、プロだ。ぼくの言う通りにやれば、 間違いなく彼女ができるよ」 「変なことさせないだろうな?」 「多少変な気がしても騙されたと思って やってごらんよ。そうすれば、素人判断が いかに浅はかだったか分かるだろうね」  本当かよ…? 「……信じていいんだろうな?」 「大丈夫、何度も言うように ぼくは恋の妖精だよ」  そうだよな。一回ぐらいは信用してみるか。 「分かったよ。 じゃ、お前の言う通りにやってみるよ」 「そうするといいよ。いいかい? 会話というのはデリケートだからね。 ぼくが言った言葉をすぐに復唱するんだよ」 「もちろん、行動も指示するから、 即座に実行するように」 「分かった」 「おはよう」 「おっはよー。昨日のオカズは何だった?」 「朝からさわやかに下ネタを入れてくるなよな」 「『そんなに何度も確認しなくても、 ここ十年はずっとお前でヌイてるよ』」 「そんなに何度も確認しなくても、 ここ十年はずっとお前でヌイてる ――何だって!?」 「あ、たしで、ヌイてるの…?」 「『だめか?』」  いや、おかしいよね! 絶対その流れおかしいよね? 「『だめか?』 ほら、早く! 機を逸する前に畳みかけるんだ」  く、くそ。どうなっても知らないぞ。 「『だめか?』」 「『だめ』って言ったら、しないの?」  QPが出す指示に従い、俺は言う。 「『そんときはオナ禁だな』」  なに言わせてくれてるんだよ…… 「でも、男の子って、我慢できないんでしょ?」 「『ヌクのは友希だけって、決めてるからさ』」 「どうして?」 「『言わなきゃ、分からないか?』」 「ど、どうしたの? 今日の颯太、なんか、変よ」 「『お前のせいだろ。いつもやらしいこと ばっかり言ってムラムラさせてくるから、 もう俺、我慢できなくなっちゃったんだ』」 「ご、ごめんね。そんなに我慢してた?」 「『あぁ。我慢してたらさ、そのムラムラに だんだんドキドキが入ってきて、 頭の中が訳わかんなくなっちゃってさ』」 「『分からなくなる』って、どんなふうに?」 「『ムラムラとドキドキが入りまじって、 そう――』」 「『ムキムキするんだ』」 「ムキムキするの…?」 「『あぁ、俺はもうムキムキさ』」 「ねぇねぇ颯太、それってギャグ?」 「『いいや、真剣だよ。 もうムキムキが止まらないんだ』」 「真剣なら病院に行ったほうがいいと思うわ」 「お医者様でも、草津の湯でも――って! いや、もう無理だよねっ!! 修正不可能だよねっ!?」 「あ、時間よ。じゃ、 今度はもっと面白いネタ考えてきてねー」 「どうやら、もう一押しのようだね」 「どこがっ!?」  いつもの帰り道、 道路に光るものを発見した。 「あれ、これって…?」  拾いあげてみると、やはり、 左腕がないクマのキーホルダーだ。  うーむ、ということは、 QPが下から出していたのは 夢じゃなかったのか。  でも、あいつ、よくここで 拾ったって分かったな?  まぁ、妖精だからな。 人間の常識で考えても仕方ないだろう。  クマの顔をじっと見つめると、 やはり、懐かしいような、温かいような、 不思議な気分になる。  とりあえず、交番に届けておくか。 「うーん、これねぇ。落とし物っていうか、 捨てたんじゃないかなぁ……」  交番に持っていくと、 お巡りさんは案の定な反応だった。 「そう、ですよね。すいません。 もしかしたら、誰か捜してるかもしれないと 思ったんですけど……」 「まぁ十中八九、落とし主は現れないと思うよ」 「分かりました。 じゃ、それ、俺が捨てときます」 「そうだねぇ……いや、やっぱりいいよ。 せっかく届けてくれたし、 いちおう落とし物として預かっておくよ」 「いいんですか?」 「うん。 まぁ一回拾っておいて、やっぱり捨てる ってのも忍びないしね」 「ありがとうございます」  ほっとしつつ、頭を下げた。 いい人で良かった。 「じゃ、ちょっと書類を書いてもらうけど、 いいかな?」 「分かりました」  今日はバイトの入りが遅いので、 その前に畑で野菜の生育具合を 見て回ることにした。 「初秋颯太。喜ぶといいよ。 君と結ばれる運命にある女の子を 見つけてきたんだ」 「は? 運命って、そんなことも 分かるのか?」 「分かる時もあるし、 分からない時もあるんだ」 「あいかわらずいいかげんだな、お前は」 「人間だって小枝は折れるけど、 大木は折れないじゃないか。 それと同じだよ」 「それって、つまり、ちっちゃい運命を 見つけたってことか」 「運命に小さいも大きいもないよ。 そんなことより、あの女の子なら、 君が告白すればたちまち恋に落ちるはずだ」 「今すぐ会いにいくといいよ」  誰かも分からない状態で、 運命って言われてもなぁ。 「……ちなみに、その子はどこにいるんだ?」 「あそこだよ。ほら、今ちょうど 遠くのほうを歩いている女の子がいる だろう?」 「あれは…?」  遠くのほうに視線を凝らす。  確かに一人いる。 俺も面識のある相手だ。  料理のコツを教えてもらったりと、 仲良くしていた時期もあった。 「って、学食のおばちゃんだよねっ!」 「さぁ、時間がない。 今すぐあの女の子に告白するんだ!」 「どこがどう女の子なんだよっ!?」 「どう見ても、女の子じゃないか。 それとも君は恋に、年齢なんて無粋なものを 持ちだすのかい?」 「人間には守備範囲ってもんがあるんだよ」 「守備範囲がどうかしたの?」 「あ……あぁいや、その…… 独り言だよ」 「あー、やーらしいのー。 守備範囲に上限はあっても下限がないぜ、 とか言ってたんでしょ?」 「そんな独り言言ってたら、 軽く犯罪者だよねっ!」 「あははっ、そんなわけないじゃん。 かなり犯罪者よ」 「だったら、余計に言わないからねっ!」 「でも、颯太っておっぱいは 大きいほうがいいんでしょ?」 「で! お前は何しにきたんだ?」 「うんとね、もうすぐバイト行く時間でしょ? 一緒に行こうと思って」 「あぁ、もうそんな時間か。 よし、じゃ行くか」 「うんっ」  ふぅ。何とかごまかせた。  いつもの帰り道。 交差点の横断歩道を渡る途中、 ふと道路に光るものを見つけた。 「あれ…?」  拾いあげてみると、 見覚えのあるクマのキーホルダーだった。  左腕もないし、 こないだ拾った物に間違いないだろう。 「どういうことだ?」  確かに、交番に届けたはずだけど、 なんでまたここに落ちてるんだろう?  持ち主が交番に引きとりにきて、 またここに落としたってことか?  そう考えるのが一番自然だけど、 持ち主はずいぶんとおっちょこちょいだな。  しょうがない。もう一度届けておくか。 「うーん、これはもう捨てたんだと 思いますけどね」  交番にいたのは、 こないだのお巡りさんとは違って、 若い男性だった。 「でも、一度ここに届けたので、 たぶん持ち主がとりにきてると 思うんですけど?」 「あ、本当に? ちょっと待っててくれます? 調べますから」  お巡りさんは、ファイルを出してきて、 それをぺらぺらとめくる。 「あぁ、確かに記録がありますね。 じゃ、持ち主に連絡しておきますよ」 「お願いします」  俺がそう言って立ち去ろうとすると、 「すいません。これ、 書いていってくれますか? 二度目ですけど、いちおう規則ですから」  お巡りさんに書類を渡される。 けっこう面倒なんだよな、これ。  まぁ仕方ないか。 「分かりました」 「――以上だ。最後に通知表を配る。 呼ばれた者からとりにこい。相田」  遠藤先生が次々と生徒の名前を呼び、 通知表を渡していく。 「退屈だね。今日はどうして 授業がないんだい?」 「終業式だからだよ。その代わり 体育館で校長先生のありがたい話を 聞けただろ」 「ぼくは妖精だよ。 人間に説教されるほど若くはないよ」 「そういえば、お前っていくつなんだ?」 「さぁ、歳を数える習慣はないんだ。 君よりずっと長く生きているのは 確かだけどね」 「ところで、終業式ということは、 もうすぐ春休みなのかい?」 「あぁ、明日からね」 「それはいいね。 やれることがたくさんありそうだよ」  三学期最後のHRが終わると、 友希がこっちの席に飛んできた。 「終業式が終わったわ」 「そうだね」 「終業式が終わったのよ?」 「分かってるよ」 「終業式が終わったのにー」 「どこか遊びにいきたい気分だよな」 「そうよ、それそれ。それを待ってたわ。 じゃ、どこ行こっか? ホテル?」 「悪い。俺、今日生理なんだ」 「えー、いいじゃん。じゃ、口でしてよ」 「そんなの恥ずかしくてできないよ」 「だいじょぶよ。みんなやってるし。 ちゃんと優しく教えてあげるから」 「そんなに……してほしいの…?」 「いいから早く咥えなさいよ」 「鬼畜かよっ!? てか、なに咥えればいいの!?」 「女の子にだって、 咥えられるものぐらいあるんだもん」 「えっ?」 「あー、やーらしいのー。 いま本気で考えたでしょ? そんなのあるわけないじゃん」 「女の子は咥える専門よ?」 「そっちのほうがやらしいよねっ!?」 「あははっ、ほらほら、早く行こ。 とりあえずお腹すいたから ナトゥラーレでいい?」 「……いいけどね」 「あれ、彩雨よ? 彩雨ーっ!」 「はいー。お呼びなのですぅ?」 「颯太とナトゥラーレに行くんだけど、 一緒に来ない?」 「それは素敵なのです。 ぜひご一緒させてくださいませ」 「それと今日、颯太、生理なんだって」 「その場限りのネタを引っぱるのやめようね!」 「私、存じあげないのですが、 男の人の生理は、どうなるのですか?」 「あれ、聞いたことない? 女の子を妊娠させたくなるのよ。 うっかり触らないように気をつけてね」 「当たり前のように嘘を言わないように!」 「やだ、そんなに盛らないで。 ほらー、ズボンの中もそんなに勃起させて」 「してないよっ! どう見てもトランスフォーム前だよっ!」 「えー、それは元がすっごく小さいから そう見えるだけでしょー」 「さりげなく失礼なこと言わないでね!」 「ど、どちらを信じればよろしいのですか?」 「いやいや、よく考えてみようね。 男が生理とか普通におかしいよね?」 「はい。確かに、初耳なのです」 「それに『妊娠させたくなる』とか 訳わからないと思わないか?」 「はい。思うのです」 「だから、別に大丈夫だよ。 生理とかじゃないから」 「そうなのですね。でしたら、一安心なのです」 「よし、じゃ、行こうか」  と俺が足を一歩踏みだすと、 「きゃあっ…!」  姫守がものすごい勢いで跳びのいた。 「……姫守、もしかして、信じてないのか?」 「そ、そんなことはないのです。 天地神明にかけて信じているのです」 「じゃ、握手してみてくれるか?」 「あ、握手なのですか…!?」 「あぁ。信じてるんなら、できるよね?」 「は、はい。では、握手するのです」  おっかなびっくりといったふうに、 姫守は手をのばし、俺の指先に触れる。  瞬間、俺は手を少し強めに握った。 「や、あ、だめなのですぅ。 か、堪忍なのですぅ。 私、まだ、そんなぁ、堪忍なのですぅぅぅ」  慌てて手を放すと、 「ぅぅ、もうお嫁にいけないのですぅ」 「大丈夫よ、彩雨。 颯太が責任とってくれるって」 「本当なのですぅ?」 「その前に、 そんなことはありえないと気づいてくれ……」 「……ありえないのですぅ?」 「うん。だって触っただけで妊娠したら、 つまんないじゃん」 「つまんないとかいう問題じゃない んだけど……」 「もしかして、 男の人の生理も冗談なのですか?」 「気がついてくれて嬉しいよ」 「大変な勘違いをしていたようで、 申し訳ございません。ビックリしてしまい、 動転していたようなのですぅ」  さすがに動転しすぎだけどな…… 「いらっしゃいませ。 あれ、颯太くんたち、学校は?」 「今日は終業式だったんで」 「あぁそう。 そういえば、うちの子ももうすぐだわ」 「あっちの席いいですか?」 「うん、いいわよ」  今の田中さんは普段は主婦をやってて、 ナトゥラーレではけっこうベテランだ。  俺たち学生とはほとんど入れ代わりになる から、ほとんど接点はないけど。 「そういえば、お二人は 春休みの予定はあるのですか?」 「あたしは予備校かなぁ。 いい大学入りたいし。 彩雨は?」 「私は特に決まってないのです。 初秋さんは何をなさるのですか?」 「あぁ、ちょっと ワークショップを受けようと思ってるんだ」 「どんなワークショップなのですぅ?」 「農家の人が開業した『ファーム』っていう レストランがあってさ。そこのオーナーが 開催するワークショップなんだけどさ」 「野菜の育て方から調理方法まで 教えてくれるらしいんだよ。 あとお店のことも訊けると思って」 「お店のことに、興味がおありなのですぅ?」 「颯太は将来お店を持つのが夢なんだよね?」 「素敵な夢をお持ちなのですね」 「って言っても、まだ漠然と 考えてるだけなんだけどね」 「でも、サラリーマンっていうのは ちょっとピンと来ないって言うか、 性に合わなさそうって言うか」  父さんを見てたら、 夢も希望もないって言うか…… 「だから、自分の店を持って、 好きな料理を出せたりしたら、 いいよなって思うんだよなぁ」 「ほら、料理作るのは、けっこう好きだしさ」 「それでナトゥラーレでアルバイトを しているのですね」 「あと野菜作るのも好きだもんね」 「うん、まぁ。 でも本当にまだ全然、何も考えてないから いろいろ勉強しようと思ってさ」 「あ、ねぇねぇ、まず先に注文しない?」 「あぁ、悪い。そうしよう」 「うーんと、なに頼もっかなぁ? やっぱり、ビーフストロガノフかなぁ…?」  その後、俺たちは他愛もないおしゃべりを 延々と続けた。  夜遅く、自宅に到着すると、 「ようやく考えがまとまったよ、初秋颯太」 「何だ? 何か考えてたのか?  そういえば、静かだったよな。 「この春休みの間、彼女たちとの仲を 進展させるためのとっておきの秘策を 考えたんだ」 「春休みに?」 「そうだよ。明日から春休みと君は 言っただろう」 「悪いけど、春休みは丸々県外に行くぞ」 「何だって? どういうことだい、それは?」 「ナトゥラーレで話してただろ。 ワークショップがあるんだよ」 「県外に行くとは聞いてないよ。 ぼくの考えた秘策はいったい どうする気だい?」 「まぁ、いまさらキャンセルできないしな。 そっちは諦めてくれ。じゃ、もう寝るな。 明日、出発だからさ」  服を脱いで、パジャマに着替える。 「待つんだ、初秋颯太。 ぼくの言ったことを忘れたのかい? 悲劇が訪れると言ったはずだよ」  電気を消し、ベッドに横になると、 一瞬で眠気に襲われる。 「分かってるって。 でも、キャンセル料払うのも けっこう悲劇だろ」  あぁ、もうだめだ。めちゃくちゃ眠い。 「キャンセル料なんて安いものだよ。 いいかい? この世でもっとも大切なものを なくすんだよ。この悲劇が分かるかい?」 「……………」 「初秋颯太? 聞いているのかい?」 「……Zzz……」 「まったく。言うことを聞かないね、 君たちは」  朝。疲れが抜けきらない体を 気合いで動かし、転がり落ちるように ベッドから出た。 「やぁ。おはよう。 ようやく今日から学校かい?」 「あぁ、面倒臭いけどな」 「そんなことを言ってる場合じゃないよ。 春休みに恋を進展させられなかった分、 一気にとり返さなきゃならないんだからね」 「分かってるって」 「本当かい? どうも君は ぼくの言うことを軽く考えているふしが あるからね」 「いやいや、そんなことないって」 「……これから訪れる悲劇のことを考えると 夜も眠れないんだ」 「ふぅん。どうでもいいや」 「お前こそ俺の言うこと軽く考えてるよね!?」 「さっきまでグースカ寝てたじゃないか。 そんなことより、早く学校に行こうよ」 「朝メシ食ってからな」 「おーい、QP、これ食べてみろよ」 「何だい、これは?」 「特製マグロ丼だよ。妖精だから、 できるだけ自然に近い料理が好きなのか と思ってさ。まぁ食ってくれ」 「がつがつがつがつがつがつっ!」  またしてもQPは一瞬で、 マグロ丼を平らげる。 「あぁ、これは今までの中で一番おいしいね」 「お、そうか。じつはワークショップで 習ってきた技で、ちょっとしたアレンジを したんだよ。それが利いたかな?」 「本当においしいよ。 まるで腐ったモンスターの肉みたいだね」 「『おいしい』って言わなかった!?」 「今までよりはね。このあいだまでのは まるでモンスターの排泄物だったから、 すごい進歩だよ。さすがワークショップだね」 「……………」  まるで褒められてる気がしねぇ……  QPが急かすので、 いつもより早く学校に着いた。  廊下に張りだされていたクラス表を確認し、 教室へ向かう。  そういえば、知ってる奴と同じクラスに なったか確認しておけば良かった。  まぁ、どうせ行けば分かるか。 「あ。初秋さん、おはようございます」 「おはよう」  良かった。さっそく知り合いがいた。 「今年は同じクラスだね」 「はい。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、 一年間よろしくお願いいたします」 「おはよー、颯太っ。 今年も同じクラスになったね」 「おう、おはよう」  友希と芹川も一緒か。 「彩雨もおはよー。 一緒のクラスになれて嬉しいね」 「はいっ。心強いのです」 「そういえば、彩雨と絵里って 会ったことなかったっけ?」 「はい。初対面なのです」 「芹川絵里です。よろしくお願いします」 「ご丁寧にありがとうございます。 姫守彩雨と申します。こちらこそ、 どうぞよろしくお願いします」 「姫守と芹川が話してると、 二人とも言葉使いが丁寧だから、 すごい上品な感じになるな」 「あ……はい……」 「芹川さん、どうかしたのですか?」 「絵里は颯太のことが少し怖いんだよね。 でも、嫌いなわけじゃないから」 「その言い方だと俺だけが 怖いみたいに聞こえるんだけど」 「すみません。わたし、少し赤面症で、 その、男の人が怖くて、でも、初秋くんは まだ大丈夫なほうですから」 「颯太でちょっとずつ慣れてって、 ちゃんと挿入できるように しようって言ってるんだよね?」 「何を挿入できるようにってっ!?」 「絵里、颯太が 分かんないから教えてほしいってさ」 「……言えません……」 「お前、それ無茶ぶりもいいところだよ……」 「芹川さんは何を挿入されたいのですか?」  やばい。素で分かってないぞ。 「え、その、今のは……」 「秘密なのですぅ?」 「そうではないんですけど、 冗談ですから」 「どんな冗談だったのですか?」 「えっと、よく友希が言うような……」 「友希さんの冗談は解説がないと難しいのです」 「……………」 「……………」 「……その、挿入するのは、ですね……」 「はい。何なのですか?」 「男の人の……ペニス……です……」 「男の人のペニ――ええっ!?」 「これが天然の力か……」 「うん。絵里にあんなこと言わせるなんて」 「ぞ、存じあげないこととはいえ、 はしたないことを言わせてしまい、 誠に申し訳ないのです!」 「いえ、気にしてませんから」 「いえ、大変恥ずかしい思いをさせてしまった のですから、何かお詫びをしたいのですっ!」 「そう言われても、本当に大丈夫です。 気にしないでください」 「そんなぁ。お詫びさせてくれないのですぅ?」 「友希、どうしましょう?」 「じゃ、彩雨も恥ずかしいこと言ったら? それでおあいこじゃん」 「はいっ! 何と申しあげればよろしいのですか?」 「耳貸して、いい?」 「え……そんな、ことを、はい、 分かりました。あ、でもその前に」  姫守が俺に視線を向けてくる。 「どうした?」 「ご、後生ですから、 お耳を塞いでいていただけますか?」  あぁ、そりゃ聞かれたくないよな。 「いいよ。分かった」 「それでは参ります」  姫守はすーっと息を吸いこみ、 「は、初秋さんのペニスを、 私の中に、挿れていただけないでしょうか?」 「なに言わせてるのっ!?」  あ、やべ。 「……耳、塞いでないですね」 「やーらしいのー」 「そ、そんなぁ。もうお嫁に行けませんー。 初秋さんは嘘つきなのですぅ」 「よーし、席はあとで決めるから適当に座れ。 HRを始めるぞ」  今年も遠藤先生が担任か。  俺が席につこうとすると、 「でも、良かったね、颯太。 偶然みんな一緒のクラスになって」 「あぁ」 「またあとでね」  とりあえず近くの席に座った。 「でも本当、偶然だよな」 「本当にそう思うかい?」 「ん? だって、それ以外ないだろ」 「やれやれ、ぼくを誰だと思ってるんだい? 魔法でクラス替えを思い通りにするなんて 簡単なことだよ」 「マジか……」  体育館で始業式を行った後、 ふたたび教室に戻り、席や当番などを 決める。  くじ引きの結果、席は友希の隣になり、 日直は芹川とペアになった。 「じゃ、最後にクラス委員を決める。 委員長と副委員長の2名だ。 やりたい者は手を挙げろ」  遠藤先生の言葉を聞き流しながら、 くじ引きの結果が都合よすぎるので、 またこいつの仕業かと思ってると、 「くじ引きなら百発百中だよ」 「じゃ、 こんど宝くじに付き合ってくれないか?」 「なんだ、誰もおらんのか? なら、これもくじ引きで決めるぞ」 「あいにくと恋に関わること以外では うまく魔法が使えないんだ」  ふ。甘いぞ。 「う、うう、何だ? 宝くじが当たれば、 猛烈に恋を頑張れる気がしてきたぞ」 「じゃ、買えば」 「その流れおかしくないっ!?」 「そうか、初秋。 クラス委員をくじ引きで決めるのは おかしいと言うんだな」 「……えっ? あ、は、はい! そうです!」  な、何だ? 何が起きたんだ? ぜんぜん話聞いてなかったぞ。 「確かに、クラスのことを決める重要な役割を くじ引きでというのもなんだな」 「よし。なら、クラスのことを しっかり考えているお前が委員長だ」 「え、いえ、ちょっと待ってください」 「みんなそれでいいな?」 「はーい。適任だと思いまーす」  友希……お前、あとで覚えてろ…… 「初秋くんでいいと思います。 みんなのために、頑張って リンゴを育ててくれてるし」 「うんうん。そうだよね」 「初秋ほど責任感のある男はいないっすよ」 「そうだよな。初秋に任せておけば 問題ないよ」 「お前ら、自分がやりたくないだけだろっ!」 「どうしてそんなこと言うの初秋くんっ!」 「そうよっ、あたしたち純粋に 初秋くんがいいと思ってるんだからっ!」 「そうだよ。毎日毎日、畑の世話をする お前の真面目さをみんな信用してるんだよ!」 「そうさっ! 俺たちだって、いいかげんな判断で クラスの委員長を決めたりしないって!」 「お、おう。そうか…?」 「ほう。見かけによらず人望があるんだな、 初秋は。じゃ、そんな初秋を副委員長として サポートしたい奴はいるか?」  …………  教室が水を打ったように静まり返る。  お前らの気持ちはよく分かったよ。 「ふむ。困ったな。副委員長だけ、 くじ引きというわけにもいかんしな。 誰かやってみたい者はおらんのか?」  一段と教室内が静寂に包まれる。 まるで物音を立てれば、副委員長を やらされると言わんばかりだ。  その時、前の席から手が挙がった。 「あのぉ、力不足で大変恐縮なのですが 私がしても構わないでしょうか?」 「おぉ、やってくれるか、姫守。 よし、じゃ、委員長は初秋、 副委員長は姫守で決まりだな」 「断固反対ですっ、先生っ! そんな野菜オタクに委員長を やらせるぐらいなら、僕がやります!」 「いえ、僕がっ! 姫守さんと一緒に 僕がこのクラスを導きますっ!」 「やっぱり、女子同士のほうが気があって、 物事を円滑に進められると思います。 わたしが委員長をやります」  お前ら手の平返しすぎだろ。 「ふむ。姫守は初秋と違って人気が あるんだな」 「それ思ってても普通言わないですよね!?」 「じゃ、委員長は多数決で決めるか」  まぁ、そっちのほうが助かるけど…… 「た、多数決でしたら、 やっぱり辞退するのですぅ」 「どうしてだ?」 「すみません。初秋さんが委員長でしたら、 私にも副委員長ができるかもしれないと 思っただけなのですぅ」 「なるほどな。ということは、 初秋が委員長なら、辞退しないんだな?」 「はい。それは頑張るのです」 「なら、委員長は初秋、 副委員長は姫守で決まりだ。 頼んだぞ」 「はいっ!」 「はい……」 「姫守さん、もしかして初秋のことが…?」 「そんな汚らわしい。ありえないわっ!」 「だよね。初秋くんと姫守さんじゃ 釣りあわないもんね」  お前ら、リンゴができてもやらないぞ…… 「部活の時間なのですぅ。 一緒に行きませんか?」 「おう。行くか」 「えっ? い、一緒にイクの…?」 「お前は早くバイトに行け」 「えー、つれないなぁ。 もうちょっとやらしくしてくれても いいじゃん」 「『優しく』だよねっ!?」 「彩雨は颯太と一緒にイキたいの?」 「はい。一緒に行きたいのですが、 だめなのですか?」 「颯太に訊いてみたら?」 「一緒に行ってくださいますか?」 「お、おう」 「あー、顔赤いー。やーらしいのー」 「さっさとバイトに行けっ!」 「あははっ。じゃ、また明日。 ぱいぱーい」 「ばいばいだよねっ!?」 「また明日なのですー」 「あれ、どうしたのでしょう? 外にたくさんお人がいらっしゃるのです」  言われて、俺は窓の外に視線をやった。 「あぁ、部員を勧誘してるんだよ。 今日が新入生の初登校日のはずだからさ」 「園芸部は勧誘しないのです?」 「うちは来る者拒まず去る者追わずだから」  部長の悪名のおかげで、 誰も入ってこないけど。 「あ、あそこだけすごい人だかりが できているのです」 「本当だ」  校舎の外には一箇所だけ、 たくさんの生徒が円を作っている場所がある。  何だろうと注意深く見てみると、 円の中心には小さな女の子がいた。  たぶん、一年生だろう。 どうやら、勧誘を受けているようだけど…? 「きゃーーーーーーーーーーーーーっ!」 「ど、どうしたんだ、そんなに興奮して?」 「あの、あそこにいる子っ、 小町まひるちゃんなのですぅっ!」  一瞬、ドキッとした。 「まひ――いや、小町まひるって、 あの女優の……だよな」 「はい。じつは私、朝の連続ドラマ小説を 観て以来、まひるちゃんの 大ファンなのですっ!」 「どうしたのでしょう? 晴北に入学したのでしょうか?」 「制服着てるし、そうだと思うけど」 「近くまで行ってみませんか?」 「えっ?」 「だめなのですぅ? すぐ部活、始めますか?」 「……いや、大丈夫だよ。行こうか」 「ぜひ僕たちと一緒に舞台の上で 芝居をやりましょうっ!」 「いきなり入部しろとは言わないけど、 一回でいいから練習だけでも 見に来てくれない? きっと楽しいから」 「ダメよっ。小町さんはあたしたち 映研の救世主なんだから。 そうでしょ、小町さんっ?」 「あのね。ほら、まひるお仕事も忙しくて、 あ、もちろんイヤって言うんじゃなくて。 えと、迷惑かけちゃうかなって」 「全っ然いいですっ! まひるちゃんに迷惑かけられるなら、 本望ですっ!」 「あ、でも、やっぱり悪いかなって」 「うぅん。当然、お仕事優先でいいし、 ちょっと顔出してくれるだけでも、 みんな喜ぶから」 「だけど、まひるはやっぱり、 特別扱いされるのは良くないかなって」 「いいのよ。そんなこと気にしなくて。 たまーに、まひるちゃんの姿を 撮らせてもらえれば、それだけで嬉しいわ」 「そうなのかな。迷惑じゃないのかな?」 「ぜんぜん迷惑じゃないですっ!」 「そっか。あ、だけど、みっつも部活を かけもちする時間ないかも」 「じゃ、この中で一番興味が ある部ってどこ?」 「そんな、一番とか選べなくて」 「いいのよ。どの部を選んでも、 恨みっこなしだから」 「そうですよっ。ガツンっと 言っちゃってください」 「あ、う、うん」 「取り込み中のようなのです」 「……あぁ。みたいだな」 「どの部活に入るのでしょうか?」 「分からないけど、 どこにも入りたくなさそうには 見えるよな」 「え、そうなのですか?」 「いや、そう思っただけだけどさ」 「それより、こうしてても 仕方なさそうだし、部活いくか」 「はいー。仕方ないのです」  その場を後にしようとして、 「じゃ、とりあえず見学に来るだけ。 それ以上は今日はいいから。 ね、それなら、いいでしょ?」 「……うん。そうかも……」  やっぱり、立ち止まった。  あいつ、しょうがないな。 「どうかなさいましたか?」 「姫守、ちょっと待っててくれ」 「かしこまりました」 「すいません、ちょっと通してください」  人だかりをかき分けて、中心へ向かう。  そして、彼女に向かって言った。 「小町っ!」 「……あ……颯太…?」 「何してるんだ。園芸部に見学に 来るんだろ? うちの部長、時間に うるさいんだぞ」 「う、うん。ごめんね。今いく」 「まひるちゃんっ、こっちの見学は?」 「あ、そうだった」 「悪い。うちの部長に 何されるか分からないから、 またにしてくれ」 「……それなら仕方ないけど」  さすがマッドスチューデントの 印籠はよく効くな。 「ほら、行こう」  まひると一緒に人だかりを抜けた。  途中で姫守と合流して、 裏庭までやってきた。  ここなら、人目も少ないし、 ゆっくり話ができるだろう。  なんだけど…… 「……………」 「……………」 「……………」 「……なんで誰もしゃべらないんだい?」  小動物に人間の心は分からないだろうけど、 気まずくて、 何を話せばいいか分からなかった。  もうずいぶん前のことなのにな。  っていっても、 このまま無言でいるわけにもいかないか。 「……元気か?」 「……まひるに言ってる?」 「他に誰がいるんだよ?」 「そだね。うん、まぁまぁ。颯太は?」 「元気だよ」  会話はそれ以上続かなかった。 「あのぉ、不躾な質問なのですが、 お二人はどういったご関係なのですか?」  そりゃ気になるよな。  でも、本当のことを話すと、 まひるに迷惑がかかるだろうからな。  とはいえ、姫守はまひるのファンって 言ってたから、軽くごまかしても、 根掘り葉掘り訊いてきそうだし。 「……去年よく遊んだ友達なんだよ。 もともと友希の友達で、紹介されて 遊ぶようになってさ」 「まひるは仕事が忙しいから、 しばらく話してなかったけど。 なぁ、まひる」  口裏を合わせとけよ、と言外に含ませると、 「……………」  親の仇でも見るような目で睨まれる。 「ど、どうしたんだ?」 「おまえなんか世界で一番大嫌いだっ、 ばーかっ!!」  まひるは走りさろうとして、  転んだ。 「えっぐ、ひく、痛いよぉぉぉ」 「……だ、大丈夫か?」 「大丈夫じゃない。まひるは出血多量で 死にそうだぞ」 「かすり傷もないようだけど?」 「おまえっ! おまえのせいなのに、 そんなこと言うのか?」 「いや、でもまひるが勝手に転んで――」 「おまえのせいだおまえのせいだおまえの せいなんだーっ。おまえのせいじゃなきゃ まひるはやなんだっ」  うーむ。あいかわらず、テレビのイメージを 木っ端微塵にするほどの駄々っ子ぶりだな。 「分かった分かった。どうすればいいんだ?」 「痛いから、手当てするんだ」 「どこ打ったんだよ?」 「手だ。まひるは痛いんだぞ」 「じゃ、手を出せ。 ほら、痛いの痛いの飛んでけー」 「おまえっ、まひるをバカにしてるのか。 まひるはもう子供じゃないんだ。 そんなんで治るわけないんだ」 「じゃ、まだ痛いか?」 「当たりま――あれ? もう痛くないぞ?」 「えへへ、やった。治ったんだ。 世界で一番嫌いだっていうのは 取り消しにするぞ」 「まひるはあいかわらずだよな」 「まひるがいつまでも子供だってことか? まひるだって、大きくなったんだ。 もう大人なんだ」 「いや、そういう意味じゃ……」 「うるさいっ。 やっぱり、おまえなんか世界でいちば―― 世界で二番目に大嫌いだっ! ばーかっ!!」  今度こそ、まひるは走りさっていった。 「よく分かったよ、初秋颯太。 どうやらフラグが立っているようじゃないか」  やっぱり、小動物には人間の心なんて 分からないようだ。  今日の部活は、彩雨と二人で 季節外れに育ったトウモロコシの収穫を することにした。 「まひるちゃんは、普段は ああいった性格なのですね」 「あぁ。テレビとぜんぜん違うから、 ビックリしただろ」 「はい。でも、とってもかわいらしいのです。 初秋さんに構ってもらいたくて わざとああいうことをおっしゃるのですね」 「いや、あいつは何にも考えずに 思ったことを言ってるだけだと思うぞ」 「でも、痛いの痛いの飛んでけーで、 治ったのです。きっと、構ってあげたから だと思うのです」 「あれはさ、もともとまひるが痛いと 思いこんでるだけなんだよな。 転んだから痛いはずだって」 「だから、バカにされたと思った瞬間に、 痛いって思い込みがなくなって、 治ったんだよ」 「くすっ、子供みたいなのですね」 「『みたい』って言うか、子供なんだよなぁ」 「初秋さんは、まひるちゃんのこと、 よくご存じなのですね」 「……いや、まぁ。そこそこは」 「もし差し支えなければ、今度、 まひるちゃんをご紹介していただけませんか」 「それなら、友希に頼んだほうがいいよ。 俺はまひるとは疎遠だったし」 「どうして疎遠だったのです?」 「それは……」 「あぁ、そろそろ時間だし、部室に戻ろうか」 「はい。けっきょく 部長さんはいらっしゃらなかったですね」 「授業が長引いただけかと思ったけど、 何か急用が入ったのかもね」 「おや、ちょうどいいところに来たね」 「部長。いたんなら、 手伝いに来てくださいよ。 今日、トウモロコシの日ですよ」 「すまないね。行こうと思ったんだけど、 偶然、入部希望の子が来たんだよ」  ん? そういえば部長の後ろに 誰かいるような? 「いいかな? 部員を紹介するから、おいで」 「ああっ! まひるちゃんなのですぅ」 「そう、正真正銘の小町まひるだ。 僕も最初はずいぶん驚いてね」 「1年C組の小町まひるだよ。 よろしくね」 「は、はい。5年A組の 姫守彩雨と申します。お見知りおきを お願いするのですぅ」 「うん。分からないことたくさんあるから、 先輩に教えてもらいたいなぁ」 「私も入ったばかりで大したことは 教えられないので、初秋さんに 訊くといいのです」 「そっか。分かった。 初秋先輩、ちょっと訊きたいことが あるんだけど、まひるに教えてくれる?」 「……あ、あぁ、いいよ」  俺たちはさりげなく、姫守たちから 距離をとる。 「なんで俺がいるって分かってるのに 園芸部にわざわざ入ってくるんだよ?」  小声でまひるに話しかける。 「うるさい。まひるが何の部活に入ろうと まひるの勝手なんだ」 「それはそうだけどさ。 嫌じゃないのか?」 「まひるは別にいいんだ。 それより、さっきも一緒にいた あの美人の女の子は誰なんだ?」 「姫守のことなら、お前、 たった今、自己紹介してただろ」 「そんなことは訊いてないんだ」 「じゃ、何が訊きたいんだよ?」 「おまえが勧誘したのか?」 「いちおうそうだけど、それがどうしたんだ?」 「うるさい」 「いや、『うるさい』って、 まひるから話を振ってきたんだよね?」 「う、うるさいうるさいうるさいんだー。 そんなに尋問されたら、まひるは やなんだっ」 「……尋問は言いすぎだと思うけど」 「ねぇ。もしかして、君たちは、 知り合いなのかな?」 「あ、えぇ、なんていうか、友だ――」 「じつは昔、まひるは颯太と付き合ってて」 「な、に…?」 「え、ええぇぇっ!? お付き合いなさっていたのですか? お友達ではなかったのですか?」 「えへへ、振られちゃったから、 今はただの友達になっちゃった」 「振った? 初秋くんが小町まひるを…?」 「いやいや、なに言ってるんだよっ! 振ったのはまひるのほうだろっ!」  思わず口調を荒らげて言うと、 「う……ぐす……まひる…… そんなつもりじゃないのに……」 「そんなにきつい言い方をなさると、 まひるちゃんがかわいそうなのですぅ」 「いや、これ、嘘泣きだから。 ほら、こいつ、役者やってるだろ。 演技かなりうまいんだって」 「ち、違うもん。まひる、 演技なんかしてない……」 「演技には見えないのです」 「今日はオムライス作る予定なんだ」 「まひるの分はっ!?」 「ほら」 「ず、ズルいぞ、颯太。 まひるを騙したんだなっ」 「まひるが先に騙そうとしたんだよね」 「うるさいっ。 お、おまえなんかっ、おまえなんか 世界で一番大嫌いだっ、おたんこなすーっ!」  まひるは部室から走りさっていった。 「それで?」 「な、何ですか?」 「何ですか、じゃなくてね。 君が振ったのかな? それとも、彼女が 振ったのかな?」 「だから、まひるが振ったんですって」 「ほほう。具体的には?」 「『具体的に』って言われても……」 「その前に、どちらから告白されたのですか?」 「あぁ、なかなかいい質問だね。 ぼくもそれが気になっていたよ」 「いいじゃないですか、昔の話なんですから。 好きに想像してくださいよ」 「つまり、箱型のバッグを背負った女の子を あの手この手で懐柔し、嘘を並べ立てては 強引に裸にして、初体験をビデオ撮影――」 「ちゃんと説明したいんで 聞いてくれますかっ!?」 「君が『どうしても』と言うなら、 聞いてあげても構わないよ」 「ぜひお願いしますよ……」  仕方ない。隠してて変な噂を 流されても困るしな。 「まひると付き合ってたのは、去年です」 「友希の紹介で一緒に遊ぶようになって、 まひるに告白されました。って言っても、 二週間ぐらいしか付き合ってませんけどね」 「やっぱり、颯太とは付き合えないよ」 「……どうして?」 「気づいたの。まひるは、颯太のこと、 ホントはそんなに好きじゃなかったって」 「だから、お別れしよ?」 「それで君は素直に別れたのかな?」 「そうですよ。だって、 『好きじゃない』なんて言われたら、 別れるしかないじゃないですか」 「ですけど、まひるちゃんのことを お好きだったのではないのですか?」 「うん。好きだった。 でも“普通に好き”だったんだよね」 「普通なのですぅ?」 「けっきょく恋かどうかが分からなかった って言うかさ」 「好きになられて、ただ付き合っただけ みたいな感じで。お互い、何をすれば いいかも、よく分からなかったよ」 「だから、まひるも 『なんか違う』って思ったんじゃないかな」 「ふむ。案外、普通でつまらないんだけど?」 「すみませんね、ご期待に添えずに」  でも、あれで、気づいたんだっけな。  やっぱり、ちゃんと恋をしてないと、 付き合ってもうまく行かないんだって。 「まぁ、俺が考えなしに 付き合ったから悪いんですよ」 「そのようだね」 「ちょっとは否定してくれても……」 「姫守はどう思うかな? 勇気を出して告白してOKをもらったのに、 恋かどうか分からないって態度をされたら」 「悲しくなってしまうのですぅ」 「う、ぐ……」 「まぁ、昔のことをいちいち どうこう言うつもりはないよ」 「だったら、最初から言わないでくださいね」 「すまないね。君の顔を見ると ついついイジメたくなるんだ」  ひどい話だ。 「しかし、入部初日から こんなんじゃ気まずいだろう。 迎えにいってくれるかな?」 「俺がですか?」 「君が行かなきゃ意味ないと思うけどね」 「でも、まひるは気分屋ですから、 すぐにケロッとして戻ってくると 思いますよ」 「だったら、簡単でいいじゃないか。 ほら、行っておいでよ。それとも、 行きたい気持ちにさせてほしいのかな?」 「行ってきます!」 「あ……」  部室のすぐそばに、まひるがいた。 「ち、違うんだっ!」 「……まひるっ、待てよ」 「待てってっ。まひるっ」 「勘違いするんじゃないぞ。 別にまひるはおまえが追いかけてくるのを 待ってたわけじゃないんだっ」 「……………」  待ってたのか…… 「分かってるよ」 「えっ? そ、そうか。 分かればまひるも文句ないんだ」 「……………」 「……………」 「……………」 「なんかしゃべるんだ。まひるは気まずいぞ」 「『なんか』って言われてもな……」 「……付き合ってるのか?」 「何が?」 「さっきの美人と、付き合ってるのか?」 「いや、ぜんぜん付き合ってないけど」 「そっか……」 「お前はどうなんだ?」 「何が『どう』なんだ?」 「だから、恋とかさ」 「まひるは恋なんて大嫌いなんだっ」 「……………」  うーむ。これはもしかして、 「俺のせいか?」 「別にそういうわけじゃないんだ」  そうは思えないんだけどなぁ。  とはいえ、追及したって仕方ない。 「……さっきは、悪かったよ。 自分に責任がないようなことを言って。 俺が振ったようなものだったよな」 「せっかく入部して楽しい気持ちだったのに、 台無しにしてごめんな」 「台無しはやなんだ。 何とかしてほしいな」 「じゃ、部室戻って、 ちょっとだけでも部活しないか?」 「……うん。じゃ、する」 「行こうか?」  俺たちは並んで、部室へと歩きだす。 「颯太……」 「何だ?」  尋ねるも返事はなかった。  そのうちに部室の前まで到着し、 俺はドアを開けた。 「――おまえは、別に悪くないんだ」  背中から、そんな声が聞こえた。  今日は部活もなければ、バイトもない。  家に帰って、ゆっくりするか。  いつもの通学路を歩いてると、 交差点に晴北学園の制服を 着た女の子が立っているのが見えた。  信号は青なのに、なぜかその女の子は 横断歩道を渡ろうとしない。  ただ、じっと目の前を見つめていた。  何をしてるんだろう?  俺が交差点までたどり着くと、 ちょうど信号が赤になる。  何を見ているのか、その女の子の視線を 追いかけてみた。  しかし、そこにあるものといえば、 何の変哲もないただの道路だ。  うーむ、いったい何を見てるんだろう?  気にはなるけど、見ず知らずの女の子に いきなりそんなことを訊いたら、 怪しまれることこの上ない。  まぁ、相手が男だったからって、 訊けるわけでもないけど……  そんなことを考えている内に、 信号が青になった。  やはり、その女の子が歩きだす気配はない。  もしかして、考え事をしてて、 青になったことに気が ついてないんだろうか?  それなら、教えてあげようか。 と、俺はその女の子の方向を振りむき――  ちょうど、目が合った。 「……………」  その女の子は、俺のことを観察するように、 じーっと見つめてくる。  えーと……これは、まさか ちらちら見ていたのを 不審がられたんだろうか?  いちおう言い訳をしておこう。 「……信号、青だよ……」 「お兄ちゃん、ボクのこと知ってる?」 「はい?」  まったく予想だにしない言葉に、 思わず素で訊き返してしまった。 「お兄ちゃんとボク、どこかで 会ったことあるのかなって思ったんだけど、 違うの?」  あぁ、なるほど。 俺がちらちら見ていたから、 どこかで会った人かと思ったのか。 「いや、会ったことはないよ。 なんで青なのに渡らないんだろうって 思ってただけだから……」 「え……ウソ…? 会ったことないんだ、そっかぁ……」  あれ? 落ちこんでるような気がするな。 なんでだ? 「じゃあさ、この近くに池が あるところ知らない?」  ……ん? やっぱり、落ちこんでないのか? どっちだ? 「……池なら、近くの公園にあるけど?」 「へー、公園があるんだぁ。どっち? どうやったら行けるかな?」 「方角的にはあっちだけど、道を説明するのは ちょっと難しいかな。神社の場所は 分かるか?」 「神社? 神社も近くにあるんだ。へー」  全然わからないみたいだな。 「じゃ、野々村畳店って店は知ってるか?」 「それって畳屋さんのこと?」 「あぁ、知ってるか?」 「うぅん、ぜんぜん知らなーい」 「もしかして、ここら辺に来たのは 初めてなのか?」 「あ、うん。初めてってわけじゃないと 思うんだけど……何があるのかは 全然わからないんだよ」  まぁ、よくよく考えれば、 この辺りの人間だったら、公園の場所を 知らないってこともないだろうしな。 「じゃ、公園まで案内してあげるよ。 近くは近くだし」 「いいの? やったー。ありがとう、 お兄ちゃん。ボク、どうしていいか途方に 暮れてたんだ」 「それで道路をじっと見てたのか」 「あ、それはまた別の理由なんだけどねっ。 じゃ、行こー。どっち?」 「あぁ、こっちだよ」 「わーお、ホントに池があった。 すごいすごいっ」  女の子は池ひとつで大はしゃぎだった。 「別にそんなに珍しいものじゃないだろ」 「ところがボクにとっては 珍しかったりするんだよね」 「池を見たことないとか言う気か」 「だいせいかいー。お兄ちゃんって、鋭いね。 カッコイイ」 「……いや、それバカにしてるだろ……」 「してないしてない。 ボクはいつだって本気なんだよっ」 「ノリと勢いだけでしゃべってるようにしか 見えないぞ」 「えー、そんなわけないよ。 失礼しちゃうな。でも、当たってるかも」 「どっちだよ……」 「お兄ちゃんって鋭いこと言うね」 「お前はぼんやりしたことを言うよな」 「でも、やっぱりこの池じゃないかも」 「急に話が変わったのか?」 「うん、やっぱりこの池じゃないみたいだよ」  変わったみたいだな。 「いきなりこの池じゃないみたいだよって 言われても困るんだが。何か池を 探してるのか?」 「そうなんだよ。 お兄ちゃんって、よく分かるね。 もしかして、テレパシー使える?」 「そんなもの使えたら、 コミュニケーションとるのに、 こんなに苦労しないよ」 「ボク、光る池を探してたんだ。 でも、この池は光ってないよね」  話題があっち行ったり、こっち行ったり、 コロコロ変わるな。 「光る池って、ライトアップするとかか?」 「あのね、そういうのとは違って、 もっと、淡くて、ちっちゃい光りなんだ。 たくさんの点が、いーっぱいあるの」 「あぁ、もしかして、ホタルのことか?」 「……ホタル?」 「おう、ホタルだったら、この池にだって、 たくさん出てくるぞ。ちょっと今の季節じゃ、 だいぶ早いけどな」 「そっかぁ、うん、 絶対そうだよ、ホタルだよ。思い出した! さすがお兄ちゃん、冴えてるねっ!」 「お、おう……」  なんでこんなに喜んでるんだ? 「その顔、ボクがなんで喜んでるのか、 分かってないんだ?」 「まぁな」  分かるわけないっていうか…… 「で、なんで、そんなに喜んでるんだ?」 「へへー、何を隠そう、 ボクは記憶喪失なんだっ」 「……冗談はともかく」 「冗談じゃないよぉっ。信じてよぉ」 「いや、だって、 そんな明るい記憶喪失がいるとは 思えないんだけど……」 「それは偏見だよ。記憶喪失だって、 人生を謳歌したっていいじゃない。ボクの モットーは、人生を楽しもうなんだよっ」  うーむ、どこまで本気なんだろうか? 「冗談抜きで記憶喪失なのか?」 「うんっ、すーっかり忘れちゃった。 何にも思い出せないんだよね」 「そっか。それはさぞかし……」  女の子の顔をじっと見る。 「楽しそうだな」 「なんでぇー、記憶喪失だよっ、記憶喪失ぅー。 『大変だったね』とか、名前も思い出せない のか訊くところだよぉっ!」 「でも、お前、別に記憶がなくて 困ってるふうには見えないぞ」 「ボク、思ったんだけどね。 記憶がなかったら、記憶を捜す楽しみが あるよね」 「ものすごいポジティブだな……」 「それはそれとしてっ! せっかく記憶喪失に なったんだから、記憶喪失っぽく扱われたい っていうボクの気持ち、分かってくれるかな」 「そう言われても……」 「なんでなんで? 『何も思い出せないのか』 とか『名前も分からないのか』とか訊く ぐらい、いいよね。お兄ちゃんのけちぃ」 「……………」  なんて言うか、初対面なのに、 ずいぶんと人懐っこい子だな。  まぁ、悪い子じゃなさそうだし、 ちょっとぐらい付き合ってあげよう。  制服見る限り、同じ学校の生徒みたいだしな。 「名前も思い出せないのか?」 「千穂だよ」 「記憶喪失じゃなかったのかよっ!?」 「だから、名前は思い出したんだよぉ」 「あぁ、そう…… じゃ、名字は?」 「や、柳瀬…? じゃなくて、 八雲……でもないし、えーと、うーん、 忘れちゃった。おかしいなぁ」 「別に記憶喪失ならおかしいってことは ないだろ」 「でも、名字は記憶喪失になった後に、 病院の先生に教えてもらったんだよ」 「最初は他人の名前みたいで、 しっくり来ないなーって思ってたんだけどね」 「あ、それでね、 ボク、記憶捜しをしてるんだっ。 街をぶらぶら歩いたりして」  また話が飛んだような…… 「頭の中に、ぼんやりとだけど記憶がある気が するんだよね。ほら、さっきのホタルも、 ボク、何となく覚えてたし」 「お兄ちゃんにホタルって言われたら、 昔ここでホタルを見たことを思い出したんだよ」  そういえば 「思い出した」 とか、 言ってたな。 「お母さんとね、一緒にホタルを見たんだぁ。 綺麗だったなぁ。また見られるかな?」 「六月ぐらいになれば、見られるぞ」 「そっか。 ふふっ、ボク楽しみだよっ」 「そういえば、横断歩道を渡らずに道路を じーっと見てたのも、記憶捜しなのか?」 「うん、そうだよっ。記憶の手がかりに なるものが色んなところにあるんだっ。 ボク、この辺りに住んでたみたい」 「あ、そうそう。それでね、今日も ぶらぶら記憶捜しをしていたら、 思い出したんだよっ」 「何を?」 「だから名前だよっ、名前。道を歩いてたら 友達に『千穂』って呼ばれた時のことを、 はっと思い出したんだっ」 「あの時の感動ってすごいんだよっ。 お兄ちゃんに味わわせてあげたいぐらいっ」 「それ、記憶喪失にならないと無理だよね?」 「うんっ」  いや、「うんっ」 じゃないし…… ぜったい嫌だし。 「でも、名前思い出したら、名字のほうは すっかり忘れちゃったみたい」 「ボクって、もしかして、 昔から記憶にだらしなかったのかも?」 「まぁでも、とにかく『や』から始まる何か だから、『柳瀬』でも『八雲』でも好きに 呼んでくれていいよ」 「適当すぎるだろ……」 「じゃ、千穂でよろしくっ。 お兄ちゃんの名前は?」 「初秋颯太だ」 「初秋颯太……うーん、ダメだぁ。 ぜんぜん思い出せない」 「いやいや、俺のことは 思い出せないっていうか、 もともと知らないと思うぞ」 「うぅん、ボクね、 お兄ちゃんのこと知ってると思う」 「……本当に?」 「うんっ。 だって、お兄ちゃんの顔を見た瞬間、 『知ってる人だ』って思ったんだよ」  そうか。それで 「ボクのこと知ってる?」 って訊いてきたのか。 「でも、俺は千穂のこと ぜんぜん知らないんだよな」 「そっかぁ……うーん、なんでだろ…… うーん……あ! 分かった!」 「思い出したのか?」 「うぅんっ、そうじゃないけど、 分かったんだ。ボクとお兄ちゃんが、 どういう関係だったのかっ」 「どういう関係も何も、 話したことないのは間違いないぞ」 「お兄ちゃんとボクって、制服の感じからして 同じ学校だよね?」 「あぁ」  まぁ、話したことがなくても、 たまたま見かけたことがあっても 不思議じゃないか。 「あのねあのね、たぶんボク、 お兄ちゃんに片想いをしてたんだよっ!」  斜め上の発言だった。 「えぇと……根拠は?」 「だってボク、記憶喪失になってから 誰に会っても『知ってる』なんて思った人が いなかったんだよ」 「でも、お兄ちゃんのことだけは ちゃんと覚えてた。これってすごいことだと 思わない? 運命じゃない?」 「いや……たまたまじゃないか?」 「そんなぁ、たまたまじゃないよぉ…… お兄ちゃんのことが好きだったから、 お兄ちゃんのことだけ覚えてるんだよっ」 「まぁ、片想いで声もかけられなかった っていう乙女チックな話なら、」 「千穂が一方的に俺のことを知ってるのも、 いちおう辻褄は合う」 「だよねだよね? 絶対そうだよっ。 きゃー、恥ずかしい。ど、どうしよう? ドキドキしてきたぁ」 「ボク、ボク、 お兄ちゃんと話しちゃってるよぉ」 「……いや、待て。落ちつこうな。 まだそうと決まったわけじゃない」 「でも、それ以外に考えられないよね? 運命だよねっ?」 「あ、もしかしてもしかして、 ボク、お兄ちゃんに出会うために 記憶喪失になったのかもぉ…!?」 「記憶喪失以外の病気も疑ったほうがいいか?」 「あー、ひどいぃっ。ほんの冗談なのにぃ。 半分本気だけど」 「半分本気なのかよ……」 「だって、それ以外に考えられる? 考えられないよねっ?」 「じつは千穂は、スゴ腕の殺し屋で、 俺がターゲットだったとか」 「死ねえぇっ!」 「うぐ……」  千穂は俺にナイフを突き刺した。  ……もちろん突き刺す振りだが。 「うーん、殺し屋じゃないと思うけどなぁ。 ぜんぜんピンと来ないよぉ」  だろうな。 「でも、学校同じなんだし、たまたま俺の ことを見かけて、たまたまそれを 覚えてるだけっていうのもあり得るよな?」 「そんなのないよぉっ。却下だよっ。 だってだって、記憶喪失になったのに、 お兄ちゃんのことだけ覚えてるんだよっ」 「それで、別に興味もないのにたまたま 覚えてたとか、そんなことってある? ボク、そんなの許せないよっ」 「……許せないって言われても、 可能性としては……」 「やだよー」  やだよーって…… 「お兄ちゃんは、ホントにボクのこと ……知らない?」  千穂の顔をじっと見返す。  やっぱり、まるで記憶がない。 「……あぁ」 「……会ったことあるけど、 お兄ちゃんも、忘れちゃったのかなぁ?」 「あ、もしかして、お兄ちゃんも記憶喪失?」 「そんなわけあるかっ!」 「……まぁ、一回会っただけとかだったら、 忘れててもおかしくはないけど……」 「うぅ……そっかぁ……やっぱり……」 「あ、えぇと……でも、どうかな? かわいい子に会ったんなら、 忘れないはずだし」 「それ、ボクのこと? ボク、かわいい?」 「え、あぁ……かわいいと思うぞ」 「へへー、やった、嬉しいな。 ボク、かわいいって言われたの、 記憶喪失になって初めてだよ」 「しかもしかも、ずっと片想いしてた お兄ちゃんに言われるとか、すごく 幸先いいよねっ」 「片想い説はまだ証明できてないぞ」 「うんっ。とりあえず暫定で、 片想いしてた線で行ってみることにする」 「適当だな……」 「適当じゃないよぉ。一人だけ覚えてたなんて、 すごいことなんだよっ。ボク、だーれも 知ってる人がいなくて、心細かったんだから」  まぁ確かに、ある日突然、 知ってる人が誰もいなくなったら、 心細いなんてものじゃないよな。 「それに、これでホントにお兄ちゃんに 片想いしてたら、すっごく ロマンチックだよね?」 「ボク、そーいうのずっと夢だったんだ」 「記憶ないだろ……」 「お兄ちゃんはすぐそういうこと言う。 記憶喪失になってからの夢だったんだよぉ」 「千穂ってポジティブだな」 「へへー、それって褒めてるの?」 「どちらかと言えば」 「ありがとっ。記憶もないし、 落ちこんでたって始まらないもんねっ」 「ボクってどんな子だったのかなぁ? すっごく気になるよ」 「これからどんな楽しい記憶を思い出すのか、 期待で胸がワクワクしちゃうっ」 「不安はないのか?」 「ある、けどぉ。 でも、それは考えても仕方がないよぉ」  確かに、そうだな。 「あのね、お兄ちゃん。 会ったばかりだけど、お願いしてもいい? あ、イヤだったら全然いいんだけど……」 「いきなりお願いとかされても、 困っちゃうだろうし、うん、困るよね。 やっぱり、いいや。何でもない」 「いやいや、そこまで言ったんなら、 言おうよ。すごい気になるんだけど?」 「あ、うん。あのね。 すっごく暇な時でいいから、時間があったら ボクの記憶捜し手伝ってくれない…?」 「あぁ……」  そういうことか。  片想いかどうかはともかくとして、 記憶をなくした千穂が唯一知ってるのが、 俺なんだもんな。  俺と一緒にいることが 記憶をとり戻す手がかりになるかもしれない、 ってことだろう。  どうするかな?  まぁ、嘘をついてるようにも見えないし、 いいか。 「おう、いいぞ。時間がある時なら、 いくらでも付き合うよ」 「ホント、ありがとーっ。 お兄ちゃんって、お兄ちゃんって、 優しいんだね。ボクの思った通りだよぉ」  そんなに大したことじゃないと思うんだけど、 千穂はいたく感激している。  元気だから分かりにくいけど、やっぱり、 “知ってる人が誰もいない”ってのは 不安なんだろうな。 「千穂はケータイ持ってるか?」 「うん、あるよー。 連絡先交換しようよぉ」 「おう」 「――ふふふー、これでお兄ちゃんと いつでも連絡がとれるねっ」 「あぁ、今日はこれからどうするんだ? 記憶捜しに行くなら、付き合うけど」 「えー、残念だよぉ。今日は そろそろ病院に帰らなきゃいけないんだぁ」 「家に行って、着替えも とって来なきゃいけないし。 せっかくなのに、ごめんね」 「あぁ、いや別に それならそれでいいんだけど。 病院に帰るってことは、入院してるのか?」 「うんっ、そうだよぉ。名前は…… えーと、あれ? また忘れちゃった。 新渡町にあるおっきい病院だよぉ」 「あぁ、県立病院か」 「そうそうっ、県立病院だよぉっ。 でも、あんまり病院にはいないんだけどね。 寝てても思い出すわけじゃないしっ」 「早く退院できるように、ボク頑張るよっ。 じゃ、またね。メールするね」 「おう、じゃあな。 記憶、早く思い出せるといいな」 「うんっ」  手を振って、千穂は去っていく。  彼女を見送った後、 俺も帰ろうと踵を返すと、 「お兄ちゃーんっ、ごめん、 ボクの家ってどっちー?」 「……………」  知らないよ……  けっきょく、さっきの交差点まで送ってあげた。 「やぁ。初秋颯太。見てたよ。 いいじゃないか。完璧なフラグだよ。 彼女はイケるよ」 「お前は女の子と見れば見境ないよな」 「当たり前じゃないか。 ぼくは恋の妖精だからね」 「それより、どうなんだい、彼女は? 告白してみたらどうだい?」 「あのな。会ったばかりだぞ。 しかも記憶喪失だよ」 「会ったばかりでも記憶喪失でも、 好きになることだってあるよ。 違うかい?」 「まぁ、それは間違ってないと思うけど」 「それに彼女はどうやら君のことを 気に入ったみたいだよ。告白したら、 OKしてくれるんじゃないかい?」 「って言っても、俺だけ覚えてるんだから、 刷り込みみたいなもんじゃないか?」 「いいじゃないか、理由は何でも。 告白をOKしてもらえれば、 こっちのものだよ」 「あのな……」 「だったら、どうして君は あんなに彼女に親切にしたんだい?」 「そりゃ、困ってたからな」 「本当に、それだけかい? ほんの少しでも、彼女のことを 意識することはなかったかい?」 「なんだよ、下心があるみたいに 言うなって」 「いいじゃないか、下心があっても。 恋の始まりなんてそんなものだよ。 恥ずかしがるようなことじゃないさ」 「……………」 「まぁ、親切にしたかどうかは この際どうでもいいよ。 君は彼女をかわいいと思ったんだろう?」 「……まぁ、かわいいは、かわいいよな……」 「ん?」  メールが届いた。  誰かと思えば、さっそく千穂からだ。 『お兄ちゃんへ。 ふふふー、初メールだよぉ』 『あのねあのねっ、ボク、学生証を 持ってたことに気がついたんだよぉっ! すっかり忘れてたよ』 『それでね、ボクの名字は“八高”っていう みたい。あ、でも“千穂”って呼んで くれていいからね』 『それじゃ、またメールするねー。 今日はありがとぉ。ばいばーい』  メールでも人懐っこいな、と、 さっき会った彼女のことを 少し思い返していた。  午後、ナトゥラーレで バイトに精を出してると―― 「颯太。テラスに友達が来てるぞ。 顔出しといてやりな」 「あ、はい。分かりました」  誰が来たんだろう? 「あ。お邪魔しているのですぅ」  姫守だったか。 「よっ。ランチを食べにきたのか?」 「そうなのですが、あのぉ、 初秋さんは今、お忙しいのですぅ?」 「いや、そんなには。どうして?」 「じつは私、あまりこういうところで 食事をしたことがないので、何を 頼めばいいのか分からないのですぅ」 「お忙しくなければ、 いろいろとご教授願えないでしょうか?」 「いいよ。マスターも友達きたから 顔出しとけって言ってくれたし」 「そうでしたか。 お呼び立てしてしまったみたいで、 恐縮なのですぅ」 「いいって。気にするなよ。 それで、何が分からないんだ?」 「それなのですが、メニューが二種類も 置いてあって、いったいどちらを 見ればいいのか分からないのですぅ」  そこからか。 「こっちがランチメニューで 11時から15時までの限定メニューだよ。 それで、こっちが通常のメニューな」 「ランチタイムでも、うちは通常メニューも やってるから、今の時間なら どっちを頼んでも大丈夫だよ」 「えっ? どっちでもよろしいのですぅ? ですけど、拝見したところ、 両方のメニューに同じものがあるのです」 「まぁ、ランチメニューは 日替わりで通常メニューの料理を出してる 感じだからね」 「そうなのですね。では、こちらのアボカドの サンドイッチが気になっているのですが、 お味はどうなのでしょう?」 「あぁ、美味いよ。 ヘルシーだし、しょうゆベースのソースと アボカドの脂肪分がピッタリだしね」 「パンも、天然酵母の自家製で、 食感がもうふわふわでさ。 一回食べたら病みつきだよ」 「くすっ、おいしそうなのですぅ。 では、このアボカドサンドイッチを いただけますか?」 「あぁ、それなら今日はランチメニューに あるから、そっちのほうがサラダとスープと ドリンクがついて、しかも安いよ」 「ええっ? サラダとスープとドリンクが つくのに、お安くなってしまうのですか?」 「ランチメニューだからね。 普段だと850円だけど、ランチなら、 セットで800円だよ」 「ですけど、850円のものを800円に していただいて、さらにサラダとスープと ドリンクまでつけていただいて、悪いのです」 「商売あがったりになってはいけませんので、 やっぱりこちらの通常のほうにしておきます」 「え…?」  なんだ、そのいいお客さんすぎる考え方は? 「850円のほうのアボカドのサンドイッチを お願いできますか?」 「いやいや、ランチって だいたいの店が安くなるもんだからさ。 そこは気にしなくてもいいんだよ」 「守銭奴とは思われないのですぅ?」 「思われない思われない、まったく思われない。 むしろ、ランチ頼むのが普通だから、 そっちにしとこうな」 「は、はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「それでは、アボカドの サンドイッチセットを お願いできますか?」 「おう。ドリンクはどうする?」 「ハーブティーが飲みたいのです」 「分かった。じゃ、作ってくるな」 「ねぇねぇ、彩雨が呼んでるわよ」 「おう、そうか」 「よっ。どうだった、アボカドサンドは?」 「とってもおいしかったのです。 ごちそうさまでした」  ぺこりと、姫守は丁寧にお辞儀する。 「そろそろお暇いたしますね」 「あぁ。また来てくれよな」 「はい。その際はまた声をおかけしますので、 どうぞよろしくお願いいたします」 「そういえば、初秋さんは 明日もお仕事なのですぅ?」 「いや。明日は休みだけど」 「そうでしたか。あのぉ、それでは、 もしご都合がよろしければなのですが…… 私の家でご一緒にゲームをいたしませんか?」 「いいよ。じゃ、遊びにいくな」 「わぁ、ありがとうございます。 楽しみなのですぅ」 「ごめん、明日はちょっと都合が悪くて」 「そうでしたか。残念なのですぅ」 「また今度、遊ぼうよ」 「はい。では、 またご都合が良さそうな時に お誘いいたしますね」  朝。目を覚まし、ちらっと時計を見ると、 まだ起きる時間には早かった。  ふたたび布団に潜りこみ、目を閉じる。  ん? 何か音がしたような?  誰かいるのか?  そう疑問に思った瞬間、 下半身側の布団がめくられた。 「……う、わぁ、こんなに大きくしちゃって、 どんな夢見てるのかなぁ?」 「生理現象だからねっ!」  一瞬にして跳びおき、布団で股間を隠す。 「それぐらい知ってるわ。夢精のことでしょ?」 「朝勃ちだよ!」 「あははっ、朝勃ちだって。やーらしいのー」 「寝起きでお前の下ネタには 付き合ってられないよ……」 「て、そういえば、なんで家にいるんだ?」 「ん? たまには一緒に学校いこうと思って、 迎えにきたのよ」 「あぁそう。 悪いけど、眠いからもうちょっと寝るよ。 ていうか、まだだいぶ早いし」 「だーめ。今朝は寝かさないよ」 「今夜は寝かさないふうに言っても、 ぜんっぜん意味ちがうからな」 「しょうがないなぁ。 じゃ、待っててあげるから、 寝てていいわ」 「悪いな」  布団に潜りこみ、目を閉じる。 「『あっ、先輩、朝なのに、こんなに元気……』」  なんか、変なこと言いだしたな。 まぁ、今更それぐらいじゃ起きないけど。 「『えっ、やあっ、そんな、 起きたばっかりなのに、だめ、だめだよぉ』」  ん? この台詞、どっかで聞き覚えが あるような? 「ねぇねぇ。この本、もうちょっと 隠し場所考えたほうがいいんじゃない? お母さんに見つかっちゃうよ」 「他人のエロ本を勝手に音読しないって、 先生に言われなかったっ!?」 「あれ、もう起きた?」 「誰が起こしたんだよ……」 「あははっ、起きたんなら、学校いこっ」 「……いいけど。どうせ今ので ばっちり目が覚めたし」  学校へ行く準備をして、 いつもより早く家を出たのだった。  授業が始まってすぐ、 隣の友希が話しかけてきた。 「ねぇねぇ、明日えっちな本の続き読みに 行ってもいい?」 「だめに決まってるよね」 「じゃ、遊びにいくのは?」 「『ぜったい読まない』って約束するなら、 いいよ」 「やった。じゃ、遊びにいくね」 「で、約束は?」 「しーっ、いま授業中よ?」 「……………」  お前が話しかけてきたんだよね。 「そんなこと言って、ぜったい読むからだめだ」 「えー、読まないわ。約束するから。ね?」 「授業中だぞ」 「はぁい……」  午後、ナトゥラーレで バイトに精を出してると―― 「颯太。友達が来てるぞ。 手が空いたら、顔を出してやりな」 「はい。ありがとうございます」  誰が来たのかと、顔を出してみると、 「……こかな? これでいかな? 間違ってないかな?」  まひるが、台本を読みながら、 なぜか手でハートマークを作っている。 「それ、何してるんだ?」 「あ……べ、別におまえに わざわざ説明することじゃないんだっ」 「あぁ、そう……」 「台本のト書きに手でハートを作るって 書いてあるから、練習してただけなんだ。 あってるか分からないから不安なんだっ!」  思いっきり説明してるんだけど…… 「何か用か?」 「別に用ってわけじゃないけど」 「じゃ、あっちへ行くんだ。 まひるは忙しいから、おまえの相手は してられないんだ」 「分かったよ」 「颯太くん。ごめんね。いま忙しい?」 「いや、大丈夫ですよ。どうしました?」 「トイレの電球が切れちゃって、 替えたいんだけど」 「あぁ、分かりました。 俺がやりますね」 「ありがと。でも、 その前の意味ありげな視線は 何かな?」 「いえ、別に、ちっちゃくてかわいいなって」 「ちっちゃいかな?」 「まやさんってかわいいなって」 「そぉ? 嬉しいな」  あれ? 「何だ?」 「何でもないけど……」 「……………」  すごい睨まれてるんだけど。  というか、あいつ、いつまで いるつもりなんだろう?  まぁいいか。 それよりトイレの電球を替えよう。 「じゃ、お先に失礼しますっ」 「おう。お疲れさん」  出口のほうへ向かうと、 「帰るのか?」 「あぁ」 「まひるも帰るところなんだ」 「何か俺に用があるのか?」 「別に。たまたま帰りたくなっただけなんだ」  たまたまねぇ。  無言のまま新渡町通りを歩いてると、 「おい、颯太。死ね」 「お前なぁ……」  やれやれ。構ってほしいんだな。 「ハンバーグステーキおいしかったか?」 「おいしかったぞ。 なんでそんなことを訊くんだ?」 「俺が作ったからさ。気になるだろ」 「そうか。この世のものとは 思えない不味さだったぞ」 「さっきおいしいって言ったよねっ!?」 「あれは社交辞令なんだ」 「せっかくだから、 そのまま社交辞令で通そうよ」  いいけどさ。 「まひるの家そっちだろ。じゃあな」 「……………」 「どうした? 帰らないのか?」 「……おまえ、明日は 予定も何もなくて、暇で寂しいって 顔してるな」 「どんな顔だよ…… そういうお前はどうなんだ?」 「まひるは貴重な休日なんだ。 やることはまだ決まってないから、 これから決めるんだ」 「それは楽しそうで良かったな」 「…………別に、そんなことはないんだ……」  これは、もしかして、 遊んでほしいのか?  これは、もしかして、 遊んで欲しいのか?「まひるも暇なら、どっか遊びにいくか?」 「おまえがどうしてもって言うなら、 別に一緒に遊んでやってもいいけど、 ぜったい約束だぞ」 「まひるさ、分かってないかもしれないけど、 言ってること色々おかしいからね」 「なんでだ? 約束しない気なのか?」 「するって。じゃ、約束な」 「うん。約束したんだ。 ウソついたらダメなんだぞ」  そんなわけないか。 「じゃあな。気をつけて帰れよ」 「はーい、少々お待ちくださいませ」  姫守が家の奥から、 いそいそとやってきた。 「よう」 「わぁ、いらっしゃいませ。 どうぞ、おあがりください」 「初秋さんは、なさりたいゲームは 何かおありですか?」 「いや。とりあえず姫守が やりたいゲームをやろうか」 「そんな、よろしいのですぅ?」 「あぁ」 「では、こちらにいたしましょう。 すーぱーぶよぶよなのですぅ」  姫守がセットしたのは、 有名な対戦型の落ち物ゲームだった。 「ぶよぶよか。懐かしいな」 「プレイなさったことがあるのですか?」 「小学生ぐらいの頃だけどね。 もうだいぶ腕も鈍っただろうな」 「私、毎日やってますから、 ハンデをおつけしましょうか?」 「じゃ、あんまり歯が立たなかったら、 お願いするよ」 「ふふっ、胸を貸して差しあげますね」  それぞれ自分のキャラを選ぶと、 いよいよ対戦開始だ。  ぶよぶよは、赤、青、黄色、紫、緑など 色とりどりのぶよを積みあげ、 連鎖を組んでいくのが基本だ。  久しぶりのプレイだから、 ぶよの配置にいちいち悩みつつも、 俺は長大な折り返し連鎖を構築していく。 「赤なのですぅ。黄色なのですぅ。 緑はいらないのですぅ。また緑なのですぅ。 ぅぅぅっ、また緑なのですぅっ!」  楽しそうだな。  ちらりと隣の画面を見れば、 言ってるわりには、なかなか順調に 連鎖を組んでいる。  いい勝負になりそうだ、と思いつつ、 最後の仕掛けを作っていく。  先に動いたのは、姫守のほうだった。 「できたのですぅ。 それでは誠に恐れ入りますが、 お先に攻撃させていただきますね」  姫守が連鎖の起点となるぶよを消す。 「バイヤ―ッ! アイスストーブッ! たいやきうどんっ! フルチンデブとっ! じゅごんっ! マッヨネーズッ!」  姫守がキャラの声に合わせて 楽しそうに魔法を口にする。  だいぶ聞き間違いが多いけど。 「くすくすっ、早く相殺しないと、 ぱたんきゅーしてしまうのですよ?」 「そう簡単にはやられないさ」  と俺も連鎖を開始する。  2連鎖、3連鎖―― 「それぐらいでは、相殺できないのですぅ」  4、5連鎖―― 「なかなか頑張られたみたいですが、 まだまだ私には及ばないのですぅ」  6、7連鎖―― 「ぅぅ、ご、互角なのですぅ」  8連鎖―― 「あっ、ああぁ、たくさんお邪魔ぶよが 振ってくるのですぅ。大変なのですぅ」  9連鎖―― 「そんなぁ。もう堪忍なのですぅっ!」  俺の9連鎖により、姫守の画面には 大量のお邪魔ぶよが発生し、 一瞬にしてゲームオーバーとなった。 「ぅぅ、ぱたんきゅーなのですぅ……」 「やった…… 腕はあんまり鈍ってなかったみたいだ」 「もう一回、もう一回だけ、 恥を忍んで勝負をお願いするのですぅ」 「おう。いいよ。何回でも受けて立つって」 「きゃああぁぁぁ、 またたくさん振ってきたのですぅ。 もうだめなのですぅ。死ぬのですぅっ!」 「ぅぅ、ぱたんきゅーなのですぅ。 勝てないのですぅ。悔しいのですっ!」  ここまでの勝敗は、俺の9勝0敗だった。  小学生の時にさんざんハマッたからな。 「ハンデつけようか?」 「そ、そのような屈辱は受けられないのですっ。 正々堂々と戦って死んだほうがマシなのです」 「姫守、ちょっとムキになってない…?」 「ムキになってなどないのですぅっ! ですけど、今日は私が勝つまで、 帰さないのですっ」 「いや、それ、ムキになってるよね……」 「知らないのですぅ。 それより、いたしますよ。 いざ尋常に勝負なのですっ!」  長い戦いの幕開けだった。  同じゲームを飽きることなくやりつづけ、 数時間。  ここまでは、267勝0敗だ。  現在268戦目だけど、 正直負ける気はしない。  しかし、その余裕が、油断につながったか、 うっかり、ミスを犯し、連鎖が 途中で途切れてしまった。 「やばっ……」  一方、姫守は―― 「――たいやきうどんっ! フルチンデブとっ! じゅごんっ! マッヨネーズッ! マッヨネーズッ!! マッヨネーズッ!!」  渾身のマヨネーズ3連発、 まさかの9連鎖だ。  俺の画面にお邪魔ぶよが 雨あられのように降り注ぐ。  言うまでもなく、ゲームオーバーだ。 「わああぁぁぁっ、やったのですぅ。 初めて勝ったのですぅっ! ついに悪は滅びたのですぅっ!」 「俺は悪か……」 「悪なのですぅ」  ビシッと姫守は 俺の使っていたキャラを指さす。  まぁ、悪役だけどさ。 「じゃ、きりもいいし、 そろそろ帰ろうかな」 「また遊びに来てくださいますか?」 「あぁ。今度は違うゲームもしようよ」 「はい。楽しみにお待ちしておりますね」 「あ……もう、お帰りになられますか?」 「うん。けっこう、いい時間だしね」 「で、ですけど、せっかくですから もう少しぐらいいてくださっても、 その、よろしいのではないのですぅ?」 「あ、いえ、いつも一人でプレイしているので、 二人だとすごく楽しくて、もっとやりたい と思っただけなのですぅっ……」 「俺も楽しいけど、 さすがにお腹も空いてきたし」 「でしたら、一緒にどこかへごはんを 食べにいきませんか?」 「あぁ、外食もいいかもな。 今日も親は遅くまで帰ってこなさそうだし」 「じゃ、ナトゥラーレでも行くか?」 「はいっ! よろしければ、その後に お買い物をご一緒しませんか? 私、欲しいものがあるのです」 「いいよ。あれ? でも、そういえば ゲームをやりたかったんじゃ?」 「あっ、それは……そうなのですが、 えぇと、その、何と申しましょうか、 ゲームでなくても、別に、なのですぅ」  思わず、笑ってしまう。 「そんなに気を遣わなくていいって。 じゃあさ、マックで持ち帰りして、 またゲームするとか、どう?」 「はいっ! それがいいのですぅっ!」  けっきょく、この日は姫守の家で ずっとゲームをやりつづけたのだった。 「今日は友希とデートかい?」 「そんなわけないだろ。 ただ遊ぶだけだよ」 「いいや、若い男女が二人きりで遊ぶんだ。 デート以外の何物でもないね」 「むしろ、これがデートじゃなかったら、 何をデートだって言うんだい? 納得が行くように説明してごらんよ。さぁ」 「分かった分かった。 じゃ、デートでいいよ」 「デートでいいよ、じゃないよ。 君のその緊張感のなさはどうしたんだい? デートならもっとドキドキするといいよ」  あぁ言えば、こう言う奴だな。 「友希と遊ぶのなんて別に 今に始まったことじゃないんだぞ。 いまさら緊張しないって」 「やれやれ、そんなことじゃ君たちは 一生友達のままだよ。いいのかい? 未来永劫、彼女ができなくても」 「話が飛躍しすぎだろ」 「いいや。そうとも限らないよ。 ここで頑張らないなら、明日も同じだよ。 明日も同じなら明後日も同じだ」 「そんな君のヘタレ具合はDNAに 刻みこまれ、君だけじゃなく、子々孫々に 至るまで、彼女ができなくなるんだ」 「あ、どうせ彼女ができなかったら、 子々孫々もいないや」 「それ、わざと間違えたよねっ!?」 「わざと間違えられるのが嫌だったら、 少しは努力するといいよ」 「努力って、努力で ドキドキできたら苦労しないよ」 「なら、まずは形から入るといいよ」 「いいかい? 『今日は友希とのデートか。 やばい。すごい緊張してきた。楽しみだなぁ』 って言うんだ」 「すごいバカらしいんだけど」 「そういうことは、やってみてから言うんだね」 「いいけどさ」 「『今日は友希とのデートか。 やばい。すごい緊張してきた。 楽しみだなぁ』」 「もっと大きな声で!」  息を吸いこみ、大声で言った。 「『今日は友希とのデートかぁ! やばい。すごい緊張してきたっ! 楽しみだなぁっ!』」 「もっと大きな声で! 最後に『早く会いたい』と言うんだ!」  大きく息を吸いこみ、 外に聞こえるんじゃないかってぐらいの 大声で言った。 「『今日は友希とのデートかぁ! やばい。すごい緊張してきたっ! 楽しみだなぁ――』」 「『早く会いたいな……あ…?』」 「……あ、えと……あ、あははっ……」 「……は、はははっ……」 「……………」 「……………」 「計算通り」 「星になれっ!!」 「ど、どうしたの?」 「いや、サッカーの練習をちょっと」 「そ、そっかぁ。 颯太、好きだもんね、サッカー」 「うん」  そういうことにしておこう。 「あ、お、おはよ……」 「お、おはよう……」 「うん、おはよ……」 「あぁ、おはよう……」  なんだ、これ? 超気まずいんだけど…… 「……そ、そんなに楽しみにしてた…? ごめんね。ちょっと遅れちゃって……」 「いや……」 「……外、行こっか? サッカーボール持って」 「おう」 「ねぇねぇ、サッカーする前に、 シーソー乗ろうよ」  歩いている内に気をとりなおしたのか、 友希はすっかりいつもの調子だ。 「おう、いいよ」 「久しぶりに乗ったけど、 やっぱりシーソーって子供用の遊具だよな」 「ブランコはまだ大きくなっても、 楽しいけど、こっちはお尻が痛いだけって 言うかさ」 「えー、そんなことないわ。 ちゃんと頭を使えば、大人でも遊べる遊具に なるじゃん」 「本当に? どう頭を使うんだ?」 「ほら、シーソーって乗ってると、 ギッコンバッコンってなるでしょ?」 「あぁ、それがどうした?」 「いやらしい気分になるでしょ」 「ただの下ネタかよ……」 「ほらー、大人の遊具じゃん」 「俺が求めてたのは そういう大人じゃないんだ」 「とりあえず、尻が痛くなってきたから、 やめてもいいか?」 「えー、しょうがないなぁ。 でも、あんまりやりすぎちゃだめよ? もともと挿れるところじゃないんだからね」 「そんな趣味はないんだけどっ!」 「あ、ごめん。攻めのほうだったのね……」 「そもそもホモじゃないからねっ!!」  そんなやりとりを続け、なかなかシーソーを やめられないのだった。 「じゃ一回、止めよっか」  俺の足が地面についた状態で、 シーソーを止めた。 「あ。ねぇねぇ、新しい大人の シーソー思いついちゃった。 やってもいい?」 「いま止めたばっかりなんだけど?」 「いいじゃん。ちょっとだけだから。お願い」 「本当にちょっとだけだぞ」  地面を蹴ると、俺の身体は宙へ向かい、 反対に友希の乗っているシーソーは、 地面に埋まったタイヤに叩きつけられる。  その瞬間―― 「あっ、あんっ!」  開いた口が塞がらなかった。 「あー、やーらしいのー。 変なこと考えたんでしょ? 変態シーソーとか」 「お前がな……」 「あははっ、あっ、やんっ」 「……それ、楽しいのか?」 「やってみたら?」 「絶対やらないよ」 「あはぁっ、やんっ。だめっ。 もう、そんなに激しくしないでよ。 おかしくなっちゃうわ」 「すでに十分おかしいから、大丈夫だよ」 「だって、あたしも、 楽しみにしてたんだよ」 「何を?」 「デート。あっ、あんっ、 あははっ、楽しいね。 もっと思いっきりやってよ」 「いいけど……」 「イクときは『イク』って、 ちゃんと言うのよっ」 「言わないよっ!!」  そんなこんなで、尻の痛みをこらえながら、 友希が飽きるまで、変態シーソーを 続けたのだった。  朝。学校の前で待ってると、 まひるが走ってやってきた。 「よう、おはよう」 「おまえっ、自分だけ早く来て、 まひるを遅刻扱いする気だろっ! そういうのはダメなんだっ」  うーむ。朝からテンション高いな。 「そんなことしないって。 遅れないように早く来ただけだし」 「そうか。なら、いいんだ。 ところで、なんで学校なんだ?」 「最近ずっと晴れだっただろ」 「そんなこと訊いてないんだ。 まひるはなんで学校かを知りたいんだ」 「いや、だから、雨が降らなかったから、 野菜に水やりしておこうと思って」 「まひるも水やりしていいのか? 怒らないか?」 「なんで怒るんだよ? そのために学校で待ち合わせしたんだろ」 「そうか。やった。えへへ」  嬉しそうだな。 そんなに水やりしたかったのか? 「ふんふんふーん♪」  ホースを使い、鼻歌交じりで 野菜に水をたっぷりやる。 「よーし、みんな大きく育てよー」  キュウリやトマトは大量の水を欲するけど、 スイカなんかは雨の少ない砂地で 育つ野菜のため、あまり水やりはいらない。  そこら辺を間違えないようにしながら、 それぞれの野菜に適切に水を やっていく。 「どうだ? 美味いかー?」  と、野菜に話しかけてると、 「おまえは野菜には優しいんだ」 「ん? なに言ってるんだ? 別に普通だろ」 「普通じゃないんだっ! おまえの野菜を見る目つきは 性犯罪者なんだっ。おまえは変態だっ!」 「あのね……」 「どうせおまえはまひると遊ぶより、 野菜と遊んでたほうが楽しいんだ。野菜に 水やって、きゃっきゃうふふなんだっ!」 「ていうかさ、お前も 手伝ってくれるんじゃなかったのか?」 「手伝おうと思ったんだ。そしたら、 おまえが野菜と二人の世界に入るから、 まひるが水やりしづらいんだ」 「入ってないんだけど……」 「ウソだ、ウソだウソだウソだー。 ウソじゃなきゃまひるはやなんだっ」 「しょうがないな。 じゃ、ほら、一緒にやろうよ。 ホース持って」 「う、うん、分かったぞ。 ……こかな?」 「おう、いい感じだ。 とりあえず、そこら辺一帯に 水やってくれ」 「えいっ、水だっ、たくさん飲むんだっ」 「いいぞ。じゃ、そのままどんどん右に 行ってくれ」 「こうか? こかな?」 「おう、そうだ。うまいぞ」 「えへへ。褒められたんだ」  一瞬にして上機嫌になったまひるは、 どんどん野菜に水をやっていく。 「それで野菜に話しかけてやると、 立派に育つんだぞ」 「そうなのか? じゃ、まひるは話しかけるぞ」  まひるは野菜に水をやりながら、 「水はこれぐらいでいかな? もっと欲しいかな? おいしいかな?」 「そかな? まひるのあげる水はおいしいかな? じゃ、もっとあげよな。これでいいな。 ちゃんと飲めたな」 「まひる。 野菜を見る目つきが、性犯罪者になってるぞ」 「あ。おまえっ、そういう魂胆だったのかっ! なんだおまえっ! なんだおまえっ!」 「このっ! このっ! このっ!」  まひるが俺の脚をげしげしと蹴ってくる。 「分かった分かった。悪かったよ」 「ダメだ。まひるは許さないんだ。 今日は穴が空くまで蹴るんだ」 「でも、野菜もケンカするなって言ってるぞ」 「えっ? そかな? 言ってるかな?」 「あぁ、言ってるよ。それに、 野菜の前でケンカすると、ちゃんと 成長しなかったりするからな」 「そうなのか。じゃ、仲直りして、 また水やりしよかな?」 「あぁ、そうしよう」 「ふぅ。これでだいたい終わりか」 「ありがとな。まひるのおかげで はかどったよ」 「……………」 「どうした?」 「まひるは気になったんだ。 よく考えたら、畑仕事は遊んでるって 言わないんじゃないのか?」 「そうか? でも、楽しかっただろ」 「まひるは別に楽しくないぞ」 「なに言ってるんだ。 お前、すっごく楽しそうだったぞ」 「…………そかな?」 「そうだって。また遊ぼうな」 「……別にいいけど」 「まひるは役に立ったのか?」 「おう。大助かりだったよ」 「えへへ。役に立ったんだ。 まひるは嬉しいんだ」 「やっぱ、畑仕事って楽しいよな」 「でも、昔は手伝わせてくれなかったんだ」 「そりゃまひるが園芸部じゃなかったしな。 ていうか、晴北の生徒ですらなかったし」 「生徒じゃないとダメなのか?」 「いちおう部外者立ち入り禁止だしさ」 「まひるには手伝わせたく なかったんじゃないのか?」 「そんなこと誰が言ったんだよ?」 「……誰も言ってないんだ。 まひるが勝手に思ったんだ」 「それは誤解だよ」 「でも、おまえは、野菜ばっかり見てたんだ。 まひるのことは見てくれなかったんだ」 「そんなことないと思うけど……」 「ウソだっ! じゃ、野菜を見るみたいに、 まひるのこと見たことあるのか?」 「……意味が分からないんだけど…?」 「だ、だから、性犯罪者みたいな目で、 まひるを見たことないんだっ! まひるはもっと見てほしかったんだ!」 「……えぇと、でも、それ変態だよね」 「おまえがしてくれるんなら、 まひるは変態でも何でもいいんだっ! みんなと違うことをしてほしかったんだ!」  えぇと、つまり、えっ? 「まひる、それってさ……」 「あ……む、昔の話だぞ、昔のっ! 昔は好きだったから、そう思っても 不思議じゃないんだ。まひるは悪くないぞ!」 「大丈夫だよ。分かってるって」 「分かってないんだっ! ばかっ! おまえなんて太陽系で一番大嫌いだっ! へちゃむくれーっ!」  まひるは走りさっていった。  昼ごはんを食べた後、散歩がてらに 公園をぶらぶら歩いていた。 「あ……」 「おや?」  猛烈に嫌な予感がした。 「どうも。じゃ」  会釈をし、自然な感じで踵を返す。 「うぐぅっ……」  襟をつかまれ、軽く首が絞まった。 「遊具場に来たかったんだろう。 僕に遠慮することはないよ。 ゆっくりしていけばいいじゃないか」 「いえ、何となく、嫌な予感がしたもので」 「なに、それはきっと気のせいさ。 僕が見たところ、この平和な公園に 危険なんて何もないよ」 「だといいですけどね」 「ところで、僕はさっきから ずっとここで考えてたことがあるんだ」 「……何ですか?」 「いや、大したことではないんだよ。 ただ、ブランコで一回転というのは、 可能なのかなぁ、と思ってね」 「そろそろ帰ります」  オーバーラップに失敗した サッカー選手ばりの切り返しで、 この場から走りさろうとして―― 「うぎゅえぇ――――!!」  襟をつかまれ、 さらにそのまま絞め技を決められた。 「まぁ、待ちなさい」  首が締まると同時に、部長の 豊かなふくらみが背中に押しつけられる。 「あ、う、あ……」  なんだ、この感覚は?  首を絞められる息苦しさに、 柔らかいおっぱいの気持ち良さが混ざりあい、 まるで天国に昇っていくかのようだ。  あぁ、い、イク…… 逝ってしまう…… 「君も、そろそろ危険な遊びに興味を 覚える年頃じゃないかな?」 「み、身の危険を感じる遊びには まったく興味がありません!」 「そういい子ぶらなくてもいい。 君のここはそうは言ってないよ」  部長の指が俺の胸を這ってきて、 乳首をつまんだ。 「ちょっ、なに、するんですか…?」 「気持ちいいだろう。 一回転に挑戦してくれたら、 もっと気持ち良くしてあげるよ」 「そんな嘘には騙されませんからね!」 「おやまぁ、疑り深いことだね。 人を信用できないのは感心しないな。 将来が心配だよ」 「いえいえ、心配には及びませんよ。 基本的に人は信用するほうですけど、 約1名例外がいるだけなので」 「なら、前払いでどうかな?」 「……な、何を払ってくれるんですか?」 「言っただろう。気持ちいいことだよ。 幸い、この公園は人目も少ない。 やりたい放題じゃないか」 「……本気で言ってます?」 「こんなことで冗談は言わないよ」 「いやいや、こんなことは普通 冗談でしか言わないですよね?」 「そんなこと言って、ここは 満更でもないみたいじゃないか?」  部長が俺の太ももの辺りを 艶めかしく撫でる。 「だ、だめ、ですって……」 「何を女の子みたいなことを言ってるのかな? ほら、どうしてほしいか言ってごらんなさい。 君のしたいことをしてあげるよ」 「ちょ、やめ、耳を噛まないでくださいって」  く、だめだ。 このままじゃ弄ばれ放題だ。  かくなる上は、仕方がない。  部長がドン引きする要求を突きつけ、 引かせるまでだ。  よし、心は決めた。言うぞ。 「それなら、部長」 「俺の処女、もらってくれますか?」 「処女…?」 「はい! 俺のお尻の処女ですっ! 初めては部長にって、ずっと心に 決めていたんですっ! お願いします!」  よし、どうだ!? これでドン引き確定だろ!! 「ふふ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。 君は本当にかわいい子だね」 「え……あれ…?」 「あいにくと今は持ち合わせのアイテムがない んだ。でも、安心してくれるかな。僕の指は けっこう長いからね」 「ちょっ、嘘、嘘ですっ! 嘘ですよ! 部長のことですから分かってますよね? 長い付き合いですからねっ!」 「あぁ、そうだね。 君の気持ちには気づいていたよ。 悪かったね、今まで気がつかない振りをして」 「嘘だああぁぁぁぁっ!!」 「ほら、力を抜いてごらんよ。 ゆっくり挿れてあげる」  ひんやりとした部長の手が ズボンの中に侵入し、俺のお尻を いやらしく撫でる。 「ちょ、やめ、やめてください。 なに本気でズボンに手を入れてるんですか? 汚いですって!」 「あ、今日俺、うんちして拭いてないかもっ!」 「大丈夫。初秋くんの身体に 汚い箇所なんかないよ」 「その台詞おかしいですよねっ!! 逆ですよね、普通っ!」 「大丈夫だよ。優しくしてあげるから」  部長の指が、ゆっくりと、確実に 俺の肛門へと近づいていき、 「ああぁぁぁ、わ、分かりましたっ! 一回転っ! ブランコ一回転やりますから! 勘弁してくださいっ!!」  ピタッと部長の手が止まり、 するりとズボンから抜けていった。 「残念。せっかく君の処女が もらえると思ったのに」 「冗談に本気で 返してくるのやめてくださいね……」 「君があんまり真に迫っていたから、 冗談だとは思わなかったよ」  この嘘つきめ…… 「じゃ、さっそくやろうじゃないか? じつは君が来た時から、 ずっとワクワクしていたんだ」  やっぱりそのつもりだったのか。 「骨は拾ってくださいよ」 「成功するかもしれないじゃないか。 じつは秘策があるんだよ」 「じゃ、それを信じて、 頑張りますよ」  ということで、俺はブランコに乗る。 「さあっ、そこだよ。行くんだ」 「せーのっ――うっ、あっ、 ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  天地が逆になるまでブランコが 回転したところで、真っ逆さまに落ちた。 「ふむ。やはり一回転は無理か。 まぁ、そうだろうとは思ったけどね」 「……はぁ、はぁ… さっき、成功するかもって 言ってませんでした?……」 「もちろん、挑戦者の士気を 削ぐようなことはしないよ」 「詐欺だ……死ぬかと思いましたよ……」  日頃のおこないが良かったのか、 奇跡的に無傷だった。  朝。いつもの通学路を のんびりと登校していたら、 トントン、と背中を叩かれた。  振りむくと、 「おはようございます。 登校中にお会いするのは 珍しいのですぅ」 「あぁ、おはよう。 いつもより早く家を出たからかもね。 姫守はだいたいこれぐらいの時間か?」 「はい。今日も時間通りなのです」 「真面目だな。早く行って勉強してるのか?」 「いえ、登校すると疲れてしまうので、 早めに行って休憩しているのですぅ」  うーむ。なんて体力がないんだ。 「じゃ、疲れないように ゆっくり行くか」 「すみません。お心遣い痛み入るのですぅ」  学校前まで来ると、ちょうど 見知った二人が歩いていた。 「友希、まひる。おはよう」 「おはよっ。 んー? ねぇねぇ颯太、ちょっといい?」  友希が俺だけを連れだしてきて、 「どうした?」 「彩雨と一線こえちゃった?」 「あった瞬間からなに言ってるの!?」 「えー、でも一緒に登校してるじゃん」 「じゃ、お前とまひるも 一線こえたのか?」 「何を言ってるんだ、こいつは?」 「ほら、颯太ってレズ物が好きだから」 「適当なこと言わないでねっ!」 「おまえっ、まひると友希が変なことを してるところを考えてたのかっ!? 変態か、変態なのか、この変態めーっ!」 「いやいや、考えてない。 そんなことこれっぽっちも 考えてないからな!」 「友希。こいつ、考えてないって言ってるぞ?」 「証拠があるわ。見て、颯太のズボンの チャックの辺り、ちょっと湿ってるでしょ?」 「どこがだよ…?」 「言われてみれば、湿ってるんだ」 「それ、まひるの思い込みだよねっ!」 「でも、湿ってるからどうしたんだ?」 「あたしとまひるが気持ちいいことをしてるの 想像して、たった今、出しちゃったのよ」 「おまえっ、ホントなのかっ!?」 「どんだけ早漏なんだよっ!? そんなわけないよねっ!」 「じゃ、見せてみろ!」 「はい?」 「パンツを脱いで、何も出してないことを 証明したら、信じてやってもいいんだっ」 「できるわけないよね!」 「やっぱり、出したんだなっ! この変態っ、変質者っ、鬼畜っ!」 「そ、そんなに責めてはかわいそうなのですぅ。 何を出したかは存じませんが、 誰にも迷惑をかけてないと思うのです」 「おまえっ、何で彩雨を抱きこんだんだっ!?」 「『抱きこんだ』とか 人聞きの悪いことを言うな」 「え、そんな、物理的に抱きこんで……」 「お前は黙ってろっ!」 「あのぉ、賄賂は受けとっていないのです。 初秋さんは何も悪いことはしていないのです。 私が保証するのです」 「だけど、そいつは変態なんだっ!」 「で、ですけど、 変態さんなのかもしれませんが、 誰にも迷惑はかけてないのですぅ」 「庇ってくれてるところ悪いんだけど、 変態のほうも否定してくれないっ!?」 「じゃ、颯太が彩雨のえっちなところ想像して 一人えっちしてても迷惑じゃない?」 「えっ? そ、それは、その…… 想像するのは個人の自由なので、 私にお止めする権利はないのですが……」  な、何だって?  それはつまり、姫守公認で、 エクスタシーできるってことか? 「あ、いま彩雨のこと想像してるわよ」 「ええっ? 何を想像しているのですぅ?」 「いやいや、してないっ。 これっぽっちもしてないから!」 「うわぁ、あのギラついた目、 完全に彩雨に挿入完了しちゃってるわ」 「そ、そんなぁ。堪忍なのですぅ」 「く、お前らな……」  負けるものか。  いかに俺が温厚と言えども、 まだ学生なんだ。  こんなありもしない汚名を着せられて 黙っていられるほど、まだ変態が できちゃいない。 「おいっ、まひるっ」  攻撃は最大の防御だっ! 行くぞ! 「お前、今、俺をイジメて興奮したから、 軽くイッただろっ!?」 「ば、バカなことを言うなっ! まひるはそんなことしないぞっ!」  バカめ。かかったな。 「じゃ、見せてもらおうか?」 「え、お、おまえ、何を言ってるんだ?」 「軽くイッてないなら、今、ここで、 スカートとパンツを下げて、 その証拠を見せてみろっ!」 「なに、できない? やっぱり、軽くイッたんだな!」 「このへんた――う、うぐぉぉ……」  まひるの蹴りが弁慶の泣き所に直撃した。 「……まひるは、変態じゃないんだ……」 「そういえば、どうして今日は二人で 登校してきたの?」 「偶然一緒になったのですぅ」 「そんなに簡単に普通の会話に戻るんなら、 俺は何のために蹴られたわけっ!?」 「あ、ごめん。颯太が彩雨の口の中に ねじこんでる妄想してるって 話をしたほうが良かった?」 「俺のほうこそごめん! 普通の話がしたいなぁ!」 「白々しいなぁ。 まいっか。それで、なに話そっか?」 「そういえば、お伺いしたかったのですが、 まひるちゃんと友希さんは いつご友人になったのですか?」 「いつ? えーと、あたしがこっちに 引っ越してきてからだから…?」 「ちょうど一年前ぐらいなんだ」 「では、一年前までは、どちらに 住んでいらっしゃったのですぅ?」 「けっこう遠くで、〈豊瀬〉《とよせ》のほうよ」 「都会のほうに住んでいらしたのですね。 お引っ越しされたのは、 ご両親の都合なのですぅ?」 「うぅん、うちは両親二人とも死んでるから」 「そ、それはお辛いことを 思い出させてしまい、申し訳ないのですぅ」 「あははっ、ぜんぜん気にしなくていいよー。 覚えてないぐらい子供の頃の話だもん」 「友希は祖父さんから、 逃げてきたんだよな」 「そうそう。うちのお祖父ちゃん、 『あれするなこれするな』ってうるさくてね。 バイトとかも絶対、許してくれないし」 「それで、早く家を出たくて、 寮がある晴北を受験したのよ」 「私も同じなのですぅ。お母様もお父様も あれするなこれするなってうるさいのですぅ」 「そうなんだ? じゃ、彩雨も一緒に寮暮らししよっか? あたしの隣の部屋空いてるみたいよ」 「叶うのなら、ぜひしてみたいのですけど、 寮暮らしは許してもらえそうにないのです」 「まぁ、実家がここにあるんだったら、 普通そうだよね」 「はいー。あ、お話の腰を折ってしまって、 申し訳ございません。 続きをお聞かせ願えますか?」 「あぁ、それでね。こっちに来てから ナトゥラーレでバイトを始めて、 そこでまひると会ったんだよね?」 「まひるはよくナトゥラーレで ゴハンを食べてたんだ」 「あたしテレビ見ないから、まひるのこと ぜんぜん知らなくて、ちっちゃい子が一人で 来てるから、心配になって声かけたんだぁ」 「そもそも、まやさんの妹だし」 「ええっ? そうなのですか?」 「名字が一緒だろ?」 「あぁ、言われてみればそうなのですぅ」 「でも、声をかけたおかげで、まひると 話すようになって、仲良くなれたんだし、 結果オーライよね」 「それでは、初秋さんと友希さんは いつ知りあったのですか?」 「すごい昔だよな。幼稚園の年中ぐらいか?」 「うん。たぶん、それぐらい」 「ですけど、友希さんは昔、豊瀬のほうに いらっしゃったのではないのですか?」 「あぁ。俺も昔、豊瀬に住んでたんだよ。 小学校を卒業すると同時に、親の都合で こっちに引っ越してきたんだ」  お、予鈴か。 「あー、まひるは一時間目体育なんだっ! 着替えてないんだっ!」  パニクっているのか、 まひるが慌てふためいている。 「落ちつけ。急いで行けば、 ぎりぎり間に合うって」 「う、うん。まひるは先に行くんだ。またな」 「気をつけてな。ちゃんと前見ろよ」 「分かってるんだっ! まひるは子供じゃないんだぞ!」  さて。俺たちも教室いくか。  午後、ナトゥラーレで バイトに精を出してると―― 「オーダー入りましたー。 ハバネロサンドひとつだよんっ」 「はいよっ」 「ちなみに、彩雨の注文よ。 手が空いてたら、顔出してあげたら」 「おう。そうするよ」 「よっ、姫守。ハバネロサンド、 お待ちどおさま」 「ありがとうございます。 さっそくいただいてもよろしいですか?」  俺に断る必要はないんだけどな。 「あぁ、いいよ」 「いただきます。はぁむ……ひゃふ…!?」 「……あ、もしかして、辛かったか?」 「はいー。 ハバネロサンドは辛いのですね。 知りませんでした」  涙目になりながらも、姫守は 賢明にハバネロサンドを食べようとする。 「ぅぅ、はむ、ひゃふっ、はっ、はっ、 もぐもぐ、ふひー、ひー」 「良かったら、違うの作りなおそうか? マスターもいいって言うと思うし」 「い、いえ、それには及びません。 出された物は最後まできちんと いただくのが礼儀なのですぅ」  姫守はひーひー言いながらも、 ハバネロサンドにかぶりついた。 「ごちそうさまでした。 とてもおいしかったのです」 「じゃ、はい。これ、サービスな。 辛かっただろ」  口直し用に、マンゴージュースを テーブルに置いた。 「お気遣いくださり、感謝なのですぅ」  姫守はこくこくと喉を鳴らし、 マンゴージュースをあっというまに 飲みほしていく。  そうとう辛かったみたいだな。 「じゃ、ゆっくりしていってくれよな」  俺が厨房に戻ろうとすると、 「あのぉ、つかぬことをお伺いしますが、 初秋さんはアクションRPGは お好きなのですぅ?」 「あぁ、けっこう好きだけど」 「でしたら、明日、そのぉ、 ご一緒にプレイいたしませんか?」 「いいよ。じゃ、やろうか」 「ありがとうございます。 楽しみにお待ちしておりますね」 「じゃ、あとでメールするよ」 「はい。それでは、 お疲れの出ませんように」 「ごめん、明日はちょっと都合が悪いんだ」 「そうでしたか。残念なのですぅ」 「また誘ってくれよな」 「はい。またご都合の良さそうな日に お誘いいたしますね」 「あぁ、それじゃ」  朝。ぼんやりと意識の片隅に 物音を感じた。 「おっはよー、迎えにきたよ。 一緒に学校いこ」  この声…?  やっぱり、友希か。 俺は狸寝入りを決めこむことにした。 「ねぇねぇ、もう朝よ。 早く起きないと学校遅刻するわ」  そんな嘘には騙されない。 なぜなら、まだ目覚ましが 鳴ってないからだ。 「目覚ましなら、さっき止めたからね」  こいつ人の心が読めるというのか?  いや、違う、騙されるな。 目覚ましを止めたというのは きっとブラフだ。  そっちがその手で来るなら、 意地でも起きないぞ。 「あー、ぜんぜん起きる気ないでしょ。 仕方ないなぁ。くすぐり攻撃だぁ。 えーい、こちょこちょこちょー」  く、む、くぅ……  布団の上からとはいえ、 脇腹を的確に狙った攻撃は、 非常にこそばゆい。  何の、我慢だ。我慢。 ここで声をあげたら、友希の思うつぼだ。 「んー、ここかなぁ? それともここがいいのかなぁ?」  くあ……、くはぅ……  友希の手が急所を探すように、 俺の身体を縦横無尽に這いずりまわっては くすぐってくる。  そして、ある一点に彼女の手が触れた時―― 「うぁ……」 「あー、見つけたぁ。ここが弱点でしょ。 もっとくすぐっちゃおっと」 「や、やめろ……そこは……」  身をよじって、逃げようとするけど、 「あははっ、逃がさないんだもんっ。 ほらほら、早く起きないと もっとくすぐったくするわよー」  我慢できずに、むくりと起きた。  股間のある一点だけが。 「わっ……あ……あはは…… 起きちゃった、ね…?」 「あのな、友希……」 「だ、だって布団の上からじゃ、 よく分からなかったんだもん。ごめんね。 怒った?」 「……怒ってないけど」  目も覚めちゃったし、仕方ないから起きるか。 「着替えるから、ちょっと待っててな」 「うんっ」 「あ、そうだ。明日暇でしょ。 さっきのお詫びに遊んであげよっか?」 「お前が遊びたいだけだろ……」 「えー、やなの?」  どうしようかな?  どうしようかな?「『いや』とは言ってないけどな」 「やったぁ。じゃ、迎えにくるね」 「おう」 「嫌ってわけじゃないけど、 明日はちょっと用事があるからな」 「そっか。じゃ、仕方ないね」 「また今度な」 「絶対よ?」 「あぁ」  繁華街をぶらぶらと歩いていたら、 人だかりができていた。  気になって見にいってみると、 「はい。まひるはサイン下手だけど、 それでだいじょうぶ?」 「うん、ありがとう」 「ねぇねぇ、まひるちゃん、握手もいい?」 「あ、うん」 「うわぁ、手、小さいね。かわいい」 「まひるちゃん、俺にもサインをっ!」 「おい、割りこむなよ。 こっちが先だっただろ」 「バカ言え、俺のほうが先だよっ! なぁ、まひるちゃん?」 「え、えと、まひるはよく分からなくて……」 「ほら、俺のほうが先なんだよ。 まひるちゃんが困ってんだろ」 「あ……どうしよ……」  うーむ、前にもこんなことあったな。  まひるが断りきれずにいるから、 ファンがどんどん集まっちゃったんだろう。  仕方ない。行くか。  俺は人だかりをかき分けると、 「小町っ。ここにいたのか。捜したんだぞ。 みんな待ってるんだからな」 「あ、ごめん…… じゃ、じゃあ、用事があるから、またね」  うまくきっかけを作れたようで、 まひるは俺と一緒に人だかりから 出ることができた。 「おまえっ、どういうつもりだっ? まひるが困ってるところを助けて、 それで勝ったつもりかっ!」 「あのな……助かったんなら、 素直にお礼言おうよ」 「おまえが来なかったら、後5秒後には 自力で脱出するところだったんだ。 ちょちょいのちょいなんだっ」 「分かった分かった。 余計なことして悪かったよ。じゃあな」 「あ、ま、待て、どこ行くんだ? まひるを置いてくのか?」 「ん? 何か用でもあるのか?」 「別に……何でもないんだ……」 「じゃ、また学校でな」 「や、やっぱり、何でもなくないんだっ!」 「何だよ。どうしたんだ?」 「だから、まひるは助けてもらった お礼ぐらいするんだ。何か奢ってやるぞ」 「そうか」 「言っておくけど、いちおうなんだっ。 別に助けてもらわなくてもホントに 大丈夫だったんだぞっ」 「はいはい、分かってるって。 まぁ、奢ってもらいたいところだけどさ、 これからバイトなんだ」 「そうなのか……じゃ、明日はどうだ?」  明日か。どうしようかな?  明日か。どうしようかな?「いいよ。じゃ、どっか遊びにいくか?」 「えへへ。行くんだ。約束なんだ」 「いや、明日もちょっと用事があるからな」 「そっか……じゃ、仕方ないんだ」 「じゃあな」  まひると別れて、ナトゥラーレへ向かった。  チャイムを鳴らし、しばし待つ。 「……………」 「…………………………」  おかしいな。何の反応もないぞ。  再度、チャイムを鳴らし、 家の中へ呼びかけてみる。 「姫守ー、遊びにきたぞー」  すると、パタパタと慌てたような足音が 聞こえてきた。 「た、大変なのですぅっ! お母様が、お母様が……うっ、ぐす……」 「……どうした? お母さんに何かあったのか?」 「……し、死んでしまいそうなのですぅ…!」 「死……何だって…!?」 「お力を貸していただけますか?」 「あ、あぁ。分かった。 何をすればいいんだ?」 「どうぞ、おあがりになってくださいませ」  俺たちが急いでリビングへ駆けつけると、 「ごふっ、ごふっ、はぁ、はぁ……」 「し、しっかりなさってください、お母様っ!」 「はぁ、はぁ…… お母さん、もう意識が朦朧としてきたわ……」  本当に、彼女の母親が死にかけていた。 「聞いて。この病気を治すには、 パルチ山脈で採れる薬草が必要なのよ。 でも、あそこには恐ろしいモンスターが……」  ただし、ゲームの中で。 「初秋さん、今すぐご一緒に 薬草を採りにいっていただけますか?」  姫守がゲーム機のコントローラーを 渡してくる。  やれやれ、ビックリしたな。 「いいけど、説明書は?」 「説明書を読んでいる時間はありません。 習うより慣れろなのですぅ」 「時間がないってことは、 リアルタイムで進行するのか?」 「いえ、それは存じあげませんが、 お母様のご病気がとてもお辛そうなので、 一刻も早く治して差しあげたいのです」  うーむ。 あいかわらず、すごい感情移入っぷりだな。  まぁ、やりながら覚えればいいか。 「じゃ、行くか」 「はいっ、いざパルチ山脈なのですぅっ!」  というわけで俺たちの冒険が始まった。 「ジョンレイッ、薬草なのですぅ。 あのドラゴンの後ろに、 薬草があるのですぅっ!」  「ジョンレイ」 は俺が操るキャラの名前だ。 「分かった。俺がドラゴンを 引きつけるから、ミーナは 約束を手に入れてくれ」  「ミーナ」 は姫守が操るキャラの名前だ。 「だ、大丈夫なのですか? ドラゴンには今のレベルでは 歯が立たないのですぅ」 「無事を祈っててくれ。行くぞっ!」  俺は眠っているドラゴンめがけて、 遠距離から投石した。  ドラゴンの叫び声を合図に、 パルチ山脈での死闘が始まった。 「……ありがとう。お前のおかげで、 ずいぶん楽になったよ。あたしは いい娘をもって幸せ者だよ」 「それに、こんなに男前のお婿さんを 捕まえてきてくれるなんてねぇ……」 「くすっ、めでたしめでたしなのですぅ」 「じゃ、きりもいいし、 そろそろ帰ろうかな」 「またご一緒に続きを プレイしていただけますか?」 「あぁ、いつでも呼んでくれよ。 続きも気になるしな」 「それでは、こちらのゲームは 初秋さんが来るまで進めないでおきますね」 「いいのか? せっかく買ったんだから、 一人でもやりたいだろ」 「いいえ、ジョンレイがいないと、 ミーナは冒険ができないのですぅ」  俺は思わず笑って、 「そうだよな。じゃ、また今度やろうね」 「あ……もうお帰りになってしまうのですか?」 「うん。あんまり長居しても悪いし。 家の人も帰ってくるだろ」 「いえ、悪いということは決してないのですぅ。 それに、今日は誰も帰ってきませんし……」 「そ、それにそれにっ、 ジョンレイとミーナが冒険しないと、 世界が滅びてしまうのですぅ!」 「あと、それから…… ジョンレイとミーナの仲が まだあんまり進展していないのですぅ……」 「えーと……」  どうしよう。困ったな。 「は、初秋さんは、もしかして、 私がミーナを操作してるから、 気が進まないのですぅ?」 「えっ? どうして?」 「で、ですから、私が操作するミーナと 初秋さんが操作するジョンレイが こ、恋人になると、気まずいのですぅ?」 「いやいや、そんなことないって」 「で、でしたら、 恋人にしていただけるのですぅ?」 「……恋人に?」  えっと、姫守のって意味か…? 「あ、いえ、い、今のは ミーナとジョンレイが恋人になるまで、 ゲームをしませんかという意味なのです……」 「あ、あぁ、そ、そうだよな。 姫守の恋人のわけないよなぁ」 「……どうして、ないのですぅ?」 「えっ?」 「どうして、私の恋人のわけは、 ないのですか?」 「いや、ちょっとした言葉のあやで、 ないってわけじゃないんだけど……」 「では、あるのですぅ?」 「……う、うん」 「ふふっ、なら、よろしいのです。 では、新しい冒険に行くのですぅっ!」  けっきょく、夜までゲームをやりつづける ことになったのだった。  朝食を食べ、ちょうど 食器を洗いおえたところだった。 「おはよーっ。迎えにきたよんっ。 もう準備できてる?」 「あぁ、大丈夫だけど」 「じゃ、遊びにいこっ。 早く早く、いい天気よ」  友希が俺の手を引く。 「おっ、おい、どこに行くんだ?」 「あははっ、どっかよ、どっか。 ほら、早くっ」  友希に連れられて、公園にやってきた。 「うーん、いい天気。気持ちいいなぁ。 ねぇねぇ、あっち行こ。遊具のあるところ」 「今日は何で遊ぼっか? ブランコ? すべり台?」  友希の顔をじっと見返す。 「えっ? どしたの?」 「いや、お前っていつまでも公園の遊具で 遊ぼうとするところが、子供みたいだなと 思って」 「あー、分かったぁっ。 誘拐したくなるって言いたいんでしょ?」 「そんな危険な連想はしないからね!」 「そうだ。ねぇねぇ、砂遊びしよっか? 何か作ろうよ」  友希が砂場のほうに駆けだしていく。 「ほら、早く。こっちこっち」  砂遊びねぇ。まぁ、たまにはいいか。 「懐かしいよね。昔二人でやらなかった?」 「あぁ。城とか作ろうとして、 なんか変なものができたりしたよな」 「あははっ、あったあった。 まだ小さかったからさ、 すっごい下手だったよね」 「よしっ、じゃ、今日は大作つくるぞ。 子供の頃とは違うところを 見せてやる」 「よしっ、できたぞっ!」 「……わー、すごーい。上手ー。 カフェ……っていうか、レストランだよね? もしかして、颯太が将来欲しいお店とか?」 「いちおうな。まぁ、 いきなりこんなでかいのは無理だろうけどさ。 いつかこういうお店が欲しいな、って思って」 「そっかぁ。 なんか、いいなぁ。こうやって作ってみると、 あたしにもよく分かるし、楽しいよね?」 「あぁ、たまには童心に返るのも悪くないな」 「ところで、お前は何を作ったんだ?」 「あ、見る? じゃーんっ!」  砂場にできていたのは、もっこりとした お椀型の膨らみだ。人間の肌のような質感を 見事に再現したそれは、まさに――  ――紛うことなき、おっぱいだった。 「颯太の言う通り、たまには童心に 返るのもいいよね」 「童心なんて欠片もないよねっ!?」 「えー、せっかく颯太のために 作ってあげたのに。ほら、 好きなだけ触ってもいいのよ?」 「それ触ってたら痛い人だよねっ」 「仕方ないなぁ。 じゃ、颯太が触りたくなるように 乳首をもっとリアルに作ってあげるね」 「誰の乳首を参考に作るんだよ…?」 「えっ…? あ、えと、あははっ…… やっぱりやめよっかなぁ……」  まさか、自分のを参考に するつもりだったのか……  待てよ、ということは、このおっぱいも。 「ちょっ、やだぁ。 どうしていきなりそんなにじっくり 見ようとするのっ?」 「まぁまぁ、たまにはいいじゃないか」 「だめだめっ、やめてよっ」 「甘いっ」  立ち塞がる友希の身体をかいくぐり、 俺が強引におっぱいを見ようとすると、 「え、えーいっ!!」  友希のキックによって、砂のおっぱいは 無残に崩れさった。 「あははっ、がっかりした顔して。 や、やーらしいのー」  いつものキレはなく、 友希はとても恥ずかしそうだった。 「あははっ、そんなわけないじゃんっ。 ほら、ここも見てくれる?」 「なんだ…?」  砂のおっぱいの下方を、友希は指さす。  そこには、そう、まるでアワビに似た 何かが作られていたのだった。 「ちゃんと颯太用に穴も空けたのよ? えらい?」  見れば、砂アワビには指一本分の穴が 空いている。 「こんなに小さくないからねっ!?」 「……えっ?」 「……えっ?」 「あ、あはは……ご、ごめん…… そ、そっか。じゃ、これぐらい?」  友希がそこに指を入れて、 ぐりぐりと穴を拡大する。 「いや、もうちょっと……」 「そ、そうなんだ。じゃ、これぐらい?」 「あぁ、まぁ、それぐらいでいいかな」 「……お、おっきいね?」 「いや、これぐらい普通だろ」 「そっかぁ。あたし、入るのかなぁ…?」 「……………」 「あ、ち、違うよっ。ふ、普通のサイズのが 入るのかって意味で、颯太のが入るかって 考えたわけじゃない、よ?」 「あ、あぁ。分かってるよ」 「…………えっち……」  いや、お前がな、と言おうとしたけど、 どうしてか口に出せなかった。  遅い……  新渡町でまひると待ち合わせをしたんだけど、 約束の時間を30分すぎてもまだ来ない。  メールの返事はないし、 電話もずっとつながらない。  寝坊でもしたかな?  まぁ、ケータイもあるし律儀に ここで待つ必要もないだろう。  本屋にでも行って、時間を潰すとしよう。  ん、何だ? 「おめでとうございます。四等ですっ!」  あぁ、福引きか。 「やった。とうとう当たったんだっ!」  って、お前…… 「どうぞ、景品のマックスカード3000円分です」 「えへへ、嬉しな」 「嬉しなじゃないだろ。 待ち合わせの時間を30分も 過ぎてるぞ」 「えっ? あ、ホントだ……」 「気づいてなかったのかよ……」 「ち、違うんだっ! まひるも遅刻しようと思ったわけじゃないぞ。 これには海より深い訳があるんだっ」 「まったくそうは思えないけど、 どんな訳があるんだ?」 「まひるは30分前にはつくように ちゃんと家を出たんだ」 「まぁ、それは偉いな」 「えっへん。まひるは偉いんだ」 「で、なんでそれで30分遅れてつくんだ?」 「家を出る時にママが福引き券をたくさん くれたんだ。まひるは待ち合わせの後に 福引きをしようと思ったんだ」 「ここには30分前について、 まひるはおまえを待ってたんだ。 そうしたら、福引きの音が聞こえたんだ!」 「誰かが二等を当ててたんだ。まひるは このあいだに当たりがなくなるかもしれない と思ったんだ! ピンチだったんだっ!」 「それで、急いで福引きに並んだんだっ。 だけど、まひるは計算尽くだったんだぞ。 時間が来たら、戻ればいいと思ったんだ」 「福引きは一度に3回までしかできなかった んだ。最初の3回は全部ハズレだったんだ。 だから、もっかい並びなおしたんだ」 「そしたら、また3回ともハズレだったんだ。 まひるは悔しくて仕方がなかったんだっ。 だから何回も並びなおしたんだ」 「福引き券もどんどんなくなって、 でも最後の最後に、四等が当たったんだ。 そしたら、おまえに声をかけられたんだ」 「なるほど」 「そういうことだったんだ」 「つまり、単に忘れただけだよね?」 「そういう解釈もあるかもしれないんだ」 「いやいや、そういう解釈しかないよね?」 「だって、まひるは頑張ったんだぞっ。 四等も当てたんだっ。そんなに怒らなくても いいじゃないかっ」 「いや、怒ってないけどね」 「ホントか? 絶対か? 命かけるか? 紙に命って字を書くんじゃダメだぞ。 ホントに命かけるか?」 「分かった分かった。命かけるよ。 で、何を奢ってくれるんだ?」 「まひるはさっき当てたマックスカードを 一刻も早く使ってみたいんだ。だから、 マックに行くんだ」 「でも、お前って、ハンバーガーのパン、 食べられなかったよな?」 「新商品の米粉バーガーのパンは もちもちでおいしいことが分かったから、 大丈夫なんだ」 「そっか。なら、行くか」 「あ、あそこのクレープ屋でも 米粉クレープが売ってるんだ。 おいしいかな?」 「一回食べたけど、もっちもちで、 生クリームとの相性が抜群だったぞ」 「買ってくるんだ!」 「いやいや、マックスカードを 一刻も早く使いたいんじゃなかったか?」 「そうだったんだ。忘れてたんだ」 「お前って、すぐ目先のことに 囚われるよな」 「えへへ、おいしそうなんだ。 いただきます。はむはむ、あむあむ。 えへへ、おいしいんだ」 「口元にソースがついてるぞ」  紙ナプキンでまひるの口元を 拭ってやる。 「や、やだぁ。まひるはそれぐらい自分で できるんだ」 「そうか。じゃ、自分でやってくれ」 「れぇろ、ぺろぺろ、ぴちゃぴちゃ。 これでいかな? とれたかな?」 「お前は子供か? これを使え」  紙ナプキンをまひるに渡す。 「颯太は口うるさいんだ」  そう言いながらも、まひるは 紙ナプキンで口を拭いていた。 「あ、おまえっ、 そんなふうにとったらダメだぞ。 もったいないんだ」 「いや、じゃ、どうするんだよ?」 「こうするんだ。 れぇろ、ぺろぺろ、ぴちゃぴちゃ」 「えへへ、おいしな」 「お前はいったい、いくつだよ……」  言いながら、俺もハンバーガーを囓る。 「っぷ、あははははっ、そういうおまえだって たくさんつけてるぞ。まひると一緒なんだ」 「えっ? 本当に?」  紙ナプキンで口を拭こうとすると、 「ばか。もったいないんだ」  まひるはテーブルに身を乗りだすと、 俺の口元に舌を伸ばした。 「ぺろぺろ、れろれろ、んちゅっ。 えへへ、おいしな」 「……………」  ソースを食べるのに夢中で、 ぜんぜん気にしてないな、こいつ。 「どうかしたのか? 急に静かになって? 体調悪いのか?」 「いや……」  温かい唇の感触が口元に残ってて、 妙に顔が熱かった。  用事を済ませ、新渡町を歩いてると、 遠くにまやさんを見つけた。 「あ……」  向こうもこっちに気づいたみたいなので、 手を振ってみる。  すると、まやさんは信号を渡って、 こっちまで走ってきた。 「……こんにちは。どうしたの?」 「いえ、ただ手を振っただけなんですが」 「そうなんだ。はぁ……はぁ…… あははっ、走ったら息きれちゃったよ」 「すいません。 特に用もないのに、呼んだみたいになって」 「んー、よくないかな、そういう言い方。 せっかく颯太くんのために走ってきたのに、 悲しくなっちゃうぞ」 「えーと、じゃ、どう言えば?」 「そこは自分で考えなきゃ」  困ったな。 「まやさんを見かけたら、 嬉しくなってつい手を振っちゃいました?」 「そんな調子のいいこと言っても、だーめ。 罰としてわたしとデートしなさい」  返答に困ってると、 まやさんが自然に俺の腕をとってくる。 「ふふっ、どこ行きたい?」 「本気で言ってます?」 「うん、颯太くんの好きなところでいいよ」  まぁ、この後は予定もないし、 遊びにいってもいいか。 「そう言われても、急には 思いつかないんですが。 まやさんは行きたいところないんですか?」 「あ。いいの? そんなこと言って。 どこに連れていかれても知らないよ」 「友希や部長ならともかく、 まやさんは変なところに 連れていきそうにないですからね」 「どうかなぁ? 恋人同士しか行かなさそうな デートスポットに連れていっちゃうかも」 「まやさんて、彼氏いないんでしたっけ?」 「絶賛募集中かな。好きになった人には なかなか振りむいてもらえないけどね。 どうして?」 「彼氏がいたら、そんなところに行くと まずいんじゃないかと思って」 「心配してくれてありがと。 でも、わたし、男の子と 付き合ったこともないから」 「へー、意外ですね。まやさんって、 もしかして、理想が高いんじゃないですか?」 「そんなことないよ」 「じゃ、どんな人が好きなんですか?」 「ん? 年下で、将来の夢が 自分のお店を持つことで、園芸部に 入ってる子とかに興味あるかな」 「……からかわないでくださいね。 本気にしますよ」 「わたしは困らないよ。 それで、どこ行こっか? 本当にどこでもいいのかな?」 「えぇ」 「じゃ、少し歩くけど、行こ」 「んー、気持ちいいなぁ。 すっごくいい景色」 「まやさんて、よくここに来るんですか?」 「たまにかな。一人で来ても、 ちょっと寂しいじゃない?」 「そうかもしれませんね」 「誰かと一緒に来たのは、 颯太くんが初めてかな」 「そうなんですか?」 「うん。颯太くんってさ、 女の子に興味ないのかな?」 「え、そんなふうに見えます?」 「そうだね。難攻不落って感じ」 「そんなことありませんよ。 かわいい子に告白されたら、イチコロです」 「ふふっ、男の子だなぁ。 でも、告白して付き合ってはくれても、 好きになってくれない気がするかな」 「もしかして、ひどい奴だと思われてます?」 「んーん、そこがいいところだと思うよ。 でも、ひどい奴っていうのは 間違ってないかも、ふふっ」 「褒めるかけなすか、 どっちかにしてくださいね」 「どっちでもないかな。颯太くんはそういう人 だって話ね。いいも悪いもないよ。わたしは いいと思うけど」  うーむ。けっきょく褒められたってことか…? 「颯太くんは、好きな人ができたら 告白する派?」 「それはすると思いますよ。ていうか、 告白しない派なんて、あるんですか?」 「うん。わたしね、 好きな人には絶対、告白したくない って思うかな」 「どうしてですか?」 「ほら、告白して付き合ってもらっても、 本当にその人がわたしのことを好きなのか、 分からないじゃない?」 「でも、相手も好きじゃなきゃ 付き合わないんじゃないですか?」 「こら、かわいい子だったらイチコロなのは 誰だった?」 「あ……まぁ、そういうこともありますよね」 「でも、向こうから告白してくれたら、 少なくとも、それぐらい好きなんだって 信じられるでしょ」 「確かに、告白されたからOKするのと、 告白するのとじゃ、ぜんぜん違いますよね」 「うん。だから、頑張って 好きになってもらって、告白してくれるのを 待つほうがいいかなって」 「付き合ってるのに、相思相愛じゃないって、 嫌でしょ?」 「あー、すごく納得しました。 俺も告白しない派になろうかな?」 「あ……男の子は、だめよ。 両方告白しない派になったら、 一生付き合えないでしょ」 「でも、相手の女の子が 告白する派かもしれませんし」 「女の子は大抵告白しない派なの」 「そうなんですか?」 「知らなかった?」 「じゃ、男子は頑張るしかないんですね」 「うん。頑張ってね。 女の子は待ってるんだから」  そこで、会話が途絶えた。  互いにしばらく沈黙した後、 まやさんはバッグから飴を 一個とりだした。 「はい、あーん」  口を開くと、まやさんが 飴を入れてくれる。 「何味だ?」 「……ちょっと辛いですね。 ジンジャーですか?」 「正解」  笑いながら、まやさんも、 同じ飴を口に入れた。  昼休みのことだった。 「君の趣味が分かったよ、初秋颯太。 まったく、それならそうと 言ってくれればいいのに」 「いきなり何の話だ?」 「小町まひるのことだよ。 君はロリコンなんだろう?」 「なにナチュラルに失礼なことを 言ってるんだよっ!」 「隠しても分かるよ。 彼女の薄い胸を見つめる君の瞳の輝きが、 その愛の深さを物語っている」 「黙れ、ゆるキャラもどき」 「おや? そうやってムキになるのは 図星だからじゃないのかい?」 「はいはい。じゃ、勝手に言ってろよ」 「反論しないってことは、 認めたということだね」  やれやれ、ため息しか出てこない。 「だんだん、 お前の言うことを聞いてていいのか、 不安になってきたよ」 「大丈夫。ぼくは恋の妖精だよ。 君が本気なら、たとえ ランドセルとだって付き合わせてみせる!」 「……………」 「感動して声も出ないようだね」 「開いた口が塞がらないんだよ」 「ランドセルと付き合いたくないのかい?」 「そりゃ人間がいいからねっ」 「やれやれ、ものの例えじゃないか」 「それにしたって、 ランドセルはおかしいだろ」 「まぁ、ランドセルで不服だと言うなら、 オムツと付き合わせてあげようかい?」 「若けりゃいいってもんじゃないからねっ!」 「つまり、オムツよりは断然まひると 付き合いたいというわけだ」 「そんな当たり前のことで、 ドヤ顔してんじゃねぇよ……」 「どうやら君もようやく素直になったようだね。 そうと決まれば、行動するよ。 まひるに会いにいこうじゃないか」 「何が『そうと決まれば』だ。 って、お、おい。 こら、引っぱるなって」 「んしょっ、んしょっ。 高いな。とれないかな?」  畑に行くと、ちょうどまひるが 背伸びをして、木に手を伸ばしていた。  まぁ、厳密には木じゃないけど。 「よう。セニョリータが欲しいのか?」 「違うんだ。まひるはバナナが欲しいんだ」  畑にはQPの魔法のおかげで、 バナナの木までもが生えている。 「このバナナは“セニョリータ”って言う んだよ。まぁ“モンキーバナナ”って言った ほうが分かりやすいか」  俺は手を伸ばし、 セニョリータをまひるにとってやる。 「ほら」  まひるはそれを受けとると、 「おまえは背が高いからとれるんだっ! まひるは背が低いから仕方ないんだっ」  何やら機嫌を損ねたようだ。 「分かってるって。別にバカにしてないぞ。 俺のほうが背が高いんだから、 とってほしかったら、いつでも言えよな」 「あっかんべーだっ」  小学生か、あいつは…… 「どうやらチャンスのようだね」 「お前が何を言っているのか、 俺にはさっぱり分からないよ……」 「ぼくに任せておくといいよ。 君はただ彼女がこっちを向いたら、 『こんにちは』と言えばいいんだ」 「まぁ、それぐらいなら、やってみるけどさ。 どうなるんだ?」 「君のバックに薔薇を咲かせるんだ」 「はい?」 「バラの背景を背負った君を見て、 まひるはうっとりし、恋に落ちるという 寸法だよ。これは手堅いね」 「まったくうまく行く気がしないけどな」 「論より証拠だよ。 さぁ、まひるが行ってしまわない内に 声をかけるんだ」 「まぁ、やるだけはやってみるよ」 「おい、まひる」 「何だ?」 「今だ!」  QPの魔法により、俺の後ろに 薔薇の花が咲き乱れる。  よし、「こんにちは」 だったな。言うぞ。 「おや?」  まひるがこっちを振りむいたのと ほぼ同時だった。  俺のズボンのベルトとパンツのゴムが切れ、 地面に落下する。  股間にぶら下がったセニョリータを 丸出しにしながら、俺は言った。 「『こんにちは』」 「……お、お、おまえは、 世界で一番変態なんだっ! まるだし星人ーっ!」  まひるは一目散に走っていった。 「……おい。どういうことだ?」  パンツとズボンをはきながら、 QPに訊く。 「いくら妖精でも魔法を 失敗することぐらいあるよ」 「つまり、パンツとズボンが 落ちたのはお前のせいってことだな?」 「ドンマイ」 「ドンマイじゃねぇだろっ!」  思いきりQPを蹴っとばすと、 ふたたびズボンとパンツがずり下がった。  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと――  姫守が来ているらしいので、 フロアに顔を出すことにした。  もちろん、手が空いたからだ。 「よっ、姫守、いらっしゃい。一人か?」 「はい。時間がありましたので、 お邪魔してしまいました」 「そういえば、 ちょうどお尋ねしたかったのですが、 お手すきなのですぅ?」 「あぁ、いいよ。どうした?」  姫守はメニュー表を指さして、 「このルーレットというのは、 どういったものなのですか?」 「あぁ、これね。マスターが最近、気まぐれで 始めたんだけどさ」 「ルーレットを回して、止まったマス目に 書いてある料理が出てくるって仕組みだよ」 「何を食べられるか選べない分、 普通に頼むより値段が安かったり、 豪華になったりするのがポイントかな」 「あとお得な特典がつく場合もあるよ。 全然いらない特典の場合もあるけどさ」 「くすっ、楽しそうなのですぅ。 それでは、このルーレットを お願いできますか?」 「了解。じゃ、ちょっと待ってて」  テーブルに置いた小さなルーレットに 姫守はそっと手をやった。 「おいしい物が当たりますように、 天の神様の言う通り、なのですぅっ」  そのフレーズ、使い方が微妙に 違うんじゃなかろうか? 「くすくすっ、何が出るのでしょう?」  楽しそうにしてるし、 突っこむのはやめておこう。  姫守が回したルーレットの勢いは 次第に弱まっていき、そして、あるマス目を 指した。  そこには『シーフードグラタン』& 特別特典『シェフからのお嬢様待遇』と 書かれてある。 「食べ物が出ましたっ。 アタリなのですぅっ」 「いや、それを言ったら、 全部アタリなんだけどね」 「そうでしたか。良心的なのですぅ。 ですけど、この『シェフからのお嬢様待遇』 というのは何でしょうか?」  うーむ。よりにもよって、これか。 「絶対いらないと思うけどさ、 シェフがグラタンを食べさせてくれるって いう謎特典だよ」 「初秋さんが食べさせてくれるのですぅ?」 「まぁ。でも、特典はキャンセルできるよ。 強制だったら罰ゲームもいいところだし」 「そもそも『この特典つくる』ってマスターが 言いだした時に『絶対、喜ぶお客さんいない』 って従業員全員で反対したんだよ」 「案の定、キャンセル率100%だしね。 マスターもバカなこと考えるよな」 「それでは、私が初めてお願いするのですね」 「そういうこと……って、 キャンセルしないの?」 「いたしませんよ」 「本気で? だって俺が姫守にグラタンを 食べさせるんだよ?」 「もしかして、ご面倒なのですぅ? すみません。初秋さんのお気持ちも知らずに、 勝手なことを申しあげてしまいました」 「いやいやいや、誤解だよ。 ぜんぜん面倒じゃないよ! 姫守さえ 良ければ積極的にやりたいぐらいだって」 「そうでしたか。 それでは、お手数かと存じますが、 なにとぞよろしくお願いいたしますぅ」  ということで―― 「じゃ、姫守。はい」  俺が姫守の口までシーフードグラタンを 運ぶと、 「あむ。はっ、あふ、はふはふっ!」 「悪い。熱かったか」 「は、はい。 そのぉ、差し支えなければ、ふーふーして いただけると、ありがたいのですぅ」 「……あ、あぁ……」  すごい気恥ずかしいんだけど、 まぁ『やれ』って言われたら、 しょうがないよな。  俺はスプーンですくった シーフードグラタンに、 ふーふーと息を吹きかける。 「ふーふーと息を吹きかけ、 食べさせるなんて、まるで夫婦の ようじゃないか。さぁ告白だ」  野良犬が何やら鳴いてるな。 「あーん」  姫守が催促するように口を開く。 「あぁ、ごめん。はい」 「はぁむ。あむあむ。 ふふ、とってもおいしゅうございます」  俺はふたたび、スプーンでグラタンをすくう。 「あーん」  なんだか餌付けしてるみたいだった。 「あむあむ。そういえば、つかぬことを お伺いしますが、初秋さんはお外で遊ぶのは お好きなのですぅ?」 「あぁ、けっこう好きだよ」 「それでは明日、ご一緒に 海を見にいきませんか?」  海か。どうしようかな?  海か。どうしようかな?「いいね。行こうか」 「ありがとうございます。 それでは、詳しいことは後ほど メールにてご連絡いたしますね」 「あぁ」 「ごめん。 行きたいけど、 明日はちょっと用事があってさ」 「……かしこまりました。 では、また今度、ご一緒してくださいね」 「あぁ」  バイトの休憩中。 友希と二人でまかないを食べてると―― 「ねぇねぇ。こないだ実家に帰った時に 新しくできたカフェに入ったんだけどね。 そこのメニューが面白くてさぁ」 「チキンマグマ煮ランチとか、 ナイアガラスプラッシュソーダとか、 コズミックビッグバンとかあったのよ」 「最後のやつはもうメニュー名だけじゃ 何が出てくるか分かったもんじゃないな」 「でしょでしょ。 ついつい頼みたくならない?」 「まぁ、そうだな。正直、気にはなるな」 「うちのメニューってありきたりだからさ、 そういうふうに名前を工夫したら、 もっとお客さん来ないかなぁ?」 「あー。 今って、バイトの俺たちが心配になるぐらい 暇な日があるもんなぁ」 「潰れちゃったら、マスターかわいそうだし、 一緒に考えてみない?」  考えるだけ考えてみて、 マスターに提案してみるのも いいかもしれないな。 「でも、名前かぁ。 思わず注文したくなるってなると、 けっこう考えるの難しいよな」 「そうかなぁ。 けっこう簡単に思いつくんじゃない?」 「じゃ、例えば、ホットドッグとかは どんな名前にすればいいと思う?」 「激うまジューシー肉棒サンド!」 「カルボナーラは?」 「とろーり濃厚白いお汁パスタ」 「お前、下ネタ言いたいだけだろ……」 「えー、そんなことないわ。 おいしそうじゃん」 「これっぽっちも食欲が湧いてこないよ」 「じゃ、颯太用のを考えてあげるわ。 どうしよっかなぁ。うーん、 山盛りチャーハンで――」 「巨乳チャーハンとかっ!」 「俺を何だと思ってるわけっ!?」 「あれ? 宗旨替えしたんだっけ?」 「巨乳派か貧乳派かという問題じゃないからな」 「あたし思ったんだけど、貧乳チャーハンって 名前にしたら、量を減らしてもクレームが 来ないどころか、喜ぶ人が増えるかも」 「お前は毎日、何を考えてるんだ……」 「あとさ、うちのカレーって、 ごはんをドーナッツ状に盛りつけるじゃん」 「おう、それが?」 「アナルカレーとか」 「カレーがアレにしか見えなくなるよねっ!?」 「でも、そういうのが好きな人も……」 「うちの客層からは大きく外れてるよっ!」 「じゃあさ、 100%グレープフルーツジュースで」 「女の子の生搾りジュースとか?」 「……それもちょっと微妙な感じかも……」 「あー、ツッコミがよわーい。やーらしいのー。 飲みたいんだぁ、女の子の生搾りジュース」 「ちがっ、そんなわけないだろっ!」 「あははっ、じゃ、あたしが 作ってあげるね。颯太の大好きな 女の子の生搾りジュース」  俺の言い分など一切聞かず、 友希はグレープフルーツを ハンドジューサーで絞りはじめるのだった。 「あ、そうそう。新渡町に 新しいクレープ屋台のお店が できたの知ってる?」  0.5秒で反応した。 「なにっ!? クレープ屋台だって!?」 「あははっ、颯太クレープ好きだよね。 明日一緒に行かない?」  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「行くに決まってるだろ。 朝何時に待ち合わせだ? 朝食に食べようぜ」 「あはは、言うと思ったぁ。 じゃ、9時からだから9時にしよっか」 「よし、9時だな。 じゃ、新渡町で待ち合わせな」 「はぁい。あ、できたわ。 女の子の生搾りジュース」  俺の目の前に、透明な液体の入った グラスがおかれた。 「お、おう。ありがとうな」  気まずさを振りきって、 俺はそれをこくこくと飲む。 「あ、女の子の生搾りジュース、 そんなふうに飲むんだぁ。おいしい?」 「あ、あぁ……」 「あははっ、そっか。おいしいんだ」  何が楽しいのか、友希が笑う。 気にせず俺が再度グラスを傾けると、 「何かおいしい物飲んでるの?」 「うん。女の子の生搾りジュース」 「くふぁっっ、ごふっ、ごふっ!」  変なところに入った。 「行きたいところだけど、 そういえば金欠だったんだ。 またにするよ」  俺は断腸の思いで言った。 「そっかぁ。じゃ、また誘うね」 「おう」  午後、ナトゥラーレで バイトに精を出してると―― 「ねぇねぇ、まひるがシェフ呼べってさ。 言いたいことがあるんだって」 「分かった。すぐ行くよ」 「よろしくねー」  さてと。別に嫌いなものも 入れてなかったと思うけど、 何だろうな? 「よう、まひる。いらっしゃい。 なんか言いたいことがあるんだって?」 「遅いんだ。 まひるはもう全部食べちゃったぞ」  見れば、オムライスは平らげられている。  ってことは、食べられるぐらいでは あったけど、どこか失敗してたってことか。 「悪い。良かったら、 何が不満だったか教えてくれないか?」  少しでも失敗してたなら 今後、気をつけないといけないしな。 「今日、まひるは服を買いに新渡町に来たんだ」  そこからかよ。 「その話もうちょっと省略できないのか?」 「あ、おまえっ、口では『聞く』と言ってて、 ホントはまひるの話を聞きたくないんだな? そうなんだっ。口だけ星人なんだっ」 「あー、分かった分かった。 聞いてやるから落ちつけ。 で、服を買いにきてどうしたんだ?」 「そしたら、途中でまひるのファンが いろいろと話しかけてきたんだ」 「そりゃそういうこともあるだろうな」 「でも、けっきょくサインとかしてたら 時間がなくなって、何も買えなかったんだ。 まひるは悔しいんだ……」 「まぁ、そりゃ災難だったな。それで?」 「それだけなんだ」 「オムライスが失敗してたんじゃなくて!?」 「オムライスはおいしかったんだ。 まひるが言いたかったのは、買い物が できなくて悔しかったことなんだ」  いや、そんなことバイト中の俺に 言われてもなぁ…… 「ていうか、お前は有名人の 自覚なさすぎなんだよ。店にいる時だって、 たまに写真とられてるぞ」 「……まひるは、 バリアーはってるから大丈夫なんだ」  何だよ 「バリアー」 って。小学生かよ…… 「ちゃんと買い物したいんだったら、 変装するとか、マネージャとかお母さんに ついてきてもらえばいいんじゃないか?」 「そんなことしたら気も休まらないんだ。 まひるは休みの日ぐらい、一人で気楽に すごしたいんだぞっ」  その気持ちは分からないでもないけど。 「事情は分かったけどさ、いまバイト中だから また今度、聞くな」 「絶対か?」 「おう。じゃあな」 「あっ、待て、おまえ今の社交辞令だな。 まひるは芸能界にいるから分かるんだぞ。 社交辞令は悪いことなんだっ!」 「ていうか、芸能界にいるなら、 お前だって社交辞令を 使ってるんじゃないか?」 「そ、そんなことないんだ。まひるは 社交辞令はちょっとしか使ってないんだ。 ちょっとならセーフなんだ」  ものすごいマイルールだな。 「なんだ、その顔は? そんなに言うなら、おまえが買い物に ついてきて、まひるを助ければいいんだっ」 「はい? なんだそれ?」 「まひると買い物できるんだぞ。 颯太は嬉しいんだ」  こいつって論理展開めちゃくちゃで、 最終的にやりたいことを 言うだけだよなぁ……  さて、どうするか?  さて、どうするか?「分かったよ。じゃ、明日暇なら 一緒に買い物いくか?」 「いいのか? ホントか? 約束するか?」 「おう。じゃ、仕事に戻るから、 あとでメールするよ」  そう言って、俺が踵を返すと、 「えへへ。嬉しな」  という声が聞こえ、 満更でもない気分になった。 「とりあえず、その話はまた今度な。 いまバイト中だからさ」 「うー…! おまえなんか、もう知らないんだっ。 あっち行けっ。あっかんべーっ」  やれやれ、本当にお子様だなぁ、 と思いつつ、俺は厨房に戻った。  青い空、白い雲。  そして広がる大海原。  見渡す限り鮮やかな青が 広がるその場所で俺たちは二人―― 「今なのですぅっ。私が引きつけますから、 尻尾を切ってくださいっ!」  ゲームをしていた。 「分かった。行くぞっ!」 「あっ、あぁっ、ブレスなのですぅっ。 燃える、燃えるのですぅっ。海に 飛びこむのですぅっ!」 「いや、海に飛びこんでも、 古龍のブレスは防げないと 思うんだけど」 「さ、さすが古龍なのですぅ。 ですけど、私がこうやって囮になっていれば、 初秋さんが尻尾を切りやすいはずなのです」 「こっちなのですぅ、古龍っ。あうっ! それぐらいの攻撃じゃ、やあっ! まだまだなので、ひうっ!」 「し、死んでしまいそうなのですぅ…… 体力がもうゼロになるのですぅ……」 「尻尾は切っとくから逃げて、 回復薬使って!」 「はいー。誠に申し訳ありませんが、 一時撤退いたしますね、あ、 こんなところにハチミツがあるのです?」 「いやいや、採取してる場合じゃなくない? 逃げないとっ!?」 「あ、ああぁっ、古龍が来たのですぅ。 もしかして罠だったのですかっ!?」 「さすがの古龍もハチミツに釣られる人間が いるとは思わなかったんじゃないかな……」 「あうっ! もうだめなのですぅ。 死ぬっ、死ぬのですぅっ、あっ、やっ、 死ぬっ、だめ、死ぬっ、死ぬっ、はうっ!」 「初秋さん、お先に逝く不幸を お許しください。あっ、死ぬっ、 えいっ、ていっ、あぁぁ、く、来るぅ…!」 「えいっ、とうっ、死ぬっ、もうだめですぅ、 あぁっ、えいやっ、せいっ、とりゃっ。 あ、追いつめられて、死ぬっ、死ぬ、あぁ!」 「やりましたぁ、尻尾切ったのですぅっ!」 「死ぬんじゃなかったの!?」  あと一撃食らったら終わりなのに、 意外とうまい。  ていうか、そもそも、なぜに海に来てまで 古龍をハントしなければならないのか、 非常に疑問なんだけど…… 「それでは、お次は翼を破壊なのですぅ。 翼膜が必要なのですぅ」  とにかく、 姫守が欲しい素材をぜんぶ集めてから、 考えることにしよう。  あっというまに日は沈みかけ、 俺はこの砂浜にいる古龍を 刈り尽くした気分になった。  いや、いないけどさ。 「初秋さん、少々ゲーム機を お貸しいただけますか?」 「ん、いいよ」  姫守にゲーム機を渡すと、 彼女は何やら操作している。 「はいっ、できました。初秋さんの 最強装備なのですぅ。今日一日 頑張った甲斐があったのですぅ」  姫守が必要な素材を 集めているのかと思ったら、 俺の装備をそろえてくれてたらしい。 「……あれ? お気に召しませんか?」 「いや、すごい気に入ったよ。 これなら一人であのでっかいボスも 倒せそうだ」 「はい。きっと倒せるのですぅ」 「それじゃ、一段落ついたし、 暗くなる前に、そろそろ帰ろうか」 「はい。そのぉ、良かったらですけど、 また二人で狩りにいきませんか?」 「うん、いいよ。今度は姫守が必要な素材を 集めようよ」 「よろしいのですぅ? でしたら、 炎龍の素材が欲しいのですぅ」 「分かった。約束な」 「はい。今度は火山エリアですから、 ハワイのキラウエア火山辺りが よろしいでしょうか?」 「はい? 火山?」  それはもしかしなくても、 火山でゲームするって意味か? 「やっぱり、ゲーム内と似た場所で プレイいたしますと、臨場感があって とても楽しいですよね」 「ちなみに、キラウエア火山って、 安全なとこか?」 「それは存じませんが、とても灼熱なのですぅ。 溶岩が流れでるところも見られて、きっと ボルケーノ気分をお楽しみいただけますよ」  楽しめそうにないんだけど!? 「もしかして、気が進みませんか?」 「あ、えぇと……」  どうする。どうやって断る…!? 「……私たち生死をともにした相棒では ないのですぅ?」 「……それはその……」  ゲーム内の話なんだけど…… 「後生なのですぅ」 「……じゃ、じゃあ、 どっかに安全そうな火山が あったら……」 「ありがとうございますっ。 私、探しておきますね」  けっきょく断りきれなかった。 「は、はい。ですけど、そのぉ、 もし、よろしければ、少しだけ、 海を見ていきませんか?」 「ん、あぁ、それもそうだね。 けっきょくゲームばっかりしてて、 見てないし」 「ふふっ、とっても綺麗なのです。 夕陽が反射してキラキラしています」 「姫守はよく海を見にきたりするのか?」 「いいえ、あまり来ないのです。 海でゲームをしたのも初めてなのですよ」 「本当に? いつもやってるのかと思ったよ」 「いつかやりたいと思っていたのですぅ。 本日はお付き合いくださいまして、 誠にありがとうございます」  ぺこりと姫守がお辞儀をする。 「そんなに礼を言われることじゃないって。 姫守とゲームするのは楽しいしな」 「そうなのですぅ?」 「あぁ」 「……そのぉ、つかぬことをお訊きしますが、 ゲームをするのが、楽しいのですぅ? 私と一緒だから、楽しいのですぅ?」  え……いきなり、何だ? 「……そりゃ、姫守と一緒だからだけど」 「でしたら、 ゲームがなかったら、どうなのですぅ? 楽しさ半減なのですぅ?」 「そんなことはないって。 今だってすっごい楽しいよ」 「そうでしたか。 お楽しみいただけたようで、 ほっといたしました」 「そういう姫守こそ、 俺と話してるより、ゲームでもしてたほうが 楽しいんじゃないか?」 「そっ、それは誤解なのですぅっ。 私は初秋さんとお話しているほうがっ…!」 「……お話してるほうが?」 「あ、そのぉ……楽しいかもしれないような 気がするかもしれないと申しますか、 ですから、そういうわけなのですぅ」 「……………」  どういうわけなんだ? 「……そのような目で、見ないでください。 後生ですから、堪忍なのですぅ……」 「あ、ごめん……」 「……まだ、見てるのですぅ」 「姫守だって、見てるけど」 「わ、私からは目を逸らせないのですぅ」 「どうして?」 「失礼に当たりますから」 「そうなんだ」 「そうなのですぅ」 「……………」 「……………」  そうして、俺と姫守はぎこちなく、 しばし、互いを見つめていた。 「はぁい、どうぞ。 チョコバナナと、ダブルクリーム、 フランクフルトです」 「どうも」  俺は商品を受けとって、 「はいよ、友希。おまたせ」  チョコバナナクレープを友希に渡す。 「クレープってエロいよね?」 「いきなり何の話っ!?」 「だって、ほら、生地と生地の割れ目に 白いとろとろの液体がはいってるじゃん」  友希がまるで絞るような指使いで、 きゅっ、きゅっとクレープを握る。  すると割れ目からとろりと 生クリームが溢れでてきた。 「あはは、出てきちゃった。 れぇぇ、れろれろ、あむ、ぺろぺろ」  俺が呆然とその様子を見てると、 「やだ。そんなに見ないでよ。 恥ずかしいわ……」 「俺はたまに、お前は病院いったほうが いいんじゃないかと思うぞ」 「あー、そんなイジワル言うんなら、 もう遊んであげないもんね」 「……そうか。それは残念だな。仕方ない」 「えっ?」 「友希が遊びたくないなら、帰るよ。 じゃあな」 「うそうそ、冗談だって。 本気にしないでよ。ごめんね。怒った?」 「ははっ、お前こそ本気にするなよ。 何年俺と付き合ってるんだ?」 「……あたしたち、付き合ってたの?」 「いやいや、そういう意味じゃないからっ! そんな勘違いされても困るって言うか、 その……だから……」 「あははっ、本気にしないでよ。 何年あたしと付き合ってるの?」 「え……俺たち、やっぱり、 付き合ってたのか?」 「ち、違うわよ。 そういう意味じゃなくて……」 「なに本気にしてるんだ?」 「あー、何それー。 仕返しなんて男らしくないわよ」 「そうなんだ。 今まで隠してたけど、じつは俺、女なんだ。 ちゃんとツイてるけど、心は女なんだ」 「嘘……じゃ、男の娘のレズだったの?」 「なんでだよっ!?」 「だって、よくあたしの顔見て勃起するじゃん」 「それはお前が男顔だからだよ」 「……え、そ、そうなんだ。 あたしってそんなに男っぽい? 化粧とかしたほうがいいのかなぁ…?」 「なに本気にしてるんだよ?」 「そ、そんな嘘、ひどいよっ! あたし、颯太のことがす……なのに……」 「……えっ? ごめん、聞こえなかった。今、なんて…?」 「颯太のことが寿司なのに、って」 「意味わかんないよっ!!」 「……君たち、いいから もう付き合っちゃいなよ」  俺たちのいつものやりとりを QPが呆れたような目で見ていたのだった。 「あー、そんなイジワル言うんなら、 颯太のフランクフルト食べちゃうんだからね」  友希が口を大きく開け、 俺のフランクフルトにぱくついた。 「はぁむっ!」 「こらっ、女子のくせに一口で 食べすぎだろっ!」 「ふぁい、おかえひに、あはしの クレープなめていいふぁよ」  クレープは俺も持ってるんだけどな。 まぁ、もらうけど。  口を近づけると、 友希がきゅっとクレープを握る。  生クリームがとろりとこぼれ落ちそうに なった。 「おいおい、もったいないだろ」  舌を伸ばして、こぼれそうな生クリームを 舐めとる。 「颯太、あたし今、 すごいこと思いついちゃった。 言っていい?」 「下ネタ以外ならな」 「あたしが颯太のフランクフルト食べて、 颯太があたしのクレープ食べてると、 二人でアレしてるみたいだよね」 「何だよ、アレって?」 「そ、その、ほら、シックスナイン…?」 「下ネタ以外って言ったよねっ!?」 「あははっ、だって言いたかったんだもん。 あぁむ、ほおたのフランクフルトおいひい。 ほりゃ、あらひのももっとなめへよ」 「……ぜんぜん、クレープ食べてる気分に ならないんだけど……」 「でも、ほら、これが何かの役に立つ時が 来るかもしれないじゃん」 「何の役に立つ時が来るんだよ……」 「んーと、いつか二人で シックスナインする時とかっ!」  ビックリして友希の顔を見返した。 「……ご、ごめん。今のなし。忘れて」 「あ、あぁ」 「で、でも……ぜ、ゼロじゃないし……」 「何が?」 「……そんなありえないような口調で 言わなくても…… ただの可能性の話なのに……」 「……まぁ、そうだな。可能性はな」 「……だ、だよね?」 「……うん、まぁ」 「じゃ、やろっか?」 「ん? 何を?」 「食べさせっこの続き」  俺たちは、 ふたたびフランクフルトとクレープを 食べさせあうのだった。  待ち合わせ場所に行くと、 ちょうど向こう側からまひるが 来るのが見えた。 「ようっ、時間ぴったりだな」 「えっへん。まひるは時間を守るんだ」 「俺も時間通りだけどな」 「それぐらいで威張っちゃダメなんだ。 時間通り来るのは当たり前なんだ」 「たった今、威張ってた人がいたよね……」 「まひるはお腹が空いたんだ」 「ちょっとは俺の話も聞いてね…… なんで朝ごはん食べてこなかったんだ?」 「まひるはちゃんと食べてきたぞ。 3杯もおかわりしたんだ。えっへん」 「なんでそれでお腹すくんだよ…?」 「そんなのはまひるのお腹に 訊いてほしいんだ。 こいつ、よくぐーぐー言うんだ」 「そうなのか?」  と冗談でまひるのお腹に話しかけてみた。 「『お腹すいたな。 今日は颯太のゴハン食べれるかな? 食べれるといいな』」 「ほら、お腹がこう言ってるんだ!」 「いやいや、いま思いっきり お前が言ってたよねっ!?」 「『ぼくだよ。お腹だよ。お腹の声だよ。 颯太、信じて』」 「やめれっ」 「よしよし、颯太は信じてくれないな。 ひどい奴だな」 「『うんっ。 颯太ひどい。 颯太ひどいよ』」 「……………」  しょうがないな。 「悪かったな。お腹は、お腹が空いたのか? でも、今日は買い物にきたから、 作ってやれないぞ」 「お腹はえらい子だから、 他の物で我慢できるよな?」 「『うん、できるよ。 お腹いい子だから我慢できる』」 「おまえ、なに言ってるんだ? ちょっと頭のおかしい奴みたいだぞ」 「まひるがやりはじめたんだよねっ!?」  などと朝からくだらないやりとりを してると、通行人がなにげに こっちをチラチラと見ているような気がした。 「悪い。ちょっと騒ぎすぎたな」 「なんで謝るんだ? まひるは怒ってないんだ」 「いや、ほら、見られてるだろ」 「颯太は自意識過剰なんだ。 他人のことをそんなに気にする奴は いないんだぞ」 「……だから、お前は 有名人の自覚なさすぎだろ」  こんなんじゃ買い物もまともに できないわけだな。 「そんなことより、 お店に行く前にゴハンを食べたいんだ。 まひるはハンバーグがいいぞ」 「はいはい」  朝食を食べた後、俺たちは まひるが 「行きたい」 と言った ブティックに来ていた。  来る途中も来た後も、 見られてるような気はしたものの、  俺が一緒にいるからか、 まひるがファンから話しかけられることは なかった。 「これがいかな? 似合うかな? どかな?」  まひるはさっきから夢中になって服を 選んでいる。 「颯太、どっちがいかな?」  まひるは洋服を見せてくる。 「右のがかわいいんじゃないか」 「そっか。じゃ、こっちにしよかな? でも、颯太のセンスって当てになるかな? やっぱり、こっちにしたほうがいかな?」 「でも、颯太が傷つくかな? かわいそうだから、両方買おかな? それなら、傷つかないかな」 「どっちにしても傷つくからねっ」 「な、何だ? おまえ、まひるの心を読んだのかっ!?」 「読んだって言うか……」  丸聞こえだったんだけど。  と、その時―― 「ねぇ、あの子、まひるちゃんだよね?」  うーむ。やっぱり気づかれてるよな…… 「じゃ、隣の人って、もしかして彼氏…?」  いや、それは違う。 っていうか、やばい。 「なぁ、まひる、ちょっと」 「じゃ、こっちとこっちだと どっちがいかな?」  いや、脳天気に洋服を選んでる場合じゃ ないんだけど…… 「『聞いてる、お兄ちゃん?』」  えっ? お兄ちゃん。 「なんだ。お兄さんだったのね」 「だよね。あっちの男の子は、 なんか彼女いなさそうなオーラを 出してるし」  どんなオーラだよ、見えるのかよ……  それにしても、まひるは 意外に機転が利くもんだな。  まぁ、スキャンダルだけは シャレにならなさそうだし、 気をつけるよう言われてるんだろう。 「お兄ちゃんは、やっぱり右のほうが いいと思うぞ」 「『じゃ、試着してくるから、 ちょっと待っててね』」  その後も何着か服を選び、 まひるは満足げな表情で ブティックを後にした。 「『お兄ちゃん、今日はありがとね』」  まだ周りの人を気にしているのか、 まひるは演技を続けている。 「気にするなよ。かわいい妹のためだからな」 「『えっ? えへへ、嬉しいな』」  こうしてると妹ができたみたいで、 本当にかわいく思えてくるな。 「『ねぇ、お兄ちゃん。まひる、お兄ちゃんに  ずっと言いたかったことがあるんだよ』」 「へぇ。何だ?」 「『だぁい好き』」  演技、だよな…?  でも、そこまでする必要がないような…?  って言っても、まひるの演技は 役に入りこんじゃうからな。 「『お兄ちゃんは、まひるのこと、好き?』」 「……えっと……」 「『嫌いなの?』」 「いやいや、好きだよ」 「『えへへ。じゃ、まひるが大きくなったら、 お兄ちゃんのお嫁さんにしてくれる?』」 「……でも、兄妹は結婚できないからさ」 「『じゃ、まひる兄妹やめるね。 そしたら結婚できる?』」  いや、兄妹やめるとか普通に無理だろ。  と、いつものまひるにだったら 言ってるところだけど、このまひるには、 なんだかかわいそうな気がした。 「そうだな。じゃ、まひるが大きくなったら、 結婚しようか」 「……………」 「どうした? 結婚したくないのか?」 「……ち、違うんだ……今のは演技なんだ。 まひるは演技してる時は、まひるじゃ ないんだっ。だから、違うんだ……」  素に戻ったらしい。  しかし、こうやって慌ててるところは かわいいな。 「……な、なんだっ、その顔は…? おまえなんか世界で一番だいき…… 変な顔なんだーっ。ばかーっ」  まひるは走りさっていった。  畑の様子が気になったので、 見に来てみると、 「おや? いつも熱心だね、君は」  意外な相手に出会った。 「部長こそ、どうしたんですか? 今日は日曜日ですよ」 「大した理由はないよ。 ただ今日はこの辺りに面白そうなことが あるんじゃないかと思ってね」 「部長って頭いいのに、 行動理由が勘だけですよね」 「心の赴くままに生きるのが 楽しいんじゃないか。 人生を計算するなんてまっぴらだよ」 「でも、自重っていうのは大事な言葉だと 思いますけど」  野菜の様子を見ながら、言った。 「あいにく僕の辞書には載ってなかったかな」 「破いたんじゃないでしょうね」 「まさか、変人の振りをしたって いいことなんかないよ」  そうか。変人の自覚があったのか。 「ところで、今ふと思ったんだけれどね」 「何ですか?」 「君はもしかして、野菜しか好きになれない 変態なのかな?」 「何をふと思ってるんですかっ! 部長こそ女の人しか――」  やばい。口が滑った。 「いま何を言おうとしたのかな?」 「いやいや、何も。 ちょっと滑舌が悪くて」 「じゃ、その口が滑らかに動くように してあげるよ」  と、部長はおもむろに春大根を引きぬき、 どんどん俺に接近してくる。 「や、やめ……」  俺がとっさに身を翻そうとすると、 身体をがっしりと捕まえられた。  部長の大きな乳房が押しつけられ、 そして、彼女の手の春大根が、 俺の股間の春大根とクロスする。 「な、何を……部長…?」 「ふふっ、そんなに切ない声を出して、 これがそんなに気持ちいいのかい?」  部長が春大根を操る手は巧みで、 俺の春大根の急所を、艶めかしく 刺激していく。 「ほら、育ってきた。そろそろ収穫時期かな?」 「な、何を言ってるんですか…… そんなわけ……あっ……」 「ふふっ、かわいい声を出すじゃないか。 それじゃ、もっと良くしてあげるよ」  春大根と春大根が次第に激しく摩擦を 始める。 「……な、んだ、これ…?」  全身がまるで春大根になった気分で、 俺はむくむくと自分が大きく 成長していくのを体感していた。  あぁ、気持ちがいい。 もっと大きくなりたい。成長したい。  どの大根よりも堅く大きく、すくすくと 成長し、最後には種をたくさんまき散らして、 子孫繁栄を願う。  まさしく俺の心は今、春大根そのものだった。  ていうか、このままじゃ 本当に、やばい…!? 「ぶ、部長、そろそろ悪ふざけは……」 「おや? そろそろかな? いつでもいいんだよ」  さらに激しく春大根で擦りあげられ、 俺の背筋を快感が貫く。 「や、やめ……」 「ほら、君の初めての相手は春大根だ」  ぞっとしたのと同時に、大声で叫んだ。 「そ、それだけは、嫌だああああああぁぁぁ ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」  限界ぎりぎり、というところで、 部長は手を止めた。 「ほんの冗談じゃないか。大げさだね、君は」 「……危うく冗談じゃすまないところ でしたからね……」 「分かってるよ。 やっぱり初めては瑞々しいトマトがいい って言うんだろう?」 「言いません」 「そうか、じゃ、カボチャとか……」 「女の子がいいんですっ!」 「へぇ。じゃ、僕が相手ならいいのかな?」  一瞬、ドキッとした。  が、すぐに思いなおす。 「いや、でも、部長はだって、 アレじゃないですか」 「何かな? 言ってごらん」 「いや、その……」  やばい。 何て言ってもイジメられる気がする。 「くすくすっ、いい子だから、 そんなに怯えないでくれるかな? もっとイジメたくなるじゃないか」  今日も部長の病気は、絶賛進行中だった。 「――颯太。初秋颯太。起きたほうがいいよ」  何だ?  QPの声に起こされ、 時計を見ると、まだ5時だった。 「お前、いま何時だと思ってるんだ? 人間は寝なきゃいけないんだぞ」 「分かってるよ。 そんなことより、知らない人が 家に入ってきたよ」 「……本当に? 泥棒か?」 「おそらくね」 「よし、じゃ、今のうちに警察を呼ぶか」  枕元をまさぐり、ケータイがないことに 気がつく。 「やばい。リビングに起きっぱなしだ」 「警察なんか呼ばずに 追い払えばいいんじゃないかい?」 「凶器でも持ってたらどうするんだよ?」 「いざとなれば、ぼくが魔法で 何とかしてあげるよ」 「本当に大丈夫なんだろうな?」 「君の体に危害が加われば、 当然、君の恋に支障が出る。 魔法を使う条件は満たしているよ」  なら、大丈夫か。  このままこうしてても、 気が休まらないしな。 「分かった。じゃ、頼んだからな」  何か武器になるものはないかと 部屋を見回し、掃除機から柄の部分を 外した。  廊下で耳をすますと、 確かに物音が聞こえる。 「ビックリさせれば逃げるんじゃないかい?」  こくりとうなずき、ドアに手をかける。  大きく息を吸いこんだ。 「誰だああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」  よし、びびらせたぞ。 「出てけぇぇぇっ!!」  掃除機の柄を振りかぶり、 泥棒めがけて、思いきり振りおろす―― 「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 「何のぉぉぉっ!!」  鈍い音が響く。 泥棒男はゴミ箱で掃除機の柄を受けとめた。  再度、俺は掃除機の柄を振りかぶる。 「出てけぇっ! 俺の家で好き勝手させるかっ!?」 「貴様こそ出てけっ! この家は俺のものだっ!」 「何だとぉ?」 「なにぃっ!?」  掃除機とゴミ箱で激しい鍔迫り合いを おこない、泥棒男と俺の顔が急接近する。 「――あ、あ……れ…? 父さん…?」 「……お前、颯太か?」  照明がついた。 「もう。颯ちゃんったら、早とちりね。 お母さんたちを泥棒だと思っちゃった?」 「いや、だって、こんな時間に 帰ってくることなんてなかったから……」  しまった。よくよく考えれば、QPは うちの親の顔見たことないんだから、 そりゃ 「知らない人だ」 って言うよな…… 「はっはっは。まぁ、間違いは誰にでもある。 それより、颯太がこの家を守ろうとして くれたことを、父さんは誇りに思うぞ」 「大きくなったな、颯太」  父さんと会うのは久しぶりな気がするけど、 あいかわらずバカっぽいな。 「でも、二人してこんな時間に どうしたんだよ?」 「うん。あのね、お母さん、 深夜に空港についたんだけどね」 「お父さんが早朝に帰ってこれるって 言うから、一泊するのやめて、 タクシーで帰ってきたのよ」 「でも、電気もつけずに何してたんだ?」 「そら、お前、なぁ。色々となぁ。 久しぶりに会ったからなぁ。 父さん張りきっちゃったって言うか、なぁ」 「やだ、昭夫さんったら。 颯ちゃんの前で変なこと言わないで」 「……………」  聞きたくないことを聞いてしまった。 「じゃ、俺、寝るから」  そそくさと退散を決めこむ。  リビングのドアを閉める。 「だめ……まだ颯ちゃんが……」 「大丈夫だよ。もう行ったさ」  大丈夫じゃないよ。まだ廊下だよ! 「はあぁ……ひどい目にあった……」 「君のご両親は素敵な人たちだね」 「お前、頭大丈夫か!?」 「何がだい? 君のご両親は あの年でもまだ互いに恋をしているんだ。 こんなに素晴らしいことはないよ」 「息子の立場になってみると、 そうとうきついものがあるけどな」 「どちらかと言えば、いまだに彼女がいない 君の立場のほうがそうとうきついものが あると思うよ」 「うるさいよ……」 「だけど、安心してくれていいよ。 ご両親のおかげで、君に足りないものが 何か分かったよ」 「何だよ?」 「積極性だよ。もっとガツガツと異性に 接していくその積極性が君にもっとも 欠けているものなんだ」 「お前にいろいろ言われて、頑張ってるだろ」 「いいや。まだ物足りないね。 例えば君の父親だけど、独身時代は かなりのやり手だったとぼくは見たよ」 「やり手っていうか、バカだから、 母さんに一目惚れしたその日に プロポーズしたらしいよ」 「素晴らしいね。 君も彼の血を引いてるんだ。ぜひ それぐらいのことはやってもらいたいよ」  普通に無理だよ…… 「大丈夫だよ。すぐにとは言わない。 まずはこれから君が積極的になるための 特訓をしようじゃないか」 「『これから』って、 いま何時だと思ってるんだよ。 明日、学校なんだから寝かせてくれ」 「問題ないよ。 夢の中で特訓するんだ。魔法を使ってね。 君はただ寝てくれればいいよ」 「それなら、別にいいけど」 「じゃ、また夢の中で」 「おう」  電気を消して、ベッドに倒れこむ。  すぐに意識がまどろんでいき、 そして――  カーテンごしの陽光をまぶたに受け、 ぼんやりと意識が覚醒する。  もう朝か。 「やぁ。ようこそ、夢の中へ。 気分はどうだい?」  いきなりQPが変なことを言ってきた。 「……お前、朝からなに言ってるんだ?」 「寝る前に言ったはずだよ。 夢の中で特訓をするって」  そういえば、言ってたような気がする。 「じゃ、待てよ。えっ? 俺、いま夢を見てるってことか?」 「そういうことだよ」  俺は布団を触り、感触を確かめてみる。 肌触りの良い綿のシーツと中の羽毛の 柔らかさが、手の平に伝わった。  これが、夢? 「現実としか思えないんだけど…?」 「特訓するにはもってこいだろう。 さぁ、早く行こうじゃないか」  QPに急かされ、俺は学校へ向かった。 「いいかい? 彩雨たちが登校してきたら、 積極的に口説くんだよ」 「なんて口説けばいいんだよ?」 「君だって他人に言えない 口説き文句のひとつやふたつ、 考えたことがあるだろう?」 「そんなもの口が裂けても言えないよね」 「何を言ってるんだい? これは夢だよ。 黒歴史のひとつやふたつ、披露したところで どうということはないよ」 「……まぁ言われてみれば、そうだな。 じゃ、やってみるか」 「ニヤリ」 「ん? どうかしたのか?」 「いいや、ほら、彩雨が来たみたいだ。 さっそく試してきなよ」 「おう」  こう見えて、妄想…… もとい、シミュレーションになら、 かなりの時間を費やしている。  これが夢なら、やれる自信はあった。 「よ、おはよう、姫守」  俺は気取った感じでしゅっと手をあげ、 そして、現実なら絶対にできないであろう キザったらしい口調で言った。 「あぁ、今日も君の笑顔は太陽のように 輝いているね。そうやって、笑うだけで 何人の男を恋に落としてきたんだい?」 「え、えっ? い、いえ、そのようなことは ……お世辞をおっしゃられても、 何も出せないのですぅ」  その答えは、シミュレーション済みだ。 「お世辞なんかじゃないよ。 俺はいつ姫守が帰ってしまうんじゃないかと 毎日、不安に思ってるんだ」 「帰るのですぅ…?」 「そうさ。だって君は、月からやってきた かぐや姫なんだろう?」 「え、ええっ!? ち、違うのですぅ。 私は地球の人なのですぅ……」  シミュレーション済みだ! 「ええっ!? そうなのかい!? こんなに綺麗な人が同じ地球人だなんて、 思いもよらなかったよ」 「……そ、そんなに褒められると、 どうお答えしていいか分からなく なるのですぅ……」 「『ありがとう』って言ってくれれば、 いいんだよ。それだけで俺は、 天に昇るような気持ちになるからね」 「……そのぉ、お褒めいただきまして、 ありがとうございますぅ…… こんなこと初めて言われたのですぅ」 「ふっ、どういたしまして。 こんなことで良ければ、 毎日でも言ってあげるよ」  白い歯をキランッと輝かせ、 俺は会心の笑顔を浮かべた。 「なかなかやるじゃないか。 どうしてそれを普段やらないんだい?」 「いや、こんなの現実でやったら、 ただの痛い奴だし」 「そう思うかい?」 「どういう意味だよ?」 「おっはよー、今日もいい天気ね。 清々しいわ」  お。来たな。よし、やるぞ! 「おはよう、友希。君があんまり綺麗だから、 太陽も君の姿を見たくて、ついつい顔を 出してしまうんだろうね」 「え……あ、あはは……どしたの、颯太? 変な物でも食べた?」  それも、シミュレーション済みだ! 「そうかもしれない。いつのまにか俺は、 君から目を離せなくなる魔法の薬を 口にしてしまったのかもね」 「あ……う、うん。そうなんだ…?」 「おまえら、校舎に入らずに 何やってるんだ? 遊んでるのか? まひるだけ仲間ハズレか?」  飛んで火にいる夏の虫だっ! 「おはよう、まひる。 俺が校舎に入らない理由かい? 君を一目見たくて待っていたのさ」 「あぁ、なのに君と来たら、だめじゃないか。 君のような天使が一人で登校していたら、 狼たちに襲われてしまうよ」 「帰りは俺が君の部屋まで 送ってあげるからね」 「な、なに言ってるんだ。 おまえ、頭おかしくなったんじゃないか? 悪い病気にかかったんだ」  シミュレーション済みだと言っただろうが! 「あぁ、きっと、そうだね。だけど、治すには 君からの優しい言葉が必要だよ。なぜって、 俺がかかったのは恋の病なんだから」 「ま、まひるはいつも優しいんだ。 おまえなんかっ、おまえなんか…… 世界で一番……ばか、なんだ……」 「……初秋さんはいけない人なのですぅ。 皆さんにいいことばかりおっしゃって、 気が多いのです」 「あー、それあたしも思ったぁ。 誰にでも綺麗とか天使とか言ってて、 都合いいよね」 「おまえっ、そうなのか? そういうことは、 はっきりしなきゃダメなんだぞ。 誰が一番綺麗なんだっ?」  ずいと三人が詰めよってきて、 俺は一歩後ずさる。 「「……………」」  三人はさらにずいと詰めよってくる。  だが、恐るるなかれ、これは夢だ。 夢なんだ。  ならば、披露してやろうじゃないか。  今日この時まで温めつづけ、 腐敗して土に帰るまで厳重に保管しておく つもりだった――  男の理想の口説き文句ってやつを。 「かわいいヴィーナスたち。 誰が一番かなんて、俺のために 争わないでおくれ」 「君たちがそんなふうに争うと、 俺は胸がきゅんとして、 切ない気持ちになってしまうよ」  俺はアンニュイな感じで言った。 「大丈夫。俺は一番がひとつしかないなんて 言うような器の小さい男じゃないんだ。 三人ともが一番だよ」  俺はきりりと顔を引き締め、 彼女らを受けいれるかのように 大きく両腕を広げる。  そして、可能な限りの イケメンボイスで言い放つ―― 「ほら、おいで。俺の、俺たちのハーレムに」 「うわぁ……」 「まひるは知ってるんだ。 ハーレムって言いだす男は 最低なんだ……」  まるで虫けらでも見るような視線が 俺に突き刺さってくる。 「いけませんっ。私の目の黒い内は 一夫多妻制は認められないのですぅっ! 即刻考えを改めるのです」 「姫守。俺を独り占めしたいのは分かるさ。 けど、そんなことしたら他の女の子が かわいそうだろう?」  ふははは、見たか、夢でなければ 決して言えないこのフレーズ。 一度は言ってみたかった。 「で、ですけど、 ハーレムを作られると、みんな かわいそうになるのではないのですぅ?」 「そんなことはないよ。 俺が同時に一人にしか愛情を注げないと 思ったら、大間違いだ」 「同時に二人、いや三人だってイケる。 つまりだ――」 「4Pもできる!」 「……そ、颯太って、多人数プレイが 趣味だったんだぁ」 「そんなぁ。私も頭数に 入っているのですか……」 「おまえっ、そんなのいけないんだぞっ。 舐めてるのかっ」 「どちらかと言えば、舐めるより 舐められたいかな。まひるのその小さな口で じっくりねっぷり、たっぷりとね」 「お、お、おまえ……」  軽蔑にも似た視線が俺に突き刺さる。 「ふはははは、素晴らしい。 なんて臨場感のある夢かっ! 侮蔑さえも快感に変わるようだっ!」  いつしか俺は現実のしがらみから 解放されたかのようにハイになっていた。 「初秋颯太、ぼくとしては ハーレムは推奨できないよ」 「分かってるって。俺だって現実なら、 そんなバカなことは言わないよ。 ちょっとふざけてみただけだ」 「なんせ、夢だからさ。 ちょっとぐらいいいだろ?」 「じつは夢じゃないんだ」 「……………」  何か今、途方もなく 最悪の言葉を耳にしたような気がしたが。 「……何だって?」 「夢じゃないんだ。 君が積極的に口説けるように 一芝居打ったんだよ」 「……つまり、あれか? 俺は朝起きて普通に学校へ 登校してきただけと?」 「そういうことだよ」  なるほど。  夢とは思えない臨場感だったのは、 夢じゃなかったからなわけだ。  ということは―― 「……………」  姫守を堂々とハーレムに誘い、 「……………」  友希の前で4P願望を暴露して、 「……………」  まひるにフェラチオを希望したわけだが――  ぜんぶ現実だってことになると、 さて、どのような弊害があるか?  俺は冷静に考えてみた。 「い、いやっ!! これは夢だっ! 夢だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 覚めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」  俺は地面に頭を打ちつける。 あぁ、痛くない。 やっぱり夢だ! 夢なんだ…!! 「初秋さんっ、だめですぅ。 お怪我をなさってしまうのですぅ」  姫守が俺の体を押さえ、 友希とまひるもそれを手伝う。 「颯太がとうとうおかしくなったんだ? 大丈夫なのか? 頭の病気なのか?」 「最近、独り言が増えたような気がしたけど ……こんなことになるなんて……」  この後、俺は、  夜中に両親のセックス中の声が聞こえてきた ことにより、思春期の心に大きなダメージを 受け錯乱していた――  と、そう説明して、どうにか ごまかしきったのだった。  今日は自宅近くの神社で縁日が 開かれるということで、 みんなを誘ってやってきた。 「えへへ。わたがし食べたいな。楽しみだな。 わたがし、わたがし、わたがし」  まひるがわたがし屋を探して、 一直線に走っていく。 「あ! たこ焼きだ。おいしかな? たこ焼き、たこ焼き、たこ焼き」 「わたがしはどうしたんだよ……」 「まひるちゃんは縁日にお詳しいのですね。 何が売っているかご存じなんて、 すごいのですぅ」 「えっへん。まひるはすごいんだ」 「わたがしが売ってるのぐらい、 初めて行く縁日でも分かるけどな」 「おまえっ、さっきからうるさいぞ。 まひるは彩雨としゃべってるんだ。 おしゃべり男ー」 「はいはい」 「『はい』は1回なんだ!」 「はーい」 「……おまえみたいな奴は、もうほっとくんだ。 まひるは彩雨と話すんだ」 「まひるちゃんは、よく来られるんですか?」 「うん、毎年来てるよ。 彩雨はあまり来ないの?」 「じつは縁日に来たのは初めてなのですぅ。 とてもワクワクするのですね」 「うん。まひるも大好き。 いつも楽しみにしてるよ」  しかし、俺に対する態度とぜんぜん違うな。 「まひるちゃん、あちらは どういったものでしょうか?」 「リンゴ飴って言って、 リンゴと飴が合体してるの。 おいしいよ」 「私、興味があるのですぅ。 ど、どうやって注文すればいいのですぅ? まずはご予約からでしょうか?」 「うぅん。あのおじさんに、ちょうだいなって 言えばいいの」 「かしこまりました。 私、少々いってまいります」 「まひるもフランクフルト買ってくるね」  すでにたこ焼きさえも忘れさられていた。 「友希は何も買いにいかなくていいのか?」 「……いいかも……」  つぶやきながら、 友希は輪投げ屋を見つめている。 「何だ? 輪投げしたいのか?」 「あ、うぅん。いいの」 「なんだよ、変な遠慮するなって。 分かった、この年だから恥ずかしいんだろ。 なら、一緒にやろうよ」 「本当に大丈夫だから。 気にしないで」 「でも、ずっと見てただろ?」 「それは、輪投げのあの棒が、 おち○ちんだったら、楽しそうだと 思っただけで……」 「お前はあいかわらず、なに考えてるんだ…?」 「うんとね、男の人が裸で寝てて、 でもそのままじゃ、へにゃへにゃだから、 輪を投げても棒に入らないじゃん」 「だから輪を投げる女の人も裸になって、いろ んなポーズで棒をうまく立たせて、その隙に 輪を入れる大人の輪投げとかどうかなって?」 「思春期の男子も真っ青な妄想なのは 確かだよ」 「じゃあさ、コルク銃の代わりに、 下半身の銃を発射して、 景品を倒す大人の射的とかどう?」 「なら、リンゴ飴の代わりに おっぱいを飴でコーティングして 舐めるおっぱい飴とかどうだ?」 「チョコバナナの代わりに おち○ちんにチョコをコーティングした チョコおち○ちんとかとか?」 「それとそれと、そのふたつを組みあわせて、 パイズリチョコ飴とかとかとかっ!」 「あははっ、もう、やだぁ。 颯太って、やーらしいのー。 すぐそんなことばっかり考えてさぁ」 「お前には負けるよ……」 「ほ、ほうた、た、たいへんなんら!」  フランクフルトを咥えながら、 まひるがやってきた。 「まず食べるか、しゃべるかどっちかに したらどうだ?」 「え……う、うぅ……」 「分かった分かった。食べてからしゃべれ」 「もぐもぐ、ぱくぱく、あむあむ」  まひるは一気にフランクフルトを 食べ尽くした。 「それで、どうした?」 「彩雨がリンゴ飴で 大変なことになってるんだ」 「姫守が?」  視線を巡らし、彼女を探す。 「リンゴはめはとへもおおひくて、 食べるのがたいへんなのれすぅ」  姫守はリンゴ飴を 丸ごと口に放りこんでいた。 「……なぜ、そうなった?」 「あめはまうごほなめふものれすから」 「何だって?」 「飴は丸ごと舐めるものだから、 リンゴ飴もそうだと思って、 一気に口に放りこんだってことじゃない?」  本当かよ…… 「大丈夫か?」 「す、すほし、くるひいのれすぅ。 とれなふなってしまひまひた」 「大変なんだ。このままじゃ彩雨は リンゴ飴を咥えたまま、一生を 過ごすことになってしまうんだ」 「リンゴ飴星人なんだっ!」 「ほ、ほんなぁ。かんひんなのれすぅ」  さすがに一生はないだろ。 「姫守、引っぱるから、口を開けてくれ」 「あ、あーん」  リンゴ飴の棒をつかみ、引きぬいていく。 「あっ、んっ、ふあぁぁ」  咥える時によほど頑張ったんだろう。 姫守の口は小さくて、リンゴ飴が 出てくる気配がまるでない。 「ちょっと、痛いけど、我慢してな」 「は、はひ……んっ……あ……あぁぁ……」 「よし、もう少しだからな。 力抜いてくれな」  次第にリンゴ飴が姫守の口から姿を現す。 もう一息だ。 「……ふあぁぁ……あ、あひゃあぁ…! くすっ、とれましたぁっ。お騒がせして、 申し訳ないのですぅ」 「気にするなって」 「ねぇねぇ、なんか今の、 初えっちしてるみたいだったね」 「まひるに言われても困るんだ……」  そんなトラブルがありつつも、 俺たちは久しぶりの縁日を楽しんだ。 「それでは、二人一組になって、 会話の練習をしてみましょう。 隣の人以外と組んでください」  隣の人以外ということは、 友希とは組めないな。  他に組めそうな相手は―― 「初秋さんっ。あのぉっ、 不躾なお願いとは承知していますが、 私とペアになってほしいのですぅっ!」  英語の授業でペア作るだけだっていうのに、 姫守はものすごく低姿勢で頼んできた。 「あぁ、ちょうど俺も相手がいなかったんだ。 こっちこそお願いできるか?」 「はいっ! ご迷惑を おかけするかもしれませんが、 よろしくお願いいたしますぅ」  というわけで、 姫守とペアになって英会話の練習を してたんだけど―― 「How will you spend your time?」 「……………」 「姫守? どうかした?」 「初秋さん、つかぬことを お訊きしてもよろしいでしょうか?」  いま授業中なんだけど…… なんだか切実そうだな。 「いいよ。どうした?」 「友人が悪いことをしてるって知ったら、 どのようにすればいいと思いますか?」 「何をしてるかにもよるけど、 本当に友達だって思うなら、 やっぱり止めてあげるべきじゃないかな」 「でしたら、 ケンカした友人と仲直りをするには どうすればよろしいのですぅ?」 「そうだな。それも内容によると思うけど、 なんでケンカになったんだ?」 「それは……」 「初秋くん、姫守さん、 続きは英語で話してもらえますか?」  やばい。 「すみません」 「あいむそーりーなのですぅ」  さすがにそれ以上は相談に応じられず、 英会話の練習に戻ったのだった。  放課後。 俺がバイトへ行く準備をしてると―― 「あのぉ、初秋さん。 もし良かったらなのですが、明日、 相談に乗っていただけないでしょうか?」 「さっきの、友達の話?」 「はいー。私、本当にどうしていいか分からず、 途方に暮れているのですぅ。後生なのですぅ」  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「いいよ。じゃ、どこで会う?」 「ありがとうございます。 私のお家でよろしいですか?」 「分かった。じゃ、詳しくは あとでメールするから」 「ごめん。明日はちょっと用事があって」 「そうですか。残念なのですぅ」 「俺じゃなくてもいいなら、 友希に相談してみたら? あいつ、人付き合いは上手だしさ」 「そうですか。では、友希さんに 訊いてみるのですぅ」  ナトゥラーレでバイト中。 洗い物をしている時だった。 「颯太、手空いたら、こっちに来い」 「はい。すぐ行きます」  フライパンを洗いおえ、 マスターのもとへ出向く。 「何でしょう?」  すっとマスターがBDを差しだした。 「例のやつだ。手に入ったぞ」 「本当ですか。アレですよね? ありがとうございますっ。 まだ発売日前なのに、よく手に入りましたね」 「そら、お前、長年培った人脈ってやつよ」 「さすがですね、マスター」 「言っとくが、今度のはやばいぞ。期待しとけ」 「マジですか……見たんですか?」 「いやまぁ、俺はコレ系は もうずいぶん前に卒業したけどよ」 「じゃ、わざわざ俺のために…… ありがとうございますっ」 「お腹すいちゃったぁ。 今日のまかない何ー?」 「やば……」  俺は素早くBDを懐に隠した。 「……ねぇねぇ、いま何か持ってなかった?」 「な、何も持ってねぇよな、颯太」 「え、えぇ、マスター。別に何も」 「じゃ、ちょっと散歩してくるわ」 「どうぞどうぞ。行ってらっしゃい」 「……………」 「あぁ、そうそう、まかないだったな。 ちゃんとできてるよ。 今日はあんかけチャーハンだ」 「わぁ、おいしそう。いただきます」  ふぅ、何とかごまかせた。 「……………」  と、思ったら、 やっぱり怪しまれてるのか? 「……どうした? 食べないのか?」 「明日さ、颯太の家に遊びにいってもいい?」  あぁ、なんだ。ビックリした。  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「いいよ。何して遊ぶ?」 「うーん、考えとくね」 「おう」 「いや、明日はちょっと用事があって」 「何の用事?」 「……親に頼まれ事してて……」 「なに頼まれたの?」 「………………まだ分かんないけど、 家にいるようにって言われたから……」 「……そっか。じゃ、いい」  ふぅ。バレてない、よな?  危ないところだった。 「あっ…!」  朝、家を出ると、見覚えのある人影が ビックリしたように隠れた。  何してるんだ、あいつ?  いったん家の中に戻って、 10秒数えてみる。  ――8、9、10っと。 「わあぁぁっ、出たぁぁっ!」  ふたたびまひるは物陰に隠れた。 「……………」  俺はもう一度、家の中に戻り、 10秒数える。  ――9、10っと。 「来たかな? きたみたいだな?」  まひるは隠れている、つもりみたいだ。 こっちからも丸見えだが。  まぁ、一生懸命隠れてるみたいだし、 気づかない振りして行くとするか。  俺はいつも通り、歩きだした。 「……………」  まひるがまるで偶然を装ったように、 俺の前を通りかかった。  気にせずそのまま立ち去ろうとすると、 「おいっ、おまえっ。なんでまひるを 無視するんだっ! 無視はイジメなんだっ! まひるは泣くんだっ!」 「分かった分かった。悪かったよ。 ていうか、俺の家の前で何してるんだ?」 「偶然通りかかったんだぞ」 「本気で言ってるのか…?」 「まひるはいつだって本気なんだ。 学校に行く途中に偶然通りかかったんだぞ」 「でも、まひるの家って、 学校挟んで反対側だよね?」 「う、うるさいっ。まひるが 偶然って言ったら偶然なんだっ。 神経質男ーっ!」 「分かった分かった。偶然でいいよ」 「分かればいいんだ。 おまえっ、まひるについてきたかったら、 ついてきてもいいんだぞ」 「……………」  突っこまないでおいてやろう。 「はいはい。ついていきたいよ」  俺たちは並んで、学校へと向かうのだった。 「おまえっ、明日は何してるんだ? 暇か? ひまひま星人かっ?」 「なんで暇だって決めつけるんだよ。 俺にだって予定ぐらいあるって」 「何するんだ?」 「映画でも観にいこうかなって」 「まひるも偶然、映画を 観にいこうと思ってたところなんだ」 「一人で寂しいんだったら、 一緒に行ってやってもいいんだ」 「いや、別に寂しくないよ。 ひとりで観るのも、けっこう好きだし」 「ウソだっ。颯太は寂しいんだっ。 寂しくてかわいそうで哀れなモテない 男子学生なんだっ!」 「一人で映画観るだけで そこまで言わなくてもいいよね……」 「だから、まひるが一緒に行ってやるんだ。 偉いか?」  これは、一緒に行きたいってことだな。  どうしようかな?  どうしようかな?「偉い偉い。じゃ、一緒に観にいくか?」 「うん。行くんだっ。 えへへ。やったな。うまく行ったな」 「いや、まだちょっと 映画観に行くのも迷ってるから、 また今度な」 「ウソだっ。また今度なんてないくせにっ。 ウソツキ男ーっ、あっかんべーだっ」  まひるは走りさっていった。  姫守の家のチャイムを押すと、 とてとてと奥のほうから足音が聞こえてきた。 「いらっしゃいませー。 どうぞ、おあがりください」 「あぁ」 「すみません。 まだ何のお構いもしていないのですが、 さっそくご相談してもよろしいですか?」 「うん。そのために来たんだし。 友達とケンカしたんだったよな?」 「はいー、面目ないのですぅ。 じつは今日はお庭のほうにいらしている のですぅ。ご紹介しますね」 「ケンカしてるのに、遊びに来てるのか?」 「おかしいのですぅ?」 「いや、そんなことないけど……」  これなら、仲直りするのは 時間の問題っぽいな。 「こちらなのです」  そういえば、友達って女の子だよな? ちょっと緊張してきた。 「あれ、誰もいないぞ…?」  トイレでも行ったか? 「いえ、そちらにいるのですぅ。 ポーちゃん、機嫌なおりましたか?」 「もう知らないポー。放っておくポー」 〈携帯ゲーム機〉《3PS》の中で、犬がしゃべっていた。 「友達って…?」 「はいー。驚かれたかもしれませんが、 ポーちゃんは犬なのですぅ」  いや、正確には犬ですらないんだけど…… 「なんでケンカになったんだ?」 「最近忙しくしていましたから、 ポーちゃんに構ってあげられなくて、 へそを曲げてしまったのですぅ」 「ですけど、どうしても外せない用事が 立て続けに入っていたので、ちゃんと いい子でいてくださいって説明もしたのです」 「どうして分かってくれないのでしょうか?」 「……まぁ……仕様、かな」  おそらく定期的にプレイしないと 好感度が下がるようになってるんだろう。 「どうすればいいのでしょうか?」 「説明書は?」 「読まなくても、心で通じあえるのです」  なるほど。道理で。 「とりあえず、仲直りするために、 遊んでみるよ」  タッチペンを使って、ポーちゃんの体を タッチする。 「気安く触るなポー」  やさぐれてるな。 「わふぅん、ご主人様ぁ、大好きポー、 もっと撫で撫でしてポー」  俺はタッチペンを使って、 ポーちゃんの頭を撫でてやる。 「きゃんっ、きゃはぁんっ、きゃうぅん」 「くすっ、こんなに懐いてしまって。 お陰様で、ポーちゃんの機嫌も すっかり直ったみたいなのですぅ」 「数日ほったらかしにしたら、 また機嫌が悪くなるけど。 今日みたいに構ってあげればいいから」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「ですけど、たった一日で、 ポーちゃんのことをそんなに分かって しまわれたのですか?」  ググったからね。 「まぁ。じゃ、そろそろ帰ろうかな?」 「また遊びに来てくださいね。 ポーちゃんも楽しみに待っているのですぅ」 「あぁ、また来るよ。じゃあね」 「もうそんな時間なのですぅ?」 「残念だけどさ。 それに、もう暗くなりそうだし」 「……初秋さん、今日はポーちゃんと 遊んでばかりで、あんまり私とは 遊んでくれなかったですね……」 「えっ、いや、だって、それは……」 「別にいいのです。私がポーちゃんと 仲直りしたいと言って、初秋さんは 頑張ってくださっただけなのですぅ」 「ポーちゃんと初秋さんが遊んでいる間、 蚊帳の外でしたけれど、いいのです。 気にしてないのです。大丈夫なのですぅ」 「ほ、本当に気にしてない?」 「はい。ぜんぜん気にしていませんが、 帰る前にひとつだけお伺いしても よろしいですか?」  良かった。本当に気にしてないみたいだな。 「いいよ。なに?」 「……初秋さんは、どんな女の子が お好きなのですぅ?」 「……ど、どんなって いきなり言われても……」 「一緒に遊んでて、楽しい子、かなぁ」 「で、でしたら、例えば……」 「……例えば?」 「お犬さんが、タイプなのですぅ?」 「誤解もいいところだよっ!」 「で、ですけど、ポーちゃんの頭を撫で撫で したりしてましたし、ああいうことは私には なさってくれなかったのです」 「いやっ、それはほら、 姫守にやったら姫守が嫌がるだろっ」 「どうして嫌がるのですか?」 「だって、嫌じゃないか?」 「嫌じゃありませんよ」 「そうなんだ」 「やっぱりなのですぅ」 「な、何が?」 「嫌じゃないのに、初秋さんは 撫で撫でしないのです。 ポーちゃんのほうが好きなのですぅ」 「そんなことないって」 「でしたら、撫で撫で、してくれるのですぅ?」 「あ、う、うん。いいよ」  俺は怖ず怖ずと姫守の頭に手をやり、 そっと撫でる。 「くぅん、くぅん」 「な、何してるの?」 「ポーちゃんがこう言うと、 初秋さんは嬉しそうな顔を なさっていましたから」 「そうだったかなぁ」  俺が手を離すと、 「もう終わりなのですぅ?」 「あぁ、いや」  ふたたび姫守の頭を撫でる。 「くぅん、くぅん」  どうしよう、これ。 すごくかわいいんだけど…… 「それで、今日はどこに行きたいんだ?」 「颯太の部屋で遊ぼっか?」  あれ? いつもなら、 だいたい外に行くって言うのに。 「珍しいな」 「今日はのんびりしたい気分なんだよね」  まぁ、そういう時もあるか。 「ねぇねぇ、お腹すいちゃった。 颯太のごはんが食べたいなぁ」 「食べてきてないのか?」 「だって、早く遊びたかったんだもん」 「しょうがないな。簡単なのでいいか?」 「うん。何でもいいよ。ごめんね?」 「気にするなって。作るのは好きだからさ」 「っし、完成っと」  わずか15分で、おいしそうな ボロネーゼの完成だ。 「友希ー、できたよ」 「あははっ、ちょっと遅かったわよ。 ほら、見〜つけたっ。これ、何かなぁ?」  俺はボロネーゼを両手に固まった。  友希がテーブルの上に 一枚のBDを置く。昨日マスターから もらったやつだ。 「お前……それが狙いだったのか…?」 「だって、マスターと二人でコソコソして、 やーらしいんだもん」 「別に、やらしくなんて……」 「嘘だぁ。そんなこと言ってると、 再生しちゃうわよっ」 「あっ、おいっ!」  友希がBDをレコーダーにセットして、 リモコンの再生ボタンを手にかける。 「それで、やらしいの? やらしくないの?」  く。だが、再生すれば 友希だって恥ずかしいはずだ。 「やってみたら、どうだ?」 「えっ? い、いいの? 後悔しない?」  俺は重圧をかけるように、 無駄に男らしく言った。 「望むところだっ!」 「えいっ!」  あっさりと再生された。  始まったのは、アニメだ。  画面には男女が映ってて、 これから今にも始めそうな雰囲気だ。 「あー、やっぱりえっちなやつじゃん。 やーらしいのー」  言いながら、友希は横目で テレビ画面を見ている。  男のほうは体育教師だ。 そうとうな物を持っているだろうことは 想像に難くない。  対する女の子は童顔で、体つきも貧相だけど、 当然18歳以上だ。  そして―― 「あっ、あんっ!」  いよいよ始まった。 「も、モザイク長くない?」 「……長くないと、隠れないからな」 「え、で、でも、こんなに…? こんなのこの子に入るの? あっ……うわぁ……は、入っちゃったね?」 「……あぁ」  どう反応しろ、と。 「あ、うわぁぁ、ね、ねぇねぇ、 あれ気持ちいいの?」 「さぁ……」 「颯太もしてほしい?」 「あのね……」 「でもさ、颯太って、 いつからおっぱい小さいのが 好きになったの?」  思わず窓の外を仰ぎ、そして思った。  あぁ、神様。なぜ俺は同級生女子に、 おっぱいのサイズとシチュエーションの妙に ついて、教えなければならないのですか、と。 「や、やっぱりだめっ!」  と友希が停止ボタンを押す。  はあぁぁ……た、助かった…… 「なんだかんだ言って、 お前でもこれを観るのは恥ずかしいんだな」 「別に観れないほど恥ずかしくはないけど」 「ん? じゃ、なんで止めたんだ?」 「だって、颯太がやーらしい顔してたんだもん」 「なっ……そんな顔してないぞっ」 「えー、してたじゃん。 今すぐズボン下ろして、オナニー 始めそうな顔だったじゃん」 「してたかもしれないけど、 そこまでじゃなかったよっ!」 「……颯太って、二次元がいいの?」 「ど、どっちでもいいだろ」 「あたしはやだ」 「いやいや、別にお前に強制してないし」 「そうじゃなくて。 あたしは颯太が二次元ばっかり観てるの、 やなの」 「なんで?」 「だって、二次元の女の子って、 綺麗だし、かわいいし、勝てないもん……」 「勝つ?」 「あ、そ、そういう意味じゃなくてっ! とにかく、颯太が二次元観るのが、 嫌なのっ! ふ、普通じゃないんだもんっ」 「あ、そ、そう」 「もう観ない?」 「でも……」 「観ないって言ってよ」 「……観ないよ」 「ふふっ、そっか。良かった」  新渡町でまひると待ち合わせをして、 映画館へやってきた。  この辺りだと一番大きな映画館で、 マイナーな作品もたくさん上映している。 「お前、有名人なんだから、 気をつけろよ」 「大丈夫なんだ。まひるは意外と 気がつかれにくいんだ」  隠す気まったくないし…… 「そういえば、まひるは どの映画が観たいんだ?」 「そ、そんな急に訊かれても、 すぐには決められないんだ」 「でも、映画観にくる予定だったんだろ。 観たいのがあるんじゃないのか?」 「う、うん。そうだった。 思い出したんだ。え、えっと、 これ、そう、これなんだっ!」  慌てたようにまひるが 指さしたポスターのタイトルは――  『―慟哭―同性愛者たちの苦難と悲哀』だ。 「…………本気か?」 「な、何かおかしいか? まひるは大人だから、こういうのも 観るんだ」 「大人でもなかなか観ないと思うけど……」 「颯太が別のを観たいんだったら、 それにしてやってもいいんだ。 まひるは偉いから我慢するんだぞ」 「いや、お前が観たいんだったら、いいよ。 これにしよう」 「えっ? 本気で観るのか?」 「観たいんだろ」 「……う、うん」  よほど人気がないんだろう。 観客は俺とまひるの二人だけだった。  映画の上映時間は90分。  内容は、うだつの上がらない会社員Aと 母親の浮気で家庭崩壊を起こしている 高校生Bが出会うところから始まる。  同性愛者の二人がようやく見つけた、 自分をさらけだせる相手――  だけど、物語は一瞬たりとも、 明るい方向へは進もうとしない。  Aは会社で同性愛者ということがバレて、 前時代的な上司にイジメられ、  Bは家庭と学校で居場所をなくし、 不登校になって、 どんどん精神的に追いつめられていく。  深く、暗く、深海の底の底へと 沈みこんでいくような、まさに、 タイトルに偽りなき、慟哭だった。 「変な映画だったんだ。 けっきょく何が言いたかったんだ?」  まひるにはまだちょっと難しいだろう。 「俺は思ったよりは面白かったけどな。 途中からAに感情移入してきたし」 「……お……おまえ……」  まひるが信じられないといったような表情で 俺を見てくる。 「そういうことだったんだなっ。 おまえは、ホモだったから、 まひると別れたんだっ!」 「意味が分からないからっ! そもそも振ったのはまひるだよねっ!」 「ホモがうるさいんだっ。 ホモの言うことはまひるは聞かないんだ」 「ホモじゃないよ……」 「大きい声を出したら、 まひるはお腹が空いたんだ。 ゴハン食べにいくんだ、ホモ星人」 「ごはん行くのはいいんだけど、 それ、やめないか?」 「何か言ったのか、ホモ?」 「……………」  けっきょくこの日は一日中、ホモ扱いされた。 「じゃ、振らなかったら、 まだ付き合ってたのかっ?」 「それはそうだろ」 「ホモなのにかっ?」 「ホモじゃないしっ!」 「あっ、分かったんだっ。 おまえは、まひるの体型が男の子っぽいから、 付き合ってたんだっ!」 「すごい濡れ衣だよっ!」 「じゃ、なんで付き合ってたんだ?」 「それはまひるに告白されて」 「告白されれば誰でも付き合ったのかっ!?」 「ち、違うって。 ちゃんと、まひるならいいかなって 思って付き合ったよ」 「どこがいいかなって思ったんだ?」 「……だから…… かわいいと思ったんだよ」 「どこがだ? 顔か? 体型か? 性格か?」 「それは、その……全部だよ」 「……ぜ、全部とか言っても、 まひるは騙されないんだっ。 そういうのは、おべっかって言うんだ」 「本当だって。 いまさら嘘ついてもしょうがないだろ?」 「そっか。そういえば、そうなんだ」  ようやく納得したらしい。 「……えへへ。そっか。 颯太はまひるがかわいかったんだ」 「……………」 「まひるもね、颯太のこと、 大好きだったんだ。嬉しいか?」  じゃ、どうして別れたんだ?  ――と言葉が喉まで出かかったけど、 いまさら訊けるはずもなかった。  今日は畑の様子を見に来ていた。  俺は野菜の生育具合を一個一個、 丁寧に見て回る。  こうしてると、同じ野菜でも、 人間と同じように個性があるのが分かって、 とても楽しい。  あっというまに時間は過ぎた。 「ふぅ。今日はこんなところか」  ちょっと疲れたから、部室で休憩してから 帰ることにしよう。  部室へ入ると、 部長が暇そうに椅子に腰かけて 足をぶらぶらさせていた。 「やぁ。 世間はGW初日だっていうのに、 君も奇特だね」 「部長に言われたくありませんけど…… 何してるんですか?」 「見ての通りだよ。 暇しているのさ」 「……そうですか」  とりあえず、椅子に腰掛け一息つく。 「暇だなぁ」  気にしない気にしない。  反応したら、何をされるか 分かったもんじゃない。 「こういう時に遊び道――じゃなかった。 遊び相手になってくれるかわいい後輩は どこかにいないものかなぁ?」  いま絶対 「遊び道具」 って言おうとした……  これは早々に引きあげたほうが 良さそうだな。 「これで、よし、と」 「って、よしじゃありませんよ。 何ですか、それ? いつのまに内側に鍵つけたんですかっ?」 「暇だったもので、ついね」 「暇だったからって、 そんなものつけないでくださいね」 「まぁまぁ、そう堅いことを言わなくても いいじゃないか。誰が困るわけでもなし」 「困りますよ。出られないじゃないですか」 「おや? 来たばっかりで、 もう帰りたくなったのかな?」 「えぇ、身の危険を感じてきたので」 「ふふっ、あいかわらずかわいいことを言うね。 それじゃ、こうしよう。これが部室の鍵だ。 これをここに入れて――」  鍵はするりと部長の服の内側へ入りこみ、 ちょうど胸の谷間の辺りに収まる。 「ほら、出たかったら、とってごらんよ」 「……とれるわけないじゃないですか……」 「それは困ったね。 このまま帰れないじゃないか」 「部長……楽しそうですね……」 「そんなことはないんだけれどね。 あぁ、紅茶でも飲むかな?」 「……まぁ、飲みますけど」  部長がティーポットを傾け、 カップに紅茶を注ぐ。 「ほら、ここの紅茶はおいしいよ。 英国王室御用達のものでね、 中でもオススメのブレンドだよ」  紅茶が入ったカップを受けとりながら、 「部長は飲まないんですか?」 「さっき飲んだばかりだからね」 「そうですか」  紅茶を一口飲む。 かなりおいしかった。 「これ、おかわり、ありますか?」 「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。 たくさんあるから、なくなったら 入れてあげよう」 「部長……その、非常に 言いづらいことなんですが、 トイレに行きたいなぁ、と」 「別に僕は止めないよ」 「いや、鍵っ、鍵がないと、 外に出られませんよね?」 「とればいいじゃないか」 「とればって言われても……」  さすがに、 女子の胸元に手を入れる勇気はない。  しかし……しかしだ!  膀胱は今にも決壊しそうだ。 「ふふ、その顔、そそるじゃないか。 まぁ、紅茶には利尿作用もあるし、 あれだけ飲んだんだから、当然だろうね」 「あ、もしかして……ハメましたねっ! だから、部長は飲まなかったんですか?」 「君が本当はどっちなのか知りたくてね」 「『どっち』って何の話ですか?」 「SなのかMなのか、ってことだよ」 「僕の服に手を入れるならSだし、 それをできずに、僕の前でおもらしを してしまうならMだろうね」 「なに言ってるんですか、 俺はNですっ。ノーマルですっ!」 「そんなこと言って、 もうおもらししそうなんじゃないかな?」  部長の手が俺の股間に伸びる。 「や、やめっ、ちょっ、触らないでください。 本気で今、かなりやばいんですから」 「ふふっ、嘘を言うな。本当は僕におもらしを 見てほしいんだろう?」 「そ、そんなわけっ、あっあ、もう……」 「ふふっ、そんなかわいい顔して。 男にしておくのが惜しいぐらいだよ」 「そんなこと言われても、 性転換なんかしませんからね」 「へぇ。まだそんな減らず口が叩けるんだね。 感心感心」 「だあぁぁっ!」  部長の手が俺の尿意を巧みに刺激してくる。  けど、それを避けようとすれば、今度は その拍子にうっかり暴発してしまいそうだ。  だめだ。こうなったらもう、 背に腹は代えられない。  そう速く、何より誰よりも速く。  おっぱいの感触を感じる間もないほど、 刹那の時を駆けぬけろ、俺の手よっ! 「でりゃっ!」 「あ……ふぁぁ……こら、そんなに、 激しくするな……」 「うわあぁっ、ごめんなさいっ!」  けど、確かにつかんだ。 俺は手の平を開く。  木片には、『ハズレ』と書いてあった。 「何ですか、これはっ!? 鍵はどこにやったんですかっ?」 「最初からかかっていないよ。 騙されたかな?」 「ちきしょうーっ!」  あぁ、漏れる漏れるっ! もうだめだっ!  しょうがない、ここで。  俺は手早くチャックを下げ、 発射口を露わにした。  撃ち方よし、ファイアッ! 「ふぅ……助かった……」 「いやぁ、間に合って良かったね」 「えぇ、本当に――」 「て、ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? なんでいるんですかっ! ちょ、だめっ、 見ないでくださいねっ!」  気合い一発、俺はピタリと放尿を止める。 「ふふっ、そんなに恥ずかしがって。 いいじゃないか、男の子なんだから。 減るもんじゃあるまいし」  その時だ。俺の中で何かが、 ぷっつりと切れた。 「……ふ、ふ……」 「――ふふ、ふははっ、ふはははははっ!」 「ど、どうしたのかな?」  あぁ、もういい。 もう恐れる物など何もない。  そう、何ひとつ! 「……部長、あんまり調子に乗ってると――」  俺は目をギラギラさせて言った。 「ぶっかけますよ!」 「ふ……ふふ、ま、まぁ、 僕もちょっとやりすぎたよ。反省している。 だから、その下半身の物をしまいなさい」 「撃ち方よーしっ、ファイアーっ!」 「きゃ、きゃああぁぁっ!」 「ふ。勝った。俺は勝ったんだ」  あの葵部長に、とうとう……  あぁ、だけど――  失った物はあまりにも大きい、 そんな気がした。 「さて。みんな明日、明後日の予定は 空けられたかな?」 「はいー。やらなければいけないゲームは 今日までに全部おわらせたのですぅ。 徹夜でしたー」 「まひるもGWはお休みをもらえたんだっ。 頑張って交渉したんだぞ」 「感心感心。 全員、予定は大丈夫のようだね」 「俺の予定が訊かれてないんですけど…?」 「何を言ってるのかな? 君に予定を空けられない 事情なんてないだろう」 「いやいや、断言しすぎですよね。 苦労して空けたかも しれないじゃないですかっ」 「じゃ、何か予定があったのかな?」 「……りょ、料理番組をリアルタイムで 見たりとか…?」 「君が僕の話をどれだけ円滑に してくれたかについては、ノート一冊程度に まとめて書いておくことにするよ」 「それって復讐ノートですかっ!?」 「復讐ノート? そんな子供の落書きは、 小学生の時に卒業したよ。もっといいものさ」 「……………」  いったい何を書くっていうんだ…? 「知りたそうな顔をしているね?」 「いえ、結構です!」 「遠慮することはないよ。 見たいだろう?」 「いえ、本当に結構ですから!」 「そう。せっかく僕の虐殺ノートを ――あぁいや、何でもないよ」 「何ですか、虐殺ノートって? なに書いてるんですか?」 「いいや、本当に何でもないんだ。 君には関係ないことだ。悪かったね」 「いや、でも、いま関係あるように 言ってましたよね?」 「何のことかな? 君の気のせいだよ。 それで話の続きなんだけど――」 「嘘だっ! 頼むから教えてくださいよっ!」 「ふふっ、いいね。 その顔が見たかったんだ」 「……………」  この人はぜったい病気だ。 「ともかく全員の予定も合うようだし、 せっかくのGWだ、 園芸部でどこかに遊びにいこうじゃないか?」 「やった、旅行なんだっ」 「急な話だし、 それほど遠出はできないだろうけどね」 「どちらに行くかは まだ決められてないのですか?」 「一人で決めてもつまらないからね。 どこか行きたいところはあるかな?」 「そう急に言われましても……」 「はいっ、はーい。 あたし、行きたいところがあるんだぁ」 「あれ? お前も来ることになってるのか?」 「あー、そんな邪険に扱っていいのかなぁ?」 「何だよ?」 「じゃーん、これなーんだ?」  友希がパンフレットらしきものを テーブルに置く。 「……フェアリーパーク? 遊園地か?」 「あっ、まひるはここ知ってるんだっ。 こないだリニューアルオープンした遊園地で、 絶叫マシンとお化け屋敷がすごいんだっ!」 「それは楽しそうなのですぅ。 こちらへお伺いすることは できるのでしょうか?」 「場所は豊瀬だね。 行けない距離じゃないけれど、 どこかで一泊しないと厳しそうだよ」 「そこまで遠くはないと思いますけど」 「遊園地で遊ぶことを考えれば、 十分遠いと思うけれどね。それとも、 帰りの時間を気にしながら遊びたいのかな?」 「まひるはそんなのイヤなんだっ! 閉園まで目一杯遊びつづけたいんだっ」 「まぁ、それもそうか。 じゃ、どこかで一泊……あれ? この場所って?」 「うん。うちの実家のすぐそこよ。 広いから、みんな泊まれるし、 いいと思わない?」 「ぜひお言葉に甘えたいところだね。 みんなはどうかな?」 「賛成なのですぅ」 「俺も賛成です。 まひる、お前は?」 「えへへ。遊園地、なに乗ろかな? おいしいものもあるかな? 楽しみだな?」  訊くまでもなさそうだな。 「じゃ、決まりね。 お祖父ちゃんにも言っとくから。 あ、絵里も誘っていい?」 「構わないよ。 大勢いたほうが楽しいからね」  もはや、園芸部、関係ないな。 「ふーん。みんなで遊園地に行くのね。 楽しそう」 「じゃ、良かったら、まやさんも」 「わたしのシフト知ってて言ってるかな?」 「あ、すいません……」  そういえば、まやさんはGWの間、 ずっとシフトに入ってたんだった。 「じゃ、じゃあ、お土産買ってきますから」 「そんなに無理に気を遣わなくても いいんだけどなぁ」 「いえいえ、俺が買ってきたいんですよ。 まやさんのために」 「そぉ? じゃ、お願いしちゃおっかな?」 「はい。何がいいですか?」 「ん? 何でもいいよ。 買ってきてくれるなら」 「でも、せっかくだから、 気に入るものがいいですし……」 「んー、じゃ、一番安いの買ってきて」 「えっ? そんなんでいいんですか?」 「うん。頑張って探してね。それじゃ」 「颯太がまやねぇにだけお土産買う気なんだ。 ヒーキなんだ」 「颯太って、そういうところあるよね」 「なるほど。君はああいう子が……」 「あんたらも行くんだから、 お土産いらないよねっ!!」 「それでは、皆様でお土産を購入しまして、 交換すればいいのですぅ」  なんだ、その謎プラン? 「……交換してどうするんだ?」 「お土産を差しあげる相手が増えて、 楽しいのですぅ」 「楽しいのか? お土産をあげるのが?」 「はい。じつは私、 お恥ずかしい話なのですが、これまで お土産を差しあげたことがないのですぅ」 「ですから、今回はたくさん購入しまして、 たくさんお土産を差しあげようと思います」 「ほらー、颯太も彩雨を見習いなよ」 「そうだそうだっ、彩雨を見習うんだっ」 「お前らもなっ!」  この後話し合いの末、なぜか 遊園地に行った人間同士でお土産を交換する 謎プランが採用されたのだった。  朝早く、俺たちは電車とバスを乗りつぎ 県をまたいで豊瀬にやってきた。  豊瀬は基本的に都会だけど、 友希の実家は郊外にあるため、 けっこう自然が豊かな場所だ。  まぁ、だからフェアリーパークが すぐ近くにできたわけだけど。 「あ、そうだ。言い忘れてたんだけど、 あたしがナトゥラーレでバイトしてるって お祖父ちゃんに言わないでね」 「はい。心得ているのです。 確か、友希さんのお祖父様は、 アルバイトに反対しているのですよね?」 「うん、それもあるし、 お祖父ちゃん、飲食店で働いてる人を すっごく毛嫌いしてるから」 「そんなの変なんだ。飲食店で働く人が いないと、まひるはおいしいゴハンが 食べられなくなるんだ。それは困るんだ」 「うーん、そうなんだけど、 お祖父ちゃん、言っても聞かないし」 「それじゃ、 初秋くんがナトゥラーレで働いていることも 言わないほうがいいのかな?」 「いや、俺のことは 前に友希が口を滑らせて、バレてるから」 「あれ以来、お祖父ちゃん、 颯太に冷たくなったよね」 「本当にな。 なんであんなに飲食店が嫌いなんだろうな?」 「うーん、なんでだろ? 聞いたことないや」 「それじゃ、気をつけるのは 友希のことだけかな?」 「うん。あ、あとお祖父ちゃん話長いから、 適当にスルーしていいからね」 「ただいまー。 お祖父ちゃん、いるー?」  すると、奥のほうから、 ゆったりとした足音が聞こえてきた。 「おぉ、よう帰ってきた。しかし、お前、 連絡ぐらいはちゃんとせんかっ。 事故に遭ったのかと思って心配したわい」 「うん、心配してくれてありがと。 この部屋使っていい? とりあえず、荷物ここに置いてくね」 「ん? あ、あぁ。それでだな、友希。 わしは朝からお前が来るのをそれはもう 首を長うして待っていたんだよ」 「『休みの日には必ず帰ってこい』と、 あれほど口を酸っぱくして言ったというのに、 お前と来たらちっとも帰ってこんしの」 「うん。だから、帰ってきたじゃん。 あ、みんな、荷物ここに置いていいから。 寝る部屋は、うーん、あとでいっか」  俺たちは荷物をおろし、 部屋の隅においた。 「友希。今度お前が帰ってきたら、 大事な話をしようと思ってたんだ。 ちょっとこっちに来なさい」  爺さんは小さく手招きして、 奥の部屋へと入っていった。 「じゃ、お祖父ちゃん、行ってくるねー。 閉園したら帰ってくるから、心配しないで」  バタバタバタッと足音を立て、 慌てて爺さんが戻ってきた。 「友希、ちょっとは人の話を聞かんか。 大事な話があると言ってるだろうが」 「ん? なになに? どしたの、急に?」 「だからな、寮暮らしを許したのは、 休みの日は必ず帰ってくるという条件を お前が守ると約束したからだろう?」 「しかしお前と来たら、 週に1回どころか月に1回も帰ってこん。 これでは寮暮らしは到底、認められんぞ」 「あ、うん。分かった。 じゃ、これから気をつけるね。 みんな、用意大丈夫?」 「用意は大丈夫だけど……」 「じゃ、いこっか。時間なくなっちゃう。 お祖父ちゃん、お土産買ってくるから。 行ってきまーすっ」 「お、おい、友希。待て。 話はまだ……」 「うんうん、分かってる。また今度ねー」 「友希さんのお祖父様が まだ何かおっしゃっていたようですが、 大丈夫なのですか?」 「いいのいいの。言ったでしょ。 お祖父ちゃん話長いから、 適当にスルーしていいって」 「予想をはるかに超える スルーっぷりだったけどな」  だんだん、爺さんがかわいそうに なってくるぐらいだった。 「大事な話があるとか言ってたけど、 いいのか?」 「お祖父ちゃんは、何でもかんでも 大事な話にするだけよ。 もう歳だから、大げさなんだよね」 「そんなことより、まひるは早く フェアリーパークに行きたいんだ。 早くしないとちょっとしか遊べなくなるんだ」 「うん、そうだね。じゃ行こー」 「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「お、お空がぐるぐる回って、 このまま私、飛んでいってしまうのですぅ?」 「怖くない。怖くない。まひるは ちっとも怖くな――ぎゃあぁぁぁぁ、 死ぬっ、死ぬぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 「いやぁ、楽しいもんだね。 ところで、君の安全バーをいつでも 外せるように細工をしたんだが、どうだい?」 「何が『どうだい』ですかっ。シャレに ならない冗談を言わないでくださいね」 「あははーっ、楽しかったねっ、 ハイパートルネードコースター。 次、何やろっか?」 「誠に恐縮なのですが、 私、お化け屋敷というものに 行ってみたいのですぅ」 「まひるは調べたんだ。 ここのお化け屋敷は迷路になってて、 迷ったら、怖くて一生出られないんだ」 「……あ、あたしはあんまり気が進まないなぁ」 「友希は幽霊が苦手ですからね」 「なによ。じゃ、絵里、お化け屋敷いく?」 「それは……行きませんけど……」 「ほらー、絵里だって怖いんじゃん」 「僕もお化けは構わないんだが、 迷路があまり好きではないからね。 遠慮しておくよ」 「でしたら、観覧車に乗りませんか?」 「いいね、観覧車。乗ろー乗ろー」 「……お化け屋敷は、だめなのですぅ?」 「……あ、うん。オバケさえ出なかったら、 平気なんだけどね……」 「それはもうお化け屋敷じゃないよ」 「オバケが怖いなんて友希は子供なんだ。 オバケなんていないんだ。寝ぼけた人が 見間違えたんだ」 「あれ、お前、オバケ平気になったのか?」 「えっへん。まひるは大人になったんだ。 もうオバケなんかへっちゃらなんだぞ」  本当か? 「それなら、お化け屋敷組と観覧車組に別れて、 あとで合流するというのはどうかな?」 「賛成ーっ。それがいいと思う」 「私も異論ありませんよ。 初秋さんは、どちらになさいますか?」  お化け屋敷と観覧車か。どうするかな?  お化け屋敷と観覧車か。どうするかな?「じゃ、お化け屋敷にするよ」 「くすっ、心強いのです。それでは、 まひるちゃんと初秋さんと私で お化け屋敷に挑戦してきますね」 「うん。終わったら、ここで待ち合わせねー。 オバケに食べられないように気をつけて」 「へへーっ、オバケなんてウソなんだっ。 たぶん遊園地のスタッフなんだっ」 「でしたら、南無妙法蓮華経で、 返り討ちなのですぅ」 「遊園地のスタッフに南無妙法蓮華経は 効かないと思うけどね」 「だったら、まひるが恐山で習ってきた 口寄せの術で化けの皮をはいでやるんだ」 「それで化けの皮がはげたら、 間違いなく幽霊はいるよね」 「彩雨、颯太は怖いみたいだぞ」 「いや、そんなこと言ってないけど……」 「初秋さん、ご安心くださいね。 怖いのは、私も一緒なのですっ」 「一緒なのか……」 「それに迷路も苦手ですから、 分かれ道は初秋さんにお任せしたいのです」 「そんなにアテにしてもらっても困るんだけど。 俺も迷路なんて、ほとんどやったことないし」 「じゃ、まひるに任せればいいんだ。 まひるは迷路は得意なんだ」 「そうでしたか。でしたら、一安心ですね。 まひるちゃんは頼もしいのですぅ」 「えっへん。まひるは頼もしいんだ。 二人とも黙ってまひるについてくるんだ!」  まひるが調子に乗って走っていく。 「まひるー、お化け屋敷はこっちだぞ」 「……そ、それぐらい分かってたんだ。 ちょっと飲み物を買ってこようと 思っただけなんだ」 「ちなみにドリンク売ってるのは、 あっちだからな」 「……まひるはちょっと方向音痴だけど、 迷路とは関係ないんだ。ホントなんだっ!」  あまりにも強引な言い訳だった。  ということで、フェアリーパークの お化け屋敷“血塗られた館”に やってきたんだけど――  一歩足を踏みいれただけで、 怖すぎて帰りたくなった。  しかも迷路という謳い文句通り、 いきなり道が分かれてる。  迷ったら、本気で泣けてくるな。 「まひる、どっちに行く?」 「……まひるはお腹が痛くなったんだ。 ちょっと引き返すんだ」 「怖くて出てきたんだと思われるぞ」 「ま、まひるは怖くなんかないんだっ! ホントにお腹が痛いんだぞっ! ホントだっ!」 「じゃ、夜ごはんは食べられないな」 「……ゴハンは、食べるんだ……」 「そのためにはまずこの迷路を抜けないとな。 それで、どっちに行く?」 「……大丈夫なんだ…… オバケなんていないんだ…… 怖くないんだ……怖くない……」  そうとう怖いみたいだな。 「姫守、どっちに行きたい?」 「……祓いたまえ、清めたまえ、〈神〉《かむ》ながら、守りたまい、〈幸〉《さきわ》えたまえ……」  そんな大げさな。 「これでお化けは寄ってこないのですぅ。 南無妙法蓮華経なのですぅ」 「残念だけど、それは〈祝詞〉《のりと》だよ」 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」 「九字切りだね」 「月、月、火、水、木、金、金!」 「土日返上で働くって意味だよっ!」 「面目ないのですが、 南無妙法蓮華経を忘れてしまいました。 どうすればよろしいのですぅ? 「とりあえず、祝詞でいいと思うよ」 「かしこまりました。 祓いたまえ、清めたまえー」 「じゃ、適当に行くから、 はぐれないようについてきてね」  無造作に足を踏みだす。 すると床がぎぃっと軋んだ。 「 「きゃあぁぁぁぁぁっ!」 」 「……で、で、出たのですぅ。 は、祓いたまえ、清めたまえぇっ…!」 「い、今のは絶対オバケなんだ。 オバケの足音が聞こえたんだっ! まひるたちは生きて帰れないんだっ!」 「そんなぁ。食べられてしまうのですぅ?」 「落ちつこうね、二人とも。 ただ床が軋んだだけだから」 「ウソだっ。まひるは騙されないんだっ! そんなこと言って、オバケの餌食に するつもりなんだ」  なんだよ、餌食って…? 「オバケはいないんじゃなかったのか?」 「まひるが間違ってたんだ。 やっぱり、オバケはいたんだ。 まひるたちを狙ってるんだ」 「いやいや、ここはお化け屋敷だから」 「ですけど、動物園には動物さんがいますし、 お化け屋敷にはお化けさんがいるのでは ないのですぅ?」 「大丈夫だって。 ほら、たい焼きには鯛が 入ってないだろ」 「まひるはたこ焼きのほうが好きなんだ」 「たこ焼きにはたこさんが入ってますから、 やっぱり幽霊さんはいるのですぅ……」 「二人とも、じつはけっこう余裕あるよね……」  ていうか、こんな話をしてたって、 いつまでたってもお化け屋敷を出られない。 「とにかく、行くか」  先へ進もうとしてみたけど、 両腕にぎゅっとしがみつかれてて、 非常に歩きづらい。 「なぁ、もういいだろ。 離してくれないか?」 「おまえっ、そんなこと言って、 まひるたちを置いて先に逃げる気だろっ。 そんなことは許されないんだっ!」 「そんなことするわけないだろ」 「三人寄れば文殊の知恵ですから、 このまま行ったほうが、迷路を抜ける いい方法を思いつくはずなのですぅ」 「物理的に寄れって 意味じゃないと思うけどね……」  まぁいいか。仕方ない。 「じゃ、このままでいいから、 引っぱらないでちゃんと歩こうね」  ふたたび俺は歩きだす。  姫守もまひるも観念して歩いているので、 さっきと違って、そこまで 歩きにくいということはない。  薄暗い中にドアが見えてきたので、 ノブに手をかける。 「開けるからな」  姫守とまひるはこくりとうなずいた。  手が汗ばんでいるのを感じながらも、 俺は思いきってノブを回した。 「やだあぁぁぁぁぁぁぁぁっ、 来るなあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「おい、一人で行くなって、迷うぞ。 まひるっ!」  俺の声を無視してまひるは 走りさっていく。 「待てってっ!」  慌てて追いかけようとするも、 腕を引っぱられた。 「お、置いていかないでくださいませ。 腰が抜けてしまったのですぅ」 「……大丈夫か?」 「はいー。あんまり大丈夫ではない中では、 大丈夫なほうなのですぅ」  大丈夫じゃないんだな。  ここで三人ともバラバラになるわけにも いかないし、仕方ない。 「じゃ、ゆっくり行こう。 たぶん途中でまひるも見つかるだろ」 「重ね重ね、ご面倒をおかけして、 申し訳ないのですぅ」  俺たちは襲いかかる様々なトラップに 悲鳴をあげながらも、まひるを捜し、 迷路を進んでいく。  そして―― 「あっ、初秋さん、ご覧になってください。 出口ではありませんか? あそこから脱出できるのですぅ?」 「あぁ、もう変な仕掛けもなさそうだし、 ようやく出られそうだな」  残る問題は、と―― 「まひるはどこに行ったんだろうな?」 「ものすごい勢いで走っていかれましたから、 今頃はもうお外にいるのではないのですぅ?」 「だといいけどなぁ」  あいつの性格的に、我に返ったら、 一人じゃ歩けないような気もするんだよな。 「姫守。ここからなら、 一人でも出られるよね?」 「分かりませんが、決死の覚悟で行けば、 たぶん大丈夫だと思うのですっ!」  出口までほんの数メートルなんだけどな…… 「じゃ、ちょっと頑張ってくれる? 俺は引き返して、まひるを捜してくるから」 「……は、はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです。 それから、ご武運をお祈り申しあげますっ!」 「ついでに戦わなくて済むことも祈っといて」  彩雨と分かれて、 来た道を引き返した。  しかし、迷路だけあって、 どこも似たような場所に見えるなぁ。  とりあえず、勘で行くしかないか。  俺はドアに手をかける。 しかし、開かなかった。  何だ? 来る時は簡単に開いたのに?  ピタ、と背中に冷たい感触を覚えた。 「うわあぉっ!?」 「うーらめしやー」 「……………」 「何のつもりだ、ゆるキャラもどき」 「『何のつもりだ』とは酷いじゃないか。 君が困っていると思って助けにきたのに」 「じゃ、脅かすな」 「ほんの茶目っ気じゃないか。 それより、まひるならこっちだよ。 ついてきてごらん」 「誰も迎えにこないな。心細いな。 頑張って迷路出よかな? でも、オバケいるかな? オバケ怖いな」 「……まひる、もう出られないかな? このまま、ここに置き去りかな…? やだな、やだ……」 「う……ぐす……えっぐ、うえぇ…… 颯太ぁ、助けてぇ……」 「まひるっ!」  泣いているまひるに、俺は駆けよった。 「大丈夫か?」 「う、うん…… まひるを、迎えにきてくれたのか?」 「当たり前だろ。 お前ひとりじゃ絶対、出られないからな」 「……そっか。えへへ、そうなんだ。 颯太はまひるを迎えにきたんだっ!」  まひるが俺の腕にしがみつき、 「颯太、まひるは早く帰りたいんだっ。 お腹が空いたんだぞっ」 「お前、怖かったんじゃなかったのか?」 「オバケなんていないんだっ。 まひるは知ってるんだぞ。 ぜんぶスタッフの変装なんだ」  たった今まで怯えて泣いてたくせに…… 「なんだ、その顔はっ。 なんか文句あるのかっ。 ほら、早く歩くんだっ」 「分かったよ」  まひるのあまりの変わりようを 怪訝に思いながらも、 俺は出口を目指すのだった。 「やっぱり、観覧車かな」 「そうですか。 では、私はまひるちゃんと一緒に お化け屋敷に行ってまいるのですっ」 「気をつけてね。 万が一のことがあったら、 全力で逃げるのよ」 「かしこまりました。 では、もし逃げきれなかった場合は、 骨を拾っていただけますか?」 「そんなこと言わないで。 大丈夫よ。きっと、逃げきれるわ」 「その前に万が一なんてないよね……」 「だって、お化け屋敷よ? ビックリして心臓止まるかもしれないわ」 「お前はそうかもな」 「それでは、まひるちゃん、 参りましょうか」 「うん」  姫守とまひるはお化け屋敷のほうへ 歩いていった。 「それじゃ、僕たちも行こうか」 「あははっ、たかーいっ。 ここが一番上かなぁ?」 「たぶん、もう少し上がると思いますよ」 「しかし、絶景だね。こうしていると 穏やかな気分になって、日頃の悩みなんかが バカらしく思えてくるよ」 「部長に悩みなんてあったんですか?」 「君は酷いことをさらっと言うね。 僕だって人間だよ。悩み事のひとつやふたつ あるさ。ないほうがおかしいだろう?」  確かに、ちょっと言いすぎたか。 「すみません。前言は撤回します」 「葵先輩は、どんなことを悩まれるんですか?」 「彼をどういうふうにイジメてやったら、 もっといい声で鳴くんだろうかとかね。 考えるだけで、ごはんも喉を通らないよ」 「そんなことで悩まれたら、 たまったものじゃありませんよっ!」 「えっ? た、たまったものが出ちゃう?」 「たまったものがないんじゃなくて、 たまったものじゃないんだよっ!」 「だから、ためてないんでしょ?」 「若いからって、あんまり 無駄打ちするものじゃないよ」 「やだー、葵先輩、それ、 どういう意味ですか?」 「僕に最後まで言わせたいのかな?」 「だって、言ってくれないと あたし分かりませんっ」 「しょうがない子だね」  嫌になるぐらい息ぴったりだな…… 「しかし、そうは言っても 口で説明するのはさすがの僕も 恥ずかしい」 「ここは実地と行こうじゃないか」  そう言って、部長が俺に接近してくる。 「いやいや、そっちのほうが恥ずかしい ですよね。ちょ、やめ、観覧車の中で 何しようとしてるんですかっ?」 「なに、不安がることはないよ。 みんなしていることさ」 「嘘つかないでください。 してませんよねっ!?」 「いいや。ほら、あそこをご覧よ」  部長が窓の外を指さす。 振りむけば、隣のゴンドラのカップルが、 キスをしていた。 「うわぁ…… ねぇねぇ絵里、見た? あれっ、隣の人たち、舌入ってない」 「し、知りませんっ」 「とかいって、本当は興味あるんでしょ?」 「別にそういうわけじゃ……」 「ほらほら、遠慮しないの。 こっちおいでよ」 「待てって。お前ら、そんなによったら――」  この状況を、いったい どう説明すればいいだろう?  真後ろからは友希の大きなおっぱい。  右からは部長のそびえ立つようなおっぱい。  そして、左からは芹川の 控えめなおっぱいが、ピタリとくっつき、 俺の頭を完全にホールドしている。 「キスって気持ちいいのかなぁ?」 「したことないのかな?」 「だって、彼氏いないんだもん」 「友希は作ろうと思えばすぐですよ。 モテるんですから」 「えー、そんなことないと思うなぁ」  彼女らがほんの少し身動きするだけで、 その振動がおっぱいを通して ダイレクトに伝わってくる。  どうしようもなく柔らかくて、 日だまりの中にいるように温かい。  ふいに音が聞こえた。  にょきにょき、と。そう、にょきにょき、と。  雪解けを待っていたフキノトウが、 股間から今まさに芽を出そうとしているのだ。 「……つっ…!」 「どしたの? 颯太?」 「いや、何でも……」  体がゴンドラに押しつけられている この状態では、フキノトウが芽を 出すにはいささか窮屈だ。  しかし、だめだと思ってはいても、 新芽はどんどん育っていく。  ゴンドラにその身を押しつけ、 痛みに耐えてまで、そのフキノトウは、 いったい何を求めるのか?  まるでそれはコンクリートに 咲く一輪の白い花のように。  そう、こんな過酷な状況に あってさえ、いつしかそれは、 大量の白い花粉を飛ばすのだろうか?  花が咲くはずもない、 この不毛のゴンドラに向かって――  ていうか、おっぱい、やばい。 今にも理性が飛びそうだ…! 「さっきから、静かなようだけど、 どうかしたのかな?」 「いえ、別に、そんなことは……」 「あー、やーらしいのー。 変なこと考えてたんだぁ」  く、なぜ分かった…… 「へ、変なことなんて考えるわけないだろっ」 「別に隠さなくてもいいじゃないか。 年頃の男の子なら普通のことだよ」 「あいにくと俺は植物系男子なんで」 「そうそう、颯太ってほんっとに 食人植物でさぁ」 「へぇ。どんな感じなんだい?」 「『そ、そんなぼく、えっちなことなんて、 よく分かりませんから』」 「『かわいいね。お姉さんが教えてあげるよ』」 「『あ、だめ、ぼく、そんな……』」 「『ふふ、もうこんなに大きくして、 ほら、挿れてごらんよ?』」 「『あ、ここで、いい? んん、あ、ぼくのおち○ちん、 入っちゃって、もう、もう――』」 「『――もう出すぞ、おらっ! 鳴け、雌豚ぁ!! 俺様のものを嬉しそうに咥えやがって! たっぷりと中に出してやるぜぇっ!』」 「なるほど」 「『なるほど』じゃないよねっ!!」 「あー、そうやってとぼけようとして、 観覧車おりたら、トイレ行く気でしょっ!?」 「行かないよっ!」 「何度も言うけど、俺は植物系だぞ、植物系。 食人植物じゃなくて、普通に光合成して 生きてるしがない植物のほうだよ?」 「そんなおっぱいぐらいで、 変なこと考えるわけないだろ」 「おっぱい…?」 「キスじゃなくて…?」 「あ…!」  しまった。  はっと気がついたように、 三人が俺から離れた。 「颯太って、そんなこと考えてたんだぁ。 やーらしいのー」 「い、いや、違うんだ。 冷静に話しあおう」 「これは、あとで きつーいお仕置きが必要のようだね」 「だから、違うんですって。 そもそも不可抗力じゃないですかっ」 「おっぱいが当たってるのを ずーっと言わなかったのに、 不可抗力だって」 「とんだ植物系もあったものだね」  く、だめだ。この二人じゃ話にならない。 「な。芹川。芹川なら分かってくれるよな?」  俺は一縷の望みを芹川に懸け、 懇願するように彼女を見た。 「……え、えと……その……わたしは……」 「わざとじゃないんだよ。 言わなかったのも、意識してるみたいで 逆に変だと思われる気がしたからさ」 「だから、そのな、本当に悪かったとは 思うんだけどさ、なんていうか――」 「芹川の控えめなおっぱいの触り心地は 最高だったっていうか」 「言いだすきっかけが、 つかめなかったんだ」 「『おっぱい揉みしだいてもいいか』ってさ」 「分かってくれるか?」 「抑えきれない俺の煩悩を」 「さっきから、余計なこと 言わないでくれるっ!?」 「えー、普通に颯太の本音を 代弁しただけじゃん」 「なるほど。いいものだね、 幼馴染みというのは。口にしなくても、 通じあっているというわけだ」 「あはは……照れるなぁ……」  こいつら…… 「あ、あの……初秋くん、 わたし、気にしてませんから……」 「え……分かって、くれるのか?」 「はい。誰だって、本音は 隠したいものですよね……」 「……………」  やっぱり、お化け屋敷にしとくんだった。  フェアリーパークでさんざん遊び倒した 俺たちは友希の実家で一泊した後、ふたたび バスと電車を乗りついで、地元に帰ってきた。  にしても、すこぶる眠い。  ゆうべ夜更かしして トランプ大会したからだな。  もうだめだ、と部屋に入るなり、 ベッドに倒れこむ。  目を覚ましたら、 もう外は暗くなっていた。  どうしようかな? これから起きて何かするには、 微妙な時間だ。  特に予定もないし、 今日はこのまま寝てしまおうか。  とはいえ、さんざん寝たので すぐに眠気はやってこない。  それにしても、昨日は楽しかったな。  たくさん乗り物にも乗れたし、 おいしい物も食べたし、 お土産も買ったし――  あ……  まやさんにお土産買ってきたんだった。  まだバイト中だよな? せっかくだから持っていこう。 「あれ?」  ナトゥラーレに着くと、 ちょうど店から出てきたまやさんと ばったり会った。 「どうしたの、颯太くん。 今日はお休みじゃなかった?」 「お土産買ってきたんで、 まやさんに渡しておこうと思って」 「ん? わざわざ、それだけのために 来てくれたのかな? 今日、帰ってきたんでしょ?」 「えぇ。でも、ほら、 早く持ってったほうが喜ぶと思って。 まやさん、好きですよね?」 「す、好きって、何のことかな?」 「フェアリーパーク、好きなんですよね? 行きたがってたじゃないですか」 「あ、う、うん。そうね。嬉しいよ。 一番安いの買えたのかな?」 「いろいろ探してみたら、 キーホルダーが一番安かったんですけど」 「ふふっ、ちゃんと探してくれたんだね。 偉いぞ」 「でも、あんまり安かったんで、 たくさん買っちゃいました」  お土産袋に大量に入ったキーホルダーを まやさんに見せる。 「……………」 「すいません。多すぎました?」 「……うぅん。たくさん買ってきてくれて 嬉しいな。大事に使うね。 日替わりでカバンにつけよっかな?」  良かった。そうとう気に入ってくれたらしい。 「今から帰るんですよね? 夜ですし、送りますよ」 「そんなに喜ばせることばっかり言って、 何を企んでるのかな?」 「た、企んでませんよ、何も」 「なぁに、その反応? 送り狼になっちゃおとか考えちゃった?」 「考えてませんし、それにまやさんの家、 まひるもご両親もいるじゃないですか」 「そうなのよね。ざーんねん」 「何が残念なんですか?」 「んー、じゃ、ひとつお姉さんから、 ためになるアドバイスをしてあげよっかな」 「何ですか?」 「女の子は、早く狼になればいいのにって 思ってる時もあるんだよ」 「分かってますよ。狼になった 瞬間の決定的証拠を写真に撮られて、 バラまくぞって脅されるんですよね」 「『早く狼になればいいのにって、 思ってた』って言って、あの時の部長は 本当に悪魔みたいな笑顔だったなぁ」  俺は過去を振りかえり、 遠い目をしていた。 「……颯太くんはちょっと葵さんに 毒されすぎかな……」 「そうですか?」 「そうよ。でも、だいじょぶ。 わたしが健全な男の子に戻してあげるからね」 「……よく分かりませんけど、 ありがとうございます」 「ふふ、どういたしまして。 じゃ、いこっか。紳士な送り狼さん?」 「それ、どういう意味ですか?」 「なーいしょ。あ、颯太くん、飴食べる?」 「はい、いただきます」  まやさんが飴の包装をむいてくれたので、 受けとろうと手を差しだす。  けれど、まやさんはそれをスルーして、 俺の口元に飴を持ってきた。  口を開くと、まやさんが飴を入れてくれる。  唇がわずかにまやさんの指に触れた。 「何味だ?」 「ミルクですね」 「正解。今日は嬉しいからミルク味」  その日の気分で何味かが 決まるんだろうか?  そんな疑問を持ちながらも、 俺はまやさんを家まで送った。  新渡町にあるゲームショップを訪れた。  こないだ発売したばかりの新作ゲーム、 『セイバー×マジカル�』が目当てなんだ けど、迂闊なことに予約を忘れてしまってた。  この辺りはそこまで都会って わけじゃないので、入荷数も少なく、 買えるかどうかが心配だ。 「すいません、『セイバー×マジカル�』は まだありますか?」 「はい、大丈夫ですよ」  ふぅ、と胸を撫で下ろし、 会計をした。  すると、慌ただしい足音が聞こえてきた。 「はあっ、はあっ…!」  見れば、姫守が息を弾ませ、 こちらへ走ってくる。 「すみません。予約をしておらず恐縮 なのですが、『セイバー×マジカル�』は まだございますか?」 「申し訳ございません。 ちょうど品切れしてしまいました……」 「ええっ、そんなぁ……」  姫守ががっくりと肩を落とす。 「お待たせしました。 『セイバー×マジカル�』です」 「……どうも……」  ゲームソフトを受けとった瞬間、 ちょうど姫守と目があった。 「……じー……」 「……よ、良かったら、姫守が買うか?」 「い、いえ。早い者勝ちですから、 それは初秋さんのものなのですぅ」 「そっか」  なんだか、悪いことを してしまった気分になった。 「あのぉ、もしよろしければ、 初秋さんがプレイしているところを 一緒に見させていただけませんか?」 「そんなんでいいのか?」 「はいっ。きっと 一緒にプレイをしている気分になれて、 楽しいのですぅ」  どうしようかな?  どうしようかな?「それなら、今日はこれからバイトだから 明日うちに来ないか?」 「ありがとうございます。 ぜひお伺いしたいのですっ」 「じゃ、決まりな」  遊ぶ時間などを約束して、 バイトへ向かった。 「あぁ、でも、ここの通りを まっすぐ行ったところの電器屋でも ゲーム売ってるから、一度いってみたら?」 「そうなのですね。 では、行ってみるのですぅ。 ご丁寧にありがとうございました」  姫守は電器屋のほうへと走りさっていった。  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと―― 「あ、おいしいね。やっぱり 香草がいいアクセントなんじゃないかな?」 「ですよね。 まぁ、苦手な人は苦手でしょうけど」 「颯太、小町。 ちょっと相談があるんだが、いいか?」 「はい」 「どうしました?」 「じつは友希のことなんだがな。 なんつーか、あいつ、ちょっと下ネタを 言いすぎじゃないか?」 「そんなことありませんよ。 『ちょっと』じゃなくて かなり言いすぎです」 「もしかして、 お客さんに聞かれでもしました?」 「それは大丈夫なんだが、なんだ、 今のうちにやめさせてやったほうが 本人のためなんじゃないかと思ってな」 「何回も注意してるんですけど、 全然やめる気ないみたいですよ」 「だよなぁ」 「なになに? みんなして何の話?」 「……いや、別に何でもねぇ。 ちょっと散歩してくるわ」 「ごちそうさま。それじゃ、わたし、 今日はこれであがりだから」  蜘蛛の子を散らすように、 マスターとまやさんは去っていった。 「……あたしだけ仲間外れ?」 「そ、そんなことないって。 たまたまだよ」 「そうかなぁ? うーん、まいっか。 まかない、ちょうだい」 「はいよっ。 今日は新メニューを作ったんだ」 「わー、おいしそう。いただきまーす」  友希はチキンの香草焼きを おいしそうに頬ばった。 「ねぇねぇ、明日用事ある? 遊ばない?」 「明日はちょっとのんびりしてたいんだよなぁ」 「えー、いいじゃん。遊ぼうよ。 何でもするから、ね」 「何でもって言われてもなぁ」  いや、待てよ。 この際だから、試してみようかな?  いや、待てよ。 この際だから、試してみようかな?「じゃ、明日一日下ネタ言わないんだったら、 遊んであげてもいいよ」 「えー」 「嫌なら、別にいいけど」 「あ、待って待って。 言わないから、遊ぼうよ」 「約束だぞ」 「うんっ! じゃ、適当に朝いくねっ」 「やっぱり、明日はのんびりしたいから、 やめとくよ」 「えー、分かった。諦める……」 「こんど埋め合わせするからさ」 「絶対よ?」 「あぁ」  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと―― 「はむあむあむ、はむはむはむ、 むしゃむしゃむしゃっ!」  フロアの様子をのぞいてみると、 まひるがものすごい勢いで オムライスを食べていた。  まるで欠食児童のような勢いだ。 「ちゅううぅぅぅぅぅぅ、じゅごごごご」  次いで、クリームソーダを一気に飲み干す。 「ぱくぱく、もぐもぐ、ぱくぱくぱくっ!!」  デザ―トのティラミスも一瞬のうちに 食べおえると、 「ふぅ。お腹すいたな」 「いま食べたばっかりだよねっ!?」  思わず突っこんでしまった。 「お腹すくものは仕方ないんだ。 ちょうどいいから何か作るんだっ」 「注文なら作るけどさ。 オムライスはいま食べたから、 ハンバーグでいいか?」  まひるが頼むのは、だいたい 好物のオムライスかハンバーグだ。 「うんっ。まひるはちょうどハンバーグが 食べたかったんだ」 「じゃ、ちょっと待っててくれ」 「ぱくぱく、えへへ、おいしな。幸せだな。 はむはむ、もぐもぐ、最高だな。 ハンバーグにしてよかたな」  こいつって、本当においしそうに 食べるよな。  確か、こういうところが、 好きだったんだっけなぁ…? 「……なくなったんだ。 でも、今日は腹八分目でいかな?」  まだ八分目だったのか…… 「まひるはいつも惚れ惚れするような 食べっぷりだよね」 「えっへん。食べる子は育つんだぞ」 「それは寝る子だよ……」 「おい、颯太。明日まひるに ゴハンを作らせてやってもいいんだぞ」 「いきなり訳の分からないことを 言わないでくれるか」 「まひるにゴハンが作れるんだぞ。 颯太は嬉しいんだ。ばんざいなんだ」  好意的に解釈するなら、 俺の料理を食べたいってことだよな?  明日か。どうしようかな?  明日か。どうしようかな?「なら、明日遊びにくるか? 昼ごはん作ってあげるよ」 「うんっ。行くんだっ! えへへ、ゴハンだっ、ゴハンっ、嬉しな」  はしゃぐまひるを見て、 どんなおいしいものを作ってやろうかと 思った。 「そうだな。ばんざいだな」  と言って踵を返す。 「あ、こらっ、待て。まひるは知ってるんだぞ。 それは『適当に話を合わせてる』っていう んだっ! この卑怯者ー!!」  まひるが何か言ってるけど、 気にせずに厨房に戻ることにした。  約束通り、姫守が我が家に遊びにやってきた。 「セイバー×マジカル�はどのぐらいまで お進みになられましたか?」 「あぁ、どうせなら姫守が来てから 始めようと思ってさ。まだやってないんだ」 「ええっ!? そ、それは、 私のような者のために、多大なお心遣いを いただきまして、恐悦至極なのですぅ」  思った以上に喜んでるな。 待ってた甲斐があった。 「じゃ、さっそく始めようか」 「はいっ! くすっ、楽しみなのですぅ。 私、目を皿のようにして見ますねっ!」 〈ゲーム機〉《DS4》に“セバマジ”のディスクを 挿入する。  しばらくして、メーカーロゴが画面に映った。 「きゃああぁぁぁっ、素敵なのですぅっ! どんな物語が始まるのでしょうっ!?」  メーカーロゴでこんなに 興奮する人は初めて見た。 「お。今回は登場人物の名前を 変更できるんだな」 「はい。ちゃんと声も出ますから、 まるで物語の中に入ったような気分に なれるそうなのですぅ」 「じゃ、どうしようかな? この聖戦士が主人公だよね?」 「やっぱり主人公は 初秋さんのお名前にすると よろしいのですぅ」 「じゃ、そうしようかな」  「ソータ」 と名前を入力した。  続いて他の登場人物の名前を変更していく。 「あれ? 暗黒魔導師の名前も変更できるぞ。 確か、前作だとラスボスだったよな?」 「そうですね。不思議なのですぅ」 「どうしようかな?」 「もし、よろしければ、 私の名前にしていただけますか?」 「いいのか? 敵だぞ?」 「くすっ、初秋さんのお邪魔を してしまうのですぅ」 「なら、姫守の名前にするな」  「アヤメ」 と名前を入力した。  さぁ、いよいよ冒険の始まりだ。  俺はゲームを順調に進めていった。  聖戦士ソータは、 魔法都市リュミールに描かれた巨大な 立体魔方陣の存在に気がつく。  それは、都市を丸ごと 消滅させてしまおうというほどの 莫大な魔力を秘めていた。  魔方陣の大元を破壊すべく、 ソータは魔法都市の地下深くに潜る。  そこに待ち受けていたのは、 一人の少女だった。 「あっあっ、アヤメが出てきたのですぅ。 悪い顔をしていますっ」 「あなたは誰ですか?」 「アヤメの声の人って、 姫守の声に似てるよね」 「俺は聖戦士だ。お前が魔方陣に魔力を 供給している暗黒魔導師だな。 悪いが、お前の魔力は断ちきらせてもらう」 「ソータの声の人も、 初秋さんの声によく似ていますよ」 「そうはさせません。 邪魔をするなら死んでもらいます」 「死んでもらうのですぅっ」  楽しそうだな。 「セイクリッドホーリーッ!!」 「きゃあああぁぁぁぁっ!!」  激闘の末、ソータはアヤメを倒した。 「どうぞ殺してください。それ以外に 魔方陣を破壊する方法はありません」 「アヤメがもう死んでしまうのですぅ。 頑張るのですぅっ!」 「……いや、俺にはできない」 「どうしてですか?」 「君が、哀しい目をしているからだ」 「え…?」 「君は本当はやりたくてこんなことを したわけじゃない。そうだろう?」 「……どうして…?」 「一緒に探そう。君が死ななくても、 魔方陣を壊す方法を」 「ひとつだけ、私が死ななくても、 魔方陣を消滅させる方法があります」 「どうすればいいんだ?」 「ど、ど、どうすればいいのですぅ? 立体魔方陣は暗黒魔導師が生きている限り、 自動的に魔力が供給されるはずなのですぅ」 「まぁ、この流れなら、本当の敵を倒せば、 魔方陣は消えるってことで間違いないな。 アヤメも仲間になるだろ」 「あなたになら頼めます。 私を、私を……」 「ほらね。『私を仲間にしてください』だ」 「私を犯してくださいっ!」 「………………ん?」 「お、お、犯すのですぅっ!?」 「物質に聖なる加護を付加する、 聖戦士のセイクリッドホーリーには、 魔力を封じこめる力があります」 「一方で、暗黒魔導師の魔力は、 かつて生命を育む源であった場所、 すなわち呪われた子宮から生まれます」 「この呪われた子宮に、 セイクリッドホーリーを当てれば、 暗黒魔導師の魔力は源から消えます」 「だが、暗黒魔導師の胎内は 強い魔力が充満していて、 あらゆる物質を腐敗させるはずだ」 「ひとつだけ、腐敗されない物質があります。 それが、男性の精液です。それはもともと 子宮に入ってくるためのものですから」 「そ、そうか…! セイクリッドホーリーはあらゆる物質に 聖なる加護を付加する魔法だ」 「つまり、精液にもセイクリッドホーリーを かけることができる。そして、そうすれば、 精液は聖液になるってわけだ…!」 「……………」  な、なんてアホな設定なんだ…… 「……お願いします。 こんな子供も作れない呪われた身体で いるのは、もう嫌です……」 「分かった。 俺がお前を解放してやる」  ソータがアヤメを優しく抱き、 衣服を脱がしていく。 「あ……あの、アヤメって 呼んでください」 「アヤメ、綺麗だよ」 「ソータさん。お願いがあります。 今だけでいいですから、あなたを 好きになってもいいですか?」  この信じられないほどの急展開―― 絶対ここでシナリオライター 代わってるだろ……  それにしても―― 「……………」 「……………」  き、気まずい…… 「ちょっとここら辺で休憩にしようか?」 「は、はい。そういたしましょう」  しばらく休憩した後、 けっきょくセバマジは再開せずに 別のゲームで遊んだのだった。 「……あ、ですけど、 そのぉ、このイベントが終わるまで、 なさいませんか?」 「……えっ?」 「だめなのですぅ?」 「いや、そんなことないよ。やろうか」  努めて動揺を隠しながら、 俺はコントローラーをふたたび握った。 「ほら、行くよ。アヤメ。 俺のロンギヌス、しっかり味わって」 「あっ……あぅぅ……来ますぅ……奥までっ! あっ……もう……こ、こんなにぃぃ…… だめですぅぅぅ」  いったい、いつからセバマジは 18禁になったんだ…? 「早く、あはぁっ、お願い、しますぅっ。 早く私の子宮を、お清めくださぁいぃぃっ!」 「じゃ、行くよ。ロンギヌスを もっと奥まで呑みこんで」 「あ、ああぁぁ……嘘、聖なる力が、 こんなに……私、清められちゃうっ、 ロンギヌスで、おかしくなっちゃう!?」 「あぁぁ、そんなあぁぁ、もうだめぇぇ…!」 「うぁあ、もう、出る……ん、あ、 イク……イク、イクゥ、あああぁぁぁ、 セイクリッドホーリーッ!」 「ああぁぁ、ホーリー、ホーリーィィ、 私、もう、ホーリーィィィィッ! ああぁっ! セイクリッド・イっちゃうぅぅぅっ!!」 「とても素敵なお話でしたね」 「どこらへんがっ!?」 「呪われてしまった暗黒魔導師さんを、 聖戦士さんだけが救うことが できたのですぅ。感動的なのですぅ」 「まぁ、内容を箇条書きにすれば、 そうなんだけど……」  いや、しかし、あれが、感動…? 「初秋さん。もし、もしもですけど、 私が呪われた暗黒魔導師でしたら、 セイクリッドホーリーしていただけますか?」 「……それは、まぁ姫守がしてほしいなら。 あ、でも、その場合、ロンギヌスで…?」 「そ、それは、仕方ないのですぅっ。 呪われてしまっているのですから、 ロンギヌスぐらいは、我慢するのですぅ」 「そうなんだ」 「あ、が、我慢と言うと、 その、大変失礼かもしれませんが、 痛いかもしれないという意味なのですぅ」 「決して初秋さんのロンギヌスが 嫌という、わけでは……」 「あ、いえ、そのぉ、かといって 欲しいというわけでも、ですから、 何と申しあげればいいのでしょう…?」  テンパる姫守があまりにかわいくて、 俺はついつい意地悪してみたくなった。 「姫守って、けっこうロンギヌスが 好きなんだ?」 「そんなぁ……違うのですぅっ!」  真っ赤になって否定する姫守は やっぱり、ものすごくかわいかった。  まどろみの中、 ゆっさゆっさと体を揺すられ、 覚醒を促される。 「ねぇねぇ、起きようよ。遊びにいこ」 「……あれ、友希? なんでいるんだ?」 「昨日、適当に朝いくって言ったじゃん。 電話しても出ないから、起こしにきたのよ?」 「すごい眠たいんだけど、いま何時だ?」 「もう10時よ。昨日夜更かしして、 やりすぎちゃったんじゃないの?」  じろっと友希を見る。 「げ、ゲームのことよ、ゲーム。 ゲームやりすぎたんじゃない?」  どうやら下ネタ禁止令を守る気は あるみたいだな。 「どこ行きたいんだ?」 「うんとね、ちょっと今日は金欠気味だから、 適当にどっか歩きたいなぁ」  ノープランらしい。 「じゃ、行くか」  というわけで、友希と二人で 新渡町を散策していた。 「たまには、こうやって ぶらぶらするのもいいよな?」 「え、何をぶらぶらさせ――あ、 何でもない何でもないっ」 「さすがにちょっと歩き疲れたから、 どこかで休憩でもするか?」 「やだ、ホテルで休――あ、 ホ、ホテルで急にランチが 食べたくなっちゃったなぁ」 「ホテルでランチか。それもいいな。 でも、お前、金欠気味なんじゃなかった?」 「あはは、分かってるくせに。身体で払―― 身体でハラハラッ! 身体でハラハラッ!」 「……………」  だんだんかわいそうになってきた。  けっきょくマックでテイクアウトして、 公園で食べることにした。 「こう天気がいいと、 外で食べるのもいいよな」 「うん……」 「そのハワイアンバーガー美味いか?」 「うん……」 「こっちのイタリアンバーガーは ちょっと微妙だな。トマトソースの味が もうちょっとしてもいいと思うんだけど」 「うん……」 「……………」  なぜに下ネタが言えないぐらいで、 ここまで静かになるんだろうか。  仕方ない。 「もうあの約束、なしでいいよ」 「えっ? 何のこと?」 「下ネタだよ。もう禁止しないからさ」 「本当に? もう。颯太って、 女の子を焦らしすぎよ。何ていうの? イキたくても、イケない感じだったわ」 「あぁ、そう……」 「あ、ねぇねぇ、そのバニラシェイク、 ちょっとちょうだい」 「ん? あぁ」  友希はバニラシェイクのストローを咥える。 「あぁむ、じゅっ、じゅるるっ、じゅりゅっ。 あははっ、颯太のバニラシェイクおいしい。 もっと絞りだしちゃおっかなぁ?」 「じゅりゅじゅりゅじゅりゅりゅりゅーっ!!」 「ぜんぶ飲まないよーにっ!」  水を得た魚のように、 友希は下ネタを連発するのだった。 「本当に?」 「あぁ。友希が下ネタ言わないと、 俺もやっぱり寂しいし。またエロいやつ、 聞かせてくれよな!」  下ネタを言いやすい雰囲気を作るため、 そう口にする。 「あ、うん……」  友希は少し恥ずかしそうに視線をそらす。 「どうした? 嘘じゃないぞ。言わないのか?」 「そんなに急に『言え』って言われても、 出てこないし……」 「それもそうだな。 じゃ、ほら、俺のバニラシェイクあげるよ」 「う、うん。ありがと」  友希はストローに口をつけ、 控えめにバニラシェイクを吸っていく。  おかしいな、普通だ…? 「下ネタはどうしたんだ?」 「だって、そんなに待ちかまえられてると、 恥ずかしいし……」 「そうか? 今までだったら、 何かをしゃぶるような音を立てて 飲んでたと思うんだけどなぁ」 「や、やだ。そんなこと言わないでよ。 飲めなくなるじゃん」  うーん、おかしいな。 下ネタ自粛しすぎて調子が狂ったんだろうか?  仕方ない。 ここは俺が一発かましてやるべきだろう。 「友希、このグレープフルーツジュース、 ちょっともらえるか?」 「うん、いいよ」  グレープフルーツジュースのフタを外し、 口元で傾ける。 「なぁ見ろよ。友希のジュース、 ここから、こんなに溢れてきてるぞ。 あぁ、すごいおいしいよ」 「……や、やだっ、 そんな言い方したら、だめだよっ!」  友希が体当たりしてきて、 手の中のジュースがこぼれる。 「おっと」 「きゃっ」  友希の服に、ジュースがかかった。 「あー、けっこう濡れちゃったな。大丈夫か?」 「え、ぬ、濡れてないよっ、 ぜったい濡れてないからっ!」 「いや、どう見ても濡れてるよね?」 「なんで、わか――」  友希の服を指さす。 「――あ……こ、こっちのこと…?」 「他にどっちのことがあるんだよ?」 「……ない、かなぁ。あはは…………」  チャイムが鳴ったので、 インターホンで応答する。 「はい」 「あ、えっと、まひるは、 颯太くんに会いにきたんだけど、 颯太くんはいる?」  ん? 俺だって気づいてないのか?  よし、からかってやろう。 そう思い、声を低くして言う。 「あぁ、颯太ね。いるよ。 しかし、今日は誰か来るって言ってたかな? 君は颯太のお友達かい?」 「う、うん。お友達だよ」 「そうか。ところで、 颯太は友達とは仲良くやってるかい? あいつは人付き合いが苦手だからね」 「大丈夫だよ。 颯太くんは友達思いでいい人だし、 みんなとも仲いいよ」 「そうか。良かった。 じつはここだけの話だけどね、 颯太はもう長く生きられないんだ」 「え…? ウソ……颯太、死ぬの…?」 「あぁ。中二病っていう病気で、 半年後には社会的に死ぬかもしれないんだ」 「………?」 「どうかそれまで颯太に 優しくしてやってくれ」 「具体的には脚を蹴ったりせず、 『世界で一番大嫌いだ』なんて言わずに、 いきなり怒ったりしないでくれると嬉しいな」 「あっ! おまえ、颯太だなっ!? まひるを騙したな。このっ、開けろ。 今すぐ開けるんだっ! 卑怯者ーっ!」  ドアを蹴るような音が 玄関から聞こえてくる。 「分かった分かった。いま開けるよ」 「よっ。おはよう」 「おはようじゃないんだっ。 まひるは本気で心配したんだぞっ! まひるはご立腹なんだっ!」 「悪かったよ。まさか本気で騙されるとは 思わなくてさ」 「あっ、それはまひるをバカにしてるんだな! まひるが騙されやすいってことなんだっ」 「いや、そういうわけじゃ……」 「絶対そうだ。まひるは許さないんだ。 百年恨むんだ。颯太とはもう口きかないぞ まひるは帰るんだ。あっかんべーっ!」  まひるが走りさっていく。 「……え、おい、本気か…?」 「せっかくハンバーグオムライスを 作る準備してたんだけどなぁ……」 「まひるの大好きなハンバーグと まひるの大好きなオムライスを合体させた、 ハンバーグオムライスか…!?」  ものすごい勢いで、まひるが戻ってきた。 「口きかないんじゃなかったか?」 「まひるは知ってるんだぞ。 争いは何も生まないから、 ハンバーグオムライスも生まないんだ!」 「そんなことより、早く食べたいんだ。 まひるはお腹が空いたんだぞ」  やれやれ。食い意地がはってるな。 「じゃ、すぐ作るよ。 下ごしらえはしてあるからさ」 「まだかな? もうできるかな? いい匂いはしてるな? おいしそうだな? つまみ食いしていかな? ダメかな?」 「もうできたよ。ほら」  テーブルに特製ハンバーグオムライスを 置く。 「もう食べていいかっ? ダメって言っても食べるぞ。 まひるは我慢できないんだ」  それ、質問する意味あるんだろうか? 「いいよ。食べな」 「えへへ、いただきまーすっ!」  喜び勇んでまひるはスプーンに手を伸ばす。  すると、ちょうど伸ばした手が、 ハンバーグオムライスのプレートに 当たり、床に落下した。 「あっ…!?」  プレートは木製だったため割れなかったけど、 ハンバーグオムライスは無残な姿に 成り果てた。 「あ、うぅぅ……ごめんなさい…… ごめんなさい、ハンバーグオムライス……」 「そんなに落ちこむなって、 俺の分あげるからさ」  俺のハンバーグオムライスを まひるの前に置き、落ちたプレートを 片付ける。 「いいのか…? ありがとう…… あ、でも、颯太はどうするんだ?」 「お茶漬けでもするよ」  ハンバーグは洗って焼きなおせば、 行けそうだな。夕飯にとっておこう。 「ホントにまひるが食べてもいいのか?」 「あぁ、気にするなって」 「……じゃ、食べよかな。 えへへ、いただきます」  まひるはハンバーグオムライスを スプーンですくい、口元へ運ぶ。 「あむ、もぐもぐ…… えへへ、おいしな。颯太は天才だな」  まひるはあっというまに ハンバーグオムライスを平らげたのだった。  まひるはどんどん ハンバーグオムライスを 口に放りこんでいく。  けど、残り半分というところで、 ピタッとスプーンを止めた。 「どうした? お腹いっぱいか?」 「……やっぱり、半分はおまえにあげるんだ。 おいしいから、 おまえも食べたほうがいいんだ」 「いいって。遠慮するなよ。 俺はいつでも食べられるし」 「お、おまえこそ遠慮するなっ。 まひるがあげるって言ってるんだぞっ。 早くしないと食べちゃうんだっ」 「だから、食べていいって。ほら」  ハンバーグオムライスをスプーンですくい、 まひるの口元に向ける。 「あ、うぅぅ……」 「ほら、おいしいぞ? 食べないか?」 「……おいしいから食べないんだ。 まひる一人で食べたら、 颯太がかわいそうなんだ」  いつもだったら、一人で食べそうなのにな。 「じゃ、これを半分こするか?」 「うんっ! そうするんだっ! はいっ、あーん」  まひるがスプーンを向けてくる。 「……………」 「ほらっ、食べるんだ。あーん」  えーと…… 「開けっ、開くんだっ、あーんなんだっ!」  まぁいいか。 「あーん」 「えへへ。開いたな。えいっ」 「もぐもぐ」 「おいしいか?」 「あぁ、美味いよ」  自分で作ったんだけど。 「えへへ、よかたな。颯太もおいしな。 まひるもおいしな。幸せだな」 「まひるも食うか。ほら、あーん」 「あーん。あむ。もぐもぐ。おいしな。 はいっ、颯太もあーん」 「あーん」  そのままハンバーグオムライスが なくなるまで食べさせあいっこを 続けたのだった。  公園でブランコに座りながら、 のんびりしていたら、 「そこの彼氏、いい男が昼間っから、 何してるのかな?」 「まやさんもやります? 気持ちいいですよ。ぼーっと日向ぼっこ」 「もぉ。若いのに おじいちゃんみたいなこと言って。 暇なら遊んであげる、ほら」  まやさんが俺の手を引いて、 立ちあがらせてくれる。 「何して遊んでくれるんですか?」 「どうしよっかな。じゃ、追いかけっこしよ」 「この歳で鬼ごっこですか」 「ん? 子供っぽいかな? じゃ、やる気が出るおまじないかけてあげる」 「効くんですか?」 「捕まえられたら、 デートしてあげよっかな?」  まぁ、俺は植物系男子だから、 それぐらいじゃ眉ひとつ動かさない わけだけど、軽く確認ぐらいはしておこう。 「朝までOKですよね?」 「ふふっ、それは君次第かな。 ほらっ、おいで」  まやさんが走りさっていく。 俺はもちろん全力で追いかけた。 「あはっ、早いね、颯太くん。 もう追いつかれちゃった」 「俺の勝ちですね」 「まだだーめ。ちゃんとタッチしないと」 「この距離じゃ、どのみち同じだと 思いますけど」 「じゃ、やってみる?」  と、まやさんが走りだす。  俺はすぐに後を追いかけ、 手を伸ばした。 「きゃー、助けてー、 変質者に追われてるのーっ」 「こらああぁぁぁぁぁっ!!」 「ん? どうしたのかな? そんなに大きな声出して」 「それはこっちの台詞ですよね!」 「ふふっ、ほーら、早くタッチしないと デートできないよ?」  まやさんが挑発的に 一歩踏みこんでくる。  手を伸ばせば届きそうな距離だけど、 しかし、迂闊に手を出せば、変質者扱いだ。 「あーあ、そっか。颯太くんって、 わたしとデートしたくないんだ。残念」 「それもこっちの台詞ですよね!」 「ん? どうしてかな?」 「どうしてもこうしてもないでしょう。 変質者なんて誰かに聞かれたら、 たまったもんじゃ――」  俺ははっと気がつき、辺りを見回した。  これは……行ける…! 「まやさん、覚悟してください……」 「ふふっ、やる気になったの? 偉いぞ」  俺が一歩踏みだす。 すると、まやさんはひらりと身を 躱すように後退して、 「たすけてー、変質者に襲われるー」  だが、甘いっ! 「もらったっ!」  俺は構わず、まやさんに手を伸ばした。 「え、うそっ、いいの、 変質者だよ、変質者。おまわりさーん」 「残念だけど、まやさん。今、この公園には お巡りさんはおろか、人っ子ひとりいないよ」 「つまり、どれだけ変質者呼ばわりされても 何の問題もないってことさっ!」 「うそうそっ、ちょっと待って」  慌てて、まやさんが逃げようとするけど、 もう遅い。 「今度こそ、タッチだっ!」 「あんっ…!」  あ……れ…?  なんだ、このものすごく柔らかくて、 蕩けそうな感触は…? 「こら、そんなとこにタッチしていいなんて 言ってないぞ」 「す、すいません。ごめんなさい。 わざとじゃないんですっ!」  ぱっとまやさんの胸から手を離し、 俺は平謝りした。 「別にそこまで謝らなくても、 触られたって、減るほどもないんだし」 「いえ、それはそうかもしれませんが――」 「ん? 聞こえなかったな。 そうかもしれません?」  聞こえてるじゃん…… 「そ、そんなことありませんでしたよ。 手の収まり具合が、 ちょうどいい感じでしたっ!」 「ありがと。 でも、セクハラだから、許してあーげない」  しまった。そりゃそうか…… 「じゃ、罰として、颯太くんに デートしてもらおっかな」 「……それじゃ、 罰にならないじゃないですか」 「そぉ? じゃ、朝までOKかな?」 「それはまやさん次第ですよ。 さぁ来いっ!」  と、まやさんの真似をして 俺は走りだす。 「ふふっ、逃がさないんだからっ。 ほら、捕まえちゃうよ」 「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」  全速力で走りさった。 「……あ……そんなに本気で 逃げなくていいのに……」  置き去りにされたまやさんが、 遠くで悲しそうな顔をしているような 気がして、俺は引き返すことにした。 「あ、おはよ。颯太」 「おう。おはよう。 芹川もおはよう」 「……あ……おはようございます……」  あれ? 珍しくまともに挨拶が 返ってきたぞ。  そういえば、フェアリーパークでも わりと話せたような気もするし、 だんだん慣れてきたのかな? 「ねぇねぇ、そういえば リンゴはまだできないの?」 「まだっていうかさ、 今の季節にリンゴの実はならないよ」 「えっ? そうなの?」 「リンゴは秋や冬の果物ですから」 「そうそう。だいたいそうじゃなくても、 今はリンゴどころじゃないし」 「あ、そっか。確か、こないだ 別の物を育てるって言ってたよね?」 「ん? そんなこと言ったっけ?」 「うん。育てるのに数ヶ月かかるし、 場合によっては数年経っても、 実にならない時があるって言ってたじゃん」 「何だっけ、それ? ちょっとど忘れしたんだけど?」 「えー、道具をそろえないとって 言ってたのに。デリケートだから、 指サックしなきゃって」 「デリケートって野菜のほうがだよな? 普通は指を保護するために つけるもんだけど…?」 「まだ思い出せない? これができたら、 最高に気持ちいいだろうなって言ってたわ」 「ぜんぜん思い出せない。 俺、何を育てるって言ってた?」 「リンゴよりもお尻の穴を育てて、 前立腺オナニーするんだって」 「そんなもの育てないよっ!!」 「ていうか、そもそも言ってないし」 「うんうん、言わなくても分かってるわ」 「そんなことまで分かるなんて、 幼馴染みって大変ですね」 「いやいや、分かってないから。 ぜんぶ友希のデタラメだから」 「うんうん、そうだね」  く。見てろよ。仕返ししてやる。 「そういう友希こそ、アソコを育てるために、 常にケータイをバイブモードにして 挿入してるんだよな?」 「最初はガラケーで、今はスマホが 入るようになったんだって?」 「でも、メールが来た時のバイブで びくんびくんしちゃうとか、 開発されすぎだと思うぞ」 「えー、そんなことしてるわけないじゃん」 「またまた、俺には分かってるって。 ほら、いいのか? メール送っちゃうぞっ!」 「ねぇねぇ絵里、 颯太があんなこと言ってるけど、どう思う?」 「その……セクハラだと思います……」 「はは……」  そうか。これが、 男女の違いってやつか…… 「友希さん、少々お時間よろしいでしょうか?」 「いいよー。なになにー?」  友希が姫守のほうへ向かう。  俺も席へ行こうとしたら、 友希がくるりと振りかえった。 「あ、そうだ。颯太、知ってた? アソコにケータイ挿れると、 電波届かないのよ?」 「え…?」 「あははっ、じゃ、あとでね」 「……………」  おい、待て、友希。 やったことあるのか…?  授業中。  ひょこっとQPが姿を現した。 「やぁ、初秋颯太。 さっき『今はリンゴどころじゃない』って 言ってたけど、忙しいのかい?」 「あぁ。七月に新渡町で料理コンテストが 開かれるんだよ。去年はまだ参加資格が なかったけど、今年は出られるからさ」  隣の友希に聞こえないように、 俺は小声で言った。 「大きな大会なのかい?」 「いや、そんなには。 参加できるのは新渡町のお店で 働いている料理人だけだし」 「そうは言っても、ほとんどはプロとか、 プロの駆け出しが参加するからさ」 「アルバイトは俺ぐらいしかいないだろうし、 今から気合い入れて頑張らないと、 優勝は難しいかなって思って」 「優勝する気なのかい?」 「それはそうだろ。 優勝目指さないで参加する奴なんかいないよ」 「アルバイトがプロの料理人に 勝てるとは思えないよ」 「そんなのやってみなきゃ分からないだろ」 「ふぅん。君は恋愛には奥手なのに、 料理のこととなると積極的だね」 「そりゃ、いつか自分の店を持つって 夢があるからさ」 「どんな店が欲しいんだい?」 「それは……まぁ、すごい店だよ!」 「漠然としているね」 「いいだろ、別に。 まだ考え中なんだ」 「叶うといいね。応援するよ」  思わず、俺はQPを見返した。 「何だい、その表情は? ブサイクだね」 「ブサイクは表情じゃないよっ」 「妖精界では表情なのさ。 内面のブサイクさが、外面にも にじみ出ると言われているね」 「そんな争いしか生まないような世界には 住みたくないな」 「それで、どうしたんだい?」 「いや、お前に応援されるとは 思わなかったからさ」 「てっきり、そんなことしてる暇があったら、 女の子に告白しろって言われるのかと 思ったよ」 「君はぼくを何だと思っているんだい? 言ったじゃないか。妖精界では内面が、 外面にもにじみ出るんだ」 「……だから?」 「つまり、ぼくはご覧の通り、 心もイケメンだってことだよ」 「……………」  イケメンとは果たして何なのか?  もしかしたら、俺は人間界という狭い世界で 物事を見すぎていたのかもしれない。  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと―― 「はいよ、おまちどおさま。 トリプルクリームクレープだよ」 「うわぁ、おいしそうなのですぅ。 いただいてもよろしいですか?」 「あぁ」  姫守はナイフとフォークを使い、 綺麗にクレープを切りわける。 「はぁむ、もぐもぐ。 おいしいのですぅっ。クリームがふわふわで 色んな味がいたしますね」 「だろっ。カスタードと生クリームと チーズクリームのバランスが絶妙なんだよな。 うちのデザートの中で一番のお気に入りだよ」 「こちらも、初秋さんが お作りになられたのですか?」 「あぁ。正直、クレープに関しては、 マスターよりうまい自信があるよ 子供の頃から作ってたしさ」 「子供でも作れるのですぅ?」 「簡単なやつだけどさ。 生地を作って焼いて、 生クリームをくるむだけ」 「でしたら、私でも作れるのでしょうか?」 「それはもちろん。そうだ。ちょっと待ってて」 「はい。クレープのレシピ。 この通りにやれば、失敗しないよ」 「わざわざご丁寧にありがとうございます。 こちらで一度、作ってみますね」  姫守は大切そうに、レシピを胸に抱えた。 「……ですけど、少々不安もありますので、 もしお暇があるようでしたら、 ご指導いただけると幸いなのですが…?」 「あぁ、いいよ。いつがいい?」 「明日などご都合はいかがなのですぅ?」  明日か。どうしようかな?  明日か。どうしようかな?「いいよ。じゃ、明日うちに来てくれる?」 「はい。かしこまりました。 どうぞよろしくお願いいたします」  ぺこり、と姫守は丁寧に頭を下げた。 「ごめん、明日はちょっと都合が悪いかな」 「そうでしたか。残念なのですぅ」 「でも、本当に簡単だから、 明日一回作ってみたら?」 「それで、だめだったら、 また他の日に教えるんでもいいし」 「はい。では、あなたの言う通りにするのです。 お気遣いいただき、ありがとうございます」  閉店後、後片付けをしている最中だった。 「ねぇねぇ颯太、明日、暇?」  明日はまったく予定がない。  友希と遊ぶのも悪くないな。 「おう。すごい暇だぞ」 「あははっ、そうなの? あたしは忙しいよ。ライブに行くから。 羨ましいでしょー?」  こいつ、どうしてくれよう? 「お前、今、俺の逆鱗に触ったぞ」 「えー、なんで? いいじゃん。 誰かに言いたかったんだもん」 「言うのは勝手だけど、 ぬか喜びさせないでくれるかなっ」 「なになに? あたしと遊びたかった?」 「絶対『うん』なんて言わないからねっ!」 「えー、なによ、けちー」  俺と友希が言い合いしてると、 ぬっと人影が現れた。 「はぁ……困った……」 「どうしたんですか?」 「あぁ、明日のバイトがよ、 どうしても人数集まらないんだわ」 「俺も昼間はちょっと、店を 抜けなきゃならないんだが、 かといって日曜日はかきいれ時だからな」 「俺が出ましょうか?」 「残念だが、お前はもう頭数に入ってるんだ」 「初耳なんですけどっ!?」 「なに、信じてっからよ。お前を。誰よりもな」 「都合のいいように言わないでくださいね……」 「そんでも、お前に出てもらったって、 日曜日は一人じゃ厳しいだろうからな」 「ま、臨時休業にするしかないわな。 でもなぁ……」  マスターはいまいち煮えきらないようだった。 「それじゃ、あたしも出ましょうか?」 「そりゃありがたいけど、でも、いいのか? ライブがあるって言ってなかったか?」 「いいですよ、ライブぐらい いつでも行けますから」  こいつって損な性格だよな。  どうしようかな?  どうしようかな?「じゃ、明日のバイトは、 ライブ並に盛りあげようよ」 「あははっ、いいねー。 歌いながら接客しよっかなぁ」 「じゃ、俺は歌いながら料理するよ。 フロアに届くまでシャウトしちゃうね!」 「それなら、あたしはロック風接客で行くわ。 『お客様、ご注文はもちろん一番高い  ビーフストロガノフでよろしいですね?』」 「『え、いや、ブレンドを頼みたいんだけど……』」 「『ブレンドなんてロックじゃございません。 お客様、もう一度訊きます。 ビーフストロガノフでよろしいですね?』」 「『は、はい、じゃ、それで』」 「『シェゲナベイベーロケンロー!』」 「お前ら、俺の店を潰す気か……」 「いや、友希は出なくていいよ」 「あー、颯太って、あたしと一緒に バイトするの嫌なんだぁ」 「そうじゃなくてさ、せっかくライブを 楽しみにしてたんだから、行ったほうが いいってこと」 「まぁ、そうだわな。 うっし、決めた。明日は やっぱ臨時休業にするわ」 「はぁい」  友希はなぜか残念そうだった。  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと――  フロアをのぞいたら、まひると目があった。 「おい、おまえっ、ちょっとこっちに来るんだ。 まひるは話したいことがあるんだぞ」  何やら呼ばれているので、 まひるの席まで出向く。 「何だ?」 「ロケ弁がおいしくないんだ」 「……そんなこと俺に言われても……」 「だって、まひるの嫌いなものが たくさん入ってるんだっ。こないだなんか、 食べられるものがほとんどなかったんだぞ」 「そりゃお前の偏食じゃあな」 「うー…!」 「颯太、届いたぞ。手が空いたら来い」  マスターがそう声をかけて、 厨房に戻っていく。 「すぐ行きます」 「何が届いたんだ?」 「いいものだよ。ちょっと行ってくるな」 「あっ、待てっ。何が届いたんだ? まひるにも教えるんだっ!」 「こいつだ」 「ありがとうございます」 「何なんだ?」 「って、お前、なんで厨房まで ついてきてるんだ?」 「おまえが教えてくれないから、悪いんだ。 まひるだって何が届いたか気になるんだぞっ」 「いや、だからって……」 「まぁいいだろ。 見たいって言うなら、見せてやんな」  マスターがいいって言うなら、いいか。 「ほら、これだよ。包丁セット。 すごいだろ?」 「そうなのか? まひるには普通の包丁に見えるぞ」 「なに言ってるんだよ? 普通の包丁とは見た目からして ぜんぜん違うだろ」 「なんせ有名な職人さんに 作ってもらったんだから。 全部で10万もするんだよ?」 「10万……1回テレビに出たら、 いっぱい買えるな」  だめだ。こいつの金銭感覚は 一般人とはぜんぜん違う。 「あ、お金、いま払いますね」  と、持ってきたカバンを開く。 「……あれ? ない?」 「横のポケットに入ってるんじゃないのか?」 「いえ、確かにここに入れたはずなんですが、 おかしいな。なんでないんだ?」  外にまで捜しにいったものの、 10万円を入れた封筒は どこにも落ちてなかった。 「警察には届けたのか?」 「はい。 来る途中に一回カバンを開けたんで、たぶん その時に落としたんだと思うんですけど……」  その場所をくまなく捜してもなかった ということは、たぶん誰かに拾われて しまったんだろう。  となれば、警察に届けられる見こみは薄い。 「まぁ、包丁の金はいつでもいいよ」 「すいません。 あと、ついでに日曜日もシフトに 入れたりしませんか?」 「あぁ、入れてやりたいんだが、 日曜日はどの日もだいたい人が埋まってっからな」 「ちょうど明日が手薄だったんだが、 俺も用事ができちまって、臨時休業に する予定だしよ」 「そうですか……」  仕方ないな。節約に努めて、 何とか捻出するしかないだろう。 「おまえ、バイトがしたいんだったら、 まひるの仕事を手伝わないか?」 「お前の仕事って、 マネージャでもしろって言うのか?」 「違うんだ。まひるは 仕事に行く時のお弁当を 作ってほしいんだ」  そういえば、 ロケ弁は食べられないものばかり って言ってたか。  どうしようかな?  どうしようかな?「そのバイト、やらせてくれるか? いつ作ればいいんだ?」 「とりあえず明日なんだ」 「分かった」 「いや、さすがに お前から仕事もらうのは、ちょっとな」 「ダメなのか? まひるは困ってるんだぞ」 「うーん。やっぱり、やめとくよ。 友達同士でお金のやりとりってのは どうも気が進まないし」 「そんなこと言って、 まひるにお弁当を作るのがイヤなんだっ。 そうなんだろっ!」 「いやいや、違うって。 ほら、お金のやりとりって そんな気軽なもんじゃないからさ」 「うるさいっ。おまえなんか、 宇宙が誕生した時から大っ嫌いなんだっ。 甲斐性なしの貧乏人ーっ!」  まひるは走りさっていった。  お、来たな。 「はい」  インターホンに応答する。 「おはようございます。姫守なのですぅ」 「ちょっと待ってて」 「よっ、いらっしゃい。 まぁ入ってよ」 「はい、お邪魔いたします」 「姫守、お腹すいてる?」 「お恥ずかしながら、大変空腹なのです。 今にも倒れそうなのですぅ」  姫守はちょっとふらふらしている。 「だ、大丈夫?」 「はいー。じつは本日のクレープを 楽しみにして、昨日の夜から水の一滴も 飲んでいないのです」 「それはちょっとやり過ぎだと思うけど……」 「返す言葉もないのですぅ」 「じゃ、さっそく作ろうか。 料理する元気は残ってる?」 「はいっ。武士は食わぬど高楊枝ですから、 彩雨は食わぬど泡立て器なのですぅ」  意味が分からなかった。 「はい、次に牛乳を入れて。 だまにならないように少しずつ 混ぜてってな」 「かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです。 ダマーニナールナダマーニナールナ」  姫守は謎の呪文を唱えながら、 クレープの生地を混ぜていく。 「はい、いいよ。 次に卵を入れて」 「かしこまりました。 卵を投下するのですぅっ」  姫守は卵をコンコンと調理台に叩きつけ、 殻にヒビを入れる。  そして―― 「目覚めよ。其は翼持つ眷属の末裔なり。 今こそ大いなる殻を破りて、我が前に その力を示せ」 「出でよ、卵白、卵黄っ!」  姫守は卵を割った。 「……姫守、今の何?」 「卵の中身の召喚魔法なのですぅ。 子供の頃、流行ってませんでしたか?」 「……うちの地域では、流行ってなかったよ」 「ほら、これで完成だよ。簡単だったろ?」 「はいっ。初秋さんの教え方が 大変お上手でしたから、簡単に できてしまいました」 「ご教授いただきまして、 誠にありがとうございます」 「そんなにかしこまって お礼言われることじゃないんだけどね」 「それじゃ、食べよっか?」 「はい。手を合わせましょう。いただきます」 「いただきます」  俺はボウルに残った生クリームを 大きなスプーンですくい、どかっと クレープの上に載せた。 「よしっ、完璧」  大量の生クリームを載せたクレープに かぶりつく。甘い味が口全体に広がり、 クリームが優しく溶けていく。 「くすっ、ふふふっ」 「ん? 何かおかしいか?」 「お口に生クリームが たくさんついていらっしゃいますよ」 「え、本当に?」  口元を指で拭ってみると、 けっこうな量の生クリームがついた。 「はい、どうぞ。 こちらを使ってください」  姫守がポケットティッシュを渡してくれる。 「ありがとう」 「お安いご用なのですぅ」 「くすっ、子供みたいなのですぅ。 もったいないですよ」 「え…?」  姫守の口が俺の指に近づいてきて、 「はぁむ。れろ、れろ……」  温かい舌が俺の人差し指をくすぐる。 「甘くて、おいしいのですぅ」 「あの、姫守…?」 「はい…?」  口を離した姫守と目が合う。  彼女ははっとしたように顔を赤らめた。 「……………」 「……………」  何も言葉が出てこない。  俺たちはそのままじっと見つめあう―― 「……も、申し訳ございません。 はしたないことをしてしまいました。 ご不快でしたか?」 「いや……ぜんぜん……そんなことないよ」 「良かったのですぅ。 差し出がましい真似をしてしまったかと 心配してしまいました。あ……」  姫守は俺の顔を じーっとのぞきこんでくる。 「どうした?」 「じっとしていてくださいね。 失礼いたします」  と、姫守が唇を俺に近づけてくる。  そして、俺の唇のほんの少し横を 舌で舐めた。 「……こ、こちらにもクリームが ついていたのですぅ」  姫守の舌の感触がまだ残っている。  火照ったような頭で、 何か言わなければと考えた。 「……お、おいしかった?」  動転して変なことを口走ってしまう。  慌てて訂正しなければと思ったけど、 時すでに遅し、姫守は顔を真っ赤に していた。 「……あ、そ、そのぉ…………はい……」 「ありがとうございました」 「今日は意外と客足が落ちついてますね」 「あぁ。悪いな。 わざわざ出てもらったってのに」 「いえ。マスターも抜けますし、 あんまり忙しくないほうが助かりますよ」 「それもそうか。 んじゃ、そろそろ時間だし、 ちょっくら行ってくるわ」 「何かあったら、 ケータイに連絡してくれ」 「はーい。行ってらっしゃい」 「まぁ、ランチタイムも終わったし、 マスターが戻ってくるまでは、 そんなにお客さんも来ないだろうな」  と高をくくってたんだけど―― 「「いらっしゃいませ」」 「11人なんですけど、大丈夫ですか?」  11人!? 多いな…… 「席がふたつに分かれますけど、 構いませんか?」 「あぁ、それは大丈夫です」 「では、こちらと、こちらの席を お使いください」  ぞろぞろと入ってきたお客さんは全員、 お揃いのユニフォーム姿だ。  11人だし、草サッカーチームだろうか?  ともあれ、一気に忙しくなった。  ユニフォーム姿のお客さんたちは、 1人あたりだいたい2人前の料理を注文するという 大食っぷりを発揮した。  しめて20人前になる料理を、 必死こいて作ってると、 「颯太、ごめーん。 またオーダー入っちゃった。 若鶏のからあげと三種のチーズピザ追加で」 「はいよっ」 「あと、ご新規5名様ご来店だから、 すぐにオーダー入ると思うわ」 「マジでっ!? それは死ねるな」 「どうしよう? マスターに連絡する?」 「いやまぁ、ぎりぎり行けるよ。 お客さんには『ちょっと時間かかるかも』 って言っといてくれる?」 「はーい」  さてと。気合い入れて作るぞ! 「ありがとうございました」  最後のお客さんが帰り、 ふたたび店には俺と友希だけになった。 「何とかなったね。 すごいじゃん、颯太」 「あと少し注文が多かったら、 ヤバかったけどね……」 「でも、あれだな。もし自分の店を持ったら、 当分は作るの俺一人だろうし、 こんな感じの毎日になるんだろうなぁ……」  まだまだ漠然とした夢だけど、 こういう経験を積んでおくのも きっと悪くないはずだ。 「分からないわよ? ほら、お客さん全然こないかもしれないし」 「夢ぐらい見させてくれてもいいじゃんっ!」 「あははっ、冗談冗談っ。 お客さんいっぱい来るといいね」 「その前に何とか店を 持たないとだけどな」 「それを言ったら、その前に颯太は 覚えることたくさんあると思うわ。 事務仕事苦手でしょ? 経理どうするの?」 「……そうだなぁ」  先は長いなぁ、と思った。 「ねぇねぇ、颯太がお店持ったら、 あたし手伝ってもいい?」 「それは大歓迎だけど、最初は 一人で回せる規模の店になると 思うんだよなぁ」 「人雇う余裕がない気がするし」 「平気平気、バイト代いらないし」 「いやいや、そういうわけにはいかないだろ。 お前だって、その頃は暇じゃないだろうしさ」 「じゃあさ、バイト代なしの代わりに、 三食昼寝付きで一生働かせてくれる?」  意味を理解するのに、数秒かかった。 「次の颯太の台詞、 『おやつに俺のホットミルクも毎日  飲ませてやるよ。下の口にな』」 「言うわけないじゃんっ!」 「あははっ、そんなこと言って、 身体は正直よ。ほらほら」  友希が胸を押しつけるようにして、 俺に密着してくる。 「やめれ。 ったく、からかうなよ。 あんまりそういうことすると、誤解されるぞ」 「いいよ。誤解じゃないし」 「えっ?」 「……颯太は、さ、あたしが颯太のこと、 どんなふうに思ってたか知ってる?」 「……いや……」 「こうやって近くにいるだけで、 いつも、すっごくドキドキするんだから」 「それなのに、颯太はいっつも知らんぷり。 いっつもあたしはただの幼馴染み」  えっ? なんだ、この雰囲気…? 「あたしね、あたし、颯太のこと、 ずっと、ずっと――」  これって、もしかして――? 「うぃーす。ただいま」 「――ずっとオナペットに したいと思ってたんだよね」 「な…………オナペ…!?」 「あははっ、冗談冗談。ビックリした?」 「そりゃ、ビックリしたよ……」  まぁ、友希の下ネタには慣れてるけど。 「な、なんだ、冗談か……」 「ほら、お前が変なこと言うから、 マスターまでビックリしてるぞ」 「はぁい。ごめんなさい」 「じゃ、そろそろまかない作ろうかな」  と俺は厨房へ戻った。 「どうだ? 特に問題なかったか?」 「マスターのバカっ!」 「……そんなに、忙しかったのか…?」  朝早く、俺はまひるの弁当を作っていた。  ん? こんな時間に誰だ? 「はい」  インターホンに応答する。 「まひるなんだ。 お弁当を受けとりにきたんだ」  予定よりずいぶん早いな。 「まだ作ってる途中だから、 あがって待っててくれるか?」 「分かったんだ」 「よし、いっちょあがりっと」 「えへへ、エビフライ、おいしそうだな。 あむ、もぐもぐ、えへへ、おいしな」 「よし、いい感じに焼けたぞ」 「やっぱり、ランチはハンバーグなんだ。 ぱくっ、あむあむ、えへへ、おいしな」 「これで、完成っと」 「あむ、はむはむ、 えへへ、ケチャップライスは最高だな。 いくらでも食べれるな」 「こら、まひる」 「何だ?」 「『何だ?』じゃないだろ。 さっきから、そんなにつまみ食い ばっかりするなよな」 「材料費はまひる持ちなんだぞ」 「そういう問題じゃなくて、 弁当に入れる物がなくなるだろ」 「また作れば、大丈夫なんだっ」 「言っとくけど、材料ないからな。 こそっとピーマン入れるぞ」 「おまえっ、血の色は何色だっ! ピーマンと同じ緑だろっ。ピーマン星人ー」 「そんなに言うと、ニンジンも入れるぞ」 「……う……卑怯なんだ……」  よしよし、大人しくなったな。  まぁ、そうは言ってもお金をもらう以上、 嫌いな物を入れるわけにもいかない。  まひるが食べた分を 余った材料で作りなおすことにしよう。 「よし、完成だ」  弁当箱をまひるに見せてやる。 「やった。エビフライ、ハンバーグ、 ケチャップライス、玉子焼きっ!」  まひるが弁当箱にどんどん顔を 近づけていく。 「こらこら、食べるなよ。 もうしまうからな」  弁当箱をとりあげ、フタをする。 「颯太。バイト代なんだ。 今度は落としちゃダメなんだ」 「さすがにもう懲りたよ」  まひるから封筒を受けとる際、 一瞬、万札らしきものが透けて見えた。  まさかと思い、封筒を開け、 中身を確認する。  一万円札が合計10枚だ。 「あのな、まひる。これは多すぎだ」 「颯太は10万円落としたんじゃないのか? 10万円戻ってくると嬉しいと まひるは思ったんだ」 「そりゃ嬉しいけど、買い出し含めたって、 働いたのは3時間ちょっとだからさ。 多くて3000円がいいところだよ」  そう言い、まひるに封筒を返した。 「……まひるは颯太が喜んでくれると 思ったのに……」 「まひるの気持ちは嬉しいけどさ。 正直、こんなにはもらえないよ」 「でも、まひるは 仕事するともっともらえるんだ。 これぐらい大したことないんだ」 「それはお前が役者で、プロだからだよ。 お前にしかできない仕事だから、 たくさんもらえるんだ」 「……颯太のゴハンだって、颯太にしか 作れないんだっ」 「それに、まひるの演技は何の役にも 立たないけど、颯太のゴハンはおいしくて、 お腹がいっぱいになるんだ」 「これぐらいの料理なんて、 誰でも作れるからな」 「まひるは颯太のゴハンが食べたいんだっ。 颯太のゴハンじゃないとダメなんだっ。 いいからお金を受けとるんだっ!」 「……………」  俺はまひるの頭を撫でてやった。 「えっ? な、何するんだ…?」 「ありがとうな。 俺の料理を気に入ってくれて、嬉しいよ」 「でもな、俺はプロを目指してるからさ。 お前がいいって言うからって簡単にお金を もらったら、だめになると思うんだ」 「ダメになるのがいけないなら、 お金をもらってもダメにならなければ いいとまひるは思うんだ」 「いや、だから……」  どう説明しようかな? 「簡単に言うと、早い、安い、美味いを 目指してるんだ。10万円ももらったら、 安いが実現できないんだよ」 「……そうか。まひるは分かったんだ。 颯太は安いほうが嬉しいんだ。 驚きの新事実なんだ」  ちょっと違うけど、まぁいいか。 「そういうことだよ」 「じゃ、あとで両替するんだ」 「そうしてくれ。 ところで、これから朝ごはん作るけど――」 「まひるも食べたいんだっ!」  言うと思った。 さっきあんなにつまみ食いしたのにな。 「じゃ、一緒に作ってあげるよ」  と、冷凍庫を開く。 「ん? なんだこれ?」  封筒に手紙が貼りつけてある。 『颯太へ。大事なものが落ちていたから、 厳重に保管しておいたぞ。 ――へべれけでも意識はしっかりな父より』  封筒の中を見ると、 そこには10万円が入っていた。 「……なんで冷凍庫にしまうんだよ…?」  いや、ありがたいけどさ。  ちょうど昼ごはんを食べおえた頃だった。  誰だろう? 「はい」  インターホンに応答する。 「やぁ、僕だよ。 ちょっと出ておいで」  部長だ。突然何の用事だろう? 「どうしたんですか?」 「散歩していたら、たまたま通りかかってね。 君が暇してるんじゃないかと思ったわけさ」 「まぁ、暇はしていましたけど」 「ちょうど僕も暇してたんだ。 きっと、これは神の思し召しだよ。 一緒に暇を潰そうじゃないか?」 「いいですよ。どこ行きます?」 「そうだね。新渡町でどうだい?」 「分かりました。ところで、部長って 神様を信じてるんですか?」 「当たり前じゃないか。 いなかったからって損するわけじゃない。 とりあえず信じたほうが、お得だろう?」 「……損得で神様を信じないでくださいよ……」 「映画館というのはどうだろうか?」 「あぁ、いいですね。そうしましょう」  ちょうど目の前にあった映画館に入った。 「何か観たい映画はあります?」 「これなんかどうかな?」  部長が見ていたポスターは、 『夏の空』というタイトルの、どう見ても 青春恋愛物だ。 「面白そうですね。 さわやかな気持ちになれそうですし」 「部長にしては、意外なチョイスですけど。 こういうのが好きなんですか?」 「なに、こういういかにもな青春物なら、 君が自分の境遇と比べて、 心を痛めるんじゃないかと思ってね」 「すっごく趣味悪いですねっ!」 「ありがとう」 「褒めてないですからねっ!」 「あぁ、分かっているよ。 まったく、君はとんだツンデレなんだから」 「デレませんよ」 「そう言われると、 是が非でもデレさせたくなるよ」 「いつもやられっぱなしだとは 思わないでくださいね」 「ほう」  やばい、と俺はとっさに身構えた。  けど、部長は何もしてこない。 「どうしたんだい?」 「……い、いえ、何もしないんですか?」 「さぁ、どうだろうね」 「……………」  く。何を狙ってるんだ? 「……ふふっ……」 「……どうやってデレさせるつもりです?」 「さぁ、どうやってだろうね?」 「……………」  あの目、絶対に何か企んでる。 「……あぁ、そうだ」  く、来るか…!? 「たまにはSFもいいかもしれないね」 「……そ、そうですね」 「ところで……」  今度こそ来るかっ!? 「コメディは好きかな?」 「……まぁ、そこそこ」 「あぁ、そういえば、君にお願いが あるんだけど……」  とうとう仕掛ける気だな。 何をする気だ…!?  ごくり、と唾を飲みこみ、俺は訊いた。 「……何ですか?」 「ポップコーンと烏龍茶を 買ってきてくれるかな?」 「……い、いいですよ」 「あぁ、そうだ――」 「そろそろ、ひと思いに やってくれませんかねっ!?」 「ふふっ、ほぉらデレた。 君はやっぱりイジメられるのが好きみたいだね」 「……………」  あぁ、まったくタチが悪いな、この人は。 「それで、観るのは このさわやかな気持ちになれそうな 『夏の空』でいいかな?」 「部長のおかげで心が抉られるような気が してきたので、違うのにしましょうよ……」 「それじゃ、定番のホラー映画に しようじゃないか」  部長が視線を向けた映画のタイトルは 『歪』、いかにも恐怖心を誘う おどろおどろしいポスターだった。 「今度は部長の好きそうなやつですね」 「怖いなら、やめておいても構わないよ」 「ご期待に添えずすみませんが、 ホラーは平気なほうですから。 これにしましょう」  もうイジメられるもんか、 と強い心でチケットを買いにいった。  『また明日、学校で』  そんな一通のメールが男子生徒に 届くところから、物語は始まった。  差出人は、クラスでイジメられ、 今日、自殺した女の子からだった。  いたずらだろうと、 メールを閉じる。  すると、ケータイの待ち受け画面が 自殺した女の子の姿に変わっていた。 『許さない。みんな』  ふたたびメールが届く。 凄惨な事件の幕開けだった。  メールの受信音とともに、 ケータイの待ち受け画面に、 彼女は現れる。  頭が赤く花開き、長い髪がだらりと 垂れている。  そして、横を向いているはずの虚ろな瞳が だんだんとこっちに向いてくる気がするのだ。  気のせいだと言い聞かせ、 目を背けようとしたその瞬間――  画面の中の彼女が笑った。  ぱっくりと割れた頭が、 唐突に画面の外に飛びだしてきた。  館内から 「きゃあぁぁぁ」 という悲鳴が 口々にあがった。  まぁ、よくある演出だな、と思いつつも、 その迫力に息を呑む。  ふと部長がどうしている気になり、 横目で見ると、 「ふふっ、いいね」  このシーンで、こんなに 幸せそうに笑う部長が、 一番のホラーだと思った。 「おーい、QP、ちょっとこれ食べてくれ」 「今朝は何を作ったんだい?」 「今日はシンプルに牛肉のステーキだよ。 いい感じにレアで焼いて、塩こしょうで 味付けしたんだ」  QPが肉食だとすれば、 これは好感触のはずだ。 「がつがつがつがつがつ!」  QPが一瞬でステーキを食べ尽くす。 「肉の味がしっかりしているね。 素晴らしいよ」 「そっか。やっぱりな。 ソースとか余計な物より、 自然そのものの味のほうが好きなんだな」 「そうだね。これの何が素晴らしいって、 ペットのエサに最適なことだよ」 「ペットみたいな奴がなに言ってんのっ!?」 「僕がペットとは心外だね。 恋の妖精をペットにするなんて、 妖精王にだってできない相談だよ」 「あぁ、そう……」  ちくしょう。いったい何を作れば、 こいつに 「美味い」 って言わせられるんだ…?  そんなことを考えながら、 学校へ行く準備をした。  教室に入ると、 友希たちが固まって話していた。 「おはよう。何の話だ?」 「おはよ。もうすぐ修学旅行じゃん。 早く行きたいなって。ね、彩雨」 「はい。天ノ島には 一度も行ったことがありませんから、 とても楽しみなのですぅ」 「ロケット開発が盛んな島で、 宇宙センターがあるってお話でしたよね」 「うんうん。それに天ノ島学園では ロケットの勉強もできるんだって。 いいよねー」 「お前って、そんなに ロケット好きだったっけ?」 「うんっ! だってロケットってアレに似てるもんね」 「もう分かったから、 最後まで言わなくていいぞ」 「えー、絶対わかってないと思うなぁ」 「じゃ、最初の頭文字は何だ?」 「うんとね、“お”」 「ほらね。もう答えはひとつしかないよ」 「じゃ、ちょっと あたしにだけ教えてくれる?」 「いいよ」  友希の耳元で小さく囁く。 「おち○ちん」 「あー、やらしいのー。 颯太があたしの耳元で 『おち○ちん』とか言ってくるー」 「何が『やらしいのー』だっ! お前が『言え』って言ったんだよねっ!?」 「初秋さん、 そういうおいたをしてはいけないのですよ。 はしたないのです」 「いやいや、だって仕方ないよねっ? ロケットに似てて『お』から始まる って言ったら、それしかないだろ」 「正解なんですか?」 「うぅん、ハズレー」 「嘘だっ! じゃ、何が正解だよ?」 「うんとね、“おっぱい”」 「ちょっと似てるかもしれないけど、 おっぱいはロケットみたいに細長くない よねっ!!」 「あー、そっか。颯太知らないんだぁ。 経験ないもんね」 「えっ……何が…?」  どういうことだ? まさか、おっぱいというのは、 変形するというのか?  ロケットみたいに、細長く…? けど、そんなことが果たして本当に…?  分からない。 どういうことだ、いったい? 何かの比喩か?  いや、ともかく悟られるな。 「それぐらい知ってるんだぜ」 っていう顔を するんだ。 「まぁ、そういう考えでいけば、 似てると言えないこともないよな」 「なに言ってるの?」 「……………」 「ねぇねぇ絵里、 颯太ってやっぱり童貞だね」 「……やかましいわっ! おのれ、ハメやがって、こんちくしょうっ!」 「初秋さん、 そういう言葉使いをしてはいけないのですぅ」 「えっ? でも……」 「ならぬものはならぬのです。 いかなる時も礼節のある言葉で 接しなければなりません」 「あははっ、怒られちゃったね」 「いや、でもさ、さっきの言葉は、 礼節のある言葉には変換できないしさ」 「そんなことはありませんよ。 どのような言葉でも、礼節のある言葉に できるのです」 「だってさ、『おのれ』とか、 どうするんだ?」 「『おのれ』は 『あなた』という意味なのですぅ」 「でもさ、こう怒りをこめて 『おのれぇぇぇっ!』って言う時は どうするんだ?」 「『あなたぁぁぁぁっ!』と怒りを こめて言うのですぅ」 「じゃ、『やかましい』はどうするんだ?」 「『お静かになさい』なのですぅ」 「『ハメやがって』」 「『お謀りになりましたね』」 「『やかましいわっ! おのれ、ハメやがって、こんちくしょうっ! いい気になるな。クソ食らえってんだっ!』」 「『お静かになさいっ! あなた、お謀りに なりましたね。このけだものっ! ご機嫌にならないで。うんこ召しあがれ!』」 「……………」 「いかがでしょう?」 「うん。なんていうか、 翻訳サイトで翻訳したみたいだよ……」  バイト前。まだちょっと時間が あったので、ぶらぶらと公園に 寄り道すると、 「いち、にの、さんですっ! にい、にの、さんなのですぅっ!」  姫守がなわとびをしていた。  いや、正確には なわとびを跳ぼうと、頑張っていた。 「よっ、姫守っ。 今日はなわとびの練習か?」 「はいー。お恥ずかしながら、 ぜんぜん跳べないのですぅ。 初秋さんはお得意なのですか?」 「得意かと言われると、まぁ、 小学校の時にさんざんやったし。 ちょっと貸してくれる?」  姫守からとびなわを受けとり、構える。  ジャンプと同時に、勢いよく縄を回した。 「あっあっ、す、すごいのですぅ。 縄が分裂して、びゅんびゅんって 音が鳴っています…!」 「今のは何という技なのですぅ?」 「二重跳びだよ」 「い、今のが伝説の二重跳びなのですね。 私、初めて拝見いたしました。 初秋さんはすごい使い手なのですぅ」  二重跳びは伝説だったのか…… 「男子なら結構できる人いるけどね。 じゃ、これからバイトだから。頑張って」  しゅっと手を上げて、踵を返した。 「あのっ、初秋さん。 もしご都合がよろしければ、今度、 二重跳びを伝授していただけませんか?」 「いいよ。でも、まず普通に 跳べるようにならないとね」 「はい。頑張るのですぅ。 明日など、ご都合いかがでしょうか?」  明日か。どうしようかな?  明日か。どうしようかな?「いいよ。じゃ、明日、またここで」 「ありがとうございます。 楽しみにしていますね」 「あぁ、じゃあな」  姫守と別れ、ナトゥラーレへ向かった。 「ごめん、明日はちょっと都合が悪いんだ」 「そうでしたか。残念なのですぅ」 「また今度な」 「はい。よろしくお願いいたします」  姫守に手を振って、公園を後にした。  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと――  ランチタイムが終わり、 客足が落ちついた頃、店内には まひるしかお客さんがいなかった。 「最近、買い物に行ってないなぁ」  何気なくこぼした友希の一言で、 店内に緊張が走った。 「ま、まひるは思い出したんだっ。 台詞を覚えなきゃいけなかったんだ」  まひるは素早くカバンから台本をとりだし、 絶対に友希と目を合わさないというような 気迫で、台詞をじっと睨む。 「ねぇねぇ、まやさんは 最近、買い物いきましたか?」 「えっ? わたしはその、なんて言うのかな? あ、そうそう、テーブル片付けなきゃ」 「え、あ、そう…… 颯太、最近新しい服とか欲しくない?」 「おっと、仕込みの準備が……」  友希に腕をつかまれる。 「仕込みなんてないじゃん。 もう。どうしてみんな買い物の 話題避けるの?」 「……それはお前、自分の買い物が どれだけ長いか考えてから言ったほうが いいんじゃないか」 「えー、そんなに長くないじゃん。 開店から行けば、ちゃんと営業時間内に 済ませるわ」 「すでにその前提がおかしいから。 開店から閉店までいる場所なんて、 普通、遊園地ぐらいだよ」 「……そんなに言わなくても……」 「あ、おい、友希……」  端っこのほうへ行ってしまった。 「今のはちょっと良くなかったかな? 友希はけっこう繊細なんだから、 気をつけなきゃね」 「まひるはちゃんと謝ったほうが いいと思うんだ」 「二人してまっさきに逃げたくせに……」 「それとこれとは話が別腹なんだ」 「腹はいらないからね……」 「うー…!」  睨まれても、違うものは違うし…… 「わたしがフォローしといてあげよっか?」 「いえ、大丈夫です。慣れてますから」 「そぉ? さすが男の子。偉いぞ」  まやさんが背伸びして、 俺の頭を撫でてくれた。  ともかく、友希の様子を見てみよう。 「……………」  うん。そうとうすねてるな。  いや、落ちこんでるのか?  よく考えれば、自分が好きなことを 否定されたらショックだよな。  よし。スパッと謝って、 機嫌なおしてもらおう。 「あのさ、友希」 「やだ」 「やだじゃなくて、聞いてくれよ」 「そこまで言うんなら、許してあげる」 「まだ謝ってないじゃんっ!」 「あははーっ、引っかかった? あれぐらいですねるわけないじゃん」 「あぁ、そう……」  気を遣って損した。 「でも、ちょっとショックだったなぁ。 変だって決めつけるんだもん」 「それは、悪かったよ」 「じゃ、明日、買い物付き合ってくれる?」 「いや、それは……」 「いいじゃん。たまにぐらい、 付き合ってくれても」 「……………」  明日か。どうしよう?  明日か。どうしよう?「分かった。たまには付き合うよ」 「ほんと? やったぁ! じゃ、じゃ、明日8時に 新渡町で待ち合わせしよっか?」 「あ、やっぱり寝坊すると困るし、 あたしが迎えにいくね。 じゃ、朝7時半に用意しといて」 「あ、あぁ」  買い物に行くだけなのに、 やたら朝早いな…… 「そうだな。断固拒否する!」 「えー、『悪かったな』って言ったのに」 「それはそれ、これはこれ。 以上。この話おわり」 「ふーんだっ。けち」  ふぅ。助かった。 友希の買い物に付き合わされたら、 一日が終わるからな。  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと――  ランチタイムが終わり、 比較的、暇な時間になった。  フロアをのぞいてみる。 「えへへ、ケーキ、おいしな。 はむあむ、あむ、うっ…!」  何だ? 「痛くないんだ。気のせいなんだ。 はむ、あむあむ、えへへ、おいしな。 はう…!」  どうしたんだ…? 「まひる、ケーキの味、どこか変なのか?」 「別にそんなことはないんだっ。 ケーキはすごくおいしいんだ」 「じゃ、なんでさっきから、 そんなに顔をしかめてるんだ?」 「か、顔をしかめてなんかないんだ。 まひるはすっごくおいしいものを 食べると、こういう顔になるんだっ!」  これは、まさか…? 「なぁ、まひる。 お前、もしかして、虫歯か? ちょっと口を開けてみろ」 「イヤだっ。まひるは死んでも開けないんだ!」  ケーキにフォークを突き刺し、 まひるの口に向ける。 「ほら、おいしいケーキだぞ」 「あーん」  すかさず、まひるの口の中を見る。 「あ…!」 「お前、すごい虫歯になってるぞ。 これ、そうとう痛いんじゃないのか?」  幸い一本だけだけど、素人が見ても やばいと思うぐらいの状態だ。 「べ、別に痛くないんだ……」  嘘っぽいな。 「ちゃんと歯医者さん行っとけよ。 もっと酷くなるからな」 「大丈夫なんだっ。まひるは自然治癒力が すごいから、放っておけば治るんだ」 「そんなわけあるか。とりあえず、 このケーキは没収な。歯医者さんで 治してきたら、新しいのあげるよ」  ケーキを皿ごと回収しておいた。 「……だって、歯をドリルで削るんだぞ。 まひるはそんな怖いところには 行けないんだ……」 「そんなこと言ってたら、治らないぞ」 「うるさいっ。まひるは奇跡を信じるんだっ。 諦めたら、ダメなんだっ」  本当に、こいつは困った奴だな。 どうしようか?  本当に、こいつは困った奴だな。 どうしようか?「お前、明日午前中は時間あるか?」 「あるけど、それがどうしたんだ?」  よし。確か、新渡町の病院なら、 歯科があって、日曜日も午前中だけ診察を 受けつけていたはずだ。 「じゃ、明日、いいところに 連れていってやろうか?」 「ホントか? 行きたいんだっ! どんなところなんだっ!?」 「それはついてからのお楽しみだ」 「そっか。ついてからのお楽しみか。 それもいいな。えへへ」  「歯医者さんに行く」 って言ったら、 絶対に来ないからな。 「あと身分証明書に保険証が必要だから、 持ってきてくれ」 「分かったんだっ!」  まひるは疑う素振りすら見せなかった。 「言っとくけど、いま歯医者さんに 行っとかないと、あとでもっと酷くなって オムライスも食べられなくなるぞ」 「そ、それは困るんだ……」 「だろ。最悪のケースだと 歯がぜんぶ腐って無くなった って話も聞くしなぁ」 「……え…?」 「かなり激痛らしくてさ。 そうならないうちに歯医者さんに 行ったほうがいいと思うんだけどなぁ」 「……い、行かないとは言ってないんだ。 まひるはちょうど明日いってこようと 思ってたところなんだぞ…!」  よし。これだけ脅しておけば、 直前で心変わりすることもないだろう。  姫守になわとびを教えるため、 公園にやってきた。  まだいない、か。  ベンチに腰を下ろそうとすると、 遠くのほうに、走ってくる人影が見えた。  姫守だ。 「はあっ、はあっ、はあっ…… お、お待たせしてしまい、 申し訳ございません」 「大丈夫だよ、俺も来たばかりだし」 「そうでしたか。くすっ、危うく 打ち首ものかと不安になってしまいました」 「大丈夫だよ、ドタキャンしたって、 そんな時代錯誤なことは起こらないから」 「そう言っていただけると、 気が休まるのです」 「じゃ、さっそくやるか?」 「はいっ。準備万端なのですぅ」  姫守がとびなわをバッグからとりだす。 「そういえば、その格好でするの?」 「何か問題でしょうか?」 「ほら、スカートだからさ」 「あ……ですけど、 気をつけて跳べばきっと 大丈夫なのですぅ」 「もしものことが起こった際は よろしくお願いいたしますね」  何をどう よろしくされればいいんだろうか?  見なかったフリをしろってことかな? 「まずはどうしましょうか?」 「あぁ、じゃ、 何が悪いのか確かめたいから、 ちょっと跳んでみてくれる?」 「はい。それでは参りますよ。 いざ、尋常に跳ぶのですぅっ!」  姫守がぴょんと跳ぶと同時に とびなわが回転する。  着地すると、ちょうど縄が 足を引っぱたいた。 「うん。だいたい分かった。 ジャンプするのが早いんじゃないかな?」 「ゆっくり縄を回して、 足下のところまで来たら、 ジャンプするんだよ」 「かしこまりました。 それではまず、いざ尋常に、 縄を回すのですぅっ」  手を回すようにして姫守が とびなわを回転させる。  足下からくるりと回ったとびなわは 一回転し、ふたたび姫守の足下に 戻ってくる。  そして――姫守の足に引っかかった。 「跳ぶのですぅっ!」 「いやいや、遅いから。 もう引っかかってるから」 「ですけど、手と足は別々に 動いてはくれないのです……」  うーむ。どうしようか? 「じゃ、まず、跳ぶ感覚だけ身につけようか? 俺がとびなわまわすから、姫守は 跳んでくれる?」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  姫守から縄を受けとり、 両手を突きだして、なわとびの構えをとる。 「はい。縄が当たらないところまで 来てくれる?」 「こうなのですぅ?」  姫守が接近してくる。 縄が当たらない距離となると 意外と近い。 「こちら向きでよろしいのでしょうか?」 「うん。俺がジャンプするのに 合わせて跳んでもらいたいから、 最初はこれで行こう」 「かしこまりました」 「行くよ、せーのっ」  ゆっくりととびなわを回転させる。  そして、姫守に分かりやすいように、 少し大げさにジャンプする。 「跳ぶのですぅっ!」 「よし、その調子だ。次も行くぞ」 「跳ぶのですぅっ!」  よし、なかなか順調だ。 「ごーお、ろーく、なーな、 はーち、きゅ、あっ…!」 「また失敗してしまいました」  出だしこそ順調だったものの、 なかなか10回連続の壁が厚かった。 「今日はそろそろ帰ろうか? だんだん日も傾いてきたしさ」 「かしこまりました。そのぉ、 またお付き合いいただけますか?」 「あぁ、もちろん、 できるようになるまで付き合うよ」 「ありがとうございますっ。 心より感謝なのです」  ぺこり、と姫守は頭を下げた。 「……あのぉ、このようなことを 頼める立場でないのは重々承知なのですが、 あと1回だけ、お願いできないでしょうか?」 どうやら、そうとう悔しいようだ。 「いいよ。じゃ、最後の1回、集中してやろう」 「はい。ありがとうございますっ!」  俺はとびなわを構えると、姫守が配置につく。 「行くよっ、せーのっ」  くるり、ととびなわが回る。 「いーちっ!」  俺がジャンプするのに合わせて、 姫守が地面を蹴った。  けど、少し気合いが入りすぎてたのか、 姫守の体は真上ではなく、 斜め前に跳ねた。  空中で俺の体と姫守の体が近づき、 ぼよん、と柔らかいおっぱいが 俺の胸に押しつけられた。 「にーいっ!」  ぼよんっ、とふたたびのおっぱいの感触に、 とびなわを回す手の動きが怪しくなりそうだ。 「さーん、しーい、ごーお、ろーくっ!」  ぼよん、むくむく、ぼよん、むくむく―― と、それはまさしく種に水をやるかのごとく、 股間という土壌から新芽が生える。 「……ま、擦、れっ……」「なーなっ!」 「姫、守のっ、股にぃっ……」「はーちっ!」 「これ以上、跳ぶとぉっ!」「きゅーうっ!」 「やばいっ!」「じゅうっ!」  ぼよぼよ、しゅっしゅっ、ぼよしゅっしゅ、 と、姫守の胸と俺の股間が互いの体に 擦れあう。  まさかなわとびの練習が、 こんな、危険なプレイに なろうとは…!  やばい。これ以上続くと、 本気で、あぁもう…… 気持ち良くて、我慢が…!  いや、だめだっ。それはいけないっ。  こんなところで、こんなことで、 パンツを汚すわけにはいかない。断じて!  断じてっ! 「あっ! あぁ、ぅぅ……」  姫守が縄に引っかかってバランスを崩し、 俺に体重を預けてくる。 「あ、も、申し訳ございません」 「……い、いや……」 「引っかかってしまいました。 残念なのですぅ」 「あぁ、そうだな」 「ですけど、今度はたくさん跳べましたから、 今なら一人でもうまく跳べそうな 気がいたしますっ」  密着したまま、姫守は言う。 「そうだな。じゃ、最後の最後ってことで、 一人で跳んでみて、終わりにするか?」 「はい。では、縄を返してもらいますね」  と、姫守は手を伸ばし、 「あぅっ」 「あれ? 初秋さん、 縄をお放しいただけませんか?」 「いや、それは縄じゃ……」 「えっ? あ、きゃっ、きゃあぁぁっ」  むくむくと立派に育った俺の新芽を 握ってたことに気がつき、 姫守が慌てて手を放す。 「あ、あの、姫守……その……」  やばい。なんて言い訳すれば いいのか分からないぞ。 「……どうして、大きかったのですぅ…?」  う…… 「い、いや、それはそのっ、なんていうか……」  やばい。まったく頭が回らない。 「……そういうおいたはいけないのですぅ……」 「分かってはいたんだけど……」 「……もうお嫁に行けないのですぅ……」 「だ、大丈夫大丈夫っ、 姫守はかわいいから全然イケるって、 まったく問題ないよ」 「……………」 「……責任、とっていただけるのですか…?」 「え、う、うん。それはもう いざとなったら、いくらでもっ!」  許してもらいたい一心で、 俺はこくこくと頷いた。 「そうでしたか。でしたら、許すのです」  許してもらえたようだった。 「あっ、かわいいー。ねぇねぇ颯太、 こっちの白いのと、ピンクのと、 どっちがいいと思う?」 「俺は白いほうが好きだな。 友希にも似合うんじゃないか?」 「本当にー? じゃあさ、これと合わせると、どうかな?」 「うん、いいかもな。 試着してみたら、どうだ?」 「でも、もうちょっと他にも見たいし、 あっ、ねぇ、あれかわいくない?」 「どれどれ? いや、ちょっとそれは、どうかと思うけど」 「えー、どこら辺がだめ?」 「色がちょっとオバサン臭いっていうか、 いまいちじゃないか」 「そっかぁ」 「うーん、やっぱりこれ、綺麗ー。 でも、ちょっと似合わないかなぁ?」 「いや、いいんじゃないか? ていうか、けっこう気に入ってるんだろ。 もう3回目だぞ、それ見るの」 「あははっ、ごめんね。付き合わせて」 「いいって。試着してきたら?」 「うん。そうしよっかな」 「あー、これ、かわいいっ。 ねぇねぇ、かわいいと思わない?」 「……うん、そうだね」 「あ、こっちもすごいかわいいー。どうかな?」 「……いいんじゃないかな」 「見て見て、これもすごくかわいいー。 どれがいいかなぁ?」 「……どれでもいいんじゃないかな」 「えー、ちゃんと選ぼうよっ。 そういう投げやりなの、良くないわ」 「だって、さっきから何回も何回も何回も 選んでるけど、お前ひとつも買わないじゃん」 「だって、まだ選んでるんだもんっ。 そんなに急に買えないわ」 「……分かった。好きなだけ選んでていいから、 ちょっとあっちで休憩してきていいか?」 「えー、二人で一緒に見るのが楽しいのに」 「そう言われても、もう疲れたんだけど……」 「そっか、仕方ないなぁ。 じゃ、休憩しよっか? どこのホテルにする?」 「そういう休憩はしないからね!」 「あははっ、どっかカフェ入ろっ。 ちゃんと休んで、第二ラウンドに備えなきゃ」 「第二ラウンド……」 「ほら、颯太、早く行くわよ」 「……あ、あぁ」  長い一日になりそうだ…… 「あ、そんなに疲れた? ごめんね。じゃ、帰ろっか?」 「えっ? でも、いいのか? まだ何も買ってないだろ」 「うん。その代わり公園よってもいい?」 「あぁ」 「それにしても友希って、 よくあんな長いこと買い物できるよな。 しかも、何も買わずにさ」 「買わないから、長いこと買い物できるのよ。 ほら、買っちゃったらそれで終わりだから、 もったいないでしょ」 「まったく理解できないけどな。 そもそも買うのが目的じゃないのか?」 「うんとね、ほら、 出しちゃったらそれで終わりだから、 我慢しようとするじゃん?」  下ネタかよ…… 「ていうか、それだったら、 最後に何も買わないまま 終われるはずがないと思うけど」 「あー、出さなきゃ終われないとか言って、 やーらしいのー」 「そっちが話をふってきたんだよねっ!」 「でも、偉いと思わない?」 「何が?」 「すっごくやりたかったのに、 颯太がぜんぜん乗り気じゃなかったから、 出さずに我慢したのよ?」 「それは、すごい頑張ったな」 「でしょー。やっぱり、愛かなぁ」 「えっ?」 「……なによ? そんな真剣な顔して 嫌がらなくてもいいじゃん。ばか」 「いや、別に嫌がったわけじゃ」 「しらない。そんな態度するなら、 今度はむりやり出しちゃうんだからねっ!」 「……………」  その例え、すごくもやっとするな。  朝。新渡町で俺はまひると待ち合わせた。 「それで、どこに行くんだっ? まひるは昨日からずっと楽しみなんだ」 「あぁ。すぐそこだよ」  行き先を伏せ、俺は病院へと向かった。 「病院みたいなんだ……」 「病院だからね」 「どうして病院によったんだ? 颯太はどこか悪いのか?」 「まぁまぁ、それは後のお楽しみだよ」 「おまえ、何か企んでないか?」 「別に何も企んでないぞ。 それより、保険証を貸してくれるか?」 「えっ? う、うん……」  まひるの保険証で受付を行った。 「小町まひる様、小町まひる様。 診察室へお入りください」 「な、なんでまひるが呼ばれてるんだっ!?」 「それは行ってみてのお楽しみだよ」 「ウソだっ! もう騙されないぞっ! おまえ、まひるを歯医者さんに 引き渡す気だなっ!」  さすがにバレたか。仕方ない。 「放っといたら、お前、虫歯治さないだろ。 今より悪化したら、オムライスが 食べられなくなるぞ」 「それは困るんだ……」 「だいたい、ここまで来てキャンセルなんて 病院の人に迷惑かけられないだろ」 「……うー…! お前は卑怯なんだ……」 「大丈夫だよ。痛いのは一瞬だけだって。 そしたら、ケーキもおいしく食べられる ようになるからな」 「……分かったんだ……」 「小町まひる様、小町まひる様、 いらっしゃいませんかー?」 「はーい、今いきまーす。 ほら、頑張ってこい」 「う、うん」  と、まひるは診察室をじっと睨む。 「……あ、治った」 「嘘つけ。さっさと行ってこい」 「でも、おまえっ、まひるが殺されたら、 どうする気なんだ?」 「殺されないから安心しろ」 「絶対か? 相手は地獄の歯医者さん なんだぞっ。世界で一番怖いんだっ!」 「ぜったい大丈夫だから、さっさと行ってこい」 「……うぅ、見逃してくださいぃ。 お願いしますぅ」  とうとう敬語になった。 「はいはい。行くよ」  まひるの手を引っぱり、診察室へ向かう。 「あぁっ、やだぁ、颯太、イヤだぁっ。 助けてぇっ、助けてよぉっ!」 「えへへっ。終わたな。 すっきり治って、嬉しな」 「あれ? 今日で終わりか? 『また来い』って言われなかったか?」 「乳歯だったから、抜いて終わったんだ。 えっへん」  まだ乳歯があったのか…… 「それより、まひるはお腹が空いたんだっ!」 「治療したばっかりで食べる気か?」 「虫歯はなくなったから、もう平気なんだ。 おまえっ、まひるのためにゴハンを作ると、 いいことがあるかもしれないぞ」  作ってほしいってことか。 「いいことって何だ?」 「まひるが一緒にゴハンを食べてあげるんだ」 「それはいいことなのか?」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「こらっ、いきなり蹴るなっ!」 「なんでまひるが一緒にゴハンを食べてあげる のに喜ばないんだっ! まひるのことが好きじゃないのかっ!」 「いやまぁ、好きだけどさ」 「ホントかっ?」 「え、う、うん」 「もっかい言えっ」 「えっ? だから、まひるのことは好きだけどさ」 「もっかいなんだっ」 「だから、まひるのことは好きだって」 「もっかい言ってもいいんだぞ」 「あのな、何回言わせる気だよ」 「もっかい、もっかい、もっかいったら、 もっかいなんだっ!」 「はいはい。好きだよ」 「えへへ、颯太はまひるのことが 好きなんだ……嬉しな……」  なんていうか、 そんな独り言、言われても、 反応に困るんだけど……  マックで一人、昼ごはんを食べてると―― 「すいません。ここ、相席いいですか?」 「あ、はい」 「て、まやさんじゃないですか。 なに他人行儀な声出してるんですか」 「驚くかなって」 「俺を驚かせて、どうする気ですか?」 「たまには驚いた顔も見たいでしょ」  よく分からない理屈だ。 「今日は一人?」 「見ての通りです」 「二人だけどね」 「お前は一匹だ、小動物」 「ん? どうかした?」 「いえ、一人です、一人」 「じゃ、今日はわたしが 独り占めできるのかな?」 「その手には乗りませんよ」 「その手とかないんだけど、 あいかわらずガード堅いなぁ」 「いろいろと鍛えられてますから」 「こら、そんなこと自慢しないの。 間違った鍛えられ方してるんだから」  軽く注意されてしまった。 「ぜひ独り占めしてください」 「ふふっ、それでよし。 じゃ、いただきます。はむはむ」  まやさんが、小さな口で ハンバーガーを食べている。 「分かるよ、ハンバーガーに なりたいって言うんだろう?」  言うわけないだろ…… 「やっぱりね。ぼくは恋の妖精だよ。 君の考えることなんてお見通しさ」  黙れ、ポンコツ。 しゃべれないと思って適当なことを言うな。 「心配しなくていいよ。 君の願いを叶える、魔法の言葉を これから教えてあげよう」  絶対、ろくな言葉じゃないな。 「あ、良かったら、半分食べる? こんなに食べられなくて」 「さぁ言うんだ。 『ハンバーガーを食べおわったら、 ぼくのことも食べてくれませんか?』って」 「どん引きだよっ!?」 「えっ? ご、ごめんね。 ちゃんと残さず食べるから、 そんなに怒らないで」 「あ、いやいや、ごめん。 まやさんに言ったんじゃなくて」 「さぁ言うんだ! 『ハンバーガーより、君が食べたい』って」 「すいません、まやさん、 ちょっと待っててください」 「『あぁ、ここで君と出会ったのは、 きっと運命に違いないさ』」 「『もしかしたら、ぼくたちはハンバーガー みたいなものなのかもしれないね』」 「『そう、君がハンバーグなら、ぼくはバンズだ。 この体で君を挟んでしまいたいよ』」 「そんな口説き文句で、 うまく行くわけがあるかっ!!」 「どうしたのかな? 急にサッカーの練習しちゃって?」 「いえ、ちょっと雑念を払ってきただけです」 「そぉ? 何か悩みでもあるのかと思っちゃった」  うーむ。そう思われても不思議はないな。 「これ、もらっていいんですよね?」 「うん。ぜんぶ食べちゃってもいいよ」 「じゃ、いただきます」  食べかけのハンバーガーに 大口を開けてかぶりつく。 「あ、間接キスね、嬉しい?」  その手には乗らない。 行くぞ、難聴作戦だ。 「えっ? 何か言いました?」 「さすが男の子、食べる早いなぁって」  普通にスルーされた。 ちょっと虚しい。 「そんなにガッカリしないの。 聞こえないフリをするからいけないのよ」  しかも、バレてるし。 「気づいてるなら、先に言ってくださいよ」 「颯太くんって、なーんか わたしのこと警戒してるよね? 葵さんとは違うんだけどなぁ」 「それは分かってるんですけど、つい……」  条件反射って言うか…… 「いいけどね。 あ、そうだ。颯太くん、このあと暇? ちょっとつきあってくれないかな?」 「いいですよ、ちょっと待ってください」  俺は残りのハンバーガーやポテトを 一気に胃の中に放りこんだ。 「ごめんね。急がせちゃった」 「いえ、もう残りちょっとでしたし」  最後にコーラを飲もうと思ったら、 もう空だった。 「はい、これ、あげる」  いつものごとく、まやさんが 俺の口に飴を入れてくれる。 「何味だ?」 「ミントですね。すーっとします」 「ふふっ、これで何があっても大丈夫だね」 「それで、どこに行くんですか?」 「うん、夏にそなえて、水着を買おうと思って」 「うーん、迷っちゃうなぁ。 どれが似合うと思う?」 「当てにならないと思いますけど、 それはどうですか?」 「あ、これ?うん、いいかも。 じゃ、ちょっと着てみるね」 「はい」 「お待たせ、颯太くん、見ていいよ」 「どれど――」  まやさんの水着姿に 思わず、目を惹きつけられる。  何か感想を言おうと思ったけど、 うまい言葉が出てこない。 「……どう、かな?」  やばい。見すぎだ、と 慌てて視線をそらす。 「あ……えぇと、すごく、いいと思います……」 「そっか。じゃ、これにするね」 「あれ、他のは試着してみないんですか?」 「これが一番いいと思ったんでしょ?」 「まぁ、俺はそうですけど」 「じゃ、これにするよ。 せっかく颯太くんに選んでもらったんだから」 「そんなんでいいんですか?」 「そんなんでいいんだよ」  その後、迷う素振りすら見せず、 まやさんはその水着を買ったのだった。  今日は登校すると、まず裏庭に向かった。  ここの作物は自然農法で育てているので、 農薬を使ってない。  その分、害虫が寄ってくるので要注意だ。  QP曰く、土壌の生態系の バランスがとれれば、農薬を使わなくても、 害虫の被害は受けなくなるらしいけど……  ともかく、まだまだ心配なので、 ざっと作物を見て回る。 「うん、大丈夫そうだな。 お前ら、元気に育てよ。 また様子を見にくるからな」  そう野菜たちに話しかけた後、 俺は教室へ向かった。  授業終了。 さて、今日の放課後はどう過ごそうか? 学校から帰宅後のことだった。 「なぁQP、いるか?」 「呼んだかい?」 「ちょっと頼みがあるんだけどさ、ほら、 こないだ話した料理コンテストのことで」 「君の頼みとあれば、 味見ならいくらでもするよ」 「食べたいだけだろ?」 「なら、アシスタントが必要かい?」 「お前、料理作れるのか?」 「妖精界の料理ならね」  不吉な予感がするので、 深く突っこまないでおこう。 「まぁ、どのみち料理コンテストは アシスタント使えないから、 どうしようもないんだけどさ」 「それより、食材を用意するのを 手伝ってほしいんだけど?」 「構わないよ。野菜なら季節外れだろうと 日本で育たないものだろうと、 何だって用意してあげるよ」 「練習用にも欲しいから、 けっこう大量に必要なんだけど、 大丈夫か?」 「大量に必要ということになると、 魔法を使う時期が問題になってくるよ」 「しかるべき時期にしかるべき魔法を 使わないと、せっかくの土壌が 台無しになってしまうからね」 「でもさ、毎日、魔法を使って、 少量ずつ野菜を作れば、問題なくないか?」 「野菜は連作すると、生育が悪くなるだろう? 魔法も同じことが起きるんだよ」  だめってことか。 「じゃ、 その『しかるべき時期』はいつ来るんだ?」 「今日か、そうじゃなかったら、 次の機会は98年後だね」 「……98年って……」 「その次は516年後だけど、 好きな時期を選んで構わないよ」 「今日しかないよねっ!」  というわけで、 さっき学校から帰ってきたばかりだけど、 ふたたび学校へ向かうことにした。 「――終わったよ」 「そんなに量はないみたいだけど?」 「問題ないよ。収穫しても、またすぐに 育つようにしたからね」 「そっか、ありがとうな」  じゃ、帰るかな。  あれ? 芹川だ。 「おーい、芹川」 「あ……こんにちは……」 「何してたんだ?」 「あの、散歩を、してました……」 「そっか」 「……初秋くんは何をしていたんですか?」 「あぁ、ちょっと畑の様子を 見にきたんだ」 「いつも頑張ってますね」 「まぁ、好きなことしてるだけだけどさ」 「あ……雨…?」 「えっ? あぁ本当だ」  言われてみれば、ぽつぽつと、 雨が降ってきた。 「本降りにならない内に帰らないとな」  しかし――  あっというまに、どしゃ降りになった。 「ちょっ、いきなり過ぎるんだけど……」  またたくまに全身が濡れていく。 「……………」 「芹川、とりあえず部室に避難しよう」  芹川の手を握り、俺は走りだした。  部室の棚から、タオルをとりだし、 芹川に手渡す。 「芹川、これ、使っていいから」 「……ありがとうございます……」  ふたたび棚からタオルをとりだし、 今度は自分の体を拭く。 「それにしても、すごい雨だったよな。 全身びしょ濡れだよ」  そう言いながら、 芹川のほうを振りむくと――  思わず、目を奪われた。  前髪がかきあげられ、 芹川の顔がはっきりと見える。  ビックリするぐらいにかわいかった。 「最近、多くなりましたよね、 スコールみたいな雨。 昔はあまりなかったのに」 「……………」 「……あの、初秋くん…?」 「あ、悪い。ぼーっとしてた。 何だって?」 「……いえ、大したことじゃ……」 「そっか」 「……はい……」  会話が途切れる。  微妙に気まずい空気が流れ、 何か言わなければと思った。 「芹川ってさ、どうして前髪そんなに 伸ばしてるんだ?」 「え……その……恥ずかしいから、です……」  あぁ、なるほど。赤面症だもんな。 「でも、今みたいにちゃんと顔見せたほうが かわいいと思うよ」 「……そ、そんなこと、ないです……」 「いやいや、絶対そんなことあるって。 あんまりかわいいから、ビックリしたし」 「……そう、なんですか…?」 「ビックリしてただろ?」 「してた、ような気がします……」 「あぁ、でも顔見せたら、 男子が寄ってくるかもしれないし、 それはちょっと大変か」 「それは、ないと思います…… わたしなんか、全然……」 「芹川がわたしなんかとか言ったら、 俺なんかどうなるんだよ?」 「どうなるんですか?」 「ヒキガエルみたいな顔だろ」  とカエルをイメージして表情を作ってみせる。 「くすっ、そんな顔しないでくださいっ」 「もっと自信持っていいと思うけどな。 少なくとも、俺よりはかわいいから」 「……………」  やばい。外したか? 「……くすっ、初秋くんも 十分かわいいと思いますよ」 「え、そうか…?」 「お世辞です」 「だよね……」 「でも、ありがとうございます……」  芹川が笑う。  雨の音がやんだような気がした。 「颯太、今日はもうあがっていいぞ」 「ありがとうございます。 じゃ、お先に失礼しますね」  外に出ると、ばったり姫守に出くわした。 「よっ、姫守」 「よっ、なのですぅ。 もしかして、初秋さんは、 もうお帰りなのですか?」 「あぁ、今日は早く帰っていいって 言われたから」 「そうでしたか。 初秋さんのお料理をいただきに きたのですが、一足遅かったのですぅ」 「そっか。悪いな。 でも、マスターの料理のほうが おいしいと思うよ」 「……………」 「な、なに? 姫守?」 「初秋さんはお夕飯は お召しあがりになりましたか?」 「いや、まだだけど……」 「でしたら、ご一緒いたしませんか?」  バイトあがりにバイト先で 食べるのも変な気分だけど、 せっかく誘ってくれてるしな。 「いいよ。行こうか?」 「ありがとうございます」 「おいしいだろ?」  マスターが作ったペペロンチーノを 食べている姫守に、そう訊いてみた。 「はい。ですけど、初秋さんのお料理のほうが 私は好きなのですぅ。暖かい味がしますから」 「え、そう? そう言われると悪い気はしないけど」 「今度は初秋さんが働いている内に 来られるようにしますね」 「じゃ、うんとサービスしてあげるよ」  マスターの料理より好きだと言われ、 俺は上機嫌で姫守と話していた。  すると―― 「特製クレープ、おまち」 「あれ? トリプルクリームクレープを 頼んだと思いましたけど?」 「お前のために作った特別なクレープだ。 こいつは、うめぇぞ」 「本当ですか。ありがとうございます」  ナイフでクレープを切りわけ、一口食べる。 「……ぐっ、がはっ、かはっ!」  めちゃくちゃ辛いんだけどっ!? 「マスターっ!」 「俺より料理がうまいって褒められたからって、 あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ、若造が」 「あんた、大人気ないよっ!」 「まだまだ若造に負けるわけにはいかんからな」 「正々堂々戦ってくださいよ。 ていうか、作りなおしてください」 「ちっ、わーたよっ。 くそっ、俺の料理のどこが颯太のより、 不味いってんだ……」  そんなにショックだったのか…… 「ありがとうございましたー」 「今日はお付き合いくださいまして、 誠にありがとうございます。 お陰様でとっても楽しかったのですぅ」 「俺も楽しかったよ。 マスターに勝った気になれたしね」 「それは何よりなのですぅ。 ですけど、初秋さんのお料理を 食べそびれてしまい、少々残念です」 「また今度、作ってあげるからさ」 「明日はいらっしゃるのですか?」 「いや、明日はバイトじゃないから」 「そうでしたか。初秋さんの お料理難民なのです」  うーむ。そんなに食べたかったのか。  どうしようかな?  どうしようかな?「じゃ、明日、うちに来る? 簡単な物で良かったら、作ってあげるよ」 「よろしいのですぅ? ぜひぜひお邪魔したいのですっ。 いつ頃お伺いすればよろしいですか?」 「昼ぐらいでどう?」 「かしこまりました。 それでは、お昼にお伺いしますね」 「また来週あたりに来てよ。 そん時は気合い入れて作るからさ」 「はいー、そのようにいたします」  バイト前。俺は新渡町の レンタルビデオ屋にやってきた。  辺りを見回す。客は少ない。 店員もこっちを見てない。  よし、行ける。  素早くのれんのかかったコーナーに入り、 めぼしい物はないかと物色する。 「む、これは――」  素晴らしい作品だ。 コンセプトも、モザイクの薄さも 申し分ない。  ひとつ懸念があるとすれば、 主演が新人だということぐらいか。  確かに、見た目は素晴らしい。 美しいおっぱい、若干だらしない腰回り、 肉感たっぷりのヒップ。完璧だ。  けど、俺は知っている。  パッケージでは可憐な美少女だったあの子が、 映像になった瞬間、デーモンと化してしまう 変化系セクシー女優がいることを……  新人の場合、変化系なのかそうでないのか、 見極めは極めて困難だ。  果たして、鬼が出るか、蛇が出るか……  えぇい、ままよ!  葛藤の末、俺は手にしたBDと、 その他、めぼしいものを二枚 カゴに入れた。  のれん越しに、向こう側の気配を 読みとり、誰にも見られないように 颯爽とそのコーナーを離脱する。  さて、と。  テレビドラマもいくつか借りていくかな。  確か『ブルーデイズ』の新作が 出ていたはずだけど―― 「あれ? 颯太?」  声をかけられ、一瞬ドキッとした。 「あ、あぁ、友希。 何か借りにきたのか?」 「うん、返しにきたついでに、 何か面白そうなのないかと思って。 颯太はなに借りたの?」  友希が俺のカゴをのぞきこもうとする。 「まぁ、恋愛物みたいなもんだ」 「やらしいやつでしょ?」 「そんなわけないだろ」 「嘘っぽいなぁ……あ」  と、友希はあるBDに手を伸ばす。 「やった。『ブルーデイズ』の新作、 まだ残ってた。探してたんだよね」 「本当に? 俺も探してたんだけど……」  と、『ブルーデイズ』のコーナーに 目を向ける。最新作はすべて空だ。 「それ最後の一本みたいなんだけど……」 「あははっ、ごめんね」 「友希、俺たち友達だよな」 「うぅん、他人」  ひどい。さらっと言われた。 「じゃ、行こっか。 颯太もこれからバイトでしょ」 「あぁ」  レンタルビデオ屋を後にする。  今日もバイトだ。 「ねぇねぇ、良かったら、これ、 一緒に観る?」 「いいのか? いつにする?」 「明日とかは?」  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「いいよ。じゃ、明日観よう。 うちに来るか?」 「うんっ!」 「やめとく。 明日はちょっと都合が悪くてさ」 「えー、じゃ、一人で観ちゃうよ」 「まぁ、それは仕方ないよ」 「せっかく、颯太と一緒に 見られると思ったのにぃ……」 「悪い。またな」  全方向ブランコに乗り、 料理コンテストで何を作ろうかと 考えていた。  しかし、さしたるアイディアも 出ないまま時は過ぎる。  そろそろバイトの時間だ―― 「あー、おまえっ! 何そんなもので遊んでるんだっ、ズルいぞ!」 「――お前はいきなり現れて 何を言いだすんだ……」 「ズルいったら、ズルいんだっ。 まひるはそんなの乗ったことないんだぞ。 おまえは不良なんだ」 「なんでブランコ乗ったら不良なんだよ…… お前も乗りたかったら、乗れば いいんじゃないか?」  言いながら、ブランコから降りる。 「ほら、乗っていいぞ」  まひるは恐る恐るブランコに近づき―― 「ど、どうやって乗ればいいんだ?」 「どうやってって、普通に乗って大丈夫だよ」 「そんなこと急に言われても、 まひるは乗り方が分からないんだぞ」 「そんなこと偉そうに言われても……」 「じゃ、いいんだっ。 まひるは勝手に乗るからな」  まひるは全方向ブランコに近づいていき、 ぴょんっと跳びのった。 「あ、うあぁっ…!」  一箇所に体重をかけられたブランコは、 当たり前のように傾き、まひるは 地面に転がった。 「だ、大丈夫か?」 「うぅ……大丈夫じゃないんだ。痛いんだ……」 「そうだよね……」 「おまえの言う通り、普通に乗ったら、 やっぱりダメだったぞ。 どうしてくれるんだっ?」 「そもそもあの乗り方は普通じゃなかったよ」 「うるさいうるさいっ。 罰としてまひるにブランコの乗り方を 教えるんだっ」 「悪いけど、これからバイトなんだ。またな」 「……そうか……」  まったく、これぐらいで、 そんな寂しそうな 顔しなくてもいいだろうに。 「じゃ、明日はどうだ?」  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「分かったよ。じゃ、明日な」 「絶対だぞ、約束なんだぞ。 ウソついたら、まひるキック千回なんだ」 「分かってるよ」 「そっか。えへへ。やった」 「明日もちょっと都合が悪いな」 「まひるキック、まひるキック、まひるキック」 「分かった分かった。 また今度、教えてやるからな」 「ホントか?」 「あぁ、いつ都合がいいかメールしてくれ」 「分かったんだ」 「じゃ、バイト行くから、またな」  公園を後にして、ナトゥラーレへ向かった。 「はい」 「姫守なのですぅ。 本日はお招きいただきまして、 誠にありがとうございます」 「いらっしゃい。いま開けるよ」  俺は玄関のドアを開けて、姫守を招きいれた。 「お邪魔いたします」 「そういえば、姫守ってパエリア食べられる?」 「はいっ。大好きなのですぅ。 お家でパエリアが作れるのですか?」 「うん。いちおうパエリア鍋もあるしね。 ムール貝がないから、ハマグリだけどさ」 「ハマグリは大好きなのですぅ」 「良かった。すぐ作るから、 適当に休んでていいよ。 部屋でゲームでもしてる?」 「いえ、初秋さんにばかりお料理を していただくのは申し訳ないので、 今日は私も作るのです」  と、姫守は持ってきたスーパーの袋を 開いてみせる。  中には、海老とイカとホタテが 入っていた。 「天ぷらにしようと思うのですが、 いかがでしょうか?」  パエリアと天ぷら……まぁいいか。 「魚介尽くしでいいんじゃないかな」  パエリアの調理をしてると、 姫守の肩が軽く触れた。 「あっ、申し訳ございません。 ぶつかってしまいました」 「いや、大丈夫だよ。 狭くてごめんね」 「とんでもないのです。 あのぉ、よろしければ、お塩を とっていただけますか?」 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます。 くすっ、これで衣の完成なのですぅ」  姫守は、下ごしらえをすませた海老に 素早く衣をつけ、熱した油の中に そっと落とした。 「きゃっ、熱っ!」 「大丈夫? 見せて」 「ちょっと油が跳ねただけなのです」  と、差しだした姫守の指は、 ほんのり赤くなっていた。 「少し冷やしたほうがいいよ」 「ご心配には及ばないのですぅ。 これぐらいは慣れていますから」 「いいから、ほら」  姫守の手をつかみ、蛇口の下に持っていく。  彼女の手をつかんだまま、水で冷やす。 「すぐ冷やさないと、 あとで悪化するからね」 「はい。ご迷惑をおかけして、 申し訳ないのですぅ」  しばし、そのまま姫守の手を 水で冷やしてると、 「あのぉ、初秋さん?」 「ん? どうした?」 「いえ、その、そろそろ大丈夫なように 思いますので、手を……」 「あ、ご、ごめん」  うっかりつないだままだった手を、 素早く放す。 「お気遣いありがとうございます。 それでは、続きをいたしましょうか」 「おう」  パエリアと天ぷらを完成させ、 二人で楽しく食べたのだった。  そのまましばらくの間、姫守の手を 水で冷やした。 「そろそろ、いいかな?」  と、手を放そうとすると、 今度は逆に手をつかまれた。 「あ、も、申し訳ございません…… そのぉ、まだ不安なので、もう少しだけ このままでもよろしいでしょうか?」 「え、あぁ、うん」  つないだままの互いの手に、 水道の水が落ちつづけている。 「冷たくない?」 「初秋さんの手がありますから、 ちょうどいいのですぅ」 「そう」 「はい」  またしばらく姫守の手を冷やす。 「そろそろいいんじゃないかな?」 「あ、も、もう少しだけ お願いできないでしょうか?」 「でも、あんまり冷やしすぎても、 逆に良くないような気がするし……」 「……あと少しでいいのです。 後生なのですぅ」  姫守が俺の手をぎゅっと握る。 「あ、うん。まぁいいんだけどさ……」  けっきょく随分と長い間、 姫守は俺の手を放さないままでいた。 「じゃ、今から家、来る?」 「えっ? い、いいのか?」  約束通り、家に遊びにきた友希と 『ブルーデイズ』を観ていた。 「秀一って、好きな人いるの?」 「え……う、うん。立夏は?」 「あたしも……いる、よ?」  主人公秀一とその幼馴染み立夏は、 秀一の家で恋愛映画を観ながら、 ぎこちない会話を交わしていた。 「ねぇねぇ。今時こんな ベタな展開ってある?」 「ちょっとやりすぎだよな」 「もう付き合っちゃえばいいのに」 「ていうか、男のほうヘタレすぎじゃないか? この状況なら俺でも告白するよ」 「そうだよね。でも秀一って、絶対 告白できそうにないから、立夏のほうが 頑張らなきゃいけないと思わない?」 「でも、立夏は立夏で、 恋愛事には妙に弱気だしさ」 「じれったいよね」 「本当にね」  あーだこーだと言いながら、 それでも楽しくドラマを観ていた。 「……………」  立夏が食い入るようにテレビを観る。 映画の中で主人公とヒロインが 初めてのキスを交わしていたのだ。 「あのさ、キスって、気持ちいいのかな?」 「えっ? うーん。 そんなことないんじゃないかな。 だって、口と口がくっつくだけだし」 「そっか……」  立夏は引きさがった。 「えー、何それっ! せっかく、立夏が勇気出したのに」 「ヘタレもここまで来ると、 最低に思えてくるな」 「それに、立夏も『そっか』じゃないよね。 そこは『じゃ、えっちなら、どうかな?』 じゃない?」 「いや、そこまで行くと さすがにキャラ崩壊だと思うよ……」 「でもさぁ、これじゃいつまでたっても 進展しないじゃん」 「でも、ほら、ドラマだから、 そのうちなんか事件が起こって、 ロマンチックな告白が待ってるんじゃない?」 「あー、すぐそうやって先を予想して。 そんなこと言ったら、面白くないじゃん」 「でも、お前だってそう思っただろ?」 「そうだけどさぁ、そうじゃなくて……」  そのままドラマを観つづけてると、 予想通りに事件が起きて、 二人の仲は進展したのだった。 「そうかもしれないけど、 何にも事件が起きなかったら、 ずっとこのままってことじゃん」 「そうだけど」 「そういうのって、どうなのかなぁ? 好きなら『好き』って言えばいいのに」 「まぁ、きっと お互いに相手の気持ちが分からないから 勇気が出ない、って感じなんだろうなぁ」 「えー、そんなの絶対おかしいわ。 家まで遊びにきて、一緒に恋愛物の映画を 観てるんだよ?」 「それが?」 「もうオッケーてことだと思わない?」 「それはなぁ……まぁ……」  ん? ていうことはだよ。 この状況って―― 「……オッケーなのか?」 「え…? な、何が…?」 「いや、だから、家まで恋愛物の映画を 観にきたらって…?」 「……じゃ、告白してみたら…?」 「え…?」 「しないの…?」 「でも……」 「……………」 「……………」  俺たちは唐突に無言になって、 ドラマを観つづけたのだった。  というわけで、公園でまひると 待ち合わせをした。 「じゃ、さっそく乗るんだっ! まひるは昨日からずっと楽しみにして 夜も9時間ぐらいしか寝られなかったんだ」 「普通に寝すぎだよ……」  俺の言葉などまったく聞かずに、 まひるは全方向ブランコの場所へと 走っていく。 「颯太っ、何をやってるんだっ。 早く来るんだっ」 「はいはい」 「早くっ、早くっ、早くったら、早くっ」 「分かった分かった。すぐ行くよ」  まひるのもとへ駆けよった。 「それで、どうすれば乗れるんだ?」 「まず絶対に跳びのるなよ。 間違いなく昨日と同じ羽目になるからさ」 「分かったんだ」 「それさえ守れば、 あとはゆっくり椅子に座るように 乗れば大丈夫だよ」 「そんなに簡単なのか?」 「あぁ、やってみたら?」 「うん」  まひるは俺に言われた通り、 全方向ブランコのタイヤ部分に ゆっくりと腰掛ける。  だけど、どういうわけか、 バランスを崩し、そのままコロンと ひっくり返って、地面に頭を打った。 「……あぅぅ……痛いんだ……」 「どうやってバランス崩したんだよ…… そっちのほうが難しいぞ」 「え、えっへん。これぐらいまひるには 簡単なことなんだ」 「いや、褒めてないからね」 「なんだっ、おまえっ、ぬか喜びさせたのかっ!? まひるをあんまり甘く見てると、 今に痛い目を見るんだぞっ!」 「悪い悪い」 「分かればいいんだ。 それより、どうやったら乗れるんだ? まひるはこれ以上頭ぶつけたくないんだぞ」 「じゃ、とりあえず、 俺が押さえてるよ。 それなら大丈夫だろ」  と、ブランコのチェーンをつかみ、 タイヤ部分に両膝を当てる。  まひるは恐る恐るといったように ブランコに座る。  今度はさすがにバランスを 崩しようがなかった。 「やった、乗れたんだっ!」 「じゃ、動かすぞ」  ブランコに立ち乗りして、 思いっきりこぐ。 「あっ、動いたっ、動いたんだっ。 やった。颯太っ、もっと行くんだっ!」 「おう、任せとけっ」  俺は目一杯全力でブランコをこいでいく。 「ふふっ、あははっ、すごいんだっ。 空を飛んでるみたいなんだっ!」  ただのブランコでまひるは 大はしゃぎだった。 「そんなに楽しいのか?」 「まひるは初めて乗ったんだぞっ。 楽しいに決まってるんだっ」 「なんで乗ったことなかったんだ?」 「ママがダメって言ったんだ。 公園の遊具で遊ぶのは不良だって」  まひるは小さい頃から仕事をしてたから、 きっとケガをさせないように そう言ったんだろうな。 「じゃ、今日はいくらでも付き合ってやるよ」 「ホントかっ? 絶対だな?」 「男に二言はないって」  勢いでそう言ったことを 俺はすぐに後悔することになる。 「なぁ、まひる。 さすがにそろそろ帰らないか?」  ブランコをこぎつづけて 何時間経ったのか。 空には夕焼けが広がっていた。 「男に二言はないんだっ!」 「そうだけどさ、 限度ってものがあるよね?」  全身の節々が痛い。 こんなにブランコをこいだのは 生まれて初めてだ。 「まひるはもっと遊びたいんだ」 「じゃあさ、ちょっと休憩しないか? お腹すいたし、オムライスでも 食べにいこうよ」 「オムライスっ!? 食べたいんだっ! 早く、行こう、颯太っ。オムライスが まひるを待ってるんだっ!」  ふぅ。助かった。  ていうか、もっと前に この手を使っとけば良かったな。 「よし、じゃ、行くか」 「うんっ!」 「オムライス…!?」 「食べたいだろ? 行こうよ」 「べ、別に食べたくないんだ…… まひるはお腹も空いてないんだ」  あれ? オムライスに釣られないなんて、 どういうことだ? 「でも、昼から何も食べてないだろ」 「おまえはもうまひると遊びたくないのか?」 「えーと、それはどういう…?」 「だって、ゴハンを食べたら それで終わりなんだ。 もう遊べなくなるんだぞっ」 「そんなことないって、 食べてからまた遊べるだろ?」 「ホントか?」 「あぁ、遊んでほしいんだろ」 「おまえっ、勘違いするなよっ。 まひるは別に遊んでほしいわけじゃ ないんだっ」 「……じゃ、何だ?」 「まひるが遊んであげるんだっ。 颯太はまひるに感謝しなきゃダメなんだぞ」 「えーと……まぁ、ありがとう」 「えへへっ、どういたしましてなんだっ。 おまえが遊んでほしいなら、いくらでも 遊んであげるんだぞっ。嬉しいか?」 「え……」 「嬉しいかっ!?」 「あぁ、うん、まぁ」 「えへへ、やった」  まひるが嬉しそうだから、まぁいいか。  ナトゥラーレに入り、 遅い昼ごはんを食べてると―― 「おいしい?」 「えぇ、おいしいです」 「良かった。 それ、わたしが作ったんだよ」 「あれ? 厨房、人が足りないんですか?」 「うぅん。颯太くんが来たから、 作らせてもらったのよ」 「そういうことですか。 やっぱり、まやさんには、 まだまだ敵いませんよ」 「そういうんじゃないんだけどなぁ。 いいけど。今日は何してるの?」 「さっきまで学校で畑を見てましたよ」 「思ったより早く終わったんで、 予定が急に空いて、困ってるところです」 「そうなんだ。 じゃ、わたし早あがりだから、 待っててくれない? 遊びにいこ」 「いいんですか? まやさんも暇なんですね」 「こら、一言多いぞ」 「すいません」 「暇だからって誰でもいいわけじゃ ないんだからね」 「すいません」 「こら、別に怒ったわけじゃないんだからね」 「そうなんですか?」 「こら、今のは怒ったんだぞ」 「……まやさん。わざとやってます?」 「ふふっ、アタリ。 じゃ、いい子にして待っててね」  まやさんは去っていった。 「お待たせ。ごめんね。 ちょっと遅くなっちゃった」 「いえ。どこか行きたいところあります?」 「んー、特にないかな。 適当にぶらぶらしてもいい?」 「いいですよ。行きましょうか」 「今日はいろいろ露店が出てるね」 「そうみたいですね。 ちょっと見ていきます?」 「うん、あそこがいいかな」  まやさんは雑貨やアクセサリーが 並べられている露店のほうへ歩いていく。 「いらっしゃい」 「色んな物が売ってますね。 この箱とか、開けるところありませんけど、 何に使うんでしょうね?」 「それは秘密箱だよ。 寄木細工で作ってあってね。 ちょっと貸してみな」  店主は秘密箱を手にして、 ある一箇所をぐっと押す。 すると箱の一部分だけがわずかにズレた。 「こうやって、手順を踏めば、 パズルみたいになってるからさ。 ほら、開いた」 「本当だ。面白いですね。 ねぇ、まやさん?」 「うん、すごいね。驚いちゃった。 あ、こっちも見て、すごくかわいい」  まやさんはシルバーリングをさして言った。 「いいですね、まやさんに 似合うんじゃないですか?」 「そぉ?」  まやさんがシルバーリングを指にはめる。 「どうかな?」 「かわいいと思いますよ」 「似合ってるね。 彼氏、買ってあげなよ。 安くしとくからさ」  うーむ。俺がまやさんの彼氏だと 勘違いしてるみたいだな。  まぁ、わざわざ否定することもないけど。 「まやさん、それ欲しいですか?」 「んー、でも、ちょっとサイズが合わないかな」  リングをずらすとまやさんの指から するりと抜ける。少し大きいようだ。 「残念ですね。バイト代出たばかりだから、 それぐらいなら買ってあげられるかなって 思ったんですけど」 「か、買ってくれるなら欲しいかなっ」 「……まやさんって、意外と現金ですね」 「あ、うん、だめ?」 「サイズ大きくてもいいんですか?」 「うん。これぐらいなら」 「じゃ、今日付き合ってくれたお礼に プレゼントしますね」 「さすが彼氏、カッコイイね。毎度あり」  会計を済ませ、改めてまやさんに リングを差しだす。 「はい、まやさん」 「うん、ありがと」  まやさんが右手の薬指を出してくるので、 そこにすっとリングをはめた。 「……………」 「まやさん? どうかしました?」 「う、うぅん。かわいいなって思って。 本当に、ありがと。ずっと大切にするね」 「そんなに気に入ってたんですか?」 「うぅん、そんなに気に入ったんだよ」 「同じじゃないですか」 「ふふっ、違うもーん」  まやさんはリングを見ては、 頬を緩めている。  そこまで喜んでもらえたなら、 買った甲斐があるな。 「じゃ、どうしましょうか?」 「他のお店も見ていこうよ。 颯太くんが欲しい物あったら、 今度はわたしが買ってあげるね」 「いいですよ。今日は俺がまやさんに 付き合ってもらったんですし」 「だーめ。買ってあげるから、 欲しいもの探しなさい」  今日のまやさんは ひどく上機嫌だった。  朝。目が覚めると制服に着替え、 修学旅行へ行く準備を整える。  とはいえ、昨日の内に準備はしているので、 入れ忘れがないかチェックするぐらいだ。 「おや、いつもと違う制服だね」 「あぁ、衣替えだからな。 今日から夏服だよ」 「ふぅん。それじゃ、 ぼくも衣替えしようかな?」 「あぁ、その赤いやつな」 「そうだよ。赤と白のね」 「赤……………と、白…?」 「そうだよ、妖精界では ツートンカラーが流行りだからね」 「いや、白って、お前の服のどこが白なんだ?」 「君にはぼくが全身まっ赤に見えるのかい?」 「いや、ていうか、そこ、顔じゃなくて?」 「あぁ、春用はちょっと厚めだから、 人間には分かりにくいのかもしれないね」  な、何だって…? 「じゃ、じゃあ、お前、 それを脱ぐとどうなるんだ?」 「見たいかい?」 「いや、ちょっと待て。心の準備が……」 「じゃ、脱ぐよ」 「おいっ!」  く。しかし、妖精にしては ゆるキャラっぽい外見だと思ってたけど、 まさか本当に着ぐるみだったとは?  いったい、どんな姿になるんだ?  やっぱり、定番のフェアリーだろうか?  それとも、まさか、 かわいい美少女なんていうことが…… 「……………」 「ふぅ。久しぶりに服を脱ぐと やっぱり身軽になるねっ!」 「1ミリたりとも変わってないよねっ!」 「やれやれ、 これだから人間の目は節穴で困るよ。 もっと心の目でよく見てごらん」 「朝ごはんでも作ろうかな」  QPの発言を無視して、 俺は部屋を後にした。  学校に到着すると、 ばったり部長に出会った。 「やぁ、おはよう」 「おはようございます」  部長も夏服になってて、 これまでよりもずっと露出が多い。  服の隙間から、見えてはいけないところが うっかり見えてしまいそうだ。 「前々から思っていたんだけど、 君は着痩せするタイプだね?」 「はい?」 「なかなかいい形の大胸筋だと 言ってるんだよ」  部長が服の隙間から、 俺の胸筋をのぞきこもうとしてくる。 「ちょっ、なに見ようとしてるんですかっ」  俺はとっさに後ずさる。 「今まで隠していたけど、 じつは僕は大胸筋フェチでね。 君のは実にいい形をしているよ」 「まさか、今までそんな目で俺を 見ていたんですか?」 「いいじゃないか。君だってどうせ僕の胸を 見ていたんだろう。お互い様だよ」 「それは……」 「あぁ、本当にいいね。 切りとって持って帰りたいぐらいだよ」 「じゃ、また部活でっ!」  俺は脇目も振らずに走った。 「分かってると思うけど、冗談だよ」  そんな声が後ろから聞こえた。 「おはよーっ、今日は修学旅行だね。 ちゃんと準備した? 忘れものない? ちゃんと抜いてきた?」 「最後の確認はまったくいらないからね」 「えっ? じゃ、旅行中もする気なんだ? 颯太って、大胆……」 「するわけないじゃんっ!」 「おはようございますっ。私、今日は楽しみで ぜんぜん眠れませんでした」 「あー、分かるー。 あたしもぜんぜん眠れなかったわ」  ドアが開く音が聞こえ、 何となしにその方向を見る。 「あ……」  芹川の髪型ががらりと変わっていた。  顔がはっきりと分かって、 正直、すごくかわいい。 「絵里、おはよー。 髪型変えたんだね。すっごく似合うわ」 「……その、変じゃありませんか?」 「くすっ、とてもかわいらしいのです」 「……良かったです……」 「でも、どういう風の吹き回し? あたしが ずーっと『髪型かえたほうがいい』って 言ってたのに、ぜんぜん聞かなかったでしょ」 「えっと、その……」  芹川がチラリと俺のほうを見る。 「……何となくです」 「あー、あやしーっ。 ぜったい何かあったでしょ?」 「な、何もありませんっ!」 「嘘だぁっ。ほらほら、教えなさいよー」 「本当に何もありませんから……」 「あ、分かった。男でしょ」 「……………」 「あ、チャイムなっちゃった。 じゃ、絵里。今日の夜、旅館で話そっ」  友希と姫守が自分の席へ向かう。 「……………」  だけど、なぜか芹川は、 席に行こうとせずにその場に じっと立ちつくしていた。 「……あの、おはようございます……」 「あぁ、おはよう」 「……………」 「じゃ、またあとでな」 「……はい」  踵を返そうとして、 ふと言い忘れたことに気がついた。 「芹川。その髪型、似合ってるな」 「……ありがとうございます」  軽くHRをおこない、 先生が出欠の確認をとる。  その後、外に出ると、 クラスごとに分かれてバスに乗りこみ、 まずは空港を目指した。  空港に到着後、飛行機に乗りかえて、 天ノ島へと向かった。 「思ったより、早くついたね。楽しみー。 早く宇宙センターに行きたいなぁ。 ね、彩雨。 あれ? どしたの?」 「……友希さん。あちらにいらっしゃるのは、 まひるちゃんではありませんか?」 「えっ? あ、本当だぁ。まひるーっ」  友希が手を振ると、 まひるはこっちに気がつき、飛んできた。 「こんなところで何してるんだ?」 「修学旅行だよ。 お前こそどうしたんだ?」 「まひるは仕事なんだ。来年放送する “あの晴れわたる空より高く”ってドラマの ロケがあるんだぞ」 「それ、いまタイトル言っちゃって いいやつか?」 「そんなの、まひるに訊かれても知らないんだ」 「知らないんなら言うなよ……」 「まひるちゃんはしばらく滞在するのですぅ? 自由時間はおありですか?」 「うん。撮影がない時は大丈夫だよ」 「でしたら、私たちの自由時間とご都合が 合いましたら、一緒に遊びにいきませんか?」 「あ、いいね、それ。一緒に遊ぼうよ。 天ノ島はもう海で泳げるみたいだし、 きっと楽しいわ」 「まひるも遊びたいんだ。 でも、まだスケジュールが分からないんだ」 「じゃ、分かったらメールしてくれる?」 「うん」 「うわぁ、すごいね。 見て、颯太、あれっ、あれっ。 ロケットを打ち上げる場所じゃないっ?」 「あぁ、テレビで見たことあるよ。 実際に見られるなんて、ちょっと感動だな」 「未来都市に来たみたいなのです。 あそこまで行くと、今にもイベントが 発生しそうで、ワクワクするのですぅ」  ゲーム脳だな。  俺たちは巨大な建物の中に入り、 整列していた。  大型ロケットを組み立てる場所らしく、 生徒全員が入っても、まだ広々としている。  しばらくして、一人の女の子が歩いてきた。 彼女は俺たちに向かい、丁寧にお辞儀をした。 「晴北学園の皆さん、 ようこそ、天ノ島へ。そして、ようこそ、 天ノ島北宇宙センターへ」 「あたしはAXIPのロケットヴィーナス、 暁有佐よ」 「AXIPについて簡単に説明しておくと、 宇宙開発にかかわる若い技術者を 育成するために設立した独立行政法人ね」 「全国のロケット部がある学校に対して、 予算や設備、技術提供などを行っているわ」 「もちろん、学生なら誰でもその恩恵が 受けられるわけじゃなくて、試験に合格して 技術生になる必要があるわ」 「それと、ロケットヴィーナスっていうのは、 AXIPの活動をPRするイメージキャラクター みたいなものね」 「今日はこれからあたしたちAXIP技術生が、 この北宇宙センターの案内役を務めるわ。 分からないことがあったら何でも聞いてね」 「じゃ、これから1クラスごとに分かれて、 順番に宇宙センターの各設備を案内するわ。 シュン、誘導してあげて」 「あいよっ。んじゃ、まず一番こっちの A組から移動するぞー。4列ぐらいになって、 ついてきてくれ」  俺たちの組だな。 「楽しみですね」 「あぁ」  センター内のいろんな設備を見学し、 最後はコントロールセンターに 案内された。  普段は一般公開されてない設備で、 今回は特別にとのことだ。 「ロケットをコントロールする場所って、 こんなふうになってるんですね」 「漫画みたいで、ワクワクしてくるよな」 「……わたしは、色んな機械があって、 見ているだけで頭がこんがらがりそうです」 「芹川って、機械苦手なのか?」 「……はい」 「ねぇねぇ、あたし思ったんだけど、 さっき説明で『ロケットってほとんど燃料だ』 って言ってたじゃん」 「あんな大きなロケットが燃料を使いきって やっと宇宙に行くのに、小さな人工衛星が ずっと宇宙を飛びつづけられるのって何で?」 「……………」 「無重力だからではないのですか?」 「でも、燃料使わないで勝手に 飛ばしてたら、地球から離れて どんどん遠くに行かないかなぁ?」 「……………」 「そうですね。 初秋さん、どうしてなのですぅ?」 「俺に訊かれても分かんないよ…… あそこのロケットヴィーナスの人に 訊くといいんじゃないか?」 「それはいい質問だわ!」  なんか待ちかまえてたみたいに 来たんだけどっ!? 「どうして小さな人工衛星が宇宙を 飛びつづけられるのかっていうとね。 さっきそっちの子が考えた通りだわ」 「無重力だから、燃料を使わなくても 慣性の法則に従って、ずっと飛びつづける ってことね」 「でも、確かに、慣性の法則だけだったら、 人工衛星は地球を離れてどんどん遠くへ 行っちゃうんだけどね」 「そうならないのは、惑星と太陽の関係と 同じだからよ。簡単に言うと、人工衛星と 地球ではケプラーの法則が成立してるのよ!」 「えーっと……」 「つまり、本当ならロケットは 真上じゃなくて水平に飛ばしたいの。 それでも人工衛星になるでしょ?」 「でも、そうしないのは空気抵抗があるから。 だから、いったん宇宙にまで飛ばして、 それから水平方向に飛翔経路を変えるのよ」 「そ、そうなんだぁ……あはは…… だってさ、颯太」 「俺に振らないでくれ……」 「あのな、有佐。そんな説明で 分かるわけねぇだろうが。ケプラーの 法則とか言われてもピンとこねぇよ」 「なによ。そんなに言うなら、 あんたが説明してみなさいよ」 「おう、いいぜ。 あのな、俺がボールを持ってるとするだろ。 手を放したら、どうなる?」 「床に落ちる?」 「そうそう、床に落ちるよな。 じゃこれを水平に投げたら、どうなる?」 「前に飛んで、やっぱり落ちる?」 「そうだよ。カーブを描くみたいに ボールは落ちるよな。んじゃもういっちょ、 これを時速160kmで水平にぶんなげたら?」 「さっきよりたくさん飛んで、 ゆっくり地面に落ちていくとか?」 「そうなんだよ。速く投げれば投げるほど、 遠くまで飛んで、どんどんカーブは 緩やかになるんだ」 「でだ。このボールを信じられないぐらい 速く投げると、地球の丸みと同じぐらいの、 めちゃくちゃ緩いカーブで落ちるんだよ」 「そうすっと、ボールはどんだけ 落ちつづけても、地球の丸みに沿ってるから、 地面には触れないよな?」 「あっ、落ちつづけたボールが地面に触れずに、 そのまま一回転しちゃうんだぁ!」 「そう! それが人工衛星だよ!」 「すごーいっ。さすがAXIP技術生、頭いい!」 「……ふ、ふっふっふっふ、どうだっ!? 見たか、有佐っ! 頭いいだとよ!」 「……なによ、調子に乗っちゃって。 全部あたしが教えてあげたんじゃない……」 「青は藍より出でて藍より青し、 ってやつだな」 「そ。ふーん。 じゃ、『口は災いの元』っていう ことわざも知ってるわよね?」 「お、落ちつけ、有佐。公衆の面前だぞ」 「ふんっ、二人っきりになったら 覚えてなさいよ……」 「仲いいね」 「付き合ってるんじゃないか?」 「そこっ、なに言ってるのよっ。 まったくこれっぽっちも付き合ってないわ」  やばい、聞こえてた。 「颯太。これから付き合うんだから、 そういうこと言っちゃだめじゃん」 「あ、そっか。なるほど」 「それで、他に質問あるかしら? せっかく来たんだから、今日は みっちり教えてあげるわ」  やばい。また聞こえてたみたいだ。  宇宙センターの見学を終え、 旅館に戻ってきた。  入浴時間なんだけど、同室の奴らは 「島の女の子をナンパする」 と意気込み、 飛びだしていった。  俺も誘われたんだけど、 失敗が目に見えていたのでやめておいた。  ていうか、止めたんだけどなぁ。  まぁ仕方ない。 それより風呂に入ってのんびりするとしよう。  お。なかなか良さそうな露天風呂だな。 これならゆっくりできそうだ。 「旅はいいね。心が洗われるようだよ」 「こんなところで何してるんだ、 ゆるキャラもどき」 「見ての通り、旅の疲れを癒しているんだよ。 今日は遠くまで移動したからね」 「そういえばお前、飛行機に 乗ってなかったみたいだけど、 どうやって来たんだ?」 「君は何度『ぼくが妖精だ』と言っても 信じないね。飛んできたに決まってる じゃないか」  こいつ、浮かんでるだけじゃなくて、 そんな長距離を飛ぶことまでできたのか。  道理で神出鬼没なわけだな。 「それにしても、初秋颯太。 宇宙センターを見学して、ぼくは どうしても腑に落ちないことがあるんだ」 「何だよ?」 「ロケットだよ。あんな鉄の塊が空を飛んで、 あまつさえ宇宙まで行くなんて、 どうかしてると思わないかい?」 「お前の存在に比べれば、 よっぽど常識的だけどね」 「だいたい、羽もないのに空を飛ぶって どういうことだい?」 「お前だって羽ないだろうが」 「まったく信じられないよ。 非科学的と言わざるを得ない」 「科学の欠片もない体してる奴が言うな」 「そういえば、彩雨たちの姿が 見当たらないけど、どうしてるんだい?」 「そりゃ、こっちは男湯だからね。 女湯のほうでわいわいしゃべってる んじゃないか」 「ふぅん」 「とにかく、ロケットヴィーナスの有佐さんと 技術生のシュンくんがすっごく仲良くてさぁ。 なんで付き合ってないのか不思議なぐらい」 「ですけど、友希さんと初秋さんも 端から見るとすっごく仲がよろしいかと 存じますよ」 「だって、あたしと颯太は幼馴染みだもん」 「暁さんとシュンくんも 幼馴染みかもしれませんよ」 「えー、そんなこと言ったら、 面白くないじゃん」 「そういえば、友希さんは初秋さんと どういうきっかけで知りあわれたんですか?」 「うんとね、確かあたしが迷子になったのよ。 知らない道で泣いてたら、颯太が 声をかけてくれたの」 「すぐに家に連れてってくれて、 それから遊ぶようになったんだぁ」 「颯太はどうして友希の家を 知ってたんだ?」 「うちのお爺ちゃん、地元の名士ってやつ だから、けっこう有名でね。あたしのことも 近所の人たちはだいたい知ってたみたい」 「でも、おっかしいんだけどね。 あたし家から2〜3分の場所で 泣いてたのよ。ビックリしちゃった」 「ご近所で迷子になられてしまったのですか?」 「いくら小さい頃でも、そんなに近くで 迷子になりますか?」 「あたしもそう思うんだけど、すっごく 小さかったから、なんで迷子になったかは ぜんぜん覚えてないんだぁ」 「まひるは迷子になる気持ちは よく分かるんだ。 ぜんぜん不思議じゃないと思うぞ」 「まひるは颯太とデートする時に よく迷子になって待ち合わせに 遅れてたもんね」 「そ、その話は今は関係ないんだっ!」 「いいじゃん。昔の話なんだから。 そういえばさ、颯太って、まひると付き合う ってことは、そうとうアレだと思わない?」 「アレなのですぅ?」 「……そういう言い方は良くないと 思いますけど」 「とか言って、絵里もそう思ったから、 分かったんでしょ?」 「別にそういうわけじゃありません」 「芹川さん、アレって何なのですぅ?」 「その……ロリコンです」 「きっとたまたま好きになった人が、 まひるちゃんだっただけなのですぅ」 「あー、彩雨って颯太の肩持つんだぁ。 怪しい」 「怪しいとおっしゃられても、 困ってしまうのですぅ」 「そういえば、まひるさ。 颯太とどこまでやったの?」 「……い、いきなり何を訊くんだっ。 まひるはそんなこと知らないんだ」 「でも、キスはしたでしょ?」 「……してない」 「ど、どんな気持ちでしたか?」 「だから、してないよ」 「その、どちらからですか?」 「だから、してないんだっ!」 「じゃあさ、えっちはした?」 「なんだそれっ! まひるは知ってるんだっ。 キスしてないのに、えっちするのは おかしいんだぞっ!」 「あたし思うんだけど、 まひるって歳のわりには、 けっこう性知識が豊富だよね?」 「言われてみれば……そうですね……」 「私より良くご存じなのですぅ」 「やっぱり、颯太に教えられたとか?」 「でも、二週間じゃありませんでしたか?」 「二週間あれば、前も後ろも、お口も イケると思わない?」 「それ以上こそこそ言うと、 まひるキックで風呂の水を 噴水みたいにするんだぞっ!」 「あははっ、ごめんごめん。 そういえばさ、絵里、 どうして髪型変えたの?」 「わたし、そろそろあがりますね」 「えー、ちょっと待ってよ」 「きゃっ、友希、だめです。 そんなところ触らないでください」 「白状しないと、お嫁に行けない体に しちゃうよー」 「だ、だから、本当に何でも、あんっ!」 「あれ? 絵里? ここ弱い?」 「や、やだっ。あっ、んっ、 ひ、姫守さん、助けてくださぁい」 「友希さん、そういうおいたは いけないのですぅ。 お縄を頂戴してしまいますよ」 「えー、でも、絵里が教えてくれないから」 「ならぬものはならぬのです」 「はぁい。ところで、彩雨、 お縄をちょうだいするで思ったんだけど、 亀甲縛りできる?」 「亀甲縛り? どういう縛り方なのですぅ?」 「まひるも知らないんだ」 「じゃ、みんなでやってみよっか。 絵里、縄持ってない?」 「持ってません!」 「あははっ、絵里は亀甲縛り知ってるんだ?」 「芹川さんは賢いのですぅ」 「どんな縛り方なの?」 「えぇと、その……」 「絵里、みんな教えてほしいってさ」 「……友希なんか嫌いです……」 「えー、ごめんってばっ。許してよぉ」 「もう知りません……」  今日は天ノ島学園を見学にやってきた。 「はーい、注目っ。ようこそ、天ノ島学園へ。 今日もあたしたちAXIP技術生が案内するわ」 「昨日と同じようにクラスごとに分かれて、 順番に学校を見て回るからね」 「じゃ、まず最初のクラスは、 そこのちょっと体力バカっぽい技術生の後に ついていって」 「その紹介の仕方はねぇよ……」 「うるさいわね。気軽に話しかけないでよ。 また昨日みたいに仲良いと思われるでしょ」 「だめなのか?」 「え、え…?」 「別にいいだろ。見せつけてやろうぜ。 俺たちがどれだけ仲がいいのかってことを」  シュンって人が 有佐って子の体に手を伸ばし―― 「ぐふへぇっ!」 「はいっ。じゃ、A組の皆さんは、 彼がぶっとばされた方向に進んでねー」 「ねぇねぇ、今の台本通りかな?」 「そりゃそうじゃないか。 アドリブであんな綺麗には ぶっとばないだろうし」 「ロケットを作られる方は、 楽しい方ばかりなのですね」 「じゃ、A組案内するぞー」  ということで、俺たちは学校の中へ入った。 「わぁ、綺麗ー」 「魔法の宝箱がたくさん置いてありそう なのですぅ」  姫守はあいかわらずのゲーム脳だな。 「この机と椅子、木製じゃないんだな?」 「CFRPという物を使っているそうですね」 「えーと、確か…… 強化プラスチックのことだっけ?」 「はい。 宇宙航行学科のある学校は違いますね」  まったくだ。 「はいっ、ここが火薬製造場ね。 主にロケットの固体推進剤を作る場所よ」 「……なんで校舎内にこんなものが…?」 「宇宙航行学科のある学校は違いますね」 「違いすぎるだろ……」 「ここは、あたしたちが所属するロケット部、 ビャッコの部室よ。簡単な工作機械なら、 一通り揃ってるわ」 「どこが部室だって…?」 「工場みたいなのですぅ」 「あははっ、天ノ島学園って、 もうほとんど学校じゃないよね。 誰がこんなの作ったのかなぁ?」 「よほどの物好きだろうな」 「いちおう、ここで天ノ島学園の見学は おしまいね。昨日、今日で、少しでも ロケットを好きになってくれたなら嬉しいわ」 「まったく興味が湧いてこないね。 そもそもロケットなんかなくても 宇宙にぐらい行けるじゃないか」 「人間には無理だよ……」 「生身で行けるんなら、行ってみたいけどな」 「言えてる……って、えっ?」 「どうした?」 「いや、その、ここにあるこれ、 何だと思う?」 「腹話術のぬいぐるみだろ」  どういうことだ…? QPが見えてる? 「どうやら君には、素質があるようだね、 隼乙矢」 「おぉ、すげぇ。 お前、腹話術めちゃくちゃうまいな。 んで、素質って何のことだ?」 「恋の主人公になれる素質だよ。 ぼくの見たところ、君を好きな女の子は 少なくとも4人はいるね」 「マジで? そんなにいたら 彼女の1人や2人、とっくにできてると 思うんだけどな」 「それなら、ひとつ、恋の妖精であるぼくが アドバイスをしてあげるよ」 「お? お前、恋の妖精なのか。 どんなアドバイスをしてくれるんだ?」 「シュン? 何してるの?」 「今だ! 『有佐、お疲れ。今日も頑張ってたな。  これはプレゼントだよ』って言うんだ」 「有佐、お疲れ。今日も頑張ってたな。 これはプレゼントだ」  QPの魔法によって、 薔薇の花束がシュンの手に出現した。 「……なんだ、これ? 手品か?」 「あの……シュン? あたしにくれるの?」 「あぁ。なんか、恋の妖精が 『お前にあげろ』って言ってるからさ」 「恋の妖精って、なにキザなこと言って…… バカ……」 「『有佐。君はロケットヴィーナスだけど、 たまにはぼくだけのヴィーナスになって くれないか?』」 「有佐。お前はロケットヴィーナスだけどさ、 たまには俺だけのヴィーナスになって くれないか?」 「……ど、どういう意味よ、それ…?」 「ん? なに焦ってるんだ? ここにいる腹話術のぬいぐるみが言う通りに 言っただけだろ」 「腹話術のぬいぐるみ? なに言ってるの、あんた? そんなもの、どこにいるのよ?」 「え、だから、ここに……」 「もう。また変なこと言いだして…… ほら、早く行くわよ。 まだ他に仕事が残ってるんだから」 「あ、あぁ?」  混乱したような表情を浮かべながら、 シュンは有佐さんに連れられ去っていく。  そんな二人の背中から、 「ね、シュン。ありがとね。嬉しいわ」  そんな声が聞こえてきた。 「……なぁ、お前、 俺の時だけ手を抜いてないか?」 「まさか。君が彼のように素直に ぼくの言うことに従わないからだよ」 「従ったこともあるだろ」 「半信半疑でうまく行くわけが ないじゃないか。恋っていうのはね、 心の底から信じることが大切なんだ」 「ぼくを腹話術のぬいぐるみだと 思っていたにしても、さっきの彼は、 堂々と言っただろう?」 「まぁ、そうだけど……」 「たとえ恋の妖精がついてたって、 最後に行動するのは本人だってことだよ」 「……………」  文句を言ったつもりが、 逆に説教されてしまった。  自由時間になったので、 島の観光名所のひとつ、 展望台公園にやってきた。 「あ、まひるーっ、こっちこっち」 「ここはすごいんだっ。 あっちのほうにロケットの発射場が 見えるんだぞ」 「あー、本当だぁ。 ねぇねぇ、あそこって、初日に行った 宇宙センターかなぁ?」 「たぶん、そうだと思います。 ここはロケットの打ち上げを見る時に よく使われる場所みたいですし」 「あの発射場、近くで見ると すごかったよね」 「おまえっ、ズルいぞっ。 まひるは一人だけ発射場を見てないんだ。 仲間外れなんだっ」 「まひるも学年が上がったら、来られるって。 修学旅行は毎年、天ノ島みたいだしさ」 「うー…!」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「分かった分かった。蹴るなっ、こらっ」 「何が分かったんだ? その場限りで適当なこと言っても、 まひるは騙されないんだぞ」 「それより、この公園で名物アイスが 売ってるから、食べないか? 安納芋とあんこで作ってるらしいぞ」 「ま、まひるは食べ物なんかじゃ ごまかされないんだ……」 「通販もしてないから、 ここでしか食べられないし、 死ぬほど美味いらしいよ」 「そうと決まれば、 すぐに買いにいくんだ! まひるは3個食べるんだぞっ」  よし、機嫌なおったな。 「うんうん、まひると颯太は あいかわらず仲良いね」 「そんなことないんだっ。 こいつなんかまひるの奴隷にして、 こき使ってやってるだけなんだ」 「うんうん」 「分かればいいんだ」 「いや、あれは全然わかってないぞ」 「まひるちゃん、奴隷はかわいそうですから、 家来ぐらいにしてあげてはいかがでしょうか」 「気を遣ってもらって嬉しいけど、姫守、 家来にしてもらっても大差ないんだけど」 「わがままを言ってはなりません」 「えっ、わがままっ? 俺がっ?」 「くすっ、耐えがたきを耐え、 忍びがたきを忍ばねば、ならぬ時も あるのです」  いや……ていうか、 そんなに我慢してまでまひるの家来に ならないといけないのか…? 「――よしっ、アイス買ってくるかな。 俺、友希、姫守、芹川、 まひるが3個分でえぇと…?」 「8人分だね」 「8人分か。じゃ、 とりあえず買ってくるね」  俺はワゴン型の移動販売車へ駆けよった。  メニューには、天ノ島名物 あんあんアイスがある。  カップアイスだし、 安納芋、あんこ使用って書いてあるし、 これに間違いなさそうだな。 「すいません、あんあんアイス8個ください」 「はーい。あんあん、あんっあん、あんあんっ、 あんあんっあんあん、あんあぁん、 あんあんっ、あぁんあぁんっ」 「……………」  な、何だ? いま何が起きたんだ? 「ふふっ、ありがとうね」  何事もなかったように、 店員のお姉さんはあんあんアイスを 袋に入れて差しだしてくる。  動揺しながらも、それを受けとり、 会計を済ませた。 「買ってきたよ」  あんあんアイスを配りながら、 みんなから、代金を受けとる。 「あれ? 1個余るな。なんでだ…?」 「がつがつがつがつ!」  QPが俺の手のあんあんアイスを 颯爽と奪い、貪り食っている。  そういえばさっき 「8個」 って言ったの、 こいつの仕業だったか…… 「う……頭がキーンと来たよ……」 「お前、本っ当に妖精なんだろうな……」 「ねぇねぇ、そういえばさっき、 店員のお姉さんに変なこと 言わせてなかった?」 「まひるも聞いたんだっ! 颯太は変態なんだっ!」 「いや、俺が言わせたんじゃないって あのお姉さんが勝手に……」 「勝手に喘ぐかなぁ? ねぇ絵里?」 「……えぇと……」  芹川は困ったように目を泳がせ、 「が、頑張ってください」 「何をっ!?」 「初秋さんがおいたをなさったのですぅ?」 「だから違うんだって」 「ん? よおっ、みんなで あんあんアイスか? 美味いだろ?」 「いや、まだ食べてないんだけど……」 「お、分かってるじゃねぇか。 やっぱり、アイスはちょっと溶けかけが 美味いよな」 「そういや、そんなに一気に買ったら、 お姉さんがすごいことに なってなかったか?」 「もしかして、あんあん喘いでたのって、 アイスを買ったから?」 「おう。 1個買うごとに“あんあん”1回だからな。 8個買えば“あんあん”8回だ」 「なーんだ、颯太が変なこと 言わせたんじゃないんだぁ」 「そもそもどうやったって、 言ってくれないよね……」 「あとよ。あんあんアイスはおいしかったら、 『あんあん』って喘ぐのが、島の風習だ。 せっかく観光に来たならやってみるといいぜ」  そう言い残して、シュンは去っていった。 「喘ぐんだってさ」 「ふふっ、やってみましょう。 郷に入っては郷に従えなのですぅ」 「まひるも別にやってもいいんだ」 「皆さんがやるんでしたら」  全員、一斉にカップアイスのフタをとり、 スプーンですくって食べた。 「あんあんっ」 「わぁ、おいしいのですぅ。あんあんっ」 「あんあんっ、あんあんっ」 「あんあん……」  一口食べてはあんあんと喘ぎ、 また一口食べてはあんあんと喘ぐ。  展望台公園に、彼女たちの嬌声が 長く響きわたるのだった。  今日の見学場所は、天ノ島の名所のひとつ、 砂丘だった。 「わぁー、こんなに砂がずっと遠くまで 続いている場所は、初めて見たのですぅ」 「うんうん、すごいよね。 空も海も砂丘もぜーんぶ広くて、 吸いこまれちゃいそう」 「ずっとこうして見ていても、 飽きそうにないですね」 「天ノ島って、いいところだよなぁ。 俺もこんなところで暮らしてみたかったよ」 「あたしもあたしもー。 それで一緒にロケット作ろうよ」 「いや、ロケットはあんまり興味ないから、 それより魚釣りとかしてみたいな」 「釣った魚を自分で料理したりして、 最高に楽しそうだよね」 「えー、せっかく天ノ島に育って漁とか 意味が分からないわ」 「でも、天ノ島は漁も盛んなんですよ」 「そうなの?」 「はい。宇宙センターができる前は、 漁業で生計を立てていた人が ほとんどでしたから」 「でも、今はやっぱりロケットでしょ? 絵里、一緒に作ろうよ」 「わたしは、機械オンチですから」 「えー、例えばの話じゃん。 じゃ、彩雨は?」 「お付き合いいたしますよ」  と、広大な砂丘を見ながら、 どうでもいい会話を楽しんでたんだけど―― 「どこまで行っても、同じような景色だな」 「うん。海と空と砂丘しかないよね……」 「ずっとこうして見ていると、 飽きてしまいますね」 「日差しが強くて、 私、そろそろ限界なのですぅ」  見渡す限り砂丘しかない光景に 俺たちはあっというまに飽きていた。 「姫守さん、大丈夫ですか?」 「はいー、虫の息とまでは 行かないのでご安心いただければと 存じますぅ」  そうとう参ってるみたいだな。 ていうか、あんまりご安心できないし。 「あ、そうだ。ねぇねぇ、砂丘見学が 終わったら、自由時間でしょ。 まひるも呼んで海水浴しない?」 「賛成なのですぅ。 お水に入れば、生き返るような気が いたします」 「俺も賛成だ」 「わたしもいいですよ」 「じゃ、まひるに連絡しとくね。 楽しみー」 「海だっ、海だぞっ、海なんだっ。 まひるは海水浴は数年ぶりなんだ。 今日はたくさん泳ぐんだっ」 「ちゃんと浮き輪持ってきたか?」 「うがーっ、まひるをバカにしてるのかっ。 泳ぎは得意なんだ。潜水艦のようだって、 言われてるぐらいなんだぞ」 「それ、沈んでるんじゃ……」 「大丈夫よ。まひるは足が着くとこなら ちゃんと泳げるもんね」 「えっへん。まひるはちゃんと泳げるんだ」 「それは『泳げる』って言わないよ……」 「彩雨は泳ぐの得意?」 「泳ぐのは苦手なのですが、 浮かぶのでしたら得意なのですぅ」 「あははっ、いいね」  ていうか、姫守、スクール水着か……  まぁ、姫守らしいけど。 「あたしも浮かぶの好きだけどさ、 海だと波かからない?」 「心頭を滅却すれば 火もまた涼しいのですよ」 「それ、単純に我慢するってことだよね?」 「いえ、我慢ではなく、 波を被るのがだんだん楽しくなってくる ということなのですぅ」 「でも、目に海水が入ったり うっかり飲んじゃったりしないか?」 「心頭を滅却すれば、 そちらも楽しくなってくるのですぅ」 「あははっ、彩雨ってMっ子だぁ。 気をつけないと、颯太が海水以外の物を 入れちゃうぞって顔してるわよ」 「してないよっ」 「くすっ、平気なのですぅ。 お入れしたい物がありましたら、 何でもお入れしてくださいね」 「……まぁ、ないけど」 「なに顔真っ赤にして言ってるのよ。 やーらしいのー」 「そんなことより早く泳ぎにいくんだっ。 まひるはもう我慢できないぞっ」  まひるが、友希と姫守の手を引く。 「あははっ、もう、まひるはせっかちね。 じゃ、行こっか」 「あ、まひるちゃん、あんまり強く 引っぱらないでくださいー。 そんなに早く走れないのですぅ」  まひるに引っぱられて、 友希と姫守は海へと走っていった。  あれ? そういえば、芹川はどうしたんだ?  辺りを見回す。  いないな。 「芹川ーっ。どこだー?」  声を出して呼んでみる。 「は、はいっ。ここにいますっ」  声が聞こえた方向に視線を向ける。  岩陰から、芹川がひょっこり顔を出した。 「何してるんだ?」 「その……恥ずかしいです……」 「えーと、何が?」 「その、わたしは皆さんみたいに スタイルが良くありませんし……」  あぁ、水着が恥ずかしいってことか。 「そんなことないと思うけどな。 隠れてないで、みんなで泳ごうよ」 「……でも……」 「大丈夫だって」 「……笑いませんか?」 「あぁ」 「じゃ、行きますね」  怖ず怖ずと芹川が岩陰から 出てきた。 「……そ、そんなに見ないでください…… わたし、太ってますから」 「大丈夫だって。ぜんぜん太ってないし、 水着もすごい似合ってるよ」 「そう、ですか…?」 「あぁ、かわいいって」 「え……えぇと……わたし…… ご、ごめんなさいっ!!」  自信をつけさせようと思って褒めてみたけど、 逆効果だったみたいだ。  しばらく泳いだ後、俺は 砂浜でのんびり休憩していた。  すると、姫守たちも、こっちに戻ってきた。 「あのぉ、初秋さん。 大変お手数かと思うのですけれど、 サンオイルを塗っていただけないですか?」 「ねぇねぇ颯太、あたしアレやりたいなぁ。 砂に埋まるやつ」 「おいっ、おまえっ、ちょっとまひるに 付き合うんだっ」  えーと…… 「ちょっと待とうか。 三人いっぺんに頼まれたって無理だよ。 順番にしよう」 「誰から順番?」 「まひるが一番早かったんだっ!」 「いきなり嘘つかないように」 「ウソじゃないんだ。まひるが一番最初に 頼もうと思ったからまひるが一番なんだっ」  なんだその理屈…… 「まひるちゃんはいつから 頼もうと思っていらしたんですか?」 「100年前からなんだ!」 「そうでしたか。 100年前なら、仕方がありませんね」 「いやいや、100年前とか まひる、生まれてないよね?」 「おまえは知らないかもしれないけど、 まひるはこう見えても327歳なんだぞ」 「そんなわけないだろ……」 「じゃ、あたし400歳ー。 それで150年前から頼もうと思ってたわ」 「あっ、ズルいぞっ、友希。 それは後出しジャンケンなんだっ。 そんなこと言ったらまひるは800歳なんだ!」 「じゃ、あたし無限大歳よ?」 「まひるは無限大大大歳なんだっ!」 「くすっ、皆さん、お若く見えますね」 「そういう問題じゃないんだけど……」  まったく…… 誰の頼み事から聞こうかな?  まったく…… 誰の頼み事から聞こうかな?「とりあえず、姫守が早かったから、 姫守の頼みを先聞くからね」 「なら、まひるはもういいんだっ。 おまえなんかっ、世界で一番大嫌いだっ! えこひーきーっ!」 「やーらしいのー」 「何がだよ?」 「別にー。やーらしいのー」 「何だよ。もう」 「初秋さん、さっそくお願いしても よろしいでしょうか?」 「うん、じゃ、寝っ転がってくれる?」 「かしこまりました」  と姫守が地面に寝転がった。 「あ……そういえば、背中に塗るんだよな?」 「はい、お願いします」 「その水着だと……ちょっとはだけさせないと、 塗れないんだけど…?」 「はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「こうでよろしいのですぅ?」  一瞬、言葉に詰まる。  なんてやばい格好なんだ。 「……違うのですぅ?」 「あぁいや、大丈夫。じゃ、塗るよ」  手の平にサンオイルをたっぷりと出し、 姫守の背中に塗りはじめる。 「きゃっ、くすっ、冷たいのですぅ」 「あぁ、ごめん」 「いいえ、初秋さんは悪くありませんよ。 ちょっとビックリしただけなのです」 「そっか」  返事をしつつ、姫守の背中を 撫でるようにして、サンオイルを 塗っていく。 「ふふっ、ちょっぴりくすぐったいのですぅ」 「あぁ、悪い」  手を止める。 「お気になさらず、続けてくださいませ。 頑張って我慢いたしますから」 「分かった」  ふたたびサンオイルを塗りはじめる。  姫守の柔らかい肌は滑らかで、 触れているだけで、気持ちがいい。 「ふふっ、ふふふっ」 「くすぐったいか?」 「いいえ、すみません。一人で、 嬉しくなってしまいました。じつは私、 またひとつ、やりたいことが叶ったのです」 「えーと……サンオイルを 塗ってもらうことがか?」 「はい。昔、何かの本で見ました。 女の子が男の子にサンオイルを塗って もらって、ドキドキするお話なのです」 「ドキドキするってことは、 好きな相手に塗ってもらったって感じか?」 「いいえ、普通のご友人だったのです」 「ですけど、サンオイルを塗ってもらったら ドキドキして、だんだん気になりはじめた のですよ」 「あぁ、なるほど。 それで『好き』って自覚したんだな?」 「そうなのですぅ。男の子の手が 思ったよりも大きくて、暖かくて、 すごく心地良かったみたいなのです」 「初秋さんの手も大きくて、 暖かいのですぅ。本の通りなのです」 「あぁ、うん。 それは女の子よりはね」 「男の方はこんなふうなのですね。 私、知りませんでした。発見なのです」  俺だって、女の子の背中に サンオイルを塗るのが、こんなに 気持ちいいなんて知らなかったけど……  さすがに言ったら、セクハラだよな。 「それに私、今、 本で読んだ女の子と同じみたいなのです」 「『同じ』っていうと…?」 「……ドキドキしてきたのですぅ……」 「え……」  それって、つまり…? 「……どうして、ドキドキするんだ?」 「……そのぉ、思ったよりも、 恥ずかしかったのですぅ」  うん。さすが、姫守。天然だな。 「本の女の子とは、 ちょっと違う気持ちだと思うよ」 「そうなのですね。 こんなに顔が熱くなってますのに……」 「ていうか、本の女の子と同じ気持ちだと、 俺のことが好きだってことになるしさ」 「えーと…?」 「どうした?」 「いけませんか?」 「何が?」 「初秋さんを好きになってしまったら、 いけないのですぅ?」 「あ、いや……そんなことはないけど……」 「私、よく思うのです。恋をするのなら、 初秋さんみたいな人がいいのですぅ」 「それは、どうして?」 「いつも一生懸命で、お優しいのですぅ。 きっとお付き合いをしたら、 楽しいと思います」 「そっか。俺も姫守と付き合ったら、 楽しいと思うけどね」 「そういうことをおっしゃってくださるのは、 初秋さんだけなのです」  姫守の場合は、そんなことないと思うけど。 「お付き合い、できたらいいですね」  その姫守の言い方に、 俺は思わず笑ってしまう。 「どうして笑うのですぅ?」 「姫守が俺にちょっと似てるなって思って」 「そうなのですか?」 「うん、そうだよ」  お互いに 「付き合ったら楽しそうだ」 って口にしてても、 「じゃあ付き合おう」 ってことにはならない。 「姫守は、 好きじゃないなら付き合っても意味ない って思ってるだろ」 「好きじゃないのに、 お付き合いなどしてはならぬのです。 私の目が黒いうちは絶対に許さないのですぅ」  その物言いに、俺はやっぱり笑った。 「俺も同じだからさ。 なんていうか同志を見つけたみたいで 嬉しかったんだよ」 「くすっ、そうでしたか。 でしたら、同志の初秋さんにひとつ、 お願いしてもよろしいですか?」 「いいけど、何だ?」 「初秋さんのことを 好きになってもよろしいでしょうか?」  一瞬、呆気にとられた。 「……また難しいことを」 「だって、恋をするなら、 初秋さんのような人がいいのですぅ」 「じゃあさ、代わりに姫守のことを 好きにさせてくれるか?」 「……あ……うーん……」  姫守はちょっと頭を悩ませた後、 「はいっ。どうぞ、好きになっていいですよ?」 「えーと……」 「好きにならないですぅ?」 「まぁ……」 「失敗なのですぅ。 ですけど、これからも頑張りますので、 気長によろしくお願いしたいのですっ」 「……あぁ、こちらこそ」  なんてちょっとおかしな返事をしたのは、 心臓がドキドキしていたからかもしれない。 「じゃ、とりあえず、 友希のが一番大変そうだから、 そっちを先に片付けるな」 「えいっ!えいっ!えいっ!」 「こらっ、蹴るなって。 終わったらまひるの頼み事も 聞いてあげるからさ」 「もういいんだっ。 まひるは彩雨に手伝ってもらうから、 おまえなんかいらないんだぞっ」  まひるが姫守の手をとる。 「彩雨、まひると一緒に泳ぎにいってくれる?」 「はい、構いませんよ。よろしければ、あとで 私にサンオイルを塗っていただけますか?」 「うん、いいよ」 「あぁ、なんだ。俺が順番に手伝うより、 そっちのほうが都合がいいよな」 「あっかんべーだっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いだっ。 巨乳好きーっ!」  そんな捨て台詞を残し、 まひるは姫守を連れて走りさっていった。 「あははっ、まひるってかわいいよね。 巨乳好きなんて本当のこと言っても、 悪口にならないのにさぁ」 「まったく誤解だからねっ!」 「えー、本当に? じゃ、触っていいよ?」 「え…?」 「ほらー、やっぱり好きなんじゃん」 「ち、違うって。 いきなりそんなこと言われたら、 誰でも戸惑うだろ」 「うんうん、そうだねー。 それより、早く砂に埋まるやつやろうよ」  まったく聞いてないし…… 「ところで砂に埋まるやつって言っても、 どうやって掘るんだ?」 「ちゃんとスコップ買ってきたわ。 ほら、二人分ー」  そういえば、来る途中、 何か買ってたな。 「よしっ、じゃ、さっさと掘るかっ」  スコップを手にして、 俺は砂を掘りはじめた。 「うん、これぐらいでいいんじゃないか。 そんなに深い穴掘ったら、顔が出ないし」 「うん、ありがとー。 さすが、颯太、早いねっ」 「まぁ、スコップの扱いなら そんじょそこらの奴には負けないよ」 「あははっ、わりとどうでもいい特技だよね」 「うるさいよ。 自分で言っててそう思ったよ」 「ねぇねぇ、どんな感じになるか ちょっと入ってみてくれる?」 「あぁ、そうだな」  掘った砂の中であお向けになってみた。 「友希が入るには 若干深すぎたかもしれないけど、 まぁ、こんなもんじゃないか?」 「そうだねー。えいっ」  友希が砂をかける。  友希がさらに砂をかける。  友希がどんどん砂をかける。 すでに足下は埋まった。 「ちょっと待て、 お前、何してるんだ?」  その瞬間、頭を友希に押さえつけられた。 「彩雨、まひるー、ちょっと手伝ってー。 颯太を砂に埋めるわよーっ」 「え、て、待てよ。 埋まるのはお前じゃ――」 「埋めろ、埋めろっ、悪を滅ぼすんだっ! えいっ、えいっ、えいっ!」 「おいっ、ちょっと待てっ!」 「初秋さん、お口を開けてはいけませんよ。 お砂が入ってしまうのですぅ」 「だから、違うんだってっ! 友希、放せっ、俺をここから出せっ」 「あははっ、穴に入って、 出せとか言って、やーらしいのー」 「なに訳の分かんないこと 言ってるんだよっ!」  何とか穴から出ようとしたけど、 地の利が悪い上に多勢に無勢だ。  けっきょく砂を入れられつづけ ――完全に埋められてしまった。 「よしっ、悪は滅びたんだっ。 彩雨、サンオイルの続きしよ」 「はい。それでは初秋さん、 ごゆっくりお過ごしくださいね」 「身動きひとつとれない状態で、 ゆっくり過ごせるわけないよね……」 「あははっ、気分どう?」 「最低に決まって――」  思わず息を呑む。  これは、このアングルは――  やばすぎるっ!? 「一回やってみたかったんだよね。 砂に埋まるやつ」 「砂に埋まるやつって言うか、 砂に埋めるやつな」  軽口を叩きながらも、 俺の視線は友希の股間と、その豊満な おっぱいに向けられている。 「どっちでもいいじゃん。 埋めるのも埋められるのも 楽しいよね?」 「イジメるのもイジメられるのも楽しい みたいな理屈なんだけどっ」 「どっちかって言うと、 SもMも楽しいみたいな感じかなぁ」 「これだからSMはやめられないよね」 「うんうん、だよねー」 「そんなわけあるかっ! そもそも俺はMじゃないしっ!」 「あたしだってSじゃないわ。 どっちかって言うとMかなぁ?」 「じゃ、お前が埋まれば 良かったじゃないか」 「だって、颯太が埋めてくれなかったんだもん」 「その前に埋められたんだけどね!」 「えいえい」  友希の指が俺の頬をつつく。 「こらっ、抵抗できないと思って つっつく――」  く。なんてことだ。  友希が手を動かすたびに、 あの大きなおっぱいが、たゆんたゆんと 揺れている。  このままでは――  あぁ、やはり育っている、確実に。  この天ノ島の灼熱の砂浜で、 降り注ぐ太陽の光と豊富な養分を得て、 今まさにそれが芽を出そうとしている。  そう、少しずつ砂をかき分けるようにして、 俺のサボテンが天を突かんばかりに、 成長しつつあるのだ。  いや、だめだ。 ここで理性の手綱を放しては。 しかし―― 「ねぇねぇ颯太、あのさぁ、どこ見てるの?」 「ど、どこって目の前しか見えないけど」 「あたしの水着姿、そんなに見て楽しい?」 「いや、だから、別にそんなこと……」 「嘘だぁ。じゃ、これでどう?」  と、友希が一歩近づく。  股間とおっぱいがどアップになり、 俺は目を見開く。  その瞬間、砂の中から、 それは見事なサボテンが生えた。 「わあぁ……ねぇねぇ、何これ?」 「いやっ、これは、その……」  どうする? ここまで来たら、正直に答えるか?  お前の股間とおっぱいがあんまりエロくて、 勃起してしまいました、すいません、と。  いや、そんな恥さらしな真似はできない。 俺は植物系男子だ!  たとえ勃起が明らかだとしても、 最後まで欲望に抗うのは 植物系男子に課せられた使命なんだっ! 「友希、それはな、サボテンだよ」 「嘘だぁ。どう見ても、 勃起しちゃったおち○ちんじゃん」  く、こいつ…… なんてことをさらっと言いやがる。  だが、まだだ! 「嘘だと思うなら、触ってみろよ」 「え……なに言ってるのよ…… や、やーらしいのー……」 「おや、普段は果敢にセクハラしてくる 友希さんともあろう御方が触らないとは、 どういうことかなぁ?」 「だ、だって、颯太から触れなんて 言ったことないじゃん……」 「違うな。お前はこれがサボテンだと 認めたくなくて触らないんだ!」 「なぜなら、そう。サボテンなら 触ったらチクッと痛いからだ! そうだなっ!」 「……えっと、颯太、頭大丈夫?」 「友希こそ、この目の前にあるサボテンを 認めようとしないなんて、頭大丈夫か?」 「……もう。しょうがないなぁ」  と、友希は右手で デコピンの構えをとり、 「はうっ!」  俺のサボテンを爪で弾いた。 「ほらー、サボテンじゃないじゃん」 「……お前な。本気でやるなよな……」 「あははっ、良かったね。 あたしが幼馴染みじゃなかったら、 こんなことしてくれないわよー」 「普通は幼馴染みでも してくれないと思うけどね」 「えいっ」 「はうっ!」  ふたたびのデコピンが俺のサボテンを襲った。 「何してくれんのっ!?」 「あははっ、だって、面白いんだもん」 「……………」 「やーらしいのー」 「えーっ、何それっ?」 「じゃ、とりあえず先にまひるに 付き合うよ」 「あ、そっか。うん、そうだよね。 彩雨、行こ。邪魔したら悪いし」 「どういうことなのですぅ?」 「ほら、あの二人、ね?」 「あ……焼けぼっくいに火が ついてしまったのですかっ?」 「しっ、聞こえちゃうわ」 「聞こえてるんだけど!」 「あはは……じゃあね……」 「初秋さん、まひるちゃん、 ごゆっくりお過ごしくださいませ」  まったく、友希のやつは…… 「颯太っ、何してるんだー? 早く来るんだーっ。まひるは 待ちくたびれたんだっ!」  まひるはすでに波打ち際にいる。 「おうー、今いくー」  言って、まひるに駆けよっていく。 「そういえば、まひるは何がしたいんだっけ?」 「沖のほうまで泳ぐんだぞ。 まひるは冒険したいんだ」 「って言ったって、 足がつくところじゃないと 泳げないんだろ?」 「だから、おまえに頼んでるんだ」 「いや、俺もそこまで泳ぎは得意じゃないし、 さすがに危ないからやめとこう」 「イヤだっ。まひるは行くんだっ。 颯太が助けてくれるから大丈夫なんだ」 「だめなものはだめだよ。 溺れたら死ぬかもしれないんだからな」  少し語調を強めて言う。 「でも……」 「まひる、だめだよ」 「分かったんだ…… じゃ、颯太の足がつくところまでなら いいか?」 「あぁ、それならいいよ。 溺れそうになったら、ちゃんと 俺につかまるんだぞ」 「うん。えへへ、じゃ、行こかな。 ちょっとだけ冒険だな。楽しな」  ぶつぶつ言いながら、まひるが 少し沖のほうへ足を踏みいれていくと――  あっというまに沈んだ。 「あっ……やぅっ……助けっ……あぁっ……」 「おいっ、まひるっ、大丈夫か?」  急いで水の中を走り、 まひるを引っぱりあげる。 「あっ、やだっ、助けて、溺れるっ! 颯太っ、助けてっ!」 「もう大丈夫だよ。 ほら、ちゃんとまひるの体を 支えてあげてるだろ」 「やぁだぁ、溺れるんだぁ…!」  そうとう怖かったのか、 まひるがぎゅーっと俺に しがみついてくる。 「よしよし。 気をつけないと危ないからな」 「うん……」  さらにまひるが手に力をこめ、 華奢な体が俺に密着する。  水着ごしに触れるまひるの肌が、 信じられないほど柔らかい。  これは、ちょっと、やばい。 「な、なぁ。まひる、 そろそろ、そんなにくっつかなくても、 大丈夫だと思うぞ」 「……やだ。まひるは離れない」 「じゃ、じゃあ、このまま浅いところまで 行くから」  そう言って、歩きだす。  すると、その振動でまひるの体が 上下に揺れ、俺の体に擦りつけられる。  一歩、歩くごとに芽は育つ。 みるみるうちに、大きくなっていく。  あぁ、何ということだろうか?  こんな海中で、こんなに立派な 大根が育つなんて……  けど、ここからが本当の試練だった。 「えへへ。颯太、助けてくれたな。 嬉しな。おかげで溺れなかったな」 「でも、今度からはあぅ――」 「どうしたんだ?」 「あ、いや――」  擦、れる…!  一歩、歩くごとに、海大根とまひるの股が…! 「早く浅瀬に戻らないのか?」  やばい。怪しまれる。 「あ、あぁ。戻るよ」  うぐっ! やばいっ! めちゃくちゃ気持ちいい。  一歩、歩くごとにあそこに擦りつけられ、 さらに密着したまひるの肌が 快感を加速させる。 「颯太、大丈夫なのか? 苦しそうだぞ」 「あ、あぁ、大丈夫だから、 そんなに暴れないでうっ!」 「でも、苦しそうなんだっ! どうすればいいんだ? まひるに できることはないのか?」 「あぁ、じゃちょっと手の力を弱めて……」 「こかな? こうでいかな?」  まひるが手の力を緩めた拍子に 彼女の体が幾分か下に落ちた。  そのおかげで、 今まで以上に、まひるの股が 俺の大根と擦れあう。 「……うぁ……」  もう、だめだ。  ここは海中だ。 こうなったら、いっそのこと、 開きなおってやってしまうか!? 「おいっ、大丈夫か? おいったら、おい。 まひるの言うことを聞いているのか?」 「ちょっ、まひる…!」  やめろ、そんなに動くと、 益々擦りつけられて、もう……  いや、そういうわけにはいかない。  もう少し、もう少しなんだ!  何としてでも、たどり着くんだっ! 「い、一気に行くからな!」  心の中で九九を唱えながら、 俺は海中を全力で走りだす。  一歩足を踏みだすごとに、 大切な何かが体からこぼれ落ちていく 感覚に襲われたけど、それでも懸命に走った。  そして――  まひるを砂浜に下ろす。  やった。やったぞ。俺はやりとげたんだ。 「えへへ。帰ってこれたな。 まひるは嬉しな。溺れて死ぬかと思たな」 「それはこっちの台詞だよ。 今度からはもっと気をつけるんだぞ」 「……うん。ごめ――」 「……ん? どうした?」 「……………」  まひるの視線はある一箇所に 釘付けだった。  すなわち、俺のそそり立った大根に…… 「ウソツキっ! まひるが溺れて 死にそうだったのになに考えてたんだっ! 変態っ、変態っ、変態ーっ!」 「いや、違う、これは――」 「うるさいんだっ。おまえなんかっ、 七つの海で一番大嫌いなんだっ! もっこり星人ーっ!」  まひるはものすごい勢いで 走りさっていった。  自由時間。俺は友希に付き合い、 ジャンクショップにやってきた。 「うわぁ、ロケットばっかり。すごーい」  友希はロケットや、そのパーツを 見て回っている。 「今度は真面目に訊くけどさ、友希って、 別に機械が好きなわけでもないのに、 なんでロケットは好きなんだ?」  友希は全長30〜40cmの小型ロケットを 手にして、 「うんとね、形が好きなんだぁ。 ほら、これとかアレに似てない?」 「似てないと思うぞ」 「えー、まだバイブって言ってないのに」 「言わなくても分かったよ…… ていうか、今度は真面目に訊くって 言ったよね」 「なになに? 挿れてみたいって?」 「どこにだよっ!?」 「しょうがないなぁ。 ここってオイルも売ってるよね?」 「オイルで何をする気だ…?」 「だって、そのままじゃ入らないよ? おっきいもん」 「お前は人の話をちゃんと聞こうな」 「あ、見て見て。 これってアレみたいだよね。 オナホール」 「あぁ、そうだね……」  もう適当に流すことにした。 「使ってみようかなぁ?」 「どうやってっ!?」 「あははっ、颯太が反応してくれないから、 寂しかっただけー」 「あぁ、そう……」  もう絶対に反応しないぞ。 「でも、おっぱいを入れたらいいかなぁ?」 「お前のおっぱいじゃ無理だよっ!」  5秒と持たずに反応してしまった。 「こんなところで『おっぱい』とか言って、 やーらしいのー」 「お前ほどじゃないけどね……」 「あ、ねぇねぇ、あそこにあるのって、 電マかなぁ?」 「友希。一言、言っておくけどさ、 ここはロケットのジャンクショップであって、 アダルトグッズショップじゃないからな」 「そんなの分かってるってば。 見て見て、三角木馬があるわ」  絶対わかってないな、こいつ……  友希がいつまでもジャンクショップを 見終わらないので、断って先に出てきた。  あいつに付き合ってたら、 自由時間がなくなるからな。  さて、どうしよう? 姫守たちと合流しようかな?  ん? あれは…? 「んと、こっちかな? でも、さっき通った気がするな。逆かな? 分からないな? 迷たな。困たな……」 「まひる、どうしたんだ?」 「あ、颯太。ちょうどいいところに来たんだ。 まひるは砂丘に行こうと思うんだ。 どっちの方向なんだ?」  砂丘は一度ここから行ったので、 方向はだいたい分かる。 「確かあっちだけどさ。 けっこう道、複雑だったぞ。 一人で行くのか?」 「えっへん。まひるは偉い子だから、 一人で行くんだぞ」 「でも、まひる、方向音痴だよね?」 「大丈夫なんだ。 まひるにはGPSがあるんだ。 これさえあれば迷わないんだ」  まひるは誇らしげにケータイを 見せてくる。 「じゃ、これで言うと宇宙センターが どこか分かるか?」 「……うー…!」 「いや、睨まれても……」 「そんなイジワル言ったらいけないんだっ! まひるは本気なんだぞっ! 絶対に砂丘を見たいんだっ!」  まったく。しょうがないな。 「ちょうど自由時間だし、 ついてってあげるよ」 「ホントか? ウソつかないか? 途中で裏切ったりしないか? 裏切り者にはまひるキックで制裁するんだぞ」 「あぁ、大丈夫だよ」 「えへへ、やった。 颯太がいれば百人力なんだ」 「じゃ、ちょっとケータイ貸してくれるか?」  まひるからケータイを受けとり、 GPS機能を利用した地図を見る。 「あ……」  ちょうど電池が切れた。 たぶん、ずっと使っていたからだろう。  俺のケータイは旧型なのでGPSはない。  まぁ、でも1回行ったし、何とかなるだろう。 「どうしたんだ?」 「いや、行こうか」  というわけで、まひると一緒に 砂丘を目指した。  しかし―― 「ここはさっきも通った気がするんだ」 「そうだよな」  記憶通りに来たつもりだったけど、 迷ってしまったようだ。 「でも、確かにここら辺を通って、 行ったはずなんだよな」 「まひるはあっちだと思うんだ。 あっちに行ってみるんだっ」  と、まひるが走りだした。 「いやいや、まひる。 そっちは展望台公園って書いてあるから」 「あうっ!」  段差につまずき、まひるは派手に転んだ。 「……うっ、ひっ、痛いよぉ……」 「大丈夫か? 見せてみろ」 「……擦りむいてはないみたいだけど、 歩けるか?」  まひるは一歩足を踏みだす。 「……うぅぅ、い、痛いんだ……」 「捻ったのか?」 「分からないけど、歩くとすっごく痛いんだ」  捻挫だろうな。  時間もないし、これ以上は無理か。 まひるも仕事があるしな。 「タクシー拾ってくるから、それで帰ろう」 「い、イヤなんだっ。 まひるは砂丘が観たいんだっ!」 「そんなこと言っても、 歩けないだろ」 「大丈夫だ。もう治ったんだ。 ほら。ぜんぜん平気――」  まひるは歩きだそうとして、 「……うぅぅ、ぜんぜん平気なんだ……」 「嘘つくなよ。痛いんだろ。 大人しくしてな」 「……………」 「じゃ、タクシー拾ってくるからな。 ちょっと待っててくれ」  展望台公園の近くだったため、 タクシーはすぐに見つかり、 無事に帰ることができた。 「……行きたかったな……」 「……………」 「……………」 「……………」  しょうがないな。  俺はまひるに背中を向けて、 しゃがみこむ。 「ほら、おんぶして連れてってあげるよ」 「……ホントか? 大丈夫なのか?」 「まひるは軽いから大丈夫だよ。 ほら、乗りな」 「うん!」  まひるを背負い立ちあがる。  思った通り、かなり軽い。 これなら何とか行けるだろう。 「よしっ、行くか」  島の人に道を訊きながら、 砂丘を目指し、どれぐらい歩いただろうか。  夕日が出る頃、ようやく 目的地に到着した。 「綺麗なんだ……」 「あぁ、そうだね。 夕日だとこんなに綺麗なんだな」  昨日、見た時は昼間だったし、 こういう感じじゃなかったな。 「まひるのおかげで、いいものが見れたよ。 ありがとうな」 「……………」 「どうした? いつもみたいに、 『えっへん。まひるのおかげなんだ』って 言わないのか?」 「まひるは何もしてないんだ。 颯太に連れてきてもらっただけなんだ」 「そうだけどさ。 まひるが『行きたい』って言わなかったら、 俺もきっと来なかったからさ」 「うん……」 「どうした? 元気ないな。 足が痛いのか?」 「足は大丈夫なんだ」 「じゃ、どうしたんだ?」 「別に……どうもしないんだ…… 砂丘が綺麗だから見るのに 集中してるんだぞ」 「あぁ、そういうことか」  そうとも知らず、情緒なく しゃべりまくってしまった。 「時間、大丈夫なのか?」 「あぁ、平気だよ。 夜までに帰ればいいからさ」  本当はもう自由時間は過ぎている。  迷って砂丘まで来てしまったので 今、頑張って帰っている途中だ ――と友希にメールしておいた。  ケータイの電池を温存するため、 電源を切ることも伝えてある。  まぁ、帰ったら 先生にさんざん怒られるだろうけど、 仕方ないだろう。 「……颯太と付き合ってる時に、 来たかったな」 「ん? あぁ、そうだな。 まひると付き合ってる時は、あんまり こういうところ行けなかったもんな」  その時のことを、少しだけ振りかえる。 「ごめんな」 「なんでおまえが謝るんだ?」 「いや、まひるはこういう景色なんかより、 おいしい物を食べるのが好きなんだと 思ってたからさ」 「こういうのも好きなら、 付き合ってる内に色んなところに 連れてってあげれば良かったなって」 「……うん」 「あんまりまひるのことを 分かってなかったんだよなぁ。 だから、嫌なこともしたと思うし」 「まぁ、だから、 振られたわけだけどな」 「二週間じゃ、分かるわけないんだ」 「そうだけどさ」 「まひるも分かってなかったんだ。 颯太のこと」 「そうか? 俺はお前と違って、単純だぞ」 「でも、分かってなかったんだ」 「そっか」 「……颯太……ごめんなさい」 「謝るなって。別にこういうのは 良い悪いじゃないだろ」 「颯太も謝ったんだ」 「そういえば、そうだったな」  俺はゆっくりと砂丘を歩きだす。 「でも、今はけっこう良かったなって思うよ。 こうやって仲直りもできたし、 まひると遊んでると楽しいしさ」 「まひるは、颯太に 八つ当たりしてばかりなのにか?」  思わず俺は笑ってしまう。 「お前、自覚あったのか?」 「……うるさいんだ……」 「まぁ、でもさ、 まひるがそういう子だってのは よく分かってるからさ」 「別にそんなに嫌じゃないよ。そりゃ 『おいおい』って思うことはあるけどね」  ぎゅーっとまひるが後ろから しがみついてくる。 「まひるは『けっこう良かったな』なんて、 思ってないんだ」 「そっか……まぁ、振った相手と また友達になるなんて、あんまり 楽しいことじゃないかもしれないけどな」 「違うんだ……」  さらにまひるは腕に力をこめる。 「まひるが良くなかったと思うのは、 颯太を振ったことなんだ……」 「えーと……」  突然すぎて、言葉に詰まる。  何と返事をすればいいのか、 分からなかった。 「やっぱり、なしだって言ったら、怒るか?」  俺はやはり、言葉に迷う。 「……好き」  心臓が大きく跳ねた。 「まひるはやっぱり おまえのことが好きなんだ」 「そっか……」 「おまえはまひるのこと、好きか?」 「おまえはまひるのこと、好きか?」 俺は考える。  何度も何度も繰りかえし、 頭の中で彼女への想いを。  だけど、頭よりも先に 答えを出したのは胸の鼓動だった。  まひるから 「好きだ」 と言われて、 苦しいぐらいに激しく脈を打っている。 「好きだよ」 「ホントに?」 「大好きだ」 「ウソじゃないか?」 「子供っぽくて、危なっかしくて、 いつも何をするのか分からないまひるを 見てると、俺はすごく胸がドキドキする」 「いつだって、気がつけば、 お前から目を離せなくなってる」 「たぶん、大好きだから」 「いや、“たぶん”じゃないな」 「まひる、大好きだよ」 「……まひるも。 まひるもおまえのことが、 世界で一番大好きなんだ」 「……だから、あの…… また、まひると付き合ってくれる…?」 「あぁ」 「えへへっ。 やった。嬉しな。幸せだな」  まひるがぎゅーっとしがみついてきた。 「好きだけど……ごめん。 まひるの気持ちには応えられない」 「……そうか……」 「ごめんな」 「……もう、友達にもなれないか…?」 「そんなことないよ。 まひるがいいならだけどさ」 「颯太は優しな」 「……そんなことないよ」  しばらく無言で、俺は歩く。  すると――  押し殺したようなまひるの泣き声が、 背中から聞こえてきた。 「まひる」 「ごめんなさ、違うから、えっ、ぐす……」 「いいよ。大丈夫だから」  それ以上、かける言葉もなく、 俺は無言で歩きつづけた。  背中には、ポタポタと冷たい雫がこぼれる。  今からでも、まひるの気持ちを 受けいれてあげれば……と、 そんな考えが頭をよぎる。  だけど、唇を噛み、その想いを振りきった。  それは恋じゃない。 「……ありがとう。ごめんね」  考えた末、そんなありきたりな 言葉を口にした。  4泊5日の修学旅行が終わり、 俺は地元に戻ってきた。  いつのまにか、こっちは 梅雨入りしていたらしく、帰ってきてから ずっと雨が降りっぱなしだ。 「QPー、いるか? ちょっと、これ食べてくれ」 「君も懲りないね。 今度は何を作ったんだい?」 「そろそろ夏野菜の季節だし、 ラタトゥユを作ってみたんだ」  ナスビ、ピーマン、ズッキーニといった 夏野菜をオリーブ油で炒め、トマト、香草、 ワインなどを加えて煮こんだ料理だ。 「がつがつがつがつがつ!」  熱々にもかかわらず、 QPは一瞬にして、ラタトゥユを平らげた。 「これは、いいね。すごくいいよ。 新しい味だ。何より香りがいい。 とても香しいよ」 「本当か!? そっかそっか、やっぱり野菜だけで 作ったのが、功を奏したかな」 「そうだね。これだけ香しい匂いなら、 恐ろしいモンスターも避けて通るだろうね。 万が一食べたら、ジ・エンドだ」 「どういう意味だよっ!?」 「獣よけならぬ、 モンスターよけということだね」 「あぁ、そう……」  くそぅ、諦めないぞ。 絶対に 「美味い」 って言わせてやる。  しかし、こいつが気に入る料理って、 いったい何だろうな…?  ひとしきり考えるも答えは出ない。  天ノ島で遊び倒した疲れもあり、 この日は早い時間に眠ってしまった。  世界史の授業中。姫守とペアになって、 歴史上の人物のことを調べていた。  この後、一組ずつ発表が 待っているだけあって、みんな黙々と 教科書や持ってきた資料本を読みこんでいる。 「それにしても、雨やまないな」 「はい。こっちに帰ってきてから、 ずっと降っていますね」 「雨って気分は滅入るし、外じゃ遊べないし、 いいことないよなぁ」 「くすっ、そんなことはありませんよ。 ちゃんといいこともあるのです」 「そっか? 例えば?」 「普段、ログイン数の少ない オンラインゲームが少しだけ 賑やかになるのですぅ」 「あぁ、 ブレード・ブレイク・オンラインとかな」 「はい、まさにそちらなのですぅっ! 初秋さんも結構おやりになるのですか?」 「いや、ブレブレは一週間で投げたよ。 さすがに、クソゲーすぎたし」 「初秋さんにはゲーム愛が足りないのですぅ」 「でもさ、あのゲーム、 おかしいところだらけだろ。 敵は強いし、レベルは上がらないし」 「最初のダンジョンをクリアするのに、 30時間ぐらいレベル上げしたぞ。 そのくせ、ぜんぜん強くならないし」 「職業の選択を間違えたのではないのですか? 私のジェニファーは、 とても強くなりましたよ」 「初秋、姫守。何をしゃべってるんだ? 終わったんなら、発表してみろ」 「は、はいっ! ジェニファーは、 立派な将軍で、容姿端麗、 文武両道なのですぅ」 「ラグジェの森では144体の敵を撃退し、 その勇名を世界に轟かせました。 でも、本当は寂しがりやの女の子なのですぅ」 「オンラインゲームも結構だが、 今は世界史の授業中だ」 「……も、申し訳ございません。 あ、ですけど、どうしてゲームの話だと 分かったのでしょう…?」  すると、世界史の先生は、ふ、と 旧友に対するような笑みを見せた。 「――まさか姫守が、 あのジェニファーだったとはな」 「えっ? せ、先生は、先生は どなたなのですぅ?」 「それは授業中に言うことではないだろう。 が、しかし――」  先生は黒板にチョークを走らせた。 「龍王狩りの『シャルケ』だ。 テストには出ない。みんな、ノートに とるなよ」 「せ、先生があの龍王狩りの シャルケだったのですか? 世間は狭いのです……」  ていうか、先生、 自慢したかったんですね……  下校時。玄関に行くと姫守が 雨を見ながら、ぼんやりと立っていた。 「姫守、どうしたんだ?」 「それが、傘がなくなってしまったのですぅ。 似ている傘が置いてあるので、たぶん誰かが 間違えて持っていったのだと思うのですが」  姫守がその傘を指さす。  見覚えのあるシールが貼ってあった。 「それ、友希の傘だな」 「どうして分かるのですぅ?」 「ほら、柄にハートマークのシールが 貼ってあるだろ」 「あいつ、傘には必ずこれを貼ってるんだよ。 間違えて傘を持っていかれないようにって」  その上、自分が間違えてるんだから、 世話ないけど…… 「電話してみるよ」  ケータイで友希に電話をかける。 「もしもしー? なにー?」 「お前の傘が学校にあるんだけど、 違う傘持っていってないか?」 「えっ、嘘…? あー、本当だぁ。 急いでたから間違えちゃった。 これ、誰の?」 「姫守のだよ」 「ごめーん。彩雨にあたしの傘 使っていいって言っといて。 月曜日に交換しよって」 「分かった。じゃあな」  通話を切る。 「とりあえず、今日は友希の傘使って、 月曜日に交換しようだってさ」 「かしこまりました。 お陰様で助かったのですぅ」 「あぁ、じゃあね」 「あのぉ、もしよろしければ、 明日、オンラインでお会いしませんか?」 「いいけど、何のゲームで?」 「ブレブレなのですぅ。 今日お話をしたら、どうしても やりたくなってしまいました」 「うーん、ブレブレかぁ……」 「後生なのですぅ。 代わりに初秋さんのおっしゃることを 何でも聞きますから」  そうとうなクソゲーだけど、 どうしようかな?  そうとうなクソゲーだけど、 どうしようかな?「いいよ。じゃ、明日“新世界”でな」 「くすっ、はいっ! “新世界”でお会いいたしましょう」 「ごめん、ブレブレはちょっとしんどいから、 やめとくよ」 「そうですか。残念なのですぅ」 「じゃ、またな」  手を振って、姫守と別れた。  日本史の授業中。 今日は先生が風邪を引いたらしく、 自習だった。  自習用のプリントは分量がそれほどなく、 あっというまに片付いてしまった。 「暇だなぁ」  隣で友希がぼやく。 「まぁ、もうちょっとでチャイム鳴るし」 「ねぇねぇ、ちょっと長めのトイレに 行ってくるから、先生が来たら、 うまく言っといてくれる?」 「お腹の調子でも悪いのか?」 「うぅん、ヌイてこようと思って」 「女の子は溜まらないだろ」 「あれ、知らなかった? 女の子でも溜まるのよ?」 「じゃ、行ってきてもいいけど、 外で聴き耳立てるからな」 「あははっ、えっち」  そんな軽口の応酬をしながら、時間を潰す。 「明日も雨かなぁ?」 「みたいだな。雷マークもついてたぞ」 「え……嘘…?」  ようやく暇な自習が終わった。 「ね、ねぇねぇ、明日遊びにいってもいい? なるべく早く!」 「おまえって、雷すごい苦手だよな」 「……う、うん……だめ…?」  どうしようかな?  どうしようかな?「けっこう土砂降りになるみたいだから、 気をつけてこいよ」 「うんっ! ありがと、颯太。 こんどオナニー手伝ってあげるねっ」 「気にす――何だって?」 「あははっ、エッチな本持ってきてあげる」 「あぁ、そう……」 「何だと思った?」 「やっぱり、うち来るの禁止な」 「えー、ごめんー。本当に手伝うからぁっ」 「……分かればいいんだけど、 手伝わなくていいからね……」 「出歩くと危ないから、寮にいたほうがいいよ」 「えー、でも、雷落ちたら怖いし……」 「怖くても家にいたほうが安全だろ」 「はぁい……」  今日の午後はナトゥラーレでバイトだ。 「雨が降る。客が来ない……」  外はどしゃ降りだ。当たり前だけど、 こんな日に外を出歩く物好きは少なく、 店内には一人のお客さんもいない。 「まぁ、今日はしょうがないですよ。 マスターも、友希たちと一緒に まかない食べたらどうですか?」 「あぁ、そうするわ……」  背中に哀愁を漂わせながら、 マスターが厨房へ去っていった。  ん? 「颯太、まひるは酷い目に遭ったんだ。 傘をさしてたのにびしょ濡れになったんだぞ」  全身を濡らしたまひるが、 店に入ってきた。 「そりゃこの雨じゃ、 傘なんか役に立たないだろ。 ちょっと待ってろ」 「颯太ー、お客さん来た? あたし、フロアに戻ろっか?」 「あぁ、まひるだから大丈夫だよ。 でも、すごいびしょ濡れでさ」  棚からタオルを二枚とりだし、 フロアへ引きかえす。 「ほら、まひる、タオル使いなよ」 「まひるはこんなのなくても大丈夫なんだ。 見てるんだ」  まひるは勢いよく首をぶるぶると振って、 雨を飛ばす。 「こらこら、猫かお前は。 まったく。拭いてやるから、じっとしてろ」 「……うー…!」  睨んでくるまひるの体を タオルで拭いてやる。 「まひるはちょっと寒いんだ」 「ココアかオニオングラタンスープでも 飲むか? 温まるぞ」 「そうやって、まひるの弱味につけこんで、 商売するのか?」 「いらないんなら、別にいいぞ」 「両方欲しいんだ」 「まいどあり」  まひるはココアと オニオングラタンスープを 交互に飲んでいた。 「えへへ、ココア甘いな。おいしな。温まるな。 スープはしょっぱいな。おいしな。温まるな」 「よくそんなもの交互に飲めるな」 「えっへん。まひるはすごいんだ」  いや、褒めてないけどね…… 「でも、なんだってこんな雨の日に 来たんだ?」 「……別に、何となくなんだ」 「そう」  まぁ、まひるがすることだし、 深く考えても仕方ないな。 「今日はオムライスはいいのか?」 「……………」 「何だ?」 「おまえ、料理の超人に出てた イタリアンシェフのファンだったな?」 「あぁ、神谷さんな。 大ファンだよ。 会ったらサインをもらいたいぐらいだ」 「まひるがもらってきてやったんだ」 「何を?」 「サインなんだ。 こないだテレビ局で挨拶したんだ」 「マジで? くれるの? ありがとうっ、まひるっ! すごい嬉しいよっ!」 「えっへん。ありがたく思うんだ。 それにまひるはちゃんと防水のカバンに 入れてきたんだぞ」  まひるは持ってきたカバンを開く。 「あれ、ないんだ…?」 「ちゃんと捜したか?」  カバンをのぞきこむ。 くまなく捜すも、空だった。 「どう見てもないな」 「忘れたんだ。 明日、おまえの家に持ってくんだ」  明日か。大丈夫だったっけ?  明日か。大丈夫だったっけ?「じゃ、悪いけど持ってきてくれるか? お礼に何かごはん作ってあげるよ」 「やった。まひるはオムライスがいいんだ!」 「オムライスな。分かったよ」 「いや、明日も雨だろうし、 また部活の時でいいよ」 「……うー…!」 「いやいや、なんで睨むんだよ?」 「いーーーだっ!」  意味が分からないんだけど……  朝。天気予報通り今日も雨だ。  朝食を終えると、俺はパソコンの前に座り、 『ブレード・ブレイク・オンライン』に ログインした。  このゲーム、キャッチフレーズは、 「たった一人で新世界を駆けぬけろ!」 なんだけど――  最初のダンジョンからして、 二人以上でないと絶対に進めない仕掛けが 施されている。  さらに『ブレード・ブレイク・オンライン』 という名称でありながら、魔法を使わないと ザコ敵すら倒せない仕様となっており、  オンラインゲームでありながら、 意思疎通するためのツールが、 ボイスチャットしか存在しない。  しかも、回線帯域がなぜかゲームに ほぼ占領されてしまうため、ボイスチャットを 使うと10回に1回は必ず回線が切れる。  これらのクソ仕様のおかげで、 ゲーム内は基本的に過疎っており、 ほとんどがオフライン状態だ。  まさにコンセプトがブレブレの クソゲーで、買ったゲームは最後まで 必ずプレイする派の俺でさえ途中で投げた。  それをいまだにやってるんだから、 姫守は根っからのゲーマーだよな。  姫守からメールが届く。 『ログインしました』  「俺もログインしたよ」 とメールを返した。  回線切断を避けるため、こういうふうに ゲームに使う回線以外の通信手段を使うのが、 ブレブレにおいては基本中の基本だ。  「とりあえず、どこから行く?」 と メールを送る。 『四獣の玄武を倒しにいきましょう』  「了解」 っと。  さて、頑張るか。 『今なのですっ!』  姫守のメールに合わせて、 四獣、玄武に攻撃を仕掛ける。  各所を同時に攻撃することで“ダブルヒット” という強力な攻撃になるんだけど、 正直、メールじゃタイミングが難しい。  あえなく、ダブルヒットに失敗した俺は、 玄武の反撃を喰らい、死んでしまった。 『死んでしまったのです』  どうやら、姫守もやられたようだ。 これで通算4度目のゲームオーバーだ。  「いったん休憩しないか?」 とメールを送る。 『かしこまりました。 ご都合がよろしければ、 お声をかけてください』  ベッドに倒れこみ、 ふと昨日の授業のことを思い出す。  そういえば、新たに追加でもう一人、 歴史上の人物を調べてくるという 宿題をもらったんだっけ?  確か、姫守が資料になりそうな本を 持ってるって言ってたし、 メールを送っておこう。 『そういえば世界史の資料、見たいから 持ってきてくれるか?』 『分かりました』  よし、四獣との戦いに備えて、 昼ごはんでも作るか。  ちょうど昼ごはんを食べおわると、  誰だろう? 「はい」  インターホンに応答する。 「姫守なのですぅ」  あれ? どうしたんだろう? 「お邪魔いたします。 宿題用の本をお持ちしましたよ」  姫守が分厚い本を手渡してくれる。 「あぁ、ありがとう…… でも、わざわざ、このために来たのか?」 「いいえ、じつは玄武を倒す方法を 思いついてしまったのですぅ」  姫守は大きめのバッグから、 ノートパソコンをとりだした。 「――初秋さん、今なのですぅっ!」 「おうっ!」  俺たちは同じ部屋でブレブレを プレイしていた。 「いち、にの、さんなのですぅっ!」 「うしっ、ダブルヒット成功っ!」 「もう少しのはずなのですっ。 いち、にの、さんなのですぅっ!」  ふたたびダブルヒットが成功し、 玄武は呻き声をあげて、息絶えた。 「やりましたーっ! 玄武、恐るるに足らないのですっ!」 「あぁ。隣でプレイしてれば、 ダブルヒットも簡単にできるし、 これってブレブレの必勝法かもね」 「くすっ、大発見をしてしまいました」 「まぁ、もはやオンラインじゃないけどね」 「そうですね――ぁ、ふわぁ…… し、失礼いたしました。はしたないことを してしまったのですぅ」 「今日はわりと早い時間から ログインしたもんな。眠いよな」 「はいー。面目ありませんが、 睡魔が襲ってくるのですぅ……」 「玄武も倒したし、 今日はもう終わりにするか?」 「そういたします。 本日はお付き合いくださいまして、 誠にありがとうございます」 「いや、俺も楽しかったよ」 「私もとても楽しかったのですぅ。 また遊んでくださいますか?」 「あぁ」 「ありがとうございます。 それでは、失礼いたしますね」  俺は家の外まで姫守を見送った。 「ですけど、せっかくですから、 今日は四獣をすべて倒したいのですぅ」 「四獣全部かぁ。そこまで体力持つかなぁ? 俺もけっこう眠いし」 「では、一緒にお昼寝するのは どうなのですか?」 「……えーと、ここで?」 「だめでしょうか?」 「いや、姫守がいいんなら、いいけど。 じゃ、ベッド使うか?」 「いえ、ベッドを使うと ぐっすり寝てしまいますから、 このままこちらでおやすみするのです」 「あぁ、それもそうだな。 じゃ、俺もここで横になるよ」 「それでは、ほんの少しだけ、 おやすみなのですぅ」 「あぁ」  俺たちはその場に寝転がる。 「……………」  ていうか、寝れないな。  さっきまで眠かったのに、 姫守が横で寝てると思うと、 妙に緊張する。  まぁでも、そのうち寝られるだろう。 「……………」  うん、ぜんぜん眠れないな。 「……すー……すー」  姫守はもう寝息を立てている。 「……初秋さん……」  あれ? 起きてるのか? 「何だ?」  ごろん、と姫守が転がってきて、 至近距離に彼女の顔がきた。 「好き、なのですぅ……」 「え……えと……姫守?」 「……すー……すー……」  寝言か。 「キス、してみたいのですぅ……」 「……………」  何の夢を見てるんだろう…?  朝食を食べてると、チャイムが鳴った。  早いな。 「いま開ける」  インターホンに応答し、玄関へ向かう。 「おは――」  挨拶をする前に、友希が抱きついてきた。 「ご、ゴロゴロ言ってるよぉ……」 「ん? そうか?」  耳をすましてみる。 「あぁ。でも、だいぶ遠いよ」 「そ、そう? 大丈夫?」 「大丈夫だよ。ほら、入りなよ」 「うん……」  友希には 「大丈夫」 と言ったものの、 昼にかけて雨足はどんどんと強くなり、 雷もだんだん近づいてきている。 「……………」  友希はびくびくしながら、 何をするでもなく俺にぴたりとくっついて 離れない。  うーむ。紅茶でも淹れたら、 ちょっとは落ちつくかな。  俺が立ちあがると、 「ど、どこ行くの?」 「いや、紅茶でも飲んだら、 ちょっとはほっとするかと思って」 「い、いらない。 大丈夫だから、ここにいて」 「あぁ、うん」 「きゃあっ!」 「何だ? 家に何かぶつかったか?」  風もそうとう強くなってるみたいだな、 と、俺が一歩足を踏みだすと、 「ど、どこに行くのっ?」 「何がぶつかったのか、見にいこうと思って。 ほら、どっか壊れたかもしれないし」 「……やだよ」 「やだって言われても……」 「行かないで……」 「……まぁ、後でもいいんだけどさ」  いったんその場に座りなおす。  しかし、しばらくすると 今度は無性にトイレに行きたくなってきた。 「なぁ友希、ちょっと――」 「ど、どこに行くのっ?」  俺がわずかに足を動かしたのを察して、 友希がしがみついてきた。 「ただのトイレだから。 すぐ戻ってくるし」 「や、やだよ。行かないでっ」 「無茶言うな……」 「じゃ、じゃあ、ここでしていいから」 「何を!?」 「ほら、ペットボトルあるし」 「嫌だよっ!」 「でも……雷落ちてくるし……」 「雷も怖いけど、 今の俺には洪水のほうが怖いよ。 部屋が水浸しになるんだぞ!」 「……じゃ、早く帰ってきてくれる?」 「あぁ、3分で戻るよ」 「分かった。いいよ。行ってきて」  ようやくトイレへ行く許可が出た。 「きゃあああぁぁっ、やだよぉ……」 「これは、かなり近いな」 「きゃあああぁぁっ、助けてぇ、颯太ぁ、 雷、やだあぁ……」 「大丈夫だって。家の中なら、 落ちる心配もないし」 「でも、怖いんだもん……」  友希はがっしりと俺の腕をつかんでいる。  友希ってなんでこんなに雷に 弱いんだろうなぁ? 「きゃああぁぁっ!」  雷は一向にやむ気配はない。 それどころか、どんどん強くなっている。  俺は部屋の電化製品が壊れないよう、 コンセントを外していた。 「……ね、ねぇねぇ颯太、 あのね、トイレに行きたくなっちゃった……」 「行ってきたらどうだ?」 「でも……一人じゃ怖いし……」 「一緒に行くわけにもいかないだろ」 「……うん。そうだよね。 じゃ、行ってくる……」  たどたどしい足取りで友希は出ていった。  しばらくして―― 「これはちょっとやばそうだな…?」 「あ……」  マジか。停電した。 「きゃあああああああぁぁぁぁぁっ!!」  友希がものすごい勢いで戻ってきて、 俺に抱きつく。 「やだぁ。怖いよぉ」 「大丈夫だって。ただの停電だよ」  友希はいやいやと首を振り、 俺にぎゅーとしがみつく。  雷が過ぎさるまでの間、 彼女はずっとそうしていたのだった。 「い、一緒に来て」 「……中まで?」 「そ、それはだめ、だけど……」 「そうだろ」 「でも、怖いし……だけど、でも、 困るし、どうしよう、どうしよう?」  しょうがないな。 「じゃ、トイレの前まではついていくから、 それでいいだろ」 「うんっ」 「行ってくるね。ここにいてね? 絶対よ?」 「大丈夫だよ」  答えると、友希はびくびくしながら、 トイレに入っていった。  その数秒後――  停電した。 「きゃあああぁぁっ、颯太、助けてぇっ!」 「大丈夫か? どうしたんだっ?」 「助けてっ、助けてよぉっ! やだよぉっ! 真っ暗になっちゃった」  そうとう混乱してるな。 「……じゃ、開けるぞ? いいんだな?」 「う、うんっ、早く、怖いよぉ…!」  ドアを開ける。 「颯太ぁ……」  友希が俺にすがりついてくる。 その直後――  停電が復旧した。 「怖かったよぉ。 いきなりどーんって鳴って、 真っ暗になるんだもん……」  すぐに返事はできなかった。  ホットパンツもパンツも下ろされ、 友希の下半身は露わになっていた。 「あの、友希、ちょっと放そうか……」 「やだよぉ……」 「いや、でもさ、ほら、パンツが……」 「え…? や、やだぁっ、見ちゃだめっ」 「わ、悪いっ! それじゃっ」 「きゃああああぁぁぁっ!」  俺がトイレから出ようとするも、 友希はぎゅっと手をつかんだまま放さない。 「友希、手、放して」 「やだぁっ、行かないでよぉ……」 「そんなこと言われても……」 「もうちょっとだけ、お願い」  なるべく見ないようにしながら、 ただ棒立ちになるしかなかった。  友希は俺の手にしがみつきながら、 雷に怯えている。 「……ん、ふぅ……」 「ど、どうしたんだ?」 「……あ、あのね…… もう、我慢できないかも……」  えーと。つまり、まだおしっこを してなかったってことか…… 「じゃ、出るから――」 「きゃああああぁぁぁっ……え、 うそうそ、やだ……こんなの……」 「ど、どうした…?」  声をあげた拍子に、友希は 我慢の限界を迎えたみたいだった。 「やぁだぁぁ、見ないでぇぇぇ……」 「わ、悪いっ」  慌てて出ようとすると、 「やだぁっ、行かないでぇっ!」 「で、でも……」 「……み、見ないでぇぇっ! ……聞かないでぇぇぇっ!」 「……………」  いったい、どうしろって言うんだ…?  オムライスの下準備を整えて、 俺はまひるが来るのを待っていた。  お、来たな。 「ちょっと待ってな」  インターホンに応答し、玄関へ向かう。 「よっ、おはよう。 雨、すごかったけど、平気だったか?」 「……うん」  ん? 元気ないな。 雨の中歩いてきたからか? 「すぐ温かいココアを入れてあげるよ」 「……颯太、これ」  まひるがバッグから、 イタリアンシェフのサイン入り料理本を とりだした。 「おおっ、ありがとうな。 これ、料理本、まひるが買ったのか? いくらだった?」 「……忘れた」 「……………」  さっきから、どうも様子がおかしいな。 「まひる、もしかして、具合が 悪いんじゃないか?」 「……まひるは、いつも通りなんだ」  明らかに、いつも通りじゃない。 「ちょっといいか?」  まひるの額に手を当てる。 すごい熱だ。 「颯太の手、冷たくて気持ちいいな」 「お前、風邪引いてるんじゃないか? 体温計持ってくるから、ちょっと待ってな」 「終わったんだ」 「何度だ?」  まひるから、体温計を受けとる。 「ほら、37度4分もあるだろ。 昨日、あんなにびしょ濡れになったから、 風邪引いたんじゃないのか?」 「……怒られたな……」 「怒ってないって。 それより、ベッド貸してあげるから、 ちょっと寝な」  まひるの手を引き、自室へ向かう。  ベッドにまひるを寝かせて、 布団を被せる。 「いつから具合悪かったんだ?」 「……起きたら、頭がぼーっとしてたな」 「なんでそんな状態で来たんだよ?」 「……約束したから。 颯太が喜ぶと思ったんだ。 でも、怒られたな。悲しいな」  まったく、しょうがないな。 「怒ってないよ。わざわざありがとうな。 すごい嬉しかったよ」 「ホントか?」 「あぁ。じゃ、少し寝てな。 ポカリでも買ってくるよ」  立ちあがり、部屋から出ようとすると、 「すぐ戻ってくるか?」 「あぁ、何か他に欲しいものあるか?」 「オムライスが食べたいな」 「おかゆとかじゃなくて?」 「オムライスがいいな」 「分かったよ。大人しくしてろよ」 「うん」  夕方ぐらいには大分熱も下がり、 家までまひるを送りとどけた。 「待って」 「どうした?」 「……まひるは、寂しいな」  やれやれ、子供みたいだな。 「飲み物は欲しくないのか?」 「飲み物より、颯太がいいな」 「分かったよ。 じゃ、しばらくここにいるな」 「頭触ってほしいな」 「こうか?」  まひるの額に手を置く。 「ひんやりしてて気持ちいいな」 「そっか」 「風邪引くと颯太は優しな」 「普段、優しくないみたいじゃないか」 「普段は冷たいな。 まひるにやなことばっかりするな」 「それは悪かったな」 「颯太が優しいから、 ずっと風邪引いてようかな?」 「バカなこと言ってないで、 さっさと寝て、ちゃんと治せ」 「怒られたな。やっぱり、颯太は冷たいな」 「冷たくないよ。まひるのために 言ってるんだからさ」 「そうなのかな?」 「そうだよ。それよりしゃべってないで、 そろそろ寝な」 「……颯太は、ずっとそばにいてくれるか?」 「大丈夫だよ」 「えへへ。じゃ、寝よかな」 「あぁ、おやすみ」  そのまましばらく経つと まひるの寝息が聞こえてきた。  夕方ぐらいには大分熱も下がり、 家までまひるを送りとどけた。  毎月購読している料理雑誌を 買いに本屋に来ると、店内で芹川を 見つけた。 「……んっ、もう少し……」  芹川は背伸びをして、 上の棚にある本をとろうとしてる。  けど、ぎりぎり届かないようだ。 「これをとればいいのか?」  芹川がとろうとしてた本をとり、 彼女に差しだす。 「ほら」 「……あ……ありがとうございます……」  いつにも増して小さな声だな。 「あ、あのっ、これは、 どんなことが書いてあるのか、 少し気になっただけですから……」  ん? どういうことだ?  と思ったけど、 彼女に渡した本のタイトルを見て、 納得した。  “あなたの恋を叶えるための実践マニュアル” と書いてある。 「俺も、たまに気になるよ。 こういうのってどうなんだろうな? 本当なのかな?」 「えと、読んでみますか?」 「ん? あぁ」  芹川から本を受けとり、読んでみる。 「第一章は、喫茶店デートの際の ハウツーみたいだな」  斜め読みしながら、ページをめくっていく。 「本に書いてあっても、いきなり こんなにうまくできないですよね?」 「まぁ、練習しないとな」 「練習相手なんていませんし……」 「……芹川って、もしかして、 好きな奴がいるのか?」 「え……いえ、いません……」  これは、いそうだな。  そうか。それでこんなマニュアル本を 読もうとしてるのか。  赤面症だし、好きな奴が相手じゃ まともに話せないだろうな。  よし。 「じゃ、一緒に練習してみるか?」 「初秋くんとですか?」 「あぁ、そうだよな。嫌ならいいんだ。 悪いな。お節介なこと言って」 「あ、いえ……そんなことは…… お願い、します……」 「任せとけって。とか言って、 俺もうまくできないと思うけどな」  ということで、俺は料理本を 芹川は恋愛のマニュアル本をそれぞれ買い、 ナトゥラーレへ向かった。 「男の人は自慢話が好きだから、 つまらないと思ってもニコニコ聞くと いいって書いてありますけど、本当ですか?」 「まぁ、ニコニコ聞いてもらって、 悪い気はしないけどさ」 「でも、そもそもそんなつまらない自慢話を するような男を、好きなのかよって 話じゃないか?」 「それは、そうかもしれませんね……」 「しかも、それって要は本心は違うわけだろ。 その場はうまく行っても、まったく 長続きしないような気がするよ」 「じゃ、これはどうですか? 男の人は褒められると喜ぶから、 何を言っても褒めるといいって」 「まぁ、もちろん褒められれば嬉しいけどさ」 「でも、何でもかんでも褒めるのって、 どうかと思うけどな」 「逆に悪い気分になりますか?」 「うーん。そうだな。 じゃ、ちょっと褒めてみてくれるか?」 「え……は、はい。頑張ります」 「俺って、けっこう料理できるんだぜ。 和洋中とだいたい何でも作れるよ」 「すごいですね」 「あと、野菜を育てるのも得意だよ。 キュウリ、ナスビ、ダイコンと 何でも来いって感じだ」 「それも、すごいですね」 「将来は自分のお店を持って、 千客万来の三つ星レストランにするのが 夢なんだ」 「とてもいい夢だと思います」 「そして、いつかは総理大臣になって、 世界征服を果たすんだ」 「とても素敵な考えだと思います」 「ほら、そこっ。 そこはいくらなんでも、おかしいじゃん。 突っこまないと」 「それは、はい、そうですね」 「やっぱり、 マニュアルはしょせんマニュアルだからさ。 不測の事態に対応できないんだな」 「ちょっと言いがかりな気もしますけど」 「まぁ百歩ゆずって、それはいいとしてさ、 絶対に間違ってることがこの本に書いてある と思わないか?」 「何ですか?」 「ほら、ここ。『好きな相手と喫茶店で デートした場合に、気をつけなければ いけないこと』って書いてあるだろ」 「そもそも好きな相手と喫茶店でデートする 方法が分かるんなら、こんなマニュアル本は 読まないよね?」 「……言われてみれば、そうですね……」 「もうちょっと恋愛初心者の気持ちになって、 書いてほしいよね。金返せって話だよ」 「そこまでは……」 「でも、こんなんじゃ ぜんぜん元とれないだろ?」 「いえ……元は、十分とれたと思います」 「本当に? 役に立ったのか、これ?」 「はい。役に立ちました」  うーむ、 そんなに役に立つこと書いてあったっけ?  本をじっくり読みかえしてみたけど、 いまいちピンと来なかった。  今日の午後はナトゥラーレでバイトだ。 「はいよっ、レモンティー、 おまちどおさま」 「ありがとうございます。 あのぉ、今は少しお話しても ご迷惑ではございませんか?」 「うん、雨でお客さんもいないしね。 どうかした?」 「いえ、初秋さんと お話したくなっただけで、 特に話題があるわけではないのです」 「あ、そうなんだ」 「申し訳ございません。 誘っておきながら話題もありませんで、 また出直してくるのですぅ」 「あぁいや、全然いいよ。 それにしても、こう毎日雨ばっかりだと 嫌になるよね」 「そうなのですぅ? 私は、雨、好きですよ」 「そうなんだ。珍しいね。 なんで好きなんだ?」 「私の名前は、彩雨なのです」  うーむ。何とも姫守らしい理由だな。 「もしかして、雨の日に生まれたから、 彩雨なのか?」 「どうでしょうか? そちらは伺ったことがありません」 「でも、小学生の時とかに、 自分の名前の由来を調べてくる授業とか なかった?」 「そうなのですか? 存じあげないのです」 「あぁ、まぁ学校によるだろうけどさ」 「そういえば私、聞いたことがあるのですが、 雨の日だとセールになるお店がたくさんある というのは本当なのでしょうか?」 「うん。ほら、雨だと みんなあんまり出歩きたくないから、 それで客寄せのためにセールするんだよ」 「そうでしたか。では欲しいものがあったら、 雨の日に行けばお安く手に入るのですね」 「まぁでも、わざわざ 雨が降るまで待つ人っているのかなぁ?」 「初秋さんはお待ちにならないのですか?」 「俺は、欲しいものがあったらすぐに買う派 だからな。姫守は?」 「私は、いろいろと迷ってしまって けっきょく買えない派なのですぅ」  その様子が目に浮かぶようで、 思わず笑ってしまう。 「笑われてしまったのですぅ……」 「ごめんごめん」 「いらっしゃいませー」  お客さんが入ってきた。 「じゃ、ゆっくりしてってくれ」 「はい。初秋さんも お疲れの出ませんように」 「初秋さん、ごちそうさまでした。 本日はこれでお暇いたしますね」 「あぁ、また来てくれな」 「はい。あ、もしよろしければ、 明日、買い物をご一緒しませんか?」 「明日? でも、天気予報は雨だったよ?」 「はい。雨の日のセールを、 いろいろ見て回りたいのですぅ。 いかがでしょうか?」  明日か。どうしようかな?  明日か。どうしようかな?「いいよ。じゃ、新渡町で待ちあわせようか?」 「はい。雨の日のセールは初めてですが、 なにとぞよろしくお願いしますぅ」 「ごめん、雨の日に買い物いくのは ちょっと気が進まないかな」 「断じて許さぬのですぅ」 「えっ!?」 「くすっ、冗談なのです。 お嫌なら、仕方がないのですぅ」 「な、なんだ……ビックリしたな」 「それでは、失礼いたしますね」  少し寂しげに、姫守は去っていった。 「あー、すごい降ってきたねー。 しばらくやまないかも」 「雨が降る。客が来ない。赤字になる。 倒産する。路頭に迷う。死ぬ……」 「ま、マスター、落ちついてください。 たまたま雨でお客さんが少ない日も ありますって」 「そうですよ。お茶でも飲んで、 一服してきたらどうですか?」 「あ、あぁ、そうだな」  怪しい足取りで、マスターは 厨房のほうへ去っていった。 「でも、この調子じゃ、本当に お客さん入りそうにないよね?」 「てるてる坊主作ろっか?」 「……えーと、なんで?」 「お客さん来なくてやることないし、 晴れるかもしれないじゃん」 「まぁいいけどさ」  ということで、てるてる坊主を作って、 見えないところに吊したんだけど、  雨足は強まる一方だった。 「逆効果だったみたいだな」 「えー、あたしのせい? じゃ、もっと大きいの作ろうよ」 「どうやって?」  訊くと、友希は、ティッシュと ティッシュをセロテープで貼りあわせ はじめた。 「何してんの?」 「それはできてのお楽しみー」  友希は次々とティッシュを 貼りつけていく。 「はいっ、完成ー。 巨大てるてる坊主よ。似合う似合う」  ティッシュとセロテープのみで 作られたマントを纏った俺は まさに巨大てるてる坊主――  いや、どちらかと言えば、 全身ティッシュ男と言ったほうが 相応しいだろう。  一言で言えば、そう、ダサい。 「これで絶対、晴れるわ」 「いくらなんでも、てるてる坊主から 離れすぎてると思うよ……」  あんまりてるてる坊主の原型ないし…… 「えー、じゃ、晴れたらどうする?」 「お前が言うことを何でも聞いてやるよ」 「あー、言ったねー。 あとでとり消すのなしよ」 「おう。男に二言はない!」  窓から空を見上げる。 雨はまったくやみそうもなかった。  そして1時間後―― 「嘘だ……」 「あははっ、何してもらおっかなぁ?」 「な、なるべく簡単なので頼む」 「じゃ、その格好で明日遊びにいこっか?」 「…………なんて?」 「その格好で、明日、人が多いところに 遊びにいこっかって言ったよ」  この格好で、外に出るだと…!?  この格好で、外に出るだと…!?「……わ、分かった。男に二言はない」 「あははっ、やった。 早く明日、来ないかなぁ」 「……そ、それだけはご勘弁を」 「えー、二言はないって言ったのにぃ」 「二言はないけど、そこを何とかっ!」 「しょうがないなぁ。 じゃ、他に面白い案考えとくね」 「いや、なんか普通ので。 ほんと普通のでお願いします」 「じゃ、普通の面白い案を考えるわ」 「……………」  面白い案から離れてくれ……  外はすごい雨で、店内に お客さんは誰もいない。  やむまで誰も来ないだろうなぁ、 と思っていたら、一台のタクシーが 店の前に止まった。  小柄な女の子がタクシーから降りてくる。 「オムライスとクリームソーダなんだっ!」  まひるは弾むような足取りで 店に入ってきた。 「まひるは雨なのに、元気だな」 「おまえは分かってないんだ。 まひるは雨だから元気なんだ」 「まひる、雨好きだっけ?」 「雨で撮影が中止になったんだ。 明日も雨が降りそうだから、 まひるは遊べるんだぞ」 「それは良かったな」 「おまえっ、もっと喜べっ! まひるは嬉しいんだぞっ。 仕事だと思ったら、休みだったんだぞ!」  しょうがないな。 「おぉ、嬉しい。嬉しいなぁ。ばんざーい」  棒読みで言うと、 「うがーっ、まひるキックで 月の裏側までぶっとばすんだっ!」  余計に怒られてしまった。 「罰として明日まひると遊ぶんだっ。 遊ばなかったら、まひるキックなんだ」 「明日はどうせ雨だぞ。 どこ行くんだよ?」 「じゃ、おまえの家でいいんだ」  うーん。どうするかな?  うーん。どうするかな?「分かったよ。お前、 家まで一人で来られるか?」 「大丈夫なんだ。まひるが 方向音痴だと思ったら大間違いなんだ」 「いや、お前、方向音痴だろ」 「それは昔のまひるなんだ。 今のまひるはパワーアップしたんだ」 「……迷ったら、電話しろよ」  かなり不安だった。 「やめとくよ。 明日はのんびりしたいし」 「まひるキックッ!」  まひるのキックは目測を誤り、 柱に直撃した。 「……痛いんだ…… 柱がまひるに逆らったんだ。 絶対に許さないんだっ!」 「いやいや、柱は悪くないと思うぞ」 「うー…!」  まひるは親の敵でも見るように、 柱を睨みつけていた。 「お待たせいたしました。 少々、遅れてしまったのですぅ。 大変、申し訳ございません」 「いやいや、遅れたって言っても 1〜2分だし。ぜんぜん大丈夫だよ」 「そう言っていただけると助かります」 「それじゃ、予定通り雨だし、 行きたい店とかある?」 「そういえば、 どこでも雨の日セールを しているものなのですか?」 「どこでもってことはないだろうけど、 雑貨屋とかだと多いと思うよ」 「雑貨屋に行くのもいいですね。 他にはどんなお店でセールを しているのでしょう?」 「あー、そっか。 行きたいところとかは、 特に考えてない?」 「はいー。勝手が分からず、 申し訳ないのですぅ」 「いいよいいよ。 ていうか、俺もぜんぜん調べてないし。 適当に歩こうか?」 「はい。雨の日のセール探しに、 いざ参らん、なのですぅっ!」  時代がかった物言いで意気込み、 姫守が雨の中を歩きだした。 「初秋さん、あちらのお店は いかがでしょうか?」  姫守が指さしたのは、家電量販店だった。 「あぁ、そういえば、 ポイント5%アップとかのセールを やってたような気がするな」 「でしたら、電気屋さんに行くのですぅ」  俺たちは家電量販店の中へと入った。 「姫守って、雑貨とかより、 家電のほうが好きなのか?」 「雑貨も好きですけど、 電化製品のいろいろな新機能を見るのが、 ワクワクして楽しいのですぅ」 「へぇ。そうなんだ。 女子にしては珍しいよね」 「……女の子らしくないのですぅ?」 「あ、いや……そういうわけじゃ…… いいんじゃないかな」 「奥歯に物が挟まったような言い方は やめるのですぅ」 「えーと、まぁいいとは思うけど、 『女の子らしいか』って言われると、 ちょっと違うかな」 「……やっぱり、雑貨屋さんに行くのですぅ」 「いやいや、ぜんぜん平気だって。 好みは人それぞれだし。家電見たいんだろ?」 「そうなのですが、女の子らしくない汚名を 着せられたままではいてもたっても いられないのですぅ」 「大丈夫大丈夫。 姫守は他の部分が女の子らしいから、 ギャップがいい感じだと思うよ!」 「おためごかしは嫌いなのですぅ」 「そんなことはないんだけど…… じゃ、ほら、せっかくだし、 テレビだけでも見ていこうよ」  と俺はテレビ売り場の方向を指さす。 「あ! 初秋さん、あれっ! あちらをご覧になってください。 90型の8Kテレビなのですぅっ!」 「本当だ。すげぇでかいっ!」  テレビのそばまで歩みよってみる。 「こんな大きくて、高解像度のテレビって、 やっぱりホームシアターなんかに 使うんだろうなぁ」 「そうでしょうか?」 「ん? でも、ホームシアター以外に 使い道ってあるか?」 「大迫力の画面でゲームをするのですぅ」  ゲーマーらしい意見だった。  けっきょく、俺たちが家電量販店を出たのは 全フロアを見て回った後だった。  姫守はゲーム用の新しいコントローラーや、 ヘッドフォンなどを購入していた。 「そろそろ帰ろうか? 買い忘れとかない?」 「はい。お陰様で楽しいお買い物が できたのですぅ。ありがとうございます」 「いや、俺も楽しかったよ」 「またお付き合いいただけますでしょうか?」 「いいよ。でも、今度は 雨じゃないほうがいいかな」 「それでは晴れた日に 参りましょう」  次に買い物する時の話をしながら、 俺たちは帰路についた。 「買い忘れはないのですが、 その、もうお帰りになりますか?」 「えーと、他にしたいこととかある?」 「よろしければ、家に遊びに来ませんか?」  姫守の家か。 たぶんゲームがしたいんだな。 「あぁ。じゃ、遊びにいこうかな」  姫守の家に到着する。  だけど、姫守はゲーム機の電源を 入れようとしなかった。 「あれ? 今日はゲームしないのか?」 「本日は女の子らしいことを するのですぅ」  えーと。さっきのことを 根に持ってるのかな? 「あのさ、別にゲームぐらい……」 「するのですぅっ」 「は、はい」  勢いに押され、頷いた。 「ところで、女の子らしいことって 何でしょうか?」 「えーと、そう言われても、 俺は男だし……ガールズトークとか…?」 「初秋さんはどんなタイプの女の子が 好きなのですか?」 「はい?」 「ガールズトークなのです。 どんなタイプの女の子が好きなのですぅ?」 「……いや、急に言われても」 「やっぱり、 女の子らしい方が好みなのですぅ?」 「それは、まぁ、どちらかと言えば……」 「女の子らしい方が、好きなのですね……」  やばい。 ぜったい傷ついてる。 「で、でも、趣味が合う人なんかも いいと思うな」 「ほら、女の子ってあんまり ゲームやらないけど、一緒にできたら 楽しいしさ」 「というと、初秋さんは、 一緒にゲームができる女の子が お好みに合うということなのですか?」 「まぁ、そうだね」 「そうなのですね。よく分かりました」  ふぅ。どうやら、傷つけずに すんだみたいだ。 「あのぉ、初秋さん、 よろしければ、ご一緒にゲームを していただけますぅ?」 「あ、べ、別に他意はないのですぅ。 その、ゲームが、やりたいのですぅ」 「いいよ。やろうか」 「はい!」  姫守は元気良くゲーム機の電源を 入れたのだった。  うーむ、今日も見事に晴れたな。  このてるてる坊主もどきの格好の おかげだろうか?  く。来てしまったか。  いや、でも、さすがにこの格好で 外を歩くってのはありえないしな。  友希も見るなり、 『あはは、着替えてきなよー』って言って、 許してくれるかもしれない。 「はい」  インターホンに応答する。 「おはよー、迎えにきたよっ」 「今いく」  さて、鬼が出るか、蛇が出るか。  一縷の望みをかけて、 俺は玄関へ向かった。 「ようっ、おはよう」  全身のティッシュをアピールするかのごとく、 勢いよく腕を上げて、挨拶した。 「あははっ、じゃ、行こっか」 「……………」  一縷の望みはあっさりと絶たれ、 友希は何の躊躇いもなく歩きだした。  あぁ、最低だ。 「ねぇ見て、あの男の子。 何してるんだろ?」 「うーん、罰ゲーム?」  さっきから、好奇の視線が 俺に突き刺さりまくっている。  痛すぎて、心に穴が空きそうだ。 「ねぇねぇ、その格好してるとさ。 いつでもドピュドピュ出していいよって 言ってるみたいだね」 「さらに追いこむようなことを 言わないでくれるっ!?」  俺がこんな恥ずかしい思いを してるっていうのに、友希はあいかわらず 下ネタ全開だ。 「そういえば、ティッシュ男はさ」 「どぉわれが、ティッシュ男だっ!?」 「あー、そんなやさぐれた態度してると、 もうしばらくその格好で歩かせるわよー?」 「……………」  おのれ…… 「じゃ、次、学校いこっか?」 「それだけはご勘弁をっ!」 「休みだから、大丈夫よ」 「部活組がいるよね? わりとたくさんっ!」 「いいじゃんいいじゃん。 男に二言はないんだもんねー」 「物事には限度ってものがだな……」 「うんうん、分かる分かるー」 「絶対わかってないよねっ!」  俺の意見は完全にスルーされ、 学校で羞恥プレイを味わう羽目になった。 「仕方ないなぁ。じゃ、脱いで」 「いいのか!」  友希の気が変わらない内に、 俺は素早くティッシュのマントを脱いだ。 「はい。ちょうだい」  友希にティッシュのマントを渡すと、 「すーっ、あははっ、 颯太の匂いがするね」 「嗅ぐな、変態っ」 「えー、変態じゃないもん。 颯太がいい匂いしてるのが悪いのよー」 「俺のせいかよ……」  友希はティッシュのマントを 綺麗に折りたたんで、カバンにしまう。 「ん? それ捨てるんじゃないのか?」 「だって、もったいないじゃん。 颯太の匂い付きティッシュ」  意味が分からない。 「変なことに使うなよ」 「えっ? つ、使わないわ……」  反応が怪しい…… 「……お前、まさか」 「つ、使わないってばっ。 そんなわけないじゃんっ。颯太のばかっ。 や、やーらしいのー」 「……………」  あんまり友希が慌てているので、 ちょっと怖くてそれ以上は追及できなかった。  案の定、今日は雨だった。  来たな。 「はい」  インターホンに応答する。 「まひるなんだ。 遊びにきてやったんだ」 「はいはい。いま開けるよ」 「それで、どうする? 何かしたいことでもあるのか?」 「まひるはトランプを持ってきたんだ! ババ抜きがしたいんだっ!」 「二人で?」 「他に誰もいないんだ」  まひるはカバンからトランプをとりだし、 問答無用でカードを配っている。 「いや、そういう意味じゃなくて、 二人でババ抜きはどうかと思うんだけど?」 「なんでだ? ババ抜きは楽しいぞっ。 まひるは好きなんだ」 「……まぁ、一回やれば分かると思うけどさ」  しばらくして、まひるが カードを配りおえる。  手札を見るけど、ババはない。 つまり、まひるが持ってるってことだ。  二人しかいないので、 手札には同じ数字のカードが多く、 かなりの枚数を捨てることができた。  もちろん、それはまひるも同じだ。 「颯太から引いてもいいんだ」 「おぉ」  俺がカードを引こうとすると、 まひるは一枚のカードをアピールするように くいっと上にあげた。 「まひるはババ抜きの頭脳戦が得意なんだぞ」  いや、どう考えても、 この目立ってる一枚がババだよね?  試しにその一枚の上に手をやると、 「えへへ」  その横のカードに手をやると、 「うー……」  バレバレだろ、と隣のカードを引いた。  数字の6だ。二人しかいないので、 当然同じ数字のカードが手札にある。 「じゃ、まひるの番なんだっ!」  俺が手札を前に出すと、 まひるは真剣な表情で迷いはじめた。 「どれがいかな? これかな? これがいかな? でも、こっちもいかな?」 「ババはまひるが持ってるんだから、 どれをとっても同じだと思うんだけど…?」 「ま、まひるがババを持ってるとは 限らないんだっ。そういう揺さぶりは まひるには通用しないんだぞっ」 「……いや、だって、俺がババを 持ってないんだから、お前が持ってる以外に ないんだけど……」 「いいから静かにするんだっ。 うんと、これにしよかなっ。えへへ。 やった。揃ったな」 「……………」  だから、ババじゃなかったら、 絶対に揃うんだけど…… 「ほら、おまえの番なんだっ!」  ふたたび、まひるが一枚のカードを 妙に強調させる戦法を使ってくる。  俺はそれを避けて、カードを引いた。 「うー…!」  続いて、まひるの番だ。  ババが互いの手札を移動することなく、 俺たちは単調にカードを引き合っては、 手札を減らしていく。 「なぁ、楽しいか?」 「まひるは楽しいぞ。 颯太は楽しくないのか?」 「……いや、お前の百面相を見てるのは 楽しいんだけどさ」 「百面相とかありえないんだ。 まひるはポーカーフェイスの達人なんだぞ」 「……………」  その顔でよく言うな。  その後も、どんどんお互いの手札は 減っていき、とうとう俺が残り1枚、 まひるが残り2枚になった。  ババはあいかわらずまひるが持っている。 次は俺が引く番だ。  雨音が少し強くなったような気がした。 「……………」  気がつけば、まひるがじっと俺を見ていた。  見覚えのあるような、真剣な表情で。 「……………」 「あの時も、こんな雨だったな」  思い出したのは、まひるが 別れを切りだした日のことだ。 「そうだね」 「……颯太は、まひると付き合ったこと、 後悔したか?」 「してないよ」  即答した。本当に後悔はしてない。 反省は何度もしたけれど。 「まひるこそどうなんだ?」 「まひるは、後悔したんだ……」  まぁ、そうだよな。  俺はまひるの手札から カードを一枚引く。  数字の4だった。これであがりだ。 「うー……もっかいなんだっ。 今度こそ、まひるが勝つんだっ!」 「もう一回やるのはいいんだけど、 せめてババ抜き以外にしないか?」 「イヤなんだっ。 勝ち逃げできると思ったらダメなんだ。 まひるは勝つまで、諦めないんだぞ!」  というわけで、俺たちは 延々とババ抜きを続けたのだった。 「でも……好きだったな……」  意外な台詞だった。  今なら訊けるような気がした。 「なぁ、まひる。 なんで、別れようと思ったんだ?」 「……おまえが勝ったら教えてやるんだ」  カードを引けとばかりに、 まひるが2枚の手札を突きだす。  どちらのカードもアピールされてないので、 どれがババだか分からない。  俺は右側のカードを引く。  ババだった。  続いて、まひるが俺のカードに 手を伸ばす。  引かれたのは数字のカードだ。 まひるの勝ちだった。  いつもなら、有頂天になって 喜びそうなものなのに、 今日はどこか様子が違う。  まひるは残った俺のカードを見る。 「……颯太は、ババを引いたんだ……」  意味深だった。  レンタルビデオショップで、 BDを借りた。  早く帰って観ようと思って店を出たら、 傘立てに入れておいたはずの傘が なくなっていた。  よくあるビニール傘なので、 誰かが間違えて持っていったか、 盗まれてしまったんだろう。 「参ったなぁ……」  雨はまだまだやみそうにない。  一番近くのコンビニまでダッシュして、 傘を買うしかないか?  それにしたって、 もうちょっと晴れないと、 びしょ濡れになりそうだ。  あれ?  気がつけば、芹川が隣で 俺と同じようにぼんやり雨を見ていた。  芹川も傘がないんだろうか? 「芹川、偶然だな」 「あ……はい。こんにちは」 「何か借りにきたのか?」 「はい。海外ドラマとか、いろいろ」 「へぇ。海外ドラマはあんまり見ないけど、 どんなのが面白いんだ?」 「最近は“ドクターホーム”というものを 見ていますよ。チーム医療のお話ですけど、 コミカルな部分もあってお勧めです」 「じゃ、こんど借りてみるよ」 「初秋くんは何を借りたんですか?」 「あぁ、“ステータス”っていう 超能力刑事ドラマだよ。 けっこう面白いし、オススメだよ」 「それなら、わたしも今度、借りてみます」 「それにしても、雨やまないな」 「そうですね」  俺たちはしばらく、じっと雨を眺めていた。 「そういえば、海外ドラマ以外にも 何か借りたのか?」 「あ……はい……見ますか?」 「おう」  芹川からレンタルビデオ屋の袋を 受けとる。  ドクターホームのシーズン4と、 ビッグバンレジュメのシーズン2で、 合計8枚。  それと、もうひとつ、 『夢を叶えるための12のステップ』 という教材っぽいBDがあった。 「芹川の夢なら、 公務員試験の教材とかにしたほうが もっと役に立つんじゃないか?」 「あ……その…… じつは、新しい夢ができました……」 「へぇ。どんな夢だ?」 「いえ、大したことじゃありませんから」 「夢に大したことも何もないって」 「……内緒にしてくれますか?」 「あぁ、約束するよ」 「その……お嫁さん、です……」  なるほど。 「で、誰が好きなんだ? 俺が知ってる奴?」 「え……あ、いえ……その……」  芹川は真っ赤になったまま、 固まってしまった。 「あぁいや、ただの冗談だから」 「……はい……」 「芹川って、こういうのもよく見るのか?」 「いえ、初めて借りてみました。 どういうものか興味があって」 「そっか」 「それにしても、ぜんぜん雨やまないな。 これじゃ、いつまで経っても 帰れないんだけど……」 「あ。あの、これ使ってください」  と、芹川が水色の傘を差しだす。 「いいのか? 芹川はどうするんだ?」 「わたしの家はあそこですから」  と、すぐ隣の家を指さす。 「へぇ、芹川の家ってこんなところなんだ」  知らなかったな。 「じゃ、借りるな。ありがとう」 「いえ、それじゃ」  芹川が家まで走っていった。  あれ?  そういえば、家があんなに近くて 傘も持ってたんなら、なんで ここでずっと立ってたんだろう?  午後、ナトゥラーレでバイト中のこと―― 「ねぇねぇ、彩雨が遊びにきたよー。 マウンテンチャーハンだってさ」 「はいよっ」 「作ったら、持ってってあげてねー」  俺はさっそくマウンテンチャーハンを 作りはじめた。 「姫守。マウンテンチャーハン、 おまちどおさま」 「……………」  姫守は目を丸くして、 マウンテンチャーハンを見つめている。 「これで一人前なのですかっ?」 「あぁ、チャーハンが山盛りになってるんで、 マウンテンチャーハンなんだけど、 もしかして、知らなかったか?」 「そうだったのですね。知らなかったのですぅ」 「多すぎるんなら、 普通のチャーハンにとり替えようか?」 「いえ、出された物を食べないのは 失礼に当たるのです。 それに、私は健康ですから」  健康でも食べれない物は 食べれないと思うけどな…… 「いただきます。はむはむはむ」  姫守は少しずつ チャーハンの山を崩しはじめた。  しばらくして、どうなったかと フロアをのぞくと、俺に気づいた姫守が 手招きした。  席まで行くと、マウンテンチャーハンは 空になっていた。 「お。すごいな。ぜんぶ食べたんだな」 「はいー、ですけど、 赤ちゃんができたみたいに なってしまいました」 「どれどれ?」 「見てはならぬのですぅっ!」 「あぁ、悪い……」 「お腹がいっぱいで苦しいのですぅ……」 「まぁ、楽になるまでゆっくりしてってよ」 「はい。お気遣い感謝なのですぅ」 「それじゃ」 「あの、初秋さん。 じつはお訊きしたかったのですが、 映画はお好きですか?」 「あぁ、けっこう観るよ。どうして?」 「その、よろしければ、 明日、ご一緒に映画を観にいきませんか?」  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「いいよ。観にいこうか」 「それでは、詳細は後ほどメールいたしますね」 「あぁ。それじゃ」 「ごめん、最近やってるやつだと、 あんまり観たい映画がないんだよなぁ」 「そうでしたか。残念なのですぅ」 「また今度、面白そうなのやってたら誘うよ」 「はいっ。その時はぜひ よろしくお願いいたします」 「それじゃ、これから隣同士で議論を してもらう。テーマは各自で考えること。 終わったら、内容をまとめて発表するからな」  隣同士か。友希とだな。 「テーマはどうする?」 「うんとね、颯太って一人えっちする時は、 何か観る派だよね?」 「今それを訊いてどうするつもりだよっ?」 「議論しようと思って」 「そんなテーマ発表できないよねっ!」 「大丈夫大丈夫。テーマは 何でもいいんだもん」 「本気で言ってるのか……」 「それに発表するのは、颯太だし」 「勘弁してくれるっ!?」 「それで、颯太って一人でする時は、 何か観るよね?」  俺の部屋にエロ本やらエロビデオやらが あるのを知ってるくせに…… 「人に一人えっち事情を尋ねる時は、 まず自分からって習わなかったか?」  どうだ? 答えられまい。 「颯太、知らなかったっけ? あたしは、妄想派なんだけど」 「な…! ど、どんな妄想をするんだ…?」 「うんとね、揉まれたりとか、 撫でられたりとか、ちょっと 無理矢理されたりとか、いろいろー」  な、揉まれ、撫でられ…… 無理矢理……だと!? 「でも、何か観る派の、えっと、 映像派の人ってさ、不便だと思わない?」 「なんでだ?」 「だって、自分の思い通りの展開に ならないでしょ?」 「それはそうだけど、やっぱり妄想だけじゃ、 いまいちエロが足りないって言うかさ」 「そんなことないわ。 妄想は鍛えれば、すっごくリアルよ?」 「でも、けっきょくは映像ほど細部は 分かんないだろ?」 「細部はどうせモザイクじゃん」 「無修正だってあるだろ」 「でもさ――」  俺たちの熱い議論は、延々と続いた。 「だからな、映像のほうがより具体性が あるって言うか、下半身にストンと 落ちてくるものがあるんだよ」 「それはそうかもしれないけど、 例えば映像じゃ、どう頑張っても、 好きな人とはできないじゃん」 「確かにそうなんだけど――」 「はーい、そこまでだ。 議論の途中まででもいいから、 内容をまとめろ。10分後に発表だぞ」 「……やば……」  ついついヒートアップしてしまった。 こんなものをこのまままとめたら、 職員室送りは免れない。 「じゃ、三次元の恋人と妄想の恋人は どっちがより恋人らしいかっていう 議論をしたことにしよっか?」  それもどうかと思うけど、 オナニーの議論よりマシだ。 「それで行こう。さっきの議論を、 うまく変換できそうだしな」  俺たちは大急ぎで議論をまとめた。  授業が終わって、 「ねぇねぇ、さっきの続き、 明日やらない?」 「そんなに決着つけたいのか……」 「だって、もやっとするんだもん。 いいでしょ?」  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「分かった。受けて立つ。 お前に映像の素晴らしさを教えてあげるよ」 「あははっ、あたしだって、 妄想の素晴らしさを 教えてあげるもんねー」  果たして、オナニーの時は 映像を観るのがいいのか、 妄想するのがいいのか。  すべては明日、決着する。  たぶん。 「いや、もうお前の勝ちでいいよ」 「えー、嘘だぁ。 じゃ、これから妄想に切りかえる?」 「いや、それは……」 「ほらー、納得してないじゃん」 「とにかく、また今度な」 「……はぁい。分かった」  午後、ナトゥラーレでバイト中のこと――  フロアをのぞくと、まひると友希が 何やら言い争っている様子だった。  ここからだと何を言っているか、 よく分からない。  近づいてみることにした。 「あれ? どしたの?」 「いや、ちょっと気になってさ」 「おっぱいが?」 「なんでだよ!」  まったく。油断も隙もない。 「颯太はおっぱいが好きなのか?」 「お子様は気にしなくていいことだ」 「うー…!」  めちゃくちゃ睨まれてるんだけど…… 「颯太は、おっきいのが好きなんだって」 「こらっ!」 「おまえっ、だから、まひるを振ったんだな! おっぱい星人だからだなっ!」 「違うしっ。そもそも振ったのはまひるだっ!」 「あははっ、二人とも仲良いね」 「お前はどういう目をしてるんだよ……」 「それで、何の話をしてたんだ?」 「うんとね、まひるがピーマンとニンジンを 残してるから、食べたほうがいいよって話。 颯太も言ってあげて」  そう言われ、テーブルの上の皿を見る。  珍しくチャーハンなんて頼んだと思ったら、 見事にピーマンとニンジンだけが残っていた。 「不味いから仕方ないんだ。 まひるはこんなの食べられないんだぞ」 「不味いじゃなくて、好き嫌いだろ。 そんなことだと大きくなれないぞ」 「じゃ、友希は好き嫌いないのか?」 「うん。口に入るものなら何でも好きよ」 「……………」  まひるは憎しみをこめた目で ピーマンとニンジンを見つめる。  そして―― 「はむはむ……うえぇ、まずいんだ……」  そう言いながらも、ゆっくりと 残ったピーマンとニンジンを食べはじめた。 「あはは、偉い偉い。じゃ、頑張ってね」  友希が立ち去る。俺も厨房に戻ろうとすると、 「待つんだっ。 おまえが食べろって言ったんだから、 最後までちゃんと見ていくんだっ!」  しょうがないな。 「分かったよ。早く食べな」 「まずいんだ。そんなに早く食べられないんだ」  まひるはしかめっ面になりながらも、 ピーマンとニンジンを口に放りこんでいく。  時間はかかったけど、何とか完食した。 「えへへ、ぜんぶ食べたな。頑張たな。 これで、大きくなるかな? いつなるかな? もうすぐかな?」 「いや、あのね、まひる。 そんなにすぐは大きくならないから」 「ウソだったのか?」 「いや、嘘って言うか……」 「おまえが大きくなるって言ったんだ。 責任とるんだ。まひるを大きくするんだっ」 「すぐには無理だけど、 毎日ちゃんとごはんを残さず食べれば、 大きくなるって」 「じゃ、明日もまひるにゴハンを作るんだっ!」 「そんなこと言われても……」 「作れ作れっ、作れったら作れ。 作らなきゃ、まひるキックで 世界一周旅行なんだぞっ!」  まったく。  明日か。どうするかな?  明日か。どうするかな?「分かった分かった。 じゃ、作ってあげるから、 明日うちに来いよ」 「えっ? ホントか? 行っていいのか?」 「お前が作れって言ったんだろ」 「う、うん。えへへ。やった。嬉しな」  嫌いな野菜を出されるってこと、 ぜったい忘れてるな。 「あ! そういえば、 やらなきゃいけないことがあったんだ! 悪い、まひる。またな!」  と白々しく言い、俺はダッシュで 厨房へと走った。 「……逃げたんだ………」  新渡町の映画館の前で姫守を待っていた。  しばらくして、遠くから走ってくる人影が 見えた。 「大変お待たせいたしました。 遅れてしまい、申し訳ございません」 「いや、俺が少し早く来ただけで、 まだ時間前だし」 「そうでしたか。命拾いしたのですぅ」  遅れたら死ぬんだろうか…… 「それでは参りましょうか?」 「あぁ。そういえば、観たい映画って 決まってるのか?」 「はい。こちらになります」  姫守は映画館の外に 貼ってあるポスターを指さす。  “プリンセス オブ エルフ”という 冒険ファンタジー物だ。  アメリカ映画だし、 衣装や美術、特殊効果は抜群に良さそうだ。 「姫守らしいな」 「えっ? どういう意味なのですぅ?」 「いや、ほら、 女の子って普通、恋愛映画とかが好きだろ」 「その点は、大丈夫なのですぅ。 主人公の女の子が男の子と ちゃんと恋愛するはずですから」 「あぁ、そうなんだ?」 「はい。冒険もできて恋愛もできて、 ついでに世界も救ってしまうのです。 冒険ファンタジーのお約束なのですぅ」 「そんなお約束あったっけ?」 「もし恋愛要素がなくても大丈夫なのですぅ。 ちゃんと行間を読めば、 いつのまにか二人はくっついているのですよ」  それって、妄想っていうんじゃ…… 「というわけで、 私は“プリンセス オブ エルフ”が観たい のですが、初秋さんはいかがですか?」 「俺も冒険ファンタジーのほうが好きだし これにしようか」 「ありがとうございます。 ふふっ、楽しみなのですぅ。 面白いといいですね」  物語はエルフの女の子が、 外の世界を見てみたいと エルフの村を出るところから始まる。 「あのエルフの子、かわいいですね」  他のお客さんに聞こえないように、 姫守が耳元で囁く。 「素敵なお召し物なのですぅ。 私もいつか着てみたいのです」  姫守の甘い声が耳をくすぐる。 なんだかとても心地良い。  その後も姫守の他愛もない言葉に 耳を傾けながら、映画を観ていた。  やがて、物語はクライマックスに差しかかり、 エルフの女の子が絶体絶命のピンチに陥る。 「………!?」  姫守はぐっと身を乗りだして、 真剣に画面を直視する。 「……あぁ…!?」  寸前のところで、エルフの女の子は ピンチを切りぬけた。 「心臓が止まるかと思いました」  一喜一憂する姫守がかわいらしかった。  姫守がぎゅっと俺の手を握ってきた。 「ピンチなのですぅ……」 「あ、あぁ……」  そうとう感情移入しているのか、 姫守の手は少し汗ばんでいる。  エルフの女の子はどんどん危機に 陥っていき、それに比例して姫守は 俺の手を強く握っていく。  彼女の手が温かくて、柔らかくて、 頭がぼーっとする。  やがて、エルフの女の子は 無事ピンチを脱出した。 「……九死に一生を得たのです」  姫守が耳元で囁く。 だけど、彼女は俺の手を握ったままだった。 「あの、姫守…?」 「……何でしょう? ……あ……」  気がついたように、姫守は俺のほうを 振りむいた。 「その……ご不快、でしたか?」 「いや、ぜんぜん、そんなこと……」 「……でしたら、その、誠に 恐れ入りますが、このままでも、 よろしいですか?」 「え……う、うん」 「ありがとうございます」  映画を見終えるまで、 姫守は俺の手を握っていた。  お、来たな。  インターホンに応答する。 「合い言葉は?」 「オナニーッ!」 「違うよ……」 「えー、だって合い言葉なんて 決めてないじゃん」  そうだけど、なんでオナニーなんだよ…… 「開いてるから、入ってきていいよ」 「はーい。お邪魔しまーす」 「ねぇねぇ、あたし思ったんだけどさ、 昨日の議論でまだぜんぜん話してないこと あったよね?」 「何だ?」 「ほら、アイテムを使うかどうかってこと」 「あぁ。まぁ、アイテムも ワンポイントリリーフって感じなら、 味があって楽しいけどな」 「でも、それはたまにだからいいんだって。 毎日のことなら、男は黙ってハンドだよ」 「えー、おかしいじゃん。 映像派なのに、アイテムはだめなの? なんで?」 「なんでも何も、映像派でアイテム使わない スタイルが最適だってだけだろ」 「さっきも言ったけど、たまに使うのを 否定するわけじゃないよ。むしろ、それは アクセントになっていいと思うし」 「納得できないなぁ。 映像を観るのは、妄想より直接的で エロいからでしょ」 「だったら、アイテム使ったほうが ハンドより直接的でエロいよね?」 「アイテムは別だって。 やっぱり、そういうことって、 本来は人同士でするものだろ」 「そこに道具が入ってきたら、 ちょっと冷めるって言うかさ。 少なくとも普段使いとしては厳しいな」 「そうなんだぁ。 男の子って難しいね」 「俺に言わせたら、 女の子のほうが難しいけどな」 「ねぇねぇ、じゃあさ、 話はぜんぜん変わるんだけど、 あたしをオカズにしてもできる?」 「は……」  一瞬、友希のそういう姿が頭をよぎった。 「……そ、そんなことできるわけ――」 「あー、できるんだぁっ。 顔真っ赤よ? 今、なに考えたの?」 「うるさいよっ。 できちゃ悪いのかっ。俺は男だぞっ」 「あははっ、開きなおった。 やーらしいのー」 「……………」  反撃してやろうと思った。 「お前こそ、どうなんだよ? それだけ妄想豊かだったら、 俺をオカズにできるんじゃないか?」 「あははっ、なに言ってるの、颯太。 うんとね、できなくもないかなぁ」  く、なんて奴だ。さらっと言いやがった。  だが、まだ手はある。 「よし。それなら、勝負して決着を つけようぜ」 「映像派と妄想派の勝負のこと?」 「そうそう。いいか、ルールはこうだ。 友希は俺を妄想してするだろ。 俺は友希の下着姿でするんだ」 「それで、先に終わったほうが勝ちだ。 シンプルなルールだろ。どうだ?」 「いいよー」 「マジで!?」  な、なんて奴だ。  いや、まだだ。 「よ、よし。じゃ、やるか!」  右手をだらりと下げて、 俺はファイティングポーズをとる。 「負けないわよ」 「望むところだ。早漏の魔術師と呼ばれた、 俺のライトハンドストロークを見せてやるよ」 「何それ、どんなの?」 「それは見てのお楽しみだ。 さぁ、脱いでもらおうか?」 「なんで?」 「勝負するんだろ。 映像派の俺はネタがないことには できないからな」 「あ、そっか。じゃ、ちょっと待って」  友希が自分の服の裾に手をかける。  おいおい。まさか、本当に…? 「あははっ、そんな顔して。 やるわけないじゃん」 「だよねっ!」  なかなか突っこまれないから、 どうしようかと思ったよ。 「え……えっと、で、できる、かなぁ」  ごくり、と唾を飲みこむ。 友希がなんだか妙に色っぽい。  思わず訊いてみたくなった。 「……どんなふうに、するんだ?」 「ええっ、そ、そんなの……言えない……」 「一般論だよ、一般論。 あくまで、普通の女の子が どういうふうにするのかってこと」 「……分からないけど、まず、服を 脱がされて……おっぱいを 揉んでもらうところを想像するかなぁ?」 「想像しながら、揉むのか?」 「う、うん……揉まないと、 一人えっちじゃないし…?」 「そしたら、どうなるんだ?」 「……言わなきゃ、だめ?」 「妄想派の利点を主張しにきたんだろ。 具体的に説明されないと分からないしな」  と、軽くつついてみる。  さすがにこれ以上は 引きさがるだろうと思っていたら、 「う、うん……だから、下が濡れてくるから、 自分の指を挿れて、そしたら、それが バレちゃって……」 「お、『俺のもしてくれ』って言われるから、 ズボンをおろして、あの……フェラとか、 するでしょ?」 「そしたら、もっとびしょびしょになって、 口を動かしながら、指二本ぐらい挿れて、 中を思いきりかき混ぜて……」 「……………」 「……ね、ねぇねぇ、 も、もういいでしょ?」 「あ、あぁ……」  まさかそこまで言うとは思わなかった。 「内緒にしてね……」  さすがの友希も恥ずかしいようだった。  チャイムが鳴ったので、 インターホンに応答する。 「はい」 「お腹が空いたんだ」 「第一声がそれか…… まだ昼前だぞ。ごはん食べてないのか?」 「ゴハンはたくさん食べたんだ。 歩いてきたから、お腹が空いたんだ」  燃費の悪い体だな。 「とりあえず開けるから、ちょっと待ってな」  仕方がないから、まひるに ごはんを作ってやった。  メニューは白飯、肉野菜炒め、 ほうれん草のおひたし、豆腐とわかめの みそ汁、ふろふき大根だ。 「嫌いな野菜がたくさん入ってるんだ」 「好き嫌いしたら、大きくなれないって 言ったろ」  まひるは憎らしげに料理を睨んだ後、 「……あむあむ……うー……あむあむ……」  渋々ながらも、大人しくまひるは 野菜を食べている。 「まひるは分かったんだ。 友希の胸があんなに大きいのは おまえがゴハンを作ってあげてたからなんだ」 「は? 何の話だ?」 「友希にばっかり作って、 まひるに作ってくれなかったのは ヒーキなんだっ」 「いやいや、友希にもそんなに作ってないって。 むしろ、お前のほうが食べてるぐらいだよ」 「うー…!」 「何だ?」 「ふんっ、あむあむ、はむはむはむっ! ぱくぱく、もぐもぐむしゃむしゃっ!」  いきなり、ものすごい勢いで 食べはじめたんだけど…!? 「おかわりなんだっ」 「まひるってその体のどこに 栄養が行ってるんだろうな」 「おまえっ、それはまひるが ちっちゃいって意味だなっ! まひるに対する侮辱かっ? 侮辱なんだっ!」  しまった。余計なことを言ってしまった。 「まひるだって、早く大きくなりたいんだっ! だから、いっぱい食べて友希ぐらい 大きくなるんだぞっ。おかわりっ!」 「ま、まぁ。友希とまひるじゃ歳も違うし、 心配しなくても、今に大きくなるよ」 「『今に』って今か? 大きくならないぞ」 「いや、つまり、そのうちな」 「『そのうち』じゃダメなんだ。 まひるは早く大きくなりたいんだ」 「なんでそんなに早く大きくなりたいんだ?」 「……別に、何でもないんだ」 「いやいや、 『何でもない』ってことはないだろ。今、 『早く大きくなりたい』って言ってたよね?」 「うるさいっ、おかわり、おかわり、 おかわりったら、おかわりなんだっ! まひるはお腹が空いたんだぞ」 「分かった分かった。 今、よそってあげるから、 ちょっと待ってろ」  おかわりをテーブルに並べると、 まひるはぺろりとそれを平らげるのだった。 「小さいより、大きいほうがいいに 決まってるんだ」 「そんなことないぞ。 小さいほうがかわいかったりするしな」 「胸の話なんだ」 「胸だってそうだよ」 「そんなこと言って、おまえはどうせ 大きいほうがいいんだ」 「……………」 「……そんなことないぞ」 「ウソだっ。 いま間があったんだっ。 ウソツキ、毛虫っ、つまんで捨てろーっ」 「まぁまぁ」 「……うるさいうるさいっ。 おまえなんかっ、神話の時代から、 大嫌いなんだっ。巨乳好きーっ!」  手を伸ばし、走りさろうとしたまひるの腕を 何とかつかんだ。 「待てって。誤解だよ。 別に俺は巨乳好きじゃないし、小さいより 大きいほうがいいってのも違うよ」 「うまいこと言って、 まひるを騙すつもりなんだ」 「本当だって。むしろ、 小さければ小さいほうがいい って場合だってあるんだからな」 「まひるは知ってるんだ。 『大は小を兼ねる』っていうんだぞ」 「『過ぎたるは及ばざるが如し』って言うだろ」 「それは知らないんだ」 「ちょうどいい大きさが一番ってことだよ」 「でも、まひるはちょうどよくもないんだ。 全然ないんだっ。 同じ歳の子と比べても、ほとんどないんだっ」 「それがいいって場合もあるんだって」 「ホントか? ウソつかないか?」 「あぁ、本当だよ」 「……颯太は……どうなんだ…?」 「……………」  仕方ないな。 「じつは、ないのもけっこう好きだよ。 なければないほうがいい」 「そっか。そうなんだ。嬉しな」 「ん?」 「……何でもないんだ……」  新渡町をぶらぶら歩いてると、 芹川を見かけた。 「……………」  彼女の視線の先にあるのは、 家電量販店だ。一階のパソコンコーナーを 見ているようだ。 「よっ、芹川、なんでこんな遠くから 見てるんだ?」 「あ、えと……ごめんなさい……」 「いやいや、怒ってないから」 「その、じつはパソコンを 買おうと思ったんですけど」 「あぁ、もしかして、 男の店員に話しかけられるから、 遠くで見てるのか?」 「それもあるんですが、 わたし、基本的に機械はだめで、 パソコンが怖いんです」 「……なるほどな」  いや、なんだそれ? 怖い? 「パソコンが怖いのに、 パソコンを買いたいのか?」 「えと、そろそろパソコン嫌いを 克服しようと思って。でも、どれを 買えばいいのか分からなくて……」 「パソコンで何をしたいんだ?」 「えぇと、何を? その、パソコンがしたいんですが……」 「えーと、例えば、インターネットを したいとか、ブログを作りたいとか、 ワープロソフトを使いたいとかあるけど?」 「あの、専門用語はよく分かりません……」  そうとうなパソコン嫌いみたいだな。 「じゃあさ、買う前に、 うちに来てパソコン触ってみるか?」 「……あ……はい。お願いします……」 「これが俺のパソコンな。 そんなにスペック良くないけど、 まぁ、だいたいのことはできるよ」 「これはいくらぐらいですか?」 「自作だから安いよ。 合計で5万ぐらいだったかな」 「初秋くん、自分でパソコンを 作れるんですか…?」 「作るって言っても、売ってるパーツを 組みあわせるだけだから、 プラモデルと一緒だよ」 「すごいですね。 わたしには絶対、無理です」 「慣れればそんなに 大したことないと思うけどね。 芹川って頭いいし」 「そんなこと…… 勉強ができるだけで、 頭はぜんぜん良くありません」 「そんなことないと思うけどなぁ。 まぁ、それよりパソコン使ってみよっか。 電源入れてみて」 「で、電源ですか…? わたしにできるんでしょうか…?」 「簡単だって。そこのボタンを押すだけだから」 「これですか? でも、間違えて押して 壊れたりしませんか?」 「大丈夫だよ。それぐらいで壊れたら、 むしろすごいから」 「じゃ、押しますね」  と、芹川が電源ボタンを押した。  起動音を立てながら、 パソコンが起ちあがる。 「……この色々出てくる文字を 見ていると、どうしていいか 分からなくなりそうです」 「それは俺もそんなに意味わかってないし、 とりあえず待てば大丈夫だよ」  しばらく待って、パソコンが 操作できる状態になる。 「じゃ、まずインターネットから やってみようか。マウスを 動かしてみてくれる?」 「えっ? マウス? は、はい。分かりました」  芹川がキョロキョロと部屋を見回している。 「芹川、マウスはこれね」 「あ……すいません……そうですよね。 勘違いしてました」  たぶん違うマウスが頭をよぎったんだろう。 「マウスを動かすと、それに合わせて、 この矢印みたいなのが動くだろ」 「は、はい。壊してしまいそうで、 心配になります」 「大丈夫だって。それで、インターネットを する時は、このアイコンの上に 矢印を持ってくるんだ」  芹川がマウスを動かし、 アイコンの上に矢印を持ってくる。 「そこでマウスの左ボタンを 2回連続で押すんだ」 「分かりました」  カチ……カチ……と 芹川は2回クリックする。 「あれ? 何も起こりませんね」 「あぁ、ちょっと遅かったかな。 もっと早めに2回連続でボタンを押せる? カチカチって感じで」 「分かりました」  カチカチっと芹川はマウスのボタンを押す。  今度はダブルクリックに成功し、 ブラウザが起ちあがった。 「あ、画面が変わりましたね」 「じゃ、検索するから、 この空欄のところに矢印を 持ってきてクリックして」  芹川は言われた通り、マウスを動かす。 「それで、検索したい言葉を入れて、 エンターキーを押すんだけど、 キーボードは使える?」 「大丈夫だと思います。 イカとカニを検索してみますね」  芹川がキーボードをじっと見つめたまま 一本指で文字を打っていく。 「なんでイカとカニなんだ?」 「……えと、少しお腹が空きました」 「終わったら、何か食べようか?」 「はい。あ、終わりました」  芹川はエンターキーを押して、 パソコンの画面を見る。  そこには―― 裸の女性が写っていた。 「え……あ……み、見ないでください…!」 「……『えっち』って入力されてるけど?」 「……ち、違います…… わたしは『イカカニ』って……」 「イカカニ…?」  あぁ、なるほど。 「芹川、これローマ字入力だから」 「えっ? そうなんですか?」  芹川がキーボードを見る。  カタカナ入力で 「イカカニ」 は ローマ字入力だと 「ETTI」 すなわち 「えっち」 になる。 「……やっぱり、パソコンは怖いです……」  連日のように降りっぱなしだった 雨がやみ、今日は見事な晴天だ。  もうそろそろ梅雨も明ける頃だろう。  久しぶりに爽快な気分で、登校した。  その放課後。 「本日はセロリがたくさんなのですぅ」 「思ってたより育ってたよね。 収穫おわったら、みんなで食べようか?」 「……え……食べる…?」 「いいね。オイスター炒めなんてどうかな?」 「いいですよ。 あとはマリネでも作りましょうか?」 「私、マリネは大好きなのですぅ」 「僕もだよ。しかし、そうなると、 一杯やりたくなるね」 「お酒は飲みませんからね」 「またまた、つまみだけで、 どうしろって言うんだい?」 「任せてください。 ちゃんとごはんも炊きますから」 「オイスター炒めとマリネに、ごはん?」 「意外と行けますよ」 「そうは思えないけどね」 「とにかく、お酒は絶対だめですからね」 「僕にそんな強気に出てもいいのかな?」 「こればっかりは何されたって だめですよ。部活中に飲んだら、 大問題ですからね」  サディスティックな笑みを浮かべる部長を 真っ向から見返した。 「ちぇ。仕方ないね。分かったよ」 「……………」  ん? 「どうした、まひる?」 「別に、何でもないんだ……」 「はいよっ。マリネとオイスター炒め、 おまちどおさま」 「うわぁ、おいしそうなのですぅ。 いただいてもよろしいですか?」 「あぁ、 たくさんあるから、どんどん食べてくれ」 「いただきます。はぁむ。あむあむ。 おいしいですね」 「そうだね。これで、ビールでもあれば 最高なんだけれど……」 「ノンアルコールビールでも 買ってきましょうか?」 「そんなものは射精しないセックスだよ。 おいしくも何ともないね」 「……そうですか……」  その表現はどうかと思う。 「えいっ……」  ん? 「えいっ……」  まひるが自分の皿のセロリを 俺の皿に移していた。 「えへへ。バレてないな」 「バレてるけど?」 「……あ、な、何のことなんだ? まひるは別にセロリ嫌いなんかじゃ ないんだぞっ」 「えぇと、こういうのは なんて言うんだったっけな…?」 「語るに落ちるなのです」 「ふふっ、姫守も言うものだね」 「う、ウソじゃないんだ。 ちゃんと食べられるんだぞっ」 「じゃ、食べてみろ」 「……わ、分かったんだ……」  恐る恐るまひるが セロリのオイスター炒めを口にする。 「……うえぇぇ……まずいんだ……」 「やっぱりか」 「違うんだ。このセロリがおいしくないんだ。 その証拠にまひるはチョコっぽいセロリなら 食べられるんだぞ」 「どこにあるんだよ、そんなセロリ……」 「うー…!」 「作れなくはないけどね」 「本当に?」 「本当だよ。チョコレートはあるかい?」 「あぁ、確かあったと思うけど……」 「………?」  部室の冷蔵庫を開き、板チョコをとりだす。 「じゃ、行こうか」  QPについていこうとすると、 「急にどこに行くのかな?」  おっと、しまった。 「ちょっと気にかかることがあるんで、 畑に行ってきます」 「板チョコとセロリの種を 植えてくれるかい?」  言われた通り、土を掘って、 チョコとセロリを植えた。 「これでいいのか?」 「あぁ。それじゃ行くよ」  目を疑う。  地面からにょきにょきと、 チョコ色のセロリが生えてきたのだ。 「なんだ、これ?」 「チョロリだよ。 セロリとチョコレートを交配させたんだ」 「『チョコと交配』って、 お前、何でもありだな」  言いつつチョロリを引きぬき、 味見をしてみる。 「……う…!」  セロリの瑞々しい食感と、強い風味、 チョコの甘さと柔らかさが混ざりあった、 とても複雑な味わい――  一言で言うなら、不味い……!! 「おいしいと言った覚えはないよ」  午後、ナトゥラーレでバイト中のこと―― 「……ナポリタン、おまちどおさま」  姫守のテーブルに料理を置く。 「ありがとうございます。 とてもおいしそうですね」 「あぁ」 「むー?」  姫守がじっと俺の顔をのぞきこんでくる。 「……姫守? どうした?」 「お体の調子が悪いのですぅ? 顔色があまりよろしくありませんよ」 「あぁ、今日はちょっと体がだるいかな。 疲れてるのかも」 「失礼いたしますね」  姫守の手がそっと俺の額に触れた。 ひんやりとしてて、気持ちがいい。 「熱があります」 「本当に? まぁ、でも働けてるし、大丈夫じゃないかな」 「大丈夫ではありませんっ。 体温計できちんと計ってみるのですぅ」 「いや、でも……」 「計るのですぅっ」 「あ、あぁ。分かったよ」  仕方がないので、熱を計ることにした。  結果―― 「37度7分もあるわよ」 「え……本当に?」 「颯太、今日はもういいから帰れ」 「すいません」 「一人で帰れる?」 「まぁ、今まで働いてたぐらいだし。 それじゃ、お先に失礼します」 「熱はいかがでしたか?」  外に出ると、姫守が心配そうに 駆けよってきた。 「37度7分もあったよ。 今日はもう帰れってさ」 「だから、言ったのですぅ。 お会計をしてまいりますから、 少々お待ちいただけますか?」 「いいけど、どうして?」 「ご自宅までお送りいたします」 「大丈夫だって、熱ぐらいで」 「お送りするのですぅっ」 「は、はい……」 「ありがとうな。 わざわざ送ってもらって」 「いいえ、困った時は お互い様と言いますから」 「それより、熱が下がっても 明日はちゃんと休まないといけませんよ。 お料理の練習などをしてはだめなのです」 「練習はしないけど、明日は親もいないしな。 まぁ、カップラーメンがあったか」  お湯を沸かすぐらいなら、大丈夫だろう。 「じゃ、ありがとうな」 「あの、初秋さん。 もし、ご迷惑でなければなのですが、 明日ごはんを作りにきてもいいですか?」 「え、いや、でも、 それは悪いんじゃ……」 「いえ、それぐらいはお安いご用なのです。 いかがでしょうか?」  どうしようかな?  どうしようかな?「じゃ、頼めるか?」 「はい。それでは、明日、お伺いしますね」 「いや、でも、大丈夫だよ。 明日になれば、熱も下がるだろうし」 「そうですか。差し出がましいことを 申してしまったのですぅ」 「いやいや、ありがとうな。 それじゃ」  朝。体がだるくて、なかなかベッドから 起きられなかった。  何だろう? ちょっと頭もぼーっとするな。  もう少し寝るか。  ……………………………………… ………………………… ……………  誰だ、こんな朝から?  まぁいいや。 だるいから無視して寝よう。 「颯太、起きて、学校いくわよー」  ん、何だ? 「ねぇねぇ、起きてってば。 遅刻しちゃうよ」  大きく体を揺さぶられ、俺は目を開いた。 「あ、起きた。おはよ」 「せっかくいい気分で寝てたのに」 「えー、起こしてあげたのにー。 もう用意しないと遅刻するよ」 「いや、まだ3分ある」 「そんなぎりぎりまでねばらなくても……」  まぁ、起こされたからには仕方がない。 用意するか。 「今日は何の授業があるんだっけ?」  時間割を見つつ、教科書をカバンに放りこむ。 「……ねぇねぇ、ちょっとこっち向いて」 「何だ?」  返事の代わりに、友希はおでこを、 俺のおでこにくっつけてきた。 「あー、やっぱり。熱あるわ」 「こんな雑なやり方で分かるのか?」 「だって、すっごく熱いもん。 頭痛くない?」 「そういや、起きてから、 体だるいし、頭がぼーっとするな」  熱でも計ってみるか。 「う……37度5分あるし……」 「やっぱり、風邪じゃん。ちょっと待ってて」  友希は部屋を出ていき、  しばらくして戻ってきた。 「はい。これ氷枕ね。 あとスポーツドリンク。 あ、替えの着替え出しとくね」 「あぁ、ありがとう」 「学校休むよね? あたし、言っとくから」 「悪い」 「他に何か欲しいものない?」 「いや、大丈夫だよ。 それより、そろそろ行かないと遅刻だろ」 「うん、ごめんね」 「なんで謝るんだよ。ありがとうな」 「うん。お大事に」 「あ。ねぇねぇ、あたし思ったんだけど」  友希が戻ってきた。 「明日、お父さんとお母さん、 いないんじゃない?」 「あぁ、たぶん、そうだな」 「あたし、お見舞いこよっか?」  どうしようかな?  どうしようかな?「悪い。正直、しんどいし、 頼んでいいか?」 「うん、いいよー。 じゃ、行ってくるね」 「いや、たぶん今日一日寝てれば治るし、 大丈夫だよ」 「そっか。じゃ、大変だったら呼んでね」 「おう、ありがとうな」 「じゃあねー。行ってきまーす」  午後、ナトゥラーレでバイト中のこと―― 「おいっ、おいったら、おいっ」  フロアに出ると、まひるが俺を呼んでいた。 「……どうした?」 「今日のオムライス、ちょっと塩辛いんだ。 まひるはこんなの食べられないんだぞ」 「あぁ……悪い。作りなおすよ」  テーブルのオムライスを下げようとすると、 「待つんだ。 おまえ、まひるにイヤガラセしたな。 オムライス塩辛い作戦かっ?」  まひるが何か言ってるけど、 頭がぼーっとして、言葉が入ってこない。  何だっけ? あぁ、そうか。 とにかく作りなおさないと。  俺がそのまま厨房へ向かおうとすると、 「なんで無視するんだっ。 無視は卑怯なんだ、イジメなんだ。 そんなことしたら先生に言ってやるんだっ」 「……あぁ……」 「うー…!」 「このっ! このっ! このっ!」 「え……そ、颯太? 颯太っ! どうしたんだ? まひるのせいか? まひるキックが強力すぎたのか?」 「……う……」 「返事しないんだっ! だ、誰かっ! 友希っ、マスターっ、まひるが 蹴ったから、颯太が死にそうなんだっ!」 「……まひる。落ちつけって」 「だ、だけど、颯太が、颯太が 返事しなくなったんだっ!」 「いやいや、してるよね……」 「大丈夫、颯太? どしたの?」 「あぁ、なんかちょっとぼーっとしてさ、 バランス崩して倒れただけだよ」 「そうなんだ。風邪?」 「あぁ、ちょっと風邪っぽいかも」 「えー、じゃ、マスターに言って、 早退させてもらったら?」 「そうだな。訊いてみるよ」 「そんじゃ、気をつけて帰れよ」 「はい。お先に失礼します」 「帰るのか?」 「あぁ、ちょっと風邪っぽいし 家でゆっくりしてるよ」 「……まひるのせいじゃないのか? まひるが蹴ったから」 「関係ないって。本当に風邪だよ。 一日寝てれば治るから、心配するなよ」 「ホントか?」 「あぁ、じゃあな」 「待つんだっ。ホントかどうか、 明日様子を見にいくんだ。 『来るな』って言っても行くんだ」 「いや、でもさ」 「ダメだ! 行くったら行くんだっ。 まひるはもう決めたんだぞ」  うーむ。 いちおう責任を感じてるんだろうか?  別にそんなに気にしなくてもいいんだけど、 どうするかな?  どうするかな?「分かったよ。まひるの気が すむようにすればいいから」 「うんっ。まひるは好きなようにするんだ」 「本当に大丈夫だよ。 まひるのせいじゃないから」 「……そうか……分かったんだ……」 「じゃあな」  朝。体温計で熱を計るも、 あまり下がっていなかった。  体はだるく、頭も少しぼーっとするので、 起きあがる気になれない。  そのままベッドで寝てると――  あぁ、そういえば、 姫守が来るって言ってたな。  熱っぽい体を起こして、玄関へ向かった。 「おはようございます。 お加減はいかがですか?」 「うーん、熱はあんまり下がってないかな。 まぁ、昨日と似たような感じ」 「そうですか。分かりました」  家に入るなり、俺はベッドで 寝ているように言われた。  しばらくして―― 「お待たせいたしました。 お辛いですか?」 「まぁ、そこそこ」 「失礼いたしますね」  姫守の手が俺の額に触れ、 前髪をかきあげる。  そして、濡れタオルを載せてくれた。 冷たくて、気持ちがいい。 「冷たいお茶を置いておきますから、 ちゃんと飲んでくださいね」 「あぁ」 「お腹は空きましたか?」 「あぁ、じつは朝から食べてなくてさ」 「少々、お待ちくださいね。 作ってまいりますから。 あ、お台所、お借りいたします」  音を立てないようにして、 ゆっくりと姫守は出ていった。  しばらくして、姫守がお盆を持って 戻ってきた。 「お待たせいたしました。 起きられますか?」 「あぁ。おいしそうなおかゆ―― じゃない…?」  お盆に載っていたのは、そう、 エビドリアだ。 「風邪を引いた時は、 しつこいものが食べたくなりますよね」 「……いや、ならないけど……」 「え……私だけですか?」 「だけってことはないと思うけど…… まぁ、あんまりいない、かな」 「初秋さんは、お風邪を召された時、 どういったものを召しあがるのですぅ?」 「おかゆとか、わりと さっぱりしたものが多いけど……」 「……も、申し訳ございませんっ。 作りなおしますっ!」 「あ、いや、大丈夫だよ。 せっかく作ってもらったし、 たまにはこういうのもいいかも」  スプーンを手にし、エビドリアを食べてみる。 「お、美味い」 「お口に合ったようで、良かったのですぅ」 「風邪の時にしつこいものも、 意外と悪くないかもな」 「はい。元気になれる気がしてきますよね」  チーズの塩辛い味が食欲をそそり、 俺はみるみるエビドリアを平らげていく。 「――ごちそうさま」 「おそまつさまでした。 他に何かしてほしいことは おありでしょうか?」 「うーん、そうだなぁ」 「けっこう汗かいたから、 着替え手伝ってくれるか?」  と冗談を口にしてみる。 「はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「まず、お着替えを用意しますね。 こちらの引き出しでしょうか?」 「あ、姫守、それは……」 「あ……そ、その、下着はどちらに、 お召し替えなさいますか?」  俺のトランクスを見せながら、 姫守は顔を真っ赤に染めていた。  夜になると、だいぶ熱も下がり、 体調はほとんど回復した。 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「……え…?」  姫守が俺のパジャマのボタンを外していく。 「いや、姫守、今のは違うんだ」  このままでは脱がされると、 俺は身をよじる。 「暴れてはだめなのです。 じっとしていてください。 すぐに終わりますから」  姫守は俺のズボンに手をかけた。 「いや、ちょっと待って。大丈夫だから」  たまらず俺は立ちあがる。  しかし、姫守が手を放していなかったため、 ズボンが見事にずり下がった。  しかも、トランクスごと―― 「あ……その…… も、申し訳、ございません……」  俺のズッキーニが元気良く姫守に こんにちはをしていた。 「い、いや……」  トランクスとズボンをそそくさと履く。 「……………」 「……………」  どうしよう。気まずい。 「へ、変なもの見せて、ごめんね」 「い、いえ、そのようなことは、 大変ご立派でしたっ!」 「……えぇと……」 「あ、ち、違うのですぅっ。 そういう意味ではないのですぅ。 変なものではないという意味で……」  慌てる姫守がかわいくて、 意地悪を口にしてみたくなった。 「何と比べてご立派なんだ?」 「そんなぁ……堪忍なのですぅ……」  その反応が、とてもかわいらしかった。  夜になると、だいぶ熱も下がり、 体調はほとんど回復した。  朝。目を覚ましたはいいけど、 昨日よりも体がだるく、頭痛がする。 体の節々が痛かった。  起きあがる気力もなく、 ベッドでうんうんと唸っていた。 「おはよー、颯太、具合どう?」 「悪化してる」 「えー、昨日ちゃんと休んだ? ベッドにいるからって、 オナニーばっかりしてなかった?」 「突っこむ気力も湧いてこないんだけど……」 「あははっ、熱計った?」 「いや、まだ」 「じゃ、計ろっか。ちょっとひんやりするわよ」  友希が俺のワキに体温計を挟む。  しばらくして、 「あー、37度9分もあるわ」 「具体的な数字を聞くと、 ますます頭が痛い気がするな」 「ちょっと待っててね。 いいもの作ってくるから」  と、友希は部屋を出ていった。 「お待たせー。体起こせる?」 「あぁ」  体を起こすと、友希が小鉢を 持ってることに気がつく。 「それ、何だ?」 「リンゴをすり下ろしたのよ。 これ、食べるとすぐ風邪が 良くなるんだって」  民間療法だな。 「……ていうか、俺、 リンゴ嫌いなんだけど……」 「うんうん、知ってる。 でも、ほら、治るから」 「いや、でも、民間療法なんて、 ほとんど効果ないって言うかさ……」 「食べないと治らないわよ」 「いや、そんなことは――」 「はい、あーん」  友希がスプーンを口に向けてくる。 「……………」  絶対に口を開けるものかと 強い意志を持って拒否を示した。 「くすぐっちゃうよ」  と、友希が俺の乳首を人差し指で撫でる。 「ちょっ、おま――」  口を開いた瞬間、スプーンを押しこまれた。 「はい、どうぞ。おいしい?」 「……だから、不味いって……」 「もう一口いける? あーん」 「……………」 「あーん」  は、早く治さないと…!  リンゴを食べたくないという思いからか、 俺の体は必死に風邪を撃退したようで、 夜には熱もずいぶん下がっていた。 「風邪引いたんだから仕方ないじゃん」 「いやいや、風邪引いたら、 リンゴを食べなきゃいけないっていう法則は 成り立たないよね」 「あー、食べたくないからって、 そんな子供みたいなこと言って」 「どこが子供みたいなんだよ? 非の打ち所のない正論だろ」 「じゃ、口移しで食べさせてあげよっか?」 「……え…?」  友希はすり下ろしリンゴを自分の口に含む。 「ほら、口開けて」  ゆっくりと友希の顔が近づいてくる。 「いや、あの、友希…?」 「早く。開けてよ」  吐息が頬に触れ、 甘い匂いが鼻をくすぐった。  友希の唇が俺の唇に近づいてきて、 俺はわずかに口を開いた。 「えいっ」  スプーンを口の中に突っこまれる。  甘酸っぱいリンゴの味が 口いっぱいに広がる。あいかわらず不味い。 「……だ、騙したなっ……」 「えー、騙してないわ。 だって、本当に口移しするわけないじゃん」 「まぁ、それはそうだけど……」 「じゃ、本当に口移しのほうがいい?」 「……………」  また冗談だな。 「そうだな。してくれるか?」 「……う、うん。じゃ、する、ね」  友希の顔が近づいてくる。  今にも触れそうな距離にある唇が、 わずかに震えていた。 「あの、友希……」 「目、つぶって」  ほんの少し友希が唇を開く。 目を離すことができなかった。  ドキッと心臓が高鳴る。 「だ、誰か来たね……」 「みたいだな」 「ちょっと見てくるね。寝てて」 「あぁ、悪い」 「……………」  冗談だよな? さっきの?  しばらくして、 風邪はだいぶ楽になった。  チャイムが鳴っている。  今日は誰も家にいないんだったかな?  うーん、頭痛いんだけど、 仕方ないか。  重たい体を引きずるようにして、 ベッドから起きあがる。  インターホンの応答ボタンを押す。 「はい」 「あ、颯太っ、大丈夫か? 生きてるか? チャイムを鳴らしても出ないから、 まひるは心配したんだっ」  そういえば、まひるが来るって言ってたか。 「約束の時間より早くないか?」 「心配になったから、 早めに来てやったんだぞ。 偉いか?」  おかげで眠りを妨げられたよ……。 「ちょっと待ってろ」 「おはよう」 「おはよう、治ったのかっ?」 「まだだよ。でも、今日一日寝てれば 治るだろうからさ」 「じゃ、まひるが看病してやるんだ。 おまえは大人しく寝てるんだっ」  というわけで、自室で 大人しく寝てたんだけど、 「うわああぁぁぁっ!!」  キッチンのほうから不穏な声が聞こえてきた。  しょうがなく体を起こし、 まひるのもとへ向かう。  キッチンには氷と水が散乱しており、 ひどい有様だった。 「これは、どうしたらこうなるんだ?」 「ま、まひるは悪くないんだ。 氷枕を作ろうと思って、 ちょっと失敗しただけなんだぞ」 「まったく」  散乱してる氷をシンクに入れ、 水浸しの床をぞうきんで拭く。  後始末を終えると、 まひるに氷枕の作り方を教えてやった。  どうにか一段落し、ベッドに戻った。  しばらくして、うとうとしてくると、 「ああぁぁーっっ!!」  何だ?  キッチンに入るなり、妙に焦げ臭かった。 「まひる、何を焦がしたんだ?」 「違うんだ。まひるはお茶を淹れようとして、 やかんを火にかけていただけなんだ」  見れば、やかんが真っ黒焦げだった。 「あのな、火にかけて放っておいたら、 お湯は蒸発していくんだよ」  仕方なく、まひるにお茶の淹れ方を 教えてやった。  もう大丈夫だろうと、 俺がベッドでまどろんでいたら、 「うああぁぁっ!!」 「今度は何だ?」 「おかゆを作ったら、お米がまひるに 反旗を翻したんだ」  鍋の中身を見ると、 まだ生米状態のおかゆがあった。 「おかゆのくせに、すごく堅いんだぞ」 「弱火であと40分ぐらい 煮こめばちゃんとおかゆになるよ」 「40分か。 けっこうかかるんだな。分かったんだ」 「じゃ、今度こそ寝かせてくれよ」 「……………」  まひるが何か言いたそうに している気がした。 「どうした?」 「……まひるは、邪魔か?」 「いや、まぁ……」  どちらかと言えば、邪魔だけど…… 「やっぱり、まひるは邪魔なんだ。 ごめんなさい。帰るんだ」 「おいっ、まひる」  呼び止めようとするも、 まひるは走りさってしまった。 「……………」  俺の風邪を悪化させないように、 気を遣ったんだな。  追いかけたいところだけど、 この体調じゃな。  あとでメールを出しておこう。  しばらくして、風邪は だいぶ楽になった。 「……心配だったんだ…… 颯太が風邪を引いてるから、 まひるは助けてあげようと思ったんだ」 「……そっか」 「でも、まひるは何もできないんだ。 氷枕も、お茶も、おかゆも作れないんだ。 まひるはいないほうが良かったんだ……」  しょうがないな、こいつは。 「……おかゆ、作ってくれよ。 あとはもう煮こむだけだからさ」 「……まひるが、作ってもいいのか? また失敗するんだぞ」 「そしたら、また教えてやるって。 そんなことより、まひるがおかゆを 作ってくれたら、すぐ元気になる気がするな」 「……ホントか?」 「あぁ」 「じゃ、まひるはおかゆを作るんだっ! 颯太がたくさん元気になるように、 栄養のある物を入れるんだぞっ」  その笑顔で、風邪なんて 吹きとんでしまいそうだった。  それはともかく、 「あのまま煮こむだけでいいからな。 他の物は食べられそうにないし」 「分かったんだ。えへへ、まひるのおかゆで、 颯太は元気になるんだ。嬉しな。頑張るんだ」  さて、今度こそ寝るか。  まひるのおかゆが効いたのか、 夜に熱もずいぶん下がり、 体調はほとんど回復した。  朝。目を覚ました途端から、 体がだるく、頭痛がした。  うーむ、完全に風邪だな。 もう少し寝ることにしよう。  だいぶ寝た気がするけど、 体調は一向に回復してない。  お腹も空いてきたけど、 正直、料理を作る気力は まったくなかった。  寝よう。寝れば、頭痛も空腹も 気にならないはずだ。  どのぐらい経っただろうか? さすがにこれ以上は寝られる気がしない。 「腹へったな……」  残念ながら、すぐに 食べられるような物は 冷蔵庫にはない。  カップラーメンでも食べるか?  いや、まったく食べたい気分じゃないな。  仕方ない。買い物でも行こう。 料理を作るよりはマシだろう。  コンビニに寄ったんだけど、 風邪だからか、食欲が湧かず 食べたい物が何もない。  こうなったら、どこかお店でも入るか…? 「いらっしゃいませ。 あ、颯太くん、こんにちは。 こっちへどうぞ」  まやさんに席を案内してもらう。 「チーズリゾット、チーズ抜きで お願いできますか?」 「あれ、颯太くん、チーズ嫌いだっけ?」 「いえ、ちょっと風邪気味なんで」 「そうなの? ちょっといい?」  まやさんが俺の額に手を当てる。 「かなり熱いよ。熱計った?」 「いえ、今日はまだ」 「ちょっと待ってて。 体温計持ってくるから」 「えーっと、37度9分ね」 「結構ありましたね」 「『結構ありましたね』じゃないの。 こんなに熱あるのに外出歩かない。 悪化したら大変でしょ」 「すいません……」  怒られてしまった。 「バイト終わったら送るから、 ごはん食べたら、奥で休んでて。 マスターには言っとくから」 「いえ、そんな。一人で帰れますから」 「お姉さんの言うことが、聞けないのかな?」 「……分かりました」 「分かれば、よし。じゃ、ゆっくりしててね」 「颯太くん、ついたよ。大丈夫?」 「何とか……かなり頭が ぼーっとしますが……」 「鍵はポケットかな?」  まやさんが俺のズボンのポケットを まさぐる。 「あった。ほら、おいで」  まやさんに手を引かれて、 俺は自宅に入った。 「はい。ばんざいして」  言われるがまま、ばんざいをすると、 まやさんが服を脱がして、パジャマに 着替えさせてくれた。 「下は自分でやりますよ」 「遠慮しないの。ほら、じっとしてて」  まやさんが俺のズボンを脱がせる。 「右足あげて。はい。よくできました。 じゃ、もう寝ていいよ」  ベッドに横になると、まやさんは 氷枕を首のところに置いてくれた。  ひんやりと冷たく、気持ちがいい。 「ありがとうございます」 「辛いでしょ。しゃべらなくていいからね」  まやさんが俺の手を優しく撫でる。 気持ち良くて、とても安心する。  だんだん、眠気がやってきた。  意識が落ちる寸前―― 「……ごめんね。これぐらい、許してね」  吐息が鼻をくすぐる。 「……ちゅ……」  額に柔らかい感触を覚えたけど、 頭が朦朧としてて、現実感が まるでなかった。  きっと、夢だろう。  夜、目を覚ましたらまやさんは もういなかった。  キッチンにはおかゆと、 まやさんの字で『食べてね』と 書き置きが残されていた。  熱はだいぶ下がっており、 体調もほとんど回復した。  放課後。園芸部一同で 野菜の収穫をしていた。 「うわあぁ、すごいのですぅっ」  姫守が楽しそうにはしゃいでいたので、 気になって様子を見にいった。 「どうしたんだ?」 「くすっ、ご覧になってください。 とても不思議なお大根を 収穫してしまったのですぅ」 「どれどれ? 二股とかか――て、なんだ、これ?」  姫守が収穫したダイコンを見て、 思わず驚きの声を漏らした。  ドラゴンなのだ。  葉っぱの部分以外は、ミニチュアのドラゴン と言っても過言じゃない。 「お大根はこういう形になることも あるのですか?」 「……あ、あぁ。すっごく希にだけどね」 「そうでしたか。 では、本日は縁起がよろしいですね」 「そうだね…… じゃ、これもいったん部室にしまってくるよ」 「お手伝いいたしましょうか?」 「いや、一人で大丈夫だよ。ありがとう」  ドラゴンの形をした奇妙なダイコンを 持ちあげ、俺は逃げるように 部室へと向かった。 「おいっ、QP、いるか? ちょっと出てこい」 「どうかしたかい?」 「これ、お前の仕業か?」  さっきのダイコンをQPに見せる。 「あぁ、ドラゴンダイコンじゃないか」 「てことは、やっぱり、 普通のダイコンじゃないんだな?」 「妖精界のダイコンだよ。本来は人間界には 存在しないんだけど、ぼくがいることで、 畑が妖精界の状態に近づいたみたいだね」 「このまま巨大化して、 暴れだしたりしないだろうな?」 「まさか、 ドラゴンダイコンはあくまでダイコンだよ。 人を襲うようなことはありえないね」 「じゃ、これ、こんな見た目して、 食べられるのか……」  ドラゴンダイコンをマジマジと見る。  そういえば、妖精界の食べ物って どんな味がするんだろうか? 「これは、美味いのか?」 「そうだね。一言で言えば、 この世のものとは思えないほどの味だよ」 「マジか……人間が食べたら、 害があるとかは?」 「問題ないはずだよ。 むしろ、健康にいいんじゃないかな」 「そうか」  よし、やろう。 未知の食材が目の前にあれば、 味見したくなる。それが料理人ってもんだ。  とりあえず、ふろふき大根にでもしてみるか。 「……なんか、毒々しい見た目に なってきたな」  煮こめば煮こむほど、 ドラゴンダイコンが捻られるように変形し、 中から黒い汁が溢れてくる。  箸を刺してみると、 すうっと奥まで入った。  十分煮えたみたいだけど、 中からドロリとした青い液体が にじみ出てきた。 「なぁQP、これは本当に美味いんだろうな?」  ………… 「あれ? QP?」  いつのまにか、いなくなったようだ。  しょうがない。 QPの言葉を信じて食べてみるか。  ドラゴンふろふき大根を皿に移しかえ、 作っておいた味噌だれをつける。  うん、匂いはなかなか悪くない。 問題は味だな。  箸で大根を切りわけ、一呼吸おく。 そして、思いきって口に放りこんだ―― 「ぐばはぁぁっっっ!!」 「……な、なんだこれ…?」  この世のものとは 思えないほどの不味さだった。 「よーし、お前ら、今日は 待ちに待った球技大会だ」  遠藤先生の言葉を聞き、 教室中から悲喜こもごもの声が漏れる。 「HRが終わったら、 バスケ、バドミントン組は体育館へ。 ビーチバレー組は砂浜に移動だ」  海が近いからか、 うちの学校の球技大会には ビーチバレーがある。  古くは授業ではなく、 生徒たちが自主的に開催した大会に 端を発するとか何とか。  その名残で、水着も スクール水着じゃなくていいらしい。  まぁ、俺はバスケだけど―― 「あぁ、それと初秋、 お前はビーチバレーだからな」 「はい? いや、でも、 俺はバスケだったはずじゃ……」 「姫守のパートナーの小沢が風邪で欠席でな。 その代わりだ」 「そもそもビーチバレーって 女子だけじゃありませんでした?」 「ビーチバレーは各ペアに一人経験者が 入るように編成してあるんだが、 うちのクラスには代わりの経験者がおらん」 「だから、代わりに運動神経のある未経験の 男子を、ということになった。お前なら、 できるだろう」 「それはできると言えばできますけど、 女子に交じって男子一人っていうのは……」 「大丈夫だ。お前はどうせ男子扱いされんだろ」 「それ、先生の言うことですかっ!」 「先生はお前を信頼しているんだ。分かるな?」 「そういう信頼はいらないんですけど……」 「先生の信頼を裏切るのか? あん?」 「で、ですが、やりたくても、 水着がなくて。 一人だけ体操服というのも……」 「心配するな。そう言うと思って、 先生の海水パンツを持ってきた。 貸してやる」 「……え……」  俺は思わず絶句した。 「それって、間接…… なんて言うのかなぁ?」 「知りたくないよ……」 「くすっ、代わりのパートナーが 初秋さんで良かったのですぅ。 本日は、よろしくお願いいたしますね」 「あぁ。よろしく。 やるからには勝ちたいし、 頑張ろうぜ」 「はい。本日は刺しちがえてでも、 優勝したいのですぅ」  ビーチバレーでどうやって 刺しちがえる気だろう…?  かくして、意気込んで試合に 望んだ俺たちだったが…… 「えぇいっ!」  強烈なアタックだ。しかし―― 「なんのっ!」 「そんなワンタッチとられた…!?」  俺のブロックに弾かれたボールは 勢いを弱めて、こちらのコートに落ちていく。 「姫守っ!」 「か、かしこまりましたっ!」  姫守はボールの落下地点に立ち、 両手をぶんぶんと振った。 「あ、あ、あ、あぁ、あうっ!」  姫守の手はあえなく空を切り、 ボールは彼女の頭に直撃した。 「インッ。 4対21で、岡部・皐月ペアの勝利です」 「申し訳ございません。 足を引っぱってしまったのです」 「まぁ、こういう時もあるって。 姫守は一生懸命やったと思うよ」 「お慰めいただき、感謝なのですぅ」  あっというまに、一回戦負けを喫し、 俺たちの球技大会は終わった。  かくして、意気込んで試合に 臨んだ俺たちは―― 「えぇいっ!」  強烈なアタックだ。しかし―― 「なんのっ!」 「そんなワンタッチとられた…!?」  俺のブロックに弾かれたボールは 勢いを弱めて、こちらのコートに落ちていく。 「姫守っ!」 「お任せくださいませ、はいっ!」  スムーズに落下地点に 移動した姫守は、ボールを ネット際にトスした。  絶好のボールだ。  見せてやるぜ。土を耕しつづけた、 園芸部の背筋力と腕力を。 「クワァタァックッ!!」 「あっ、しまった」  バレー部員がレシーブを試みるも、 腕に当たったボールはコートの外に 飛んでいった。 「アウトッ。21対15で、 姫守・初秋ペアの勝利です」 「初秋さん、やりましたー。 私たちの勝利なのですぅっ」 「おうっ」  姫守とハイタッチを交わし、勝利を喜びあう。  爺さんとの特訓の成果をいかんなく発揮し、 俺たちは破竹の勢いで勝ち進んだ。  そして、とうとう決勝戦だ。  相手チームは―― 「でも、颯太と彩雨がこんなに 勝ちあがるなんて思わなかったなぁ」 「まぁ、 お前の爺さんにさんざん鍛えられたからな」 「そういえば、お祖父ちゃんと なんか特訓してたんだって?」 「はい。いろいろと必殺技を伝授されたのです」 「あぁ、ここまで封印してきたけど、 一瞬で畑をも耕す威力を誇る トラクターアタックを見せてやるよ」  もちろん習ったのは基礎だけなんだけど、 ここは姫守に乗っかって、ハッタリを かましておいた。 「あははっ、そんなことできるわけないじゃん。 絵里、なんか言ってやって」 「あ……その、お互い頑張りましょう」 「はい。お手柔らかにお願いいたします」  俺たちはそれぞれ、ポジションにつく。 サーブ権は向こうからだ。  試合開始のホイッスルが鳴り響く。 「行くわよーっ」 「あぁ、来いっ!」 「ばっちこーいなのですぅっ!」 「あははっ、それは野球だよんっと」  コートの後方から走りこみ、 友希はトスと同時にジャンプした。 「せーの、はいっ!」 「うお…!?」 「インッ!」 「ジャンピングサーブなのですぅ…!?」 「あぁ、実際対面するとものすごい威力だ……」  友希は、爺さんにそうとうバレーを 仕込まれてるからな。 中学の時はバレー部だったみたいだし。 「どうしましょう? あのサーブをとらないことには、 勝ち目はないのですぅ」 「任せろ。俺があいつのサーブを封じる」  そう断言して、俺は前衛に上がる。  ポイントが入ったため、 ふたたび友希のサーブだ。 「行くわよっ!」  友希がボールを持って走りだす。  ここだ!  俺はだらりと腕を下げ、手を筒状にすると、 その形を保ったまま高速で上下に振った。  普通の人間には、俺が何をしてるか さっぱり分からないだろうけど、 友希には伝わるはずだ。 「さぁっ、行くぞぉぉっ!」 「……え、オナニーッ!? あ、せ、せーの、はいっ!」  友希の強烈なジャンピングサーブは、 しかし、あえなくネットにあたった。  どうやらうまく注意をそらせたようだな。 「試合中に……やーらしいのー」 「何のことだか分からないな」  そう何度も通用しないだろうけど、 俺のオナニーパターンはあと7種類残ってる。  しばらくは友希の ジャンピングサーブを防げるはずだ。  これで、条件は五分と五分。 粘り強く行けば、勝機も見えるだろう。  けど、俺の予想とは裏腹に 試合は一方的な展開になっていた。  友希のバレーセンスが抜群なことは元より、 穴だと思った芹川は意外にも 下手じゃなかった。  何度も繰りだされる友希のアタックを もともと運動神経のない姫守は、 どうしても拾うことができない。 「はいっ!」 「……あぅっ!」 「インッ!」 「……申し訳ございません。 また拾えなかったのですぅ」 「ドンマイッ。次、行こうっ」  とはいえ、2対10か…… このままだと、やばいな。 「姫守、作戦を変えよう。 俺は友希を徹底的にマークして、 何が何でもアタックをブロックする」 「そうしたら、攻撃を芹川に 切りかえてくるはずだから、 そのボールを何とか拾ってくれ」 「かしこまりました。 命に換えても、やってみるのですぅ」 「よし、勝つぞっ!」 「はいっ!」 「なんのっ!」 「あー、颯太、しつこいなぁ。 イッてもイッても、終わらせてくれない ぐらいしつこいー」 「そんな下ネタ言ったって、 マークは外さないからな」 「なら、他のやり方で行くもんねー」  よし、第一段階はクリアだ。 「絵里っ!」 「行きますっ!」  よし、かかったな。 「姫守っ」 「はいっ、あっ……」  芹川のアタックを姫守は 何とかレシーブしたけど、 ボールはコートの外へ飛んでいく。 「任せろっ!」  猛ダッシュでコートの外のボールを 拾い、姫守にトスする。 「一球入魂なのですぅっ!」  さすがにアタックは打てなかったけど、 姫守は相手コートの深いところに ボールを返した。 「絵里、今っ」 「はいっ。お願いしますっ」  芹川の綺麗なトスが、ネットの前に上がる。 「させるかぁぁっ!!」  コートの外からふたたび猛ダッシュで ネット前まで戻り、全力でジャンプする。 「はいっ!」 「ふんぬっ!!」  俺のブロックが成功して、 ボールは相手コートに落ちた。 「インッ」 「み、見たか……はぁはぁ……」 「あははっ、すごいすごい。 でも、そんなピストン運動した後みたいに なっちゃって、最後まで体力持つかなぁ?」 「なんのなんの、俺は絶倫だぜ……」  どれだけ体力を使おうと、 この作戦で行くしかない。  たかが球技大会かもしれないけど、 それでも、今日は負けたくないんだ。  サーブすらまともに打てなかった姫守が、 この決勝の舞台に立てるようになるまでに、 努力したんだからな。  ここで俺が頑張らなきゃ嘘だろう。 「もう一本とるぞっ、姫守っ!」 「はいっ。一球入魂なのですぅっ!」  試合の流れはこちらに傾きつつあった。  しかし、さすがに友希・芹川ペアは手強い。  追いあげてはいるものの、要所要所で 着実に得点を重ねられてしまう。  そして――スコアは19対20。 友希・芹川ペアのマッチポイントだ。  けど、ここさえしのげば、 一気に流れがこっちに傾くはず――  緊張が立ちこめる。  サーバーは友希。さすがにこの状況で、 オナニーが通用するとは思えない。  けど、この一球だけは、何としてでも―― 「姫守、絶対とるからなっ! その後のフォローを頼むぞっ」 「は、はい。かしこまりましたっ」  友希は深呼吸をする。 そして、ゆっくりと走りだした。 「せーのっ、はいっ!」  友希のジャンピングサーブに、 俺は何とか食らいつく。 「――ぬおっ!」  俺のレシーブで、ボールは高く上がり、 コートの外へ飛んでいく。 「お任せくださいっ!」  姫守が必死に走る。 それでもわずかに届かない。  しかし、彼女はボールに向かって 懸命にダイブした。  間一髪、手が届く。 「お願いしますっ、初秋さんっ!」  空高く上がったボールが、 こっちのコートに返ってくる。  俺は跳んだ。  けど、ボールは俺の頭上を越え、 相手コートへと流れていく。 「うおおぉ、クワァタァックッ!」  限界ぎりぎりまで腕を伸ばし、 渾身の力でボールに手を叩きつけた。 「はいっ!」  だが、友希のブロックが 目の前に立ちはだかった。 「インッ。19対21で、 御所川原・芹川ペアの勝利です」 「やったぁっ。絵里っ」 「ふふっ、勝ちましたね」  友希と芹川が 小さくハイタッチする。  俺はがっくりと肩を落とした。 あと一歩、及ばなかった。  部活が終わり、さぁ帰ろうかという時―― 「あれ? ない?」  あぁ、そうか。 今日は球技大会だったから、 教室にカバンを置きっぱなしだ。  ドアを開けると、一人だけ生徒が残っていた。  姫守だ。 「あ……おつかれさまです。 部活は終わったのですか?」 「あぁ」 「申し訳ございません。 本日はお休みをしてしまって」 「いや、うちの部は 出たい時だけ出ればいいからさ」 「そう言っていただけると 気が楽になります」  姫守はどこか元気がない。  やっぱり、球技大会の結果に 落ちこんでいるんだろうか?  あんなに頑張ったんだもんなぁ。 「……球技大会、残念だったな」 「はい」 「ごめんな。姫守はあんなに 特訓したのにさ。俺がもうちょっと うまくやれてれば……」 「い、いえ。そのようなことはございません。 準優勝でも、私は満足していますよ」 「そうか? そのわりには 元気ないみたいだけど?」 「あ、それはその、 元気がないわけではないのですぅ……」 「そうなのか。じゃ、どうしたんだ?」 「……………」  様子がおかしいな。 「……歓迎会をしてくださった時に、 私が申しあげたことを、覚えてますか?」 「いろいろ聞いたと思うけど、どれのことだ?」 「ファストフードを食べて、 部活に入って……なのですぅ」 「あぁ、思い出した。恋をしたいけど、 どうすればいいか分からないって やつだな」 「……はい。じつは、分かったのですぅ……」  予想だにしない言葉に、 俺は驚きを隠せなかった。 「それって、好きな人ができたってことか?」 「……はい。大好きな人が、 できてしまいました……」 「……そう、なんだ……」  何と言えばいいか分からず、黙ってしまう。 「……その人は、いつも、 私のために一生懸命、頑張って くださるのですぅ」 「ファストフードが食べられたのも、部活に 入れたのも、それ以外のことも、たくさん たくさん、その人のおかげでできたのです」  「その人」 が誰なのか、 ここで訊くほど鈍感じゃない。  心臓が早鐘を打っていた。 「それに、好きだって気づいてからも、 もっともっと好きになるのです。 会うたびにどんどん好きになるのですぅ」  姫守はまっすぐな眼差しで、 じっと俺の顔をのぞきこむ。 「本日も、もっと好きになったのですよ。 頑張っている姿がすごく格好良くて、 『姫守』って呼ぶ声がすごく優しくて……」 「こんなにずっとドキドキしていて、 恥ずかしくて、顔も合わせられないから、 部活を休んでしまいました」  姫守はきゅっと唇を噛み、 決意を決めたような表情を浮かべる。 「……好きなのですぅ。大好きなのですぅ。 私は、あなたに恋をしてしまいました」  予想していた言葉に、 けれども、激しく心臓が揺さぶられる。 「どうか、後生なのですぅ。 あなたのお気持ちを 聞かせてくださいませんか?」  俺は姫守のことが――  俺は姫守のことが――「好きだよ」  自然と言葉が口をついた。 「ゲームが好きで、少し世間知らずで、 いつも楽しそうに笑っている姫守のことが、 大好きだ」 「……あ……嘘みたいなのです…… 初秋さんは、きっと他の方がお好きなのだと 思っていました……」 「嘘じゃないよ。俺は姫守が一番好きだ」 「……でしたら、その、 彩雨と、呼んでくださいませんか…?」 「彩雨」 「は、はい。何ですか?」 「好きだよ」 「……私も、初秋さんのことが、 大好きなのですぅ」 「初秋さん?」 「その……颯太さん……が、好きなのですぅ」  はにかむように“彩雨”が笑う。  俺も無性に照れくさくて、 どういう顔をすればいいのか、 分からない。  ただ、きゅうと胸を締めつけるように、 彩雨への愛しさで全身が満たされていた。 「彩雨」  名前を呼ぶと、彼女はかすかにうなずく。 「今更かもしれないけどさ」  告白は先にされてしまったから、 せめてこれぐらいは言おうと思った。 「俺と、付き合ってくれるか?」  彩雨は一瞬、 ビックリしたような表情になり―― 「はい。どこまでも、お供いたします」  いつもの、少し古風な言い回しで、 しっかりと返事をくれたのだった。 「……姫守のことは好きだけど、ごめん……」  彼女を傷つけるのを覚悟で、 俺は正直に胸の内を言葉にした。 「……ありがとうございます…… きちんとお答えいただけて、 とても嬉しいのですぅ」  姫守は笑顔だった。 「これからも、良いご友人で いてくださいますか?」 「あぁ、もちろん」 「くすっ、良かったのですぅ。 断られたらどうしようかと思ってしまいました」  机に置かれてる姫守の手が わずかに震えているのが分かった。 「そんなわけないって。 友達としては、姫守のこと、 本当に大好きだからさ」 「そう言っていただけると、 とても嬉しいのです」 「それじゃ、これからバイトだから、 もう行くな。また明日」 「はい。また明日なのですぅ」  カバンを回収すると、踵を返して 教室のドアに手をかける。  教室のドアを閉め、窓の外に視線をやった。  教室からかすかに漏れてきた声に、 胸が軋む。  だけど、俺には彼女を慰める資格はなかった。  午後、ナトゥラーレでバイト中のこと――  厨房が暇になったので、 フロアに顔を出してみると、姫守が来ていた。  紅茶を飲みながら、店に置いてある 少年漫画を読んでいる。  やがて、読みおわったのか、 彼女は漫画をパタンと閉じる。  顔をあげた彼女と目があった。 「どうも、お邪魔しております」  姫守の席に近づいていき、声をかけた。 「なに読んでたんだ?」 「ドラゴンポールなのですぅ」  七つのポールを集めるとどんな願いでも叶う っていう設定の漫画だ。 「ポールがけっこう長くて重たそうなのに、 皆さん素手で運んでらして、いつどこかに ぶつけてしまわないか、手に汗を握るのです」 「そのドキドキがドラゴンポールの 醍醐味だよな」  読んでない人には何のことか、 分からないだろうけど。 「ですけど、こちらのお店には 続きはないのですよね?」 「俺の家にあるから貸そうか?」 「ありがとうございます。 お言葉に甘えさせていただきますね」 「そういえば、初秋さんは、 『青い夏の下で』という漫画を お読みになったことはおありですか?」 「いや、ないけど、聞いたことあるような。 それって少女漫画じゃなかったか?」 「少女漫画はお嫌いなのですか?」 「嫌いって言うか、ほら、男子だからさ。 読んだことないんだよね」 「そうですか。ですけど、『青夏』は、 男の子にもとっても人気がありますので、 きっと初秋さんも気に入ると思います」 「おぉ、そうか?」 「はい。ある男の子とある女の子の ドキドキするような恋物語で、 青春が目一杯詰まっているのですぅっ!」 「へぇ」  たまには恋愛物も悪くないな。 「それに絵がとっても綺麗で、 ずーっと眺めていたくなるのですぅ。 絶対、お勧めなのです」 「そっか。 面白いんだったら、こんど読んでみるよ」 「はい。 ぜひぜひ、読んでみてくださいませ」 「あ。もし、よろしければなのですが 明日、私の家に読みに来ませんか?」  明日か。どうしようかな?  明日か。どうしようかな?「じゃ、ドラゴンポールの続きを持って、 遊びにいくよ」 「ありがとうございます。 楽しみにお待ちしていますね」 「いや、明日はちょっと都合が悪いかな」 「そうでしたか。残念なのですぅ」 「また今度な」 「はい。またぜひ よろしくお願いいたします」  午後はナトゥラーレでバイトだ。  バイトの休憩中、 友希がぐったりとしていた。 「……暑いわ。夏バテしちゃうよ……」 「もうすでにしてるんじゃないか?」 「あー、うーん、そうかも。暑いよぉ……」 「まぁ、ここは火を使ってるから、 どうしてもね」 「ちょっと脱いでもいい?」 「今晩のオカズになる覚悟あるんなら、 好きにすればいいんじゃないか?」 「やーらしいのー」 「まぁ冗談だけどな。 なんたって俺は植物系だし」 「あー、植物系ち○ぽ」 「男子だよっ!」 「あははっ、あー、暑いよぉ」 「まかないはどうする?」 「ぜんぜん食欲ないなぁ」 「食べないと余計にバテるぞ」  と、作りおえたまかないをテーブルに置いた。 「冷やし中華、始めました」 「あー、おいしそう。これなら食べられるかも。 いただきます」  友希は手を合わせた後、箸をとった。 「ねぇねぇ、あたし思ったんだけど、 麺類食べる音ってさ、 ちょっとやらしいよね?」 「その考えは病気だよ」 「あむ、あぁむ、ちゅるっ、ちゅるるるっ、 颯太のおいしい、喉の奥まで呑みこんじゃう」 「……………」  本当にやらしいな…… 「そうだ。ねぇねぇ、 明日もかなり暑いみたいだし、 泳ぎにいかない?」  海水浴か。どうするかな?  海水浴か。どうするかな?「あぁ、いいよ。行こうか」 「やった。じゃ、迎えにいくね」 「いや、明日はちょっと都合が悪いんだ」 「えー、せっかく誘ったのに」 「悪い。また今度、行こうな」 「うん。絶対よ?」  さて、授業も終わったし、 今日はトウモロコシの収穫だな。  畑に行くと、すでにまひるがいた。 「遅いぞ。まひるは待ちくたびれたんだ」 「いちおう授業おわってすぐ来たんだけど」 「勝ったんだ。まひるは授業おわる前に 来たんだぞ」 「いや、それは威張ることじゃないよ」 「午前中に仕事があったから、 授業は休んだんだ」 「それは、むしろよく間に合ったな」 「撮影場所はそんなに遠くなかったんだ。 それにまひるは急いだんだぞ」 「そっか。じゃ、さっそく始めるか」 「まひるは楽しみにしてたんだ。 今日はトウモロコシだなっ! まひるもトウモロコシ穫るんだっ」 「で、どうやればいいんだ?」 「あぁ、簡単だよ。見てな。 この辺りをつかんで、ボキッて 折るようにして穫ればいいんだ」  見本を見せてやると、 まひるはすぐに真似をした。 「こかな? えいっ。 やった。えへへ。とれたな。 トウモロコシおいしそだな」  俺たちは次々とトウモロコシを 収穫していく。 「これは、すぐ食べられるのか?」 「あぁ、かなり甘いぞ」 「えへへ。そっか。 トウモコロシ♪ トウモコロシ♪」 「トウモロコシな」 「ん? トウモモロコシ?」 「さっきまでは言えてたぞ」 「トウモコロシ? トウモモコロシ? トウモロコシ、あ、トウモロコシだっ!」 「まひるって、よくそれで、 役者やってるよね……」 「よし、と。これで全部だな」  収穫したトウモロコシを、部室に運びいれた。 「えへへ、たくさんだな。おいしかな? 早く食べたいな。30分ぐらいかな? 颯太だから、もっと早いかな?」 「いや、悪い。これからバイトだから、 食べるのはまた今度だな」 「え……また今度…… おまえは今、信じられないことを 言ったんだ……」 「そんなこの世の終わりみたいな顔を するなって。すぐだよ、すぐ」 「そうか。すぐなのか。それならいかな?」 「じゃ、バイト行くからな。またな」 「あ、待つんだっ。 明日はどうだ? トウモロコシ食べよう」 「明日?」  どうするかな?  どうするかな?「分かったよ。 じゃ、明日、部室に集合な」 「やった。えへへ、楽しみだな」 「明日は授業もないし、また今度な」 「うー…! じゃ、いいんだ。 もうおまえには頼まないんだ。 まひるは持って帰って食べるんだぞ」  と、まひるは自分のカバンいっぱいに トウモロコシを詰めていた。  約束通り、ドラゴンポールの続きの巻を 持って、姫守の家にやってきた。 「こちらが『青夏』なのですぅ」  拍子にはかわいらしい女の子の絵が どアップで描かれている。 「おぉ、確かに絵はかなり綺麗だな」 「はい。さっそく読まれますか?」 「あぁ、でも俺が漫画読んでたら、 姫守が暇だろ」 「いえ、私もお隣で ドラゴンポールを読むのです」 「あぁ、そっか。 じゃ、ちょっと読もうかな」  と、俺は『青夏』のぺージをめくった。  “青夏”は、学園生の女の子と男の子による 爽やかな青春恋物語――だと思っていた。  いや、事実、青春恋物語には違いない。  しかし、しかしだ。  毎回のように挟まれる性描写は いったい何なのか?  しかも、エロい。そうとうエロい。  まったく知らなかったけど、 少女漫画って代物は、挿入もフェラも OKだったのか。  それも全部、青姦だ。 これでもかってぐらいに青姦だ。  あぁ、そうか、 タイトルの“青い夏の下で”って そういう意味…… 「……面白いですか?」  今まさにヒロインが裸で喘いでるぺージを 開いた時だった。 「あ、あぁ。なかなか、いいんじゃないか」  く。植物系男子たる俺が、 このシチュエーションは、とんだ変態だぜ。 「さ、最近の少女漫画って、 だいたいこういうのが多いのか?」 「そうですね。こういう傾向の作品も たくさんありますよ」 「そっか……」  恐るべしは少女漫画か。 下手したら、エロ本よりもエロいぞ。  まぁ、男性向けじゃないからか、 いまいちエロのポイントがずれてる気も するが…… 「ふふっ、これを機に初秋さんが もっと少女漫画をお好きに なってくださったら、嬉しいのです」 「なんでだ?」 「そうしたら、少女漫画の貸し借りが できて、きっと楽しいのですぅ」 「あぁ、なるほどな」  これを本屋で買うのは、 ある意味エロ本よりも恥ずかしい気がした。 「どの台詞を言われてみたいとかで、 盛りあがれるのですぅ」 「いや、言われてみたいってヒロイン目線だろ。 さすがに俺はそういうのないんだけど……」 「でしたら、言ってみたい台詞などは ありませんか?」 「まぁ、それなら、あると思うけど……」 「でしたら、初秋さんにその台詞を おっしゃってもらえば、 二人で楽しめるのですぅ」 「なるほど……」  それ、楽しいんだろうか? 「ちなみに姫守はどの台詞を 言ってもらいたいんだ?」 「青夏に出てくる台詞はぜんぶ好きですから どの台詞でも嬉しくなってしまうのですぅ」 「ですから、初秋さんのお好きな台詞を おっしゃってくださいませ」 「……好きな台詞って言われても……」 「どうぞ。どの台詞でも構いませんよ」  これは、つまり、言えってことか? 「いや、あのね、姫守……」 「ふふふっ」  だめだ。すごい楽しみにしてる。  仕方ない。どの台詞でも嬉しいなら、 何か無難なものを――  と、適当に開いたページに目を落とす。  『お前の処女膜、俺が破ってやるからな』と イケメン男子がキメ顔を放っていた。  こ、この台詞も言ってもらったら、 嬉しいんだろうか…? 「お決まりになりましたか? どの台詞なのですぅ?」  姫守に開いたページを見られた。 「……こ、こちらが、よろしいのですぅ?」 「あ、いや、これは……」 「……構いませんよ」 「え……構わないって……」 「い、いえ、その台詞をおっしゃっても、 構わないという意味で……その……」 「あぁ、そ、そうだよね……」 「では、どうぞ……」 「あの、姫守…?」 「……………」 「……………」  どうやら、俺の台詞を待っているようだ。 「あ、あのさ」  仕方ない。こうなったら、破れかぶれだ。 「『姫守、お前の処女膜、 俺が破ってやるからな』」 「………………はい」 「えっ?」 「いえ、今のは、その、 次の台詞なのですぅ……」  姫守が見せてくれたページには、 『はい』とうなずくヒロインの姿が 描かれていた。  夏の空には太陽が燦々と輝いている。  憎らしいことこの上ない日輪も、 しかし、今日ばかりは味方だ。 「あははっ、海よ、海っ。 行くわよーっ!」  友希が海のほうへ走っていく。 「きゃはっ、冷たいっ。ほら、颯太。 早くおいでよっ。気持ちいいわ」 「あぁ、今いくよ」  友希にならって、俺も海の中へ飛びこんだ。 「冷てーっ、気持ちいいーっ!」 「ねぇねぇ、競走しよー」 「おう、いいよ。どこまで泳ぐ」 「じゃ、あそこのブイにタッチして、 先にここまで戻ってきたほうが勝ちね」 「ハンデやろうか?」 「えー、そんなの、よーいどん!」  そう言うなり、友希はブイに向かって、 泳ぎはじめた。 「おいっ、汚いぞっ!」  慌てて友希の後を追う。 「よしっ、いっちばーんっ!」  俺が右手を天高く掲げ勝利の余韻に 浸ってると、後から友希が 追いついてきた。 「ぷはっ。颯太、速いよぉ」 「いやいや、これぐらい男子なら普通だよ」 「そんなことないわ。 どのぐらい速いかって言うと、 挿れた瞬間、イッちゃったぐらい早いわ」 「下ネタで例えるのはやめれ」 「えー、いじわるーっ」  と、友希が俺の乳首をつつく。 「やめいっ」 「なんで? 勃っちゃいそう?」 「そんなわけないだろ」 「嘘だぁ。じゃ、見せてよ」  友希が俺の水着に手をかけてくる。 「放せっ、こら、本当に見せるぞ」 「あははっ、やーらしいのー。 ねぇねぇ、今度はどっちが長く潜水できるか 勝負しよっか?」 「いいぞ」 「何か賭けない?」 「じゃ、俺が勝ったら、 あとでかき氷おごってくれ」 「じゃ、あたしが勝ったら、 颯太の水着もらうね」 「もらってどうすんのっ!?」 「女の子の秘密だもん。 じゃ、行くわよ。よーいどん!」  大きく息を吸いこみ、潜った。  余計な酸素を使わないように、 体を脱力させて、じっと時間が すぎるのを待つ。  1分ぐらいが経過し、だんだんと息が 苦しくなってきた。  その時、目の前で友希の手が動く。 何かと思ったら、俺の横腹を くすぐりはじめたのだ。 「(ぐはっ、やめっ……やめろっ)」  身をよじって逃れようとするも、 まるでタコのように手が巻きついてくる。 「(もうだめだっ!)」 「ぷはぁっ、はぁはぁ……」 「あははっ、やったー、勝ったー」 「何が『勝った』だ! あんなもん反則だろうがっ」 「えー、勝ちは勝ちだもん。 ほら、水着出してよ」 「フルチンになっちゃうよねっ!」 「じゃ代わりに、また今度 一緒に泳ぎにきてくれる?」 「それはいいけど……そんなんでいいのか?」 「うん!」 「まぁ、それはそれとしてだ。 反則は反則だからな」 「はぁい。じゃ、今度は 向こうのほうまでのんびり泳ごっか?」 「あぁ」 「よーいどん!」 「のんびりって言ったよねっ!?」  全力で泳いでいく友希を、 俺は追いかけていくのだった。 「ご、ごめんね。怒った?」 「いや、怒ってないけど」 「隙ありっ!」  友希が海中に潜り、 俺の水着を一気に下ろした。 「うおっ」  水着を脱がされる拍子に、 足をすくわれて、顔面から海水に 突っこんだ。 「あははっ、もらっちゃったぁ! じゃあねー」  友希が泳いで逃げる。 「ま、待てえぇっ!」  このままではフルチンで海水浴を楽しむ 変質者になってしまうと、 必死で友希を追いかける。  やばい。やばいぞ。 もう少しで、砂浜に着いてしまう。  あそこまで行かれたら、そう、 フルチンでは追えない…!? 「うおおぉぉっ!!」  俺はかつてないほど高速で泳いだ。  人間、切羽詰まるととんでもない力が出る。  自分でも分かった。 きっとこれが、俺の生涯の ベストクロールだ。  まもなく海水が腰より下の浅さに なるといったところで、俺は友希の 腕をつかんだ。 「あははっ、速い速いっ」 「速い速いじゃねぇっ。 いいから、パンツだ。パンツを返せぇっ」  ずいと友希に詰めよる。 「……う、うん。返すから……放してくれる?」 「また逃げる気だな。その手には乗らないぞ」 「逃げないってば、そうじゃなくて、 その……」 「何だよ?」 「だから、あんまり擦りつけないでよ……」  あ……  やばい。そういえば、フルチンだった。 「あ……おっきくなった…?」  俺はとっさに身を離す。 「あたしの太ももに擦りつけて、 気持ち良かったの?」 「……いいから、パンツを返してくれ」 「えー、そうだって言わないと 返してあげないわ」  なんだ、それ…? 「そうだよ。だから、返してくれ」 「……えっち。やーらしいのー」 「……………」  返してくれよ……  収穫したトウモロコシを食べるために、 まひると部室にやってきた。 「トウモロコシはどうやって 料理するんだ?」 「まぁ、茹でるのが一番簡単かな」  大鍋に水をはって、そこに塩を入れ、 ガスコンロの上に載せる。 「あとはトウモロコシを入れて、 火にかけるだけだよ」 「トウモロコシはまひるが 入れたいんだ」 「おう。じゃ、食べたいだけ入れなよ」 「分かったんだっ。 えいっ、えいっ、えいえいえいっ!」  まひるがトウモロコシを 大量に投入する。  あっというまにてんこ盛りになった。 「こらこら、いくらなんでも入れすぎだよ。 こんなに食べられるのか?」 「まひるはゴハンを食べられなかった ことなんかないんだぞ」 「お腹壊しても知らないからな」  もうひとつ大鍋を用意して、 まひるが入れたトウモロコシを ふたつに分ける。  そして、ガスコンロの火をつけた。 「どのぐらいでできるかな?」 「沸騰してから10分ぐらいだよ」 「そうか」  まひるはしばらく鍋をじーっと見つめ、 「もういかな?」 「まだ沸騰してもいないよ」 「まひるは早く食べたいんだっ。 お腹が空いたんだぞ」 「分かったけど、もうちょっと待とうね」 「もうちょっとってどのぐらいだ? 30秒ぐらいか?」 「30分ぐらいだよ」 「うー…!」  まひるは恨めしそうに鍋を睨んだ。 「ほら、できたぞ。 熱いから気をつけて食べろよ」 「やった。あぁむ、あひゅいっ!」 「言ったそばから、何してるんだよ……」 「こいつめっ、トウモロコシの分際で、 まひるにたてつくなんて許さないんだ!」 「許さなかったら、どうするんだ?」 「食べるんだっ!」  けっきょく食べるのか。 「あひゅいっ!」 「ちょっと学習しようねっ!」 「うー…! トウモロコシの分際でぇ……」 「まひるもちょっとは人間らしく、 トウモロコシと張りあわないようにね」 「はぁむ、あむあむ、 なんかもんふあゆのかっ」 「いや、別に……」  ちょっと冷めたのか、慣れてきたのか、 まひるは次から次へとトウモロコシを 食べていく。 「あんまり食べすぎると、お腹壊すぞ」 「大丈夫なんだ」  まひるは聞く耳持たず、 食べて食べて食べまくった。  そして―― 「……あぅぅ、お腹痛いな。食べすぎたな。 苦しな」 「ほら。だから、お腹壊すって言っただろ」 「うるさいんだっ。ううぅ、痛いな……」  まひるはしばらくお腹を抱えて うずくまっていた。 「まひるは頑張って食べたんだぞっ。 これは名誉の負傷なんだ」 「そんなに頑張って食べなくても トウモロコシは逃げないぞ」 「颯太が頑張って育てたトウモロコシを 颯太が頑張って茹でてくれたから、 まひるは頑張って食べたんだぞっ!」 「……………」  まったく、こいつは、 たまにいじらしいことを言うから、 困るんだよな。 「ありがとうな。嬉しいよ」 「まひるは偉いか?」 「あぁ、偉いぞ」 「えっへ――あぅ……痛いな……」 「大丈夫か?」 「大丈夫じゃないんだ。 お腹をさすってほしいんだ」 「ここか?」  まひるの腹部に手をやって、 優しく撫でた。 「えへへ。少し楽になったんだ」 「そうか?」  そんなに効果あるかな? 「颯太のトウモロコシ、 また食べたいな」 「いいけど、今度は食べすぎないようにしろよ」 「大丈夫なんだ。食べすぎたら、 また颯太がお腹をさすってくれるんだ」 「お腹さすったからって、 楽になるとは限らないだろ」 「楽になるんだっ。颯太の手は魔法の手なんだ。 今だってまひるはお腹が治ったんだ」  うーん、思い込みの激しい奴だな。 「……イヤ、なのか?」 「嫌じゃないって。そんな心配するなよ」 「えへへ。うん。まひるは颯太の言うことを ちゃんと聞くんだ。心配しないんだ」  今日は畑仕事に精を出した。  畑仕事を終えて、学校を出る。  うーむ、お腹すいてきたな。  家に帰って何か作るのも面倒だし、 マックでも寄ってくか?  どうせだから、誰か誘おうかな? 「ん…?」  芹川だ。そういえば、前もここで会ったな。 「よっ、芹川。何してるんだ?」 「あ……えっと……その…………」  何だ? そんなに恥ずかしくて 言えないようなことをしていたのか? 「……………散歩です……」  散歩か…… 「そういえば、前もそうだったよな」 「……はい」  あれ? なんでさらに顔が赤くなるんだ? 「えーと……悪い。 話しかけないほうが良かったか?」 「い、いえ……そんなことはありません…… 嬉しいです」  良かった。何か変なこと 言ったのかと思った。 「芹川って、散歩好きなんだな。 よくこの辺りを歩いてるのか?」 「えぇと、はい、六月から」 「ん? じゃ、それまでは 散歩してなかったのか?」 「たまにはしてましたけど」 「へぇ。どうして急に散歩を始めたんだ? 健康のためとかか?」 「………………」  あれ? まただ。 「その……何かいいことが、 あればと思って……」 「あぁ、なるほどな。 じゃ、今日は何かいいことあったのか?」 「…………はい。ありました」 「へぇ。何があったんだ?」 「……その……」 「あぁいや、言いたくないなら、 別に言わなくてもいいよ」 「ごめんなさい」 「いやいや、ぜんぜん気にしてないって」 「あぁ、それより芹川は今、時間あるか?」 「時間はありますけど」 「じゃ、マック行かないか? 奢るからさ」 「……は、はい。分かりました」  というわけで、俺たちは 新渡町のほうへ向かった。 「注文してくるけど、何がいい?」 「……えぇと、ジンジャエールを」  ジンジャエールだけ? 「セットじゃなくていいのか? 奢りだからって遠慮しなくていいんだぞ」 「あ……その、じつはさっき食べたばかりで……」 「え……あぁ、そうなんだ。 悪い。じゃ、カフェとかのほうが良かったな」 「いえ、そんな。 初秋くんが食べたい物を食べたほうが いいと思います」  人が好いな、芹川は。 「じゃ、ジンジャエール買ってくるよ」 「――ごちそうさま」 「なぁ、良かったら、 この後、どっか遊びにいかないか?」 「はい。いいですよ」 「どこがいいかな? ゲーセンなんてどうだ?」 「大丈夫です」  ということで、ゲーセンに やってきたんだけど、 「芹川は何かやらないのか?」 「あ、はい。 わたし、ゲームは全然できませんから。 見ているだけでいいです」 「そうなのか。悪い。 じゃ、これ終わったら、出るから」 「いえ、大丈夫です。 初秋くんがやっているところを 見ていますから」 「……そっか。でも、 退屈だったら言ってくれよ」 「はい」  うーむ。芹川って頼まれると断れない タイプみたいだな。  ゲーセンは早めに 切りあげることにしよう。  さてと、これからどうするか。  あんまり芹川を連れまわしても悪いしな。 「じゃ、そろそろ帰ろう」 「………………はい……」  これからのことを考えれば、 今日はこんなところにしといたほうが いいだろう。  また少しずつ遊べるようになれば いいしな。  今週は期末テストだ。 「ようし、じゃ、始めていいぞ」  テスト用紙を裏返して、 まずは名前を記入する。  問題はそれほど難しくはない。 少なく見積もっても、70点は とれるだろう。 「ようしっ、終わった」  放課後。俺は急いでカバンに教科書を詰める。 「あれー? 颯太、そんなに 急いでどこ行くの?」 「帰るんだよ。料理コンテストまで 後10日ちょっとだからさ」 「あぁ、そっか。 どう? 作る料理決まった?」 「それが、まだ全然でさ。 でも、テスト期間中は午前中で 学校おわるからな。この間に何とかするよ」 「勉強は?」 「今期は諦める。 まぁ、しなくたって、 さすがに赤点はとらないから」 「そっか。じゃ、頑張ってね」 「おう。また明日な」 「うーん……」  急いで家に帰ってきたはいいけど、 これといったアイディアが浮かばない。  既存の料理を作るにも、 何か工夫を加えなければ、 コンテストで勝てるとは思えない。  いろいろ試してはみたものの、 どれもしっくり来なかった。 「どうしたもんかなぁ…?」 「何をそんなに悩んでいるんだい?」 「あぁ、料理コンテストだよ。 お前に野菜を作ってもらったはいいけど、 肝心のメニューが決まらなくてさ」 「世界で一番おいしい料理を 作ればいいじゃないか」 「あのね……そんなもん作れたら、 そもそも料理コンテストなんか 出ないで、今すぐ店を出すよ」 「ふぅん」 「お前、どうでもいいと思ってるだろ」 「いいや。そんなに作る料理が 決まらないなら、ぼくが妖精界の 料理を教えてあげようかい?」 「ん? 妖精界にも料理があるのか?」 「もちろんあるよ。 オススメは、ドラゴンダイコンを使った ドラゴンスープだね」 「ドラゴンダイコンって、 あれクソ不味いだろ?」 「ドラゴンダイコンって、もしかして、 畑になってたドラゴンの色と形をした 変なダイコンのことじゃないだろうな?」 「おや? 食べたことがあるのかい?」 「あぁ、ふろふき大根にして 食べたんだけどさ。この世の物とは 思えない不味さだったぞ」 「それは人間界の調理法で作ったからだよ。 妖精界の作物は、妖精界の調理法を 使わないとだめなんだ」 「どんな調理法にしたって、 あれが美味くなるとは思えないんだけど?」 「嘘だと思うなら、作ってあげるよ。 まずはドラゴンダイコンをとりにいこう」 「あぁ……」 「でも、いいのか? いつもなら料理を 作る暇があったら、女の子を口説けとか 何とか言ってくるだろ」 「ぼくもいいかげんに諦めたよ。 君はいくら言ったって、料理を作るのが 第一なんだろう?」 「……まぁ、な」 「だったら、協力して早く終わらせたほうが 恋も進展するじゃないか。それに……」  QPは言い淀み、それ以上を 口にしようとしなかった。 「……ん? それに、何だ?」 「日本語を間違えたよ。 このゴミクズって言いたかったんだ」 「どういう間違いだよっ!!」 「そういえば、ドラゴンダイコンって、 あれ以来見てないんだけど?」 「抜いてみるまでは普通のダイコンと 見分けがつきにくいからね」 「ちなみに、 この一列は全部、ドラゴンダイコンだよ」 「え……本当に…?」 「抜いてみれば分かるよ」  俺はダイコンの葉に手をかけ、 思いっきり引きぬく。 「うわぁっ、な、なんだっ!?」 「今日のドラゴンダイコンは活きがいいね」 「『活きがいい』って…… 活きがいいと鳴くのか?」 「当たり前じゃないか。 むしろ、鳴かない人間界のダイコンのほうが どうかしてるよ」 「……お前と話してると、 常識をどこかに忘れそうになるよ……」  もう2本、ドラゴンダイコンを引きぬき、 部室へ向かった。 「よいっしょっと」  不気味なドラゴン状のダイコンを テーブルに置く。 「それじゃ、さっそく調理するよ」 「あぁ、そういえば調理器具は何を使う? 部室だから、そんなに大した物は ないんだけど」 「必要ないよ。見ててごらん」 「やぁドラゴンダイコン、今日も元気そうだね。 ちょっとスープになってくれないかい?」 「お前、なに言って……」 「な…!?」  一瞬にして、 ドラゴンダイコンが変化を遂げていた。  ダイコンの中身がくり抜かれ、 そこには透き通った透明なスープが 入っている。 「これがドラゴンスープだよ。 飲んでみてごらん」 「いま何をしたんだ? 魔法か?」 「いいや、話しかけただけだよ。 妖精界の作物はそうすることで、 調理できるんだ」 「意味が分からないんだけど……」 「意味なんかぼくも分からないよ。 ただそういうふうになってるんだ」  うーむ、そう言われても、 腑に落ちないんだけど…… 「まぁいいか。問題は味だな」  俺はスプーンを持ってくる。 「君はこと料理になると本当に 積極的だね」 「どうせ恋愛には消極的だよ」  言いながら、ドラゴンスープを スプーンですくい、口へ運ぶ。 「……あ……」  すーっと溶けるように消えていく、 信じられないほど柔らかい口当たり。  そして、まるで最高級の牛肉のような 濃厚な味。  それでいて、後口は優しく、 次から次へとスプーンが伸びる。 「なんだこれ? 美味いなんて物じゃないぞ。 この世の物とは思えない味だ……」  俺はゆっくり味わう余裕すらなく、 またたくまにドラゴンスープを 飲み干してしまった。 「だから、最初に言ったじゃないか」 「……なぁ、これって俺でも作れるのか?」 「簡単だよ。『スープになってくれ』って 話しかければいいんだ」 「本当か…?」  半信半疑ながらも、 残りのドラゴンダイコンに向かって 話しかける。 「なぁ、ドラゴンダイコン、 スープになってくれないか?」 「うわあぁぁっ!!」 「な、なんだ、こいつ!? いま火を吐いたぞっ」 「君が疑いながら話しかけたから、 怒ったんだよ。当然じゃないか」 「いや、『当然』って言われても……」 「相手の気持ちになって考えてみなよ。 君がダイコンだったら、疑ってかかる相手に スープになってやろうと思うかい?」 「その相手の気持ちになって考えるの、 すげぇハードル高いな……」  ダイコンの気持ちは ちょっと理解できそうにない。 「まぁいいや。もう一度やってごらんよ。 今度は疑わないようにね」 「あ、あぁ」  ドラゴンダイコンに向かって、 もう一度話しかける。 「よう、ドラゴンダイコン、 ちょっとスープになってくれるかな?」 「うおおぉぉっ!」  俺は寸前のところで、 ドラゴンダイコンのブレスを回避する。 「なんでだ!? 今度はぜったい疑ってないぞっ!」 「愛情が足りないんだ。考えてごらんよ。 君がダイコンだったら、愛情のない相手の 言うことを、聞こうと思うかい?」 「……………」  妖精界の料理は、人間界のそれとは、 あまりに勝手が違った。  今日はテストが終わった後、 いったん家に帰って、夜、友希と 待ち合わせをした。 「あ、やっほー、颯太、お待たせー」 「おう。悪いな、時間作ってもらって」 「うぅん、予定埋まってるほうが好きだもん」 「今日は何してたんだ?」 「うんとね、七夕だから短冊買って、 家帰って、ごはん食べて、明日の テスト勉強して、オナニーして、寝てたわ」 「変な嘘を混ぜないように」 「あははっ、バレちゃった。 じつはテスト勉強してないんだぁ」 「オナニーだよっ!」 「あー、すぐオナニーとか言って、 やーらしいのー」 「友希が言いだしたんだよね……」 「だって、嘘じゃないんだもん」 「じゃ、どうやってするんだよ?」 「うんとね、こんな感じで、 左手がおっぱいで、右手があそこで」 「やらなくていいからねっ!」 「あははっ、冗談冗談。 それで、どこ行くの?」 「あぁ、ちょっとナトゥラーレに行かないか?」 「うん。いいよ。行こっか。 お腹すいたんだぁ」 「あれ? 閉まってない? 今日、休店日だっけ?」 「いや、そんなはずないよ。 入ってみよう」 「でも、開いてる?」 「あぁ、鍵は開いてるみたいだよ。 ほら、行こう」  と、友希に手を伸ばす。 「え、う、うん」  ナトゥラーレのドアを開き、 友希を先に中へ入れた。 「 「誕生日、おめでとう!」 」 「えっ? えっ? えと……」 「今日は友希の誕生日だろ。 みんなで誕生会を企画してたんだよ」 「あ、そっか。忘れてた。 今日、あたしの誕生日だぁ!」 「お誕生日をお忘れだったのですぅ?」 「友希らしいですね」 「あははー、ありがと、みんな。 すっごく嬉しいわ」 「どれぐらい嬉しいかって言うと、 初めて中出ししたぐらい嬉しいっ!」 「ふむ。どちらかと言えば、 嬉しい時より、気持ちいい時に 使う表現のような気がするけれどね」 「もぉ……今日は誕生日だから、 大目に見るけどね」 「おら、どいたどいた」  マスターが特製の手作りケーキを 運んでくる。 「わぁ、かわいい、おいしそうっ! これ、どうしたの?」 「知り合いのパティシエに頼みこんで、 作り方を教えてもらってな。 今日、俺が作った」 「そうなんだぁ。ありがと、マスターっ! あたし、このケーキ、すっごく好き!」 「……お、おう。まぁ、なんだ、 喜んでもらえて、良かったよ」 「なに、涙ぐんでるんですか? 犯罪ですよ」 「ち、ちげぇよっ! そんなんじゃねぇっ! ただ娘がいたら、こんな感じかと思ってよ」 「娘萌えというやつかな?」 「あははっ、キモいねー」 「……き、キモ……は、はは…… ちょっくら、外の風にあたってくらぁ……」 「冗談冗談、本気にしないでくださいよー」 「そ、そうか。 よしっ、そんじゃロウソクに火つけっぞ」  ライターを使い、マスターがロウソクに 火をつけていく。 「よし、いいぞ」 「じゃ、さっそく消しちゃうよ。 すー、ふーっ!」  友希がロウソクの火を消すと、 みんな、拍手をしながら口々に おめでとうの言葉をかけた。 「そんじゃ、切りわけるぞ。 友希、どれぐらい欲しい?」 「うんとね、たくさん」 「たくさんだな。任せときな」  マスターがケーキを切りわけていく。 「ロウソクはちゃんと20本以上あるようだね」 「いきなり現れて なに言ってるんだ、お前? どう見ても20本以上には――」 「いいや、もっとよく見てごらんよ。 確かに20本以上あるだろう。 少なくとも、ぼくの目にはそう見えるよ」 「おかしな奴だな。 なんで、そんなにロウソクの数に こだわるんだ?」 「別に。ロウソクの数なんて大したことは ないよ。仮に20本未満だからと言って、 何を表すわけでもないんだからね」 「いや、普通は年れ――」「あーーーーーーーーーーーーーーー」 「何だよ?」 「何でもないよ。 妖精は時折、こうして発声練習するんだ」 「あぁ、そう……」 「おら、颯太、お前の分だ」 「ありがとうございま――って、 ちっちゃくないですか?」 「あぁ、友希がたくさん欲しいって言うからな、 仕方なくお前の分を削らせてもらった」 「あははっ、ありがとね、颯太」 「い、いや、これぐらい どうってことないよ……」  ま、まぁ、誕生日だしな。 「颯太くん、あたしの食べる? そんなにたくさん食べられないし」  さすがまやさん、なんて優しいんだ。 「ありがとうございます。 遠慮なくいただきます」 「へぇ。君はそういう手口を使うんだね」 「何ですか? 手口って?」 「心当たりがあるだろう?」 「うぅん、全然ありませんよ」  なんか、この二人、 笑顔なのに怖いんだけど……  ともかく、俺たちは 夜遅くまで誕生会を楽しんだのだった。 「颯太、そろそろアレを出したらどうだ?」 「はい。そうですね」  俺は、フロアに隠しておいた チケット状の紙をとりだし、友希に渡した。 「俺たちからの誕生日プレゼントだよ」 「えーと、何これ? 『いつでも遊ぶ券』?」 「まぁ、肩たたき券みたいなもんでさ。 それを使えば、俺たちがいつでも 遊んであげるってやつだよ」 「そっかぁ。だから、全員分あるんだ。 本当にいつでもいいの?」 「限度はあるけど、でも、なるべく 友希に付き合うようにするから」 「そうなんだ。あははっ、嬉しいなぁ。 誰も遊んでくれない時もあるからさぁ」  思った通り、友希は喜んでくれたようだ。  まぁ、寂しがり屋だからな。 「さっそく使っちゃおっかなぁ。 ねぇねぇ、まひる、空いてる日に 買い物付き合ってくれる?」 「う……買い物は……」  友希の買い物は尋常じゃないほど長いからな。 できれば遠慮したいだろう。 「えいっ、『いつでも遊ぶ券』よ」 「……わ、分かったんだ。 まひるは買い物に付き合うぞ」 「やった。久しぶりに思いっきり 買い物しよっと」 「……今までは手加減してたのか?」 「うん、そうよ。手加減しないと、 みんな、嫌になっちゃうんだもん」 「……………」  まひるが助けを求めるような目で 見てくるけど、下手なことをすれば、 こっちまで巻きこまれる。  許せ、まひる。俺には何もできない。 「じゃ、いつにしよっか? まひるは一日空いてる日ってある? 開店から行こうよ」  活き活きと話す友希とは裏腹に、 まひるは絶望的な表情を浮かべていた。 「颯太、そろそろアレを出したらどうだ?」 「はい。そうですね」  俺はフロアに隠しておいた コートノーブルのコンサートチケットを とりだす。 「友希、これみんなからな」 「ん、なになに?」 「え、うそ、コートノーブルの コンサートチケット!? えー、すごい! ずっと行ってみたかったんだぁっ!」 「ありがとー、みんな。なんか、 ずっと『ホテル行こ』って言いつづけて、 やっとOKもらったような気分よ」 「どんな気分だよ……」 「またまたー、分かってるくせに」  いや、そりゃだいたい分かるけどさ。 「あ、これペアチケットなんだ。 誰と行こっかな?」  一瞬、友希が横目で俺を 見たような気がした。 「ねぇねぇ颯太、ちょっと外出ない?」 「ん? あぁ、いいよ」 「んー、夜風が気持ちいいなぁ。 あー、見て見て、天の川よ。 雨降らなくて良かったね」 「そういえば、今日、七夕だったな」 「あたし思ったんだけど、織姫と彦星ってさ、 1年に1回しか会えないんだから、 今頃ぜったい、ヤリまくってるよね?」 「神聖な七夕を下ネタで汚すんじゃない」 「えー、汚してないわ。 だって、好きな人だったらやりたいでしょ。 別に変なことじゃないもん」 「お前が言うと、まるで説得力がないよ……」 「そういえば、颯太って短冊書いた?」 「いや、まだだよ」 「じゃ、一緒に書こうよ。 今日、かわいい短冊があったから、 買っちゃったんだぁ」  友希が、手にしていたポーチから 短冊とペンを出して、俺にくれた。 「ありがと」  俺は迷うことなく、願い事を書く。  『自分のお店が持てますように』  よし、今年も完璧だな。 「颯太の願い事って昔からずっと 同じだよね」 「そりゃ、叶うまではな。 お前はなんて書いたんだ?」 「えーと、み、見る…?」  心なしか、友希は緊張しているように 見えた。 「見ていいのか?」 「……うん、これ……」  友希が短冊を見せてくれる。  『好きな人と一緒に  コートノーブルのコンサートに  行けますように』  と、書いてあった。 「……あの、ね。さっきの コートノーブルのコンサートだけど……」  友希がまっすぐ俺の顔を見つめている。 「あ、あぁ」 「一緒に、行ってくれる?」  それって、つまり、そういうことだよな。  それって、つまり、そういうことだよな。「いいよ。一緒に行こう」 「ほ、本当に? 意味わかってる?」 「分かってるよ」 「じゃ、どういう意味?」 「こういう意味だよ」 「あ……ん……んはぁ……ん、んん……」  唇を重ねたまま、俺は囁くように言った。 「友希、好きだよ」 「あたしも、好きよ。ずっと、好きだもん」 「そうだったか?」 「うんとね、気づいたんだぁ。 颯太は幼馴染みで大好きだと思ってたけど、 本当は、あたし、恋人になりたかったって」 「俺も、そうだよ。友希のこと、 ずっとただの幼馴染みだと思ってた」 「ねぇねぇ、舌入れてもいい?」 「お前って、こんな時でも変わらないな。 俺なんか、すごいドキドキしてるってのに」 「だって、してみたいんだもん。だめ?」 「いいよ」  答えた瞬間、友希の舌が口内に入ってきた。 「んれろぉ……ん……んちゅ……れぁ、 れろぉ……れちゅ……んはぁ……んん……」  ぬるぬるの舌が俺の舌に絡みつき、 蕩けてしまいそうだった。 「……どうしよう、颯太の舌、 すごく気持ちいい」 「友希の舌も、すごい気持ちいいよ」 「もっと、してもいい?」 「いいよ」 「あむ……んふぅ……んれろぉ、れろ、 れちゅ……れあ、ん、んふぅ、れあぁ……」  友希の唾液が舌を通して、口内に入ってくる。  じゅうっと温かい感触が口いっぱいに広がり、 頭がぼーっと麻痺していく。 「くちゅ……くちゅるっ、ちゅあ……ちゅぱっ、 んっ……んあぁ、んふぅ……んれろぉ、はぁ」 「あ……濡れてきちゃった……」 「濡れたって…?」 「秘密」 「ここまで来て秘密はないだろ」 「だーめ、秘密なんだもん」 「そんなこと言うと、キスするぞ」 「……じゃ、一生秘密にしちゃう」  言った瞬間、今度はこっちから、 友希の口内に舌を差しこむ。 「あ……んぁ……んちゅっ、んはぁ…… あむ……れろぉ、れろれろ、んっ、んん……」  ひとしきり互いの唇を求めあった後、 ゆっくりと舌を抜いた。 「あははっ、えっちなキスしちゃったね」 「なんて答えればいいんだよ?」 「もっとえっちにしてやるよ、かなぁ?」 「こんなところじゃできないよ」 「じゃ、おあずけ」 「生殺しか……」 「あたしだって、そうだもん」  俺たちはふたたび舌先を伸ばし、 今度は優しく唇を重ねる。 「ちゅっ。大好き」 「そろそろ戻ろっか? 怪しまれちゃうし」 「あぁ、バレたら何を言われるか 分かんないからな」  何事もなかったかのように装いながら、 俺たちは店内に戻った。  すると――  蜘蛛の子を散らすように、 みんながドアから遠ざかった。 「……どうかしたか?」 「な、な、何でもないのですぅ…!」 「そ、そうそう。何でもないよ」  ん? 何だ? みんな、落ちつきがないぞ。 「絵里、大丈夫? 顔真っ赤よ」 「いえ……何でもないですから……」 「そうだ、何でもないんだ。 まひるも何でもないんだぞ」 「それにしても、 ずいぶん濃厚なキスだったね?」 「え…………」 「もう、葵さん。 だめですよね、そういうこと言ったら」 「そうは言っても、君たちが あまりにも白々しいもので、ついね」 「あー……もしかして、みんな見てた?」 「友希はもう少し人目を気にしたほうが いいと思います」 「あはは……だって、 したかったんだもん。ね」 「あぁ、まぁ……」 「それで、今の心境はどうかな?」 「うんとね、最高の誕生日プレゼントを もらっちゃったなぁって感じ?」 「はいはい、ごちそうさま。 おめでたいから、お酒でも 飲んでこようかな」 「いいね、付き合おうか?」 「まひるも飲みたいんだっ!」 「言っておくけど、 ノンアルコールカクテルよ?」 「……本物じゃなかったのか……」 「私もノンアルコールカクテルを 飲んでみたいのですぅ」 「それじゃ、あとは若い二人に任せるとして、 僕たちは寂しい独り身同士で女子会でも しようじゃないか」  部長たちは向こうのテーブルのほうに 陣取って、何やらこそこそと話しはじめた。 「……………」 「どうした?」 「ちゅ」  唇にキスされた。 「え、えぇと…?」 「あははっ、かわいい。大好きっ」  というわけで、今日は人生最高の日だった。 「ごめん……一緒には、行けない……」 「……そっか……」 「ごめんな」 「あははっ、コンサートに行けないぐらいで そんなに謝らなくていいって」 「……あぁ、そうだな」 「さてと、ごはん食べてこよっと。 おいしそうなものたくさんあったよね」 「あぁ、マスターが腕によりをかけて作るって 張りきってたからさ」 「そうなんだ。楽しみだなぁ」  その後も友希は、 何事もなかったかのように 振る舞っていた。  5日間つづいた期末テストが、 ついに終わった。 「ねぇねぇ、期末テスト終わったし、 みんなでどっか遊びにいかない?」 「悪い。もう料理コンテストまで 時間がないからさ。 今日はまっすぐ帰るよ」 「そっかぁ。じゃ、仕方ないね。 頑張って」 「おう」  自宅に戻った俺はさっそく“調理”を始めた。 「頼む、ドラゴンダイコンっ、この通りだ! 俺はどうしても、どうしても、 ドラゴンスープを飲みたいんだっ!」 「おや? どうやら、ドラゴンダイコンも だんだんと君の熱意にほだされてきた ようだよ。もう一息だね」 「ドラゴンダイコン、 いや、ドラゴンダイコンさんっ!」 「俺に、あなたの素晴らしいスープを 飲ませてくださいっ! お願いしますっ!」  必死に頭を下げつづけ、 ドラゴンスープ作りに勤しんだ。  午後、ナトゥラーレにてバイト中のこと――  フロアに顔を出すと、 姫守が本棚をじーっと見ていた。  どうやら、少年漫画を物色しているようだ。  姫守はコミックスを手にすると、 パラパラとページをめくり、 また棚に戻した。  そして、何やら考えこんでいる。 「面白そうなのがないのか?」 「いえ、男の人の漫画は、 戦う話ばっかりだと思ったのですぅ」 「あぁ、言われてみれば、多いかもな」 「男の人は戦うのが 好きだからなのでしょうか?」 「まぁ、わりと」 「パンチすると楽しくなってしまうのですぅ? ボコボコにするとご満悦なのですか?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど…… 姫守はバトル漫画は好きじゃないのか?」 「そのようなことはありませんが、 どうして戦うお話ばかりなのか、 疑問が深まってしまいました」 「いや、戦う話以外のものも結構あるよ?」 「どういったものですか?」 「例えばエ――いや、恋愛物とか」  危ない、思わず 「エロコメ」 って言っちゃうところだった。 「男の人の漫画にもそういった物が あるのですね」 「あぁ、ここにあるのは マスターの趣味ばかりだから、 ちょっと置いてないけど」 「そうでしたか。 今度、本屋さんに行った時に探してみますね」 「あぁ。じゃ、ゆっくりしてってくれ」 「あ、すみません。お引き止めして 申し訳ないのですが、初秋さんは そういった漫画を持っているのですか?」 「あぁ、いちおう何冊かはね」 「では、もしよろしければ、 見せていただけませんか?」 「えぇと、いいけど、いつ?」 「明日などいかがでしょう?」  明日か? どうするかな?  明日か? どうするかな?「いいよ。じゃ、明日うちに来てくれる?」 「はい。ぜひお伺いさせていただければと 思いますぅ」 「いや、明日はちょっと都合が悪いかな」  エロコメはさすがに姫守には見せられないし、 それ以外のもあったような気はするけど、 定かじゃない。  明日じゃ、ちょっと準備期間がなさすぎる。 「そうなのですね。分かりました。 では、また都合の良さそうな日に お誘いするのですぅ」 「あぁ、悪いな」  ナトゥラーレでのバイトが終わり――  厨房の片付けが先に終わったので、 フロアの掃除を手伝っていた。 「ねぇねぇ、今日、泊まってもいい?」 「あぁ、大丈夫だけど、 父さんと母さんはいないかも」 「えっと……お気に入りの 下着つけて来いってこと?」 「単純に、いないから会いたくても無理だよ ってことな」 「そういえば、久しぶりに おじさんとおばさんに会いたいなぁ」 「父さんと母さんも会いたがってたよ。 なんせ、実の息子よりもお前のほうを かわいがってるぐらいだからな」 「いいじゃん、実の息子なんだから」 「いやいや、実の息子だから、 腑に落ちないんだろうが」 「じゃ、今日、一緒に寝よっか?」 「何が『じゃ』なのか全然わからないよ」 「やなの?」 「断っても、勝手にベッドに入ってくるだろ」 「減るもんじゃないから、いいじゃん」 「……おい、小町。あいつら、いつのまに 付き合ってたんだ?」 「あれ、付き合ってないみたいですよ」 「付き合ってない? あれでか?」 「幼馴染みって不思議ですよね」 「そういえばさ、彩雨が貸してくれたゲームを 持ってきたんだけど、やらない?」  ゲームか。どうするかな?  ゲームか。どうするかな?「いいけど。どんなゲームだ?」 「うんとね、占いゲームよ」 「占い……なんだ、その珍しいジャンル? 面白いのか?」 「まだやってないんだけど、 二人でプレイすると面白いと思うって 彩雨が言ってたわ」  姫守は変なゲーム持ってるな。 「ま、やってみれば分かるか」 「いや、今日は眠いから、風呂入ってすぐ寝る」 「じゃ、明日は?」 「明日は出かける予定があるからな」 「えー、せっかくのお泊まりなのに……」  今日は30℃を超える猛暑だった。 「はいよっ、かき氷いちご味、おまちどおさま」 「えへへ、かき氷、おいしそうだな。 たくさんあるな。どこから食べよかな? ここかな? ここがいかな?」 「ゆっくり食べろよ」 「分かってるんだ。 はむはむはむっ、もぐもぐもぐっ、 ばくばくばく!」  まひるは、ものすごい勢いで食べはじめた。 「人の話まったく聞いてないよね?」 「はむはむ、うるさいんだ。もぐもぐ、 いま食べてるから、ばくばくばく、 話しかけたら、ばぐばぐ、ダメなんだ」 「そりゃ悪かったな」 「んっ、うぅ…!?」 「どうした?」 「……頭が痛いんだ……」 「ほら。だから、 ゆっくり食べろって言っただろ」 「なんで、かき氷はおいしいのに、 頭が痛くなるんだ。まひるは 納得できないんだっ!」 「だから、ゆっくり食べれば大丈夫だって」 「イヤだ。まひるは一気に食べるのが好き なんだっ。おまえ、今すぐ頭が痛くならない かき氷を作ってくるんだっ」  また無茶を…… 「そんなかき氷、まず無理だよ。 痛いのが嫌なら、アイスケーキとかに したら?」 「アイスケーキ…? えへへ、アイスケーキもいいな。 おいしそうだな。それにしよかな」  単純な奴だな。 「まひるはアイスケーキを注文するんだ」 「あぁ悪い、今日はないんだ。 アイスケーキが始まるのは明日からだよ」 「……じゃ、仕方ないんだ…… まひるはかき氷を食べるんだ」  まひるが恐る恐るかき氷を食べる。 「えへへ、痛くない。大丈夫になったんだ」  調子に乗り、またしても彼女は ばくばくとかき氷を食べはじめた。 「うぅぅ…! あ、頭が痛いんだ…! なんでかき氷はおいしいのに、 こんなに頭が痛くなるんだ……」  学習しない奴だった。 「あ、そうだ。まひるは明日、休みなんだ。 アイスケーキを食べにこようと思うんだ」 「それは誘ってるのか?」 「別に誘ってないんだ。 来たければ、来てもいいんだぞ」  回りくどい奴だな。  回りくどい奴だな。「じゃ、俺も食べにいくよ」 「そうか。颯太も来るのか。 えへへ。やった。颯太も来るんだ」 「悪いな。明日はちょっと用事が あるからさ」 「ま、まひるは別に おまえなんか来なくても ぜんぜん平気なんだぞっ」 「あぁ、そうだよな。分かってるよ」 「うー…! あっかんべーだっ!」  まひるはトイレの方向へと 走りさっていった。 「エロ本よし」  18禁マークのある物は天井裏に隠した。 「萌え系よし」  萌え系イラストがわずかでも入っている物は 押し入れに避難させた。 「パンチラよし」  その他パンチラ以上の表現がある物も、 念のため、タンスの中にしまいこんだ。 「完璧……だな」  よし、これでやましいことなど何もない、 どっからどう見ても好青年の本棚だ。  何を手にとられても、 爽やかな表情を浮かべていられる。  お、もう来たか? 本棚の整理に意外と手間取ったけど、 間に合って良かった。 「お邪魔いたします」  姫守を部屋まで案内した。 「どうする? さっそく漫画読んでみるか?」 「はい。ぜひ拝見したいのですぅ」 「じゃ、何がいいかな?」  と、俺は本棚に視線をやり、 姫守に勧める漫画を選ぶ。 「こちらの“スーパーソムリエ”というのは、 スーパーマーケットに詳しいお人の お話なのですぅ?」 「いや、スーパーマーケットの スーパーじゃなくて、すごいソムリエのこと。 ワインを題材にした料理漫画だよ」 「では、こちらの“セ・ボン”というのは、 どういったお話なのでしょうか?」 「あぁ、フレンチを題材にした料理漫画だな。 フレンチレストランに就職した主人公が 苦労しながら、成長していく話だよ」 「こちらの“おもてなし”というのは、 どのようなお話なのですか?」 「江戸前寿司を題材にした料理漫画な。 江戸前寿司の主人が、寿司を通して、 お客さんの悩みを解決する人情話だよ」 「ふふっ、初秋さんは 料理漫画がお好きなのですね」 「まぁ、子供の頃に買ったやつなんだけどね。 今日の朝、いろいろ整理していたら、 出てきたんだよ」 「そうでしたか。 料理漫画以外の物もあるのですぅ?」 「えぇとね、あると思うけど」  スポーツ系の漫画を手にとってみる。 「あ、こちらに置いてある “デンじゃらす”というのは、 どういう物でしょう?」 「え…?」  その単語を聞いた瞬間、 心拍数と血圧が一気に上昇し、 全身から嫌な汗がにじんだ。 「……えぇと……それはね……」  やばい。なぜアレがあんなところに 置いたままなんだ…?  “デンじゃらす”――その名の通り、 パンチラなどでは到底収まらない、 デンジャラスなエロコメだ。  あれを読まれたら、おしまいだ。  どうする? どうする、俺っ!? 「それは、なんていうか、 恋愛物なんだけど……女の子には、 あんまりオススメできないかなぁ」 「恋愛物でしたか。 ですから、こんなに女の子が かわいらしいのですね」 「あぁ、恋愛物が読みたいんなら、 俺のオススメはこの“花ほたる” なんだけどさ!」 「じー……」  すでに姫守は“デンじゃらす”を 読んでいた。  やばい。やばいぞ。あれは序盤から、 男子が喜ぶかなり過激なネタの オンパレードなんだ。 「……………」  心なしか姫守の顔は赤い。  しかし、途中でやめる気配はなく、 そのまま“デンじゃらす”を 読み進めている。  姫守が“デンじゃらす”を読みおえ、 本を閉じた。 「……………」 「……………」  だめだ。 黙っていたら、余計に怪しい。 「お、面白かったか?」 「不思議なことがたくさん起こるのですぅ」 「不思議なことって言うと?」 「転んでも、こういうふうには ならないと思うのですぅ」  姫守が開いたページに描かれていたのは、 主人公があお向けに倒れ、その顔面に 女の子のお尻が乗っかっている光景だ。 「あぁ、そうだよね……」 「どうしてこうなったのですぅ?」 「それは、その……」  果たして、ラッキースケベを どう説明すればいいのか、 俺は頭を悩ませた。  姫守は恥ずかしそうにしながら、 俺に問いかけるような視線を向ける。 「……………」 「……ど、どうした?」 「初秋さんは、こういうのが お好きなのですぅ?」  う……どうしよう…? 「お好きなのですね」  答えに迷ってると、 姫守はそれを肯定と捉えた。 「……いや、ま、まぁ……」 「でしたら、こういうことを してみたいのですぅ?」  姫守が開いたページには、 偶然、女の子の着替えをのぞいてしまう ラッキースケベのシーンが描かれていた。 「……いや、あのね、姫守。 男って言うのはさ……」 「したいのですね」 「ま、まぁ……」 「こちらもですか?」  今度は、転んだ主人公が、 顔面に女の子のお尻を乗せられるという、 不思議な物理現象が発生したシーンだ。 「そ、そんなことは……」 「嘘はならぬのですぅ」 「……まぁ……あくまで夢って言うか……」  願望って言うか…… 「では、こちらはどうなのですぅ?」  そのページには、うっかり手が女の子の 下着の中に滑りこみ、あまつさえさらに どこかに指が滑りこんだ絵が描かれていた。 「……えぇと、まぁ、ありえないことでは あるんだけれど……」 「したいのですぅ?」 「その、あ、あくまで、憧れって言うかさ……」 「……卑猥なのですぅ……」 「ご、ごめん……」  反射的に謝っていた。  姫守は俺をじーっと見つめ、 「……こちら、お借りしてもよろしいですか?」 「えっ? “デンじゃらす”を?」 「はい、だめなのですか?」 「いや、それはいいけど……面白かった?」 「いえ、よく分かりませんでした。 ですから、その、少しでも 理解できたらと思うのですぅ」 「面白くなかったんなら、 無理して読むことはないと思うけど……」 「ですけど、初秋さんはお好きなのでしょう?」 「え、うん、まぁ、そこそこ」 「でしたら、私も好きになりたいのですぅ」 「あ、そ、そう?」 「はい。そうなのです」 「そうか……」 「そうなのですぅ……」  気まずいような、こそばゆいような時間が、 俺たちの間に流れていた。  遅い朝食を食べおえ、 俺は食器を洗っていた。 「あ、ねぇねぇ、 けっきょく昨日、ゲームしなかったね」 「あ、そういえば、なんだかんだで ずっとダベってたもんな」 「今からやらない?」 「おう。洗っちまうから待っててくれ」  テレビの画面には、 『超占術』の文字が躍っていた。 「すっごくマニアックそうなゲームだな……」 「二人プレイがオススメって言ってたから、 相性占いしよっか?」 「おう」  本当にこれ、面白いんだろうか? と疑問を持ちながら、相性占いを選択する。  互いの氏名、生年月日、血液型などを 入力していく。 「好きな四文字熟語をふたつ入れてください、 だって」 「じゃ、俺は、 『絶体絶命』と『四面楚歌』だな」 「じゃ、あたし、 『全身全霊』と『一蓮托生』にしよっと」  それぞれの四文字熟語を入力し、 決定ボタンを押す。 「占い中だって」 「すごいレトロな音だな」  お。終わったな。なになに? 「『今世では二人の相性は、良くありません。 御所川原友希がどれだけ追いかけても、 初秋颯太は絶対に気がつかないでしょう』」 「『しかし、来世での二人の相性は抜群です。 必ず幸せになれるでしょう』」 「颯太は鈍感だから、 来世になるまで気がつかないってこと?」 「ふーん……としか言いようがないな」  間違いなくクソゲーだと思った。 「あー、この占いすごく当たってる。 颯太って鈍感だよね」 「いやいや、誰が鈍感だよ。 言っとくけど、俺はかなり敏感なほうだぞ」 「おち○ちんの話?」 「違うよっ!」 「でも、颯太って酷いなぁ。 あたしがどんなに追いかけても、 気づいてくれないんだ」 「あくまで占いの結果だからな。 俺が気がつかないこととは、 まったくもって別問題だからな」 「じゃ、気がついてるの?」 「何に?」 「何だと思う?」  俺は表情を引き締め、真剣な口調で答えた。 「友希が俺のことを好きだってことか? そんなの気づいてるに決まってるだろ」 「え……あ……その……」 「気づいてないと思ったか?」 「……う、うん。だって全然、 そんなふうな素振り見せなかったじゃん」 「いや、そりゃ、 こっちの気持ちがはっきりするまでは、 軽はずみなこと言えないだろ」 「……じゃ、はっきりしたの?」 「あぁ。友希、聞いてくれるか?」 「う、うん。言って」  俺は真摯な気持ちをこめて言った。 「このボケ、いつまで続けるんだ?」 「ボケ…?」 「あぁ、どうした? そんなビックリした顔して?」 「う、うぅん。あ、あははっ、ごめんね。 ボケ倒しちゃった」 「だめだろ。自分から、ネタ振ったんだから、 ちゃんとツッコミまで面倒見てくれないとさ」 「うん、今度から気をつける……」 「それにしても、これ、クソゲーっぽいけど、 いちおう他のもやってみるか?」 「うん……」 「じゃ、職業占い行ってみるか」  なりたい職業に、 飲食店のオーナーを選択する。  さてと、どうなるかな?  クソゲーだって分かってるのに、 わりとドキドキしてくる。  もうすぐだ。よし、来いっ! 「…………ばか、鈍感……」 「おら。アイスケーキふたつ、 バニラとストロベリーだ」 「ありがとうございます。 どうですか、今日は?」 「まぁ、ぼちぼちだわな」  そう言って、マスターは去っていった。 「えへへ、アイスケーキ、 おいしそうなんだ。はむ、もぐもぐ、 えへへ、おいしな」  まひるはものすごい勢いで アイスケーキを食べはじめる。  そして、あっというまに 食べおえてしまった。 「頭が痛くないんだ。 アイスケーキは大丈夫なんだ」 「言った通りだろ」 「まひるはおかわりするんだ。 このでかいのを食べるんだぞっ」 「マスター。注文なんだ。 アイスケーキ・ホール・スペシャルを まひるは食べたいんだっ!」 「はいよっ」 「アイスケーキ・ホール・スペシャル、 おまちっ」  俺たちの目の前に ホール状のアイスケーキが置かれる。  まひるはさっそくスプーンを伸ばした。 「ぱくぱくぱく、もぐもぐもぐ、 しゃりしゃりしゃり、むしゃむしゃむしゃ!」 「そんなに一人で食べられるか?」 「まひるのなんだ。あげないぞ」 「いや、別にとらないけどさ」 「なら、いいんだ」  今だ! まひるが油断したところに スプーンを伸ばした。  俺のスプーンがまひるのスプーンで 受けとめられる。 「『まひるのだ』って言ったはずなんだ」  そう言って、まひるはふたたび、 アイスケーキを食べはじめた。 「でもさ、そんなに一人で食べて大丈夫か?」 「その手には乗らないんだ。 アイスケーキなら頭痛にならないから、 まひるはいくらでも食べれるんだ」 「もぐもぐ、アイスケーキが、ばくばく、 相手なら、むしゃむしゃ、まひるは 無敵なんだ!」  さらにまひるは口を大きく開き、 拳大ほどもあるアイスケーキの欠片を ぱくっと食べる。 「う………!!」 「どうした?」 「……お腹が痛いんだ……」  アイスケーキの食べ過ぎで、 お腹が冷えたに違いなかった。 「もうダメだ。毒が入ってたんだ。 まひるはここで死ぬんだ」 「あのね……そんなわけないだろ。 お腹が冷えただけだよ」 「でも、すっごく痛いんだぞ。 まひるは死にそうなんだ」  うーむ、さっきまであんなに 元気だったのに、思いこみの激しい奴だな。 「温めればすぐに良くなるから、 温かいお茶でももらってくるよ」  俺が立ちあがると、 引き止めるようにまひるが手をつかんだ。 「いっちゃダメなんだ……」 「いや、でもさ、体温めたほうがいいだろ。 お茶持ってくるからさ」 「お茶より、颯太のほうが温かいんだ」  まひるが両手で俺の手を握った。  ひんやりとした感触とともに、 俺の熱がまひるにとられていく。 「……温かくてしても、お腹は痛いんだ……」 「まぁ、お腹を温めないとな」 「まひるはいいことを考えたんだ」  と、まひるは俺のTシャツをめくり、 その中に入ろうとしてくる。 「んしょっ、んしょっ、こかな? こうすれば、入れるかな?」 「いや、あの、まひる、何してるんだ?」 「颯太は温かいから、 Tシャツの中に入れば温かいんだ」 「それはそうかもしれないけど…… って、こら、無理矢理入ってくるなっ」 「えいっ、えいっ、んしょっと。 えへへ、入ったんだ」  少し大きめのTシャツだったとはいえ、 まひるはその中にすっぽり入ってしまった。  無論、Tシャツはのびのびだ。 「颯太は温かいな。 まひるはだんだん、治ってきたんだ」 「それは良かったんだけど……」  ぎゅっと密着しているせいで、 まひるの華奢な体とその柔らかさが、 直に肌に伝わってくる。  ていうか、店内でこの状態は、 非常にやばい気が…… 「お、お前……何して……まさか…… 公然わいせ……」 「いや、違いますってっ!!」 「じゃ、何だ? まさか、まさか、 俺の想像もつかないようなことを…!」 「想像ついてから言ってくださいね……」  誤解を解くのに苦労しそうだった。 「よし、こんなところか」  畑作業を一通り終え、 俺は部室に戻ることにした。 「あれ、部長、来てたんですか?」 「あぁ、すまないね、今日は手伝えなくて」 「いえ。今日はまひるも姫守も 用事があったみたいですし、 俺も大したことはしてませんよ」 「……………」 「……ん? 何ですか?」 「好きな人はいるのかな?」 「な、何ですか、急に」 「別に、ふと気になっただけだよ。 どうなんだい?」 「いませんよ。ていうか、 いても部長にだけは絶対に言いませんから」 「おや、つれないことを言うね。 どうしてだい?」 「自分の胸に手を当てて考えてくださいよ。 言ったら、絶対ろくでもないことしますよね」 「君の気持ちを勝手に相手の子にバラしたり かな?」 「そうですよ」 「まさか。そんな幼稚なことはしないよ。 せいぜい、君がいかに変態かを切々と訴える ぐらいさ」 「余計タチが悪いですって……」 「ふふっ、君は本当にいい顔をするね。 僕は君のそういう顔が大好きなんだ」 「光栄ですよ……」  あいかわらず病気だな、この人は。 「ところで、この後は暇かな? 一緒に遊ばないか?」 「ひとつ前の台詞を考えてから、 遊びに誘ってくださいよ」 「『大好きだ』って言ったじゃないか」 「『イジメるのが』ですよね」 「ふふっ、 君だってイジメられるのが大好きだろう? 僕たちはお似合いだと思うよ」 「変な濡れ衣を着せるのはやめてください」 「ま、嫌なら、やめておくさ」 「別にいいですよ、暇ですし。 何して遊ぶんですか?」 「そう来なくちゃ。 このあいだ映画で見たんだけど“Truth or Dare”ってゲームは知ってるかな」 「Truth or Dare? 『真実か挑戦か』ですか? 聞いたことあるような気はしますけど」 「ルールは簡単だよ。まず 『Truth or Dare』と僕が君に問いかける」 「そうしたら、 君は“Truth”か“Dare”を選択するんだ」 「“Truth”なら、質問されたことに対して、 正直に真実を答えなければならない」 「“Dare”なら、命令されたことに、 必ず挑戦しなければならない」 「それが終わったら、今度は君が僕に、 『Truth or Dare』と問いかけるんだ。 あとはその繰り返しだよ」 「……なんていうか、部長が 好きそうなゲームですよね……」 「面白そうだろう?」 「まぁ、いいですけど。 じゃ、やりましょうか」 「僕が先攻でもいいかな?」 「いいですよ」 「それじゃ、Truth or Dare?」  “Dare”を選べば、部長のことだから、 どんな無茶をやらされるか、 分かったもんじゃない。  ここはやはり―― 「Truth」 「じゃ、質問だ。 君は、僕をオカズにオナニーを したことがあるかな?」 「はい…!?」 「ほら、正直に答えなよ。 どうなんだい?」  しまった。こんな厄介な質問が 来るとは予想外だ…… 「その反応で、答えは 分かったようなものだけれどね。 君の口から聞かせてもらおうじゃないか」 「……まぁ、少しは……」 「ふふっ、君はいけない子だね。 僕のことを病気扱いしておきながら、 裏ではそんなことをしているんだから」 「それで、どんなふうに僕を犯したんだい?」 「質問は1回ですよ。今度は俺の番です」 「そうだったね。 次にとっておくことにするよ」 「Truth or Dare?」 「Truth」  “Truth”か……  部長が答えにくそうな質問なんて あったかな?  よし。多少、セクハラチックだけど、 部長なら大丈夫だろう。 「じゃ、質問しますけど、 部長の初体験ってどんなでした?」 「……………」  おぉ。滅多に見られない顔が見れたな。 「……僕は……経験はないんだ……」 「へぇ。普段は 経験たっぷりみたいなこと言ってて、 したことなかったんですね」 「……覚えておきなよ。次は僕の番だ。 Truth or Dare?」  “Truth”なら、間違いなく さっきのオナニーの続きを訊かれるだろう。 それだけは何としてでも勘弁願いたい。 「Dare!」  答えると、部長はテーブルの下から、 ワインボトルとグラスをとりだした。 「学校になに持ってきてるんですか」 「ちょっと飲みたい気分だったのでね」  部長がワインをグラスに注ぐ。 「それじゃ、飲み干してくれるかな?」  く。まさか、 酔わせて判断力をなくさせる作戦か…… 「なかなか、地味な手を使いますね」  グラスのワインを一気に飲み干す。  今度は俺の番だ。 「Truth or Dare?」 「Dare」  さすがにさっきの質問は堪えたみたいだな。  よし、目には目をだ。  俺はグラスにワインを注いで、 「飲んでくれますか?」 「僕と飲み比べをする気かな?」  ごくごく、と喉を鳴らして、 部長はグラスのワインを飲み干した。 「Truth or Dare?」 「Dare!」 「それじゃ、次は2杯いってみようか?」  部長がグラスにワインを注ぐ。  もちろん、次にやり返されるのは 分かっているだろう。  これで勝負はより単純になった。  先に飲めなくなり“Truth”を選択したほうが 恥ずかしい質問に答えなければならない というわけだ。  負けるわけにはいかない、 と俺はグラス2杯のワインを飲み干した――  いったい何杯飲んだのか。 テーブルにはワインボトルが、 4本ほど転がっている。  頭はぼんやりとしてて、 だんだんまともなことが 考えられなくなってきた。  だっていうのに―― 「ごくごく……うん、 これもなかなかおいしいね」  部長はケロッとした顔で、 グラスのワインを飲み干した。 「……なんで、ぜんぜん酔わないんですか……」 「いいや、酔っぱらってはいるよ。 ほろ酔いというやつだね」  あれだけ飲んで……ほろ酔い…… 「ほら、次は君が飲む番だよ。 Truth or Dare?」 「く……」  だめだ。 さすがにこれ以上は限界を超える。 「……Truth」  「待ってました」 とばかりに部長は笑った。 「僕とえっちなことをしている夢を 見たことはあるかな?」 「あ、ありませんよ。そんなこと」 「本当に?」 「はい」 「ちぇ、本当のようだね。つまらない。 まぁいいや。続けようか?」 「……Truth or Dare?」 「Dare」  どれだけ飲んでも ちっとも酔わない部長を相手に、 俺は不利な戦いを強いられるのだった。  ドラゴンダイコンを仰々しく奉り、 俺は頭を地面に擦りつけるようにして、 必死に拝んだ。 「神様、仏様、ドラゴンダイコン様。 なにとぞ、この卑しい人間である私めに、 お慈悲を、お慈悲のドラゴンスープをっ!!」  おぉ、ついに――  ついにドラゴンダイコンが、 ドラゴンスープへと変化を遂げた。 「やった。QP、見ろよ、やったぞっ!」 「ぺろぺろ。 うん、まだ少し苦みはあるけど、 ほぼ完成だね」 「マジで? まだ足りないのか?」  スプーンでスープをすくい、舐めてみる。  あいかわらず死ぬほど美味いけど、 言われてみれば若干後味が苦い。 「けれど、これでも十分、料理コンテストで 優勝できるんじゃないかい?」 「あぁ、まぁ、な……」 「どうかしたかい?」 「いや、最初はドラゴンスープが できたら、料理コンテストは それで行こうと思ってたんだけどさ」 「やっぱり、作らないことにするよ」 「どうしてだい? ドラゴンスープなら、 優勝間違いなしじゃないか」 「そうだけど、インチキみたいなもんだろ。 それで優勝したって、俺の力じゃない。 それじゃ、意味ないんだよな」 「ふぅん。それじゃ、仕方がないね。 最後に君の夢の手助けぐらいは、 したかったけれど」 「ん? 『最後』って何だ?」 「言ってなかったかもしれないけど、 ぼくが人間界にいられる時間は もう長くないんだ」 「『長くない』って、どのぐらいだ?」 「あと一週間いられれば、いいほうだろうね」 「一週間って……そんな急に……」 「いいじゃないか。 君は元の暮らしに戻るだけだよ。 ぼくがいなくても困ることはないだろう?」 「それは、そうかもしれないけど……」 「しかし、君の純情ぶりには呆れたよ。 いつまで経っても、彼女を作ろうと しないんだからね」 「しないわけじゃなくってさ。 やっぱり、好きになれないと だめっていうか……」 「この期に及んで、 まだそういうことを言うんだからね。 まったく、恋の妖精の面目が丸つぶれだよ」 「いったいぼくは、どんな顔して 妖精界に戻ればいいんだい?」 「……もしかして、俺が彼女を作らないと、 何かまずいことになるのか?」  よくよく考えれば恋の妖精は、 恋を成就させるのが 仕事みたいなもんだもんな。  失敗すれば、それ相応のペナルティが あったとしてもおかしくない。 「いいや。特にならないよ。 ただぼくはこれでも優秀な恋の妖精なんだ」 「今まで、人間の恋を成就させるのに 失敗したことなんて、3回に1回ぐらいしか ないよ」 「それ、けっこう失敗してないっ!?」 「なに言ってるんだ。 野球選手だって3割打てば一流じゃないか。 ぼくの打率は相当なものだよ」 「あぁ、そう……」  心配して損した。 「ところで、一週間ってことは、 料理コンテストが終わるまでは まだこっちにいられるんだよな?」 「正確なところは分からないけど、 たぶん、大丈夫だと思うよ」  そうか。よし、決めた。 「じゃ、やっぱり、料理コンテストには ドラゴンダイコンを使うことにするよ」 「おや? たった今、『それじゃ意味がない』って 言ったばかりじゃなかったかい?」 「あぁ、でも最後だからな。 お前の力を借りてさ、 料理コンテストで優勝して、そんで――」  ――お別れ会……いや、 「祝勝会をしようよ。お前が帰る前にさ」 「……それは、面白そうだね」 「じゃ、決まりだ。それに言っとくけど、 作るのはただのドラゴンスープじゃ ないからな」 「どういうことだい?」 「ずっと考えてたんだけど、 ドラゴンダイコンとこっちの食材を うまく組みあわせればさ」 「ドラゴンスープよりもおいしい物が作れる 気がするんだよね」 「それは、どうだろうね。 妖精界の作物は我が強いからね。 こっちの作物と調和するかは分からないよ」 「難しいなら、その分やりがいがあるだろ」 「君がやりたいなら止めないよ。 好きにするといい」 「あぁ、そうするよ」  絶対にドラゴンスープよりも 美味いスープを作ってみせる。  なぜなら―― 「そういうことなら、 ぼくは今から学校の裏庭に戻るよ」 「なんでだ?」 「リンゴの樹から離れると力の消耗が 激しいんだ。君の優勝を見届けるためにも、 そこで待つことにするよ」 「分かった。 必ず優勝して、その料理を お前に持っていくからな」 「楽しみにしているよ。 料理コンテストはいつ終わるんだい?」 「始まるのが土曜日の14時からだから、 18時には終わるはずだよ」 「じゃ、それまでは何とか こっちにいられるように頑張ってみるよ」 「気がついたら、急に帰ってる ってことはないよな?」 「そうだね。それじゃ、 これを持っておくといい」  俺の手に、小さなリンゴが現れる。 「なんだ、これ?」 「そのリンゴはぼくが人間界に いられる時間を表してくれるんだ」 「今の状態なら、問題はないよ。 だけど、茶色く変色しはじめたら、 30分以内にぼくはこの世界から消える」 「じゃ、もし、これが変色しはじめたら、 30分以内に学校の裏庭に行けば、 帰る前に会えるんだな?」 「そうだね。けれど、妖精界からも、 人間界の様子を見ることはできるからね」 「無理して来なくても、 君が優勝する姿はちゃんと 見届けることができるよ」 「でも、話せるわけじゃないんだろ?」 「それは諦めるしかないよ」 「そういえば、一回戻った後に また戻ってきたりはできないのか?」 「ぼくを必要としている人が現れれば、 またこっちの世界に来ることに なるだろうね」 「でも、その時のぼくの姿は きっと君には見えないよ」 「そっか……」 「じゃ、せめて帰る前に、 挨拶ぐらいさせろよな」 「できるだけ、頑張ってみるよ。 それじゃ」 「あぁ、またな」  QPが姿を消す。 「よし、それじゃ、始めるかっ!」 「――うっ、辛っ! またかよ、死ぬほど辛えっ!!」  ドラゴンスープに トマトを加えて煮こんでみたところ、 どういう訳か激辛になってしまった。  ドラゴンスープの旨味は十分残ってるけど、 これじゃ辛すぎて、 とても食べられたものじゃない。 「うーん、妖精界の食べ物っていうのは謎だな。 なんでトマトを入れたら辛くなるんだ…?」  辛くなる成分なんて、 トマトのどこにも入ってない。  というか、トマトに限った話じゃない。 ココナッツミルクや生クリーム、ジャガイモ、 牛肉や鶏肉を入れたって同じだった。 「どうにか辛くならない食材を見つけない ことには、話にならないよなぁ……」  ともかく、思いつく食材を片っ端から ドラゴンスープに投入してみることにした。  結論から言おう。だめだった。  野菜、肉、卵、香草、ソース、調味料、 香辛料、果物、何を入れても、 ドラゴンスープは激辛になってしまう。  試しにハチミツや砂糖を大量に入れたけど、 結果は変わらなかった。 「これが、QPの言ってた、 妖精界の作物は我が強いってやつか……」  うーん、どうしよう。  料理コンテストは明後日だし、 このままじゃ間に合わない。  いっそのこと諦めて、 ドラゴンスープで出場するか?  いや、だめだ。 それじゃ何の意味もない。  QPが知らない新しい料理を 作らないと…… 「……どうすっかなぁ……」  散らかった台所を眺めながら、 途方に暮れる。  ん? 誰だ? 「はい」  と、インターホンに応答するけど、返事はない。 「やっほー、遊びにきたよん」 「あの、お邪魔しますね……」 「うわぁっ、すごい散らかってるねー。 苦戦中?」 「あぁ、まぁな。どうしたんだ、突然?」 「うんとね、絵里と近くを通りかかったから、 寄ってみようと思って。もう夕飯食べた?」 「まだだけど?」 「じゃ、どっか食べにいこうよ。 ちょっとぐらい休憩したほうが いいかもしれないし」  確かに、 ドラゴンスープの味見しかしてないから、 お腹すいたな。 「じゃ、行こうかな。 どこかいい店ってあるか?」 「絵里が新渡町で新しいお店を 開拓したんだよね?」 「はい。インドネシア料理の 屋台なんですけど、とてもおいしいんです」 「へぇ。インドネシア料理は食べたことないな」 「颯太は食べるのも作るのも、 イタリアンとか洋食ばっかりだもんね。 あとたまに和食と」 「……あの、気が進まないんでしたら、 わたしはどこでも」 「あぁいや、大丈夫だよ。 そこにしよう」 「じゃ、行こっか。 屋台出てるといいなぁ」 「いただきます」  さっそく注文したテールスープごはんを 食べてみる。 「おぉ、美味いっ。 ハーブがいい感じに利いてるなっ。 牛テールもとろとろで柔らかいし」 「このナシゴレンもおいしいー。 絵里の言う通り、このお店、当たりだね」 「はい。インドネシア料理は 近場じゃほとんどありませんし、 たまには屋台もいいですよね」 「なぁそれ、芹川が頼んだのって何だっけ? 鶏肉料理か?」 「……あ、はい。アヤムプダスです。 アヤムは『チキン』で、 プダスは『辛い』っていう意味です」 「へぇ、おいしそうだな」 「颯太って、知らない料理だと すぐ欲しがるよねー」 「う……」 「あの……食べますか?」 「いいのか?」 「はい。とり分けますね」  芹川はフォークでアヤムプダスを割いて、 俺にとり分けてくれた。 「ありがと」  さっそく食べてみる。 「あぁ、かなり辛いんだな。 でも、美味いな」 「はい、このお店はちゃんと辛いから好きです」 「ところでさ――」  友希のほうを見ると、 「はいはい、あげるわよ」  と友希がナシゴレンを小皿にとってくれた。 「ありがと。 これ、すっごい変わってるよな。 ごはんにパイナップルだもんな」  ナシゴレンは、 半分にしたパイナップルの実をくりぬき、 それを器として使っている。  基本的には目玉焼きを載せたチャーハンで、 具は海老、鶏肉、タマネギ、ニンジン、 卵、そして、大量のパイナップルだ。  いったいどんな味なのか、 興味をそそられずにいられない。 「あ……へぇ。パイナップルが どんな味になってるのかと思ったら、 普通に甘いんだな」 「甘いのと辛いのと酸っぱいのと しょっぱいのと香草の風味が一緒に 味わえるのが、おいしいよねー」 「そうだな。インドネシア料理って、 どんなのかと思ったら、こんな複雑な味 なんだな」  パイナップルが強い酸味と甘みを出し、 味付けにつかわれたソースはかなり辛く、 しょっぱい。  そして、香草がそれぞれの味を 引き立てるアクセントになっている。 「ソースなんかめちゃくちゃ辛いし、 超しょっぱいけど、パイナップルが あるおかげで、かなり食べやす――」 「…………かなり、食べやすい、な……」  ……これなら、もしかしたら―― 「どしたの?」 「悪い。思いついた。会計頼んでいいか?」 「う、うん。それはいいけど……」  千円札をテーブルに置いて、 俺は即座に家へと向かった。  ドラゴンスープに食材を混ぜると、 どうしても激辛になってしまう。  だから、どうにか辛くしない方法を 探していた。  だけど、そんなことしなくてもいいんだ。 辛いなら、辛いのをそのまま使えばいい。  さっきのナシゴレンと同じく、 うまく酸味や甘みを足してやれば、激辛の ドラゴンスープも食べれるようになるはずだ。  手っとり早く、それをするには、 やはりフルーツか?  問題はどのフルーツを使うかだけど…… 「おっと……」  うっかり、テーブルに置いたカバンを 落っことした。  すると、カバンからQPにもらったリンゴが 出てきて、コロコロと床を転がる。 「リンゴ、か……」  行けるような気がした。  今日は一学期最後の登校日だった。  終業式が終わると、 教室で今期最後のHRがおこなわれる。 「今から通知表を配る。 呼ばれた者からとりにこいよ」  通知表の成績は数学以外は概ね良好だった。 期末テストの勉強をしなかったわりには、 大健闘だろう。 「じゃ、終わりだ。 夏休みにはしゃぎすぎて、 ケガだけはするなよ」  遠藤先生が出ていった。 「ねぇねぇ颯太、今日だよね、料理コンテスト」 「あぁ、これから直行するよ」 「みんなで応援に行くね」 「たくさん、応援するために、 メガホンを持っていくのですぅ」 「いや、それはちょっと……」 「だめなのですか?」 「だめじゃないけど、恥ずかしいから、 ほどほどに」 「かしこまりました。 それでは、ほどほどに応援いたしますね」 「あぁ。じゃあ、また後でな」  新渡町の通りには、 料理コンテストの会場が 設営されていた。  すでに参加者の大半が集まっている。  全員、俺よりも年上で、 妙に落ちつきを払っているように見える。  ていうか、やっぱり、プロって感じだよな。  ……やばい。緊張してきた。  と、参加者の一人がこっちに近づいてきた。 「おう、颯太。 何をキョロキョロしてんだ?」 「あぁ、いえ、ちょっと……」 「なんだ、お前、緊張してんのか?」 「……少し、ですけど」 「ま、初出場じゃ無理もないわな。 俺も最初の頃はひどいもんだったぜ」 「なんか、想像がつかないですね」 「お前もあと数回も出りゃ、 こんな商店街の料理コンテストなんかじゃ、 緊張しなくなるよ」 「早くそうなりたいですよ」 「そんで、メニューに苦戦してたみたいだが、 決まったのか?」 「はい。それには自信があります。 今日はマスターにも負けませんよ」 「はっ、言うじゃねぇか。 そんじゃ、ま、あとでな」  マスターが去った後、 俺は大きく深呼吸をした。  やるだけのことはやってきた。 あとはもう全力を出しきるだけだ。  調理開始の合図とともに、 料理人たちが一斉に動きはじめる。  俺は調理台にQPのリンゴを置いた。  リンゴは新鮮そのもので、 QPがまだ人間界にいることを 物語っている。 「……もう少しだけ、待っててくれよ」  俺はまず米をとぎ、 ガス炊飯器にセットする。  次に鍋に入れて持ちこんだ ドラゴンダイコンに囁き、 ドラゴンスープを作った。  トマト、ジャガイモ、タマネギ、 ニンジン、牛肉を入れて煮こむことで、 ドラゴンスープは激辛に仕上がる。  そこに数種類の香辛料を追加する。  さらに調理用の普通のリンゴをとりだし、 すりおろしていく。  それを鍋に入れ、甘みと酸味を足した。  けど、これだけじゃ、 まだ食べることはできない。  俺は新しいリンゴをとりだす。 それを半分に割り、種の部分を 切りぬいていく。  グラニュー糖やシナモンを振りかけ、 リンゴをオーブンに入れた。  待つこと30分――ごはんが炊きあがり、 そして、オーブンの中では 焼きリンゴが完成していた。  カレー皿にごはんを入れ、 その上に焼きリンゴを乗せる。  そして全体に、激辛ドラゴンスープをかけた。  よし、できた。  これがドラゴンスープに 食材を混ぜると激辛になることを 利用したメニュー、  ドラゴン焼きリンゴカレーだ! 「これであとは……」  つけあわせを作ろうと調理台を 見た瞬間、俺は息を呑んだ。 「……嘘、だろ……」  QPのリンゴが、 茶色く変色しはじめていたのだ。  もう少しだっていうのに…… 「今の状態なら、問題はないよ。 だけど、茶色く変色しはじめたら、 30分以内にぼくはこの世界から消える」  あと30分…… これじゃ、間に合わない……  どうする? どうすれば…? 「……ちきしょう。バカか、俺は。 迷ってる場合かよ…!」  俺は、ドラゴン焼きリンゴカレーに ラップをして、迷わず走りだした。 「ん? おいっ、颯太? どうした? どこに行くんだっ?」 「すいません。急用ができましたっ! 棄権しますっ!」  カレーをこぼさないように 気をつけながら、俺は学校へ急いだ。  ついた。  まだ20分ぐらいしか経ってない。 間に合ったはずだ。 「QPっ! どこだっ!?」  大声で叫ぶも、返事がない。 「QPっ!?」  裏庭を見回してみるけど、 QPの姿はない。 「嘘だろ……間に合わなかったのか…?」  リンゴの樹を見上げる。 やはり、そこにもQPはいない。 「……まだ20分だぞ…… 最後までいいかげんな奴だな、 お前は……」  愚痴を言うように、一人呟く。  すると――  ん、なんだ…? 「もしかして、ぼくのことを言ってるのかい?」  突然、QPが目の前に姿を現した。 「……なんだよ。ビックリさせるなって。 もう帰っちまったのかと思っただろ」 「悪かったね。 もうほとんど力が残ってないから、 このリンゴの樹を離れられないんだ」 「それより、今は料理コンテストの 真っ最中じゃないのかい?」 「あぁ、そうだよ。 お前にもらったリンゴが変色しはじめたから、 慌てて来たんだ」 「言ったはずだよ。 妖精界に戻っても、人間界の様子を 見ることはできるって」 「あぁ、そうだな。知ってるよ」 「分からないね、君のすることは。 これじゃ、料理コンテストで 優勝できないじゃないか」 「料理コンテストは来年だってある。 再来年だって、その次だってな」 「でも、お前に別れの挨拶が できるのは、今だけだろ」 「料理コンテストを棒に振ってまで、 わざわざ挨拶をしにきたのかい?」 「あぁ、そうだよ。最後の挨拶代わりに、 俺の作ったこいつを食べてもらいたくてな」  ラップを外し、 手に持っていたカレー皿をQPに見せる。 「これが、ドラゴンダイコンと人間界の食材を 組みあわせた料理かい?」 「あぁ、ドラゴン焼きリンゴカレーだ」 「ふぅん」 「まだ一度も、 お前の口から聞いてなかったからさ」 「何の話だい?」 「あんだけ料理を作ってやったのに、 お前はただの一度も 心から『おいしい』って言ってないだろ」 「もしかして、それで、 わざわざ駆けつけてきたのかい?」 「あぁ。せっかく人間界に来たんだからさ、 何かひとつぐらい美味いもんを食って、 帰ってもらいたいだろ」 「君は本当に料理のことに関してだけは、 積極的だね。呆れるよ」 「悪かったな。恋の妖精の面目を潰しちまって」 「本当に君たちには困ったものだよ。 ……けれど、もしかしたら、 ぼくが間違っていたのかもしれない」 「思えば、ぼくは君の小指から伸びる 運命の赤い糸を切ろうとしていたんだ。 やがて来る悲劇を避けるためにね」 「だけど、 恋の妖精であるぼくがどんなに頑張っても、 その糸は決して切れなかった」 「君と、いつか出会う彼女の運命は、 とても強く揺るぎないものだったんだ」 「喜ぶといいよ、初秋颯太。 君はもうすぐこの世の誰よりも 愛おしい存在に出会うんだ」  それについては、いまいちピンと来ない。  まだ出会ってもいない女の子を好きになる って言われてるんだから、当然だろう。  それよりも―― 「……なぁ、やっぱり本当なのか? 俺がこの世で一番大切な物をなくす っていうのは…?」 「……そうならないことを祈っているよ。 ぼくと出会ったことで、 君の運命が少しでも変わることをね」 「そうか……」  QPの口振りからして、 運命が変わる可能性はかなり低いんだろう。 「本当はこれはルール違反だけど、 君が望むのなら、教えようかい? 君の身にいったい何が起こるのかを」  ルール違反、か。  つまり、QPに何かしらのペナルティがある ってことだろう。 「それを教えてもらったら、 その悲劇ってやつは避けられるのか?」 「いいや。たぶん何も変わらないだろうね」 「どうしてだ?」 「ぼくは、何が起きるのかは知っている。 だけど、いつ、どこでそれが起きるのか までは分からないんだ」 「それに『恋は盲目』って言うだろう? もし分かっていても、君の目は冷静に物を 見ることができなくなっているはずだよ」 「そっか……」 「……じゃ、いいさ。聞かないよ」 「いいのかい? 普通の人間は聞きたがるものだよ」  確かにそうかもしれない。  だけど、聞いても意味がないなら、 他にやるべきことがある。 「……友達、とさ……」 「……友達との最後の別れだっていうのに、 そんな湿っぽい話、するもんじゃないだろ」 「……友達? ぼくがかい?」 「あぁ、ポンコツな妖精で、 バカなことばっかりする、俺の悪友だよ」 「そんなことを言われたのは初めてだよ」 「楽しかったよ。 そりゃ、お前はむちゃくちゃだし、 さんざんな目にもあったけどな」 「それに、けっきょく彼女はできなかった」 「確かにな。それでも、 お前と一緒に過ごしたこの4ヶ月間は、 なんでだろうな?」 「最高に楽しかった」 「ふぅん」 「なんだよ、あいかわらず 興味のなさそうな反応をする奴だな」 「いいや、ぼくも楽しかったよ、初秋颯太。 君は本当に恋には奥手で、 ぼくとしてはやきもきばかりしていたけど」 「君と一緒に過ごしたこの4ヶ月間、 ぼくは自分が恋の妖精だというのを 忘れそうになったよ」 「君が作ってくれた料理は、 本当に不味かったけれど、 君との食事はとても楽しかった」 「あの吐きそうなほど酷い味を ぼくは一生忘れないだろうね」 「今に見てろって。 そっちの世界でお前が自慢できるぐらいの 料理人になってやるからさ」 「それじゃ、君の活躍を楽しみに 待つことにするよ」 「……どうやら、そろそろ時間のようだね。 最後に言い残したことはないかい?」  俺は、ドラゴン焼きリンゴカレーの 包みを解き、QPに差しだして、 「今度の今度こそ、自信作なんだ。 食べてくれるか?」 「君は本当に懲りないね。 いいのかい? ぼくは妖精だ。 最後だからって、お世辞は言えないよ」 「あぁ、いいさ。 不味かったら笑いとばしてくれよ」 「それじゃ、そうさせてもうよ」  QPがドラゴン焼きリンゴカレーを 一口食べる。  頼む。これが、最後なんだ―― 「……残念だよ、初秋颯太。 本当にこんなに残念なことはない」 「こんなにおいしい料理を、 二度と食べることができないなんてね」  涙をぐっと堪え、 光に消えていく妖精に向かって、 俺は叫んだ。 「……QPっ! じゃあなっ! 向こうに行っても、元気でなっ!」 「……ぼくはいつでもここにいるよ。 このリンゴの樹の姿で」 「君が、君たちが幸せになることを いつも願っている」  QPの身体は、光に呑みこまれていき――  気がつけば、目の前には 一本のリンゴの樹だけが残されていた。 「……QP…?」  呼んでみるけど、返事はない。 「……お前も、幸せになれよ……」  もちろん、答えはない。  まるで今までのことが すべて夢だったとでもいうように、 リンゴの樹はただ風にそよぐばかりだった。  そろそろ寝る時間か。  まだやりたいことはあるし、 あんまり眠気もないんだけど、 明日に響くしな。  今週も始まったばかりだし、 今日のところは寝るとしよう。  おやすみー。  さて、こんなところか。 今日はなかなか悪くない日だったな。  明日も楽しいことがあるように と願いつつ、そろそろ寝るとするか。  おやすみー。  疲労感とともに、 いい感じの睡魔がやってきた。 今日はよく眠れそうだな。  おやすみー。  うーむ、体がだるいし、やたら眠い。 週半ばも過ぎると、やっぱり疲れが出るな。  まぁ、明日を乗りきれば、バラ色の週末だ。 今日はもう寝よう。  おやすみー。  ふいー、どっと疲れが来たな。 とはいえ、どうにか今週も乗りきったぞ。  明日は土曜日だし、楽勝だろう。  ともあれ、今夜のところは 日々の勉強とバイトで疲れた心身を 休ませるとしよう。  おやすみー。  おっと、もうこんな時間か。  明日、日曜だからって、 夜更かししすぎるわけにはいかないな。  そろそろ寝よう。 おやすみー。  目を覚まして、時計を見ると、 ちょうど起きる時間だった。  アラームが鳴る前に止めて、 ベッドから下りる。  寝起きだけど、頭はスッキリしている。 さて、学校に行く準備をしよう。 「初秋さん、おはようございます」 「おはよう、姫守」  校門のところで姫守と出会う。 一緒に教室へと向かった。  今日の授業とHRも終わり、放課後だ。  さて、どう過ごそうか?  朝食を済ませると、家を出た。 「おはよう、芹川」 「あ……おはよう、ございます……」  それ以上会話はなく、俺たちは 少々気まずい感じで、席に移動したのだった。  今日の授業も終わりっと。 さて、放課後はどう過ごそうか?  家を出て、学校へ向かう。  ちょうど校門のところで部長と会った。 「おはようございます、部長」 「うん、おはよう」  下駄箱までの短い距離を、 他愛のない話をしながら歩いた。  さぁ、今日の授業も頑張ろう。  授業終了っと。 さて、今日の放課後はどう過ごそうか?  学校に到着し、教室へ向かう。 「おっはよー」 「おはよう」  友希はすでに一時間目の準備を終えて、 女子生徒とおしゃべりしていた。  さすが寮組だな。登校が早い。  俺も自分の席につき、 カバンの中身をとりだすことにする。  授業後のHRも終わり、放課後だ。 さて、今日はどう過ごそうか?  土曜の授業は半ドン! ってことで、気持ちも軽く学校へ向かう。  と、前方から、 ちびっ子がふらふら歩いてくるのを見つけた。 「おはよう、まひる」 「……ぉはよ……っ…」  めちゃくちゃ眠そう……っていうか、 半分寝てるな。  しかも、道まちがえてるし。 俺が学校に向かってるんだから、 完全に逆方向だ。  あいかわらず方向音痴だな。 しょうがない。 「ほら、まひる、学校はこっちだ」  眠たげなまひるの手を引いて、 学校に向かった。  今日も雨の降る中、傘を差して登校する。  授業が終わっても、まだ雨はやまない。 さて、今日の放課後はどう過ごそうか?  今日も、朝から容赦ない日差しに耐えつつ、 元気に登校する。  授業が終わった。 さて、今日の放課後はどう過ごそうか?  期末テスト期間中の校内は、 どことなく空気がピリピリしている。  うちの学校は進学する生徒がほとんどだし、 無理もないだろう。  教室では、みんな、 最後のおさらいに勤しんでいた。  邪魔をしないよう静かに席につき、 俺もテスト範囲を復習することにする。  そして、テスト終了。 人事は尽くした。 あとは天命を待つのみだ。  さて、今日の放課後はどう過ごそうか?  部活おわりの帰り道。 「うぅ……だめだ。 お腹が空いてもう一歩も動けない……」  その場に立ち止まると、 ぐうと腹の虫が鳴った。  自慢じゃないけど、昔から空腹には 死ぬほど弱い。  腹がへったら、口に入るものなら、 雑草でもいいから食べようと 思ってしまうほどだ。 「私、飴玉を持っているのです。 良かったら、召しあがりますか?」 「本当にっ!? いいのか?」 「はい。その代わり、 お味を教えてくださると嬉しいのです」  姫守は俺の手を両手で包みこむようにして、 飴玉を置いた。 「どんな味か知らないのか?」 「はい。クラスの友達に一個だけ いただいたものなのです」 「……え、じゃ、やっぱり、 姫守が食べたほうがいいんじゃ…?」 「いえ。お味を教えていただければ、 結構なのです」 「そっか。助かるよ。 このままここで飢え死に するかと思ったぐらいだからさ」 「くすっ、大げさなのです」  飴玉を口に放りこむと、 すぐに甘い味が舌全体に広がった。 「おいしいですか? どんなお味なのです?」 「あぁ、美味いな。 けど、どんな味かって言われると……」  ほんのり酸味があるけど、これ、何味だろう? 「今だ、初秋颯太」 「いきなり現れて、どうしたんだ?」 「恋のラッキーチャンスだよ。 ぼくの言う通りに行動すれば、 確実に好感度が上がる」 「本当か…?」 「あぁ。姫守彩雨にこう言うんだ。 どんな味か教えてあげるから、 目をつぶるように」  魔法でも使うのか? 「姫守。ちょっと目をつぶってくれるか? どんな味か教えてあげるから」 「はい。かしこまりました」 「口を開けてもらうんだ」 「口を開けてくれるか?」 「はい、あなたの言う通りにするのです」 「ここからが重要だよ。いいかい? ぼくが今から言うことを 考えるより早く実行するんだ」 「お、おう。分かった」 「よし! 飴玉を彩雨に口移しするんだ!」 「分かっ――」 「――ただの変態じゃねぇかっ!!」 「あ……」  うっかり叫んだ瞬間、飴玉が地面に落ち、 見るも無惨な砂まみれになってしまった。 「お、俺の貴重な食料が……」 「あのぉ、何か叫んでいらっしゃった ようですけど、どうかしたのですか?」  いや、まだだ――  まだ――行ける! 「あ、だ、だめなのですっ。 落ちた飴玉を食べましたら、 お腹を壊してしまうのですぅっ!」 「は、放せっ、姫守っ! 砂を食べたぐらいで人間は死なないっ! けど、空腹じゃ餓死するんだっ!」 「し、辛抱なのですぅっ。 ご乱心めされないでくださいーっ!」  姫守に必死に制止され、 俺はからくも正気をとり戻した。 「わ、分かった、姫守。 飴玉は諦める。 マックにでも行くことにするよ」 「マックスバーガーに行かれるのですか?」 「あぁ。さすがに家に帰っても、 ごはん作る気力がないからね」 「あ、あのぉ、誠に恐縮なのですが、 もし、足手まといでなければ、 私も連れていっていただけませんか?」 「いいよ。じゃ、一緒に行こうか」 「ありがたき幸せなのです」 「……………」 「姫守って時代劇好きか?」 「はい。家にいた時はよく観ていたのです。 どうして分かったのですか?」 「いや、何となく、 そんな気がしただけだけどね」  というわけで、マックに やってきたわけなんだけど―― 「いただきます」  姫守の前には大量のアップルパイが 積みあげられていた。 「なぁ。姫守って確か、小食だったよな? そんなに食べられるのか?」 「ぱくぱく、はむ、ふぁふとふーりゃは、 あむあむ、もぐもぐ、へふはらなのれふ」 「いや、いいんだ。食べてからで」 「あむあむ、はぁむ、ぱくぱく、もぐもぐ」 「ふふっ、おいひいのれすぅ。 はむはむ、ぱくぱく、もぐもぐもぐ」  あれだけあったアップルパイが あっというまに残りわずかになった。 「欠食児童みたいな食べっぷりだね……」 「お、お恥ずかしいので、 こちらでご内密にお願いしたいのですぅ」  姫守がアップルパイを1個、 俺のトレーに載せてくる。  口止め料か。 「お主も悪よな、姫守屋」 「いえいえ、お代官様には敵わないのです」  おぉ、ノッてきたぞ。 「あーはっはっはっはっはっはっは」 「……………」  まさか、高笑いまでやるとは。 「……ぅぅ、一人でさせるなんて、 殺生なのですぅ」 「わ、悪かった。 ちょっとタイミングを誤っただけだ」 「じゃ、もう一回なのです。 こちらでご内密にお願いしたいのです」  姫守がふたたびアップルパイを 俺のトレーに載せてくる。  ていうか、リンゴが嫌いだから、 食べられないんだけど……  まぁ、これは後で返すとしてだ。 「お主も悪よな、姫守屋」 「いえいえ、お代官様には敵わないのです」 「あーはっ――――」 「成敗なのですっ」 「なんでだよっ!?」 「じつは姫守屋は世を忍ぶ仮の姿なのです。 その正体は、火付盗賊改方なのでした」 「ホットアップルパイ横領の罪で、 神妙にお縄につくのですっ」 「その時代にアップルパイないよねっ!」  しかもこのアップルパイ、 姫守がくれたんじゃないか。 「白を切ろうとしてもそうは行かないのです。 この――」  唐突に姫守は黙りこんだ。 「どうした?」 「食べすぎて、目眩がするのですぅ」 「マジで? お腹が痛いんじゃなくて?」 「はいー。少し息苦しくなってきたような気も するのです」  うーむ。小食の人って、食べすぎると、 そんなに体調に異変を起こすんだろうか? 「あ、目の前が暗くなってきたのです」 「それ、やばいよねっ!?」  この後、少し休んだら回復して、 姫守はふたたびアップルパイに 手を伸ばした。 「あのぉ、誠に不躾なのですけれども、 部活が終わりましたら、マックスバーガーへ ご一緒いたしませんか?」 「いいね。じつは、今すでにお腹が空いて 死にそうなんだよ」 「いいね。恋が進展しそうな気配がするよ。 行っておいでよ」  言われなくても行くよ…… 「では、約束なのです」 「先にお並びのお客様からどうぞ」  姫守の順番だけど、彼女はメニューを じっと見たまま動きだす気配がない。 「姫守…?」 「……やっぱり、ホットアップルパイ…… ですけど、今日はマックスバーガーが…… あ、フィッシュバーガーも気になるのです」  超真剣なんだけど…? 「迷ってるのか?」 「はいー。どうしても、ひとつに 決められないのです。浮気者なのですぅ」 「じゃ、先に席とって来るから、 ゆっくり決めていいよ」 「お気遣いくださいまして、 ありがとうございますぅ」  さて、この席でいいか。  てりやきバーガーセットをテーブルに置く。 「がつがつがつがつがつがつ!!」 「なにすごい勢いでポテト食ってんのっ!?」 「ふぅん。ここのポテトはいまいちだね」 「嘘つけよっ! がつがつ食ってたじゃないか!」 「お腹が空けば、不味くてもがつがつ食うよ」 「そもそも妖精ってお腹すくのか?」 「それは偏見だね。 妖精だってお腹ぐらい空くよ」 「そっか。そうだよな。悪い。 じゃ、お前の分も買ってくるよ。 ポテトでいいか?」 「まぁ、食べなくても別に死なないけどね。 栄養にもならないし」 「お腹が空くのは、 目の前に食べ物があるから反射的に って説が有力だよ」 「お前には何も買ってやらねぇ」 「大変、お待たせいたしました」 「おう。けっきょく何にしたんだ?」 「今日はマックスバーガーに 浮気をしてしまったのです」 「そっか。まぁ、座って食べようよ」 「はい。失礼いたします」 「いただきます。 くすっ、どんなお味か、 楽しみなのです」  姫守はマックスバーガーに手を伸ばし、 ピタリと動きを止めた。  そのまま、ずっと固まっている。 「どうした?」 「……あ、あのぉ、お恥ずかしいのですが、 こちらはどのようにしていただけば よろしいのですか?」 「アップルパイと同じだよ。 その紙の包装を外して、そのまま手で かぶりつくんだ」 「ですけど、かなり大きいのです。 お口に入るのですか?」 「まぁ、入るだけ食べればいいと思うよ」 「で、ですけどっ、うまく食べないと、 お味が変わってしまうのではないですか?」 「そりゃ、パンしか口に入らなかったら、 パンの味しかしないけど…?」  すると、姫守はマックスバーガーを 俺に差しだして、 「ご、ご教授をお願いするのですぅ」  えーと、食べてみせろってことか? 「いいのか?」 「はい。遠慮なく召しあがってください」 「じゃ、ちょっともらうよ」  包装を外し、口元にマックスバーガーを 持ってくる。 「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」  非常に食べづらい。 「……あのな、姫守」 「はい。いかがなさいましたか?」 「近いんだけど…?」 「も、申し訳ございません。 堪忍なのですぅ」 「いや、そんなに謝るほどのことじゃないけど」  気をとりなおして、マックスバーガーを ふたたび口元にやる。 「はぁむ。もぐもぐ。うん、美味い」 「ていうか、こんなの参考になったか?」  言いながら、姫守にマックスバーガーを返す。 「はい。大変参考になったのです。 教えていただいた通りにするのです」  姫守は小さな口を目一杯開き、 マックスバーガーをぱくりと咥える。 「あむあむ、もぐもぐ、んー、美味なのですぅ」 「気がついているかい、初秋颯太」 「俺のポテトをぜんぶ食べたことか?」 「いいや。君のかじったバーガーを 彩雨が食べているよ」 「そんな当たり前のこと――」  ん? 俺のかじったバーガーを、 姫守が食べている?  ってことは―― 「間接キスじゃんっ!?」 「え、間接キス……あぁぁ…!?」  やばい。姫守も気づいたみたいだ…… 「ち、違うのですっ! 不可抗力なのですっ! 堪忍なのですぅ……」 「え、いや、謝るのは俺っていうか、 まぁ確かに、姫守に頼まれて食べただけ だけど、気づかなかったわけだし」 「ち、違うのですぅ。お願いしたのですけど、 間接キスを狙ったわけではないのですぅ。 はしたないことは考えてないのですぅ」 「大丈夫。分かってる。分かってるから! それより、俺の唾液がついてて、 嫌な思いしなかったかって心配なぐらいだよ」 「は、はい。そちらは大丈夫なのです。 ちゃんとおいしくいただいたのです」 「えっ? 唾液をおいしくいただいた…?」 「え、そ、そ――」 「そんなはしたないことは 考えてないのですぅぅぅっ!」 「しかし、カボチャって普通、七〜八月だよな。 こんな季節にできるってどうなってるんだ?」 「簡単に言えば、土壌がすごくいいんだよ。 妖精界の畑に近い状態になっているね」 「妖精界の畑ってすごいんだな。 農薬も使ってないのに、害虫の被害もないし、 ぜんぜん病気にもならないし」 「それは別に妖精界の畑だからじゃないよ。 自然本来の土壌なら、もともと農薬なんて 必要ないんだ」 「でも、虫だって野菜を食わなきゃ、 生きていけないわけだろ?」 「農薬使わなかったら、害虫が 増える一方で、それだけ野菜も やられるんじゃないか?」 「害虫という言い方は好きじゃないけどね。 君の言う『害虫が増える』っていうのが、 どういうことか、考えたことがあるかい?」 「だから、野菜が食べられまくって、 困るってことだろ。食料が豊富なんだから、 どんどん寄ってくるだろうし」 「いいことを言ったね。そう、食料が豊富なら、 どんどん生き物たちはやってくるんだ。 それは害虫の天敵たちにとっても同じだよ」 「カエルやクモ、テントウムシなどは、 害虫が増えれば増えるほど、それを食べに やってくるんだ」 「だから、野菜が害虫に 食べ尽くされるなんてことは起きないよ。 彼らも天敵に食べられてしまうからね」 「でも、裏庭のほうで無農薬栽培を してたけどさ、害虫の被害が多かったぞ」 「農薬をやめたからって、自然の生態系が 元に戻るには時間がかかるんだ。 土壌がダメージを受けていればいるほどね」 「今のままじゃ、農薬を使わずに野菜を 育てるのが難しくなる一方だよ。 それに農薬は化石燃料から作られるんだ」 「それがどうかしたのか?」 「いつか―― 初秋颯太、彼女を止めるんだっ!」 「えっ?」  QPに言われ、遠くに視線をやる。 「お水の時間なのですぅ。 たくさん召しあがって 大きくなってくださいね」  姫守の右手にはホースが握られており、 そこから水がシャワーとなって 放出されている。  畑はとっくに水浸しだ。 「姫守っ、ちょっと待ったぁっ!」 「はーいー。何ですかー?」 「水、止めてくれっ! 水だっ!」 「えーと、もっとたくさんあげたほうが よろしいのでしょうか?」  姫守は水道の蛇口に手をかける。 「ノォォォォォォォォォォォッ!」 「ストップ、ウォーター、ストップッ! イッツ、デンジャラスッ! ベリーベリー、デンジャラスッ!」 「わっつはぷん?」  俺が姫守のほうへ駆けていくと、 彼女がこちらを振りむく。  ホースを持ったままで。 「ノォォォォォォォォォォォッッ!! アイム、ベリー、ベリー、コールドォッ! イッツ、ウォーターマウンテンッ!」 「おー、うぉーたーまうんてんっ? ゆーおーけい?」 「いや、どう見てもオーケーじゃないよね!? びしょ濡れだよねっ!?」 「も、申し訳ないのですっ! かくなる上は、お腹を 切らなければいけませんか?」 「それは帝王切開の時まで とっといてくれていいから、 そろそろ水、止めてくれるかな?」 「は、はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  ようやく水責めが終わった。 「あのさ…… 水やりすぎると、野菜だめになるからね」 「そ、そうなのですね…… 水をあげた分だけ大きくなるのでは なかったのですか……」  ひどい誤解だ…… 「まぁ、次から気をつけてくれればいいから。 今度、水やりの仕方もちゃんと教えるし」 「ご迷惑をおかけして申し訳ないのです」 「なに、おかげで水も したたるいい男になったさ。 付き合ってくれないか?」 「ぜったい言わないよ。唐突すぎだろ」 「えっ? 何がですか?」 「いやいや、何でもないよ。 ちょっと着替えてくるね」 「もう一押しだったのに」 「振られるのがな」  言いながら、部室に常備してある ジャージに着替えたのだった。 「いらっしゃいませっ。 あれー、彩雨だぁ。どうしたのよ?」  ん? 姫守? 「本日は部活がお休みでしたので、 思いきって遊びにきてしまったのです」 「そっか、ちょうど良かったわ。 今日はけっこう暇しちゃってるのよ。 ゆっくりしてって」 「はい。お言葉に甘えるのです」 「なに頼む? ドリンクはサービスするね」 「お心遣い、身に染みいるのです。 勝手が分からないのですが、 何がお勧めなのですか?」 「じゃ、一緒に選ぼっか。 お腹すいてる? どんなものが食べたい?」 「ねぇねぇ。別にメニューに載ってない物でも 作れるよね?」 「ものによるけど、まぁ、だいたいは。 でも、それって姫守の注文か?」 「うん。そうだけど、どうかした?」 「いや、フレンチとか懐石って言われたら、 さすがにできないなと思って」 「あははっ、考えすぎよ。 あ、それでね、伝えづらいから颯太に 直接頼みたいんだってさ」 「直接? まぁいいけど」 「よっ、姫守。いらっしゃい。 メニューにない料理を頼みたいんだって?」 「はい。大変お手数なのですが、 お願いしてもよろしいでしょうか?」 「作れるものなら何でも作ってあげるよ。 何が食べたいんだ?」 「はい。じつはお恥ずかしながら、 この歳でまだ一度も見たことがないのですが」 「ぜひ初秋さんの肉棒を食べてみたいのです」 「……………」  ……えーと? 「肉棒というのは、大変貴重なものと お聞きしましたけれど、そうなのですか?」 「それはまぁ……」  特定の部位だから1匹につき 1本しかないっていうか…… 「女性が好んで召しあがると伺いましたが、 どんなお味がするのですか?」 「……うん。ちょっと待ってて。 確認したいことがあるから」 「おい、友希っ、どこに消えたっ!?」 「あ、見つかっちゃったわ……」 「『見つかっちゃったわ』じゃないよっ! 姫守になに吹きこんでるんだっ!?」 「『珍しいものが食べたい』って言うから、 ねぇ」 「だからって、なんで肉棒なんだよっ!?」 「いいじゃん。作ってあげれば。 しこしこって」 「しこしこじゃないよねっ!?」 「え、じゃ、ゴシゴシ…!?」 「……いいから。姫守に本当のことを 説明してこい」 「えー、はーい……」 「颯太ー、説明してきたよ。 彩雨が話したいことがあるって」 「ちゃんと説明したのか?」 「うん。おち○ちんのことだよって 言っといたわ」 「口に出さなくていいからね!」  と、姫守が呼んでるんだったな。 「姫守。なんだ、話って?」 「そ、そのぉ、存じあげないこととはいえ、 大変、卑猥なことを申してしまったのです。 面目ないのですぅ」 「いや、気にするなよ。 友希が悪いんだからな」 「そう言っていただけると助かるのですぅ」 「そうだ。けっきょく注文、決まったか?」 「いえ、まだなのです。 じつは少々お伺いしたいことが あるのですが」 「フェラチオはフォアグラの一種なのですか?」 「……………」 「友希ーーーーーーーーーーーっっ!!!!」 「きゃぁっ」 「ん? 今の悲鳴みたいな声、姫守か?」 「いえ、私は何も申しておりませんよ?」  じゃ、まさか、部長が?  いや、でも、あの部長が あんな女の子らしい声出すかな? 「部長? いま何か言いました?」 「……ご、ごめん。助けて」 「え、どうしたんですか?」  こんなに女の子らしい部長は珍しいな。 「や、ヤツが、ヤツが出たんだよ」 「ヤツ?」  その時――  カサカサカサカサカサ、と 耳障りな音ともに、触覚を持つ 黒い生物が部室の床を横切った。 「ま、まさか…?」 「……そう、Gだよ」 「あの黒い虫さんはGというのですぅ?」 「姫守は怖くないのか?」 「はい。平気なのです」  部長がこんなに怯えるのもそうだけど、 意外だな。 「それにしても、 食べ物なんて置いてないはずなのに、 どっから湧いて出てきたんだ?」 「たぶん、バナナケーキだよ」 「もしかして、 俺がホワイトデーに作ってきたやつですか?」 「うん。全部は食べきれなくて 残しておいたじゃないか。 その後、誰も食べてないんじゃないかな?」 「私はいただいてません」 「俺もです……」  となれば、早いところGを倒して、 バナナケーキを捨てろってことだな。 「やっ、やぁっ!」  部長が俺にしがみついてくる。 「部長ってかわいいところあるんですね」 「ば、バカっ。あとで覚えておきなよっ」  その言葉にもいつもの迫力がなく、 とてもかわいらしく思える。  ちょっと得した気分だな。 「やあぁっ、もうやだぁっ」 「ずいぶん、多いみたいですね」  神経を研ぎ澄まし、耳を傾けると、  カサ、カサカサカサ、 カサカサカサカサカサカサ――と、 無数に蠢くGの存在を感知できる。 「とりあえず、部長は 部屋から出ててください」 「それと、もし手に入りそうなら、 殺虫剤を持ってきてくれますか?」 「分かった。頼んだよ」 「さてと」  何か武器になるようなものを探し、 スリッパを手にした。 「私もお手伝いしましょうか?」 「じゃ、これを使ってくれ。 ヤツが姿を表したら、迷わず全力で叩くんだ」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  スリッパを片手に、俺は構える。 「来い……」  カサカサカサ―― 「もらった!」  カサカサカサ―― 「姫守、そっちっ!」 「成敗なのですっ!」  これで2匹。あと何匹だ? 「は、初秋さん、あそこなのですぅっ!」  瞬間、あまりにおぞましい光景に 俺は目を見張った。  10匹近いGが壁を伝い、走っているのだ。 「なんで、こんなに大量発生してるんだよ?」 「どうやら、畑が妖精界の状態に 近くなったひずみで、周囲の生態系に 変化が生じているようだね」  つまり、お前のせいか…… 「まぁ、じきにあるべき姿に戻るよ」 「そんなの待ってたら、部活にならないけどな」  そーっとGに接近し、 ジャンプ一番、壁めがけてスリッパを振るう! 「はっ!」  一匹仕留めた。 だが、難を逃れた数匹のGが反逆を企てる。  そう、壁を走っていたGが 俺に向かって飛行してきたのだ。 「う、うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」  無我夢中でスリッパを振りまわすが、 得物は空を切るばかりだ。 「だ、大丈夫ですかぁ? 助太刀するのですぅ」 「く、来るなっ! 姫守まで巻きこまれるぞっ!」 「で、ですけど……」 「いいものをもらってきた。 これを使うんだ」  ドアの隙間から投げこまれたのは、 殺虫剤のようだ。 「姫守、頼む」 「かしこまりました!」  姫守は投げこまれた殺虫剤を手にすると、 使い方をざっと読む。そして、フタで 殺虫剤本体をこすりはじめた。 「待って。それ、もしかして、 パルサンじゃないか?」 「えっ?」 「あ、煙がたくさん出てくるのです。 どうすればいいのでしょう? 止められないのですぅ」  パルサンの煙が立ちのぼる中、 Gたちがバタッバタッと床に落ちていく。 「姫守、煙を吸わないようにして。 外に出るよっ」 「は、はい。あ、ですけど、 もう手遅れかもしれないのですぅ」 「姫守、大丈夫か? 姫守?」  煙を吸いこんだのか、 姫守はその場に倒れてしまっていた。  姫守を抱きかかえながら、 何とか保健室まで運んできた。  保健の先生はどうやらいないようだ。  さてと――  ベッドに寝かせようと、ひとまず座らせる。  姫守はぐったりしたように、 俺に体重を預けている。  微妙にしまったな。 この体勢から、どうやってベッドに 寝かせればいいんだ? 「大丈夫か?」 「はい。ご心配には及ばないのです。 ただ、体が重たくて力が抜けるのですぅ」 「十分心配に及ぶと思うんだけど。 救急車呼ばなくても平気か?」 「いえ、そこまで大事にすることでは ないのです。少し休めば良くなると 思いますから」 「苦しかったりしないか?」 「平気なのです。ちょっと身体が かゆいぐらいです」  うーむ。パルサンでそんなふうになるっけ?  まぁ、皮膚が弱かったら、 かぶれてかゆくなったりしても おかしくはないか。 「何かしてほしいことが あったら言ってくれよ」 「では、あのぉ、非常にお手数なのですが、 お願いしてもよろしいですか?」 「おう、何だ?」 「手に力が入らないので、 身体をかいていただけないでしょうか?」 「か、かく?」  身体を、かくだって!?  いや、落ちつけ。冷静に状況を分析しよう。  つまり、この俺の手で、 姫守の柔らかそうな肌に触れる、 ということか。 「だめなのですぅ?」 「あ、いやいや。 どこがかゆいんだ?」 「おへその下のほうなのです」 「な………!」  おへその下のほう、それはつまり、 誤解のないように学術的見解で 申しあげれば――  ――子宮の外側のことかっ!? 「そんなところ、かいてもいいのか?」 「はいー。お恥ずかしながら、 かゆくて死んでしまいそうなのですぅ」 「わ、分かった」  ごくり、と唾を飲みこむ。  いや、やましいことなんて何もないし、 いやらしい気持ちなんて微塵もないぞ。  姫守がかゆいと言うから、 かいてあげるだけのことだ。  それに俺は草食系が進化した 今時の植物系男子だ。  だから、そう、お天道様に誓って こう断言できる。  勃起などしない!――と。 「あのぉ、お早めにお願いできますか? もう、私っ……我慢できないのですぅ」 「あぁ、じゃ……行くよ」  姫守のへその下あたりに指で触れ、 わずかに爪を立てる。 「あっ、んっ、気持ちいいのですぅ」 「これぐらいか?」 「は、はい。よろしければ、 もっと強くなさっていただけますか?」 「こうか?」 「あふぁぁ、はいー、すごくいいのですぅ。 ん……ふぅぅ……はぁぁ……あ……んあ……」 「もっと下のほうもお願いできますかぁ?」 「もっと下ぁっ!?」  これより下に行けば、 土手の膨らみがあって、 さらにその先には姫守のおま――  いや、違う。 そんな肉食系みたいなことは 考えないぞ―― 「あの、こんなに何度もおねだりして、 はしたないのですが、早くぅ、 早く、してくださぁい……」  そう、俺は植物系だ。勃起などしない。 しかしだ――  おしべはにょきにょき育っていく。 「行くよ」  姫守の下腹に爪を立てると、 指に沿うようにくにゅうっと柔肌が 形を変える。 「あっ……ん……そこっ……そこですぅ。 もっと、強く……はいっ、もっと強くて 大丈夫なのですぅ」 「あのぉ……激しく、してくださいますかぁ?」 「激しくって……」 「もっと、思いきり、 かきまわすようになのですぅ」 「こ、こう?」 「あっ、んんっ、はあぁぁぁ、 お上手なのですね。 すごく気持ちいいのですぅ」 「もっと、下、あぅっ、はい、んん、 もう少し下でお願いしますぅ」  吐息混じりで熱っぽい姫守の声が、 ひどく官能的に思えて、気がつけば、 俺の耳はそれだけに集中していた。 「はぁぁぁ、だんだん楽になってきたのですぅ。 もう少し、下もお願いできますか?」  目の前に見える姫守のうなじから、 甘い匂いが漂ってくる。  妙に色気を感じるその場所に、 俺は視線を奪われながらも、 言われるがまま、手を下にやった。 「はあぁぁぅんっ! あっ、違……は…… んんっ……そこっ……やっ、やんっ、あのぉ、 ……だ、だあぅぅっ!」  切なげな声をあげる彼女があまりに かわいくて、俺は無我夢中で指を動かす。 「そちらっ、はっ、あ、変っ、ですぅっ! んん……ふあぁぁぁぁ、違っ、あぁあ、 おかしいのですぅ、ビクビクってっ!」  姫守の声は蕩けてて、 指に伝わる感触がさっきよりも ずっと柔らかい。 「待っ……あっ、待って、くださぁい。 私、おかしっ、堪忍なのですぅぅっ!!」 「あ、ご、ごめん。強くかきすぎた?」 「いえ、力加減は大丈夫なのですが、 その、ば、場所が違うのですぅ」 「場所?」  視線を姫守のうなじから、下半身へと移す。  俺の手が見事に姫守のめしべを まさぐっていた。 「ご、ごめんっ! わざとじゃないんだっ! その、姫守のうなじを見てたら、手の位置を 確認するのを忘れたっていうかさ……!!」 「えっ? どうして私のうなじを ご覧になっていたのですか?」 「い、いや! それはだから、 かいてもらってる姫守のうなじが、 なんだかすごく、かわいかったから…!」  やばい。完全に変質者の言い訳だ!! 「それは、その、お褒めいただきまして、 ありがとうなのですぅ」  あれ、意外と怒ってない、か? 「……でも、あんまりおいたを してはいけないのですよ?」 「ごめん……」 「くすっ。私もいつもご迷惑を おかけしてますので、あおいこなのです」  どうやら、そこまでは 怒ってないようだった。 「ありがとうございましたーっ」 「友希。しばらく客も入らなさそうだし、 まかない食っちまいな」 「はーい!」 「颯太ー、まかないだってさ」 「はいよー。って、 まだできてないんだけど、 何か食べたいものあるか?」 「じゃ、自家製ビーフストロガノフがいいなぁ」 「限定30食の一番人気メニューを まかないで食おうとするな……」 「えー、じゃ、いつものでいいわ」 「はいよっ」  ありあわせの材料をフライパンで炒め、 そこにごはんを投下する。  味付けは塩こしょうをメインでおこない、 味のアクセントにハーブを少々、 強火で一気に加熱する。  まかない限定メニュー、 ごちゃ混ぜチャーハンだ。 「ねぇねぇ、颯太って 料理つくるの本当に好きだよね?」  フライパンを振るいながら、 友希の雑談に応じる。 「そりゃ好きだけど、いきなりどうした?」 「ん? 颯太が料理してる時の顔見てたら、 そう思っちゃっただけよ」  そこまで顔に出てるかな…? 「どんな顔してた?」 「例えるなら、おち○ちんいじるのが 気持ち良くなっちゃって、もう自分じゃ やめられないような顔かなぁ?」 「別の例えにしてねっ!!」 「じゃ、 大好きな玩具をぎゅって握りしめながら 遊んでる時みたいな顔してたわ」 「例えはマシになったけど、 そんな子供みたいに見られてるんだな……」 「うぅん。そんなことないよ。 ちゃんと大人に見えてるわ」 「そういうふうには聞こえなかったけどね」 「でも、握りしめてる玩具はオナホールよ?」 「握りしめてどんな遊びしてるわけっ!?」 「えっ? あ、あのね。だから、 『あ、あぁ、ぼく、もうイク……』」 「『実演しろ』とは言ってないんだけどっ!?」 「えー、恥ずかしかったのに。 ま、いいや。それで、颯太って どんなホール使ってるの?」 「あぁ、やっぱり単独で具合がいいのも 大事だけど、ローションとの相性が ――って使ってないよっ!」 「嘘だぁ。 そう言うわりには具体的だったじゃん。 いいから教えてよ。なになに、どんなの?」 「聞いてどうするんだ?」 「……いまさら、そんなこと聞くんだ…… バカ……」 「はい…?」 「……オカズにしちゃ、だめ…?」  どういうことだ?  いつのまにか俺は異次元に 迷いこんでしまったのか? 「そ、そんなこと突然言われても……」 「だって、あたし、 颯太の一人えっちの仕方聞いたら、 もう、もう……」 「もうみんなに言いふらしたくて、 仕方なくなっちゃうっ!」 「話のオカズにするのはやめようねっ!!」 「えー、じゃ、何のオカズならいいの?」 「何のオカズって……」 「あ。やーらしいのー。 今、あたしが一人えっちするところ 想像したんだぁっ!」 「そんなこと想像するわけないだろっ」 「嘘だぁ。今の颯太、 料理つくってる時みたいな目に なってたわよ」 「それ普通の目だよねっ!?」 「えっ? 颯太、自覚なかったんだ……」 「何がっ!?」 「オナニーが、どうしたのよ?」 「『お』はつけてない、『お』は!」  おのれ、このままじゃ防戦一方だ。  仕方がない。いかに植物系の俺とて、 ここまでされれば、受け身から 攻撃に転ずるしかないだろう。  よし、行くぞ! 「なぁ友希、話は変わるけどさ」  これで―― 「お前って、一人でする時、 中派、外派?」  どうだぁーっ!? 「え、あ、う、うん……」  よし、効いてる。効いてるぞ。  どうやら言うのには慣れてるけど、 言われるのには慣れてないようだな。  ならば、追い打ちっ! 「『うん』じゃなくて、教えてくれないのか? 俺にはさんざん訊いたくせになぁ」 「わ、分かったわ。じゃ、耳貸してよ」  あれ? 本気で?  俺が戸惑っている内に、 友希は耳元に唇を寄せてきて、 「中派よ」  つまり、友希はオナニーする時に、 自分の指を中に挿れて―― 「オカズにする気でしょ、変態」 「な…!?」  友希は身を離し、笑顔を浮かべていた。 「お前……からかったな…?」 「あははっ、どーかなぁ? チャーハンまだ?」 「……今、できたよ」  炒めあがったチャーハンを、 皿に盛りつけ、テーブルに置く。 「ありがと。じゃ、いただきます」  友希がチャーハンを食べる様子を 見てると、 「そんなに真剣に口の中見ようとされたら、 食べづらいわ」 「そんな性癖ないからねっ!!」  今日も友希は口を開けば 下ネタばかりだった。 「おや、誰かきたようだよ」 「どうせ新聞の勧誘かなんかだろ」 「はい。どちら様ですか?」 「あたしー」 「お邪魔しまーす。 おじさんとおばさんは?」 「そこの書き置きにある通りだよ」 「えーと―― 今日は久しぶりに仕事が早く終わったから 二人でデートしてくる。ラブラブな両親より」 「あいかわらず、おじさんとおばさん仲いいね」 「本当にね。息子のことをちょっとは 気にしてほしいぐらいだよ」 「あー、それってわがままだぁ。 知ってるわよ。どうせ誘ってもらっても 断るんでしょ?」  まぁ、そうなんだけど。 「だってさ、うちの両親、外で人目も はばからずにイチャイチャしだすんだよ。 息子としてはいたたまれないだろ」 「あたしはいいと思うけどなぁ。 いくつになっても、 イチャイチャしたいじゃん」 「お前はそういうの好きそうだよな」 「うん、好きよ。というわけで、 あたしたちもイチャイチャしよっか?」 「って言うと?」 「じゃーん。映画のBD借りてきちゃった。 一緒に観ようよ」  そういうことか。 「いいけど、なに借りたんだ?」 「“メカクジラ対中国拳法”よ」 「タイトルだけで、ものすごいB級臭が漂うな」  なぜそれを借りようと思ったのか、 理解に苦しむ。 「あらすじは?」 「どこからともなく現れたメカクジラが、 世界の漁業に大打撃を与えて、 魚が食べられなくなった近未来――」  なんだその設定は――? 「最新のダイバースーツでフル装備した 中国拳法の達人が、メカクジラ撃退に 乗りだす――」 「果たして、中国拳法は メカに通用するのか? それ以前に水中でも使えるのか?」 「そして、泳げない彼の運命はいかに? ――って、あらすじよ」  やばい。猛烈に気になってきたぞ。 「よし、じゃ、観るか」  ん?  あいつ、何してたんだ? 「ねぇねぇ。今日は あたしが入れてもいい、かな?」 「いいけど」 「あ、やだっ。もうこんなに固いよ?」 「当たり前だろ。 お前が来た時から、ずっとそうだよ」 「ねぇねぇ、見たい?」 「あぁ、だから早く入れてくれよ」 「そんなに興奮しちゃって、 かわいいんだぁ。そんなに入れてほしいの?」 「そうだよ。 だから、いいかげんに入れようねっ」 「だーめ。何をどこに入れたいのか、 ちゃんと言うのよ」 「ブルーレイ・ディスクを ブルーレイ・レコーダーの ディスクトレイに入れてくれるっ!?」 「あははっ、やーらしいのー。 いいわよ。入れてあげる」  どこがやらしいんだ…? 「あれ? ディスク入ってるわ。 何か観てた?」 「いや、そんな覚えはないけど……」 「えいっ、再生」  テレビにレコーダーの映像が映った。 「あっあん、やぁっ、はあっ、んんっ、 そこっ、やぁ、ダメぇぇぇっ!! イクゥッ!」  俺は即座に停止ボタンを押した。 「うわぁ……」 「いや、違うっ! 俺はまだ観てない! まだ観てないからなっ!」 「変な言い訳ね」 「うぐ……」  おかしい。 こんなもの入れっぱなしにするはずが、 いや、待てよ…?  確か、さっき―― 「恋愛映画を一緒に観て、 ロマンチックな気分になった彼女と、 ドキドキしはじめる彼」 「『颯太、じつはあたし、颯太のことが……』 『俺もだ、友希』やがて二人は恋人同士に。 どうだい、完璧な作戦だろう?」 「アダルトビデオは恋愛映画じゃねぇっ!!」 「どうしたの、一人で暴れちゃって? 早く観ようよ」 「あ、あぁ……何でもない……」  完全に誤解されたけど、QPの仕業だって 言っても信じてもらえるわけがない。  よし。諦めた。気をとりなおして、 観るか“メカクジラ対中国拳法”! 「じゃ、再生するよー」 「おう」  友希がリモコンの再生ボタンを押す。 「じゃ、次は口でしてあげるねっ。 ……はぁむ……れろっ……ちゅっ…… ちゅぱぁっ、あぁむ……んちゅうっ……!!」 「おい、友希…… ディスク替えてないぞ」 「だめ? こっちから先に観ない?」 「はい…? こっちから?」 「うん。モザイク結構かかってるから、 恥ずかしくないし。テレビの 温泉シーンみたいなものでしょ」 「…………そうだね……」  いや、ぜんぜん違うと思うんだけど…… 「あ、うわぁ、あんなに奥まで咥えるんだぁ。 ねぇねぇ、ああいうことされたい?」 「………………まぁ……」  ちょっと待て。 この質問責め、終わるまで続くのか? 「音すごいね。ちゅっ、ちゅぱっとか? あんなに吸われて痛くない?」 「…………大丈夫なんじゃない……」 「もしかして、ああいう音聞くと 興奮しちゃう?」 「……………」  おい、男優。早く射精しろ。 「今日はどうするんだい?」 「あぁ。冷蔵庫の食料が尽きかけてるから、 買い物に行く予定だよ」 「じゃ、誰か誘ってみるといい。 恋が進展するかもしれないよ」 「無茶言うな。 スーパー行くのに誰がついてくるんだ」 「友希ー、ちょっといい?」 「はいはーい。なになに?」 「あのね、美樹の話なんだけど、 D組の石野君に振られちゃったらしいのよ」 「あ、そうなんだぁ…… けっこう仲良さそうだったのにね」 「ここだけの話、石野君って、 あっちの人だったらしいよ。 だからダメだったみたいなの」 「それでね。美樹落ちこんでるから、 何とかできないかと思って」 「じゃ、お泊まり会しよっか。 みんなで夜更かしして、おしゃべりしよ。 あたし、セッティングするね」 「うん。ありがとう。あ、でも――」 「なに?」 「その、下ネタばっかり話すのはなしだよ?」 「あははー、そんなわけないじゃん。 みんなには下ネタばっかり言うと 思われてるけど、じつはそんなことないのよ」 「…………そ、そうね……」 「どうして人間は信用してないのに、 あんな曖昧に返事するんだろうね」 「友希が下ネタしか言わないのは 彼女もよく分かってるはずだよ」 「妖精と違って、人間関係は複雑なんだよ」 「じゃ、また予定が決まったら、 教えるね」 「すみません、友希。 ちょっといいですか?」 「うん、いいよ。あれ? 絵里、ちょっと胸おっきくなった?」 「いいえ。そんなことはないはずですけど……」 「本当に? 絶対?」 「はい。ブラのサイズは変わってませんから」 「じゃ、触って確かめてもいいよね?」 「え、そ、そんなのいけませんっ」 「あれぇ、おっきくなってなかったら、 触られても支障ないはずよ?」 「あ、あの、友希? や、やめ、やめてくださいー」 「なかなかいいスキンシップの手段だね。 君も友希を見習ってやってみるといい」 「男がやったら、ただのセクハラだよね!?」 「それで、何だった?」 「数学と英語で分からないところが あるんですが、教えてもらえますか?」 「いいよ、どれ? ……あー、ここ他にも分からないって人、 何人かいたわ。こんど一緒に勉強会しよっか」 「はい。お願いします」 「友希ー、大ピンチ大ピンチーっ!」 「なになに、どうしたのよ?」 「こんど練習試合があるんだけど、 キャプテンがケガしちゃったのよ。 お願い。代わりに出てくれない?」 「いつ? スケジュール確認するね」  友希はスケジュール帳を広げ、 三橋に練習試合の日程を確認している。 「彼女はずいぶん多忙のようだね」 「お前、ここから見えるのか?」 「妖精の視力を甘くみないことだね。 たとえ、あのスケジュール帳が 地球の裏側にあったとしてもよく見えるよ」 「それはもう視力なんていう次元じゃないよね」 「おや? 今日の放課後は、 スケジュールが空いてるみたいだよ。 誘ってみたらどうだい?」 「いや。それなら、たぶん誘わなくても 向こうから声をかけてくるよ」 「じゃ、予定空けとくね」 「ありがとっ。 今度、なんか奢るよ。 じゃあね」 「うん。ばいばーいっ。 えっと……」  友希は教室をぐるりと見回し、 俺と目を合わせた。 「ねぇねぇ。今日、暇かなぁ?」  やっぱり、来たか。 「スーパーに買い物に行く予定だよ」 「あ、じゃ、あたしも手伝う。 その後、一緒に遊ばない?」 「いいよ」 「やった。じゃ、早く行こっ!」 「不思議だよ。どうして彼女が誘ってくるって 分かったんだい?」 「みんなが友希のこと頼りにしてるから、 スケジュール帳が埋まりまくってると 思うけどさ」 「じつは逆で、友希は寂しがり屋だから、 スケジュールを埋めるために、 みんなに頼ってもらいたいんだよ」 「ち、違うよっ! それは昔の話っ。 あたし、もうそんなに 寂しがり屋じゃなくなったのよ」  やばい。声が大きすぎたか。 「君は懲りないね」  俺もそう思うよ。 「ねぇ、聞いてる? 寂しがり屋じゃないのよ?」 「じゃあさ、 やっぱり買い物は一人で行くことにする って言ったら?」 「………………置いてっちゃやだよ……」  やっぱり寂しがり屋じゃないか、 と思ったけど、口には出さず、 一緒に買い物に行くことにした。 「颯太ー、みんなで新渡町に寄ってかない? アレ買いたいんだぁ」 「行くのは賛成だけど、アレって何だ?」 「だから、アレよ、アレ。 ほら、最近、できた屋台で売ってるやつ。 丸くて、真ん中に穴が空いてて」 「あ、もしかして――」 「コンドームよ」 「屋台には売ってないよねっ!?」 「ごめんごめん。えーと、なに買うんだっけ?」 「なぜ下ネタ言うのは忘れなくて、 肝心なことを忘れるんだ……」 「だって、ど忘れしちゃったんだもん。 ねぇねぇ二人とも、あたし下ネタ以外で なに食べるって言ってた?」 「ドーナツですよ」 「屋台のドーナツ屋さんが 新しく開店なさったのです」 「そうそう、ドーナツよ。 似てるから間違えちゃったわ」 「これっぽっちも似てないけどね」 「お、クレープも売ってるのか。 でも、ドーナツも捨てがたいよな」 「あのぉ、この“くりすぴーどなつ”という のは、どういうものなのでしょうか? 手早く栗を炒める夏限定メニューなのです?」 「栗スピード夏じゃないからね。 クリスピードーナツだからね」 「そうなのですね。 ご教授くださり、恐縮なのです」 「やっぱ、クレープかな。 でも、ドーナツ屋でクレープっていうのも あれだしな」 「颯太はドーナツがいいと思うわ」 「なんでだ? ここのクレープいまいちなのか?」 「うぅん、穴が空いてるの好きでしょー」 「何の話だよ!?」 「ダブルチョコレートドーナツを ひとつください」 「私はクリスピードーナツを おひとつお願いいたします」  やはり好物のクレープにすべきか。 しかし、ドーナツも捨てがたい だけど……  うーむ、まったく決められる気が してこないな。  仕方ない。迷った時のとっておきの 秘策を使うとするか。 「チョコ生クリームのクレープと、 チョコナッツドーナツで」 「ありがとうございます。 少々お待ちください」 「友希さんは何になさるのですか?」 「うーん。どうしよっかなぁ。 ねぇねぇ颯太、あたしの好きな ドーナツ決めてくれる?」 「なんでだよ……」  言った後、ふと気がつき、 友希の顔をじっと見る。 「な、なぁに?」 「友希。お前、またやっただろ」 「あー……うん」 「何度だよ?」 「36度9分ぐらいかなぁ」 「で、本当は?」 「…………37度3分ぐらい」 「友希、熱があるんですか?」 「ちょっとね」 「ちょっとじゃないだろ。 なんで、いつも風邪引いてるのに 遊びにいこうとするんだよ」 「う、うん……」 「『うん』じゃなくてさ」 「友希さん、あまりご無理をなさらないように 今日は帰られたほうがいいと思うのです」 「だ、大丈夫よ。熱はあるけど、平気だし。 もうちょっと遊んでいこうよ」 「だめですよ。今日は帰ってください」 「ほら、送ってってあげるから、 帰るよ」 「ねぇねぇ、やっぱり帰りたくないわ」 「風邪悪化しても知らないぞ」 「いいわ。あたしが責任持つから、 もうちょっと遊んでいこ」 「なんでそんなに遊びたいんだよ……」 「だって、寮じゃ一人だから 寂しいんだもん」  まったく。しょうがないな。 「じゃ、うちに来るか?」 「ほんと? 行く行く、イクぅっ」 「……………」 「……大人しく寝てろよ」 「はーい。約束するねー」 「あはは、このベッド、颯太の匂いがするね。 すぅぅぅぅぅ」 「嗅ぐなっ!」 「だって、颯太の匂いがするよ?」  何が 「だって」 なのか分からない。 「何か食べたいものあるか?」 「さっき買ったクレープとドーナツ ちょっとちょうだい」 「風邪引いてるのに、 こんなの食べる気になるのか?」  クレープとドーナツを袋から出して 友希に渡した。 「えへへ、見て見てー」  友希はドーナツの穴に、 クレープの尖った部分を ゆっくりと近づけていき、 「ほら、もう入っちゃうわよ。 穴の中に白いのいっぱい出しちゃうよ?」 「ベッドの上に生クリームこぼさないでねっ!」 「あははっ、興奮したでしょ?」 「いや、ぜんぜん……」 「食べられそうなもの持ってくるから、 大人しく寝てろよ」 「風邪なら、これを食べさせるといいよ」 「どっから持ってきたんだ、このリンゴ?」 「それは企業秘密だよ。 昔からリンゴは医者いらずと言って、 病気を治す力があるんだ」 「聞いたことあるけどな。 でも、実際、リンゴ食べただけで 治ったら苦労しないよな」 「じゃ、賭けをしようか? 今夜中に風邪が治ったら、 君は友希にこう言うんだ」 「『今夜は帰したくない』って」 「いいよ。その代わり治らなかったら、 魔法使って一攫千金あてさせろよ」 「ぼくにできることなら構わないよ。 それじゃ、これを食べてくれるかい?」  QPが白い花びらを渡してくる。 「なんだ、これ?」 「白いバラの花びらを食べるのが、 妖精界では絶対に約束を守るという証なんだ」 「あぁ、指切りみたいなもんか」  俺はバラの花びらを食べた。  その後、友希にすりおろした リンゴを食べさせたんだけど―― 「ねぇねぇ。なんか治ったみたいよ?」  マジか…… 「熱は?」 「36度7分まで下がったわ」 「そっか。良かったな」 「うん。ありがと。 宿題やらなきゃいけないから、 そろそろ帰るね」 「あ、あぁ……」 「約束だよ、初秋颯太」  く…… 「ゆ、友希……」 「ん? なぁに?」 「その、だな。今夜は……」 「今夜は冷えるから、気をつけてな」  だめだ。言えるわけねー。 「うん、じゃあねー」  その時だった。  俺の体が勝手に動き、 友希の手をつかんでいた。 「白いバラの約束は絶対だよ。 何があろうと違えることはできないんだ」  そういうことは先に言え…… 「『友希、 今夜はお前の下ネタを子守歌に眠りたいよ』」  台詞変わってないっ!? 「約束を反故にしようとしたから、 罰則が含まれてるよ」  そういうことも先に言え…… 「『なぁ、いつもの下ネタを聞かせてくれよ』」 「あ、えと……宿題はやめて、 えっちな勉強する?」 「しようか」 「しないよっ!!」 「あははっ、変なの。じゃあねー。ばいばーい」  間一髪で魔法は解けたようだった。 「ご注文くりかえします。 ベーグルサンドがおひとつ、 自家製ビーフストロガノフがおふたつ、」 「ナポリタンがおひとつ、 ブレンドコーヒーがよっつ で、よろしいでしょうか?」 「すいませーん。注文いいですか?」 「はい。ただいまお伺いします」 「こっち、コーヒーおかわり」 「はい。すぐにお伺いしますっ」 「セットのデザートまだですか?」 「はい。ただいまお持ちしますっ!」 「颯太っ。ナポリタンとカルボナーラは 俺がやっちまうぞ」 「はいっ、お願いしますっ! ハンバーグステーキと 若鶏のグリル、もうすぐ焼けます」 「終わったら、チャーハン系をやっちまえ!」 「はいよっ!」 「追加でーす。山盛りフライドポテトみっつ、 エビドリアひとつ、三種のチーズピザひとつ、 お好み焼き風ピザふたつ――」 「ブレンドふたつ、アメリカンふたつ、 カフェラテひとつ、キリマンジャロひとつ、 コロンビアひとつ、オーガニックひとつです」 「マジでっ!?」 「はーい、マジです。 マスター、わたし厨房、手伝いましょうか?」 「いや、フロアもいっぱいいっぱいだろ。 一通り注文が出てから、頼む」 「分かりました。 じゃ、颯太くん、頑張ってね」 「オーダーってまだありますかね?」 「今日の調子だと、そりゃあるわな」 「オーダー入りましたー」  マジか…… 「自家ビ1、ナポ1、ベジカレ―1、 パンコロ2ねー」  と、俺にだけ聞こえるぐらいの声で言って、 友希はすぐにフロアに戻ろうとする。 「こら、友希。なんだそりゃ?」 「やば……バレた……」 「『バレた』じゃないだろ。うちは略称禁止だ」 「でも……こんなに忙しいのに……」 「まぁ、気持ちは分かるんだがな。 オーダーを伝える声っていうのは、 案外、フロアにも聞こえるもんだ」 「雰囲気だってカフェの売り物のひとつだ。 厨房から『自家ビ』やら『ナポ』『パンコロ』 なんて聞こえてきたら、雰囲気が台無しだろ」 「……うちは学生向けなんだから、 略称もかわいくていいと思うけどなぁ」 「かわいい? 自家ビやらナポやらがか? 意味が分からん。そもそも何の略かが 分からないっつー話だわな」 「えー、本当ですか?」 「諦めろ。マスターはわりとオジサンだ」 「はぁい、そうする」 「じゃ、自家製ビーフストロガノフひとつ、 ナポリタンひとつ、ベジタブルカレーひとつ、 パンプキンコロッケふたつお願いします」 「はいよっ」  ていうか、めちゃくちゃ忙しい。 「最後のお客様、お帰りになりましたよ」 「やった…! 本気で死ぬかと思った」 「お疲れ様。よく頑張ったね」 「マスター、ちょっと休んできていいですか?」 「おう、いいぞ。ちょっくら休憩にするか」 「どうも」  フロアに出ると、さすがに疲れたのか、 友希が座りこんでいた。 「大丈夫か?」 「あはは、ちょっと疲れちゃったわ。 でも、後片付けしないとね」 「んっしょっと。あれ、おかしいな…?」 「おいおい、ふらついてるぞ。 ちょっと休憩していいみたいだし、 まだ休んでたら?」 「うん。でも、早く帰ってゆっくり休みたいし」 「確かになぁ。今日は俺もすごい疲れたよ」 「なんだ、そんなに疲れたんなら、 もうあがっていいぞ」 「でも、まだ仕事が残ってますし」 「頑張って体を壊しちゃ何にもなんねぇぞ。 なに、後片付けぐれぇ、 俺一人でもできるってもんよ」 「すみません。それじゃ、お先に失礼しますね」 「ありがとうございます、マスター。 それじゃ、俺もこれで」 「は? なに言ってんだ?」 「えっ?」 「お前が帰ったら、 誰が厨房の後片付けをするんだ。 洗い物もかなりたまってるんだぞ」 「でも、今……」 「休憩は5分だ。すぐ戻れよ」  男女差別はなはだしいな、おい。 「いいなぁ、友希だけ」 「ていうか、まやさんも言えば 帰れるんじゃないですか?」 「どうかなぁ? 前々から思ってたけど、 マスターって友希にだけ ちょっと甘い気がするよね」  それって、つまり…… 「……ロリコンってことですか?」 「わたしの口からは そんなこと言えないかなぁ」 「でも、それなら、 まやさんのほうが優遇されるんじゃ?」 「ん? どういう意味かな?」  やばい。地雷踏んだ…… 「あ、で、でもですよ。まやさんは 見かけによらず“お姉さん”って感じが しますから、ロリコン受けはしないのかも」 「『見かけによらず』ってどういう意味かな?」 「それは…………」 「それは、なぁに?」 「や、やだなぁ――」  考えろ。 今すぐ考えるんだ! この場を切りぬける魔法の言葉を! 「見た目はすごくかわいいのに、 中身はすごくしっかりしてて、その ギャップが最高ってことじゃないですか!」 「ふふっ、頑張って考えたね。 許してあげる」  た、助かった。 「というわけで、ピーマンとキュウリが いい感じで育ってるんで、 収穫しましょう」 「この季節にピーマンとキュウリとはね。 まるで異常気象でも来たみたいだよ」 「……そうですね」 「まぁ、ありえないと言ったところで 現に目の前にあるものは仕方ない。 何より楽しそうだ」  部長が、楽しければ何でもいい人で 良かった。 「何を持っていけばよろしいのですか?」 「じゃ、そのハサミとカゴを持ってくれる」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「じゃ、行こうか」  ん? 「んしょっ、こかな? これでいかな? これで開くかな?」  まひるは野菜を収穫するために渡した 新品のハサミを開封しようとしていた。  しかし、どうやったらそうなるのか、 苦戦中だった。  あいかわらず不器用だな。 「まひる、手伝おうか?」 「うるさいっ。まひるは自分でやるんだ。 遅いと思うなら、先に行けばいい」 「いや、待ってるけど」 「じゃ、勝手にすればいいんだ」  まひるはふたたび、ハサミの包装と 格闘を始める。 「こかな? これで行けるかな? 違うかな? 違うみたいだな? どうしようかな? 難しいな」  というか…… 「あのね、まひる。開け口がさ」 「うるさいっ。 まひるは今、一生懸命なんだっ。 話しかけたらいけないんだっ」 「分かったよ。もう何も言わないって」 「ダメだ。あっち行け。 おまえがそこにいると気が散るんだ」 「なんでだよ? 今度は静かにしてるからさ」 「ダメだっ。あっち行けあっち行けっ。 まひるはそうやって待ってられると ダメなんだっ。あっち行くんだっ」 「分かったよ。じゃ、畑にいるから、 どうしても困ったら、呼びに来いよ」 「初秋さん、ご覧になってください。 ピーマンさんとキュウリさんが たくさん穫れたのです」  姫守のカゴいっぱいに ピーマンとキュウリが入っている。 「おう。本当だ。頑張ったな」 「あちらにあるものは、 まだ収穫できないのですか?」  姫守が一角だけ収穫されてない 場所を指さす。 「あぁいや、あれはまひるのために 残してあるんだけど……」  そういえば、あいつ、まだ来ないな。 「ちょっと様子を見てくるよ」 「あれ? いない?」  机の上にはハサミの包装だけが 散らかっている。  開封はできたみたいだよな。  じゃ、どこに行ったんだ?  菜園と畑を間違えたのかと思ったけど、 ここにもまひるはいない。 「まひるーっ、どこだー?」  返事はない。  本当にどこに行ったんだ? 「……こまたな」  やっと見つけた。 なんでこっちの校舎にいるんだ? 「まひるっ、こんなところで 何してるんだ?」 「……ば、バカにしないか?」 「しないよ。どうしたんだ?」 「ぜったいか? ぜったいバカにしないか? ウソついたら、ハリセンボン呑むか?」 「あぁ。呑むよ。で、どうした?」 「………………まよた……」  そういえば、こいつ、 重度の方向音痴だった…… 「おまえっ、その顔まひるを バカにしてるなっ! ハリセンボンだ、ハリセンボン呑ーますっ!」 「バカにしてないって。 ほら、せっかくハサミを開封したんだから、 野菜収穫しにいこうよ」 「どうせもう、まひるの分は 残ってないんだ……」 「大丈夫だよ。ちゃんと残してあるって」 「ホントかっ? じゃ、早く行くんだ」 「ピーマン、ピーマン、ピーマン、 キュウリ、キュウリ、キュウリ」 「まひる、そっちは反対方向だよ……」 「んと、こかな? 野菜痛くないかな? 痛そだな? 平気かな? あ、切れたぁ。 おーい、おいおいっ、おいっ」 「まひるは『おい』って言ってるんだっ!」 「いうっ!」  すねを蹴られた。 「あのね、まひる。蹴ると痛いからね」 「えへへ、見てぇ、穫れたぁ」 「……………」  しょうがないなぁ。 「良かったな。初めてにしては上出来だよ」 「もっと獲ってもいかな?」 「あぁ、獲れるだけ獲っていいよ」 「あ……やっぱり、ダメなんだ……」  まひるはケータイの画面を確認して言った。 「何かあったのか?」 「ママが迎えにきたから、 まひるは仕事に行かなきゃいけないんだ」  「行きたくない」 と顔に書いてあった。 「ねぇねぇ、オムライス注文した人が 『作った人出せ』って言ってきたんだけど、 どうする?」 「マジで?」  やばいな。クレームか? 「どんな人だった?」 「すっごく怖そうな人」 「よし、後は任せた」 「いいけど、待ち伏せされて 刺されても知らないからね」 「なに言うつもりなわけっ!?」  ったく、しょうがないな。 「俺が行こうか?」 「いえ、作ったのは俺なんで。 とりあえず俺が行ってみます」 「3番テーブルのお客様よ」 「はいよ」  3番テーブルはっと。 「……………」  友希のやつ、何が 「怖い人」 だ。 「あ、来たな。おまえっ、どういうことだっ!?」 「何がだよ?」 「オムライスの味がいつもと違うぞ。 手抜きか? 手抜きなのか? まひるに 対するイヤガラセでそういうことするのかっ?」 「まひるが来ない間に、 作り方を変えたんだよ。 けっこう評判だぞ」 「なんでそんなことしたんだ。 まひるが食べたかったのは、 昔のオムライスだぞ」 「そんなこと言われてもなぁ」 「まひるは断固抗議するぞっ。 昔のオムライスのほうがおいしいんだ。 元に戻せっ」 「でも、今のやつもけっこう美味いよ。 ちゃんと味わって食べたか?」 「おまえっ、まひるがちゃんと味わって 食べると思うのか?」 「いやいや、なんでそんなに偉そうなんだよ。 いいから、もう一回味わって食べてみようよ」 「分かった。そこまで言って、 おいしくなかったら、まひるは 怒るからな」  まひるはスプーンを握りしめ、 オムライスをすくいあげる。 「はぁむ。もぐもぐもぐ」 「どうだ?」 「えへへ、おいひい」 「っとに、まひるは思い込み激しいよな。 どうせいつもと違うと思って食べたから、 不味いって感じたんだろ」 「うるはい。 まひるは今、食べるのにいほがひいんらっ」 「せめて座って食べろよ……」 「はむはむ、もぐもぐ、ぱくぱくぱく、 むしゃむしゃ」  聞いてないし…… 「じゃ、俺は行くからね」 「待て。訊きたいことがあるんだ」 「何だ?」 「あのな――はぁむ、あむ、ぱくぱく、 もぐもぐもぐ、はむはむ、ぱくぱく」 「もぐもぐ、ぱくぱくぱく、んぐんぐ、 はむはむはむっ、むしゃむしゃ」 「えへへ、おいひい。おかわりしよかな?」 「お前、たったいま言ったこと 完全に忘れてるだろ……」 「そ、そんなことあるわけないんだっ! ちょっと食べてたぐらいでなんだ。 男らしくないぞっ。この外道っ」 「外道は言いすぎじゃないっ!?」 「じゃ、そんなんだから振られるんだっ」 「何も言い返せないよっ!」 「えっへん。まひるの勝ちだ」  そこで威張る理由がよく分からないけどな。 「で、何だって?」 「何がだ?」 「訊きたいことがあるんだろ」 「あ、そうだった」 「やっぱり忘れてたよね!?」 「うるさいっ。オムライスが おいしすぎるから、言おうとしたことを 忘れたんだ。おまえのせいだっ」 「いや、それは嬉しいけどな」 「なんで嬉しいんだっ? おまえのせいだぞ。反省しないのか?」 「え、じゃ、オムライスを おいしく作ってごめんな。 今度からは不味くするよ」 「あれ? なんで不味く作るんだ? まひるは不味いのはやだぞ?」 「だって今、お前が 『おいしく作ったことを反省しろ』 って言っただろ」 「じゃ、じゃあ、おいしいオムライスに まひるが言おうとしたことを忘れない つけあわせをつければいいんだっ」 「付箋かなんかと一緒にお出しすれば よろしいんですかね、お客様」 「フセンっておいしいのか?」 「紙だから絶対、食うなよ」 「ん? どういう意味なんだ? まひるはよく分からないぞ」 「付箋はメモをする時とかに使うから、 それで言おうとしたことを忘れないように しろって意味な」 「そうなのか。見てみたいぞ」 「付箋を? ていうか、 何か訊きたかったんじゃないのか?」 「あ、そうだ。おまえ、これ分かるか? 分かったら、ここに答えを書いてくれ」 「どれどれ…?」  まひるが広げたノートには、 「次の授業までに提出」 と書いてある。 「宿題ぐらい自分でやろうねっ!!」 「もしもし。うん。ドラマの話? 決まった? そっか。うん、嬉しい。頑張るね。 じゃ、部活中だから」 「ドラマの役でも決まったのか?」 「おまえ、盗み聴きしてたなっ。 盗聴魔だっ、盗聴魔っ、まひるのこと 盗聴してどうする気なんだっ?」 「……盗聴も何も、 そんなところで電話してたら、 普通に聞こえるって」 「おまえの魂胆は分かってるんだ。 難しいことを言って、ごまかそうとしても まひるは騙されないんだぞ」 「すっごい簡単なことしか言ってないけどな」 「うーー…!」 「どうしたんだよ?」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「こらっ、何だ? 蹴るなって」 「参ったか?」 「あぁ、参ったよ。お前の勝ちだ」 「じゃ、ひざまずいて 『もう逆らいませんまひる様』って言って ごめんなさいするんだ」 「スカートだから やめといたほうがいいと思うよ」 「おまえっ、謝る振りしてスカートの中を のぞく気なのかっ? 変態だっ、変態っ! おまえは変態だっ」 「いやっ、そんなことはしたくないから、 わざわざ注意したんだろ?」 「そんなことはしたくないって、 まひるのパンツなんか 見たくないってことか?」 「え、違うって、あのね」 「そうなんだっ。まひるの パンツなんていらないんだっ! 汚いって思ってるんだっ!」 「お前、見られたいのか見られたくないのか、 どっちだよ…?」 「おまえこそどっちがいいんだ? まひるのパンツを見たいのか? 見たくないのか?」 「それは……」  困ったな。なんて答えればいいんだ? 「『見たい』って言え」  はい? 「いや、でも『見たい』って言うと――」 「うるさいっ。颯太はまひるのパンツを 見たいんだっ!」 「あぁ、分かった分かった。それでいいよ」 「『それでいい』って何だ? ちゃんと言わなきゃダメなんだ」 「だから、俺は、その……」  なんだ、この状況は…… 「……まひるのパンツが見たいよ」 「やっぱり、おまえは変態なんだ」  なんでちょっと嬉しそうなんだよ? 「今度の冬に放送するドラマの主役だ」 「……はい?」 「おまえが訊いたから、答えたんだ」  あ、“ドラマの役が決まった”ってことか。 「やったな。おめでとう」 「別に。大変になるだけなんだ」  あれ? あんまり喜んでないのか? 「まひるって、芝居の仕事、 あんまり好きじゃないのか?」 「……そんなこと、ないよ。 まひるは演技好きよ。 颯太にも言ったことあるでしょ」  あれ? なんで急に言葉使いが変わるんだ? 「どしたの?」 「いや。なんだかんだで 初めての主役だし、良かったね」 「なんで“初めてだ”って知ってるんだ?」 「ニュース見てたら、お前のことやってるし」 「見てたのか?」 「見てたけど」 「そっか。見てたのか」  今度は機嫌が良くなったみたいだな。  ずっとこうなら、かわいいのにな。  まぁ、怒ってるところも お子様がムキになってると思えば かわいいもんだけどな。  蹴られるけど。 「おまえっ、なにニヤついてるんだっ? まひるをバカにしてるのか?」 「全然、バカになんかしてないって。 『まひるはすごいな』って思っただけだよ」 「うーー…!」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「ねぇねぇ、今日バイトないよね? 新渡町に遊びにいこっ」 「あぁ、いいよ。 みんなで行くのか?」 「うぅん、みんなじゃないよ」 「じゃ、どうしよっか? 映画とか行く? でも、せっかくだから、 おしゃべりできるところがいいかなぁ?」 「……それより、なんでおまえがいるんだ?」 「『なんで』って言われても、 友希に誘われたからなんだけど」 「まひるは聞いてないんだっ。 二人で遊びにくるんじゃなかったのか?」 「うん。ビックリさせようと思って。 まひると颯太がやっと仲直りしたから、 記念に三人で遊びたかったのよ」 「別にケンカしてたわけじゃないけどな」 「でも、別れたからって、 ぜんぜん遊ばなくなったじゃん」 「いや、普通そうなるよね。な、まひる」 「おまえっ、調子に乗るなよっ。 まひるは仲直りしたわけじゃないんだ。 気安く話しかけたらいけないんだぞ」 「何だ? まひるは ケンカのつもりだったのか?」 「つもりじゃなくて、ケンカなんだ。 一億兆回謝っても許してやらないんだ」 「俺、何か悪いことしたっけ?」 「生まれてきたんだ」 「それっ、どうしようもないよね!?」 「反省しないのか?」 「死ねってことっ!?」 「友希、こいつ反省しないぞ。 まひるは困ったんだ」 「俺のほうが困ったよ」 「あはは、颯太とまひるは あいかわらず仲いいね」 「言っておくけど、お前の目は節穴だぞ」 「でも、ケンカしたんなら、 謝ったほうがいいと思うわ」 「『生まれてきてごめん』て?」 「そうじゃなくて、普通によ」 「何を謝ればいいんだ?」 「あたしのおっぱいに訊いてみたら?」 「自分の胸にだよね!?」 「えっ? 颯太って一人でする時、 自分の胸をいじるの?」 「そうなんだ」 「見たことないよねっ!」 「じつは今まで内緒にしてたけど、 颯太が『どうしても』って言うから、 見てやったんだ」 「どうやって俺に内緒にしてたんだよ……」 「うわぁ、颯太って二週間でそんなこと…… だから、別れたのかなぁ」 「勝手に納得するのやめてくれるかな?」 「他には他には?」 「何もないよ」 「まひる、『イヤだ』って言ったのに、 颯太が無理矢理……」 「黙れ、二重人格っ!」 「そういえば、まひるって、 あたしたちにだけ言葉使いが ラフになるよね」 「ラフっていうか、 ぞんざいっていうかな」 「友希はまひるのこういうしゃべり方が イヤなのか?」 「うぅん。かわいくて好きよ」 「俺は女の子っぽいほうが好きだけどな」 「変態の意見は聞いてないんだ」 「あぁ、そう……」 「そういえば、どうして普段は ああいうしゃべり方なの?」 「テレビに出る時は ちゃんとしゃべらないといけないから、 気をつけてるんだ」 「『イメージもあるから気をつけろ』って ママに言われてるんだ。大変なんだぞ」 「あたしと話してる時は 気をつけなくてもいいの?」 「友希は友達だから、 自然とこうなるんだ」 「あれ? じゃ、俺と話してる時も?」 「おまえは女の子っぽくしゃべると、 変態行為をしようとするからだっ!」  そんな理由かよ…… 「ねぇねぇ颯太、ちょっとちょっと」  友希に呼ばれて、まひるから少し離れる。 「どうしたんだ?」 「やっぱり初体験で一人えっち見せつける のはマニアックだと思うよ。この機会に 謝っといたほうがいいんじゃない?」  誤解は深まるばかりだった。  菜園とリンゴの樹の世話をして、 少し疲れたので、裏庭で寝てると―― 「おいっ。おいったら、おいっ!」 「“おい”なんて奴はいないぞ」 「うー…!」 「えいっ! えいっ! えいっ!」  まひるが蹴ってくるので、 体を起こして、それを避ける。 「分かった分かった。どうしたんだ?」 「相手をしてほしいんだ」 「何の?」  訊くと、返事の代わりに クリップで留められた紙の束を渡された。  ぺらぺらとめくって、目を通す。 台本だった。 「これ、何だ?」 「こんど、まひるがやるドラマのやつだ」 「まさか、相手をしろっていうのは…?」 「“司郎”というのがおまえの役だ。中年だ。 まひるは“凜”という役をやる。司郎の娘だ」 「まだ『やる』とは言ってないんだけど」 「おまえっ、まひるのパパになんか なりたくないって言うのかっ! そうなんだなっ! なんでだっ!?」 「いやいや、そうは言ってないけど」 「じゃ、まひるのパパになってもいいのか? ちゃんと優しくするかっ?」 「そりゃまぁ、『いや』とは言わないけどさ」 「なら、問題ないんだ。早くやるんだ」  パパになるのがどうこう って話じゃないんだけど、まぁいいか。 「じゃ、始めるか?」  俺は台本に目を落とす。 まひるの台詞からだな。 「『ねぇ、父さん。 父さんはわたしに隠してることありませんか』」  まひるは台本を持ってない。 台詞は覚えているんだろう。 「『いや、ないけど。どうしたの?』」 「『嘘を言わないください。 昨日の夜、どこで何をしていたのか、 わたし知ってるんですよ』」 「『篤志たちと居酒屋にいたことか?』」 「『いいえ、その後です。 あの女と一緒にいましたね』」  俺はその場に寝転がって、 「『どうだったかな? じつは飲みすぎて昨夜の記憶がないんだよね』」  父さん、だめな感じだな。 「『起きたら、裸でホテルにいたんですよね。 記憶も貞操もなくして、 父さんは恥さらしです』」  マジか……父さん、大分やばいだろ。 「『いちいちうるさいな、リンは。 父さん二日酔いで頭痛いんだから、 休ませてくれよ』」  父さん、父親のくせに最低だな。 「『ちょっと待ってくださいっ、父さんっ。 待ちなさいっ!』」  台詞と同時にまひるがすごい形相で こっちに走ってきて――  寝転がっている俺の真上で、 仁王立ちになったまひる。 ポイントはひとつ、そう、  スカートの中身が丸見えだった。 「『何か、わたしに言うことがあるんじゃ ありませんか?』」  「パンツ見えてるぞ」 なんて言った瞬間、 顔面を踏みつけられそうだな。 「ちょっとタンマ。一回やりなおしていいか?」 「『何ですか、「やりなおす」 って? いまさら謝ろうったって遅いんですよ』」  あ、れ…? 「いや、あのね、まひる。 ちょっと待ってほしいんだけど?」 「『よくもまぁ、そんなに堂々と 娘を別の女の名前で呼べますね。 父さんは最低です』」  これ、完全にアドリブだよな? いくらなんでも役に入りすぎだろ…… 「カットだ、カット。いったん休憩しよう」 「『ホテルで休憩ですか? 汚らわしい。 いいですよ。父さんの節操のない あそこをカットしてあげますから』」  この子、怖いんだけどっ!?  どうしよう? とりあえず 横を向けばパンツを見なくて済むか。  しかし、傾けようとした俺の顔を、 まひるは足で妨げた。 「『父さん、どうして目をそらすんですか? 何かやましいことでもあるんですか?』」 「いや、別に、何もないぞ」 「『そうですか。なら、いいんです。 こんど変な動きをしたら刺しますから 気をつけてくださいね』」 「……………」  マジで刺してきそうな気がするんだけど…… 「あのな、父さんはさっきから、 ずっと気になってるんだけどさ」  こうなったら、元に戻す方法はひとつ。  思い知らせてやるしかない。 自分がリンではなく、まひるだということを。 「お前ってそんなにクールな感じのくせにさ、 すっごくかわいらしい下着をはいてるよね」 「『……え…?』」  よし、効いてるぞ。もういっちょ! 「いちごのパンツなんて、子供っぽいよな」  クールに、そう、あくまでクールに努め、 俺は言う。 「だけど、そんな青い果実を収穫するのが、 俺の得意技だったりするんだよね」 「『……………』」  どうだっ!? 戻ってこいっ!!  こいっ!! 「『いいですよ、 父さんの好きなようにしてください』」  えっ? あれ? 「『何をいまさら怖じ気づいてるんですか? この前はもっと酷いことをしたじゃ ありませんか』」  この台本、何だ? どういう設定だ!? 「『ほら、早く、脱がしてくださいよ。 父さんはわたしじゃなきゃダメだ って教えてあげますから』」 「いや、だけど……」 「『父さん、1回も2回も同じでしょう? ほら』」  まひるにつかまれた手は、そのまま いちごパンツへと誘導されていく。  俺の手は彼女の下着にしっかりと触れた。 薄い布ごしに、柔らかい肌の感触が 伝わってくる。 「あっ……その……颯太……」 「まひる……戻ったのか…?」  良かった。いや、違う。  この状況は、すこぶるやばい―― 「言っておきたいことがあるんだ」 「ち、違うんだっ! これは俺がやったわけじゃなくて、 お前が悪いんだぞ、お前がっ!」  だめだ。この言い訳、 犯罪者の匂いしかしないっ! 「いや、だから、とにかく 本当に俺がやったわけじゃないんだ。 信じてくれ」 「そんなこと言ってもダメなんだ!」 「『だめ』って言われても、事実は事実だよっ! お前から誘ってきたんだっ!」 「ま、まひるだってやろうと 思ったわけじゃないんだっ! 演技中だったから、仕方なくて…!」 「……えっ? お前、覚えてるのか?」 「当たり前だ。演技中のことぐらい覚えてるぞ」 「じゃ、なんで途中でやめなかったんだ?」 「演技が始まったら、 そんな簡単にはやめられないんだ」  そんなもんなのか?  まぁ、そうとう役に入ってたみたいだけどな。 「それに、役作りも間違えたんだ。 リンはあんな役じゃないんだ」 「お前でもそんなことあるんだな」 「まひるはしょっちゅうあるんだ。 今のは、昨日見た本に影響されたんだ」  どんな本を見たのか、 すごい気になるんだけど…… 「……信じてくれないのか…?」 「いや、信じるよ。 お前って思い込みが激しいもんな」  まひるはほっと胸を撫で下ろした様子だ。 「もう一回、稽古に付き合ってくれるか?」 「今すぐにか?」 「イヤなのか?」 「嫌っていうか…… ほら、見えてるから」 「あっ、だ、ダメだっ。み、見るなっ、ばか」  今日は部室の整理整頓をしていた。 「うーん、変なものがたくさん出てくるな」 「トランプ、水鉄砲、すごろく、パラソル、 レジャーシート、紙粘土、スプレー、 七輪まであるな。なんだこりゃ……」 「こちらにも、たくさんありましたよ。 ギターにベースに、キーボード、 ドラムなのですぅ」 「軽音部じゃあるまいし……」 「どうしてこんなに色々な物があるのですか?」 「十中八九、部長が持ちこんだ私物だよ。 あの人、楽しければ後先考えないから」 「ほら、どっから持ってきたのか こんなボールまである。懐かしくない? 小学校の時によく使ったよね」 「あ、すみません。誠に恐縮なのですが、 存じあげないのですぅ」 「えっ? そう? ドッジボールのボールなんだけど」 「ドッジボールなのですぅ?」 「もしかして、知らない?」 「はいー。お恥ずかしいのですぅ」  女子でもドッジボールってやるよな?  それとも、小学校の時は ドッジボールなんてやらないような お嬢様学校に通ってたのか? 「あのぉ、もしご面倒でなければ、 ご教示お願いできますか?」 「あぁ。離れた距離からボールを投げあって、 捕れなかったりして、ボールに当たったら 負けっていうスポーツなんだけさ」 「子供の頃はけっこう これが盛りあがったんだよね」 「まぁ、女の子はあんまり 好きじゃないだろうけど。 このボールけっこう痛いし」 「そうなのですね。でも、やってみたいのです。 よろしければ教えていただけませんか?」 「それはいいけど、今?」 「ご都合が悪いでしょうか?」  部活中だけど、どうせ今日は ここにある物を片付けるだけだし、 まぁいいか。 「じゃ、休憩がてらに裏庭でやろうか」 「はい。ご無理を聞いていただき、 感謝なのですぅ」 「じゃ、投げてみてくれるか?」 「はい。それでは参るのですっ!」  姫守の投げたボールは明後日の方向に 飛んでいった。 「あぁー、申し訳ないのですぅ」 「いいって。とってくるな」  ダッシュでボールを拾い、戻ってくる。 「行くよ。ほらっ」  努めてゆっくり、超山なりにボールを投げる。 「あっ、あうっ、あーっ!」  しかし、それを見事にとり損なった姫守は お手玉のように何度もボールを弾く。  けど、何とかキャッチしたようだ。 「くすっ、やりました。 キャッチ成功なのですぅ」  楽しそうだな。 「それでは、今度はこっちの番ですね。 僭越ながら、投げるのですっ!」  ふたたびボールは明後日の方向に 飛んでいった。 「あぅー、飛んでいってしまいましたぁ」 「気にするなって」  もう一度、ダッシュでボールをとりにいく。 「毎回ダッシュしてたら、さすがに しんどくなりそうだけどな」 「なら、的を外さないように 魔法をかけてあげようかい?」 「そんなこともできるのか?」 「ここはぼくのテリトリーだからね。 他の場所よりも、魔法が効きやすいんだ」 「へぇ。じゃ、頼めるか」 「いいよ」 「これで大丈夫なはずだよ。やってごらん」  ボールを持って、元の場所に戻る。 「行くぞ、姫守」  山なりのボールをつかもうとした 姫守の手は、あえなく空を切る。 「あぅっ、あぁ、当たってしまったのですぅ」  転がったボールを姫守は回収すると、 こっちに向きなおって、女の子っぽく 振りかぶった。 「今度こそ、まっすぐ参りますよ」 「おう、来い」  QPの魔法がかかっているから大丈夫だろう。  と、思ったら、またまたボールは 明後日の方向へ飛んでいった。 「魔法はどうなったんだよ…?」  その時だった。  ボールは突如謎の急カーブを描き、 しかも急加速したのだ。 「ちょ、速――っ!?」  即座に身構え、ボールを 捕球しようとしたんだけど、 「あ、が……」  ストンと落ちたボールは 俺の急所に直撃していた。 「ご、ごめんなさいなのですぅ。 お怪我はありませんか?」  姫守が心配そうに駆けつけてくる。 「だ……い……じょ……」  男にしか分からない痛烈な一撃を受け、 声もまともに出せなかった。  というか、立っているのがやっとだ。 「こ、こちらを負傷されたのですか?」  声も出せずにこくこくとうなずく。 「じっとしていてくださいね。 ちちんぷいぷい御代の御宝なのですぅ」  姫守が、負傷した俺の急所をそっと撫でる。 「いかがですか? こうやって撫でると、 痛みが飛ぶように引いていくのですよ」 「あ、あぁ……」  確かに、痛みは飛んでいくようだ。 だけど、おかしいな。  妙に腫れてきた気がする。 「あぁ……も、申し訳ないのですぅ。 こんなに大きくなるぐらい腫れてしまって、 お辛いですか?」  辛いには辛いが、この辛さは 膿を出しきらないことには、 解消されないな。  というか、これ以上は本当にやばい。 「も、もう大丈夫だ。 それより、どうだった、ドッジボールは?」 「はいっ。とても楽しかったのですぅ」 「そっか。姫守の小学校でも、 ドッジボールがあれば良かったのにな」 「あ、いえ、じつは私、子供の頃は病気がちで、 ほとんど学校に通えなかったのです。ですから、 やったことがなかったのです」 「そうなのか? 何の病気だったんだ?」 「色々なのです。体が弱いほうでしたから。 ですから、こうやってお外で遊ぶのは ずっと夢だったのです」 「そっか。じゃ、叶って良かったな」 「はいっ。お陰様なのですぅ」  姫守があまりにいい顔で笑うので、 俺はついつい訊きたくなった。 「他にもやりたかったことはあるのか?」 「くすっ、そうですね。様々あるのですが、 今の季節でしたら、菜の花畑を 思いっきり駆けまわってみたいのです」  菜の花畑か。 「じゃ、機会があったら一緒に行こうよ」 「場所をご存じなのですか?」 「うん。けっこう近くに すっごくいいところがあるよ」 「でしたら、行ってみたいのです。 お約束していただけますか?」 「あぁ。楽しみにしてて」 「ねぇねぇ、疲れちゃった。 ちょっと休憩していい?」 「俺に言われても困るんだけど…… ていうか、今日暇じゃなかったか?」 「うん、すっごく暇。暇疲れしちゃうぐらい」 「忙しいよりマシだと思うけどなぁ」 「えー、忙しいほうがいいわ。 何かしてないと死んじゃうじゃん」 「マグロみたいな奴だな」 「えー、それは 『ちっとも動かない』って意味じゃん」 「ベッドの上ならね!」 「あたしはベッドの上でも 何かしないと死んじゃうタイプよ?」 「俺にどういう反応を期待してるんだ?」 「うんとね、勃起とか?」 「その後、責任とってくれるわけっ!?」 「あははっ、やーらしいのー。 颯太ってそんなことばっかり考えてるね」 「お前がな」 「でも、厨房はいいなぁ。 暇でも色々できそうだし。フロアはお客さん いないと、ほとんどすることないしさ」 「マスターがいる時はそうでもないけどね。 フロアのほうがバイト同士でしゃべれて いいんじゃない?」 「だって、まやさん 下ネタ言うと、笑顔が怖くなるんだもん」 「下ネタを言わない選択肢はないのか……」 「ないわ。あたし、 いつか下ネタでまやさんを濡らす っていう野望があるのよ?」 「俺が思うに、それは無謀の間違いだよ」 「えー、そんなこと言うなら、 その時が来ても教えてあげないよ」 「君には期待しているよ、友希君」 「あははっ、へーんたいっ」 「言っとくけど冗談だからね」 「あれの大きさの話?」 「普通サイズだよっ!」  まったく、友希はすぐ下ネタに走るからな。 「あぁ、そういえば、どうせ暇なら まかない作っちゃうか。 何か食べたいものあるか?」 「えっとね、せ――」 「下ネタ以外でな」 「えー、本当は言ってほしいくせに。 まいっか。じゃあさ、春野菜って 何かあったっけ?」 「アスパラ、キャベツ、ソラマメ、レタスとか? まぁ、そこそこ揃ってるけど、 春野菜が食べたいのか?」 「あのね、あたしさ、すっごく小さい頃に 春の味がするパスタを食べた気がするのよね」 「それって何だと思う?」 「それだけじゃ全然わかんないけどな。 春の味って抽象的だし」 「そうだよね。どんな味だったのか、 はっきり思い出せなくてね」 「どこで食べたんだ?」 「家だと思う。お父さんが作ってくれたから」 「そっか」  友希のお父さんは、 友希が幼い頃に亡くなっているから、 あまり記憶もないらしい。 「『もう一回食べてみたいな』って思って。 ごめん、そんなこと言われても困るよね」 「毎年ね、春が来るとちょっと思い出すの。 それだけ」  いつも明るい友希だけど、 今は少し寂しそうな気がした。 「まぁ、春の味がするパスタって、 けっこう面白そうだよな。 挑戦してみようか?」 「ほんと? でも、作り方も分からないよ」 「何か少しでも覚えてないのか? 味とか、見た目とか、お父さんが 言ってたこととか?」 「うん。あのね、 『お花で作った料理だ』って言ってくれた のは覚えてるんだけど……」 「花か…… でも花って普通、パスタに入れるか?」 「うん。あたしも考えてみたけど、 それだけじゃ分からないよね」  春の味ってことは、やっぱり春の花かなぁ。  ってことは―― 「もしかして、菜の花じゃないか? それなら食べられるし、花だろ」  おひたしなど食用にするのはつぼみの状態 だけど、子供には 「お花で作った料理」 って 説明してもおかしくない。 「あ、そっか。 菜の花って今ある?」 「あぁ。まかないに使っていいのがあるから、 それでパスタ作ってみるよ」 「――できたよ。味付けは適当だけど、 とりあえず菜の花の味がはっきり 分かるようにしてみたから」  完成した菜の花パスタをテーブルに置く。 「おいしそう。ありがとね。 いただきます」  友希はフォークを使ってパスタを絡めとり、 ゆっくりと口に運んだ。 「あぁむ、はむ、もぐもぐ」  じっと彼女の反応をうかがう。 「うん、風味がすごく似てる気がするわ。 でも、昔食べたのとは違うかな。 もう少し甘かった気がするし」 「そっか。 でも、菜の花っていうのは当たりっぽいよね。 味付けの問題かな?」 「それもあるけど、菜の花の味が、 これじゃないような気がするわ」 「どういうふうに?」 「そう言われると分からないんだけど」 「まぁ、子供の頃だもんな」 「ごめんね。わざわざ作ってくれたのに。 でも、颯太のパスタもすっごくおいしいわ。 ありがと」 「いやいや、諦めるのは早いよ。 もともと一回でできるとは思ってないし、 材料も菜の花って分かったわけだろ」 「もう少し、試行錯誤すれば、 もっと似た味に近づけるんじゃないか?」 「……作ってくれるの?」 「春の味のパスタに、興味あるしさ。 友希も手伝ってくれよな」 「うん!」 「ふぅ、キリがないな。 雑草だらけだ」 「分からないね。どうしてわざわざ雑草を 抜いているんだい?」 「そりゃ雑草があると、野菜の栄養がとられて ちゃんと育たないだろ」 「それは野菜の根がちゃんと はってないからだよ。そうやって、野菜を 甘やかすから、雑草に負けるんだ」 「じゃ、どうすればいいんだよ?」 「雑草は抜かなくてもいいよ。 野菜が弱い内は、ある程度刈っておく必要は あるけどね」 「どこを刈ればいいんだ?」 「まずはその野菜の周辺を刈るんだ。 刈った雑草はその場所にまいておけばいい。 土壌の栄養分になるからね」 「分かった。じゃ、それでやってみる」  そうやって、俺が菜園の手入れをしてると、 「おまえ、暇そうだな」 「いやいや、どっからどう見ても忙しそうだろ」 「独り言ばっかり言ってたんだ」  やばい。聞こえてたのか。 「君への愛を囁く練習をしていたんだ」  お前は黙ってろ。 「独り言じゃないぞ。野菜たちに 話しかけてたんだ。こうしてると、 みんな元気に育ってくれそうな気がしてさ」 「そうか、やっぱり暇なんだな」  うん。真っ当な反応だ。 「悪かったな」 「おまえと違ってまひるは忙しいんだ」 「じゃ、なんで話しかけてきたんだ?」 「別に、用はないんだ」 「そうか。じゃあな」  俺が雑草を刈りに戻ろうとすると、 「おいっ、おまえっ、そんなに暇なら、 まひるのお兄ちゃんにしてやってもいいぞ!」 「えーと…………何が?」 「まひるのお兄ちゃんだ。イヤなのか?」  いやも何も、どうやって俺が まひるのお兄ちゃんになるっていうんだ?  いや、そうか。ひとつだけ方法があるぞ。 「まやさんと結婚させてくれる ってことか?」 「えっ? おまえ今、まやねぇと付き合ってるのか…!?」 「いや、まったく」 「なんだおまえっ、まぎらわしい奴め。 付き合ってもないのに、結婚する気か。 このっ、変態、ストーカーっ、変質者っ!」 「えいっ! えいっ! えいっ!」  がしがしとまひるが脚を蹴ってくる。 「分かった分かった。勘弁してくれ」 「ていうか、そもそも、 『まひるのお兄ちゃんにしてやる』って どういう意味だよ?」 「これだ」  ドサッと紙の束を渡される。台本だ。 「こんど、 まひるは映画のオーディションを受けるんだ」 「それで?」 「引きこもりの女の子の役なんだ。 お兄ちゃんがいるんだ。 稽古をしなきゃいけないんだ」 「つまり?」 「おまえが暇なら、 まひるのお兄ちゃんにしてやってもいいんだ」 「練習相手になってほしいってことか?」 「おまえが暇なら、まひるのお兄ちゃんに してやってもいいんだっ!」  やれやれ、しょうがないな。 「じゃ、暇だし、 まひるのお兄ちゃんにしてくれるか?」 「うん。えへへ。やった。うまく行ったな。 作戦成功なんだ」  聞こえてるからな…… 「下手でも怒るなよ」 「おまえの演技なんか初めから期待してないぞ。 台詞を言ってくれればそれでいいんだ」 「なら、いいけどさ。 お前は台本どうするんだ?」 「台詞は覚えたんだ」  そりゃそうか。ドラマでやるんだもんな。 「じゃ、さっそく始めるか」  台本を開き、最初のページに目を落とす。 「『真由、入るよ』」 「『……お兄ちゃん、何しにきたの?』」  一瞬でスイッチが入ったまひるは まるで別人のようになった。  さすがだな…… 「『昼ごはん作ってきたんだ。 一緒に食べようよ』」 「『食べたくない』」 「『でも、お腹すいただろ』」 「『……お母さんに言われてきたんでしょ。 あたしが学校も行かずに、 外にも出ようとしないからって』」 「『お兄ちゃんには分からないよ。 放っておいてよ』」 「『別に行きたくないなら、 無理して行かなくてもいいんじゃないか』」 「『……えっ?』」 「『それより、一緒にごはん食べようよ。 今日はけっこう自信作なんだ。 お腹すいたろ?』」 「『……うん。食べる。いただきます』」  「真由は料理を食べる」 とト書きがある。 「……………」  あれ、俺の台詞か?  いや、違うな。 「……ダメなんだ」 「どうしたんだ?」 「役に入れないんだ。どうしたらいかな?」 「普段はどうやって役に入るんだ?」 「何となく、勝手に入るんだ」  天才肌すぎて、 まったくアドバイスしようが ないんだけど……  そもそも演技のことなんて、 まったく分からないしな。 「もう一回やってみるか?」  まひるはこくりとうなずく。 「――うまく行かないな。なんでかな?」  あれから何度も稽古を続けたけど、 まひるは役に入りきれず、 同じところで演技は中断されていた。 「家に帰って、ゆっくり考えたほうがいかな? そうしよかな?」  こいつって自分の世界に入ってる時は すごくかわいいよな。 「もう下校時間だしな。また明日、 頑張ればいいんじゃないか」 「じゃ、そうする。おまえが楽しかったんなら、 またまひるのお兄ちゃんにしてやっても いいんだぞ?」  思わず俺は笑って、 「分かったよ。そんときは頼むな」 「うん」 「こちらの公園に菜の花畑があるのですか?」 「うん。もうすぐそこだよ。 この時期だから、たぶん、 綺麗に咲いてるんじゃないかな」 「でしたら、急ぐのです。 こうしている内に枯れてしまっては、 死んでも死にきれないのですぅっ!」 「心配しなくても、 この一瞬じゃ枯れないからね……」 「でも、早く見たいんだったら、走ろうか?」 「はいっ! 走るのですぅっ!」  姫守は走りだす。  が、すぐに立ち止まり。 「はあっ、はあっ、はあっ、 遠いのですぅ。もうそろそろでしょうか?」  すこぶる体力がなかった。 「わぁぁ、絶景かな絶景かな、なのですぅっ!」  一面に広がる菜の花畑を見た姫守は、 息を吹き返したかのように、 駆けだしていく。 「はあっ、はあっ、はあっ、 広いのですぅ」  まぁ、すぐに疲れるんだけど。 「くすっ、くすくすっ、 初秋さぁん、ご覧になってください、 とっても綺麗なのですよぉ」  それでも、また楽しそうに 駆けだしていった。 「こんな日が来るなんて、 思ってもみなかったのです」  菜の花畑に寝転がりながら、 隣の俺に、姫守は言った。 「子供の頃は、寝転がって見えるのは、 天井だけでした」 「それは入院してたから?」 「いえ、ずっと入院していたわけでは ないのですが、あんまりお外に出ては いけないと言われていたのです」 「そんなに体が弱かったのか?」 「はい。ずっと、お外にも出られないかと 思いました」  だから、あんなに体力がないんだな。 「でも、今は元気になったのです。 こんな綺麗な菜の花畑が見られるなんて、 私、望外の幸せなのですよ」 「素敵な場所をご紹介くださいまして、 ありがとうございます」  姫守がぺこりとお辞儀をする。 「春の間はずっと咲いてるから、 また何回でも見にこれるよ。 道もけっこう簡単だったろ?」 「はい。ですけど、道は覚えたのですが、 初秋さんはもうご一緒に 来てくださらないのですか?」 「えっ?」 「一人で来るより、二人で来たほうが 楽しいのです。こうしてお話もできるのです」 「あぁ、そうだね。 また遊びにこようか」 「はい。約束なのですぅ」 「あぁ」 「初秋さん……」  姫守がじっと俺の顔を見つめてくる。 「な、なんだ…?」  ドキドキと妙に心臓が高鳴る。 「変なお話ですけど、私、今まるで 夢を見ているような気分になったのですぅ」  俺と一緒にいるのが、 夢を見ているような気分ってことか?  それって、つまり…? 「どうして、そう思うの?」 「あちらでお花を食べている方が いらっしゃるのです」 「はい?」  姫守が指さしたほうを振りかえる。 すると―― 「むしゃむしゃ。 お、今年はなかなかいい感じで育ったな」  マスターが菜の花を食べていた。 「……マスター、あの、何してるんですか?」 「なんだ、お前ら、デートか?」 「ええっ!? で、デートでは、ないのですぅ。 遊びにきただけなのですぅ」 「ていうか、それ、花開いてますよね?」 「そんなもん見りゃ分かる」 「でも、食べてましたよね?」 「ん? あぁ。知らないのか? 開花した菜の花も食べられるんだぞ」 「本当ですか?」 「どんなお味がするのですぅ?」 「食べてみるか? ほれ」  マスターから受けとった菜の花を、 姫守はぱくっと口にする。 「美味いか?」 「はいー。お口の中に春が来たのですぅ」 「それ、どんな味だ?」  気になって、俺も菜の花に手を伸ばす。 「もぐもぐ。あぁ、言ってることは 分かるような。意外とおいしいんですね」 「だろ」 「こちらはどのようなお料理に 使えるのですか?」 「天ぷらやからし和えなんかが 美味いわな。ジャムにもできるぞ」 「他には? お料理以外には 何か使えるのですか?」 「料理以外…?」 「ブーケとか?」 「ブーケは、素敵なのですぅ。 それ以外にも何か使えるのですか?」 「……それ以外は、ちょっと思いつかないけど、 いろいろ使い道はあるんじゃないか」 「くすっ、菜の花は無限の可能性を 秘めているのですね。すごいのですぅ」  菜の花万能説がここに提唱された。  バイトに向かう途中、友希のお父さんが 作ったパスタのことを考えていた。  いま分かっているのは “たぶん材料に菜の花を使っただろう”って ことと“味付けが甘め”ってことか。  でも、菜の花って苦いしな。 味付けだけじゃなくて、何か甘い材料を 使ってるのかもしれない。 「QP、いるか?」 「何か用かい?」 「野菜を収穫したいんだけど、できるか?」 「構わないよ」 「どの野菜が必要なんだい?」 「甘い味の春野菜って何があるっけ?」 「ピーチカブやスナップエンドウなんかが 甘いんじゃないかい?」 「キャベツは?」 「甘みが増すのは冬だけれど、 春キャベツもなかなかだね」 「じゃ、そのみっつと菜の花と、 あと適当に春野菜を見つくろってくれるか?」 「いいよ」  まるでビデオの早送りでも 見ているかのように、むくむくと 春野菜が育っていった。 「お腹すいちゃった。 ねぇねぇ、今日のまかない、なにー?」 「あぁ、こないだのアレに また挑戦してみようと思ってさ」 「本当に? やったぁ。 あ、いま作ってるコレ? おいしそう。味見しちゃおっかなぁ」 「こら、まだだめだって」 「えー、ひどいよ。 ちょっとぐらいいいじゃん。 楽しみにしてたんだし」 「だからって、行儀悪いぞ」 「だって、ホテルでシャワー浴びた後、 服を着ないでベッドの上で寝てるぐらい 待ちきれない気分なんだもん」 「どちらかと言えば、 俺がシャワー浴びてるところに、 突然入っていった気分だと思うぞ」 「えー、だったら、颯太は 食べさせてくれるはずじゃんっ。 ほらほら、遠慮しないでよ」 「こらっ、お前、なに勝手に触って……」 「あははっ、颯太のこれ、もう こんなになってるよ。おいしそ。 ねぇねぇ、早く食べてほしいんでしょ?」 「確かに俺の作ったパスタはもうできてるし、 おいしそうだし、盛りつけしたら、 早く食べてほしいけどねっ!」 「じゃ、入れていいわよ。あーん」  だから、まだ盛りつけてないんだって。  まったく、しょうがないな。 「ほら、一口だけだぞ」 「あぁむ。じゅっ、ちゅるっ、ちゅるるるっ!」 「パスタは音立てないで食べてねっ!」 「あ、おいしいわ、これ。 どうやって作ったの?」 「あぁ、『もっと甘かった』って言われたから、 甘めの春野菜をたくさん使ってさ、 自分なりに春っぽい味にしてみたんだよね」 「どう? ちょっとは近づいた?」 「うーん。このあいだ作ってくれたパスタより 断然おいしいんだけど“春”っていうより、 “しっかりした大地の味”って感じかなぁ」 「また抽象的だな」 「そういえば、あたしもちょっと 思い出したんだけどね。 実際にお花がのってた気がするわ」 「お花って、菜の花みたいにつぼみじゃなくて、 咲いてる花がってことか?」 「うん、そう。ほら、 バラって食べられるでしょ。 そういう食用の花だと思うわ」 「そっか。花なら蜜があるだろうから、 その甘さかもしれないよな」  よし、今度は花を使う方向でレシピを 考えてみよう。  部活が終わった後、部室に残り、 まひるのオーディションの練習に 付き合っていた。 「『いただきます』」  そう言った後、まひるはしばし黙りこみ、 やがてぶんぶんと頭を振った。 「……うー、やっぱり、 うまく役に入れないんだ……」  前回同様、まひるは同じところから、 演技を進められずにいた。 「あぁ、もう下校時間か。またにするか?」 「もう少し、やりたいな。ダメか?」 「いいけど、学校は使えないしな。 うちでいいなら、来るか?」 「うるさくしても平気か? まひるは声大きいんだ。 颯太のパパとママは怒らないか?」 「今日はたぶんいないし、 いても怒らないと思うよ。 うちの両親、おおらかだから」  「おおらかすぎる」 とも言うけど。 「じゃ、行くんだ。真由が部屋に 引きこもってるシーンだから、きっと、 部屋にいたほうが演技がしやすいな」 「やっぱり、そういうのって関係あるのか?」 「あるんだ。 そのシーンそっくりにしたほうが、 まひるは役に入りやすいんだぞ」 「へぇ。じゃあさ、ここって 兄が真由に料理を作ってくるよね。 これも本物があったほうがいいってことか?」 「そうだ」 「じゃ、作ってあげるよ」 「ホントかっ? 絶対か? ウソつかないか? まひるはお腹が空いているんだ」 「いちおう演技用のごはんを作る つもりなんだけど」 「そ、そんなことは分かってるんだ。 お腹が空いたのはついでだ」  何のついでなんだ…? 「それで、何を作ればいいんだ?」 「オムライスだ!」 「それってまひるが食べたいだけじゃ……」 「兄は真由を心配して、料理を 作ってきたんだ。だから、真由の 大好物を作ってきたに決まってるんだ」 「言われてみれば、そうか。 まひるって考えてないようで、 ちゃんと考えてるんだな」 「えっへん。まひるはこれでもプロなんだ。 芸歴も長いんだぞ」  というわけで、部屋で稽古を 始めたんだけど―― 「『それより、一緒にごはん食べようよ。 今日はけっこう自信作なんだ。 お腹すいたろ?』」 「『……うん。食べる。いただきます』」  俺が作ったばかりのオムライスを まひるが口にする。 「ぱくぱくぱくぱく」  そのシーンそっくりの状況にしたほうが 役に入りやすい、とまひるは言った。 「もぐもぐもぐもぐ」  場所は部屋の中だし、 今度はオムライスもある。 「はむはむはむはむ」  時間帯も作中と合致しており、 この状況はまさに台本で描かれている シーンそのものだ。  今度こそ、行けるか――?  期待が高まる中、まひるはスプーンを 静かに置く。  俺は固唾を呑んで次の台詞を待った。 「えへへ、おいしな。 でも、なくなたな。 おかわりあるかな?」 「おまえ演技忘れてないかっ!?」 「わ、忘れてないんだっ。 ただちょっとお腹が空いたから、 夢中になって食べてただけなんだっ!」 「それを『忘れた』って言うんだよ……」 「うー…!」 「どうどう、落ちつけ」 「何だ? そんなに警戒しなくても、蹴ったりしないぞ」 「なら、いいんだけど」  俺がほっとした素振りを見せると、 「隙ありなんだっ!」 「甘いっ!」  颯爽と身をかわすと、 まひるの足は、見事に机を蹴りあげた。 「いあぅっ……う、うえぇ……」  かなり痛そうだ。 「だ、大丈夫か?」 「こ、こいつ、こいつがまひるの足を 攻撃してきたんだっ! まひるは 痛いんだっ! 死にそうなんだっ!」 「仇をとるんだ、颯太っ! こいつを生かしておいたらダメなんだ。 まひるはぜったい許さないんだ」 「いや、落ちつけ、まひる。 それ、机だからな」 「おまえっ、まひるの仇をとりたくないのか? おまえは弱虫なんだ。弱虫けむし、つまんで 捨てろーっ!」 「分かった分かった。 じゃ、一撃で内臓破壊してやるからな 見てろよ」 「必殺――」 「内臓引きずり出し地獄っ!」  俺は一瞬で引き出し部分を机から 引きずりだした。 「どうだ? こいつはもう再起不能だ」 「えへへ、嬉しな。 颯太が仇をとってくれたんだ」  いくらなんでも、こんな子供だましが 通じるとは、なんて単純な奴。 「じゃ、稽古の続きするか?」 「うん……」 「どうした?」 「何度やっても、分からないんだ」 「『役の気持ちが』ってことか?」  まひるはこくっとうなずき、 「真由はずっと引きこもりだったけど、 料理を食べた後に、 外に出てみたくなるんだ」 「あぁ、台本だとそうなってるよな。 『土の味がする』とか言って」  正直、無茶な設定だと思うけど、 まぁ料理人の話なんだから、 料理で解決しないと仕方ないんだろう。 「だけど、土は不味いぞ? 大好物を食べたはずなのに、 なんで土の味がするんだ?」 「そうだけど、それは物の例えで、 自然のエネルギーがいっぱいのごはんを 食べて、大地の力強さを感じたとか?」 「でも、大地の力強さを感じるゴハンなんて、 まひるは食べたことないんだ。 颯太はあるのか? あるなら作れるか?」 「いや、俺もないけどさ」  普通は分からなくても、 適当に折り合いつけて、 演技するんだろうけどな。  まひるにそんな器用なことは できそうにないし。 「土を食べてみればいかな?」 「やめとけ、体壊すぞ」 「じゃ、どうすればいいんだ? まひるはうまく演技できないぞ。 演技できないと困るんだ」 「うーん、そうだなぁ」  けっきょく考えても良案は浮かばず、 この日の稽古は進まなかった。 「綺麗なのですね」 「あぁ、綺麗だね」 「とても風が暖かくて、 気持ちがいいのです」 「そうだね」 「本日はずっとこうしてここで、 のんびり夕日と菜の花畑を 見ていたい気分ですね」 「うん、俺もそう思うよ」  俺たちは言葉通り、 ぼーっと菜の花畑の風景を 眺めていた。 「初秋さん。いま何を お考えになってらっしゃいましたか?」 「いや、ぼーっとしてたよ。 姫守は?」 「くすくすっ、私もぼーっとしていたのです」 「そっか」 「そうなのですぅ」 「……あはは」 「……くすくすっ」  とても心地良い雰囲気の中、 俺と姫守はふたたび菜の花畑を一望する。 「初秋颯太。君はいったい何を しているんだい?」 「何だよ? 人がのんびりしてるのに 水さすなよな」 「ふぅん。夕焼けの菜の花畑で、 気になる女の子と、しかも二人っきりで、 隣りあってさえいるのに、のんびりかい?」 「こんなロマンチックなシチュエーションで、 何の行動も起こさないなんて、 ぼくにはまるで理解できないよ」 「君は行動力というものを、 母親のお腹の中に忘れてきたのかい?」  ひどい言われようなんだけど…… 「そんなこと言われても、 どうすればいいんだよ?」 「決まってるじゃないか。口説くんだよ」 「……いきなり?」 「いいかい? こんなシチュエーションで 女の子を口説かないのは、マナー違反を 通りこしてもはや犯罪に等しいよ」 「知らなかった。妖精界ってイタリアに あるんだな」 「冗談を言っている場合じゃないよ。 ただちにぼくの言う通りに行動するんだ。 そうすれば必ずうまく行くからね」 「お前の言うことって いまいち信用できないんだけど……」 「ぼくは恋の妖精だよ。 今までぼくの言うことが、 間違っていたことがあるかい?」 「いろいろあるような気がするんだけど……」 「気のせいだよ。結果的には前進してるんだ。 現に彼女との仲は良くなっているだろう?」  言われてみれば、そうかもしれない。 「分かったよ」 「じゃ、いいかい? まず、彩雨の手を握るんだ」 「手を握るっ!?」 「えっ? 手を握るのがどうかされましたか?」 「今だ!」  いやいや、「今だ」 じゃないだろ。 そのタイミングおかしいだろ。 「いや、その何でもないんだ」 「……そうなのですぅ?」 「終わったね。君はもう嫌われたよ。 こんな状況で手も握れない男は、 女の子的には願い下げだよ」 「……え、そんなことあるわけ……」 「なぜ分かるんだい? 童貞の君に、そんなことがあるわけないと どうして言えるんだい?」 「そ、それは…… けど、そんなこと言ったら、お前だって、 大した経験なさそうな顔してるよな?」 「ぼくはこう見えてヤリチンだよ。 やった回数なんて両手の指で数えても 足りないね」 「お前、指ねぇじゃねぇか……」 「いいかい、初秋颯太。君は今、 一生童貞で過ごすか否かの岐路に 立たされているんだ」 「ここで手を握るか握らないかで、 君の未来は変わる。それをよく考えて、 選択するといいよ」 「ここで手を握らなかったからって、 一生童貞になるわけないと思うんだけど」 「いいや、なるよ。なぜなら――」 「な、なぜなら?」 「ぼくが一生童貞になる魔法を かけるからね」 「お前って本当に恋の妖精かっ!?」 「えっ? 恋の妖精さんなのですぅ?」 「あ、いや……」 「ほら、童貞魔法をかけるよ。 3、2、1――」 「――姫守っ、ごめんっ!」  一生童貞の恐怖に負け、俺は 姫守の手をぎゅっと握った。 「あ……あのぉ、どうして手を握るのですぅ?」 「えっと……」  一生童貞で過ごしたくなかったから―― なんて言ったらおしまいだ。  どうする? どうすればいい? 「なに、君の手が少し寒そうにしていたからね」  お前、それを俺に言えと…? 「3、2、1――」 「き、君の手が少し寒そうにしていたからね」 「そ、それはお心遣い、どうもなのですぅ。 お陰様で暖かいのですぅ」  姫守の手はとても柔らかくて、 ほのかに暖かい。  彼女の手の感触に意識が集中して、 言葉が何も出てこない。 「きょ、今日も菜の花畑は、綺麗なのですぅ」 「君のほうが綺麗だよ、彩雨」  マジか…… 「姫守のほうが綺麗だよ」 「えっ? あ、その、そんなことは…… ないのですぅ……初秋さんは お上手なのですぅ」 「これから毎年、こうして君と菜の花畑で 手をつないでいたいな。恋の妖精が、 二人の前に姿を表すまで。ね?」  おま……それもう告白じゃ…… 「321――」  カウント速っ!? 「これから毎年、こうして君と菜の花畑で 手をつないでいたいな。恋の妖精が、 二人の前に姿を表すまで。ね?」 「あ……その……手を握ったのは、 そういう、意味なのですぅ?」  俺に残された選択肢は、 うなずく以外に存在しなかった。 「そうでしたか」  あぁ、終わった。 終わってしまった。 確実に振られるぞ…… 「はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「いいんだ。仕方な――えっ?」 「私も恋の妖精さんを 見つけたいのですぅ」  胸の奥を誰かがノックしたような気がした。 「じゃ、じゃあ、 付き合ってくれるってこと?」 「くすっ、お付き合いいたします」 「うまく行ったようだね。 後は任せるよ」  バカな。これは夢か…… 「あ、あははっ……」 「くすくすっ……」  やばい。 何をしゃべっていいか全然わからない。 「あのぉ、私思ったのですが、 大勢で輪になって手をつなぐと、 賑やかでいいのではないのですぅ?」 「……えーと、何の話?」 「菜の花畑で手をつないでいると、 妖精さんが出てくると 先ほどおっしゃいましたので」 「……先ほど、おっしゃった、誰が?」 「初秋さんなのですぅ」  なるほど。  これは、もしや、 ものすごく勘違いしている? 「ご本で見たのですが、楽しくしていると、 妖精さんは姿を現すのです。ですから、 大勢がいいと思ったのです」 「そういうことか」 「違うのですぅ?」 「いや。じゃ、今度はみんなで遊びにこようか」 「はいっ。私、頑張って妖精さんを 見つけるのですぅ」  この調子じゃ、 姫守って遠回しに告白されても、 ぜったい気づいてくれないだろうな。 「あれ? なに作ってるの? もうお客さん誰もいないよね?」 「あぁ、ほら、こないだのパスタの改良版。 マスターが『厨房使ってもいい』って 言ってくれたから」 「そっか。そうなんだ。えへへっ」 「何だ?」 「颯太は優しいなーって思って」 「そりゃ、『挑戦する』って言ったからには、 それなりに頑張らないとね」 「ありがと。あのね、パスタ食べたからって、 何がどうなるわけじゃないんだけどね。 あたし、本当はけっこう気になってたんだ」 「なんでか分からないけど。 お父さんのこと、あんまり覚えてないから、 気になるのかもって……」 「あはは、よく分かんないや」 「まぁ、そういう顔してたよ。 気になるんだけど、理由は分かんないから、 頼みづらいって」 「えー、そこまで顔に出てた?」 「出てたよ。誰でも分かるって」 「そうかなぁ? 颯太以外は 分からないと思うけど……」 「どんな人だったか、覚えてるか?」 「お父さん? 優しい人、だったかなぁ? 確か、お父さんもお母さんも忙しい日にね、 あたし『外に遊びにいきたい』って言ったの」 「でも、行けなくて、泣いちゃって、 二人をすっごく困らせちゃったことが あったの」 「そしたら、 お父さんがパスタを作ってくれたのよ」 「それが例のパスタ?」 「そう。春の味がして、 外で遊んだような気分になって、 嬉しかったなぁ」 「友希の父さんってさ、 料理する人だったのか?」 「うーん、普段はお母さんが 作ってたような気がするんだけど、 あんまり覚えてないわ」 「でも、お父さんが料理を作ってくれたのが その時だけだったから、よく覚えてるのかも」 「そっか。でも、それだと 普段作らないのに、けっこう変わった料理を 作ったことになるよね?」 「あ、言われてみれば、そうね」 「友希のお父さんって料理人だったのかな?」 「覚えてないけど、そうかもね」 「じゃ、今まで家庭で作るようなパスタで 考えてたんだけど、もうちょっと 本格的にしたほうが正解なのかもな」 「ごめんね。こんなあやふやな記憶だけで 作るのって大変だよね?」 「いいって。友希にお父さんのパスタを もう一回食べさせてやりたいしさ」 「……ありがと。そんなこと言われたら、 『優しくして一発やっちゃおう』って 下心があったとしても、嬉しいよ」 「まったく感謝の気持ちが 伝わってこないよ……」 「できたよ」 「どれどれ? うわー、何これ、綺麗ね。 バラ?」 「うん。バラの花はだいたいの種類が 食べれるし、春バラもあるしね。あと ソースはバラをジャムにして作ってみたんだ」 「ジャムで? そんなパスタってあるんだぁ。 颯太、よく知ってたね」 「マスターにいろいろ相談してたら、 ジャムでパスタのソースを作る方法もある って教えてくれてさ」 「一般家庭じゃなかなかしないだろうけど、 さっきの友希の話を聞いて、お父さんが 料理人なら、その可能性もあるかなって」 「そっかぁ。でも何となく、こんなふうに お花がたくさんが散りばめられてたパスタ だった気がしてき、た――?」 「あ…!」 「どうした?」 「思い出した思い出した。あのね、あたし、 まだ小さかったからフォークで パスタがうまく食べられなかったのよ」 「だから、お父さんが食べさせてくれたの。 あーんって。すごく楽しかったなぁ」 「へぇ、思い出すもんだな」 「うん。あたしもビックリ。 このパスタ見てたら、思い出しちゃった」 「じゃ、こうやったら、 他のことも思い出したりするか?」  フォークでパスタを絡めとり、 友希の口元へと寄せる。 「ほら、あーん」 「……う、うん。あ、あははっ…… なんか、あれだね…?」 「いや、お前なんで照れてるんだよ? この前は自分で『あーん』とか言ってたよね」 「そうだけど、あれはパスタじゃなくて、 “えっちな物をあーんする”って 感じだったんだもん」 「いや、そっちのほうが恥ずかしいよね……」 「じゃ、じゃあ、やる。 あ、あーん?」  なぜかムキになった友希が、 恥ずかしそうに口を開く。 「ほら」  フォークに巻いたパスタを口の中に 入れてやると、 「はぁむ、もぐもぐ、もぐもぐ…… ……こんなの、味が分からないよ……」  俺は友希の恥ずかしさの基準が 分からないけどな。 「やっぱり、自分で食べるね」 「おう」  友希がバラのパスタを ゆっくりと口に含み、咀嚼する。 「どうだ?」 「うんとね。ぜんぜん違う味がするわ」  どうやら遠ざかったようだ。 「今度はちょっと捻りすぎたかな…… 次は菜の花の味がもうちょっと出るように 考えてみるといいか?」 「……やっぱり、次はいいや」 「なんでだ?」 「だって、大変だもん。 わざわざ居残りしないといけないし」 「それより、今のパスタを 今度からまかないで出してほしいな」 「そんなにおいしかったのか?」 「うん。すっごく。 だって、颯太があたしのために 作ってくれたパスタだもん」 「そんなふうに言われると、 ちょっと照れくさいな」 「えー、どうして? あたし、 お父さんはいないけど、その代わり 颯太がいたから良かったって思うよ」 「俺は父親代わりか?」 「あははっ、そうかも、お父さん」 「その呼び方、やめれ……」 「ねぇねぇ、お父さんっ、 今日は一緒にお風呂に入りたいなぁ。 背中流してあげるね。だから――」 「5本でどうかな?」 「それっ、違うお父さんだよねっ!」  「オーディションの練習をする」 と言って、 まひるが家にやってきた。 「『おいしい。 お兄ちゃん、これ、土の味がするね』」 「『そう言ってくれると、作った甲斐があるよ』」 「……やっぱり、しっくり来ないな」 「ちょっと泣いた感じで やってみるとかは?」  まひるはうなずいて、 「『う、えっえ……おいしい。 お兄ちゃん、これ、土の味がするね』」  おぉ、すごいな。本当に泣いてる。 「ダメな気がするぞ?」 「じゃ、もっと大号泣してみるとか?」 「『うええぇぇぇんっ、おいしい。 お兄ちゃん、これ、土の味がするね』」 「こんなに泣かないと思うんだ」 「逆にバカみたいに喜んでみるってのは?」 「『おいスィー! お兄ちゃん、これ、土の味がするネーっ!』」 「バカ丸出しだな」 「おまえが『やれ』って言ったんだっ!」 「じゃ、サスペンス風とかは?」 「『おいしい…… お兄ちゃん、これ、土の味がするね……』」 「完全にホラーだな。 じゃ、次、色っぽくできるか?」 「『あはぁ、おいしい。 お兄ちゃん、これ、土の味がするね』」 「悪巧みしてる風とか?」 「『くくく、おいしい。 お兄ちゃん、これ、土の味がするね』」 「商店街の試食コーナーで味見した 大阪のおばちゃん風に」 「『おいしい。 おにーちゃん、これ、土の味がするね』」 「じゃ、世界滅亡の危機を救う、 奇跡の食材を見つけた救世主風に」 「『おいし――』っておまえっ、 まひるで遊んでるだろっ! そういうのは良くないんだっ!」 「お、おう。いや、でも、 こんな台詞でよくそこまで演技できるな。 さすが天才女優だ」 「褒めたって騙されないんだ。 まひるは知ってるんだ。 そういうのは“おべっか”っていうんだぞ」 「でも、お前が『素人の意見も聞いてみたい』 って言いだしたんだろ」 「そうだけど、おまえ、 途中から遊んでなかったか?」 「いや、ほら、 演技のことなんか全然わからないから、 色々やってみたら何か思いつくかと思って」 「ウソだっ。じゃ、大阪のおばちゃん風とか 何の意味があるんだっ?」 「そ、それはもちろん、店員のお兄ちゃんに 感謝する大阪のおばちゃん心が、 真由の心情と重なるものがあるかもって……」 「おまえ、やっぱりふざけてるだろっ。 なんで店員に感謝する大阪のおばちゃん心が 真由の心情に関係――す、る…?」 「――分かった! 颯太は天才だっ! その通りなんだっ!」 「え……本気で?」 「うん。真由が外に出たくなったのは、 オムライスを食べたからじゃなくて お兄ちゃんへの感謝の気持ちからなんだ」 「……そうなのか?」 「うん、台本持て。今度こそうまく行くぞ」  まひるに言われるがまま、台本を持つ。 「『おいしい。 お兄ちゃん、これ、土の味がするね』」 「『そう言ってくれると、作った甲斐があるよ』」 「『……お兄ちゃん、あのね。 あたし、今日はちょっと、外に出てみたいな』」  おぉ、初めて先に進んだぞ。 まひるも役に入ってるみたいだ。 「『本当か?』」 「『うん。昔いった菜の花畑に もう一度、連れてってくれる?』」 「『あぁ、行こう』」  台本では、この後 菜の花畑のシーンに移るみたいだな。 「『お兄ちゃん、早く行こうよ?』」  ん? そんな台詞はないぞ? 「どこに行くんだ?」 「『菜の花畑だよ。 連れてってくれるんでしょ?』」 「本当に行くのか?」 「『……嘘、だったの?』」  どうしよう。完全に役に入ってる。 「う、嘘なわけないだろ。行くよ」  菜の花畑に到着した俺は、 真由になりきったまひると遊んでいた。 「『ねぇ、見て見て、お兄ちゃん。 すごいよ――あっ!?』」  台本通りとは言え、本気で転ぶまひるを 俺は何とか抱きとめる。 「『大丈夫か?』」 「『うん、大丈夫だよ』」  ぎゅーっとまひるが俺にしがみついてくる。 「『お兄ちゃん、大好き』」  おおっ!! 「何しにきたの」 と言ってた真由が、 まさかここまで心を開くとは。  それにしても、長い道のりだったな。 「今日はうまくできたんだ」 「お。正気に戻ったか?」 「まひるはもともと正気だぞ。 ちょっと役に入ってただけなんだ」  あれは 「ちょっと」 って言うんだろうか? 「そういえば、真由の台詞の 『ねぇ、見て見て』って何を見せてるんだ?」 「ト書きに書いてあるぞ。 菜の花が風に舞ってるんだ」 「へぇ。それ、いい演出だな」 「ありきたりなんだ。 まひるはつまんないぞ」 「そうか? でも、俺はけっこう好きだけど」 「まひるはつまんないんだっ!」 「分かった分かった。俺もそう思うよ」 「なら、許してやる」  偉そうだな。ちょっと反撃してみるか? 「で、まひるはいつまで 俺に抱きついてるんだ?」 「え、あ、ち、違うんだ! 演技だから抱きついたんだっ! ホントだぞっ!」 「とか言って、俺の体が 忘れられなかったんじゃないのか?」 「お、おまえなんか宇宙で一番大嫌いだっ! どてかぼちゃーっ!」  怒りをあらわにしながら、 まひるは遠く走りさっていった。  ちょっとやりすぎたな。 「残念だよ」 「どうした、いきなり?」 「菜の花が風に舞っているところを まひるが『見たい』って言ったら、 見せてあげようと思ったんだよ」 「そんなことできるんなら 見せてくれよ。俺はかなり見たいぞ」 「君だけに見せたって仕方ないよ。 誰か女の子と一緒に見ないとね」 「女の子ねぇ」  菜の花が風に舞うところを見て 喜びそうなのって誰だろうな? 「くすっ、楽しみですね。 また菜の花畑が見られるのですぅ」 「うん、そうだね」 「そういえば、どうして 今日は遅い時間に行くのですか?」 「大した理由じゃないんだけど、 ほら、夕日と一緒に見る菜の花畑も 綺麗だと思ってさ」 「そうでしたか。それは楽しみなのですぅ。 早く見にいきましょう」  姫守は我慢できないといったふうに 走りだす。  その後を追いかけながら、 「でも、なんで夕方じゃないと だめなんだ?」 「魔法はいつでも好き勝手に 使えるわけじゃないんだ」 「菜の花を風で飛ばすんなら、 夕方が常識だよ」  あいかわらず妖精界の常識は意味不明だ。 「初秋さーん、どうかなさいましたかー? 早くいらしてくださーい」 「あぁっ、すぐに追いつくよっ」 「わあぁ」  夕日に染まった菜の花畑を見て、 姫守は目を丸くする。  次の瞬間―― 「うわあぁぁぁ、すごいのですっ。 素敵なのですぅっ」  舞いあがる無数の菜の花を 捕まえようとでもするように、 姫守は両手を大きく広げながら、 「くすっ、くすくすっ、ふふふふふっ。 初秋さんっ、ご覧になってますか? とても綺麗なのですぅ」 「あぁ、すごいね。 こんなに綺麗だとは思わなかった」  普通の風じゃ、こううまくは 舞いあがらないんだろうな。 「こんなふうに菜の花が飛ぶところを、 こちらではよく見られるのですか?」 「いや、俺も初めて見たよ」 「そうでしたか。 まるでカエルの王国なのですぅ」  カエルの王国? 「それ、どういう意味だ?」 「あ、すみません。 子供の頃に拝見した絵本の お話なのでした」 「その絵本に、カエルの王国と 菜の花畑が出てくるってことか?」 「はい。カエルの王国には菜の花畑があって、 カエルさんたちがおしゃべりをする 社交場になっているのです」 「満月の夜には、菜の花畑に風が吹いて、 舞いあがる菜の花に乗って カエルさんたちは、空の旅をするのです」 「ふぅん。カエルがしゃべるなんておかしな本 だね。それに菜の花に乗って空を飛んでいく なんて、常識的に考えてありえないよ」 「……………」  ファンタジーそのものみたいな奴が 何か言ってるぞ…… 「私、入院していた頃にその絵本を拝見して、 いつかカエルの王子様が迎えに来て、 ベッドから連れだしてくれると思ってました」 「子供の頃って、そういうのに憧れるよね。 俺も煙突がないとサンタクロースが 来ないって本気で信じてたよ」  そのくせ、父さんがプレゼントを 枕元に置く瞬間に偶然目が覚めて、 5歳にして色々気づいちゃったんだよな。 「姫守はいつ気づいたんだ?」 「お恥ずかしながら、私、カエルの王子様は 最近まで本気で信じていたのですぅ」 「本当に?」 「はい。昔、病院に入ってきてしまった カエルさんをお外に逃がしてあげた ことがあるのですけど」 「そうしたら、お母様が 『きっと恩返しに来る』って言いました」 「ですから、あの時のカエルさんが 王子様になって、私のやりたいことを 叶えてくれると、ずっと思っていたのですぅ」 「じゃ、いつ『カエルの王子様がいない』って 気がついたんだ?」 「それは、いつまで待っても、 カエルの王子様は 来てくれませんでしたから」 「最近になって、とうとう待ちくたびれて、 もう我慢ならなくなってしまったのです」  なるほど。 「ですけど、代わりに初秋さんが やってきたのです」 「カエルの代わりに?」 「はい。お陰様でファストフードも 食べられましたし、部活にも入れました」 「それに今度は、この菜の花畑に、 連れてきてくださったのですぅ」 「喜んでもらえたんなら、良かったよ」 「でも、私は不思議なのです。 どうして、初秋さんは……あっ」  姫守が何かに気がついたように、 俺の顔をマジマジと見つめる。  まるで彼女は運命の再会でも 果たしたかのような表情で、 「姫守…? どうした?」  彼女のまっすぐな視線を向けられ、 妙に心臓が高鳴った。 「あの、つかぬことをお伺いしますが、 初秋さんは、どうしていつも私のことを 助けてくださるのですか?」 「それは……友達だから、だけど?」 「友達だから、だけなのですぅ?」 「『だけ』って…?」 「友達以外の気持ちは、ないのですか?」  それって、つまり…? 「そんなこと、急に言われても……」 「私のことをどう思っていらっしゃいますか?」 「それは、すごくいい子だと思ってるよ。 かわいいし、素直だし、一緒にいて楽しい」 「それでは、 もっとはっきりとお伺いいたします」  どくん、と心臓が跳ねた。 「もしかして、初秋さんが あの時のカエルさん――カエルの王子様 なのではないですか?」 「誰がカエルの王子様だ……」 「もしかして、正体を 知られてはいけないのですぅ?」 「鶴の恩返しならねっ!」 「そんなぁ。違うのですぅ」  いくら姫守ががっかりしても、 カエルだと言ってやるわけには いかないのだった。  ていうか、カエルじゃないから。 「よしっ、できた」  今回のパスタには開花した菜の花を ふんだんに使ってみた。  マスターの話では、 天ぷらやからし和えに使えるってことだし、 パスタに応用しても味は悪くないはずだ。  友希のお父さんが作ったパスタに 菜の花が使われていたのはほぼ間違いないし、 お花がのってたっていう話にも合致する。  あとは友希に食べてもらって どうかだけど―― 「がつがつがつがつがつっ!」 「なに食べてんのっ!?」 「味見をしてあげようと思ってね」 「いやいや、がっつり食べてたよね? 味見ってレベルじゃなかったよね?」 「残念だけど、これは友希のお父さんが 作ったパスタの味じゃないよ」 「えっ? ってお前、友希のお父さんのパスタを 食べたことがあるのか? 「いいや、一度もないよ」 「じゃ、なんで分かるんだよ……」 「ぼくは恋の妖精だからね。 ぼくのお腹が空いてるのが何よりの証拠だよ」 「いや、もう意味が分からないんだけど?」 「やれやれ。いいかい? 恋の妖精は、人間の恋の邪魔を できないようにできてるんだよ」 「たまに邪魔してるような気が するんだけどな」 「それは気のせいだよ。ともかく、君が友希の お父さんのパスタを完成させれば、 君と友希との恋にプラスに働くだろう」 「それで?」 「このパスタが、友希のお父さんが 作ったものと同じ味なら、ぼくが食べると、 君たちの恋の邪魔をすることになるはずだよ」 「つまり、ぼくのお腹が空くってことは、 これは友希のお父さんが作ったパスタでは ないということだ」 「ものすっごいアバウトな気がするけど、 それアテになるのか?」 「妖精界ではこれ以上ないぐらい 確かな基準だよ」  こいつの話を聞いてると、妖精界自体が アバウトなんじゃないかって気が するんだけどな。 「じゃ、どうすればいいんだ?」 「簡単だよ。君は色んな種類のパスタを 作ればいい。ぼくのお腹がいっぱいに なったら、それが友希のお父さんのパスタだ」 「どう聞いても、お前が ただ食べたいだけにしか思えないんだけど?」 「試しもしないで言われるのは心外だよ。 疑ってる暇があったら、やってみるといい」  それもそうか。  こいつのおかげで材料は いくらでもあるわけだしな。 「そこまで言うなら、やってみるよ」  というわけで、俺はふたたびパスタを 作りはじめた。  野菜を刻み、焼き、パスタを茹でて、 ソースを作り、最後に和える。 「はいよっ。これでどうだ?」 「がつがつがつがつがつ!」  ブラックホールかっていうぐらいの勢いで QPはパスタを食べ尽くす。 「そうだね。もう少し、辛いほうがいいよ。 唐辛子を足してくれるかい? あとニンニクも追加したほうがいい」  意外に具体的なアドバイスだな。  もしかして、本当に妖精の力で 正しい味が分かるんだろうか?  ふたたびパスタを調理する。 「はいよっ。要望通りにしたよ」 「がつがつがつがつがつがつ!」 「どうだ? 近づいたか?」 「うん。なかなかだね。 あと塩をふたつまみ。それから、 仕上げにカボスを絞るといいよ」 「分かった」  今度こそ、と俺はパスタを調理する。 「はいよっ、いっちょあがりだ」 「がつがつがつがつがつがつ!」 「どうだ?」 「おしい、すごくおしいね。 ベーコンは入れないほうがいいよ。 それで、たぶん完成だ」 「本当かっ! よしっ!」  これで最後ということで 俄然、気合いを入れてパスタを作る。 「よっしゃ、できたぞっ!」 「がつがつがつがつがつがつっ!」  だんだん、緊張してきたな。 「……どうだ?」 「うん。完璧だよ。ぼく好みの味だ」 「お前のために作ってるんじゃねぇっ!」  まったく。 「とはいえ、やっぱり人間界の食べ物だね。 おいしいというレベルにはまだまだだよ。 それに、こう辛いのばかりだと飽きてくるよ」  一瞬で戻ってきやがったっ!? 「おや、これは何だい? おいしそうだね?」 「あぁ、菜の花のジャムだよ。 マスターに作り方を訊いて、 作ってみたんだ」 「ふぅん。ぺろぺろ」 「こらっ、直接舐めるなっ、汚いだろ」 「問題ないよ。妖精に雑菌はないからね。 むしろ、除菌効果があるんだ」 「除菌効果があろうと精神的に汚いからな」 「それより、このジャムをパスタに 入れてみるといいよ。もうちょっと甘辛に したほうがおいしくなる気がするからね」 「だから、それ、お前が食べたいだけだろ。 パスタにジャムとか聞いたことないぞ」 「ぼくが食べたいってことは、 君の恋に役立つっていう意味だよ」  本当かよ…? 「いいけど、これで最後だぞ」  というわけで、菜の花ジャムのパスタを 調理する。 「はいよっ、できたよ。 俺は味見しないからな」 「作ってる間にジャムを食べてたら、 お腹いっぱいになったよ」 「お前が『作れ』って言ったんだよね!?」 「……Zzz……」 「寝るなっ!!」  まったく、こいつは、 好き勝手やってるよな。 「ねぇねぇ、さっきからいい匂いがするけど、 まかないできた?」 「あぁ、例のパスタを また作ってみたんだけど、 ちょっと失敗作で……」 「どれどれ? あ……」 「いや、パスタにジャム入れちゃってさ、 さすがに人間の口には合わないと 思うんだけど」 「……………」 「友希? どうした?」 「……思い出した……このパスタよ」 「……えっ?」 「食べてみても、いい…?」 「あ、あぁ」  友希はフォークを使って、 ゆっくりとパスタを口に含む。  途端に―― 「う……ぐすっ、ううっ、ああぁ…!」  それはまるで押し殺していたものが 一気に溢れでたかのようで――  俺は、こんなふうに友希が泣くところを、 初めて見た。  そのまま泣き崩れてしまいそうな彼女を 放っておけないと思い、だけど、 どうしていいか分からずにいると、  友希が俺に肩を寄せてきた。 「……ありがと、ね、颯太。 ……お父さんの味、思い出したわ……」  おそるおそる、友希の頭を撫でる。 「ふぇっ、あっ、あぅぐ、あ、 うあぁ、あぁぁぁぁ…!!」  思いもよらなかった。  小さい頃から一緒にいたのに、 こんなに弱い友希を、俺は、初めて見たんだ。  オーディションの練習をするために、 まひるが家にやってきた。  彼女が台本を前にうんうん唸っている間、 そういえばと友希に言われたことを思い出し、 リビングで調理を始めた。  しばらくして―― 「颯太、何してるんだ? そろそろ稽古を始めるんだ」 「おう。悪い、もうできるからさ」 「いい匂いがするぞ。何を作ってるんだ?」 「春野菜のパスタだよ。 こないだ友希に食べてもらったら、 『大地の味がする』って言われたからさ」 「まぁ、 まひるがどう感じるかは分からないけど、 演技の参考になるかもしれないって思って」 「颯太は、まひるのために、 わざわざ作ってくれたのか?」  まひるの笑顔を見て、 俺もつられて笑ってしまう。 「あぁ、嬉しいのか?」 「嬉し――おまえっ、調子に乗るなよっ。 嬉しいからなんだっ! それで勝ったと 思ったら大間違いなんだっ!」 「いや、嬉しいなら素直に喜ぼうよ……」 「誰が決めたんだ? そんな法律があるのか? 法律があるなら、まひるは守るぞ。 どうだ? あるのか? ないんだな?」 「そんなに言うなら、このパスタあげないぞ」 「お、おまえっ、卑怯だぞっ。外道だ外道っ! 一度あげるって言ったのに、 やっぱりダメとかズルいんだっ!」 「だって、素直に喜ばないんじゃ、 作った甲斐がないだろ」 「うー……っ!」 「うー、じゃなくて、 他に言うことがあるんじゃないか?」 「……………」 「……まひるは颯太に パスタを作ってもらって、嬉しな」 「こっ、これで勝ったと思うなよっ! おまえなんか太陽系で一番大嫌いだっ! みそっかすーーーーーっ!」  まひるは俺の部屋へと去っていった。 「稽古するんじゃないのか?」 「するんだっ! 早く来いっ!」 「はいはい」  演技中、まひるは俺が作った 春野菜のパスタを口にする。  果たして何か効果があるのか? 息を呑んで、まひるの次の台詞を待つ。 「『おいしい。 お兄ちゃん、これ、土の味がするね』」 「『そう言ってくれると、作った甲斐があるよ』」 「『……お兄ちゃん、あのね。 あたし、今日はちょっと、外に出てみたいな』」  おぉ、初めて先に進んだぞ。  まひるも役に入ってるみたいだし、 本当に春野菜パスタが効いたのかな? 「『本当か?』」 「『うん。昔いった菜の花畑に  もう一度、連れてって――あっ!?』」  まひるの手がパスタの皿に当たり、 テーブルから落下する。  俺は台本を放り捨て、 床に落ちる寸前のところで、 皿をキャッチした。 「ふぅ。危なかったな」 「『うん。ごめんね、お兄ちゃん』」  ん? お兄ちゃん? 「『それで、あの…… また、菜の花畑に連れてってくれる?』」  あれ、続いてるのか? そうとう役に入ってるみたいだな。  俺が台本をとりにいこうとすると、 「『お兄ちゃん、 どうして本なんて読もうとするの?』」  まひるが俺の手をつかみ、 台本を読ませまいとする。  これじゃ次の台詞が分からないんだけど…… 「仕方ないね。ぼくに任せなよ」  QPが俺の代わりに台本の元へ飛んでいく。 「『悪かった。それじゃ、菜の花畑に行こう』」  と台詞を口伝えしてくれた。もちろん、 多少アレンジは入ってるだろうけど。 「『悪かった、それじゃ、菜の花畑に行こう』」 「『うん!』」 「『その前に、真由に伝えておかなければ いけないことがあるんだ』」  何だ? どういう展開になるんだ? 「『その前に、真由に伝えておかなければ いけないことがあるんだ』」 「『なに、お兄ちゃん?』」  QPが口伝えしてくれるままに俺は言った。 「『俺とお前は、本当は血がつながってないんだ』」  ……マジで? そんな展開だったっけ? 「『お兄ちゃんは…… お兄ちゃんじゃないってこと?』」  でも、まひるは普通に演技してるし、 これで合ってるんだよな? 「『そうだよ。俺とお前は赤の他人なんだ』」 「『どうして、今、そんなこと言うの…?』」 「『これ以上、お前と一緒にいたら、 自分の気持ちを抑えられなくなりそうなんだ』」 「『……お兄ちゃんの気持ち?』」 「『真由のことが好きなんだ』」  いやいや、これはさすがにないよな? 「『あたしも』」 「えっ?」 「『あたしもお兄ちゃんのことが好きだよ。 お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃないなら、 誰にも渡したくない』」 「『じゃ、真由。お兄ちゃんと一緒に 二人だけの世界に行かないかい?』」  はっと気がつき、 QPの読んでいる台本を後ろからのぞいて みたけど、そんな台詞は一文字も書いてない。 「『あぁ、真由。愛している。 ぼくは君を愛しているんだ、 マイスイートハニー』」 「『さぁ、君の可憐な唇をもっと見せておくれよ。 あぁ、なんてかわいらしいんだ。思わず 食べてしまいたくなるよ。ほら、こんな風に』」 「何のつもりだ、小動物っ!!」  まったく。油断も隙もあったもんじゃない。 「『お兄ちゃん、何をしてるの? ちゃんと、あたしだけを見てほしいよ』」  気がつけば、まひるが俺の目の前にいた。  押しつけられた身体は、とても柔らかくて、 呼吸がうまくできなくなる。  彼女の甘い匂いに、頭がくらくらした。 「『キスして、お兄ちゃん』」 「……いや、その……」 「『いいよ? お兄ちゃんの覚悟ができるまで、 こうしてずっと待ってるから』」 「『でも、お願い。 恥ずかしいから、なるべく早くしてね』」  柔らかそうな唇に視線が釘付けにされ、 心臓はばくんばくんと鳴っている。  まひるが我に返るまで、 生殺しの時間が続いたのだった。  閉店後。後片付けも、もうほとんど 終わりという頃だった。 「そういえば、颯太くんは、 ワークショップでどんなことを 習ってきたの?」 「いろいろ習いましたよ、 野菜の育て方から、調理の方法まで。 超面白かったですよ」 「ふふっ、良かったね。それじゃ、 『これが一番面白かった』っていうのは ある?」 「一番だと、やっぱり創作料理ですかね。 自分で考えたオリジナルの料理を作って、 参加者全員で試食会をしたんですよ」 「いろいろアドバイスもらったり、 参加者同士で相談しあったりして、 かなり勉強になりました」 「颯太くん、そういうの好きそうだよね。 どんな料理を作ったのかな?」 「和風冷製パスタにしました。 刺身と醤油とわさびを使って。 けっこう評判良かったんですよ」 「頑張ったね。 わたしも食べてみたかったかな」 「それ、暗に『作れ』って言ってます?」 「そんなわがまま言わないもん。 我慢できるから、だいじょうぶ」 「まやさんって、うまいですね」 「こら、『うまい』とか言わないの。 無理に作らせようなんて、 してないんだからね」 「それは分かってますけど」 「そぉ? じゃ、許してあげる。 でも、それだけ熱心に勉強してるんだったら、 うちの新しいメニューでも開発してみたら?」 「いや、さすがに無理ですよ。 マスターが『いい』って言わないでしょうし」 「それは、大丈夫なんじゃないかな。 いまいちだったら不採用なだけなんだし、 わたしからマスターに頼んであげよっか?」 「いえ、それなら自分で言いますけど」 「ふふっ、男の子ね。えらいえらい。 じゃ、念のためついてってあげる」 「おう。別に構わないぞ。 そろそろいくつか新メニューを 出そうと思ってたからな」 「美味けりゃ、お前の考えたメニューも 採用してやる」 「本当ですか?」 「おう。厨房も使っていいぞ」 「ありがとうございます」 「良かったね。どんな料理作るの?」 「いや、まだ全然、思いつきませんけど……」  どんな食材を使うのか? 調理法をどうするか? 原価はどのぐらいに抑えるか?  これから色々と考えなければならなかった。  学校帰りにみんなで マックスバーガーによった。 「私、大変情けない話、 いまだにマックスバーガーでの注文が うまくできないのですぅ」 「あれ? でも、ちゃんと一人で 注文してきてるよね?」 「そうなのですが、」 「『こちらで食べていく』と申しあげている はずなのに『お持ち帰りではないか』と 何度も訊きなおされてしまうのですぅ」  言いながら、姫守はトレーをテーブルに置く。  アップルパイがタワーのように てんこ盛りだった。 「私の滑舌が悪くて、 お聞き苦しいのでしょうか?」 「いや、注文する量の問題だと思うけど……」 「彩雨って、普段、小食じゃなかったっけ? それ全部、食べられる?」 「はい。今日はお腹が空いていますし、 大好物は別腹なのですぅ」 「そうなんだぁ。じゃあさ、 アップルパイのおいしい食べ方って 知ってる?」 「存じあげないのですぅ。 どうすればよろしいのですか?」 「まず、囓らないで咥えてみて」  姫守はアップルパイを咥え、 「ほーれしょうか?」 「わぁ、やーらしいよぉ。 おち○ちん、勃起しちゃうよぉ」 「ついてないよねっ!!」 「ていうか、姫守に変なことやらせるなよ」 「えー、なぁに、一人だけいい子ぶっちゃって。 あとでトイレ行って、 しこしこ思い出すくせに」 「思い出さないよっ!」 「またまたー、そんなこと言っちゃって」 「あのぉ。ろーすればいいのれしょう?」 「そのまま食べていいから」 「あむあむ、もぐもぐ、 ふふふっ、友希さんのおっしゃる通り、 とってもおいしいのですぅ」  それはきっと気のせいだと思う。 「んしょっ、こうして、これでいかな? えへへ、できた」 「おい、まひる。ピクルスはともかく、 パンまでとり除くな」 「だって、ここのパンはおいしくないんだっ。 まひるはこんなパサパサのはやなんだ」 「だからって、パンがなかったら、 ただのハンバーグだろ」 「まひるはハンバーグが好きなんだ。 パンは嫌いなんだ」 「って言っても、お前、パンだけ味見して 嫌いになっただろ。ハンバーグと一緒に 食べるから美味いんだぞ」 「やなものはやなんだっ。 まひるは死んでも食べないぞっ! 食べさせようとしたら、舌を噛むんだ」 「そんなに好き嫌いばっかりしてると 栄養偏って大きくなれないぞ」 「うー……っ!」 「まひるちゃん、好き嫌いが多いのですか?」 「多いってもんじゃないよ。 すっごい偏食でさ。食べられる物のほうが 少ないぐらいだよな?」 「そ、そんなことないぞ。 おまえは大げさに言いすぎなんだ」 「じゃ、ニンジン食べられるか?」 「……ニンジンは、人類の敵なんだ……」 「ニンジンが、襲ってくるのですか?」 「え、ど、どっちの穴が襲われるの?」 「ニンジンは襲ってこないし、 万が一襲ってきても、その襲い方だけは 絶対しないからね!」 「……別に、ニンジンぐらい食べられなくても、 問題ないんだ」 「じゃ、ピーマンは?」 「……ぴ、ピーマンは、友達の仇なんだ……」 「それでは、仕方がありませんね」 「じゃ、ナスビは?」 「……………」 「キュウリは? トマトは? グリーンピースは?」 「ホウレンソウは? セロリは? ジャガイモは?」 「う、うるさいっ! それは全部、宇宙人が持ちこんだ食べ物 だから、食べたら危険なんだっ!」 「だいたい、おまえっ、 まひるにだけ厳しいぞっ! 友希にも言ったらどうなんだ?」 「『友希にも』って言われても、 お前、嫌いなものなんかあったっけ?」 「うぅん。口に入るものなら何でも好きよ」 「ほら。ちょっとは見習ったらどうだ?」 「……ま、まひるは知ってるんだぞっ。 そういうおまえだって、 リンゴが食べられないんだっ!」 「ええっ!? でしたら、 ホットアップルパイもお嫌いなのですぅ?」 「……いや、嫌いというか何というか……」 「颯太はリンゴが嫌いだから、 アップルパイは食べたことないんだよね」 「でしたら、試しに食べてみませんか? 大丈夫なのです。 リンゴとはぜんぜんお味が違いますから」 「で、でも、そんな必要はないって言うか……」 「いけませんよ。 こんなにおいしい物を食べられないなんて、 人生損しているのですぅ」 「そうだっ! 損してるんだっ! おまえの人生は大損なんだっ!」 「お前は人のこと言えないだろっ」 「初秋さんっ!」 「は、はい」 「食わず嫌いはよろしくないのです」  すっと、姫守はアップルパイを 俺に差しだしてくる。 「……仕方ないな」  あたかもアップルパイを 手でつかむような素振りを見せつつ、 自然な口調で俺は言った。 「そういえばさ、姫守はリンゴが好きなの? それとも、パイが好きなのか?」 「どちらが好きというわけではないのです。 両方そろってこそのアップルパイなのですぅ」 「そっか。それなら、アップルパイの おいしい店を知ってるからさ、 良かったら今度、一緒に行かないか?」 「本当ですか? ぜひご一緒したいのですぅ。 どんなお店なのですか?」  よし、乗ってきたな。 「サンザースカフェってところなんだけど、 またそこの紅茶が美味くてさ。 けっこう近くだから、これから行こうか?」 「そうなのですか。行ってみたいのですっ」 「よしっ、じゃ、行くか」 「その前に、颯太は アップルパイ食べないとね」 「あ、そ、そうなのでした。 危うく忘れるところでした」 「……裏切ったなっ…!?」 「そ、そんなに怒らなくても。 リンゴの樹を育ててるんだから、 食べるのぐらいいいじゃん」 「育てるのと食べるのは、ぜんぜん違うだろっ」 「じゃ、おまえ。このアップルパイを まひるがあーんしてやるぞ。嬉しいか?」 「じゃ、まひるにこのパンを あーんしてやろうか?」 「うー…!」 「ぬー…!」  パンとパイをお互い片手に持ちながら、 隙あらば相手の口に放りこもうと、 視線の火花が乱れ散る。 「隙ありなんだっ。えいっ!」 「なんのっ、もらったっ!」  俺たちは見事、互いの口に パンとアップルパイを食らわせたのだった。 「オーダー入ったよ。 本日のおすすめとオレンジジュースね」 「はいよっ」 「これ、まひると友希の注文だから、 できたら持ってってあげるといいかな」 「そうなんですか。分かりました」  あいつら、俺がバイト中に遊んでたな。 なんて羨ましい。 「はいよっ。本日のおすすめと、 オレンジジュースお待ちっ」  オレンジジュースをまひるの前に 本日のおすすめを友希の前に置く。 「おまえっ、何のイヤガラセだっ! 本日のおすすめはまひるが注文したんだ」 「え……でも、お前、本日のおすすめは ピーマンの肉詰めだぞ」 「ピーマン…?」 「確認しないで頼んだだろ」 「……うん……」 「中のお肉だけ食べたら?」 「ピーマンの味が移ってるからやなんだ」 「じゃ、食べてあげよっか? まひるは違うの頼めばいいじゃん」 「いいのか。まひるはそうするんだ」  まひるはメニューを見て、 注文を迷いはじめる。 「これ、食べちゃうね。あむ、もぐもぐ。 おいしー♪ 今日のピーマン、味が濃厚ね」 「だろ。うちの畑でとれたやつだよ」  なにせ今、あの畑は ものすごく土壌が肥沃だからな。 「何がいかな? これ、おいしかな?」  まひるはまだ注文を迷っているようだ。 「いつも通り、ハンバーグステーキか、 オムライスにしといたほうが いいんじゃないか?」  好き嫌い多いんだし。 「今日は違うものを頼みたい気分なんだ」 「鶏のからあげとかは? 野菜入ってないから、大丈夫じゃない」 「じゃ、それにするんだ。 おまえ、まひるのために 鶏のからあげを作るんだ」 「はいはい」 「からあげだっ! おいしそだな」 「からあげは好きなんだったっけ?」 「初めて食べるんだぞ」 「本当か? 普通家で出てくるだろ?」 「家ではまひるの大好物しか出てこないんだ。 からあげは食べたことないから、出ないんだ」 「……お前、甘やかされすぎだろ……」 「いただきます。あむ。もぐもぐ……」 「うぅ……」 「あれ? もしかして食べられない?」 「脂っこすぎるんだ…… まひるは気持ち悪いぞ……」 「じゃ、衣とってあげよっか」  友希が箸を使って綺麗に からあげの衣をはがす。 「これで、どう?」 「あむ。もぐもぐ。 うぅ、今度は味がしないんだ……」 「そりゃ、ほとんど衣に味がついてるからね」 「友希、これも食べてくれるか?」 「いいよ。あむ、もぐもぐ。 あはっ、からあげもおいしいね」  まひるはメニューを広げ、真剣に見ている。 「鮭のムニエルと、グラタンと、 野菜とキノコのキッシュを注文するんだ」  数打てば当たる作戦に出たか。 「ちゃんと食べられるんだろうな」 「まひるはこれぐらいじゃ、 お腹いっぱいにならないぞ?」 「量じゃなくて、好き嫌いの話な」 「大丈夫なんだ。食べられないやつは、 友希に食べてもらうんだっ」 「友希はお腹大丈夫なのか?」 「うん、平気よ。まひるが 『今日はいつもと違うの頼む』って言ってた から、オレンジジュースだけにしといたし」  最初から、まひるが食べられないのを 見越してたんだな。正しい判断だ。 「じゃ、作ってくるよ」 「鮭のムニエルは味がダメなんだ。 グラタンはマカロニの食感がやなんだ。 キッシュはジャガイモばっかりなんだ」 「……お前、さすがに好き嫌い多すぎだろ」 「どれもおいしいのにね。 もぐもぐもぐもぐ――」 「そういえば、友希って、 何でもおいしそうに食べるけどさ、 特別好きなものってないのか?」 「特別はないかなぁ。何でもおいしいし。 あむあむあむ――」 「友希は嫌いなものがない代わりに 好きなものもないんだっ」 「でも、まひるは嫌いなものが多い代わりに、 オムライスとハンバーグを 一生食べつづけても平気なんだぞっ!」 「……それはもしかして自慢してるのか?」 「真似できないだろ。えっへん」  そんな板のような胸を張られてもな。 「でも、すごいなぁ。あたしだったら、 同じもの食べてたらすぐに飽きちゃうし。 はむはむはむ――」 「なぁ、友希」 「なに? あむあむあむ、はむはむはむ、 もぐもぐもぐもぐ、はむはむはむはむ、 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ――」 「さっきから、そうとう噛んでるみたいだけど、 なに食べてるんだ?」 「あははっ、ジャガイモ。たくさん噛むと、 口の中で、白いのがとろとろになって、 ちょっと変な気分になっちゃうよね」 「ならないけどね」 「あむ、くちゅっ、くちゅっ」 「行儀悪いから、くちゅくちゅしないっ!」 「しょうがないなぁ。 そんなに言うなら、飲んであげるね。 んん、ごっくん」 「あははっ、颯太のジャガイモミルク、 とろとろでおいしい」 「俺が作ったキッシュを 卑猥な言い方しないでくれるっ!?」 「そんなことより、 まひるはまだ何も食べてないぞ。 お腹が空いたんだ」 「何か注文する?」 「あ、そういえば、キッシュが セットだったから、デザート持ってくるよ。 その間に選んでてくれ」 「えへへ、おいしな。 まひるは、シャーベット好きだな。 なにシャーベットかな?」 「オレンジだよ」 「じゃ、オレンジシャーベットを 5個注文するんだ」 「5個も? ていうか、 まだごはん食べてないだろ?」 「いいんだ。今日はシャーベットが ゴハンなんだ」 「お腹壊しても知らないぞ」  この後、まひるはさらに オレンジシャーベットを追加し、 けっきょく計10個を平らげたのだった。 「QP、いるか? ちょっと出てきてくれ」 「どうしたんだい?」 「ナトゥラーレの新メニューを 開発するのに使う野菜が欲しいんだけど、 頼めるか?」 「構わないよ。何が欲しいんだい?」 「リンゴなら裏庭に行こうか」 「それじゃ、行くよ」  QPの魔法でリンゴはみるみる育っていく。  だけど―― 「あれ? 野菜の時より、 成長が鈍くないか? リンゴだからか?」 「別に『リンゴだから』じゃないよ」 「普通に野菜を育てたって、 成長速度は異なるじゃないか。 魔法を使っても同じだよ」 「そうなのか。てっきり、 毎回すぐできるもんだと思ったよ」 「魔法は万能じゃないんだ。 ただ君たちの世界とは違うルールが あるだけだよ」 「よく分からないけど、それじゃ、 いつ収穫できるんだ?」 「そうだね。この調子なら、 明日以降なら収穫できそうだよ」 「明日以降だな。分かった」 「それじゃ、行くよ」  QPの魔法で野菜はみるみる育っていく。  だけど―― 「あれ? 今日はいつもより、 野菜の成長が鈍くないか?」 「普通に野菜を育てたって、 成長速度は異なるじゃないか。 魔法を使っても同じだよ」 「そうなのか。てっきり、 毎回すぐできるもんだと思ったよ」 「魔法は万能じゃないんだ。 ただ君たちの世界とは違うルールが あるだけだよ」 「よく分からないけど、それじゃ、 いつ収穫できるんだ?」 「そうだね。この調子なら、 明日以降なら収穫できそうだよ」 「明日以降だな。分かった」 「それじゃ、行くよ」  QPの魔法で野菜はみるみる育っていく。  だけど―― 「あれ? 今日はいつもより、 野菜の成長が鈍くないか?」 「普通に野菜を育てたって、 成長速度は異なるじゃないか。 魔法を使っても同じだよ」 「そうなのか。てっきり、 毎回すぐできるもんだと思ったよ」 「魔法は万能じゃないんだ。 ただ君たちの世界とは違うルールが あるだけだよ」 「よく分からないけど、それじゃ、 いつ収穫できるんだ?」 「そうだね。この調子なら、 明日以降なら収穫できそうだよ」 「明日以降だな。分かった」 「ちゃんと育っているようだよ」 「これ、よく考えたら、 他の生徒に見つかるとまた伝説が どうこうで大騒ぎだな」 「そうならないように魔法をかけておいたよ。 このリンゴは収穫するまで君以外には 見えないんだ」 「本当に? お前って意外と気が利くんだな」 「『意外と』は余計だよ。 恋の妖精は、恋の障害になるようなことは ちゃんと排除するんだ」 「まぁ、あんまり恋は関係ないんだけどね」  言いながら、リンゴを収穫した。 「ちゃんと育ってるようだよ」 「みたいだな」  ジャガイモを収穫した。 「ちゃんと育ってるようだよ」 「みたいだな」  ニンジンを収穫した。 「うーん」 「さっきから何をそんなに唸っているんだい?」 「新メニューを作ろうと思ったんだけどさ、 いざ作ろうとしたら、 ぜんぜん何も思いつかないんだよな」 「ふぅん」 「お前、興味ないだろ」 「料理ができてるなら味見できるけど、 何もないんじゃ、 アドバイスのしようがないからね」 「言われてみれば、そうか。 お前、料理できそうにないしな」 「そんなに悩んでるんなら、 誰かに相談してみればいいじゃないか?」 「誰かって、誰だよ?」 「小町まやがいいと思うよ」 「まやさんかぁ。確かに頼りになりそうだけど、 何も思いつかないから助けてもらうのって、 ちょっと情けなくないか?」 「こう言えば格好がつくよ。 『まや、この料理を完成させるためには  君の助けが必要なんだ』」 「『そう、隠し味は君への愛情だよ。 もちろん、手伝ってくれるね? これがぼくたちの初めての共同作業さ』」 「……………」 「『うん、嬉しい。わたしね、 颯太くんのお玉と麺棒を使って、 赤ちゃん作りたいな』」 「まやさんはそんなこと言わないからねっ!」 「えっ? わたしがどうかしたかな?」 「いや……その……」 「あれ? 颯太くん一人なの? 誰かと話してたと思ったけど」 「えぇ、まぁ一人ですが」 「そうなんだ。独り言でわたしの名前呼んで、 どうしたのかな? ん?」  く、仕方ない…… 「今、例の新メニューに挑戦してるんですけど、 ぜんぜん何も思いつかなくて…… まやさんなら相談に乗ってくれるかと思って」 「なーんだ。そういうこと。 颯太くんがわたしのこと好きなのかと思って ドキドキしちゃった」 「冗談はやめてくださいよ」 「冗談? 颯太くんがわたしを好きなのかも って思ったことが? それとも、 わたしがドキドキしたってことが?」 「えぇと……」 「ふふっ、冗談じゃないよ」 「……どっちが、ですか?」 「颯太くんが『こっちだといいな』って 思ったほうかな」 「からかうのはやめてくださいよ」 「からかってないんだけど、 これぐらいにしておこっかな。 嫌われちゃったら、困るしね」 「そんなんで嫌いませんけど」 「そぉ? 嬉しいな。 それで、新しいメニュー作ってるんだ?」 「はい。お客さんも少ないですし、 マスターから許可ももらったんで」 「さっぱり思いつかないんですけどね」 「じゃ、せっかくのご指名だし、 わたしで良かったら、相談に乗るよ。 今日はもうあがりだから」 「帰らなくていいんですか?」 「帰らなくていいんだよ」 「じゃ、遠慮なく訊きますけど、 新メニューって、どうやって 考えればいいんですかね?」 「うーん、そうね。 『こういうのが作りたい』っていうのは、 まったくないのかな?」 「色々あるんですけど、色々ありすぎて、 どれにすればいいか決められないんですよね」 「じゃ、まずは大きなジャンルで 区切ってみたらどうかな?」 「中華とか洋食とかですか?」 「それだとぼんやりするから、例えば、 焼き飯みたいなゴハン系とか、スープとか、 スイーツとかのほうがいいんじゃないかな」 「あとは『この人に食べてもらいたい』って 考えたら、具体的になって、 すんなり決まるかもね」 「食べてもらいたい人ねぇ」  いまいちピンと来ないけど、 例えば、まやさんだとどうだろう?  やっぱり、作るんなら、 好きなものがいいよな。  あれ、でも、まやさんって 何が好きなんだっけ? 「ふふっ、いま誰のことを考えたのかな?」 「まやさんのことですけど……」 「えっ? こ、こら。そんな不意打ち、ズルいぞ」 「す、すいません」 「ん? なんで謝ってるのかな?」 「いえ、怒られたんで」 「怒ってないよ。今のは照れ隠し」 「まやさんでも照れるんですね」 「照れるようなことを言われればね。 あと人によるかな」 「ところで、まやさんって 好きな食べ物、何ですか?」 「参考にならないと思うけど、 お菓子が好きかな。ポテトチップスとか、 ポップコーンとか」 「本当に参考にならないですね」 「ごめんね。 あとは、作りたいものが色々あるんなら、 思いつく順から作ってみるといいかな」 「それも考えてみたんですけど、 そんな行き当たりばったりやっても、 いいんですかね?」 「いいと思うよ。作らないことには 始まらないし。それに、料理って、 けっこう失敗から生まれた物も多いよね」 「そうなんですか?」 「うん。肉ジャガだって、 ビーフシチューを作ろうとして 失敗してできたみたいよ」 「ビーフシチューと肉ジャガって、 ぜんぜん味付け違うじゃないですか。 なんでそんな失敗したんです?」 「昔、どこかの海軍の人がイギリス留学中に ビーフシチューを食べてね」 「おいしかったから、帰国した後に、 部下にビーフシチューを作らせたの」 「でも、詳しいレシピは分からないし、 食材や調味料も手に入らなかったから、 醤油なんかで代用して作ったんだって」 「あれ、俺なんか似たような話を 知ってるような気がします。 肉ジャガじゃなくて、何だったかな?」  思い出せないな。  確か甘いお菓子の話だった気が するんだけど。 「けっこう、そういう話って多いからね。 どんどん作って失敗してるうちに、 新メニューもできるかもしれないよね」 「そうですね。考えてもキリがありませんし、 とりあえず色々つくってみることにします」 「うん。いい返事だね。えらいえらい」  まやさんは背伸びをして、 俺の頭を撫でる。  ちょっとだけ気恥ずかしかった。  今日は、これから新メニューに 挑戦する予定だ。  QPのおかげでいい食材も手に入ったし、 まやさんのアドバイスで、 何を作るのかもばっちり決まった。  さっそく調理を開始する。  しばらくして―― 「ところで、初秋颯太。 ぼくは最近気になってるんだけどね」 「悪い。 いま手が離せないから、後でな」 「よし、できた」 「何だ? いま忙しいんだけど」 「小町まやは、君のことを 好きなんじゃないかい?」 「は? なんでそう思うんだよ?」 「どう見ても、君に甘いじゃないか。 そもそも好きじゃない男のために、 わざわざ残って相談に乗ったりするかい?」 「まやさんはいい人だからな。 そんなんで自分のことを特別だと思ったら、 痛い奴だぞ」 「少しも特別だと思わないなんて、 鈍感な奴じゃないかい?」 「それはそうかもしれないけど」 「まやが君に何の好意も 抱いていないのに、ただの親切で 相談に乗ってくれたと思うのかい?」 「それは、まぁ、ちょっとは 『気に入られてるんだな』とは思うけど」 「なら告白だ。今しかないよ」 「極端すぎだろ……あ!」 「どうしたんだい?」 「焦げた……作りなおすしかないな」 「失敗から生まれた料理もあるんだろう。 それを使って、何か別の物を 作ってみたらいいんじゃないのかい?」 「別の物ねぇ……」  そうだな。やってみるか。 「よし。できたっ! 野菜の焦がしカレーだ!」  まぁ、味はまったく保証できないけど…… 「なんだ、できたのか? どれ?」 「あ、それ、まだ味見してな――」  マスターが一口、カレーを食べる。 「う・ぐ・お・おぁぁぁ………」 「え、ちょ、どうしたんですかっ!?」  マスターは脂汗を垂らし、 手を小刻みに震わせている。 「はぁ、はぁ、はぁ…… お前、いったい何を作ったんだ…?」 「カレーですけど、 そんなに不味かったですか…? 普通の材料ですよ」 「原因は分からんが、 とにかく、今すぐ捨てたほうがいい。 うっかり食べると、死ぬぞ」 「またまた。さすがに大げさですよね。 そんなに不味いんですか?」  一口、カレーを味見してみる。 「ば、バカっ、やめろっ!」 「は・ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」  突きぬけるような不味さに、 ふっと気が遠のく。  まるで譫言のように、俺の口から 言葉が漏れた。 「イッツ、デンジャラス…… アイ、メイク、キルカレー」 「おいっ、颯太っ!? 戻ってこい! 颯太っ!!」  薄れていく意識の中、 しばらく新メニュー開発は控えようかな、 と思ったのだった。 「あー、やっちまった。 せっかくのリンゴが焦げちゃったよ」 「注意力散漫だね。 料理をしながら話をしてるからだよ」 「じゃ、話しかけてくるなよ……」 「だけど、少しぐらい焦げたって 問題ないんじゃないかい? まだ食べられそうに見えるけど」 「いくら食べられたって、 これじゃアップルパイにならないからな。 作りなおすしかないよ」 「まだ食べられる物を捨てるのかい?」 「だって、しょうがないだろ」 「まったく信じられないね。 君はリンゴの命を何だと 思ってるんだい?」  珍しくQPが怒ってる気がする。  そういえば、こいつはリンゴの樹の 妖精だもんな。そりゃ怒るか。 「分かったよ。 責任持って食べればいいんだろ」 「そうするといいよ。 それに、失敗から生まれた料理も あるんだろう?」 「それがどうしたんだ?」 「これで、アップルパイ以外の料理を 作ればいいんじゃないかい?」 「そんな簡単に言われてもなぁ。 そもそも、こんなに焦げてちゃ――」 「……焦げてる…?」  待てよ。そうか。思い出したぞ。 「どうかしたのかい?」 「……あぁ、いいことを思い出したよ」 「この焦がしたリンゴを使って、 新しいお菓子を作った人がいたんだ」 「っし、できた!」 「ふぅん。おいしそうじゃないか。 これは何ていう料理なんだい?」 「タルトタタンだよ」 「アップルパイを作ろうとして、 リンゴと砂糖とバターを炒めてたら、 さっきの俺みたいに焦がした人がいてさ」 「それでも、何とかしようとして、 タルト生地をのせて、フライパンのまま オーブンで焼いたんだ。そうすると――」 「がつがつがつがつがつ!」 「興味なくても最後まで聞いてねっ!!」 「ふぅん。ぼくの口には合わないけど、 人間的にはイケるんじゃないかい?」 「そんなの分かるのか?」  タルトタタンを味見してみる。 「おおっ、かなりイケるな」  これなら、新メニューとして 採用されるかもしれない。  さてと、できれば 誰かに味見してもらったほうがいいよな?  そういえば今日は姫守が来店してたっけ。 まだいるかな…? 「わぁぁ、こちらが新メニューなのですね。 おいしそうなのですぅ。いただいても よろしいですか?」 「あぁ」 「それでは、いただきます。 はぁむ。もぐもぐ……おいしいのですぅっ!」 「本当に?」 「はい。マックスバーガーの ホットアップルパイと同じぐらい おいしいのですっ!!」 「……マックのアップルパイと同じ……」  微妙だ…… 「い、いえ。その、お気を悪くされたかも しれませんが、私、ホットアップルパイが 世界で一番好きなのですぅ」 「ですから、こちらも 世界で一番ぐらいおいしいのですぅ」 「そっか」 「そうなのです。ですから、そのぉ、 非常に申しあげにくいことなのですが……」 「ん? どしたの?」 「おかわりは、ございますか?」 「早っ!? もう食べたの?」 「お恥ずかしいのですぅ」  どうやら、 そうとう気に入ってくれたみたいだな。  この後、マスターに試食してもらい、 見事、ナトゥラーレのメニューに 新しい料理が加わったのだった。  アップルパイが完成した。  さてと、できれば 誰かに味見してもらったほうがいいよな?  そういえば今日は姫守が来店してたっけ。 まだいるかな…? 「わぁ、新メニューはアップルパイなのですね。 いただいてもよろしいですか?」 「あぁ」 「では、いただきます。あぁむ、もぐもぐ。 ふふ、とってもおいしいのですぅ。リンゴが ジューシーで。パイもサックサクなのですぅ」 「だろ。姫守にマックのアップルパイより おいしい物を食べさせてあげようと思って、 作ってみたんだ」 「そ、そうでしたか。ですけど、そのぉ、 非常に申しあげにくいのですが、 私はジャンクな味のほうが好きなので……」 「……もしかして、マックの アップルパイのほうがおいしい?」 「……味音痴で、申し訳ないのですぅ」 「い、いや、いいんだ。気にしないで」  まさか、マックに負けるとは……  この後、マスターに試食してもらったけど、 残念ながら新メニューに加えてもらうことは できなかった。  ヴィシソワーズが完成した。  さてと、できれば 誰かに味見してもらったほうがいいよな?  友希に頼んでみよう。 「これ、なんて料理?」 「ヴィシソワーズだよ」 「へぇ。ふふっ、すごいとろとろだぁ。 おいしそう。いいね、これ」 「え、そうか? 友希が見た目で料理を気に入るのって 珍しいな」 「だって、これ、ほら、 えっちなスープみたいなんだもん」 「……そんな理由かよ……」 「あれ、これ温かくないんだぁ。 何で作ったスープなの?」 「男爵芋の冷製スープだよ」 「男爵の冷精子スープ?」 「ジャガイモの冷製スープだ! さっさと飲めっ!」 「そ、そんな、やだ、こんなにたくさん、 飲めないよぉ」 「黙って飲め。音立てるなよ」 「歯じゃなくて?」 「いいから早く飲もうね!」 「はぁい。いただきます。 んぐ、んぐ……あぁ、おいしい。 この味、病みつきになっちゃいそう……」 「全っ然おいしさが伝わってこないのは 気のせいか?」 「えー、なんでー? おいしいよ。 颯太のヴィシソワーズ」  味がどうなのかはともかく、 かなり気に入ったみたいだな。  この後、マスターに試食してもらい、 見事、ナトゥラーレのメニューに 新しい料理が加わったのだった。  ニンジンシャーベットが完成した。  さてと、できれば 誰かに味見してもらったほうがいいよな?  そういえば今日はまひるが来店してたっけ。 まだいるかな…? 「えへへ。おいしそだな。 なにシャーベットかな? 橙色だな」 「何のシャーベットかは、 食べてみてのお楽しだな」 「もう食べていかな?」 「おう」 「いただきます。あむあむ。 えへへ、おいしな。あむあむ」  まひるはあっというまに シャーベットを食べていく。 「おいしな。でも、なにシャーベットか 分からないな」 「何だと思う?」 「……ブラッドオレンジかな?」 「違うな。もっと意外なものだぞ」 「じゃ、リンゴか?」 「リンゴは皮が赤いだけで、 実はこんな色にならないだろ。 ほら、他には?」 「……全然わからないんだ。 ヒントはないのか? まひるはヒントが欲しいぞ」 「そうだな。 『に』から始まって『ん』で終わる 4文字のものだ」 「に? に、に……にいさん?」 「兄さんはシャーベットにはならないからな」 「にじげん?」 「そもそも次元が違うから、 シャーベットにはならないよな」 「にゃんにゃん?」 「いいかげん食べ物を出せ、食べ物をっ! 兄さんが二次元でにゃんにゃんとか、 シャーベットには何の関係もないぞ!」 「そんなこと言われても、まひるはちゃんと 真剣にやってるんだっ。『に』から始まる 果物なんて思いつかないんだ!」 「じゃ、もうひとつヒントな。 果物じゃなくて、野菜だよ」 「野菜……で、 『に』から始まって『ん』で終わる…? あ……あーっ!」 「おまえっ、ニンジンで シャーベット作ったなっ! まひるはニンジン嫌いなんだぞっ!」 「でも、食べられただろ?」 「そ、それはそうなんだ……」 「そっか。嫌いかぁ。じゃ仕方ないな。 このシャーベットはもういらないよな?」 「そ、それは別なんだっ。返せっ!」  まひるはニンジンシャーベットを 俺から奪いとり、ぱくっと食べた。 「えへへ」 「ニンジンもけっこう美味いだろ」 「うん。おいしな。 ニンジンもシャーベットなら食べれるな。 まひるは大人になったな」  どうやら、気に入ったようだな。  この後、マスターに試食してもらい、 見事、ナトゥラーレのメニューに 新しい料理が加わったのだった。  今日は、これから新メニューに 挑戦する予定だ。 「よし、やるか!」 「っしっ、できた!」  39種類の野菜煮こみカレーが完成した。 「んー、いい匂いがするね。カレーかな?」 「はい。新メニューを作ってみたんで、 良かったら味見してくれますか?」 「うん。いいよ」  カレーをよそって、まやさんに手渡す。 「いただきます。ふー、ふー。あぁむ。 あ、おいしいね」 「本当ですか?」 「うん。颯太くんも食べてみたら。 ほら、あーん」 「いえ、俺は味見したんで」 「こら。恥ずかしいんだから、 大人しく食べる」 「え、あ、はい」 「ほら、あーん」 「あーん」  スプーンにのったカレーを はふはふと冷ましながら、 慎重に呑みこんでいく。  こんなところを誰かに見られたら、 誤解されそうだよな…… 「お前ら、店でなにイチャついてやがんだ?」 「うおっ、あ、熱っ、熱いっ!」  び、ビックリした。 「何やってんだ?」 「颯太くんが新メニューを作ったから、 味見をしてたんです」 「おう、できたのか。どれ?」  マスターがカレーを味見する。  緊張するな。 「……ふむ。 まぁまぁだけどな、野菜を入れすぎて、 ちょっとケンカしちまってるな」 「それに今のうちのカレーも 野菜メインだからな。そう考えると、 新メニューにするのは難しいわな」 「そうですか」 「まぁ、また思いついたら作ってみろ」 「はい」  マスターは厨房から出ていった。 「落ちこんだ?」 「ちょっとは。でも、言われてみれば、 うちのベジタブルカレーに比べると、 一味落ちますね」 「そぉ? わたしはこっちのほうが好きかな」 「お世辞はいいですって」 「こら、そういうこと言わないの。 お世辞じゃないんだからね」 「じゃ、これ、食べます?」 「うん。たくさんあるみたいだし、 持って帰ろうかな」 「狭苦しいところで くつろげないかもしれませんが、 どうぞ、おあがりくださいませ」 「はーい。お邪魔するねー」 「あれ? おっきいな……」 「さっそく桜をご覧になりますか?」 「うん。見たい見たい。楽しみー」 「わ……ここもおっきい。なんでかな?」 「まひるちゃん、 どうかなさいましたか?」 「うん。彩雨は『狭苦しい』って言ったのに、 おっきいと思ったの」 「そんなことはありませんよ。 狭苦しいところで、申し訳ないのですぅ」 「じゃ、ここより狭苦しい まひるの家はどうなるの?」 「そう言われると困ってしまうのですが……」 「……あ。そか。イヤミかな?」 「そ、それは断じて違うのですぅ。 まひるちゃんたちが、ご不快かもしれないと 思い、気を遣ったつもりだったのですが……」 「でも、こんなに綺麗で広かったら、 狭苦しくはないと思うな」 「それはそうかもしれないのですが、では、 何と申しあげれば良かったのですぅ?」 「普通に『広くて快適』って言えばいい と思うの」 「では、広くて快適なところで くつろげないかもしれませんが、 ごゆっくりお過ごしくださいね」 「わーお、すっごいお金持ち自慢」 「ご、ご無礼を働いてしまい、 大変申し訳ないのですぅ」 「彩雨ってそんなふうに思ってたんだ。 あたしは友達だと信じてたのになぁ」 「堪忍なのですぅ。私も友希さんとは ご友人だと思っているのですぅ」 「本当かなぁ?」 「そんなぁ。信じてくださぁいー」 「おかしな。なんで、こうなたかな?」 「まひるは『謙遜』って言葉の意味を 覚えてこようね」 「友希、こいつがまひるの 知らない言葉でしゃべってくるんだ。 『けんそん』って何だ?」 「あたし、口でとかしたことないから 下手かもしれないけどじゅりゅりゅりゅ しゅるるるるるるっ!!」 「これが謙遜よ」 「だよなー。『下手かもしれないけど』って 言っておきながらのバキュームに、 日本人的な謙遜の美学が……ねぇよっ!!」 「よく分からないんだ」 「そうね。今は分からないかもしれないわね。 でも、まひるがいつかエロゲをやるように なったら、きっと分かるわ」 「みんないつかは通る道みたいに言うな」 「まひるちゃん、謙遜というのは、 へりくだることなのですよ」 「どこのへりをくだるの?」 「へりをくだるんじゃなくて、 へりくだるのな」 「オナニーをするんじゃなくて、 オナるようなものよ」 「それは同じ意味だよっ!」 「へりくだるというのは、 相手を敬って、ご自身を控えめに見せる ということなのです」 「うやまって?」 「あぁ、すごい、おっきい、あたし、 もうこれなしじゃ生きていけないぃ。 おち○ちん、すごいよぉぉ」 「それ、敬ってんのっ!?」 「分かった。中毒になることなんだっ」 「ほらー、颯太が変なこと言うからじゃん」 「お前が言ったんだよねっ!?」 「敬うというのは、尊敬して礼を 尽くすということなのですぅ」 「礼を尽くす?」 「あ、もう、だめ、で、出ちゃう! あたしのおち○ちんから、白いの、 ぜんぶ出ちゃうっ! 絞りとられちゃうっ!」 「それは精を尽くすだよっ!」 「『礼』というのは礼儀のことで、 『尽くす』というのは“すべて使いきる” という意味なのです」 「ですから、自分ができる限りのことで、 おもてなしをするということなのです」 「こないだ果物プレイをしようと思って、 二十世紀を買ってきたんだけど、 それが1個5キロぐらいあって――」 「おもてぇなしだよっ!」 「あははっ、 もー、颯太ってそんなに盛っちゃって」 「『突っこむのが早い』って言いたいのか」 「全然わからないんだ……」 「すみません。私の説明が下手なのですぅ」 「違うわ。あたしたちみんなの努力が 足りなかったのよ」 「いや、100%お前の責任だよね」 「えー、ひどいー。 颯太って、イカせられなかったのを、 相手の女の子のせいにするの?」 「その例えで言うなら、 第三者のお前が割りこんできて 邪魔したんだけどっ!?」 「……やれやれ、人間ってのは分からないや。 こんなに綺麗な桜が咲いているのに、 どうして誰も見ないんだろうね?」 「おっと、ここにいるな。よっと」 「……………」 「おぉ、こんなところにもいるのか。 すごい量だな」 「……おまえ、こんなところで何してるんだ?」 「ん? あぁ、害虫をとってるんだよ。 向こうの畑に比べて多いからさ、 リンゴの樹も野菜もやられちゃうんだよね」 「え……、む、虫がいるのか…?」 「そりゃ畑ならどこだっているよ」 「で、でも、あっちの畑では 見たことないんだ」 「まぁ、あっちの畑は状態がいいからな」  QPの魔法のおかげで。 「そういえば、まひるは、虫嫌いだったっけ?」 「む、虫は人類の敵なんだっ! 昔、あいつらは動物ぐらいでかくて、 人間を食べてたんだっ」 「その時の記憶が遺伝子に残ってるから、 虫が怖いんだ。別にまひるが 臆病なわけじゃないんだぞ」 「はいはい。それなら、 あんまり樹の下に入らないほうがいいぞ。 たまに毛虫が降ってくるからな」 「えっ? あ、やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「どうした?」 「む、虫、ここ、虫がついたんだ。 とって、颯太っ、早く、早くっ。 やだやだっ、早くっ、助けてよぉぉっ!」 「しょうがないな。 ほら、とったぞ」 「も、もうだいじょぶかな? 虫、ついてないかな?」 「見てやるよ」  まひるの身体をざっと見回し、 虫がついていないか確認する。 「よしっ、大丈夫だ。 虫が怖いなら、あっちの畑のほうに 行ってたほうがいいぞ」 「う、うん、そうす――あ、や、 きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「な、何だ? 今度はどうした?」 「む、虫、虫が……」 「分かった分かった。 すぐとってやるって、今度は どの辺りだ?」 「む、胸の辺りなんだ」 「胸? ついてないみたいだけど?」 「ふ、服の中に入ったんだ。早くとるんだ!」 「え………?」  服の中、だと…!?  それはつまり、制服の中に手を入れ、 あまつさえ、おっぱいの辺りをまさぐれ ということか? 「まひる、さすがに服の中はちょっと……」 「あぁっ、やだぁぁ、動いてる。 颯太、虫が中で動いてるよぉ。 うえぇぇ、早くとってぇっ!」 「……………」  神様、俺は変態じゃありません。 断じて変態じゃありません。 だから、望んでやるわけじゃないんです。  それに 「服の中に手を入れる」 っていっても、 こんな定規のようにまっすぐな胸じゃ、 変な気を起こすわけもないでしょう?  何より本人が 「やってくれ」 って言ってる んです。ここで断るほうが、逆に意識してる みたいで変態でしょう?  ――よし、懺悔は終わった。 やろう! さわやかに!  そう、誰かが見ていたとしても、 ほほえましい部活中のハプニング と分かるほど、さわやかに! 「じゃ、まひる。 今から悪い虫をとってやるからな」 「う、うん。早く、してほしいな」  制服の裾から、すっと手を入れ、 ゆっくり胸のほうへと滑らせていく。  ……て、なんだ、これ?  かすかに触れるまひるの肌の感触が、 信じられないほど柔らかい。  これが女の子の…… いやいや、違う、違うんです、神様。 俺は変態じゃありませんっ。  ていうか、手を入れといてなんだけど、 これ、無理じゃないか? 「……どうしたんだ? まひるはもう限界なんだ。 早くとってくれ」 「いや、これじゃ虫がどこにいるか 分からないからさ。ちょっと服の中、 見てもいいか?」 「それは、だ、ダメなんだ……」 「じゃ、どうすれば…?」 「……あっ、や、やだやだ、やだぁっ、 また動いたっ! 動いてるよぉっ。 やぁぁ、とってとってぇっ!」 「わ、分かった。 じゃ、適当に払いおとすからな」  まひるの肌を撫でるかのように、 虫がいそうな箇所を、手探りで払っていく。 「……んっ……あぅっ…… もっと……右上のほうだと思う……」 「お、おう……」  さっ、さっ、と手で払うようにしながら、 右上のほうへ移動する。  すると、手応えを感じた。 「ん? いたぞ。これだな」  わずかに固い感触を手の平で捉え、 逃がさないようにしながら、 指でつまみあげる。 「あぁんっ、そ、颯太……だ、め……やだぁっ」 「大丈夫だ。今、とってやるからな」  指先にはコリコリとした感触がある。 思ったよりも大きい虫だな。昆虫か?  指でまさぐり、虫の形を確かめてみる。  丸いな。ダンゴ虫とかか? 「はぁぁ……ふぁ、ふえぇぇぇ……」 「まひる、大丈夫か? もう終わるからな。我慢してくれよ」  虫を離さないようにしながら、 手を服から出そうとしてみるけど、 「……あっ、んっ、ふぅぅ……」  思ったよりも抵抗が強く、 手が動かせない。  なんだ、この虫? まひるの肌に食いついてるのか?  もう少し力を入れるか。 「い、痛っ、痛いんだっ!」 「あ、わ、悪い」  じっくりこそぎ落とすしかないか。  食いついている虫をはがすため、 肌との境目付近を指で丹念に 擦りあげる。 「……んっ、はぁ、ま、待つ、やぁっ、 んん……んはぁ……」 「大丈夫だ。ちゃんととってやるからな」  それにしても全然とれる気配がないな。 もう少し速く擦るか。 「……んんっ! ……はぁぁ、ひぃっ、あっ、 そこ、違っうっ…!」  おかしいな。まるでまひるの肌に くっついてるみたいなんだが?  再度どうなっているのか確かめるため、 指で全体を撫でまわしていく。 「……やぁぅっ、はぁあ……、だ、め…… あぅんっ……ふあぁ、ダメぇっ…!」  やっぱり、どこをどう触っても 完全につながってるな。どういうことだ?  と、その時だった。まひるの制服から、 何かが滑りおちてきた。  見れば、それは小さな毛虫だ。 「あぁ、良かった。とれた、な…?」  あれ? ということは、 俺がいま触ってる丸くてコリコリしたコレは まさか――  ――乳首…!? 「……いつまで、触ってるんだ…?」 「わ、悪いっ!」  慌てて、まひるの制服から手を引きぬいた。 「い、いや、誤解だっ。誤解なんだ。 虫だと思ったんだよ。だって、ほら、 ノーブラだなんて思わないだろっ!」 「うー……っ!」 「あ、いや、だから……必死でさ、 ぜんぜん気づかなかったって言うか……」 「……その、ごめん。怒ってるよな…?」 「……虫をとってくれたから、 帳消しにしてやるんだ……」 「そ、そっか。良かった……」 「……でも、変態行為は、ダメなんだ…… ……ばか……」 「本日は私のような者のためにお時間を くださり、誠にありがとうございます。 このご恩は一生、忘れません」 「いやいや、自転車の練習に付き合うぐらいで そんな大げさな」 「すぐ乗れるようになるからさ、 ぜんぜん気にしなくていいって」 「お心遣い、恐縮なのですぅ」 「あっちの遊具があるほうに行こうか。 自転車、乗りやすいし」  遊具場に到着後、自転車の 両足スタンドを立てる。 「はい。これで倒れないから、乗ってみて。 スカート気をつけてね」 「かしこまりました。 引っかけないように注意するのですぅ」 「いや、見えないように――あ……」 「えっ? もしかして、私、いきなり乗り方を 間違えてしまいましたか?」 「うぅん。それであってるよ。 でも、次からはあんまりスカートが はためかないようにしたほうがいいかな」 「あ……そのぉ、ご覧になりましたか?」 「……まぁ、チラッと」 「お、お見苦しい物を見せてしまい、 大変申し訳ございません。 ご不快なのでした?」 「いや、そんなことは全然っ! 気にしなくていい、っていうか」 「いいえ、本当に申し訳ないのですぅ。 今後はないように肝に銘じますぅ」 「いやいやいや、本当に謝らなくていいから。 むしろ見れてラッキーってぐらいだからっ!」 「えっ?」 「あ……」 「……が、眼福なのですぅ?」 「……は、はははっ……」  笑うしかないんだけど…… 「そ、それより、練習しよっか? うん、練習しよう、練習。なっ」 「は、はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「じゃ、まずこいでみて」 「こうでよろしいのですぅ?」  姫守がペダルをこぐと、 自転車の後輪が回転しはじめる。  両足スタンドを立てているので、 自転車が進んでしまうこともない。 「うんうん、いい感じ。 こぐのは簡単だから、もうこれで 完璧だよ」 「第一ステップ、クリアなのですぅ?」 「あぁ。続いて、第二ステップ行こうか。 倒れないように後ろを支えてるから、 ゆっくり走ってみて」 「は、はい。ですけど、どうしても 倒れそうな時は、私に構わず、 一人で逃げてくださいね」 「そんな心配しなくても大丈夫だって、 姫守の体重ぐらい支えられるから」 「そうですか。ご厚情痛み入るのですぅ。 それでは私、決死の覚悟で、 行ってまいりますねっ!」  大げさだな。 「じゃ、スタンド外すよ。せーのっと」  自転車を押し、両足スタンドを上げる。  すると、後輪が地面をつかみ、 ゆっくりと自転車は前進しはじめる。 「わぁっ、わぁーっ、 走りました。速いのですぅっ!」  速度は大して出てないんだけど、 大はしゃぎだな。 「このまましばらく走る練習するよ。 そしたら、そのうち後ろを支えてなくても、 乗れるようになるから」 「え、えぇ、後ろを支えないのですぅ?」 「大丈夫だって。 いきなり放したりはしないから」 「それなら、安心なのです」 「くすくすっ、初秋さん、 自転車はとっても気持ちいいのですね」 「あぁ、そうだろ。 一人で乗れるようになると もっと気持ちいいと思うよ」 「そういえば、お疲れではありませんか? 先ほどからずっと後ろを支えて 走ってくださってますけど」 「大丈夫だよ。 そんなに速いペースじゃないし」  とはいえ、さすがに疲れてきたな。  姫守もだいぶスピードが 出せるようになってきたし、 恒例のアレをやってみるか。 「ようし、じゃ、もうちょっと スピード出してみて」 「ですけど、これ以上スピードを出すと バランスを崩してしまいませんか?」 「大丈夫だよ。速いほうがバランスとれるから」 「分かりました。では、あのぉ、 誠に恐れ入りますが、後ろをしっかり 支えていてくださいますか?」 「あぁ、任せてくれ」 「では、電光石火でこぐのですぅ」  姫守がペダルをぐんと踏みこむと、 自転車の速度がみるみる上がっていく。  長い直線の場所に入ったところで、 俺は支えていた手を放した。 「くすっ、あははっ、速いのですぅ。 飛ぶが如くなのですぅっ!」  俺が手を放したのも知らずに、 姫守は自転車をこぎつづけている。  しばらく見てたけど、 一向に気づく気配はない。  うん、大丈夫そうだな。 「姫守ーっ」 「はいー。何でしょう……あれ…? 後ろにいたはずなのに……えっ? きゃ、きゃーっ、危ないのですぅっ」 「大丈夫だって。 さっきから一人で乗れてるから」 「えっ? あ、本当なのですぅっ。 一人で乗れてしまいましたー」  姫守が方向転換して、こっち戻ってくる。 「やったな」 「はいー。万歳なのですぅ。ばんざーいっ!」  と、姫守は大喜びしながら、 ハンドルから両手を放して、バンザイした。  途端に、自転車はバランスを崩し、 あろうことか、俺のほうへまっすぐ 突っこんできた。 「あっ、あっ、避けてくださいませーっ!」 「痛……」  体に乗っかかった自転車を起こし、 倒れている姫守に手を伸ばす。 「大丈夫か?」 「はいー。初秋さんこそ、 お怪我はございませんか?」 「あぁ、ちょっと指を切っただけかな」 「見せてくださ――あぅ…!」  足を一歩踏みだそうとして、 姫守はバランスを崩した。 「足、どうした?」 「少々捻ってしまったみたいなのですぅ」 「歩けるか?」 「……こ、このぐらいでしたら」  ハエがとまるんじゃないか ってぐらいの速度で、姫守が歩いてみせる。 「いちおう病院いっとくか」 「え、びょ、病院ですか?」 「あぁ、捻挫かもしれないし」 「いえ、もう治ったのですぅ。 この通りなので――痛っ、ぅぅ、 な、治りましたぁ……」 「いやいや、まったく治ってないよね。 ほら、自転車の後ろ乗って。 連れてってあげるから」 「……い、嫌なのですぅ。 病院にだけは死んでも 行きたくないのですぅっ!」  「死んでも」 って…… 「……いや、でも、ほら、 もし明日悪化したら大変だろ?」 「いえ、これぐらいはかすり傷ですから、 唾をつけておけば治るのですぅ」 「そんなんで治るなんて聞いたことないよ……」 「では、試してみるのですぅ?」 「え…?」  ケガをした俺の指を姫守がぱくっと咥え、 優しく吸った。 「……あぁむ……んちゅ……」  温かい口内の感触に包まれ、 柔らかい舌がそっと指先に触れる。 「くすっ、なほりまひたか?」 「えぇと……う、うん……」  痛みはどこかへ消えていた。  ていうか、 俺のケガの話じゃなかったんだけど……  どこかへ遊びにいこうかと思ってたけど、 今日は掃除当番だったらしい。  仕方なく、箒を片手に床と格闘してると、 「ねぇねぇ、彩雨ってどんな男の人が好き?」 「え、ええーっ!? そ、そのぉ、私のす、好きな男の人は、 ですね……」 「うんうん、どんな人?」 「……い、いないのですぅ……」 「えー、何それー。いないとか禁止よ?」 「ですけど、いないものはいないのですぅ」 「姫守さん。今のは好きなタイプの人は、 どんな人かって意味だと思いますよ」  あいつら、掃除しながら 楽しそうな話してるな。 「そういう絵里はどんな人が好きなの?」 「……わたしは……真面目で、 何かに一生懸命な人がいいです……」 「くすっ、素敵なのですぅ。 早くそういう方に巡りあえるといいですね」 「わたしの場合、巡りあえても、 好きになってもらえない気がしますけど」 「そんなことないと思うなぁ。 絵里はかわいいから平気よ?」 「友希の『かわいい』は当てになりません」 「えー、ひどーい。本当だってば。 絵里はもっと自信持ったほうがいいよ。 こうやって髪ももっとかわいくしてさ」 「あ、もう。いじらないでください。 あんまり見られたくないんです」 「もったいないなぁ。 まいっか。絵里のかわいさは あたしだけが知ってるってことで」 「そういう友希は、どんな人が タイプなんですか?」 「あたし? やっぱり、えっちな人かな。 毎日、えっちなこと言いあって、 いちゃいちゃエロエロできたら楽しいよね!」 「す、す、素敵、なのですぅ……」  いや、姫守、 そこは褒めなくても良かったと思うぞ。 「友希のはあんまり参考になりません」 「えっ? どうして?」 「……男の人は、 だいたいえっちだと思います……」 「だ、だいたいえっちなのですかっ?」 「うーん。そうかも。 いっつもエロいことばっかり 考えてそうだしなぁ」 「「じーーーーーー」」  おい、なんだ、見るなよ。 俺を見るな! 「友希さんは、どうして、そのぉ、 い、いちゃいちゃエロエロが、 お好きなのですか?」 「えー、だって気持ち良さそうじゃん。 考えるだけで胸の辺りがきゅんってして、 変な気分になっちゃうんだよ?」 「そ、そういうのが、普通なのですか?」 「心配しなくて大丈夫です。 友希は特別ですから」 「えー、でも、二人とも、 『どういうふうにされたい』とかぐらい 考えるでしょ?」 「そんなことはないです…… 好きな人にされるのなら、 何をされても嬉しいです」 「本当に? じゃ、目隠されて 縛られて宙づりにされて、挿れられながら おしっこすることになっても平気?」 「そ、それはちょっと……」 「ほらー、やっぱり好みがあるんじゃん。 どういうのが好きなの?」 「ふ、普通のなら、何でもいいです」 「普通って顔面騎乗のこと?」 「ち、違いますっ!」 「あ、絵里って顔面騎乗知ってるんだぁ。 やーらしいのー」 「……友希なんてもう知りません……」 「あはは、ごめんごめんっ。許して。ね。 あー、でも、怒った絵里もかわいいなぁ」 「もう……いつもそうやって えっちなことばっかり言うんですから……」  あいつ、完全にセクハラだな。 男ならとっくに逮捕されてるぞ。 「彩雨はどういうのが好きなの?」 「え、えぇ、えっちのお話なのですかっ?」 「うん。そうよ」  む。それは俺も気になるな。  よし、さりげなく近づいておこう。 「そのぉ、私は友希さんのように専門知識が 豊富ではないので、的外れなことを 申しあげてしまうかもしれないのですが――」 「ぎゅってされて、頭を撫でられながら、 あの、き、キスをしていただけると、 とても幸せだと思うのですぅ」  それって、つまり――? 「おち○ちん挿れられながらってこと?」  そう、それだ。それが肝心だ。  姫守のことだから、えっちはまったく 関係ないかもしれないからな。 「それはそのぉ……」  それはその、何だ? 「こ、こういうことを申しあげるのは はしたないのかもしれませんが……」  いや、いいぞ。 全然いいぞ。 カモンッ! カモンッ! 「私はどちらでも……」  どちらでも…?  いいのか? いいんだな!? オッケーなんだなっ!? 「あ、その前にさ」  いやいや、「その前に」 とかないよ。 今、これが最優先事項だよね。 後にしてくれ。 「颯太、何してるの?」 「いやいや、俺のことはどうでもいいだろ。 それより姫守の答、え――」 「は、ははっ……」  どうやら、いつのまにか、 近づきすぎていたようだ。 「分かった、彩雨? 絵里の言った通りでしょ?」 「……はいー。男の人は、 だいたいえっちなのですぅ……」  みんなの視線が痛かった。 「さて、諸君。今日は以前に伝えておいた通り、 鍋をしようと思う」 「やった。お鍋なんて久しぶりだなぁ」 「お前はこういう時に限って 遊びにくるよな」 「いいじゃん。お鍋はみんなで食べたほうが おいしいでしょ」 「まぁな」 「準備はできているかな?」 「えぇ、出汁はいい感じでとれましたよ。 あとは具を入れるだけですね」  カセットコンロの上の鍋は ぐつぐつと煮立っている。 「いいね。ところで、 君は何を持ってきたのかな?」 「せっかくの鍋ですからね。 大奮発しちゃいましたよ」  部室の冷蔵庫を開き、 持ってきた食材を見せる。 「松阪牛、しかもA5ですよ。 見てください、この霜降り、 最高でしょう?」 「素晴らしいね。 見てるだけで舌がとろけそうだよ」 「ですよね。こんないい肉食べるのなんて、 年に1回あるかないかですよ。朝から ずっと楽しみにしてたんですから」  よし、じゃ、他の具材も確認するか。 「まひる。お前、鍋の具持ってこられたか?」 「ちゃんと持ってきたんだ。ほら」 「……………」 「……なぁ……」 「何だ?」 「俺の目には、これはオムライスに 見えるんだけど…?」 「オムライスなんだ。好きな物を 持ってこいって言うから、まひるは 頑張ってママに頼んだんだぞ。偉いんだ」 「威張るんなら、せめて自分で作ろうな」 「ていうか、その前に、いくらなんでも、 鍋にオムライスはないだろ」 「じゃ、あれはいいのか?」  まひるが指さした方向を見て、 俺は唖然とした。 「……な、なぁ姫守、 それはいったい、何だろうな?」 「ホットアップルパイなのですぅ。 残念ながら、もう冷えてしまいましたが、 お鍋に入れれば、また熱々になるのですっ」 「鍋にアップルパイを 入れるつもりなのか?」 「はい。お鍋には何を入れても おいしいとのお話でしたので、 大好物を持参したのです」  何を入れてもって言ったって、 限度があるんだけど…… 「友希、お前は何を持ってきた?」 「じゃーん。颯太の大好きな生クリーム」 「いくら好きでも、鍋には入れないからねっ!」 「だって、鍋だって知らなかったんだもん。 『おいしい物つくるから、何か好きな食べ物  持ってきて』って言われただけよ?」 「誰に訊いたんだよ?」 「な、鍋はおいしいんだ。 だから、おいしい物なんだ。 まひるは間違ってないんだ」  お前か…… 「オムライスとアップルパイと 生クリームで何を作れっていうんだ……」 「心配することはないよ。 この材料でも問題なく作れる鍋が ひとつだけあるじゃないか?」 「まさか……」 「そう、闇鍋だよ」 「ま、待ってください。 この材料ですよ?」 「この材料だからだよ。 ちなみに僕が持ってきたのは、 フルーツの王様、ドリアンだよ」 「最初から闇鍋にする気満々じゃないですか!」 「そ、そんな大きな声で 『まんまん』とか言っちゃって……」 「普通の言葉だよねっ!」 「じゃ、そろそろ始めようか」 「ま、待ってください。闇鍋にするのは 構いませんけど、せめて…… せめて松阪牛だけは先に食べましょうよ」 「この日のために、バイト代を かなり使ったんですから」 「まひるも、この日のために ママに頼んだんだぞ」 「あたしもこの日のために、 おいしい生クリームを酪農家さんから とりよせたんだぁ」 「私もこの日のために、 早起きをしてホットアップルパイを たくさん買ってきたのですぅ」 「僕もこの日のために東南アジアを回り、 一番おいしいドリアンを見つけてきたんだ」 「みんなの思いがひとつになったこの闇鍋は、 きっと奇跡を起こす。僕はそう信じる。 さぁ、作ろうじゃないか」 「いやいや、おかしいですよねっ! なに、いい話ふうにまとめよう としてるんですかっ!?」 「まぁまぁ、どうなるか分からないのが 闇鍋の醍醐味だろう?」 「そうかもしれませんけど、 闇鍋って分かってたら、 松阪牛なんて持ってきませんでしたって」 「しかし、ここで君の 持ってきたものだけを特別扱いするわけには いかないんじゃないかな?」 「みんな、自分の大好物を、 涙を飲んで、鍋に入れているんだよ」 「じゃ、今日は闇鍋じゃなくて、 好きな物を食べる日っていうことに しませんか?」 「ふむ。それもいい案だね。 しかし、残念ながら、難しいよ」 「どうしてですか?」 「あれをご覧よ」  部長が鍋のほうに顔を向ける。 つられて、俺もそこを見ると、 「友希、このお肉まだあるか?」 「うぅん。それで全部よ。 彩雨、アップルパイ入れちゃって」 「はい。投下いたしますね」 「ノオォォォォォォォォォォォォォッ!!」  慌てて、鍋に駆けよる。  そこには、オムライスと アップルパイと、生クリームと ドリアンと、そして松坂牛が入れられていた。  鍋はまるで地獄の釜のように ぐつぐつと、そう、ぐつぐつと 煮えたぎっている。 「く、クレイジー……」 「ていうか、俺の、俺の松阪牛が……」  がっくりと肩を落とす。  するとその肩に、部長が優しく 手を置いてくれた。 「初秋くん、僕が君に言えることはひとつだ。 それは松阪牛を信じるということだよ」 「ま、松阪牛を信じる…?」 「そう。あの松阪牛が、牛肉格付けの 最高位A5を冠するあの黒毛和牛が、 こんな闇鍋ごときに負けると思うのかな?」 「そ、それは……」 「オムライスも、アップルパイも 生クリームもドリアンも、すべてを 受けとめてこその、松阪牛じゃないのかな?」  そうだ。その通りだ。  俺の松阪牛が、大枚をはたいたこのお肉が、 これでだめになったなんて 到底、受けいれられるわけがない。  きっと、まだ負けてないはず―― いや、負けるわけがないっ! 「すいません。部長。俺が…… 俺が間違ってました…!」 「いいんだよ。さぁ、最初の一口は君が いただくといい」 「はいっ!」 「颯太、ほらっ、よそってあげたよ」 「おう、ありが――うぐぅ、こ、これは……」  鼻にまとわりつく強烈な異臭。  ドリアンの香りが、 闇鍋との化学変化を起こし、 更なる高みへ昇華されている。  出汁と混ざった生クリームの海には かつてオムライスだった物の残骸が浮かび、  ふやけたアップルパイは ドロドロになったドリアンと混ざりあい、 悪夢の競演を果たしている。  まさにこれは闇の世界の鍋、闇鍋だ。 「けど、それでも……」  それでも、松阪牛なら、 きっと松阪牛なら、 やってくれるはずだ。  必ず奇跡は起こると、起こしてくれると―― 「俺は、そう信じるっ!」  煮えた闇鍋を勢いよく口に放りこむ。  噛んだ瞬間、肉汁とともに、 松阪牛が吸った闇鍋の出汁が 大量に溢れてきて、  暴力的な味が口いっぱいに広がった。 「う、うげぇぇぇ、ハンパなくまじい……!!」  ノリと勢いで食べてみようと思ったけど、 さすがにこんなものが美味いわけがない。  これを完食するのかと思うと、 もはや地獄絵図しか思い浮かばなかった―― 「おう。ちょっと出てくるな」 「はーい。どこに行くんですか?」 「まぁ、ちょっとその辺だ。すぐ戻る」 「マスターはどこに行ったんだ? パチンコか?」 「うーん、どこかなぁ? 言われてみれば、最近、よく 外に出ていくけど」 「行き先も言わないことが 多くなったよね。昔はちゃんと どこに行くって言ってたのに」 「なんかやばいことしてたりしてな」 「やばいことって何なんだ?」 「もしかして、JKリフレに――」 「それ本当にやばいやつじゃなくてっ!?」 「さすがにそんなことはないと思うけど、 何か隠し事してる気がするかな」 「案外、適当に散歩してるだけだから、 行き先言えないのかもよ」 「うん。そうだと、いいね……」 「やっぱり何かあるって思うんですか?」 「うん。ほら、最近、 マスターの様子がおかしい時多くない? ぼーっとしてたりとか」 「そういえば、こないだ珍しく 注文忘れてた気がするけど……」 「でしょ。 そんなこと今まで一度もなかったのに」 「でも、だからって、それだけで、 何かあるとは言いきれないんじゃ…?」 「ねぇねぇ、それじゃ、つけてみよっか?」 「店どうするんだよ?」 「お客さん一人もいないし、 わたしが店番してるから、行っておいで」  まやさんならフロアも厨房も一人で できるだろうけど、 「いいんですか?」 「うん。ちょっと気になるしね。 忙しくなりそうだったら、電話するから」 「じゃ、ちょっと行ってきますね」 「まひるも一緒に行くんだ」 「あ、まだあそこにいるね。 バレないようにゆっくり後つけよっ」 「ていうか、よく考えたら、 俺らの格好めちゃくちゃ目立つな」 「大丈夫よ、マスター目悪いし」 「……はぁ…………」 「ため息ついてるんだ。お腹すいたかな?」 「大の大人が空腹なんかでため息つくか」 「やっぱり、まやさんの言う通り、 何かあるのかなぁ?」 「俺は何もないと思うけどなぁ」 「あ、角曲がったよ」 「どこ行くんだろうな?」 「あれ、ここって、 まひるのマンションだよね?」 「そうなんだ」 「じゃ、ここに住んでる人に用事が あるだけじゃないか?」 「でも、それならあたしたちに 隠したりしないよね」 「まぁ、昔は 『町内の人に会ってくる』とか言ってたっけ」 「もしかして、恋人とか?」 「仕事中にわざわざ会いにいくか?」 「仕事中じゃないと会えない相手だったら? 例えば、ほら、主婦とか」 「それは、つまり、あれか…?」 「不倫よ」 「ないだろ、さすがに」 「中に入っていったんだ」 「追うわ。まひる、 オートロック解除してくれる」  まひるがカードキーを使って、 オートロックを解除する。  電光表示器を見れば、エレベーターは ちょうど二階で止まっていた。 「まひるの家と同じ階なんだ」 「階段で行ったほうが早そうだな」 「そうね」  階段を上り、二階に到着する。  話し声が聞こえてきた。 「悪いな。店が暇だったもんでな」 「いいのよ。入って」 「……ね、ねぇ、今の女の人って…?」 「まひるの……お母さんか…?」 「ふ、不倫なんだ…!」  まひるにいったん家の中の様子を 探ってきてもらう。  マスターはリビングに通されたということで、 俺たちも忍び足で家の中に入り、 廊下から部屋の中をのぞく。 「久しぶりだな」 「そうね。茂雄君、ちっとも遊びに 来てくれないんだから。 主婦ってけっこう暇なのよ」 「悪い。店のことがあったもんでな」 「そうだ。忘れない内に渡しておくね。 はい、これ」  まひるの母がマスターに封筒を手渡す。 「悪いな」 「いいのよ。あ、いちおう数えてみて。 さっき急いで入れたから」 「そうか? 分かった」  マスターが封筒からとりだし、 数えはじめたのは、一万円札の束だった。 「ま、まひるは知ってるんだ。 あれは、み、貢いでるっていうんだ……」 「い、いや、まだそう決まったわけじゃ……」 「じゃ、じゃあ、それ以外に何があるんだ?」 「……………」  返す言葉がなかった。 「ちゃんとあるよ」 「そっか、良かった。お店はどう?」 「まぁ、ぼちぼちだ。今日は暇だけどな」 「そう。それなら、ちょっと遊んでかない?」 「き、き、来ちゃった。遊んでかない、だって。 ど、ど、どうしよう? 始まっちゃうよ!?」 「う、ウソだ……ママが……ママが……」 「……落ちつけ、まひる。しっかりしろ」 「だ、だって、あんなの、おまえ、 許せるのか…!?」 「バカ。許せるわけないだろ…!」 「たまには仕事のことを 忘れたほうがいいかもな」 「じゃ、決まりね」 「待ってくださいっ!」  俺はドアを思いきり開けはなち、 大声で言った。 「……お前ら、どうしてここに?」 「話はぜんぶ聞かせてもらいましたっ! でも、こんなのってあんまりですよ!」 「はぁ……」 「マスターも、まひるのお母さんも、 自分たちが何をしているか 考えたことがあるんですかっ!?」 「お前、なに言ってんだ?」 「今更とぼけないでくださいっ! 親が不倫して、傷つくのは 子供なんですよっ!」 「……不倫…?」 「あたしと茂雄君が? ふふっ、ふふふふふふっ」 「ったく、お前はよ。そんなわけないだろ」 「えっ? 違うんですか?」 「同級生だよ。中学の時のな」 「たまに家でも話題になるでしょ。 昔はやんちゃだったのに、真面目になった 茂雄君って。まやお姉ちゃんは知ってるわよ」 「……そういえば、聞いたことあるかも」 「じゃ、お金は?」 「昔貸した金を返してもらっただけだ。 昼間が都合がいいっていうから、 店が暇な時にとりにきたんだよ」  ということは―― 「ほらな、やっぱりマスターは潔白だっただろ」 「えー、颯太だって最後のほうは 完全に不倫だって信じてたじゃん」 「ったく、お前らは変な心配するなよな。 おら、帰れ帰れ。小町一人に店を 任せてんじゃねぇよ」 「す、すいません。戻ります」 「あーあ、怒られちゃった」 「俺もすぐ戻るからな。寄り道するなよ」 「はーい」  俺たちはまひるの家を後にした。 「っとによ。困ったもんだ」 「でも、いい子たちね。 茂雄君のこと心配して後を つけてきたのよ」 「そうだけどよ」 「お店、大丈夫そう?」 「……まぁ、ぼちぼちだわな」 「ごめんね、いきなりで。 急にお風呂のお湯が出なくなっちゃってさ。 銭湯に行けば良かったのかもしれないけど」 「気にするなって。 お湯いれといたからな。 バスタオルは俺のを使えよ」 「うん、ありがと。のぞかないでよ?」 「じゃ、鍵閉めとけよ。それとバスタオルは ちゃんと持ってけ。あがった後はすぐに 服を着ろ。下着を脱衣所に放置するな」 「えー、颯太って小姑みたいだぁ。 そんなに細かく言わなくていいじゃん」 「そんなに細かく言わないと、 どれかやらかすだろうが」 「そんなこと言って、本当は 期待してるくせに。知ってるわよ。 あたしが入った後、お湯飲んでるでしょ?」 「飲・む・かっ!」 「あははっ、じゃ、お風呂借りるね」 「あぁ、俺は部屋にいるからな」  さて、1時間ちょっと経ったか。 さすがにもう風呂からあがってるだろう。  友希はリビングでテレビに見入っていた。 「それじゃ、聴いてください。 ――“木漏れ日のバラード”」  じゃ、俺も風呂に入るか。  ふぅ。  湯船につかりながら、 ぼんやりと考え事をする。  そういえば夜ごはん、なに作ろうか?  友希もたぶん食べてないだろうしな。 ビーフシチューでも作るか。  いや、でも、カレーにするのも悪くないな。  湯船に潜り、どちらがいいか考える。  ビーフシチューも捨てがたいけど、 パンがなかった気がするな。  米が合わないってことはないけど、 白米を食べるなら、やっぱりカレーのほうが いいだろう。  でも、ピラフにすれば、 ビーフシチューでもいいか?  いや……しかし……よし、決めた! 「今夜はカレーだっ!」 「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  えっ? あれ? なんで友希が? いや、考えるのは後だ。 「わ、悪いっ! すぐ出るからなっ!」  と一目散に風呂場から撤退しようとして―― 「あれ? 開かないぞ?」  何をどうしても風呂の戸が開かない。 「友希、鍵閉めたか?」 「うん。颯太が『閉めろ』って言ったから」  ガチャガチャと鍵をいじってみるけど、 開く気配はない。 「しばらく使ってなかったから、 壊れてるみたいだな」 「おじさんとおばさんは?」 「確か、今日は帰ってこない……」 「じゃ、閉じこめられちゃった?」 「まぁ……いや、でも、何とか 出る方法があるはずだ。考えよう」  とはいえ、風呂の窓は小さすぎて 出られそうもない。  鍵は工具があれば何とかなりそうだけど、 風呂場にそんなものがあるわけがない。 「参ったな――は、はっくしょんっ!」 「大丈夫? 裸じゃ寒いよ」 「お前だって、裸だろ。湯船につかってろよ」 「うん」  友希が、律儀にかけ湯をしてから 湯船に入った。 「颯太はどうするの?」 「俺が入ったら、お前が入れないだろ」 「大丈夫よ。このお風呂けっこうおっきいし。 一緒に入れるよ」 「体積の問題じゃないと思うんだけど……」 「あー、やーらしいのー。 変なこと考えてるんでしょ?」 「考えてないよっ!」 「じゃ、いいじゃん。 昔はよく入ったでしょ」 「昔は――はっくしょんっ!」 「ほらー、風邪引いちゃうよ。早くおいで」  と、友希に腕をつかまれる。 「お、おい、こらっ!」 「なんでお前はそんなに無警戒なんだ?」 「だって、なんで颯太に 警戒しなきゃいけないのか分かんないわ。 昔はよく一緒に入ったじゃん」 「あのなぁ。昔は子供だったろ」 「今だってあたしは子供だもん」 「どこがっ!?」  少なくともそんな立派な おっぱいぶらさげてる奴の 台詞じゃないんだけどっ!? 「あー、そんなにじっくり見ないでよ。 やーらしいのー」 「ちゃんと見ないようにしてるからね!」 「颯太は勝手に大人になろうとしてさ。 いっつもあたしのこと仲間外れに しようとするよね。女の子だからって」 「いやいや、そんなこといつしたよ?」 「うんとね。小学生の時とか。 夏休みに颯太の家に遊びにいくって話したら、 『友達と遊ぶからだめ』って言ってたよね?」 「そんなことあったか?」 「あったよ。一緒に遊びたいって言ったのに、 あたしは『女の子だからだめ』って断られた のよ」 「颯太、あの時、友達の家で えっちなビデオ見てたんだよね?」  思い出した。 確か、そんなこともあったような気がする。 「『女の子は、えっちのことが分かってない。  すぐ 「不潔」 とか 「最低」 とか言うから  だめなんだ』って颯太、言ってたじゃん」 「あぁ、そういえば……」  昔の俺ってやつは、なんてことを言うんだ。 「だからあたし、話題についていけるように えっちなことも下ネタもたくさん覚えた んだもん」 「あれ? ってことは、お前が下ネタばっかり言う ようになったのって?」 「その時からかなぁ。 言ってみたら、けっこうハマっちゃった」 「なんてこった……」 「せっかく下ネタだって覚えたのに、 颯太はいまだにあたしのこと仲間外れに しようとするよね」 「仲間外れじゃなくて、気を遣ってるのな。 ていうか、この歳になったら、 男女の区別するのは当たり前だろ」 「えー、そんなことないわ。 あたしはまだ子供だし、颯太もまだ子供よ?」 「いいか、友希。これだけは はっきり言っておくけどな」 「子供の時とはぶらさがってるものの大きさが ぜんぜん違うよね」 「そうかなぁ? あたしはちょっと おっきくなったけど、颯太のここは 子供のころ見たのとあんまり変わら――」 「――えーと、変わってるね……あはは……」 「そんなに見ないでくれるかな?」 「ねぇねぇ、それ、勃起してるの? あたしのせい?」 「ノーコメントだよっ!」 「触ってみてもいい?」 「だめに決まってるよねっ!」 「舐めるのは?」 「もっとだめだよね!?」 「なんで?」 「ノーコメントだよっ!!」 「出ちゃうから?」 「ノー・コ・メ・ン・ト・だ・よっ!!」 「あははっ、そんなにムキにならないでよ。 冗談だってば」 「この状況で言う冗談じゃないよね…… 襲われても文句言えないぞ」 「だって、颯太はそんなことしないもん」  まったく。 俺だってやる時はやるんだぞ? 「そういえば、お前、 一回お風呂入ったんじゃなかったのか?」 「あ、うぅん。ちょっとテレビつけたら、 面白そうな番組やってて、 見てたら入るの遅くなっちゃったのよ」  そういうことか。 「それにしても、どうやって出るかだよな」 「魔法で鍵開けるとか?」 「それができたら苦労しな――」  いや、できる、か。  湯船から出ると、 戸の鍵をいじる振りをしながら、 小声で言った。 「QP、いるか?」 「何だい?」 「鍵が壊れたみたいなんだ。開けられるか?」 「それぐらい簡単だよ」 「終わったよ」  風呂の戸に手をやると、カチャっと開いた。  やれやれ、ようやく出られた。  今日の園芸部の活動は ソラマメの収穫だ。 「えへへ。これもいかな? これも食べれるかな? おいしかな?」 「あぁ、まひる。ソラマメは実が下を 向きはじめてるやつが収穫時期だから、 それは食べられないぞ」 「うるさいっ。まひるは一人で調べて ちゃんとできるんだっ! 勝手に答えをいっちゃダメなんだっ」 「お、おう。そうか。それは悪かったな」  あんまり調べてるふうには見えないけど、 仕方ない。失敗するのもいい経験だろう。 「あのぉ、初秋さん、今お手すきですか? どのソラマメさんを収穫すればいいのか、 全然わからないのですが…?」 「あぁ、教えてあげるよ。最初はサヤが 上向きになってるんだけど、収穫時期に なると、だんだん下を向きはじめるんだ」 「すると、こちらのソラマメさんが 収穫時期なのですか?」 「それはまだかな。サヤの背中の部分が 黒褐色になってきてたら、大丈夫だよ」 「黒褐色というと、何色なのですぅ?」 「黒みがかった茶色だよ。 ほら、これみたいに」 「では、こちらは収穫してよろしいのですか?」 「いいよ。あとソラマメは『おいしい時期が 3日しかない』って言われるぐらいだから、 とり残しがないようにしないとね」 「そうなのですね。それでは私、目を 皿のようにして収穫時期のソラマメさんを 見逃さないようにいたします」 「うー……」  ん? 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「ヒーキだヒーキだヒーキだっ! 彩雨にばっかり教えて颯太は ヒーキ星人なんだーっ」 「いやいや、だって、お前、 『自分で調べる』って言っただろ?」 「それがどうかしたのか?」 「その返し、おかしいよね」 「まひるは知ってるんだぞ。 おまえは彩雨に教えてる振りして、 じつはおっぱいを見てるんだっ!」 「え、ええっ!? そ、そうなのですぅ?」 「違うからねっ!」 「まひるはおっぱいがないから、 教えてくれないんだ。そうなんだろ!?」 「いえ、まひるちゃん、 そちらは誤解だと思いますよ」  良かった。姫守は分かってくれてるな。 「そうそう。そんなおっぱいが ないとかで俺が教えないわけないだろ」 「そうですよ。だって、まひるちゃんは、 おっぱいがないのではなく、 おっぱいが小さいだけなのですぅ」 「いや、そういうことじゃ……」 「颯太は、 小さいおっぱいはおっぱいと見なさない ひどい奴なんだ」 「差別なのですぅ?」 「そんなことないからね!」 「では、大きいおっぱいが尊いとか、 小さいおっぱいが卑しいとか、 そういうことではないのですね?」 「当たり前だろ」  なんだ、この会話は…… 「良かったですね、まひるちゃん。 おっぱいに貴賤はないのですぅ」 「おまえっ、そうなのかっ? ホントに小さくても差別しないのかっ!?」  お前は俺になんて答えてほしいんだ…… 「その話は心底どうでもいいんだけど、 『教えてくれ』って言うなら、 いつでも教えてあげるからな」 「ふふっ、初秋さんはまひるちゃんのことも ちゃんと見てくださるそうなのですぅ」 「……じゃ、いいんだ。 まひるの勘違いだったんだ……」  やれやれ、一段落だな。 「なぁ、まひる。自分で調べるのもいいけど、 せっかく部活なんだから、分からないことが あったら、訊いていいんだからな」 「……うん。えと…… まひるは、どれを収穫すればいいか 分からないんだ。教えてほしいんだ」  お。素直になったな。 「じゃ、いいか? こういうふうにサヤが 下向きになってて、背が黒っぽい茶色に なってるのがあるだろ」 「こういうのが食べ時だから、 どんどん収穫していいぞ」 「じゃ、これはもう収穫していかな?」 「おう。いいぞ」 「えいっ、あ、えへへ、とれたな。 ソラマメだな。おいしかな?」 「採れたてはかなり美味いぞ。 あとで塩ゆでにしてみんなで食べようか?」 「じゃ、たくさんとろかな。これもいかな?」 「おう、いいぞ。もう完璧に 見分けられるようになったな」 「えっへん。まひるは完璧なんだ」  と、まひるが小さな胸をはる。  体操服ごしにわずかな突起が透けて見えて、 思わず視線が引きつけられる。  不覚ながらも姫守の言葉が頭によみがえった。  おっぱいに貴賤はない。 まったくもって、その通りだ。  厨房があまりにも暇だったので、 フロアに顔を出してみた。 「あー、いいところに来たぁ。 ねぇねぇ、暇だから構って」 「お客さんは?」 「今はまひるしかいないわ」 「はむはむ、あむあむ」  まひるは一心不乱にオムライスを 食べている。 「あ、いま考えてること当ててあげよっか?」 「当てられるもんならな」 「……あぁ、まひるが食べてるところ超エロい。 ぼくの勃起したおち○ちんも一緒に 食べさせてあげたいよぉぉ」 「よくそんな頭悪いこと思いつくよねっ!?」 「え、じゃ、じゃあ、 もっと賢くて変態的なすごいことを、 ご、ごくり……」 「『ごくり』じゃねぇよっ!」 「あのさ、ずっと気になってたんだけど、 颯太ってまひると付き合ってたでしょ?」 「いまさら何だよ?」 「えっちした?」 「それ、暇つぶしに訊くようなことっ!?」 「えー、じゃ、質問を変えるわ。 まひるの中、気持ち良かった?」 「質問変わってなくないっ!?」 「じゃあじゃあ、まひるってどんな声で 喘ぐのかなぁ?」 「知らないよ……」 「えっ、やってないのっ!?」 「別に変な話じゃないだろ。 2週間しか付き合ってないんだから」 「嘘だぁ。だって、2週間あったら、 最低でも42回はできるよ?」 「なんで1日最低3回計算なんだよ……」 「それに、付き合いたては猿みたいにやるって、 どっかで聞いたわ」 「それは間違った情報だから、 今すぐ忘れていいぞ」 「だいたい、あいつってまだすっごく子供だろ」 「えー、だからいいんじゃなくて?」 「まだ何にも知らない純粋無垢な子に、 『これぐらいみんなやってるんだよ』とか 言って、自分色に染めるのがいいんでしょ」 「あのなぁ……」 「そもそも、そのまだすっごく子供な子と 付き合ってたってことは、颯太は 小っちゃい子が好きなんだよね?」 「誤解だよっ!!」 「嘘だぁ。じゃ、なんでまひると 付き合ったの?」 「それは……まぁ……いろいろだよ……」 「そんなこと言って、ここは正直よ?」 「どこ触ってるんだよっ!?」 「颯太の心、かなぁ?」 「俺の心はエロにしか反応しないって 言いたいのかっ!?」 「あははー、正解ー」 「『正解』じゃねぇよ……」  本当にこいつは冗談と下ネタがすぎるな。 「うー…!」 「ねぇねぇ、まひるが睨んでない?」 「気のせいじゃないか?」 「そんなことないわ。ぜったい睨んでるよ」 「じゃ、お前が根掘り葉掘り訊こうとしてる のが聞こえたんじゃないのか?」 「えー、それ、やばいなぁ。 ちょっと謝ってきてくれる?」 「なんで俺が謝るんだよ……」 「しょうがないなぁ。 颯太の代わりに行ってきてあげる」 「だから、なんで俺が 謝らなきゃいけないことになってるんだ」  俺の言葉を無視して、友希は まひるのもとへ歩いていく。 「どうしたのよ、まひる?」 「……何でもないんだ……」 「ごめんね。颯太に『まひるとのえっちが どんなだったか』って訊いちゃって。 でも、まさか白状するとは思わなくて」 「『何でもない』って言ったよね!」 「あむあむ、はむはむはむ」 「ほら、食べるのに夢中みたいだぞ。 あんまり邪魔してやるなよ」 「はぁい」  まひるの食事を邪魔しないように、 席から離れる。 「ていうかさ、俺に訊くより、 まひるに訊いたほうがいいんじゃないか? 女の子同士のほうが話しやすいだろ」 「何のこと?」 「俺とまひるが付き合ってた時に どこまでしたかって話だよ」 「だって、まひるは教えてくれないんだもん」 「そうなのか? お前には何でも言うと思ってたけどな」 「うん。あたしもそう思ってたんだけど」 「前にね、颯太との初体験がどんなのだったか 知りたくてさ。実演してみてって お願いしたんだけど、やってくれなかったし」 「あたしとまひるの友情は、 そんなものだったのかなぁって、 ちょっと不安になったわ」 「俺はお前の頭が そんなものだったのかなぁって ちょっと不安になったよ」 「えっ? 代わりに颯太が実演してくれるって?」 「言ってないからね!」 「分かってるよ。颯太は本当は 見てもらいんだよね。自分がどれだけ速く 腰を振れるようになったのかって」 「そんな、 練習の成果を見てもらいたいふうに言っても、 だめなものはだめだ」  そもそも、やってないんだから 実演しようがないしな。 「うー…!」  ん? 「どうしたの?」 「……あぁ、ちょっとな」 「どうした、まひる?」 「……別に。何でもないんだ」 「…? そうか……」 「まひるがどうかした?」 「いや、何でもないらしい」 「うー…!」 「……………」  「何でもない」 って言うくせに、 なんで睨んでくるんだろう…? 「そういえば、まひるちゃんは、 どういったきっかけで子役のお仕事を 始められたのですか?」 「まひるは子役スクールみたいなところに 通ってて、オーディションがあったから、 受けたら合格したんだよ」 「じゃ、お前ってそんな小さい頃から 役者になりたかったのか?」 「別になりたかったわけじゃないんだ」 「そうなのですぅ? では、どうして子役スクールに 通われていたのですか?」 「習い事だったから。 そろばん教室とか、水泳と一緒だよ」 「そうなのですね。 初めてお仕事をされた時って、 どんなお気持ちでしたか?」 「最初はやりたくなかったよ。 オーディションも『どうせ受からない』 と思ってて、でも受かっちゃって……」 「でも、受かったら 嬉しかったんじゃないのか?」 「別に、そんなことないんだ」 「ん? それなのに、子役になったのか?」 「それは、ママが昔、小さな劇団に入ってて、 ずっと『女優になりたかった』って言ってて ……」 「だから、 まひるに子役になってほしかったみたいで、 断れなかったんだ」  うーむ、意外なきっかけだな。 てっきり、喜び勇んでやりはじめたのか と思った。 「人間ってのは分からないね。 嫌だったなら、やらなきゃ良かった じゃないか」 「妖精とは違って、いろいろ事情があるんだよ」 「どんな事情だい?」 「まひるちゃんは、お母さんの夢を 代わりに叶えてあげたかったのですね」 「うん。それに、最初はイヤだったけど、 今は演技も好きになったから」 「ほら、そういうことだよ。 妖精みたいにやりたいことだけやってちゃ、 人情も生まれないし、成長もしないんだよ」 「そうは思えないね」 「なんでだよ?」 「ぼくの成長は発展途上国並に著しいし、 人情だって、マザー何とかが裸足で 逃げだすレベルだよ」 「嘘くせぇ……」 「妖精だから、嘘はつかないよ。 要はやりたいことだけをやって生きるのが 一番いいってことさ」 「そんなこと言っても、例えば 夢だけ追いかけて、まともに働かなかったら、 どうしようもないだろ」 「どうしてだい?」 「働かなかったら、米さえ食べられないだろ」 「米がなかったら、 野菜を食べればいいじゃないか」 「だから、野菜もないんだって」 「なら、果物を食べればいいじゃないか」 「妖精の世界と違って、 働かないと、食べられるものは 何にも手に入らないんだって」 「本当にそう思うかい?」 「思うも何も、そうだろ。 働かずに夢を追いかける都合のいい方法が あるなら、言ってみろよ」 「生活保護を受給すればいいじゃないか」 「不正受給だよっ!!」 「おまえ、いきなりなに言ってるんだ?」 「不正受給なのですぅ?」 「いや、その、生活保護を受けながら、 夢を追いかけるのって、 不正受給かなって思って……」 「お仕事ができるのに生活保護を 受けてはいけないのですぅ」 「おまえ、もしかして そんな悪いことしようとしてたのか?」 「日本人の風上にも置けない奴だね」 「……………」  多少変な人の扱いを受けたとしても、 今すぐこいつを蹴っとばしたい気分だ…… 「いよいよ魔王を倒しにいくのですぅ」 「おう。アイテムの補充忘れないようにな。 あと街に戻って、装備もぜんぶ揃えとこうか」 「はいっ。そのようにいたします」  今日、姫守がプレイしているのは、 オーソドックスなRPGだ。 「そういえば、こちらはお一人用ですけど、 退屈ではないのですぅ? 違うゲームにしましょうか?」 「いや、見てるだけでも意外と楽しいよ」 「そうなのです――あ、ああぁっ! ばっくれメタルが出たのですぅ! ここで会ったが百年目なのですぅ!」 「やっつけるのですぅ。逃がさないのですぅ! 絶対に逃がさな――あぁーぅぅ、 逃げられてしまったのですぅ……」  うん。本当、見ているだけで楽しいな。 「ぐ、ぐむぅぅぅ……見事だ、勇者よ。 まさかこの我を倒すほどの力を 持っているとは思わなかったぞ」 「やりましたぁ! これで世界は平和になるのですぅっ!」 「いや、 他に真の敵とかがいるんじゃないかな?」 「えっ? どうしてお分かりになるのですか?」 「プレイ時間がまだ10時間ぐらいだし。 これで終わったらさすがにクソゲーだろ」 「ですけど、世界が平和になるのに、 早いに越したことはないのです」  その発想はなかったな。 「く、くくくくく。はっはっはっはっはー! あぁ、これでパンドラの箱が開く。 世界は新しく生まれ変わるのだっ!」 「ま、魔王が何か言いだしたのですぅっ!?」 「魔王? それは違う。我は勇者だ。 そしてお前こそが本当の魔王だ。 世界を滅ぼす、真の魔王なのだっ!」 「え、ええええええぇぇぇぇぇっ!?」  いや、驚きすぎだろ…… 「あ、た、大変なのですぅ。 せ、世界が、世界が崩れはじめました。 ど、どうなってしまうのですか…!?」 「落ちつけ。大丈夫だ。 自分を信じつづければ、 きっと世界は救えるよ」 「ですけど、私が真の魔王だったのですか? でしたら、いったいこの先、 どうすればいいのでしょう?」 「大丈夫。何があろうと、村人の話を聞いて、 イベントを進めて、レベル上げして、 ボスを倒していけば、きっと世界は救えるよ」 「は、はい。そうですね。 とりあえず、このお城から脱出するのが 先決なのですぅ」 「あぁっ!! ますます世界が崩れはじめましたっ!」 「きゃ、きゃあああぁぁぁぁっ!」 「な、何だ? 地震か!?」  まるでゲームの展開に合わせるように、 現実の世界も揺れはじめた。 「は、初秋さん、怖いのですぅ。 世界が滅びてしまうのですぅ」  姫守がぎゅっと俺の袖にしがみついてくる。 「大丈夫だって。 ただの地震だから、すぐ収まるよ」 「きゃああぁっ……!! ぜ、ぜんぜん収まらないのですぅ」  確かに、ずいぶん長いな。  しかも、これだけ建物が揺れてるのに、 物がぜんぜん落ちてこない。  どういうことだ? 「安心するといいよ。 揺れてるのはこの建物だけだ」 「は? なんでそんなことが起きるんだ?」 「この家は木造だからね。話が通じて助かるよ」 「……おい、つまり、お前の仕業ってことか?」 「あぁ、あぅあぅあぅぅぅ、 ゆ、揺れが収まらないのですぅ。 私たち、どうなってしまうのですぅ?」 「大丈夫だよ、ただの地震だから。 しばらくすれば収まるからね」 「ですけど、私、大変お見苦しいのですが、 すごく、すごく怖いのですぅ……!!」 「大丈夫だから、ほら、怖いならつかまって」 「は、はいーっ!」  思った以上の力で姫守が抱きついてきた。  柔らかい胸が俺の身体にくにゅうっと 押しつけられ、甘い香りが鼻をくすぐる。 「計算通り」 「何がだよ…?」 「君は吊り橋効果というのを知っているかい? 吊り橋を渡る時の緊張感を恋のドキドキと 間違えてしまうアレのことだよ」 「知ってるけど、お前、まさか…?」 「感謝してほしいね。 君たちの恋があまりにも進展しないから、 こうして骨を折っているんだから」 「きゃ、きゃあっ!」 「さぁ、もっとドキドキするんだ。 そして恋に落ちるといい。 ほら、もっと揺らしてあげるよ」 「きゃあああぁぁぁぁぁぁ、 も、もう堪忍なのですぅっ!」 「まだまだ。最高のドキドキと興奮を 君たちにプレゼントしてあげよう」 「いくよ、ときめき家屋崩壊っ!」 「ときめかねぇよっ!!」  QPが星になったからか、 揺れはピタリと止まった。 「大丈夫か、姫守?」 「はいー、あっ」  バランスを崩した姫守をとっさに支える。 「お手数をおかけして申し訳ないのです。 お恥ずかしながら、腰が抜けてしまいました」 「気にするなって。ひどい揺れだったからな」 「初秋さんは、お優しいのですぅ」 「そんなことないよ」 「いいえ。ドキドキしてしまうぐらい、 お優しいのですよ」  言われた瞬間、不覚ながら、 心臓がどくんと跳ねた。  たぶん、吊り橋効果のせいだろう。  姫守に誘われ、俺たちは 公園でのんびりと過ごしていた。 「あ。初秋さん、あちらを ご覧になっていただけますか?」 「どれだ?」 「あちらの雲なのですぅ。 初秋さんの顔に似ていませんか?」 「そうか? 自分じゃよく分からないな」 「ふふっ、そっくりなのですよ」 「じゃあさ、そのちょっと横にある雲、 姫守に似てないか?」 「そうなのですぅ? どの辺りが似ているのでしょうか?」 「髪型とか、あごのラインとかが すごいそっくりだよ」 「あぁっ、ふふ、本当なのですぅ。 雲の私と雲の初秋さんは、 何をしているのでしょうね?」 「まぁ、俺たちと同じように、 のんびり公園の様子でも 見てるんじゃないか?」 「でしたら、きっと、私たちを ご覧になっているのではないのですぅ?」 「あぁ、そうかもな」 「ふふ、見てください。 雲の私と雲の初秋さんは仲良しなのですぅ」 「本当だ。風があるからかな。 どんどん近づいてるな」  って、本当にすごい近づいてるな。 このままじゃ、ぶつかるって言うか…… 「あ……き、キスしてしまったのですぅ……」 「ま、まぁ雲のすることだから。別にねぇ」 「は、はい。そうですね。別になのですぅ」  うーむ、なんというか、 雲と雲がくっついただけだってのに、 妙に気恥ずかしいな。 「今日はのどかですね。 ずっとこうしてのんびりしていたいのですぅ」 「だよなぁ。天気もいいし、カラッとしてるし、 風もぜんぜん強くな……い…?」 「どうしたのですぅ?」 「あれ……」  指をさす。その方角には――  こんな穏やかな晴天の日に、 まさかのトルネードがあった。 「こ、こちらに向かってくるのですぅ……」 「逃げようっ!」 「は、はいー」  俺たちは襲いくるトルネードから 逃れようと、全力でダッシュする。 「はぁはぁ……どういうことだ? あのトルネード、俺たちを 追いかけてきてないか!?」  どこに移動しようと、 まるで誘導弾のようにトルネードは 追尾してくる。  とにかく逃げつづけるしかないんだけど…… 「はぁ……はぁ……あっ!」  何かにつまずいたか、姫守は転んでしまう。  そうこうしている間にも トルネードは迫ってきていた。 「立てるか? とにかくどこか建物まで逃げよう」 「はぁ……はぁ…… 私のことは構いませんから、 先に逃げてください」 「なに言ってるんだよっ。 そんなことできるわけないだろ」 「ですけど、私、もう走れません…… このままでは二人とも竜巻に 巻きこまれてしまうのですぅ」 「初秋さんだけでも、 お逃げになってください」 「バカっ! 走れないなら歩けっ! ほら、立てよ。手を引いてあげるから、 もう少し頑張れ」 「は、はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  姫守の手をとって、俺はふたたび走りだす。  しかし、公園を出る目前で、 いよいよトルネードに追いつかれた。 「く……」  どうする? 姫守の体力はもう限界だ。 だからって、俺一人で逃げるわけには いかない。  ん、待てよ。あれは、どういうことだ…?  吹き荒ぶトルネード、 だけど、その膨大な風力にもかかわらず、 草木は微動だにしていない。  ざっと見渡したところ、 周囲への被害もまるでなかった。 「まさか…?」  俺は辺りにくまなく視線を飛ばす。  いるはずだ。どこだ? どこにいる?  発見した瞬間、そいつと目があった。 「吊り橋効果って知ってるかい?」 「お前が行ってこーいっ!」  蹴りとばされたQPは トルネードに巻きこまれ、 高く高く舞いあがる。  かくして、悪は滅びた。 その証拠に猛威を振るったトルネードは 忽然と消えさったのだった。  それは俺が畑仕事をしていた時だった。 「きゃ、きゃあああぁぁぁぁぁっ!」  突如として聞こえた悲鳴。 そこに駆けつけると、 「ショックッ! ショクショク、ショック!」  全身が植物でできた怪物が、そこにいた。 「な、なんだ、こいつ…?」 「ショック、打つ! ショック、打つ!」 「きゃ、きゃああぁぁっ!」 「姫守っ! 部室へ逃げて、鍵を閉めろっ!」 「は、はいー。逃げるのですぅっ!」  姫守が部室に入り、ドアを閉めた瞬間―― 「ショック、打つ! ショック、打つ!」  植物怪人は、ドアめがけて 黒き拳を振るう。  一撃一撃が尋常じゃない威力で、 鉄製のドアがへこむほどだ。 「姫守、絶対にそこから出るなよっ。 すぐに助けてやるからなっ!」 「は、はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  とは言ったものの、どうするか?  そもそもあの化け物はいったい何だ?  まったく分からないけど、 こんなバカなことが起こる原因に ひとつだけ心当たりがある。 「戦え! 初秋颯太! 変身するんだっ!」  やっぱりお前の仕業か、 ゆるキャラもどき…… 「どういうことか、説明してもらおうか?」 「女の子が何に憧れるか、 君は知っているかい?」 「知らねぇよ」 「そう、ヒーローだよ」  人の話聞かないよな、こいつ。 「戦隊ものヒーローになって彼女を救うことで、 好感度は急激にアップする。二人の距離は 急速に縮まりクライマックスはもちろん――」 「お約束の合体だよ」 「戦隊モノはそっちの合体しないよね!?」 「だいたい、そんな口車に乗って、 ドアをへこます化け物と戦えるか。 いいから、さっさと消してくれ」 「そう言うと思って、とっておきの秘策が あるんだ。これを聞けば、君も 戦いたくなるだろうね」 「絶対ならないと思うけど、何だよ?」 「一度生みだした植物怪人は ぼくの手では消すことができないんだ」 「……何だって?」 「植物怪人を倒せるのは、 ぼくの魔法で変身した仮面ノウカーだけだ。 警察も自衛隊も歯が立たないだろうね」 「とりあえず、仮面ノウカーは どう聞いても戦隊物じゃなくて 変身ヒーロー物だよな!」 「妖精は細かいことは気にしないんだ」 「じゃ、いいからとっとと仮面ノウカーに 変身してやっつけてこい」 「残念だけど、仮面ノウカーに 変身できるのは選ばれた人間だけだよ。 そう、君だけなんだ、初秋颯太」 「……嘘だろ…?」 「きゃ、きゃああぁぁっ! 初秋さぁん、もうドアが持たないのですぅ」 「さぁ、早く『変身』と言うんだ、初秋颯太。 このままじゃ、彩雨の命が危ないっ!」 「……………」  こいつ、いつか死なす。 「くっ……変身!」  俺の身体に、青色の粒子がまとわりつき、 植物を模したかのようなバトルスーツを 形成していく。 「ったく、なんでこんなことを しなきゃならないんだ」 「恋のために決まってるじゃないか。 さぁ行くんだ。変身していれば、 戦い方は自然と頭に流れこんでくるはずだよ」  その時――  とうとう部室のドアが破壊された。 「あ……いや、なのですぅ…… ……助けてくださぁい……」 「ショック、打つぅぅぅ…!」 「させるかっ! とうっ!」 「ぐふぅぅっ!」  姫守に襲いかかろうとしていた植物怪人を 体当たりでぶっとばす。 「さぁ、お嬢さん。今のうちに逃げるんだ!」 「は、はい。ありがとうございます。 恐れ入りますが、どちら様なのですぅ?」 「俺の名は仮面ノウカーっ! 悪の植物怪人を倒すために、妖精界から やってきた誇り高き百姓だ!」 「案外、ノリノリじゃないか」 「さぁ、早く部室の中へ逃げるんだ」 「は、はい。このご恩は一生忘れないのですぅ」  姫守は律儀に頭を下げ、 部室の中へ入っていく。 「ノウカーリペアー!」 「ノウカーリペアーは、魔法を使いつつも、 基本的には人力で壊れた物を修復する 仮面ノウカーの必殺技のひとつだ」  数多の工具と魔法を使い、 壊れたドアを新品同然に仕上げた。 「ショック、打つ。ショック打つーっ!」  植物怪人の黒い拳を躱しながら、 俺の脳裏に仮面ノウカーの知識が 入りこんでくる。 「なるほど。その黒い拳、〈黒檀〉《こくたん》だな。〈唐木三大銘木〉《からきさんだいめいき》のひとつ、黒いダイヤモンドと 呼ばれる、この世でもっとも堅い木か」 「ならば、こちらも相応の武器で相手しよう」 「ノウカーブレードッ!」 「ショ、ショクショク!?」 「分かるようだな。世界三大銘木のひとつ、 あたかも鉄の刀のようだということから 名づけられた、〈鉄刀木〉《タガヤサン》だ!」 「さぁ食らえ、仮面ノウカー、必殺っ!!」 「タガヤサンで、お前の体を耕さんっ!」 「ぐーびぃぃぃぃぃぃぃっ!」 「その十字に刻まれたウネに咲く百合が、 お前の供花だ」 「ぐ、ぐぅぅぅ、ショック、打つっ!」 「なに、みずからウネを破壊しただと!?」 「ショック打つぅぅ!」 「ま、待てっ!」  植物怪人は土の中に入りこみ、 忽然と姿を消した。 「逃げられたか……」  俺は変身を解除する。 バトルスーツは青い粒子となって、 消えさった。 「けれど、学園の平和は守れたようだよ」 「ていうか、いま思ったんだけどさ、 変身したら俺が誰かも分からないのに、 どうやって好感度アップするんだよ?」 「それはもちろん――」 「……もちろん?」 「お客様の貴重なご意見として 今後の参考にするよ」 「上司を出せっ!!」  まったくもって、 骨折り損のくたびれもうけだった。 「や……いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  悲鳴を聞き、俺はその場所へ駆けつける。  すると、植物怪人が まひるに襲いかかろうとしていた。 「く、来るなっ。ま、まひるは 食べてもおいしくないんだっ。 あっち行けっ!」 「ショック、打つ、ショック打ぅつっ!」 「や……そ、颯太ぁ、助けてぇっ!」 「初秋颯太、いったんどこかに身を隠して 変身するんだ!」 「く」  俺は身を翻し、部室を目指した。 「あ、おまえっ、まひるを置いて逃げるのかっ!? 待てっ、意気地なし、卑怯者ーっ!! 死んだら化けて出てやるんだぞーっ!」 「ぜったい助けに戻るっ! それまで頑張ってくれっ!」  ここなら誰にも見られないな。 「変身!」  俺の身体に、青色の粒子がまとわりつき、 植物を模したかのようなバトルスーツを 形成していく。 「よしっ!」 「あ……あ……やだ……」 「ショック、打つ! ショック打つ!」 「させるかあぁぁぁぁっ!! ノウカーキックッ!」  助走をつけた渾身の蹴りで、 まひるに襲いかかろうとしていた 植物怪人をぶっとばす。 「さぁ、今だ。逃げるんだ、お嬢ちゃん」 「……え、えっと、あなたは誰なの?」 「なに、名乗るほどの者じゃないさ」 「俺の名は仮面ノウカー。 悪の植物怪人を倒すために、 妖精界からやってきた誇り高き百姓だ!」 「名乗ってるじゃないか」 「そんなことより、 どこか安全な場所に隠れるんだ、 お嬢ちゃん」 「う、うん。だけど、颯太が まひるを助けに戻ってくるかもしれなくて」  まひる、お前…… 俺のことを信じてくれていたのか。 「大丈夫だ。私は颯太くんに 頼まれてここに来たんだ。 彼もすでに安全な場所に避難している」 「うん。分かった。 気をつけてね、仮面ノウカー」 「あぁ、任せておけ」  まひるは校舎のほうへ走りさっていった。 「さぁ、俺が相手だ、植物怪人。 悪いが、決着を長引かせる趣味はない。 いきなり全力で決めさせてもらうぜ!」 「ノウカーブレードッ!」  俺の手に鉄刀木のクワが具現化される。 「さぁ食らえ、仮面ノウカー、必殺っ!!」 「タガヤサンで、お前の体を耕さんっ!」  音をも越える速度で、 ノウカーブレードが植物怪人を襲う。  いかに世界一堅い黒檀の拳を持っていようと、 この速度で放たれる攻撃を防ぐ術はない。  一撃必中、必中必殺の最強奥義、 このタガヤサンを防いだ怪人は いまだかつていない――そのはずだった。 「ショック、保つっ!」 「な……バカな…!?」  全身全霊のタガヤサンは 黒檀の拳によって受けとめられていた。 「こいつ強くなってやがる…! いったい、どういうことだ…!?」 「おそらく、 近隣の畑に身を隠していたんだろうね」 「それがどうしたんだよ?」 「近隣の畑は自然農法じゃないだろう? どうやら、農薬や化学肥料を使う 人間への怒りでパワーアップしたようだよ」 「人が生みだしてしまった怪物というのは 恐ろしいね」 「お前が生みだしたんだろっ!!」 「ショック、もつ、ショックもぉぉぉぉつっ!」 「くぅ、しかも、若干語彙まで 増えてやがる…!?」 「QPっ、こっちも パワーアップできないのか?」 「ヤツを一撃で倒せる超必殺技はあるよ。 だけど、それを使うことはできないんだ」 「なんでだ? 命を削る技なのか!?」 「いいや、超必殺技を使うには CGを1枚消費する必要があるんだ」 「なんだ、CGって、意味が分からないぞ!」 「妖精界の言葉だからね。 ひとつ確実に言えるのは、今ここでCGを 使ってしまえば――」 「将来できるはずのえっちが できなくなってしまうかもしれない、 ということだよ」 「なんだそれ? いったいどういうことだ? 物理的に関係ないよな」 「いいや、世界を俯瞰で見れば、 これ以上ないぐらい物理的だよ」 「この世界はCGでできている と言っても過言ではないからね」 「すでに植物怪人が生まれたことで1枚、 君が仮面ノウカーに変身したことで1枚、 こんなことに合計2枚のCGが使われた」 「本当に何とお詫びを言っていいか 分からないよ」 「いきなり何を謝ってるんだよ…… ぜんぜん意味が分からないぞ」 「それより、どうすればいいんだよ? このままやられろっていうのか?」 「新必殺技とまでは行かないけど、 君に新たな力を授けるとするよ。 その名も――」  それは、一瞬の心の隙だった。  俺がQPの言葉に気をとられたのを 見逃さず、植物怪人は恐るべき速度で 距離を詰めてきた。 「ぐ、ぐああぁあぁぁぁっ!!」 「――がはっ!!」  ここまでぶっとばされるとは、 ものすごい威力だ。 「ショック、打つ! ショック打ぅつっ!!」  や、やばい。このままじゃやられる…… 「叫べ、初秋颯太。ボイスオンだ! これを使って詠唱すれば、必殺技の威力が 飛躍的に向上するはずだよ!」 「よ、よしっ!」 「ショック、打ぅぅぅぅつっ!!」  やられて―― 「たまるかっ!!」  鉄をも粉砕する黒檀の拳を 寸前でかいくぐり、起死回生の ノウカーキックを食らわせる。  よし、今だ! 「ボイスオンッ!」  おぉ、なんだ。 いつもよりも声に力があるぞ。  これなら、できるような気がする。 「詩を書くのと同様に 畑を耕す尊さを知るまでは いかなる民族も栄えない」 「東方より現れ賜る、灼熱の月――」 「曇天に笑いしは黒き龍が、 此方の地に降り注ぐ時――」 「我はその努めを果たす者なり」 「繰りかえす螺旋、昇りては沈む光、 雨と土とに生きる我が宿命よ――」 「目覚めよ――」 「そして、耕せ。耕しては種を蒔き、 種を蒔いては水をやり、 繰りかえす螺旋を駆けぬけよう」 「エイヤーコラッサッサ、 ドッコイセー、エイコラエイコラ、 ドッコイセーノセー」 「襲いくる病害、降らない雨、足りない水、 日照り続きの灼熱の月。枯れた作物。 我は大地を司る者なり」 「耕作・ノウカーブレードッ!」  俺の右手に鉄刀木のクワが具現化される。 「終わりだ。植物怪人。 凶作以外、恐るるなかれ」  瞬間、俺の体はまさに迅雷と化し、 彼我の距離を刹那に埋めた。 「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ、 タガヤサンで、耕さあぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「ショオオオオォォォォォォォッックッ!!」 「この鉄刀木のクワで耕せないものはない」  かくして、俺は学園の平和を守りきった。 「きゃあああああぁぁぁぁぁぁっ!!」 「何だ? 今の悲鳴は?」 「この気配。植物怪人が現れたようだね」 「バカな。あいつは俺が倒したはずだ。 いったい、どういうことだよ?」 「ぼくにも分からないよ。 ともかく、すぐに変身しないと、 学校のみんなが危ない」  確かに、その通りだ。 「変身!」  畑に駆けつけるも、植物怪人の姿はなく、 部長が立ちつくしていた。 「……友希……そんな……」 「お嬢さん、どうかしたのか?」 「……き、君は、もしかして、 噂の仮面ノウカーかな?」  噂になってたのか。 「あぁ、そうだ」 「だったら、お願いだよ。たった今、友希が、 友達が植物怪人にさらわれたんだ。 彼女を助けてくれないか?」  なんだって、友希が? 「分かった。植物怪人が どこに行ったか分かるか?」 「校舎のほうに走っていったよ」  まだ校舎には人がいるっていうのに。くそっ。 「私に任せておけ。彼女は必ず助けだす」  必死の捜索の末、 ついに植物怪人と友希を発見した。 「友希っ、大丈夫かっ!? すぐに助けてやるからな」 「……………」 「友希っ!?」 「……………」 「気を失っているのか。 いったい、どういうことだ?」 「まずいね。ヤツは御所川原友希を 自分の体にとりこみ、人間に なるつもりだよ」 「なっ!? そうしたら、友希は?」 「助からないだろうね」 「おのれっ。そんなことはさせるものかっ! 一瞬で息の根を止めてやるっ!」 「いや、冷静になったほうがいい。 見てごらんよ。つるのようなものが、 友希の体を拘束しているだろう」 「あぁ」 「あれは厄介だよ。植物怪人に ダメージを与えれば、あのつるが彼女を 締めつけるようになっているんだ」 「攻撃できないってことか……」 「先にあのつるを何とかしないことにはね」 「だけど、あのつるは尋常じゃなく堅いし、 つるを切ろうとする間に、 ヤツの攻撃をまともに受けることになるよ」 「だからって、 友希を見捨てるわけにはいかないだろう」  やるしかない。やるしかないんだ! 「行くぞぉぉ!」 「ボイスオンッ!」 「ノウカーブレードっ!!」  鉄刀木のクワが具現化されるや否や、 俺は地面を蹴って、友希に接近した。 「こんなつる、タガヤサンで、 耕さ――――」  く、しまった。何ということだ。 「このクワじゃ、 つるだけを切ることができない。 友希ごと耕しちまうっ!?」 「ショッフォッフォッフォッ!」  笑ってやがる。 こいつ、まさか…!? 「計算尽くってことか。 とうとう知能までつけやがったなぁ!」 「ショック、打ぅつっ!」 「甘いっ! な、なに――!?」  植物怪人の黒檀の拳を紙一重で避けた その瞬間、待ちかまえていたのは 黒檀の膝だった。 「ショォォォックニーッ!!」 「ぐ、ぐああああああああぁぁぁぁぁ――」 「――ぐふぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」  屋上から落下して、全身を強く強打する。 変身していなければ死んでいた。 「まさか手だけではなく、脚まで 黒檀化しているとはね。これ以上は 君の手に負えないかもしれないよ」 「バカ言え。俺がやらなきゃ、 誰が友希を助けるんだ? 誰が学園の平和を守るんだ?」  バトルスーツの副作用なのかもしれない。 2度の変身を経て、俺の頭は すっかりヒーロー脳と化していた。 「俺は仮面ノウカーだ。 たとえ死んでも、この学園の生徒は 守ってみせるっ!」 「だけど、どうする気だい?」 「考えがある。ヤツには知能ができた。 だから、俺がこれぐらいで死なないのは 分かっているはずだ」 「おそらく、俺がふたたび現れると踏んで 屋上の入口前で、黒檀の拳を構えて 待っているだろう」  ドアを開けた瞬間、ジ・エンドってわけだ。 「だからこそ、ヤツの裏をかく」 「どうやって?」 「こうやってだよっ!」  速きこと風の如し、 俺は仮面ノウカーの全パワーを脚に集中させ、 校舎へと突っこんでいく。 「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、 ノウカァァァァァ壁走りぃぃぃぃぃ、 アーンド、ノウカーキィィィィックッ!!」 「ショォォックッ!」  よし、今だ! 「詩を書くのと同様に 畑を耕す尊さを知るまでは いかなる民族も栄えない」 「東方より現れ賜る、灼熱の月――」 「曇天に笑いしは黒き龍が、 此方の地に降り注ぐ時――」 「我はその努めを果たす者なり」 「繰りかえす螺旋、昇りては沈む光、 雨と土とに生きる我が宿命よ――」 「目覚めよ――」 「そして、耕せ。耕しては種を蒔き、 種を蒔いては水をやり、 繰りかえす螺旋を駆けぬけよう」 「エイヤーコラッサッサ、 ドッコイセー、エイコラエイコラ、 ドッコイセーノセー」 「襲いくる病害、降らない雨、足りない水、 日照り続きの灼熱の月。枯れた作物。 我は大地を司る者なり」 「除草・ノウカーナイフッ!!」  俺の右手に唐木三大銘木のひとつ、〈紫檀〉《したん》で作られたカマが具現化される。  そのカマを友希にからまったつるを めがけて、振るう。 「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ、 シタンで雑草を刈るってどうしたん? こうしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」  友希に絡みついたつるのわずかな隙間に、 針の穴をも通すような正確さで紫檀のカマを 入りこませ、返す刀で切りおとす。  しかも、それを1秒間に60回、 雷鳴のごとき速度で繰りかえす。  絶大な集中力と、筋肉への負担を 顧みないことによって初めて実現する それは――  そう、さながら全自動の草刈り機だった。 「ショォォォォォォォォォォッッッ!!」  友希の拘束が解かれつつあることに焦ったの だろう、植物怪人が拳を思いきり振りかぶる。  その一撃は、まさに必殺と呼ぶに 相応しいだろう。  しかし、これを避けていては、 友希を助けることはできない。  俺は植物怪人の攻撃が直撃するのを 覚悟で、友希に巻きついたつるを 刈りつづけた。  間に合え―― 「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」 「打ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅつっ!!」 「ぐ、ぐふぅぅぅっ!!」  植物怪人の黒檀の拳をまともに受け、 俺の体は屋上のフェンスまでぶっとんだ。  金属製のフェンスがぐにゃりと曲がり、 俺の口から大量の血が溢れでる。  しかし―― 「逃げろ、友希」 「う、うん。ありがとう、仮面ノウカー」 「ショクッ、ショクッ、ショォォックッ!」 「させるかっ、耕作・ノウカーブレードッ!」 「食らえっ! タガヤサンでお前の体を、 耕さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「ショオオオオォォォォォォォッックッ!!」 「残念だったな。百の仕事に精通してこその 百姓だ。俺の必殺技がクワだけだと 思ったのが、お前の敗因だ」 「うぅ……」  さすがにダメージを受けすぎたか、 体がぐらつく。 「大丈夫? 仮面ノウカー」 「あぁ、大したことはない」  その時、仮面の一部がダメージによって、 はがれ落ちた。 「あ……え、も、もしかして…?」  ズレ落ちそうな仮面を手で押さえ、 俺は背を向ける。 「今度からは、さらわれないように 気をつけろよ」  かくして、またしても学園の平和は 守られたのだった。  それは俺が畑仕事をしている時だった。 「ショフォフォフォフォフォフォッ!!」  突如、倒したはずの植物怪人が現れた。 「ちぃっ、いったいどうなってるんだ? 何度倒しても、復活しやがる…!」 「ショフォアー!!」 「な…!?」 「ショッフォーっ!!」 「バカな、三体……だと!?」 「そうか、そういうことだったんだね」 「QP、何か分かったのか?」 「うん。植物はたとえ枯れても、 次の年にはまた生えてくるだろう」 「つまり、枯れる前に花粉を飛ばして、 他の花に授精していたんだ。 道理で増殖もできるはずだよ」 「増殖だって? じゃ、どうすればいいんだ?」 「花粉を飛ばされる前に倒すしかないね」  いつ花粉を飛ばしてるのかも分からないのに そんなことができるんだろうか?  現にもう3体にまで増えたわけだしな。 「他に方法はないのか?」 「最後の手段として、 仮面ノウカー禁断の奥義を使えば ヤツを根絶やしにすることができると思うよ」 「禁断の技? そんなものがあるのか?」 「農薬・ノウカーバズーカだよ。 強烈な農薬で、植物怪人を遺伝子から 破壊する」 「ノウカーバズーカを受けたが最後、 植物怪人が花粉を飛ばしても 新しい芽は出ないはずだよ」 「だけど、この農薬はノウカー自身も 深刻なダメージを受ける捨て身の 最終奥義なんだ」 「一定量を使えば、植物怪人を 根から枯らすけど、その代わり、 君も死ぬ可能性がある」 「一定量ってどのぐらいだ?」 「この国の基準で言えば、おおよそ 農薬取締法で定められた規定の使用量を 超えるぐらいだよ」 「いや、それ全然わかんねぇ……」 「分からなくていいよ。植物怪人を倒せても 死んだんじゃ、元も子もないじゃないか」  確かにな。 「けっきょく地道にやるのが一番ってことか。 仕方ないな」 「変身っ!」 「うおおぉぉぉぉぉ、タガヤサン、アーンド、 シタンで――お前の体を耕さんで、 どうしたぁぁんっ!?」 「ショォォォォックッ!」 「ショバババババッ!」  よし、とどめだ! 「詩を書くのと同様に 畑を耕す尊さを知るまでは いかなる民族も栄えない」 「ショクショクショク〜〜っ!」 「なに……、逃げたのか?」 「おそらく、 持久戦に持ちこんで隙を狙うつもりだよ」  向こうは3体。交代でこちらを監視できる上、 俺はいつ来るか分からない襲撃に 備えなければならない。  体力的にも精神的にも疲弊は必至だ。 そして、隙を見せれば、そこを 攻めてくる、か。 「考えたな……どんどん知能を つけてきてやがる」  だが、負けるわけにはいかない。  俺は学園の平和を守る、 仮面ノウカーなのだから。 「はあぁぁぁぁ、ノウカーキックッ!」 「ショクショクショク〜〜っ!」  また逃げたか。 「きゃ、きゃあああぁぁぁぁぁぁっ!」 「裏庭のほうからだよ」 「く、次から次へと」 「どりゃああぁ、タガヤサンで、 耕さあああぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「ショクショクショク〜〜っ!」 「大丈夫か?」 「は、はい。いつもお世話になりますぅ」 「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「ちぃっ! 今度はどこだっ!?」  知能をつけた植物怪人たちは 数の利を生かして、波状攻撃を しかける作戦に出た。  しかも、標的は仮面ノウカーではなく、 学園の生徒たちだ。  俺は彼女らを守るのに手一杯になり、 とても花粉を飛ばす前に植物怪人たちを 仕留める余裕はなかった。  少しずつ、だが確実に俺の体は疲弊し、 追いこまれていく。  そして――  下校時刻か。 「ずいぶん長い一日だったけど、 何とか守りきったみたいだね」 「だけど、何か対策を考えないと、 このままじゃじり貧だよ」 「確かにな」  どうしたものかと思いつつも、 俺は変身を解除した。  バトルスーツは青い粒子となって、 消える――その直後だった。  植物怪人が、まるでこの時を 狙っていたかのように姿を現した。 「しまっ――」 「ショック、ホールドッ!」  あっというまに後ろに回りこまれ、 植物怪人に羽交い締めをされてしまう。  振りほどこうにも、変身を解いた俺の力では どうしようもなかった。 「ショフォアー!!」 「ショッフォーっ!!」  さらに2体の植物怪人が現れ、 身動きのとれない俺めがけて、 突っこんでくる。  まずい――!? 「ダ・ブ・ル・ショオオォォォォォォックっ!」 「打ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅつっ!」  2体の植物怪人が、全身を使い 拳を思いっきり振りかぶる。  世界一堅い木と言われるふたつの黒檀が、 まるで共鳴しあうかのように、 黒い輝きを放った。  まるで、違う。今までとはまったく。 あれを生身で受ければ、間違いなく即死だ。  間に合え―― 「変身っ!」  俺の体に、青色の粒子が まとわりつきはじめた、その時――  2体の植物怪人の コンビネーションパンチが 俺の土手っ腹に直撃した。 「ぐっは――」 「―あああああああああああああああああああああああああああああー」 「――あぶふぅぅっ!!」  地球を一周するほどの強烈な一撃だった。  俺を羽交い締めしていた植物怪人は、 巻き添えを食らい、絶命した。  まさか仲間を犠牲にするとは…… 俺も変身が後0.1秒遅かったら、 やられていた。  とはいえ―― 「ぐ、ぎぎぎ……」  だめだ。指一本動かせそうにない。 「ショック、ショフォフォフォフォッ!」 「ショファハハハハハッ!」  く、こ、ここまでか。 「ま、負けてはいけないのですぅ、 仮面ノウカーっ」  あれは……姫守…? 「そうよっ。立って、仮面ノウカーっ。 あなたの力はそんなものじゃないはずだよっ」  友希…… 「頑張れ、仮面ノウカーっ! おまえが学園の平和を守らずに 誰が学園の平和を守るんだっ!」  まひるまで…… 「ど、どうしてここに…?」 「どうやら仮面ノウカーが植物怪人に ぶっとばされたという噂を聞いて、 駆けつけてくれたようだね」 「俺はそんな長い時間 ぶっとばされていたのか……」  なんせ世界一周だもんな。 その間に噂が広まることもあり得る、か。 「頑張って、仮面ノウカー」 「そうだ、頑張れっ! 頑張るんだっ!」 「頑張ってくださいっ!」  不思議だ。もう立ちあがることが できないと思っていたのに、あいつらの 声援を聞いてると、力が湧いてくる。  だけど、きっと、これが最後だ。 「ボイスオンッ!」 「QP、アレを使うぞ」 「正気かい? 今の君の体でアレを使ったら、 最悪、死ぬかもしれないよ」 「俺は死なない。 そして、あいつらのためにも この学園の平和を必ず守る!」 「……どうやら、止めても無駄のようだね」 「あぁ、成功を祈っててくれ」  よし、覚悟は決めた。行くぞ! 「うおおおおぉぉぉぉぉぉ、 食らえ、植物怪人っ! ノウカァァァキィィィィックッ!」  真っ向から植物怪人に向かっていき、 ジャンプ一番、渾身のノウカーキックを 放つ。 「ショグワァァァっ!」 「こおぉぉ、ノウカーブレードっ!」  俺の手に鉄刀木のクワが具現化される。  その瞬間、もう一体の植物怪人が 後ろから黒檀の拳を振るった。 「ショック打つっ! ショック打つっ!」  背骨が叩き折られるかと思うぐらい 強烈な一撃を受け、歯を食いしばる。  痛みを堪えたのも束の間、 正面の植物怪人が黒檀の脚を 煌めかせた。 「ショック、キィィィィィックっ!!」  鋭利なその脚は、俺の右肩を貫いた。  鮮血が飛ぶ。意識を失いそうなほどの 激痛が走った。だが、俺は笑った。 「ショフォッ?」  植物怪人たちを両手でがっしりとつかんだ。 「……かかったな。 捕まえたぞ、植物怪人っ!」  この手は絶対に放さない。 さぁ、俺と一緒に地獄を味わえ。 「詩を書くのと同様に 畑を耕す尊さを知るまでは いかなる民族も栄えない」 「東方より現れ賜る、灼熱の月――」 「曇天に笑いしは黒き龍が、 此方の地に降り注ぐ時――」 「我はその努めを果たす者なり」 「繰りかえす螺旋、昇りては沈む光、 雨と土とに生きる我が宿命よ――」 「目覚めよ――」 「そして、耕せ。耕しては種を蒔き、 種を蒔いては水をやり、 繰りかえす螺旋を駆けぬけよう」 「エイヤーコラッサッサ、 ドッコイセー、エイコラエイコラ、 ドッコイセーノセー」 「襲いくる病害、降らない雨、足りない水、 日照り続きの灼熱の月。枯れた作物。 我は大地を司る者なり」 「農薬・ノウカーバズーカッ!」  俺の体から青い粒子が立ちこめる。 それは植物に深刻なダメージを与える、 除草剤だ。 「スーパァァァ!! メガトンッ!! フロアブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルッッッ!!」 「ショ、ガアアァァァァァァ……!!」 「ギャギャギャギャァァァ……!!」  青い粒子が植物怪人たちの体内に侵入し、 その生態を遺伝子から破壊していく  さすがにひとたまりもないだろう。 しかし―― 「あ! あれをご覧になってくださいっ! 仮面ノウカーの体が溶けていくのです」 「まひるは分かったんだ…… あの技はノウカーにもダメージを与える、 自爆技なんだっ!」 「そんな……や、やめてっ、ノウカー。 それ以上はあなたも死んじゃうわ!」 「心配するな。俺は誇り高き百姓だ…… 農薬で死ぬなんて恥ずかしい真似はできない。 ぐ、がはっ……」  ノウカーバズーカがとうとう 俺の体をも浸食しはじめる。  だが、植物怪人を消滅させるまでは 手を緩めるわけにはいかない。 「だめ……だめだよ…… だめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ…!」 「……友希…?」 「もう、やめよ。ね、お願い」 「今、やめるわけにはいかない。 これ以外にこいつらを消滅させる方法は ないんだ」 「そんなのどうでもいいよ。 みんなで逃げればいいじゃんっ」 「だって、あたし……あたしたち、 知ってるのよ。あなたの正体。 だから、もう……もういいじゃん……」  友希……ありがとう。 だけど、俺は…… 「俺は仮面ノウカー。 妖精界からやってきた誇り高き百姓だ。 正体などない」  俺は、守りたいんだ。 この学園を、お前たちを。  何よりも大切な、この今を。  だから――!! 「大丈夫だ。俺は死なないっ! とどめだ! 植物怪人っ!!」 「だめだっ、仮面ノウカーッ! それ以上は農薬取締法で定められた 規定の使用量を超えてしまうっ!」 「スーパァァァ!! メガトンッ!! フロアブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルッッッ!!」 「……ノウカー? う、嘘…?」 「消え、たんだ……」 「……颯太……颯太ぁ、嘘だぁぁ…… こんなの、嘘だよ……」 「うっ、ぐす、初秋さん……」 「イヤだ、まひるはこんなのイヤだっ! イヤなんだっ! まひるはイヤだぁぁっ!」  友希たちは涙を浮かべて悲しんでいる。  そんな彼女たちの前に、俺は、 何事もなかったかのように現れ、声をかけた。 「みんな、どうしたんだ?」 「……あ……れ…? 颯太?」 「……おまえ、死んだんじゃ?」 「は? なんで俺が死ぬんだ?」 「で、ですけど、初秋さんが、 仮面ノウカーではないのですぅ?」 「俺が仮面ノウカー? まさか。そんなわけないだろ」 「……そうなんだ。そっか。 あたしたちの勘違いだったんだ……」 「でも、仮面ノウカーは……」 「私たちを守るために、 死んでしまったのですぅ……」 「……俺も、見てたよ。 あいつは本物のヒーローだった」  正体をバラす必要はない。  植物怪人が姿を現すことは、二度とない。  だから、仮面ノウカーは、 この学園にはもう必要ないんだ。  誰もいない畑に生えた雑草を、 俺は一人で眺めていた。  いや、正確には、もう一匹いるが。 「ところで、君は どうして無事だったんだい?」 「最後の瞬間な。あいつらが――植物怪人が 俺を助けてくれたんだよ」 「それは、不思議なこともあるものだね」 「そうだよな」 「……『雑草だって生きてるんだ』って、 あいつらはただそれを伝えたかった だけなのかもしれない」 「人間の都合で無闇に刈るんじゃない ――ってさ」 「って、変なこと言ったな。忘れてくれ」 「いいや。ちっとも変なことじゃないよ、 初秋颯太」 「そうか?」 「うん。そうだよ。 みんな生きてるんだ。 ぼくや君と同じようにね」 「……そうだな」  だからといって、明日から 何かがすぐに変わるわけでもないだろう。  だけど、変わらないからこそ、俺は、 雑草と野菜が共存するにはどうすればいいか、 それを少しだけ考えてみようと思ったんだ。 「……暇だ」  まかないはとっくに食べたし、 厨房内はピッカピカに掃除した。  今日来店したお客さんはわずか1名で、 注文はビーフストロガノフのみだ。  作ったのはマスターで、 つまり俺は今日、何も作ってない。  あんまり暇なのでフロアを のぞいてみると、心なしかいつもよりも 床がピカピカに磨きあげられていた。  俺と同じくフロア担当も 暇していたに違いない。 「ねぇねぇ颯太、暇だよ。助けて」 「悪いけど、 俺も助けを求めてこっちに来たんだ」 「あんまり忙しいのは好きじゃないけど、 これだけ暇だと逆に疲れちゃうね」 「そうだ! じゃ、猥談しよっか? みんなのえっちな体験談話そっ」 「もお。また友希はそんなこと言って。 だいたい、わたし、そんなの話すことないし」 「えー、嘘ですよー。まやさんだったら、 男性経験の1回や2回や10回や20回ぐらい、 ありますよね?」 「ん? 何かな、それは。わたしが 男の子をとっかえひっかえしてるって 言いたいのかな?」 「い、いえ……あはは…… じゃ、じゃあ、颯太っ、はいっ」 「まやさんの前で俺に何を 話させるつもりだ、お前は」 「ん? いいのよ? お姉さん相手にそんなこと気にしないの。 こう見えて、慣れてるんだから」 「たった今、 『経験ない』って言ってましたよね……」 「あ……えへ」 「かわいこぶってもだめです」 「興味あるのになぁ」 「でも、颯太はまだ童貞だから、 そんな体験談話せないのよね?」 「分かってるなら、最初から話を 振ってこないでね」 「じゃ、言いだしっぺなんだから、 友希が話せばいいんじゃないかな」 「え、あ、あたし?」 「うん。まさか人に訊いておいて、 自分が言えないってことはないよね?」 「う、うん。そうだけど、 あたしも、したことないんだもん……」 「……………」 「……………」 「……………」  俺たちはなんて不毛な会話を していたんだ。 「そういえば、マスターは?」 「あ、うん。ほら、あそこ」  まやさんが指さした方向を見る。 「客が……来ねぇ……」  入口のドアの前で、外を歩く通行人を じっと睨み、仁王立ちしている経営者が そこにいた。 「……誰か、あれじゃ余計にお客さん 来ないって教えてやれよ……」 「いちおう、それとなく言ったんだけどね」 「心ここにあらずって感じで、 気がついたらまたあそこに立ってるよね」 「まぁ、バイトの俺たちと違って、 お客さんが来なかったら、 死活問題なんだろうけどさ」  それにしたって、やりすぎだよな。 うちってそんなに経営やばいんだろうか…? 「ていうか、俺ら帰ったほうが良くないか?」 「それもマスターに訊いてみたんだけど、 あと少ししたら、団体さんが 来るかもしれないって言うから」 「パチンコで負けてる時のじいちゃんが よくそんなこと言ってたような……」  ともかく、お客さんが来るまでは、 暇を何とか潰すしかないってわけか。 「何かやることあったかなぁ? 掃除は普段しないところまでやったし、 冷蔵庫の食材チェックでもする――」 「冷蔵庫……」 「まだ掃除してないよね…?」  瞬間、俺たちは仕事を奪いあうかのように 同時に地面を蹴った。 「いやいや、厨房のことは 俺に任せてもらおうかっ!」 「いいじゃんいいじゃんっ! たまには手伝わせてよ。 たぶん颯太より掃除うまいと思うわ」 「それじゃ、分業にしよっか。 友希が食材のチェックをして、 わたしが冷蔵庫を清掃するね」 「颯太くんは監督役かな?」 「それ、暇してろってことですよね!」  押しよせるように冷蔵庫に群がり、 ばっと開け放つ。  すぐに、違和感に気づいた。 「あれ? 冷たくない…?」 「うん。見て。温度計、23度になってるわ」 「開けっ放しにしてたとか?」 「さすがにそれはないって。 今だってちゃんと閉まってたし」 「じゃ、故障したんじゃない?」 「そうだよな。マスターに言ってくる」  マスターはあれこれ確認してたけど、 けっきょく冷蔵庫が復旧する気配はなく、 修理業者を呼んだ。 「10年以上前の機種なので、 たぶん部品はないですね。 買いかえたほうがいいでしょう」 「……買いかえ…!?」  マスターの顔には 「大赤字だ」 と書いてあった。  タイムカードを切った後、 来月のシフト表を見ていた。 「お疲れ様ー。あれ、何してるの?」 「来月のバイト代がどのぐらいに なるかなって思ってさ」 「分かるー。入浴料って高いもんね」 「『特殊浴場に行く』とは一言も言ってない!」 「あははっ、何か欲しいものあるの?」 「まだまだ腕の振りがいまいちでさ、 ちょっと油断すると、すぐに だめにしちゃうんだよね」  言いながら俺は炒め物をする時のように、 腕を振ってみせる。 「確かに颯太ぐらい毎日何回も使ってると 安いのだったら、あっというまに だめになるかも」 「これでも、けっこう高めのを 買ってるんだよ。手入れもちゃんと してるはずなんだけどなぁ」 「でもケアしてても、腕の振りが強すぎたり すると、破れたり具合が悪くなったりする って言うよね?」 「何の話してんのっ!?」 「オナホじゃなくて?」 「フライパンだよ!」 「えー、あんなにやらしい 腕の振りしてたのに?」 「全然やらしくないよっ! こうだよっ! こうっ! こうやって前後に、攻めるように!」  俺は炒め物をする時のように 素早く腕を振ってみせる。 「あっ、も、もう、ぼく……」 「人の台詞を勝手に捏造しない!」 「えー、だって、どう見ても、 一人えっちしてるようにしか見えないじゃん」 「いやいや、おかしいだろ。 こうだよ、こうっ! この前後運動は どう見てもフライパンだよね?」 「じゃ、オナホの場合は?」 「それはこうだよ! こう! 前後っていうか、上下にっ! 柔らかく、 時に円を描くように、あそこに狙いを――」 「って、何やらせるんだよっ!?」 「颯太って、オナホとか使ってるんだぁ。 やーらしいのー」 「く、くぅ……」  俺としたことが、こんな手に引っかかるとは。 「そういえば、フライパンって お店の使わないの?」 「いやいや、やっぱり男なら、 マイフライパンでしょ」 「その気持ちは分かんないけど。 でも、颯太ってけっこうシフト入ってるよね。 6万円ぐらいにならない?」 「いやいや、ちゃんと計算しようよ。 どう頑張っても4万円ぐらいだよ」 「えー、そうかなぁ。 だって、50時間は働くでしょ?」 「50時間だったら、4万だろ」 「なんで? 6万よ?」 「おいおい、こんなの算数だぞ。 6万なわけ――」  いや、まさか…? 「なぁ友希、お前、時給いくらだ?」 「1200円よ」 「1200円っ!?」 「え、みんなそうだよね?」 「みんな、そうなのかっ!?」 「颯太は違うの? いくら?」  俺はぎりりっと歯を食いしばり、 悔しさをにじませながら言った。 「800円だよ……」 「800円……あ、で、でも、 颯太が役に立たないから時給が安い ってわけじゃないと思うなぁ」 「傷口に塩を塗りこまないでくれるっ!?」 「どしたの、そんなに騒いで? 二人とも、帰らないのかな?」  現れたまやさんに、俺は血走った目を向ける。 「まやさんに訊きたいことが あるんですが、正直に答えてくださいね」 「え、うん。何かな?」 「まやさんの時給っていくらですか?」 「時給? 850円よ。最初は800円だったかな」 「あれ? じゃ、あたしだけ?」 「どうかした?」 「友希の時給は、1200円らしいんですよ」 「1200円っ!? 本当に?」 「うん……」 「問いつめる必要がありそうですね」 「そうね。わたしも一緒に行くよ」 「どういうことですか、マスター?」 「お、おう。まぁ落ちつけ」 「落ちついてますよ。わたしよりも 友希のほうがずっと仕事ができる って、そういうことなんですよね」 「……いや、なんだ、ほら、 採用時期なんかの関係でな」 「友希が入ってきた時期って、 人足りてましたよね?」 「前々から怪しいと思ってましたけど、 マスターって友希に甘すぎるんじゃ ありませんか?」 「そ、そんなことあるわけないわな」 「マスター、自分の歳知ってますか? 犯罪ですよ」 「だから、違うんだ……」 「何が違うんですか?」 「……それは、その、なんだな…… いろいろと事情ってもんが……」 「何ですか、事情って? 聞きますよ」 「……………」 「話したくない事情でしたら、 別に無理してまで話さなくてもいいですよ」 「でも、わたしと颯太くんの時給が 友希に比べて低くないかなって 思いますけど?」 「それは、すまないが……」 「辞めちゃおっかな」 「……わ、分かった。 時給のことは今度、機会を作るから その時に話しあおう」  だよな。まやさんに辞められるわけには いかないもんな。 「ありがとうございます」  マスターは意気消沈した面持ちで 去っていった。  さすがまやさん、強いな。 「恥ずかしいところ見せちゃったかな?」 「いえいえ、惚れ直しましたよ」 「こら。そういう嘘を言う子は、こうだぞ」  まやさんが俺のおでこを人差し指で弾く。 「あ、ちょっと強かったかな? ごめんね。平気?」  と言って、まやさんは ぜんぜん痛くもない俺のおでこを 撫でてくれたのだった。 「いらっしゃいませ! あれ、颯太? 今日はシフト入ってないんじゃなかった?」 「あぁ。今日は客だよ」 「そっか。はい。 じゃ、こちらへどうぞ。特等席よ」  友希に案内され、席につく。 「ご注文は?」 「自家製ビーフストロガノフ、 まだ残ってるか?」 「あはは、残念、あとひとつというところで、 残ってるよ」 「残ってるんじゃん!」 「ご注文を繰りかえします。 自家発電ビーフストロガノフ、 ローション付きで、よろしいですか?」 「ビーフストロガノフで どうやって自家発電するんだよっ!?」 「うんとね、水車とか回して」 「それ、本当の自家発電じゃん!」 「えっ、自家発電って他の意味があるのっ?」 「そのわざとらしい驚き方はなんだ…?」 「わざとらしくないわ。知らなかったんだもん。 それで、なになに、教えて? 自家発電って 電気つくる以外にナニをどうするのよっ?」 「ほらっ、早く、 カマトトぶってないで教えなさいよっ」 「……なんて答えれば満足なんだよ…?」 「人類の暮らしに必要な精子エネルギーを 作ってるんだよ」 「言っとくけど、送電線が引かれてないから、 そのエネルギー無駄使いだよ」 「『つながる』って大事なことだわ」 「すいませんが、 そろそろオーダー入れてくれますかね?」 「あははっ、かしこまりました」 「お待たせいたしました。 ビーフストロガノフです」 「おう。さすが、マスターだよな。 すっごくおいしそうだ」 「少々お待ちください。 ただいま仕上げてきますね」 「仕上げる? これで完成じゃ……」 「って、そっちトイレだよね? 何するのっ!?」 「じ、自家発電?」 「ビーフストロガノフに 何を入れるつもりだっ!?」 「そ、そんなに喜ばれたら、 恥ずかしくてできないよ」 「喜んでないからね!」 「あははっ。はい、おまちどおさま」  ビーフストロガノフがテーブルに置かれる。  友希のたちの悪い冗談の仕返しに、 俺は言ってやった。 「まだトイレ行ってないだろ」 「え……ほ、本当にする?」 「……………」  果たして、ここで 「うん」 と言ったら、 本当に自家発電してくるんだろうか…?  試す度胸は当然なかった。 「あ……」 「よう。いま帰りか?」 「そうなんだ。まひるに何か用なのか?」 「いや、別に。 俺もこれからバイトに行くだけだよ」 「おまえっ、まひるについてくる気だな。 それ、なんて言うか知ってるか? ストーカーなんだっ」 「あのなぁ。行き先が同じなんだから、 しょうがないだろ」 「ストーカーはみんなそう言うんだ」 「言わないと思うけど……」 「まひるが言うって言ったら言うんだっ。 ウソだと思ったら、神様に 訊いてみればいいんだ」 「どこにいるんだよ……」 「颯太よ、わしじゃ。神じゃ。 まひるの言うことは正しいぞよ。 これからも絶対服従なのじゃ」 「神様はそんなこと言わないよねっ!」 「まひるは知ってるんだ。 おまえみたいな奴のことを 『節々』って言うんだ」 「不信心だよね」 「う、うるさいっ。 おまえなんか百回生まれ変わっても 大嫌いだっ。屁理屈男ーっ!」  まひるは走りさっていった。  と、思ったら、 またばったりと会った。 「あっ! おまえ、やっぱりストーカーだな? まひるを追いかけてきたんだ」 「だから、バイトに行くんだって。 この道通るのは当たり前だろ」 「騙されないんだっ。そうやって 言葉巧みに近づいてかどわかすのが手口 ってママが言ってたぞ」 「それ、ストーカーじゃなくて、 もう誘拐犯だよね」 「どっちでも同じなんだ。まひるは有名人 だから人一倍気をつけないといけない って言われてるんだ」 「分かった分かった。 飴あげるから、見逃してくれ」 「やった。何個あるんだ?」 「……お前、本当に誘拐には気をつけろよ」 「わ、分かってるんだ。 知らない人には飴はもらわないんだ。 颯太は知ってる人だから、セーフなんだ」 「じゃ、知ってる人だから、 ストーカーでもないんじゃないか?」 「おまえ知らないんだな。 まひるが教えてやるぞ。 ストーカーは知ってる人がなるものなんだ」 「あぁ確かに、そういうパターンもあるよな」 「えっへん。まひるはこう見えて、 天才女優なんだ。そういうことには、 気をつけてるから詳しいんだ」  どちらかと言えば、周りが いろいろ気をつけてるんだろうけどな。 「最近、見たドラマでは、 元カレがストーカーになることも多い って言ってたんだ」 「まぁ、よくあるよな」 「つまり、 おまえはストーカーの素質十分なんだ」 「だからって 『ストーカーになる』とは言いきれないだろ」 「じゃ、今からまひるが名探偵になって、 おまえがストーカーの証拠を見せてやるんだ。 覚悟はいいか?」 「いいけど」 「第一の証拠は、 ストーカーには友達が少ないんだ」 「友希とか部長とかまやさんとか姫守とか、 けっこう友達はいるけどな」 「第二の証拠は、 ストーカーは根暗で外じゃ遊ばないんだ」 「野菜育てるのが好きだし、 けっこう外で遊んでるぞ」 「第三の証拠は、 ストーカーは彼女と別れた後も、 積極的に連絡をとってくるんだ」 「まひるが晴北に入学するまでは 音信不通だったよね」 「おまえっ、ズルいぞっ! ちょっとは認めてくれないと、 まひるはぜんぜん名探偵になれないんだ」 「じゃ、せめて ちょっとは認められるようなことを言おうよ」 「うるさいっ。まひるが犯人だって 言った奴が犯人なんだ。だから、 おまえは犯人なんだ。ストーカーなんだっ」  だだっこ迷探偵か…… 「そろそろ時間だから、バイト行くな。 お前そっちだろ。じゃあな」 「あ、待てっ。まひるを置いていくなっ」 「なんでついてくるんだ?」 「別にたまたまこっちに用があるだけなんだ」 「そうか。じゃあな」 「おはようございまーす」 「まひるはオムライスがいいんだ」 「なんでついてきてるんだ?」 「別に、たまたまこっちに用事があったんだ」  いや、それおかしいだろ。 「なぁ。知ってるか? 元カノがストーカーになることも けっこう多いらしいぞ」 「まひるはそんなんじゃないんだ。 急にお腹が空いたから、 ここに来ただけなんだ」 「ストーカーはみんなそう言うんだぞ」 「ほ、ホントに違うんだっ! なんでまひるをストーカー扱いするんだ!?」 「だって、ついてくるからさ」 「うるさいっ、ばかっ、おたんこなすっ!」 おまえなんか、全宇宙で一番大嫌いだっ! ひねくれ者ーっ!」  まひるはあっというまに 店から出ていった。 「ねぇねぇ颯太、このあと暇? みんなで遊びにいこうよ」 「おう。いいよ」 「あ、まひるちゃんなのですぅ。 まひるちゃーん」 「なに、彩雨?」 「まひるちゃんはこの後お暇なのですぅ? よろしかったら、皆さんで遊びに 行きませんか?」 「まひるはやることあるんだけど、 でも、どこに行くの?」 「そういえば、どこに行くのでしょうか?」 「わたしも詳しい話は聞いてません」 「友希、どこ行くんだ?」 「あはは、どこ行こっか? 考えてなかったわ」 「じゃ、まひるは四つ葉のクローバーを 探したいんだっ!」 「四つ葉のクローバーなのですぅ? 探すとどうなるのでしょう?」 「クローバーの葉は普通みっつですが、 四つ葉のものを見つけられると、 幸せになると言われているんです」 「子供の頃はよく探したよな」 「あっ、おまえっ、まひるが 子供だって言いたいのかっ。 そうなんだな、子供扱いだなっ」 「そうは言ってないって。 ただ昔よく探したよなって、 懐かしんでるだけでさ」 「いーーーーーーーーだっ!」 「……………」  言ってないけど、 お前は間違いなくお子様だよ。 「私、四つ葉のクローバーを 探したことがないのですぅ。 ぜひやってみたいのですっ」 「ホント? じゃ、まひると一緒に探そう。 どっちが先に見つけられるか競走ね」  あいかわらず、 俺への対応との差がひどいんだけど…… 「絵里はどう?」 「わたしは構いませんよ。 みんなで探すと楽しそうですね」 「そうだね。じゃ、みんなで公園いこー」  というわけで、公園の花畑で 四つ葉のクローバーを探しはじめた んだけど―― 「これかな? これは違うかな? 三つ葉かな? 三つ葉だな? こっちはどかな? 違うな? なかなかないな。四つ葉どこかな?」 「だめだぁ。全然ないや」 「四つ葉のクローバーが見つかるのは 1万分の1の確率らしいですし」 「1万分の1とか言われても、 ピンと来ないなぁ」 「自動車事故で死んじゃうのと 同じ確率じゃなかった?」 「では、四つ葉のクローバーを見つけたら、 自動車事故で死んでもおかしくないという ことなのですぅ?」 「まったく幸せが訪れそうな気が しないんだけど……」 「えと、クローバーを1万個探せば、 そのうち1個は四つ葉だということだと 思いますが」 「そっか。その説明は分かりやすいな」 「……あ…………はい……」 「あ、悪い」  赤面症の芹川に、 迂闊に話しかけてしまった。 「1万個ってことは、5人いるから、 1人2000個探せば、1個ぐらい四つ葉が 見つかるってことだよね?」 「じゃ、まひるはここのクローバーを 一瞬で2000個見るんだ」 「どうやってだよ…?」 「では、こちらは私に任せてくださいませ。 一瞬で2000個見てみるのですぅ」 「だから、どうやって?」 「頑張るのですぅ」 「じゃ、こっちはあたしが見るから、 絵里はそっちをお願い」 「やってはみますけど……」 「はいっ、じゃ、みんな見た? 四つ葉のクローバーあった人ー?」  当然、誰もが手をあげるわけがない。 「でも、まひるは2000個見たんだ!」 「私も頑張ったのですぅ」 「あたしも2000個見たけどなかったわ。 絵里もそうだよね?」 「いえ、やっぱり無理でしたけど……」 「そうだよね?」 「友希がそう言うなら」 「じゃ、これであとは颯太が 2000個探すのを待つばかりね」 「諦めずに頑張ってみんなで探そうねっ!」  そうして―― 「さすがにこれ以上は無理かなぁ。 真っ暗になっちゃったもんね」 「はい。残念ですけど、帰りましょうか」 「幸せはこんなに近くにあるのに 簡単には見つからないものなのですね……」 「イヤだっ。まひるは一人でも探すんだ。 四つ葉のクローバーがないとダメなんだっ!」 「でも、もう真っ暗よ?」 「真っ暗でもまひるは見えるんだ。 夜はフクロウの目になるんだぞっ」  ならないだろ…… 「なんで、そんなに四つ葉のクローバーが 欲しいんだ?」 「バカにしないか?」 「しないよ」 「絶対か? 約束するか? 神に誓うか?」 「あぁ」 「……まひるは、ファンレターをもらったんだ。 ちっちゃな女の子からなんだ。 その子はお姉ちゃんが欲しいみたいなんだ」 「でも、パパとママが 乗り気じゃないみたいなんだ。 かわいそうなんだ」 「だから、まひるは四つ葉のクローバーを 探して送ってあげたいんだ。そしたら、 きっとお姉ちゃんもできるんだ」  さすがに“お姉ちゃん”は 物理的に無理なんじゃ…… 「何だ? 何か言いたいのか?」  こいつって、純粋だよな。 「いや。じゃ、また探しにこようよ。 今日中じゃないといけないわけじゃ ないだろ?」 「でも……」 「そうしよ、まひる。 あたしも手伝うわ。楽しそうだし」 「私も及ばずながら、ご協力いたします。 皆さんで力を合わせれば、 きっと百人力になるのですぅ」 「今度は向こうのほうも探してみましょうね」 「ほら、みんなもこう言ってるし。 明るい時に探したほうが 断然、見つけやすいよ」 「……うん。分かった。じゃ、今度にしよかな」  俺たちはふたたび公園の花畑にやってきた。  俺が目を皿のようにして、 いくつものクローバーを見てると、 「初秋颯太。君たちはいったい何を しているんだい?」 「見れば分かるだろ。 四つ葉のクローバーを探してるんだよ」 「三つ葉じゃだめなのかい?」 「人間の世界だとな、 四つ葉のクローバーを見つけると、 幸せが訪れるって言われてるんだよ」 「じゃ、五つ葉はどうなるんだい?」 「さぁ。でも葉の数が多いほうが貴重だから、 もっと幸せになれるんじゃないか」 「ふぅん」 「おまえ、なにぶつぶつ言ってるんだ?」 「……あ、いや、見つからないなと思って」 「諦めるのが早いんだ。 まだ時間はたくさんあるんだぞっ」 「分かってるよ」 「なかなか見つかりませんね」 「はいー。木を隠すなら森なのですぅ。 こうしているとだんだん目もぼやけて、 三つ葉が四つ葉に見えてきますー」 「大丈夫ですか? 少し休憩しましょうか?」 「いえ、それには及びません。 血反吐を吐いてでも頑張るのですぅ」 「それはちょっとやめたほうが……」 「ですけど、私、楽しみなのです。 四つ葉のクローバーを見つけたら、 どんな幸せが訪れるのかって」 「とりあえず、 颯太がナトゥラーレで何でも奢ってくれる 幸せが、訪れるような気がするわ」 「まひるもその幸せに一票なんだ。 みんな幸せになれると思うんだ」 「待て待て。それ、俺にだけ幸せが 訪れてないよねっ!?」 「またまたー。 女の子はべらせて喫茶店デートよ。 嬉しいくせにー」 「そんなこと言ったら、 今だってはべらせてるよね? お花畑ハーレムだよね!?」 「まひる、あんなこと言ってるわよ?」 「あいつは頭の中がお花畑なんだ」  こいつら、言わせておけば…… 「初秋さんは豪気な方で いらっしゃるのですね。 ご厚意、とても嬉しく思うのですぅ」 「いや、まだ奢ると決まったわけじゃ……」 「はい。もちろん、承知しております。 四つ葉のクローバーを見つけたらなのですぅ」 「……………」 「絵里ー、四つ葉見つけたら、 颯太が何でも奢ってくれる幸せが 訪れるんだってー」 「そんなわけないよねっ!」 「幸せは訪れないのですぅ?」 「いや、もちろん、幸せについては ばっちり訪れるよ……」 「では、張りきって探すのですぅ」 「ナトゥラーレでパーティ目指して、 頑張るわよー」 「おーっ!」  やばい。このままじゃ本当に 奢らされるハメになるかもしれない。  かくなる上は―― 「友希っ。奢るのは分かったけどさ。 その代わり俺が先に四つ葉を見つけたら、 お前の奢りだからな」 「いいよー。じゃ、勝負しよっか。 あたしが勝ったら、 颯太が全裸ダッシュだっけ?」 「俺が勝った時に、お前もするならな!」 「あっ! あったっ! あったんだっ!」  えっ? 「本当だぁ。やったじゃない、まひる」 「ふふっ、本当に四つ葉になっているのですね。 初めて見たのですぅ」 「マジかぁ……」  がっくりと肩を落とす。 すると、地面にある物を見つけた。  これって…? 「じゃ、約束通り、颯太の奢りで パーティしよっか?」 「ちょっと待ったっ! それはこれを見てからに してもらおうか?」  俺はクローバーを突きだす。 「えと、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ? 五つあるんだっ!?」 「五つ葉なんて珍しいですね」 「どうだ? こっちは五つ葉、そっちは四つ葉。 ということは俺の勝ちじゃないか?」 「えー、そんなルールなかったじゃん。 どっちが早いかの勝負だったしー。 ん? あれ?」 「何だ?」 「ふふー、六つ葉見つけちゃったわ。 これで颯太のルールでも、 あたしの勝ちじゃない?」  友希が手にしたクローバーには、 確かに葉が六つついている。 「七つ葉がありましたよ」  はい? 「こちらには八つ葉があるのですぅ。 たくさん幸せが来てしまうのですぅ」  八つ葉!? 「まひるはもっとすごいの見つけたんだ!」  まひるが手にしたクローバーを見て、 俺はぎょっとした。 「こ、これは…?」 「1、2、3、4――えっと、26枚ね」 「すごいのですぅ。 二十六つ葉のクローバーなのですぅっ!」  おかしい。 いくらなんでもこんな立て続けに…?  はっ!? まさか―― 「葉の数が多ければ幸せも増えるなんて、 人間の考えることは分からないよ」  こいつの仕業か…… 「颯太、何してるの? まひるがナトゥラーレで奢ってくれるって」 「えっ? じゃ、俺は奢らなくていいのか?」 「手伝ってもらったから、お礼なんだ」 「そっか。じゃ、早く行こうよ」 「おまえを待ってたんだ」 「あぁ、そうか。悪い」 「ふふっ、すごいものを 発見してしまいましたね」 「えぇ。ビックリしました」 「これで喜んでもらえるかな? お姉ちゃんできるかな?」  四つ葉のクローバーを見つけたら、 幸せになれるなんていうのは 迷信かもしれない。  だけど、少なくとも彼女たちは今、 とても幸せそうだった。 「春といえば、何だと思う?」 「何ですか、急に?」 「いやね、せっかくの春なんだから、 何か春らしいことをしようと思ったんだよ」 「とても素晴らしい考えだと思うのです。 私も及ばずながら、協力いたしますっ」 「まひるも考えるよ」 「でも、何もしなくたって 部長の頭の中はだいたい春らしいですよね」 「よし、決めた。園芸部で春祭りを しようじゃないか」 「どんな祭ですか?」 「血祭りだよ」 「……す、すいませんでした……」 「さて、どうしようかな? まぁ、 今日のところはやめておくよ。君の顔に 『焦らされたい』って書いてあるからね」  これは不安に怯えさせ、 徐々に弱らせる作戦かっ!? 「それで、春らしいことって、 何があるかな?」 「桜は春らしいと思うのですぅ」 「それはそうなんだけど、定番すぎてね。 どうも気が乗らないんだよ。 まひるちゃんは何か思いつくかな?」 「麻婆春雨はどかな?」 「春雨は別に春らしいことじゃないからね」 「じゃ、なんで春ってついてるんだ? おかしいんだっ。まひるは騙されたんだっ!」 「春雨って透明だろ。 それが春の雨に似てるから、 春雨になったんだよ」 「そんなの変なんだ。 まひるは春雨は、春の雨に見えないぞ。 断固抗議するんだっ」 「俺に言われても……」 「でしたら、春巻きも春は関係ないのですぅ?」 「まるで春を巻いたかのような姿に見えるから、 『春巻き』と呼ぶようになったらしいね」 「嘘つかないでくださいよ。 確か中国で春節に食べるもので、 立春に新芽が出た野菜を巻くからですよね」 「だったら、春巻きは春っぽい食べ物なんだ」 「いいね。今日はそういう、 春に関する食べ物を集めて楽しむ日 にしようか」 「春菊も春がつくのですぅ」 「まひるは春菊キライなんだ」 「そうなのですぅ? お鍋に入れるととっても おいしいのですよ」 「でも、苦いから」 「でしたら、鰆はどうでしょう? 魚へんに春なのですぅ」 「鰆はいいな。おいしな」 「木へんに春とかいて、 椿というものもある。 ジャムにするとおいしいんだよ」 「春巻きにも鰆にも 合わないと思いますけど……」 「大丈夫。そこを何とかするのが、 君の腕だよ」 「無茶を言わないでください」 「ジャムがあってもいいですけど、 もう少し他の春も探しましょうか?」 「構わないよ。みんな、何か思いつくかな?」 「春……春……春のつく言葉…?」 「春風?」 「春一番っ!」 「春疾風」 「風から離れましょうよ」 「春分」 「小春日和っ!」 「冬の季語だよ」 「春うらら」 「だから、食べれませんよね……」 「春……春……あべのハルカス!」 「高層ビルだよ」 「ハルシオン」 「睡眠薬だよね」 「ハルマゲドン」 「最終戦争ですよっ!! さっきから春まったく関係ないじゃ ないですかっ!」 「食べられる物で、春というと、 なかなか思いつかないものだね」 「ひとつだけあるにはあるんだけど、 たぶん君は食べたことないだろうし、 うまく調理できるかどうか?」 「別に初めての食材でも、 調べれば何とかなりますよ。 何です?」 「売春だよ」 「『食べる』の意味が違うじゃないですか!」 「僕の春で良ければ、 売るのはやぶさかではないんだけどね」 「人生を棒に振りそうなので、 全力で遠慮しますよ……」 「意気地なしだね、君は そこがかわいいところだけど」 「あのぉ、春は売っているものなのですぅ?」 「あぁ、そうだよ。 良かったら、僕のを売ってあげようか?」 「よろしいのですぅ? おいくらでしょうか?」 「君なら無料でいいよ。さ、こっちへ」  部長と姫守が着替え用カーテンの 向こうへ隠れる。 「ど、どうすれば、よろしいのですか? 私、春を買ったことはないのですぅ」 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。 ちゃんとかわいがってあげるから。 ほら、力を抜いて」 「あっ、すごいのですぅ……」 「……そ、そ、颯太。あ、あれ、あれっ?」 「お、俺たちは何も聞いてない。 何も聞いてないんだ、分かるか!?」 「……だ、だけど、このままじゃ彩雨が、 悪い道に入ってしまうんだ……」 「い、いや、さすがに部長もそこまでは やらないと思うけど……」 「あっ、ひあっ!」 「……ぎ、ぎしぎし言ってるんだ……」 「ふふっ、上手だよ、 もっと動いてごらん」 「こ、こんなの初めてなのですぅっ。 私、このままじゃ、もう、ああぁぁっ!」 「って、本気で何やってるんですかっ!?」 「君もやるかな? ミニトランポリン。 これはなかなか春が利いていてね」 「確かにスプリングが利いてますけど、 春じゃないですよね……」 「お客さん来ないねー」 「本当にな。今日は何人きたっけ?」 「まだ2人かな。 それに、コーヒーだけだったし」 「いらっしゃいませー。 あ、マスター。おかえりなさい」 「……………」 「マスター? どうかしました?」 「……いや」  マスターは暗い表情のまま、 ゾンビのような足取りで厨房に入っていった。 「どうしたんだろう? 元気なかったよね」 「うん。さすがにアレは心配に なってくるレベルかな」 「何か悩みでもあるんじゃないか?」 「じゃ、訊いてみよっか」 「人間は、もはや 誇りを持って生きることができない時には、 誇らしげに死ぬべきである」 「やばいな、ニーチェだ。 あれはそうとう参ってるよ」 「ねぇねぇ、マスター、元気ですか?」 「ん? あぁ、まぁな」 「もしかして、何か悩み事でもありますか?」 「ん? あぁ、まぁな」 「何を悩んでるんですか?」 「ん? あぁ、まぁ色々な」 「話してみてくださいよ。 楽になるかもしれませんし」 「ん? あぁ、まぁな」 「だめなんですか?」 「ん? あぁ、まぁな」 「マスターって、奥さんと お尻でエッチしたことありますか?」 「ん? あぁ、まぁな」 「どうしよう、颯太。 マスター、お尻でしたことあるんだって」 「あぁ、かなりやばそうだな。 目がいっちゃってるって言うか……」 「二人ともちょっと来て。 理由が分かったから」 「事務室からナトゥラーレの帳簿を 拝借してきたんだけど、見て」 「うんと、先月は赤字で、先々月も赤字…… って、これ、ずっと赤字だわ…!?」 「それに、ここ、見て」  帳簿にはマスターの筆跡で、 文字が殴り書きされている。 「『もうだめかもしれない』……」 「だから、あんなに暗い顔してるのか」 「でも、マスター、 『経営は全然問題ない』って言ってなかった? バイトのシフトも減らそうとしなかったし」 「まぁ、嘘だったんだろうな」 「もともと自転車操業だとは思ってたけど、 ちょっとずつ小さな赤字がかさんでたのね」 「先月は故障した冷蔵庫も買いかえたし、 それで一気に厳しくなったんだわ」 「このままじゃナトゥラーレが倒産する ってことだよな?」 「それはちょっと困るかな。 わたし、このお店好きだし」 「あたしも。それにマスターがかわいそうだわ」 「亡くなった奥さんと一緒に作った店だ って言ってたもんなぁ」 「じゃ、直談判してみる? わたしたちが役に立つかは分からないけど」 「賛成ー。何もしないよりは、 やってみたほうがいいもんね」 「日常生活で人々が正直なことを言うのは なぜか。神様が嘘を禁じたからではない。 嘘をつかないほうが気楽だからである」  あいかわらずのニーチェ状態だ。 「どうしよっか?」 「任せてください。いい考えがあります」  二人に耳打ちする。 「うんうん、それいいかも。やろっか」 「じゃ、行くよ、せーの」 「いらっしゃいませー! 30名様ですね。こちらへどうぞ!」 「オーダー入りましたー。 夜のコースメニュー30名分でーす」 「よし来たっ! かきいれ時だわなっ! 今日は稼ぐぞぉっ! いらっしゃいませー!」  マスターはフロアへ飛んでいく。  そして、すぐに戻ってきた。 「……あれ? 客はどうした? 30名の団体様は…?」 「マスター、今日はちょっと 話し合いたいことがあります」  と俺は赤字の帳簿を突きつけた。 「そもそも、うちっていい食材を 使いすぎじゃないですか?」 「確かに、そうだよなぁ。 ちょっとしたレストランよりは よっぽどいい物使ってるし」 「なのに値段は安めだもんね。 これじゃ赤字になっても仕方ないわ」  俺たちは、ナトゥラーレの経営を 建て直すための作戦会議を行っていた。 「食材のランクを落とすか、 値段を高くするか、どっちかにしないと 採算がとれないと思いますよ」 「うちのお客さんって、学生が多いから、 値段は上げられなくない?」 「できるだけ食材のコストを 落とすしかないよな。 質はなるべく下げないようにしたいけど」 「どうですか、マスター? それしかないと思いますけど……」 「そんなことができるんなら、 とっくにやってるわな」 「どうしてできないんですか?」 「学生が気軽に出入りできて、 おいしい料理を食べられる 喫茶店が、ナトゥラーレだ」 「儲け主義に走って、安い材料を使ったり、 値段を上げるなんざ、できるわけねぇ」 「でも、倒産するよりは いいんじゃないですか?」 「亡くなった妻と一緒に決めたことだ。 そういう店をずっと作りたかったんだ」 「金を稼ぐだけの店にするぐらいなら、 潰したほうがマシだわな」 「……そっかぁ。じゃ、だめだね」 「悪かったな。お前らにまで 気を遣わせちまって。でも、心配するな。 店のことは、俺が何とかするからよ」 「何とかって、どう何とかするんですか?」 「それは、まぁ、これから考えるんだよ」 「だったら、みんなで考えましょうよ。 俺たちだって、この店が好きですし、 できる限りのことはしますよ」 「そうそう、どうせお客さん来ない日は 暇だし。別にあたしたちが考えたって、 マスター困らないでしょ?」 「それは、まぁ、そうだが」 「客単価は上げられそうにないし、 お客さんをたくさん集めるしかないかな」 「じゃ、集客のアイディアを考えよう」  こうして、 ナトゥラーレを倒産から救うため、 俺たちの戦いが始まった。  下駄箱を開けると、 そこには一通の手紙が入っていた。 「なんだ…?」  封を切り、読んでみる。 『初秋颯太様へ』 『どうしても二人きりで、 お話したいことがありましたので、 お手紙をお出しいたしました』 『本日の放課後、もし、ご都合がよろしければ、 リンゴの樹の前にお越し願えないでしょうか? お待ち申しあげております』 『――姫守彩雨』 「……………」  どう考えてもラブレター、だよな?  しかも、姫守から。  とにもかくにも裏庭を訪れる。  リンゴの樹のほうへと歩いていくと、 そこに、彼女がいた。 「急にお呼び立てをしてしまい、 申し訳ないのですぅ。 ご迷惑ではなかったですか?」 「いや、特に用事もなかったし、 大丈夫だよ」  普通に答えたつもりだったけど、 少し声が上ずった。 「そのぉ、今日お呼び立てしましたのは、 どうしても二人きりでお話したいことが あったからなのですぅ」  心なしか、姫守も 緊張しているように見える。  確信が強まり、心臓がドクンッと跳ねた。  もしかして、俺は彼女のことが…… そんなふうにさえ思えてくる。 「手紙にも話があるって書いてあったよね。 どうしたの?」 「……初秋さんは、私のことを どう思ってますか?」  い、いきなり来たっ!? 「ど、どうっていうと…?」 「そんなぁ…… 訊き返さないでくださぁい。 どうはどうなのですぅ」 「あ、あぁ。そうだよね。 どうはどうだよね」  どうする? どうすればいいんだ?  いや、焦るな。焦らなくていい。 正直にありのまま質問に答えれば いいだけだ。 「えーと、その、姫守はかわいいし、 面白くて、一緒にいると楽しいかな」 「ですけど、私は世間知らずですし、 運動も苦手で、体育では 皆さんの足手まといなのですぅ」 「特にビーチバレーでは、 迷惑をかけてばかりで、申し訳ないのですぅ」 「誰にだって、欠点ぐらいあるって」 「それに、そうやって、真面目に反省したり、 みんなに悪いと思って謝るのが、 姫守のいいところなんじゃないかな」 「……お褒めいただいて恐縮なのですぅ」 「いやいや」 「それでは、ですね。大変ご迷惑な お願いかもしれないのですが、 付き合っていただけませんか?」 「……あ……えぇと……」  しまった。予想していたはずなのに、 ぜんぜん言葉が出てこない。 「私、頑張りますから。 そのぉ、す、すごく下手かもしれませんが、 言われたことは何でもいたします」 「え、ええっ!? ……何でもって、そんな……」  急に言われても、頭がぜんぜん追いつかない。 「後生なのですぅ。 私には初秋さんしかいないのですぅ。 なにとぞお願い申しあげますぅ」  これは、ちゃんと返事をしないとな。 「姫守の気持ち分かったよ。すごく嬉しい。 だけど、少し時間をくれないか? 真剣に考えたいんだ」 「お時間なのですぅ? どのぐらい必要なのですか?」 「今日明日じゃ無理だけど、 しっかり考えたいから」 「ですけど、あまり時間はありませんから、 できれば、今すぐにでも付き合って 欲しいのですぅっ!」 「ど、どうして?」 「七月までに、私、 どうしても入れられるように なりたいのですぅ」 「入れるって、まさか…?」 「一人で練習しているのですけど、 ぜんぜん入らなくて……」  一人でということは、 まさか……アイテムを…? 「ぜひ初秋さんに お手伝いしてほしいのですぅ」 「だけど、物事には順序ってものが……」 「他の人に頼んだほうがいいのですぅ?」  他の人って、いや、それはだめだっ。 「ば、バカっ! いいか、 そんな軽はずみなことはするなっ。 もっと自分を大切にしないかっ!」 「……で、ですけど、初秋さんは お付き合いしてくださらないのですよね?」 「いや、それとこれとは……」 「お付き合いしてくださらないのでしたら、 私が誰としようと勝手ではないのですぅ?」 「う……それは……」  まさか、こんな高度な戦略で来るとは…… 「どうなのですぅ?」  く、仕方ない。  この分じゃ本当に他の人に 頼みかねないもんな。  ひとまずOKして、 好奇心でするものじゃないってことを 何とか分かってもらおう。 「……分かった。付き合うよ」 「本当なのですぅっ!?」 「その代わり、軽はずみなことは やめようね」 「はいっ。ありがとうございます。 それでは、いつなさいますか?」 「いやいや、いま言ったばかりだろ。 そんな付き合ってすぐに するようなものじゃないんだって」 「ですけど、サーブが入らないと 試合にならないのですぅ」 「でも、物事には順序ってものがあるだろ。 サーブを入れる前に、デートをしたり、 手をつないだり、キスを――何だって?」 「サーブを入れられるように なりたいのですぅ」 「付き合ってほしいって言わなかった…?」 「申しましたけども、あ…! そのぉ、大変恐縮なのですが、 私、少々言葉足らずだったのですぅ」 「七月に球技大会がありますから、 ビーチバレーの練習に付き合ってほしい ということだったのですぅ」 「……それなら、手紙を入れなくても、 教室で言ってくれれば良かったのに」 「秘密の特訓をして、皆さんを 驚かせたかったのです。ですから、誰にも 知られないように万全を期しました」  なんて紛らわしい。  でも、よくよく考えれば、 俺が告白されるわけないか。 「……まぁ、でも分かったよ。 ビーチバレーのコーチになれば いいんだろ?」 「お付き合いくださるのですぅ?」 「いいよ」 「ありがとうございます。 では、よろしければお礼に、私にも何か 手伝わせてくださいますか?」 「そんなのしなくたって、 コーチぐらいいくらでもするって」 「いえ、私が手伝いたいのです。 何かあれば、ぜひお願いします」  うーん。手伝ってもらうことか。 まぁ、あるにはあるか。 「じゃあさ、ナトゥラーレに お客さんを集める方法を 一緒に考えてくれないか?」 「はい。それは構いませんが、 どういうことなのでしょう?」 「あぁ、じつはさ――」  姫守に事情を説明した。  今日のナトゥラーレには お客さんがぜんぜん来ない。  ということで、俺たちは客集めの方法を 話しあっていた。 「やっぱり、学生が メインターゲットなんだから、学生が 来たくなるような仕掛けが欲しいかな」 「学生の間で流行ってることとか、 学生が好きそうなことを、 店にも応用するってことか?」 「うん。それなら、マスターより わたしたちのほうが思いつきそうだし、 役に立つんじゃないかな」 「確かに、学生視点ってのは、 なかなか俺には難しいわな」 「だからって、わたしたちもぱっといい案が 思いつくわけじゃないけど……」 「とりあえず、何でもいいから どんどん案出ししてみようよ」 「やっぱり、見た目かなぁ。 うちの制服ちょっと地味だと思わない?」 「そぉ? わたしはかわいいと思うな。 この服、けっこう評判もいいし」 「あ、女子のほうは あたしもかわいいと思います。 問題はこっちですよ」 「な、何だよ?」  二人が俺とマスターをじーっと見つめる。 「確かに、地味かも」 「ですよね。もうちょっと 女子受けする感じにしたら、 お客さんも増えるんじゃないですか」 「って言っても、マスターはともかく、 俺はそんなにフロアに出ないぞ」 「フロアで実演調理するとか?」 「実演調理か。 まぁ、客寄せとしては悪くないわな」 「じゃあじゃあ、カッコイイ制服を着た 兄貴とオジサマが並んでチャーハンを 作るっていうコンセプトはどう?」 「それでお客さんが来るなら、 やってもいいけどさ」 「大丈夫よ。 女子に絶対ウケる制服があるから、 それを着れば、お客さんもたくさん来るわ」 「どんな制服だ?」 「水着よ」 「水着でチャーハン作ってたら、 ただの頭おかしい人たちだよねっ!?」 「大丈夫、ビキニだから」 「大丈夫じゃないよ。変質者だよっ!」 「そんなことないわ。いい? ムキムキの筋肉を露出させた二人が 炎を操りながらチャーハンを作るでしょ」 「なぁ颯太、炎が強すぎて、 だんだん体が熱くなってきちまった」 「マスター、じつは俺も、体が火照って……」 「いいか、颯太?」 「だ、だめですって、 チャーハンが焦げますから……」 「バカ言え。俺のハートのほうは もうとっくに焦げついてんだよ」 「股間も客席も大盛りあがりよ?」 「それ、女子受けじゃなくて、 腐女子受けだよねっ!?」 「腐女子だって、お客さんですよね、 マスター?」 「あ、あぁ。まぁ、な」 「一度やってみましょうよ、ね」 「……そうだな。友希がそこまで言うなら……」 「いやいや、おかしいですよねっ! 学生が気軽に出入りできる店は どこに行ったんですかっ!?」 「もう。友希には甘いんだから。 犯罪ですよ?」 「あのな……娘ぐらいの歳の子に 変なこと考えるわけねぇだろ」 「娘ぐらいの歳の子だから、 変なこと考えるんじゃ……」 「颯太くん、アタリ」 「あ、すいません。切るの忘れてました」 「いいよ。ちょっと休憩にすっか」 「すいません。ちょっと失礼します」 「もしもし――」 「じとー」 「だから、アレだアレ。 あいつは親がいないだろ。だから、 なんつーか、かわいそうっていうかさ」 「親心みたいな気持ちがあるんだわ。 お前らも歳とりゃ分かるよ」 「俺、ちょっと分かりますよ。 友希ってしっかりしてるんだけど、 ほっとけないところがあるっていうか」 「意外と寂しがり屋だから、 ついつい甘やかしちゃったりする時が あるんですよね」 「颯太くんが言うと、ますます親心とは 違う気がするんだけどなぁ」 「兄妹みたいな感じですかね?」 「うーん。ぎりアウトかな」 「なんでっ!?」 「大変、大変っ! どうしようー!?」 「どうしたんだよ、そんなに慌てて?」 「今の電話、お祖父ちゃんから だったんだけど、こっちに来るんだって!」 「来るって、いつ?」 「今日よ、今日っ! しかも、しばらくこっちにいるんだって」 「それって、何か困るの?」 「あぁ、友希はバイト禁止されてて、 ここで働いてるのがバレたら、 辞めさせられるかもしれないんです」 「そうなんだ。でも、言わなかったら 分からないんじゃない?」 「でも、お祖父ちゃん疑り深いから、 絶対あたしの友達とか知り合いに会って、 普段の様子を聞く気なんですよ」 「会わせなかったら会わせなかったで 『やましいことがあるからだ』とか 言いだすし」 「しかも、話長いし、生活チェック厳しいし、 年寄りだから同じこと何回も言うし」 「特にバレーボールの話を始めると長いよな」 「そうそう、日本代表の候補になった話とか、 嫌になるぐらい聞かされたもん」 「でも、お前のスルー力なら余裕だろ?」 「あたしはいいけど、 友達にそんな長い話されたら、困っちゃうし」 「とりあえず、友達に事情話して、 バイトのことを口止めしといたほうが いいんじゃないかな?」 「……そうですよね。 あーあ、早く帰ってくれるといいなぁ」  今日のナトゥラーレには 閑古鳥が鳴いている。 「おいっ、そこのおまえっ」  お客さんはわずか1名、 まひるだけだった。  早いところ何とかしないと、 あっというまに倒産しそうな気がするな。 「おいっ、おいったら、おいっ! まひるが呼んでるんだぞ。 話があるんだっ」  ん? 俺か? 「どうした? おかわりか?」 「違うんだ。おかわりじゃ――おかわりいいな。 えへへ。オムライスもうひとつ欲しいんだ」 「おう。じゃ、作ってくるよ」 「うん!」 「あ、しまった。待つんだっ! おかわりはついでだったんだっ。 まひるは他に用事があるんだぞ」 「どうした? ハンバーグも食べるのか?」 「ハンバーグ? えへへ。いいな。 でも、食べすぎかな? たまにはいかな? いいな、うん、いい。ハンバーグを頼むんだ」 「はいよっ。じゃ、ちょっと待ってくれな」 「えへへ、ハンバーグオムライスしよかな? おいしかな? 楽しみだな」 「……あ! しまった。違うんだっ! まひるは注文したかったんじゃないんだっ!」 「何だ? キャンセルするのか?」 「おまえっ、なに言ってるんだっ! まひるにハンバーグオムライスを 食べさせない気かっ! この悪魔めっ!」 「分かった分かった。 それでどうしたんだ?」 「だから、まひるはおまえに頼み事があるんだ」 「どんな頼み事だ?」 「聞いてくれるか?」 「いや、どんな頼み事か分からないことには 何とも言えないけど……」 「聞いてくれるって約束しないと 言わないんだ」 「……じゃ、別に言わなくていいけど……」 「なっ、おまえっ、そんなのズルいんだっ! まひるがこんなに頼んでるのに、 聞かないのかっ。ひとでなしーっ!」 「そんなこと言われたって、 できないことを頼まれたら どうしようもないだろ」 「別におまえでも簡単にできることなんだ」 「それが本当なら、いいけどさ。 何をしてほしいんだ?」 「言ったら絶対やるか? やるな? やるんだな?『やる』って言わないとまひるはイヤなんだ」  しょうがないな。 「できることなら、やるよ。 それで、何をしてほしいんだ?」 「……まひるの、彼氏になってほしいんだ」 「……はい?」 「う、『うん』って言わないと 絶交するんだぞっ!」 「なぁ、まひる。 それはもしかして告白のつもりか?」 「ち、違うんだっ、ばかっ。 何をどう聞いたら告白なんだ! おまえは自意識過剰なんじゃないかっ?」 「これで自意識過剰だったら、 世の中には自意識過剰な人間しか いないと思うけどな」 「だから、まひるはこないだ週刊誌に 載ったんだぞっ!」  何が言いたいんだ? 「いつものことじゃないのか?」 「いつもじゃないんだ。 今回は、熱愛報道っていうのを されたんだ。ひどいんだ」 「お前が? 誰と付き合ってるんだ?」 「うるさいっ、でばがめっ! 勘繰るな! まひるは誰とも付き合ってないんだっ。 ただの共演者なのに、変なこと書かれたんだ」 「あぁ、そういうのって本当にあるんだな」 「相手はママが気に入ってる役者だったんだ。 まひるは『違う』って言ってるのに『こんど 遊びに連れてきなさい』ってうるさいんだ」 「お前の親なのに、 週刊誌に振りまわされてるのか?」 「ママはミーハーなんだ」 「それでどうしたんだ?」 「あんまり毎日言われるから、 まひるは『他に彼氏がいる』って 言ってやったんだ」 「そしたら今度は『その彼氏を紹介しなさい』 って言ってきたんだ。予想外なんだ」 「……ぜんぜん予想外じゃない気が するんだけど……」 「まひるが『予想外だ』って言ったら 予想外なんだ! いーーーだっ!」 「分かった分かった。それで? 俺に彼氏の振りをして、まひるのお母さんに 会ってほしいってことか?」 「そうなんだ」 「ちなみに他に頼める相手は?」 「あっ、おまえ『やる』って言ったくせに 逃げる気か? まひるはもう『彼氏の名前は 初秋颯太だ』って言ってあるんだぞっ!」 「はあっ!? なんで勝手に そんなこと言ってるんだよ?」 「とっさに訊かれたから仕方なかったんだ……」  この分だと俺の学校とか趣味とかも 話してそうだな。 「……ダメか? まひるは何でもするぞっ。 お金もあるんだっ。いくら欲しいんだ? まひるのお金、全部あげるぞ」  まったく、こいつは…… 「お金はいいって。友達だろ。 それぐらいやってやるよ」 「ホントか? 絶対か? 約束するか?」 「あぁ。約束するよ」 「えへへ、やった。 じゃ、まひるは何をすればいいんだ?」 「なにって?」 「まひるだって、颯太の友達だから、 困ってることがあったら、助けるんだぞ」 「そうか? まぁ特にないけど」 「まひるだって助けるんだっ! 困ってないなら、まひるが 困らせてやるぞ。どうだ? 嬉しいか?」  ……嬉しくないよ。 「じゃ、どうやったら ナトゥラーレのお客さんが増えるか、 考えてくれるか?」 「分かった。 まひるに任せておけば大丈夫なんだ」 「それでは参りますよー」  軽くボールを浮かせ、 姫守はすくいあげるように 腕を振った。 「一球入魂なのですぅっ!」  気合いの入ったかけ声とは裏腹に、 姫守の腕は見事にボールを空振った。 「あぁ、また失敗なのですぅ……」  かれこれ2時間は練習してるけど、 姫守のサーブは一向に前に飛ぶ 気配がない。 「何がいけないのでしょうか?」  まぁ、色々あるんだけど…… 「サーブ打つ前にボールを こうトスするよね?」  こくこくと姫守がうなずく。 「それに一生懸命になりすぎて、 サーブを打つ手が遅れてるんだよ。 だから、空振りが多いんだ」 「ですけど、一生懸命トスしなければ、 今度はボールが変なところに 飛んでいってしまうのですぅ」 「じゃ、とりあえず、俺がボールを トスするから、それを打ってみてくれる?」 「はい。それでしたら、できそうなのですぅ」 「よし、じゃ、それで行ってみよう」  砂浜に転がっていたボールを拾いあげ、 姫守の近くに移動する。 「じゃ、行くよ。はいっ」  ふわりとボールをトスする。 「一撃必殺なのですぅっ!」 「あぶぅっ!」  何をどう間違えたのか、 ボールを狙ったはずの姫守の腕が、 俺の顔面に直撃した。 「も、申し訳ございませんっ。 粗相をいたしてしまいました。 見せてくださいますか?」 「あぁ、大丈夫……」  つーと唇の上辺りに生温かいものを感じた。 「あ、あぁ、鼻血、鼻血が出ているのですぅ。 大変なのですぅ。じっとしていてください。 えぇと、ティッシュ、ティッシュ……」 「……あ、どうしましょう? ティッシュの持ち合わせがなかったのですぅ」 「いいよいいよ、 何か適当に拭くものがあれば……」 「あ、そうですっ! 初秋さん、もう少々じっとしていてください。 行きますよ」 「風の精霊よ、彼の者を癒したまえ。 ――ハンドヒーリングッ!」 「……………」 「姫守、何それ?」 「ハンドヒーリングは癒しの魔法なのですぅ。 軽いお怪我でしたら治してしまうのですよ」 「ゲームの話だよね?」 「……あ! か、勘違いしていたのですぅ…… 堪忍なのですぅ」  どういう勘違いだ…… 「お恥ずかしい話、現実では 私のMPは0なのでしたぁ。 魔法も使えず、面目ないのですぅ」 「そんなに落ちこまなくても、 世の中の人は大抵がMP0だから」  前々から現実とゲームの 境界が危ういとは思っていたけど。  もしかして、姫守、 ゲーム廃人一歩手前なんじゃ…? 「何も拭くものがありませんね。 どういたしましょう?」  まぁ、ないものは仕方ない。 何とか拭くものなしでごまかすには……  あ。よし、いい方法を思いついたぞ。 「姫守、じつは俺、今まで誰にも 言わなかったんだけど、 ハンドヒーリングが使えるんだ」 「ええっ!? ほ、本当なのですぅ!?」 「あぁ、特別に見せてあげるよ」 「風の精霊よ、彼の者を癒したまえ。 ハンドヒーリングッ!」  ふんっ、と鼻から息を吸いこむ。  すると、鼻血がみるみる鼻の中へと消え、 俺の傷は癒された。 「ご覧の通りさ」 「……は、初秋さんは、 魔法使い様だったのですぅっ!?」  信じたんだけどっ!? 「誰にも内緒だぞ」 「他の魔法は使えるのですかっ?」 「まぁ、そうだな、例えば――」 「大地の精霊よ。刃となりて敵を切り裂け。 サンドブレードッ!」  俺は砂をつかんで、投げた。 「きゃああぁぁっ、すごいのですぅっ。 でしたらでしたら、水の精霊魔法は どうなのですぅっ!?」 「水の精霊よ。壁となりてすべてを阻め。 ウォーターウォール!」  俺は浅く海に入ると、 海水をすくって、壁のようにした。 「うわぁ、すごいのですぅ。 次はこのボールを防いでみてくださいっ。 参りますよー。えいっ!」 「ウォーターウォールッ!」 「ぐはっ!」 「って、防げるわけないよねっ!」 「ふふっ、お付き合いくださいまして、 ありがとうございます」 「あれ? もしかして分かってた?」 「魔法が使えるのはゲームの世界だけなのです」  うーむ。どうやら、俺のほうが 付き合ってもらってたみたいだ。  ゲーム廃人二歩手前に評価を修正しておこう。 「ちょっと休憩するか?」 「はい。なかなか上達しなくて、 申し訳ないのですぅ」 「いやいや、俺のほうこそ うまく教えられなくてごめんな。 ちゃんとしたコーチがいればいいんだけど」 「初秋さんはとてもいいコーチだと思います」 「そう言ってくれると嬉しいけどさ」 「そういえば、まだご協力することができず 申し訳ないのですが、お客様集めのほうは いかがですか?」 「あぁ。学生受けするようなメニューを 作ってみたらどうかなって考えたんだけど、 どう思う?」 「素敵だと思いますが、たくさんのお客様に お越しいただかないと、そのメニューも なかなか広まらないのではないのですぅ?」 「……まぁ、そうだよなぁ」  考えても、なかなかいい案は思いつかない。  ビーチバレーの練習も、 ナトゥラーレの集客も、 どちらも前途多難だった。 「いらっしゃいま――」 「……………」 「嘘……やば……」 「いらっしゃいませ。1名様ですか?」 「そうだ」 「こちらへどうぞ」 「嬢ちゃん、店主を呼んでくれるか?」 「はい。かしこまりました」 「大変大変っ! やばいよーっ!」 「どうした? 料理でもひっくり返したか?」 「そんなことじゃないよー。 お祖父ちゃんっ、お祖父ちゃんが来たのよっ」 「その話はもう聞いたけど、 確かこっちに来てるんだよな?」 「そうじゃなくてっ! ナトゥラーレに来たのっ、今っ!」 「今っ!?」  俺たちは厨房の陰から、フロアをのぞいた。 「……ふんっ、落ちつかん店だ……」 「本当だ…… お前がバイトしてるのがバレたのか?」 「うーん、バレてはないと思うなぁ。 それだったら、まっさきにあたしを 捜すはずだしさ」 「じゃ、何しにきたんだ?」 「たまたま小腹が空いて寄ったとか?」 「爺さんの嫌いそうな店だけどな」 「そうだよね。なんで来たのかなぁ?」  などと話してると、 マスターが爺さんの席へと近づいていった。 「いらっしゃいませ。 ご無沙汰しております、御所川原さん」 「あいかわらずチャラチャラした店だ。 いけ好かん。座敷のひとつでも用意しろ」 「あー、もう、なに無茶言ってるのよ。 そんなことできるわけないじゃんっ」 「あんまり大きい声出すな。バレるぞ」 「……申し訳ございませんが、 当店はカフェですので……」 「なんだ、カフェとは? 専門用語を使うな。訳が分からん」 「すみません。当店は喫茶店ですので」 「なんだ、喫茶店か。 そんなことは分かっとる」 「……無茶苦茶だな」 「お祖父ちゃん、自分が 横文字わからないだけなのに、 すぐ文句言うんだから」 「ご注文は?」 「番茶だ!」 「あいにく、そのようなものは……」 「なんだ、 喫茶店のくせに番茶もないのかっ? しけた店だ」 「……マスターそのうち ブチ切れるんじゃないか?」 「うん。あたしもそう思う」 「……番茶ですね。少々お待ちください」 「あ、耐えたよ……」 「マスターにしては珍しいな」 「待て」 「まだ何か?」 「約束は守っとるだろうな?」 「もちろんです」 「貴様の言うことなど信用できん。 しばらく通わせてもらう」 「……………」 「なんだ、なんか文句があるのか?」 「いえ、大歓迎です」 「おい、颯太。悪いが、 番茶買ってきてくれるか?」 「はい。でも、珍しいですね。 マスターが理不尽な要求呑むのって」 「なに、その分、番茶に混ぜた ぞうきんのしぼり汁をたっぷりと 飲ませてやんよ。あのクソじじい…!」  目がやばいんだけど…… 「本気にするな、バカ。 御所川原さんには昔世話になったからな。 俺も強く出られねぇんだよ」 「たまにぶっ殺してやりたくなるけどな。 ははっ」 「ごめんなさい、うちのお祖父ちゃんが」 「ん? 友希のお祖父さんなのか?」 「恥ずかしいんですけど……」 「そうか。あぁ、そんじゃ、確か、 バイトしてることがバレたら、 まずいんだったよな?」 「すいません……」 「まぁ気にするな。 御所川原さんが帰るまで、 皿洗いでもしててくれ」 「はい」 「お祖父ちゃん、まだいるね」 「閉店までいそうだよな。しかも、 マスターに『しばらく通う』とか 言ってなかったか?」 「えー、こんなのが毎日つづいたら、 仕事にならないよ。何とかして 来ないようにできないかなぁ?」 「そう言われてもなぁ……」  頭を悩ませるも、 いい方法は思いつかなかった。 「準備はいいか? ちゃんとまひるの彼氏の演技を しないとダメなんだ」 「あぁ、分かってるよ」 「ママは礼儀正しい男の子が 好きだから、ちゃんと礼儀正しく しなきゃダメなんだ」 「できる限りやってみるよ」 「それに話好きだから、 ちゃんとたくさん話さなきゃダメなんだ」 「まぁ、何とか頑張るけどさ……」 「あとイケメンモデルが好きだから、 ちゃんとイケメンモデル顔にならなきゃ ダメなんだ」 「どうやってだよっ!?」 「頑張って演技するんだ」 「演技でイケメンモデル顔になれるんなら、 俺は今からでも演技の練習するよっ!」 「大丈夫なんだ。 イケメンモデル風の表情を作れば、 雰囲気でそれっぽく見えるはずなんだ」 「絶対、やりたくないんだけど…… ていうか、できる気がしないし」 「なんだおまえっ、いまさら泣き言かっ。 まひるが『やれ』って言ったらやるんだっ。 颯太は絶対できるんだっ!」 「いや、『できる』って言われても」 「できるったらできるんだっ。 颯太はイケメンモデルになれるんだ。 まひるが保証するんだっ!」 「……まぁ、そこまで言うなら、 試しにやってみるけどさ」  俺はすーっと深呼吸した後、 きりりと表情を引き締めた。 「こうか?」 「……自分を勘違いしちゃってる人 みたいなんだ」 「もう二度とやらないからねっ!」 「演技をする時は諦めちゃダメなんだぞ。 失敗を繰りかえしてうまくなるんだっ。 ほら、もう一回やってみろ」 「……これが最後だからな」  俺はさっきよりも気合いを入れ、 イケメンモデルばりに表情を キリッとさせた。 「どうかな?」 「ぷぷっ、変な顔なんだ」 「帰るぞ……」 「だ、大丈夫なんだ。そのままじっとしてたら、 まひるがどこが悪いか見つけてあげるんだ。 そしたら、きっとうまく行くんだ」 「なら、早く見つけてくれ……」  この失敗面で待つのは、 精神的に来るものがある。 「どこが悪いのかな? 口元かな? あ、でも、目かな? 目が怪しな? 顎も おかしかな? あ、鼻かな? 眉毛かな?」 「……あ……そっか。顔が悪いな……」 「帰る!」 「あっ、待て、待つんだ、颯太。 それぐらいで怒らなくてもいいじゃないか。 まひるが悪かったんだ。機嫌を直すんだ」 「ぜったい直さないよっ!」 「じゃ、じゃ、飴をあげるんだ。 これはすっごく甘くて、クリーミーで、 舐めてると天国いったみたいになるんだ」 「まひるもイヤなことがあったら、 これを舐めるんだぞ。そしたら、 すぐに楽しい気分になれるんだ」 「悪いけど、そんな子供だましで 機嫌は直らないからなっ!」 「ホントにおいしいんだ。 ウソだと思ったら、食べてみるんだ。 はいっ、あげるっ」  まひるは包装を外し、 俺の口に飴を押しつけてくる。 「や、ぐぐむむぉ…!」 「えいっ、食べろっ、ほらっ、このっ 入れっ、入れっ、えいっ!」 「えへへ、やった。入ったな」 「無理矢理すぎだろ……」 「おいしいだろ。機嫌なおったか?」  しょうがないな、本当に。 「直ったよ」 「じゃ、仲直りの握手なんだ」 「ん? あぁ」  差しだされた小さな手を握った。 「あら、まひる? あ……」  やってきたまひるのお母さんと目があった。 「ど、どうも……」 「ママ、紹介するね。 ま、まひるの……彼氏、だよ」 「あらあら、まぁまぁ、連れてきたのね。 いつもまひるがお世話になってます。 まひるの母です」 「あ、いえ、こちらこそ」 「あがっていってくれるかしら? お茶淹れるわ」 「くすくすっ、あら、そうなの? この子ったら、昔から食いしん坊で、 ごめんなさいね」 「いえ、料理を作るのは好きですから。 いつもおいしそうに食べてくれて、 嬉しいぐらいです」 「それじゃ、まひるがごはんを食べてる ところに惚れちゃったのかしら?」 「いやぁ、まぁ、はははっ」  まひるのお母さんとの会話は 思いのほか弾んでいた。 「……おまえ、さっきから、 ママに話してばっかりなんだ。 まひるには構ってくれないのか?」 「いや、だって、お前が 気に入られるようにたくさん話せ って言わなかったか?」 「うー…!」 「どうしたの、まひる?」 「う、うぅん。何でもないよ」 「あ、ママばっかり、初秋くんとお話したから、 ヤキモチ焼いちゃった?」 「そんなことないよ。 ママと颯太が嬉しくなってくれたら、 まひるも嬉しい」  しかし、こいつ、いい子ぶりっ子だよな。 「そうは見えないわねぇ。 ふふっ、まひるはよっぽど 初秋くんのことが好きなのね」 「……う、うん」 「じゃ、お邪魔虫のママは、 買い物でも行ってこようかな。 お夕飯一緒に食べていってくれる?」 「いえ、悪いですよ」 「いいのいいの。ね、お願い」 「それじゃ、ご馳走になります」 「じゃ、行ってくるね。 あ、その前にひとつだけ訊いてもいい?」 「はい。何ですか?」 「まひるとはどこまで行ったの?」 「……はい?」 「だから、キスしたとか、 裸見ちゃったとか、エッチしちゃったとか」 「ま、ママッ。なに訊いてるのっ?」 「だって大事なことでしょ。 ママ気になるわ。どうなの?」 「……その、まだキスもしてません……」 「あら、どうして? チャンスがなかった? もうすぐ一年も経つのに?」  これは、もしかして、 俺が本当に彼氏なのか疑われてるのか?  迂闊な返事はしないほうが良さそうだな。  俺は少し考え、そして、 昔思ってたことを口にした。 「……まひるが大事だから、 まだそういうことはするべきじゃないと 思いました」 「まひるがもっと大きくなって、 色々わかるようになるまでは、 待ったほうがいいって」 「そう。ふふっ、初秋くんが真面目な子で、 ママ安心しちゃった。良かったわね、まひる。 大事にされてるよ」 「……う、うん」 「じゃあね、ごゆっくり」  この後、けっきょく なんだかんだで長居して、 夕飯をごちそうになって帰ったのだった。  今日は姫守と二人で、 ビーチバレーの練習をしていた。 「乾坤一擲なのですぅっ!」 「……あぁ、ぅぅ、またまた失敗なのですぅ。 現実はゲームのように甘くないのですぅ。 なかなかレベルアップしないのですぅ」  あいかわらず姫守は ボールを前に飛ばせないでいた。 「なぁ姫守、思ったんだけどさ、 そのかけ声、タイミングとりにくくないか?」 「乾坤一擲ですか?」 「そうそう。ていうか、 それどういう意味があるんだ?」 「運を天にお任せしまして、 のるかそるかの大きな勝負を することなのです」  ただのサーブにしては、 ずいぶん大げさなかけ声だった。 「まぁ、運を天に任せないように するために練習してるんだし、 ちょっと違うかけ声にしてみようよ」 「一撃必殺などでしょうか?」 「いや、それタイミングのとり方同じだし」  あとサーブにしては物騒だし。 「もうちょっとコントロール重視の かけ声って何かないか?」 「でしたら、ミョルニルなどが よろしいでしょうか?」 「……ちなみに、それは、 どこら辺がコントロール重視なんだ?」 「ミョルニルは北欧神話最強の軍神トールが 操ったハンマーなのです。投げれば、 必ず相手に当たって戻ってくるのですよ」  なるほど。 RPGかなんかで出てきそうな武器だな。 「じゃ、とりあえず、 それで行ってみようか」 「はいっ。それでは参りますよー」  姫守はボールを拾いあげ、 軽く真上にトスする。 「みょるににょっ!!」  見事な空振りだ。 「ぅぅ、ひはを噛んれひまいまひあー」  何を言ってるか分からないけど、 舌を噛んだのは分かった。 「ちょっと休憩しようか?」 「はいー、面目ないのれすぅ」 「初秋さん、そろそろ始めましょうか?」 「もういいのか? まだ10分ぐらいしか休んでないぞ」 「はいっ。完全ふっかちゅなのでちゅぅ」 「……………」 「ま、誠に恐縮なのですが、 そんな目で見ないでくださぁい」  どうやらまだふっかちゅとは 行かないようだ。 「姫守はさ、どうしてそんなに 頑張ろうとするんだ?」 「おかしいのですぅ?」 「いやいや、そうじゃなくてさ。 球技大会って、適当にやってる人も けっこう多いからさ」 「こんなに早くから練習するなんて、 何か理由があるのかなって思って」 「……そうですね。 何とお答えすればいいのか、 大変言葉に迷うのですが……」 「……私、小さい頃、ゲームをしていて、 『リセットボタンを押したい』と思った ことがあるのですぅ」 「あぁ、それは俺もよく思ったよ。 ていうか、実際に押したけどさ」 「いえ、ゲームではなく、 人生のリセットボタンなのですぅ」 「えぇと、『人生をやりなおしたい』ってこと?」 「はい。小さい頃、私はとても意気地なしで、 嫌なことがあるたびに『リセットボタンを 押せたら』って思っていました」 「運動は苦手で体力も全然なくて、 球技大会なんて絶対、無理だ って諦めていました」  まぁ、あれだけ運動音痴だと、 諦めたくもなるよな。 「早く神様が人生をアップデートして、 リセット機能を実装してくれないか―― って毎日のように思っていたのですぅ」  斬新な発想だな。 「ですけど、ある日、私は初めて オンラインゲームをプレイしたのですぅ」 「とても楽しくて、 その代わりとても難しくて、 たくさん失敗もしました」 「ですけど、オンラインゲームには、 リセットボタンがなかったのですぅ。 失敗しても、最初からはできないのです」 「仕方がないから私は一生懸命 頑張って、リセットボタンを押さずに、 初めてゲームをクリアしました」 「その時、私はやっと気がつきました! 人生はオンラインゲームと同じなんだって!」 「リセットボタンがなくても、 一生懸命、頑張れば 人生もクリアできるはずだって!」 「ですから、今度は私、一生懸命、 人生のイベントをクリアしたいと 思うようになったのですぅ」 「そのイベントが、次は球技大会なのでした。 初秋さんとパーティを組めば、きっと、 攻略できるのですぅっ!」 「そっか」  独特の言い回しだったけど、 姫守の気持ちはよく分かった。 「じゃ、一緒に頑張ろうか」 「はいっ。頑張るのでちゅっ!」 「……………」 「……………」 「まだ“ふっかちゅ”してないみたいだな?」 「そんなぁ。意地悪なのですぅ」 「悪い。 でも、もうちょっと休もうか。 何かいい練習方法でも考えながらさ」 「それでしたら、私、ふと思いついたのですが、 地形効果を使ってみてはいかがでしょう?」  またゲームっぽい単語が出てきたな。 「地形によって能力がアップするのか?」 「はい。砂浜も悪くはありませんが、 やっぱり、お花畑が大好きなのですぅ」 「でも、ビーチバレーやるのは 砂浜だからさ」 「でしたら、砂浜にお花を たくさん持ってくればいいのですぅ」 「そうすると、地形効果が働くのか?」 「はいっ。お花は便利なアイテムなのです。 お花があるだけで、どこでも素敵空間に 早変わりしてしまうのですよ」 「まぁ、女の子は花好きだよね。 吸いよせられるように寄ってくっていうか、 俺には、全然わからないけど――」  ん? 待てよ…? 「……それ、もしかしたら、 使えるかも…!」 「えっ? 何に使われるのですぅ?」 「ナトゥラーレの集客にだよっ!」  後日―― 「いらっしゃいませー。 ご新規4名様、ご案内しまーす」 「ご注文くりかえします。 自家製ビーフストロガノフがおふたつ、 Bランチがおひとつでよろしいでしょうか?」 「――少々お待ちくださいませ」 「しっかし、たかだか花を飾っただけで こんなに客が来るとはな」 「まぁでも、これからも定期的に花を 飾る日を作れば、客も集まるだろうし、 あとは料理やコーヒーの味次第だな」 「はい。お花を飾らない日も来てもらえる ようになれば、言うこと無しですよね」 「でも、お前、あんなに大量の花を いったいどうしたんだ?」 「あぁ、それは、まぁ……」 「感謝してほしいね。 あんなに綺麗に咲いた花は、そうそうないよ」 「分かってるって。助かったよ」 「あん? どうした?」 「いえ。知り合いに 花を大量に作ってる人がいて、 譲ってくれたんです」 「オーダー入りましたー。 ビーフストロガノフふたつ、 ブレンドふたつ、お願いしまーす」 「おうよっ」  こうしてナトゥラーレは無事、 倒産を免れたのだった。 「来た来た、また来たよー」  爺さんが来たんだろう。 友希が厨房に避難してきた。 「じゃ、代わりに俺がフロアに出るわ。 颯太、手が足りなくなったら呼んでくれ」 「分かりました」 「あたし、何すればいい?」 「今のところ、何もしなくて大丈夫だよ」 「えー、何もしなくていいの?」  うーむ。さすが暇嫌いだな。 「じゃ、集客方法でも考えたらどうだ?」 「あ、そっか。颯太頭いいじゃん。 考えよっと」  俺がハンバーグを作っている時だった。 「ねぇねぇ颯太、いいこと思いついたわ」 「おう。何だ?」 「女の子の手ごねハンバーグっていって、 メニューに女の子の写真入りで 載せるのとかどうかなぁ?」  また際どいアイデアだな。 「……誰の写真載せるんだ?」 「やっぱり、まやさんがいいんじゃないかなぁ。 かわいいし」 「お前は?」 「あたし? だって、ほら、 あたしはちょっと胸おっきいし」 「おっきいからいいんじゃないのか?」 「あー、やーらしいのー。 うちはそういうお店じゃないんだからね」 「まやさんはいいのか?」 「まやさんは健康的な魅力でいっぱいだし、 写真が載ってても、 ぜんぜんエロくないでしょ」 「まぁ、そうかも。 メイクとか写真うつりによっては、 子供に見えるかもしれないしな」 「だよねー。ランドセルとか似合いそう」 「着物を着せて七五三みたいにしたりとかな」 「オーダー入りましたけどー」  あ、やばい…… 「すぐに作りますっ。何ですか?」 「イタリアンパニーニ」 「はいよっ!」  と、すぐさま俺はパニーニの調理を始める。 「じとー」 「な、何ですか?」 「何でもないよ。ただ颯太くんって、 わたしのことそういうふうに見てたんだなぁ って思っただけかな」  あぁ、まやさん、笑顔怖いです。 「いえ、誤解なんです。 友希の口車に乗せられてですね」 「どうせ健康的な魅力でいっぱいだし」 「いえ、それは友希が言ったことですから。 俺は全然そんなことは……」 「じゃ、健康的じゃない魅力も 感じちゃってるのかな?」 「そ、それはもう。はい」 「ふふっ、じゃ、許してあげる。 友希はあとでお説教ね」 「あ、あたしもまやさんは、 特殊な需要があると思いますよっ!」 「ありがと、すっごく嬉しいかな。 あとでゆっくりお話しようね」 「どうしよう? あとでお説教よ、きっと」 「自業自得だよ……」 「あ、そうそう。今、もうひとつ いい案を思いついたんだけどさ」 「どんな案だ?」 「うんとね、できるか分からないんだけど、 まひるにフロアを手伝ってもらったら、 お客さんがたくさん来るんじゃないかと思って」 「あぁ、それは……来るだろうけどなぁ……」  なんせ人気女優だもんな。 あっというまに噂になって、 客が押しよせてきそうだ。 「でも、あいつわりと忙しいだろ。 せっかくの休みの日に、 手伝う気になんてなるか?」 「分かんないけど、 頼むだけ頼んでみない?」  まぁ、断られても別にいいしな。 「そうだな。頼んでみるか」  バイトに向かうため、 新渡町を歩いていた。 「えいっ!」 「おぉうっ!」  後ろから体当たりを受け、 思わずつんのめった。 「あ、颯太、偶然なんだ」 「何が偶然だっ!? いま思いっきりぶつかってきたよね?」 「まひるは知らないんだ。 おまえの気のせいじゃないのか」 「『えいっ』とか言っといて、 『気のせい』が通じるわけないよね」 「お、覚えがないんだ。 そんなことまひるがいつ言ったんだ?」 「たった今だよ、今」 「今っていつなんだ? 何時何分何曜日? 地球が何回まわった日?」 「小学生かっ!」 「えっへん。参ったか」 「……別に参ってないよ」 「そんなことより、 まひるは訊きたいことがあるんだぞ」 「何だ?」 「……アレはホントのことなのか?」 「アレって何だ?」 「あ、アレはアレなんだっ!」 「あぁー、アレかぁ。 アレはなぁ、まぁそうだな、 本当なんじゃないかなぁ?」 「ウソつけっ、おまえは何のことか 分かってないんだっ。そんな適当なこと 言ってもまひるには分かるんだぞっ」 「いやいや、分かってるって。 アレのことだろ」 「うー…!」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「分かった分かった。蹴るなって」 「で、アレって何のことだ?」 「……まひるの家に来た時のことなんだ」 「あぁ、俺が意外と イケメンモデル顔だっていう――」 「そういうのは記憶障害っていうんだ」  そこまで言わなくても…… 「本当に分からないんだけど?」 「颯太がママに言ってたんだ。 まひるに何もしなかったのは、 ま、まひるが大事だからだって……」 「あぁ、それがどうした?」 「まひると付き合ってた時、 颯太は何もしなかったんだ。 まひるに興味がないと思ったんだ」 「……お前、そんなふうに思ってたのか?」 「だって、分からないんだっ! 颯太は言ってくれなかったんだっ!」 「そうだけど……」 「いま言うんだっ!」 「いまさら言ったって……」 「うるさいっ、 まひるが『言え』って言ったら言うんだっ。 まひるは聞きたいんだっ!」  しょうがないな。 「こないだ言った通りだよ。 まひるが大事だから、何もしなかったんだ」 「そっか。そうなんだ……」 「じゃ、まひるはこないだ約束した通り、 お客さん集めを手伝うんだぞっ!」 「おぉ、そっか。ありがとな」 「うるさいっ! おまえなんか、 世界で一番大っ嫌いなんだっ! あっかんべーだっ!」  まひるは走りさっていく。 「……何だ? 手伝ってくれるんじゃ?」 「こらっ! 何してるんだっ! 早くまひるを追いかけるんだっ!」  まひるが走りさっていくので、 俺はしょうがなく彼女を追いかけたのだった。 「無理なんだっ。 そんなのまひるはできないんだっ」 「大丈夫よ。あたしが教えてあげるし。 注文訊いて、伝票に書いて、料理を 運ぶだけだから、簡単簡単」 「ウソだっ。まひるは知ってるんだ。 そのうちワンオペとかいうのをやらされて、 窮地に追いこまれるんだ」 「どこのブラックバイトだよ……」 「うちの店にワンオペなんてないわ。 基本的にフロアは二人以上だし、 マスターはだいたいいるし」 「だけど、まひるはオムライス運んでたら、 我慢できなくて食べたくなっちゃうんだっ! 食欲には自信があるんだっ!」 「そこは自慢するところじゃないよ……」 「じゃ、オムライスを食べたくなったら、 颯太がいつでも作ってあげるってことで どう?」 「いつでも、オムライス…!?」 「おい、友希、なに勝手に約束してるんだよ?」 「いいじゃん。まかないだと思えば。 ちょっとぐらい作る量が増えても、 別に平気でしょ?」 「俺が良くても、マスターの許可を とらないとだめだろ?」 「うん。もう許可とったよ。 まひるが働いてくれるんなら、 ある程度の条件は呑むってさ」 「本当に? お前って抜け目ないよな」 「これぐらい当たり前じゃん。 交渉事は根回しが肝心よ?」 「いきなりホテルの前で土下座したからって、 すぐにOKが出る可能性は低いわ」 「何の交渉だ、何の?」 「性交渉よ」 「うまいこと言ってんじゃねぇ!」 「あははっ。 あ、それで、まひる、どうする?」 「……オムライス……いいな、オムライス…… ハンバーグもあるかな? あるといいな……」 「……はっ! ま、まひるを食べ物で釣ろうとしても そんなの、ぜんぜん通用しないんだぞっ!」 「今どう見ても釣られる寸前だったぞ」 「おまえは騙されたんだっ。 じつはまひるは引っかかった振りを してやっただけなんだっ!」 「なんでそんな意味の分からないことを するんだよ……」 「やっぱりだめかなぁ?」 「颯太も友希も慣れてるからヤなんだ。 まひるだけ初めてだと、笑われるんだ」 「えー、笑わないよ。ね、颯太」 「おう。笑うわけないだろ。 誰にだって初めてのことはあるんだからさ」 「それはウソツキの顔だっ。 まひるが失敗したら絶対、心の中で笑うんだ。 まひるはお見通しなんだぞ」 「そんなことないって」 「じゃ、おまえっ、まひると一緒に ウェイトレスのカッコするか?」 「何が『じゃ』なのか分かんないよっ!」 「あっ、おまえ、やりたくないんだなっ!?」 「当たり前だよね!」 「ほら、やっぱり、おまえもヤなんだっ。 まひるにやらせたいなら、おまえも ウェイトレスのカッコしなきゃ不公平なんだ」  うーむ。分かるような 分からないような理屈だけど、ともかく、 そんなに嫌だったんだな。 「仕方ないわね」 「そうだな」 「颯太にウェイトレスの格好させるわ」 「そっちは仕方なくないよっ!」 「確かにちょっと恥ずかしいけど、 女装ひとつでナトゥラーレが救われるんなら 安いものよ」 「自分が女装するみたいに 言わないでくれるっ!?」 「大丈夫、颯太なら、きっと似合うわ。 その道の人に大人気にもなれるはずよ。 自信を持って!」 「そんな自信持ちたくないんだけどっ!?」 「大丈夫、大丈夫」 「最初は嫌とか言ってたって、だんだん 気持ち良くなってきて、最後にはもう 女装を我慢できなくなっちゃうんだから!」 「そうならないためにも、 断固としてやらないよ」 「じゃ、まひるもやらないんだ」 「ほらー、颯太がそんなこと言うから」 「俺のせいじゃないよねっ!?」 「まひるは、今日は用事が あるからもう帰るんだ。またな」 「あ、うん。またねー」  まひるはナトゥラーレから出ていった。 「やっぱり、だめだよなぁ。どうする?」 「……うんとね、仕方ないから、 最後の手段を使うわ」  そう言って、友希はケータイをとりだし、 電話をかけはじめた。 「いらっしゃいませー。 あー、千花、久しぶりー」 「へへーっ、たくさん連れてきたよ」 「ありがとー。こちらへどうぞ」 「友希ー」 「あ、はーい。なになに?」 「ここのお店おいしいね。 特にこれ、ビーフストロガノフ、 気に入っちゃった」 「でしょー。うちのイチオシメニューなのよ」 「あれかな? ちょっと立地が悪いから、 お客さんがあんまり来ないのかも。 うちの部員にも宣伝しとくね」 「ありがとー。助かるわ」 「いらっしゃいませー。 あ、美樹ちゃん」 「やっほー、友希、遊びにきたよんっ」 「あぁ、疲れた…… こんなにお客さん来たの、 初めてじゃないか?」 「ほんと。友希って地元じゃないのに、 なんであんなに友達いるの?」 「うんとね、遊んでる内に たくさんできちゃった」 「友希はすぐ仲良くなるからな」 「あたし、おち○ちんから、えっちな お汁出せるんだよって言うと、みんな 興味津々で、会話が弾んじゃうんだよね」 「嘘をつくな、嘘を。 全力で引かれてるところしか想像できないよ」 「でも、これが続いてくれたらいいね」 「射精のこと?」 「死にたいのかな?」 「あ、あはは……みんな学校で宣伝してくれる って言ってくれたし、きっとお客さんも 増えると思うなぁ」 「しっかりリピーターになってもらうためにも、 頑張んないとな」 「うんっ。頑張ろー」  口コミの効果はあったようで、 この日を境にナトゥラーレにお客さんが 増えはじめたのだった。 「今日こそ何としてでも、 サーブを前に飛ばすのですぅっ!」 「あぁ、そういえば、砂浜に行く前に ちょっと別のところに寄ってもいい?」 「はい。構いませんよ。 何をなさるのですぅ?」 「じつはいいコーチに心当たりがあって。 引き受けてくれるか分からないけど、 頼んでみようと思うんだ」 「そうでしたか。かしこまりました。 私も誠心誠意お願いをいたしますね」 「いらっしゃいませー。 あ、颯太くん、姫守さん」 「どうも。今日も来てますか?」 「うん。来てるよ。 今、マスターが頑張ってるところ」  と、まやさんが視線をやった方向を見る。 「つまりは、そこが天王山というわけだ。 そして、満を持して登場したサーバーは、 このわしだ」 「はぁ……」 「なにせ絶対に外せない一球だからの。 並の選手なら入れることだけに専念し、 サーブが甘くなってしまったところだろう」 「しかしだ。そこで、 わしはいったいどうしたと思う?」 「……………」  マスターの顔には 「聞き飽きた」 と書いてあった。  俺だって、何度聞かされたか分からない話だ。 「思いっきり攻めてやったわ。 ぎりぎりの際の際をの、針の穴をも 通すような正確さで、こうっ!」 「こうだっ! 分かるかっ、こうよっ!」  爺さんがぶんぶんと腕を振りまわし、 サーブの素振りをする。 「はっはっは、あれには敵の選手も 面食らっておったな。まさか、あの局面で、 その日一番のサーブが入るとは思うまいて」 「……………」  マスターの顔には 「どうでもいい」 と書いてある。 「なんだ、貴様、その顔は。 わしの話がつまらんとでも言いたいのか?」 「いえ、そんなことは……」 「いいや、信用できん。 貴様の言うことは嘘ばっかりだからな」 「……………」  やばい。マスターがキレそうだ。 「爺さんっ!」 「あ? なんだ、颯太か。 お前、まだこんなところで働いてたのか。 あれだけ『辞めろ』と言ったろうに」 「そんなこと言われたって、 簡単には辞められないよ」 「それより、爺さんに頼みがあるんだけど?」 「頼み? 何だ?」 「爺さんにビーチバレーのコーチを してもらいたいんだ」 「ビーチバレーのコーチ? お前のか?」 「いや、俺じゃなくて、 この子のなんだけど……」 「あのぉ、姫守彩雨と申します。 ビーチバレーは不得手なのですが、 どうしても球技大会で勝ちたいのですぅ」 「大変不躾かとは存じますが、なにとぞ ご助力をお願いできないでしょうか?」 「下手な奴に限って努力をしとらん。 そんなヘタレのコーチを引き受ける気には なれんわい」 「返す言葉がないのですぅ。 ですけど、毎日練習していても、 ぜんぜんサーブが前に飛ばないのですぅ」 「話にならん。諦めたほうが早いわ」 「おっしゃる通りなのですが、 諦めたくはないのですぅ。頑張って、 私、何としてでも優勝したいのですぅっ!」 「優勝? サーブも入らんのにか?」 「それはこれから死ぬ気で練習するのですぅ」 「……ふ、くっくっく。 面白い。その心意気やよしよ。 昔の血が騒ぐわい」 「よかろう。引き受けてやる。 その代わり、泣き言は許さんからの。 言ったからには、死ぬ気でついてこい」 「はいっ! ありがとうございます!」 「そうだ。ボールから目を離すな。 食らいつく気持ちで見ろ。とことん見ろ! 今だ、打てーーーーーーっ!」 「じゃーおっ!」  謎のかけ声とともに、姫守の腕は 初めてボールの真芯をとらえた。 「ああぁっ、やったのですぅっ。 初めてサーブができたのですぅっ!」  爺さんのコーチはさすがで、 姫守のサーブは驚くほど上達した。 「よし、二人ともちょっと来い。 明日からの練習内容を考えておいたわい」  爺さんがノートを開いて見せる。 完全にバレー部としか思えない 練習メニューが並んでいた。  よく見れば、俺の練習メニューまである。 姫守より1.5倍はハードだ。 「……って、俺は別に 球技大会の練習必要ないんだけど?」 「わしも、こう見えて忙しい。コーチが できん日もよくあるわい。その時は代わりに お前に教えてもらわんとな」 「それはもちろん、やるけどさ」 「なら、ある程度は、 基礎を身につけてもらわんといかん。 これでも少ないぐらいだわい」 「あー、でもさ、 ほら今、バイトがちょっと大変でさ」 「アルバイトの日は 筋トレや走り込みでもしていろ。 家に帰ってからでもできるだろうて」 「そうだけど、その、なんていうか 今、店がちょっと倒産しかけててさ」 「……ほう」 「客集めの方法を考えないといけないんだよね」 「だから、この練習メニューをこなす余裕は ちょっとないって言うか……」 「そんなことは知らん。 飲食店のアルバイトなんかよりも、 練習のほうが大事だろうて」 「いや、でも……」 「たわけっ、そうやって言い訳を並べて、 辛い練習から逃げようという魂胆だろ。 わしが学生の頃にもそんな奴はおったわい」 「だが、よく考えろ。 お前はアルバイトと全国大会と いったいどっちが大事なんだっ!?」 「いや、〈全国大会〉《インターハイ》なんて……」「もちろん〈全国大会〉《インターハイ》なのですぅっ!」  はい? 「よし、よく言ったっ! さぁ、とっとと位置につけ!」 「次はレシーブの練習だわい! 腹から声を出せっ! わしらの目標はなんだっ!?」 「はいっ、コーチッ! 目指せ、インターハイなのですぅっ!」 「……………」  インターハイは目指さないよ…… 「いらっしゃいませ。申し訳ございません。 ただいま満席となってまして、30分ほど お待ちいただくことになりますが…?」 「あ、分かりました。待ちます」 「ほらね、やっぱり混んでるんだよ」 「オーダー入りましたー。 自家製ビーフストロガノフふたつ、 ベーグルサンドひとつです」 「はいよっ。 ビーフストロガノフはそれで終了だ」 「分かりましたー」 「ていうか、なんでいきなりこんなに 混みはじめたんですかね?」 「さぁな。俺としちゃ嬉しい限りだが」 「あ。あたし、お客さんに 聞いてみたんですけど、グルメ情報サイトで 特集が組まれてたみたいですよ」 「しかも、ひとつのサイトだけじゃなくて、 複数あるみたいです。お客さんによって、 違うサイトの名前言ってましたから」 「そういうのって、普通、 事前に取材とかあるんじゃないっけ?」 「どうなのかなぁ? でも、勝手に特集組まれるって 変な気がするね」 「それに、色んなサイトで同時にだろ。 偶然にしちゃできすぎだわな」 「じゃ、誰かが頼んだってことですか?」 「でも、誰が? すっごくお金かかるよね?」 「うちの宣伝したって、関係者以外は 何のメリットもないしな」 「……どういうことでしょうね?」 「友希ー、何してるの? フロアすっごく大変なんだから。 早く戻ってきて」 「あ、はーいーっ」 「はあぁぁ、疲れた。死ぬかと思った」 「バカ言うなって。 こちとら、もう死んだも同然だわな」 「よくよく考えたら、さっき、 3回ぐらい死んでましたよ」 「んなこといったら、 俺はゾンビになっちまったよ」 「だったら、俺はミイラですよ」 「うぅぅ、うがぁぁぁぁぁ……!!」 「シィィ、シギャァァァァ……!!」 「こら。子供みたいなことやらないの。 掃除するんだから、あっちで休憩してね」 「あ、すみません……」 「マスター、邪魔です」 「……はーい」 「すいません。もう閉店――」 「やばっ…!」  慌てて友希が奥のほうへ引っこんでいった。 「なんだ、貴様ら、その疲れきった顔は? あれぐらいの客で参るようじゃ、 一週間後はもっと大変なことになるぞ」 「……どういうことでしょう?」 「わしの伝手を使っての。 美食情報掲示板にこの店の特集を 組んでもらったんだわい」 「え……じゃ…?」 「一週間後には、生放送でテレビが来る。 客もどっと押しよせるだろうな」  爺さんは俺に視線を向け、 ギラッと鋭い眼光を放った。 「つまり、これでビーチバレーに 集中できるというわけだ」 「え…?」 「さぁ行くぞ。これから特訓だわい」 「特訓って、いま夜なんだけど……」 「心配無用だ。照明は用意させた。 心置きなくやれるぞ」  がっしりと爺さんは俺の腕をつかむ。 老人のくせに、ものすごい力だ。 「いやっ、ちょっと待ってっ!」 「心配するな。わしを信じろ。 必ず全国大会に連れてってやる」 「行きたくないんだけどっ!?」  爺さんに引きずられていく。 「御所川原さんっ!」 「何だ? 邪魔する気か?」 「……いえ、ありがとうございました……」 「……ふんっ、いけすかん店だがな。 潰れるとなると、張り合いがなくなるわい」 「またのお越しをお待ちしております」  マスターが深く頭を下げる。 「当分は来ん。なにせ、 全国大会を目指さにゃならんからな」 「いやいや、爺さん、もうろくしてるよね?〈全国大会〉《インターハイ》なんて目指さない って言ってるんだけどっ!?」 「たわけっ! やらずに後悔より、やって後悔だ!」 「そもそもやりたくないんだって! マスター、助けてくださいっ」  マスターはこくりとうなずき、 「あの、御所川原さん。 差し出がましいようですが――」 「一週間後にはテレビが来るんだがの」 「差し出がましいようですが、 颯太は見所のある奴ですから、 しっかり鍛えてあげてください」 「大人って汚いっ!!」 「ようし、じゃ、行くぞ。 朝までにレシーブ1000本だっ!」 「ちょ、待って。だ、だ、誰か――」 「誰か助けてくれーーーーーーっ!!」 「客が、来ない…!!」  入口の真ん前に陣取り、 マスターが仁王立ちしていた。 「だから、マスターがそこにいたら、 余計にお客さんが来ないと 思いますよ」 「お、おう、そうだな」  マスターは二、三歩移動した。 「これで客は来るか…!?」 「『来るか』って言われても……」 「ん? 外がちょっと騒がしくない?」 「なにぃ、客かっ!? 逃がすなっ、囲いこめっ!!」 「うちに騒がしくなるほど たくさんのお客さんなんて来ません」 「な……あ、あうあ……あ……」 「やばいぞ。マスターが言語障害を 患うほどショックを受けた……」 「まやさんってたまに怖いよね……」 「こら、そういうこと言わないの。 マスターが大げさなだけでしょ」 「にしても、外で何やってるんだろうな? 店の前まで来そうだぞ」 「本当だぁ。あ、ねぇねぇ、 あれテレビカメラじゃない? 何かの撮影してるんだわ」 「本当だ……って、おい、あれ…?」 「はいっ、ついた。 ここはまひるがよく お邪魔しているお店だよ」 「ビーフストロガノフが オススメ料理だけど、まひるは オムライスが好きなの」 「ちょっとだけ入ってみようかな。 撮影許可とってくるね」 「はぁ……もう疲れたんだ……」  あいかわらず、すごい変わり身だな。 「何してるんだ、まひる?」 「バラエティ番組の撮影なんだ。 こんど、まひるの特集とかいうのを 2時間スペシャルでやるみたいなんだ」 「まひるの家での過ごし方とか、 趣味とか、よく行くお店とかを テレビで流すんだ」 「でも、バラエティは面倒なんだ。 まひるは演技のほうが気楽でいいんだ」 「普通はバラエティのほうが気楽な気が するけどなぁ。ねぇ、まやさん」 「……ん? あ、うん。 わたし、あっちのほう、掃除するの忘れてた。 ちょっと行ってくるね」  忘れるなんて、まやさんにしては珍しいな。 「ねぇねぇ、まひる。 カメラ、放っておいてもいいの?」 「あ、そうだったんだ。 まひるは撮影許可をとりにきたんだ。 撮影しても大丈夫か?」 「それはマスターに訊いてみないと――」 「バカ野郎っ! 早くカメラ様をお通ししないかっ!」 「……いいみたいだよ」 「じゃ、呼んでくるんだ」 「ようこそ、マドモアゼル。 最高の癒しの空間、ナトゥラーレへ。 本日もごゆっくりおくつろぎくださいませ」 「ねぇねぇ、誰あれ?」 「大人って怖いな」 「マスター、どうしたの? テレビだから、行儀良くしてるの?」 「え、あ、い、いや、そんなことは……」 「マスターは、普段はもっとフランクで、 たまにお客さんとケンカしちゃうんだ」 「それは言わない約束でしょう、 まひるさんっ!」 「ねぇねぇ、何あれ?」 「子供って怖いな」 「でも、マスターはホントは とってもいい人なんだよ。 ケンカも悪いお客さんとしかしないの」 「だから、みんなも遊びにきてあげてね。 お料理も飲み物もとってもおいしいよ」 「とってもおいしいですー」 「だんだん恥ずかしくなってきたなぁ」 「俺もだよ」  マスターとまひるの絡みを中心にして、 ナトゥラーレでの撮影は順調に進んだ。 「じゃあね、マスター。またねー」 「またのお越しをお待ちしております、 マドモアゼル」  カメラとともにまひるは去っていった。  と、思ったら、すぐに戻ってきた。 「どうした?」 「これでいかな?」 「『いいかな』って何がだ?」 「撮り忘れたことないかな? これでお客さん来るようになるかな?」  あぁ、そういうことか。 「まぁ、どれだけテレビに 流れるかにもよるけど、 けっこうお客さんも来る気がするよ」 「けっこうコーヒーとか、 料理の紹介もしてもらったしさ」 「そうか。なら、いいんだ」 「もしかして、そのために わざわざナトゥラーレを撮影場所に してくれたのか?」 「えっへん。まひるは頑張ったんだぞ」 「そっか。ありがとな」 「うん! じゃ、まひるは 撮影の続きがあるんだ。またな」  この時の撮影内容が放送され、 ナトゥラーレにお客さんが押しよせるように なるのは、まだもう少し先の話だった。 「着替えおわったわ」 「お。どれどれ?」 「……て、まひるはどこだ?」 「あれ? まひるー、なに隠れてるのよ? 恥ずかしがってないで出ておいで」 「……笑わないか?」  物陰から、声だけが聞こえた。 「笑わないって」 「絶対だな。約束するか? ウソついたら、 まひるは怒るんだぞ。まひるが怒ったら、 山が噴火するんだ。人類が危ないんだ」 「約束するよ」 「ホントか? バカにしてもいけないんだぞっ。 命かけるか?」 「本当だって。人類を滅ぼすわけには いかないからな」 「……そだな。人類を滅ぼすわけには いかないな。じゃ、いかな」  怖ず怖ずとまひるが、姿を現した。 「……………」  まひるのウェイトレス姿は とてもよく似合っていた。  テレビに出るだけあって、 こいつってものすごくかわいいんだよな…… 「な、何とか言うんだっ」 「あ、あぁ。そうだな……」  うっかり見とれてしまい、言葉に詰まる。 「あー、やーらしいのー」 「な、何がだよ?」 「だって、いま見とれてたでしょ?」 「いや……それは…?」 「スカートめくりあげて 後ろから思いきりズッコンバッコンしたい って考えたんでしょ?」 「そこまでは考えてないよっ!!」 「つまり、前をはだけさせて乳首ぺろぺろまで ってこと?」 「……その下ネタしか出てこない口を 今すぐ塞ぎたくて仕方がないんだけどさ」 「……む、無理矢理しゃぶらせて 黙らせてやろうかとか、そんなのやだよ」 「俺のほうがやだよ」 「うー…!」 「どうした、まひる?」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「な、何だ? なんで蹴るんだ?」 「まひるが着替えたのに、 おまえは感想なしなんだっ! 山が噴火するんだぞっ!」 「待て待て。言おうと思ったら、 友希に邪魔されたんだよねっ!?」 「うるさいうるさいっ。 おまえなんか無理矢理しゃぶらせて 黙らせてやるんだっ!」 「何をっ!?」 「もしかして、まひるっておち○ちんが……」 「ちょっと黙っててくれる!?」 「まひるは黙らないぞっ! おまえなんか、銀河で一番大嫌いなんだっ! へちゃむくれーっ!!」  まひるが出入口のほうへ走りさっていく。  だけど、すぐに戻ってきた。 「なんか、人がたくさん並んでるんだっ! まひるは出られなかったんだっ!」 「うん。ほら、せっかくまひるが お店を手伝ってくれるから、友達に ちょっと宣伝しといたんだよね」 「そしたら、口コミで どんどん広まっちゃったみたい」 「にしても、あの人数、 店に入りきらなさそうだな」 「そうね。開店時間を遅らせてなかったら、 着替えさせる余裕もなかったかも」 「開店まであとどのぐらいなんだ?」 「あと30分ちょいだな」 「じ、時間がないんだっ! どうしよう?」 「大丈夫だって。もう着替えは済んだし、 接客の練習だって一通りやっただろ」 「でも、まだゴハンを食べてないぞっ。 ゴハンは食べなくていいのか?」 「お前、こんな直前に食べるのか?」 「ダメなのか? まひるはオムライスを食べたいんだっ」 「じゃ、作るけど。 食べる時間10分ぐらいしかないぞ」 「大丈夫なんだ。 まひるは5分で食べられるんだ。 偉いだろう」 「おまちどおさま、 ビーフストロガノフと、オムライスだよ」 「ありがと、まひるちゃん。 でも、あたしが注文したのは、 別のものだよ?」 「あ、あれ? 間違えちゃった。えへへ」 「まひるちゃん、ドンマイッ!」 「頑張って、まひるちゃん」  ファンからの声援を受けながら、 まひるはビーフストロガノフとオムライスを 注文したテーブルを探している。 「3番テーブル、どこかな? ここかな? ここは違うな? あっちかな? 難しな」 「まひるちゃーん、こっちこっち。 ビーフストロガノフとオムライス、 待ってるよー」 「あっ、あそこか。 はぁい。おまちどおさま。 ビーフストロガノフとオムライスだよ」  初めての配膳をまひるが成しとげると、 店内からは温かい拍手が溢れたのだった。  閉店後。 「まひる、お疲れ様っ。今日はありがとね」 「まひるも、けっこう楽しかったんだ。 また手伝ってもいいんだ」 「本当に? じゃ、また都合のいい日ができたら 教えてね。いつでも大歓迎だから」 「うんっ!」  かくして、まひるの協力によって、 少しずつ常連客を増やし、ナトゥラーレは 倒産の危機を逃れたのだった。  学校の帰り道、 五人でマックスバーガーに立ちよった。 「おいしいのですぅっ。 やっぱり、ファストフードと言えば、 マックのアップルパイですね」 「まひるは、アップルパイは薬っぽい味がする から、好きじゃないな」 「それは、まひるちゃんが薬を あんまり呑んだことがないからだ と思いますよ」 「そうなの?」 「はい。本当の薬はもっと薬の味がするのです」 「そりゃ、薬だもんな……」 「ねぇねぇ彩雨、 さっき『ファストフード』って言った? “ファーストフード”じゃない?」 「え、“ファストフード”が正しいのでは ないのですか?」 「まひるも“ファストフード”だと思うんだ」 「えー、嘘だぁ。絵里は?」 「わたしは“ファーストフード”って 言ってますけど」 「ほらー、絶対“ファーストフード”よ?」 「ですけど、新聞などにはちゃんと “ファストフード”って載ってますよ」 「新聞に載ってるなら間違いないんだ。 まひるたちが正しいんだっ」 「でも、正しいというわけではありませんが “ファーストフード”のほうが 馴染み深い人は多いかもしれませんね」 「うんうん、あたしもそう思う。 公式で“ファストフード”って言われてても、 やっぱり“ファーストフード”が一般的でしょ」 「そうでしたか……」 「諦めちゃダメだよ、彩雨。 まひるたちが正しいんだから、 世の中に訴えないと」 「は、はい。申し訳ございません。 私、あやうく大変な過ちを犯すところでした」 「でも、言葉ってほら、 間違ってても使っている人が多ければ、 そっちの意味が正しくなるじゃん」 「そんなのおかしいんだっ! まひるは知ってるんだ。そういうのは、 『悪貨は良貨を駆逐する』って言うんだっ」 「それは少し違う気がしますが……」 「民主主義なのですぅ?」 「それは少し近いと思います。 どちらかと言えば、市場原理な気がしますね」 「つまり、言葉の流通競走において、 “ファストフード”は“ファーストフード” に負けたのよっ!」 「ですけど、私、間違った言葉のほうが 正しいと認められてしまうなんて、 そんなの間違ってると思いますっ!」 「甘いわよ、彩雨っ。よく考えてみて、 マックスバーガーの公式略称は何?」 「えっ? “マック”ではないのですぅ?」 「“マクバ”です」 「え、ええぇぇっ!?」 「ほらほら、マックスバーガーは 『マック』って呼んでるんだから、 もう“ファーストフード”でいいじゃん」 「ですけどマサチューセッツ工科大学はちゃ んと“MIT”という正しい略称で呼ぶのです。 『ミット』と呼ぶ人は多くないのですっ!」 「じゃ、チュアブルソフトはどう? みんななんて呼んでると思う?」 「まひるは知ってるんだ。 チュアブルソフトの略称は、 “チュアブル”なんだっ」 「そちらが公式の略称ではないのですぅ?」 「うぅん。 公式略称は“ブルソフ”っていうのよ?」 「……ブルセラみたいなんだけど…?」 「ビンゴよ。『ブルマをとことんまで ソフトウェアで表現する』っていう意味が 略称にこめられてるみたいね」 「……そうだったっけ?」 「でしたら、よく使われている “チュアブル”という略称には どういう意味がこめられているのですか?」 「チュアブルって、 『かみ砕けること』って意味でしょ?」 「チュアブルソフトの文字に含まれた 『ブルソフ』をかみ砕く、 ってことなんだけど、これを意訳すると」 「ブルマーの素晴らしさを 分かりやすく、かみ砕いてゲームで説明する、 ってことになるらしいよ」 「どんだけブルマー好きなんだよ、 そのソフトハウスは?」 「ともかく、チュアブルソフトも 本来の略称のブルソフじゃなくて、 チュアブルが広まってるのよっ!」 「初秋颯太。 この小説のここ、なんて書いてあるんだい?」 「ん? 『この物語はフィクションです。 実在する人物、団体とは一切関係が ありません』だろ。それがどうした?」 「いや、妖精界から電波を受信してね。 急に訊いてみたくなったんだ」 「お前の言う妖精界が 俺にはまったくピンと来ないよ」 「颯太? なにブツブツ言ってるの?」 「あぁいや、悪い。何でもない」 「そう? まいっか。 ということで、やっぱり、あたしは “ファーストフード”が正しいと思うなぁ」 「そんなことないんだ。 正しいのは“ファストフード”なんだっ」 「ていうかさ、ぶっちゃけ、どっちでも――」 「良くないっ!」「よくないんだっ!」「良くありませんっ!」 「……あ、あぁ、だよね……」  なんで、こいつら こんなにムキになってるんだ…? 「そういえば、伺ってませんでしたけど、 初秋さんはどっち派なのですか?」 「あっ、そうだっ、 おまえだけ言ってないんだっ。 ズルいぞっ、さっさと白状するんだ」 「まぁ、俺はどちらかと言えば……」 「どちらかと言えば?」 「どちらなのですか?」 「……その、だな……」  どうする? どちらを選んでも 望ましくないことが起きるような気がする。  こうなったら―― 「第三の選択“ファウストフード”って 言っちゃったりしてっ、ハハハ!!」  どうだ、この ふざけてウヤムヤにしてやろう作戦は? 「……………」 「へー」 「まひるはつまんないんだ」 「初秋さん、今はおふざけをしては いけないのですよ」  やばい。みんな目がマジだ……  休憩中。冷凍庫から スタッフ用のちゅうちゅう棒を とりだす。  ポキッと真ん中からふたつに割り、 ちゅうちゅうとアイスを 吸ってると―― 「おつかれー。やっと暇になったね。 忙しくて目が回っちゃうかと思ったわ」 「とか言って、友希は わりと楽しそうだったよね」 「あははっ、だって、忙しいほうが色々できて、 楽しいじゃん。時間も早く経つし」 「お前って羨ましい性格だよな」 「えっ? もしかして 『爪の垢を煎じて飲ませてくれ』って 言うためにそんな前振りを?」 「颯太がそこまで変態だったなんて……」 「考えすぎだよっ! そんなもの飲みたいなんて、 思わないからね!」 「う、うん、そっか。分かったわ。 ……変態のほうは否定しないんだ……」 「否定するまでもなかっただけだよっ!」 「あははっ、 そんなにムキにならなくてもいいじゃん。 逆に怪しいわよ?」 「とか言って、ムキにならなかったら、 『やっぱりそうなんだ』とか言う気なんだろ。 騙されないからな」 「颯太って疑り深ーい。 そんなんじゃ彼女できないわよー?」  友希の言葉がぐさっと胸に刺さる。 「……か、彼女ができないのと疑り深いのと、 いったい何の関係あるんだよ?」 「よしよし、いいのよ?」 「うがあぁぁーっ!! 何が『よしよし』だっ!」 「えー、どうして暴れるのよ? せっかく慰めてあげたのにぃ」 「“傷口に塩を塗りこんだ”の 間違いじゃないのかっ!?」 「でも、ほら、颯太は あの人気女優に告白されたぐらいの モテ街道を突き進んでるでしょ?」 「……まぁ、表面的にはな」  とはいえ、満更でもない気分だ。 「でも、二週間で別れたけど」 「ぐっ……」  一瞬で落とされた。 「付き合ってみたら ぜんぜん大したことなかった、 ってことかなぁ?」 「そ、そんなの分かんないだろ……」 「確かに、分かるのは、 中身がだめってことだけだよねー」 「お、お前っ、俺のこと本当は嫌いだろっ」 「あははっ、冗談冗談。 颯太は中身すっごくいいよ。 あたし、知ってるもん」 「あぁそう、そりゃどーも」 「えー、何それー? どうして信じてくれないの?」 「自分の胸に手を当ててよく考えてみろ」  友希は俺が言った通り、 自分の胸に手を当てる。 「あっ……あんっ……いいっ……」 「何やってんのっ!?」 「だって、 『自分の胸に手を当てて』って言うからー」 「『オナニーしろ』とは言ってないっ!」 「やだ。年頃の女の子の前で オナニーとか言わないでよ」 「年頃の女の子なら、 人前でオナニーしないようにっ!」 「胸揉んだぐらいでオナニーとか大げさよ」 「じゃ、胸揉んだぐらいなら セクハラじゃないんだな?」 「あー、そうかも。なになに、揉みたいの?」 「い、いや、そんなわけ…… 俺は植物系だからな」 「いいんだ。別に気にしないのになぁ」  何だって…!?  いや、落ちつけ。 ここは植物系男子らしく、 クールに行こう、クールに。  そうさ、胸が揉めたからって、 別に射精できるわけじゃない。  だから、何も惜しくないさ。 そう、ちっとも惜しくない。  だが、しかし…! 「ねぇねぇ颯太、 真剣に考えてるところ悪いんだけど、 冗談よ?」 「もちろん分かってましたともっ!」 「そういえばさ、あたしずっと 気になってることがあるんだけど、 キスって何味?」 「してみないと分からないよ」 「じゃ、してみよっか?」 「えっ? ゆ、友希?」  友希が俺に唇を寄せてきて、 そして―― 「ん、ちゅっ、ちゅぱぁっ、ちゅるるっ」 「あははっ、イチゴ味ね」  友希はちゅうちゅう棒をおいしそうに吸う。 「変なこと言うなよな。 ビックリするだろ」 「ごめんごめん。ちょっとえっちなこと 言いたくなっちゃって」 「その気持ちは全然わかんないよ」 「ちゅうちゅうおいしいね。 ちゅるっ、ちゅれろっ、ちゅううっ」 「キスは何味か分かんないけど、 間接キスはいちご味だな」 「……間接、キス…?」 「それ、俺が吸ってたやつだし」 「……う、うん……そうね……」  友希が、ちゅうちゅう棒を吸うのをやめて、 黙りこむ。 「食べないのか?」 「だ、だって、間接キスとか言うんだもん。 恥ずかしいし……」  あれだけ下ネタ言いまくって、 間接キスが恥ずかしいんだろうか? 「……別に今までだって 何回もしてると思うけど…?」 「……ばか、えっち……」  友希の羞恥心がどうなっているのか、 俺は疑問で仕方なかった。 「初秋さん、少々先ほどの授業のことで お伺いしたいのですが、よろしいのですぅ?」 「うん。分かれば教えられるけど、英語?」 「はい。この文の『motivate』の意味が よく分からないのですが…?」 「モチベート……やばい。俺もど忘れしたぞ」  思い出そうとしてみるけど、 まったく出てこない。 「なぁ友希、ちょっといいか?」 「はいはーい、なになに?」 「『モチベート』ってどんな意味だっけ?」 「うんとね、颯太は 英単語覚えるの嫌いでしょ?」 「まぁ。どうもアルファベットって頭に 入ってこなくてさ」 「私もなかなか覚えられないのですぅ」 「じゃ、英単語100個覚えると 彩雨がメイド服姿でご奉仕してくれる ってことになったら?」 「もちろん、3時間で覚えるよっ!」 「そう、それがモチベートよ?」 「あぁ、なるほどな。 っていうか、メイド服のくだりは 全然いらなくない?」 「ついでに颯太がメイド服好きか 確かめようと思って」 「っていうことらしいよ、姫守」 「ありがとうございます。 お礼に、こんど試験勉強される時は、 メイド服姿になりますね」 「メイド服のことは忘れるように」 「ですけど、モチベートされて、 簡単に英単語を覚えられるのですぅ」 「だめよ。モチベートさせるには、 メイド服姿になるだけじゃなくて、 ちゃんとご奉仕しないと」 「でしたら、ちゃんとご奉仕もいたします」 「お口でご奉仕もできる?」 「はいっ。口下手ですから、 うまくできるか分かりませんが、 一生懸命お口でご奉仕するのですぅ」 「いや、あのね姫守。たぶん友希が言ってる 『お口でご奉仕』の意味が分かってない んじゃないかなぁ…?」 「“おしゃべりをして楽しませる”という 意味ではないのですか?」 「うん、だいたい合ってるわ。 “おしゃぶりをして楽しませる”という 意味よ」 「文字はだいたい合ってるけど、 意味はまったく違うからね」 「あのぉ、つかぬことを伺いますが、 どうすれば、おしゃぶりをして 楽しませられるのでしょう?」 「ほら、颯太、教えてあげたら?」 「できるわけあるかぁっ! お前が責任持って教えてやれ」 「えー、しょうがないなぁ。 うんとね、恥ずかしいから、 詳しく説明できないけど」 「おち○ちんをおしゃぶりするのよ」 「それ以上、どう詳しく説明するわけっ!?」 「えっ? だ、だから、舌をどういうふうに 這わせるとか、口をどんな感じで すぼめるとか、唾液をどうするか、とか?」 「……分かった。もういい」 「あ、あのぉ、申し訳ございません。 大変恐縮なのですが、お口でご奉仕は その……か、堪忍なのですぅ……」 「それは、まぁ、分かってるから」 「お許しいただけるのですぅ?」 「もちろんだよ」 「でも、その代わり、 お仕置きしてやらないとな」 「ええっ!? お仕置きなのですぅ?」 「言ってない言ってない。 友希が勝手に捏造しただけだからっ!」 「えー、でも、さっき、 失敗したメイドを調教してやろうと考えた ご主人様の顔になってたわよ?」 「初秋さんは難しそうな表情が できるのですね。すごいのですぅ」 「姫守、褒めてないことに気づいてくれ」 「ていうか、そもそもそんな顔してないし」 「嘘だぁ。鏡見てみたら?」 「持ってるわけないだろ」 「はい。どうぞ。お使いくださいませ」  姫守から手鏡を受けとり、顔を映してみる。 「ほらー、ご主人様でしょ?」 「どっからどう見ても、 普段の顔なんだけど……」 「あ、そっか。普段の顔がそもそも……」 「そもそも何だよっ!?」 「おそらく、普段のお顔がご主人様気質だ と友希さんはおっしゃりたかったのだ と思います」 「……丁寧に説明してくれてありがとう」 「お安いご用なのです」 「そういえば、訊きたかったのって、 モチベートだけ?」 「はい。お陰様で助かりました。 感謝なのですぅ」 「いえいえ。ところで、颯太、 今日、ナトゥラーレでマスターベートする?」 「ん? 『マスターベート』って何だっけ?」 「私も存じあげないのですぅ」 「あれ、知らない? じゃ颯太、見本みせてあげて」 「いや、知ってたら見せてあげるけどさ、 俺も知らないんだって。 なんだ、『マスターベート』って?」 「じゃ、ヒント。 モチベートを名詞にすると?」 「えぇと、モチベーションかな?」 「正解。じゃ、マスターベートは?」 「マスターベーショ――こらぁっ!!」 「初秋さんはお分かりになられたのですぅ?」 「ほらー、知ってたら、見せてあげるんでしょ、 み・ほ・ん」 「できるわけないよねっ!」 「あははっ、ところで颯太、 今日はナトゥラーレでファックする?」 「それはさすがに分かるよっ!!」 「でしたら、見本を見せてくださるのですぅ?」 「もしかして、姫守…?」 「お恥ずかしながら、ファックも 存じあげないのですぅ。 ぜひご教授くださいませ」 「ほらほら、教えてってさ」 「うるさいよっ!」  まるで熱心な学生のように、 俺たちは放課後、英語の勉強に 勤しむのだった。  カバンに荷物を入れてると、 姫守が飛んできた。 「初秋さん、本日の放課後は ご用事ございませんか?」 「あぁ、特にないけど、どうかした?」 「それでは、私とご一緒に 072をいたしませんか?」  072? 何だ?  ぜろ、なな、に…?  なな、に……あ!  オナニーじゃねぇか…… 「なぁ姫守、072が何か知ってるか?」 「いえ。ですけど、 すっごく気分爽快になれて楽しい って友希さんがおっしゃっていたのですぅ」  やっぱりか。 「おいっ、友希っ! ちょっと来いっ!」 「あははっ、どしたの? 早く一緒に072してあげたら?」 「……お前な、あんまり姫守に 変なことばっかり吹きこむなよな」 「072は変なことだったのですぅ?」 「そんなことないわ。 だって、みんなやってるじゃん」 「みんなやってるとは限らないだろ」 「だって、まず颯太はやってるでしょ?」 「それはどうかな? 植物系男子の俺が、072に興味があるなんて 不自然だと思わないか?」 「あははっ、なに言ってるの? 植物って自家受粉するんだから、 むしろ得意分野じゃない」 「う……お前、どこでそんな専門用語を 覚えてきたんだ…?」 「072は自家受粉なのですぅ?」 「うーん、どちらかと言えば、 072を究極に進化させたのが、 自家受粉だよね?」 「やめろ、俺に同意を求めるな……」 「でも、否定はしないんだ」  だって、だいたい合ってるし。 「初秋さん。自家受粉って、 どういうものなのですか?」 「おしべから出た花粉を、 同じ花のめしべで受粉して、 次世代の花を作ることだよ」 「もっと簡単に言えば、お花のおち○ちんから 発射した精子を同じお花のおま○こに 中出しして、赤ちゃんを作ることよ」 「ええっ!? ひ、一人でご自分の子供を 作ってしまわれるのですぅ?」 「そうよ。お花ってふたなりだから、 そういうこともできるのね」 「ふたなり、なのですぅ?」 「おち○ちんとおま○この両方を 持ってる人のことよ」 「で、では、先ほど初秋さんが 植物系男子とおっしゃっていたのは、 ふたなりという意味だったのですぅっ!?」 「ちが――」「そうよ」 「お前、なに言ってんのっ!?」 「颯太は植物系男子だから、 自家受粉できるのよ」 「え、えぇ……そのぉ、 ご自分のモノを、ご自分の中へ お挿れになって、ということなのですぅ?」 「そんなわけないよねっ!」 「なに恥ずかしがってるのよっ。 『072よりはるかに気持ちいい』って 自慢してたじゃん」 「してないしっ! ものすごい誤解だしっ! てか、姫守が信じるだろぉぉっ!」 「うんうんうんうん」  こ、こいつめ…… 「で、ですけど、 どうやって挿れるのですぅ?」 「あ、そうね? うまく入るように曲がってるのかなぁ? ねぇねぇ、ちょっとやってみて?」 「できるかあぁぁっ!!」 「あ、見て見て、いま入ってるわ」 「え、ど、どこなのですぅ?」 「……そんなわけないよね……」 「ほら、あそこのあれが、ああなって」 「あぁっ! 本当なのですぅっ!」 「あのね……そんなわけないよね……」 「ちょっと、颯太、やだ。 『見せて』とは言ったけど、こんなところで そんなに奥まで挿れて……」 「……おい……」 「ぴ、ぴくぴくしてきたのですぅ。 どうなるのですか?」 「たぶん、もうすぐ 自家受粉しそうなんじゃないかなぁ?」 「怒りで震えてるんだけどっ!?」 「あ、やだやだ、だめだって、 こんなところで、最後までしちゃう気? いくら自分でできるからって、そんな……」 「い、今、してるのですぅ? 自家受粉してる最中なのですかぁ?」 「ああぁ、ほら出てる、出てるわ」 「…………ふ、ふふ……ははは……」  乾いた笑いが、俺の口から漏れる。 「どうしたのですぅ?」 「自家受粉、そんなに気持ち良かった?」 「んなわけないだろうがっ! 何が自家受粉だっ! 普通に無理だよっ!」 「えー、そんなに言うなら、 自家受粉できないって証拠を見せるために、 ズボン脱げばいいんじゃない?」 「セクハラだからねっ!」 「大丈夫大丈夫、彩雨も平気でしょ?」 「は、はい……お勉強のためなのです……」 「ほら? セクハラじゃないってさ」 「いや、でも……」 「ほらほらー、早く脱ぎなよ。 あっ、分かった。自家受粉しちゃってる ところ見られるのが、恥ずかしいんだぁ」 「……………」  こいつ、いつか逆襲してやる…! 「それでね、ちょっと太っちゃったから、 ダイエットしようと思って、 とりあえず水だけにしたんだけどさぁ」 「2日目に低血糖で倒れちゃって、 動けないから救急車を呼んだのよ」 「いくらなんでも、 水だけはやりすぎだろ……」 「あははっ、 お医者さんにも言われちゃった。 というわけでダイエットはやめたわ」 「そもそも、お前、太ってないしな」 「あー、やらしいのー。 ちょっと太ってたほうが抱き心地がいい とかいうやつでしょ」 「知らないよ……」 「なに、カマトトぶってるのよ。 ほらほら、気持ちいいなら、 『気持ちいい』って言いなさいよ」 「やめっ、こら、くっつくなっ!」 「えー、冷たいー。 昔は颯太のほうがくっついてきたのに。 『友希ちゃん、友希ちゃん』って言って」 「その記憶を消せっ!」 「あははっ、やーだ。 かわいかったなぁ、あの時の颯太。 どうしてこんなんになったのよ?」 「悪うござんしたね、こんなんで」 「うんうん、こんなん、こんなん」  なんだ、それ…… 「そういえば、みんな帰っちゃったね」  話に夢中になってて気がつかなかったけど、 見れば教室には俺と友希しか残っていない。 「そうだな」  これは、もしかして、チャンスじゃないか? 「ところで友希さ、 いくら水だけでも2日目で倒れるって ちょっと体が弱ってるんじゃないか?」 「うーん、そうかも。 一人暮らしだから、栄養偏ってるのかなぁ?」 「アレしたら、いいんじゃないか? セルフプレジャーってやつ。 ナスビとか、トウモロコシがいいってさ」 「セルフプレジャーって何?」  よし、思った通り、食いついてきたな。 「野菜を使った健康法の一種だよ。 ホルモンバランスを整えたり、 ストレス解消に効果があるらしいよ」 「そうなんだ。良さそうね」 「興味があるなら、挑戦してみるか? 野菜なら畑にいくらでもあるし」 「うん、教えてくれる?」 「おう。任せとけよ」 「おや、今日は来ないのかと思ったよ」 「すみません。ちょっと友希と話してて」 「あぁ、それで一緒に来たんだ。 本当に君たちは仲がいいね。 羨ましくなるよ」 「あははっ、仲いいって。やったね」 「まぁ、仲いいのは事実だけどね」 「今日はバイトはないのかな?」 「うんっ。颯太に野菜を使った セルフプレジャーのやり方を 教えてもらいにきたんだっ。ね」 「おう」 「……………」 「葵先輩? どうかしました?」 「いやね……いつもの冗談なのか 判別に困っているんだけど…?」 「冗談じゃないですよ。 どうしてですか?」 「……なに、セルフプレジャーを 教えてもらうような仲だったんだと ビックリしただけだよ」 「あははっ、仲いいですから。 そういえば、葵先輩は セルフプレジャーをしたことあるんですか?」 「……まぁ、人並み程度にはね」  そうなのか…… 「野菜を使うんですよね? 何の野菜がいいんですか?」 「さすがに野菜を使ったことはないけどね」 「へー。野菜を使わない セルフプレジャーもあるんですね」 「……あぁ、なるほど」  やばい。 「それじゃ、俺たちは野菜を穫ってくるんで!」 「まぁ、待ちなよ。 友希はセルフプレジャーがどんなものか 知らないようじゃないか」 「そうなんですよ。 だから、颯太に教えてもらおうと思って」 「オナニーを?」 「オナ……ええっ!? セルフプレジャーって……じゃ、 ナスビを使うって、つまり…?」 「ナスビを挿れて楽しむ、ということだね」 「あー、颯太っ、騙したんだぁっ。 ひどいよっ」 「ん? 何のことだ? ほら、このトウモロコシなんか いいんじゃないか?」  こないだの仕返しとばかりに、 俺は畑になっていた一番大きい トウモロコシをもぎとった。 「そんなに大きいの入らないよっ!」 「いやいや、行けるかもしれないだろ。 ほら、セルフプレジャーにトライだっ!」  俺はトウモロコシを持ちながら、 友希にじりじりと詰めよる。 「や、やだ。颯太、目が怖いよ」 「はっはっは、何を言ってるんだ。 こないだ自家受粉だの、ズボンを脱げだの 言ってきたのはどこのどいつだったかなぁ?」 「し、仕返しなんて颯太らしくないわっ。 颯太は優しいから、いつだって、 怒らないはずなんだもん」 「なに、怒ってない。怒ってないぞ。 ほぉら、セルフプレジャーだ」  俺はトウモロコシを カクカクと激しく突き動かす。 「ご、ごめんってば。 颯太が嫌だったのは分かったから、 もうしないからっ」 「いいやっ! 分かってないねっ! 『自家受粉してる』なんて言われた 俺の屈辱が、お前に分かるはずがないっ!」 「セルフプレジャーするまでは、 絶対に許さないよっ」 「……ぜ、絶対…?」 「あぁ、断固として許さない!」 「……………分かったわよ……」 「……えっ? えっ?」 「貸して」  友希が、トウモロコシを手にする。 「あんまり、見ないでよ……」  トウモロコシがスカートの内側に潜りこみ、 友希の股間に触れた。  いや、実際はスカートで隠れてるんだけど、 スカートからのぞくトウモロコシの位置から 逆算すれば、先が股間に触れてるのは明白だ。 「い、いや、分かった! お前の覚悟はよく分かった。 もういいよ」 「うぅん。良くない。 あたし、颯太をそんなに傷つけたなんて 知らなかったもん」 「セルフプレジャーぐらいしないと、不公平よ」 「だ、大丈夫だって。ほんの冗談だから。 そんなに傷ついてないよ。 自家受粉どんとこいだよっ!」 「颯太は優しいね。 そうやって、傷ついたのにあたしのこと、 気遣ってくれるなんて……でも、いいんだよ」 「や、やめ……友希、おい、 ちょっと待ってっ!」 「……ん……はぁ……」 「な!」  あっというまにトウモロコシが半分、 友希の中に入ってしまった。 「……そ、んな……」  ここまでやるつもりじゃ…… 「あ……破れた、かも……」 「何がっ!?」 「なにって、だから……」 「言うなああぁぁっ、言わないでくれぇっ!」  あぁ、俺はなんてことを…… なんてことをしてしまったんだ!  よりにもよって、野菜なんかに、 友希の大切な…!? 「すまん。すまんっ! 俺が悪かったんだ! ボコボコに殴ってくれても、俺の処女を そいつで奪ってくれてもいいっ!」  なりふり構わず、頭を下げる。 「本当に?」 「あぁ、好きなようにしてくれ。 それでお前の気がすむなら」 「じゃ、あたしが遊びたい時は いつでも遊んでくれる?」 「そんなのお安いご用だよ」 「下ネタ言っても、怒らずに ちゃんと聞いてくれる?」 「当たり前だろ。 いつでも、いくらでも聞くよ」 「あとちょっとぐらい変なことしても、 冷たくしない?」 「あぁ、絶対しない。約束す――」  ん? 何だ?  友希の足下にさっきのトウモロコシが 落ちている。  それは、真ん中から半分に割れていた。 「まさか……」  この半分になったトウモロコシを 股間に当てていただけだと…!? 「インチキじゃんっ!!」 「あははっ、当たり前じゃん。 なに言ってるの?」 「く……」  確かに、言われてみればそうだ。 「葵先輩、颯太が トウモロコシで処女奪っていいんだって」 「なかなか面白そうだね。じゃ、これで」  と、葵先輩がトウモロコシ二本をもぎとった。 「二本刺しと行こうじゃないか」 「じゃ、あたしもー」 「そんなに入らないよっ!!」 「待てよー、こいつーっ」 「待たないよっ!」  二本のトウモロコシを持った女の子たちと、 楽しい追いかけっこをしたのだった。 「まひるちゃん、 何をなさっているのですか?」 「台本を読んでるの。 明日までに覚えなきゃいけなくて」 「そうなのですね。 部活に出ていても大丈夫なのですぅ?」 「うん。まひるは台本覚えるの得意だから」 「どんなお話なのですか?」 「見る?」 「よろしいのですぅ? 拝見いたしますね」  姫守が台本を読もうと、まひるに接近する。 「ふふっ、まひるちゃん、 いい匂いがするのですぅ」 「えっ? そ、そう?」 「はい。甘くて、 ふわぁっとなる匂いなのですぅ」 「シャンプーかな?」 「どれどれ? ……すー、なるほど。 “フェナール”のエクストラかな?」 「うん、当たり。どうして分かるの?」 「まぁ、シャンプーはいろいろ使ったからね」 「でしたら、私のも分かるのですぅ?」 「当てて見せようか? おいでよ。 すー……ん? おかしいな」 「分からないの?」 「すー……ふむ。残念だけど、お手上げだよ。 “椿の果実”っていう石鹸に近い香りだけど、 シャンプーでは心当たりがないね」 「くすっ、当たりなのですぅ。 椿の果実なのですぅ」 「彩雨、石鹸で洗ってるの?」 「おかしいのですぅ?」 「ちょっと、おかしいかな? こんど、まひるのシャンプー貸してあげるよ。 使ってみて」 「ご丁寧にありがとうございます。 お言葉に甘えさせていただきますね」 「そういえば、部長もいい匂いするね。 くんくんくんくんっ」  まひるが背伸びをして、部長の匂いを嗅ぐ。 「そうなのですぅ? 私も、失礼いたします」 「こらこら、君たち、そんな近くで…… もう、仕方がないね」 「くすっ、部長さんもいい匂いですけど、 まひるちゃんも負けてませんよ」 「彩雨もいい匂いだよ」  三人はきゃっきゃとはしゃぎながら、 互いの匂いを嗅ぎあっている。 「……………」  ものすごい疎外感だ……  女子の集団に男が一人っていうのは、 こういう時に辛いものがあるな……  それにしても、あれ、羨ましいな…… 「ふふっ、まったく君は。 そんなに物欲しそうな目で見てないで、 こっちへおいでよ」 「え…? ちょっ、部長…?」  手を思いきり引っぱられ、 体が引きよせられる。 「おや? すー…… 君は、すごくいい匂いがするね。 何かつけてるのかな?」 「いえ、別に。 普通の石鹸に、安いシャンプーしか 使ってませんよ」 「くんくん、くんくん」 「え、姫守、あのさ…?」 「本当なのですぅ。 初秋さんはとってもいい匂いが いたしますね」 「……そりゃ、どうも…… ていうか、姫守もすごくいい匂いだよ」 「お褒めにあずかり光栄なのですっ」 「それにしても、何だろうね、これは? 君の体臭かな?」 「そんなにいい匂いしますか? 部長のほうがよっぽどいい匂いだと 思いますけど…?」 「ふぅん。嬉しいことを 言ってくれるじゃないか。 もっと嗅がせてあげようか?」 「いえ、 あとで料金を請求されても困るので……」 「まさか、僕はそんなに安くないよ。 お金なんかで自分を売るつもりはないね」  もっとやばいものを要求する気だっ!? 「……そ、そろそろ部活しましょうっ!」  畑でそれぞれ作業をしてると、 まひるがやってきた。 「どうした? 何か分からないことでもあるか?」 「そういうんじゃないんだ」 「じゃ、どうしたんだ?」 「……まひるは『いい匂い』って 言われてないぞ」 「ん?」 「『ん?』じゃないんだっ! 部長も彩雨も 『いい匂いだ』って言われたのに、まひる だけ言われてないんだ。ヒーキなんだっ!」 「いや、だって、お前、 匂いなんて嗅ごうとしたら、 間違いなく怒るだろ」 「別に。そんなことはないんだ」 「あ、そう……」 「……嗅がないのか?」 「嗅いで欲しいのか?」 「そんなわけないんだっ! ばかっ、勘違い男っ、いいから黙って まひるの匂いを嗅ぐんだっ!」 「って、どっちだよ?」 「いいから、嗅ぐんだっ!」 「分かったよ。じゃ、いくぞ」 「う、うん……」  妙に体を硬直させるまひるの首筋に鼻を 近づけ、匂いを嗅ぐ。 「ひゃっ、んっ、ふあっ、 く、くすぐったいんだっ、 あっ、やぁっ、うぅ……」 「はぁ、はぁ、んん……ど、どう…… まひるの匂い、あふぅ、い、いかな?」 「……………」  いけないことをしている気分になった。  ――って言ったら、蹴られるんだろうなぁ。  園芸部で校内に花を植えるということになり、 その計画表を作っていた。  さて、どこに何を植えようかな? 「……………」 「えいっ、えいっ、えいっ」  まひるがいきなり蹴ってきた。 「な、何だ? どうした?」 「もうすぐ母の日なんだ」 「だからって蹴っていい理由にはならないぞ」 「まひるは蹴ってないんだ。 足で軽く撫でてあげたんだ」 「百歩ゆずって足で撫でるのがアリだとしても、 靴は脱ぐのが礼儀ってもんじゃないか?」 「そんなことしたら、足が汚れるんだ」 「どういう意味だよっ!?」 「そんなことはどうでもいいんだっ。 まひるは『もうすぐ母の日なんだ』って 言ったんだぞ」 「そうだな」 「……………」 「えいっ、えいっ、えいっ!」 「分かった分かった。 母の日がどうかしたのか?」 「おまえはママに何かあげるのか?」 「あぁ、うちは“物をあげる”っていうか、 “母さんの好きな料理を作ってあげる” って感じだな」 「……まひるは料理は作れないんだ……」  これは、もしや…? 「母の日に何をあげるか迷ってるのか?」 「そうなんだ、まひるは困ってるんだ。 ぜんぜん何をあげていいか分からないんだ」 「そっか。まぁ、迷った分だけ、 お前の母さんも喜ぶだろうしな。 頑張れよ」 「おまえっ、その答えはおかしいんだっ」 「まひるはさんざん迷って、 もうどうすればいいか分からないんだぞ。 困り果ててるんだっ!」 「その先に、きっと希望はあるよ」 「このっ! このっ! このっ!」 「冗談だよっ、ただの冗談だって」 「言っておくけど、まひるに冗談は 通用しないんだぞっ」 「言っておくけど、それは ぜんぜん自慢じゃないからね」 「そんなこと言うと、 月の裏側まで蹴っとばすんだっ」 「やれるもんならやってみてくれ……」 「まひるキックッ!」 「おっとっ!」 「あっ、おまえ、避けるなんて卑怯だぞっ! 人間の風上にもおけないんだっ。 このドブネズミめーっ」 「これぐらいで ドブネズミって酷くないっ!?」 「まひるはいつだって全力なんだ」 「世の中にはバランスってものがあってね」 「それぐらい知ってるんだ。 まひるはよく演技中にバランス状態に なるって褒められるんだぞ」 「それはトランスだよ」 「う、うるさいんだっ。そんなことより、 母の日のプレゼントなんだ。まひるが何を あげればいいか、さっさと考えるんだっ!」 「俺が考えるのか?」 「他に誰が考えるんだ?」  お前だろ…… 「まぁ、一緒に考えてあげるけどさ。 まひるの母さんって何が好きなんだ?」 「お花が好きなんだ」 「じゃ、お花をあげればいいんじゃないか? カーネーションとか定番だろ」 「お花は毎年あげてるんだ。 それに枯れてなくなるから、 残る物のほうがいいんだ」 「じゃ、花瓶とか?」 「花瓶は家に山ほどあるんだっ。 これ以上増えたら、花瓶でできた家に なってしまうんだっ」  ならないと思うけど…… 「じゃ、押し花はどうだ?」 「押し花もあげたことがあるんだ。 普通のお花のほうが好きみたいなんだ」 「ということは、諦めるしかないか」 「なんで諦めるんだっ。舐めてるのかー。 いいから早く次のお花に関係する物の名前を 言うんだっ!」 「そんなぽんぽん出てこないって」 「そんなことはまひるが許さないんだっ」 「いや、許さなくても 出てこないんだけど……」 「何でもいいから言うんだ」 「じゃ、花壇、とか…? まぁ、無理か」 「花壇? 花壇いいな。花壇にしようっ!」 「本当に? まひるの家、マンションだろ?」 「バルコニーが広いんだっ。 プランターもたくさん置いてあるから、 そこに花壇を作ればいいんだ」 「できなくもないと思うけど……」 「颯太は花壇作ったことあるのか?」 「あぁ、園芸部だしな。 野菜ばっかり作ってるわけじゃないよ」 「じゃ、まひるに作り方教えてくれるか? 裏庭にあるみたいな花壇がいいんだ」 「あれは、モルタル使ってるから、 かなり難しいと思うぞ」 「モルタルって何だ?」 「セメントみたいなもんだよ。 作るだけでもけっこう大変だし。 綺麗な花壇を作るのって意外と難しいんだよ」  正直、まひるにできるとは到底、思えない。 「大丈夫なんだ。まひるは頑張るぞ。 一生懸命やれば何とかなるんだ」 「うーん。じゃあさ、まひるの代わりに 俺が花壇を作ってあげるよ。それでどうだ?」  そっちのほうが教えるよりは手間が少ないし、 まひるも楽だろうから、一石二鳥だ。 「……それはダメなんだ……」  あれ? 「どうしてだめなんだ?」 「母の日のプレゼントだから、 まひるが自分の力でやらなきゃ、 意味がないんだ」  確かに、それもそうか。 「まひるはお母さんの前では、 いい子になるよな」 「まひるはいつだっていい子なんだ。 変なこと言うと、穴掘って、 地球の裏側まで埋めるんだぞっ!」 「……………」  俺の前じゃ、 まったくいい子じゃないけどな……  帰り支度をしてると、 姫守が俺の席までやってきた。 「初秋さん、つかぬことをお伺いしますが、 母の日に何かプレゼントはあげた のですぅ?」 「母さんに? 日曜から会えてないから、 近い内に好きな料理でも作ってあげようと 思ってるよ」 「ということは、母の日が過ぎてしまっても、 プレゼントをあげてよろしいのですぅ?」 「うん、ちょっとぐらいズレても 問題ないと思うけど」 「そうでしたか。良かったのですぅ。 じつは、母の日は来週だと思っておりまして、 まだプレゼントを買っていなかったのです」 「そっか。何を買う予定なんだ?」 「それが、まだ決まっていないのですぅ。 どういう物をあげればよろしいのですか?」 「特に決まってるわけじゃないから、 姫守のお母さんが喜ぶような物を あげればいいと思うけど」 「そうでしたか。私のお母様は 何をあげれば喜ぶのでしょうか…?」 「ねぇねぇ二人とも、なに話してるのー? まぜてまぜてっ」 「あぁ、別に大した話じゃないんだけどさ……」 「えー、なんで隠すのー? 分かった。あたしに言えないような えっちな話をしてたんでしょ」 「お前に言えないようなえっちな話が この世にあったとは驚きだよ」 「じゃ、いいじゃん。教えてよ。 なになに?」 「お母様に何をプレゼントしようか 迷っているのですぅ」 「あ、そっかぁ…… 彩雨のお母さんって何が好きなの?」 「あまりそういった話はしないので、 何がお好きなのか分からないのですぅ」 「仲良くないのか?」 「いえ、普通なのです。ただお母様は 忙しくて、あまり私に構って くださらないものですから」 「じゃあさ、 彩雨が一生懸命プレゼントを選んだら、 構ってくれるんじゃない?」 「そんなうまく行くかなぁ?」 「絶対うまく行くわっ。 だって、お母さんだもんっ」 「でしたら、私、一生懸命プレゼントを 選ぶのですぅっ! やはり、最初は簡単な RPGなどがよろしいでしょうか?」 「いや、それはどうかと思うよ……」 「時間がかかるから良くないのですぅ? でしたら、ケータイでもできる パズル系はいかがでしょうかっ?」 「とりあえずゲームから離れようか」 「ゲームはよろしくないのですぅ?」 「あんまり母の日っぽくないって言うか。 姫守のお母さんがゲームする人なら いいかもしれないけど」 「いえ、見たことも聞いたこともないのですぅ」 「じゃ、大人しくやめとこう」 「彩雨のお母さんって、忙しいんなら、 よくお出かけするんだよね? バッグとかどう?」 「バッグはいつも持ち歩いているので、 いいかもしれないのですぅ」 「じゃ、バッグ見にいこうよっ。 今から平気?」 「はい。平気は平気なのですけど、 一緒についてきてくださるのですぅ?」 「うんっ。一人じゃ選べないから、 颯太に相談してたんでしょ?」 「はいー。ご厚情、痛み入るのですぅ」 「本日は誠にありがとうございます。 お陰様で、素敵なバッグを買うことが できました」 「喜んでもらえるといいね」 「はいっ。楽しみなのですぅ。 今日の夜、こそっと枕元に置いてみます」  サンタクロースのプレゼントみたいだな。 「それでは、また明日なのです」 「うんっ。ばいばいっ。気をつけてね」  姫守はスキップでもするように、 軽やかな足取りで去っていく。  その背中を友希はぼんやり眺めながら、 「いいなぁ……」  その声が、ひどく耳に残ったのだった。 「さぁ、放課後だ。 今日こそ誰か適当な女の子に 告白しようじゃないか」 「恋の妖精とは思えない発言だな」 「付き合って初めて本当の気持ちに 気づくこともある。恋のきっかけは 何だっていいんだよ」 「都合のいいことばっかり言ってんな……」 「まったく君は奥手で仕方がないね。 それじゃ、告白は後回しにしようじゃないか。 まず今日は誰かをデートに誘っておいで」 「なんて言って誘えばいいんだ?」 「――へい。そこの彼女っ、 ぼくと一緒に遊ばないかい?」 「いつの時代のナンパだよ……」 「おや、そんな服を着て、 窮屈じゃないかい? 羽が外に出せないじゃないか」 「えっ? 羽なんかない? てっきり天使かと思ったよ」 「そんな恥ずかしいこと 言えるわけないよねっ!」  まったく、無茶ばかり言うな、こいつは。 「仕方がないね。 それじゃ、ぼくが恋の妖精ならではの、 初級者用口説き文句を教えてあげるよ」 「最初からそうしてくれると、 すごい助かるんだけどな」 「いいかい? さりげなく、 さも当たり前のようにこう言うんだ」 「――いくらだい? 金に糸目はつけないよ」 「まったく恋の妖精らしくないよね、それっ!」 「どうやら君は知らないようだね。 身体から始まる恋もあるってことを」 「黙れ、ケダモノ」 「やれやれ。あれもいやこれもいや、 そんなことで本当に恋ができると 思っているのかい?」 「そういうことは まともなプランを示してから言ってくれ」 「極めてまともなプランだよ。 ぼくが提案したのは妖精界の グローバルスタンダードだからね」 「いいから人間界に合わせろ」 「君には分からないかもしれないけど、 ぼくは恋の妖精なんだ。人間界に合わせる のは非常に難しいことだよ。面倒臭いからね」 「面倒臭がってんじゃねぇ。 やれ」 「分かってないね。面倒臭いというのは、 妖精にとって鬼門なんだよ。 人間が怠惰なのとは訳が違うんだ」 「妖精ってのは都合良くできてるな……」 「人間とは出来が違うからね」 「ケンカ売ってるのか……」 「まさか。ただの事実を言ったまでだよ」  どう聞いてもケンカ売ってるんだけど…… 「ていうか、お前と話してるとキリがないな。 さっきの世界史の授業の時だって、 おかげでノートとれなかったし……あ」  そうだ。 誰かにノートを写させてもらわないと。 「友希ー、世界史のノート見せてくれるか?」 「ノート? とってないわ」 「お前も忘れたのか?」 「だって、世界史の先生は 教科書に載ってることしか言わないし、 ノートとらなくてもいいじゃん」 「そんな頭の良さそうな台詞、 一度でいいから言ってみたいよ……」  友希がだめとなると、 他に頼めそうな相手は……いた。 「姫守、世界史のノート 見せてくれないか?」 「はい、かしこまりました。 どうぞご覧くださいませ」 「ありがと」  ノートを開き、目を落とす。 そこには――  名前:ハンニバル クラス:将軍 HP:500 MP:0 攻撃力:241 防御力:328 特技:包囲殲滅戦術 「えーと……姫守、何これ?」 「ハンニバル将軍のステータスですよ。 こうすると、とても覚えやすいのですぅ」 「そ、そう……」  ペラペラとノートをめくるも、 他のページも似たり寄ったりで、 まるでゲームの攻略本だった。 「ありがとう。 すごく参考になったよ」 「もうよろしいのですか?」 「あぁ」  写すにはちょっとハードルが高いからな。  それにしても、どうしようかな? 「……あ、あの…………」 「ん?」  振りむくと、芹川がいた。 「どうした?」 「…………これ、使ってください……」  世界史のノートだ。 「いいのか? ありがとう。 すぐ写すから、ちょっと待っててくれな」  芹川のノートを開く。 几帳面な字で丁寧に書いてあり、 非常に分かりやすい。 「芹川って、すごい綺麗にノートとるんだな」 「……あ……そんなに、見ないでください……」 「え……見ないと写せないんだけど…?」 「……そ、そうですね……すいません……」  俺がノートを写しはじめると、 その様子を芹川は真っ赤な顔で 見つめてくる。 「……なぁ。もしかして、ノートを 見られるのが恥ずかしいのか?」 「……はい……」  うーむ。赤面症って大変だな。  ん? 「おぉ! このページなんか特に綺麗だな。 コンパスまで使ってるし、芹川って、 すごい几帳面なんだな」 「……あ、あの、そんなこと、 あまり言わないでください……」  ノートを写しているだけなのに、 なんだかすごく変な気分になった。 「友希、ちょっと今日の数学で 分からないところがあるんだけどいいか?」 「いいわ。どれどれ?」 「問3なんだけどさ」 「あ、ごめん。これはあたしもちょっと 分からなかったのよね」 「お前でも分からない問題があるんだな」 「だって、数学は そこまで得意じゃないんだもん」 「それでも俺よりはぜんぜん上だろ」 「颯太が数学苦手すぎるだけだと思うなぁ。 他の教科はわりといいのにね」 「数字と図形ばっかり見てると、 何が何だか分かんなくなるんだよな」  きっと、神様が俺の頭を 数字を受けいれないように 作ったに違いない。 「問3は絵里に訊こっか。 ねぇねぇ絵里ー、 ちょっと数学教えてくれない?」 「いいですよ。問3ですか?」 「よく分かったな」 「あ……はい……」 「なんで分かったの?」 「一番難しかったですから。 これは補助線の引き方が ポイントなんですよ」  と芹川がノートを開き、 問3の解法を説明してくれる。 「あー、終わったー。 ねぇねぇ、お腹すいたから マック寄ってかない?」 「おう、いいな。 芹川も来ないか? 教えてもらったし、奢るよ」 「あ……その……」 「颯太が奢ってくれるって。来る?」 「はい。ありがとうございます」 「どういたしまして」 「いやいや、奢るの俺だから」 「あ、ごめんなさい……その……」  芹川は顔を真っ赤にしながら、 俺のほうを見て、ぺこりと頭を下げる。 「ご、ごめんなさいっ!」  そして、走りさっていった。 「あ、絵里、待ってよっ」  あの赤面症、治らないと 本当に大変そうだな。  それぞれ注文の品をトレーに載せ、 俺たちは四人掛けのテーブルの前に 座った。 「……少し、悪いことをしている気分です」 「あははっ、絵里は、 ぜんぜん寄り道しないもんね」 「ちょっと抵抗があって、一人じゃなかなか」 「親が厳しいのか?」 「あ……いえ……」 「絵里は真面目なんだよねー。 去年だったら、誘っても絶対こなかったもん」 「真面目というか、慣れていないので、 どうしていいか分からなくて」 「あははっ、絵里ってかわいい」 「もう、からかわないでください。 別にかわいくありませんし」 「えー、そんなことないよ。 かわいいよね、颯太」  ここで俺に振るのか…… 「あぁ、そうだね」 「ほら、颯太が『思わず大きくなったナニカを 咥えさせたくなるぐらいかわいい』って」 「言ってないよっ!」 「でも、思ったでしょ?」 「え……本当、ですか?」 「いやいや、思ってない思ってない。 思うわけないからっ!」 「嘘だぁ。じゃ、なに? 絵里に大きくなったナニカを 咥えてもらっても、嬉しくないってこと?」 「いや、それは……」 「え……」 「う、嬉しくないよっ! 当たり前だろっ!」 「うわー、ひどーい。 お前なんかに咥えられても、 気持ち良くなんかないって言うのー?」 「やり口が汚いぞっ、おまえっ。 どう転んでも俺が悪者じゃないかっ!」 「よしよし、絵里、あたしは味方だからね」 「冗談にしても、 友希が悪いと思いますけど」 「えー、そんなぁ、 颯太に絵里をとられちゃった」 「自業自得だろ。 そもそも、とってないし」 「その代わり『寝とった』とか言うんでしょ」 「……芹川、こいつの友達やってて、 たまに恥ずかしくならないか?」 「そんなわけないじゃん。ね、絵里」 「……いえ、しょっちゅうです……」 「……え、本気で? 本当に?」  芹川は所在なさげに身を縮こまらせていた。 「……初秋くん、ちょっといいですか?」  芹川から声をかけてくるのは珍しいな。 「あぁ、どうした?」 「……先生から頼まれて、 未提出の人の進路希望票を 集めてるんですけど」 「あ、それか。参ったな。 もう催促が来たのか」 「思いつかないんですか?」 「いや、ちゃんと1回は出したんだよ。 ただ『もっと具体的に書け』って言われて、 再提出を食らってたんだよね」 「最初はなんて書いたんですか?」 「『自分の店を持つ!』って堂々と」 「漠然としていますね」 「何たって、まだ漠然としてるからなぁ」 「でも、いいと思わないか? 『自分の店』って、こうワクワクしてきてさ」 「わたしは素敵だと思います」 「だよなぁ。なんで先生はこの気持ちを 分かってくれないんだろうな」 「でも、お店の種類ぐらいは 書いたほうがいいと思いますよ。 それだと何のお店か分かりませんから」 「あ……しまった……そうだよな。 店って言っても、 カフェやレストランだけじゃないもんな」 「初秋くんが料理人を目指していることを、 先生は知らないと思いますから」 「だよね。 あぁそうか、 じゃ『料理人』って書いとくかな」 「初秋くんはすぐに就職するんですか?」 「まだ迷ってるんだけど、たぶんね。 大学いっても料理の腕は磨けないし、 専門学校よりは働いたほうが早い気がしてさ」 「じゃ、就職で『飲食関係』って 書いておけばいいと思います」 「それは第二希望に書いたんだよね」 「でも、卒業してすぐにお店を 持てるんですか?」 「無理だろうけど、いちおう 第一希望だから、嘘はつかずに 書こうと思って」 「正直なんですね」 「バカっぽいか?」 「いえ、いいと思います。 それなら、起業(飲食関係)って、 書いておくのはどうでしょうか?」 「あ、そっか。それ、いいな。 ありがとう」  それにしても、今日は会話が弾んでるな。 芹川の調子がいいんだろうか? 「そういえば、芹川は進路どうしたんだ? 何か夢とかあるのか?」 「わたしは、大学いって、 できたら公務員になろうと思います」 「へぇ。でも、 公務員って言っても色々だよね。 何になりたいんだ?」 「いえ、別に公務員なら何でもいいです」 「何でも? 市役所でも、 警察でもいいってことか?」 「はい。安定していますから」 「そっか、安定かぁ…… そういうのも考えないとな」  店を持てたって経営がうまく行かなきゃ、 のたれ死ぬもんな。 「でも、初秋くんは そのままでいいと思いますよ」 「そうか?」 「はい。わたしは、赤面症で、 たぶん結婚もできませんから、 せめて安定した職業につかないとって思って」 「それが夢っていうのは、 ちょっと情けないですけど」 「でもさ、他にも新しく夢が できるかもしれないし、結婚相手だって 思いもよらずに見つかるかもしれないよね」 「だといいですね」 「まぁ、公務員も悪くないしな」 「おっと。進路希望票、集めてるんだったよな。 ちょっと待ってくれ」  カバンから進路希望票をとりだし、 ボールペンで記入する。 「はい」 「ありがとうございます」 「でも、だいぶ芹川も慣れたみたいだな。 ちょっと前までは友希がいないと なかなか会話にならなかったもんな」  と、進路希望票を受けとろうとした 芹川の手が、俺の手にかすかに触れる。 「……あ……」 「どうした? 芹川?」 「……………」  顔を赤くしてうつむいたまま、 芹川は硬直してしまっていた。  どうやら、完全に慣れるまでには まだまだ時間がかかりそうだ。 「おつかれさまですっ」 「あれ、颯太くん、もうあがり?」 「はい。マスターがもういいって言うんで」 「そうなんだ。じゃ、ちょっと待ってて。 わたしももうあがりだから。一緒に帰ろ」 「分かりました」 「お待たせ。ごめんね、待っててもらって」 「いえ。一人で帰るより、二人で帰ったほうが 楽しいですから」 「ありがと。行こ」 「じゃ、あたし、あっちだから」 「いいですよね。 まやさんの家、ナトゥラーレから近くて」 「便利だけどね、そんなに いいことばっかりじゃないかな」 「でも、別に近くて悪いことは なくないですか?」 「『遠いほうが良かったな』って思うことも あるよ」 「どんな時ですか?」 「今とか?」 「今? なんでですか?」 「んー、じゃ、当てられたら、 いいものあげる」 「えっ? 何ですか、それ? 全然わからないんですけど」 「ほら、早く考えないと時間切れになるよ」 「ちょっと待ってくださいよ」  家が遠ければいいと思うことって、 何だ? しかも、今?  どう考えたって遠ければ遠いほど、 歩く距離は伸びるし、時間はかかるしで まったくいいことない気がするけど。  いや、待てよ、 歩く距離が伸びるってことは、 つまり―― 「まやさん、ダイエットしてるんですか?」 「『太ってる』って言いたいのかな?」  やばい。ものすごいミスを 犯してしまった。  何とか挽回しなければ――  自宅が遠いほうがいい。 遠ければ遠いほうがいい。  つまり―― 「マゾとか……」 「怒ってもいいかな?」 「というのは軽い冗談で……」 「冗談で、本当の答えは? 何かな?」  う……だめだ。全然わからない。 「も、もうちょっと考えたいので、 家まで送りますよ」 「いいの? 遠回りじゃない?」 「大丈夫ですよ。 ちょっとぐらい遠回りしたって、 大して変わりませんから」 「そっか。 じゃ、送ってもらっちゃおっかな。 ごめんね」 「いやいや、 『送る』って俺が言いだしたんですから」 「じゃ、ありがと」 「あ……」  ばったりまひるに遭遇した。 「よっ、お前もいま帰りか?」  軽く声をかけると、 「うー…!」  なぜか、ものすごく睨まれた。 「ど、どうした、まひる?」 「うるさいっ。勝手にまひるに話しかけるなっ。 ナンパ男ーっ」  今日はご機嫌斜めだな。  仕方ない、下手に出るか。 「悪かったよ。話しかけていいか?」 「……やだ」 「そこを何とか、な」 「やなもんはやなんだっ、あっかんべー」  うーむ。今日はそうとう機嫌が悪いな。  どうせ明日になれば忘れてるだろうけど。 「まひる。そういう態度は、 良くないと思うよ」 「……まやねぇには関係ないよ……」 「そうやって天の邪鬼ばっかりして、 後悔することになっても知らないよ?」 「……そんなことしてないから……」 「そう? じゃ、わたしが颯太くんを もらっちゃっても別に平気なのかな?」 「……………」  まひるは俺のことを、キッと睨み。 「おまえなんかっ、 全宇宙で一番大嫌いだっ! 女たらしーっ!」  捨て台詞を吐いて、まひるはマンションへと 去っていった。 「ごめんね。怒らせちゃった」 「いやまぁ、俺はいいですけど」 「まひるって肝心な時に天の邪鬼だよね。 本当は颯太くんと仲良くしたいのに、 つっけんどんな態度とるし」 「まぁ、あいつがお子様なのは だいたい分かってるんで、平気ですよ」 「んー、そうかなぁ? 颯太くんもそんなに分かってないと 思うけど」 「何が分かってないんですか?」 「まひるって、まだ颯太くんのこと 好きだと思う」 「いや、それはないですよ。 向こうから振ったんですから」 「それはどうしてか分からないけど、 でも、好きだと思うんだよね」 「そうは思えないですけどね……」 「好きだったら、嬉しい?」 「嬉しいっていうか、 まったくピンと来ませんけど」 「そう、ふぅん。 でも『わたしにとられちゃう』ってなったら、 ちょっとは本心見せると思ったんだけどな」 「そもそも、まやさんが本気じゃないから、 どうにもならないと思いますけど」 「こら、そういうこと言うと、 本気になっちゃうぞ」 「すいません」 「もう。なんで謝るかな」 「それはまやさんを 怒らせないようにしないと」 「そういうこと言うと、 怒っちゃうんだぞ」 「えー、何ですか、それ。 じゃ、どうすればいいんですか?」 「それは自分で考える。じゃね、また」 「はい、おつかれさまです」  手を振って、まやさんと別れた。 「オーダー入りましたー。 ベーグルサンドとブレンドです」 「はいよっ」 「颯太、それは俺がやるわ。 先に休憩入っとけ」 「分かりました」 「颯太くん、はい、これ、どうぞ」 「えっ?」  まやさんがレシートを手渡してくれる。 「何ですか、これ?」 「裏見てごらん」  言われた通り、レシートをひっくり返す。 そこには手書きの文字があった。 『いつもおいしい料理をありがとうございます。 良かったら、連絡ください。 いつでもOKです』  ケータイの電話番号とメアドが しっかりと書いてあった。 「えーと、誰からですか?」 「颯太くんのファンじゃないかな」 「ファン? 俺にファンとかいるのか…?」  まったく信じられない。 「興味ある?」 「それは、まぁ、いちおう…… どんな子でした?」 「んー、学生かな」 「かわいい子ですか?」 「かわいいんじゃないかな」 「でも『かわいい』って言っても色々 ありますよね。女の子目線でかわいいとか、 男の子目線でかわいいとか」 「颯太くん目線では、 わたしってかわいいと思う?」 「えっ? えぇ、それはもう」 「じゃ、同じぐらいじゃないかな」 「……そうですか……」 「連絡してみないの?」 「いや、いきなり連絡先わたされても、 植物系の俺としてはなかなか行動に 移しがたいって言うか」 「そうなんだ」 「あ、ちょっと、コンビニ行ってきますね」 「行ってらっしゃい」 「ファン……ファンか…… 俺にもファンが……」  よし、よおしっ!  周囲を警戒しつつも、 俺はケータイでメールを打った。 『いつも食べにきてくださって ありがとうございます。 こんど感想を聞かせてください』  まずはこんなものでいいよな。  よし、送信!  て、ん?  おかしいな。 メアドを直打ちしたはずなのに 宛先が名前で表示されてるぞ。  「小町まや」 って。  返事が来た。 『うん☆』 「まやさんじゃないですかっ」 「うん。いつでも連絡してね」 「騙された気分なんですけどっ」 「どうして? わたしと同じぐらいかわいい子で、 颯太くんのファンで、ほら、騙してないよ?」 「そもそもまやさんは 俺のファンじゃないじゃないですか……」 「こら、勝手に決めつけないの。 いつもおいしい料理をありがとう って思ってるんだから」 「そうかもしれませんけど、 有頂天になるほど昇りつめた俺の気持ちを どうしてくれるんですかっ!」 「んー、でも、ファンがお客さんだったか、 ウェイトレスだったかの違いしか ないと思わない?」 「でもっ! ほら、違いますよね色々と。 何ていうんですか、そう! じゃ、一緒にホテル行きますかっ!?」 「いいよ」 「ですよねっ! ……って、え?」 「いつがいいの? 今日? バイト終わったら?」 「いや、その、そういうつもりじゃ……」 「ふふっ、ほら、けっきょく どっちでも一緒でしょ?」 「参りましたよ……」 「じゃ、連絡まってるから。 今度はちゃんと誘ってね」 「……………」  「誘う」 って、どういう意味だ…?  少し手が空いていたので、 フロアのほうをのぞいてると、 「いらっしゃいませ。 あ、まやさん」 「こんにちは。忙しい?」 「そこそこです。 シフト入ってませんでしたよね? 今日はお客さんですか?」 「うん、ちょっとお茶していこうと思って」 「じゃ、こちらへどうぞ。 ご注文はどうしますか?」 「んー、アールグレイと それから……あ」  まやさんと目が合った。 「颯太くんちょうだい」  なんだ、それ? 「かしこまりました」  かしこまるな…… 「ねぇねぇ、まやさん来たわよ。 アールグレイを颯太に 運ばせるようにってさ」 「聞こえてたよ」 「そっか、じゃ、よろしくー」 「おまちどおさま、アールグレイと こっちはサービスのマドレーヌです」 「ありがと」 「それで、俺を呼んでたみたいですけど、 何か用があります?」 「んーん、用ってほどじゃないんだけど、 いま暇かな?」 「まぁ、ディナータイムになるまでは、 料理もほとんど出ませんし。 お客さんも見ての通りです」 「じゃ、ちょっと話相手になってくれる?」 「いいですよ」 「颯太くんってさ、彼女欲しかったりする?」 「いきなり、そっち系ですか……」 「答えたくないなら訊かないけど?」 「別に答えたくないわけじゃないですけど。 まぁ、人並み程度には欲しいですよ」 「じゃ、彼女ができたらしたいことって あるかな?」 「それは、まぁ普通に色々ありますよね」 「何かな?」 「一緒に海に行って、遊んだりとか?」 「ふふっ、定番だね。楽しそう。 水をかけあったり? 追いかけっこしたり?」 「いいですね、それ。 あとは二人で雰囲気のいい店に入って、 まったり話するのもいいですね」 「いいね。わたしも好きかな。他には?」 「公園を二人で歩くのも いいんじゃないですか?」 「歩くだけ?」 「何ですか、『だけ』って?」 「男の子は、他にもしたいことあるでしょ?」 「そんなこと言ったら、女の子だって したいことあるんじゃないですか?」 「あ、なに? それって、 わたしに変なことを言わせようとしてるの? 生意気だぞ」 「『変なこと』って言うほうが 変な気がしますけど」 「そんな『自分は潔白です』みたいな顔して、 公園で何したいのかな?」 「もちろん、アレですよ。 手をつないで散歩ですっ!」 「んー、そういうんじゃないんだけどなぁ。 でも、それいいね、楽しそう」 「で、まやさんは何したいんですか?」 「何それ、反撃かな?」 「いえいえ、訊いてるだけですよ」 「わたしは、そうね。キスしたいかな」 「あぁ、なるほど」 「こら、 自分で訊いといて、なに赤くなってるの。 かわいいんだから」 「別に赤くなってませんし」 「公園の池で、ホタルが舞ってる時に、 大好きな人とキスできたら、 素敵だと思わない?」 「そうですね」 「あ、いま少女趣味って思ったでしょ?」 「お、思ってませんよ」 「どうかな? 颯太くんってすぐに顔に出るから」  そんなに顔に出るかな? 「『そんなに顔に出るかな』って思った?」 「どうして分かったんですか?」 「顔に書いてあった」  なんてこった。 これから気をつけよう。 「で、キスした後、どうするんですか?」 「ん? 聞きたい?」 「はい!」 「んーと、そうね。 したいことするかな」 「何ですか、それっ! もっと具体的にっ!」 「だーめ。次は颯太くんの番よ。 手をつないだ後、どうするのかな?」 「それはまぁ、ねぇ……」 「キスはしたい?」 「『したい』と言われれば、 したいような気も……」 「キスより先は?」 「それはまぁ、なんていうか……」 「なんていうか、何かな?」 「えーと……」  何とか曖昧なままで終わらせようとするも、 この後もまやさんは根掘り葉掘りと 追及の手を緩めないのだった。 「じゃ、そろそろ帰ろっかな。 あ、このマドレーヌお持ち帰りにしていい?」 「いいですよ。包んできますね」 「ありがと。 あと特別サービスで、ついでに 颯太くんもお持ち帰りしていいかな?」 「あいにくテイクアウトできない商品となって おりまして」 「そんなこと言うと、 こんどお店に来た時に食べちゃうんだぞ」  どこまで本気か分からない顔で、 まやさんはそんなことを言った。 「いらっしゃいませー。 あ、颯太くん、いらっしゃい。 遊びにきたの?」 「えぇ」 「じゃ、すいてるから、 たくさんサービスしてあげるね。 こちらへどうぞ」 「ありがとうございます」  案内された席に腰掛ける。 「ご注文は後のほうがいいかな?」 「いえ、もう決まってます」  こないだやられたことを やり返してみようと思った。 「トリプルクリームクレープとまやさんを いただけますか?」 「両方共こちらでお召しあがりになりますか?」 「いいんですかっ!?」 「内緒だよ」  と、俺の言葉を軽く流して、 まやさんは厨房へ向かった。 「はいっ。トリプルクリームクレープ、 お待たせいたしました」 「ありがとうございます」 「それで、わたしはどうすればいいのかな?」 「そうですね。じゃ、良かったら、 話相手になってくれますか?」 「キスの先は何するのかな?」 「当たり前のように 終わった話題を蒸し返さないでくださいよ」 「ん? ようやくお姉さんに白状する気になったのか と思ったんだけどな」 「まやさんこそ、ホタルの舞ってる公園の池で キスした後、何するんですか?」 「ぎゅーってしてもらいたいな」 「ぎゅーってしてもらった後は?」 「ぎゅーってしてもらったら、 もうそれで十分かな」 「は、ちょっと、何ここまで来て 子供みたいなこと言ってるんですか?」 「そんなこと言われても、 十分なものは十分だし」 「まやさん、腹を割って話しましょうや。 そういう他人行儀なまやさん、 俺、嫌いだな」 「ふふっ、誰それ。変なの」 「ていうか、キスまで行ったら やることがあるでしょうが、 まだやることが」 「やることって、何かな?」 「分かりますよね。若い男女がデートして、 キスして気分が盛りあがったら、 することですよ」 「あぁ、知ってる知ってる。 颯太くん、手出して」 「えっ? 急に何ですか?」  尋ねながらも、俺は手を出す。  その手の平に、まやさんは 自分の手の平を重ねて、 「これでしょ。 あー、颯太くんって手おっきいね。 すごーいー」 「違いますよっ。 そんなことっ……そんなこと、 やってみたいですけど、違いますっ!」 「やってみたいんだ。 いいよ。わたしで良かったら、 いつだってしてあげる」  と、まやさんは手の平で 俺の手の平を優しく撫でる。 「でも、やっぱりこういうのは 彼女とやらないと盛りあがらないですよね?」 「そういうこと言う子は、こうだぞ」  まやさんの人差し指が 俺の手の平をなぞる。  くすぐったいような感触が、 けれど、すごく気持ちがいい。  ふと、まやさんの指が、 何か文字を描いてることに 気がついた。  えーと、これは――  『え』  『っ』  『ち』 「ふふっ、さっきの答え。 口にするのはちょっと恥ずかしいから」 「まやさんと話してると、 俺って友希にだいぶ毒されてるような気が してきました」 「そうね。颯太くんって、けっこう ストレートに言いづらいこと訊いてくるし」 「え、本当に? けっこういい感じに線引きしてたと 思ったんですけど」 「友希がすっごいことばかり言うから、 ちょっとアレなこととかは 気にならなくなっちゃったんじゃないかな」 「……マジですか……」  確かに、朝から昨日のオカズを 訊いてくるような奴と話してたら、 下ネタって感覚がマヒしてもおかしくない。 「でも、いいよ。嫌じゃなかったし。 ちょっと恥ずかしかっただけ」 「そう言ってくれると、 助かりますよ」  俺はほっと胸を撫で下ろした。 「そろそろ帰りますね」 「マドレーヌお持ち帰りする?」 「じゃ、特別サービスで、 まやさんお持ち帰りで」 「ふふっ、かしこまりました。 少々お待ちください」  そう言って、まやさんは去っていった。  何か持ってくるのかな?  しばらく待ってみるけど、 戻ってくる気配はない。  とりあえず、会計をすませとこう。 「友希、会計いいか?」 「はーい。950万円になります」 「高いよっ!」 「ローンも組めますが?」 「もうちょっとまけてくれ」 「じゃ、950円でいいわ」  千円札を出して、会計を済ませる。  まやさんはまだ戻ってこない。 「まやさんに『外にいる』って 言っといてくれるか?」 「うん、いいよ」  外に出ると、すぐに後ろから人が 追いかけてきた。 「お待たせ。じゃ、行こっか?」 「あれ? その格好……」 「お待ち帰りでしょ?」 「えーと……帰っていいんですか?」 「うん。今日はフロアの人が多いし、 暇だったから、帰ってもいいって」 「そうなんだ……」 「それで、どこに お持ち帰りしてくれるのかな?」  まやさんは、本当に お持ち帰りしたくなるような 笑顔を見せるのだった。 「オーダー、入りましたー。 オムライスひとつです」 「はいよっ」 「あとオーダーメモ置いていくから、見てね」 「分かりました」  オーダーメモを見る。そこには――  「好きな女の子のタイプは?」 と書いてあった。 「……………」  まやさん、いきなり何を 訊いてくるんですか…?  まぁ、いちおう返事は書いておこう。 『好きになった女の子が、タイプの女の子』  よし、完璧な答えだ。  オムライスを作ってると、 「オーダー、入りましたー。 サーモンクリームグラタンひとつ、 オレンジジュースひとつね」 「はいよっ」 「あと、オーダーメモ、追記しといたから、 見てね」  今度は何を書いたんだ? オーダーメモに視線を落とす。 『じゃ、背は どちらかといえば低いほうがいい?』  まぁ、俺より高くてもちょっと困るし、 できれば低いほうがいいよな。  「イエス」 と書いた。 「オムライスできましたよ」 「はーい、ありがと。 あ、低いほうがいいんだ。そっかそっか」  まやさんがオーダーメモに目を通し、 また何やら書き足している。 「時間があったら、見といてね」  まやさんはオムライスを持って、 フロアへ向かった。  さて、今度は何だろうか、と ふたたびオーダーメモを見る。 『胸はそんなになくても気にしない?』  まぁ、胸で選ぶわけじゃないしな。 別に気にするほどじゃない。 『イエス』 「はいっ、また書いたから見てね」  まやさんが去っていく。  オーダーメモに目を通すと、  『優しくて人当たりのいい子がいい?』  これはもちろん 「イエス」 だろう。  えーと、なになに? 『年上に甘えたい?』  そりゃ、もちろん甘えたい。 「イエス」 だ。 『髪は長すぎず、短すぎず?』  うーん、まぁ言われてみれば、 ほどほどがいいよな。「イエス」 かな。 「サーモンクリームグラタン、 できましたー」 「はーい。あ、颯太、まやさんから。 これで最後だって」  友希からオーダーメモを受けとる。 「おう、ありがとな」 「それ、なに?」 「残念だけど、俺とまやさんだけの秘密だ」 「えー、けち。やーらしいのー」  言って、友希はフロアへと去っていった。  さて、と。  オーダーメモに目を落とす。 『だーれだ?』 「ん? どういう意味だ?」 「颯太くんの好きなタイプの子、 だーれだ?」 「誰って……」  背が低くて、胸がなくて、 優しくて人当たりが良くて、年上で、 ほどほどの髪の長さの女の子なんて―― 「って、まやさんのことじゃないですかっ」 「ふふっ、颯太くんって わたしのこと好きだったんだ」 「ていうか、質問の仕方、狙ってましたよね。 あれじゃ、誰だってだいたい『イエス』って 書きますよ」 「そうかな?」 「そうですよ。まったく。 これで本当に好きになったら、 どうしてくれるんですか?」 「んー? その質問の仕方、狙ってるのかな?」 「何がです?」 「『責任とってあげる』って言わせたい んでしょ?」 「……………」 「あ、顔真っ赤。かわいいなぁ。 よしよし、 お姉さんが責任とってあげるからね」  なんだか、めちゃくちゃ子供扱いされた。 「颯太、ごめーん、追加オーダー。 若鶏のからあげと山盛りフライドポテト、 5人前ずつー」 「はいよっ」 「あと三種のチーズピザと、 パンプキンコロッケと、 カルボナーラ3人前ずつ」 「マジで!? まだ前の注文も出してないってのに……」  オーダーメモに 書かれた大量の注文を見て、 一瞬放心しそうになる。 「大丈夫?」 「まぁ、やるしかないしな。 今日はマスターには頼れないし」 「し、心配するな……半分は俺が、 ごほっがはっごふぅっ!」 「マスター、だめですよっ。 風邪引いてるんですから、 休んでてくださいっ」 「バカ言えって。 せっかくのかきいれ時に、 休んでられるかって話だわな」 「でも、そんなに咳して、 あたしたちや、お客さんに うつったらどうするんですか?」 「大丈夫だって、咳なんて気合いで 何とかならぁ」 「いや、さすがに無理だと思いますけど」 「大丈夫、う、ぐぐ、こふぅ……」 「うわぁ、マスター、本気で耐えてる」 「こふぅ、こふぅぁ、こふぅぅ、 かはぁぁ、こふぅぅ……!!」 「ていうか、そんなんで働けるんですか?」 「こふぅ、こふふぅ、こふぁぁぁ」 「もしかして、マスター、 そうしてるとしゃべることも できないんじゃ…?」 「なに言って、ごふぅっ! ごほあぁっ!! ごふへぇぇっ!!」 「我慢してた分、すごい咳だぁ」 「いいから、薬のんで寝ててくださいよ。 閉店したら教えますから」 「く、ちきしょう、せっかくの かきいれ時が……客が……逃げるぅ…… 俺の客がぁぁ……」 「大丈夫ですって。 颯太、マスター連れていくね」 「おう、任せた」  さて、俺はこの大量の注文を 何とかしないとな。 「若鶏のからあげ5人前あがりっと」  ていうか、ぜんぜん終わる気が しないんだけど……  むしろ、さっきから注文増えてるし。 「颯太くん、わたし厨房入るね」 「フロアは大丈夫なんですか?」 「いっぱいいっぱいだけど、 友希がいるから大丈夫じゃないかな。 厨房のほうが回ってないし」 「助かります。 じゃ、揚げ物お願いできますか?」 「はーい。どんどん作っちゃうね」 「ありがとうございましたー」 「最後のお客さん、帰ったかな?」 「みたいですね。 これ以上、注文来てたら死んでましたよ」 「ふふっ、大げさなんだから。 でも、頑張ったね。偉いぞ。 よしよし」  まやさんが背伸びをして、 俺の頭を撫でてくれる。 「ていうか、まやさんがいなかったら、 ぜんぜん回らなかったですけど。 おかげで助かりました」 「そぉ? そんなに褒められたら、 ちょっと照れるかな」 「コーヒーでも飲みます? 淹れますよ」 「紅茶がいいな」 「じゃ、紅茶いれますね」 「ありがと」  俺は紅茶を淹れる準備をしながら、 ふと言った。 「まやさんって、両刀使いですよね」 「えっ? ど、どうしたの、急に? そんなことないよ」 「いやいや、もう分かってますから。 そんなに謙遜しないでいいですよ。 みんなそう思ってますし」 「えっ? みんな…!? それは……ちょっと、困る、かな……」 「どうして困るんですか?」 「だって、両方なんて…… わたし、経験もないし」 「えっ?」 「えっ?」 「……勘違いしてません?」 「……両刀使いって、あれでしょ? 前でも後ろでもイケるっていう…?」 「……まやさん……」 「ち、違った?」 「二重に間違ってますから」 「えっ? どういう意味?」 「フロアも厨房も両方こなせるって 意味ですよ」 「あ……そう……」  まやさんは恥ずかしそうにうつむき、 「今の内緒にしてね」 「……うーん。どうしようかな?」 「颯太くんのイジワル……」 「冗談ですよ。大丈夫です。言いませんから」 「本当に? 約束する?」 「はい。二人きりの時しか言いません」 「……もう。どうして そういうイジワル言うかな……」  すねたようなまやさんが、 すごくかわいかった。 「暇だね」 「まぁ、今日は特にやることもありませんしね」 「ふむ、決めた。 みんなで王様ゲームでもしようじゃないか」 「は?」 「じゃ、まひるは王様とっぴなんだ!」 「いやいや、とっぴとか そういうゲームじゃないから」 「王様ゲームには興味があるのですぅ。 ぜひ一度、お手合わせいただければと 存じます」 「いや、王様ゲームは別に勝負じゃないし」 「まぁ、いいじゃないか。 せっかくやる気なんだから、 水を差すこともないだろう」 「……………」  まさか、部長、王様ゲームにかこつけて、 姫守に何かするつもりなんじゃ…? 「何だい、その目は? イジメてほしいのかい?」 「部長、やるのはいいですけど、 あんまり変な命令はなしですよ」 「おや? 男の子は君一人なんだから、 変な命令されれば嬉しいはずだけどね」 「肉体的には一人かもしれませんけど、 精神的には違いますよね?」 「どういう意味かな、それは?」  く、引くな。ここで引いたら負けだ。 「とにかく、楽しい範囲でやりましょう ってことですよ」 「もちろんそれは分かってるよ。 それじゃ、始めようか」  いつのまに作ったのか、 部長は割り箸のクジをテーブルに置いた。  あれ? 「7本あるのですぅ」 「まひる、彩雨、部長、颯太で、 4人しかいないんだ」 「それと椅子、机、ドアだよ」 「はい? 何ですか、それ?」 「普通にやったって面白くないじゃないか。 ちょっとは趣向を凝らさないとね」 「椅子とか机が王様になったら、 どうするんですか?」 「椅子の代わりに姫守が、 机の代わりにまひるちゃんが、 ドアの代わりに僕が命令するよ」 「それ、俺だけ不利じゃありません?」 「女の子の中に、一人だけ男の子なんだ。 それぐらい別にいいじゃないか」 「……まぁ、変な命令がないなら、 別にいいんですけどね……」 「それじゃ、さっそく始めようじゃないか。 行くよ」 「「王様だーれ?」」  俺たちは一斉に割り箸をとる。 残った3本を部長が “ドア”“椅子”“机”に振り分けた。 「はいっ。私が王様なのでした」 「それじゃ、王様は好きな数字に 命令してくれるかい?」 「では、1番が4番に日頃の感謝の気持ちを お伝えしてくださいませ」 「1番は誰なんだ?」 「俺だよ……」 「4番は誰だい?」 「ドアさんなのですぅ」  マジか…… 「それじゃ1番、 日頃の感謝の気持ちを伝えてくれるかな?」  楽しそうだな、おい。 「ドアに感謝の気持ちって 言われてもなぁ……」 「ほら、どうしたんだい? 早くやりなよ?」 「分かってますって」  仕方ない。やるか。  俺はドアに向きなおり、言った。 「ありがとう、ドア。 今更だけど、お前がいなかったら、 この園芸部はどうなっていたか分からないよ」 「お前がそうやって黙々と自分の仕事を 果たしてくれるおかげで、俺たちは、 こうして部室の中に入れるんだ」 「覚えてるか? あの炎天下の日。 お前が体調を崩して、身動きが とれなくなったことを」 「あの日、俺はお前がどれだけ 俺たちのために頑張っていたか、 初めて分かった気がしたんだ」 「いつもはいるのかいないのか 分からない気もしてたけど、お前が いないと部室に入れなかったんだなって」 「だから、ありがとう、ドア。 これからも、俺たちを部室に入れるため、 頑張ってくれ」 「あいつ、ドアに変なこと言ってるんだ。 とうとう頭がおかしくなったんだ」 「王様ゲームだからねっ!」 「とても素敵な言葉だったのですぅ。 初秋さんは日頃からそんなことを ドアさんに思っていらしたのですね」 「あぁ、まぁ……」  思ってないけどね。 「それじゃ、次に行ってみようか。 行くよ」 「「王様だーれ?」」 「僕が王様だね」 「それでは、王様は好きな数字に ご命令をお願いします」 「そうだね。それじゃ、 3番が7番に日頃の憎しみを ぶつけてくれるかい?」 「まひるが3番なんだ」 「7番は誰だ?」 「おまえだな、颯太っ。 まひるは言いたいことがたくさんあるんだ」 「悪いけど、俺は4番だよ」 「7番は椅子さんなのですぅ」 「……………」 「ほら、じゃ、思う存分椅子に 鬱憤をぶつけてくれ」 「わ、分かってるんだっ」 「おまえっ、椅子っ、ちょっと高いんだよっ。 まひるは座るのにいつも苦労してるんだ! ちょっとは身を低くしたらどうなんだっ!」 「あと、こないだまひるが体重かけてたら、 おまえ、足を滑らせたな。おかげでまひるは 頭を打ったんだ。絶対に許さないぞっ!」 「このっ! このっ! このっ! 椅子めっ、この椅子めぇっ!」  うーむ、本気で椅子に八つ当たりしてる ようにしか見えないな。 「どうだ、思い知ったか? こんどまひるに逆らったら、 まひるキックでバラバラにしてやるんだ!」 「お前、大人気ないな……」 「まひるは大人気なくなんかないんだっ! 王様ゲームだからなんだっ!」 「まひるちゃんと椅子さんが 仲直りできる日は来るのでしょうか…?」 「それは、こいつの態度次第なんだ」  やっぱり、本気で怒ってるよな。 「それじゃ、次いってみようか」  そんなふうに、俺たちは ちょっとおかしな王様ゲームを やりつづけたのだった。 「ふと思ったんだけどね。 いつも同じように部活をするんじゃ 面白くないんじゃないかな?」 「そんなこと言われても、畑仕事なんて 基本、同じことの繰り返しですからね」 「ゲームをしよう。大富豪でどうかな?」 「まひるはいいと思うよ。 大富豪、楽しそうだから」 「お前は遊びたいだけだろ」 「うるさいっ、じゃ、おまえは一人で 畑でも耕してればいいんだっ」 「今日は畑仕事の代わりに 大富豪をするのですぅ?」 「いいや、それだけじゃ面白くないからね。 大富豪の勝敗で、労働者を決めようじゃ ないか」 「大貧民と貧民は、大富豪、富豪にジュースを 一本おごって畑仕事。富豪、大富豪は 部室で休憩というところかな」 「くすっ、面白そうなのですぅ」 「決まりだね。 それじゃ、さっそくやろうじゃないか」  部長がトランプを持ってきて、 みんなにカードを配りはじめる。  うーん、まぁいいか。 「イカサマしないでくださいよ」 「まさか。そもそも、僕に イカサマするテクニックなんて あるわけないじゃないか」 「……………」  あの顔。  弱い者をイジメたくて仕方がない っていう顔だ。  何か仕込む気だな。 間違いない。 そうはさせるものか。 「さぁ、配りおわったよ」  それぞれの目の前に、 部長が配ったカードの山が 裏返しにおかれている。  けど、これを素直に とったんじゃ、思うつぼだ。  手を叩きつけるようにして、 部長の目の前に置かれたカードの山をとった。 「このカードは 俺がもらっていいですか?」 「行儀の悪い子だね。 ちゃんと配ったじゃないか」 「えぇ。念のためですよ。 それとも、俺がこっちのカードを もらったら、何か問題でも?」 「……いいや、構わないよ」 「どうも」  いま確かに、返事をするまでに間があった。  ということは、やはり、 何か仕込んでいたというわけか。  となれば、いま俺の手の中にあるのは そうとういい手札と見て間違いないだろう。  勝ったな、とカードを見る。 「……な……これは……」  3が3枚。5が4枚、6が2枚、 8が2枚、9が2枚。  最高の手札が9だとぉ…!? ものの見事にクズカードばかりじゃないか。 「ふふっ」  あの顔。勝ち誇ったかのような あの意地悪なほほえみは…… 「部長、ハメましたねっ!?」 「おや、手札が悪かったからといって 言いがかりとは酷いじゃないか」 「そもそも君が、 イカサマできないようにカードを交換する と言いだしたんじゃなかったかな?」 「く……」  まさか、それを見越して、 あえて自分に悪いカードを配ってるとは 思わなかった。不覚。 「そういえば“8切り”や“しばり”などの ローカルルールはどうしましょうか?」 「ややこしいから、なしにしておこうか。 “革命”と“階段”だけ有りにしよう」  よし、革命が有りならまだチャンスはある。  この5を4枚同時に出すことさえできれば、 俺のクズカードはまたたくまに最強カードに 早変わりする。  そして、その瞬間、 おそらく最強であろう部長の手札が クズカードと成り下がる。  チャンスは必ず来る。 その時をじっと待つんだ。 「ダイヤの3を 持っている方からでしたよね?」  俺は手札を見る。 3は3枚もあるけど、ダイヤはない。 「まひるからなんだっ!」  と、まひるがダイヤの3を場に出した。  時計回りだから、 まひる、姫守、部長、俺の順番だ。 「それでは、ハートの4なのです」  序盤戦はやはり弱いカードを 出していくのが定石だろう。  1周目では、虎の子の9を使うまでも ないはずだ。 「スペードの10で行こうかな」 「な、なんで、いきなり10なんですかっ。 飛ばしすぎですよねっ」 「あいにく、 弱いカードがこれぐらいしかなくてね」 「な……」  何だとぅ…!?  一番弱いカードが、 俺の虎の子の9よりも強いっていうのか…… 「颯太の番なんだっ。早くするんだ」 「ぐ、ぱ、パス……」 「10でもうパスなのですか?」 「あいつは貧乏人なんだ」  く、くそう。 見てろよ。絶対に革命を起こしてやる。 「まひるは11なんだ」 「12なのですぅ」 「Aだよ」 「まひるはパスするぞ」 「私もパスなのですぅ」  カードが流される。 「それじゃ、11が3枚だよ」 「……パス」 「パスなんだ」 「パスなのですぅ」  ふたたびカードが流される。 「12が3枚」 「……………」  これも、みんなパスだった。 「2が3枚」  出せるわけがない。 当然、カードは流される。 「Aが2枚。あがりだよ」 「お早いのですぅ。負けてしまいました」 「部長はすごく運がいいんだ」 「ふふっ、初秋くんがカードを 交換してくれて良かったよ」  く、どちくしょうめ…… 「それでは、次は初秋さんの番ですね」 「えっ? マジで…?」 「早くするんだっ。 まひるは待ちきれないんだぞ」 「あぁ」  ふ、ふふふ、やった。やったぞ。  どうやら、俺にも運が回ってきたようだな。  俺は4枚の5をカードから引きぬき、 テーブル中央にバンッと叩きつける。  部長さえいなくなれば―― 「これからは俺の時代だ!」  この瞬間、革命が起き、 すべてのカードの強さは逆転する。  つまり、俺の持ち札は最低でも9、 勝ったも同然だ。 「4が4枚なんだ」 「えっ?」  この瞬間、革命が起き、 俺のカードはクズカードに逆戻りした。 「ふふっ、残念だったね」  あの顔……まさか、 これさえも計算して……  ちきしょう。俺は手の平の上で 遊ばれていたっていうのか…… 「パスなのですぅ」 「7が3枚なんだ」 「10が3枚なのですぅ」  当然のように俺はパスを唱えつづけ、 めでたく大貧民になったのだった。 「さて、このあいだの大富豪は なかなか面白かったね」 「颯太がずっと大貧民だったんだ」 「うるさいよ……」 「本日も大富豪をするのですぅ?」 「いや、今日はまた別の物を持ってきたよ」  と部長がテーブルにカードの束を置く。 「ウノのルールはみんな知ってるかな?」 「まひるは得意中の得意なんだ」 「私もオンラインゲームで やったことがあるのですぅ」 「また例によって下から2人が ジュースと畑仕事ってやつですか?」 「そうだよ。怖じ気づいたなら、 やめておいてもいいけどね」 「まさか。今度は絶対に勝ちますよ」  俺はカードの束を手にした。 「大貧民の俺がカードを 配らせていただきますっ!」  意気込んでそう言った。 「ふふっ、殊勝な心がけだね。 イカサマをするんじゃないよ」 「どの口がそんなこと言いますか」 「おいっ、大貧民っ、 まひるはお腹が空いたんだ。 ハンバーグを持ってくるんだ」 「普通に断るよ」 「何だとっ、大貧民のくせに、 富豪に逆らう気か?」 「そういうことは、ウノで 俺に勝ってから言うんだな」 「分かったんだ。じゃ、まひるが今から こてんぱんにしてやるんだ。 泣いて後悔するといいんだっ」 「お前こそ、負けたら、 『調子に乗ってごめんなさい』 って言うんだぞ」 「受けて立つんだっ!」 「それじゃ、僕に負けたら、 今日一日、僕のことを 『ご主人様』って呼んでもらおうかな?」 「いいですよ。その代わり、 俺が勝ったら、俺のことを 『ご主人様』って呼んでもらいますよ」 「ふふっ、面白いことを言うね。 構わないよ」 「でしたら、私が勝ったら『お姫様』って 呼んでください。負けたら、初秋さんの ことを『お殿様』って呼んで差しあげますね」 「どっちも罰ゲームなんだけどっ!」 「『お殿様』はお嫌いなのですか? では、『ご主人様』にいたしますね」 「あ、あぁ……」  姫守はたまに無邪気で困るな。 「いやらしい顔をしているね」 「な、何のことですか。 いつもと同じですよ、別に」 「ふぅん。いつもいやらしいわけだ、君は」 「はいっ! 配りましたよ。 さっそく始めましょうか」  俺が配ったんだから、イカサマはない。  今日は勝つ! 「ふふっ、ドローツーだよ」 「く……」  始まって早々に部長のドローツーによって、 俺はカードを2枚引く。  まひる、姫守は順調に手札を減らし、 部長の番だ。 「はい、ドローツー」 「ちょっと、何枚持ってるんですか?」 「心配しなくてもこれで最後だよ」  ふたたび俺はカードを2枚引く。  1枚はドローツ―だ。 よし、手札を曝した浅はかさを 思い知らせてやる。  まひる、姫守、部長が 場にカードを出し、俺の番だ。 「リバースッ!」  順番が逆回りになり、部長の番だ。 「部長、覚悟してくださいよ」 「ふふっ、お手柔らかに頼むよ」  部長、姫守、まひるの順番が 終わり、いよいよ俺の番が巡ってきた。 「今こそ、積年の恨みっ、 食らえっ、ドローツ―ッ!」 「君はゲームに熱くなりすぎだよ」 「どんなに強がっても無駄ですよ。 さあっ、カードを2枚引いてください。 さあっ!」 「仕方がないね。はい、ドローツー」 「え…… さっき『最後』って言ったじゃないですかっ」 「やだなぁ。わざわざ手の内を 曝すわけがないじゃないか」 「……………」  ちくしょう。やられた。  まぁいい。この順番なら、 部長の攻撃は食らわないし、 逆に俺はいくらでも攻撃できる。 「ドローツーなのですぅ」 「お、まひる6枚か。大変だな。 はっはっは、まぁ頑張れ」 「まひるもドローツーなんだっ!」 「え…?」 「ふふっ、姫守、こういう時は なんて言うんだったかな?」 「人を呪わば、穴ふたつなのです」 「だったら、そこの悪人面してる人の 穴も必要だと思うんだけどっ!?」 「ふぅん。そんなこと言うんなら、 君が負けたら、ちょっとしたお仕置きを することにしようかな?」 「この状況でルール変更って汚くないですか?」 「なにせ僕は悪人面だからね」 「部長ってまるで女神のようですよねっ!」 「ありがとう。君が負けたら、 女装して校内一周でどうだい?」 「褒め損じゃないですかっ!?」 「おや、女神のようなお仕置きだと思うけど、 それとも、もっとイジメられたいのかい?」  くそぅ、このドSめ。  それ以上の問答を諦め、 俺はカードに手を伸ばす。 「……来い、ドローフォーッ!!」  俺の祈りも空しく、 8枚中8枚ともがただの数字のカードだ。  当然、この日も最下位に終わった。 「あの……初秋くん……」  珍しく、芹川が話しかけてきた。 「おう。どうした?」 「えぇと、その……ごめんなさい……」  なんだ、いきなり謝ってるぞ? 「……………」  しかも、黙ったんだけど……  どうしよう? とりあえず、こっちから 適当に話題を振ってみるか。 「芹川は放課後、何か予定あるのか?」 「あ……いえ。帰るだけです……」 「そっか。芹川って普段、 家で何してるんだ?」 「お勉強をしたり、本を読んだりですね」 「なるほど。やっぱり、真面目だよね。 道理で成績いいし、頭もいいわけだな」 「い、いえ……そんなことはありません…… やることがないだけですから」 「じゃ、やってみたいこととかは?」 「そうですね…… すぐには思いつきません。ごめんなさい」 「いやいや、謝らなくてもいいんだけどさ」 「そうだ。じゃ、料理とかはするか?」 「お料理もしますよ。 初秋くんほど上手じゃありませんけど」 「俺だって、そんな上手じゃないけどな。 どんなものを作るんだ?」 「里芋の煮っ転がしとか、 おひたしとか、お魚焼いたりとかです」 「和食が得意なんだな」 「おばあちゃんに習いましたから」 「そっか。こんど食べてみたいな」 「え、えと……その……それは……」 「冗談だって。じゃ、また明日な」 「あ……あのっ…!」  ドアのほうへ向かおうとすると、 芹川が俺の腕をつかんだ。  小さくて柔らかい手の感触が、伝わってくる。 「あっ、ご、ごめんなさいっ!」  芹川は真っ赤になって、俺の腕を放した。 「えーと、どうかしたのか?」 「……あ、あの、日直の仕事がまだ……」  あっ、忘れてた! 「悪い。最後に日誌みたいなのを 書くんだっけ?」  こくり、と芹川がうなずき、 日誌を机に置いた。 「よし、じゃ、さっさと終わらせて、 帰ろうぜ」  さっそく日誌にとりかかった。  だいたいの項目は分かってることを そのまま書くだけなので、作業は単純だ。  問題はひとつ、 「この“今日のハイライト”って項目、 誰が提案したんだろうな?」 「……困りますよね」 「学校でそうそう毎日、 ハイライト的なことが起こってたまるか って話だよなぁ」  日誌に向かいながらも、 今日のことを振りかえってみるも、 何も面白いことは出てこない。 「あ。そういえば、数学の授業の時、 初秋くん、黒板の問題といてましたね?」 「あぁ、数学は苦手だけど、 何とか正解できて良かったよ」 「その、がっかりさせてしまうかも しれませんが、じつはあれ、間違いでしたよ」 「え、嘘……でも、先生はマルつけてたぞ」 「はい。先生も間違えてました。 ノートにとっておきましたけど、 ここ、途中の計算が間違ってるでしょう?」 「どれどれ?」  と芹川のノートをのぞきこむ。 「あ……」 「どうした?」 「えぇと、その、腕が当たって……」  芹川の腕と俺の腕が、 わずかに触れあっていた。 「あぁ、悪い……」  体を離し、改めてノートを見る。 「……あぁ、本当だ。 ていうか、かけ算間違ってると…… ちょっと落ちこむな。」 「ケアレスミスは誰にでもありますよ。 先生も間違えましたし」 「そういえば、そうか。 でも、さすがに先生が間違えちゃだめだよな」 「あぁそうか、これを今日のハイライトに 書けばいいってことか?」 「はい」  今日のハイライトの項目を埋めながら、 ふと思った。 「そういえば、 答えが間違ってるって気づいたのに、 どうして言わなかったんだ?」 「……その、恥ずかしくて……」  確かに、芹川が先生に指摘する光景は ちょっと想像できない。 「よしっ、できた。喉渇いたから ジュースでも買って帰らないか?」 「はい、いいですよ」 「なに買ったんだ?」  コーヒーを飲みながら、芹川に訊いた。 「新発売のオレンジジュースを 買ってみました」  芹川はペットボトルのフタを開け、 こくっとオレンジジュースを飲む。 「……………」 「もしかして、不味いのか?」 「いえ、でも思ったより、かなり甘くて……」 「芹川って甘いの苦手なのか?」 「少し、苦手です……」  芹川はペットボトルを眺めるばかりで、 飲もうとはしない。  どうやら、そうとう口に合わないみたいだ。 「交換するか? このコーヒー微糖だし」 「いえ、そんな、悪いです」 「気にするなって。俺は甘党だし、 新発売のジュースも気になるからな。 ほら」  コーヒーを差しだすと、 芹川は交換に応じてくれた。  俺はすぐにオレンジジュースに 口をつける。 「あ……」 「うん。確かに、 オレンジジュースにしては甘いな。 俺はけっこう好きな味だけど」 「……………」 「ん? どうした?」 「いえ……何でもありません……」 「コーヒー、飲まないのか?」 「……ちょっと恥ずかしくて……」  恥ずかしい? 「飲むのがか?」 「…………その、いえ、そういうわけでは……」 「じゃ、どうしたんだ?」 「あの……初秋くんが、その、飲んだから……」 「……あぁ。なるほど」  そんなに恥ずかしがられると、 こっちまで恥ずかしくなってきた。 「分かりましたか?」 「まぁ、芹川のおかげで何とか。 正直、そのままノートに 写したい気分だったけど」  芹川に数学の宿題を 見せてもらい、ついでに 解説をしてもらっていた。 「そういうのは、いけないことだと思います」 「だよね…… 自分の力で解けるようにならないと 意味ないっちゃないもんなぁ」 「また分からないところがあったら、 教えてあげますから」 「おう、ありがとうな。芹川がいてくれて、 すごい助かったよ」 「……あ、いえ…… そんな大したことじゃありません……」 「あぁ、そうだ芹川、このあと時間あるか? 宿題見てもらったお礼に、ナトゥラーレで 何か作ってあげるよ」 「そんな……これぐらいで悪いです……」 「こっちだって、そんな大したことじゃ ないって。ナトゥラーレなら、 従業員割引が利くからさ」 「それに、ちょうど俺もこれからバイトだし、 好きなもの食べてってよ」 「……じゃ、ご馳走になります。 ありがとうございます」 「いらっしゃいませー。 あれー? 珍しい組み合わせね」 「宿題見てもらってさ。 お礼に何か作ってあげようと思って」 「ねぇねぇ絵里、 宿題って、えっちな宿題?」 「違います…!」 「お前はいきなり何を言ってるんだ」 「あー、二人で口裏あわせてー。 やーらしいのー」 「お前の妄想には恐れ入るよ……」 「あははっ。絵里、席ここでいい?」 「はい。ありがとうございます」  仕事着に着替えた後、 ふたたび芹川の席にやってきた。 「注文決まったか?」 「あ、すいません……まだ、です……」 「芹川って何が好きなんだ? 好物とかあるのか?」 「えぇと、その、辛いもの、です……」 「辛いって、激辛料理とか?」 「はい」  うーむ。意外だな。 「いちおうハバネロチャーハンなら、 辛さを選べるよ。普通、辛い、激辛、 超激辛な」 「じゃ、それにします。 超激辛でお願いします」 「あ、いや、超激辛はさすがに やめといたほうがいいと思うよ」 「“辛い”っていうか、痛いし。 ほとんど食べられないんじゃないかな」 「大丈夫だと思います。 辛いものは好きですから」  うーん、そうとう辛いんだけど…… 食べるっていうなら、仕方ないか。 「じゃ、作ってくるな」 「はいよっ、ハバネロチャーハン超激辛、 おまちどおさま」 「ありがとうございます。 すごくおいしそうですね。 いい匂いがします」 「ていうか、本当に大丈夫か? それ作るだけで目が痛くなるんだよ」 「たぶん大丈夫だと思います。 食べてみますね」  と、芹川はスプーンで ハバネロチャーハンをすくい、 ぱくっと食べた。 「もぐもぐもぐ……おいしいです」  ビックリするぐらい普通だ。 「でも、初秋くんが言うほどは、 辛くないみたいですね」 「え、本当に?」 「はい。お水なしで食べれますから」  発言通り、芹川はさっきから、 ぱくぱくとハバネロチャーハンを 口に運んでいる。  普通なら、そんな涼しい顔して 食べられないはずなのに…? 「唐辛子の量、間違えたかな? ちょっともらってもいいか?」 「あ……はい……」  芹川が恥ずかしげにスプーンを 渡してくれる。  それを使って、 ハバネロチャーハンを口に運ぶ。 「かはぁっ、あぐぅ……か、辛えっ!!」  辛いっていうか、痛い。 口から火を吐きそうだ。 「お水、飲みますか?」 「あ、あぁ、ありがとう」  もらった水をごくごくと一気に飲み干す。  若干、辛さが和らいだけど、まだ口の中が ひりひりしてて熱い。  一口食べただけだってのに、 額からは汗が流れてきた。 「よくこんな辛いもの 平然と食べられるな?」 「すみません。わたし、昔から、 辛いものには強いみたいで……」 「いや、謝ることじゃないんだけどな……」  芹川は水を一口も飲まずに、 激辛チャーハンを完食した。 「うーん……」 「何をそんなに唸ってるんだい? 放課後なんだから、早く女の子を 攻略しにいきなよ」 「『攻略』とか言うな。人聞きの悪い。 それどころじゃないんだよ」 「何が『それどころじゃない』んだい?」 「見ろよ、これが今日出た宿題だ。 山のようにあるだろ?」 「ふぅん。これぐらい 大したことないじゃないか」 「というと……お前、もしかして この宿題、全部わかるのか?」  だったら、QPに手伝ってもらえば、 早く終わるんじゃ―― 「いいや、さっぱり分からないね」 「どの口が『大したことない』とか 言ってんだよっ!」 「ぼくが言ってるのは、 『宿題ぐらい大したことない』ってことだよ。 別にやらなくたって問題ないだろう?」 「そういうわけにはいかないだろ。 先生によっては、めちゃくちゃ 怒られるんだぞ」 「怒られたら、困るのかい?」 「困るっていうか、できれば 怒られたくないだろ」 「ほら、『できれば』じゃないか。 君はすっかり忘れてるかもしれないけど、 彼女ができなかったら、どうなるんだった?」 「この世で一番大切なものを ふたつだかみっつだか、なくすんだろ」 「そうだよ。それに比べたら、 怒られるぐらい大したことないだろう?」 「って言われても、 今すぐの話じゃないしなぁ。 期限近いほうを先に片付けるのが普通だろ」 「片付けた後にちゃんと攻略も しっかりやるならいいんだけどね」 「分かってるって」  よし。決めた。今日はそっこう帰って、 宿題を終わらせてしまおう。  ドアを開けると、ちょうど部長がいた。 「おや? 奇遇だね? どこに行くんだい?」 「いやいや、騙されませんよ。 六年生の教室は階が違いますよね? なんで部長がここにいるんですか?」 「偶然を装って、何をするつもりです?」 「ふふっ、鋭いじゃないか。 じつは今日はすごく暇をしていてね」 「そうですか。じゃ、俺は帰ります。 今日はちょっと宿題が多いんで」  さっそうと踵を返すと、 「ぐえぇっ」  後ろから首を絞められるように、 抱きつかれた。 「何するんですかっ」 「それはこっちの台詞だよ。 僕がわざわざ君に会いにきたと知って、 どうしてすぐに帰ろうとするんだい?」 「それは……」  今までの統計から行けば、 絶対ろくでもないことを考えているから―― なんて言ったら、ろくでもないことになる。 「すいません。特に部長がどうこうって わけじゃないんですけど、宿題の量が ちょっと多いんで」  よし、完全にとり繕った。 「それなら、仕方がないね。 僕が手伝ってあげるよ」 「え……いや、そんな悪いですよ」 「何を言ってるんだい。 僕と君の仲じゃないか。 さぁ、部室で片付けてしまおう」  ま、まずい。何とか断らなければ…… 「いや! やっぱり、そういうわけには! そうっ、ほら、宿題ってのは、 自分の力でやってこそ意味があるものですし」 「真面目なことを言うものだね。 なら、先生役を買ってでようじゃないか。 むしろ、僕はそっちのほうが得意分野だよ」  やばい。さらにまずい状況に追いこまれた。 このままではスパルタ指導が待っている。 「そう! そういえば、ちょっと 買い物をしなければいけないんでした!」 「仕方がないね。君が宿題してる間に、 僕が代わりに買ってきてあげよう」 「まさか、部長にそんな パシリみたいな真似はさせられませんよ」 「ふふっ、それぐらいはお安いご用だよ。 何を買えばいいんだい?」  く、どうする?  何か部長には買えないような物を 挙げなければ、確実に詰む。 「それが、調理用品を買いたいんですが、 自分の目で確かめていいものを買いたいので」  よし、完璧な回答だ。 「それは面白そうだね。 じゃ、一緒についていこうかな」  あれ? 「つ、つまらないですよ……」 「構わないよ。どうせ暇してるんだ。 何を買うんだい?」 「な、鍋です。パスタを茹でる用の……」 「じゃ、鍋を買った後に、 君の家で宿題をみてあげよう」 「そうですね……」 「どうかしたかな?」 「いえ、ところで、部長……例えばですけど、 俺が嘘をついたりしたら、どうしますか?」 「君が僕に? まさか、そんなことは ありえないと思うよ。なにせ僕は君を 心の底から信頼しているからね」 「その僕の信頼を裏切るなんてことが、 万が一にでも起きたら、そうだね。 何をしてしまうか、見当もつかないよ」 「それがどうかしたかな?」 「い、いえ……」  この後、俺は新渡町を訪れ、 必要のないパスタ用の鍋を 購入したのだった。  外に出ると、いきなり雨が降ってきた。 「やっぱり、降ってきたか…!」  慌てて、校舎の軒下で雨宿りする。  うーん。まったくやむ気配がないな。 ていうか、どんどん強くなってるし……  こうなったら、濡れて行くしかないか。 「颯太、どうしたの?」 「あぁ、じつは傘忘れてさ」 「あははっ、そうなんだ。 一緒に入ってく? ナトゥラーレに行くんでしょ?」 「おう。でも、お前、 今日休みじゃなかったか?」 「うん。さっきマスターから電話があって、 今日はずっと忙しいから、良かったら、 出てくれって頼まれたのよ」 「今日、混んでるのか……」  バイト前に嫌な情報を聞いてしまった。 「はい、傘」 「おう」  差しだされた傘を広げると、 友希がその中に入った。 「やっぱり、相合い傘だと濡れちゃうね」 「あぁ」 「あ、ぬ、濡れちゃうって そういう意味じゃないよっ!」 「誰もそういう意味だと 思ってないから安心してくれるかな」 「えー、嘘だぁ。 ちょっとは期待してたって、 顔に書いてあるじゃん」 「お前と違って、そんなに 妄想力逞しくないんだよ」  そう言うと、目の前に 見知った人影を見つけた。 「あ……」  まひるだ。傘を持ってないのか、 全身が濡れている。 「まひる、大丈夫?」 「傘ないのか?」 「ば、バカにするなっ。 まひるは傘ぐらい持ってるんだ」 「いやいや、どう見てもないだろ」 「えっへん、これはバカには見えない傘なんだ」  まひるが“バカには見えない傘”をさす。 そうしてると本当にバカっぽいけど、 口にはしなかった。 「ナトゥラーレに置き傘あるから、 そこまで友希の傘に入ってくか? 俺は走るし」 「……うるさいっ。おまえなんか、 地球上で一番大っ嫌いなんだっ! かっぱっぱーっ!」 「『かっぱっぱー』って、どういう悪口?」 「さぁ……」 「入ってけば良かったのにね」 「ナトゥラーレに寄りたくなかった んじゃないか」 「あー、そっか。じゃ、仕方ないね」 「おはようございまーす。あれ、まひる?」  さっき走りさっていったまひるが、 席に座っていた。 「まひるの勝ちなんだ」 「別に勝負してないぞ」 「勝ちなんだ勝ちなんだっ、 勝ちったら勝ちなんだっ! 大人しく負けを認めるんだっ」 「分かった分かった。俺の負けだよ。 ていうか、どうせナトゥラーレに 来るなら、傘に入ってけば良かっただろ」 「……うー…!」 「『うー』じゃなくてさ」 「まひるは雨に濡れるのが好きなんだ」 「いやいや、嘘ってモロバレだから」  ていうか、なんで嘘つくんだ? 「あたし、タオル持ってくるね。 このままじゃ風邪引いちゃうし」 「……ありがとう」  もしかして、俺が濡れるから、 傘に入るのを遠慮したのか?  それ以外に理由ないよなぁ? 「ありがとうな、まひる」  礼を言うと、まひるはキッと睨んできた。 「このっ! このっ! このっ!」 「こらこらっ、なんで蹴るんだよ?」 「そんなことは、 自分の肋骨に訊いてみるんだ!」 「胸じゃなくてっ!?」 「まひるは知ってるんだ。 細かいことを言う男はモテないんだぞ」 「どうせモテないよ……」 「お待たせー。ほら、まひる、拭いてあげるね」 「いい、自分でできるんだ」 「いいからいいから、ほら、じっとしてて」 「やだやだっ、自分で拭くんだっ!」  と、まひるはタオルを奪いとる。 「ご、ごめんね。怒った?」 「……別に怒ってないんだ。 自分で拭きたかっただけなんだ」  まひるはバツの悪そうな表情で、 濡れた髪を拭いている。 「あたし、余計なことしちゃった?」  友希に習い、まひるに聞こえないように、 小声で答える。 「心配しすぎだって。 とうとう思春期が来たんじゃないか?」 「えー、それはまだ早くない? だって、ほら」  と、友希がまひるの胸に視線をやる。 「あぁまぁ、そこはね」 「でしょ」 「うがーっ! バカにしてるのかっ! まひるは思春期なんてとっくに終わったんだ! もうすぐ更年期が来るんだぞっ!」 「……………」  それは、まだまだ来ないんじゃないか と思った。 「友希さん。もしよろしければなのですが、 本日マックスバーガーにご一緒しませんか?」 「あー、ごめん。今日はバイトなのよ。 また今度、付き合うわ」 「そうなのですね。 お仕事では仕方がないのですぅ。 またよろしくお願いいたします」 「あ、絵里さん。 少々よろしいですか?」 「はい。どうしました?」 「もしよろしければ、 本日、マックスバーガーへ ご一緒いたしませんか?」 「すみません。 今日はちょっと用事があって」 「そうなのですぅ…?」 「あ、明日なら大丈夫ですけど?」 「お気遣いありがとうございます。 ですけど、どうしても、 本日いかねばならぬのですぅ」  落ちこんだ様子の姫守は、 俺の席までやってきた。 「初秋さん、後生ですから、 ご一緒にマックスバーガーへ 行っていただけないでしょうか?」  うーむ。「だめ」 とは言えない雰囲気だな。 「いいよ」 「よ、よろしいのですぅっ!? いったい、何とお礼を言っていいのか、 一生の恩人なのですぅっ!」 「マックに付き合うぐらいで、そんな大げさな」 「それではさっそく参りましょうか? お腹の準備は万端なのですぅ?」 「あぁ、ばっちり空いてるよ。行こうか」  レジで注文を済ませて、 ダブルチーズバーガーセットを載せた トレーをテーブルに置く。 「お待たせいたしましたー」  姫守が同じくトレーをテーブルに置く。 「あれ? 今日はアップルパイじゃないんだな。 なに頼んだんだ?」 「ご覧になりますか? はい、新発売のハバネロバーガーなのですぅ」  姫守が、紙の包装をむいて、 ハバネロバーガーを見せてくれる。  バンズとパティの間のソースが なんていうか、かなり赤い。 「それが食べたくて、 みんなを誘ってたんだな」 「はい。このあいだコマーシャルで 拝見しまして、どうしても一口、 賞味してみたかったのですぅ」 「でも、姫守って辛いの得意だったっけ?」 「いえ、それほど得意ではないのですが、 こちらはビビッと来ましたので、 行けるような気がいたします」 「そ、そう」  ビビッと来たら、辛いのが大丈夫な理屈は よく分からないけど、本人が楽しみに してるんだから、水をさすこともないだろう。 「それでは、いただきます。はぁむ」  姫守にしては大きく口を開けて、 ハバネロバーガーをかじる。  もぐもぐと咀嚼して、ごくんと呑みこんだ。 「どう?」 「ひーひーして、顔がとても熱くなる おいしさなのですぅ」 「それはもしかして、辛いってことじゃ…?」 「い、いえっ、辛くはないのですぅっ。 断じて辛くはないのですぅっ!」 「え、そうなんだ」 「はいっ。辛いなどということは、 決してありません。 とてもおいしいお味なのですぅっ」  と言いつつ、姫守がコーラに手を伸ばす。 「……………」 「い、いえ、これは何でもないのですぅ。 初秋さん、コーラをお飲みになりますか?」 「え、いや、俺のもコーラだし」 「そ、そうでしたか。 でしたら、必要ないのですね」  姫守はコーラから手を離し、 ふたたびハバネロバーガーにかじりついた。 「はぁむ、あむ、はひー、はふー、 あむあむ、ふひぃー」  どう見ても、辛そうなんだけど、 なんで認めないんだろう?  姫守ってたまに不思議なことするよなぁ。 「……とってもおいしいのですぅ」 「そっか。良かったな。 あ、悪い。ちょっとメール返していいか? 返事催促されてたんだった」 「はい、構いませんよ」  ケータイに視線を落とし、 メールを打ってると見せかけながら、 姫守の様子をうかがう。  彼女はストローにそーっと口をつけ、 静かにコーラを飲んでいた。 「そういえばさ」  俺がばっと顔を上げると、 姫守が慌ててストローから口を離し、 ハバネロバーガーにかじりついた。 「はむはむ、はっ、はひぃ、ふぇぇ…… な、何でしょうか?」 「いや、コーラ飲みたかったら、飲んだら?」 「いえ、ぜんぜん辛くありませんから、 コーラは必要ないのです」 「いや、別に辛くてもいいと思うけど。 ハバネロだし」 「いいえ、きっと あんまりハバネロが入っていないのですぅ」  ずいぶん、かたくなだな。  よし。  ふたたびメールを打つ振りをすると、 姫守はストローに口をつけ、 コーラを飲みはじめた。 「……ちゅごごっ」 「ほらっ、こんな一瞬で飲み干すほど 辛いんじゃんっ!」 「……ぅぅ、バレてしまいました。 観念いたします」 「いや、観念も何も、 別に辛くてもいいと思うぞ。 なんで、ごまかそうとしてるんだ?」 「辛いものは健康に悪いですから、 お家ではあまり食べてはいけないと 言われるのです。奪いとられるのです」  なるほど。 「さすがお嬢様だな」 「初秋さんは奪いとらないのですか?」 「そりゃ人の食べてるものを 勝手にとらないよ。それにこれぐらいなら、 別に健康に悪いってほどじゃないし」 「そうでしたか。 それでは、安心して食べるのですぅ」  姫守はハバネロバーガーを手に持つも、 すぐにトレーに置いた。 「バニラシェイクを買ってまいります」  どうやら、そうとう辛いのを 我慢していたようだ。 「うーん、シャワー並のどしゃ降りだな」 「ほんと、これじゃ傘、役に立たないね」 「思ったんだけどさ、 全方位傘とかあれば、売れると思わないか?」 「それ、カッパじゃん」  う……言われてみれば…… 「でも、カッパって着るのが面倒だろ」 「こう傘をぱっと開くと、全方向に 広がって、雨を防いでくれるみたいな やつがあると便利じゃないか?」 「うーん。でも重そうだし、 前が見えなさそうだし、 人にぶつかって危ないわ」 「じゃ、そのみっつを解決したら、 特許とって、大金持ちだな」 「颯太ならできると思うよー」 「棒読みで言わないでくれ……」 「あははっ、でも、どうしよっか? いま帰ったら、びしょ濡れだよね?」 「もう少し収まるまで、時間潰すか」 「あー、分かったぁ。 『結局、帰らなくてもびしょ濡れになったな』 とか言うことする気でしょ?」 「そうかそうか。 友希がそんなに雨の中、帰りたい って言うなら協力してあげるよ」  友希の手をつかみ、 教室の外へ連行しようとする。 「や、やだ、うそうそ、冗談だってばっ。 許してよぉっ」  反省の色が見えたので、許してあげた。 「それにしてもこの雨、 どのぐらいでやむんだろうな?」 「ぜんぜん、やむ気配ないよね。 今日、バイト休みで良かったわ」 「きゃ、きゃあぁぁっ!」 「どうした?」 「か、雷……」  雷?  あぁ、そういえば、少しゴロゴロ鳴ってるか。 「そ、颯太。どうしよう? もっと近くまで来るかな?」  友希が震えながら、 カーテンのかかった窓を横目で見ている。 「お前って本当に雷、だめだよな」 「だって、怖いんだもん」 「きゃあっ! やだぁ、もう。助けてぇ」 「大丈夫だよ」 「大丈夫じゃないもん……」  友希は窓に背を向け、 ぶるぶると震えている。 「きゃあああああぁぁぁぁっ!!」  あ、停電か? 今のはすごかったもんな。 「友希、平気か?」 「へ、平気じゃないよ。ぜんぜん平気じゃない。 颯太、どこ?」 「おいおい、何してるんだ? 目が慣れるまでじっとしてろよ」 「だ、だって、一人じゃ怖いよぉ。 こっち来てよ」  本当に怖がりだな。 「行くから、じっとしてろよ」 「うん」  手探りで、机と椅子の位置を 確かめながら、友希の声がした方向へ 歩いていく。  すると、体に柔らかい感触を覚えた。 「あ、悪い。ぶつかった」  離れようとすると、 友希の腕が巻きついてきて、 ぎゅうっと俺を引きよせた。 「ご、ごめんね。しばらく、このままでいて」 「しばらくって?」 「か、雷が収まるまでとか?」 「まぁいいけどさ」  それにしても、 「お前って、普段下ネタばっかり 言ってるわりに、こういうところは 女の子らしくてかわいいよな」 「あ、あー、雷にかこつけて、 変なことする気なんでしょ? ズルいよ」 「声震えてるぞ」  からかうように言ってみると、 「……颯太のバカ。いじわる」  そう言いながらも、 雷が収まるまで、友希は ずっと俺に身を寄せていた。  収穫した二股キュウリを見るなり、 遊びに来ていた友希が言った。 「あはは、何これ、 スカイビーンズっぽいね」 「どちらかと言えば、 ピンクキャンディじゃないかな?」 「あー、そうかも。さすが、葵先輩、 上級者ですねー」 「そう言って、友希も ピンクキャンディぐらいは いけるんじゃないかな?」 「そんなことありませんよー。 あたしはせいぜいマリンビーンズぐらい ですしー」 「……………」  何の話をしているのか 全然わからないけど、嫌な予感がする。 「キャンディのお話なのですぅ?」 「うんとね、バイブよ」  やっぱりか…… 「無知なもので大変恐縮なのですが、 バイブとはどういった物なのですか?」 「んーと、形はこの二股キュウリに似てるわ」 「どうやって使うのでしょう?」 「教えてあげよう。 いいかい? このキュウリがバイブだと するだろう。それを姫守のここに……」 「え……あ、あの……そこは……」 「だめですよ、葵先輩。 いきなり、そういうことをしたら」  お、友希のやつ、 下ネタ大王のくせに珍しく まともな発言をしてるな。 「最初からバイブは大変ですから、 まずはローターからならしたほうが いいと思います」 「つまり、このジャガイモを使え ということだね」 「神聖な部室と神聖な野菜で 何やろうとしてんのっ!?」 「なに、姫守が知りたいと言うものでね」 「誠に申し訳ございません。 私がバイブに無知なもので、少しだけ、 お目こぼしいただけないですぅ?」 「とりあえず、そういうのは 先にネットで調べてから、訊いたほうが いいと思うよ」 「ねぇねぇ、じゃ、ローターはいい?」 「そちらも気になるのですぅ」 「お目こぼしいただけるかな?」 「だめに決まってるよねっ!」 「怒られてしまったのですぅ」 「颯太って厳しいなぁ」 「小学生じゃあるまいし、 いまさらローターやバイブで恥ずかしがる ような歳じゃないと思うけれどね」 「うんうん、あたしもそう思う。 あんなこと言って、自分だけはこっそり オナホとかローションとか研究してるんだわ」 「ほう。それは興味深いね。 どういうアイテムを好んで使うんだい?」 「あたしの想像だと、最近、 前立腺の開発にまでとり組んでいますよ」 「なかなか上級者じゃないか。 しかし、そんなことじゃいつまで経っても 童貞だね」 「あたしもそれを心配してるんですけど、 なかなか気づいてもらえなくて……」 「よく妄想でそこまで話せるよねっ!」  まったく。 「ていうか、前々から思ってましたけど、 友希と部長って似たもの同士ですよね」 「え、そうかなぁ?」 「どこが似てるんだい?」 「二人とも下ネタ好きですし、 けっこうキャラ被ってるって言うか……」 「……『キャラ被ってる』って 言われてますよ?」 「聞き捨てならないね」 「そうですよね」 「少なくとも僕のほうが、 初秋くんをイジメるのが上手だよ」 「でも、あたしのほうが颯太の性癖を よく分かってますよ」 「じゃ、勝負するかな?」 「受けて立ちます」 「私はまだまだ初秋さんのことを 存じあげませんが、参加したいのですぅ」 「いいわよ。じゃ、三人で勝負ね」 「ていうか、なんでそうなるんだ…?」  ていうか 「勝負」 って何? 「勝負の内容はどうしますか?」 「手を触れずに 初秋くんの下半身を反応させたほうが勝ち、 ということでどうだい?」 「何それっ!?」 「オーソドックスなルールですね。 分かりました」 「しかもオーソドックスなのッ!?」 「それじゃ、あたしから言ってもいいですか?」 「構わないよ」 「ねぇねぇ、颯太」  友希が俺の顔をまっすぐ見つめてくる。 「……何だよ?」 「颯太のおち○ちん、ちょっとだけ、 舐めてもいい? 先っちょだけ」 「……あのな、俺は植物系男子だぞ。 そんなんでどうにかなるわけないだろ」  当然、俺の下半身は不動だ。 「えー、なんで反応しないのー?」 「いや、だって、お前の下ネタには 慣れてるし」 「『慣れてる』とか……ひどいよ……」 「ふふっ、残念だったね。 それじゃ、次は僕の番だよ」  部長が俺の目をまっすぐ見つめてくる。 「ふふっ、がっつくような顔をして、 そんなに僕の胸を見たいのかな?」 「……いいよ。それじゃ、 見せっこしようじゃないか? ほら、先に君の物を見せてごらん」 「だから、俺は植物系男子ですって。 そんなんじゃ何とも思いませんよ」  やはり、俺の下半身は無反応だ。 「ふぅん。なかなか手強いね、君は」 「部長に鍛えられましたからね」 「それでは私の番なのですぅ」 「ていうか、姫守、本当にやるの?」 「はいっ。よろしくお願いいたします」  姫守はじっと俺の目を見つめてくる。 「……………」 「……………」 「……………」 「あのぉ、ところで、 どうすればよろしいのでしょう?」  だと思った。 「颯太の下半身を反応させればいいのよ?」 「それは分かるのですが、 『下半身を反応させる』って どういうことなのですか?」 「簡単に言えば『勃起させる』ということだよ」 「え…? ええっ!?」  やっぱり分かってなかったか。 「ほら、頑張って、彩雨。 早く、颯太が勃起するようなことを言うのよ」 「……そ、そんなぁ。私、勃起……なんて…… 勃起なんてさせられないのですぅ。代わりに 何でもしますから、堪忍なのですぅ……」 「……………」  当然、俺の下半身は――  ――何だと…!? 「あー、ちょっと反応してないっ!?」 「君はそういう趣味だったのか……」 「いや、これはその、何かの間違いで……」  絶体絶命のピンチだった。 「ねぇねぇ、今日、彩雨は来ないの? 学校には来てたよね?」 「あぁ、 『先に行っててほしい』って言ってたから、 すぐに来ると思うんだけど……」 「お待たせしま、ひっくっ! も、申し訳ござ、ひっくっ! 少々、わたひっくっ!」 「どうしたの、彩雨? しゃっくり?」 「はい。お恥ずかしながら、先程から しゃっくりが止まらないのでひっくっ! ぅぅ〜、止まらないのですぅ」 「まひるは知ってるんだ。 水を一気飲みすると、しゃっくりが 止まるんだぞ」 「その民間療法、あんまり効かないんじゃ なかったっけ?」 「そんなことないんだ。 まひるはいつもそれで治してるんだ。 百発百中なんだ」 「まひるは思い込み激しいもんね」 「えっへん。まひるは思い込みが 激しいんだぞっ!」 「褒められてないからな」 「私も水一気飲みをしてみるのですぅ。 このままだと苦しいのですぅ。ひっく!」  姫守がコップに水道の水を注ぐ。 「ごくごくごく……」 「どう? 治った?」 「治ったのでしょうか? 今のところは大丈夫ですが……」  しばらく待ってみる。 姫守のしゃっくりは出ない。 「本当に治ったみたいだな」 「ほら、まひるの言った通りなんだっ!」 「まひるちゃん、ありがとうございます。 お陰様で、すっかり完治いたしま―― ひっく! あぅぅ……」 「治ってないな」 「どうすれば治ひっくっ! 治るのですぅ?」 「やっぱり、アレするといいんじゃない?」 「あぁ、アレなぁ」 「アレって何なのですぅ?」 「それはな――」 「わっっっっっ!!!!」 「うわああぁぁっ!!」 「どうかしたのですぅ?」 「『驚かすとしゃっくり止まる』って言うから やってみたんだけどねー」 「まひるが驚いても仕方ないよな……」 「こらっ、友希、やるなら『やる』って 言わないとビックリするんだっ! 逆にしゃっくり出たらどうするんだ?」 「あははっ、ごめんごめん。 でも、しゃっくりは出ないと思うよ」 「お気遣いひっく、 いただいひっく、恐縮なのひっく、 ぅぅ、しゃべれないのですぅ」 「そういえば彩雨、今しゃっくり何回目なの?」 「分からないのですけど、 もう80回ぐらいは出てるのですぅ」 「た、大変なんだっ! しゃっくりは100回出たら死んじゃうんだ! あと20回なんだっ!」 「え、ええっ、そんなぁ…… 私、あと20回で、ひっくっ! あと19回で死ぬのですぅ…!」 「いや、姫守、あのね」 「そういえば、彩雨、胸を刺激すると しゃっくり止まるらしいわ」 「そんなバカな話が…?」 「こ、こうなのですぅ?」 「そうそう、それでもっと強く。 乳首も触って揉みしだくようにすると いいらしいわ」 「こう、なのですぅ? ……あっ、なんだか変な……ひっくっあぅ、 ひっく……あんっ……あんひっくっ!」  何が何だか分からなくなってきたぞ…… 「どうしましょう? 止まらないのですぅ。 あとひっく! あと、15回なのですぅ!」 「彩雨、鼻から水を飲めば治るはずだよ」 「それ、本当なのか?」 「間違いないんだっ! 昔、本で読んだんだ!」 「やってみるのですぅ」  姫守は頑張って、 自分の鼻に水を入れようとしている。 「ん……すー……ごほっごほっ! あぅぅ、鼻が痛いのですぅ。 ひっくっ! やっぱり止まらないのですぅ」 「じゃ、次は雷に打たれたゾンビの真似を してみるといいよ」 「それ、どういう真似だよ?」 「ビリビリビシャー、ビビビうあおぉぉ、 ビヤァァァ、ビリビリビビビシャー、 ビヤジャアアァァ、ビビャビャビャッ!!」  やってるよ…… 「ひっく! だめなのですぅ。 ひっくっ、ひっく、そんなぁ…… あと12回なのですぅっ!」 「まひる、そのしゃっくりの止め方、 何の本に載ってたんだ?」 「“本当におかしな迷信百選”なんだ」 「迷信だよねっ!」 「ひっく、ひっく、もうだめなのですぅ。 私、最後にどうしてもやりたいことが あるのですぅっ!」 「彩雨、どこ行くのっ?」 「追いかけるんだっ」 「こっちのほうに来たと思ったけど、 どこに行ったんだ?」 「もしかしたら、もうしゃっくりを 100回して、手遅れかもしれないんだ」 「いやいや、死なないからね」 「ねぇねぇ、あれ、彩雨じゃない」 「……何をしてるかと思ったら……」 「いただきます。はむはむ、あぁむ。 くすっ、おいしいのですぅ」  アップルパイを頬ばる姫守のもとへ、 俺たちは歩みよっていく。 「ねぇねぇ、 彩雨が最後にやりたいことって、これ?」 「はいっ。 最後の晩餐はホットアップルパイ と心に決めていましたから」 「そもそも、しゃっくり何回したって 死なないけどね」 「えっ? そうなのですか?」 「冷っ静に考えたら、姫守だって 本気で死ぬとは思わないよね?」 「……言われてみれば、そうですね。 お恥ずかしながら。とっさのことで、 慌ててしまったのですぅ」 「彩雨、しゃっくりは?」 「あ……出ないのですぅ。 くすっ、しゃっくりはおいしい物を 食べると治るのですね」  しゃっくりの止め方って、 色々あるもんだなぁ。  今日の部活はやることが少なく、 あっというまに終わった。 「時間が余ってしまったね」 「今日はもう解散にします?」 「まひるはまだ帰りたくないんだっ」 「でも、もうやることないんだけど…?」 「それでは、皆さんで 遊んでいきましょうか?」 「それもいいか。じゃ、何する?」 「やっほー、遊びにきたよー。 いま何してるの?」  計ったようなタイミングだな。 「ちょうど部活が終わったから、 みんなで遊ぼうかと相談していたところだよ」 「ほんと? 交ぜて交ぜて! 何するの?」 「それを今から決めるんだけどね」 「じゃ“マジカル園芸部”なんてどうだい?」 「リズムに合わせて言葉を 連想していくやつですよね?」 「園芸部といったら、部活♪」 「部活といったら園芸部♪」 「ループは禁止だぞ」 「みんなルールは大丈夫みたいだね。 それじゃ、友希から時計回りで 始めようじゃないか」 「分かりました。じゃ、行きますよ。 マジカル園芸部♪ 園芸部と言えば、野菜♪」 「野菜と言えば、キュウリ♪」 「キュウリと言えば、細長い♪」 「細長いと言えば、棒♪」 「棒と言えば、棍棒♪」 「棍棒と言えば、木造♪」 「木造と言えば、三角木馬♪」 「三角木馬と言えば――って、こらぁっ!」 「あー、颯太負けー」 「口ほどにもない奴なんだ」 「いやいや、最初から 偉そうな口は叩いてないよね?」 「じゃ、偉そうな口も叩けない奴なんだ」 「どうすりゃいいんだよ…?」 「難しい問題なんだ」 「そうなんだ……」 「それじゃ、もう一回やろうか。 もう少し長く続けたいところだね」 「だったら、変なこと連想しないでくださいね」 「あいにく木造といえば三角木馬しか 思いつかなくてね。とっさのことで、 気が動転してしまったよ」  ぜったい嘘だ。 「じゃ、行くわよー。 マジカル園芸部♪ 園芸部と言えば、お花」 「お花と言えば、バラ♪」 「バラと言えば、トゲ♪」 「トゲと言えば、鋭利♪」 「鋭利と言えば、刺さる♪」 「刺さると言えば、痛い♪」 「痛いと言えば、破瓜♪」 「破瓜と言えば――って、 なに言ってるんですかっ!?」 「また颯太の負けなんだ」 「初秋さん、ドンマイなのですぅ」  俺がドンマイなんだろうか…? 「じゃ、もう一回やるわよー。 マジカル園芸部♪ 園芸部と言えば、部活♪」 「部活と言えば、学校♪」 「学校と言えば、授業♪」 「授業と言えば、体育♪」 「体育と言えば、運動♪」 「運動と言えば、ピストン運動♪」 「ピストン運動と言えば、射精♪」 「射精と言えば、 だから下ネタはやめましょうって!」  何度繰りかえしても、 友希、部長のホットラインによって、 下ネタが襲いかかってくる。  恐るべきマジカル園芸部は、 まだ始まったばかりだった。  厨房が落ちついたので、 フロアをのぞいてみると、 「シェフを呼えっ!」  まひるがテーブルに手を叩きつけ、 ご立腹だった。 「どうしたの、まひる?」 「シェフを呼うんあっ。 まひるは言いたいことがあうんあっ」 「えーと、まひる、滑舌変だけど、大丈夫?」 「大丈夫なんあ。いいかや、颯太を呼ぶんあ」 「でも、これ作ったのマスターよ?」 「……えっ? それなら、仕方ないんあ。 やっぱり呼ばなくていいんあ……」 「あれ、違うかなぁ? やっぱり、颯太かも」 「シェフを呼うんあっ!」 「……………」  なんだ、それ……俺だけ狙い撃ちか? 「じゃ、呼んでくるからちょっと待っててね」  友希がこっちに来る。 「あ、颯太、聞いてた?」 「明らかに俺に文句が 言いたいだけだったよね……」 「うんうん、愛されてるよねっ」 「そんなポジティブシンキングは できないよ……」 「まひるって、なんで颯太のことを あんなに憎んでるのかなぁ? いつか刺されそうだよね。気をつけて」 「そんなネガティブシンキングも できないよっ!」 「あははっ、ほらほら、 早く行ってあげないと、まひる怒っちゃうわ」 「そうだな」  気が進まないながらも、 まひるの席へ移動する。 「どうかしたか?」 「どうかしたあやないんあっ。 見るんあ、ここをっ!」  まひるが口を開ける。 「何だ? 虫歯でもあるのか?」 「違うんあっ。舌、舌なんあっ。 おまえのオムライスを食べはら、 ヤケドしたんあっ!」  いや、見てもヤケドなんて、 よっぽど酷くないと分からない と思うんだけど…? 「悪かったな。今度からは、 少し冷ましてから持ってくるよ」 「いやや、まひるは許はないんあっ。 もっと、しゃんと謝らないほ、 死刑なんらろっ」  うーむ。舌っ足らずでかわいいな。  まぁ、ちゃんと営業トークで謝っておくか。 「申し訳ございません。 今後はないように注意します」 「ダメら、ダメら、ダメらんらっ。 そんなので許はれると思ったら、 大間違ひなんらろうっ!」 「そんなこと言われても、 どうすればいいんだ? ハンバーグでも奢ればいいのか?」 「物で釣ろうとひたってダメなんらっ。 そういう態度らから、まひるは 怒ってゆんらよんっ!」 「……っ……」  だめだ。笑いが堪えきれない。 「うやーっ! なに笑ってゆやーっ! まひるは怒っれゆんらよんっ! まひるキックで死なしゅんやあっ!」 「ごめんって、悪かったな」 「イヤらっ、許さないんらおっ!」 「そう言われても……」 「うー…!」  まひるが恨みがましく睨みつけてくる。  さすがに笑ったのは失敗だったな。 といっても今更とり消せないし。  うーむ。どうしたものか? 「まひる、もうそれぐらいにしたら。 颯太くんだって、仕事中なんだからね」 「……………」 「何か言いたいことあるかな?」 「……分かっら。もういい」  何だ? 急にしおらしくなったな。 「ほら、颯太くん、いいって。 オーダー入ったから、厨房戻ってくれる?」 「分かりました」 「まひるも、まやさんには素直に従うんですね」 「んー、どちらかと言えば、 他人行儀なだけかな?」 「あれ? まやさんとまひるって、 あんまり仲良くないんですか?」 「……颯太くん、飴食べる?」 「え……はい……」  まやさんが俺の口に飴を入れてくれる。 「何味だ?」 「えぇと、ハッカ?」 「うん、あんまりおいしくないよね、 ハッカ」  そう言いながらも、まやさんは ハッカを口に入れた。 「あ……フロア出られなくなっちゃった」  飴舐めながら接客はできないよなぁ…… 「しばらくここにいよっと。 何か仕事くれる?」 「いいですよ、じゃ、 洗い物してくれますか?」 「うん、任せて」  まやさんはすぐに仕事を始めた。 「……………」  まぁいいか。 訊かれたくなかったんだろう。  姫守に誘われ、 みんなで彼女の家に遊びにきた。 「ねぇねぇ彩雨、 こないだ新しいゲーム買った って言ってなかった?」 「はい。『リアル人生ゲーム』という物を 購入いたしました」 「人生ゲームなんだ。 じゃあさ、みんなでできる?」 「はい。4人までプレイできますから、 人数はピッタリなのです」 「じゃ、まひるは2コンとっぴなんだ」 「2コンだと何かいいことあるのか?」 「人生ゲームは2コンだと一番になれるんだぞ」  ……都市伝説か? 「あっ、おまえっ、信じてないなっ。 あとで吠え面かかせてやるんだぞっ」 「まぁ、期待してるよ」 「うー…!」 「それでは、準備いたしますね。 少々お待ちくださいませ」  ということで、ゲームの電源を入れ、 それぞれのプロフィールを入力完了、 すぐにプレイスタートだ。 「まずは誕生コースからなのですぅ。 ここでどんなお家に生まれるかを 決めるのですよ」 「へぇ。最近の人生ゲームって そうなんだな。幼少期コースからのやつなら、 やったことあるけど」 「プレイヤー1はルーレットを回してください」  まずは姫守の番だ。 彼女はルーレットを回した。 出目は4だ。 「音楽家の家に生まれた かわいい女の子の赤ちゃん。 彼女は“彩雨ちゃん”と名づけられました」 「あぁ、こうやって、 どんな家庭に生まれるかが決まるんだ。 けっこう面白いな」 「まひるは総理大臣の家に生まれたいんだっ!」  意気込みながら、 まひるがルーレットを回す。 出目は7だ。 「パイロットの家に生まれた やんちゃな女の子の赤ちゃん。 彼女は“まひるちゃん”と名づけられました」 「えへへ。パイロットもいいな。 いつでも飛行機に乗れるな」  別にパイロットの娘だからって いつでも飛行機に乗れるわけじゃ ないと思う。 「じゃ、あたしの番ねー。 ガンコなお祖父ちゃんのいない家がいいなぁ」  友希がルーレットを回す。 出目は8だ。 「大学の先生の家に生まれた 利発な女の子の赤ちゃん。 彼女は“友希ちゃん”と名づけられました」 「やった。利発だって」 「利発な赤ちゃんは賢さのパラメータが 高いのですぅ」 「あぁ、さっきからちょっと台詞が 違うのはそういうことか」  次は俺の番だな。 「よし、どんな職業でもいいけど、 なるべく金持ちな家に生まれてくれよ」  祈りながらも、ルーレットを回す。 出目は1だ。 「ある晴れた月曜日、 病院では、お母さんが出産を 控えていました」  お? 今までとパターンがちょっと違うな。 「さぁ、いったいどんな家庭に産まれるんだ?」 「お母さんが『ひっひっふー」と頑張ります。 けれども、赤ちゃんはなかなか産まれません。 とても難産でした」 「振り出しに戻る」 「なんで産まれないのっ!?」 「難産は大変なのです」 「大変なのは分かるけど、 振り出しに戻るほどのことじゃ ないと思うんだけど……」  まぁ、とはいえゲームだからな。 多少のことは仕方ない。  ともかく、次は幼少期コースに入った 姫守の番だった。  ふたたびルーレットが回される。 「音楽家の家に生まれた彩雨ちゃんは バイオリンを教えられました。 両親の才能を引き継ぎ、めきめき成長します」 「くすっ、 バイオリンのスキルを獲得したのですぅ」  まひるの番。 「パイロットの家に生まれたまひるちゃんは、 よく外国を訪れます。知らず知らず、 英語を習得していくのでした」 「えっへん。まひるは英語がしゃべれるんだ。 アイム、イングリッシュなんだっ!」 「私は英国人です?」 「違うんだ。アイ、スピーク、 イングリッシュマフィンなんだっ!」 「マフィンはいらないよ……」 「じゃ、あたしの番ねー。 何かいいことあるかなぁ?」  友希がルーレットを回す。 「大学の先生の家庭に生まれた友希ちゃんは、 幼くしてみるみる算数を解いていきます。 なんとIQが160もあったのでした」 「友希さんは天才なのですぅ。 IQが高いと、進学コースに入った時に とても有利になるのですよ」 「そうなんだ。やったぁ」 「よし、俺の番だな」  みんなは順調な人生を歩んでるけど、 俺はまず生まれないとな。 「来いっ!」  ルーレットを回す。出目は2だ。 「ある晴れた月曜日、 病院では、お母さんが出産を 控えていました」 「……………」  まさか、このパターンは? 「お母さんは『ひっひっふー』と頑張ります。 ですが、お医者さんが急な腹痛で トイレから出て来られません」 「1回休み」 「おかしいよねっ!! お母さんひっひっふーって頑張ってるのに、 1回休めるわけなくないっ!?」  なんというか、 まったくリアルじゃない、 “リアル人生ゲーム”だった。  今日は園芸部に友希が遊びに来ていた。 「彩雨って、ゲーム以外に 何かハマってることある?」 「そうですね。 こっくりさんなら、よくいたしましたよ」 「こ、こっくりさんって、あの…?」 「こっくりさん、こっくりさん、 どうぞおいでください―― の“こっくりさん”なのですぅ」 「……それ……本当に出てくるの…?」 「はい。いらしてくださいますよ」 「………………嘘……」 「友希さん? どうしたのですぅ? 気分が優れないのですか?」 「友希は幽霊とかそっち関係 全部、だめだからな」 「そうなのですね。ですけど、 こっくりさんは狐さんですから、 普通の幽霊と違って怖くないのですよ」 「……そんなこと言われたって、 キツネでも、怖いもん……」 「でも、面白そうだね。 質問すると答えてくれるんだろう?」 「はい、こっくりさんは色々なことを 知っているのですっ」 「あれだよな。 文字を書いた紙の上に十円玉を載せて、 その上にみんなで指を置くと、」 「誰も指を動かしてないのに 十円玉が動くんだろ?」 「はい。こっくりさんが動かして、 色々なことにお答えしていただけるのですぅ」 「そんなのおかしいんだっ。絶対、 誰かが内緒で動かしてるに決まってるんだ」 「ですけど、私が一人でやった時も、 ちゃんと動きましたし、こっくりさんが 来てくれたのだと思いますよ」 「きっと、彩雨が無意識に動かしたんだ。 そうじゃなかったら、寝ぼけてたんだ」 「ですけど、本当なのですぅ。 信じていただけませんか?」 「まひるはそんなの信じないんだっ。 幽霊なんていないんだぞ」 「それじゃ、確かめるために、 みんなでこっくりさんを呼んでみるかな?」 「え、や、やだやだっ! 絶対やだっ!」 「大丈夫なんだ、友希。 こっくりさんなんかウソッパチなんだ。 怖がることはないんだぞ」 「で、でも、やっぱり、やだ。やめよ?」 「嫌なら、無理して参加することはないよ」 「じゃあ、帰ってもいいですか?」 「構わないよ。あぁ、しかし、 一人だけ参加しないで帰って、 呼びだしたこっくりさんが怒らないかな?」 「え…?」 「一人でいる時にとり憑かれでもしたら、 大変だ。まぁ、そんなことはないか。 それじゃ、気をつけて」 「……やっぱり、あたしもやる……」 「そう。歓迎するよ」 「あいかわらず、やり口が汚いですね」 「ありがとう」  褒めてないんだけど…… 「はい。準備ができたのですぅ」  何かしてると思ったら、白い紙に 「はい」 「いいえ」 「鳥居」 「五十音」 「数字」 なんかを書いてたみたいだ。 「いいね。さっそく始めようか。 どうすればいいんだい?」  姫守は十円玉を紙の上に置く。 「それでは皆さん、十円玉の上に 指を置いてくださいませ」 「……やだなぁ……」  俺たちは十円玉に指を置いた。 5人いるので、なかなか スペース的に厳しいものがある。 「それでは参ります。 こっくりさん、こっくりさん、どうぞ おいでください」 「もしおいでになりましたら、 『はい』へお進みください」 「ぜったい動くわけないんだ。 みんな、動かしたらダメなんだぞ」 「分かってるって……ん?」  十円玉がじりじりと動きはじめた。 「や、やだぁっ!!」 「だ、誰か動かしてるのか?」 「僕は動かしてないよ」 「私も動かしてないのですぅ」  十円玉は 「はい」 の位置で、 ピタリと止まった。 「……こ、こっくりさんはいたんだ……」 「ほら、言った通りなのですぅ。 何かこっくりさんに訊きたいことや、 頼みたいことはございますか?」 「そうだね。まだ誰かが嘘をついて指を 動かしてる可能性もあることだし、」 「こっくりさんがいるという証拠を 見せてもらえないかな?」 「かしこまりました。 こっくりさんこっくりさん、鳥居の位置まで お戻りください」  やはり、何の力も入れてないのに、 十円玉が鳥居の位置に戻る。 「こっくりさんこっくりさん、 あなたがいる証拠を見せてください」  ふたたび十円玉が動き、 「はい」 の位置で止まった。  次の瞬間―― 「きゃあああぁっ!」 「今の……ドアを叩いた音ですよね…?」  部室のドアを開けてみる。  誰もいなかった。 「なかなか面白くなってきたじゃないか」 「面白くなさそうな人もここにいますよ」  友希とまひるは青い顔をしながら、 すっかり大人しくなっていた。 「ね、ねぇ、もう分かったから、 帰ってもらおう。怖いよ……」 「って友希も言ってますし、 今日はこのぐらいにしときません? そろそろチャイムも鳴りますし」 「あぁ確かに。忘れてたよ。 それじゃ残念だけど、 こっくりさんに帰ってもらおうか」 「こっくりさんこっくりさん、 どうぞお戻りくださいませ」  十円玉が動く。止まった位置は――  「いいえ」 だ。 「か、帰らないって言ってるんだ……」 「ど、どうしよう、あたし、 なんか息が苦しくなってきた」 「言われてみれば、僕もちょっと 息苦しいかな……」 「呼びだしてすぐに帰ってもらおうとしたから、 こっくりさんが怒ってしまったのですぅ」 「どうすれば帰ってもらえるんだ?」 「訊いてみるのですぅ。 こっくりさんこっくりさん、どうすれば、 お戻りいただけますか?」  十円玉が動く。 『ち』 『が』 『ほ』 『し』 『い』 「……『血が欲しい』って、何だよ、それ?」 「やだよぉ、怖いよぉ…… 彩雨、どうなっちゃうの?」 「おかしいのですぅ…… 狐のこっくりさんはいつもこんなことを 言わないのです」 「このこっくりさんは、本当に狐なのかな?」 「訊いてみましょう。 こっくりさんこっくりさん、 あなたは誰ですか?」  十円玉が動く。 『し』 『に』 『が』 『み』 「……死神なんだ…… まひるたちを殺すつもりなんだ……」 「な、何とかお願いして帰ってもらおう」 「は、はい。こっくりさんこっくりさん、 お願いします。どうぞお戻りください」  十円玉が動く。 『はい』 「……良かったぁ……」 「待って。まだみたいだよ……」  十円玉が動いていた。 『の』 『ろ』 『い』 『を』 『か』 『け』 『た』 「呪い、なのですぅ」 「……さっきより、息苦しくないか?」 「や……もう、やだよぉ……」  さらに十円玉が動く。 『ま』 『た』 『ね』  その瞬間、息苦しさが ふっと消えてなくなった。 「それでは、皆さん、 心の準備はよろしいですか?」 「……ねぇ、やっぱり、やめない…?」 「そういうわけには参りません。 このままでは、こっくりさんに 呪われたままなのです」 「まひるはあれから何度も道に迷ったんだ。 呪われたからに違いないんだ……」  それはいつもの方向音痴だと思う。 「呪いを信じるわけじゃないけれど、 あまり気分のいいものでもないしね」 「部長はもう一度こっくりさんに 会いたいだけじゃないんですか?」 「まぁ、興味はあるよ。このあいだは “ここから面白くなる”ってところで やめてしまったからね」 「そんなことばっかり言ってると、 いつか痛い目みますよ」 「ふふっ、それも悪くないね」  だめだ、この人…… 「友希さん、大丈夫ですよ。 誠心誠意事に当たれば、こっくりさんも、 きっと分かってくださるはずなのですっ」 「う、うん……頑張る……」 「それでは参ります。 こっくりさんこっくりさん、どうぞ おいでください」 「もしおいでになりましたら、 『はい』へお進みください」  十円玉に注目する。  すると―― 「やだぁっ、また動いたっ!?」 「不思議なものだね。 どういう理屈で動くのかな?」 「きっとこっくりさんがまひるたちの 指の上から十円玉を動かしてるんだ」 「や、やだやだやだ、そんなのやだぁっ!」  十円玉は 「はい」 の上で停止した。 「こっくりさんこっくりさん、 鳥居の位置までお戻りくださいませ」  十円玉はまたしても自動的に動き、 鳥居の位置で止まった。 「どうしましょうか?」 「どうやったら呪いを解いてくれるか 訊いてみようか?」 「かしこまりました。 こっくりさんこっくりさん、 どうすれば呪いを解いていただけますか?」  すると、十円玉が動きだす。 『し』 「し?」  しかし、そこから十円玉は動かない。 「分かった。こっくりさん、 今日は疲れてるんだっ」 「霊なのに、疲れるのかよ……」 「『し』か……」 「どうしたんでしょうね? もしかしたら、こないだのはたまたまで 本当はこっくりさんなんていないとか?」 「いいや、これは多分、 “生きる死ぬ”の“死”じゃないかな?」 「え、死、死って、どういう…?」 「誰かが死ねば呪いが解ける という意味だろうね」  瞬間、十円玉が動いた。 『はい』  背筋に冷たいものが走った。 「『死ねば』って、誰が…?」  十円玉が動く。 『そ』 『う』 『た』 「……嘘だろ…………」 「だ、だめっ。颯太が死んだら嫌だよっ! 何でもするから、助けてあげてっ」 「まひるもお願いするんだっ。 颯太を助けてあげてほしいんだっ!」  友希、まひる……お前ら…… 「こっくりさんこっくりさん、 お願いします。何でもいたしますから、 初秋さんを助けてあげてください」  水を打ったように、室内が静まり返る。  しばらくして、十円玉が動いた。 『こ』 『の』 『な』 『か』 『の』 『だ』 『れ』 『か』 『と』 『こ』 『う』 『さ』 『い』 『し』 『ろ』 「……この中の誰かと交際しろ?」 「颯太とあたしたちの内、誰かが付き合えば、 助けてくれるってこと?」  十円玉が動く。 『はい』 「……いや、そう言われても、 さすがにそんなこと……」 「い、いいよ。あたし、付き合っても」 「え…?」 「初秋さんの命がかかっているのです。 私も、及ばずながら、 お付き合いするのですぅ」 「えぇと、二人もいらないと思うけど」 「仕方がないね。君のためなら、 僕も一肌脱ごうじゃないか」 「……まひるも、別にいいよ……」 「……………」  なんだ、このおいしい状況は?  さっきまで死ぬかもしれないと思ったのに、 いきなりこんなラッキーな展開になるなんて、 こっくりさんはいったい何を考えてるんだ?  ん? 待てよ。もしかして―― 「こっくりさんこっくりさん、 あなたの名前を教えてください」  十円玉が、ゆっくりと動いた。 『き』 『ゅ』 『ー』 『ぴ』 『ー』  俺は後ろに気配を感じて、振りむいた。 「やっと気づいたかい?」 「お前の仕業かーーーーーーーーっっっ!!」  さて、帰るか。 「あの……初秋くん……」  振りむくと、芹川がいた。 「よう、芹川。どうした?」 「あ……えと、その……」  芹川は何やら神妙な表情を浮かべている。  俺はじっと答えを待つ。 「えっと……一緒に…… 帰ってもいいですか?」 「あぁ、いいよ」 「あれ? そういえば、 芹川って家の方向こっちだっけ?」 「あ……その……今日は こっちのほうに用事があるんです」 「あぁ、そういうことか」 「初秋くんは、今日は部活もバイトも ないんですか?」 「うん、両方とも休みだよ。 おかげで何しようか困ってるところ」 「あ……だったら……少し、 寄り道してもいいですか?」  おぉ、芹川から誘ってくるなんて、 珍しいな。 「俺はぜんぜん構わないけど、 芹川の用事は大丈夫なのか?」 「……あ……はい……」 「そっか。じゃ、行こうぜ」 「今日はお天気が良くて、 気持ちいいですね」 「そうだな。眠たくなるよ」  あくびを堪え、ぐーっと伸びをする。 「芹川ってこの公園よく来るのか?」 「友希と一緒になら、たまに来ますよ」 「あぁ、あいつ公園好きだもんな。 俺もしょっちゅう付き合わされるよ」 「……いいですね」 「ん? 何が?」 「幼馴染みだと色々わかってて、 気兼ねなく話せそうですから……」 「まぁでも、 色々わかってて面倒臭いこともあるよ」 「そうなんですか?」 「隠し事がすぐバレるとかな」 「それは困りますね」 「だろ」 「でも、やっぱり羨ましいです」 「そうか?」 「はい。初秋くんみたいな幼馴染みがいたら、 わたしもちゃんと男の人と話せてたような 気がしますから」 「でも、だんだんしゃべれるようになって ないか? ちょっと前だったら、俺が声を かけるだけで、友希の後ろに隠れてたし」 「それは……はい……でも、初秋くんだけです」 「そうなのか? やっぱり慣れてるからかな?」 「それは分かりませんけど、 他の男の人と違って、あんまり怖くないです」 「そっか。でも、手を触ったりするのは まだ怖いんだもんな」  こないだの日直の時も、うっかり触ったら、 すごい怯えてたもんな。 「……その、ごめんなさい…… あの時、わたし……」 「いやいや、謝らなくてもいいって」 「それに、こうして話せるように なったみたいに、ゆっくり慣れていけば そのうち大丈夫になるんじゃないか?」 「……そう思いますか?」 「あぁ、大丈夫だよ」 「……そうですね……」  芹川は何かを考えてるのか、 少しうつむき、黙っている。 「あの、初秋くん…… 練習しても、いいですか?」 「えーと、何を…?」 「その……手、触っても、いいですか?」 「え……あ、あぁ、 まぁ練習になるんならな。 いいよ」  すっと芹川に手を差しだす。 「い、行きますよ」 「あぁ」  目をつぶって、恐る恐るといったふうに 芹川は手を伸ばす。 「……………」  けど、なかなか俺の手に 触れるまでは行かない。 「……あの、芹川? あんまり無理はしなくていいんだぞ」 「だ、大丈夫です……今、触りますから」  芹川は思いきって手を伸ばす。 しかし、あと数センチというところで 動かなくなってしまった。 「……ごめんなさい。やっぱり……」 「いいって。気にするなよ。 いきなりは難しいよな」 「……あの……初秋くんから、 触ってくれますか?」 「……大丈夫なのか?」 「はい。それなら、平気だと思うんです」 「そっか。じゃ、行くよ」  俺はそっと芹川の手を握る。 「……あぁ……」 「どうだ…?」 「……すごく恥ずかしいです……」 「もう、やめとくか?」 「いえ、あともう少し、いいですか?」 「あぁ」  芹川の手はとても柔らかく、 ほんのり暖かい。 「男の人とこんなに長く手をつないだのは 初めてです……」 「意外と大丈夫そうだな?」 「いえ、あの……すみません。 そろそろ……限界です……」 「分かった」  ゆっくりと手を放す。  見れば、芹川は耳まで真っ赤になっていた。 「……そ、そんなに、見ないでください……」 「あぁ、悪い」  妙に気恥ずかしくて、俺は視線を泳がせる。 「……あの。良かったら、また今度、 練習させてもらってもいいですか?」 「あぁ、俺で良かったら、 いくらでも付き合うよ」 「ありがとうございます」  今日出た宿題を、 一通りノートにまとめてると、 「ねぇねぇ颯太、 今日みんなで新渡町に寄ってかない?」 「おう、いいよ。『みんな』って?」 「うんとね、これから誘うわ。 彩雨、絵里ー、 みんなで新渡町に寄ってかない?」 「はい。ぜひご一緒したいのですぅ」 「わたしも、大丈夫ですよ」 「やった。じゃ、行こー」 「かしこまりました」 「……俺、まだ教科書、 片付けてないんだけど…?」 「……困りますね」 「悪いな、芹川。すぐ用意するよ」 「あ、いえ……気にしないでください……」 「ねぇねぇ、見て見て、何かやってるわ」  ある店の前が小さなフードコートのように なっており、たくさんの人で賑わっていた。 「カレー屋さんの十周年記念 イベントみたいなのですぅ」 「えぇと、 激辛カレーを30分以内に完食すれば、 辛さに応じて豪華賞品が当たる、か」 「50辛で特製レトルトカレー3パック、 70辛でカレー食器セット、100辛で、 野坂真人作のカレー鍋かぁ」 「豪華賞品ってわりに、 あんまりいい物ないね」 「いやいや、なに言ってるんだよ? 100辛はかなりすごいって。 野坂真人だよ、野坂真人っ!」 「えっ? 有名な人だった?」 「有名なんてものじゃないよ。 人間国宝級の鍋職人だぜ」 「野坂真人の作る鍋はすごいのなんのって。 ただ煮こむだけで、野菜のうま味が ぎゅっと濃縮されるって言うかさ」 「うーん、でも、鍋は鍋でしょ?」 「いやいや、ただの鍋じゃないって。 なんて言うんだろうな。もう見ただけで、 この鍋はすごいって思えるって言うかさ」 「伝説のお鍋なのですぅ?」 「そうそう、伝説のお鍋なんだよっ! 分かったかっ!?」 「ごめん。全然わからないわ」 「だから、ものすごい鍋なんだって。 しかも、年に数個しか作らないから、 なかなか手に入らないっていう話でさ」 「こんな田舎のカレー屋にあるのが 不思議なぐらいだよ」 「ふーん、そうなんだ」  こいつ、まったく興味ないな。  まぁいい。それよりも―― 「ちょっと挑戦してみる」 「挑戦って、100辛に?」 「あぁ、野坂真人の鍋が 手に入れられる機会なんて、 滅多にないからな」  決意を固め、店主に話しかける。 「すいません。100辛にチャレンジ、 いいですか?」 「あんちゃん、言っておくけど100辛は 自己責任だよ。カレー屋の俺が言うのも なんだが、ありゃもう食いモンじゃねぇ」 「それでも、チャレンジするかい?」 「はい、やります」 「分かった。ちょっと待ってな」  店主が仮設キッチンで調理を始めた。 「ねぇねぇ、大丈夫? すっごく辛いんじゃない?」 「ナトゥラーレにだって、 ハバネロを使った激辛メニューはあるし、 けっこう耐性はあるからさ」 「30分もあれば、我慢して ぎりぎり完食できる……は、ず…!?」 「どうしました?」  俺の視線は、店主のとりだした唐辛子に 釘付けになっていた。 「あれは、まさか…… ブート・ジョロキア…?」 「何それ?」 「ハバネロの10倍辛いと言われる、 激辛料理界の最終兵器だ……」 「あちらをご覧になってください、 料理人の方が水中眼鏡をして、 唐辛子を刻んでいるのですぅ」 「なんでそんなことするの?」 「……痛いからだよ。 水中眼鏡なしでは調理できないほど、 ジョロキアの辛さは尋常じゃないんだ」 「そんなの、食べられるの? やめといたほうがいいんじゃない? 体壊しちゃうわ」 「……いや、野坂真人の鍋を 手に入れる絶好のチャンスなんだ。 やらないわけにはいかない……」  俺はぐっと奥歯を噛みしめる。  しばらくして―― 「へい。100辛カレーおまち。 今から30分計らせてもらうよ」  ジョロキアが大量に浮いている 赤黒いカレーを見つめる。  こうしているだけで、 ジェロキアの辛味成分が目に染みて、 痛みを覚える。  けど、それでも、俺は―― 「俺は鍋を手に入れるんだっ!」  勢いよくカレーを食べ、 舌が辛さを覚えるよりも早く、呑み下した。  だが―― 「ごはぁぁっ、ぐっ、ぐああぁぁっ!」  なんだ、これ?  辛い、辛すぎる。 いや、辛すぎるって言うか、 痛くて仕方がない。  喉は火傷を負ったかのようで、 口は裂傷、胃に穴が空いたと 錯覚するぐらいだ。  いや、だけど、我慢すれば―― 「……………」  だめだ。だめだ。 頭がどう考えようと、体が 完全に拒否している。  これはまだ人類には早すぎる味だ…… 「……ぎ、ギブアップします……」 「だから、言ったろ。食いモンじゃねぇって」  無念だ。まさか、たった一口で 食べる気を失うとは…… 「あぁ、鍋、欲しかったな……」  水を飲みほし、ガックリとうなだれる。 「……あの、すみません。 わたしも100辛にチャレンジします」 「絵里っ? 今のカレー見たでしょ? 颯太が一口しか食べられなかったのよ」 「大丈夫だと思います。 わたしは辛いの得意ですから」 「そうだけど、いくら絵里でも、 あれは無理だと思うわよ」 「大丈夫です」 「本気でチャレンジするのかい?」 「はい」 「じゃ、ちょっと待ってな」  そして―― 「ごちそうさまでした……」 「な……バカな……化け物か…?」  100辛カレーを完食しきった芹川を 店主は驚愕の表情で見つめていた。 「絵里、すごいじゃんっ。 よく全部食べられたね」 「はい。少し、お腹が痛いですけど……」  腹部を押さえながら、 芹川は少しふらついてる。 「大丈夫なのですぅ? おつかまりくださいませ」 「……すいません……」 「でも、どうしてそんなに頑張って食べたの? お鍋が欲しかった?」 「……いえ、ただ、辛い物を 食べたい気分だっただけです。 思ったより辛かったですけど……」 「あれ? じゃ、じゃあさ、 あの鍋、俺に譲ってくれたりなんか…?」 「あー、ズルいこと言ってるー。 絵里がこんなに頑張ったんだから、 絵里の物よ?」 「いや、別にただでとは言わないんだけど」 「いいですよ。あげます」 「いや、もらうのは悪いし、買うよ。 あの鍋、かなり高いからさ」 「いえ、わたしはどうせ使いませんから。 もらってくれると嬉しいです」 「そうか…… じゃあさ、今度、あの鍋で すっごくおいしいカレーを作ってあげるよ」 「はい。楽しみにしてますね」  今日の部活は早めに終わり、 姫守と二人で学校を出た。 「姫守、良かったら、どこか寄ってかないか? マックでもいいし」 「お誘いいただいて誠に恐縮なのですが、 本日は用事があるのですぅ」 「そっか。それじゃ、仕方ないな」 「あの、私の都合ばかりを申して 申し訳ないのですが、よろしければ、 少々、付き合っていただけませんか?」 「えぇと、姫守の用事に?」 「はい。お忙しいでしょうか?」 「いや、時間はあるんだけど、 どこに行くんだ?」 「お友達に会いにいくのです」 「こちらです」  姫守は、205号室の前で立ち止まる。 名札には 「白石愛」 と書いてあった。 個室だろう。 「愛ちゃん、彩雨なのですぅ。 入ってもよろしいでしょうか?」 「はーい。どうぞ」  中にいたのは、小さな女の子だった。 「ご紹介いたしますね。 私の友人の白石愛ちゃんなのですぅ」 「愛ちゃん。こちらは同級生の 初秋颯太さんなのですぅ」 「えぇと、よろしく」 「うんっ。よろしくね、お兄ちゃん」  愛ちゃんは人懐っこい笑みを浮かべた。 「姫守の友達って言うから、 同い年ぐらいかと思ったよ」 「愛ちゃんは小さくても、 とてもしっかり者なのですよ」 「そ、そうかな?」 「はい。お父様がお見舞いに 来られなくても、わがままを言わずに 大人しくしていますから」 「だって、パパはいつもいそがしいから、 しかたないよ」 「くすっ、ほら、いい子でしょう?」 「みたいだな。姫守はよく愛ちゃんと 遊んでるのか?」 「『よく』というほどではありませんが、 たまに遊びにきます」  たぶん、愛ちゃんが寂しがってると思って、 遊びにきてあげてるんだろうな。 「お兄ちゃんは今日、愛とあそんでくれるの?」 「ん? あぁ、そうだよ」  よく分からないけど、 姫守が紹介したいって言ったのは そういうことだろう。 「じゃ、じゃ、彩雨ちゃん、アレできる?」 「はい。さっそくいたしましょうか」 「アレって何だ?」 「しちならべだよっ。愛ね。 ずっとしちならべをしたかったんだけど、 できなかったんだ」 「あぁ、そっか。 二人じゃできないもんな」 「あ……申し訳ございません…… 私、トランプを持ってくるのを 忘れてしまいました」 「え……じゃ、しちならべできないの?」 「売店あるだろうし、買ってこようか?」 「いえ、私が行ってくるのです。 初秋さんは愛ちゃんと遊んであげて くださいませ」  止める間もなく、姫守が病室から出ていく。  いま会ったばかりなんだけどなぁ…… 「えーと、何して遊ぼっか?」 「愛、おはなしがききたいな」 「あぁ、絵本とか?」 「うぅん、お兄ちゃんのおはなしがききたい」 「俺の? 俺の話かぁ。 そう言われても、何も面白いことは ないような……」  いや、あることはあるか。  相手は子供だし、いいかな。 「じゃあさ、誰にも内緒だって約束するなら、 とっておきのお話をしてあげるよ」 「ほんと? 愛、ぜったいやくそくする! なになに? どんなはなし?」 「じつはさ、嘘みたいな話なんだけど、 お兄ちゃんな。ちょっと前に学校で 妖精を見つけたんだよ」 「えーっ、ほんとっ? ようせいって、ホントにいるの?」 「俺もすっごいビックリしたんだけどさ、 これがいたんだよ」 「どんなようせい? かいてかいて」  愛ちゃんが紙と色鉛筆を渡してくれる。 「あぁ、こんな感じでさ、 ちょっとゆるキャラっぽいんだよな」  紙にQPの姿を描いていく。 まぁまぁ、似てる。 「あははっ、かわいいっ、なんて名前なの?」 「QPだよ」 「QP? かわいいねっ! 学校のどこにいるの?」 「もともといたのは裏庭にあるリンゴの樹かな。 リンゴの樹の妖精だからさ」 「へー、そうなんだっ。 ようせいが住んでるなんて、 まほうの樹なんだね」 「魔法の樹かどうかは分からないけど、 うちの学校にはリンゴの樹にまつわる伝説が あるんだよ」 「リンゴの実を食べれば、 どんな願い事でも叶うっていうね」  こないだできたばっかりの伝説だけど。 「ほんと?」 「まぁ、妖精も住んでるし、 本当なんじゃないかな」 「そっか。いいな。 愛、お兄ちゃんのがっこうにいってみたい。 QPにあって、リンゴを食べたいな」 「まぁ今は、リンゴはなってないんだけどね。 QPは、そうだな…… 今度、会えるか訊いてみるよ」 「ほんとー? ありがとー」  愛ちゃんは満面の笑みを浮かべた。 「愛ちゃんは、普段、 何して遊んでるんだ?」 「愛は彩雨ちゃんにかりたゲームしてるよ。 彩雨ちゃんがきた時は一緒にゲームしたり、 トランプしたり、おはなししたりしてるの」 「他にお見舞いの人は来ないのか? お父さんは忙しいんだっけ? お母さんとかは?」 「……ママは、しんじゃったから……」 「……そっか。ごめん」 「うぅんっ。愛はぜんぜんへいきだよ。 だって、ママはおほしさまになって、 愛をみまもってるんでしょ?」 「あぁ、そうだね」  少し似ているな。小さい頃の友希に。  彼女にどう接すればいいのか、 分かったような気がした。 「お母さんのこと覚えてるか?」 「うんっ。あのね。ママは、 おいしいおにぎりを作ってくれるの」 「愛は、おにぎりをもってピクニックにいく のが好きだったんだ」 「そっか。ところで愛ちゃんって お見舞いのお菓子とか果物とか 食べてもいいのか?」 「うん。あんまり食べすぎちゃだめだけど、 彩雨ちゃんからよくお菓子もらってるよ」 「じゃあさ、 今度、おにぎりを握ってきてあげるよ」 「ほんとー? お兄ちゃん、おにぎりにぎれるの?」 「あぁ、 お兄ちゃん、お仕事で料理つくってるからな」 「それで、公園にでも行ってピクニックする なんてのはどうだ?」 「ピクニックっ!? ほんと? やくそくしてくれる?」 「あぁ、約束するよ」 「やった。ありがと、お兄ちゃん、 愛、お兄ちゃんのことだぁい好きっ」  愛ちゃんがぎゅーっと俺に抱きついてくる。  かわいいな。 「お待たせいたしました。 トランプを買ってきたのですぅ」 「おう、じゃ、さっそくやろうか」  愛ちゃんに夕食が運ばれてくるまでの時間、 俺たちは七並べをして遊んだ。  閉店後、厨房の後片付けをしてると、 「颯太くん、ちょっといい?」 「はい。何でしょう?」  まやさんが小さく手招きする。 フロアに来いってことだろう。  フロアに行くと、マスターもいた。 友希の姿が見えない。 「あれ? 友希はどこに行ったんですか?」 「おう、コンビニにお菓子買いに 行ってもらった」 「こんな時間に?」 「ちょっとね。友希に内緒で 相談したいことがあったの」 「何ですか?」 「あれだ。もうちょっとで 友希は誕生日だろ」 「あぁ、そうですね。七夕ですもんね」 「サプライズでお誕生会をしようと 思うんだけど、颯太くん、友希の友達に 連絡してもらってもいい?」  なるほど、誕生会か。 「分かりました。友希には内緒で、 誕生会があるってことを伝えれば いいんですね」 「うん。細かいことはまだ決まって ないんだけど、七夕だから早めに 言っておいたほうがいいと思って」 「あとはプレゼントなんだがな。 誕生会の参加者で少しずつ出して、 何かあげようと思うんだが、どうよ?」 「いいんじゃないですか。 それも訊いてみますけど、特に 反対する人はいないと思いますよ」 「そんじゃ、あとはプレゼントを 何にするかだわな」 「友希が欲しい物って 颯太くん何か心当たりないかな?」 「友希が欲しい物…?」  考えてみる。 「……いや、まったく思い当たりませんね」 「あいつが何か欲しいって言ってるのって、 聞いたことありませんし」 「んー、颯太くんでもそっか。 誰も心当たりないって言うから、 何にしようか困っててね」 「じゃ、戻ってきたら、 それとなく訊いてみますよ」 「うん、お願い」 「ただいまー。 はい、マスター、お菓子買ってきたよ」 「おう、サンキューな」 「ふぅ、こんなところか」 「颯太ー、こっち終わったけど、 何か手伝うことある?」 「いや、俺もいま終わったところだよ。 帰ろうぜ」 「うん」  そうだ。訊いてみるか。 「なぁ友希、お前って バイト代、何に使ってるんだ?」 「うんとね、お茶代とかごはん代とか? あとはたまーに洋服買ったりとか」 「それ以外には?」 「それ以外……ないかなぁ。 あたし、あんまり物欲ないし」 「じゃあさ、いま欲しい物とかもないのか?」 「うん。ないよ。どうして?」 「いや、けっこうバイトしてるのに、 あんまり何かを買ったって聞かないから、 どうしてるのかと思って」 「あははっ、貯金してるのよ。 何かあった時に必要でしょ」 「本当に? すごいな。 俺だったら、ついつい色々と買っちゃうけど」 「分かる分かる。 高いよね、女の子って」 「買ってないよっ!」 「お、女には不自由してないんだってこと?」 「今すぐ下ネタをやめないと、 一緒に帰ってやらないぞ」 「えー、ごめん。ウソウソ。 颯太は女の子買うなんてできない 純粋童貞ヘタレだもんね」 「じゃ、帰るから」 「あー、ウソウソ、間違えたー」 「待ってってばー。 童貞ヘタレなんて、下ネタに 入らないでしょー。ねーねー」  友希に追いかけまわされながら、 いったい何をプレゼントすべきかと 考えていた。  自宅に帰り、ふとテレビをつけると、 「えーと、こんどまひるは 秋に始まる新ドラマ『洋菓子店スズカ』で 天才パティシエの役をやるよ。みんな観てね」 「……………」  ビックリしたな。 「そういえば、まひるって女優だっけ」  テレビに映っていたのは、 よくあるバラエティ番組だ。  比較的若い世代の女優やアイドルが 出演し、お題にそって賑やかに話をしている。 「えー、それでは新コーナー! “かわいいあの子の手料理を食べてみたい”」 「えー、このコーナーでは出演者の皆さんに 料理にまつわることを色々と質問して いきたいんですが」 「何と言っても気になるのは、 こんど天才パティシエ役を務める、 小町まひるちゃんですね」 「まひるちゃんは普段、家でも よく料理をされるんですか?」 「うん。まひるはお仕事ない時は、 いつも料理してるよ」  いや、それ、ぜったい嘘だろ。 「そうですか。毎日はすごいですねー。 じゃ、得意料理は何ですか?」 「まひるはオムライスをよく作るよ。 卵をふわふわとろとろにするのが 好きなの」 「へー! 卵をとろふわと言ったら、 なかなか素人にはできないと思いますが、 何かコツとかあるんですか?」 「コツは、えっと、卵をたくさん使って、 一生懸命作ることだよ」 「なるほど! それでは、まだまだ色々と 訊いていきますけれども、その前に!」 「今日はですね。この中の誰かに、 実際に料理を作ってもらおうと 思います!」 「今日は第一回目なので、 ぜひ作ってみたいという方がいましたら、 手を挙げてください」  司会者がそう言うも、 誰も手を挙げる気配はない。 「おや、みんな控えめですね。 誰も手を挙げないんでしたら、 私が指名してしまいますよ」 「はいっ! まひるちゃんのオムライスが 食べてみたいです」 「ほおっ! まひるちゃんのオムライス、 それは私も食べてみたいですねぇ」 「え、えっと……」 「はいはいっ! わたしもまひるちゃんの オムライスを食べたいなぁっ!」 「そうですねぇ。ただ、今回は志願制なんで、 推薦するより、志願してくれますかねぇ?」 「はいはいはいっ! まひるちゃんの オムライスが食べたいっ!」 「なるほどですねぇ! いやぁ、私もね、 まひるちゃんがオムライスを作るって 言ってくれないもんかと」  ちらり、と司会者がまひるを見る。 「首をながーくして、ずーっと 待ってるんですけどねぇ…?」 「あ……まひるは……」  うーん、これ、台本どうなってるんだ?  まひるが料理作れないってことを、 この人たちは知らないんだろうか? 「早く誰か志願してくれませんかねぇ?」 「……………」  まひるは笑顔を浮かべてるけど、 内心はかなり困っているに違いない。 「はい。わたし、作ってもいいですか?」  手を挙げたのは、 コートノーブルのリンカだった。 「ほう! リンカちゃん、やりますか? ちなみに、得意料理は何ですか?」 「特にありませんから、 オムライスを作りますね」 「分かりました。それでは、 本日、料理を作ってくれるのは コートノーブルのリンカちゃんですっ!」 「作る料理は何とぉぉぉ、 オムラァァァイスっ!!」  拍手と歓声があがる。  さっそくリンカは調理にとりかかった。  歌しかできなさそうなイメージが あったけれど、意外と手際良く オムライスを作っていく。  カメラは、リンカが調理する様子と 出演者と司会者が料理について談笑する様子 を交互に映している。  ふと画面にまひるが映った。 「……………」  いつもの営業スマイルだけど、どことなく 悔しそうにしてるように見えた。  愛ちゃんとの約束通り、 今日はおにぎりをお弁当に詰めて 公園でピクニックをしていた。 「あむあむ、おいしいっ。 お兄ちゃん、お料理じょうずねっ。 コックさんみたいっ」 「まぁ、おにぎりだから、 料理ってほどじゃないけどさ」 「そんなことはありませんよ。 とってもおいしゅうございます」  姫守も、俺の作ったおにぎりを ぱくぱくと食べている。 「愛もね、おにぎりはとくいなんだよ」 「へー、すごいじゃん。 その歳じゃなかなか料理しないもんな」 「えへへっ。お母さんとね、よく一緒に おにぎりを作ったの。でもね、愛、さいしょは へただったから、うまくにぎれなかったよ」 「最初はなぁ。なかなか三角にするのが 難しいんだよね」 「くすっ、私は諦めて、 いつもまん丸おにぎりに してしまうのです」 「愛ちゃんは、どうやって うまく握れるようになったんだ?」 「お母さんがね、おしえてくれたの。 『好きな人のことをかんがえながらにぎると  うまくできる』って」 「だからね、愛、お母さんのことを かんがえながら、にぎってみたの。そしたら、 すっごくうまくできたんだよ!」 「へぇ。そっか。その教え方いいな。 好きな人のことを考えてたら、 どうしたって丁寧に握るもんな」 「愛ちゃんのお母さんって、 教え上手だったんだな」 「うんっ。ママはね、 なんでも楽しくおしえてくれたんだ。 愛にダンスもおしえてくれたよ」 「愛ちゃん、ダンスできるのか?」 「うんっ! できるよっ! 見てて!」  くるり、くるりと愛ちゃんはその場で ダンスを踊りはじめる。 「愛ちゃん、あまり激しく動いては いけませんよ」 「へいきだもんっ。今日はげんきだし、 お兄ちゃんにダンスを見てもらうんだから!」  そう言って、愛ちゃんは かわいらしくステップを踏む。  その瞬間―― 「あ……あ、あ…………」  愛ちゃんの動きが急に止まり、 苦しそうにうずくまった。 「愛ちゃんっ!」  姫守が愛ちゃんに駆けより、様子をうかがう。  まるで呼吸困難に陥っているかのようだ。 「姫守、救急車呼んだほうがいいか?」  入院してるぐらいだ。 何か病気なのは間違いない。 「だ、だいじょうぶ。よくあるの。 もう落ちついたよ」 「良くあるのではございません。 だから、申しあげたのですぅっ。 はしゃぎすぎてはいけないのですよっ」 「……はい。ごめんなさい」 「今日はもう帰りましょう。 初秋さん、大変申し訳ありませんが、 愛ちゃんをおんぶしていただけますか?」 「あぁ、分かった」 「愛ちゃんは心臓病なのです」  愛ちゃんを病室で寝かせた後、 姫守は彼女の病気のことを教えてくれた。 「正確には、大動脈弁閉鎖不全症という病名で、 今日みたいに、軽い運動で呼吸困難を 起こしてしまうことも、よくあるのです」 「それは、治らないのか?」 「いえ、手術をすれば簡単に治るそうです。 成功率も90%ぐらいありますから、 それほど心配しなくてもいいのです」 「そっか。そりゃ、良かった」  俺は胸を撫で下ろした。 「ですけど、命の危険がないわけでは ありませんし、やっぱり愛ちゃんは 手術が怖いみたいなのです」 「まぁ、まだ子供だもんな。 無理もないよ」  “90%で成功”ってことは、 “10%で失敗”するってことだ。  ましてや手術する箇所は心臓だ。 大人だって怖いだろう。 「何とか愛ちゃんを勇気づけて、 元気に手術に送りだしてあげたいと 思うのですが、難しいのですぅ……」 「もしかして、それで俺を誘って、 一緒に七並べをしたりしたとか…?」 「はい。何をしても、 怖いものはどうしようもないのかも しれませんけど……」 「あ、申し訳ございません。 初秋さんにこんなこと申しあげても、 困ってしまいますね」 「いいって。これぐらい、いくらでも聞くし。 俺もできることがあったら、愛ちゃんを 助けてあげたいよ」 「初秋さんは、お優しいのですぅ」 「いやいや、別に普通だろ。 姫守だって、そうじゃん。 俺も、友達の力になりたいよ」 「ありがとうございます。 そう言っていただけると、 とても心強いのですぅ」  しかし、そうは言ったものの、 現実問題、愛ちゃんをどうやって 勇気づければいいのか?  なかなかいい案は浮かばなかった。  今日こそは、友希のプレゼントに 目処をつけないとなぁ。  よし、やるか。 「なぁ友希、バイトまでわりと時間あるだろ。 マック行かないか?」 「うん、イクイク、イッちゃうっ」 「教室でいきなり変なこと 言わないでくれるっ?」 「えー、 颯太が『イかないか』って言ったらから、 『イク』って言っただけじゃん。理不尽よ」 「開いた口が塞がらないよ」 「おち○ちん、挿れてほしくて?」 「そっちの口じゃないよっ!」 「あははっ、別にどっちの口でも入るじゃん」 「そもそもそんな物を挿れる趣味はない からねっ」 「ホモなのに?」 「そんな素振りはまったく見せてない んだけど!」 「うんうん、分かる分かる」 「……………」 「先に行くぞ」 「えー、やだぁ。一緒にイこうよっ」 「俺がやだよっ」 「なんで、いいじゃん。一緒にイこうよっ。 あたし、颯太と一緒にイキたいよぉ」 「一緒に行きたいなら、 変な言い方やめてくれるっ!?」 「あははっ、じゃ行こっか」 「まったく。お前は下ネタ挟まないと しゃべれないのか……」 「挟むのはどっちかって言うと――」 「言わなくていいからねっ!」 「はーい」 「友希ってさ、 いまハマッてるものとか何かないか?」 「うんとね、さすがに街中だと 音とか漏れちゃうしさ。 声聞かれたら、大変じゃん」 「何の話だよっ!?」 「バイブとかローターとかのこと じゃなかった?」 「それはハメてるものだよねっ!」 「冗談冗談。ハマってるものでしょ。 そういえば、最近、ちょっと 興味があることがあるんだけどさ」 「お。何だ?」 「スローセックスって、 どんな感じなのかなぁって。やっぱり、 普通のえっちより気持ちいい?」 「……そもそも普通のだって、 知らないよ……」 「大丈夫大丈夫、あたしだって知らないから。 でも、ほら、想像ぐらいできるじゃん」 「そうだね……」 「どう思う? よさげだと思う?」 「……………」 「ねぇねぇ。ねぇってば。 聞いてるの? どう思う?」  俺は投げやりに答えた。 「知らないけど、まぁ、ゆっくり溜めて、 一気に解放するから、その分 カタルシスがあるんじゃないの」 「そっかぁ。やっぱり、気になるなぁ」 「……なぁ友希、下ネタ以外には 何か気になることないのか?」 「うんとね、 男の子でも乳首感じるって本当?」 「上半身の話題なら、下ネタにならない っていうのは大間違いだからね」 「えー、だって、下ネタの下は、 下半身の下でしょ」 「乳首感じたら下半身が反応するから、 それも下ネタだ」 「あー、そっかぁ。やっぱり、感じるんだ。 やーらしいのー」 「で! 下ネタ以外のことが聞きたいんだけどっ」 「そんなこと急に言われても、 分かんないわ」 「お前の頭の中はどうなってるんだよ……」 「あははっ、エロいことばっかりー」 「爽やかに言うことじゃないよね」 「エロく言ったほうが良かった?」 「友希ってさ、超マニアックな 裏ビデオとかあげても、喜んで観そうだな」 「何それ? 颯太、そんなの持ってるの? 観たい観たいっ。一緒に観ようよ」 「持ってないって。例えばの話だよ」 「なんだぁ。けち」 「だから、けちじゃないからな」 「うんうん、分かってる分かってる」 「……………」  ぜったい誤解してるよ。  ていうか、もういっそのこと、 本当に超マニアックな裏ビデオを プレゼントしたほうがいい気がしてきたな。  って、言っても、 みんなでプレゼントするんじゃ 絶対に反対意見が出るだろうし。  特にまやさん辺りから。  うーむ。 もうちょっと別の方向から攻めてみよう。 「友希ってさ、何か大事にしてる物あるか?」 「うん、あるよー。 大事にしてる物っていうか、 お守りみたいなものだけど」  と、友希は自分のバッグから、 CDのケースをとりだした。 「じゃーん、リンカの初ソロ・シングル! “木漏れ日のバラード”」 「えーと、これがお守り?」 「あははっ、颯太にも言ったことなかったかも」 「何だ?」 「うんとね、うーん、 ちょっと言いづらいんだけど……」 「うん」 「……あたしさ、今もやっぱり寂しいって 思う時があるんだよね」 「あぁ」  「何が寂しいのか」 とは、 わざわざ訊かなかった。 「普段はぜんぜん平気なのに、 友達の家に遊びにいった時に、 お母さんがいたりするとさ」 「帰ってから、すごく寂しくなったりして。 お父さんとお母さんに会いたいなって、 思ったり……どうしてって、思ったり……」 「でも、そういう時ね。この歌を聴いたら、 お母さんがあたしに歌ってくれてる ような気がして、すごく元気が出るんだぁ」 「それで、お守りか」 「うん。でも、どうして あたしの大事な物、知りたかったの?」 「あぁいや、何となく気になっただけだよ」  今回は収穫があったな。  帰り支度を整えてると、 「おいっ、颯太。ちょっと来るんだ」 「何だ?」 「ここじゃ話せないから、ちょっと来るんだっ」 「分かったよ」 「それで、どうしたんだ?」 「まひるは悔しいんだ! リベンジしたいから、手伝うんだっ!」 「リベンジって、物騒な言い方だな。 何があったんだよ?」 「この前、テレビのバラエティに出たんだ。 まひるの他にも、アイドルや女優が たくさん出演する番組だったんだ」 「あぁ、それで?」 「出演者が料理を作ることになって、 みんな、まひるに『オムライスを作れ』って 言いだしたんだ」  ん? 俺がたまたま観たやつじゃないか? 「ていうか、お前、料理つくれないだろ。 なんで“料理上手でオムライスが得意料理” ってことになってるんだ」 「そんなのまひるは知らないんだ。 マネージャが『そういう設定で行く』って 言ったから、演技してるだけなんだ」  うーむ。芸能界って面倒臭いな。 「それで、みんなから 『オムライスを作れ』って言われたのが どうしたんだ?」 「まひるはオムライスを作れないんだっ。 なのに『作れ』って言われて悔しかったんだ」 「いやいや、でも、それも台本通りだろ」 「おまえっ、役者が演技中に楽しかったり、 悲しかったりしなかったら、どうするんだ? そんなのウソッコなんだ。ダメなんだ」 「えーと、つまり?」 「台本通りでもまひるは悔しかったんだ。 しかも、リンカがこれ見よがしに、 オムライスを作ったんだぞっ」 「だから、台本通りなんじゃ……」 「台本通りでも、これ見よがしなんだっ。 まひるはリンカにリベンジするんだっ!」 「どうやって?」 「料理対決の番組に出ることにしたんだ」 「料理作れないのに、 そんな仕事くるのか?」 「ちゃんと『作れる』って言ったんだ。 後戻りはできないんだぞ」 「……作れないのに引き受けて どうする気だよ?」 「だから、颯太に教えてもらうんだ」 「……聞いてないんだけど……」 「いま言ったんだ」 「……『断る』って言ったら?」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「こらっ、蹴るなって、どうどうっ」 「こんど断ったら、まひるキックで、 地球の中心までめりこんでもらうんだぞ」  うーむ。教えたほうが手っとり早そうだな。  簡単な料理なら、まひるでも 何とかできるだろう。 「分かったよ。何を作りたいんだ?」 「オムライスなんだっ!」  自宅に戻り、 まひるにオムライスの作り方を教えはじめた。 「――じゃ、次はタマネギのみじん切りだけど、 できそうか?」 「それぐらい簡単なんだ」  まひるがまな板にタマネギを 丸ごと一個、置く。  そして、包丁を振りかぶった。 「えいっ!」  振りおろされた包丁が タマネギに食いこむ。  そのまままひるが包丁を振りあげると、 食いこんだままのタマネギも一緒に 振りあげられる。 「おい、まひる、待て――」 「えいっ!」  叩きつけられたタマネギは、 両断されると同時に、弾けとんで、 床に落ちた。 「えっへん。切れたんだ」 「あのな……まひる、それ危ないからな。 だいたい、床に落ちたら食べられないだろ」 「うー…!」 「『うー』じゃなくて、教えてやるから、 ちゃんと言われた通りにやるんだぞ」 「……分かったんだ」  俺はタマネギを拾ってきて、 水で洗う。まな板の上に置き、 タマネギの切り方を見せてやる。 「いいか、左手はこう。包丁はこんな感じな。 振りかぶらなくても、こうやって引く感じで 包丁をすべらせれば切れるからな」  サクッとタマネギを両断する。 「ほら、やってみろ」 「う、うん……」  まひるは俺がやったのを真似するように、 包丁を構える。 「ちょっと待った。そのままだと――」 「痛っ……あ、切れたっ。 タマネギじゃなくてまひるが切れたぞっ。 痛いっ、颯太、まひるは痛いんだっ」 「バンソウコウ持ってくるから、 ちょっと待ってろ」  初っ端から先行きが不安になった。  その後も―― 「じゃ、次は塩をひとつまみ入れるんだ」  まひるは塩をむんずとつかみ、 ケチャップライスに放りこんだ。 「えいっ!」 「それはひとつかみだよねっ!」 「じゃ、火を止めて、 卵をフライパンの端に寄せてから ケチャップライスの上に載せるんだ」 「ん……むむ……」  焼けた卵をフライパンの端に 寄せるのにまひるは悪戦苦闘している。 「いやいや、まず火を止めようか。 そこでやると危ないから」 「う、うるさい。 まひるはいま集中してるんだ。 話しかけたら手元が狂うんだぞ」 「だから、まずフライパンを置いて、 火を止めればいいだろ」 「えいっ!」  まひるがフライパンをひっくり返すと同時に 卵がガスレンジの炎に飛びこんだ。 「……直火焼きなんだ……」  夜までずっと、 まひるはオムライス作りに 奮闘していた。  いや、どちらかと言えば、 俺が教えるのに奮闘していただろう。  材料はすべて使い果たし、 味見だけでお腹はいっぱいに なった。  しかし、まひるの不器用さは 想像以上だった。 「まひる、諦めよう。間に合わないよ」 「なんでだっ!? まひるのどこが悪いんだっ!?」 「野菜切ろうとして指を切るし、 ごはんを炒めれば真っ黒にするし、 塩は大量に入れるし、卵は直火焼きだし」 「それ以外にも信じられないことが 盛り沢山だよ。正直、どれだけ教えたって、 ちゃんと作れる気がしてこないよ」 「イヤだっ。 まひるだって料理ぐらい作れるんだっ!」 「そんなこと言われたって……」 「まひるは何でもするぞ。 おまえが好きな芸能人のサインだって もらってきてやるんだ」 「いや、そういう問題じゃなくてね……」 「毎日練習するんだっ。頑張るんだっ! それでも、ダメか?」 「うーん……」  いったい、どうすればまひるが まともに料理できるようになるのか、 見当もつかなかった。  今日も姫守と二人で、 愛ちゃんのお見舞いにやってきた。 「愛ちゃん、彩雨なのですぅ。 入ってもよろしいですか?」  姫守が呼びかけるも、返事はなかった。 「どうしたんだ?」 「寝ているのかもしれません。 そーっと入ってみましょう」 「……いないみたいだな」 「お手洗いでしょうか?」 「あぁ、そうじゃないか」 「お手洗いにしては遅いのですぅ」 「どうしたんだろうな? ちょっと捜してみるか」 「私も参ります」 「やっぱり、まだ戻られていないのです」 「どこにもいなかったしな。外出したとか?」 「病院の方にお伺いしたのですが、 外出届は出されてなかったのです。 それに、一人では許可が出ませんし」 「……内緒で抜けだしたとか?」 「でも、そんなことをするような子では ないのですぅ」 「でも、現にいないだろ。 何かあってからじゃ、まずいし、 病院の人に相談してみよう」 「こっちには、いなかったのです!」 「こっちもだよ」  愛ちゃんが見当たらないことを看護師に 話すと、病院中をスタッフが捜索してくれた。  しかし、愛ちゃんはどこにもいなかった。  理由は分からないけど、 病院を抜けだしたと見て間違いないだろう。 「新渡町に来たがってたんだよな?」 「はい。 私がナトゥラーレのことを話したら、 とても行きたそうにしていました」 「でも、どこにもいなかったしな。 誰も小さな女の子は見てないって 言うし……」 「他に行きそうな場所が分かれば、 いいのですが……」  他に行きそうな場所か。 愛ちゃんに会ったばかりの俺には 全然わからな――  いや、ひとつだけあるか 「学校に行ってみよう」 「愛ちゃんの学校なのですぅ?」 「いや、晴北だよ」  学校の前までやってくる。  すると校門の前に、 一人の女の子が立っていた。 「愛ちゃんっ。心配したのですぅ」  俺たちが駆けよっていくと、 愛ちゃんは申し訳なさそうな 表情を浮かべた。 「……ごめんなさい……」 「どうして一人で病院を 抜けだしたのですぅ?」 「……愛ね、リンゴを食べたかったの…… ようせいのリンゴ……そしたら、 こわくなくなるかなって、思って……」 「手術を受けるのが?」 「……うん……」 「そっか……」 「……しんぱいかけて、ごめんなさい。 もうかえるね」  愛ちゃんが寂しそうにしているのを見て、 俺は思わず言った。 「いや、せっかく来たんだから、 学校の中に入ってから帰ろう」 「……いいの?」 「ですけど、リンゴは……」 「まだなってないけどさ。 リンゴ以外なら、たくさんなってるからさ」 「うわぁっ、お野菜がいっぱいある」 「すごいだろ。 俺と姫守と園芸部のみんなで 作ったんだよ」 「お兄ちゃんたちが作ったの?」 「そうだよ」 「初秋さん。私、一度病院に連絡してきますね」 「あぁ、頼む」  姫守は電話をかけに、 少し離れたところへ移動した。 「どうしたら、こんなにたくさんのお野菜が なるの?」 「そうだな。これは内緒だけどね。 じつはここ、妖精の畑なんだよ」 「そうなの? ようせいがどこかにいるの?」 「あぁ、だから色んな野菜がすぐに育つんだよ」 「じゃ、愛がうえてもちゃんとお野菜になる?」 「あぁ、良かったら、何か植えてくか?」 「うんっ! 愛、さつまいもが好きだから、 さつまいもをうえたい」 「じゃ、ちょっと待ってて。 種イモをとってくるから」 「はい。これが種イモね。 土に植えればいんだよ」 「さつまいもをうえると、 さつまいもになるの?」 「そうだよ。不思議だろ」  言いながら、畑の土を軽く掘る。 「ここに種イモを入れて、 土を被せるだけだよ」 「じゃ、いれるね」  愛ちゃんは種イモを穴に入れ、 上から土をかけた。  そして、その土を優しく撫でる。 「さつまいもがなるところ、 見られるかなぁ…?」  手術が成功するのだろうか、 という意味に聞こえた。  だから、笑顔で答えた。 「大丈夫だよ。 ぜったい見られるって」 「どうして分かるの?」 「妖精がそう言ってるからさ。 愛ちゃんにこのさつまいもを 絶対に見せるって」 「ほんと?」 「あぁ」 「勝手にそんな約束をされても 困るんだけどね」  こいつは、なんでこんな時に いきなりしゃしゃり出てくるんだ…… 「別にいいだろ。約束するだけだよ。 そしたら、愛ちゃんも、希望を持って 手術を受けられるかもしれないし」 「人間の考えることはよく分からないね。 成功率が90%もあるんだから、心配せずに サクっと手術すればいいじゃないか」 「あのね。 『もし失敗したら』って考えるのが人情だろ」 「どうせ失敗する時は失敗するんだから、 心配するだけ無駄じゃないかい?」 「お前に人情を期待した俺がバカだったよ」 「ねぇ、お兄ちゃん、だれとはなしてるの?」 「あぁいや、別に何でも……」 「もしかして、QP?」 「……あぁ、まぁ。内緒だよ」 「やっぱり! どこどこ? QP、愛とおはなししようよ。 こわがらないで出ておいで」 「そう言ってるぞ」 「……………」 「あ、おいっ」 「どうしたの?」 「いや、QPがあっちに行っちゃったんだけど」  裏庭の方向を指さす。 「ほんと? じゃ、おいかけようよっ!」  愛ちゃんが走りだす。 俺は慌てて、その手をつかんだ。 「走ったら、だめだろ」 「あ、ごめんなさい」 「ゆっくり行こう」  手をつなぎ、二人で裏庭を目指す。 「愛ちゃーん、初秋さーん。 どちらへ行かれるのですか? 私も参りますぅ!」  姫守が走ってきた。 「こっちに来たはずなんだけど…?」  辺りを見回すがQPの姿はない。 「彩雨ちゃん、あれ、リンゴの樹?」 「はい。あちらの樹には妖精さんが 住んでいて、実を食べれば、どんな願いでも 叶うという伝説があるのですぅ」 「えへへ、しってるよ。 お兄ちゃんからきいたもん」 「まぁ、今の季節じゃ リンゴはならないんだけどな」  言いながら、何となしに リンゴの樹を見上げる。 「…………あ、れ…?」 「リンゴの実なのですぅ。 愛ちゃん、ほら、リンゴの実が なっていますよ?」 「ほんとだぁっ、すごいっ! リンゴの実だねっ!」  俺はそのリンゴに手を伸ばしてみる。  すると、独りでリンゴの実は落ちて、 俺の手に収まった。 「愛ちゃん、ほら、願い事していいよ」  愛ちゃんにリンゴを手渡す。 「愛が食べていいの…?」 「はい。どうぞ召しあがってください」 「……あのね、愛、三人でいっしょに食べたい」 「三人で食べても御利益は あるのでしょうか?」 「大丈夫じゃないか。 別に一人だけっていう伝説じゃ なかったしな」 「それでは、三人で食べるのですぅ」  愛ちゃんの持っているリンゴに、 俺と姫守は口を近づけていき、 「「はぁむ」」  願い事をしながら、リンゴを食べた。 「お兄ちゃん、なにをおねがいしたの?」 「ん? そうだな? 姫守と同じことだと思うよ」 「えっ? じゃ、彩雨ちゃんは なにをおねがいしたの?」 「くすっ、愛ちゃんは何を お願いしたのですぅ?」 「……愛は、手術が せいこうしますようにって」 「私もそれと同じなのですぅ」 「3人でお願いしたから、 3回は成功するんじゃないか?」  そう言うと、愛ちゃんは笑った。 まるで花が咲いたように。 「……ありがとう。 お兄ちゃん、彩雨ちゃん。大好き」  愛ちゃんが両手を広げ、 俺と姫守に抱きついた。 「本当はぼくにお礼を 言ってほしいんだけどね」  俺にしか聞こえない声で、 QPがぼやいていた。  みんなで願掛けをした甲斐があったのか、 後日、愛ちゃんの手術は無事に 成功したのだった。 「へぇ、友希ってリンカの ファンだったんだ。知らなかったな」 「それじゃ、リンカのファンが 喜ぶような物を何かプレゼントすれば いいってことだな?」 「そうですね。CDとかグッズなんかが いいと思うんですけど」 「んー、でも、ファンなら、CDやグッズは、 もう自分で買ってるんじゃないかな」 「まぁ、かぶっちゃう可能性はありますね」 「そんじゃ、リンカのファンが もらって嬉しい物で、滅多に手に 入らないものを買えばいいんだな?」 「心当たりがあるんですか?」 「そんなものはない。 アイドルとかはお前らのほうが 詳しいだろうが」 「そんなことだろうと思いましたけど……」 「コンサートのチケットとかどうかな? コートノーブルは大人気だし、 なかなか手に入らないって聞くよ」 「いいですね。いいですけど、 どうやって手に入れればいいんですか?」 「ファンクラブ会員になるしかないかな。 それでも抽選だと思うけど」 「調べてみましょうか。 マスター、パソコン借りますよ」  ノートパソコンでインターネットに アクセスし、リンカのコンサート情報を 調べる。 「あ、だめかな。次のコンサートのチケットは もう完売してるみたい」 「その次はどうよ?」 「その次はまだ時期が未定なんで、 友希の誕生日までにはチケットの販売は されないと思いますよ」 「ってーと、もう手遅れってことか?」 「ひとつだけ、方法がありますけど、 ちょっと予算が厳しいかもしれませんね」 「オークション?」 「はい。 出てることが多いと思うんですけど……」  オークションサイトで、 リンカのコンサートチケットを検索する。  数件ヒットした。 「んー、今の時点でもう2万円ね。 みんなでお金出しあってもちょっと高いかな」 「最終的にこの倍になっても、 おかしくないですよね。チケットは諦めて、 別の物を探しましょうか」 「けどよ、ファンならコンサートのチケットを もらえれば嬉しいもんなんだろ?」 「それはそうですけど、 予算がぜんぜん足りませんよ」 「足が出た分は俺が払う。 5万もありゃ十分だろ」 「マスターが払うんなら、 別にいいんじゃないかな」 「じゃ、入札しますよ」 「なるべくいい席にしてくれ」 「でも、高くなりますよ」 「どうせ買うんなら、いい席がいいだろうが。 少しぐらい高くなったって構わねぇよ」 「分かりました」  オークションの終了時間が迫っている チケットを探して、それに入札した。  現在価格は32000円だ。  まぁ、5万も出せば落札できるだろう。  考えが甘かった。  コートノーブルの人気っぷりは ハンパじゃなく、終了時間が迫るにつれ、 価格はみるみる吊りあがっていく。 「6万円になっちゃいましたね。 さすがにこれ以上は無理かな」 「いや、まだちょっと大丈夫だ。 今日の売り上げ分をあてれば何とか……」 「本当にいいんですか?」 「あぁ、やってくれ」 「10万超えましたけど…?」 「こ、今週の売り上げをあてれば、 何とか……」 「まだ続けるんですか?」 「あたぼうよ。いまさら後に引けるかってんだ」 「20万超えましたね」 「人気あるのは知ってたけど、 こんなに出す人いるんですね」 「来週分の売り上げをあてれば、 行けるはずだ……」 「いいかげんやめといたほうが……」 「バカ野郎っ。もう少しで終了時刻だろ。 ここまで来て、諦められるかってんだっ!」 「……どうなっても知りませんよ」  入札を続ける。その直後―― 「あ、一気に30万まで上がっちゃった」 「さ、30万……く、ぐぐ…… なら、仕入れ分の金を回して……」 「マスターってギャンブルで 身を滅ぼすタイプですよね?」 「う……」 「いいかげん、やめときましょう。 倒産しますよ」 「あ、あぁ。だけどよ、 代わりはどうするんだ? 肩たたき券で すませるわけにはいかないだろ」  肩たたき券…? 「それ、行けるかもしれませんね」 「肩たたき券のこと?」 「いえ。でも、肩たたき券に近いものです。 ぜったい喜びますよ」 「何をあげるってんだ?」 「それは――」  マスターたちにプレゼントの内容を説明した。  今日はまひるの料理特訓を行っていた。 「ということで、オムライスはやめて、 カレーにしようか」 「なんでだ? まひるはオムライスのほうが好きだぞ」 「カレーのほうが簡単だからな。 野菜を切って、水とルーを入れて、 煮こむだけだ」 「うー……まひるにはオムライスは 無理だって言うのか?」 「いやいや、初めての料理で、高等技術が 必要なオムライスを作った人なんて、 世界中のどんな一流シェフにもいないよ」 「そ、そうなのか?」 「あぁ、誰だって、まずは簡単な料理からだよ。 それに、まひるはカレーも好きだろ?」 「うん。カレー、おいしな。 嫌いな野菜もカレーだと食べれるな」 「じゃ、今日はカレーを作って 食べようか?」 「分かったんだ。まひるは頑張るんだぞ!」  よし。あいかわらず単純な奴だな。  いくらまひるでも、カレーならば 不味く作ることはできないだろう。 そう思っていた。  しかし―― 「なんで、ごはんがこんなに びしゃびしゃになってるんだ?」 「知らないんだ。まひるは 言われた通りにやったんだぞ」 「後から水を足してないか?」 「そんなことするわけないんだ」 「炊飯器の電源、途中で切ってないか?」 「当たり前なんだ」  分量は俺も確認したし、 炊飯器の設定も確認した。  残る原因は…? 「分かった。お前、途中で炊飯器のフタを 開けただろ?」 「……ふ、フタを開けないと、 中がどうなってるか分からないんだ。 それの何が悪いんだ?」  やっぱりか。 「途中でフタを開けたから、 ごはんがびしょびしょになったんだよ」 「じゃ、どうやって中を 確認すればいいんだ?」 「自動的に炊けるようになってるんだから、 わざわざ中を見なくていいんだって」 「でも、まひるは見たかったんだ。 硬いお米がどうして柔らかいゴハンになる のか知りたかったんだっ」 「……まぁ、やっちゃったもんは しょうがないけどさ……」  今度はカレー鍋の中身を見て、 俺はげんなりした。 「野菜を炒めれば焦がすしなぁ……」 「焦げ目がついたほうが おいしいと思ったんだっ!」 「焦げ目って言うか、真っ黒だからね」  少しトイレに行った隙に、 こんなことになるとは思わなかった。  こうなったら、一瞬たりとも 目を離さずにつきっきりで、 手出し口出ししていくしかないだろう。 「できたんだ。ちゃんとカレーになったんだ」  目の前には どこからどう見てもカレーライスが 完成していた。 「な。言われた通りに、しっかりやれば うまく行くだろ」 「うん。颯太の言った通りだったんだ」 「じゃ、次は今と同じ手順で、 まひる一人でやってみようか?」 「えっ? これ、食べないのか?」 「ちゃんと作れるようになってからな」 「……せっかく作ったのに。 まひるは飢え死にして死にそうなんだ。 強制労働反対なんだっ」 「分かった分かった。 じゃ、食べてから作ろうか?」 「あむはむはむ、えへへ、おいしな」  もう食べてるし。 「えっへん。完成なんだっ! まひる特製カレーなんだ!」  さっきと同じ手順で、 まひるはカレーライスを作った。  だっていうのに…… 「……なぁ、まひる、 野菜に皮が残ってるぞ」 「それぐらいなんだっ。 皮だって食べられるんだぞ」 「しかも、生煮えだし」 「待ちきれなかったんだ」 「なんでタマネギだけ焦げてるんだ?」 「タマネギを最初に切ったから、 炒めたんだ。そしたら、焦げたんだ」 「あとな、ごはんがすっごく堅いんだけど、 水ちゃんと計ったか?」 「目分量でだいたい同じだったんだ」 「さっきとまったく同じように って言ったよね?」 「まひるは同じようにやったんだぞ」 「……………」  分かった。原因は 「こいつが致命的に不器用」 ってことと 「どうしようもなく大雑把な考え 方をしてる」 ってことだな。  ていうか、それじゃ、 手の打ちようがないような…?  俺が監視してる時だけうまくできたって 仕方ないし。 「もっと煮こめば、カレーになるかな?」 「いやいや、それは もう手の施しようがないから」 「なんでだ?」 「タマネギが炭化してるからね」 「じゃ、タマネギをとればいいんだ」 「とれると思うか?」 「やってみるんだっ!」  まひるはタマネギをとろうと、 カレー鍋に箸を伸ばす。  しかし、炭化したタマネギは、 すでにカレーと混ざりあい、 半ば黒い液体と化している。 「んしょ、えいっ、えいっ。 えへへ、これでいかな。とれたかな? うん、とれたな。できた」 「できてないよ……」  まったくもってカレーは元のままだった。 「うー…!」 「まひるってさ、そんな大雑把で よく演技できるよね。 繊細な性格の役とかどうしてるんだ?」 「そんなの簡単なんだ。 台本通りにやればいいだけなんだ」 「料理もぜひ台本通りにやってほしい んだけどね」  ん? それいいかもな。 「なぁ。今、天才パシティエの役をやってる んだったよな?」 「それがどうかしたのか?」 「その役になりきってカレー作ったら、 うまく行くんじゃないかと思って」 「じゃ、やってみるんだ」  ふっとスイッチが入ったかのように、 まひるは手際良く、米をとぎはじめた。 「おおっ。やればできるじゃん」 「調理中よ。話しかけないで」  おぉ、もう役になりきってる。  これはひょっとしたら、 ひょっとするかもしれないな。 「できたわ。食べてみて」 「お前、 『天才女優』って言われてるだけのことは あるんだな」  まさか天才パティシエの役を演じるだけで、 あれだけ苦戦したカレーライスを こんなに手際良く作るなんて。  しかも、おいしそうだ。 これなら―― 「いただきます」  まひるの作ったカレーライスを一口食べる。  こ、これは――!? 「――う、げえぇぇ! まずっ!」  味はまったく代わり映えしなかった。  けっきょく、まひるの料理の腕は上達せず、 番組が成立しないということで、 料理対決には別の女優さんが参加したらしい。 「初秋さん、本日はご都合いかがですか?」 「あぁ、大丈夫だよ。 愛ちゃんに会いにいくんだろ」 「はい。ありがとうございます」 「あれ? 二人でどっか行くの? もしかして、デート?」 「いえ、友人に会いにいくのですぅ」 「あぁ、そっか。分かった。 颯太、ちゃんと避妊しなさいよー」 「『友達に会いにいく』って言ったよねっ!?」 「でも、三人なら避妊しなくていい って理屈もおかしいと思うけど…?」 「なんでそうなるんだよっ!?」 「あははっ、冗談冗談。 ねぇねぇ彩雨、ゴム持ってる?」 「なに訊いてるんだよっ!」 「持っていますよ」 「嘘ぉっ!?」 「女の子の嗜みですから」 「な……」  女の子の嗜みって、 つまり、それは、いつでも行為に 及ぶことができるようにって意味で……  すなわち、その相手とは―― 「はい。こちらになります」 「あー、これ、かわいい。どこで買ったの?」 「ヘアゴムじゃんかよっ!」 「輪ゴムの話だったのですぅ?」 「……いや、何でもないんだ……」 「そういえば、ついでだし、ちょっと友希に 訊きたいことがあったんだけどさ」 「なになに?」 「えーと、ある女の子が、心臓の手術を 受けるのを怖がってるとするだろ」 「どうしたら、その子は手術が 怖くなくなると思う?」 「えっ? うーん、分かんない」  まるで参考にならなかった。 「そっか。 その“愛ちゃん”って子が心臓病で 『手術が怖い』って言ってるのね」 「お父様が大変ご多忙な方で、 お母様は亡くなっていますから、 心細いのだと思うのです」 「あー、その気持ち分かるかも。 あたしも子供の頃、寂しかったもん」 「初めて学校いく時とか、友達とケンカして うまく仲直りできない時とか、お父さんか、 お母さんに話を聞いてほしかったなぁ」 「我慢されたのですか?」 「んーん、ほら、あたしは颯太がいたから。 友達がいるとさ、やっぱり、いいよね」 「初秋さんは、友希さんの親代わりなのですね」 「そういえば、昔、友希って、 何でも俺に話してきたっけ」 「あははっ、今もだけどねー。 聞いてもらうと落ちつくんだもん」 「案外、愛ちゃんもあたしと同じかも しれないね。分かんないけど」 「そうかもしれません。 いろいろお話をしてみるのですぅ。 ご助言、感謝なのですぅ」 「んーん、大したこと言ってないし。 あ、病院あっちでしょ。じゃあね」 「あぁ、また明日な」 「愛ちゃん、彩雨なのですぅ。 入ってもよろしいですか?」  姫守が呼びかけるも、返事はなかった。 「どうしたんだ?」 「寝ているのかもしれません。 そーっと入ってみましょう」 「……いないみたいだな」 「お手洗いでしょうか?」 「あぁ、そうじゃないか」 「お手洗いにしては遅いのですぅ」 「どうしたんだろうな? ちょっと捜してみるか」 「私も参ります」 「やっぱり、まだ戻られていないのです」 「どこにもいなかったしな。外出したとか?」 「病院の方にお伺いしたのですが、 外出届は出されてなかったのです。 それに、一人では許可が出ませんし」 「……内緒で抜けだしたとか?」 「でも、そんなことをするような子では ないのですぅ」 「でも、現にいないだろ。 何かあってからじゃ、まずいし、 病院の人に相談してみよう」  友希は暇そうに新渡町をぶらぶらしていた。 「颯太に遊んでもらおうと思ったのになぁ……」  仕方なく、ウインドウショッピングを してたんだけど、今日は気分が乗らない。  何か面白そうな物でもないかと 視線を巡らせてると、道端で うずくまっている女の子を見つけた。  顔色がとても悪く、呼吸が苦しそうだ。 「大丈夫?」  女の子が友希を振りむく。 「うん……だいじょうぶ。 いつものことだから……」 「でも、しんどそうよ。どうしたの?」 「……愛はしんぞうがちょっと弱くて。 でも、少し休めばよくなるの」  “愛”という名前は ついさっき聞いたばかりだった。  それに、心臓が弱いというのも、 颯太たちから聞いた話と一致する。 「愛ちゃんは、これからどこに行くの?」 「はれきたがくえんにいきたいの。 ようせいにあうんだ」 「妖精? リンゴの樹の妖精のこと?」 「うん、そう。お姉ちゃん、しってるの?」 「知ってるわよ。 あたし、晴北の生徒だから」 「じゃ、じゃ、リンゴの実を食べれば、 どんなねがいでもかなうって、ほんと?」 「うん。そういう伝説があるわ」 「やっぱり、そうなんだ。 お姉ちゃん、はれきたがくえんは この道をまっすぐいけばいいの?」 「だいたいまっすぐだけど……うーん、 じゃ、連れてってあげよっか?」 「ほんと? いいの?」 「うん。ちょうど暇だったからね。 おいで」  友希が手を差しだす。 「ありがと、お姉ちゃん」  二人は手をつないで、晴北学園へ向かった。 「ほら、あれがリンゴの樹よ?」 「……リンゴ、なってないね……」 「うん。なかなかならないんだって」 「そうなんだ……」 「愛ちゃんは、何かお願い事が あったの?」 「……うん……愛ね、しんぞうが悪いから、 もうすぐ手術をうけなきゃいけないの」 「じゃ、手術が成功するように?」  愛は首を左右に振った。 「『こわくなくなりますように』って」 「そっか。心臓だもんね。手術は怖いね」 「うん……」  愛は膝を抱えこむようにして、 うずくまる。  友希は彼女の肩をそっと抱いた。 「心細い?」  こくりと、愛はうなずく。 「……愛ね、ママがいないんだ。 しんじゃったから。いつも病院に一人で、 パパもあんまりお見まいにきてくれないんだ」 「寂しいね」 「うん……」 「……あたしもね、お母さんいないんだ。 お父さんも。二人ともあたしが愛ちゃんより 小さい頃に死んじゃった」 「……そうなんだ。 お姉ちゃんも、さびしかった?」 「うん。すっごく寂しかったなぁ。 天国に行ったら、お父さんとお母さんに 会えるのかなって、いつも考えてたわ」 「でもね、天国に行っちゃったら、 他の大切な人に会えなくなるって 分かったんだよね」 「たいせつなひと…?」 「友達とかね。 愛ちゃんにもいるでしょ?」 「うんっ、いるよ」 「寂しい時は、友達にたくさん話を 聞いてもらってね、そしたら、 少しだけ寂しくなくなったのよ」 「じゃ、愛も友達におはなししたら、 さびしくなくなるかなぁ?」 「うん、きっとね。 あ、そうだ。愛ちゃんに、 いいもの聴かせてあげよっか?」 「なに?」 「あたしのお守り」  友希はカバンから ポータブルオーディオプレーヤーを とりだし、CDをセットした。  そして、イヤホンの片方を自分の耳につけ、 もう片方を愛に差しだす。 「はい。つけて」  愛がイヤホンをつけたのを確認し、 友希は再生ボタンを押した。  流れてくる曲は、 コートノーブルのリンカが歌う “木漏れ日のバラード”だ。 「……きれいな曲……」 「寂しくて、友達にも会えない時にね、 この曲を聴くんだぁ。そしたら、 元気が出てくるから」 「……愛もげんきがでる気がする……」 「この曲を聴いてるとね、 お母さんに、歌ってもらってるみたいな気が するんだぁ」 「……ママに…?」 「愛ちゃんはそんなことない?」 「うぅん。愛もそう思う。 ママの歌みたい。愛、この曲好き」 「良かった。気に入ってくれて」  しばし、二人は歌に耳を傾ける。 「……愛、早くげんきになりたいな。 げんきになって、お外で思いっきり あそびたい」 「じゃ、愛ちゃんが元気になったら、 外でたくさん遊ぼっか?」 「ほんと? やくそくしてくれる?」 「いいわよ。約束ね」 「じゃ、愛、がんばって手術うけて、 ぜったいにげんきになってくるねっ」 「うん」 「愛ちゃーんっ!」 「愛ちゃーん、いるかーっ?」 「あ、彩雨ちゃんとお兄ちゃんだ…… どうしよう? おこられちゃう……」 「どうして?」 「愛、病院、ぬけだしてきたから」 「あー、そうなんだ。 じゃ、あたしも一緒に謝ってあげるね」 「でも……」 「彩雨ー、颯太ーっ。 愛ちゃん、ここにいるわよー」 「友希さん…?」 「なんで、愛ちゃんと一緒にいるんだ…?」 「ほら、行こ。大丈夫よ」 「うん」  後日、愛ちゃんの手術は無事に 成功したのだった。 「はいよっ、オムライス、 おまちどおさま」  まひるのテーブルにオムライスを置く。 「あげるんだ」  まひるがチケットのような物を 2枚手渡してくる。 「なんだ、これ?」 「コートノーブルのペアチケットなんだ。 颯太が『欲しい』って言ってたんだ」 「マジで? よく手に入ったな。 いくらだった?」 「お金はいいんだ。 料理を教えてもらうお礼なんだぞ」 「そっか、ありがとうな。 すごい助かったよ」 「……おまえ、そんなにコートノーブルが 好きなのか? 誰のファンなんだ?」 「あぁいや、 これは俺じゃなくて友希の分な。 ほら、もうすぐ誕生日だろ?」 「友希はコートノーブルのファンだったのか?」 「リンカのファンみたいだよ。 じゃ、ありがとうな」 「マスター、まやさん、 友希の誕生日プレゼント決まりましたよ」 「偉い偉い、ちゃんと訊きだしたのね。 何かな?」 「これです。コートノーブルの コンサートチケット」 「コートノーブルってーと、 確かアイドルグループの?」 「はい。リンカのファンみたいだったんで」 「でも、そうとう倍率高いはずだけど、 どうやって手に入れたの?」 「まひるがもらってきてくれました」 「あ、そうなんだ……」  あれ? まやさんちょっと元気ないか…? 「何かな?」 「いえ、今日はなんか元気ないかなぁ、と」 「そんなことないよ。元気」 「おい、颯太。 2枚あるのはどういうことだ?」 「ペアチケットだからじゃないですか。 席も隣同士ですし」 「あぁ、そうか。 友達と一緒に行ったほうが楽しいわな」 「好きな男の子も誘ったりもできるしね」 「なにぃ…!?」 「どうしました?」 「1枚は俺が預かっておく」 「まさか、マスター…?」 「その歳で、友希とデートしようと…?」 「な、そんなわけあるかっ! これは、その、なんだ、親心ってやつだよ」 「犯罪ですよ……」 「だから、違うっての。 ただ俺は悪い虫がつかないようにだな」 「余計なお世話だと思いますけど。 友希だって彼氏がいても おかしくない歳なんですから」 「というか、赤の他人のマスターが 『親心』って言っても、正直、 引くって言うか……」 「う……まぁ、確かにな。 なら颯太、お前が行ってこい」  と、マスターが俺にチケットを 押しつけてくる。 「そ、それはだめっ」  まやさんがチケットを奪いとる。 「なんでだめなんだよ?」 「あ、だって……ほら、 わたしも行きたいし…?」 「じゃ、まやさんが行ってくれば いいんじゃないですか?」 「でも、やっぱり友希の誕生日プレゼント だから、友希が行きたい人を選んだほうが いいと思うし」 「ほら、せっかくなんだから、 一番いきたい人とコンサートに行ったほうが 楽しいでしょ?」 「まぁ、そうだわな」 「でも、誕生日が楽しみですね。 これなら、きっと気に入るでしょうし」 「うん、そうね」  今から友希の喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。 「できたんだっ!」 「よし、じゃ、次作ってみようか。 今回の反省点は――」 「まだ味見してないんだっ! ゴタクは食べてから聞くんだぞ」 「いや、ご託って言われても……」  まひるが作ったオムライスに視線を落とす。  真っ黒だった。  卵からごはん、野菜にいたるまで、 焦げに焦げきっている。  調理過程を見ていなければ、 これがイカスミオムライスだと言われても、 うっかり信じてしまうぐらいの漆黒さだ。 「これはどう見たって焦げすぎだから、 食べたら死んだっておかしくないよ」 「食べてもみないのにどうして分かるんだ? せっかく作ったんだから、まひるは 食べてみるぞっ!」 「あ、おい、待て」  まひるは俺の制止をものともせず、 漆黒のオムライスを口に頬張る。 「……うえぇぇ、まずいんだ……」 「だから、言っただろ」 「まひるは頑張ったのに。 何が悪かったんだ……」 「うーん、なんていうか……」  率直に言えば、何もかも悪い。 逆に良いところを探すのが難しいぐらいだ。  まぁ、根本の原因は、 まひるが極めて不器用であることと、 性格が大雑把すぎることだな。  ずっと監視しながら、手出し口出しをすれば まぁまぁそれなりの物がまひるにも 作ることができた。  しかし、ひとたびまひるにすべてを任せると、 それまでのことをすっかり忘れたかのように、 適当に調理を始めてしまう。  テレビに出るんじゃ、 一人でもちゃんと作れるようにならなきゃ 意味ないしなぁ。 「もう一回、さっき言った通りに 作ってみようか」 「まひるは言われた通りに作ってるんだ。 でも、そんなに色々なことを 一気に覚えられないんだ」  まぁ、それもそうだよな。 「よし、じゃ、初心に戻って、 また一からゆっくり教えるよ」 「まずは包丁の使い方からな。 持ち方は分かるか?」 「子供扱いしちゃダメなんだ。 まひるは包丁ぐらいちゃんと持てるんだぞ。 こうなんだ!」  と、まひるは包丁を逆手に持った。 「いや、あのね。普通に持たないと、 危ないからさ」 「うーっ! 普通って何なんだ? まひるは料理が下手なんだから、子供に 教えるつもりで教えなきゃダメなんだぞ」 「お前、ついさっき『子供扱いするな』って 言ったばかりじゃなかったか?」 「大人扱いをしながら、 子供に教えるつもりで 優しく教えてくれたらいいんだ」  わがままな奴だな…… 「分かったよ。 じゃ、子供に教えるつもりで 優しく丁寧にいくからな」 「大人扱いが抜けてるんだぞ」 「はいはい。分かってるよ」 「分かればいいんだ。 まひるは満足なんだ」  あいかわらずちょろいな。  それにしても、普通は子供だって、 もう少し覚えがいいはずだよなぁ。  愛ちゃんなんか……あ、そういえば――  もしかしたら、行けるかも。 「なぁ、まひる。 うまく行くおまじないを 教えてやろうか?」 「そんなものがあるのか? まひるは教えてほしいんだ」 「好きな人のことを考えながら作ると、 おいしく作れるらしいぞ」 「そうか。分かったんだ」  まひるはふたたび調理を始める。  すると、その手つきが、 かなり慎重になっていた。 「できたんだっ!」 「おおっ、今まで一番いいぞっ!」  野菜は均一に切れてないし、 ケチャップライスは ごはんに白い部分が残っている。  卵は焼きすぎて硬くなってるけど、 ちゃんとオムライスの体をなしている。 「味見するんだっ」 「おう」  これなら、とまひるのオムライスを 一口食べる。  こ、これは―― 「く、食えるっ! 食えるよっ!」  しまった。思わず本音が出た。 「えへへ、やったな。 食べられるオムライスできたな。 頑張たな」  ふぅ。良かった。 気にしてないみたいだな。 「そういえば、まひる。 誰のことを考えながら、作ったんだ?」 「……別に、誰でもないんだ……」 「ふーん」  まぁ、言いたくないか。 「おまえこそ、いつも誰のことを 考えながら作ってるんだ?」 「え、いや、俺は普通に料理作れるから、 別に誰のことも思ってないけど」 「おまえっ、好きな人のこと考えたら、 うまく作れるなんて言っておいて、 自分は考えてなかったのかっ。ウソツキっ」 「いや、嘘ってわけじゃ。 人に聞いた話だからさ」 「ウソツキウソツキ、ウソツキったらウソツキ なんだっ。ウソツキにはハリセンボンする んだぞっ。えいっえいえいっ!」  まひるが両手の人差し指で、 チクチクと高速でつついてくる。 「こらっ、やめろっ、くすぐったいぞ」 「反省しない限りやめないんだっ! えいっえいえいっ、えいえいえいっ!」  まひるの人差し指は 俺の脇腹を執拗に狙っていた。 「は、反省した。反省したから、やめろって」 「えっへん。まひるの勝ちなんだ」  やっとオムライスができたからか、 まひるはいつにも増して、はしゃいでいた。  後日、料理対決に負けたまひるが 俺に泣きついてくるのは、また別の話だ。 「うーん……」 「どうしたんだい、初秋颯太?」 「いやさ、こないだお前の魔法で チョロリを作っただろ」 「あれは、かなり不味かったけど、 相性の合う食材を配合させれば、 おいしくなるんじゃないかと思ってさ」 「ふぅん。料理には熱心だね、君は」 「う……なんかトゲのある言い方だな」 「別に。ただ恋にもそれぐらい積極的に とり組んでくれたらと思っただけだよ」  別にとか言いながら、 やっぱりトゲがあるんだけど。 「それで何を配合するんだい? 今なら魔法を使ってもいい気分だから、 やってあげるよ」 「いや、それを悩んでたんだけどね……」  ふと、畑を耕していたまひるに視線を移す。 「なぁ、まひる。 例えばだけどさ、どんな食材を 組みあわせたら、おいしいと思う?」 「まひるは組みあわせなくても、 オムライスが一番おいしいと思うんだ」 「でもさ、組みあわせたら、 オムライスよりおいしい物が できるかもしれないだろ」 「例えば、チョコレートとバナナを 組みあわせて、チョコ味のバナナとか、 そういうので何か思いつかないか?」 「じゃ、オムライスとハンバーグで ハンバーグオムライスなんだ」 「……えーと、せめて、野菜で何かないか?」 「まひるは野菜は嫌いなんだ」  しまった。人選を間違えたかもしれない。 「でもさ、まひるだって、 好きな野菜ぐらいあるだろ?」 「トウモロコシは好きなんだ。 甘くておいしいんだぞ」 「じゃ、トウモロコシに 何を組みあわせたらおいしいと思う?」 「アーモンドなんだっ!」 「トウモロコシとアーモンド…?」  どんな味になるか ぜんぜん想像がつかないんだけど…… 「おいしいトウモロコシと、 おいしいアーモンドを組みあわせたら、 “すっごくおいしい”になるに違いないんだ」 「……そっか。ありがとうな」  いまいち疑問は残るけど、 ぜんぜん想像がつかない分、 やってみる価値はありそうな気がする。 「QP、トウモロコシとアーモンドを 配合できるか?」 「ふたつとも自然の作物なら、簡単だよ」  QPが魔法を使ったかと思うと、 目の前のトウモロコシが変化していた。  トウモロコシの粒ひとつひとつが、 まるでアーモンドのようになっているのだ。 「アーモロコシだね。食べてごらんよ」 「あぁ」  あいかわらずデタラメだなと思いつつ、 アーモロコシを一粒手にとり、口に放りこむ。  カリッとしたナッツ類の食感とともに 爽やかな甘さが口に広がった。 「おぉ、なんだこれ? 美味いな。 お菓子みたいだけど、お菓子と違って、 優しい感じがするって言うか」  とにかく、美味いし、何より新しい味だ。  誰か他の人にも、食べてもらいたいな。 「なぁ、まひる、ちょっと、 これ食べてみてくれないか?」 「なんだ、これ? 見たことない食べ物なんだ」 「アーモロコシって言うんだよ。美味いぞ」 「あんまりおいしそうな見た目じゃないんだ」 「絶対おいしいって。一粒だけ、な」 「……畑を耕すのに忙しいから、 あとで食べるんだ」  まひるはアーモロコシを受けとり、 ポケットに入れた。 「この畑は耕す必要はないんだけどね」 「まぁまぁ、やりたいんだから、 やらせてあげようよ。やってみないと 耕す必要がないかも分からないだろ」 「ふぅん。失敗しないと分からないなんて、 人間というのは難儀だね。 まぁいいや。ところで大丈夫かい?」 「何がだ?」 「トイレに行きたいんじゃないかと 思ったんだよ」 「は? なんで急にトイレになんか――」  ん? な……なんだこれ? 突然、猛烈な波が押しよせてきたぞ…!?  やばい……と、とにかくトイレへ――  ぐぅぅっ、もうだめだっ! 我慢の限界が……  なんだこの凄まじい尿意は―― 「……こうなったら…!」  物陰に入り、ズボンのチャックを 素早く下げる。  ふぅ、危ないところだった。  しかし、なんだって急に こんなことに? 「アーモンドもトウモロコシも利尿作用が あるからね。掛けあわせれば、それが 数百倍になるのは当たり前のことだよ」 「そういうことは最初に言おうね。 知らずに食べたら大変なこと、に…?」  やばい。まひるから回収しとかないと。  あれ、あいつ、どこに行ったんだ? 「まひるーっ! どこだーっ?」  畑を走り、まひるを捜す。  すると、トウモロコシの陰に しゃがみこんでいる人影を見つけた。 「まひる、ここにいた……の、か……」  まひると目が合い、心臓がどくんと跳ねた。 「え………………や、出、出るぅっ…!」  傍らに脱ぎ捨てられたスパッツとパンツ。 露わになったまひるの聖域。 そして、勢いよく溢れでる小金色の液体。  予想だにしない出来事に 俺の思考は完全に停止してしまった。 「……み、見るなぁっ! 見ちゃダメなんだっ! 見たら、ぜったいぜったい許さないんだぞ! 一生、絶交するんだぞっ!」 「あ、あぁ……」 「だから、見ちゃダメなんだ…… あ、あぁ……止まらない……やだあぁ…… 見ちゃやだあぁぁっ!」  アーモロコシの効果なのか、 まひるの尿道からはとめどなく、 おしっこが流れつづけていた。 「うーん……」 「どうしたんだい、初秋颯太?」 「いや、こないだのアーモロコシな。 利尿作用がすごいのは問題だけど、 味はかなりおいしかったからさ」 「今度はそういう副作用のない食材を 配合させて、おいしいものを 作れないかと思ってさ」 「ふぅん。何と何を配合させるんだい?」 「それを悩んでるわけなんだけどさ……」  どうにもいい案が思いつかない。  こうなったら、 また誰かに訊いてみようか?  ちょうど遊びに来ていた友希に 視線を移す。 「……そ、そんなに視姦しないでよ……」 「してないよ……」 「嘘だぁ。じゃ、なんであたしの おっぱい見てたの?」 「おっぱいは見てないよ。 ちょっと訊きたいことがあってさ」 「か、体に?」 「そろそろ真面目に話したいんだけど、 いいか?」 「あははっ、なになに?」  まったく、こいつは。 「例えばなんだけどさ、 配合したらおいしそうな野菜って、 何か思いつくか?」 「配合? さつまいもとメロンを 組みあわせて、すっごく甘いさつまいもに するとか?」 「そうそう、そんな感じ。 友希だったら何と何を配合したい?」 「うんとね、アンデスのニンジンと ムイラプアマとカツアーバがいいなぁ」 「ムイラプアマ? カツアーバ?」 「知らない? アマゾンで採れるハーブよ」 「初耳だよ」  ハーブに、ニンジンか。 どうなるんだろうか?  ていうか、いくらQPでも、 そんなマイナーそうな作物を 配合させられるんだろうか? 「面白そうだね。さっそく配合しようか」 「え、おい、待て……」 「……ねぇねぇ、いま光らなかった?」 「い、いや、ぜんぜん気づかなかったぞ。 気のせいじゃないか」 「えー、そうかなぁ? ぜったい光ったと思ったんだけど…?」 「ま、まぁ、勘違いは誰にでもあるって」 「あれ? 颯太その手に持ってる物、なに?」 「え、持ってるものって――」  気がつけば、俺の手には カブのような形をした根菜があった。 「アンラプアーバだよ」  アンデスのニンジン、 ムイラプアマ、カツアーバを 配合させた野菜ってことか。  いったい、どんな味がするんだろうか? 「颯太? 聞いてる?」 「あ、あぁ。食べてみようと思ってさ。 アンラプアーバって言って、 すごく珍しい野菜だから」 「そうなんだ。じゃ、あたしも食べていい?」 「あぁ、いいよ」  とりあえず、アンラプアーバを ソテーにしてみる。  味付けに塩こしょうをかけ、 フライパンを振るう俺の肩口から、 友希がのぞきこんでくる。 「だいたいいいと思うけど、 味見してみようか」  できあがったソテーを、 そのまま皿に移し、友希に渡す。 「いただきます」 「いただきまーす」  俺と友希は同時に アンラプアーバのソテーを食べる。 「もぐもぐもぐ。うーん、ねぇねぇ、 これ、あんまりおいしくないわ」 「……みたいだな」  不味いわけじゃないけど、 これなら普通のニンジンを食べたほうが ずっとマシだろう。  こりゃ失敗か、と、 思いながら、もう一口食べてみる。  その瞬間、全身がかーっと熱を帯びた。  それだけじゃない。  あろうことか、俺の股間が前触れもなく、 勃起しているのだ。  なんだ、これ…? 「……あ、れ? どうしたのかなぁ? あたし、なんか、すごく体が熱い……」  友希の体がふらつく。 「おいおい、危ないぞ」  とっさに友希の肩を支えた。 「あっ……あはぁんっ……」 「え……あの、友希…?」 「あ、ごめん……あたし……体が変で…… ん、はぁ……」  友希が俺に体重を預けてくる。  柔らかい乳房が俺の胸に押しつけられて、 俺の股間のキュウリがズッキーニへと 変化を遂げる。  そして、そのズッキーニが 友希の秘所にわずかに触れた。 「あっ、あぁ……あたし、もう……やだ…… なに、これ…?」  くぅぅ――!?  なんだ、これ、体がおかしい。 今にもイッちまいそうだ……  まずい、このままじゃ…!  俺は慌てて友希から身を離し、 QPを睨んだ。 「おい、どういうことだ?」 「アンデスのニンジンの別名を 知らないのかい?」 「知らないけど、それがどうかしたのか?」 「マカだよ」 「マカ……って、あの精力剤の?」 「そうだよ。ムイラプアマもカツアーバも 精力剤の原料だからね。掛けあわせれば、 媚薬になっても不思議はないよ」 「媚薬って……マジか……」 「……ん……ふぅ……はぁ……はぁ……」 「友希が苦しそうにしているね。 鎮めてあげたらどうだい? 今なら、拒まないと思うよ」 「お前、それが狙いで 何も言わなかったんだろ」 「こういうシチュエーションから始まる恋も なかなか素敵だと思わないかい?」 「そもそもこんなんで始まったら、 恋じゃないからね」 「せっかくの機会なのに、 何もしないのかい?」 「当たり前だろ」 「あの……あたし、ちょっと、 トイレ行ってくるね……」  友希が部屋を飛びだしていった。 「……………」  トイレに行って、 どうするつもりなんだろう?  今日の部活は、ジャガイモの収穫を 行っていた。 「んしょ、んしょ、なかなか穫れないな。 ジャガイモ、しぶといな。まだかな? もう少しかな?えいっ、えいっ」 「あぁ……!! えへへ、やった。 すごいの穫れたな。嬉しな」 「どうだ、まひる。うまく穫れたか?」 「えっへん。まひるは珍しいジャガイモを 穫ったんだ」  まひるが収穫したジャガイモを 見せてくる。 「……なんだ、これ…?」  それは、まるで孔雀の尾のような根が 何本もついた、燃えるように赤い ジャガイモだった。 「フェニックスポテトだね」 「まさか…?」 「妖精界のジャガイモだよ」  ということは、 あのクソ不味いドラゴンダイコンと 同じような野菜ってことか。 「えへへ、ジャガバターにしたらおいしかな? 楽しみだな」  まひるのやつ、ジャガイモ料理でも ジャガバターは食べられるみたいだな。  だけど、そのジャガイモはないだろう。 「まひる、悪いことは言わない。捨てよう。 その赤いジャガイモな。 じつは死ぬほど不味いんだ」 「ウソだっ。せっかくまひるが穫ったんだぞ。 それに、こんなにおいしそうなのに、 不味いわけがないんだっ」 「いやいや、冷静に考えようよ。 こんな赤いジャガイモ、普通ないから」 「まひるは騙されないんだぞ。 おいしい物を『不味い』って言って、 あとでこっそり食べる作戦なんだろっ」 「そんなことないって。おいしい物は みんなで食べたほうがおいしいだろ」 「まひるは独り占めしたいぞ。 一人でこっそりお腹いっぱい食べると、 おいしんだっ。おまえもそうだ」 「まひるはもうちょっと大人になろうな」 「おまえこそ、まひるが見つけたジャガイモを 横取りする気だな。横取りなんだっ。 この横取り星人、泥棒颯太ーっ」 「はいはい、分かったよ」  押してだめなら、引いてみろだ。 「そんなに食べたいんなら、 まひる一人で食べてもいいけどさ」 「俺は忠告したからな。 どんなに不味くても責任は持たないぞ」 「まひるだって責任は持たないんだ」 「あのね……張りあってどうするんだよ?」 「じゃ、いいんだ。まひるは食べるんだ」  うーむ。引いてみてもだめか。  とはいえ、このまま黙ってるのもな。 なんせ、超まずいのは間違いないわけだし。 「えいっ、えいっ、おかしいな? 皮むけないな。こかな? ダメだな。 難しいな。なんでかな?」 「えーと……まひる、何してるの?」 「ジャガイモの皮をむいてるんだ」 「素手で?」 「まひるは知ってるんだ。 みかんもバナナも素手でむくんだぞ」 「リンゴはどうするか知ってるか?」 「あっ! 分かったんだっ! さつまいもと同じように、 焼き芋にすればいいんだなっ!」 「なんでリンゴから それを思いつくんだよ…?」  待てよ。案外、いいかもしれないな。 「まぁ、焼きジャガっていうのも悪くないな。 さっそくやろう」  部室から新聞紙や薪など、 燃えそうなものを調達してくる。  畑に戻り、チャッカマンを使って、 薪に火をつける。  火の様子を見ながら、 どんどん薪を火にくべていく。  しばらくして、たき火は 勢いよく燃えさかりはじめた。  よし、ここだ! 「せーのっと」  フェニックスポテトを 火の中に放りこんだ。 「直接火に入れて大丈夫なのか?」 「あぁ、大丈夫なはずだよ」  もちろん、そんなはずはない。  フェニックスポテトは みるみる焦げていく。 「た、大変なんだっ。 ジャガイモが真っ黒になったんだっ」 「これぐらいで黒くなるってことは、 おいしいジャガイモじゃなかったんだな」 「そうなのか?」 「あぁ。身がしまってれば、 直接火に入れても大丈夫なはずだからな」 「そっか……せっかく珍しい ジャガイモだったのにな……」  少しかわいそうだけど、仕方がない。  フェニックスポテトの不味さは、 想像を絶するに違いないだろうからな。 「まひるは、新しいジャガイモを 穫ってくるんだっ」  まひるが走りさっていき、 向こうの畑でジャガイモの収穫を始めた。  しばらくして、フェニックスポテトは 完全に灰と化した。 「よし、これで食べられないな」  そう口にした瞬間だった。  灰の中から、真っ赤なポテトが姿を現し、 勢いよく弾けとぶ。  驚きのあまりあんぐりと開けた口の中に、 その赤いポテトが飛びこんだ。 「あごぉぉっ、熱っ、熱―― う、うげぇぇぇ、まずいっ!!」  直火で熱せられたポテトは死ぬほど熱く、 そして、それが気にならないぐらいに 不味かった。  俺は命からがら、フェニックスポテトを 吐きだす。 「はぁはぁ……灰になったっていうのに、 いったい、どういうことだよ…?」 「知らないのかい? フェニックスは灰の中からよみがえる。 これは常識だよ」  得意気に説明するQPが、 無性に憎らしかった。  それは俺がキュウリの生育具合を 確かめている時のことだった。 「あれ、なんだこれ?」  一本のキュウリが乳白色になっており、 螺旋状の溝が入っているのだ。  ともすれば、角のようにも見える。 「ユニコーンキュウリだね」 「そのネーミング、もしかして?」 「妖精界のキュウリだよ」 「ていうことは、 ものすごく不味いってことだな」 「いいや、ユニコーンキュウリは 人間界のキュウリとほとんど味が 変わらないんだ」 「本当に?」  ドラゴンダイコンを食べた後じゃ、 まったく信用できないけど…… 「ねぇねぇ颯太、それ、なに? キュウリ? なんか、変なのー」 「あぁ、見た目はこんなだけど、 味は普通のキュウリと変わらないらしいよ」 「えー、本当にー? ぜんぜんキュウリに見えないのになぁ」 「まぁ、食べる気にはならないよな」 「でも、本当に普通のキュウリと同じか 気になるよね」  と、友希はおもむろに ユニコーンキュウリをもぎとった。 「お前、まさか、食べる気か?」 「うん。だめ?」 「いや、だめじゃないけど、 よくそんな見た目のキュウリ食べる気に なるよな」 「でも、よく見るとかわいいじゃん」 「どこがだよ?」 「ほら、こことか? もっと近づいて見てみてよ」  ユニコーンキュウリに顔を近づけるけど、 さっぱりかわいいポイントが分からない。 「近づいたって、ぜんぜん変わらないけど……」 「えー、じゃ、口開けてみたら?」 「こうか?」  口を開ける。 「えいっ!」 「むほっ……」  ユニコーンキュウリを口の中に 突っこまれた。 「あにすんだよ?」 「あははっ、どんな味がするかと思って」 「じぶんではべてふれ」  ユニコーンキュウリを 突っこまれたままなので うまくしゃべれない。 「ねぇねぇ、そうしてるとさ、 なんかフェラしてるみたいだよね?」  誰がホモだ…… 「抜いてふれ」 「口に出しちゃっていいってこと?」 「おほるぞ」 「えー、怒らないでよ。分かったわ。 冗談が通じないんだから」  ようやくキュウリが口から引きぬかれた、 と思ったら、友希はそのままそれを ぱくりと食べた。 「あむ、もぐもぐもぐ。あははっ、本当だ。 ただのキュウリだわ」 「お前……それ、俺の口の中に 入ったやつだぞ」 「うん。それがどうかした?」 「……いや、別に」 「………!?」  友希が突然、ものすごい勢いで後ずさった。 「どうしたんだ? 何かあったか?」  彼女に近づこうとすると、 「や、やだっ。こっち来ないでっ!」 「え……『来ないで』って、なんで?」 「だって、なんかヤなんだもん。 とにかく、来ないでよ」  これは、明らかに様子がおかしいな。 「QP。説明してもらおうか?」 「ユニコーンは乙女が好きだからね。 ユニコーンキュウリを食べた乙女は、 男性に近寄れなくなるんだよ」 「それ、これからどうするんだよっ?」 「本物のユニコーンならともかく、 今回食べたのはただのキュウリだからね。 一回触れば元に戻るよ」 「なんだ、それを早く言えよ」  よし、じゃ、さっさと元に戻すか。 「……え、や、やだっ、 なんで近づいてくるの?」 「いや、別に何をするわけじゃないって。 ちょっと話をだな」  俺はじりじりと友希に近づいていく。 「だ、だめ。颯太、だめだよ。来ないで。 ね、お願い」 「大丈夫大丈夫。何もしないから」  よし。あと2メートル。 「嘘、ぜったい何かしようとしてる顔よ?」  あと1メートル。 「そんなことないって」 「……ほんと?」  今だっ! 「もらったっ!」  手を伸ばす、が、寸前のところで 身を躱されてしまった。 「ひ、ひどいよっ。 『何もしない』って言ったのに」  ここまで来たら、後には引けない。  一気にたたみかけるぞ! 「触るだけ、触るだけだからっ」 「嫌ぁっ!」  逃げだす友希を全力で追いかける。 「やだぁっ、助けてぇっ」 「すぐ終わるから。なっ。いいだろ。 痛くしないからさっ」  なんだか、とても犯罪チックな発言だった。 「こ、来ないでよ……」 「本当に一瞬、ちらっと触れるだけだから」 「でも……」 「大丈夫だって。 本当に、目をつぶってれば、 1秒で終わるから」 「……でも、やっぱり、怖い、し?」 「そっか。じゃ、今日のところはやめとくよ」  俺は踵を返す。 「うん。ありがと――」 「もらったっ!」  そのまま一回転すると、 友希の腕をつかむべく、懸命に手を伸ばす。  しかし、友希は怯えたように体をひねる。 勢いをつけた俺の手はいまさら止まらない。  結果、俺は友希のおっぱいを むんずとつかんでいた。 「……あ、ん……」 「あ、ご、ごめん……」 「……いいけどさ。 えっち。やーらしいのー……」  ともあれ、ユニコーンキュウリの効果は 切れたようだった。 「今日はいい天気だから、 砂浜に行ってバーベキューをしよう」 「またいきなりですね」 「えー、でも、葵先輩、 けっこう前から言ってたよ」 「まひるも聞いてたから、 今日は昼ごはんを抜いてきたんだ」 「私もお話は伺っております」 「おや? 君だけ僕の話を聞いてないなんて、 どういうことかな?」 「誰かさんの陰謀じゃないですか」 「人のせいにするなんていけない子だ。 どうやら、お仕置きが必要みたいだね」 「いやいや、明らかにおかしいですよねっ! その言葉そっくりそのまま返しますよっ!」 「じゃ、じゃあ、颯太が葵先輩にお仕置き……」 「お尻ぺんぺんなのですぅ?」 「お尻ずんずん…!?」 「ま、まひるは知ってるんだ。 そういうのは、あぶのーまるぷれいって 言うんだ……」 「分かった。君にちゃんと伝えていなかった 僕が悪かったよ。さぁ、存分に お仕置きするといい」 「いや、あの、ですね……」 「ほら、どうしたんだい? お尻ぺんぺんでも、お尻ずんずんでも、 お尻ずきゅんずきゅんでも好きにしなよ」 「あいつ、お尻ずきゅんずきゅんなんて 考えてたのか……」 「お尻ずきゅんずきゅんって、 どういうお仕置きなのですぅ?」 「うんとね、お尻に太い棒を ずきゅんずきゅん突っこまれるのよ」 「そ、そんなぁ。初秋さんは、 鬼なのですか?」 「鬼って言うか、ケダモノかなぁ?」 「変態じゃないのか?」 「そうとも言う」 「え、どうして変態なのですぅ?」 「それはね――」 「俺の株が理不尽に だだ下がりなんだけどっ!?」 「あははっ、大丈夫大丈夫。 ここからは下げないように、 うまく説明するから」 「無理だよっ! どうやって説明するんだよっ!?」 「なに、一度下がりきってしまえば、 それ以下になることはない。 つまり、無敵ということだよ」 「無敵なのはいいですけど、 ついでに味方も皆無になりますよね?」 「ふふっ、面白いことを言うじゃないか。 まったくもってその通りだよ」 「断固、拒否しますからねっ。 ていうか、そもそも濡れ衣じゃないですか」 「では、お尻ずきゅんずきゅんは されないのですぅ?」 「当たり前だろ」 「むしろ、されるほうが好きだもんね」 「当たり前のように嘘をつくなっ!」 「さて、そろそろ行こうか。 イジメるのはバーベキューを しながらでもできるからね」 「そのうち、やりすぎて、 死んでも知らないですからね。 化けて出ますよ」 「安心しなよ。こう見えて、 生かさず殺さず、いい感じで 生殺しにするのは得意なんだ」 「……………」  今日は天気がいいから、 部長の症状も重いようだ。  浜辺でバーベキューということで、 当然、俺は肉を焼く係になった。  まぁ、それについては異論ない。  しかし―― 「よし、いい感じに焼けてきたな」  箸を伸ばそうとした瞬間、 横から肉をかっさらわれた。 「もぐもぐ。えへへ、おいしな」 「まひる、それ俺が狙ってた肉なんだけど……」 「まひるだって狙ってたんだ。 バーベキューは老若男女なんだぞ」 「……弱肉強食って言いたいのか?」 「そういうことにしといてやるんだ」 「いやいや、どう考えてもそういうことだよ」  お。こっちの肉も焼けたかな? 「それもまひるのなんだっ!」  またしてもまひるに肉を奪われる。 「じゃ、こっちを――」 「とっぴなんだっ!」  肉が焼けるそばから、 次々とまひるに奪われていく。 「まひる、あのね、 せめて食べてからとろうよ」 「ひゃんほはべへるんら」 「……口の中に肉入れすぎだろ……」  「ちゃんと食べてる」 って言いたいのか? 「颯太、ほら、あーん」  友希が焼けた肉を 俺の口に向けてくれる。  さすが、持つべきものは幼馴染みだな。 「あーん」 「ぱくっ。あははっ、あげないんだもん」 「あのね……」  おのれ。こうなったら…!  俺は辺りにあった石と持ってきた網で、 即席の焼き場を作る。  炭に火をつけて、と。 よし、いいだろう。  新しい焼き場に、残りの肉を大量に並べて、 しばし待つ。  少しずつ肉が焼け、わずかに香ばしい匂いが 漂いはじめた。 「初秋さん、ジャガイモが焼けましたけど、 お召しあがりになりますか?」 「あぁ、ありがと」  焼けたジャガイモを 皿に入れてもらった。  肉と一緒に食べたらおいしそうだ。  早く焼けないかな、と即席の焼き場のほうを 見ると―― 「がつがつがつがつ!」  ものすごい勢いで肉を貪ってる小動物がいた。 「ふぅん。あんまりおいしくないや。 生みたいな味だね」 「生焼けで食ってんじゃねぇっ!!」 「まったく」  仕方ない。肉を追加で買いにいくか…… 「あ、もうこんな時間だ。 真っ暗になっちゃったね」 「おしゃべりが楽しくて、ついつい長居を してしまいました」 「こんな時間まで残ってたことって あんまりないよな」 「だって、夜の学校ってなんか不気味で、 怖いし」 「まひるは知ってるんだ。 夜の学校に残ってると、 鳴るはずのない時間にチャイムが鳴るんだぞ」 「なんだ、それ?」 「この学校の七不思議なのですぅ」 「……え、じゃ、じゃあ、 そのチャイムを聞くと、 どうなっちゃうの?」 「鳴るはずのないチャイムは、 七不思議への招待状と言われているのです」 「チャイムが鳴りおわるまでに 学校から出ないと呪われてしまい、 大変な不幸が起きてしまうのです」 「呪いを解くためには、翌日以降に、 夜の校内を一周して帰ってこなければ ならないのですが」 「その途中には、残りの七不思議が 待ち受けているのですぅ」 「……何それ……絶対、行きたくない……」 「残りの七不思議って、どんなのなんだ?」 「まひるは、夜の校舎で どこからともなく音楽が聞こえてくるって いう話を聞いたことがあるんだ」 「確か、お亡くなりになった音楽の先生が 生徒を授業に誘おうと演奏しているのです」 「きゃあぁあっ…!」 「今のはそんなに怖くないと思うけど…?」 「だ、だって、死んだ先生が演奏してるのよ。 怖いよ」 「それだけではなく、音楽を最後まで 聞いてしまうと死んでしまうので、 逃げなければいけないのですぅ」 「やだぁっ…!」  さすが友希、筋金入りの恐がりだな。 「それと、夜の校舎の階段は下を見ないで 上らなければいけないのですぅ」 「なんでだ?」 「昔、階段から落ちて死んだ生徒がいて、 その生徒の霊に足をつかまれるんだ」 「………!」  友希はもう声も出ないほど怖いのか、 ぶるぶると震えながら、 俺にしがみついてくる。 「あと十三階段があるんだ」 「あぁ、それは聞いたことあるな。 普段、12段の階段なのに、 13段になっている時があるんだろ?」 「はい。13段目の階段には死体が 埋まっているのですぅ」 「もし、十三階段を上がってしまうと、 死体の霊が体に入ってきて、 少しずつ体を乗っとられてしまうのです」 「ど、どうやったら、霊を追い払えるの?」 「大きな音を出せばいいんだ」 「意外と簡単だな」 「それと、開かずの間もあるのですぅ。 鍵がかかってないのに開かない部屋が 夜の校舎のどこかにあるそうです」 「もしも、開かずの間のドアに触れてしまうと、 体が異次元に呑みこまれてしまって、 違う世界の校舎に移動してしまいます」 「でも、開かずの間を開ければ、 元の世界に戻れるんだ」 「開かずの間なのに、どうやって開けるんだ?」 「普段は届かない場所にある物を とることができれば、開かずの間は 開くと言われています」 「普段は届かない場所にある物って?」 「分かりませんけど、何でもいいみたいです」 「あとは、姿のない足音なんだ。 夜の校舎を歩いていると、足音が聞こえて、 でも、姿は見えないんだ」 「学校でお亡くなりになった 生徒の霊の足音なのですよね?」 「うん。生徒の霊は仲間を探して歩いてるから、 追いつかれると、死後の世界の教室に 連れてかれてしまうんだ」 「それ、つまり、死ぬってことだよな」 「はい。足音が近くに来るまでに 頑張って逃げなければいけないのですぅ」 「へぇ。いろいろ考えるもんだな。 これでいくつだっけ?」  鳴るはずのないチャイム、 どこからともなく聞こえる音楽、 下を見てはいけない階段。  十三階段。 開かずの間。 姿のない足音。 「六つか。最後の七不思議は何だ?」 「じつは、最後の七不思議を知っては ならないと言われているのですぅ」 「知ると、どうなるんだ?」 「恐ろしい悲劇が起こるんだ」 「……も、もう、本当にやだ。 帰ろ。ね」  これ以上、友希を怯えさすのも かわいそうだな。 「よし、じゃ、帰るか」 「あれ……こんな時間にチャイムなんて…?」 「……も、もしかして、 鳴るはずのないチャイムでは ないでしょうか…?」 「や、やだぁっ!」 「い、急いで学校から出ないと、 呪われるんだっ!」  俺たちは大慌てで部室の外へ出る。  しかし、チャイムが鳴りやむ前に 外に出られなかった。 「ま、まぁ、そうは言っても、 七不思議なんて迷信だからな」 「……でも、どうしてチャイムが鳴ったの?」 「誤作動か何かだろ。今の時代に 『呪われる』なんて言われたってなぁ」 「……ま、まひるもそう思うんだ…… 七不思議なんてないんだ。ただの噂なんだ」 「そうそう、ただの噂だよ」  俺たちは気にしないようにしながら、 帰路につく。  けれども、胸の奥に、 小さなしこりが残っていた。  部活が終わり、帰り際、 姫守が話しかけてきた。 「あのぉ、初秋さん。 少々お願い事があるのですが、 本日はこの後、お暇でしょうか?」 「あぁ、特に予定はないけど、どうした?」 「じつはその、非常にご面倒かと存じますが、 本日、夜の校内を一周するのに お付き合いいただけないでしょうか?」 「えーと、もしかして、 七不思議の呪いが気になる?」 「はいー。本日、下ろし立ての草履を 履こうと思ったのですが、鼻緒が 切れてしまったのですぅ」 「……それは、たまたま 不良品だったんじゃ……」 「職人さんの手作りの品ですし、 そのようなことはないと思うのです」 「そっか……」 「とても縁起が悪いので、 きちんとお祓いをしておいたほうが いいと思ったのです」 「そっか。分かった。付き合うよ」 「ありがとうございます。 初秋さんがいらっしゃれば、 百人力ですね」 「よし、じゃ、そろそろ行くか」 「は、はい」 「怖いか?」 「はい…… ですけど『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』 と言いますから」 「それ、どういう意味だ?」 「水に溺れた時はもがけばもがくほど 沈んでしまいます」 「ですけど、命を捨てる覚悟で 流れに身を任せれば、体が浮いて 浅瀬に流れつき、助かることもあるのです」 「そこまで大げさなことじゃないと思うけど。 まぁ、それぐらいの意気でいるなら、 大丈夫だな」 「はい。それでは参りましょうか」  夜の学校は妙に静かだった。  校舎の中は真っ暗で、 いつも通っている場所とは 到底思えない不気味さだ。  足音が妙に響く。  姫守が俺の手をぎゅっと握ってきた。 「申し訳ございませんが、 しばらくお手をお借りしても よろしいでしょうか?」 「あぁ、大丈夫だよ」  何事もなく屋上まで到着し、 すぐに引き返す。 「よし、ここまで来れば、 あともう少しだな」 「すごくドキドキしていたのですが、 何事もなくて良かったのですぅ」 「じゃ、一気に行っちゃおうぜ」 「はいっ」 「…!?」  心臓が跳ね、背筋に冷たいものが走った。 「これ……もしかして…?」 「リコーダーの音なのですぅ」  こんな夜中に俺たち以外の生徒が 残っているはずはない。  ましてや、リコーダーを演奏する なんてことは絶対にないだろう。  つまり、これは、七不思議のひとつ、 どこからともなく聞こえる音楽としか、 考えられない…… 「なぁ……音が、近づいてきてないか…?」 「は、はい。近づいてきてるのですぅっ」  つまり、音楽の先生の幽霊が、 こっちに―― 「ど、どうしましょうっ!? 最後まで聞いてしまうと 死んでしまうのですぅ」 「あ、あぁ、とにかく逃げようっ!」  俺たちは全速力で走り、部室に飛びこんだ。 「はぁはぁ……音楽は聞こえないよな?」  耳をすます。 「……大丈夫なのですぅ」  ほっと胸を撫で下ろした。 「………!?」 「今の……聞こえたか…?」 「はい」 「さっきより大きいのですぅ」  姿のない足音だ……  追いつかれれば、死後の世界の教室に 連れていかれてしまう。 「ど、どうしましょう?」 「静かに」  部室の鍵をしめて、 それから、照明のスイッチを押した。 「これで、大丈夫なのですぅ?」 「分からないけど、たぶん……」  じっと息を潜め、全身を耳にした。  …………  ……………………  足音は聞こえない。 どうやら、うまくやりすごせたようだ。 「……助かりました」 「あぁ」  安心したからか、全身に脱力感を覚えた。 「まだ一周できてないけど、どうする?」 「きょ、今日はやめておくのですぅ」 「そうだな」  俺たちは逃げるようにして、 夜の学校を後にした。  帰宅途中、小腹が空いたので、 友希とマックに寄った。 「ねぇねぇ、ちょっとお願いが あるんだけど、いい?」 「ん? 何だ?」 「あの、アレ、 こないだのことなんだけどさ……」  この口振りは―― 「もしかして、七不思議のことか?」 「……う、うん……あの後からね、 ちょっと体の調子が良くない気が してさ……」 「『良くない』って、どういうふうに?」 「すっごく肩がこったり、 あと何にもないところで 転びそうになったりとか……」 「『もしかしてアレのせいかも』って思ったら、 怖くて……だから、ちゃんと呪いを解きに いきたいんだけど……」  “呪いを解く”ってことは、 “夜の校内を一周する”ってことだよな。 「“ついてきてほしい”ってことか?」 「うん。一生のお願い。だめ?」  しょうがないな。 「分かったよ。じゃ、今日いくか?」 「きょ、今日っ?」 「早く行っといたほうがスッキリするだろ」 「……うん。じゃ、今日いく」 「ま、真っ暗だね……」 「あぁ」 「大丈夫かなぁ?」 「校内一周たって、 そんなに時間かかるわけじゃないし、 急いで行けばすぐ終わるって」  友希は俺の腕にぎゅっとしがみつく。 「じゃ、行こ……」  校舎の中は真っ暗で、 不気味な静けさが漂っている。  静寂の中に響く、俺たちの足音が いっそうその不気味さを引き立てた。 「……………」  友希は怯えきっており、 俺にしがみついたまま、 さっきから一言も話さない。  どことなく嫌な緊張感を覚えながら、 俺たちは校舎を歩いていった。 「ふぅ。ここまで来れば、 もうあと少しだな」 「う、うん。大丈夫かなぁ?」 「大丈夫だって。 七不思議だって毎回起こるとは 限らないんだろ」 「知らないけど、そうだといいなぁ……」 「そうだって。現にここまで 何もなかっただろ」 「う、うん……」 「ほら、さっさと行こう。 あとはもう屋上まで行って、 戻ってくるだけだからさ」  屋上へ向かって、真っ暗な校舎を歩きだす。  途中にある階段は、 もちろん下を見ないように上っていく。  10、11、12……と。  うん、やっぱり12段しかないよな。 「…………!!」 「ん? 友希、どうした?」 「13段あった……」 「え、嘘、12段だったぞ」 「おいっ、どこに行くんだ?」  階段を駆けおりていく友希の後を 慌てて追いかける。  教室に戻った友希は自分の席から、 リコーダーをとりだす。  あぁ、そうか。十三階段を上ると、 霊が体に入ってくるから、追い払うために 大きな音を立てるんだったな。  友希は必死に息を吹きこみ、 極力、大きな音で演奏している。  そして――  演奏が終わった。 「こ、これで大丈夫かなぁ…?」 「あぁ。ていうか、本当に13段もあったか?」 「あったわ。ちゃんと数えてたんだもん」 「俺も数えてたけど、12段しかなかったぞ」 「……体を乗っとれるのは一人だけだから、 あたしだけ階段が13段になったとか…?」 「………!?」 「これって?」  姿のない足音だ…… 「は、早く逃げよ。追いつかれたら、 死後の世界に連れてかれちゃうっ!」  教室を出て、俺たちは一目散に 逃げだした。 「はぁはぁ……ここまで来れば、 大丈夫だよね……」 「あぁ、もう足音も聞こえないしな」 「良かったぁ。怖くて死んじゃうかと思った」  俺たちはほっと一息つく。  けっきょく校内を一周することはできなかった。  帰り道、ばったりとまひるに会った。 「あれ? お前こんなところで 何してるんだ? 家の方向違うよな?」 「迷ったんだ」 「『迷った』って、自分の家に帰るのに?」  いくらなんでも方向音痴すぎだろ。 「……七不思議の呪いなんだ」 「いやいや、 お前が単純に方向音痴なだけで……」 「これだけじゃないんだっ。 まひるは今日、昼ゴハンにオムライスを 食べていたんだ」 「それが?」 「喉に詰まって、大変だったんだ。 お茶がなかったら、危うく死ぬところ だったんだぞ」 「がっついて食べるからじゃ……」 「まひるはがっついてなんかないんだ。 いつも通り、普通におしとやかに 食べてたんだっ」  いつも通りなら、十分がっついてると 思うけどなぁ…… 「それに、歩いていたら電柱に 頭をぶつけて、たんこぶができたんだ。 超痛かったんだぞっ!」 「前方不注意だと思うけど……」 「違うんだっ。七不思議の呪いなんだっ! ほっといたら、まひるは死ぬんだぞ。 もっと真剣に考えるんだっ」 「……じゃ、七不思議の呪いだとしてだ。 どうする? 夜の校内を一周だぞ」 「……それは、ちょっとイヤなんだ」 「怖いのか?」 「怖くなんかないんだっ。 七不思議なんて、寝ぼけた人が 見間違えたんだ」 「じゃ、呪いだって無いんじゃないか?」 「それとこれとは話が別なんだっ。 現にまひるは呪いにかかってるんだぞ」  うーむ。思い込みが激しいな。 「仕方ないから、まひるは今日、 夜の校舎を一周するんだ」 「そうか。頑張れよ」 「まひるが夜の校内を一周するんだぞっ!」 「それが?」 「うー! このっ! このっ! このっ!」 「分かった分かった。冗談だって。 一緒に行けばいいんだろ」 「最初からそう言えばいいんだ」  というわけで、夜の学校にやってきた。  辺りは怖いぐらいに 静まり返っている。 「……明日にしよかな……」 「なに、いまさら怖じ気づいてるんだよ。 さっさと一周して戻ってこようぜ」 「颯太がまひるの分まで 二周してくるっていうのはどうだ?」 「俺が許しても、 学校の七不思議が許さないだろ」 「うー……分かったんだ。 とりあえず、校舎の外から行くんだ」  うーむ。夜の畑はけっこう不気味だな。  野菜やらなんやらが お化けに見えてきそうだ。 「あとは、クラブハウスのほうだな」 「部室で休憩していくんだ」 「まだ校舎の中にすら入ってないぞ」 「それがどうかしたのか。 まひるは休憩したいんだ」 「まぁいいけどさ」  勢いで行ってしまわないと、 余計に怖くなる気もするけどなぁ。 「……あれ?」 「どうしたんだ?」 「いや、開かないんだけど…… 鍵がかかってるはずはないし……」  どんなに力を入れても、 部室のドアはびくともしない。 「……開かずの間……」 「え…?」  寒気がした。  まひると顔を見合わせ、 全速力でその場から離れた。 「ぜ、絶対、開かずの間なんだ。 まひるたちは異次元に入ってしまったんだ」 「そんなバカな……」  だけど、確かに開くはずのドアが 開かなかった。 「お、落ちついて考えよう。 もし開かずの間だったら、 どうすればいいんだっけ?」 「普段は届かない場所にある物を とりにいくんだっ!」  俺たちは校舎の中へと向かった。  そこで放置されていた 踏み台昇降用の踏み台を拾う。 「これがあれば届くんだ」  まひるは階段を上っていき、 踊り場に踏み台を設置した。  その上に乗って、まひるが上へ手を伸ばす。 「んしょっ、んっしょ……とれた…!」  まひるは階段の踊り場に飾ってあった 造花を手にした。 「これで開かずの間が開くはずなんだ」  引き返して、園芸部の部室を目指した。 「開いた……」 「良かった。帰ってこれたな」  ほっとして、小さくため息をつく。 「今日はもうやめとくか?」 「うん。またにするんだ」  けっきょく校内を一周しないまま、 俺たちは学校を後にした。  姫守と一緒に、 ふたたび夜の学校へやってきた。 「……………」 「……………」 「今度は音楽が聞こえないといいですね」 「あぁ。でも、もし聞こえた時のために、 対策をしてきたよ」 「どんな対策なのですか?」 「これだよ」  と、姫守に耳栓を見せた。 「もし、音楽が聞こえてきても、 これをつければ演奏を最後まで 聞かなくてすむだろ」 「そちらは名案なのですぅっ。 初秋さんはとても賢いのですね」 「いやまぁ、本当に効果があるかは 分からないけどね」 「いえ、きっと効果があるのですぅ。 幽霊さんは、気がつかない人には 悪さはできないものですから」 「そういうものか?」 「はい。太鼓判を押してしまうのですっ」  耳栓は気休めで持ってきたんだけど、 思いのほか姫守には高評価だ。 「じゃ、この耳栓は姫守が使うといいよ」 「よろしいのですぅ? 初秋さんの分はあるのですか?」 「あぁ、ちゃんとあるから、大丈夫だよ」 「でしたら、安心なのです」 「よし、じゃ、行くか」 「はいっ。いざっ、尋常に校内一周なのですぅ」  というわけで、まずは校舎の外から 回ることにした。  部室をのぞいた後、  裏庭に出た。  今のところは、何も起こってない。 「うーらーめしやー」 「姫守……何してるんだ?」 「その、お化けさんの仲間になれば、 襲われることもないのではないかと 思いました」 「仲間だと思ったら、 逆に寄ってくるんじゃないか?」 「あ……それは盲点でした。 やっぱり、やめておきます」 「じゃ、校舎の中に入ろうか?」 「はい。あの……」  姫守が俺の手をじっと見つめている。 「えぇと……いる?」 「はい。お借りしたいのです」  手を差しだすと、 姫守はそれをぎゅっと握った。  真っ暗な夜の校舎を、 周囲に気を配りながら歩いていく。  屋上に到着し、一息つく。 「な、何か音がしたのですぅ……」 「あ、あぁ」  耳をすます。 「風の音みたいだな」 「そうですか。ビックリしてしまいました」 「あともう少しだ。行こうか」  もと来た道を引きかえしていく。  風の音が、おどろおどろしく響いていた。 「あぁ、ここか……」 「このあいだは、こちらに到着した頃に リコーダーが聞こえてきたのでしたよね?」 「うん。 まぁでも、今日は耳栓もあるしな」 「ですけど、できれば今日の演奏は ご遠慮していただきたいのですぅ」 「同感だよ」  しばし耳をすまして、待ってみる。  けど、演奏が聞こえてくる気配はない。 「今のうちに行こうか? このまま聞こえなきゃいいんだけどな」 「お祈りしながら参りましょう」 「やりましたーっ! 一周できたのですぅっ!」 「何か起こると思ってたから、 ちょっと拍子抜けだったな」 「ですけど、何事もなくて 良かったのですぅ」 「まぁ、そうだよね。 これで呪いは解けたんだよな?」 「はい。お陰様で晴れて自由の身なのですぅ。 何かお礼をいたしますね」 「いや、別に、これぐらいいいよ。 きもだめしみたいで、意外と楽しかったし」 「いいえ、そういうわけには参りません。 何かお礼をいたしますから、 考えておいてくださいね」  姫守ってたまに押しが強いんだよな。 「分かったよ。じゃ、帰ろうか」 「はい。参りましょう」 「ん?」 「どうかしましたか?」 「いや、今そっちから何か聞こえなかったか?」 「……えっ?」  俺たちは、同時に校舎を振りかえる。  真っ暗な窓ガラスに、女の顔が浮かんでいた。 「「……………」」 「「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」  俺たちは全速力でその場から逃げだした。  友希と一緒に、 ふたたび夜の学校にやってきた。 「ねぇねぇ、怖いよぉ……」 「じゃ、やめとくか?」 「……だって、やめたら、 呪われたままじゃん……」 「ほら、迷信かもしれないし」 「だって、十三階段も、姿のない足音も あったのよっ」 「……まぁ、な」 「ねぇねぇ。あたし思ったんだけど、 屋上に行く時の階段は、この前と 別のところを通ったほうが良くない?」 「でも、けっこう遠回りになるぞ」 「遠回りでも、十三階段のぼるよりマシだもん」 「まぁ、遠回りして別の七不思議に 出会わないとも限らないけど……」 「あー、そういうの禁止っ。 ネガティブなことは言わないで、 もっと楽しいこと考えてよ」  「楽しいこと」 って言われても、 そうだなぁ…? 「じゃ、どうする? 夜の校舎でこそっとやってる生徒と 出くわしたら…?」 「み、見ちゃう……」  さすが友希、下ネタには食いつきいいな。 「しかも、片方が先生とかだったりしたら?」 「アナルプレイが見られるかもってこと…?」 「どういう発想だよ……」 「あははっ、おかげで元気出てきちゃった。 行こっか。早く一周して帰ろ」 「あ、あぁ……」  元気良く歩きだしたのも束の間、 友希は俺の腕にがっしりしがみついている。 「なぁ友希、ちょっと歩きにくいんだけど…?」 「やだ。我慢して」  あと、胸がかなり腕に あたってるんだけど…… 「お前がいいんならいいんだけどさ、 ちょっとくっつきすぎじゃないか?」 「あー、やーらしいのー。 おっぱいが気になるんでしょ。 仕方ないじゃん。大きいんだもん」 「『仕方ない』でいいんなら、 いいんだけどさ……」  歩くたびに、友希のおっぱいが ぽよんぽよんと腕に押しつけられる。 「勃起しちゃう?」 「しないって」 「えー、つまんないの」 「勃起してほしいのかよ……」 「だって、怖いよりいいんだもん……」 「俺が植物系じゃなかったら、 力になってやれたんだけどな」 「嘘だぁ。植物系でも、勃つじゃん。ほらほら」 「こら、やめろ。どこ触ってるんだ?」 「あははっ、ちょっとおっきくなった?」 「……置いてくからな」 「あー、ウソウソ、ごめんね。置いてかないで」  気をとりなおして、 俺たちは校舎を歩いていく。 「あとは屋上いって戻ってくれば、 終わりだよね…?」 「あぁ、遠くの階段を使うんだよな」 「うん。これで十三階段が 避けられたらいいなぁ」 「……5、6、7、8、9――」  階段を数えながら、 ゆっくりと上っていく。 「10、11、12――」 「12、までだな」 「……良かったぁ……」 「よし、じゃ、あとは帰るだけだ」 「うん、怖いし、早く帰ろ」 「そんな怯えなくたって、もう大丈夫だろ。 十三階段もなかったんだし」 「だって、暗いだけでも怖いんだもん」  しょうがないな。 「ほら、手。早く帰ろう」 「うん」  俺が差しだした手――というか腕に、 友希はぎゅっとしがみついた。  もうすぐ出口だ。 「友希、ほら、もう外だ」  窓ガラスから外をのぞくと、裏庭が見えた。 「……今……ねぇ、颯太…?」 「……悲鳴……か…?」  全身に震えが走り、 俺たちは全速力で外へ出る。  そして、そのまま逃げるように 家へと帰ったのだった。  まひると一緒に ふたたび夜の学校にやってきた。 「今日は何事も起こらないといいけどな」 「い、行く前から脅かしたらダメなんだぞ」 「そう言ったって、心構えしとかないと、 余計に驚くだろ」 「うー…! まひるはやっぱり、帰るんだ。 おまえ一人で行ってこい」 「いやいや、そもそもまひるが 『行こう』って言いだしたんだよね」 「やっぱり、気が変わったんだ。 七不思議の呪いなんてないから、 行かなくても平気なんだ」 「お前、怖いだけだろ……」 「こ、怖くなんかないんだっ。 まひるは時間の無駄だから、 帰るんだっ」  まひるは走りさろうとして、 しかし、前を見ていなかったのか、 木に思いっきりぶつかった。 「うぅぅ……痛いんだ……」 「大丈夫か?」 「……呪いなんだ。どうしよう、颯太。 まひるは頭を木にぶつける呪いに かかってしまったぞ」 「木を見るたびに頭をぶつけてしまう 恐ろしい呪いなんだ。もう外を 出歩くこともできないんだっ!」 「はいはい。ヘルメットを 被ってればいいんじゃないか」 「おまえっ、真剣に考えてないなっ。 まひるは本気で困ってるんだぞ。 もっとちゃんとした返事をするんだっ」 「そんなに呪いが気になるんなら、 やっぱり、校内一周するしかないよね?」 「……そうだけど…… やっぱり、今日は、やめよかな……」 「どのみちいつか行くんだから、 早いほうがいいだろ。外歩くたびに 頭ぶつけるぞ……」 「うー…!」  いや、そんなに睨まれても困るんだけど…… 「……分かったんだっ。 でも、開かずの間はもうこりごりなんだ。 何とかするんだ」 「『何とか』って、どうすればいいんだよ?」 「何とかは何とかなんだっ。 いいから、何とかするんだぞ」  そんな無茶苦茶な……  うーむ、そうだな。 「こないだは最初に部室に行っただろ。 今度は最後にしてみたらどうだ?」 「そんなんで大丈夫なのか?」 「分からないけど、 何もしないよりマシだろ」 「分からないとまひるは困るんだっ。 『ぜったい大丈夫』って言わないと 行かないんだぞ」 「じゃ、ぜったい大丈夫だよ」 「それなら、いいんだ。行くぞ」  単純な奴だな。  不気味な様子の畑を通り、  校舎の中に入った。  自分たちの足音が、妙に耳につく。 「お化けなんてないんだっ。 お化けなんてないんだっ。 寝ぼけた人が見間違えたんだっ」  まひるは自分に言い聞かせるように、 さっきからそんな言葉を繰りかえしていた。  教室を回り、  屋上に出る。 ここまでは何も起こってない。  しかし、それが逆に 不気味に感じられた……  裏庭に戻ってきて、クラブハウスのほうを 目指す。  園芸部の部室の前で、 俺はドアノブに手をかけた。 「行くぞ…?」 「……う、うん……」 「普通に開いたな……」 「ほら、まひるが言った通りなんだ。 七不思議なんて、起こるわけないんだ。 きっと全部、気のせいだったんだ」 「現金な奴だな」 「まひるは現金じゃないぞっ。 人間なんだっ」  そういう意味じゃないんだけど…… 「まぁ、校内一周もできたし、 もう呪いも解けただろ」 「うんっ! 体が軽くなったんだっ! もう呪いなんて怖くないんだぞっ!」  まひるの場合は、ただの思い込みだな。 「ここもさっきまで不気味な気がしたけど、 今はすごい清々しいな」 「まひるは眠くなってきたんだ」  緊張が解けた途端にそれか。 「家まで送ってくから、もう少し頑張れよ」 「うん」  俺たちは校門のほうへと歩きだした。 「まひる、変な声出すなよ」 「おまえ、自分で変な声出しといて、 まひるのせいにするのかっ? 新手のイヤガラセだなっ」 「……いや、俺も声出してないんだけど……」 「……えっ? じゃ、さっきの声は、誰の…?」  背筋に冷たいものが走る。 「き、気のせいなんだ。 それより、もうここには用がないから、 急いで帰るんだっ!」 「お、おう! そうだな! きっと気のせいだな。帰ろう! 今すぐ帰ろう」  俺たちは一目散に逃げだした。  姫守、友希、まひると一緒に ふたたび夜の学校へとやってきた。 「……行きたくないなぁ……」 「右に同じなのですぅ」 「じゃ、まひるは左に同じなんだ」 「俺もだよ」 「おまえは真正面に同じなんだっ!」 「いや、意味が分かんないよ……」  と、こんなバカな会話を している場合じゃないな。 「仕方ないから、行くか。 三人で力を合わせれば、七不思議も 何とか攻略できるだろ」 「三人寄らば文殊の知恵なのです」 「でも、まひるたちは四人だぞ。 四人寄ったらどうなるんだ?」 「四人寄らばヤブユムの解脱よ」 「友希さん、そういうことは乱りに 申してはならないのですぅ」 「ヤブユムの解脱って何だ?」 「そ、そういうはしたないことを 訊いてはならぬのですっ」 「あ、あぁ……」 「気になるんだ……」 「あははっ、菩薩様がえっちしてるのを、 ヤブユムって言うのよ」 「はい? 菩薩様って、えっちするの?」 「うん。対面座位が多いかなぁ。 それで解脱に達するんだってさ。 分かりやすいよね」 「そりゃ、思いっきり出せば、 スッキリ煩悩も消えちゃって 解脱ぐらい、いくらでもできるだろうけどさ」  ん? 待てよ。 「じゃ、四人寄らばヤブユムの解脱って…?」 「あー、やーらしいのー」 「お前がなっ! ていうか、 罰当たりなんてものじゃないよねっ!」 「そうなのですぅ。仏様で遊んではなりません」 「はぁい……」 「でも、バカな話をしたせいで、 ちょっと緊張が解けたな」 「まひるも今度は七不思議に 出会わない気がしてきたんだっ」 「それでは今のうちに参りましょうか」 「うん。行こーっ」  俺たちは学校内に足を踏みいれた。  まずは学校の外から回っていく。  裏庭を抜け、次はいよいよ校舎の中だ。  真っ暗闇の校舎をゆっくりと進んでいき――  屋上に到着する。  すぐに引き返して、玄関を目指した。  そして、裏庭にたどり着いた。 「あれ? もしかして、一周しちゃった?」 「みたいだな……」 「何も起こらなかったのですぅ」 「逆に不安になるね……」 「いやいや、考えすぎだろ。 何も起こらなきゃそれでいいじゃん」 「でも、あたし、3回も来て、 3回とも同じことが起こったんだもん」 「まひるもそうなんだ。 3回来て、3回とも開かずの間に あたったんだ」 「私も皆さんと同じなのですぅ」 「ちょっと待って。三人とも3回きたって、 そのうち1回は俺と来た時だよな。 そんなこと言ってなかったよね?」 「だって、怖かったんだもん」 「口にするのは はばかられることかと思いましたので……」 「まひるは言うのを忘れてただけなんだ」 「じゃ、みんなで夜の校舎を 一周しようとしてたのか。 よく鉢合わせしなかったな――って」  待てよ、もしかしたら…? 「なぁ、みんな、 いつ学校に来たか、教えてくれるか?」  結論から言うと、姫守と友希とまひるが 夜の学校を訪れた3回は、すべてが 同じ日付だった。 「分かったよ。七不思議の正体が」 「こ、怖い話…?」 「いいや、怖いどころか笑い話だよ」 「どういうことなのですぅ?」 「みんなが夜の学校を訪れた3回は、 3回とも同じ時間に同じルートを通って、 そして、同じ七不思議に出会ったんだよな?」 「そうなんだ」 「そのうちの1回は俺も一緒に同行したけど、 結果は変わらなかった」 「そして確かに、その時、 七不思議に出会ってる」 「ほ、ほらー、やっぱり怖い話じゃん」 「大丈夫だって。本当に怖くないから」 「いいか? まず、まひるだ。 開かずの間はどこだったか覚えてるよな?」 「園芸部の部室なんだ。 ホントに開かなかったんだぞ」 「部室は外から鍵をかけられない。 じゃ、なぜ閉まってたかって言うと、 誰かが内側にいたんだよ」 「だ、誰かって?」 「姫守だよ」 「あ。そういえば、私、音楽の先生の演奏を 聞いてしまって、必死に部室まで 逃げたのですぅ」 「その時、音楽の先生が入ってこないように、 鍵を閉めました」 「その後、姿のない足音を聞いたんだよな?」 「はい。とても怖かったのですぅ。 しばらくしたら、いなくなって助かりました」 「それは、まひるの足音だよ。 部室に彩雨がいることを知らないまひるが やってきて、ドアを開けようとした」 「だけど、鍵がかかっているから、 当然開かない。開かずの間の完成だよ」 「それでしたら、私が聞いた演奏は 何だったのでしょうか?」 「リコーダーだよな。 それは友希が演奏したものだよ」 「あ、そっか。十三階段を上がっちゃったから、 霊を撃退しなきゃと思って、リコーダーで 大きな音を出したんだっけ」 「それを私が七不思議の どこからともなく聞こえる音楽と 勘違いしたのですね」 「でも、あたしが上った十三階段は? 3回とも確かに13段になってたわよ」 「それは、まひるが使った踏み台だよ」 「開かずの間を開けるために、普段は 届かない場所にある物をとらないと いけないだろ」 「まひるは屋上に行く途中にある 階段の踊り場に踏み台を置いて、 造花をとったんだ」 「そして、踏み台をそのままにしておいた」 「七不思議に、下を見てはいけない階段が あるから、友希は前だけを見て階段を 上ってたはずだ」 「辺りは薄暗いし、ちょうど踊り場に おかれた踏み台を上って、階段が 13段あると勘違いしたってことだな」 「そっか。言われてみれば、そうね。 なーんだ。3回もみんなで同じことしてた なんて、おっかしいのー」 「『笑える』って言っただろ」 「くすっ、本当は、七不思議なんて なかったのですね」 「良かったぁ」 「まひるはビックリしたんだ。 開かずの間は彩雨が閉めてたんだ」 「ふふっ、リコーダーは 音楽の先生の霊ではなくて、 友希さんが演奏していたのですね」 「十三階段は、まひるが置いた 踏み台だったんだね」 「そういうこ――」  いや 待てよ? 「……おかしい」 「どうしたのですぅ?」 「友希が十三階段を上るには、 まひるが開かずの間に出会わないと いけないよな?」 「うん」 「まひるが開かずの間に出会うには、 姫守が、音楽の先生の演奏を 聞かないといけないだろ」 「それがどうかしたのか?」 「だってさ、姫守が音楽の先生の演奏を 聞くには、友希が十三階段を上らないと いけないんだぞ」 「あ……」 「え…?」 「じゃ、じゃあ………?」 「少なくとも誰か一人は、 本当の七不思議に出会ったんだ……」  その時、チャイムが鳴った。  鳴るはずのないチャイムが……  注文が一段落して、 俺は厨房で一息ついていた。  すると、なぜかまひるがふらーっと 中に入ってきた。 「こらこら、まひる、ここはいちおう、 お客さんは立ち入り禁止だぞ。 どうしたんだ?」 「えっへん。まひるはお客さんなんだっ」 「……えぇと、何を言ってるんだ?」 「まひるは知ってるんだ。 お客様は神様なんだ。だから、まひるは 神様なんだ。神様は偉いんだぞ」  何だ? 突拍子もないところは いつも通りだけど、何かおかしいな? 「どうした? 神様に何か 言うことないのか?」 「じゃ、俺の願い事を聞いてくれるか?」 「なんでなんだ? まひるは神様なんだぞ。 偉いんだぞ」 「だって、神様は人間の願い事を聞くのが 仕事だろ。だから、偉いんだよ」 「あ、そっか。神様、偉いな。 じゃ、願い事を言うんだ。 どんな願いでも叶えてやるんだぞ」 「ここは厨房だからさ、 とりあえずフロアに戻ろうか?」 「神様でもその願い事を 叶えることはできないんだ」 「『どんな願い事でも』って言わなかった?」 「神様にも限界はあるんだ。 人間を生き返らせることと、 フロアに戻ることはできないんだ」 「そのふたつが同列なのはどうなんだ……」 「その代わり、他のことは色々できるんだぞ。 何でも言え」 「じゃ、俺のまかないに、 クレープ作ってくれるか?」 「そんなことできるわけないんだ」 「なら、 外の通りにクレープ売ってる店があるから、 買ってきてくれるか?」 「やだ。面倒臭いんだ」 「あのね…… いったい何ができるんだよ?」 「まひるは、ぎゅーってしたり、 ちゅうしたり、なでなでしたり、 できるんだぞ」 「は?」 「どれがいいんだ?」 「いや、『どれ』って言われても……」 「じゃ、ちゅう、するんだ」  まひるが目をつぶって、俺に唇を寄せてくる。 「え……ちょっと、こら、まひる…?」 「ちゅう、したいな? イヤかな? まひるは子供だから、ダメかな? したくないのかな?」 「えぇと……」  おかしい。 いつものまひるじゃないぞ。 「まひるの体は女の子っぽくないな。 魅力もないな。ちゅうしたくないな。 仕方ないな」 「あ、いや、そんなことないと 思うけど……」 「でも、まひるは胸ないな。背も低いな。 色っぽくないな。自信なくすな」 「そ、そんなの気にするなって。 まひるはまひるのままで、 すっごくいいところあるからさ」 「ホント? だいじょぶか?」 「あぁ、大丈夫だよ。 まひるはすっごく女の子らしくて、 かわいいから、自信持ちな」 「うん。えへへ、嬉しな。 颯太がまひるをかわいいって言うんだ。 まひるは、自信出るな」  ぱっと輝くような笑顔を 見せられて、心臓がどくんと跳ねる。  どうしよう? 本当にかわいい。 「……まひる、したいな……」  まひるが身を寄せてくる。 女の子らしい体の柔らかさが、 洋服ごしにも伝わってきた。 「……ちゅう、したいな……」  背伸びをするように、 まひるが俺に唇を寄せてくる。  その時、かすかな香りが鼻孔をくすぐった。 「まひる、ちょっとそこにいてな」  まひるの肩に両手を置き、体を引き離す。  それから、注文伝票に視線をやった。  確か、まひるは4番テーブルだったから ……これか。 「なるほど……」  伝票には 「パウンドケーキ」 と書いてあった。  このパウンドケーキには ドライフルーツがふんだんに使われてて、 そのドライフルーツはラム酒に漬けたものだ。 「まひる、酔っぱらってるだろ?」 「えっへん」  褒めてないから…… 「奥に行って、ちょっと休もうか?」 「やだやだやだ、まひるは休みたくないんだ。 酔っぱらってないから、大丈夫なんだ」 「じゃ、まっすぐ歩けるか?」 「それぐらい簡単なんだ。見てるんだ」  まひるは歩きだす。  これでもかってぐらいジグザグだった。 「ほら」 「いや、ぜんぜん歩けてないよ……」  ていうか、 ケーキごときで酔っぱらいすぎだろ…… 「陰謀なんだ。誰かがまひるを 貶めようとしてるんだ」 「はいはい。分かったから、ちょっと休もうな」 「やだやだやだーっ。 まひるは休みたくないんだ」 「そんなに駄々をこねるなって。 な、ちょっと休むだけだよ」 「ちょっとだけ?」 「あぁ、そうだよ」 「じゃ、ちゅう、してくれたら、 休んでもいかな」 「……………」  まひるって日頃から何か溜めこんでるのかな?  まぁ、しょうがない。 「じっとしてなよ」 「……う、うん…… まひるはじっとしてるんだ。 いい子なんだ」  まひるに唇を寄せ、軽くおでこにキスをした。 「はい。これでいいだろ」 「えへへ。うん。ちゅうできたな。 嬉しな。まひるは休むな」 「よしよし、いい子だ。 じゃ、行こうか」  まったく、手が焼けるな。  メールが届いた。千穂からだ。 『今日はこれから、こないだの公園の遊具場で 記憶捜しするよっ。お兄ちゃんも暇だったら、 ぜったい来てねっ』  なるほど。  特に予定もないし、行ってみるか。  さてと、千穂はどこにいるんだ? 「お兄ちゃーんっ!」  言いながら、千穂が駆けよってきた。 「来てくれたんだね、お兄ちゃんっ。 ボク、嬉しいよぉっ。あ、そうだっ。 こっちこっち、こっち来て」  千穂が俺の腕をつかみ、ぐいぐい引っぱる。  あいかわらず元気の塊だな。 「どこ行くんだ?」 「すぐそこだよ。ほら見て、アレアレ。 さっきから気になってたんだけど、 ボク、すっごく見覚えがあるんだっ」 「アレっていうと……ブランコか?」 「うんっ。頭まででかかってるんだけど、 あと一歩で思い出せないんだよぉっ」 「じゃ、乗ってみたらどうだ?」 「それ、ナイスアイディアだよっ、 お兄ちゃん。じゃ、ちゃんと見ててねっ。 暇だからって、どっか行っちゃやだよー」 「おう」 「いざという時はボクのこと助けてね」 「ブランコでいざという時なんて来ない と思うぞ」 「分かんないよぉっ。 ボク、勢いをつけすぎて 地球の裏側まで飛んでいっちゃうかも」 「そんなことは起きないし、 もし起きたとしたら、 どうしようもないよ……」 「じゃ、乗ってみるねー」  千穂は元気いっぱいで、 ブランコに跳びのり、 反動をつけてこぎはじめた。  ブランコはみるみる勢いを増していき、 そして――  純白の輝きを発しはじめた。  ブランコが揺れるたびに、 ひらり、ひらり、とスカートがめくれる。  決してやましい気持ちがあるわけじゃ ないけど、俺の視線はある一点へと 吸いよせられた。  なるほど。これが、振り子の原理か…… 「わーお、飛んじゃいそうっ。 お兄ちゃーん、ちゃんと見てるー?」 「あ、あぁ……」  ちゃんと、見てるよ…… やばいぐらいだ……  いやいや、さすがにまずいだろう。  俺はぶるぶると頭を振って、邪念を払う。  そして、目を背けようとして、 はっと気がついた。  今、俺が視線をそらしたとしよう。  そうすると、千穂は なぜ急に視線をそらしたのかと 疑問に思うはずだ。  そうすれば、自ずと、 パンツと振り子の法則に気がつき、 恥ずかしい思いをさせてしまう。  ここはひとつ、自分の胸に 留めておくべきじゃないのか?  そう、他でもない、 彼女に恥をかかせないために! 「お兄ちゃん、どうかした? 何か考え事ー?」 「あぁいや、何でもない。 それより何か思い出したか?」 「何が?」 「いや、『何が』じゃなくて。 何か思い出しそうだったから、 ブランコに乗ったんだよね?」 「あ。へへへ、忘れてたぁっ。 だってブランコが気持ち良かったんだよぉっ」 「千穂って、なるべくして 記憶喪失になったんじゃないか?」 「ひどいぃっ。ボクだって、 一生懸命なんだよぉっ。ちょっと 忘れてただけなんだからぁっ」  そう言われてもなぁ…… 「その様子だと、まったく何も 思い出してないだろ」 「うんっ。ぜーんぜんっ、ダメみたいだよっ」 「今日は他に何か思い出したか?」 「んーん、ぜーんぜん思い出さないっ。 ボクの頭はポンコツ状態だよっ」 「そっか……」  まぁ、記憶喪失って、 そう簡単に思い出せるもんじゃないよな。 「早く思い出せるといいな」 「まぁまぁ、焦らなくても そのうち思い出すよっ。そんなに 落ちこまないで、元気出して、お兄ちゃん」 「いや、おかしいだろ。それは俺の台詞だよ」 「だって、お兄ちゃんが落ちこんでたから、 慰めてあげなきゃと思って、 ボク、頑張ったんだよっ」 「……お前は記憶喪失とは思えないぐらい 明るいな」 「えっ? あ、明るくてかわいい…? そんなこと言われたら、ボク嬉しいかも」 「『かわいい』とは言ってない」 「がーん…… かわいくないんだ……そっかぁ……」  やばい、へこませてしまった。 「いや、『かわいくない』とも言ってないぞ」 「じゃ……かわいい?」 「お、おう……」 「どうしよー、お兄ちゃん、そんな、 こんなところでプロポーズなんて、 ボク、ボク……恥ずかしいよぉっ」 「なぁ千穂、お前やっぱり、記憶以外に 頭のほうも診てもらったほうがいいんじゃ ないか?」 「ボク、頭おかしくないもんっ。これは お兄ちゃんと会えたボクの喜びを表現してる だけなんだから」  そうなのか……本当か? 「千穂の感情表現って独特なのな」 「それもこれも記憶がないせい。ボクって かわいそう。こんなかわいそうなボクに 優しくしてくれるお兄ちゃんはいないかな?」 「分かった分かった。優しくしてあげるよ」  別に冷たくした覚えはないけど。 「じゃあさ、お兄ちゃんは思い出した?」 「何を?」 「だから、ボクのこと。 お兄ちゃんも忘れてるでしょ」 「いや、ぜんぜん。 ていうか、思い出すも何もさ」 「薄情者ぉ……」 「そう言われても……ほら、 そもそも知らないのかもしれないし」 「え、お兄ちゃん、 ボクのこと知らなかったの?」 「そんな『いま知った』みたいな反応されても。 片想い説だったら、 知らなくても不思議じゃないだろ」 「でも、まったく知らないってことは ないと思わない? だって、一度も 話したことなくて、好きになるかな?」 「それは、まぁ、な」 「ボクの考えでは、ボクはお兄ちゃんと 一回ぐらいは話してると思うんだよ」 「それで、お兄ちゃんがすっごくカッコイイ ことをボクにしてくれたんだよ。 それで好きになっちゃったんじゃない?」 「『じゃない?』って、言われても、 俺にもまったく記憶がないわけだけどな」 「薄情者ぉ……」 「薄情って言うか……」 「……やだよー」 「……………」  女の子って、卑怯だ。 「でも、そのうち思い出すかも」 「うんっ、ぜったい思い出してねっ。 約束だよ」 「あ、あぁ……」  って言っても、もともと知らなかったら、 どうしようもないわけだけど。 「あぁっ! 思い出した、お兄ちゃんっ。 ボク、思い出したよっ」 「思い出したって、俺のことをか?」 「あ、うぅん、そうじゃないんだけど。 ブランコのことっ。ボクねっ、この公園に よくお母さんと一緒にきてたんだよっ」 「ボクがブランコに乗ってるのを、 お母さんは楽しそうに見てて、 それで、約束したんだよ」 「どんな約束だ?」 「うん。ほら、スカートでブランコ乗ると、 めくれて見えちゃうから、今度から スカートで乗らな……あ……」  やばい。気づかれた。 「だ、ダメダメダメっ、 お兄ちゃん、見えてるでしょっ。 見ちゃダメーっ!」  俺はすかさず、千穂に背中を向けた。 「もう、こっち向いていいよ」 「あ、あぁ」  振りむくと、 千穂のじとーっとした視線が突き刺さった。 「お兄ちゃん、正直に答えてくれる?」 「……おう」 「……見たよね?」 「……………」  言い訳はできそうもないな。 「……悪い。何でも言うこと聞くから、 許してくれ」 「べ、別にそんなに大げさなことじゃないよっ。 ボクがこんなカッコでブランコ乗ったのが、 悪いんだし」 「そ、そうか…?」 「……うん。お兄ちゃんなら、 見られても、ボク、恥ずかしくないよ……」  そう言いつつも、千穂の顔は真っ赤だった。  ちょうど帰ろうとしたところで、 メールが届いた。千穂からだ。 『今日は黄色いお花がたくさん咲いてる ところで記憶捜しだよっ。 さて、ボクは今、どこにいるでしょー?』  クイズかよ……  まぁ、答えは簡単だな。  菜の花畑にやってきた。  視線を巡らせると、案の定、千穂がいた。 「あ! お兄ちゃんっ、お兄ちゃんだぁっ!」  俺に気がついた千穂は、 すぐに駆けよってきた。 「メールの返事がないから、 来てくれないのかと思ったよぉっ。 ボクのこと、探してくれたの?」 「『探した』ってほどでもないけど。 この辺りで黄色い花がたくさん咲くところ って、ここしかないからな」 「もしかして、お兄ちゃん、 ボクのことけっこー好きじゃない?」 「いや、どういう理屈だよ。飛躍しすぎだろ」 「えぇ、そっか……残念…… でも、ボク頑張るっ!」  何を頑張るんだ…? 「というか、千穂は俺のこと好きなのか?」 「うん、好きだよぉっ」  そうはっきり言われると、照れるな。 「あ、ち、違うんだよっ。 そういう好きじゃないからねっ。 誤解しちゃダメだよぉっ」 「あ、でも、その、別に…… そういう好きじゃないわけじゃないのかも、 だけど、ほら、片想いかもしれない、し……」 「もーっ、お兄ちゃんの、ばかばかばかっ。 ボク、記憶喪失なんだからっ。 難しいこと訊いたら分かんないよぉっ」 「あ、あぁ……悪い……」  勝手に暴走した感が否めないけど…… 「あのね、お兄ちゃんっ。 ボク、ここで誰かと一緒に花かんむりを 作ったような気がするんだぁっ」 「それで、お互いにそれを頭の上に 乗せ合いっこしたんだよ。誰だったかは、 忘れちゃったんだけど……」 「じゃ、一緒に作ってみるか? 何か思い出すかもしれないし」 「うんっ。それいいねっ。でもボク、 花かんむりの作り方知らないんだ。 お兄ちゃん、知ってる?」 「まぁ、子供の頃に作ったし、 やれば思い出すだろ」 「さすがお兄ちゃんっ。じゃ、作ってみようよ。 まず菜の花を集めないとね。ボク、頑張るよ!」  というわけで、菜の花の花かんむりを 作ってみることにした。 「できたー。見て見て、 お兄ちゃん、できたよぉっ」 「あぁ、なかなかうまくできたんじゃないか」 「お兄ちゃんのはできた? どんな感じ?」 「おう、これだ」  作った花かんむりを千穂に見せる。 「わーおっ、綺麗だねっ。すごいすごいっ。 お兄ちゃんって手先が器用なんだねっ。 ボク、負けそう!」 「ところで、何か思い出したか?」 「あー、うーんと、ダメみたいだよぉっ。 ボクの頭は思い出してくれないっ」 「そっか」 「あ、そうだ。 ボク、いいこと思いついたよっ。 お兄ちゃん、はいっ」  と千穂は頭を俺のほうに差しだしてくる。 何だろう…?  とりあえず、撫でてみた。 「え……あ、な、撫でるんじゃないよぉ……」 「頭を出してくるから、 撫でてほしいのかと思ったよ」 「それってそれって、 頭を出せば、いつでも撫でてやるってこと?」 「違うぞ」 「そんなぁ…… 思わせぶりだよ、お兄ちゃん。 そういうのはいけないんだよぉっ」  思わせぶりっていうか、 千穂が勝手に思いこんだだけな 気がするんだけど…? 「じゃ、俺はどうすれば良かったんだ?」 「花かんむりをボクの頭の上に乗せるんだよっ。 そうしたらボク、何か思い出すかもしれない」  そういえば、花かんむりを乗せあいっこした ような気がする、って言ってたか。 「じゃ、行くぞ」  千穂の頭の上に、 作った花かんむりをそっと乗せる。 「じゃ、次はお兄ちゃんの番だよ。 頭こっちにちょうだい。はいっ」  千穂が俺の頭に花かんむりを乗せてくれる。 「あぁっ!」 「どうした? 何か思い出したのか?」 「そうだ……絶対そうだよっ! ボクとお兄ちゃん、幼稚園の時に 会ってたんだよぉっ!」 「……えっ?」 「それで、その時に、お互いに花かんむりを 頭の上に乗せあって、結婚の約束を したんだよっ!」 「……マジで…?」  記憶を振りかえってみるけど、 まるで心当たりがない。  いやまぁ、 幼稚園の頃の記憶なんて曖昧だから、 覚えてなくても当然といえば当然だけど。  でも、幼稚園の頃は、この街に 住んでいなかったんだけどな…… どういうことだろう? 「どう? お兄ちゃん? ボクのこと、何か思い出した?」 「いや、悪い……全然だ。 どういうことなんだ?」 「うんっ、ボクとお兄ちゃんはすっごく仲が 良くて、毎日遊んでいたんだけど、ある日、 離ればなれにならなきゃいけなかったんだ」 「それで、最後の日にこの場所で、 『大きくなって、もしまた会えたら、 結婚しよう』って約束したんだよぉ!」 「でも、俺は幼稚園の頃は、 こっちに住んでないんだけど、 それはどういうことなんだ?」 「あー、そうなんだぁ。残念。 もし、そうだったらロマンチックだと 思ったのにぃ」 「……………」  えぇと、つまりだ。 「今のは思い出したんじゃなくて、 ただの妄想ってことか?」 「うんっ! そうだよぉっ!」  あんまり晴れやかな笑顔だったから、 突っこむ気力も湧いてこなかった。  無性にお腹が空いたので、 家まで我慢できず、マックによった。  注文の列に並んでいると、 「あれ? お兄ちゃん?」  振りむけば、千穂がいた。 「やっぱり、お兄ちゃんだぁっ。 やっほー、ボクはね、 絶賛、記憶捜し中なんだよぉっ」 「そっか。偶然だな」 「うんっ、運命だよねっ。 今日はすっごくついてる予感がするよぉ」  いや、「偶然」 って言ったんだけどな。 「マックに何か記憶の手がかりに なりそうなものがあるのか?」 「そうだよぉ。ハンバーガーと、 ジンジャエールとポテトと お兄ちゃんひとつっ!」 「お兄ちゃんは売り物じゃないぞ」 「いいからいいからっ。 細かいことは気にしないんだよぉっ。 お兄ちゃんはなに買うの?」 「そうだな。テリヤキバーガーセットにしよう と思ってるぞ」 「それ、おいしい?」 「あぁ。最高に美味いぞ」 「じゃ、ボクも同じのにしよっと。 あ、席とっといてあげるっ。代わりに ボクの分も買っといて。はい、お金っ」  千穂は俺に千円札を渡すと、 テーブル席のほうへ駆けていった。 「いただきまーすっ。 もぐもぐ……もぐもぐ……んーっ!」 「これ、おいしいよっ、お兄ちゃん。 記憶を思い出さなくても、これで十分、 食べにきた甲斐があったよぉっ」  それは本末転倒って言うんじゃないかな。 「あいかわらず千穂は、 記憶がないのに人生楽しそうだな」 「楽しいよぉっ。お兄ちゃんは楽しくないの?」 「いや、俺もそれなりに楽しいけど」 「良かったぁ。お兄ちゃんが楽しくなかったら、 ボク、心配になっちゃうよぉ」 「あ、でも、いざとなったら、 ボクが何とかしてあげるから、 元気ない時は言ってねっ」 「言ったら、どうしてくれるんだ?」 「一緒に遊んであげるんだよぉっ。 人生は楽しいことだらけなんだから、 遊んでれば、ずっと元気なんだよっ」 「確かに、お前と付き合ってると、 嫌でも元気出そうだな」 「うんっ。任せてちょうだいっ。 ボクの元気をいつでも分けてあげるよぉ」 「だから、代わりにお兄ちゃんの ハンバーガー分けてちょうだいっ」  と、千穂が俺のハンバーガーに手を伸ばす。 「こらこら、まだ自分の分あるだろ」 「ダメ? ボク、こっちも味見してみたい」 「同じハンバーガーだぞ」 「お兄ちゃんから、ハンバーガーをもらったら ボク、何か思い出しそうな気がするよっ」 「本当なんだろうな……」  ただ食い意地が張ってるだけな気がする。 「その代わりにボクのハンバーガーあげるから」  千穂は自分の食べかけのハンバーガーを 俺のトレーに置いた。 「これ、何の意味があるんだ?」 「知らないけど、楽しそうだと思ったんだよ。 やっぱり、二人で来たんなら、 食べ比べとかしたいよねー」 「それなら、違う物を頼めば良かったのに」 「だって、いま思いついたんだよ。 仕方ないから、今日は食べ比べ気分だけでも 味わおうよぉっ。きっと楽しいよっ」  千穂はあーんと口を開けて、 ぱくっと俺のハンバーガーにかじりついた。 「もぐもぐ、んーっ、おいしいー。 お兄ちゃんのハンバーガー最高だよぉっ」 「まぁ、同じ味だけどな」  俺は、千穂のハンバーガーにかじりつく。  当然ながら、味は同じだ。 「ああぁっ! なんかそれ、 聞いたことあるよぉ。 『同じ味』って確か誰かが言ってたぁっ」 「……何か思い出したのか?」 「うん……思い出してきた…… あのね、ボク、マックに入って今みたいに ハンバーガーを誰かと食べたんだよ」 「それで今のお兄ちゃんと同じようなやりとり をしたんだよ。あれ、誰だったんだろう? すっごく親しい人だと思うんだけどなぁ?」  千穂はうんうん唸りながら、頭を悩ませ、 「まいっか。そのうち思い出すしねっ」  さすが千穂、底抜けに楽天的だな。 「あっ、お兄ちゃんのコーラを飲めば 思い出すかも。これもちょうだいっ。 その代わり、ボクのジンジャエールあげるっ」  あっというまにドリンクを交換し、 ちゅううぅ、と千穂はコーラを飲んでいく。 そして―― 「あ……どうしよぉ…… 間接キスだよぉ……」  そう言いながらも、 千穂はふたたびストローに口をつけ、 ちゅうちゅうとコーラを飲むのだった。  千穂からメールが届いた。 『今日は砂浜で記憶捜しを決行なんだよっ♪ お兄ちゃんが来る予感』  砂浜か。 学校から近いし、様子を見にいってみるか。  さて、どこにいるんだ? 「あ、お兄ちゃーんっ」  手を振りながら、千穂が砂浜の上を 猛ダッシュしてくる。 「ボクに会いに来てくれたのっ?」 「あぁ」 「ふふふーっ、嬉しいなぁ。 ありがと。お兄ちゃんがいれば、ボク、 3倍の速度で記憶を思い出すよぉっ」 「あ、そうだ。あのねあのねっ。 さっき、そこで砂のお城を作ったんだ。 こっちだよっ。来て来てー」  千穂がぐいぐいと俺の腕を引っぱる。 「じゃーん、これだよぉっ。 ボクの力作、お姫様と王子様のお城っ」 「……なるほど」  目の前にあるのは とても城には見えない、砂の塊だ。 「お兄ちゃんとボクで、 一緒に、こんなお城の中に住めたら、 楽しいと思わないっ?」  お城だったら、楽しいかもしれないけど。 「これは、どこに人が入るんだ?」 「ここだよぉっ。ここにね、トンネルみたいに 穴が空いてるんだ。大広間で、舞踏会とか できるんだよっ」  しゃがんで見ると、確かに 砂の塊に穴が空いていた。  トンネルみたいって言うか、 これはもうただのトンネルだな……  ん? 「中にも何か作ったのか?」 「あ、気づいたんだ。さすが、お兄ちゃんっ。 何を隠そう、ボクとお兄ちゃんが もうお城の中にいるんだよぉ」 「ほら、見て見て。奥にいるのが、 お兄ちゃんで、手前側がボクだよぉ。 一緒にダンスを踊ってるんだぁ」 「すっごく楽しそうだよねっ。ボク、思うんだ。 この砂の城のボクたちが幸せに暮らしてれば、 現実のボクたちも幸せになるんだって」  と、その時、砂の自重でお城が崩れ、 トンネルは砂に埋もれた。 「あーっ、ボクとお兄ちゃんが 生き埋めになっちゃったよぉっ。 どうしようーっ!?」 「この砂の城の俺たちが不幸になったら、 現実の俺たちはどうなるんだ?」 「死んじゃうよぉっ!」  縁起でもない話だ。  まぁ、信じるわけじゃないけど…… 「とりあえず救助しとこう」 「う、うんっ。ボクに任せてっ。 お兄ちゃん、いま助けてあげるから ――あっ」  崩れた砂を掘り起こしていた千穂が 固まった。 「どうしようーっ!? お兄ちゃんの体握りつぶしちゃった!?」 「さっきから不吉なことばかり、 やめてくれるっ!?」 「だ、大丈夫、大丈夫、 ボク、また作りなおすよっ」  千穂は握りつぶした砂を 押し固めて、ふたたび人型にした。 「できたっ。ニューお兄ちゃんっ。 今度は壊れないように、頑丈に作ったよっ」 「……………」  何とも返答に困るな…… 「や、やっぱり、ダメかな? 許してくれない?」 「あぁいや、別に怒ってるわけじゃないから」 「良かったぁ……あ! 思い出したっ! お兄ちゃん、ボク思い出したよぉっ」 「何を思い出したんだ?」 「あのねっ、昔、砂浜で 同じようにお城とか人とか作ってたんだよ」 「そしたらね、今みたいに崩れて壊れちゃって、 すっごく悲しかったんだ。 一週間かけて作った超大作だったのにぃ」  一週間もかければ、雨風もあるし、 普通に壊れるだろうな。 「それは誰と作ったんだ?」 「一人なんだよぉっ。頑張ったと思わない?」  一週間かけて一人で砂の城を作る ってことは、だ。 「千穂って、毎日元気いっぱいだけど、 わりと一人で遊ぶのが 好きだったんだな?」 「……ボクって、もしかしてウザい奴とか 思われて、ハブられてたのかもっ!? どうしよぉーっ!?」 「いやいや、それは飛躍しすぎだって。 千穂は明るいし、誰とでも友達に なれそうなタイプだろ」 「でもでも、それじゃ、どーして、 一週間も一人で砂の城を作ってたのっ?」 「それはその……」 「どうしよう、どうしようっ? ボクってもしかして、ボクってボクって、 ぼっちなのかもぉぉっ!?」 「いや、大丈夫だ。もし、そうだとしても、 すっごく明るいぼっちだから」 「ぜんぜん大丈夫じゃないよぉっ。 一人で明るかったら、 なんだか頭が弱いみたいだよっ」 「それは、まぁ、そうとも限らないかも……」  っていうか、今がまさに そんな感じな気がするが…… 「で、でも、昔はそうかもしれないけど…… 今は、ボク、お兄ちゃんがいるもん」 「えっ?」 「ええっ、い、いないの…?」 「いや、いるぞ。安心しろ」 「だよね。良かったぁ。 お兄ちゃんにまで見捨てられたら、 ボク、どうしていいか分からなかったよぉ」 「あ! そうだ。あのねあのねっ、 ボク、じつはやりたいことがあるんだ。 ほら、海の向こう側に叫ぶやつっ!」 「あぁ……まぁ、じゃ、 やってきたら、どうだ?」 「うんっ、じゃ、ボク行ってくるっ。 ちゃんと聞いててよぉ」  すぐさま、千穂は波打ち際に駆けていき、 大きく息を吸いこんだ。 「――ばかやろーーーーーーーっ!」  うん、定番の台詞だな。  何に対してだか、まるで分からないけど…… 「お兄ちゃーんっ!」  何だよ? 「早くボクのこと思い出してーっ!?」 「……………」  そう言われても、困るんだけどなぁ……  部活に行こうと思っていたら、 メールが届いた。千穂からだ。 『ボクは今日も元気に記憶捜しだよ。 手伝えそうだったら、返信ちょうだい。 でも、無理しなくていいからね』  うーむ、今日は部活あるしな。 終わった後に行けるか?  とりあえず、今日の作業量を 決めてからにするか。  さてと、収穫できそうな野菜はっと…? 「ん?」  トウモロコシの向こう側に人影がある。  部長かまひるが先に来てるのか?  近くまで行ってのぞいてみると―― 「……ダメだぁ。もう授業おわる頃なのに、 返事こないよぉ……お兄ちゃん、今日は 忙しいのかなぁ?」 「でも、授業が長引いてるだけかもしれないし、 もう少ししたら、来るかも? うん、 きっと来るよぉっ」 「来い、来い、お兄ちゃんっ。 ボクが返信待ってるぞぉっ」  あいかわらず元気だな、と思いつつ、 メールを送った。 「あ、来たぁっ! ばんざーいっ! ……ん?『後ろを向け』?」  千穂が振りむき、あっと口を開いた。 「あれー、お兄ちゃんだっ。 どうしてここが分かったの? ボク、今日はどこにいるか教えてないよね?」 「園芸部の畑だからな。 部活しにきたら、偶然、お前がいたんだよ」  言うと、千穂ははっとしたような表情を 浮かべた。 「……やっぱりっ! やっぱりボク、 お兄ちゃんのことを知ってたんだよぉっ! 絶対そうだよっ!」 「話が飛びすぎて全然わからないぞ……」 「ボク、この畑に見覚えがあるんだっ。 だから、記憶捜しに来たんだけど、 きっとここでお兄ちゃんに会ったんだよぉ」  そういうことか。 「でも、ここで会ったんなら、 間違いなく覚えてると思うんだけどなぁ」  千穂と会った記憶はまったくない。 「お兄ちゃんの薄情者ぉ…… まだボクのことを思い出さないんだぁ」 「薄情って言われても…… やっぱり、千穂が一方的に 俺のことを知ってただけじゃないか?」 「そうなのかなぁ? お兄ちゃんもボクのこと知ってた気が するんだけど……うーん……」  千穂は頭を悩ませる、と思ったら、 すぐにケロッとしていた。 「どっちかは分からないけど、 記憶喪失になってから、お兄ちゃんに 会えて良かったよぉ」 「そうか?」 「うんっ! だって、お兄ちゃんに 会えなかったら、ボク知ってる人が だーれもいなかったんだよぉ」 「お兄ちゃんはボクの救世主なんだっ」 「それは大げさだな」 「大げさなんかじゃないよぉ。お兄ちゃんも、 いつか記憶喪失になった時にボクの 言ってることが分かると思うな」 「それ、一生わからない可能性が 高いんだけど……」 「お兄ちゃんの分からず屋ぁっ」  分からず屋って話じゃないし…… 「ふふふー、お兄ちゃんはどう? ボクと会えて良かったぁ?」  そんな期待のこもった目で見られて 「ノー」 と言えるほど、心臓は強くないぞ。 「まぁ、千穂と会うと元気をもらえるしな。 見てて飽きないし」 「お、お兄ちゃん、それって、 もしかして、恋じゃない…? ボク、どうすればいいのっ!?」 「違うから、どうもしなくていいから」 「えぇ、違うのぉ…… なんだぁ。期待して損しちゃったぁ」  どこまで本気なんだか…… 「そういえば、千穂ってさ、 授業出てるのか?」 「授業? 気が向いたら出るよ。 だってボク、病人だから」 「病人なら気が向いても出ないと思うぞ……」 「『出たほうがいいのかなー』とも思った んだけど、じつはボク、授業の内容すっかり 忘れてるみたいなんだよねっ」 「日常生活のことは覚えてるのにか?」 「うんっ。だから、 まずは記憶をとり戻すのが先決なんだよ」  なるほど。 「でも、もともとバカだった可能性ってのは?」 「そんな話は聞きたくないよぉっ!」 「まぁ、思い出せば分かることだしな」 「ホントにバカだったら、 ボク、困っちゃうよぉ……」 「あ、でも、大手を振って授業サボれるのって いいよねっ。ボク覚えてないけど、ぜったい 勉強キライだったよ」 「そうだろうな」  千穂が熱心に勉強してる姿なんて、 まるで想像がつかない。 「お兄ちゃんは勉強好き?」 「好きってこともないけど、 まぁ、やらなきゃしょうがないしな」 「さすがボクのお兄ちゃんっ。偉いよぉっ。 カッコイイっ。ボクも一度でいいから、 そういうこと言ってみたいな」 「あ、じゃあじゃあ、 こんどボクに勉強おしえてくれない?」 「勉強嫌いなんじゃないのか?」 「うんっ。 でも、お兄ちゃんに教えてもらったら ボク、たぶん頑張れると思うしっ」 「まぁ、俺で分かる範囲ならいいけどな。 放課後残って勉強するか?」 「二人きりでっ!? 教室でっ!? やばいよ、やばいっ! それボク、どーなっちゃうのっ!?」 「……どうもならないと思うよ……」 「そ、そうだよね…… どうもならないよね…… そっかぁ……」 「でもボク、お兄ちゃんに 勉強教えてもらえるの楽しみだよぉ。 こういうのって、青春だよねっ」  にっこりと、千穂が笑顔を浮かべる。 「あ、そういえば、お兄ちゃん、 部活なんだよね。ごめんね、邪魔しちゃって」 「あぁいや、これぐらい平気だよ」 「ボク、この辺りウロウロしてても 邪魔じゃないかな?」 「大丈夫だよ。何か気になることが あったら言ってくれて構わないぞ」 「ありがとぉ。 お兄ちゃんって、やっぱり優しい。 そういうところ、ボク好きだよぉっ」 「お、おう……」  面と向かって言われると、照れるな。 「じゃ、ちょっとあっちのほう見てくる。 まったねー」  千穂は走りさっていった。  千穂からのメールが届いた。 『やっほー、お兄ちゃん、授業おわった? もし時間があったらでいいんだけど、 学校案内してくれない?』  これは……記憶喪失になってから、 学校を案内してもらってないってことか? 『いいぞ。今、どこにいるんだ?』  そうメールを送ると、  すぐに返信があった。 『ありがとぉ。校舎の前にいるよぉ』 「あ、お兄ちゃーん。ここだよぉ」  千穂がパタパタと駆けよってきた。 「なんで外にいたんだ?」 「うん、あのね、ぜんぜん知らない学校に 入るみたいな気分になるから、 入りづらいんだぁ」  そっか。確かに、記憶がないと、 そういう気分になるのも無理はないよな。 「記憶喪失になってから、 誰にも学校を案内してもらってないのか?」 「うん、ボクのクラスの子とか、 友達とかが一回案内してくれるって、 言ってくれたんだけどね」 「みんなのこと、ぜんぜん思い出せないから、 ちょっと気まずくて、 断っちゃったんだよね」 「でも、そのおかげでお兄ちゃんに 案内してもらえるからラッキーだよっ」  あいかわらず何でもポジティブなほうに 持ってくな。 「……あ、もしかしてボク、迷惑?」 「なんでだ? 別に校舎を案内するぐらい、 大したことじゃないぞ。これも、 記憶捜しなんだろ」 「うんっ。良かった。お兄ちゃんに 『迷惑』って言われたら、ボク、 誰にも頼れなくなっちゃうところだったよ」 「『誰にも』って、先生とか友達とか、 記憶喪失なんだから、親切にしてくれるだろ」 「そうなんだけど、ぜんぜん知らない人だと 気まずいんだよね」 「ボク、もしかしたら、 すっごく人見知りするのかもっ!」 「いや、それだけはないだろ」 「そんなぁ、 そこまで言いきらなくてもいいのにぃ。 ボクだって、傷つく時は傷つくんだよ」 「だって、千穂って、会った時から、 すっごく人懐っこかったぞ」 「それは、お兄ちゃんが 知ってる人だったからだよっ。 お兄ちゃんにだけなんだよぉっ」 「そうなのか?」 「うんっ、お兄ちゃんはボクにとって 特別なんだよっ。嬉しい?」 「いや、嬉しいってことはないけど……」 「ボクにとってはたった一人の お兄ちゃんなのに、お兄ちゃんにとっては 有象無象の一人だってことっ!?」 「いやいや、そんなことは言ってない」 「じゃ、じゃ、ボクって…… その、お兄ちゃんにとって、なに…?」 「なにって……」  うーむ、なんて答えればいいんだ? 「いきなり言われてもぱっと出てこないけど、 とにかく、千穂みたいな奴は友達に 一人もいないしな」 「一緒にいて飽きない、楽しい奴だよ」 「ボク、楽しい奴なんだ。嬉しいよぉっ。 じゃ、これからももっともっと、 楽しくするねっ。ボク、頑張るよ」 「あ、それじゃ、そろそろ行こうよ。 学校案内してほしいなっ」 「おう。 そういえば千穂って今、何年生だ?」 「四年生だよ」 「了解。じゃ、行くか」 「うんっ、行くぞぉー!」 「ここで四年生の教室は全部かな。 まぁ、見ての通り教室なんて、 どこ見てもほとんど一緒なんだけど……」 「何か覚えてるところあったか?」 「うぅん。ほら、ボクって 四年生になったばかりじゃない?」 「おう、そうだな」 「この学校って、三年生までと、 四年生からで校舎が違うんじゃなかった?」 「あぁ、そっか……」  よくよく考えれば、千穂は四月の頭には もう記憶喪失だったわけだから、 四年生の校舎にはほとんど馴染みがないよな。  それどころか、一回も来てないかもしれない。 「じゃ、三年生の校舎のほうに行ってみるか?」 「うぅん、いいんだ。あのね、ボク、 この校舎はぜんぜん覚えてないんだけど、 ここに来たかったって思ってた気がするんだ」 「実際来てみたら、やっぱりそんな気がするし」 「でも、 なんで来たかったかは思い出せないんだけど。 あいかわらずボクの頭はポンコツだよぉ」 「進級を楽しみにしてたってことかな?」 「……うん、そうかも。あ、もしかしたら、 お兄ちゃんと同じ校舎に 来られるからかもしれないよっ!」  それはどうだろうな。 「ところで、 他に見て回りたいところってあるか?」 「屋上って行ける?」 「あぁ、大丈夫だぞ」 「じゃ、ボク屋上に行きたいっ」 「分かった」 「わーお、屋上だぁっ。眺めいいよね。ふふっ、 風がすっごく気持ちいい。こういうところで、 お弁当食べたら、最高だよねっ」 「あぁ、すごく気持ちいいぞ」 「お兄ちゃん、食べたことあるんだぁっ。 いいなぁ。ボクも、こんど お兄ちゃんと一緒にお弁当食べたいよ」 「あ……うーん……でも、やっぱり、 記憶捜しが優先かなぁ。でもでも、 隙を見て学校に来てみたいなっ」 「じゃ、来る時は教えてくれよ。 一緒に昼ごはん、食べよう」 「うんっ。それにしても、 やっぱり屋上っていいよね。 すっごく青春って感じがするよぉっ」 「まぁ、場所的にはそうかもしれないけど、 彼女とかいないと、実際はいまいちだと 思うぞ」 「お兄ちゃんって、彼女欲しいんだ? ボクがなってあげようか?」 「え…?」 「ふふふー、欲しくなったらいつでも 言ってねー」  千穂は楽しそうに奥の手すりのほうまで 走っていく。 「……………」  冗談だよな?  部活を終えて、 校門をくぐろうとした時だった。  千穂から、メールが届いた。 『大事な話があるから、会えないかな? 学校のリンゴの樹のところに来てくれたら、 嬉しいよ』  何だろう?  とにかく、行ってみるか。  裏庭に来ると、リンゴの樹の前に 千穂がいるのが見えた。  うつむき加減で、じっとしたまま、 ぼんやりと地面を見ている。  ゆっくりとリンゴの樹に近づいていき、 彼女に声をかけた。 「千穂」 「あ……お兄ちゃん。ご、ごめんね。 急に呼びだしたりして。忙しいかなって、 思ったんだけど……」 「でも、どうしても今日が良くて、 あ、ホントは明日でもいいんだけど、 ボクの気持ちの問題っていうか」 「だけどだけど、お兄ちゃんに迷惑を かけるつもりじゃなかったんだよぉ。 あ、でも、やっぱり迷惑だったよね?」 「どうしようー!? ごめんね、お兄ちゃん、 ボク、堪え性がなくて、やっぱりいいから。 ホントにごめんっ。ボクがバカだったっ」 「いや……大丈夫だよ。 どうしたんだ、今日は? いつになくテンション高いな」  あとテンパり気味だ。 「そ、そうかな? 普通にしてるつもりなんだけど、 ボク、いつもと違う? 変かな?」 「変ってほどじゃないけど、 少し落ちついたらどうだ?」 「う、うんっ。そうするっ!」  千穂はすーはー、と深呼吸をする。  気持ちがはやってるのが 若干にじみ出ているような気はするけど、 いちおう落ちついたみたいだ。 「千穂がそんなふうになってるのは、 メールで言ってた大事な話っていうのと 関係があるのか?」 「う、うん。関係あるよぉ。あのね、 ボク、また記憶の手がかりを見つけたんだ」 「そうか。良かったな。今度はどんなだ?」 「ボク、その、ね……えぇと、だから…… あの……キス……してたんだ……」 「…………キス?」 「うん……キス。ボク、このリンゴの樹の前で、 誰かとキスしたことがあるんだと思う……」 「それは、彼氏ってことか?」 「それは、分からないんだよ。 相手が誰なのか、 ぜんぜん思い出せなくて……」 「そっか……」  って言っても、彼氏以外とキスするなんて、 考えられないよな…?  何だろう、ちょっと胸がズキンとくる。 「だ、だからね。ここでキスしたら、 思い出すかなって思ったんだよ」 「……それは、もしかしてさ?」 「……うん。お兄ちゃんに、してほしいなって。 他に頼める人、いないし……」 「……………」  やっぱりか……  だけどなぁ、うーむ…… 「……それは、さすがにできないよ」 「ぼ、ボクのこと嫌い…?」 「そんなことはないけど。 いくら記憶を思い出すためだって、 そんな軽はずみにキスなんてできない」 「……じゃ、じゃ、お兄ちゃんは、 ボクが、他の人と、その……キスしても…… いいの…?」 「俺が断ったら、 他の人とするってことかっ!?」 「た、例えばだよっ。例えばの話だよ」  例えばって言われても……  うーむ。千穂が他の誰かとキスかぁ……  それは、なんていうか、率直に言って、 「……嫌だな。あんまり考えたくない」  言うと、千穂はぱっと表情を輝かせて、 「じゃ、お兄ちゃんがしてちょうだい」 「いや、でもさ」 「意気地なしぃ……」  う…… 「ボク、お兄ちゃんがいいよ。 お兄ちゃんじゃなきゃ、イヤなんだよ」 「……でも、ここで誰かとキスをしたことを、 思い出したら、後悔するかもしれないぞ」  少なくとも、その記憶の相手は 俺じゃないんだからな…… 「ボク、後悔しないよ」 「……………」 「ボクが記憶喪失じゃないって 考えてみてくれる?」 「それでも、お兄ちゃんは、 ボクとキスするの、イヤかな?」  すると、言葉が自然と口を突いた。 「嫌なわけないだろ」 「じゃ……ボクとキスしよぉ」  千穂がゆっくりと顔を寄せてくる。  そんなふうにされたら、俺も、 拒めるわけがなくて……  彼女の唇を、唇で迎えた。 「……ん、ちゅっ、あ……んぁ…… ん、お兄ちゃん……んっ、んん……」  柔らかい唇の感触が直に伝わってきて、 頭の中が蕩けそうになる。 「ん……んんっ、ちゅ……んはぁ…… あ……あん……んぁ……」  静かに唇を離す。  徐々に波紋が広がるみたいに、 千穂は何かに気がついたような表情を 浮かべた。 「……思い出した……」  その言葉に、胸が 詰まるような思いがした。 「……お兄ちゃん、ボクね…… これがファーストキスだよぉ……」 「……はい?」 「あのね、ボク夢を見たんだっ。 このリンゴの樹の下で大好きな人に、 ファーストキスをあげるって夢だよ」 「ボクが覚えてたのは、 その夢の記憶だったんだよぉ」 「……………」  なるほど。 「じゃ、俺がその夢を 台無しにしたってわけか……」 「えっ? うぅんっ。違うよぉ。 お兄ちゃん、まだ分かってなかったの?」 「ボク、お兄ちゃんに夢を 叶えてもらったんだよ?」 「えぇと…?」 「おかしいよね。まだ会ったばっかりなのに。 もしかしたら、ボクの気持ちは お兄ちゃんのことを覚えてるのかなぁ?」 「分かんないや。あのね、お兄ちゃん、 ひとつ訊いてもいい?」 「……何だ?」 「記憶がなくても、誰かを好きになる資格って あるのかな?」  答えは考えるまでもなかった。 「俺は、好きなものは 単純に好きでいいと思うけどな。 資格なんていらないんじゃないか?」 「さすが、お兄ちゃん、カッコイイこと言うね」 「そうか? ありきたりな言葉だと思うけど?」 「ありきたりな言葉でも、 大好きな人が言ってるんなら、 すっごくカッコよく聞こえるんだよっ」  大好き、と千穂に言われ、 温かいものが胸いっぱいに広がった。 「お兄ちゃん。あのね。ボク、会ったばかりで、 記憶もないけど、お兄ちゃんのことが 好きだよぉ」 「お兄ちゃんと会ってから、 お兄ちゃんのことばっかり考えてて、 おかしくなっちゃいそうなんだぁ……」 「お兄ちゃんは、ボクのこと、好き? 『付き合ってもいい』って思ってくれる? ボク、何でもするよぉ」 「だから、その…… ボクをお兄ちゃんの彼女に してください。お願いしますっ」  何となく予感はあった。  たぶん、初めて会った時から。  人懐っこく話しかけてくる彼女の力に なりたいと思った。  きっと、それが――  俺たちの恋の始まりだったんだろう。 「俺も、千穂のことが好きだよ。 だから、よろしくな」 「ホント…? ホントにいいの? ボクでいいの? 彼女にしてくれる?」 「あぁ、千穂じゃなきゃだめだよ」 「ウソみたいだよぉっ。 ボク、ボク、ぜったい振られると思った。 だって会ったばかりだし、記憶ないし」 「絶対、お兄ちゃんに変な奴だと思われてる と思ったもんっ!」 「千穂は、元気で面白くて、 かわいい奴だよ」 「……嬉しいよぉ。あ、じゃ、お兄ちゃん、 もう一回……しない?」  千穂の申し出に、こくりとうなずく。  そして―― 「んっ、ちゅっ……んちゅ……あ…… んん……あ……ん……んん……」  愛おしさが一気に広がり、 彼女の体をぎゅっと抱きしめる。  豊かな乳房が俺の胸に押しつけられて、 くにゅうっと形を変えた。 「……お兄ちゃん……好きだよぉ…… 大好き、んちゅ……んん……あむ……」 「俺も、千穂のことが大好きだ……」  唇が触れるぐらいの至近距離で、 俺たちは囁きあう。 「お兄ちゃん、あのね、ボク、 もっとたくさんたくさんキスしたいよぉ……」 「じゃ、口開けて」 「うん、これで、いいかな?」  わずかに開いた唇の間に、 俺は舌を滑りこませた。 「あっ、れぇろ、んっ、れちゅ…… あっ、れぇろ、好き……んっ、好きだよぉ、 お兄ちゃん、れろれろ、んちゅ……」  千穂の舌は柔らかくて、蕩けそうで、 いつまでも、それにむしゃぶりついていたい 気持ちにさせる。 「……お兄ちゃんの、舌、すごくヌルヌルして、 ボク、頭がぼーっとしちゃいそうだよぉ……」 「あむ、んちゅ……んんっ、あぁ、好きぃ、 んんっ、んはぁ……もっと、んん、 お兄ちゃん、もっと、舌、舐めてよぉ……」  催促しながらも、千穂はみずから舌を 俺の舌に絡みつかせてくる。 「千穂、すっごくかわいいよ」 「え…? う、うん。嬉しいよぉ…… ボク、お兄ちゃんのこと大好きっ。 もっと、もっと、キスしたいよぉ」  俺は、千穂の舌を唇で挟んで、 ちゅううっと吸いあげた。 「あっ、んんっ、食べられちゃうっ、 ボクの舌、ああっ、んんっ……んあぁ、 んん、んはぁ……んちゅ……あぁ……」  舌を吸われることに最初こそ 戸惑っていたものの、千穂はすぐに順応し、 俺の口内にみずから舌を送りこみはじめた。 「今度はボクの番だよぉ。 お兄ちゃんの舌、食べちゃうんだからぁ」 「んちゅ……んちゅううぅ…… ちゅるるるっ、ちゅぱっ……ちゅるるっ、 んはぁっ、んんっ……ちゅうううぅっ!」 「ふふふっ、お兄ちゃん大好きっ。 ボク、お兄ちゃんとキスするのも 大好きだよぉ」 「俺も、千穂とずっとこうして キスしていたい」 「ええぇっ、じゃ、ずっとしていようよぉ。 ボクもボクも、お兄ちゃんと、ずっと、 ずっと、こうしてたいよっ」  ちゅ、と千穂の唇に軽く触れる。  それを合図にして、今度は千穂が、 俺の唇を咥えるみたいに、唇を重ねてくる。 「んっ、ちゅう……んちゅっ……あ…… んはぁっ、あ……んっ……好き…… お兄ちゃん……んちゅっ、お兄ちゃん……」  いつ終わるともしれず、 俺たちは互いの唇を求めあった。 「……あ……ふふ、照れちゃうね…… 恥ずかしいよぉ……そんなに見ないで」 「大丈夫だ、俺も恥ずかしいから」 「ホント? お兄ちゃんは いつも通りに見えるよぉ」 「そんなことないって」 「ねぇ、お兄ちゃん。さっきの話なんだけど、 ボク、もうひとつだけ訊いてもいい?」 「何だ?」 「……なんて言えばいいのかな? えっとね……こんなこと言われても…… お兄ちゃんは困るだけかもしれないけど……」 「昔のボクを知ってる人が、 ボクはコーヒーが嫌いだって 教えてくれたんだ」 「記憶を思い出せるかなって思って、 試しにボク、コーヒーを飲んでみたんだよ」 「そしたら、おいしかったんだよ。 記憶のないボクはコーヒーが 好きなんだよ」 「ボク、すっごく得したと思うんだ。記憶が 戻ったら、また嫌いになるかもしれないけど、 それまではコーヒーをおいしく飲めるもんね」 「でも、コーヒーならそれでもいいけど、 お兄ちゃんは困るよね?」 「……それは、困るだろうな」 「……そうだよね……」  千穂の心配してることは、よく分かる。  俺だって考えなかったわけじゃない。 「でも、いつか嫌われるかもしれないからって、 初めから好きにならないで欲しいなんて、 思わないよ」 「記憶を思い出したら、ボク、 別人みたいになるかもしれないよ」 「お兄ちゃんが好きになってくれた、 ボクじゃなくなるかもしれないよ」 「そんなボクに、お兄ちゃんのことを 好きになる資格ってあるかな?」  普段から元気いっぱいで 悩みなんてまるでなさそうに 見える千穂でも、  やっぱり、自分の記憶のことは 真剣に考えているんだろう。  だけど―― 「やっぱり俺の答えはさっきと同じだよ。 好きになるのに資格なんて いらないんじゃないか」 「ホントに…?」 「あぁ。もし、記憶がある千穂と、 記憶がない千穂が別人だとしたら」 「俺は、いま目の前にいる千穂を 好きになったんだ」 「いつかいなくなる人だとしても、 やっぱり、初めから好きにならないで いるなんて、できないよ」 「千穂が今の千穂でいる限り、 俺は、千穂のことを好きでいたい」 「それでいいんじゃないか?」  その言葉で千穂は花が咲いたような 笑顔を浮かべた。 「……ん〜〜〜〜っ! いいっ、いいよっ! お兄ちゃんって、お兄ちゃんって、 最っ高にカッコイイよ。百点満点だよぉっ!」 「ボクもお兄ちゃんと同じだよぉ。 ボクがボクでいる限り、お兄ちゃんのことを ずっと好きでいたいよっ!」 「そっか。嬉しいよ」 「ふふふーっ、こんなに早く、 こんなに好きになるなんて、 やっぱり不思議だよ」 「ボクの気持ちはホントにお兄ちゃんのことを 覚えてるのかもっ」 「俺だって会ったばかりで 好きになったけどな」 「じゃ、きっとお兄ちゃんも記憶喪失で、 でも、気持ちだけはボクのことを 覚えてるんだよ」 「いや、だけど、俺はばっちり記憶は あるんだけど……」 「だから、ボクのことだけ 記憶喪失なんだよ。それでどう?」 「どうって言われても…… 俺たち二人とも記憶喪失になったってのは 無茶があるような……」 「無茶でも何でも、 ボクはあくまでこの説を主張するよっ」 「まぁ、もしそうだったら、すごいけどな。 なんていうかさ……」 「運命みたいだよねっ?」  その言葉に、思わず笑ってしまう。  だけど、そうだったらいいなと思った。 「あぁ、運命みたいだな」 「ふふっ、それじゃお兄ちゃん、 早くボクのこと思い出してよぉ」 「ボクも、頑張って お兄ちゃんのことを思い出すから」 「まぁ、もし本当に忘れてるなら、 頑張ってみるけどさ」 「ふふふっ、でも、嬉しいなぁ」 「何がだ?」 「だってボク、 今日からお兄ちゃんの彼女なんだよぉ。 こんなに嬉しいことってないよっ」 「記憶喪失になってから、 いっちばん嬉しいんだからぁっ」 「そんなこと言ったら、 俺だって千穂の彼氏だからな。 すっごく幸せな気分だ」 「幸せ? ボクがお兄ちゃんのものに なったから、お兄ちゃんは幸せなんだ?」 「それはそうだろ」 「……嬉しいよぉ。 どうしよう、ボク嫌われないか心配だよぉ。 イヤなところあったら言ってね」 「ボク、頑張って直すからっ」 「嫌なところなんてないけどな。 でも、千穂も俺に嫌なところが あったら、言ってくれよな」 「お兄ちゃんが何してくれても、 ボク、嬉しいよぉっ。イヤなところなんて、 ないもんっ!」 「そうか?」 「うん……そうだよぉ……」 「そっか……」  妙に気恥ずかしい気分だ。 「……あのね、お兄ちゃん。 ボク、お兄ちゃんの彼女として頑張るから、 今日からよろしくね」 「あぁ、こちらこそ」  俺は彼女にほほえみかけながら、 「千穂、大好きだぞ」  そう言うと、千穂は すごく幸せそうに笑ったのだった。 「さぁ、それじゃ、素敵な恋をするための 第一歩として、今日から始められる とっておきを君に伝授してあげるよ」 「その名も“自室モード”ッ!!」 「自室モード?」 「今後、毎週日曜日の夜は、この場所で このぼくが直々に、君が彼女を作れるように 恋のテコ入れをしてあげるのさ」 「俺の部屋でやるから“自室モード”か? 安直だな」 「そう言うかもしれないと思って、 もうひとつ考えた名前があるよ。 その名も――」 「致命的にモテない初秋颯太のための 恋愛成就対策本部 恋の妖精はいかにして 冴えない男に彼女を作らせるのかっ!?」 「うるさい。黙れ、小動物」 「その様子だと、どうやら気に入ったようだね」 「その耳は飾りなわけっ!?」 「まぁ、君が気に入ったところで、 どうせ“自室モード”で 押しきるつもりだったけどね」 「じゃ、初めから言うなよな……」 「それで『テコ入れ』って、 具体的には何するんだよ?」 「君に [恋占い][電話][キューピッド桜]の いずれかの行動を実行してもらうんだ」 「キュピ……何だって?」 「キューピッド桜。 妖精界に咲く桜の花のことだよ」  ふと気づけば、 QPはピンク色の花を手にしていた。 「……なんか、しおれてないか、それ?」 「なにぶん妖精界でも珍しい花だからね。 今は持ち合わせがこれしかないんだ」 「もちろん、ちゃんとした状態のものが 手に入ることもあるよ」  QPは桜の花を俺に手渡してきた。 「どうすればいいんだ?」 「食べるんだよ」 「これを…?」 「桜はまたの名を“夢見草”というからね。 キューピッド桜を食べて眠れば、意中の 女の子と夢で通じあうことができるんだ」 「それは、つまり、 夢の中で仲良くなれるってことか?」 「うん。夢の中だから、心と心が直に触れあう ことになる。彼女と一気にラブラブになる ことも夢じゃないのさ」 「おぉ、マジでっ!? すごい便利だな。これさえあれば、 恋愛なんて楽勝じゃないか!」 「君がうまくやれば、の話だけどね」 「ん? どういうことだ? うまくやらないと、どうなるんだ?」 「心と心が直に触れあってるんだ。 もちろん、ものすごい勢いで嫌われる に決まってるじゃないか」 「って、おい! めちゃくちゃ危険じゃないか! 夢の中で自分がどう振る舞うかなんて、 自分でも分からないぞっ!」 「大丈夫、何事も慣れだよ」 「慣れた頃には嫌われてる、 ってオチしか見えないよ。こんな ハイリスク・ハイリターンなもの使えるか」  花をQPに突きかえした。 「そうかい? まぁ、そのうち、 使いたくなる時が来るだろうけどね」 「この花は君の持ち物に追加しておくから、 その気になったら使うといいよ」 「そんな時が来ないことを祈るよ。 それで……あとは何だっけ? [恋占い]って言ったか?」 「うん。ぼくの魔法で、 女の子たちが君のことをどう思ってるか、 ざっくり占ってあげるよ」 「それって…… 相手の気持ちが分かっちゃうってことだよな。 知りたいような、知るのが怖いような……」 「もちろん、やる・やらないは君の自由だよ」 「君がよほどの鈍感ヘタレ男でなければ、 彼女たちと過ごすうちに その気持ちにも察しがつくだろうからね」 「まぁ僕としては、しっかり恋占いをして 無謀な告白を避けたほうが無難だと思う けれど」 「それはおいおい考えることにするよ。 ところで[電話]ってのは何だ? これも普通の電話とは違うんだよな?」 「そうだね。簡単に言えば、女の子に電話を かけるんだよ。楽しくトークして好感度を 上げようって寸法だ」 「なぁ、それって別に普通のことじゃないか? お前の手を借りるまでもないよな」 「そうかい? じゃ君は、 ぼくが催促しなくても、気になる女の子に こまめに電話をかけることができるんだね?」 「それはまぁ、何ていうか、必要があれば――」 「必要があれば?」 「いや、だってさ、 用事もないのに電話したって 相手も迷惑だろ?」 「分かってない。まるで分かってないね、君は。 そんなんだから君は人間のク――間違えた。 彼女がいないんだよ」 「何と間違えたわけっ!?」 「ともかく、女の子と仲良くなりたいなら、 電話をするといいよ」 「はっきり言うけど、 電話もしないで交際に発展したカップルは、 現代の世の中には一人たりとも存在しないよ」 「でも、用事もないんだぞ。 いったい、なんて言ってかければ…?」 「『ちょっと話をしたかったんだ』って言えば いいじゃないか。簡単なことだろう?」 「……いや、『簡単』って言うけどな……」 「ほら、そうやって尻込みするだろう。 だから[電話]の選択肢を入れたんだよ。 分かったかい?」 「お、おう……」  確かに……誰かに言われない限り、 用事もないのに電話をかけるなんて できそうもない。 「って言ってもさ……」 「何だい?」 「どうしても、その中から選ばなきゃダメか? 正直、いきなり言われても迷うっていうかさ」 「ぼくとしては、 とにかくどれかを選ぶことをオススメするよ。 恋愛成就のためには行動あるのみだからね」 「もちろん、何もせず[就寝]する という選択肢も、あるにはあるよ。 ぼくとしてはまったくオススメしないけどね」 「ともかく、物は試し、 さっそくやってみようじゃないか。 今から“自室モード”の始まりだっ!」  帰宅した頃には、もう外は真っ暗だった。 「ただいまー」 「おかえり。楽しかったかい?」 「あぁ、まぁな。 姫守がすっごくゲームに感情移入してさ。 あんな子だとは思わなかったな」 「分かるよ。惚れてしまったというわけだね」 「話が飛躍しすぎだろ。 どういう理屈でそうなるんだよ?」 「恋に理屈なんていらないのさ。 いいじゃないか、 目が合ったら、それはもう恋だよ」 「そんな惚れやすかったら、 おちおち外出もしてられないよ……」 「ふぅん。 まぁいいや。それより、 今週分の自室モードを始めようじゃないか」 「季節は春、つまり恋の季節だよ、初秋颯太」 「いきなり何を言ってるんだ、お前は?」 「恋の妖精にとって、 春はパワーアップの季節なんだ」 「久しぶりの自室モードも、 当然パワーアップしているよ」 「何が当然なのか知らないけど、 どうパワーアップしたんだ?」 「[告白]と[チュートリアル]が できるようになったんだ」 「あぁ、それか。 だいたい察しはつくけど、どんな内容なんだ?」 「試しに選んでみるといいよ。 まずは[告白]からがオススメだね」 「絶対お断りだからねっ!?」 「ちっ。まぁいいや。 せっかくチュートリアルが使えるように なったんだから、そっちで確認してみなよ」 「チュートリアルは、選んでも 他の行動と違って また自室モードに戻ってくるからね」 「何か分からないことがあれば、 気軽に選んで構わないよ」 「それじゃ、今日も 楽しい自室モードの始まりだ」  日曜の夜、 いつもの自室モードの時間がやってきた。 「よし、今日こそは告白だよ。 もういいかげん、いい頃合いだろう。 好感度も十分に溜まっているはずだよ」 「あのな、するわけないだろ」 「何だって? 告白しない? それはいったいどういう了見だい?」 「明日から修学旅行なんだって。 そんなタイミングで告白とかして、 万一気まずくなったら最悪だろ」 「なるほど、分かるよ。 つまり、旅行中に告白するということだね。 なかなかロマンチックじゃないか」 「人の話を聞けよ……」 「分かったよ。仕方がないね。 じゃ、今日は他のことをするといいよ」  日曜の夜、 いつもの自室モードの時間がやってきた。 「初秋颯太。君は何度言ったら分かるんだい? どんなに女の子と交流したって、 告白しなかったら恋人になれないんだよ」 「それは分かってるんだけどさ」 「いいや、分かってない。 君に恋人がいないのが何よりの証拠だよ」 「う……」 「今までだって何度もチャンスはあったんだ。 それを君と来たら、ことごとく棒に振って、 いったい何を考えているんだい?」 「ま、まぁ、なんていうか、その……」 「とにかく、今日でもう最後だよ。 今日告白しないっていうんなら、 もうぼくは何も言わない」 「これからは君の好きにするといいよ。 本っ当に、今度こそ、これが、 最後のチャンスだからね」 「そんなに脅さなくても……」 「脅しなんかじゃないよ。 さぁ、心して今夜の行動を選ぶといい」 「お待ちかねの自室モードだよ、初秋颯太。 おめあてのあの子との恋を進展させるために、 今日も頑張ろうじゃないか」 「じゃ、寝るかな」 「君はいったい何を言ってるんだい? 初回に何もせずに寝ようとするなんて、 そんな人間には会ったことがないよ」 「そう言われても、だいたいいつも このぐらいにはベッドに入るからな」  “三つ星レストランの絶品料理”という本を 手に、俺はベッドに入る。 「……寝るんじゃないのかい?」 「寝るけど、本ぐらい読んでもいいだろ」  言いながらページをめくる。 「やれやれ、君は本当に料理が好きなんだね」 「まぁな。 そういえばさ、さっき 最初の説明になかった選択肢も出てたけど?」  本で紹介される絶品料理の数々に 目を奪われながらも、QPに尋ねる。 「あぁ、アレは気にしなくて構わないよ。 いずれ選べるようになるから、 その時になったら改めて説明しよう」 「あぁ、そう……」  まぁ、ボタンの名前からして 内容は丸わかりなわけなんだけどさ。  それにしても、 この料理、めちゃくちゃおいしそうだな。 どうやって作るんだろう?  頭の中であれこれと調理法を考えながら、 のんびりと休日の夜を過ごすのだった。 「よし、寝るかな」 「世間はGWなのに、寝るのかい? 独り寂しく、彼女もいないというのに 本当にそれでいいのかい?」 「大丈夫だって。 彼女がいなくたって、俺にはこれがあるからな」  レストランの特集が載ってる雑誌を 持ってきて、ベッドに入る。 「お! なぁQP、見ろよ。 この料理、すごいおいしそうじゃないか? お前でも食べれそうだろ」 「……………」 「明日、作ってみようかなぁ? 材料買いにいかないとな」  おいしそうな写真の数々に目を奪われてる うちに、夜は更けていくのだった。 「さて、寝るか」 「それはなかなかいい判断だよ。 なにせ明日からは 待ちに待った修学旅行だからね」 「当然、君も夜中に旅館を抜けだして、 ラブロマンスを繰りひろげよう と考えているんだろう」 「今日ばかりは早めに寝て、 英気を養っておくのがベストの選択だよ」 「……何を読んでるんだい?」 「何って、見ての通りだよ。 天ノ島の名物料理が載ってるんだ」 「自由時間は限られてるからさ、 どこに食べにいくか真剣に選ばないと…… あぁ、でもどれも美味そうだな……」 「……………」 「今日はもう寝るかな」 「それがいいよ。病み上がりじゃ、 攻略も思うように進められないからね。 ――って、何を読んでるんだい?」 「いや、ほら、 一発で体力が回復するような料理を作ろうか と思って」  スタミナ料理の特集が載ってる雑誌を ペラペラとめくる。 「……寝ればいいじゃないか」 「さて、そろそろ寝るか」 「いいのかい? 明日は期末テストだろう?」 「まぁ、それなりに勉強はしたし、 今更あがいたって、どうしようもないしな」 「それより、 体調を万全にして臨むことにするよ」  ある雑誌を持ってきて、ベッドに寝転がった。 「寝るんじゃないのかい?」 「あぁ、まぁな。 でも、ほら見ろよ。魚料理はDHAが豊富だから 頭が良くなるんだぞ」 「……食べればね」 「さて、寝るか」 「ロード、ロード、今すぐロードだよっ!」 「なに言ってるんだ、お前? とうとうおかしくなったか?」 「まったく君には呆れ果てるよ。 もう七月だっていうのに、 まだ彼女ができないんだからね」 「そんなこと言われたって、 仕方ないだろ」  スイーツの特集が載ってる雑誌を持ってきて、 ベッドに寝転んだ。 「……………」 「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」 「いいや。何でもないよ」 「そうか? なら、いいんだけど」 「それにしても、やっぱり ミルクレープは最高においしそうだな」 「……ぼくは、ガトーショコラのほうが いいと思うけどね」 「おぉ。なんだ、お前でも、 『おいしそう』って思う料理があるんだな」 「他はどうだ? このフォンダンショコラとか、 めちゃくちゃおいしそうじゃないか?」 「そうだね。 妖精界にいる泥スライムにそっくりだよ」 「あぁ、そう…… じゃ、こっちはどうだ?」  などとスイーツについて ああだこうだと会話を交わしているうちに、 休日の夜はあっというまに更けていった。  悶々と考えてるうちに、 いつしか眠りに落ちていったのだった。  悶々と考えてるうちに、 いつしか眠りに落ちていったのだった。  悶々と考えてるうちに、 いつしか眠りに落ちていったのだった。  悶々と考えてるうちに、 いつしか眠りに落ちていったのだった。 「さてと、今日はもう寝るかな」 「ふぅん、そう。 じゃ、君にこれを渡しておくよ」 「これは……キューピッド桜?」 「君があんまり不甲斐ないから、 妖精界まで戻って採ってきたんだ」 「それをうまく使って、攻略を進めるといいよ」 「あぁ、わざわざありがとうな。 使わせてもらうよ」 「それじゃ、さっそく――」 「いやいや、今日は心の準備ができてないから、 また今度な」  なにせ、うっかりしたら 嫌われることもあるんだからな。 「ふぅん。 まぁいいけどね。 じゃ、おやすみ」 「おう、おやすみ」 「さて、そろそろ寝るか」 「何だって? 何もせずに寝るのかい? それはいったいどういう了見だい?」 「知らないのか? 早めにベッドに入ってゴロゴロするのは、 最高に気持ちいいんだぞ」  レストランの特集が載ってる雑誌を 持ってきて、ベッドに寝転がる。  雑誌をペラペラとめくると、 ある料理に目が留まった。 「おぉ、すごいおいしそうだな。 これ、どうやって作るんだろう?」 「やれやれ……」 「それじゃ、気になる彼女の好感度を 占ってあげるよ」 「む……むむむ…… だんだん見えてきたような、 そうでもないような……」  どっちだよ…… 「うん、見えた。間違いない」 「彩雨は君のことを、ただのお友達として 見ているようだね。まだまだ恋愛対象には なれないみたいだ。頑張るといいよ」 「彩雨は君のことを 仲のいい友人だと思っている。 親近感はあるみたいだね」 「だけど、恋愛対象とするにはまだ一歩 足りてないようだよ。恋人になるには 時期尚早のようだね」 「彩雨は君に好意を持っている。脈有りだ。 異性として意識しているから、 もしかしたらイケるかもしれないね」 「彩雨は君に恋してる。べた惚れだ。 君だって本当は分かってたんだろう? じらしてないで、早く告白するといいよ」 「友希は君のことを、ただの幼馴染みとして 見ているような、そうでもないような…… 分からないけど、だめってことにしておくよ」 「友希は君のことを意識しはじめているような、 そうでもないような気がするよ。 当たって砕けてみるといいんじゃないかい?」 「友希と君は友達以上の関係だね。 『幼馴染み』の一言で片づけても恋人未満 のままだよ。もう付き合っちゃいなよ」 「友希は君に恋してる。 幼馴染みの一線を越える時が来たんだ。 あとは告白あるのみ!」 「まひるは君のことが好き……と思ったら、 大間違いだよ。君は元カレ、つまり、 マイナスからのスタートなんだ」 「まひるとはまぁまぁ、 それなりにうまく付き合ってる みたいじゃないか」 「好感度はそこそこだけど、 なんせ君は元カレだ。 そう簡単にはうまく行かないだろうね」 「まひるはたぶん君に好意を持っているよ。 問題は君が元カレというところだね。 慎重かつ大胆なアタックをオススメするよ」 「まひるは君に恋してる。 やけぼっくいは発火寸前だよ。 さぁ、告白してヨリを戻してくるんだ」 「千穂は君に恋してる。ぞっこんラブだ。 彼女を片想いのまま放っておかないで、 さっさと告白してあげるといいよ」 「占いの結果は以上だよ」 「ありがとう、参考になったよ」 「じゃ、寝るな。おやすみ」 「誰に電話するんだい?」 「はい、姫守なのですぅ」 「もしもし、えーと、初秋だけど」 「こんばんは。 どうかなさいましたか?」 「いや、特に用事はないんだけど、 何してるかと思って……」 「ふふっ、ゲームをしていたのですぅ。 そういえば、初秋さんに訊こうと 思っていたのですが――」  そのまま姫守とゲームの話をしたのだった。 「はい、姫守なのですぅ」 「こんばんは。 今日は何のゲームしてるんだ?」 「ええっ!? どうしてお分かりになったのですか?」 「いや、姫守ってだいたいゲームしてるし」 「……面目ないのですぅ……」 「いやいや、悪いことじゃないって。 それで、何をプレイしてたんだ?」 「ふふっ、とっても楽しかったのですよ。 じつは今日、大冒険をしてしまったのですぅ」  楽しそうにゲームの大冒険を語る姫守の声に、 俺は耳を傾けるのだった。 「……はい、姫守なのですぅ」 「いま電話、平気か?」 「は、はい。 もちろん、平気なのです」 「何してたんだ?」 「今は、えぇと…… ゲームをしておりました」 「姫守は本当にゲーム好きだよな」 「ゲームは楽しいですから」 「あぁ、じゃ、もしかして邪魔したか?」 「あ、いえ…… 初秋さんとお話するのも、楽しいのですよ」 「そっか」  そうして、俺たちは 他愛のない会話を続けるのだった。 「……はい、姫守なのですぅ」 「よっ、何してた?」 「あ、そのぉ……か、考え事なのです」 「そっか。 なに考えてたんだ?」 「そ、それは秘密なのです。 ぜったい申しあげられませんっ」 「お、おう。 そうか、悪い……」 「いえ、悪いということではないのです。 初秋さんは何をしていらしたんですか?」 「俺か? いや、 ちょっとやることないなと思ってさ、 姫守と話したくなったんだ」 「そうなのですね。 とても嬉しいのですぅ」  俺たちは楽しく会話を続けるのだった。 「はーい、どしたのー?」 「いや、用事はないんだけど、ちょっと暇でさ」 「そうなんだ。 オナニーすればいいじゃん」 「いきなりなに言ってんのっ!?」 「あははっ、冗談冗談。 もうしちゃった後なんでしょ? 分かってるってば」 「分かってねぇよ……」  電話口でも、 友希は下ネタを繰りかえすのだった。 「はーい、待ってたよー」 「いや、 約束はしてなかったと思うんだけど……」 「うんっ。でも、 そろそろ颯太が電話してくるかな って思って、待ってたのよ」 「そうなんだ」 「じゃ、いつも通り、 テレホンエッチしちゃおっか?」 「いつもしてないよねっ!?」 「あははっ、気にしない気にしない。 そういえば、最近えっちなビデオ買った?」 「言うわけないよね……」  そんなこんなで、 今日も友希は下ネタを言いつづけたのだった。 「……あ……もしもし…… どうしたの…?」 「あぁ、いや。 友希と話したいなと思って」 「そっか……ん……ぁ…… あたしも話したかったわ……ん……」 「なぁ……友希、いま何してるんだ?」 「うぅん……別に……何も、あっんっ、 いいっ」 「……………」 「あー、やーらしいのー。 あたしがオナニーしてると思ったんでしょ?」 「タチの悪い冗談はやめてくれるっ!?」 「ねぇねぇ……本当にしてたら、どうする?」 「え…?」 「あははっ、やーらしいのー」  電話なら他の人に聞かれないからって、 友希の下ネタがどんどん過激になってる 気がした。 「……あ……ん……やだ……もう…… おち○ちん勃起しちゃって、 出ちゃうよぉ……」 「……切るぞ」 「あー、待って待って、冗談よ。 いきなり切らなくてもいいじゃん」 「じゃ、いきなり変な下ネタを言うな。 頭おかしいと思われるぞ」 「大丈夫よ。あんまり高度なやつは、 颯太にしかやらないんだもん」 「嫌がらせか?」 「えー、違うよぉ、サービスよ。 颯太のオカズを作ってあげてるのに」 「いらないんだけどっ」 「え……そっか……ごめん……」 「いや、そんなに謝らなくても。 き、気持ちは嬉しいぞ」 「ほんと?」 「あぁ」 「良かった。 そういえば、こないだのアレすごかったよね」  そのまま他愛もない会話を延々と続けた。 「おまえっ、まひるに何の用なんだっ?」 「いや、特に用はないんだけど、 ちょっと暇だったから……」 「じゃ、まひるは暇つぶしなのかっ? そんなの許さないんだ。まひるキックだぞ」 「分かった分かった。悪かったな。 もう切るよ」 「え……ま、待つんだ。 自分からかけておいて、勝手に切ったら、 ダメなんだぞ」 「でも、許さないんじゃないのか?」 「許さないんだ。 罰としてまひるの話を黙って聴くんだ」 「あぁ、まぁいいけど……」  まひるは、あれやこれやと 一人、にぎやかに話しはじめたのだった。 「おかけになった電話番号は 現在、使われていないんだ」 「じゃ、仕方ないから切るか」 「こらっ、まひるは『切っていい』なんて 言ってないんだっ」 「まひるの許可なく電話を切ったら、 まひるの許可なく電話切った罪で、 罰せられるんだぞっ」 「どんな罰があるんだ?」 「まひるが『いい』って言うまで、 電話を切れなくなるんだ」 「電話代が大変なことになりそうだな」 「そんなことまひるは気にしないんだ。 それより、まひるはこないだ大発見を したんだぞ」  まひるの話に耳を傾けてると、 あっというまに時間は過ぎていった。 「まひるなんだ」 「よっ、何してた?」 「台本を読んでたんだ。 今度の役は難しいんだぞ」 「あぁ悪い。 忙しいなら、またにするよ」 「え……き、切ったらダメなんだ。 台本はもう読みおわったんだぞ」 「そっか、なら大丈夫だな」 「……颯太はまひると話したくて、 電話してきたのか?」 「あぁ、まぁな」 「そっか。 えへへ、嬉しな。 颯太はまひると話したいんだ」 「……そんなに嬉しいのか?」 「べ、別にまひるは何も言ってないんだっ。 気のせいなんだ。独り言なんだっ」 「お、おう。分かったよ……」 「颯太が喜ぶように、 まひるはたくさんお話してあげるんだ。 偉いんだ」  ということで、まひるは嬉しそうに、 色々な話をしてくれたのだった。 「……はぁい……まひるなんだ……」 「あれ? もしかして、寝てたか?」 「まひるは最近お仕事が忙しくて寝てないんだ。 でも、颯太とお話はするんだぞ」 「って言っても、すごい眠そうだけどな」 「やだぁ、するんだ。 まひるは颯太とお話したいんだぁ」 「まぁ、俺はいいんだけどな」 「えへへ、やったな。話できるな。嬉しいな」 「『仕事忙しい』って、 最近はどんなことしてるんだ?」 「……すー……すー……」 「……まひる? 寝たのか?」 「……ん……やだぁ…… 切っちゃいけないんだ…… まひるとお話するんだぁ……」 「で、最近はどんなことしてるんだ?」 「……すー……すー……」 「……寝言か?」  しかし、目を覚ました時に まひるがショックを受けそうな気がして、 なかなか電話を切ることができなかった。  QPに促されて、 とりあえず姫守に電話をかけた。 「はい、姫守なのですぅ」  しまった。 何を話すか、ぜんぜん考えてないぞ…… 「……もしもし、えーと、初秋だけど……」 「あ。 先日の歓迎会では大変お世話になりました。 あんなに楽しかったのは初めてなのです」 「そっか。楽しんでもらえて良かったよ。 みんな根は悪くないんだけど、 ちょっと調子に乗りやすいからさ」 「何か困らせるようなことしてたら、 言ってくれよな」 「大丈夫なのです。 とても親しくしていただきました」 「そっか」 「わざわざご心配になって、 お電話をしてくれたのですか?」 「まぁ、うん。そんなところかな」 「くすっ、初秋さんはお優しいのですね」 「そんなことはないけどさ……」 「いえ、お優しいのですぅ。お陰様で、 これから部活がとっても楽しみになった のですぅ」 「そっか。それは良かったよ」 「そういえば、つかぬことを お伺いしたいのですが――」  姫守の質問に答えながら、 他愛もない話をしたのだった。  ちょっと友希と話したくなって、 電話をかけることにした。 「はーい、今日の彩雨すごかったねー」 「あぁ、ビックリしたよ」 「ねぇねぇ、彩雨って エロゲやったらどうなるのかな?」 「どうって……まぁ、 大変なことになりそうではあるな」 「じゃあさ、 こんど一緒にやってみようよ、三人で」 「いや、それはさすがに……」 「あー、やーらしいのー。 えっちなこと考えちゃうから、 できないんだぁ」 「エロゲってそういうものだよねっ!」 「えー、知らないわよ。 あたしはエロゲにエロいらない派だもん」 「嘘つけよっ。 ヌキゲーやりまくってるだろ」 「あははっ、冗談冗談。 女の子がエロゲやるわけないじゃん」 「じゃ、エロゲの初えっちで思いつくこと といえば?」 「よく知らないけど、みんな 外でするの、けっこう気にしないよね」 「ダウトだよっ!」  などと、なぜかエロゲ談義に 花を咲かせることになったのだった。  なんだか姫守と話したくなって、 電話をかけてみた。 「はい、姫守なのですぅ」 「いま電話、平気か?」 「はい。ちょうど休憩中なのですぅ」 「何してたんだ?」 「部長さんにGWの予定を空けるように 言われたので、やらなければならない ゲームを進めていたところなのですぅ」  「やらなければならないゲーム」 って、 さすが姫守だな。 「俺も予定あけたけど、 何するんだろうな?」 「初秋さんも 聞いていらっしゃらないのですか?」 「あぁ、部長は秘密主義なところあるからさ。 いきなり言って、驚かせたいんだよ」 「くすっ、そうなのですね。 楽しみなのですぅ」 「あ、すみません。 私の話ばかりしてしまって、 何かご用事がございましたか?」 「いや、ちょっと『姫守はどうしてるかな』 って思っただけだから」 「そうなのですね。 ご丁寧に連絡していただいて、嬉しいのです」  小一時間ほど、 姫守と他愛もない会話をしたのだった。  なんだか姫守と話したくなって、 電話をかけてみた。 「はい、姫守なのですぅ」 「修学旅行の準備は終わったか?」 「はい。 ちょうど今、終わったところなのですぅ。 初秋さんはいかがですか?」 「俺も終わったよ。もう寝るだけなんだけど、 なんか興奮して眠れなくてさ」 「分かるのですぅ。 私も楽しみで、目が冴えてしまいました」 「じゃ、ちょっと付き合ってくれるか?」 「はい、こちらこそ、 よろしくお願いいたします」  眠くなるまで、しばしの間、 姫守と明日の話で盛りあがったのだった。  QPに促されて、 友希に電話をかけてみた。 「もしもーし、颯太ー、ちょうど良かった。 ちょっと聞いてくれる?」 「あぁ……いいぞ。どうした?」 「ん……ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅるっ、 んちゅっ、ぴちゃぴちゃ……んちゅっ」 「何やってんのっ!?」 「あははっ、特訓したんだぁ。 どう? フェラっぽいでしょー?」 「……されたことないから、 分かんないよ……」 「もうちょっと、 激しいほうがいいかなぁ?」 「ちゅぱっ、ちゅぼほっ、んちゅるっ、 ちゅるるっ、じゅるるっ、ちゅれろっ!」 「……………」  どうやって、この音出してるんだろう?  だんだん、変な気分になってくるんだけど…… 「あー、勃起したでしょー? やーらしいのー」 「してないよっ!」  その後も、 友希の出すちゅぱ音を延々と聞かされる ハメになったのだった。  ふと、部長に伝えることがあったのを 思い出して、電話をかけた。 「やぁ、どうしたんだい?」 「すいません。言い忘れてたんですけど、 明日は畑のダイコンを収穫する予定です」 「あぁ、そう。分かったよ。 それじゃ、明日はサボらないようにするよ」 「そうしてもらえると、助かります」 「おや、どうしたんだい? 今日は少し元気がないね」 「あぁ、 ちょっとこの土日で風邪を引いてしまって。 もうほとんど治ったんですけど」 「病み上がりに律儀だね、君は。 ダイコンのことは明日でも構わないのに。 ぶり返さないようにするんだよ」 「意外ですね。部長なら、 弱ってるところに畳みかけてくる と思いましたよ」 「まさか。君が本調子じゃないと、 イジメ甲斐がないじゃないか。 早く治しなさい」 「分かりました」 「それじゃ、いい子だからもう寝なさい。 おやすみ」 「おやすみなさい」  明日から期末テストってことで 勉強してたんだけど、だんだん気が 滅入ってきたので、友希に電話をかけてみた。 「テスト勉強ばっかりしてるとさ、 ムラムラしちゃうよねー」 「第一声がそれか」 「だって、疲れちゃったんだもん」 「どうだ、調子は?」 「うんとね、だいたい大丈夫だと思うよ。 颯太は?」 「まぁ、赤点をとることはないよ」 「じゃ、しばらくえっちな話でもしよっか?」 「ほどほどにな」 「お尻って気持ちいいのかなぁ?」 「ほどほどにねっ!」  なぜか今日の友希はアナルに興味津々だった。 「使いたいアイテムをクリックするんだ」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……すー……くー…… ん、だめなのですぅ。初秋さん、 そういうことをしてはいけないのですぅ」 「ん……んん、あ……あれ? 夢、だったのですぅ…?」 「初秋さんは、夢でもあまり変わらないのです。 これからもずっと、ご友人のままでいたい のですぅ」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……すー……くー…… ん、だめなのですぅ。初秋さん、 そういうことをすると嫌いになるのですぅ」 「ん……んん、あ……あれ? 夢、だったのですぅ…?」 「このような夢を見てしまうなんて、 私は初秋さんのことが苦手なのでしょうか? 申し訳ないのですぅ……」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……すー……くー…… ん……初秋さん? はい、嬉しいのですぅ。 ありがとうございます」 「ん……んん、あ……あれ? 夢、だったのですぅ…?」 「このような夢を見てしまうなんて、 私は初秋さんのことが好きなのでしょうか? 恥ずかしいのですぅ……」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……すー……くー…… ん……初秋さん? ですけど、その、私、 まだ心の準備ができていないのですぅ……」 「……い、嫌ではないのですが…… は、はい……あなたの言う通りに するのですぅ……」 「ん……んん、あ……あれ? 夢、だったのですぅ…?」 「は、はしたない夢を見てしまいました。 もしかして、私は、初秋さんに 恋をしているのでしょうか…?」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……むにゃむにゃ……くー…… えー、また仲間外れにするのー? なによ、いっつもあたしばっかり……」 「……そんなの分かってるわよ。 どうせただの幼馴染みだもん……」 「ん……んーと? 夢?」 「『ただの幼馴染みだ』なんて、 夢でまで言わなくても分かってるのに 颯太って酷いんだぁ」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……むにゃむにゃ……くー…… えー、また仲間外れにするのー? なによ、いっつもあたしばっかり……」 「……『下ネタ言わないなら』って…… もういいよ、颯太のバカっ!」 「ん……んーと? 夢?」 「……昔、そんなことあったなぁ。 颯太のバカ。嫌いになっちゃうよーだ」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……むにゃむにゃ……くー…… え、颯太、一緒にいてくれるの? うん。ありがと、嬉しい」 「ん……んーと? 夢?」 「……どうしよう、 颯太に会いたくなっちゃった……」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……むにゃむにゃ……くー…… 颯太? え、嘘……覚えてたの? だって、子供の頃のことなのに……」 「……うん、あたしも、覚えてるよ、 ずっと……」 「ん……んーと? 夢?」 「……あーあ、やっぱり、あたし、 恋……してるんだぁ……」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……くーすぴー……くーすぴー…… ん……んぁ、なんだ、おまえっ、 うるさいっ、聞きたくないんだっ!」 「ん……あ……あぁ、夢だったんだ……」 「夢でまでまひるにイヤガラセするなんて、 やっぱり颯太なんか、 世界で一番大嫌いなんだっ」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……くーすぴー……くーすぴー…… ん……んぁ、なんだ、おまえっ、 まひるはもう大人なんだぞっ!」 「ん……あ……あぁ、夢だったんだ……」 「颯太は夢でまでまひるを子供扱いするんだ。 こんど会ったら復讐してやるんだ…!」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……くーすぴー……くーすぴー…… ん……んぁ、颯太? まひるのために 作ったのか? うん、たくさん食べるんだ!」 「ん……あ……あぁ、夢だったんだ……」 「……えへへ、いい夢見たな。 夢でも颯太は優しいんだ……」 「食べて、寝ればいいんだよな?」  キューピッド桜を口に含む。  もぐもぐ…… あんまりおいしくないな。  というか、一瞬にして、 めちゃくちゃ眠くなってきた。 「……じゃ、おやすみ……」  ベッドに倒れこみ、 そのまま眠りに落ちていった。  その夜―― 「……くーすぴー……くーすぴー…… ん……んぁ、颯太? や、何するんだっ。 まひるはもう付き合ってないんだぞっ」 「……えっ? 夢なのか? まひるは、颯太と 別れてない? そうなんだ。えへへ、嬉しな。 まひるは颯太が大好きなんだっ」 「ん……あ……あぁ、夢だったんだ……」 「……目が覚めなきゃよかたな……」 「その気になってくれたみたいだね。 誰に告白するんだい?」 「その気になってくれたみたいだね。 誰に告白するんだい?」 「大変、お待たせいたしました」 「悪いな。急に呼びだして」 「いえ、これぐらいはお安いご用なのです」  姫守が笑う。  どうか その笑顔を曇らせてしまわないように、 と俺は願った。 「大切なお話があるとお伺いしましたが、 私でお役に立てるのでしょうか?」  俺の目をじっとのぞきこんでくる姫守を見て、 胸が押しつぶされそうになる。 「大丈夫だよ。どうしても、 姫守に聞いてもらいたい話だから」 「そうなのですね。 では一生懸命、聴くのですぅ」  姫守はいつも通りだ。  告白されるなんて、 ぜんぜん想像してもないんだろう。 「……前に、姫守と話したよね。 『恋がどんなものなのか分からない』ってさ」  姫守がこくりとうなずく。 「だけど、分かったんだ」 「……恋のことが、 お分かりになったのですぅ?」 「うん、そう。 じつを言うとね。 あの時、思ったことがあるんだ」 「こんなに恋に疎くて世間知らずの姫守が、 もし恋をしたら、 いったいどんな顔をするんだろう――って」 「そ、そういうことを考えては いけないのですぅ……」 「ごめん。 でも、どうしても気になってさ」 「『こういう顔で笑うんだろうか』とか、 『こういうふうに喜ぶんだろうか』とか、 いろいろ考えてたらさ……」 「そのうち、 『誰に向かって、そんな顔をするんだろう』 って思って……」 「……初秋さんが勝手に、 私のことをいろいろ考えるのですぅ……」  恥ずかしそうに言う姫守の姿に、 心臓がどくんどくんと音を立てる。  口にしてしまえば、 もうそんな顔も二度と見せてもらえない かもしれない。  それがすごく怖くて、 喉まで出かかっている言葉を 呑みこんでしまいそうになる。 「あのぉ……どうかなさいましたか?」 「あぁいや、何でもない」  こんなに口に出すのが怖い言葉がある なんて、思ってもみなかった。  だけど、 だからこそ、 勇気を出して言わなきゃならない。 「それでね、 『姫守がどんな人にそんな顔をするのかな』 って考えてたらさ」 「『嫌だな』って思ったんだよね」 「……あ……はい……」 「姫守が、他の誰かに、 俺が見たこともない顔を見せるのは、 嫌だなって」 「『俺が見たい』って、 『俺だけに見せてほしい』って、 思ったんだ」 「……あ……そのぉ…… そういうふうに思っていただいて、 とても光栄なのですぅ……」  これ以上は、言わなくても もう分かっただろう。 だけど―― 「姫守」 「は、はい……何でしょう…?」  伝えよう。 大好きな姫守に。 俺の、ありったけの気持ちを。 「――好きだ。姫守のことが大好きなんだ」 「……………」 「……あ……えぇと……誠に恐縮なのですが、 こういうことには不慣れなもので、 どうお答えすればいいのか分からなくて……」 「……しょ、少々、 お待ちいただけますか…?」 「うん。 大丈夫、落ちついてからでいいから」 「ありがとうございます。 ……すー……はー……」  姫守が大きく深呼吸をする。 そして―― 「――ごめんなさい……」 「……そっか……」  覚悟はしてたけど、 これは、かなりきついな。 「あの、でも初秋さんのことは好きなのですぅ。 ですけど、その、恋かと言われると 分からなくて……」 「いや、いいんだ。 こういうのは仕方ないことだしな」 「いえ、ですから、その、 そういうことではなくて…… 本当に分からないのですぅ」  えぇと、何が言いたいんだろう…? 「初秋さんのことは大好きなのですぅ。 男の人の中では一番です。ですけど、 この気持ちが恋なのか、分からないのです」 「ですから、その、分からないままでは お付き合いをすることもできませんし」 「初秋さんのお気持ちにお応えすることも、 できないと思うのですぅ」 「……あ、申し訳ございません。 けっきょく同じことだったかもしれませんが」 「いや、そんなことないよ。 姫守がどう思ってるか教えてもらえて、 すごく嬉しい」 「あの、すごく勝手なことかもしれませんが、 ひとつだけお願いをしてもよろしいですか?」 「うん。なに?」 「……これからも お友達でいてくださいますか?」  そんなの当たり前だろ――  ――そう口にしようとして、思いとどまった。 「……だめ、なのですぅ…?」  俺は首を左右に振った。 「その代わり、俺のお願いも聞いてくれるか?」 「は、はい。私にできることでしたら」 「まだ諦めなくても、いいか?」 「……ですけど、初秋さんの お気持ちに応えられるようになるかは、 分からないのですよ?」 「いいよ、それでも。俺が勝手に 姫守のことを諦めたくないだけだから」 「それにさ、 姫守も、できれば恋をしてみたいんだよね?」 「それは……はい、そうなのですぅ」 「だったら、頑張るよ。 姫守のためにも、たくさん頑張って――」  少し恥ずかしいけれど、 自分を奮いたたせて、 言った。 「きっと、俺に恋をさせてみせる」 「あ……その…… お、お手柔らかにお願いいたしますぅ」 「それでは、失礼いたしますね」 「あぁ、またな」 「はい。またなのですぅ」  姫守が去っていく。 「……はあぁ……」  だめだった、か。  大見得を切ったはいいけど、 “振られた”って事実は変わりないもんな。  明日から、 どんな顔して姫守に会えばいいんだろう…?  いやいや、弱気はだめだ。  「今はまだ好きじゃない」 ってだけで、 「これから先ずっとそうだ」 って決まった わけじゃない。  頑張ろう。  とりあえずは、 普段通りに話せるようにならないとな。 「私も、お慕い申しあげます」 「あ……」  嬉しさで体中が満たされていく。 「あ、その、“好き”という意味なのですぅ」  俺の返事がなかったからか、 恥ずかしげに説明を足した姫守が、 とてもかわいらしかった。 「うん、分かってる。 すごく嬉しいよ」 「……私は、初秋さんよりも、 もっと前なのですよ」 「……前って言うと?」 「初秋さんが私のことを気になるよりも前に、 私は初秋さんのことが気になっていました」 「それは、いつ?」 「初めてマックスバーガーに入った時 なのですぅ」 「勝手が分からず途方に暮れていた私に、 初秋さんは声をかけてくれました」 「ホットアップルパイを買ってくださって、 一緒に食べてくれました」 「その時から初秋さんのことが気になりはじめて、 会うたびに少しずつお慕い するようになって、」 「気がついたら、私は恋をしていたのです」 「初秋さんはいつも 私のお願い事を叶えてくださるのです……」 「そうだったか?」 「はい。 ファストフードを食べて、部活に入って、 それから、恋もできたのです……」 「こうして両想いになれたのです」  自然と自分の頬がほころぶのが分かった。 「じゃ、他に叶えてほしいことはあるか?」 「……名前で、呼んでほしいのですぅ」 「彩雨」  「好き」 という気持ちをありったけこめて、 彼女の名前を呼ぶ。 「はい。 私もお名前でお呼びしてもよろしいですか?」 「あぁ」 「颯太さん」 「なんだ?」 「私にも何かお願い事をしてくださいませ」 「じゃ、 もう一度、彩雨の気持ちを教えてくれるか?」 「はい、かしこまりました」 「あなたのことが、 とても、とても、大好きなのですよ」 「俺も、大好きだよ」 「……恥ずかしいのですぅ」 「大好きだ」 「……私も、大好きなのですぅ」  照れる彩雨がすごくかわいくて、 胸の奥が締めつけられる。 「……あ、あの、その…… お、お待たせしてしまい、 申し訳ないのですぅ……」  姫守は妙に緊張している。  これから何を言われるか、 きっと分かってるんだろう。 「ごめんな、何度も」 「いえ、謝るようなことではないのですぅ」 「そう言ってくれると助かるよ」  ふぅ、と小さく息を吐く。  よし、覚悟は決まった。 「姫守」 「は、はい。何でしょう?」 「これでだめなら諦める」  一縷の望みをかけて、言った。 「俺はまだ姫守のことが好きだ。 姫守の気持ちを聞かせてくれないか?」 「……………」  きゅっと唇を引きむすんだ後、 姫守は答えた。 「――ごめんなさい」  ……振られた……か…… 「ごめんな、何度もしつこくして」 「いえ、お気になさらないでください」 「あの、さ…… もし良かったら、 どこがだめだったのか教えてくれるか?」 「どこが……えぇと、その…… 生理的に受けつけなかった などでしょうか?」 「な……か…!」  せ、生理的に受けつけなかった…!? 「あ、いえ、は、初秋さんがそうだ というわけではなく、そういったことを お答えすればいいのか、という確認なのです」  本当か? 本当にそうなのか? 気遣ってくれてるだけじゃないか? 「違うのです?」 「……あ、あぁ、そういうことなんだけど。 ほら、悪いところがあったら、 俺も直したいし」 「初秋さんの悪いところは……えぇと…… そのぉ……」 「この際、 ズバッと言ってくれたほうが助かるからさ。 気を遣わないで教えてくれ」 「……ズバッと言うのは不得手なのですが、 頑張ってみるのです」 「おう、どんとこい!」 「まず『植物系男子』とご自分でおっしゃり ながら、じつはむっつりなところが良くない と思うのです」 「むっつ…!?」 「それと“ご自分の店を持つ”という夢を 持っているのですが、具体的なことが 何も決まってなくて、少々お子様なのです」 「お、お子さ…!?」 「あと、 たまに独り言をぶつぶつおっしゃっていて、 若干、気味が悪いのです」 「あ……あぁ……」 「それから、私の気持ちが分からないのに 2回も告白してくるところなど、 微妙に空気を読めていないのです」 「……うぅ……あ……」 「最後に、気が多いところがいけない と思うのです。女の子なら誰でもいいのか と思ってしまうのです」 「……あ……あぁ……う……うぅ……」  あまりの衝撃に、 もはやまともな言葉が発せられない。  だが、何とか気持ちを前向きに切りかえ、 言葉を絞りだす。 「そ、そうだよね……ありがとう」 「いえ、 このようなことでお役に立てたのでしたら、 幸いなのです」 「さ、最後にひとつだけ訊きたいんだけど」 「もし、いま姫守が言った悪いところを ぜんぶ直したらさ。もう一度、俺のこと 考えなおしてくれるか?」 「……先のことは分かりませんが、ひとつだけ、 はっきり分かったことがあるのです」 「たぶん私にとって初秋さんは とても大切な存在で、 とても大事なお友達なのです」 「ですから、少なくとも、 これだけは申しあげておきますね」 「私は初秋さんと一生、何があっても 大事な“お友達”として付き合っていきたい、 と考えていますよ」 「……………」 「あ、あれ? 私、何か変なことを 申しあげてしまいましたか?」 「いや、いいんだ、よく分かった。 姫守の気持ちはすごく嬉しいよ」 「そうですか。 良かったのですぅ」 「………それじゃ、またな」  姫守の返事を聞かずに、俺は踵を返した。  これ以上は、涙をこらえきれない 気がしたから……  けっきょく、 この失恋の痛手から立ち直れないまま、 独り身のまま、俺は学校を卒業したのだった。 「私も、お慕い申しあげます」 「あ……」  嬉しさで体中が満たされていく。 「あ、その、“好き”という意味なのですぅ」 「うん、分かってる。 すごく嬉しいよ」 「……このあいだ、 初秋さんがおっしゃいましたよね…?」 「えぇと、どれのことだろう?」 「『俺に恋をさせてみせる』って」 「あぁ……うん、言ったね」 「あの時、私、すごくドキドキしたのですぅ。 それから、どうしてか分からないのですが 初秋さんに会うたびにドキドキしてしまって」 「『何だろう』って思いました。 私が私じゃないみたいで、そのぉ…… とても胸が苦しかったのですぅ」 「ですから、たくさん考えました。 たくさん考えて、ようやく気がつきました」 「恋だったのです。 私はあなたに恋をしてしまったのです」 「初秋さんはいつも 私のお願い事を叶えてくださるのです……」 「そうだったか?」 「はい。 ファストフードを食べて、部活に入って、 それから、恋もできたのです……」 「こうして両想いになれたのです」  自然と自分の頬がほころぶのが分かった。 「じゃ、他に叶えてほしいことはあるか?」 「……名前で、呼んでほしいのですぅ」 「彩雨」  「好き」 という気持ちをありったけこめて、 彼女の名前を呼ぶ。 「はい。 私もお名前でお呼びしてもよろしいですか?」 「あぁ」 「颯太さん」 「なんだ?」 「私にも何かお願い事をしてくださいませ」 「じゃ、 もう一度、彩雨の気持ちを教えてくれるか?」 「はい、かしこまりました」 「あなたのことが、 とても、とても、大好きなのですよ」 「俺も、大好きだよ」 「……恥ずかしいのですぅ」 「大好きだ」 「……私も、大好きなのですぅ」  照れる彩雨がすごくかわいくて、 胸の奥が締めつけられる。 「そういえばさ、 俺たちが付き合いはじめたこと、 みんなに言っとくか?」 「……あ、その、 初秋さんがおっしゃりたいのでしたら、 私は構いませんが……」 「いや、そんなに言いたいわけじゃないけど、 彩雨はどうかと思って」 「そうでしたか。 でしたら、その、できれば もう少しだけ内緒にしたいのですぅ……」 「だよな。 ちょっと恥ずかしいもんな」  こくり、と彩雨がうなずく。 「じゃ、しばらくは内緒な」 「はい、二人だけの秘密なのですぅ」  こうして、俺たちの交際が始まった。 「というわけでさ、 俺と彩雨、付き合うことになったから」 「だってさ」 「なるほど」 「そんなことより、 まひるはお腹が空いたんだ」 「もうすぐオムライスが来ると思いますよ」 「え……ちょっと……みんな反応、鈍くない?」 「だって、今更そんなこと言われても」 「いつ付き合うのかと思ってましたよね」 「……え、そ、そうなのですぅ?」 「知らぬは本人たちばかり、だね」 「いや、それにしたって 『おめでとう』の一言ぐらい……」 「颯太くん」  あぁ、まやさん、待ってました。 あなただけが頼りです。 「ご注文は決まったかな?」 「え、えと……今は、そういう話じゃ……」 「ご注文は?」 「あ、アメリカンで」 「はーい、かしこまりました。 少々お待ちくださいませ」 「……………」 「ちゃんと皆さんにお伝えできて 良かったのですぅ」 「まぁ、思ってたのとちょっと違ったけどな」 「失敗なのですぅ?」 「いや、彩雨さえ良ければ大成功だよ」 「私も、颯太さんさえ良ければ大成功 だと思うのですぅ」 「じゃ、大成功だな」 「はい、大成功なのですぅ」 「……あーあ、幸せそうでいいなぁ」 「見せつけられるこっちの気持ちにも なってほしいものだね」 「ですよねー」  みんなの冷ややかな視線が降りそそぐ中、 俺と彩雨は二人の世界に入っていた。 「あー、もういる。 絶対、あたしのほうが早く来たと思ったのに。 もしかして、ここから電話した?」 「まぁ」 「えー、せっかく先に来てビックリさせよう と思ったのに。そんなのズルいよ」 「いや、 ズルいってことはないと思うんだけど……」 「ていうか、お前、 ちょっとテンション高くないか?」 「だって『大事な話がある』って言うから。 颯太はあたしに真剣な話してくれないし。 嬉しくなっちゃったんだもん」 「そんなこともないと思うけど。 すぐお前が下ネタにするからじゃないか?」 「嘘だぁ。 下ネタ言ったって、真剣な話はできるじゃん。 颯太があたしをないがしろにしてるからよ」 「いやいや、どう考えたってできないよね? 下ネタ言いながら真剣な話とか おかしいよね?」 「じゃ、やってみよっか?」 「やれるもんならな」  ――って、こんないつも通りのバカ話をして どうするんだよ…?  せっかく、こうならないように リンゴの樹の下に呼びだして、 告白する雰囲気を作ろうとしたってのに。  ていうか、呼びだした時点である程度、 気がつくかと思ったんだけど……  友希はまったくいつも通りだな。 「どしたの、急に黙っちゃって。 オナニーしたい?」 「……………」  こんなこと言ってくる奴に、いったい どんな顔して告白すればいいんだ…?  だけど、何ていうか、いつのまにか 俺は友希にすっかり毒されてて、  今じゃ、こんなところまで 無性にかわいく思えてくるから、 困ったもんだ。 「あのな、友希。 俺とお前って幼馴染みだよな?」 「うん。 今更どうしたの?」  息を吸う。  よし、言おう。 「ずっとお前は近くにいたから、 ぜんぜん意識もしなくて、 気がつかなかったことがあってさ」 「でも、ふと思ったんだよな。 お前と一緒にいると、 すごく楽しくて、ほっとするなって」 「あははっ、何それ、変なの」 「変だよな。俺も『変だな』って思ったんだよ。 いまさら、わざわざこんなこと考えて どうしたんだろう、ってさ」 「でも、気になりはじめたら止まらなくて、 どうしても理由が知りたくて、 考えてみたんだよね」 「どうして友希と一緒にいると楽しいんだろう、 って。どうしてこんなにほっとするんだろう、 って」 「……えっと……考えてみて、どうだった?」 「『友希って女の子だったんだな』って思った」 「当たり前じゃん。 いつも、あたしのおっぱい見てるくせに……」 「お前がそうやって下ネタばっかり言うだろ。 前までだったら何とも思わなかったのに、 今はすごく気になって仕方ないよ」 「き、『気になる』って言われても…… どう気になるの?」 「だから、その…… 『友希が女の子だ』ってことを意識する っていうかさ」 「や、やーらしいこと考えるんだぁ……」 「人がオブラートに包んだのに、 何を言ってるんだ……」 「あ、ごめん。で、でも、最近だって 颯太はあたしが下ネタ言ってても、 いつも通りだったじゃん」 「そりゃ、表面上はそうするしかないだろ」 「……あ……そっか、そだね……」  分かっているのか、 それとも分かってないのか、 友希は俺の顔をじっと見返してくる。  くりくりとしたその瞳が、 好きで、好きで、どうしようもない。 「友希」 「う、うん。なに?」  勇気を振りしぼって、彼女の名前を呼んだ。  だけど、次の言葉がどうしても 喉につかえて出てこない。  もし、断られたら――そう考えただけで 全身が怖じ気づいたように動かなくなった。  きっと、ずっとそうだったんだろう。  友希の笑顔を失うのが怖くて、俺は 自分の気持ちにずっと名前をつけない ままでいたんだ。  だから、今日は伝えよう。 この気持ちに、ようやくつけられた、 その名前を―― 「――好きだ。 友希、俺はお前のことが、好きだよ」 「あ……う、うん……ありがと……」  そう言ったきり、友希は どうすればいいか分からないといったふうに ただ目をぱちぱちとさせた。 「……えっとね……ちゃんと、返事するね」 「あぁ……」 「あたし――」  声が詰まったように、言葉は途切れた。  友希が思いきるように、 もう一度、深く息を吸いこむ。 そして―― 「あたしも、颯太のこと好きだよ。 でも――」 「――ごめんね。 恋とか、まだよく分かんない……」 「……そっか」  こういう答えも覚悟してたけど、 実際言われると、厳しいな。 「ご、ごめんね。 怒った?」 「なんで怒るんだよ。 ちゃんと答えてくれて、ありがとうな」 「……もう遊んでくれなくなる?」 「そんなわけないだろ。 友希が嫌じゃないんなら、俺は大歓迎だよ」 「あたしは嫌じゃないよ。でも、颯太は あんまりあたしと話したくなくなっちゃう かなって」 「そんなことないって。むしろ、振られた後に 前みたいな関係に戻れなかったらって、 心配してたぐらいだ」 「……ごめんね」 「俺のほうこそ、いきなりこんなこと言って、 ごめんな」 「うん……」 「……………」  仕方ないことだけど、 やっぱり、気まずいな。 「……変なこと、訊いてもいい?」 「どうした?」 「幼馴染みのあたしは、颯太にとって、 いらない?」 「どうしてそうなるんだ?」 「だって『幼馴染みのままでずっといよう』 って言ったら、颯太はだめでしょ?」 「……まぁ、そうだな」 「楽しくないから?」 「いや……むしろ“楽しいから”かな。 友希と一緒にいると、すごく楽しくて、 どんどん好きになって仕方がなくなる」 「だから、幼馴染みのままじゃいられない」 「……“楽しい”とか“好き”とかだけなら、 幼馴染みのままでもいいのに……」  その気持ちが分からないわけじゃないけど、 「……例えばお前と、子供の頃みたいに これからもずっと、仲のいい幼馴染みで いられるんなら、それもいいかもしれないよ」 「でも、実際には、 ずっと一緒にはいられないだろ」 「え…?」 「そうじゃないか?」 「……でも、あたしも颯太も変わらなかったら、 ずっと一緒にいられるよ」 「今はいいけど“ずっと”はたぶん無理だよ」 「友希に恋人ができるかもしれないし、 俺が誰かと付き合うかもしれない。 そしたら、もう同じようにはいられないだろ」  友希はしばらく、考えこむように黙っていた。 そして―― 「……うん、そうだね…… でも、わがままかもしれないけど、 颯太とこれまで通り、一緒にいたい……」 「じゃあさ、 俺のわがままも聞いてくれるか?」 「うん、なに?」 「友希のこと、まだしばらく 好きでいてもいいか?」 「……うん、いいよ」 「ありがとうな」 「うん……」 「颯太、この後、暇?」 「まぁ、何も予定はないよ」 「じゃ、遊びにいこっか?」 「あ……悪い、今日は勘弁してくれるか?」 「……そっか。 ごめん。 じゃ、またね」 「あぁ」 「ばいばい」  友希が去っていく。 「……はあぁ……」  だめだった、か。  友希も俺のことを好きかもしれない なんて、ちょっとは期待したけど、 まったくの一方通行だったみだいだな。  明日から、 どんな顔して友希に会えばいいんだろう…?  いやいや、弱気はだめだ。  俺だって、ずっと友希のことを 「ただの幼馴染みだ」 って思ってたんだし、 友希だって気持ちが変わるかもしれない。  とりあえずは、 普段通りに話せるようにならないとな。 「…………好き……」  あれだけ息を吸いこんだのに、それは、 風に流されてしまいそうなほど小さな声で ……だけど、確かに友希はそう言った。 「……き、聞こえた?」  怖ず怖ずとした彼女の問いに、 自然と頬がほころぶ。 「悪い、聞こえなかった」 「嘘だぁっ。 すっごい笑顔じゃん。 聞こえてるじゃんっ」 「いいや、聞こえなかった。 頑として聞こえなかったぞ。 もう一回、言ってもらわないとな」 「……そんなに、聞きたい?」 「あぁ、ものすごく。 もう一回、聞かせてくれるか?」 「……そんなに聞きたいなら、言うよ」 「うんとね……あたしも、好きよ……」 「どのぐらい?」 「ど、どのぐらいって言われても…… えっと……す、すっごく好き……」 「『すっごく』って言われても、 ピンと来ないぞ。もっと具体的に」 「そんなこと言われても……じゃ、えっと ……お、おち○ちん勃起させてあげたくなる ぐらい好き」 「……………」 「あ、ちゃ、ちゃんとその後もするよ。 ち、小さくなるまで面倒見てあげたくなる ぐらい好きっ」  えぇと…… 「ち、違った? そういうんじゃない?」  まぁ、ちょっと、 告白の時にどうなのかとは思う。 だけど―― 「そういうところも好きだよ」 「あ……ありがと。嬉しい」  どうしよう。 友希がすっごくかわいいんだけど…… 「あたしも聞きたいよ」 「何を?」 「だから……『好き』って……聞きたい……」  そんなことを言う友希が やっぱりすごくかわいくて、 その気持ちをそのまま言葉にした。 「好きだよ」 「どのぐらいっ?」 「そうだな。 これからずっと友希を独り占めしていたい ぐらい好きだ」 「……あたしも、独り占めされたいぐらい、 好き」 「じゃ、独り占めしてあげるよ」 「……や、やーらしいことするっ?」 「お前は、本当にもう…… そりゃ『しない』とは言わないけど、 順番ってものがあるだろ」 「でも、男の子って、 やーらしいことしたいから 『好き』って言うんでしょ…?」 「……………」 「ち、違った? だって、よくそう言うよね?」 「よくそう言うかもしれないけど、 俺はそんなのより、もっと 友希のことが好きだよ」 「『もっと』って、どのぐらい?」 「やーらしいことしなくても ずっとそばにいたいぐらい 好きだよ」 「ずっと、しなくてもいいの?」 「いいわけじゃないけど、しなくても 友希のことが好きだよ」 「く、口とか手とか使わなくても、 好きでいてくれるの?」 「何を言ってるんだ、お前は。 当たり前だろ」 「……………」 「どうした?」 「ちょ、ちょっと待って。 今、だめ」 「いや、『だめ』って何が?」 「……ご、ごめんね。そんなに 『好き』って思ってくれてると思わなかった から、急に恥ずかしくなっちゃった」 「えぇと……訊きたいんだけどさ、 『そんなに好きとは思わなかった』って、 じゃ、俺の告白を何だと思ってたんだ?」 「その、童貞卒業したいから 身近なところで済ませちゃえ 的な告白かなって…?」 「……………」 「お、怒った? ごめんね」 「怒ってないけど、 それに『好き』って返すのは どうなんだよ……」 「だって、好きなんだもん。 遊びでも嬉しい」  まったく。 「だめ男に引っかかる前に、 俺がもらってやれて良かったよ」 「あたし、もらわれちゃった?」 「言っとくけど、返さないぞ」 「……うん、返さないでね。 大事にして」 「あぁ、大事にするよ、ずっと」 「あ、あたしもちゃんと大事にするから」 「嬉しいよ」 「ねぇねぇ」 「何だ?」 「……好き」 「俺も好きだよ」 「……え、えへへ……何度聞いても……嬉しい」  照れたように、けれども、とても嬉しそうに 友希が笑う。  その笑顔を見てると、もうとっくに 友希のことが好きで仕方ないのに、 また何度でも恋に落ちそうな気がした。 「……お待たせ。 ご、ごめんね、遅くなっちゃって……」  こないだのことがあるからだろう、 友希は少し緊張気味だ。 「こっちこそ、悪いな。 急に呼びだしてさ」 「う、うぅん、平気」  ぐっ、と拳を握る。  心臓がうるさいぐらいに鳴ってるけど、 覚悟を決めて、言った。 「友希」 「う、うん、なぁに?」  何度言ったって 結果は変わらないかもしれない。  それでも、俺はこの想いを もう一度、打ち明けずにはいられなかった。 「俺はやっぱり友希のことが好きだ。 ただの幼馴染みではいられない」  はっと息を呑んだ後、 友希が静かに口を開く―― 「ごめん。あたし、颯太のことは ずっと幼馴染みとして見てきたし、 今更そんなこと言われても困るよ」  だめだった、か…… 「……ごめんな、何度もしつこくして」 「うぅん、大丈夫だよ」 「なぁ……もし、さ。 もし、俺とお前が幼馴染みじゃなかったら、 “好きになる”ってこともあったのかな?」 「えー、その考え方キモい。 普通に無理よ」 「……え……あ……」  き、キモい…!? 「あー、うんとね、 颯太はよく分かってないみたいだから、 幼馴染みとして教えてあげるね」 「あたしに告白してきた時とか、 いろいろ格好良さそうなこと言ってたじゃん」 「でも、顔は普通にキモかったから。 こんど他の女の子に告白する時は 気をつけたほうがいいと思うよ」 「あんなキモい顔してたら、 OKする女の子いないし」 「やりたいだけなのかなぁ、 としか思わないわよ」 「……あ、あ……あぅ……」  や、やりたいだけ…?  俺が……やりたいだけに見えてて、 なおかつ、キモかった…? 「じゃ、俺がキモい顔じゃなかったら 友希もOKしてくれたかもしれない ってことか?」 「あははっ、バカじゃないのー。 普通に無理に決まってるじゃん」 「……………」  普通に無理…?  普通に無理って…!? 「それに、やっぱり、 幼馴染みで付き合おうとするのって、 ちょっとキモいもんね」 「……………」 「あれ? 颯太? ご、ごめんね、違うよ。 付き合うのはキモいけど、 いつもの颯太はぜんぜんキモくないよ」 「……………」 「えっと、言い方まちがえたかも。 あたしが『キモい』と思っちゃうだけで、 颯太はぜんぜんキモくないっていうかさ」 「……………」 「だ、だから、悪いのは 『キモい』と思っちゃうあたしのほうだから、 颯太はぜんぜん悪くないのよ」 「その……『キモい』って思ってごめんね…… これからは思わないように、努力するから」 「いや……俺のほうこそ、キモくてごめん。 ちょっと一人にしてくれ」 「あ……あの……」  友希がまだ何か言いたそうにしてたけど、 逃げるようにその場を後にした。  それ以上、友希の顔を見ていたら、 涙がこみあげてきそうだったから――  けっきょく、 この失恋の痛手から立ち直れないまま、 独り身のまま、俺は学校を卒業したのだった。 「……あたしも……好き……」  一瞬、その言葉が信じられなくて、 何も口にできず、 その場に立ちつくしてしまった。 「……き、聞こえた?」 「……聞こえた、けど」 「けど?」 「信じられないから、 もう一回、言ってくれるか?」 「え……う、うん…… だから、あたしも……好きだよ」 「幼馴染みとしてじゃなくて?」 「……うん、そう」  心の底から、じわじわと 嬉しさがこみあげてくる。 「……うんとね、この前、言ってたでしょ。 幼馴染みのままじゃ、いつまでも ずっと一緒にいられないって」 「あぁ」 「あれから考えたんだぁ。 一緒にいられなくなったら、 どうなるのかなって」 「そしたらね、そしたら…… すごく嫌だって思ったの」 「ずっと一緒にいられないのも嫌だし、 あたしの代わりに誰かがそばにいるんだ って思ったら……なんかね……」 「そんなの、許せなくて……ぜったい嫌で…… あたし、考えただけで嫉妬した」 「そしたら、すごく不安になっちゃって。 この前は『好き』って言ってくれたけど もう期限過ぎちゃったかな、とか思って」 「怖くて、いまさら『好きだ』って なかなか言えなくてね……」 「ぜんぜん自覚もなかったのに…… 本当はこんなに好きだったんだ って気づいちゃった……」  胸の中が温かさでいっぱいになって、 その気持ちが溢れるままに、俺は言った。 「友希」 「は、はいっ」 「大丈夫だよ。 今も、ずっと、好きだから」 「うん……あたしも、好き……」 「どのぐらい?」 「ど、どのぐらいって言われても…… えっと……す、すっごく好き……」 「『すっごく』って言われても、 ピンと来ないぞ。もっと具体的に」 「そんなこと言われても……じゃ、えっと ……お、おち○ちん勃起させてあげたくなる ぐらい好き」 「……………」 「あ、ちゃ、ちゃんとその後もするよ。 ち、小さくなるまで面倒見てあげたくなる ぐらい好きっ」  えぇと…… 「ち、違った? そういうんじゃない?」  まぁ、ちょっと、 告白の時にどうなのかとは思う。 だけど―― 「そういうところも好きだよ」 「あ……ありがと。嬉しい」  どうしよう。 友希がすっごくかわいいんだけど…… 「でも、あたしのほうが たぶん何倍も好きだよね」 「いやいや、それおかしいよね。 そもそも最初に告白した時、 友希は断っただろ」 「そ、それはそれっ。 気づいてなかっただけなんだもん。 今はあたしのほうが好きだ、って分かったの」 「絶対、俺のほうが好きだと思うぞ」 「あたしのほうが好きっ!」 「俺のほうが好きだ」 「……じゃ、どのぐらい?」 「そうだな。 これからずっと友希を独り占めしていたい ぐらい好きだ」 「……あたしも、独り占めされたいぐらい、 好き」 「じゃ、独り占めしてあげるよ」 「……や、やーらしいことするっ?」 「お前は、本当にもう…… そりゃ『しない』とは言わないけど、 順番ってものがあるだろ」 「でも、男の子って、 やーらしいことしたいから 『好き』って言うんでしょ…?」 「……………」 「ち、違った? だって、よくそう言うよね?」 「よくそう言うかもしれないけど、 俺はそんなのより、もっと 友希のことが好きだよ」 「『もっと』って、どのぐらい?」 「やーらしいことしなくても ずっとそばにいたいぐらい 好きだよ」 「ずっと、しなくてもいいの?」 「いいわけじゃないけど、しなくても 友希のことが好きだよ」 「く、口とか手とか使わなくても、 好きでいてくれるの?」 「何を言ってるんだ、お前は。 当たり前だろ」 「……………」 「どうした?」 「ちょ、ちょっと待って。 今、だめ」 「いや、『だめ』って何が?」 「……ご、ごめんね。そんなに 『好き』って思ってくれてると思わなかった から、急に恥ずかしくなっちゃった」 「えぇと……訊きたいんだけどさ、 『そんなに好きとは思わなかった』って、 じゃ、俺の告白を何だと思ってたんだ?」 「その、童貞卒業したいから 身近なところで済ませちゃえ 的な告白かなって…?」 「……………」 「お、怒った? ごめんね」 「怒ってないけど、 それに『好き』って返すのは どうなんだよ……」 「だって、好きなんだもん。 遊びでも嬉しい」  まったく。 「だめ男に引っかかる前に、 俺がもらってやれて良かったよ」 「あたし、もらわれちゃった?」 「言っとくけど、返さないぞ」 「……うん、返さないでね。 大事にして」 「あぁ、大事にするよ、ずっと」 「あ、あたしもちゃんと大事にするから」 「嬉しいよ」 「ねぇねぇ」 「何だ?」 「……好き」 「俺も好きだよ」 「……え、えへへ……何度聞いても……嬉しい」  照れたように、けれども、とても嬉しそうに 友希が笑う。  その笑顔を見てると、もうとっくに 友希のことが好きで仕方ないのに、 また何度でも恋に落ちそうな気がした。 「そういえば、どうしようか?」 「そ、颯太がしたいなら……今、しちゃう?」 「えーと、何を?」 「え、えっちじゃなくて?」 「俺たちが付き合いはじめたことを みんなに言うかどうか、 ってことなんだけど…?」 「あ、そっち。 だ、だめだよ、言っちゃだめ。 恥ずかしいじゃん」 「まぁ、それはそうだな」 「しばらく内緒にしようよ」 「しばらくって?」 「しばらくは……しばらくだもん」 「分かったよ。じゃ、そうしよっか」 「うん……ふふっ」 「どうしたんだ?」 「颯太と付き合ってるんだぁ って思って、嬉しくなっちゃっただけ」 「お前って、すっごくかわいいよな」 「え……えっと……その、ありがと……嬉しい」  その反応に胸がドキッとした。 「颯太……えっとね、今日から 幼馴染みじゃなくて恋人になるけど ……よろしくね」 「あぁ、こっちこそ、よろしくな」  こうして、俺たちの交際が始まった。 「というわけで、 俺と友希は付き合うことになったんだ」 「お二人とも、おめでとうございます」 「……えへへ、ありがと……」 「こういう時には確か、 馴れ初めをお訊きするのですよね」 「『馴れ初め』って言われても、な」 「ね。 特にないし」 「ないのですか?」 「まぁ、お互い『ただの幼馴染み』だと 思ってたんだけどさ、じつはそうじゃない ことに気づいただけっていうか」 「――だそうだよ」 「んー、茶番かなぁ?」 「ちゃ、茶番って、俺たち これでも真剣に考えたりしたんですよっ」 「って言っても、はたから見てると 付き合ってないのが不思議なぐらいだったし。 『なーんだ』って感じかな」 「まやさん、ちょっと 今日、冷たくないですか?」 「無理もないさ。あんなに仲がいいのに 付き合ってないなんて、幼馴染みっていうのは ほほえましいね、とみんな思っていたんだよ」 「それが何だい? 自分の気持ちに気づいていなかった? 小学生かな、君たちは?」 「う……」 「まひるは分かってたんだっ! 友希と颯太は、昔から デキアイのオカズだったんだ!」 「『できてた』って言いたいのか?」 「まぁまぁ、まひるちゃん。 あとはお若い二人に任せるとして、僕たちは 向こうでパーティでもしようじゃないか」 「かしこまりました。では、お会計は あちらのお客様にご請求いたしますね」 「え、ちょっとまやさん……」 「姫守もおいでよ」 「はい、かしこまりました」 「……………」 「あははー、手荒い祝福されちゃったね」 「みんな冗談がきついんだよな」 「でも、嬉しい。颯太とのこと、 ちゃんとみんなに言えたんだもん」 「友希が嬉しいなら、俺も嬉しいよ」 「あ……うん……そしたら、 あたしもまた嬉しいよ」 「無限ループなんだ」 「目に毒だね、あれは。 とても見られたものじゃないよ」 「ほんと、妬けちゃうなぁ……」  みんなの呆れた視線が降りそそぐ中、 俺と友希は二人の世界に入っていた。 「……ちょ、ちょっと遅れたんだ…… 道が混んでたんだ。ホントだぞ。 フカコーリョクってゆーやつなんだっ」 「大丈夫だよ」 「ホントにホントなんだっ。 大渋滞で、まひるは頑張って歩いたけど、 ぜんぜん前に進まなかったんだ」 「……どうやったら 徒歩で大渋滞に巻きこまれるんだよ……」 「巻きこまれたんだから仕方ないんだ。 道に迷ったわけじゃないんだぞっ。 まひるは悪くないんだ!」 「……………」  こんなあからさまな嘘をついて、 バレないつもりなんだろうか?  これだから、 まひるを放っておけなくなるんだよなぁ。 「それより、 大事な話があるんじゃなかったのか? まひるは大事な話を聞きにきたんだ」 「あぁ」  一度振られているのに、 すごく未練がましいとは思う。  それでも、これ以上、 自分を偽ってはいられない。 「去年のことを、まひるに謝ろうと思ったんだ」 「去年? 颯太は何か悪いことしたのか? まひるは心当たりがないんだ」 「付き合ってた時のことだよ」 「まひるは真剣に告白してくれたのに、 俺はちゃんとまひると向きあってなかったな って」 「初めて女の子に告白してもらって 舞いあがって、“付き合う”ってことも “好き”の意味も、よく分かってなくてさ」 「まひるが俺にくれた気持ちを、 俺はちゃんと返せてなかったんだと思う」 「ごめんな」 「……そんなこと言われても、 まひるはどうしようもないんだ……」 「そうだよね。 でも、まひるの気持ちが分かったから、 どうしても謝りたくて」 「……ホントに、まひるの気持ちが、 ちゃんと分かったのか?」 「うん。 そりゃ、全部じゃないとは思うけど」 「まひると付き合って、振られてさ。 しばらく会えなくて、再会して、 またこうして話せるようになって」 「すごく大事なことに気がついたんだ」 「そうなのか?」  俺が何を言おうとしているのか、 まひるはまったく気がついていない。  まひるの中じゃ、もうとっくに 終わったことなのかもしれない。  それでも、 「だめかもしれない」 と思っても、 この気持ちはもう止められないんだ。 「たった二週間だけだったけど、 うまく行かないことばかりだったけど」 「それでも、 まひると付き合ってたあの時間は すごく楽しかった、ってことに気づいたんだ」 「……………」  いくらまひるでも、ここまで言えば、 俺の気持ちがもう分かっただろう。  それでも、最後までちゃんと告げるのが、 かつて真剣に告白してくれたまひるに対する 礼儀だと思った。 「まひる」  彼女の名を呼ぶ。  心から溢れでてくるこの想いを、 そのまま言葉にこめる。 「――好きだ」 「今度は嘘じゃない。 『俺はまひるのことが本当に好きだ』って、 ようやく気がついたんだ」 「いまさら都合がいいことを言ってる と思うけど」 「俺ともう一度、付き合ってくれないか?」 「……………」  まひるは、きゅっと唇を引きむすび、 無言で俺を見返してくる。  その瞳に見つめられると、 たちまち心臓が激しく脈を打ち、 手が震えそうになる。  一瞬が何秒にも何十秒にも感じられた。  まひるは静かに息を吸う。 そして―― 「そんなのまひるは信じないんだっ!」 「えっ……」 「まひるのことが好きなら、 付き合ってる時に言えば良かったんだ。 ウソをついたらダメなんだぞっ」 「いや、だから嘘じゃなくてさ、 まひると別れた後に、 『まひるのことが好きだ』って気づいたんだ」 「そんなのおかしいんだっ! 別れてから好きになるわけないんだっ。 まひるは信じないんだっ!」 「あの……でもさ……」 「信じないったら信じないんだっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いだっ! ウソツキ、ケムシ、つまんで捨てろー!!」  そう言い捨てて、 まひるは走りさろうとして――  転んだ。 「……うぇ……ぐす……痛いんだ……」 「だ、大丈夫か?」 「大丈夫じゃないんだっ! まひるは負傷したんだぞ。 一刻も早く治療が必要なんだっ」 「分かった分かった。 保健室に連れていってやるから、 ちょっと我慢してな」 「それなら、いいんだ」  まひるをおぶって保健室まで連れていった。  告白はうやむやになってしまい、 振られたのかどうかもよく分からないけど、 うまく行かなかったことには変わりない。  まひるはもう、まったく俺に興味がない ってことなんだろうか?  いや、弱気はだめだ。  少なくとも、 まひるからちゃんとした返事をもらうまでは 諦めようにも諦めきれない。 「うん……」  信じられない気持ちと、嬉しさが、 同時に全身を満たしていく。 「……まひるのことが好きなら、 また付き合ってもいいんだ……」 「い、言っておくけど、 おまえが『好きだ』って言うから、 付き合ってあげるんだぞっ」 「勘違いしたらダメなんだっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いなんだ!」 「……………」  えーと…… 「……世界で一番大嫌いなのに、 付き合ってもいいのか?」 「えっへん。まひるは寛大なんだ。 おまえがかわいそうだから、 付き合ってあげるんだぞ」 「……………」  まぁ、一度振った手前、 まひるが素直になりきれない気持ちも、 何となく分からないでもない。  あいかわらずしょうがない奴だってのに、 そんなところもかわいく思えてくるんだから、 もうこれは重症だ。  だけど―― 「そっか。 でも、それなら、 付き合ってくれなくてもいいぞ」 「えっ? な、なんでだ? おまえは 『まひるのことが好き』って言ったんだ」 「好きなら、付き合ってくれたら 嬉しいはずなんだ」 「まひるは去年、俺と付き合ってた時、 嬉しかったか?」 「……嬉しくなかったんだ……」 「まひるが俺のこと好きじゃないのに、 ただ付き合っても意味ないだろ?」 「……うん……」  まひるは少し考えて、 「じゃ……まひるは、意味があるように、 付き合いたいんだ……」  それで分からなかったわけじゃないけど、 まひるの口から、もっと直接的な言葉を 聞きたい。 「それ、どういう意味か、 はっきり教えてくれるか?」 「うー…! なんで分からないんだ……」 「まひるには一度振られてるからさ。 はっきり言ってくれないと、 自信持てるわけないだろ」 「……うー…!」 「あ、UFOなんだっ!」 「何を言ってるんだ?」 「……UFOなんだ、UFOっ! 早く見るんだっ!」  そんなこと言われても。  やっぱり、UFOなんているわけないよなぁ。 「どこにも見えないぞ」 「ま、まだなんだ、あっち向くんだっ。 まひるが『いい』って言うまで こっち向いたらダメなんだぞっ」  しょうがないな。  もう一度、空を見る。  UFOなんているはずもなく、 綺麗な夕焼けが広がっている。  まひるは何も言わない。  俺はそのまま夕焼け空を見つづけた。  ……いつまで、こうしていればいいんだろう? いいかげん首が疲れてきたんだけど…… 「――き……なんだ」 「……えっ?」 「わ、分かったか?」 「いや、聞こえなかったんだけど」 「……うー…! なんで聞こえてないんだ……」 「今度はちゃんと聞いてるから、 俺の目を見て言ってくれるか?」 「……そんなの、まひるは恥ずかしいんだ……」 「じゃ、恥ずかしくない おまじないをかけてあげるよ」 「そんなのあるのか? かけてほしいんだ」 「じゃ、行くよ」 「俺は、まひるのことが大好きだ」 「あ……うん……嬉しな……」 「まひるは俺のこと好きか?」 「……き……なんだ」 「俺はまひるのことが大好きだよ」 「まひるも、おまえのことが好きなんだ……」  自分の顔が自然と笑顔になるのが分かった。 「おまえのことが、一番好きなんだ」 「あ……うん……ありがとう」  「一番好き」 という言葉をもらえたことが、 こんなに嬉しいなんて思わなくて、  まひるにも同じ気持ちを感じてほしい と思った。 「俺も、お前のことが一番好きだよ」 「……えへへ……おんなじ一番なんだ…… 嬉しな……」 「俺も、まひると同じで嬉しいよ」 「まひるは『好き』って言ったから、 これで付き合ってくれるのか? もう『イヤ』って言わないか?」 「あぁ。そもそも俺が 『付き合いたい』って言ったんだからな」 「あ、そうだったんだ…… 忘れてたんだ……」 「お前らしいな」 「……『好き』って言ったのに、 もうバカにしてるのか?」 「まひるはもうおまえの彼女なんだぞ。 バカにするのはおかしいんだ」 「バカにしてないよ。 そういうところも、かわいいよな」 「……え、えへへ……そっか、それならいいな。 まひるは許すな……」 「まひる、約束するよ。 今度は、まひるに振られないように ちゃんと付き合うから」 「……ぜったい約束なんだ。 ウソついたらハリセンボン呑ますんだ」 「あぁ、絶対だ」 「……えへへ……約束したら、大丈夫なんだ」 「えっへん。 今日はまひるは時間通りなんだ。 偉いんだ」 「そうだな、偉いぞ」  ていうか、なんで こないだのことがあったのに、 こんなに何でもない顔して来られるんだろう?  やっぱり、ちゃんと信じてもらわないとな。 「まひる。何度もしつこいと思うんだけど、 まひるが分かってくれて、ちゃんと返事を くれるまで、何度でも言うからな」 「振られるんなら、それはしょうがないけど、 信じてくれないんじゃ諦めきれない」  今度こそ分かってもらおうと、 心からの想いをもう一度打ち明ける。 「俺は、まひるのことが好きなんだ。 どうやったら信じてもらえるか 分からないけど……」 「でも、大好きなんだっ!」 「……………」 「……もう一度、俺と付き合ってくれないか?」  誠心誠意、心をこめてそう言った。  まひるはこないだと同じように、 きゅっと唇を引きむすび、俺を見返してくる。 そして―― 「……イヤだっ! まひるは絶対に信じないんだっ!」 「まひるは、これからお迎えが来るから、 もう行くんだっ!」 「おいっ! 待て、まひるっ!」 「待てってっ!」 「……うー…! なんでついてくるんだ…?」 「お前が信じてくれないからだろ。 ちゃんと俺の言うことを信じて、 返事をくれたら、もう追いかけないよ」 「……………」 「なぁ、まひる、頼むよ。 俺はお前のことが本当に好きなんだ」 「だから、どんな答えでもいいから、 ちゃんと返事をくれないか」 「……うぅ……」 「……うっ……ぐすっ、うえぇぇ…… イヤだぁ、ぐすっ、えっぐっ、うっ、 えっ、うえぇぇぇんっ!」 「え……ちょ、まひる……泣くことないだろ…… そんなに嫌だったのか?」 「ねぇ、あれ……初秋くん、 まひるちゃんを泣かしてるんじゃない…?」 「うん。 なんか、しつこく迫ってるみたい」  な……ひどい誤解だ。 「ち、違うんだよっ。 なぁ、まひるっ、お前からも――」 「そこまでですっ!」  ふいに現れたスーツ姿の女性が 俺とまひるの間に割って入ってきた。 「初秋颯太さんですね?」 「そうだけど…?」 「私はこういう者です」  名刺を受けとる。  神永プロダクション 小町まひる専属マネージャー 司馬良子  ――と書いてある。 そういえば、さっき まひるが 「迎えが来る」 って言ってたっけ? 「あなたはまひるちゃんの元カレだそうですね」 「……そうだけど……」 「単刀直入に言います。 これ以上、まひるちゃんにつきまとうのは やめていただきたい」 「いや、別につきまとってないんだよ。 俺たち、友達でさ」 「あなたのことは『世界で一番大嫌いだ』と、 まひるちゃんは私に言っていましたよ」 「いやいや、それは誤解だって。 世界で一番大嫌いだってのは、 まひるの愛情の裏返しっていうかさ」 「何を言って…… まひるちゃんの話から薄々と勘づいては いましたが、とんだストーカーですね」 「え……ストーカーって…!?」 「そうでしょう? 『世界で一番大嫌い』が愛情の裏返し? そんなはずがないでしょう!」 「ちょっと待ってくれ。 なに言ってるんだよ」 「まひるがそういう性格なのは、 俺が一番よく知ってるんだって」 「はぁ、話になりません。 典型的なストーカーですね」 「よくいるんですよ。あなたのように ありもしない妄想を現実だと思いこんで しまうファンが」 「これ以上、まひるちゃんに近づくなら、 警察に被害届を出しますよ」 「えっ…?」 「当然でしょう。 あなたのやってることは犯罪です。 さ、行きましょう、まひるちゃん」 「待ってくれ、まひるっ。 お前は『もう近づくな』なんて思ってない だろ、なぁっ?」 「……まひるは、もう二度と、 おまえには会いたくない……」 「……そ、んな……嘘だろ……」  マネージャーに連れられて、 まひるが去っていく。  その背中を、 俺は呆然と眺めることしかできなかった。 「最っ低……初秋くんって、 まひるちゃんのストーカーしてたんだ」 「『世界で一番大嫌い』って言われてるのに、 『自分のことを好きだ』って思うなんて、 異常すぎるわ」 「女子全員に、 注意するように言っとかなきゃ……」  こうして俺は、失恋と同時に、 社会的に死んだ――  けっきょく、 この出来事から立ち直れないまま、 独り身のまま、俺は学校を卒業したのだった。 「うん……」  信じられない気持ちと、嬉しさが、 同時に全身を満たしていく。 「……そこまで言うなら、信じてやるんだ。 まひるのことが好きなら、 また付き合ってもいいんだ……」 「い、言っておくけど、 おまえがあんまりしつこいから、 付き合ってあげるんだぞっ」 「勘違いしたらダメなんだっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いなんだ!」 「……………」  えーと…… 「……世界で一番大嫌いなのに、 付き合ってもいいのか?」 「えっへん。まひるは寛大なんだ。 おまえがかわいそうだから、 付き合ってあげるんだぞ」 「……………」  まぁ、一度振った手前、 まひるが素直になりきれない気持ちも、 何となく分からないでもない。  あいかわらずしょうがない奴だってのに、 そんなところもかわいく思えてくるんだから、 もうこれは重症だ。  だけど―― 「そっか。 でも、それなら、 付き合ってくれなくてもいいぞ」 「えっ? な、なんでだ? おまえは 『まひるのことが好き』って言ったんだ」 「好きなら、付き合ってくれたら 嬉しいはずなんだ」 「まひるは去年、俺と付き合ってた時、 嬉しかったか?」 「……嬉しくなかったんだ……」 「まひるが俺のこと好きじゃないのに、 ただ付き合っても意味ないだろ?」 「……うん……」  まひるは少し考えて、 「じゃ……まひるは、意味があるように、 付き合いたいんだ……」  それで分からなかったわけじゃないけど、 まひるの口から、もっと直接的な言葉を 聞きたい。 「それ、どういう意味か、 はっきり教えてくれるか?」 「うー…! なんで分からないんだ……」 「まひるには一度振られてるからさ。 はっきり言ってくれないと、 自信持てるわけないだろ」 「……うー…!」 「あ、UFOなんだっ!」 「何を言ってるんだ?」 「……UFOなんだ、UFOっ! 早く見るんだっ!」  そんなこと言われても。  やっぱり、UFOなんているわけないよなぁ。 「どこにも見えないぞ」 「ま、まだなんだ、あっち向くんだっ。 まひるが『いい』って言うまで こっち向いたらダメなんだぞっ」  しょうがないな。  もう一度、空を見る。  UFOなんているはずもなく、 綺麗な夕焼けが広がっている。  まひるは何も言わない。  俺はそのまま夕焼け空を見つづけた。  ……いつまで、こうしていればいいんだろう? いいかげん首が疲れてきたんだけど…… 「――き……なんだ」 「……えっ?」 「わ、分かったか?」 「いや、聞こえなかったんだけど」 「……うー…! なんで聞こえてないんだ……」 「今度はちゃんと聞いてるから、 俺の目を見て言ってくれるか?」 「……そんなの、まひるは恥ずかしいんだ……」 「じゃ、恥ずかしくない おまじないをかけてあげるよ」 「そんなのあるのか? かけてほしいんだ」 「じゃ、行くよ」 「俺は、まひるのことが大好きだ」 「あ……うん……嬉しな……」 「まひるは俺のこと好きか?」 「……き……なんだ」 「俺はまひるのことが大好きだよ」 「まひるも、おまえのことが好きなんだ……」  自分の顔が自然と笑顔になるのが分かった。 「おまえのことが、一番好きなんだ」 「あ……うん……ありがとう」  「一番好き」 という言葉をもらえたことが、 こんなに嬉しいなんて思わなくて、  まひるにも同じ気持ちを感じてほしい と思った。 「俺も、お前のことが一番好きだよ」 「……えへへ……おんなじ一番なんだ…… 嬉しな……」 「俺も、まひると同じで嬉しいよ」 「まひるは『好き』って言ったから、 これで付き合ってくれるのか? もう『イヤ』って言わないか?」 「あぁ。そもそも俺が 『付き合いたい』って言ったんだからな」 「あ、そうだったんだ…… 忘れてたんだ……」 「お前らしいな」 「……『好き』って言ったのに、 もうバカにしてるのか?」 「まひるはもうおまえの彼女なんだぞ。 バカにするのはおかしいんだ」 「バカにしてないよ。 そういうところも、かわいいよな」 「……え、えへへ……そっか、それならいいな。 まひるは許すな……」 「まひる、約束するよ。 今度は、まひるに振られないように ちゃんと付き合うから」 「……ぜったい約束なんだ。 ウソついたらハリセンボン呑ますんだ」 「あぁ、絶対だ」 「……えへへ……約束したら、大丈夫なんだ」 「なぁ、まひる。 俺たちがまた付き合いはじめたこと、 みんなに言っとくか?」 「……それはダメなんだ。 絶対からかわれるんだぞっ」 「まぁ、確かにな」  とくに友希や部長あたりが、うるさそうだ。 「じゃ、しばらくは秘密にしようか?」 「うん……えへへ……やった。 秘密だな、嬉しな」  何がそんなに嬉しいのかは分からないけど、 まひるはすごくかわいかった。 「というわけでさ。 俺とまひる、また付き合うことになったから」 「あー、やっぱりねー。 そんなことだろうと思った」 「なるほど。 少し長めの痴話喧嘩だったわけだ」 「そうだったのですか。でしたら、 仲直りできたのは素敵なことなのです」 「……いや、あのさ、 みんな誤解してるみたいだけど、 俺たちにも色々あったんだよ?」 「もちろん分かっているとも。 犬も食わないようなやつのことだろう?」 「全然わかってないじゃないですかっ!」 「まひるちゃん、今日は彼が 好きなだけオムライスを奢ってくれる そうだよ」 「やった、オムライスなんだっ! 颯太の奢りなら、まひるは頑張って たくさん食べるんだぞっ!」 「ちょっと部長、なに言ってるんですか。 まひるに好きなだけ食べさせたら、 破産しますよっ」 「おや、甲斐性がないことを言うね。 彼氏なんだから、オムライスぐらい 思う存分、食べさせてあげなよ」 「そうは言いますけどね……」 「すいません、オムライスください」 「ちょっと!」 「かしこまりました、オムライスですね。 すぐにお持ちします」 「まやさんっ!?」 「ん? 何かな?」 「……………」  妹に手を出したから、怒ってるんだろうか? 「颯太、心配しなくても、 まひるに任せておけば大丈夫なんだ」 「何が大丈夫なんだ?」 「まひるは、 ちゃんと颯太にも分けてあげるんだ。 半分こするんだ」 「……あぁ、それは……ありがとう」 「えへへ。 半分こすると、きっとおいしな。 それに……な、仲良しなんだ……」  まぁいいか。 「じゃ、半分こしよう」 「やった。 半分こ、半分こ、半分こなんだっ」 「ふむ。 僕としたことが、どうやら 火に油を注いでしまったようだね」 「こ、恋の炎はよく燃えるのですね……」 「あーあ、いいなぁ、羨ましい」  そんな外野の声を物ともせず、 俺とまひるは二人の世界に入っていた のだった。  リンゴの樹の下で、千穂を待っていた。  ぼんやりと空を眺める。  胸の鼓動は早く時を刻んでいるのに、 雲はゆっくりと流れていく。  ひどく落ちつかない気分だった。 「お兄ちゃん」  声の方向に視線をやると、 千穂がもうそこにいた。 「お待たせ。ごめんね。 ボク、ちょっと遅くなっちゃったかも。 待った?」 「いや、大丈夫だよ」 「そっかぁ。 でも、お兄ちゃんからお呼び出しがある なんて思わなかったよ」 「悪いな、急に」 「うぅん、すっごく嬉しい。どれぐらいか っていうと、このままダッシュで 世界一周できちゃうぐらい嬉しいよっ!」 「大げさだな」 「それはできないけどねっ、 ホントに世界一周はできないよっ。 でも、それぐらい嬉しかったんだよぉっ」 「まだ、なんで呼びだしたのかも言ってない のにか?」 「あ、ホントだ。聞いてないっ。 ボク、なんでお呼び出しされたのか 聞いてないよぉっ」 「てっきりお兄ちゃんが遊んでくれるのか と思ってたんだけど、違うの?」 「遊んであげられるかは、 まぁ、状況によるんだけどさ」 「ちょっと千穂に大事な話があって」 「もしかして、もしかしてだけど、 それって……いい話と悪い話があるけど、 どっちから聞く的なやつぅっ?」 「そういうんじゃなくて。 少なくとも話はひとつだけだから」 「いい話?」 「いい話かどうかは分からないんだけどさ」 「じゃ、じゃあ、悪い話なのっ!?」 「……えぇと、何ていうか、 どんな話になるかは、千穂次第なんだ」 「えっ? ボク次第…?」 「あのな、すっごく驚くかもしれないけど、 うまく説明できないから、ズバッと言うぞ」 「う、うん……いいよ」  ぐっと握りしめた手に汗がにじむ。  喉がからからに渇いて、 心臓が激しく音を立てていた。  いつからだろう? どうしてだろう?  そんなことさえ分からないけど、俺は―― 「……俺は、どうも千穂のことが、 好きみたいなんだ」 「え………?」  案の定、千穂は驚いたように、 きょとんとした表情を浮かべた。  そのまま目をパチパチと瞬かせ、 じーっと俺の顔をのぞきこんでくる。 そして―― 「ええええぇぇぇぇっ!? す、『好き』ってボクのこと? お兄ちゃんがっ!?」 「どうしよーっ! ボク、どうすればいいのっ!? これってもしかして、もしかしてだけど、 告白っ? 告白だよねっ!?」 「ボク、ボク、告白なんてされたの、 記憶喪失になって初めてだよぉーっ!!」 「どうして? どうしてお兄ちゃん、 ボクのことを好きになったの? だってだって、まだ会ったばかりだよねっ?」 「……それを言われると、 答えに困るんだけどさ」 「まだ数えるほどしか会ってないんだし、 何かきっかけがあったわけでもないし」 「俺も考えてみたんだけど、 分からないんだよね」 「でも、分からないんだけど、 最近、気がついたら、 千穂のことばかり考えてるんだよ」 「『いま記憶捜しをしてるんだろうか』とか、 『千穂からメールが来ないかな』とか、 思ったりしてさ」 「……いつも、すごく、会いたくなるんだ」 「そうなんだ。で、でも、さっき、 『好きみたい』って言ったよね? 『みたい』って何?」 「あぁ……『みたい』っていうのは、 ちょっとまだ自分でも、不思議でさ」 「好きになった理由が、 全然わからなかったから」 「はっきり『好き』って言って良かったのか、 ちょっと迷ってた」 「でも、ごめん、卑怯な言い方だったよな。 今こうやって話してて、 間違いだってことに気がついたよ」 「え……ま、間違いなの?」 「あぁ。 『好きみたい』じゃなくて、 俺は千穂のことが好きだ」 「な、なーんだ。ビックリしたよ。 ボクのこと『やっぱり好きじゃない』って 言いだすのかと思ったよぉ」 「いくら何でも、それはないって」 「そうだよね、そんなことないよね。 ボク、変なこと考えちゃったよぉ……」 「そっか……」 「……あはは……」 「……それでさ、千穂…… 答えをもらえると、嬉しいんだけど…?」 「あ、そ、そうだよねっ。答え、いるよね。 こーゆーことは、ちゃんと答えないと いけないもんねっ!」 「あぁ」 「そうだよね……」 「……………」  じっと、千穂が口を開くのを待つ。  だけど、彼女は何も言わないまま、 どこか申し訳なさそうな瞳で、 俺を見つめていた。  それが、きっと答えなんだろう。 「……ごめん、悪かった。 いきなりこんなこと言われても、困るよな」 「千穂が俺に親しくしてくれたもんだから、 ちょっと調子に乗って、勘違いしたみたいだ」 「さっきのは、 なかったことにしてくれていいから」 「ち、違うよっ。そういうことじゃなくて、 お兄ちゃんがダメっていうんじゃなくて…… その……」 「……俺がだめじゃないなら、 何がだめなんだ…?」 「……あのね、だから、その…… 記憶がなくても、誰かを好きになる資格って あるのかなって……」 「昔のボクを知ってる人が、 ボクはコーヒーが嫌いだ って教えてくれたんだ」 「『記憶を思い出せるかな』って思って、 試しにボク、コーヒーを飲んでみたんだよ」 「そしたら、おいしかったんだよ。 記憶のないボクはコーヒーが好きなんだよ」 「ボク、すっごく得したと思うんだ。記憶が 戻ったら、また嫌いになるかもしれないけど、 それまではコーヒーをおいしく飲めるもんね」 「でも、コーヒーならそれでもいいけど、 お兄ちゃんは困るよね?」 「……それは、困るだろうな」 「……そうだよね……」  千穂の心配してることは、よく分かる。  俺だって考えなかったわけじゃない。 「でも、いつか嫌われるかもしれないからって、 『初めから好きにならないで欲しい』なんて 思わないよ」 「記憶を思い出したら、 ボク、別人みたいになるかもしれないよ」 「お兄ちゃんが好きになってくれたボクじゃ なくなるかもしれないよ」 「そんなボクに、 お兄ちゃんのことを好きになる資格って あるかな?」  普段から元気いっぱいで 悩みなんてまるでなさそうに見える千穂でも、  やっぱり、 自分の記憶のことは真剣に考えてるんだろう。  だから、俺も真剣に考えて、答えよう。 「資格とか、難しいことはよく分からないから、 千穂が欲しい答えになってないかもしれない けどさ」 「もし、記憶がある千穂と、 記憶がない千穂が別人だとしたら」 「俺は、いま目の前にいる千穂を 好きになったんだ」 「仮に、いつかいなくなる人だとしても、 やっぱり、初めから好きにならないでいる なんて、できないよ」 「千穂が今の千穂でいる限り、 俺は、千穂のことを好きでいたい」 「……………」 「千穂がそれで納得できるんだったら、 答えを聞かせてくれないか?」  千穂はじっと俺の目を見つめ、 すぅっと息を吸う。  それから、一歩足を踏みだして―― 「……ん……ちゅ……んん……あ…… ん……あ……んちゅ……はぁ……」  ほんのわずか唇を離し、千穂が口を開いた。 「……これが、ボクの答えだよ……」 「不思議だよね。まだ会ったばっかりなのに。 もしかしたら、ボクの気持ちは お兄ちゃんのことを覚えてるのかなぁ?」 「俺だって、会ったばかりで 好きになったけどな」 「じゃ、きっとお兄ちゃんも記憶喪失で、でも 気持ちだけはボクのことを覚えてるんだよ」 「いや、だから俺は ばっちり記憶はあるんだけど……」 「だから、ボクのことだけ記憶喪失なんだよ。 それでどぉ?」 「どうって言われても…… 俺たち二人とも記憶喪失になった ってのは無茶があるような……」 「無茶でも何でも、 ボクはあくまでこの説を主張するよっ」 「まぁ、もしそうだったら、すごいけどな。 なんていうかさ……」 「運命みたいだよねっ?」  その言葉に、思わず笑ってしまう。 だけど、 「あぁ、運命みたいだな」 「その気になってくれたみたいだね。 誰に告白するんだい?」 「……………」  あっちからの告白を断っといて、 どのツラ下げて告白するっていうんだ?  やっぱり、やめとこう。 「大変、お待たせいたしました」 「悪いな。急に呼びだして」 「いえ、これぐらいはお安いご用なのです」  姫守が笑う。  どうか その笑顔を曇らせてしまわないように、 と俺は願った。 「大切なお話があるとお伺いしましたが、 私でお役に立てるのでしょうか?」  俺の目をじっとのぞきこんでくる姫守を見て、 胸が押しつぶされそうになる。 「大丈夫だよ。どうしても、 姫守に聞いてもらいたい話だから」 「そうなのですね。 では一生懸命、聴くのですぅ」  姫守はいつも通りだ。  告白されるなんて、 ぜんぜん想像してもないんだろう。 「……前に、姫守と話したよね。 『恋がどんなものなのか分からない』ってさ」  姫守がこくりとうなずく。 「だけど、分かったんだ」 「……恋のことが、 お分かりになったのですぅ?」 「うん、そう。 じつを言うとね。 あの時、思ったことがあるんだ」 「こんなに恋に疎くて世間知らずの姫守が、 もし恋をしたら、 いったいどんな顔をするんだろう――って」 「そ、そういうことを考えては いけないのですぅ……」 「ごめん。 でも、どうしても気になってさ」 「『こういう顔で笑うんだろうか』とか、 『こういうふうに喜ぶんだろうか』とか、 いろいろ考えてたらさ……」 「そのうち、 『誰に向かって、そんな顔をするんだろう』 って思って……」 「……初秋さんが勝手に、 私のことをいろいろ考えるのですぅ……」  恥ずかしそうに言う姫守の姿に、 心臓がどくんどくんと音を立てる。  口にしてしまえば、 もうそんな顔も二度と見せてもらえない かもしれない。  それがすごく怖くて、 喉まで出かかっている言葉を 呑みこんでしまいそうになる。 「あのぉ……どうかなさいましたか?」 「あぁいや、何でもない」  こんなに口に出すのが怖い言葉がある なんて、思ってもみなかった。  だけど、 だからこそ、 勇気を出して言わなきゃならない。 「それでね、 『姫守がどんな人にそんな顔をするのかな』 って考えてたらさ」 「『嫌だな』って思ったんだよね」 「……あ……はい……」 「姫守が、他の誰かに、 俺が見たこともない顔を見せるのは、 嫌だなって」 「『俺が見たい』って、 『俺だけに見せてほしい』って、 思ったんだ」 「……あ……そのぉ…… そういうふうに思っていただいて、 とても光栄なのですぅ……」  これ以上は、言わなくても もう分かっただろう。 だけど―― 「姫守」 「は、はい……何でしょう…?」  伝えよう。 大好きな姫守に。 俺の、ありったけの気持ちを。 「――好きだ。姫守のことが大好きなんだ」 「……………」 「……あ……えぇと……誠に恐縮なのですが、 こういうことには不慣れなもので、 どうお答えすればいいのか分からなくて……」 「……しょ、少々、 お待ちいただけますか…?」 「うん。 大丈夫、落ちついてからでいいから」 「ありがとうございます。 ……すー……はー……」  姫守が大きく深呼吸をする。 そして―― 「――ごめんなさい……」 「……そっか……」  覚悟はしてたけど、 これは、かなりきついな。 「あの、でも初秋さんのことは好きなのですぅ。 ですけど、その、恋かと言われると 分からなくて……」 「いや、いいんだ。 こういうのは仕方ないことだしな」 「いえ、ですから、その、 そういうことではなくて…… 本当に分からないのですぅ」  えぇと、何が言いたいんだろう…? 「初秋さんのことは大好きなのですぅ。 男の人の中では一番です。ですけど、 この気持ちが恋なのか、分からないのです」 「ですから、その、分からないままでは お付き合いをすることもできませんし」 「初秋さんのお気持ちにお応えすることも、 できないと思うのですぅ」 「……あ、申し訳ございません。 けっきょく同じことだったかもしれませんが」 「いや、そんなことないよ。 姫守がどう思ってるか教えてもらえて、 すごく嬉しい」 「あの、すごく勝手なことかもしれませんが、 ひとつだけお願いをしてもよろしいですか?」 「うん。なに?」 「……これからも お友達でいてくださいますか?」  そんなの当たり前だろ――  ――そう口にしようとして、思いとどまった。 「……だめ、なのですぅ…?」  俺は首を左右に振った。 「その代わり、俺のお願いも聞いてくれるか?」 「は、はい。私にできることでしたら」 「まだ諦めなくても、いいか?」 「……ですけど、初秋さんの お気持ちに応えられるようになるかは、 分からないのですよ?」 「いいよ、それでも。俺が勝手に 姫守のことを諦めたくないだけだから」 「それにさ、 姫守も、できれば恋をしてみたいんだよね?」 「それは……はい、そうなのですぅ」 「だったら、頑張るよ。 姫守のためにも、たくさん頑張って――」  少し恥ずかしいけれど、 自分を奮いたたせて、 言った。 「きっと、俺に恋をさせてみせる」 「あ……その…… お、お手柔らかにお願いいたしますぅ」 「それでは、失礼いたしますね」 「あぁ、またな」 「はい。またなのですぅ」  姫守が去っていく。 「……はあぁ……」  だめだった、か。  大見得を切ったはいいけど、 “振られた”って事実は変わりないもんな。  明日から、 どんな顔して姫守に会えばいいんだろう…?  いやいや、弱気はだめだ。  「今はまだ好きじゃない」 ってだけで、 「これから先ずっとそうだ」 って決まった わけじゃない。  頑張ろう。  とりあえずは、 普段通りに話せるようにならないとな。 「私も、お慕い申しあげます」 「あ……」  嬉しさで体中が満たされていく。 「あ、その、“好き”という意味なのですぅ」  俺の返事がなかったからか、 恥ずかしげに説明を足した姫守が、 とてもかわいらしかった。 「うん、分かってる。 すごく嬉しいよ」 「……私は、初秋さんよりも、 もっと前なのですよ」 「……前って言うと?」 「初秋さんが私のことを気になるよりも前に、 私は初秋さんのことが気になっていました」 「それは、いつ?」 「初めてマックスバーガーに入った時 なのですぅ」 「勝手が分からず途方に暮れていた私に、 初秋さんは声をかけてくれました」 「ホットアップルパイを買ってくださって、 一緒に食べてくれました」 「その時から初秋さんのことが気になりはじめて、 会うたびに少しずつお慕い するようになって、」 「気がついたら、私は恋をしていたのです」 「初秋さんはいつも 私のお願い事を叶えてくださるのです……」 「そうだったか?」 「はい。 ファストフードを食べて、部活に入って、 それから、恋もできたのです……」 「こうして両想いになれたのです」  自然と自分の頬がほころぶのが分かった。 「じゃ、他に叶えてほしいことはあるか?」 「……名前で、呼んでほしいのですぅ」 「彩雨」  「好き」 という気持ちをありったけこめて、 彼女の名前を呼ぶ。 「はい。 私もお名前でお呼びしてもよろしいですか?」 「あぁ」 「颯太さん」 「なんだ?」 「私にも何かお願い事をしてくださいませ」 「じゃ、 もう一度、彩雨の気持ちを教えてくれるか?」 「はい、かしこまりました」 「あなたのことが、 とても、とても、大好きなのですよ」 「俺も、大好きだよ」 「……恥ずかしいのですぅ」 「大好きだ」 「……私も、大好きなのですぅ」  照れる彩雨がすごくかわいくて、 胸の奥が締めつけられる。 「……あ、あの、その…… お、お待たせしてしまい、 申し訳ないのですぅ……」  姫守は妙に緊張している。  これから何を言われるか、 きっと分かってるんだろう。 「ごめんな、何度も」 「いえ、謝るようなことではないのですぅ」 「そう言ってくれると助かるよ」  ふぅ、と小さく息を吐く。  よし、覚悟は決まった。 「姫守」 「は、はい。何でしょう?」 「これでだめなら諦める」  一縷の望みをかけて、言った。 「俺はまだ姫守のことが好きだ。 姫守の気持ちを聞かせてくれないか?」 「……………」  きゅっと唇を引きむすんだ後、 姫守は答えた。 「――ごめんなさい」  ……振られた……か…… 「ごめんな、何度もしつこくして」 「いえ、お気になさらないでください」 「あの、さ…… もし良かったら、 どこがだめだったのか教えてくれるか?」 「どこが……えぇと、その…… 生理的に受けつけなかった などでしょうか?」 「な……か…!」  せ、生理的に受けつけなかった…!? 「あ、いえ、は、初秋さんがそうだ というわけではなく、そういったことを お答えすればいいのか、という確認なのです」  本当か? 本当にそうなのか? 気遣ってくれてるだけじゃないか? 「違うのです?」 「……あ、あぁ、そういうことなんだけど。 ほら、悪いところがあったら、 俺も直したいし」 「初秋さんの悪いところは……えぇと…… そのぉ……」 「この際、 ズバッと言ってくれたほうが助かるからさ。 気を遣わないで教えてくれ」 「……ズバッと言うのは不得手なのですが、 頑張ってみるのです」 「おう、どんとこい!」 「まず『植物系男子』とご自分でおっしゃり ながら、じつはむっつりなところが良くない と思うのです」 「むっつ…!?」 「それと“ご自分の店を持つ”という夢を 持っているのですが、具体的なことが 何も決まってなくて、少々お子様なのです」 「お、お子さ…!?」 「あと、 たまに独り言をぶつぶつおっしゃっていて、 若干、気味が悪いのです」 「あ……あぁ……」 「それから、私の気持ちが分からないのに 2回も告白してくるところなど、 微妙に空気を読めていないのです」 「……うぅ……あ……」 「最後に、気が多いところがいけない と思うのです。女の子なら誰でもいいのか と思ってしまうのです」 「……あ……あぁ……う……うぅ……」  あまりの衝撃に、 もはやまともな言葉が発せられない。  だが、何とか気持ちを前向きに切りかえ、 言葉を絞りだす。 「そ、そうだよね……ありがとう」 「いえ、 このようなことでお役に立てたのでしたら、 幸いなのです」 「さ、最後にひとつだけ訊きたいんだけど」 「もし、いま姫守が言った悪いところを ぜんぶ直したらさ。もう一度、俺のこと 考えなおしてくれるか?」 「……先のことは分かりませんが、ひとつだけ、 はっきり分かったことがあるのです」 「たぶん私にとって初秋さんは とても大切な存在で、 とても大事なお友達なのです」 「ですから、少なくとも、 これだけは申しあげておきますね」 「私は初秋さんと一生、何があっても 大事な“お友達”として付き合っていきたい、 と考えていますよ」 「……………」 「あ、あれ? 私、何か変なことを 申しあげてしまいましたか?」 「いや、いいんだ、よく分かった。 姫守の気持ちはすごく嬉しいよ」 「そうですか。 良かったのですぅ」 「………それじゃ、またな」  姫守の返事を聞かずに、俺は踵を返した。  これ以上は、涙をこらえきれない 気がしたから……  けっきょく、 この失恋の痛手から立ち直れないまま、 独り身のまま、俺は学校を卒業したのだった。 「私も、お慕い申しあげます」 「あ……」  嬉しさで体中が満たされていく。 「あ、その、“好き”という意味なのですぅ」 「うん、分かってる。 すごく嬉しいよ」 「……このあいだ、 初秋さんがおっしゃいましたよね…?」 「えぇと、どれのことだろう?」 「『俺に恋をさせてみせる』って」 「あぁ……うん、言ったね」 「あの時、私、すごくドキドキしたのですぅ。 それから、どうしてか分からないのですが 初秋さんに会うたびにドキドキしてしまって」 「『何だろう』って思いました。 私が私じゃないみたいで、そのぉ…… とても胸が苦しかったのですぅ」 「ですから、たくさん考えました。 たくさん考えて、ようやく気がつきました」 「恋だったのです。 私はあなたに恋をしてしまったのです」 「初秋さんはいつも 私のお願い事を叶えてくださるのです……」 「そうだったか?」 「はい。 ファストフードを食べて、部活に入って、 それから、恋もできたのです……」 「こうして両想いになれたのです」  自然と自分の頬がほころぶのが分かった。 「じゃ、他に叶えてほしいことはあるか?」 「……名前で、呼んでほしいのですぅ」 「彩雨」  「好き」 という気持ちをありったけこめて、 彼女の名前を呼ぶ。 「はい。 私もお名前でお呼びしてもよろしいですか?」 「あぁ」 「颯太さん」 「なんだ?」 「私にも何かお願い事をしてくださいませ」 「じゃ、 もう一度、彩雨の気持ちを教えてくれるか?」 「はい、かしこまりました」 「あなたのことが、 とても、とても、大好きなのですよ」 「俺も、大好きだよ」 「……恥ずかしいのですぅ」 「大好きだ」 「……私も、大好きなのですぅ」  照れる彩雨がすごくかわいくて、 胸の奥が締めつけられる。 「というわけでさ、 俺と彩雨、付き合うことになったから」 「だってさ」 「なるほど」 「そんなことより、 まひるはお腹が空いたんだ」 「もうすぐオムライスが来ると思いますよ」 「え……ちょっと……みんな反応、鈍くない?」 「だって、今更そんなこと言われても」 「いつ付き合うのかと思ってましたよね」 「……え、そ、そうなのですぅ?」 「知らぬは本人たちばかり、だね」 「いや、それにしたって 『おめでとう』の一言ぐらい……」 「颯太くん」  あぁ、まやさん、待ってました。 あなただけが頼りです。 「ご注文は決まったかな?」 「え、えと……今は、そういう話じゃ……」 「ご注文は?」 「あ、アメリカンで」 「はーい、かしこまりました。 少々お待ちくださいませ」 「……………」 「ちゃんと皆さんにお伝えできて 良かったのですぅ」 「まぁ、思ってたのとちょっと違ったけどな」 「失敗なのですぅ?」 「いや、彩雨さえ良ければ大成功だよ」 「私も、颯太さんさえ良ければ大成功 だと思うのですぅ」 「じゃ、大成功だな」 「はい、大成功なのですぅ」 「……あーあ、幸せそうでいいなぁ」 「見せつけられるこっちの気持ちにも なってほしいものだね」 「ですよねー」  みんなの冷ややかな視線が降りそそぐ中、 俺と彩雨は二人の世界に入っていた。 「……………」  あっちからの告白を断っといて、 どのツラ下げて告白するっていうんだ?  やっぱり、やめとこう。 「あー、もういる。 絶対、あたしのほうが早く来たと思ったのに。 もしかして、ここから電話した?」 「まぁ」 「えー、せっかく先に来てビックリさせよう と思ったのに。そんなのズルいよ」 「いや、 ズルいってことはないと思うんだけど……」 「ていうか、お前、 ちょっとテンション高くないか?」 「だって『大事な話がある』って言うから。 颯太はあたしに真剣な話してくれないし。 嬉しくなっちゃったんだもん」 「そんなこともないと思うけど。 すぐお前が下ネタにするからじゃないか?」 「嘘だぁ。 下ネタ言ったって、真剣な話はできるじゃん。 颯太があたしをないがしろにしてるからよ」 「いやいや、どう考えたってできないよね? 下ネタ言いながら真剣な話とか おかしいよね?」 「じゃ、やってみよっか?」 「やれるもんならな」  ――って、こんないつも通りのバカ話をして どうするんだよ…?  せっかく、こうならないように リンゴの樹の下に呼びだして、 告白する雰囲気を作ろうとしたってのに。  ていうか、呼びだした時点である程度、 気がつくかと思ったんだけど……  友希はまったくいつも通りだな。 「どしたの、急に黙っちゃって。 オナニーしたい?」 「……………」  こんなこと言ってくる奴に、いったい どんな顔して告白すればいいんだ…?  だけど、何ていうか、いつのまにか 俺は友希にすっかり毒されてて、  今じゃ、こんなところまで 無性にかわいく思えてくるから、 困ったもんだ。 「あのな、友希。 俺とお前って幼馴染みだよな?」 「うん。 今更どうしたの?」  息を吸う。  よし、言おう。 「ずっとお前は近くにいたから、 ぜんぜん意識もしなくて、 気がつかなかったことがあってさ」 「でも、ふと思ったんだよな。 お前と一緒にいると、 すごく楽しくて、ほっとするなって」 「あははっ、何それ、変なの」 「変だよな。俺も『変だな』って思ったんだよ。 いまさら、わざわざこんなこと考えて どうしたんだろう、ってさ」 「でも、気になりはじめたら止まらなくて、 どうしても理由が知りたくて、 考えてみたんだよね」 「どうして友希と一緒にいると楽しいんだろう、 って。どうしてこんなにほっとするんだろう、 って」 「……えっと……考えてみて、どうだった?」 「『友希って女の子だったんだな』って思った」 「当たり前じゃん。 いつも、あたしのおっぱい見てるくせに……」 「お前がそうやって下ネタばっかり言うだろ。 前までだったら何とも思わなかったのに、 今はすごく気になって仕方ないよ」 「き、『気になる』って言われても…… どう気になるの?」 「だから、その…… 『友希が女の子だ』ってことを意識する っていうかさ」 「や、やーらしいこと考えるんだぁ……」 「人がオブラートに包んだのに、 何を言ってるんだ……」 「あ、ごめん。で、でも、最近だって 颯太はあたしが下ネタ言ってても、 いつも通りだったじゃん」 「そりゃ、表面上はそうするしかないだろ」 「……あ……そっか、そだね……」  分かっているのか、 それとも分かってないのか、 友希は俺の顔をじっと見返してくる。  くりくりとしたその瞳が、 好きで、好きで、どうしようもない。 「友希」 「う、うん。なに?」  勇気を振りしぼって、彼女の名前を呼んだ。  だけど、次の言葉がどうしても 喉につかえて出てこない。  もし、断られたら――そう考えただけで 全身が怖じ気づいたように動かなくなった。  きっと、ずっとそうだったんだろう。  友希の笑顔を失うのが怖くて、俺は 自分の気持ちにずっと名前をつけない ままでいたんだ。  だから、今日は伝えよう。 この気持ちに、ようやくつけられた、 その名前を―― 「――好きだ。 友希、俺はお前のことが、好きだよ」 「あ……う、うん……ありがと……」  そう言ったきり、友希は どうすればいいか分からないといったふうに ただ目をぱちぱちとさせた。 「……えっとね……ちゃんと、返事するね」 「あぁ……」 「あたし――」  声が詰まったように、言葉は途切れた。  友希が思いきるように、 もう一度、深く息を吸いこむ。 そして―― 「あたしも、颯太のこと好きだよ。 でも――」 「――ごめんね。 恋とか、まだよく分かんない……」 「……そっか」  こういう答えも覚悟してたけど、 実際言われると、厳しいな。 「ご、ごめんね。 怒った?」 「なんで怒るんだよ。 ちゃんと答えてくれて、ありがとうな」 「……もう遊んでくれなくなる?」 「そんなわけないだろ。 友希が嫌じゃないんなら、俺は大歓迎だよ」 「あたしは嫌じゃないよ。でも、颯太は あんまりあたしと話したくなくなっちゃう かなって」 「そんなことないって。むしろ、振られた後に 前みたいな関係に戻れなかったらって、 心配してたぐらいだ」 「……ごめんね」 「俺のほうこそ、いきなりこんなこと言って、 ごめんな」 「うん……」 「……………」  仕方ないことだけど、 やっぱり、気まずいな。 「……変なこと、訊いてもいい?」 「どうした?」 「幼馴染みのあたしは、颯太にとって、 いらない?」 「どうしてそうなるんだ?」 「だって『幼馴染みのままでずっといよう』 って言ったら、颯太はだめでしょ?」 「……まぁ、そうだな」 「楽しくないから?」 「いや……むしろ“楽しいから”かな。 友希と一緒にいると、すごく楽しくて、 どんどん好きになって仕方がなくなる」 「だから、幼馴染みのままじゃいられない」 「……“楽しい”とか“好き”とかだけなら、 幼馴染みのままでもいいのに……」  その気持ちが分からないわけじゃないけど、 「……例えばお前と、子供の頃みたいに これからもずっと、仲のいい幼馴染みで いられるんなら、それもいいかもしれないよ」 「でも、実際には、 ずっと一緒にはいられないだろ」 「え…?」 「そうじゃないか?」 「……でも、あたしも颯太も変わらなかったら、 ずっと一緒にいられるよ」 「今はいいけど“ずっと”はたぶん無理だよ」 「友希に恋人ができるかもしれないし、 俺が誰かと付き合うかもしれない。 そしたら、もう同じようにはいられないだろ」  友希はしばらく、考えこむように黙っていた。 そして―― 「……うん、そうだね…… でも、わがままかもしれないけど、 颯太とこれまで通り、一緒にいたい……」 「じゃあさ、 俺のわがままも聞いてくれるか?」 「うん、なに?」 「友希のこと、まだしばらく 好きでいてもいいか?」 「……うん、いいよ」 「ありがとうな」 「うん……」 「颯太、この後、暇?」 「まぁ、何も予定はないよ」 「じゃ、遊びにいこっか?」 「あ……悪い、今日は勘弁してくれるか?」 「……そっか。 ごめん。 じゃ、またね」 「あぁ」 「ばいばい」  友希が去っていく。 「……はあぁ……」  だめだった、か。  友希も俺のことを好きかもしれない なんて、ちょっとは期待したけど、 まったくの一方通行だったみだいだな。  明日から、 どんな顔して友希に会えばいいんだろう…?  いやいや、弱気はだめだ。  俺だって、ずっと友希のことを 「ただの幼馴染みだ」 って思ってたんだし、 友希だって気持ちが変わるかもしれない。  とりあえずは、 普段通りに話せるようにならないとな。 「…………好き……」  あれだけ息を吸いこんだのに、それは、 風に流されてしまいそうなほど小さな声で ……だけど、確かに友希はそう言った。 「……き、聞こえた?」  怖ず怖ずとした彼女の問いに、 自然と頬がほころぶ。 「悪い、聞こえなかった」 「嘘だぁっ。 すっごい笑顔じゃん。 聞こえてるじゃんっ」 「いいや、聞こえなかった。 頑として聞こえなかったぞ。 もう一回、言ってもらわないとな」 「……そんなに、聞きたい?」 「あぁ、ものすごく。 もう一回、聞かせてくれるか?」 「……そんなに聞きたいなら、言うよ」 「うんとね……あたしも、好きよ……」 「どのぐらい?」 「ど、どのぐらいって言われても…… えっと……す、すっごく好き……」 「『すっごく』って言われても、 ピンと来ないぞ。もっと具体的に」 「そんなこと言われても……じゃ、えっと ……お、おち○ちん勃起させてあげたくなる ぐらい好き」 「……………」 「あ、ちゃ、ちゃんとその後もするよ。 ち、小さくなるまで面倒見てあげたくなる ぐらい好きっ」  えぇと…… 「ち、違った? そういうんじゃない?」  まぁ、ちょっと、 告白の時にどうなのかとは思う。 だけど―― 「そういうところも好きだよ」 「あ……ありがと。嬉しい」  どうしよう。 友希がすっごくかわいいんだけど…… 「あたしも聞きたいよ」 「何を?」 「だから……『好き』って……聞きたい……」  そんなことを言う友希が やっぱりすごくかわいくて、 その気持ちをそのまま言葉にした。 「好きだよ」 「どのぐらいっ?」 「そうだな。 これからずっと友希を独り占めしていたい ぐらい好きだ」 「……あたしも、独り占めされたいぐらい、 好き」 「じゃ、独り占めしてあげるよ」 「……や、やーらしいことするっ?」 「お前は、本当にもう…… そりゃ『しない』とは言わないけど、 順番ってものがあるだろ」 「でも、男の子って、 やーらしいことしたいから 『好き』って言うんでしょ…?」 「……………」 「ち、違った? だって、よくそう言うよね?」 「よくそう言うかもしれないけど、 俺はそんなのより、もっと 友希のことが好きだよ」 「『もっと』って、どのぐらい?」 「やーらしいことしなくても ずっとそばにいたいぐらい 好きだよ」 「ずっと、しなくてもいいの?」 「いいわけじゃないけど、しなくても 友希のことが好きだよ」 「く、口とか手とか使わなくても、 好きでいてくれるの?」 「何を言ってるんだ、お前は。 当たり前だろ」 「……………」 「どうした?」 「ちょ、ちょっと待って。 今、だめ」 「いや、『だめ』って何が?」 「……ご、ごめんね。そんなに 『好き』って思ってくれてると思わなかった から、急に恥ずかしくなっちゃった」 「えぇと……訊きたいんだけどさ、 『そんなに好きとは思わなかった』って、 じゃ、俺の告白を何だと思ってたんだ?」 「その、童貞卒業したいから 身近なところで済ませちゃえ 的な告白かなって…?」 「……………」 「お、怒った? ごめんね」 「怒ってないけど、 それに『好き』って返すのは どうなんだよ……」 「だって、好きなんだもん。 遊びでも嬉しい」  まったく。 「だめ男に引っかかる前に、 俺がもらってやれて良かったよ」 「あたし、もらわれちゃった?」 「言っとくけど、返さないぞ」 「……うん、返さないでね。 大事にして」 「あぁ、大事にするよ、ずっと」 「あ、あたしもちゃんと大事にするから」 「嬉しいよ」 「ねぇねぇ」 「何だ?」 「……好き」 「俺も好きだよ」 「……え、えへへ……何度聞いても……嬉しい」  照れたように、けれども、とても嬉しそうに 友希が笑う。  その笑顔を見てると、もうとっくに 友希のことが好きで仕方ないのに、 また何度でも恋に落ちそうな気がした。 「……お待たせ。 ご、ごめんね、遅くなっちゃって……」  こないだのことがあるからだろう、 友希は少し緊張気味だ。 「こっちこそ、悪いな。 急に呼びだしてさ」 「う、うぅん、平気」  ぐっ、と拳を握る。  心臓がうるさいぐらいに鳴ってるけど、 覚悟を決めて、言った。 「友希」 「う、うん、なぁに?」  何度言ったって 結果は変わらないかもしれない。  それでも、俺はこの想いを もう一度、打ち明けずにはいられなかった。 「俺はやっぱり友希のことが好きだ。 ただの幼馴染みではいられない」  はっと息を呑んだ後、 友希が静かに口を開く―― 「ごめん。あたし、颯太のことは ずっと幼馴染みとして見てきたし、 今更そんなこと言われても困るよ」  だめだった、か…… 「……ごめんな、何度もしつこくして」 「うぅん、大丈夫だよ」 「なぁ……もし、さ。 もし、俺とお前が幼馴染みじゃなかったら、 “好きになる”ってこともあったのかな?」 「えー、その考え方キモい。 普通に無理よ」 「……え……あ……」  き、キモい…!? 「あー、うんとね、 颯太はよく分かってないみたいだから、 幼馴染みとして教えてあげるね」 「あたしに告白してきた時とか、 いろいろ格好良さそうなこと言ってたじゃん」 「でも、顔は普通にキモかったから。 こんど他の女の子に告白する時は 気をつけたほうがいいと思うよ」 「あんなキモい顔してたら、 OKする女の子いないし」 「やりたいだけなのかなぁ、 としか思わないわよ」 「……あ、あ……あぅ……」  や、やりたいだけ…?  俺が……やりたいだけに見えてて、 なおかつ、キモかった…? 「じゃ、俺がキモい顔じゃなかったら 友希もOKしてくれたかもしれない ってことか?」 「あははっ、バカじゃないのー。 普通に無理に決まってるじゃん」 「……………」  普通に無理…?  普通に無理って…!? 「それに、やっぱり、 幼馴染みで付き合おうとするのって、 ちょっとキモいもんね」 「……………」 「あれ? 颯太? ご、ごめんね、違うよ。 付き合うのはキモいけど、 いつもの颯太はぜんぜんキモくないよ」 「……………」 「えっと、言い方まちがえたかも。 あたしが『キモい』と思っちゃうだけで、 颯太はぜんぜんキモくないっていうかさ」 「……………」 「だ、だから、悪いのは 『キモい』と思っちゃうあたしのほうだから、 颯太はぜんぜん悪くないのよ」 「その……『キモい』って思ってごめんね…… これからは思わないように、努力するから」 「いや……俺のほうこそ、キモくてごめん。 ちょっと一人にしてくれ」 「あ……あの……」  友希がまだ何か言いたそうにしてたけど、 逃げるようにその場を後にした。  それ以上、友希の顔を見ていたら、 涙がこみあげてきそうだったから――  けっきょく、 この失恋の痛手から立ち直れないまま、 独り身のまま、俺は学校を卒業したのだった。 「……あたしも……好き……」  一瞬、その言葉が信じられなくて、 何も口にできず、 その場に立ちつくしてしまった。 「……き、聞こえた?」 「……聞こえた、けど」 「けど?」 「信じられないから、 もう一回、言ってくれるか?」 「え……う、うん…… だから、あたしも……好きだよ」 「幼馴染みとしてじゃなくて?」 「……うん、そう」  心の底から、じわじわと 嬉しさがこみあげてくる。 「……うんとね、この前、言ってたでしょ。 幼馴染みのままじゃ、いつまでも ずっと一緒にいられないって」 「あぁ」 「あれから考えたんだぁ。 一緒にいられなくなったら、 どうなるのかなって」 「そしたらね、そしたら…… すごく嫌だって思ったの」 「ずっと一緒にいられないのも嫌だし、 あたしの代わりに誰かがそばにいるんだ って思ったら……なんかね……」 「そんなの、許せなくて……ぜったい嫌で…… あたし、考えただけで嫉妬した」 「そしたら、すごく不安になっちゃって。 この前は『好き』って言ってくれたけど もう期限過ぎちゃったかな、とか思って」 「怖くて、いまさら『好きだ』って なかなか言えなくてね……」 「ぜんぜん自覚もなかったのに…… 本当はこんなに好きだったんだ って気づいちゃった……」  胸の中が温かさでいっぱいになって、 その気持ちが溢れるままに、俺は言った。 「友希」 「は、はいっ」 「大丈夫だよ。 今も、ずっと、好きだから」 「うん……あたしも、好き……」 「どのぐらい?」 「ど、どのぐらいって言われても…… えっと……す、すっごく好き……」 「『すっごく』って言われても、 ピンと来ないぞ。もっと具体的に」 「そんなこと言われても……じゃ、えっと ……お、おち○ちん勃起させてあげたくなる ぐらい好き」 「……………」 「あ、ちゃ、ちゃんとその後もするよ。 ち、小さくなるまで面倒見てあげたくなる ぐらい好きっ」  えぇと…… 「ち、違った? そういうんじゃない?」  まぁ、ちょっと、 告白の時にどうなのかとは思う。 だけど―― 「そういうところも好きだよ」 「あ……ありがと。嬉しい」  どうしよう。 友希がすっごくかわいいんだけど…… 「でも、あたしのほうが たぶん何倍も好きだよね」 「いやいや、それおかしいよね。 そもそも最初に告白した時、 友希は断っただろ」 「そ、それはそれっ。 気づいてなかっただけなんだもん。 今はあたしのほうが好きだ、って分かったの」 「絶対、俺のほうが好きだと思うぞ」 「あたしのほうが好きっ!」 「俺のほうが好きだ」 「……じゃ、どのぐらい?」 「そうだな。 これからずっと友希を独り占めしていたい ぐらい好きだ」 「……あたしも、独り占めされたいぐらい、 好き」 「じゃ、独り占めしてあげるよ」 「……や、やーらしいことするっ?」 「お前は、本当にもう…… そりゃ『しない』とは言わないけど、 順番ってものがあるだろ」 「でも、男の子って、 やーらしいことしたいから 『好き』って言うんでしょ…?」 「……………」 「ち、違った? だって、よくそう言うよね?」 「よくそう言うかもしれないけど、 俺はそんなのより、もっと 友希のことが好きだよ」 「『もっと』って、どのぐらい?」 「やーらしいことしなくても ずっとそばにいたいぐらい 好きだよ」 「ずっと、しなくてもいいの?」 「いいわけじゃないけど、しなくても 友希のことが好きだよ」 「く、口とか手とか使わなくても、 好きでいてくれるの?」 「何を言ってるんだ、お前は。 当たり前だろ」 「……………」 「どうした?」 「ちょ、ちょっと待って。 今、だめ」 「いや、『だめ』って何が?」 「……ご、ごめんね。そんなに 『好き』って思ってくれてると思わなかった から、急に恥ずかしくなっちゃった」 「えぇと……訊きたいんだけどさ、 『そんなに好きとは思わなかった』って、 じゃ、俺の告白を何だと思ってたんだ?」 「その、童貞卒業したいから 身近なところで済ませちゃえ 的な告白かなって…?」 「……………」 「お、怒った? ごめんね」 「怒ってないけど、 それに『好き』って返すのは どうなんだよ……」 「だって、好きなんだもん。 遊びでも嬉しい」  まったく。 「だめ男に引っかかる前に、 俺がもらってやれて良かったよ」 「あたし、もらわれちゃった?」 「言っとくけど、返さないぞ」 「……うん、返さないでね。 大事にして」 「あぁ、大事にするよ、ずっと」 「あ、あたしもちゃんと大事にするから」 「嬉しいよ」 「ねぇねぇ」 「何だ?」 「……好き」 「俺も好きだよ」 「……え、えへへ……何度聞いても……嬉しい」  照れたように、けれども、とても嬉しそうに 友希が笑う。  その笑顔を見てると、もうとっくに 友希のことが好きで仕方ないのに、 また何度でも恋に落ちそうな気がした。 「というわけで、 俺と友希は付き合うことになったんだ」 「お二人とも、おめでとうございます」 「……えへへ、ありがと……」 「こういう時には確か、 馴れ初めをお訊きするのですよね」 「『馴れ初め』って言われても、な」 「ね。 特にないし」 「ないのですか?」 「まぁ、お互い『ただの幼馴染み』だと 思ってたんだけどさ、じつはそうじゃない ことに気づいただけっていうか」 「――だそうだよ」 「んー、茶番かなぁ?」 「ちゃ、茶番って、俺たち これでも真剣に考えたりしたんですよっ」 「って言っても、はたから見てると 付き合ってないのが不思議なぐらいだったし。 『なーんだ』って感じかな」 「まやさん、ちょっと 今日、冷たくないですか?」 「無理もないさ。あんなに仲がいいのに 付き合ってないなんて、幼馴染みっていうのは ほほえましいね、とみんな思っていたんだよ」 「それが何だい? 自分の気持ちに気づいていなかった? 小学生かな、君たちは?」 「う……」 「まひるは分かってたんだっ! 友希と颯太は、昔から デキアイのオカズだったんだ!」 「『できてた』って言いたいのか?」 「まぁまぁ、まひるちゃん。 あとはお若い二人に任せるとして、僕たちは 向こうでパーティでもしようじゃないか」 「かしこまりました。では、お会計は あちらのお客様にご請求いたしますね」 「え、ちょっとまやさん……」 「姫守もおいでよ」 「はい、かしこまりました」 「……………」 「あははー、手荒い祝福されちゃったね」 「みんな冗談がきついんだよな」 「でも、嬉しい。颯太とのこと、 ちゃんとみんなに言えたんだもん」 「友希が嬉しいなら、俺も嬉しいよ」 「あ……うん……そしたら、 あたしもまた嬉しいよ」 「無限ループなんだ」 「目に毒だね、あれは。 とても見られたものじゃないよ」 「ほんと、妬けちゃうなぁ……」  みんなの呆れた視線が降りそそぐ中、 俺と友希は二人の世界に入っていた。 「……………」  あっちからの告白を断っといて、 どのツラさげて告白するっていうんだ?  やっぱり、やめとこう。 「……ちょ、ちょっと遅れたんだ…… 道が混んでたんだ。ホントだぞ。 フカコーリョクってゆーやつなんだっ」 「大丈夫だよ」 「ホントにホントなんだっ。 大渋滞で、まひるは頑張って歩いたけど、 ぜんぜん前に進まなかったんだ」 「……どうやったら 徒歩で大渋滞に巻きこまれるんだよ……」 「巻きこまれたんだから仕方ないんだ。 道に迷ったわけじゃないんだぞっ。 まひるは悪くないんだ!」 「……………」  こんなあからさまな嘘をついて、 バレないつもりなんだろうか?  これだから、 まひるを放っておけなくなるんだよなぁ。 「それより、 大事な話があるんじゃなかったのか? まひるは大事な話を聞きにきたんだ」 「あぁ」  一度振られているのに、 すごく未練がましいとは思う。  それでも、これ以上、 自分を偽ってはいられない。 「去年のことを、まひるに謝ろうと思ったんだ」 「去年? 颯太は何か悪いことしたのか? まひるは心当たりがないんだ」 「付き合ってた時のことだよ」 「まひるは真剣に告白してくれたのに、 俺はちゃんとまひると向きあってなかったな って」 「初めて女の子に告白してもらって 舞いあがって、“付き合う”ってことも “好き”の意味も、よく分かってなくてさ」 「まひるが俺にくれた気持ちを、 俺はちゃんと返せてなかったんだと思う」 「ごめんな」 「……そんなこと言われても、 まひるはどうしようもないんだ……」 「そうだよね。 でも、まひるの気持ちが分かったから、 どうしても謝りたくて」 「……ホントに、まひるの気持ちが、 ちゃんと分かったのか?」 「うん。 そりゃ、全部じゃないとは思うけど」 「まひると付き合って、振られてさ。 しばらく会えなくて、再会して、 またこうして話せるようになって」 「すごく大事なことに気がついたんだ」 「そうなのか?」  俺が何を言おうとしているのか、 まひるはまったく気がついていない。  まひるの中じゃ、もうとっくに 終わったことなのかもしれない。  それでも、 「だめかもしれない」 と思っても、 この気持ちはもう止められないんだ。 「たった二週間だけだったけど、 うまく行かないことばかりだったけど」 「それでも、 まひると付き合ってたあの時間は すごく楽しかった、ってことに気づいたんだ」 「……………」  いくらまひるでも、ここまで言えば、 俺の気持ちがもう分かっただろう。  それでも、最後までちゃんと告げるのが、 かつて真剣に告白してくれたまひるに対する 礼儀だと思った。 「まひる」  彼女の名を呼ぶ。  心から溢れでてくるこの想いを、 そのまま言葉にこめる。 「――好きだ」 「今度は嘘じゃない。 『俺はまひるのことが本当に好きだ』って、 ようやく気がついたんだ」 「いまさら都合がいいことを言ってる と思うけど」 「俺ともう一度、付き合ってくれないか?」 「……………」  まひるは、きゅっと唇を引きむすび、 無言で俺を見返してくる。  その瞳に見つめられると、 たちまち心臓が激しく脈を打ち、 手が震えそうになる。  一瞬が何秒にも何十秒にも感じられた。  まひるは静かに息を吸う。 そして―― 「そんなのまひるは信じないんだっ!」 「えっ……」 「まひるのことが好きなら、 付き合ってる時に言えば良かったんだ。 ウソをついたらダメなんだぞっ」 「いや、だから嘘じゃなくてさ、 まひると別れた後に、 『まひるのことが好きだ』って気づいたんだ」 「そんなのおかしいんだっ! 別れてから好きになるわけないんだっ。 まひるは信じないんだっ!」 「あの……でもさ……」 「信じないったら信じないんだっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いだっ! ウソツキ、ケムシ、つまんで捨てろー!!」  そう言い捨てて、 まひるは走りさろうとして――  転んだ。 「……うぇ……ぐす……痛いんだ……」 「だ、大丈夫か?」 「大丈夫じゃないんだっ! まひるは負傷したんだぞ。 一刻も早く治療が必要なんだっ」 「分かった分かった。 保健室に連れていってやるから、 ちょっと我慢してな」 「それなら、いいんだ」  まひるをおぶって保健室まで連れていった。  告白はうやむやになってしまい、 振られたのかどうかもよく分からないけど、 うまく行かなかったことには変わりない。  まひるはもう、まったく俺に興味がない ってことなんだろうか?  いや、弱気はだめだ。  少なくとも、 まひるからちゃんとした返事をもらうまでは 諦めようにも諦めきれない。 「うん……」  信じられない気持ちと、嬉しさが、 同時に全身を満たしていく。 「……まひるのことが好きなら、 また付き合ってもいいんだ……」 「い、言っておくけど、 おまえが『好きだ』って言うから、 付き合ってあげるんだぞっ」 「勘違いしたらダメなんだっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いなんだ!」 「……………」  えーと…… 「……世界で一番大嫌いなのに、 付き合ってもいいのか?」 「えっへん。まひるは寛大なんだ。 おまえがかわいそうだから、 付き合ってあげるんだぞ」 「……………」  まぁ、一度振った手前、 まひるが素直になりきれない気持ちも、 何となく分からないでもない。  あいかわらずしょうがない奴だってのに、 そんなところもかわいく思えてくるんだから、 もうこれは重症だ。  だけど―― 「そっか。 でも、それなら、 付き合ってくれなくてもいいぞ」 「えっ? な、なんでだ? おまえは 『まひるのことが好き』って言ったんだ」 「好きなら、付き合ってくれたら 嬉しいはずなんだ」 「まひるは去年、俺と付き合ってた時、 嬉しかったか?」 「……嬉しくなかったんだ……」 「まひるが俺のこと好きじゃないのに、 ただ付き合っても意味ないだろ?」 「……うん……」  まひるは少し考えて、 「じゃ……まひるは、意味があるように、 付き合いたいんだ……」  それで分からなかったわけじゃないけど、 まひるの口から、もっと直接的な言葉を 聞きたい。 「それ、どういう意味か、 はっきり教えてくれるか?」 「うー…! なんで分からないんだ……」 「まひるには一度振られてるからさ。 はっきり言ってくれないと、 自信持てるわけないだろ」 「……うー…!」 「あ、UFOなんだっ!」 「何を言ってるんだ?」 「……UFOなんだ、UFOっ! 早く見るんだっ!」  そんなこと言われても。  やっぱり、UFOなんているわけないよなぁ。 「どこにも見えないぞ」 「ま、まだなんだ、あっち向くんだっ。 まひるが『いい』って言うまで こっち向いたらダメなんだぞっ」  しょうがないな。  もう一度、空を見る。  UFOなんているはずもなく、 綺麗な夕焼けが広がっている。  まひるは何も言わない。  俺はそのまま夕焼け空を見つづけた。  ……いつまで、こうしていればいいんだろう? いいかげん首が疲れてきたんだけど…… 「――き……なんだ」 「……えっ?」 「わ、分かったか?」 「いや、聞こえなかったんだけど」 「……うー…! なんで聞こえてないんだ……」 「今度はちゃんと聞いてるから、 俺の目を見て言ってくれるか?」 「……そんなの、まひるは恥ずかしいんだ……」 「じゃ、恥ずかしくない おまじないをかけてあげるよ」 「そんなのあるのか? かけてほしいんだ」 「じゃ、行くよ」 「俺は、まひるのことが大好きだ」 「あ……うん……嬉しな……」 「まひるは俺のこと好きか?」 「……き……なんだ」 「俺はまひるのことが大好きだよ」 「まひるも、おまえのことが好きなんだ……」  自分の顔が自然と笑顔になるのが分かった。 「おまえのことが、一番好きなんだ」 「あ……うん……ありがとう」  「一番好き」 という言葉をもらえたことが、 こんなに嬉しいなんて思わなくて、  まひるにも同じ気持ちを感じてほしい と思った。 「俺も、お前のことが一番好きだよ」 「……えへへ……おんなじ一番なんだ…… 嬉しな……」 「俺も、まひると同じで嬉しいよ」 「まひるは『好き』って言ったから、 これで付き合ってくれるのか? もう『イヤ』って言わないか?」 「あぁ。そもそも俺が 『付き合いたい』って言ったんだからな」 「あ、そうだったんだ…… 忘れてたんだ……」 「お前らしいな」 「……『好き』って言ったのに、 もうバカにしてるのか?」 「まひるはもうおまえの彼女なんだぞ。 バカにするのはおかしいんだ」 「バカにしてないよ。 そういうところも、かわいいよな」 「……え、えへへ……そっか、それならいいな。 まひるは許すな……」 「まひる、約束するよ。 今度は、まひるに振られないように ちゃんと付き合うから」 「……ぜったい約束なんだ。 ウソついたらハリセンボン呑ますんだ」 「あぁ、絶対だ」 「……えへへ……約束したら、大丈夫なんだ」 「えっへん。 今日はまひるは時間通りなんだ。 偉いんだ」 「そうだな、偉いぞ」  ていうか、なんで こないだのことがあったのに、 こんなに何でもない顔して来られるんだろう?  やっぱり、ちゃんと信じてもらわないとな。 「まひる。何度もしつこいと思うんだけど、 まひるが分かってくれて、ちゃんと返事を くれるまで、何度でも言うからな」 「振られるんなら、それはしょうがないけど、 信じてくれないんじゃ諦めきれない」  今度こそ分かってもらおうと、 心からの想いをもう一度打ち明ける。 「俺は、まひるのことが好きなんだ。 どうやったら信じてもらえるか 分からないけど……」 「でも、大好きなんだっ!」 「……………」 「……もう一度、俺と付き合ってくれないか?」  誠心誠意、心をこめてそう言った。  まひるはこないだと同じように、 きゅっと唇を引きむすび、俺を見返してくる。 そして―― 「……イヤだっ! まひるは絶対に信じないんだっ!」 「まひるは、これからお迎えが来るから、 もう行くんだっ!」 「おいっ! 待て、まひるっ!」 「待てってっ!」 「……うー…! なんでついてくるんだ…?」 「お前が信じてくれないからだろ。 ちゃんと俺の言うことを信じて、 返事をくれたら、もう追いかけないよ」 「……………」 「なぁ、まひる、頼むよ。 俺はお前のことが本当に好きなんだ」 「だから、どんな答えでもいいから、 ちゃんと返事をくれないか」 「……うぅ……」 「……うっ……ぐすっ、うえぇぇ…… イヤだぁ、ぐすっ、えっぐっ、うっ、 えっ、うえぇぇぇんっ!」 「え……ちょ、まひる……泣くことないだろ…… そんなに嫌だったのか?」 「ねぇ、あれ……初秋くん、 まひるちゃんを泣かしてるんじゃない…?」 「うん。 なんか、しつこく迫ってるみたい」  な……ひどい誤解だ。 「ち、違うんだよっ。 なぁ、まひるっ、お前からも――」 「そこまでですっ!」  ふいに現れたスーツ姿の女性が 俺とまひるの間に割って入ってきた。 「初秋颯太さんですね?」 「そうだけど…?」 「私はこういう者です」  名刺を受けとる。  神永プロダクション 小町まひる専属マネージャー 司馬良子  ――と書いてある。 そういえば、さっき まひるが 「迎えが来る」 って言ってたっけ? 「あなたはまひるちゃんの元カレだそうですね」 「……そうだけど……」 「単刀直入に言います。 これ以上、まひるちゃんにつきまとうのは やめていただきたい」 「いや、別につきまとってないんだよ。 俺たち、友達でさ」 「あなたのことは『世界で一番大嫌いだ』と、 まひるちゃんは私に言ってましたよ」 「いやいや、それは誤解だって。 世界で一番大嫌いだってのは、 まひるの愛情の裏返しっていうかさ」 「何を言って…… まひるちゃんの話から薄々と勘づいては いましたが、とんだストーカーですね」 「え……ストーカーって…!?」 「そうでしょう? 『世界で一番大嫌い』が愛情の裏返し? そんなはずがないでしょう!」 「ちょっと待ってくれ。 なに言ってるんだよ」 「まひるがそういう性格なのは、 俺が一番よく知ってるんだって」 「はぁ、話になりません。 典型的なストーカーですね」 「よくいるんですよ。あなたのように ありもしない妄想を現実だと思いこんで しまうファンが」 「これ以上、まひるちゃんに近づくなら、 警察に被害届を出しますよ」 「えっ…?」 「当然でしょう。 あなたのやってることは犯罪です。 さ、行きましょう、まひるちゃん」 「待ってくれ、まひるっ。 お前は『もう近づくな』なんて思ってない だろ、なぁっ?」 「……まひるは、もう二度と、 おまえには会いたくない……」 「……そ、んな……嘘だろ……」  マネージャーに連れられて、 まひるが去っていく。  その背中を、 俺は呆然と眺めることしかできなかった。 「最っ低……初秋くんって、 まひるちゃんのストーカーしてたんだ」 「『世界で一番大嫌い』って言われてるのに、 『自分のことを好きだ』って思うなんて、 異常すぎるわ」 「女子全員に、 注意するように言っとかなきゃ……」  こうして俺は、失恋と同時に、 社会的に死んだ――  けっきょく、 この出来事から立ち直れないまま、 独り身のまま、俺は学校を卒業したのだった。 「うん……」  信じられない気持ちと、嬉しさが、 同時に全身を満たしていく。 「……そこまで言うなら、信じてやるんだ。 まひるのことが好きなら、 また付き合ってもいいんだ……」 「い、言っておくけど、 おまえがあんまりしつこいから、 付き合ってあげるんだぞっ」 「勘違いしたらダメなんだっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いなんだ!」 「……………」  えーと…… 「……世界で一番大嫌いなのに、 付き合ってもいいのか?」 「えっへん。まひるは寛大なんだ。 おまえがかわいそうだから、 付き合ってあげるんだぞ」 「……………」  まぁ、一度振った手前、 まひるが素直になりきれない気持ちも、 何となく分からないでもない。  あいかわらずしょうがない奴だってのに、 そんなところもかわいく思えてくるんだから、 もうこれは重症だ。  だけど―― 「そっか。 でも、それなら、 付き合ってくれなくてもいいぞ」 「えっ? な、なんでだ? おまえは 『まひるのことが好き』って言ったんだ」 「好きなら、付き合ってくれたら 嬉しいはずなんだ」 「まひるは去年、俺と付き合ってた時、 嬉しかったか?」 「……嬉しくなかったんだ……」 「まひるが俺のこと好きじゃないのに、 ただ付き合っても意味ないだろ?」 「……うん……」  まひるは少し考えて、 「じゃ……まひるは、意味があるように、 付き合いたいんだ……」  それで分からなかったわけじゃないけど、 まひるの口から、もっと直接的な言葉を 聞きたい。 「それ、どういう意味か、 はっきり教えてくれるか?」 「うー…! なんで分からないんだ……」 「まひるには一度振られてるからさ。 はっきり言ってくれないと、 自信持てるわけないだろ」 「……うー…!」 「あ、UFOなんだっ!」 「何を言ってるんだ?」 「……UFOなんだ、UFOっ! 早く見るんだっ!」  そんなこと言われても。  やっぱり、UFOなんているわけないよなぁ。 「どこにも見えないぞ」 「ま、まだなんだ、あっち向くんだっ。 まひるが『いい』って言うまで こっち向いたらダメなんだぞっ」  しょうがないな。  もう一度、空を見る。  UFOなんているはずもなく、 綺麗な夕焼けが広がっている。  まひるは何も言わない。  俺はそのまま夕焼け空を見つづけた。  ……いつまで、こうしていればいいんだろう? いいかげん首が疲れてきたんだけど…… 「――き……なんだ」 「……えっ?」 「わ、分かったか?」 「いや、聞こえなかったんだけど」 「……うー…! なんで聞こえてないんだ……」 「今度はちゃんと聞いてるから、 俺の目を見て言ってくれるか?」 「……そんなの、まひるは恥ずかしいんだ……」 「じゃ、恥ずかしくない おまじないをかけてあげるよ」 「そんなのあるのか? かけてほしいんだ」 「じゃ、行くよ」 「俺は、まひるのことが大好きだ」 「あ……うん……嬉しな……」 「まひるは俺のこと好きか?」 「……き……なんだ」 「俺はまひるのことが大好きだよ」 「まひるも、おまえのことが好きなんだ……」  自分の顔が自然と笑顔になるのが分かった。 「おまえのことが、一番好きなんだ」 「あ……うん……ありがとう」  「一番好き」 という言葉をもらえたことが、 こんなに嬉しいなんて思わなくて、  まひるにも同じ気持ちを感じてほしい と思った。 「俺も、お前のことが一番好きだよ」 「……えへへ……おんなじ一番なんだ…… 嬉しな……」 「俺も、まひると同じで嬉しいよ」 「まひるは『好き』って言ったから、 これで付き合ってくれるのか? もう『イヤ』って言わないか?」 「あぁ。そもそも俺が 『付き合いたい』って言ったんだからな」 「あ、そうだったんだ…… 忘れてたんだ……」 「お前らしいな」 「……『好き』って言ったのに、 もうバカにしてるのか?」 「まひるはもうおまえの彼女なんだぞ。 バカにするのはおかしいんだ」 「バカにしてないよ。 そういうところも、かわいいよな」 「……え、えへへ……そっか、それならいいな。 まひるは許すな……」 「まひる、約束するよ。 今度は、まひるに振られないように ちゃんと付き合うから」 「……ぜったい約束なんだ。 ウソついたらハリセンボン呑ますんだ」 「あぁ、絶対だ」 「……えへへ……約束したら、大丈夫なんだ」 「というわけでさ。 俺とまひる、また付き合うことになったから」 「あー、やっぱりねー。 そんなことだろうと思った」 「なるほど。 少し長めの痴話喧嘩だったわけだ」 「そうだったのですか。でしたら、 仲直りできたのは素敵なことなのです」 「……いや、あのさ、 みんな誤解してるみたいだけど、 俺たちにも色々あったんだよ?」 「もちろん分かっているとも。 犬も食わないようなやつのことだろう?」 「全然わかってないじゃないですかっ!」 「まひるちゃん、今日は彼が 好きなだけオムライスを奢ってくれる そうだよ」 「やった、オムライスなんだっ! 颯太の奢りなら、まひるは頑張って たくさん食べるんだぞっ!」 「ちょっと部長、なに言ってるんですか。 まひるに好きなだけ食べさせたら、 破産しますよっ」 「おや、甲斐性がないことを言うね。 彼氏なんだから、オムライスぐらい 思う存分、食べさせてあげなよ」 「そうは言いますけどね……」 「すいません、オムライスください」 「ちょっと!」 「かしこまりました、オムライスですね。 すぐにお持ちします」 「まやさんっ!?」 「ん? 何かな?」 「……………」  妹に手を出したから、怒ってるんだろうか? 「颯太、心配しなくても、 まひるに任せておけば大丈夫なんだ」 「何が大丈夫なんだ?」 「まひるは、 ちゃんと颯太にも分けてあげるんだ。 半分こするんだ」 「……あぁ、それは……ありがとう」 「えへへ。 半分こすると、きっとおいしな。 それに……な、仲良しなんだ……」  まぁいいか。 「じゃ、半分こしよう」 「やった。 半分こ、半分こ、半分こなんだっ」 「ふむ。 僕としたことが、どうやら 火に油を注いでしまったようだね」 「こ、恋の炎はよく燃えるのですね……」 「あーあ、いいなぁ、羨ましい」  そんな外野の声を物ともせず、 俺とまひるは二人の世界に入っていた のだった。 「何か知りたいことがあるのかい?」 「他に知りたいことはあるかい?」 「ありがとう、参考になったよ」 「これで、君に彼女ができるのも 時間の問題だね」 「それじゃ、本作の概要を説明してあげるよ」 「まず、君の目的だけど、 “一学期の間に彼女を作ること”だ」 「そのために必要なのは、 何よりもまず“女の子と親しくなること”」 「そして女の子と親しくなるコツは、 “その子と特別な時間を過ごすこと”だ」 「たくさんの思い出を共有することで、 彼女は君のことを、そして君は彼女のことを いつのまにか好きになっているはずだよ」 「妖精界の言葉で表現するなら、 『ヒロインの登場回数が多いほど  好感度も上がる』というわけだ」 「それと、本作は一週間ごとに区切って見ると、 理解しやすいよ」 「月曜から金曜は “放課後エピソード”がメインだ」 「いくつかある候補の中から、 君はひとつのエピソードを選んで、 経験することになる」 「そして、その内容に応じて―― 君が平日の放課後をどう過ごしたか によって、土日の展開が違ってくるんだ」 「女の子と仲良くなっていると、 デートに誘われることもあるみたいだよ」 「そうやって一週間を繰りかえし、 少しずつ女の子との距離を縮めていくんだ」 「ただ、それだけじゃ彼女はできない。 どんなに距離を詰めたって、いつまで たっても“仲のいいお友達”のまま……」 「一線を越えるためには、当たり前だけど やらなきゃいけないことがある。 恋愛の通過儀礼――そう“告白”だよ」 「互いの想いを言葉にして確かめあうことで 初めて、君は彼女と結ばれるんだ」 「毎週、日曜夜に巡ってくる この自室モードには、 どでかく“告白”ボタンが配置されている」 「これを選ぶことで、告白を実行に移せるんだ」 「告白成功すれば、晴れて二人は恋人同士だよ。 そこから先はイチャイチャラブラブな日々を 満喫するといい」 「以上をまとめると―― 平日に放課後エピソードで好感度を上げて、 土日でさらに好感度を上げて」 「仲良くなった頃合いを見計らって、 自室モードで告白実行!」 「恋愛成就で個別ルート入り。 あとはハッピーエンドにまっしぐら――だ。 君の健闘を祈っているよ」 「……さて、 もっと詳しく知りたいことがあるなら 説明するけど、何かあるかい?」 「どの辺をレクチャーすればいいんだい?」 「……他にレクチャーすることはあるかい?」 「改めて言うけど、このゲームは 一週間単位で区切ることができるんだ」 「月〜金曜は“放課後エピソード”の フェイズだ。経験するエピソードの内容に 応じて、ヒロインたちの好感度が変化する」 「結果、いちばん好感度の上がった子が、 土曜に登場することになる」 「さらに、その子の好感度が高い状態なら、 デートのお誘いが来るはずだよ」 「誘いを受けるのであれば、 日曜はその子とデートができるよ。 もちろん、好感度は急上昇だ」 「そして、夜に“自室モード”を経て、 また月曜へとつながる――この繰り返しで ゲームは進んでいくんだ」 「一週間の最後、日曜夜におこなうのが この“自室モード”だ。自室モードでは 普段と異なる行動をとることができるんだ」 「具体的には[就寝][恋占い] [電話][キューピッド桜][告白] そして、この[チュートリアル]だよ」 「[チュートリアル]は、 選択してもゲームが進行することはないから、 気軽に選んでくれて構わない」 「逆を言えば、 他の行動をとるとゲームが進行しちゃうから、 慎重に選んだほうがいい」 「[就寝]は、特に何もしないで寝るんだ。 ぐっすり眠って英気を養い、 月曜に備えるといいよ」 「気が向いたら、 キューピッド桜をプレゼントしてあげるよ」 「[恋占い]は、 ヒロインたちの好感度を占うんだ。 一度に全員分まとめてね」 「各ヒロインの好感度を[お友達][仲良し] [好き][恋]の4段階で教えてあげるから、 告白する時の参考にするといいよ」 「[電話]は、ヒロインに電話をかけるんだ。 ちょっとした時間で、ヒロインの好感度を 稼げるんだから、やらない手はないよ」 「[キューピッド桜]は、 君が持っているキューピッド桜の中から ひとつを選んで使うことができるんだ」 「攻略の助けになるし、 効率的にコンプリートするためには 欠かせない要素になると思うよ」 「[告白]は、 ヒロインへの告白を実行するんだ」 「以上、それぞれの特徴を活かして、 恋愛成就の助けにするといい」 「好きな子に、 勇気を振りしぼって自分の気持ちを伝え、 その子の気持ちを教えてもらう」 「果たして、答えはイエスかノーか? 返事を待つ数秒間がまるで永遠のように 感じられるほど、胸の鼓動は速く脈打つ……」 「告白は、恋の一大イベントだ」 「そして、その一大イベントを 二次元ワールドでも体感できちゃうのが、 この“好きな時に告白システム”なんだ!」 「他にはない本作だけの、このゲームシステム」 「特徴は、 プレイヤーが自分からヒロインに告白する ことで恋人になれる、という点にある」 「君自身の口で女の子に『好きです』と言って、 女の子がうなずいてくれて、 初めてラブラブになれるというわけだよ」 「逆を言えば、 告白しないとラブラブにはなれない」 「どんなに好感度を上げたって、 告白しなければ、 友達のまま物語は終わってしまうんだ」 「クリックしてたら、 いつのまにか個別ルートに入ってた ……なんてことにはならないのさ」 「じゃ、実際どうやったら告白できるか ってことなんだけど――」 「毎週、日曜日の夜、この自室モードで 画面に[告白]ボタンが出現する」 「これを押して、 好きな子を選ぶことで、 告白を実行することになるんだ」 「相手からOKをもらえれば、晴れて 彼氏彼女の関係に。イチャイチャラブラブ エロエロな時間を心ゆくまで楽しむといいよ」 「……もっとも、言い方を変えれば、必ずしも うまく行くとは限らないって話なんだけどね。 ズバリ、振られてしまう可能性も、ある!」 「ただ、そんなに心配するようなことじゃない。 “失恋 即 ゲームオーバー”ではないからね。 ヒロイン1人につき2回まで告白できるよ」 「むしろ、ポジティヴに考えてもいいぐらいだ。 失敗は成功の元って言うだろう?」 「彼女に『好き』って伝えることは、 それだけで大きな進展なんだよ」 「君が彼女を異性として意識してることを、 彼女もはっきり意識することになる。 失恋から始まる恋も、あるかもしれないよ」 「ちなみに、2回目の告白でも振られたら 脈なし確定でゲームオーバーになっちゃう んで、そこんとこ肝に銘じておくように」 「あと[告白]だけは他の行動と違って 1週間つかっちゃうから、気をつける ことだね」 「他の行動だったら、終わったあと翌日に つながるんだけど、[告白]の場合は “翌週”につながるから、要注意だ」 「告白は、そもそも告白するのに勇気がいるし、 必ず報われるわけじゃない。失恋しちゃって 傷つくかもしれない。大きな賭けだ」 「でも、大きなものを賭けるだけの価値が、 彼女には――君の恋には、ある」 「だから思いきって、一歩を踏みだしてほしい。 二人の想いが通じあった先には、 世界で一番素敵な恋が待ってるんだから」 「君の告白、待ってるよ」 「ステータス画面では “ゲーム中の日付かエピソードのタイトル” “恋占いの結果”」 「“持っているキューピッド桜” そして“リンゴ”を確認できるよ」 「リンゴは、各ヒロインとの エンディングを迎えることで手に入る、 トロフィーみたいなものだね」 「リンゴをクリックすることで、システム ボイスとタイトル画面を変更できるから、 ぜひ試してみるといいよ」 「やれやれ、直球で訊いてくるなんてね。 多少ネタバレしてもいいなら教えられるけど、 どんなヒントをお望みなんだい?」 「他に欲しいヒントはあるかい?」 「おめあてのヒロインを攻略するためには、 当たり前だけど、まずその子の好感度を 上げなきゃいけないよ」 「このゲームは、平日に選択する 放課後エピソードの内容に応じて、 ヒロインの好感度が上がる仕組みなんだ」 「“どのエピソードで誰の好感度が  どのぐらい上がるか”についてだけど、」 「エピソード選択画面に表示されてる SDキャラから、ざっくり読みとれる ようになっているよ」 「おめあてのヒロインが活躍するエピソードを 多く見ることで、その子の好感度を 大きく上げることができるってわけだね」 「ヒロインとある程度、仲良くなると、 週末にデートに誘われるようになる」 「さらに仲良くなると、デートでの 彼女の態度にも変化があったり…!? まぁ、これは見てのお楽しみだね」 「彼女が自分のことをどう思ってるか、 それは、自室モードの[恋占い]で 推し量ることができる」 「脈有りだと思ったら、 自室モードで[告白]を実行しよう。 成功すれば恋愛成就、恋人同士になれるよ」 「そこから先は個別ルートだ。 彼女とのイチャラブ生活を満喫するといい」 「残念ながら、葵・絵里・まやの攻略は できない。このゲームが妖精界で爆売れして アペンドが出ることを祈っていてほしい」 「あるいは、他二人のことを言ってるのなら、 『2周目以降』とだけ答えておくよ」 「このゲームは、何周プレイしても 楽しめるような造りになっている。 だからその分、コンプリートするのは大変だ」 「それを承知の上で コンプリートに挑もうという求道者のために コツを教えておくと――」 「ポイント1。 効率的に好感度を上げよう」 「じつはこのゲーム、おめあての子のお尻 さえ追いかけてれば好感度が上がっていく ……って仕組みじゃないんだ」 「大事なのは “一週間のうち誰と一番仲良くしたか?” なのさ」 「おめあての子を追いすぎると逆に、 途中で手札が尽きて週間MVPを逃してしまう ……なんて事故が起こるかもしれない」 「1ヶ月間だけ毎日会えたって、 その後、ピタリと会えなくなったら、 恋愛はうまく行かないだろう?」 「つまり、そういうことさ」 「ポイント2。 キューピッド桜を活用しよう」 「クリア済みのヒロインについては、対応する キューピッド桜が手に入るようになる。それを 使うことでお手軽に好感度を上げられるんだ」 「ポイント3。 告白“以外”の方法で恋人同士になろう」 「ヒロインの好感度を高くしておくと、 一定の条件が重なった時に、スペシャルな シチュエーションが発生することがあるんだ」 「ポイント4。 “はじめから”やりなおそう」 「エンディング分岐の直前でセーブして、 そこからやりなおすことも、 確かに有効かもしれないね」 「だけど、それだけじゃ コンプリートはできないんだ」 「早い時期から恋人同士になることで 見られるエピソードがあるからね」 「これは、ヒロインとエンディングを迎えた後、 “はじめから”ゲームを始めて、 キューピッド桜を使うことでのみ狙えるんだ」 「当然だけど、ポイント3と4は両立できない。 コンプリートするためにはヒロイン1人あたり 2〜3周プレイする必要があるってことだね」 「ポイント5。 おめあての子が登場しない 放課後エピソードも見よう」 「おめあての子と会えないエピソードでも、 それが巡り巡って重要イベントの条件になる ことがあるから、要注意だよ」 「ポイント3とも絡むことだから、 頭の片隅に留めておくことだね」 「あと“アンラプアーバ”はなにげに大事 だから、毎回見ることをお勧めするよ」 「以上、参考になれば幸いだ。 それじゃ、健闘を祈っているよ」  ワークショップを終え、 俺はバスで新渡町に戻ってきた。  ぐーっと伸びをして、 座りっぱなしで凝り固まった体をほぐす。 「いやぁ、それにしても楽しかったな」 「やれやれ、理解できないよ。 年頃の男の子が恋よりも料理に 夢中なんてね」 「別にそういうわけじゃないけどさ。 趣味ぐらいあるのが普通だろ」 「いいや、君ぐらいの歳なら、 包丁よりも女の子の手を握りたいって 考えるのが普通だよ」 「そもそも、ぼくがせっかく考えた 春休みの恋愛プランを台無しにするなんて、 妖精の言うことを聞かないとバチが当たるよ」 「そんなこと言われても、もともと予定が…… ふあ、はっくしょん!」 「大丈夫かい? 風邪を引かないように 温かくしたほうがいいよ」 「おう。 まぁ別に寒くはないんだけど、 寄り道せずに帰ることにするよ」 「それじゃ、ぼくは学校のほうへ行ってくるよ」 「ん? 今日は家に来ないのか?」 「君に付き合ったおかげで、 しばらく学校へ行ってなかったからね。 恋の妖精は忙しいんだよ」 「あぁそう。じゃ、またな」  QPは去っていった。  しかし、あいつ、学校に 何の用があるんだ? 「ふわ……はっくしょんっ!」 「……本当に風邪かな? さっさと帰るか」 「ただいまー」 「おかえり。どうだった、ワークショップは?」 「楽しかったよ。 ていうか父さん、日付かわる前に 帰ってくるのって珍しいね」 「あぁ。颯太がワークショップに 行った翌日から、父さんも会社に 泊まり込みだったんだ」 「その報酬として、社長から直々に 2日も休みがもらえたんだよ。 2連休なんて、父さんは幸せ者だよ」 「……俺がワークショップに行ったのって 先月の21日だから…?」  10日も会社に泊まりこんだのか…… 「まぁ、お前にはまだ早いとは思うけど、 父さんぐらいになると、日付で仕事を 区切るっていう概念はないんだぞ」 「あぁ、そ、そう」  願わくば、一生早いままでありたいものだ。 「そういえば今日な。 シロアリ駆除業者に来てもらったんだ」 「それって、まさか怪しい訪問販売的な?」 「違う違う。じつはこの家を建てた時に、 施工業者の手違いでシロアリ対策を してなかったんだ」 「まぁ、その分の費用は引いてもらったから、 そのうちにしようしようと思ってたんだけど、 父さんも母さんも仕事が忙しかっただろ」 「今日の今日まですっかり忘れててな。 せっかく休みだから、業者呼んで シロアリ対策をしてもらったんだ」 「へぇ。はぁ……はっくしょんっ!」 「どうした? 寒いのか?」 「いや、寒いわけじゃ……はっくしょんっ!」 「さっきからくしゃみが……ふあ…… はっくしょんっ!」  あれ? 「はっくしょんっ!」 「ふあ……はっくしょんっ!」 「はっくしょんっ! はっくしょんっ! ふあっっくしょんっっ!!」 「おいおい、颯太。大丈夫か?」 「なんだこれ? 急にくしゃみが 出るようになったんだけど……ふあ…… はっくしょんっ!」 「お前、もしかして花粉症なんじゃないか? 今日はかなり花粉が飛んでるらしいぞ」 「いやいや。俺は別に花粉症じゃないし」  とはいえ、こんだけくしゃみが 出るのはおかしいよな? 「風邪気味かもしれないから、 今日はもう寝るよ」 「おう、おやすみ。 あんまり酷かったら明日、病院いくんだぞ」 「そうする。じゃ、おやすみ」  自室に戻ってパジャマに着替えると、 俺はすぐにベッドに入った。  一晩眠れば明日には治るだろう、と 思ったんだけど、 「はっくしょんっ!」  一向にくしゃみは止まらず、 喉がなんだかむず痒い。  けっきょく深夜になるまで まったく寝付けなかった。 「花粉症だね」  翌日、病院の診察室にて、 そう診断が下された。 「でも、今までは花粉なんて ぜんぜん平気だったんですけど、 何が原因なんですか?」 「これが初秋くんの血液検査の結果なんだけど、 花粉に対しての特異的Igeが3.47だろう?」 「はい」 「これは花粉に対する抗体の量でね。 ここに書いてある通り、正常値、 つまり、健康な人の値は0.34以下なんだ」 「えぇと、抗体が多いってことですか?」 「そういうことだね」 「あれ? でも、抗体って、 花粉に対する抵抗力があるってことなんじゃ ないんですか?」 「花粉というのはね、 本来、人体には無害なんだよ」 「えっ? そうなんですか?」 「うん。だけど、本来無害の花粉に対して 免疫システムが過敏に反応して 『排除する』と判断してしまう場合がある」 「そうすると、花粉が侵入してくるたびに、 体の中に抗体が作られるんだ」 「それがこの特異的Igeってやつですか?」 「そうだね。抗体の量が多くなると、 花粉を排除するような反応を体が 起こすんだ」 「それが喉のかゆみやくしゃみだよ」  確かにくしゃみをすれば、 鼻から入った花粉はとり除けるよな。 「じゃ、悪いのは花粉じゃなくて、 俺の体のほうってことなんですか?」 「うん。花粉症は一種のアレルギーだからね。 免疫システムの誤作動が原因だよ」 「そっか。確かに花粉が悪いんなら、 みんな花粉症になりますもんね」 「そうだね。つまり、君は 今まで平気だったわけじゃなく、 ただ自覚症状がなかっただけなんだ」 「えぇと、もともと俺の体は花粉症を 起こすような免疫システムになってて」 「毎年、花粉を吸いこむたびに、 どんどん花粉症に近づいてたって ことですか?」 「そういうことだね。 それでとうとう今年、その花粉の量が 一定のラインを超えて発症したってことだよ」  なるほど。 「花粉症って、治らないんですよね?」 「まぁ難しいね。大元の原因は アレルギー体質ということだからね」 「ただ花粉が入らないようにすれば、 症状は防げるよ。 日中も窓は閉めておいたほうがいい」  昨日は天気が良かったから、 思いっきり窓開けてたもんな。 「どうしても症状が辛い時は、 薬を出しておくから、それを呑むといいよ」 「ありがとうございます」 「それじゃ、お大事に」  薬局で薬をもらった後、 家に帰ってきた。 「ただいまー」  父さんは出かけたみたいで 返事はない。 「遅かったね。どこに行っていたんだい?」 「ちょっと病院にな」 「具合でも悪いのかい?」 「いや、ただの花粉症だよ」 「ふぅん。ところで何だい? あの床下の毒物は?」 「床下の毒物? 何のことだ?」 「こないだまでなかった物が、 床下にあるじゃないか。 知らないのかい?」 「あぁ、シロアリ対策をしてもらったって 言ってたから、シロアリ駆除剤が 置いてあるんじゃないか?」 「非常に不快だよ。 すぐに捨てたほうがいい」 「ん? でもシロアリ駆除剤だぞ。 お前は妖精なんだろ?」 「シロアリを殺すものが、 シロアリ以外を殺さないと思うのかい? 人間にだって害があるはずだよ」 「いやいや、大丈夫だって。 人間に害がある物を使うわけな―― はっくしょんっ!」 「ほら、さっそく害が出てるじゃないか」 「あのね……さっきも言ったけど、 これは花粉症だからな」 「窓を閉めきってるのにかい?」 「昨日の花粉がちょっとぐらい残ってても おかしくないだろ」 「ふぅん。まぁいいや。 すぐに分かるだろうからね」 「……て、おいっ。QP?」  まったく。思わせぶりなこと言って、 いなくなりやがって。  そんなにシロアリ駆除剤が 苦手だったのか?  とはいえ、せっかく父さんが 業者に頼んだんだし、俺の一存で どうにかするわけにはいかないしなぁ。  とりあえず、次会ったら、 どのぐらいシロアリ駆除剤がだめなのか、 訊いてみるか。  その夜―― 「――はっくしょんっ!」 「……なんだ……おかしいな…? ふあ……はっくしょんっ!」  今日は一日中窓を閉めきってたし、 薬も呑んだのに、まったくくしゃみが 止まらない。  おまけに頭痛までしてきた。 「はぁ……はぁ……」  なんだ、これ? 風邪か?  体もだるいし…… 花粉症ってこんなに辛いのか? 「ごほっ、ごほっ!」  喉も痛いし、ちょっとやばいな、これは。  明日の朝、もう一回病院に行ってこよう。 「くしゃみと頭痛、咳、 あと体がだるいんだったね?」 「はい。それと喉もかゆくて」 「うーん、特に今回の検査では 異常は見つからなかったよ」 「それじゃ、やっぱり花粉症ってことですか?」 「まぁ、現時点ではね。 薬も効かなかったんだったね?」 「はい」 「少しは症状が改善されたってことも?」 「いえ、まったく。 逆にどんどん酷くなって ぜんぜん眠れませんでした」 「ふむ。症状がひどいのは 夜だけかい?」 「いえ、今朝もかなり辛くて、 マスクもまったく効果がありませんし」 「ん? じゃ、今はどうかな?」 「今は……」 「あれ? 言われてみれば、 今は平気ですね。頭痛も何もありませんし」 「なるほどね」 「何か分かりました?」 「いや、とりあえず少し強めの薬を 出しておくよ。咳止めと頭痛薬も出すから、 それでいったん様子を見てくれるかい?」 「分かりました」 「他に何か気になることはあるかな?」 「いえ……」 「それじゃ、お大事に」  診察室から出ようとして、 ふと頭をよぎったことがあった。 「シロアリを殺すものが、 シロアリ以外を殺さないと思うのかい? 人間にだって害があるはずだよ」  訊くだけ訊いてみるか。 「あの、ひとつだけ訊きたいんですけど、 シロアリ駆除剤って別に 関係ありませんよね?」 「それは家でシロアリ駆除剤を 使ってるってことかい?」 「えぇ、まぁ」 「いつからだい?」 「一昨日からですけど」 「くしゃみが止まらなくなったのも、 一昨日からだったね?」 「はい……」 「もしかして、症状が重いのは、 家の中だけじゃないかい?」 「えぇと……言われてみれば、 そうかもしれません」 「だとすると、 シックハウス症候群の可能性があるね」 「……それって、確か新築の建物で 起こる病気でしたっけ?」 「そうだね。主に化学物質による 室内の空気汚染が原因の病気だよ」 「シロアリ駆除剤がシックハウス症候群を 引き起こすケースも多い」 「床下にあるみたいなんですけど、 それでもそんなに影響あるんですか?」 「シロアリ駆除剤は揮発性の高いものが 多くてね。少しずつ気体になって室内に 拡散するんだよ」 「これには毒性があるからね。 一定以上シロアリ駆除剤を体内にとりこむと、 体の許容量を超えて中毒状態になる」 「……て、床下に毒を蒔かれたようなものって ことですか?」 「それはさすがに言いすぎだけど、 化学物質は人体に無害とは 言いきれないからね」 「許容量の範囲内で使わないと、 病気の原因になる」 「特にシックハウス症候群の場合は、 通常の中毒量よりもはるかに微量で 症状が出るんだ」 「とはいえ、まだそうと決まったわけじゃない。 シロアリ駆除剤を蒔かれてからという話なら、 一度、その業者に調べてもらったほうがいい」 「室内の化学物質濃度が指針値を 超えている可能性もあるからね」 「調べて何ともなかったら どうすればいいんですか?」 「シックハウス症候群は、 化学物質に汚染された場所じゃなければ その症状が出ない」 「調査の結果が問題なかったとしても 自宅以外で症状が出なければ、 シックハウス症候群の可能性が高いよ」 「その時はよく家の換気をして、 シロアリ駆除剤も念のため とり除いてみることだね」 「分かりました。そうしてみます」 「何か他に気になることはあるかい?」 「えぇと、シックハウス症候群なら、 換気のために窓を開けて花粉が入ってきても 大丈夫なんですか?」 「あぁいや、いずれにしても 君が花粉症だということには変わりないよ」 「ただ家の外ではそれほど症状が出ないなら、 花粉症については軽度なんだろう」 「少しぐらい影響はあるかもしれないけど、 眠れないということはないと思うよ」 「もちろん、今の時点で 『絶対に大丈夫』とは言いきれないけどね」 「分かりました。 じゃ、まず業者の人に調べてもらいますね。 ありがとうございます」 「お大事に」  診察の結果を父さんにメールで 送っておいたら、すぐに業者に 連絡してくれた。  俺は大事をとって家に帰らず、 ホテルに泊まることになった。  シロアリ駆除業者はこの日の内に来て、 色々と調査や対策をしてくれたそうだ。  調査結果と対策後の結果を 書類でもらったので、それを持って もう一度、病院に行くことになった。 「フェノブカルブの室内濃度が 指針値を超えていたみたいだね」 「フェノブカルブって、 シロアリ駆除剤のことですか?」 「そうだね。この調査報告書によると、 通常よりもシロアリ駆除剤を多く設置、 散布したのが主な原因みたいだよ」 「シロアリ駆除剤を除去したところ、 フェノブカルブの室内濃度は 指針値内に収まっている」 「ホテルでは症状は出なかったんだよね?」 「はい。ぐっすり眠れました」 「シックハウス症候群に間違いないだろうね。 今日は家に戻っても大丈夫だと思うよ」 「ただし、まだ化学物質が室内に 多少残ってる可能性もあるから、 換気は十分にすること」 「分かりました」 「他に気になることはあるかい?」  話しやすい先生なので、 俺は疑問に思ってたことを訊いてみた。 「シックハウス症候群になったのは 俺だけで、家族は大丈夫なんですけど、 そういうことってあるんですか?」 「化学物質に対する許容量には 個人差があるからね」 「特にアレルギー体質の人は シックハウス症候群になりやすい傾向にある」 「俺が花粉症だからってことですか?」 「その可能性は高いよ」 「えぇと、花粉症って体の免疫機能の異常が 原因なんですよね? シックハウス症候群も 免疫が関係してるんですか?」 「残念だけど、まだ完全には メカニズムが特定されていなくてね」 「例えば、君の体はフェノブカルブという 化学物質に過敏に反応するように なってしまっている」 「ただし、フェノブカルブの特異的Ige抗体を 調べても、結果は陰性としか出ないんだ。 つまり、アレルギーじゃないということだね」 「じゃ、花粉症だと シックハウス症候群になりやすい理由は まだよく分かってない、ってことなんですね」 「まぁ、完全にはね。 ただ花粉症自体、化学物質が 原因だっていう説もあるよ」 「そうなんですか?」 「花粉症の主な原因であるスギ花粉は、 農村部に多いけど、花粉症の患者は 大都会のほうが多いんだ」 「大都会のほうが化学物質が多いからって ことですか?」 「そうだね。この説では、 排気ガスが発症の原因という見方だよ」 「交通量が多くスギが少ない場所と、 交通量が少なくスギが多い場所で、 花粉症患者について調べた調査があってね」 「交通量が多くスギが少ない場所のほうが 花粉症患者が多かったという結果が出たんだ」 「動物実験においても、 それを裏づける結果が出ている」 「マウスにスギ花粉のアレルゲンを 一定期間、一定量注射するという実験を おこなったところ、Ige抗体はできなかった」 「スギ花粉の量を10倍にしても、 結果は同じだった」 「だけど、スギ花粉のアレルゲンと一緒に、 車の排気ガス中の微粒子をマウスに 注射したところ、Ige抗体ができたんだ」 「その後、注射するごとにIge抗体は 増えていったんだよ」 「つまり、排気ガスと花粉が 体内に侵入することによって、 花粉症が発症したと考えられる」 「どうしてそうなるんですか?」 「排気ガスは体にとって有害だからね。 当然、人体はこれを除去しようとする」 「排気ガスが花粉についていたことにより、 排気ガスだけではなく花粉も異物と判断し、 免疫システムが抗体を作ってしまう」 「もしくは、排気ガスが体の免疫システムに 異常を与えたという見方もあるね」 「そもそも、スギ花粉というのは はるか昔からあるけど、花粉症が問題に なりはじめたのはここ数十年のことだからね」 「スギ花粉だけを問題と考えるより、 化学物質も原因に含めたほうが 僕としては妥当だと思ってるよ」 「そう考えると、花粉症の人というのは、 化学物質への耐性が弱いとも言える」 「だから、他の人に比べて シックハウス症候群になりやすい、 というわけだね」 「すごく納得しました」 「まぁ、ひとつの説だよ。 完全に原因が分かったわけじゃないからね」  こんなに親切に説明してくれるなんて、 いい先生だな。  名前は……高島先生か。 「ありがとうございます。 とりあえず俺の体はシロアリ駆除剤に 弱いみたいなんで、これから気をつけます」 「それがいいよ。お大事に」 「ただいまー」  シロアリ駆除剤がなくなって 清々しい気がするな。  くしゃみも出ないし、喉も痒くならない。  マジで苦しかったから、 本当に助かったな。 「ぼくの言った通りだったじゃないか」 「う……まぁな。 お前のおかげで助かったよ」 「これでぼくの言葉が正しいと証明できたね。 それじゃ、さっそく恋のアプローチを 仕掛けようじゃないか」  またすぐそっちの方向に持ってこうとするな。 「そんなこと言っても学校は まだ始まってないし、 誰に会う予定もないぞ」 「それなら、電話をかけるんだよ。 ぼくの言う通りにすれば間違いない」 「いきなり電話して、どうするんだよ?」 「いいから、言う通りにするんだ。 ぼくの言うことが信用できないかい?」 「うーん……」  まぁ、今回のこともあるし、信用してみるか。 「誰にかければいいんだ」 「とりあえず、姫守彩雨にしよう」 「いいけどさ、何を話せばいいんだ?」 「とうっ!」 「えっ? おいおい、勝手にケータイとるなよ。 何してるんだ?」 「はい、返すよ。もう彩雨とつながったよ」 「って、こらっ。何してんだよっ」 「もしもし? もしもーし? 姫守なのですが、聞こえてますか? 初秋さーん?」  本当につながってるし…… 「もしもし?」 「はい。何か御用でしょうか?」 「あ、えぇと……」 「『突然、君のことが好きだと 気がついたんだ』」 「言えるわけないよねっ!」 「えっ? 何が言えないのでしょう?」 「ご、ごめん。ちょっと間違えたっていうか」 「くすっ、おかしなことをおっしゃりますね」 「なんていうか、そう、 間違ってつながっちゃったみたいでさ」 「そうでしたか」 「ごめんな」 「いえ、独りでいましたから、 楽しい気分になれました。 ありがとうございます」  姫守はなんていい子なんだろうな。 「また学校でな」 「はい。楽しみにしていますね」 「それじゃ」  通話を切る。 「やれやれ、君はとんだヘタレだね。 ぼくの言う通りに言えば、明日にも 恋人ができたっていうのに」 「まったくそうは思えなかったけどなっ!」 「ぼくが君の病気の原因を 事前に見抜いたのを忘れたのかい?」 「マグレな気がしてきたところだよ……」 「いいや、君は分かってないね」 「あのままシロアリ駆除剤に気づかなかったら、 MCSになっていても、おかしくなかったよ」 「なんだ、それ?」 「〈マジで〉《M》〈超パネェ〉《C》〈症候群〉《S》だよ」 「……………」 「その顔、どうやらぼくの言葉の信憑性を 認めたようだね」 「呆れてるんだよっ!」 「呆れる? なぜ? どうして? 何のために?」 「ウゼえ……」 「さぁ、そうと決まれば もう一度、電話をかけよう」 「何も決まってないからね」 「大丈夫、もう電話をかけたよ。 『もしもし、彩雨かい? じつは君に  話しておきたいことがあるんだ』」 「何度も勝手にかけてんじゃねぇっ!」  ったく、いつのまにケータイを とったんだよ…? 「あのぉ? もしもし? 初秋さん? どうかなさいましたか?」 「あぁ悪い。なんでか知らないけど、 また勝手に電話がかかってさ」 「そうでしたか。不思議なことも あるものですね」 「まったくな。きっと悪い妖精の仕業だよ」 「くすっ、初秋さんの家には 悪い妖精さんがいらっしゃるのですね。 楽しそうなのです」 「いやいや、大変だぞ。 あれしろこれしろってうるさいからな」 「まぁ。本当に妖精さんが いらっしゃるみたいですね」 「あぁいや、まぁ。 そんなことはないんだけど……」 「初秋さんは今、お暇なのですか?」 「うん。特に何にもしてないよ」 「でしたら、よろしければ、 少しお話をしても構いませんか?」 「ん、あぁ、いいよ。 姫守は暇だったのか?」 「はい。目当てのゲームをクリアしてしまい、 退屈していたのです」 「俺でいいなら、いくらでも付き合うよ」 「ありがとうございます。 それでは何から話しましょうか?」 「えぇと、そうだな…?」 「すみません、私からお誘いしましたのに 不慣れなもので……」 「いやいや、それじゃ、 最近クリアしたゲームの話とか どうだ?」 「はいっ! ですけど、 どれにいたしましょう?」 「ん、いくつかあるのか?」 「春休み用に五つほどプレイしていたのです」  なるほど。 「じゃ、最初にクリアしたやつでどうだ?」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「それはとてもとても 素敵な物語だったのです――」  姫守との電話は楽しく、 けっきょく夜まで話したのだった。 「ふんふふふーん♪」  鼻歌交じりに学校へ行く準備をしてると、 「ずいぶん楽しそうだね」 「そりゃ、だって、休みの日は 彩雨に会えなかったからな」 「誰のおかげで付き合えたんだった?」 「そうだな、ひとえに 俺の彩雨に対する誠実な想いが 実を結んだ結果というか……」 「……………」 「嘘だよ。冗談だって。 全部お前のおかげだよ」 「分かればいいんだけどね」 「お礼に『猫まっしぐら』買っといたから、 存分に食べてくれよなっ!」  QPの前に大量の“猫まっしぐら”を置いて、 俺は部屋を出る。 「……ぼくは猫じゃなくて、妖精だよ……」  後ろからQPの声が 聞こえたような気がしたけど、 たぶん気のせいだろう。 「あ……」 「お……」  学校の前でばったり彩雨に会った。 「お、お久しぶりです」 「え、いや、土曜に会ったと思うけど……」 「……その、一日千秋の思いで 待っていたのですぅ」 「そ、そうなんだ……」 「そうなのですぅ……」  緊張して何を言えばいいのか分からず、 俺は黙りこんでしまう。  それは彩雨も同じようで、 彼女は顔を真っ赤にしながら うつむいていた。 「教室……行こうか?」 「は、はい。そうですね」  ぎこちない会話を交わしながら、 俺たちは校舎に入っていった。  昼休み。 みんなで机を並べて、お弁当を食べていた。 「――それでね、こないだ新渡町で すっごくおいしいドルチェのお店を 見つけちゃったんだぁ」 「ドルチェって、スイーツのことでしたか?」 「そうそう。イタリアのスイーツのこと。 そのお店はイタリア以外のスイーツも あるんだけど、どれもおいしいんだよね」  友希たちはスイーツの話で 盛りあがっている。  さりげなく彩雨のほうに視線を送ると、 「……………」  目が合って、彼女は顔を赤らめた。 「…………ふふっ……」  見つめあうだけで まるで胸が締めつけられるようで、  このまま彩雨の顔を ずっと見ていたいと思った。 「ねぇねぇ颯太、彩雨、聞いてる?」 「え、あ…!!」 「は、はい。何でしょうか?」 「どしたの? 二人してぼーっとして」 「いや、別に。ちょっと考え事を」 「お、お昼ごはんを食べたら、 眠くなってしまったのですぅ」 「それで、なんだって?」 「うんとね、新渡町で おいしいドルチェのお店を見つけたから、 今日みんなで行かない?」  なかなか惹かれる提案だけど、 やっぱり、彩雨と二人で遊びたいしな。  さりげなく視線を送り、 彩雨とアイコンタクトをとる。  彼女はこくりとうなずいた。 「ちょっと用事があってさ……」「私は大丈夫なのですぅ」 「…………あれ?」 「あ……その……」  アイコンタクト失敗だった。 「じゃ、仕方ないから三人で行こっか? 颯太はまた今度ねー」 「あ、あぁ……」  なんてこった。どうしよう?  放課後。 「じゃね、颯太、行ってくるよー」 「あぁ」  友希たちは一緒に教室を出ていく。  彩雨が振りかえって、申し訳なさそうに こっちを見てくる。 「……………」  大丈夫だとうなずき、笑ってやると、 彩雨もこくりとうなずきかえし、 教室を出ていった。  さて、独り寂しく帰るとするか。  しかし、暇だな。  やっぱり予定がなくなったとか言って、 一緒に行けば良かった。  メールが届いた。彩雨からだ。  『今、どちらにいらっしゃいますか?』  『帰り道だよ』と返信する。  すぐに彩雨から返信があった。  『今から頑張って抜けだしますので、  お会いしませんか?』  そのメールを見て、 胸がいっぱいになるほど嬉しかった。  『家の近くの公園で待ち合わせしよう』と メールを送った。  遠くから彩雨が走ってくる姿が見えた。 「はぁはぁ……た、大変、 お待たせいたしました……」  よほど急いで来たのか、 彩雨は肩で息をしている。 「そんなに走ってこなくても大丈夫だよ」 「ですけど、早くお会いしたかったのですぅ。 ご迷惑でしたか?」 「……いや、その、俺も会いたかった」 「良かったのですぅ」 「……………」 「……………」  会話が途切れてしまった。  会えてこんなに嬉しいのに、 嬉しすぎて逆に何を話せばいいのかが 分からない。 「その、教室では申し訳ございません。 てっきり一緒に行こうと言われたのかと 思ってしまいました」 「いや、全然。俺のほうこそ、ごめんな。 もっと分かりやすく誘えば良かった」 「いえ、謝るようなことではないのですぅ……」 「そっか……」 「はい……」  ふたたび会話が途切れる。  心臓がうるさいぐらいに鳴ってて、 目を合わせることもできない。  見れば、彩雨も顔を赤らめ、 じっとうつむいている。  どうしよう? どうすれば?  ただドキドキしているうちに、 どんどん時間は流れていく。  けっきょく何をするでもなく、 日が暮れてしまった。 「そろそろ帰りましょうか?」 「あ、あぁ……」  本当はもう少し一緒にいたかったけど、 もう真っ暗だしな。 「じゃ、行こうか」  言って歩きだすも、 彩雨はその場を動かなかった。 「彩雨? どうかしたか?」 「すみません…… やっぱり、もう少しだけ ここにいませんか?」 「……うん、いいよ。 俺も、もう少しいたかった」  彩雨と一緒に、 と口にできないのが情けない。  だけど、互いの気持ちは ちゃんと伝わってる気がした。 「あのぉ、明日のことなのですが、 ご一緒に登校してもよろしいでしょうか?」 「いいけど、変に思われないかな?」 「でしたら、朝早くに待ち合わせするのは、 いかがですか?」 「1時間前とか?」 「はい。朝早くて大変かもしれないのですが」  思いきって、言ってみることにした。 「いや、彩雨に早く会えて嬉しいよ」 「私も、颯太さんに早くお会いしたいのですぅ」 「あ……そ、そう」  思わぬカウンターに口ごもってしまう。 「えぇと、じゃ、それで行く?」 「……は、はい。よろしくお願いいたします」  何ともぎこちなく約束を交わした。  玄関を出ると、彩雨が待っていた。 「お、おはようございます」 「おはよう」  あいかわらず、ぎこちない俺たちは そのまましばし、ぼーっと見つめあう。 「あのぉ……参りましょうか…?」 「あぁ悪い。行こう」  彩雨と並んで学校へ向かう。  さすがに朝早いため、 ここに来るまでに登校中の生徒は 見かけなかった。  だからといって、思う存分 イチャイチャしながら登校したということは 決してなく、ただ一緒に歩いただけだ。 「……誰もいませんね」 「まぁ、こんだけ朝早いとな」 「どうしましょうか?」 「そうだなぁ」  さっきから緊張しっぱなしで、 気の利いた提案などまるで出てこない。  付き合う前よりもドキドキするなんて、 思いもよらなかった。 「すみません。困らせてしまいましたか?」 「あぁいや、そんな全然。 何も思いつかなくて、 ごめんね」 「いえ、私のほうこそ、 無理を申してしまったのですぅ」 「いやぁ……」  しまった。気を遣わせちゃったな。  ていうか、せっかく朝早く会ったのに こんなに会話も続かなくて、 彩雨は退屈してないかな?  彼女の様子をうかがうと―― 「はい。何でしょう?」 「あ、いや……暇じゃない?」 「え……そのぉ、申し訳ございません。 私からお誘いしたのに、 何のお構いもできずに……」 「あぁ、いやいや、そうじゃなくて。 俺のほうがほら、面白い話とかできなくて」 「彩雨が退屈してるんじゃないかって 思ったから」 「そ、そうなのですね。 私は退屈ではないのですぅ。 とても忙しい感じです」 「忙しい感じ…?」 「す、すみません。 変なことを申してしまいました」 「忙しい感じというより、そのぉ、 何と申しましょうか…… あ、慌ただしい感じなのですぅ」 「……さっきと変わらないような……」 「あぁうぅ……うまく言えないのですぅ。 堪忍なのですぅ……」  そんなとりとめのない会話をしながら、 朝の時間は過ぎていく。  何ができたというわけじゃ ないけれど、  誰もいない教室でのやりとりは、 二人だけの秘密ができたみたいで、 嬉しかった。  昼休み。  今日のお昼はどこで食べようかと 彩雨の席に視線を向ける。  彼女は立ちあがって、こちらに 目配せした。  そして、一瞬上を見てから、 教室の外へ出ていった。 「ねぇねぇ颯太、お弁当だよね? 学食いって食べない?」 「悪い。今日は先約があるからさ」 「えー、分かったぁ」 「じゃあな」  彩雨は一瞬上を見ていた。  たぶん屋上で待ってるってことだろう。 「あ……くすっ、良かったのですぅ。 伝わらなかったら、どうしようかと 思ってしまいました」 「俺も違ったら、どうしようかと思ったよ」 「秘密にしながらは けっこう難しいのです」 「じゃ、いっそのことバラしちゃうか?」 「それは、そのぉ、恥ずかしいのですぅ」 「だよね」 「召しあがりませんか?」 「あぁ、うん」  お弁当を広げて、俺たちは 昼食を食べはじめた。 「あむ……はむはむ……」  彩雨はお弁当の焼き鮭をほぐして、 少しずつ口に運んで食べている。  あれ? 彩雨ってこんなふうに 食べるんだったっけ?  それはもともと小食だったけど…… 「……私の顔に何かついているのですぅ?」 「あぁいや、そんなことないよ」  慌てて、視線をそらして、 玉子焼きを口に運ぶ。 「おいしそうですね」 「あぁ、うん。ちょっと塩加減を間違えたかも」  もしくは、緊張しているせいなのか、 まったく味がしなかった。  ごはんを食べているはずなのに お腹が膨れる感覚もなく、 ただ胸が詰まって仕方がない。 「颯太さんでも、失敗することが あるのですね」 「それはまぁ、滅多にないけど」 「そういえばさ、すっごくちょっとずつ 食べてるみたいだけど、 その鮭、おいしくないのか?」 「いえ、これはそういうわけでは ないのですが……そのぉ、大きな口を 開けるのが恥ずかしいのですぅ」 「ん? どうして?」 「……はしたない子だと 思われてしまったら、 私、もう顔を合わせられないのですぅ」  かわいいな、彩雨は。 「全然そんなこと思わないって。 普通に食べていいよ」 「は、はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです……」  そう答えながらも、彩雨は変わらず、 少しずつお弁当を食べている。 「……あのぉ、今日は、一緒に帰れますか?」 「うん。大丈夫だよ」 「そうですか」  家の方向は同じだし、 今までだって帰りが一緒に なったことはある。  変に怪しまれることはないだろう。  放課後、約束通り、 彩雨と一緒に帰宅していた。  もうすぐ彩雨の家に着く。  まだ別れたくなかったけれど、 何と言って誘ったものかと 俺は頭を悩ませていた。  いやいや、何でもいいだろう。 ヘタレている場合じゃない。 「「あのっ――」」 「あ、すみません。 いかがなさいましたか?」 「あぁいや、彩雨からでいいよ」 「はい。それでは、そのぉ、 もしよろしければなのですが、この後、 家でゲームをしていきませんか?」 「あぁ、もちろん、いいよ」 「良かったのですぅ。 本日は誰も家にいませんから」 「え…?」  それは、つまり…? 「い、いえ、そういう意味ではないのですぅ。 独りきりは寂しいので、颯太さんと一緒に いたいと思っただけで……」 「あ、で、ですけど、そのぉ、 嫌という意味でもなくて、 何と申しましょうか……」  テンパる彩雨がかわいくて、 俺は思わず笑ってしまう。 「大丈夫だよ。分かってるから」 「良かったのですぅ」  というわけで、彩雨の家で俺たちは “デーモンズ”というアクションRPGを プレイしはじめたんだけど―― 「あっ……申し訳ございません。 また死んでしまったのですぅ」  これでもう3回目だ。  さっきから、彩雨は単純なミスを 繰りかえしていた。 「彩雨はこのゲーム苦手なのか?」 「いえ、得意だったはずなのですが……」  彩雨は困ったように黙りこむ。 「……じつは、颯太さんに告白された日から、 おかしいのですぅ」 「えぇと、どういうふうに?」 「颯太さんのそばにいると、 ドキドキしてしまって何も手が つかなくなってしまうのですぅ」 「昨日、今日と、うまくしゃべることも できなくて、ちゃんと話そうと思えば 思うほどできなくて……」 「私、どうなってしまったのでしょうか?」  彩雨の言葉を聞き、 自分でも顔がほころんだのが分かった。 「俺も、彩雨と同じだよ。 彩雨のそばにいると、ドキドキして、 普通に話そうにもなかなかうまくできない」 「そうなのですぅ?」 「うん、だから、彩雨が俺と同じで、 少し安心したし、その……嬉しいよ」 「……私も颯太さんが 同じように思っていらして、 とてもほっとしたのですぅ」  俺たちは互いに笑いあう。 やっぱり、少しぎこちない笑顔だけど。 「少しずつ、慣れていこうよ。 俺もうまくリードできなくて、 情けないんだけどさ」 「いいえ。こちらこそ、たくさんご迷惑を おかけするかと存じますが、 どうぞ末永くよろしくお願いいたします」  彩雨はかしこまって頭を下げた。  翌日――  朝早く、玄関を出ると、 今日も彩雨が待っていた。 「おはようございます」 「あぁ、おはよう」 「昨夜はよく眠れましたか?」 「あぁいや、じつはあんまり眠れなくて」 「くすっ、じつは私もそうなのですぅ。 何をされていたのですか?」 「えぇと……」  かなり恥ずかしいけど、 思いきって言ってみることにした。 「……彩雨のことを考えてた……」 「……………」  彩雨は真っ赤になって、黙りこんだ後に、 「……私も、なのですぅ……」  ほんの少しだけ、好きな人が隣にいることに 慣れた朝だった。 「今日はもう終わりだね。 続きはまた明日にしよう」 「お疲れ様です」 「お疲れ様でした」 「あれ? 彩雨、どこ行くの? 道、間違えてるよ」 「いえ、本日は用事がありまして、 少々寄り道をして帰るのですぅ」 「そっか。まひるは彩雨が急に方向音痴に なったのかと思って心配したな」 「まひるほどの方向音痴には 早々なれるもんじゃないと思うけど」  なんせ、たまに自分の家にも 帰れなくなるからな。 「なんだっ、おまえっ、まひるを バカにしてるのかっ。まひるキックで 月までぶっとばすんだぞ!」  おっと、機嫌を損ねてしまった。 「じゃ、帰るから。またな」 「あっ、こらっ、待つんだっ!」 「それでは、私も失礼いたしますね」  俺たちは学校の前で別れた。  さて、と。  回り道だから、急いで行かないとな。  目的地に到着すると、 すでに彩雨が待っていた。 「悪い。待ったか?」 「いえ、5分ぐらいなのですぅ」 「どこか行きたいところあるか?」 「ホットアップルパイが食べたいのですぅ」  あぁ、やっぱり彩雨の笑顔はかわいいな。  手、つないでも怒らないかな?  たぶん怒らないだろうとは思う。 だけど……  だめだ。いざ意識すると、 緊張して手が動かない。 「……………」  と、気がつけば彩雨がこちらを見ていた。  何やら物欲しそうな視線で 訴えてくる。 「えぇと、彩雨? どうかした?」 「な、何でもありません……」  ん? どうしたんだろう? 「分かった。早くアップルパイを 食べたいんだな?」 「颯太さんは私のことを、 食い意地が張っていると思っているのですぅ」 「でも、食べたいんだろ?」 「それはもちろん食べたいのですけど、 そういうわけではなかったのですぅっ」 「じゃ、どういうわけだったんだ?」 「……ですから…… やっぱり、何でもないのです……」  ぜったい何でもありそうなんだけどなぁ。 「まぁ、とりあえずマック行ってから話そうか」 「は、はい。申し訳ございません。 このようなところで立ち話を させてしまいまして……」 「いやいや、それはこっちの台詞だって。 早くアップルパイを 食べたかったんだもんな」 「ですから、それは違うのですぅっ」  俺たちはマックへ向かい、 とりとめもない話に花を 咲かせるのだった。  朝早くベッドから抜けだし、 学校へ行く準備をしてると―― 「初秋颯太。昨日のは いったいどういうことだい?」 「どういうことって何がだよ?」 「デートのことだよ。食事をして、 くだらない話をして、それで解散って、 君は舐めているのかい?」 「いや、いきなりなんだよ? 何か悪かったのか?」 「悪かったから、言っているんだよ。 付き合ってるのに、キスもしないなんて、 いったいどういう了見なんだい?」 「き、キスって、バカっ。 そういうのはタイミングってもんが あるだろ」 「いいかい? 初秋颯太。 タイミングっていうのは待つものじゃない。 作るものなのさ」 「う……」 「そもそも、キスだけじゃない。 君は彼女を抱きしめてもいないし、 それどころか手をつないですらいない」 「だから、それは、タイミングが……」 「少なくとも、手をつなぐタイミングは 37回ほどあったよ」 「いや、そんなにないだろっ!」 「いいや、あったね。ぼくは恋の妖精だよ。 君のような恋愛初心者とは、 まず眼力からして違うんだ」 「じゃ、そのご立派な眼力は、 具体的にいつ手をつなぐタイミングが あったって言ってるんだ?」 「まず最初に、君たちは部活の仲間に バレないよう別々に帰ったフリをして、 新渡町で合流しただろう?」 「あぁ」 「その時だよ。『悪い。待ったか?』 『いえ、5分ぐらいなのですぅ』 ここまでの流れは完璧だったね」 「その後、君がどんな暴挙に出たか、 覚えているかい?」 「『どこか行きたいところあるか?』 って訊いただけだろ。 それのどこが暴挙なんだよ?」 「なってない。まったくなっていないよ、 初秋颯太。恋の妖精として、 悲しみが込みあげてくるぐらいさ」 「じゃ、どうすれば良かったって言うんだ?」 「いいかい? 彩雨が『5分ぐらいだ』と 言ったら、そこですかさず彩雨の両手を 包みこむように握って――」 「『こんなに冷えきっちゃって。かわいそうに。  早くどこか暖かいところに入ろう』、 これがベターだね」 「いやいや、ベターじゃないよっ。 そんな小っ恥ずかしいこと できるわけないよね!」 「そんなことないさ。 できるかできないかの問題じゃない。 やるか、やらないかだよ」 「彩雨だってそれを待っているだろうし、 それに、あんまり悠長に構えて、 振られたらどうする気だい?」 「ふ、振られ……そんなバカな…!?」  あまりに寝耳に水な話で、 思わず俺は叫んでいた。 「バカなも何も、恋愛というのは 付き合ってからが本番なんだよ。 君だってそれぐらい知っているだろう?」 「いや、だけど、 俺と彩雨は互いに想いあってて――」 「別れるカップルだって みんな最初は想いあっていたんだよ」 「う……た、確かに……」 「だ、だけどさ、俺たちには 俺たちなりのペースってものが……」 「手も握ってくれない男なんて、 捨てられたって文句は言えないんじゃ ないかい?」 「う…!!」  そ、それは否定できない…… 「だけど、彩雨がそんな……」 「彩雨だって、君がリードしてくれるのを 待っているんじゃないかい?」  そうか、いや……そうだ。  俺は男なんだから、 ちゃんとリードしてあげないと…… 「よ、よし。分かった。 やるぞ。手ぐらい、なんだ。 簡単につないでみせるさ」 「それじゃ、早く行きなよ。 他のみんなにバレないように 早めに登校するんだろう?」 「あぁ。ありがとうな。 行ってくるっ!」 「おはようございます、颯太さん」 「あぁ、おはよう」 「参りましょうか?」 「あ、あぁ」  よし、ここだ!  さりげなく、俺が 手をつなごうとした瞬間だ。  彩雨が歩きだし、 俺の手は宙をさまよう。 「……どうかなさいました?」 「あ、いや……ゴミがついてるよ」  と、彩雨の制服から ゴミをとるフリをする。 「ありがとうございます。 颯太さんはお優しいのですね」 「いや、これぐらいは……」  素直に感謝されると、とても心苦しい…… 「今日もまだどなたもいませんね」 「そうだな。30分は誰も来ないんじゃないかな」 「……30分は二人きりなのですね」 「あ、うん。そうだね」  会話が途切れる。  しばらくして、彩雨が口を開いた。 「……そういえば、お伺いしたいことが あるのですが……そのぉ、恋人同士は普段、 どのようなことをするのでしょうか?」 「えぇと、そうだなぁ…?」 「彩雨、好きだよ」 「私もです。颯太さん、 もっと抱きしめてください」 「こうか?」 「もっとなのですぅ。 私、切なくなってしまって、 たくさん、触ってほしいのですぅ」 「じゃ、これでどうだ?」 「……はぁ……あぁ……颯太さぁん…… 私も触ってよろしいですか?」  っていう感じか――? 「……………」 「わっ……」  気がつけば、彩雨が俺の顔を 間近でのぞきこんでいた。 「ど、どうした?」 「何を考えていらしたのですか? お顔が楽しそうだったのですぅ」 「いや、その、 恋人同士はデートしたりして楽しいよな って思ってたからさ」 「デートをしたら、どのようなことを するのですぅ?」 「え、えぇと…… 彩雨はどんなことをすると思う?」 「私は、そのぉ…… き、訊きかえすのはずるいのですぅ……」 「あ、あぁ、ごめん……」  どうしよう?  考えてたことを素直に言うべきか?  いや、でも、それで嫌われたら…? 「あの……少々はしたないことを 申しあげても嫌いになりませんか?」 「え、うん。嫌いになんてなるわけないだろ」 「では、申しあげるのですぅ」  すー、と彩雨は息を吸い、 決意を決めたようにきゅっと唇を 引き結ぶ。  まるで引きよせられるように、 彩雨との距離が縮まる。 「私は――」 「おっはよーっ!」 「………!?」 「あれ? 誰かいると思ったら、 彩雨と颯太じゃん。早いねー」 「……お、おう。 なんか朝早く目が覚めたからさ」  めちゃくちゃビックリした。 「んしょ、んしょ、えへへ、できたな。 これでおっきく育つな。楽しみだな」 「……あのさ、まひる、 それは何をしてるんだ?」 「大根の種を植えてるんだ」  まひるは、畑に砂山を作り、 その頂上に種を植えていた。 「こうして山を作ってあげれば、 大根が大きく育つ気がするんだ。 巨大根になるんだ」 「巨大根ってなんだよ……」  っていうか、呪術じゃあるまいし、 そんな変なことをしても、 大きくなるわけがない。 「あのぉ、颯太さ――は、初秋さんっ」 「ん?」 「少々、いらしてくださいませんか?」 「あぁ」  彩雨の後についていき、 裏庭まで移動した。 「どうしたんだ?」 「ふと思いついてしまったのですが、 颯太さんはGWは 何かご予定がおありですか?」 「いや、何もないよ」 「そうなのですね。 でしたら、お願いがあるのですが……」  何だろう? 「……や、やっぱり、 あとでお話するのですぅ……」 「え…?」 「せっかくご足労いただきましたのに、 申し訳ございません」 「いや、それは全然いいんだけど……」 「も、戻るのですぅ」  と、彩雨が足早に立ち去ろうとするので、 「彩雨っ、ちょっと待って」 「は、はい。待ちました。何でしょう?」 「GWだけどさ……」  あ、れ? なんだこれ?  ただ遊びに誘うだけなのに、妙に緊張する。  もしかして、彩雨もそれで、 途中で言うのをやめたんだろうか? 「……GWは、 何でしょうか…?」 「……えぇと、だから、その…… 一緒に遊ばないか?」 「……はい。喜んで」  彩雨の笑顔を見て、ほっとする。 「……颯太さんに、 先に言われてしまいました……」 「緊張して、言えなかったのか?」 「え……どうしてお分かりになるのですか?」 「俺も今、すっごい緊張したからさ」 「くすっ、そうなのですね。 勇気を出してくださって、 ありがとうございます」 「あぁいや、そんな大したことじゃ」 「いえ、大したことなのですぅ。 次は私が勇気を出して申しあげますね」 「それは、期待してるよ」 「……あ、あんまり期待をされては いけないのですぅ……」 「じゃ、そこそこ期待するよ」 「そこそこならよいのです。 そういえば、どちらに行きましょうか?」  GWのことだな。 「菜の花畑とかは?」 「行きたいのですぅ。 連れていってくださるのですか?」  おぉ、思った以上に好感触だな。 「あぁ、それじゃ、菜の花畑に行こう」 「はい。ふふっ、今から楽しみに 待っているのですぅ」 「今日はデートかい?」 「あぁ、まぁな」 「それで、手をつなぐ算段ぐらいは つけたのかい?」 「そりゃ、お前に言われて、 俺だって少しは考えたよ」 「へぇ。見直したよ。 どういう作戦でいくんだい?」 「作戦っていうか、やっぱり、彩雨に 喜んでもらって楽しくデートができたら、 自然とそうなると思うんだよね」 「ふぅん。まぁいいや。 それでどうやって喜んでもらうんだい?」 「菜の花畑だよ。満開の菜の花の丘でさ、 お弁当でも食べながら話をしたりしたら、 楽しいと思わないか?」 「なるほど。君にしては考えたじゃないか。 まぁ0点だけどね」 「は……なんだそれ? どういうことだよっ?」 「菜の花はせいぜい四月までだよ。 今はもう軒並み枯れかかってるだろうね」 「あ……」  言われてみれば、そうだった。  彩雨とデートすることに有頂天になって、 うっかりしていた。 「第二プランは何だい?」 「いや……」 「やれやれ。君は第二プランもなしにデートを しようとしていたのかい? それじゃ、 不測の事態が起きたら犬死にだよ」 「そ、そこまで言わなくても……」 「待ち合わせの時間は?」 「もう出ないと間に合わない……」 「助けてあげようかい?」 「できるのか?」 「しおれた菜の花をもう一度 元気に咲かせるぐらい、 簡単なことだよ」 「うわぁ、綺麗なのですぅ。 五月でも菜の花はまだこんなに 咲いているのですね」 「まぁ、今年はけっこう長いほうかな」 「マックスバーガーで、 テイクアウトもしてしまいましたし、 今日はとても素敵な日なのですぅ」 「冷めない内に食べようか?」 「……………」  彩雨が俺の顔をじっと見つめてくる。 「……えぇと、どうかした?」 「あ……な、何でもないのですぅ……」  うつむき加減になって、 彩雨が顔を赤らめる。  やばい。すごいかわいい。 頭を撫でてあげたいぐらいだ。  たぶん嫌がられはしない、とは思う。  けど、いざそうしようとしても、 手がなかなか動かない。 「食べるのはもう少し後でも よろしいですか?」 「あぁ、うん、いいよ」  言いながら、彩雨の手に視線をやる。  付き合ってるんだ。 手ぐらいつないでも、 何もおかしくないはずだ。  よし、と思いきって手を伸ばす。 「あ……」  彩雨の手に触れた瞬間、 俺は反射的に手を引っこめてしまった。 「ご、ごめんっ……」 「……いえ、お気に なさらないでくださいませ」  しまった。 さりげなく手をつなぐつもりが、 これじゃ、逆効果だ。 「……颯太さんに、 お願いしてもよろしいですか?」 「うん。なに?」 「その、私に触ることを 謝らないでいただけると、嬉しいのですぅ」 「あ、うん。分かった……」  分かったけど、どういう意味だ?  謝らないでってことは、 逆に触ってほしいとか…? 「……な、何でしょう?」 「あ、いや……綺麗だな」  菜の花に視線をやって、話題をそらす。 「はい。こんなに綺麗なところに 連れてきていただいて、 ありがとうございます」 「いや、そんな、こんなところでよければ、 いつだって連れてきてあげるよ」  だめだ。なんでこんなに彩雨といると、 普段通りにしゃべれないんだろう…?  けっきょく手をつなぐタイミングを つかみ損ねている内に夕方に なってしまった。  いいかげん風も肌寒くなってきた。 「彩雨、寒くないか? そろそろ帰ろうか?」 「……少し、寒いのですけれど、 本日はまだ帰りたくありません」  意外な答えだったけど、嬉しかった。 「そっか。じゃ、もう少しいよう」 「わがままを言ってしまい、 申し訳ないのですぅ」 「いや、全然。俺ももう少しいたかったし」 「……それは、私と……いたかったのですぅ?」 「え……うん。そうだよ……」  彩雨の視線と俺の視線が、 ゆっくりと交わる。 「やっぱり、少し寒くなってきましたね」 「うん」  互いに吸いよせられるように、 一歩だけ身を寄せる。  触れるか触れないかぐらいかすかに、 手の甲が触れあう。 「……颯太さんの手は、温かいのですぅ……」 「……彩雨の手は、冷えちゃってるね……」  わずかに触れた箇所から、 彩雨の体温が伝わってくる。 「どうして颯太さんは こんなに温かいのですぅ?」  彩雨の指が一本だけ、俺の手を撫でる。 「男子はけっこう体温高い人多いよ。 筋肉も多いし」  手の平を反転させて、 彩雨の手にそっと触れた。 「あ……私も筋肉をつければ、 手が温かくなるのですぅ?」  彩雨の手が翻って、 手の平と手の平が重なる。 「たぶんね。 でも、そんなことしなくても大丈夫だよ」 「どうしてですか?」 「俺が温めてあげるからさ」  彩雨の指の隙間に指を絡ませて、 包みこむように手を握った。 「あぁ……ふふっ、 やっと、できました……」 「やっと?」 「……ずっと、こうしたかったのですぅ。 はしたないですか…?」 「うぅん。俺も、ずっとこうしたかった」 「……好きなのですぅ」 「俺も大好きだよ」 「……もっと言ってくださいますか?」 「大好きだよ、彩雨」 「……嬉しくて、 ドキドキしてしまうのですぅ」  そのまま日が暮れるまで、 俺たちはずっと手を握りつづけていた。  朝早く、玄関を出ると、 彩雨が待っていた。 「おはようございます」 「おはよう」 「くすっ、おはようございます」 「ん…?」 「昨日は言えませんでしたから、 二日分なのですぅ」  彩雨がかわいいことを言ってくる。 「あ……煩わしいことを申しましたか?」 「いや、すごくかわいい」  と、勢いに乗って、彩雨の手を握る。 「……だ、誰かに見られないでしょうか…?」 「見られないように、 朝早く待ちあわせたんだろ」 「は、はい。そうでした。 では参りましょう」  俺たちは手をつないだまま、 学校へと向かった。  教室には誰もいない。 「……二人きりですね」 「……あぁ、そうだな」 「……じつは、気がついたことがあるのです」 「何だ?」 「それは……えぇと……その…… 何でもありません……」 「え……いやいや、 何でもないことはないよね?」 「い、意地悪を言わないでくださぁい」 「意地悪を言ってるつもりはないんだけど」 「お目こぼしいただきたいのですぅ…… 後生なのですぅ……」 「……まぁ、分かったよ」  彩雨はほっとしながらも、 顔を真っ赤にしている。  うーむ。 いったい何に気がついたんだろう? 「……………」  ん? 何だ?  彩雨がさっきから、ちらり、ちらりと 俺のほうを横目で見てくる。 「彩雨? どうかした?」 「い、いえ、何でもないのですぅ。 お気になさらないでください」  そう言われても、こんなに見られると 気になるんだけど……  よし。  横目で見てくる彩雨に、 じっと視線を合わせてみる。 「あ……や……そんなのだめなのですぅっ」 「なんでだ? 俺と目を合わせたくないのか?」 「……ち、違うのですぅ…… 決してそういうわけではないのですが……」 「じゃ、どうしたんだ?」  うつむき気味の彩雨の顔をのぞきこんでみる。 「……そ、そういうことをしては いけないのですぅっ……」  目を合わせようとすると、 彩雨はすーっと逃げていく。 「どうしていけないのか 教えてくれないと分かんないぞ」 「それは……ですから…… 颯太さんに見られると、とても恥ずかしくて 目を合わせられないのですぅ……」 「あぁ……」  なるほど。 「そうなのか?」  と、彩雨の顔をのぞきこむ。 「ですから……いけないのですぅ…… 堪忍なのですぅっ」  そんなふうに言う彩雨が、 とてもかわいらしかった。  昼休み。  彩雨が一瞬頭上を見上げ、 屋上へ行こうという合図を 送ってくる。  彼女が教室を出た後、少しだけ時間を置き、 俺も屋上へ向かった。 「明日の授業は半日だけですね」 「あぁ、やっと週末だって思うと、 授業にもやる気が出てくるよな」 「ふふっ、授業はいつもやる気を 出さないと、もったいないのですよ?」 「いつもやる気は難しいなぁ。 そりゃ、もちろん真面目に 授業は受けてるけどね」 「彩雨はすごいよな。 なんでそんなに頑張れるんだ?」 「いえ。 私は昔、頑張らなかったので いま頑張っているだけなのです」 「へぇ。彩雨が頑張ってない姿って 想像できないな」 「じつは怠け者だったのです。 ですけど、一念発起したのですよ」 「何かきっかけとかあるのか?」 「頑張らないと、人生がもったいないと 気がついたのです」 「それは確かにそうだな」  同意を示すと、彩雨は何か言いたげに 俺に視線を向けてきた。 「……明日は、お忙しいですか?」  あぁ、そうか。明日遊びたくて、 土曜日の話題を出したのか。 「ごめん。明日は授業おわったら すぐバイトでさ。閉店までだから、 遊ぶのはちょっと無理かな」 「そうでしたか。明日は遊べないのですね。 寂しいのです」 「その代わり、今日の放課後、 目一杯遊ぼうよ。明日の分までさ」 「はい。でしたら、今日は 帰りたくないのですぅっ」 「えぇと……」 「あ、いえ、そういう意味ではなくて、 そのぉ、言葉の弾みなのですぅ……」  放課後。俺たちは公園に遊びにきていた。 「あのぉ、 次は砂遊びをしてみたいのですけど、 子供っぽいと思われますか?」 「子供っぽくてもいいんじゃない。 懐かしいしさ。やろうよ」 「はいっ!」  喜び勇んで彩雨は砂場に突っこんでいく。  後を追いかけて、俺も砂いじりを始めた。 「颯太さんは、子供の頃は どういったものを作られたのですか?」 「やっぱり、城とか車とかだな。 まぁ、一番多かったのはレストランだけど」 「くすっ、颯太さんらしいのですね」 「彩雨は?」 「私はその、砂場で 遊んだことはないのです」 「そっか。だから、遊んでみたかったんだ?」 「はい。ずっと憧れていたのですぅ」 「でも、やってみたら、案外、 大したことないだろ?」 「いえ、思ってたよりずっと素敵なのです。 その、好きな人と……一緒ですから……」  思わぬ不意打ちに、胸が高鳴った。  本当に彩雨はなんでこんなに かわいいことを言うんだろうか? 「ところで、なに作ってるんだ?」 「あ、み、見てはいけないのですっ。 秘密なのですぅっ」  彩雨が両手で俺の視界をふさごうとする。 が、残念ながら、丸見えだった。  砂場には定番の山ができていた。 「山なんて別に隠すことないのに……」  と、その山に文字が刻まれてることに 気がついた。  『彩雨』と『颯太』だ。 よくよく見れば、相合い傘になっていた。 「……ぅぅ…… 見てはいけないと申したのですぅ……」 「彩雨はこういうのが好きなんだ?」 「……どうせ古いのです…… おばあちゃんのようなのですぅ……」 「いやいや、そんなことないって」 「まぁ今時、はやらないかもしれないけどさ。 実際こうやって書いてあると、 けっこう嬉しいのな」 「本当なのですぅ?」 「本当だって」  と、砂場に大きく、『彩雨LOVE』と 書いた。 「……颯太さんはずるいのですぅ…… そういうことをされたら、私、 嬉しくておかしくなってしまいますよ」  言いながら、彩雨は砂に 『好きなのです』と書いた。 「彩雨」 「はい……あ……」  彩雨と視線が合うと、 彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。 「そ、そんなに見てはいけないのですぅ。 ずるいのです……」 「彩雨は、俺に見られたくないか?」 「そういう言い方もずるいのです…… 恥ずかしいと申しましたのに……」  そう言いながらも、 彩雨は朱に染まった顔を 俺に向けてくれる。 「……も、もうよろしいですか?」 「だめだよ」 「ですけど……そのぉ…… 恥ずかしくて……」 「好きだよ、彩雨」 「あ……はい……私も、好きなのですぅ……」  心臓がどくんどくんと脈を打つ。 「よく見れば、颯太さんも、 お顔が赤いのですね」  そう指摘され、ますます顔が熱を持った。 「……えぇと、そろそろ、 ごはんでも食べにいこうか?」 「目をそらしてはいけないのですぅっ」 「あ、あぁ」  自分だって恥ずかしいくせに、 彩雨はじっと俺の顔を見つめてくる。 「……………… ……あぁ、もうそんなに見たら、 やっぱり、だめなのです…!!」  と、彩雨は逃げるように走りだした。 「え……て……おーい。 どこ行くんだー?」  返事がないので、 追いかけることにした。 「はぁはぁ……」 「大丈夫か?」 「面目ないのです。 あんまり恥ずかしかったもので、 つい動転してしまいました」 「気にするなって。 俺も似たような気持ちだったし」 「走ったら、お腹が空いてしまいました」 「ごはん食べにいこうか?」 「ホットアップルパイがいいのですっ」 「じゃ、マックな」 「あ……そういえば、 砂場を元に戻してかないとな」 「はい。そうですね」 「俺が山を崩すから、 文字を消してくれる?」 「かしこまりました」  彩雨が作った山を崩して、 砂場を平らにしていく。 「よし、こんなもんかな。 そっちはどうだ?」  見れば、俺が砂場に書いた文字は まだ残っていた。 「どうした?」 「……そのぉ、もったいなくて、 消せないのです……」  『彩雨LOVE』の文字を見ながら、 彼女はなかなか踏ん切りを つけられないでいた。  ディナータイムのオーダーが 一通り落ちついてきた頃だった。 「おう、颯太。友達がきてるぞ。 あとで顔だしといてやりな」 「はい。ありがとうございます」  誰だろう? と、思いながらも、 洗い物を片付ける。  フロアに出ると、まっさきに こっちに気づいたお客さんがいた。 「……お邪魔してます……」  彩雨はぺこりと頭を下げる。  彼女の席に向かうと、 「来てしまいました。 ご迷惑でしたか?」 「いや、嬉しいよ。もう注文はした?」 「いえ、これからなのです。 何かオススメはございますか?」 「そうだなぁ……」  と、いいことを閃いた。 「オムライスなんてどうだ?」 「では、そちらにするのです」 「はいよっ。じゃ、ちょっと待っててな」 「よしっ、できたっと」  ちょっとした工夫を施した 特製オムライスの完成だ。 「それ、彩雨のオムライス?」 「おう。今から持ってくよ」 「あ、あたしが持ってくわ。 たくさんオーダー入っちゃったから、 こっちよろしく」  と、友希がオーダーメモを渡してくる。 「……あぁ、そっか……」 「あれ? もしかして、 彩雨に何か用事あった?」 「あぁいや、大丈夫だよ。 よろしく伝えといてくれ」 「はぁい。じゃ、よろしくねー」  付き合う前だったら、 オムライスだけは持ってくって 言えたんだけどなぁ。  もし気づかれたらって思うと、 なかなか普段通りに振る舞えないよな。  まぁ、仕方ない。  友希からもらったオーダーメモを見て、 調理にとりかかった。 「きゃあぁっ…!!」 「ん?」  今の声、彩雨か?  フロアをのぞいてみると―― 「どうしたの、彩雨? オムライスに変な物入ってた?」 「い、いえ……とってもおいしくて、 ビックリしてしまいました」 「そうなんだ。颯太が彩雨のだけ、 おいしく作ったのかなぁ?」 「……え、えぇと……」 「もしかして、颯太って彩雨のことが 好きだったりして?」 「……そ、そのようなことは…… ないかと思うのですぅ……」 「あははっ、冗談冗談。 でも、彩雨顔真っ赤よ? もしかして、彩雨って颯太のこと好き?」 「か、からかってはいけないのですぅっ」 「ごめんごめん。じゃね。ゆっくりしてって」  友希が立ち去ったのを見計らって、 俺は彩雨の席に近づいた。 「どうしたんだ?」  すると、彩雨が若干恨みがましい目で 俺を睨んできた。 「こういうことをしては、 私、もったいなくて 食べられなくなるのですぅっ」  彩雨はオムライスの中から、 『スキ』という形に切った ニンジンを見せてきた。 「彩雨が喜ぶかと思って」 「あんまり喜ばせると、 ビックリして心臓が止まってしまうのですよ」 「それは困るな」 「それでは自重するのです」 「あぁ。じゃ、ごめん。 仕事があるから」 「……あのぉ、お待ちしていても よろしいですか?」 「でも、今日は閉店までだよ?」 「大丈夫なのです。 お買い物をして参りますから」  ナトゥラーレが終わるまでは、 商店街の店もわりとやってるから、 大丈夫かな? 「じゃ、終わったらメールするよ」 「はい。楽しみにお待ちしております」  と、約束はしたはいいけれど―― 「いらっしゃいませー。 5名様ですね。こちらへどうぞ」  なぜかこういう日に限って、 オーダーストップぎりぎりに お客さんがわんさか訪れる。  その上、山ほどの注文が入った。  閉店時間になっても、店内には まだお客さんが残っていた。 「すいません、マスター。 ちょっと帰りが遅くなるって、 家に連絡してもいいですか?」 「おう、悪いな。 時間外までやってもらって」 「いえ。まだオーダー残ってますし、 後片付けもありますからね」  ケータイをとりだし、 彩雨にメールをする。 『ごめん。店が混んでて、 終わるのが1時間以上遅れそうだから、 今日は帰ってていいよ』  送信、と。  会いたかったけど、この時間じゃ、 商店街の店は閉まっちゃうから、 待ってるのも大変だしな。  それに夜遅いから、会えても すぐ帰らなきゃいけないし。 「すいません。お待たせしました」  俺は残りの料理にとりかかった。  お客さんが全員帰り、 厨房の後片付けもだいたい終わった。 「颯太。フロアの連中も 先に上がってもらったし、 お前ももう上がっていいぞ」 「じゃ、お先に失礼しますね」 「おう、ありがとな。助かったよ」  私服に着替えて、店を出た。 「お疲れ様でした」  なぜか、彩雨がいた。 「あれ? もしかして、 メール届いてなかった?」 「いいえ。少しでもいいから、 会いたかったのですぅ。 ……ご迷惑でしたか?」  不安そうな彩雨に、笑いかえして、 「そんなわけないって。 待っててくれて、すっごく嬉しいよ」 「良かったのですぅ」  彩雨の手をとり、言った。 「帰ろうか」 「はい。少しだけ寄り道をしても、 よろしいですか?」 「うん、いいよ」  彩雨に手を引かれるまま、 公園にやってきた。 「……………」 「どこまで行くんだ?」 「すみません。もう少し歩いても よろしいでしょうか?」 「あぁ」  公園の池まで来たところで、 彩雨は立ち止まった。  ふっと手を放して振りかえった彼女は、 物言いたげな眼差しで俺を見つめていた。 「……颯太さん、私、気がついたことが あるのです」  そういえば、二日前も同じことを 言ってたな。 「何に気がついたんだ?」 「……その、ですね。 じつは颯太さんのことを、私……」  ぐっと手に力を込めて、 彩雨が身を硬くする。 「付き合う前より、ずっと好きに なってしまったのですぅ……」  予想だにしない言葉に、 俺は一瞬呆気にとられる。  次いで、心を満たすような喜びが 一気に押しよせた。 「へ、変なことを申しましたか?」  返事の代わりにもう一度、 彼女の手をとった。 「…………好き、なのです。 好きになってしまったのですぅ……」  そんなことを言う彩雨に、俺は もう一度恋をしたような錯覚に襲われる。 「俺も、付き合う前よりずっと、 彩雨のことが好きになったよ」 「……真似をするのは、ずるいのですぅ……」 「じゃ、彩雨にもう一度、恋をした」  ぎゅっと彩雨は俺の手を握りかえしてきた。 「そういう言い方をされたら、 もっともっと好きになるのですぅ」 「もっともっと好きになってよ」 「……はい、かしこまりました…… あなたの言う通りにするのです」  彩雨の瞳に、視線が吸いこまれていく。  恥ずかしくて、でも視線を そらすこともできなくて、  そのまま俺たちは、 じっと見つめあっていた。  放課後。  教室に残り、みんなでダベっていた。 「ねぇねぇ、見たい夢を見れる方法って 知ってる?」 「いえ、存じあげないのですぅ。 そのようなことができるのですか?」 「確か、寝る前に見たい夢に関連する物を たくさん見ておくんでしたか?」 「そうそう。だから、えっちな夢を 見たかったら、寝る前にえっちな本を たくさん読んどけばいいんだって、颯太」 「なんで俺だけ名指しなんだよ……」 「絵里はえっちな本持ってる?」 「……知りませんっ」 「ほらー、怒られちゃったじゃん」 「そりゃ怒られるよ」 「あとさ、見たい夢を紙に書いて、 枕の下に置いておくと、その通りの夢が 見られるんだってさ」 「……………」  ん? 何だ? 彩雨が友希たちに見えないように、 こそっとノートにペンを走らせている。  何を書いたのかと、 さりげなくそれを見てみると――  『好きです』と書いてあった。 「じゃあさ、最近、 絵里はどんな夢を見た?」 「わたしはあんまり夢を見ませんから」 「あー、そういう人って本当にいるんだぁ。 じゃ、颯太は?」 「最近だと、魔法で空を飛ぶ夢を見たな。 まぁ、夢だからいいかげんなもんで、 落ちそうになったりするんだけどさ」  言いながら、俺はさりげなく ノートに文字を書いた。  『好きだ』と。 「いいなぁ。あたしも空飛ぶ夢見たい。 あ、じゃ、みんなの見たい夢ってどんなの? 彩雨は…?」 「……私は好きな人の――あ…… な、何でもありません……」 「あー、彩雨って好きな人いるんだぁ。 だれだれ? あたしの知ってる人?」 「い、いないのですぅ。 堪忍してくださぁい……」 「えー、怪しいなぁ」 「友希さんは意地悪なのですぅ……」 「あははっ、じゃあさ、 絵里の好きな人って誰?」 「……そんな人いません……」 「……………」  顔を真っ赤にしている彩雨に、 小声で囁く。 「好きだよ……」 「あぁ……わ、私も……好きなのですぅ……」 「じゃ、颯太の好きな人は?」 「いたとしても、ぜったい言わないよ」 「えー、誰も言わなかったら、 楽しくないじゃん」 「友希はいないんですか?」 「うんとね、内緒ー。あははっ」  友希と芹川が話している隙に、 彩雨の耳元に口を寄せる。 「俺の好きな人は彩雨だよ」  小声で囁くと、お返しに彩雨も 俺の耳元に口を寄せる。 「……私の大切な人は颯太さんなのですぅ」  内緒で想いを伝えあうことに、 ドキドキが止まらなかった。  玄関を出ると彩雨が待っていた。 「よう。おはよう――」  と、なぜか彩雨がビックリしたように 後ずさった。 「彩雨?」  距離を詰めようとすると、 ふたたび彩雨が遠ざかる。 「……どうしたんだ?」 「……も、申し訳ございません。 少々気恥ずかしかったのですぅ」  ようやく落ちついたのか、 今度は近くまで行っても 彩雨は後ずさらなかった。 「何が気恥ずかしいんだ?」 「そのぉ、昨日、友希さんが 見たい夢を見る方法のお話を されていたでしょう」 「あぁ、そんな話もしてたな」 「昨晩、試してみたのですぅ。 寝る前に……そ、颯太さんの写真を…… たくさん見て……」 「……俺の夢を見たかったってことか?」  彩雨がこくりとうなずく。 「颯太さんの夢が見られました。 私、夢の中でもとてもドキドキしていて、 昨日は寝た気がしなかったのですぅ」  あまりに彩雨がかわいくて、 思わず彼女を抱きよせた。 「きゃっ……」 「あ、ごめん。嫌だったか?」 「いえ、いきなりでしたから、 ビックリしただけなのですぅ」  そう言って、彩雨は俺に身を委ねてきた。 「こんなところを誰かに見られたら、 ぜったいバレるな」 「見られないように、早い時間に 待ち合わせしているのです」 「そうだったな」 「颯太さんと付き合ってから、私、 頭の中がずっと颯太さんでいっぱいに なってしまったのですよ」 「そうなのか?」 「はい。朝起きたら颯太さんも起きているのか 気になりますし、朝ごはんを食べている時は 颯太さんが何を食べたか考えてしまいます」  聞いているだけで赤面しそうだ。 「じゃ、今も?」 「こういうことを申して、 颯太さんに嫌われないか 心配になるのですぅ」 「そんなこと言われたら、 ますます好きになるよ」 「……え……あ、その…… い、いくらでも好きに なってくださいませ」  本当にかわいくてたまらない。  赤面する彩雨の手をとり、俺は言った。 「行こうか」  彩雨と手をつないだまま学校へ向かった。  放課後。 「そういえば、今朝言ってた夢って、 どんな内容だったんだ?」 「え……それは、そのぉ…… お知りになりたいのですぅ?」 「あぁ。だって、俺が出てきたんだろ。 気になるよ」 「はい。そのぉ、放課後に 二人でデートをしていたのです。 マックスバーガーに行きました」  今とまったく同じだな。 「私はすごくドキドキしていて、 颯太さんがじっとこちらを見つめてくるので、 思わず目をそらしてしまうのですぅ」 「こんな感じか?」  と、彩雨をじっと見つめた。 「は、はい。ですけど、 そんなに見つめたら、いけないのです。 食べられなくなってしまいますぅ」 「どうして?」 「……食べるところを見られたら、 恥ずかしいのです……」  言いながら、彩雨がわずかに視線をそらす。 「それで、じっと見つめた後、 俺はどうしたんだ?」 「……ホットアップルパイを 食べさせてくれたのです」 「それって、彩雨の願望だったりする?」 「ち、違うのですっ。夢ですっ。 そんなはしたないことは 考えていないのですぅっ…!!」 「そんなムキになって否定しなくても……」 「誤解されてはならぬのですっ」 「じゃあさ、アップルパイを 食べさせてもらって、嬉しかった?」 「…………はい……」 「そっか」  俺はアップルパイを ひとつ手にとり、彩雨の口元に向けた。 「あ、あのぉ……どうすればいいのですぅ?」 「あーん」 「あ、あーん」  彩雨が口を開いたところに、 アップルパイを入れる。 「あむあむ」 「どうだ?」 「……恥ずかしくて、 顔から火が出てしまいそうなのですぅ」 「じゃ、やめとく?」 「……………」  その無言が、彩雨の気持ちを表していた。 「はい、あーん」 「あーん、あむあむ」  彩雨に餌付けしているみたいで、 なんだか楽しかった。 「お送りくださいまして、 誠にありがとうございます」 「あぁ、また明日な」 「はい。また明日まで、会えないのですね……」 「そうだな……」 「すみません。困らせてしまいましたね。 お気になさらないでくださいませ」 「いや、俺も同じ気持ちだからさ」 「……でしたら、お別れに 抱きしめてくださいませんか?」 「うん」  彩雨の肩に手を回して、 ぎゅっと抱きしめる。 「寂しいですね」 「あぁ」  帰って、寝て、起きるまでの少しの時間、 彩雨に会えないのが寂しかった。 「お別れしたくないのですぅ」 「俺もだよ」  彩雨がぎゅっと腕に力を込める。  しばらく、そのまま抱きあっていた。 「……そろそろ帰らないといけませんね」 「……まぁ、さすがにな」 「今夜も夢に出てきてくださいますか?」 「あぁ。彩雨も俺の夢に出てきてくれるか?」 「頑張ってみます」 「それじゃ、また」 「はい。夢の中で会いましょう」  そんな無茶な約束をして、 俺たちは別れた。 「初秋颯太、君はさっきから、 いったい何をしているんだい?」 「いや、夢で彩雨に会うって約束したからさ」  俺はケータイに保存されている 彩雨の写真をじっと見つめていた。 「そうしていると夢の中で会えるのかい?」 「『夢は記憶の整理をしてる』っていうだろ。 だから、彩雨のことで記憶をいっぱいに しとけば、彩雨の夢が見られるってことだよ」 「ふぅん。そんなことより、 もっといい方法を教えてあげようか?」 「何だ?」 「口を開けてごらんよ」 「こうか?」  言われた通り、口を開けると、 「うりゃっ!」  QPが口の中に何かを入れてきた。 「……んっ、かはっ、な、何だ?」  吐きだそうと試みるも、 呑んでしまったようだ。 「何を入れたんだよ?」 「彩雨の夢が見られるように、 魔法をかけてあげたんだよ」 「……本当か?」 「約束するよ」 「なら、いいけどさ。じゃ、そろそろ寝るかな」  照明を消して、ベッドに入る。 「夢なんだから、 予行練習ぐらいしておくんだよ」 「何の予行練習だよ?」 「キスだよ。セックスでもいいけど」 「ばっ、お前……なに言って……」 「別に夢だからいいじゃないか。 実際にする時に失敗しないよう、 夢でも練習したほうがいいんじゃないかい?」 「……それは、まぁ、 そうかもしれないけど……」  だんだんと眠気がやってくる。 「大丈夫。 夢だから何の問題もないよ」 「……あぁ……」  意識がまどろみに落ちていく中、 「ニヤリ」  QPが悪い笑顔を 浮かべていたような気がした。  放課後。 「颯太さん、何か私にしてほしいことは ありますか?」 「急に言われても、思いつかないけど、 どうして?」 「……何か恋人らしいことをしたほうが、 いいかと思いまして……」 「颯太さんがしてほしいことを、 してあげたら、今よりもっと 恋人らしくなれると思ったのですぅ」 「恋人らしいも何も、 彩雨は完全に俺の恋人だよ」 「でしたら、もっとあなたの恋人に なりたいのですぅ」  その台詞に、妙にドキッとした。 「何かございませんか?」 「じゃ、じっとしてて」 「え、は、はい。何をするのですぅ?」  彩雨の顔に、俺は顔を近づけていく。 「あ……そのぉ、私、まだ心の準備が できていないのですが……」 「嫌か??」 「……嫌ではないのですぅ……」  彩雨の唇が、誘うように動いた。 「好きだよ」 「私も……」  唇と唇がそっと近づいていき――  俺は目を覚ました。 「……あぁ、夢か……」  すごくリアルな夢だったな。 QPの魔法のせいか?  どうせなら、最後まで見させて 欲しかったんだけど。 「……ていうか、準備しないと」  のんびりしてたら、 彩雨が来ちゃうからな。  玄関を出るけど、彩雨の姿はなかった。  あれ? どうしたんだろう?  ちょうど彩雨からのメールだ。 『申し訳ございません。 少々、急な用事が入ってしまって、 本日は一緒に登校できないのです』 「……こんな朝早く、何の用事だ…?」  まぁ、あとで訊けばいいか。  『気にしなくていいよ。じゃ、また後で』 と返事を送った。  さて、と。まだだいぶ早いけど、 畑の様子でも見にいくか。  昼休み。  周囲に他の生徒がいないのを確認して、 彩雨に小声で話しかけた。 「彩雨、昼ごはん、屋上で食べ――」  俺の言葉を遮るかのように、 彩雨が立ちあがる。 「……………」 「彩雨?」 「姫守さーん、迎えにきたよー。 お昼食べにいこう」 「はい。ただいま参ります」  彩雨は、迎えにきた他のクラスの女子と 一緒に、教室を出ていってしまった。 「……………」  なんだか避けられてるような気がする。  ……なんでだ? 「……ん?」  メールが届いた。彩雨からだ。  『ごめんなさい。  お昼の約束をしてしまいました』 と、書いてあった。  避けられてるわけでもないのか?  でも、どことなくいつもの彩雨とは 違うような気がする。  放課後。 「ねぇねぇ、颯太って今日、部活?」 「あぁ、そうだよ」 「そっか。あたしはバイトなんだぁ。 じゃ、行ってくるね。また明日ー」 「あぁ、じゃあな」  友希や他の生徒たちが 次々と教室を出ていく。  俺も部室へ向かおうかと思ったけど、 彩雨が席にじっと座ったままなことに 気がついた。  しばらく見てても、 彩雨はまったく動こうとしない。  やがて、残った生徒たちが退出し、 教室には俺と彩雨の二人だけが 残された。  それでも、彩雨はこっちを 振りむこうとはしない。 「彩雨。どうかしたのか?」 「………………恥ずかしくて、 顔を合わせられないのですぅ……」  あいかわらず向こうを向いたまま、 彩雨は言った。 「何が、恥ずかしいんだ?」 「……申しあげたら、嫌いになるのです」 「彩雨のことを? まさか。絶対ないって」 「……ですけど、そのぉ、 私は、は、はしたないことを 考えてしまったのですよ?」 「そんなの俺だって考えてるよ」 「そ、そうなのですか…? どのようなことを考えているのですぅ?」 「それは……えぇと、だから、 彩雨と……キスしたい、とかさ」 「………!?」 「昨日なんて、夢にまで見たしさ。 彩雨はそういう俺のことを 嫌いになるか?」 「い、いえ、ならないのです……」 「ほら、そうだろ。 俺だって同じだよ。彩雨がどんなことを 考えてても、嫌いにならないよ」 「……私も、見たのです。キスをする夢……」  彩雨がゆっくりとこっちを振りむく。 「途中で目が覚めてしまって、それが すごく切なくて、もう少しだったのにって、 はしたないことを考えたのです……」  奇妙な偶然だった。 「俺も同じだよ。キスする寸前で、目覚ましが 鳴ってさ、もうちょっとで彩雨に キスできたのにって思ったんだ」 「……そ、そうなのですね。 不思議な偶然なのですぅ」 「そうだよな、不思議だ」 「昨日、お約束しましたから、 本当に夢でお会いできたのでしょうか?」 「そうかもな」  奇妙な出来事に、俺たちは笑いあう。  そして、どちらからともなく、 ゆっくりと二人の距離を埋めていく。 「お願いがあるのですが……」  彩雨が伸ばした手を、優しくつかむ。 「何だ?」 「今、夢の続きをしていただけますか?」  その瞳に吸いよせられるように、 俺は彼女の唇に唇を寄せる。 「……ん……ちゅっ……」  一瞬、触れるだけの、とても短いキス。  彩雨は顔を真っ赤にしていた。 「……あ、あんまり見ては、 いけないのですよ?」  その言い方がかわいくて、 思わず彩雨の頭を撫でた。 「あ……ぅぅ…… そんなことをしても、 ごまかされないのですぅ」 「そろそろ部活いこうか?」  こくり、と彩雨はうなずいた。 「でも、本当に、不思議だよね。 なんで二人して同じ夢を見たんだろうな?」 「場所はどちらでしたか?」 「教室だったな。彩雨は?」 「私も教室なのですぅ。 私が何か恋人らしいことをしたいって 申しましたら、颯太さんが、その……」 「……それ、俺もまったく同じ夢なんだけど?」 「え……そうなのですか。 では、本当に夢でお会いできたのかも しれませんね」 「あぁ、そうだな。 きっと夢でも会いたいって気持ちが 通じたんだろうな」  彩雨と目が合って、 俺たちははにかむように ほほえみを交わした。 「気持ちでそんなことができるんなら、 恋の妖精はいらないよ」 「恋の妖精のくせに、 水を差しに来るんじゃねぇよ……」  少し彩雨から離れて、小声で言った。 「やれやれ。いくら鈍い君でも いいかげん気づいていいんじゃないかい? 君が何を食べたのかを」 「……食べて…? あ! まさかお前、あの時、 キューピッド桜を食わせたのか?」 「正解だよ」 「お前な……そういうことは ちゃんと言えよな」  てことは、アレは普通の夢じゃなくて、 俺と彩雨の精神がつながった 状態だったってわけか…… 「ちゃんと言ったら、君はなかなか行動に 移そうとしないからね。一芝居打ったのさ」 「……だからって……」 「あのぉ、どうかしましたか?」 「あぁいや、何でもないよ。 ごめん」  彩雨のほうを振りむくと、 「……ん、ちゅ……」  彩雨が唇にキスをしてきた。 「……ぼーっとしてましたから、 お仕置きなのです」  柔らかい唇の感触が後を引く。  今日ばかりはQPに 感謝してやることにした。  ふと目覚ましが鳴る前に、 目を覚ました。  いったい何時だろうと 時計に視線をやると―― 「……あれ?」  7時15分だった。  目覚ましをセットしたのは、 6時15分のはずだったのに…… 「どうかしたかい?」 「……いや、目覚ましをセットしたんだけど、 なんで鳴らなかったのかと思って……」 「あぁ。それなら、簡単だよ。 鳴っていたけど、うるさいからぼくが とめておいたんだ」 「あのね……」  と、やばい。そろそろ彩雨が来る頃だ。  慌てて玄関を出ると―― 「おはようございます。 くすっ、今日はパジャマなのですね」 「あ……ごめん、ちょっと寝坊してさ。 すぐ用意してくるから、待っててくれる?」 「はい。お待ちしておりますので、 どうぞごゆっくり準備してくださいませ」  部屋に戻り、急いで服を着替え、 教科書をカバンに詰めこんだ。  ロールパンを口に頬ばり、 牛乳で一気に流しこむ。 「お待たせっ!」 「お早いのですね。 忘れものはないですか?」 「あぁ、大丈夫だ。 でも、もう7時半か……」 「まだずいぶん早いかと存じますが、 他の生徒の方も登校してますか?」 「まぁ、何人かはいるかもしれないよな……」 「では、今日は二人で行くのは やめておきますか?」 「付き合ってるって、 バレないほうがいいんだよね?」 「はいー。ですけど、一緒に登校も したいのですぅ……」  うーむ、どうしようかな? 「まぁ朝早いし、一緒に登校してるのを 1回見られたぐらいで、 付き合ってるとは思われないだろ」 「はい。私もそう思うのですぅ」 「けっきょく、 どなたにもお会いしませんでしたね」 「あぁ、心配することなかったな」  俺たちは油断しきったまま、 校舎に入った。 「あれ…?」 「あ……」 「えぇと……」  一瞬、俺たちは固まった。 「おはよー。颯太と彩雨って、 一緒に登校してるの?」 「あ、い、いやぁ、 偶然そこで一緒になってさ。な」 「は、はい。偶然なのです。 ビックリするぐらい偶然なのですっ」 「そうなの? でも、二人とも早いね。 いつもこれぐらいだっけ?」 「最近、ちょっと早く来るようになったかな。 ほら、畑の様子を見たいしさ」 「私は……目が、早く覚めたのですぅ」 「そうなんだ……」  やばい。疑われてるか? 「まいっか。それより、 二人とも、今日の宿題おわった? 答え合わせしようよ」  ふぅ。何とかごまかせたみたいだな。  昼休み。  屋上で彩雨と昼食をとっていた。 「今日は友希さんがいらして、 とてもビックリしたのですぅ」 「完全に誰もいないと思って 油断してたよなぁ」 「気がつかれなかったでしょうか?」 「大丈夫だと思いたいけど、 友希ってけっこう勘がいいからなぁ」 「二人で登校してるのも、 こうやって屋上で食べてるのも、 そのうち気がつかれるかもしれないな」 「そしたら、バレるのは 時間の問題だろうし」 「ですけど、やめたくはないのですぅ」 「じゃ、今日みたいなことがないように、 気をつけないとな」 「でしたら、お寝坊さんはいけないのですよ」 「あ、ごめん……」 「ふふっ、怒ってはいないのです。 眠たい時は誰にでもあるのですっ」 「でも、気をつけるよ。 こんど寝坊したら、一緒に行くのは やめといたほうがいいだろうし」 「一緒にいけなくなったら、怒るのですぅ」 「……が、頑張るから」 「ふふっ、冗談なのです」 「なんだ。でも、どっちにしても、 気をつけるよ。俺も彩雨と一緒に 登校したいからさ」  今日みたいなことがなければ、 バレることはないだろうと 思うことにした。  放課後。 「じゃあな、友希、また明日」 「うん、ばいばーい」 「じゃあ、またな、姫守」 「はい。またなのです」  学校へ出て、まっすぐ公園にやってきた。  ぼーと池を眺めながら、 時間を潰してると、遠くのほうに 人影が見えた。 「大変、お待たせしました。 途中で部長さんに会って、 マックに誘われてしまったのですぅ」 「大丈夫だよ。 それより、部長の誘いを断るの、 けっこう大変じゃなかった?」 「大変だったのです。用事があると 申したのですが、根掘り葉掘り訊かれて、 ドキドキいたしました」 「バレなかった?」 「はい。私、頑張って秘密を お守りいたしました」 「そっか。でも、なんか、 だんだん楽しくなってくるよな?」 「え……何がでしょうか?」 「こうやって密会するのがさ」 「颯太さんはいけない趣味に ハマッてしまったのですぅ?」 「そんなにいけなくはないと思うんだけど。 彩雨は楽しいとは思わないのか?」 「……じつは少々、癖になりそうなのですぅ。 私もいけない子になってしまいました」  彩雨が物欲しそうに俺を見つめてくる。 「どうした?」 「……とても、はしたないのですが、 おねだりしてもいいですか?」 「うん。なに?」 「……そのぉ……き、キスが、 欲しいのですぅ……」  ドキッと心臓が跳ねた。 「……いいよ。目、つぶってくれる?」  言われた通り、彩雨が目を閉じる。  静かに身体を寄せ、 彼女の唇にそっと口づける。 「……ん、んちゅっ……」  唇を離すと、とろんとした表情で、 彩雨が俺を見る。 「とても切ないのですぅ」 「どうして?」 「こんなに好きなのに、 あなたに気持ちを伝えるには 言葉がとても不自由なのです」 「じゃ、キスをして」 「そうしたら、伝わりますか?」 「うん。きっとね」 「では、じっとしていてくださいね」  彩雨が唇を寄せてくる。 甘い匂いが鼻孔をくすぐり、 吐息が頬にかかった。 「……ん……ちゅう……」  心臓の鼓動が速まるぐらい、 愛しさに溢れた口づけだった。 「おはようございます」 「おはよう。今日は安心して登校できそうだな」 「ふふっ、お寝坊しませんでしたからね」 「う……じつは彩雨、根に持ってるだろ」 「いいえ、そのようなことはございませんよ。 お寝坊は誰でもするのですぅ」 「なら、いいんだけどさ。 行こうか」  俺が歩きだそうとすると、 「あ……颯太さん、そのぉ……」 「ん? あぁ、そうか」  と、彼女の手をとった。 「これでいいか?」 「……はい……すみません…… 煩わしいことを申しましたか?」 「いや。俺もこうしたいし」 「そうなのですね。良かったのですぅ」  手をつないだまま、俺たちは学校へ向かった。 「あっ……」 「どうした?」 「目にゴミが入ってしまいました」  彩雨はぱちぱちと瞬きをして、 目を手で擦った。 「大丈夫か?」 「なかなか、とれないのですぅ」 「ちょっと見せてくれる?」 「はい。かしこまりました」  彩雨がこっちを向き、目を大きく開く。 「じっとしててくれな」  うっすらと見える小さなゴミを、 そっと手ですくいとる。 「よし、とれたぞ」 「ありがとうございます。 お陰様で助かったのです」  目の前で、花のような笑顔が咲いた。  あまりに魅惑的で、彩雨が 欲しくて仕方なくなった。 「あ……えぇと、そのぉ…… 私は構わないのですよ?」  俺を受けいれるように、 彩雨が目を閉じる。  柔らかそうな唇に、俺はそっと唇を 近づけていき―― 「おはよー。何してるのー?」 「きゃ、きゃあっ……」 「あ、い、いや、これはその、 なんて言うか、そう! 目にゴミが 入ったって言うからさっ!」 「そ、そうなのですぅ。 ゴミをとってもらっていたのですぅ。 お陰様で助かりましたっ!」 「えー、本当に? そんな感じじゃなかったと思うけどなぁ」  やばい。怪しまれてる。 「そんな感じじゃないって言われても、 実際そうなんだから仕方ないよな!」 「は、はい。仕方がないのですぅ。 人は見かけによらないと言いますし」 「いや、それはちょっと違うと思うけど……」 「百聞は一見にしかずでしょうか?」 「それも違うかな……」 「うーん、まいっか。 二人とも今日も早いねー」 「畑の世話がな、ちょっと」 「朝早く学校に来ると気持ちがいいのですっ」 「そういうお前こそ、早いよな」 「うん。ちょっとね。気になることがあって」 「何だ?」 「あははっ、それは内緒だもん」 「なんだ、それ。気になるな」  ふぅ……何とかごまかせたみたいだな。  放課後。 「ねぇねぇ彩雨、帰りどっか寄ってかない?」 「せっかくお誘いいただいて 申し訳ないのですが、本日は 少々、用事があるのです」 「そっかぁ、じゃ、またね」 「はい。また機会がありましたら、 ぜひご一緒したいのです」  ぺこり、と頭を下げて、 彩雨は教室を出ていった。 「ねぇねぇ颯太、帰りどっか寄ってかない?」 「悪い。俺もちょっと用事があってさ」 「えー、颯太も? 用事って何?」 「え、いやまぁ…… ちょっと親から頼まれ事されててさ」 「そっか。分かったぁ。 他に遊んでくれる人いるかなぁ…?」  友希は遊び相手を探して、 教室を出ていった。  さてと。 俺も早く行かないと、待たせちまうな。  待ち合わせ場所にやってくると、 「颯太さーん、こちらなのですぅ」  遠くで彩雨が手を振った。 「お待たせ。今日はどうする?」 「マックスバーガーでおしゃべりなどは いかがですか?」 「いいな。 おしゃべりするのとマックと、 どっちが本命?」 「それは……えぇと…… 颯太さんは意地悪なのですぅ」 「ごめんごめん。彩雨がかわいいから、 ついからかいたくなってさ」 「そういうことをおっしゃる人は、 ハンバーガーを食べてはならぬのですよ?」 「じゃ、マックに行くのやめる?」 「いいえ。颯太さんだけ、おあずけなのです」 「え、それはちょっと……」 「いけないことをおっしゃったので、 悔いあらためるまでお仕置きなのですっ」 「いやいや、そんなこと言わずにさ。 反省してるって」 「口だけで反省しても、だめなのですよ?」 「口だけじゃないって。 本当に心の底から反省してる」 「それに俺、優しい彩雨が大好きだな。 許してくれたら、もっと好きに なっちゃうかも」 「そ、そういう言い方は、卑怯なのですぅ……」 「だめか?」 「……許すのですぅ」 「ありがと。じゃ、行こうぜ」 「あの……もっと好きに、 なられましたか?」 「……………」  彩雨は、なぜこんなにかわいいのか?  それはこの人生最大の謎だろう。 「すっごく好きになったよ」 「……そ、そうなのですね…… 嬉しいのです……」  照れたようにうつむく、彩雨の手を引き、 マックへ向かった。 「じゃ、ちょっと買ってくるね。 今日もアップルパイでいいのか?」 「はい。お手数をおかけいたします」 「いいって。じゃ、行ってくるね」  席を離れて、カウンターに向かう。  注文の列に並ぼうとして、  見知った顔を見つけてしまった。  やばい。早急に出なければ――  彩雨と二人で来てることがバレたら、 何を言われるか分かったもんじゃない。  すぐさま席に戻ろうとすると、 「あれー? 彩雨じゃん。 さっき、用事があるって言ってなかった?」 「……そ、そのぉ…… 何と申しあげましょうか……」  すでに、彩雨が友希に捕まっていた。  どうする?  この場で俺まで発見されれば、 バレるのは確実だ。  しかし、彩雨を置き去りにして 逃げるわけには…… 「おや? 奇遇だね。 何をしているんだい?」  やばい。見つかったか。 「あ、いや、これはその……」 「確か親から頼まれ事をされたとかで、 友希の誘いを断ったんじゃなかったかな?」 「う……」  しまった。部長は友希と一緒に来たのか。 「あそこに姫守がいるのと、 何か関係があるのかな?」  ど、どうする? どうやってごまかす? 「あぁ、考える時間が欲しいなら、 いくらでもあげるよ。どんな面白い言い訳が 飛びだしてくるのか、とても楽しみだ」 「……………」 「じつは友希に相談を受けたんだよ。 最近、君と姫守が怪しいとね」 「え、じゃあ…?」 「二手に分かれて、君たちの後を つけてきたというわけさ」  なんてこった。完全にバレてやがる…… 「――えー、そういうわけで、 このたび、彩雨とめでたく付き合うことに なりました」 「あー、やっぱりそうなんだぁ。 なーんか最近二人ともおかしいなって 思ってたんだよね」 「しかし、僕たちに隠しておくなんて 水臭いじゃないか。そうと分かれば、 お祝いしてあげたっていうのに」 「ですよねー。颯太は、あたしにも 話してくれないし。幼馴染みって 恋人ができたら、いらないんだぁ」 「隠しだてしてしまい、申し訳ございません。 私が恥ずかしくて内緒にしようと 申したのですぅ。悪いのは私なのですぅ」 「うわぁ、さっそく彩雨がかばってる」 「君は女の子にかばってもらって、 恥ずかしいと思わないのかな?」 「い、いえ。かばうということではなく、 本当に私が言いだしたのですぅ」 「彩雨、もういいよ」 「悪かったな、友希。 部長も、言わなくてすいません」 「なんていうか、ちょっと、 仲間内でこんなことになって、 気恥ずかしかったっていうかさ」 「タイミングがつかめなくて。ごめん」 「あー、男らしいー」 「好きな女の子の前では 格好つけたがるものだね」 「潔く言っても、だめなわけっ!?」 「当然だよ。こんなに面白――いや、 めでたいことはない。ぜひとも、からか―― いや、派手にお祝いをしないとね」 「建前を言う時は、ちゃーんと 本音を隠してくださいね」 「あははー、でも良かったね、颯太」 「あぁ、ありがとう」  なんだかんだ言って、 やっぱり友希は幼馴染みだな。  こうやってちゃんとお祝いの言葉を 言ってもらえるのは素直に嬉しい。 「これで童貞卒業できるじゃん。 あ、もうしちゃった?」 「してないよっ!」  前言は未来永劫、撤回しよう。 「じゃ、いつする予定ー?」 「言えるかっ!」 「なるほど。つまり、今日――」 「そ、そうなのですぅ…?」 「いや、あのね…… からかうのはやめてくれません…?」 「えー、だって知りたいじゃん」 「しかし、周りがあれこれ言って、 機会を逸してしまうのは 何とももったいない話だ」 「ここは温かく見守るとしようじゃないか」 「葵先輩にしては常識的な意見ですね」 「なに、いつが初体験なのか考えながら 二人の関係を観察するのも、 なかなか楽しい見守り方だと思ってね」 「それ、見守るって言わないですからねっ!」 「じゃ、ちゃんとした時は教えてくれる?」 「そんなわけないよねっ」 「えー、いいもん。彩雨に訊くから。 彩雨は教えてくれるよね?」 「え……そ、そのようなはしたないことを 申しあげられないのですぅ……」 「なんでなんで? はしたなくないわよ。ね?」 「ほら、それに初体験で颯太が うまくできなかった時とか、 相談に乗れるかもしれないしさぁ」 「……それは、どういうことなのですぅ?」 「うんとね、男の人って、 勃たたない時とかがあってね――」 「頼むからそっとしといてくれないっ!?」 「あははっ、やだー」  こいつは…… 「やっぱり、 何が何でも隠し通すんだったな……」  小声で彩雨に言った。 「ですけど、これからは もっと堂々と仲良くできますね?」 「あぁ……まぁ、そうだな」  答えると、彩雨が俺の手をそっと握った。 「嬉しいのですぅ」 「俺も、嬉しいよ」 「…………そういえば、その…… さっきのお話なのですが……」 「なに?」 「……颯太さんは、 卒業する予定をお決めに なっているのですか?」 「え、卒業って……」  えぇと、さっきって言ったら、 童貞のこと以外ないよな…… 「いや、あれは気にしなくていいよ。 友希が勝手に言ってるだけだから」 「そ、そうでしたか…… 早とちりをしてしまって 申し訳ないのですぅ」 「いや、全然……」 「……私も、興味がないわけでは、 ないのですよ…?」 「え……そ、そうなんだ…?」  こくり、と彩雨がうなずく。  俺たちは顔を真っ赤にして、 互いを見つめあっていた。 「感想は?」 「うんとね、もうお腹いっぱい」  かくして、俺たちの交際は、 あっというまに仲間内に 広まったのだった。  朝の忙しい時間帯に、 QPが話しかけてきた。 「初秋颯太、彩雨との交際は順調かい?」 「あぁ、ばっちりだよ」 「セックスはしたかい?」 「なっ、お前、いきなり何を……」 「ふぅん。まだみたいだね」 「そ、それは……ま、まだだけどさ…… ていうか、早すぎるだろ」 「そんなことはないさ。 今時の学生だったら、むしろ、 遅すぎるぐらいだよ」 「いや、だけど、 俺と彩雨のペースってものがあるしさ」 「昨日、彼女の部屋に 遊びにいったんだけどね」 「は? お前って本当に自由だな……」 「『颯太さんは、いつしてくれるのでしょう?』 と言っていたよ」 「な、彩雨がそんな……」  いや、しかし、 万が一ということも…? 「……嘘じゃないだろうな?」 「ぼくは妖精だよ。嘘はつかないさ」  ということは、うまくすれば、 彩雨と――  いやいや、だめだ。 QPを完全に信じるなんてのは、 危険すぎる。 「気になるなら、確かめてみたらどうだい?」 「……どうやってだよ?」 「身体を触っても嫌がらなかったら、 OKってことだよ」 「そんな大雑把な……」  しかし、しかしだよ!  もし、それが本当なら、 俺だって彩雨としたい。 そう、したいさ!  だが!! 「それで嫌われたら、立ち直れないぞ……」 「大丈夫だよ。彩雨は君のことが 本当に好きみたいだ。嫌われることは まず考えられないね」 「そんなの分かるのかよ?」 「君と一緒にいる彩雨を見ていれば、 恋の妖精じゃなくたって分かるよ」 「そ、そうか…?」 「断言してもいいよ。 もし、嘘だったら、この小指を 切ってくれて構わない」  QPがすっと前足を出す。 「どこに小指があんだよっ!?」 「バカには見えないのかもしれないね」 「お前、本当は自信ないんだろ……」  はぁ、とため息をつく。 「まぁでも、ありがとうな。 お前なりに心配してくれたんだろ」 「ぼくは恋の妖精だ。 お礼を言われるようなことじゃないよ」 「そうか? それでも、ありがとな。 お前のおかげで俺は今、人生で 最高に楽しい時間を過ごしてるからさ」 「それなら、ぼくも頑張った甲斐があったよ」  さてと、んじゃ、 さっさと学校いく準備をするか。  昼休み。 「あれ?」 「どなたもいませんね」  部長かまひるがいるだろうと思ってたけど、 まぁ、こういう日もあるだろう。 「きっと神様が気を利かせて、 二人きりでごはんを食べれるように してくれたんだろうな」 「……颯太さんがキザなことを おっしゃるのですぅ……」 「嫌なのか?」  尋ねながらも、テーブルに お弁当を広げる。 「……嬉しいのですけど、 恥ずかしくて、どうお答えすればいいのか、 困ってしまうのですぅ……」 「でも、困ってる彩雨ってかわいいと思うよ」 「ぅぅ……何が『でも』なのか、 分からないのですぅ。からかっていますか?」 「分かるか?」 「そういうおいたをしては いけないのですぅ」  言いながら、彩雨は、 お弁当のハンバーグを箸で切り、 当たり前のように俺の口元に運ぶ。 「えぇと…?」 「ハンバーグはお嫌いなのですぅ?」 「そうじゃないけど」 「でしたら、召しあがってくださいませ」  無邪気な笑顔を向けられ、 俺は口を開いた。 「あむ。もぐもぐ、うん、うまいな。 彩雨ってけっこう料理上手だよな」  言いながら、負けじとこっちも、 鮭のポン酢バター焼きを箸でとり、 彩雨の口に向けた。 「あーん。あむあむ……やっぱり、 颯太さんのほうがお上手なのですぅ。 とてもおいしいですよ」 「そりゃ、伊達に料理人を 目指してないからな」 「はい、ウインナーも召しあがれ」  目の前に運ばれたウインナーに かぶりつく。 「はい、ごはんなのですぅ」  ごはんにぱくっと食いつきながら、 ふと思った。 「こんなことしてて、急に誰か来たら、 恥ずかしいな」 「……そ、そういうことを考えては、 何もできませ……あ、くすくすっ」 「ん? どうしたんだ?」 「ごはんつぶがついてますよ? ほら」  彩雨が俺の唇についたごはんつぶを 手にとり、ぱくっと食べた。 「あ……間接キスをしてしまいました……」  そう言って、はにかんだ彩雨に 視線を奪われる。  彼女は俺をじーっと見返してきて、 「……何を考えてますか?」 「……たぶん、彩雨と同じこと」 「でしたら、答え合わせを してみてください」 「あぁ……」  静かに、俺の唇と、彩雨の唇が 重なりあおうとして―― 「授業が長引いたんだっ。 まひるはお腹が空いた……ん、だぞ…?」 「…………………………」 「み、見られてしまいましたね」 「ま、まぁ……未遂だったけどな……」 「そういえば、こちらの畑は 一度も耕していないようですが、 平気なのですか?」 「あぁ、えーと、それはね……」  まさか魔法のおかげだって 言うわけにはいかないし、 どうしようかな? 「雑草がたくさん生えてるから、 耕さなくても平気なんだよ」 「ん? どういうことだ?」 「雑草が育てば根を伸ばすだろう。 その根が自然と土を耕し、柔らかい土壌を 育てるんだ。試しに掘ってごらんよ」 「あぁ……」 「彩雨、いま説明してあげるから、 ちょっと待っててくれるか?」 「はい、かしこまりました」  俺はスコップを使って、 畑の一箇所を掘りはじめた。  すると、確かにQPが 言った通りだった。 「ほら、ここを見て。 色んな雑草の根が土の奥深くまで 伸びてるだろう?」 「この根が自然と土を耕してるから、 俺たちがわざわざ土を耕さなくても 大丈夫なんだよ」 「人為的に土を耕すと、 そのうち固くなってしまって、 何度も耕さなきゃならなくなるしね」 「雑草さんを刈らないのは、 このためなのですね」 「あぁ。そういうことだな」 「颯太が彩雨をヒーキしてるんだ」 「それは由々しき問題だね。 いくら付き合ってるとはいえ、 公私の区別はつけてもらわないと」 「別にひいきなんてしてませんって。 ほら、まひる、お前も知りたいなら、 教えてあげるよ」 「あっかんべーだっ。まひるは 別に教えてもらいたくなんかないんだっ。 このヒーキ虫ーっ」 「……お前、悪口言いたいだけだろ……」 「ところで、姫守、 彼とはもうしたのかな?」 「え、あ、あの、そのぉ…… 何のことでしょうか?」 「あぁ、誤解させてしまったかな。 そんな身構えることではなく、ABCで 言うと、どこまで進んだのかをちょっとね」 「なに訊いてるんですかっ!」 「君が答えてもいいんだけど、Bかな?」 「ノーコメントです!」 「二人の反応から察するにAか。 もしくはそれ未満といったところかな?」 「だから、ノーコメントですって」 「ふぅん。仕方がないね。 それはそうと、二人に任せたい仕事が あるんだけどいいかい?」 「何か企んでるんじゃ、 ないでしょうね……」 「まさか。企むなんてとんでもない。 ただ今度の落葉祭でうちの出し物を 何にするか考えてほしいだけだよ」 「落葉祭なんて、まだまだ先じゃないですか」 「直前になって慌てたくないからね。 とりあえず、候補をいくつか 出してくれるかな?」 「かしこまりました」 「でも、部長たちも一緒にやったほうが いいんじゃないですか?」 「そしたら、畑仕事をする人間が いなくなるじゃないか」 「まぁ、そうですね……」 「近い内に全員で話しあうから、 気楽に考えてくれて構わないよ」 「分かりました」 「じゃ、頼んだよ」  うーん、何か企んでそうな気が するんだけどなぁ…… 「文化祭の出し物は、 どういったものでなければいけないなど、 決まりはございますか?」 「いや、別に何でもいいんだよね。 園芸部だけど、プラネタリウムを 作ったっていいし」 「そうなのですね。 ですけど、せっかくですから、 園芸部らしいことがいいと思うのですぅ」 「それは同感かな。 彩雨は何かやりたいことってあるか?」 「飲食店はいかがですか? 颯太さんはお料理が上手ですし、 育てたお野菜も使えるのですぅ」 「カフェとか? けっこう定番だけど、いいかもな」 「私はウェイトレスさんに なるのですっ」 「もしかして、ウェイトレスに なってみたいから飲食店とか?」 「はい。ナトゥラーレで 友希さんや小町さんのお姿を拝見して、 密かに憧れていたのです」 「へぇ、そっか」  彩雨のウェイトレス姿か…… 「……すっごくかわいいだろうな……」 「……あ、そのぉ、それはまだ、 着てみないことには分かりませんよ?」 「いやいや、かわいい彩雨が かわいいウェイトレスの服を着るんだから、 かわいい以外になりようがないって」 「……そんなに褒められたら、 どうすればいいか分からないのですぅ……」 「よしよし」  と、彩雨の頭を撫でてやる。 「……あぁ……ずるいのですぅ……」  恥ずかしそうに目を伏せる彩雨が、 かわいくてたまらない。 「そういえば、颯太さん。 先程、部長さんがおっしゃっていた、 ABCというのは何のことなのですぅ?」 「え……あぁ、あれはさ。 ほらよく言うだろ、恋のABCって」 「存じあげないのですぅ。 教えてくださいますか?」  うーむ、どう説明しようかな? 「例えば、Aはキスで、Bは……えぇと、 “キスの次にすること”っていう意味で、 またCにも別の意味があって……そんな感じ」 「そ、そうでしたか。 順番にしていくことなので、 ABCなのですね」 「あぁ、まぁ、そういうこと」  ぼかして言ったけど、 意味はちゃんと伝わったみたいだな。 「お伺いしたいのですが、 颯太さんはどういう時に、そのぉ…… Aをしたいって思いますか?」 「え……それはどういう時も何も…… 彩雨となら、いつでもしたいっていうか……」 「今もなのですぅ?」 「う、うん……」 「で、でしたら、はい、どうぞ。 よろしいのですぅ」  俺を受けいれるように、 彩雨が目を閉じる。  わずかに開いた赤い唇に、 俺は吸いよせられていき――  ん? 「……彩雨、ちょっと待ってくれる?」 「え、はい。どうかなさいましたか?」 「うん、ちょっとね」  とドアのほうへ行き、勢いよく開けはなった。 「……やぁ」 「ま、まひるは 偶然通りかかっただけなんだぞ……」 「そんなわけないだろうが……」  まったく、油断も隙もあったもんじゃない。 「明日はお仕事ですから、 あんまりお会いできないのでしたか?」 「うん、ごめんね。 夜8時ぐらいには終わると思うんだけどさ」 「いえ、お気になさらないでください。 少し寂しいですけど、我慢できるのですぅ」 「俺も、もっと彩雨と 一緒にいたいんだけど」 「……でしたら、本日は お家に遊びにいってもよろしいですか?」 「家に? あ、それはいいんだけど、 たぶん親がいるんじゃないかな。 大丈夫?」 「が、頑張ってご挨拶するのですぅ。 気に入っていただけるといいのですが」 「大丈夫だと思うよ。うちの両親、 息子じゃなくて娘だったら良かった って思ってるぐらいだからさ」 「逆に気に入られすぎて、 大変なことになるかも」 「ほ、本当の娘になるように 言われてしまいますか…?」 「ま、まぁ、それぐらいはあるかも……」 「そうなのですね。覚悟しておくのですぅ」 「……言われたら、どうする?」 「……はい、とお答えするのです……」 「それ、本気で?」 「あ、颯太さんのお気持ちも確かめずに、 勝手なお返事をするわけにはいきませんね。 申し訳ございません」 「いや、俺も、いいけど……」 「で、では、不束者ですが、 よろしくお願いいたします」 「あ、あぁ、こちらこそよろしく」  顔を真っ赤にしながら、 俺たちはしばし立ちつくしていた。 「ただいまー」 「お邪魔いたしますぅ」 「ていうか、真っ暗だな。誰もいないのか?」  照明のスイッチを押す。  テーブルを見ると、 二枚の書き置きが残されていた。 『会社から急な連絡が入った。どうやら 大変なトラブルが起きてしまったらしい』 『父さんは行かなければならない。 会社の仲間のために。 たぶん今日は帰れないと思う』 『――大切な仲間のために日々戦う、 企業戦士な父より』 「あいかわらずブラックな会社だな」  もう一枚は、と。 『言い忘れてたけど、お母さん、 今日から一週間、シンガポールに出張なの』 『ケーキ買っておいたから食べてね。それと、 おにぎりたくさん作って冷凍したからね。 ――梅干し派の母より』  冷凍庫を開けてみる。  50個ほどのおにぎりが冷凍されていた。 「なるほど」  具がぜんぶ梅干しじゃないことを祈ろう。 「お留守なのですぅ?」 「あぁ、二人とも今日は 帰ってこないっぽいな」 「でしたら、今日は遅くまで一緒にいても、 怒られませんか?」 「大丈夫だけど、 彩雨は帰らなくて平気なのか?」 「私のお父様もお母様も、 ちっとも帰ってこないのです」 「そっか。じゃ、今日は 思う存分遊んでいってよ。 帰りは送ってくし」 「はい。お言葉に甘えさせていただきます」 「じゃ、何しよっか?」 「一緒にゲームがしたいのですが、 いかがですか?」 「いいよ。そういえばさ、 彩雨の家でプレイしたアレ、 買ったんだよね」 「アレ? 何のことでしょうか?」 「ゾンビ&バレット。こないだはけっきょく 最後まで行けなかったし、悔しくてさ」 「そうなのですぅ? でしたら、ぜひ今日は ゾンビ共を皆殺しにするのですっ!」  というわけで、ゾンビ&バレットを始めた。 「ゾンビ発見なのです。 撃つのですぅ。奴らの脳髄に、 しこたま鉛玉をぶちこんでやるのですっ」 「おうよっ、とり戻そうぜっ! 俺たちの平和だったあの街をっ!」  ゾンビの出現位置や行動は あらかた把握している。  恐るるに足らないと、 俺はハンドガンを連射した。 「くすっ、 しょせん私たちの敵ではなかったのです」 「あぁ、そうだな。 俺たちの愛の銃弾は 何人たりとも止められない」 「あ、愛の銃弾という言い方は、 恥ずかしいのですが……」 「だめか?」 「いえ、そういうわけでは…… ですけど、愛の銃弾は 私に撃ちこんで欲しいのですぅ……」  手で拳銃を作り、彩雨に向ける。 「バンッ」 「あぁ……撃たれてしまいました……」 「この戦いが終わったら、 もっとたくさん撃ちこんであげるよ」  自分で言ってて意味が分からないけど、 雰囲気に任せてそう言った。 「約束してくれますか? 私ひとりを置いて死んだりしないって」 「あぁ、当たり前だろ。 死ぬ時は一緒だ。 まぁ、死ぬのはゾンビどものほうだけどさ」 「はい。それでは、ボスゾンビを倒しに 参りましょうか?」 「あぁ、かるーくやっつけちまおうぜ」  俺たちはバッタバッタとゾンビを倒し、 街の中心部へと迫っていく。  各ステージの最後には 強力なボスゾンビが出現するんだけど、 今の俺と彩雨の敵じゃなかった。  いや、言いなおそう。  俺たちの愛の敵じゃなかった。 「ボスゾンビなのですぅっ。 弱点の脳天に鉛玉を100発ぶちこむのです。 絶対に逃がさないのですっ!」  撃って撃って撃ちまくり、 俺たちはボスゾンビすらも 軽々と倒していく。  そして―― 「ゴボホッオオオオオオオオオオォォォォォ!! ガアアアァァァァァァァァァァァァッッ!! グルゥゥゥ、グルッシャアアァァッッ!!!!」 「つ、ついにアルティメットゾンビが 現れたのです!」 「こいつがすべてのゾンビを生みだす元凶、 つまり、このアルティメットゾンビさえ 倒せば…?」 「この街はゾンビ共から 解放されるのです」 「よしっ! やるぞっ、彩雨っ! こいつのために温存しておいた、 マシンガンを全弾叩きこんでやるっ!」 「かしこまりましたっ! マシンガン構えっ、撃つのですぅっ!」 「ぜ、ぜんぜん効いている様子が ないのですぅっ!?」  アルティメットゾンビは 降り注ぐマシンガンの弾を ものともせず、こっちに向かってくる。 「怯むなっ! 撃ちつづければ、 必ず勝機は見えてくるはずだっ!」 「かしこまりましたっ! ドグサレ死体に 目に物を見せてやるのですぅっ! 正義の鉄槌なのですぅっ!」  俺たちは決死の覚悟で、 撃って、撃って、撃ちまくった。  しかし―― 「あぁっ……マシンガンの弾が 切れてしまったのです……」 「く……俺もだ……」 「きゃ、きゃあぁあっ!」 「嘘だろ、一発でライフが半分に…!?」  しかも、全弾撃ち尽くしたってのに アルティメットゾンビは、まるで ダメージを受けてる気配がない。 「ど、どうすればいいのですぅ? ハンドガンでは歯が立ちませんっ」 「きっと何か方法が……」  ん? アルティメットゾンビの 背後にあるアレは…? 「彩雨っ、見てくれ。 アルティメットゾンビの背後だっ」 「あ……ロケットランチャーなのですぅ!」 「あれなら、きっと、 アルティメットゾンビも倒せるはずだ」 「ですけど、アルティメットゾンビが 邪魔で、ロケットランチャーを とりにいけませんよ」 「俺がアルティメットゾンビを 引きつける! その隙に ロケットランチャーを手に入れてくれ」 「そんなことをして、もし、失敗したら、 颯太さんが……」 「彩雨なら、失敗しないよ。 そう信じてる」 「……かしこまりました。 私がロケットランチャーを撃つまで、 絶対に死なないでくださいね」 「あぁ、約束する」  じっと、彩雨の目を見て、 俺は切りだした。 「彩雨、この戦いが終わったら、 言おうと思ってたんだけど、俺……」 「嫌なのですぅっ。 そういうことは終わってから おっしゃってくださいっ!」 「……あぁ、そうだよな……」  よし、雰囲気作りはばっちりだ。 「そんじゃ、行くぞぉぉっ!」 「おらぁっ、アルティメットゾンビ、 こっちきやがれっ!」 「ようし、きたなっ! もっとだ。もっとこっちにこいっ!」 「今なのですぅっ!」  俺がアルティメットゾンビを 引きつけている間に、彩雨が ロケットランチャーをとりにいく。  よし、ここまで来れば、 あとは―― 「しまっ――!?」  アルティメットゾンビの 強烈な一撃によって、 俺は瀕死の状態に陥った。 「やばい、ライフがもう1しか……」 「ロケットランチャー、スタンバイなのですぅ。 颯太さんっ、避けてくださいっ!」 「いや、彩雨。こいつは思ったより、 かなり素早い。そのまま撃つんだっ!」 「で、ですけど、そんなことをしたら、 颯太さんまで…!?」 「こうなったら、仕方がない。 ここでこいつを逃がしたら、 大変なことになる。俺ごと――」 「俺ごと撃ってくれ。世界を救うんだっ!」 「ですけど、私、そんな…… 颯太さんのいない世界なんて、そんなの、 何の価値もないのですぅ……」  アルティメットゾンビが 俺にとどめを刺そうと、 右腕を大きく振りかぶった。 「撃てぇぇっ、彩雨、撃ってくれっ! 俺のことが好きなら、俺を 犬死にさせないでくれぇぇっ!」 「颯太さん……かしこまりました。 私……私、颯太さんを犬死になんか させませんっ!」  彩雨がロケットランチャーを構える。 「地獄で閻魔様がお待ちかねなのです、 アルティメットゾンビッ!! ファイアァァァァァァァァァァッッ!!!!」 「ギャッシャアアアァァァァァァァァァァァ ァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」  激しい断末魔とともに アルティメットゾンビは ロケットランチャーの炎に呑まれていった。  そして、俺は…… 「彩雨……」 「あ……颯太さん、どうして…? あの爆発に巻きこまれたはずですのに……」 「あぁ。どうやら、ロケットランチャーも 味方には当たり判定がなかったみたいだ」 「そうなのですね。良かったのですぅっ!」  彩雨がコントローラーを置いて、 俺に抱きついてきた。 「ふふっ、今日は最後まで いけましたね」 「あぁ。独りじゃ何度やっても 倒せなかったから、すごい達成感あるよ」 「お祝いいたしましょうか?」 「いいね。ちょうど母さんがケーキを 買ってくれてたみたいだし、 ちょっと待ってて」  ショートケーキを冷蔵庫から持ってきて、 その上にロウソクを二本立てた。 「じゃ、消すよ」 「くすっ、ロウソクの明かりが 綺麗なのですぅ」  俺はついつい言ってみたくなった。 「彩雨のほうが綺麗だよ」 「……そ、そういうことをおっしゃっては いけないのですよ?」 「嬉しくないのか?」 「……嬉しい、ですけども…… 恥ずかしいのですぅ」 「彩雨が綺麗だから悪いんだぞ」 「も、申し訳ございません。 以後、気をつけるのですぅ」  思わず俺は笑ってしまう。 「わ、笑ってはだめなのですぅっ。 私も変なことを申したと思ったのですぅ」 「彩雨って、本当にかわいいな」 「すぐからかうのです。 そんなことおっしゃいますと、 もう消してしまうのですよ。すー、ふー」 「……真っ暗になってしまいました……」 「それはそうだろ……」 「ですけど、これで 恥ずかしくないのですよ?」  彩雨がそっと身を寄せてくる。  柔らかい膨らみが、俺の身体に触れた。 「……じゃ、こんなことしても平気か?」  桜色の唇に、俺は静かにキスをする。 「あ……ん……んちゅ……ん……んはぁ……」  長く、長く、唇を重ねる。 「……ようやく、キスができたのですぅ」 「……いいところで邪魔が入ったもんな」 「もう一回いいですか?」 「あぁ」  ふたたび俺たちはキスを交わす。 「あ……んちゅっ……んふぅ……はぁ…… ん……あ……んん……ちゅ……ふはぁ……」 「……颯太さんといると、 私ははしたない女の子に なってしまうのですぅ……」 「そういう彩雨もかわいいよ」 「……でしたら、あのぉ、 教えてくださいますか?」 「何を?」 「そのぉ……颯太さんに、え、Aの先を、 教えてほしいのですぅ……」 「……えぇと、意味わかってるんだよね?」 「……そういうことは、 訊いてはいけないのですぅ……」  分かってるみたいだな。 「こっちおいで」 「し、失礼いたします」  彩雨をベッドに誘導する。 「電気つけてもいい?」 「……それは、恥ずかしいのですぅ……」 「彩雨をちゃんと見たいんだ。だめか?」 「……しょうがない人なのですね…… 構いませんよ」  許可が出たので、照明をつけた。 「触っていい?」 「は、はい。お好きになさってください」  彩雨のおっぱいに、 優しく包みこむように手で触れる。 「……あ……んあぁ……ふぁ……んっ……」  たゆんたゆんと変形する乳房は 柔らかくて、弾力があって、 指が吸いついていく。 「あっ……はぁ……あ……んん…… そ、そんなに触ったら、 恥ずかしいのですぅ……」 「ごめんね、彩雨のおっぱいが 気持ち良すぎて、我慢できない」 「あっ、やぅっ! んっ……んんっ…… そんなに……はぁ……揉んだら…… はぁっ、んんっ……あ……あぁ……」  ぎゅっと乳房を揉むごとに、 彩雨の口から吐息と切なそうな声が 漏れる。 「彩雨、どんな気持ち?」 「……んっ……あぁ…… そ、そういうことを訊いては、 いけないのですぅ……」 「彩雨と一緒にちゃんと 気持ち良くなりたいからさ。 教えてよ」  言いながら、彩雨のおっぱいを わしづかみするように握った。  乳房がくにゅうっと手の形に変形して、 マシュマロのような感触が伝わってくる。 「あぁぁ……んっ……やぁ……あぅぅ…… だめ……だめ、なのですぅ……」 「何がだめなの?」  おっぱいを優しく揉みながら、 彩雨の耳元で囁く。 「……あぁっ……はうっ! ……胸を触られると、温かくて、んっ、 あぁ……気持ち良くなってしまうのですぅ」 「気持ち良くなっていいんだよ」 「ですけど、私、はしたなくて…… ……あっ……ん……は、恥ずかしいのですぅ」 「彩雨の恥ずかしがってるところ、 すごくかわいいよ」  と、彼女の耳に軽くキスをする。 「きゃあっ……あぅぅ…… いきなりそういうことをしては、 いけないのですぅ……」 「彩雨、どうしたら、 もっと気持ち良くなるんだ?」 「……意地悪なことばっかり、 訊かれてしまうのですぅ……」 「いや?」 「……嫌では、ないのですぅ…… そのぉ……もっと、たくさん、 触っていただければ、いいと思います」 「分かった」  彩雨の胸に指を這わせるようにして、 つーっと円を描いていく。 「あっ……あんっ……あっ、やぁっ、 んんっ……んんっ、ふっ……はぁ……」  つん、と乳首に触れると、 もうそこは堅く尖っていた。 「彩雨、乳首が勃ってるよ」 「え……は、はい。そうみたいですね。 乳首が勃つと、どうなるのですか?」 「彩雨がえっちな気分になってる証拠だよ」 「……そ、そんなぁ……ち、違うのですぅ…… 私、いやらしい気分になんて、 なっていないのですぅ……」 「じゃ、これはどんな感じ?」  と、彩雨の乳首を指でくりくりと くすぐってみる。  彩雨が気持ち良さそうに身体を震わせるので、 さらに乳首をこねくりまわすようにして、 指の腹で刺激していく。 「……やぁ……だめぇ……んっ、あぁっ…… あっあっあぅぅ……乳首を、そんなに、 いじっては……んん……いけないのですぅ」 「気持ち良くなっちゃうから?」 「あっ、んっ、そんな…… 意地悪、言わないでくださぁい…… やあぁっ、んんっ、はぁっ、ふあぁ……」  二本の指で乳首を両側から挟み、 きゅっ、きゅっと擦ってみる。  ピンといやらしく勃っているそこを いじくりまわすごとに、彩雨の身体が びくんっ、びくんっと反応する。 「あっ、うわぁっ、それ、は……私っ、 んんっ、乳首ばっかり、だめ、なのですぅ」 「だって、乳首が気持ちいいんだろ?」  言いながら、乳首を弾く。 「あぁぁっ、うぅぅ…… どうして分かってしまうのですぅ…?」 「乳首を触ると、彩雨が えっちな声だすからだよ」 「……ぅぅ、そんなぁ…… 私、えっちな声、出してますか…?」 「自分で聞いてごらん。ほら」  おっぱいを覆うようにぎゅっとつかんで、 指で乳首を何度も弾く。  ぶるぶると彩雨は気持ち良さそうに 身体を震わせ、甘い声を何度もこぼす。 「あはぁっ、あんっ……やっ、ああぁっ…… だめぇっ……私、あっ、……そんなぁ…… こんな声だしちゃっ、あっあっ、だめぇっ!」 「いいんだよ。 すっごくえっちでかわいい」 「そ、そういうはしたないことは、 いけないのですぅ……」  彩雨がきゅっと唇を固く結んだ。  乳房と乳首を撫でまわすようにして 愛撫していくと、彼女は声を 我慢するかのように切なげな吐息を漏らす。 「そんなに我慢しなくてもいいのに」  言いながら、彩雨の耳に舌を這わせ、 乳首をかくように指を動かす。  ぺろぺろと耳を舐めあげると、 彩雨の口からは気持ち良さそうな声が あがる。 「んふぅっ、んんっ……んぁ……んんんっ! ンッ! やぁっ……んふぁ……はぁっ…… はぅっ……はぁっ、はっはっ、ふはぁ……」  声をこらえながらも、 彩雨は快楽に震えるように びくびくと身体を揺らす。 「彩雨の声、聞かせてよ」  耳の奥に舌を差しいれ、 味わうように舐めまわす。  舌を動かすたびに、 彩雨の顔がびくびくと 小刻みに震える。 「うぅぅ……あっ、そんなにしたら…… うっ、ゾクゾクするのですぅっ…… あっ、やっ、だめぇっ、はぅぅ…あんっ!」 「うぅぅ……はしたない声が、 出てしまったのですぅ……」 「もっと、はしたない声を出してもいいよ」  俺は彩雨の下半身に手を伸ばした。 「あ、そ、そちらは……いけないのですぅ……」  くちゅっ、と彩雨のおま○こに触れた 俺の指が濡れる。 「もう濡れてるんだ?」 「で、ですから、 いけないと申したのですぅ……」 「乳首が勃つのは分からなかったのに、 濡れてる意味は分かるの?」 「……い、いやらしい気分に なってくると、はしたないお汁が 出てきてしまうのですぅ……」 「じゃ、彩雨は胸を触られて、 いやらしい気分になったんだな」 「ぅぅ、そんなぁ…… そういうことをおっしゃっては いけないのですぅ……」  俺の言葉で興奮したのか、 彩雨のおま○こからさらに愛液が 溢れてきて、指を濡らした。 「触るよ」  膣口を撫でまわすようにして、 指をゆっくりと這わせていくと、 彩雨が気持ち良さそうに身体を震わせる。  じっくりと感触を味わうように、俺は 優しく彩雨のおま○こを撫でまわしていく。 「彩雨、いま触られてるところ、 なんて言うか知ってるか?」 「えっ、あっん……お…… おま○こ、ですか?」 「彩雨のおま○こ、気持ち良さそうだな」 「ち、ちがっ、あんっ、やあっ、ぅあぁっ、 違うのですぅ……おま○こっ、気持ち良くは、 あっ、やぁっ、ないのですぅっ!」 「どうして? こんなにいやらしい液が 溢れてきてるだろ」  彩雨の愛液をくちゅくちゅと こねまわすようにして、ワレメに 指を這わせる。  いやらしく音を立てるたびに 彼女の声は羞恥に染まっていき、 さらにとろとろと愛液を溢れさせる。 「い、意地悪なのですぅっ、あぅっ……はぁ、 ううぅっ、だめぇっ、なのですぅっ、あっ、 私、あっ、そんなに、されたらっ、あんっ!」  手探りで彩雨のおま○こをなぞっていき、 小さな豆のようなものを発見した。  彩雨のクリトリスを指で挟み、 コリコリと転がしてみる。  すると、今まで以上に 気持ち良さそうな声があがった。 「ここ、気持ち良さそうだな」 「あぁぁっ、だめぇっ、だめなのですぅっ。 そんなにクリトリスをっ、いじっては、 いけないのっ、ですぅっ、あっ、あぅっ」 「やっあっはっあっ、んんっ、もうっああぁ、 う、ああぁぁ、はぁぁっ、あっ、私、 あぁ、だめぇ、だめぇぇ、とめてくださ――」  彩雨の声がどんどん激しくなっていき、 それに合わせて俺は指の動きを加速させた。  クリトリスを指で挟み、いじくりまわす ごとに、大量の愛液が彩雨のおま○こから こぼれ落ちていく。 「ん・んんんんんーーーーーーーーー、 あ、あ・あ・あ・、やぁぁぁぁぁ、 んっは、だめぇ、だめぇぇっ、だめぇぇっ!」  彩雨のおま○こ全体がぷっくりと 膨れてきたような気がして、俺はそこを 押さえつけながら、激しく指を摩擦させた。  彩雨の全身に力が入っていき、 クリトリスも気持ち良さそうに 膨張している。  大きく育ったその豆を 擦りあげるようにしながら、 指で圧迫していく。 「やっ、あっ、あっ、私、そんなぁ、 怖いっ、何か、あぁぁっ、怖い、 怖いのですぅっ、あっ、あっ、あぁぁっ!」 「う・ああ・あ・ああぁぁぁ、 ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  がくがくと身体を震えさせた後、 彩雨は糸の切れた人形のように 脱力した。 「はぁはぁ……うぅ…… はしたないところを見せてしまいました……」 「気持ち良かった?」 「……はいー、頭が変になってしまったと 思うぐらい、気持ち良かったのですぅ…… 私、イッてしまったのでしょうか?」 「うん。そうだと思うよ。 イクのは初めてなんだ?」 「……はい……」 「そっか」  彩雨の頭を撫でてあげる。 「彩雨がイクところ、 すっごくかわいかったよ」 「……そ、そういうことを言われるのは 恥ずかしいのですぅ……」 「……最後まで、してもいい?」 「……はい。私も、最後まで、 したいのですぅ」 「このような格好をいたしますのは、 生まれて初めてなのですぅ……」 「……………」 「ど、どうして何も おっしゃらないのですぅ?」 「あ……ごめん。 すごく綺麗で見とれてた……」 「そ、そうですか…? そんなに見られますと、 とても恥ずかしいのですよ?」  彩雨のおま○こからは、 トロリといやらしい液が垂れ、 俺を誘っている。 「触るよ」  彩雨のおま○こに手を触れると、 くちゅっと水音がした。  指を一本、膣口にあてがい、 前に押しだしてみた。 「あっ……あぁうぅ……あぁ…… あっ……あぁっ……んんっ、はぁ…… んっ、あぁ……ん、やっ、はぁ……」 「彩雨の膣内、すごいよ……」  膣内はもうぐしょぐしょに濡れてて、 指はスルッと奥まで入ってしまう。  けれども、締め付けはきつくて、 彩雨のおま○こがまるで吸いつくように 俺の指を圧迫してくる。  今度はゆっくり指を引きぬいてみる。 「やぁっ、だめぇっ、そんな、急に…… あっ……ああぁんっ……はぁ……」 「もっと挿れても大丈夫そう?」 「……は、はい。挿れてみてください……」  今度は指を二本、膣口に差しいれる。 「あっ……あぁぁ……んんっ、はぁぁぁ……」  今度も抵抗なく入ったので、 さらにもう一本指を足してみる。 「やっ、そんなに……はぁっ、擦れて、 私っ、あっ、んんっ、あ、はぁぁ…………」  さすがにちょっときついけど、 愛液がどんどん溢れてきてて、 指はもちろん手までをぐっしょりと濡らす。  彩雨の柔らかい膣内を感じながら、 俺は少しずつ指を動かしはじめた。 「あっ、やぁ……んんっ、はぁ…… あぁっ……んんっ、いやらしい音がっ、 あっ、聞こえ、るのですぅっ……」  指を動かすたびに、ぬぷぅっ、ぬぷぅっと、 淫靡な音が室内に響く。  彩雨は顔を真っ赤にしながら、 恥ずかしそうに身を硬くしていた。 「気持ちいいか?」 「……恥ずかしくて、分からないのですぅっ! いやらしい音を出さないでくださぁいっ……」  そう口にする彩雨があんまりかわいくて、 俺はもっと音が出るように、おま○こを 抉るように指を摩擦させる。  グジュッ、グチュウッと、 膣壁と愛液と指が擦れあう音が、 何度も何度も彩雨の膣内から響いてくる。 「……ひどいのですぅ。恥ずかしくて、 我慢できないのですぅ……」 「気持ち良くない?」  膣内で指を折るようにして、 彩雨の膣壁を刺激する。  俺の指の動きに合わせて、 彩雨の腰が艶めかしく踊る。 「彩雨、腰、動いてるよ」 「そんなぁ……堪忍なのですぅ…… おっしゃらないでくださぁいぃ……」 「じゃ、もっと気持ち良くしてあげる」  くちゅうっと指を おま○この奥深くに突きいれていく。  彩雨の呼吸に合わせて、 指を激しくスライドさせるたびに ジュボッ、ジュボッと淫靡な音が鳴る。 「あっ、あ、だめですぅっ、だめぇ、 なのですぅ、私、またっ、あぁぁ、 待って、いや、いやいや、またきますぅ」 「イキそうなのか?」 「んっ、は、はい……ですけど、 んっ、だめ、なのですぅ。あっ、んん、 まだイキたくなっ、あっ、だめぇ……」 「どうしてだ?」  言いながらも、俺は指で 彩雨の膣内を責めていた。 「そ、そのぉっ、あっ、とめてくだっあ、 ですから……い、挿れて、あっ、んんっ、 挿れて、欲しいのですぅっ…!!」 「挿れてほしいって?」 「……お、おち○ちんなのですぅ…… 私ばかり気持ち良くなっては 不公平ですから……」 「……もう、大丈夫そうか?」 「……はい。指もきつくないですし、 きっと、入ると思うのです」  確かに、最初は少しきつかったが 今では指二本がスムーズに動かせる。 「じゃ、いくよ」  指をすっと引きぬき、 代わりに勃起したち○ぽを 彩雨の膣口に当てた。 「あぁ……すごく大きいのですね…… ドキドキ、するのですぅ……」 「痛かったら、言ってくれな」 「はい。ですけど、大丈夫ですよ。 どうぞ、いらしてくださいませ」  彩雨が少し腰を動かすと、 亀頭が膣の入口に入った。 「あ……ん……あぁはぁぁ………」  そのまま俺はゆっくりと、 ち○ぽを彩雨の膣内に埋めていく。 「あん……あはぁ……あ……きつくて…… あっ、私、んん、すごくっ、んんっ、 あ・あ・あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「痛いか?」 「少し。ですけど、これぐらいは ぜんぜん平気ですから。痛みには 強いほうなのですぅ」 「それより、やっと一緒になれて、 すごく幸せな気分なのですよ?」  きゅうっと彩雨の膣が ち○ぽを締めつけるように 絡みついてくる。  ドロドロに濡れたヒダが ち○ぽに吸いつき、それだけで 信じられないほどの快感を覚える。 「動いても平気か?」 「はい。存分に動いてくださいませ」  奥深くまで入ったち○ぽを ぐぐぐっと引きぬき、そして、 またゆっくりと押しこんでいく。  ヒダとち○ぽのカリが、 擦れあって、下半身に電流のような 快感が走る。 「あ……んんっ……もっと、激しくしても、 大丈夫ですよ…?」  そう言われ、俺は徐々に ち○ぽを激しくスライドさせていく。  ジュチュッ、ジュチュチュッと 淫らな音が響き、腰の動きは みるみるうちに加速する。 「ああっ、んんっ……あんっ、やはぁんっ、 私の膣内っ、あっ、気持ち、いいですか?」 「うん、すごく、いいっ」 「あっんっ、嬉しいのですぅ……やぁっ、 はぁっ、あはぁっ、もっと、あぁっ、 気持ち良くなって、くださいねっ」  彩雨のおま○こはぐじゅぐじゅぐで、 絡みついてくるヒダのひとつひとつが、 俺のち○ぽを気持ち良くさせてくれる。  俺はきゅうと収縮する膣内を 乱暴にこじ開けるように押し入って、 子宮口を激しく突いた。 「あっ、すごくっ……あぁあっ、だめっ、 私っ、ああぁっやっらっ……おかしく、 はぁっ、あっあっあ……あぁぁっ!!」 「気持ちいいのか?」 「はいっ、あっんん、すごくっ、 気持ちが良くて……あぁあっ、こんなの、 私っ、もうっ、我慢、できないのですぅっ」 「……ふあぁぁっ、やぁっ、いいっ、 気持ち、いいっ、あっはぁっ、だめぇっ、 気持ちいいのですぅ、おかしくなるのですぅ」  彩雨の全身が強ばり、 膣がペニスをぎゅうぎゅうと 締めつけはじめる。  切羽詰まったような彼女の声を聞き、 俺にも限界が訪れた。 「彩雨……好きだよ……」 「私、もっ、ああぁっ、好きっ、あぁっ、 好きなのですぅっ、あっっ、やぁっ、 好きっ、ああぁっ、だめぇ、やぁあっ!」 「またっ、私、あっ、イキますぅっ、 イッてしまうのですぅっ、ああっ、くるっ、 だめぇっ、あぁあっ、もう、そんなあぁ……」  乱れる彩雨の膣内に 激しくち○ぽを突きいれると、 がくがくと彼女の身体が小刻みに震えた。  彩雨は口を半開きにして、 大きく身体を反らす。 「あ……あ・あぁぁ……イキ、ます…… もう、イク、のですぅ……あっあぁぁ だめっ、だめっ、ああぁぁ、だめぇぇっ!」 「うあぁぁぁぁ、だめぇぇぇぇぇぇ、 イクゥ、あぁあっ、イクぅぅっ、あぁぁぁ、 だめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」  彩雨がイクのと同時に、 ありったけの精液を 彼女の中に注ぎこむ。 「はあぁぁぁぁ、んんん…… 何か、入って、くるのですぅ……」  まだ射精が収まらず、 ち○ぽを引きぬくと、勢いよく 彼女の身体に精液が飛んだ。 「きゃっ、あうぅっ…… はぁぁ……ん……びしょびしょに なってしまいました……」 「ご、ごめん、大丈夫?」 「はい、颯太さんのですから。 お気になさらないでください」 「……してしまいましたね…?」 「うん……」 「ぐ、具合はいかがでしたか…? ちゃんと楽しんでいただけたのですぅ…?」 「……あぁ、すごく気持ち良かったよ」  そう答えるのは無性に照れくさい。 「良かったのですぅ。 うまくできなかったら、 どうしようかと思いました」 「彩雨は……どうだった…?」 「わ、私はそのぉ…… き、気持ち良かったですよ」 「どのぐらい?」 「そ、そういう意地悪な訊き方を してはいけないのですぅっ」 「そっか。知りたかったんだけどなぁ」 「あぁ……ぅぅ…… 今まで感じたことがないぐらい、 き、気持ち良かったのですぅ……」 「彩雨のそういうところ、 好きだよ」 「私は颯太さんのそういうところは、 いけないと思うのですぅ……」 「嫌いか?」 「す、好きですけど……」 「良かった」 「……今日は、このまま泊まっていっても、 よろしいのですぅ?」 「うん。今から帰るのも大変だし。 親も朝には帰ってこないから」 「お気遣いいただきまして、 ありがとうございます。 ふわぁ、も、申し訳ございません」 「いいよ、寝て。おやすみ」 「はい…… ふふっ、明日は起きたら、 颯太さんがいるのですね」 「うん」 「嬉しいのですぅ。 毎日そうならいいですのに……」 「俺も、そう思うよ」 「起きるまで、ここに いていただけますか?」 「大丈夫だよ。ちゃんとそばにいるから」  彩雨の頭を優しく撫でる。 「あぁ……良かったのですぅ……」  彩雨の表情がとろんとしてきて、 今にも眠りに落ちそうだ。 「おやすみ、彩雨」 「……はい、おやすみなさいませ……」  玄関を出ると、彩雨が待っていた。 「おはようございます」 「おうっ、おはよう」  今日から衣替えなので彩雨は夏服を着ている。  同じ制服には違いないのに、 初めて見るその姿に俺は視線を 引きつけられた。 「……そのぉ、どこか変なのですぅ?」 「あ、いや……すごく似合ってるから、 ちょっと見とれてさ」 「そ、そのようなことをおっしゃったら、 嬉しくなってしまうのですぅ……」  照れる彩雨を見て、なんだか俺まで 照れくさくなった。 「い、行こうか?」  俺が手を差しだすと、 「はい。参りましょう」  そう言って、彩雨が俺の手をとる。  そのまま手をつなぎ、 俺たちは学校へ向かった。 「おっはよー。今日は、修学旅行だよね。 楽しみー」 「おはようございます。 私も楽しみで昨日は あんまり寝付けなかったのですぅ」 「だよな。天ノ島って、ロケットの設備は すごいし、海は綺麗だし泳げるし、景色も かなりいいらしいし、ワクワクするよね」 「はい。それに颯太さんと一緒だと思うと、 なおさら楽しみなのですぅ」  彩雨の言葉に、思わず顔がほころんだ。 「俺も彩雨が一緒だから、 すっごく楽しいだろうなって 思ってた」 「……ふふっ、私たち、同じことを 考えていたのですね」 「みたいだな」  彩雨の瞳に吸いこまれそうになって、 俺はじっと彼女を見つめた。 「あー、すぐ二人の世界作ってー。 絵里、なんか言ってやって」 「仕方がないと思いますよ」 「わぁ、芹川さんは髪型を変えたのですね。 よくお似合いなのですぅ」 「そうでしょー。 あたしが頑張って説得したんだぁ」 「……説得というか、 友希は強引ですから」 「えー、でも、かわいいじゃん」 「おーし、お前ら、席につけー。 HRを始めるぞ」  HR終了後、 俺たちは空港に向かい、飛行機で 天ノ島へと飛びたった。  島に到着してまっさきに訪れたのが 宇宙センターだ。 「うわぁ、大きいのですぅ」 「こんなに大きいってことは、 あそこでロケットを作るのかな?」 「うんとね、あの建物は、 ロケットを組み立てるところみたいよ」 「へぇ、すごいなぁ。 なんていうか、圧倒される」  俺が巨大な建物に息を呑んでいると、 「颯太さん、本日は確か 自由時間はないのでしたか?」 「あぁ、うん。今日は宇宙センターを 見学したら、もう宿に戻るから。 自由時間は明日からだよ」 「でしたら、明日の自由時間は ご一緒に海へ行きませんか?」 「あぁ、いいね。水着持ってきた?」 「もちろんなのですぅ。 明日はたくさん泳ぐのですぅ」 「……彩雨の水着か…… 楽しみだなぁ」 「そ、そんなに大したことは ないのですよ。普通の水着なのですぅ」 「普通の水着でも彩雨が着てるからさ。 やっぱり、すごい楽しみだなぁ」 「ぅぅ……がっかりさせてしまわないか 不安なのです」 「大丈夫だって。彩雨の水着姿を見て、 がっかりなんかするわけないだろ」 「そうなのですぅ?」 「あぁ、当たり前だろ。 彩雨だったら、なに着てても似合うに 決まってるからな」 「きょ、恐縮なのですぅ……」 「……なんか、やーらしいのー……」  明日の自由時間が今から楽しみで 仕方なかった。  翌日、彩雨との約束通り、 天ノ島の砂浜へやってきた。  熱いぐらい照りつけてくる太陽に向かい、 ぐーっと伸びをする。 「絶好の海水浴日和だな」  そろそろ彩雨も着替えが 終わる頃じゃないかと辺りを見渡す。  すると、遠くで手を振っている 水着姿の女の子が見えた。 「颯太さーんっ」  ん、あの水着は…? 「申し訳ございません。 待ちましたか?」 「いや……」  気もそぞろな返事を返しながら、 彩雨の格好に目を奪われていた。  どこからどう見ても、スクール水着だ。 「そ、そんなに見てはいけないのですぅ。 穴が空いてしまいますよ」  さすがに空かないとは思う。 「……あ、あのぉ、どこか変なのですぅ?」 「あぁいや、そんなことないんだけど、 どうしてスクール水着なのかなって?」 「学校の行事で着る水着と言えば、 スクール水着なのですぅ」 「でも、ほら、修学旅行だし」 「ですけど、これしか持ってないのですぅ。 お気に召しませんか?」 「いや、お気に召さなくはないよ。 決してお気に召さないなんてことはない! むしろ、めちゃくちゃかわいいと思う!」  俺は心の底から断言した。 「そ、そうなのですぅ?」 「あぁ、もちろんだよ! 断言できる! 彩雨を独り占めして離したくなくなる ぐらいだよっ!」  そうさ、スクール水着は最高に 決まってるっ! 「そ、そうなのですね。 ……よろしいのですよ? どうぞ、独り占めしてくださいませ」 「じゃ、遠慮なく」  彩雨の手をとる。 「泳ごうよっ」 「かしこまりました。 泳ぎはあまり得意ではないので、 置いていかないでくださいね」 「あぁ」  灼熱の太陽の下、俺たちは しばし海水浴に興じた。 「あー、疲れた。もうだめだ。 めちゃくちゃ泳いだな……」  砂浜に上がって、ぐったりしてると、 「じー…………」  彩雨が俺の身体をマジマジと見つめていた。 「あ、彩雨? どうした?」 「どうもいたしませんよ。じー……」  いや、すごい凝視してるんだけど…?  ていうか、妙に気恥ずかしい。 「あ、あのさ、それぐらいで……」 「恥ずかしいのですぅ?」 「う、うん。まぁ」 「くすっ、先程のお返しなのです。 あんまり見られると恥ずかしいのですよ」  そういうことか。 「でも、あんまり見ないようにするって 言っても、彩雨のことが好きだから、 難しいしなぁ」 「そ、そういうことをおっしゃる人には、 こうなのですぅっ」  つんつん、と彩雨が俺の腕を つついてくる。 「えーと……」  どう反応すればいいんだ? 「えいえい、なのですぅ」  彩雨が脇腹をつつく。 「ちょっ、そこは、くすぐったいんだけど……」 「ふふ、弱点発見なのですぅ。 狙うのですぅっ」  つんつん、つんつん、と彩雨が 執拗に脇腹を攻撃してくる。 「や、やめ、くすぐったいって……」  身をよじって逃げようとするも、 彩雨は手を休めてくれない。 「そんなにすると、反撃するからなっ」  負けじとこっちも、彩雨のお腹をつつく。 「あっ……あぅ……」  くすぐったそうに彩雨が身をよじる。 「どうだ? くすぐったいだろっ」  今度はへその辺りに狙いをすまし、 人差し指を向ける。 「あ、やぁんっ…!!」  彩雨の口から甘い声が漏れ、 頭がくらくらしそうになった。 「お返しなのですぅっ」  彩雨の指が俺の乳首をつつく。 「お、こらっ……」 「くすっ、ここも弱点なのですぅ?」  面白がって彩雨がさらに乳首を責めてくる。 「あ……く……」  やばい。き、気持ちいいぞ。  このままでは……だめだ。 反撃に転じなければ――!! 「今度はこっちの番だ。 ていっ、ていていていっ!」  指を高速で突きだして、 彩雨の脇腹の辺りを責める。 「あっ、やだ、くすっ、ふふっ、 あー、だめなのですぅっ、 く、くすぐったいのですぅっ」 「うーん? どこがくすぐったいって?」  さらに抉りこむように 彩雨の脇腹をくすぐっていく。 「あっ、ふふっ、あはぁっ、やぁっ、 意地悪なのですっ、もうっ、やぁっ、 ふふっ、くすくすっ、やめ、堪忍なのですぅ」 「まだまだ。ほらほらっ」  これでもかというぐらい指を高速で 連打させると、我慢できなくなった彩雨が うずくまるように身をかがめる。  その瞬間、脇腹を狙った俺の人差し指が 狙いを外し、彩雨の乳房にくにゅっと めりこんだ。 「あ・あんっ…!!」 「あ……ご、ごめん……」 「……そういうおいたは、 いけないのですぅ……」  修学旅行3日目。今日は自由時間に 展望台公園を訪れた。 「はい、あんあん、あんあん、 おまちどおさま」  お姉さんの色っぽい声を疑問に思いながらも、 天ノ島の名物“あんあんアイス”を受けとる。 「どうして『あんあん』とおっしゃる のですぅ?」 「ふふっ、あんあんアイスはね、 買ってもらった時と食べた時に 『あんあん』っていう決まりなのよ」 「食べた時にも、申したほうがいいのですか?」 「うん、二人でやってみて。 いいことあるわよ。ね、彼氏」 「え、あ、はい……」  思わせぶりな言い方に、 曖昧に肯定することしかできなかった。 「そういえば、君たちは修学旅行生かな?」 「はい、そうです」 「それなら、いいこと教えてあげるわね。 夜になるとね、この公園すっごく星が 綺麗に見えるのよ」 「地元の人はもう慣れちゃってるから、 あんまり見にこないけど、その分、 人がいないから穴場よ」 「そうなんですね。ありがとうございます」 「どういたしまして。 じゃ頑張ってね、彼氏」  お姉さんは最後まで思わせぶりだった。 「颯太さん、どうぞ、召しあがってください」  彩雨がカップアイスをスプーンですくい、 俺の口に向けてくれる。 「あむ。あ、これ……かなり美味いな。 あんこと安納芋でできてるって話だけど、 どうやって作ってるんだろう?」  思わず材料と製法を 考えてしまうほどのおいしさだ。 「違うのですぅ」 「ん? 何が違うんだ?」 「先程のお姉さんがおっしゃってましたよ。 あんあんアイスを召しあがったら、 『あんあん』って言うのですぅ」 「それって、本当にみんなやってるのかなぁ?」 「郷に入っては郷に従えなのですよ? はい、もう一度なのです。あーん」  彩雨がくれたアイスをぱくっと食べる。 「あんあんっ」 「ふふっ、『あんあん』なのです。 楽しいのですぅっ」  なんだかよく分からないけど、 彩雨ははしゃいでいる。 「彩雨も食べるか、ほら」  俺は自分のアイスをスプーンですくい、 彩雨の口元に向けた。 「あんあんっ」 「…………なるほど」  なかなかいいな、これは。 「彩雨、今度は耳元で言ってくれるか?」 「かしこまりました。 ですけど、どうしてなのです?」 「彩雨の声を近くで聞きたくてさ」 「そ、そうなのですね。 では頑張るのですぅ」  顔を赤くする彩雨に あんあんアイスを食べさせる。 「あんあんっ」  うん、最高だな。 なんていいところなんだ、天ノ島は。 「そういえば、夜になると 星が綺麗に見えるのですね」 「あぁ、そう言ってたな。 でも、俺たち夜は外出できないもんなぁ」 「こっそり旅館を抜けだして 見にいくというのはいかがでしょう?」  彩雨の提案に若干驚く。 「彩雨がそういうこと言うとは 思わなかったな」 「昔、本で読んだのですぅ。 男の子たちが修学旅行中に、 旅館を抜けだして遊びにいくのです」 「特に行きたい場所があるわけでは ないのですが、男の子たちは とても楽しそうで、」 「私もいつか修学旅行があったら、 ちょっぴり抜けだしてみたい、と 密かに思ったのですぅ」 「まぁ、男子はわりと抜けだしたりするけどな」 「颯太さんもしたことがあるのですぅ?」 「いや、俺はないんだけどね。 友達とかは結構やってたなぁって。 そんで怒られてたよ」 「そうですか。 やっぱり、抜けだしては いけないのですね……」 「うん。いちおう、そういう決まりだし……」 「……仕方がないのです。 断腸の思いで諦めるのですぅ……」  彩雨ががっくりと肩を落とす。 「……まぁでも、彩雨と一緒なら、 抜けだすのも悪くない気がするな」  彩雨が残念そうにしているのを 見ていられず、気がつけば そう口走っていた。 「……本当なのですぅ?」 「うん。楽しそうだしね。 その代わり見つかったら、 一緒に怒られような」 「くすっ、一蓮托生なのですね」 「それでは、どのような手筈で 参りましょうか?」 「じゃ、明日の夜、消灯時間が過ぎたら、 うまく抜けだして外で合流しよう」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「あ、ですけど、どうやって 抜けだせばよろしいのですぅ?」 「それはね――」  抜けだす方法を彩雨に説明した。  修学旅行4日目。夜。  天ノ島での旅程はすべて終わり、 あとはもう明日の飛行機に備えて 寝るだけだ。  同室のみんなが寝静まった頃、 俺はこっそりと部屋を抜けだす。  もし、誰かに気がつかれたら、 トイレに行くフリをする予定だったけど、 幸いみんな疲れ果てて熟睡していた。  旅館を出てすぐの砂浜で 彩雨が来るのを待つ。  けど、なかなかやってこない。  誰かにバレたんだろうか?  だけど、いちおう見つかったら、 俺のこともバラすようには 言ってあるしな。  そうしたら、先生からケータイに 連絡があるだろうから、 見つかったわけじゃないんだろう。  でもなぁ、何があるか分からないし……  と、その時、肩を軽く叩かれた。 「お待たせいたしました。 脱出成功なのですぅ」  思わずほっとする。 「何かあったかと思って心配したよ」 「申し訳ございません。友希さんと芹川さんが なかなかお休みにならないので、時間が かかってしまいました」 「あー、なるほど。 確かに友希の奴は興奮して なかなか寝そうにないな」 「ですけど、颯太さんのアドバイスのおかげで こうやって無事、抜けだして来られたのです」 「よしよし、偉いぞ」  と、彩雨の頭を撫でてやる。 「……あぅぅ、恐縮なのですぅ……」 「じゃ、行くか?」 「はいっ。お天気もいいですし、 星がたくさん見られそうですね」 「そうだな」 「うわぁ……颯太さん、 ご覧になってください、 すごく綺麗なのですぅ」  彩雨と二人で夜の星空を見上げる。  空一面に散りばめられた星々が、 淡く瞬いている。 「こんなの地元じゃ、ぜったい見られないよな」 「ふふっ、天ノ島に修学旅行に 来られて良かったですね」 「まぁ、修学旅行じゃ、 本当は見られないはずなんだけど……」 「夜中に抜けだすのは 修学旅行の醍醐味なのですよ?」 「彩雨にしたら、珍しい台詞だな」 「じつは本の受け売りなのです……」 「なるほどな」 「星がいくつあるか数えてみましょうか?」 「いいけど、帰るまでに終わる気がしないぞ」 「では、やめておきましょう」 「いいのか? それもいつもの “やりたいこと”だったりしないのか?」 「いいのです。星を数えながらでは、 颯太さんとお話ができませんから」 「あぁ、それもそうか」  気がつくと、彩雨は空じゃなく こっちを見ていた。 「……どうした?」 「少々、首が疲れてしまったのですぅ。 颯太さんは平気なのですか?」 「そりゃまぁ、畑仕事で鍛えてるからな」 「そうなのですね。 さすが颯太さんなのですぅ」 「なんて、嘘だけどね。 畑仕事って首はそんなに使わないし」 「……そういう嘘はいけないのですぅっ」  ちょっと怒ったような物言いが かわいらしくて、うっかり笑みがこぼれる。 「ど、どうして笑うのですか?」 「ごめん。怒った彩雨も かわいいなって思って」 「……そういうことをおっしゃるのは、 ずるいのですぅ。怒れなくなります……」 「ごめんね、変な嘘ついて。謝るよ」 「べ、別にそんなに怒ってはいないのですよ? からかわれたので少々不服を 訴えただけなのですぅ」 「そっか。なら良かった」 「……………」 「星、見なくていいのか?」 「一番星を見ているのですぅ」  言いながらも、彩雨は俺の顔を じっと見つめている。  背後を見てみる。特に星は見えない。 「えぇと……どれが一番星?」 「颯太さんが、私の一番星なのですぅ」  よく分からない理屈だけど、 言わんとすることはだいたい分かった。 「……彩雨……」  彼女の名前を優しく呼び、 そっと身を寄せる。 「彩雨と一緒にここに来られて 良かったよ」 「私も、こうして星を見られて、 一緒にいられて、とてもとても嬉しいのです。 一生の思い出なのです」 「俺も一生の思い出にする」  ぎゅっと彩雨を抱きしめる。 「……彩雨、好きだよ」 「私も、大好きなのですぅ」  気持ちを伝えあい、 ふっと心が満たされる。  二人してゆっくりと空を見上げる。  自然と言葉が口をついた。 「また、ここに来ようよ。 今度は二人だけで。 それでもう一度、星を見よう」  彩雨が俺の胸に顔を埋める。 「……はい。喜んで……」  二人で寄り添いながら、星空を見続けた。  それは、俺たちだけの 修学旅行最後の思い出だった。 「颯太さん。本日はしとしと雨が 降っていますから、屋上でお昼を 召しあがりませんか?」 「あぁ、いいね。雨が降って……ん…?」  いや、何かおかしいぞ。 「どこで食べるって?」 「屋上なのですぅ。 軒下から出なければ雨に濡れることも ありませんよ」 「でも、雨だよ?」 「はい。雨ですから」  これは、だから、つまり…… 「彩雨って、雨が好きなんだったっけ?」 「はい。雨が降っているのを見ていると、 なんだか心も綺麗に洗い流される気が するのです」  なるほど。 「あ……もしかして、雨お嫌いでしたか?」 「いや、嫌いってことはないよ。 彩雨がそうしたいなら、屋上で食べようか」 「ありがとうございます。 友希さん、芹川さん、 ご一緒にいかがですか?」 「うんとね、あたしはいっかな。 二人の邪魔したくないしねー」 「友希、だめですよ。 そういうことを言ったら」 「えー、だって、絵里もそう思うでしょ」 「もう。思ってても口に出したら、 ぎくしゃくさせてしまうでしょう」 「そういう芹川も 口に出してるわけだけどさ……」 「あ……ご、ごめんなさい……」 「いや、いいんだけどね……」 「そういうわけで、屋上へは 二人で行ってらっしゃーいっ」  手を振る友希に見送られ、 俺たちは屋上へと向かった。  ポツポツとまばらな雨が降り注ぐ屋上で、 俺たちはお弁当を食べていた。  もちろん軒下にいるので 濡れる心配はない。 「そういえば雨の日って 空気が澄んでる気がするよね」 「はい。思わず深呼吸したくなるのですぅ。 しとしと、しとしと、音も綺麗で 気持ちがいいですよね」 「うーん、そこまでは分かんないんだけどさ。 でも、彩雨と一緒にいたら、 好きになれそうな気がするな」 「そ、そうなのですか?」 「うん。やっぱり、彩雨の好きな物を 一緒に好きになりたいしさ」 「……恐縮なのですぅ……」 「ところで、そのお弁当の横にあるのって なに?」  彩雨のお弁当箱のとなりに、 ハンカチで綺麗に包まれた物体がある。 「こちらはデザートなのですぅ。 颯太さんのために、作ってきたのですよ」  と、彩雨はハンカチを解いていく。  中に入っていたのは、 なんとクレープだった。 「おおっ! マジで!? これ、俺が食べていいの?」 「はい。どうぞ、召しあがってくださいませ」  彩雨からクレープを受けとる。 「ちょっと待って。 いま弁当、片づけるから」  ばくばくと丸呑みするように お弁当の残りを食べる。 「くすっ、そんなに慌てなくても クレープは逃げないのですぅ。 ちゃんと噛んで召しあがってくださいませ」 「あ、うん、そうだよな」  食べるペースを落としてみるも、 どうしても気が急いて仕方ない。  まぁ、どのみち残り少ないわけだが。 「颯太さん。今日の放課後、 どこかに行きませんか?」 「おう、いいよ。新渡町とか?」  ちょうどお弁当を食べおわる。 「ごちそうさま」  さてと、お待ちかねのクレープを―― 「がつがつがつがつがつっ!!」 「なに食ってんのっ!?」 「ふぅん。あんまりおいしくないや」 「……知っているか、小動物。 この世界では、人の恋路を邪魔する奴は 馬に蹴られて死んでしまえと言うんだよ」 「人の恋路を邪魔するなんて、 そんなことがあるわけないじゃないか。 ぼくは恋の妖精だよ」 「どこの恋の妖精が、 彼女が彼氏のために作ってきた手料理を がつがつ食うってんだよっ!!」 「君は勘違いしているようだね。 恋の妖精が恋のためになることを するんじゃないよ」 「恋の妖精がしたことが、 恋のためになるんだ!」 「……ふ、ふふふ、ははは……」  乾いた笑いしか出てこなかった。 「……なるほど。そりゃずいぶんと……」 「都合のいいことを言ってんじゃねぇっ!!」  ふぅ、やれやれ。 「くすっ、颯太さん、 そんなにはしゃいでしまって、 クレープがおいしかったのですか?」 「え……あぁ、うん。さ、最高だったよ……」 「では、またお作りいたしますね」 「ありがと。今度はちゃんと 味わって食べるから!」 「いいのですよ。 お好きなように召しあがっていただけたら、 それだけで私は嬉しいのですぅ」 「そっか……」  静かに雨音が鳴っている。  他の音は何も聞こえなくて、 世界にまるで彩雨と二人だけに なったみたいだ。 「ん……と、何か言った?」 「いいえ、何も言ってないのですぅ」  おかしいな。 何か聞こえたような気がしたけど。  雨の音でよく分からなかったな。 「って、ん? やっぱり何か言ってない?」 「くすっ、さぁ、言っているかもしれませんね」  うーむ…… この反応、ぜったい何か言ってるよな。  いったい、なんて…? 「あ……」  なるほど。 「彩雨。そういうことは、 面と向かって言わないとだめだぞ」 「……ば、バレてしまったのですぅ……」  彩雨の顔に、顔を寄せる。 「バレてしまったじゃなくて、 面と向かって言わないとだめだよ」 「……はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです……」 「そのぉ……だ、大好きなのですぅ……」 「おはようございます。 申し訳ございません。こんなに早い時間に お呼び立てしてしまって」 「いや、ぜんぜん平気だよ。 彩雨に早く会えるし、俺もたまには 朝マックを食べたいからさ」 「そうなのですね。 颯太さんは朝マックは何が お好きなのですか?」 「やっぱり、マフィン系が美味いよな。 エッグマフィンとか、 昼間も売ってれば買うぐらいだよ」 「そんなにおいしいのですね。 楽しみなのですぅ」 「彩雨は朝マック食べたことないんだよな?」 「はい。生まれて初めての朝マックですから、 ドキドキしているのですぅ」 「彩雨らしいな」 「……子供っぽいとおっしゃりたいのですぅ?」 「いやいや、かわいいってことだよ」 「そ、そういうことをおっしゃって、 いけない人なのです……」 「ほら、とりあえず行こうよ」  照れてる彩雨の手をとり、俺は歩きだした。 「わぁ、本当に昼間と違うメニューなのです。 ソーセージマフィン、チキンマフィン、 ハッシュドポテトもあるのですぅ」  メニューを目で追いながら、 彩雨はすこぶる興奮している。 「ぅぅ、目移りしてしまうのですぅ。 どれを食べればいいのでしょう?」 「何と何で迷ってるんだ?」 「エッグマフィンと、 オムレツマフィンと、 ホットドッグなのですぅ」 「じゃあさ、俺がエッグマフィンと ホットドッグ頼むから、彩雨は オムレツマフィンを頼みなよ」 「それで、ぜんぶ半分こするってのは どうだ?」 「半分こ…!? はいっ! かしこまりましたっ! あなたの言う通りにするのですっ!」  そんなに大喜びで同意されるとは 思わなかったな。 「じゃ、注文してくるから、席とっといて。 あぁ、セットでいいよね? 飲み物はどうする?」 「ホットコーヒーをお願いいたします」 「了解」 「いただきます」  丁寧に両手を合わせた後、 彩雨はオムレツマフィンをぱくっと咥えた。 「んー、おいしいのですぅ。 ほっぺたが落ちるのですぅっ」 「彩雨ってさ、ぜったい俺が作った料理より ファストフードのほうが好きだよね?」 「そ、そのようなことは決して…… ないのではないかと思われるというか……」 「正直に言っていいって。 好みは人それぞれだからな。 別にそれぐらいじゃ落ちこまないし」 「ホットアップルパイでしたら、 断然、颯太さんの料理より おいしいのですぅ!」 「……マジでか……」  はは……分かってはいたけど、 はっきり言われると思ったより ショックが大きいもんだな…… 「も、申し訳ございません。颯太さんの お料理も、ホットアップルパイに 勝るとも劣らないのですよっ」 「いや、いいんだ。 そんなに気を遣わなくても……」 「それより、待ってろよな。いつか彩雨に、 マックのアップルパイより おいしいと言わせる料理を作ってあげるから」 「くすっ、それはとても楽しみなのです。 期待して待っていますね」 「あぁ」  ちょうどエッグマフィンを 半分食べおえ、彩雨に差しだす。 「はい、彩雨。半分な」 「ありがとうございます。 いただいてみますね」  彩雨はぱくっとエッグマフィンに かじりつく。 「んーっ、こちらもすごくおいしいのですぅ。 半分こにすると、余計においしい気が しますね」 「え、そう? なんか変わるか?」 「……そ、颯太さんと半分こですから、 とてもおいしい気分になるのですぅ……」 「あぁ、そういうことか……」 「……お疑いなのですぅ?」 「いや、そんなことないって」 「でしたら、颯太さんも 試してみてください」  そう言って、彩雨は 食べかけのオムレツマフィンを 俺に差しだした。  その瞬間―― 「とうっ!」  謎の影が目の前を横切り、 オムレツマフィンをかっさらった。 「あっ、た、大変失礼いたしました。 落としてしまったのですぅ」 「いや、気にしなくていいよ」  彩雨にはQPの姿が見えないから、 普通に落としてしまったように 感じたんだろう。 「がつがつがつがつ!」 「おい、そこの飢えた小動物。 蹴っとばされたいのか?」 「ふぅん。半分こはおいしいって 話だったけど、別に普通だね。 普通に不味いよ」 「お前、じつは俺に嫌がらせしたいだけじゃ ないだろうな……」 「颯太さん、床に落ちましたのに 召しあがってしまったのですか?」 「え、あ、あぁ。まぁほら、 せっかくの彩雨と半分こだから、 もったいなくてさ」 「……そ、そのような物を食べなくても、 また半分こいたしますのに……」 「でも、彩雨に無理に 食べてもらうことになるしさ」 「颯太さんはお優しいのですぅ」 「わざわざ半分こにしなくても、 口移しをすればいいんじゃないかい?」 「あのね。そりゃ口移しなんて してもらえたら、最高だけどさ……」 「え……口移しなのですぅ?」  あ。しまった。 「いや、今のはなんていうか……」 「……い、いいのですよ。 不慣れなものですから、うまくできるか、 分かりませんけれど、頑張ってみますね」  そう言って、彩雨はハッシュドポテトを 口に咥える。  そのまま、ゆっくりと俺に迫ってきた。 「えぇと……じゃ」  人目を気にしながらも、 俺は彩雨から口移しで ハッシュドポテトをもらう。 「……ん……んん……い、いかがですか?」  顔がものすごい熱くて、 味なんかよく分からない。  だけど―― 「頭が蕩けそうになるぐらいおいしいよ」 「良かったのですぅ」 「あぁっ、予鈴が鳴ってしまったのですぅ」  調子に乗ってマックで ゆっくりしすぎたため、 俺たちは遅刻寸前だった。 「大丈夫だ。ここまで来れば、 ぎりぎり間に合う」  息も絶え絶えな彩雨の手を引き、 校舎へと駆けこむ。 「間に合ったのですぅ!」 「ふうっ、ぎりぎりセーフだったな」  急いで席につくと、 「……やーらしいのー…… 朝からえっちして 時間なくなっちゃったんだぁ」 「そんなわけないよねっ!!」  放課後。  教室に残って、彩雨と 今日の宿題を片付けていた。 「えぇと……この時の作者の心境を答えよ、 ですから……うーんと……」  真剣に問題を解いている彩雨を 思わず見入ってしまう。 「あ、きっと、こちらを 使えばいいのですね」  うーむ、やっぱり彩雨は 最高にかわいいな。  自分の彼女だってのが 不思議なぐらいだ。 「颯太さん、できましたか?」 「ん? いや、まだもうちょっと」  そう答えながらも、彩雨の顔を 見てると、 「あ……ど、どうして、 そんなにじっと見ているのですぅ?」 「えぇと、彩雨がすっごく真剣な顔を してたからさ」 「真剣な顔をあまりしないと おっしゃりたいのですぅ?」 「そうじゃなくて、彩雨は真剣な顔も かわいいなって」 「え……そ、それはその…… 恐縮なのですぅ……」 「国語の宿題できた?」 「はい。苦戦いたしましたが、 これでばっちりなのですぅ」 「じゃ、これを写しさせてもらって、と」 「そういうズルはいけないのですぅっ」 「じゃ、世界史の宿題と交換でどうだ?」 「そういう交換には断固として 応じないのです」 「でもさ、半分ずつ宿題やって お互いに写せば、半分の時間で終わるだろ。 そしたら、その分二人で遊べるよね」 「そ、そうかもしれませんけど、 宿題はちゃんと自分でやりませんと 身にならないと言いますし……」  むむ、もう一押しな気がするな。 「でも、ほら、答えを写すときに しっかり理解しておけば、 宿題をしたことになるんじゃないかな?」 「……それは、ならないこともないとは 思いますが……」  ここだ! あとは勢いに任せて―― 「じゃ、決まり。手分けしてやろうよ!」 「決まりではないのですぅ。 浮ついた気持ちで宿題をサボっては いけないのですよ?」  だめだったか。 「やっぱりそうだよね。 そう言うと思った」  まぁ、 彩雨の反応が見たくて言っただけだから、 いいんだけどさ。 「それに二人でやれば、 宿題も楽しいと思いませんか?」 「まぁ、それは確かに。 じゃあさ、相談しながら、やろっか?」 「それは素敵な考えなのですぅ」  というわけで、彩雨と共同で 宿題にとりかかる。 「な、なぁ。初秋と姫守さん、 いやに仲が良くないか?」 「いや違う、違うぞ、そんなんじゃない。 よく考えてみろ、二人は園芸部員だ。 お友達ってやつだよ!」 「あ、やばい。間違えた。 消しゴム借りるな」 「はい。お好きに使ってくださいませ」 「見たかよっ。初秋の奴。 姫守さんの消しゴムを勝手に使ったぞ」 「ま、まさか、まさか……お前の物は 俺の物ということか。つまり、消しゴムを 勝手に使えるということはだ!」 「消さないゴムも勝手に 使えるということだっ!」 「そんなバカなっ!?」 「本当に、男子はバカねー。 姫守さんはただちょっと初秋くんと仲が いいだけなのにね」 「そうそう。ただ消しゴム借りただけで 大げさに騒いで、子供よねー」 「あ……やば。また間違えた」 「くすっ、私も間違えてしまったのですぅ」  同時に消しゴムをとろうとして、 二人の手が重なりあう。 「あ……えぇと、お先にどうぞ」 「いや……彩雨こそ、先に使っていいぞ」 「そんな…!? 手を重ねて見つめあってるわ!」 「嘘っ、嘘よっ。これは何かの間違いだわ!」 「でも、見て、あの二人。 このままの雰囲気なら、間違いなく……」 「マウス、トゥ、マウス…!?」 「本当にいいのか?」 「はい。先程からいいと申しておりますよ」 「いいって、何がいいのよっ!?」 「やっぱり、マウス、トゥ、マウス―― だめよっ。これ以上は見ていられないわ」 「あっ、ちょっと待ってよ。 どこ行くのっ」 「そういえば、昔、消しゴムに 顔を描いて遊ばなかったか?」 「いたしませんでしたよ。 どういうふうにするのですぅ?」 「だから、こうやってさ」  消しゴムに鉛筆で顔を描く。 「ふふっ、なんだか、颯太さんに 似ていらっしゃいますね」 「そうか?」 「はい。かわいらしいので、これからは 肌身離さず持っていますね」 「だ、だめだ。 もうこれ以上は耐えられないっ!!」 「待てよっ。あの二人が ただの友達だっていう証拠を 見つけるんじゃないのかっ!?」 「だけど、だけど万が一、ただの 友達じゃなかったとしたら、そう思うと、 俺の胸は張り裂けてしまうっ!」 「た、確かに、その気持ちは分かる。 痛いほどにだ」 「あの二人はただの友達だ。 事実はどうあれ、そう信じて 帰ろうじゃないか」 「分かった。そうだな。 信じることは大切だ。 よし、俺は信じる!」  気がつけば、教室には 彩雨と二人だけになっていた。 「くすっ、できたのですぅ。 ご覧になってください」  彩雨はさっきのとは別の消しゴムに 顔を描いたようだ。 「……何となく彩雨に似てるな」 「そうなのですぅ?」 「あぁ。よしよし、彩雨消しゴムは かわいいな」  と、消しゴムを撫でてやる。 「あ……あぁ……そ、そういうことは、 私にしてくださらないと いけないのですぅ……」 「よしよし、彩雨は甘えん坊だな」 「そういうわけではないのですけども……」  彩雨は赤らめながらも 宿題をやっている。 「あ…… 颯太さんが変なことをおっしゃるから、 間違えてしまったのですぅ……」 「俺のせいじゃないと思うけどな。 ほら、消しゴム」  俺の顔が描かれた消しゴムを 彩雨に手渡す。 「……こちらは、使えないのですぅ……」 「ん? なんでだ?」 「だって、使うと颯太さんが 削れていなくなってしまうのですよ?」 「俺じゃないけどな」 「こちらの彩雨消しゴムを 使うのですぅっ」 「待った。そっちはそっちで、 彩雨が削れていなくなっちゃうだろ」 「そ、そうかもしれませんけど、 でしたら、どうすればいいのですぅ?」 「そうだなぁ……」  しばし、頭を悩ませた後、 「新しいのを買いにいくか?」 「はい。そちらがいいと思います。 そういたしましょう」  何ともバカップルな結論に 至ったのだった。  厨房が暇になったので、 フロアに顔を出してみた。 「ねぇねぇ、颯太ってさ、 彩雨と会えない日ってどうしてるの?」 「どうしてるって、だいたい会えないのは バイトの日だからさ。バイトしてるよ」 「そうじゃなくてさぁ、 ほら、悶々としちゃうでしょ? どうやって処理してるのかなって」 「何の話だよ……」 「えっ? だから――」 「言わなくていいからねっ!」 「えー、颯太が訊くから教えてあげようと 思っただけなのにー」 「別に訊いたわけじゃないからね」 「じゃあさ、彩雨と会えないと寂しい?」 「まぁ、そりゃ寂しいよ。 最近、会える日はずっと会ってるし、 そばにいないほうが違和感あるっていうかさ」 「いない時も、ずっと彩雨のことを 考えちゃうぐらいだな」 「……やーらしいのー……」 「いやいや、別にやらしいことは 言ってないだろ。お前だって好きな人が できれば分かるよ」 「あー、ちょっと恋人ができたからって 上から目線だぁっ。颯太って酷いんだぁ」 「上から目線なわけじゃないけどさ」 「なんて言うかな、純粋に好きな人のことを 考えちゃう気持ちは、やっぱり好きな人が いないと分かりにくいだろうなってことだよ」 「って言ってるけど、どう思う、彩雨?」 「え…?」 「……そ、そのぉ……この場では、 大変申しあげにくいのですぅ……」 「……彩雨、いつからいたんだ?」 「うんとね、2時間ぐらい前かなぁ」 「お前、彩雨が来たことを隠してたな」 「だって、忙しくて言う暇なかったんだもん」 「申し訳ございません。 お忙しいときにお邪魔してしまいまして」 「あぁいや、全然。 そんなの気にしなくていいって」 「うんうん、彩雨はお客さんだもんね」 「でも、ごめんな。 2時間前から来てたのに まったく構ってやれなくて」 「いえ、颯太さんが作ったナポリタンを いただきましたし。それに少しでもおそばに いられて嬉しかったのですぅ」  そんなふうに言われて、 思わず口元がほころんでしまう。 「……そっか。ナポリタン、おいしかったか?」 「はい。颯太さんの味がいたしました」 「え…!? 颯太、ナポリタンに なに入れたのっ!?」 「すごい誤解だよっ!」 「そ、颯太さんのように、一緒にいるだけで ぽかぽか暖かくなるような味が したということなのですぅ……」 「えー、つまんないー」 「つまんないじゃないからね」 「ていうか、颯太と彩雨、 すっごくラブラブね。 見てるこっちが恥ずかしくなるわ」 「え、そ、そうか…?」 「お、お店なので自重した つもりだったのですが……」 「これで自重してたら、二人きりの時は どういうことになるの?」 「いや、別にそんな、なぁ」 「は、はい。別に、なのですぅ……」  何とかうまくごまかそうと視線を送ると、  かしこまりました、と彩雨から視線が 返ってくる。 「あー、目で会話してる。 やーらしいのー」  逆効果だった。 「颯太ー、終わったら、帰ろー」 「おう、いま終わった。行こうぜ」 「あ、お二人ともお疲れ様なのですぅ」 「ありがとー。颯太を待ってたの?」 「はい。勝手にお待ちしてしまいました」 「そっか。じゃ、あたし、帰るね。 ばいばーい」 「え、おい。どうせ途中まで一緒だろ」 「だって、あたしがいると、 えっちなことできないじゃん」 「しないからねっ!」 「あははっ、じゃねー。 お馬さんに蹴られない内に帰るわ」 「すみません、友希さんに悪いことを してしまったでしょうか?」 「そんなことないって。俺たちのことを 応援してくれてるだけだよ」 「そうなのですぅ?」 「あぁ、それに彩雨が待っててくれて、 俺はすっごく嬉しいよ」 「……帰るまでの間だけでも、 颯太さんと一緒にいたかったのですぅ」  彩雨は本当にかわいいことを言う。 「そんなこと言うと 帰りたくなくなるぞ」 「それは、困ってしまいますね……」  顔を見合わせ、彩雨と笑いあう。 「行こうか」  手をとりあって、俺たちは帰路につく。 「あのさ、お願いがあるんだけど?」 「何でしょうか?」 「ゆっくり、歩かないか? そしたら、その分一緒にいられるだろ」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  できる限り遅く家につくように、 ゆっくり、ゆっくり、歩いたのだった。  朝早く彩雨と登校すると、 教室には誰もいなかった。 「ふふっ、今日も二人っきりなのですぅ」  彩雨は楽しそうに俺の机のほうに 歩いていき、カバンから何かをとりだした。  どうやら、俺の机に 何かしているようだ。 「ふふっ、いけないことを してしまいました」 「何をしたんだ?」 「ご覧になりますか?」  彩雨が俺の机を指さす。  マジックで『スキ』と書いてあった。 「こら」 「怒られてしまいました。 ご不快なのですぅ?」 「ご不快っていうか……」  まぁ、悪い気はしない。  というか、わりと嬉しい。 「あ、口元がにやけているのですぅ。 嬉しかったのですね」 「勝手に人の心を読むな」 「心は読んでいないのです。 表情からお気持ちを察したのですよ」 「ていうか、これ、どうするんだ?」 「ぬかりはないのです。 こちらは簡単に落とせる 水性マジックなのですよ」 「へぇ、じゃ、ちょっと貸してくれる?」 「どうするのですぅ?」  マジックを受けとり、 彩雨の机に『スキ』と書いた。 「……くすっ、お揃いなのです。 颯太さんは私のことが好きなのですか?」 「そんなの当たり前だろ」 「当たり前をいただいてしまいました」 「でも、これ、誰か来る前には 落とさないとな」 「もったいないのですぅ」 「じゃ、目立たないところに こそっと書いておくとか?」 「では、机の裏側に書くのですぅ」  彩雨が机の裏側に 「颯太さんが好きな彩雨なのです」 と書いた。 「これはもう見られたら、終わりだな」 「つ、机の裏側はどなたも見ませんし……」 「じゃ、俺も」  彩雨の机の裏側に 『彩雨を死ぬほど愛してる颯太』と書いた。 「……死んでしまっては いけないのですよ? ほどほどがいいのですぅ」 「あ…!!」 「どうかなさいましたか?」 「あそこ。見て」  窓の外を指さす。  友希が校舎に向かってきていた。 「友希さんはお早いのです」 「とりあえず、机の上の文字を消すか」 「かしこまりました。 ちゃんとウェットティッシュを 持参してきたのです」  彩雨からウェットティッシュを受けとり、 机の上を擦る。 「……あれ? おかしいな?」  机の文字はまったく消える気配がない。  力を入れて、ゴシゴシ擦ってみる。 「……消えないぞ……」 「こちらも消えないのですぅ。 どうしてでしょう?」 「ちょっとさっきのマジック見せてくれる?」 「はいー。どうぞ」  マジックを回転させながら、 くまなく見る。 「彩雨、これ油性マジックだぞ」 「えっ? あ、本当なのですぅ。 間違えてしまいました……」 「油性じゃウェットティッシュで 消えるわけないよな……」 「どうしましょう? もうすぐ友希さんが来てしまうのですぅ」  友希の席は俺の隣だから、 気づかれずにやりすごすというのも 難しい。 「あぁっ、もう、来てしまったのですぅ」 「大丈夫だ。俺に考えがある」  マジックのキャップを外し、 俺は机に向かった。 「おはっよー。二人とも早いね。 あれ? ねぇねぇ颯太、何してるの?」  友希が寄ってきて、俺の机を見た。 「へー、颯太って車欲しいんだぁ」 「まぁな」  机には『スズキ・ワゴンアール』と 書いてあった。 「あれ? 彩雨も何か書いたの?」  友希は彩雨の机に視線を移す。 「あははっ、何これ? 彩雨って花粉症なの?」 「とても軽度なのですぅ」  机には『スギ花粉に注意』と 書いてあった。 「でも、こんなの書いちゃって 先生に怒られない?」 「水性マジックなので すぐ消せると思ったのですが、 じつは油性マジックだったのです」 「これ、落とす方法知ってるか?」 「うんとね、日焼け止めクリームで擦れば けっこう簡単に落ちると思うわ」 「そうなのですね。 でしたら、明日持ってくるのです」 「それまで先生に見られないように しないとねー」 「まぁ、ノートとかで隠しとけば 一日ぐらい何とかなるだろ」  何とかうまくごまかせたようだった。  放課後。 「あれ?」 「どなたもいらっしゃらないのですぅ」  授業が長引いたから、部長もまひるも、 とっくに来てると思ったけど。  メールだ。 「部長からだな」 『申し訳ないが、今日は私用で休むよ。 それとまひるちゃんも仕事があるそうだ』 「何とおっしゃってるのですぅ?」 「二人とも休むってさ」 「そうでしたか。 でしたら、今日は二人きりですね」 「それはそれで、楽しそうだな」 「くすっ、 私も今、同じことを思ったのですぅ」 「じゃあさ、どうしようかな? ちょっと裏庭、見にいってもいいか?」 「構いませんよ」 「こちらの畑は颯太さんお一人で お世話をしているのでしたか?」 「まぁ、今のところはそうかな」 「農薬を使わない自然農法で やってたんだけど、あんまりうまく いかなくてさ」 「ですけど、あちらの畑も 自然農法なのですよね?」 「あぁ、まぁ……」  あっちはQPの魔法で おかしなことになってるからな。 「こちらのお野菜は、 あまり育っていないのですね」 「うん、やり方が悪いのか、 あんまりうまくいってないんだよね」 「愛情たっぷりかけてるんだけどなぁ」 「……愛情をかけると、お野菜は よく育つのですか?」 「うん、植物って人間と同じで、 愛情をかけてあげればあげるほど 成長するんだってさ」 「私がもらいすぎてしまいましたから、 颯太さんの愛情がお野菜まで 届かないのでしょうか?」 「じゃ、彩雨の分の愛情を 野菜のほうに分けてもいい?」 「そ、それは……仕方がないのですぅ…… 私はもう成長しませんし、お野菜さんを 育てたほうがいいのですぅ……」 「冗談だって。 それに彩雨もこれから成長するだろ」 「ですけど、身長ももうピタリと 止まってしまいましたよ?」 「じゃ、彩雨の俺への愛情は もう成長しないんだ?」 「それは……せ、成長するのですぅ…… 私、どんどん颯太さんのことを 好きになるのです」 「これ以上好きになったら、どんどん おかしくなってしまうと思いますのに、 どんどん、どんどん、好きになりますよ?」 「もしかして、私はもうとっくに おかしくなってしまったのかと 思うぐらいなのです」 「大丈夫だよ。どれだけ好きになっても おかしくならないから」 「もっともっと好きにさせてあげるな」 「お、お手柔らかに、お願いしたいのですぅ」  じっと彩雨を見つめると、 彼女は顔を真っ赤にして 恥ずかしそうに視線をそらす。  そして、リンゴの樹へ歩みよっていった。 「思い出しますね」 「思い出すと、けっこう恥ずかしいけどな」 「恥ずかしいですけど、 私は嬉しかったのですよ?」 「できれば、忘れてほしいんだけどな」 「颯太さんのおっしゃることは 何でも聞きますけれども、 それだけはお断りなのですぅ」 「颯太さんが『好きだ』と言ってくれた 日のこと、颯太さんの一言一句を、 ちゃんと覚えているのですよ」  告白した時のことを思い出して、 顔が熱くなった。  よくもまぁ、あんな恥ずかしいことを 言えたもんだと思う。 「さすがに一言一句まで覚えられてるのは 恥ずかしいな……」 「颯太さんは私に告白したことを 忘れてほしいのですか?」 「そういうわけじゃないんだけど、 あんまり鮮明に思い出されると 恥ずかしいって言うか……」 「『好きだ。彩雨のことが大好きなんだ』 が、恥ずかしいのですぅ?」 「う、うん……それとかね……」  自分の告白を復唱されるなんて 思っていなくて、顔が一気に熱くなった。 「そんなことおっしゃっても、 忘れないのですよ。あの日は、私の人生の 中で一番幸せな日だったのですぅ」 「じゃあさ、もっと幸せな日を 作ってあげたら、ちょっとは 忘れてくれる?」 「くすっ、そうですね。 ちょっとは忘れるかもしれません」 「よろしければ、 試しに幸せにしてみてくれますか?」 「うん、いいよ」  そっと彩雨を抱きよせる。 「あ……ん……んん……んちゅ……んはぁ……」 「どう?」 「まだ、これだけじゃ足りないのですぅ」 「じゃ、もっとしてあげる」 「んん……んふぅ……んん……ちゅ……」 「彩雨、好きだよ……」  キスをしながら、至近距離で囁く。 「はい……私も、大好きなのですぅ……」 「もっとすごいことしてもいい?」 「……すごいことなのですぅ…? 何をなさるのですか?」 「口、開けて」 「……お口を開けるのですか…… それは少々、恥ずかしいのですぅ……」 「頼むよ。な。いいだろ?」 「……はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです……」  彩雨がわずかに開いた口の中へ、 舌を滑りこませる。 「あぁ……ん、れぇろ……れぁ……んちゅ…… んはぁ……れぇろ、れぇろ……れちゅ……」  彩雨の舌はとろとろで柔らかくて、 目眩がするぐらいに気持ちいい。 「……い、いきなりそういうことを なさるとビックリするのですぅ……」 「嫌だった?」 「い、嫌ではないのですけども……」 「じゃ、良かったか?」 「そ、そういうことを訊くのは、 いけない人なのですぅ……」 「じゃ、良かったら もう一回、口を開いて」 「…………はい……」  唇を重ねあわせたまま、 彩雨がゆっくりと口を開く。 「あ……ん……んちゅ……れぇろ…… れろれろ……ぴちゃぴちゃ……んん……」  今度は積極的に彩雨が 舌を絡めてくれる。 「あぁん……れぇあむ……れろれちゅっ…… んぁ……んふぅ……れろれぇろ……ちゅ……」 「忘れた?」 「……こんなことされたら、 忘れてもおかしくないのですぅ……」 「今の彩雨、すっごくかわいいよ」 「ぅぅ……なんだか、 恥ずかしいのですぅ……」  唇を重ね、舌を交じらせながらも、 合間に俺たちは言葉を交わす。 「あ……ん……んちゅ……んはぁ…… 大好きなのですぅ。心臓がドキドキしすぎて どうにかなりそうなのですぅ……」 「もっとドキドキさせてあげる」 「……はい。もっとドキドキさせてください。 もっと、キスしてくださいませ」  彩雨の舌を味わうように舐めて、 ちゅうっと吸う。 「はぁ……んちゅぅ……ちゅっ、んはぁ…… あぁ……んあぁ、れぇろ……ちゅっちゅ……」 「ん、はぁ……頭が 蕩けてしまいそうなのですぅ……」 「もっとしてほしい?」 「はい。もっとずっとこうしていたいです。 あなたに全部食べられてしまうみたいに」  そう言って今度は彩雨のほうから 舌を伸ばしてきた。 「あん……んちゅっ、んはぁ……れぇろ…… もっと、舌、ください……あぁ……れろ…… れろれろ……んはぁ……」  彩雨が積極的に俺の舌を舐める姿が、 綺麗で、いやらしくて、 頭がおかしくなりそうだ。 「どうしてこんなに好きなのでしょう?」 「それは俺が訊きたいぐらいだよ」 「運命の赤い糸で結ばれているのですぅ?」 「それは、間違いないね」 「でしたら、もっと、もっと、 キスしてください」 「もう、してるよ」 「もっとなのですぅ」 「分かったよ」  長く、長く、俺たちは互いを 求めるかのように、淫らなキスを 交わしつづけた。 「……………」 「……………」 「……えぇと、部活しよっか…?」 「は、はい。そうしましょう」 「あ……そのぉ、着替えますね」 「あぁ悪い。じゃ、外に出てるから」 「いえ、後ろを向いていただければ、 大丈夫なのですぅ。颯太さんも 着替えるでしょう?」 「あぁ、そうか。分かった」  彩雨に背を向けて、 俺は体操服に着替えはじめる。  すぐに背後から衣擦れの音が聞こえ、 ドキッと心臓が高鳴った。  今俺の真後ろで、 彩雨が服を着替えている。  その光景を想像して妙に興奮してしまう。  さっきのキスが頭をよぎり、 また心臓が大きく跳ねる。  ズボンを脱ぐと、俺の股間のアレが 雄々しく天を突いていた。  じつを言えば、キスをしている時から、 ずっとこうだ。 「……………」  だめだ。やっぱり、こんなの、 我慢できるわけがない…!! 「彩雨……」 「あっ、きゃ、きゃあっ…!!」  後ろから襲いかかるように 彩雨に覆い被さった。 「び、ビックリしたのですぅ。 どうなさいましたか?」 「ごめん。俺さ……」  勃起したち○ぽを、 彩雨の股間にあてる。 「あぁ……ぅぅ…… 大きいおち○ちんがおまたに 触れていますよ…?」 「さっきのキスで我慢できなくなって、 すごく彩雨が欲しいんだ……だめか…?」 「……しょうがない人なのですね。 どのようにすればよろしいのですぅ?」 「俺が動くから、彩雨はそのままでいて」  彩雨のスパッツに 勃起したち○ぽを擦りつけるようにして 腰を動かしはじめる。 「あぁっ……やっ……あんっ……ん…… ふぁ……ひゃっ……んっ……んん……」 「あっ……ぅぅ……おち○ちんで…… そういうおいたをして、あっ……ん…… はしたないのですよ……」 「はしたなくても、止められないし……」 「あっ……んん……んはぁっ…… そんなに、これが、気持ちいいのですぅ?」 「うん、すごく。彩雨は良くない?」 「わ、私はこんなはしたないことで…… あぁっ、やぁんっ…!!」  スパッツごしに彩雨のクリトリスを ち○ぽで突くと、彩雨が気持ち良さそうに 身体をくねらせる。  彩雨の身体を半ば押さえつけるようにして、 その小さな性感帯を責めつづける。 「……やぁっ……だめぇっ、んっ…… クリトリスは、だめなのですぅっ、 私、あっ……あっ、あっ……んん……」 「彩雨の感じてるところ、 すごくかわいいよ」 「ち、違うのですぅ……あっ……んんっ…… やぁっ……そんなぁっ……だめっ、んはぁっ、 ……んっ……んあっ……やぁっ、あっ……」  こういうプレイで感じてしまうのが よほど恥ずかしいのか、彩雨はいやいやと 首を振る。  その様子に無性に興奮を覚え、 俺はさらに強く彩雨のおま○こに ペニスを擦りつける。 「あぁっん・んんっ……そんなに、あっ、 そんなに、擦りつけては、いけないのですぅ。 ……あぁっ……んっ、はぁっ……んんっ!」 「擦りつけないと、気持ち良くならないだろ」 「で、ですけどっ、あっ……んんっ…… あっ……とても恥ずかしくて…… 胸がドキドキしてしまうのですぅ……」 「彩雨も一緒に気持ち良くなれば、 恥ずかしくならないかな?」 「えっ、どうしてそういう理屈に、 あっ、やぁんっ……だめなのですぅっ!」  シュッ、シュッ、シュッ、と 彩雨のスパッツに激しくち○ぽを 擦りつけ、おま○こを刺激する。  わずかにスパッツが湿り気を 帯びてきた気がした。 「彩雨、ちょっと濡れてきてないか?」 「ち、違うのですぅっ。これは、 颯太さんのお汁で濡れているのですぅっ」 「彩雨ってこういうときは強情だな。 感じてくれたら、嬉しいのにさ」 「で、ですけど……あっ、やぁっ、 そんなにっ、しゃべりながら、あぅっ、 あっ……んんっ、はぁっ……」  口では否定するものの、 ち○ぽを股間に擦りつけるたびに 彩雨は艶めかしく身体をよじる。  声も次第に甘い物になっていき、 堪えきれないといった表情が 何とも扇情的だ。 「あっ、はっ……颯太、さん…… まだ、イカないのですぅっ?」 「どうして?」 「……そ、そのぉ……イク時のお顔を 見たいのですぅ……」 「彩雨って、意外とやらしいな」 「だ、だって、見たいものは、 見たいのですから、仕方がないのですぅ」 「じゃ、もっと激しくするよ」 「えっ、少々お待ちに――ああぁっ、 んんっ、あっ、きゃん……ひゃっ…… あんっ、はぁっ……だめぇっ、やぁっ!」  激しく腰を擦りつけると、 スパッツごしの彩雨の女性器に カリが引っかかる。  そのたびに彩雨はびくんっと 身体を震わせ、嬌声を漏らす。 「もう……俺…!!」 「……は、はいっ……んっ、どうぞ、 イッてくださいませっ、あっ、んっ、 ……イクところを、見せてください」 「あっ、んんっ……あぁっ、早く…… あぁあ、私、もう……だめぇ…… 早く、イッてくだ、さぁい……」 「んんっ、あ……あぁぁっ! だめぇっ! イッて…!! イッて…!! 早くぅ、 ああぁぁ……イッてくださぁい……!!」  彩雨の声を合図に俺は大量の精液を、 彼女の身体にぶっかけた。 「ああぁぁ……こんなにたくさん…… はぁぁ……」 「……くすっ、イク顔、ちゃーんと 見ましたよ……」 「……なんか、恥ずかしいな……」 「とってもいやらしいお顔を なさってました」 「……彩雨、からかってるだろ」 「くすっ、どうでしょう? はしたないことをされた お返しかもしれませんね」 「……そんなに言うと、 彩雨のイク顔も見るからな」 「えっ、ああぁっ、だ、だめなのですぅ…!!」 「彩雨、おま○こ、こんなに びしょびしょになってるよ」 「そ、それは……し、仕方がないのですぅ…… 気持ち良くなれば濡れるものなのです……」 「挿れてほしい?」 「そ、そのようなはしたないことは 言えないのですぅ」 「どうしても?」 「言えないものは、言えないのですぅ」 「しょうがないな、彩雨は」  びしょびしょに濡れ、 ぱっくりと開いたおま○こに ち○ぽをあてがう。 「え…? あのぉ? い、挿れているのですぅ? あっ、あぁぁ……入って……あぁあんっ!」  スルッと彩雨の膣内に ち○ぽが呑みこまれていく。  ヒダというヒダが絡みつくように きゅうきゅうと締めつけてきて、 入れているだけでイッてしまいそうだ。 「……はぁ……はぁ……ん……んん……」  彩雨がもどかしそうに 吐息を漏らし、緩やかに腰を 動かしていた。 「……ん……はぁ、変なのですぅ…… 私、おち○ちん、入ってきたら、 それだけで、気持ち良くて……そのぉ……」 「……こ、腰が勝手に 動いてしまうのですぅ……」 「じゃ、もっと気持ち良くしてあげるよ」  ぐっと腰に力を入れ、 おま○この奥までぐりぐりと ち○ぽをねじこんでいく。  奥まで挿れたら、今度は 膣の感触をじっくり味わうように 徐々に引きぬく。 「……う、あ、あぁっ……はぁ…… すごく気持ち良くて、あっ……だめぇ…… そんなに動かしたら、だめぇ、なのですぅ」 「彩雨、もっと感じてるところ見せて」  ぐちゅっ、ぐちゅっと音が響くぐらい、 強く腰を突きだす。 「あぁぁっ、そんなぁ……だめぇなのですぅ…… あっ、そんなに、気持ち良くしたら…… あっあぅ……はぁっ、やあっ……あぁんっ!」  がくがくと彩雨の下半身が震え、 膣口が愛液でとろとろになる。  気がつけば彩雨は俺の呼吸に合わせ、 いやらしく腰を振っていた。 「……ご、ごめんなさいっ……私っ、あぁあ、 こんなに、はしたなくてっ、あぁっ……あぅ、 だめぇっ、いやらしくっ、あんっ……なって」 「だめぇっ……ですのにっ……あふぅっ! やっ、ごめんっ、なさいっ、あぁぁっ…… んんっ、ごめんなっ、さぁいっ、はぁんっ!」  自分の痴態を恥じるかのように、 彩雨は喘ぎながらも謝罪の言葉を 告げる。  そして、そのたびに、ぎゅっ、ぎゅうぅっ、 と彩雨のおま○こが収縮して俺のち○ぽを おいしそうに咥えこむ。 「大丈夫だよ。 彩雨がやらしい子で、俺も嬉しいし」 「そ、そんなぁっ……あぁっ、だめっ…… ち、違うのですぅ……私、いやらしくなんか、 あっあぁあっ、やだぁっ、だめぇ、あはぁ!」 「やらしいだろ。だって、ここが こんなに気持ち良くなってる」  激しくピストン運動を繰りかえすごとに ヒダとカリが擦れあって、彩雨の身体が びくんびくんと痙攣する。  彼女は口を半開きにし、 宙をつかむようにして手を握っては 押しよせる快楽に耐えていた。 「もう我慢できない?」 「ああぁっ、嘘っ、嘘っ、どうして、こんなに、 気持ちいいっ、のですぅ? あふぅっ、だめ、 あはぁっ……やめっ、あぁっ……もうっ……」 「だめぇっ、止めて、くださぁいっ、 私、このままだとイッて、やぁっ、 はしたなく、イッてしまいますぅっ!」  言葉とは裏腹に彩雨は淫らに腰を振り、 俺のち○ぽをきつく咥えて離さない。  きゅうきゅうと締めつけてくる膣内を こじ開けるように腰を振って、 激しく子宮口を突いた。 「彩雨、俺ももう…!!」 「あぁぁっ、だめっ、なのですぅっ、私、 こんなの、私、あぁぁっ、嘘っ、嘘ぉぉっ、 だめっ、だめだめだめっ、あっ、あぁぁっ!」 「イキ……ますぅっ、私っ、あぁぁっ、 イッてしまいまぁすぅっ、どうしてっ、 こんな、はしたなくっ、やぁっ、う・あ・あ」 「だめ、ですのに、もうっ、もうっ、 あっあ、私、我慢できないのですぅっ、 はしたなくなってしまうのですぅっ!」 「……あ・あ・あ・あ・あ・あぁぁぁぁぁ、 イクっ、イクゥっ、だめぇ、だめぇぇっ、 イッてしまいますぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  彩雨が絶頂に達すると同時に、 彼女の膣内に精液を注ぎこんだ。 「あっ、ふあぁぁ………… はぁ……はぁ……膣内にっ、んんっ、 入って、あぅぅ……あなたのが……」  彩雨はがっくりと脱力して、 荒い呼吸を繰りかえしている。 「……ぅぅ、ごめんなさい…… とてもはしたないところを 見せてしまったのですぅ……」 「そんなことないよ。 すっごくいやらしくて、 かわいかった」 「……そ、そういう言い方をしては、 いけないのですぅ……」 「でも、ますます彩雨のことが 好きになったよ」 「そ、そうなのですね…… いやらしい人なのですぅ……」 「いやらしい俺は嫌いか?」 「……いえ、いやらしくても、 とても、とても、大好きなのですよ?」 「俺も、同じだよ。 いやらしいから、とても、とても、 大好きなんだ」 「あぁ、ぅぅ……何か違うのですぅ……」  そんな彩雨がかわいらしくて、 後ろからぎゅっと抱きしめる。 「……えぇと……部活、する?」 「はい。ですけど…… もう少しだけこのままでいたいのですぅ」 「分かった」  俺たちはしばらくその体勢のまま、 互いの鼓動と体温を感じていたのだった。  放課後。 「それで、あともう少しというところで 冥龍王にやられてしまったのですぅ。 世界の平和は守れませんでした……」 「まぁ装備は最強だし、 アイテムもフル活用したんなら、 あとはもうレベル上げするしかないよな」 「そうなのですが、 レベル上げは時間がかかるのですぅ」 「彩雨ってレベル上げは嫌いなんだっけ?」 「いえ、そうではないのですが…… そ、颯太さんと遊ぶ時間が なくなってしまいますから……」 「じゃ、こんど一緒にレベル上げする?」 「よろしいのですぅっ? でしたら、ホットアップルパイをたくさん 買って、パーティのようにしたいのですっ」 「楽しそうだな。なら、今日するか?」 「するのですぅ。 ホットアップルパイを食べて、颯太さんと 遊んで、それから世界の平和も守るのですっ」 「世界の平和がものすごく片手間扱いだな」 「世界の平和よりも、まずやるべきことが あるのですっ」  まぁ確かに。ゲームだしな。 「じゃ、行こうか」 「待つんだ、初秋颯太」 「ん? 何だ?」 「今日は一度、屋上に寄っていったほうが いいよ」 「屋上に何があるんだ?」 「さぁ。それはぼくにも分からないよ。 ただ君たちの恋にかかわる極めて重要な 出来事が待っているんじゃないかな」 「分からないわりには、 かなり重大なことがありそうのは どういうことなんだ?」 「理屈じゃないんだ。直感なんだよ。 何たって恋の妖精だからね」 「……まったく、何でもかんでも 恋の妖精って言えば済むと思って……」  どうしようかな? 「颯太さん、どうかなさいましたか?」 「いや、帰る前にちょっと屋上に 寄ってかないか?」 「はい、構いませんよ」  まぁ、ちょっと寄るぐらいなら、 別にいいだろう。 「QP、屋上に来たけど、どうするんだ?」  …………  あれ? 「QP…?」  いない…?  あいつ、自分で屋上に 行けって言ったくせに。 「……ちょんっ……」  彩雨がわずかに俺の手にタッチした。 「……触ってしまいました……」 「そういうことすると、こうだぞ」  お返しとばかりに彩雨の手に、タッチする。 「でしたら、私はこうなのですぅ」  彩雨は俺の肩を触ってきた。 「そしたら、俺はこうだっ」  抱きよせるかのように 彩雨の背中に触れる。 「で、でしたら、私は こちらを触ってしまうのですぅ」  彩雨は思いきったように 俺の両胸に手をやった。 「じゃ、じゃあ、俺は……」  ど、どうする?  これ以上はセクハラになるような場所しか 残ってない気がするぞ。 「……もう終わりなのですぅ?」 「えぇと……そうじゃないんだけど……」 「でしたら、もっと触ってほしいのですぅ……」 「もっとって…?」  彩雨に視線で問いかけると、 彼女は目を静かに閉じた。 「じゃ、いくよ?」 「はい。どうぞ、いらしてくださいませ」  ゆっくりと顔を近づけ、 彩雨の唇にそっとキスをする。 「ん……ちゅっ……」 「あ…!! ど、どなたか いらっしゃいます…!?」 「隠れよう!」  急いで屋上のドアから離れる。  足音はどんどん大きくなり、 そして、ドアが開かれた。 「あれ? いないや…?」 「なんで足音が立つんだよっ!!」  しまった。つい勢いで 蹴っとばしてしまった。 「どなただったのですぅ?」 「あぁいや、見回りの先生かな。 もう行ったよ」 「そうでしたか。ビックリして 心臓がドキドキしてしまったのですぅ」 「俺もだよ」  ほっとして笑顔がこぼれる。 「ですけど……」  彩雨がまた顔を近づけてきて、 「……ん……ちゅっ……」  俺の唇にキスをした。 「……やっぱり、颯太さんにキスをするほうが、 ドキドキするのですぅ……」 「……彩雨は本当にかわいいな。 天使みたいだ」  彼女の頭を撫で撫でする。 「て、天使ではないのですぅ。 人間ですから、ちゃんと颯太さんのおそばに ずっといられるのですよ?」 「そういうところも、すごくかわいい」 「あ……んっ……ちゅっ……」  今度は俺から、彼女の唇を奪った。 「そろそろ帰ろっか?」  こくん、と彩雨がうなずく。  ドアノブに手をかけ、回すと、 「あれ?」  もう一度ドアノブを回す。 「どうかなさいましたか?」 「いや、鍵がかかってるみたいだ……」 「先生が閉めていかれたのでしょうか?」 「そんなことはないと思うんだけど……」  そもそもさっきのはQPだしな。  だけど――  やっぱり、どう考えても 鍵がかかってる。  ケータイで助けを呼ぶか? 「お困りかい?」 「ちょっと今、忙しいから 後にしてくれるか?」 「つれないことを言うじゃないか。 ぼくがせっかくドアを開けてあげようと 思ったのに」 「できるのか?」 「それぐらい簡単なことだよ。 いいかい? ぼくが言う通りに呪文を 唱えるんだ。大きな声でね」 「呪文なんて今まで魔法使うのに 必要なかっただろ?」 「妖精界の魔法はデリケートなんだ。 呪文が必要な日だってあるさ」 「デリケートって言うか、 適当だと思うんだけど……」  まぁ、開くんなら何でもいいか。 「じゃ、その呪文とやらを教えてくれ」 「それじゃ、言うよ。『愛してる』」 「愛してる」 「え、えっ、そ、そのぉ…… 急にそんなことを申されますと……」 「もっと心を込めてっ! 『愛してる、愛してる、愛してるんだ!』」 「愛してる、愛してる、愛してるんだ!」 「……わ、私も、そのぉ…… あ、愛しておりますよ……」 「『彩雨、ぼくと、結婚してくれるかい?』」 「彩雨、ぼくとけっ――」  ……ん? 「どうしたんだい? さぁ言うんだ、扉を開けるために! 『彩雨、ぼくと――』」 「『けっこぶふぅーっ!』」  まったく、油断も隙もない。  でも、このドア、どうしたもんかな…… 「あれ……開いた…?」  そうか、このドアが開かないのも QPの仕業だったんだな。  あいつがぶっとんでいったから、 ドアも開いたってわけだ。  たぶん。 「彩雨、ドア開いたよ。帰ろう」 「は、はい。ですけど、そのぉ…… 先程は何とおっしゃろうとしたのですか?」 「え、いや……その……」 「あ、いえ、別にそのぉ、 無理にお訊きしたいわけでは ないのですぅ……」 「そ、そう?」 「……はい……待ってますから……」 「……………」  何を、とは迂闊に訊けない雰囲気だった。  放課後。 「彩雨、今日は何か用事あるか?」 「いえ、何もありません。 デートに誘ってくださいますか?」 「おう、どこ行きたい?」 「それでは、海などいかがでしょう?」 「いいね。じゃ、海に行こう」 「彩雨、ちょっとそっちのほうに 立ってくれる?」 「はい。こちらでよろしいのですぅ?」 「いいよ。はい、チーズ」 「え…?」 「おし、いい感じで撮れたぞ」 「う、嘘なのですぅっ。 いま変な顔をしてしまったのですぅ」 「そんなことないって、 かわいいよ。ほら」  ケータイを彩雨に見せる。 「ぅぅ、やっぱり間の抜けた顔を しているのですぅ。消去するのですぅ」 「えっ? そんなことないって。 すっごくかわいいよ」 「そんなおべっかを使ってもだめなのです。 私にもかわいく写る権利があるのですっ。 断固抗議なのですっ!」  お、おう、そんなに気に入らないのか。  かわいいと思うんだけどなぁ…… 「じゃ、もう一枚撮っていいか?」 「はい。よろしくお願いいたしますね」  彩雨はピンと背筋を伸ばして、 にっこりと笑顔を浮かべる。 「いくぞー、はい、チーズ」 「おし、撮れたぞ。これで、どうだ?」 「はい。こちらなら結構なのですよ。 ありがとうございます」 「じゃ、こっちの写真は 彩雨に送っておくな」 「……えっ? 先程の写真は どうなさるのですぅ?」 「あぁ、気に入ったから、 待ち受け画面にでもしようかなって」 「そ、それは許されないのですぅっ!」 「いや、だってほら、 待ち受け画面にしたら 毎日、彩雨の顔が見られるだろ」 「ま、毎日、このような顔を 見られてしまいますと、顔から火が 出るのですぅ。即刻、消去するのですぅっ」 「えー、でもさぁ」 「ならぬものはならぬのですっ」  うーむ、本当にだめっぽいな。 「……じゃあさ、その後に撮ったほうを 待ち受けにしてもいい?」 「はい。そちらなら、構いませんよ」  じゃ、こっちは消去して、と。 これでいいか。 「ですけど、本日は天気もいいですし、 水着を持ってくれば良かったですね」 「いや、さすがにまだ水は 冷たいんじゃないかな」 「そうなのですぅ?」  そう言って、彩雨は靴を脱いで 波打ち際のほうまで歩いていった。 「きゃっ、きゃあぁっ、と、とっても 冷たいのですぅ」 「だろ」  俺も同じように靴を脱ぎ、 波打ち際まで行ってみる。  引いた波が押しよせてきて、 足下を濡らす。 「うおっ、思った以上に冷てぇっ!!」 「くすっ、ご自分でおっしゃりましたのに、 油断してはならないのですよ?」 「彩雨が教えてくれないからだぞ」 「え、わ、私のせいなのですか? も、申し訳ないのですぅ……」 「ははっ、冗談だよ。 彩雨は悪くないって」 「ぅぅ、からかったのですね。 騙されてしまいました……」  若干、悔しそうな彩雨が、 とてもかわいらしい。 「でも、こんなにいいお天気なのに、 泳げないなんて少々寂しいですね」 「そうか?」 「はい。やっぱり、海の醍醐味といえば 泳ぐことだと思うのです」 「いいや、他にもあるよ、海の醍醐味」 「何なのですぅ?」 「ちょっと待ってて、今やるから」  すーっと息を吸いこみ、 ぴたりと止める。  そして、海に向かって思いきり叫んだ。 「彩雨、好きだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「……え、えぇと……そ、そのぉ……」 「……返事は?」 「か、かしこまりました。 すーーーーーー……」  彩雨は大きく息を吸いこんで、 「颯太さぁぁぁぁぁぁぁぁん、 好きなのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」 「好きだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」 「好きなのですぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」 「俺のほうが好きだああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」 「私のほうが好きなのですぅぅぅぅぅっっっ!! 世界中の誰よりも、大・大・大―― 大好きなのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」  彩雨が思いきり叫んでるところを、 ケータイのカメラに収める。 「あ、また変なところを撮ったのです。 だめなのですぅ。消去なのですぅっ」  彩雨がケータイを奪おうと 手を伸ばしてくる。 「いやいや、すっごいかわいいって。 これは大丈夫だよ」 「だったら、見せるのです。 ケータイを渡すのですぅっ!」  ケータイを頭上に上げて、 彩雨の手から逃れる。 「逃さないのですっ!」  ぴょんと彩雨は跳ねて 俺のケータイをつかもうとする。 「おっと……あ!」  不覚にも彩雨の手に当たってしまい、 ケータイが弾きとばされてしまった。 「……………」 「も、申し訳ないのです。 弁償いたしますので、なにとぞ ご容赦いただけますでしょうか……」 「大丈夫だよ。 防水だから、壊れてないはず……」  でも、けっこう深いところに 落ちたよな?  ズボンを目一杯上げて、 ケータイが落ちたところまで 移動する。  けど、海が濁っているので、 どこにケータイがあるか分からない。 「ここら辺だと思うんだけど……」 「な、何だ?」 「君が落としたのは、 この金の斧かい? それとも、銀の斧かい?」 「斧じゃねぇよ、小動物。 変なことしてる暇があったら、 ケータイを拾ってくれ」 「君は正直者のようだから、 願いを叶えてあげよう。 さぁ、この契約書に署名するんだ」 「なんで、ケータイ拾うのに 契約書を書かなきゃならないんだよ」 「最近は妖精界の役所も 何かと書類関係にうるさくなってきてね」  妖精界に役所なんてあるのかよ…? 「まぁいいけどさ」  俺は署名欄に名前を書いた。 「うん、じゃ、あとは彩雨にも 署名をもらってくれるかい? ここのところだよ」 「彩雨にも? まぁいいけどさ」 「彩雨、ちょっといいか? これに署名してほしいんだけど?」 「えっ? 突然、どうしたのですぅ? 何の書類なのですか?」 「いや、何の書類っていうか……」  と、その時、書類の一番上に 書いてある文字が視界をよぎった。  婚姻届――である。  ……えーと。 「な、何でもない! ちょっと間違えたっ!」 「ちっ」 「ちっ、じゃ――」 「ねぇだろうがっ!!」  まったく。油断も隙もあったもんじゃない。  ていうか、あいつ、 こないだから何だってこんなに 彩雨と俺を結婚させようとしてるんだ? 「颯太さんが遠い世界に 行ってしまわれたのですぅ」 「あぁ、ごめんごめん。 ちょっと考え事しててさ」 「携帯電話のことなのですぅ?」 「あ……えぇと、うん、そう。 ちょっと見つかりそうにないから、 新しいのを買いにいこうかと思って」 「では、もう少々捜しまして、 見つからなかったら、新渡町へ 参りましょうか?」 「うん、そうしよう」  その後、根気強く捜したところ、 運良くケータイは見つかったのだった。 「本日はとても楽しかったのですぅ。 次はいつお会いできますか?」 「えーとね、いちおう明日も空いてるけど…?」 「では、明日もお会いしたいのですぅ」 「じゃ、明日は俺が迎えにいくよ 11時ぐらいでいいか?」 「大丈夫です。楽しみにお待ちしておりますね」 「あぁ、じゃあな」 「はい。おやすみなさいませ」  と、彩雨の唇が迫ってきて、 「……ん……ちゅっ……」 「……お、おやすみのキスなのですぅ……」  恥ずかしそうに、彩雨は 家の中へと入っていった。 「……………」  唇に残った感触を確かめながら、 今夜は眠れそうにないな、と思った。  目覚ましが鳴る前に目が覚めた。  もう一度、寝ようかとも思ったけど 彩雨に会えることを想像すると、 興奮してまったく眠くならない。  仕方なく、ベッドから身を起こし、 パジャマを着替える。  メールが届いた。彩雨からだ。  『今、何をなさってますか?』  さすがに女の子は起きるのが早い。 やっぱり色々と準備があるんだろうな。  早く起きちゃったから、やることなくて デートの時間が来るのをひたすら待ってる ――と返信した。  すると、しばらくして、 またメールが届いた。  『窓の外をご覧になっていただけますか?』 と、書いてあったので窓を開けてみる。 「おはようございます」  窓の外で彩雨が手を振っていた。  俺は慌てて玄関へ向かい、彩雨を招きいれた。 「ふふっ、デートが楽しみすぎて 早く起きてしまったのですぅ」 「どうしても待ちきれなかったので 近くまで来てしまいました」 「そっか」  彩雨も俺と似たような気持ちだったんだな。 「じゃ、ちょっと早いけど、 今からデートしようか?」 「はい。そうしましょう。 あ、ですけど、颯太さんは朝ごはん、 食べられましたか?」 「あぁいや、まだだけど。 でも、そんなにお腹すいてないし、 朝ごはんより、彩雨とデートしたいな」 「そ、そうなのですね…… では、朝ごはんの代わりに 頑張りますね」  それは、どう頑張るんだろうか? 「彩雨を食べてもいいってこと?」 「……そのぉ、召しあがりたいのでしたら、 いいのですよ。ですけど、あんまり おいしくないと思うのですぅ……」  そんな彩雨を俺はぎゅっと抱きしめる。 「あっ、きゃ……ぅぅ、 ビックリいたしました」  そう言いながらも、彩雨は 俺に体重を預けてくれる。  女の子の身体の柔らかい感触が 全身に伝わってくる。 「彩雨は朝ごはん食べたのか?」 「いえ、私もまだなのです。 ですけど、颯太さんと同じで お腹は空いていないのです」 「じゃ、のんびり散歩でもして、 お腹すいたらナトゥラーレに行こうか?」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「颯太さん、本日は本屋さんに寄っても よろしいですか?」 「あぁ、大丈夫だよ。 それじゃ、ごはん食べたら行こうか?」 「はい、ありがとうございます。 おいしいですか?」 「うん、彩雨も食べる?」 「はい。颯太さんから いただけるものでしたら、 何でもいただくのですぅ」 「じゃ、はい」  ビーフストロガノフをすくい、 スプーンを彩雨に向けると、 「あーん。はむ。もぐもぐ。 んーっ、おいしいのですぅ」 「やっぱり、マスターの ビーフストロガノフは絶品だよなぁ」 「はい。それに颯太さんが 食べさせてくださるので、 ますますおいしくなるのですぅ」 「そんなこと言われると、 もっとあげたくなるな。はい」 「はむ。もぐもぐ。おいしいのですぅ」 「はいはーい。そこのイチャイチャしてる カップルに、お冷やのおかわり 持ってきたよん」 「おう、ありがとな」  友希がコップに水を注ぐ。 「ねぇねぇ彩雨、颯太からもらえる物なら 何でも食べるって言ってたけど、 あんまりあぁいうこと言わないほうがいいよ」 「ほら、なに食べさせられるか 分からないしさ」 「そんな変なもの食べさせないよっ!」 「えー、嘘だぁ。じゃあさ、 口でしてもらった時とかどうするの?」 「お前、俺の邪魔しにきたのっ!?」 「あー、やっぱり食べさせる気なんだぁ。 やーらしいのー」 「何のお話でしょうか?」 「言わなくていいからねっ!」 「まだ何も言ってないじゃん」 「そりゃ言わせないようにしたからな」 「つまんないのー。 でも、彩雨は颯太が好きだから、 平気そっかなぁ?」 「お話の流れがよく分からないのですけど、 平気か平気じゃないかと申しますと 平気ではないのですぅ」 「ん? 何の話?」 「そのぉ、 ま、毎日、颯太さんに会っているのに 毎日、ドキドキするのですぅ……」 「……あ、そうなんだ。だってさ」 「彩雨ってすっごくかわいいだろ」 「そうやってすぐのろける」 「も、もしかして、颯太さんは 違うのですぅっ!?」 「え、いや、なんでそうなるんだ…?」 「……………」  彩雨が疑いの眼で俺を見つめる。 「いや、俺だってドキドキしてるよ」 「ですけど、颯太さんはなんだか最初の頃と 違うのですっ。私ばかり緊張したり、 焦ったりしているように思うのです」 「そ、そんなことないってっ! 誤解だよっ!」 「何がどう誤解なのですぅ?」 「えっとね、それは……そのぉ……」  どうしよう、うまい言い訳が出てこない。 「別にいいのです。 どうせ私のひとりよがりなのです。 颯太さんはもうドキドキしないのですぅ」  すねる彩雨が本当にかわいくて、 俺はついつい笑みをこぼしてしまう。 「あぁっ、どうして笑うのですぅ? やっぱり、颯太さんだけ 余裕たっぷりなのですっ」 「いやいや、だから、違うんだって。 彩雨があんまりかわいいから、 つい笑っちゃってさ」 「……そ、そういうずるい言い訳をするのは、 とても卑怯なのですぅ…… 何も言いかえせなくなりますぅ……」 「本当に? 何も言うことない?」  じっと、彩雨を見つめると、 「い、いえ、そのぉ……好きなのですぅ……」 「どのぐらい?」 「頭の中がいっぱいになってしまうぐらい 好きなのですぅ」 「じゃ、俺はそれよりもっともっと、 いっぱいになるぐらい彩雨のことが 好きだよ」 「ず、ずるいのですぅっ。 もう目一杯ですから、それ以上いっぱいには できないのですよ?」 「……………」 「どしたの、友希?」 「からかいにいったら、撃退されちゃった」 「あー……よしよし」 「やりなおしなのですぅ」 「何を?」 「ちゃんとご自分の言葉で どのぐらい好きなのかをおっしゃるのです。 真似をしてはいけないのですぅ」  うーむ、そうだなぁ。 「それじゃ――」 「『君のウエディングドレス姿が  見たいほど君を愛してる』」 「……………」 「恥ずかしがっている場合じゃない。 さぁ言うんだ。『君の子供が欲しい。 サッカーチームができるぐらいだっ!』」 「『式はもちろん教会で、  お金をためて、一軒家を買おう。  ぼくに一生ついてきてくれるかい?』」 「マイハぶふぅっ!!」 「まったく」 「それはこっちの台詞だよ。 アドバイスしてあげたのに蹴るなんて ひどいじゃないか」  もう戻ってきやがったか。 「ん? お前、どこにいるんだ?」 「君の目の前にいるじゃないか」 「目の前…?」  声は聞こえるけど、姿が見えない。 「……もしかして、見えないのかい?」 「あ、あぁ……どういうことだ?」 「いま何時だい?」  ケータイを見る。 「9時半だけど?」 「どうやら、そろそろぼくの魔力が 尽きるみたいだよ」 「どういうことだよ?」 「今日の10時ちょうどに ぼくの魔力は完全に尽きる。 そうなれば、ぼくは消えてしまうんだ」 「消える? それって…?」 「簡単に言えば、死ぬってことだね」 「そんな……いきなり死ぬなんて、 なに言ってるんだよ?」  突然の言葉に、理解が追いつかなかった。 「別に大したことじゃないよ。 命あるものは何だって、いつか死ぬさ」 「いや、でもさ、 その、魔力はどうにかして 回復できないのか?」 「できなくもないよ。 恋の妖精は、恋を成就させることで 魔力を補給することができるからね」 「それなら、俺と彩雨の恋が成就したことで 魔力は補給できたんじゃないのか?」 「残念だけど、 プロポーズまでしないことには、 恋が成就したとは言えないんだ」 「もしかして、お前…… だから、あんなに俺に結婚を 勧めてきたのか?」 「だから、というわけではないよ。 恋を後押しするのがぼくの役目だからね」 「……どうして言わなかったんだ? 消えるって分かってれば……」 「ぼくのためにするプロポーズなんて、 本当の恋じゃない。そんなことは 恋の妖精として許せないよ」 「だけど、お前……」  ぐっと、歯を食いしばる。 知らず知らず、拳を固く握りしめていた。 「お前……このままじゃ、 消えちまうんだろう?」 「仕方がないことだよ。 恋の妖精の宿命なんだ」 「でも……」 「そろそろしゃべるのも辛くなってきたよ。 最後に何か訊いておきたいことは ないかい?」 「……………」  QPが消える。  そりゃ振りまわされてばっかりだったけど、 だからって、消えていいなんて思ったことは 一度だってない。  だから…… 「……彩雨……ちょっと、いいか?」 「はい。どうなさいました?」 「聞いてほしい話があるんだ」  真剣な表情で俺は言った。 「は、はい。何でしょう?」 「俺と……」  これは、嘘なんかじゃない。  確かにきっかけはQPかもしれない。  それでも、今から発するのは、 紛れもなく嘘偽りのない言葉だと 断言できる。 「……バカなことを言うかもしれないけど、 俺と結こ――」 「あ、も、申し訳ございません。 10時にアラームをセットしておいたのでした」 「あぁ、今日はけっきょく 待ち合わせより早く――て、10時…!?」 「はい。もともとの予定が11時でしたから、 10時に起きようと思ったのですぅ」 「……ちょっと待っててくれる?」  俺のケータイを見ると、時刻は 9時35分だ。  どうやら時計が遅れているらしい。  ということは―― 「QP。お前もうとっくに 消えてなきゃおかしいんじゃないか?」 「うっかり時間を間違えたようだよ。 ぼくが消えるのは11時だった」  耳をすまし、声が聞こえてきた方向を 振りかえる。  テーブルの下にQPはいた。 「おい。なに隠れてるんだ…?」 「……どうやらバレてしまったようだね……」 「バレてしまったじゃねぇ。 どういうつもりだ?」 「君たちがさっさとプロポーズできるように、 一芝居打ってあげたということだよ。 これも恋の妖精の役目さ」 「教えてやるよ。そういうのはな……」 「余計なお世話って言うんだよ……!!」 「まったく」 「そんなに怒ることないじゃないか。 君のためを思ってやったことだよ」  ち、今日は復活早いな。 「……ちなみに、消えるっていうのは どこまで本当なんだ?」 「全部まっかな嘘に決まってるじゃないか。 恋の妖精は永遠の存在なんだ。 ぼくたちには死という概念そのものがないよ」 「……それ聞いて、ものすっごく ぶっ殺したくなったよ……」 「そもそも、妖精は嘘をつけないんじゃ なかったのか?」 「恋のためには本能にも逆らう。 それが恋の妖精なんだ」 「あぁそう……」  こいつの言うことは、 何から何まで本当に適当だな。  でも…… 「まぁ、嘘で良かったよ。 お前がいなくなると、なんだかんだで つまんないからな」 「……ぼくは恋の妖精だ。 君の遊び相手じゃないよ」 「遊び相手だとでも思わなきゃ、 お前の相手なんてしてられないよ」 「……心外だね」 「そりゃ悪かったな」 「……………」 「なんだよ? 文句あるのか?」 「初秋颯太。君に言っておくことがある」 「……あのぉ、颯太さん。 いつまでお待ちすればよろしいのですぅ?」 「あ、あぁ、ごめん。もういいよ」 「そうなのですね。 それで、何でしょうか?」 「え……と、何が?」 「先程の続きなのですぅ。 『バカなことを言うかもしれないけど、 俺とけっこ……』何でしょう?」 「あ、それは……俺と結こ……」  結こ…? けっこ…? 「………………そう、俺と、 けっこ作らないか?」 「けっこ? 何なのですぅ?」 「おかゆのことだよ。下北弁な」 「そうなのですね。 今日、作るのですか?」 「いつでもいいんだ。 彩雨が気が向いたらで」 「でしたら、本屋さんの後に けっこを作りましょう」  ふぅ。何とかごまかせた。 「……まぁいいや」  放課後。 「――それで、このあいだ颯太さんと一緒に おかゆを作ったのですが、 それがとってもおいしかったのですぅ」 「そうなんだぁ。なになに、 颯太の家で作ったの?」 「はい。お邪魔して参りました」 「それでそれで? その後、颯太の部屋に行って ベッドに押し倒されたとか?」 「そんなことしてないからねっ」 「えっ? じゃ、じゃあ…… 彩雨って大胆……」 「なに想像してんのっ!?」 「うんとね、 彩雨が自分でいきなりスカートをめくって、 そしたら下着履いてなくて――」 「『説明しろ』とは言ってないんだけどっ!」 「し……下着はちゃんと履いているのですぅ」 「あー、そうだよねー。 脱がす楽しみも大事だし」 「お前は根本的に 考え方が間違ってるからな」 「あははっ、まさかー」  まさかー、じゃないよ…… 「そういえば、おかゆって どんなの作ったの? 普通の?」 「海老さんやイカさんやホタテさんなどが 盛りだくさんの海鮮おかゆなのですぅ」 「あー、わがままおかゆだぁ」 「その単語、すごい久しぶりに聞いたな」 「あははっ、そだね。懐かしいよねー。 わがままおかゆ、おいしかったなぁ」 「わがままおかゆ……なのですぅ…?」 「友希は何でもおいしいって食べるくせに、 おかゆだけはだめだったもんな」 「あ…………」 「えー、だって風邪引いてたから、 ぜんぜん味しなかったんだもん」 「だからって、せっかく作ってあげたのに 食べないんだもんな」 「子供の頃の話じゃん。 おかげでわがままおかゆが発明できたでしょ」 「まぁ、そうなんだけどさ」 「……………」 「あぁ、ごめんね、彩雨。 わがままおかゆっていうのは、 彩雨と作った海鮮おかゆのことでさ」 「友希が味の薄いおかゆはやだって わがまま言いだしたのをきっかけにして 作ったから、わがままおかゆって言うんだよ」 「……お二人とも、ずいぶんと仲が よろしいのですね……」 「え…? あ、うん。そりゃ幼馴染みだし……」 「そうなのですね。 幼馴染みは仲がよろしいのですね。 それは良かったのですぅ」  ん? あれ? なんかいつもと様子が違うな。 「あー、彩雨、もしかして、 ヤキモチ焼いてるんだぁ」 「えっ? そうなの?」 「……ヤキモチなど焼いていないのですぅっ」 「……………」  これは、ヤキモチ焼いてるな。 「いやいや、彩雨、違うよ。 そりゃ友希とは仲がいいけど 彩雨と比べるほどじゃない、っていうか」 「うんうん、幼馴染みって特別だもんね。 比べられないよね」 「いやいや、そうじゃなくてさ。 『特別』って言っても、そんな大したこと なくて、ただのくされ縁っていうか」 「切っても切れない縁っていうか。 お互い何でも分かりあってるっていうかー」 「そりゃちょっとは分かりあってる部分も あるけど、彩雨が気にするようなことは 何にもなくてっ!」 「気にしてもどうせ幼馴染みの距離感って 理解できないだろうしー」 「さっきから何あおってんの!?」 「あははっ、冗談冗談っ。 颯太とあたしは何でもないよー。 ただちょっと昔のこと知ってるってだけ」 「ってことなんだよ。 だから、その、彩雨がヤキモチ 焼くようなことは、何にもなくてな……」 「……それは、ちゃんと 分かっているのですぅ……」 「本当に?」 「……はい……」 「じゃ、あたし帰ろっかなぁ」 「あれ? 何か食べてくんじゃないのか?」 「うんとね、 冷蔵庫に消費期限きれそうなお肉あったの 思い出しちゃった」  と友希が目配せしてくる。  気を遣ってくれてるのか。 ここら辺の機微がやっぱり幼馴染みだよなぁ。 「そっか。じゃ、またな」 「うん、じゃね、二人とも。ばいばーい」 「やっぱり、仲がよろしいのですぅ」 「え…? な、何がだ?」 「隠しても分かるのですぅっ。 私に気を遣って、友希さんが颯太さんに 合図を送っていたのですぅ」 「お、おう……」  バレてたか。 「だけど、それはほら、 俺が彩雨を好きだからなわけで……」 「す、好きとおっしゃったって、 ごまかされないのですぅ……」 「じゃ、大好きだ」 「……だ、大好きなどとずるいことを おっしゃっても、私にも 言い分というものが……」 「彩雨。誤解しないでくれよ。な。 俺は彩雨が一番好きなんだからさ」 「……本当なのですぅ…?」 「本当だって。だから、そんなに ヤキモチを焼かないでくれよ」 「ヤキモチというわけでは……」 「ヤキモチだったろ?」 「ヤキモチ……だったのですぅ……」 「よしよし、そういうところも かわいいよ」  彩雨を抱きよせ、頭を撫で撫でする。 「颯太さんはいつもそうやって私を 手懐けようとするのですぅ……」  そう言いながらも、 彩雨は俺にぴたりを身を寄せてきた。  玄関を出ると、彩雨が待っていた。 「おはよう」 「おはようございます。 大好きなのですぅ」  朝から彩雨が俺にくっついてくる。 「甘えん坊だな、彩雨は」 「ご不快でしたか?」 「いや、すっごく嬉しい。 彩雨っていい匂いするし」 「に、匂いを嗅いではいけないのですぅ……」 「大丈夫だよ。変な匂いしないし」 「そういう問題ではないのです。 恥ずかしいのですよ?」 「くんくん」 「で、ですから、恥ずかしいのですっ。 いけないのですぅっ」 「そう言いながら、離れないよな」 「……だって、おそばにいたいのです」 「じゃ、仕方ないな」 「ぅぅ、颯太さんは困ったことを なさるのです……」  そう言いながらも、やっぱり彩雨は 離れようとしないのだった。 「そういえば、颯太さんに お願いがあるのですが、 お弁当を作ってきてもよろしいですか?」 「俺の分もってこと? 面倒じゃないか?」 「いえ、その、大好きな人にお弁当を作るのが 夢だったのです。ですけど颯太さんのほうが お料理は上手ですし……ご迷惑かとも……」 「そんなことないよ。 彩雨が作ってくれるんなら、 すっごく嬉しいって」 「そうなのですね。良かったのですぅ。 それでは、どんなおかずがお好きですか?」 「何でもいいよ。嫌いな物はないし。 あ、リンゴ以外だけど」 「ですけど、最初はやっぱり、 颯太さんの大好物を作りたいのですぅ」 「そっか。じゃ、そうだな。まず――」  好きなおかずの話をしながら、 校舎へと入っていく。 「それでは、揚げ物がお好きなのですね」 「うん、そう。中でも一番は カニクリームコロッケかな」 「おはっよー。あー、また朝から イチャイチャしてる。何の話?」 「颯太さんにお弁当を作ろうと思いまして、 好きなおかずをお伺いしているのです」 「そっかぁ。颯太の好きなお弁当って 言ったら、やっぱりアレだよねー。 まずカニクリームコロッケでしょ?」 「おぉ、さすがよく分かるな」 「伊達に幼馴染みやってないもん。 それから、マカロニサラダと」 「そうそう」 「ごはんはチャーハンがいいんだよね。 特にレタスチャーハン、塩は控えめ」 「最高だよな」 「それで玉子焼きは醤油味で」 「当然。塩は邪道だからな」 「水筒の中身は番茶で決まり。どう?」 「完璧だよ。文句なしだ」 「あははっ、やったぁ」 「今ので、だいたい 俺の好きなおかず出たんだけどさ」  と、彩雨を振りむくと、 「……………」 「あ……えぇと……彩雨……さん…?」 「お二人とも大変仲が よろしゅうございますね」  や、やばい。目が据わってるぞ。 「いや、違うんだよ今のは。 たまたまで」 「そ、そうそう。たまたま知ってただけ。 ほら、幼馴染みだから」 「そうなのですね。幼馴染みって、 何でも知っているのですね」 「何でもってことは……なぁ」 「う、うん。知らないこともあるし」 「……そうなのですね。 私は知らないことのほうが多いのですけど」 「あ、あははーっ、やっぱり、ほら、 付き合いの長さとかあるしー。 ……ど、どうしよう?」 「そりゃ、何とか分かってもらうしか……」 「何を話しているのですかっ!」 「う、うぅん。何でもないわ」  困った。けど…… 「な、何なのですぅ?」 「いや、そうやって嫉妬する彩雨も、 すごいかわいいなって」 「あ……ぅぅ、そ、そんな方便には 騙されないのですぅっ…!!」  そう言いながらも、彩雨は 満更でもない様子だった。  昼休み。 「作って参りました。 どうぞお納めくださいませ」  まるで賞状でも渡すかのように仰々しく、 彩雨が俺にお弁当箱を手渡してくれる。 「ありがとうな」  お礼を言って、フタを開ける。 「おおっ、すごいおいしそうだ!」  お弁当の中身は、レタスチャーハン、 カニクリームコロッケ、マカロニサラダ、 醤油味の玉子焼き、と俺の好物ばかりだ。 「お口に合えばよろしいのですが……」 「いやいや、これは絶対おいしいよ。 もう見た目で分かるから」 「そ、そうでしょうか。 緊張するのですぅ……」 「まぁまぁ、落ちついて。 深呼吸しよう。はい、吸って」 「すーー」 「はい、吸って」 「すーーーー」 「はーい、吸って」 「すーっ、うっ、うっ…… そんなに吸えないのですぅ……」  うん、予想通りの反応だな。 すごくかわいい。 「あ。もしかして、意地悪なのですぅ?」  やばい。バレた。 「いや、意地悪というか、 彩雨のかわいいところが見たかっただけ」 「……そ、それなら仕方がないのですぅ……」  なんて聞き分けがいいんだ。 そういうところもかわいい。  でも、あんまり意地悪しすぎないように 気をつけないとな。  いや、でも、彩雨っていじると かわいいからなぁ…… 「颯太さんがなんだか邪悪なお顔に なっているのです」 「えっ? 嘘…!?」  思わず顔を触る。 「くすっ、嘘なのですぅ」  むむ、これは。 「仕返ししたな?」 「そのようなことはございません。 慌てる颯太さんがとてもかわいいので、 ついつい嘘をついてしまうのですよ?」 「……………」  うーむ、一本とられたな。 「じゃ、おあいこってことで、食べようか。 せっかく彩雨が作ってきてくれたんだしな」  手を合わせる。 「「いただきます」」  さて、何から食べるか?  ……よし、決めた。やはり、最初は このクリームコロッケからだ。 「もぐもぐ、おぉ、美味いっ。 衣がサクサクでクリームが濃厚で、 すごい美味いよっ」 「良かったのです。今日は朝2時に起きて 頑張ってしまったのですぅ」 「2時っ!? そんなに早く起きたのか?」  それはもはや、 朝っていう時間じゃないだろう。 「はい。不慣れな料理ばかりでしたので 何度か作りなおしたのですぅ」 「そうなのか。わざわざ、ありがとうな。 あ、このマカロニサラダも美味いな」 「おいしく食べていただけて 幸せなのです」  チャーハンも玉子焼きもおいしい。  さすが2時に起きて何度も 作りなおしただけのことはある。 「どれもおいしいよ、彩雨。 こんなに頑張ってくれる彼女がいて、 俺はすごい幸せ者だなぁ」 「そ、そんなにお褒めいただいて 恐縮なのですぅ……」  彩雨の愛情が詰まってると思うと いっそう箸が進む。  あっというまに お弁当を平らげてしまった。 「ごちそうさま。本当においしかったよ。 毎日でも食べたいぐらいだ」 「ありがとうございます。 颯太さんがお望みでしたら、毎日でも お作りいたしますよ?」 「でも、大変だろ?」 「いえ、とても楽しいのですぅ」 「そっか。じゃ、頼もうかな。 あぁ、でも疲れた時とかは 作らなくてもいいからね」 「はい。お気遣いいただきまして、 ありがとうございます」  食ごなしに立ちあがり、 ぐーっと伸びをする。  ふと彩雨が何か言いたげに こちらを見てることに気がついた。 「……どうした?」 「そのぉ、大変みっともないのですけども、 教えてほしいことがあるのですぅ……」  みっともない? 「何だ?」 「……そのぉ……ゆ、友希さんも知らない、 颯太さんのことを教えていただけませんか?」  少し拍子抜けの質問に、 俺は少々間の抜けた表情を 浮かべてしまう。 「そ、そんな顔をしなくても…… だって、私は彼女ですのに、友希さんより、 颯太さんのことを知らなくて……」  そんなことで瞳を潤ませる彩雨が、 すごく愛おしくなった。 「彩雨、おいで」  ぎゅっと彼女を抱きよせる。 「あ……ん……ちゅ……んはぁ……」  唇を離して、至近距離で囁く。 「これは、友希も知らないよ」 「……でしたら、もっと、もっと、 たくさんしてくださいませ」 「あぁ……」 「……ん……んちゅ……ちゅう……」 「好きだよ」 「はい、私も大好きなのです」 「こんなこと彩雨以外にはできないんだから、 これからは俺のことをちゃんと信じてくれ よな」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「ですから、そのぉ……キスを、いいですか?」 「あぁ」 「……んっちゅ……あぁ、好きなのです…… ん……れぇろれろ……ん……ちゅ、ん…… んはぁ……」  俺たちは何度も何度も、 熱いキスを交わすのだった。 「颯太さん、お疲れ様なのです。 最後の英語のテストはいかがでしたか?」 「あぁ、そんなに良くなかったよ。 問題、難しかったよな」 「はい。全然わからなかったのですぅ。 ですけど、私だけ難しかったわけではなくて 少し安心なのです」 「まぁ、俺を参考にしていいかは 分からないけどさ」 「ですけど、颯太さんは 数学以外は成績がそこそこいいと 伺いましたよ」 「でも、最近彩雨と遊んでばっかりで、 ぜんぜん勉強してなかったしさ」 「そ、それは、申し訳ないのですぅ。 貴重なお勉強の時間を奪ってしまいました」 「えっ? いや、いいんだよ。 俺は別に進学はあんまり考えてないし」 「そうなのですか? 進学せずにどうなさるのですぅ?」 「まだ、迷ってるんだけどさ。 でも、飲食関係の仕事に就こうかなって」 「お料理の専門学校などには 行かないのですか?」 「うーん、それもいちおう考えてるんだけど、 それよりも、どっかの店で働くほうが勉強に なると思うんだよね」 「雇ってもらえないことには どうしようもないんだけどさ」 「颯太さんは色々と考えているのですね」 「そういう彩雨は進学するのか?」 「いちおうそのつもりなのですが、 まだぜんぜん決まっていないのですぅ」 「そっか。まぁ、そう簡単には 決まらないよな」 「決まらないのです。 ところで、お話は変わるのですが 次の日曜日はお暇なのですぅ?」 「うん、ちゃんと彩雨と遊ぶために 空けてあるよ」 「え……ありがとうございます。 大変、光栄なのですぅ」 「どこか行きたいところあるか? 映画とか?」 「大変、わがままなことを申しますが、 できれば、日曜日でなければ 行けないところがいいのですぅ」  確かに、映画なら平日でも 行けるもんなぁ。 「じゃ、どこがいいかなぁ…?」  って言っても、 近場で遊べそうなところは あんまりない。  それこそ、映画館ぐらいだろうし。 「近くに遊園地でもあればなぁ……」 「あ、それがいいのですっ。 デートの定番と言えば、やっぱり、 遊園地なのですぅっ!」  彩雨がすごい勢いで食いついてきた。 「でも、一番近いところで それなりの遊園地って言ったら、 フェアリーパークだからな」  ちょっと近場とは言いがたい距離だ。 「日帰りでは難しいのですぅ…?」 「うーん、ちょっと厳しいかな……」 「……そうなのですね。 それでは我慢するのですぅ…… 他には何がありますか?」  彩雨は笑顔でそう訊いてくるけど、 内心はかなり気落ちしているように思えた。 「……すっごく朝早くても大丈夫なら、 何とかなるかもな」 「えっ? 何のお話でしょう?」 「フェアリーパークだよ。 始発の高速バスに乗っていけば、 早い時間に向こうに着くし」 「その代わり滞在時間は短いだろうけど」 「颯太さんはそれでもよろしいのですぅ?」 「彩雨がそうしたいんだったら、 大丈夫だよ。やっぱり、彩雨の喜ぶ顔が 見たいし」 「ありがとうございますぅっ! 私、ぜひぜひフェアリーパークで 颯太さんとデートしたいのですぅっ」 「じゃ、それで決まりな。 バスの時間とか調べないと」 「よろしければ、私がお調べいたしますよ?」 「いやいや、こういうのは 男の仕事だしさ」 「ですけど、私のわがままなのですから、 私が調べたいのですぅ」 「そんなの気にしなくていいって。 彩雨は行きたいところを言っただけだろ」 「そうかもしれませんけど、 私も何かお力になりたいのですぅ」  うーむ、強情だな。どうしようか? 「……じゃ、二人で調べる?」 「はい。それがいいのですぅっ。 これから私のお家にいらっしゃいませんか?」 「おう」  そうして彩雨の家に向かい、 デートの計画を立てたのだった。 「高速バスのチケットと お弁当の材料以外に 何か買う物あったっけ?」 「もしよろしければなのですが、 新しいお弁当箱とお箸も 買いたいのです」 「あれ? いつも学校に持ってきてるのは どうしたんだ?」 「いえ、そのぉ……できましたら、 お揃いの物がいいのです。 せっかくの遊園地ですし……」  なるほど。 「それ、いいな。 じゃ、食材買う前に弁当箱と箸を選ぼう」 「はい。ありがとうございます」 「――これで全部買ったよな? 忘れ物ないか?」 「はい。チェックいたしました。 問題ないのですぅ」 「よし。じゃ、帰るか?」 「はい。あ、半分お持ちいたしますよ?」 「いや、大丈夫だよ。 これぐらい一人で持てるって」 「ですけど、両手が塞がっていては 手をつなぐことができないのですぅ」  む、それは問題だな。 「それじゃ、この弁当箱と箸を 持ってくれる?」  比較的軽めの袋を彩雨に手渡す。 「かしこまりました。ふふっ」 「どうした?」 「颯太さんがお優しいので 嬉しくなってしまいました」 「あ、そうか……」 「照れたのですぅ?」 「いや、そんなことはないけど……」 「照れたのですぅっ」 「お、おう。分かった。 ちょっと照れたかな」 「そういえば、 当日のお弁当は私が作ろうと思うのですが、 よろしいですか?」 「ん? でも、女の子は朝準備が色々あるだろ。 俺が作るよ。慣れてるしな」 「ですけど、せっかくの遊園地デートですし、 か、彼女が作ったほうがそれっぽくなると 思うのですぅ……」 「いやいや、どっちが作っても 楽しいデートになることは間違いないよ」 「だって、めちゃくちゃかわいい彩雨と 一緒に遊園地に行けるんだからな」 「そ、そんなことをおっしゃったら、 大好きな颯太さんと一緒に遊園地ですから、 楽しくないわけがないのですぅ」 「じゃ、俺がお弁当作っても ぜんぜん問題ないってことだな」 「あ、ず、ずるいのですぅっ。 問題はないかもしれませんが、 私にもプライドがあるのですぅ」 「プライドって、お弁当を作るのが?」 「はい。颯太さんの彼女ですから」  どうしよう。今すぐ抱きしめて キスしたいほどかわいい。 「でも、俺だって、彩雨においしいお弁当を 作ってあげたいしなぁ」 「おいしいお料理はいつもいただいているので、 デートの日ぐらいは私の番なのです」 「でも、俺が作ったごはんを 彩雨がおいしそうに食べてるところを 見たいしな」 「そ、そのようなものを見て、 いったいどうなさるのですぅ…?」 「そりゃ見てるだけ。 おいしい物を食べてる彩雨って、 すっごくかわいい顔するから」 「……そのように懐柔しようとしても、 お弁当の権利は譲らないのですぅ」 「どうしても?」 「どうしてもなのですぅ。 颯太さんの彼女として、 断固、権利を主張するのですぅっ」 「じゃあさ、俺が彩雨の分のお弁当を 作るから、彩雨が俺の分のお弁当を 作るってことでどう?」  彩雨が思いもよらなかったといった表情を 浮かべる。 「いいだろ、それで?」  彩雨は笑顔でこくりとうなずき、 「はいっ。とても素敵な考えなのです。 ぜひ、そのようにいたしましょうっ!」  大賛成のようだった。 「よし、じゃ、あとで買った食材を 分けないとな」 「でしたら一度、家に寄っていきませんか? 食材を分けおえましたら、ゲームを したいのですぅ」 「いいよ。にしても、もう明後日か。 楽しみだな」 「はい。こんなにお出かけが楽しみなのは 久しぶりなのですぅ」 「俺もだよ。初めて遠足に行くみたいだ」 「そうですね。行き先を考えたり、 こうやってお弁当のことを考えたり するだけで、とても楽しいのですぅ」 「どうしてなのでしょうか?」 「やっぱり、彩雨と二人でするからだろうな」 「颯太さんが嬉しくなることばかり おっしゃるので、困ってしまうのですぅ」 「なんで困るんだ?」 「好きになりすぎて、 困ってしまうのですぅ……」 「そんなこと言うと、 俺のほうが彩雨を好きになりすぎるだろ」  そう口にすると、彩雨が目を閉じて、 ゆっくりと唇を寄せてきた。 「……ん……ちゅ……」  周囲の人のことなんかまるで考えなしに、 俺たちは長く口づけを交わす。 「……どうぞ、もっと、もっと、 好きになってくださいませ……」 「じゃ、彩雨は俺のことを もっともっと好きになるんだぞ」 「はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  素直にそんなことを言う彩雨が、 本当にかわいくて仕方なかった。  朝早く彩雨と待ち合わせすると、 高速バスに乗ってフェアリーパークへ 向かった。 「ふふっ、着きましたね。 思ったよりもあっというまだったのです」 「確かに。彩雨と一緒にいると、 時間はあっというまにすぎるよな」 「……そ、颯太さんがキザなことを おっしゃるのですぅ……」 「でも、実際そうじゃないか?」 「……は、はい。楽しいことは 時間が過ぎるのが早いのですぅ」 「フェアリーパークにいる時間なんか、 それこそ一瞬で過ぎそうだな」 「はい。こうしてはいられないのですぅ。 まずはどちらに行きたいですか?」 「最初はお化け屋敷だな」 「い、いきなりお化け屋敷なのですぅ…?」 「あんまり時間ないからさ。 どっから回れば効率的か、 ちゃんと調べといたんだ」 「それに従うと、最初はお化け屋敷だ」 「ですけど……少々、怖いのですぅ…… 本当にお化け屋敷になさいますか?」 「大丈夫だよ。彩雨は俺の後に ついてくるだけでいいから。な」 「……はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「う……」  さすがに怖いな。 「こ、怖いのですぅ…… 何か出てきそうなのですぅ……」  彩雨がぎゅっと俺にくっついてくる。 「大丈夫だよ。行こうか」  彩雨の手をとり、先へ進む。  薄暗い室内は、今にも何かが 飛びだしてきそうだ。  周囲に視線を配りながらも、 慎重に歩を進ませる。  ぎぃ、と床が鳴った。 「きゃ、きゃあぁぁっ!!」  彩雨が俺に抱きついてきた。 「大丈夫大丈夫。 音が鳴るようになってるだけだから」 「……そ、そうでしたか。 ですけど……手、放さないでくださいね」 「分かってるよ」  迷路のようになっているお化け屋敷を 進んでいく。 「……もういいかげんに出口だと 思うんだけどな」 「……あのぉ、颯太さん、 あちらに何かございませんか?」 「ん、どこだ?」  彩雨が指さした方向に視線を凝らす。 「本当だ。なんだこれ?」  棚の上には、お化け屋敷に 似つかわしくないマスコット人形が 置いてある。 「くすっ、かわいいのですぅ」  彩雨がマスコット人形を手にとる。 「ん…?」 「い、いま何か聞こえませんでしたか?」  耳をすましてみる。 けど、もう音は聞こえなかった。 「とりあえず、その人形戻しとこうか?」  彩雨から人形を受けとると、 背中側に文字が書いてあるのが見えた。 『ぼくを置いていかないで』 「……お、置いていくと きっと呪われてしまうのですぅ……」 「でも、持っていっても、 呪われる気がするけど…?」 「……それもそうなのですぅ…… どうすればいいのでしょう…?」 「うーん、まぁでも、ここに 置いてあるってことは、きっと お化け屋敷の仕掛けのひとつだろうしな」 「持っていってみよう」 「だ、大丈夫なのですぅ?」 「大丈夫だよ。ほら、行こう」 「は、はい。颯太さんは とても頼りになるのですぅ」  彩雨と手をつなぎ、先へと進む。 「……彩雨、いま何か言った?」 「いえ、何も申してはないのですぅ」 「そっか。そうだよね」  気のせいだな、きっと。 「ていうか、もう出口みたいだな」 「良かったのですぅ。 一時はどうなることかと思いました」  自然に足取りも軽やかになって、 俺たちは出口を目指した。 「脱出成功なのですっ。 助かったのですぅ」 「あんまり迷わなくて良かったな」 「はい。颯太さんのおかげなのです。 あ、ですけど、先程の人形は 何だったのでしょう?」 「あぁ、本当だ。 もしかしたら、持って来ちゃまずかったかも」 「ちょっと係の人に訊いてみよう」  お化け屋敷の近くにいた スタッフのお姉さんに声をかける。 「すいません。これ、お化け屋敷の中から 持ってきちゃったんですが…?」 「えっ? これって、どれですか?」 「えっ? えぇと、これです。 この人形なんですが……」 「人形? どこにありますか?」 「え…?」  人形はスタッフのお姉さんの目の前にある。 「きゃっ、きゃあああぁぁぁっ!!」  彩雨が全速力で走りさっていく。 「彩雨っ、ちょっと待って」  まただ。何だってんだ、この声は?  まさか……本当に…? 「呪ってやるぅぅ…!!」 「……………」 「おっと、しまった。 調子に乗りすぎて姿を隠す魔法が 解けてしまったよ」 「そんなに姿を消したいんだったら――」 「俺が今すぐ消してやるよっ!!」  さてと。お化けは蹴りとばしといたって、 彩雨に教えにいかないとな。  その後、ジェットコースターに乗ったり、 メリーゴーランドに乗ったりと、 乗り物という乗り物を楽しんだ。  時間はまたたくまに過ぎていき―― 「もうこんな時間に なってしまいましたね」 「あぁ、これ乗りおわったら、 帰らないとな」 「ふふっ、こんなに楽しかったのは、 初めてなのですぅ」 「そうだな。お弁当もおいしかったし、 ジェットコースターで叫んだし」 「メリーゴーランドにも乗って、 ポップコーンを食べたのですぅ」 「お化け役もなかなか骨が折れたよ」  お前は黙ってろ。 「颯太さんと付き合う前は、 こんなに楽しい出来事が待ってるなんて 思いもしませんでした」 「素敵な思い出をありがとうございます」  そんなふうに律儀にお礼を 言ってくる彩雨を、俺はもっともっと 楽しませてあげたいと思った。 「じゃ、これからもっとたくさん作ろうよ。 今日みたいな思い出をさ」 「―――――」 「ん? なんて言った?」 「そ、そのぉ…… 『私、こんなに幸せでいいのでしょうか』と」  思わず、笑い声が漏れた。 「それは大げさだよ」 「ですけど、こんなことが これからたくさん待っているなんて、 まるで嘘みたいなのですぅ」 「じゃ、約束しようか?」 「これからもっともっと楽しい思い出を 一緒にたくさん作っていくって」  彩雨はこくりとうなずいて、 「はい。約束いたします」 「それでは誓いのキスを」  お前は、せっかくいい雰囲気なのに 台無しにするな……  鳴り響くチャイムと共に、 一学期最後のHRが終わった。  先生が教室から出ていくと、 まっさきに彩雨が寄ってきた。 「お疲れ様なのですぅ。 お陰様で無事に一学期が終わりました。 大変お世話になりました」  彩雨はなぜかかしこまって 挨拶をしてきた。 「そんなに大したことはしてないぞ」 「いえ、とてもとても力になったのですぅ。 颯太さんがいらっしゃるだけで、学校に行く のが2倍も3倍も楽しみになるのですよ?」 「そっか。じゃ、俺のほうもありがとうな。 彩雨のおかげで一学期はすっごく 楽しかったよ」 「いえ、どういたしまして。 二学期もなにとぞ、 よろしくお願い申しあげます」 「あぁ、こちらこそよろしく」 「ところで彩雨は今日、何か予定あるか?」 「いえ、何もございませんよ。 遊びに誘ってくださるのですぅ?」 「うん、それもそうなんだけど、その前に ちょっと付き合ってもらっていいか?」 「はい。何でしょう?」 「リンゴの樹には、こんなに虫さんが いらっしゃるのですね」 「普通はこんなに虫がつけないように するんだけどさ。この樹は 農薬使ってないから」 「ですから、頑張って虫さんを とらないといけないのですね」 「そういうこと。 まぁ、素手でとるのは限度があるし、 気休めにしかならないかもしれないけどね」 「あ、ここにもいました。 こら、虫さん、あんまり おいたをしてはいけないのですよ」  そう言って、彩雨は虫をとっていく。  しかし、これだけ虫がついてると、 きりがないなぁ。 「やぁ、精が出るね」 「そう思うんなら、手伝えよ」 「こういうのは、 自然に任せることにしてるんだ」 「じゃ、虫とったらだめなんじゃないか?」 「それぐらいなら構わないよ。 人間だって自然の一部だからね」 「まぁ、そう言われてみればそうだな」 「初秋颯太。 ……ありがとう」 「な、なんだよ、急に。 お礼を言うなんて珍しいな」 「ぼくが何の妖精か忘れたのかい? リンゴの樹の世話をしてくれてるんだから、 お礼ぐらいは言うさ」 「……ていうかさ、お礼を言いたいのは こっちのほうだよ」 「お前のおかげで、こうして彩雨と 付き合えたし」 「幸せかい?」 「当たり前だろ」 「それは良かった。 どうやら、妖精界から出てきた甲斐が あったようだね」  QPはどことなく嬉しそうだ。 「……なぁ、このリンゴの樹って、 秋には実をつけそうか?」 「……残念だけど、無理だろうね。 そもそも無農薬でリンゴをならせるのは、 至難の業なんだ」 「それなんだけどさ、なんでそんなに 難しいんだ?」 「だって、リンゴってのは自然に 生えてる樹なんだし、大昔は 農薬なんてなかっただろ」 「簡単だよ。自然に生えてる リンゴの樹なんてのは存在しないんだ」 「ん……どういうことだ…?」 「君たちが言うリンゴの樹というのは、 接ぎ木して作られてるんだよ」 「接ぎ木って何だっけ?」 「樹の一部分を切りとって台木にして、 別の種類の木をつなぎあわせることだよ」 「えっ? てことは、リンゴの樹って、 ふたつの木をくっつけてできてるのか?」 「そうだよ。それに品種改良もおこなわれて いる。ふたつの品種を交雑して新しい品種 を生みだしたりしてね」 「そうすることで人間は、 より甘くておいしいリンゴを作ることに 成功したんだよ」 「だけど、その甘くておいしいリンゴは、 残念なことに病害虫への耐性が ほとんどなかったんだ」 「だったら、使い物にならないんじゃ ないのか?」 「そうだよ。だけど、農薬さえ使えば、 病害虫への耐性を気にせずに おいしさだけを追及できるんだ」 「農薬が病害虫を死滅させて しまうからね」 「結果、現代のリンゴの樹は ほとんどすべてと言っていいほど、 病害虫への耐性を持たないものになった」 「だから、無農薬のリンゴを作るのは 難しいんだよ」 「そっか。もともと農薬を使う前提で リンゴの樹を品種改良してきたんじゃ、 そうなるのも無理ないよな」 「でもさ、難しいだけで 不可能ってわけじゃないんだろ?」 「まぁ、そうだね。世界でたった一人だけ、 無農薬のリンゴを作った百姓がいるよ」 「一人…!?」  それは、ずいぶんとハードルが高いな。 「まぁ、それじゃぼちぼちやるか」  どうせこいつが怒るから、 農薬は使えないしな。  それにリンゴ一個ぐらいなら、 何かの拍子でできるかもしれない。 「そういえば、君にプレゼントがあるんだ。 畑のほうに来てくれるかい?」 「ん? あぁ。分かった」 「そこだよ。そのちょっとイボイボが 多いキュウリだ」 「えーと、これがプレゼントか?」 「そうだよ。これは座薬キュウリと言ってね、 妖精界でも極めて珍しいキュウリなんだ」 「またけったいな名前だな。 なんで座薬なんだ?」 「このキュウリを座薬として使えば、 大抵の体調不良はあっというまに治るんだ。 ただし、女性にしか使えないけどね」 「……なんでだ?」 「この座薬キュウリはね、 女の子の膣に挿れてイカせることで 効果を発揮する、魔法のキュウリなんだよ」 「お前、なに言ってんのっ!?」 「何かおかしいかい? 人間界にだって膣に入れる座薬が あるじゃないか」 「え……そ、そうなのか…?」  てっきり、肛門にしか入れないものだと 思ってた。 「ていうか、それにしたって、 色々とおかしいだろ。 ぜったい使わないぞ」  こんなぶっといキュウリを 膣に挿れるだけじゃなくてイカせるなんて、 正直、ただの変態だ。 「それなら、それでいいよ。でも、いつか キュウリを挿れたくなるぐらい 体調が悪くなることが、あるかもしれない」 「そんなことが永久に来ないことを祈るよ……」 「そうだね。ぼくも祈るとするよ」 「あ、颯太さーん。遅いのですぅ。 『ちょっぴり』とおっしゃったのに、 ぜんぜん戻ってこなかったのですぅ」 「ごめんごめん。 ちょっと畑の様子を見にいっててさ」 「くすっ、許すのです。 こちらはだいたい終わりましたが、 他にすることはございますか?」 「いや、もういいかな。 お腹も空いたし、マックでも行こっか?」 「はい。ぜひご一緒したいのです。 ホットアップルパイを食べるのですぅ」 「今日は手伝ってもらったから、 奢ってあげるよ」 「たくさん食べても怒らないのですぅ?」 「あぁ、好きなだけ食べな」 「ありがとうございます。 颯太さんはお優しいのです」  そのまま裏庭を出ようとすると、 「初秋颯太」  QPに呼ばれて振りかえる。 「どうした?」 「元気で」 「なんだ、それ?」 「人間はよくこう言うじゃないか」  使い方が微妙に違う気がするけど、 まぁいいか。 「じゃ、お前も元気でな」 「ごめん、行こっか?」 「何をなさっていたのですぅ?」 「ん? あぁ、リンゴの樹に 呼ばれたような気がしてさ」 「颯太さんはリンゴの樹のお声が 聞こえるのですか?」 「あぁ……いや、冗談だよ」  彩雨は用事があるらしく デートの約束は午後にした。  俺はひとり家でぼんやりしてたんだけど、 ふいに昨日のリンゴの話が気になった。 「QP、いるか?」  …… 「あれ?」  珍しく返事がない。 「いつもは呼べばだいたい、いるのになぁ」  しゃべっていれば ひょっこり姿を現すかと思ったけど、 そんなこともないようだ。  どうせデートの時間までは暇だし、 散歩がてらに捜してくるか。 「QP、いないよな?」  さすがにここにいたら、 さっき呼んだ時に気づくよな。 「QP、いるか?」 「どこだー、QPー?」  うーむ、まったく現れる気配がないな。  こんなところにいないよな? 「QP?」 「……やっぱり、ファストフード店には 来ないか……」  あいつがいそうなところと 言えば、やっぱり…… 「QP、どこにいるんだー? ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ」  少し大きな声で呼んでみるも、 やはり返事はない。 「QP? なぁ、いないのかー?」  …………  ……おかしい。  そもそも今までは 呼べばだいたいそばにいたじゃないか。  なのに、こんなに捜しても 見つからないなんて…… 「……颯太さん?」  聞き覚えのある声に、振りかえった。 「やっぱり、颯太さんなのですぅ。 ビックリしてしまいました」 「……あれ、どうしてここに? 用事があるって言ってなかった?」 「そうなのですが、じつは今朝、 おかしな夢を見てしまいまして」 「……夢? どんな?」 「このリンゴの樹の前で、 かわいらしい妖精さんが 私におっしゃったのですぅ」 「『颯太さんが独りになって  寂しいかもしれないから、  会いにいってほしい』って」 「まるで現実のような夢でしたので 無性に気になって、こちらに 来てしまいました」 「そうしたら、本当に颯太さんが いらっしゃったので、 ビックリしたのですぅ」 「……そうなんだ。その妖精ってさ。 どんな姿だった?」 「えーと、確か、こんなふうな妖精さん だったと思います」  彩雨は小枝を使い、 地面に妖精の絵を描いた。  QPだった。 「……珍しくプレゼントなんてくれると 思ったら……」 「元気で」 「……………」  昨日のアレが、あいつなりの 別れの言葉だったってことか…?  思いかえしてみれば、 最初にあいつは一学期が終わるまでに 恋人を作れと言った。  もしかしたら、最初から 一学期が終わるまでが 期限だったのかもしれない。 「だからって、もうちょっと マシな別れ方があるだろうが……」  本当にあいつは人のことを、 理解する気がこれっぽっちもない。  いつもいつも言いたいことだけを 好き勝手に言って、やりたいことを やっていく。  けっきょく最後まで 振りまわされてばかりだった。  だけど―― 「QP……」  やはり、返事はない。  別に、どうってことはない。 これからは振りまわされることもないし、 むしろせいせいするぐらいだ。  そう、思うのに、どうしてだろう…?  気がつけば、涙がこぼれていた。 「バカ野郎……別れの挨拶ぐらい、 俺にもさせろよ……」  それでも、こんな別れが、 本当にQPらしいとは思った。  きっと、もう、何度呼んでも、 あいつが現れることはないんだろう。 「ど、どうしたのですか? どこか痛むのですぅ?」  彩雨が優しく俺の涙を拭ってくれる。 「あ……」  言葉を出せば泣き声に変わりそうで、 俺はぶるぶると首を振った。 「では、何があったのか 教えてくださいますか?」  彩雨はぎゅっと俺を抱きしめて、 優しく頭を撫でてくれる。  涙をぐっと堪えて、言葉を絞りだした。 「……彩雨に会う少し前にさ、 すっごく変な奴に出会ったんだ」 「どのようなお方なのですぅ?」 「そうだな。偉そうで、恩着せがましくて、 すっごく真面目な顔でバカみたいなこと ばっかり言う奴だよ」 「面白い方だったのですね」 「面白いといえば、面白い奴だったな。 めちゃくちゃ傍迷惑だったけど……」 「最初、会った時はとんでもなく うさん臭くてさ、そいつの言うことなんて これっぽっちも信じてなかったよ」 「なのにそいつは俺にまとわりついてきて、 『まぁ信じてもいいか』って思えることが あったから、しぶしぶ付き合ってたんだ」 「『面倒臭い』って思いながらさ。 『あぁ、また変なこと言ってるな』って そう思いながら……」 「いつからだろうなぁ…? 気がついたら、楽しくなってた」 「そいつがバカをやるたびに、突っこんだり、 教えたりするのが、当たり前になってた」 「とても仲の良いご友人だったのですね」  そう彩雨に言われて 俺はようやく気がついた。 「……あぁ、友達だったんだ……」  こぼれ落ちそうになった涙を、 ぐっと堪える。 「そいつが、急にいなくなったんだよ。 どこを捜してもいなくて、今、やっと分かった」 「昨日、そいつが俺に別れの言葉を伝えたんだ、 って」 「俺は、いつものようにバカを言ってるんだ と思って、気にも留めなかった」 「そいつが、別れを口にしてるのに、 何も……」 「連絡はとれないのですか?」 「……連絡先は、教えてもらえなくてさ…… どこにいるのかも、もう分からない……」 「……そうでしたか。 大変、辛い思いをなさったのですね」  彩雨がもう一度、俺を抱きしめ、 頭を撫でてくれる。  気を抜けば涙が溢れてしまいそうで 必死に歯を食いしばる。 「よろしいのですよ。 私は何も聞いておりませんから」  トントン、と彩雨が背中を叩く。  うぁ……、と嗚咽が漏れた。  それをきっかけにして堰を切ったように、 涙が溢れだした。 「颯太さんは、そのご友人のことが 大好きだったのですね」 「……あぁ。なのにさ……」 「憎まれ口を叩いてばかりで、 冗談を言いあってばかりで……」  何も伝えられなかった。 「きっと、言葉にしなくても、 分かっていらしたと思いますよ?」 「どうして…?」 「そういうものでしょう。ご友人って。 そうでなければ、仲良くは なれなかったと思うのですぅ」 「……そうだと、いいな」 「はい。きっと、そうなのです」 「………………そうだな……」  なぁ、QP。  あのプレゼントは、別れの時に 誰にでもあげているのか?  それとも、お前も楽しかったんだって 思っていいのか? 「返事をしないなら、 勝手にそう思うからな」  風がそよぎ、リンゴの枝がかすかに揺れる。  まるでQPが、俺に 手を振っているような気がした。 「ごめん。まだ待ち合わせまで 時間あるよな。いったん帰るよ。 彩雨も用事あるんだもんな」 「私のことは構わないのですが、 本日は、お休みになっていても よろしいのですよ」 「いやいや、大丈夫だって。 ちょっと家で用事があるだけだから。 じゃ、また後で」  精一杯の笑顔を作って、 彩雨と別れた。  校門のところまで来て、 ふぅ、とため息をつく。  家の前まで到着する。  鍵穴に鍵を差しこみ、 施錠を外す。ドア開けると―― 「颯太さん」  振りむくと彩雨がいた。 「あれ? ついてきたのか?」  こくりと彼女がうなずく。 「ごめん、ぜんぜん気づかなかった。 声をかけてくれればいいのに」 「……………」 「それで、どうした? 離れるのが寂しくなったとか?」  冗談交じりに俺が言うと、 「……はい……」 「じゃ、よってきなよ」  彩雨はこくりとうなずいた。 「えーと、何か飲むか? 緑茶か紅茶かコーヒーぐらいしか ないけど」 「あぁ、そういえば、最近母さんが、 おいしそうなロールケーキを 買ってきてたっけな」 「こそっと食べちゃおっか?」 「……………」 「はは、冗談だって。 ところで彩雨の用事は本当にいいのか?」 「はい。本日でなくても構いませんから」 「そっか。あ、そうそう。 このロールケーキ、本当は食べていいって 言われてるんだよ。切ってくるな」 「……あのぉ、颯太さん。 大変差し出がましいことを申しますが……」  そこで言葉を切って、 彩雨は俺の顔を真剣に見つめてきた。 「……私はそんなに他人なのですか?」 「え……なに言って……」 「あなたがお辛い時に空元気で 振る舞わなければならないほど、 私に気を許してはいないのですか?」 「あ…………ごめん……」 「謝ってほしいわけではないのです。 ですけど、お辛い時はお辛いと おっしゃってほしいのです」 「そのような他人行儀な言葉をかけられると、 とても自分が情けなくなります」 「私は、そんなに頼りないですか?」 「……いや、そんなことは、ないよ」 「でしたら、辛い時にまで 気を遣わないでくださいませ」 「……うん。ごめん。 彩雨が嫌な思い、するかなって」 「そんなことおっしゃると 私だって怒るのですよ?」 「そうだよね」  彩雨は俺の手を握り、 「どうすれば、慰めてあげられますか?」 「もっと……手を握ってほしい……」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  彩雨が俺の手を引いて、 自分の胸に抱えこむ。  ふくよかな感触を覚え、 反射的に手を引こうとするも、 彼女がそれをぎゅっと押さえつける。  その拍子に、俺の指が、 彩雨の胸の先端に触れた。 「ご、ごめん……」 「いいの、ですよ。 私はあなたの彼女なのですぅ」  胸の柔らかさが、手を伝う。  どうしようもなく身体は反応するけれど、 こんな時に、何を考えているんだろうと 自制を働かせる。 「あのぉ、颯太さん…… もっと、触りたいですか?」  もどかしさが顔に出ていたのか、 彼女が恥ずかしげに俺を見つめる。 「えと、でも……」 「いいのです。 あなたがそうしたいと思ってくれるなら、 私はとても嬉しいのですぅ」 「こんな時に……」 「こんな時だから、余計に嬉しいのですぅ」  真っ赤な顔をしながら、 彩雨が迫ってきた。 「彩……雨…?」 「……ほ、本日は私が 精一杯ご奉仕いたしますので、 じっとなさっていてくださいませ」  彩雨は俺の股間に 物珍しそうな視線を注ぐ。  彼女の吐息がち○ぽにかかって、 背中にぞくぞくとした感覚が走った。 「……こんなに大きくなるのですね。 それに、びくびくしていらっしゃいます」 「ご、ごめん……」 「いいえ。お舐めしてもいいですか?」 「あ、うん……」  恐る恐るといったふうに 彩雨がち○ぽに舌を伸ばす。  舌先がち○ぽに触れるたびに ヌルッとした感触を覚える。 「……れろ……れろれろ……ん、ちゅ…… ぴちゃぴちゃ……れろ、れぇろ……」  彩雨の舌使いはぎこちないけど、 彼女が一生懸命フェラチオをしている光景が ひどく興奮を誘う。 「……気持ちいいですか?」 「あ、うん…… 彩雨って、こういうことは、 知らないと思ってたけど……」 「……私だって、 気持ち良くさせてあげたいですから、 えっちな勉強もするのですぅ……」 「そうなんだ……」 「はしたないと思われますか?」 「うぅん、すごく嬉しい」 「良かったのですぅ。 では、もっとご奉仕させていただきますね」  彩雨の舌が亀頭にピタッと吸いつき、 そのまま円を描くように舐めまわされる。  ぴちゃぴちゃっといやらしい水音が響き、 舌の柔らかさが直接ち○ぽに伝わってきた。 「力加減はいかがですか?」 「もっと強くしてくれると、 気持ちいいかも」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  彩雨は舌を強くち○ぽに擦りつけてきて、 必死に俺を気持ち良くさせようとしている。  彩雨のかわいらしい舌が グロテスクなち○ぽにいやらしく絡みつく のが、すごく卑猥だ。 「れぇろれろ……んっ、ちゅ、ちゅぱっ…… ちゅう、ちゅれぇろ……れろれろ、れろん、 ん……んん、あ……れぇろ、れろれちゅ……」 「……あぁ、おち○ちんから、 いけないお汁が溢れてきたのですぅ。 感じていらっしゃるのですか?」 「うん、すごく気持ちいいよ」 「……ふふっ、汚れてしまいますから、 舐めとって差しあげますね」  彩雨は尿道に舌先を伸ばし、 トロリとにじむガマン汁を丹念に 舐めとっていく。  さらにペロペロと舌が尿道を こじ開けるかのように入ってきて、 ぞくっとする快感が背筋に走った。 「他に舐めてほしいところは ございませんか?」 「その、良かったら、咥えてくれる?」 「……はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「あぁむ……んちゅっ……れぇろれろ、 ちゅれろっ……ぴちゃぴちゃ……んっ、 んふぅっ……んちゅるっ……れむ、れろ」  彩雨の口全体にち○ぽを覆われ、 ヌルヌルの感触に意識が奪われる。  口内にち○ぽを入れているだけでも 気持ちがいいのに、その上彩雨の舌が 絡みつくように動いている。 「ん……れぇろ……んちゅ……れぇろ、 れぇろっ、ぬぷっ……れぁむ、んぁ、 ちゅっ、ちゅれっ……ちゅぱっ……」 「……舌の、ちはら加減はいかがれすか…?」 「すごく、気持ちいい。 唇をすぼめて、ペニスをしごくように してくれる?」 「……かひこまりまひた。 不慣れでふけど、やっれみまふね」  言われた通り、彩雨は唇をきゅっとすぼめ、 俺のち○ぽを強く圧迫する。  そして、そのまま、顔を上下に動かしはじめた。  唇や舌にち○ぽが擦りあげられて、 快感が一気に加速していく。 「んちゅっ、ちゅぱっ……れぇろれろ、れちゅ、 あぁむ……ちゅれろっ、れろ……れぁむ、 んちゅ……ちゅっ、ちゅぱぁっ……ちゅれっ」  彩雨の口内は唾液でグジュグジュに なってて、ほんのりと温かい。  一生懸命まとわりついてくる舌は くにゅくにゅと柔らかくて、 今にもイッてしまいそうになる。 「……んん……おひ○ひんが…… おくひの中で、びくびく暴れているのれすぅ。 いけない子れすね」  小刻みに震えるち○ぽを 彩雨は唇と舌でぱくっと咥えて 押さえこむ。  それから、さらに激しくち○ぽを むしゃぶりはじめた。 「んちゅっ、ちゅれろっ……ちゅぱはっ、 ちゅるっ……れちゅっ、ちゅっちゅっ、 じゅりゅりゅっ、んちゅ……れちゅぁっ!」 「彩雨……もう…!!」 「……んっ、ちゅっ、イかれるのれすぅ…? どうぞ、私のおくひの中に、たくさん、 出ひてくらさいませ」  まるで俺の精液を絞りとろうとするように 彩雨がち○ぽをじゅるると吸いあげる。  ち○ぽをぱっくりと咥え、俺を気持ち良く させようと強く吸いついてるその表情に、 快感がさらに高まる。 「彩雨、出る…!!」 「……んちゅっ、どうぞ、イッてくらさいっ、 ちゅるるっ、ちゅれろっ……ちゅぱっ、 んちゅっ、精液、出ひてくださいっ…!!」 「……飲んでっ、くれる…?」 「……はひ。かひこまりまひた。 あなはの言うとほりにするのれす」 「全部お飲みいたひますから、 たくさん出ひてくらさいね……」  言いながら、彩雨は激しく舌を絡めてきて、 ち○ぽをじゅるじゅると吸いあげる。 「んちゅっ、ちゅぱぁっ、どうぞ、 お出しくらさぁいっ……ちゅっ、んちゅっ、 あぁむ、れろ……れぇろ、ちゅっ、ちゅれろ」 「ちゅぱっ、ちゅるるっ、んちゅうっ、 ちゅじゅっ、ちゅじゅりゅりゅっ、 ちゅじゅりゅりゅりゅりゅりゅーっ!!」 「んーーーーーーーーーーっ!! ……ごくごく、ごく……」  彩雨の口の中に 思いっきり精液を注ぎこむ。  さすがに全部は飲みきれず、 残りの精液が彩雨の顔面を白く汚した。 「……いかがでしたか? 気持ち良くなれました?」 「あぁ……」 「……ですけど、まだ大きいのですね……」  俺のペニスを慈しむように触り、 彩雨はとろんとした視線を向けた。 「……そのぉ、どうぞ、 いらしてくださいませ……」  彩雨がみずから脚を開いて、俺を誘う。 その姿にたまらなく興奮を催した。 「……いきなり挿れて、平気か?」 「はい。大変お恥ずかしいのですが、 おち○ちんを舐めていましたら、 濡れてしまったのですぅ……」  そっと彩雨のおま○こに手をやり、 押し広げてみる。  すると、中からいやらしい液体が ドロリとこぼれ落ちてきた。  ひくひくと動いている膣口が、 まるでち○ぽを挿れられるのを 今か今かと待っているかのようだ。 「じゃ、挿れるよ」 「はい。どうぞ、遠慮なく 入ってきてくださいませ……」  彩雨の秘所にペニスを当てて、 ぐっと腰に力を入れる。 「あ……んん……ん……あぁぁ…… は、入ったのですぅ?」 「うぅん、もう少し」  じりじりと彩雨の膣を 押し広げるようにして、俺のち○ぽが 奥へと呑みこまれていく。  彩雨の膣がピタピタと絡みついてきて、 下半身全体が彩雨の膣内に 呑みこまれたような錯覚を覚える。 「入ったよ」 「……はい。おち○ちんが私の中で、 どくんどくんってもどかしそうに 脈を打っているのが分かります」 「すぐに気持ち良くして差しあげますね」  彩雨が前後に腰を振りはじめる。 すると、おま○こがきゅう、きゅうと 締まり、ヒダがち○ぽに絡みついてくる。  とろとろの彩雨の膣内で粘膜と粘膜が 交わって、火花が弾けるような 快感が下半身を駆けぬけていく。 「あっ、んんっ……あっ、はぁ…… 気持ち、いいですか?」 「うん、いいよ」 「それでは、もっとご奉仕いたしますね。 たくさん気持ち良くなってくださいませ」  彩雨が円を描くように腰を振る。それが、 まるでみずから快楽を求めているようで、 ひどくいやらしくて。  膣内でカリとヒダが擦れあうたびに 彩雨の口からは艶っぽい声が漏れ、 下半身にトロリとした愛液が滴る。  感じている彼女の姿に興奮して 俺のち○ぽがますます膨張した。 「……んんっ、あ、ぅぅ、なんだか…… おち○ちんが、大きくなってきた気が するのですぅ……」  彩雨は腰を振ろうとするけど、 ち○ぽがおま○こをくちゅうっと 突くたびに、切なげな吐息を漏らす。  感じるあまり快楽を堪えきれず、 思うように動けないようだった。 「……あ、あっ、あぅっ、だめ、なのですぅっ、 こんなに、あぁっ……だめぇっ、やぁっ、 気持ち良すぎて、うまくできな――あんっ!」 「んっふっふ、はぁ……やぁっ、んっくぅ、 あぅっ、そんなぁっ、私、あぁっ…… こんな、はずじゃっ……やぁっ、だめぇっ」 「彩雨、動いていい?」 「えっ、あ、はい……あぅ…… はぁ……お好きになさっていただいて 結構ですよ…?」 「じゃ、いくよ」 「あ、あ・あ……あはぁぁぁっ、やぁ、 んんっ、だめ、あぁ……あふぁあっ…!!」  じゅぼぼぼっと彩雨の膣内に 思いきりち○ぽを押しいれて、 快楽のままに引きぬいていく。  気持ち良さそうに身体をよじる彩雨が、 とろとろの愛液が、吸いついてくる膣壁が ……何から何まで気持ちいい。 「あぁっ、だめっ、なのですぅっ。 そんなになさいましたら、私っ、もうっ、 ああっ……んんっ……あぁ…!!」 「んっ、だめぇっ、気持ち良すぎて、 我慢できなくっ、なってしまうのですぅ。 あぅっ……んんっ……だめ、だめぇっ!」 「我慢しなくていいよ」 「……ですけど、本日は私が ご奉仕させていただくはずですのに、 先にイッてしまってはいけないのですぅ」  そう言われるとますます彩雨を イカせたくなってしまう。  俺は激しく彼女の膣内を責め立てながら、 クリトリスに手を伸ばした。 「ああぁぁぁぁぁっ! やだっ、そちらはっ、 あんっ、待って、私っ、ああぁっ…… 本当に、だめぇ、だめなのですぅっ!!」  クリトリスと膣内を同時に責めると 明らかに彩雨の反応が変わった。  彼女は理性をなくしたかのように 淫らに腰を振り、俺のち○ぽを ぎゅうぎゅうと咥えこんでくる。 「あぁぁっ、もう、我慢できませんっ。 あっあっああぁ……イキますっ、 私、先にイッてしまいますぅっ」 「あぁ、あっ、もうっ、本当に、ああぁぁ、 イクッ、あぁっ、イクゥッっ、あぁぁ――」 「イってしまいますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  彩雨がイッた瞬間、膣内が激しく収縮して、 俺のち○ぽをぐちゅうっと締めあげた。 「あ……あぁぁ……入って、 んっ、入ってきますぅ……あなたのが……」  どくどくと彩雨の中に精液を注ぎこむ。  なおも射精は収まらず、 彼女の全身に精液をぶっかけた。 「……はぁ……はぁ…… そのぉ、ぐ、具合はいかがでしたか?」 「あ、えぇと……すごく良かった」  なんだか答えるのが すごく照れくさかった。 「くすっ、それは何よりなのですぅ」  彩雨は俺の首に両手をかけて、 そのままベッドに倒れこんだ。 「どうぞ、あなたのお好きなように なさってくださると嬉しいのです」  俺の目の前で、彩雨が いやらしく脚を開いている。  薄布一枚だけに隠された彼女の秘所に、 視線が吸いこまれていく。 「……あのぉ、お好きにとは申しましたが、 そんなにじっくり見られますと 恥ずかしいのですぅ……」 「……う、うん。ごめん…… 初めてだから、ちょっと緊張してて」 「……私もなのですぅ。 初めて同士ですね」  そう言われ、少しだけ緊張が和らぐ。 「触ってもいい?」 「……はい。どうぞ、存分に お触りくださいませ」  ゆっくりと手を伸ばして 彼女のおま○こにそっと触れる。 「……あぁ……んん……ふぁ……」  初めて触れるそこは 思っていた以上に柔らかい。  俺は夢中になって手を動かした。 「あ……あぁ……ふ、あ…… ふぅっ、ん……はぁ……あ……」 「どんな気持ち?」 「……すごく、恥ずかしくて、 胸がドキドキしてしまうのですぅ……」 「もっと強くしてもいい?」 「……はい……あぁっ……んんっ…… ふあ……はぁ……んく……あぅ……」  おま○こをなぞるようにして 指を這わせていく。  パンツごしに膣口に指が入るたびに、 彩雨はわずかに身体を震わせる。 「気持ちいいのか?」 「……はい……あなたに 触られていると思うと、 頭がぽぅっといたします」 「じゃ、ここは?」  指を這わせながら、彩雨のクリトリスを 探り当てる。 「はぁ……あぁっ……あぅ……んっ…… ふあぁっ……や……んんっ……ふぁ……」  さっきよりも彩雨の身体は敏感に反応し、 びくっ、びくっ、と震えている。  俺はそのかわいらしい突起を 丹念に指で愛撫していく。 「はうっ……んっ……そこは……あぁっ、 触られると……蕩けて、しまいそう、 なのですぅっ……はぁっ、あぅっ……」  彩雨の下着がほんの少し 湿り気を帯びてきたような気がした。 「彩雨のおま○こ、見せてもらってもいい?」 「構わないのですが、そういういやらしい 言い方をしてはいけないのですぅ」  そっと下着を脱がすと、 彩雨のおま○こが露わになる。  吸いよせられるように クリトリスを指でつまんだ。 「あぁっ、ん……はぁっ……だめぇ…… はぁっはっ……ひあっ、ふぅ…… あっ、んん、んっくぅっ……やはぁっ!」  気持ちいいのか、クリトリスを コリコリと刺激するたびに、彩雨の腰が 艶めかしく揺れる。  その姿をもっと見たくて、 俺はクリトリスの皮をむいて 指先で何度も弾いた。 「なっ、何を、なさって、あぁっ、 ふあぁぁ……だめぇっ、それは……はうっ、 すごく……あっ、あぁあぁ……だめぇっ!」  皮がむくれ、むきだしになったクリトリスを 指の腹で丹念にいじくりまわすと、 びくんびくんと彩雨の腰が大きく跳ねる。  膣口を指で広げてみれば、 中からドロリ、と愛液がこぼれた。 「彩雨、濡れてるよ」 「……そ、そうなのですね…… でしたら、いいのですよ?」 「いいって…?」 「そのぉ……濡れましたら、 おち○ちんを挿れてもいいという ことなのですよね…?」 「あ、うん……」 「でしたら、どうぞ、 いらしてくださいませ」  ごくり、と唾を呑みこみ、 ズボンからち○ぽをとりだす。  うまくできるだろうかと 不安に思いながらも、 彩雨の秘所にち○ぽを押しつける。  だけど―― 「あ……えぇと……」 「……どうなさいました?」 「……ごめん、その……」  緊張のあまりか、俺のち○ぽは すっかり萎えてしまった。 「……これでは、できないのですぅ?」 「うん。ちょっと、緊張しちゃって……」 「き、緊張することはないのですよ。 気楽に考えるのですぅ」 「気楽にって言われても…… 彩雨だって緊張してるだろ…?」 「それはその……しているのですぅ……」 「だろ」  彩雨の裸をじーっと見ても、 ドキドキと胸が高鳴るばかりで まったく下半身が反応しない。 「……し、しないのに、 そんなに見てはいけないのですぅ」 「あ、あぁ。ごめん。服着ようか」 「……………」 「……………」  非常に気まずい。 「……あのぉ、はしたないことを お伺いしますが、気持ち良くすれば、 大きくなるのですよね?」 「それは、まぁ……」 「……そ、それでは、 お口でさせていただいても よろしいですか?」 「え…?」 「気持ち悪くないか?」 「あなたのおち○ちんですから。 それとも、舐められるのは ご不快ですか?」 「いや……すごく、してほしいよ」 「くすっ、それでは、不慣れなもので うまくできないかもしれませんが、 ご奉仕いたしますね」  彩雨はおっかなビックリと言ったふうに 口を開き、舌を伸ばした。 「れぇろ……れろれろ……んれろ…… ぴちゃぴちゃ……んふぅ……れあ……」  彩雨の舌はヌルヌルで柔らかくて、 ち○ぽに触れるたびにぞわっとした 快感を覚える。  何より、彩雨が俺のち○ぽを 舐めている姿が、あまりにも いやらしい。 「いかがでしょうか? おち○ちん、気持ちいいですか?」 「あぁ……すごくいいっ」 「くすっ、それでは、もっと頑張りますね」  彩雨が丹念に、俺のペニスに舌を這わせる。  まるでおいしそうにキャンディを 舐めるかのように。  すごく気持ちが良くて、 萎えてしまった俺のち○ぽは あっというまに勃起した。 「はぁ……ずいぶん、 大きくなったのですぅ…… どのようにされると気持ちいいですか?」 「えと……咥えてくれたら、嬉しいけど」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  彩雨は小さな口を限界まで開いて、 俺のち○ぽを呑みこんでいく。  彩雨の口の中は狭くてとろとろで、 ペニスが舌や頬の内側、口蓋に触れると、 それだけで快感が走る。 「……なんらか、おひ○ひんを 食べてしまっらみたいれすね……」  俺のものを咥えながら、彩雨がしゃべる。 そのたびに舌や唇が触れ、下半身が震えた。 「お舐めしへもよろひいれすか?」  こくり、とうなずくと 舌がペニスに絡みついてきた。  口内で舌が円を描くように 亀頭を舐めまわしてくる。  初めてのフェラチオに 俺のペニスはあっというまに 絶頂に近づいていく。 「んっ……ちゅっ……ちゅぱぁっ……んちゅ、 れろれろ、れぇろ……れあん、あむ、 んっ、んちゅうっ……んはぁっ、ちゅぱっ」 「ふふっ、おひ○ひんが、 びふびふなさってましゅね……」  唇がきゅっとすぼまり、ペニスを締めつけ、 舌がいやらしく棒の部分に吸いついてくる。  とてもおいしそうに彩雨は 俺のち○ぽにむしゃぶりついていた。 「……舌の加減はいかがれすか?」 「うん、すごくいい。 もっと強くできる?」 「はい。かひこまりまひた。 あなはのいうとほりにするのれすぅ」  じゅぼぼっと卑猥な音を立て、 彩雨がち○ぽを呑みこみ、舐めまわす。  彩雨が顔を上下に振ると、 まるで口を女性器代わりにしているみたいで、 なんだかものすごい背徳感を覚えた。 「んちゅっ……れろっ、あむ…… 何か出てきまひた、変わったお味が するのれすぅ……」  まるでガマン汁を味わうかのように 彩雨は尿道に舌を伸ばして、丹念に 舐めとり、吸っていく。  気を抜けば、うっかりそのまま 射精してしまいそうだ。 「私のおくひの中は、 きもひいいれすか?」 「あぁ、すごくいい」 「嬉ひいのれすぅ。 もっとお舐めさへていたらいても よろひいれしょうか?」 「うん」 「ありがほうございまふ。 一生懸命、ごほうひいたひますね」  彩雨の舌がピッタリとち○ぽに 貼りついてくる。  そのまま彼女の顔が上下すると、 貼りついた舌とち○ぽが淫らな音を 立てて擦れあう。 「んちゅっ、ちゅぱっ……ちゅれろっ…… れぇろれぇろ……んあむ、んちゅっ、れぁ、 あぁむ……ちゅぱっ、ちゅぼほっ、ちゅれっ」 「すごく……いい……」 「……とへもきもひよはそうなお顔れすね。 感じていたらいて、光栄なのれすぅ……」  俺が感じてることに 彩雨も興奮しているのか、舌使いが さらに熱っぽく、いやらしさを増した。  唾液を絡め、ガマン汁を吸い、 ち○ぽを丸ごと味わうかのように 舌や唇がまとわりついてくる。 「んー、またおおひくなりまひた。 お口の中で暴れて、お元気なのれすぅ。 もっと、暴れてくらさいませ」 「ちゅじゅうっ……じゅるっ、じゅれろっ、 あぁむ、れろれろ、れあん……んちゅっ、 ちゅぱっ……ちゅるぅっ、れぇろれろ……」  ぷっくりと柔らかい唇が 俺のち○ぽに吸いつき、ヌルヌルの舌が 執拗に竿に絡みつく。  こんなにいやらしい音を立てながら、 彩雨が俺のものを懸命にしゃぶっている姿を 見てると、無性に興奮してしまう。 「んっ、ちゅうっ……ちゅぱっ、ちゅるっ、 れろれぇろ……れあ、あぁむ……はむ…… ちゅぱっ、ちゅぱはっ……んちゅ、ちゅれろ」  だんだんと慣れてきたのか、 彩雨はどんどんち○ぽを喉のほうまで 呑みこんでいく。  そうして、ち○ぽがすっぽりと 彩雨の口の中に入ると、粘膜すべてに 吸いつかれているような気さえした。 「おひ○ひんのお加減はいかがれすか?」  俺はもう言葉を返す余裕もなく、 身じろぎひとつすれば、今にも イッてしまいそうだった。  そんな俺の様子を見て、 彩雨はふたたびち○ぽに舌を 絡みつかせてくる。 「んあむ……んちゅっ、ちゅぱっ…… ちゅるっ、ちゅれろっ……れあ、れあん…… れろれぇろ、れちゅっ、んあ……ちゅぱっ」 「彩……雨……」  そろそろやばいと、 彼女の頭を撫でるように ポンポンと叩く。  しかし、彼女はそれを もっとしてほしいという意味だと 勘違いしたのか、舌使いが激しくなった。 「ちゅぱっ、ちゅるるっ……ちゅれろっ、れろ、 ちゅ、ちゅじゅうっ……れぇろれろ…… ぴちゃぴちゃ、んちゅっ……ちゅぱっ!」  唾液やガマン汁を飲むように、 彩雨がち○ぽを吸いあげはじめる。  口内で擦れあう快感と相まって 一気に精液が込みあげた。  もう限界だった。 「ちゅじゅっ……じゅりゅじゅりゅっ、 じゅるるるっ……ちゅぱはっ、ちゅぱはっ、 んちゅっ、ちゅれぇろっ……んちゅぱっ」 「ちゅっ、ちゅうっ、ちゅじゅりゅりゅっ、 ちゅじゅるるっ……ちゅじゅりゅりゅっ…!! んちゅりゅるるる、じゅりゅりゅるっ…!!」 「ん……んーーーーーーーっ!! んぐ、ごくごくごくん……」  大量に放出された精液を 彩雨が喉を鳴らして飲んでいる。  しかし、すべてを飲みきることができず、 ち○ぽから口を放すと、彼女の顔に 精液がかかった。 「はぁ……はぁ…… いきなり出てきたので、 ビックリいたしました」 「ごめん、気持ち良すぎて……」 「喜んでいただけて嬉しいのですぅ。 ですけど……そのぉ…… また小さくなってしまいましたね……」 「う、うん……」 「ぺろぺろ……んちゅっ……」  彩雨がふたたび、ち○ぽを舐めるけど、 今度はまったく反応しない。 「……大きくならないのですぅ……」 「一回だしたし、今日はもう無理かも……」  緊張してるせいもあるんだろうけど、 まったく勃起する気がしてこない。 「……そ、そうなのですか?」 「うん……」 「で、ですけど……私、頑張ってみるのです。 ん……れろれろ………ちゅっ、ちゅぱっ、 れろれろれぇろ……ん、れぇろ……れろ……」  彩雨が丹念に舌を絡みつかせてくれるけど、 一度射精したち○ぽはまるで反応しない。 「……んれぇろ……大きくなってくださぁい…… れろれろ、お願いします……れろれろ、 んちゅっ、ぺろぺろ……」 「……だめなのです……」 「……やっぱり、無理かも……」 「……も、申し訳ございませんっ。 私、なんてことを してしまったのでしょうか……」 「颯太さんが気持ち良くなっているところが すごく見たくて、調子に乗って お出ししてしまいました……」 「せっかく初めてでしたのに、 私のせいで失敗してしまって……」 「その……ご、後生ですから、 お嫌いにならないで、欲しいのです……」 「大丈夫だよ。彩雨のせいじゃないから。 それにすっごく気持ち良かったし」 「……お許し、いただけるのですぅ…?」 「許すも何もないって」 「で、ですけど、うまくできませんでしたし、 嫌われてしまうのではないかと……」 「そんなことで嫌わないよ。 俺こそ初めてで、うまくできなくてごめんな」 「いえ、私が悪いのです。 次はうまくやりますから、そのぉ…… 懲りずにまたしていただけますか?」 「うん。次はちゃんとやれるように、 頑張ろう」 「はい。不慣れで申し訳ございませんが、 次回もよろしくお願いいたします」  今日のところは諦めることにして、 シャワーを浴び、裸のまま抱きあったりして しばらくの時間を過ごした。 「気休めを申すようで恐縮なのですが、 また会えるかもしれませんよ?」 「え…?」 「お別れしてしまったご友人になのですぅ。 世間は狭いと言いますから、またどこかで 会える日がやってくるかもしれないのです」 「……そうだな。 でも、何となく分かるんだ。 そいつとはたぶん、もう会えないって」 「どうしてですか?」 「……こんなこと言うと、おかしいと 思われるかもしれないんだけど……」 「……QPは……あぁ、そいつの名前な。 QPは、人間じゃないんだ。 恋の妖精なんだよ」 「QP…? 恋の妖精さん、ですか…?」 「あぁ。って言っても、信じられないよな。 俺以外には見えなかったし、俺も最初は まったく信じられなかったし」 「QPは恋を成就させるために妖精界から やってきてさ、いろいろ俺の世話を 焼いてくれたんだ」 「まぁ、的外れなことをやったり、 バカをやったり、ほんと困ること ばっかりだったけどさ」 「だけど、彩雨とこうして付き合えたのも、 QPのおかげみたいなもんなんだ」 「彩雨を園芸部に誘ったのだって、 あいつがそうしろって言ってくれた からだし」 「……まぁ、誰が聞いたって、俺の妄想としか 思えない話なんだけどさ……」 「……いいえ、私は信じますよ」 「本当に?」 「今朝、妖精さんの夢を見たと 申しましたでしょう? その妖精さんは、 QPさんと名乗ったのです」 「そうなんだ……」 「はい。きっと、残される颯太さんが心配で、 私に後を託してくださったのだと 思います」 「そっか……そう、かもな」 「QPさんは颯太さんのことを 大切なご友人だと思っていたのです」  その言葉がストンと胸の奥に収まった。 「……うん。ありがとう」 「お安いご用なのですぅ」 「あのさ……彩雨が俺の彼女で 本当に嬉しいよ」  ほほえんだ彩雨の頭を 優しく撫でる。  彼女は嬉しそうに目を細めた。 「彩雨に困ったことがあったら、 言ってくれな」 「困ったことというわけでは ないかもしれませんが、少々、 おねだりをしてもよろしいですか?」 「うん、なに?」 「そのぉ……ご迷惑かもしれませんが、 誕生日にお祝いをしてほしいのです」 「ご迷惑って、もちろんするよ。 そういえば、彩雨の誕生日って 聞いたことないよな?」 「9月25日なのです」 「了解。彩雨は、いつも誕生日、 どんなことしてるんだ?」 「特にいつもと変わらないのです」 「えっ? 誕生日なのに?」 「はい。ちゃんとしたお祝いは したことがないのです……」 「……一度も?」 「お母様もお父様もいつもお忙しくて、 私は病気がちだったので、親しい友人も いませんでしたから」 「いつも独りで寂しくて、 ご馳走もケーキも食べられなくて、 誕生日の思い出はいいことがないのです」 「ですから、そのぉ、誕生日を一緒に お祝いできましたら、とても嬉しいと 思ったのです……」 「じゃあさ、今年は 俺がご馳走とケーキを作るから、 一緒にお祝いしよう」 「お約束いただけるのですぅ?」 「あぁ、約束するよ」 「……お父様とお母様は、 約束しても、なかなか 守ってくれなかったのですぅ……」 「大丈夫だよ。ぜったい何があっても、 彩雨の誕生日をお祝いするから」 「ふふっ、ありがとうございます。 嬉しいのですぅ」 「何か食べたいものはあるか?」  彩雨は少しだけ考えてから、 「アップルパイが食べたいのですぅ」  予想通りの答えだった。  一学期が終わったので、 今は当然のごとく夏休みだ。  と言いたいところなんだけど、 世の中には夏期講習というものがある。  晴北学園では、参加自由という名目の ほとんど強制参加のため、俺たちの実質的な 夏休みはもう少し先だった。 「初秋。今日からHRは、 落葉祭の準備だ」 「まずはクラスでやる出し物を 決めなきゃいかんから、みんなの意見を うまく集めとけ」 「あれ? それってクラス委員長の 仕事なんでしたっけ?」 「今年からな。例年はクラスごとに 落葉祭の実行委員を出してたが、 今年は生徒会メンバーがやることになった」 「クラスに実行委員がいないから、 委員長が代わりにやるってことですか?」 「そういうことだ。俺は職員会議があるから、 姫守と一緒にうまく進めておいてくれ。 じゃあな」 「――というわけで、 今日は落葉祭の出し物を 決めるんだってさ」 「どなたかご提案がある方は 挙手をお願いします」 「はーい。休憩室がいいと思うー」 「休憩室って、思いっきり手抜きだな」 「せっかくの文化祭ですから、 もう少しちゃんとした出し物が いいと思うのです」 「大丈夫大丈夫。 そこら辺のクラスがやるような ただの休憩室じゃないから」 「どういう休憩室なのですぅ?」 「うんとね、個室があって、本が読めて、 アメニティにはティッシュとか ローションがあるやつー」 「却下だ。そんないかがわしい休憩室を 学校に作れるわけあるかっ」 「えー、いかがわしくないわよ。 漫画喫茶みたいなもんじゃん」 「ちなみに本はどうするつもりだ?」 「やっぱり、みんなの家から 持ってきてもらうのが一番だよね。 ベッドの下にあるやつ」 「それ男子しか持ってないやつだよねっ!?」 「何人かは女子も持ってるかも」 「持ってたって名乗りでないよっ! とにかくその休憩室は却下だ」 「えー、残念」 「他にご提案のある方は いらっしゃいませんか?」  シーンと教室が静まりかえった。  やれやれ。 「何でもいいぞ。今日は決まったら HR終わりだから、 早く帰れるし」  すると、 「メイド喫茶でいいんじゃないかな……」 「だめよ。どうせ女子にメイド服を 作らせる気でしょ。あれ、すっごく 面倒臭いんだからねっ」 「そうそう去年の落葉祭で 懲りたもんね。やっぱり、定番の お化け屋敷がいいんじゃない?」 「あ、それいい、賛成っ」 「待て待て、お化け屋敷は それなりのセットが必要だろう。 あれを作るのは本当に大変なんだぞ」 「その通りだ。おかげで 一昨年の落葉祭の準備は 死ぬほど大変だったからな」 「だいたいお化け役をやらされる理由が、 お化けみたいな顔だからって酷すぎるだろ。 お化け屋敷はイジメを助長するっ!」 「そうだそうだっ! お化け屋敷は人権侵害だっ!」 「それなら言わせてもらうけど、 あたしたちがメイド服着た時の男子の視線、 本っ当に犯罪的よね?」 「そうよそうよ。セクハラもいいところだわ。 あんな変態的な目で見られて、 妊娠するかと思ったわ」 「何だとぉ……それなら言わせてもらうが、 3年前のプラネタリウム。あれを男子が 作るのにどれだけ苦労したと思ってる?」 「4年前の喫茶店じゃ、 男子は何の役にも立たなかったわよね」 「ぬわにぃ…!!」 「何よっ!」 「はいはい、そこまでそこまで! なんでお前ら、いきなりそんなに ヒートアップしてるんだよっ?」  ていうか、なんでクラス替えしたのに、 落葉祭で遺恨を残した奴らばっかり、 また同じクラスになってるんだよ…… 「とりあえず、なるべくみんなが 今までやったことがないことにしよっか?」 「何がございますか?」 「そうだなぁ、演劇とか?」 「えー、演劇なんてかったるいだろ。 台詞は覚えないといけないし、 第一、恥ずかしいって」 「いや、待て。 ……悪くないかもしれないな」 「は? お前なに言ってるんだよ? 演劇だぞ演劇。何がいいんだよ?」 「お前こそ、よく考えろ。 劇の定番といえば何だ?」 「シェイクスピアか?」 「そう、シェイクスピア、 つまりロミオとジュリエットだよ!」 「それがどうかしたのか?」 「まだ分からないのか? このクラスで ジュリエット役ができるほどのお嬢様と いえば、誰だよ?」 「……そ、そういうことか…!? つまり――」 「そう、姫守さんがジュリエットだ!」 「えっ、ええっ…!?」 「となれば、俺がロミオに――」 「いや、親友のお前には悪いが、 これだけは譲れない。 ロミオは俺がやらせてもらう!」 「なっ、お前、その顔でどこがロミオだよ!」 「何だとっ、お前よりマシだってのっ!」 「さっきから聞いていれば、 勝手に二人で話を進めんなよ。 ロミオをやるのは、この俺だ!」 「いや、俺だ! 俺こそがロミオだ! そして、姫守さんとキスシーンを……」 「ふざけんじゃねぇっ! てめぇは便所にキスでもしてろっ!」 「何だとっ、この若ハゲがっ!」 「お、お前……言ってはならないことを……」  男子たちが我こそがロミオだと 醜い言い争いを繰り広げている。  落葉祭に意欲的なのはクラス委員長として 非常に嬉しいけど、これじゃどうにも 収拾がつかない。  というか―― 「あ、あのぉ……私、ジュリエットなんて できないのですぅ……」 「だよな」  彩雨も困ってるし、何とかしないとな。 「はいはいっ、ストップストップッ! 盛りあがってるところ悪いけどさ、 まだ脚本も配役も決定したわけじゃないし」  それ以前に出し物を劇にするかさえ 決まってない。 「それじゃ、選んでくれ。 俺たちの中のいったい誰が ロミオに相応しいかをっ」 「そうだ! 姫守さんに 決めてもらえばいいんじゃないか?」 「おまえっ、天才かっ!? それで万事解決じゃねぇかっ!」 「姫守さんっ、この中のいったい誰が ロミオに相応しいと思いますかっ!?」 「……え、えーと、そのぉ、 大変、申し訳ないのですが、 私はジュリエット役はできないのですぅ……」 「どうしてですかっ!?」 「一生に一度ぐらい楽しい劇の思い出を 作らせてくださいっ」 「お願いしますっ!」 「……ですけど……」 「何か理由があるんですかっ? できない理由がっ?」 「そうですよっ。理由があるんなら、 教えてくださいっ」 「……そのぉ、お、お付き合いしている方が いますので、そういう役をいただくわけには いかないのですぅ」 「な…!? お付き合い…!?」 「だ、誰と、いったい誰と 付き合ってるんですかっ!?」 「それは、そのぉ……」 「本当はいないんですよねっ!? そんなにジュリエット役が嫌だったなら、 そう言ってください!」 「そうですよっ! やりたくないなら、 やりたくないって言っていいんですよっ! そんな嘘をつかなくてもっ!」 「いえ、嘘というわけでは……」 「お願いだから、嘘だと言ってください! 嘘でもいいからっ!」  うーむ、なんだか大事になってきたぞ。 「いるって言うなら、せめて 名前だけでも教えてください。 そうしたら、納得しますから」 「……も、もしかしてこのクラスにいるから、 言えないとか…!?」 「姫守さんっ、そうなんですかっ!? いったい誰なんですかっ!?」 「……………」  彩雨は助けを求めるような目で俺を見ている。  仕方ない、か。 「みんな、ちょっといいか?」 「なんだよ、初秋。俺たちは今姫守さんと 話してるんだ。委員長だからって 出しゃばるなよなっ!」  ていうか今、 HRの時間なんだけど…… 「……俺なんだよ」 「何がだ?」 「だから、彩雨と付き合ってるの」 「いやいや、冗談も休み休み言えって。 お前みたいな草食系が姫守さんと 付き合えるわけ……」 「でも、いま『彩雨』って…?」 「なんか、その場限りの嘘にしては 呼び慣れてるよね?」 「姫守さん、もしかして…?」 「……は、はい。颯太さんと お付き合いしております……」 「……な……そんなっ!? こんな農業オタクのどこが いいんですかっ!?」 「誰が農業オタクだよっ!?」 「そのぉ……優しいところなのですぅ……」 「な……あ・あ・あ…… 姫守さんのあの目……だめだ…… 完全に恋する乙女の目だ……」 「初秋、貴様ぁーっ! 表に出ろぉぉぉっ、決着をつけてやる!」 「いやいや、何の決着だよっ!?」 「よしっ、分かった。 じゃ、うちのクラスの出し物は、 デスマッチゲームに決まりだ!」 「当然、A組男子 VS 初秋な」 「本気で殺す気っ!?」 「わ、私もご一緒に戦うのですぅっ!」 「そんな……姫守さん……」 「初秋ぃぃっ! いったいどうやって、 こんな純真な姫守さんをたぶらかしたっ!? ぜひ、やり方を教えてくれっ!!」 「いや、あのね、とりあえずさ、 落葉祭の出し物決めない?」 「ち。自分だけ幸せだからって……」 「これだから、リア充は言うことが 違うよな……」 「えーと、でも、ほら、 今はHRの時間だし…?」 「あぁん?」 「何だって?」 「いや…………」  そんなこんなで、  けっきょく、この日、 落葉祭の出し物は決まらなかった。 「それじゃ、今日こそ、 クラスの出し物を決めるぞ」 「ご提案のある方は挙手を お願いいたします」  教室は水を打ったように静まりかえる。 「誰も、意見はないのか?」  返事はない。 が、しばらく待ってみる。  何とも重たい沈黙が しばし続いた。 「もう適当にメイド喫茶で いいんじゃないか?」 「それはやだって言ったじゃない。 どうしてもやりたいなら、 男子が裁縫してよね」 「適当に決めるんなら、 プラネタリウムかなぁ」 「それこそ、男子は手伝わないからな。 どれだけ大変かやってみればいい」 「あー、はいはい、そこまで。 そんな不毛な言い争いしたって どうしようもないだろ」 「もっと建設的に話そうよ」  そう言うと、ふたたび教室に沈黙が訪れた。  うーむ、困ったな。 「あのぉ、もし皆さんが 何もないようでしたら、 私がご提案してもよろしいですか?」 「あぁ、もちろんいいよ。 何かやりたいことがあるのか?」 「はい。大好きなハンバーガーショップを やってみたいと思ったのですけど――」 「おぉ、それはいいな。 お客さんもたくさん来そうだし」 「でも、ゲームも大好きなので、 ゲームセンターもやってみたいと 思ったのです」 「ゲームセンターか。 文化祭だからってゲーム機持ちこんで、 教室でゲームしてもいいのかなぁ?」 「ていうか、 ゲームセンターとハンバーガーショップじゃ ぜんぜん違うけど、どっちをやりたいんだ?」 「どちらがいいかは決められませんでしたので、 ゲームセンターとハンバーガーショップを 組みあわせればいいと思ったのです」 「えぇと……なに? 組みあわせる?」 「はい。ゲームバーガーなのですぅ」 「それ……なんだ…?」 「ゲームセンターのいいところと、 ハンバーガーショップのいいところを 組みあわせるのです」 「具体的には?」 「ハンバーガーを食べること自体が、 ゲームになっているというのは どうなのですぅ?」 「……………」  どうしよう。ものすごく、もやっとする。 「みんなはどう思う?」 「うーん、ちょっと意味が分からないから、 あんまり賛成できないかな」 「ハンバーガーショップなら、 やってもいいけど」 「ゲームバーガーはともかく、 ゲームセンターは面白いと思うよ。 遊べそうだし」  案の定、ゲームバーガーは不評だ。  まぁ、意味わからないもんな。 「……皆さんがそうおっしゃるのなら、 仕方がないのですぅ……」  けっこう気落ちしてるな。  そんなにゲームバーガーが やりたかったのか? 「じゃあさ、ハンバーガーか ゲームセンターのどっちかにする?」 「それは断然ゲームセンターだろ。なぁ?」 「おう。それ以外考えられないって。 ハンバーガーショップとか 作るの面倒そうだし」 「もう。これだから男子は。 遊びたいだけじゃん。ぜったい ハンバーガーショップのほうがいいと思うわ」 「うんうん、エプロンをちょっとかわいく したり、ハンバーガーに顔描いちゃったり して楽しそうだよね?」  続々と意見があがるも、 見事に男子と女子で真っ二つだった。  ぜったい昔の落葉祭が遺恨を残してる からだな。 「……………」  彩雨は落ちこんでるし……  よし、ここはちょっと頑張ってみよう。 「……じゃあさ、みんなの意見を 合わせて、ゲームバーガーに するってのはどうだ?」 「……え…?」 「なに言ってるんだよ、 そもそもゲームバーガーって 何するんだ?」 「それを今からみんなで考えるんだよ」 「ゲームセンターがしたい人も、 ハンバーガーショップがしたい人も 半々ぐらいいるんだからさ」 「多数決でどっちかに決めちゃったら、 どっちかが我慢することになるだろ」 「そうだねー、あたしはゲームバーガー に賛成かなー。絵里はどう?」 「……その、いいアイディアだと思います。 それぞれのいいところを合わせれば、 楽しいでしょうから」  友希と芹川の援護射撃で 教室の空気が若干、変わった。  クラスのみんなは 「とりあえず考えてみよう」 と頭を悩ませ、 「じゃあさ、ゲームセンターを作って そこでハンバーガーを注文できるってのは?」 「それだけじゃ、つまらないから、 ゲームの景品をハンバーガーに するっていうのはどう?」 「罰ゲームで、すっごく辛いハンバーガーに 当たったりとか?」 「あははっ、それ面白いかも」 「それなら、色んな味のハンバーガーを 目隠しして食べて何味か当てる っていうのは、どうだ?」 「いいねっ。それで正解したら、 何か賞品がもらえるんでしょ。 楽しそう」 「辛い味のも混ぜとけば、 罰ゲームも組みこまれるしな」 「じゃ、どうせだから辛い味のも チリソース、ジョロキア、グリーンカレーの 3種類用意するとか?」 「それ、いいなっ! 辛すぎて絶対、当てられないだろっ」  さっきまでの状況が嘘のように、 話し合いが円滑に進んでいく。  そして、その数十分後、 うちのクラスの出し物は ゲームバーガーに決まったのだった。  その日の部活を終えると、 「颯太さん、本日はこの後ご予定は ございますか?」 「いや、ないよ。どこかよってくか?」 「では、お家に遊びに 行ってもよろしいでしょうか?」 「あぁ、じゃ、ちょっと待っててくれ。 すぐ帰る用意するから」 「はい。お待ちいたしますね。ふふっ」  なんだか、彩雨がご機嫌な気がするな。 「ふふっ、颯太さんと一緒に 下校のお時間なのです」 「今日はいつもより楽しそうだな」 「はい。いつもより楽しいのですぅ」 「なんでだ?」 「ふふっ、ご存じですか? 私の彼氏さんは私が困ったときに 助けてくれる素敵な方なのですよ」 「……あぁ、もしかして、 落葉祭の出し物のことか?」 「はい。お陰様でゲームバーガーが 採用になったのですぅ。夢みたいなのですぅ」  なるほど。だから、ご機嫌なのか。 「良かったな。やりたいことができて」 「違うのですぅっ。それは、 ゲームバーガーもやってみたかったのですが、 そういうことではありません」 「じゃ、どういうことなんだ?」 「どういうことだと思いますか?」 「いや、分からないから、 訊いてるんだけどね」 「でしたら、私も分からないのですぅ」 「なんだ、それ……」 「ふふっ、颯太さんの真似をしてしまいました」  意味がよく分からないけど、 ともかく彩雨は上機嫌だ。 「どうする? ゲームでもするか?」 「いえ、本日はゲームはやめておくのです」 「そうなのか。珍しいな」 「ゲームをしてしまうと、あっというまに 時間が経ってしまいますから、 もったいないのです」 「本日はできるだけ長く、颯太さんと一緒に いたいですから」 「でも、そんなこと言ったら、 俺なんか彩雨と一緒にいるだけで すっごく時間経つのが早く感じるよ」 「それは……私もそうなのですが…… せめてもの抵抗をするのですぅ」 「ほんっと、かわいいな、彩雨は」 「きょ、恐縮なのですぅ……」 「ところで、他にしたいことってあるか?」 「んーと、では、お話をいたしましょう」 「って言われても、すぐに話題が 出てくるもんじゃないしなぁ……」  何か面白い話があったかと考えるも、 まったく思いつかない。  すると、彩雨がピタッと身を寄せてきた。 「こうしているだけでも、いいのですよ?」 「そうなのか?」 「はい。とても幸せに気持ちになるのですぅ」  居心地が良さそうに、 彩雨は俺にくっついている。  しばらくそのままで、俺たちは互いの体温を 感じていた。 「……颯太さんのお部屋に来るのは、 あの日以来ですね」  そう言われ、あの日のことを思いかえす。  彩雨の肢体が脳裏をよぎって、 なんだか妙に緊張してきた。  それが、伝わったのか、 彩雨は少し身体を強ばらせながら、 「……したい、ですか?」 「……あ、でも……ほら、ゲームするより、 もっと早く時間経っちゃうし……」  とっさに、そんな答えを口にしてしまう。  しまったな。どうしよう? やっぱり、したいって言うのは 恥ずかしいよなぁ…… 「ですけど……私は…………したいのです……」  その言葉で、恥ずかしさは 綺麗さっぱり飛んでいった。 「だめなのですぅ?」 「うぅん。言わせて、ごめん。 俺もじつはしたかった」 「良かったのです。 今日は失敗しないように頑張るのですぅ」 「それではまず、お口でご奉仕いたしますね」  こないだ俺が勃起しなかったからか、 彩雨は最初からフェラチオをしてくれる。 「ん……れぇろ……れろ……ちゅっ…… ん……あぁむ……んあ…………ん……」  ぺろぺろとミルクを飲む子犬のように 彩雨が俺のち○ぽを舐めていく。  まるで綺麗に磨こうとしているみたいに、 彩雨は俺のち○ぽのあらゆるところに 舌を這わせる。 「……はぁむ……ぺろぺろ……んれろ…… ん、ちゅぱっ……ん……ぴちゃぴちゃ……」 「舐めてほしいところはありませんか?」 「えぇと……その、裏筋のところとか……」 「……こちらですね。かしこまりました。 それでは、失礼いたします」 「……んちゅ、れろれろ……あむ…… ぴちゃぴちゃ……ぺろ……れろれぇろ…… れあ、んあ……あむ……んちゅ……」  彩雨の舌が、ち○ぽの裏筋を 丹念に舐めていく。  まるで舌でくすぐられているみたいで、 もどかしい快感がぞわぞわと 湧きあがってくる。 「舌のお加減はいかがですか?」 「もっと強くできるか?」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  言われた通り、彩雨は舌を 強く擦りつけるようにして裏筋を舐める。  ヌメヌメとした舌の柔らかい感触に 適度な刺激が加わって、あっというまに ち○ぽが勃起した。 「あぁ……大きくなったのですぅ……」  まだ2回目だからか、珍しそうに 彩雨がち○ぽをマジマジと見る。 「今度は出してしまわないように 気をつけますね」  彩雨は口をそっと開き、ぱくりとち○ぽを 咥えた。  ヌルヌルの口内にち○ぽが包まれ、 ぴちゃぴちゃと舌に舐めまわされる。 「あぁむ……んちゅっ……れぇろ……れちゅっ、 んっ、んちゅっ、ちゅぱっ……れろれぇろ、 んあぁむ………れちゅっ……ちゅっちゅっ…」  れろれろと舐めあげ、ちゅっとキスし、 彩雨は献身的にち○ぽを口で奉仕する。  頑張って気持ち良くしてくれようと しているのが分かって、それがすごく興奮を 誘う。 「きもひいいれすか?」 「あぁ、すごくいい」 「ふふっ、よはっらのれすぅ。 なにはしへほひいことはありまふか?」 「……じゃ、吸ってくれるか?」 「はひ。かひこまりまひた。 あなはの言う通りにするのれす」  きゅっと唇をすぼめ、彩雨はち○ぽを ちゅうちゅうと吸いはじめた。  夢中になってそうしている姿は まるでち○ぽが大好物のように見えて、 すごくいやらしい。 「ん、ちゅっ、ちゅうぅ……ん? なには出てきまひたよ?」  ガマン汁だろう、彩雨は尿道に舌を差しいれ、 ちゅうっとそれを吸いだす。 「ごめんな。変なもの飲ませて」 「いえ。あなたがくらさるものれしたら、 何でも喜んでいたらくのですぅ」  舌を絡ませながらも、 彩雨はち○ぽを強く吸いあげる。  ぬぷぅ、ぬぷぅっといやらしい音が響き、 彩雨の口とち○ぽが激しく擦れあった。 「彩雨、そろそろ……」 「あ、ふぁい。イキそうれすか?」  こくりとうなずくと、 彩雨がち○ぽから口を離した。 「すごく……恥ずかしいのですぅ……」  露わになった彩雨のおま○こが、 いやらしくヒクついている。  彩雨のフェラチオで俺のほうは準備万端で、 今すぐにでも挿れたい気分だ。 「彩雨、大丈夫か?」 「はい……挿れてくださって 構いませんよ」 「じゃ、いくな」  初めてで勝手がよく分からないけど、 彩雨の股間の辺りにち○ぽを当ててみる。 「あ、ん……あぁぁ……」  気持ち良さそうに彩雨が体をよじるのが すごくいやらしく感じる。  俺は早くち○ぽを彩雨の中に挿れたくて、 腰をぐっと突きだした。 「あっ……んっ、あぁ……やぁっ…… そちらでは……んっ、ああぁ…… 少し、あぁっ、違うのですぅ……」  なかなか挿れられず、 ち○ぽとおま○ことが擦れあう。 「ごめん……ちょっとうまくできない……」  言いながらも、何とか挿入しようと おま○この周辺をち○ぽでつつく。  こうして彩雨の股間とち○ぽが擦れあう だけでも、ものすごく気持ちいいけど なかなか挿入できない。  何とか挿れようと体を動かすんだけど うまく行かず、 しかし、性感はどんどん高まっていく。 「あ……んっ……あぅ…… もどかしいのですぅ…… あぁあっ、んっ……やぁ……」 「ごめん、彩雨、俺……」  だめだと分かっているのに、 気持ち良すぎて腰が止まらなかった。 「え……あっ、んっ、うやぁっ、 そんなに擦りつけたら、私っ、あぁっ、 やぁっ、あっあっ、あうぅぅっ……」 「あっ、きゃっ、やぁあんっ。 あぁ……」  体にかかった精液を 彩雨は惚けた瞳でぼーっと見る。 「……そのぉ、申し訳ないのですぅ…… ……えぇと……その、私のおま○こは、 挿れにくかったですか…?」 「あ、いや、全然。 俺のほうが、その挿れ方が分かんなくて、 ごめん……」  けっきょく、また失敗したみたいだ。 「……今日はもう、おしまいなのですぅ?」  ぐったりしてしまったち○ぽを見て、 彩雨が言った。 「あ、うん……ちょっと…… できそうにない、かな」 「そうですか……」 「ごめんな。うまくできなくて」 「いえ、それは構わないのですが…… そのぉ……」  彩雨はもどかしそうに、 体をもじもじさせている。 「どうした…?」 「……そのぉ、た、大変、 はしたないお願いなのですが、 触って、欲しいのですぅ……」 「触って……」 「おま○こを触ってほしいのですぅ……」  見れば、彩雨の膣口からは トロリといやらしい愛液が漏れている。 「分かったよ。じゃ、どうしたらいいのか、 教えてくれるか?」 「は、はい。クリトリスを……指で、 触ってほしいのですぅ……」  そっと彩雨のクリトリスに指を触れる。 瞬間、彼女の身体がびくんっと痙攣した。  よほど気持ちいいのか、クリトリスを 撫でまわすと、彩雨は体をよじらせて 喘ぎ声を漏らす。 「あっ、んっ、いい、のですぅっ。 あっ、つまんでくださぁい……」  人差し指と中指で、 彩雨のおま○この小さな豆をつまむ。  コリコリとクリトリスを 刺激してやると、彩雨の膣口から、 とろとろの愛液が溢れだしてくる。  俺はそこに指をすっと差しいれた。 「あっ、う……そこはっ……あんっ、 んんぁっ、すごくっ、や……だめぇ、 はぅっ、そこ、だめぇですぅっ!」  言葉とは裏腹に彩雨は すごく気持ち良さそうに腰を振る。  俺の指をおま○こがきゅうきゅうに 締めつけてきた。 「動かすよ」  彩雨の膣口の中で、指をゆっくりと スライドさせていく。 「あっ、んっ、ひゃうっ……んっくぅ…… あぁっ、だめぇ、私っ、あんっ、もうっ、 気持ち良くて、あっ……あっ……」 「だめなのですぅっ、あぁっ、はしたなく…… あっぁっ、だめっ、だめぇっ……あぅっ、 私……あ、はしたなく、なってしまいますぅ」  彩雨の膣はもうぐじゅぐじゅなほど 愛液で濡れてて、指を動かすたびに 体がびくびくと小刻みに痙攣する。  気持ち良さそうないやらしい声が 彩雨の口から吐息ともに漏れてて、 限界が近いというのがよく分かった。 「同時に……あぁっ、クリトリスと おま○こを、いじってくださいぃ…!!」  おま○を指でかき混ぜながら、 一緒にクリトリスを優しく愛撫する。  ふたつの快感に、 堪えられないといったように 彩雨は体を激しく震わせる。 「ああぁっ、ごめん、なさいっ、私っ、 こんなに、はしたなくて、でもっ、 あぁっ、もう、私っもう、あっあ――」  彩雨のおま○こがきゅうきゅうと収縮し、 俺の指をきつく締めあげた。  そのまま強引に彩雨の膣内を ぐりぐりと指で抉ると、がくんっと 彩雨は思いきり背筋を反らした。 「あぁっ、だめぇっ、だめなのですぅっ、 イキますっ、私、もう、イッて、 あ・あ・あ・あ、あぁあっぁぁぁぁぁっ!」 「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、 あああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」  がくがくと体を震わせ、彩雨は 激しく絶頂に達した。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…… こんなところを、見せてしまって、 とても、恥ずかしいのです……」  まるで放心したように、 彼女は脱力していた。 「また今日も失敗してしまいました……」 「そんなに落ちこむなって。 ていうか、悪いのは俺なんだからさ」 「ですけど、私もどうすればいいか 分からなくて、申し訳ないのですぅ……」 「お互いまだ2回目なんだし、 こういうことだってあるよ」 「……うまくエッチができなくても、 嫌いにならないですか?」  一瞬、俺はきょとんとしてしまう。  そして、思わず噴きだした。 「ど、どうして笑うのですぅ?」 「そんなことで嫌わないって言ったろ」 「ですけど、 2回も連続で失敗してしまったので、 心配になってしまったのですぅ」 「大丈夫だって。それに、 こういうのも後で振りかえったら、 けっこう楽しい思い出になると思わないか?」 「……そうかもしれませんが、 今はどうしたらうまく挿れられるか 考えるのに精一杯なのですぅ……」 「……その台詞ってさ、けっこうエロいな」 「あ……ぅぅ……そういうことを 言ってはいけないのですぅ」  俺は彩雨に笑いかけて、 「次、頑張ろうよ。 今度こそ、うまくやるから」 「絶対なのですぅ?」 「あぁ、絶対だよ。 今度は何が何でも彩雨の中に 挿れてあげるからな」 「ですから、そういうはしたない言い方を してはいけないのですぅ……」  そう言いながらも、彩雨は嬉しそうに 笑っていた。  閉店後のナトゥラーレで、 「おし、そんじゃ、バイト代だ。ご苦労さん」 「ありがとうございます」  今日は月末なので、マスターがみんなに バイト代を配っていた。 「はいよ、小町」 「ありがとうございます」  次は俺の番だな。 「みんな、来月もよろしく頼むわ」 「いやいやいやっ! 俺の分のバイト代まだですよねっ!!」 「はっは、ほんの冗談じゃねぇか。 そんなにムキになるなよ。おら」  マスターからバイト代の入った給料袋を 受けとる。 「冗談とか言って、 最終的に渡し忘れられたことが ありましたからね……」 「あれはちょっとな、 ほんの手違いって言うか……すまん…… 俺は経営者失格かもしれん……」  いやいや、そこまで言ってないんだけど…… 「あははっ、マスターは大げさだなぁ」 「でも、自覚あったんですね」 「えっ?」 「えっ?」  まやさん……たまに本音言いすぎです…… 「ちょっと風に当たってくらぁ……」  マスターは外に出ていった。  まぁ大丈夫だろう。大人だしな。 「ねぇねぇ颯太、 何か欲しいものがあるの?」 「ん、なんでだ?」 「だって、いつもならマスターの冗談も けっこう軽く流すじゃん。すぐにでも 買いたいものがあるのかと思って」  さすが、よく分かってるな。 「まぁ……じつは、彩雨にプレゼントを 買ってあげようと思ってさ」 「へー、そうなんだぁ。やっぱり。 でも、彩雨の誕生日ってまだだよね? 何かの記念日?」 「それがさ、彩雨に何かプレゼントをあげたい って思ったんだけど、近々なんの記念日も ないだろ。で、考えたんだよ」  世紀の大発見かのごとく、俺は発表した。 「記念日がなければ、 記念日を作ればいいんだよっ!」 「う、うん……」 「さしづめ今回は、 “俺が彩雨にプレゼントを  買ってあげたくなった記念”だな」 「……………」 「……………」  友希とまやさんが、好きにすればー というような目で俺を見てくる。 「それで、なに買うの?」 「それがさ、ぜんぜん思いつかないんだよね。 女の子ってどんな物をもらったら、 喜ぶんだ?」 「彩雨はゲームが好きなんだから、 ゲームあげたらいいんじゃない?」 「んー、それはどうかな? いくらゲームが好きでも、彼氏から もらいたいプレゼントって違うと思うけど」 「あー、そっかぁ。じゃ、女の子が 彼氏からもらいたいプレゼントを あげればいいんじゃない」 「だから、それが分からないんだって 言ってるんだけど……」 「うんとね、指輪とかネックレスとか、 アクセサリーが無難なんじゃないかなぁ」 「でも、ちょっとありきたりって気が しないか?」 「えー、好きな人からもらったのに、 ありきたりとかないと思うよ」 「そうか? でも、やっぱり、初めての プレゼントだからさ、彩雨があっと 驚くような物をあげたいっていうか……」 「贅沢なの。まやさん、 あっと驚くような物って何かある?」 「んー、そうね。あっと驚くかは 分からないけど、姫守さんが 持ってない物とかはいいんじゃないかな」 「持ってない物、か……」 「あっ! ねぇねぇ、あたし、 いいこと思いついちゃったわ」 「何だ? 教えてくれっ」 「大人のオモチャとか、どう? ぜったい持ってないし、 二人で使えて楽しいわ」 「もう。またそういうこと言って」 「お前に期待した俺がバカだったよ……」 「えー、喜ぶかもしれないじゃん」  そんなのもらって喜ぶのは お前だけだ…… 「香水……とかどうかな? 姫守さんはつけてないみたいだし。 女の子はけっこう喜ぶよ」 「あー、それいいかも。 かわいい香水だったら、 ぜったい好きだと思うし」  香水か。 「いい気がするな。 彩雨って、けっこう好奇心が強いし、 つけてみたいって思ってるかも」 「じゃ、それで決まり?」 「はい。ありがとうございます」 「どういたしまして。 喜んでくれるといいね」  そう言って、まやさんは更衣室へ向かった。 「あ。そういえば、香水ってどこに 売ってるんだ?」 「雑貨屋さんとか、あとは新渡町の百貨店にも 香水の専門店があったと思うわ」 「そっか」  ちょうど明日はバイトも休みだし、 行ってみることにしよう。  バイト終了後、ちょうど彩雨からのメールが 届いた。 『お仕事お疲れ様なのです。今日はこれから ご予定はございますか? よろしければ、 どこかへ遊びにいきませんか?』  うーむ、遊びにいきたいのは、 山々なんだけどな。 『悪い。今日はちょっと法事があるから、 遊べないんだ。また明日な』  送信、と。 「えー、嘘だぁ。颯太の家、 法事なんてほとんどしないじゃん」 「お前なぁ……勝手に人のメール見るなよな」 「あははっ、ごめんごめん。 つい見たくなっちゃった」 「次見たら罰金だからな」 「はぁい。でも、なんで断ったの? 昨日、香水買ったんでしょ。早く プレゼントしてあげればいいのに」 「……じつはさ、まだ買ってないんだ」 「えー、なんで? 買いにいかなかったの?」 「いや、買いにいったよ。 買いには行ったんだけどさ、 あんまり色んな種類があるから……」 「何を買えばいいか分からなかったとか?」 「う……そうだよ…… だから、今日こそ、ちゃんと買わなきゃって 思ってさ」 「そっか。でも、今度は どれ買えばいいか分かるの?」 「まぁ分からないんだけど、 何とかするしかないっていうか……」  あ、そうか…… 「友希も今日は早上がりだよな?」 「うん、そうよ。もう終わったわ」 「じゃあさ、ちょっと買い物に 付き合ってくれないか?」 「彩雨の香水買うのに?」 「そう。頼むよっ。俺だけじゃ、 なに買っていいか全然わからないからさ」 「うーん、まいっか。 じゃ、着替えてくるねー」 「おう。ありがとうな」 「おや? 奇遇だね。 デートの約束でもしているのかな?」 「いえ、今日は忙しいみたいですから、 こそっと押しかけてきたのですぅ」 「それはそれは、なかなか 楽しそうなことをしているね」 「もう少しで出てくると思うので、 後ろから近づいて『わっ』って 驚かせてあげるのです」 「ふむ。 どうせなら、耳に舌を入れてあげれば もっとビックリするんじゃないかな?」 「そ、そのようなことをして、 嫌われてしまわないでしょうか?」 「喜びこそすれ、嫌うようなことはないよ。 僕が保証しよう」 「かしこまりました。 でしたら、試してみるのですぅ」 「出てきたようだよ」 「忍びよるのですぅ……あれ…?」 「ごめーん、ちょっと忘れ物しちゃって」 「気にするなって。それで、どこ行く?」 「うんとね、やっぱり、 一番品揃えがいいから、デパートが いいかなぁ」 「よし、じゃ、行くか」 「……たまたま一緒に帰る、 というわけではなさそうだね」 「……颯太さんは法事があると おっしゃっていたのですぅ……」 「それはそれはずいぶんと面白…… いや、なぜ嘘をついたんだろうね?」 「……颯太さんは、いつも友希さんと 仲がいいですよね」 「まぁ、幼馴染みというのは、 僕たちには正直わからない関係なんだろうね」 「……………」 「もしかして、彼が浮気をしていると 思っているのかな?」 「……いえ、でも……気になるのですぅ……」 「僕としては面白くも何ともないけれど、 えてして何もないものだと思うよ。 こういう時はね」 「ですけど……気になるものなのですぅ……」 「じゃ、どうするんだい?」 「……後をつけても、よろしいと思いますか?」 「普通なら、よくない、 と答えるべきなんだろうけどね。 いいさ、付き合うよ」 「ありがとうございます。 このご恩は一生忘れないのですぅ」 「ねぇねぇ、これいい。 すごくいい匂いするよ」 「どれどれ…? お、本当だ。いいなっ」 「それに容れ物もかわいいよねー」 「そうだなぁ。彩雨にすごく似合いそうだ」 「あー、いま変なこと想像したでしょー?」 「なんでだよっ。別にしてないって…!!」 「嘘だぁ。『いい匂いすぎて、 もう我慢できないよ。なぁ、いいか?』 ていう感じでしょ」 「何が、ていう感じだよ。 そんなわけないよねっ」 「あははっ、それで、どれにする?」 「そうだなぁ。いくつかいいのはあったけど、 やっぱり、最後に見たこれがいいかな」  俺は香水を手にとり、会計を済ませた。 「ねぇねぇ、付き合ってあげたんだから、 あたしの買い物も付き合ってくれない?」 「いいけど、あんまり長いようなら、 今日は無理だぞ」 「そんなに長くしないわ。ちょっと見るだけよ。 一人だと、どうしても入りにくいお店がある んだよね」 「まぁ、あんまり長くならないなら、 いいけどさ、どこだ?」 「すぐそこー。こっちよ」 「到着ー。ここよ」 「…………お前、ここはさすがに……」 「えー、なんで? いいじゃん。 付き合ってあげたでしょ」 「まぁ……分かったよ。しょうがないな」 「やったぁ。早くいこー」 「……………」 「……………」 「大人のオモチャのお店に 入っていったのですぅ……」 「……何もないと思ったんだけどね……」  放課後。 「ねぇねぇ、もう彩雨に渡した?」 「いや、これからだ」 「そっか。喜んでくれるといいね」 「そうだな。たぶん大丈夫だと思うけど。 友希にも手伝ってもらったしさ」 「……………」 「あぁ、彩雨、ちょうど良かっ――」 「お二人はいつも仲がよろしいのですね」 「え……あ、あぁ……まぁな」  何だ? ちょっといつもと様子が違うぞ。 「私、少々、颯太さんと友希さんに お話がございます」 「えっ? あたしも?」 「はい。お付き合いいただいても よろしいですか?」  友希と顔を見合わせる。  いったい何だろう? 「ここでは少々不都合がございますので、 ナトゥラーレに参りましょうか?」 「あぁいいよ。友希は?」 「うん。あたしもいいけど何の話?」 「それは、ついてからお話するのです」  彩雨はなんだか少し、 怒ってるような気がした。 「アイスコーヒーみっつですね。 少々お待ちください」  まやさんが去り際に、 「何かあったのかな? ちょっと気まずい雰囲気だけど…?」 「それが俺にもさっぱり分からなくて……」 「そう。頑張ってね」 「……………」 「……………」  ナトゥラーレに着いてから、 彩雨はずっと、じとーっとした視線を 俺と友希に送ってくる。 「な、なぁ……そろそろ、 その話っていうのを 聞かせてもらいたいんだけど…?」 「……心当たりはないのですぅ?」 「あぁ、ないから訊いてるんだけど」 「……友希さんも、ないのですか?」 「えっ? あたし何かしたっけ? 下ネタ言いすぎた?」 「それはいつものことだろ」 「えー、じゃ、颯太の部屋に こそっとスローセックスの教本を 置いてきたこととか?」 「お前そんなことしてたのっ!?」 「……………」 「ね、ねぇ彩雨、怒ってない?」 「お前が悪ふざけするからだろ……」 「怒ってはいませんよ。 ただ、ちゃんとお二人の口から、 本当のことを聞きたいだけなのですぅ」  いや、どう見ても怒ってるんだけど…… 「本当のことって言われても、 隠してることなんて何もないよ」 「神様に誓えるのですぅ?」 「おう。いくらでも誓えるって」 「……そうですか。 どうしても白を切るおつもりなのですね」 「いや、だから……」 「昨日の法事はどうでしたか?」 「えっ? 何が?」 「法事に行かれたのではないのですか?」 「あ、あぁ、そうだった。 まぁ、いつも通りだったよ」 「どうして嘘をつくのですぅ?」 「え……」 「あー、分かった。 彩雨、あたしと颯太が新渡町に 行ったところを見たんでしょ?」 「……はい」  なるほど。そういうことか。 「……ごめんな。彩雨には 内緒にしておこうと思って。じつはさ……」 「友希さんと浮気をなさったのですね?」 「そう――って、何がっ!?」 「ち、違うよ。あたし、 浮気なんてそんなの、してないから。 ねぇ?」 「うん、そうそう。 友希とはもう全然、 浮気とかそういうんじゃないからっ!」 「で、でしたら、私のほうが浮気だったって おっしゃるのですぅっ!?」 「はい?」 「えーと、そうじゃなくて……」 「しらばっくれてもだめなのですぅ。 ちゃんと証人もいるのですよ?」 「証人って?」 「いやね。偶然にも見てしまったわけだよ。 君と友希が和気藹々と怪しい店に 入っていくところを……」 「あ、あれは、友希が どうしても行きたいって言うから、 仕方なく行ったんだよ」 「そ、そうそう、颯太の買い物に 付き合ってあげたから、あたしの買い物にも 付き合ってもらっただけで……」 「買い物なら、私も付き合えたのです。 それなのに颯太さんは私より友希さんを 選んだのです」 「あぁいや、それには理由があってな……」 「どんな理由なのですぅっ…?」 「その、彩雨にプレゼントを買おうと思って、 内緒にしてたほうが喜んでもらえるかなって」 「……プレゼント、なのですぅ…?」 「そう、これなんだけどさ……」  カバンからかわいらしくラッピングされた 香水の小瓶をとりだす。 「……で、ですけど…… プレゼントをもらう日ではないのですぅ。 そういうことでは騙されないのです」 「俺が彩雨にプレゼントをあげたくなった 記念だよ。それじゃ、だめか?」 「……………」 「俺はちゃんと彩雨だけが好きだよ。 だから、誤解させてごめんな」 「い、いえ……そのぉ、私のほうこそ、 ものすごく失礼な勘違いをしてしまって 申し訳ないのですぅ」  彩雨は立ちあがって丁寧に頭を下げた。 「か、かくなる上は腹を切るのですぅ」 「いやいや、切られたら困るからさ」 「で、ですけど……申し訳が立たないのですぅ」 「いいって。そんなことより、 このプレゼントもらってくれるか?」 「は……はい。香水、なのですね。 とても嬉しいのです。私、使ってみたいと 思っていたのですぅ」 「彩雨が気に入るといいんだけどな」 「颯太さんはお好きな匂いなのでしょう?」 「まぁな」 「でしたら、大丈夫なのですぅ。 颯太さんの好きな匂いを私も 好きになるのですぅ」 「彩雨……」  ぎゅっと彩雨の身体を抱きよせる。 「だ、だめなのですぅ。こんなところで、 人がたくさんいるのですよ…?」 「嫌か??」 「い、嫌ではありませんけど…… 私も……こうしたかったのですぅ……」 「……どう思います?」 「……やってられないに 決まってるじゃないか」 「ですよね」  友希と葵部長はこくりとうなずき、 「ここ、二人のおごりだからね」  そう言って、 メニューに手を伸ばしたのだった。  その夜―― 「颯太さんからいただいた香水、 さっそく使ってみてもよろしいですか?」 「あぁ、いいよ」 「ありがとうございます。 では、使ってみますね」  香水の小瓶を開けて、 彩雨は手首に一滴垂らす。 「たぶん、こういう感じで つけるのだと思うのですが…… いかがですか?」 「うん、すごくいい匂いがするよ」 「ふふっ、良かったのですぅ。 私もこの香りはとても気に入りました」  香水の匂いに引きよせられるかのように、 彩雨に身を寄せる。  すると、静かに彼女は目を閉じた。 「ん……んちゅ……あぁむ……れぇろ…… んはぁ……あぁ……ん……んん……ちゅ……」 「彩雨……」  香水の匂いのせいなのか、 なんだか無性に興奮していた。 「はい。何ですか?」 「もっと、していいか?」 「はい。どうぞ、あなたのお好きなように なさってくださいね」 「あ……ん、ちゅっ……れろ……んはぁ…… ん……んん……んぁ……はぁ……」  彩雨の唇を貪るように求め、 舌を舐めまわしていく。 「もっと、してください」  言って、今度は彩雨のほうから舌を 伸ばしてきた。  そのまま何度も何度も 俺たちは互いの唇を求めあった。 「……すみません……あのぉ、私、少し……」  イチャイチャを続けていたら、 彩雨が少し熱っぽい表情をしていた。 「どうした? 大丈夫か?」 「申し訳ございません。 少々、頭が痛いのですぅ」 「ちょっと待ってろ。体温計もってくる」 「37度1分か。風邪かな?」 「いえ、熱を出しただけだと思います。 たまにありますから。寝ていれば、 すぐによくなります」 「そっか。じゃ、俺のベッド使っていいから。 何なら今日は泊まっていってもいいし」 「そうなのですぅ?」 「あぁ、父さんも母さんも帰ってこないし」 「では、お言葉に甘えさせていただきますね」  彩雨はベッドに寝転がると、 そっと手を伸ばした。 「手、握っていていただけますか?」 「あぁ、いいよ」  彩雨の手を握ると、彼女は満足したように ほほえみ、それから目を閉じた。 「彩雨……ごめん、とめられない……」 「あ……はい。いいのですよ。 いたしますか?」 「うん……」 「では、そ、そのぉ…… ふぇ、フェラチオ、しますか?」  そうやってバカ正直に訊いてくる彩雨が、 すごくかわいいと思った。 「うん。頼めるか」 「してほしいことがありましたら、 遠慮なくおっしゃってくださいね」  そう言って彩雨は俺のち○ぽに舌を伸ばす。 「れぇぇ……あむ……んぁ……ん……れあ、 ぴちゃぴちゃ……んちゅっ、れろれろ…… んふぅ……れあ……れろれぇろ……れろんっ」  さっきのキスで俺の身体はすごく敏感に なってて、少し舐められただけで あっというまに勃起した。 「今日はお元気なのですね。 こんなに大きくなってしまいましたよ?」  彩雨はぱくっとち○ぽを咥えて、 舌を伸ばす。  カリの部分をペロペロと舐められて、 ぞくぞくするような快感が走った。 「んあむ……ふふ、 えっちなおひるが漏れてきまひたよ?」  ちゅっ、ちゅうぅ、と彩雨が ガマン汁を吸いあげる。  まるで彩雨がち○ぽを 食べようとしているみたいだ。 「ふふっ、私、ふぇらひおをするのが、 だんだん慣れてきたのれすぅ」 「そうなのか?」 「はい。こういうふうにしゅると、 気持ひいいのれしょう?」  彩雨の舌がち○ぽにまとわりついてきて、 ぺろぺろと舐めあげていく。  柔らかい唇にきゅっと締めあげられ、 ヌルヌルの口の中でち○ぽが強く擦られる。 思わず、声が出てしまいそうだ。 「ほら、お口の中でおち○ちんが びくびくひているのれすぅ。 気持ちいいれすか?」  しゃべりながらも、彩雨は 舌をピタピタとち○ぽに這わせてくる。 「すごく、上手だよ……」 「ふふ、お褒めいたらき、 ありがろうございましゅ。 もっと、ご奉仕いたしましゅね」  彩雨は喉の奥のほうまでち○ぽを 呑みこんでいく。  ヌメヌメとした粘膜の感触が、 ち○ぽ全体に伝わる。 「んちゅ……ちゅぱっ、ちゅれろっ、んん、 あぁむ、んちゅ……ちゅるっ、ちゅるる、 れろれろ、じゅりゅりゅ……れぇろっ……」  口の中で舌が蠢き、俺のペニスに 絡みつく。  あまりに気持ち良くて、 今にも腰砕けになりそうだ。 「もっと気持ひ良くしてあげますからね」  彩雨は顔を激しく振りはじめる。 口と舌と唇にち○ぽが強く擦れあい、 ぬぷぅっ、ヌチュゥッと淫靡な音が響く。  まるで彩雨の口をおま○こ代わりに しているかのようで、さっきよりも さらに気持ちがいい。 「彩雨……それ、すごく……いい……」 「ふふっ、お気に召していたらいて 光栄なのれすぅ。もっときもひよくして さひあげましゅね」  彩雨が頭を振るたびに 俺のち○ぽが彼女の口を出入りする様子が、 ものすごく淫靡で劣情を誘う。  このまま彩雨の口の中に出したい、 そう思った瞬間、あっというまに射精感が 込みあげてきた。 「んちゅっ、ちゅぱっ、ちゅぱはっ、 れちゅ……んちゅ……ちゅれろ、れろ…… ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅじゅるるるっ」 「ん……しゅごく、びくびくひてきたのれすぅ。 もひかして、出るのれすか? 出したら、だめなのれすよ?」  そう言われても、 もう途中ではやめられなかった。  フェラチオをやめようとする彩雨の口に ち○ぽを押しいれるようにして、 無理矢理腰を振っていく。  彩雨は少し苦しそうにしながらも、 俺のち○ぽを受けいれ、舌を這わせては 吸いあげた。 「んっ、ちゅうっ……ちゅぱっ、ちゅるるっ、 ちゅるっ……ちゅりゅちゅりゅりゅる…… じゅりゅ……じゅりゅるるるるるっ……!!」 「ん……あ……んーーーーーーー! んぐんぐ……んぐんぐっ……」  口の中に注ぎこんだ精液を 彩雨は喉を鳴らして飲みこんでいく。 「……ごくん……はぁぁ…… 出したら、だめって言いましたのに……」 「ごめん……すごく気持ち良くて……」 「……それなら、仕方ないのですが…… 今日もまたお預けなのですぅ?」  萎えてしまったち○ぽを見て、 彩雨はそう言った。 「あぁ、えぇと、大丈夫だよ」  言って、彩雨を優しく押し倒した。 「……ですけど、おち○ちんが 小さくなったままなのですぅ」 「うん、このまま挿れてみるから」  と、彩雨の膣口に萎えたち○ぽを 押しつける。  こないだと違って、頭が冷静な分、 すんなりと入口を見つけることができた。 「挿れるよ」 「は、はい……」  手で押さえつけるようにして、 彩雨の膣に無理矢理萎えたち○ぽを 挿れていく。 「……ん……あぁ…… あまりよく分からないのですが…… 入っているのでしょうか…?」 「うん……彩雨の中がヌルヌルになってて、 すごく気持ちいい。これなら、すぐ……」  次第に、ムクムクとペニスが 大きくなってきた。 「え……あ……大きくなって…… 来るのですぅっ、ああっ、待って、 私……こんなに急に……やぁ……」  彩雨のおま○この中で俺のち○ぽは どんどん勃起していき、膣壁をぐいぐいと 押しのけていく。 「あぁ……こんなの……ああぁ、 いっぱいに、なります……もう、 いっぱいになって……あ、だめぇ……」 「ん・んん・あ……あ、うああぁ…… ああぁぁぁぁぁぁぁ…!!」 「……ごめん。痛い?」 「ん……はい……少し……ですけど、 そのぉ……ようやくできましたね?」 「そうだな」 「あなたが、膣内にいるのが分かって、 すごく温かい気持ちなのですぅ」 「俺も、彩雨に身体全部を 抱きしめられてる気分だよ」 「……動いて、いいのですよ?」 「痛くないのか?」 「少し。ですけど、大丈夫なのです。 それより、気持ち良くなっていただけたら、 嬉しいのですよ」 「じゃ、いくな」  ぐっと、腰に力を入れ、 彩雨のおま○この奥へとち○ぽを さらに挿入させていく。  すると、ヌルヌルのヒダがち○ぽに 絡みついてきて、くちゅっ、ぬちゅっ、 と音を立てる。  一番奥までち○ぽを挿入させたら、 今度は引きぬき、ゆっくりとピストン運動を 始めた。 「あっ……んあぁ……やぁっ…… あぅっ、あぅっ……んんっ、はぁ…… う・あ・あ……んんっ……」 「具合は、いかが、ですか? 私のおま○こは、気持ちいいですか?」  不安そうに訊いてくる彩雨が、 すごくかわいらしい。 「気持ち良くて、今にも出そうだよ」 「そうなのですね。いつでも出してくださって 構わないのですよ?」 「でも、もったいないから、 もっと味わいたい」  けれども、彩雨の膣内はあまりにも 気持ち良くて、知らず知らずの内に 腰の速度が速くなる。  おま○こからはとろとろと愛液が 溢れだしてきて、それを潤滑油代わりに さらにち○ぽが激しく動く。 「ああっ、んっ、はぁ、気持ちいいのですか? あっ、やぁっ、んんっ、すごくっ……あぁ、 大きくなって、ああっ…!!」 「あぁ、すごく、気持ちがいい」 「良かったのですぅっ……あっ、あぁっ、 んんっ、はぁっ、もっと、私で、 気持ち良くなってくださぁいっ!」  苦しそうにしている彩雨の痛みを、 少しでも和らげられないかと、腰を 振りながらも彼女のクリトリスを触った。 「あっ、えっ、あ……何を、 なさっているのですぅ? すごく、 あぁ、はぁぁっ、やっ、だめぇっ……」 「気持ちいい?」 「は、い……ですけど、やぁっ、あぁあっ…… そんなに、いじったら、あっ、やっ、嘘っ、 私、ああぁっ……う・あ……あぁぁ……」  よほど気持ちがいいのか、彩雨のおま○こが きゅうきゅうとち○ぽを締めつける。  ヌメヌメとした粘膜の感触をよりいっそう 強く感じ、愛液でぐじゅぐじゅの膣内が 気持ち良くてたまらない。  俺はもっと彩雨を感じさせたくて、 クリトリスを指で挟み、コリコリと 転がす。 「あっ、やぁっ……だめぇっ、そんなに、 しては、だめなのですぅっ、あぁっ、 はぅぅっ……あ、んっ……あぁぁっ…!!」 「なんでだめなんだ?」 「だって、あぁっ、んんっ……初めて、 ですから、そんなに……あぅっ、あぁっ…… 気持ち良くなったら、いけないのですぅ!」  クリトリスをきゅっとつまむと、 びくんっと彩雨は身体を反らす。  快楽を堪えきれないと言った彼女の姿が とてもいやらしくて、俺はもっともっと 気持ち良くなってほしいと思った。 「初めてでも、気持ち良くなってくれたら、 俺は嬉しいぞ」 「ですけど、はしたないと思いませんか?」 「そんなこと思わないよ」  言って、クリトリスを 指で弾くように愛撫する。 「あぁんっ、うぅ……ですけど…… そ、そういうところを見られるのは、 恥ずかしいのですぅ……」 「じゃ、恥ずかしくなくなるぐらい 気持ち良くしてあげる」 「えっ、そんなぁ、待ってくださ――」  クリトリスの皮をむいて、 中から出てきたかわいいお豆を 直接指で撫でる。  彩雨はもう我慢できないといったふうに 淫らな喘ぎ声を響かせ、身体をびくびくと 震わせた。 「あっ、ん……だめぇっ、あ…… 気持ち良くて、私、あっ……こんな、 はしたないの、だめ、なのですぅっ……」  言葉とは裏腹に彩雨のおま○こからは とめどなく愛液が溢れ、俺のち○ぽを 求めるように腰が動いていた。 「彩雨、おま○この中も、 気持ち良くなってきた?」 「えっ……違っ……あぁっ、ああぁんっ…… だめぇっ、これは、違うのですぅっ、 あぁっ、勝手に、もう……あぁっ!」  彩雨が腰を動かすのにあわせて、 おま○こにち○ぽを突きいれていく。  粘膜と粘膜が激しく擦れあい、 俺も彩雨も、快楽の渦に呑まれていく。  もう、そろそろ限界だった。 「もう、だめなのですぅっ、私、あぁっ、 イキますぅっ、イッてしまいますぅっ。 あっあっあっあ、だめぇ、だめぇぇっ」 「俺ももう……」  精液を絞りとろうとするかのように、 彩雨のおま○こがさらにぎゅうっと 締めつけてくる。  それをこじ開けるようにして、 思いきり彩雨の膣内を突いて、突いて、 突きまくった。 「あっやっはっもうっ、本当に、来ますぅっ。 あっあっ、イクぅっ、私、イキますぅっ、 あっ、だめだめだめぇぇえっ」 「あぁあっぁぁぁぁぁぁ、私、イッて…… あぁっ! もう、イッてしまいますぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  彩雨がイクのと同時に、 おま○この中に思いきり射精する。 「あ……あぁぁ、中に、入ってきますぅ…… あぁぁぁ、はぁぁぁぁ……んん…… あぁぁ……」  おま○こからち○ぽを引きぬくも、 なおも射精は収まらず、 彩雨の身体に精液がかかった。 「……はぁぁぁ……んん…… ふふ……たくさん出しましたね……」 「……彩雨も、たくさん出したけどな……」  そう言って、ぐじょぐじょになった 彼女のおま○こを撫でる。 「……もう、そういうことは 言ってはいけないのですぅ……」 「するのはいいのか?」 「す、するのは……いいのですぅ……」 「彩雨って、本当にかわいいな」  彼女の身体に折り重なり、 唇に優しくキスをした。 「ふふっ、大好きなのですぅ」 「俺も大好きだよ」  彩雨の身体に体重を預け、 俺は力を使い果たしたかのように脱力した。  ようやく呼吸が落ちつくと、 彩雨が訊いてきた。 「……あのぉ……颯太さん、その、 いかがでしたか…?」 「すっごく良かった」 「そうでしたか……ふふ…… 良かったのですぅ……」  なんだか、少し、 彩雨の声に力がない気がした。  それに顔も少し熱っぽい。 「なぁ彩雨、どこか具合悪いのか?」 「申し訳ございません。 少々、頭が痛いのですぅ」 「マジで? ちょっと待ってろ。 体温計持ってくる」 「37度1分か。風邪かな?」 「いえ、熱を出しただけだと思います。 嬉しいことがふたつも重なったので、 きっと興奮してしまったのです」 「そんなんで熱だしてたら、 これからどうするんだ?」 「……面目ないのですぅ。 ですけど、よくあることですし、 寝ていればすぐよくなりますから」 「そっか。じゃ、このまま寝てていいよ。 何なら今日は泊まっていってもいいし」 「そうなのですぅ?」 「あぁ、父さんも母さんも帰ってこないし」 「では、お言葉に甘えさせていただきますね」  そう言って、彩雨がそっと手を伸ばした。 「手、握っていていただけますか?」 「あぁ、いいよ」  彩雨の手を握ると、彼女は満足したように ほほえみ、それから目を閉じた。  放課後。部活が終わった帰り道―― 「そういえば、お腹すいたから、 どこかよってかないか?」 「はい。どちらに参りましょうか?」 「彩雨が行きたいところでいいよ」 「では、マックスバーガーに 行きたいのですぅ」  予想通りの回答だな。 「じゃ、マックにしよう」 「ふふっ、おいしそうなのですぅ。 いただきます」  手を合わせて丁寧にお辞儀すると、 彩雨はアップルパイを食べはじめた。 「もぐもぐ……あむあむ……はむはむ…… ごっくん。ふふ、おいしいのですぅ」 「……………」  一瞬でなくなったんだけど…… 「普段は小食だとは思えないよなぁ……」 「あ……ほ、ホットアップルパイは 別腹なのですよ?」  そう弁解しながらも、彩雨は物足りなそうに 空になったトレーを見つめている。 「もしかして、もっと食べたいのか?」 「い、いえ…… そのようなことはありません……」 「遠慮するなよ。買ってきてあげるからさ。 何個欲しい?」 「はい。それでは――」 「ふふっ、たくさんあるのですぅ。 いただきます!」 「……」  まさか、もう10個食べるとは 思わなかったな…… 「あむあむ……はむはむ……もぐもぐ…… ぱくぱく……ふふっ、おいしいのですぅっ」  ちょっと食べすぎな気もするけど、 彩雨ってすごくおいしそうに 食べるんだよなぁ。  俺の料理もこれぐらいおいしそうに 食べてくれたら嬉しいんだけど…… 「えぇと、な、何かついていますか?」 「あぁいや、大丈夫だよ」 「あ、では、そのぉ、召しあがりますか?」 「いやいや。欲しかったわけじゃないから。 好きなんだろ。ぜんぶ彩雨が食べなよ」 「は、はい。恐縮なのですぅ」 「あむあむ……ぱくぱく……もぐもぐ…… はむはむ……」  彩雨はみるみるアップルパイを 食べていく。 「あむあ……ど、どうしてそんなに 見ているのですぅ?」 「彩雨が食べてるところが、かわいいから」 「えぇ……そ、そんなことを おっしゃったら、恥ずかしくて 食べられないのですぅ……」 「じゃ、食べさせてあげるよ。はい」 「え……そのぉ…?」 「いらないのか?」 「い、いるのですぅ。 あーむ、あむあむ……猫さんに なったみたいなのですぅ」  確かに餌付けしてるみたいだな。  でも、これはこれで、なんかいいな。 「もっと、食べるだろ?」 「……はい、食べるのですぅ」 「ほら」 「あーむ、はむはむ……」  調子に乗ってどんどん食べさせ、 けっきょく彩雨は10個とも完食した。  そして―― 「……すみません……もうちょっとしたら、 動けるようになると思うのですが……」  帰り道に彩雨が体調を崩してしまい、 公園のベンチで休んでいた。 「やっぱり、食べ過ぎだったんだじゃないか?」 「はい……そうかもしれません。 ですけど、何をそんなに 食べたのでしょう?」 「なにって、おいおい、大丈夫か? たった今、アップルパイを 山ほど食べてきただろ」 「あ……えぇと、そうでしたか?」 「本当に、大丈夫か? もしかして、また前みたいに 熱があるんじゃないか?」  と、彩雨の頭に手をやる。 「ふふっ、気持ちいいのですぅ」  かなり熱い。やっぱり熱があるみたいだな。 「最初から熱があったんじゃないだろうな?」 「いえ、最初はちゃんと元気だったのですぅ」 「本当か? なら、いいんだけどさ……」 「でも、調子悪いときはあんまり 無理しないでくれよ」 「それから、食べすぎは禁止な」 「……はい。申し訳ございません」 「まったく」  と言いつつ、彩雨の頭を撫でる。 「ふふっ、叱られてしまいました」 「なんで、そんなに嬉しそうなんだ?」 「お父様とお母様は叱ってくれませんから」 「彩雨のところって厳しいんじゃないのか?」 「お父様もお母様も言いっぱなしなのです。 構ってほしくて言いつけを破ってみても、 ちっとも気にしてくださらないのです」 「いい子にしている甲斐がないのです」 「そっか。じゃ、これから俺が 彩雨のことをビシバシ叱ってやるからな」 「……お、お手柔らかに お願いしたいのですぅ……」 「だめだ」 「ええっ、意地悪なのですぅ」  俺は笑って、 「冗談だよ」 「うぅ、それもなんだか意地悪なのですぅ……」  彩雨の体調が戻るまで、 しばし、そんな会話を続けるのだった。  昼休み。  教室で友希たちとお弁当を食べていた。 「ねぇねぇ、彩雨が休みみたいだけど、 どうしたか知ってる?」 「あぁ、昨日ちょっと体調悪くしてさ。 熱もあるし、今日は大事をとって休むってさ」 「そっかぁ。心配だね、絵里」 「はい。夏の風邪は長引くと言いますから」 「風邪なの?」 「どうだろうな? 本人は風邪じゃないって 言ってたけど」  水筒のお茶に手をやり、ごくごくと飲む。 「じゃ、何でしょうね?」 「つわり?」 「ごぶふぅっ、ごほっ! ごほっ!」  思いっきりむせた。 「え、もしかして…?」 「違うよっ! ありえないだろっ!」 「なーんだっ。ビックリさせないでよねー」 「それはこっちの台詞だよ……」 「あ、ところでさ、もうすぐ夏祭りだよね?」 「今度の土日ですよね。楽しみです」 「颯太は彩雨と行くの?」 「すっかり忘れてたよ。 できれば、一緒に行きたいけど、 体調次第かなぁ」  まぁ、でもメールで知らせておこう、 とケータイを操作する。 『調子はどうだ? 今週の土日に夏祭りがあるから、 治ったら一緒に行かないか?』  メールを送信する。  授業中――  彩雨からメールの返信があった。 『はい。ぜひご一緒したいのです。 夏祭りまでには絶対に治しますね!』  すごいやる気だな。 『でも、あんまり無理するなよ。 また来年もあるからな』  と返事を送っておいた。  夏祭り当日。  幸いにも彩雨の体調は回復したとのことで、 公園で待ち合わせをしていた。  そろそろ約束の時間なんだけど―― 「……颯太さーんっ、 大変お待たせいたしましたーっ」  彩雨が遠くで手を振り、走ってきた。 「はぁはぁ……こんばんは」 「おう、こんばんは。 ていうか、病み上がりなんだから、 そんなに走ったらだめだろ」 「あぁ……申し訳ないのです。 颯太さんの姿を見たら、一刻も早く おそばに行きたくなってしまったのですぅ」  そんなかわいらしいことを言われたら、 注意しようにもできやしない。 「……怒ってるんじゃなくて、 心配してるんだからな」 「はい。ふふっ、心配されてしまいました」  嬉しそうだな。 「じゃ、行こうか」  俺は歩きだそうとして、 「そういえばさ、その浴衣、 すごい似合ってるな」 「え……あ、そ、そのぉ…… お褒めにあずかり恐縮なのですぅ……」  神社へとやってきた。 「うわぁっ、屋台がたくさんあるのですぅ。 何にすればいいのか、 目移りしてしまいますね」 「子供の頃とかさ、お祭り来ても500円しか もらえなかったりして、どの屋台に行こうか すっごく迷わなかったか?」 「あ……いえ、私、お祭りには 連れていってもらえなかったのですぅ……」 「あ、そうか……」  彩雨の家って、なんていうか、 庶民的なことはまったくやらせて もらえないんだな。 「じゃ、今日は何でも買っていいぞ。 射的も輪投げも、金魚すくいもあるし、 彩雨がやりたいことを全部やろうよ」 「それは大変嬉しいのですが、 よろしいのですぅ?」 「あぁ、子供の頃にできなかったんだから、 その分をとり返さないとな」  言うと、彩雨はぱっと表情を輝かせて、 「はいっ。ありがとうございます。 大好きなのですぅっ」  彩雨がぎゅーっと俺にくっついてくるので、 よしよしと頭を撫でてやる。 「最初はどうする?」 「それでは金魚すくいをしたいのですぅ」 「よし、じゃ、山ほどとるぞ」 「はいっ、颯太さんのことですから、 店中の金魚を捕りつくしてしまうのですぅ」  いや、それはさすがに…… 「ふふっ、冗談なのですよ」  というわけで、俺たちは夏祭りを 満喫しようと片っ端から屋台を攻めていく。  始めは金魚すくい、次に射的、 輪投げやスーパーボールすくいなど どれも彩雨は楽しそうに遊んでいた。  しかし、彼女が一番喜んだものと言えば―― 「んー、このリンゴ飴、 すごくおいしいのですぅ」 「あ、颯太さん、次はベビーカステラを いただきませんか?」 「わたがしと焼きそばも食べたけど、 大丈夫か?」 「はい。屋台のごはんは別腹なのですぅ」 「あんまり食べすぎると、 また体調崩すぞ」 「……意地悪を言わないでください。 食べすぎと体調不良は関係ないのですぅ」  うーむ、むくれたところも、 かわいらしいな。 「じゃ、彩雨が体調を崩さないように、 俺が半分食べてあげるからな」 「ですから、体調は関係ないのですぅっ」  どうやらベビーカステラは 一人で食べきりたいようだった。 「うぅ……お腹が苦しいのですぅ……」 「だから、食べすぎだって、言ったろ」  なにせあの後、フランクフルトにたこやき、 クレープ、からあげ、牛焼き肉まで 食べたんだからな。 「ですけど、せっかくのお祭りですから、 たくさん食べないと損だと思ったのですぅ」 「しょうがないな、彩雨は」 「すみません。いつもご迷惑を おかけするのですぅ」  ぺこり、と彩雨が丁寧に頭を下げる。  それから、体を休めるため、 しばらく夜風に当たっていた。 「やっぱり、その浴衣、似合ってるよな。 すごくかわいいよ」  改めて今日の彼女の格好を見ていたら、 率直な気持ちが口からこぼれた。 「あ……はい…… ありがとうございます……」  褒められたのが恥ずかしいのか、 彩雨は顔を真っ赤にしてうつむいた。  そうかと思うとすぐに顔を上げて、 「颯太さんに二日もお会いできなくて、 すごく寂しかったのですよ?」  彩雨が俺に抱きついてくる。 甘い香りが鼻をくすぐった。 「ずっと、ずっと、お布団の中で、 こうしたいって思っていたのですぅ」 「じゃ、これは…?」  彩雨に唇を寄せると、 「……考えていましたよ?」  彼女は静かに目を閉じる。 「ん……んちゅっ……んはぁ……んん…… んん……れぇろ……れろれろ……れちゅ……」  彩雨を激しく求めるように、 舌を絡め、唾液を交換する。 「あ……んはぁ……れろれぇろ……んっ、 んん……ふあぁ……」  唇を離すと、彩雨と俺の間に つーと糸が引いた。 「……すごく困ったのですぅ……」 「何が困ったんだ?」 「そういうおいたをなさいますから、私…… すごく、したくなってしまいました……」  ドキッと心臓が鳴った。 「……だめ、ですか?」 「いいよ。おいで」 「えっ? ですけど、こ、ここでするのですぅ?」 「うん。大丈夫、誰もいないから。ほら」  彩雨の手を引き、ベンチに移動する。 「……うぅ……こんなところで…… 恥ずかしいのですぅ……」  そう言いながらも、彩雨のおま○こからは、 すでにとろとろの液体が糸を引いていた。 「本当に、するのですぅ?」 「したくなったんだろ」 「それはそうなのですが……あぁっ…!!」  彩雨のおま○こに舌を這わせると、 かわいらしい声があがる。  さらにぺろぺろと膣口を丁寧に舐めてみる。 すると、彩雨はびくびく身体を震わせ、 さらに愛液を滴らせた。 「んっ、んんっ、まだいいと言ったわけでは、 ないですのに……あっ……んんっ、んんっ、 んあぁっ……やっ……んくぅ……」  周囲を気にしているのか、 彩雨は必死に声を押し殺している。  ぴちゃぴちゃとおま○こを舐めながら、 クリトリスを指でつまむと、 「あぁぁっ、そんなぁ……んっ…… あっ、んあぁっ……そんなことをしては、 いけないのですぅっ……」 「でも、気持ちいいだろ?」 「それは……そうなのですが…… 恥ずかしくて、 顔向けできなくなってしまいますぅ」 「じゃ、恥ずかしいのが気にならないぐらい、 気持ち良くしてあげる」  舌を堅くして、 にゅぷぅっと彩雨の膣口に差しこむ。  すると、彩雨は身体をぐーっと反らし、 快楽を堪えるように俺の下半身を ぎゅっとつかんだ。  とろとろと愛液がとめどなく溢れてきて、 俺の唇をびしょびしょに濡らしていく。 「ん……もう……こんなところで、 おち○ちんをこんなふうにしてしまって、 いけない人なのですね」  下半身にヌルッとした感触を覚える。 彩雨が俺のち○ぽを咥え、ぺろぺろと 舐めはじめた。  彩雨はカリ首の辺りを唇でそっと包みこみ、 ちゅうっと吸った。  それから、ちゅぱちゅぱと淫靡な音を 立てながら、舌を回してカリを舐めていく。 「あぁむ……れちゅっ……れぁ、れろれろ…… ん……んちゅぱっ……ちゅ、ぴちゃぴちゃ… れあん、れろれぇろ……れちゅ、ちゅぱはっ」 「んん……おくひの中でおち○ちんが びゅくびゅく動いていりゅのれすぅ」  自分がされっぱなしよりも、 したほうが恥ずかしくないと思ったのか、 彩雨はさらに淫らに舌をち○ぽに絡める。  ちゅぽっ、ちゅぽぅっと舌と唇を 吸いつかせながらも、竿を口の奥まで 呑みこんでいき、喉も使って愛撫してくる。 「んちゅっ、ちゅぱはっ、どうれすか? お口の加減はちょうどいいれひょうか?」 「あぁ、すごく……いいよ……」 「ふふっ、れは、もっとしてあげましゅね。 恥じゅかしいれすから、早くイッて もらうのれすぅ」  彩雨は、今度は裏筋の辺りに舌先を 伸ばし、汚れをこそぎ落とすかのように ぺったりと舌を這わせる。  れぇろっ、れちゅぅっと淫らな水音が響き、 ち○ぽから我慢汁がじわっと溢れた。 「んん? れてきたのれすぅ。 ちゃんと舐めとってあげましゅね」  尿道に舌が伸びてきて、表面の我慢汁を 綺麗に舐めとる。さらに舌は尿道の中へと 入ってきた。  ちゅうっ、ちゅるるっ、と汁を 全部吸いだそうというふうに、 彩雨がち○ぽを勢いよく吸う。 「あぁむ、らめれすよぉ。 ちゃんと大人ひくなしゃってませんと、 うみゃくご奉仕ができないのれすぅ」  あまりの気持ち良さに小刻みに痙攣する 俺のち○ぽを、彩雨は口を使って、 ぎゅちゅぅっと押さえつける。  快感をぐっと堪え、彩雨のおま○こに 舌を差しいれる。  びくっと彼女の身体が震えたのを見て、 俺は舌を波立たせるように動かした。 「ん……あぁ……そんなぁ……だめぇっ…… あっ、あぅぅっ、やぁ……気持ち、いいっ、 あっあぅっ、あはぁぁぁっ!」  彩雨は懸命にフェラチオを続けようとする けど、膣内を舐められる刺激が強すぎるのか、 ぺろぺろと拙い舌使いしかできない。  ちゅうぅっとおま○こを吸い 愛液を飲んでみると、 ひくひくと膣が痙攣しはじめた。 「あっ、はっ、だめ、なのですぅっ。 そんなに吸ったら、あぁあぁうぅぅっ! 私、んんっ、気持ち良くてぇ……あぁ…!!」 「もっと吸ってあげる」 「そんなぁ……あぁっ、ひあぁっ、やぁっ、 んっんんっ、もうっ、あっ、もうっ、 やぁっ、だめ……だめぇえぇっ……!!」  外でしているのをあんなに 恥ずかしがっていたのに、彩雨はもう 我慢できないというふうに嬌声をあげていた。  吸っても吸っても、おま○この中からは とろとろと愛液が滴ってくるので、 じゅじゅじゅうっ、と音を立ててそれを飲む。 「ふえぇぇっ、そんなに飲んだら、 恥ずかしいのですぅっ……」 「彩雨、今度はこっちを 舐めてあげるな」  と、クリトリスを口に含み、 れろれろと舌で舐めまわす。  すると彩雨はフェラチオを完全にやめ、 ぎゅっと俺の下半身にしがみついてくる。 「そんなに、したら、私っ、もうっ、 イッて……やぁっ、だめぇっ、お外で、 イッたら、いけないのですぅっ」 「んっ、ふあぁっ、あぅっ……そんなぁっ、 あぁっ、やめて、くださぁいっ、あぁっ…… だめぇっ、だめなのですぅっ、あうぅっ!」  彩雨の身体がガチガチに硬くなり、 膣からはさらに大量の愛液が とろとろとこぼれてくる。  彼女はもう快楽を堪えるのに 精一杯といった様子で、声を殺す余裕さえも ないようだ。 「あっはぁっ、もうっ、もうっ、私、 本当に、イッてしまうのですぅっ、あぁっ、 こんなところで、やぁっ、あっあ、あぁぁぁ」 「だめぇっ、んんっ、あはぁ……あぁっ、 イッちゃ、だめなのですぅっ、あぁぁっ、 はしたなくて、こんなの、あんっ、ああぁん」  クリトリスはぷっくりと膨れあがり、 そこをひと舐めするだけで、彩雨は 電流が走ったみたいに身体を痙攣させる。  もう後少しで本当にイキそうなのが 分かるほど、彩雨は気持ち良さそうに おま○こをひくつかせていた。 「あ、きます。もう、だめ、きてしまいますぅ。 あ、あ・あ・あ・あ、イクっ、私、 こんなところで、本当に、イッテ――」 「あっ、やっ、あぁぁ、イクゥ、イクゥゥ、 だめ、だめ・だめぇぇ、イックゥゥゥゥ ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!」  ぐぐぅっと全身を思いきり硬直させた後、 彩雨は力を使い果たしたかのように 脱力した。  ぴくんぴくんとわずかに腰が震え、 膣はヒクヒクと動いている。 「気持ち良かったか?」 「……はいー、気持ち良かったのですぅ……」 「じゃあさ、もっと気持ち良くしてあげる」  俺はふたたび彩雨の膣へ舌を入れて、 ちゅぱちゅぱと彼女の膣内を舐めまわし はじめた。  イッた直後だからか、さっきよりもさらに 彩雨は敏感になっているようで、舌を 少し動かすだけで、びくんっと身体が跳ねる。 「ん……あ……もう、 少しおいたがすぎるのですぅっ」  言って、彩雨は俺のペニスを口に含み、 むしゃぶるようにして、ちゅぱちゅぱと 舐めはじめた。  ヌルヌルの舌が激しくち○ぽに絡み、 唇がちゅうっと吸いついてくる。 「んちゅっ、ちゅぱあっ……ちゅれろっ、 れぇろれぇろっ、れちゅうっ、んちゅ…… れろれろ、れあん……んちゅっ、ちゅぱっ」 「んっ、あぁぁ、まらおおひくなっれきまひた。 きもひいいのれすね。もっろしてあげましゅ」  じゅっ、じゅるるっと、彩雨はち○ぽを 喉の奥まで呑みこんでいき、口全体を 吸いつかせるようにして奉仕する。  まるでおま○この中みたいで、 ぐちゅっ、ぐちゅう、と、ち○ぽと口が 擦れあう淫らな音が鳴った。 「おひ○ちん、びくびくしていましゅよ? もう、イクのれすか? いいれしゅよ。 らしてください」 「あぁむ、れちゅっ……ちゅぱっ、ちゅれろっ、 れぇろれろ、れあん……んちゅ……ちゅあっ、 ちゅれろ……ちゅっ、ちゅうっ、れちゅっ」  もう限界が近い。俺は無我夢中になって、 彩雨の膣内を舐めまわしていく。 「あはぁっ、あんっ、んんっ、んちゅっ、 ちゅぱっ、あんっ、やぁっ、ちゅぱっ、 ちゅるっ、ちゅれろっ、ちゅうっ、ちゅぱっ」 「彩雨、もう……」 「んちゅっ、ちゅぱっ、ちゅうっ、 いい、れすよっ、私も、もうっ、ああっ、 んあぁっ、んちゅっ、ちゅぱっ!」  彩雨はくちゅくちゅとち○ぽを舐めまわし、 俺はおま○この中を舌で舐めあげる。  彩雨の膣がきゅうっと収縮したのと同時に、 俺のち○ぽが小刻みに痙攣した。 「あっ、あぁあっ、また、私、イキますぅ、 あっあっあぁぁ、イクっ、イキますぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」  身体を震わせて絶頂に達しながらも、 彩雨は懸命にち○ぽに舌を這わせる。 「んちゅっ、ちゅっ、ちゅるる、んちゅう、 イッれくらさぁい、ちゅぱっ、イッれ、 んちゅっ、イッれ、ちゅっちゅう、ちゅぱっ」 「じゅりゅっ……じゅりゅるるるるっ…… じゅりゅじゅ、りゅじゅりゅっ……んちゅっ、 じゅりゅるるるるるるる……っ!!」 「んっ、んんんっ、あ……んーーーーっ、 んぐんぐんぐ――」  彩雨はごくごくと喉を鳴らして、 精液を飲んでいく。 「あっ、きゃっ、やぁっ、まだっ、 こんなに……」  すべては飲みきれなかったようで、 ち○ぽを口から離した瞬間、溢れた精液が 彼女の顔を濡らしていた。 「……はぁぁ……うぅ…… はしたないことをしてしまったのですぅ」  精も根も尽き果てたかのように、 彩雨がぐったりと脱力する。  彼女の膣からトロリとこぼれた愛液が、 ものすごくいやらしかった。 「夏期講習も終わりましたし、 明日からようやく夏休みらしくなりますね」 「そうだな」 「お休みの間は、お忙しいのですよね?」 「まぁ、農業ワークショップで、 県外に行くからな。でも、遊べる日も わりとあるからさ」 「そうでしたか。でしたら、 その日を大事にするのですぅ」  そう言って笑う彩雨が あまりにかわいくて、 彼女をぎゅっと抱きしめた。 「大好きだよ」 「はい。私も……大好きです」  夏期講習のある名ばかりの夏休みは終わり、 生徒たちにとって、ようやくやってきた 本当の夏休み。  俺は予定通り、 県外の農業ワークショップに参加した。  色々な野菜の様々な栽培方法を学べるのが とても楽しく、 夏休みの大半はあっというまに過ぎていった。  夏期講習のある名ばかりの夏休みは終わり、 生徒たちにとって、ようやくやってきた 本当の夏休み。  その初日に、俺は彩雨と海に行くために 待ち合わせをしていた。  午前中に畑仕事をする予定だったので、 部室に集合することにしたんだけど、 しかし、時間になっても彩雨が来ない。  電話をかけても返事がなく、 メールも出したが音沙汰はない。 「……………」  何かあったんだろうか?  例えば、事故とか…? 「いや、まさかな……」  とはいえ、だんだん不安になってきた。  ちょうど、その時―― 「お待たせいたしました。 申し訳ございません。 遅くなってしまいました」 「………」  一目で体調が悪いと分かった。 「……どうかなさいましたか?」 「『どうかなさいましたか』じゃないって。 体調悪い時はちゃんと言わないとだめだろ」 「あ……バレてしまいました……」 「そんなに顔色悪かったら、 誰だって分かるよ。どうしたんだ?」 「どうかしたというわけではありませんが、 昨日、帰ってから少々、気分が悪くなって しまったのですぅ」 「こないだも熱だしたばっかりだしな。 夏祭りに行って、ぶり返したんじゃないか?」  そう考えると、調子に乗って あんなところでえっちしたのは まずったな。 「……いや、悪い。 俺がもっと気を遣えば良かったな。 ごめんな」 「いえ、私からしたいと 言いだしたのですし……」 「とにかく今日は帰ろう。送ってくから」 「……………」 「どうした?」 「夏休みは忙しいのでしょう? せっかく、颯太さんと会える日なのに 帰りたくないのです」 「でも、体を壊したら元も子もないだろ」 「颯太さんがワークショップに 行っている間に治しますから、 大丈夫なのですぅ」 「だけどさ」 「お願いします。絶対に無理はしませんから。 後生なのですぅ」 「……………」  しょうがないなぁ。 「絶対に無理しないって約束できるか?」 「はいっ。 命に換えても約束は違えないのですぅ」 「いや、その命を大事にしてくれって 言ってるんだからな……」 「ふふっ、そういえばそうでした…… あなたの言う通りにするのです」  ということで、海に向かったんだけど…… 「……………」 「彩雨? 大丈夫か?」 「……は、はいっ! ぜんぜん平気なのですぅっ!」 「……………」  さっきから、ずっとこの調子だ。  水着に着替えたものの、 泳ぐのはさすがに無理だろうということで、 俺たちは波打ち際で遊んでいた。  しかし、彩雨の口数は少ない。 「なぁ彩雨、本当は 立ってるだけでもしんどいんだろ?」 「いえ、そのようなことはありませんよ。 ほら、元気なのですぅっ!」  顔色もすごく悪いし、明らかに 体調が悪化してると思うんだが 彩雨は強情だ。 「体調が悪くなってても、 帰ろうなんて言わないから、 本当のことを教えてくれるか?」 「……本当に帰ろうって言いませんか?」 「あぁ、約束するよ」 「……じつは、すごく体が重くて、 頭も少しぼーっとするのですぅ」 「よし、じゃ、帰ろう」  と、彩雨の手をつかむ。 「ええっ、う、嘘つきなのですぅっ。 本当のことを教えても、帰ろうなんて 言わないって言ったのですぅ」 「先に嘘をついたのは彩雨だろ」 「ですけど、せっかく颯太さんと 一緒ですのに、帰りたくないのですぅ……」 「そんなこと言っても、心配だよ。 何かあったらどうするんだ?」 「大丈夫なのですぅ。 これぐらいは今までも何度も あったことですから」 「たとえそうでも、無理は良くないって」 「……嫌なのですぅ…… 離れたくないのですぅ…… 後生なのですぅ……」 「……………」  困ったな。どうしようか?  俺だって彩雨と遊びたい気持ちはあるんだ けど、これだけしんどそうだとなぁ。  魔法のアイテムでスカッと体調が回復すれば いいんだけど――? 「あ……」  そうか。 そういえば、ひとつだけ方法がある。 「じゃ、彩雨、どうしても 遊びたいなら、俺の言うことを ちゃんと聞くか?」 「は、はい。何でも聞くのですぅ。 何なりとお申しつけくださいませ」 「絶対だぞ」  こくり、と彩雨はうなずく。 「じゃ、ちょっと待ってて。 いいもの持ってくるから」  ダッシュで学校に戻った。 「あったあった。 これと、これを……と」  野菜をふたつ収穫すると、 いったん部室に向かう。  ミキサーを使って片方の野菜をジュースに して水筒に入れる。 「これでよし、と」 「お待たせ」 「おかえりなさいませ。 何を持ってこられたのですか?」 「これだ」  手に持っていた野菜を見せる。 「キュウリなのですぅ?」 「あぁ、QPのこと、前に話したよな」 「はい。恋の妖精さんなのですぅ」 「これはそいつがプレゼントしてくれた 座薬キュウリっていってさ」 「妖精界の野菜らしいんだけど、なんと どんな体調不良も一瞬で治す効果があるんだ」 「そうなのですか。でしたら、 それを使ったら、私も元気になるのですぅ?」 「あぁ。でも、ちょっと使い方が特殊でさ」 「どうすればいいのですか? 治るのでしたら何でもするのですぅ」 「このキュウリを、その、膣に挿れて 彩雨をイカせたら、体調不良が治るんだ」 「……えっ?」  一瞬、彩雨はきょとんと俺の顔を見た。  俺が冗談じゃないぞ、という表情を返すと、 「ええぇぇぇぇぇっ!? そ、それは……そんなはしたないことは できないのですぅ……」 「まぁ……そうだよね…… それじゃ、やっぱり帰ろうか?」 「え……で、ですけど……」 「座薬キュウリを使うか、帰るか、 ふたつにひとつだよ」 「……………」  さっきの反応からして、 これで大人しく帰るだろう。 「分かりました。 座薬キュウリを使うのですぅ」 「……え……本気で?」 「帰りたくありませんから…… ですけど……キュウリでイクなんて、 できるのでしょうか…?」 「まぁ、それは……たぶん大丈夫だよ」  念のため、持ってきといて良かったな。 「はい。このジュースを飲んで」  彩雨に水筒を渡す。 「えぇと……はい……いただきます…… ごくごく……」  水筒のジュースを彩雨は飲み干す。 すると―― 「え……あ……か、身体が、 なんだか、おかしいのですぅ……」  ミキサーでジュースにしたのは、 アンラプアーバだ。  その媚薬効果を使えば、 座薬キュウリでイカせることも 簡単だろう。 「彩雨、おいで」 「は、はい……」 「……あぁ……身体が熱いのですぅ…… 私、どうしてしまったのですか?」 「大丈夫だよ。さっき飲んだのは 魔法の野菜でさ、そういう媚薬の効果が あるんだ」 「そうなのですぅ…? ですから、こんなに切なくて…… 欲しく、なってしまうのですか…?」 「あぁ。これなら、座薬キュウリで すぐにイケると思ってさ」  何もしてないのに、 すでに彩雨の膣からは、とろとろと 愛液がこぼれてきている。 「もう、キュウリを、挿れてしまうのですぅ?」 「うぅん、まずはちょっと慣らしてから」  彩雨のおま○こをぺろぺろと舐めると、 すぐに彩雨の口から嬌声が漏れた。  よほど気持ちいいんだろう。俺が舌を 動かすごとに彼女の目はとろんとしていき、 体にぐうっと力が入る。 「あ・ああぁっ、こんなの…… 初めてなのですぅっ、私っ、気持ち良すぎて、 頭が真っ白になってしまいますぅ」 「あっああぁっ、いいっ、気持ちいいっ、 う・あぁっ、ふえぇぇぇ、あうぅっ、 だめぇっ……ああっ、いいっ、あぅぅっ」  膣に舌を挿れると、そこはもう ぐじゅぐじゅで、彩雨の味が 舌いっぱいに広がった。  膣内を舐めまわすように舌を動かしてみる。 すると、彩雨の身体がびくびくと 気持ち良さそうに震えだす。  ちゅぷっ、ちゅぱぁっ、と淫らな水音を 立てながら、彩雨のおま○この中に 何度も何度も舌を差しこむ。 「ああぁっ、だめですぅ。だめなのですぅ。 気持ち良すぎて、私、こんなのっ、 おかしいですのに……」 「あ、頭の中がいやらしいことで、 いっぱいになってしまうのですぅ……」 「どうしてほしい?」 「もっとたくさん舐めてくださいぃ、 クリトリスもいじって、気持ち良くして くださいっ。お願いしまぁすぅ」  言われた通り、クリトリスを指で いじくりまわしながら、彩雨の膣内を ぴちゃぴちゃと舐めまわす。  彼女はまるで快楽に溺れたように びくびくと身体を震わせて、 淫らな声をあげる。 「あっ、あぁんっ、ふええぇっ、 気持ちいいのですぅっ、私っ、こんなのっ、 気持ち良すぎて、おかしくなりますぅっ」 「ああっ、もっと、舌で舐めまわしてぇっ、 私のおま○こをっ、くちゅくちゅにして 欲しいのですぅっ、ああぁっ、やぁっ!」  くちゅくちゅと舌でおま○こを 愛撫してやると、彩雨はまるで誘うように 淫らに腰を振る。  おま○こからは大量の愛液が 溢れだし、俺の口をびしょびしょに 濡らしていく。 「あぁっ、いいですぅっ……気持ちいいですぅ。 あんっ、あはぁっ……もう少しで、私、 イキそうですぅっ……もっと、あぁっ!」 「もっと、してくださぁいっ、私のおま○こ、 気持ち良くして、舌だけじゃっ、だめぇっ、 挿れて、もっと太いの挿れてほしいのですぅ」  ご要望通り、舌の代わりに指を二本、 彩雨の膣にあてがい、ぐっと力を入れる。  ズチュッ、ヌチュッと音を響かせ、 指は彩雨の中に簡単に入った。 「い、いいっ、気持ちいいですぅっ、 もっと、ぐりぐりしてくださぁい、 指でかき混ぜて、あっあぁっ……」 「あぁぁっ、だめぇっ、こんなの、 はしたないのに、私っ、止まらない、 止まらないのですぅっ!」  アンラプアーバの効果なのか、 普段の彩雨なら言わないような言葉が、 彼女の口から次々とこぼれる。 「指、足りないのですぅっ、もっとぉ、 んんっ、三本っ、挿れて、あぁっ、 挿れてくださぁいっ、お願いしますぅ」  さらに指を一本足すと、 彩雨のおま○こはスルッと、 それを呑みこんだ。 「ん、んんー、いいですぅっ、指、 気持ち良くて、あぁあっ、だめぇ、 私、イキますぅっ、もうっ、あっあぁ」 「見てくださぁいっ、イキますぅ、 私、イキますぅ、あ・あ・ああぁぁ、 イッてしまいますぅぅぅぅぅっっっ!!」  びくびくんっと身体を震わせて、 彩雨は盛大にイッた。 「はぁ……はぁ…… あ……そのぉ……お恥ずかしいところを、 見せてしまいました……」  イッたことで多少冷静に戻ったんだろうか、 彩雨は目をとろんとさせながらも、 どことなく恥ずかしそうだ。 「彩雨……挿れるよ?」  俺は座薬キュウリを手にして、 そう言った。 「や、やっぱり、挿れなければ いけないのですか?」 「そのために、してるんだし」 「……ですけど……キュウリなんて……」 「大丈夫だよ。今ならアンラプアーバの効果が あるから、きっと気持ちいいよ」 「そ、そういう問題ではなくてですね…… そのぉ、キュウリで感じてしまったら、私、 恥ずかしくて顔から火が出てしまいますぅ」  そう言われても、 ここまで来たんだから、 やらないわけにはいかない。 「ごめんな。すぐに終わるから」  と、彩雨の膣にキュウリをあて、 ゆっくりと中へ押しこんでいく。 「あ……あぁぁっ、入ってくるのですぅ。 キュウリが、私の中にっ、んんっ、 あぁぁ……いや、嫌なのですぅ……」  彩雨は嫌がるように左右に首を振るも、 おま○こはいとも簡単にキュウリを 咥えこんだ。  恥ずかしくてたまらないといった表情とは 裏腹に、彼女は声を抑えきれないでいる。 「だめぇっ、だめなのですぅっ、私、 ああぁっ、いやぁっ、抜いてくださいぃ、 こんなの、だめなのですぅっ」 「もう少しだから、我慢してくれ」  キュウリで彩雨の膣内をぐりぐりと突き、 Gスポットを刺激する。  こぽこぽと彩雨のおま○こから いやらしい液が滴り、 ぐっしょりと砂浜を濡らしていく。 「いやぁっ、いやぁっ、もうっ、あぁっ、 だめっ、なのですぅっ、キュウリでは、 イキたく、ないのですぅっ…!!」 「イカないと終わらないぞ」  言って、キュウリを膣の奥に差しこみ、 子宮を直接刺激する。 「あっ、はぁぁぁぁんっ! あふぅぅっ、 はっ、やはぁぁっ、だめぇぇっ、そんなの、 あっ、私、んっ、んんんっ、あぁぁっ!」  彩雨は今にもイキそうな状態だっていうのに、 羞恥心が邪魔してか、 必死に快楽を堪えている。 「あんまり、強情だと、 もっとすごいことするぞ」  彩雨のお尻に勃起したち○ぽを当てる。 「え……何をしているのですぅ? あの、そこは、ち、違うのですぅっ。 そこは――あ、あ、あはぁぁぁぁっ!」  ぐっと、腰に力を入れると、 彩雨のお尻の穴は簡単にち○ぽを 咥えこんだ。 「そんなあぁっ、ひどいのですぅっ、 キュウリと、お尻の穴なんて、私ぃっ、 こんなのっ、でも、あっあっあぁ……」  彩雨のお尻の穴をち○ぽでずんずん突き、 キュウリでぐちゅぐちゅとおま○こを かきまわしていく。  彩雨はふたつの箇所から同時に訪れる快楽に 堪えきれないといったふうに、身を震わせ、 淫らな喘ぎ声を響かせた。 「あぁあっ、嘘っ、嘘ぉっ、あぁっ、 気持ちい、いいのですぅっ、ああぁっ、 そんなぁっ、感じてしまいますぅっ」 「私、キュウリとお尻の穴で、いやぁっ、 あっあんっ、だめぇっ、だめぇぇっ、 気持ち良すぎて、あっあっああぁぁっ!」  いやいやと首を振りながらも、 彩雨は快楽を求めるように腰を振る。  アナルがぎゅちゅうっとち○ぽを締めつけ、 精液を絞りとろうとする。 「ふえぇぇっ、ふえぇぇっ、あぁっ、 キュウリのイボが、おま○こに擦れて、 あぁっ、気持ちいいのですぅっ」 「だめぇぇぇっ、もうっ、本当に、 だめなのですぅっ、このままじゃ、私、 もう、我慢できませんっ。あ・あ・あ――」  彩雨のおま○こがひくひくと痙攣を始め、 きゅうっとアナルに力が入った。 「あああぁぁぁ、嘘、嘘、嘘ですぅっ。 私、イクっ、イッて、あ・あ・あ・あ、 イク――イクゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!」  彩雨が絶頂に身を震わせる。  これで、座薬のキュウリの効果が 出たんだろうか? 「はぁ……はぁ…… ひどいのですぅ……」 「ごめんな。体調はどうだ?」 「えっ? あ、そういえば…… なんだかすごく楽になったのですぅ」 「そっか。じゃ、効いたみたいだな」  さすが妖精界の野菜だ。効果覿面だな。 「そうなのですね。それなら、そのぉ、 もう抜いてくださいませんか?」 「あぁ、いいよ。それじゃ」  と、俺はキュウリを咥える。 「え……あの、何をしているのですか?」 「彩雨の愛液付きのキュウリを 食べようと思って」 「だっ、だめですっ。 そのようなことをしては――」  しゃりしゃりっとキュウリを食べていくと、 その反動が彩雨のおま○こに伝わり、 彼女は気持ち良さそうに身をよじる。 「あっあっ、おま○こが食べられているみたいで、 あっ、んっ、あはぁぁっ、だめぇえっ、 んんっ、あぁぁっ、あぅぅっ!」  キュウリを食べおえると、 ふたたび彩雨のアナルにち○ぽを 突っこんだ。  ぎちぎちと締めつけてくる 尻穴をこじ開けるようにして、 激しく腰を振る。 「あはぁぁっ、お尻がっ、あぁあっ、 おち○ちんで、いっぱいでっ、私っ、 おかしいのにっ、気持ち良くてぇっ」 「あぁぁっ、もうっ、我慢できないのですぅっ、 はっ、はああぁっ、もっと、してくださぁい、 私のお尻をおち○ちんでかき混ぜてください」  アナルにち○ぽを突きいれるたびに、 彩雨のおま○こはひくひくと喜び、 とろとろの愛液を溢れさせる。  彩雨は快楽に狂ったように、 腰を振り、声をあげて、俺のち○ぽを どこまでも受けいれてくれる。 「彩雨、もう……」 「はいっ、来てくださいっ、お尻の中に、 精液たくさん出してくださぁいぃっ、あぁっ、 いい、気持ちいいっ、私、また――」 「あ・ああ・あ・あぁぁっ、だめぇ、 おち○ちん、気持ち良すぎて、私、私ぃっ、 あっあぁぁっ、イクぅっ、また、イクゥゥッ」 「あぁぁぁぁぁぁ、イク、イクゥゥっ、 イッてしまいますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  彩雨が絶頂を迎えるのと同時に、 お尻の中にありったけの精液を 注ぎこむ。 「あぁぁっ、きますぅっ、お尻の中にっ、 精液、熱いのですぅぅぅっ」  さらに射精は終わらず、お尻から ち○ぽを引きぬくと、残った精液が 彼女の身体に飛びちった。 「はあぁぁぁ……こんなに…… たくさん、かかってしまいました……」  彩雨は自分の身体にかかった精液を 愛おしそうに指ですくった。 「颯太さんに、ひどいことを されてしまいました……」 「でも、彩雨も気持ち良さそうだったぞ」 「そ、そういうことは言っては いけないのですぅっ」  しばし、その場で脱力したまま、 俺たちはえっちの後の心地良さに 浸っていた。  夏期講習で半分ほど潰れたとはいえ、 夏休みはまだ結構な期間が残っていた。  けれども、彩雨と遊んだり、 ワークショップに参加したりと忙しく、 夏はあっというまに過ぎていったのだった。  夏休みが明けて、最初の登校日。  昼休みに彩雨とお弁当を 食べてたんだけど―― 「あれ? 彩雨、お腹すいてないのか?」  見れば、彩雨は一口もお弁当を 食べていなかった。 「はいー。 なんだか、食欲が湧かないのですぅ。 遅い夏バテのような気がします」 「そっか。でも、ちょっとでも食べないと、 ますますバテるんじゃないか?」 「そうなのですが、無理矢理食べると、 逆に体調が悪くなるのですぅ。 戻してしまうこともありますし」 「それは困ったな」  俺も夏バテで食欲がない時はあるけど、 さすがに吐いたりはしない。  何かひとつでも食べられるものが あればいいんだけど…?  放課後。 「彩雨、ちょっといいかー?」  畑の手入れをしている途中、 ふと思いついて彩雨を呼んだ。 「はい。何でしょうか?」 「夏バテで食欲がないって言ってたからさ、 何か少しでも食べられないか 考えてみたんだけど――」 「これならどうだ?」  と、収穫し洗っておいたトマトを 彩雨に見せる。 「さっぱりしてるし、 大丈夫なんじゃないか?」 「そうかもしれません。 食べてみるのですぅ」  彩雨はトマトにかぶりつく。 「あむあむ……あ、おいしいのですぅ。 これなら食べられますっ」  ぱくぱくと彩雨はあっというまに トマトを平らげた。 「おかわりはありますか?」 「あぁ、ここに山ほどなってるから、 いくらでもあるよ」  おいしそうなトマトを 探してあげようとすると、 「ふふっ、こちらをいただきますね。 あむあむ」 「いや、無農薬だけどさ、 さすがに洗ったほうがいいと思うよ……」 「そうなのですぅ? でも、とてもおいしいですよ?」 「まぁ……そんなに害はないけどさ……」 「あむあむ、んん?」 「……今、ジャリって言ったような?」 「砂を噛んでしまいました」 「やっぱり洗ってくるよ」 「お手数をおかけするのですぅ」  その後、食欲がないというのが嘘のように、 彩雨は大振りのトマトを7個も平らげた。 「そういえば、リンゴの樹、残念でしたね」 「ん? 何の話だ?」 「あ……もしかして、 まだご覧になってませんか?」 「……………」  そのリンゴの樹の状態を見て、 俺はしばし呆然としてしまった。 「夏休みの間に落雷があったそうなのです」 「そっか……」 「せっかくの伝説も、 これで叶いそうにありませんね」 「……あぁ。でも、どのみちリンゴを 無農薬で作るのはほとんど不可能だったしな」 「そうなのですぅ?」 「今のリンゴって品種改良されてるから、 農薬を使わないと病害虫にやられて、 まともに育たないんだってさ」 「知りませんでした」 「俺もちょっと前まで知らなかったよ」  QPが教えてくれるまでは。 「……………」  あいつ、大丈夫なのか?  妖精界に戻るって言ってたから、 このリンゴの樹は関係ないのか?  それとも、リンゴの樹の妖精だから、 樹がこんなふうになってしまったら、 やっぱり影響があるんだろうか?  考えれば考えるほど心配だったけど、 あいつの無事を確かめる術はなかった。  家を出ると、ちょうど彩雨が やってくるのが見えた。  彼女は俺に気がつくと、とことこと駆け足で やってくる。 「おはようございます。 お待ちになられましたか?」 「いや、ちょうど今、出てきたところだ」 「そうなのですね。 遅れてしまったのかと思いました」  彩雨がほっと胸を撫で下ろす。  彼女の手をとり、学校へ向かった。 「颯太さん、教室に行く前に 畑によってもよろしいですか?」 「あぁ、いいけど」  畑にやってきて、何をするかと思えば 彩雨はトマトをもぎとりはじめた。 「ふふっ、朝ごはんなのですぅ。 いただきます。あむあむ」 「もしかして、朝食べてないのか?」 「はい。まだ他の食べ物は 少々受けつけないのですぅ。ですけど、 トマトさえあれば夏バテも乗りきれそうです」  トマトだけじゃ栄養が偏る気もするけど、 それでも、何も食べられないよりは マシか。 「そういえば、落葉祭はもうすぐですね」 「あぁ、来週の土日だもんな。 ゲームバーガーの準備も順調だし、 いよいよ今週は会場作りだな」 「どのような会場にいたしましょう?」 「うーん、ちょっとまだ思いつかないけど、 今度のHRまでに 案ぐらい出しておかないとな」  会場は大がかりな作りにはできない分、 アイディアが肝心だ。 「まぁ、友希や芹川も、 考えてくれてるとは思うんだけどな」 「ふふ、じつは私も考えているのですぅ。 まだあんまりまとまってませんが、 HRまでには何とかしますね」 「そういえば、颯太さんは 今度の金曜日、お暇はありますか?」 「うん、バイトはないけど、 どうかした?」 「観たい映画が金曜日に公開なのですぅ。 ぜひご一緒なさいませんか?」 「いいよ。 じゃ、学校おわったら直接いこうか?」 「はいっ。 ふふっ、楽しみなのですぅ」  放課後。  帰る準備をしてると、 彩雨が飛んできた。 「颯太さんっ、申し訳ございませんっ。 私、映画の時間を間違えていまして、 1時間早かったのですぅ」 「えっ……てことは、あと20分ぐらいか?」 「はいっ。間に合うでしょうか?」 「今すぐ出れば、 本編開始にはぎりぎり間に合うかもな。 急ごう」  教科書類を手早くカバンに放りこみ、 新渡町へと向かった。  走った甲斐があって、 まもなく本編開始というところで、 何とか館内に滑りこむことができた。  そういえば、何の映画を見るのか 聞き忘れてたな。  まぁ、それも含めて楽しみだ。  流れていたCMが終わり、 ぱっとスクリーンの映像が切りかわった。 「ほうらっ、鳴きなさい、この豚ぁっ。 どうしたの? ほあら、いい声で 鳴いてみなさいな? できないの?」 「ぶっ、ぶうっ、ぶうっぶうっ」 「あっはっは、うまく鳴くじゃないの。 ほら、ご褒美よ。お尻を出しなさい。 今からこれを突っこんであげるわ」 「は、はい。女王様、お願いします」 「人間の言葉をしゃべるなぁっ、この豚がぁっ。 どうやら、お仕置きが必要のようね。 ほうら、これがどこまで入るのかしら?」 「あっ、ああぁっ、だめぇっ、ああぁあっ」 「……………」  なんだ、これ? 「だめぇっ、だめぇぇぇっ、あんっ、 そんなにされたら、だめなのぉっ」  いやいや、「だめなのぉ」 じゃねぇよ…… 「あっはっはっはっは、ここをこーんなに 大きくしちゃって、とんだ変態豚だこと。 どこをどうしてほしいのかしら?」 「あ、あの、お、おち○ちんを……」 「人間の言葉をしゃべるなぁっ、この豚がぁっ」  いや、それは理不尽だろ。 あんたが訊いたんだろ。 「ぶうっ、ぶうっ、ぶぅぶぅっ!」 「いい子ね、ほら、お舐めなさいな」  しかし、彩雨は何だって、 これを見たかったんだろうか? 「…………はっ!?」  ま、まさか。まさか、彩雨は…… 本当はこんなふうに俺を調教したくて…!?  恐る恐る俺は、彩雨の表情をうかがう。 すると―― 「……………」  彩雨は顔を真っ赤にして、 スクリーンの映像を正視できないでいた。 「……お、思ってた映画と ぜんぜん違うのですぅ……」  彩雨は俺に耳打ちしてきた。 「どんな映画だと思ってたんだ?」 「SMというタイトルだったので、 テーブルトークRPGのサブマスターの お話かと思ったのですぅ……」  なるほど。  彩雨らしいけど、その間違いはないな。 「どうする? 出るか?」 「……い、いえ……一度入りましたら、 最後まで観ていくのがマナーなのです……」  顔を手で覆いながらも、指の隙間から、 彩雨は画面を見続ける。 「この豚めぇっ、鳴けっ、鳴けぇっ」 「……この豚めぇ…?」  彩雨が変な性癖に目覚めないように、 俺は祈っていた。 「颯太さん、私、いいことを 思いついてしまいましたっ!」 「何だ?」 「落葉祭のゲームバーガーで、 さっきの遊びを採りいれられては いかがでしょうか?」 「さっきの遊びって言うと、 もしかして…?」 「SMプレイなのですぅっ」  やっぱりか。 「……ちなみに、 どういうふうに採りいれるんだ?」 「ゲームバーガーで失敗した人は、 罰ゲームで奴隷男になるのですぅ」 「それで?」 「女王様に罵声を浴びせられて、 大変な思いをするのですぅ」 「女王様は誰がやるんだ?」 「ウェイトレスさんがなさるといいと 思いますよ。私も頑張らせて いただきますね」 「……彩雨にできるか?」 「それぐらいできるのですぅ。 いいですか? いきますよ」 「この豚めぇっ、鳴くのですぅっ。 ぶうっ、ぶうっ、なのですぅっ」 「……やっぱり、やめたほうが……」 「人間の言葉をしゃべるなぁっ、この豚めぇっ」 「……………」  とりあえず、クラスで提案される前に 全力でとめておこう。 「ねぇねぇ颯太ー、 キッチンの配置こんな感じでいいかなぁ? ちょっと見てくれる?」 「おう、どれどれ?」  友希が教室に作っているのは、 ハンバーガー用の簡易キッチンだ。 「おうっ。問題ないぞ」 「やったぁ。じゃ、これで仕上げちゃうね」 「あの……」 「おう、芹川、どうした?」 「その……フロアのほうを 見てくれませんか…?」 「分かった」  フロア部分にはハンバーガーを食べるための テーブルがあり、そこで様々なゲームを 楽しめる工夫が凝らされている。  なので、配置がちょっと難しい。 「初秋くーん、それ終わったら、 ハンバーガーの味見してくれる?」 「おう、分かった」 「あ、こっちもこっちも。 作り方があってるか確認したいんだけど?」 「すぐ行くよっ」 「初秋、申請したパネルが足りてるか チェックしてほしいんだけど?」 「はーい、ちょっと待ってくれ」 「初秋ー、焼きそばパン買ってきてくれ」 「自分で行けよっ!」  そんなこんなで、俺は文化祭の準備に 追われていた。  裏庭に来るとペンキの刺激臭がツンと 鼻を刺激した。  教室で使うパネルに色を塗っているのだ。 「……………」  彩雨は俺が来たのにも気がつかず、 一生懸命、刷毛を動かしている。  真剣な顔もかわいいな。 「それにしても、けっこうパネル使うよな。 あと何枚あるんだ?」 「はい、残り10枚ほどだと…… あれ? い、いつからいらしたんですか?」 「ちょっと前だよ。 夢中でペンキ塗ってるから、 気がつかなかったんだろ」 「はいー、面目ないのですぅ」 「何か手伝おうか?」 「ありがとうございます。 ちょうど人手が欲しかったところなのですぅ」 「あちらに置いてあるパネルを、 この青いペンキで塗ってくださいますか?」 「おう、分かった」  俺がパネルのほうへ向かおうとすると、 「あ、颯太ー。いたいた。 ねぇねぇ、調理担当の子たちが、 颯太に教えてもらいたいことがあるんだって」 「え…? えーと、こっちも人手が 足りないみたいなんだけど?」 「じゃ、絵里おいてくね。 ハンバーガーは颯太が一番詳しいんだしさ。 じゃ、絵里、よろしくね」 「はい。頑張りますね」 「ごめんな、彩雨。 手伝おうと思ったんだけど……」 「いえ、大丈夫なのです。 颯太さんもお疲れの出ませんように」 「あぁ」 「ほら、颯太。 学校でイチャイチャしないの。 早く行くわよ」  友希に連行され、教室に戻ることになった。 「――そんで、焼きあがるちょっと前に チーズをのせるんだ。そうすると、 ちょうど焼き上がりに溶けてくるだろ」 「あー、そっかそっか。 チーズをすぐにのせてたから、 だめだったんだ」 「ハンバーグが焼きあがった頃には チーズなくなってたもんね」 「あ、あとさ。 ハンバーグにマヨネーズ入れたら、 もっとおいしくなると思うんだけど?」 「えー、嘘だぁ。本当にー?」 「本当だって。一回作ってみようよ」 「でも、そんなの食べたくないなぁ……」 「いや、いけるんじゃないかな。 けっこうハンバーグにマヨネーズっていう レシピもあるし」 「ほら、初秋くんが言うんだから間違いないよ。 ね、ね、作ってみてもいい?」 「おう。じゃ、みんなで いくつかサンプル作ってみるか」 「あたし、マヨネーズ好きじゃないんだけど」 「いいからいいから、ほら、 ものは試しよ。これを機にマヨラーに なるかもしれないでしょ」 「えー、太るから困るー」  もう落葉祭は間近に迫ってるけど、 俺たちはこの期に及んで、 新たなパティ作りに挑戦しはじめた。 「……はぁはぁ……初秋くん……っ!」  勢いよく教室に入ってきた芹川が、 珍しくはっきりと俺を呼んだ。 「どうした?」  ただ事じゃなさそうだと、 彼女に駆けよる。 「……姫守さんが、倒れて…… 救急車を呼びました……」 「……えっ?」  一瞬、言葉の意味が理解できなかった。  彩雨が……倒れた…? 「どうして?」 「分かりません。 ペンキを塗っていたら、突然……」 「今、どこにいるんだ?」 「保健室です」 「分かった」  教室を出て、保健室へ向かう。  ちょうど、サイレンの音が 遠くから聞こえてきた。  文化祭の準備を早めに切りあげ、 俺は友希と一緒に病院へやってきた。 「どこに行けばいいんだ? もう病室に移ってるのかな?」 「遠藤先生が来てるはずだから、 まず先生を探そっか?」 「分かった。て、あれ、遠藤先生じゃないか?」 「あ、本当だぁ」  奥のほうの病室から、ちょうど遠藤先生が 出てきた。お医者さんと一緒だ。 「じゃ、先生、どうぞよろしくお願いします」 「えぇ。ご安心ください」  ん? あれは高島先生か。 「そういえば、姫守さんのご両親と 連絡はとれましたか?」 「はい。とれたにはとれたんですが、 いつものことなのでご心配なく、 と言われてしまいまして……」 「そうですか。分かりました」 「では、これで」 「先生っ」  話が終わったところで、 俺はすかさず声をかけた。 「おう、来たか。分かってると思うが、 あんまり長居はするなよ」  ていうことは―― 「もう彩雨に会えるんですね?」 「あぁ。体に障らん程度にな」 「あの、彩雨はどうして 倒れたんですか?」 「ん? あぁ、持病があったそうでな。 お前ら、聞いてないのか?」  友希と顔を見合わせる。 そんなことは初耳だった。 「小さい頃から喘息がひどかったらしくてな。 入退院を繰りかえしてたそうだ」 「うちの学校に転校してきた頃は、 だいぶ症状も治まっていたらしいんだがな」 「喘息って……よくあるあの喘息ですよね? 入退院を繰りかえすほど酷くなることって、 あるんですか?」  尋ねると、遠藤先生は高島先生のほうを見た。 「症状が重ければ、発作で呼吸困難になるし、 意識を失うことやチアノーゼになることも ある」 「姫守さんの場合は薬もほとんど効かないしね」 「でも、良くなってたのに、 どうして急に発作が起きたんですか?」 「空気が悪かったりすると、 どうしても症状が悪化するからね」 「倒れた時はペンキを塗っていたそうだから、 それが原因かもしれない」  ペンキを塗っていたっていっても、 場所は屋外だ。空気がこもることも ないだろう。  それぐらいで症状が出るほど、 彩雨の喘息は重症だってことなのか? 「とにかく大事をとって、 もうペンキを塗るのは やめておいたほうがいいね」 「分かりました」 「それじゃ」 「先生、彩雨の病室ってそこですか?」 「あぁ。俺はもう帰るから、 お前たちも、お見舞いしたら、 すぐに帰るんだぞ」 「はーい。分かりました」  先生たちは去っていった。  俺はプレートに姫守と書かれた 病室のドアをノックする。  病室に入ると、ベッドに寝ていた彩雨が こっちに気がついた。 「あ……」  なぜか彩雨はさっと布団を被り、 隠れてしまった。 「……何してるんだ?」 「ペンキを塗っただけで倒れてしまったので、 合わせる顔がないのですぅ」  声の調子を聞くかぎりでは、 倒れたわりに元気そうだ。 「まぁ、『倒れた』って聞いた時は、 すっごく心配したよ」 「面目ないのですぅ……」 「でもさ、ペンキが体に悪いんだったら、 言ってくれれば良かったのに。 そしたら、倒れることもなかったんだし」 「申し訳ございません。 私もペンキであんなふうになるとは 思わなかったのですぅ」 「そうなのか?」 「はい。それに最近は発作も あまりありませんでしたから」 「そっかぁ。でも、無理は しないようにしないとね」 「準備を頑張りすぎて、 肝心の本番に出られなくなったら、 元も子もないからな」 「はい。ですけど、やっぱり文化祭は 準備をするのを含めて文化祭ですから」 「あー、分かるー。なんだかんだで 当日よりも、みんなでわいわい 準備してる時が楽しかったりするよね」 「まぁな。あと成功した時の打ち上げとかな」 「はい。私もすぐに治して、 落葉祭成功のために頑張りたいのですぅ」 「気持ちは分かるけど、 無理せずにちゃんと治すんだぞ」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「じゃ、そろそろ帰ろっか?」 「もう行ってしまわれるのですぅ?」 「『あんまり長居するな』って 先生から言われてるからさ。 またお見舞いに来るし」 「そうですか……でも、あのぉ……」  彩雨がもじもじと俺を見てくる。 「あ、颯太。あたしちょっと 表のコンビニに寄りたいから、 先いくね」 「おい……別に一緒に行けばいいんじゃ……」  俺の言葉を無視して、 友希は病室から出ていった。 「ふふ、気を遣わせてしまいましたね」 「……みたい、だな」 「颯太さん。そのぉ、病院にいると 寂しくなってしまいますので、 励ましてくださいますか?」 「どうしてほしいんだ?」  尋ねると、彩雨は静かに目を閉じた。  俺は彩雨の肩をそっと抱き、 彼女の唇に唇を寄せた。 「ん……んちゅ……んん……んはぁ……」 「これで大丈夫か?」 「はい。とても元気が出てきました。 頑張って治すのですぅ」  よしよし、と彩雨の頭を撫でてやる。 「じゃ、また明日な」  彩雨の病室を後にした。  学校が終わった後、 俺はその足で病院へやってきた。  若干迷いながらも、 彩雨の病室にたどり着き、 ノックしようとすると、 「絶対に嫌ですっ!」  室内から彩雨の声が聞こえてきた。  珍しく……というか、 今まで聞いたことがないほど、怒ってる。  どうしたんだろう? 「喘息でも学校に通っている人はたくさん います。それに私はもう元気になりました」 「しかし、君のご両親にも相談したんだが……」 「お父様もお母様も、 お見舞いにだって来ないのですっ」 「先生とはお話をしているのに、 私にはメールひとつくれないのですよっ」 「そんなことを言ってはいけないよ。 君のご両親は電話で君のことを すごく心配していたよ」 「それなら会いにいらして、 私とちゃんとお話すればいいのですっ」 「先生にそういうことを言わせるなんて、 卑怯なのですぅっ」 「しかし、僕としても、 ご両親の判断には賛成だよ」 「私は賛成ではありません。 お父様とお母様にそう伝えてくださいませ」 「……また来るよ」  静かになった。  話は終わったのか?  うおっ! 「あぁ……失礼」 「どうも」 「お見舞いかい? 仲がいいんだね」 「えぇと、はい」  先生は去っていった。  彩雨の病室をノックし、ドアを開けた。  病室に入ると、彩雨が ビックリしたようにこっちを見た。 「あ……そのぉ…… もしかして、聞こえてましたか?」 「あぁ、まぁな。 彩雨にしては珍しくすごい剣幕だったけど、 どうかしたか?」 「えぇと……そのぉ…… もう元気になりましたのに、 退院してはいけないと言われたのですぅ」 「それで退院させろって 怒ってたのか?」 「お、お見苦しいところを 見せてしまいました……」 「彩雨でもあんなふうに怒るんだな。 ちょっとビックリしたよ」 「き、嫌いになられましたか?」  その台詞に、思わず笑い、 彩雨の頭を撫でてやった。 「あーぅぅ……ごまかしているのですぅ?」 「嫌いになるわけないだろ。 彩雨は心配しすぎだ」 「ですけど、不安なのですぅ」 「大丈夫だよ。俺を信じろ。 何があっても嫌いにならないし、 ずっと彩雨のそばにいるからな」 「……はい。かしこまりました。 あなたを信じます」 「だけど、退院できないってことは、 やっぱりまだどこか具合が悪いんだろ?」 「心配なさらないでください。 それは他の人と比べましたら、 元気はないかもしれませんが……」 「ですけど、もうずっとこんな感じでしたし、 慣れっこなのですぅ」 「それに、颯太さんがいらっしゃいますから、 今が一番元気なのですよ?」 「そっか」  ちゅ、と彩雨の唇に軽くキスをした。 「でも、お医者さんが言うんだったら、 せめてもう一日、二日は様子見たらどうだ? まだ落葉祭までは時間もあるんだしな」 「はい。 颯太さんがそうおっしゃるのでしたら、 いい子にしているのですぅ」  次の日の放課後、 落葉祭の準備を終え、 俺はふたたび病院にやってきた。 「あれ?」  病室には誰もいない。  それどころか、 置いてあったはずの彩雨の荷物が なくなっている。  病室を間違えたかと思ったけど、 部屋番号はあっている。  ただし、ネームプレートから、 彩雨の名前が消えていた。  おかしいな、と思い、 ケータイを確認してみる。  彩雨からメールが来ていた。 『退院しました! 今日は一日、 お家でゆっくりして明日から学校に 行きます。楽しみなのです』 「マジかー」  しまったな。気づかなかった。  まぁ、退院の許可が出たんなら 良かったんだけど。 『退院おめでとう。 明日、迎えにいくから一緒に学校いこう』  と、返信しておいた。  しかし、とんだ無駄足だったな。  帰るか。  踵を返すと、高島先生に ばったり会った。 「おや? もしかして姫守さんの お見舞いにきたのかい?」 「はい。今、退院したことを知りました」  苦笑しながら、俺は言う。 「残念だったね。ちょっと前までは まだいたんだけど」 「でも、思ったより早く退院できて、 ほっとしてますよ」 「……こんなこと訊くのは失礼だけど、 君は姫守さんの彼氏かい?」  まぁ、連日でお見舞いに来るんだから、 そう思うよな。 「そうです」 「そう。あぁ、良かったら少し話せるかい? 姫守さんのことでちょっとね」 「構いませんけど」  何だろう? 「それじゃ、中に入ろうか」 「そういえば初秋くんはあれからどうかな? 体の調子は?」 「はい。すっかり良くなりました」 「それは良かった。 あぁ、ちゃんと名乗ってなかったね。 僕は高島清彦。姫守さんの主治医だよ」 「よろしく」  高島先生が手を差しだしてきたので、 握手をした。 「どうも」 「さっそくだけど、姫守さんの学校での 様子はどうかな?」 「元気にしてますよ。体がちょっと 弱いのは分かってましたけど、こないだ 倒れるまでは、病気とは思いませんでしたし」 「よほど学校に行くのが楽しいんだろうね。 昔は喘息がひどくて休んでばかりだった らしいから」 「よくなってるってことですよね?」 「……何と言えばいいかな?」 「聞いてると思うけど、 彼女は幼少の頃から喘息持ちでね」 「子供の喘息というのは、まだ免疫が 未発達なために起きることが多いんだ」 「だから、大人になれば、見違えるほど 元気になる人も多い」 「姫守さんは都会のほうに住んでいた ようだけど、喘息のこともあって こっちに引っ越してきたんだ」 「環境もずいぶん良くなっただろうし、 免疫も発達してきて、少しは症状が 緩和されたみたいだよ」 「……だけど、思ったよりは、 良くなっていない」 「……どうしてですか?」 「原因は分からない、 というのが正直なところだよ」 「はっきり言えるのは、 姫守さんの病状が良くないってことだけだ。 ……いや、どちらかと言えば悪いほうだ」 「でも、退院の許可を出したんですよね?」 「患者が『退院したい』と言いだしたら、 医者に拒否する権利はないんだ。 止めたけれど、彼女は聞かなくてね」 「だけど、自分で大丈夫と思ったから 退院したんじゃ…?」 「人前では元気に振る舞ってるようだけど、 それほど楽な状態ではないはずだよ。 “慣れている”というのもあるだろうけどね」 「ただ彼女の気持ちも分かるよ。 幼い頃はずっと入院していて、学校にも 行けず、やりたいこともできなかった」 「病院にいると、その時のことを 思い出すんだろうね」 「ちょっとぐらい苦しくても、 学校に行ったほうが気持ちが楽なんだろう」 「それじゃ、まだ入院してたほうが いいってことですか?」 「そうだね。入院もそうだし、 僕としてはもっと空気の綺麗なところで、 療養したほうがいいと思っている」  え…? 「……ちょ、ちょっと待ってください。 ただの喘息ですよね? ここだってそんなに 空気の悪いところじゃありませんし」 「とはいえ、現に彼女はこのあいだのように ひどく病状を悪化させることがある」 「普段はよくある喘息のようだけど、 発作を起こした時は、一気に症状が 重たくなるんだ」 「それがかなり危ない、と僕は思っていてね」 「危ないっていうのは?」 「喘息といっても、場合によっては 亡くなる人もいるからね」  思わず、耳を疑う。  まさか 「亡くなる」 なんて言葉が 飛びだしてくるとは想像も していなかった。 「最近は、比較的安定していたようだけど、 この先もずっとそうとは限らない」 「しばらく、発作が起きなくなるまで、 療養するほうが安全だと思う」 「彩雨にはそのことは?」 「昨日、伝えたよ。 『絶対に嫌だ』と怒られてしまったけどね」  そうか。あの時は、それで怒ってたのか。 「彼女の両親も最初、療養には 賛成していたんだけど、どうやら彼女に 押しきられてしまったみたいだよ」 「放任主義というか何というか。 娘が言うことには あまり強く反対しないようだ」 「忙しいのか、お見舞いにも 見えなかったようだしね」  彩雨から両親の話を聞くたびに 薄々そうかもしれないとは思っていた。  だけど、忙しいとか、放任主義という前に、 ただ無責任なだけな気がしてならない。  娘が倒れたっていうのに、 お見舞いにも来ないんだから。 「君はどう思う?」  急に質問を向けられ、 考えを整理しきれなかった。  まず、大事なことは…… 「……空気の綺麗なところで療養すれば、 彩雨は良くなるんですか?」 「それは分からない。ただ彼女の体にとっては そのほうが環境がいいのは確かだ」 「じゃ、療養しないと彩雨の病気は 悪くなるんですか?」 「その可能性はある。もちろん、絶対に病状が 悪化するというわけでもないよ。 何ともない可能性だってあるんだ」 「……そんなに曖昧じゃ、 本人以外がとやかく言えることじゃ ないと思うんですけど……」 「そうかもしれないね。だけど、医者として、 彼女の体のことを第一に考えるなら、 療養するのが一番だと思う」 「……まぁ、空気がいいところに行って 体に悪いってことはないですもんね……」 「ただ彼女は『うん』と言わなくてね。 理由を訊いたら 『今の学校が好きだから』と言うんだ」 「それは、もしかしたら、 君がいるからじゃないかい?」  確かに彩雨なら、 そう考えても不思議じゃないな。 「……そうかもしれません」 「だったら話は早い。君のほうから彼女に 療養するように伝えてくれないかい?」 「彼女の体が心配なら、 そうするのが一番いい」 「でも、療養って言っても、 そんなにすぐに場所も 見つからないですよね?」 「田舎に親戚の家があるそうだよ。 確か北海道だったかな?」  北海道……  気軽に会いにいけるような距離じゃない。 道理で彩雨も療養を拒んでるわけだな。 「すぐ療養しないといけないんですか?」 「さっきも言ったけれど、 大事をとったほうがいいということだよ」 「そういう意味では早いに越したことはない。 もし病状が悪化するようなことがあったら、 大変だからね」 「そうですか……」 「君が迷う気持ちも分かる。 彼女が拒否する気持ちもね」 「確かに『喘息だから』って 田舎で療養する人は少ない」 「症状が出ても騙し騙しやっている人が ほとんどだよ」 「彩雨だけ療養したほうがいいっていうのは、 発作を起こした時が危険だからですか?」 「そうだね。もちろん、喘息の患者は できることなら空気の綺麗なところで 過ごすに越したことはないよ」 「それに加えて重い発作の症状もある。 ここに運ばれてきたときも、 意識がないぐらいだったからね」 「どうしてそこまで症状が重くなるのか、 彼女の普段の様子からは説明をつけにくい。 精密検査をしても原因は見つからないんだ」 「『ただの喘息だから大丈夫だ』とは 今の段階では言えない、ってことだよ」 「『大丈夫と言えない』っていうのは…?」 「次、発作を起こしたら、 万が一ということも考えられる」 「だから、療養を勧めてるんだ。 非常に消極的な診断で申し訳ないけどね」  喘息で亡くなる人もいる、と 高島先生は言っていた。  それなら、やっぱり療養したほうが いいんだろう。 「強制はできないけれど、 彼女のことが大切なら、 一度このことをよく考えてみてほしい」 「……分かりました」 「ありがとう。 もちろん、いま急に言われても 何が何だか分からないだろう」 「また気になることがあったら、 いつでも訊きにきてくれて構わないよ」 「ありがとうございます」 「それと真剣に考えてほしいあまり、 少し脅しすぎたかもしれない」 「もちろん真剣に考えては欲しいんだけど、 今すぐ療養しないと絶対に危険だっていう 話じゃないからね」  それなら、高島先生がもっと強気で 彩雨を説得してるんだろう。  微妙なラインだからこそ、 こうして俺に頼んでるんだ。 「大丈夫です。分かってます」 「なら良かった。それじゃ」  シックハウス症候群の診断を受けた時も 思ったけど、やっぱりあの先生はいい人だな。  患者が療養しないって決めたんだから、 それで病状が悪化しても、医者に責任は ないだろうに。  彩雨に知られたら、あとでどんな文句を 言われるか分からないし、そもそも患者の 情報を勝手に話しちゃまずいだろう。  医者としては間違っている部分も あるかもしれないけど……  彩雨のために一番いい方法を考えて、 親身になって勧めてくれたっていうのは よく分かる。 「……………」  高島先生の人となりは、信用できると思う。  それに俺が本気で頼めば、 彩雨も療養する気になってくれるだろう。  だけど―― 「……………」  だからって、療養してくれとは 俺も簡単に言えやしない。  だって、それはつまり――  彩雨と離ればなれになる、 ってことなんだから。  目を覚ますと、俺はベッドに変な体勢で 突っ伏していた。 「……明るい……朝か……」  昨日は彩雨のことを考えつづけて 気がついたら眠ってしまったようだ。  まだ結論は出ていない。  まぁ、今日にでも 療養させなきゃ死ぬっていうわけじゃない。  ただ今後、万が一のことと、 それから長い目で見て考えてどちらが 彩雨にとっていいだろうって話だ。  そうじゃなかったら、 さすがに彩雨も無理しないだろうし、  高島先生だって 「消極的な判断だ」 って言っていた。  とはいえ、どうするか?  彩雨の体が一番大事なのは間違いない。  だったら 「彩雨と離れたくない」 っていうのは、 単純に俺のエゴだろう。  だけど――  いや、独りで考えてたって、埒があかない。  何といっても、彩雨の問題なんだ。 まず彼女がどう思ってるのか訊かないこと には、ひとりよがりの結論を出すだけだろう。 「よし、行くか」  学校に行く準備を整え、 俺は家を出た。  彩雨の家の前に到着する。  チャイムを鳴らすと、家の中から パタパタという足音が聞こえてきた。 「おはようございますっ」 「おはよう」 「大丈夫か?」 「はい。お陰様で、元気になりました」  彩雨はそう口にしたけど、 まだまだ本調子には見えない。  だけど、空気の綺麗な田舎で 療養しなければならないほど 弱っているようにも見えなかった。 「どうかなさいましたか?」 「昨日さ、学校が終わった後、 彩雨のメールに気がつかなくて、 病院まで行ったんだよ」 「でしたら、もう少し入院していれば、 昨日も会えたのですね。残念なのですぅ」  あいかわらず彩雨は嬉しいことを 言ってくれる。 「高島先生に会ったよ。 彩雨が退院したことを心配してた」 「先生はいつも大げさなのです。 ずっとこの体と付き合ってきたのですから、 私のほうがよく分かっているのですよ」 「でも、田舎で療養したほうがいいって、 言われてるんだろ?」 「……………」  彩雨は困ったように、黙りこんだ。 「本当のことを教えてほしいんだ。 彩雨は病気のこと、不安じゃないのか?」  すぐには言葉を返さず、 彼女は考えこむようにうつむいた。  しばらくして、彩雨は言う。 「子供の頃はもっと喘息がひどくて、 私は満足に学校へ通うことも できませんでした」 「入院ばかりして、 退院してもお家から出られなくて、 退屈で困ってしまうばかりの毎日でした」 「たまにお友達がお見舞いに来てくれて、 色々なお話をしてくれました」 「宿題がたくさんあったり勉強が難しかったり、 文化祭や球技大会が楽しみだったり、 学校帰りに遊んだり……」 「それが私はすごく羨ましくて、 いつか皆さんと同じように、そういう 普通のことをするのが夢だったのです」 「こちらに引っ越してきて、大きくなって、 ようやく私はそれができるようになりました。 こうして学校に通えるようになりました」 「ですから、ちゃんと卒業したいのです。 今のクラスの皆さんと一緒に。 颯太さんと一緒に」 「そう思って、ちょっと喘息が辛い時も、 我慢してこれまで頑張ってきたのです」 「今、少し辛くなってきたからって諦めたら、 せっかくこれまで頑張ってきたのが、 もったいないのです」 「大丈夫なのですよ。昔は無理をしても どうにもなりませんでしたが、 今はそんなことはないのですから」 「……そっか……」 「……わがままを言ってしまい、 申し訳ないのですぅ」 「いや……」  彩雨の気持ちは、よく分かる。  これまで彩雨は見えないところで 一生懸命頑張ってきたんだろう。  何とか卒業まで頑張らせてあげたい。  けれど――  もし、万が一、それで彩雨の身に 何かあったら、後悔しないと 言えるだろうか?  だけど――  ふたつの気持ちがせめぎあうように、 ぐるり、ぐるり、と頭を回る。  放課後。 「颯太さん、本日は この後ご予定ございますか?」 「いや、何もないよ。 一緒に帰ろうか?」 「ぜひご一緒したいのですぅ。 よろしければマックに寄っていきませんか?」 「でも、帰らなくて体は大丈夫か?」 「颯太さんは心配性なのです。 マックに行ったからといって、 ひどくなるわけではないのですぅ」 「大丈夫なら、いいんだけどさ。 じゃ、行くか」 「はい。ふふっ、楽しみなのですぅ」  というわけで、マックにやってきた。 「あむあむ、もぐもぐ、ぱくぱく、 はむはむ……ふふっ、おいしいのですぅ」  うーむ。こうしてると、 とても病気とは思えないな。  だいたい、病人なんて、 食欲がなくなるもんだし。  そういえば、倒れる前は 夏バテとかで食欲なくなってたか。  ってことは、良くなっては いるってことだよな。 「……はぁ……は……」  ん? 「彩雨? どうした?」 「いえ……」 「はぁ……はぁ…… ふぅ、もう大丈夫ですぅ。 軽い発作なのですぅ」 「やっぱり、無理してたんじゃないか?」 「どこにいても、休んでいても、 発作が出る時は出てしまうのですぅ。 そんなに心配なさらないでください」 「……だけどさ………… やっぱり心配だから、今日は帰ろう」 「……………」 「彩雨。な。お願いだからさ」 「……はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「ありがとな。 素直な彩雨が俺は大好きだぞ」 「私も、少々厳しいことを おっしゃる颯太さんが大好きなのです」 「行こうか」  彩雨を送りとどけて、自宅に戻ってきた。  帰り道、俺は考えていた。  ずっと――  彩雨の気持ちと、彩雨の体のことを。  彩雨を卒業させてあげたい。  苦しくても最後まで頑張ろうって 言ってあげたい。  そして、それと同じぐらい、 もうやめようって、自分の体のことを 一番に考えようって、  そう言ってあげたくて仕方がない。  どちらが正しいのか?  彩雨に、もうやめよう、と 告白するべきなのか――  それとも、このまま 応援するべきなのか――  俺は、ずっと考えていたんだ。 「できた……」 「できましたね」 「できたのですぅ……!!」  ぱちぱちとクラスのみんなが 拍手を鳴らした。  落葉祭3日前、クラスの出し物、 ゲームバーガーの準備がほぼ整った。  残るは模擬接客や調理練習などの リハーサル、それから材料の搬入といった、 当日におこなう作業だけだ。 「ねぇねぇ颯太ー、あれやろー、あれー」 「おう、やるか」  俺がすっと手を前に出すと、 その上に友希が手を重ねる。  クラスのみんなが集まってきて、 円陣を組み、次々に手を重ねていく。  そんな中、彩雨だけがぽかんと 俺たちを見ていた。 「ほら、彩雨も手を重ねな」 「は、はい。申し訳ございません。 不慣れなもので……」 「簡単だよ。こうやって重ねるだけだから」  俺はいったん手を引いて、 一番上に重ねなおした。  それを真似するようにして、 彩雨が俺の手の上に手を重ねる。 「こちらでよろしいのですぅ?」 「あぁ。それじゃ、どうしよっかな? じゃ、副委員長として、彩雨から一言」 「え……えぇと、何を申しあげれば、 よろしいのですか?」 「何でもいいんだよ。 意気込みを言えば」 「かしこまりました。 それでは、いきます」 「落葉祭ではたくさんお客様を捕まえて、 がんがん盛りあげるのですぅっ!!」 「「おーっ!!」」 「あのぉ……颯太さん、大丈夫ですか? もう皆さん帰られましたよ」 「あぁ、悪い。 調理場の配置がちょっと違ってたから、 気になっちゃってさ」 「まだ3日ありますから、 明日でもいいのではないのですぅ?」 「そうなんだけど、気づいた時に やっておかないと気持ち悪いからさ」  よし、これで終わり、と。 「ごめん、待っててもらって。 帰ろうか?」 「はい。あのぉ、本日は、 お家によっていきませんか?」 「あぁ、いいよ。じゃ、なんか作るよ。 何が食べたい?」 「ふふっ、嬉しいのですぅ。 颯太さんの作るものでしたら、 何でも食べたいのですっ」 「そう言われると、何を作ればいいか 迷っちゃうんだけどな」 「でしたら、パスタがいいのですぅ」 「了解。じゃ、帰りにスーパーよっていこう」 「はいっ。ふふっ、なんだか、 新婚さんみたいなのですぅ」  彩雨がそんなこと言ってくるので、 そのまま抱きよせ、唇を重ねた。 「ん……ん……んはぁ……」 「行こうか」 「はい。ですけど、その前に…… もう一回キスしてくださいますか?」 「あぁ」 「んっ……ちゅっ……んん……大好き、 なのですぅ……んっ、ちゅっ……」 「彩雨、大好きだよ」 「はい。私もなのです」 「行こうか?」 「あっ、そ、そのぉ…… はしたないのですが、もう一回だけ、 おねだりしても、よろしいでしょうか…?」 「しょうがないなぁ、彩雨は」  もう一度、彩雨の細い肩を抱く。  そして、さっきよりも 激しくキスを交わす。  けっきょくなかなか家に帰ることが できないのだった。 「ご馳走様なのですぅ。 すごくおいしかったのですぅ」 「おう、ありがとう」 「そういえばさ、彩雨の両親って、 今日も帰り遅いのか?」 「しばらく忙しいそうで、 帰ってこられないって おっしゃってましたよ?」 「彩雨が倒れたばっかりだっていうのに?」 「いつもお仕事が優先なのです」 「俺の親もけっこう仕事は忙しいほうだけど、 さすがに俺が倒れたら、仕事は休むと思うぞ」 「お父様もお母様もひどいですよね。 子供の頃からそうなのですよ?」 「子供の頃は、もっと喘息が ひどかったんだろ?」 「そばにいても治るわけではないですから」 「そう言ってたのか?」 「はい。いい子にしていたら、 帰ってくるっておっしゃってましたから、 私はずっといい子で待っていたのですぅ」 「……ちっとも帰ってきて くれませんでしたけど」 「こう言っちゃ悪いけどさ、 彩雨の親ってけっこう酷くないか?」 「ひどいのですぅっ。 すっごくすっごく、ひどいのですぅっ。 もっと言ってやってくださいっ」 「お、おう……まぁ、ひどいよな」 「ひどいのですぅっ。 私が寝こんでて起きあがれないのに、 どこかに行ってしまうのですぅっ」 「それなのにあれはするなこれはするなと 文句だけは一人前なのですっ。言いつけを 守っても、何のご褒美もくれないのです!」  どうやら、 そうとう鬱憤がたまってるみたいだ。 「ですけど、今は代わりに 颯太さんがいてくださるから平気なのです」 「パパって呼んでいいぞ」 「パパ、大好きなのですぅ」  こ、これは……やばいな、色々と。 「あのぉ、颯太さん。 今日、泊まっていかれませんか?」 「え……あぁ、でも、 何の準備もしてないしな。 明日も学校だし」 「だめなのですぅ?」 「……………」  さっきの話を聞いた後だと、 非常に断りづらい。 「じゃ、一回家に戻って、 着替えとか持ってくるな」 「ありがとうございますっ。 大好きなのですぅっ」 「その代わり、夜更かしして ゲームとかはなしな。 まだ病み上がりなんだからな」 「はい、かしこまりました。 すぐに寝るようにいたします」 「じゃ、もうけっこう遅いし、 行ってくるな」 「いってらっしゃいませ。 お待ちしておりますね」  いったん家に戻り、シャワーを浴びて、 明日の準備をする。  そして、また彩雨の家まで戻ってきた。 「彩雨ー、入るぞー」 「はいー、いま着替えておりますので、 上がっていてくださいませ」  家に上がると、 居間には布団が2組敷いてあった。 「お待たせいたしました」  彩雨がパジャマに着替えてやってきた。 「もしかして、もう寝るつもりなのか?」 「先程、夜更かしをしないようにと おっしゃられましたから」  確かに、言ったけど…… まだ9時だしな。  いや、でも、いいか。 彩雨も本調子じゃないんだし。 「じゃ、寝るか」  と、俺はカバンから、持ってきたパジャマを とりだす。  とはいえ――  寝れないな。  まぁ、まだだいぶ早い時間だし、 無理もないけど。 「……颯太さん、起きてますか?」 「ん、あぁ。起きてるよ。 寝られないのか?」 「はい。もっと近くに来てくださいますか?」 「あぁ」  布団の中をもぞもぞと動き、 彩雨の近くに寄った。 「もっと近くに来て、構いませんよ?」  彩雨がそう言うので、 彼女の布団の中へ入っていく。  すると、彩雨はぎゅーっと 俺に抱きついてきた。  柔らかいおっぱいを押しつけられ、 全神経が腕に集中する。 「ふふっ、私の専用の抱き枕なのですぅ」 「抱き心地は彩雨のほうがいいけどな」  ぎゅっと彼女の肩を抱きよせると、 よりいっそうおっぱいが身体に 押しつけられた。 「抱き枕にされてしまったのですぅ?」 「すごくいい感じだよ。気持ちいい」 「あ。やらしいことを考えてますか?」 「……いや、そんなことないよ」 「怪しいのですぅ」  すーっと彩雨の手が下半身に伸びてきて、 俺の股間に触れた。 「ふふっ、ほら、大きくなってますよ?」 「それは、いま彩雨が触ったからだって」 「でも、大きくなったことには 変わりがないのです。やらしいのですぅ」 「……楽しそうだな……」 「そのぉ……な、なさいますか?」  俺は彼女の頭を撫でて、 「……大丈夫だよ。そんなことしたら、 彩雨が疲れるだろ」  喘息なんだし、あんまり激しい運動は 身体に良くないだろう。 「大丈夫なのですぅ」 「大丈夫じゃないって」 「ですけど……ここは、 こんなに大きくなってますよ?」 「こら、彩雨……ちょっと……」  彩雨が俺のち○ぽをズボンから出して、 しゅっしゅっと擦りあげる。 「だめなのですぅ?」  もうだめだ…… こんなの、我慢できるわけがない…… 「……しんどくなったら、言うんだぞ」 「はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「それでは、そのぉ……失礼するのです……」 「ん……ん……しょ……あ……うぁ……」 「いきなり挿れて、大丈夫か?」 「はい。大丈夫だと思うのですぅ。 くっついていたら、私、そのぉ…… ぬ、濡れてしまいましたから……」  くちゅっ、と亀頭が彩雨の おま○この中に入っていく。  彼女の言う通り、中はもう湿ってて、 ヌルヌルの膣がまとわりついてきた。  それでも、いきなりはきついんだろう。 彩雨は少し苦しそうにしながら、 ゆっくりとち○ぽを膣へと埋めていく。 「んっ、あぁ……もう少しでおち○ちんが おま○こに入るのですぅ……」  彩雨が腰を下ろすと、 ぐちゅっ、ぐちゅうぅっと音を立てながら、 ち○ぽが膣に押し入っていく。  ヒダとカリが擦れあい、 ビラビラが竿にまとわりついてきた。 「ん……あぁ……おち○ちん…… すごく大きくて、なかなか 奥まで入らないのですぅ……」 「申し訳ございません…… すぐに挿れますから、 少々お待ちくださいね……」  彩雨はぐっと腰に力を入れて、 俺のち○ぽをおま○この奥まで 呑みこみはじめる。  はりついてくる膣壁を 押しのけるような形で、 ずちゅうぅぅっとち○ぽが挿入される。 「んんっ、もう少しなのですぅっ。 おち○ちん奥まで、挿れて…… 気持ち良くしてあげますからね……」  ぐぎゅぎゅうぅっとさらにち○ぽが、 彩雨の身体の中に埋没していく。  彩雨は苦しいような、 気持ちいいような声をあげながら、 ち○ぽを咥えこむことだけに集中していた。  その様子がとてもいやらしくて、 俺のち○ぽがさらにむくむくと大きくなる。 「あっ……うぅ、おち○ちんが 大きくなってるのですぅ……」 「あっ、んん、うああぁっ…… うぅ……そんなおいたをしては、 奥まで挿れられないのですよ」  膣を押し広げられる感覚が気持ちいいのか、 彩雨の腰が止まってしまう。  彼女は切なげな吐息を漏らしながら、 俺の身体をぎゅっとつかんだ。  押しつけられた乳房が、俺の身体にそい、 くにゅっと形を変える。 「……はぁ……だんだん慣れてきました…… 奥まで挿れてしまうのですぅ」  くぷぅっといやらしい音を立て、 ふたたび彩雨のおま○こが肉棒を 呑みこみはじめる。  じゅうっと愛液が膣内に染みだしてきて、 それを潤滑油代わりに、ち○ぽは どんどん奥へと入っていく。  先端が彩雨の奥の敏感な部分に当たった。 「あはぁぁんっ……あっ、んんっ…… 奥まで入りました……」  彩雨の膣内が脈を打ったみたいに、 びくびくと収縮を繰りかえす。  つながっているだけで、 すごく気持ちいい。 「あなたが私の膣内にいるのですぅ。 どくんっ、どくんっ、てしているのですぅ」 「彩雨も、びくんびくんって、 動いてるよ」 「……すごく、すごく気持ちいいのですぅ。 このまま溶けてしまいそうです」  おま○こだけじゃなくて、胸や太もも、 お腹など、彩雨の身体が全部ぎゅっと 密着している。  ぐじゅぐじゅと彩雨の膣内が 愛液で溢れていくのが分かり、  ただつながっているだけなのに、 今にもイッてしまいそうだ。 「おっぱい、触ってもいい?」 「はい……触ってほしいですぅ。 気持ち良くしてくださいますか?」 「あぁ」  彩雨の乳房にそっと手をやると、 ふにゃあっと指の形に変形した。  手に力を入れるたびに、彩雨は 気持ち良さそうに身体をくねらせる。  その姿がとてもいやらしくて、 彼女の乳房を弄ぶように夢中で揉んだ。 「あぁっ、んんっ……あのぉ…… ち、乳首を触っていただいても、 よろしいですか…?」  彩雨の要望に応え、指の腹を ピンと勃った乳首にそわせ、 優しく撫でた。  びくんっと彩雨は身体を震わせ、 気持ち良さそうな声をあげる。  もっと彼女を感じさせようと、 ふたつの乳首を同時に刺激していく。 「あんっ、ふたつ同時にしたら……私っ、 ああぁっ、だめですぅっ、あ、あぁ、 気持ち良すぎて、ふやぁっ、あぅっ」 「乳首が感じるんだな」 「は、はいぃっ、乳首、触られると、 びくんって気持ちいいのが、きて、 あっ、んんっ、すごくいいのですぅっ」 「あっ、あぁぁっ、だめぇっ、こんなに、 気持ち良くなったら……は、あぁぁ、 私、んん、我慢できないのですぅ……」  胸をいじられながら、彩雨は さらに快楽を求めるように、 ゆっくりと腰を振りはじめる。  彼女が上下に動くたびに、 ぐじゅっ、ぐじゅっとち○ぽと 膣壁が擦れあい、快感が走った。 「ごめんなさいっ、私、はしたなくて、 ごめんなさいぃっ、とめられないのですぅ。 あっ、んんっ、気持ちいいのですぅっ」  気持ちいいことしか考えられないといった 調子で彩雨は腰を振り、ち○ぽを膣に 出し入れする。  そのたびに、きゅ、きゅちゅうっ、と 膣が絡みついてきて、俺のち○ぽから 精液を絞りとろうとする。 「もっと、気持ち良くしてあげる」 「え……そこは、あっ、だめ、 そんなところ、だめなのですぅ……」  くちゅうっと彩雨のアナルに 指を差しこんだ。  彩雨の口から一際高い声が漏れて、 とろとろとおま○こから大量の愛液が 溢れでてきた。 「そ、んなぁっ、あぁっ、んんっ、そんなぁ、 私っ、あぁ、私っ……気持ちいい…… のですぅっ。お尻が、すごくっ、あぁあっ」 「どうしてぇっ、ああっ、んんっ、 どうしてぇぇっ、あぁあ、だめぇっ、んん、 あぁっ、やっもう、だめっ、だめぇぇっ」  アナルに侵入してくる指を 受けいれるように、彩雨は お尻の力を緩め、快楽に浸る。  俺のち○ぽはさらに大きくなって、 彩雨のおま○こをぐいぐいと押し広げる。  彩雨はもう何が何だか 分からないといった様子で、 ただ気持ち良さそうに喘ぎ、身体を震わせた。 「んんっ、あぁあっ、もうっ、私っ、もう、 だめなのですぅっ、あぁっ、くるっ、 はっあっ、だめだめだめぇぇぇっ」 「イキそうなのか?」 「はいっ、あっ、んんっ、でも、まだ…… もう少し、こうしていたいっ、のですぅっ。 あっ、んんっ、やぁっ……」 「だめだよ。今日は早く終わらせるから」 「あっあぁぁぁんっ、はぁぁんっ、ひゃはんっ、 あっうっだめぇぇっ、やぁっ、もうっ、 はぁぁんんっ、い・あ、ふ、は、あぁぁっ!」  彩雨が腰を振るタイミングに あわせて、俺は思いきりち○ぽで 彼女の膣を突きあげた。  彩雨は思いきり身体を仰け反らせ、 快楽に身体を震わせる。  そこへさらに何度も何度もち○ぽを突きあげ、 彩雨の奥をぐりぐりとかきまわす。 「だめぇっ、だめなのですぅっ、 そんなにしたら、私っ、あぅっ、やあっ、 ううぅっ、あっあぁぁんっ、はぁっ!」  さらにだめ押しとばかりに、 彩雨のアナルに指を二本挿れた。 「あ・あ・あ・あ、そ、んなぁ…… もうっ、やぁぁっ、だめっぇっ、 耐えられない、のですぅっ、私、あぁ」  肛門と膣を同時に責められ、 彩雨はびくびくと身体を震わせる。  おま○こはきゅうぅぅっと収縮して、 大量の愛液がとろとろとこぼれ、 俺の下半身を濡らす。  彩雨の膣内に今にも 出してしまいそうだった。 「あっぁぁっ、んはぁっ、だめぇっ、 もうっ、本当にっ、ああっあっ、うあぁ、 そんなぁっ、そんなぁぁっ、だめなのですぅ」 「あ・あ・あぁ、イクッ、イキますぅっ、 私っ、あっあっあっあ、やぁぁぁぁ、 んんんんんーっ、もうっ、あ・あ・あ……」 「ああっぁぁぁぁぁ、だめ、だめ、だめぇぇ、 イクイクイクゥゥゥ、あぁぁ、イックゥゥ ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!」 「んんあぁぁぁぁっ、ふえぇぇぇぇぇ、 中に……んん、たくさん入って、あぁぁ、 まだ、出ているのですぅ……」  ドクドクと彩雨の中に精液を注ぎこみ、 ち○ぽを引きぬく。 「きゃっ、あっ、やんっ、あぅぅぅ……」  残った精液が彩雨の全身を濡らし、 ドロドロにした。 「……ふあぁぁ…… すごく、気持ち良かったのですぅ」  力を使い果たしたかのように、 彩雨はぐったりとして、俺の身体に 体重を預けた。 「ふふっ、今日はぐっすり眠れそうなのですぅ」 「そっか」  彼女の頭をよしよしと撫でてやる。  それにしても、やってしまった。  彩雨が体調悪いってのに……  そんな罪悪感からだろうか、 俺は気づけば彩雨に言っていた。 「なぁ、彩雨」 「はい。何でしょうか?」 「その……療養のことはともかくとしてさ、 やっぱり、大事をとってもう少し 入院してたほうが良かったんじゃないか?」 「……ご心配なのですぅ?」 「うん、心配だよ。すごく。 こんなことした後で、 説得力ないかもしれないけど」 「私が誘ったのですから、 お気になさらないでください」 「病気の時は心を健康にするのも、 大事なのですよ」 「それは、ちょっと説得力あるな」 「私はベテランさんなのです」 「でもさ、どんなに心が健康でも、 やっぱり体が元気じゃないとって思うよ」 「……颯太さんのおっしゃることは、 よく分かるのですぅ」 「ですけど、もう少しだけ、せめて落葉祭と 誕生日が終わるまで、私のわがままを 聞いていただけないでしょうか?」 「……それまでは、普通の子と同じように、 颯太さんと一緒に過ごしたいのですぅ」 「誕生日が終わったら、 あなたの言う通りにしますから。 後生なのですぅ」 「……………」 「……分かったよ、誕生日が終わるまでな」 「はい、ありがとうございます」 「じゃ、それまで頑張らなきゃいけないから、 休む時はちゃんと休まないとな」 「はい、おっしゃる通りにするのですぅ。 おやすみなさい」 「おやすみ」  誕生日が終わるまで――  その彩雨の願いを叶えてあげたい。  だけど、本当にこれで良かったんだろうか?  何が起きたとしても、 俺は後悔しないだろうか?  万が一なんてそうそうあることじゃない。  分かってはいるけれど、 考えずにはいられなかった。  落葉祭2日前。  今日の授業は休みで、 丸一日落葉祭の準備にあてられた。  俺たちのクラスは準備自体は 終わっているため、リハーサルを おこなうことにした。  接客や調理手順、ゲームの流れなど、 実際にお客さんを入れてやってみると、 色んな問題が見つかるだろう。 「オーダー入りましたー。 スペシャルゲームバーガーセット 20個だよ」 「はいよっ。そんじゃ、厨房組、 フル回転で行ってみようかっ。 「「はーい」」  いま試しているのは、満席の状態で 一気に注文が入ったときに、厨房や フロアが対応できるかどうかだ。  これの結果によっては、 席数を減らすということも 考えなければならない。  果たして結果は―― 「スペバ3個できたよっ」 「こっちもOKっ!」 「どれどれ?」  調理担当の女子が作った スペシャルバーガーの出来映えを 確認する。  むむ……これは…… 「ピクルス入ってないぞ」 「あ……忘れちゃった……」 「あと、こっちのパティは生っぽいな」  試しにパティを割ってみる。 わずかだけど、まだ赤い部分が 残っていた。 「あー……ごめん。 早く作らなきゃと思って……」 「大丈夫、大丈夫。 ちょっとぐらい遅くなっても、 文化祭なんだから怒られないって」 「それよりも、ミスだけは しないように気をつけよう」 「そうだよね。 ごめん、もう一回やろ」 「うんっ、今度はちゃんと 焦らないように丁寧に作るねっ」 「おし。じゃ、もう一回だな」 「友希っ、悪い。 いったんリハーサル止めて、 お客さんが満員状態からやりなおしていいか?」  そう言いながらフロアのほうの様子を見ると、 「いったい、いつまで待たせるのかね? この店はお客様に水だけを 飲ませるのですぅ?」 「誠に申し訳ございません。 もう少々お待ちいただけませんか?」 「待ったからには、 絶品のハンバーガーが出てくるのですぅ?」 「はい。初秋という者が責任を 持って作りますので、不味ければ初秋を 煮るなり焼くなり好きにしてくださいませ」 「そこまでおっしゃるのでしたら、 待ってみるのですぅ」  なんだ、あれ…? 「お前ら、何してんの?」 「えー、見て分からない? クレーム対応の練習じゃん」 「落葉祭にそんなお客さんは来ないよ。 どうせみんな身内ばっかりなんだから」 「ですけど、万が一ということも 考えられるのですぅ」 「うんうん、それに話によれば、 うちのクラスの松本さんのお父さんが、 すっごいクレーマーらしいからさ」 「松本さんのお父さん用の シミュレーションもしといたほうが いいと思って」 「おい、松本。 お父さんに『来るな』と言っておけ」 「えー、お父さん文化祭で クレームつけるのだけが 生き甲斐なのにぃ……」  だめな大人だ…… 「いいじゃんいいじゃん。 楽しんでやれば、 何でもいい思い出よ?」 「じゃ、俺を売るのはやめろ」 「大丈夫なのですぅ。颯太さんのお料理を 食べれば、きっと松本さんのお父さんも、 クレームを言えないのですぅ」 「そうとは限らないだろ。 俺なんてまだまだだし」 「いいえ、大丈夫なのですぅ。 それにもし、だめだった場合は私が 頭を下げるのでご安心くださいませ」  うーむ、そこまで自信を持って 言いきられると、大丈夫な気が してくるな。 「まぁいいか。それはそれとして、 満席のシミューレションを もう一回やりたいんだけど?」 「はーいっ。じゃ、みんなー、 もう一回、最初から行くわよー。 配置についてっ」  着々とリハーサルは進む。 「颯太さん、終わりましたか?」 「あぁ、悪い。 まだちょっと後片付けが残っててさ」 「いいよいいよ。 後片付けはあたしたちがやるから」 「そうそう、初秋くんだけ たくさん働かせちゃ悪いもんね」 「いや、でも、そういうわけには」 「いいっていいって。 ほらほら、姫守さんが待ってるでしょ」  ぐいぐいと背中を押される。  たぶん彩雨の体の調子が悪いのを、 気遣ってくれてるんだろうな。 「ありがとな。じゃ、先、帰るよ」 「うん。当日、頑張ろうね」 「あぁ、それじゃ」  後片付けを任せて、彩雨と一緒に 下校することにした。 「明後日はもう落葉祭なのですね」 「あぁ、楽しみだな」 「はい。ですけど、 なんだか少し寂しいのですぅ」 「友希も言ってたけど、 みんなでわいわい準備してる時が 一番楽しかったりするもんな」 「はい。今日のリハーサルも、 クレーマーの役をやらせていただいて、 とても楽しかったのですぅ」 「まぁ、かわいらしいクレーマーだったけどな」 「そんなことはないのですよ。 私だって言う時は言うのですぅ」 「そうだな」  よしよし、と彩雨の頭を撫でてやる。 「あーぅぅ、信じてないのですぅ……」 「でも、落葉祭が終わっても、 次は誕生日があるだろ」 「そうでした。颯太さんが、 おいしいホットアップルパイを 作ってくださるのですぅっ」 「楽しみにしててくれ。 絶対、マックのよりおいしいのを 作るからさ」 「ふふ、期待しているのですぅ」 「あとさ、初めての誕生日だし、 盛大に祝いたいよな。 北京ダックとか作ろうか?」 「作れるのですぅっ!?」 「ああっ、昔ハマってさ。 作り方を研究したんだ。どうだ?」 「すごくいいと思うのですぅっ。 誕生日にそんなご馳走は、 食べたことがないのですぅ」 「じゃ、それにしよう。 他に何か欲しい物あるか?」 「私が欲しい物は、颯太さんの愛なのですぅ」 「それはもう持ってるだろ」 「えぇっ、足りないのですぅ。 もっともっともぉーっとたくさん、 颯太さんの愛が欲しいのですぅ」 「大丈夫だよ。彩雨が欲しいっていうだけ、 あげるからさ。それは誕生日じゃなくても、 いつでももらえるものなんだぞ」 「そうなのですか。知りませんでした。 でしたら、くださいますか?」  彩雨が目を閉じて、キスを催促する。 「人がいるぞ?」 「私には颯太さんしか見えないのですぅ」  その台詞に、思わず笑みがこぼれる。 「俺も、彩雨しか見えなくなった」 「ん……んちゅ……んはぁ……ん……んぁ……」  通行人が行きかう中、 俺たちはお互いの唇だけを求めあう。 「颯太さん。私、こんなに誕生日が 楽しみなのは生まれて初めてなのですぅ」  その言葉で、思いっきり盛大な誕生会を 開いてあげようと決意した。  だけど――  自宅に戻り、ベッドに寝っ転がると ふいに高島先生に言われたことを 思い出した。  誕生日が終われば、 彩雨も俺の言うことを聞くと 言ってくれている。  だから、考えるのは もう少し先でもいいはずだ。  今は彩雨と楽しく過ごすことに 集中すればいい。  そう思うのに――  どうしても一抹の不安が拭えない。  本当にこれでいいのか?  やっぱり、今回は諦めようと 告白するべきじゃないのか?  布団の中で俺は自問自答繰りかえす。 そして―― 「おはようございます。 いよいよ今日なのですぅ」 「あぁ、すごいいい天気になったし、 お客さんもたくさん来てくれるといいよな」 「楽しんでもらえるでしょうか?」 「それは間違いないよ。 なんせゲームバーガーなんて、 どこの文化祭いってもないだろうからな」 「皆さんで一生懸命考えましたからね」 「それに彩雨の案だしな」 「私は、そのぉ、微力ながら、ご提案を しただけですから、形にしたのは 颯太さんたちなのですぅ」 「照れた彩雨もかわいいよな」 「そ、そういうことを言っては いけないのですぅっ」 「そういうところもかわいいな」 「あーぅぅ……恐縮なのですぅ……」  そんな会話をしながら、 学校へと向かった。 「あー、颯太、大変大変ー。 見て見て、コバエが大量発生しちゃったわ」  ざっと室内を見回すと、 10匹や20匹どころじゃない数のコバエが 飛びまわっていた。 「なんだ、これ…?」 「どうしてコバエさんが、 たくさんいらしたのですぅ?」 「一昨日、ハンバーガーの材料を 放置して帰ったみたいです」 「腐ってるパティにコバエが たくさんたかってたから、それは 頑張って捨てたんだけどね」  しまったな。一昨日は片付けを 任せて先に帰ったからな。 「ごめんなさい。あたし、てっきり もう全部しまったと思ったんだけど」 「いや、俺も任せきりにして帰ったからな。 それより、これを何とかしないと、 9時にはもうお客さんが入るぞ」 「でも、一匹一匹退治してたんじゃ きりがなさそうよ?」 「殺虫剤を買って来よう。 部屋全体に効果があるやつ」 「それなら、簡単にできそうですね」 「じゃ、ちょっと行ってくるな」  新渡町に行き、開店の早い ホームセンターで殺虫剤を購入する。  すぐに学校に戻り、 買ってきた殺虫剤3個をセットした。  全員教室の外に出て、 殺虫剤の効果が出るのを 1時間ほど待つ。  ふたたび教室に戻ると、 床にコバエの死骸が何十匹も落ちていた。 「うまくいったけど、 急いで掃除しないとな」 「わー、すごいなぁ。 虫の死骸とかだめな人多いかも」 「じゃ、掃除は男子でやるから、 女子は材料とか足りないものがないか、 チェックしといてくれるか?」 「はーい。そうするねー」 「よーし、じゃ、男子全員集合。 全員で今から教室を掃除するぞー」  箒やちりとり、モップを駆使して、 虫の死骸の除去及び清掃を始めた。 「ふぅ。よし」  見違えるほど綺麗になったな。  これなら、お客さんを入れても 大丈夫そうだ。 「颯太ー、 残りのパネル、いま入れても大丈夫?」 「おう、いいぞ」 「はーい、じゃ、入れるね」  友希が廊下に出ていく。 「彩雨、そっち持ってくれる? うん、オッケー、じゃ、そのまま 教室に入ってくれる?」 「……かしこまりました」  入口にぶつけないようにしながら、 彩雨はパネルを斜めにしていく。 「いったんドア外そうか?」 「うぅん、大丈夫。 このまま行けば、入るから」 「いいわ。彩雨、そのまままっすぐ下がって」  パネルを持ちながら、彩雨は 後ろ向きで教室に入ってきた。  1歩、2歩…… 3歩目を彼女の足が刻んだ瞬間――  ふっと力が抜けたように、 彩雨はその場に崩れ落ちた。 「彩雨っ!?」  急いで駆けより、彩雨に声をかける。 「彩雨、どうした? 大丈夫か?」 「はぁ……はぁ……」  呼吸困難に陥っているのか、 彩雨は必死に息をしようとしている。 「……颯太さん、どこですか?」 「ここだよ、彩雨。ここにいるぞ」 「はぁ……はぁ……あ…… お顔が、見えないのですぅ……」  目の前にいるのに、見えない…? 「きゅ、救急車呼ぶねっ!」 「わたし、保健の先生を呼んできます」 「彩雨、大丈夫だ。 すぐに病院に連れていくからな」  そう話しかけるも、 彩雨は呼吸をするのに精一杯で、 返事をする余裕もないようだった。 「うん、大丈夫みたいだね」 「ご心配をおかけいたしました。 申し訳ないのですぅ」  病院に運ばれて、しばらくすると、 彩雨の体調は劇的に回復した。  さっきまでの苦しそうな表情が 嘘みたいにケロッとしている。 「高島先生、どうして、 彩雨は倒れたんですか?」 「今のところは 『発作が起きた』としか言いようがないよ」 「……でも、 喘息で目が見えなくなるものなんですか?」 「検査はしたけど、目の機能に異常はなかった」 「呼吸困難で意識が朦朧としていたから、 よく見えなかったんだろうね」 「何の原因もなくて、 こんな酷い発作が起きるんですか?」 「殺虫剤を使っていたと言ったね? 殺虫剤が部屋に充満していた状態なら、 喘息の発作が起きても不思議はないよ」 「殺虫剤の煙が収まって、 掃除をした後に入ったんですけど?」 「……そう。だとすれば、それが発作を 引き起こしたとは少し考えにくいね。 多少、影響は出るにしろ……」 「けっきょく分からないってことですか?」 「原因が見当たらなくとも、 発作が起こることもあるからね」 「それに前にも言った通り、 姫守さんの発作はかなり重いほうなんだ」 「そうですか」 「今は落ちついたようだけど、 しばらく入院したほうがいい。 今回はすぐに出たいとは言わないでくれよ」 「……かしこまりました」 「失礼します」 「姫守さん、ごはんですよ」  看護師のお姉さんが、 昼食を載せたトレーを置いた。 「それじゃ、また明日、診察するから」  看護師さんと一緒に高島先生は 病室を出ていった。 「病院のごはんはあまり好きではないのですぅ」 「味気ないけどな。 でも、食べなかったら早く元気になれないぞ」 「颯太さんはごはんどうするのですか? 私ひとりだけいただいてしまって、 悪いのです……」 「あとで適当に食べるよ。 気にしないで、食べな」 「……はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  彩雨はサラダを食べながら、 「落葉祭、始まってしまいましたね」 「そうだな」 「行かなくて平気なのですか?」 「今日ぐらい先生も大目に見てくれるって。 気にするな」  ハンバーガーの調理も、 みんなで頑張れば何とかなるだろう。  それよりも、今日は、 彩雨のそばについててあげたい。 「………………」  ん? 「彩雨、どうした?」 「……はぁ……はぁ………はぁ……」  同じだ。学校で倒れた時と。  俺はとっさにナースコールを押した。 「すいませんっ! 彩雨が苦しそうなんです! 息ができないみたいでっ!」 「すぐにいきます」 「彩雨、大丈夫か? すぐに看護師さんが来るからな」 「…………はぁ……ん……」  彩雨は胸の辺りをぎゅうっとつかみ、 苦しそうにぱくぱくと口を動かしている。  このまま死んでしまうんじゃないか、 そんなふうにさえ思えた。 「すまない。下がっててくれるかい?」  飛んできた高島先生が、 すぐに彩雨の応急処置を始めた。  昨日、二回目の発作を起こした彩雨は 激しい呼吸困難に襲われた。  応急処置が早かったこともあり、 一命はとりとめた。  けど、さすがに応えたんだろう。 今は疲れた様子で、ゆっくり休んでいる。 「姫守さんの容態は、 今のところ安定しているよ」 「また昨日みたいなことが起こるんですか?」 「起こる可能性はある」 「……原因は分からないんですよね?」 「今回に限って言えば、 食物アレルギーだと思う」 「アレルギーって、俺がなった花粉症と 同じやつですよね?」 「そうだね。ただし、アレルギーといっても、 アナフィラキシーショックを起こせば、 命にかかわるケースもある」 「サラダを食べた後という話だから、 その中の何かにアレルギー反応を 起こした可能性がある」 「検査結果が出るまでには、 もう少しかかるけどね」 「彩雨が食物アレルギーって 話は聞いたことがありませんが…? 今までだって、何でも食べてましたし」 「……そうだね。姫守さんにも 確認したけれど、食物アレルギーは これまでなかったと言っていたよ」 「そんなに突然、命にかかわるような アレルギーになるんですか?」 「花粉症と同じだよ。同じ物を食べつづけると 体に抗体ができていき、ある日突然 アレルギー症状を引き起こすんだ」 「よく分からないんですが、 アレルギーと喘息は関係あるんですか?」 「もちろんあるよ。姫守さんの場合、 ハウスダストや花粉に対するアレルギーも 喘息の原因のひとつだからね」 「もともと彼女はアレルギー体質なんだ。 一部の食物に対してもアレルギー反応が 出るようになった可能性が高い」 「まぁ、詳しいことは 検査結果が出てからだ」  高島先生のPHSだ。 「はい……すぐ行く!」  切迫した状況だというのが、 声の調子で分かった。 「姫守さんの容態が急変した」 「……あ……はぁ……あ……あぁ……」  ベッドの上で彩雨が、 酸素を求めるように口をぱくぱくと させている。  また同じ症状だ。 「何があった?」 「水を飲んだら、急に……」 「水、だって…?」  高島先生は戸惑いながらも、 すぐに応急処置を始めた。 「……だめなのですぅ…… 臭いが、気持ち悪いです」 「そうか。分かった」  切ったオレンジを片付けて、 高島先生はカルテを書きこんでいく。 「何が原因かは分からないけど、 君はほとんどの食材にアレルギー反応を 示すようになってしまったようだよ」  果物、野菜、芋類、米、小麦粉、水、 病院で用意できるあらゆる食材で検査した けど、その全部に彩雨は拒否反応を示した。 「比較的、症状が軽い食べ物でも、 喉の痒みや炎症、腹痛を引き起こす」 「物によっては、呼吸困難や高熱、視力低下、 多少の記憶障害が発生し、場合によっては アナフィラキシーショックの可能性もある」 「匂いでさえ受けつけないというのだから、 そうとう重度のアレルギー反応だ」 「何も、食べられないのでしょうか…?」 「しばらくは、症状が軽い食べ物で、 やりすごすしかないね。カボチャやイモは、 比較的安全のようだ」  それでも、口の中が痒くなる程度の アレルギー反応を起こす。 「問題は同じ物を食べつづけると、 アレルギーの症状が悪化する可能性が あることだよ」 「どうなるんですか?」 「今は比較的平気なカボチャやイモを食べても、 重度のアレルギー症状を起こすようになる」 「だけど、ただでさえ食べられる物が ほとんどないのに……それじゃ、そのうち 本当に何も食べられなくなるんじゃ…?」 「……それまでに、何とか治そう」 「先生。私は何の病気なのですか?」 「喘息と食物アレルギー ……としか言いようがない」 「治療法はどうすればいいんですか?」 「……今は、安静にすることだよ」  高島先生がどれだけ献身的な治療をして くれているかは、これまでの経緯から よく分かっている。  だから、その素っ気なくもとれる言葉にも、 怒ることができなかった。  高島先生だって何とかしたいと思ってる。 だけど、打つ手がないんだ。  それが、痛いほど伝わってきた。 「何かあったら、呼んでくれ」  とり残された俺たちは、 しばらく何も言葉が出てこなかった。 「私、どうなってしまうのでしょう?」 「大丈夫だよ。きっと治るから」 「そうなのですか?」 「あぁ、治るよ」  衰弱しきった様子で、弱々しく疑問を 呟く彼女に、俺は気休めを言って あげることしかできない。 「颯太さんがおっしゃるのなら、 きっとそうなのですね」  分かっているはずなのに、 彩雨は笑う。  その笑顔が俺の胸を鋭く抉った。  彼女のためにできることは何かないのか?  考えなくても答えは分かる。  医者でもないただの学生に できることなんてありはしない。 「……お腹が空きました……」 「先生に言って、何かもらってくるよ」 「いえ……いいのですぅ。 食べ物の臭いが、なんだか 気持ち悪いですから……」 「そっか……」  短期間で3回も発作を起こして、 彩雨はそうとう衰弱してしまっている。  その上、何も食べられないんじゃ、 本当にこのまま死んでしまうんじゃないか?  そんなバカな考えさえ、現実味を帯びてくる。  せめて、 何かひとつでも食べられるものがあれば――  食べられるもの…?  あぁ、そうだ。  俺にも、ひとつだけできることがあった。 「探してくるよ、彩雨が食べられるものを。 だから、安心しな」 「本当なのですぅ?」 「あぁ、大丈夫だ。 野菜と料理はこれでも けっこう詳しいんだからな」 「ふふっ、存じております」  ようやく、彩雨は心から笑った。 それが本当に嬉しかった。 「じゃ、待っててくれな。 先生にも許可をとってくるから」 「はい。 いつも重ね重ねご苦労をおかけしますが、 よろしくお願いいたします」 「あぁ、任せろ」  病室を出て、俺は高島先生の元へと向かう。  絶対に見つけてみせる。  彩雨が、食べられるものを―― 「どうだ…?」  彩雨に出したのは、 学校の畑で穫ってきたタマネギを 丸ごとオーブン焼きにしたものだ。 「……申し訳ございません…… 食べられないのですぅ……」 「そっか」  タマネギの丸ごとオーブン焼きを ビニール袋でくるみ、封をした。  こうしておかないと、彩雨は 匂いだけで気持ち悪くなってしまう。 「ごめんな」 「いえ、大丈夫です。 いつものを食べるのです」  彼女が食べはじめたのは、 タマネギを蒸して軽く塩を振った物だ。  イモは4日前から、カボチャは2日前から アレルギー反応が強くなって、 食べられなくなった。  タマネギも食べれば、 口の中が炎症を起こすようだけど、 それでも食べないよりはマシだ。  この一週間、彩雨は満足に 食べられる物もなく、ずいぶん痩せた。 「せっかく作ってくださったのに、 食べられずに申し訳ございません」 「そんなこと気にするなよ。 食べられる物を見つけるまでの辛抱だからさ」 「…………はい」  言葉を呑みこんで、彩雨はそう答えた。  喉から出かかった言葉は分かっている。  本当に食べられる物が見つかるんだろうか。  この一週間、俺も何度も考えた。  どんな食材に対しても、 彩雨の体は拒否反応を示してしまう。  せめて少しでも食べやすく、 色んな調理法を試したけど、 逆効果にしかならなかった。  煮ても、焼いても、炒めても、揚げても、 辛くしても、甘くしても、苦くしても、 酸っぱくしても、どんな調味料でも同じだ。  食べやすくなるどころか、 調理をすればするほど、彩雨は吐き気や 気持ち悪さを訴える。  けっきょくは一番アレルギー反応を 起こさない食材を、手を加えずに 食べるのが一番だという結論に落ちついた。  だけど、今はかろうじて平気なタマネギも、 いつ強いアレルギー反応を示すように なるか分からない。  何より水だ。  彼女は水がまったくと言っていいほど 飲めなかった。水道水はもちろん、 色んな銘柄の天然水を試した。  だけど、いずれにしても、 彩雨は一口飲んだだけで 吐きだしてしまうのだ。 「ごちそうさまでした」 「もういいのか?」 「はい。あまり食欲がないのです。 ふふ、ダイエットになってしまいますね」 「……そうだな」  このまま何も食べられず 彩雨は死んでしまうんじゃないか、 そんな恐怖にさえ駆られた。 「じゃ、またちょっと食材探しに 行ってくるな」  俺が立ちあがり、 病室から出ていこうとすると、 「颯太さん、ありがとうございます。 そばにいてくださって」 「そんなこと、気にするなよ。 普通のことだろ」 「はい……これが普通なのですね。 嬉しいのです」 「何か他にしてほしいことはあるか?」 「それでは、そのぉ……おねだりしても、 よろしいでしょうか?」  そう言って、彩雨は目を閉じる。  そっと唇を重ねた。 「ふふっ、あなたのキスがあれば、 私はいつでも元気になるのです」 「じゃ、毎日キスしてあげるからな」 「ありがとうございます。 病気になって、得をしてしまいました」 「そっか……」  彩雨の笑顔が痛々しく思えて、 けれども、俺も無理矢理笑った。 「じゃ、行ってくるな」 「はい。いってらっしゃいませ」  彩雨の両親はまだ一度も 見舞いにすら来てない。  仕事が忙しいのだと高島先生は言った。  彩雨が、こんな状態だっていうのに…… 「初秋くん、どうだった?」 「同じです」 「そうか……食べられないのもそうだけど、 水をほとんど飲んでいないからね。 もうそろそろ限界だよ」 「水を飲めないのも、アレルギーなんですか?」 「水にアレルギーというのは聞いたことがない。 ただ水道水の場合、塩素が含まれているから、 それに反応していることも考えられる」 「だから、天然水なら行けるか と思ったんだけど、それもだめだった」 「水を飲んだ時に発作を起こしたから、 それがトラウマになってるのかもしれないね」 「このまま水を飲めないと、 どうなるんですか?」 「すぐにどうこうという心配はないよ。 今日にも点滴で直接水分補給をおこなうから」 「だけど、 このまま何も食べられないようなら……」  その先の言葉は言わなくとも分かった。 「きっと何か食べられる物があるはずです」 「……そうだね」 「また行ってきますね」  俺は病院を後にした。  いったい、どうして こうなってしまったのか?  落葉祭の前に、彩雨に療養を勧めていたら、 こんなことにはならなかったのか?  分からない。それに、 今はそんなことを考えても仕方がないんだ。  一刻も早く、何か、 彩雨が食べられる物を探さなければならない。  だけど、いったい何なら食べられるのか、 まるで見当もつかなかった。  おいしそうにアップルパイを頬ばっていた 彩雨の姿が、脳裏をよぎる。  あんなに大好物だったのに、 今は匂いを嗅いだだけでも 気持ち悪くなってしまう。  あの頃は、こんなことが起こるなんて 思ってもみなかった。  何の前触れもなく こんなことになるなんて―― 「……何の前触れもなく?」 「いや……あった……」  確か、アップルパイを 食べすぎた後に、記憶が飛んでたことが あった。  次の日、体調を崩して学校を休んだ。  それに夏休み明け、食欲がないって言って、 ぜんぜん食事をとることができなかった。  遅い夏バテだって彩雨は言ってたけど、 もしかしたら、その時すでに症状が 出ていたのかもしれない。  あの時、彩雨が唯一食べられた物は――  学校の畑にやってきて、 目的の野菜に目を向ける。 「……そっか……しまった……」  トマトは全部収穫してしまったから、 もうひとつも残ってない。  QPがいたときと違って、 野菜がすぐに育つということは なくなったんだ。  俺は急いで引きかえした。  スーパーでトマトを買い、 病院へ向かう。  病室に戻ってくると、彩雨の他に 高島先生と看護師さんがいた。 「颯太さん、お帰りなさいませ。 これから点滴をするそうなのですよ」 「すみません、その前に これを食べられるか試したいんですが?」  高島先生にトマトを見せる。 「トマトはまだ試してなかったのかい?」 「はい。思い出したんですけど、 以前にも彩雨がまったく食欲が なくなったことがあって」 「その時、トマトだけは食べられたんです」 「そういえばそういうこともありましたね。 あの時はトマトばかり食べていたように 思います」 「なるほど。試す価値はありそうだね。 食べてみてくれるかい?」 「彩雨、大丈夫そうか?」  彼女にトマトを手渡す。 「……食べてみますね」  怖ず怖ずと彩雨がトマトをかじる。 「あむあむ……」  ゆっくりと咀嚼して、彩雨はトマトを 呑みこんだ。 「……あ……ん……はぁ……」 「姫守さん? 大丈夫かい?」 「……はい。ですけど、トマトも だめみたいなのですぅ…… 喉の奥が痛くなります」 「そう、か……」  間違いないと思ったのに…… 「それじゃ、点滴を始めるよ」  彩雨から食べかけのトマトを回収し、 ビニール袋に入れる。 「ちょっとチクってしますからね」  看護師さんが手際良く、 彩雨に点滴の針を刺した。 「今回は半日ぐらい点滴をするから、 その後はまた様子を見て決めよう」 「……………」 「姫守さん?」  彩雨は顔を真っ青にして、 体を震わせている。 「点滴止めて!」 「はい!」  高島先生がナースコールを押す。 「ショック症状だ。呼吸停止、 カウンターショック、早く!」  カウンターショックがいったいどういう時に 使われるのか、俺にだって理解できる。  いったい、彩雨に何が起きたのか。  心臓が止まった彼女を、 俺はただ呆然と見ているしかなかった。  あれから、彩雨は3回発作を起こし、 生死の境をさまよった。  満足に物を食べることができず、 水さえ飲めない。  点滴をしようとしても、 拒否反応が出てショック症状を 引き起こす。  高島先生の話では次に発作が起きたら、 もう助からないかもしれないそうだ。  彩雨はわずか二週間たらずの間に、 見違えるほど痩せてしまった。  常に苦しそうで、 それに気づかれまいと健気に笑うのが とても痛々しくて……  こうして眠っている時が、 唯一安心できた。 「彩雨……ごめんな。何もできなくて……」  ボタポタと涙がこぼれ、 彼女の頬を濡らした。  ゆっくりと彼女が目を開いた。 「颯太さん……泣いているのですか?」 「あ、いや……ちょっとあくびをしてな」  慌てて、笑顔を浮かべる。  誰よりも辛いのは彩雨だ。 俺が弱気なところを見せちゃいけない。 「そうでしたか。いつも大変でしょう。 たまにはお見舞いに来ないで、 ゆっくり休んでもよろしいのですよ」 「いやいや、ぜんぜん平気だって。 俺が彩雨に会いたくて来てるんだから、 気にするなよ」 「そうですか。ありがとうございます」  彩雨の声には元気がない。  こうしてしゃべっているだけでも、 辛いんだろう。 「そういえば、今日は 何の日だと思いますか?」  もちろん、覚えている。 忘れるわけがない。 「彩雨の誕生日だ」 「はい。颯太さんが腕によりをかけて、 ご馳走を作ってくれるはずだったのです」 「おいしいアップルパイを 食べられるはずでした」 「ごめんなさい。せっかくお祝いしてもらう 予定でしたのに、私、何も食べられなく なってしまいました」 「……謝るなよ。彩雨が 悪いわけじゃないんだからさ」 「はい……」 「……プレゼント、何か欲しい物あるか?」 「……颯太さんが選んでくれた物なら、 何だって嬉しいのですぅ」 「……そっか。じゃ、あとで買ってくるから」  こくっと彩雨がうなずく。 「もう少し眠ってもいいですか?」 「あぁ、おやすみ」 「おやすみなさい」  彩雨が目を閉じる。  俺は立ちあがって、病室を後にした。  まだ、時間はある。  探そう。彩雨が食べられるものを。  せっかくの誕生日なのに――  ご馳走とケーキを作って一緒にお祝いする って約束したのに――  どうして、あんなことを 彩雨に言わせてしまわなきゃ ならないんだ。  あるはずだ――  きっと、何か食べられるものが――  きっと――  探しまわった。  新渡町の店を、片っ端から。  これまでさんざん探して、 いまさら奇跡みたいに見つかるわけがない と分かっていたけれど、  それでも、せめて今日ぐらいは、 その奇跡が起きないかと願って、  ただ、ただ、ただ必死に、  新渡町中を駆けずりまわった。  だけど――  けっきょく何も見つからなかった。  病院に戻る気にはなれず、 学校にやってきた。  自然と足が向いたのは裏庭だ。  もしかしたら、いるかもしれない。 そう思った。 「QPっ!」  大声で叫んだ。  だけど、返事はない。 「QPっ、いないのかっ!? 助けてくれっ! 彩雨がっ……」  胸が詰まる。声がかすれた。  懇願するような思いで、言葉を絞りだす。 「彩雨が、死にそうなんだ…… 何も食べられる物がないんだっ!」 「頼むよっ。お前なら、できるだろうっ。 それぐらい簡単だよっ、なぁっ! 魔法で何とかできるんだろうっ!」 「頼むよっ、QPっ。 彩雨を助けてくれっ! 頼むっ!」 「QPっ! なぁ、QPっ!!」  叫んだ。叫びつづけた。あいつの名を。  今にもそこに、ひょっこり顔を 出すんじゃないかと思って……  だけど――  どれだけ待っても、  どれだけ叫んでも、  あいつが姿を現すことはなかった。 「頼むよ……助けてくれ……頼む……」  俺はリンゴの樹にもたれかかって、 泣いた。  もうだめだ、と思った。その時――  ケータイが鳴った。病院からだ。  悪い予感がした。  恐る恐る通話ボタンに手をかけ、 ケータイを耳にあてる。 「もしもし」 「高島だ。姫守さんの容態が急変した」  悪い予感が的中した。 「今夜が峠だ。すぐ来てくれ。 彼女が呼んでいる」 「……分かりました……」  呆然とした声でそう答え、 俺は通話を切った。  早く病院に向かわなければいけない。 彩雨が待っている。  分かっているのに、俺の足は 1ミリたりとも動かなかった。  あの時、彩雨に療養を勧めていれば、  無理をして落葉祭に出ようとしなければ、  俺が彩雨を止めてさえいれば、 こんなことにはならなかったかもしれない。 「……行かなきゃ……」  そう言いながらも、ぼんやりと頭上を 見上げた。  涙で視界がにじんでいる。  彩雨が呼んでいるのに、  行かなきゃいけないのに、  彼女の命が消えさってしまう、  だけど、いったい、 なんて声をかければ、 いいんだろうか?  分からない。何も思いつかない。  でも、行かなきゃ。 「……行こう……」  涙を拭い、俺は踵を返そうとして――  リンゴの樹に、ひとつだけ実が なっていることに気がついた。  実がならないはずの、リンゴの樹に――  瞬間、リンゴの実が落ちてきて、 俺はとっさにそれを受けとめた。  どこから、どう見てもただのリンゴで、 恋の妖精に変化したりはしない。  だけど―― 「大丈夫なのか、QP?」  返事はない。  それでも、俺はこれがあいつからの メッセージなんだと信じることにした。 「初秋くん、待っていたよ。 さぁ早く」 「彩雨の容態は?」 「……良くはない。 でも、少しなら、話ができるよ」  最後だから……と、 そういう意味に聞こえた。 「彩雨、ごめん。遅くなった」  彩雨はゆっくりと目を開く。  それさえも酷く大変な動作のようで、 彼女の命の灯火は今にも 消えてしまいそうだった。 「……プレゼントは、見つかりましたか?」 「あぁ、見つかったよ」  俺はリンゴを見せた。 「学校の裏庭にあるリンゴの樹に なってたんだ」 「……でしたら、願いが叶うリンゴですね」 「そうだ。 今、食べられるようにしてやるからな」  持ってきたすりがねを使って、 小皿にリンゴをすりおろしていく。  高島先生が肩をつかんだ。 「初秋くん。 残念だけど、それは認められないよ。 姫守さんの容態が悪化する危険性がある」 「……信じてもらえないかもしれませんが、 これは、彩雨が食べられるリンゴなんです」 「何か根拠でもあるのかい?」 「それは……」  ある。だけど、高島先生に 納得してもらえるような理由じゃない。 「医者として、患者の症状が 悪化するような物は食べさせられない。 今の状態だと命にかかわる」 「構いません」 「私、食べます。 颯太さんが持ってきてくれた物ですから」 「気持ちは分かる。 でも、病気が治ってからにしよう」 「だって、治らないのでしょう?」 「……何を言ってるんだ。 僕は諦めてはいないよ」 「先生は嘘が下手ですね。 ですけど、最後ぐらい本当のことを 教えてください」 「私、今日が誕生日なのです。 誕生日はいつも、病院のベッドの上か、 お家のお布団で寝ていました」 「誕生日に限って、私は体調を崩したのです。 お母様もお父様も家に帰ってきてくれなくて、 私はいつも独りでした」 「一度も誕生日にお祝いしてもらったことが なかったのです……ですけど、今日は 違うのです」 「生まれて初めて大好きな人に お祝いしてもらえる、楽しい…… とても楽しい、誕生日なのです」 「先生、一度ぐらい、私にも、 思い出を作らせてください。 後生ですから」 「……………」  じっと、高島先生のほうを見る。  先生はしばしじっと考えこみ、 そして、こくりとうなずいた。 「……僕が許可する。 何があっても、それは僕の責任だ。 いいね」  やっぱり、先生はどこまでもいい人だった。 「ありがとうございます」 「彩雨、ほら、食べられるか?」  すり下ろしたリンゴをスプーンですくい、 彼女の口元に運ぶ。 「あむ……」  小さく口を開いたところに、 スプーンを滑りこませた。  彩雨はすりおろしたリンゴを じっくり味わうようにしてから、 静かに呑みこんだ。 「……………」  高島先生が息を呑む。  アナフィラキシーショックを 引き起こす危険性があるからだろう。  じっと彩雨の様子をうかがう。 「……とてもおいしいのですぅ。 こんなにおいしいリンゴは、 初めて食べました」 「まだ食べるか?」 「はい、いただきます」  スプーンで彩雨の口に すりおろしたリンゴを運んでいく。  何を食べても、アレルギー反応を 起こしていたのに、このリンゴでは 何の症状も現れない。 「あむあむ……ごちそうさまでした」  彩雨はリンゴを丸々一個、食べきった。  学校で倒れて以来、 こんなにたくさん食べたのは初めてのことだ。 「少し、体が楽になったような気がします」 「そっか。良かったな」 「初秋くん。どうして、そのリンゴだけ 食べられるんだい?」 「それは……」  魔法のリンゴだから、と 答えようとして、俺は思いとどまった。  俺はあいつに助けを求めて、 あいつはそれに応えてくれた。  だとするなら、 これはQPからのメッセージだ。  決して魔法なんかじゃなく、 人間界にもある普通のリンゴのはずだ。  そうじゃなきゃ、彩雨は助からない。  きっと、彩雨にも食べられる物が あるってことをあいつは伝えてくれたんだ。  その時、目の前が光ったように思えた。  一瞬だけど、QPがそこにいて、 手招きをしているような気がした。  光が見えた――  そう、いつのまにか、 俺を案内するかのように 光の道ができていたんだ。  ……ついてこいって言うのか? 「彩雨、今から連れていきたいところが あるんだ。いいか?」 「……はい。どこへでも参ります。 少し楽になりましたし、それに、 今日は誕生日ですから」  高島先生を見た。 「説明はできないのかい?」 「……すいません。 俺もできればしたいんですが」 「……医者として、患者を勝手に 連れだすことは許可できない」 「……………」 「僕が車を出すよ」 「いいんですか?」 「……医療を信じたって、救えない命はある。 たまには奇跡を信じることにするよ」 「ありがとうございます」  俺は彩雨を抱えて、病室を出た。  光の道をたどるようにして、 高島先生に行き先をナビしていく。  後部座席で彩雨が 苦しそうにしていたので、 ぎゅっと手を握った。  どのぐらい走りつづけたのか、 やがて、車は辺鄙なところに出た。  光の線が指す方向は、 車ではいけない森の中だ。  車を降りて、彩雨を背負って、 道なき道を歩いていく。  そして、森の奥深くに到着した時―― 「颯太さん、おろしてくださいますか?」 「あぁ。大丈夫か?」 「はい」  彩雨をおろすと、彼女は自分の足で しっかりと立った。 「……大丈夫なのか?」 「はい。すごく楽になったのですぅ。 ぜんぜん苦しくありません……」 「ほら、ご覧になってください。 私、歩けます。こんなに元気にっ」  病院で衰弱しきっていた彼女とは、 まるで別人のようだった。 「……………」  高島先生は、ただただ、 彩雨の様子を驚いたように見ていた。  彩雨が俺の胸に飛びこんでくる。 「もう……お別れなのかと思いました……」 「あぁ、そうだな。良かった」 「……いつも、そうなのですね」 「何がだ?」 「初めて会った時から、ずっと。 私が困っていたら、颯太さんは 助けにきてくれるのですぅ」  ぎゅっと彼女を抱きしめながら、 俺は消えていく光の線を目で追った。  ありがとうな。  心の中で、助けてくれた友達に、 そう感謝した。  しばらくして、高島先生が 彩雨の本当の病気を突き止めた。  その病気が、多種類かつ重度の 食物アレルギーを引き起こし、また 水さえ飲めなくしてしまった原因だった。  そして、その病気と食物アレルギーが 併発しているからこそ、彩雨の体は ほとんどの食べ物を受けつけなかったのだ。  彩雨がリンゴを食べられたこと、そして、 あの森に行ったことで症状が回復したことが、 ヒントになったらしい。  彩雨は、現代のこの街では、 健康に暮らすことが困難な体と なってしまっていた。  一ヶ月休学して、 人里離れた場所で療養した彼女は、 ふたたび学校に通いはじめた。  もちろん体調は万全じゃなかったけど、 それ以上休んでしまうと俺と一緒に 卒業することができなくなってしまう。  病気に苦しみながらも、 彼女は何とか三学期の終業式まで 学校に通った。  春休み。少しでも体調を回復させようと、 また彩雨は人里離れた場所で療養をした。  俺はその間、帰ってきた彩雨が、 少しでも体に障らず生活ができるように、 彼女の家の環境を整えていた。  そして、新学期――  始業式が始まる少し前に、 俺はリンゴの樹の下で彩雨を待っていた。  電磁波さえも体に悪影響を与えてしまうため、 療養の間、彩雨は一切の電子機器と離れて 生活をしている。  だから、春休みに入ってから、 彼女と連絡はとれてない。  ちゃんとここに来られるだろうか?  途中で体調を崩してないだろうか?  不安で不安で、仕方がない。  ふと風が吹いた。穏やかな、温かい風が。  声が聞こえた気がして、 俺は振りむいた。  そこに彩雨が立っていた。 「お久しぶりなのです」 「あぁ、久しぶり。体は大丈夫か?」 「はい、学校に来るまでは 少し辛かったですけど」 「どうしてか、ここにくると、 体の調子がすごく良くなるのですぅ。 まるで森の中にいるみたいに」 「そうなのか?」 「はい。最初は気のせいかと 思ったのですが、療養していて やっぱりそうだと気がついたのです」 「たぶん、そのおかげで、 去年も終業式まで通うことが できたのだと思います」 「そっか。不思議だな」 「はい。不思議なのですぅ」  だけど、その不思議なことが起こることに、 ひとつだけ心当たりがある。 「お前なのか、QP?」  尋ねても、返事はない。 まるであの日々が夢だったかのように。  だけど、覚えている。  あの日、確かに俺の前に現れた ヘンテコな恋の妖精のこと。  あいつが、彩雨との出会いを 作ってくれたことを。  ボロボロになったこの樹は、 もうどれだけ世話をしても 実をならせることはない。  あいつに会うことも、二度とないだろう。  だとしても、ここに、確かにいるんだ。 「たぶんQPは俺たちに時間をくれたんだ。 俺たちが卒業するまで、彩雨が元気で いられるように」 「はい。私も同じことを考えていました」  彩雨の病気は治ったわけじゃない。  もうこれで大丈夫だと 安心できるわけじゃない。  ここに来れば、体調が回復するといっても、 それができるのは卒業するまでの 間だけだ。  いずれ俺たちはこの場所から 巣立たなければならない。  だから、QPがくれたこの一年を 大切に過ごそうと思う。  チャイムが鳴る。 そろそろ始業式が始まる時間だ。 「今年も一緒のクラスでしたよね?」 「あぁ、行こうか」 「はい。参りましょう」  手をとりあい、俺たちは歩きだす。  これから、また新しい一年が始まる。  その先には、きっと希望が待っているはずだ と、そう信じて――  決めた。  これが正しいのか、間違っているのか、 そんなことは後になってみないと 分からない。  いや、もしかしたら、 一生分からないのかもしれない。  だけど今、俺の素直な気持ちを、 彩雨に告白しよう。  そう思ったんだけど…… 「ふふ、今日はいい天気ですね。 だんだん涼しくなってきましたし、 もう夏も終わりでしょうか?」 「そうだな」 「夏は暑くて大変ですけど、 終わってしまうと少し寂しいのですぅ」 「あぁ」  いざ彩雨の顔を見ると、 なかなか口に出せなかった。 「あ、あちらのほうへ行きませんか? 私、ブランコに乗りたいのですぅ」 「いいよ」 「……あのぉ、一緒に乗りませんか?」 「あぁ、じゃ、あとで一緒に乗ろうか。 まず一人で乗ってきな」 「……はい」  彩雨はブランコのほうへ向かおうとして、 しかし、足を止めた。 「……颯太さん、今日はどうなさったんですか? 急に『学校を休んでデートしたい』なんて 言いだしたりして…?」 「いつもと様子が違うのですぅ」 「……ごめん」  今しかない、と決意を固め、 俺は言った。 「じつはさ、彩雨に大事な話があるんだ」 「嫌です。聞きたくありません」  俺が何を言おうとしているか察したのか、 彩雨は間髪いれずにそう言った。  だからといって、 いまさら引くわけにはいかない。 「彩雨。あのな、俺も真剣に考えたんだよ。 すごく悩んだんだけど、でも、やっぱりさ」 「聞きたくありません。 それより、ブランコに乗りませんか?」 「彩雨、ちゃんと聞いてくれ」  彼女の肩をがしっとつかみ、 じっと目を見つめる。 「嫌です」 「空気の綺麗なところで、療養したほうがいい」 「嫌ですっ!」 「何かあったらどうするんだ? 喘息でも、死ぬかもしれないんだろっ」 「空気の綺麗なところで療養したら、 絶対に治るのですか? 先生は、 そうおっしゃりましたか?」 「それは……でも、そのほうが 彩雨の体にいいのは確かだ」 「治るのでしたら、我慢いたします。 ですけど、ずっと、ずっと、治らないのです」 「『空気の綺麗なところへ』と言って、 この街へ引っ越してきました。 ですけど、喘息は治りません」 「大きくなれば皆さんと同じことが できるようになるって、私は ずっとそう言われてきました」 「ですけど、治りません。 治らないのです。ずっと」 「だけど、昔よりは良くなったんだろ」 「ですから、もう十分なのです。 治るか分からないこの病気のために、 これ以上、我慢をしたくないのです」 「でも、治る可能性があるんなら、 精一杯やるべきだと思う」 「治らない可能性のことは、 考えてはいけませんか?」 「……そんなこと、言うなよ…… 治るよ、絶対」 「嘘です。だって、現に、 治っていないのです」 「ここで無理をして、病気が悪化したら、 後悔するんじゃないか」 「大きくなるまで我慢をするようにって、 私はそう言われてきました」 「なのに大きくなって、また我慢を しろと言われて、でしたら今度は いつまで我慢をすればいいのですか?」 「今、また我慢をして、 それでも病気が治らなかったら、 また我慢をするのですか?」 「ずっと、ずっと、我慢しつづけて、 やりたいこともできなかったら、 きっと後悔いたします」 「どうせ治らないかもしれないのでしたら、 私は颯太さんと一緒にいたいのです」 「仲良くなった皆さんのいるこの街で、 一緒に学校に通って、卒業して、 普通に暮らしたいのですぅ」 「苦しくても、この病気と 一生付き合っていくって、 そう決めたのです」 「それに、離ればなれになったら、 颯太さんは私のことなんか、 忘れてしまうかもしれません……」 「それは、嫌です」  彩雨の気持ちはよく分かった。  だけど、本当にこのまま一緒にいることが、 彼女のためになるとは思えない。 「離ればなれになったから忘れるって、 そんなわけないだろ」 「それは分かりません」 「彩雨は俺のことを信じてないのか?」 「好きっていう気持ちは、 そんなに確かなものですか?」 「ある日、突然、理由も分からず、 好きになったのです」 「あやふやで、よく分からなくて、 すごくすごく大切なのです」 「ですから、私はなくしたくありません。 大事にしたいのです。一生懸命、 あなたを好きでいたいのです」 「離れたくありません。 少しでも、あなたの心が離れることを したくありません」 「……俺は彩雨のことが好きだから、 少しでも彩雨に元気でいてほしいと 思うよ」 「冷静に考えて、彩雨の体調は そんなに良くないと思う」 「たまたま、このあいだ発作が 起きただけなのです」 「それより前にもあっただろ」 「プレゼントした香水をつけた時も、 熱を出したし」 「香水は関係ないのです。 あの時は、喘息ではなくただの熱でしたし」 「でも、ペンキを塗ってた時に、 発作を起こしたんだから、刺激のある匂いに 敏感になってるんじゃないか?」 「先生はそんなことおっしゃりませんでした」 「でも、熱を出したのは、 その時だけじゃないだろ」 「アップルパイを食べすぎた時だって、 体調を崩して、熱を出した」 「食べたことを忘れるぐらい、 朦朧としてたじゃないか」 「それはたまたま調子が 悪かっただけなのです」 「たまたまじゃない。夏休み明けにもあった。 遅い夏バテだって彩雨は言ってたけど」 「アレも病気の症状が出てたんじゃないか? 何か食べると体調が悪くなるって 言ってただろ」 「彩雨は物を食べると病気が悪化するぐらい、 体が弱ってるんじゃないか?」 「何か食べたら喘息が悪化するなんてことは ないのですっ」 「じゃ、喘息以外の病気なんじゃないか――」 「そんなこと――」 「……………」 「……………」  俺と彩雨は思わず顔を見合わせていた。  考えてみれば明らかにおかしい。  何か食べたからって、喘息が 悪化するなんて聞いたことがない。  治るはずだった喘息が、 大人になっても治らなかった。  それに、薬もほとんど効かない。  もちろん、ただ偶然が 重なっただけなのかもしれない。  だけど、もし、偶然じゃなかったとしたら? 「彩雨は本当は、喘息じゃないんじゃないか?」 「……でしたら、何なのですぅ?」  食べ物を食べると、 体調が悪化する病気……  そんなものがあるんだろうか?  それに、彩雨が夏バテしたと言ってた時、 畑のトマトだけは食べることができた。  もしも食べ物が体調を崩す要因なら、 どうしてトマトだけは平気だったのか?  他の食べ物と畑のトマトと、 いったい何が違うんだろうか?  疑問に思った瞬間、ふいにひとつの答えが 頭をよぎった。 「だいたい、農薬は虫や草を殺すものなんだ。 人間に害がないわけないじゃないか」 「寿命が5年縮まったって気づかないだろう。 それに世の中には、この農薬のせいで、 すぐに体に異常を来す人もいるんだよ」  畑のリンゴはQPの魔法の力を使い、 自然農法で作られていた。  だから―― 「農薬だ」 「えっ?」 「彩雨は、農薬を使った食材を食べると、 体調を崩すんじゃないか?」 「……分かりませんが、そうなのですか?」 「たぶん……いや、きっとそうだよ。 行こう」 「ど、どこにですか?」 「病院だよ。高島先生に訊いてみようっ」  病院に行き、高島先生に 俺の考えを話してみた。  高島先生は少し調べてみると言い、 俺たちはそのまま病院で待つことになった。 「姫守さん、初秋くん、待たせたね」 「いえ、急にすみません」 「そこの部屋を使おうか」 「まず結論から言うと、 姫守さんの病気は喘息ではなく、 化学物質過敏症の可能性が高い」 「化学物質過敏症? どういう病気なのですか?」  俺も聞いたことのない病名だった。 「簡単に言えば、健常者なら影響のない ごく微量の化学物質に過敏に反応して、 様々な症状を引き起こす病気だよ」 「6年前に厚生労働省が病名登録したばかりで、 それまでは病気として扱わない医者も 多かったんだ」 「どうしてですか?」 「アレルギーのように検査をすれば 異常が見つかるっていう病気じゃないからね」 「個人差も大きいから、正確な診断は 非常に困難だ」 「潜在患者の数は70万人とも言われてるけど、 実際に診断がついた人はまだわずかしか いない」 「不勉強で申し訳ないけど、 僕もあまり詳しいわけじゃないんだ」 「少し前にたまたま化学物質過敏症の 専門医が開いた講演を聴く機会があってね」 「農薬などの化学物質が、発症のきっかけに なるそうだよ。それで初秋くんの話を聞いて、 もしかしたらと思ったんだ」 「ただ化学物質過敏症はまだ 専門医じゃないと診断をつけるのが 難しくてね」 「アレルギーや喘息なんかと 誤診されてしまう患者が大勢いる。 現に僕も最初は診断を間違えた」 「さっき、 その専門医の先生にカルテを見てもらって、 初秋くんから聞いた話をしてみたんだ」 「そうしたら、化学物質過敏症の可能性が 高いということだったよ」 「だけど、僕の口から確定とは言えない。 その先生に紹介状を書くから、 詳しく診てもらうといい」 「もし、化学物質過敏症だったら、 ちゃんと治療をすれば 彩雨は治るんですか?」  期待を持ってそう尋ねると、 高島先生は押し黙った。 「……僕は専門医じゃないから、 あまり軽はずみなことは言えない。 その先生に訊いたほうがいいだろう」 「私がショックを受けるから、 言えないのですか?」 「……………」 「いまさら、この病気が治るとは 思っていません」 「ですから、先生が分かっていることだけでも 教えていただけませんか?」 「……………」 「お願いします」 「……分かったよ」 「……化学物質過敏症だとしたら、姫守さんは 一刻も早く田舎に引っ越したほうがいい って話になるだろう」 「どうしてですか?」 「化学物質過敏症にはいくつか段階があってね」 「まず特定の化学物質に接触しつづけることで、 その化学物質に微量でも接触するだけで 喘息などの症状を引き起こすようになる」 「私は、子供の頃に 化学物質とたくさん接触してしまった ということでしょうか?」 「そうなるだろうね」 「ですけど、お母様からそのような話を 聞いた覚えはないのです」 「化学物質というのは、目に見えない形で そこら中にあるものだからね」 「住宅の建材にはホルムアルデヒドという 化学物質が使われていて、これは少しずつ 空気中に拡散するし」 「初秋くんがシックハウス症候群を起こした シロアリ駆除剤も原因になり得る 化学物質のひとつだよ」 「これらは日常、普通に生活しているだけでも 接触することになる化学物質だ」 「特に子供は抵抗力が弱いから、 化学物質の影響を受けやすい」 「住宅に化学物質が蔓延していても、 影響が出ているのが子供だけだと 気がつかないというケースもあるんだ」 「その話だと化学物質過敏症になる前に、 シックハウス症候群になりませんか?」 「そうだね。実際化学物質過敏症になる 原因の大半はシックハウス症候群という 報告もあるんだ」 「両者は検査で異常が見つからないことや、 症状が多岐にわたったりすることから、 非常に似ている病気でね」 「残念ながら、シックハウス症候群にも 医者が気がつかない場合はある」 「ずっと同じ病気だと思ったまま、 シックハウス症候群から化学物質過敏症に なっているケースもあるらしい」 「シックハウス症候群では、 大量の化学物質があって空気汚染された 場所でだけ症状が出るんだけど」 「この状態を放置することで、 体が限界を超えて、ごく少量の化学物質にも 反応する化学物質過敏症になってしまうんだ」 「だけど、姫守さんの場合は もう一歩先の病状まで進んでしまっている」 「……もっと悪い、ということですか?」  高島先生が静かにうなずく。 「姫守さんがこれまで発作を起こした原因は 確実に分かっているだけでも、 ペンキ、香水、農薬がある」 「これらにはすべて異なる種類の化学物質が 使われている」 「つまり姫守さんはある特定のものではなく、 異なる他種類の化学物質に対して 症状が出てしまうということだよ」 「これはMCS――多発性化学物質過敏症と 言ってね。化学物質過敏症の中でも 非常に厄介だ」 「症状としては高熱、喘息、呼吸困難、 不整脈、視力低下や記憶障害、頭痛、 それ以外にも様々なものがある」 「これらが目に見えないあらゆる化学物質に よって引き起こされるんだから、 回避するのはかなり難しい」 「ですけど、化学物質が原因と分かった のでしたら、しっかり気をつけていれば 大丈夫なのではないですか?」 「ホルムアルデヒドや シロアリ駆除剤、塗料、防かび剤などは 現代のほとんどの建物に使われている」 「化学物質過敏症の患者は、 これらが微量に気化しただけでも、 影響を受けてしまう」 「それを避けるには建物に入らない以外、 方法はないんだよ」 「建物に入らないって……」 「学校にも通えないのですか…?」 「それだけじゃない。 自宅にも化学物質は使われているだろうから、 それらを全部除去する必要がある」 「衣服には化学繊維が使われている物が多いし、 合成洗剤で洗えば、化学物質が付着する。 靴にも接着剤や合成皮革が使われている」 「水道水には塩素が含まれているし、 ペットボトルには化学物質が使われていて、 それが微量ながら飲料に溶けだしてしまう」 「健常者にはほとんど影響を与えなくても、 化学物質過敏症の患者には毒でしかない。 重度の症状になれば、水を飲むのさえ困難だ」 「それ以外にも、巷に溢れる多くの物は 抗菌・防臭加工がされているから、 それも極力避けたほうがいい」 「一番の問題は、 自分だけ避ければいいわけじゃない ということだよ」 「例えば、合成洗剤で洗った衣服を 着ている人に出会えば、それだけで 微量な化学物質に曝されることになる」 「これについても健常な人には何の影響も 与えないが、化学物質過敏症の人にとっては 病状を悪化させる要因になりかねない」 「ちょっと待ってください。 洗剤で洗った服を着ている人と 会うと症状が悪化するって……」 「そんなのどうやって避けるんですか?」 「症状がひどい間は、できるだけ人に 出会わないところで暮らすしかないだろうね」 「そんな……」 「もちろん多発性化学物質過敏症といっても、 軽度の内は何とか普通に 生活することもできる。不便ではあるけどね」 「そういった患者は何人もいるらしいし、 現にこれまでは姫守さんもそうだった」 「ただこないだ発作を起こした時には、 意識がなくなるほど重篤な状態になった」 「そう考えると、 かなり重度なところまで病状が悪化した 可能性が高い」 「このまま化学物質に触れつづければ、 ますます悪化する危険性があるよ」 「……どうなってしまうのですか?」 「一例だけど、無農薬以外の野菜を食べると ショック症状を起こして、最悪の場合は 死に至ることもある」 「……農薬なんてだいたいの野菜に 使われてるのに、そんなに影響が あるんですか?」 「君の家に使われていたシロアリ駆除剤は フェノブカルブという薬剤だったのを 覚えてるかい?」 「はい」 「フェノブカルブは農薬としても 使われてるんだ」 「え……」 「それをそのまま食べると 考えればどうかな?」 「……………」  シロアリ駆除剤が揮発したものを 吸いこんだだけでも、 俺はかなり苦しかった。  その症状がさらに酷くなったと考えれば、 何があってもおかしくない気がしてきた。 「でも、今すぐどうなるって わけじゃないですよね?」 「彩雨は苦しそうな時もありますけど、 とても何か食べただけで死ぬなんて 思えませんし」 「……症状が悪化する時というのは、 徐々にではなく、いきなりという ケースもある」 「シックハウス症候群や花粉症と 似たようなものだよ」 「化学物質に何とか耐えていた体が ある時、限界を超えてしまい、 一気に症状が表れるんだ」 「食べ物の話でいえば、化学物質過敏症が 食物アレルギーのきっかけになって、その上、 アレルギー症状を悪化させることもある」 「当然、無農薬のものでも アレルギーのある食材は 食べられない」 「病状が悪化して、アレルギーのある食材が 増えていけば、食べられるものを探すのさえ 一苦労になるといったケースもあるんだ」 「……………」 「とにかく、姫守さんの体は今、 限界ぎりぎりのところにいる可能性がある」 「これからは食べ物にも いろいろ気をつけたほうがいい」 「農薬や化学調味料、添加物が入ったものは 食べれば症状を悪化させるだろう」 「特にファストフードなんかは危険だよ。 化学調味料や添加物の塊だからね」  だから、アップルパイを たくさん食べた時に高熱を出したのか。 「それに車の排気ガスや除草剤も 危険だ」 「多量の化学物質を浴びつづけて症状が進めば、 電磁波や稲刈り機なんかの振動音だけでも 発作が出るようになってしまう」 「パソコンにさえ5分と触っていられない人も いるぐらいだ」 「……僕が分かっているのはこんなところだよ。 とはいえ、ほとんどさっき聞いたばかりの 受け売りだからね」 「一刻も早く、その先生に診てもらえるように 頼むよ」 「……お願いします」 「ただ専門医が非常に少なくてね。 受診までに半年以上待つことも あるらしいんだ」 「それまでは田舎で療養して、 できる限り化学物質や電磁波から離れる 生活を送ったほうがいい」 「化学物質や電磁波を避けていれば、 いつかは平気になるのですか?」 「……もともと化学物質などに弱い体質自体は 治しようがないんだ」 「症状は和らぐだろうけど、 元の暮らしに戻れば いつ再発するか分からないよ」 「そうですか……」  つまり、一生、普通の生活は送れない という意味だ。 「……これは、気休めかもしれないけどね」 「化学物質過敏症は、 ほとんどメカニズムが解明されていない 病気だ。心因性という説もある」 「心因性っていうのは?」 「分かりやすいのはストレスだね。 精神的ショックやストレスで、 症状が発生するということだよ」 「だから、 何かの拍子に治る可能性がないわけじゃない」 「ただ、いずれにせよ特効薬はないし、 化学物質を避けるのが 今のところ一番現実的な方法だよ」 「症状が和らげば、その分 ストレスも減るだろうからね」 「受診までどうすればいいのか、もう一度、 その専門医の先生と相談してみるよ」 「またすぐに連絡をするから、 待っていてくれるかい?」 「……はい」 「それじゃ」  高島先生は部屋を出ていった。 「けっきょく何も変わりませんね……」 「そんなことないよ。 彩雨が療養したほうがいいっていうのは 分かっただろ」 「それは以前から分かっていました。 私の気持ちは変わりません」 「え……ちょっと待って。 今の話、聞いただろ?」 「治らないのなら一緒なのです。 私は颯太さんのそばにいたいです」 「だけど、ここにいたら、 彩雨の病気が悪化するかもしれない」 「あなたのそばにいられないのなら、 健康な体なんて何の役に立つのですか?」 「……そんなバカなことを、言うなよ…… 彩雨の体が、何よりも大事だろ」 「……そうですね、バカかもしれません……」 「ですけど、子供の頃は入院ばかりで、 外にも出られなくて、私は当たり前のことが なにひとつできませんでした」 「この病気のせいで、恋をすることなく、 一生を終えるのだと思っていました」 「ですから、もし、もしも…… 恋ができたのなら、私はそれを 一生、大事にしようと決めたのです」 「恋なんて、颯太さんには 当たり前のことかもしれませんけど…… 私には奇跡のような出来事だったのです」 「あなたは笑うかもしれませんが、 バカなこととおっしゃるかもしれませんが、 私は命を懸けてこの恋を守りたいのです」 「命を懸けて、あなたのことが好きなのです。 ですから、どうか、そばにいさせてください」 「それ以上のわがままは、何も申しませんから」  すぐには言葉を返せなかった。  そんなにも、 この恋を大切にしていたなんて、  そんなにも、 俺のことを想ってくれていたなんて、  思いもしなかったから。 「……ありがとうな。 俺なんかを、そこまで好きになってくれて」 「彩雨がそんなに想っててくれてたなんて、 本当に嬉しくて仕方ないよ」  だけど、それならなおさら 俺も引くわけにいかない。 「俺は彩雨のことが好きだ。 まだ出会ってそんなに経ってないけど、 会えば会うほど彩雨を好きになる」 「優しいところ、 ちょっと世間知らずなところ、 思ってたよりずっと芯が強くて頑固なところ」 「いろんな彩雨を知るたびに、 すごく愛おしくて、 もっともっと彩雨のことを知りたいって思う」 「俺にとっても、 この恋は奇跡みたいなものだよ」 「恋なんて分からなかったから、 こんなに人を好きになるなんて、 昔は想像すらできなかった」 「だからさ、彩雨が命を懸けて この恋を守りたいって言ってくれたように」 「俺は、この恋を懸けてでも、 彩雨のことを守りたい」 「遠く離れて、俺たちの恋が 終わってしまったとしても…… 彩雨を守りたい」 「だから、俺のことが好きだから、 俺のそばにいるって言うなら――」 「それなら――」  そこから先の言葉が、 喉の奥に引っかかって、 なかなか出てこなかった。  こんなこと本当は嘘でも言いたくない。  だけど、彩雨のことが本当に好きなら、 この想いを告白しなきゃならない。  彼女の瞳をまっすぐ見つめ、 俺は喉から言葉を絞りだした。 「――別れよう」  彩雨の瞳から、とめどなく、涙が溢れてくる。  彼女を泣かしてしまうことは、分かっていた。  だけど、こうでも言わないと、 彩雨は決して聞き分けてくれないだろう。 「俺と別れたら、もう療養しない理由が なくなるだろ」 「……颯太さんは酷いのですぅ」 「ごめん」  声を殺して、彩雨は泣いている。  命を懸けて守りたいと言った恋を、 俺が奪おうとしているから。 「だけど、そのほうが彩雨のためだし、 俺のためなんだと思う」 「彩雨が苦しむ姿を見たくない。 命を懸けるなんて言わずに、 ちゃんと生きてほしいんだ」  彩雨は呆然と涙を流しながら、 それでも、ゆっくりと口を開く。 「私は、それで生きているって、 言えるのでしょうか?」  俺が言葉を返すよりも早く、 彼女は言う。 「学校にも通えないで、大好きなゲームも できなくて、香水もつけられなくて、 ひとりぼっちで、寂しくて……」 「大好きな人もそばにいない毎日で、 私は生きているって言えるのですか?」 「ただ息をしているだけなら、 もう死んでも構いません」 「何にもないあの日々に戻るのは嫌です。 あの何にもない毎日よりも、もっと 何にもない毎日には耐えられません」 「最後でもいいのです。 明日、終わってもいいのです。 恋をしていたいのです」 「私は、生きていたいのです」 「だって……私は……」  涙をこぼしながら、彩雨が呟く。 「だって、もう、大好物を 口にすることもできません……」  大好きなアップルパイを、 彼女は二度と口にすることができない。  化学調味料や添加物をとり除けば、 彼女の好きな味にはならない。  そして、化学調味料や添加物を とり除いたとしても、無農薬のリンゴは 作ることができないから。  それは確かに、そうだけど―― 「……待ってて、くれないか?」  彩雨は俺を見つめながら、 じっと言葉を待っている。 「俺が作るから」 「え…?」 「彩雨が食べられる おいしいアップルパイを、 俺が必ず作るよ」 「だから、元気に 待っててくれないか?」 「……いつ、ですか?」 「……いつになるか分からないけど、 約束する」 「颯太さんは、私のことなんて、 忘れてしまいませんか?」 「夢を追いかけて、どこかへ 行ってしまいませんか?」 「自分のお店を持ちたいって、 ずっとおっしゃっていたでしょう?」 「うん」 「でしたら、夢も大事なのではないですか?」 「……そうだよ。夢も大事だ。 捨てられないし、比べられない」 「でしたら……私のことを、 忘れてしまうかもしれません」 「忘れないよ」 「どうしてそう言えるのですか?」 「……俺が、持ちたい店はさ――」  今、ようやく分かった。  自分が、どんな店を作りたいのか、 はっきりとイメージできた。 「その店は――化学物質を使わない木造の 建物でさ、農薬や化学肥料を使わない 野菜を使った料理を出すんだ」 「彩雨みたいな病気の人たちが、 安心して通えるような、体に優しい料理を 出す、そんな店を作りたい」 「それが俺の夢だよ」 「だからさ、命なんて懸けないでくれ」 「普通の恋をしよう。当たり前の恋を」 「な。頼むよ。いいだろ。待っててくれよ。 好きって気持ちがそんなに確かなのか、 分からないけどさ」 「少なくとも今の俺は、 彩雨を好きじゃなくなる日がくるなんて、 想像もつかないよ」 「それじゃ、だめか?」  彩雨は大粒の涙をポタポタとこぼしながら、 「どれだけ待てばいいのですか?」 「3年か5年か、分からないけどさ。 でも、待っててくれよ。 俺には彩雨しかいないんだって」 「男の人は、よくそういうことを おっしゃると聞いたことがあります」 「でも女の人は結構、 それを信じて待っててくれるんだぜ」 「勝手ですよね」 「ごめんな」 「勝手なのです……」  じっと俺の目を見つめて、 彩雨は言った。 「……絶対に、迎えにきてくれますか?」  しっかりとうなずき、言葉を返す。 「……あぁ、絶対に迎えにいくよ。 だから、元気で待っててくれ」 「……はい。かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」  気がつけば、俺の目からも、 涙がこぼれていた。  この日、俺たちが交わした約束は――  他の誰かから見たら、きっと不確かで、 あやふやで、子供っぽくて、  まるで、ままごとみたいで。  時が経てば、忘れさられてしまう ものだと思うかもしれない。  だけど、俺たちにとっては 何よりも強く、かけがえのない、  幸せな未来への道しるべだったんだ――  滝口から水が落ちてきて飛びはねる様子を、 私は今日もぼんやりと眺めていた。  田舎で療養を始めてしばらく、 体調は次第に良くなっていったけれど、 同時にある症状が現れた。  電磁波を浴びると、 体調を崩すようになってしまったのだ。  今では家の中にいても、 上空を飛行機が通ったのが分かるぐらいだ。  おかげで、 今の住まいに電化製品はまったく置いてない。  携帯電話も持てないし、パソコンもない。 ゲームもまったくできなくなったから、 毎日こうして自然と戯れている。  私の体はあの時すでに、もう限界ぎりぎりの ところまで来ていたのかもしれない。  今でも、 うっかり化学物質に接触してしまうと、 気分が悪くなる。  農薬を使った野菜は食べられないし、 化学調味料はもってのほかだ。  それでも、それらを避けてさえいれば、 日常生活にはあまり支障がなかった。  あの時は、何にもない生活なんて 耐えられないと思っていたけれど、 人間、慣れれば慣れるものだ。  こうして滝を見ているだけでも、 あっというまに時間は過ぎていく。  ただ、ひとつだけ不満があった。 「……ちっとも、会いにこないのです……」  今日が何の日か、彼は忘れたのだろうか?  電話を持てない私は、 それを問いただすことすらできない。  ただこうして、ぼんやりと、 待ちぼうけを食らうしかないのだ。  確かに来てくれるって言ったのに…… もしかして、事故にでも遭ったのだろうか?  そう思うと、だんだん不安になってくる。  でも、この体では 病院に駆けつけることすらできない。  事故に遭うぐらいなら、 忘れてくれたほうがいい。  どうか無事でありますように ――と私は妖精に祈った。  彼がよく口にする“QP”という名の妖精に。  すると、風が吹いた。  声が聞こえた気がして、ゆっくりと振りかえる。  そこに、彼が立っていた。 「お久しぶりです」  私はぺこりと頭を下げた。  彼に手を引かれて、森を歩きはじめた。  「どこへ行くのか」 と尋ねても、 彼は 「いいところだ」 としか答えてくれない。  仕方がなく、黙って彼の後ろを歩いていく。  やがて、森の中に どこか見覚えのある建物が姿を現した。 「うわぁ……」  思わず声をあげた。  いつのまにこんなものを作ったのだろう?  1週間や2週間で作れるとは思えないから、 きっとずっと内緒にしていたのだ。  すごく驚いて、すごく嬉しかった。 「よく似ているのですぅ」  学生時代、 彼に会いたくてよく通ったカフェに、 そこはとてもよく似ていた。  中に入るよう促されて、 恐る恐る入口へ向かう。  建物の中に入ると、 気持ち悪くなることが多い。  建材には化学物質が使われてて、 それが微量ながら気化し、 染みでてくるからだ。  「大丈夫だよ」 という彼の言葉を信じて、 思いきって店内に足を踏みいれた。 「うわぁ……素敵なのですぅ。 それに、すごく懐かしい感じがします」  店内もあのカフェにそっくりで、 まるで昔に戻ったみたいな気がした。  それに、建物の中に入っても 体はまったく何ともない。  逆に気分がいいぐらいだった。  昔、彼が口にした夢のことを思い出す。  化学物質を一切使わない木造の店で、 農薬や化学肥料に頼らない自然栽培の 野菜を使った料理を出す。  これが、その第一歩なのだろう。 「ですけど、こんな辺鄙な場所にお店を作って、 お客様はいらっしゃいますか?」  彼は笑って答えた。 「それが問題だ」 と。  でも、電気も使わない自給自足の生活だから、 誰も来なくても生きていけるのだそうだ。  少しずつ、このお店を訪れる人が増えていく ――そんな予感がした。  なぜなら、 このお店はこんなにも居心地がいいのだから。  私と同じような体質の人にとっては、 天国みたいな場所だから。 「――えっ?」  「誕生日プレゼントがある」 と彼が言った。  そうして目の前に運ばれてきたのは、 焼きたてのアップルパイだった。 「……………」  不安そうにそれを見つめる私に、 彼はまた 「大丈夫だよ」 と言ってくれた。  その言葉を信じて、 アップルパイにかじりつく。 「……おいしいのですぅ」  嬉しさと涙が同時に込みあげてきた。  これまでも何度か、大好物のアップルパイを 口にしてみたことがあった。  でも、そのたびに気分が悪くなり、 激しい吐き気に襲われた。  「体にいい材料だけで作った」 という アップルパイを食べても、それは同じだった。  農薬を使わずに、リンゴは育てられないから。 「無農薬のリンゴなのですか?」  彼はうなずいた。 「ようやく今年できたのだ」 と。  あの日から療養を続けた彩雨は、 次第に体調を回復させていった。  今では、都会に出ることさえなければ、 喘息の症状が起こることもない。  だけど、あの日から、 俺は見てないような気がした。  彼女が心から笑っている姿を。  俺はまだあの時の約束を叶えてなかった。 だから、今日までずっと頑張ってきたんだ。  晴北学園を卒業した後、 自然食レストランに就職した。  そこで働きながら、 土地を借りてリンゴの樹を植えて、 実をならせようと奮闘した。  無農薬でリンゴを作るのは本当に大変で、 毎年、病害虫の被害にあい、 何本もの樹が死んでいった。  いったいどうすればいいのか困った時、 俺は学校の裏庭を訪れた。  そうすると、 不思議と迷いが晴れるような気がした。  あいつが話しかけてくれるような 気がしたんだ。  失敗を繰りかえして、それでも、 「絶対にできるのだ」 と信じつづけた。  そして今年、ようやく 育ててたリンゴの樹に実がなったんだ。 「大丈夫だよ」  不安そうにしてる彩雨に、そう言葉をかける。  彼女は思いきってアップルパイにかじりついた。 「……おいしいのですぅ」  彩雨が笑う。 アップルパイを頬ばりながら。  あぁ、そうだ。  初めて会った時、 彼女が見せてくれたこの笑顔に、  ――ずっと、俺は恋をしてたんだ。 「すごく遅くなったけどさ」  学生だった頃に交わした約束を、 ようやく果たせる。 「誕生日、おめでとう」  ゆっさゆっさと体が 優しく揺さぶられている。 「――太、ねぇねぇ起きてよ、颯太」  友希の声が聞こえ、ぼんやりとした意識が だんだんはっきりしてきた。 「あ、起きた? おはよ。学校いこうよ」  俺は時計に視線をやった。 「まだ早いんじゃないか?」 「いいじゃん。せっかく起きたんだし。 早く学校に行ってもバチは当たらないわよ」 「まぁ、それもそうだな」  友希に朝早くから会えたのも嬉しいし、 などと考えながら、ベッドを下りる。  それにしても―― 「……なぁに?」 「いや、何でもない」  付き合いはじめても、 友希はちっとも変わらないな。  俺なんか、けっこう意識して ドキドキしてるっていうのに。 「着替えるからな」  制服をベッドの上に置き、 パジャマを脱ごうとする。 「……………」 「……なぁ、友希」 「うん、なぁに?」 「そんなに俺の裸が見たいのか?」 「ご、ごめんねっ」  あれ?  いつものなら、ここで意気揚々と 下ネタのひとつやふたつ飛ばしてきても おかしくないのにな。  やっぱり、付き合い始めで 友希も少しは緊張してるんだろうか?  ともあれ、制服に着替え、 学校へ行く準備をした。  通学途中。 「……………」 「……………」 「……みんなに内緒で 付き合ってるのってさ、ちょっと 悪いことしてる気分になるな」 「あ……うん……」 「……………」 「そういえば、数学の宿題やったか?」 「うん。見せる?」 「いや、いちおう俺もやったんだけどさ。 けっこう難しくなかったか?」 「うん……」 「……………」  なぜか、会話が続かなかった。  教室に到着すると、まっすぐ 自分の席に移動する。  友希はいつも通り隣に座ったけど、 特に何を話すでもなく 授業の準備をしている。 「……………」 「さすがに、早いと誰もいないな」 「……うん、そうだね……」  話しかければ答えは返ってくるけど、 どうにも会話が弾まない。 「……………」  その後も特に変わらず、 ぽつぽつと他の生徒たちが登校してきた。 「……………」  何か違和感があるな、と思っている内に チャイムが鳴ったのだった。  昼休み。 「はむはむ……もぐもぐ……」 「ぱくぱく……あむあむ……」 「うん、今日のからあげは 改心の出来だな」 「あー、いいなぁ。ひとつちょうだい」 「いいぞ。持ってけ」 「えいっ。もぐもぐ、うん、おいしいね」 「そうだろ。最近、衣に こだわってるんだけどな。 ついにサックサクにする方法を覚えてさ」 「自分で言うのもなんだけど、 先月に比べても格段に進歩したんだよな」 「うん」 「……………」 「……………」 「君たちは、さっきから何だい? それはどういうケンカの仕方かな?」 「け、ケンカなんてしてませんよ。 仲いいし。ねっ、颯太」 「おう。部長の気のせいですよ」 「ふぅん。だったら、 そんなお通夜みたいになって ごはんを食べないことだよ」 「別に俺らだって、毎回騒いでるわけじゃ ありませんし。な、友希」 「えっ? あ、うん。そうそう」 「まぁ、気のせいならいいさ。 ところで、僕にもからあげを 分けてくれるかな?」 「えぇ、いいですよ。 好きなだけとってください」 「じゃ、遠慮なく。せーのっと」 「てっ、なに全部とってるんですかっ!」 「まぁまぁ、代わりに僕のハーブティーを 好きなだけ飲んでいいよ」 「液体と固体の交換はおかしいですよねっ?」 「なに、大事な後輩のために 喜んで交換に応じるよ」 「こっちが割に合わないって 言ってるんですけどっ!?」 「まぁまぁ、そんなに盛らないことだよ。 犬じゃあるまいし。もっと猿としての プライドを持ったらどうだい?」 「誰が盛りのついた猿ですかっ!」  いつもの調子で 部長との言い合いを続ける。  その間、友希は黙々と弁当を食べていた。  夜、バイト終わり―― 「ねぇねぇ。あたし、もう上がりなんだけど、 颯太はまだ時間かかりそう?」 「いや、俺ももう終わったよ」 「そっか。じゃ、一緒に帰ろうよ」 「おう」  うーむ。こういうところは いつも通りだよな。 「どうかした?」 「いや、着替えてくるから、ちょっとだけ 待っててな」 「お待たせ。じゃ、行くか」 「うんっ」 「――でさ、マスターが4品同時に 作れって言うから、いや、それは さすがに無理だと思ってさ」 「うん」 「そっちはどうだ? 何か変わったことあったか?」 「えっとね……ないよ」 「そっか」 「うん」 「……………」 「なぁ友希、お前、 ちょっとよそよそしくないか?」 「あ……そ、そんなことないわ……」 「いや、思いっきりそんなことあるって 顔してるけど……」 「だ、だって仕方ないじゃん。 どうしていいか分からないんだもんっ」 「えっ? どうしていいかって?」 「な、何でもない。今のなし。忘れて」 「いや、忘れてって言われても……」 「じゃ、また明日ね。ばいばいっ」 「……………」  いったい、どうしたっていうんだ?  朝。まどろんでいた意識が 徐々に覚醒しはじめる。 「ふふっ、かーわいい寝顔…… いつまでも寝てると食べちゃうよ〜」  この声……友希か。 「きゃっ、きゃあっ…!! あ、そ、その……えぇと、お、起きてた?」 「ついさっきな。 そんなに慌ててどうしたんだ?」 「べ、別に、変なことしてないよっ。 早く着いたから起こしたらかわいそう と思って、待ってただけだもん」  別に変なことしたとは まったく思ってないんだけどな。 「『早く』って何時に着いたんだ?」 「……一時間前、とか?」 「早すぎだろ。起こしてくれても良かったのに」 「うん。でも、悪いから」 「前まではそんなこと気にしなかったと 思うけどな」  ベッドから下りて、制服を手にとる。  パジャマを脱ごうとして、 ふと思いついた。 「着替えるから、手伝ってくれるか?」 「ええっ? 手伝ってって、だって、そんな、 急に、あたし心の準備が、えと、だから、 その……」  この反応はこの反応で、 めちゃくちゃかわいいけど。 「なぁ友希、どうしたんだ? いつもならここで、『ついでに朝のお務めも 手伝ってあげようか』とか言うところだろ」 「朝のお務めっ!? あ……えっと……ご、ごめん……」 「ん? なに謝ってるんだ? お前が言いそうなことだろ」 「ご、ごめんね……」 「……………」 「あのね、友希。 特に謝ることはないんだけどさ、 友希がどう思ってるか教えてくれる?」 「怒らない?」 「怒らないよ」 「嫌いにならない?」 「なるわけないだろ」 「……あのね。 颯太の前で下ネタ言うの、 恥ずかしくなっちゃった……」  なるほど。 「それは、えーと、 付き合いはじめたから?」 「だ、だって、付き合ってたら、 そういうこともするでしょ?」 「そしたら、い、意識しちゃって、 誘ってるって思われないかとか、 え、えっちな子だと誤解されないかとか」 「いろいろ考えて……その、 言えなくなっちゃった……」 「告白した時は、 そんなこと気にしてなかったのに」 「あの時は嬉しくて、 テンションあがってたから、 気にならなかったんだもん」 「冷静になって考えたら、 やっぱり、恥ずかしいよ……」 「うーん、別にいまさら俺は気にしないぞ。 今までずっと友希は下ネタばっかり 言ってたんだしな」 「逆に下ネタ言われないと、 違和感があるぐらいだ」 「あー、やっぱり、下ネタ言わないと 嫌いになっちゃうんだぁっ」 「いやいや、違和感があるだけだよ。 そんなんで嫌いになるわけないだろ」 「あたしが下ネタ言うから 好きになったんじゃないの?」 「そんなわけないだろ」 「で、でも『そういうところも好き』って」  友希って、俺が何気なく言ったことを、 けっこう重要に捉えてたりするんだよな。  まぁ、ちょっと動転してるから ってところもあるとは思うけど。 「友希ってさ、かわいいよな」 「ええっ……あ、ありがと…… あ、ごまかした?」 「いやいや、ごまかしてないよ。 そういうところも好きなだけで、 それ以外のところも好きだよ」 「……そっか。えへへ、嬉しいよ……」 「学校いくか?」 「うん。でも、その前に着替えないと」 「あぁ、そうだった。 じゃ、着替えさせてくれるか?」 「やだ……へんたい……」  お、ちょっとだけ、 調子が戻ってきたな。  このままいけば、またすぐ、 いつものように下ネタを言いだすだろう。  そう思ってたけど、 けっきょくこの日は一言も口にしなかった。  よし、終わった。放課後だ。  今日はバイトは休み、部活も休みだ。  となれば―― 「友希ー、帰りにどっかよってかないか?」 「うんうんっ、行く行くーっ」 「どこがいい?」 「うんとね、マックとかは?」 「いいね。行こうか」  ということで、マックに やってきたんだけど―― 「それにしても、 今日の姫守、面白かったよな」 「先生が『何でも質問していいぞ』って 言ったら、『奥様との馴れ初めを伺っても よろしいですか』だもんな」 「うんうん。もっと、他のことも……あ……」 「他のことも?」 「うぅん、何でもない……」 「そうか?」 「そういえば、こないだ部長が、 学校の裏サイトに俺の恥ずかしい写真を アップしてたなんて嘘ついてきてさ」 「あははっ、それだったら、あたしも…… あ……えっと……」 「どうした? さっきから、歯切れが悪いぞ」  さっきからって言うか、 付き合いだしてからずっとそうだけど。 「もしかして、下ネタ以外にも、 何かしゃべるのが恥ずかしいことでも あるのか?」 「……うぅん、それはないけど……」 「じゃ、どうしたんだ?」 「うんとね…… 下ネタ言えないと、なに話していいか 分からなくて……」 「……………」  えーと、なんだそれ?  いや、けど待てよ。 よくよく考えてみれば友希は毎日のように 下ネタばかり言ってたわけだしな。  それが言えないとなると、 話すことが激減するっていうのも 分からなくもない。 「困った奴だな」 「ご、ごめんね」  とはいえ、このまま会話が ぎこちないのもなんだしな。 「よし。じゃ、リハビリしよう」 「リハビリ…?」 「あぁ、ここじゃまずいから、出るぞ」 「……リハビリって、どうするの?」 「要は俺の前で下ネタ言うのに 慣れればいいわけだろ」 「それはそうだけど……」 「だから、ほら、言っていいぞ」 「……い、言っていいって言われても、 恥ずかしいよ…?」 「でも、下ネタ言わなかったら、 会話にならないんだろ?」 「この先、ずっと 今日みたいにぎこちない会話でも いいのか?」 「……それは、やだよ……」 「じゃ、ほら、どんとこいっ!」 「でも、急に言われたって、 心の準備ができてないし……」 「じゃ、俺が言うことを 復唱するだけでいいよ。 それなら、できるだろ?」 「……うん。たぶん。やってみる」 「じゃ、そうだな、まずは――」  俺は比較的、難度の低い下ネタを 口にする。 「颯太の大根」 「ええっ、そ、そんなの……無理……」 「無理じゃないだろ。ほら」 「言わなきゃだめ?」 「だめだ」 「じゃ……言うけど……えっと…… 颯太の……だ、大根……」 「颯太の大根、堅くておっきいね」 「……そ、颯太の……大根……か、堅くて、 おっきいね……」 「もう一回」 「……颯太の大根、堅くて、おっきいね……」 「よし、調子が出てきたな。 じゃ、次」 「おち○ちん」 「そ……そ、そんなの無理だよぉっ」 「無理じゃないって。 いつも楽しそうに言ってただろ。 ほら、おち○ちん」 「……お……お……おち○……ちん……」 「いいぞっ、言えたじゃないかっ。偉いぞ」  友希の頭を撫でてやる。 「あ……えへへ……嬉しい…… あたし、頑張るね……」  よし、いい傾向だ。  下ネタを言った時にこうして褒めてやれば、 友希も次第に抵抗なく言えるように なるだろう。 「じゃ、もう一回、おち○ちん」 「……おち○……ちん……」 「もっと大胆に。おち○ちん」 「……おち○ちんっ」 「よしっ、いいぞ。偉いぞ、友希。 じゃ、次のステップだ」 「おち○ちん、勃起しちゃった?」 「お、おち○ちん……勃起、しちゃった?」 「いいねっ。すごくいいよ、友希。最高だ。 じゃ、次いくよ」 「颯太の勃起したおち○ちん、 食べちゃってもいい?」 「……颯太の勃起したおち○ちん、 ……た、食べちゃっても、いい?」 「よしっ、オッケーだ。 試しに自由に下ネタを言ってみようか」 「きゅ、急に自由に下ネタって言われても…… 初めてなのに自由に動いてみてって 言われたって、うまく動けないよっ」 「あ、あれ…?」 「自分から言えたじゃないかっ」 「うんっ、言えたっ。言えたよっ!」 「初めてでも、どうしたらおち○ちんが 気持ち良くなるか、身体が知ってたみたいな 気分だよぉーっ」 「よしよし、偉いぞ、友希」  彼女の頭を優しく撫でる。 「あ、え、えへへ……嬉しい…… ねぇねぇ、あたし、頭撫でられると、 嬉しくて……少し、濡れちゃうんだぁ……」 「……見たい?」 「……………」 「あー、やーらしいのー。 今、ぜったい想像したでしょ?」 「いや、だって、 それはお前がそんなこと言えばさ……」 「あははっ、冗談冗談。 頭撫でられて少し濡れるとか、 あるわけないわ」 「そ、そうだよな」 「うん、少しじゃないんだもん」 「え…?」 「あー、やーらしいのー」  どうやら、下ネタに更なる磨きが かかってしまったようだった。 「よしっ、オムライスいっちょあがりっ!」 「はーい。じゃ、持ってくね。 あと追加オーダーよ。海鮮パスタひとつ、 三種のチーズピザひとつよろしくっ」 「はいよっ」  よし、作るか。  まず冷蔵庫からピザの生地をとりだし、 調理台で丸く成形していく。  成形を終えたら、チーズやサラミなどの トッピングを生地の上に載せ、 オーブンに入れた。  続いて、ピザを焼いている間に 海鮮パスタを作ろう。  冷蔵庫から材料をとりだしてきて――  ふと体に視線を感じた。  フロアのほうを振りかえると、友希がいた。 「あ……」  友希はこっちをじっと見ている 「どうした? もしかして、 何か間違ってるか…?」  思いかえして見るも、 特にピザ作りの手順に失敗はない。  オーダーメモの注文も 間違えてないよな? 「ご、ごめんね。邪魔して。 見とれちゃってただけ」 「え…?」 「仕事してる颯太が、えと、 格好良かったから……」 「あ、そうか……」 「うん、そう……」  顔中に熱を感じ、自然と視線が 友希の瞳に釘付けになる。  心なしか、友希の顔も赤い気がした。 「は、運ばなきゃだめだろ。 お客さん待ってるし」 「うん。ご、ごめんね。行ってくるね」 「すぐ戻ってこいよ」 「えっ?」 「あ、いや、ほら、 三種のチーズピザも、海鮮パスタも、 すぐできるし」 「うんっ! すぐ戻ってくるね」  友希は弾むような足取りで 去っていった。  さてと―― 「ひゅーひゅー。いよっ、憎いね、この色男っ」 「……なぁ、それはもしかして、 バカにしてるのか?」 「何をいってるんだい、君は。 なかなか悪くない展開だと 褒めているんじゃないか」 「まったく、そうは思えなかったぞ」  言いながらも、海鮮パスタの調理を始める。 「もちろん、言いたいことが ないわけではないよ」 「さっき見つめあっていた時、 あそこはすかさずキスすると 100点だったね」 「『いいだろ』『だ、だめだよ颯太、 お客さんが待ってる』『俺も、もう待てない』 『そんな、もうちょっと我慢してよ』」 「唐突になに言いだしてんのっ?」 「アドバイスに決まってるじゃないか。 君のことだ、放っておくと なかなか関係が進展しないだろうからね」 「どう聞いても、冷やかしてるようにしか 思えないけどな」 「ていうか、お前、いつまでいるんだ? もう彼女もできたんだし、帰らないのか?」 「やれやれ、分かってない。 分かってないよ、君は」 「いいかい? 恋の妖精たるもの、 二人が付き合ったからといって、はい、 それで終わりという杜撰なことはできないよ」 「付き合いはじめた恋人同士こそ、 脆く崩れやすいものはないからね」 「なに急に脅かしてるんだよ…… どう考えたって、今の俺と友希の関係が 崩れるなんてことはありえないだろ」 「いいや、君は恋というものを甘くみているよ。 そもそも付き合い始めというのは、 えてして互いのことをまだ知らないものだ」 「つまり、お互い相手に幻想を抱いている とも言える。そして、だからこそ、 相手が実際より素晴らしく見えるものなんだ」 「このデリケートな時期に、相手の理想に 反するような行動をとったとしたら、 どうだい?」 「たちまち幻滅して1ヶ月以内に別れるという 定番のコースに一直線だ。その確率は 恋の妖精調べでおよそ75%」 「それは分からないでもないけど、 俺と友希は幼馴染みだぞ」 「幻滅も何も、お互いのことは 嫌ってほど知ってるんだけどな」 「やれやれ、分かってないね。 その過信が命とりなんだよ」 「いいかい? 幼馴染みを考慮に再計算してみても、 その確率は――」 「およそ0.5%はあるよ」 「百分の一以下じゃねぇかっ!」 「それでも、奇跡は起こる。 信じれば、きっとね」 「信じないからねっ!」  まったく。 「だいたい、万が一、俺も知らない部分が まだ友希にあったとしてもさ。それを含めて、 友希のことを好きになれるって自信はあるし」 「友希だって、 俺がちょっとぐらい思ったのと違う人間 だからって、幻滅はしないと思うぞ」 「なら、君が赤ちゃんプレイをしなきゃ、 心の平穏を保てない男だったとしても、 友希は受けいれてくれると思うかい?」  そんなことはそもそもありえないんだけど、 「あぁ、 俺が赤ちゃんプレイ依存症だったとしても 友希の気持ちは変わらないと信じてるよ」 「嘘…!?」  なっ、友希、いつのまに…!? 「い、いや、今のはその……違うんだっ!」 「う、うん、分かってる。大丈夫だよ。 だから、落ちついて」 「いや、本当か? 本当に分かってるか? まだ何にも説明してないぞっ」 「……だ、だいじょぶでちゅよ。 ほら、ママがいまちゅからね」 「……………」  全然わかってねぇっ! 「これはもしかしたら、 0.5%の奇跡に、一歩足を 踏みいれたかもしれないね」 「縁起でもないことを言うなっ!」  QPを窓の外に蹴っとばした後、 赤ちゃんプレイ依存症の疑惑を解くのに 一苦労だった。  バイトの昼休み、俺はまかないの ごちゃまぜチャーハンを調理中だった。 「しっ、完成っと」 「あー、いい匂いっ。 それ、あたしのまかない?」 「あぁ。お客さんも途切れたし、 マスターが休憩していいってさ」 「やったぁ。じゃ、食べたいっ」 「はいよ」  チャーハンを皿によそって、 友希に手渡す。 「ありがと」  続いて、コップにお茶を入れる。 「はい、お茶な」  コップを友希に手渡した瞬間、 わずかに指先が交わる。 「あ……」 「きゃっ……」 「大丈夫か?」 「うん。ごめんね。すぐ片付けるから」  友希が割れた破片を片付けはじめる。 「気をつけろよ」 「うん……痛っ……」 「って、言ったそばから。 切ったのか? 見せてみろ」  傷口を見ようと、友希の手をつかむ。 「あ……手、手、その、手がっ……」 「ん? 手がどうした?」 「……手……離してほしいよ」 「あ、ご、ごめん」  とっさに手を引っこめた。 「……その、嫌だったか?」 「そ、そういうのじゃないから…… 触られるの、恥ずかしくて……」 「これぐらい前からしてただろ」  友希はチラリと厨房の奥に視線をやる。  マスターが料理を作ってるけど、 こっちを気にしているような素振りはない。 「だって……今はドキドキするんだもん……」  なるほど。  確かに、俺も前と比べると 友希に触るのは緊張する。 「でも、嫌じゃないんだよな?」 「うん……嫌じゃないよ……」 「じゃ、指、見せてみな」 「はい……どうぞ」  友希が差しだした手をとって、 じっと指を見る。 「大して切れてないみたいだけど、 痛いか?」 「……分かんない。颯太に触られてると、 それどころじゃないんだもん……」  そう言われると、 俺も妙にドキドキしてくる。 「ちょっと待ってな」  薬箱から絆創膏をとってきて、 友希の指に貼ってあげた。 「片付けは俺がやるから、 友希はまかない食べちゃいな」 「うん、ありがと。ごめんね」 「気にするなって」  そう答え、割れたコップの破片を片付ける。 「ねぇねぇ颯太、 明日、家に遊びにいってもいい?」 「うん? あぁ、いいぞ」  朝か……  そっか。友希が来るから、 目覚ましをセットしたんだったよな。  目覚ましを止める。  それにしても、今日は なんだか無性に眠い……  シャワーでも浴びてくるか。  パジャマをベッドに脱ぎすて、 着替えを持って風呂場へ向かった。  熱いお湯を浴びてると、 だんだんと目が覚めてきた。 「あ……やば……もう来たのか」  出なかったら、いつも通り勝手に 入ってくるだろうけど、 まぁ、そういうわけにもいかないよな。  とりあえず、バスタオルだけ巻いて 風呂場から上がり、インターホンの 応答ボタンを押す。 「はいよー」 「あたしー。まだ寝てた?」 「いや、シャワー浴びてた。 体洗ってから出るから、 中で待っててくれるか?」 「うん、分かった。 でも、一緒に入らなくて平気?」  何だと…? 「あー、やーらしいのー。 今、えっちなこと考えたでしょ?」 「……考えてないよっ」  ちょっとしか。 「あははっ、じゃ、入って待ってるねー。 もしかしたら、お風呂も行くかも」 「来なくていいからねっ!」  そんなふうに答えつつも、 ちょっとだけ期待しながら 風呂場に戻った。  まぁ、けっきょく友希が風呂場に 突撃してくることはなかったわけだけど。  服を着てリビングに戻ってきたけど、 友希はいない。  部屋のほうだろう。 「悪い。待たせ、た――!?」 「すーはー……あははっ、 颯太の匂いがする……えっ?」 「……………」 「……………」  予想だにしなかった事態に、 俺は言葉を忘れ、ただその場に 呆然と立ちつくした。 「あ……あの……ち、違うよっ。 そうじゃなくて、違うのっ、あたし、 違うからっ!」 「お、おう。ち、違うのは分かったぞ」 「そうじゃなくて、その……だから、 眠くて、そう、朝早かったから眠かったのっ。 だから、ちょっと横になろうと思って」 「そしたらちょうどベッドに颯太のパジャマが あったから、『ちょうどいい』って思って、 着替えて、少し寝よう……かなって……」 「……………」  それを信じろっていうのか…… 「あ、あははっ、冗談冗談っ。 じつは、あたし、新しいパジャマを 買おうと思ってたんだぁ」 「ほら、けっこう胸がおっきいから、 普通の女物のパジャマだと 苦しかったりするんだよね」 「だから、男物のパジャマだったら、 ゆったり着られるのかなって思って、 試しに着てみたんだぁ」 「あ、あぁ、なるほど。そういうことか。 ビックリしたな」  とりあえず、俺は自分を 無理矢理納得させようと思った。  何となく触れちゃいけないような 気がしたからだ。 「あははー、ごめんね。ビックリさせて」 「もう、本当。ビックリしたよな。 まったくもう」 「ところで、匂いを嗅いでたのは 何を確かめてたんだ?」  当然、それに対する答えも ちゃんと用意されてるものだと思った。 「……え……えっと、そうっ。 ほら、あたしけっこう汗っかきだから、 女物のパジャマだと匂いが移りやすくて」 「でも、男物のパジャマなら、 匂いも気にならずに着れるかなって思って」 「なるほど」  納得しようと思った。  けど、どうしても気になって、 思わず訊いてしまった。 「女物のパジャマって、 男物のパジャマより、 匂いが移りやすいのか?」 「……う、うんっ。ほら、男の人って、 加齢臭とかあるから、その対策で、匂いが 移らない繊維が入ってるとか何とか……」 「ちなみに、その繊維の名前は?」  訊かずにはいられなかった。 「に、ニオイウツラナーイ……」 「そ、そうか。 けっこう安直なんだな」 「う、うん。こういうのって、 意外とそうだよね」 「た、確か綿100%を買ったはずなんだけど、 まぁ、お前がそう言うなら、きっと、 そうなんだろうな。うん、きっとそうだ」 「間違いないよっ!」 「……う、疑ってる?」 「だ、大丈夫だって。信じるよ。 俺はぜんぜん気にしてないよっ!」 「嘘だぁっ。ぜったい気にしてるじゃんっ。 颯太、すっごい引いてるんだもんっ!」 「いや、引いてないし。 お前が言いたくないなら無理には 訊かないから。大丈夫だ。な」 「……………」 「……………」 「ごめん……やっぱり、今までのぜんぶ嘘……」 「そうか」  そうだよな。 「……えっとね……」  友希は恥ずかしそうに、 俺のパジャマの袖をぎゅっと握りしめる。 「……颯太の匂い……好き……なの……」  耳まで真っ赤な友希を見て、 俺の顔も赤く染まった。  放課後、友希と新渡町でデートしていた。 「ねぇねぇ、颯太」 「どうした?」 「あ……えっとね……あたし…… ……何でもない……」 「なんだ、それ?」 「だって、何でもないんだもん……」 「あぁ、そう…… ところでお腹すかないか?」 「あー、言われてみれば空いたかも」 「何か食べたいものあるか?」 「うんとね、おち○ちんっ」 「……本当に食べさせるぞ」 「やだっ、颯太の変態っ、 やーらしいのー。おち○ちん食べさせて、 白いえっちなやつ出しちゃうんだぁ」 「変態なのも、やーらしいのもお前だ」 「ねぇねぇ、あたし思ったんだけど、 えっちしたい気持ちとごはん食べたい 気持ちってどっちが強い?」 「何を考えてるんだ、お前は……」 「いいじゃん、答えてよ。 颯太だったら、あたしとえっちするのと ごはん食べるの、どっちがいい?」 「……ていうか、これ、 答えなきゃだめなのか?」 「答えなかったら、 もう颯太とえっちしてあげないわよー」 「1回もしてないのにっ!?」 「うんうん、だから、教えてちょうだい」 「だから、それは…… もちろん、友希とのほうだよ」 「えっ? あたしと何? ちゃんと言わなきゃ分からないよ?」 「……お前……」 「ん? なぁに?」 「だから、ごはん食べるより友希と、 その……えっちしたいっていうか……」 「具体的には、何をどこに挿れたいの?」 「だ、だから俺のおち○ちんを、お前の…… ――って立場逆だよねっ!?」 「あははーっ、気にしない気にしない。 お腹すいたし、マック行こっか?」 「おう」  マックに向かって歩きだそうとして、 俺は小声で友希に訊いた。 「あのさ、友希」 「なぁに?」 「……いつ、してもいいんだ?」 「え…? あ……えと…… も、もー少し、かな?」 「……そっか」 「……したいの?」 「それは、まぁ……」  もちろん、順番っていうものが あるのは分かってるけど…… 「分かった」  何が分かったんだろう…? 「ごちそうさま。おいしかったね」 「あぁ、やっぱりこのジャンクな味が たまに食べたくなるんだよな」 「……………」 「ん? どうした、友希?」 「うんとね、ずっと言いたかったことが あるんだけど……」  友希が真剣な瞳でじっと俺を 見つめてくるので、自然と背筋が ピンと伸びる。 「何だ?」 「あの……す……す……」 「す…?」 「好きなAV女優って、颯太の場合、 だいたいおっぱい大きいよねっ」 「ずっと言いたかったことって、それっ!?」 「う、うん。そう。 じつは、あたし、貧乳派なの」 「どうでもいい情報なんだけどっ!」 「えー、彼女のことは 何でも知りたいって思うはずなのにぃっ」 「いや、それは正直知りたくなかった」 「……そっか……まいっか。 そ、それでね、もうひとつ、 言いたかったことがあるんだけど」 「おう、何だ?」 「うんとね、あたし…… 颯太のことが……す――」 「好きなAV女優みたいに思えて どうしようもないのっ」 「どういうカミングアウトっ!?」 「あ、あはは、冗談冗談っ。 ビックリするかなって思って」 「ビックリするってもんじゃないんだけどっ。 心臓止まるかと思ったよ」 「ご、ごめんね」 「そういえば、友希、 明日バイト入ってるよな? 終わったら、どこか遊びにいかないか?」 「うんっ、行きたいっ。 じゃ映画、観にいかない?」 「映画か。いいな。 何か観たいやつがあるのか?」 「そういうのはないんだけど、 颯太とゆっくり映画観たいなって」 「……で、デートしてるって感じで、 嬉しいし……」  友希があんまりかわいいので、 頭を撫でてやった。 「あ……えへへ……嬉しい……」 「じゃ、約束な」 「うん、約束……ちゃんと守ってね」 「お疲れ様ですっ!」 「おう、お疲れさん。また頼むな」 「はい。お先に失礼しますっ」 「お疲れー。あたし、いま終わったところ。 颯太は?」 「俺もいま終わったよ」 「じゃ、行こっか?」 「おう」  映画館にやってきた俺たちは どの映画にしようかと、 貼ってあるポスターを眺めていた。 「ふふふっ、下調べせずにこうやって いろいろ観るのも楽しいね」 「そうだな。友希と一緒だからだろうな」 「えっ、あ……う、うん…… あたしも颯太と一緒だから、 楽しいよ」  ほんとかわいいな、友希は。  ちょっと前まではそんなふうに 思ったことなかったっていうのにな。 「ところで、観たい映画あったか?」 「うんとね、どれも観たくて迷っちゃうよ。 颯太は?」 「俺も、ちょっと絞りきれないっていうか……」 「し、絞りきれちゃう映画がいいの?」 「何の話っ!?」 「……えっちな映画がいいのかなって」 「付き合って初めて観る映画じゃないよね」 「でもさ、えっちな映画ってあるけど、 映画館じゃオナニーできないよね。 どうするの?」 「知らないからね……」 「……こそっとしちゃうのかなぁ…?」  何を考えてるんだ、こいつは…… 「初秋颯太、ぼくの見たてでは、 この“初めての恋”という映画が オススメだよ」 「……信じていいんだろうな?」 「恋の妖精が勧める映画に間違いはないよ。 それに“初めての恋”は恋愛映画の ようだからね」 「恋人同士の定番と言えば、やはりこれだよ」  まぁ、こいつにしては珍しく一理あるな。 「分かった。じゃ、友希に訊いてみるよ」  友希のほうを見ると、 いくつかのポスターに 目移りしているようだった。 「なぁ友希、観る映画これにしないか?」 「うん、いいよ。あたしもこれ 気になってたんだぁ」 「じゃ、チケット買ってくるな」  チケットとついでに飲み物を買って、 シアターホールに入った。  “初めての恋”はのどかな田舎を舞台にした 学生同士の淡い恋物語だった。  やんちゃな男子学生の陽太は、 おしとやかな女子学生、沙夜と出会う。  沙夜は陽太に一目惚れし、 ラブレターを書いて彼に告白する。  それをきっかけに陽太は 沙夜と付き合いはじめるんだけど、 恋は思うように進まなかった。  口下手で愛情表現の乏しい陽太に対して、 沙夜は毎日のように愛の言葉を口にする。  陽太の気持ちが自分にないのじゃないかと、 沙夜は少しずつ不満を募らせていった。 「あ……そこよっ。 早く言わなきゃ……」  映画を観ながら、友希が ぼそっとそんなことをつぶやいた。  陽太は明らかに沙夜のことを好きなんだけど、 いかんせん不器用で、 なかなかその想いを口にすることができない。  いつ二人の想いが通じるのかと、 ヤキモキしながら恋の行く末を 見守ってると――  なんと陽太と沙夜は些細なことで ケンカしてしまう。  そしてその日、 沙夜は隣町へ引っ越していってしまった。  陽太は彼女に想いをちゃんと 伝えなかったことを後悔し、 再会を信じて生きていく。  しかし、その後二人が出会うことは、 二度となかった―― 「え……これで終わり…?」  友希の反応は無理もなかった。  その帰り道―― 「映画、ちょっと期待したのと違ったね」 「あぁ、ちょっとな」  まさか“初めての恋”ってタイトルで あんな結末になるとは思いもよらなかった。 「明日もバイトだね」 「そうだな」 「バイトしてると休みもあっというまに 終わっちゃって、ちょっと寂しいよね」 「じゃあ、こんど遊びにいこうよ。 二人でバイト休んで思いっきりさ」 「うん。それすごくいいっ。 いつにしよっか?」 「まずシフト調べないとな。 あとでメールするよ」 「分かった。ねぇねぇ颯太、 うんとね……映画みたいになったら…… 嫌だね」 「え……そりゃ、嫌だな。 でも、俺らはあんなふうにならないだろ」 「……そう、かなぁ…?」 「……どうしたんだ?」 「えっとね……あたしね……あたし…… えっと……」 「やっぱりだめ、言えないっ!」 「言えないって、そんな思わせぶりな。 大事なことなんじゃないのか?」 「でも、言えないんだもん…… ご、ごめんね。気にしないで。また明日っ」  友希は逃げるように去っていった。 「……本当に、どうしたんだ?」 「やれやれ、初秋颯太。 君は本当に乙女心を分かっていないね」 「なんだよ。じゃ、友希がなに考えてるのか 分かるっていうのか?」 「もちろん分かるよ。 いいかい? よく考えてごらん」 「恋人と初めて観る映画が、 悲恋ものだったんだよ」 「二人で映画を観るのを楽しみにしていた彼女が 『一体どうしてこんな映画を選んだんだ』と 彼氏を責めてしまうのは、無理からぬことだ」 「つまり、君が“初めての恋”などという 悲恋モノの映画を選ぶという暴挙をおこ なったばっかりに、彼女は傷ついたんだよ」 「まったく。ぼくがあれほど“初めての恋” だけは観るなと止めたというのに、君が 言うことを聞かないから……」 「嘘ばっかりついてんじゃねぇっ!!」 「冗談はともかく」  ち。もう戻って来やがった。 「恋の妖精のくせに、冗談なんか言うな」 「やれやれ、冗談も言わせてくれないなんて、 ここはいつから刑務所になったんだい? これじゃ、アドバイスひとつ言えないよ」 「じゃ、そのアドバイスとやらを 訊かせてもらおうか」 「友希はどうしてあんなふうになったんだ?」 「ぼくが言えることはひとつだよ。 いいかい?」 「自分で考え、自分で行動するんだ。 恋の妖精なんかに頼らずにね」 「それこそが未来を切り開――」  やれやれ。帰ろう。 「颯太、ちょっといいか?」 「はい、どうしました?」 「今日の夜なんだが、ちょっと野暮用が あってな。閉店作業と戸締まりを 任せていいか?」 「デートですか?」 「バカ言うなっ、んなわけねぇだろうが。 俺はもうオッサンだぞ、オッサン。 ただの野暮用だよ」  そんな全力で否定しなくてもいいのに。 「分かりました。やっときます」 「悪いな。頼むわ。 細かいことは暇見て教えるからよ」 「オーダー入りましたー。 自家製ビーフストロガノフみっつ、 オムライスひとつ、エビドリアふたつ」 「ナポリタンふたつ、ベーグルサンドひとつ、 ベジタブルカレーふたつ、 山盛りフライドポテトよっつです」 「「はいよっ」」  ていうか今日、 けっこうお客さん来てるな。  頑張ろう。  とにかく、注文された料理を 片っ端から作っていき――  気がつけば、あっというまに、 閉店時間だった。 「ありがとうございましたー」 「颯太。いま最後の客が出てったから、 あと頼むな」 「分かりました」  マスターは厨房を出ていった。  さて、まずは片付けるか。  ふぅ。終わりっと。  フロアのほうはどうだろう? 「ふんふふふーん♪ ふふふーん、ふふふー♪」  友希が楽しそうに、店内の清掃をしていた。  今日の閉店作業は俺たち以外に 人はいない。  鼻歌を歌いながら後片付けをおこなう友希が すごくかわいく思えて、俺はぼーっと彼女に 見とれていた。  すると―― 「あ……え……な、なに見てるの?」 「いや、別に」 「嘘だぁ。別にじゃないよっ。 ぜったい見てたわ。白状しなさいよ」 「……まぁ、大したことじゃないんだけどさ。 友希がすごくかわいいなって思って」 「……あ…………ありがと…… そ、颯太もすっごくカッコイイと思うよ」 「おう、そうか。 別にお世辞言わなくてもいいんだぞ」 「お世辞じゃないよ。 颯太が料理つくってるところ、 すっごくカッコイイから」 「あたしも、いつも、見とれてる、し…?」 「……そうなのか?」 「うん、そうよ…… だって……えと……す、好きだから……」 「え……えぇと……」  不意に 「好きだ」 と言われて動転してしまう。  だけど、すごく嬉しかった。 「……好きなの。大好きなの……」 「……あぁ……俺も、友希が好きだよ」 「えへへ……嬉しい……やっと言えた」 「やっと?」 「うん、ずっと一緒だったから、いまさら 『好き』って言うの照れくさくて…… 『変に思われないか』とか気にしちゃって」 「あははっ、おかしいよね。 告白してもらえた時はちゃんと言えたのに。 でも、ずっと言いたかったんだぁ……」  照れくさそうに笑う友希が、 たまらなくかわいくて、 胸が締めつけられそうになる。 「あの映画みたいになっちゃったら、 嫌だし、今日は頑張ってみたの」 「友希……お前は、本当にもう。 そんなことあるわけないだろ」  言いながら、彼女の背中に手をやって、 そっと抱きよせる。 「あ……颯太、えっと……あの……」  友希の唇に唇を近づけ、 触れるかどうかぐらいの 優しいキスをする。 「ん……ちゅ……んん……ん……あ……」  ゆっくりと唇を離す。 「……あはは……キスしちゃった」 「……そうだな」 「ど、どうだった?」 「どうって言われても……」 「……ちゃんと、気持ち良かった…?」 「あぁ。何回でもしたいぐらいだ」 「じゃ……しよ?」  友希が目を閉じて、 ゆっくりと唇を近づけてくる。 「ん……ちゅ……ん……ふぁ……はぁ……」 「ねぇねぇ……大好きだよ」 「俺も大好きだ」 「じゃ、キスして」 「いいよ」 「ん……ちゅっ、ちゅう……ん……んはぁ……」 「……どうしよう。困ったよ……」 「何がだ?」 「だって、何回でもキスしたいんだもん……」 「大丈夫だよ。何回でもキスしてあげるから」  今度は俺から、友希の唇にキスをする。 「ちゅ……んふぁ……はぁ……んちゅ……」  何度も何度も飽きることなく、 俺たちは繰りかえしキスを交わした。  朝。目を覚ますと嫌な予感がして、 すぐに時計を見る。  やばい。かなり寝過ごした。  急いで着替え、学校へ行く支度を整える。  朝食を作っている暇はないに等しいけど、 お腹はかなり空いている。  だが、なんの。 ここが料理人を目指す男の腕の 見せどころだ。  俺は食パンを一枚とりだすと、 高速でバターを塗り、トースターに入れる。  いくら料理人を目指してても これが限界だ。  待つこと5分、 こんがり焼けたトーストを口に咥えて 家を出た。  ふぅ、間に合った。  なんだかんだでダッシュしたら、 いつもと同じような時間になった。  ん? 「あ……」 「よっ、友希。おはよう」 「お、おっはよーっ!」 「……えぇと……」  トイレとか…? 「おはよー」  教室に入ると、友希はもう席に座っていた。 「友希。さっきはどうしたんだ?」  ばっと友希が立ちあがる。 「ど、どうもしないから。気にしないでっ」 「え……おい……」  友希を追いかけて、俺も教室の外へ向かう。 「待てって。友希、どうしたんだ?」 「つ、ついてくるの禁止っ」 「禁止って、なんで逃げるんだ?」 「いいから、ちょっと待ってよ。 きちゃ、やだよーっ」 「いや、そんなこと言われても、 理由ぐらい話そうよっ」  校舎を走りまわる友希を、 負けじと俺も追いかけていく。 「はぁはぁ……もう逃げられないぞ……」 「はぁはぁ……そんなに必死になって 追いつめなくてもいいのに……」 「だって、心配になるだろ。 顔を合わすなり急に逃げられたら」 「あ、うん……そっか。ご、ごめんね……」  謝りはしたものの、 友希はどうして逃げたのか、 説明しようとしない。 「言えないようなことなのか?」 「……そうじゃなくて……だって…… あんなことがあったばっかりでしょ?」 「どんな顔して会えばいいのか、 分からなくなっちゃって…… 気がついたら、逃げてた」  まぁ確かに、 その気持ちは分からないでもない。  ていうか―― 「友希、好きだよ」 「えっ、あ……うん、ありがと……」 「あたしも、好きなの。でも、えっとね、 どうすればいいのか分からなくなっちゃった」 「ごめんね。怒った?」 「いいや。むしろ、あんまりかわいいから、 ますます好きになった」 「……そんなこと言われたら、また どうしていいか分かんなくなっちゃうよ……」 「普通にしてればいいんだよ」 「普通になんてできないんだもん……」 「じゃ、心を落ちつけるために いつも通り下ネタ言うとかは?」 「颯太の顔見てるだけで、 あたし濡れちゃうよ……」  本当に言うとは…… 「さ、触ってみる?」 「え…?」 「いいよ……」 「……友希……」  俺はゆっくりと友希に近づいていき――  なんてこった。お約束だ。 「遅刻しちゃうね……」 「とりあえず、教室戻るか」 「うんっ。 ねぇねぇ、明日二人ともバイト休みだよね?」 「あぁ、そうだな」 「どこか連れてってくれる? デートしよ」 「あぁ。じゃ、どこ行くか、考えとくな」  本鈴が鳴らない内に 急いで教室へ戻ることにした。  放課後。 「あははっ、海だぁっ。 ねぇねぇ颯太っ、ねぇねぇねぇっ」 「どうした?」 「ふふふっ、海だね」 「海がそんなに嬉しいのか?」 「海が嬉しいんじゃないんだもん。 颯太と海に来たのが嬉しいのよ」 「俺も友希のそういう顔が見られて 嬉しいよ」 「え、や、やだ、だめっ。 そんなに見ちゃだめなのっ」 「そう言われても、もう脳裏に 焼きついたからな。 目をつぶってでも思い出せるぞ」 「えいっ!」 「うおっ! って何すんの?」 「わ、忘れた?」 「何がっ?」 「脳裏に焼きついたって言うから、 忘れさせないとって思って」 「できるわけないだろ……」 「あははーっ、忘れなきゃだめじゃん。 颯太って冷たいんだぁ」 「そんなこと言われても普通に無理だよ」 「あははっ。あーあ、 夏だったらもっと良かったなぁ。 そしたら、泳げたのに」 「それに颯太も、 水着を見られて嬉しかったもんね」 「でも、こうやって、 友希と歩くのもいいと思うよ」 「颯太って制服フェチなの?」 「あのね……」 「いいわよ、ほらほら、たくさん見て」  友希がその場でくるりと回り、 制服をアピールしてくる。  見るなって言ったり、見ろって言ったり、 忙しい奴だよな。  しかし…… 「ねぇねぇ……なんで黙ってるのよ? どう……かな?」  今まで改めてじっくり見たことは なかったけれど、友希の制服姿は 抜群にかわいい。 「世界一かわいいよ。 写真集だせるんじゃないか」 「そっ、そんなのやだよ。 颯太以外に、あんまりじっくり 見られたくないもん……」 「お前って、本当にかわいいこと言うよな」 「……えへへ……ありがと…… もっとかわいくなりたいなぁ……そしたら、 もっとかわいいって言ってもらえるもんね」  ただでさえかわいくてドキドキするってのに、 これ以上かわいくなられたら、 俺の心臓が持たなさそうだ。 「ねぇねぇ……見るだけでいいの?」 「……見るだけ以外に何があるんだ?」 「うんとね、触るとか」 「そんなこと言ったら、もう撤回できないぞ」  言って、友希を抱きよせる。 「え、ちょ、ちょっと待って。 や、やーらしいのー」 「やらしいのは友希だろ。 自分から触れって言ったんだから」 「そうだけど……でも……あっ……そこ……」 「友希の二の腕、ぷにぷにしてて気持ちいいな」 「……あ……ふふっ、くすぐったい…… そういえば、二の腕っておっぱいと 同じ感触って言うけど、本当かなぁ?」 「じゃ、確かめてみようか?」  二の腕をつまんでいた手を、 そっと友希の胸に当てる。 「え……えぇと……なんで、今日は そんなに積極的なの…?」 「友希がやらしいこと言うからだろ」 「嘘だぁ。あたし、冗談しか 言ってないもん……」 「『絶対に何が何でも嫌だ、 颯太なんか嫌い』って言うなら、 これ以上しないけど…?」 「そんな言い方、ズルいんだよ…?」 「いいってことか?」 「ぬ、脱がしちゃやだよ。服の上からね」  手に力を入れると、くにゅっと 友希のおっぱいが形を変える。 「はぁ……んっ…… やーらしいのー、そんなふうに揉んで」 「友希、好きだよ」  耳元で囁き、そのまま耳にキスをする。 「ひゃっ、んんぅ……嬉しいよ…… あたしも、好き……」  言って、友希はそっと俺の股間に 手を伸ばす。 「あー、堅くなってる。 変なこと考えてるでしょー?」 「考えてるって言うか、もうしてるけどな」  制服の上から、友希のお腹に触れる。 「うぅっ、変なとこ触って…… お返ししちゃうんだもん」  友希の手が俺の胸を這いずり、 乳首をきゅっとつまんだ。 「あー、気持ちいいんでしょ? やーらしい顔してるわ」 「そんなことして、どうなるか 分かってるのか?」 「あ、嘘嘘、ちょっと待って。 反撃禁止、あっ、やぁっ…!!」  制服ごしに友希の乳首をコリコリと 刺激すると、かわいらしい声があがった。 「ブラジャーの上からだと、 よく分からないな」 「今日は、ここまでなんだもん。 直接触るのはまだだめ」 「じゃ、ここは?」  友希の唇を人差し指でちょんっと触る。 「ここはいいよ」  そっと友希に唇を寄せる。 「あ……ん……ちゅっ、あ……やっ、颯太っ」  キスをしながら、友希の胸を揉むと、 彼女は顔を真っ赤にした。 「そんなにおっぱい触ったら、 やーらしいんだよ」 「じゃ、お尻は?」  と、友希のお尻に手を回す。 「んっ……もう……ばかぁ……」  調子に乗って、友希のスカートの中に 手を伸ばそうとすると、 「あ……まだだめよ……え、えいっ!」  ぎゅっと友希が俺のち○ぽを握る。 味わったことのない快感が走り、 手が止まった。 「もう、やーらしいんだから。 まだだめだよぉ。恥ずかしいんだもん」 「だけどさ、こんなことしてたら、 我慢できなくなるって」 「み、見ててあげるから、 出しちゃってもいいよ」 「……それはちょっと……」 「えー、見たかったのになぁ」  悪戯っぽく笑う友希のスカートごしに、 彼女の秘所に手をつけた。 「あっ、もー、すぐそういうことして、 気持ち良くなっちゃうよ」 「友希、いつならいいんだ?」 「……えと、も、もー少ししたら」 「もう少しって?」 「もっと、たくさんイチャイチャしてから……」 「じゃ、たくさんしてあげる」  言って、俺は友希の唇にキスをする。  そうして、俺たちは砂浜で 延々とイチャイチャを続けたのだった。  放課後。  友希と教室に残ってしゃべっていた。 「――それでね、絵里がパソコン使ったら、 運悪くフリーズしちゃったんだぁ」 「そしたら、『壊してしまいました…!!』って 今にも泣きそうな顔で言うから、 すっごくかわいくてさ」 「芹川って、パソコンそんなに苦手なのか?」 「うん。童貞の男の子がセックスに 対して持ってる苦手意識と同じぐらい、 苦手意識を持ってると思う」 「その例えはどうなんだ……」 「あははっ……ねぇねぇ……」 「何だ?」  友希が熱っぽい視線で俺を見つめる。  俺もじっと彼女の顔を見返し、 そのまま数秒間見つめあった。 「好きだよ」  他の生徒もまだ何人か残っているから、 友希は小声で言った。  とはいえ、 うっかり聞こえてしまわないかと 気が気じゃない。 「嬉しいけど、ちょっと声が大きいぞ」  小声でそう言葉を返すと、 「だって、好きなんだもん」 「誰かに聞かれたらどうするんだ?」 「知らない」  言って、友希が俺に向かって 指を伸ばしてくる。  何だろう、と思いつつ俺も指を伸ばした。 「つんつんっ、えへへ」  指を付きあわせるようにしながら、 俺たちはわずかに触れあう。  クラスメイトに見えないように、 指と指を触れあわせるのに 興奮してか、顔が無性に熱くなる。 「えへへ、恥ずかしいことしちゃったね」 「あ、あぁ」  というか、そろそろ時間だ。 「じゃ、悪い。そろそろ行くな」 「えっ? どこ行くの?」 「どこって、シフト見てないか? 今日は俺、バイトだよ」 「あ……そうなんだ。そっか……」 「ごめんな」 「じゃあさ、サボっちゃうとか?」  俺がバイトを休むわけないと 知ってて、友希はそんな冗談を言う。 「そうだな。サボっちゃおっかな」 「だ、だめよ。今のは冗談。颯太はバイト 休めないでしょ。あたし、ぜんぜん気に しないから行っていいよ」  友希のこういうところ、好きだな。 「そっか。じゃ、行ってくるな」  と、友希に背を向けると、 「颯太なんかキライ。裏切り者……」 「めちゃくちゃ気にしてるよねっ!」 「あははっ、冗談冗談っ。 じゃ、バイトまで送っていこっか?」 「遠回りだろ? いいのか?」 「うん……今日は一緒かなって思ってたから、 寂しいんだもん……」 「そっか。じゃ、一緒に行こう」  友希としゃべりながら歩いていたら、 あっというまにナトゥラーレに到着した。 「じゃ、またな」 「うん……ばいばい。バイト、頑張ってね」  うーむ。どことなく元気が ないような気がする。 「友希、バイト終わったら会おうか?」 「いいのっ? 会いたい会いたいっ。 ぜったい会いたい」 「あぁ、じゃ、連絡するから。あとでな」 「おはようございます」 「おう、おはよう」  よしっ、今日も気合い入れて作るぞっ。  ふぅ、一段落着いたかな?  フロアの様子をのぞいてみると―― 「あれ…?」  見知った顔の女の子が、 席に座り、紅茶を飲んでいた。 「なぁ友希、何してるんだ?」 「……だって、少しでもそばに いたかったんだもん……」  本当に、かわいい奴だよな、 と思ったのだった。  夜――  友希が持ってきた映画のDVDを 部屋で一緒に観ていた。 「あー、面白かった。 颯太の言う通り、これにして良かったぁ」 「だろ。やっぱり、主人公の ジャックがいいよな。 カッコイイし面白いしさ」 「颯太ってマッチョが好みなの?」 「そりゃまぁ、男の憧れだからな。 昔からこのシリーズは大好きだったし、 特にジャックがもうたまんないんだよな」 「……あ、兄貴って呼ぶ?」 「何を考えてるんだ、お前は?」 「うんとね……ジャックとあたしと、 どっちがたまんないのかなぁ……とか……」  友希は何を不安になってるんだろうか。 「ばか。たまんないのは友希のほうだよ」 「じゃ、証明して」 「あぁ」  友希のそばまで行って、じっと見つめる。 「……えと……な、何するの?」 「キス、するよ」 「あ……うん……して……」  互いの唇に引きよせられるかのように、 俺たちはそっとキスをした。 「ん……ちゅっ……ん……んん……はぁ……」 「好きだよ」 「えへへ……嬉しい……あたしも好きよ」  はにかむように笑う友希を ぎゅっと抱きしめる。 「ぎゅーってされると、落ちつくね。 すごい幸せな気分になるんだぁ」 「俺もずっとこうしていたくなるよ」 「じゃ、今日はずっとこうしていようよ。 ふふっ、颯太の体あったかい」 「友希の体も柔らかくて、すごく気持ちいい。 抱き枕みたいだな」 「……お、オナホ付いてるほう、 付いてないほう…?」 「……付いてるほうにしてもいいのか?」 「ま、まだ付いてないよ」 「いつ付くんだ?」 「やーらしいのー」 「お前から言いだしたんだろ。 本当に……」  ぷにぷにした友希の唇に、 食いつくようにキスをする。 「んんっ、あ……んちゅっ……あ……あむ……」 「そういえばさ、いつ言う?」 「えっと、何を?」 「俺たちが付き合ってること」 「ま、まだもう少し待とうよ。 恥ずかしいから」 「まぁ、隠してたいんだったら、 ずっと隠してたっていいんだけどな」 「隠してたいわけじゃないんだけど、 どんな顔して言えばいいのか 分からないから……」 「気持ちは分からなくもないけど、 そんなに恥ずかしいのか?」 「だって、颯太とこういうことしてるって 思われちゃうよ。もっとすごいことしてる って思われるかもしれないし……」 「事実だけどな」 「も、もっとすごいことはしてないじゃんっ」 「もっとすごいことって?」  分かってはいたけど、 ちょっと意地悪して訊いてみると、 「だから、颯太のおっきくなったおち○ちんを あたしがくちゅくちゅ舐めたり、おま○こに 挿れたりしてるのかなって思われるってこと」  思いっきり、ストレートに 言われてしまった。 「あー、やらしいのー。 えっちなこと考えてるでしょー」 「そんだけえっちなこと言われたら、 考えざるを得ないよねっ!」 「知らない。やーらしいんだから」  お前のほうがやらしいと思うぞ。 「ねぇねぇ、明日の放課後、 ドーナッツ食べにいかない?」 「なんでいきなりドーナッツの話なんだ」 「うんとね、穴の話してたら、 食べたくなっちゃったんだぁ。だめ?」 「その連想はどうかと思うけど、 ドーナッツを食べにいくことについては OKだ」 「やったぁ。 じゃ、明日の放課後、デートだね」  わざわざ 「デート」 と口にする友希が、 とてもかわいらしく思えた。  放課後。  約束通り、俺と友希は新渡町へ 繰りだしていた。 「見たい店は回ったしドーナッツも買ったし、 そういや、どこで食べる?」 「うんとね、公園にしよっか。天気もいいし」 「了解」 「ねぇねぇ、手、つなぎたいなぁ」 「えーと、それは……」 「あ、ご、ごめんね。嫌だった?」 「いやいや、嫌なわけないだろ」 「そうじゃなくてさ、この辺りは結構、 うちの生徒が遊びにくるだろ」 「さすがに手をつないでるの見られたら、 付き合ってるのがバレるぞ」 「そっかぁ……そうだよね……」 「バレてもいいって言うなら、 俺もつなぎたいけどさ」 「バレたら良くないけど、 あたしもつなぎたい」 「……そう言われてもなぁ」 「つないじゃおっか?」  返事をする間もなく、 友希は俺の指に指を絡めてきた。 「こら……」 「だって……」  俺たちは手をつないだまま、 しばし無言で見つめあう。 「……好き……」 「……俺も、好きだよ……」 「えへへ……手、つないじゃったね……」 「まったく、しょうがないな。 誰か知ってる人を見つけたら、 すぐ放すんだ――げ……」 「ふむ……なるほど」  部長の視線は俺と友希のつないだ手に 向けられていた。  反射的に俺たちは手を放した。 「ふふっ」 「はは……」 「あはは……」  く……よりによって…… 「『よりによって』という顔をしているね?」 「う……」  これは、完全にバレている……  かくなる上は―― 「部長、この後暇ですか?」 「まぁ、君の態度次第では 暇にならないこともないよ」 「ちょっと話があるんで、 ごはんでも食べにいきましょうよ。 何でも奢りますよ」 「なるほど。 構わないよ。 面白い話が聞けそうだ」 「――というわけで、なにとぞなにとぞ、 この件はご内密に願えないでしょうか?」  俺は部長に向かって、深く頭を下げた。 「……お、お願いします……」 「かわいい後輩たちの頼みだ。 もちろん、嫌とは言わないよ」 「本当ですかっ! それじゃ、 口止め料ってわけじゃないですけど、 何でも好きな物頼んでくださいよっ」 「あっ、マックじゃ何ですよね。 どこか行きたい店ってありますか?」 「いやいや、かわいい後輩たちの頼みだ。 お金をとるなんて非道な真似はできないよ」 「え……いらないんですか?」 「当たり前じゃないか。 付き合い始めに冷やかされたくない 君たちの気持ちはよく分かるよ」 「いくら僕でも、かわいい後輩二人の恋愛に 水を差すような真似はできないよ」 「部長……すいません。 俺、今まで部長のことを誤解してました」 「いいんだよ。僕だって 誤解されるようなことをたくさんしたからね。 お互い様さ」 「良かったな、友希」 「うん……ドキドキしちゃった。 葵先輩、ありがとうございます」 「なに、気にすることはないさ。 ところで、どっちから告白したんだい?」 「……それは……俺からですけど……」 「へぇ。さすが男の子だ。 なんて言って告白したんだい? 友希の答えは?」 「……いや、それは……な」 「うん……は、恥ずかしいし……」 「うん、その気持ち良く分かるよ。 だから、訊いてるんじゃないか」 「え……」 「まさか、僕のかわいい後輩が、 嫌とは言わないだろうね?」 「……………」 「……前言撤回しますよ。 ぜんぜん誤解してませんでした」 「ありがとう。 で、なんて言って告白したんだい?」 「……どうする?」 「話すのは恥ずかしいよ」 「俺が話すけど」 「そ、それも恥ずかしい……」 「でも、話さないと、 明日にはみんなにバレてるぞ」 「それもやだよぉ……」 「って言っても、ふたつにひとつだぞ」 「記憶がなくなるまで、 部長の頭を殴るとかっ」 「よし、じゃ日頃の恨みを一緒に込めて」 「ほほう。ま、止めはしないけどね」 「……………」  この後、俺は葵部長に告白の一部始終を 洗いざらい白状させられた。  友希がその間ずっと顔を赤くしてたのは 言うまでもない。  翌朝。友希と話しながら、通学していた。 「――しかし、昨日は参ったな。 あんなに根掘り葉掘り訊いてくるんだもんな」 「うんうん、パンツはかないで学校いった みたいな気分だったわ」 「……恥ずかしかったって言いたいのか」 「うん。でも、少し嬉しかった、かなぁ?」 「なんでだ?」 「だって、颯太とのことを 他の人に話せたんだもん」  まぁ、分からないでもないな。  俺はどっちかって言うと、 恥ずかしいほうが強かったが。 「ていうか、今のさ」 「パンツはかないで学校いったら 恥ずかしいけど嬉しい、って意味か?」 「そ、そんなわけないわっ。 絶対ないっ、絶対絶対絶対ないのっ!」 「わ、分かった分かった。冗談だぞ、冗談」 「冗談…? あ、あははー、あたしも冗談冗談」  まさか、本当はノーパンに 興味があるのか…?  ていうか、むしろ、 ノーパンの経験があるとか…?  いや、これ以上はいけない。 深く考えないでおこう。 「あ、絵里、彩雨、おっはよーっ!」 「「おはようございます」」 「ほら、お二人ともいらっしゃいましたよ。 言うのです」 「でも……」 「でしたら、私が申しましょうか?」 「いいえ、わたしが言います」 「ん? 何の話? 絵里、どうしたの?」 「友希。あの……おめでとうございます」 「……えっ?」 「初秋さんもおめでとうございます」 「何の話だ?」 「お二人はお付き合いなさったのですよね。 長い初恋が実ったのです」 「え……え……ど、どうして知って……あ……」 「聞きました、奥さん。 初恋ですって、初恋」 「いいわねぇ、お若い方っていうのは、 お盛んなことで」 「こら、男子ー、冷やかさないのっ。 ひがんでないで、 あんたらも告白のひとつでもしたらっ」 「そうそう。初秋くんを見習いなよー」 「ていうか、お前ら なに聞き耳立ててんのっ!?」 「あははっ、照れない照れないっ」 「そうそう、幸せを分かちあうのが クラスメイトでしょ」 「あ、チャイム」 「じゃ、友希、初秋くん、 あとでゆっくりお話聞かせてねっ」 「……………」 「葵先輩かなぁ…?」 「言わないって約束したのに。 あとでしめとかないと」 「おーし、お前ら席につけよ。 初秋、彼女ができたからって 気を抜くんじゃないぞ」 「なんで先生まで知ってるんですかっ?」 「先生ぐらいベテランになれば、 生徒の顔を見ればそれぐらい分かる。 出席とるぞ」 「……………」  ぜったい嘘だ。  昼休み。  まっさきに部室に直行し、 開口一番、部長に問いただした。 「部長っ、話が違いますよ。 言わないって約束したじゃないですかっ」 「まぁ、落ちつきなよ。 さすがに僕も約束を破ったりはしないさ。 他の誰かの仕業だろうね」 「他の誰かって誰ですか? 部長以外に誰がいるって言うんです?」 「それは分からないけど、 新渡町であれだけ堂々とバカップルを していたんだ」 「誰かうちの生徒に見られていたって おかしくないと思わないかな?」 「それは……」  確かに、言われてみればその通りだ。 「すいません、早とちりをしました」 「いいや、気にはしていないよ。 日頃のおこないというやつだからね」  部室を後にして、教室に戻る途中、 目の前から小さな女の子が歩いてきた。  まひるだ。 「よっ、今日は部室でごはんか?」  まひるは無言で俺とすれ違おうとする。 その寸前―― 「……スケコマシ」 「すれ違い様になに言ってんのっ!?」 「うるさいっ。 おまえなんか世界で一番大嫌いだっ! 幸せになれ、バカっ!」  あっというまに走りさっていった。  うーむ。あいつなりに 祝福してくれたんだろうか?  とりあえず、友希が教室で待ってるし、 早く戻ろう。  放課後。俺も友希もバイトということで、 一緒にナトゥラーレへ向かった。 「いらっしゃいませ。あ、おはよう」 「「おはようございます」」 「そういえば、二人とも とうとう付き合ったんだって? おめでと」 「えへへ……ありがとう……」  ていうか、なんで他校のまやさんまで そんなこと知ってるんだ?  ん? 厨房からだな? 「マスター、どうしました…?」 「誰と誰が付き合ったって…?」  聞こえてたのか。なんていう地獄耳だ。 「俺と友希ですけど……」 「何だとぉっ!? お前、お前ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 「いや、あの……ど、どうしたんですか?」 「あ、あぁ……いや……その、なんだ。 お前だけは、俺の独り身の辛さを 分かってくれると思っていたのにな……」 「オッサンのくせに学生に仲間意識を 持とうとしないでください」 「だがな、颯太。独身はいいぞ。独身は。 身も心も自由だ。お前も早くこっちへ 戻ってこい」 「マスター、背中が泣いてますよ」  ていうか、そもそも俺も独身だし。 「ははっ、さぁて、働くぞぉっ」  さてと、着替えてくるか。  着替えおわると、更衣室から出てきた友希と ばったり会った。 「なんか……あっというまに 色んな人にバレちゃったね」 「そうだな。照れくさいわ冷やかされるわで、 ろくなことないな」 「あははっ、でも、 颯太と付き合ってるんだって自慢できて、 ちょっと嬉しいよ」 「まぁ、俺が自慢になるかっていうと、 微妙だけどな」 「あたしにとっては自慢だもん」 「そうか?」 「うん……」  じーっと友希が俺の目を見つめてくる。 「……いや、さすがにここじゃできないぞ」 「あ……そ、そっか。ごめんね。 それじゃ、今日も頑張ろっ」 「おう」  しかし、いったい誰が こんな一瞬で俺たちが付き合ってることを 広めたんだろうな? 「やぁ。どうやら、うまく周りの人間に 君たちのことが伝わったようだね」 「何といっても、外堀を埋めておかないと、 別れるのも簡単だからね。 これできっと君の恋も長続きするはずだよ」 「……………」  こいつの仕業か……  放課後。友希が家に遊びにきていた。 「ねぇねぇ、颯太」 「何だ?」 「うんとね……好き……えへへ……」  うーむ、かわいいぞ。 「よしよし」  と、友希の頭を撫でてやる。 「あ……ふふ、颯太の手、気持ちいい。 ぼーっとしちゃって眠くなっちゃいそうよ」 「寝てもいいぞ」 「やだよー。寝たら、もったいないじゃん。 せっかく颯太と会ってるのに」 「じゃ、頑張って起きてないとな」 「うん。頑張る。 ふふっ、ねぇねぇ、不思議だね。 どうしてこんなに好きなのかなぁ?」 「あたし、こうしているだけで すっごく胸がドキドキしちゃうんだぁ」 「俺も同じだよ」 「本当に? 触ってもいい?」 「え、あぁ」  返事をすると、友希は俺の胸に手を当てた。 「どくん、どくんって言ってるね。 颯太の音、かーわいい。よしよし」  友希の手が優しく俺の胸を撫でる。 「でも、あたしのほうが、 もっとどくんどくん言ってるよ」  思わず、友希の胸に視線が引きつけられる。 「触ってみる?」 「あ、服の上からだよ、服の上から。 やらしくしちゃやだよ」 「……えぇと……いいのか?」 「そんなふうに訊いたら恥ずかしいよ…… もっと気軽に触って」 「あ、あぁ」  そう返事をして、友希の胸に そっと手をあてる。  ドクドクドク、とものすごいスピードで 心臓が鳴ってて、彼女の緊張が手を通して 伝わってくる。 「……こういうの、恥ずかしいね……」 「まぁ、な」 「でも、あたしがすっごくドキドキしてるって 颯太に知ってもらいたかったんだぁ」 「友希は俺といると、こんなふうになるんだな」 「う、うん……そうよ…… だって、好きなんだもん……」  ドクドクドク、と震える友希の心臓が 俺を好きだと囁いている。 「……ねぇねぇ……キスしてくれる…?」  彼女の言葉に応える代わりに、 その唇をそっと塞いだ。 「んっ……ちゅ……ちゅう……んぁ……」  ゆっくりと唇を離し、じっと見つめあう。 「あははっ…… そんなに見られたら、恥ずかしいよ」 「友希だってそんなに見てるだろ」 「だって、見たいんだもん」 「俺だって見たいよ」 「……困るなぁ、もう……」  恥ずかしそうにつぶやく友希が かわいくてたまらない。 「……………」 「……友希? どうした?」  友希の視線を追いかけると、 DVDなどが入った棚があった。 「あー、変わってないっ」 「ん? そりゃ変わってないけど」  答えると、友希は棚に手を伸ばし、 表面のDVDをとっていく。  裏に隠されていたのは 秘蔵のエロDVDの数々だ。 「最近使ったのってどれ?」 「どれって言われても……」 「どれなのっ?」 「その、右上のやつだけど」 「むー…!!」  友希が睨んでくる。 「颯太ってさ、 知らない女の子の裸を見て欲情するんだぁ」 「え……で、でもお前、昔はそんなこと ぜんぜん気にしなかったっていうか、 むしろ、からかって楽しんでたような……」 「昔は昔、今は今だもんっ」 「そ、そうか……」  やっぱり、付き合ったら、 こういうのも処分しなきゃだめってことか。 「……あたしより、プロのほうがいいの…?」 「……それは断然、友希のほうがいいけど……」 「じゃ、捨てよっか?」 「……それってさ、つまり、 友希としていいってこと?」 「ち、違うよっ。それは、だって、 まだ恥ずかしいんだもん……」 「でも、これ捨てたらさ……」  俺はどうやって溜めたパワーを 解放すればいいんだ? 「捨てよう。ね。 颯太にはあたしがいるでしょ?」  いや、いるけど、この件に関しては まだいないというか…… 「捨てようよぉ」 「……あ、あぁ。分かった」 「ほんと、やった。大好き」  友希があまりにかわいく頼んでくるので うっかり承諾してしまったけれど、  今後、生殺しを味わう羽目になるのは 目に見えていた。 「お疲れ様でした」 「おう、お疲れ。また頼むな」 「はい。お先に失礼します」 「お疲れー、帰ろっか」 「おう」 「ねぇねぇ、今日、ちょっと家に よっていってもいい?」 「いいけど、もうだいぶ遅いぞ。 明日、大丈夫か?」 「うん、すぐ帰るから。行こっ」  自宅に帰ると、友希は 俺の部屋に入るなり、 何やら家捜しを始めた。 「あのー、友希? 何してるんだ?」 「うんとね、ちゃんと約束通り、 捨てたかなって思って」 「まぁ、好きに捜していいんだけどさ」  こないだ友希に言われた後、 パワー解放用の媒体は 泣く泣くすべて処分した。  正直いって断腸の思いだったけど、 しかし、友希が嫌がるのなら仕方ない。  とはいえ、もともと妄想で パワー解放のできない俺は、 禁欲生活を強いられているわけだけど…… 「あははっ、よしよし、 ちゃんと頑張ってるみたいね。 偉い偉い」  友希が頭を撫でてくれる。 「じゃ……ご褒美あげよっか?」 「え…?」  友希が体を寄せてきて、 「んっ……ちゅっ、んちゅ……ん……んぁ……」  俺の唇に吸いつくようにキスをする。  そして――舌が口内に侵入してきた。 「ん……れぇろ……んちゅ……あ……んっ…… れろ……れちゅっ、んんっ……んはぁ……」  舌と舌が絡まる感触が すごく気持ち良くて、頭の中が ぼーっと蕩けそうだ。 「あははっ、気持ち良かった?」 「……うん、気持ち良かった。けど……」 「けど? なぁに?」 「これだけ?」 「も、もっとしたいの?」 「何たって、捨てちゃったしさ」 「……うん……そうだよね……」 「……いいか?」 「きょ、今日はまだ…… 嫌じゃないんだけど、その、えと…… まだ、恥ずかしいから……不安、だし……」  うーむ、予想通りの答えだ。 「ご、ごめんね。 あたし、颯太のえっちなグッズ、 弁償するからっ」 「やっぱり……使っていいよ」 「いいよ。気にするなって。 俺が他の女の子の裸見るの、 嫌なんだろ」 「でも……颯太が大変そうだから、 我慢する……」 「いいって。俺も友希が嫌なこと したくないしさ」 「いいの?」 「あぁ。その代わり、えーと…… そのうち、しような」 「う、うん…… 早くできるように、頑張る……」 「――それでさ、DVDも本も、 捨てるのがもったいないから、 売りにいったんだよね」  放課後。教室に残って友希と話していた。 「結構な量だったんだけど、 ダンボールに詰めて、台車に載せてさ」 「それで、お店で買いとりの査定を してもらってる時に店員のお兄さんが」 「『なかなかのご趣味ですね』って 言ってくるんだよ。もう恥ずかしいやら、 意気投合するやらで大変だったよ」 「えー、あたしも行きたかったなぁ。 なんで連れていってくれなかったの?」 「いや、だって、さすがに恥ずかしいだろ」 「大丈夫よ。恥ずかしくないわ」 「いや、お前はそうだろうけど、 俺が恥ずかしいし、きっと 店員のお兄さんも恥ずかしかったはずだよ」 「あー、そうやってまた仲間外れにする。 颯太の悪いところよ」 「いや、誰だってそうすると思うんだけど」 「嘘だぁ。そしたら、あたしが仲間外れに されるのが普通になっちゃうじゃん」 「普通の女の子はそもそも仲間に 入りたがらないんだけどな」 「だって、颯太があたしをこんなふうに したんだよ」 「人聞きの悪いことを言うな」 「言ってないもん。そういえば、颯太、 昨日、我慢するの大変そうだったけど、 あれからまだ我慢してるの?」 「そうだよ」 「そっかぁ。ふふ、ねぇねぇ、どんな気分?」 「一言で言えば、そうだな……」 「地獄だよ」 「あははっ、オナニーすればいいのに」 「言っておくけど、 俺は妄想じゃできない派だからな」 「そうなんだ。あたし思ったんだけど、 男の子って溜めつづけるとどうなるの?」 「どうなると思う?」 「うんとね、精子まき散らして 爆発するとか?」 「俺に死ねってことっ!?」 「あははっ、でも、昨日も言ったけど、 颯太がどうしても我慢できないなら、 “浮気”してもいいよ?」 「昨日と違ってぜんぜん許す気なくないっ!?」 「そんなことないない。 颯太が他の女の子の裸見て射精したいなら、 あたし、止められないもん」 「そもそもエロDVD観るのって、 浮気に入るのか……」 「うんっ!」 「……………」 「言っておくけど、このままじゃ、 超敏感なセクハラ男になるぞ」 「なになに、すぐ反応しちゃうとか?」  友希が楽しそうな顔して、よってくる。 「えいっ」  と、俺の股間に友希の手が伸びた。  瞬間、禁欲生活が続いた俺のキノコは、 友希の手の中で立派に育った。 「きゃっ、きゃあぁぁっ……」 「いや、自分から触って、 そんな反応されても……」 「だ、だって、軽くちょんって 触れただけなのにビックリしたんだもん。 えっちなことも言ってないのに……」  俺はきりりと顔を引き締め言った。 「だから、超敏感セクハラ男に なるって言っただろ」 「真面目な顔でそんなこと言って、 やーらしいのー」  友希の視線はじーっと、 俺の股間に注がれている。 「それ、大変…?」 「そりゃまぁ、さっき言った通りだよ……」 「そっかぁ……」 「ていうか、あんまり見られると、 恥ずかしいんだけど……」 「ご、ごめんね。颯太があたしのために 我慢してくれてるからなんだって思ったら、 きゅんってしちゃった」 「お前の“きゅん”ポイントが いまいちよく分からないよ……」 「そうだ。ねぇねぇ、 チョーク入れから緑色のチョーク とってくれる?」 「緑色…? 青と赤はあるけど、 緑なんて学校にあったっけ?」  と、俺は振りかえって黒板のほうへ向かい、 チョーク入れを開けてみる。  案の定、白、赤、青のチョークはあるけど、 緑なんて一本も入ってない。  隣のチョーク入れも探したけど、 やはり同じだ。 「ほら、やっぱりないぞ」  言いながら、 また友希のほうを振りかえると―― 「え……と……」  これは、いったい、 何がどうなったんだ? 「えへへ……たくさん我慢してくれたから、 あたしをオカズにしていいよ……」  どうして、昨日まであんなに 恥ずかしがってたのに、 急にこんなことになるんだろうか?  ともあれ、 「すごく、嬉しいんだけどさ…… ここで?」  ここでって言うか、 このシチュエーションもそうだし、 色々とおかしい気がする。 「だって、こういうこと、 みんなやってるんでしょ?」 「何を見たのか知らないけど、 それはだいたいフィクションだと思うぞ」 「嘘……みんなこんな感じじゃないの?」 「違うと思うよ」 「あ、あはは……まいっか。しよ」  まいっかって…… 「恥ずかしいんじゃなかったのか?」 「……恥ずかしいけど、あたしのために 我慢しておっきくなったおち○ちん見たら、 してあげたくなっちゃったんだもん……」  そんな格好で、そんなふうに言われて、 興奮しないわけがなかった。  俺の視線は露わになった友希のおっぱいと、 下半身の下着に引きよせられる。 「え、えへへ……そんなに見られたら、 恥ずかしいよ……」 「そんなこと言われたって、 もう我慢できないよ」 「そ、そうなんだぁ……」 「触るよ」 「うん……たくさん、触って……」  大きくて形の整った友希のおっぱいを きゅっとつかむ。 「あ……ん……ふぁ……あぁ…… そんなふうに触って、あぁ…… やーらしいの……」  友希のおっぱいはすごく柔らかくて、 力を入れる毎に手の形に合わせて、 くにゅっと変形する。 「あっ、やぁ……手つきがっ、えっちだよ…… そんなふうに揉まれたら、やぁ……ん…… あたし、変な気分になっちゃうよ……」 「気持ちいい?」 「……うん、気持ちいいよ。 あたし、おっぱい、すごく感じちゃうみたい」 「じゃ、もっとしてあげる」  おっぱいを揉みながら、ピンと勃った友希の 乳首を指の腹で撫でまわす。  コリコリとした触感が指に伝わると同時に、 友希が気持ち良さそうに体をよじらせ、 吐息混じりの喘ぎ声をあげる。 「……あぁ……そ、そんなに乳首コリコリして、 えっちなんだぁ……」 「友希だって、乳首を触ったら、 気持ち良さそうな顔になってるぞ」 「だって……乳首いじられると…… 気持ちいいんだもん……」 「じゃ、もっと気持ちいい顔にして あげるよ」  肉感たっぷりの乳房を ぎゅっとつかみながらも、 指で乳首をつまみあげる。  きゅっ、きゅっ、と指に力を入れるごとに、 友希が身体をびくびくと震わせ、 気持ち良さそうに嬌声をあげる。 「あっ……ん、あたしのおっぱい、 ちゃんと、気持ちいい?」 「ずっとこうしてたいぐらい気持ちいいよ」 「おち○ちん、勃起しちゃう?」 「あぁ、もうさっきから、 信じられないぐらい大きくなってるよ」 「あははっ、やーらしいのー。 ねぇねぇ、もっとおっぱい強く揉んでよ。 気持ち良くして」  わしづかみするように 友希のおっぱいを強く握り、 絞るように揉みしだいていく。  ぎゅっ、ぎゅっ、と力を入れると、 友希はびくんっ、びくんっと身体を 大きく揺らした。  その姿がたまらなく官能的で、 俺は夢中になって彼女のたわわな乳房を 揉みつづける。 「……どうしよう…? おっぱいでこんなに なっちゃったら、おま○こ触られたら、 あたし、どうなっちゃうのかなぁ…?」 「試してみたい?」 「う……うん……してみたい……」 「友希って、えっちの時も、 すっごくやらしいのな」 「ええっ……だ、だって…… 触られると気持ちいいし、 我慢できないんだもん……」 「……えっちじゃ、だめなの…?」 「うぅん、すっごくいいよ」  耳元で囁いて、下着ごしに 彼女の秘所へと手を伸ばした。 「あっ……おま○こに……手、触れてるよ…… んっあ……なんか……いい……あぁ…… もっと、たくさん触ってほしいよぉ……」 「こうか?」  ぷっくりと膨らんだ友希のアソコを 手で撫であげるように、ぞぞーっと 愛撫していく。  がくがくと友希の足が小刻みに震え、 初めての感覚に彼女は口を半開きにして、 ぎこちなく呼吸を刻んだ。 「あ……はっ……はぁ……そんなに、 おま○こいじったら、あたし、あぁっ、 んくぅ、気持ち良くて、出ちゃうぅ……」 「やだぁ……出ちゃうよぉ…… あたし、濡れちゃうのぉっ…… あっ、んっ……あぁ、いいのぉっ」  おま○こから愛液が溢れるように じわっとパンツに染みが広がった。 「あ……え、えへへ…… 濡れちゃった……恥ずかしい……」 「友希、お前、すっごくエロくてかわいい」 「……やーらしいのー、 女の子をびしょ濡れにして、 かわいいとか言って」 「さっきまでやーらしく喘いでたのは 友希のほうだろ」  言いながら、濡れたパンツごしに 友希の突起を刺激する。  すると、さっきよりも激しく身体を震わせ、 パンツの染みがさらに広がる。  友希は何か反論したいようだったけど、 下着の上からクリトリスをいじられる 快楽に負け、喘ぎ声しかあげられずにいた。 「……待っ……て……んっ、あぁ…… やだやだっ、待ってよぉ……」 「気持ち良くなりすぎて、恥ずかしいのか?」 「……そ、そうじゃなくて…… うんとね……直接、触ってほしいの……」  その発言に、少々驚く。 「お前って、本当にいやらしいな」 「ええっ……だ、だめなの…? 焦らす作戦はやだよぉ」 「焦らさないよ」  彼女の下着に手をかけて、 友希のおま○こを露出させる。 「……そ、そんなに見ちゃやだっ……」 「直接触ってほしいんだろ?」 「う、うん……触ってほしい……」 「じゃ、交換条件。もっとよく見せて」 「……分かったけど…… やーらしいんだぁ……」  友希のおま○こからはトロリと愛液が 溢れてきており、ワレメがひくひくと 誘うように動いている。 「そ、そんなに顔近づけたら、 膣内まで見えちゃうよぉ……」 「うん、友希の膣内、よく見えるよ。 すごくいやらしい形だよね」 「う、嘘……膣内見てるの…!? だ、だめだめっ、そんなの、反則だよぅ。 そんなにやらしいことするって聞いてないっ」 「友希のここ、味もみてあげるよ」  くちゅっ、とおま○こに舌をつけ、 ぺろぺろと膣口の付近を舐めまわしていく。  友希は恥ずかしさでたまらないのか、 顔を真っ赤にし、ぐっと身体に力を入れる。  舌を動かすたびに、膣口からは とろとろといやらしい液がこぼれてくる。 「う……あぁ……なに、これ…… おま○こ舐められるのってこんなに…… 気持ちいいんだ……」 「友希っておいしいな」 「あ、味わっちゃだめぇっ。 やーらしいよぉっ、へんたい、へんたいぃっ」 「でも、こうやって俺が味わってるのが、 気持ちいいんだろ?」 「……それは、そうだけど…… あぁっ……なに、何してるのぉ…? あ、舌、挿れてるの? あ、やぁ、来るぅ」  舌先を堅くして、ぐっと友希の膣内に 滑りこませた。滴る甘い液をすすりながら、 膣壁をこそぐように舐めあげる。  クンニがそうとう気持ちいいんだろう。 おま○こからはとろとろと愛液が溢れてきて、 俺の口をびしょびしょに濡らす。 「ん……ふぅ、あぁ……どうして……はぁ…… 舌、気持ちいい……あぁ……気持ちいいの… あぁ……だめぁっ、恥ずかしいよぉ……」 「……そんなに、がっついて舐めて…… あたしのおま○こ、おいしいの…?」 「うん、とろとろですっごくおいしいよ」 「それに俺も料理人の卵だ。 友希の味、ちゃんと覚えたからな」 「……やだよ……そんなところの味、 覚えないでよぉ……」  ふたたび友希のおま○こに口をつけて、 膣口からクリトリスまで丁寧に 舌を這わせていく。  クリトリスの先端に舌が触れると、 びくんっと友希の身体が跳ねたので、 今度はそこを念入りに舐めあげた。 「あぁっ、もうっ、やーらしいよぉ…… そんなにされたら、あたし、気持ち良すぎて、 もう我慢できないよぉ……」 「ねぇ……膣内……膣内がいいよぉ…… おま○この膣内に挿れてほしいよぉ…… 膣内が感じるのぉ……」  友希に言われた通り、 今度は膣内に舌を差しこみ、 くちゅくちゅ音を立てて舐めまわした。  彼女は気持ち良さそうに身体を震わせ、 吐息混じりの声を漏らしながら、 なぜかいやいやと首を振った。 「気持ち良くないのか?」 「あ…んん……気持ちいいけど、違うのぉ…… 舌じゃなくて、おち○ちんがいいの…… おち○ちん、挿れてほしいよぉ……」 「……えーと……友希は初めてだよな? 大丈夫そうか?」 「分からないけど…… すごく欲しくなっちゃったんだもん。 おち○ちん、挿れたくない? やだ?」 「そんなことあるわけないだろ。 さっきから、挿れたくて仕方ないよ」 「良かった。じゃ、えっと…… れ、礼儀だから言うね……」  たぶん、いろいろ間違ってる礼儀だろうと 思ったら、案の定、友希は次のようなことを 口にした。 「勃起したおち○ちん、 あたしのおま○こに挿れてちょうだい」  友希の言葉で、ますます臨戦態勢に なった俺のち○ぽをズボンからとりだし、 おま○こに当てた。  そして、一気に膣内へ挿入していく。 「あ・あ・あ……んんっあぁぁぁぁぁ……」  友希のおま○こから、初めての証がにじむ。 「大丈夫か?」 「……うん……ちょっと痛いけど…… どうしよう…?」 「何をだ?」 「……うんとね……あたし、初めてなのに、 頭がおかしくなりそうなぐらい気持ちいいの」 「本当に?」 「……うん……おち○ちん、 もっと奥まで挿れて 欲しくなっちゃうんだもん……」 「初めてだから優しくしてあげなきゃって 思ってたから、調子狂うな……」 「ご、ごめんね。あたしの身体やらしくて……」 「いいや、友希らしくていいと思うよ」  ぐっと腰に力を入れて、ち○ぽを 友希のおま○この奥まで差しいれていく。  愛液でとろとろに濡れたヒダというヒダが、 俺のち○ぽにきゅっと絡みついてきて、 頭が蕩けそうな気分だった。 「……奥まで、入ったね……」 「あぁ……」 「あたしの膣内、ちゃんと気持ちいい?」 「こうしてるだけで、イッちゃいそうだよ」 「あははっ、良かった。ねぇねぇ、動いてみて。 あたしのおま○こ、おち○ちんでかき混ぜて、 たくさん気持ち良くしてみようよ」 「お前って、どうしようもなくやらしいな」  言いながら、ゆっくりとち○ぽを 膣内から引きぬいていく。  亀頭がおま○こから抜ける寸前まで 腰を引くと、今度は反対にゆっくりと ち○ぽを奥へ押しこむ。  友希の膣内をじっくりと味わうように、 その動きを何度も繰りかえしていく。 「あぁっ、おち○ちん……気持ちいいのぉ…… んっ、感じちゃうっ、もっと、やぁ…… もっと、激しく、してぇ……あぁっ」  精液を絞りとろうとでもいうように、 友希の膣はくちゅうとち○ぽに 絡みついてくる。  俺の腰は次第に速度を速めていき、 じゅぷぅっ、じゅぷぅっとち○ぽと膣が 擦れる音が教室に響きはじめる。 「友希、あんまり声だすと、 誰かに聞かれるかも」 「えっ、やだ、そんなの無理だよぉ…… んっ、んっ、あぁっ、勝手に、声出ちゃうっ、 気持ち良すぎて抑えられないのぉっ!」  友希は完全に快楽の虜になっているようで、 俺のピストン運動に合わせて、艶めかしく 腰を振っていた。  膣内は大量の愛液でぐじゅぐじゅに なっており、それを潤滑油代わりにして、 ち○ぽをさらに激しく出し入れする。 「あっ、やぁっ、んんっ……だめぇ…… おま○この中、おち○ちんでいっぱいで、 何も考えられないよぉっ」 「いいっ……ふあぁ……やっはぁ…… もっと、おち○ちん挿れてよぉっ、 おち○ちん感じたいよぉっ、あっ、んあぁ!」  友希は我を忘れてしまったかのように 身体をがくがくと震わせて、ただ 俺が出し入れするち○ぽだけに反応する。  おま○こがさらにきつく収縮してきて、 俺のものを締めあげるので、それを無理矢理 こじ開けるように彼女の膣内を抉った。 「あっ、やぁだぁ、もうっ、あたしだめだよぉ、 イク、おま○こ、イッちゃうよぉ…… あっ、くるっ、あぁ、イク、イク、イクゥゥ」 「ねぇ、一緒に……おち○ちん、イこうっ、 膣内にたくさん出されながら、 イキたいよぉ……」  こくり、とうなずき、俺は、 友希の膣内をぐりぐりとかきまわすように 激しくち○ぽを出し入れする。  友希の全身が強ばったように力が入り、 おま○こが波打つように収縮する。  今にもイってしまいそうだった。 「あ・あ・あ・あ、もうだめぇぇぇぇぇ、 イク、イクッ、イッちゃうのぉぉ」 「や、あ・ん・ん・んはぁ、あぁぁぁぁ、 イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  友希がイクのと同時に、 俺も絶頂を迎え、膣内に大量の精液を 放出した。 「あぁ……やぁ……精液だされて…… 膣内がいっぱいになるぅ……」 「きゃっ、やぁ……あぁぁ…… 身体にもこんなにかけられちゃった。 やーらしいのぉ……」  全身の力を使い果たしてしまったように、 俺と友希は脱力して、その場に ぐったりとした。 「……やらしいこと、しちゃったね……」 「……あぁ……」  友希の顔をちらりと見ると、 彼女は照れくさそうに笑い、 目をそらす。  俺もいったいどんな顔をすればいいのか 分からなかった。  朝。まどろむ意識の片隅で、 パタパタと足音が聞こえた。 「おっはよー、颯太。朝よ、起きて起きて。 そーれっと」  布団をはぎとられ、強制的に起こされた。 「あははっ、起きた?」 「……ん、と……あぁ……友希か。 おはよう……」  まだぼーっとする頭で何とか返事をして、 ベッドから下りる。  ふらふらとしながら、 とにかく着替えの制服を手にすると、 「ねぇねぇ颯太、 そうしてると、イキすぎちゃって 足腰が立たなくなっちゃった人みたいよ」 「……まったく。朝っぱらから。 どう突っこめばいいんだよ」 「あはは、いつも通りパコパコ突っこんだら」 「その擬音おかしいよねっ!」 「そ、そんなに激しく突っこまれたら、 い、イッちゃうよぉ……」 「あぁ、だんだん目が覚めてきたな」 「ふふっ、目覚まし代わりに突っこむなんて、 颯太ってやーらしいのー」 「……………」  よし、反撃しよう。 「おはよう、大好きな友希。 今日も最高にかわいいな」 「ええっ……あ、えと……う、うん…… 嬉しい……下ネタ、もっと言ってほしいの?」  しまった。勘違いされた。 「とりあえず、着替えて朝ごはん食べようかな」 「……う、うん……じゃ、脱ぐね。 朝ごはんはおっぱいにする、それとも――」 「普通の朝ごはんの話だからねっ!」 「え……あ、あははっ、冗談冗談。 普通の朝ごはんだよね、そうだよね。 や、やーらしいのー」 「やらしいのはお前だ」  ていうか、朝ごはんでその発想が 出てくるなんて、こいつの頭は どうなってるんだ……  呆れたように友希を見てみれば、 いつもと制服が違う。 「そういえば、今日から衣替えか」  俺も昨日の夜、新しい制服を 出してきたんだったな。 「どう? どう? 似合う?」 「似合ってるぞ。かわいいな」 「えへへ、颯太っ」  ピタっと友希が俺に身を寄せてきた。  すごく柔らかくて、いい匂いがする。  ずっとこうしていたい気分だな。 「……おはよ、颯太」 「あぁ、おはよう」 「こっちの颯太もおはよ」 「どこに話しかけてんのっ!?」 「あははー、朝から元気なほうの颯太よ」  まったく。 「ていうか、今日はいつにもまして ハイテンションだけど、どうしたんだ?」 「だって、三日ぶりなんだもん」  土日は用事があるってことで、 会えなかったんだもんな。 俺は終日バイトだったし。 「それにほら、今日から修学旅行だしっ!」 「お前、ずっと楽しみにしてたもんな」 「うんっ。だって天ノ島って海は綺麗だし、 泳げるし、宇宙センターもあるんだよっ。 それに……颯太と一緒だし」 「俺も友希と一緒だから、 すごく楽しみだよ」 「えへへっ。ねぇねぇ、颯太」 「何だ?」 「うんとね…… や、やっぱり何でもない……」 「なんだよ、そんなこと言われたら、 すごい気になるだろ」  すると、友希は上目遣いになりながら、 恥ずかしそうにもじもじする。 「…………好き……」  今日も朝から友希はかわいい。 「おっはよー」 「おはようございます」 「お。芹川髪型かえたんだな」 「あ……はい……」 「土日にあたしが頑張って説得したんだぁ。 ほら、今日から修学旅行だし。 かわいい髪型にしたほうがいいでしょ」 「その理屈はいまだによく分かりませんけど。 友希は強引なんですから」 「ふふっ、似合ってるよ」 「あぁ、かわいいな」 「……え…?」 「どうした?」 「……颯太は…… 絵里みたいな髪型が好きなんだ…?」 「ん? あぁ、まぁな。 おでこが出ててかわいいと思うよ」 「……あたしも、おでこ出そうかな…?」 「え、いやいや、なに誤解してるんだよ。 芹川に似合ってるってだけの話で、 友希の髪型も友希に似合ってるよ」 「あ……そっか……そうなんだ……」 「それに、好みで言えば、 俺は友希の髪型のほうが好きだし」 「……ありがと……嬉しい……」 「芹川さん、どうなさいました?」 「ちょっと居場所がなくなってしまって……」 「おーし、お前ら、席につけー。 HRを始めるぞ」  HR終了後、 俺たちは空港に向かい、飛行機で 天ノ島へと飛びたった。  島に到着してまっさきに訪れたのが 宇宙センターだ。 「あははっ、すごーい。 見て見て、あれ、 おっきくて太くて硬いよーっ」 「おっきいのは分かるけど、 残りのふたつが意味不明だぞ」 「えー、だって、普通の建物より 太くて硬いじゃん」 「それはそうかもしれないけどさ……」  友希にかかったら、 何でも下ネタにされるんだからな。 「まぁ、おっきいのは確かだよな。 あそこでロケットを製造してるのか?」 「うんとね、あの建物は、 ロケットを組み立てるところみたいよ」 「へぇ、すごいなぁ。 なんていうか、圧倒されるよ」  息を呑みながら、しばし、 ぼーっと建物を眺めてると、 「ねぇねぇ颯太、 今日は確か自由時間ないよね?」 「あぁ、宇宙センター見学後は そのまま宿に戻るはずだよ」 「じゃ、明日の自由時間、 一緒にアクシプモールに行かない? 行きたいところがあるんだぁ」 「おう、いいぞ」 「ふふっ、楽しみだね。 颯太と色んなところに行きたいな」 「さっきから二人の世界ですね。 少し離れてあげたほうがいいでしょうか?」 「は、はい。お邪魔になっては いけませんし、こっそり距離をとるのです」  修学旅行2日目の自由時間。  昨日約束した通り、俺は友希と一緒に 天ノ島一番の繁華街、アクシプモールへ やってきた。 「それでどこに行きたいんだ?」 「うんとね、ロケットの部品とか、 廃棄ロケットがたくさん置いてある店が あるんだって」 「へぇ。そんなところもあるんだな」  さすがロケット開発が盛んな島だ。 「わー、いっぱいある。 見て見て颯太、ロケットがいっぱいよ。 すっごいね」  友希は嬉々として、大小様々な形の ロケットを見たり、触れたりしている。 「お前って、なんでそんなに ロケットが好きなんだっけ?」 「だって、ロケットを見てると、 ドキドキするんだもん」 「そっか。まぁ確かに、 ものすごい勢いで宇宙に飛んでくところは 興奮するよなぁ」 「うんうん。打ち上げの瞬間って すっごいよね。あたしもすっごく 興奮しちゃう。今まさに挿入開始って感じ」 「俺の興奮とはぜんぜん違うよっ!」 「またまたー。颯太だって、本当は そういうこと考えてるくせにー」 「まったく考えないよ。 ていうか思いつきもしないよっ」 「あー、自分だけまともぶっちゃって。 ムッツリなんだぁ」 「お前がやらしいだけだ」 「あははっ、そんなわけないじゃん。 あ、見て見て、颯太。このロケットいいよ」  友希が手にしたのは、極小のロケットだ。  消しゴムぐらいの大きさしかなく、 実際、飛ばす物なのかすら分からない。 「えーと、小さい以外は 他のと同じような気もするけど、 何か違うか?」  というか、ロケットの外見の違いなんて、 俺にはあまり分からない。 「うんとね、子供の頃に見たアレに似てない?」 「子供の頃?」  記憶を振りかえってみるけど、 思い当たる節はない。 「何だっけ?」 「颯太のおち○ちん」 「似てないよっ!」 「えー、似てるよ。ぜったい似てる。 あたし、はっきり覚えてるもん」 「……なんではっきり覚えてるんだよ……」 「だって、颯太、お風呂一緒に入った時、 自慢してたじゃん。『友希にはないだろ、 いいだろ、羨ましいだろ』って」 「そ、そんなこともあったような……」  仕方ない。子供だったんだ。 あの時は子供だったんだよ。 「あたし、すっごく羨ましかったんだぁ。 なんで、颯太にはついてるのに あたしにはないんだろって」 「そのせいで、いまだにおち○ちん欲しいし」 「嘘っ、俺のせいでっ!?」 「あははー、さすがに嘘だけど」 「だ、だよなぁ」 「それに、ついてなくても、 今は颯太のがあたしの物だしー」 「……………」 「ち、違った? あたしのじゃない?」 「いや、違ってないんだけどさ……」 「やったぁ。 一回言ったんだから、もう返さないよー」  なんでそんなに嬉しそうに してるんだ…… 「ねぇねぇ、あたし、これ 買って帰ろっかなぁ」  さっきの極小ロケットを指して 友希が言う。 「気に入ったんならいいと思うけど、 これ飾っておくしか使い道ないぞ」 「お、オナニーとか?」 「本当に使うんだな?」 「あ! いいこと思いついちゃった! 小さいから颯太のアナルデビューに ちょうど良くない?」 「そっちの業界には興味ないからねっ!」 「ちぇ……つまんないのー。 うーん、どうしよっかな? 使い道までは考えてなかったなぁ」  極小ロケットを見ながら、 友希はうんうんと頭を悩ませている。 「やっぱり、やめとく……」 「いいのか? 欲しいんだろ?」 「だって、颯太が使い道ないって 言うんだもん……」 「言ったけど……まぁでも、 天ノ島に来た記念に買っても いい気がしてきたぞ」 「うぅん、やっぱりいい。 もっと他に良い物があると思うし」 「そうか…? 俺が使い道ないって言ったからって、 買うの諦めなくてもいいんだぞ」 「あはは……そういうんじゃないわ。 実際、あたしも使い道ないなって 思ったし」  うーむ。しまった。使い道ないなんて、 水を差すようなこと言っちゃったな。 「ねぇねぇ、あっちのほう見にいこうか? すっごくおっきいロケットがあるわ。 あんなの入らないよねー」 「どこに入れるつもりだよ……」 「どこに挿れるとか、 すぐそういうこと訊いて、 やーらしいのー」  お前が言いだしたんだよ…… 「あははっ、ほら、早く おっきいおち○ちん見にいこうっ」 「ロケットだからねっ!」  言いながら、俺たちは 大きなロケットのあるほうへと歩いていく。  一瞬、友希が名残惜しそうに、 さっきの極小ロケットへと 視線を向けたのが印象に残った。  今日の見学場所は天ノ島の名所のひとつ、 砂丘だった。  地平線の彼方まで続いているような砂の丘を 満喫した後は、お待ちかねの自由時間だ。 「ねぇねぇ颯太、 いま彩雨たちと話してたんだけど、 自由時間は展望台公園に行かない?」 「眺めがすっごくいいらしいし、 あんあんアイスっていう名物の アイスがあるんだって」 「安納芋とあんこのアイスらしいわ。 颯太好きでしょ? ま○こ?」 「あんこでしょっ!?」 「そうそう、あんこあんこ」 「まぁ、それはすごい興味をそそられるけどさ」 「ちょっとその前に 寄りたいところがあるんだよね。 あとで合流でもいいか?」 「どこに寄るの?」 「町工場に行こうと思ってさ。 この島の職人ってすっごく腕がいいらしいし、 鍋とか包丁も作ってるのかなって思って」 「そっか。 じゃ、あたしも一緒に行こうかな?」 「友希は鍋も包丁も興味ないだろ。 それに姫守たちと約束したんじゃないのか?」 「でも、颯太と一緒にいたいし」 「大丈夫だって。町工場と展望台公園は そんなに離れてるわけじゃないし。 チラッとのぞいたら、すぐ行くからさ」 「本当に? すぐ来てくれる?」 「あぁ、約束するよ」  自由時間になると、俺はダッシュで アクシプモールへやってきた。  ジャンクショップに入ると、 目当ての物を探す。 「……あった…!!」  昨日、友希が欲しそうにしていた 極小ロケットを手に、レジに向かう。  だけど、これをこのまま友希に渡したんじゃ、 また 「使い道がないのに」 と申し訳ない思い をさせてしまうかもしれない。  そういうわけで、 極小ロケットを購入すると、 俺はすぐさま町工場を目指した。 「あれ……誰もいない?」  おかしいな、開いてたのに。 「すいませーん。誰かいませんかー?」  返事はない。 「すいませーんっ!」  さらに大きな声を出して呼んでみる。  すると、町工場の奥のほうから、 足音が聞こえた。  やってきたのは女の子だ。 「えと、お客さん? あ、しゅーがくりょこーの人だぁ。 もしかして見学しにきたっぽい?」 「えぇと、いや、見学っていうか、 ちょっとお願いしたいことがあって 来たんだけど、工場の人っている?」 「それが今はほのかしかいないんだぁ。 みんな、用事があって出かけちゃった」  ほのか…? この子の名前だろうか? 「え……そっか…… それじゃ、仕方ないな」  参ったな。誰もいないとは思わなかった。 「この近くに他の町工場ってある?」 「うん。たくさんあるけど、急ぎっぽい? すぐにお仕事してくれるかは、 分かんないかも」 「あ、そっか。そうだよな。 簡単なことでも、やっぱりすぐって、 難しいのか?」 「んと、簡単なことって、どんなこと?」 「あぁ」  と、俺はさっき購入した極小ロケットを ポケットからとりだす。 「これをキーホルダーに してもらえないかと思ったんだけどさ」 「ほのかでもいいなら、できるかも」 「え、本当に?」 「うん。フェアリングに穴開け加工して、 キーホルダーの金具をつけるだけだから、 すぐできるよぉ」 「キーホルダーの金具は持ってる?」 「あ、しまった。それがないとだめだよね?」 「んと、ほのかが自作したやつでいいなら、 余ってるのがあるよぉ。ちょっと待ってて」  女の子は一度奥に引っこんで、 カバンを持って戻ってきた。 「このカバンについてるキーホルダーっぽい 仕上がりになるよぉ」  カバンを見ると、飴玉、チョコレート、 ケーキなど各種スイーツのキーホルダーが じゃらじゃらとついている。  正直言って、店で売っている物と まったく遜色のない出来だ。 「これ、丸々全部、イチから作ったのか?」 「金属を溶かして型に入れるだけだから、 簡単なんだよぉ。型は柔らかい素材で 作るから、加工しやすいっぽい」  いや、ぜんぜん簡単な気が してこないんだけど…… 「すごいな。加工とか キーホルダーを自作とか、 何でもできるんだな」 「えへへ、褒められちゃった。 ほのかは天ノ島学園のロケット部だから、 金属加工は得意なんだよぉ」  うーむ、ロケット部ってすごいんだな。  でもこれなら、お願いしても大丈夫だろう。 「じゃ、ぜひ頼みたいんだけど、 えっと、いくらぐらいかかる?」 「300円でいいよぉ」 「300円? そんなに安くていいのか?」 「ほのか、プロじゃないし。 材料費だけでいいよぉ」 「本当に? ありがとうな」 「カッコイイのがいい? かわいいのがいい?」 「あ……どっちかって言うと、 かわいいほうがいいかな」 「りょーかい。じゃ、すぐ作っちゃうよぅ」 「できたよぅ」  ものの10分ほどで ロケットキーホルダーが完成した。  正直言って、文句のつけようがない。 「すっごくいいよ。完璧だっ。ありがとう。 あ、これお代な」  女の子に300円を手渡した。 「彼女、喜んでくれそう?」 「な……なんで彼女にあげるって 分かったんだ…?」 「だって、修学旅行の自由時間に わざわざ町工場に頼みにくるんだから、 彼女にプレゼントとしか考えられないんだよ」  あぁ、言われてみれば…… 意外と鋭いな。 「彼女は同じ学校の人?」 「あぁ、まぁ同じ学校なのもそうだし、 幼馴染みでさ」 「幼馴染みっ!?」 「あぁ、何か問題だったか?」 「う、うぅん。 ほのか、訊きたいんだけど、 どうしたら幼馴染みが恋人になる?」 「そりゃ告白しかないだろ」 「告白した?」 「まぁ」 「き、緊張しなかった?」 「めちゃくちゃしたよ。 でも、好きだったからさ」 「言わなきゃ気持ちは伝わらないだろ」 「うーん、そうかも。 やっぱり言わなきゃだめかぁ」 「……うん、ほのかも頑張って、 せんぱいに告白しなきゃ」 「好きな奴がいるのか?」 「え……あ……えへへ……」 「もしかして、幼馴染みなのか?」 「うん……でも、ほのか、その人に いたずらばっかりしてるから、 たぶん、無理なんだぁ」 「大丈夫だって。頑張ってみろよ。 俺の彼女も、俺に下ネタばっかり 言ってきてたけど、好きになったぞ」 「ホントっ!? 下ネタ言っても、女の子として 見てもらえてるっ?」 「あぁ、大丈夫だよ」 「そっか。ありがとぉ。 ほのか、なんかやる気出てきたっぽい。 頑張ってみる」 「その意気だ。じゃ、これ、本当に ありがとうな」 「うん。ばいばーい」  目当ての物を手に入れ、 俺は町工場を後にした。  町工場を出るとまたダッシュして、 今度は展望台公園にやってきた。  友希たちはここにいるはずだけど、 どこだろうな? 「あ、颯太ー。待ってたよー」  俺を見つけた友希が、 大急ぎで駆けよってくる。 「おかえり。どうだった、町工場は?」 「あぁいや、まぁ、 包丁とか鍋はなかったけど、 けっこう楽しかったよ」 「そっかぁ。あ、ちょうど、 あんあんアイスを食べてたんだぁ。 颯太も食べる?」 「おう、いいのか?」 「うん、はい、あーん」  友希はスプーンでカップのアイスを すくい、俺の口元に持ってくる。 「あむ。おおっ、うまいな。 確か安納芋とあんこだったよな。 めちゃくちゃ相性いいなっ」 「ふふっ。はい、あげる」  友希が俺にスプーンとあんあんアイスを 手渡してくれる。 「ねぇねぇ……あたしにも、 食べさせてくれる?」  なるほど。これがやりたかったんだな。 「ほら、あーん」  アイスをのせたスプーンを向けると、 友希はそれにぱくっと食いついた。 「あんあんっ」 「なに言ってんのっ!?」 「あー、知らないんだぁ。 あんあんアイスを食べたら、あんあんって 言うのが天ノ島の風習なんだって」 「本当に? そんな風習あるのか?」 「うんっ、宇宙センターを案内してくれた AXIP技術生の人が言ってたわ」  うーむ。なんて変な風習なんだ。 「ほら、あーん」 「あぁむ……あんあんっ……」 「……………」  前言は撤回しよう。  なんて素敵な風習なんだ。 「そういえば、その技術生の人が 教えてくれたんだけど、夜は公園や 砂丘から見える星がすっごく綺麗なんだって」 「へぇ。それは見てみたいな」 「でも、自由時間は昼間しかないよね?」 「あぁ、そっか」  いや、だけど、方法がないわけじゃない。 「……こっそり、抜けだして行くとか…?」 「お、怒られない?」 「バレたら怒られるな」 「……でも、せっかく来たんだから、 二人で見たいな……」 「……そうだな……」 「……行っちゃう?」 「……行っちゃうか」 「いいの?」 「怒られる時は一緒だぞ」 「うんっ!」  あんまり褒められたことじゃ ないんだろうけど。  それでも、友希がこんな笑顔を 見せてくれるなら、悪くない。  修学旅行4日目。夜。  天ノ島での旅程はすべて終わり、 あとはもう明日の飛行機に備えて 寝るだけだ。  同室のみんなが寝静まった頃、 俺はこっそりと部屋を抜けだす。  もし、誰かに気がつかれたら、 トイレに行くフリをする予定だったけど、 幸いみんな疲れ果てて熟睡していた。  旅館を出てすぐの海辺で、 友希が来るのを待つ。  けど、なかなかやってこない。  誰かにバレたんだろうか?  だけど、いちおう見つかったら、 俺のこともバラすようには 言ってあるしな。  そうしたら、先生からケータイに 連絡があるだろうから、 見つかったわけじゃないんだろう。  でもなぁ、何があるか分からないし……  と、その時、背中に柔らかい感触を 覚えた。 「だーれだ?」 「このおっぱいの感触は友希以外いないな」 「あははっ、おっぱいの感触で分かるなんて、 やーらしいのー」  まぁ、実際には声で分かったわけだけど。 「じゃ、行くか」 「うんっ、イクイク、イッちゃうっ」 「……………」 「あれ? どうしたの? 行かないの?」 「行くけどさ……」 「イッちゃうのっ!?」 「わざとやってんのっ!?」 「あははっ、当たりー。じゃ、一緒にイこっか」 「……そうだな」 「うわぁ、すごいすごいっ。 見て見て、星がすっごく綺麗だよ」 「本当にすごいな。 地元じゃここまで綺麗に 星が見えないからな」 「あははっ、修学旅行で こんな綺麗な星空を見られるなんて、 お得だよね」 「まぁ、本当は見られないんだけどな」 「颯太のおかげだね。ありがと」 「この後、バレて怒られたらごめんな」 「うぅん、颯太と星が見られたし。 それに一緒だったら、怒られるのも いい思い出よ」 「思い出か……そうだな」 「こうやって、友希と楽しい思い出が 作れて良かったよ」 「ふふっ、まだ終わってないわ」 「それもそうだ」  すっと友希が俺の手を握り、 指を絡ませてくる。 「……好き……」 「……俺も好きだよ……」 「……えへへ……嬉しい……」 「あぁ、そうだ。 じつは友希にプレゼントがあるんだ」 「プレゼント? なに?」 「ジャンクショップで欲しがってただろ。 だから、買ってきたんだ」  俺はポケットから、 ロケットキーホルダーをとりだした。 「何これ、すごーいっ。 キーホルダーになってるっ! どうしたの?」 「使い道がないって話してただろ。 だから、町工場に行ってさ、 キーホルダーに改造してもらったんだ」 「じゃ、あたしのために 町工場に行ってくれたんだ?」 「あぁ。もらってくれるか?」  友希にロケットキーホルダーを手渡した。 「………………」  友希はそれを見つめたまま 何も言わず、固まってる。 「友希?」 「ご、ごめんね。感動しすぎて、 何も言えなくなっちゃった」 「大げさだな」 「大げさじゃないよ。 すごく嬉しいんだもん。 あたし、一生大事にするね」 「そんなに喜んでくれると、 頑張って町工場まで走った甲斐があったよ」 「……ねぇねぇ……」 「どうした?」 「うんとね……あたし…… 颯太のこと好きになって良かった……」  友希の言葉で、自然と笑みがこぼれる。 「一緒にいられて、すごい幸せなんだぁ。 だから、その……あ、ありがと……」 「俺も、お前と一緒にいると、 すっごく幸せな気分になるよ」 「お前が笑ってるところを見るのが、 俺の一番の楽しみだからな」 「……えへへ……好きってすごいんだね。 あたし、知らなかったわ」 「何がすごいんだ?」 「だって、告白された時よりも、 今のほうがずっと好きなんだもん」 「毎日毎日、颯太のことを考えてね。 もっともっと好きになるんだぁ」 「昨日より今日のほうが好き。 今日よりもきっと明日のほうがもっと好き」 「あははっ、一年経ったら、好きすぎて、 あたし頭おかしくなっちゃうね」 「大丈夫だよ。どんなに好きになっても、 おかしくなんてならないから」 「じゃ、もっともっと好きになるね」 「あぁ。そしたら、俺も友希と同じぐらい、 好きになるから」 「うん…嬉しい。でもね、あたしのほうが、 ぜったい好きなんだもん……」  はにかむように言った友希が、 とてもかわいらしくて、  俺は星を見ることなんてすっかり忘れ、 そのままずっと彼女に見入っていた。  夜空に散りばめられたどんな星々よりも、 彼女の笑顔が一番輝いている。  そんなことをふと自覚した 楽しい修学旅行だった。  ふぅ、一段落ついたな。  注文も入ってこないし、 フロアの様子でものぞいてくるか。 「あー、颯太。暇だから、 欲求不満になっちゃったんでしょ?」 「まぁ、何かやることないかなって」 「あははっ、颯太ってやることばっかり 考えてるんだぁ。やーらしいのー」 「仕事中にやらしい方向にばかり 話を持ってかないでくれるっ?」 「じゃ、これいらない?」  友希が一枚の紙をちらつかせる。 オーダーメモだ。 「注文入ったのか。 じゃ、作ってくるな」 「ほら、そんなこと言って身体は正直ね。 もう我慢できないんでしょ?」 「いいから、よこせ」 「あははっ、 自家製ビーフストロガノフよろしくね」 「……………」  俺が作れないやつじゃないか。 「あ、そうだ。颯太。 明日なんだけど――」 「すいませーん」 「あ、はーい。ただいまお伺いします。 また後でね」  とりあえず、マスターに 注文を伝えてくるか。  マスターにオーダーメモを渡した後、 手持ちぶさたにしてると―― 「やぁ、どうしたんだい? そんなに暇そうな顔して?」 「見ての通り、暇なんだよ」 「やれやれ、君はまだまだだね。 いいかい? 恋人のいる男子に 暇な時間なんて、本来あるわけがないんだよ」 「なんでだよ?」 「決まってるじゃないか。 時間があれば、次は彼女にどんな愛の言葉を 囁こうか、常に考えるものだからさ」 「それは一握りの特殊な人間の話だろ」 「いいや。君は分かっていないよ。 愛の言葉を囁く努力を怠った人間の末路は すなわち――死あるのみだ」 「いやいや、さすがに死にはしないよね?」 「確かに命までとられはしないだろうね。 だけど、君の恋は死ぬかもしれないよ」 「……な、なにビビらせてるんだよ?」 「事実を言ったまでさ。それが恐ろしければ、 さぁ、今すぐ愛の言葉を考えるんだ」 「そんなこと急に言われても……」 「やれやれ、そんなこともとっさに 言えないなんて、君の友希への愛情は 意外と大したことがないようだね」 「何だと?」  少々、ムッときた。 「だって、愛の言葉もろくに 出てこないんだろう? それで本当に友希を 好きだって言えるのかい?」 「分かったよ。やってやるさ。 愛の言葉を言えばいいんだろ。 簡単だよっ」 「ニヤリ」 「今すぐ言えばいいのか?」 「それじゃ、『唇』という単語を使って、 愛の言葉を囁いてみてくれるかい?」 「いいさ。それぐらい簡単だよ」  俺は友希の顔を思い出しながら、 溢れる愛情を言葉にした。 「あぁ、友希、お前の唇はさくらんぼのように 赤くて、とてもかわいらしい。食べたら、 どんな味がするんだろうか?」 「俺はいつも、そのことを考えて、 お前の唇の虜になっているよ」 「……え、えっと……」 「まぁまぁだね。それじゃ、次は難しいよ。 『おっぱい』という単語で、愛の言葉を 囁いてみてくれるかい?」 「友希、お前のおっぱいがとても魅力的で、 俺は時折、その谷間に顔埋めたくて 仕方がない気分になるんだ」 「お前のおっぱいの柔らかさは きっとお前の優しさと同じなんだろうな。 あぁ、どうか、どうか、叶うのなら」 「お前の優しさに埋もれて、 鼻血を出したいっ!」 「ほら、どうだ? 俺の愛の言葉は? なかなかのもんだろ」 「……あ、う、うん……嬉しい…… でも、今はバイト中だから…… こ、今度ねっ……」  え、て、友希っ!? 「ち、ちがっ、これはそのっ…!!」  友希はオーダーメモを置いて、 逃げるようにフロアに戻っていった。 「効果覿面だね」 「嘘つけよっ!!」 「あー、今日も終わったぁ。 疲れたねー」 「暇な時間が多かったけどな」 「うんっ、だから疲れるんじゃん」 「友希は忙しいの好きだもんな」  どうやら、さっきのことは あんまり気にしてないみたいだな。  友希が下ネタ好きで本当に良かった…… 「そういえば、今日バイトの時に 何か言おうとしてなかったか? 明日がどうとかって」 「あ、そうそう。 明日、放課後にごはん食べにいかない?」 「おう、いいな。 どこか行きたい店でもあるのか?」 「うぅん、約束したいだけ。そしたら、 『颯太とごはん食べにいくんだ』って 明日まで楽しみにしてられるんだもん」  あぁ、本当に友希って、 なんてかわいいことを言うんだろうな。 「じゃ、約束な」 「うん……嬉しい……大好き……」  というわけで、放課後、 友希とマックにやってきた。 「お待たせー、お腹すいたね。 おっきいの頼んじゃった。食べよー」  友希が買ってきたのは、 パティ3枚が挟まれた ビッグマックスバーガーだ。 「いただきまーす。あぁむ」  友希が口を思いっきり開けて、 ビッグマックスバーガーにかぶりつく。 「もぐもぐもぐ、んー、おいしいね」  ビッグマックスバーガーは 大きすぎて食べにくいって女子には 不評だけど、さすが友希だな。  食べづらさなど微塵も感じさせず、 ばくばくと食べている。  普段はそうでもないけど、 けっこう口大きく開くんだな。 「……どうしてそんなに見てるの?」 「いや、食べづらくないかなって思って」 「…………そんなことないけど……」  言いながら、パンの部分だけを 友希はちょこっとかじった。 「……どうしたんだ?」 「どうもしないよ」  とは答えるものの、やはり、 さっきとは打って変わって 小さくハンバーガーをかじる。 「どうもしないってわりには、 さっきの勢いがないんだけど…?」 「だって、颯太がじっくり見るんだもん」 「別にいいだろ。 友希が笑顔で食べてるのが かわいかったからさ」 「……嘘だぁ。女の子なのに 大口開けて引くって思ったんでしょ?」 「いやいや、そんなことないって。 友希が勢いよく食べてくれたほうが 俺は楽しくて好きだぞ」 「本当に?」 「あぁ、そんなことで嘘つかないって」 「そっか。分かった。じゃ、普通に食べるね」  けど、そう言ったわりには、やはり、 友希は口を小さくしか開けられないでいた。 「……普通に食べるんじゃなかったのか?」 「そう思ったんだけど、一度意識しちゃったら、 恥ずかしくなっちゃったんだもん……」  そんなふうに言う友希が、 とてもかわいく思えて仕方がない。 「よしよし」  と、頭を撫でてやる。 「……んん……子供扱いされてるわ……」 「じゃ、やめるか?」 「やだ……やめないで……」 「よしよし」 「……ん……ねぇねぇ颯太、昨日の話だけど、 あれ、ほんと?」 「昨日の? 何だっけ?」 「だから……颯太があたしのおっぱいに 顔を埋めて鼻血だしたいって」 「あ……」  すっかり過ぎたことだと思って、 忘れていた。 「そ、そういうのが好きなんだ?」 「いや、あれはさ、なんていうか。 冗談なんだよ」 「え……そうなの?」 「そうそう、友希もいつも下ネタ言ってるだろ。 だから、俺もたまには言ってみようと思って」 「普段から言わないと、マジにとられちゃって、 けっこう難しいよな。ははっ」  どうだ、ごまかせたか? 「なんだぁ。そっか。ビックリしちゃった。 颯太はそんなにおっぱい好きなんだって 思ったけど、冗談だったんだぁ」  よし! 「あぁ、まぁな」 「そうだよね。バイト中に そんなことしようなんて思わないよね」 「うんうん」 「良かったぁ。あたし、颯太が どうしてもって言うなら、 やってあげなきゃって思ったんだぁ」 「な……」  何だとぉっ!? 「えへへ……ちょっと楽しみだったけど、 まいっか……」  バカな、俺は、何という……  何というミステイクをっ!! 「千載一遇のチャンスを逃すというやつだね」  とりあえず隣で囁いてくる妖精に 八つ当たりしたくなった。  数学の授業中のことだった。  黒板に書かれた問題を解きおえると、 時間がかなり余った。  暇だな、と思って隣を見ると、 「暇だね。もっとたくさん、 問題だしてくれればいいのに」  どうやら友希もとっくに 問題を解きおわっているようだった。 「俺はこれ以上問題が増えるのは 勘弁だけどな」 「えー、なんで? 出されるものは多ければ多いほど 嬉しいじゃん」 「なに授業中に 卑猥な言い方してるんだ……」 「あー、やーらしいのー。 勝手に変なこと想像して 卑猥とか言ってるわ」 「……じゃ、出されて嬉しいものって、 問題の他に何があるか言ってみろ」 「うんとね、ごはんでしょ、お小遣いでしょ、 年賀状でしょ、バイト代でしょ、 デートプランでしょ、ほらいっぱいある」 「……まぁ、そうだな……」  うまくごまかしたな。 「あ、あと精液とか」 「なんでうまくごまかしたのに、 わざわざ言うのっ…!!」  小声で、しかし鋭く突っこんだ。 「ふふっ、だって、嬉しいんだもんっ」  あいかわらず、やらしい奴だな。 「問題解くの何分までだっけ?」 「30分までだから、あと10分はあるな」 「じゃ颯太、何か問題だしてよ」 「俺が数学苦手なの知ってて 言ってるのか?」 「でも、出すことは大好きじゃん」 「何の話っ…!?」 「颯太が問題をピシャッて出す話ー」  ピシャッが卑猥な言葉にしか聞こえねぇ…… 「ていうか、問題作るなんてやったことないし」 「そういう時は逆転の発想よ」 「何をどう逆転すればいいんだよ?」 「うんとね、先にピシャッて出せば、 問題は後からついてくるっていうかー」 「それ、違う問題がついてくるよね。 ていうか、その問題、お前ちゃんと 解けるんだろうな?」 「『あ、あたしがシコッてあげたんです。 颯太は悪くないんです』って言えばいい?」 「二人めでたく職員室送りだよっ…!!」 「『そ、颯太は寝てました。だから、夢精だと  思います。生理現象なんで許してあげて ください』とかは?」 「信じてもらえるとはとても思えないよ」 「えー、そもそも颯太が授業中に 出したりするから悪いんじゃん」 「お前が出せって言ったんだけどっ」 「じゃ、仕方ないから、証拠隠滅してあげる」 「ど、どうやって?」 「ふふっ、やーらしいのー」  何がだよ…… 「あーあ、もうちょっとかなぁ。 やることないね」 「待ってるだけだと眠くなるしな」  言いながら、あくびをかみ殺す。 「じゃ、何か目が覚める話 してあげよっか?」 「おう」 「じつは今日、寝坊しちゃって、 急いで用意してきたんだよね」 「へぇ、珍しいな」 「おかげでブラつけ忘れちゃったんだぁ」 「マジで…?」 「マジマジ、見てみる?」  友希が制服の襟元に指を引っかけて、 隙間を作る。 「え……ちょっと……」  言いながら、俺の視線はその隙間に 吸いこまれていく。  制服の内側には、友希の露わになった 乳房が―― 「って、ブラつけてるじゃんっ!!」 「初秋くん、何の話をしてるんですか?」 「……す、すいません。何でもありません」 「それじゃ、そろそろ時間ですし、 問1を解いてもらいましょうか?」 「はい。分かりました」 「あはは……引っかかったぁ」 「覚えてろよ」  黒板に向かいながら、 いつか仕返ししてやろうと 誓ったのだった。  国語の授業中、 姫守が教科書を朗読していた。  文字を目で追いながら、それをぼんやりと 聞いてると、肩をツンツンつつかれた。 「問題。寝ても覚めても同じことを 考えてるものはなーんだ?」 「何だ? いきなりなぞなぞか?」 「うん、急に思いついちゃったんだぁ。 何か分かる?」 「寝ても覚めても同じことを 考えてるものなぁ…?」  教科書をぼーと眺めながら、 友希のなぞなぞに頭を悩ませる。  人間だったら色んなことを考えるから、 人間の話じゃないよな。  かといって、動物は何を考えてるか 分からないし。  そうなると―― 「あ、分かったぞ。 パソコンっていうかコンピュータだろ。 いつも0と1しか考えてないからな」 「ふふっ、外れ」 「嘘だろ。ぜったい正解だと思ったのに……」  コンピュータでもないってことは 何だ?  もっととんちを利かせた答えって ことだよな。  うーむ、だめだ、ぜんぜん思いつかない。 「答え、知りたい?」 「あぁ、降参だ。教えてくれ」 「あたしよ」  はい? 「まったく意味が分からないぞ」 「うんとね、さっきふと思ったんだぁ。 あたしって、寝ても覚めても 颯太のことばっかり考えてるなぁって」 「……………」 「……えへへ……いじわる問題でごめんね……」  いじわる問題って言うか、 顔がバカみたいに熱くなるんだけど…… 「な、何か言ってよぉ。 黙っちゃったら、あたしまで 恥ずかしくなるじゃん……」 「えぇと、そうだな……」  ドキドキしながら、俺は友希の顔を じっと見つめる。  彼女を好きな気持ちが胸いっぱいに溢れ、 今が授業中だと言うことさえ忘れていた。  すうっと静かに息を吸い、 友希への想いを口にする―― 「――次、初秋。続きを読んでみろ」 「俺も、寝ても覚めてもお前のことを 考えてるよ」 「そんなことは書いとらん」 「す、すみません」  周囲からくすくすと笑い声が漏れる。  とんだ赤っ恥だった。  昼休み。  友希は教室で笑い転げていた。 「お前な。そんなに笑うなよ」 「だって、国語の時の颯太って…… ぷ、くく、ふふ、ははっ、あははははっ! だめぇ、何度思い出しても笑っちゃうっ」 「そんなに笑うんだったら、 もう授業中になに言ってきても、 答えないからな」 「えー、やだやだっ。ごめんってば」 「じゃ、反省したか?」 「うん。反省した。 授業中に変なこと言って、颯太にあんな…… ぷっ……くふふぅ……あははっ、だめぇっ」 「やっぱり、ぜったい答えないっ」 「あ、ご、ごめんね。 そういうつもりじゃないんだけど、 ツボに入っちゃって」 「いや、もう決めた。 そもそも授業中は授業を受ける時間だ」 「えー、ごめんってばっ。許してよぉっ。 ねぇねぇっ、謝ってるのにぃ」  友希がどうにかとりなそうとしてきたけど、 かたくなに断りつづけた。 「ねぇねぇ、今日の放課後なんだけど、 ナトゥラーレでごはん食べて帰らない?」  昨日の今日だっていうのに、 またしても友希が授業中に話しかけてきた。  当然、昨日の宣言通り、 俺は無視することにした。 「えー、本当に答えてくれないの? 昨日のは謝ったじゃん」  友希は悲しげだけど、 ここで譲歩するわけにはいかない。  甘い顔をすればこっちが痛い目を見るのは 昨日思い知ったばかりだ。 「ご、ごめんね。あたし、颯太がそんなに 怒ってるって思わなくて。 もう笑ったりしないから……」  だんだんかわいそうになってきた。  いやいや、甘い顔は禁物だ。 なにせ今は授業中なんだ。 「……もう話しかけないから、 ナトゥラーレに行ってくれるかどうかだけ 答えてほしいよぉ……」  う……  さすがに厳しくしすぎたか…… 許してやってもいいような気がしてきた。 「……じゃあ、 一緒にごはん食べてくれたら、 ぱ、パンツあげるけど、どうかな?」  パ……パンツだって…!?  いや、いや、落ちつけ。 慌てるのはまだ早い。  その前にひとつ、 確認しておかなければならないことがある。  俺はぐっと身を乗りだして、 友希に言った。 「――というわけでだ。さて、ここでいう 問題点が何なのか、分かる者はいるか?」 「そのパンツは未使用なのか、 それとも使用済みなのか、それが問題だ」 「パンツの話は今しとらん」  周囲からどっと笑い声が溢れる。  死ぬほど赤っ恥だった。  放課後。  ナトゥラーレで、 国語の授業のことを思い出して 友希がふたたび笑い転げていた。 「もう今度こそ、何が何でも 答えてやらないからねっ!」 「えー、ひどいよぉ。 いいじゃん、みんな笑ってたんだし。 先生もそんなに怒らなかったでしょ」 「みんなに笑われて、 先生には見捨てられたんだけどっ!」 「考えすぎよ。それに颯太が どれだけひとりぼっちになっても、 あたしはずっとそばにいるからね」 「……そうやって、またごまかそうとして」 「えー、ごまかそうとしてないのにぃ。 本気だもん」 「とにかく、 もう授業中に変なこと言わないこと。 分かった?」 「はぁい。ごめんなさい……」 「うーす、ただいま」 「マスター、出かけてたんですか?」 「おうっ、ちょっとそこまでな。 急にどしゃ降りになって参ったよ」 「あれ? それどうしたんですか? ボロボロですね」  友希がマスターの手にした傘を指さす。 「あぁ、長年使ってるからな。ただの寿命だ。 そろそろ買いかえないとな」 「でも、そう言って、その傘ずっと 使ってますよね?」 「まぁ、なんだ。 なかなか踏ん切りがつかなくてな」  そう言って、マスターは 事務所のほうへ傘を置きにいった。  またしても授業中のことだった。 「ねぇねぇ……」  友希が小声で話しかけてくる。  俺は黒板と教科書を 一心不乱に見つめる優等生の心で それを無視した。 「えー、また無視するの? こないだのも謝ったじゃん」  同じ轍は踏まない、と 心を鬼にして無言を貫く。 「颯太ってばぁ。許してよ。ねぇねぇ。 ……ちょっとぐらい 返事してくれてもいいじゃん……」  返事の代わりに、俺はそっぽを向いた。 「あ……ご、ごめんね。 ちゃんと反省するからっ」 「あたし、もう笑わないって 言ったのに嘘ついたもんね……」 「いつもの軽い言い合いかなって 思ってたけど、そんなに颯太を 傷つけてるって思わなかった」 「悪ふざけしすぎたよ。 もう絶対しないから」 「……………」 「……………」  すーっと彼女の手が俺のノートに 伸びてきて、文字を書いた。  『ごめんね』 「もう話しかけないから、怒らないで……」  それをきっかけに友希は静かになった。  無視作戦は大成功だけど、 ものすごく後味が悪い。  しばらく、そのまま無言を続けたけど、 居心地の悪さに耐えきれなくなり、 チラリと友希のほうを見る。 「………………」  今にも泣きそうだった。  ちょっとやりすぎたか。 「友希、怒ってないよ」  小声で言ってやる。 「本当に…?」 「本当だ」 「嫌いにならない?」 「こんなことでなるわけないだろ」 「良かった。嫌われちゃったかと思った」  やっぱり、友希は笑顔が似合うよなぁ、 と思っていたら、ふたたびノートに 文字が書かれた。  もう直接言えばいいのにどうしたんだろう、 と思って、その文字を読む。  『キスしていい?』と書かれていた。 「……え……と……」  これは、許した途端に またからかわれるってパターンか?  俺の警戒心に気づいたんだろう。 友希がさらに文字を書き足した。  『本気』 「いや……だけどさ……」  今は授業中で、 俺たちの席は最後尾だけど、 先生だっているし……  『誰も見てないよ』と 友希がノートに書いた。  確かに先生は黒板にチョークを 走らせているし、みんなそれを ノートにとるのに集中している。  友希のほうを見ると、彼女は 「しよ」 と 声を出さずに唇だけ動かした。  吸いこまれるように、 ゆっくりと俺の顔と友希の顔が 近づいていく。  そして―― 「……ん……んん……ちゅ……」 「ふふっ、誰にも言えないこと、 しちゃったね……」  本当にその通りだと思った。  放課後。 「今日も雨だねー」 「あぁ、梅雨入りしてるしな。 天気予報じゃもうしばらく雨みたいだよ」 「そっかぁ。ねぇねぇ、あたし、 マスターの傘を何とかしてあげようと 思うんだ」 「あのボロボロの傘な。 でも、なんでか知らないけど すごい気に入ってるみたいだし」 「他の傘をあげても、使ってくれるかな?」 「だから、同じ種類の傘を探して 買ってあげようと思って。それなら、 使ってくれそうじゃない?」 「それは、そうかもな」 「ナトゥラーレ貸し切りにさせてもらったり、 お世話になってるし、 お礼に探してみようと思うんだぁ」 「じゃ、俺も手伝うよ」 「本当にっ? いいの?」 「あぁ、俺だってマスターには お世話になってるしな」 「ふふっ、ありがと。大好き」 「オーダー入りましたー。 父の日スペシャルディナープレート みっつです」 「はいよっ。しかし、父の日メニューは けっこう当たってるよな」 「うんっ、ランチもお客さんたくさん来たし、 父の日クッキーももうすぐ完売するわ」 「うちって学生のお客さんが多いから、 普段きてくれてる子たちが お父さんを連れてきてるみたい」 「そっか。お父さんも 娘から『行こう』って言われたら 断れないだろうしな」 「マスターもたまには上手いこと考えるよな。 さすがに哀愁漂う中年だけあって、 あの世代のツボは心得てるってことか」 「誰が哀愁漂う中年だ。 どっからどう見てもナイスミドルだろうが。 あぁん?」 「は、はい。そうですね……」  ナイスミドルは 「あぁん?」 とか すごんできたりしないと思うが…… 「おら、なにぼさっとしてんだ。 ディナープレートの注文が入ったんだろ。 俺が全部作っちまうぞ」 「すいません。すぐやります」 「あははっ、頑張ってねー」 「ありがとうございましたー」  今のが最後のお客さんかな。 「ふぅ……」  今日はなかなか忙しかったな。  まぁ、まだ後片付けが残ってるんだけど。 「颯太ー、最後のお客さん帰ったよ」 「おう。じゃ、閉店作業だな」 「うん。ねぇねぇ、そういえば、 あれ見つかったんだぁ」 「あれって、あぁ、もしかして、 マスターの傘か?」  一度、隣町の百貨店まで友希と 探しにいったけど、その時はけっきょく 見つからなかった。 「うん。ネットにあったから」 「よく見つけたな。 だって、あれ、ボロボロすぎて、 メーカーも商品名も分からなかっただろ」 「うん、だから傘の通販サイトを見て回って、 画像で確かめたんだよね」 「へぇ。すごいな。頑張ったな」 「そうでしょ。今日、持ってきたから、 マスターにあげようと思うんだけど」 「きっと喜ぶよ。 じゃ、閉店作業が終わったら、 マスターをフロアに連れてくよ」 「うん、よろしく」  一通り厨房の片付けを終えると、 俺はマスターに話しかけた。 「すいません、マスター。 終わったら、ちょっとフロアに来てもらって いいですか?」 「おう。もう終わったが、何だ?」 「ちょっと友希が用事あるみたいですよ」 「そうか。んじゃ、いま行くわ」 「おう、友希。なんか用事があるんだって?」 「うん。はい、これ、マスターに」  友希が新品の傘をマスターに手渡す。 「……これ……」  マスターは驚いたように、 じっと傘を見つめた。 「……俺のやつと、同じ傘だよな…?」 「友希が頑張ってネットで 探してきたんだって。 良かったですね、マスター」 「あははっ、いつもお世話になってるから、 プレゼントしてあげようと思って。 使ってもらえたら嬉しいです」 「…………うぅ……う……」 「え……あれ? マスター?」 「ど、どうしたんですか?」  正直、ビックリした。  喜んでくれるだろうとは思ってたけど、 まさか泣くほどだとは…? 「そんなにその傘が気に入ってたんですか?」 「……いや、悪い……俺のあの傘な…… じつは、妻が初めてプレゼント してくれたものなんだわ」  マスターの奥さんは亡くなっている。  そっか。だから、あんなにボロボロの傘を ずっと使いつづけていたのか。 「……ちょっと……そん時のことを 思い出しちまって……みっともないとこ、 見せちまったな」 「ありがとうな、友希。 大事に使わせてもらうよ」 「はいっ。気に入ってもらえて良かったです」  マスターは嬉しそうに新しい傘を 見つめていた。 「おしっ、できたぞ。 客もいないし、お前ら全員、 今のうちに食べときな」 「はーい、いただきまーす」 「おいしそう。タイ式チャーハンと カスタードクリームのクレープかな?」 「みたいですね」  スプーンでタイ式チャーハンを一口食べる。  うん、この辛さとパクチーのアクセントが たまらないよなぁ。  しかし、やっぱりマスターは料理がうまい。  メニューにない料理でこの出来なんだもんな。 どうやったら、こんな味になるんだろう?  どんな調理法なのか考えながら、 タイ式チャーハンを食べていく。 「颯太くん、わたしのクレープあげよっか? こんなに食べられないし。大好物だよね?」  まやさんが俺のほうへクレープの皿を 移動させる。 「ふふふっ、颯太はクレープだったら何でも 大好きだと思うかもしれないですけど、 じつはカスタードだけは苦手なんですよ」 「んー、そうだっけ? そんなことないと思うよ。 颯太くん、カスタードも大好物でしょ?」 「はい、本当にもらっていいんですか?」 「うん、いいんだよ」 「じゃ、いただきます」  タイ式チャーハンはまだ途中だけど、 俺はクレープを口にした。 「うんっ、美味いっ」  薄いクレープ生地の食感と、 カスタードの濃厚な甘さで、 脳みそが蕩けそうだ。  俺はすぐさまタイ式チャーハンを食べ、 その辛さでカスタードの甘さをリセットする。  そしてふたたびクレープを食べた。 「あぁ、美味い。いくらでも食べられそうだ」  この辛い甘いの永久コンボは、 まさに脱出不可能の味がする。 「嘘だぁっ。どうして食べられるの? 颯太はカスタード苦手だったじゃんっ」 「いや、確かに昔は苦手だったんだけど、 最近、食べてみたら意外といけると 思ってさ」 「最初に食べたカスタードが悪かったのかもね」 「たぶん、そんな感じでしょうね」 「……………」 「ん? 友希、どうかした?」 「何でもないです……」  そうは言ったものの、友希はどこか 悔しそうな表情を浮かべていた。 「「いただきます」」  昼休み。 友希と姫守と三人でお弁当を食べていた。 「初秋さん。先日ご所望されてました あれをお持ちいたしました」 「おおっ、マジでっ!?」 「本当なのです。はい、どうぞ、 お受けとりくださいませ」  姫守からアニメ風のイラストが 表紙に描かれた本を受けとる。 「それ、何の漫画?」 「漫画ではなくてラノベなのです」 「あれ? でも、颯太って漫画より文字が 多い本って拒否反応起こすじゃん。 読めるの?」 「そうなのですか? ですけど、最近はよく貸し借りしてますよ」 「え…?」 「姫守が持ってきたラノベ読んでみたら、 けっこう面白くてさ。最近じゃ自分でも 買うようになったんだよね」 「……そうなんだ……」 「まぁ、このままドストエフスキーまで 一直線だな」 「ふーん……」 「そういえば、友希も けっこう小説持ってたよな。 あれ、貸してくれるか?」 「どうしよっかなぁ?」 「え、なんだよ。意地悪しないで 貸してくれてもいいじゃん」 「友希さんはどういった小説を 読まれるのですか?」 「うんとね、主に官能小説よ」 「なに言ってんのっ!?」 「そ、それでは、初秋さんは 官能小説を借りようとしているのですか?」 「いやいや、違うからっ、 友希の冗談だから。な、冗談だよなっ!?」 「またまた、 いまさら恥ずかしがらなくていいじゃん」 「颯太は昔、官能小説なんて 文字ばっかりでちっともエロくないから、 読んでも面白くないって言ってたのよ」 「いや、それは言ってたけどね。 言ってたけど、 いま暴露することないよねっ」 「ラノベが読めるようになったから、 官能小説のエロさも理解できると 思ったんでしょ?」 「つまり、官能小説を満喫するために、 彩雨にラノベを借りてたんだよねっ」 「そ、そのような目的でラノベを 読んでいらしたのですか……」 「いや、誤解だってっ。 おい、友希っ、姫守が本気にするだろっ」 「知ーらない。やーらしいのー」 「いやらしいのですぅ……」 「うぐ……」  誤解なのに……  ていうか―― 「友希、今日、なんか怒ってないか?」 「別にぃ。怒ってないもん。 颯太は、ラノベでもドエロS好きーでも 読んでればいいじゃんっ」 「……………」  明らかに怒ってるような…? 「ドエロS好きーというのは、 ドストエフスキーと違うのですか?」 「うんとね、颯太が好きな官能小説界の巨匠よ」 「初耳なんだけどっ!」 「初秋さん。友希さんという方が いらっしゃるのに、あまりおいたを してはいけないのです」 「だからね、姫守。誤解なんだよ」 「ならぬものはならぬのです。 ですから、友希さんもすねてしまったのでは ないのですか?」  ん? すねた? 「お前、怒ったんじゃなくて、 すねてたのか?」 「…………違うもん……」  そうなんだな。 「なんで、そんなにすねたんだ?」 「だから、違うのっ。すねてないのっ」  うーむ。完全にすねてるぞ。  しかし、心当たりがない。 「姫守、分かるか?」 「はい。初秋さんがドエロS好きーに 夢中になっているのがいけないのです。 悔い改めなければなりません」 「いや、それは誤解なんだって……」  けっきょくこの日、友希はすねた理由を 白状しなかった。  日曜日。俺がバイトをしてると―― 「ほら、見たことか」  また急に現れやがったな。 「いきなり何の話だよ?」 「やれやれ、まだ分かっていないようだね」 「いいかい? 君は今、 多くのカップルが陥る三大悲劇のひとつ、 すれ違いの渦中にいるんだ」 「すれ違い? 俺と友希が? お前は何を言ってるんだ?」 「こないだの金曜日、友希の様子が おかしかっただろう?」 「あぁまぁ、ちょっとな」 「実に危険な兆候だよ。 このままでは君はフラれてしまうかも しれない」 「はあっ!? なんでいきなりそうなるんだ?」 「君が乙女心に気づかない鈍感だからだよ」 「いいかい? 彼女の様子が ちょっとおかしい時、それが破局への 第一歩だという統計があるんだ」 「それ、どこ統計だよ…?」 「もちろん、妖精界の統計だよ」 「アテになるんだろうな?」 「『乙女心は水面下』とよく言うだろう? 一見穏やかな表情をしている彼女の心は、 じつは激しく渦巻いているものなんだ」 「ちょっと様子がおかしいと端から見て 分かる状況なら、彼女の心は もはや激流のようになっているはずだよ」  『乙女心は水面下』 なんて格言は 初めて聞いたんだけど…… 「まぁ、こないだの友希は 少し様子がおかしかったけどね」 「でも、訊いてもけっきょく 何も教えてくれなかったし、 お前は何が原因か分かるのか?」 「ズバリ、彼女の頭には別れ話が よぎっているね」 「な…!?」  青天の霹靂だった。 「いや、まさか。 そんなことはさすがに……」 「友希が心変わりするなんて、 考えられないんだけど……」 「何も別れ話をする理由は 心変わりだけが問題とは限らないよ」 「ど、どういうことだ?」 「それは、君自身で確かめるといい。 世の中にはやむを得ない状況というのが あるものだからね」 「……分かった……」  バイトが終わり、 とにかく友希に会おうと電話をかけてみる。  しかし、出ない。  ひとまずメールを送ることにした。  『金曜日のことで、  しっかり話しておきたいことがある。  今日会えないか?』  送信っと。  自宅に到着すると、 ちょうど友希から返信が来た。  『あー、颯太。分かってくれたんだぁ。  じゃ、これから行くねっ』 「……なぁ、とても別れ話を切りだそうと しているようには思えないが…?」 「顔で笑って心で泣いてというやつだね」 「そうかぁ…?」  まぁ、でも少なくとも 金曜日の件が何か引っかかってたのは メールの文面からも確かみたいだし。  友希に直接訊いてみれば分かるだろう。  お、来たか。  玄関に迎えにいこうと思ったら、 すぐに足音が聞こえた。  だんだんとこっちに近づいてくる。 「よっ、友希。早かったな」 「うん、急いだから。で?」 「え……と、でって?」 「金曜日のこと。話してくれるんでしょ?」 「……そう言われても……」  俺にはまだよく分かってなかったりする…… 「何をしているんだ、初秋颯太。 早く友希を引き止めるんだっ。 このままじゃ別れることになるっ!」  いや、それはないんじゃないかと…… 「初秋颯太。ぼくを、ぼくを信じてくれっ。 恋の妖精のプライドにかけて、いや、 命にかけてこれは事実だよ!」 「……………」  にわかには信じがたいけど、 友希と付き合えたのもQPのおかげだ。  そこまで言うのなら信じよう。 「友希、あのね」 「友希は俺と別れたいと思ってるんだろ」 「えっ?」 「教えてくれないか? どうして友希は俺と別れようと 思ってるんだ?」 「思ってないよ」 「えっ?」 「思うわけないじゃん。 あたし、颯太のこと好きだもん」 「……………」 「ふぅ。助かった。 一時はどうなることかと思ったね。 何もないのが一番だよ」 「とりこし苦労で本当に良かった」 「ちょっといいか?」 「え、うん……」 「おや? 何をしようとしているんだい? ぼくだって君のことを心配して、 ああ言ったんだ」 「まさか、本当に命をとろう なんて考えてはいないだろうね?」 「言ったからには死んでこいっ!!」  ふぅ、本当に人騒がせな奴だな。 「ごめん、友希。勘違いしてたみたいだ」 「ふーん。そっかぁ。勘違いなんだぁ」  うん? なんか、すねてるよな。 「じゃ、カスタードの他にあたしに 隠してることはないんだ?」 「……カスタード?」 「ラノベの他にあたしに 隠してることはないんだ?」  これは、もしかして…… 「別に隠してたわけじゃないんだけどさ」 「むー、言い訳しないのっ!」 「……なんでそんなにムキになってるんだ?」 「べ、別にムキになってなんかないんだもん。 ふーんだっ。何でもないもんねー」  うん。これは、どうやら、 間違いなさそうだな。 「分かったぞ。まやさんと姫守が お前も知らないことを知ってたから、 嫉妬してるんだな?」 「……分かってるんなら、 教えてくれてもいいじゃんっ」 「いや、だって、いま気づいたんだし」 「じゃ、他に何かあたしに 隠してることないの? 言い忘れてることない?」  考えてみる。が、特になさそうだ。 「他はないと思うぞ。 お前はだいたい俺のこと知ってるしな」 「じゃ、服脱いでっ!」 「はぁっ!?」 「だから、服脱いでよっ。ほら、早く」 「いや、ちょっと待て。落ちつこうな。 お前、言ってることがおかしいぞ」 「別におかしくないわ」 「服脱いでどうするんだ?」 「チェックしとくから」 「何をだよ? 意味わからないぞ」 「むー、いいから、脱ぎなさいっ」  友希が、俺のズボンをがしっとつかみ、 下げようとする。 「こ、こらっ。何してるんだよっ。 やめろって」 「やめないっ。幼馴染みのプライドにかけて、 ホクロの位置から、お尻の毛の本数まで 数えてあげるんだもんっ!」 「ちょ、お前っ、なに言ってんのっ!?」 「颯太のことはあたしが一番知ってなきゃ だめなのっ!」 「いやいや、大丈夫だって。 間違いなく総合的には お前が一番よく知ってるよっ!」 「総合的とかはだめなのっ。 あたしが全部知ってなきゃいけないのっ。 いいから、早く脱ぐっ!」 「た、た、た――」 「助けてくれーーーーーーーーーーーっっ!!」  俺の悲鳴が、ご近所中に響きわたった。  そして――  ズボンとパンツを失った俺は 股間を隠しながらも、じりじりと 友希から後退していた。 「あははっ、もう逃げられないわ。 ほらほら、その手をどかしなさいよ」  言いながら、友希が楽しそうに 襲いかかってくる。 「こら、やめろって。 おい、ちょっと待てっ!」  必死に下半身をガードすると、 友希は狙いを上半身に変え、 両手で思いっきり押してきた。 「えいっ!」 「うおっ!」  ベッドに尻餅をつき、 とっさに手で受け身をとった。  当然その瞬間、俺の下半身は 完全にノーガード状態になった。 「えへへー、ほら、お尻見ちゃうから、 おち○ちんどかそうねー」 「ちょっ、こらっ、触ったら―― 待、て…!!」 「あ……あぁ……もー、やーらしいのー。 お尻を見るだけなのに こんなにおっきくしちゃって」 「ちょっと待て……お前、なに見てんのっ?」 「なにって、お尻の穴よ。 ちゃんと毛の本数まで数えてあげるね」 「いや……その、ちょっと待とうな」 「はいはい、颯太は静かにしててね」  言いながら、友希は俺のち○ぽを 軽く上下に擦りあげる。  柔らかい手の感触が異様に気持ち良くて、 言葉を返せなかった。 「あははっ、ちょっと擦ってあげただけなのに、 抵抗できなくなっちゃって。かーわいいのー。 じっくり見てあげるから、じっとしてるのよ」 「いや、だから…… これおかしくないか…?」 「何にもおかしくないよ。 颯太だって、あたしのおま○この中、 じっくりたっぷり見てたじゃん」 「だから、あたしも颯太のお尻の穴を じっくりたっぷり見るんだもん」 「女の子じゃないんだから、 恥ずかしくないでしょー?」 「そんなわけ……」  自分がされる立場になって初めて分かった。  これはめちゃくちゃ恥ずかしい。 「ふふ、おち○ちん、ピクピクしてる。 かーわいいのー。お尻の穴を見られて、 気持ち良くなっちゃってるんだぁ」 「やーらしいのー。変態だぁ」  楽しそうに言いながら、 友希は俺のち○ぽをしゅっしゅっと 擦りあげている。 「なぁに? こうされると気持ちいいの? おち○ちん、感じちゃうの?」 「そんなことされたら、 誰だって……」 「誰だって? 違うでしょ? 変態だから、感じるんでしょ? お尻を見られて気持ち良くなるんでしょ?」 「ぜーんぶ分かってるんだもん。 さっきから、こうしてるだけで、 おち○ちん我慢できないってピクピクしてる」 「こんなの、あたしにしか見せられないね。 ふふっ、やーらしいのー」  友希は手に力を入れて、 ち○ぽをぎゅっと強く握る。  そのまま手全体をち○ぽに擦りつけるように 愛撫していく。 「ほら、何も言わなくたって おち○ちんは正直よ。気持ちいいって どんどん堅くなってるね」 「お尻もひくひくしてる。 こんなに、いやらしくさせて、 あたしのこと誘ってる……」  友希は俺のお尻へと視線を向けて、 「くんくん……」 「あ……こら、何してる…?」 「こんないやらしいところの匂い 嗅がれたことないでしょ?」 「やらしいっていうか……あの……」 「くんくん……すー、はー…… ふふっ、癖になる匂い。変な気分に なっちゃう……」  そう言って、友希は俺の肛門へと 舌を伸ばした。 「れぇろ……ん……れろれろ……んれぇろ、 ぺろぺろ……ぴちゃぴちゃ……れぇろ……」  今まで味わったことのない感覚に、 身体がびくっと震えた。 「あー、気持ちいいんだぁ。 お尻の穴を舐められて感じるなんて、 誰にも言えないよね」 「しょうがないなぁ。 あたしがしてあげるからね。 もっとたくさん気持ち良くしてあげる」  誰にも見せられないようなことを 独り占めするのが嬉しいとでもいうように、 友希は嬉々としてお尻の穴を舐めあげる。  柔らかく熱い友希の舌が まるでご馳走を求めるみたいに、 俺の肛門に吸いついてくる。  バカみたいに恥ずかしくて、 そして、その何倍も気持ち良かった。 「あー、ガマン汁まで出しちゃって、 いけないんだぁ。お尻舐められただけで、 おち○ちんも気持ち良くなっちゃったの?」 「本当に仕方がないんだから。 このやーらしいおち○ちんは。ふふ、でも、 ちゃんとあたしが面倒見てあげるからね」  友希はぺろぺろと肛門を舐めあげながら、 手を上下に動かして、俺のち○ぽを 絞るように刺激してくる。  何もかもが友希に支配されているようで、 だけど、それが気持ち良くてたまらない。 「ふふっ、そんな顔しちゃって。 どうしてほしいの? もっと気持ち良くなりたいの?」  こくり、とうなずくと、 友希は嬉しそうに笑った。 「お尻の穴を舐められながら、 おち○ちんシゴかれるのが気持ちいいなんて、 他のみんなが知ったらどう思うかなぁ?」 「えへへ、そんな心配そうな顔しなくても、 大丈夫よ。言わないから。 二人だけの秘密だもんね」  友希は丹念に何度も何度も お尻の穴に舌を這わせていく。  ふにゃふにゃで、トロリと熱い彼女の舌の 感触を肛門で感じるという背徳感に、 ち○ぽがビクビクと小刻みに震える。  それを押さえこみ、優しく撫でまわすように 彼女の手が艶めかしく動く。 「お尻の穴、とろとろにほぐれてきたね。 おち○ちんもこんなに堅くなっちゃって、 すっごくいやらしい」 「そろそろ挿れてあげるね」  挿れるって何を、と思った次の瞬間、 友希の舌が俺の肛門を押し入るようにして 侵入してきた。  本来は排泄する器官であるその内側を 友希は舌を動かして、ぺろぺろと 丁寧に舐めまわしていく。  同時に彼女の手は俺のペニスを 弄ぶように動いてて、思わず声が 出そうなほどの快感だった。 「ふふっ、お尻の穴、気持ちいいの? おち○ちん、びくびくしちゃうの? もっと、してあげよっか?」  さっきよりも深く、友希の舌が 俺の中に入ってきて、れろれろと 内部を舐めまわしていく。  ち○ぽをしごく手はどんどんとスピードを 増してて、内側と外側から押しよせてくる 快感に頭の中が蕩けそうだ。 「ふふっ、お尻の中のほうが感じちゃうんだぁ。 彼女にこんなやーらしいことさせて、 気持ち良くなっちゃって困っちゃうね」 「でも、もっともっと気持ち良くさせてあげる。 あたしがいなかったら、だめな身体にして あげるんだもんっ」  いやらしい手つきでごしごしと ち○ぽを愛撫しながら、友希は お尻に舌を這わせる。  むしゃぶりつくように ぴちゃぴちゃと肛門を舐めあげ、 舌先を堅くしては中に挿入する。 「お尻はひくひくして、 おち○ちんびくびくしてるね。 かーわいいの」 「こんなになっちゃったら、 もうおち○ちんもお尻も、 ぜーんぶあたしのものだよね」  友希は舌先を肛門につけて、 ちゅうぅっと吸いあげはじめた。  中からは友希のつけた唾液が とろとろと溢れてきて、 感じたこともない快感が押しよせる。 「んー? 吸われるの気持ちいいの? お尻の穴感じちゃうの? じゃ、全部吸いだしちゃうよ」  今度はち○ぽを激しく擦りながら、 友希はちゅうちゅうと俺の肛門を 吸いはじめた。  小さい頃から知っている友希が 俺のこんなところを吸っているんだと 思うと、バカみたいに興奮して、  気持ち良くて仕方がなかった。 「友希、もう……」 「ん? なぁに、イキそうなの? イッちゃうの? おち○ちんから 精液出ちゃうの?」 「お尻の穴舐められて、吸われて、 気持ち良くなって出しちゃうの? 我慢できないの?」 「ふふっ、本当にやーらしいの。 いいよ。ほら、おち○ちん、 イカせてあげるね」  しゅっしゅっと、リズミカルに動く 手と、ぎゅっぎゅっと艶めかしく 握ってくる指とが巧みにち○ぽを刺激する。  その速度がどんどん早くなっていき、 射精感がみるみる高まる。  その間も友希は肛門の隅々まで 舐めるように、じゅちゅるぅっと いやらしい音を立てつづけていた。 「おち○ちん、びくびく堅くなっちゃうの? イッちゃうの? もうイッちゃう? あたしの手でイカせてほしいの?」  『イッて』と言いながらも、 友希は俺の肛門に懸命に舌を伸ばし、 吸いあげるようにして愛撫する。  俺の頭は友希の手と舌の感触で いっぱいになって、津波のように 強い射精感が押しよせた。 「あっ、あぁ……おっきくなって…… イクの? おち○ちん射精しちゃうの? お尻舐められてイッちゃうの?」 「あっ、もう、出ちゃいそうっ。 ほら、いいんだよ。我慢しないで、 おち○ちんから射精しちゃって」 「出ちゃう? 出ちゃうの? イッちゃうの? もうイッちゃうの? おち○ちん、イッちゃうの?」 「きゃっ……あぁ……精液、こんなにたくさん ……ふふっ、おち○ちん、我慢できなくて、 イッちゃったね……やーらしいのー」  精液を顔にかけられながらも、 友希は嬉しそうにしている。 「なんで……そんなに嬉しそうなんだ…?」 「だって、颯太のやーらしいおち○ちんを イカせてあげられたんだもん……」 「ねぇねぇ、気持ち良かった?」 「……あぁ……」 「どのぐらい? オナニーより良かった?」 「……オナニーとは、 比べものにならないよ……」 「やっぱり、やーらしいのー。 颯太のおち○ちんは変態だから、 あたしがいてあげないとだめだよね」 「ふふっ、良かったねー。 あたしが彼女で。普通の女の子は こんなことしてくれないんだから」 「……………」  それはつまり、友希のほうが、 よっぽどやらしいってことじゃないかと 思った。 「それでね、スイーツを作る時は とにかく計量が大事なの。 颯太くんはけっこう目分量でやるでしょ?」 「いちおうカップ使ったりして、 計ってはいるんですけど」 「んー、それだともうひとつかな。 やっぱりちゃんと計量しないと」 「パスタとかオムライスを 作るんだったら、そこまで厳密にしなくても 大丈夫だけどね」 「スイーツはほんのちょっとの違いで、 食感や味が変わってくるんだよ」 「そうなんですね。分かりました」 「……じー……」 「それじゃ、次はこのふるいにかけた 薄力粉を泡立て器で混ぜる」 「え……と、分かりました。 これはどうして混ぜるんですか?」 「混ぜたほうが空気をたっぷり含んで、 おいしくなるって感じかな」 「そうなんですね。 今まで混ぜたことはなかったです。 そこもだめだったんでしょうね」  言って俺は泡立て器を手にし、 ふるった薄力粉を混ぜはじめる。 「うん、だいたいいいんだけど、 ちょっと貸してみて」  まやさんに泡立て器とボウルを渡す。 「こういう感じでするともっといいかな。 空気が入るような気がするでしょ?」 「なるほど」  まやさんの作業に見入ってると、 「あ、颯太くん。ちょっと近いかな……」 「す、すいません」 「……むー……」 「でも、まやさんって 惚れ惚れする手つきですよね」 「……惚れ惚れとか言っちゃって……」 「普段あんまり厨房に入ってないのに、 どうしてそんなに上手なんですか?」 「んー、お菓子が好きだからかな。 家でもたくさん作るし」 「へぇ。 じゃ、こんど何か作ってきてくれませんか?」 「うん、いいよ。 颯太くんも何か作ってきてくれる? 交換しようよ」 「いいですね。分かりました」 「……こうかん……交姦…!?」 「じゃ、もう一回いいですか?」  泡立て器とボウルを受けとり、 ふたたび薄力粉を混ぜる。 「うんうん、だいぶ良くなったけど、 ちょっと手貸して?」  まやさんが俺の手をつかんで、 どういうふうに混ぜればいいのか 教えてくれる。 「こうだよ、こういう感じ。分かる?」 「はい」 「……あぁっ……手……手…… むむむぅ…!!」 「こういう感じでいいですか?」 「うん、そうだよ。うまいぞ」 「だんだんコツがつかめてきました」  その後もまやさんに教えてもらいながら、 ショートケーキを作ったのだった。  休憩中。 「ねぇねぇ颯太、ちょっと 訊きたいことがあるんだけど…?」 「ん? どうした?」 「最近、まやさんと仲いいよね?」 「え、そうか? いつも通りだと思うけど」 「……今日だって、 イチャイチャしてたじゃん」 「は? いやいや、 イチャイチャなんてしてないよ」 「見てたら分かったと思うけど、 あれは純粋にケーキ作りのコツを 教えてもらってただけだって」 「『こういう感じがいい』とか、 『もう一回いいですか』とか、 『うまいぞ』とか、やーらしいの」 「友希、落ちつこう。な。 どう聞いても普通の会話だよね? やましいことは何もないよね?」 「……だって、あたしとしたことないこと、 まやさんとしてるんだもん……」 「それはだって、しょうがないだろ」 「しょうがないけど…… でも、料理教えてもらってる内に まやさんのこと好きになったりしない?」 「なるわけないだろ。 俺が好きなのは友希だけだよ」 「ほんと?」 「本当だって。ほら、おいで」 「う、うん……何するの?」 「何してほしい?」 「…………キスがいい……」 「目つぶって」  友希の唇に唇を重ねる。 「ん……ちゅ……んちゅ……んん、んはぁ……」  静かに顔を離すと、 友希は照れたようにはにかんだ。 「ご、ごめんね。面倒くさいこと言って。 颯太のことまやさんにとられちゃうって 思っちゃったんだぁ……」 「大丈夫だよ。俺はいつも友希のこと ばっかり考えてるんだからな」 「う、うん……嬉しい…… あたしも毎日、颯太のことを考えてる」 「好きだよ」 「うん……でも、あたしは大好き……」 「そんなこと言ったら、俺だって大好きだよ」 「じゃ、あたしは、颯太が好きすぎて いつもドキドキしちゃうぐらい大好き……」 「なんで俺より上になろうとするんだ?」 「だって、颯太よりも、絶対あたしのほうが 好きなんだもん……」 「しょうがないな」 「えへへ、しょうがないでしょ」  俺たちは見つめあい、 そして、もう一度キスをした。 「すいません、マスター。 ここの部分がちょっと分からないんですが」 「ん? あぁ、ここか。 意外とやってみれば簡単なんだがな」  マスターが俺の近くに来て、教えてくれる。 「……あ、あれ? マスターと颯太、あんなに近寄って、 何してるのかなぁ…?」 「いいか? まずここはチョンチョンと、 そしてズッズズズズ、チョギチョギチョギと 最後にズッコラズッコラって寸法だわな」 「どうだ? 聞くと簡単だろ……」 「いえ、擬音ばっかりで、 なに言ってるか分かりません……」 「だから、チョギチョギチョギとだな……」 「だから何ですか 『チョギチョギチョギ』って…… いいから実地で教えてくださいよ」 「え……じ、実地って…?」 「しょうがない奴だな、お前は。見てな」  マスターが若鶏丸ごと一羽と、 香草を持ってくる。 「こうしてこの肛門にズッズズズズ、 チョギチョギチョギっと、 指で押さえつけるようにして入れるんだ」 「……こ、肛門に、 指で押さえつけるようにして、挿れる…!?」 「へぇ。ローリエとローズマリーを 肛門から入れるんですね」 「そうしたら、塩を塗りつけるから、 こう撫でまわすように手で、 ズッコラズッコラと……」 「……手で撫でまわすようにしながら、 ズッコンバッコン…!?」 「そうしたら、とろとろに溶かしたバターを ぶっかけてと」 「そ、そんな…… とろとろに溶かしたバターみたいな 精液をぶっかける…!?」 「これで下ごしらえは完了だ」 「……そ、そこまでして、 まだ下ごしらえなの…!?」 「あとは分かるな?」 「はい。 そっからは、さんざんやってますから」 「……ええっ…!? さんざんやってるって…… そんな、嘘……」 「よし、じゃ、今度はお前がやってみろ」 「分かりました! いきますよ」 「……だ、だめ。イッちゃだめだよぅ……」  休憩中、俺が一息ついてると―― 「颯太。ねぇねぇ、ちょっと、 訊きたいことがあるんだけど……」 「ん? どうした?」 「最近さ……あたしに隠してることない?」 「いや、何にもないよ」 「むー…!! じゃ、最近、颯太って マスターと仲いいよね?」 「別に普通だと思うけど。 まぁ、いろいろ教えてもらってるし、 かわいがってもらってはいるけどさ」 「いろいろ教えて…… かわいがってもらって…!?」  友希は衝撃を受けたような表情を 浮かべている。 「やっぱり、お尻の処女をマスターにっ!? そんなの普通じゃないよ。男同士だからって う、浮気は、浮気なんだからねっ」 「いや、いやいやいやっ! いったい何の話だよっ!? 「しらばっくれてもだめなのっ。 あたし知ってるんだもん」 「何を知ってるわけっ!?」 「今日、颯太がマスターと、 肛門を実地で開発する方法を 勉強してたでしょっ?」 「ローストチキンの下ごしらえのことっ!?」 「え、ローストチキン…?」 「あぁ、今日、マスターから習ってたんだよ」 「あ……そ、そうなんだ。 えへへ、勘違いしちゃった。ごめん」 「いったい、どういう勘違いをすれば、 そういうことになるんだよ……」 「……ご、ごめんね…… マスターと颯太が怪しい関係かもって 思いこんだら、あたし平静でいられなくて」 「……最近ね、ずっとそうなんだぁ……」 「そうって?」 「うんとね……す、好きすぎて…… 颯太のことになると、落ちついて 考えられなくなっちゃったの……」 「……………」  うーむ。そう言われると、 さっきのありえない勘違いも、 嬉しい気分になってくるから不思議だ。 「俺だって、友希のことになったら、 たぶん冷静でいられないから、 お互い様だよ」 「ほんと? 怒ってない? 許してくれる?」 「許すも何もないだろ。 そんなに好きだって思ってくれて、 嬉しくて仕方がないよ」 「あ……えへへ……颯太が嬉しいなら、 あたしも嬉しい……」 「あ、でも……颯太っていっつも厨房で マスターと二人きりだけど、 そのまま好きになっちゃったりしない?」  何を考えてるんだ、こいつは…… 「大丈夫だよ。どんな間違いがあっても、 それだけは間違えないから」 「そっか。ご、ごめんね。 ちょっと心配になっちゃっただけ」  友希は安心したようだった。  閉店後、マスターに許可をもらって、 俺はひとり自主練習をおこなっていた。  学校の畑で収穫した大量の ジャガイモやニンジン、ダイコンを使って 皮むきの練習をする。  いまさら皮をむくのに苦労するわけじゃない けど、やはりプロのそれと比べると 俺の技術はまだまだ拙い。  以前、マスターに皮むきするところを見せて もらったけど、速すぎて手元が見えなかった。  あの域に到達するには まだまだ時間がかかるだろう。  何はともあれ、練習あるのみだ。  もっと速く、もっと正確に。  全神経を包丁と野菜に集中して、 一心不乱に皮をむいていく。 「……むむむぅ…………」  皮むきの練習を終えると、 続いてフライパンをとりだして、 そこに大量の塩を入れた。  フライパンを振るい、 塩がこぼれ落ちないように 宙に舞わせていく。  最初は何でもない作業だが だんだんと時間が経つごとに、 腕が辛くなり正確性が落ちていく。  しかし、プロの料理人にもなれば、 一日中、フライパンを振りつづけるのは 日常茶飯事だ。  どれだけフライパンを振るっても、 びくともしないだけの持久力を 手に入れる必要がある。  俺は全神経を塩とフライパンに集中して、 ただひたすらに練習にとり組んだ。 「……あ、あんな目で見てるぅ…!!」  もはや日課のようになった練習を終え、 厨房を片付けると俺はフロアに向かった。  すると、友希が仁王立ちして待っていた。 「あれ、待っててくれたのか?」 「あのさ、颯太の野菜を扱う手つきって、 いやらしいよねっ?」 「今度は何に嫉妬してんのっ!?」 「フライパンも包丁もあんなに優しく触って、 あんなに真剣に見つめて……何してたの?」 「料理の練習だよねっ!? それしかないよねっ!?」 「でも、軽くイッちゃったとかないわけ?」 「ないよっ。まったくないよっ! 友希が考えてることは、 ナッシングスペシャルだよっ!」 「でも『神様に誓えるか』って訊いたら、 黙っちゃうわけでしょ?」 「誓えるよ! むしろ誓わせてくれるっ!?」 「……むむむぅ……本当かなぁ…?」  うーむ、 ちょっと変なスイッチが入っちゃってるな。 「友希、頭を冷やしてあげようか?」 「どうやって……あ……ちょっと待って…… あたしまだ訊きたいことが……あ……」 「ん……ちゅ……ん……ん……んちゅ…… あ……んぁ……んはぁ……」  友希の唇を咥えるようにキスして、 ぎゅっと抱きしめる。 「落ちついた?」 「あ……う、うん……ごめんね。 あたし、ちょっと……変になってたかも……」 「まぁ、俺を好きすぎるから、 しょうがないよな」  笑いながら言った。 「……ばか……だって、颯太が料理に ばっかり熱心だったから、ちょっと 悔しかったんだもん……」 「じゃ、フライパンと包丁を触るみたいに、 友希のことも触ってあげればいいのか?」  言いながら、彼女の身体に手を伸ばす。 「……あ……やだ…… マスターまだ事務所にいるから、 だめだよ……」 「いなかったらいいのか?」 「……でも、いるもん……」 「友希はかわいいよな。よしよし」 「……あ……ぅぅ…… そうやって嬉しいことばっかりして…… もう……」 「着替えて、帰ろうか」 「うん。ねぇねぇ颯太、 今度、あたしのことも料理してくれる?」 「……え…?」 「あははっ、やーらしいのー。 帰ろっか?」  俺をからかえて満足したのか、 友希はとても楽しそうだった。  カリカリカリ、とシャーペンを 動かす音だけが教室に響いている。  今日から期末テストで、 まさに今、テストの真っ最中なのだ。  俺が必死に目の前の問題と 格闘してると、カタン、と 隣からペンを置く音が聞こえた。  慌てて時計を見るも、 まだ残り時間は15分あった。  チラリと横を見れば、 友希が余裕の表情を浮かべていた。  普段、下ネタばっかり言ってるくせに こいつは頭いいよなぁ。  一瞬そんなことを考えるも、 すぐにテスト中だということを思いだす。  残り15分、俺は必死に問題を解いた。 「あー、終わったー、疲れたー。 ねぇねぇ颯太、テストの気晴らしに 遊びにいこうよ」 「まだ初日が終わっただけだぞ。 気晴らしには早いんじゃないか?」 「えー、でも、早く終わったんだし、 ちょっとぐらい遊んでも良くない?」 「明日のテスト勉強はどうするんだ?」 「しないよ。もう十分だもん」 「優等生の台詞だな……」  俺も勉強してないわけじゃないけど、 仕上げの一夜漬けをやめれば成績が落ちる。 「じゃ、マックでごはん食べてくぐらいは いい?」 「まぁ、それぐらいなら」 「やったぁ。そしたら、その後、 颯太の家に行って勉強見てあげるね」 「いいのか? いや、そうしてくれると 助かるけどさ」 「いいよ。あたしが先生役をするからには 学年10位を目指すわよー」 「普通に無理だから勘弁してくれ。 60位ぐらいでいいから」 「えー、つまんないのー。 まいっか。じゃ、60位以内でいいんなら、 ついでにえっちな勉強も教えてあげよっか?」 「……な…?」  えっちな勉強だって!?  まさか、そんなことが 本当にこの世に存在したとは―― 「あー、やーらしいのー。 颯太ってそーいうの好きだよねー」 「お前から言いだしたんじゃんっ」 「あははっ、あたしは冗談だもん。 じゃ、行こっか」 「おう」  若干腑に落ちないながらも、 俺はそう返事をした。 「そういえば、明日の誕生日、 何が欲しい?」 「あれ? みんなでプレゼントくれるんだよね? 『もう買った』って彩雨が言ってたわよ」 「それはそうなんだけど、やっぱりお前の 彼氏としては、みんなでひとつのプレゼント ってわけにいかないだろ」 「…………っ!!」 「ん? どうした?」 「ご、ごめんね。聞こえなかったから、 もう一回言ってくれる?」 「えーと、だから、 みんなでひとつのプレゼントって わけにはいかないだろ」 「うんとね、その前」 「前? えーと、 やっぱり、お前の彼氏としては」 「……お前の彼氏としては……」 「……おーい、どうした?」 「えへへ。ごめんね。聞こえなかった。 もう一回言ってくれる?」 「えっ? だから、お前の彼氏としては、 みんなでひとつのプレゼントってわけには いかないだろって」 「えへへ……あ、ま、また聞こえなかったわ。 もう一回っ」 「……………」 「……だから、みんなが 俺は俺でプレゼント買ったほうがいい って言うから、そうしようと思って」 「えー、違うじゃん違うじゃん。 『お前の彼氏としては』だよねっ!」 「つまり、聞こえてたんだよねっ!」 「あ……あ、あはは…… だって、何度でも聞きたかったんだもん……」 「まったく、お前は。 そんな嘘つかなくたって、 いくらでも言ってあげるよ」  自分で言いつつ、ちょっと照れた。 「……本当に?」 「あぁ、言ってほしいんならな」 「じゃ、言ってくれる?」 「お前の彼氏としては、お前の喜ぶ姿が 見たいから、お前の欲しい物を 買ってあげたいんだ」 「……えへへ……どうしよう…? 顔ニヤけちゃうぐらい嬉しい……」  かわいいな、こいつ。 「それで、何か欲しい物ないのか?」 「うんとね、物は全然ないんだぁ。 だけど、やりたいことがあって、 いま新渡町に三浦占子が来てるんだって」 「……誰だ?」 「知らないの? 有名な占い師よ。 テレビにも出てるのに」 「最近、ぜんぜんテレビ見てなかったからな」  まぁ、それはともかく。 「その三浦占子に、 占いをしてもらいたいってことか?」 「うん。颯太と一緒に相性占い…… したいなぁって、だめ?」 「いいよ。面白そうだしな」 「それじゃ明日、ナトゥラーレで 誕生パーティが終わった後、 新渡町に行くか?」 「やったぁ! イクイクッ! 楽しみだなぁ。ぜったい約束よ」 「あぁ」  翌日――  ナトゥラーレを貸し切りにしての 誕生パーティは大盛り上がりだった。 「それじゃ、 いったんここでお開きということで、 この後、二次会というのはどうだい?」 「素敵な考えなのです」 「まひるも二次会に行くんだっ。 ネクタイを頭に巻くんだぞっ!」 「お腹いっぱいだし、 カラオケとかがいいかな?」 「友希は何かしたいことありますか?」 「あ……えぇと……ご、ごめんね。 ちょっと約束があって……」  友希がちらりと俺のほうを見てくる。 「や、約束があるんなら、 仕方がないよなぁ。はは……」 「ふむ。 ああいうのを何と言うんだったかな?」 「まひるは知ってるんだ。 泥棒の始まりっていうんだ」 「まひるちゃん、それは嘘つきのことなのです。 私が思うに『語るに落ちる』が正解では ないでしょうか」 「でも、分かるかな。 せっかくの誕生日なんだから、 恋人と二人きりでいたいよね」 「それに七夕ですし」 「みんなで楽しく過ごすよりも、 恋人とロマンチックな一夜を過ごしたい、 というわけだね。いやぁ、それは仕方ない」 「……ね、ねぇねぇ颯太、 みんなに責められてる?」 「大丈夫大丈夫。 祝福してくれてるんだよ」  たぶん。 「じゃ、誕生会はここで終わりとして、 ここからは独り身同士の七夕パーティでも しようじゃないか」 「賛成かな。幸せそうな二人を見てたら、 独りでいると寂しいし」 「颯太と友希は仲間外れにしてやるんだっ。 まひるの頭ネクタイを邪魔した バチが当たればいいんだっ」 「芹川さんも行かれますか?」 「はい。みんなが行くんでしたら」 「それじゃ、ごゆっくり」  というわけで、みんなに 温かく送りだされた俺たちは 新渡町にやってきた。  三浦占子がいると言われる路地のほうへと 歩いていくと、途中ですごい行列に 出くわした。 「……めちゃくちゃ並んでるな」  しかも、七夕だからかカップルが多い。 「……やめとく?」 「変な気を遣うなって。 占いしたかったんだろ?」 「でも、すっごく時間かかりそうよ」 「大丈夫だよ。友希といれば、 時間なんて一瞬で過ぎるんだからさ」 「あ……えと……えへへっ…… じゃ、並ぼっか?」 「おう」  俺たちは行列の最後尾についた。 「ふふっ、楽しみだね。 ちょっと不安だけど」 「なんで不安なんだ?」 「だって、相性悪いって言われたら、 どうしよう?」 「悪いわけないだろ。 子供の頃からずっと一緒にいるんだから」 「相性悪かったら、とっくにケンカでもして 会わなくなってたんじゃないか?」 「そっかぁ。颯太に言われると、 そんな気になるね」 「逆にさ、相性良すぎたらどうする?」 「えっ? 相性良すぎたら嬉しいじゃん」 「相性良すぎて、一緒にいたら、 二人とも楽しすぎてダメ人間になるって 言われたら?」 「そしたら、一緒にダメ人間になる」 「いいのか?」 「うん、颯太とだったら、 ダメ人間になってもいい」 「俺も、友希とだったら、 ダメ人間になってもいいよ」 「えへへ……嬉しい……」 「って言っても、占いなんて 当たるもんじゃないしな」 「えー、それを言ったら面白くないじゃん」  そんなふうに楽しく会話をしている内に 時間はみるみる過ぎていく。  あっというまに俺たちの出番がやってきた。 「いらっしゃい」  三浦占子は思ったよりも若い女性だった。  しかし、占い師だけあって、 妙に雰囲気がある。  その一挙手一投足を見てると、 本当に何か神秘的な力を持っているような 気さえしてくるから不思議だ。 「今日は二人の相性を占いにきたんだね?」 「はい、そうです」  おぉ、まだ何もしゃべってないのに 俺たちの目的を当てたぞ。  まぁ、七夕にカップル二人で来てるんだから、 占うまでもなく、そう考えるのが妥当だろう。  こうやって推理して、 占いをしてるっぽく見せるんだな。 「二人は子供のころから一緒にいるね?」 「え……はい……」  どういうことだ?  俺たちが幼馴染みなんてことは、 推理しようがなかったはずだけど…? 「付き合いはじめたのは最近だね?」 「そうです」 「なるほど。あなたの誕生日は今日だね? それで二人で占いにきたんだ」 「……どうして、そんなことまで 分かるんですか?」 「見えるのさ。人には見えない 色んなことがね」  うーむ、すごいな。 どうやって見抜いてるのか全然わからない。  いや、もしかしたらだけど、 この人は本物なのかもしれない。 「それじゃ、俺たちの相性も占えますか?」 「あぁ、いいよ。すぐに占ってあげよう」  三浦占子は水晶玉を持ちあげ、 それを通して俺と友希の姿を見つめる。  十数秒ぐらい彼女は微動だにせず、 鬼気迫るような表情を浮かべていた。  やがて、三浦占子は水晶玉を 台に戻す。そして、俺たちを睨んだ。 「相性は最悪だね。こんなに悪い相性の二人に あったのは初めてだよ。近い将来、 必ず別れることになるだろう」 「嘘……」 「でも、俺たち別れる気なんて まったくありませんよ」 「本当かい? 嘘じゃないだろうね?」 「いやいや、嘘なんてつきませんよ。 なぁ、友希」 「うん」 「ふむ、それは困ったことだね。 もし、こんな悪い相性の二人が ずっと一緒にいたとすれば――」 「悪い気がたまって、二人を強制的に 別れさせてしまうだろう」 「きょ、強制的にって…?」 「悪いことが起きるかもしれない、 ということだね」 「し、死んじゃったりするの?」 「そこまでは分からないよ。 ま、あたしとしては別れることを 勧めるよ」 「……………」 「……………」 「他に占いたいことはあるかい?」 「いえ……」  代金を支払い、俺たちはその場を後にした。 「どうしよう…? 颯太、あたし、別れたくないよ。 せっかく付き合えたのに……」 「大丈夫、ただの占いだって。 気にすることないよ」 「でも、あたしたちのこと、 あんなに言い当ててたし……」 「そうだけど、アレもきっと何か 仕掛けがあるんじゃないか?」 「……うん、そうだね……そうだけど……」  友希は不安で仕方がない様子だ。  まぁ、ただの占いって言っても、 あれだけはっきり忠告されると 気になるよなぁ。  それにせっかくの誕生日なんだ。  友希をこんな気持ちにさせたまま、 終わらせるわけにはいかない。  俺は考えを固めると、彼女の手を引いた。 「行こうっ!」 「い、行くってどこに?」 「決まってるだろ、他の占い師のところだよ。 いい結果に上書きしてやろうぜっ」 「……うんっ!」  俺たちは走りだし、 新たな占い師を探しまわった。  しかし―― 「あなたたちの相性は最悪です……」 「アナタタチーノ、アイショーハ、 サイアクデス」 「二人の守護霊が犬猿の仲です。 長くいることはできないでしょう」  結果はことごとく最悪だった。 「……もう、他の占い師はいないね……」 「そうだな……」  どの占い師に訊いても 「相性は最悪」 「近いうちに別れることになる」 という結果だった。 「やっぱり……別れちゃうのかなぁ…?」 「そんなわけないだろっ。 友希は俺と別れたいのか?」 「ぜったい別れたくないっ!」 「だったら、大丈夫だよ」  とはいえ、あれだけ別れると言われて、 まったく気にしないでいるっていうのも 難しい。  何とか占いを無効化する方法は ないものか…?  お祓いでもすればいいのか?  でも、占いをお祓いなんて 聞いたことないしな。  そもそも、いつ起こるか分からない っていうのが問題だよな。  一週間以内とかだったら、 それが過ぎれば問題ないわけだし。  あ――――!  そうだ。その手があった。 「いいことを思いついたよ、友希。 要は占いの通りにすればいいんだよ」 「ど、どういうこと?」 「だから、いったん別れて、 また付き合えばいいんだ!」 「そうしたら、別れるっていう占いは もう効果がなくなるだろ」 「そっかぁ。そうしたら、 いつ別れるのかなって気にしなくて 良くなるもんねっ」 「あぁ、完璧だ。じゃ、いいか?」 「うん……」  演技でも本当はこんなこと 言いたくなかったけれど、 仕方がない。  なるべく明るい声で俺は言った。 「友希、別れよう」 「やだ」 「いや、やだって……」 「やなの。別れたくない」 「でも、ほら、また付き合うし」 「それでも、やなんだもん。 颯太と別れたくないんだもんっ」  俺は友希を諭すように言う。 「それでも、別れなきゃならないんだ。 分かってくれるだろ」 「どうして?」 「そうしないと、俺たちは永遠に あの占いを恐れることになる」 「何をしてても、どんなに楽しくても、 あの占いのことが気になって仕方がなくなる。 そんなの嫌だろ?」 「……それは嫌だけど……」 「じゃ、分かってくれるな?」 「どうしても?」 「どうしてもだ」 「……うん、分かった……」 「それじゃ、また10分後、 もう一度この場所で付き合おう」  そう言い残し、 俺が踵を返そうとすると、 「待って、颯太っ!」  友希が俺を引き止めた。 「やっぱり、あたし…… やっぱり別れたくないよっ!」 「だけど、占いが……」 「占いなんて、どうでもいいじゃん。 だって、あたしの『好き』って気持ちは 占いなんかに負けないんだもんっ!」 「あたしの『好き』って気持ちは 占いなんかに左右されるほど 弱くないんだもんっ!」 「颯太は違う? やっぱり占いが気になる?」 「いや、俺はもともと占いなんて 気にしてないよ。むしろ、 友希がそう言ってくれるのを待ってた」 「ご、ごめんね。 占いなんかで落ちこんじゃって。 最初から気にしなきゃ良かったね」 「そうかもな。でも、あれだけ占いに 怯えてた友希が、俺を好きな気持ちは 占いに負けないって言ってくれてさ」 「すごく嬉しかったよ」 「……ご、ごめんね……ただの占いでも 颯太と別れるかもって思ったら、 ちょっとパニクっちゃった……」 「颯太があたしのために一生懸命 他の占い師さん探してくれたりして、 すっごく嬉しかった……」 「だから、えぇと……あの占いのおかげで、 もっともっと、颯太のことが好きに なったよ……」 「別れるっていう占いで、 もっと好きになるんなら、 怖いものなしだな」 「うん……颯太がいれば、 怖いものなんて何もないもん……」  他の誰かが見れば、ものすごく茶番だと 思ったかもしれないけれど――  かくして、俺たちは互いの気持ちを 強く確かめあったのだった。  今日の閉店作業がだいたい終わり、 俺はマスターと雑談していた。 「――じゃ、マスターって、 ナトゥラーレをオープンした時は 調理師免許持ってなかったんですか?」 「まぁな。前働いてた店はやたら忙しかったし、 辞めた後もナトゥラーレのオープン準備に 追われて、とりにいく暇もなくてな」 「それじゃ、奥さんが調理師免許を 持ってたんですか?」 「ん? いや、妻も持ってなかった。 そもそも料理自体、そんなに 得意じゃなかったもんでな」 「そうなんですね。 てっきり、奥さんも上手なんだと 思ってました」 「まぁ、下手じゃなかったんだが……」  マスターが何か言いたげな視線を 向けてくる。 「颯太、お前、付き合いだしてから、 友希の手料理は食べたか?」 「えっ? いや、付き合いだしてからは まだ食べてないと思いますけど…?」 「お前も料理人の卵だ。 味にはうるさいかもしれんが 最初が肝心だぞ」 「もしも、手料理を作ってもらったら、 『美味い』と言ってやれ」 「それはまぁ、そうしますけど。 どうしたんですか、いきなり?」 「いや……分かってるんならいいんだ。 ほんの老婆心だわな」 「もしかして、マスター、 奥さんの手料理を『美味い』って 言わなかったんじゃ…?」 「……それだけじゃなく、 ちとダメ出しをな…… しかも結婚当初に……」 「何してるんですか、 最低じゃないですか」 「おう……俺も若くてな…… 料理のことには妥協できなかったんだわ」 「そんな変な料理を作ってきたわけじゃ ないんですよね?」 「普通のハヤシライスだった…… 次はハンバーグで、その次が肉ジャガだ」 「妻の作る料理にダメ出しするだけだと、 口だけになるだろ。それはまずいと思って、 同じ料理をばっちし完璧に作ってやってだな」 「火に油ですよ……」 「まったくだ…… 俺がダメ出しした料理は、 妻は二度と作らなかったよ……」 「それはそうですよ」 「まぁ、お前が分かってるんならいいんだ。 で、どうだ、友希とは仲良くやってるのか?」 「はい。まぁ、いつも通りですよ」 「そういえば話を戻しますけど、 ナトゥラーレって最初はマスターと 奥さんの二人だけで始めたんですよね?」 「おう。それがどうした?」 「二人とも調理師免許を持ってなかったら、 開店できないんじゃないですか?」 「あぁ、それな。よくある勘違いなんだが、 飲食店を営業するのに調理師免許は 別にいらないんだわ」 「え……それ、本当ですか?」 「おう。保健所に営業許可を申請するのに 食品衛生責任者っつー資格が必要なんだが、 これは講習を1日受ければとれるからな」 「お前だって店さえありゃ、 すぐに開業できるって話だわな」 「……じゃ、調理師免許って、 何の役に立つんです?」 「さっき言った講習が免除されるだろ。 あとは調理師って名乗れるようになるわな」 「それだけですか?」 「おう。あるに越したことはないが、 なくても別に構わない資格だな」 「でも、調理師って名乗れたほうが お客さんに信用してもらえるとか、 ありませんか?」 「お前、飲食店に入る時に わざわざその店の料理人が調理師免許を 持ってるか確認するか?」 「あ……そうですね。しませんね……」 「ていうか、そもそも、 飲食店の料理人はみんな調理師免許を 持ってると思ってましたし」 「だいたいの客はお前と同じ意識だわな」 「ま、早い話、調理師免許をとるよりも、 どんな店にしたいのかってのを じっくり考えるのが先決ってことだ」 「そうですね。ありがとうございます。 参考になりました」 「颯太。お前、進学はしないのか?」 「はっきり決めたわけじゃありませんけど、 たぶん、しないと思います」 「進学したからって料理人に なれるわけじゃありませんし」 「どっかの店で働いて、お金を貯めながら 修行するのが一番近道かなって 思うんですけど…?」 「まぁ、お前は一通り基礎はできてるんだから、 いまさら調理師学校に行くこともないだろう しな」 「俺なんか中学卒業したら もう店で働きはじめたし、問題ないと思うぞ」 「んまぁ、しかし、店を持つって話になると、 色々と困ったことも出てくるかもな」 「そうなんですか?」 「あぁ、まず経理やらなんやらを 自分でやらにゃならんだろ」 「今は美味くて安い料理を出してれば 黙ってても客が来るって時代でもないし、 その辺のことも考えなきゃならねぇ」 「俺は学はないし、頭を使うのは苦手なもんで、 その辺は最初、そうとう苦労したわな」  まぁ、今でもマスターは けっこう疑問のある経営をしてるしな。 「どうやって解決したんですか?」 「俺の時は妻がとにかく頭が良かったんで、 そこら辺は頼りっぱなしだった」 「あいつが学生受けするメニューやら 店内のレイアウトやら小物やらを 色々と考えてくれてな」 「おかげで亡くなった後も、 こうして細々とやってこれたってわけだ」 「……そうだったんですね」 「悪いな。参考にならなくて」 「いえ、勉強になりました」 「まぁ、お前は俺より頭がいいだろうし、 真面目だから、何とかなるだろ」 「だといいんですけどね」 「何か訊きたいことがあればまた相談しろ」 「ありがとうございます」 「んじゃ、フロアもぼちぼち片付いただろうし、 帰るとするか」  私服に着替えた後、友希を待ってると、 「ふぅん。なるほどね」  妖精が現れて思わせぶりなことを 言ってきたので、とりあえず無視した。 「ふぅん。なるほどね」  無視だ、無視。 どうせまた変なことを言いだすに違いない。 「そうか。そういうことだったのか」 「……………」 「まったく。何ということだろうね」 「分かったよ。訊いてるやるよっ。 何がいったい、どうしたんだ?」 「君はどうしてそんなに自分の店を 持ちたいんだい?」 「お前にしては珍しく恋愛絡みじゃない 質問だな」 「ぼくは本来、色んな分野に興味があるんだ。 政治、経済、医療、科学、宗教、 人間はどこから来て、そしてどこへ行くのか」 「考えただけで夜も眠れないよ」 「分かった分かった。 答えてやるから、それ以上言わなくていいぞ」 「って言っても、まぁ、 大した理由はないんだけどな。 強いて言うなら男のロマンか」 「自分の好きな分野でさ。 こう一国一城の主になりたいっていうか、 そういうのってみんな憧れるだろ」 「ふぅん」 「お前、自分で訊いといて 全っ然興味ないだろ」 「そんなことはないよ。 それじゃ、質問を変えるけど、 いつからそう思うようになったんだい?」 「いつ? いつだったかなぁ…?」  確かそうとう昔だったと思うんだけど…… 「なにせ親が言うには俺が子供の頃から 言ってたみたいだからな。 具体的にいつってのは思い出せないよ」 「何が思い出せないの?」 「あ、い、いや……」  しまった。油断してたな。 「あれ? 今、マスターと話してなかった?」  友希がキョロキョロとフロアを見回すが、 当然彼女にQPの姿は見えない。 「いや、ただの独り言だよ。 何かやらなきゃいけないことが あったんだけど、ぜんぜん思い出せなくてさ」 「……本当に? 大事なこと?」 「いや、大したことじゃないと思うよ」 「じゃ、まいっか。 きっとそのうち思い出すよ。帰ろ」 「おう」 「公園寄ってから、帰ってもいい?」 「ん、いいぞ。どうしたんだ?」 「うんとね、ちょっと颯太と一緒に 歩きたくなっちゃっただけ。だめ?」  そんなかわいらしく訊かれて、 だめなんて言えるわけがない。 「もちろん、いいぞ。行こうか」 「うんっ!」  夜の公園を友希と手をつなぎながら、 ぶらぶら歩いていた。 「座ろっか。颯太はずっと立ち仕事だから、 疲れたでしょ?」 「そんなこと言ったら、友希だってそうだろ」 「あたしは平気だもん。 ほら、いいから座って」  友希に押されて、俺はベンチに座らされる。 「喉渇かない? 何か飲み物買ってこようか?」 「じゃ、俺も一緒に行くよ」 「自販機すぐそこだから大丈夫よ。 颯太はそこで休んでて。お茶でいい?」 「あぁ」 「じゃ、行ってきまーす」 「君にはもったいないぐらいの いい彼女だね」  また出やがったな。 「うるさいぞ、小動物。 デートを冷やかしにくるな」 「おや? いったい、誰のおかげで 彼女と付き合うことができたんだったかな?」 「う……お、恩に着せるつもりか」 「まさか。君がぼくを邪険に扱わなければ、 こんなことは言わないよ」 「ていうかさ、お前がついてくると、 二人きりでデートしてる気分になれなくて、 嬉しさが半減するんだけど……」 「ぼくだって恋の妖精だよ。 何も遊び半分でデートに ついてきてるわけじゃないよ」 「じゃ、いったい何でついてきてるんだよ?」 「君の恋は成就しただろう? そうすると当然、 次の問題が表れることになる」 「次の問題? 聞いてないぞ」 「恋が成就する前に言っても 仕方がないことだったからね」 「だけど、今こそ説明する時が来た。 これは決して避けられない問題なんだ」 「……何なんだ、その問題って?」 「考えてごらん。ぼくは恋の妖精だ。 そのぼくが君の恋を成就させた。 そうすると、必ず起こることがあるだろう?」 「いや、そう言われても、 恋の妖精のことなんか俺は知らないぞ」 「簡単なことだよ。 たとえ知らなくても論理的に考えれば、 導きだせるはずだ」 「恋の妖精が、恋を成就させた時に 起こること……」 「つまり、仕事がなくなって暇なんだ」 「遊び半分でついてきてるんじゃねぇかっ!」 「え…?」 「あ……」  しまった。 また気がつかなかった。 「やれやれ。 あいかわらず君は周りが見れないね」  うるさい。元はと言えばお前のせいだろ。 「ねぇねぇ……颯太って誰と話してるの?」 「いや、その、誰と話してるってわけじゃ……」 「嘘だぁ。だって、いっつもそうやって 誰かと話してるよね? あたし、ずっと 気になってたんだもん」  マジか…… 「颯太がそのうち教えてくれるかな って思ってたから訊かなかったけど ……あたしには言えないことなの?」 「言えないっていうか……」  何とかうまいごまかし方を考えてみるも、 ずっと不審がられていたとなると、頭が おかしい人のフリをする以外に方法はない。  当然、そんなことはできないわけだけど…… 「言えないわけじゃないなら、教えてほしいよ。 そうじゃないと、あたし、心配だもん」  だよなぁ。 「あのな、友希。 たぶん本当のことを話しても、 お前は信じてくれないと思うんだ」 「それどころか、ますます心配することに なるんじゃないかと思う」 「ぜったい信じるから」 「……約束できるか?」 「うん。颯太の言うことなら、 ちゃんと信じる」 「じゃ、言うけどさ」  友希を信じ、思いきって 言ってみることにした。 「じつは俺にだけ妖精が見えるんだ」 「え…? 妖精?」  うん、これはだめな反応だ……  けど、とりあえず最後まで説明してみよう。 「そう、恋の妖精でさ。QPっていうんだけど。 友希との仲をとりもってくれたりとか、 いろいろアドバイスしてくれるんだよ」 「そ、そうなんだ……」  引いてる。完全に引いてるぞ。 「……し、信じてくれないのか?」 「し、信じるよ。 颯太の言うことなら、うん……」 「信じてるんだけど、でも、 1回だけ、あたしと一緒に 病院に行ってみない…?」 「……………」  まったく信じてねー。  まぁ、しょうがないよな。 実際QPが見えてる俺でさえ、 最初は信じられなかったんだから。  参ったな。どうしようか? 「初秋颯太。明日、あのリンゴの樹の下に 友希を連れてくるといいよ」 「そうしたら、彼女にも ぼくの姿を見せてあげるから」 「本当か? そんなことできるのか?」 「うん。リンゴの樹の下なら、 ぼくの力も強まるからね」 「分かった」 「そ、颯太? 大丈夫? おかしくなっちゃったの?」 「えぇと、友希、信じられない気持ちは すごくよく分かる」 「だけど、明日、QPの姿を見せるから、 ちょっと俺に付き合ってくれないか?」 「もし、それで友希にQPが見えなかったら、 病院でもどこでも行くからさ」 「ほんと? 約束してくれる?」 「あぁ、約束するよ」 「うん、分かった。 じゃ、えっと、明日どこに行くの?」 「学校で待ち合わせしよう。 朝10時でどうだ?」 「えぇと……む、迎えにいくねっ」 「でも、友希の家のほうが学校に近いだろ」 「そうだけど、迎えにいきたいから、ね。 いいでしょ?」 「いいけど……」 「良かった。じゃ、今日はもう帰ろ。 家まで送っていくから」 「いや、俺が送っていくよ」 「あたしは大丈夫だから。 心配ならタクシーで帰るし。 ほら、行こうよ」 「……………」  どうやら、そうとう頭の具合を 疑われているようだった……  翌朝。友希と一緒に学校の裏庭に やってきた。 「おーい、QP。来たぞー」  リンゴの樹に向かって呼びかける。  けど、返事がない。 「……………」 「QP、どこにいるんだ?」  やはり、返事はない。  おいおい、マジかよ。 「……ちょ、ちょっと待ってな、友希。 あいつ結構いいかげんな奴でさ」 「うん。颯太が満足するまで待つよ」  この作ったような笑顔、 完全に正気を疑われてるな…… 「QP、早く出てきてくれよ。 このままだと本気で病院いくことに なるんだけど」  リンゴの樹に向かって、 俺は切実に呼びかける。  すると―― 「やぁ、初秋颯太。待たせたね。 最近、どうも腰が重くてね」 「それ、やる気がないってことだよねっ!」 「妖精にとって『やる気がない』っていうのは、 人間でいえば『体が不調』だと考えてくれて いいよ」 「……本当なんだろうな……」 「ねぇねぇ颯太、QPと話してるの?」 「あぁ、うん。 QP、友希にも見えるようにできるんだよな」 「あぁ。 それじゃ、行くよ」 「……………」 「……………」 「……………」  しばし辺りを無言が包みこんだ。 「どうした? 何も起こった気がしないぞ」 「おかしいね。魔法がうまくいかないみたいだ」 「は?」 「まぁ、できるも八卦、 できないも八卦だからね」 「いやいや、いやいやいやいやっ! この状況でできないとか、 まったく冗談が通じないんだけどっ」 「何を言っているんだい、君は。 冗談じゃなく本気だよ」 「だからシャレにならないんだってっ!」 「そう言われても、ない袖は振れないよ」 「借金してでも何とかしてくれないっ!?」 「ねぇねぇ颯太、QPはなんて言ってるの?」 「いや……その…… ちょっと今日は魔法が うまくいかないみたいで……」 「ま、また別の機会にっていうことじゃ、 だめか?」 「うん、もちろんいいよ」 「そ、そっか。良かった」 「じゃ、病院いこっか? 日曜日って精神科もやってたっけ? あれ? 幻覚って精神科でいい?」 「いや、あの、友希…… 俺はその病気なんかじゃないって言うか……」 「うんうん、分かってる分かってる。 颯太は病気なんかじゃないよ。 ちょっと幻覚が見えるだけで、すぐに治るよ」 「……あ、いや、ごめんっ。 今までのはぜんぶ嘘なんだっ。 ビックリした? ドッキリ成功ーっ!」 「うんうん、分かってる分かってる。 じゃ、病院いこっか。約束したもんね」 「往生際が悪いね。病院ぐらい、 男らしく行ってきたらどうだい? 「お前こそ、男らしく約束守ってよねっ!」 「うんうん、颯太も男らしく約束守ろうね。 ほら、怖くないからおいで」 「待て、もうちょっと、もうちょっとだけ。 な、なぁQP、何か方法はないのか?」 「そうだね。とっておきの秘策があるよ」 「なんだ、それは? 教えてくれっ!」 「覚悟を決めるんだ」 「嘘だろぉ…!!」 「大丈夫よ。颯太にはあたしがついてるからね」  友希が俺の手をとり、歩きだす。  俺の背中にQPが言った。 「いい診断結果が出るといいね」 「うんうん、そうだね。 颯太がやっと病院に行く気になってくれて、 あたしも嬉しいよ」 「えっ? お前、今…?」 「ん?」 「どうかしたかい?」 「あ……ええぇぇっ!? な、な、何これっ!?」 「おや? どうやら今頃になって 魔法が効いてきたみたいだね」 「しゃ、しゃべってる。浮いてるっ。 こっち見てるぅっ!?」 「友希、QPが見えてるんだな?」 「QP? これが颯太の言ってたQPなの? 嘘……本当にいたんだ……」 「初めまして友希、ぼくは恋の妖精QPだよ。 君たちの恋を成就させるために、 はるばる妖精界からやってきたんだ」 「う、うん……」  友希はまだ信じられないといった様子だ。  まぁ俺もそうだったし、無理もないな。 「よく分からないけど、QPが あたしと颯太の恋を叶えてくれたってこと?」 「それは違うよ。 あくまで恋を叶えたのは君たち自身だ。 ぼくはただ手助けをしただけだよ」 「そっかぁ。でも、ありがと。 あたし、颯太と付き合えてすごく幸せだもん」 「それは良かった。 初秋颯太、どうやらぼくの役目は ちゃんと果たせたようだよ」 「――だから、これでお別れだ」 「え…? お別れってなんだよ?」  あまりに唐突すぎて、 すぐには理解が追いつかなかった。 「じつはもう人間界に留まるだけの力が 残っていないんだ」 「は? ちょっと待て。 そんなこと一言も 言わなかったじゃないか……」 「特に訊かれなかったからね」 「いや、訊かれなかったからって…… そもそも、こんな急な話ってないだろ」 「別に問題ないじゃないか。 君は恋を成就させたんだ」 「またいつもの暮らしに戻るだけさ。 君だって、ぼくがあれこれ口出しするのを 面倒臭いと思っていただろう」 「そうだけど……なぁ、あと1日ぐらい 延ばせないのか?」 「1日延ばしてどうするんだい?」 「お別れ会でもしようぜ。 人間はさ、こんな急に別れるもんじゃ ないんだよ」 「あいにくとぼくは妖精だからね。 それに1日延ばすのはできそうもない」 「だけど、会えなくなるわけじゃないよ。 ただ姿が見えなくなって、声が聞こえない。 それだけのことだよ」 「ぼくはいつでもここにいる。 会いたければ、会いにくればいい。 それじゃ――」 「おい、QP、待てよ。まだ――」 「さようなら。楽しかったよ、初秋颯太」 「……何だ?」 「餞別代わりだよ。 君が大切なことを思い出せるように 魔法をかけておいた」 「QP? おいっ、待てって、 まだ言いたいことが……QPっ!」  あっというまの出来事だった。  QPが光に包まれたかと思うと、 目の前からもうその姿が消えていた。  代わりに、地面には 数枚のリンゴの花びらが残されている。 「……本当に、最後まで勝手な奴だな……」  この気持ちをどう表せばいいのか、 うまく言葉にならなかった。  俺が地面に落ちた花びらを 呆然と見つめてると―― 「……QPは颯太の友達だったんだね」 「友達?」 「うん、だって、そうでしょ。 颯太はいつも楽しそうに 独り言いってたもん」 「あれはQPと話してたんでしょ?」 「あぁ、まぁな……」  友達、か。  確かにそうだな。 「傍迷惑で何をしでかすか分からない奴 だったけど、一緒にいてすごく楽しかった」 「信じられないことが毎日起きてさ。 まったく飽きなかったよ」 「いいなぁ。颯太ばっかり。 あたしもQPと遊んでみたかった」 「大変だぞ」 「でも、楽しかったんでしょ?」 「……まぁな……」 「……落ちこんでる?」 「そりゃ、いきなりだったから、 ちょっとはな」 「でも、落ちこんでても仕方ないし」 「じゃ、お別れ会しよっか?」 「……えぇと、今から?」 「うん。QPのお別れ会したかったんでしょ? ここにQPもいるって言ってたし」 「でもさ、この場所じゃ、 まともに飲み食いできないぞ」 「あ、そっかぁ。じゃあさ」  友希が地面に落ちていた花びらを 拾いあげる。 「これ持っていって、家でしようよ」 「それ、QPなのか?」 「分かんないけど、そうなんじゃない?」  厳密に言えば違う気がするんだけど…… 「まぁいいか。あいつも適当な奴だったし、 適当に送りだすのも悪くないな」 「じゃ、決まり。買い物して帰ろっか」 「おう」  ご馳走を用意して、 俺たちは部屋で盛りあがっていた。 「『君は近い将来この世で一番大切な物を ふたつなくす。いや、みっつだったかな?』」 「あははっ、何それ、QPの真似? そんなこと言ってたんだ?」 「ビックリするだろ。 『リンゴの樹の妖精といえば、 恋の妖精のことだ』って言ったりさ」 「初めて会った時から、 適当としか思えないことばっかり言うから、 もう全っ然信用できなくてさ」 「じゃ、QPはあの裏庭にある リンゴの樹の妖精だったんだ?」 「あぁ、リンゴがなってると思ったら、 なんかいきなり光ってQPに変わったんだよ」 「へー、面白いのー。 ところで『この世で一番大切な物』って 何のことだったの?」 「いや、それがまったく分からないんだけど ……けっきょく教えてくれなかったし」 「そっかぁ。 あ、ねぇねぇ、じゃあさ、 いま颯太が一番大切な物って、なぁに?」 「そんなの……」  ちょっと照れくさいけど、 友希の目を見て言った。 「お前に決まってるだろ」 「……えへへ……嬉しい……」 「もしかして、ひとつは お前のことをなくしちゃうって ことだったのかもな」 「じゃ、もうひとつは?」 「うーん、そうだなぁ……」  しばし考え、はっと思いついた。 「お前のことを大好きな気持ちを なくすってことじゃないか」 「……颯太の……女たらし……」 「その言い方ひどいぞ」 「だって、そんなこと言われたら、 嬉しくてドキドキしちゃうんだもん……」 「だからって、女たらしなわけないだろ」 「じゃ、なぁに?」 「友希たらしだよ」 「ふふっ、変なの。でも、いいかも。 ……もっと、たらして……」  友希の肩に手を回し、 優しく抱きよせた。 「お前がいてくれて良かったよ。 独りだったら、こうやってお別れ会も してあげられなかっただろうし」 「良かった。颯太の役に立てて嬉しいよ」  友希の顔をのぞきこむと、 彼女はとろんとした表情で 俺を見返してきた。 「友希」  囁くように名前を呼ぶと、 友希はこくりとうなずく。  彼女の唇に静かに唇を寄せた。 「んっ……あ……んあぁ……んちゅっ…… あっ……ん……んん……あん……んはぁ……」 「好きだよ」 「うん……あたしも……大好き…… もっとしよ」 「あぁ……」  キスをすると、 彼女の舌が唇の間から滑りこんできた。 「んれぇ……れろれろ……んちゅ……ちゅぱっ、 ちゅるっ……れあぁん……れろ、れちゅっ」  友希の舌はとろとろで温かくて、 すごく気持ちがいい。 「ねぇねぇ、おっきくなった?」 「……お前には情緒ってものがないのか?」 「だって……したいんだもん……」 「そうかもしれないけど――何だって?」 「……に、2回も言わせないでよ……ばか……」  恥ずかしそうに言いながら、 友希は俺の身体をベッドに押し倒した。 「ふふっ、おち○ちん、もうこんなに おっきくなっちゃった。やーらしいのー」 「いや……こんなことするお前のほうが…… よっぽどいやらしいぞ……」 「こんなことって、パイズリのこと? だって、誰でもやってるでしょ?」 「……少数派だと思うけど……」 「むー。そんなこと言ったら、 おち○ちん、おっぱいで 気持ち良くしちゃうんだもんっ」  友希は両手をぎゅっと引きつけるようにして、 おっぱいでおち○ちんを圧迫してくる。  乳房の蕩けそうな柔らかさを ち○ぽに直接感じて、思わず声が 出そうだった。 「ん? どうしたの? おち○ちん気持ちいいの? おっぱいで感じちゃうの?」 「……お前この前からちょっと、 えっちの時、楽しくなりすぎじゃないか?」 「だって、おち○ちんいじってあげたら、 すぐに大人しくなっちゃうんだもん。 かわいがってあげたくなっちゃうよね」  今度はおっぱいを上下に揺らし、 ち○ぽに擦りつけてくる。  くにゅうっと、ち○ぽの跡がつくみたいに 変形するおっぱいが、いやらしくて たまらない。 「あははっ、おち○ちん、気持ち良さそうに びくびく動いてるよぉ。そろそろガマン汁が 出そうだね?」 「そんなわけ……」 「抵抗してもだめだもんねー。 ほら、まずガマン汁だしだししちゃおっか」  ふにゅ、ふにゅうっと柔らかいおっぱいが、 俺のち○ぽに吸いつき、擦りあげられる。  まるで下半身がおっぱいに 咥えられてるみたいな感触だ。 「ふふっ、ほら、おち○ちんから出てきた このやーらしいお汁はなぁに?」 「って……なんで……ガマン汁が 出てくるかなんて分かるんだ…?」 「ふふ。だって、もうこのおち○ちんは あたしの物なんだもん」 「どうやったら気持ち良くなって射精するか、 ちゃんと分かってるの」  今度は友希の口から舌が伸びて、 先端からにじんだガマン汁をぺろぺろと 舐めとっていく。  さらに続けて亀頭を刺激するかのように、 友希の舌が円を描くようにいやらしく動く。 「ガマン汁もおち○ちんもおいしいね。 もっとぺろぺろしてあげたくなっちゃう」  友希は尿道口付近をぴちゃぴちゃと 舐めまわす。  まるでおいしいドリンクでも飲むみたいに ち○ぽに舌を這わせ、じわじわとにじむ ガマン汁を吸っていった。 「れぇろ……ん……んん……れろれろ…… んちゅっ……あぁむ……れろれろっ、 ぴちゃぴちゃ……ちゅぱっ、んちゅ……」 「んふふっ、おち○ちん気持ちいいんでしょ? 幼馴染みに舐められて、射精したくて 仕方がなくなるってどんな気分?」 「……別に、まだ……」 「嘘だぁ。おち○ちんイキたいでしょ? ほら、もっと気持ち良くしちゃうよ」  舌で亀頭を舐めまわしながら、 友希は乳房をち○ぽに押しつけ きゅうきゅうと締めつけてくる。  友希の唾液がヌルヌルと潤滑油代わりになり、 おま○ことはまた違う、未知の器官へ 挿入しているような感覚を味わわされる。 「どうしたの? これでもまだイカないの? おち○ちん、おっぱいに挟まれて気持ち いいんでしょ? まだ耐えられるの?」 「……友希、もう……」 「ん? イっちゃうの? おち○ちん精液だしちゃうの?」 「……あぁ……」 「あははっ、やっぱりそうじゃん。 でも、まだおち○ちんイッちゃ だめなんだもんっ」  友希はパイズリの圧迫感を弱め、 俺がイカないよう、胸で撫でるように ち○ぽを刺激してくる。  うずくような快感が下半身にあるけど、 決して昇りつめることはない。  もどかしくてたまらなかった。 「友希、ちょっと、それ、卑怯だ……」 「ふふっ、おち○ちんイキたいの? おっぱいに挟まれて射精したいの?」 「……あぁ、頼むよ……」  すると、友希は乳房をぺたぁっと ち○ぽに貼りつかせ、口で思いきり 吸いあげはじめた。  一気に快感が押しよせてきて、 今にも射精する寸前、 友希はふたたびパイズリの力を弱めた。 「ふふふっ、おち○ちん、 またイケなかったね」  射精のタイミングから何まで、 完全に友希の思い通りだった。 「……友希……」 「そんな顔しちゃって、やーらしいのっ。 おち○ちんもこんなにガマン汁 出しちゃってるし」 「イキたいの? イカせてほしいの?」  こくり、とうなずく。 「かーわいい。じゃ、意地悪はやめて、 そろそろおち○ちん、射精してあげるね」  くちゅっとまたおっぱいが 吸いついてきて、上下に揺れるように 俺のち○ぽを強く圧迫する。  友希の舌は艶めかしく亀頭を舐めまわして、 ちゅうちゅうとガマン汁を吸いあげていく。  あっというまに性感が高まり、 精液を絞りとられそうだった。 「ちゅっ……じゅるるっ……んちゅっ、れろ、 れろれぇろ、れあん……ちゅぱっ、ちゅる、 ちゅれろっ、ちゅぱっ……んちゅ、ちゅう」 「おち○ちん気持ちいいの? イッちゃうの? おっぱい気持ち良すぎて、精液たくさん、 出しちゃうの? もう我慢できないの?」 「いいよ、ほら、おち○ちん精液だしちゃって。 あたしの胸に白くていやらしいの、かけて」 「ほら、気持ちいい? もうイク? イクの? イッちゃうの? おち○ちん、気持ち良くなっちゃうの?」 「あっ、きゃはぁっ…… あははっ、たくさん出しちゃったねー」 「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」 「だって、嬉しいんだもん。 気持ち良くなかった?」 「……すごく良かった」 「あははっ、やーらしいのー。 じゃ、もっと気持ちいいことしよっか?」  友希はゆっくりと起きあがる。  そして―― 「……ん……あぁ……んはぁぁ…… おち○ちん、入ってくるよぉ…… あたしのおま○こに、ん……んふぅ……」  友希が腰を下ろすごとに、 ズプズプとち○ぽが膣内へと 入っていく。  友希のおま○この中は、 あいかわらずとろとろで、きゅうきゅうと ち○ぽを強く締めつけてくる。 「あっあぁぁ、んっあぁぁぁぁぁぁっ!!」  根本までずっぽりとち○ぽが 友希の膣内に入る。  彼女の呼吸がおま○こごしに 伝わってくる。 「えへへ……入っちゃったね…… はぁ……ん……気持ち……いいんでしょ? おち○ちん、あたしの膣内でびくびくしてる」  膣内にち○ぽを挿入しているからか、 友希の声にはさっきと違って 余裕がなかった。 「またおち○ちん精液ださせてあげちゃうね」  いやらしく脚を開いたまま、 おま○こを見せつけるようにして、 友希はゆっくりと腰を持ちあげる。  ぬぷぬぷと性器同士が擦れあう音を 響かせ、徐々に友希のおま○こから 俺のち○ぽが抜けていく。 「はぁはぁ……んっ……あ…… おち○ちん、気持ちいいの?」 「友希のほうが気持ち良さそうだぞ」 「あ……えと……ば、バレちゃった…?」 「そんな顔してたら、バレバレだろ」 「……で、でも、先に気持ち良くさせて あげるんだもんっ」  なぜか友希は俺を気持ち良くさせることに こだわっているようで、またゆっくりと 腰を沈めはじめる。  俺のち○ぽがじゅぷじゅぷと 水音を鳴らしながら、友希のおま○こに 埋まっていく。 「……えへへ……おち○ちん、 あたしのおま○この中で、 くちゅくちゅしちゃうからね」  そんないやらしいことを言って、 ゆっくりと友希は腰を上下に 振りはじめる。  友希のおま○この中はとっくに愛液で びしょびしょになってて、ち○ぽと 膣壁が擦れあう感触がたまらない。 「はぁ……はぁ……んんっ!」  友希のおま○こが きゅっと強く収縮した。  その瞬間、友希は腰の動きを ピタリと止め、気持ち良さそうに 背中を反らす。 「友希、イキそうなんだろ?」 「……うん……でも、まだ、だもん……」 「じゃ、手伝ってあげるよ」 「え……ちょっと、だめ、今は……待って――」  動きをとめていた友希のおま○こに 下から突きあげるように、思いきり ち○ぽを押し入れた。  ズプゥゥゥゥっと子宮口を突くような 勢いで、俺のち○ぽが友希の膣内を抉る。  友希はびくんっと身体を大きくそらし、 言葉にならない喘ぎ声を漏らした。 「あっ、だめぇっ……おち○ちん、 そんなに激しく入れたら、んっあぁっ、 やだぁっ、あたし、んっ……んあぁぁっ!」  俺のち○ぽがたまらないといったふうに 身体をびくびくと震わせる友希が、 とてもいやらしい。  俺はもっともっと友希が感じるところを 見たくて、夢中になって彼女のおま○こを 突きあげた。 「あっ、あぁっ、おち○ちん、すごいよぉっ。 あたし、だめぇっ、そんなにおま○こ、 しちゃ、だめだよぉっ。あっ、あふぅぅっ」 「んんっ、だめなのにぃっ……あたしが、 気持ち良くさせようと思ったのに、こんなの、 ズルいっ、ズルいよぉっ、あぁっ、やっ!」  俺の上で友希が跳ねるたびに、 ヌチュッ、ヌチュッと淫らな音が 室内に響く。  彼女はまるでおま○こにち○ぽを 挿れられる感覚に囚われてしまったように、 ただ喘ぎ、身体を震わせている。 「んん……だめぇっ、とめてくれないと、 あたし、おま○こ気持ち良くなっちゃう、 イッちゃうよぉっ。あっ、ああぁっ!」 「だから、イカせてあげるって」  おま○こを突きあげるスピードを増し、 友希を下から突いて、突いて、突きあげた。  俺の身体の上で、ジュプゥ、ジュプゥと 卑猥な音を立てながら、友希は跳ね、 びくびくとおま○こを収縮させる。 「もうっ、おま○こ、我慢できないよぉっ、 ああぁっ、もっと、おち○ちん、 もっと、挿れてぇっ、あぁっ、やぁっ!」 「先に俺をイカせるんじゃなかったのか?」 「だって、おち○ちん、こんなにされたら、 無理だよぉっ。おま○こ、もうっ、 我慢できないのぉっ、イキたいのぉっ!」  ち○ぽを咥えこむように くちゅうと膣全体が吸いついてくる。  腰を突きあげるたびに ペニスと膣が激しく擦れあい、 友希はぐぅっと全身に力を入れた。  限界が近いんだろう。 「あ・あ・あ・あ、イクっ、イクぅっ、 イッちゃうよぉっ、あたし、イッちゃうぅ、 あ、くるぅっ、くるぅっ、くるのぉっ」 「見て、ねぇっ、イクところちゃんと見て…… あたし、おま○こ気持ち良くなって、 おち○ちんにイカされちゃうのぉっ!」  きついぐらいに膣内がち○ぽを 締めつけてきて、友希はがくんと 背中を反った。  じゅうぅっと大量の愛液が膣内を満たし、 そこを滑らせるように、ち○ぽを 激しく出し入れする。 「あ・あっ、は・あ・あ・あ、おち○ちん、 そんなに激しくしたらぁぁ……もうっ、 あたし、あ――」 「んんんんん……イクぅ……あぁ…… イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!」  ぐぐぅ、と全身が硬直してしまったかの ように友希の身体に力が入る。  直後、まるで糸の切れた人形みたいに、 彼女は脱力した。 「はぁはぁ……もう……やーらしいの…… おち○ちんにイカされちゃったよぉ……」  イッた後の友希はすごくいやらしく見えて、 挿入したままのち○ぽがさらに大きく、 堅くなるのが分かった。 「あ……あぁ……んっ、おち○ちん…… おま○この中でまたおっきくなってるよ」 「……俺がイクまでしてもいいか?」 「……うん……いいよ…… 好きなようにして」 「それじゃ」 「えっ? あっ……」 「……もう、こんな格好させて、 やーらしいのー」  さっきイッたばかりのおま○こは 愛液を垂らしながら、ひくひくと 動いている。  その上のもうひとつの穴が はっきりと見えて、なんだかすごく、 いやらしく感じた。  友希のすべてが欲しくなった。 「好きなようにしていいんだよね?」  友希のアナルに勃起したち○ぽを あてがう。 「え……嘘……そこ……お尻だよ…… あっ、んんっ……お尻に……あぁ…… おち○ちん、入って、きちゃうぅ……」  ぐっと腰に力を入れて、 めりめりとアナルを拡張するように ち○ぽを中へと押しこんでいく。  友希は戸惑いながらも拒否することはなく、 アナルでされる感触に身をよじらせる。 「ん……もう、いきなりお尻に おち○ちん挿れて……あたしじゃなかったら、 怒られてるんだからねっ」 「こんなこと友希にしかやらないよ。 アナルに挿れられるのってどんな気分?」 「……うんとね、なんか変だけど…… ちょっと、気持ちいいかも……」 「じゃ、もっとしてあげるよ」  友希のアナルをかき混ぜるかのように ゆっくりとち○ぽを動かしていく。  さすがにきついのか、少し苦しげに、 けれども時折、気持ち良さそうな喘ぎ声を 交えて、友希は身体を小刻みに揺らす。 「んっ、あぁっ、アナルっ、感じちゃうっ、 あぁっ、お尻、気持ち良くなっちゃうよ、 んっ、あぁ……はぁ、んんっ!」 「……ねぇ、もっと、激しくしてみて…… おち○ちん、お尻の中で、もっと 動かしてみようよ……」 「仕方ないな、友希は」  ズボズボと卑猥な音を立てながら、 俺は友希のアナルにち○ぽを激しく 出し入れする。  直腸を抉られるたびに、友希は 気持ち良さそうに全身に力を入れ、 そのたびに彼女のお尻がきゅっと締まる。 「あぁっ、はぁぁんっ、あたし……こんなの、 知らなかった……お尻の穴、すごく、 感じちゃって、だめになっちゃうよぉ」 「あぁっ、おち○ちん、もっとちょうだいっ。 お尻の穴、たくさんついて、気持ち良くして」  激しく前後に動く俺の動きに合わせて、 友希がきゅっきゅう、とお尻に力を入れ、 ち○ぽを圧迫してくる。  おま○こよりも強い締めつけが たまらなく癖になりそうで、 みるみる性感が高まっていく。 「ねぇ……もうっ、だめぇっ、あたしっ、 もう、だめなのっ。おち○ちん、お尻に 挿れられて、イッちゃいそうなのっ」 「イカせてぇっ、お尻の穴、たくさんついて、 おち○ちんで気持ち良くしてっ、あぁ、 イカせてっ、イカせてほしいよぉっ」  友希の要求に応えるように 俺はさらに激しくち○ぽを動かし、 彼女のアナルを蹂躙していく。  快楽を堪えきれないと言ったふうに 全身をびくびくと震わせる友希を見て、 一気に射精感が押しよせてきた。 「あっ、そんなにおち○ちんっ、 びくびくさせたら、もうだめだよっ、 あたし、気持ち良くて、もうっ、あ・あ……」 「イクっ、イッちゃうのっ、おち○ちんで お尻をかき混ぜられて、あたし、イッちゃう、 あっ、あぁぁっ、もう、もうっ、もうだめっ」 「イッちゃうっ、イッちゃうっ、 あ・あ・あ・あ、イッちゃうぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」  友希がイクのと同時に、 俺もありったけの精液を 彼女のアナルに注ぎこむ。 「んんんんっ、お尻に入ってきて…… ああっ、すごいっ、感じちゃう…… あっあっ、また……イ・クぅぅぅ……っ!!」  アナルからち○ぽを引きぬくと、 なおも収まりきらない射精が 彼女の全身を白く汚した。 「はぁはぁ……ふふ、こんなに…… すごい……たくさん出たね……」  俺たちは精根つきたように、 ベッドにぐったりと倒れこんだ。 「ふふふ……颯太って、やっぱり やーらしいよねー」 「……今日はちょっと否定できないけど、 なんで嬉しそうなんだ?」 「だって、たくさんやーらしいことできたから、 嬉しいんだもん」 「お前のほうがやらしいだろ」 「そのほうが颯太も嬉しいでしょ?」 「う……」  否定できなかった。 「あー、やっぱりそうじゃん。 ねぇねぇ、これからたくさんたくさん、 二人でいやらしいことしようね」 「……しょうがないな」 「えー、違うじゃん。 しょうがないのは颯太もじゃん。 いきなりお尻におち○ちん挿れたくせに」 「それを言われると、 何も反論できないよ……」 「でしょ。もういいじゃん。 やーらしいのはバレてるんだからさ」 「あたしと一緒に色んなえっちなこと、 試そうよ」 「……じゃ今度、一日中えっちするか?」 「ほんとー? するするっ。 最高何回イケるかとか試そうよっ」  すごい食いつきなんだけど…… 「お前さぁ、俺とえっちするようになってから、 ますますいやらしくなったな」 「だって、颯太のことが大好きなんだもん。 だから、いやらしくなるし、えっちも したくなるの」 「そういうものか?」 「うん、そうだよ。当たり前じゃん」 「それなら、仕方ないな」 「うんうん、これから颯太の精液は 全部あたしが出してあげるからねー」 「……………」  やっぱり、ただえっちなだけじゃ ないだろうか?  恥ずかしそうにしながらも、 友希が俺のそばまで寄ってくる。 「あ……ん…… おっぱい、そんなふうに触ったら、 恥ずかしいよぉ……」 「友希から誘ってきたんだろ」 「そうだけど……恥ずかしいものは、 恥ずかしいんだもん……」 「じゃ、恥ずかしくなくなるぐらい、 たくさん触ってあげるよ」 「……むー。やーらしいのー。あっ」  手に少しだけ力を入れると、 友希のおっぱいは指の形に沿うように くにゅうっと変形した。  信じられないほど柔らかくて、 滑らかな感触が手の平に 吸いついてくるようだ。 「あっ、そんなにおっぱい揉んだらっ、 だめっ、あんっ……」 「おっぱい、気持ちいいのか?」 「う、うん……そうだけど…… じっくり見られると恥ずかしいし…… 声聞かれるのも恥ずかしいよ……」 「大丈夫。 すごく綺麗だし、すごくかわいいよ」 「え……そ、そう? えと、嬉しい……」 「もっと、友希のこと、 気持ち良くしてあげるよ」  また手に力を入れて、 友希の乳房を丹念に愛撫していく。  揉めば簡単に形を変える おっぱいのぷにぷにした感触が たまらなく気持ちいい。 「……おっぱい触るの、気持ちいい?」 「うん、すごくいいよ」 「……良かった。あたしだけじゃなくて……」 「恥ずかしいのはもう慣れた?」 「そ、そんなにすぐ慣れないけど…… でも、もっと触ってほしい……」 「うん」  くにゅっ、くにゅっ、と 豊かなおっぱいの弾力を楽しむかのように 何度も何度も揉んでいく。  友希の吐息混じりの声が すごくかわいくて、無性に興奮する。  もっともっと感じさせてあげようと、 手の中のおっぱいを夢中になっていじった。 「触られると、頭がぼーっとしちゃって、 何も考えられなくなるよ……」 「今の友希、すごくかわいいよ」 「おっぱい揉みながら『かわいい』って言うの、 なんかやーらしいよね……」 「それ、『気持ち良くなる』って意味か?」 「う、うん……すごく、気持ちいい…… もっと言ってほしい」 「かわいいよ、友希。大好きだ」  そう囁きながら、友希のおっぱいを 強く揉む。すると、彼女は気持ち良さそうに 身体を小刻みに震わせた。  その反応にとても興奮して、 俺は友希に 「好きだ」 と囁きながら、 おっぱいを味わうように揉んでいく。 「……だめ……んっ、あぁ……んん…… どうしよう……気持ち、いいよ…… あたし、すごく気持ちいいの……」 「友希。こっち向いて。 もっと気持ち良くなった顔を見せて」 「やだ……恥ずかしいもん……」 「かわいいな、友希は」  ピンと勃ってきた乳首を 指でつまむ。瞬間、彼女の身体が びくんっと震え、かわいらしい声が漏れた。  二本の指の間で転がすように乳首を 撫でると、まるで電流でも流れたかのように 友希の身体がびくびく震える。 「乳首、感じるんだな」 「う、うん……乳首、すごく気持ちいいの…… 声、抑えられないよぉ……」 「いいよ。たくさん、気持ちいい声だして」  きゅっ、きゅっ、と友希の乳首を 小刻みにつまむと、それに合わせて 彼女はびくんと背中を反らす。  とろとろになっていく表情が ものすごくいやらしくて、見ているだけで 彼女の快感がこっちに伝わってくる。 「ねぇ……あたしのおっぱいばっかりいじって ズルいよ……今度はあたしの番だよ……」 「あ、あぁ……」 「あー、やーらしいのー。 もう、こんなにおっきくなっちゃってる。 あたしのおっぱい揉んで感じてたんだぁ」  友希のおっぱいが 俺のち○ぽを締めつけるように 挟んでいる。  柔らかいおっぱいの感触を 敏感な部分で直接感じ、 頭の中が蕩けそうだった。 「……あのさ、友希。いきなりパイズリって、 普通しないと思うぞ……」 「え、やなの? おち○ちん、おっぱいで挟むと 気持ちいいんじゃなかった?」 「それはそうなんだけど…… 友希は初めてだろ?」 「いいじゃん、初めてでも。 気持ち良くしてあげたいんだもん」  揉まれるのは恥ずかしいのに パイズリは大丈夫って、あいかわらず 友希の羞恥心はどうなってるか分からない。 「ふふっ、おち○ちん、 気持ち良くしてあげるね」  乳房の両側から友希は手で押さえつける。 すると、ち○ぽがおっぱいに締めつけられ、 ふにゃっとした感触を覚えた。  友希は楽しそうにおっぱいを揺らし、 俺のち○ぽ全体を包みこむようにして 快感を与えてくる。 「ねぇねぇ、おち○ちん、 びくびくしちゃってるよ。 気持ちいいの?」 「そりゃ……こんなことされたら、 誰だって……」 「そっかぁ。おち○ちん、おっぱいに 擦られて気持ちいいんだぁ。ふふっ、 じゃ、もっとしてあげちゃおっと」  友希はおっぱいをち○ぽに押しつけて、 上下に揺らす。  豊かな膨らみにち○ぽを 擦りあげられる感覚が たまらなく気持ちいい。 「ふふっ、あたしのおっぱい、 そんなに気持ちいいの? おち○ちん、 さっきよりおっきくなっちゃったわよ?」  息を弾ませながら、 友希は懸命に俺のち○ぽを刺激しようと、 乳房を揺らす。  まるで友希のおっぱいに ち○ぽが呑みこまれてしまったみたいで、 温かい快感に包まれた。 「あぁ……ガマン汁出てきたね…… すごい、初めて見た。やーらしい……」  友希はとろんとした表情で、 ペニスの先端をじーっと見つめる。 「……ねぇねぇ……舐めてほしい…?」 「え……と……」 「だ、だから、フェラチオとか…… やってみたいなって……」 「いいのか?」 「う、うん……じゃ、やるね……」  友希の口から赤い舌がつーと伸びて、 亀頭を舐めあげる。瞬間、まるで電流が 走ったみたいな快感が全身を襲った。  柔らかくてとろとろの友希の舌が、 這いずるようにガマン汁を舐め、 ペニスを刺激する。  その感触が、 バカみたいに気持ち良かった。 「れぇろれろ……んれぇろれろん……んれろ… ぴちゃぴちゃ……ぺろぺろ……れぁむ…… んちゅ……れぇろ……れろれろ……んれぇろ」 「あははっ、おち○ちん、おいしいっ」 「本当か?」 「うんっ、本当よ。 だって、好きな人のおち○ちんだもん。 おいしいに決まってるじゃん」  大好物に舌を伸ばすかのように、 友希は俺のち○ぽを舐めあげる。  ぴちゃぴちゃ、ぺろぺろと いやらしい水音を立てながら、 おいしそうにち○ぽを味わっている。 「んっちゅ、ちゅっ……れろれろ……ん…… れぁむれろれぇろ……ぴちゃぴちゃ…… んちゅっ、ちゅぱっ……ん、ちゅれぇろっ」 「んふふっ、おち○ちん、気持ちいいの? おっぱいとお口で刺激されて、 いやらしくなっちゃうんでしょ?」 「……あぁ……友希、そろそろいいか?」 「うんとね、まだだめっ。もっと おち○ちん、かわいがってあげるんだもん」  まだまだ味わいたりないというように 友希はち○ぽに舌をつけたまま、 離そうとしない。  彼女の唾液でヌルヌルになったち○ぽが 友希のおっぱいに擦られるたびに、 くちゅくちゅと卑猥な音が鳴る。 「ちゅうっ……ん、おいひい……ちゅっ、 れろれろ、おち○ちん……おいひいよぉ…… れろれぇろ……ちゅっ、ちゅう……れあむ」 「友希……ちょっと、待って……」 「ん? なぁに? そんな顔しちゃって。 おち○ちん気持ち良くて仕方ないんだぁ。 ふふっ、もっと、感じていいからね」  俺が感じる姿を見るのが楽しくて 仕方がないといったように、友希は 懸命にち○ぽに舌を伸ばす。  いやらしく動くその舌が尿道口に 入ってきて、ぞくぞくするような快感が 背筋に伝わる。  吸いつくようなおっぱいの感触も たまらなく気持ち良くて、またたくまに 射精感が押しよせてきた。 「友希、だめだって。これ以上したら、 もう……」 「なぁに? 気持ち良くて我慢できないの? そんなこと言ったら、おち○ちん、 もっと責めちゃうんだよ」  友希の唇が亀頭に吸いつき、 じゅちゅうっとガマン汁を 吸いあげる。  同時にち○ぽを執拗に舐めまわされて、 思いきり友希の口の中に精液を ぶちまけたい衝動に駆られた。  もう限界だった。 「ふふっ、おち○ちん舐められて そんな顔して、やーらしいのー。ねぇ…… もっと見せて……もっといやらしくなって」 「ん……ちゅ……ちゅるっ、ちゅぱっ、 れろれろ、んちゅっ、ちゅうぅっ、 あむ……んちゅ、れろれろれぇろ、んちゅ」 「ちゅっ、ちゅるるっ、じゅちゅるるっ、 んれぇろれろれろ、ちゅるっ、ちゅれろっ、 じゅちゅるるっ、ちゅじゅりゅるるっ!!」 「あっ、きゃっ、はぁ……あぁぁ……すごい。 精液こんなに、出ちゃった……」 「ねぇねぇ、おち○ちんイカされちゃって どんな気分?」 「……精根尽き果てた気分だよ……」 「えー、まだ尽き果てちゃだめだよ。 これから、おち○ちん挿れるんだもん」 「そう言われても、 脱力感がすごくて、もう一回 勃つ気がしないんだけど……」 「嘘だぁ。だって、普通、 10回でも20回でもイケるじゃん」 「それはフィクションだよ……」 「嘘……じゃ、1回で終わりなの?」 「それはその日によるんだけどさ。 今日はちょっと、できる気がしないって 言うか……」 「大丈夫よ。颯太はやーらしいんだから、 すぐにあたしがおっきくしてあげる」 「無理だと思うんだけど……」 「やってみなきゃ分からないじゃん」  友希がおっぱいを股間に擦りつけたり、 舐めたりしてくれる。  しかし、 けっきょく勃起することはできなかった。 「勃たなかったね……」 「悪い」 「そ、颯太は悪くないよ。 『待て』って言われたのに、 聞かなかったの、あたしだし……」 「ご、ごめんね…… せっかく初めてだったのに。 あたし失敗しちゃった……ごめん……」 「そんなに落ちこむなって」 「だって、颯太…… ちゃんとえっちしたかったでしょ?」 「それはまぁ、でも、 また次の機会があるだろ」 「次でもいいの? 怒ってない?」 「怒ってないし、また楽しみができて嬉しいよ」 「マゾなの?」 「人がせっかく慰めてあげてるのに、 何を言ってるんだ……」 「あははっ、冗談冗談。 でも、颯太の射精かわいかったなぁ」 「かわいかったって感覚が 全然わからないんだけど……」 「ふふ、我慢できなくなって ドピュッて出しちゃうの、 すっごくかーわいい」 「……………」  返事に困る。 「次はちゃんとえっちしようね。 ……颯太をイカせちゃわないように、 我慢しないと」 「最初に挿れればその心配はないけど」 「えー、じゃ、次はパイズリとか、 フェラとかしなくてもいいの?」 「それは……してほしい……」 「あははっ、でしょ。大丈夫よ。 ちゃんとイカない程度に 気持ち良くしてあげるからね」  楽しそうだな。 「ねぇねぇ……少し眠くなってきちゃった」 「寝てもいいよ」 「ずっと横にいてくれる? 途中でいなくなったら、やだよ……」 「友希が起きるまでここにいるよ」 「えへへ……嬉しい……大好き……」 「あぁ、俺も大好きだよ。おやすみ」 「おやすみなさい」  友希が目を閉じる。  すると、すぐに寝息が聞こえてきた。  ここはどこだろう?  ひどく懐かしい場所を 俺は遠くから眺めていた。 「ねぇねぇっ、それなぁに?」 「へへー、ジャガイモだよ。すっごいだろ。 おれの家の庭でつくったんだぞ。 “かてーさいえん”ってやつだ」 「えぇー、すごーい。 このジャガイモ、たべられるの?」 「あたりまえだろ。 なんたってジャガイモだからな!」 「ほんとに?」 「ほんとだよ。 おれがうそ言うと思うのか?」 「じゃ、たべてみる。 いただきます」 「あ、ばかっ、まてって」 「あむ……うぇ……土っぽいよぉ……」 「なにやってんだ。あたりまえだろ。 あらってないんだし、それに生じゃ たべられないって」 「だって…… 『たべられる』って言ったじゃん……」 「たべられるけど、ちゃんと料理すればだよ」 「じゃ……料理できる?」 「……えっと、できないけど…… そんなにたべたいのか?」 「うんっ。 だって、お庭でつくったジャガイモなんて たべたことないんだもん」 「うーん……ママが料理つくるところは まいにち見てるんだけどなぁ。 おれ、てつだったことないし」 「お母さん、料理じょうず?」 「そりゃすっごくじょうずだし、おいしいよ」 「……そっか、いいなぁ……」 「おまえのママは料理つくらないのか?」 「……お母さん、しんじゃったから……」 「じゃ、パパは…?」 「……お父さんも、しんじゃった……」 「な、なにおちこんでるんだよっ。だったら 料理ぐらい、おれがつくってやるよっ」 「でも、さっき『料理つくれない』って…?」 「大丈夫だよ、なんとかなるって。 ほら、行こうぜ」 「う、うん」  家の中に入ると、 男の子はジャガイモを洗い、 冷蔵庫からバターをとりだした。 「なにをつくってるの?」 「ジャガバターだ。 すっごいうまいんだぜ」  かなり怪しい手つきでジャガイモ切ると、 皿の上に置き、バターを載せる。  そして、そのままオーブンに入れた。 「これで後はまつだけでいいんだよ。 かんたんだろ」  しかし、 ジャガバターはアルミにくるまれてない上に、 オーブンの時間が30分に設定されていた。  しばらくして―― 「ねぇねぇ、こげくさくない?」 「ほんとだっ! やばっ!」  男の子は慌ててオーブンから ジャガバターをとりだす。  表面が焦げて黒くなっていた。 「ごめん……しっぱいした……」 「うぅん、だいじょうぶだよ。 あたし、たべるねっ。 いただきますっ!」 「あっ、おいっ」 「あむあむ……うん、おいしいよっ!」 「ほんとか?」 「うん、すっごくおいしいっ!」 「そっか。 まだたくさんあるからな。 いくらでもたべろよ」 「でも、ひとりでたべちゃだめでしょ?」 「なに言ってるんだよ。 これはおまえのためにつくったんだよ。 えんりょするな」 「そっかぁ。 じゃ、たべるねっ。 あむあむ……おいしい……」 「あむあむ、おいしいね…… う……ぐす……うっ……」 「な、なんで泣くんだ? やっぱりまずいんだな。 そんなのたべなくていいぞ」 「ち、ちがうの……」 「何がちがうんだ?」 「あたしのためにつくってくれた ごはんなんだもん……」 「おまえ、ごはんたべてないのか?」 「……たべてるけど……でも、おじいちゃんは ごはんつくれないし。それにお仕事もある から、あんまりいっしょじゃないの」 「ごはんはお手伝いさんがつくるんだ……」 「おまえの家ってお手伝いさんがいるんだ? すごいんだな」 「……でも、お手伝いさんは あたしのためにごはんを作ってくれるんじゃ ないんだよ」 「お金がもらえるから、つくってくれるの」 「それだけお金があるってことだろ。 いいよなぁ、金持ちは。 おれだってお手伝いさんがほしかったよ」 「あたしだって、 お金持ちじゃなくてもいいから、 お父さんとお母さんがほしかった……」 「……………」 「……………」 「で、でもさ、いいこともあるだろ。 お手伝いさんってぐらいだから、 まいにち、おいしい料理がたべれるだろ」 「おいしくないもん……」 「そうなのか? お手伝いさんなのに?」 「お母さんがつくってくれたほうがいいよ……」 「そうか……」 「うん……」  女の子が落ちこむので、 男の子は何とか慰めてあげようと考えた。 「んーと、えーと…… じゃあさ、おれがおまえのお母さんになって、 まいにち、ごはんをつくってあげるよ」 「でも、お母さんにはなれないよ? 男だもん」 「じゃ、お父さんになるよ。 お父さんだってごはんをつくってもいいだろ」 「でも、お父さんにもなれないよ? 子供だもん」 「あ、そうだよなぁ」 「ごめんね……」 「いや、おれこそごめん。ばかで……」  せっかく慰めてあげようと思ったのに だめだった。  だけど何かいい方法があるんじゃないか と思い、男の子は頭を悩ませる。  そして―― 「いいことを思いついたよっ! そしたらさ、けっこんしようよ」 「けっこん?」 「あぁ、おれ、聞いたことがあるんだ。 けっこんしたらさ、かぞくになれるんだよっ! どうだ? いい考えだろ?」 「でも……あたしとけっこんしてくれるの?」 「あたりまえだろ。けっこんしてさ、 おまえにまいにちジャガバターを つくってあげるよ!」 「ほんと? やくそくしてくれる?」 「ああっ、ほんとだよっ! ぜったいやくそくする」 「もっともっと料理できるようになって、 こんどはちゃんとおいしいジャガバターを つくってあげるからな」 「ありがとうっ! でも、このジャガバターも、 すっごくすっごくおいしいよ」 「そうか? でも、おまえのところの お手伝いさんのほうがじょうずだろ」 「こっちのほうがずっとおいしいっ!」 「ほんとに? おれってプロ以上ってことか?」 「うんとね……うーん……」  女の子はどう説明すべきか迷い、 「うんっ。そうだよ。プロよりおいしいよ!」  けっきょく説明するのを諦めたようだ。 「そっか! じゃあさじゃあさ、おっきくなったら 料理人になろうかな。自分の店を持ってさ」 「畑とかでつくった野菜つかって、 おいしい料理を出すんだ。ジャガバターとか。 どうだ?」 「いいと思う。 そうしたら、あたし、 そのお店をたくさんたくさん手伝うね」 「いいのか? おまえだってやりたいことある だろ? 女の子っておひめさまになりたいん じゃないのか?」 「うんっ。だいじょうぶ。 だって、およめさんになるんだもんっ!」 「そっか。 じゃ、いっしょに楽しい店をつくろうな」 「うんうんっ! あたしがんばるねっ」  目を覚ますと、隣で友希が寝ていた。 「……………」  思い出した。  あれは昔の俺と友希だ。  だいぶ子供だったから、 まだこっちに引っ越してくる前の話だな。  それにしても、子供の頃の俺って、 かなりバカだったよなぁ。 「……結婚、か……」 「……ん……颯太……好き……」 「友希?」 「……すー、すー……」  寝言か。  友希の寝顔を見ながらふと思う。  こいつはあんな約束、 とっくに忘れてるんだろうな、と。  一学期が終わったので、 今は当然のごとく夏休みだ。  と言いたいところなんだけど、 世の中には夏期講習というものがある。  晴北学園では、参加自由という名目の ほとんど強制参加のため、俺たちの実質的な 夏休みはもう少し先だった。 「初秋。今日からHRは、 落葉祭の準備だ」 「まずはクラスでやる出し物を 決めなきゃいかんから、みんなの意見を うまく集めとけ」 「あれ? それってクラス委員長の 仕事なんでしたっけ?」 「今年からな。例年はクラスごとに 落葉祭の実行委員を出してたが、 今年は生徒会メンバーがやることになった」 「クラスに実行委員がいないから、 委員長が代わりにやるってことですか?」 「そういうことだ。俺は職員会議があるから、 姫守と一緒にうまく進めておいてくれ。 じゃあな」 「――というわけで、 今日は落葉祭の出し物を 決めるんだってさ」 「どなたかご提案がある方は 挙手をお願いします」 「はーい。休憩室がいいと思うー」 「休憩室って、思いっきり手抜きだな」 「せっかくの文化祭ですから、 もう少しちゃんとした出し物が いいと思うのです」 「大丈夫大丈夫。 そこら辺のクラスがやるような ただの休憩室じゃないから」 「どういう休憩室なのですぅ?」 「うんとね、個室があって、本が読めて、 アメニティにはティッシュとか ローションがあるやつー」 「却下だ。そんないかがわしい休憩室を 学校に作れるわけあるかっ」 「えー、いかがわしくないわよ。 漫画喫茶みたいなもんじゃん」 「ちなみに本はどうするつもりだ?」 「やっぱり、みんなの家から 持ってきてもらうのが一番だよね。 ベッドの下にあるやつ」 「それ男子しか持ってないやつだよねっ!?」 「何人かは女子も持ってるかも」 「持ってたって名乗りでないよっ!」 「少なくとも一人は名乗り出ると思うわ」 「お前、なに持ってんのっ!?」 「あははー、あたしとは言ってないじゃん」 「お前以外考えられないよ……」 「聞きました、奥さん?」 「えぇ、えぇ。ずいぶんと 仲のよろしいことですわね」 「休憩室なんか提案して、 お二人で休憩なさるおつもりかしら?」 「嫌だわ、奥様。 なんて破廉恥なんでしょう?」 「ですけど、最近の若い方は、ねぇ」 「あらやだ、お盛んですこと」 「HR中に私語はやめてくれるっ!?」 「あらまぁ、ご免遊ばせ」  ご免遊ばせ、じゃないよ…… 「とにかく、休憩室は却下だからな」 「あははー、もともと通ると思ってないし」  じゃ、言うなよな…… 「他にご提案のある方は いらっしゃいませんか?」  シーンと教室が静まりかえった。  やれやれ。 「何でもいいぞ。今日は決まったら HR終わりだから、 早く帰れるし」  すると、 「メイド喫茶でいいんじゃないかな……」 「だめよ。どうせ女子にメイド服を 作らせる気でしょ。あれ、すっごく 面倒臭いんだからねっ」 「そうそう去年の落葉祭で 懲りたもんね。やっぱり、定番の お化け屋敷がいいんじゃない?」 「あ、それいい、賛成っ」 「待て待て、お化け屋敷は それなりのセットが必要だろう。 あれを作るのは本当に大変なんだぞ」 「その通りだ。おかげで 一昨年の落葉祭の準備は 死ぬほど大変だったからな」 「だいたいお化け役をやらされる理由が、 お化けみたいな顔だからって酷すぎるだろ。 お化け屋敷はイジメを助長するっ!」 「そうだそうだっ! お化け屋敷は人権侵害だっ!」 「それなら言わせてもらうけど、 あたしたちがメイド服着た時の男子の視線、 本っ当に犯罪的よね?」 「そうよそうよ。セクハラもいいところだわ。 あんな変態的な目で見られて、 妊娠するかと思ったわ」 「何だとぉ……それなら言わせてもらうが、 3年前のプラネタリウム。あれを男子が 作るのにどれだけ苦労したと思ってる?」 「4年前の喫茶店じゃ、 男子は何の役にも立たなかったわよね」 「ぬわにぃ…!!」 「何よっ!」 「はいはい、そこまでそこまで! なんでお前ら、いきなりそんなに ヒートアップしてるんだよっ?」  ていうか、なんでクラス替えしたのに、 落葉祭で遺恨を残した奴らばっかり、 また同じクラスになってるんだよ…… 「とりあえず、提案は冷静にしてくれよな」 「ねぇねぇ、カフェにしようよっ」 「カフェってけっきょく喫茶店でしょ。 4年前もやったし、それに……」  山本は何か言いかけるも、 途中でやめて、チラッと中川たちを見た。  男子は役に立たなかったと 言いたいんだろう。 「でも、違うクラスだった人もいるから、 やってない人もいるでしょ。 あたしも編入前だったからやってないし」 「それはそうだけど」 「それに4年も経ったんだから、 同じことやっても昔よりずっといいものが できるんじゃない?」 「例えば、おしゃれカフェにしたりとか」 「あ、おしゃれカフェはいいなぁ。 教室をかわいく飾りつけて、 ほっと一息できる場所にするとか?」 「うんうんっ。それに制服も、 あたしのバイト先から借りてこれると思うし」 「ふむ。なるほど。ナトゥラーレの制服か。 悪くない。悪くないと思わないか、中川君」 「えぇ、思いますとも、黒田君。 これは決して変態的視点からの意見ではなく、 純粋に客が来るかどうかを考えての意見だ」 「我々男子は、そう心から、 落葉祭の成功を祈っているからね」 「いかにもその通り」 「お前ら、ついさっきまでは そんなこと微塵も思ってなかっただろ」 「何を言う。勝機があれば、 勝ちにいきたくなるのが 男というものじゃないか!」 「そうだそうだっ。 あのかわいい制服を姫守さんが着れば、 ベスト出し物賞も狙えるっ!」 「ええっ? そ、そうでしょうか…?」 「……ていうか、お前らが見たいだけだろ……」 「ほんと男子って、 メイド服とか制服とか好きよね」 「でも、あの制服かわいいよね。 あたし、一回着てみたかったんだっ」 「……じつはあたしも……」 「あ、やっぱり?」 「でも、カフェは料理が大変だよね。 作るのもそうだけど、メニュー作りが 特に面倒っていうか」 「大丈夫よ。だって、颯太がいるじゃん」 「あ、そっか。初秋くんがいた。 それなら、メニュー作りも任せられるよね?」 「いいかもいいかもっ。 初秋くんの料理おいしいし、ぜったい 他のクラスの飲食店に負けないよっ!」 「じゃあさ、今年は本気で ベスト出し物賞を狙って、みんなで 学校一番のおしゃれカフェを作ろうよっ」 「「賛成ー」」 「さっきまでいがみあってたのが、 嘘みたいだな」 「満場一致なのです」 「じゃ、今年の落葉祭の出し物は おしゃれカフェに決定な」 「ベスト出し物賞狙うなら、 ぜったい手抜きできないからな」 「皆さんで力を合わせて頑張りましょう」 「「おー!」」  出し物がおしゃれカフェに決まったことを 職員室で先生に報告し、また教室に戻る。 「おかえり。先生なんて言ってた?」 「みんなで決めたんなら、 それでいいってさ」 「そっか。ふふっ、楽しみだねっ」 「あぁ。でも、俺なんかは 料理も店作りも楽しそうって思うけどさ」 「みんなも途中からかなりやる気になって、 ちょっと意外だったな」 「そうかなぁ? あたしは意外じゃなかったけど」 「なんでだ?」 「みんな来年受験でしょ。 文化祭を思いっきり楽しめるのは たぶん、今年が最後じゃん」 「あぁ、そうか…… 受験組ってもうこの時期から 勉強に専念するんだよな?」 「うん、あたしだってそうよ。 落葉祭が終わったら、本腰いれて 受験勉強に専念する予定だし」 「そしたら、颯太とも あんまり遊べなくなるし……」 「そっか……」  ちょっと寂しいけど、仕方ないよな。  友希の将来がかかってるんだから。 「みんなだいたいそうだから、 最後の落葉祭ぐらい、思いっきり 全力で楽しもうと思ったんじゃないかなぁ」  友希もそのつもりだってことだろう。  そうと分かれば、 ますます本腰を入れないとな。 「じゃ、落葉祭のおしゃれカフェは ぜったい成功させような」 「うんっ。頼りにしてるね」 「おう、任せとけって」  放課後。  今日は部活に友希が遊びにきていた。 「――というわけで、ちょっとクラスの 出し物が大変そうなので、園芸部の出し物を あんまり手伝えそうにないんですが…?」 「別に構わないよ。僕も受験だからね。 そんなに派手な企画は考えてないんだ。 野菜の直売所でも作って、お茶を濁すさ」 「それなら、ちょうど良かったです」 「しかし、なんでまたカフェなんだい?」 「あぁ、それは――」 「颯太が、学校でウェイトレス姿のあたしと えっちしたいって言うんだもん……」 「なに言ってんのっ!?」 「あ、ごめん。秘密にしたほうが良かった?」 「いやいや、いやいやいやっ! 秘密したほうがいいんじゃなくて、 今の大嘘だよねっ!」 「えー、だって、バイト中のほうが、 いつもよりおち○ちんおっきくなるじゃん」 「何がっ!? ねぇ何がっ!?」 「心配しなくてももう分かってるよ。 颯太はシチュエーションに こだわりがあるんだよね」 「ないよっ。まったくないよっ。 普通が一番だよっ!」  ていうか、付き合ってるんだから、 そんなこと言ったら、本気に 聞こえかねないんだけど…!! 「……普通が一番とか、嘘だぁ……」 「その反応、何なわけっ!?」 「き、聞いてはいけないお話を されているような気がするのですが…?」 「なに、ただ彼らは日頃から やりまくっているというだけのことだよ」 「ええぇぇっ! は、初秋さんと友希さんは、 大人の階段をのぼられてしまったのですぅ?」 「それどころか、大人のエレベーターに 乗ってしまっているみたいだよ」 「そ、そんなぁっ! それ以上はいけないのです。 はしたないのですぅぅっ!」 「あ、あはは……えぇと、いつもの冗談よ?」 「どう思う、まひるちゃん?」 「まひるは知ってるんだ。 あいつら、スーパーエロエロなんだ」 「そ、そんなぁっ。卑猥なのですぅっ!」 「それで、僕たちがいない間に もう部室でやったのかな?」 「部室でやってしまわれたのですかっ? ど、どちらなのですぅ?」 「まひるの勘ではこの机の上なんだっ!」 「きゃ、きゃあぁぁっ!」 「そ、そんなことしてないわよっ」 「ふむ。日頃からやりまくってるのに こんな絶好のスポットでやらないというのは、 いささか信憑性に欠けるね」 「だ、だから、やりまくってないってばっ」 「それはやりたりないという意思表示かな?」 「……ち、違うもん…!!」 「おや、こんなところに白い液体が…?」 「嘘だぁっ! 精液はほっといたら、 白いまま残ってないもんっ!」 「それはそうだけど、 なんで知ってるのかな?」 「あ、あはは……颯太、なんで?」 「完全に詰んだ状態で俺に振るな……」 「いけない知識が増えてしまったのですぅ」 「スーパーエロエロなんだ……」 「まぁ、付き合いたてにやりまくりたい 気持ちは分かるけれどね」 「だから、違うんですって。 や、やりまくりたいなんて思ってないのーっ」  友希は顔を真っ赤にして弁解を続けていた。  まぁ、まったく相手にされなかったけど…… 「……すっごくからかわれた……」 「まだ言ってるのか?」 「だって、恥ずかしかったんだもんっ。 颯太は助けてくれないしー」 「そんなこと言われても、 あそこで俺がなに言っても 余計にからかわれるだけだぞ」 「そうだけど……」 「まぁ、調子に乗って 下ネタばっかり言うからだな」 「……ご、ごめんね……怒った?」 「いや。からかわれたくないなら、 あんな下ネタ言わないほうが いいって話な」 「そっかぁ。あ、でも、 それとは別にごめんね……」 「えぇと……それは何の『ごめんね』だ?」 「だから……う、嘘だから……」  嘘? 「何が?」 「……『やりまくりたいなんて思ってない』 って言ったこと……」 「あぁ、大丈夫だって。 そんなの分かってるよ」 「分かってるの…?」 「おう」 「…………じゃ……ど、どうぞ……」 「えっ?」 「あー、やっぱり分かってないじゃんっ」  えぇと、つまりだ。 「やりまくりたい?」 「……し、知らない……」 「友希」  彼女を抱きよせ、唇を寄せる。 「……い、いまさら遅いんだもん……あ…… ん……ちゅ……んちゅ……」 「本当のこと、教えてくれるか?」 「こないだ、ちゃんとできなかったから…… 今度はちゃんとえっちしたいなって思ったの」 「そっか」 「し、したくない?」 「そんなわけないだろ」 「じゃ……えと……今、する?」 「もちろん、するよ」  俺たちはそのまま、ベッドに倒れこんだ。 「ふふっ、今日はおち○ちん イカせないように気をつけないとね」  友希は何の躊躇いもなく 俺のち○ぽを胸で挟むと、 両手で押して締めつけてくる。  乳房の滑らかな肌触りをち○ぽに 直接感じて、背筋が快感に震えた。 「おち○ちんすぐびくびくしちゃって、 やーらしいのー。イキそうになったら、 ちゃんと言うのよ?」  友希が身体を上下に揺らすようにしながら、 ち○ぽを乳房で擦りあげる。  たぷんたぷんと揺れるおっぱいが 見ているだけですごく卑猥だ。  もっと友希の胸の柔らかさを感じたくて、 ち○ぽを押しつけるように 腰を動かしてみる。 「あっ、ん……もう、そんなにおち○ちん、 おっぱいに押しつけて…… どうしてほしいの?」 「……口でしてくれるか?」 「やーらしいのー。 おち○ちん、お口で咥えてほしいんだぁ。 しょうがないなぁ」  友希は胸で挟んだち○ぽに顔を近づけ、 懸命に舌を伸ばす。  くちゅ、と亀頭を舐められる感覚が 下半身に広がり、思わず声が 漏れそうになった。  そんな俺の反応を見て、友希は 楽しそうにち○ぽの先端にくちゅくちゅと 舌を這わせていく。 「おち○ちん、ぺろぺろされて、 気持ちいいのかなぁ?」 「……あぁ……」 「ふふっ、かーわいいのー。 もっともっとおち○ちん 気持ち良くしちゃうね」  唾液を塗布するように、 友希は丹念にち○ぽを舐めまわしていく。  とろとろの舌先が触れるたびに 悶えそうなほどの気持ち良さが襲ってきて、 俺は彼女のフェラチオに身を委ねる。 「ガマン汁、出てきちゃったね…… おいしそう……絞りだしちゃうね……」  くにゅうぅ、とおっぱいで押さえつけて、 友希は俺のち○ぽからガマン汁を 絞りだす。  先端にトロリと溢れた液体を 彼女はぺろぺろとおいしそうに、 舌で舐めとっていく。 「れろれろ……んちゅ……れあむ……ん、 ぺろぺろ……ぴちゃぴちゃ……んちゅ…… ちゅれろっ、れろれろ……れあむ、ちゅ……」 「はぁ……どんどん出てくるね…… おち○ちん、もうこんなに堅くなって…… いやらしすぎるよ……」  とろんとした表情で 友希は乳房を淫らに揺らし、 ち○ぽに強く擦りつける。  そうしながらも、彼女の赤い舌と唇は ちゅぱ、ちゅぱと音を立てながら、 亀頭に吸いついてくる。  普段しゃべりかけてくるあの口で、 俺のち○ぽを舐めまわしているんだと思うと たまらなく興奮した。 「ん……ちゅ……ちゅぱっ、んちゅ…… あむ……ちゅ、ちゅれろ……れろれろ…… ぴちゃぴちゃ……ちゅぱっ、れろれろん……」 「……友希、そろそろ……」 「もうおち○ちん、イッちゃいそう?」 「まだだけど……もう挿れたい……」 「う、うん……いいよ…… あの……教えてくれる?」 「何を?」 「えと……好きな体位…… 初めては、その……一番好きなので、 してあげたいから……」 「……えぇと、でも…… どんなんでもいいのか?」 「う、うん。どうすればいい?」 「それじゃさ――」 「……こ、こんな格好が好きなんだぁ…… やーらしいのー……恥ずかしいよぉ……」 「……すごく、えっちでかわいいよ……」 「あ、あんまり、見ちゃだめだもん…… 早く挿れて……こんな格好で待ってたら、 恥ずかしくて仕方ないよ……」 「じゃ、挿れるよ……」  いきり立ったち○ぽを挿入しようとするけど、 しかし、初めてなので そうすんなりとは行かなかった。  股間を押しつけると、おま○この入口が どこにあるのか分からなくなり、ち○ぽで なぞるようにして下半身を探っていく。 「あ……ん……はぁっ、や……擦れて…… ん、おち○ちん……おま○こに擦れて…… 気持ちいい……はぁ……あん……」 「焦らさないでよぉ…… 早くおち○ちん挿れてほしいの……」 「あ、あぁ……」  いまさらながらに緊張してきて、 ますますおま○こがどこにあるのか 探せなくなる。  焦る気持ちとは裏腹に、 友希の股間に擦りつけているち○ぽが すごく気持ちがいい。  何とかおま○この入口を 探り当てようと、腰を動かすと、 ち○ぽの先端がくぼみにはまった。 「あ……あ……そこ……や……」  ここだ、と思い、俺はぐっと腰に 力を入れ、友希の中へち○ぽを 一気に押しいれていく。  さすがに初めてなだけあって 友希の中はきつく、ち○ぽの侵入を 阻むように強く締めつけてくる。  それをこじ開けるようにしながら、 俺は腰を突きだし、めりめりと ち○ぽをねじこんだ。 「あ……あ……はぁ、あ・あ…………」  初めての挿入に、友希は言葉にならない 吐息混じりの声をあげる。  彼女のことを気遣わなければと思う一方、 おま○この中があまりに気持ち良くて、 腰が勝手に動いてしまっていた。 「あ……ま、待って、ちょっと……あぁ…… だめ、待って……あぁ……お願いっ…… やだ……あ……違う、の……あぁっ……」 「ごめん、友希の膣内、気持ち良すぎて、 腰が勝手に……」 「でも、ち、違うの……あぁっ! だめっ、 動かないで、あたし、あぁっ、ん…… 違うっ、あぁ……やっ、やだっ…!!」 「お尻……あっ、お尻の中に……あぁ…… 入ってる……お尻に入ってるのぉっ…!!」  快楽に身を任せるがままに腰を振りながら、 俺は友希の言葉でふと結合部を見た。  いやらしくち○ぽが出入りしているそこは 確かに友希のアナルだった。  だけど、あまりに気持ち良くて、 いまさら止まれなかった。 「あっ、あんっ……やだ……どうして…… あっ、んん……お尻、あぁっ、おち○ちんで、 やだぁっ……これ、違うよぉ……あぁっ」 「ごめん、友希。 気持ち良くて止められない……」 「嘘……あぁっ、やっ……あぁ、アナル、 そんなに突いたら、やだ……あたし、 処女なのに……初めてもまだなのにぃっ…」  きゅうきゅうと締めつけてくる 友希のアナルがバカみたいに気持ち良くて、  俺は冷静さを失ったように 彼女の肛門を、突いて、突いて、 突きまくる。  処女を奪う前にアナルを奪う背徳感が、 余計にその快楽を加速させていた。 「ごめん、友希……俺、もう……」 「あっん……もう、やーらしいんだから…… あたしじゃなかったら、怒ってるんだからね」 「こんなこと、友希以外には できないって」 「調子いいなぁ……あっ……や……そんなに、 お尻の穴、おち○ちんでかき混ぜないで…… あっ、あうっ……あはぁ……だめぇ……」  友希の許可が出たことで、 かろうじて残っていた理性を完全に捨てさり、 俺はアナルにち○ぽをねじこんでいく。  ぐりぐりと直腸をかき混ぜる感触に 悶えるように友希は身体を揺らし、 苦しげな声をあげる。  しかし、だんだんとその声に甘いものが 混ざりはじめた。 「あっ……だめ……嘘……こんなの……あ、 お尻が……おち○ちんに突かれて、あたし… 嘘、あたし……気持ちいいの……あぁっ!」 「どうしてっ? だめぇっ、感じちゃうよぉ… アナル、気持ち良すぎて、あぁっ、あたし、 初めてなのに、感じちゃってるのぉ……」 「友希……一緒に気持ち良くなろう」 「あっ、あんっ、やだ……あ、くるぅ…… お尻に、くるよぉ……やだやだ……だめぇ… 初めてイクのがお尻なんて、だめなのにぃ!」  戸惑いを覚えながらも、 快感を堪えきれない友希が とてもいやらしい。  ペニスでアナルを抉るたびに 彼女はびくんびくんと身体を痙攣させて、 おま○こからはトロリと愛液が滴る。 「だ、だめぇ……あ、ああぁ、気持ちいいの… おち○ちん、お尻で感じて、あっ、やだ…… そんなに突いたら、あたし……だめになるよ」 「や、あ・あはぁ……無理、だよぉ……我慢、 できない……あぁっ、いいっ、あぁ…… だめ、だめぇ……あっあ、あぁぁっ!」 「もっと……ゆっくりしてぇ……じゃないと、 あたし、このまま……お尻で…… お尻でイッちゃうよぉ……」 「ごめん、俺、もう我慢できない……」  唐突に押しよせてきた射精感に 促されて、俺は友希のアナルを ひたすら突いた。  ち○ぽを激しく出し入れするたびに めくれあがる友希の肛門が ひどくいやらしくて興奮をかき立てる。 「あ……あぁあ、おち○ちん、お尻の中で、 びくびくしてる……やぁ……そんなに、 いやらしくしちゃ、だめ……」 「あぁ、イクの…? イッちゃうの? あたしのお尻の中で、おち○ちん…… 精液、出しちゃうっ…?」  俺の限界が近いことをアナルで直接 感じたからか、友希はもう我慢できないと いったような嬌声をあげる。  肛門を突くと、きゅちゅうと直腸が締まり、 友希はがくがくと身体を震わせる。  彼女も限界が近いんだろう。 「あっ……やだぁ……あたし、もうだめ…… イッちゃう……本当に、お尻で、 初めてなのに、お尻で、イッちゃうよぉ……」 「あ・あ・ああぁ、だめ、だめぇぇ、イク、 イクのぉぉ、イッちゃうのぉぉぉ、あ、あ、 あ、だめぇぇぇぇぇっ」 「イク、イクのぉ、イッちゃうぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」 「あぁ、入ってくる……精液……ん…… 何これ、あ、あたし……また……嘘…… んん……イッちゃうぅ、あはぁぁ……!!」  アナルに精液を注ぎこんだ後、 ペニスを引きぬくと、まだ続いていた射精が 今度は友希の全身を白く濡らした。 「はぁはぁ……精液、またこんなに…… おま○こに出してくれるはずだったのに……」 「……ごめん。友希のお尻が あんまり気持ちいいから……」 「もう。颯太のばか…… おち○ちん空っぽになっちゃったでしょ?」 「ごめん……」 「しょうがないなぁ……」  けっきょく今回も失敗だった。 「でも、初めてなのに イクまでお尻でするなんて 本当にやーらしいよね」 「……えぇと……俺がイクまでの話? それとも、友希がイクまで?」 「両方に決まってるじゃん。 あんなにお尻気持ち良くさせて、 ひどいよ。癖になったらどうするの?」 「……………」  抗議だか抗議じゃないんだか、 分からないな…… 「その時は責任持って、 毎回お尻でしてあげるよ」 「そしたら、ずっとおま○こで えっちできないじゃん」 「じゃ、両方するとか?」 「むー。反省してない」 「してるよ。次は絶対うまくやるから」 「うまくって?」 「だから、ちゃんとえっちするよ」 「お尻で?」 「いや、そうじゃなくてさ」 「何をどこにどうするのか、 具体的に言ってくれないと分からないなぁ」 「……あのね……」 「ん? どうしたの? 処女の女の子にお尻でえっちして 気持ち良かった?」 「……………」  しょうがない。 「だから、次はちゃんと、 俺のち○ぽをお前のおま○こに 挿れてやるからな」 「あははっ、なに言ってるのー。 やーらしいのー」 「お前が言わせたんだろ……」 「しょうがないなぁ。 颯太がそこまでおま○こに挿れたいんなら、 許してあげよっかな」  よく分からないけど、下ネタを言ったことで 機嫌は直ったようだった。  バイトの休憩中、友希と二人で まかないを食べていた。 「そういえば、今日、マスターに バイト辞める話をしてきたんだぁ」  えっ? 「あぁ、そっか。 受験に専念するって言ってたもんな。 いつ辞めるんだ?」 「再来月の1日が最後よ」  今日でもう七月は終わりなわけだから、 「あと一ヶ月か。寂しくなるな……」  9月 1日が過ぎたら、 もうナトゥラーレで友希に 会えないのか…… 「そ、そんなにしんみりしなくてもいいじゃん。 颯太には会うよ。 5分しか会えなくても、会いにいくもん」  そう言いながら、 じっと俺を見つめてくる友希の瞳に 吸いこまれそうになる。 「……明日、颯太はバイト?」 「あぁ。でも、早上がりだよ」 「じゃ、終わったら、デートしない? 観たい映画があるんだぁ」 「いいよ」  まるで互いに引きよせられるかのように、 俺たちはゆっくりと顔を近づけていき―― 「ラブラブなのは分かるんだけど、 お店では控えてもらえると嬉しいかな」 「あ、いや、こ、これは……」 「ち、違いますよっ。き、キスなんて しようとしてないですっ。ね、颯太」 「お、おう。ちょっと友希の目に ゴミが入ったからとってあげようと してただけなんですよ」 「……なんでそんな古典的なごまかし方が 通用すると思うかな…?」  く、だめか。ごまかせそうもない。  こうなったら、 「俺が悪いんです。 友希はお店だからって遠慮したんだけど、 俺はどうしても我慢できなくて……」 「ち、違います。颯太はあたしを 庇ってくれてるだけなんですっ」 「本当はあたしが、あたしが…… キス、したくなっちゃって。 だから、颯太は悪くないんですっ」 「んー、どっちでもいいかな」 「「すいませんでした」」  お互いを庇いあう俺たちの美しい愛情は まやさんに軽く一蹴された。 「ところで、わたしも来月でバイト辞めるんだ」 「え、そうなんですか…?」 「うん。ほら、わたし、今年受験でしょ。 いいかげん真面目にやらないとって思って。 浪人はしたくないし」 「じゃ、フロアは九月から一気に 二人も抜けるんですね」 「それ、店が回らなくないか?」 「それは大丈夫かな。明日から塩野さんって フリーターの女の子が入るし。わたしたちと 違ってシフトもたくさん入れるみたいだから」 「1ヶ月みっちり仕込めば、九月からは 独り立ちできるんじゃないかな」 「なら、一安心ですね」 「そういうこと。 じゃ、あんまりお店で 変なことしないようにね」  最後に釘を刺して、 まやさんは去っていった。 「変なことしないように、だって」 「気をつけないと次見つかったら、 怒られそうだな」 「じゃ、見つからないように、する?」 「どうやって?」 「うんとね……軽く、ちょんってキスするだけ」 「まぁ、それぐらいなら平気か」  答えつつ、周囲の様子をうかがう。  今なら誰もこっちを見てない。 「……してもいい?」 「……いいよ」  ゆっくりと友希が顔を近づけてきて、 俺の唇に優しくキスをする。 「ん……ちゅっ……んっん……あん……」  けど、軽くキスをするだけと 言ったはずなのに、友希はなかなか 離れようとしない。 「こら、友希、ちょっと……」 「口開けて……ん……れろ……れろれろ…… んちゅ……ちゅっ、ちゅるっ……ちゅぱっ」  友希の舌が俺の唇を割って入ってきて、 口内を舐めまわしていく。 「んちゅ……れろ……ちゅ、ちゅう……あ、 んん……あむ……ん、大好き……ん…… すちゅ……好き……んん……んはぁ……」  しばらくして、ようやく友希は唇を離した。 「……軽くじゃなかったのか?」 「……だって、軽くキスしたら、 我慢できなくなっちゃったんだもん……」  うーむ、なんてかわいい奴…… 「ねぇねぇ……もう一回、キスしていい?」  そんなふうに頼まれたら、 理性なんて飛んでしまう。 「いいよ」 「えへへ……嬉しい……大好きだよ…… んちゅ……」  ふたたびまやさんに怒られる日は そう遠くない気がした。  昨日約束した通り、俺はバイトが終わった後、 友希と映画を観るため新渡町へやってきた。  待ち合わせの時間には まだ20分ほどある。  もうちょっとゆっくりでも良かったと 思ったけど、待ち合わせ場所には すでに友希がいた。  寮に帰ってないんだろう。制服姿のままだ。 「あー、颯太、おつかれさまー。早かったね。 あ、『早かったね』って言っても 『早漏』って意味じゃないからね」 「勘違いしないから、安心してね」 「そっかぁ。 颯太が気にしてたら悪いかなって思ったけど、 気にしてないなら良かった」 「えっ? ちょっと待って。 俺ってそんなにか? そんなに早くないよな?」 「うんうん、早くないよ。大丈夫よ」 「正直に言ってくれるっ!?」 「あははー、冗談冗談。 あたし、颯太以外知らないから、 よく分からないんだもん」  言われてみれば、そうだな。 「まぁ、それはともかくとして。 お前のほうこそ早いよな。どうしたんだ?」 「……だって、颯太が上手なんだもん…… あんなにされたら、すぐイッちゃうよ」 「それはともかくって言ったよねっ!」 「えー、褒めたのにぃ。 本当は嬉しいくせにー」 「で! なんで早かったんだ?」 「うんとね、早く会いたかったからよ」 「早く来たからって、 早く会えるとは限らないだろ」 「うん、でも会えたじゃん。 颯太が早く来ると思ったんだよね」 「なんでだ?」 「早漏だもん」 「やっぱり、そうなのっ!?」 「あははー」 「いや、笑ってないで、否定してくれ」 「下ネタばっかり言ってないで、 早く映画館いこうよ」 「……………」  お前が言いだしたんだよ……  まぁいいけどさ。 「えぇと、『花祭り』って映画を 観るんだよな」 「そうそう、今すっごく流行ってるんだって。 恋愛映画でね、 観た友達みんな『感動した』って言ってたわ」 「そっか。楽しみだな」 「うんっ。颯太と観るんなら、 どんなにつまらない映画でも 楽しいけどねー」 「よしよし、友希はかわいいな」  言いながら、友希の頭を撫でてやる。 「……えへへ……もっと撫でて……」  友希って、たまに 子供っぽいところあるよなぁ。 「よしよし」 「……あ……ん……えへへ……嬉しい……」 「じゃ、映画館いくか」  『花祭り』というのは、 ある地方に伝わる豊穣を祝う 祭りのことだ。  その季節になると、街では そこかしこに色とりどりの花が 飾られる。  約1週間つづく『花祭り』では 様々な催しがおこなわれ、会場となる街は 毎年多くの観光客で賑わう。  物語は『花祭り』を観にきた少女、 春菜と地元の少年、空太が 出会うところから始まる。  二人は次第に惹かれあい、 春菜は『花祭り』に来た理由を 打ち明ける。  それは父親が亡くなったからだった。  幼くして母親を亡くしていた春菜は、 父親と二人で暮らしていた。  二人は仲睦まじい親子で、 小さなケンカをすることもなく、 とても幸せな日々を送っていた。  けど、ある日、父親が交通事故に遭い、 病院に運ばれた。  重症の父親のもとへ、 血相を変えて春菜が駆けつける。  父は死に際に今まで春菜に 隠していた秘密を打ち明けた。  その秘密はいったい何なのか、と 俺が物語にのめりこんでいったその時、 隣からくぐもった声が聞こえた。 「うっ……ぐす……あ……うぅ…… あ……う……あぁ……ぐす……」  友希が泣きじゃくっていた。  映画に感情移入しすぎて、 といった泣き方じゃない。  明らかに様子がおかしかった。 「……友希……大丈夫か…?」 「……あ……うぇ……ごめん……あたし…… あたし、これ、観れない……ごめんね…… ぐすっ……えっ……」  友希の頭をそっと撫でて、俺は言った。 「出よう」  友希の手を引き、映画館を後にした。  友希を家に連れてきて、 どのぐらい経ったか。  彼女は俺にぎゅっとしがみついて、 ずっと泣いている。  友希には両親がいない。  そのことを寂しく思っていたのは 知っていたけれど、映画を観て こんなふうになるとは想像だにしなかった。  親がいないことがどれだけ辛いのか、 俺にはよく分からない。  なんて声をかけて慰めてやればいいのかも 分からない。  だけど、せめて、友希の悲しみが 少しでも和らげばと、その頭を ずっと撫でていた。 「……ごめんね、颯太……」  ようやく落ちつきをとり戻したのか、 涙を拭って、友希はそう言った。 「せっかく映画、観にいったのにね……」 「そんなこと気にするなよ」 「うん……えへへ……颯太は優しいよね」 「……………」  かける言葉が見つからず、 彼女の頭を優しく撫でた。  これまで、何となく踏みこんでは いけないような気がして、友希に ちゃんと訊いたことはなかった。  だけど、この機会に 今日は訊いてみようと思った。 「友希はお父さんとお母さんのこと、 どれぐらい覚えてるんだ?」  友希はしばし考えた後、 静かに口を開いた。 「ほとんど覚えてないんだぁ……でも、 うっすらとだけ、お父さんとお母さんがいた って感覚は覚えてる」 「二人とも優しかったよ。 でも、お母さんは怒ると怖くて、 お父さんは怒ったことすらなくて」 「そんな感じだったなぁってことは 覚えてる。具体的なことはあんまりだけど」 「そっか」 「でも、お祖父ちゃんの機嫌が いいときに訊いてね。 ちょっとだけ教えてもらったんだよ」 「あたしのお父さんとお母さんは、 颯太とあたしみたいに 幼馴染みだったんだって」 「へぇ。そうなんだ」 「うちのお祖父ちゃんって大地主だし、 お母さんは一人娘でけっこう箱入り だったみたいでね」 「逆にお父さんは大学も出てなくて、 すぐに働いてて。でも、飲食店だったから、 あんまり給料も良くなかったらしくて」 「だから、お母さんはお父さんとの交際に、 周りからすっごい反対されてたんだって」 「特にお前のところの爺さん辺りが、 めちゃくちゃ反対しそうだな」  なんせ、これでもかってぐらい 飲食店を見下してるもんな。 「あぁ、でも結婚はしたわけだよな? よく爺さんに許してもらったな」 「うんとね、お母さんが妊娠したんだけど、 まだ周囲の人はぜんぜん認めてくれなくて。 だから、駆け落ちしたんだって」 「マジで…?」 「うん。その時お腹の中にいたのがあたしね」 「それで二人で小さな店を始めて、 でも、あんまりうまくいかなかったんだって」 「お父さんもお母さんも働きづめで、もともと あんまり体の強くなかったお母さんは、 風邪をきっかけにどんどん体調を悪くして」 「けっきょく、そのまま死んじゃったんだ…… お父さんも後を追うように死んで、あたしは お祖父ちゃんに引きとられたんだって」 「お父さんは、なんで亡くなったんだ?」 「……分かんない。お祖父ちゃんは お父さんの話をするとすぐに不機嫌に なるから、それ以上聞けなかった」 「お母さんをだまくらかして駆け落ちした、 とか文句だけなら、 聞き飽きるぐらい聞いたんだけどね……」 「詳しいことはちっとも話そうとしないし……」  まぁ、爺さんにしてみれば、 自分の娘が勝手に連れさられて、 殺されたようなものだからな。  友希のお父さんのことを 恨んでいたとしてもおかしくないだろう。 「その頃の思い出もなくて…… ぜんぜん分からないんだぁ」 「友希は小さかったんだから、仕方ないよな」 「そうだね……仕方ないね…… でも、おかしいよね」 「仕方ないって分かってるのに、 どうして寂しいのかなぁ…?」 「会えないって分かってるのに、 どうして会いたいのかなぁ…?」 「おかしくないよ」 「そうかなぁ?」 「おかしくない」 「……そっか。おかしくないんだぁ…… そっかぁ……」  ぼんやりと言って、友希は瞳に涙を溜める。 「あたし、お母さんに会いたい」 「あぁ」 「……お父さんに会いたいよ……」 「そうだな。もし会えたら、何をしたい?」 「うんとね、もし、お父さんとお母さんに 会えたら、あたし、一緒にごはんを 食べたいんだぁ」 「学校であったことを話して、 100点とったら褒められて、悪いことしたら 怒られて、進路のことを相談して……」 「それでね、たまにお祖父ちゃんがやってきて、 たぶんお父さんとケンカになって、 お母さんと一緒に一生懸命なだめてさ」 「大変そうだな」 「ぜったい大変だったよ。 お祖父ちゃんがカンカンに怒ってるところが 想像ついちゃうよね」 「でも、きっとお祖父ちゃんもそのほうが 楽しかったと思う」 「そうだろうな」 「楽しいほうが、良かったなぁ……」 「どうして覚えてないんだろ…… 思い出ぐらい欲しかった……」  友希の手を強く握って、俺は言った。 「代わりにはなれないけどさ、 俺はずっと友希のそばにいるよ」 「それで、一緒にいつも、 楽しいことをしよう」 「たくさん、思い出を作ろう」 「颯太はいなくならない?」 「おう。いなくなるわけないだろ」 「そっか。颯太はいなくならないんだぁ……」 「当たり前だろ」 「そうだね。でも、ちょっと 不安だったんだもん」 「じゃ、安心したか?」 「ふふっ、半分ね」 「もう半分はどうやったら安心するんだ?」 「うんとね、颯太がぜったい離れないって あたしの身体に教えてくれたら、 安心するよ」  そう言われ、俺は友希を強く抱きしめる。  そして、その唇を求めた。 「ん……ちゅ……ちゅぱっ……あ、あ、んん… れろ……れろれちゅ……ん、ちゅ……んはぁ」 「どうだ?」 「もっと、もっと、たくさんキスしてくれる?」 「いいよ」 「……んっ……ちゅっ、んん……好き…… 大好きだよ……んっ……もっと……して……」  何度も何度も友希が求めてくるので、 この日は一日中、キスをして過ごした。 「うん、嬉しい。 でも、まだ足りないよ」  今度は友希が 俺にぎゅっと抱きついてくる。 「颯太が彼氏になってくれて良かったなぁ」 「そうか」  言いながら、友希の頭を優しく撫でる。 「えへへ……キスされたり、 抱きしめられたりすると、 寂しい気持ちがどっかにいっちゃうね」 「じゃ、もっとしてあげるよ」  桜色の唇にそっとキスをする。 「ん……ちゅ……んん……れぇろ……ん あぁ……んっ……ちゅ……」 「もっともっとぎゅーってして」 「痛くないか?」 「うん、大丈夫」  友希に言われた通り、腕に力を入れて 思いっきり抱きしめる。 「えへへ、あったかいなぁ。大好き」 「俺も好きだよ」 「……ふふ、不思議だなぁ。 颯太に『好き』って言われると、 それだけで元気になるんだもん」 「じゃ、もっと元気にしてあげる。大好きだよ」 「あたしも大好き。もっと、キスしよ」 「いいよ」  今度は友希のほうから、 俺に唇を近づけてくる。 「ん……ちゅっ……れろれろ……あぁむ…… あぁ……や……んっ……れろ……あぁ……」 「安心させてやるからな」 「ふふ、ありがと。 でも大丈夫、もう安心したよ」 「そうなのか?」 「うん……でも、颯太が好きだから、 もっと欲しくなっちゃった」 「しょうがない奴だな」  もう一度、友希にキスをする。 「ん……んちゅ……れぇろ……ん、舌…… もっと……あぁ……ん……ちゅ……あぁ……」 「なんかさ、いつもあたしのほうばっかり 颯太に元気もらってる気がするね」 「そうか。俺だって友希と一緒にいると、 すごく元気になるよ」 「それなら、嬉しいなぁ」  友希は俺の胸に顔を埋める。  友希が安心したような表情をしていたから、 俺もようやくほっとした。  そうすると、ふくよかなおっぱいが 俺の身体に押しつけられているのを 改めて感じる。  率直に言って、すごく気持ち良かった。  いやいや、何を考えているんだと 思えば思うほど友希の身体の柔らかさを 感じてしまい―― 「颯太、どうかした? あ……」  友希が何かに気がついたように、 俺の股間にそっと触れる。  びくんっと快感が走った。 「あははっ……本当だっ。 颯太ってあたしといると元気になるんだ」 「……それは元気違いなんだけど……」 「えー、いいじゃん。そっちのやつでも。 もっと元気にしてあげたいなぁ」 「えぇと…?」 「だめ…?」 「だめじゃないけど……」 「じゃ……えっち、しよ…?」  友希は俺のち○ぽをズボンからとりだすと、 おっぱいで挟み、舌を伸ばした。 「れぇろ……れろれろ……んちゅっ、ちゅう… あむ……れろれろ……ちゅっ、ちゅう…… ん、んれろ……ぴちゃぴちゃ……ん……」 「あははっ、もうこんなにおち○ちん、 カチカチだね。いやらしくて、 もっと食べたくなっちゃうよ……」 「……ちょっとお前のテンションの落差に ついていけないんだけど……」  さっきまで泣いてたってのに…… 「うんとね、泣いてるところを優しく 慰められて、あったかい気持ちになって、 えっちな気分になっちゃったのよ。分かる?」 「……いやまぁ、分かるけどさ」 「ふふっ、そんな真面目ぶってもだめよ。 おち○ちんもう勃起してるじゃん」 「さっきまで泣いてた女の子の 胸でおち○ちん挟まれて、ぺろぺろされて 感じちゃうんだぁ。やーらしいのー」  友希はすっかり調子をとり戻したようで、 亀頭にぺたりと舌を貼りつけ、汚れを 落とすかのように舐めまわす。  同時におっぱいを強く押しつけてきて、 ち○ぽに蕩けるような感触が伝わる。 「ん……んふぅ……おち○ちん、おいひい…… あたしのおっぱいとお口の中で、 びくんびくんしちゃってるね」 「もうちょっとすると、 ガマン汁が出ちゃうんでしょ?」  言いながら、友希が身体を上下に揺らす。  ち○ぽを挟みながらも、 彼女の動きに合わせて揺れるおっぱいが ひどく官能的で、  時折ち○ぽに擦れる友希の乳首の感触に、 身悶えるような快感が走る。 「ふふっ、ほらほら、 おち○ちんからガマン汁出てきたね。 やーらしいのー」 「もっとおち○ちん気持ち良くしてほしい?」  こくり、とうなずくと、友希は 嬉しそうにち○ぽに舌を伸ばして、 しゃぶるように舐めまわしていく。  ぴちゃぴちゃとアイスキャンデーでも 舐めるように、ち○ぽに舌を這わせる友希の 姿がとても淫靡で、  とろとろの舌の感触と相まって、 どんどん俺の性感を高めていく。 「あむ……んちゅ……ちゅれろ……ちゅっ、 ちゅう……れろれろ、れあむ……れろ、 ちゅっ、ちゅう、れろれろ、れぇぇ」 「……そんな顔しちゃって。 おち○ちん、気持ち良くて仕方ないの?」 「それは、こんなことされたら……」 「やーらしいのー。しょうがないから、 もっと気持ち良くしてあげるね」  ちゅう、と舌が吸いついてきたかと思うと さらにきつくおっぱいがち○ぽを圧迫し、 擦りあげられる。  友希の唾液でヌルヌルになった 乳房と、ち○ぽが密着する感触は 言葉で表せないほどの快感だった。 「あむ……おち○ちん、おいひい…… れちゅっ、ん、もっと……んちゅ…… あぁむ、れろれろ、んれぇろ……ちゅぱ」 「えへへ、次はどうしようかなぁ? おち○ちんの中も舐めちゃお」  堅くなった舌先が尿道口の中に 侵入してきて、ガマン汁をぺろぺろと 舐めとっていく。  それがビックリするほど気持ち良くて、 頭の中があっというまに真っ白になった。  抵抗すらできず、射精感が 一気に込みあげてくる。 「あ、だめ。今、イキそうだったでしょ?」  友希はフェラチオとパイズリを ピタリと止める。 「……なんで分かったんだ…?」 「顔見れば分かるんだもん。 でも、イッちゃだめじゃん」 「今日はちゃんとおち○ちん 挿れるんだからねー」  そう言って、友希は起きあがった。 「友希、あの……」 「じっとしてなきゃだめよ。 この前は好きな体位でさせてあげたから、 今日はあたしの番なんだもん」  つまり、騎乗位が好きだってことか。 なんていうか、すごく友希らしい。 「ん……あぁ……は、んっくぅ…… ねぇねぇ、見て。おち○ちん、あたしの おま○こに入ってるよぉ……」  結合部を見せつけるように脚を開き、 友希は俺のち○ぽを咥えこみながら、 ゆっくりと腰を沈めていく。  亀頭の先が友希の膣内に呑みこまれ、 少しずつち○ぽがおま○こに 挿れられていく。  そして―― 「んっ、あ、あぁぁ……やぁ…… あぁぁ、う・わ、あ、あぁぁぁぁっ!!」  俺のち○ぽは完全に膣内に埋まり、 彼女の処女を散らした。 「……やっと……おち○ちん、 挿れられたね……嬉しい……」 「痛いか…?」 「ちょっと痛いけど……あの、えっとね……」 「どうした…?」 「あの……き、気持ちいいの……」 「……本当に…?」 「うん……おち○ちん、入ってきたら、 頭を優しく撫でられてるみたいになって、 ぼーっとしちゃうんだもん……」 「そうなんだ……」  さすが友希だな…… 「あたしの膣内、気持ちいい?」 「うん、すごく気持ちいい。 ずっとこうしてたいぐらいだよ」 「あたしもずっとこうしてたいけど……」  友希は何か言いづらそうにしている。 「何だ?」 「……もう我慢できないの…… えと……動いて、いい…?」  初めてち○ぽを挿れられたっていうのに、 そんなふうに訊いてくる友希が とてもいやらしくて、すごくかわいかった。  返事の代わりとでも言うように 俺のペニスがさらに大きく堅くなる。 「あっ、んん、もう……おち○ちん…… またおっきくなってるじゃん…… やーらしいのー……」  ゆっくりと友希が腰を振りはじめる。  彼女の膣内はとても温かく、 ヌルヌルの愛液がにじんでいて、 友希が動くたびに下半身に快感が走る。  それは彼女も同じようで、 ち○ぽで膣壁を擦られるたびに 身体がびくびくと小刻みに揺れていた。 「おち○ちん、たくさん擦れて、気持ちいいよ ……あっ、んんっ、あぁ……初めてなのに、 こんなに気持ち良くて、いいのかなぁ…?」 「俺は気持ち良くなってくれて嬉しいし、 そんなふうにエロい友希が大好きだけどな」 「そっかぁ……えへへ……良かった…… じゃ、もっとえっちなこと、一緒にしよう。 たくさんいやらしくなろうよ」  今度は8の字を描くように、 友希が艶めかしく腰を振る。  彼女の膣内からは大量の愛液が 溢れだしてきて、腰が動くたびに ズチュ、ズチュと淫らな音が響く。 「んっ……あぁ……おち○ちん…… いいのぉ……あぁ、おま○こが…… たくさん擦れて、気持ち良くなっちゃう……」 「はぁ……ねぇ……気持ちいい?」 「すごくいいよ。 今にもイキそうだ」 「あははっ……いいよ……いつでも、 好きなときに出してね」  友希は脚を使って、腰を上下に 振りはじめる。  ぬぷぅぬぷぅとさっきよりも激しく ち○ぽと膣壁が擦れあって、 彼女の脚が震えていた。 「あはぁ……ん、気持ち良すぎて…… 力入らないよぉ……んんっ、もっと、 はぁ……だめぇ……」  友希はもっと強い快楽を求めて 腰を振るけど、それが気持ち良すぎるのか、 勢いをつける前に腰砕けになってしまう。  もどかしいような彼女の表情が ひどく淫靡で、もっともっと 感じてる姿を見せてほしいと思った。 「あっ、おっぱい、あぁ……揉んだら、 あ、だめ……いきなり、したら…… 感じすぎちゃうっ、やぁっ!」  友希が腰を振るタイミングに合わせて 乳房を揉みしだき、乳首を刺激した。  おま○ことおっぱい、同時に二箇所から 襲ってくる快感に、友希は訳が分からないと いったふうに身をよじらせる。 「あ・あ・あっ、だめっ、おま○こも、 おっぱいも、気持ち良すぎるよぉっ、 あたし、こんなにされたら……もう……」  友希は新しい快感に耐えるのが 精一杯の様子で、そんな彼女のおま○こを 俺は下から思いきり突きあげた。  びくぅんっと身体が震え、 大きな嬌声がこぼれる。  おま○こを突きあげるたびに 膣内がきゅうきゅうと収縮して、 とろとろと愛液が滴りおちてくる。 「あっ、嘘……おち○ちんっ、 気持ち良すぎるよぉっ! そんなにしたら、 おま○こ、イッちゃう、イッちゃうよぉ……」 「ねぇっ、あっ、好きっ、あぁあっ、 好きなのぉ、だから、あぁぁっ、もっと、 してぇっ、おち○ちんでイカせてよぉぉっ!」  狂ったように喘ぎ声をあげて 身体をびくびくと震わせる友希の姿に 興奮して、射精感が押しよせてくる。  いやらしく腰を振る友希の膣内へと ぐじゅっとち○ぽを突きあげ、 奥の奥まで挿入した。 「もう……だめぇっ。イクっ、イッちゃう…… おち○ちん、たくさん突かれて、おま○こ、 イッちゃうのぉぉっ!」 「あっはあぁぁぁ……好き……大好き…… おっきいおち○ちん、大好きぃ…… あ・あ・あ・あぁぁぁぁ――」 「あたし……もう、あたし、あ……イク…… イクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!」 「あ……なに…? 出てる……膣内で…… 精液だしてるの…?」 「あっ、あ、はぁぁぁぁ…… やだ、こんなに……やーらしいのー……」  ありったけの精液を友希の膣内に注ぎ、 さらには身体中にぶっかけた。  友希は力を使い果たしたかのように、 がくんと脱力する。  だけど、初めて挿入したおま○この感触が あまりに気持ち良くて、俺はあっというまに 回復を果たした。 「えっ? あ、あれ? どうして? おち○ちん、おっきくなってるよ…? 一回だしたら、いつもはもう勃たないのに」 「その、友希の膣内が気持ちいいから、 もう一回したくなった」 「あっ、きゃあ……もう…… またこんな格好させて…… やーらしいの……」  友希と身体を入れかえ、 後ろからとろとろと愛液の滴るおま○こに ち○ぽを一気に挿入する。 「あ・はぁぁぁぁぁ……んんっは・あ…… おち○ちん、また入ってきた……んっ、 あ、なに、これ……んんっ!」 「変なの……イッたばかりで、おま○こ、 すごく敏感になってるのかなぁ……」  ゆっくりと俺がピストン運動を始めると、 友希は刺激に耐えられないといったふうに びくびくと身体を震わせた。  友希が自分で言った通り、 一度絶頂に達したことで 身体が快感に敏感になっているんだろう。 「あっ、だめぇっ、おち○ちん、 気持ち良すぎるよぉっ、あぁっ、やぁ、 そんなに、動かさないでっ!」 「こんなんじゃ、あたしすぐに イッちゃうっ、あぁっ、ひぃあぁぁぁっ、 やぁっ、だめっ、あぁっ、あぁっ!」  ち○ぽを動かすたびに 絶頂に達してしまったかと思うほど、 友希のおま○こがきゅうっと収縮する。  子宮口に何度も突き当たるほど 激しくち○ぽを出し入れすると、彼女は シーツをぐっと握り、全身を硬直させる。 「あぁんっ、すごいっ、おち○ちんっ、 気持ちいいのぉっ、こんなの、初めてだよぉ、 あぁっ、だめっ、あっ、あぁっ、すごいのぉ」 「もうっ、何も考えられないよぉっ。 もっと、あぁっ、もっと気持ち良くなりたい、 イキたいっ、あっ、イキたいよぉっ」  ち○ぽから与えられる刺激に あっというまに虜になってしまった友希は 淫らに腰を振り、快感を貪欲に求める。  おま○こは精液を絞りとろうと くちゅうぅと絡みついてきて、 腰を振るたびにズチュズチュと水音が響く。 「あぁっ、くるっ、おち○ちん、すごくて、 あたしっ、あぁっ、あぁ、また、イクぅっ! あっ、やだ、んんっ、終わらないよぉっ!」 「ずっと、気持ちいいのぉ……あぁっ、 おま○こ、おかしくなったみたい…… んっ、んんっ、あっあっ、イクぅっ!」  そうとう気持ちいいのか、膣内の感触を ち○ぽで味わっている内に 友希は何度も軽くイッているようだ。  それでも、まだ彼女の快感は止まらず、 ヌルヌルに濡れた膣は吸いつくように ち○ぽを咥えこみ、締めつけてくる。 「もうっ、だめだよぉっ、これ以上、 イッたら、おかしくなっちゃうぅっ。 あぁっ、あっ、あぁっ、イクぅっ!」 「もう、出してぇ……おち○ちん、イッてぇ、 おま○この中に精液、たくさん出して…… あっんっ、早くぅ、ああっ、す・ご、んっ」  膣内にはドロリと愛液が溢れてきて、 おま○こからこぼれたそれが、 友希の脚を伝っていく。  その脚は膣を突かれるたびにがくがくと震え、 乳房がたぷんたぷんと揺れる。 「もうっ、だめだよぉっ、あぁっ、はぁっ、 おち○ちん、精液だしてっ、早くぅっ、 早くぅ、あたしのおま○こに精液だしてよぉ」  連続して絶頂したことで、 もう訳が分からなくなってしまったように 友希が俺の精液をねだる。  射精感がみるみる高まってきて、 俺は最後とばかりに思いきり腰を振って、 彼女のおま○こを強く抉る。 「あ・あぁ・あ、また、もうっ、だめぇっ、 そんなに、おち○ちん、突いたら、 あたしっ、あっあ、あ・ああっぁぁっ」 「イクぅ……イっちゃうぅぅ…… もうだめぇぇっ、イッちゃうぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!!」  二回目の射精とは思えないほどの量の 精液が友希の膣内を満たしていき、 同時に彼女は絶頂を迎えた。 「……はぁ……はぁ…… もう、だめ。気持ち良すぎる……」  放心状態になったかのように、 友希はその場にぐったりと倒れた。 「えへへ……へへへへへ…… ふふふふふふふ……」 「どうしたんだよ?」 「うんとね、颯太とえっちしちゃったって、 思ったんだぁ」 「えぇと、それは、嬉しいってことか?」 「嬉しくて、恥ずかしくて、気持ち良くて、 こそばゆい気分かなぁ」 「こそばゆい?」 「だって、子供の頃から知ってる颯太と こんなことしちゃうなんて、 思ってなかったんだもん」 「あぁ、それは何となく分かる」 「颯太のおち○ちんを初めて見た時は あたしの中に挿れる日がくるなんて 思わなかったなぁ」 「なに言ってんのっ?」 「感慨にふけってるんだもん」 「お前の感慨は意味が分からないよ……」 「ねぇねぇ、えっちって、気持ちいいね」 「そうだな。想像してたより、 ずっと気持ち良かったよ」 「相手が友希だからかな」 「え……そっかぁ。そうだね。 颯太とのえっちって、すっごく気持ちいいね。 気持ち良すぎてどうなっちゃうのかと思った」 「友希は大変なことになってたからな」 「颯太だって2回もしちゃって、 やらしかったじゃん。 おち○ちんから精液ドビュドビュ出してさ」 「まぁ、それは……」 「なに、いまさら恥ずかしがってるの?」 「お前こそ羞恥心をどこに忘れてきたんだ?」 「知らなーい。 あたし、颯太とえっちするの好きだなぁ」 「俺も好きだよ」 「じゃ……またしてくれる?」 「あぁ、何回でも」 「ふふっ、『何回でも』って、やーらしいのー」 「まったく、お前は。本当にかわいいな」 「えっ? あ……うん……そう?」 「好きだよ」 「あたしも、えっちして 颯太のこともっと好きになったよ」 「もっともっとえっちしたら、 もっともっと好きになるから、 いっぱいえっちしようね」 「それは、えっちが目的なのか、 好きになるのが目的なのか?」 「あははっ、そんなの決まってるじゃん。 ――両方だもん」 「だと思った」  友希がやらしいのは 口先だけじゃないのだと 改めて知ったのだった。  部活中。俺は野菜の生育具合を チェックして回っていた。  すると、後ろから足音を殺して 近づいてくる奴がいた。 「ねぇねぇ颯太、いま話しかけてもいい?」 「いいけど、なんでそんなに 小声なんだ?」 「だって、颯太が真剣だったから、 邪魔したら怒られるかと思ったんだもん」 「そんなに集中しなきゃいけない 作業してるわけじゃないから、 大丈夫だよ」 「それで、何か用があるのか?」 「あ、そうそう、明日と明後日なんだけど、 颯太バイト休みだよね? 暇? 遊園地いかない? いこうよ、一泊二日で!」 「……まぁ待て。 落ちついて一から話してみようか。 なんでいきなり遊園地が出てきたんだ?」 「うんとね、お祖父ちゃんが 『今週の土日に何が何でも帰ってこい』 って言いだしてさ」 「しかも、 『こんど帰ってこなかったら転校させる』 とか無茶苦茶言うのよ」 「それは無茶苦茶だな……」 「土日に毎週帰る約束で 晴北を受験させてもらったから、 気持ちは分かるんだけどさぁ」 「……お前、土日に帰ってたか?」 「1回も帰ってないよ」 「それも無茶苦茶だな……」 「だって、お祖父ちゃんとの約束守ってたら、 何にもできなくなっちゃうんだもん」 「だから『気持ちは毎週帰ってるよ』って 言ってあげてたんだけど、 そろそろ限界が来たみたい」 「むしろ、それで何とかなってたのが すごいよ……」  まぁ、爺さんは友希にはそうとう甘いからな。 「本当に転校になったら困るし、 1回ぐらい言うこと聞いて帰ろうかなって 思うんだけどね」 「それで、どうせだったら、うちの近くにある フェアリーパークに行って、 颯太と遊んだらいいじゃんって思って」 「まだ遊園地でデートしたことないし、 楽しいと思わない?」 「まぁ、ちょうど明日明後日は空いてるし、 遊園地も楽しそうでいいと思うんだけどさ」 「せっかく帰ってきたのに 遊園地に行ったきり戻ってこないって なったら、爺さん怒らないか?」 「お祖父ちゃんが怒るのはいつものことだもん。 それに『帰ってこい』って言われただけで、 『家にずっといろ』とは言われてないし」 「お祖父ちゃんの長い話聞くより、 颯太と一緒に遊びたいし」  うーむ。 俺も友希と土日に会えなくなるのは 寂しいしな。  友希がちょっと顔を出すだけでも 意味はあると思うし、爺さんには悪いが 我慢してもらおう。 「分かった。それじゃ、 土日はフェアリーパークに行くか」 「やったぁ、ありがとー」 「そういえば、お前の家泊まれるのか?」 「うんっ、部屋もたくさんあるし、大丈夫よ。 あ……でも、えっちはできない、かも……」 「いやいや、さすがにそんな勇気はないよ……」  友希の実家でそんなことして、 もし爺さんにバレたら、 叩きだされるだけじゃ済まない気がする。 「えー、じゃ、誘惑しちゃおっかなぁ?」 「なに楽しそうにヤバいこと言ってるんだ……」 「でも、家族にバレないように えっちするのって、すっごく 気持ちいいんだよね?」 「どこから仕入れたか分かりそうな お前の性知識はだいたいが間違ってるからな」 「嘘だぁ。じゃ、どっちが正しいかは やってみてから決めようよ」 「あぁ、分かった。試してみようぜ」 「――なんて言うと思うのか?」 「あははっ、引っかからなかった。 まいっか。たぶん、バレちゃうし。 そしたら、颯太が半殺しになっちゃうもんね」  勘弁してほしいところだ。 「じゃ、バスの予約はあたしがするねっ。 またいろいろ決まったら連絡するわ」 「おう」 「じゃあねー。部活、頑張ってー」  友希は立ち去ろうとして、 「あ、忘れてた」  とことこと俺のそばまで歩いてきて、 軽く背伸びをする。 「ん……ちゅ……えへへ、大好き。またね」  満足げな表情で、今度こそ 友希は去っていった。  半ドンの授業が終わると、 すぐさま俺たちは新渡町へ向かい、 高速バスに乗った。 「あー、やっとついたねー。 遠かったぁ。やっぱり、毎週帰るなんて ぜったい無理よ」 「まぁ、この距離はさすがに、 移動だけで疲れちゃうよな」 「うんうん。うまいことお祖父ちゃんの ご機嫌とって『毎週帰れ』って話は いつも通り聞き流そっと」  ……あっ。 「友希。それ以上は言わないほうがいいぞ」 「どしたの?」 「玄関の前、見ろよ」  爺さんが仁王立ちして待っていた。 「あー、中で待ってればいいのに。 恥ずかしいなぁ」  俺たちは爺さんに手を振りながら、 歩いていく。 「お祖父ちゃん、ただいま」 「よう帰ってきたな、友希。 しかし、あいかわらずお前は連絡をせんの」 「おかげでわしは朝からずっとここで 待ちぼうけだわい。年寄りには これがきついと何度言ったら分かるんだ?」 「家の中で待ってればいいじゃん」 「バカ言うな。お前が連絡をせんもんだから、 心配で心配でおちおち家の中で ゆっくりすることもできん」 「でも昨日、 何時のバスに乗るって言ったでしょ?」 「それはそうだが、ちゃんと乗れたのか、 無事に着いたのか、連絡せんと 分からんだろうが」 「もう子供じゃないんだから、 何も連絡しなかったら、 順調ってことよ」 「バカを抜かすな。お前はまだ子供だ。 嫁にもいっとらんくせに いっちょまえの口を利くな」 「えー、そんなこと言ったら、 結婚できなかったら、 一生子供のままじゃん。ね、颯太」 「まぁ。でも、爺さんって、 ほんっと昔の人間っぽいこと言うよな」 「だって、お祖父ちゃんだもん」 「ふんっ。呼んでもないのに 客面をしおって。お前もいっちょまえの口を 利くのは働いてからにしろ」 「そんなこと言われても、まだ学生だからさ。 でも、バイトはちゃんとしてるよ」 「どうせ飲食店だろうが。 そんなもんはまともな仕事とは言わん」 「昔って飲食店が低俗な仕事扱いなんだっけ?」 「うーん、どうかなぁ? お祖父ちゃんが変なだけだと思うけど」 「爺さんの価値観って偏ってるよなぁ」 「何だと、それが目上の人間に対する 口の利き方か?」 「ちゃんと年寄り扱いしてるじゃん」 「……まぁいい。立ち話もなんだ。 中に入れ」 「あ、そんなこと言って、 お祖父ちゃん、本当は足が 辛くなってきたんでしょ?」 「俺らはまだまだ立ち話平気だけどな」 「いいから、さっさと入らんかっ!」 「ごめんね、颯太。 お祖父ちゃんが変なこと言って」 「爺さんが偏屈なのは 子供の頃から知ってるからさ。 いまさら気にしないって」 「長旅で疲れただろうから、 今日はゆっくりするといい。 明日は朝早いことだしの」 「お祖父ちゃん、今、 朝ごはん食べるのそんなに早いの?」 「バカたれ。なんで朝飯の話になる? いい温泉を見つけてな。 明日はそこに行く予定だ」 「そうなんだぁ。行ってらっしゃーい。 お土産買ってきてね」 「何を言うとる? お前も行くんだぞ」 「あたしも? でも、聞いてないよ?」 「いま言ったわい。 しょうがないから、 颯太、お前も連れていってやる」 「えー、そんなの言うの遅いよぉ。 明日はフェアリーパークに行くんだもん」 「フェアリーパーク? なんだ、それは?」 「遊園地よ。家の近くにあるじゃん」 「なんだ、遊園地のことか。 紛らわしい言い方をしおって」 「フェアリーパークは固有名詞なんだけど……」 「固有名詞だろうが何だろうが、 遊園地は遊園地だわい」  『テレビ』や『ラジオ』は通じるくせに、 自分が知らない横文字だと 途端に拒否反応が出るんだからなぁ。  横文字に弱いっていうか、なんていうか。 まぁ、歳だからある程度は仕方ないけど。 「とにかく、遊園地行きは諦めろ。 わしはそんなところに興味はない」 「うん。お祖父ちゃんは温泉いっていいよ。 あたしと颯太は遊園地に行くから」 「は? 何を言うとるんだ?」 「だから、お祖父ちゃんは温泉に 行きたいんでしょ? あたしは あんまり行きたくないし」 「お互いに行きたいところに 行けばいいじゃん」 「……お前、久しぶりに家に帰ってきて、 それはないんじゃないか?」  うーむ、妥当な反応だよなぁ。 「そんなこと言ったって、温泉いくんなら 最初に言ってくれないとだめだよ。 あたしだって予定があるんだもん」 「勝手に予定を決めるやつがあるかっ」 「あたしはあたしの予定を決めただけよ。 どっちかって言うと、お祖父ちゃんが 勝手に決めたんじゃない?」 「何が勝手なものか。久しぶりに お前が帰ってくるんだから、家族水入らずで 温泉でもと思うのは当然だろうっ!」 「いいから、黙ってわしの言う通りに してればいいんだ」 「やだ。そんなの親切の押しつけじゃん。 そんなこと言うお祖父ちゃん嫌いっ」 「……お、おぉう……」  おぉ、めちゃくちゃ効いてるぞ。  爺さんはなんだかんで友希に甘いからな。 「わ、分かった。 お前の言うことも確かに一理ある」 「そこまで言うのなら、わしが遊園地に行こう」 「え…?」 「えーっ、絶対だめだよっ」 「だめと言っても、お前は温泉に来んのだろう。 なら、わしが遊園地に行くしかなかろう」 「そうだけど…… お祖父ちゃんが来たら困るし……」 「何が困るというんだ?」 「だって……その……」 「何だ? 年寄りと一緒じゃ遊園地が 楽しくなくなると言いたいのか?」 「そうじゃないけど……」 「なら、構わんだろう。 明日はわしもついていくからの」 「やだよっ、そんなのっ。 だって明日は、で、デートなんだもんっ!」 「なに? デート?」  この反応は、もしかしてヤバいか? 「デートとは何だ? 横文字を使うなっ」  そこからか…… 「デートって日本語にすると何だっけ?」 「えぇと……逢い引きとか?」 「なにぃっ、逢い引きだとっ!?」  ヤバい。 もう分かった。 これは完全にヤバい。 「まさか……まさか、颯太、お前…… わしの孫娘に手を出したのかっ!?」 「え、えへへ……手、出したとか、 言われちゃったね……」 「いや、爺さんのテンションは そんな照れてる場合じゃないんだけど……」  友希は爺さんに育てられたから、 爺さんが怒るのに慣れすぎなんだよな。 「分かってるんなら、話は早いわい」 「颯太。貴様、友希をだまくらかしておいて、 よくもいけしゃあしゃあとわしの前に姿を 現せたもんだ。覚悟はできとるんだろうな?」 「ちょっとお祖父ちゃん、変なこと言わないで! 颯太がだまくらかしたんじゃなくて、 あたしが颯太のこと好きなのっ」 「それが『だまくらかされとる』というんだ。 悪いことは言わん、今すぐ別れろ。 他にマシな男はごまんとおる」 「えー、今時そんなこと言わないよー。 マシな男だから付き合うとか、 お見合いみたいじゃん」 「じゃ、どんな男となら付き合うんだ? 言ってみろ」 「うんとね、『誰に何を言われても別れない』 って思うぐらい、すっごくすっごく好きな人 と付き合うんだぁ」 「そんなものは一時の気の迷いに過ぎんわいっ! こいつのどこがそんなに好きだというんだ?」 「一生懸命野菜を育ててるところとか、 たまに野菜に話しかけてるところとか、 料理作るのが大好きなところとか」 「先輩に無茶言われても、なんだかんだで 引き受けちゃう面倒見のいいところとか、 赤面症の女の子と気長に付き合うところとか」 「クレープ食べてたまにクリーム口に つけてるところとか、あたしの冗談に いつも付き合ってくれるところとか」 「朝、無理矢理起こしても怒らないで あたしの話を聞いてくれるところとか、 下ネタ言うと赤くなるところとか」 「お父さんとお母さんを大事に してるところとか、お祖父ちゃんが怒っても あんまり動じないところとか」 「あとね、まだまだあるんだけど――」 「分かった。もういい」 「もういいの? お祖父ちゃんから訊いたのに?」 「口先では何とでも言えるわい。 本当に好きだというのなら、 それなりの態度で示してもらわんとな」 「態度って?」 「颯太。お前、まだあの店で働いとると 言ったの?」 「ナトゥラーレのことなら、そうだけど…?」 「友希との交際を認めてほしければ、 店を辞めろ」 「そんなの関係ないじゃんっ。 お祖父ちゃんが飲食店嫌いだからって、 押しつけないでよー」 「お前は黙っとれ。……どうだ? たかがアルバイトだ。友希のことが好きなら、 簡単に辞められるだろう?」 「いやいや、爺さん、それは無理だよ」 「俺は自分の店を持つのが目標だしさ。 今のバイトは学生の俺が修行できる もってこいの場所なんだって」 「爺さんには分からないと思うけど、 学生で厨房任せてもらえるところなんて 滅多にないんだよ」 「つまりだ。友希よりも 自分の店を持つことが大事だと、 そういうわけだな?」 「そうじゃなくて、 両方大事だってことな」 「店を辞めなければ、わしは交際を 認めんと言っているんだぞ」 「なんで爺さんは飲食店が そんなに嫌いなんだ?」 「そんなもんは決まっとる。 飲食店で働くような奴は ろくでなしだからだっ!」 「それは爺さんの偏見だよ。 飲食店って言ってもピンキリだしさ」 「三つ星レストランのオーナーシェフとか、 社会的な評価も高いし、経済的にも 優れてるし、ろくでなしとは言えないだろ」 「金があろうが地位があろうが、 料理を作るような奴はろくでなしに 決まっとる。そんなことは常識だわい」 「ましてや大の男が、料理? 笑わせてくれるわい」 「そんななよなよしたくだらん仕事に つくような奴に、大事な孫娘を やれるわけがなかろう」  爺さんが偏屈なのは今に始まったことじゃ ないけど、さすがにここまでバカにされると いいかげん腹が立ってくるな。  とはいえ、できれば、あんまり事を 荒立てたくないんだけどなぁ。 「分かったら、今すぐ選べ。 金輪際くだらん仕事にかかわらんと誓うか、 それとも友希と別れるかをな」 「悪いけど、爺さん。 バイトは辞めないし、夢も捨てない。 友希とも別れないよ」 「そんな都合のいい理屈が 通ると思っておるのか?」 「なに言ってるのっ。 都合のいい理屈を言ってるのは お祖父ちゃんじゃんっ」 「友希。そんなに怒らなくても大丈夫だって」 「でも……」 「大丈夫だよ」 「うん……」 「爺さん。爺さんにとってみたら、 俺は都合のいいことを言ってるかも しれないけどさ」 「でも、俺の夢も、友希も、 俺は両方大事なんだ。 だから、両方大事にしたいって思う」 「俺がろくでなしだって、 今はそう思うかもしれないし、 爺さんの考えだから否定はしないけど」 「でも、この先そうじゃなかったって 思ってもらえるように頑張るからさ」 「だから、結論を出すのは もう少し待ってくれないか?」 「ふんっ。まだひよっこのくせに いっちょまえの口を利きおって。 そんな口八丁に騙されるものか」 「ひよっこだって思うんなら、 好きにさせてくれればいいじゃん。 結婚の挨拶にきたわけじゃないんだし」 「バカを抜かすな! 結婚前に孫娘を傷物にされるわけには いかんだろうがっ!」 「今時の女の子にそんなこと言われても。 もうとっくに手遅れだもん」 「な……て、手遅れ…!?」 「おい、友希……」 「だって……」 「颯太、貴様……貴様という奴は…… この外道めがぁぁ……」  あぁ、やばい。爺さん、血管きれそうだ。 「そこで待っとれっ!!」  爺さんが襖を壊しそうな勢いで 開け放ち、去っていった。 「……日本刀とか持ってこないよな?」 「さすがに大丈夫だと思うけど……」 「ここまで反対されるとは思わなかったな」 「ごめんね。内緒にしとけば良かった」 「って言っても、いつかは通る道だからな。 早いほうがいいだろ」  また勢いよく襖が開き、爺さんが 戻ってきたかと思うと、座卓に 領収証のような紙を叩きつけた。 「くれてやる!」 「くれてやるって…?」  紙に書かれた文字に目を落とす。 「……小切手……100万…?」 「100万円っ!?」 「手切れ金だ。これで友希とは すっぱり縁を切ってもらおう」 「……………」 「なんだ、足りんのか? なら、これでどうだ」  爺さんはもう一枚の小切手を 懐から出して、ローテーブルに叩きつけた。  額面は1000万円だ。 「それで自分の店でも何でも出せ。 どうせ金目的だろうが」 「……………」  さすがに、聞き捨てならなかった。 「なぁ爺さん、友希がかわいいなら 少しぐらい信じてあげなよ」 「なにぃ…?」 「言っておくけど、国家予算積まれたって 別れないよ」  躊躇わず、俺は二枚の小切手を破りすてる。 「……………」 「ねぇねぇ、お祖父ちゃん。 少しぐらい認めてくれてもいいじゃん」 「颯太はろくでなしじゃないよ。 お祖父ちゃんだって颯太のこと、 子供の頃から知ってるでしょ?」 「いつだって、あたしのほうが 颯太がいないとだめだったじゃん」 「……………」 「ねぇ、いいでしょ?」 「……なら、ハヤシライスを作れ。 わしに『美味い』と言わせたら、認めてやる」 「えー、またそんな無茶言って。 そんなの無理じゃん。お祖父ちゃん、 ハヤシライス嫌いでしょ?」 「好物が美味いのは当たり前だ。 料理人を目指してるなら、嫌いな物を 『美味い』と言わせてみろ」 「それとも、今の店では ハヤシライスも教えてくれんのか?」 「お祖父ちゃん、ナトゥラーレは 洋食屋じゃなくて、カフェなの。 ハヤシライスはメニューにないの」 「カレーはあっただろうが。 オムライスも」 「だから、何でもあるわけじゃないんだって。 メニューにない料理を 教えるわけないでしょ?」 「大丈夫だよ。ハヤシライスぐらい、 作れるから」 「でも、お祖父ちゃん、 ほんっとにハヤシライス嫌いなのよ?」 「まぁ、やってみるよ。 『料理を作れ』って言われて、 逃げるわけにはいかないからな」 「爺さん、美味いハヤシライスを作れば、 友希との仲を認めてくれるんだな?」 「あぁ、材料は冷蔵庫にある物を好きに使え。 足りなければ、買い出しの金をくれてやる。 5人分だ。いいな?」 「5人って……爺さんが3人分食べるのか?」 「バカを抜かせ。 ばあさんと娘の分だ。二人とも ハヤシライスが好物だった」 「お父さんの分は?」 「あんなろくでなしに 食わせる飯はないわいっ!」 「そんなのお父さんがかわいそうじゃんっ! お祖父ちゃんはいっつもお父さんばっかり 悪者にして。ひどいよ」 「……なら、勝手に 6人分用意すればいいわいっ。 できたら呼べっ!」  言いすてて、爺さんは去っていった。  正直な話、ハヤシライスを作って 「はい、これで仲直り」 ってことになるとは まったく思ってない。  それでも、一緒にごはんでも食べれば、 ちょっとは爺さんの態度も 軟化するんじゃないかと思った。  爺さんが飲食店を毛嫌いするのは いつものことだし、  いまさら手の平を返したように 交際を認めるなんてことには ならないだろう。  だけど、 友希の家族は爺さんしかいないわけで、  その爺さんと俺の仲が悪いんじゃ、 ちょっとかわいそうだもんな。  ともかく、まぁ、 今日結果を出そうとは考えずに、 長い目で見ていくのが一番だろう。 「はい、お祖父ちゃん。 お父さんにハヤシライスあげてね」  友希が爺さんにハヤシライスの皿を渡す。 「……お前がやればいいだろう」 「お祖父ちゃんはいつも ぜんぜん家事しないんだから、 これぐらい手伝ってくれてもいいじゃん」 「……ふんっ」  爺さんは不機嫌そうハヤシライスを移動した。  そこには、友希の父親の似顔絵が置いてある。  友希が子供の頃に描いたものらしい。 はっきり言って、ほとんどへのへのもへじだ。  その両隣には、友希の母親と 祖母の写真があり、同じように ハヤシライスが供えられていた。  父親の写真だけないのは、 爺さんが捨ててしまったからだ、と 友希が怒りながら説明してくれた。 「じゃ、食べよっか?」 「あぁ」  俺たちは手を合わせる。 「「いただきます」」 「あむあむ……んー、おいしいっ。 すっごい本格的な味だね」 「市販のルゥじゃなくて、 ちゃんと赤ワインとデミグラスソースで 作ったからな」 「そっかぁ。やっぱりイチから手作りのほうが おいしいね。ねぇねぇ、お祖父ちゃんどう? ちょっとは食べられる?」 「不味い」  爺さんはスプーンを放るように置いた。  友希がムッとしたように、爺さんを睨む。 「『不味い』じゃなくて『ごめんなさい』でしょ。 お祖父ちゃんがハヤシライス食べられないだけ なんだから」 「そんなことはないわい。 お前の母さんが作ったハヤシライスは 美味かった」 「じゃ、やっぱり、 ハヤシライスがおいしくないのは お祖父ちゃんのせいじゃん」 「……何を言うとる? 作ったのはそいつだろうがっ!」 「誰が作っても同じだもん。 せっかく帰ってきて、せっかくみんなで一緒に ごはん食べてるのに、変な態度とってさ」 「雰囲気悪くしたら、 どんなおいしい料理だって おいしくなくなるじゃんっ」 「お祖父ちゃんのせいだよっ。 颯太に謝ってっ!」 「バカを抜かせ。 雰囲気のせいで飯が不味くなる などと言い訳する料理人がおるかっ!」 「本職を目指していてこの程度の腕じゃ、 とてもお前との交際は認められんわいっ!」 「どうしてあたしが好きな人を、 お祖父ちゃんが認めるとか認めないとか 言うの? おかしいじゃんっ!」 「お祖父ちゃんは関係ないんだから、 邪魔しかしないなら、もう何も 言わないでっ!」 「関係ないだと…? わしがこれだけお前のためを思って 言っているというのに、なぜ分からん?」 「あたしのため? 自分のためじゃんっ! 自分の好き嫌いであたしの好きな人を 侮辱しないでっ!」 「話にならん。お前も少しは大人にならんかっ。 料理人なんかと付き合っても、 ろくなことにならんのは目に見えとる」 「そんな偏見ばっかりの言葉で、 誰があたしのためを思ってるなんて 考えるの?」 「料理人でも、フリーターでも、ヤクザでも、 ニートでもいいもんっ」 「あたしはあたしが好きになった人を 大事にするの。颯太がダメ男になっても、 あたしが養うもんっ!」 「ろくなことにならなくてもいいじゃん。 大変なことがあってもいいじゃん。 だって、好きなんだもん」 「そうじゃなかったら、 どんなに立派な人だって、 付き合う意味なんてないよっ!」 「この、バカたれがっ! 同じことを言ってお前の母さんも、 ろくでもない男と一緒に出ていった」 「貧しい暮らしを強いられ、頼る者もおらず、 体を壊して三十にもならん内に 亡くなったわい」 「わしの言うことを聞いて あの男と別れていれば、 そんなことにはならなかった」 「わしはお前にだけは娘と同じような 惨めな暮らしをさせたくないんだ。 なぜそれが分からんっ?」 「……いつも、いつも誰かのせいだよね。 お祖父ちゃんは」 「あたし、ずっと思ってたよ。お祖父ちゃんが、 お母さんが亡くなった理由を話してくれる たびにさ」 「お母さんとお父さんが、 駆け落ちしたのは誰のせい?」 「お母さんとお父さんが、 頼れる人をなくしたのは誰のせい?」 「お母さんが体を壊して 亡くなったのは誰のせい? お父さんが死んだのは?」 「全部お祖父ちゃんが お父さんとお母さんの結婚に 反対したからじゃんっ!」 「いいじゃん。お父さんにお金がなくても、 頑張ってたんでしょ。 死ぬまで働いたんでしょ」 「なんで、お祖父ちゃんはお金持ちなのに、 助けてあげられなかったのっ?」 「それは、あいつらが出ていって、 わしに何の連絡もよこさんから……」 「出ていったのは、お祖父ちゃんが 反対したからじゃん」 「どうせ『親子の縁を切る』とか 『二度と顔を見せるな』とか、 そういうこと言ったんでしょ?」 「困っても頼れなくなるぐらい、 お父さんとお母さんを追いつめたんでしょ」 「わしが娘を追いつめるわけがなかろうっ! わしはあいつが幸せになれるように 思っておったっ!」 「だが、あの男にだまくらかされて、 わしに何の断りもなく出ていったんだっ!」 「自分がお母さんに 信頼してもらえなかったことを、 お父さんに八つ当たりしないでっ!」 「大好きな人と一緒にいたいって思うのは 当たり前のことだよ」 「反対されたら、出ていくしかないじゃんっ。 そんなことも分からないの?」 「親を捨てるなどと想像できるわけが なかろうっ! だから、だまくらかされたと 言ってるんだっ!」 「ねぇ、お祖父ちゃん。 あたしはもうそんな言葉で騙されるほど 子供じゃないよっ」 「お祖父ちゃんは、お母さんに お父さんと別れろって言ったんだよね? あたしがお腹の中にいたのに」 「それってどういうこと?」 「あたしからお父さんを奪おうとしたの? それとも、あたしも殺そうとしたの?」 「……そういうことじゃないわい……」 「そういうことじゃんっ! お祖父ちゃんはお母さんの幸せを 考えてたかもしれないけど」 「お母さんだって、あたしの幸せを 考えてたんだよ」 「お父さんだってあたしが産まれるのに、 もう別れられるわけないじゃんっ」 「そしたら、もう出ていくしかないじゃん。 どうして親なのに、そんな簡単なことも 分かってあげられなかったの?」 「わしが反対してたのに 子供を作る奴が悪いだろうっ!」 「だから、死んでもいいって言うのっ!? 自業自得ってこと?」 「……………」 「お祖父ちゃん、本当にお母さんのことが 大事だったの? 自分のことしか 考えてなかったんじゃないの?」 「……それは違う……」 「お母さんもお父さんも、 あたしのために、頑張って働いて それで死んじゃったんだよ」 「どうして助けてくれなかったの? お祖父ちゃんなら、簡単だったはずなのに」 「あたしのお母さんとお父さんを どうして助けてくれなかったの?」 「お父さんが嫌いでも、 お母さんとケンカしてても、困ってたら 助けてくれるのが家族じゃないの?」 「『仕方ない』って思ってたよ。 『お祖父ちゃんだって後悔してる』 って思ってた」 「だから、こんな酷いこと言われるなんて 思ってなかったっ!」 「わしが、これだけお前のためを思ってるのが なぜ分からんっ!?」 「あたしのためを思ってるなら、 今すぐお父さんとお母さんを返してよっ!」 「……………」 「……………」 「……言いすぎたけど、 お祖父ちゃんが謝るまで あたしも謝らないからね」 「颯太ー、入っていい? 準備できたー?」 「あぁ、大丈夫だよ」 「じゃ、行こっか?」  友希は浴衣姿だった。  付き合って初めてだからだろうか? 何度も見たことあるはずなのに、 今日はすごくかわいく思える。 「……な、なんで黙って見てるの? どこか変?」 「いや、すごく似合ってるよ。 友希は浴衣姿もかわいいよね」 「あ……うん……ありがとぉ……」 「でも、どうして浴衣なんだ?」 「夏の間は浴衣着ていくと、 フェアリーパークの入場料が 割引になるんだって」 「あぁ、そういうことか。 じゃ、もしかして俺も浴衣のほうが 良かったのか?」 「うぅん、大丈夫よ。 ペアチケットもどっちかが浴衣だったら、 割引になるんだって」 「そっか。じゃ、行くか」 「そういえば、あの後、 爺さんと話したか?」 「うぅん。ずっと部屋にこもりっきりだもん。 分が悪くなると、いっつもそうなんだぁ。 たまには謝ってくれてもいいのに」 「お前、珍しくけっこう怒ってるよな?」 「うん。だって酷いじゃん。 いっつも自分のことばっかりで、 颯太にも変なこと言うしさ」 「俺はそんなに気にしてないんだけどな」 「あたしは気にするのっ。 颯太のことバカにしたら、 許さないんだもん」 「よしよし、ありがとうな」  と、友希の頭を撫でてやる。 「あ……うぅ……うん……」 「友希はさ、爺さんがお母さんの結婚に 反対してたこと、ずっと怒ってたのか?」 「……うん……おかしい? 自分のお祖父ちゃんなのに」 「おかしくないよ。 身内だからって許せないことって あるよな」 「身内だから、許せないのかもしれないけど」 「颯太もそういうことあるの?」 「いや、うちは家族円満だから、 そういうのはないんだけどさ」 「小さい頃からお前のことを見てたから、 何となくそうかなって」 「爺さんはお前のことを大事にしてるのに いまいち伝わってないし」 「自分を大事にしてくれるぐらいなら、 どうしてお母さんにもって気持ちが あったのかなってさ」 「……うんとね……『許せない』っていうの、 正解だと思う。たぶん」 「たぶん?」 「うん。お祖父ちゃんは、お母さんと お父さんの結婚を認めてくれなくて…… もう二人とも死んじゃったのにさ」 「今もまだ認めてくれてなくて、 お父さんの悪口ばっかり言って、 『ひどいよ』って思う」 「子供の頃、あたしが『お父さんに会いたい』 って泣いてたら、『あんなろくでなしには 会わなくてもいい』って悪口を言ったの」 「あたしは悲しくて、 『お父さんに会いたい』って言ったら いけないんだ、って思った」 「大きくなったら お祖父ちゃんが言ってることがおかしい って分かって許せなくなった」 「でも、もう少し大きくなったら、 あたしを一生懸命育ててくれたのは お祖父ちゃんなんだって思えるようになった」 「すっごく感謝はしてるんだぁ。 小言は多いけど、 いつでも好きなことさせてくれたし」 「でも、感謝すればするほど、 『どうして』『なんで』って思っちゃう。 『お祖父ちゃん優しいのに、なんで』って」 「あたしにはこんなにしてくれるのに、 お父さんとお母さんにはしてくれなかった んだって……」 「だから、感謝した分だけ恨んじゃって、 恨んだ分だけ感謝しなきゃって思って、 いつもどっちつかずになって……」 「頭の中、ぐちゃぐちゃになるよ」 「そっか……まぁ、なんて言うんだろうな。 俺が思うに」 「それは爺さんが悪いだろ」 「えっ?」 「爺さんが悪いよ。そりゃ爺さんからしたら、 お前のお父さんは娘の仇みたいなものかも しれないけどさ」 「だからって、孫にまでそれを言うのは お門違いだよな」 「それとさ、友希はちょっと極端に 考えすぎなんじゃないかなぁ」 「極端かなぁ? どこらへんが?」 「そうだなぁ。例えば、俺が友希のために 誕生日ケーキを作ったらどう思う?」 「嬉しいっ」 「次の日、友希が大事にとっておいた 冷蔵庫のプリンを俺が勝手に食べたら?」 「えー、怒るっ」 「でも、前日にケーキを作ってあげたんだぞ」 「ケーキはケーキ、プリンはプリンじゃん」 「ケーキもらった分だけプリンの恨みが 深くなって、プリンで恨んだ分だけ、 ケーキを感謝しなきゃって思わないのか?」 「思うわけないじゃん」 「ケーキとプリンで、 頭の中ぐちゃぐちゃにならないか?」 「颯太、あたしのことバカにしてるの?」 「でも、同じことだろ」 「同じかなぁ?」 「友希は爺さんに感謝したら、 お父さんとお母さんを裏切ることになるって 思ってたりしないか?」 「爺さんのことを責めたら、 爺さんを裏切ることになるって 思ってないか?」 「……うーん、どうかなぁ? 思ってると言われれば、 思ってる……かも…?」 「思ってるんなら、それはちょっと違うかもな。 まぁ、あんまり偉そうなことは言えないけど」 「でもさ、爺さんが変なこと 言ったら怒ればいいんだし、 育ててくれたことには感謝すればいいんだよ」 「どっちも矛盾しないし、 誰も裏切ることにはならないと思うぞ。 だって、両方とも家族だからできることだろ」 「……そっかぁ……」 「それで、 『ちょっと言いすぎたな』って思ったら、 謝ればいいんだ」 「だいたい分かってるもんじゃんか。 家族の中で誰が損な役回りに なるかってのはさ」 「しょうがないから謝って、 それでも許したくないことは 許さなきゃいいんだよ」 「爺さんはすごい偏屈でさ、 色々とやり方も間違ってるけど、 友希のことをすごい大事にしてるだろ」 「そうかなぁ?」 「『お父さんとお母さんを返して』 ってお前に言われて、 何も言いかえせなくなっただろ」 「……うん……」 「たぶん、友希のお母さんのことも 同じように大事にしてて、 でも、やっぱりやり方が下手だったんだな」 「都合のいいことを 考えるかもしれないけどさ」 「爺さんとお父さんとお母さんは、ちょっと 長いケンカをしてただけじゃないかなぁ?」 「ちょうどさっきの友希と爺さんみたいに お互いに引くに引けなくなってさ」 「でも、そのうち、また仲直りできるだろう って心のどこかで考えてるんだよ。 他人だったら、そうは行かないけどな」 「だけど、仲直りする前に運悪く 友希のお母さんとお父さんは亡くなってさ」 「誰が悪いんでもなくて、 ものすっごく運が悪かったんだって、 爺さんと友希の話を聞いてて思ったけどな」 「……颯太は、いいなぁ」 「えぇと?」 「うんとね、好きってこと」 「まぁ、俺の家は大して修羅場もないし、 お気楽な奴の意見だけどな」 「あたしは颯太の考え方、好きよ。 頭の中ぐちゃぐちゃなのが すっきりする感じ」 「なら、良かった」 「あーあ、お祖父ちゃんが間違ってたら、 あたしが注意してあげなきゃ いけないんだね」 「他人は注意してくれないしな。 身内だから割を食うっていうのは 結構あるよね」 「でも、謝りたくないなぁ」 「いいんじゃないか。謝りたくなった時で」 「そうする」 「よしっ。じゃ、湿っぽい話は終わりにして、 お化け屋敷でも行くかっ!」 「絶対やだ」 「デートの定番だろ」 「だって、怖いもん。 ジェットコースターにしよ」 「しょうがないな。 じゃ、お化け屋敷は後でな」 「えー、けっきょく行くのー?」 「せっかく来たんだから、 全部回らないとな」 「……うん……じゃ、頑張る……」  俺たちは気持ちを切りかえ、 フェアリーパークを満喫することにした。  ジェットコースターを始めとする 様々な絶叫マシンに乗った後、 友希の苦手なお化け屋敷に挑戦した。  さんざん悲鳴をあげて、ぐったりした友希と 遅めのランチをとる。  あれもしたいこれもしたい、と 次々アトラクションに手を出している内に あっというまに時間が過ぎていき―― 「でもさ、よくよく考えても お祖父ちゃん酷いよね? 付き合うのぐらい認めてくれてもいいのに」 「まぁ、それはまったく同感だけどさ」 「こんど颯太に変なこと言ったら、 三倍返しにしてやろっと」 「物騒だな」 「あははっ、今度は力尽くでも 颯太との仲を認めさせてあげるから、 安心してね」 「できれば、穏便な方向で お願いしたいところだよ。 爺さんもかわいそうだろ」 「あー、あたしが颯太の味方するのに、 颯太はお祖父ちゃんの味方するんだぁ」 「いやいや、何事も平和的な解決が一番だろ」 「そうだけど、どうやって平和的に 解決するの?」 「それは、まぁ…… やっぱり、ハヤシライスじゃないか?」 「俺が腕をあげて、 めちゃくちゃ美味いハヤシライスを作れば、 爺さんも認めざるを得ないだろ」 「そんな料理漫画みたいにいかないわよ」 「やってみなきゃ分からなくないか?」 「分かると思うけどなぁ。 お祖父ちゃんが『ハヤシライス作れ』って 言うの、ただの断り文句だもん」 「……えっ? 本当に?」 「うん。昨日も言ったけど、お祖父ちゃん、 そもそもハヤシライス嫌いなんだし」 「お母さんが作った思い出のハヤシライスには、 どうしたって勝てないじゃん」 「それが分かってて、 断りたいことがあったら、意地悪して 『ハヤシライスを作れ』って言うのよ」 「お祖父ちゃん、 あんなんでも地元だと名士じゃん。 けっこう色んな人が何かお願いしにきてね」 「『ハヤシライス作れ』って言われるから、 有名な洋食店のシェフが駆りだされてたけど、 『おいしい』なんて一度も言わなかったもん」 「マジかー」  プロが作ってどうしようもなかったんなら、 俺にどうにかできるわけないよなぁ。 「でも昨日の颯太、格好良かったなぁ」 「どこらへんが?」 「うんとね、小切手破りすてて、 『国家予算つまれても別れない』って 言ってくれたところ」 「嬉しくてドキドキしたよ」 「そうか?」 「うん、今もドキドキしてる。 責任とって」 「どうやって?」 「こうやって」  言いながら、友希がそっと唇を寄せてくる。 「……ん……ちゅっ…… えへへ、キスしちゃった」 「見られるぞ」 「大丈夫だもん。 ほら、近くのには誰も乗ってないし」  窓から前後の乗りカゴに視線をやると、 確かに無人だった。 「イチャイチャし放題だね」  すっと友希の手が俺の股間に伸びる。 「こら、友希。何してるんだ?」 「えっ? どんな感じかなって思ってー」 「何がだよ……」 「あははっ、恥ずかしがっちゃって。 かーわいいのー。誰も見てないのにねー」  と今度は俺の胸に手を伸ばし、 乳首をちょんちょんといじってくる。 「……ちょ……」 「あ、感じちゃった? やーらしいのー」 「あ、花火だぁ。綺麗ー。ねぇねぇ。 あの花火って白かったらさ、消え際が 精液かけたみたいに見えると思わない?」 「そんな下ネタばっかり言ってると、 恥ずかしいことするぞ」 「あははっ、颯太にそんなことできるかなぁ?」  友希がそんな態度をとってくるので、 ちょっと意地悪してみたくなった。 「じゃ、『恥ずかしい』って言ったら 友希の負けな」 「え…? あの、ちょっと……颯太…?」  俺はゆっくりと友希の浴衣を はだけさせていく。 「え、えと……あの……ど、どうするの…?」  途中でギブアップするかと思ったのに 友希はなぜかなされるがまま、浴衣を はだけさせられ、裸体を露わにしていた。 「恥ずかしくないのか?」 「……恥ずかしいよぉ……」 「そうだよな。悪い。ふざけすぎた」  俺が浴衣を元に戻そうとすると、 「えっ? なんで戻すの…?」 「『恥ずかしい』って言っただろ」 「そうだけど…… 一度脱がしたら最後までするのが 礼儀なんだもん……」 「……………」  めちゃくちゃやらしいな、こいつ。 「な、なんで黙るの…? 何か言うか、えっちするかしようよ……」 「友希は脱がされると、 こんなところでもえっちしたくなるから、 困っちゃうよな」 「ええっ、何それっ。ズルいっ。 自分から脱がしたのに あたしがやーらしいみたいに言ってぇ……」  友希の抗議を聞き流して、 ぱっくりと開いているおま○こを 指で撫でる。  彼女の体がびくっと揺れ、膣口から わずかに愛液がにじむ。  入口をほじくるように指をひっかけ、 くにくにと刺激していくと、 さらにとろとろと愛液がこぼれ落ちてくる。 「もうこんなに濡れてきた。 友希って、感じやすいよな」 「だって……指使いがやらしいんだもん…… 感じちゃうに決まってるじゃん……」 「こんなところで?」 「あ、あたしからしたんじゃないんだもん…… 恥ずかしいのに……そっちが してきたんじゃん……」 「じゃ、やめる?」 「………………やだ……やめない……」 「どうしてほしいんだ?」 「……おま○こ、もっと触って……」  言われた通り、おま○このワレメに 指を当てて、ぞぞっとなぞるように 擦りあげる。  その感触が気持ちいいのか、 手を動かすたびに友希の肩がわずかに震えて、 吐息まじりの喘ぎ声が漏れる。 「んんっ、あぁ……おま○こ…… 気持ちいいの……恥ずかしいのに…… 感じちゃうよぉ……」 「もっとぉ……クリトリスも触って……」  友希の股間をつーとなぞっていき、 手探りでクリトリスを探すと、 小さな豆のような感触を覚えた。  指の腹でそこを押すと 友希の身体が敏感に反応して、 とろ〜と愛液を滴らせた。 「あっ、んんっ、クリトリス…… いいの……そこ、感じるのぉ…… あぁ、あ、気持ちいいよぉ……」  今度はクリトリスを指でつまみ、 くりくりと転がしてみる。  すると、友希はがくがくと脚を震わせ、 腰砕けになったかのように 必死に腕で体重を支えようとする。  そのまま小さな豆を愛撫しながら、 同時におま○こ全体を撫でていく。 「指、気持ちいいよ……ああっ、んん、 どうして、そんなに上手なのぉ…… あぁっ、気持ち良すぎるよぉ……」 「友希って、おま○こ触られると、 えっちなこと以外考えられなくなるよな」 「そ……そこまでじゃないもん……」 「そうか?」  おま○こを愛撫する手を止めてみる。 「え…? 指、止めちゃ、やだよ…… 意地悪しないでぇ」 「ほら、そうだろ?」 「分かったから。あたし、 おま○こ触られると、えっちなこと以外 考えられないの」 「これでいい? おま○こ、触ってくれる?」 「よしよし、じゃご褒美な」  クリトリスの皮をむいて、 直接指でなぞりあげる。  それがよほどの快感なのか、 友希の背中が艶めかしく反られ、 指を動かすたびに痙攣する。 「あっ、んん、すごいよぉ、 何これっ、何これっ、あたしっ、 んんっ、こんな感触、初めてだよっ」 「はぁはぁ……クリトリス、直接触られたら、 こんなに、気持ちいいんだ……」  さらにむきだしになったクリトリスを 二本の指でつまみ、コリコリと 転がすように愛撫する。  少しずつ擦る力を強めていくと、 友希はもう快楽に身を任せることしか できないといったふうに痙攣していた。 「あぁっ、だめっ、クリトリス敏感に なりすぎちゃって、もうっ、あたし、 何も考えられなくなるぅっ!」 「……ねぇ、お願い、イカせてほしいのっ。 もうっ、あたし、イキたいよぉっ。 おま○こ気持ち良くしてイカせてほしいのっ」  友希がおねだりするので指を二本、 おま○こに挿入した。  途端にその身体がびくんっと跳ねる。  おま○こを広げるように指を開いていくと あっというまに愛液が溢れてきて、 膣内がぐじゅぐじゅになる。  片手でクリトリスをいじくりまわしながらも、 もう片方の手で膣内をぐりぐりと愛撫して いく。 「あっ、もうっ、もうだめっ…… おま○この中も外も気持ち良すぎて、 あたし、イッちゃう……」 「あ・あ・あ・あ・あぁぁ、 イクっ、もうっ、だめ、イクぅぅ……」  友希がイク寸前に、ピタリと手を止めた。 「え…? やだ、やだやだ、手止めちゃ、 やだよ。イキたいよぉ」 「ちょっと我慢すると、 もっと気持ち良くなるかもしれないよ」 「……やだよぉ…… こんな中途半端なまま、とめられたら、 あたし、おかしくなっちゃうもん」 「お願い、イカせて…… 何でも言うこときくし、いい子にするから、 イカせてほしいよぉ……」 「分かったよ」  焦らすのをやめて、 俺はふたたびクリトリスと膣内を 指で愛撫しはじめる。  一気に押しよせた快楽に 友希は耐えかねたように身をよじった。  膣がきゅうきゅうと指を締めつけるように 収縮して、じゅわっと中が愛液で 満たされた。 「すごいよぉ……あ、んんっ、もうっ、 イッちゃうっ、おま○こ、イクのぉっ、 あぁっ、ああ・あぁぁぁっ!!」 「イクっ、イクのぉぉっ、ああ・あ・あぁぁ、 だめっ、おま○こイッちゃううぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  ぐぐぐっと友希の全身に力が入り、 おま○こが痛いぐらいに指を締めつける。  次の瞬間、ふっと力が抜けたように 友希はぐったりした。 「……気持ち良かったか…?」 「はぁはぁ……あ……うん…………」  友希は半ば放心状態で、 快楽に身を委ねるかのように ぼーっとしている。 「じゃ、俺も気持ち良くなっていいか?」  友希の痴態を見て、 はちきれそうなほど勃起したち○ぽを とろとろの膣口にあてる。 「あ……もう挿れるの…? イッたばかりだから、 少し休んじゃだめ?」 「休んでたら、観覧車が下に着いちゃうだろ」 「……そっか……じゃ、いいよ。 すぐイッちゃいそうだから、 ゆっくり、挿れてね……」  ぐっと腰に力を入れて、 とろとろになった膣内をじっくり味わう ように、緩やかにち○ぽを挿入していく。  指とは比べものにならないぐらい、 大きな物が入ってくる感触に耐えかねて 友希は快楽に染まった声をあげる。 「……だめ……だめぇ…… こんなんじゃ、またすぐイッちゃうよぉ……」 「ゆっくり挿れてるだろ」 「だって、おち○ちん…… おっきすぎるんだもん……こんなの、 挿れられたら、あたし、我慢できない……」 「じゃ、すぐイッてもいいよ」  くちゅうっと吸いついてくる膣壁を 押しのけるようにしてち○ぽを 前後に動かす。  ヒダとカリが擦れあうたびに 頭が蕩けそうなほどの感触を覚え、 自然と腰の動きが速くなる。 「あっんっ……あぁ、おち○ちん、 速すぎるよぉ……そんなに、激しくしたら、 あっあぁぁっ、んっあぁ…!!」 「だめっ、あぁっ、もう少し、ゆっくり…… 敏感になってるからぁっ、あぁっ、 気持ち良すぎて、おかしくなるよぉっ!」  おま○こを突けば突くほど、 どんどん友希は理性をなくしていくようで、 いつのまにか彼女はみずから腰を振っていた。  いやらしく腰が動くたびに、 ち○ぽをぱっくりと咥えたおま○こが きゅうっと締まる。  友希の膣内は俺の精液を 絞りとろうとでも言うように、 収縮と弛緩を繰りかえしてくる。 「あんっ、はぁっ、んっくぅ……は、あぁ…… いいっ、よぉ……あぁっ、んんっ、だめぇっ、 気持ちいいのぉっ、あっ、あっ、あぁっ!」 「あぁっ、おち○ちん、ぐちゅぐちゅっ、 あたしの膣内で動いてて、気持ちいいよぉっ。 もうっ、あぁっ、んっはぁっ!」 「腰、止まらない……声出ちゃうよぉ…… 気持ち良すぎるよ……頭真っ白になって、 おち○ちんのことしか考えられないよぉっ!」  おま○こがち○ぽにむしゃぶりつくように、 くちゅうっ、ちゅう、と吸いついてくる。  ヌルヌルで、柔らかく、弾力があって、 友希の膣内でち○ぽが擦れるたびに 言葉にならない快感が身体を駆けぬけていく。 「んん……またっ、イキそう……あぁっ、 おち○ちん、そんなに激しくかきまわしたら、 イッちゃうっ、イッちゃうよぉぉ…!!」 「あぁっ、すごいっ、あたしの膣内、 ぐりぐり気持ち良くさせられて…… あぁっ、もうっ、我慢できないのぉっ」  地上にまで聞こえるんじゃないかと 思うぐらい、友希は大きな喘ぎ声をあげ、 目一杯身体を反らす。  脚はがくがくと震え、 おま○こからは大量の愛液が じゅうっとにじむ。  ち○ぽに貫かれる感触を 痺れたような甘い表情をしながら味わい、 彼女は快楽の虜になっていた。 「あっ、イクっ、イクのぉっ、あぁっ、 おま○こぐちゅぐちゅになって、 もうっ、イッちゃうぅぅ…!!」 「あ、だめ、だめ、だめ……イクゥゥゥゥ ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!」  絶頂を迎え、友希は気持ち良さそうに 身体をよじり、おま○こをひくひくと 痙攣させる。  その姿は例えようもなく淫靡で…… 興奮し、ますます膨張した俺のち○ぽは 彼女の膣を押し広げていく。  射精感が込みあげてきて、 彼女の中に思いきり出そうと 全力で腰を振った。 「あっ、嘘っ、やはぁぁんっ! イッたばかりだから、あたし、んんっ、 敏感すぎるよぉっ、あぁっ、あぁぁぁぁっ!」 「すごい……おち○ちん、擦れて、おま○こ、 ぐちゃぐちゃにかきまわされるっ、頭の中、 気持ち良くて、めちゃくちゃになるよぉっ!」  ぐりぐりと膣の奥を抉るように ち○ぽを押しこみ、ぐいっと抜いては また貫くように差し入れる。  ズチュゥ、ズチュゥッと音を立てて、 粘膜と粘膜が絡みあい、愛液が俺のち○ぽを びしょびしょに濡らす。  友希の膣内で今にも 蕩けてしまいそうな気分で、  最後の一滴まで絞りだそうと、 ひたすら、ち○ぽを友希の膣内に 挿れつづけた。 「あぁぁっ、出てる……膣内に精液…… あ、あぁ、嘘、何これ、あぁぁっ、 気持ちいい……気持ちいいのぉ……」 「あたし……イッちゃうぅ……精液、膣内に 出されて、イッちゃうぅぅぅ、あああ あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」  友希がふたたびイクのと同時に ち○ぽを引きぬく。  さらに大量の精液が飛びちり、 友希の全身にかけられた。 「あぁぁぁぁ……たくさん、出てるぅ…… もう……やーらしいのー……」  友希の身体に覆い被さるように 俺は脱力する。 「……はぁはぁ……もう……大好き……」 「俺も大好きだよ」  そのまま余韻に浸りたいところだったけど、 気がついたことがあった。 「やばい……観覧車がだんだん下がってきた」 「えーっ、は、早く精液拭かないとっ」 「ていうか、お前はまず、 はだけた浴衣を直そうな」 「う、うんっ!」  地上に着くまでのわずか数分の間、 俺たちは一生懸命、事後処理に勤しんだ。  学校の夏期講習が終わり、 ようやく本当の夏休みがやってきた。  まぁ、これまでも夏休み中ではあったけど、 休み前と変わらずに学校に行くもんだから、 生徒は誰も夏休みとは認識してない。  というわけで、晴北学園生が 夏休み初日と呼ぶ今日、俺は学校の畑で 野菜の収穫をしていた。  今日は主にピーチかぶが収穫時で、 その他にはニンジンやスイカなども よく育っていた。  地道に収穫作業をしてると、声が聞こえた。 「颯太ーっ!」  振りむくと、友希がこっちに走ってきていた。 「おはよー」 「おう、おはよう。 今日は昼から待ち合わせじゃ なかったっけ?」 「うん、えっとね。 颯太に謝らなきゃいけないことが あって……」 「どうした?」 「……じつは、あたし…… よ、予備校の夏期講習、 受けようと思って……」 「おう。いいんじゃないか。 受験生はだいたい受けてるんだってな」 「……そ、そんなにあっさり言うの?」 「ん? 何かいけなかったか?」 「だって、夏期講習受けたら、 夏休みにあんまり会えなくなるし、 颯太は寂しいかなって」 「それはちょっと寂しいけどさ。 でも、友希の将来のほうが大事だしな。 もう志望校決めたのか?」 「うんとね、たぶん美楠大かなぁ」 「……そこってさ、県内で 一番難しいところじゃなかったか?」 「うん。そうよ。 やっぱり、いい大学いきたいし」  なんで下ネタばっかり言ってるのに、 そんなに頭がいいんだろうか。 「大学で何かやりたいことあるのか?」 「うんとね、いい大学入って、 いい会社に入るのが目標よ」 「俺と違って、めちゃくちゃ堅実だな」 「あははっ、颯太も頑張って 料理の勉強とか農業の勉強とか してるじゃん」 「そうだけどな」 「まぁ、美楠大いくんなら、お前でも そうとう頑張らなきゃいけないだろうし、 夏期講習、頑張ってな」 「えー、もっと反対してくれてもいいのに」 「なんだ、それ…?」 「だって……つれないじゃん……」 「夏期講習なんてしないで、 俺と一緒に遊ぼうぜなんて言ったら、 面倒臭いし、困るだろ」 「うぅん、嬉しい」 「夏期講習はどうするんだ?」 「颯太がどうしてもって言うなら、 しないでもいいよ。自分で頑張る」  こいつは、本当になぁ。 「よしよし、お前はかわいい彼女だな」  友希の頭を撫でてやる。 「あ……ふふ……えへへ…… 何回撫でられても、嬉しい」 「友希に会えない日が多くなるのは すっごく寂しいけど、でも、目標が あるんだったら頑張れよ」 「颯太は夏休み、暇になっちゃわない?」 「そんなことで気を遣うなって。 じつは俺も夏休みに、気になる ワークショップがあってさ」 「えっと、料理の?」 「いや、今回は農業系だな。 友希が夏期講習受けるなら、 俺はそっちに行ってくるよ」 「そっかぁ。颯太が困らないなら、良かった」  まぁ、明日からだから、 いまさら申しこめるのかは分からないけど。  友希は文化祭おわったら、 受験に専念するって言ってたし、  それまではできるだけ時間を 作ろうと思って、ワークショップは 申しこまなかったんだけど、  それを言ったら、また気を遣わせるだけだし、 伏せておくことにしよう。 「ねぇねぇ、今日は時間あるから、 一緒に海に行かない? せっかく夏休みだし、泳ごうよ」 「いいな。水着持ってるか?」 「持ってないから、とってくる」 「そっか。俺は確か前に使った水着を 部室に置きっぱなしだったと思うから、 ここで待ってるな」 「うんっ、じゃ、すぐ戻ってくるねー」  友希は走りさっていった。  さてと、せっかく海に行くんだし、 飲み物ぐらい作っておくかな。  収穫したピーチかぶ、ニンジン、 スイカと部室に常備してある蜂蜜、氷を ジューサーにかけ、野菜ジュースを作る。  それを魔法瓶の水筒に入れて、 準備は万端だ。  海かぁ。楽しみだな。 「あははっ、そーれっ!」 「うぷっ…!! 辛っ、飲んじゃったんだけどっ」 「あははっ、颯太、 びしょびしょになっちゃって、 飲んじゃったの? やーらしいのー」 「ようし。じっとしてろよ。 今度はこっちがびしょ濡れにしてあげるよ」 「あたし、そろそろ休憩しよっと」 「自分だけかけて、ズルくないっ!?」 「いっつも颯太ばっかり、 あたしにかけてるんだから たまにはいいじゃん」 「……なんでこんな青空の下で 生々しい下ネタを言ってるんだ……」 「颯太の作ってくれたジュース、 早く飲ませてほしいよ」 「はいはい……ちょっと待っててな」  荷物を置いた場所まで移動して、 水筒を手にする。 「あ、颯太の飲ませてくれるの? イッちゃう? もうイッちゃうの?」 「『ちょっと待ってて』って言ったよねっ!」 「あははー、そんなに興奮しないでってば。 ただの冗談じゃん」  まったく。  水筒のコップに野菜ジュースを入れて、 友希に差しだす。 「ほら」 「ありがと。ごくごく…… ふふっ、冷たくておいしいねっ。 はい、半分颯太にあげる」 「まだあるから、全部飲んでいいぞ」 「やだ。半分こしたいんだもん」 「分かったよ」  友希からコップを受けとり、 残った野菜ジュースをごくごくと飲む。  氷と一緒にジューサーにかけたから、 半シャーベット状になってて、 キンキンに冷たい。 「ねぇねぇ。休憩が終わったら、 今度は砂に埋まるやつやらない?」 「いいけど、どっちが埋まるほう?」 「じゃ、ゲームで決めよっか?」 「どんなゲームだ?」 「うんとね、じっとしててね」  友希が俺に肌を寄せてくる。  たわわな膨らみが 胸に押しつけられていた。  ていうか……反応しそうなんだけど…… 「こうやって、ぎゅーってして、 先に勃起したほうが負けってゲームよ」 「ぜったい俺が負けるよねっ!」 「あははー、颯太は感じやすいもんね」 「違うよっ! お前は勃起するもんが ついてないって言ってるんだよっ!」 「えー、クリトリスだって勃起するもん」 「えっ? 本当に…?」 「試してみる?」  試すっていうことは…? 「あー、やーらしいのー。 なに触ろうとしたのー?」 「……………」 「よし、試してみようか」 「え、ちょ、ちょっと待って。 今のは冗談じゃん」 「いいや、もう試さずにはいられない。 さぁ、大人しくしろっ」 「もうしょうがないなぁ。 じゃ、捕まえてくれたらいいよ」 「言ったな。待てっ」 「あははっ、待たないんだもんっ」  青空の下、俺たちは 楽しく追いかけっこをするのだった。  翌日。運良くキャンセルが出たとのことで、 俺は農業ワークショップに飛び入り参加 することができた。  夏期講習が忙しい友希とは あまり会う時間がとれなかったけど、 おかげで充実した夏休みを過ごせたのだった。 「あ……れ…?」  なんだ、これ? おかしいぞ。  身体が無性に熱くなってきた…… 「颯太ぁ……あたし、どうしたのかなぁ? 身体が熱くなってきちゃった……」  熱に浮かされているかのように、 友希は身体をふらふらさせている。 「おいおい、大丈夫か?」  と、彼女の肩をつかむ。 「あ、ん……あはぁ……」  友希はバランスを崩し、 俺に体重を預けてくる。 「……なんだか……変だよぉ…… 身体火照って、すごく……すごく…… やらしい気分になっちゃう……」  そういえば、こんなことが 前にもあったような気がする。  そう、あれは確か――アンラプアーバだ。  あぁ、そうか。しまった。 ピーチかぶにアンラプアーバが 混ざっていたんだ。  道理で無性に身体が熱いわけだ…… 「あっ……やーらしいのー、 こんなに勃起させちゃって…… 何を期待してるの?」  とろんとした目で友希が俺を見る。 「いや、これは……」 「ふふっ、しょうがないなぁ。 おち○ちん、あたしが 気持ち良くしてあげるね」 「おち○ちん……何もしてないのに どうしてこんなに大きくしちゃったの? もうガマン汁だしちゃって」 「本当に、やーらしいんだから……」  友希の舌先がぺろり、とち○ぽを舐める。 その瞬間、まるでイッてしまったかと 思うほどの快感が全身を駆けぬけた。  ち○ぽがびくびくと震えるのを、 友希は蠱惑的な視線で見つめながら、 ぺたりと舌を貼りつけ、舐めまわしていく。 「れろ……ん……れろれろ……んれろ…… れあむ……んれぇろ……れろれろ…… ん……ぺろぺろ……ぴちゃぴちゃ……」 「……友希……それすごく……」 「ふふ……おち○ちん気持ちいいの? びくびくして感じちゃうの?」  アンラプアーバの効果で身体が 尋常じゃないほど敏感になってて、 ち○ぽに舌が触れるだけで声も出せなくなる。  イキそうなほど強い快感なのに 射精感はやってこないという異常な状態で、  ただ友希の舌の感触を 堅く勃起したち○ぽで味わうことしか できない。 「おち○ちん舐められると 何もできなくなっちゃうの? もっとしてほしいの?」  こくりとうなずくと 友希は目一杯口から舌を出して、 ち○ぽにぺたりと吸いつかせた。  れぇろれぇろ、と卑猥な音を立てながら、 カリの周りをなぞるように友希の舌が 円を描く。 「ん……れぇろ……んっん……おいしい…… おち○ちん、すごく……おいしいの…… んっれろ……れろれろ、はぁ……んれぇろ」 「はぁ……んん…… おち○ちん舐めてるだけで、 変な気分になっちゃうのぉ……」  気がつけば、友希は自分の 水着の中に手を入れて おま○こをいじくりまわしていた。  ち○ぽを舐めながら、オナニーをする友希が どうしようもなくいやらしくて、 それを見ているだけでイキそうになる。 「あ、はぁ、すごい……おち○ちん、 暴れてる……あたしのオナニー見て、 興奮してるの?」 「いいよぉ……ねぇ、見て…… おま○こ、気持ちいいの…… いじったら感じちゃうの……」  自慰を見せつけるように 友希は腰をくねらせ、艶めかしく おま○こをいじる手をくねらせる。  彼女の声も表情も熱を帯びてて、 身体がびくびくと震えるたびに わずかにち○ぽに触れる舌が快感に変わる。 「んっれろっ……んちゅ……れろれろ…… あむ……れろれあむ、んれぇろ、れろ…… れろれりゅっ……ぺろぺろ……れぇろ……」 「んっ、何これ、ガマン汁、おいしくて、 気持ちいいのぉ……あたし、 やらしい舌になっちゃったよぉ……」  それもアンラプアーバの効果なのか、 友希はガマン汁を舐めるたびに、 気持ち良さそうに身体を小刻みに震わせる。  まるで中毒にでもなってしまったかのように 友希はち○ぽの先端から溢れる液体を おいしそうに舐めとり、喉を鳴らして飲んだ。 「んっ、ちゅれぇろ、れろれろ……あ、ちゅ、 おいしいよぉ……んれぇろ、あむ……れろ、 れろれろ、ぺろぺろ……ぴちゃぴちゃ……」 「おいしいのぉ。もっと、おち○ちんのお汁、 出してぇ、おいしいの、舐めさせてほしいの」  れぇろれぇろ、と友希の舌が 尿道口の付近を執拗に舐めまわし、 ガマン汁を強制的に出させていく。  舌が触れるだけでも気持ちいいのに、 友希の舌使いはち○ぽの敏感なところを 巧みに責めてくる。 「あ、ん、出てきた、おいしい……もっと、 れぇろれぇろ……んちゅう、ちゅるるっ、 あ、あはぁ、んん、気持ちいいのぉ……」  ちゅくぅ、と友希の指が 彼女の膣内に入っていき、 内部をこねまわすように動いている。  気持ち良さに耐えかねて、 友希の脚ががくがく震えていた。  股間ににじんだ大量の愛液が 滴りおちて、砂浜にいやらしい 水溜まりを作っている。 「あんっ、気持ちいいのぉっ……あぁ、 指、止まらない……おま○こ、すごい、 いいのぉっ、あぁっ、気持ちいい……」 「んれぇろ……んちゅっ、もっと、欲しいの… れろれろぉ、おち○ちん、欲しいよぉ…… れろれぇろ、んちゅっ、れろれろ……」 「はぁ……もう、我慢できない…… おち○ちん、食べちゃってもいい…?」 「……うん……」 「……じゃ、いただきまぁす……」  ぱくり、と友希は俺のち○ぽを おいしそうに咥えた。  口内中がち○ぽに吸いついてくるようで、 快感が下半身から頭まで電流のように 流れていく。  ち○ぽを包みこむ唇も、 亀頭を舐めまわしている舌も、喉の感触も、 何から何まで気持ちがいい。 「あぁむ……んんっ、んちゅぅっ、ちゅぱはっ、 んこほぅ、んちゅ……ちゅるっ、ちゅぱっ、 ちゅれぇろ、れろれろ、ちゅぅっ、あむ……」 「んん……うそ……おひ○ひん……すごく…… おいひくて……気持ひいいの……口の中が、 おま○こになったみたひらよぉ……」  普段食事をしている友希の口が 今、俺のち○ぽをおいしいそうに ぱくりと咥えている。  その光景がものすごくいやらしく感じて、 限界まで勃起したと思ったち○ぽが さらに彼女の口の中で大きくなろうとする。 「んあぁぁ……おひ○ひん…… おっきくなってきらよぉ…… ん、お口がいっぱいで、しゅごいのぉ……」 「……おひ○ひん、気持ひいいの? お口の中、おま○こ代わりにひて、 感じひゃってるの?」  俺がうなずくと、友希は嬉しそうに 音を立ててち○ぽをしゃぶる。  まるで大好物を口いっぱいに頬ばるように ち○ぽをぱくりと咥えこんで、 舌を這わせ、ちゅるちゅると吸いあげる。 「んちゅっ、はぁ、おひ○ひん……おいひいの、 れろれろ、んちゅっ、あむ……れろれろ…… んっ、ちゅうっ、ちゅ、ちゅるるっ、ちゅう」 「んっんん……まら大きくなるのぉ…? あ、もうっ、お口に入りゃなひよぉ…… ん……そんらに気持ひいいの…?」 「うん……もっと奥まで咥えてくれる…?」 「やーらひいのー、こんらにおっきくなっら おひ○ひん、女の子に咥えしゃせて……」  友希は少し苦しそうにしながら、 懸命にち○ぽを喉の奥まで 飲みこんでいく。  奥の奥まで入りきると、 口全体に俺のち○ぽが締めつけられて いるようで、ひどく気持ちがいい。 「んっ……あぁ……にゃにこれ…… おひ○ひん……気持ひいいろぉ…… おま○こに挿れられてるみたいれ……」 「んっ、しゅごい……あぁっ、 咥えてるだけにゃのに…… あたし、らめぇ……気持ひいいのぉ」  喉の奥にち○ぽを挿入されたことさえ 快楽に変わってしまうようで、友希は 指をもう一本おま○こに挿入する。  そして、愛液をまき散らすようにしながら、 手を激しく動かし、腰を小刻みに震わせる。  その最中も彼女の口は 俺のち○ぽを咥えこんでいて、 しゃぶるのを忘れなかった。 「んちゅっ、ちゅれぇろ……んちゅっ、ちゅう、 ちゅぱっ……ちゅるる、れぇろれろ…… ちゅぱはっ、ちゅう……ちゅれぇろ、れろっ」 「ん、んーっ、んちゅっ、おいひいっ…… らめぇ……んちゅ、おひ○ひん、あむ…… んちゅっ、おいひいの……ちゅっ、ちゅるっ」  友希は腰を激しく揺らしながら、 指がおま○こに全部埋まるぐらいに挿入し、 また引きぬいては何度も出し入れする。  彼女の股間は水着も含めて いやらしい液体でびしょびしょだった。 「んっ、もうっ、しゅごいよぉ…… お口もおま○こも気持ひよしゅぎて、 あたし、もう、イっちゃうぅ……」 「んっ、ちゅぅっ……ちゅれぇろ……れろれろ、 んしゅごっ、ちゅるるっ、ちゅぱっ、れろ、 んれぇろ、れろ、れちゅっ、んちゅぅ…!!」  びくん、びくんっと今にイキそうなほど 身体を痙攣させながら、友希は咥えこんだ 俺のち○ぽを懸命にしゃぶる。  顔を前後に揺らし、まるで口を おま○こ代わりにするみたいにして ち○ぽに吸いつき、舐めまわしていく。  友希の口中の感触を直にち○ぽで 味わわされて、彼女にこのまま精液を 飲ませたい衝動に駆られた。 「友希……もう……」 「……んちゅっ……はぁ……いいよぉ…… おひ○ひん……精液、出ひちゃって、 あたしの口の中に、たくしゃん飲ませて」 「ちゅぱぁっ、んちゅっ、ちゅるるっ、あぁむ、 んちゅっ……ちゅる、ちゅりゅりゅっ、 れぇろれろ、ぴちゃぴちゃ、れあむ……」 「ちゅっ、ちゅるるっ、じゅちゅるるっ、 んれぇろれろれろ、ちゅるっ、ちゅれろっ、 じゅちゅるるっ、ちゅじゅりゅるるっ!!」 「んーっ、んっ、んっ、しぇえき…… たくしゃん、んん、にゃに、これ…… おいひい……しゅごく、おいひいよぉ……」  友希は喉を鳴らして精液を 飲みながら、ぐじゅぐじゅと みずからのおま○こを刺激している。 「んぐんぐっ、まだ出りゅの…? んぐんぐんぐ……あぁ……んっ…… 嘘……くるぅ、くりゅよぉ……」 「あ……うそ……あたし、あぁっ、んぐんぐ、 ……あ、だめ、イク……イクぅ……あぁぁ!」 「あたし……イッひゃうぅ……しぇえき、 飲ましゃれて……イッひゃぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  友希はイクのと同時に、ち○ぽを口から離す。 収まりきらない射精が彼女の全身を 白く汚した。 「はぁ……はぁ…… おち○ちん、精液すっごくたくさん出したね。 やーらしいのー……」 「お前、人のこと言えないだろ……」 「あはは……だって、今日は すっごくえっちな気分に なっちゃったんだもん……」  まぁ、アンラプアーバを飲んだんだからな。 「もうちょっと、休憩しようか?」 「うん……このまま寝ちゃいたい気分……」  レジャーシートの上に横になると、 けっきょく、そのままずっとぐったりしてて、 もう一度海に入ることはなかった。  まるでヤバい薬でも使ったみたいに 気持ち良かったけど、脱力感もまた ものすごい。  身体に悪いのかもしれないし、 残りのアンラプアーバを探して 処分しておこうと思った。  その翌日――  運良くキャンセルが出たとのことで、 俺は農業ワークショップに飛び入り参加 することができた。  夏期講習が忙しい友希とは、 あまり会う時間がとれなかったけど、 おかげで充実した夏休みを過ごせたのだった。  夏休み明け。 「えー、嘘ー。本当にっ!?」  HR後、芹川と話していた友希が 大きな声をあげた。  何だろう、と思っていたら、 友希が慌てたように俺の席に来た。 「大変大変っ。 颯太、リンゴの樹のこと聞いた?」 「リンゴの樹がどうかしたのか?」 「やっぱり知らないんだぁ…… うんとね……えと…… じゃ、一緒に見にいこうよ」 「……………」  そのリンゴの樹の状態を見て、 俺はしばし呆然としてしまった。 「雷が落ちちゃったんだって……」 「そっか……」 「QPはリンゴの樹の妖精なんだよね。 大丈夫かなぁ?」 「どうなんだろうなぁ…? 妖精界に戻るって言ってたから 関係ないのかもしれないけど」 「でも、いつでもここにいるって 言ってたしな……」 「ていうか、そもそもあいつデタラメだし、 適当なんだよなぁ」 「QPー、大丈夫だったー?」  友希がリンゴの樹に呼びかけるも、 返事はない。 「返事ないね」 「さすがにこれで返事があったら、 あの時の別れは何だったんだって 感じだけどな」 「でも、適当なんでしょ? 案外答えるかもしれないじゃん」 「それは実際ありそうだから困るよ」  それどころか、平気な顔して 戻ってきそうな気さえする。  というか、そもそも、 あいつが深刻な事態に陥るなんて ちょっと想像できないな。 「まぁ大丈夫だろ、きっと。 冗談みたいな奴だからな」 「そっか。でも、リンゴの樹は 枯れちゃいそうね……」 「……そうだな。 何とかできればいいんだけど……」  とはいえ、もともと リンゴの樹に関する知識なんて ほとんどない。  いや、あったとしても、 これじゃ、さすがに打つ手がないだろう。 「……………」  名案が浮かぶわけもなく、 俺はただその樹を見続けることしか できなかった。 「……あ、そういえば、時間大丈夫か? お前今日、俺よりシフト入るの早いだろ」 「あ、うん。そうだった。早く行かなきゃ。 今日、最終日なのに」 「じゃ、俺も一緒に行くかな」 「いいの? 颯太のシフト、 1時間ぐらい後じゃなかった?」 「友希と一緒にバイトに行けるのも、 これが最後だからな」 「えへへ……嬉しい…… じゃ、最後だからゆっくり行こっか」 「ゆっくり行ったら、遅刻するぞ」 「遅刻しないように、できるだけゆっくり」 「分かったよ」 「「おはようございますっ」」 「おう、おはよう。 友希、今日で最後だな。 今までお疲れさん」 「はい、今日までいろいろお世話になりました」 「その……なんだ。今日までありがとうな。 お前はよく働くし、客商売にも向いてる。 物覚えもいい」 「おかげでずいぶん店も助かった。 お前ならきっといい大学に入れるだろうし、 社会に出てからもうまくやっていけるだろう」 「だから、なんつーか…… 受験勉強、しっかりな」 「はいっ、頑張ります。 辞めてからも、また遊びにきていいですか?」 「あぁ、いつでも来な」 「ありがとうございます。 じゃ、着替えてきますね」 「颯太。お前、シフトの時間まだだけど、 もう働いていくか?」 「いいんですか?」 「おう。今日は一人休みでな。 しばらくフロアに出てくれると 助かるんだわ」 「分かりました」 「ありがとうございましたーっ」  最終日だからといって特に気負うことなく、 友希はいつも通りだ。  まぁ、いつも元気に接客してるしな。  おっと、お客さんか。 今日は結構たくさん来るな。 「いらっしゃいま……せ……あ……」 「……………」 「……………」  見事なぐらい、鉢合わせだった。  友希も爺さんも予想だにしていなかった という様子だ。 「どういうことか、説明してもらおうかの…?」 「あの……あたし……バイトしたくて……」 「帰ってこられないことは大目に見た。 お前も『受験勉強が忙しい』と言うからの」 「……ごめんなさい……でも……」 「誰にだまくらかされた?」 「ち、違うよ。あたしが自分で 『バイトをしたい』って思って……」 「嘘を抜かすなっ!!」 「お、お祖父ちゃん。 お店でそんな大声ださないで。 他のお客さんに迷惑だから」 「帰るぞ。 こんな店に一秒でも置いておけるかっ」  爺さんが友希の手をとって、店を出ていく。  どうしたらいいか分からないまま、 とにかく俺も後を追った。 「待って、お祖父ちゃん、待ってってば。 お店の服きたままだし」 「そんな物は後で洗って 送りつけてやればいい」 「でも、待ってよっ。 勝手にバイトしたことは謝るから、 ちょっとだけ話を聞いてっ」 「反省しとるのか?」 「……うん……でも、お願い。 今日でバイトは辞めるから、 最後までちゃんと働かせて」 「みんなにもちゃんと挨拶したいし、 お店に迷惑かけたまま辞めるなんて できないもん」 「いくらお祖父ちゃんが嫌いな店でも、 人に迷惑をかけちゃいけないでしょ」 「……約束できるのか?」 「うん、約束する」 「こんど破ったら、 実家に戻ってもらうからの」 「うん。 ごめんね、嘘ついて。 ありがとう」 「……お前は昔から わしの言うことを聞かん奴だわい……」 「御所川原さんっ」  マスターが慌てて外に出てきた。  爺さんが大声をあげていたから、 騒ぎに気づいたんだろう。 「今日は帰る。連絡を待っとれ」 「……分かりました」  八つ当たりのひとつでも言うかと思ったが 爺さんはあっさりと引きさがり、 帰っていった。 「ごめんなさい、マスター。 あたしのお祖父ちゃんが騒いじゃって」 「……いや、大丈夫だ。気にしなくていい。 仕事に戻ろう」  その翌日――  放課後にいつも通りバイトをしていたけれど、 やっぱり友希がいないと少し変な感じだった。  ていうか、けっこう寂しい。 厨房の仕事が暇になると、なおさらだ。  洗い物もすべて終え、 することもなく俺がぼんやりしてると、 「颯太、ちょっといいか?」 「はい。どうしました?」 「いやな、お前、もし興味があれば、 うちのビーフストロガノフの作り方を 覚えてみないか?」 「え…?」  正直、ビックリした。  なにせ自家製ビーフストロガノフは ナトゥラーレのNo.1人気メニューで、  マスター以外は作ったこともないし、 レシピすら知らない料理だ。 「いいんですか? 今まで誰にも教えたことはないって 言ってませんでしたっけ?」  秘伝の味とまではいかないだろうけど、 人気メニューの味を教えるとなれば、 そう簡単なことじゃないだろう。 「まぁ、そうなんだがな。 じつはまだ他の連中には言ってないんだが、 田舎に帰らなきゃならない事情ができてな」 「今を逃すと、もう教えられる機会が なさそうだからな」  思いも寄らない返答だった。 「……田舎に帰るって、 じゃ、ナトゥラーレはどうなるんですか?」 「昔の伝手でな、 店をもらってくれそうな人間に 心当たりがある」 「ナトゥラーレを譲るってことですか?」 「まぁ、そういうことになるわな」 「それは、もう決定なんですか?」 「残念だがな。 次の土曜日には新しい店長を連れてくるよ」 「土曜日…… ずいぶん急な話なんですね……」 「すまん。急に決まったもんでな」 「田舎に帰らないといけないって、 家族の具合が悪くなったとかですか?」 「……そんなようなもんだ」 「俺もこの店をやめるのは、 どうにも立ち行かなくなった時だけだと 思ってたんだがな……」 「まぁ、それはもう決まっちまったもんで、 いまさら言ってもしょうがねぇ」 「新しい店長には、 このままナトゥラーレを続けてもらう ってことで話はついてるしな」 「お前たちや、常連さんに 迷惑をかけないですむのが 不幸中の幸いだ」 「マスターがいないナトゥラーレって、 なんだかナトゥラーレって気が しませんけどね……」 「そうか? まぁ、そう言ってくれるなら、 俺も今日まで頑張ってきた甲斐が あったってもんだわな」 「ナトゥラーレを続けるっていっても、 まったく今までと同じようには いかないんですよね?」 「そりゃ、ある程度は仕方ないわな。 とはいえ、せめて店の名物メニュー ぐらいは残したいと思ってな」 「お前が作り方を覚えてくれたら って考えたわけだ」  そういうことか。 「でも、俺はただのバイトですよ。 その新しい店長に教えたほうが いいんじゃないですか?」 「そうなんだが、急な話なもんで、 向こうもなかなか時間がとれなくてな」 「それに、別に誰でもいいから 教えときたいってわけでもない」 「これまで一緒に働いてきて、 お前ならいいだろって思ったっつーかな」 「そうなんですか…?」  マスターがそんなふうに評価してくれた ことは正直、嬉しい。 「もちろん、ナトゥラーレのことを 分かってる奴に伝えたいってのもある」 「まぁ理由は色々なんだが、一番は、 何か餞別でもと思ったからだな」 「お前にはバイトのわりに ずいぶん無茶を聞いてもらったからな」 「つっても、俺があげられるもんと言えば、 料理ぐらいだしよ」 「ぐらいなんて、そんな…… 俺にとってマスターの料理は目標ですから」 「俺なんか目標にするほどのもんじゃ ないんだけどな」 「ま、でも、それならどうだ? もらってくれるか?」  もちろん、断る理由はない。 「はい。 俺のほうこそ、ぜひお願いします」 「マスターがいなくなっても、 ビーフストロガノフをメニューから なくさないよう、何とかやってみます」 「あぁ、さっきの言い方は ちょっとまずかったわな」 「もちろん気持ちは嬉しいんだが、 何もお前に責任を押しつけようって わけじゃないからな」 「俺はただ餞別代わりに、 お前にビーフストロガノフの作り方を 教えるだけだ」 「あとは好きにしてくれていい」 「マスターこそ気を遣ってくれなくても 大丈夫ですよ」 「俺は受験もしませんし、 しばらく辞めるつもりはありませんから」 「それに責任のある仕事ができるんなら、 いい勉強になりますって」 「まったく、お前は。 きっといい料理人になるよ」 「マスターより?」 「バカ、何度言わせんだ。 俺なんか大したことねぇよ。 もっとずっといい料理人になるわな」 「ありがとうございます。頑張ります」 「そんじゃ、客もあんまり来てないみたいだし、 始めるか」 「はい。お願いします」  そんなわけで、この日から俺は ビーフストロガノフ作りに 挑戦しはじめることとなった。 「じゃ、颯太。ちょっと行ってくるな」 「はい」  今日は新しい店長を連れてくるんだっけ。 「何とか今日までにビーフストロガノフを マスターしようと思ったんですけど、 ちょっと間に合いませんでした」 「いいセンいってるがな。もう一息だ」 「今日も閉店後、練習してもいいですか?」 「いいぞ。いま作ってるのはどうなんだ?」 「今までの経験からいくと、 ちょっと失敗しそうです」 「それが分かるんなら上出来だ。 じゃ、行ってくるわ」  マスターが出ていった。  さて、練習を再開するか。  ビーフストロガノフは、 ロシアの煮込み料理だ。  ごく一般的な調理法は、 牛肉、タマネギ、マッシュルームなどの 材料をオリーブオイルやバターで炒め、  デミグラスソース、トマトピューレなどを 加えて、弱火でコトコト煮込む。  煮込みおわった後、仕上げに サワークリームをかければ完成だ。  もっとも、ビーフストロガノフにも様々な 作り方があり、ナトゥラーレのレシピも だいぶアレンジされている。  その中でも4時間も煮込むというのは、 特筆すべきポイントだろう。  手間ひまを惜しまずに 煮込んだソースは深い味わいになり、 牛肉は舌が蕩けるぐらい柔らかい。  皿に盛りつければ、彩りも美しく これがフランスパンに抜群に合う。  この自家製ビーフストロガノフを 食べたくて、毎週通ってくるお客さんも いるぐらいだ。  何とかマスターの味を受け継いで、 これからもナトゥラーレで提供したい ところだけど、なかなか一筋縄じゃいかない。  閉店後や休みの日も厨房を借りて、 ビーフストロガノフ作りの練習を させてもらってたんだけどな。  ふと時計を見る。 もう夕方6時すぎだ。  あれ? そういえば、 マスター戻ってこないな?  もうとっくに新しい店長を 連れてきている時間なんだけど、 どうしたんだろう? 「ねぇねぇ、それ、 颯太が作ったビーフストロガノフ?」 「おう、そうだよ。 ちょっと失敗したけど、 味見してみるか?」  って、あれ? 「……友希? お前、どうして ここにいるんだ?」 「だって、颯太がぜんぜん 構ってくれないんだもん」  ここしばらくはずっと ビーフストロガノフ作りに かかりっきりだったからな。 「それは悪かったけど、 バイト辞めたのに勝手に入ってきたら、 だめじゃないか?」 「大丈夫よ。ちゃんと遊びにいくって 許可とったもん。ついでだから、 フロア手伝っていくね」 「まぁ、マスターが『いい』って言ったんなら、 いいけどさ」 「あ、でも、また爺さんと 鉢合わせなんてしたら 今度こそヤバくないか?」 「大丈夫よ。今日はお祖父ちゃん家にいるし。 ちゃんと確かめたから」 「それにバイトじゃなくて、 息抜きにちょっと手伝うだけだもん」 「しばらく構ってくれなかったから、 今日は颯太と遊ぶ日にするんだぁ」 「……悪いな。遊ぶ日に働かせて」 「うぅん。颯太と一緒なら、 何してても楽しいもん」 「そっか」  とはいえ、甘えてばかりもいられない。 今度ちゃんと埋め合わせしないとな。 「そういえば、さっきマスターに 連絡した時に颯太に伝言を頼まれたわ」 「なんて言ってた?」 「なんかね、ちょっと予定が狂って、 店に戻るのがかなり遅れそうなんだって。 何かあったら連絡してほしいってさ」  どうしたんだろう?  まぁ、考えても仕方ないか。 「分かった。ありがとうな」 「ねぇねぇ、ビーフストロガノフ 食べてもいい?」 「おう。ちょっと待ってな」  ビーフストロガノフを皿に移し、 友希に渡す。 「やったぁ。いただきます。 もぐもぐ、もぐもぐ……」  マスター以外に食べてもらうのは 初めてだから、緊張するな。 「……どうだ?」 「おいしいっ! すごくおいしいよっ! マスターの作るビーフストロガノフに そっくりじゃんっ!」 「そうか」  ひとまずほっと胸を撫で下ろす。 「でも、ちょっと雑味っていうか、 苦味みたいなのがないか?」 「あ、うん。ほんのちょっとね」 「やっぱり、そうだよな」  そこが問題なんだよなぁ。  まぁ、こればっかりは 数をこなして体に覚えさせるしかないか。 「あ、お客さんかなぁ? じゃ、あたし、フロア手伝ってくるね」 「おう、また後でな」  さてと。そろそろ時間的にも 忙しくなってきそうだな。  それでも、ピークが過ぎれば、 営業時間中にもう一回ぐらい ビーフストロガノフを作れるだろう。  ――などと思っていたのも束の間、 今日はひっきりなしにお客さんが来て、 注文をさばくのに精一杯だった。  ひたすら料理を作りつづけ、 気がつけば、あっというまに 閉店時間だ。  一通り、後片付けが終わった後、 俺はビーフストロガノフを 作っていた。  最初に焼く牛肉に、神経を尖らせる。  焦げ目を入れるのがアクセントなんだけど、 焦げすぎれば、どうも最終的に苦味がでる。  そのぎりぎりの線を見極め、 牛肉を焼き、それから他の食材を 炒める。  デミグラスソースとトマトピューレを メインのソースに絡め、極弱火で コトコトと煮込む。 「……ふぅ……今度は、 だいたいうまくいったかな…?」  失敗した気はしないけど、完成してみたら、 だめだったということはこれまでに 何度もあった。  味見をしてみるまで結果は分からない。  まぁ、しかし、この状態までいったら、 神経質に見張ってるって必要もないし、 とりあえず一段落だな。  ん?  ケータイを見ると、 マスターからのメールだった。  『悪い。店を任せちまって。  こっちはまだかかりそうだ。  事情はあとで説明する』  『お前が帰るまでには行けると思う』 「……………」  こんなに時間まで帰れないって、 いったいどうしたんだろう?  順当に考えれば、新しい店長の件で 何かトラブルが起きたんじゃないかと 思うんだけど、状況がまったくつかめない。  とはいえ、まぁ、 いま俺が考えても仕方ないか。 大人しくマスターが来るのを待つとしよう。  後片付けは済んだし、他にやることは…?  ないな。 よし、友希の様子を見にいこう。  フロアに行くと、 友希が退屈そうにしていた。 「あ、颯太。できたの?」 「あとは煮込めば完成だよ。 でも、4時間かかるからさ、 先に帰ったほうがいいぞ」 「颯太は4時間、ずっと見張ってるの?」 「いやまぁ、煮込むのは そこまでデリケートな作業じゃないよ。 たまに確認して混ぜるぐらいだな」 「じゃ、退屈じゃない?」 「まぁ、退屈と言えば退屈だけど、 もう慣れたよ」 「じゃあさ、あたし、 このあいだすっごくおいしい料理を 思いついたんだぁ。作ってあげよっか?」 「へぇ。それはいいな。 お腹すきそうだし、頼めるか?」 「うん、いいよ。いい? ちゃ、ちゃんと見ててね……」 「え…?」  友希はテーブルの上に寝そべって、 それから―― 「……はい、できたよ。召しあがれ……」 「……あの、友希。何してんの?」 「なにって……ゆ、友希の生クリーム乗せ、 とか」 「……………」 「だって最近、颯太、 ぜんぜん構ってくれないんだもん」 「毎日、ナトゥラーレに入り浸って、 閉店しても出てこないしさ」 「そんなに料理が好きなら、 あたしが料理になったら興味が出るか、 とか思うじゃん」  その思考回路は ちょっと理解できないけど…… 「ごめんな、寂しい思いさせて。 これからはもっと友希のことを 考えるよ」 「……うん。嬉しい。やっぱり、颯太って、 こういうのが好きなんだね……」 「別にこんなことしたから、 もっと友希のことを考える気に なったわけじゃないからね」 「……じゃ、食べないの…?」 「……それは……」  友希の身体に視線をやり、 ごくりと喉を鳴らす。 「や、やっぱり食べたいんじゃん……」 「まぁ、なんていうか、 友希がせっかく作ってくれたんだからな」 「どんなものであれ、 彼女の手料理ならおいしくいただくのが、 男ってもんだろ」 「……嘘だぁ。そんなんじゃないくせに。 やーらしいのー……」 「先にこんなおいしそうな格好をしたのは 友希だろ」  生クリームが塗りたくられた友希の おっぱいを見てると、一刻も早く むしゃぶりつきたい衝動に駆られる。 「食べるよ」 「う、うん……食べて…… あたしのこと……おいしく食べてね……」  ぺろり、とおっぱいを舐める。 生クリームの甘さが口いっぱいに広がり、 おっぱいの弾力を舌に感じる。  ぺろぺろと舌を這わせるたびに びくびく体を震わせる友希が、 すごくかわいらしかった。 「あっん……はぁ……食べられてる…… あぁっ、生クリームごとあたし、 何これ……んんっ、あっ……」 「すごく……変な気分…… 本当に、食べられちゃってるみたい……」  俺も本当に友希を食べているみたいで、 まるで彼女を自分のものにしているような、 変な興奮を覚えた。  もっともっと、友希を食べてしまいたくて、 生クリームごとおっぱいにむしゃぶりつき、 ぺろぺろと舐めまわしていく。 「あっ、んんっ……はぁ……舌、気持ちいい… あぁっんっ、食べられて……んっ…… 感じちゃうっ、あぁっ、んんっあぁ……」 「こんなふうにされて感じるって、 友希は本当にいやらしいよな」 「だって……あぁっ……だって、 気持ちいいんだもん…… しょうがないじゃんっ……」  おっぱいだけじゃなく、 友希の身体についた生クリームを 俺は丹念に舐めとっていく。  身体中を舌が這いずりまわる感触に 友希はぶるぶると小刻みに震え、 快感をぐっと堪えようとしている。 「んっ、ふぅ……はぁ……すごい、よぉ…… 身体中、食べられちゃうのぉ……あぁ…… だめ、我慢、できなくなるよぉ……」 「我慢しなくていいよ。気持ちいいんだろ」 「そうだけど……食べられて感じてるの、 恥ずかしいよ……あぁっ、やぁ、そこ…… そんなに、食べちゃ……あっ、んんっあ!」  生クリームにまみれた友希の乳首が ピンと勃ってて、俺はそこに舌をつけて、 れろれろと舐めていく。  コリコリと堅くなっている乳首の感触が 舌に伝わってきて、クリームがなくなっても ほんのり甘いような気がした。 「んんっ、あぁっ、 そんなにいやらしく舐めて…… あたしの乳首、おいしいの…?」 「うん。すごくおいしいよ。 このまま本当に食べたいぐらいだ」 「んんっ、あぁ……あぁ、やぁ…… 本当に食べちゃうの? んっ、あぁ、 やぁ、乳首びくびくしちゃうっ…!!」  舌が乳首に触れるたびに 友希の胸がぷるんぷるんと揺れる。  今度は乳輪をなぞるように舌で円を 描いていくと、彼女は気持ち良さそうに 背中を反らした。 「あぁ……んんっ、そこも食べちゃうの…? あぁっ、いいっ、あぁっ、ふあぁ…… やっ、んっ、食べられちゃうぅぅ……」 「すごいっ、あぁっ、気持ちいいのぉ…… んっ、だめ、我慢できないっ、あっ、 我慢できないよぉっ、あぁっっ!!」  ちゅくっと乳首に口をつけて、 わずかに付着した生クリームを ちゅうちゅうと吸った。  予想外の刺激に友希の身体が びくんっと震え、顔を真っ赤にして 快感に耐える。 「あっ……あっ……あぁ、おっぱい、 吸われてるぅ……こんなの、初めて……、 あぁっ、すごく、身体熱いよぉ……」 「んっ、あぁぁ……知らなかった…… おっぱい吸われると、すごい 気持ちいいんだね……」 「もっと吸ってほしい?」 「う、うん……たくさん、吸って…… おっぱいちゅうちゅうされたいの……」  リクエストに応えて、 ふたたびおっぱいに口をつけ 強く吸いあげる。  じゅちゅ、じゅずずぅぅっと いやらしい音が鳴ることに 友希は恥ずかしそうに身をよじる。  けど快楽には勝てず、 乳首を吸うたび、彼女の口からは 気持ち良さそうな嬌声が漏れた。 「あぁっ、んんっ……おっぱい、 気持ちいいのぉっ、吸われて、あたし、 感じちゃうのっ、もっと、あぁっ」 「んっ……あぁ……はぁぁっ、いいっ、 いいのっ……あぁぁっ、舌、気持ちいい、 あぁっ、食べられちゃいそう……」  残った生クリームを 綺麗に食べつくそうと、俺は 友希の身体のあちこちに舌を伸ばす。  舐められる箇所によって 違った反応を見せる友希だったけど、 そのどれもがやはり快感に染まっている。 「……あぁっ、もう……あたし、 だめだよぉ……我慢できないの…… あたしも……食べたい……」 「ねぇ……おち○ちん……食べさせて、 あたしの下のお口に、おいしくて おっきいおち○ちんちょうだい……」  そんな誘惑するような言葉を向けられて、 その気にならないわけがなかった。 「じゃ、いくよ」  びしょびしょに濡れている友希の おま○こに勃起したち○ぽをあて、 ゆっくりと挿入していく。  とろとろで絡みついてくる膣の感触を 味わうようにしながら、少しずつ押しこみ、 ち○ぽを根本まで埋没させる。 「んんっ、あ、あはぁ……おち○ちん…… おいしい……見て見て、おま○こが おち○ちん、食べちゃってるよぉ」 「どうして、お前はそんなに いやらしいことを平気で言えるんだ?」 「だって、好きなんだもん…… おち○ちんも、えっちなこと言うのも…… すごく興奮して、気持ち良くなっちゃうの」 「じゃ、好きなだけ言ってもいいぞ」 「うん。おち○ちん……もっとおま○こに 食べさせて……じゅぼじゅぼ動いて、 気持ち良くしてほしいよ」  ゆっくりとち○ぽを引きぬいていくと ヌルヌルのヒダとカリが引っかかり、 強い快感が下半身に走る。  それは友希も同じようで、俺が腰を動かして いる間、まともな言葉もしゃべれずに ただ気持ち良さそうに喘いでいた。 「すごいよ……おち○ちん、太くて…… あたしのおま○こがぎゅうぎゅうって なっちゃう……」 「えっちなお汁が、たくさん溢れてきちゃうの ……もっと……動いていいよ…… おま○こ……気持ち良くしてちょうだい……」  友希の膣内はきゅちゅうと俺のち○ぽに 絡みついてきて、その感触をじっくりと 味わうようにしながら腰を振りはじめる。  じゅちゅっ、じゅちゅうっと 俺たちの結合部からいやらしい音が響く。  それに興奮を覚え、友希の膣内を かき混ぜるようにち○ぽで円を描いた。 「あふあぁぁぁ……んん、おち○ちんに お腹の中、かき混ぜられてるっ、あぁ、 飛んじゃいそうだよぉ……」 「あっ、気持ちいい……これ、 すごく気持ちいいの……もっと、あぁ、 おま○こ、じゅぷじゅぷしてぇっ」  捻りこむように、友希のおま○こに ぐいぐいとち○ぽを押しこんでいく。  膣内を横に押し広げるような動きと まっすぐ貫くような動きを同時に 味わって、友希は身体を強く硬直させる。 「あっあぁ、あ、何これ、何これ…… あっ、すごいよっ、おち○ちんが、 おま○こっ、めちゃくちゃにするのっ」 「はっ、はぅっ、あぁぁっ、だめ、あたし、 もうっ、こんなの、耐えられないよぉっ、 おち○ちん、すごすぎるよぉっ!」  さらに激しく、友希の膣内を かき混ぜるように突き、 彼女の奥の奥まで押しこんでいく。  ペニスの先端が子宮口に当たり、 瞬間、友希の全身ががくがくと 気持ち良さそうに痙攣を始めた。 「あ……あ・あ・あ・あ……おち○ちん…… 子宮まで届いてるの……んん……嘘……嘘ぉ、 す……しゅごく気持ちいいのぉ……」 「あっぁぁ、だめぇ、イク……あたし…… こんなところおち○ちんで突かれたら、 あっ、イクっ、あぁっ、イクのぉぉぉ――」  彼女がイク寸前に俺は腰を引き、 子宮口からち○ぽを離した。 「え…? やだ……焦らしちゃやだ…… イキたいの……おち○ちん、もう一回、 奥まで挿れようよぉ……」 「もう少し待ってな。一緒にイキたいから」  俺は自分が気持ち良くなることだけを 考えて、素早く腰を振りはじめる。  子宮口を突かれる感触を味わった友希は それだけじゃもうイケないようで、 もどかしそうに身体を震わせた。 「ああっ、もうっ、無理だよぉっ、おま○こ、 我慢できないのぉっ、あぁっ、おち○ちん、 奥まで挿れてほしいのっ」 「お願いだからぁっ、何でもするから、 イカせて……お願いっ、おち○ちんで、 あたしのおま○こイカせてほしいよぉ……」  あんまり友希がおねだりするので、 ふたたびち○ぽを奥まで挿入し、 子宮口に突き当てる。 「あっあっぁぁ、来たぁ、おち○ちん…… おま○この奥に当たって、あたし、 あぁっ、すごい、すごいよぉ……」 「もうっ、だめっ、イクっ、イクっ、あぁ、 イクのぉぉぉ――」  と、その瞬間、ふたたびち○ぽを 子宮口から離し、ゆっくりと前後に動かす。 「えっ、あぁっ、どうしてぇっ、あぁっ、 意地悪しちゃやだよぉっ、イカせてぇっ、 あっ、んんっ、イカせてよぉぉっ」 「あっ、んっはぁっ、あたし、イキたいよぉ、 気持ち良くなりたいのぉ……あぁっ、 お願いっ、お願いしますぅっ」  限界まで焦らしてやろうと思い、 俺はふたたびち○ぽを友希の奥まで 挿入した。 「あっあぁっぁぁ、きたぁ……んっ、 おち○ちん、すごい感じちゃう…… あっあぁぁ、イクっ、イクぅぅぅ――」  ふたたびすっとち○ぽを子宮口から離し、 膣の中ほどで緩やかにピストン運動する。  友希はほとんど半狂乱といったように 懇願してきて、俺もそろそろ限界だった。  これで最後という勢いで、 奧の奧までち○ぽを差しいれ、 ぐりぐりと子宮口を抉った。 「あっ、あぁぁっ、もうっ、あぁぁっ、 すごいっ、何これっ、何これぇぇっ、 こんなのっ、初めてだよぉぉっ」 「あはぁぁっん、もうっ、あたし、あぁ、 イクっ、おち○ちんで子宮ぐりぐりされて、 イッちゃうのぉっ、あ・あ・あ・あ――」 「イクっ、イクっ、もうだめぇぇぇっ、 あっあっあっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」 「んっ、あぁ……入ってくる…… おち○ちんから精液が出て、んっ…… また、あたし、あ、イク……イクぅぅっ!」  ち○ぽをぐっと引きぬくと、 二度目の絶頂を迎える友希の全身を 白濁の液で汚した。 「はぁ……はぁ……すごいよ…… いやらしい液…… こんなにかかっちゃった……」  射精の快感の後、 ものすごい脱力感が襲ってきて、 友希の身体に覆い被さる。 「ふふっ、いい子いい子。 好きだよ、颯太」 「俺も大好きだ」 「えへへ……あ、ねぇねぇ…… ビーフストロガノフ、平気なの?」 「ん? あぁ、弱火もいいところだからさ、 これぐらいなら、ぜんぜん大丈夫だよ」 「そっか。しかも、 4時間かかるんだもんね。大変」 「まぁな」 「あ、でも4時間あるんだから、 たくさんできるね?」 「……身体が持たないよ」 「じゃ、イチャイチャしよ」  友希は今日もいやらしかった。  友希とイチャイチャしたのが良かったのか、 完成したビーフストロガノフは絶品だった。  もしかしたら、これまで不安になって 鍋の中身を確認しすぎてたのかもしれない。  ともかく、やっと初めて ナトゥラーレのメニューとして出せそうな ビーフストロガノフが完成した。  しかし、問題がひとつ――  けっきょく、 この日、マスターは帰ってこなかった。  ん……なんだ…?  近くで音が聞こえ、 まどろんでいた意識が覚醒していく。 「あ……れ…?」  一瞬、なんで自分がここで寝ていたのか 分からなかった。 「……ふむ……」  マスターが何かを食べている。  あぁ、そうか。  昨日は友希を送っていった後、 マスターが戻ってくるかもしれない と思って、店で待っていたんだった。  そんで、そのまま寝ちゃったみたいだな。 「おう、起きたのか?」 「はい。おはようございます」 「昨日は遅くまで頑張ってたみたいだな」  マスターがビーフストロガノフを 載せた小皿に視線をやる。 「……味見したんですか?」 「合格だ」 「……えっ?」 「俺が作ったビーフストロガノフと まったく遜色はない。ナトゥラーレの味だ」 「あ……」  思わず、頬が緩む。  自分でも美味くできたとは思ったが、 マスターのお墨付きが出ると、やはり嬉しい。 「ありがとうございますっ」 「よく頑張ったな。 こんな短期間で作れるようになるとは 思わなかった」 「俺の時はもっと時間がかかったからな」 「マスターはイチから作ったんですから、 俺とは比べものにならないでしょう?」 「あぁ……そういや、言ってなかったか。 このビーフストロガノフはもともと 俺が開発したメニューじゃないんだわ」 「え……そうなんですか? でも、ナトゥラーレの オリジナルメニューなんですよね?」 「妻の得意料理でな。亡くなった後、 ナトゥラーレのメニューに入れたんだ」 「あれ? マスターの奥さんって、 料理はそんなに上手じゃないって 言ってませんでしたか?」 「そうなんだが、ビーフストロガノフだけは やたら本格的で手がこんでてな」 「……そうですか。ちょっと不思議ですね。 家で食べる料理を4時間もかけて 煮込むってなかなかありませんし」 「料理が得意じゃないのに なんでそれだけそんなに手を かけてたんですか?」 「まぁ、思い当たる節はあるんだがな」 「何ですか?」 「なんつーか、じつはビーフストロガノフは、 俺らがケンカした時に妻が必ず作る料理でな」 「もうこれで仲直りしましょう っていう合図だったんだわ」  なるほど。 「いいですね。そういうの」 「そうか? 1回だけ、それとなく なんでビーフストロガノフなのか、 探りを入れてみたことがあるんだがな」 「なんで、それとなくなんです? はっきり訊けばいいじゃないですか」 「いやまぁ、そうなんだが『ケンカの時のこと を思い出すんじゃないか』とか、『あんまり 触れないほうがいいんじゃないか』とか」 「いろいろ考えると、迂闊に訊けなくてだなぁ」 「怖かったんですか?」 「言っとくが、怖いなんてもんじゃないんだぞ」 「普段はかわいらしいもんだから、 もうギャップがすごいの何のって……」  仲直りのためのビーフストロガノフのこと さえ、はっきり訊くのをためらうぐらいだ。  マスターがどれだけビビってたのかが よく分かる。 「それで、それとなく訊いてどうでした?」 「『分からずやはこうやって ビーフストロガノフと一緒に コトコト煮込むのよ』と暗い目をしながらな」 「……ホラーですね」 「もう俺はビビっちまって、 それ以上は訊けなかったよ……」 「情けないですね……」 「俺も昔は奥さんの尻に敷かれてる大人を見て そう思ってたけどな」 「お前にもいつか、分かる日がくるよ」 「未来ある若者をそんなふうに 脅さないでください……」 「でも、なんで ビーフストロガノフなんでしょうね?」 「それはほら、前に俺が 妻の作る料理にダメ出しした って言っただろ?」 「えぇ、言ってましたね」 「その時な。ありきたりの材料で作った ありきたりの料理でも、手間をかければ、 おいしくなるってなことを言ったんだわ」 「そのありきたりってところに、 どうもカチンと来たらしくてな」 「妻も負けず嫌いなもんだから、 その件で大喧嘩した直後に あのビーフストロガノフを作ってきたんだ」 「それがほんっとうに美味くてな」 「しかも、どうやって作ってるのか 分からないもんで、気になって しょうがなくてよ」 「ケンカしてるのも忘れて 妻に作り方を訊いて、 一緒に作らせてもらって」 「気がついたら、仲直りしてたっつーわけだな」 「あぁ、それで奥さんはケンカしたら、 その時のことを思い出して、ビーフ ストロガノフを作るようになったんですね」 「そういうことだろうな」  マスターは懐かしそうに目を細める。  数秒間の沈黙の後、 沈痛な面持ちで言った。 「昨日はすまん。迷惑をかけた」 「……いえ、何もありませんでしたし……」  どうして戻ってくることができなかったのか、 それを訊こうと思ったけど、 言葉が喉につかえて出てこなかった。 「新しい店長の話なんだが……」  ごくり、と唾を呑みこむ。 「どうしても都合が悪くなっちまって、 ナトゥラーレを引き継いでもらうことは できなくなった」 「……そうですか……」  半ば予想通りの言葉だった。 「他に店もらってくれそうな人間を 探したんだが、なにぶん急な話だからな」  見つからなかった、ということだろう。  責任者がいなくなれば、 当然、店を続けることはできない。 「……ナトゥラーレが なくなるってことですか?」 「……まだ諦めちゃいないけどな。 昨日は夜遅すぎて会えなかった知人が いるから、そこを当たってみる」  可能性が薄いだろうことは マスターの表情を見ればよく分かった。 「もし、それで見つからなかったら、 いつ閉店になるんですか?」 「……急で悪いんだが、 俺ももう田舎に帰らないといけねぇ……」 「明日、店と土地の権利を 手放すことになりそうだ……」  明日、という言葉に 俺は呆然としてしまう。  だから、マスターは昨日連絡もできずに 何とか店を存続させようと 駆けずりまわっていたんだろう。 「……お前はそう心配するな」 「現金は多少残ってるからな。 他のバイトも含めてシフトに入ってる分は 何とか払えそうだ」 「……………」  確かに俺はただのバイトだ。  店が潰れようが、バイト代が出るなら、 また他のバイト先を見つければ それで済む話だ。  マスターのように思い入れのある店を 手放さなきゃならないわけじゃない。  それでも…… 「……バイト代のことは 考えてませんでした……」  マスターは俺の気持ちが分かったのか、 少し悲しそうに笑った。 「お前が初めてこの店に来た時のことを 覚えてるか?」 「料理を食べた後、すぐにここで バイトしたいって言いだしてよ。 正直、あれには面食らったな」 「すいません……できれば、気に入った店で 修行できないかって考えてたもので……」  店の雰囲気が気に入って、料理が気に入って、 すぐさま雇ってもらえないか マスターに頼みこんでんだっけな。 「どうだ? 少しは修行になったか?」 「えぇ、マスターには色んなことを 教えてもらって、感謝してもしきれませんよ」 「いつか、きっと恩返ししたいと思っています」 「そうか。それなら、良かった」  マスターは小さくため息をつく。 「……お前が学生じゃなかったら、 店を継いでもらえたかもしれないな……」  何か言おうとして、 だけど何も言えやしなかった。  気持ちはマスターと同じで、つまり、 俺は何の力もない、ただの学生だった。  放課後。  俺は部室でケータイを眺めていた。  マスターからの連絡はまだない。  昨日の内に結論は出たはずだが 果たしてどうなったのか? 「どうしたのかな? そんなに熱心にケータイを見て」 「いえ……」 「すいません。 今日はやっぱり、部活休みます」 「まぁ、それは構わないけれどね。 珍しいじゃないか」 「ちょっと気になることがあって。 それじゃ」  ナトゥラーレにやってきた。  店のドアには臨時休業の紙が 貼ってある。  中から物音が聞こえたので、 ドアを開けてみた。 「すいません。今日は臨時休業で……って、 颯太か」 「すいません。ちょっと気になって……」  見れば、マスターの足下に いくつかダンボール箱が置いてある。 「すまん、今日中に私物を運びださなきゃ ならないもんでな。その後に連絡を するつもりだった」  だめだった、というのが 言外に伝わってきた。 「手伝いますよ。けっこう量もありますよね?」 「悪いな」 「気にしないでください。 何をすればいいですか?」 「とりあえず片っ端から ダンボール箱に荷物をつめたんで、 あとは車に運ぶだけだ」 「それと事務所のほうにもまだダンボール箱が 結構あってな」 「分かりました。じゃ、とりあえず 台車でダンボール箱を全部フロアに運んで、 それから車に移しましょう」 「よいっしょ……っと。 ふぅ……これでだいたい、半分ぐらいか……」 「ていうか、思った以上に多いですね。 こんなに何を置いてたんですか?」 「店が軌道に乗る前は、 ここで寝泊まりしてたもんでな。 半分以上、妻の物だ」 「さっさと運びだしとけば良かったんだが、 何となく動かせなくてな……」 「そうですか。 奥さんの私物なら、多いわけですね」 「ちょっと休憩するか。さすがに疲れた」  マスターは一昨日から、 ろくに寝てないだろうしな。 「休んでてくださいよ。 俺はまだまだいけますから」 「すまん。じゃ、10分だけ仮眠するな」  と、マスターは車に乗り、 運転席にもたれかかる。 「店で寝たほうが良くないですか?」 「いや、それじゃ起きられそうにないからな。 ここがちょうどいい」 「分かりました。それじゃ」  車と店を往復して、 俺はダンボールを車に積みこんでいく。  10分を過ぎてもマスターは 起きてこなかったが寝かしておこうと思い、 作業を続けた。 「ふぅ……よし、あとひとつだな」  台車に乗っていたダンボール箱に 近づいていく。  蓋が閉まってないので、 ダンボールに収まりきらないものでも 入っているのかと中をのぞいてみた。  目に飛びこんできたのは、 かわいらしい写真立てだった。  写っているのは ウエディングドレス姿の女性と タキシード姿の男性だ。  結婚式の時の写真だろう。 男性はかなり若いけど、 マスターだと一目で分かった。  それにしても、 奥さん、めちゃくちゃ美人だな。  有名人に似ているんだろうか、 どこかで見覚えがあるような顔だ。 「……誰だっけなぁ…?」  うーん、と首をひねる。  最近見たような記憶があるんだけど……  どこで見たんだったかなぁ?  確か、えぇと―― 「――あ…!!」  思い出した瞬間、店のドアが開いた。 「悪い。けっきょくほとんど任せちまったな」 「いえ……」  マスターは俺が手にした写真立てに 視線をやって、 「あぁ、それな。 金がないから結婚式はできなくてな。 写真だけ撮ったんだ。かわいいだろ」  こくりとうなずき、そして――  思いきって訊いてみた。 「……友希のお母さん、ですよね?」 「……………」  マスターは表情を変えず、 けれども何も答えられず、 ただ黙りこんだ。  それは肯定したも同然だったけど、 俺はマスターが答えてくれるのを じっと待った。 「……なんで、分かった?」 「友希の実家で、写真を見ました」 「……そっか。そりゃ、幼馴染みなんだから、 写真ぐらい見てもおかしくないわな……」  うっかりしていたというように、 マスターは苦笑いを浮かべる。 「お父さんも死んだって、 友希は言ってましたけど…?」  いや、そもそもマスターが 友希のお父さんなら、どうして 他人のフリをしているのか? 「誰にも言わないでくれるか?」 「友希にもですか?」 「……あぁ」  俺は一瞬考える。  けど、いずれにせよ 事情を知らないことには 判断しようがない。 「分かりました。約束します」 「ありがとうな」  マスターは写真に視線を落とし、 ふぅ、とため息をつく。 「俺と妻は幼馴染みでな。 学生の頃から付き合ってたんだが、 妻の親にはよく思われてなかった」 「どうも俺が中学を卒業して すぐに就職しちまったのが 気に入らなかったらしい」 「まぁ、向こうは ずいぶんな金持ちだったからな」 「うちは母子家庭で、お世辞にも裕福とは 言えなかったから、早く就職して親を 楽させてやりたいと思ってたんだわ」 「それでも、付き合ってる内は 親にかかわることもほとんどなかったから、 特に気にすることはなかった」 「妻が大学を卒業するぐらいには、 俺も働いてた店で副料理長を 任せられるようになっててな」 「結婚しようっていう話になったんだわ」 「そうすると、当然、 親に挨拶することになるだろ」 「まぁ、学歴はなかったけど、 そこそこの店でそこそこの立場に なってたからな」 「さすがに大丈夫だろうと 思っていたんだが、これが まったくアテが外れてよ」 「認めてもらえなかったんですね…?」 「それどころか、どうせ金目的だの なんだの言われてな」 「それだけならまだ良かったんだが、 あげくの果てに料理人ごときとは 結婚を認められんって言ってくるからよ」 「俺もまだ血気盛んだったもんで、売り言葉に 買い言葉で『お前の許可なんかいらねぇよ』 って言っちまったんだわ」 「それ、やばいですよね?」 「やっちまったわな。まぁ、結婚の挨拶で そんな爆弾発言をしちまったもんだから、 それからは案の定、門前払いでな」 「妻もだいぶ、とりなしてくれたんだが まったく聞く耳を持ってくれなかった」 「まぁ、今になってようやく分かるんだが、 俺が大人気なかったっつー話だわな」 「幸い親の反対にあっても 妻は結婚したいって言ってくれて、 それでも1年近くはねばったんだったかな」 「1年も交渉したんですか?」 「それでも、門前払いだったがな。 もうこのままじゃ埒があかないんで、 どうしようって話しあっててな」 「そんな頃、妻に赤ん坊ができた。 それが、友希だ」 「気をつけてたはずなんだが、 できちまったものはしょうがないし、 妻も産むこと以外考えてなかったからな」 「何が何でも結婚を 認めてもらおうと思って、 もう一度、頼みにいった」 「そしたら今度は『結婚もしてないのに子供を 作るような無責任な男とは家族になれない』 って言われちまってな」 「まぁ、正論なんだが 引くわけにはいかないだろ」 「産まれてくる娘のためにも、 責任をとらせてくださいって 頭を下げた」 「そうしたら、『結婚する前に妊娠したなどと 分かれば、一族の笑いものだ』って 言われてな」 「これには妻のほうが激怒して、 『この子を殺せって言うの!』って 怒鳴りかえしてよ」 「けっきょくそのままケンカ別れして、 籍を入れたんだわ」 「……御所川原さんは、地元の名士だろ。 けっこう噂っていうのは広まるもんでな」 「そんで運悪く俺の働いてた店も、 御所川原さんにずいぶん世話になってたんだ」 「直接、何か言われたわけじゃないんだが、 オーナーも御所川原さんに目を つけられるようなことはしたくないみたいで」 「できれば自主的に辞めてほしい ってのを暗に言ってきた」 「まぁ、俺もオーナーには世話になったし、 迷惑はかけられないと思った」 「オーナーの厚意で少し多めしてくれた 退職金をもらって、仕事を辞めた」 「そんで、地元にいたんじゃ、 またそういうこともあるかもしれない ってんで、こっちに引っ越してきたんだ」 「もともと結婚したら二人で店を 開くっていうのが俺らの夢でな。 そのための貯金をしてた」 「それに退職金を合わせれば それなりの資金ができたもんで、 カフェを開くことにした」 「それがナトゥラーレですか?」 「あぁ、妻とよく話しあっててな」 「学生が気軽に入れて、おいしい料理と 本格的な紅茶やコーヒーが楽しめる、自然の ぬくもりを感じられる店を作りたいって」 「こっちに引っ越してきて、物件探していたら、 ちょうど土地付きのログハウスが格安で 売りに出されててな。それを改装したんだ」 「最初はまぁ、経営は厳しかった。 妻は妊娠してたし、友希が産まれてからは 育児にかかりきりだったからな」 「そんでも、友希が保育園に通える年齢に なってからは妻も店を手伝うことができたし、 経営もだんだん軌道に乗っていった」 「常連客もそこそこついてきてな。 そんな矢先だ。妻が倒れたのは」 「もともと体が弱くて病気がちだったんだが、 慣れない土地に引っ越して、出産、育児の後、 すぐに働いて、相当負担だったんだろうな」 「風邪をこじらせたのをきっかけに、 肺炎になった」 「入院したんだが、けっきょく 持ちなおすことができず、 そのまま死んだよ」  マスターはいったん言葉を切り、 ぐっと押し黙った。 「……それも大変だったんだが、 その後も息つく暇もなくてな」 「臨時休業していた店を再開したはいいが 妻の代わりの人間を雇わなきゃならないし、 友希の面倒も見なきゃならない」 「俺の母親はもうその頃には 亡くなってたから、 頼りにできる人間はいなかった」 「慣れない子育てに追われて、 友希は泣かせるわ。店ではつまらない 凡ミスを繰りかえすわでうまくいかなくてな」 「経営はどんどん厳しくなって、 みるみるうちに借金がかさんでいった。 俺はがむしゃらに働いたよ」 「妻と一緒に作ったこの店は 絶対に倒産させないと思ってな」 「それでも、どうにもならず、 少しずつ追いこまれていって 店は潰れる寸前のところまできてた」 「俺が忙しいことが友希は子供ながらに 分かってたんだろう。俺に面倒を かけないようにいつも店でじっとしていた」 「ある日、仕事が終わった後、 いつものように友希を呼んだんだが 返事をしなくてな」 「見れば椅子にもたれかかるように 倒れてた」 「最初は寝てるのかと思ったが ものすごい高熱でな。俺は慌てて病院へ 連れていった。肺炎だった」 「どうしてここまで放っておいたのかと 医者に叱られたよ」 「病院のベッドで苦しそうに 唸っている友希を見て、 妻が亡くなった時のことを思い出した」 「友希までこのまま死ぬんじゃないかと 気が気じゃなかった」 「俺は心底後悔した。親失格だと思ったよ。 娘がそんな状態だっていうのに、 気がついてやれなかったなんてな……」 「そんな時に、ちょうど御所川原さんが 俺を訪ねてきた」 「どこで調べたのか、友希が肺炎を 起こして入院中だということを 知っていてな」 「娘を殺しておいて、 孫まで殺す気かと言われたよ。 何も言いかえせなかったわな」 「御所川原さんは友希を返せと言ってきた」 「妻が死んだのは、俺が体の弱い妻を働かせた せいで、そんな男に友希を守れるわけがない と言ってな」 「俺は考えた。友希と別れたくないと思った。 それでも、俺よりも御所川原さんが 正しいと思ったよ」 「確かに俺と結婚しなければ、 妻が死ぬことはなかった……」 「友希にしても、祖父のもとへ行けば 何不自由なく暮らすことができる」 「親に気にかけてもらえず、 肺炎を悪化させていることなんて 絶対にないだろう」 「友希はまだ小さかったし、 俺の記憶もあまり残らないだろうから、 寂しく思うこともないと思った」 「御所川原さんのもとに行くほうが 俺のようなだめな父親のもとで育つよりも、 よっぽど幸せだろう」 「だから、俺はせめて 妻と一緒に作ったナトゥラーレだけは 守ろうとして」 「孫が欲しければ、ナトゥラーレの借金を 肩代わりしろと条件を出した」 「御所川原さんは、それはもう怒り狂ったよ。 けっきょく金目当てだったのかってな」 「そんで融資する代わりに、 二度と友希の前に姿を現すなと言われたよ」 「俺はその条件を呑んだ。それで 何とか経営は持ちなおせたってわけだ」 「だから、友希は父親が死んだって、 爺さんに説明されてたんですね」 「そういうことだわな」 「友希が娘だっていうのには すぐ気づいたんですよね?」 「まぁな。あいつがうちの面接を 受けにきた時、何の偶然かと 思ったぐらいだ……」 「御所川原さんとの約束を守るなら、 本当は採用するべきじゃなかったんだがな」 「……志望動機を訊いたら、 懐かしい雰囲気のこの店が好きだ って言っててな……」 「俺もバカなもんで……断りきれなかった……」  無理もない、と思う。  マスターは友希の幸せを願って、 彼女と別れたんだから。 「このあいだ御所川原さんがうちに来た時、 友希がこの店で働いてることがバレただろ」 「あの後、御所川原さんから連絡があって、 今すぐ友希の前から去らないと店を 潰すと言われたんだわ」 「潰すって、そんなことできるんですか?」 「どうなんだろうなぁ? まぁ、できなくはないんだろう」  爺さん、金だけは持ってるからな。 「俺がこの店を手放して、 今後いっさいここに近寄らないのを条件に 何とかそれだけは勘弁してもらってな」 「それで突然、田舎に帰るなんて 嘘をついたんですね」 「……そういうことだ」 「どうして友希に父親だって 名乗らなかったんですか?」 「いまさら、どのツラさげて 『父親だ』って言えるっつー話だわな」 「でも、友希は両親がいなくて 寂しがってますよ」 「そうは言っても、俺みたいな父親が いるぐらいなら死んだって思ってたほうが ずっとマシだろうよ」 「……ほんの少しの間な、あいつの成長を 見ているだけのつもりだったんだ……」 「いつか、こうなる日がくるんだとは 薄々勘づいてたんだわ」 「それでも、友希の姿を 少しでも長く見ていたくてな……」 「もう少し、もう少しだけって、 けっきょくズルズルと最悪の事態になるまで 引き延ばしちまったってわけだ」  マスターは奥さんの写真に視線をやる。  話はそれで終わったのか、 それ以上、マスターは何も口に しようとしなかった。  しばらくして―― 「……さて、これが最後だな。 運んじまうか」 「……はい」 「ありがとうな。おかげで助かった」 「いえ。これぐらいは 大したことありません」 「今日はこれから、どうするんですか?」 「すぐそこに御所川原さんの知り合いの 不動産屋があってな。店と土地を 引きとってもらえることになってる」 「備品なんかは全部そのまんまで いいらしいから、これでナトゥラーレとは お別れだな」  マスターはナトゥラーレを見た。  どこか遠い目をしながら。 「……情けないよなぁ……」 「けっきょく俺は最後に残ったこの店さえ、 守れなかった」 「いつか妻に会ったら、謝らないとな……」 「……………」  かける言葉が見つからなかった。  マスターもそれ以上は何も言わず、 じっとナトゥラーレを見つめていた。 「……じゃ、ちょっくら行ってくるわ」  車からカバンをとりだして、 マスターは新渡町通りの方向へ 去っていった。  こんな時、子供は無力だ。  何の力にもなれやしない。  せめて俺がもっと大人だったなら―― 「どうして覚えてないんだろ…… 思い出ぐらい欲しかった……」 「……志望動機を訊いたら、 懐かしい雰囲気のこの店が好きだ って言っててな……」 「俺もバカなもんで……断りきれなかった……」  ……だめだ。  やっぱり、だめだ。 このまま見過ごしていいわけがない。  俺が初めて働いた、 楽しかったこの場所が――  世話になったマスターと奥さんが 必死に守ろうとしてきたこの店が――  そして――  友希があんなに欲しがっていた 思い出が――  今にも消えようとしているのに、 黙って見てることなんか できるわけがない。  そう考えた瞬間、体が勝手に動いて、 マスターの後を追いかけていた。 「マスターッ!!」 「……どうした?」 「俺にやらせてくださいっ!」  理屈で考えれば、この選択は 間違っているのかもしれない。  だけど、頭が動くよりも先に 感情がそう叫んでいた。 「俺が学生じゃなかったら、 店を継いでもらいたかったって 言ってくれたのは嘘じゃないですよね?」 「……それは、そうだが……」  子供は無力だ。  ただの学生には何もできない。  だったら――今すぐ大人になればいいんだ。 「学校を辞めます。だから、 ナトゥラーレの権利を俺に譲ってくださいっ」 「……………」 「……お前の気持ちはありがたい…… だけどな、冷静になって考えてみろ……」 「……お前には将来がある。 そんなことをしたら、 一生後悔するかもしれないぞ」 「そうかもしれません」 「でも、いま辞めなかったら、 一生後悔するかもしれませんっ」 「ナトゥラーレの経営は、 ほとんど自転車操業だ。借金もある」 「学校を辞めてまで店を継ぐメリットはない。 卒業して、どこかもっといい店に 雇ってもらったほうがいいに決まってる」 「お前は真面目で、腕も舌も悪くない。 いつもしっかり目的意識を持って働いていた。 きっといい料理人になるだろう」 「一時の感傷で将来を棒に振ることは ないわな」 「……でも、ナトゥラーレは、 そういう店じゃ、なかったでしょう?」 「原価は高いのに料理は安くて、 サービスも良くて、居心地のいい あったかい店作りでした」 「俺はマスターから、手間を惜しむなとは 教えられたけど、要領良くやれなんてことは 教えられてません」 「……要領良くできなかったから、 俺は失敗したんだわ」 「俺の真似をしようとするな。 お前なら、もっとうまくやれる」 「……マスターは、 まだ失敗してないじゃないですか」 「まだナトゥラーレは 潰れてないじゃないですかっ!」 「もう一度ぐらい、 挑戦してみてもいいでしょう」 「俺なら、もっとうまくやれるって言うなら、 俺に店を任せてください」 「ナトゥラーレは俺にとっては 特別な店だがな」 「お前にとってはただの店だ。 人生を懸ける価値はない」 「ナトゥラーレは俺にとっても、 ただの店じゃありません」 「世話になったマスターと、 友希の思い出の場所です」 「それに、いつか自分の店を持つのが 俺の夢だって言ったでしょう?」 「それがいま叶うんなら、 それもこんなに理想の店が手に入るなら、 学校なんていつでも辞めます」 「俺は学校に行くことには 人生を懸けられませんけど……」 「だけど、ナトゥラーレは違うっ!」 「……………」 「……親御さんには、なんて説明するんだ?」 「分かりません。 でも、反対されたら家を出て、 店に住みこむつもりです」 「……親にぐらい分かってもらえ。 それができないようなら、 店を継いでもうまくいきようがない」 「でも、もう時間が、ないんですよね?」 「何とか今日一日待ってもらう。 それまでに親を説得してみろ。 そうしたら、お前に店を任せる」  迷っている暇はない。 「分かりました。約束ですよ」  父さんのケータイに連絡するけど、 残業中なのか出ない。  母さんのケータイに連絡したけど、 留守番電話に切りかわった。 「……………」  二人とも忙しいからな。  だけど、何とか今日中に 話さないといけない。  ひとまず、メールを送ることにした。  『学校を辞めたい。話し合いをしたいから、  今日は早く帰ってきてほしい。無理なら、  電話してほしい』  父さんと母さんに、 同じ内容のメールを送った。  これで、せめて連絡がとれれば いいんだけど……  とりあえず、家に帰って しばらく待とう。  その1時間後――  玄関からガタガタと騒がしい音が 聞こえたと思ったら、飛びこむように 母さんが部屋に入ってきた。 「あぁ、母さん良かった…… じつは話があってさ――」 「ごめんねっ、颯ちゃんっ! お母さん、お母さん、 気づいてあげられなかったっ!」 「はい…?」 「まさか、颯ちゃんが……颯ちゃんが、 学校でイジメにあってるなんてっ!?」 「お母さんが、颯ちゃんは しっかりしてる子だと思って、 放っておいたからよね」 「ごめんね、颯ちゃん、いいのよ。 学校なんて辞めていいの。 颯ちゃんが生きていればそれでいいの」 「……えぇと……母さん…… 言いづらいんだけどさ」 「分かるわ。いいのよ。 辛いことは言わなくて、 話せるようになってからでいいの」 「いや、母さんは誤解してるんだけど……」 「そうね。ごめんね、お母さん誤解してたわ。 颯ちゃんは誰にも相談できずに 独りで苦しんでたのよね」 「でも、大丈夫よ。これからはお母さん、 ちゃんと颯ちゃんの話を聴いてあげるからね」 「……………」  どうすればいいんだ…? 「いま帰ったぞっ!」  あぁ、良かった。父さんが帰ってきた。  二人がかりなら、母さんの誤解も 解けるはず―― 「颯太ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」  父さんがものすごい形相で 部屋に飛びこんできた。 「どこのどいつだぁぁぁっ!? お前をイジメた奴は、父さんが、 父さんがっ、落とし前つけたるわっ!」  お前もかっ!? 「あのさ、父さん、落ちついて。 そういうのはいいから」 「これが落ちついていられるかっ! 俺の息子に卑劣なイジメなんぞを…… すまきにして川に流してやるっ!!」 「いや、そういうのは まったく望んでないから」 「そうよっ、あなた。 颯ちゃんが望んでいるのは、 そんなことじゃないわ」 「今、わたしたちがしなきゃいけないのは、 颯ちゃんの話を聴いてあげて、安心して 休める場所を作ってあげることでしょ」 「いや、それも違うんだけど……」 「分かってる、分かってるぞ、颯太。 悔しいよなぁ。お前がこれだけ苦しんでる のに、あいつらはのうのうと学校に通って」 「二度と社会復帰できないようにしてやらなきゃ、 腹の虫が治まらないよなっ!」 「それは時期尚早よっ! まずは颯ちゃんの心の傷を癒すのが 先決でしょ?」 「そうかもしれないが、 俺は颯太をそんなふうにした奴を 許しておけないっ!」 「バカっ! 一番苦しいのは颯ちゃんでしょっ。 あなたがそんなことでどうするのっ!? もっと冷静になって!」  母さんも冷静になって…… 「……すまん。お前の言う通りだ。 頭に血がのぼっていた」 「いいのよ、颯ちゃんの一大事ですもの。 でも、何が大切かは颯ちゃんが 決めることよ」 「そうだな。その通りだ。 すまなかった、颯太。 父さん、ちょっと先走りすぎたよ。はは」 「だけど、これだけは分かってほしい。 父さんは何があろうとお前の味方だ。 愛してるぞ」 「……父さん、母さん…… これだけはちゃんと聴いてほしいんだけど」 「おう。何だ?」 「お母さん、何でも聴くわ」 「俺、別にイジメられてないよ」 「え…?」 「そうなの…?」 「イジメられてたなんて 一言もメールに書いてないだろ」 「な、なーんだ。そうなの? お母さんてっきりイジメられたと ばかり思ってたわ」 「そうだよな。颯太はほんっとうに 手がかからないし」 「俺らに頼ってくることがあれば、 イジメられた時ぐらいだって いつも話しあってたもんな」  道理で、こんな盛大な勘違いを するわけだ。 「でも、颯ちゃん。 それなら、どうして学校を 辞めようと思ったの?」 「おう。そうだ。 何か学校で嫌なことでも あったのか?」 「……それなんだけど……じつはさ……」  間違いなく、反対されるだろう。  どう言えば納得してもらえるかも 分からない。  だから、俺はありのままを 包み隠さず話した。 「――なるほど。それで、お前が ナトゥラーレを継ぐために 学校を辞めようってわけか」 「颯ちゃん、昔から自分のお店を持つんだって 言ってたものね」 「うん……」 「だけど、それはちょっと考えが 甘いんじゃないか?」 「学校を辞めるっていうのを そう安易に決めるのはなぁ。 将来のこともあるし」 「そうね。お母さんもそう思うわ」 「……………」  やっぱり、いくらうちが放任主義だからって、 そうなるよな。 「……確かに、父さんと母さんの言うことは もっともだと思う」 「せっかく私立の学校に入れてもらって、 たくさん、お金がかかったのは 分かってるんだけど」 「でも、いま辞めないと 一生後悔するかもしれないんだ」 「お願いしますっ! これが最初で最後のわがままだからっ! 学校を辞めさせてくださいっ!」  深く、深く、頭を下げた。  父さんたちの言うことは正論で、 俺には頼む以外に方法はなかった。 「颯ちゃん、お金の問題じゃないの。 わたしたちは颯ちゃんのためなら、 いくらお金を出したって後悔しないのよ」 「将来の選択肢は多いほうがいい。 学校を辞めることは許可できないぞ」 「……………」  どうすれば、分かってもらえるのか?  父さんたちを説得しなければ、 店を継ぐことはできない。  だけど、どう考えたってギャンブルな この道を黙って進ませる親はいない。  もしかしたら、マスターは それが分かってて、 あえてそう言ったのかもしれない。  俺に諦めさせるために。 「……………」  何とか説得しなきゃと思うのに、 言葉が何も出てこなかった。 「お前もそこまで子供じゃない。 父さんの考えを分かってくれたようだな」 「そうね。颯ちゃんは昔から、 物分かりのいい子だもの」 「よし、 それじゃ学校を辞めるのはなしにして――」 「――休学の手続きをしよう」 「…………えっ?」  一瞬、何を言われたのか 本当に理解できなかった。 「絶対それがいいわ。お店がだめになったら、 学校に戻ればいいんだし。どっちにしても、 今年の授業料は払ってるんだもの」 「将来の選択肢は多いほうがいいもんな」 「……あの、えっと、父さん、母さん…… なに言ってんの?」 「ん? 颯太が学校を休学して、 ナトゥラーレを継ぐという話だろ?」 「颯ちゃん、昔から自分のお店を持ちたいって 言ってたものね。お母さん、応援するわ」 「……いや……でもさ、 考えが甘いってさっき…?」 「あぁ、それは、ちょっと甘いだろ。 どう考えても休学にはメリットしかないのに、 『辞める』って言うんだもんなぁ」 「そうね。社会に出ると、 そんな明らかにベストの選択肢なんて ないもの」 「もう退勤時間なのにどう考えても 一日がかりの仕事を2件『明日までに よろしく頼む』とか言われたりな」 「ま、その状況でどうにかベターを 見つけるのが、社会人としての腕の 見せどころなんだけどな」  それはなんか違うような…? 「でも、こういうのは いい経験なんじゃないか?」 「そうね。こうやって、 少しずつお勉強していくのよね」 「そうだけど……でも…… 店には借金もあってさ」 「借金の連帯保証人はマスターだから、 それを颯太に引き継ぐ形になるんだろうな」 「颯ちゃんの年齢じゃ無理じゃないかしら?」 「なら、そこは父さんの名前にしよう」 「いや……いやいやいや、 そんな簡単に連帯保証人とか ならないほうがいいんじゃないの…?」 「心配するな。この家の名義やら何やらは 全部、母さんのものになってるからな。 いざとなったら自己破産すればいいんだ」 「自己破産ってそんな簡単に…… それに夫婦なんだから、自己破産しても 母さんに請求が行くだろ?」 「あら、颯ちゃん。自己破産しても、 借金が妻に請求されることなんてないのよ」 「こんなこともあろうかと、 母さんの給料で固定資産を購入して、 父さんの給料は全部、生活費に回してるんだ」  何その、計画的犯行…… 「いや、でも、常識的に考えて、 つい昨日まで学生だった俺が 店を経営するのって言いだしたらさ」 「普通、親は全力で止めるよね?」 「颯太。いいか? 何かをするのに、早すぎるなんてことは ないんだぞ」 「よく言うだろう? やらずに後悔するよりも、 やって後悔したほうがいいと」 「父さんはいつも必ずやって後悔してた。 いついかなる時もやって必ず後悔してたんだ」 「だから、後悔しつづける今があるんだ」 「それなんか……え……だめなんじゃね?」 「父さんもじつはな。昔、学校を休学して、 起業してみたことがあるんだ。 大学生の頃だったな」 「そうなんだ。それで、どうだった?」 「いやぁ、潰れた潰れた。 あっというまに父さんの会社倒産して、 また学生に戻ったよ」 「……………」  だめじゃん…… 「まぁでも、それがきっかけで 母さんに会えたし、悪いことばかりじゃ なかったよ」 「しかし、血は争えないもんだなぁ。 お前がさっき学校を辞めて、 ナトゥラーレを継ぎたいって言った時な」 「父さん、じつは嬉しかったんだぞ。 さすがは俺の子だなって。ははっ」 「お母さんも、昭夫さんみたいって思って、 ちょっとドキッとしちゃった」 「……………」  うちの親って…… 「父さんと母さんって、もしかして、 俺のことぜんぜん心配してなくない…?」 「んん? 何をいまさら怖じ気づいてるんだ? 止めてもらえないから、不安になったのか?」 「父さん、颯太をそんなふうに 育てた覚えはないぞ」  えぇと…… 「大丈夫よ。颯ちゃんは失敗を 怖がるような子じゃないでしょ」 「きっとできるわ。 精一杯、頑張ってきなさい」 「父さん、いつも言ってるだろ。 何事もチャレンジするのが大事なんだ。 チャレンジがな」 「……う、うん……それは、そうなんだけど」 「『でもでもだって』じゃ何もできないぞ。 男なら潔く決めろ」 「じゃ、じゃあ……チャレンジ、 してみるよ…?」  なんだこれ…? なんで俺が説得されてんの…? 「いやぁ、父さんの息子だなぁ。 男子三日会わざれば刮目して見よって言うが、 知らない間に子供は大きくなるものだなぁ」 「そうね。颯ちゃんは昔から、 おませさんだったものね」  なんていうか、結果は全然いいんだけど、  本当にめちゃくちゃ助かったんだけど、  ものすっげぇ予想外の展開だ…… 「――バイト連中には事情を話して、 また今まで通りシフトに入ってもらうって ことで納得してくれたよ」 「すみません。助かります」 「ただ新しく入った塩野さんは フリーターだったからな」 「生活がかかってるもんで、 早めにナトゥラーレが閉店するかも しれないことを話しておいたんだわ」 「今日訊いてみたら、もう新しいバイトが 決まっててな」 「そうですか」  塩野さんは友希とまやさんが辞めた穴を 埋める形でシフトに入っていた。  おまけにマスターもいなくなるんじゃ、 人手不足で店が回るかどうかも怪しい。 「何かあったら頼ってくれ、 と言いたいところなんだがな……」  迂闊にマスターがかかわると、 爺さんがまたどんな文句を 言ってくるか分からない。 「大丈夫ですよ。何とかしてみせます」 「……すまん。お前に全部、 押しつけるような形になっちまって……」 「俺がやるって言ったんですから。 任せてくださいよ」  不安はある。自信だってあるわけじゃない。  それでも、もう決めたことなんだから、 弱気になってても仕方がない。 「……まさかな。親御さんの許可まで とってくるとは思わなかったよ」 「それは俺もちょっと驚いてますけどね」 「大した奴だよ、お前は。 それじゃ、もう行くわな」 「どこに行くか、決めてるんですか?」 「まぁ、ぶらっとな。 御所川原さんには、もうこの街に 戻ってくるなって言われちまったしな」 「どこか遠くにでも行くよ。 幸い手に職はあることだしな」 「また会えますか?」 「どうだかな。 お前がこの店を守っていくんなら、 会わないほうがいいっつー話だわな」  それは、確かにそうかもしれない。 「ま、10年20年たって、 ほとぼりが冷めた頃には会えるかもな」 「あぁ、ひとつだけ約束してくれるか?」 「はい。何でしょう?」 「友希には俺のことを 絶対に言わないでくれ」 「いくら言葉を言い繕ったって、 俺があいつを捨てたことには 変わりない」 「傷つけるぐらいなら、 『死んだ』と思ってるほうがいいだろう」  マスターの言うことが、 本当に正しいことなのかどうか、 俺にはまだ分からない。  だけど、それは友希とマスターの…… 親子の問題で、  いくら恋人だからといって、 中途半端な考えで手を出しては いけないと思った。  死んだと思った父親がじつは 生きていたからといって、  娘が父親に会いたいと 思っていたからといって、  必ずハッピーエンドに収まるほど、 人生は都合良くできてないと思うから。 「大丈夫ですよ。前にも約束したでしょう」 「そうだったな。何度もすまん」 「でも、友希がどう思うかは分かりませんけど、 少なくとも俺は」 「マスターが友希を捨てた なんて思っていませんから、絶対に」 「……ありがとうな。 お前なら……いや、友希によろしくな」 「はい」 「じゃ、元気でな。いい料理人になれよ」 「はい、ありがとうございます。 今までお世話になりました」  これまでの感謝を込めて、 深くマスターに頭を下げる。  マスターは踵を返して、 静かに店から出ていった。 「えーっ!? じゃ、颯太が ナトゥラーレのマスターになるってことっ?」 「まぁ、いちおうな」  朝、友希が迎えにやってきたので、 一連の事情を打ち明けた。  もちろん、マスターが父親だということは 話せないので、田舎に帰らなきゃならない ということにしておいた。 「学校はどうするの?」 「休学する」 「そっかぁ……」  突然の話すぎて、友希は 何と言っていいか分からない様子だ。 「ごめんな。お前は受験勉強があるし、 俺が学校に行かなくなったら、 ますます会えなくなるよな」 「う、うぅんっ。そんなの気にしないで。 応援するねっ」 「ありがとう」 「でも、マスターも 手伝ってくれないんでしょ? いきなり一人でお店大丈夫なの?」 「まぁ……でも、店のことは だいたい分かってるし、あとは慣れだと 思うんだけど……」  実際、人手不足なのは確かだ。  フロアの人数がそもそも足りないし、 まともに厨房に入れるのだって俺しかいない。  新しくバイトを雇おうにも、 まず募集しなきゃならないし、仕事を 覚えてもらうまでは楽になるわけじゃない。  友希がバイトに入ってくれれば……  そんな考えが頭をよぎるけど、 必死に打ち消した。  友希は文化祭が終わったら、 受験に専念する身だ。  ここで頼ってしまえば、 もしかしたら受験を棒に振ってでも 俺を助けようとするかもしれない。  そういうわけにはいかないだろう。 「何とかなるだろ。 とりあえず、やってみないことには 始まらないからな」 「そっかぁ。あたしにできることが あったら何でも言ってね」 「おう」 「でもさぁ、颯太って酷いよね。 あたしにはなーんにも説明してくれなくて、 勝手にそういうこと決めちゃうんだぁ」 「う……いや、ちょっと時間がなくてさ……」 「どうせただの彼女だし、時間がないから、 ほんのちょっと説明しておくことも できないよねー。分かる分かる」 「……ご、ごめんな。今度からはお前にも 相談するからさ」 「じゃ、罰としてえっち100回っ」 「……何それ?」 「うんとね、具体的には 射精100回するってことー」 「……………」  なんだ、そのご褒美みたいな罰は…? 「いや、でも、冷静に考えると 100回もできないぞ」 「大丈夫大丈夫。 3週間ぐらいあればいけるもんねっ」 「なんで1日5回計算なんだ…?」 「だって、罰なんだもん」  あいかわらずエロかわいい奴だな。 「とりあえず、学校行こうか。 そろそろ時間やばいし」 「あれ? 颯太、休学するんじゃないの?」 「今日は休学届ださないといけないからさ」 「あー、そっか。 じゃ、今日は最後の登校だね。 思いっきりイチャイチャしながら行こうよっ」 「おうっ、分かった」 「やったぁ。おち○ちん、 びくびくさせちゃおっと」 「そんなことされたら登校できないよねっ!」 「あははっ、冗談冗談。じゃ、行こー」 「あぁ」  登校して、休学の手続きを終えた後、 俺の足は自然と裏庭に向いていた。  リンゴの樹の下で、 ふとこれからのことを考える。  今日はまだ店は臨時休業中で、 明日から営業を再開する予定だ。  何度考えても、シフトをどう調整しても、 今の人員でナトゥラーレを回すのは かなり厳しい。  どうしてもどこかに穴が できてしまうだろう。  最低でもあと1人、ベテランの人員が必要だ。  心当たりは友希かまやさんしかいないけど、 二人ともこれから受験に専念する。  特にまやさんは今年受験だから、 絶対に頼むわけにはいかない。  もちろん友希だって難関大を受験するんだ から、これからが大事な時期だ。  それなら、 例えば1ヶ月か2ヶ月だけなら、どうだろう?  新しいバイトが入って研修を終えるまで 手伝ってもらうっていうのは…?  いや……やっぱりだめだ。  友希なら、 それでも大学に受かるかもしれないけど、  しょせん何の保証もないただのバイトだ。 そんなことで万が一にでも、 友希の将来を台無しにするわけにはいかない。  何とか俺の力で解決しないと……  そうは思うものの、いい案なんて まるで思い浮かばなかった。  こんな時、あいつがいれば、 何とかなったのかもしれないけどなぁ。 「なぁQP、どうすればいいんだろうな?」  ボロボロになったリンゴの樹に話しかける。  当然、返事があるわけがない。 「君が何に悩んでいるのか、 ぼくにはまったく分からないよ」  え…? 「手伝ってくれそうなのが友希だけなら、 さっさと頼めばいいじゃないか」  消えたはずのQPが、なぜか目の前にいた。  戸惑いながらも俺は言った。 「だけどさ、ただのバイトで 人生を棒に振れなんて言えないだろ」 「ナトゥラーレは友希にとっても 思い出の場所じゃないか」 「彼女だってそれを守りたいと 思っているんじゃないかい?」 「……そうかもしれないけどさ。 でも、友希はそれを知らないんだ」 「友希が『守ってくれ』って言ったわけじゃ なくて、ただ俺が『友希の思い出を守りたい』 って思っただけなんだよ」 「それを理由にさ、 何も知らない友希に負担を強いるのは、 ただのエゴなんじゃないか?」 「ふぅん。よく分からないや」 「……だと思ったよ」 「それなら、ただのバイトじゃないように すればいいんじゃないかい?」 「マスターが父親だってバラせって 言うんじゃないだろうな?」 「いいや。思い出さなかったかい? 君と友希が昔、約束したことを」 「思い出したけど……」 「なら約束通り、結婚しちゃいなよ。 そうしたら、友希にも店を手伝う理由が できて、ノープロブレムじゃないか」 「いやいや、めちゃくちゃプロブレムだよ」 「そもそも常識的に考えて、 今の俺が結婚してくれなんて 言えるわけないだろ」 「やれやれ、君は成長どころか 退化しているようだね」 「子供の頃に言えたことが、どうして いま言えないんだい?」 「あのね……妖精には 分からないかもしれないけど、 結婚には色んな責任がつきまとうのな」 「子供の頃はそれが分かってないから、 気軽に言えただけだよ」 「君は自分の店を持つ夢を持っていて、 彼女もそんな君と結婚して、一緒に店を 手伝う夢を持っていたんじゃなかったかい?」 「それは、そうだよ」 「だったら、今がその両方の夢を 叶えるチャンスじゃないか」 「両方って言うけど、 友希はもうどうだか分からないよ」 「そんな昔の約束なんて、 とっくに忘れてるだろうからさ」 「訊いてみればいいじゃないか?」 「覚えてたって結婚できるわけないだろ。 責任ってもんがあるからさ」 「何だい、その責任って? どうやったら結婚できるんだい?」 「だから、少なくともナトゥラーレの経営が それなりにうまくいかないと難しいだろ」 「店が儲からないと、結婚できないのかい?」 「当たり前だろ」 「だったら、一生店が儲からなかったら、 どうするんだい? 一生結婚しないのかい?」 「いや、一生儲からないってことは ないと思いたいんだけど……」 「ぼくにはさっぱり分からないよ。 ぜったい儲かるって保証はないんだろう?」 「まぁな」 「つまり、君は友希のことが好きだけど、 結婚できるかどうかは分からないって 言うんだね?」 「いや、それはなんか人聞きが 悪いんだけど……」 「じゃ、君はいつか友希と結婚するのかい?」 「……それはもちろん、するよ」  それ以外の答えは思いつかなかった。 「だけど、時期とか状況とか、色々あってさ。 最悪どうしようもないときは お金がなくても結婚するけど……」 「今がその時期で、その状況かもしれないよ」 「お前には分からないかもしれないけどさ、 結婚は二人だけの問題じゃないんだよ」 「他に何の問題があるんだい?」 「だからさ、やっぱりお互いの家族のことを ちゃんと考えないと結婚できないだろ」 「友希の祖父が問題なのかい?」 「そうだよ。爺さんを何とか説得しないと 結婚なんてできないって」 「じゃ、説得すればいいじゃないか」 「簡単に言うなよ。 それに問題は爺さんだけじゃないだろ」 「他に何が問題なんだい?」 「マスターだよ。結婚するのに 友希の父親を放っておくなんて、 できるわけないだろ」 「反対はしないんじゃないかい?」 「それはそうだろうけどさ。 友希に父親のことを隠したまま、 結婚なんてできないよ」 「だけど、友希に父親のことを話して、 それがうまくいったとしても、 爺さんがなんて言うか分からないだろ」 「もし、だめだったら、 またナトゥラーレを潰すって 言いだすかもしれない」 「友希の祖父には言わなきゃいいじゃないか」 「そういうわけにはいかないだろ。 家族なんだから」 「ふぅん。面倒臭いね」 「人間が結婚するっていうのは、 そういうことなんだよ」 「そりゃ、うまくいかないことも あるかもしれないけど」 「でも、やっぱり、できる限り、 家族みんなが幸せじゃないとな」 「初秋颯太、ぼくにはよく分からないんだけど、 人間は、結婚しなかったら幸せじゃなくても いいのかい?」 「…………いや………… そういうわけじゃ、ないんだけど……」 「だけど、結婚しない限りは 友希の家族のことは放っておくんだろう?」 「それはさ……」 「そもそも何だって彼らは あんなに嘘をつくんだろうね」 「妖精には分からないかもしれないけど、 相手のためを思ってつく嘘だって あるんだよ」 「ふぅん。彼らは嘘をついて 幸せになったんだね」 「…………いや……」 「おや? 違うのかい? それなら、どうして嘘を つきつづけるんだい?」 「よかれと思ってやったことでも、 うまくいかないことだってあるんだよ」 「分かっているんなら、 君が何とかしてあげれば いいじゃないか」 「そんな簡単にさ、よその家庭の事情に 口出ししていいもんじゃないんだよ」 「だったら、好都合じゃないか。 結婚しちゃいなよ」 「は?」 「そうすれば、君は友希を幸せにすることが できるんだ。迷うことなんてないだろう?」 「いや、だけど、結婚したからって、 全部解決するわけじゃ…?」 「だけど、君の話じゃ、 結婚しない限りは何も解決 しないように聞こえるよ」 「……………」  少なくとも、 友希の家族の問題に関しては QPの言う通りだ。 「いいから、サクッと結婚しちゃいなよ。 そうしたら、すべて解決して、 君たちは幸せになれる」 「本気で言ってるのか?」 「ぼくは恋の妖精だ。 人間と違って嘘はつかないよ」 「だけどさ、ただ結婚するだけじゃだめだろ。 どうすればいいんだよ?」 「決まってるじゃないか。 まずはプロポーズするんだよ」 「いや、あのさ…… 別に結婚のやり方を 訊いてるわけじゃないんだけど……」 「君は余計なことを考えすぎなんだ。 いいかい? 大事なことはひとつしかないよ」 「なんだよ?」 「友希と将来、結婚したいのかどうかって ことだよ」 「それさえ、はっきりすれば、 あとは想いを告白すればいいんだ」 「そんな簡単な……」 「簡単なことだよ。 君たち人間はいつも想いを隠し、嘘をつく。 友希の父親や祖父のようにね」 「はっきり告白すればいいんだ。 難しくしているのはいつだって 君たち自身なんだからね」 「……あ……れ…?」  気がつけば、樹の根をまくらにして、 仰向けになっていた。  夢……か…?  それとも、QPからのメッセージだったのか? 「将来、友希と結婚したいかどうか……か」  もちろん、いつか友希と結婚したいとは思う。  だけど、いきなり 「プロポーズをしろ」 って言われても、 そう簡単に決断できることじゃない。  友希だってこんな状況の俺に 真面目にプロポーズされたら、 なんて答えていいか困るだろうし。  人間は想いを隠すから、 難しくなるんだってQPは言ったけど、  だからといって、隠さなかったら うまくいくんだろうか?  けっきょく夜まで悩みつづけ、 はっきり分かったことは ひとつだけ。  たぶん、友希も忘れてしまっている 幼い頃の約束を、  俺がいつか必ず叶えたいと 思ってることだけだ。  果たして、それを 今、告白するべきなのか、どうか。  俺はじっと考えていた――  朝早く、俺はナトゥラーレに やってくると、今日の仕込みを 行っていた。  普段はだいたい、マスターがやってたけど、 厨房内の仕事は一通り教えこまれている。  少し不慣れではあるものの、 別段、苦労することでもない。  仕込みが終わると、 フロアで開店の準備をおこなった。  椅子を綺麗に並べ、 看板をOPENにすると、  朝のシフトに入っている田中さんが 出勤してきた。 「おはようございます」 「おはよう。颯太くん、聞いたわよ。 マスターが働けなくなっちゃって、代わりに 今日から颯太くんがお店を継ぐんだって?」 「えぇ、まぁ。よろしくお願いします」 「若いのに大変ねぇ。 学校はどうするの?」 「いちおう休学してますけど、 もともと自分の店を持つのが夢だったんで」 「あら、じゃ、ちょうど良かったんじゃないの。 良かったわねぇ、マスターも。 やっぱりお店が潰れると忍びないものねぇ」 「そうですね」 「それじゃ、今日から颯太くんのこと、 マスターって呼んだほうがいいのかしら?」 「いえ、それは今まで通りで。 俺もちょっと分からないことだらけなんで、 いろいろ教えてください」 「分かったわ。任せときなさい。 それじゃ、着替えてくるわね」 「はい」  朝のAシフトは田中さんの他に もう1人、木下さんが来る。  田中さんは一番の古株だから、 特に心配はないだろう。  問題はもともと友希とまやさんが 入っていた夕方からのBシフトだ。  今までフロア担当はベテラン2人か、 そうじゃなければ3人。  厨房とのバランスを見て、 俺かマスターが手伝うこともあった。  それが今日から、フロア担当は1人で、 厨房も俺1人しかいない。  それでどのぐらい店が回るのか、 とにかくやって確かめてみるしかないだろう。 「ありがとうございました」  Aシフトの時間帯は俺がマスターの 代わりをしているだけの体制だったので、 厨房だけに専念できた。  それなりの忙しさではあったものの、 何とか注文が滞ることもなかった。  問題はここからだろう。  そろそろ田中さんたちが帰って、 Bシフトのバイトの子と俺だけに なる時間帯だ。  そういえば、今日は まだ顔を合わせてないな。  注文も一段落したし、 フロアに顔を出しておこう。 「あぁ、颯太くん、ちょうど良かったわ。 南部さんに連絡ってしてくれた?」  南部は今日、Bシフトで入る予定の バイトの子で俺と同じく学生だ。 「……もしかして、まだ来てないんですか?」 「そうなのよねぇ。 サボるような子じゃないから、 来るとは思うんだけど……」  しまった。そうだよな。  シフト通りにちゃんとバイトが来ているか 確認するのは俺の仕事だ。 「……すいません。うっかりしてました。 連絡してみますね」 「ごめんねぇ。あたしも気を利かせて、 もっと早く言えば良かったわ」 「いえ、俺が悪いんです。すいません」  すぐに南部のケータイに電話をかける。  しかし、どれだけ待っても コール音が空しく響くばかりだ。 「出ませんね……」 「しょうがないわねぇ。 フロアが誰もいなくなっちゃうし、 しばらくあたしが残るわね」 「すみません、助かります」  田中さんが残ってくれたおかげで、 何とかフロアは回っていたけれど、 南部はいまだ来ない。 「オーダー入りましたー。 自家製ビーフストロガノフひとつ、 お願いね」 「はいよっ」 「颯太くん、まだ南部さんから連絡こない?」 「えぇ、まだ」 「困ったわねぇ。 あたしも、もう娘を保育園に 迎えにいかなきゃいけないのよ」 「でも、そうしたら、 颯太くん独りになっちゃうものねぇ」  いま田中さんに抜けられると 厳しいけど……  だからって娘を迎えにいくのを 待ってもらうわけにはいかないよな。 「いえ、大丈夫です。 そういうことでしたら、 もう上がってください」 「本当に? 大変じゃない?」 「まぁ、そのうち南部も来るでしょうし、 何とかします」 「そう、ごめんねぇ。 それじゃ、先に上がるわね」 「はい。お疲れ様です」  田中さんは申し訳なさそうにしながら、 退勤していった。 「お待たせしました、 自家製ビーフストロガノフです」  ビーフストロガノフの皿を テーブルに置く。 「すいません、お会計お願いします」 「ただいまお伺いします」  レジに移動して、お客さんから 伝票を受けとる。 「280円になります」  お客さんから300円を受けとる。 「領収証をお願いします」 「かしこまりました。 20円のお返しになります」  続いて領収証を書こうとして、 いつもの棚を開ける。 「……………」  ちょうど領収証が切れていた。  やばい。どこにあったんだっけ?  フロアを手伝うことはあっても、 レジは滅多にしないからな。  他の棚を捜してみるも、見つからない。 「……………」  どうしよう? 出さないわけにはいかないし。  事務所にあるか? 「すみません。少々お待ちください」  事務所の机の中から領収証を捜す。  けど、どの引き出しを開いても 見つからない。  やばい、どうする? どこに置いてあるんだ?  他に捜すところは…?  いや、さすがにこれ以上は 待たせられない。  正直に謝るしかないか。 「飲食代ですね。分かりました。 はい、どうぞ」 「どうも」 「ありがとうございましたー」  いつのまにか出勤してきた 南部が、お客さんに領収証を 渡してくれていた。 「あー、初秋くん。ダメじゃないですかー、 レジほったらかしにしたら。 お金盗まれちゃいますよっ」 「あ……」  しまった。領収証のことに頭がいっぱいで そこまで気が回らなかった。 「ごめん、助かったよ」 「次回からは気をつけてくださいね」 「あぁ。ていうか、南部こそ遅刻だぞ。 連絡したのに出ないし」 「あ、ごめーん。 ケータイ、家に忘れちゃったんです」 「なんで遅刻したんだ?」 「さっきまで、今日も臨時休業だと 勘違いしちゃってました」 「そっか。まぁ、次から気をつけてくれよな」 「はーい、すいませんでしたー。 なんか初秋くんに謝るのも変な感じですけど」 「俺だって謝られるのは変な感じだよ」 「あぁ、そういえばさ、領収証の予備って どこにあったんだ?」 「店長になったのに、 そんなことも知らないんですかー? ほら、この引き出しですよ」 「……ここにあったのか」  灯台もと暗しだな。 「ちゃんと覚えててくださいよー」 「あぁ、ありがとうな」 「すいませーん」 「はい。ただいま、伺います」 「じゃ、あたし、着替えてきますね」 「おう」 「いらっしゃいませ。 お好きな席へどうぞ」  ディナーの時間が近づく毎に、 だんだんと客足も増えてきた。  当然、フロア担当1人では手が足りず、 俺もフロアに出ることになった。  けど、先程の領収書の件でも分かるように 慣れないフロアの仕事に手間取り、 今度は調理が遅れてしまう。  そのおかげで、いつもよりも長く お客さんを待たせてしまった。  普段よりも来客数が少なかったから 何とか事なきを得たものの、 どうにも先行き不安な門出だった。  閉店後。  看板をCLOSEDにする際に、 晴北の生徒たちが下校する姿が見えた。  落葉祭はもうすぐだ。 みんな準備に追われて、 夜遅くまで作業してるんだろう。  友希も頑張ってるんだろうな。  落葉祭を楽しめるのは今年が最後って 張りきってたし。 「……俺も頑張らないとな」  今日の反省を生かして、 二度と同じ失敗はしないようにしないと。  その夜――  俺はベッドに寝転がりながら、 また友希のことを考えていた。  正直、今は店を回すのに精一杯で、 他のことを考える余裕なんてほとんどない。  だけど、これだけは考えておかなければ、 あとで後悔すると思った。  友希も忘れてしまっている幼い頃の約束を、 俺はいつか必ず叶えたいと思っている。  選択肢はふたつ。それを今、 告白するべきか、しないべきか?  俺は――  その翌朝、俺は今後のナトゥラーレの方針を まとめていた。  今の状況の改善策としては、 まず第一に俺がフロアの仕事を もっとスムーズにこなせるようになることだ。  そうすれば、その分だけ余裕ができ、 厨房とフロアを臨機応変に対応することで 店は回るだろう。  とはいえ、かなり大変なはずだから、 いつまでもその状態を 続けられるわけじゃない。  しかし、1ヶ月か2ヶ月、 何とか凌ぐことができれば、その間に 募集しているバイトも見つかるだろう。  未経験者なら教えるまでがまた一苦労だけど、 そこさえ乗りこえてしまえば、 あとは今まで通りになる。  多少の無理は覚悟の上だと思っていた。  ――考えが甘かった。  夕方までは昨日と同じで 何とかなったものの、夜になると 一気にお客さんが押しよせてきた。 「すいません、こっちも注文いいですか?」 「少々お待ちくださいー。ご注文を復唱します。 ナポリタン、カルボナーラ、若鶏のグリルが ひとつずつですね」 「1780円になります」 「……2000円お預かりします、 220円のお返しです」 「ありがとうございました」 「すいません。 まだ山盛りフライドポテトが 来てないんですが……」 「申し訳ございません。 すぐにお持ちいたします」 「いらっしゃいませ。 何名様ですか?」 「4人なんだけど」 「4名様ですね。こちらへどうぞ」 「あのぉ……ハンバーグステーキセット まだですか? もう1時間も 待ってるんですが……」 「申し訳ございません。 もう少々お待ちくださいませ」 「お会計お願いしまーす」 「ただいま、伺いますっ」 「初秋くん、そっちはあたしがやります。 料理作ってもらわないと、 お客さん待ってますから」 「分かった。悪いっ」  急いで厨房に飛びこみ、 オーダーメモを見る。  ハンバーグステーキセット、 オーガニックコーヒー、 五目チャーハン、  エビドリア、ブレンド、 トリプルクリームクレープ、 カモミールティー、  山盛りフライドポテト、 ベジタブルカレー、 チョコパフェ、  ナポリタン、 カルボナーラ、 若鶏のグリル、 「……………」  一瞬呆然としかけるも、 そんな暇はない。  とにかく作らないと…!!  注文は後から後から増えていき、 作っても作っても追いつかなかった。  それはフロアも同じで、配膳、注文の催促、 会計、テーブルの片付け、新規客の案内など、 すべてを1人でやるには手が足りない。  けど、フロアを手伝おうとすれば、 今度は料理が遅れてしまう。  結果、フロアもグダグダ、厨房もグダグダで、 途中で帰ってしまったお客さんも何人かいた。  思えばこの時間帯は、マスター、まやさん、 友希、俺の4人がメインで回してて、 他のバイトはあくまでサブの役回りだった。  そのうちの3人がシフトに 入れなくなったんだから、 まともに機能するわけがない。  あらかじめ分かってはいたことだけど、 それでも、想像以上に厳しいことを 身を持って知った。  そうは言っても、 いまさら人が増えるわけじゃない。  とにかく今は目の前の料理を 少しでも早く作ることが最優先事項だ。 「ありがとうございましたっ」  最後のお客さんが帰り、ほっと一息をつく。  あぁ……疲れた…… 今日は本気で死ぬかと思った 「初秋くん、今日はどうしてフロア1人しか いないんですか?」 「あぁ、フリーターの塩野さんが 辞めちゃっただろ。だから、 シフトに入れる人がいなくてさ」 「えー、じゃ、これからずっと、 こんな感じなんですかー?」 「いや、ずっとってことはないよ。 新しいバイトもそのうちくるから」 「いつ来るんですか?」 「……いや、まだ募集中なんだけど……」 「えー、そんなの待てませんよー。 こんなにきついなら、辞めて 他のバイト探したほうがいいじゃないですか」 「ごめん。ほんと、すぐに何とかするからさ。 明日はフロアも二人いるし。 今日は後片付けしないで上がっていいから」 「ホントですかー?」 「あぁ、今日は忙しくてごめんな」 「じゃ、上がりますねー」  ふぅ、と胸を撫で下ろす。  いま辞められたら、 本当におしまいだからな。  後片付けを終え、自宅に帰宅すると、 もうくたくただった。  よく考えれば、 朝から晩まで働き通しで ろくに休憩をとってない。  これが続いたら、体が持ちそうにないよな。  明日は人数が多いから、 今日ほど忙しくはならないだろうけど、 問題は土日だろう。  ナトゥラーレでは一番のかきいれ時だから、 それだけお客さんがたくさんくる。  にもかかわらず、 シフトに入れる人間は少ない。  特に土曜日は今日のBシフトと 同じ体制だからな。  何とか対策を考えなければ とは思うものの、疲れからか頭も回らず、 いい案は何も浮かばなかった。  ベッドに倒れこむと、 すぐに猛烈な眠気に襲われる。  意識が遠のく寸前、 ふいに友希の顔が頭をよぎった。  もうひとつ大事なことを 考えなきゃいけなかった。  最後の気力を振り絞り、 一度だけいつもの問いかけをする。  友希と交わした幼い頃の約束を いつか必ず叶えたい。  いつか叶えるためにはどうすればいいのか?  俺は――  朝。ナトゥラーレへ向かってると、 まだ早い時間にもかかわらず、 晴北の生徒をちらほら見かけた。 「あぁ、そうか。今日は落葉祭か……」  早めに学校に行って、 最後の仕上げをするんだろう。  友希なんかは、もう学校に着いてたって おかしくないな。  そういえば、ここ3〜4日、 友希と話してない。  着信が何度かあったけど、 時間がなくてまだ連絡できてなかった。  ひとまず、あとでメールを送っとこう。  ナトゥラーレに到着すると、 厨房に入り、今日の仕込みをおこなう。  フロアの準備をおこなってると、 メールが届いた。  南部からだ。  『ごめんなさい。風邪を引きました。  今日はバイト休みます』 「……………」  俺はケータイの画面を見たまま、 呆然としてしまった。  風邪を引いたんじゃ、 無理に出てこいとは言えない。  そんなことをして お客さんにうつすわけにはいかないし、 俺だって、いま風邪を引くわけにはいかない。  今日は全日、木曜日のBシフトと同じ体制だ。 南部が休むってことは、開店から閉店までを 俺ひとりで回さなきゃならないってことだ。  代わりを探そうにも、もともと他のバイトが 入れないから、忙しい土曜日に こんなシフトになってるんだ。  もう一度、頼んだところで 結果は同じだろう。  どうする?  以前までだったら、誰かが休んだ時は、 俺か友希かまやさんが代わりに シフトに入ることが多かった。  塩野さんもフリーターだったから、 シフトに多く入るのは大歓迎だった。  今はバイトが少ないだけじゃなく、 もしもの時にヘルプでシフトに 入ってくれる人員も足りないんだ。  いや、そんなことを考えたって仕方がない。  独りだってやるしかないんだ。  とにかく開店準備をしないと…… 「いらっしゃいませー」  開店時間になると同時に ポツポツとお客さんが入りはじめた。 「モーニングセットをひとつください」 「かしこまりました。 何かありましたら、厨房のほうへ お声がけください」  お客さんが1人、2人ずつなら、 何とか対応できる。  とにかく素早く注文を受け、 素早く調理をするしかない。  料理を作っている間は 接客する人間がいないと思うと、 すごく不安だ。  調理を進めながらも、 フロアのほうにも神経を尖らせておく。  と、さっそく来たか。  調理を中断して、フロアに出た。 「いらっしゃいませ。 何名様ですか?」 「3人です」 「3名様ですね。あちらの席へどうぞ」  お客さんが席についている間に 手早くお冷やを用意し、テーブルに置いた。 「ご注文がお決まりの頃に また伺います」  厨房に戻り、途中まで進めた調理を 再開する。 「お待たせしました。 モーニングセットです」  モーニングセットを配膳すると、 3人組のお客さんのほうへ移動する。 「ご注文はお決まりでしょうか?」 「ベーグルサンドふたつとサンドイッチひとつ、 あとブレンドとカモミールティーと キャラメルマキアートをください」 「かしこまりました。少々お待ちください」  最初はまずまず順調だった。 「いらっしゃいませ。 2名様ですね。あちらの席へどうぞ」  しかし、少しずつお客さんが増えはじめる。  このままじゃ厳しいかとも思ったけど、 考えるより先に手を動かさなければ ならなかった。  お客さんを案内して、お冷やを出して、 注文を聞き、調理して、配膳して、 テーブルを片付け、会計をする。  とにかく1秒たりとも止まらず、 動きつづけなければならなかった。  けど、お客さんが増えるにつれて、 どんどん無理が出始めていく。  そしてランチタイムに入ると――  店内は満員になっていた。  今日が特別お客さんの多い日だと いうわけじゃない。  フロアの仕事だけで手一杯になって、 料理を作る暇がほとんどないのが原因だ。  オーダーはフードだけで 10品近くたまっているはずだ。  とにかく作らないと――  厨房に移動して、すぐさま調理を始める。 「すいませーんっ!」  く…… 「ただいま伺いますっ」  フロアに戻ってくると、 「すいません、お会計お願いします」「あの、メニューいただけますか?」「さっき頼んだブレンド、まだ?」  三方向から同時に声があがった。 「こっちも注文いいですか?」  すぐさま頭の中で 対応の順番を考える。  とにかく会計を先にやって、メニューを渡し、 飲み物が遅れてることをお詫びして、 注文を確認する。  それから、すぐにブレンドを作って、 10品近いフードメニューを何とか作る。  いや、これから注文を受けるから、 またフードメニューは増える。  だけど、何とか死ぬ気で動けば――  いや、だめだ……  こんな状況じゃ、とても店は回らないし、 これ以上お客さんを待たせられない。  どうすればいい…?  いったい、どうすれば…?  何か方法はないのか…? 「……………」  だめだ……  どんなに体を酷使したって、 これ以上はもう無理に決まっている……  だけど、無理だからって、 どうしようもない。  どうしようも―― 「少々お待ちください。 お会計のお客様からお伺いします」  聞き覚えのある声を耳にして、 振りかえった。 「980円になります。 1000円お預かりいたしますね。 20円のお返しです」 「ありがとうございました」  友希は会計をすませると、 メニューをお客さんへと持っていき、 「どうぞ、メニューになります」  ブレンドを催促していた お客さんに頭を下げ、 「大変お待たせして申し訳ございません。 まもなくお持ちいたしますので、 もう少々お待ちいただけますか?」  謝罪を終えると、 すぐさま注文待ちのお客様のもとへ 向かった。 「お待たせいたしました。 ご注文をお伺いします」 「ハンバーグステーキセットひとつ」 「ハンバーグステーキセットひとつですね。 少々お時間をいただきますが、 よろしいでしょうか?」 「あぁ、はい」  テキパキとお客さんの対応を終えると、 俺のほうに寄ってきた。 「手伝いにきたよ」 「……どうして…? お前、今日、落葉祭だろ…?」 「いいから、颯太は早く料理を作るの。 お客さん待ってるよ」 「……そ、そうだな。分かった」  友希がどうして来てくれたのか、 今は訊いている暇はない。  だけど、少なくとも 俺が困ってることをどこかで知って、 こうして駆けつけてくれたんだ。  今日は学園生活最後の思い出作りって、 楽しみにしていた落葉祭だったのに……  ……ありがとうな、本当に……  作りかけの料理を手早く完成させると、  注文は前後するけど、 まずはすぐに作れるメニューから 作っていくことにした。  お客さんは満員だけど、 友希なら、きっとうまくさばききることが できるだろう。  俺はただ料理に専念すればいい。  そう思うだけで気が楽になり、 手が軽くなった。  俺は次々と 料理や飲み物を完成させていく。 「料理持ってくねー」 「はいよっ。あと、料理はすぐに 作れるものから作ってくから」 「じゃ、謝っとくね。 新規注文もすぐできない料理は 時間がかかるように言うわ」 「頼む」  友希はナトゥラーレでのバイトも長いし、 どの料理がどのぐらい時間がかかるかも 熟知している。  混んでる時に時間がかからない料理を 勧めるのも慣れたものだろう。  これなら、何とかなりそうだ。  とはいえ、土曜日はやはり忙しく、 お客さんはひっきりなしにやってきた。  俺たちは休憩をとる暇もなく、 隙を見て作ったサンドイッチを つまみながら働きつづけた。  そして―― 「ありがとうございました」  最後のお客さんが帰り、 無事にこの日の営業を 終えることができた。 「んー、やったぁ。 お疲れ様―。二人でも何とかなったね」 「あぁ」  俺たちはほっと一息ついた。 「でも、どうして分かったんだ? 店がこんな状況だって」 「うんとね、南部ちゃんから 連絡あったんだよね」 「『風邪ひいてバイト休むから、 代わりに出てくれないか』って」 「もう学校で落葉祭の準備してたから、 着信に気づいたのがお昼近くでさ。 今頃大変だと思って慌てて来たんだぁ」 「って、代わりを探すのはいいんだけど、 友希はもう辞めてるのに」 「あははっ、南部ちゃんって、 そういうこと気にしないよね」 「でも、 自分が休むと颯太が独りになっちゃうから って、気にしてたみたい」 「そっか……ごめんな、 せっかくの落葉祭だったのに」 「クラスのみんなには 今度、俺から謝っとくよ」 「うぅん、大丈夫よ。颯太のこと話したら、 みんな『行ってやれ』って言ってくれたもん」 「あとまひるが、あたしの代わりに ウェイトレスやってくれたから」 「え…? ていうか、あいつ、 クラスどころか学年も違うだろ?」 「うん、でも、うちの文化祭って あんまり細かいこと気にしないし」 「まひるもHRの欠席が多くて、 自分のクラスだと役割なくて ちょうど良かったみたい」 「それにまひるがウェイトレスやってたら、 お客さんもたくさん来るもんね」 「まぁ……小町まひるだもんなぁ……」 「うんうん、きっとすっごくかわいいから、 ベスト出し物賞もとれるよ」  クラス的には、 落葉祭は大成功だろうけど…… 「でも、お前も落葉祭参加したかっただろ。 最後だから、思い出を作りたいみたいなこと 言ってたもんな」 「あー、分かってないっ」 「え…? えぇと、思い出を 作りたいわけじゃなかったのか?」 「うんとね、思い出は作りたかったよ」 「だったら――」 「でも、颯太がいなきゃ意味ないじゃん。 颯太が困ってるのにさ、落葉祭で、 あたしに何の思い出を作れって言うの?」 「え……」 「あたしにとっては、こっちのほうが ずっと大事で、ずっと思い出になるよ」 「……そうなのか…?」 「うん。 颯太は『何とかなる』って言ってたけど、 本当はお店、大変なんだよね?」 「まぁ今日、体感した通りだよ」 「じゃ、あたし、バイト復帰するね。 お店手伝うよ」 「それは嬉しいんだけどさ…… そしたら今度は友希の受験が 大変だったりしないか?」 「あー、また分かってないっ」 「……えぇと、何が?」 「あたしがどうしていい大学に 入りたかったか知ってる?」 「いい会社に入りたいからだろ」 「いい会社に入ったらどうなるの?」 「……そりゃ、給料がたくさんもらえて、 将来安泰ってことじゃないか?」 「うん。そしたら、貯金たくさんできるし、 颯太が自分のお店を持った時に 手伝えるもんね」 「……………」  驚きのあまり、何と言えばいいのか 分からなかった。 「約束したじゃん。忘れちゃった?」 「……いや、小さかったから、 お前は忘れてるだろうと思って」 「忘れるわけないじゃん。 颯太だって『お店を持つ』って夢、 ずっと覚えてたもんね」 「でも、友希はそんなこと、 ぜんぜん言わなかっただろ?」 「だって『お嫁さんになる』って約束よ? 付き合う前はそんなこと言ったら変だし、 付き合ってからは恥ずかしいじゃん……」 「それに……不安だったし……」 「何がだ?」 「うんとね……待っててもいい?」 「……ん?」  どういう意味だ? 「だ、だから……あの約束…… まだ有効なのか分からなくて…… だから……」  不安だった、ってことか。  もちろん、今はまだ確かなことは 言えるような立場じゃない。  女子的にはやっぱり、 夢ばっかり追いかけてる男よりも、 地に足がついてる男のほうがいいだろうし。  だけど―― 「これからさ、すっごく大変だと思うんだ」 「ナトゥラーレは借金もあるし、 店が何とか回っても、 そもそも自転車操業だしさ」 「マスターはどこかに就職したほうが マシだって言ってたぐらいだ」 「それでも、俺は自分の店を持つのが 夢だったし、できる限り、 頑張ろうと思う」 「何の保証もできなくて、 すごく申し訳ないんだけど……」  すうっと深く息を吸う。  覚悟を決め、思いきって俺は切りだした。 「これからずっと手伝ってくれるか?」 「うん、いいよ。約束する。 颯太の夢はあたしの夢だもん」  まるでそれは、いつかの時に似ていた。  そう、幼かったあの日、 「女の子はお姫様になりたいんじゃないか?」 って俺が訊いた時のように、  友希は拍子抜けするほどあっさりと 約束してくれたのだった。  それから年月が流れ――  今日の営業を終えて、 俺は冷蔵庫の食材をチェックしていた。  フロアからは友希が 後片付けする音が聞こえてくる。  他の従業員はすでに帰っており、 ナトゥラーレには俺たち二人だけだ。  よし、と俺は厨房の棚を開ける。  この日のために用意した ふたつの物を手にし、覚悟を決めた。 「ねぇねぇ、颯太ー」  フロアから聞こえてきた友希の声に ドキッとしながら、なに食わぬ口調で答えた。 「おう。どうしたー?」 「うんとねー、一人で後片付けしてたら 寂しくなっちゃったんだぁ。 颯太はいま何してるのー?」 「冷蔵庫の食材チェックだよ。 もうすぐ終わる」 「そっかぁ。今日もお客さん たくさん来てくれて良かったねー」 「あぁ、そうだな」  この会話の流れなら、いけそうだ。 「俺が店を継いだばかりの頃とは 大違いだったよな」 「あー、うんうん、そうだね、懐かしいっ。 今日みたいにたくさんお客さん来てたら、 お店まわらなかったよね」 「あぁ、バイトもかなり増やしたし、 まさか正社員を雇える日が来るとは 思わなかったよな」 「あたしもー。最初『正社員採用したほうが いいんじゃない』ってなった時は、『本当に あたしたちが雇っていいの』って思ったもん」  いい感じの雰囲気だ。これなら―― 「今まであんまり口にしたことなかったけど、 お前のおかげで、俺はこうやって 夢を叶えることができたんだよな」  友希からの返事が一瞬途切れる。  友希も俺が何を言おうとしているか 悟ったんだろう。 「友希、ありがとうな」 「どしたの? えっちしたい?」 「違うよねっ!」 「あははー、じゃ、どうしたの急に?」  まったく、こいつは。 いくつになっても、隙あらば 下ネタを入れようとするんだから。  とはいえ、今日ばかりは 友希のペースに付き合うわけにはいかない。 「振りかえってみると、 今日まで色々あったよなぁって」 「うんうん、あったあった。 縛ったり縛られたり、おしっこしたり、 おしっこされたり、目隠しもしたよね」 「その色々じゃないからねっ!」 「えー、じゃ、なぁに?」 「店のことだよ、店のこと」 「あー、お店のことかぁ。 いきなりえっちな話しだして、 欲求不満なのかと思ったじゃん」 「朝したばっかりなのにねー」 「それは、ともかく! 俺が言いたいのはさ」 「楽しいことばっかりじゃなくて、 苦しいことも、辛いこともあったよな」 「あ、ごめん……だって、颯太のアナルも 挿れられるようになったら楽しいかなって 思って……」 「その話じゃなくてっ!」 「こ、この歳で制服プレイとかしたから、 辛かった?」 「いや、それは昔を思い出して、 最高だったよ。最高だったけどね。 そうじゃなくてねっ!」 「なぁに?」  もう雰囲気はかなり台無しになったけど、 仕方ない。 「今日は友希に、プレゼントがあるんだ」 「あー、やーらしいのー。 また新しいえっちなアイテム 見つけてきたんでしょ?」 「ちょっとは真面目に聴けないわけっ?」 「だって、こないだもそんなこと言って、 手錠とか持ってきたじゃん」 「それは、そうなんだけど、 今度は違うっていうか……」 「もー、しょうがないなぁ。いいよ。 一緒に使お。今度はどんなえっちな プレゼントをくれるの?」 「……………」  完全に雰囲気はぶち壊しだけど、 もうなるようになるしかない。 「じゃ、今持ってくから、 目つぶって、じっとしてて」 「えっ? う、うん…… ……目つぶってとか、やーらしいのー……」 「いいか?」 「うん。何にも見えない」  ふぅ、と静かに息を吐く。  どうか喜んでくれますように。 半ば自棄になって祈りながら、厨房を出た。 「あの、颯太……指、何してるの? あと、何かいい匂いするよ…?」 「……………」 「ね、ねぇ。まだ?」 「いいよ。開けて」 「あ………!?」  そう言ったきり、 友希は呆然とそれらを見ていた。  バラの花束と左手の薬指にはめた指輪、 それから、俺の顔を。 「すごく、長い間待たせてごめん」 「……うぅん」 「ずっと何も言わなかったからさ、 不安だっただろ」 「……うぅん」 「友希がいてくれたからさ、 ここまで来れたよ」 「俺が困った時はいつも支えてくれて、 いつもそばにいてくれて、 いつも励ましてくれた」 「ずっと、これからも一緒にいたい。 これからも二人で、笑って、泣いて、 幸せになりたい」 「結婚しよう」 「うん。結婚する」  にっこりと笑った友希の瞳から、 ポロリ、ポロリと涙がこぼれる。 「ごめんな。あんな小さな頃の約束を、 こんなに大人になるまで 待っててもらって……」 「うぅん。颯太が待てって言うなら、 ずっと、ずっと待ってるもん。ずっと……」 「嬉しい……あたし……すごく嬉しい…… 颯太、ありがとう……」 「あんなに小さい頃の約束、 叶えてくれて、ありがとね……」  あぁ、友希はいつもそうだよな。  こうして、俺の心配を 拍子抜けするほど簡単に吹きとばす言葉を いつもくれるんだ。 「好きだよ」 「あたしも大好き」  きっと――  誰よりも愛しい友希の、 この日の笑顔と涙を、 これから俺は何度も思い出すんだろう。  彼女と二人の 新しい人生をスタートすると決めた 今日、この瞬間を――  笑いあいながら。  よし、決めた。  すぐさまケータイを手にして、 登録されている番号に電話をかけた――  翌日。俺はナトゥラーレを 臨時休業にして、人を待っていた。  落ちつかない気分だった。  今からしようとしてることは、 もしかしたら、ただの独り善がり なのかもしれない。  そうじゃなかったとしても、 うまくいく保証はどこにもない。  だけど、友希のことが好きなら、 彼女に将来も笑っててほしいと思うなら、  今、すべてを告白する以外に 方法はないと思った。  もうすぐ約束の時間だ。  どく、どく、どく、と、 心臓の音が大きく響いていた。  そして――  呼びだした人物が、 ナトゥラーレにやってきた。 「爺さん、悪い。 遠くまでわざわざ来てもらって」 「そんなことはいい。 友希のことで大事な話とは何だ?」 「言っておくが、交際は絶対に認めんからな。 店を辞めるどころか、あんな奴の肩を持って 店を継ぎおって」 「すぐ話したいんだけどさ、 もうちょっと待ってもらえる? もう一人、人を呼んでるからさ」 「もう一人? 誰だ?」  ちょうどその時、 俺が呼びだした“もう一人”がやってきた。 「颯太っ。友希のことで大事な話って……」 「貴様……」 「……御所川原さん……いや、これは…… 颯太、いったいどういうことだ?」 「どういうことか訊きたいのこっちだわい。 貴様、どの面さげてまだこの街にいるんだ?」 「二度と友希に会わんように、 消えろと言ったはずだ!」 「……すいません……友希のことで、 大事な話があると言われたので……」 「ふざけるな。大事な話だろうが何だろうが、 もう貴様と友希は何の関係もないわいっ!」 「とっとと出ていけっ! 二度と姿を見せるな!」 「……………」 「……何度も約束を破ってしまい、 申し訳ありません……」 「ですけど……お言葉ですが…… 確かに私には、何の権利も資格も ないのかもしれません――」 「ただ、関係だけは今もつながっています」 「二度と会わないという約束は守ります。 それでも、彼女を気にかけることだけは、 私の自由なはずです」 「たわけたことを抜かすなぁっ! そんなことが許されると思うのかっ!」 「いいかっ、貴様が娘を殺したんだっ! 貴様が、友希の母親を殺したんだっ!」 「貴様さえいなければ、 誰も不幸にならずにすんだっ!」 「そんな貴様がいまさら父親面して、 さもわしが悪いように当てつけおって!」 「よく肝に銘じておけ。友希の父親はわしだ。 友希を捨てた貴様には、友希のことを 気にかける権利すらないわいっ!」 「貴様と友希はただ血がつながっているだけで、 何の関係もない、何のつながりもない、 赤の他人だっ!!」  ガタッと店の奥から物音が響き、 マスターと爺さんが振りむいた。 「嘘……」 「……………」 「友希……お前、なんでここに…?」 「俺が呼んだんだ。 友希に全部知ってもらおうと思って」 「……な、貴様、余計なことをしおって……」 「余計なことってなに、お祖父ちゃん?」 「いや……それは……」 「さっきの、どういうことなの? お父さんは死んだって言ってたじゃんっ!」 「……………」 「……………」 「マスターが、あたしの、お父さんなの?」 「……お前は、わしが育てた。 お前の父親はわしだ。それでいいだろう」 「いいわけないじゃんっ! バカじゃないのっ。 お祖父ちゃんはお祖父ちゃんで…… お父さんとは……違うもん……」 「世の中には、お前が思うような まともな父親ばかりじゃないんだ。 そんな親なら、知らん方がずっといいわい」 「そんなの関係ないよっ。どんな人でも、 何をしてても、お父さんはお父さんでしょ」 「“お父さんは酷い人だった”っていうのと、 “死んじゃった”っていうのは、 ぜんぜん違うじゃん」 「ちゃんと教えてよ、本当のこと。 あたし、もう子供じゃないんだよっ!」 「……後悔せんか?」 「しないよ」  爺さんは観念したように、 深いため息をついた。 「……そいつが、お前の父親だ。 この店の借金を返すために、 まだ幼かったお前を捨てたろくでなしだわい」 「捨てた…?」 「そうだ。そいつは店の経営に かまけるあまり、幼いお前が肺炎に なったことにすら気づかなかった」 「『子供も守ることができんのなら  わしによこせ』と言ったら、 『条件がある』と抜かしおったわい」 「この店の借金を肩代わりするなら、 お前をわしに引き渡す――と言ってな」 「そんな親がいったいどこにいる? 実の娘を借金のカタに売り渡すなどと、 鬼畜の所業だっ!」 「……………」 「……マスター、そうなんですか…?」 「……恨んでくれて構わない…… 俺は……お前を捨てた……」 「ほら見たことか。 こんなことを聞くぐらいなら、 死んだと思ってたほうがマシだっただろう」 「……………」 「爺さんはそう言ってるけどさ、 じつは誤解なんだよ」 「なにぃ?」 「少なくともマスターは、借金のカタに 友希を売り渡したわけじゃないから」 「何をバカな。現にそいつは金を受けとった。 書面もちゃんと残っとるっ!」 「爺さん、いいかげん 自分に都合のいいことばっかり言うなよ」 「わしがいつ自分に都合のいいこと ばかり言った? 全部事実だわい」 「事実かもしれないけど、事実だけじゃ、 何にも分からないよ」 「娘を亡くして辛い思いをしたのは 爺さんだけじゃないよ」 「マスターだって奥さんを亡くした直後で、 死ぬほど辛い思いをしてたんだよ」 「それでも、奥さんと一緒に誓った夢を 何とか叶えようとして、この店を 独りで回してたんだ」 「それは知ってるだろ」 「知ってたから、どうだと言うんだ?」 「知ってたなら、友希が肺炎になったことに 気づかなくて親失格だなんて言うなよ!」 「それだけ追いつめられてたんだって、 どうして考えてあげられないんだ?」 「奥さんを肺炎で亡くして、 その直後に子供が肺炎になって」 「それで、爺さんに責められたらさ。 子供を育てる資格がないって思うのが 普通の親じゃないか?」 「自分が育てるよりも、爺さんが育てたほうが 子供のためだって思うのが、鬼畜の 所業なのか?」 「そんなの、あんまりだろ」 「マスターだって自分で育てたかった。 友希を立派に育てて、成長を見守りたかった」 「だけど、友希が幸せになるならって、 全部それを諦めて、爺さんに託したんだろ」 「借金の肩代わりを要求したのだって、 奥さんとの思い出のこの店だけは 守ろうと思ったからじゃないか」 「爺さんは飲食店が嫌いだったから、 マスターは自分が悪者になって、 奥さんの形見を守ってくれたんだよ」 「昔は仕方なかったんだと思うよ。 爺さんだって辛かったし、 怒りに目がくらんでたんだろう」 「でも、いいかげん気づいてあげようよ」 「マスターは爺さんの娘の夢を、 今日までずっと守ってきたんじゃないか」 「その店を、どうして爺さんが 潰すなんて言えるんだよっ!?」 「……………」 「もう、いいだろ。マスターは言ってたよ。 『俺は友希を捨てた』って。 『いまさらどのツラさげて会えるんだ』って」 「爺さんの言う通り、 『俺と結婚しなければ、 妻は死なずにすんだ』って!」 「そんなのってないだろ。 あんまりじゃないか」 「今もまだ、マスターは、 これだけ自分を責めつづけてるのに、 どうして、それ以上責められるんだよっ!?」 「……わしが、そいつを許したら、 娘が浮かばれんわい……」 「そんなことないよっ。 お母さんだって『家族みんな仲良くしたい』 って思ってるはずだもんっ!」 「そんなわけがあるかっ!!」 「お前は、何も知らん。何も……」 「あいつは、後悔しとったんだ…… こいつと一緒になったことを、ずっとな」 「ずっと不幸で、哀れな思いを していたんだわい」 「……確かに、私は妻には 何もしてあげられませんでした……」 「結婚式を挙げることも、 夢を叶えてやることも、娘の成長を 見せてやることさえできなかった……」 「私は病床の妻に謝りました。 だけど、妻は言ったんです。 『幸せだった』と」 「御所川原さんが私を恨む気持ちは よく分かります。私でも、 同じことをしたかもしれません」 「ですが、どうか幸せだったと言い残した 妻を、勝手に不幸にして、 哀れまないであげてください」 「……それだけは、お願いします……」 「……娘は優しかった…… 自分を犠牲にして、誰かの幸せを 願うような本当に優しい子だったわい……」 「何もしてあげられなかったと思うなら、 なぜ気づかなんだ?」 「娘は貴様のために嘘をついたんだっ。 甲斐性なしの貴様を哀れに思ってなっ!」 「それは、違います。絶対に。 妻と一緒に過ごした私には分かります。 彼女の言葉に嘘はなかった」 「少なくとも、私はそう信じています」 「どこまでもおめでたい男だ……」 「だったら、いいか? 本当に娘が嘘をつかなかったというなら、 ハヤシライスを作ってみろっ!」 「わしに美味いと言わせられたら、 貴様の言葉を信じてやってもいいわい!」 「お祖父ちゃん、こんな時にまで、 変なこと言わないでよっ!」 「お祖父ちゃんが『おいしい』って言う ハヤシライスなんて、 誰にも作れないじゃんっ!」 「あぁ、そうだ。誰にも作れはしないわいっ!」 「だがなっ、貴様は、貴様だけは、 作れんなどということが 許されると思うな!」 「娘はな、歯が悪くなったわしに 好物の牛肉が少しでも食べやすいようにと、 色んな料理を作ってくれた」 「料理が得意じゃないあいつは、 それこそ何度も何度も失敗してたわい」 「それでも、めげずに頑張っての。 ようやく『美味い』と褒めてやれたのが、 ハヤシライスだった」 「娘は言っておった。 結婚したら、このハヤシライスを 旦那に振る舞うんだとな」 「『うちの家庭の味はハヤシライスだから』 と、いつも言っておったんだ……」 「貴様が、娘から家族だと思われていたんなら、 何度もハヤシライスを食べたはずだっ!」 「料理人なら簡単に再現できるはずだ。 今すぐ作ってみろ!」 「……………」 「できんのだろう? 以前も貴様は ハヤシライスを作れとわしが言った時、 娘のハヤシライスを作らなんだ」 「そ、そんなの お母さんのハヤシライスを作れ って意味だと思わなかったからじゃんっ」 「なら、いま作ればいい話だろう」 「い、いくらマスターでも、今すぐは無理だよ。 でも時間があれば、できる……よね…?」 「…………できない……」 「……どうして……難しいの…?」 「……分からないんだ……」 「お母さん、ハヤシライスを 作ってくれなかったの…?」 「作ってくれたよ……」 「だったら……思い出せない…?」 「結婚して初めて妻はハヤシライスを 作ってくれた」 「だが、俺は……それを 『不味い』と言って、作りなおした……」 「二度と妻は、 ハヤシライスを作らなかった……」 「ほらみたことか。 娘の思いをそれだけ踏みにじっておいて、 よくもまぁ娘は幸せだったと言えたものだな」 「けっきょく貴様は娘に家族だとすら 思われていなかったんだわいっ!」 「……………」 「分かったら、とっとと失せろ。 二度とわしらの前に姿を現すな」 「……申し訳ございませんでした……」  頭を深く下げて、マスターが立ち去っていく。 「待ってっ」 「……………」  マスターは何か言おうとして、 けれども、ぐっと言葉を呑みこみ、 友希に背を向けた。  どうして、こうなってしまうのか?  マスターの言うことが、 嘘だとは思わない。  爺さんの言うことも、 嘘だとは思わない。  だけど、いくら御所川原家では ハヤシライスが家庭の味でも、  マスターがそれをおいしいと 言わなかったんだから、 作らなくなることはあるだろう。  友希のお母さんが生きていれば、 ほんの些細なすれ違いでしか なかったはずなのに、  今は、それがもつれた糸のように絡まってて どうしても、ほどけない。  せめてレシピさえ残っていれば良かったのに。  歯の弱い爺さんに 牛肉を食べさせるために作ったなら、 特別なレシピがあるはずだ。  ハヤシライスなんて、もともと 肉を食べやすくするための料理でも何でも ないんだから――  あれ?  いや、おかしい……  そんなはずないじゃないか。 「待ってください、マスター」 「……もういいんだ。ありがとうな」 「違いますよっ。よく考えてみてください。 どうしてハヤシライスなんですか?」 「……何の話だ?」 「だって、おかしいじゃないですか。 爺さんは歯が悪いんですよ」 「どうして、牛肉を食べやすくしたいのに、 ハヤシライスなんか作るんですか?」 「……確かに…… それは、おかしいわな……」 「どういうこと、颯太? 何か分かったの?」 「いいかげんにしろ。おかしいかろうが 何だろうが、娘がハヤシライスを 作ったのは事実だわいっ!」 「イチャモンをつけるのも大概にせんかっ!」 「もうっ。いいから、お祖父ちゃんは ちょっと黙っててよっ!」 「……なら、勝手にしろ」 「歯が悪いんなら、 牛肉を柔らかくしますよね? 柔らかくしたいなら、どうします?」 「そりゃ、ワインや牛乳に漬けたり、 長時間煮込んだりするのが――」  マスターがはっとする。 「いや、まさか……」 「もともと歯が悪くなった貴族が 牛肉をおいしく食べられるように開発された 料理っていう説がありましたよね?」 「友希のお母さんもそれをどこかで知って 作ってみたんじゃないですか?」 「しかし……」 「間違いありませんよっ。試してみましょう! 厨房に昨日仕込んでおいた分が ありますからっ」 「おい。何が間違いないというんだ? ちゃんと説明せんかっ!」 「もう作ってあるってことだよ」 「爺さんがずっと食べたかった “ハヤシライス”をさ」  厨房から温めなおした “ハヤシライス”を持ってきて、 テーブルに置いた。 「友希のお母さんのハヤシライスだ」 「でも……これ…?」 「爺さん、食べてみなよ」 「ふんっ。バカバカしい。 娘のハヤシライスのわけがないわい」  爺さんは面倒臭そうにスプーンを伸ばし、 一口食べる。  そのまま咀嚼しながら言った。 「だいたい、すでにできておったなどと そんなふざけた――こと……が……」  爺さんは血相を変え、 飛びつくように皿を抱える。  信じられないような表情でそれを見つめ、 スプーンをぐっと握りしめた。  次の瞬間、何かにとり憑かれたように、 がつがつと“ハヤシライス”を食べはじめた。 「あむ、むしゃむしゃ、こんな…… ばくばく……がつがつ……こんな…… むしゃむしゃ……こんな……バカな……」 「バカな…………」 「……娘の……」 「……娘のハヤシライスだ……」 「ほんと、お祖父ちゃん?」 「……間違いない…… 間違えるわけがないわい……」 「……颯太、どういうことなんだ?」 「これはさ、ナトゥラーレで、 一番人気のメニューなんだよ」 「……だが、この店のメニューに、 ハヤシライスはないと…?」 「だって、お祖父ちゃん、 これ、そもそもハヤシライスじゃないよ……」 「何だと?」 「爺さん、これは、 ビーフストロガノフっていう料理だよ」 「ビーフ……何だと? 横文字はよせ。どう見ても、 ハヤシライスだろうが」 「あ……」 「ほんと、呆れるよなぁ。 ただこれだけの話だったんだ」 「友希のお母さんは、歯の悪い 爺さんにじっくり煮込んだ ビーフストロガノフを作ったんだ」 「だけど、爺さんは横文字が苦手だから、 料理名を言われてもよく分からず、 それをハヤシライスだと思いこんだ」 「うちで出してるビーフストロガノフは フランスパンとセットにしてるから、 爺さんは分からなかったんだろう」 「……………」 「爺さん。これをマスターが店で出すように なったのはなんでだと思う?」 「……………」 「マスターの奥さんがマスターとケンカした時、 仲直りするために必ず作ってくれた料理 だからだよ」 「ハヤシライスを『不味い』って言われた マスターの奥さんは、爺さんの好物の この料理ならと思ってマスターに作ったんだ」 「マスターはそれが気に入って、 奥さんから調理法を教わる内に 仲直りした」 「爺さんの好物だってことを奥さんは 言わなかったから、今までマスターも 気づかなかったみたいだけど……」  視線をやると、マスターは こくりとうなずいた。 「……ずっと不思議に思ってた……」 「あんまり料理の上手くなかった あいつが、こんなに手の込んだ料理を ケンカしてすぐ作ってきたんだからな……」 「俺に文句を言われたから、 このビーフストロガノフを考えついた わけじゃなかったんだな……」  マスターもマスターで ずっと勘違いをしていたんだ。  もしかしたら、爺さんとケンカをしてた から、奥さんはマスターにそのことを 伝えなかったのかもしれない。 「……じゃ……娘は……」 「ちゃんとマスターに、 御所川原家の家庭料理を 作ってあげてたんだよ」 「嘘なんかじゃなかったんだって。 ちゃんと幸せだったんだよ」 「……ただの勘違いだったのか…… こんなにも長い間……」 「わしが……ずっと、間違っておったのか……」 「……いや、認めん……わしは認めんぞっ!」 「こんなものは、娘のハヤシライスに 似せた偽物に決まっておるっ!」  爺さんはそう言って、 ビーフストロガノフに スプーンを伸ばした。  食べて、  食べて、  ひたすら食べつづけて、  やがて、ビーフストロガノフの皿に、 ぽとり、ぽとり、と大粒の涙が こぼれた。 「……う、ぐ、うぅぅ、あぁぁぁぁぁぁぁ…… うおうおうぅぅぅぅぅぅ…!!」 「……わしのせいだ……」 「……わしが結婚に反対せなんだら…… あの子は死なずにすんだ……」 「……わしが勘当せなんだら、 あの子は死なずにすんだ……」 「友希。お前の言う通りだわい…… わしが、あの子を……殺した……」 「わしが、あの子を殺したんだ…!! わしが、娘を……」 「わしが助けてやらなんだばっかりに、 あんなことに……」 「うっ……ぐ、うぅぅ、あ……あ…… あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!」  爺さんはテーブルに突っ伏すようにして、 泣き崩れる。 「……わしが……わしがぁっ…!!」  そして、強く、強く、 テーブルに拳を叩きつけた。  まるで自分を罰するかのように、 何度も、何度も。  拳から血がにじんでも、爺さんは やめようとはしなかった。 「お祖父ちゃん」  友希に呼ばれ、まるで懺悔するような表情で 爺さんは顔を上げた。 「そんなわけないじゃん」 「え…?」 「……ふふっ、あはっ……あはははっ……」 「……何を……笑っておるんだ…?」 「だって、おっかしいのー。 考えれば考えるほど、おかしいよね」 「………?」 「お祖父ちゃんって、ほんっとにおかしいよ。 だって、ずっとビーフストロガノフを ハヤシライスと勘違いしてたんだよ」 「お母さんも、きっと今頃、天国で笑ってるね」 「……そんなことはない。 わしを恨んどるだろう」 「あたし、思うんだぁ。 お祖父ちゃんとお母さんは ちょっとケンカしてただけだよね」 「ちょっとお互いに 意地を張ってただけなんだよね」 「ぜったいいつか仲直りするだろうって、 思ってたんだよ」 「勘当したお祖父ちゃんは子供っぽくて、 駆け落ちしちゃったお母さんも 子供っぽかったんだぁ」 「だって、お母さんも居座れば良かったじゃん」 「お祖父ちゃんに何か言われたって、 どうせ無理矢理追いだしたりは できないんだもん」 「そうでしょ? あたし、お祖父ちゃんのこと ちゃんと知ってるよ」 「ガンコで意地っ張りで、偏屈でさ。 でも、孫と娘に甘くて、押しに弱いの」 「……そんなことは……ないわい……」 「たまたまさ、本当にたまたま、 仲直りする前に、お母さんが 死んじゃっただけなんだよね」 「だから、誰も悪くない。 ただの親子喧嘩じゃん。お祖父ちゃんが 謝ったんだから、もうおしまい」 「これでまだ許さないって言ったら、 いくらお母さんでも、あたし怒るから」 「あたしを育ててくれたお祖父ちゃんに、 ひどいこと言わせないんだから」 「……だがな、友希、お前は…… お母さんのほうが、好きなんだろう……」 「……ずっと、母親が、欲しかっただろう? ……わしなんかより……」 「お母さんはお母さんだもん。 お祖父ちゃんとは、違うよ」 「お母さんが生きかえっても、 お祖父ちゃんがいなくったら、 あたし、やだよ」 「……そうかの……そうか……」 「うん。だからさ、みんなで “ハヤシライス”食べようよっ」 「そしたら、お母さん……」  友希はマスターを見て言った。 「ぜったい仲直りしてくれるん……ですよね?」 「……あぁ、間違いないわな。 アレを出されたら、有無を言わさず 仲直りっていうのがうちのルールだった」 「じゃ……よそってこようかなぁ……」 「……おう」 「……い、行ってきます……」  友希は厨房へ去っていく。 「……マスター、なにビビッてるんですか?」 「……べ、別に、ビビッてるわけじゃ……」 「だったら、早く追いかけてくださいよ」 「お、おう。そうだな」  マスターが厨房に入っていったので、 こっそりと中をのぞく。 「あ……」 「おう……」  二人は無言で、ビーフストロガノフを 皿に盛りつけはじめる。 「……………」 「……………」 「……皿……」 「え……は、はい。何ですかっ?」 「あ……いや、えぇと…… 皿、こっちのやつのほうがいいかな、と」 「そ、そうですよね。 いつもはそのお皿ですよね。 入れなおしますっ」 「あぁ、いや、もう入れたやつは そのままでいいんじゃないかな。 次のやつからで……」 「そ、そうですか…… でも、ちょっと見栄え悪いような気が しますし……」 「客に出すわけじゃないし、 構わんだろ。俺が食うよ」 「え……あ、ありがとう、ございます……」 「いや……」  そうして、また無言で、 ビーフストロガノフを盛りつける。  というか、もうとっくに 二人の皿は一人前以上入ってるんだけど、 どんだけ盛る気だよ…? 「……その……」 「は、はいっ」 「あ……そのな…… いまさら俺が言うのも、何だがな……」 「寂しい想いを、させちまったな…… すまなかった……」 「あ、ぜんぜん、ぜんぜん大丈夫です。 ほら、お祖父ちゃんがいたからっ。 颯太もいたし」 「あたし、ぜんぜん寂しくありませんでした。 お祖父ちゃん、お金持ちだったから、 むしろ、他の人より得したみたいな、うん」 「困ったことって言えば、小学校の時に、 自分の名前の由来を書いてくるっていうのが あって、その時ぐらいですよっ」 「そうか……」 「はい。気にしないでくださいっ。 あたし、ずっと元気だったんですから。 あははっ」 「……………」 「……………」  二人の視線は、これ以上入らないほど 山盛りになったビーフストロガノフに 向けられた。 「……友希はな……」 「はいっ。あたしが、どうかしましたか?」 「……あぁ、そうじゃなくて…… 友希っていう名前はな」 「『友達に恵まれ、いつも希望のある人生を 生きていけるように』って願いを込めて、 俺と母さんが二人で考えたんだ」 「……そうなんですね……」 「知らなか……」 「……知ら……うっ……ぐす…… あたし……うぅ……えっぐ…… あたし、知らなかった……」 「ごめんな、こんなことも教えてやれなくて」 「あたし……あたしね…… 小学校の時、あたしだけ、宿題できなくて、 だって、分からないから……」 「誰も知っている人がいなかったから…… 白紙で出すしかなくて……」 「ごめんな……」 「お父さん……あたし…… 寂しかったよ……お父さんに、 ずっと、会いたかった……」 「俺も、お前にずっと会いたかった」 「どうして教えてくれなかったの? あたし、ずっと会いたかったのに。 ひどいよ。生きてたのに」 「ごめん。悪かった。 だけど、お前のことをいつも思ってた。 お前のことを考えない日はなかったよ」 「……あ……うっ……ぐすっ、えっぐ…… あ……う……うえぇ……ぐすっ……」  マスターは怖ず怖ずと友希の頭に 手をやって、ぎこちなく撫でた。  すると、友希はマスターの胸の中に 飛びこんで、ぎゅっと抱きついた。 「お父さん……おかえり…… もうどこにもいかないでね」 「あぁ、ただいま。 もう、どこにもいかないよ。 約束する」  まるでそれは、 時間が巻き戻ったかのように、  泣きじゃくる友希の頭を、 マスターは優しく撫でていた。  その後、四人でビーフストロガノフを食べて、 昔話に花を咲かせた。  話題は尽きなかったけど、爺さんは仕事が あるらしく、マスターも隣町のホテルを チェックアウトしなければならない。  そのため、ひとまず今日はこれで解散 ということになった。 「颯太、ありがとうね」 「まぁ、こんなにうまく行くとは 思わなかったんだけどね」 「そうなの?」  こくり、とうなずき、 「でも、マスターと爺さんの わだかまりを解けるとしたら、 今しかないと思ってさ」  帰り支度をしているマスターと 爺さんがこっちを見た。  正直、こんなこと聞かれるのは ちょっと照れくさいけど、俺は思ったままの 気持ちを友希に打ち明ける。 「マスターはこの街から出ていって、 もう会えなくなるかもしれなかったし」 「そうしたら、俺も きっといつか後悔したから」 「颯太はいつも優しいよね」 「いつもは知らないけど、 今回のは優しいっていうのとは、 ちょっと違うんだけどさ」 「そうかなぁ。優しいと思うよ。 他人の家族の問題に口出すのって、 大変だもん」 「ややこしいことになるし、 実際なったし、普通なら、なかなか かかわろうとしないよね」 「そうだけどさ、 かかわらないわけにはいかないだろ」 「かかわらなくても、 あたし怒らないよ?」 「友希が怒らなくてもだよ。 いつか、かかわらなきゃ いけない時が来るだろ」 「……え……あ……えと……」 「その時に、手遅れになってたんじゃ、 一生後悔すると思った」 「だから、ちょっと 早いかもしれないけどさ」 「いい機会だから、 俺が思ってること、聴いてくれるか?」 「は、はい……」 「まだまだ先の話になると思うけど、 きっとこの気持ちは変わらない」 「友希、俺と結婚してくれないか?」 「……な……けっこ…!?」 「……ぬうぅぅ……!?」 「……………」 「あ、あはは……う、うんとね…… お父さんとお祖父ちゃんが聞いてるから、 恥ずかしいんだけど……」 「今……返事したほうがいい?」 「できれば」 「う、うん……分かった……」 「じゃ――」 「ん……んちゅ…………んはぁ……」 「かぁ……く……あかか……」 「う……あ……あ、ぁ、ぁ……」 「口で答えるの恥ずかしいから、 これで許してね」 「……………」 「んー……ちゅ……ちゅぅ……」  そんな友希らしい告白の返事を 受けながら、  こっちのほうがよっぽど 恥ずかしいんじゃないかと 思ったのだった――  その夜――  友希は俺の家に泊まりにきていた。  父さんと母さんは仕事で 帰れないらしく今日は二人きりだ。  夕食後、俺は湯船につかって、 今日の出来事をぼんやりと 考えていた。  爺さんとマスターが和解したから、 マスターはナトゥラーレに 戻って来られるだろう。  そうしたら、またマスターに店を任せて、 俺は学校に復帰すればいいわけか。  まぁ、ちょっと残念と言えば残念だけど、 だいぶ荷が重かったしな。 「あー、もう湯船つかってるー。 ちゃんと体洗った?」 「……洗ったけどさ…… なんで入ってきてるんだ?」 「えー、いいじゃん、別に。 一緒に入りたかったんだもん」  そう言って、友希は体を洗いはじめた。 「……………」  まぁいいか。 「ねぇねぇ。マスターが あたしのお父さんだって ビックリじゃなかった?」 「おう、最初はめちゃくちゃ驚いたよ。 でもさ、そう言われてみると、 思い当たる節が結構あったよな」 「そう?」 「あぁ、友希に対する態度が やっぱり、ちょっと違ったもんな」 「隠そうとはしてたみたいだけど、 子供の前じゃそんなに器用には できなかったんじゃないかなぁ」 「そっかぁ」 「友希はどう思ったんだ?」 「うんとね、お父さんが生きてたら、 マスターぐらいの年齢かなって 思ってたんだぁ」 「だから、マスターを見ながら、 あたしのお父さんも、こんな感じ だったのかなぁって考えたりしてた」 「マスターがお父さんだって言われて、 ちょっと戸惑ったけど、今はすごく嬉しい」 「そっか」 「まぁ、つい数時間前に 父親だって分かったばっかりなのに、 もうすっかり親子になってたもんな」 「……そうかなぁ? 自分じゃよく分からないけど」 「そうだよ。ちょっとだけ、 マスターに嫉妬したぐらいだ」 「ご、ごめんね。 じゃ、もうあんまりお父さんと 仲良くしないようにする……」 「いやいや、なに言ってるんだよ。 せっかく会えたんだから、 仲良くしていいんだぞ」 「でも、颯太が嫉妬するしさ」 「……ちょっとだけな。 でも、そんなの気にしなくていいんだって」 「いいの?」 「あぁ。友希が、幸せでいたら、 俺は一番嬉しいんだからな」 「……そんなこと言われたら、 濡れちゃうよ……」 「……なんでここで下ネタだよ……」 「えー、下ネタじゃないもん」 「下ネタじゃなかったら、 何なんだよ?」 「……ほんと、なんだもん……」 「本当って…?」 「み、見たい…?」 「……ほら、おま○こ、 こんなになっちゃったの……」 「……そう言われても、お風呂の中じゃ よく分からないよな」 「……じゃ、触って、確かめてくれる?」  まったく。  そんなふうに誘われて、 断れる奴がいるかっていうんだ。 「しょうがないなぁ、友希は」  膣口に手を伸ばすと、 お風呂のお湯とは違って、 ヌルヌルとした感触を覚えた。  表面をなぞるように 手をつーっと動かしていくと、 膣内から愛液がとろとろとこぼれてくる。 「あ、あん……すごい、よぉ……どうして? おま○こ、触られるだけで、すごく、 気持ちいいの。びくびくしちゃうの」 「ほんと、すぐにおま○こ濡らして、 どうしようもない奴だな、友希は」 「だって……あたしが幸せでいたら、 一番嬉しいなんて言うから……」 「そうしたら、こんなに なっちゃうのか?」 「好きって言われたら、感じちゃうもん…… もっとすごいこと言われたら、 濡れるんだもん……」 「友希は本当にいやらしい子だな」  いやらしく膨らんでいる 友希のクリトリスをきゅっとつまむ。  すると、友希の身体は びくんっと敏感に反応した。  くりくりと指で転がすように いじくりまわすと、気持ち良さそうに おま○こがひくひく動いていた。 「んんっ、いい、よぉ。クリトリス…… 触られると、すごいのっ、あぁっ、 身体、びくんってなるよぉっ」 「あっ、んあぁっ! どうしようっ、今日、 すごく敏感だよぉ。すぐ気持ち良く なっちゃうの」 「いいよ。 友希が気持ち良くなってるところが、見たい」 「そんな……や、やーらしいのー、あぁんっ!」  指の動きを速めて、 くにくにとクリトリスを擦りあげる。  その小さな突起に、まるで性感帯が 集中しているかのように、指が触れるたび、 友希は抑えきれない喘ぎ声を漏らした。 「んっ、あぁあっ、クリトリスいじられたら、 しゃべれなくなっちゃうよぉっ、あぁっ、 んん!」 「あぁ……もう……触り方が すごくやらしい……見てるだけでも、 変な気分になりそう……」 「しゃべれないとか言って、 まだけっこう余裕があるよな」  なら、もっと速くしようと、 友希のクリトリスに 激しく指を擦りつけてみる。  ぷくぅっとクリトリスが いやらしく膨れあがってきて、 おま○こが俺を誘うように開く。 「あぁっ、んんっ、気持ちいいっ…… クリトリス……感じちゃうよぉ……あぁ、 指擦れて、びくびくするのっ」 「あっ、なぁに…? やだ、むいちゃやだ、 恥ずかしいよぉ……」  クリトリスの皮を指でめくりあげ、 むきだしになった小さな豆を 直接、愛撫する。  今まで以上に強く伝わってくる快感に、 友希は全身に力を入れ、身体を震わせた。 「ああぁっ、だめっ、直接触ったら、 気持ち良すぎるのっ、あっ、んんっ、 クリトリスっ、すごいのっ」 「んんっ、我慢できなくなっちゃう…… あっはぁ……気持ちいいの、止まらなくて、 あたし、だめになっちゃうよぉ」  クリトリスをいじりながら、 彼女の膣口に指をすっと挿れる。 「あぁっ、指、あ……入ってくるぅ…… あぁっ、入ってきてるの、分かるの…… あっあぁっ、んっ、感じ、ちゃう……」  ヌルヌルの膣内に指を挿入して、 内側から直接刺激するかのように 膣壁をぐにぐにと押す。  きゅっとおま○こが俺の手を締めつけ、 愛液がじゅうっとにじむ。  膣内をまさぐられる感触に 友希は気持ち良さそうに目を細め、 身体を小刻みに痙攣させる。 「あ……指、おま○この中で…… すごい……動いて……あぁっ、んんっ、 だめぇ、気持ちいいのっ」 「……あんまり、膣内かき混ぜたら、 あたしのおま○こ気持ち良く なりすぎちゃうよっ」  手を休めることなく 膣壁をぐりぐりと愛撫していき、 友希の快感を刺激する。  今にもイキそうといったふうに、 快楽に耐える彼女の姿が ひどくいやらしく感じた。  おま○この中で手を這わせていき、 Gスポットをぐっと押してみる。 「あ……あ・あ・あ……そこ、だめ、だめぇ、 そんなに、押されたら、イっちゃうよぉ…… あぁっ、やだ……んんっ、だめなのぉ……」 「何がだめなんだ?」 「だって、今日は指じゃ嫌なの…… おち○ちんでイキたい……」 「じゃ、挿れてあげるよ」  大きく勃起したち○ぽを 友希の膣口にあて、そして 一気に押しこんだ。 「あっあぁ、あぁぁっ、だめ、イク…… 挿れられただけなのに、もう、あたし…… あ・あ・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  激しく身体を痙攣させた後、 友希はぐったりと脱力した。 「もうイッたのか?」 「だって……おち○ちん、 気持ち良すぎるんだもん…… こんなの、我慢できないよ」 「じゃ、もっと我慢できなくしてあげるよ」 「あっ、やだ……もう、動くの…… あぁっ、んんっ、すご……ああっ、んんっ、 おま○こっ、敏感になってて、あぁっ!」  とろとろに絡みついてくる友希の おま○この中に、ち○ぽをぐいぐいと 押しこみ、また引きぬいていく。  カリとヒダが擦れあい、 膣壁が棒に吸いついて、今にも 射精しそうなほどの快感に襲われる。 「ん……あぁ、嘘……おち○ちん…… またおっきくなってきてるの…… んん、おま○こ広げられちゃう……」 「あっ、んんっ、あんっ、だめっ、すごいよ、 おち○ちん、おま○こにたくさん擦れて、 気持ち良くて……どうにかなっちゃいそう」  ぐりぐりと膣内をち○ぽでかきまわすと、 友希の身体がびくびく震え、おま○こは 吸いつくように収縮する。  ち○ぽを差しこんだ友希との結合部が めくれあがってて、どうしようもなく 淫靡だった。 「あっあぅ、すごいよぉ……おち○ちん膣内に 入ってるのが、すごく感じるの…… 気持ち良くなっちゃうの」 「ずっと、こうしてたいよぉ…… おち○ちん、あたしの膣内に挿れたままに したいのぉっ、あぁっ、またぁっ、あんっ!」  もっともっと友希を感じさせようと思って、 さっき指で責めたGスポットを、 今度はち○ぽでぐぅっと突きあげた。  またたくまに大量の愛液がじゅうっと 膣内を満たし、おま○こはち○ぽを 咥えこむようにきゅうっと収縮する。 「あぁっ、そんなところおち○ちんで ぐりぐりされたら、だめ……あたし、 またっ、んんっ、イッちゃうよぉ……」 「あっ、もうっ、もう無理だよぉ…… 我慢できないのっ、あぁっ、イッちゃう、 あぁっあぁっ、んっ、また、あ……」 「……あ・あ・あ、もう……もう、 だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」  Gスポットをち○ぽで責めただけで、 友希は簡単にイッてしまった。 「はぁ……はぁ…… もー、おち○ちん、気持ち良すぎるよぉ……」 「今まででどのぐらい気持ち良かった?」 「え……うんとね……さ、三番目ぐらい?」 「じゃ、今日は一番目指してみようか」  そう言って、友希の膣内で また腰を振りはじめる。  始めはゆっくりと、次第にスピードを上げて、 ズチュズチュといやらしい音を響かせながら、 ぐちょぐちょになったおま○こを突きあげる。 「んっ、んんっ、もうっ、 イッたばかりなのにぃ、そんなにおち○ちん、 動かしたら、あっ、あぁっ、やぁっんんっ!」 「あぁんっ、ん、どうして、何回イッても、 気持ちいいのぉ……おち○ちん、あぁっ、 もっと感じちゃうのぉっ、あぁっ!」 「こんなの、我慢できないよぉっ、 またすぐイッちゃう……あぁっ、んんっ、 やぁっ、おち○ちん、奥までくるぅっ!」  またすぐにでもイキそうに なっている友希のGスポットを狙い、 ぐりぐりとち○ぽを押しこんだ。  瞬間、彼女の声は言葉を失い、 ただ快楽だけに染まった声を 大きく響かせる。 「あぁっ、あぁぁ……んっ、あぁっ…… やっはぁぁっ、んんっ……くふぅっ、は、 はぅ……うあぁっ、あんっ、あはぁんっ!」 「もうっ、だめぇっ、あたし、 おち○ちんのことしか考えられなくなるぅっ、 もうっ、イキたいっ、あぁっ、イキたいのぉ」  友希の呼吸に合わせ、ぐりぐりと Gスポットを突きあげながら、 俺はクリトリスを指で愛撫した。  膣内と外から激しい快楽に襲われて、友希は もう我慢の限界を超えたといったふうに、 全身をびくんっびくんっと激しく痙攣させた。  俺ももう限界だった。 「あ……あぁっ、おち○ちん挿れられながら、 クリトリスいじられたら、あたし、あぁっあ、 イクっ、イクのっ、イッちゃうのぉぉっ」 「あっあっあ、あぁぁぁっ、イクっ、イクぅ、 イックぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」 「あぁ、んんっっ、あ、嘘、止まらないよ、 また、あぁっ、イクぅっ、あ、あぁぁぁ ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」 「あっ、膣内に精液たくさん入って、あ、あぁ、 あっ、またくるぅっ、イクっ、あぁぁっ、 またイッちゃうよぉぉぉぉぉぉっ!!」 「きゃっ、あはぁ……ん…… 精液こんなにかけて…… やらしくなっちゃったじゃん……」  半ば放心状態で友希はぐったりとする。  俺もその上にもたれかかるように 脱力して、彼女を優しく抱きしめた。 「ねぇねぇ、ナトゥラーレは けっきょく、またマスターに返すの?」 「あぁ、それが一番だしな」 「じゃ、また一緒に学校通えるね」 「おう……」 「あ……残念だった?」 「少しね。でも、マスターが 店に戻れるようになったのは嬉しいしさ」 「やっぱり、 自分ひとりの力でイチから頑張れ ってことなんだと思うよ」 「あー、それ、違うじゃん。 『自分ひとりの力』じゃないもんっ」 「あ……」  そうだった。 「これから、二人で頑張ろうな」 「うん。頑張ろ」  いつか自分の店を持って、 友希と二人で経営する。  その時が来るのが、すごく待ち遠しかった。  朝、いつものように学校へ向かう。 「あ………」  校門でばったりとまひるに会った。 「……………」  ついこないだ付き合いはじめたばかりなので 少し……いや、かなり気恥ずかしい。 「お、おはよう」 「おはよう、颯太。寝癖ついてるよ」  まひるは背伸びをして 俺の寝癖を直してくれる。 「えへへ、直ったね」 「……………」  何だ?  いつになくおしとやかっていうか、 女の子らしいっていうか…? 「……どうしたの? そんなに見られたら、恥ずかしいよ」 「あぁ、悪い……」  ていうか、明らかにいつもと 違うよな…?  テレビで見る時のまひるみたいだ。 「あの……颯太……」 「ん? どうした?」 「……まひるは、颯太に会いたかったよ」 「あ……じゃ、行くね。また放課後。ばいばい」  逃げるようにまひるは走りさっていく。 「……いったい、どうしたっていうんだ?」  放課後。 「今日は何するの?」  あいかわらず、まひるは しおらしいモードになっている。 「なぁ、まひる、どうかしたのか?」 「ん? まひるはどうもしてないよ。 どうして?」 「どうしてって、しゃべり方とか いつもと違うよね?」 「ふふっ、そんなことないよ。 まひるはいつも通りだもん」 「……………」  ものすごい違和感があるんだけど…? 「それより、まひるは早く部活したいな。 畑に行って、 お野菜にたくさん挨拶してきたいよ」 「まだ部長と姫守が来てないからな」  姫守はクラスの女子に捕まって 何か話してたから、もうちょっと 時間がかかるだろう。  部長はもうそろそろ来る気がする。 「ダメかなぁ?」 「……まぁ、別にいいか。じゃ、行こう」 「やった。ふふっ、まひるは嬉しいな」 「ニンジンさん、セロリさん、ピーマンさん、 あなーのあいた颯太さんっ♪」 「なんで俺に穴が空いてるんだ……」 「それは内緒。ところで、 この中に仲間外れがひとつあるよ。 何か分かる?」 「俺だろ」 「どうして?」 「他は野菜なのに、俺だけ人間だろ」 「残念、外れだよ。もっとよく考えてみて」 「よく考えてって言われても、 他に何かあるか…?」  ニンジン、セロリ、ピーマン、俺…… 「一人だけ人間っていうのが、 どう考えても仲間外れだと思うんだけど……」 「じゃ、ヒントをあげよっか?」 「おう、頼む」 「まひるはニンジンが好き、嫌い?」 「大嫌いだろ?」 「うん。じゃ、セロリは?」 「大嫌いだろ」 「ピーマンは?」 「それも大嫌いだな」 「……颯太は?」 「それは……」 「大好き。だから、仲間外れだよ」 「そういうことなら、どれだけ仲間外れに なっても嬉しいな」 「じゃ、ずっと仲間外れにするね」 「あぁ」 「えへへ、颯太は仲間外れなんだ」  お、少し元に戻ったか? 「あ……間違えたっ…… 颯太は仲間外れだよ」 「……さっきから、 なんで演技してるんだ?」 「演技なんてしてないよ。 まひるはいつもこうだもん」 「……………」  何がしたいのか分からないけど、 まひるはこの日一日、ずっとぶりっ子を 続けたのだった。  翌日の放課後――  今日は、裏庭の菜園でも作業するため、 二手に分かれることにした。  畑は部長と姫守で、 裏庭は俺とまひるで手入れを することにした。 「颯太。まひるは水やりをしてみたいけど、 してもいいかな?」 「あぁ、大丈夫だぞ。 最近、雨も降ってないしな」 「今日、種まきをしたところには 水をあげないほうがいいよ」 「そうなのか? まひる、そっちの種を植えたところ以外に 水をやってくれ」 「うん、分かったよ」 「でも、なんで、種まきしたところに 水をやらないほうがいいんだ? 芽が出ないんじゃないか?」 「だからだよ。種の周りに水がたっぷりあると、 種子は水よりも酸素を求めるようになるんだ」 「そうすると根っこよりも先に、 子葉が伸びるじゃないか」 「それ、何かまずいのか?」 「水が豊富にあれば、根っこは あまり伸びる必要がなく、 貧弱なままになるからね」 「発芽した後も、こまめに水やりをしないと、 少しの乾きでしおれてしまうんだよ」 「それに水をやりすぎれば、 根っこが酸欠になって腐ってしまうしね」 「最初に人間が甘やかしてしまうと、 ずっと水や肥料の面倒を 見なきゃいけなくなるんだ」 「水や肥料が周りになければ、 根っこはどんどん伸びて 自分で地中から水や栄養を集めだすんだ」 「お前の説明だと、ぜんぶ自然任せにして 放っておくのがいいみたいに 聞こえるけどな」 「その通りだよ。人間が余計な手を加えるから、 余計な手間ひまをかけないとだめな野菜が 育つんだからね」 「必要な時以外は放っておくのが一番だよ」 「というわけで、君はそろそろまひるを デートに誘ったほうがいい」 「何が『というわけで』か 全然わからないんだけどっ!?」 「付き合ってからまだどこにも 行ってないじゃないか」 「いいかい? 付き合い始めというのは、 まだ恋の種が芽を出したにすぎないんだ」 「ちゃんと水をやらないと花は咲かないよ」 「そんなこといきなり言われても、 心の準備ってあるだろ。 どうデートに誘えばいいんだよ?」 「ぼくの言う通りにすれば、 理想のデートができるだろうね」 「また嘘くさいな。 試しにどうすればいいか言ってみろよ」 「残念だけど、 教えることはできないよ」 「は? なんでだ?」 「種に水をやりすぎると、 根が育たないって言ったじゃないか」 「ここでぼくが手とり足とり教えると、 君という根は貧弱なまま水を求める努力を しないようになるからね」 「ぼくは、君に恋の水を やりつづけるわけにはいかない」 「君自身が、地中深くに根を伸ばし、 貪欲に水や肥料を求めなければ、 恋の花はいつか枯れてしまうんだ」 「そう、今までぼくのアドバイスが 的外れに感じたのも、すべては君を 成長させるためだったんだよ」 「……………」 「あぁ、残念だよ。教えたいのに。 君のためにならないから、 教えられないなんて」 「あんなにいい方法があるのに、 君がまだ成長しきってないから。 せめて根がしっかりはっていたなら」 「ぼくの本気を見せてあげられたのに。 本当に残念でならないよ」 「じゃ、やらないから、 方法だけ教えてみろよ?」 「いや、君がぼくの力を借りたいのは分かるよ。 分かる。だけど、ここは辛抱する時だよ。 頑張って根を伸ばそうじゃないか」 「……………」 「なにせこの方法を教えれば、 君は人間が腐ってしまうだろうからね。 そういうわけにはいかない」 「いや、それにしても残念だよ。 君はぼくを的外れなアドバイスしか できないと勘違いしたままなんだろうね」 「だけど、その汚名は誇り高い恋の妖精として 甘んじて受けいれるよ。健気にもね。 そう、何よりも、君のために」 「本当だとしても、うぜぇっ!!」  まったく、あいつの言うことは どこまで本気なんだか…? 「颯太、水やり、こんな感じで大丈夫?」 「おう、大丈夫だよ。よくできたな」 「えへへ、まひるも園芸部なんだから、 これぐらいは普通だよ」  それにしても、 「なぁ、まひる。 そのしゃべり方って、ずっと続けるのか?」 「……まひるがこのしゃべり方だとダメなの? 颯太はいや?」 「だめでも嫌でもないんだけど、 なんていうか、ちょっと無理してないか?」 「うぅん、大丈夫だよ。 まひるは無理してないから」  そうかなぁ? 「なんでそんなふうにしたんだ?」 「……失敗したから」 「失敗って?」 「今度は失敗したくないから、 まひるは、颯太に嫌われないように しようと思って」  そもそも、俺のほうが嫌われて 振られたんだけどな。  まぁでも、 「今度は失敗したくない」 っていう気持ちは よく分かる。  俺だって心を入れかえて、 「今度はまひるとしっかり向きあおう」 って思ったわけだしな。  まひるのことだから、 その気持ちがちょっと極端な方向に いっちゃったんだな。 「変かな?」 「いや、まひるの気持ちは嬉しいよ。 でも、無理はしなくていいんだからな」 「うん、それは大丈夫だよ」  まぁ、どんなしゃべり方でも、 まひるはまひるだしな。 「ところで、明日さ、 帰りにどこか寄り道していかないか?」 「うん、いいよ。どこに行くの?」 「どこか行きたいところってあるか?」 「うぅん、まひるは 颯太が連れてってくれるなら、 どこでもいいよ」 「じゃ、考えとくな」  デートってほどでもないけど、 自然と遊ぶ約束ができた。  放課後。校門でまひるが来るのを 待っていた。  すると、校舎のほうから 小さな人影が歩いてくるのが 見えた。 「お待たせ。ノート写させてもらってたら、 遅くなっちゃった」 「授業中にとり忘れたのか?」 「うぅん。お仕事で休んだ授業が いっぱいあるから、その分だよ」 「あぁ、そっか。 仕事も行って学校も行ってじゃ、 大変だよな」 「ふふ、もう慣れたよ。 子供の頃からずっとそうだから。 それに楽しいから」  こういうコメント、 テレビで言ってるのをよく見たな。  かわいいんだけど、 ちょっと他人行儀な気がしてくる。 「何か考えてるの?」 「いや、何でもないよ」 「そういえばさ、 何か食べていこうと思うんだけど、 いいか?」 「うん。それなら、まひるは 福引きで当てたマックスカードを 持ってるから、マックに行こうよ」 「あれ? でも、お前、ハンバーガーのパンが 食べられないんじゃなかったか?」 「新発売の米粉バーガーなら、大丈夫だよ」 「そっか。じゃ、行くか」  ダブルチーズバーガーセットを 乗せたトレーをテーブルに置く。  まひるもトレーを持って こっちにやってきた。 「……あれ? お腹すいてなかったか?」  まひるのトレーには、 米粉バーガーとオレンジジュースだけが 載っている。 「そんなことないけど、 まひるは女の子だから、これぐらいだよ」 「いやいや、いつもは もっとたくさん食べてるよね?」 「そんなことないよ」  なぜそこでそんなにすぐバレる嘘を つくんだろうか?  まぁいいか。どうせ我慢できなくなって、 おかわりするだろう。 「じゃ、食べよっか。 いただきます」 「いただきます。 まひるは今日は、ゆっくり食べようかな」  そう言ってまひるは米粉バーガーに 手を伸ばし、ぱくっとかじりつく。 「もぐもぐ、あむあむ、むしゃむしゃ。 ごちそうさま」 「ゆっくり食べるんじゃなかったのっ!?」  完食までに、 30秒とかからなかった気がする。  どんなにしゃべり方を変えても、 こういうところは完全にまひるだな。 「……………」  まひるの視線が俺の ダブルチーズバーガーに釘付けだ。  まひるはバンズが食べられないから、 より正確にはハンバーガーのパティだけを じっと睨んでいる。 「おかわりしたいなら、したらどうだ? いつもはもっとたくさん食べてるだろ」 「だって……」 「どうしたんだ?」 「……たくさん食べる子は、 女の子らしくないから。 颯太は女の子らしいほうがいいよね?」 「……………」  これはさすがに無理しすぎだな。 「そんなことないよ」 「……そうなの?」 「あぁ。まひるがおいしそうに どんどん料理を食べていくところとか、 俺は好きだよ」 「え……あ……あぅぅ……」 「それにこの際だから言うけどさ。 女の子らしくしようとか思わなくても いいんだぞ」 「俺はいつものまひるを 好きになったんだからさ」 「……そ、そうなのか…?」 「おう。だからさ、普段通りでいてくれよ」 「女の子らしいまひるって、 テレビに出てる時みたいで、 ちょっと他人行儀な気がするんだ」 「……まひるは颯太に喜んで欲しくて 頑張たのに……ダメだたな……」 「そんなことないよ。まひるが俺のために そうやって頑張ってくれたのは、 すっごく嬉しいよ」 「ホントか? ウソつかないか?」 「あぁ、本当だよ。 でも、無理はしないでいいんだぞ。 ごはんもたくさん食べな」 「……分かた……じゃ、まひるは、 すぐに買ってこよかな……」  まひるは勢いよく立ちあがり、 レジカウンターへ走っていった。  しばらくして、トレーに 大量の米粉バーガーを載せた まひるが戻ってきた。 「えっへん。まひるは颯太の言う通り、 買ってきたんだ。これ、全部食べるんだぞ。 偉いんだっ!」  嬉しそうだな。  やっぱり、こんなふうに 元気いっぱいのまひるが 一番好きだな。 「よしよし、偉い偉い」 「えへへ、いただきますっ」  まひるは米粉バーガーを おいしそうに頬ばる。 「もぐもぐ、あむあむ、むしゃむしゃ――」  あっというまに一個を平らげ、 もう一個に手を伸ばす。  あーん、と口を開け、 米粉バーガーを食べようとして、 ピタリと止まった。 「うー…!!」 「どうした? まだ遠慮してるのか?」 「う、うるさいっ。違うんだ。 おまえがそんなにじっと見てたら、 まひるは食べられないんだぞっ」 「食べられないって……」  えぇと…? 「でも、いつもそんなこと気にせずに 食べてたよな?」 「いつもは……付き合ってなかったんだ……」 「あ……もしかして、恥ずかしいのか?」 「うー…!!」  真っ赤な顔で睨んでくるまひるが、 すごくかわいらしかった。 「ごちそうさま」  我ながら、今日もおいしい朝食だったな。  料理の出来映えとお腹が満たされた 満足感に浸りながら、食器を洗ってると、  ん? こんな朝早くに誰だ?  食器を水切りカゴに入れて、 インターホンに応答する。 「はい」 「……あ、で、出たんだぁっ!」 「いやいや、お化けじゃないんだから」 「そんなことはまひるだって 百も笑止なんだ」 「承知な、承知。 ていうか、開いてるから入ってきなよ」 「わ、分かったんだ」  玄関からドアの開く音が聞こえ、 まひるが入ってきた。 「……入ってきたぞ」 「おう、おはよう」 「おはようじゃないんだっ! おはようなんだっ!」 「えぇと……」 「とんちか?」 「違うんだ。とんちとかじゃないんだっ。 まひるはそんなこと望んでないんだぞっ!」 「じゃ、何を望んでるんだ?」 「だから……まひるは…… 迎えにきたんだ……」 「そっか。じゃ、着替えてくるから、 ちょっと持っててな」 「そんなのおかしいんだっ。 まひるは待たないぞ」 「……いや、待ってもらえなかったら、 学校いけないんだけど」 「その前に、おまえは何か言うことが あるんじゃないのか? まひるはご立腹なんだぞ」 「何か言うこと…?」 「10秒で答えないと、まひるキックなんだ。 10、9876543210――」 「早すぎるんだけどっ!?」 「思いついたかっ?」 「いや、それがさっぱりなんだけど……」 「さっぱりなんて、まひるは絶対に 許さないんだぞっ!」 「あ、いやいや、もう少しで 出てきそうなんだけど、もう頭のこの辺まで 閃きかけてるんだよなぁ……」 「それなら、いいんだ。 まひるは許すんだ」 「ちなみに、ヒントとかくれないか?」 「まひるは、迎えにきたんだ」 「そうだよな。うん。それで?」 「……もっと、喜ばないと、 ダメじゃないのか? そんなんでいいのか?」  あぁ、なるほど。 「喜んでるよ」 「まひるの目には、そうは見えないんだ」 「じゃ、どう見えるんだ?」 「しゅっぽしゅっぽ、ガタガタッ、 しゅっぽしゅっぽ、キキー」 「それ、何なわけっ!?」 「見て分からないのか? 電車なんだ」 「なんで電車に見えてるんだよ……」 「平常運転ってことなんだ」 「あのね……」 「とにかくまひるの目には、 おまえは喜んでないように見えるんだぞ。 これは疑いようのない事実なんだ」 「じゃ、まひるだったら、 どんなふうに喜ぶんだ?」 「……な、なんでまひるが そんなこと訊かれてるんだ? おかしくないか?」 「いやいや、全然おかしくないよ。 まひるは俺の喜び方じゃ喜んでるように 見えないって言うんだろ?」 「だったら、まひるの喜び方を教えてもらえば、 これから俺が喜んでることも、 まひるに伝えやすくなるからな」 「そ、そうなんだ。それなら、仕方ないんだ。 まひるの喜び方を教えてやるんだ」 「じゃ、俺が迎えにきたとするだろ」 「よっ。まひる。おはよう。 迎えにきたぞ」 「えへへっ、やったぁやったぁっ、 颯太のお迎えなんだぁっ。お迎えお迎え、 嬉しいなっ、まひるは一緒に学校いくんだー」 「……………」 「……な、なに見てるんだぁっ! おまえがやれって言ったんだぞっ! まひるは悪くないんだっ!」 「いやいや、分かってるって。 思ったより恥ずかしいなんて 思ってないから」 「あ、おまえっ、そんなこと思ってたのか。 もういいんだ。まひるはお迎えやめるんだっ。 おまえは独り寂しく学校いけっ」 「そんなこと言わないでさ、 一緒に行こうよ。着替えてくるから、 ちょっとだけ待っててな」 「イヤだ。まひるはもうすねたっ。 先いくからな。止めてもダメなんだ」  止める間もなく、まひるはダッシュする。  が、立ち止まり、振りかえって、 「先いくからなっ?」  そう言って、また走りだし、 すぐに立ち止まる。 「ホントに行くからな? ホントのホントなんだぞ? まひるに二言はないんだぞ?」 「……もしかして、止めてほしいのか?」 「そ、そんなことあるわけないんだっ! まひるを舐めてるのかーっ。まひるは やると言ったらやるんだぞっ!」 「おまえなんか……おまえなんか、 世界で一番……世界で一番…… 思いつかないんだ、とーへんぼくーっ!!」  今度こそまひるはものすごい勢いで 走りさっていった。 「まったく」  すぐに部屋に戻り、急いで制服に 着替える。  本気で走っていったから、 早くしないと追いつけそうにないな。  着替えおわると、カバンに 必要な教科書を放りこんだ。  よし、できたっと。  早足でリビングに戻ってくると、 「……遅かったんだ。 まひるは待ちくたびれたんだぞ」  さすがに一人で行ったりはしなかったか。 「……本当に先いったのかと 思って焦ったよ」 「行くわけないんだ。 まひるのことを何だと 思ってるんだっ!?」 「分かった分かった。悪かった。 何だと思えばいいんだ?」 「………………おまえの彼女、なんだ……」  朝食を食べおえ、学校に行く準備を 整えると、ちょうど家のチャイムが鳴った。 「はい」 「まひるなんだ。迎えにきたんだ」 「すぐ行くから、ちょっと待っててくれ」 「そういえばさ、まひるの家って 俺の家から学校挟んで反対側だろ。 迎えにくるの大変じゃないか?」 「別に大変じゃないんだ。 これぐらいお茶の子すいすいなんだ」  泳ぐのか? 「さいさいな」 「そんなことより、おまえは 昼休みにいつも独りでゴハン食べてる 寂しい人間なんだっ!」 「なんでいきなり悪口なわけっ!?」 「まひるはホントのことを言っただけなんだ。 悪口なんかじゃないんだ」 「ていうか、昼休みは友希や姫守たちと 食べることが多いから、別に寂しくないぞ?」 「だ、だけど、颯太は孤独を感じているんだ。 みんなと一緒にいても寂しいはずなんだ」 「そんな心の闇はないんだけど…?」 「おまえっ、まひるに逆らう気かっ? いいから『寂しい』って言えっ!」 「分かった分かった。寂しい寂しい」 「そうか。颯太は寂しいのか。 すごくかわいそうなんだ」 「なんで俺が寂しいと満足げなんだよ……」 「まひるは園芸部の部室で食べてるぞ」 「あそこはけっこう居心地いいもんな。 俺もたまに行くぞ」 「まひるは園芸部の部室で 食べてるんだっ!!」 「お、おう。それはさっき聞いたぞ……」 「もっと真剣に聴くんだ。 そうしたら、他に言うことがあるはずなんだ」  うーむ、これは、つまり―― 「今日から、一緒に食べるか?」 「おまえがどうしてもって言うなら、 食べてあげるんだ。まひるは優しいんだ」 「そうか。ありがとうな。 じゃ、一緒に食べよう」 「あ……あぅ……」 「どうした?」 「何でもないんだ……」 「そっか」 「まひるも……」 「えっ?」 「な、何も言ってないんだ。 訊きかえしたらいけないんだ」 「……そっか? まぁ分かったけど……」 「……ホントは、まひるも、 おまえと一緒に食べたかったんだ……」 「……………」 「ま、まひるは何も言ってないぞ。 独り言なんだ」 「それ、言ってるよね?」 「う、うるさいっ。 おまえなんか大嫌いなんだっ。 昼休み楽しみにしてるぞっ!」  まひるが走りさっていくので 慌てて追いかけた。  というわけで、昼休み。  まひるとの約束通り、 部室へ向かった。 「じつはまひるはお弁当を作ってきたんだっ!」 「えぇと……」  ドアを開けた瞬間にそんなことを 言われるとは思ってもみなかった。 「……嬉しくないのか?」 「俺に作ってきてくれたのか?」 「そうなんだ。まひるは早起きして 頑張ったんだぞ。これなんだっ」  まひるはお弁当箱をとりだして テーブルに置く。  見たところ1個だけだ。 「なぁ、まひる。お前、自分の分のお弁当は どうしたんだ?」 「あっ! ……忘れた…… 颯太にお弁当を作ってあげることしか 考えてなかったんだ……」 「…………困たな……」  かわいいな。 「……じゃ、まひるのお弁当をもらう代わりに 俺のお弁当をあげるから、食べな」 「やったぁ。えへへ、颯太のお弁当なんだ。 うれしな。おいしそだな」 「まだフタも開けてないだろ」 「中身を見なくても、颯太のお弁当は おいしいに決まってるんだ。 まひるはそんなことお見通しなんだぞ」  まひるは嬉しそうにフタを開ける。 「……じ、人類の敵、 ピーマン星人がいるんだ…… まひる危機一髪なんだ……」 「いやいや、まだ危機は脱してないぞ。 ピーマン星人は俺が相手してやるから、 残しとけ」 「颯太は頼りになるんだ。 ピーマン星人も怖くないなっ!」 「おう、任せとけ」 「……じー……」 「……何だ?」 「まひるのお弁当も、早く開けるんだ」 「あぁ、いま開けるよ」  まひるが期待を込めた眼差しで 見守る中、俺は弁当箱のフタを開ける。  目に飛びこんできたのは、 不揃いの――ジャガイモ、ニンジン、 タマネギ、牛肉である。  色からして醤油で煮込んであるだろうことは 推察できるけど、なぜか甘い香りがつんと鼻 を刺激する。  茶色い汁と隣のごはんが混ざって ぐちゃぐちゃになっていた。 「お……おいしそうだな……」  料理人の本能に逆らって、 何とかその言葉を絞りだした。 「肉ジャガジャガなんだっ!」  確かにジャガジャガ振って、 シェイクしたみたいになってるけどな…… 「なんで、肉ジャガジャガなんだ?」 「彼氏は肉ジャガジャガを作ると喜ぶ って、まひるは聞いたから頑張ったんだぞ」 「そっか」  まひるの気持ちはすごく嬉しい。  だからといって、この肉ジャガが、 もとい、肉ジャガジャガが、 おいしいとは限らない。  いや、もう見た目からしてやばい。 むしろ、どこまで不味さ控え目で 作られているかが肝心だろう。  俺も男だ。 まひるが不味さ控え目で頑張ったんなら、 満面の笑みでおいしいと言ってみせる。  よし、心は決まった。いくぞ! 「じゃ、食べようかな。 いただきます」  行儀は悪いけど、さりげなく確認するために ジャガイモを箸で突いた。  カキン、とジャガイモはそれを弾いた。  く、表面にさえ刺さらないだとっ…!?  完全に生煮えだけど、致し方ない。  むしろ、この甘い香りが漂う汁が染みこまず、 素材の味を堪能できると考えれば、 生煮えは僥倖と言えるかもしれない。  「食うぞっ」 と覚悟を決めて、 ジャガイモを口に放りこむ。 「ガリッ、ガリガリッ、ガリガリガリッ」  不味い。ジャガイモは堅いし、 何より、この甘い醤油汁、人知を超えた 不味さだ。 「……おいしかな…?」 「……あ、あぁ。美味いよっ。 ジャガジャガしてて」  あまりに本能に逆らったため、 変なことを口走ってしまった。 「そっか。じゃ、もっと食べるか?」 「お、おう……」  次は牛肉を食べてみる。 こちらは十分に煮えているみたいだけど、 果たして―― 「あむ、もぐもぐ――」  噛みしめるたびに、 肉汁と混ざった甘い醤油汁が じゅわっと口の中に溢れだしてくる。  まるで口いっぱいに吐き気が広がっていく かのようだ。 「美味いよ。 これもジャガジャガしてるな」  ジャガジャガ言わずにいられなかった。  二重の意味でマズいな。 このままゆっくり味わいながら食べたら、 ノックアウトするかもしれない。  ここは味を確かめる暇がないほど 一気に食べるに限る。 「もぐもぐっ、ガリガリッ、ジャリッ、 ガクッ、ぐじゅうぅ、にゅるにゅるっ、 ガジュガジュッ、もぐもぐっ……!!」  胃にかきこむような勢いで 肉ジャガジャガを平らげていく。 「そんなにおいしいのか? まひるもちょっと食べるんだっ!」 「あっ……ちょ……」  まひるが牛肉に箸を伸ばし、 ぱくっと食べる。 「ぐにゅうっ…!! うえぇ……」  しまった。止められなかった。 「……ごめんなさい…… まひるは、失敗したんだ……」 「そんなに落ちこむなって。 初めて作ったんだろ。上出来だよ」  まひるを励まそうと、 肉ジャガジャガに箸を伸ばす。 「だ、ダメなんだっ!」  まひるがお弁当をかっさらった。 「こんな不味いものを食べたら、 颯太が死んじゃうんだっ! 食べたら、ダメなんだっ!!」 「……大げさだな。死なないって」 「そんなことないんだ。 これは殺人弁当なんだ…… まひるが悪いんだ……」 「でもな、まひるが俺にお弁当を 作ってくれたのは初めてだから、 それはすっごく嬉しかったよ」 「……うん……」 「ほら、まひるもお弁当食べな。 お腹すいただろ……」 「……半分こ、するか?」 「それじゃ、お腹すくだろ」 「いいんだ。まひるが悪いんだ……」 「分かったよ。じゃ、半分こしよう」  そうとうショックだったのか、 まひるはこの日、ずっと 落ちこんだままだった。 「それじゃ、今日の部活は終わりだよ。 お疲れ様」 「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様」 「颯太、一緒に帰るんだっ」 「いいけど……」  部長と姫守を横目で見る。  まひるの家と俺の家は別方向だし、 あんまり一緒に帰ると付き合ってるのが バレると思うんだけどな。 「行かないのか?」  まひるはまったく気にしてなさそうだ。 「いや、行こう」  ということで、まひるを 家まで送っていくことにした。 「ところでさ、あんまり一緒に帰ると、 付き合ってるのがバレると思うんだけど?」 「バレたら困るんだっ。 まひるはまだ恥ずかしいんだぞ。 何とか阻止するんだ」 「だから、あんまり人がいるところで 一緒に帰るって言わないほうが いいんじゃないか?」 「じゃ、なんて言えばいいんだ? 合い言葉でも作るのか?」 「いや、それは怪しいだろ」 「あ、じゃ、いいことを思いついたんだっ。 これなら、ぜったい大丈夫だぞ」 「どうするんだ?」 「『まひるはおまえと付き合ってないぞっ。 一緒に帰るんだっ!』って言えば、 怪しまれないんだ」 「悪いけど、怪しいことこの上ないよ……」 「うー……なんで怪しいんだ…? まひるは付き合ってないって 言ってるんだぞ」 「訊かれてもないのに 付き合ってないなんて言ったら、 どう考えても怪しいよね?」 「じゃ、何にも言わなかったら、 怪しくないんじゃないのかっ? さっきのまひるのでいいんじゃないのかっ?」  うーん。メールで送るようにとかしたら、 まひるの場合、逆にボロが出そうだしな。 「まぁ確かに、堂々としてるのが 一番かもしれないな」 「それなら、まひるは 間違ってなかったんだっ」  そのうち、バレるかもしれないけど、 その時はその時だな。 「そういえば、今日は帰っても 誰も家にいないんだ」 「へぇ。お前のお母さんがいないのは 珍しいな。どうしたんだ?」 「……ど、どうしたって、 そんなことを訊かれるとは 思ってなかったんだ……」 「いやいや、普通に訊くと思うんだけど。 それで、どうしたんだ?」 「……ば……爆発したんだ…!!」 「……それは、ギャグなのか?」 「うー……今のはウソだったんだ…… ホントはいるんだ。こんなにあっさり 看破されるとは思わなかったんだ……」 「……そうか」  どう考えたって、すぐに 嘘だってバレそうなもんだけど。 「なんで嘘をついたんだ?」 「……まひるは、その……」  言いかけて、まひるは口をつぐむ。  だけど、何か言いたそうにしてたので、 しばらく、じっと待ってみた。 「……まひるは、まだおまえと 一緒にいたかったんだ……」  その言葉が嬉しくて自然と笑みがこぼれる。 「まひるってさ、そういうところ、 かわいいよな」 「……えへへ……まひるはかわいかな? 颯太に褒められたら、うれしな」 「それじゃ、どこか遊びにいこうぜ」 「うんっ。遊びにいこか」  公園に行き、色んな遊具に乗って まひると遊ぶ。 「あははっ、全方向ブランコ、楽しなっ。 まひるは初めて乗るなっ。空飛ぶなっ」  全方向ブランコで二人乗りをしながら、 まひるは大はしゃぎだった。 「乗ったことないってなんでなんだ?」 「ママが『乗るな』って言ったな。 ケガするとお仕事できないな」 「あぁ、そういうことか。 子役って大変だよな」 「あ…!! 颯太、止めるんだっ! まひるはいいことを思いついたんだ」 「ん? どうした?」  全方向ブランコをこぐのをやめ、 地面に足をついてブレーキをかける。  すると、まひるはぴょんっと飛びおりた。 「あっちに行くんだ」 「あぁ、いいぞ」 「えへへっ、ここなんだ。 まひるは知ってるんだ。 この池はホタルが出るんだぞ」 「それはそうだけど……」 「颯太と一緒に見たかったんだ。 綺麗できらきらしてて、二人で見ると、 すごくいいな」 「夜になったら、颯太とホタル見られるかな?」 「えぇと、俺もまひると一緒に見たいけどさ。 まだ五月になったばっかりだから、 ちょっとホタルは見られないと思うぞ」 「……そうなのか…?」 「あぁ、この辺りだと、 五月の終わりか、六月ぐらいに ならないとな」 「そっか。まひるは知らなかたな…… 残念だな……」 「まぁ、ホタルは楽しみにとっといてさ。 またあっちで遊ぼうよ。ブランコでもいいし、 シーソーでもすべり台でもいいぞ」 「……………」 「……そんなにホタルが見たかったのか?」 「違うんだ……おまえは…… まひるのこと迷惑か?」 「なに言ってるんだ。そんなわけないだろ」 「でも、まひるは空回りしてばっかりなんだ。 迎えにいってもお弁当を作っても、今も、 まひるは失敗したな……」 「颯太に喜んでもらおうと思ったけど、 でも、できなかた……」 「失敗したことなんて気にするなよ」 「……でも、失敗したら、 颯太は嬉しくないな。まひるは悲しいな」 「そんなことないよ。 失敗したって嬉しいに決まってるだろ」 「……なんで、嬉しいんだ? 失敗したら、何にもならないんだぞ」 「あのな、俺はまひるのことが大好きなんだ。 だから、お前がしてくれることは何だって 嬉しいよ」 「失敗したって、関係ないって」 「そんなことあるのか? ウソつかないか? ハリセンボン呑むか?」 「あぁ、嘘つかないぞ。本当だ」 「まひるが何をしても嬉しいのか?」 「当たり前だろ」 「……えいっ!」 「うぐっ…!!」  すねを蹴られた。痛い。 「何すんのっ!?」 「嬉しいかっ?」 「あのね……嬉しいわけ……」 「颯太は何でも嬉しいって言ったんだっ。 ウソついたら、まひるは許さないんだっ」 「う……嬉しいよ……」 「ホントか?」  いまさら後戻りはできない。 「当たり前だろ!」 「えいっ!」 「ははっ、まひるに蹴られるなんて、 なんて嬉しいんだっ! 今日は最高の一日だな」 「あははっ、颯太が嬉しいと まひるも嬉しいんだ」 「えいっ、えいっ、えいっ!」  満面の笑みを浮かべながら、 まひるがすねを蹴りまくる。 「まひるに蹴られて嬉しいかっ? もっと蹴ってあげてもいいんだぞっ」  まひるにはサドの素質がある のかもしれない……  祝日の夜、家でのんびりしてると、 まひるから電話がかかってきた。 「もしもし」 「まひるなんだ」 「おう。仕事は終わったのか?」 「終わったぞ。今日は大変だったんだ。 ニンジンを食べておいしいって 言わなきゃいけなかったんだ」 「それは大変だな。大丈夫だったのか?」 「頑張って食べたんだ。偉いか?」 「あぁ、偉いぞ」 「えっへん。まひるは偉いんだっ。 ニンジンだって食べられるんだぞ。 もう子供じゃないんだ」 「じゃ、これからは ニンジンを出されても、 ちゃんと残さず食べるんだぞ」 「おまえは鬼だっ! 悪魔だっ! まひるにニンジンを食べさせて、 いったい何を企んでるんだっ!?」 「ほら、好き嫌いしたら、 大きくなれないだろ」 「まひるはもう十分に大きいんだ」 「でも、他の人よりは小さいだろ」 「……ニンジン食べないと、 大きくなれないのか…… なんでなんだ…?」 「まぁ今度、まひるが食べられるような ニンジン料理を作ってあげるよ」 「ホントかっ? おいしいニンジン料理なら、 まひるでも食べられる気がするんだっ」 「でも、あんまり期待しすぎないでくれよ」 「イヤだっ。まひるは期待するぞっ。 颯太ならできるんだ。頑張れっ!」 「頑張りはするけどさ……」 「おまえ、まひるに会いたいか?」 「ん? 急にどうした?」 「『会いたい』って言え」 「……えぇと、会いたい」 「そんなに会いたいのか?」 「いや、お前が『言え』って」 「うー、そんなのダメなんだっ。 まひるはやりなおしを要求するぞ。 『会いたい』って言えっ」 「……会いたいよ」 「じゃ、外に出てみるんだ」 「なんで?」 「いいから、まひるの言う通りに するんだっ」  しょうがないな。  玄関を出ると、まひるがいた。 「えっへん。仕事が終わったから、 まひるは会いにきてあげたんだっ」  かわいらしくまひるが胸をはる。 「……明日も東京で仕事が あるんじゃなかったか?」 「そうなんだ。だから、5分で 帰らなきゃいけないんだ」 「たった5分のためにきたのか…?」 「……ダメだったのか…?」 「いや、そうじゃなくてさ。 たった5分のために会いにきてくれて 嬉しいってことだよ」 「……えへへっ、良かったんだ。 まひるは会いにきた甲斐があったんだっ」  嬉しそうに笑うまひるを 思いっきり抱きしめたい衝動に駆られる。  だけど、そう考えると、 途端に緊張して手が動かなかった。 「おまえっ、まひるとデートしたいか?」 「また唐突だな」 「『デートしたい』って言えっ」 「はいはい、デートしたいよ」 「じゃ、明日まひるがデートしてあげるんだ。 喜んでいいんだぞ」 「嬉しいけど、明日、仕事なんだろ?」 「大丈夫なんだ。午前中で終わらせて すぐに新幹線に乗れば、夕方までには 帰って来られるんだ」 「そっか。じゃ、明日、まひるに会えるのを 楽しみに待ってるからな」 「うん……えへへ…… 颯太は楽しみなんだ…… まひるは、うれしな」  昨日、約束した通り、 今日はまひるとデートだ。  ケータイを確認すると、 そろそろ待ち合わせの時間だった。  しかし、午前中で仕事を終わらせて 新幹線で戻ってくるって言ってたけど、 間に合うんだろうか?  ドラマやなんかの撮影だったら、 時間が押すことなんてしょっちゅう あるだろうしな。  そんなことを考えてると、 目の前にタクシーが止まった。  あれ、と思う。すると、 中から飛びおりてきたのは まひるだった。 「間に合ったんだっ! 滑りこみセーフなんだっ!」 「あぁ、時間通りだな。お疲れ」 「えっへん。まひるは時間を守るいい子なんだ」 「でも、タクシー使うほどぎりぎりなら、 待ち合わせ時間を遅くしても良かったんだぞ」 「ホントはタクシー使わなくても 大丈夫な予定だったんだ」 「ん? じゃ、電車が遅れたのか?」 「……駅から新渡町に来る道を 忘れたんだ……」 「迷ったのか?」 「迷ったわけじゃないんだぞ。 忘れただけなんだっ! ちょっとしたド忘れなんだ」 「そんな言葉は初めて聞いたよ……」 「まひるは自暴自棄に言葉を操るんだぞ」 「惜しい。自由自在な」 「うー…!! まひるをバカにするのか…… まひるは彼女なんだぞ……」 「バカにしてないって。 間違いは誰にでもあるよな」 「そうなんだ。誰にでもあるんだ。 それに自と自は合ってたから、 半分正解なんだ」 「まぁ、そう言えなくもないけど……」  意味はぜんぜん違うが…… 「ところでまひるはごはん食べてきたか?」 「駅弁を5個しか食べてないから、 食べようと思えば、食べられるんだ。 ゴハン食べにいくのかっ?」 「いや、そんなに食べたんなら ごはんは後にしよう」 「じゃ、どこに行くんだ? 今日はデートだから、まひるは デートっぽいところに行きたいんだ」 「分かってるよ。 どこ行くかはついてのお楽しみな」 「そっか。分かったんだ。 まひるはいい子だからどこ行くかは 訊かないんだ」 「どこかな? いいとこかな? 楽しみだな」 「菜の花畑なんだっ! まひるは知ってるんだぞっ。こういうのは、 ロマンチックっていうんだっ!」  勢いよく飛びだして、 まひるは走りまわる。 「あははっ、ふふっ、ロマンチックなんだっ! ロマンチックダッシュなんだぁっ!」  いやそれ、 ぜんぜんロマンチックじゃないけどね。  とはいえ、楽しそうに 走りまわるまひるの笑顔を見てると、 なんていうか、こっちまで癒されるな。 「颯太っ、ロマンチックになったかっ? 『なった』って言えっ!」  笑いながら、俺は応える。 「あぁ、ロマンチックだよ。 まひるのおかげでな」 「そうか。颯太はロマンチックなんだ。 まひるは嬉しな。ロマンチックになるな」  今度は俺に向かって まひるがダッシュしてくる。 「まひるは颯太と一緒にいれて 嬉しいんだっ!」 「そうか。俺も嬉しいぞ」 「それだけか?」 「それだけって?」 「……やっぱり、いい」 「良くないだろ。 言いたいことあるなら、ちゃんと言いな」 「……じゃ、おまえも言うか?」 「何をだ?」 「まひるが『言え』って言ったこと、 ぜったい言うか? 笑わないで言うか? それなら、まひるは言ってもいいぞ」 「いいよ。なんて言ってほしいんだ?」 「……『ずっと、まひると一緒にいたい』って 言え……」  嬉しくて、気がつけば 自然とまひるの両肩に手をやっていた。 「まひるのことが好きだから、 ずっとまひると一緒にいたいよ」 「あ……あぅぅ…… な、なんで肩に触るんだ…?」 「嫌なのか?」 「……まひるは、恥ずかしいんだ……」 「どうして恥ずかしいんだ?」 「……うー…!! どうしてそんなこと 訊くんだ……まひるは困るんだ……」 「どうして困るんだ?」 「……………」 「俺のことが嫌いなのか?」 「う、うるさいうるさいっ! いい加減にしないと、まひるは緊張で心臓が 爆発するんだぞっ! この女たらしっ!」  俺の手から逃げるように、 まひるは走りさっていく。  けど、またすぐに ダッシュで戻ってきて、 「まひるも、ずっと一緒にいたいんだっ! 死ねっ」 「『死ね』って、照れ隠しにしても それは酷いだろ」 「まひるに恥ずかしい思いをさせたから、 『死ね』って言われるのは当然なんだっ」 「まったく、しょうがないな、お前は」 「えっへん。まひるはしょうがないんだ」 「いや、褒めてないんだけどね……」 「何だとっ!? おまえっ、ぬか喜び作戦かっ? ヒドーだ、ヒドーっ!! まひるは抗議するぞ!」 「分かった分かった。 俺が悪かったような気がしないでもないような 気がするからな」 「……むむぅ……わ、分かればいいんだ……」 「そういうわけだから、 明日も遊ぼうか?」 「何が『そういうわけ』なんだ? まひるは全然わからないんだぞ」 「死ぬほどずっと一緒にいたいんだろ?」 「な、なんで 勝手にまひるの台詞を捏造するんだ。 まひるは『死ね』って言ったんだ」 「おう、ありがとうな。 そんなに一緒にいたいんだな」 「……な、なんでそうなるんだっ…!?」 「違うのか?」 「……違わない……けど……」 「じゃ、明日も一緒に遊ぼう」 「……まひるは仕事があるから、 明日は遊べないんだ……」 「あぁ、そっか……」 「怒ったか? まひるのこと嫌いになったか?」 「バカだな。そんなんで 嫌いになるわけないだろ」 「じゃあさ、ちょっとでもいいから、 会えないか?」 「遅くなってもいいのか?」 「あぁ、全然いいぞ」 「それなら、ちょっとぐらい 会えるかもしれないんだ」 「じゃ、明日も会おうよ」 「……うん。じゃ、終わりそうな時間が 分かったら、連絡するんだ」 「おう、ありがとうな」 「……颯太はそんなにまひるに会いたいのか?」 「そりゃ会いたいよ。毎日だってな」 「そっか。そうなんだ。えへへ。 じゃ、まひるは毎日会えるように 頑張るぞ」  翌日、まひるからメールが届いた。 『夜8時には終わりそうだから、 9時に公園で待ち合わせするんだっ。 まひるは頑張るぞっ!』  1時間で来られるってことは、 今日は東京で仕事してるわけじゃ ないんだな。  まひるへの返信文を考える。 『おつかれ。頑張るのはいいけど、 慌ててケガとかしないようにな。 じゃ、夜に会えるの楽しみに待ってるぞ』  送信っと。  そして、その夜―― 「……………」  時刻は9時を15分ほど過ぎたけど、 まひるはまだ現れない。  メールを送ってみたが返信はなく、 電話をしたところ、電源が入ってない アナウンスが流れた。 「……どうしたんだろうな?」  連絡がつかない以上、 それを確認する方法はない。  いったん帰ろうかとも思ったけど、 もし入れ違いでまひるが来たらと考え、 やはり待つことにする。  そのまま1時間が経過した。  やはり、まひるは来ない。 連絡もないままだ。  もう10時を回ったしな。 何かあったんだろうか?  例えば、事故とか?  良くない想像が頭をよぎる―― 「颯太っ!」  呼ばれた声に振りむくと、 まひるの姿があった。  彼女は走って俺のそばまでやってきた。 「……ごめん……ごめんなさいっ…… まひるは、約束守れなかったんだ…… まひるは悪い子だったんだ……」 「そんなに謝らなくてもいいって。 まだ1時間ちょっとしか経ってないから」 「まぁ、心配はしたけどさ」 「そうなのか?」 「そりゃな。まひるが事故に 遭ったんじゃないかってさ」 「……撮影が思ったより長引いて、 予定通りに帰れなかったんだ……」 「颯太に連絡しようと思ったけど、 ケータイの充電が切れてて……」 「そっか。 でも良かったよ、まひるが無事で。 お疲れ様」 「……心配させて、ごめんなさい。 まひるのこと怒ってるな」 「なんで怒るんだよ? まひるは一生懸命、仕事を してきたんだからな」 「怒ってないのか?」 「怒ってないよ。安心しな」 「じゃ、『まひるのこと嫌いになってない』 って言えっ」 「嫌いになるわけないだろ。 大丈夫だよ」 「じゃ……まひるのこと、 す、『好き』って言え……」 「本当にかわいいよな、まひるって」 「か、『かわいい』じゃなくて…… 『好き』……なんだぞっ」 「好きだよ」 「……もっと、言え」 「まひるが好きだよ」 「もっとだ。 まひるはそんなんじゃ足りないんだっ! 『好き』って言えっ!」 「好きだよ。まひるのことが大好きだ」 「そうやって、 まひるが俺に『好き』って言ってほしいんだ って分かると、嬉しくてたまらないよ」 「好きだ。まひる。大好きだよ」 「……………」 「まひるは俺のこと好きか?」 「それは……その、まひるは……えと……」 「どうなんだ?」 「……うるさい……」 「『好き』って言え」 「……うるさい…… おまえなんか、死んじゃえ……」 「そうやって強情をはるまひるも、 好きで仕方がないよ」 「……………」 「俺のこと好きだろ?」 「……うん……」 「言ってみな」 「……まひるは…… おまえのことが、好きだ……」 「俺もまひるのことが、大好きだよ」 「まひるもおまえのことが大好きなんだっ! いつもどうしていいか分からなくなるんだ!」 「大好きだから……分からないんだ…… ごめんなさい……」 「いいって。まひるが そういう子だっていうのは、 ちゃんと分かってるからな」 「颯太が分かってくれてて、 まひるは嬉しいんだ……」 「……もっともっと、す…… 好きになるんだ」 「もっと言ってくれ」 「……は、恥ずかしいんだぞっ……」 「でも、言ってほしいな」 「……好きだ……」 「もう一回」 「うー……大好きなんだ…… ドキドキして、訳が分からなくなるぐらい 大好きなんだ……」 「もっと」 「ま、まだ言うのか…? まひるはドキドキして おかしくなりそうなんだ……」 「大丈夫だよ」 「う、うん……まひるは、 おまえのことが、好きだ……」 「俺も好きだよ」 「まひるも、大好きだ……」 「もう一回」 「うー…!! もう、死んじゃえ……大好き」  いつまでも、繰りかえし繰りかえし、 俺たちは愛を囁きあっていた。  放課後。  帰り支度を整え、教室を出る。 「待ってたんだっ!」 「……うおっ…!?」  び、ビックリした。 「おまえ、今日は暇か?」 「いや、暇じゃないな」 「え……そうなのか…… それなら、仕方ないんだ…… まひるは我慢するんだ……」 「まひると遊ぶ予定があるからな」 「あっ、おまえっ、まひるをからかったなっ! そういうことしていいと思ってるのかっ。 まひるキックで月までぶっとばすんだぞ」 「じゃ、遊ばなくていいのか?」 「……うー…!!」 「どうなんだ?」 「まひるは知ってるんだぞ。 そういうのは、卑怯っていうんだ。 おまえは極悪なんだっ、極悪颯太ーっ」 「そうか。しょうがない。じゃ、帰るかな。 まひると遊ぶのを楽しみにしてたんだけどな」  と、帰る素振りを見せてやる。 「あっ、待つんだっ。 遊ばないとは言ってないんだっ!」 「極悪颯太なんだろ?」 「大丈夫なんだ。そこはまひるパワーで、 極悪颯太から、いい颯太にしてあげるんだ。 えいっ、えいっ」  パンパンと俺の体を軽く叩き、 まひるが念力を送ってくる。 「これで颯太はいい颯太になったんだ。 もう悪いことしないから、まひると 遊んでも大丈夫なんだぞ」  ほんと、かわいい奴だな。 「じゃ、何して遊ぶ?」 「まひるは映画に行きたいんだ。 おまえは映画好きか?」 「……………」  ちょっとだけ魔が差した。 「いや、どちらかというと苦手かも」 「……うー…!!」  まひるは俺をキッと睨み、 「好きになれ〜、好きになれ〜、 おまえはだんだん映画が好きにな〜る〜」  何やら唱えだした。  仕方ない。あんまり意地悪しても かわいそうだしな。 「おぉ、なんだか映画が観たくなってきたぞ」 「ホントかっ。やった。効いたんだ」 「何か観たい映画があるのか?」 「特にないんだ。映画館に行ってから、 颯太と一緒に決めるんだぞ」 「じゃ、そうするか」  新渡町にある映画館にやってきた。 「まひる、あんまり目立たないように 気をつけなよ」  小町まひるだってバレたら、 映画どころじゃないからな。 「分かってるんだ。 まひるはいま透明モードだから、 誰にも気づかれないんだ」 「……思いっきり見えてるけどな」 「そんなことより、颯太はもっと真面目に 映画を選ぶんだっ。どれがいいんだ?」  まぁ、バレたらバレただな。 今日は映画館にも人が少ないし、 大丈夫だろう。 「そうだなぁ」  映画のポスターに目を移していく。  やっぱり、ここはまひるが好きそうな映画に したほうがいいよな。 「これなんか、どうだ? まひるも好きだろ」  俺が指さしたのは、まひるの趣味に ドストライクなアニメ作品だ。  タイトルは、『妖怪アイドル』。  アイドルを夢見る妖怪が、妖力で敵を倒し ながらスターへの階段を駆けのぼっていく、 大人気アニメの劇場版だ。 「まひるは、今日はこっちが観たいんだ……」 「どれだ?」  まひるが指さしたポスターを観る。  タイトルは“ぼくらの恋”。  恋した相手は親友の彼氏だった、 というキャッチフレーズから察するに、 どう考えても三角関係が主題だ。  登場人物は30代、 ポスターは全体的に暗めのデザインで 大人向けの雰囲気が漂っている。 「……ちょっと、これはまひるには まだ早いんじゃないか?」 「まひるを子供扱いしたらダメなんだっ。 これがいいんだっ」 「でもさ、どう見たって、 三角関係のドロドロした話だと 思うんだけど、そういうの好きか?」 「まひるだってもう大人なんだぞ。 三角関係でもまんまる関係でも、 何でも大丈夫なんだ」 「……お前、意味わかってないだろ?」 「分かってるんだっ。まひるは “ぼくらの恋”を観たいんだぞっ」 「いや、でもさ」 「観たい観たいぃっ、まひるはこれが観たいっ。 これじゃなきゃイヤなんだ」  駄々っ子か…… 「分かった分かった。 その代わり、途中で『出る』とか言うなよ」 「そんなこと言わないんだっ。 まひるはいい子だからちゃんと最後まで 観るんだぞ」 「じゃ、チケット買ってくるから、 待っててな」  案の定“ぼくらの恋”は 三角関係を主題にした物語だった。  静香は小学校時代からの大の親友、 ひとみに、付き合っている彼氏、翔を 紹介する。  その時、ひとみは翔に一目惚れを してしまうのだ。  自分の気持ちを抑えきれずに、 ひとみは翔に告白する。  振られるのを覚悟していたひとみだったけど、 なんと翔もひとみに恋心を抱いていた。  けど彼は、結婚の約束をしている静香を 裏切ることはできないと言う。  それでも惹かれあう二人は、 一夜限りということで 翔のアパートで関係を持ってしまう。  しかし、 ちょうど静香がアパートへやってきて、 二人の行為を目撃してしまうのだ。  それが泥沼の三角関係の始まりだった。  収益など完全に度外視した 気分が悪くなるような展開の連続に、 さすがに俺もしんどくなってきた。  さぞかしまひるは退屈にしてるだろうと 思って隣を見ると、彼女はじっと画面に 見入っていた。  やがて、すったもんだの末、 静香と翔は元の鞘に収まった。  大団円とばかりに二人がキスを交わす。  正直、俺は完全に置いてきぼりにされてて、 感動も何もあったもんじゃなかった。  キスシーンを冷めた目で観ながら、 三角関係なんてまっぴらご免だな と思ってると―― 「………………いいな……」  隣から、そんな呟きが聞こえてきた。  部活終了後―― 「颯太。まひるはお腹が空いたんだ」 「俺もだよ。何か食べて帰るか?」 「まひるはマックがいいんだ。 最近、米粉バーガーにハマッてるんだぞ。 もちもちしてておいしいんだ」 「了解。じゃ、マックな」 「まひるは米粉バーガーいくつ食べるんだ?」 「米粉バーガー5個と、 あとオレンジジュースと バニラシェイクを食べるんだ」 「じゃ、今日は奢ってあげるよ」 「そんなのダメなんだっ。 まひるだって働いてるんだぞ。 子供扱いしちゃダメなんだ」 「別に子供扱いしてるわけじゃないよ。 たまには奢ってあげようと思っただけだって」 「ダメなんだっ。まひるは自分の分は ちゃんと自分で出すんだぞっ」 「……そうか。まぁ、それならいいけど」  レジカウンターで注文を済ませ、 俺たちはテーブル席についた。 「えへへ、米粉バーガーなんだ。 おいしそだな。お腹すいたな。 食べていかな?」 「いいぞ、食べようぜ」 「「いただきます」」  まひるは口を大きく開けて、 米粉バーガーにかぶりつく。 「はぁむ、もぐもぐ……うえぇ……」 「どうしたんだ?」 「な、何でもないんだっ。 ピクルスが食べられないわけじゃ ないんだぞ」  なるほど。 「ピクルス抜きにしてもらうの忘れたんだろ。 貸しな。ピクルスだけ食べてあげるよ」 「……やだ。まひるだってもう大人なんだ。 ピクルスぐらい食べられるんだ」  まひるは米粉バーガーを持ちあげて、 「……うー…!!」  バンズとパティの間に潜んでいる ピクルスを睨みつける。  そして―― 「あむあむ、もぐもぐ、むしゃむしゃ…… うぅ……うぇぇ……」  非常に不味そうに米粉バーガーを 平らげた。 「どうだっ? まひるは食べたんだっ! ピクルスを食べたんだぞっ! どうだぁっ!?」  『どうだ』って言われてもなぁ。 「他の4個はピクルス入ってないのか?」 「あ……あぅぅ…… ピクルスぅ……ピクルスめぇ……」  しょうがないな、本当に。 「まひる。俺、ピクルスが好きなんだけどさ、 良かったらお前のくれないか?」 「そうなのか? それなら、颯太に 全部あげるんだ。まひるは優しいんだ」 「そうだな。優しいな。ありがとうな」  まひるは米粉バーガーから ピクルスをとり除き、俺のバーガーに 挟んでくれる。 「えへへ、まひるはいいことしたな」  まひるは心置きなく、 米粉バーガーにかぶりついた。  マックを後にすると、 ぶらぶら歩き、公園にやってきた。  いつもならすぐさま遊具に 駆けよっていくまひるだけど、 なぜか大人しかった。 「今日はシーソーやブランコはいいのか?」 「バカにしたらダメなんだぞ。 まひるはもう子供じゃないんだ。 シーソーとブランコは卒業したんだ」  「子供じゃないからやらない」 って言うほうが、 よっぽど子供っぽい気がするわけだけど。 「じゃ、大人になったまひるは 公園で何をするんだ?」 「もちろん、大人だから、 自販機で飲み物を買うんだっ!」 「それ、大人なのか?」 「そうなんだ。颯太は知らないのか。 大人は公園の自販機で飲み物を買って、 ベンチで飲むんだぞっ」  子供でもする気はするけど、 どうやら、まひるの中では 大人っぽい行動に入るらしい。 「じゃ、自販機いくか」  公園の自販機の前に移動する。 「お茶にしようかな」  フライドポテトの油っぽさが残っていたので 烏龍茶を買った。 「まひるはブラックコーヒーなんだ」 「ブラックはやめたほうがいいんじゃないか。 まひるは苦いの飲めないだろ?」 「大丈夫なんだ。まひるは大人だから、 コーヒーだって飲めるんだ」  まひるは手を伸ばして硬貨を自販機に入れる。  そして、背伸びをし、 コーヒーのボタンを押そうとした。 「……えいっ……えいっ……」  けど、届かない。  ここの自販機は段差の上に載っているので、 まひるの身長だと少々厳しかった。 「……押してあげようか?」 「だ、大丈夫なんだっ。 まひるは大人だから、 これぐらい押せるんだっ」 「えいっ……えいっ…!!」  まひるは懸命に背伸びをするけど、 手はバンバンと自販機を叩くばかりだ。 「……と、届くんだっ…… 届くはずなんだ……まひるはできるんだ……」 「えいっ、えいっ……うえぇ……届かない…… 届かないんだ……なんで届かないんだ……」 「えいっ……うっ……うえっ……ぐす…… 届かない……届かないんだ……うえぇぇ……」 「おいおい、コーヒーが買えないぐらいで 泣くなって。ほら、代わりに 押してあげるからな」  ボタンを押して、出てきた ブラックコーヒーをまひるに差しだす。 「はい、これでいいだろ」 「……うぅ……ひっく……ありがと……」 「どういたしまして。 じゃ、大人らしくベンチに座って 飲もうな」 「うん……」  ベンチに座り、まひるは コーヒーを飲む。 「んぐんぐ……うー…!! 苦いんだ……」 「だから、そう言ったろ。 烏龍茶と交換するか?」 「……うっ……ぐす……うぇ……」 「まひる? なんで泣くんだ?」 「まひるは、もう大人なんだ…… コーヒーぐらい飲めなきゃダメなんだ……」 「よしよし、そうだな。大人だな」  まひるの頭を撫でてやると、 彼女は泣きやんで、代わりに俺を じとっと睨んだ。 「おまえ……まひるを子供扱いしてるだろ?」 「してないって」 「ウソだ。 颯太はまひるを子供扱いしてるんだ。 まひるは子供扱いはイヤなんだっ」 「なんでそんなに大人のほうがいいんだ?」 「……………」 「別に無理しなくてもさ、 まひるはまひるらしくしてれば いいと思うよ」 「……でも、まひるは子供はイヤなんだ」 「どうしてだ?」 「……大人じゃないと、 何もしてもらえないんだ……」 「そんなことないだろ」 「そんなことあるんだっ。 だって、颯太は何もしないんだ。 まひるは彼女なのに、何もしないんだ……」 「……………」 「まひるのこと子供だと思ってるからじゃない のか? まひるだって色々したいんだ」 「……『色々』って何がしたいんだ?」 「……このあいだ映画で観たこととか……」  映画館でまひるが呟いた台詞が 頭をよぎる。 「…………まひるも……キス、したいんだ……」  その言葉に、どくんっと心臓が鳴った。 「……颯太はまひるが子供だと 思ってるけど、まひるだってもう 大人なんだぞ」 「……キスだって、ちゃんと…… できるんだ……」 「……じゃ、こっちきな」 「あ……キス……するのか…?」 「したかったんだろ?」 「うん……まひるは、キス、したかた……」 「……好きだよ……」 「……『好き』って言われると、 まひるは、ドキドキするな……」 「じゃ、もっとドキドキするかも しれないよ」 「……もっと……ドキドキさせていいぞ…… まひると……キスしよ……」  ゆっくりと顔を近づけていき、 まひるのかわいらしい唇に 優しく口づけをする。 「あ……ん……ちゅ……んん……はぁ……」 「すごくかわいいよ、まひる」 「……まひるは恥ずかしいんだ……」 「じゃ、もう一回したら、だめか?」 「……いいよ。まひるもしたいな……」  もう一度、顔を近づけて、まひるの唇を奪う。 「あ……ん……ちゅ……んちゅ……はぁ…… んっ……んん……はぁ……」  まひるの唇の感触がすごく気持ち良くて、 もっともっとまひるを感じたくなった。 「まひる、少し、口開けて」 「……こうか……あぁ……なに……んちゅっ、 れぇろ……れろれろ……ちゅ、ちゅう…… れちゅぅっ……んんっ……」  まひるの口内へ舌を侵入させて、 内部をぺろぺろと舐めまわす。  まひるはどうしていいか分からないようで、 小さな舌は、俺にされるがまま舌を 絡められている。 「ん……れろれろ……あぁ……んやぁ…… んちゅ……ちゅっ……ちゅう……あぁ…… れろれろ……あぁ、れあむ……ん……」 「まひる、好きだよ……」 「ん……はぁ……まひるも、好きなんだ…… あぁ……ん、れろれろ……れぇろ、 んちゅっ……ふあぁ……」  口を離すと、二人の間に つーといやらしい糸が引かれた。 「……キス、どうだった?」 「……そんなこと訊いたらダメなんだ…… 死んじゃえ……」  照れたようにそんなことを言うまひるの唇に、 俺はまたキスをするのだった。 「――そういうわけで、 五月病なのかもしれないが、どうも最近、 遅刻をする生徒が増えている」 「学生のうちなら、すいませんで すむかもしれんが、社会人になったら、 そんなことはまかり通らないからな」 「時間を守るというのは、仕事では基本中の 基本だ。お前たちも今のうちにそういう癖を つけとかないと就職してから後悔するぞ」 「そもそも――」 「……ねぇねぇ、長いね」  友希が話しかけてきたので 小声で返事をした。 「社会人は時間を守れって話で とっくにチャイムが鳴ったHRが 終わらないんだから、ギャグだよな」 「本当だぁ。それ、言ったらいいじゃん」 「怒られる未来しか見えないよね」 「以上だ。HRを終わるぞ。 気をつけて帰りなさい」 「あーあ、長かったぁ。 遠藤先生ってたまに熱く語りだすよね」 「真面目な話ばっかりだから、 せめてたまには脱線してくれると いいんだけどな」 「あー、分かる。初体験の話とか アブノーマルプレイの誘い方とか、 先生にはそういうことも訊きたいのにね」 「職員会議ものだよねっ!」 「ねぇねぇ、彩雨もそう思わない? たまには遠藤先生も脱線して 面白い話してほしいよね?」 「はい。先生の学生時代には どのようなゲームが流行っていたかなどが 気になるのです」 「あー、それ訊いてみたい。 どんなエロゲーが流行ってたのかなぁ?」 「他には、 どのような漫画を読んでいらしたのか、とか」 「どんなエロ本を読んでたのか、とかっ」 「どのような映画をご覧になっていたのか、 とか」 「どんなVシネマを観てたのか、とかね」 「何でもかんでもエロい方向に持ってくのを やめろ」 「えー、Vシネマはそんなにエロくないじゃん」 「けっこう濡れ場があるよねっ」 「あー、やーらしいのー。 颯太って、そういうこと知ってるんだぁ」 「お前もなっ!」  ドアが開く。ふと視線をやると、 入ってきたのはまひるだった。 「まひるっ、教室まで来るのは珍しいね。 どうしたの?」  友希がまひるに近寄っていって声をかける。 「……颯太はどこだ? もう帰ったか?」 「うぅん。さっきまでHRだったから、 あそこにいるけど……」  俺が遅かったから、 様子を見にきたんだな。 「ねぇねぇ、最近、颯太と仲良くない? 何かあった?」 「……ど、どうしてそう思うんだっ。 別に何もないんだっ。ホントだぞっ!」 「えー、嘘だぁ。 だって、颯太に会いにきたんでしょ?」 「……それは、そうなんだ」 「颯太に何の用事なの?」 「……うー…!!」  まひるは友希から逃げるように走りだし、  そのまま俺に体当たりした。 「うぐっ!」 「って何すんのっ!?」 「助けろ。まひるはピンチなんだ。 友希に怪しまれてるんだっ!」  ていうか、その行動が さらに疑惑を深めるんだけど…… 「颯太っ、ちょっと訊いてもいい?」 「お、おう。なんだ…?」 「最近、颯太とまひるって、 すっごく仲いいよね? 何かあった?」 「いや、別に何もないぞ。 お前の気のせいじゃないか?」 「そうだそうだっ。友希の気のせいなんだっ」 「えー、そんなことないわ。 彩雨も二人が仲良くなったって 思わない?」 「はい。まひるちゃんが入部したての頃より、 ずいぶんと仲良しになられたのです」 「ほらー、あたしの気のせいじゃないでしょ?」 「いや、それは……」  何か適当な言い訳を考える。 「最初はちょっと気まずかったけど、 今はそういうのはなくなったってだけだよ」 「そうかなぁ? じゃ、これから二人でどこ行くの?」 「どこって、部活だよな?」 「そうなんだ。部活なんだ。 怪しいことは何もないんだぞっ!」 「……………」  疑われてる。 これはものすごく疑われてるぞ。 「彩雨も今日は部活いくの?」 「いえ、私は本日はお休みなのです。 昨日買ったゲームをやるのです」 「ふーん……まいっか。 じゃ、あたしはバイト行こっかなぁ」  ふぅ、と胸を撫で下ろす。 「頑張ってな」 「うん、二人は部活、頑張ってね」  若干、友希の言葉に含みが あるような気もしたけど、 あんまり考えすぎても仕方がない。  まひると一緒に部室へ向かうことにした。  昼休み、まひると一緒に お弁当を食べていた。 「颯太は今日、放課後暇か? まひるは暇なんだぞ」 「あー、悪い。今日はバイトなんだ」 「……そうか。それなら、仕方ないんだ。 まひるは我慢するんだ」 「ごめんな。俺もまひると一緒に 遊びたいんだけどさ」 「そうなのか? それなら、 まひるはいいことを思いついたんだ。 バイトが終わってから遊べばいいんだっ!」 「でも、終わるのはそうとう遅いぞ」 「大丈夫なんだ。まひるはナトゥラーレで オムライスを食べながら待ってるんだ」 「明日も学校だから、 そんなに長く遊べないぞ」 「ちょっとだけだったら、 遊ぶのはダメなのか……」 「いや、たくさん待たせるのに ちょっとしか遊べなくて 悪いかなって思ってさ」 「そんなの平気なんだっ。 颯太と遊ぶためなら、まひるは いくらでも待つんだぞ」  そう言われて、すごく嬉しい気持ちになった。 「まひる」  そっとまひるに顔を近づけていく。 「い、いきなり何しようとしてるんだっ!? まひるだって心の準備があるんだぞっ」 「準備するまでなんて待てないって。 いいだろ?」 「だ、ダメだっ。こらっ、やめるんだっ。 そんなことしたら、まひるは怒るん――」  騒いでるまひるの唇を、唇で塞ぐ。 「あ……ん……ちゅっ、あ……んっ…… ちゅ……んん……あぁ……」 「怒ったか?」 「……あぅぅ…… なんでそういうことするんだ。 おまえなんか、世界で一番キス魔なんだ……」  どうやら、怒ってないようだった。  放課後のバイトは忙しく、 あっというまに時間が過ぎていく。  途中でまひるも来ていたようだが 注文がまったく途切れず、 話しかける余裕はなかった。  もうすぐ退勤時間といったところで ようやく客足が落ちついた。 「ねぇねぇ颯太、まひる、まだいるよ。 いつもならこの時間には帰ってるのに どうしてかなぁ?」 「……………」  こいつ、探りを入れてるんじゃ ないだろうな? 「どうしてだと思う?」 「さぁ、どうしてだろうな。 本人に訊いてみたらいいんじゃないか?」  そしらぬ顔で答えておいた。 「うん、じゃ、そうしよっかな。 『颯太を待ってるの?』って訊いてみるね」 「……………」  まさか、気づいているのか?  いや、そんなはずはない。 少なくとも決定的証拠は 何も残してない。  さては、カマをかけてるな。 「俺を待ってるってことはないと思うけどな。 そんな話は聞いてないし」 「えー、またまた。もう白状すればいいじゃん」 「いやいや、何をだよ?」 「あー、やーらしいのー。 そういうとぼけ方するんだぁ」 「お前がやーらしいことばっかり考えてるから、 そう思うだけじゃないか?」 「じゃ、まひると一緒には帰らないの?」  う…… 「その予定はないけどな」 「そうなんだぁ。そっかぁ。 一緒に帰らないんだぁ」  友希はフロアに戻っていった。  まずいな。 これでまひると一緒に帰りでもしたら、 勘づかれる恐れがある。  こうなったら、方法はひとつだ。 「お疲れ様でした、マスター」 「おう、ありがとうな。 また頼むわ」 「はい。お先に失礼しますっ」  さて、ここからが難関だ。  閉店時間じゃないから、 友希はまだフロアにいる。 「友希、おつかれ」 「うん、おつかれさまー」  友希に挨拶した後、 俺はまひるのテーブルに近づいていく。 「まひる」 「颯太、終わったのか?」  振りむいたまひるに視線を送り、 アイコンタクトを試みる。 「あぁ。仕事おわった後にいつまでも フロアにいると友希に目をつけられるから、 すぐ帰るとするよ。じゃ、またな」  友希に怪しまれているから後で落ちあおう という意味を言外に含ませる。 「分かったんだ」  おぉ、通じたか。よし。 「じゃあな」  何とか危機を乗りきったと 安堵しながらドアに手をかける。 「こらぁっ、待つんだっ。 なんでまひるを置いていくんだぁっ!?」  ぜんぜん通じていなかった。  が、ここで立ち止まったら、 さらに面倒なことになるかもしれない。  そのままドアを開け、外に出る。  歩きながら、 とりあえず弁解のメールを打とうと ケータイを出す。 「待つんだっ! 颯太っ! なんでまひるを無視するんだっ。 そんなの許さないんだっ!」  ここで事情を話したら、 友希に聞かれるかもしれないので メールを送った。 『友希に怪しまれてるから、 いったん別れて別の場所で会おう』  送信すると、すぐにまひるの ケータイが鳴った。 「……ん? 颯太から…?」  よし、これでさすがに分かっただろう。  とりあえず、この場を 早急に離れることにする。 「あっ、待てっ、なんでメールを 送ったんだっ? ちゃんと教えてくれなきゃ 分からないんだぞっ!」 「訊く前にメール見ようよっ!」  そう言って走りだした俺を、 まひるはなおも追いかけてくる。  どう考えても、 友希の疑惑が深まる要素しかないと思った。  昼休み―― 「えへへ、おべんとおいしな。 颯太のオムライスは最高だな」  まひると二人で昼食をとっていた。 「まひる、口にごはんつぶついてるよ」 「……えっ? んしょんしょ、とれたか?」 「とれてないよ」 「おかしな。んしょんしょっ、 今度こそとれたんだっ」 「いや、とれてないから。 ちょっとこっち向きな」 「うん」  まひるに唇を寄せて、口の端に ついたごはんつぶをぺろりと食べる。 「あっ、うー…!!」 「ほら、これでとれた」 「なんでまひるの口についたゴハンを 食べるんだっ? そういうのは、 変態って言うんだぞっ!」 「でも、そういう変態なことをされると まひるは嬉しいだろ?」 「な、何を言ってるんだっ!? 変態なことをされて嬉しかったら、 まひるまで変態になるんだぞっ!」 「あれ、まひるは変態じゃなかったのか?」 「うがーっ、変態なわけないんだっ。 まひるを舐めてるのかーっ!」 「舐めてるっていうか、 食べたいんだけどさ」  そう言って、もう一度まひるに唇を寄せる。 「あ……ん……ちゅ……んちゅぅ……はぁ…… にゃ、あにするんりゃ…?」 「ごはんつぶついてるよ」  言いながら、まひるの口の中へ 舌を滑りこませる。 「そんなの、おかし――ん……ちゅ…… ん……れろれちゅ……んんっ……んはぁ……」 「……なんでいきなりキスするんだ…… こんなのおかしいんだ……」 「よしよし、かわいいな、まひるは」 「……うー…!! ちょっとは反省するんだっ! まひるは不服なんだっ!」 「そうか? もっとキスしてほしいんだな?」 「ちがっ……あ……ん……ちゅ……れろ…… んれぇろれろ……あ……んちゅぅ…… はぁ……」 「……うー…!! 変態、変態めぇ…… おまえはキス魔なんだ……」 「まひるが大好きだから、 ついついキスしたくなるんだよ」 「……そんなんじゃ、許さないんだ。 罰として今日はまひるとデートするんだっ!」 「いいよ。じゃ、放課後、 授業が終わったらすぐ迎えにいくから、 教室で待っててくれるか?」 「……うん、約束なんだぞ…?」 「あぁ、約束だ」 「……えへへ、約束したな…… デート、うれしな」  さてと、今日はどこに行こうかな? 考えとかないとな。 「颯太……今度はまひるから、いかな?」 「ん? 何がだ?」 「キスしても、いかな?」 「あぁ、してほしいよ」 「じゃ、まひるがしてあげよ」  ゆっくりとまひるが唇を近づけてきて――  唐突に部室のドアが開き、 慌てて俺たちは離れた。 「なるほど。これはこれは」 「ふーん、二人でごはんかぁ。そっかそっか」 「な、なんだよ? 別にごはんぐらい食べたって おかしくないだろ」 「うんうん、おかしくないおかしくない」 「く……」  こいつ…… 「初秋さんとまひるちゃんは どうかしたのですか?」 「うんとね、簡単に言えば、 お互いの身体が忘れられなかった ってことかなぁ?」 「えぇっ、焼けぼっくいに 火がついてしまったのですかっ!?」 「な、なに言ってるんだよ。 別に二人でただごはん食べてるだけだろ。 変なこと言うなよな」 「そうなんだっ。邪推だ、邪推なんだーっ。 まひるはオムライスを食べるのに 忙しいから構ってられないんだぞっ」  友希たちを無視して、 俺とまひるはもぐもぐとお弁当を食べる。 「そういうこと言うんだぁ。 じゃ颯太、今日バイトないから どっか遊びにいかない?」 「そ、それはダメなんだっ!」 「あれ? なんでだめなの?」 「それは……」 「いや、今日はその、 まひるはトウモロコシの収穫を 楽しみにしててさ」 「そ、そうなんだ。 部活があるから颯太は遊びには 行けないんだぞっ」 「それなら、部活は休みにしようかな。 部長命令だ」 「え……それはちょっと……」 「やったぁ、これで一緒に遊べるね」 「僕も久しく遊んでいないからね。 たまには一日羽を伸ばしたいと 思っていたところだよ」 「彩雨も一緒に来るよね?」 「はい、ぜひお邪魔したいのです」 「最近、颯太と遊べなくて、 あたし寂しかったんだぁ」 「え……えぇと……」 「でも、今日はずっと一緒だね」 「僕も君につれなくされて、 君をイジメすぎたと反省したよ」 「……部長、おかしなものでも 食べたんですか?」 「いいや、気づいたんだよ。 僕はただ君のそばにいたかった だけなんだって」 「あ、あの…?」  なんだ、これ?  なんで急にこんなにモテてるんだ。 「初秋さん、 私もご一緒にゲームをしたいのです」  姫守まで…… 「じゃ、これからはみんなで スケジュールを調整して、 日替わりで颯太と遊ぶ日を決めよっか?」 「いやいや、待てよ。俺にだって予定って ものがさ」 「えー、いいじゃん。だって、颯太は 別に付き合ってる子いないんでしょ?」 「それはそうだけど……」 「だったら、ほら、女の子と日替わりで 遊べるなんてラッキーじゃん。 みんな颯太のことが好きなのよ」 「いや、それは……」 「……うー…!!」 「とりあえず、今日はあたしだからね」 「それじゃ、明日の時間は僕が頂くよ」 「それでは、明後日は私とゲームなのです」 「それじゃ、その次の日はまたあたしね」 「ダメだぁっ! それじゃ無限ループなんだっ。 まひるの番がいつまで経っても来ないんだ!」 「じゃ、まひるもみんなと順番で颯太と遊ぶ?」 「そ、そんなのダメなんだっ。 順番じゃなくてまひるが独り占めするんだっ」 「えー、それ、ズルいじゃん。 颯太は誰のものでもないでしょ?」  言いながら、友希が俺にピタリと身を寄せ、 腕を組んでくる。 「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ダメだぁっ、触るなぁっ! 颯太はまひるのものなんだっ!」 「まひる以外、誰も 触っちゃダメなんだーーーーーーーーーっ!」  一瞬、部室がシーンと静まりかえった。  まひるは俺の腕にしがみつき、 ピタッとくっついている。 「えへへ……とり返したんだ……」 「あー、やっぱり。 絶対そういうことだと思った」 「そういうことって……え…?」 「ふむ。一芝居打った甲斐があったようだね」 「くすっ、お芝居は苦手ですから、 うまくいくかドキドキしたのです」 「もしかして…?」 「まひるを騙したのかっ?」 「だって二人とも、ぜったい付き合ってるのに 言ってくれないんだもん」 「……………」 「颯太とまた付き合ってるんでしょ?」 「だって……からかわれると 思ったんだ……」 「そんなことしないわよ」 「……ホントか?」 「うん。颯太とまひるは やっぱり、まだお互い好きだったんだ って思って、なんか嬉しくなるし」 「……そか……」 「お二人ともおめでとうございます。 とても素敵なことなのです」 「……ありがと……」 「今日は二人でデートなのかな?」 「うん……」 「もうキスはしたの?」 「うん」 「ど、どんなお味だったのですっ!?」 「おい、ちょっと……」 「キスより先は?」 「してないんだ」 「いつする予定?」 「なに訊いてんのっ!? ていうか、やめてねっ!」 「えー、いいじゃん。 あたしたちにも幸せをわけてくれたって。 けちっ」 「けちとか言う問題じゃないよねっ!」 「まひるちゃん。 今後のデートのために、色々と大事なことを 教えておいてあげるよ」 「なに吹きこもうとしてるんですかっ!?」 「あー、颯太って自分で教えたい派なんだぁ。 やーらしいのー」 「そうじゃなくてっ!」 「なに、問題ないよ。 あくまでムチの使い方など 基礎の基礎を教えるだけだからね」 「その基礎、一生必要ありませんからねっ!」 「おや、小さい子に責められるのが 好きなんじゃなかったかな?」 「もしかして、逆に責めるほうが……」 「じゃ、縄の使い方を」 「……『からかわない』って言ったよねっ!?」 「からかってないわ。純粋に親切心よ。 そうですよね、葵先輩」 「もちろんだよ。 君の被害妄想には困ったものだ」 「……………」 「……まひるは、恥ずかしな……」  けっきょく昼休みが終わるまで 俺たちはいじられつづけた。  放課後、部室に行くと、 まひるが真剣な顔で漫画を 読んでいた。 「ふふふっ……」  よほど熱中しているのか、 まひるは俺が入ってきたのに 顔を上げようとすらしない。 「……いいな。まひるもしたいな。 颯太に言ったら、してくれるかな?」 「何がしたいんだ?」 「えっ、うわぁっ!? おまえっ、いつから いたんだ? いるなら『いる』って言わ ないと、まひるはビックリするんだぞっ」 「いや、俺の名前を口にしてたから、 てっきり気づいたのかと思ったよ」 「まひるは漫画に集中してたから、 全然わからなかったんだ」 「なに読んでるんだ?」 「部長が置いていった 少女漫画なんだ」 「へぇ。部長でも少女漫画なんて 読むんだな」  姫守なら分かるけど、 全然そういうイメージないな。 「それで、まひるは何をしたかったんだ?」 「……何でもないんだ……」 「何でもないことないだろ。 さっき、俺がしてくれるかなって 言ってただろ?」 「……うー…!! 独り言聞いたら、いけないんだぞ……」 「そんなこと言われても、 聞こえたものは仕方ないんだけどさ」 「……どうしても 言わなきゃいけないのか?」 「言ってくれると嬉しいよ」 「……じゃ、見るんだ……」  まひるが持っていた漫画を 開いて見せてくれる。  読んでみると、人見知りの女の子が 彼氏とメールで会話するシーンが 描かれていた。 「……まひるは、これ……やりたいな……」 「でも、お前、別に人見知りじゃ ないだろ?」 「うるさいっ、おたんこなすっ、 まひるはこう見えて人見知りなんだぞっ! 誤解されやすいだけなんだっ!」 「人見知りは 『うるさい』とか『おたんこなす』とか 言わないと思うんだけどなぁ」 「……うー…!! まひるは人見知りなんだ…… だから、メールをする権利があるんだ…!!」  まぁいいか。 「そんなにやりたいんなら、いいよ。 やろうか」 「いいのかっ。やった。えへへっ。 じゃ、まひるはメール送るな。 どうしよかな? なんて書こかな?」  ケータイの画面を見ながら、 まひるは楽しそうにメールの文面を 考えている。 「んと……これで、いかな? えいっ」  まひるが送信ボタンを押すと、 すぐに俺にメールが届いた。  内容は、と。 『颯太は、まひるのこと、好きか?』  まひるを見ると、 「な、なんでまひるを見るんだっ!? 見ちゃダメなんだぞっ!」  言って、まひるは ふたたびメールを打つ。  届いたメールを見ると、 『あんまり見たら、恥ずかしな。 あと、早く返事欲しな』  よし、と俺はまひるに返信を書いた。 『まひるのことはめちゃくちゃ好きだよ。 今のまひる、超かわいくて、ぎゅって 抱きしめてあげたくなるぞ』  送信っと。  届いたメールをまひるが読む。 「……あ……あぅぅ……」  まひるの顔が真っ赤に染まる。 「だから、見ちゃダメなんだっ。 バカっ、バカバカバカっ、死んじゃえっ」  そう言いながらも、まひるは 俺にメールを送信してきた。 『まひるも颯太のことが好きなんだ』  これ、なかなかいいな。 「まひるはメールだと素直なんだな。 いつもそうだといいのにな」 「う、うるさいっ、死んじゃえ死んじゃえっ。 まひるはいつだって素直なんだっ! 本音しか言わないんだぞっ!」 「じゃ、俺のこと好きか?」 「…………………うん……」 「『うん』じゃ分からないぞ」 「……うー…!!」  まひるはまたメールを打つ。  その内容を見ると、 『好きだけど、まひるは 口で言うのは恥ずかしいんだ。 だから、メールがいいんだ』  まぁ何となく分かってたけど、 と思いつつ、メールを返す。 『そんなかわいいまひるが、大好きだよ』  送信っと。 「……えへへ……まひる、かわいだって……」  嬉しそうなまひるに たたみかけるようにメールを打つ。 『でも、まひるの恥ずかしそうに してるところもかわいくて大好きだよ』 「えっ……あ、な、なに言ってるんだ…… そんなのダメなんだぞっ」 「でも、もっとまひるの恥ずかしいところも 見てみたいよ」 「な、なんでそうなるんだっ。 バカっ、死ねっ、死ねっ。変態っ! おまえなんかっ、おまえなんか――」 「世界で一番、大嫌いか?」 「うるさいっ! そんなわけないんだっ! バカっ、死んじゃえっ、おまえなんかっ、 世界で一番――」 「大好きなんだーーーーーーーーーーっっ!!」  まひるはものすごい勢いで 走りさっていった。  翌日の昼休み、部室に行くと、 まひるがまた漫画を読んでいた。  表紙を見たところ、 昨日読んでいた漫画の続きのようだ。 「……………」  何を思い立ったのか、 まひるは指で文字を書くように テーブルをなぞりはじめた。  えぇと…… 「『そ』『う』『た』。 俺がどうかしたのか?」 「え……あ……颯太っ、 い、いつのまに部室に来たんだっ? 音もなく現れたら、ダメなんだぞ」 「いやいや、普通にドアを開けたから、 音はあったと思うよ」 「そんな言い訳はまひるには通用しないんだっ。 普通にドアを開けたら、 音は鳴らないはずなんだぞっ!」 「じゃ、開けてみたらどうだ?」 「分かったんだ」  まひるが部室のドアに手をかける。 「えいっ」 「な……鳴るんだ…!?」 「お前のその反応のほうが驚きだけどね」 「……うー…!! それはまひるをバカにしてるのかっ? 勝負するなら、受けて立つんだぞ!」 「お。じゃ、やるか?」  そう言ってまひるをじっと睨み、 顔を近づける。 「まひるは負けないんだっ!」  負けじとまひるも俺を睨みつけ、 顔を近づけてくる。 「それぐらいでまひるは目をそらさないんだ。 あっかんべーなんだっ」  まひるがかわいらしく舌を出したところに 唇を重ねた。 「わっ……んっ……あ、何すりゅ……や…… ん……ん……ちゅ……んちゅ……れあむ……」  唇を離して、じーっとまひるを見つめると、 彼女は恥ずかしそうに目をそらした。 「俺の勝ちだな」 「……うー…!! おまえはズルいんだ。 キス魔なんだ。死んじゃえっ……」  文句を言いながらも、 顔を真っ赤にしているまひるが すごくかわいい。 「なんだっ、なんで笑ってるんだーっ!? まひるは抗議してるんだぞっ」 「いや、だってさ、まひるがあんまり かわいいからな」 「……あぅぅ……」 「それで、さっき何してたんだ?」  ぐい、とまひるが読んでいた漫画本を 押しつけてくる。 「読めっ」 「ん? あぁ」  漫画に描かれていたのは、人見知りの女の子 と彼氏が互いの体を指でなぞり、書いた文字 を当てる遊びをしてるところだった。 「読んだけど…?」 「颯太はまひるに無理矢理キスしたんだから、 罰としてその遊びをまひるとするんだっ。 これは決定事項なんだぞ」 「まぁいいけどさ」 「やった。えへへ、じゃ、まひるからなんだ。 何にしよかな? んと……」  まひるが指を伸ばし、 俺のお腹の辺りに文字を書く。  若干、くすぐったいような気もする。 「えぇと、『す』『き』?」 「……当たりなんだ……」  直接言うのが恥ずかしいからって、 本当にかわいいな、まひるは。 「じゃ、今度は俺の番だぞ」  まひるの肩に指を伸ばして 文字を書いていく。 「ふふっ、あははっ、 くすぐったいんだ…!!」 「くすぐったがってたら、 分からないだろ。 もう一回いくぞ」  今度はまひるの手の甲に 文字を書く。 「んと……『だ』『い』『す』『き』?」 「あぁ、大好きだよ」 「……あぅぅ……」  真っ赤になりながら、 まひるが俺の太ももの辺りに文字を書く。  なんだか、すごく気持ちいい。 「『は』『ず』『か』『し』『い』…?」 「……うん……」  今度は俺がまひるの二の腕に 文字を書く。  ぷにぷにとした柔らかい感触が 指を通して伝わってくる。 「『か』『わ』『い』『い』…?』 「まひるのことだよ」 「……えへへ……うれしな……」  まひるが指を伸ばして 俺の胸をなぞる。 「……んっ……」  乳首をくすぐられて、 一瞬、快感が走った。 「……ん? 颯太は気持ちいかな?」  なんで普段はあんなに子供っぽいのに、 こんなことには目聡いんだ…… 「なに言ってるんだよ?」 「まひるは大人だから知ってるな。 こうすると気持ちいいな」 「こら……」  まひるは乳首をなぞるようにして、 『す』『き』と文字を書く。  まひるの指の感触に、 思わず下半身が反応してしまう。 「あんまりそういうことすると 仕返しするぞ」  まひるの胸に指を伸ばして 文字を書く。 「あっ……ん……あんっ……」  思ったよりも、女の子らしい声が聞こえて 反射的に手を引っこめた。 「あ……ごめん……」 「どうしてやめるんだ? もう一回してほしな。今度はちゃんと なんて書いたか当てるんだぞ」 「あ、あぁ……」  ドキドキしながら、まひるの乳首に 文字を書く。 「……あ……んっ……んぁ……んと、 『き』『も』『ち』『い』『い』…? あぅぅ……」  お返しとばかりにまひるが、 俺の乳首に指で文字を書いてくる。 「……『へ』『ん』『た』『い』…?」 「おまえは変態なんだ……」 「そんなこと言ってるとこうだ」  まひるの胸を刺激するかのように 指で文字を書く。 「あ……ん……『え』『っ』『ち』…? ま、まひるはえっちじゃないんだっ! おまえのほうこそえっちにしてやるんだぞっ」  そう言って、まひるは俺の股間に指を伸ばし、 仕返しとばかりに 「え」 「っ」 「ち」 と書いた。 「て、ちょっとまひる、そこは……」 「あっ……おっきく、なてきた……」  まひるが興味津々に股間を見ながら、 ふたたびそこに文字を書いていく。  『き』『も』『ち』『い』『い』…? 「ストップッ」  と、まひるの手をつかむ。  あわや暴発寸前だった。 「それじゃ、少し早いけど、 今日の部活はおしまいだよ。 お疲れ様」 「「お疲れ様です」」 「それでは皆さん、 お先に失礼いたしますね」  やりたいゲームでもあるのか、 姫守はそそくさと帰っていった。 「まひるちゃん。 昨日言っていた漫画の続きだよ。 これが最終刊だ」 「やった。嬉しな。ありがとう」 「どういたしまして。 それじゃ僕も帰るけど、くれぐれも 部室でおいたはしないようにね」 「しませんよ」 「まぁ、ちゃんと後始末するんなら 大目に見てあげてもいいけどね」 「さっさと帰ったらどうですか」 「あぁ、気が利かなくて悪かったね。 それじゃ、ごゆっくり」 「……まったく。部長には 困ったもんだよな?」  まひるに同意を求めるも、 返事がなかった。 「まひる…?」 「……………」  すこぶる真剣な表情でさっき 借りたばかりの漫画を読んでいる。  しょうがないな。まひるが読みおわるまで 俺も何か読むか。  確か昔、料理雑誌を 持ちこんだような気がしたけど、 どこだったかな?  向こうのダンボール箱の中か?  とりあえず、見てみよう。 「……………」  ダンボール箱の中身を物色してると、 ふと視線を感じた。  振りむくと、まひるが 俺をじっと見ていた。 「ん? どうかしたか?」 「……今日もこれ、したいな……」  まひるが恥ずかしそうに 漫画を俺に差しだす。  さてと、今度は何だ?  開かれているページを見ると、 恋人同士が抱きあっているシーンが 描かれていた。 「これがしたいのか?」 「……い、イヤならいいっ……」 「嫌なんて言ってないだろ。 ほら、こっち向いて」  まひるの肩に手をやって、 優しく抱きよせた。 「……えへへ……颯太は温かいな…… まひるはポカポカなんだ……」 「まひるのほうが温かいと思うけどな」 「そかな? まひる、温かいかな?」 「あぁ、ずっとこうしてたいよ」 「まひるも、そうしたいな」  素直なまひるもかわいい、 と思いながら、少し力を入れて まひるを抱きしめる。  華奢な体はとても柔らかくて、 すごくいい匂いがした。 「……次も、いかな?」 「次って?」 「次のページなんだ……」  テーブルに置いた漫画本に目を落とし、 ページをめくる。  そこには恋人同士がキスをするシーンが 描かれていた。 「こないだは、キスしたら、 文句言ってなかったか?」 「……まひるだって、キス魔に なりたい時はあるんだ……」 「じゃ、まひるからしてくれる?」 「……う、うん……」  まひるは背伸びをして、 俺の唇に唇を寄せてくる。 「ん……ちゅ……んちゅっ……ん…… あ……んはぁ……」 「……次も、いかな…?」 「次っていうと…?」  もう一度、漫画を開き、 さっきの次のページを見る。  そこには、衣服を脱いだ 女の子が描かれていた。 「あの、まひる…… これ、意味わかってるか?」 「……えっちなんだ。 付き合ったら、みんなするんだぞ。 まひるだってするんだ」  まひるの頭を優しく撫でる。 「よしよし。じゃ、まひるが もうちょっと大きくなったらな」 「うー…!! まひるだって、もう大人なんだぞっ。 えっちぐらいできるんだっ!」 「いや、でもさ。痛かったりするし、 そんなに急いでしなくてもいいと思うぞ」 「……やだやだっ。まひるもえっちしたい。 まひるはえっちするんだ。えっちするっ!」 「そんな駄々っ子みたいに、 『えっちする』って言われてもさ……」 「……うー…!! えいっ、えいっ」  まひるが俺の股間をまさぐってくる。 「こら、まひる、何してるんだ?」 「まひるは知ってるんだ。 こうして触ってるとおち○ちんが おっきくなるんだぞ」 「そしたら、颯太もえっちが したい気分になるんだっ。 まひるに任せておけばいいんだ」 「いや、ちょっと待て。 そういう問題じゃなくてさ」 「んと……こかな? こでいかな?」 「ちょ……」  やばい。気持ちいいぞ。 このままじゃ…… 「あ……また、おっきくなてきた……」  このままじゃ、理性が…… 「もういかな? おち○ちんおっきくなたよ。 まひるとえっち、してほしな」 「……………」  理性が…… 「……ダメか?」 「だめなわけ……ないだろ」  理性が……もう限界を超えた。 「俺だって、すっごくまひると えっちしたいよ」 「えへへ……そっか。よかたな…… じゃ、しよ」  まひるの言葉にうなずき、 彼女の手を引いた。 「こっちきな」 「あ……うー……恥ずかしな…… そんなに見たら、ダメなんだ……」 「そんなの無理だよ。 まひるの身体もっと見たいし、 もっと触りたい」  露わになったまひるの胸に 手を伸ばす。 「あ……まだ待つんだ……あんっ――」  まひるの胸に五本の指を這わせ、 なぞるように愛撫していく。  乳房はまったくと言っていいほど 膨らんでいなくて、未成熟な身体をいじる 背徳感が無性に興奮を誘う。 「まひるの胸、すごくかわいいよ」 「ん……あんまり、触っちゃ…… ダメなんだ……まひるは、恥ずかしいぞ……」 「えっちしたかったんだろ?」 「……うるさい…… 恥ずかしいものは、恥ずかしいんだ……」 「じゃ、恥ずかしいのに慣れるように もっとしてあげるよ」  うっすらとしたまひるの乳輪に 円を描くように指で撫でる。  すると、まひるの身体は敏感に反応して、 びくっ、びくっ、とわずかに震えだす。 「んっ、あぁ、なに……してるんだ…? まひるの身体、おかし……んっ……あぁ……」 「ここ、気持ちいいのか?」 「んあぁっ……そんなの、知らないんだ…… あんまりいじったら、いけないんだぞ……」 「じゃ、もっといじってあげるよ」  今度は乳首をきゅっとつまんで コリコリと指の腹で転がしていく。  力を入れるたびにまひるの口からは、 気持ち良さそうな吐息と声が漏れる。  あのまひるがこんな女の子らしい声を あげるのがひどく扇情的に思えて、 俺は乳首を執拗に責めていく。 「……あぁ……乳首ばっかり、ダメなんだ…… んっ、どうして、声が勝手に出るんだっ…… あっんっ……あぁっ……やだぁ……」 「まひる、乳首がピンと勃って すっごくかわいいよ」 「……やだぁ、まひるは恥ずかしいんだ…… あっ、やだ、んっ……待てっ……ん…… ちょっと、待つんだっ。あんっ……」 「じゃ、乳首はやめて 今度はこっちのほうにするな」  下着に覆われているまひるの秘所に じっと視線を凝らす。 「え…? あぅぅ……そこは、 そんなに見ちゃダメなんだぞ……」 「そんなこと言われても、 見ないとできないよ」  ほんのり盛りあがっている まひるの恥丘にそっと触れる。  下着ごしでもくにゅくにゅと柔らかいのが はっきりと分かり、その感触を愉しむように 優しく撫でまわしていく。 「まひるのここ、 柔らかくて温かくて、すごく気持ちいいよ」 「……うー……そんなこと言われても まひるは分からないんだ……」  恥丘を優しく包みこむようにしながら、 手の平で円を描く。  まひるはもどかしいような吐息を刻み、 時折、いやらしく身体をくねらせる。 「……ん、あぁ……そんなところ…… まひるは初めて触られるんだ……」 「気持ちいいか?」 「そんなのっ、まひるは分からないんだ…… そんなこと訊いたらダメなんだぞっ」 「じゃ、まひるが分かるまで 頑張るからな」 「うー……意味が分からないんだ…… あぁっ、んっ、どこ触ってるんだ…?」  恥丘からなぞるように指を下ろしてきて、 まひるのワレメの部分に触れる。  優しく膣口に指をそわせて 擦るように愛撫していく。  すると、まひるのパンツに 愛液の染みがにじんできた。 「まひる、濡れてきたよ」 「え……う、ウソなんだ。 まひるは濡れてなんかないんだぞっ」 「本当だよ。ほら、こんなに。 気持ちいいんだな」  濡れた部分に指を触れ、 少し力を入れるとパンツごと指が まひるの膣内へ入る。  そのままおま○こを撫でつづけると さらに大量の愛液が溢れだしてきて、 パンツに大きな染みを作った。 「脱がすよ」 「え……やだやだ、 脱がしちゃダメなんだ……」 「でも、脱がさないとできないだろ」  まひるのパンツに手をかける。 「あっ、こらっ、何するんだっ。 まひるは『ダメだ』って言ってるんだぞ……」  まひるの抗議を無視して パンツをするりと脱がした。 「……やだ……見るなぁ…… えっち、死んじゃえ……」 「こんなにびしょびしょにして まひるはやらしい子だな」  膣口に指を触れれば、 ちゅくっといやらしい水音がする。  そのままぐぐぅと指を押しこんでいくと、 まひるの膣壁が絡みついてきた。 「やだぁ……まひるの膣内に変なものを 入れちゃダメなんだぁ……」 「変なものって、俺の指だぞ」 「だって……変なんだ……まひるの膣内に 入ってくると身体の力が入らなくなって、 頭がぼーっとするんだぞ……」 「それは“気持ちいい”ってことだろ?」  指を前後に動かして、まひるのおま○こを じゅぷぅじゅぷぅと突いてみた。  すると、指の動きに合わせて まひるの腰が気持ち良さそうに動き、 膣から大量の愛液がトロリとこぼれる。 「あぁっ……そんなに動かしたら、 ダメなんだ……やだぁっ、あぁっ、ダメっ、 んっ、あぁっ……あぅっ、あんっ……」 「ほら、やっぱり気持ちいいんだろ?」 「あぁっ、まひるは、んっ…… 気持ち良くなんか、ないんだっ…!! んっ、やらしい子じゃ、ないんだぞっ……」 「じゃ、ここは?」  まひるの膣に指を挿入したまま、 もう片方の手でクリトリスをつまむ。 「あぁぁんっ……ん…… き、気持ち良くなんか、な、あぁぁんっ!」  まひるが反論しようとしたタイミングで、 クリトリスをくりくりと愛撫した。 「気持ちいいだろ?」 「そ、そんなわけ、な、んあぁぁんっ。 おまえ、ズルいぞ、あぁん、んっ、ダメだっ、 そんなに、あぁぁっ、触っちゃ、あぁぁん」 「気持ち良さそうな声出てるよ?」 「そんなことなっ、んあぁぁっ! やだっ…… あぁっ、んんっ、卑怯だぁっ、あぁんっ、 死んじゃえっ、あぁぁん、死んじゃえぇぇっ」  ふたつの指できゅっとクリトリスを挟み、 おま○こ全体を愛撫するようにしながら、 その突起を刺激していく。  反論する言葉とは裏腹に、まひるは 気持ち良さそうな嬌声をあげ、 物欲しそうに腰をくねくねと動かしている。 「気持ちいいだろ?」  言いながら指を一本足し、 二本の指をまひるの膣内へ 挿れていく。  くねくねと指を波打たせるように まひるの膣壁を愛撫しつつ、クリトリスを 少し強めに擦りあげる。 「気持ちいいだろ?」 「……うん……あぁっ、気持ちいいんだ…… あぁっ、まひる、やらしい子になっちゃった、 あぁっ、やだぁっ、んっ、あっ……あはぁっ」 「あ・ああ・あ、んあぁぁぁぁぁっ!」  軽く絶頂に達したのか、おま○こを愛撫し つづけると、まひるが全身をびくびくと 痙攣させた後、ぐったりと脱力した。  愛液をとろとろと漏らしつづける膣口が ひくひくと俺を誘うように動いてて、 もう我慢ができなかった。 「まひる。挿れてもいいか?」 「……あ……う、うん…… ちゃんと入るかな…?」 「たくさん濡れてるから、大丈夫だと思うよ」 「……そか……じゃ、挿れてほしな」  まひるのおま○こに勃起したち○ぽを ぐっと押し当て、前に押しだす。  しかし、まひるの膣口は 想像以上に狭く、まったく膣内に 入っていかなかった。 「……入らないのか?」 「少し、きついかな。一気に入れてみるから、 痛いかもしれないけど、大丈夫か?」 「……大丈夫なんだ。まひるは偉い子だから、 ちゃんと我慢できるんだぞっ」 「よしよし、偉いぞ」  まひるの頭を撫でてやる。 「えへへ、褒められたんだ……」 「じゃ、いくよ」  思いきり腰を前に突きだし、 まひるの膣口をこじ開けるように ぐぐぅっとち○ぽを押しいれた。  おま○こからは破瓜の血がにじみ、 まひるは苦しそうな表情を浮かべている。 「……まひる、入ったよ」 「……うん……えへへ……颯太のおち○ちんが、 まひるの膣内に入ってるんだ……うれしな…」 「痛くないか?」 「まひるは我慢できるんだ。 颯太は動いていいんだぞ。今度は まひるが颯太を気持ち良くしてあげるんだ」 「よしよし、偉いな」  もう一度まひるの頭を撫でてやる。 「えへへ……まひるは偉いんだ…… えっちもちゃんとできるんだぞ……」 「じゃ、動くよ」  あんまりまひるが苦しくないように、 ゆっくりと腰を動かしていく。  まひるの膣内は本当に狭くて、 きゅちゅうと俺のち○ぽを 強く締めつけている。  腰を動かすたびに膣壁とち○ぽが 激しく擦れ、それが信じられないほど 気持ち良かった。 「……まひるの膣内、気持ちいかな? まひるはちゃんと、えっち、 できてるかな?」 「すごく気持ちいいよ。 ずっとこうしてたいぐらいだ」  少しずつ腰を振るスピードを速めていくと、 膣内からじゅわぁっと愛液が溢れだしてきた。  とろとろになった膣壁が 吸いつくようにち○ぽに絡みついてきて、 単純に腰を動かすだけでもすごく気持ちいい。 「……ん……んんっ、またおっきく、 なてきた……あぁっ、んんっ……あぁっ、 んっ、あぁ……あぅぅっ!」 「あぁっ……んっ……まひる、おかしな…… さっきまで痛かったのに、今は、ああっ、 んんっ、あ……んっ、あぁっ……んんっ」  だんだんとまひるの声に甘いものが 混ざりはじめる。  苦しげだった呼吸は快感まじりの吐息に 変わってて、小さな身体が気持ち良さ そうに俺のち○ぽを受けいれている。 「まひる、好きだよ」 「あぁんっ、んっ、まひるも、好きっ、 あぁぁっ……ダメ、おかしなっ、あぁっ、ん、 やだぁっ、はぁっ、んっ……んあぁぁぁっ」  ち○ぽを突きいれるたびに 華奢な体はびくんと大きく揺れ、 快楽に染まった声があがる。  まひるの小さなおま○こが 俺のち○ぽを咥えこんでいるのが、 たまらなく劣情を催した。 「あぁっ、んっ……やだぁっ、あぁんっ…… んんっ……あぁ、あぅっ……あぁっ、あん、 あぁっ、うやぁっ……んっんんっ……あ」 「あぁっ、あぁぁ、これ、おち○ちん、 気持ちいな……まひる、もうっ、あぁ、 これ、気持ち良くてっ、ダメぇっ」  おま○こにち○ぽを挿れられる快感に 耐えきれなくなったかのように、まひるは 身体をがくがくと震わせ、大きく喘ぐ。  膣は今まで以上にくちゅうぅっと ち○ぽを締めつけてきて、性器が 擦れあう快感がいっそう強まる。 「あぁぁっ、んんっ……あぁ、ダメぇ…… あぁっ、気持ちいよぉ……んっ、まひる、 もう、イク……あぁっ、イっちゃうぅ……」 「待って……俺ももう少しだから」 「んっ、あぁっ、ダメぇっ、待てないっ、 まひる、もう無理っ、あぁっ……やっ、 やだぁっ、あぁっ、あっ……んあぁぁっ!」  まひるのおま○こに精液を 注ぎこもうと、さらに腰を速く動かす。  ぐちゅぐちゅとおま○ことち○ぽが 擦れあって、まひるは快感で我を忘れた ように嬌声をあげた。  俺も、もう限界だった。 「ああぁっ、んんっ、ダメぇっ、まひる、 もう、イクのぉっ、あぁっ……んあぁあ、 イッちゃうっ、あぁ、我慢できないよぉっ」 「あっ、んっ、ああぁっ、あぁぁっ、 あ・あ・あ・あっ、あぁぁんっ、んはぁっ、 うっ、あぁぁっ――」 「あ、んっ、あはぁぁっ、 まひるっ、もうっ、ダメぇぇぇぇぇぇぇぇ ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」  どくどく、と精液を注ぎこみ、 まひるの膣をいっぱいにしていく。 「あっ、あぁぁ…… んっ、入ってきてる、まひるの膣内に、 変な感じ……」  おま○こからち○ぽを引きぬくも、 まだ射精は収まっていなかった。 「ふぇっ? あぅっ、んっ、はぁぁ…… あぁぁ……びちょびちょに、なた……」  まひるは不思議そうに、 全身にかかった精液を見ている。  その様子がなんだかすごくえっちだった。 「ごめんな、汚して」 「気にしなくていいんだ。 まひるはこんなのへっちゃらなんだぞ」 「そっか」  まひるの髪を整えるように 優しく撫でてやる。 「えへへ……颯太とえっちしたな…… 気持ち良かたな。嬉しな」 「俺もまひるとえっちできて嬉しいよ」 「颯太はまひるのこと好きか?」 「あぁ、好きだよ」 「ふふっ、うれしな。 まひるも颯太のこと、好きだな」  まひるのかわいらしい唇に、 そっとキスをする。  そのまま彼女に体重を預け、 俺たちはしばし余韻に浸っていた。  朝食の後片付けが終わると、 ちょうど家のチャイムが鳴った。 「はい」  インターホンに応答すると、 「まひるなんだ。迎えにきたんだぞっ」 「おう。鍵は開いてるから、 入ってきていいぞ」 「分かったんだ」  玄関からドアの開く音が聞こえ、 しばらくしてまひるが入ってきた。 「おはようなんだっ!!」 「おはよう。 まひるは今日も元気いっぱいだな」 「えっへん。 まひるの元気はたくさんあるから、 欲しかったら、颯太に分けてあげるんだぞ」 「じゃ、もらおうかな」  と、まひるをぎゅっと抱きよせる。 「わっ……な、なんだっ? ……きゅ、急に抱きつき魔になって、 まひるはビックリするぞ」 「元気をわけてくれるんだろ?」 「颯太はそんなに元気ないのか? 具合が悪いなら病院に行くんだ。まひるが ついていってあげるから怖くないんだ」 「具合が悪いって言うかさ、 今日から五年生は修学旅行だろ?」 「それぐらい知ってるんだ。 颯太たちは南の島に行くんだ」 「だから、しばらくまひるに会えないだろ。 その分たくさん抱きついとこうと思ってさ」 「そうなのか……えへへ…… 颯太はまひるがいないと寂しいんだな?」 「当たり前だろ。 そういうまひるは俺に会えなくて、 寂しくないのか?」 「大丈夫なんだ。だって……あ、 何でもないんだ。まだ内緒だったんだ」 「内緒? 何がだ?」 「何でもないんだ。 まひるは強い子だから 一人でも大丈夫なんだぞ」 「颯太は寂しいなら、まひるが 寂しくなくなるおまじないを かけてあげるんだ」 「どんなおまじないなんだ?」 「してあげるんだっ」 「寂しくなくなれ〜、寂しくなくなれ〜」 「……………」  どういう反応をすればいいんだ? 「どうだ? 寂しくなくなったか?」 「いや、効かないけど」 「うー…!! なんで効かないんだ…? じゃ、別のにするんだっ」 「颯太はだんだん寂しくなくなる〜。 だんだん、だんだん、寂しくなくなる〜」 「さっきのと何が違うんだ?」 「呪文が違うんだぞ。効いたか?」 「効かないけど」 「うー…!! まひるのおまじないは もうないんだ。万策尽きたんだっ……」  早いな、万策尽きるの。 「それなら、ぜったい効くおまじないを 教えてあげようか?」 「まひるも今颯太が寂しくなくなる方法を 思いついたんだっ!」 「何だ?」 「……あ、やっぱり、その前に、 颯太のぜったい効くおまじないを 教えてもらうんだ。どうすればいいんだ?」 「まひるがキスしてくれたら、 寂しくなくなると思うよ」 「……キスっ? い、いきなりなに言ってるんだっ! そんなのまひるは恥ずかしいんだぞっ!」 「そっか。まひるがキスしてくれたら、 修学旅行も楽しんで行けると 思ったんだけどな」 「まぁ、まひるが嫌だって言うなら、 仕方ないか」  と、少し落ちこんで見せると、 「……うー…!! ま、まひるがキスしたら、 おまえは寂しくなくなるのか…?」 「おう。それどころか、 めちゃくちゃ元気になるよ」 「……それなら、仕方ないんだ。 おまえがそこまで言うなら、 してやってもいいんだぞ」 「じゃ、してくれるか?」 「そ、そんなに急かしたらダメなんだぞ。 まひるにだって心の準備があるんだっ」 「そうか。じゃ、待ってるぞ」 「……う、うん……じゃ、するんだ……」  まひるは覚悟を決めたように うんとうなずき、背伸びをした。 「んっ……んちゅ……んん……あ……んふぅ」 「……これでいかな? 元気出たかな?」 「おう。まひるのおかげで、 すっごく元気でたよ。ありがとうな」 「ふふっ、これぐらいは当たり前なんだ。 まひるはおまえの彼女なんだぞっ」  そう胸をはるまひるが かわいく思えて仕方がない。 「あれ? そういえば、まひるさ、 なんで今日は私服なんだ?」 「えっ? こ、これは何でもないんだっ!」 「何でもないっていうか、 学校いくんじゃないのか?」 「あ……んと…… ま、間違えたんだ」 「服を?」 「そうなんだっ。急いでたから、 うっかりしてたんだぞ」  うーむ、普通、服を間違えるか?  まぁでも、まひるなら やりそうだけど。 「じゃ、まだ時間あるし、 一回着替えに戻るか。送ってくよ」 「あ、い、いいんだっ。 まひるは一人で帰れるんだぞ」 「颯太は修学旅行だから、 遅れないように早めに学校に 行ったほうがいいと思うんだ」 「大丈夫だよ。遠慮するなって。 ほら、行くよ」 「や、やだやだっ、まひるは一人で帰るんだっ。 そうじゃなきゃダメなんだっ」 「……まぁ、そんなに一人で帰りたいなら、 それでもいいけど」 「……危ないところだったんだ……」 「何がだ?」 「な、何でもないんだっ。 それじゃ、まひるは帰るんだ。 またなっ!」 「おう。また帰ってきたらな」  まひるは逃げるような勢いで、 帰っていった。 「おはよう」 「おっはよーっ。見て見て、颯太っ、 髪型かえたんだけど、似合うと思わない?」 「ん? どこも変わってないように 見えるけど?」 「あははっ、あたしじゃないって。 絵里の髪型よ。って、絵里、隠れてないで 出ておいでよ」 「……………」 「どう? 似合うと思わない?」 「あぁ、いいんじゃないか。 かわいいと思うよ」 「でしょ。せっかくの修学旅行だし、 かわいくしてみたんだぁ」 「……友希は修学旅行だからって 浮かれすぎです」 「えー、だって、楽しみじゃない? 天ノ島って、海は綺麗だし、 宇宙センターはあるし、楽しそうよ」 「そうですけど、 髪型を変える意味が分かりません」 「いいじゃん。かわいいんだし」 「おーし、お前ら、席につけー。 HRを始めるぞ」  HR終了後、 俺たちは空港に向かい、飛行機で 天ノ島へと飛びたった。  島に到着してまっさきに訪れたのが 宇宙センターだ。 「うわぁ、大きいのですぅ」 「こんなに大きいってことは、 あそこでロケットを作るのかな?」 「うんとね、あの建物は、 ロケットを組み立てるところみたいよ」 「へぇ、すごいなぁ。 なんていうか、圧倒される」  あんなバカでかい建物を見たら、 まひるは大はしゃぎするんだろうな。  同じ学年だったら一緒に来られたのに、 残念だな。  ていうか、帰るまでまひるに 会えないって思うと、楽しみにしてたはずの 修学旅行もなんか味気ないな。 「本物のロケットも見られるのかなぁ? 楽しみだよねっ」 「……あぁ」 「初秋さんは今日、あんまりお元気が ないのです。具合が悪いのですか?」 「そういえば、そうね。 どうかした?」 「いや、別に何でもないよ」 「お元気でしたら、いいのですが、 何かあればおっしゃってくださいね」 「あぁ、ありがとな。 でも、大丈夫だよ」  そう応えるのと同時に、 メールの着信音が鳴った。  ケータイを見れば、差出人はまひるだった。 『颯太はもう天ノ島についたか? 修学旅行中はどんな予定なのか、 まひるに教えるんだっ』  知ってどうするんだよ、と 思いつつ、自然と顔をほころぶ。 「あー、やーらしいのー。 まひるからのメールでしょ?」 「……な、なんで分かったんだ?」 「だって、顔がニヤけてたんだもん。 修学旅行中に溜まった分を出してあげるんだ、 とか書いてあったんでしょ?」 「そんなわけないよねっ!」 「くすっ、初秋さんが元気になったのです」 「なーんだ。まひるがいないのが 原因だったんだぁ」 「さ! 無駄口叩いてないで、行くぞ!」 「とか言いつつ、まひるにいそいそと 返信するわけ?」 「う……」  バレたか…… 「初秋さんとまひるちゃんは 幸せそうで素敵なのです」 「じゃ、彩雨とあたしも幸せになっちゃう?」 「で、ですけど、同性同士では だめなのです」 「大丈夫よ。あたし、こう見えて、 おち○ちんがついてるんだぁ」 「またそういう冗談をおっしゃって、 友希さんはいけない人なのです」 「あははっ、さすがに何回も 騙されないかぁ」  友希たちの会話にぼんやり耳を傾けながら、 まひるへの返信を打つ。 「あ、颯太。中に入るみたいよ。 遅れないようにあたしたちも行こっ」 「おう」  この日は宇宙センターの見学をして、 宿に向かったのだった。  修学旅行2日目、俺たちは 天ノ島学園の見学に来ていた。  どう見ても工場にしか 見えないような部室や、  見たこともない火薬製造場などがあり、 とても学校とは思えない。  まひるに見せてあげたら さぞかし驚くだろうと思い、 各所を写真に撮っておいた。  一通り、見学が終わり、 みんなが楽しみにしている 自由時間になった。 「ねぇねぇ颯太、どこ行きたい?」 「一番はやっぱり展望台公園かな。 天ノ島名物のあんあんアイスっていうのを 食べてみようと思ってさ」 「あー、それいいよね。 あたしも気になってたんだぁ」 「海で泳ぐのもいいと思うのです」 「うんうん、それもいいよね。 せっかく水着も持ってきたんだし」 「……わたしは、できれば、 海はやめておきたいです」 「えー、なんで? 絵里もかわいい水着持ってきてたじゃん」 「でも、やっぱり恥ずかしいですし」 「大丈夫大丈夫、思いきって着てみれば、 慣れるから。せっかく南の島に来たのに、 1回も泳がないなんてもったいないわ」 「そうですけど……」 「じゃ、今日は展望台公園に行こっか? その代わり、明日は海よ」 「……分かりました」 「じゃ、展望台公園で決まりか?」 「うん。楽しみだよね。 早く行こっか」  ふと誰かに呼ばれた気がした。 「何だ?」 「どうかなさいましたか?」 「いや、誰か呼ばなかったか?」 「えっ? 呼んでないわよ?」 「あれ? 誰かに呼ばれたと 思ったんだけど…?」  と、振りかえってみると、 「颯太ーーーーーーーっ!」 「あれ? まひるじゃん」 「どうして天ノ島に いらっしゃるのですぅ?」 「……いや、それは俺が 訊きたいぐらいなんだけど」  まひるは嬉しそうに俺のもとへ走ってきた。 「えへへ、やっと会えたんだ。 まひるは道に迷って大変だったんだぞ。 でも、一人で来れたんだ。偉いか?」 「……偉いけど、まひるはなんで 天ノ島にいるんだ?」 「まひるは仕事なんだ。 ちょうどドラマの撮影が天ノ島で あったんだぞ」 「そうなのか? でも、そんなこと一言も 言ってなかっただろ?」 「まひるは颯太をビックリさせてあげようと 思って内緒にしてたんだ。ビックリしたか?」 「そりゃ、めちゃくちゃ驚いたけどさ」 「えへへ、やった。作戦成功なんだ。 サプライズなんだ」  そっか。だから、昨日、 修学旅行のスケジュールを 訊いてきたんだな。 「ところで、撮影は大丈夫なのか?」 「休憩時間だから、大丈夫なんだ。 まだ本格的に撮影が始まってないから、 けっこう時間はあるんだぞ」 「じゃ、みんなでこれから展望台公園に 行こうって話してたんだけど、 まひるも一緒に行こうよ」 「うんっ。あとまひるはついでに 砂丘が見たいんだ。砂丘は近くにあるか?」 「あー、砂丘まで見にいく時間あるかなぁ?」 「それに、確か砂丘は 明日の見学コースに入ってたと 思います」 「……そうなのか…… それなら、仕方ないんだ。 まひるは我慢するんだ」 「それなら、俺と二人で砂丘を 見にいこうよ」 「でも、颯太は明日、砂丘を見るんだ。 今日、砂丘を見ても意味ないんだ」 「バカだな。そんなわけないだろ。 まひると二人で砂丘を見るってことに、 意味があるんだからさ」 「……えと、そかな?」 「そうだよ。まひると見ない砂丘なんて、 ただの砂の塊だよ。見ても面白くも何とも ないって」 「……えへへ。じゃ、一緒にいこかな?」 「おう。行こう」 「ふーん、砂丘って恋人同士で見ないと 意味がないんだぁ」 「私たちはただ砂の塊を見るのですね。 悲しくなってしまうのです」 「いや、えぇと……そういう意味じゃ……」 「自由時間は一緒に回ろうって約束したのに、 まひるが来た途端、すぐに忘れちゃうし。 颯太って、友達には冷たいんだぁ」 「わ、悪いとは思ってるよ。 こんど埋め合わせするからさ」 「あははっ、冗談冗談。 別に怒ってないよ。 でも、埋め合わせしてね」 「おう、任せろ」 「じゃ、まひる、行くか」 「うんっ。まひるは楽しみなんだっ! 颯太と二人で砂丘を見るんだっ!」  手を振って、友希たちと別れる。 「じゃ、後でねー。 砂丘でえっちする時は、誰もいないか 確認したほうがいいわよー」 「するわけないよねっ!」 「あははー、じゃあね」  というわけで、まひると二人で 砂丘に向かった。 「……すごいんだ、颯太っ。 ずっと砂だけが続いてるんだぞ。 他には何にもないんだっ」 「それは喜んでるのか?」 「うんっ、いい眺めなんだ。 まひるはこういうのを期待してたんだ」 「そっか。じゃ、来た甲斐があったな」 「あ、いいことを思いついたぞ。砂山に穴を 掘って、おっきなトンネルを作るんだ。 まひるトンネルプロジェクトなんだっ!」 「トンネル作ろうにも、 スコップも何もないぞ」 「そんなの平気なんだっ。 まひるの手はスコップ代わりになるんだぞ。 井戸だって掘れるんだ。えいっ」  と、まひるが砂を掘ろうとするけど、 「熱っ、熱いぞ…!?」 「そりゃ、これだけ太陽が 照ってれば普通に熱いよね」 「うー…!! 砂めぇ、まひるに逆らうのか……」 「まぁまぁ。トンネルは諦めてもいいだろ。 せっかくのいい景色なんだしな」  そもそも、スコップがあっても、 そんなに大きなトンネルは掘れないが。 「それもそうなんだ。トンネル掘ったら、 景色が悪くなるから、やめておくんだ。 まひるはいい子なんだ」 「よしよし、いい子だな」 「えへへ……褒められたな。うれしな」 「それにしても、これってどこまで 続いてるんだろうな?」 「それはまひるも気になるんだ。 走って確かめてくるんだっ!」  唐突にまひるは走りだした。 「おいっ、まひる? ちょっと待ちなよ」 「えへへっ、まひるを捕まえられたら、 何でも言うことを聞いてあげるぞ」 「って、いきなり主旨かわってないか? どこまで続いてるか確かめるんだろ」 「確かめるついでに、 颯太と追いかけっこなんだ」 「いいけどさ。 『何でも言うこときく』なんて言って、 後悔するなよ」 「まひるは絶対に捕まらないから、 後悔しないんだ」  そう言って、まひるは砂丘を 全力で駆けていく。 「逃がさないぞ」  俺も思いきり地面を蹴って、 まひるを追いかけた。  もともと、まひるはそんなに足は速くない。  じわじわと俺は距離を詰めていき、 もう少しでまひるに手が届くところまで来た。 「あっ、おまえ、卑怯だぞ。 まひるを捕まえる気だな」 「いやいや、それで卑怯だったら、 捕まえられないよね」 「捕まえちゃダメなんだっ。 こういう時は、まひるに花を持たせるのが 礼儀なんだぞ」 「……まぁいいけど」 「よし。まひるを捕まえられるものなら、 捕まえてみるんだっ!」  まひるがふたたび走りだす。  俺は棒読みで言った。 「うわぁ、なんて速いんだ。 とても追いつけそうにないぞー」 「うがーっ! 真面目にやるんだっ! ちゃんと全力でやらなきゃ、 ダメなんだぞっ」 「『花を持たせろ』って言ったばっかりだろ。 全力でやったら、捕まえちゃうぞ」 「それはダメだ。全力でやりつつ、 まひるには完敗するんだ」 「何ものすごい わがまま言ってるんだよ……」 「颯太ならできるんだ。 まひるは信じてるぞ。頑張れ」 「おぉ、できる気がしてきた。 やるぞぉぉぉ」 「さすが颯太なんだ」 「と、見せかけてタッチッ!」  まひるが油断したところ、 腕を捕まえた。 「あっ、ズルだっ、ズルだっ。 ズルはダメなんだ。ノーカウントなんだ」 「いやいや、油断したまひるが 悪いんだろ?」 「まひるは油断なんてしてないんだ。 颯太が卑怯な手を使ったんだ。罰として 10秒数えるまで動いちゃダメなんだぞ」 「しょうがないな。分かったよ」 「絶対じっとしてるんだぞ。 動いたら、ダメなんだ」 「大丈夫だって」 「じゃ、数えるぞ。いーち、にーい」  まひるが俺に背中を向け、歩きだしたので、 気づかれないようにこそっと追いかける。 「さーん、しー、ごー」  気配に気づいたのか、 まひるがばっとこっちを振りむく。  俺はダルマさんが転んだの要領で、 ピタリとその場に固まった。 「……おまえ、動いてないか?」 「いや、じっとしてたぞ」 「でも、まひるは歩いたはずなのに、 距離がぜんぜん変わってないんだ」 「……それは、もしかしたら、 妖怪、砂土の仕業かもな」 「ど、どんな妖怪なんだ?」 「砂がベルトコンベアみたいになって、 歩いても歩いても目的地に たどり着けなくしてくる妖怪なんだ」 「最後には砂に呑みこまれてしまうらしいぞ」 「う、ウソだっ。まひるは そんなの信じないんだぞっ」  ふたたびまひるが歩きだす。 「ろーく、なーな、はーち……」  さっきと同じように、俺はまひるの後を こっそり追いかけた。 「きゅーう、じゅうっ」  まひるがこっちを振りむく。 「今度は歩いたはず―― そんな、ぜんぜん進んでないんだ…!?」 「す、砂土はホントにいたんだ…… まひるはこのままだと砂に呑みこまれて、 生き埋めになってしまうんだ…!!」 「大丈夫だ。俺が砂土を倒してあげるよ」 「颯太はそんなことできるのか? どうやって倒すんだ?」 「でやっ!」  と、俺は地面に向かってパンチした。 「ふ、捉えた」 「す、すごいんだ。 砂土を一発で倒したんだ」 「ていうか、俺がまひるの後を 追いかけてただけだしな」 「あっ、おまえっ、やっぱり動いてたんだなっ! まひるを騙してたのかーっ!! 砂土なんていないんだっ!」 「このっ、このっ、このっ!」 「よしよし、騙して悪かったな」  すねを蹴ってくるまひるを 優しく抱きしめる。 「……うー…!! そ、そんなにくっついたら、ダメだ……」 「どうして?」 「まひるは汗かいたから……」 「大丈夫、いい匂いだよ」  くんくん、とまひるの匂いを嗅ぐ。 「やっ、な、何してるんだっ!? まひるの匂いを嗅いじゃダメだっ。 バカっ、死んじゃえっ」 「捕まえたら、何でも言うこと聞くんだろ?」 「おまえはズルをしたからダメなんだぞ……」 「ちょっとぐらいオマケしてくれてもいいだろ」 「……うー…!!」 「な。お願いだ」 「じゃ……今日だけ、なんだ……」 「ありがとな」  まひるをぎゅっと抱きしめて、 おひさまのような匂いを嗅ぐ。 「……うー…!! 恥ずかしな……」 「まひる、明日も休憩あるのか?」  まひるはこくっとうなずく。 「どこか行きたいところはあるか?」 「まひるは泳ぎにいきたいんだっ。 水着もちゃんと持ってきてあるんだ」 「よし。じゃ、明日は一緒に泳ごうか」 「うん、やった。約束なんだぞ」 「おう」 「ところで…… いつまで抱きついてるんだ?」 「ずっとだよ」 「暑くないのか?」 「まひるが好きすぎて、燃えてるよ」 「……そんなことは訊いてないんだ。 太陽の話なんだぞ」 「まひるこそ、暑くないか?」 「……まひるは……暑さに強いんだ……」  灼熱の太陽が照りつける中、 俺たちはいつまでも抱きあっていた。  修学旅行3日目。  昨日、まひると約束した通り、 自由時間に二人で砂浜にやってきた。  水着はすでに履いてたので、 服を脱ぐだけで海に入る準備は完了だ。  ぼんやりと海を眺めながら、 まひるが着替えてくるのを待っていた。 「……………」  遅いな。  どうしたんだろう、と辺りを見回す。 「うわぁぁっ、み、見るなぁっ!」 「見るなって言われても…… ずっとそこにいたのか?」 「……うん……」 「なんで声をかけなかったんだ?」 「……だって、おまえは、 大きいのが好きなんだろ…?」 「……えぇと、何の話だ?」 「……おっぱい……」 「はい?」 「おまえは大きいおっぱいが好きなんだ。 まひるは小さいから、がっかりすると 思ったんだ……」 「いまさら、そんなこと気にしてたのか…… ていうか、俺が大きいおっぱい好きなんて、 誰に聞いたんだよ?」 「友希が言ってたんだぞ」 「それはあいつの冗談だって」 「……じゃ、颯太は、 ちっちゃくても、いいのか? まひるのでも……」 「小っちゃくても大っきくても、 まひるのだったら何だって大好きだよ」 「え……そうなのか…?」 「当たり前だろ。俺はまひるのことが、 大好きなんだからさ」 「……そっか……そうなんだ…… えへへ、颯太はまひるのおっぱいが 好きなんだ……」 「おう。だから、もっとまひるの水着姿を 見せてくれるか?」 「いいぞ。颯太が見たいんなら、 まひるは好きなだけ見せてあげるんだ」  まひるの許可が出たので、 じーっとまひるの水着姿を見つめる。 「……えへへ……」  さらに近づいてじーっと見てみる。 「……あぅぅ……恥ずかしな……」  さらにさらに近づいて、まひるを凝視する。 「……………」  さらにさらにさらに―― 「うぐっ!」 「ち、近づきすぎなんだっ! まひるは知ってるんだ。そーゆーのは 視姦っていうんだぞ。いけないことなんだぞ」  く、調子に乗りすぎたか。 「悪い悪い。まひるの水着姿が あんまりかわいいからさ」 「……うー……それなら仕方ないんだ。 今回は大目に見てあげるんだ」 「よし、じゃ、泳ぐか」 「うんっ。まひるは沖のほうまで行きたいんだ」 「って、お前、足がつくところじゃないと、 泳げないんじゃなかったか?」 「まひるには考えがあるんだぞ」 「何だ?」 「何とかしてくれ」 「『何とか』って、俺が?」 「おまえ以外に、誰もいないんだ」 「そう言われてもなぁ……」 「おまえの前世はお魚〜、 おまえの前世はお魚〜」  いきなり何を言いだすんだ…? 「前世が魚でも、今は人間だからね……」 「あっ……言われてみれば、そうなんだ。 それなら、おまえは魚人〜おまえは魚人だ〜、 マグロ男なんだ〜、顔もマグロっぽい」 「誰の顔がマグロっぽいんだよっ!」 「お、怒ったのか? そんなに怒らなくてもいいんだぞ。 まひるは沖に行く方法を考えてるだけなんだ」 「もっと現実的な方法を考えようか」 「これ以上現実的な方法は 思いつかないんだ」 「お前の頭の中には、 非現実的な考えしかないのか」 「えっへん。まひるはすごいんだぞ」  いや、褒めてないんだけどね…… 「じゃ、そうだな。沖までは無理だけど、 まひるが背の届かないところに 行く方法はあるよ」 「ホントかっ?」 「あぁ、やってみるか?」 「うんっ。やりたいんだっ!」 「わ、わ……深いところまで来たんだ…… まひるはもう足つかないぞ」 「な。これなら、溺れる心配もないし、 大丈夫だろ」 「うんっ、颯太はすごいんだっ。 まひるは大満足なんだ。 大冒険をしている気分なんだぞ」 「そうか。良かったな」  こんなんで大冒険をしている気分に なれるなんて、かわいいよな。 「……えへへ……まひるはお礼に、 颯太にくっついてあげるんだ……」  腕に力を入れて、まひるが ぎゅっと密着してくる。 「お礼なのか?」 「うんっ。颯太はまひるのおっぱいが好き なんだ。だから、くっついてあげてるんだ。 嬉しいかっ?」 「あぁ、嬉しいよ」 「やった。大成功なんだ。 じゃ、もっとくっつこかな?」  さらにまひるが密着してくる。  まひるの胸は確かに平らだけど、 身体全体は赤ちゃんのようにぷにぷにで 柔らかい。  すごく気持ち良かった。 「まひるも颯太が好きだから、 颯太のおっぱいは大好きなんだぞ」 「なんだそれ?」 「……あれ? 嬉しくないのか? まひるは嬉しかったから、 そのお返しなんだぞ」  あぁ、そういうことか。 「ありがとうな」 「どういたしましてなんだ。 まひるは颯太が喜んでくれると、 嬉しいんだぞ」 「俺もまひるが喜んでくれると、 嬉しいよ」 「えへへ、じゃ、同じなんだ。 うれしな」 「明日はどこに行こうか?」 「あ……ごめんなさい…… 明日はまひるは夜まで撮影なんだ……」 「そっか……じゃ、仕方ないな……」 「夜は会えないか…?」 「宿に戻ってからは、 外に出ちゃいけない決まりだしな」 「……そか……残念だな…… まひるは颯太と会いたかった……」 「そうだよな。明後日はもう帰るしな」 「……どうしても会えないか? まひるは夜なら何時でも大丈夫なんだぞ。 ちょっとでもいいんだ」 「……うーん……」 「5分でもいいんだ。 まひるの一生のお願いなんだ……」 「分かったよ。 じゃ、何とか抜けだしてみるよ」 「ホントか? いいのか? 颯太は怒られないか?」 「まぁ、見つかったら怒られるだろうけど、 そういうのもたまにはいいだろ」 「修学旅行中に旅館を抜けだして 恋人に会うって、楽しそうだしさ」 「……えへへ……やった…… じゃ、まひるは颯太が抜けだしてくるのを 応援するんだ」 「ありがとうな。まひるの応援があれば、 百人力だよ」 「……颯太……まひるは……えと……」 「どうした?」 「や、やっぱり何でもないんだ。 明日、楽しみだな」 「あぁ、そうだな」  問題はどうやって抜けだすかだな、 と頭を捻った。  修学旅行4日目。夜。  天ノ島での旅程はすべて終わり、 あとはもう明日の飛行機に備えて 寝るだけだ。  同室のみんなが寝静まった頃、 俺はこっそりと部屋を抜けだす。  もし、誰かに気がつかれたら、 トイレに行くフリをする予定だったけど、 幸いみんな疲れ果てて熟睡していた。 「あっ、颯太っ。大丈夫だったか?」 「おう、問題なかったぞ」 「良かったんだ。まひるはずっとここで、 颯太がちゃんと抜けだせるように 応援してたんだぞ」 「どんな応援してたんだ?」 「フレー、フレー、そ・う・たっ。 抜けだせ、抜けだせ、そ・う・たっ!」 「まひるはめちゃくちゃかわいいな」 「……いきなり『かわいい』って言われても、 まひるは困るんだ……」 「嬉しくないのか?」 「……うれしな……」 「ん? 聞こえないぞ。何だって?」 「うー…!! なんでそういうイジワル言うんだ…… 死んじゃえ……」 「ごめんごめん。悪かったな。 まひるがあんまりかわいいから、 ついつい意地悪したくなるんだよ」 「……仕方ないから、許してあげるんだ。 その代わり、ありがたく思えっ!」 「おう。ありがとうな」 「……………」  まひるが何か言いたそうな表情で、 俺を見ているような気がした。 「どうかしたのか?」 「……ごめんなさい……」 「なんでいきなり謝るんだよ。 どうしたんだ?」 「まひるは、わがままを 言ってばかりだと思ったんだ……」 「砂丘に連れていってもらったり、 夜に抜けだしてもらったり……」 「わがままばかり言うのは悪い子なんだ。 まひるは悪い子なんだ。だから、 ごめんなさい……」 「そんなこと気にするなって。 まひるにわがままを言われるのが、 俺は嬉しいんだからさ」 「……どうして嬉しいんだ? わがままは迷惑じゃないのか?」 「まひるは俺以外には、 あんまりそういうこと言わないだろ」 「だから『まひるに頼られてる』って思えて、 すごく嬉しいんだよ」 「……まひるは、おまえに 頼ってばかりじゃないか? 悪い子じゃないのか?」 「そんなことないよ。 まひるは、根はいい子だって、 ちゃんと分かってるからさ」 「今だって、こうやって謝ってくれてるだろ」 「……うん……」 「まぁ、けっこう無茶を 言われることもあるけどさ。 それもそれで楽しんでるよ」 「……じゃ、 おまえもまひるにわがままを言えっ」 「ん? どうしてそうなるんだ?」 「まひるだけ、わがままを言うと 不公平なんだ。だから、まひるも おまえのわがままを聞いてあげるんだぞ」 「そっか」  どうしようかな? 「じゃ、思いっきりわがままを 言ってもいいか?」 「い、言っとくけど、 まひるにできることだぞ」 「分かってるよ」 「じゃ、いいぞ。言うんだ」  まひるの目をじっと見つめて、 優しく言った。 「まひるが俺のことをどう思ってるか、 教えてくれるか?」 「え……そ、そんなの知ってるはずなんだ……」 「知ってるけど、まひるの口から、 ちゃんと聞きたいな」 「まひるは恥ずかしがって、 あんまり言ってくれないからさ」 「そんなに待ちかまえられたら、 余計に言えなくなるんだぞっ。 まひるは繊細なんだっ」 「でも『わがまま言え』って言ったのは、 まひるだろ?」 「……うー…!! おまえはわがまますぎるんだ…… まひるは困るんだぞ」 「じゃ、これで不公平じゃないな」 「そ、そういう作戦なのか。 ヒドーだヒドー、極悪颯太めぇ……」 「嫌ならいいんだけどさ」 「『いや』とは言ってないんだっ! まひるに二言はないんだぞ。 ちゃんとできるんだ」 「そうか…?」 「……うん……」 「じゃ、いつでもいいぞ」 「だからっ、そんなに待ちかまえられたら、 まひるは言えないんだっ!」 「だから、いつでもいいって」 「……うー…!!」  まひるは俺を睨みながら、 顔を真っ赤にし、もじもじしている。  なんていうか、 すごく、愛でてあげたくなる。 「……まひるは……おまえのこと…… す……好き……だ」 「えぇと、声が小さくて、 よく聞こえなかったんだけど?」 「……だから……まひるは…… おまえのこと……好き……って、 言ったんだ……」 「もう少し大きな声で」 「だ、だからっ! 『まひるはおまえのことが好きだ』って 言ったんだ。バカ、死んじゃえ、大好きだ!」 「『バカ』『死んじゃえ』と『大好き』は おかしいだろ」 「うるさいっ、大好きだぞっ!」 「いやいや、おかしいからね」 「おかしいのはおまえの耳のほうなんだっ。 難聴なのが悪いんだぞっ。まひるがせっかく 好きって言ったんだから、ちゃんと聴くんだ」  憎まれ口を叩きながら、 俺に愛情表現をするまひるが、 すごくかわいらしいと思った。 「な、なに笑ってるんだっ、バカ。 まひるが好きって言ったらそんなに おかしいのかっ、この笑い上戸っ」 「いや、まひるの照れ隠しが すっごくかわいいなって思ってさ」 「……う、うるさいっ、バカっ、まぬけっ、 おまえなんか世界で一番、大好きなんだっ! 死んじゃえーーーっ!!」  真っ赤な顔でまひるは、 波打ち際のほうへ逃げていった。  そこで、 「……えへへ……颯太にちゃんと 好きって言えたな……まひるは、 頑張たな……」  俺に聞こえないと思ってつぶやく まひるのかわいさが、 今回の修学旅行で一番の収穫だった。  朝、心地良い眠気に浸りながら、 俺がまどろんでいると、  突如、家のチャイムが高速連打され、 意識が覚醒した。 「……こんな鳴らし方をするのは 一人しかいないな」  リビングに移動して、 インターホンに応答する。 「おはよう、まひる」 「な、なんでまひるだって、 分かったんだっ? おまえはエスパーか?」 「そんなにチャイムを連打するのは まひるしかいないからね……」  ていうか、そうじゃなくても、 カメラがあるから分かるんだけどさ。 「とりあえず、まだ何にも 用意してないから、家に入って 待っててくれるか?」  玄関のほうからドアの開く音がした。 「おはようなんだ。 まひるは颯太を迎えにきたんだぞ。 彼女だから、当然なんだっ」  嬉しそうに、まひるが胸をはる。 「よしよし、ありがとな。 じゃ、ちょっと着替えてくるよ」  俺が自室に移動すると、 まひるもひょこひょこついてきた。 「えぇと……着替えるんだけど…?」 「何度も言わなくても、 まひるは分かるんだぞ。 早く着替えるんだっ」 「そうじゃなくて……まひるがそこにいると、 俺の着替えが見えるっていうかさ」 「大丈夫なんだ。まひるは そんなの気にしないんだ。 だって、まひるは彼女なんだっ!」 「……パンツも着替えるんだけど…?」 「へっちゃらなんだ。ちゃんと着替えられるか、 まひるがチェックしてあげるんだ。 まひるはおまえの彼女なんだぞっ!」 「チェックって、俺は 子供じゃないんだけどな」  まぁ、まひるが平気なら、 男の俺が恥ずかしがるのも変だよな。  よし、ここは男らしく堂々と着替えよう。  パジャマのシャツを勢いよく脱ぎすて、 ズボンを一気に下ろす。  続けざまに素早くトランクスを脱いだ。  解き放たれた俺の魂は、 今まさにぷらーんぷらーんと 雄々しく揺れていた。 「……あぅぅ……ぶらぶらしてるんだ……」 「なにガン見してんのっ!?」 「まひるは、別にそんなもの見てないんだ。 言いがかりは良くないんだぞ」 「……………」  どう考えても、凝視してたよ。 「あっ、いいことを思いついた。 まひるが颯太の着替えを手伝ってあげるんだ。 ありがたく思うんだ」 「いや、自分で着替えられるんだけど……」  言いながら、着替えのトランクスを 手にする。 「やだっ、まひるは手伝うんだっ! 手伝うったら、手伝うんだっ」  まひるが俺のトランクスをつかむ。 「こら、離せ」 「おまえこそ、離すんだ。 まひるが着替えさせてあげるんだ…!!」  俺とまひるが左右から引っぱり、 トランクスのゴムが伸びる。  うーむ、しょうがないな。 このまま真っ裸でトランクスを 奪いあうのも恥ずかしいし。 「分かったよ。じゃ、頼めるか?」 「最初からそう言えばいいんだ。 じゃ、足を上げるんだ」 「おう……」  ていうか、真っ裸で トランクスをはかされるのは、 ちょっと恥ずかしいな。 「んしょ、こうして、足に通して、んしょ…… できたんだっ!」 「反対だけどね」 「えっ? 反対とかあるのか? 柄が同じだから分からなかったんだ」 「前が開いてないだろ?」  まひるがパンツの前開き部分を 確認する。 「そっか。じゃ、もう一回なんだ。 んしょ、んしょ……」  まひるがパンツを脱がして、 もう一度はかせてくれる。 「これでいかな?」 「あぁ」 「でも、なんで前が開いてるんだ? まひるのパンツは開いてないんだぞ」 「そりゃ、ここから、出すから」 「出す?」  まひるがうーんと考える。 「あっ、分かった。おち○ちんを出すんだっ」 「……まぁ、そういうことだよ」 「じゃ、出してみるんだ」 「はい?」 「まひるは見たことないんだっ。 出してみるんだっ」 「いやいや、別に見なくてもいいだろ」 「まひるは彼女なんだぞっ。 恥ずかしがらずに出すんだっ」 「どう考えても、恥ずかしいよね」 「うー…!! じゃ、いいんだ。 まひるが出してあげるんだっ!」  まひるがトランクスの前を開け、 俺のち○ぽを出そうとする。 「こらっ、なに考えてるんだっ? やめろっ」 「んしょっ、こかな? これで出るかな?」 「や、やめ――ちょ、やばいからっ!」 「えいっ。やった、出た……あぁ……」  まひるにいじくりまわされ、 トランクスの窓からは俺の主砲が のぞいていた。 「……おっきく、なたな……」  このまま、まひるに 小さくしてもらいたかったけど、 何とか理性を働かせ、ぐっと堪えた。 「えへへ。颯太と一緒に登校なんだ。 まひるはうれしな」  まひるは俺にピタっとくっついてくる。 「まひるは、今日は上機嫌だな」  妙にくっついてくるし。 「だって、まひるは颯太の彼女なんだ。 これぐらい当たり前なんだぞ」  まぁ俺も嬉しいし、いいか。  あっというまに学校に到着した。  まひるとは校舎が違うので、 ここでお別れだ。 「じゃ、また昼休みな」 「……うん……」 「どうしたんだ? さっきまであんなに元気だったろ?」 「……まひるは、なんでちっちゃいんだ?」 「えぇと……そう言われても……」 「まひるがおっきかったら、 おまえと一緒に授業を受けられたんだ……」  「ちっちゃい」 って、年齢のことか。 「そうだな。俺もまひると一緒に 授業受けたかったけどさ。 こればっかりはしょうがないよな」 「……でも、まひるは、 離れたくないな……」  ついこないだまでは そんなこと言わなかったのにな。  本当に、かわいい奴だ。 「まひる、シャーペン持ってるか?」 「あるんだ」 「出してくれるか?」  こくり、とうなずき、 まひるがカバンからシャーペンをとりだす。 「俺のシャーペンと交換だ」  まひるにシャーペンを渡し、 代わりにまひるのシャーペンを受けとった。 「これをまひるだと思って授業を受けるからさ、 まひるもそれを俺だと思ってくれよ。 そしたら、一緒に勉強できるだろ」 「……そか、うん! えへへ、うれしな。 これで、颯太と一緒におべんきょ、 できるんだっ」 「じゃ、また昼休みな」 「うんっ。まひるはこのシャーペンで、 頑張るぞっ! 行ってくるんだっ!」  嬉しそうに、まひるは 校舎へと走っていった。  放課後。 「颯太、部活の時間なんだっ! まひるが迎えにきたんだぞっ!」  教室中に響くほどの声でまひるが言うと、 周囲からくすくすと笑い声が漏れた。  ちょっと恥ずかしい。 「どうしたんだ? 早く行くんだっ。 まひるはもう待ちきれないんだぞ」 「悪い。今日はちょっと病院に行くんだ」 「え、颯太はどこか悪いのか? 頭か? バカは死んでも治らないんだぞ。大丈夫か?」 「あのね……なに失礼なこと言ってるんだ……」 「それは濡れ衣なんだっ。 まひるは颯太のことを心配してるんだぞ」  そうは聞こえなかったんだけど…… 「歯がちょっと痛いからさ、 虫歯かどうか診てもらいにいくだけだよ」 「じ、地獄の歯医者に行くのか…!? 大丈夫か、颯太。 気をしっかり保つんだ…!!」 「いやいや、俺は大丈夫だけどね。 なんでまひるが怯えてるんだ…?」 「歯医者は恐ろしいんだぞ。 口の中をドリル攻撃されるんだ。 生きて帰れるか分からないんだっ!」 「大丈夫だから。生きて帰れるから」  教科書をしまい、カバンを持ちあげる。 「そういうわけで、今日は部活休むな」 「分かったんだ」 「あれ? まひる、部活出るんだろ? 部室はあっちだぞ」 「それぐらい分かってるんだ。 まひるは方向音痴じゃないんだぞ」  お前は方向音痴だよ。 「じゃ、なんでこっちにくるんだ?」 「颯太についていってあげるんだ。 独りで歯医者は心細いんだ」 「心細くはないけど、 まぁ、まひるが一緒だと嬉しいな」 「えっへん。まひるは優しいんだっ」 「でも、いいのか? 待ってるだけだから、かなり暇だぞ」 「うん、まひるは颯太と一緒にいたいんだ」 「そっか。じゃ、一緒に行こう」  まひると二人で歯医者に向かった。 「初秋颯太さん、初秋颯太さん、 診察室にお入りください」 「じゃ、行ってくるな」  立ちあがり、診察室へ向かうと、 なぜかまひるもついてきた。 「……まひる、今から診察なんだけど…?」 「颯太が心配だから、 まひるもついていくんだ。 応援は任せておくんだ」 「えぇと……」  ていうか、応援はいらないんだけど…… 「まひるは一緒に入っちゃダメなのか?」 「だめってことはないと思うんだけどね……」 「じゃ、まひるも行くんだっ! 颯太と一緒に地獄の歯医者と戦うんだっ!」 「いや、そんなに意気こまなくても、 俺は一人で大丈夫なんだけど……」 「……うー…!!」 「こらこら、なんで睨むんだ?」 「……だって、まひるは一緒にいたいんだ…… 離れたくないんだぞ……」  しょうがないな。 「やっぱり、まひるがいると心強いから、 一緒についてきてくれるか?」 「うんっ、任せておくんだっ。 まひるがいれば百人力なんだぞ」  まひると一緒に診察室へ入る。  気の良さそうな歯医者さんと、 看護師さんが待っていた。 「今日はどうしました?」 「颯太は虫歯になって歯が痛いんだ。 まひるは颯太が心細いから、 付き添いでついてきたんだぞっ」  くすくす、と看護師さんに笑われてしまう。 「じゃ、そこに座ってください。 どの歯ですか?」 「左奥の上の歯です」  診察台に座ると、器具を使って、 虫歯を確認される。 「あぁ、1本、虫歯ですね。 治療しちゃいましょう。 これなら麻酔なしでできますよ」 「ま、麻酔なしっ!?、 颯太が痛みでショック死するかも しれないんだっ!」 「大丈夫ですよ。 痛くないですから」  言いながら、歯医者さんは 治療用の器具をテキパキと用意する。 「あ……ど、ドリルなんだ…!?」  うがいなどをおこなって準備を終え、 いよいよ治療開始だ。 「痛かったら、手を上げてくださいねー」  治療用の器具が口の中に入れられ、 歯と擦れあう音が響く。 「頑張れっ、ドリルなんか怖くないんだっ。 怖くないったら、怖くないっ。まひるが ついてるぞっ! 頑張れっ、颯太っ!」  まひるの応援で思わず吹きだしそうになり、 俺は手を上げるのだった。 「トマトとキュウリを部室に 運んできたんだっ。 次は何をすればいいんだ?」 「もう時間だし、今日は終わりかな。 お疲れ様。頑張ったな」 「えっへん、まひるは頑張る子なんだ!」  まひるがない胸をはると、 ぐう、とお腹から音が鳴った。 「ち、違うんだぞっ! 今のはまひるじゃないんだっ。 そんな目で見るなっ!」 「分かった分かった。 俺は何も聞いてないからな」 「そうか。分かればいいんだ」  ぐう、とふたたびまひるのお腹が鳴った。 「……何か食べて帰るか?」 「うー…!! まひるじゃないんだ…!! これは宇宙人の陰謀なんだっ。 まひるを陥れようとしてるんだっ!」  言い訳を続けるまひるのお腹が、 三度、ぐう、と鳴る。 「……あぅぅ……」 「本当にお腹すいてないのか?」 「……お腹は……ちょっと空いた……」  どうやら空腹には勝てなかったらしい。 「じゃ、ナトゥラーレに行こうか」  部室に戻って、制服に着替えた後、 新渡町へ向かった。 「はいっ、お待たせー。 ラブラブオムライスと、 ラブラブナポリタンねー」  なぜかナポリタンも、オムライスも 盛りつけがハートマークになっている。  当然、うちにそんなメニューはない。 「……嫌がらせか?」 「えー、颯太ってそういうこと言うんだぁ。 せっかく忙しい中、マスターに頼んで ハート型にしてもらったのに」 「忙しいのに変なこと頼むなよ……」 「すいませーん」 「あ、はーい。ただいまお伺いします。 じゃね、ごゆっくりー」  まったく。絶対あいつ、からかってるだろ。 「えへへ……ハートなんだ……」 「嬉しいのか?」 「な、何がだ? まひるは何も言ってないんだぞ」  いや、明らかに言ってたけどね……  まぁいいか。 「じゃ、食べようか」 「「いただきます」」 「……あれ?」  いつもナポリタンについてくる 粉チーズがついてなかった。  さてはハート型になったのに満足して、 忘れたんだな?  友希は……と、忙しそうだな。  仕方ない。自分で行くか。 「ちょっと粉チーズとってくるな」 「まひるも行くんだっ!」 「すぐに戻ってくるけど」 「それでも行くんだっ!」 「まぁいいけどさ」 「すいません、マスター。 粉チーズなかったんで、 持ってきますね」 「おう。悪い。持ってけ」  厨房に入り、粉チーズを回収して、  すぐに席へ戻ってきた。 「えへへ……颯太と一緒に 粉チーズをとってきたんだ……」 「あ……しまった。 タバスコもない……」  仕方ない。もう一度いくか。  俺が立ちあがると、 「あっ、ど、どこ行くんだ? まひるも行くんだっ! 置いてっちゃダメなんだぞ」 「タバスコとりにいくだけだよ」 「それでも、まひるは一緒に行くんだ。 まひると颯太は以心伝心なんだ」 「一心同体って言いたいのか?」 「そうなんだっ。一心同体なんだ」  というわけで、ふたたびまひると一緒に 厨房に入り、今度はタバスコを回収する。  戻ってきて、タバスコと粉チーズを ナポリタンにかける。 「もぐもぐ……えへへ、 オムライス、おいしな。最高だな」  まひるはさっそくオムライスを 口いっぱいに頬ばっている。 「にゃにみてりゅんりゃ?」 「いやいや、全然わからないから、 食べてから話そうね」 「分かっりゃんりゃ」  さて、俺もナポリタンを食べよう。 「ごちそうさまっ。おいしかったんだ。 まひるは大満足なんだぞ」 「良かったな。口にソースついてるぞ」  紙ナプキンでまひるの口元を拭ってやる。 「ん……んん……とれたのか?」 「あぁ」  トイレに行こうと、立ちあがる。 「ど、どこ行くんだっ? まひるを置いてっちゃイヤなんだ」 「トイレだよ。ちょっと待っててな」 「まひるも一緒に行くんだっ!」 「えぇと……トイレなんだけど…?」 「まひるも行くんだっ!」 「……………」  まぁ、途中までならいいだろう、 とトイレの前まで一緒に移動する。 「えへへっ、トイレッ、トイレッ」  ドアを開く。  すると、まひるは 当然のようにトイレにまでついて 来ようとしていた。 「あのね……中まではだめだぞ」 「大丈夫なんだ」 「何がっ!? 大丈夫じゃないから」 「まひるはそんなの気にしないんだ」 「俺は気にするんだけどっ!?」 「うー……まひるを見捨てる気か?」 「いやいや、見捨てるとかじゃないから。 すぐに戻ってくるからな」 「やだっ、まひるも一緒にトイレに行くっ。 まひるは颯太の彼女なんだ。トイレも 一緒なんだ。一緒にトイレしたいっ!」 「いや、ちょっと、まひる、 声が大きいっていうかさ……」 「……うわぁ……大胆……」 「何がっ? ねぇ何がっ!?」 「何の騒ぎ?」 「いや、何でもないんですっ!」 「颯太、何してるんだ? 早く一緒にトイレに入るんだ」 「……………」 「お客様。当店ではそういうプレイは ご遠慮いただいていますので」 「……いや、あの……」 「ん? 何かな?」 「……………」  ひどい誤解だった。  朝ごはんを食べおわると、 ちょうど家のチャイムが鳴った。 「はい」  インターホンに応答する。 「お迎えまひるなんだっ。 一緒に学校いくんだ」 「おう。まだ用意できてないから、 中に入っててくれるか?」  パタパタと足音を響かせて、 まひるが家に入ってきた。 「おはようなんだっ!」 「おはよう。すぐ用意するから、 ちょっと待っててな」 「うん、まひるはいい子にして 待ってるんだぞ」  そう言って、まひるは ちょこんとソファーに座った。  俺は食器を流しに出して、手早く洗う。  学校に行く準備を整えると、 カバンを持ってリビングに戻る。  ソファーを見ると、 「……すー……すー……」  まひるが寝入っていた。 「まひる、用意できたよ。起きな」 「ん……あ……あれ? 颯太がいるんだ…?」 「そりゃ、俺の家だからな。大丈夫か?」 「あ……うん。ちょっと寝ぼけてたんだ。 でも、もう大丈夫なんだっ。 用意できたのか?」 「おう、待たせたな。行こうか」 「ふわぁぁ……ううぅ……」 「眠いのか?」 「最近、仕事が忙しくなったんだ。 いくら寝ても眠いんだ」 「ドラマとかか?」 「うんっ。今度は名探偵の役なんだ。 まひるがズバッと事件を解決するんだぞ」 「へぇ。でも、名探偵って、 いくつぐらいの役なんだ? まひるの年齢でも大丈夫なのか?」 「小学生名探偵だから大丈夫なんだぞ」  小学生の役か…… 小柄なまひるなら、確かに行けそうだな。 むしろ、 「それなら得意分野だな」 「それはまひるが子供っぽいって意味かっ?」 「いやいや、まひるの演技力が すごいって意味だよ」 「えへへ、 まひるは演技力には自信があるんだ。 いつも監督に褒められるんだぞ」  そんなふうに和やかに話をしながら、 学校へ向かった。 「じゃ、まひるはここまでなんだ」 「えっ? ここまでって?」 「今日はこれから撮影があるんだ。 すぐに帰らなきゃいけないんだ」 「じゃ、授業出ないのに、 学校まで来たのか?」 「颯太と少しでも一緒にいたかったんだ。 一緒に学校に行くのは、 まひるの楽しみなんだぞ」 「そっか……」 「じゃ、もう時間がないから行くんだ。 また放課後、部活に来るんだっ」 「ありがとうな。撮影、頑張ってな」 「うんっ、行ってくるんだっ」  そうとう時間がぎりぎりなのか、 まひるは走って帰っていった。  そして、放課後。  いつも通り、部活を始めたんだけど―― 「まひるちゃん、 いらっしゃらないですね」 「あぁ、放課後くるって言ってたんだけど、 撮影が長引いてるのかもな」 「学業もしながら、お仕事もされるなんて、 まひるちゃんはとても頑張り屋さんなのです」 「そうだよな。 あんまり無茶してないといいんだけど……」  今朝もちょっと椅子に座っただけで、 寝ちゃってたもんな。 「はい、こちらは終わりました。 次はどういたしましょうか?」 「あぁ、もうすぐ夏だし、 芽キャベツとモロヘイヤを 植えようと思うんだ」  まぁ、QPの魔法のおかげで、 この畑の季節感はまったくないんだけど。 「教えるから、一緒にやってみよう」 「はい。よろしくお願いいたします」  畑仕事をしてるとあっというまに 時間が過ぎた。 「よし、じゃ、これで終わりだな。 今日はここまでにしよう」 「ありがとうございました。 今日もとても楽しかったのです」  それにしても、 けっきょく、まひるは来なかったな。 「颯太ーーーーーーっ!!」  ん? 「あ、まひるちゃんなのです」  まひるが勢いよく走ってきた。 「はぁ……はぁ……撮影が押したんだ。 でも、まひるは部活に来たかったから、 頑張ったんだぞ」 「そっか。大変だったな。お疲れ」 「部活はまだやってるか?」 「あぁ、いや……ついさっき、 終わったところだけど……」 「……間に合わなかったのか……」 「じゃあさ、せっかくだし、 みんなでごはん食べていこうよ」 「とても良い考えなのです。 部長さんもお誘いしてみましょう」 「あ……でも、まひるは 明日、東京に行かなきゃいけないから、 またすぐに戻らなきゃいけないんだ……」 「そうでしたか。お忙しいのですね」 「……うん、でも、しょうがないんだ……」  うーむ。せっかく忙しい合間を 縫って来たのに、何もしないで帰すのは さすがにかわいそうだよな。 「分かった。じゃ、部活しよう。 今日はモロヘイヤと芽キャベツを 植えるんだ」 「……いいのか? 部活は終わったんじゃないのか?」 「ちょっとぐらい大丈夫だよ。 まひるの時間が来るまでやろう」 「あ、姫守は何か用事あるんだったら、 先に帰っても大丈夫だぞ」 「いえ、私もお付き合いするのです」 「そっか、ありがとうな」 「じゃ、まひるはモロヘイヤから 植えるんだっ!」 「よし、じゃ、やり方を教えてあげるよ。 まずこれがモロヘイヤの種な。 それでこうやって――」  時間にすれば十数分だったけど、 まひるは部活ができたことに とても満足そうだった。  昼休み。  いつものように部室へ向かう途中、 何気なく窓から校門のほうを見ていた。 「ん……まひる…?」  まひるが校門をくぐって校舎へと向かって くるのが見えた。  今朝、「まだ東京にいる」 っていうメールが 来たんだけど……  東京から帰ってきて すぐ学校に来たんだろうか?  校舎を出て部室へと渡るところで、 ちょうどまひると出会った。 「まひるっ、おはよう」 「あっ、颯太。おはようなんだっ! まひるは何とか昼休みには 間に合ったんだぞ」 「今こっちに着いたのか?」 「そうなんだ。新幹線に乗りつづけて、 まひるはぐったりなんだ。 でも、颯太に会えたから、回復したんだぞ!」 「それは良かったな。 じゃ、一緒にお弁当食べるか?」 「おべんと、おべんとっ、うれしな。 颯太とおべんとっ、あぁっ…!!」 「どうした?」 「……おべんと、忘れた……」 「お弁当忘れたぐらいで そんなこの世の終わりみたいな顔するなって。 俺のを分けてあげるからさ」 「……いいのか…? おまえの分が減るんだぞ。お腹すかないか?」 「大丈夫だよ。それより、まひるのお腹が 減るほうが見てられないからな」 「……そか……えへへ……うれしな。 颯太はやさしな。おべんとはおいしな」  カバンから弁当箱をとりだし、フタを開ける。 「んと……玉子焼き、ハンバーグ、 サラダは置いといて、チャーハン。 やった、まひるは全部食べられるんだ」  サラダは 「全部」 に入らないのか…… 「何から食べたい」 「玉子焼きがいかな、でも、ハンバーグ……は、 後にとっておいて、チャーハン……でも、 やっぱり玉子焼きがいいな」 「玉子焼きな。はい」  箸で玉子焼きを切って、 まひるの口元に運ぶ。 「……まひるはもう子供じゃないんだぞ。 自分で食べられるんだっ!」  けど、さらに口元に玉子焼きを接近させると、 まひるは食欲に負けて口を開いた。 「あむ、もぐもぐ…… まひるを、子供扱いしたらダメなんだぞっ」 「おいしいか?」 「おいしいんだっ!」 「じゃ、次は何がいい?」 「んと、ハンバーグがいかな」  今度はハンバーグを口元に運ぶ。 「だから、まひるは自分で―― あむ、もぐもぐ……」  またしても、ハンバーグを接近させると、 まひるはぱくりとそれに食いついた。 「まひるは自分で食べられるんだぞ」 「はい、チャーハンだぞ。あーん」 「あーん、もぐもぐ……えへへ、おいしな。 次はもう一回ハンバーグなんだ」 「了解」 「あーん」  まひるはすでに自分から口を開いている。  本当にかわいいよな、こいつは。 「はい」 「あむ、もぐもぐ。えへへ、おいしな。 颯太のハンバーグは最高だな。幸せだな。 幸せ玉子……あ、次は玉子焼きを食べるんだ」  その連想はいまいちよく分からないけど、 玉子焼きをまひるに食べさせてやる。 「あむあむ……えへへっ、 やっぱり玉子焼きはおいしいんだ。 最高なんだっ」  調子に乗って、まひるは どんどんお弁当を食べていく。  そして―― 「あっ……しまた…… まひるが全部食べちゃった……」  サラダは残ってるけど。 「気にするなって。昨日、収穫したから 食べる物は山ほどあるしさ」  部室の冷蔵庫を開けて、 丸いフルーツをとりだす。 「あっ、メロンなんだっ! これも畑で穫れたのか?」 「おう。まだ畑にもあるし、 正直、食べきれないぐらいの量だからさ。 この機会にちょっとでも減らすよ」 「じゃ、まひるも協力するんだっ。 メロンなら3個は食べられるんだっ」 「お腹壊すなよ」  苦笑しながら言って、 まな板と包丁を用意する。 「えへへ、メロン、メロンッ。 まひるもメロン収穫してみたいな」 「じゃ、今日の部活でやるか?」 「……やりたいけど、 まひるは今日は昼休みしか時間がないんだ。 今度はこっちでお仕事があるんだ……」 「そっか。じゃ、明日は?」 「明日は一日中、仕事なんだ……」  本当に忙しいんだな。 「でも、明後日の放課後は大丈夫なんだ。 メロンを収穫して、その後一緒に 遊びにいきたいなっ」 「いいぞ。じゃ、約束な」 「うんっ、約束なんだっ。 まひるは何があっても守るんだぞっ!」  ちょうどメロンを切りおわった。 「はいっ、切れたよ。食べな」 「えへへっ、メロンだぁ…… おいしそだな。いただきます。 あむ、もぐもぐ――」  まひるは宣言通り、 メロン3個を軽く平らげたのだった。  放課後。 「初秋さん。申し訳ないのですが、 本日は少々、所用がございまして、 部活をお休みしてもよろしいですか?」 「あぁ、いいよ。ていうか、 別に何も言わずに休んでも大丈夫だよ」 「いえ、そういうわけにはいかないのです」  姫守は真面目だからな。 「まぁ、言っても全然いいんだけどさ。 じゃ、今日は休みってことだな」 「はい。よろしくお願いいたします」  ぺこり、と頭を下げて、 姫守は教室を出ていった。  さて、俺も部室に行くか。 「あれ、誰もいない?」  部長は休みかもしれないけど、 まひるとはメロンを収穫するって 約束したしな。  今朝は一緒に登校したし、 学校にはいるはずだ。  まぁ、授業が長引いてるんだろう。  ぼんやりと待つことにした。  30分経ったが誰も来ない。  たぶん、部長は休みだな。  でも、まひるはどうしたんだろう? さすがにここまで授業が長引くとも 思えないし。 「……………」  教室まで様子を見にいってみるか。  まひるの教室は……ここだな。  話し声はまったくしないし、 授業は終わってるんだろう。  ドア少し開けて、中の様子を見てみる。  誰もいない。  いや、一人だけいた。 「すー……すー……」  まひるが机の上に突っ伏して、 すやすやと気持ち良さそうに 眠っている。  起こそうかと思ったけど、 寸前で思いとどまる。  ここ最近、学校と仕事場所を 行ったり来たりして、めちゃくちゃ 忙しそうだったもんな。  自然に起きるまで寝かせといてあげよう。 「ん……颯……太…… 一緒に、メロン、収穫しよな……」 「……あぁ、まひるが起きたらな」  まひるの頭を優しく撫でてやる。 「……えへへ……」  まひるは眠ったまま、 嬉しそうな表情を浮かべた。  そのまま頭を撫でながら、 子供みたいなまひるの寝顔を ずっと見ていた。  どのぐらい、そうしていただろうか。 「ん……んん……颯……太…?」  まひるがゆっくりと目を開いた。 「おはよう」 「あ……まひるは、寝てたのか…?」 「あぁ、そうとう疲れてたんだな。 ぐっすりだったよ」 「……ごめんなさい……」 「なんで謝るんだ。別に怒ってないぞ」 「でも、まひるは約束したんだ。 メロンを収穫して、遊びにいくって、 なのに寝てたんだ……」 「まだ部活の時間は終わってないし、 これからだって遊びにいけるだろ」 「……まひるは、悪い子じゃないか…?」 「悪い子なわけないって。 仕事もして、学校も来て、頑張ってるだろ。 めちゃくちゃいい子だよ」 「……いい子は寝坊したりしないんだ……」 「いいんだよ。仕事でも、 授業でもないんだから」 「それにまひるの寝顔を見れて、 俺も得した気分だったしな」 「……そ、そんなの見て、どうするんだ?」 「見てるだけだよ。 まひるの寝顔はすっごくかわいいしな。 ずっと見てたいぐらいだったよ」 「……そか……」 「あぁ。ほら、行こうよ。 メロンを収穫したかったんだろ?」  座っているまひるに、手を差しだす。  けれども、まひるはその手をとらずに、 俺に抱きついてきた。 「どうした?」 「……好きなんだ……」  まひるは腕に力を込めて、 さらにぎゅっとくっついてくる。 「……まひるは、おまえのことが好きだ……」  まひるが背伸びをして、 ゆっくりと唇を近づけてくる。  彼女の肩を抱いて、その唇を唇で迎えた。 「……ん……ちゅ……あ……んん…… んはぁ……」 「俺もまひるのことが好きだよ」 「……じゃ、もっと、キスしよ……」  小さな舌が俺の口内に入ってくる。 「……ん……れろれろ……んちゅ…… あ……んれろ……れちゅっ、ちゅっ…… ちゅぱっ……んはぁ……」  まひるの舌が俺の舌に絡みついてきて、 何度も何度も舐めまわされる。  吸いついてくるかわいい唇も、 華奢な身体も、すごく柔らかくて、 頭がぼーっとする。 「好き……ん……ちゅ……好きだ…… あむ……れろれろ……んっちゅ……」 「俺も好きだよ、まひる」 「じゃ、まひるが もっとキスしてあげるんだ……」  誰もいなくなった教室で、 何度も何度も俺たちは、 キスを求めあったのだった。 「……れろれぇろ……んちゅ……あむ……ん、 れろれちゅ……ん……好き……」  まひるの舌が蕩けるような気持ち良さで、 身体がすごく熱くなる。  気がつけば、下半身が反応していた。 「あ……おっきく、なたな?」  密着しているからか、 まひるには俺が勃起したことが 分かったようだ。 「……ご、ごめんな……」 「まひるのキスが気持ち良かったのか?」 「まぁ、そうだけど……」 「えへへ……じゃ、もっと 気持ちいいことしたほうがいかな?」 「もっと気持ちいいことって?」 「まひるに任せるんだ」  俺はまひるになされるがまま 机に座らされた。 「……あぅ……おち○ちん、 もうこんなにおっきいんだ……」 「まひるにキスされたから、 こんなふうになっちゃったのか?」 「……まひるが、舌を入れて 舐めまわしてくるからだよ……」 「……そか……じゃ、おち○ちんも、 まひるが舐めまわしてあげるんだぞ……」  まひるがれぇぇと舌を伸ばし、 俺のち○ぽにぺたりとつける。  まひるの舌が触れているだけでも 気持ちいいのに、さらにそれがぺろぺろと 丹念にち○ぽを舐めまわしてくる。  小さな舌はまるで蕩けるような感触で、 思わず声が出てしまいそうだ。 「んと……こかな? これでいかな? んれぇろれろ……んっん、ちゅっ、 れろれろ……んれぇろ……」 「ん……おち○ちん、変な味だな…… びくびくしてるぞ。気持ちいかな?」  まるで試行錯誤するように まひるは俺のち○ぽに舌を這わせ、 色んな方法で舐めまわす。  予測のつかない舌使いが、 味わったことのない感触と快感を もたらして、俺の頭を真っ白にしていく。 「えへへ、気持ちいかな?」 「……すごくいいよ」 「ふふっ、まひるだって、もう大人なんだぞ。 フェラチオぐらいできるんだ。もっと、 おち○ちん、気持ち良くしてあげようか?」 「あぁ」 「じゃ、してあげるんだ」  まひるの舌が亀頭にぴったりと吸いつき、 そして、れろれろと円を描くように 舐めまわしはじめる。  まるで吸盤のようなまひるの舌に ち○ぽが蕩けてしまいそうだ。 「んっ、ちゅれろっ……れろれろ、んれぇろ、 あぁ……んれぇろ、れろ……ぴちゃぴちゃ、 ちゅっ、ちゅう……れぇろ、れちゅ……」 「えへへ、まひるが舐めると、 おち○ちんがぴくぴくするな。 ぺろぺろすると感じちゃうんだっ」  ぴちゃぴちゃ、と今度は カリの部分を舐められる。  唾液が塗られ、ヌルヌルになった ところに、まひるの舌が貼りついてきて、 そこからじわじわと快感が広がる。 「んっれろれろ、ちゅっ、ちゅう……あぁ…… れろれろ、ぴちゃぴちゃ……んっ、ちゅ、 れろ……れあむ、れろれろ、んちゅ……」 「ふふっ、まひるに舐められると、 気持ち良くて何にも言えなくなるんだ。 おまえは変態なんだ」 「そういう生意気なことを言うと、 こうだぞ」 「あっ、ダメだっ、今はまひるが フェラチオしてるんだっ。んんっ!!」  乳首をつねると、まひるは 気持ち良さそうに身体をくねらせ、 吐息混じりの喘ぎ声をあげる。  そのままくりくりと乳首を 指でいじりまわしてると、 ち○ぽを舐めていた舌の動きが止まった。 「乳首、気持ちいいんだろ。 まひるも変態だな」 「ま、まひるは変態じゃないんだっ。 おまえのほうこそ変態なんだっ。 おち○ちん、舐められて喜ぶくせにっ」 「んっ、れぇろ、れちゅっ……あっ、やだぁ、 そんなに乳首ばっかりいじっちゃ…… ダメ……なんだ……」  まひるはち○ぽを必死で舐めようとするけど、 乳首を愛撫される快感に負けて、 思うように舌を動かすことができないようだ。  彼女がびくびくと身体を震わせると、 舌を通じてその振動が伝わってくる。 「あぅぅ……あっん、ズルいんだ…… 今日は、まひるが、あっ、気持ち良くさせて あげるんだっ……」 「じゃ、もっと舐めないと無理だぞ」 「あっ、あんっ、ズルだぁっ……んっ、あはぁ、 んっ、んんっ、あ、んん……そしたら、 こうするんだ……」  まひるが口いっぱいにち○ぽを頬ばり、 今度は俺の手が止まる。  唾液の量が多い体質なのか、 まひるの口内はとろとろで、ち○ぽを 挿れているだけでも気持ちがいい。  その上、まひるがちゅうと吸いついてきて、 れろれろと口の中でち○ぽを舐めまわし はじめた。 「んっ、ちゅっ……ちゅうぅっ、れろれぇろ、 れあむ……れろれろ、ぴちゃ……んちゅ、 ちゅぱっ、ちゅるっ……ちゅれろ、れろ」 「……えへへ、まひりゅのくひが きもひよくて、手が止まっちゃったんら」  さっきの意趣返しのように言って、 まひるがち○ぽをしゃぶる。  まるで、まひるの口中が 吸いついてくるような感触で、 気持ち良くて仕方がない。 「ん……あぁ……まひるのくひのなかれ、 おっきふ、なてきた……ん……んん……」 「えへへ……もうまひるの勝ひなんら、 ぺろぺろして、たくしゃん、 イカせりゅんだぞ……」  ちゅるるっ、とまひるはち○ぽを 吸いあげて、どんどん呑みこんでいく。  子供みたいなまひるに 咥えさせている光景がすごくいやらしくて、 見ているだけで快感が膨れあがる。 「んれぇろ、んっ、気持ひいかな? んちゅっ、ちゅぱっ、精液、出そかな? ちゅっ、んちゅぅっ、ちゅぱっ」 「ちゅうっ、ちゅぱっ、れろれろ、んちゅ…… れろれろ……ぴちゃぴちゃ、んちゅ…… あむ……んあぁむ……れろれろっ、れちゅ」  顔を動かし、口をおま○こ代わりに するようにして、まひるはち○ぽを しゃぶっている。  一生懸命フェラチオをするまひるの姿を見て、 今にもイッてしまいそうなほどの射精感が 込みあげてきた。 「まだ出ないかにゃ? おち○ちんから、 精液、出ないかにゃ? んちゅっ、まひるは、 がんばりゅぞっ、んれろっ、あむあむ……」 「あむ……ちゅっ、ちゅるるっ、ちゅぱっ、 れろれろ……あむ、んちゅっ、ちゅれろ、 んっ、んんっ……ちゅっ、ちゅうっ……」  きゅっと唇がすぼまり、カリの部分に ちゅうちゅうと吸いついてくる。  れろれろと舌が動いて、 ち○ぽに唾液を塗布されては、 またちゅるるっと呑みこまれる。  一緒に精液まで 吸いだされてしまいそうだ。 「んちゅっ、早く出しゅんだっ…… 気持ひよくないか? まだイカないかな? まひるは、イクとこ、見たいにゃ」 「んっ、ちゅぱっ、あむ、れろれろ…… おち○ちん、んっ、びくびくしてきちゃ…… もう少しかな? もうイクかな?」 「れちゅっ、んっ……ちゅぱっ、ちゅぼっ、 んれぇろれろ……あむ、れろ……んれろん、 んっ、あぁ、んはぁ……ちゅっ、ちゅう」  じゅるる、じゅるるるっと、 淫らな水音を響かせながら、 まひるが懸命にち○ぽを吸いあげる。  とろとろでヌルヌルした口内も、 蕩けるようなまひるの舌も、 ち○ぽが触れるたびに気持ち良くて、  欲望のタガが外れてしまう。  俺はまひるの動きに合わせ、 腰を動かし、快楽に任せて喉を突いた。 「んっ、んんーっ、んちゅっ、ちゅぱっ、 れろれぇろっ……んれぇろっ、んちゅ、 あむあむ……れあむ、ちゅっ、ちゅる」  口内をち○ぽで突かれることに、 少し苦しげにしながらも、まひるはそれを 受けいれるように舌を吸いつかせてくる。  まひるの口の中に思いきり精液を 注ぎたい気持ちが、快感とともに どんどん膨れあがっていく。 「んっ、あぁ、びくびくしてりゅっ…… イクのかな? イッてほしな、んんーっ、 んっちゅ、ちゅぱ、ちゅるるっ!」 「まひる……出すよ……」 「ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅれろっ、んちゅ、 んあぁむ、ちゅれろっ、じゅるっ、んはぁ、 れろれろ、れちゅっ、ちゅぱはっ!」 「んじゅるるっ……じゅりゅるるるっ、 ちゅれろ……ちゅるっ、ちゅるるるっ…… じゅっ、じゅるるっ、じゅりゅりゅるるっ!」 「んっ、んんんんっーーーーっ!」  どくどく、とまひるの口の中に 精液を注ぎこんでいく。 「んぐんぐ……ごっくん……ん…… まだ出りゅ……ん、あぁ……」 「あっ、あぅっ…!! うー……またびちょびちょなんだ……」  大量に出された精液を さすがにまひるも飲みきれず、 残った分が顔にぶっかかった。 「……ごめんなさい…… 颯太がくれた精液、まひるは 飲めなかた……」 「……そんなこと気にするなよ。 頑張って飲もうとしてくれて、 嬉しかったよ」 「……そうか…?」 「それにまひるの口の中、 すっごく気持ち良かったからな」 「えへへ……うれしな。 まひるはフェラチオ、うまくできたか?」 「あぁ、病みつきになりそうだよ」 「ふふっ、えっへん。まひるは頑張ったんだ。 フェラチオだってできるって言ったんだぞ」  精液まみれの顔でそんなことを言うまひるが、 すごくえっちだった。  その後、 まひると一緒にメロンを収穫したのだった。  バイト中。俺が洗い物をしてると、 友希がやってきた。 「颯太ー、まひるが呼んでるわよ」 「おう。 『手が空いたら行く』って言っといてくれ」  何の用だろう?  まぁ、まずは洗い物からだな。  仕事を一通り片付けたので、 フロアにやってきた。 「まひる、どうした?」 「もぐもぐ……あむあむ…… ふぇわいーはーふにいひはいんら!」 「何を言ってるか 全然わからないんだけど…?」  すると、まひるが雑誌を指さす。 豊瀬にある遊園地、フェアリーパークの 特集だった。 「もしかして、ここに行きたいのか?」  まひるは口いっぱいに 詰めこんだオムライスを呑みこむ。 「そうなんだ。颯太と二人で遊園地なんだ。 ぜったい楽しいんだっ!」  遊園地デートは定番だし、 確かに楽しそうだな。 「でも、豊瀬のほうだからな。 けっこう遠いっていうかさ」 「遊園地っ、遊園地ったら遊園地っ。 颯太とまひるで遊園地っ、楽しなっ、 楽しなっ!」 「分かった分かった。 じゃ、前向きに考えるとしてだ。 お前は休みあるのか?」 「ちょうど次の日曜日が休みなんだっ!」 「また急な話だな」 「思い立ったが祝日なんだぞ」 「思い立っても休みにはならないよ。吉日な」 「そんな細かいことはどうでもいいんだ。 颯太は休みなのかっ? 休みじゃなかったら、 まひるにいい考えがあるんだぞ」 「いちおう、その『いい考え』を 先に聞かせてくれるか?」 「休めっ!」 「あのね……」 「大丈夫なんだ。まひるがマスターに話を つけてあげるんだぞ。『デートしたいから 休みたい』ってお願いする作戦で行くんだ」 「作戦も何も直球すぎるよね。 いくらバイトでも、怒られるよ」 「まひるの作戦が、 見破られるっていうのか…!?」 「それ以前の問題だからね」 「それなら、第二の作戦でいくんだ。 最初の作戦がダメでも、臨機応変に できなかったらまひるの名がすたるんだぞ」 「で、それはどんな作戦なんだ?」 「…………うーん……どうしよぉ…?」 「名がすたってるぞ」 「うるさいんだっ。まひるはいま一生懸命、 臨機応変に考えてるところなんだから、 邪魔しちゃダメなんだぞ」 「いや、でもさ……」 「まひるがいいって言うまで、 しゃべったら罰金なんだぞっ」  罰金て……  しょうがない。 しばらく静かにしてるか。 「あっ、そうだ。代わりにシフトに 入ってくれる人を探せばいいんじゃないか? まひるも手伝うぞ。お願いするんだぞ」 「っていうか、日曜日は もともと休みなんだけどさ」 「な…!? じゃ、まひるは徒労かっ? 徒労なのかっ? せっかく考えたのにっ、 どうして先に言わないんだっ!?」 「言おうとしたんだけど、 まひるが『しゃべるな』って言ったからさ」 「『しゃべるな』とは言ったけど、 『しゃべるな』とは言ってないんだっ!」 「…………えっ?」  素で意味が分からなかった。 「ていうことは、俺は先に言わなかったけど、 先に言ったとも考えられるわけか?」 「あ……い、一理あるんだ…!? まひるの負けなんだ……」  いや、まったく一理ないけどな。 「まぁ、それはいいとしてさ。 休みは日曜日だけだろ。日帰りになるから、 あんまりゆっくりはできないぞ」 「次の日は学校もあるしな」 「颯太と遊園地に行けるんなら、 それでもいいんだっ! 一緒に色んな乗り物に乗るんだぞっ!」 「あとお化け屋敷な」 「お、お化け屋敷なんて子供っぽいものは、 まひるは大人だからやらないんだっ」 「怖いんだろ?」 「こっ、怖くないんだっ。 お化けなんていないんだぞっ!」 「じゃ、一緒に行くか?」 「うー…!!」 「冗談だよ。せっかく遊園地に行って、 怖い思いはしたくないもんな」 「だ、大丈夫なんだっ。 まひるはお化け屋敷いくんだぞ」 「本当か? 無理しなくていいんだぞ」 「無理してないんだ。 まひるはお化けなんてへっちゃらなんだ。 颯太に目にものを見せてやるんだっ!」 「……いや、まひる。 そんなにムキにならなくても」 「ムキになんかなってないんだ。 まひるはお化け屋敷いくんだ。 止めても行くんだっ! もう決めたんだっ!」 「そこまで言うなら止めないけどさ……」  まぁ、当日になれば、 まひるのことだから気も変わるだろう。 「それじゃ、日曜日の予定を決めようか? 朝早くても平気か?」 「うんっ。まひるは頑張って早起きするんだ」 「それじゃ、高速バスで 朝早く出るといいかなぁ…?」 「ねぇねぇ、颯太」 「悪い。今ちょっと考え事しててさ」 「うんとね、後にしたほうがいいと思うなぁ。 今、バイト中だし」 「あっ……」  やばい。完全に忘れてた。  今日の授業は終わり、 部活の時間だ。  姫守に声をかけようと思ったけど、 他の女子と楽しそうに話していたので 先に部室へ向かうことにする。 「話は聞いたよ、初秋颯太。 遊園地に行くそうだね」  どこで聞きつけやがったんだ…? 「そうだよ。楽しそうだろ。 遊園地デートって定番だしな」 「楽しそう? 定番? やれやれ、君は何も 分かっていないようだね」 「何がだよ?」 「遊園地デートというのは、 君が考えているような 甘っちょろい代物じゃないんだ」 「特に付き合いたてのカップルにとっては 楽しいどころか、鬼門だよ」 「いやいや、何の話だよ? ただの遊園地だぞ、遊園地」 「アトラクションは山ほどあるし、 食べ物だって普段は食べないようなものが あるし、楽しい以外考えられないだろ」 「初秋颯太。君はまさか、 付き合ったら、もう二度と振られない、 なんて考えてないだろうね?」 「え……て、なに脅してるんだよ……」 「いいや、これは脅しじゃないよ。 そもそも君は一度彼女に振られているだろう? 付き合ったのにもかかわらずね」 「それは、俺がまひるとちゃんと 向きあってなかったからで……」 「でも、今回は違うんだよ」 「だからといって、 君が振られないとは限らないよ。 特に遊園地デートなんてしようものならね」 「遊園地にいったい何があるって言うんだ?」 「いいかい? 付き合いたてのカップルが 別れる一番の理由が遊園地なんだ」 「な……なんでだ? 遊園地は楽しいはずだろ?」 「そう、遊園地は楽しいはず、 誰もがそう考える。だとしたら、 こうも考えられると思わないかい?」 「楽しいはずの遊園地が、 もし楽しくなかったとしたら、 それは相手が悪かったんだ――とね」 「……た、確かに…… 言われてみればそうかもしれない」 「つまり、遊園地というのは、 上げられたハードルなんだよ」 「君は何が何でも、 それを超えなければならないんだ。 彼女をがっかりさせないためにね」 「なんか……遊園地に行くってだけで、 急にプレッシャーがかかってきたぞ……」 「それが遊園地に行く前の 正しい心構えだよ」 「だけど、まひるは遊園地を そうとう楽しみにしてるし、正直、乗り物に 乗ってるだけで大喜びだと思うぞ」 「それについては同意するよ。 だけど、待ち時間はどうするんだい?」 「待ち時間…?」 「遊園地の大半は待ち時間だよ。 乗り物を5分乗るのに1時間以上、 待たなければならない」 「つまり、遊園地に行くってことは、 待ち時間を楽しみに行くといっても 過言ではない」 「な、なるほど…… 珍しくお前もまともそうなことを言うな」 「ということはだ。デート成功の鍵は、 待ち時間にまひるをどう楽しませるかに かかってるってことか?」 「100の話題と10のサプライズを用意しても、 待ち時間を制するに叶わず。これは、 妖精界に伝わるデートの格言だ」 「君はいくつの話題を用意したんだい?」 「……う……それは……」 「その様子だと何も用意していないようだね」 「……あぁ」 「まったく、君ときたら、 付き合ったからといってすぐにこれだ。 まだまだ目を離すわけにはいかないようだね」  ぐうの音も出なかった。 「……お前の言う通り、待ち時間の対策は していくことにするよ」 「それがいいよ。よく覚えておくといい。 デート中に彼女が上の空になったら、 それは別れが近い兆候だ」 「なら、そうならないように、 頑張るさ」 「今日は素直にぼくのアドバイスを 聞いてくれるようだね」 「まぁ、なんだかんだで、 お前のおかげでまひると 付き合えたわけだしな」  あと今回のアドバイスは、 今までに比べるとまともそうだしな。 「それなら、ぼくも一安心だよ。 つきあったからと言って、それで恋が 成就したってわけじゃないんだ」 「本当は直接現地で アドバイスしたいところだけど、 遊園地にはついていけないからね」 「そうなのか? どうせ無理矢理ついてくるんだと 思ってたけど」 「そうしたいのは山々だけどね。 遊園地には行けない事情があるんだ」 「……それは、なんでなんだ?」 「遠いからね」 「……それだけ?」 「遠出をするのはぼくも疲れるんだよ。 できれば家でのんびりしたいじゃないか」 「働けよ、恋の妖精なら」 「大丈夫、君ならきっとできるよ、初秋颯太。 ぼくはそう信じている」 「ぜんぜん説得力ないんだけどっ!? 面倒臭いだけだよねっ?」 「やれやれ、口を出しても文句を言う。 出さなくても文句を言う。人間というのは、 わがままな生き物だね」 「お前ほどじゃないけどな」 「ん? あれ?」  また言いたいことだけ言って、 どっか行ったな。 「QP、ありがとうな」  いちおう、お礼を言っておいた。  聞こえたかは知らないけど。  それはともかく、 部室に行かないとな。  中に入ると、 すぐにまひるが駆けよってきた。 「あと二日なんだっ! まひるは楽しみだぞっ」  うーむ、QPの言った通り、 ハードルは順調に上がってるようだな。 「姫守も部長もまだみたいだし、 どのアトラクションから回るか、 今のうちに決めとくか?」 「うんっ! まひるは一番は ジェットコースターがいいんだっ」 「じゃ、二番は?」 「二番もジェットコースターなんだっ!」 「いやいや、その乗り方おかしいよね? いきなり2回も乗るのか?」 「だって、まひるはジェットコースターが 好きなんだぞ。何回乗っても、 いいぐらいなんだ」 「そんなに好きなら、いいけどさ」 「やった。その代わり、おまえが好きな 乗り物にも2回乗っていいんだぞ。 まひるが許可するんだ」 「ありがとな。 でも、特に2回も乗りたいものは ないんだけどさ」 「うー…!! それじゃ、不公平なんだっ。 颯太も何か2回乗るんだっ。 ジェットコースターがオススメだぞ」 「って、4回も乗る気か……」 「おまえが決めないから、 まひるが決めてあげたんだぞ。 ありがたく思えっ」 「はいはい、ありがとうな。 まひるは優しいな」 「えへへ、褒められたな。うれしな」 「でも、ジェットコースター以外がいいな」 「うー…!! ぬか喜び作戦か…!!」 「じゃ、何にしようかな?」 「あっ、観覧車はどうだっ? まひるは観覧車も好きだぞ。 それに恋人同士は観覧車に乗るんだっ」 「そうだな、まひると乗るんなら、 何回乗ってもいいかもな」 「うん、何回乗ってもいいんだ」 「じゃ、観覧車にしようかなぁ…?」  不思議だな。  ただアトラクションを回る順番を決めている だけなのに、楽しくて仕方がない。  さっきのQPのアドバイスを無視する わけじゃないけど、正直、日曜日は 楽しくなる気しかしなかった。 「あ、お化け屋敷2回はどうだ?」 「……………」 「こら、都合が悪いからって 無視するな」 「……あ…… 聞いてなかったんだ。 なんて言ったんだ?」  本当に聞いてなかったのか。 「何でもないよ。 ジェットコースターの後に 行きたいところはあるか?」 「……うーんと……どこいこかな…?」  姫守たちが来るまで、 楽しく日曜日のプランを考えていた。 「やっと着いたんだっ! 遊園地なんだっ。まひるは 待ちくたびれたんだぞっ!」 「それじゃ、まずは――」 「ジェットコースターなんだっ! まひるは今日のために地図を覚えたんだっ。 乗り場はこっちなんだぞ」  まひるが勢いよく走りだす。 「いや、まひる、そっちは反対だから。 ジェットコースター乗り場はあっちだって 看板が出てるだろ?」 「うー……ちょっと間違えただけなんだ……」 「よしよし、そうだな。 ちゃんと分かってるぞ」 「分かればいいんだ。そんなことより、 早くジェットコースターに乗りたいんだっ! 行くぞ、颯太っ!」  まひるはダッシュで ジェットコースター乗り場へ向かった。 「転ぶなよ」  言って、まひるの後を追いかける。  俺たちが乗り場に到着すると、 「あっ、すごい並んでるんだ……」 「まぁ、開園と同時に入れなかったしな」  『ただいま30分待ち』とボードに出ている。 「早くまひるたちも並ぶんだっ。 今なら30分で乗れるんだぞ」 「おう、そうだな」  俺たちは列の最後尾についた。 「まだかな? まだ乗れないかな?」 「まだ並んだばかりだろ。 もうちょっと待たないとな」 「まひるにいい考えがあるんだ。 それには颯太の協力が必要なんだ」 「いちおう訊いてみるけど、 どんな考えだ?」 「蹴散らせっ!」 「俺がっ!?」 「おまえ以外に誰がいるんだ?」 「じゃ、俺が蹴散らすとして、 まひるは何するんだ?」 「もちろん、まひるは颯太の応援をするんだ」 「見てるだけか……」 「見てるだけじゃないんだ。応援なんだ。 まひるの応援はすごいんだぞっ。 どんどん力が湧いてくるんだ」 「じゃ、ちょっとやってみてくれるか?」 「さんっ、さんっ、ななびょーしっ! そ・う・た、やっ、そ・う・た、やっ! け・ち・ら・せ・そ・う・たっ! やー!」 「まひるはかわいいな」 「えへへ、よく分からないけど、 褒められたんだ」 「でも、さすがに蹴散らすわけには いかないからな」 「じゃ、もうひとつ、いい考えがあるんだ」 「何だ?」 「ワープっていう技なんだ」 「それ割り込みのことだよね?」 「割り込みじゃないんだ。ワープなんだ。 すーっといつのまにか、前のほうに ワープするんだぞっ」 「どう聞いても割り込みだよ……」 「それじゃ、もうひとつ、 いい考えがあるんだ――」  そうやって、まひるのいい考えを 何パターンも聞いている内に、 あっというまに30分は経った。 「「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ  ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」」  高さ50mからの急降下を見せる ジェットコースターに俺たちは 心の底から絶叫した。  その後も右へ左へと回転し、 体が宙に投げだされそうになる スリルが何度も襲ってくる。  わずか3分半で、12回は死ぬかと思った。 「ふふっ、楽しかたな。 ジェットコースターは最高だな」 「まひるは怖いもの知らずだよな」 「えっへん。まひるは 怖いものなんてないんだっ! 無敵なんだぞっ」 「じゃ、ピーマンは?」 「うぅ……まひる唯一の天敵なんだ……」 「ニンジンは?」 「まひる唯二の天敵なんだ……」 「唯二なんて言葉はないぞ」 「うるさいんだっ! まひるはまひるが怖いもの以外には、 怖いものなしなんだぞっ!」  それはそうだろうな。 「じゃ、次の予定は…?」 「次もジェットコースターなんだ」 「そうだった……」 「颯太はジェットコースター、 楽しくないのか?」 「いや、楽しいんだけど、 一回乗ると疲れてぐったりするだろ」 「それは慣れなんだっ。 何回も乗れば平気になるんだぞっ」 「だといいけどな」 「じゃ、また並ぶんだっ。 善は急げなんだぞっ。まひるは善だから、 急ぐんだっ!」  まひるに手を引かれ、 ジェットコースター乗り場の列に並ぶ。 「「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ  ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」」  ふたたび、高さ50mからの急降下に絶叫した。  その後もフリーフォールや 大型回転ブランコ、スクリュー状のコースを 走るアクロバティックコースター等々、  まひるの好きな絶叫マシンに 片っ端から乗っていった。  予定通り、絶叫系の乗り物は すべて制覇し、俺たちは 観覧車の列に並んでいた。  しばらくして、ふと まひるが静かなことに気がついた。 「……………」  今まで、ひっきりなしにしゃべってたのに、 ぼーっと上の空で列に並んでいる。 「まひる? 疲れたか?」 「うぅん……」  返事もやはり、どことなく上の空だ。  これはまさか、QPの言っていたやつか?  けど、こんなこともあろうかと、 待ち時間に退屈になった際の対策は万全だ。 「まひる、いいものがあるぞ」 「何だ?」  俺はカバンから、 アルミホイルに包んだおにぎりをとりだす。  アルミをはがすと、 それはまひるの大好物だった。 「オムライスで作った、 オムライスおにぎりだっ!」  これなら、文字通り、 まひるは食いつくはずだろう。 「まひるは、今は欲しくないんだ……」 「え……そ、そうか」  まさか、オムライスおにぎりに 反応しないとは…?  ならば―― 「ハンバーグおにぎりもあるぞ」 「いらないんだ……」 「な……」  バカな。 いきなりツートップがやられただと?  他に待ち時間を潰すネタが ないわけじゃないけど、これ以上に まひるの気を引けそうな物はない。 「……………」  どうすればいい?  いったい、どうすれば?  QPの言うことが万一正しかったとすれば、 このままじゃ、振られる…!?  えぇいっ!! なりふり構っている場合じゃない! 「まひるっ、何かしてほしいことはないか? お前が言うことだったら、俺は何でもするぞ」 「何でも…?」 「ああっ、何でもだっ! 何かないかっ?」 「……頭、撫でてほしな」 「……撫でる? えぇと、こうか?」  まひるの頭を撫でてやる。 「うん、気持ちいいな……」  あれ…? 「まひる、ちょっといいか?」  まひるのおでこに手をやる。  かなり……熱い。 「お前……熱があるんじゃないか…?」 「あ……バレた……」 「バレたって。おいおい、いつからだ?」 「……木曜日……」  そういえば、木曜日の時点で まひるはたまにぼーっとしてた ような気がする。 「帰ろう」  まひるの手を引く。 けれど、彼女は抵抗した。 「やだ……帰りたくない……」 「だめだって。これ以上悪化したら、 大変だろ」 「でも……観覧車、乗ってないな……」 「観覧車ぐらいいいだろ。 他のはたくさん乗ったんだし」 「恋人同士は、観覧車、乗るな…… まひるは颯太と恋人同士なんだ……」 「……………」  観覧車に並んでいる人の列を見る。  俺たちの順番まで、もう2〜3分だろう。 「『乗ったら絶対帰る』って約束するか?」  こくり、とまひるはうなずいた。 「絶対に約束だからな」  そう言って、まひるの頭を 優しく撫でた。 「えへへ……やった…… 颯太と観覧車なんだ。楽しな……」  少しぼーっとしながらも、 まひるは嬉しそうに笑っている。 「頭は痛くないのか?」 「……ちょと、痛いな……」 「風邪引いてるんだったら、 言ってくれればいいのに」 「そんなに遊園地に来たかったのか?」 「……まひるは楽しみだった…… 颯太と遊園地でデートしたかったな……」 「それに颯太と約束したな…… 破ったら悪い子だな」 「熱があるのに言わないほうが、 悪い子だよ」 「あぅぅ……怒られたな…… まひるは頑張たのに……」 「調子悪い時に来たって楽しくないだろ?」  まひるはぶるぶると首を振った。 「まひるは楽しかった」 「じゃ、元気だったら、 もっと楽しいはずだろ?」 「そうかも…… でも、まひるは来たかったんだ」 「治ってから、また来ればいいんだよ。 これが最後のチャンスってわけじゃ ないんだからさ」 「……そか……じゃ、治ったら、 また一緒に来てくれるか?」 「あぁ、元気な時に来て、 また一緒に観覧車に乗ろうな」 「うん、約束するんだ。 今度はまひるも元気な時に来る」  よしよし、とまひるの頭を 撫でてやった。  朝、朝食の準備をしてると、 ケータイが鳴った。  発信者はまひるだ。 「もしもし」  ケータイを肩に挟みながら、 フライパンで卵を焼く。 「まひるなんだ。 緊急事態なんだぞっ!」 「どうしたんだ?」 「寝坊したから、 颯太を迎えにいけないんだ」 「あぁ、分かった。大丈夫だよ」 「大丈夫じゃないんだっ。 まひるは彼女なんだぞっ。 迎えにいかないと、おまえは悲しいんだ」 「えぇと……悲しいけど、仕方ないよな」 「えへへ、まひるが迎えにいけないと、 颯太は悲しいのか。そうなのか」  嬉しそうだな。 「でも、学校で会えるから、 安心するんだ。悲しくないんだぞ」 「そうだな」 「じゃ、また後で会うんだ。 まひるは頑張って用意するぞ」 「おう。気をつけて登校するんだぞ」 「任せるんだ。じゃ、また後で」  通話は切れ、卵は焼けた。  さて、食べるか。  いつもの時間に家を出て、 一人のんびりと学校へ向かう。  校門の前で友希を見かけた。 「――それでね、マスターが風邪引いちゃって、 大変だったんだぁ」  誰と話してるんだろう? ここからじゃよく見えないな。 「友希、おはよう。 ナトゥラーレの話か?」 「うん。まひるが風邪引いてたって言うから、 こないだマスターも風邪引いて 大変だったっていう話ー」  視線を奥のほうにやると、まひるがいた。 「まひる、おはよう」 「うー…!!」 「……えぇと、どうした?」 「おまえ、まひるより先に友希に話しかけたな!? まひるが恋人なんだぞ。まひるが先じゃなきゃ ダメなんだっ。死ねっ、死んじゃえっ!」 「いやいや、そんなこと言われても、 今のは位置関係的にまひるが見えなかったし、 仕方ないよね?」 「うるさいっ。おまえはまひるより、 友希が大事なんだ。そうなんだっ。 まひるなんかいらないんだっ」 「そんなことないよ。まひるのほうが大事だよ」 「ええぇっ? あたしとのことは遊びだったの?」 「大嘘言うのはやめてくれるっ!」 「あははっ、冗談冗談。 颯太とまひるがあんまり仲いいから、 からかいたくなっただけじゃん」 「冗談でもややこしいことになるから、 二度と言わないでね」 「うー…!! まひるに構わないで 友希にばっかり話してるんだ…!! ヒーキなんだ……」 「いやいや、今のは友希に話さないと まひるが誤解するよね?」 「まひるは誤解なんかしないんだっ」 「じゃ、別に友希が大事とか、ひいきとか、 そういうことはまったく考えてないって ことだよね?」 「それなら、まひるは誤解するんだっ!」 「どういうことっ!?」 「颯太が友希のほうを大事にするから、 まひるは誤解してやるんだっ。誤解するぞっ。 誤解だ、誤解なんだーっ」 「訳が分からないんだけど……」 「いいなぁ、ラブラブで」 「ラブラブってわけじゃないんだけど」 「あっ、また友希と話したなっ。 颯太はまひるの物なんだぞ」 「あははっ、ごめんねー。 ちょっと借りちゃった」 「うー…!! おまえっ、 なに勝手に借りられてるんだ? まひるは許可してないんだぞ」 「分かった分かった。ごめんな。 まひるのことが一番好きだから、 許してくれるか?」 「……し、仕方ないんだ。 そういうことなら、もう一回言ったら、 考えてやるんだ……」 「まひるのことが、誰よりも好きだよ。 俺の彼女はまひるしかいないからな」 「あ……あぅぅ……」 「今日もまひるに会えて嬉しいよ。 おはよう、まひる」 「ま、まひるだって嬉しいんだぞ。 バカっ、死んじゃえーーーーーーっ!」  ものすごい勢いでまひるは校舎のほうへ 走っていった。  放課後。 「今日は何をなさるのですか?」 「あぁ、部長がやりたいことがあるらしくてさ、 畑に行かずに部室で待ってろって」 「やりたいことって何だ?」 「それが、俺も聞いてないんだよね」 「部長さんがいらっしゃるまで、 待つしかありませんね」 「そういうことだな」  噂をすれば来た――て、あれ? 「やっほー、遊びにきたよー」 「友希さん、いらっしゃいませ」 「お邪魔するねー。園芸部で、 海に行く計画を立てるんだって?」 「いや、それは初耳だけど…?」 「そうなの? 今日、葵先輩に 放課後、海に行く計画立てるから、 部室に来てって誘われたんだけど?」 「あぁ、じゃ、たぶん、 そうなんじゃないかな。 俺らはまだ聞いてないんだけどさ」 「そっかぁ。もう海開きだし、 さっそく計画立てるのもいいよねっ」 「あ、去年の水着入るかなぁ…?」 「太ったのか?」 「うんとね、胸回りがちょっとねー」  なるほど。 まだ大きくなってたのか。 「こらっ、おまえっ、 いま友希のおっぱいを見てただろっ。 視姦だっ、視姦なんだーっ!」 「えー、そうなのー? やーらしいのー」 「いやいや、そんなわけないよねっ。 ただ『大きくなったのか、ふーん』って 思っただけで」 「こんど直接触って確かめるから、 見なくてもいいやってこと?」 「なにぃっ!?」 「そんなこと一言も言ってないんだけどっ!」 「おまえっ、浮気かっ、浮気なんだなっ。 死ねっ、死んじゃえっ、まひるに 蹴られて、死んじゃえばいいんだっ」 「死ねっ、死ねっ、死ねっ!」 「痛い痛いっ、痛いって、まひる」 「うー……なんでまひるじゃダメなんだ…… まひるにだっておっぱいはあるんだぞ……」 「確かめるんなら、まひるのを 確かめればいいんだ。 まひるはおまえの彼女なんだぞ……」 「……………」 「あっ、まひるのおっぱいは、 確かめるほどないって言いたいのか? そうなんだな。死ねぇっ!」 「まひるが勝手にそう思っただけだよねっ!」 「うるさいっ、まひるはご立腹なんだぞっ」 「死ねっ、死ねっ、死んじゃえっ!」  げしげしとまひるが俺の脚を削ってくる。 「こらこら、だから蹴るなって」 「け、ケンカになってしまったのです。 止めたほうがよろしいでしょうか?」 「あー、大丈夫大丈夫。 あれはじゃれてるだけだから」 「そうなのですか?」 「うんうん、ラブラブってやつね」 「なに無責任なこと言ってんのっ!? そもそもお前のせいだよねっ」 「まひるキックだぁっ。死んじゃえっ!」  俺のすねを襲うまひるの蹴りを、 さっとかわす。 「うー…!! なんでよけるんだ…!!」 「普通よけるよねっ」 「友希が言った通り、まひるキックは ラブラブなんだぞ。まひるの愛なんだ。 よけたら許さないんだっ」 「まったく愛とは思えないんだけどっ!?」 「それはおまえに愛が足りないからなんだ」 「初秋さん。鰯の頭も信心からなのです」 「って、姫守、それ、アドバイスなわけっ?」 「死んじゃえっ、まひるキックだぁっ!」  まひるの蹴りをさっとよける。 「あっ、またよけたなっ」 「『愛』とか言って『死ね』って おかしくないっ?」 「初秋さん。 武士道とは死ぬことと見つけたりなのです」 「愛はどこに行ったわけっ!?」  とはいえ、このまま避けつづけても 埒があかない。  こうなったら――逆転の発想だ! 「スーパーまひるキックッ!」 「えっ…? あれ? ど、どうしてよけなくなったんだ…?」 「バカだな。まひるキックは、 まひるの愛なんだろ。まひるの愛を、 俺がよけると思うのか」 「あ……そ、そうなのか……」 「さっきまでよけてたのになぁ」 「まひるに愛をもらえて、すごく嬉しいよ」 「そ、颯太が嬉しいなら、 まひるはもっと蹴ってあげるんだぞ」 「おう、どんとこい」 「えいっ、えいっ、えいっ!」 「あぁ、嬉しいな。ありがとうな。 まひるの愛が身に染みるよ」 「えへへ、もっと蹴るんだ」 「死ねっ、死ねっ、死んじゃえっ」 「ああっ、いいっ、いいよっ。 まひるの愛が痛すぎて死にそうだよ。 もっと蹴ってくれ」 「……………」 「……………」 「いいぞっ、まひるに任せておくんだっ。 たくさん蹴って、 まひるの愛でいっぱいにしてあげるんだっ!」 「おはよう」 「死んじゃえ、死んじゃえっ、死んじゃえっ!」 「ああっ、まひるっ、いいぞっ。 最高だっ。最高すぎるっ」 「えへへ、まひるは満足したんだ。 今日はこれでやめておくんだぞ」  よし、狙い通りっ! 「ありがとうな。俺も大満足だよ」 「……………」 「……やっぱり、ドMだったか」 「あたしも、そう思ってたところです」 「初秋さんとまひるちゃんは、 特殊なのですぅ」 「――じゃ、連絡事項は終わりだ。 初秋、そのノートを職員室まで 運んできてくれるか?」 「分かりました」  ノートを両手いっぱいに抱え、 遠藤先生と職員室へ向かった。  うーむ、思ったより、時間かかったな。  なんだかんだで、 雑用を手伝わせるんだもんな。  まぁ、クラス委員長だし仕方ないか。  部室に入ると、まひると彩雨、 それから友希がいた。 「……………」  なんでみんな水着姿なんだ、 と思わず視線が泳ぐ。 「あーっ、おまえ、やっぱりまひるより、 友希と彩雨を見てるんだっ!」  げしげしっ、とまひるが すねを蹴ってくる。 「まひる、落ちつけって、 別に誰を見てたわけじゃないからさ」 「あー、やーらしいのー。 それって、おっぱいが大きければ、 誰でもいいってこと?」 「そんなこと言ってないよねっ!」 「おまえっ、やっぱり、おっぱいかっ。 おっぱいなのかぁっ。おっぱいめぇっ!」 「おっぱい、おっぱい、おっぱいめぇっ!」 「……………」  なんか、おっぱいに恨み持ってるみたいに なってるんだけど…? 「まひるのもよく見るんだっ!」 「えぇと……何を?」 「おっぱいなんだ」 「見たけど…?」 「何か気づかないか?」 「……………」  いつも通り、板のようだ。 「できれば、教えてもらえると 嬉しいんだけど?」 「こないだ計ったら、 0.5cmも大きくなったんだ。 まひるだって、ちゃんと成長してるんだぞ」  たぶん、それは誤差だと思う。  もちろん、そんなことは言えないが。 「身長だって、すぐに伸びるんだ。 まひるは成長期なんだぞ」  ちなみに、まひるの身長は、 一年前から1センチたりとも伸びてない。 「お尻もおっきくなるんだ。 ちゃんとまひるも、みんなみたいに、 女の子らしい体になるんだぞっ」 「……だから、おまえはもうちょっと、 待つんだっ。まひるがおっきくなったら、 まひるを見ればいいんだっ!」 「えぇと、まひるは 勘違いしてるみたいだけどさ」 「他の人のおっぱいを、 あんまり見たら、ダメなんだぞ……」  まったく、しょうがない奴だな。 「バカだな。背が低いとか、胸が小さいとか、 そんなこと気にするなよ」 「でも、まひるだって、 女の子らしい体になりたいんだ」 「なに言ってるんだよ。 まひるほど、女の子らしい 女の子はいないって」 「……でも、まひるは、 ちんちくりんなんだ……」 「背が低いほうがかわいいよ。 俺は今ぐらいのまひるが好きだ」 「……でも、胸はないより、あったほうが いいんだ……」 「そんなことないって。胸がないほうが かわいくて女の子らしいってこともあるよ」 「少なくとも俺はそう思うよ」 「……じゃ、まひるの体を見て、 ちゃんとムラムラするか?」  う……また答えづらい質問を……  でも、ここで答えないわけには いかないしな。 「当たり前だろ」 「友希よりも? 彩雨よりもか?」 「俺にとってはまひるの体が 一番ムラムラするよ。当たり前だろ」 「……そっか……まひるが一番か…… えへへ……うれしな……」  誠心誠意、言葉を尽くした甲斐があり、 まひるは納得したようだ。  ふぅ、と胸を撫で下ろすと、 じとーっという視線を感じた。 「……やっぱり、ロリコンなんだぁ。 そうだとは思ったけど」 「違うよねっ! 好きな女の子なら、 体型は気にしないって話だよねっ!」 「えー、嘘だぁ。 だって、ロリコンの目してたじゃん」 「どんな目だよっ!」 「友希さん、そういうことを言っては いけないのです」  さすが、姫守。友希とは違うな。 「特殊な趣味をお持ちでも、 批難される謂われはないのです。 誰にも迷惑をかけてないのですから」 「あー、そっかぁ。ごめんね、颯太。 あたしが間違ってたわ」 「お前、わざと言ってるよねっ!」 「あははー、バレた?」 「バレないわけないだろ」  本当に、もう。 「ていうか、なんでみんな水着なんだ?」 「颯太は聞いてないのか? 今日は海に行くって、 部長が言ってたんだぞ」 「マジで…?」 「あれ? 颯太にはまひるが 言うんじゃなかった?」 「あ……」 「忘れてたな」 「忘れてないぞ。いま言ったんだ」 「あのね……」 「……分かったんだ。まひるの責任だから、 代わりにまひるの水着を着ていいぞっ」 「いや、それは遠慮しとくよ」 「遠慮するなっ、着るんだっ。 着方が分からなかったら、 まひるが着せてあげるんだぞっ」 「それもちょっと……」 「大丈夫なんだ。ほら、脱げっ、脱ぐんだ」 「こらっ、やめろっ、ズボンを脱がすなっ!」 「ちょ、ちょっと、二人とも、 あたしたちもいるのに始めちゃうのっ?」 「そ、そんなぁ。 見ていられないのですぅっ!」 「冗談言ってないで、助けてくれるっ!?」 「大人しくするんだっ。脱ぐんだっ!」 「分かった分かった。 じゃ、体操服で泳ぐから。 それでいいだろっ?」 「そうか。それならいいんだ」  まひるがようやくズボンから手を放し、 俺は胸を撫で下ろす。  体操服で泳ぐのは微妙だけど、まぁ、 まひるの水着を着るよりはマシだろう。  今週は期末テストだった。  日頃からコツコツと 勉学に勤しんだ甲斐があり、 手応えはそこそこだ。  間違っても赤点で追試になるって ことだけはないだろう。  俺は晴れやかな気持ちで、 部室に向かった。 「初秋さん。はい、お約束のものなのです」  姫守がゲームソフトを俺に差しだす。 「おう、ありがとうな」 「いえ。上達しましたら、 ご一緒に対戦しましょうね」 「じゃ、頑張って腕を磨いておくよ」 「くすっ、お手柔らかにお願いします」 「それはゲームか? 面白いのか?」 「俺はやったことないけど、 面白いって評判なんだよね」 「はい。 まさかこれが格闘ゲームになるなんて、 と巷ではもっぱらの噂なのです」 「まひるもやりたいぞっ!」 「……でも、お前、ゲームできなかったよな? しかも、これ格ゲーだし」 「颯太がやるなら、まひるもやるんだ。 おまえが教えれば問題ないんだ」 「でも、昔教えた時は……」 「教えろ教えろ、教えてくれなきゃ、 まひるはグレるんだぞっ! まひるがグレてもいいのか? 大変だぞ!」  それは本当に大変そうだ。 「分かった分かった。 教えてあげるからな」 「じゃ、さっそく颯太の家に行くんだっ」 「待て待て、まだ部活が終わってないぞ」 「あ、そっか。じゃ、先に部活するんだ。 早く畑に行くんだぞっ!」  まひるは我先にと部室を出ていった。 「まったく」  ほんと、考えるより先に体が動く奴だな。  部活が終わった後、約束通り、 まひると一緒に家でゲームをしていた。 「えい、えいっ、まひるパンチッ、 まひるキックッ!」 「そうそう、うまいうまいっ」  まひるはレベル1のCPUを ボコボコにしていた。  まぁ、レベル1はボタン連打で勝てるので、 はっきり言えば誰でも勝てる。 「やったっ。勝ったんだっ」 「まぁ、操作方法はだいたいそんな感じな」 「えへへ、もうやり方は覚えたんだっ。 まひるは強くなったんだっ。颯太にも、 勝てるんだぞ」 「うーん、それはまだ無理だと思うけど」 「じゃ、勝負なんだっ! まひるはぜったい負けないんだぞっ!」 「それじゃ、やるだけやってみるか」  まひるに操作方法を教えている間に、 俺も一通りやり方は覚えたしな。  まひるの動きを見ている限り、 正直負ける気はしない。  キャラ選択画面で俺は『アカツキ』を選び、 まひるは『ミチビキ』を選んだ。  さぁ、対戦開始だ。 「行くぞぉっ、まひるパンチッ、 まひるパンチッ、まひるキックだぁっ!」  まひるの攻撃を難なくガードし、 反撃に転ずる。 「あ、あぅぅ……」 「あ……うあっ、やられるっ、あぁっ!」  分かってたことだけど、 一方的な展開になった。  十分手加減はしているんだけど、 正直、まひるのボタン連打戦術では ダメージを受けるのも難しい。  せめて必殺技でトドメをさしてあげよう。 「あ……あぁ……うー…… よ、避けるんだっ、ほのかっ! 頑張れ、 ほのかっ! あぁっ、や、やられるぅ……」  必殺技を受け、 まひるの体力ゲージは0になった。  俺の勝ちだ。 「ズルだ、ズルだっ。 おまえばっかり攻撃してズルなんだっ! まひるはぜんぜん攻撃してないんだっ!」 「そんなこと言われても、 そういうゲームだしさ」 「うー…!! もっかいなんだっ! 今度はまひるが勝つんだぞ」  まぁ、しかし、 まひる相手に真面目にやりすぎたかな。  今度は接待プレイを心がけよう。  まひるが『再戦』を選択して、 ふたたび同キャラでの対戦が始まった。 「行くぞぉっ。まひるパンチッ、 まひるパンチだぁっ!」 「おおっ、やるな、まひる」  と、まひるのボタン連打攻撃を わざと食らう。 「よしっ、今だ。必殺技だっ! 出ろっ、出ろぉっ、出るんだぁっ!」  もちろん、ボタン連打で 必殺技が出るわけがなく、 地味な攻撃がひたすら続く。  時折、まひるに反撃しつつ、 いい勝負を演出して最後の一撃を食らう。 「えいっ!」  俺の体力ゲージが0になる。 まひるの勝ちだ。 「いやぁ、今度は負けたよ。 まひるはなかなか強いな」 「……おまえ、手を抜いたなっ!」  う……さすがにバレたか。 「まひるはそういうのは嫌いなんだっ。 ちゃんと本気を出さなきゃダメなんだぞ」 「でも、本気を出したら、 勝負にならないような……」 「そんなことないんだっ。 本気を出しても、まひるは勝つんだっ! そうじゃないと納得しないんだぞっ!」 「……………」  負けず嫌いだな…… 「もっかいなんだっ! まひるだって、やればできるんだっ! まひるが勝つまでやるんだぞっ」 「……まぁいいけどさ」  耐久バトルの始まりだった。  しかし、分かってたことだけど、 本気を出せば、まひるが俺に 勝てるはずもない。  休憩しながら夜まで対戦を続け、 戦績は130戦129勝1敗だ。  もちろん、接待プレイを除けば 負けなしだ。  そして、これで―― 「……あぁっ……また負けたんだ……」  130勝目だ。 「今日はこのぐらいにしとこうか。 明日も学校があるしさ」 「じゃ、明日また勝負だっ! このゲームは颯太が有利だから、 違うゲームにするんだぞっ!」 「それはいいけど、何にする?」 「まひるが持ってくるから、 楽しみに待ってるといいんだ」 「お疲れ様です。 お先に失礼します」 「おう、お疲れさん」 「まひる、終わったよ」 「やった。じゃ、颯太の家に行くんだ。 今日は負けないんだぞ」 「おう、楽しみにしてるよ」 「それで、何のゲームを持ってきたんだ」 「これなんだっ!」  まひるが大きなカバンから出してきたのは、 リバーシだった。 「テレビゲームは颯太に有利だから、 こっちにしたんだ。これなら、まひるは 強いんだぞ」 「よし、じゃ、やるか」 「まひるの力を見せてやるんだっ。 ぎゃふんて言わせてやるんだぞっ」  リバーシにはそうとう自信があるみたいだな。  まひるのことだから、 そんなに上手だってことは たぶんないと思うけど。 「あ……真っ白になった……」  現在のところ5戦5勝0敗で、 俺が完勝していた。 「おまえ、なんでそんなに強いんだ? まひるは聞いてないんだっ!」 「いや、言っとくけど、 俺はそんなに強いほうじゃないよ」 「じゃ、まひるが弱いって言うのかっ?」 「……………」  実際、弱いんだよなぁ。 「うー……まひるのほうが いっぱいひっくり返してるのに、 どうして勝てないんだ……」 「とりあえずさ、リバーシなんだから、 端を狙ったほうがいいと思うよ」 「そんなのおかしいんだっ。端を狙うより、 いっぱいひっくり返したほうが ぜったい有利なんだぞ」  目先のことに囚われる辺りが、 まひるらしいよなぁ。 「じゃ、もう一回やってみるか?」 「リバーシは今日は調子が悪いから、 やめておくんだ。他にもゲームを たくさん用意してきたんだぞ」  まひるがカバンの中に入っていた物を ジャラジャラと出す。  将棋、トランプ、メンコ、コマ、 色々あった。 「どれからする?」 「まひるが得意なのは将棋なんだ」 「……本当に?」 「なんだ、その疑いの目はっ。 まひるが将棋が得意だったら、 おかしいのかっ!」 「いや、だってさ、あのリバーシの腕前を 見てると、とても将棋が強いとは 思えないんだけど…?」 「将棋とリバーシはぜんぜんルールが違うんだ。 将棋のほうが複雑で難しいんだぞ」 「それはまぁ、そうだけど……」  だから、余計に信じられないわけだが。 「さては、怖じ気づいたんだな? まひるに負けるのが怖いんだ。 そうなんだっ」 「別に怖じ気づいてないけどさ」 「じゃ、将棋で勝負なんだっ」 「いいぞ」  まひるが将棋盤を置いたので、 俺は駒の箱をその上にひっくり返した。  そうして、駒を並べてると―― 「颯太、何してるんだ?」 「なにって、並べてるんだけど?」 「なんで並べるんだ? それじゃ、将棋はできないぞ」 「ん? むしろ、並べないと、 将棋はできないだろ?」 「そんなことないんだ。 まひるが準備するから、颯太は見てるんだ」  まひるは俺が並べた駒を含め、 全部の駒を拾い集めて 四角い駒箱の中に戻す。 「えいっ」  将棋盤の上で、まひるは駒箱を ひっくり返す。 「あのさ、まひる、もしかして……」 「黙ってるんだっ! いま大事なところなんだぞっ!」  まひるは慎重に、ゆっくりと 駒箱を垂直に上げていく。  すると、将棋盤の上には、 奇妙なバランスで山のように 積みあげられた将棋の駒が残った。 「えへへ、ひとつも崩れてないな。 うまくできたんだっ」 「あのさ、まひる。 これって将棋崩しだよね?」 「将棋って言えば、将棋崩しなんだ。 他に何があるんだ?」 「……いや、いいんだけどさ」  確かにこれなら、リバーシより 得意でも不思議じゃないな。 「じゃ、まひるから先攻でいいよ」 「そんなこと言って、あとで泣きを見るんだぞ」  言いながらも、 まひるは一番安全そうな飛車を 右手の人差し指と親指でつまむ。 「えへへ……楽勝なんだ――あ…!!」  前のめりになっていたまひるの左手が 将棋盤に当たり、ガタガタっと駒の山が 崩れた。 「うー…!! まひるの負けなんだ……」  早すぎる決着だった。 「つ、次はトランプで勝負なんだっ! 神経衰弱だっ!」 「神経衰弱はダメなんだっ。 まひるは数字を覚えられないんだ。 やっぱり、メンコで勝負なんだっ!」 「メンコは力があるほうが有利なんだ。 やっぱりコマで勝負なんだっ!」 「よく考えたら、まひるはコマを 回せなかったんだ。こうなったら、 あやとりで勝負なんだっ!」  次々とまひるは色んなゲームで 勝負を挑んできたけど、どれもこれも 俺の圧勝だった。 「もうやってないゲームは ないみたいだけど…?」 「……それなら、また明日勝負なんだっ。 また違うゲームを持ってくるんだ」 「言っとくけど、 まひるが勝つまでやるんだぞっ」 「はいはい、分かったよ」  わざと負けるとまひるは怒るし、 納得するまで付き合うしか なさそうだった。  というわけで翌日、 ふたたびまひるとの勝負の時間がやってきた。 「それで、今日は何の勝負をするんだ?」 「早口言葉なんだっ!」 「なるほど」  もうゲームでも何でもないな。  しかも、まひるはプロの役者だ。 早口言葉なんて得意中の得意だろう。  かなり不利な条件だけど、むしろ好都合だ。  いいかげん負けとかないと、 いつまでもこの勝負が続きそうだしな。 「これで負けたら、 おまえはまひるの執事になるんだぞっ!」 「ん? なんだそれ?」 「普通に勝負をするだけじゃつまらないから、 賭けをすることにしたんだ」 「執事って何すればいいんだ?」 「簡単に言えば、まひるの命令には 絶対服従なんだ」 「そうか」  まぁ、今とあんまり変わらないな。 「じゃ、俺が勝ったらどうするんだ?」 「まひるがおまえのメイドになってあげるんだ。 おまえの命令には絶対服従なんだぞ」  それは楽しそうだけど、 どうせ勝ち目はないしな。  まぁ、気楽にやるか。 「早口言葉のお題は誰が出すんだ?」 「おまえが決めていいんだ」  さすがに、余裕だな。 「じゃ、そうだな……」 「定番の『東京特許許可局』でどうだ?」 「分かったんだ」 「じゃ、俺からな」  早口言葉はあんまり得意じゃないけど、 いちおう頑張ってみよう。  すうっと息を吸いこみ、 一息に言った。 「とうきょうとっきょ、きょきょくっ!」  思いっきり噛んだ。 「あははっ、きょきょくなんだっ! きょきょく、きょきょくー」 「はいはい、分かったよ……」 「それじゃ、まひるに勝てないんだぞ」 「まだまひるが 失敗するかもしれないだろ?」 「まひるが失敗するわけないんだ。 おまえに見本を見せてあげるんだぞ。 行くぞーっ――」  まひるは、キリッと表情を引き締め、 すっと息を吸う。 「とうきょっきょときょきゃ、 きゃくきゃくっ!」 「……………」 「……………」  プロの役者とは思えないほどの 噛みっぷりだな…… 「練習は終わりなんだ」 「いやいや、本番だったよねっ? 明らかに俺の勝ちじゃないっ!?」 「練習なんだっ、練習ったら、練習なんだ。 まひるの実力はこんなものじゃないんだっ」  出たな、駄々っ子め。 「分かったよ。 じゃ、次こそ本番だぞ」 「分かってるんだ」  さすがに本気になったのか、 まひるは気迫溢れる表情で、 すっと息を吸う。 「ときょきょんかきゃ、きょきょきゅきゅっ!」 「……いや、そこまで噛むほうが 逆に難しいよね?」 「えっへん。まひるは常に 難しいほうに挑戦するんだぞっ!」 「でも、勝負は俺の勝ちだな」 「うー…!! なんで負けたかな? 今日は調子が悪かたな……」  いくらなんでも、調子悪すぎだけどな。  こんなんで普段よく台詞を噛まずに 言えてるよな。 「しょうがないんだ。負けは負けだから、 まひるは今から颯太のメイドになるんだぞ。 潔さが肝心なんだ」 「よし、じゃ、肩揉んでくれ」 「かしこまりました、ご主人様」  誰っ!? 「椅子をご用意しましたので、 お座りくださいませ」 「お、おう」  まひるが出してくれた椅子に 俺は座った。 「それでは、失礼いたします」  まひるが俺の肩を揉んでくれる。 絶妙な力加減で、すごく気持ちいい。 「お加減はいかがでしょうか?」 「あぁ、すごくいいよ。 まひるはマッサージ上手なんだな」 「ふふっ、ご主人様にお褒めいただき、 光栄でございます」 「……………」  あいかわらず演技が上手なんていう レベルじゃないな。普段のまひるとは、 ほとんど別人だ。 「ご主人様、何か他にご希望があれば、 何なりとまひるにお申し付けくださいね」 「ご希望って急に言われてもなぁ……」  あ、そうだ。 試しにやってみてもらおうかな? 「早口言葉を言ってもらえるか。 さっきの『東京特許許可局』で」 「かしこまりました。 それでは僭越ながら――」 「東京特許許可局っ、 東京特許許可局っ、 東京特許許可局っ!」  早っ! しかも完璧だ。  そうか、演技中ならできるんだな。 「他にご命令はございますか?」  うーん、じゃ、 何か楽しそうなことを……  よし、いいことを思いついたぞ。 「命令って言うかさ、まひるは 俺のことをどう思ってるか、 訊いてもいいか?」 「そ、それは、その…… まひるは、ご主人様のことを 愛おしく思っております」  おぉ、いいな、これ。 「どういうところが好きなんだ?」 「は、はい。いつも優しくて、 頼りがいがあって、まひるのわがままを 何でも叶えてくださるところです」 「そっか。まひるには いつも振りまわされっぱなしだけど、 ちゃんと俺の苦労も実ってたんだな」 「ご主人様には いつも申し訳なく思っていますし、 いつも感謝しています」 「じゃ、その感謝をキスで表してくれる?」 「え……は、はい。かしこまりました」  まひるは恥ずかしがりながらも、 俺に唇を寄せてきて、キスをしてくれる。 「ん……ちゅっ……ん……ちゅぅ…… んっ……あぁ……んはぁ……」 「大好きだよ、まひる」 「……うー…!!」 「まひる…?」 「ま、まひるになんてこと言わせるんだっ! 死ねっ、死ねっ、死んじゃえっ!」 「あ……演技は終わったのか?」 「うるさいっ、バカっ、ヒドーっ!! おまえなんか世界で一番、ご主人様なんだ! メイド好きーーーーーっ!!」  まひるは勢いよく部屋から出ていった。  一学期最後のHRが終わり、 部室にやってくると、まひるが待っていた。 「えっへん、まひるが一番なんだっ!」 「よし、偉いぞ。 その調子で野菜の収穫を 手伝ってくれるか?」 「任せるんだ。今日は何を 食べるんだ?」 「残念だけど今日はバイトでさ。 収穫した野菜は全部、ナトゥラーレに 持ってく予定だよ」 「……そうなのか…… 食べないんなら、まひるはやる気が 出ないんだ……」 「じゃ、部活おわった後に まひるもナトゥラーレに来れば、 採れたての野菜が食べられるぞ」 「それはいい考えなんだ。 颯太とも一緒にいられるしな。 楽しそうだな。じゃ、早く行くんだ」  まひるが部室を飛びだしていく。 「制服のまま行く気かーっ?」 「そういうことはまひるが出ていく前に 言ったほうがいいんだぞ。オススメなんだ!」 「俺としては、 言う暇もなく出ていかないことを オススメしたいんだけどさ」 「――よし、夏野菜がいい感じだな」  QPの魔法のおかげで、 季節は関係なしに何でも育つけど、 旬の野菜のほうが生育具合がいいな。 「じゃ、まずはナスビからだな」 「あっ、跳ねたっ…?」  まひるが何かを追いかけるように 草むらを走っていく。 「颯太、ここの草むらに 何かいるんだぞっ? 跳ねてるんだっ」 「虫じゃないか? バッタとか」 「虫じゃないんだっ。 もっと大きいんだぞ」  もっと大きくて、跳ねる?  何だろう? 「分からないけど、 バイトの時間もあるし、 先に収穫してもいいか?」 「あ……でも、 いま目を離したら見失うんだぞっ。 まひるはすごく気になるんだ」 「じゃ、まひるはそれを捕まえてからでいいよ。 俺は先に収穫してるからな」 「分かったんだっ」  さて、じゃ、まずはナスビからだな。  本当は早朝に収穫するのがいいんだけど、 まぁ、仕方がない。  俺はハサミをとりだし、 切る枝を間違えないようにしながら、 次々とナスビを収穫していく。  その傍らで―― 「待てっ、すばしっこい奴めっ。 まひるからは逃げられないんだぞっ!」  まひるが草むらにいる何かを 追いかけまわしている。  確かに虫なんかよりも、 そうとう大きそうだな?  野良猫でも迷いこんだか? 「あ……」  やばいやばい。気をとられてたら、 うっかり、まだ育ってないナスビを 切ってしまった。  集中しないと。 「ここかっ!」 「捕まえたっ!」 「今度こそ、捕まえたんだっ!」  まひるは、なかなか捕まえられないようだ。  そうとうすばしっこいみたいだな。 何だろう?  草むらを走ってるからチラッとしか 見えないけど、どこかで見覚えが あるような気がするんだけどなぁ…… 「えへへ、追いつめたんだ。 ここはとおせんぼなんだぞ。 大人しくまひるに捕まるんだ」  どうやら、あと一息のようだ。  さて、ナスビはこのぐらいにして、 次はトマトかな。 「覚悟するんだっ。まひるキャッチッ!」  しかし、あの逃げまわっている 小動物の赤い体、やっぱりどこかで 見たような気が――  ん…? 赤い体? 「あっ、颯太。そっちに行ったんだっ!」 「――助けてくれっ、初秋颯太。 このままでは捕まってしまうよ」  お前か…… 「あれ? ていうか、お前ってさ、 俺以外には見えないんじゃなかったか?」 「極まれに、純粋な心の持ち主には 見えることがあるんだよ」 「でも、こないだまでは 見えてなかったよな?」 「今日は純粋な心なんだろうね」 「あいかわらず適当なこと言ってんな。 まぁ、頑張って逃げろよ」 「やれやれ、まったく。 人間に追いかけまわされたのは、 生まれて初めてだよ」  ぼやきながら、QPは逃げていく。 「まひるキャッチッ! やったー、まひるが捕まえたんだっ!」  捕まってるし…… 「変な奴なんだ。何かな? 耳長いから、うさぎかな?」  しょうがないな、助けてやるか。 「まひる。放してやったらどうだ? かわいそうだろ」 「まひるが捕まえたから、 もうまひるの物なんだ」 「でも、飼えないだろ。どうするんだ?」 「……うーん……焼いたら、おいしかな?」 「食べる気っ!?」 「やれやれ、妖精を食べようとするなんて、 人間というのは何を考えているんだろうね。 まったく信じられないよ」 「おい……」  何しゃべってるんだ、とQPを睨む。 「安心するといいよ。 姿は見えても、声までは聞こえていないよ」 「颯太、こいつ、しゃべったぞっ!」 「聞こえてるじゃねぇかっ!?」 「どうやら、ぼくの魔力が 弱まっているようだね」 「……颯太はこいつと知り合いなのか?」  あ、しまった。 「こうなったら開きなおるしかないようだね。 君も腹をくくるといい」 「まぁ、もうごまかせそうにないしな」 「うー…!! 何の話をしてるんだ? まひるにも分かりやすいように説明するんだ」 「あのな、聞いて驚くかもしれないけど、 こいつは妖精なんだ」 「そんなのウソなんだっ。 妖精なんていないんだぞ」 「よく見てみろよ。 そんな生き物、どこにもいないだろ」 「……………」  まひるはじーっとQPを観察する。 「……見たことないんだ……」 「ていうか、まずしゃべる時点でおかしいし」 「あ、そっか。じゃ、本当に妖精なのかっ?」 「そうだよ。初めまして、小町まひる。 ぼくは恋の妖精QPだ」 「QP? QPって言うのか? かわいいんだっ! なんでまひるの名前を 知ってるんだ?」 「君にはぼくの姿が見えなかったけれど、 ぼくはずっと君たち二人を見ていたからね」 「おまえは颯太の家来なのか?」 「どちらかと言えば、 彼がぼくの家来だよ」 「大嘘つかないでくれるっ!?」 「じゃ、まひるはQPの友達に なってあげるんだっ」 「それはありがとう」 「えへへ、どういたしましてなんだ。 QPは何か妖精らしいことできるのか? まひるは妖精っぽいところが見たいぞ」 「ぼくの足下を見てごらんよ」 「あっ、飛んでるっ。飛んでるんだっ。 どうやって飛ぶんだ? まひるもできるか?」 「いやいや、無理だよね」 「コツはね、自分は空が飛べると 信じることだよ」 「お前もなに適当言ってんのっ?」 「まひるは飛べるっ。まひるは飛べるぞーっ。 飛べるんだぁっ!」 「そう、その調子だよ」 「いや、あのさ」 「颯太は黙ってるんだっ。 まひるはいま飛ぶのに忙しいんだぞ。 あっちで野菜の収穫をしてるんだっ」 「初秋颯太。人間がなぜ飛べないと思う?」 「人間だからだよっ!」 「それは違うよ。信じないからさ。 信じることができれば、人間だって 本当は空を飛べるんだ」 「嘘だと思うなら、君もやってごらんよ」 「嘘だとしか思えないよ」 「やれやれ、 少しはまひるを見習ったらどうだい? よく見ててごらんよ。彼女は今に空を飛ぶよ」 「あのね、そんなわけないだろ」 「まひるは空を飛ぶんだぁっ!」 「えっ!? マジでっ!?」 「ほら、どうだい? 飛んでるだろう?」  言いながら、QPは必死で、 まひるの体を宙に引っぱりあげている。 「って、それインチキだよねっ!」 「ふぅ、疲れた。ちょっと一休みしよう」 「もう一回っ、もう一回っ、 まひるは飛びたいんだっ!」 「やれやれ、しょうがないね」 「……まぁ、なんだ。 俺は野菜の収穫するから、 頑張ってくれ」 「こんなところか」  一通り、野菜を収穫し、 リヤカーに積みおえた。 「あははっ、まひるは空を飛ぶっ、 空を飛ぶんだっ!」  まひるはさっきからずっとQPに 体を引っぱりあげてもらいながら 遊んでいる。 「おーい、まひる。 俺はもうバイト行くからなー」 「あっ、待つんだっ、置いてっちゃダメなんだ。 まひるも行くぞっ」 「じゃ、早く着替えな」 「分かったんだ。 QPも一緒にナトゥラーレに行くんだ。 まひるとお話するんだぞ」 「構わないよ。最近はろくな話相手もいなくて 退屈してたところだからね」 「やった。えへへ、妖精界のことを 教えてもらおかな?」  あいつら、会ったばっかりだってのに、 仲がいいな。  朝、目を覚ますと、 私服に着替え、リビングへ向かった。  テーブルに赤いメモ用紙と 青いメモ用紙が置いてある。  あとで見ようと、 冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。 「やぁ、おはよう」 「おう、おはよう。ずっとここにいたのか?」 「いいや、いま来たところだよ。 昨夜は学校にいたからね」 「なんで学校にいたんだ?」 「初秋颯太。今日は君に話があるんだ。 まひるを連れて、学校まで 来てくれないかい?」 「え、あぁ、それは構わないけどさ」 「それじゃ、待ってるよ」  そう言い残すと、 QPの姿は忽然と消えていた。  少し引っかかったけど、 気のせいだろうと麦茶を飲む。  自室に戻り、テーブルに置いてあった ケータイを手にすると、まひるに 連絡した。  午後3時をちょっと回った頃、 俺は校門でまひるを待っていた。 「颯太ーっ!」  まひるが勢いよく走って、 こっちに向かってくる。 「えっへん。時間通りなんだ。 まひるは遅刻をしないいい子なんだぞ」 「そうだな、偉いぞ」 「えへへ、褒められたんだ。うれしな」 「じゃ、たぶん、QPは 中にいるだろうから、入ろうか」 「QPは何の話があるんだ? 妖精界のお話をしてくれるのか?」 「それが分からないんだよね。 まひるを連れてこいって言うだけ言って、 いなくなったから」 「そっか。じゃ、行ってみるんだ。 畑にいるのかな?」 「いや、たぶん、裏庭だと思うよ。 あいついちおうリンゴの樹の妖精だしな」 「それなら、裏庭に行くんだっ。 QPーーっ!」  まひるがQPを呼びながら、 校内へと入っていく。 「QPー、まひると颯太が 来たんだぞ。出てくるんだーっ!」  まひるが呼ぶも、返事がない。 「QPーーーっ、どこだーっ?」  俺も呼んでみたけど、やはり返事はなかった。 「いないんだ」 「あいかわらず、いいかげんな奴だな。 自分で呼びだしたってのに」 「まひるにいい考えがあるんだ。 召喚魔法を唱えれば、QPも 出てくると思うんだ」 「どうやって唱えるんだよ…?」 「こうなんだっ。出てこいっ、出てこいっ、 QPっ、出てこいっ! まひると一緒に、 遊びましょっ!」 「そんなんで出てくるわけ――」 「ふぅ。まひるが呼んでくれて助かったよ」 「なんでそれで出てくんのっ!?」 「ぼくは妖精だからね。 呼ばれれば呼ばれた分だけ、 そこへ行きやすくなるんだよ」 「1回も呼んだ覚えはないのに、 俺の目の前に現れたけどな」 「まぁ、そういうこともあるよ」 「『そういうこともある』で済ませるのかよ」  まぁいいけど。 こいつの説明が適当なのは 今に始まったことじゃないしな。 「まひるに話があるって聞いたんだ。 どうしたんだ?」 「君たちに確かめておきたいことが あるんだ」 「何を確かめたいんだ? まひるはQPの友達だから、 何でも協力するんだぞ」 「それなら、まひる。 君は颯太のことが好きかい?」 「えっ? えと…?」 「颯太。君はまひるのことが好きかい?」 「……なんだよ、急に?」 「初めて会った時に言ったはずだよ。 ぼくは君に訪れる悲劇を止めるために、 妖精界からやってきたんだ」 「颯太がピンチってことなのかっ? それなら、まひるも颯太を助けるぞっ。 どうすればいいんだ?」 「いいや、それには及ばないよ。 君が颯太と付き合ってくれたおかげで、 彼は悲劇を回避することができたからね」 「そうなのか? まひるは知らない内に 颯太を助けたのか?」 「その通りだよ。君のおかげで、 彼は助かったんだ」 「そうかっ。えっへん。 まひるは颯太を助けたんだっ。 感謝していいんだぞ」 「って言っても、いまだに 信用し難い話なんだけどさ」 「あっ、おまえっ、QPの言うことを 信用しないのか? QPは妖精なんだぞ。 妖精の言うことは信じなきゃダメなんだっ」 「ていうか、まひるは 昨日会ったばっかりなのに、 なんでそんなに信用してるんだ?」 「妖精だからなんだ!」 「あぁ、そう……」  根拠になってないんだけど…… 「これが妖精に出会った時の 正しい人間の反応だよ。 君には素直さが足りないんだ」  いや、まひるが特殊なんだと思うけど…… 「……まぁ、俺も今じゃ、 『まったく信じてない』ってわけじゃ ないけどさ」 「でも、けっきょく、これで悲劇が起こらない んだから、実際にそんなことが起きたのか どうか、確かめようがないしな」 「悲劇を起こしてまで 本当かどうかを確かめたいなんて、 おかしなことを言うね」 「何も起きないなら起きないで、 それが一番いいじゃないか」 「まぁ、そうなんだけどさ。 あれだけ言われたら、本当だったのか 気になるだろ」 「言っておくけど、まだ悲劇を 完全に回避できたわけじゃないよ」 「は……どういうことだよ?」  確か、一学期が終わるまでに 彼女を作れば大丈夫っていう話だったよな。 「もしかして、 まだ言ってなかったことが あるとかいうオチか?」 「いいや、そうじゃないよ。 ぼくが言いたいのは、君たちが 別れるかもしれないってことさ」 「別れるって……そんなわけないだろ」 「そうだっ。まひるは颯太と別れないんだぞ。 颯太が泣いて頼んでも別れてあげないんだ!」 「それなら、君たちは、 どうして昔、別れたんだい?」 「それは……」  俺がまひるに振られたからで…… 「……俺がまひるにちゃんと 向きあってなかったからだよ……」 「まひる、君はどうしてだと思うんだい?」 「……………」 「……そんなの、分からないよ……」 「ふぅん。まぁいいや。昔のことはね。 今の君たちの思いが本物なら、 ぼくは何も心配せずに帰ることができる」 「え……ちょっと待てよ。帰るって…?」 「昨日も言った通り、ぼくの力が 弱まっているんだ。妖精はいつまでも この世界にはいられないからね」 「どうやらもう、妖精界に 帰らなきゃいけないようだよ」 「もうって……どのぐらいでだ?」 「10分かもしれないし1分かもしれない。 もうすぐだよ」 「そんな、いくらなんでも、 急すぎるだろ……」 「颯太の言う通りなんだっ。 まひるはまだQPと会ったばかりなんだぞ。 まだ一緒に遊びたいんだ」 「帰るのは延期にするといいんだっ!」 「残念だけど、そういうわけにはいかないんだ。 ぼくは妖精だからね。いつまでも君たちと 一緒にはいられないんだよ」 「だから、最後に 確かめておきたかったんだ」 「君たちの間に結ばれた赤い糸が、 ほどけてしまわないかどうかをね」 「んと……あっ、そうか。 QPは恋の妖精だから、QPのおかげで まひるは颯太と付き合えたのか?」 「それは違うよ。 ぼくはただきっかけを与えて、 手助けをしたにすぎない」 「恋が成就するかしないのか、 それは君たち次第だよ」 「そうなのか。難しいんだ…… じゃ、QPはまひると颯太の 手助けをしてくれたのか?」 「そうだよ」 「そっか。ありがとう。 まひるは颯太と付き合えて嬉しいんだ」 「礼には及ばないよ。ぼくは恋の妖精だからね。 君たちの恋を成就させるのが仕事なんだ」 「それにそうしないと、 初秋颯太に悲劇が訪れるところだった。 彼には恩があるからね」 「あとは、君たちの赤い糸がほどけない というのが確信できれば、 ぼくも安心して帰ることができる」 「大丈夫なんだぞっ。 まひるは颯太のことが大好きなんだっ。 今度は絶対に別れないんだっ」 「初秋颯太、君はどうだい?」 「そんなの決まってるだろ」 「俺もまひるのことが大好きだし、 絶対に別れるつもりはないよ」 「えへへっ、颯太とまひるは仲良しで、 ラブラブなんだぞっ。 QPは安心していいんだっ」 「どうやら、ぼくはここでの役目を ちゃんと果たすことができたようだね。 これで思い残すことはないよ」 「……ちょうど、時間みたいだ」 「……もう、行くのか?」 「あぁ」 「もしも、ぼくが消えた後、 何か困ったことがあったら、 ここに来るといいよ」 「そうしたら、また会えるのか?」 「いいや、それは無理だろうね」 「だけど、ぼくはいつでもここにいる。 姿形は見えなくとも、声は聞こえなくともね」 「まひるはよく分からないんだっ。 それじゃ、来ても意味がないんじゃないか?」 「……君たちにとってはそうかもしれないね」 「お前にとっては違うのか?」 「残念だよ、もう時間がない」 「それじゃ、お別れだ。 颯太、まひる、楽しかったよ」  QPの体が光に包まれる。  その光はどんどん目映い瞬きに 変わっていき、辺り一帯を覆いつくした。  俺は何とかその輝きの向こうにいる 妖精の姿に目を凝らす。  次第に光は弱まっていき、 やがて完全に消えた。  そこには、もうQPの姿は なくなっていた。 「……行っちゃったんだ……」 「……そうだな……」 「もっと遊びたかったんだ」 「……………」 「……俺も、そうだよ」 「ほんと、あいつはいつも突然なんだよな」 「そうなのか?」 「そうだよ。 いきなり目の前に現れたかと思ったら、 無茶苦茶なことばっかり言いだしてさ」 「無茶苦茶なことって何だ?」 「誰でもいいから、告白しろとかさ」 「それは無茶苦茶なんだっ! 颯太はまひる以外に告白しちゃ ダメって決まってるんだぞっ」  まひるの台詞に思わず笑う。 「そうだよな」 「それにさ、恋の妖精だって言うけど、 実際、恋に役立ちそうなことなんか ほとんどしてくれなかったし……」 「QPがバカなことばっかり言ってきて、 恋をしろだの、告白しろだのうるさくて」 「それがまたかなりウザくてさ。 もうちょっと俺のペースでやらせてくれ って何度思ったか分からないよ」 「だけど……」 「あんな奴でも、急にいなくなると、 案外、寂しいもんだな……」  バカだな、俺も。  なんだかんだで、あいつに 無茶苦茶なことを言われて、 突っこんだりするのが楽しかったんだ。  あいつのおかげで、俺はまひるが 本当に好きなんだって気づいて、 こうしてまた付き合うことができた。  それなのに…… 「いきなり、現れたと思ったら、 またいきなりいなくなるんだもんな」 「急すぎるんだよ、いつも……」  ほんと、勝手な奴だ。  最後は最後で、 自分の訊きたいことだけ訊いて、 すっきりしてさ。  こっちだって、ちゃんと礼のひとつぐらい 言いたかったってのに。  ちきしょう…… 「そ、颯太…? どうした、泣いてるのか? 大丈夫だぞ。QPがいなくなっても、 まひるがいるんだっ。だから、泣きやめっ」 「ほら、よしよしだ。よしよししてあげるんだ。 安心するんだ。まひるは絶対、 どこにもいなくならないんだぞ」 「……………」 「……あ……えと…… まひるじゃ、ダメなのか…?」 「……そんなことないよ。ありがとうな」 「えへへっ、やった。 颯太が泣きやんだんだっ。 まひるはうれしな」  まひるの笑顔を見てると、 元気が湧いてくるから不思議だな。 「……よくよく考えたらさ。 QPは適当だから、意外とまたどこかで ひょっこり会えるかもしれないな」 「ホントかっ?」 「あぁ」  まひるを心配させないように 言ったつもりだったけど、 なんだか本当にそんな気がしてきた。 「まひるは、この後暇か?」 「うんっ、今日は大丈夫なんだ」 「じゃ、何かしたいことあるか?」 「……まひるは、颯太の家に行きたいな」 「いいよ。じゃ、行こうか」  俺が歩きだすと、 まひるが手を握ってきた。 「どうした?」 「……手……つなぎたいな……」  恥ずかしそうにまひるが言うので、 俺もついつい照れてしまう。 「……じゃ、手つないで行くか」 「うん……」  誰か知ってる人に会ったら どうしようかと考えながら、 俺たちは手をつないだまま歩く。  会話はなく、ただまひるの手の体温だけを 感じていた。 「ただいま」  とは言ったものの返事はない。 「誰もいないんだ」 「まぁ、うちの両親は忙しいから、 この時間にはだいたいいないんだけどさ」  ふとテーブルに置いてあった メモ用紙に気がつく。  そういえば、まだ読んでなかったな。 『今日は久々の36時間勤務だ。 みんなと力を合わせて納期に ……いや、夢を叶えてくる』 『――この歳で青春してる父より』 「……………」  父さんの春はたぶん青よりも、 もっとドス黒い色だと思う。  続いて、赤いメモ用紙に目を移す。 『颯ちゃん。お母さん、 急な出張が入っちゃって今日は帰れないわ』 『三日後には帰ってくるから、 お父さんによろしくね。 ――タクシーを待ちつつの母より』  父さんは36時間勤務みたいだよ、母さん。 「おまえのパパとママは 今日、帰ってこないのか?」 「あぁ、そうみたいだな」 「じゃ、お泊まり会をするんだっ!」 「えっ? 今日か…?」 「今日はおまえのパパとママは 帰ってこないんだ。まひるは一度、 お泊まり会をしてみたかったんだぞっ」 「まぁ、俺はいいんだけどさ」 「やった。えへへ、うれしな。 お泊まり、楽しな」 「でも、お前の親、俺の家に 泊まってもいいって言うのか?」 「あ……」  考えてなかったな。 「何とかするんだ、颯太。 まひるはお泊まりしたいんだぞ」 「何とかって言われてもなぁ……」 「お泊まりっ、お泊まりったら、お泊まり、 まひるはお泊まりしたいっ。したいしたいっ」 「うーん。じゃ、定番だけど、 友希のところに泊まったことにするとか?」 「あ、でも寮だから無理か…?」 「無理じゃないんだぞ。友希の寮には 泊まったことがあるんだ。けっこう緩いから 平気だって友希は言ってたんだ」 「それにママもダメって言わなかったんだ」 「そっか。じゃ、その手でいくか」 「うんっ。友希のとこに泊まったことに するんだっ」 「お前の親って、友希の連絡先知ってるか?」 「知ってるんだ。それがどうかしたのか?」 「いや、もしかしたら、 友希に連絡されるかもしれないから、 口裏を合わせとかないといけないと思って」 「それがいいんだっ。 まひるは電話してみるんだ」  まひるがケータイで友希に電話をかける。  しばらくして―― 「あっ、友希か? まひるなんだ。 友希にお願いがあるんだぞ」 「……えと、まひるは、颯太の、その…… 颯太の家に……あぅぅ……」  何をしてるんだ? 「颯太に代わるんだっ!」 「なんでっ!?」 「えいっ!」 「こらっ、投げるなって」  まひるが放り投げたケータイを 何とかキャッチした。 「もしもし? 颯太? もしもーし?」  友希が何か言っている。  しょうがないな。 「もしもし」 「あ、颯太。どしたの? まひるがお願いがあるって言ってたけど」 「あぁ。えぇと、今日、まひるが 家に泊まりたいって話になってさ」 「あー、分かったぁ。 あたしの部屋に泊めたことに してほしいんでしょ?」 「あぁ、よく分かったな」 「だって、さすがにまひるのお母さんも 『いい』って言わないだろうし」 「頼めるか?」 「いいけど」 「けど、何だ?」 「うぅん、やーらしいのーって思って」 「な、何がだよっ? 別にただ泊めるだけだよ。 ただのお泊まり会だからな」 「ただのお泊まり会? 嘘だぁ。 そんなわけないじゃん。 することするでしょ?」 「することって、なんだよ?」 「うんとね、えっちなこと。 別にもう初めてじゃないんでしょ?」 「切・る・ぞっ!」 「あははっ、冗談冗談っ。 じゃ、切る前にまひるに代わって」 「おう。まひる、友希が代わってってさ」  まひるにケータイを返す。 「もしもし……うん……ありがと…… え……あぅぅ……分かった。頑張る…… じゃ……」  通話は終わったようだ。 「なんて言ってた?」 「べ、別に大したことは言ってないんだっ!」 「あ、あぁ……そうか。 なら、いいんだけど」 「……………」 「……………」 「えぇと、じゃ、部屋に行くか?」 「……………」 「……………」 「何かしたいことあるか?」 「えっ、な、ないんだっ。 まひるは別にないんだぞっ」 「あ……そうか…?」 「う、うん……」  何だろう? すごく気まずいんだけど……  友希が変なこと言ってきたから、 意識するっていうか、ぜんぜん普段通りに 話せない。  まひるもちょっといつもと 違うみたいだし。 「……飲み物でも持ってくるな。 何がいい?」 「何でもいいんだ」 「分かった」  ぎこちない空気が流れたまま、 すっかり夜になってしまった。 「そろそろ、ごはんでも作るか?」 「……まひるは、まだお腹すいてないんだ……」 「そっか」  実際、俺もあんまりお腹は空いてない。  家に泊めるのは初めてだからって、 いまさら緊張してるんだろうか? 「……………」 「……ベッド……」 「ん?」 「……ベッド、ひとつしか、ないな……」 「あぁ、大丈夫だよ。 来客用の布団があるから、 俺がそっちを使うよ」 「颯太は布団使うのか?」  えぇと、どういう意味だ? 「まひるが布団のほうがいいんなら、 まひるが使ってもいいけど?」 「……まひるは布団じゃなくていいんだ……」 「そうか」 「……………」 「……………」  あ、そうか。 「じゃ、一緒に寝るか?」 「……えっ?」 「まひるがいいんだったら、 俺は一緒に寝たいよ」 「……あ……」 「嫌か??」 「大丈夫だって。 何も変なことしないから。な。 約束するよ」 「……………」 「……うっ……ぐす……えっぐ……うえぇ……」 「え……まひる? な、なに泣いてるんだ? そんなに一緒に寝るのが嫌なら、 別にいいんだぞ」 「……うっ、ぐす……イヤじゃないんだ……」 「じゃ、どうして泣くんだ?」 「……まひるはどうしていいか、 分からないんだ……」 「えぇと、何がしたいんだ?」 「……友希が言ったんだ…… 颯太は……えっちしたいけど…… まひるが子供だから、遠慮してるって……」 「だから、まひるが大人っぽく誘惑すれば、 その気になるって……だから、まひるは 頑張ったんだ。でも、できなかった……」 「『頑張った』って……」  もしかして、さっきの『ベッドが ひとつしかない』って言ったのは そういう意味だったのか? 「……うっ……えっぐ……ぐす……まひるも… 颯太と……したい……ぐす……えっち、 したい……うえぇ、えっちしたいよぉっ……」 「……………」  まさか、人生で、えっちしたいって 女の子に泣かれる日が来るなんて 思わなかったな。 「まひる、ごめんな。気づいてやれなくて」 「俺も本当は、まひるとすっごくしたいよ」 「……そうなのか? まひるは子供じゃないか?」 「そんなことないよ。ほら、おいで」  まひるの手をつかみ、 優しくベッドのほうへ抱きよせる。 「あ……あぅぅ…… まひるは、恥ずかしいんだ……」 「どうして恥ずかしいんだ?」 「……まひるは胸小っちゃいんだ…… 子供っぽいんだ……」 「そんなことないって言ったろ。 小っちゃくても、まひるは、 ちゃんと大人だよ」  そう言って、まひるの胸を 撫でるように触る。  ほとんど膨らんでないまひるのおっぱい だけど、触ればすごく柔らかくて、 手の平にすうっと吸いつくようだ。  俺は愛でるようにその小さなおっぱいを 優しく撫でていった。 「んっ、あぁっ……やだぁ……ダメだぁ…… あっ、そんなに触っちゃ、まひるは、 おかしくなるんだ……」 「ほら、まひるはちゃんと大人だろ。 触られると、そうやって感じてるんだから」 「そうなのか…… まひるはよく分からないんだ……」 「じゃ、乳首も触るよ」  かわいらしいまひるの乳首を指でつまんで、 コリコリと転がしていく。  まひるはびくんっと身体を震わせ、 甘い声を漏らした。  乳首をいじるたびに まひるの身体は敏感に反応して、 気持ち良さそうに背中を折る。 「まひるの乳首、こんなに堅くなって、 かわいいな」 「あぁっ……やだぁ、おまえは…… 変態なんだぁ……そんなにいじっちゃ、 ダメなんだぁ……」 「えっちしたかったんだろ?」 「んっ……そういうこと言うのは、 ズルいんだ……あぁんっ…!!」  ツンと勃った乳首の先端を 優しく触れるように、つーと撫でる。  まひるの身体がびくんっと震えて、 気持ち良さそうな声があがった。  その声をもっと聞きたくて、 俺はまひるの乳首をいじくりまわしていく。 「んっ、あぁ……乳首ばっかり、やだぁ…… ダメ、なんだぞ……あっ、んんっ…… あぁっ……やぁ……んんっ……あぅぅっ」 「まひる、その声、すっごくかわいいよ。 もっと聞かせて」 「んんっ……やだやだぁ……おまえは、 えっちなんだぁ……あぁっ、あんっ…… ダメだぁ……あっ、あぅっ……んあぁっ」  まひるは快感を堪えようとしてるけど、 乳首をきゅっとつまむたびに、反射的に 声があがる。  まひるの言葉とは裏腹に その表情はすっかり蕩けきってて、 ものすごくいやらしく思えた。 「まひるは、感じやすいな」 「そ、そんなことないんだっ…… あっ、あぁんっ、ダメっ……あぅ、 ダメだぁ……やだやだぁ……」 「んっ、あぁっ、あ――え…?」  乳首の愛撫を止めると、 まひるが不思議そうな素振りを見せる。 「やめてほしかったんだろ?」 「うー…!!」 「ちゃんと言わないと分からないぞ」 「…………まひるは……えと…… 乳首、もっと気持ち良くして、欲しな……」 「よしよし、よく言えたな。 じゃ、ご褒美だ」  乳首に人差し指を伸ばし、 弾くように何度も擦りあげる。  まひるの身体にぐっと力が入り、 俺に体重を預けてきた。  さらに速く指を動かし、乳首を何度も 弾いていくと、まひるはよがりながら 背筋を反らす。 「あっあっ、やだ……、まひるっ、んんっ、 んんっ、あぁぁっ、ダメぇぇぇぇぇっ!」  びくんっと気持ち良さそうに身体を よじらせ、まひるは軽く絶頂に達した。 「はぁ……はぁ……」 「今、ちょっとイッたな。 気持ち良かったか?」 「……うー…!! まひるをイカせたからって、 調子に乗ったら、ダメなんだっ。今度は、 まひるの番なんだぞ……」 「ふふ……おち○ちん、こんなに おっきくなってるんだ…… まひるのおっぱいをいじって感じてたんだな」 「ん……れぇろ……れろれろ……んちゅ…… ぺろぺろ、ぴちゃぴちゃ……ん、ちゅ…… れろれぇろ……んっ、あむ、れろん……」  まひるの舌が俺のち○ぽに伸びてきて、 ぺろぺろと唾液をつけるように舐めはじめる。  とろとろの舌の感触がち○ぽに直に 伝わるのが、すごく気持ち良くて、 頭が蕩けてしまいそうだ。 「わ……おち○ちん…… またおっきくなてきた…… まひるの舌が気持ちいいのか?」 「……あぁ……」 「えへへ、じゃ、もっと舐めてあげるんだ。 まひるだって大人なんだぞ。おまえなんか すぐにイカせちゃうんだっ」 「んっ、れろれぇろ……んれろれろ…… あぁ、おち○ちん、びくびくしてるな…… 気持ちいかな? れろれろ、ん……れぇろ」  亀頭にまひるの舌がぺたっと貼りついてきて、 そのまま円を描くように舐めあげられる。  まるで新しいオモチャをもらったみたいに 俺のち○ぽを楽しそうにいじくり舐める 光景が、ひどく扇情的だった。 「れろ、れぇろ……んっれろ、ちゅっ、 あぁむ……れろれろん……ぺろぺろ…… んはぁ……んっ、れろ、れぇろ……ぺろぺろ」 「えへへっ、まひるが舐めると、 おち○ちん、びくびくするな。楽しな。 もっと舐めてみよかな」  今度は裏筋に舌が伸びてきて、 れろれろと重点的に舐められる。  俺のち○ぽを舐めることで興奮しているのか、 まひるのパンツにはおま○こから溢れる 愛液がにじんだ。 「まひる、すごい濡れてきてるよ。 俺も舐めてあげようか?」 「え……だ、ダメだ。今はまひるの番―― あぁんっ!」  パンツごしにおま○こを ぺろりとひと舐めすると、 まひるの身体がびくっと震えた。  パンツに唾液をつけ、おま○こに 染み渡らせるように舌を這わせて、 ぴちゃぴちゃと舐めあげる。  まひるの身体が小刻みに揺れるのが、 ち○ぽに触れているまひるの舌を通じて 伝わってくる。 「まひるのおま○こから、 えっちな愛液がすごく出てるよ」 「うっ、ウソだ、あぁっ、やだ、舐めるな…… んっ、あぁ、ダメだ……あっ、んっ、あぁ、 あぅ……」 「うー……今度はまひるの番なんだっ、 まひるがイカせるんだぁっ!」  ぱくり、とまひるがち○ぽを咥え、 口全体を使って舐めまわしてくる。  あいかわらず、まひるの口内は 蕩けるような感触で、まひるが舌を 動かすだけでバカみたいに気持ちがいい。 「んふふ、まひる知ってりゅんだ…… おち○ちん咥えりゃれりゅと、 気持ち良くて抵抗れきにゃくにゃるんだぞ」 「……そんなことないよ……」 「ん……にゃにしてるんだ…? ぬ、ぬがしちゃらめなんだぞ……」  まひるのパンツをずらして、 膣口にちゅくっと舌を差しこんだ。  そうして、まひるの膣内を味わうように れろれろと舌を動かし、愛液をすする。 「まひるのおま○こ、すごくおいしいよ」 「うー…!! へんちゃいめぇ…… しゅぐにイカせてやりゅから、 覚悟すりゅんらっ!」 「んっ、ちゅ……ちゅぱっ、れりゅっ、んっ、 あぁ、おち○ちん、またおっきくなてきた… んんっ、あぅ……れろれろっ……んちゅ……」  あまりの気持ち良さに俺のち○ぽが さらに膨れあがる。  まひるはそれを小さな口で懸命に呑みこみ、 舌を這わせて舐めあげる。  ヌルヌルで蕩けそうなまひるの舌が 亀頭に絡みついてきて、幼い唇が きゅっと竿を締める。  ちゅぱちゅぱとおいしそうにち○ぽを 舐めながら、膣口にじゅわっと愛液を 滴らせる様がいやらしくたまらない。  負けじと俺も、まひるのおま○この奥へと 舌を差しこんでいく。 「あっ、あぁぁんっ、んっ……やぁっ、 舌がまひるのにゃかでぺろぺろして、 変な気持ひなんらぁ……あぅぅ……」 「んっ……大人しゅく、しゅりゅんだぁ…… まひるのフェラチオでイカせりゅんだぞぉ」 「んちゅっ、ちゅぱっ……ん、あむ……れろ、 ちゅっちゅぱっ……んちゅぅ……んあぁ、 れろれぇろ……れちゅっ、ちゅぱ、れぇろ」  ちゅぱちゅぱとむしゃぶるように音を立て、 まひるは俺のち○ぽをいやらしく舐める。  まるで大好物を口に入れてると 言わんばかりに溢れてくる大量の唾液が、 快感をよりいっそう引きあげた。 「ちゅっ、んちゅっ、ちゅぱっ……れろれろ、 んちゅぅっ、あむ、れぇろれろ……あむ、 ちゅう……ちゅっ、ちゅぱっ……れりゅ」 「んあぁ……おち○ちん、びくびくしてりゅ ……イキそか? まひるにイカせてほしか?」 「あぁ、もう……」  まひるの口内のあまりの気持ち良さに 耐えきれなくなり、一気に射精感が 膨れあがる。  すると、まひるは嬉しそうにちゅうぅと ち○ぽに吸いついてきて、精液を 絞りだそうとますます舌を絡みつかせてくる。  ……もう今にも、まひるの口に、 出してしまいそうだった。 「えへへ、まひるが、イカせてあげりゅんだぁ。 おち○ちんから、精液たくさんだしゅんだぞ」 「んちゅっ、ちゅるるるっ、ちゅぱっ、 れぇろ、ちゅれぇろっ、れろれろっ、あむ、 んちゅっ、ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅれぇろっ」 「んんっ、ちゅうぅっ、ちゅるるるっ、ちゅう、 じゅっ、ちゅるるるっ、じゅりゅりゅりゅっ! じゅるっ、じゅりゅりゅりゅりゅりゅっ!!」 「んっんっ、んんんんーーーーっ!」  まひるの口の中に 俺のち○ぽから一気に溢れでた精液が 勢いよく注ぎこまれていく。 「ん……んぐんぐ……んぐ、ごっくん……」 「えへへ……たくさん出たんだ…… まひるがイカせたんだぞっ」  まひるが精液をおいしそうに飲み干して そう言ったのが、妙に興奮をそそった。  イッたばかりなのに、 またすぐにやりたくて仕方がない。 「じゃ、今度は俺の番だな」 「えっ……あっ…!!」 「ん……んんんっ……あ、入ってるんだ…… まひるの膣内に、あっ……あぁ……んん……」  まひるの小さな膣内に 押し入るようにしてち○ぽを 深く挿入した。  おま○こは大きく勃起した俺のち○ぽに 沿うように、くにゅうぅと広げられ、 懸命にそれを受けいれている。 「うっ、あぁ……おち○ちん、おっきいんだ… あぁっ……まひるの膣内にいっぱいで…… あぁ……ん……」 「動かすよ」  まひるのおま○こを突きあげるようにして、 腰を動かしはじめる。  ぐちゅぐちゅっといやらしい音を立てながら、 まひるの身体は膝の上で弾み、そのたびに 膣内でち○ぽが擦れあう。 「あぁっ、あんっ、おち○ちんが、 まひるの膣内で、擦れてるんだぁっ、あぅっ、 これ、ダメっ、ダメだぁっ、あぁっ、んあぁ」 「気持ちいいんだろ」 「違うっ、まひるはぁっ、あぁっ、やぁっ、 やだぁっ、んっ、あぅ……あぁっ……あ…… ダメっ、あっ、やだやだぁ……」 「もっと気持ち良くしてあげるよ」  まひるのおま○こをずちゅずちゅと 突きあげながら、ピンと勃った乳首を 指で挟み、クリクリと愛撫していく。  まひるの膣内にはじゅわっと愛液が溢れ、 膣壁とち○ぽが擦れあうたびに ヌルヌルと蕩けそうな感触を味わう。 「すごい気持ち良さそうな声が出てるよ」 「……違っ、まひるは、 そんなにやらしい子じゃないんだ……」 「素直になりなよ。おち○ちん挿れられて、 気持ちいいんだろ?」 「うー……あぁっ、そんなに、まひるの膣内を ぐじゃぐじゃにしちゃ、ダメだぁっ、あっ、 それ、ダメなんだぁっ」  ぐりぐり、とち○ぽを膣内に挿入し、 奥の奥まで届くように思いきり突きあげる。  まひるの身体は俺の膝の上で跳ねながらも びくびくと痙攣して、その表情は 気持ち良さそうに蕩けきっている。 「まひるは、おち○ちん好きだろ」 「ば、バカぁっ、なに言ってるんだ、あんっ、 んっ、死んじゃえっ、あぁっ、死んじゃえっ、 んっ、おち○ちんなんか、好きじゃないんだ」 「でも、まひるは今、おち○ちんを 挿れられて、すごく気持ち良くなってるだろ」 「んっ、なんでそういうこと言うんだ…!! まひるは、なってないっ、あんっ、違うっ、 あぁんっ、死んじゃえっ、死んじゃえぇっ」 「しょうがないな。 じゃ、もっと気持ち良くしてあげるよ」 「あぁっ、んっ、さっきより、あぁ、ダメっ、 ダメだぁ……そんなにされたら、まひるは、 ダメになるんだぁっ……」  体位を変えたことでより感じるように なったのか、まひるは余裕のない喘ぎ声を あげ、気持ち良さそうに身体をよじる。  ち○ぽで突かれるごとに 敏感に変わるまひるの幼い表情が ひどく扇情的で、背徳的な快感が湧きあがる。 「ダメだぁっ……おまえは、変態だぁ……あっ、 んっ、あぁっ、あんっ、ダメっ、やだぁ…… うぅっ、変態ぃ、変態めぇ……」 「あっ、ダメっ、んっ、あんっ……あぁ…… ダメだっ……あぁっ、おち○ちん、 ダメなんだぁっ、あぁっ、んっ、あぁ……」 「イキそうなのか?」 「んっ、あぁぁっ、だって、あぁっ、 そんなに突かれたら、まひるは、あぁっ、 ダメになるんだぁっ、やだぁっ、あぁんっ!」  訳が分からないといったふうに まひるは俺の上で喘ぎ、ち○ぽで 突かれる快感に身体を震わせる。  膣壁はきゅちゅうと俺のち○ぽに 吸いついてきて、とろとろの愛液が とめどなく溢れている。 「俺もまひるのおま○こが 気持ち良すぎて、イキそうだよ」 「……あぁっ、んっ、そう……なのか? おまえも、イクのかっ、あぁっ、んんっ、 あぁっ、やだっ、ダメっ」 「まひる、一緒にイこう」 「……うんっ、あぁっ、まひるは一緒に、 イキたいっ、おまえと一緒、なんだぁっ、 あぁっ、んんっ、あぁっ…!!」 「気持ちいいか?」 「うんっ、あぁっ、あんっ、気持ちいいっ、 おまえのおち○ちんが、気持ちいいんだっ。 あぁっ、気持ちいいよぉっ、あぁっ!」  ようやく素直になったまひるは、 我慢していた快感が堰を切ったかのように 身体をがくがくと痙攣させた。  俺が下から突きあげる動きに合わせて、 まひるは必死に腰を振ってて、 おま○ことち○ぽが絡みあうように摩擦する。 「まひる、俺のおち○ちん、好きだろ?」 「あぁっ、うんっ、好き、おち○ちん、 好きなんだっ……まひるはおち○ちん、 挿れられると気持ち良くなるんだ……」 「あぁっ、もうっ、ダメだっ、まひるは、 イクんだぞっ、あぁっ、んんっ、やぁ、 そんなに突かれたら、もうっ、あぁぁっ!」 「あぁんっ、やぁっ、イキたいっ、あぁっ、 あぁっ、イキたいよぉ、一緒に、あぁっ、 一緒に、イキたいんだぁ……」  まひるの膣内が波打つように痙攣して、 とろとろと愛液を滴らせる。  グジュグジュのまひるのおま○こに、 思いきり精液を注ぎこもうと 激しく腰を突きあげた。 「あはぁんっ、あぁっ、もう、ダメだぞっ、 まひるは、イッちゃうっ、イッちゃうんだぁ、 あぁっ、あんっ、あはぁっ、やぁっ……!!」 「あ・あ・あ・あ、あぁぁぁぁっ、 やだぁぁぁぁぁっ、イクっ、イクぅぅっ――」 「あっあ、んあぁぁぁ、イックぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!」  まひるがイクのと同時に俺も絶頂を迎え、 彼女の膣内へどくどくと大量の精液を 流しこんでいく。 「あ……あぁ…… ん……おち○ちんから、精液出てるんだ…… んん、あぁ……」  まひるが身震いするようにして 腰を捻ると、その拍子におま○こから ち○ぽが抜けた。 「あっ……あぁ……うー…… いつも、びちょびちょになるんだ……」  ようやく射精が収まり、 まひるも俺も、力が抜けたかのように ぐったりと脱力した。 「……えへへ、一緒に、イケたんだ…… まひるは嬉しな……」 「気持ち良かったか?」 「……う、うん……気持ちよかた……」 「まひるは時間かけないと、 なかなか正直にならないよな」 「ま、まひるはいつも正直なんだっ。 正直者が服を着て歩いてるような いい子なんだぞ」 「よしよし、そうだな」 「分かればいいんだ。 これからは、変なこと言ったら、 許さないんだぞ」 「どう許さないんだ?」 「颯太の精液が空になるぐらい、 イカせちゃうんだぞ」  まひるが俺の股間に手を伸ばし、 ぎゅっとち○ぽを握る。 「そんなことしたら、 またしたくなっちゃうだろ」 「おまえは変態なんだ。 まひるにおち○ちん握られて、 感じちゃうんだなっ」 「なんでそんなに楽しそうなんだよ?」 「別にまひるはいつもこうなんだぞ」 「まひる。 ……好きだよ」 「えへへ……うれしな。 まひるも好きだ……」 「またしような」 「おまえがしたいなら、しょうがないから、 相手をしてあげるんだ。まひるに 感謝するんだぞ」 「こら、まひるは正直なんじゃなかったのか?」 「まひるは正直なんだぞ。 ホントのことしか言ってないんだ」 「そんなこと言うと、 もうえっちしてやらないぞ」 「え……あぅぅ……」 「どうする?」 「う……ウソなんだ……」 「何が嘘なんだ?」 「うー…!! だから、 まひるもおまえとまたえっちしたいんだ…… し、死んじゃえ……」 「ま、最後の『死んじゃえ』は許してあげるよ」 「うー…!! これで勝ったと 思っちゃダメなんだぞ」 「どうするんだ?」 「まひるのことを、もっともっと、 好きにさせてやるんだからな」 「じゃ、俺もまひるのことを、 もっともっと好きにさせてあげるからな」 「真似っ子なんだ。真似っ子颯太ーっ」 「勝つ自信がないのか?」 「あるに決まってるんだ。 まひるがぜったい勝つんだぞ」 「楽しみにしてるよ」 「まひるだって、楽しみにしてるんだぞっ」 「お、今度は正直だな?」 「まひるはいつだって正直なんだ。 颯太のことが大好きなんだ」 「そっか。俺も、負けないぐらい、 まひるのことが大好きだけどな」 「まひるだって負けないんだぞ。 大大大好きなんだっ!」 「じゃ、俺は大大大大大好きだぞっ」 「じゃ、まひるは、大大大大大好きなんだ!」 「それ、俺と同じだよ」 「うー…!! ちょっと間違えただけなんだ。 とにかく、颯太よりまひるのほうが 大好きなんだぞっ!」 「分かったよ」  そんなふうに他愛もない話をしている内に、 夜はあっというまに更けていった。 「……あ……あぅぅ……ま、待つんだ……」 「どうした? やっぱり、やめるか?」 「……や、やめないんだ。 やめないけど……えと…… まひるは初めてなんだぞ……」 「知ってるよ」 「うー…!! なんで知ってるんだ…?」 「まひるのことが好きだからな」 「な、なに言ってるんだっ…… 今はそんなこと訊いてないんだぞ」 「俺も初めてだよ」 「……そうなのか? 颯太も初めてなんだ……」 「あぁ。だから、けっこう緊張してるし、 うまくできないかもしれないけど、 ごめんな」 「……うん……まひるも、 うまくできないかもしれないけど、 頑張るんだぞ……」 「よしよし、偉いぞ。 じゃ、まひるの胸、触っていいか?」 「……もう、触ってるんだ……」 「それじゃ、もっと、触ってもいい?」 「う、うん……あ、あぁんっ…!!」  まひるの平らなおっぱいを 手で覆うようにしながら、乳輪を 指先でいじっていく。  いつも子供っぽいまひるの口から 感じているような甘い声が漏れて、なんだか 悪いことをしているような気分になる。 「んっ、あぁ……まひるの胸、そんなにしちゃ、 ダメなんだぞぉ……」 「どうして? 気持ち良くないか?」 「あっ、やだっ、あぁぁんっ!」  乳首に指先で優しく触れる。 すると、まひるの身体がびくっと反応して、 気持ち良さそうな声があがる。  そのまま円を描くように じっくり乳首を撫でまわしてると、 だんだん先端が堅く勃ってきた。 「ほら、気持ち良さそうな声が出てるし、 乳首も堅くなってきたよ」 「んっ、あぁ、まひるの声…… どうして出るんだぁ……あぁっ、あんっ、 うえぇ、変な声が出るんだ……」 「かわいい声だって。 もっと聞かせてくれるか?」 「やだぁっ……あぁんっ……ん、んあぁっ、 そんなに乳首触っちゃダメ……あっ、あんっ、 あぁぁっ、んんっ……もう……あはぁっ……」  まひるは何とか声を我慢しようとするも、 乳首をいじくりまわされると、自分の意に 反して甘い声が漏れてしまうようだ。  ツンと勃った乳首を両手でつまめば、 びくびくっと敏感に身体が震え、 よりいっそう気持ち良さそうな声があがる。 「んっ、あぁ……まひるは恥ずかしいんだ…… あぁっ、んっ、あぁ……やだやだぁ……」 「でも、えっちしたいんだろ?」 「…………うん……したい……」 「じゃ、我慢しないとな」 「そうだけどっ、あぁんっ…… またすぐ触るなっ。あ、あぁん……ん…… はぁ……やっ、あぅ……んっ、くぅ……」 「……おまえばっかり、ズルいんだ…… まひるもおまえに恥ずかしいこと してやるんだぞ……」 「……まひる、何するんだ?」 「まひるだってもう大人なんだぞ。 フェラチオぐらい知ってるんだ……」  そう言って、まひるは 俺のち○ぽを握り、じーっと見つめる。 「……うー…!! おち○ちん、 すごいんだ……まひるの胸を 触ってたから、こんなにおっきいのか?」 「……そうだよ」 「ふふっ、まひるの胸で興奮したんだ。 そういうのは変態って言うんだぞっ」 「別に好きな子の胸で興奮したって、 変態じゃないだろ」 「こんなにおっきくしたら、変態なんだ。 しょうがないから、まひるが 舐めてあげるんだぞ。喜べ、変態」 「れぇろ……んちゅ……れぇろれろ…… ぴちゃぴちゃ……んれろれろ…… ぺろぺろ……ん……あ、れろれろ……」  嬉しそうにまひるが俺のち○ぽを ぺろぺろと舐めはじめる。  舌使いは多少ぎこちないけど、 まひるの舌が蕩けそうなほどの感触で、 ただち○ぽに触れるだけでも気持ちいい。 「……おち○ちん、まひるが舐めると、 びくびく動くんだ……気持ちいかな…? どうしてほしいのかな…?」  まるでち○ぽに話しかけるように まひるが幼い口調で言い、またぺろぺろと 舐めはじめる。  まひるの小さな舌が 俺のち○ぽを味わい舐めまわしてると思うと、 ぞくぞくと背徳的な快感が湧きあがってくる。 「ここが気持ちいかな? れろれぇろ…… こーでいかな? んっ、れろれろ…… んん……変な味……ぴちゃぴちゃ……」 「まひる、もっと強く…… 舐めてくれるか?」 「うん、れろれぇろ、これでいかな? んちゅっ、れろれろ、もっと強くしよかな? あむ……ぴちゃぴちゃ、れろれぇろ……」  舌を強く擦りつけるようにして、 まひるは俺のち○ぽをれろれろと舐める。  ヌルヌルとしてて柔らかいそれが、 敏感な部分に絡みついてくるようで、 もっともっとまひるにしゃぶらせたくなった。 「まひる、裏筋の部分も舐めてくれるか?」 「んと、ここでいかな? れろれぇろ、ん、 あむ、どかな? 気持ちいかな? れぇろ、 れちゅっ……んっ、ちゅっ……れろれぇろ」  まひるはれぇと舌を大きく広げ、 裏筋を覆うように吸いつかせては れろんれろんと舐めていく。  まひるの舌がちゅるっとち○ぽに触れる たびに、とろとろの感触が伝わってきて、 頭の中に快感が駆けぬけていく。 「んっ、れぇろれろ……ちゅっ、ちゅぱっ…… あぁむ、れろんれろん……ん、れろ……あぁ、 んはぁ……んちゅ、れろれぇろ、れろ……」 「……まひるは、 うまくフェラチオできてるか?」 「あぁ……すごく、気持ちいいよ。 まひるは上手だな」 「えへへ、えっへん。まひるは上手なんだ。 フェラチオだってできるんだぞ」  気を良くしたまひるは ふたたび舌を伸ばして、またち○ぽを おいしそうに舐めはじめた。  ぴちゃぴちゃとどこか嬉しそうに 舌を這わせていくまひるの姿がエロくて、 よりいっそう性感が高まっていく。 「ここも舐めてみよかな、んっ、れぇろれろ、 気持ちいかな? 何か出てきてるな…… れぇろれろ、あぁむ……んれろれろ……」  まひるが尿道に舌をつけて、 ぺろぺろとガマン汁を舐め、 また吸いとっていく。  まひるの舌が尿道の中に入ってきて、 内側から舐めまわされる感触に ぞわっとした快感が背筋を貫く。 「ふふっ、気持ち良さそうなんだ。 まひるのフェラチオでイカせちゃうんだぞ」  まひるは口をいっぱいに広げて、 俺のち○ぽを頬ばった。  口内は大量の唾液に溢れてて、 くにゅくにゅとした柔らかいものが 肉棒にくちゅうと吸いついてくる。  もうこのままイッてしまいそうなほど、 気持ち良かった。 「……ん……おち○ちん、 びくびくしてりゅな……まひるに 咥えりゃれて、気持ちいいんにゃ……」 「……ちゅっ、ちゅぱっ、れぇろれろ…… あぁむ……れろれろん、んちゅっ、れろ、 ぺろぺろ……んっ、ちゅっ、ちゅうっ」  口内に包まれた俺のち○ぽに まひるの舌が絡みついてきて、 敏感な箇所を刺激していく。  まひるの舌が触れるだけで バカみたいに気持ち良くて、 俺は射精を堪えるだけで精一杯だった。 「れぇろれろっ、ちゅっ、ちゅう……ちゅぱっ、 ちゅれろっ……れろれろ、れろん、んちゅ、 あぁむ……れろ、ん、あむあむ、れろん」 「ん……おっきくなてきちゃ……あぁ、ん…… まひるの口に入りゃなくなるぞ……」  俺のち○ぽがさらに膨れあがり、 まひるの口はそれを懸命に受けいれる。  幼いまひるが口いっぱいにち○ぽを咥えこみ、 れろれろと舐めてくれているのが、 たまらなく興奮した。 「ちゅっ、ちゅるっ、れぇろれろ、あぁむ、 んれぇろ……れちゅっ、れろれぇろ、んあぁ、 あぁむ、れろれろん、んれぇろ……れろれろ」 「まひる、もう…… イキそうだから……」 「……えへへ、イクのか? まひるに舐めりゃれて、イッちゃうんだにゃ。 おまえはへんちゃいなんだ……」  嬉しそうに言いながら、まひるは ちゅうぅっとち○ぽに吸いつき、 激しく舌を絡みつかせてくる。  ちゅぱちゅぱとち○ぽを舐められ、 精液を吸いだそうとするみたいに 吸われるのが、たまらなく気持ち良くて、  このまままひるの口の中に、 精液を注ぎこみたい衝動に駆られた。 「ん……もうイきそかにゃ? まらかにゃ? まら精液出ないかにゃ? まひるは早ふ、 イクところが見たいんにゃ……」 「んっ、ちゅっ、れぇろれろっ、ちゅぱっ、 あぁむ……ちゅっ、ちゅれぇろ、れろ、 れろれろ、あむ、れろれろっ、ちゅぱっ」 「ちゅるるっ、ちゅぱっ、ちゅじゅうっ、 じゅるるる、ちゅじゅるるるっ、んちゅ、 ちゅれぇろ、ちゅぱっ、んちゅ、ちゅるるっ」 「んっんっ、んあぁ……んんーーーーっ!!」  どくどくと、まひるの口内へ、 ありったけの精液を注ぎこんでいく。 「んっんっ……んぐんぐ……んっ、 ……ごっくん……まだ出りゅ…… んん、んあぁーっ……」  大量の精液を飲みきれず、 まひるはち○ぽから口を放した。 「あっ、やぁっ……うわぁぁ…… びちょびちょ……してるんだ……」  精液が出てきた場所を まひるはしばし不思議そうに見つめる。 「えへへっ、まひるはイカせたんだぞっ。 もう大人なんだっ」  うーむ。精液まみれの顔で そんなに無邪気に言われたら、 ぐっとくるものがあるな。 「じゃ、今度は俺がイカせてあげるな」 「え……う、うん……」 「脱がすよ」 「……恥ずかしな……」  まひるのパンツに手を伸ばす――  あれ…? これって…? 「……どうしたんだ…? 脱がすんじゃないのか?」 「いや……血がさ……」 「血…? あ……ホントだっ、血なんだっ。 まひるはいつのまにかケガしたんだっ!」 「いやいや、ケガじゃないよね」 「ケガじゃなかったら何なんだ? 血が出てるんだぞっ」 「え…? いや、ちょっと待って。 まひるってさ、こういうふうになったこと って今までないのか?」 「そんなのあるわけないんだ…… まひるはケガしたんだぞっ。大変なんだっ。 痛いんだっ!」 「痛いって、本当に痛いか?」 「血が出たら痛いに決まってるんだ。 まひるは痛いんだぞっ。 どうすればいいんだっ?」  これは、たぶん、いつもの思い込みだな。 「まず落ちつこうか。な」 「うー…!! 血が止まらないんだ…… まひるはこのまま出血多量で死ぬんだ……」 「大丈夫だって。生理だと思うから」 「生理…? 生理って、血が出るのか? まひるは初めてなったんだ」 「……………」  やっぱりと言うべきか、 まさか、まだだったと言うべきか。  ていうか、生理のことより、 えっちなことのほうが詳しいって、 知識が偏りすぎてるような気がする。 「うー! まひるは、どうすればいいんだ?」 「俺に訊かれても……」 「颯太も生理になったことないのか?」  あるわけねー。 「男はならないんだって」 「そういえば、そんなことを 聞いたような気もするんだ。ズルいんだ」  ズルとかいう問題じゃないんだけど。 「とりあえず、そうだな。 友希に相談してみようか?」 「や、ヤなんだ。まひるは恥ずかしいんだぞ」 「そう言われても…… 他にどうするんだ?」 「おまえが何とかするんだっ」  そんな無茶な…… 「ダメなのか…?」 「……分かったよ。 とりあえず、生理用品を買ってくるから、 ちょっと待っててな」 「うんっ。まひるはいい子にして、 待ってるんだ」  そんなわけで、新渡町のドラッグストアに やってきた。  生理用品の棚はすぐに見つけたけど、 周囲の目が気になって仕方がない。  ナプキンを手にとろうと思ったけど、 そのたびに猛烈な恥ずかしさが込みあげ、 棚の周りを無駄に3周してしまった。 「……………」  こんなことをしている場合じゃない。  大丈夫だ、何も恥ずかしいことはない。 まひるのために買うんだ。 やましいことだって何もない。  そう自分に言い聞かせ、 戦う意志を奮い立たせる。  よし、買うぞ、ナプキンッ!  俺は頼まれて来たんですといった表情を 顔面に貼りつけ、生理用品を手にする。  いちおう、これであってるのかと 説明文にさらっと目を通すと、 疑問が生まれた。  多い日の昼用、羽つき……と書いてある。  今は夜だ。すなわち、 夜用を買わなければいけないんだろう。  それは分かる。  けど、羽つきとはいったい…?  別の商品を手にとってみる。  少ない日の夜用、羽なし……と書いてある。  多い少ないというのは、 たぶん、経血の量のことだろう。  けど、まひるの場合はどうなのか、 てんで分からない。  そして、何より問題なのは羽だ。 羽はいったい何のためにあるんだ?  分からない。  くそ……まさか、ここまで バリエーションがあるとは…?  いったい、どれが正解なんだ?  羽つきか、それとも羽なしか?  多い日か、少ない日か?  どうするっ? いっそ全部買うか?  いや、それじゃ丸っきり変態じゃないか。  こうやって、売り場でしゃがみこんで、 ナプキンを吟味してるだけでも 変態チックだっていうのに……  そうだ、ネットで検索すれば…… 「あれ? 初秋さん。お買い物ですか?」  声をかけられ、振りむくと、 姫守がいた。 「あぁ、ちょっとな。必要に迫られて」  と、朗らかに答えた俺の手には、 多い日の昼用羽つきが握られていた。 「あ……」 「…………!!!?」 「も、申し訳ございません…… 私は何も見ていないのですぅっ」 「いやいや、違うからっ! 俺が使うんじゃないからっ!」 「そうなのです?」 「……あぁ……」  って言っても、まひるの名前を出したら、 あいつは嫌がるだろうからな。 「何か悩まれていたようですけど、 分からないことがあるのですか?」 「えぇと……頼まれて買いにきたんだけどさ。 意外と種類が多くて、なに買えばいいのか 分からないんだよね」 「そういうことでしたか。 それでは少々お待ちください」  姫守は棚から生理用ナプキンを二種類 手にとった。 「ひとまず、この二種類でいいかと思います。 こちらは夜につけて、こちらは外出の時に つけてください」 「おぉ、そうか。ありがとう。 じゃ、ちょっと急ぐから、これ買っていくな」 「それと差し出がましいかと存じますが、 替えの下着も買っていったほうが よろしいのではないでしょうか?」 「あ、あぁ。そうだな。ありがと」 「それじゃ、また学校でな」 「はい。まひるちゃんに、 よろしくお伝えください」 「お、おう……」  うーむ……完全にバレてたな…… 「えへへっ、これがあれば大丈夫なんだ。 もう血は怖くないんだぞっ」  ナプキンをつけたまひるは、 安心感からか、元気いっぱいに 跳ねまわっている。 「あんまりはしゃがないほうがいいと思うぞ」 「だって、颯太がまひるのために、 買ってきてくれたんだ。まひるは嬉しいんだ」 「そうか」 「うんっ、ありがとう。 あと……ごめんなさい……」 「なんで謝るんだ?」 「まひるが生理になったから、 えっちが失敗しちゃったんだ……」 「そんなの気にしなくていいよ。 また終わったら、やろうな」 「颯太は優しな。まひるは颯太のことが 大好きなんだ」 「俺もまひるのことが大好きだぞ」 「えへへ、じゃ、約束なんだ。 まひるの生理が終わったら、えっちしよ?」 「あぁ、約束な」  夢を見た。  少し昔の夢だ。  その頃、俺は公園でブルーベリーを 育てていた。  と言うと、少し語弊があるかもしれない。  公園の花壇に空いているスペースがたくさん あったので、面白半分でブルーベリーの種を 埋めてみたんだ。  たぶん、まともに育たないだろうと思って ほったらかしにしておいたにもかかわらず、 いつのまにか芽が出ていた。  そうなると、経過が気になりはじめて、 俺はしきりに公園に通うようになった。  そんなある日のことだった――  いつものように公園へ ブルーベリーを見にいくと、 小柄な女の子が一人でシーソーに乗っていた。  特に気にとめることなく、 俺はブルーベリーのほうへ視線をやった。 「ん…?」  背後で大きな音が聞こえ、振りかえると、 さっきの女の子がシーソーから落ちて 倒れていた。 「う…………うぅ…………」  女の子はなかなか起きあがろうとしない。  心配になって様子を見にいった。 「大丈夫か?」  声をかけると、その子は 何事もなかったかのように起きあがった。 「あ……えと、サインかな? 待ってて、まひる、書くもの持ってるから」  “まひる”っていう名前なのか。 ていうか…… 「サインって…?」 「まひるのサインが欲しいんじゃなくて?」  うーむ、この子、頭大丈夫なのか? 「いや、すごい音だったから、 ケガしたんじゃないかと思ってさ。 大丈夫なのか?」 「え…? う、うん。まひるは大丈夫だよ。 痛いところはどこもないっ」 「そっか。なら、いいんだ」 「お兄さんはさっきから何してたの?」 「あぁ、あそこにブルーベリーが 生えてるだろ?」 「ブルーベリー? おいしそうっ。 どこどこっ?」 「そこの花壇の、その小っちゃいやつな」 「……あれがブルーベリーなの?」 「まぁ、まだ植えたばっかりだから、 実はなってないけどね」 「お兄さんが植えたの?」 「そうだよ。遊びで植えたんだけど、 まさか本当に芽が出るとは思わなかったから、 ビックリしてさ」 「こうやって、たまに様子を見にきてるんだ」 「へぇ、そっか。すごいね」  ブルーベリーの芽を 女の子は楽しそうに眺めている。 「ありがとう、見せてくれて」 「おう」  女の子はぺこりと頭を下げると、 とことこと歩いていき、 またシーソーに乗った。 「……んしょっ……んしょっ……」  頑張って跳ねようとしてるけど、 反対側に誰も乗ってないので、 当然、まともに遊べるわけがない。 「うー…!! うー…!!」  なんか唸りながら 足をジタバタさせてるぞ…? 「シーソーめぇっ、まひるに逆らうのかっ。 シーソーの分際でぇっ…!!」  急に口が悪くなって、 シーソーに文句言いだしたんだけど…? 「このっ! このっ! 跳ねろっ、 跳ねるんだっ!」 「……………」  だんだんいたたまれなくなってきた。 「あのさ……」 「えっ? な、なぁに?」  お、口調が元に戻ったな。 「そっち側、乗ってもいいか? 急にシーソーをしたくなってさ」  一瞬、その女の子はきょとんとして、 その後満面の笑みを浮かべた。 「うんっ、いいよっ。 じゃ、まひると一緒にしようよっ」 「ありがとうな。 じゃ、乗るぞ。上げるから、気をつけてな」  俺がシーソーに乗ると、その重さで 女の子の体がゆっくりと上昇する。 「きゃははっ、上がったっ、上がったよっ」 「じゃ、今度は下がるぞ」  両足に力を入れ、地面を蹴ると、 今度は俺の体が浮かびあがり、 反対に彼女の体が落下する。 「いくよぉっ、えいっ」  今度は女の子が地面を蹴り、 俺と彼女の上下が入れかわる。 「きゃははっ、すごいなっ。楽しなっ」 「もっと速くしようか?」 「したいっ。まひるは速くしたいなっ」 「じゃ、行くぞぉっ」  少し強めに地面を蹴ると、 彼女がさっきよりも速く降りてくる。 「きゃははっ、えいっ!」  女の子も強く地面を蹴り、 また俺との上下が入れかわる。  そうして、ギッタンバッタン、と しばらくシーソーを満喫していた。 「あ……そろそろ、まひるは帰らないと……」 「おう、そっか。じゃあな。 気をつけて帰るんだぞ」 「うん……あの……」 「どうした?」 「……お兄さんのお名前……教えてくれる?」 「ん? あぁ、初秋颯太だよ」 「まひるはね……小町、まひるだよ……」 「小町まひる…?」  どこかで聞いたことが あるような気もするけど…?  あぁ、そうか。 まやさんと同じ名字だ。 「……知ってる?」 「ん? いや、どういうことだ?」 「うぅん、何でもないんだっ。 えへへ、知らないんだ……」  うーむ、どうしたんだ? 「みんなまひるって呼ぶから、 まひるのことは、まひるって 呼んでいいんだぞ」  あれ? また言葉使いが変わったな。 「じゃ、俺も颯太でいいぞ」 「颯太、今日はありがとうっ。 まひるはシーソーに乗りたかったんだ。 すっごく楽しかったんだぞ」 「俺も久しぶりに童心に返って、 楽しかったよ」 「そっか。じゃ、また……えと……その…… うー…!!」 「また良かったら、一緒にシーソーに 付き合ってくれるか? 公園にはだいたい これぐらいの時間にいるからさ」 「えっ? う、うんっ、いいぞっ」 「じゃ、またな」 「うん、またなんだっ!」  大きく手を振って、まひるは帰っていった。  だけど、その後、 公園にブルーベリーの様子を見にきても、 彼女と会うことはなかった。  それから、しばらくして―― 「ねぇねぇ颯太、今日何か予定ある?」 「あぁ、 まぁ畑の様子を見にいこうと思ってたけど、 別に明日にしても大丈夫だよ」 「じゃ、ちょっと付き合ってくれない? 颯太に紹介したい子がいるんだぁ」 「……付き合うのはいいんだけど、 紹介したい子って誰だ?」 「あははっ、それは会ってのお楽しみー。 じゃ、行こっか」 「なぁ、行くところって、 ナトゥラーレか?」 「そうよ。あ、いたいた。まひるー」  友希が呼ぶと、カフェテラスに座っていた 女の子がこっちへ歩いてきた。 「あれ…?」 「……………」 「紹介するね。あたしの友達のまひるよ。 颯太も1回会ったことあるんでしょ?」 「あぁ、なんで知ってるんだ?」 「まひるから聞いたのよ。 まひるはよくカフェテラスで ごはん食べてて、颯太に気がついたんだって」 「あぁ、そういうことか」  フロアの様子を見ることはあっても、 カフェテラスには滅多に顔ださないしな。 「最近、公園に来ないけど、 どうしたんだ?」 「……ちょっと、行きそびれたんだ……」 「あぁ、そっか」  いまいち、ぼんやりとした答えだな。 「それより、颯太って彼女欲しくない?」 「いきなり何の話だよ」 「興味ないの?」 「いや、それはないわけじゃないけどさ」 「じゃあさ、かわいい子なら、 付き合ってみたいって思わない?」 「それは誰だってそうだと思うけど……」 「どのぐらいかわいい子なら、 付き合いたいと思うの?」 「どのぐらいって言われても、 難しいんだけど……」 「じゃ、まひるはかわいい?」  そう言われ、反射的にまひるを見る。 「……………」 「訊くまでもないだろ」 「かわいいってこと?」 「かわいいだろ」 「やったぁ。良かったね、まひる。 颯太が付き合ってもいいって」 「って、いきなりなに言ってんのっ!?」 「だって、かわいい子なら付き合いたくて、 まひるはかわいいんでしょ? だったら、 決まりじゃん」 「いやいや、まひるのほうが困るよねっ!」 「あはは、大丈夫大丈夫。 まひるは颯太と付き合いたいんだって」 「そんなわけないよねっ!」 「えー、疑り深いなぁ。そうだよね、まひる?」 「……あ、うん……」 「え……本当に…?」 「…………う、うん……」 「そ、そうか……」  なんだこれ? どういう状況だ…? 「……颯太に会った日、まひるは帰った後も、 ずっと颯太のことが気になって、 颯太のことばかり考えてたんだ……」 「でも、しばらく忙しかったから、 公園に行けなかったんだ……」 「いまさら行っても、もうまひるのことなんか 相手にしてくれないかもしれないと 思ったんだ……」 「だから、怖くて行けなくなった……」  そっか。それで公園に来なかったのか。 「……まひるは、颯太が好きなんだ…… だから、付き合ってくれないか?」 「……えぇと…… いきなり付き合ってって言われてもさ……」 「えー、いいじゃん。 付き合ってあげなよ」 「いや、でもさ……」 「まひるぐらいかわいいかったら、 付き合いたいって言ったじゃん」 「そうだけど……」 「今このチャンスを逃したら、 この先、一生誰とも付き合えないかも しれないわよ?」 「俺ってそんなに女子受け悪いわけっ!?」 「うんっ」 「……マジか……」 「ほらほら、いいの? このままじゃ、一生童貞よ」 「余計なお世話だよっ!!」 「素直じゃないなぁ。 やりたいくせにー」 「友希、やっぱりいいんだ。 颯太がイヤなら、まひるは諦めるんだぞ……」 「大丈夫よ。嫌とは言ってないし。 颯太は押しに弱いんだから、 このまま押せばイケるわ」 「でも、まひるなんか押しつけたら、 颯太に悪いんだ……」 「いやいや、 『まひるなんか』ってことはないって」 「……そうか?」 「あぁ、まひるが悪いとか嫌だとか、 そういうのは全然ないんだけどさ。 なんていうか……」 「じゃ、付き合ってあげればいいじゃん」 「だから、なんでそうなるんだよ。 っていうか、まだお互いのことも よく知らないだろ」 「そっかぁ。じゃ、とりあえず、 三人でごはん食べよっか。 それなら、いいでしょ?」 「え……あぁまぁ、それなら」 「……やった。一緒にゴハンなんだ。うれしな」 「ん?」 「あ、な、何でもないんだぞっ。 ただの独り言なんだ」  それって何でもないのか? 「お待たせしました。オムライスの大盛です」  マスターがまひるの前に オムライスを置く。 「ごゆっくりお過ごしください」 「えへへ、やっとまひるの分もきたな。 うれしな」  すでに俺の前にはハンバーグステーキが、 友希の前にはベーグルサンドが置かれている。 「じゃ、食べよっか」 「「いただきます」」 「あむあむ、もぐもぐ、ぱくぱく……!!」 「……………」  早っ!? あっというまにオムライスの三分の一を 平らげたぞ…!! 「まひるはうちのオムライスが 大好きなのよね?」 「もぐもぐ、しょーだじょ。 おみゅらいしゅが、だいしゅきなんら」  口いっぱいにオムライス頬ばりながら、 しゃべっているのが面白くて、俺は思わず、 笑ってしまった。 「……わ、笑われたんだ……」 「あぁいや、ごめん。 気持ちのいい食べっぷりだと思ってさ。 悪い意味じゃないよ」 「えへへ、そっか。じゃ、まひるは もっと気持ち良く食べるんだぞっ、あ…!!」  元気いっぱいに振りあげたまひるの手から、 スプーンがすっとんでいった。 「うー…!! 落としたんだぁ……」 「大丈夫だよ。新しいの持ってきてあげるな」 「マスター、スプーン落としたんで、 もらってきますね」 「おう、持ってけ」  スプーンを手にして、厨房から出る。 「はい、まひる」 「ありがとう。えへへっ、やった。 これで食べられるんだ」  さっそく、 まひるはオムライスを食べはじめた。 「もぐもぐ……えへへ、おいしな。 オムライスは最高だな」  欠食児童のようにオムライスに がっつき、幸せそうに笑うまひるが すごくかわいく思えた。 「……………」  ん? 何だ?  すごい見られてるような…?  なんか、緊張するぞ…… 「まひるは、颯太に訊きたいんだぞ」 「な、なんだ…?」 「そのハンバーグはおいしいのか?」 「あ、あぁ、おいしいよ」  なんだ、ハンバーグを見てたのか。 「あー、やーらしいのー。 まひるが自分のこと見てると思ってたんだぁ」 「余計なこと言わないでくれるっ!?」 「颯太はまひるに見られて、 ドキッてしちゃったんだって」 「そ、そうなのか…… えへへ、まひるはうれしな……」 「いやいや、違うって!」 「違うのか……そか……」 「あ……いや、その……」 「あー、ひどーい。 持ちあげて落としてるー」 「……あのね……」 「……………」  く、どうすれば、いいんだ…?  そうだ! 「まひる、俺のハンバーグ、 ちょっと食べてみるか?」 「いいのか…?」 「おう。ちょっと待ってな」  ハンバーグを切り分け、 オムライスのプレートに載せてあげる。 「やった。ハンバーグなんだ。 もぐもぐ、あむあむ…!!」  まひるはさっそくハンバーグを口にして、 幸せそうな表情を浮かべている。  つられてこっちまで 幸せな気分になりそうだ。 「おいしいか?」 「うんっ、すっごくおいしな。 あっ、颯太もまひるのオムライスを 食べるか?」 「え、いや、俺は大丈夫だよ。 まひるはオムライスが好きなんだろ。 自分で食べな」 「いいんだっ。まひるがよそってあげるぞ。 えいっ、えいっ」  まひるが俺のプレートに、 オムライスを分けてくれる。 「このぐらいかな? もっと欲しかな?」 「これで大丈夫だよ。ありがとうな」 「じー……」 「えぇと…?」 「食べないのかっ? ここのオムライスはおいしいんだぞ。 ほっぺたが落ちそうになるんだっ!」  店員だから、味はよく知ってるんだけど、 この期待に満ちた目を前にしたら、 そんなことは言えそうもない。  俺はもらったオムライスを食べた。 「どうだ? おいしいか? ほっぺた落ちたか?」 「あぁ、おいしいよ」 「えへへ、良かったな。颯太もおいしいんだ」 「おう、ありがとうな」 「あっ、いっけないっ。 あたし用事があったんだったぁ」 「おい、ちょっと待て。 なんだそのわざとらしい台詞は」 「あははっ、気のせい気のせい。 はい、これ、あたしの分のお金。 じゃね」 「こらっ、ちょっと待てって」  行ってしまった。  二人きりでどうしろって言うんだ…? 「……颯太はまひると二人だとイヤなのか?」 「え…?」 「イヤなら、まひるは帰るんだ」 「大丈夫だよ。嫌なわけないだろ」 「そうか。颯太はイヤじゃないんだ」 「あぁ」  それにしても、何を話そう? 「……えぇと、まひるは趣味とかあるのか?」 「まひるは食べるのが趣味なんだっ。 オムライスが大好物なんだぞ」  それは趣味じゃないと思うけど、 まぁいいか。 「まひるも颯太に訊きたいことがあるんだ」 「おう。何だ?」  よしよし、だんだん会話になってきたぞ。 この調子で―― 「……まひるとは、 付き合いたくないのか…?」 「……………」  このタイミングで、その話題を振るのか…… 「そういうわけじゃないんだけど……」  どうしよう?  なんて答えればいいんだ…? 「その……もう少し考えさせてくれないか?」 「……分かったんだ」 「ごめんな」 「まひるは気にしないんだぞ」  いい子だな。 「……………」 「……………」  にしても、さっきよりさらに気まずいな。 どうすればいいんだ? 「……………」 「……考えたか?」 「えっ?」 「まだなら、待つんだ」  いや、おかしいぞ。 「……あのさ、考えるってのは、 今の話か?」 「颯太が少し考えたいって言ったんだ。 少しなら、まひるは待つんだ」 「えぇと……」 「……まだかな? もう少しかな?」  ……どうしよう?  まさかこんな展開になるとは…… 「えぇと……まひるは俺のどこが好きなんだ?」 「一緒にシーソーをしたんだ」 「それだけ?」 「それだけじゃないんだ。 まひるはすっごくシーソーがしたかったんだ。 でも、どうしてもできなかったんだぞ」 「そしたら颯太が『一緒にシーソーをしよう』 って言ってくれたんだ。 シーソーは楽しかったんだっ」 「だから、まひるは颯太のことが 大好きになったんだぞ」 「……そうか」 「そうなんだっ」  正直、まだまひるのことは 何も知らないけど、  だけど、俺のことを好きだって言って 笑うまひるが、すごくかわいいと思った。  だから、俺は言ったんだ。 「じゃ、付き合おうか?」 「いいのかっ? 颯太もまひるのことが好きなのか?」  まだ分からないけど、 こんなかわいい子なら、 きっと好きになると思った。 「あぁ、好きだよ」 「えへへ……やった…… 颯太もまひるのことが好きなんだ。 両想いだったんだっ!」  きっと、好きになると思ったんだ――  目を覚ますと、隣でまひるが眠っていた。 「……………」  懐かしい夢を見たな。 「ん……んん……」  ゆっくりとまひるが目を開いた。 「……颯太? どうして起きてるんだ…?」  まひるの目をじっと見返しながら、 一年前のことを振りかえる。  あの時は、好きかどうかも分からずに 付き合いはじめた。  自分の気持ちすら分からないまま、 いいかげんな付き合い方をして、 まひるを傷つけたんだと思う。  だから、振られることになったんだろう。  だけど―― 「好きだよ、まひる」 「……えへへ、まひるも、好きなんだ……」  今度は嘘じゃない。  だから、きっと大丈夫だ。  一学期が終わったので、 今は当然のごとく夏休みだ。  と言いたいところなんだけど、 世の中には夏期講習というものがある。  晴北学園では、参加自由という名目の ほとんど強制参加のため、俺たちの実質的な 夏休みはもう少し先だった。 「さて、そろそろ各部活で落葉祭の出し物の 準備を始める時期なんだけど、 君たちは何かしたいことはあるかな?」 「あれ? 珍しく乗り気じゃありませんね。 今までだったら、勝手に出し物を 決めてきませんでした?」 「去年も『人間スイカ割りをやる』とか 言ってはしゃいでましたよね」  もちろん、却下したけど。 「僕も六年生だからね。 あまり遊んでばかりはいられないんだよ」 「君たちもクラスの出し物が大変なら、 無理に園芸部まで頑張らなくても構わないよ」 「まぁ、まだ出し物も決まってないから、 大変かどうかも分からないんですけどね」 「ですけど、初秋さんは委員長ですから、 大変なのではないですか?」 「そんなこと言ったら、 姫守だって副委員長だろ?」 「くすっ、そうなのでした」 「ふぅん。じゃ、園芸部の出し物は やめておいたほうがいいかな?」 「まひるは園芸部で出し物をやりたいんだっ! 颯太と彩雨が大変なら、 一人でも頑張るんだぞっ!」 「――と言ってるけれど?」 「いやまぁ、『やらない』とは言ってませんし、 まひるがやる気なら、俺も頑張りますよ」 「私も及ばずながら、 一緒に頑張るのです」 「それじゃ、とりあえず参加はするってことで。 何にしようか?」 「まひるは金魚すくいがいいと思うんだ。 楽しいんだぞっ。 それに金魚が捕れたら嬉しいんだ」 「とても楽しそうなのですが、 金魚さんはどこにいらっしゃるのでしょう?」 「あとそれ、園芸部まったく関係ないからな。 せめて、もうちょっと園芸部らしい出し物に しないか?」 「じゃ、金魚の代わりに 野菜をすくえばいいんだ! 野菜すくいなんだっ」 「へぇ。なかなか斬新じゃないか。 面白いね」 「面白いのはいいんですけど、 金魚と違って、野菜は動きませんし、 それに大きすぎますよ」 「紙が簡単に破れてしまうのです」 「うー…!! じゃ、どうすればいいいんだ? まひるはもう万策尽きたんだぞ」 「まぁ、でも野菜を 使うのはいいと思うからさ。 そっちの方向で何か考えようよ」 「野菜といえば何でしょう?」 「食べるんだっ!」 「素敵な考えだと思うのです。 私たちの作ったお野菜のおいしさを 皆さんにお伝えするのはどうでしょう?」 「じゃ、定番だけど、 屋台で野菜を使った料理を出すって 感じがいいかな」 「ふむ。もうひとつ面白味が 欲しいところだけどね」 「例えば何ですか?」 「ロシアンルーレット的な要素を 加えるとか?」 「却下です」 「それなら、時限爆弾的な要素を 加えるとか?」 「なんでいちいち危険なことを しようとするんですか。却下ですって」 「ちぇ、まぁいいさ。 僕も六年生だからね、 大人になるとするよ」  あの不本意そうな顔。  ぜったい受験がなかったら、 変なことしようとするんだろうな。 「焼きトウモロコシがいいんだっ。 おいしいし、屋台なんだっ!」 「あぁ、確かに 焼きトウモロコシは鉄板だよな」 「ですけど、せっかくお野菜をたくさん作って いますから、トウモロコシ以外の物も食べて もらいたいのです」 「それじゃ、トウモロコシ以外の 野菜も焼くんだ。焼き野菜なんだっ!」 「それなら、色んなお野菜を食べてもらえて いいと思うのです」 「バーベキューコンロさえ用意すれば 何とかなりそうだし、いいかもな。 調理も簡単だし」 「どうせなら串焼きにしたら、 いいんじゃないか?」 「串焼きはおいしそうなんだっ。 まひるは大賛成だぞっ」 「私も賛成なのです」 「みんなが賛成なら、特に異論はないよ」 「じゃ、野菜の串焼きにするとして、 役割分担を決めようか?」 「串焼きにする野菜のメニューは みんなで考えるだろ。タレは俺が作るよ」 「当日は野菜を切って串に刺す人と 焼く人で別れたほうが効率いいと思うから、 それをどうするかが問題かな」 「焼くのは君がやったほうが いいんじゃないかな? 文化祭とはいえ、 焼き加減が悪かったら、怒られそうだ」 「まぁ、そうですね。分かりました。 俺がメインでやります」 「あぁ、あと焼く前に 茹でる工程が必要な野菜が あると思います」 「姫守は包丁の扱いは慣れてるかな?」 「嗜む程度なのです」 「まひるちゃんは……いや、何でもないよ」  訊くまでもなく、 まひるの包丁のとり扱いは絶望的だ。  もちろん、火のそばに近づけても 危険だろう。 「それじゃ、熱湯責めは僕の得意分野だから、 茹でるのは僕がやろう」 「何なんですか、その得意分野は…?」 「おや? 気になるかな? それじゃ、こんど僕の家に来るといいよ。 たっぷりと教えてあげよう」 「絶っ対に行きませんからね」 「うー…!! まひるの役割がないんだ……」 「まひるはそうだなぁ…?」 「私と一緒にお野菜を切るのは いかがですか?」 「うんっ! まひるは野菜を切るんだっ! 滅多切りにするんだぞっ!」  滅多切りはどうかと思うぞ。 「って、言っても、 まひるは不器用だからな」 「ですけど、お野菜を切るぐらいは、 どなたでもできるのです」 「そうだぞ。颯太は心配性なんだ。 まひるだって野菜ぐらい切れるんだぞっ。 その気になれば人間だって切れるんだっ」  人間は切らないでくれ、頼むから。  ていうか、姫守に見せたほうが 話は早そうだな。 「じゃ、ちょっと試しに 野菜を切ってみてくれるか?」  こないだ収穫したジャガイモと、 包丁、まな板を持ってきて、テーブルに置く。 「任せるんだ」 「ふふっ、まひるちゃんが、 張りきっているのです」 「行くぞぉっ!」  まひるは包丁を固く握りしめ、 振りかぶると、一気に振り下ろした。 「うりゃぁっ!!」  勢いよくジャガイモが弾けとび、 姫守の頬をかすめていった。 「……………」  さっきまでほほえましくまひるを見守っていた 姫守の表情が、凍っている。 「……私が間違っていたのです。 お野菜を切るのは、 どなたでもできることではなかったのです」  一瞬にして、姫守の意見が翻った。 「でも、そうなると、 まひるに何をしてもらうかだよな」 「客寄せしてもらうといいんじゃないかな? きっと沢山、お客さんも来るだろうからね。 うまくすれば一儲けできるかもしれない」 「一儲けは置いとくとして、 いいかもしれませんね」 「それでどうだ、まひる?」 「そんなのイヤだっ。 まひるも野菜の串焼き作りたいんだっ!」 「そうは言っても、怪我人を出すわけには いかないからね」 「うー…!! やだやだっ。 まひるも串焼き作るっ。まひるだって できるんだ。串焼き作るんだ。作る作るっ」 「まひるちゃん。串焼きを作るのは、 もう少し大きくなってからにしませんか?」 「……うー…!! まひるだけ差別なんだ。 まひる差別だぁ。差別反対なんだぞっ」 「差別ではなく、年齢制限なのです。 誰もが通る道なのです」 「……………」  言い負かされたな。 「颯太ぁ……まひるも、やりたい…… 何とかするんだ……」 「……………」  しょうがないなぁ。 「部長。まひるには当日までに 俺がちゃんと教えるっていうので、 どうですか?」 「まぁ、危険がないようにしてくれるなら、 構わないけどね。姫守はどうだい?」 「初秋さんが教えてくださるのなら、 大丈夫だと思うのです」 「じゃ、まひるも野菜きっていいのかっ? 串に刺していいのか?」 「あぁ、その代わり、俺と一緒に ちゃんと練習するんだぞ」 「うんっ。えへへ、やった。 串焼き作れるんだ。颯太のおかげなんだ。 ありがとう。まひるは颯太が大好きだぞっ」 「よしよし、俺も好きだぞ」 「えへへ……颯太と一緒に、 串焼きの練習するのも楽しそうだな」 「言っとくけど、練習するんだからな。 遊ぶんじゃないんだぞ」 「分かってるんだ。 颯太と二人なら、野菜きって串に刺すのも 楽しいってことなんだ」 「そっか。じゃ、一緒に頑張ろうな」 「うんっ。まひるは一生懸命頑張るんだぞっ」 「……やれやれ。部活中は もう少し謹んで欲しいものだね」 「見ているだけで妬けてしまうのです」  今日の授業が終わり、放課後。 「颯太ー、まひるは迎えにきてやったぞ。 今日は串焼き野菜の練習をするんだっ!」 「おう、いま行くからちょっと待っててな」 「早くっ、早くったら、早くっ。 まひるは待ちきれないんだぞっ」 「分かった分かった。もう準備できたよ。 行こうか」 「えへへっ、串焼き野菜の練習なんだっ。 まひるは頑張るんだぞっ」  というわけで、まひると二人で 自宅にやってきた。  包丁とまな板、野菜を用意して、 練習する準備を整える。 「さて。じゃ、まずは 切りやすそうなネギで練習してみようか」 「分かったんだ」  まひるは畑から収穫してきた ネギを手にしてまな板に置く。 「まひる。あのね、まな板に置く前に 野菜は洗うんだよ。これだと土がつくからさ」 「あっ、ホントだっ。 じゃ、まひるは洗うんだぞ」  まひるは水道の蛇口から水を出し、 そこへネギを寝かせたまま突っこんだ。 「うわあぁぁっ、冷たいっ、冷たいぞっ。 うー…!! 水めぇ、まひるに逆らうのか!」 「いやいや、そんなふうにネギを入れたら、 水が跳ねるのは当たり前だよね」 「でも、こいつがまひるにかかってきたんだぞ。 まひるは冷たいんだっ」 「よしよし、まひるは悪くないぞ。 でも、水は凶暴だからな。 優しくしてあげないと、すぐ怒るんだ」 「そうか。それなら仕方ないな。 まひるは大人だから、優しくしてあげるんだ」  やれやれ。 「じゃ、ネギをちょっと貸してくれるか」  まひるからネギを受けとり、 見本を見せる。 「こうネギはなるべく立てて、 水が跳ね返らないようにして洗うんだ。 こうしたら跳ねないだろ」 「そうか。分かったんだっ!」 「じゃ、やってみな。ほら」  まひるは俺からネギを受けとり、 そして、言われた通りにネギを立てる。 「えいっ!」  垂直に立てられたネギは、 蛇口より高く、洗うことはできない。 「た、大変だっ、颯太。 これじゃ洗えないんだぞ」 「うん、そうだね…… 斜めにするといいんじゃないかな?」 「あっ、そうか。斜めか。 そういうことは先に言うんだ」  ていうか、先に見せたと思うんだけど。 「あっ、これなら大丈夫なんだ。 跳ねないし、洗えるんだ」 「んしょっ、んしょっ…… これでいかな? 土とれたかな? とれたな。完璧なんだっ!」  まひるが嬉々として 洗ったばかりのネギを まな板に持っていこうとする。 「あぁ、ちょっと待った。 水を切ってからな。そうしないと、 びしょびしょになるだろ」 「分かったんだ」  まひるはネギをシンクに置くと、 なぜか包丁を手にした。  何をするのかと思っていたら、 「えいっ!」  なんと蛇口から出ている水を 包丁で切りはじめた。 「えいっ、えいっ! これでいかな? 切れたかな?」 「いや、水を切るっていうのは ネギについた水分を落とすって 意味だからな……」 「……そ、そっちのほうだったのか。 ちょっと間違えただけなんだ……」 「……………」  そっちのほう以外ないと思うんだけどな。 「んしょっ、んしょっ」  まひるが手で拭うようにして、 ネギの水分を落としはじめた。  軽く振ればいいんだけど、そんなことしたら 盛大に水が飛びちりそうだし、 まぁ、あれでいいか。 「できたんだ」 「それじゃ、切ってみようか。 まずは見本を見せるからな」  まな板の土を軽く流して天板に置きなおす。  まひるはその上にネギを載せた。 「ネギを持つ手がこうで、包丁はこうな。 それで、串焼きにするからだいたい、 このぐらいの間隔で切るんだ」  ザクッ、ザクッ、ザクッと リズミカルにネギを切っていく。 「まぁ、こんな感じだな。できそうか?」 「うんっ、これぐらいなら、 まひるだって簡単にできるんだぞ」 「じゃ、やってみな」  まひるはこくりとうなずき、 右手に包丁を握り、ネギに左手を添える。 「あぁ、ちょっと待った。 その持ち方だと包丁で切るかもしれないから、 こうやって猫の手みたいにするんだ」 「まひるは猫は得意なんだぞ」 「そうなのか。じゃ、やってみな」 「にゃあっ」 「……いや、あのね。 猫の声じゃなくて、猫の手な」 「にゃあ…?」 「……………」  まひるから包丁をとりあげ、 ネギを猫じゃらしのように揺らしてみる。 「にゃっ、にゃあっ! にゃあにゃあっ!」  まひるは手を猫のようにして、 猫じゃらしにじゃれついていく。 「ほーらほらほら、楽しいか?」 「にゃっ、にゃぁんっ、にゃんっ、 にゃんっにゃんっ!」  うーむ、かわいいな。 「ほらほらっ、そんなにネギが好きか?」  ネギを上へ上へと上げていくと、 だんだんまひるの手が届かなくなっていく。 「にゃっ、にゃあっ、にゃんにゃんっ!」 「ほら、ジャンプしないと届かないぞ」 「うー……にゃんっ!!」  まひるは跳びあがり、 ネギを見事キャッチした。 「おー、すごいすごいっ」 「うがーっ! 何やらせるんだぁっ!? まひるは串焼き野菜の練習に来たんだぞっ! 猫の真似をしにきたんじゃないんだっ!」  って言っても、 まひるがやりだしたんだけどなぁ。 「とりあえず、左手はそんな感じだからな」 「ん……そうか。この手なのか。 分かったんだ。じゃ、切るぞ」  今度はちゃんと左手を猫の手にして添え、 まひるは包丁を手にした。 「えいっ!」  ダンッ! と、ネギが両断されるとともに、 包丁の刃が欠けそうな、やばい音がした。 「……そ、そんなに力を入れると危ないからさ。 もうちょっと優しくな」 「……ぇぃっ……」  ツンッと非常に弱々しく包丁がネギに触れる。 「うー…!! 切れないんだぞ……」  極端だな…… 「力を入れなくても、手前に引くか 奥に押すかすれば切れるからさ。 ちょっといいか?」  まひるの右手と左手をつかみ、 二人羽織の要領で力加減を教えてやる。 「こういう感じだ。分かるか?」 「う、うん……」 「一人でできそうか?」 「……も、もうちょっと、 教えてもらいたいんだ……」 「いいぞ。こんな感じだ」  まひるの両手を動かして、 ネギの切り方を体に教えていく。 「えへへ、颯太が助けてくれれば、 まひるでもちゃんと切れるんだぞっ」  まひるはネギをちゃんと切れることが 嬉しいようだった。  練習した後は切った野菜を串焼きにして、 夜ごはんにする。  かなり量が多かったので、 炭水化物は抜きで完全に野菜オンリーだ。  正直食べきれるか不安だったんだけど―― 「あむあむ、もぐもぐ、ばくばくばくっ! ごちそうさまっ。おいしかったんだっ」  まひるはものすごい勢いで、 串焼き野菜を平らげた。 「まひるが串焼きにした野菜だから、 おいしいんだぞっ。まひるのおかげなんだ」 「そうだな。まひるも最初の頃よりは ずいぶん上達したよな」 「えっへん。もっと練習すれば、 一人でも大丈夫になるんだぞっ。 まひるはやればできる子なんだっ」 「そうだな。頑張ろうな」 「うんっ。まひるは頑張るぞ」  まひるの包丁の腕前はまだまだ一人で 任せるには不安が残るけど、この調子で 練習していけば落葉祭には間に合うだろう。 「颯太……あのっ……」 「ん? どうした?」 「……ありがとう…… まひるは嬉しいんだぞ……」 「どうしたんだよ、急に改まって」 「……まひるは仕事が忙しくて、 今までちゃんと文化祭に 参加できなかったんだ」 「クラスの出し物も 仕事であんまり練習できないから、 いつも仲間外れなんだ」 「でも、颯太はまひるに合わせて、 ちゃんと教えてくれるんだ」 「颯太のおかげで、落葉祭は 初めてちゃんとできそうなんだ……」 「だから……ありがとう……」 「気にするなって。俺もまひると一緒に、 落葉祭を楽しみたいんだからさ」 「そっか。えへへ、 颯太もまひると一緒がいいんだ。 まひると同じなんだ」 「おう。それじゃ、休憩したら、 もう一回練習するか?」 「うんっ! まひるは練習するぞっ。 えいえいおーっ!」 「あ……今日は、もう終わりがいかな…?」 「そうか? まぁ、今日は十分練習したしな。 また今度にするか」 「……まひるは、終わったんだ……」 「あぁ、だから、終わりにするってことだろ?」 「ち……違うんだっ。 まひるは終わったんだぞ」 「えぇと……何が…?」 「うー…!! なんで分からないんだ…?」 「いや、そう言われても、 何が終わったのか全然わからないし…?」 「だ、だから、まひるは生理が終わったんだぞ。 バカっ、死んじゃえっ」 「あ……」  そういうことか。 「約束、したよな?」 「……うん……したんだ……」 「じゃ、おいで」  手を差しだすと、まひるはその手をとり、 ゆっくりと俺に身を寄せる。 「好きだよ」 「……うん、まひるも好きだ」  そのまま二人して、 ベッドに倒れこんだ。 「……わぁ……おまえのおち○ちん、 もうこんなにおっきくなってるんだ…… まひるはまだ何にもしてないんだぞ……」 「まひるとえっちできると思ったら、 そうなっちゃったんだよ」 「うー…!! そうなのか…… おまえは変態なんだ……」  そう言いながらも、まひるは俺のち○ぽに 舌を伸ばして、ぺろぺろと舐めはじめた。  まるでアイスキャンディーを舐めるみたいに、 おいしそうにち○ぽに舌を這わせている姿が たまらなくエロい。 「……れろれぇろ、ん……どかな? 気持ちいかな? ちゅっ、ちゅう…… まひるは、上手かな…?」 「……あぁ……2回目なのに、すごく上手だよ。 まひるは才能あるんじゃないか?」 「えへへ、えっへん。 まひるはフェラチオの才能があるんだっ。 すぐに精液ださせちゃうんだぞ」  調子に乗ったまひるが 舌を絡みつかせるようにして、 れろれろとち○ぽを舐めまわしてくる。  まひるの舌はとろとろと柔らかくて、 ただ触れているだけで吸いついてくるような 感触を覚えた。  本当に才能があるんじゃないかと思うほど、 その小さな舌に舐めまわされるのが 気持ち良く、病みつきになりそうだ。 「えへへ……おまえのおち○ちん、 びくびくしてるぞっ。まひるに もっと舐められたいんだな」 「れぇろ……ちゅっ、ちゅぱっ、れろれろ…… あぁ……んあぁ……れろれろん、ちゅっ…… ぺろぺろ……ぴちゃぴちゃ、んちゅっ……」 「……今度はここも舐めるんだぞ……」  まひるの舌がカリの辺りに 伸びてきて、ピタァと貼りつき、 れろれろと舐めまわしていく。  舌がカリをぐるりと一周して、 今度は亀頭に吸いつく。 ちゅぱちゅぱと淫らな音を響いた。 「れぇろ、れろれろれろん……ん……あぁ…… ちゅっ、ちゅぱっ、ん、どかな? れろれろ、 気持ちいかな? んちゅっ、れろれろんっ」 「えへへ……おまえのおち○ちん、 まひるは食べちゃうんだぞ」  口を開き、まひるは俺のち○ぽを 咥えこむ。  まひるが唇を締めると、とろとろの口内が ちゅぅと吸いついてきて、ち○ぽが 蕩けそうなほど気持ちいい。  さらにまひるの舌が、 円を描くように亀頭に絡みついてくる。 「ちゅれろ、れろれろ……んちゅっ、ちゅぱ、 んっ、れろれろ……ちゅっ、ちゅうっ、れろ、 れろれろ……んあぁむ、れろん、れろっ」 「ん……んんっ、あぁ……おち○ちん…… おっききゅなてきた……まひるの口の にゃかが、気持ちいいんだにゃ……」  口の中で膨れあがったち○ぽに まひるは舌を這わせて、ちゅうぅっと 吸いあげていく。  見れば、まひるのパンツに いやらしい染みが浮かびあがっていた。  俺のち○ぽを咥えこんで、 まひるも感じているんだろう。 「まひる……俺もしてあげるよ……」 「え……あ、やだ…… パンツ、脱がしちゃダメなんだぞぉっ」  まひるの抗議を無視して、 俺はパンツを脱がした。  露わになったまひるのおま○こには、 トロリと愛液が垂れている。 「うー…!! 脱がしちゃダメって 言ったんだ……恥ずかしな……」  初めてまともに見るまひるの膣口が 誘うようにひくひくと動いてて、 俺は吸いよせられるように舌を伸ばした。  ちゅくっと淫らな水音を立て、 おま○こに舌が触れる。するとまひるの腰が、 感じたようにびくんっと震えた。  まひるは俺のち○ぽをしゃぶることができず、 感じているようなかわいらしい声を漏らす。  それにたまらなく興奮して、 まるでおま○こを味わうかのように 俺はちゅぱちゅぱと夢中で舐めた。 「まひる、気持ちいいか?」 「んっ、あぁっ、そんなこと訊いたら、 ダメなんだぞっ、あぁんっ、やぁ…… あぅぅ……あぁんっ、や、変になるんだ……」  舌先を堅くして、そのまままひるの膣内に ちゅくぅと挿入した。  れぇろれぇろとまひるの内側を 舐めまわすように舌を動かすと、 膣内にじゅわっと愛液が溢れてくる。 「んっ、やぁあっ……まひるだって、 負けないんだぞっ」  ふたたびまひるはち○ぽを咥え、 喉の奥まで呑みこんでいく。  柔らかい唇がきゅっと締めつけるように 竿を押さえつけてきて、亀頭が喉の 奥に圧迫される。  舌は吸いつくように ちゅぱちゅぱとち○ぽを舐めまわし、 射精感がみるみる増幅する。 「あぁん……ん……やらぁ……らめ…… んあぁむ、れぇろれろ……ん、ちゅっ、 ちゅぱっ、あぁ、んん……はぁ……」 「ん……えへへ、おち○ちん、 気持ちいいんだにゃ、またおっききゅ、 なってりゅんだじょ……」 「まひるだって、おま○こが もうびちょびちょに濡れてるぞ」  お互いの性器を貪るように 俺たちはぴちゃぴちゃと音を立てて、 舌を擦りつけていく。  まひるのおま○こを舐めるのも、 まひるにち○ぽを舐められるのも 気持ち良くて、身体が溶けてしまいそうだ。 「まひる……膣内に、挿れていいか?」 「……う、うん…… 分かった。じゃ、まひるに任せるんだ……」 「えへへ……まひるは知ってるんだ。 しゅどーけんを握るほうが上になるんだぞ。 まひるは大人だから上なんだっ」 「……えぇと、でも、 反対のほうがいいと思うんだけど?」 「そんなことないんだ。 おまえはまひるに任せておけばいいんだぞ。 いま気持ち良くしてあげるんだっ」  勃起した俺のち○ぽに、 まひるは膣口をゆっくりとあてがう。  そして、膣内に挿れようと、 徐々に腰を下ろしはじめた。 「んっ、あぁ……痛いんだ…… あぁ……ん、入らないぞ…?」  まひるは頑張ってち○ぽを 挿入しようとするけど、膣口が狭すぎて まったく膣内に入っていかない。  それでも、何とか挿れようと 懸命におま○こを擦りつけてくるんだけど、 一向にうまくいく気配はなかった。 「……んん……うぅ…… どうして入らないんだ…… んっ、しょっ……あぁ……」  一生懸命、膣にち○ぽを 挿れようとしているまひるの姿が すごくいやらしくて、  挿入できずにおま○こやまひるの股と ち○ぽが擦れあう感触に、みるみる性感が 高まっていく。  気がつけば俺は快感を求めて、 腰を振っていた。 「あぁっ、んあぁんっ! そんなに動かしたら、 ダメなんだぞっ。んっ、あぁ、入らないんだ。 あぁっ、んんっ、あぁんっ、や、ダメ、だっ」 「そんなこと言われても…… まひるのおま○こと擦れて、 気持ち良すぎてさ……」 「あぁっ、んっ……あぁ、やだやだぁっ、 んっくぅ……あぁっ、んんっ、はぁ…… 動いちゃ、ダメだっ、あぁっ、あぁんっ!」  だめだと思うのに、あまりに気持ち良くて、 俺はただ快楽の赴くままに、まひるの おま○こにち○ぽを強く擦りつけていく。  まひるはびくびくと身体を震わせながらも 何とか挿入を試みるけど、 やはり、膣口が狭くうまくいかない。 「あぁぁんっ、どうして、入らないんだっ、 んっ、あぁ、入れっ、んっ、あぁうっ、 おち○ちん、入るんだぁっ、あぁっ、んあ」  まひるは無理矢理腰を振って 挿れようとするも、うまくいくはずもなく、 素股の感触に快感は増すばかりだ。  次第にまひるも感じはじめたのか、 おま○こからはとろとろと愛液がこぼれ、 ヌルヌルの感触に頭が真っ白になる。 「まひる、そんなにしたら、 本当に……」 「んっ、あぁ……止まらない、あぁっ、ん、 あぁん……やだ、なんでだっ、あぁんっ、 あぁっ、やだやだぁ、あぁっ、あぁんっ!」  ち○ぽとおま○こが擦れる感触が 気持ちいいのか、まひるはもはや 挿入とは関係なしに激しく腰を振っていた。  ヌチャヌチャと性器同士が摩擦するたびに 淫らな音が鳴り響き、触れあう下半身の 感触以外、何も考えられなくなっていく。 「まひる、もう、だめだ……」 「まひるも……もう……やだ、 イッちゃうっ、やだやだぁっ、んっ、 イッちゃダメだぁ、イッチャダメぇぇっ」 「あっ・ああ・あ・あ、んっ、ダメ、 あぁぁぁぁぁ、ダメぇぇぇぇぇっ!」 「まひる、もう……あぁぁ――」 「――ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ ぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」  俺が射精すると同時に、まひるも絶頂を迎え、 お互いにぐったりと力を抜く。 「はぁ……はぁ……はぁ…… もう、まひるは……ダメだ……」  そうして、しばらく、 二人の荒い呼吸だけが響いていた。 「……ごめんなさい……」 「なんで謝ってるんだ?」 「また失敗したんだ。 まひるのせいなんだ……」 「……まひるがまだ子供だから、 ダメなんだ。颯太のおち○ちんが 入らないんだ……」 「そんなに落ちこむなって。 まひるのせいじゃないからさ」 「俺も余裕なくて、 うまくできなかったし、お互い様だろ」 「……でも……おっきいおち○ちんは、 ちっちゃいおま○こには入らないんだぞ。 まひるにだってそれぐらい分かるんだ」 「大丈夫だよ。あのな、おま○こは ちゃんとおち○ちんが入るように 伸びるんだよ」 「……そうなのか? まひるのおま○こも、 颯太のおち○ちんが入るぐらい ちゃんとおっきくなるか?」 「あぁ、大丈夫だよ」 「そっか。まひるが子供だから、 失敗したんじゃないんだっ。 おま○こは伸びるんだっ」 「でも、初めてだと挿れる時は けっこう痛いかもしれないけどさ」 「そんなのへっちゃらなんだぞ。 まひるはもう大人なんだ。おち○ちん、 挿れられたって泣いたりしないんだっ」 「そっか。偉いぞ」 「えっへん、まひるは偉いんだっ。 えっちだってちゃんとできるんだぞ」  さっきは泣きそうだったのに、 まひるはもう笑っている。  ほんと、かわいいよな。 「でも、素股でもかなり気持ち良かったし、 挿れたら、どうなっちゃうんだろうな」 「おまえは変態なんだ。 まひるにイカされて、気持ち良さそうな顔を してたんだぞっ」 「そんなこと言ったら、まひるだって、 おち○ちん擦りつけられてイッたよね?」 「ま、まひるはイッてなんかないんだぞっ。 バカっ、死んじゃえっ、死んじゃえっ」 「よしよし、まひるはかわいいな」 「うー…!! まひるはイッてないんだ…!! まひるの勝ちなんだ」 「勝ち負けじゃないからな」 「じゃ、なんなんだ?」 「そうだな。やっぱり、愛じゃないか?」 「えへへっ……そっか。愛なんだ。 颯太はまひるに愛があるんだ。 それならいいんだ……」  ご機嫌になったな。 「今度はちゃんと挿れられるといいな」 「そうだな。頑張るよ」 「まひるも頑張るんだぞっ。 今度こそえっちするんだっ」 「じゃ、一緒に頑張ろうな」 「うん。えへへ、一緒に頑張るんだ。 頑張ってえっちなんだ……」  そう、嬉しそうに呟くまひるが、 やっぱりかわいくて仕方がなかった。  朝、俺がまどろみの中をさ迷ってると、  傍若無人なまでに 連打されたチャイムによって、 あっというまに覚醒を促された。 「……まひるだな……」  リビングに行き、 インターホンに応答する。 「おはよう、まひる」 「まひるはピンチなんだっ。 颯太の助けが必要なんだぞっ!」 「えぇと……何がピンチなんだ?」 「まひるはどうしていいか分からないんだっ。 だから、颯太にいい方法を 考えてもらいたいんだっ」  何のことだか、まるで分からない。 「とりあえず、家に入りな。 まだ起きたばっかりで、 頭もぜんぜん回らないし」  玄関のドアが開く音が聞こえ、 まひるがリビングへやってきた。 「まひるはいいことを思いついたんだ!」 「今度は何だ?」 「今日の放課後、颯太と一緒に まひるの家に行くんだぞ。 これで完璧なんだ」  何が完璧なのか全然わからない。 「まぁ、行くのはいいんだけどさ。 何するんだ?」 「それはついてからのお楽しみなんだ」 「そっか。ところで、 さっきのピンチっていうのは どういうことなんだ?」 「それはもういいんだ。 大丈夫なんだ」 「……まぁ、いいんなら、いいんだけどさ」  そんなことがあり、 放課後、俺はまひるの家に向かった――  ――のは、いいんだけど…… 「いやぁ、それにしても驚いた。 まひるに本当に彼氏がいるとはな」 「だから言ったでしょ。本当だって。 あなたって仕事ばっかりで 全然、まひるの話を聞かないんだから」 「すまんすまん。 しかし、そうなると問題は式場だな」 「まだ気が早いわよ。その前に、 白無垢かウェディングドレスか 決めないと」 「おぉ、そうだな。と言っても、やっぱり、 白無垢だろ。お前もそうだったしな」 「そうだけど、まひるの結婚式なんだから、 まひるの好きなものを着せてあげないと」 「なに言ってるんだ。 まひるは僕たちの子だぞ。 白無垢が好きに決まってる」 「わたしも、まひるの白無垢姿は 見てみたいけど、こういうことは 今時、親が決めることじゃないでしょ?」 「……それもそうだな。 まひる、どっちがいい?」 「……まひるは白無垢がいいよ」 「まぁ、やっぱり蛙の子は蛙ね」 「ほら、僕の言った通りだろう。 いやぁ、しかし、めでたいっ!」 「颯太くん、どうだ、一杯。 なに、今夜は無礼講だよ。 ちょっとぐらい構わないだろう? な?」 「……い、いただきます……」  なぜだ…? 訳が分からない。  なぜいきなり俺とまひるの結婚話で 盛りあがっているんだ…? 「あなた、あれを出しましょうか?」 「おう、そうだな。そうしよう」  まひるのお母さんが、 一度別室に引っこんだ。 「颯太くんは、ワインは好きか?」 「いえ、まぁ料理に使うこともあるんで、 飲めるとは思いますけど……」 「そうか。若い頃、仕事でフランスに 行ったことがあったんだが、その時 飲んだワインが格別でね」 「じつはそれ以来、ハマってしまって、 コレクションするようになったんだよ」 「へぇ。すごいですね。 ワインの保存って、温度とか湿度とか 管理が大変じゃないですか?」 「さすが。分かってるね。 料理人を目指しているということはある」 「いやまぁ、それぐらいは……」 「じつはね、このマンションの一室を ワインセラーに改造したんだよ」 「本当は地下室が良かったんだが、 趣味にそこまでするのはどうかと 思ってね」 「……そうですか」  マンションの一室を改造するだけでも、 かなりなものだと思うけど。 「あなた、どうぞ」  まひるのお母さんが戻ってきて、 一本のワインを差しだした。  ちょっと銘柄は見えないけど、 高級そうだな。 「このワインは、まひるが生まれた年に フランスに足を運んで買ったワインでね」 「ずっとこの家で熟成してあった。 ちょうどまひると同い年のワインだ」 「いつかまひるが大人になり、 僕たちのもとから巣立つ時が来たら、 一緒に飲もうと思っていたものだ」 「このおめでたい機会にみんなで飲むとしよう」 「……え、えぇと……」  そんな大事なワインを飲むのは 時期尚早だと思うんだけど、 なんて言えばいいんだ…? 「せっかくですから、 もっとおめでたいことがあった時のために とっておきませんか?」 「何を言うんだ。 これ以上おめでたい時はないよ」 「そ、そうかもしれませんが、 俺はまだ学生ですし…… ご挨拶はまた改めてしたほうがいいと……」 「なに、世間体などは気にしなくていい。 こう見えて私もね、学生結婚だったんだよ」 「……………」  マジですかー…… 「何も今すぐにという話じゃないんだ。 ただ、君の気持ちがどうかということでね」 「もちろん、まひると、あ、いえ、 まひるさんとは、本気でお付き合いさせて いただいてます」 「なら、問題はない。 さぁ、一杯やろうじゃないか。 なに、たかがワインを飲むだけの話だ」 「そ、そうですね」  何だろう? このじわじわと外堀を埋められていくような 感覚は…… 「それに今日はもうひとつお祝いがあるのよね」 「そうだった。肝心なことを忘れてたな。 まひる。このあいだオーディションを 受けただろう?」 「うん、映画のやつかな?」  まひるのお母さんが 笑顔でうなずく。 「おめでとう、まひる。合格したのよ」 「本当にすごいな、まひるは。 今度は主演だろ?」 「それに周防監督の作品よ。 わたしも昔から大ファンだったし、 絶対いい経験になるわ」 「えへへ。やった。 難しい役だから一生懸命、頑張らないと」 「大丈夫よ。まひるならできるわっ。 一緒に頑張りましょ?」 「うんっ」  今度は映画の主演か。 あいかわらず演技のこととなると すごいよなぁ。 「おめでとう、まひる」 「うん、ありがとう」 「でも、そうなると、 これからけっこう忙しくなるのか?」 「あ……そうかも。どうなるのかな?」 「撮影はまだしばらく先だけど、 今週はその関係で打ち合わせが あるらしいから、忙しいわね」 「学校も休まなきゃダメ?」 「そうね。学校いきたかった?」 「うぅん、まひるはお仕事、頑張りたいよ」 「そっか。でも、無理はしないのよ」 「うんっ。大丈夫だよ。 まひるは演技が好きだから」  うーむ。まひるって、 親の前だといい子になるよな。  普段、俺と話してる時とは大違いだ。 「よし、それじゃ、乾杯といくか」  いつのまにか、まひるのお父さんが ワインを開け、グラスに注いでいた。  ともあれ、話題がまひるのオーディションに 移って良かった。 「それじゃ、まひるのオーディション合格に、 乾杯っ!」 「乾杯っ」「かんぱーい」「乾杯」 「そして、まひると颯太くんの将来に、 乾杯っ!」 「乾杯っ!」「かんぱーいっ!」 「……………」  忘れてなかったか。 「それじゃ、お邪魔しました」 「またいつでも来てね」 「はい、ありがとうございます」 「颯太くん、今度はサシで飲もう」 「え、えぇ。機会があれば……ぜひ……」 「またね」 「あぁ、じゃあな」 「ふぅ……疲れた……」  なんというか、 非常に肩身の狭い時間だった。  いや、いい人達だし、 交際に反対されるよりは ぜんぜんマシなんだけど。  でも、当分は行くの勘弁だなぁ。  ていうか、まひるがピンチって 言ってたのって、あぁやって結婚話を 持ちかけられるからか?  まぁでも、特に困ったような顔は してなかったか…? 「颯太ーーーーーっ!」  ん? 「はぁはぁっ……やっと追いついたんだ。 パパとママが颯太の話ばっかりして、 なかなか一人にしてくれなかったんだぞ」 「それは大変だったな」  何の話をしていたかは あんまり聞きたくないところだ。 「けっきょく、まひるがピンチだったのは、 親に俺を連れてこいって言われてたからか?」 「うん、まひるはうまく断ろうと思ったけど、 できなくて困ってたんだ。ピンチだったんだ」 「だから、逆転の発想で颯太が家に来れば 解決だと思ったんだ」 「なるほど」  まぁいいんだけど、 それって解決なんだろうか…? 「……………」  と、何か言いたいことがある時の顔だ。 「どうした?」 「……ごめんなさい…… 今週は落葉祭の練習が できなくなったんだ……」 「あぁ、それをわざわざ謝りにきたのか。 気にするなって。しょうがないよ」 「うん……」 「それに映画の主役で、 しかも、すごい監督なんだろ。 まひるも楽しみなんじゃないか?」 「…………うん……」  あれ? 浮かない顔だな? 「もしかして、仕事より 落葉祭の練習がしたかったのか?」 「……うん……」 「でも、映画の仕事も 楽しみは楽しみなんだろ?」 「……パパとママには内緒なんだ……」 「まひるは……ホントは、 役者なんてやりたくないんだ……」 「え……そうなのか……」  思ってもみなかった。  小さい頃からプロとして活躍してて、 あれだけ演技ができて、映画の主演にだって 抜擢されるぐらいなのに…… 「……いつから、 やりたくなくなったんだ?」 「最初から、まひるは 役者をしたかったわけじゃないんだ」 「でも、まひるが役者を 好きなフリをしてたほうが パパとママは喜ぶんだ」 「まひるは演技をしてたほうがいいんだ」 「でも、それじゃさ。 まひるはしたくないことをしても、 楽しくなんかないだろ?」 「パパとママが喜んでくれたら、 まひるも嬉しいんだぞ」 「それは、そうかもしれないけどさ」 「まひるがそうやって演技を続けてて、 本当にお父さんとお母さんは喜ぶか?」 「でも……喜んでるんだ……」 「まひるが嬉しいと思ってるから、 喜んでるだけじゃないか?」 「例えばさ。役者を辞めても、 まひるが楽しそうにしてたら、 やっぱり喜んでくれるんじゃないか?」 「……分からないんだ…… じゃ、どうすればいいんだ?」 「俺はまひるのお父さんとお母さんのことは よく知らないから『どうしたらいい』って のは言いきれないけどさ」 「でも、まひるはそれでいいのか?」 「やりたくもない役者を続けてさ。 今まで文化祭にちゃんと参加したくても、 できなかったんだろ」 「それでも、お父さんとお母さんが喜ぶから、 役者を続けたいって言うなら、 いいと思うけど」 「そうじゃないなら、 自分のやりたいことをやったほうが いいんじゃないか?」 「……颯太は、まひるが 役者を辞めたほうがいいと思うのか? 颯太がそう言うなら、まひるは辞めるんだ」 「うーん、それはちょっと違うんだよなぁ」 「何が違うんだ? 颯太の言う通りにすれば いいんじゃないのか?」 「俺はまひるが自分で考えて、 本当にこうしたいって思うことを やってくれたら、それが一番いいと思うよ」 「……うー…!! 難しいんだ…… なんで決めてくれないんだ…?」 「まぁ、すぐにどうこうってわけじゃなくてさ。 ゆっくり考えればいいんじゃないか?」 「役者は続けてもいいのか?」 「いいけど、ちゃんと考えるんだぞ」 「うん、分かった。 難しいけど、颯太が言うなら、 やってみるんだ」 「よしよし、偉いぞ」 「えへへっ、褒められたな。嬉しな。 まひるは一生懸命考えるんだぞ」  どうやら分かってくれたようだった。 「オーダー入りましたー。 オムライスひとつお願いします」 「はいよー」 「ねぇねぇ。それ、誰が頼んだか知りたい?」 「……いやらしい奴だな」 「えー、嘘だぁ。 あたしはいやらしくないもんっ」 「それで誰なんだ?」 「うんとね、まひるよ。 颯太のオムライスが食べたくなったんだって」 「まぁ、そうだろうと思ったけどな」  とはいえ、まひるは 金曜日まで学校を休んでたし、 久しぶりな気がするな。  ていうか、早く会いたい。 「あー、やーらしいのー。 今日、まひるとえっちなことする気でしょ?」 「久しぶりだから早く会いたい って思っただけだからねっ」 「あははっ、ムキになっちゃって。 久しぶりって、最近会ってなかったの?」 「まぁな。最後に会ったのは 月曜日だよ」 「月曜日? いつの?」 「今週だけど」 「今週? あーあ、妬けちゃうなー。 4日会ってないだけで 『久しぶり』なんだもん」 「……別に、いいだろ……」 「そっかぁ。だから、まひるも 嬉しそうだったんだぁ」 「そうなのか?」 「うん、『颯太に会えるんだー』って、 はしゃいでたわ」 「そっか」  目に浮かぶようだな。 「ねぇねぇ。そんなに仲いいのに なんで一回別れたの?」 「なんでって……」 「あ、分かった。無理矢理やらしいこと しようとしたんでしょ?」 「そんなわけあるかっ!」 「じゃ、どうして?」 「それは……だから…… 俺がちゃんとまひるに向きあって あげてなかったからだよ」 「なんていうか、以前は まひるのことがかわいくても、 本当に好きかどうか分からなくてさ」 「でも、今ははっきり気づいたんだよね。 まひるがめちゃくちゃ好きだって」 「はいはい。ごちそうさまー」 「って、自分から訊いてきたんだよねっ!」 「だって、そんなにのろけられたら、 胸焼けしちゃうしー」 「じゃ、もう二度と言わないからね……」 「じゃあさ、まひるは 颯太が自分のことを好きじゃないって 気づいてたってこと?」 「それは分からないけど、 まぁでも、雰囲気で何となく 分かるもんなんじゃないか?」 「うーん、そうかなぁ? まひるはあんまり気づきそうじゃないけど」 「……………」  確かに、言われてみればそうだな。  一年前、どうして別れを切りだしたのか、 まひるの口から直接理由を聞いたことはない。 「まいっか。今はラブラブだもんねー。 それじゃ、オムライス、まひるに 持っていってあげてね」 「おう」  友希がフロアに戻っていく。  すぐさまオムライスの調理に とりかかった。 「まひる、オムライスお待たせ」 「やった。えへへ、颯太がオムライスを 持ってきてくれたんだ。ありがとう」 「どういたしまして」 「さっそく、まひるは食べるんだぞ。 オムライスはできたてがおいしいんだ」 「あむあむ、もぐもぐ、むしゃむしゃ。 えへへっ。おいしな。まひるは 颯太のオムライスが大好きだな……」  幸せそうな顔で、 まひるがオムライスを食べていく。  しかし、途中でピタリと手を止め、 俺のほうを向いた。 「颯太のことはもっと好きだ……」 「俺も大好きだよ」  友希や他のお客さんに聞こえないように、 俺たちは小声でそう囁きあう。 「えへへ、うれしな。 久しぶりに颯太に会えたんだ」 「まひる、ケチャップついてるぞ」 「え……んしょっ、んしょっ、とれたか?」 「いや。とってあげるよ。顔こっち向けて」  まひるが顔を向けた瞬間、 すかさず唇を重ねた。 「……ん……ちゅ……」  すぐに唇を離し、まひるに笑いかける。 「とれたよ」 「うー…!! 不意打ちは卑怯なんだ。 死んじゃえ……」  照れたような反応がかわいくて仕方ない。 「明日は時間あるのか?」 「……明日は仕事なんだ。 でも、月曜日は部活ができそうなんだ。 また颯太の家で教えてくれるか?」 「おう、いいぞ。 今度はもうちょっと堅い野菜も 切ってみるか?」 「うん。まひるはジャガイモと カボチャに挑戦したいんだっ」 「了解。じゃ、用意しとくからな」 「うん。えへへ、楽しみなんだ……」  まひるとの約束通り、月曜日の放課後は 俺の家で野菜を切る練習をしていた。 「んしょ……こかな? こでいかな?」  まひるの手つきは まだまだぎこちないながらも、 最初に比べれば着実に上手くなっている。 「えへへ、できたんだ。 次はジャガイモむこかな?」 「じゃ、包丁は危ないから、 ピーラーにしな」 「うー…!! まひるを子供扱いなのか? まひるなんかピーラーで十分ってことかぁっ」 「言っとくけど、このピーラーは プロも使ってるやつだぞ」 「それなら、まひるはピーラーがいいんだっ。 ジャガイモの皮むきと言えば、 ピーラーなんだぞ」  単純な奴だな。 「えへへ、これでまひるもプロなんだ。 ジャガイモなんか簡単にむけるんだぞ」  まひるは無造作にジャガイモをつかみ、 ピーラーで一気に皮をむく。  しかし、勢い余ってピーラーが まひるの指を擦った。 「うわぁぁっ、指きったぞっ。 痛いっ、痛いんだっ。まひるの指が なくなったんだっ!」 「ピーラーで指きるって逆に器用だな」 「そんなこと言ってる場合じゃないんだ。 まひるの指が切れたんだぞっ。大変なんだっ。 緊急事態発生なんだっ!」 「ちょっと見せてみな」  まひるの指を見る。 「……………」 「ど、どうなってるんだ…? まひるは怖くて見られないんだぞ」 「なぁ……本っ当に痛いか?」 「当たり前なんだ。 切られれば痛いに決まってるんだぞ」 「じゃ、見てろよ。 痛いの痛いの飛んでけー」  そう唱えながら、 切ったと言ったほうの手をまひるに見せる。 「ほら、治っただろ」 「ホントなんだっ。切れたのが治ったんだ。 もう痛くないんだぞ。颯太はすごいんだ」  ていうか、初めから 切れてないんだけどさ。 「じゃ、もう一回やってみようか?」 「うー…!! でも、こいつがまひるの 言うことを聞かないんだぞっ。 まひるに攻撃してくるんだ」  ピーラー相手にそんなこと言われてもなぁ。 「大丈夫だって。今度は俺が 手伝ってあげるからさ」 「そうか。えへへ、 颯太が手伝ってくれるなら安心なんだ」 「それじゃ、やるぞ」  例によって二人羽織作戦で、 まひるの手をつかみピーラーの力加減を 教えてやる。 「こういう感じであんまり力は入れずに、 サッて引くだけだよ。簡単だろ」 「うんっ、簡単なんだ。 颯太に手伝ってもらったら、 まひるでもできるんだ」  シャッ、シャッ、シャッと みるみるうちにジャガイモの皮がむけていく。 「はい、できあがりだ。次々いくぞ」 「それじゃ、次は このおっきいジャガイモなんだ」  まひるは新しいジャガイモを手にして、 俺にサポートされながらも皮をむいていく。  ピタリと密着しているまひるの髪から 甘い匂いがして、鼻をくすぐった。 「まひるはいい匂いがするな」 「れ、練習中に変なこと言ったらダメなんだぞ。 死んじゃえっ……」  そんな照れ隠しがかわいくて仕方がない。 「じゃ、練習が終わってからならいいのか?」 「うー…!! まひるは知ってるんだ。 そういうのは屁理屈っていうんだぞっ。 言っちゃいけないんだぞ」 「よしよし、悪かったな。好きだぞ」 「だ、だから、練習中に言っちゃダメなんだっ。 練習に集中できなくなるんだっ」 「じゃ、集中力をつける練習だな」 「うー…!! そんな練習必要ないんだ……」  皮むきを続けながら、 まひるの耳元で囁いてみた。 「かわいいな、まひるは。 そういうところ、すごく好きだよ」 「うるさいっ、バカ……」 「まひるは俺のこと好きか?」 「……………」 「好きじゃないのか?」 「……まひるも好きだ……死んじゃえ……」 「まひるに死んじゃえって言われるのも、 けっこう好きだよ」 「……まひるは、ずっと好きなんだぞ……」  そう言われ、ふいに 友希の言葉が頭をよぎった。 「ねぇねぇ。そんなに仲いいのに なんで一回別れたの?」 「まひる、昔のこと訊いてもいいか?」 「……うん。何だ?」 「どうしてさ、まひるは 俺と別れようと思ったんだ?」 「……………」  まひるはジャガイモとピーラーを まな板に置く。  言いづらいのか、そのまま、 しばらく黙りこんでいた。 「……まひるは、不安だったんだ……」 「俺がちゃんとまひると 付き合ってなかったからか?」  まひるは少し躊躇いがちに、 しかし、確かにうなずいた。 「付き合ったら、キスするんだ…… えっちもするんだ。でも、おまえはどっちも してくれなかったんだ……」 「だから、颯太はまひると 無理矢理付き合ってるんじゃないかって 思ったんだぞ」  確かに、昔はまひるとキスどころか、 ろくに手もつながなかった。  緊張していたってのもある。  だけど―― 「ごめんな。まひるはまだ子供だと思ってた からさ。『付き合ってる』っていっても 大事にしてあげたほうがいいと思ったんだ」 「……まひるはもう子供じゃないんだ。 それにまひるだって女の子なんだぞ……」 「そうだよな。ごめん」  まひるの肩に手を回して、 優しく抱きよせる。 「昔の分はこれから、 ちゃんととり返していくからな」 「ぜったい約束なんだぞ」 「あぁ」  まひるが目を閉じたので、 そっと唇を近づけ、キスをした。 「ん……ちゅっ……んっ……ちゅっ…… ぁ……んはぁ……」 「これで1回とり返したな」 「……そんなんじゃ、ダメなんだ……」 「じゃ、もっととり返そうか」  ふたたび、 まひるの唇に唇を近づけていき―― 「ん……ん、れぇろ……んちゅ……んはぁ……」  そうして何度も何度も、 舌を絡みつかせるような激しいキスをした。 「じゃ、何回とり返せばいいんだ?」 「……キスだけじゃ、ダメなんだぞ……」 「え……と……」 「うー…!!」 「……分かったよ。部屋いくか?」 「……うん……」 「……今日はちゃんと、 おち○ちん入るかな…?」 「ちゃんと濡らしてからすれば、 入るんじゃないか?」 「うー…!! どうやったら濡れるんだ…?」 「濡らしてあげようか?」 「やだやだ、まひるがするんだ。 まひるだって、ちゃんとできるんだぞ」 「……それじゃ、こないだみたいに 素股でするといいんじゃないか?」 「……分かったんだ……んしょっ……」  まひるは勃起した俺のち○ぽの上に跨り、 ゆっくりと身体を前後に動かす。  柔らかいまひるのおま○こが 堅いち○ぽに触れるたびに、 くにゅくにゅとした感触が伝わってくる。  まひるの大事なところに 自分のモノを擦りつけているってことが、 なんだか無性に興奮した。 「ん……はぁ……こうか? まひるはちゃんと素股できてるのか?」 「大丈夫だよ。まひるが気持ちいいように 動いてみな」 「……ま、まひるは、変態じゃないんだ。 こんなんじゃ気持ち良くならないんだぞっ」 「まひるが気持ち良くならないと 濡れてこないだろ。それじゃ、いつまで 経っても、えっちできないぞ」 「……うー……そうなのか…… 分かったんだ……まひるは、 気持ち良くなるんだ……」  まひるは膣口でち○ぽを横から はめるようにして、身体を動かしはじめる。  すると、次第に甘い吐息と喘ぎ声が あがりはじめ、徐々にまひるの表情が 快感に染まっていく。  ぺったりとおま○こをち○ぽに 密着させるように細い腰が動いてて、  幼さの残る表情で、気持ち良くなるために そんないやらしいことをしてると思うと、 それだけでたまらない快感を覚えた。 「んっ、しょ……んしょっ……あぁ、 んんっ、あぁっ、これ、気持ちいいな…… あぁっ、おち○ちん擦れて、んっ、はぁ……」 「あぁっ、あんっ、おまえのおち○ちん、 堅くて、あぁっ、熱いぞ……あぁ、ん、 やっ……やだぁっ……あっ、んんっ」  ぺたぁっとまひるの膣口が 竿の部分に吸いついてきて、 腰が動くたびにビラビラが擦れる。  まるでおま○こが舐めてくるみたいに、 ちゅくちゅくと俺のち○ぽが愛撫される。 「まひる、クリトリスも擦りつけてみな」 「う、うん……こかな? あぁっ、んっ、 ああぁぁっ、んっしょっ、あはぁっ!」  俺の言う通り、まひるはクリトリスを ち○ぽに擦りつけては、びくびくと 身体を震わせる。  小さな豆が竿と擦れ会うたびに だんだんと勃起していくのが、 ち○ぽを通して伝わってくる。 「うっ、あぁ……まひるはっ、もう…… あぁっ、気持ちいい……あぁっ、 気持ち良くなったんだ……んっ……」  愛液がとろとろと溢れてきて、 おま○ことち○ぽが擦れるたびに、 くちゅくちゅと淫らな音が響く。  あっというまに俺の下半身は まひるが漏らした液でぐじょぐじょになり、 ヌルヌルとした感触が快感に変わる。  これだけ濡れていれば、 大丈夫な気がした。 「まひる、そろそろ挿れてみようか?」 「……あ……うん…… じゃ、まひるの膣内に挿れるんだ……」  まひるが腰を動かし、 おま○こに亀頭を当てると、ぴちゃ、と 水音が鳴った。  そのまま、まひるは ゆっくりと腰を下ろし、 ち○ぽを挿れようとする。  ひどく狭いまひるの膣口を 征服していくように、めりめりと先端が 埋まっていく。  まひるは苦しげな表情を浮かべながらも、 必死にち○ぽを受けいれようとしていた。 「あ・あ・あぁぁぁぁっ…… はぁ……はぁ、は、入ったんだぁ……」  堅く勃起したち○ぽが まひるのおま○こを貫き、 純潔の証を散らせていた。  初めて入ったまひるの膣内はヌルヌルで 柔らかくて、きゅうっと絡みついてくる。  まるでち○ぽを気持ち良くするだけの 器官だと思えるほどに、挿入しているだけで 快感が止まらなかった。 「……痛いか?」 「ん……まひるだって、もう大人なんだぞ。 これぐらい、へっちゃらなんだ……」 「……じゃ、動いていいか?」 「……うん、おまえの好きにしていいんだ……」  まひるに痛みを与えないように、 ゆっくりとち○ぽを突きあげる。  くちゅくちゅと膣壁が吸いついてきて、 俺は味わったことのないほどの快感を 覚えていた。  もっともっとまひるの膣内を 味わいたいと、次第にち○ぽを速く、 深く突きいれていた。 「……ごめん、まひる。 気持ち良くて、止められないっ……」 「だっ、大丈夫、なんだ…… んあぁっ、あっ、まひるは痛くないぞっ、 あぅっ……んっくぅ……痛くない……」  痛くない、痛くない、と繰りかえす まひるのおま○こに、ぐりぐりと 何度もち○ぽを突きいれる。  小さなまひるの身体が、 いきりたった俺の肉棒を必死に 咥えこんでいるのが、ひどく扇情的だ。 「あぁっ、んんっ……やだぁっ、あぁっ、ん、 ダメっ、んっ……あ……はぁっ、いあぁっ、 くあぁ……あぁ、ん……いっ、あぁっ……」  幼い顔を苦しげに歪ませて、 必死に耐えるまひるの姿も、 なんだかすごくいやらしくて、  とろとろのおま○こは、 ち○ぽ全体に絡みつくように くちゅうぅと吸いついてくる。  まひるの膣内が信じられないほど 気持ち良くて、みるみる射精感が 込みあげてきた。 「まひる、もう……」 「いいぞ……あぁっ、んっ、あぁっ…… イッて、いいんだ……まひるの膣内で、 出してほしいっ……あぁっんっ……」  もう俺の頭は、このぐじゅぐじゅの膣内に 思いきり射精することしか考えられなくて、  ただ快楽だけを求めるように 腰を振り、まひるの小さなおま○こを 突いて、突いて、突きまくった。 「あっ、んっ……おち○ちんが、まひるの 膣内でびくびくしてるぞ……出すのか…? んっ、まひるの膣内で、出しちゃうのか…?」 「あぁっ、んっ……好きっ、あぁっ、好きだ、 あぁんっ、やぁっ、やだ、ダメぇっ、あ、 んんっ、好きっ、あぁっ、好き好きぃっ」 「あぁぁっ、あ・あぁ……何か来る…… まひるの膣内に……入ってきてるんだ…… んんっ、変な感じ……あぁぁ……」  どくどくとありったけの精液を まひるの膣内に注ぎこんだ。  だけど―― 「はぁ……はぁ……あれ…? んっ、なんだこれ……あぁ、また、 おち○ちん、おっきくなってるぞ……」 「ごめん、まひる…… まひるの膣内、気持ち良すぎて……」 「もう一回、いいか?」  挿入したまま、体位を変えて、 そのまま、まひるのおま○こを 突きあげる。 「んあぁぁっ、はぁ……そんなにおち○ちん、 おっきくしたら、ダメだっ。んっあぁ、 まひるの膣内が、壊れちゃうんだっ……」 「そんなこと言われたって、 小さくならないって」 「……うー…!! 一回だしたのに、 またまひるの膣内でそんなに おっきくして、おまえは変態なんだぁ……」 「……しょ、しょうがないから、 またまひるが、イカせてあげるんだぞ……」  乳首をきゅっとつまみながら、 ぐじゅぐじゅになっているまひるの膣内を ち○ぽでぐりぐりとかき混ぜる。  すると、まひるも身体が慣れてきたのか、 次第に苦しげな表情は薄れていき、代わりに 感じているような甘い声が聞こえはじめた。 「あぁっ、ん……おかし……あぁっ、んあぁっ、 気持ちいっ、あぁっ、んあぁ、まひるは…… あぁっ、んん、気持ちいっ、あぁっ、んっ!」 「……これが、気持ちいいのか?」 「うんっ……おまえのおち○ちんが…擦れると、 まひるは気持ちいいっ、あぁっ、んあぁ…… おかしっ、あぁ……ダメ、だぁっ……!!」  膣内からはさらにじゅうぅっと愛液が溢れ、 おま○こは気持ち良さそうに きゅうっと収縮する。  まるで俺のち○ぽを求めているみたいで、 もっとまひるを感じさせようと、 奥に当たるぐらい思いきり深く突きあげた。 「あぁっ、んんっ……もっと、あぁっ、もっと、 まひるの膣内を、ぐじゃぐじゃにしてほしっ、 あぁっ、んあぁっ……いいっ、あっ、あぁん」 「うやぁぁ、おち○ちん、気持ちい…… まひるは、もう、ダメだ……あぁっ、ん、 もっと、欲しい……おち○ちん、欲しいっ」  快感に我を忘れてしまったかのように まひるはみずから腰を振って、俺のち○ぽを 受けいれていく。  まひるの幼い表情が快楽に染まり、 おま○こからとろとろの愛液を 滴らせている光景がひどく背徳的で、  彼女が乱れる姿をもっとみたいと、 ぐちゅぐちゅと膣内を広げるように ち○ぽで思いきりかき混ぜていく。 「んあぁっ、まひるは、知らなかった…… あっ、あぁっ、おち○ちんが、気持ちいっ、 あぁっ、ダメだっ、あぁっ……んあぁっ」 「あぁっ、ダメっ、ダメだぁ……まひるは、 もう、ダメなんだぁ……こんなの、 まひるは、初めてなんだぁっ、あっ、あぁ」  おま○こにち○ぽを突きいれれば 突きいれるほど、まひるの身体は びくびくと震え、その表情は蕩けていく。  まひるは、もうち○ぽを挿れられることしか 考えられないようで、初めての快感に ただただ声をあげるばかりだった。 「んっ、もうダメだぁっ、まひるは、あぁ、 もう、イクっ、イクんだぁっ、あぁっ、 我慢できないっ、あぁっ、んっ……!!」 「あぁぁっ、ダメだぁっ、やぁっ……んんっ、 やだやだ、ダメぇっ、あぁっ、んんっ、 あぁ……んっ、くあぁ……うあっんっ」  早くまひるのイクところが見たくて、 下から激しくまひるのおま○こを 突きあげる。  小さな体が俺の膝の上で何度も跳ね、 そのたびにずちゅずちゅと性器同士が 擦れあう。  もう俺も快感で頭が真っ白になってて、 とろとろと蕩けるようなまひるの膣内に 身も心も沈んでいく。 「あぁ……んっ、おち○ちんが、また…… おっきくなってる……あぁ、ん…… びくびくしてるぞ……」 「んっあぁ……おまえもっ、イキそうなのか…? あっんっ、いいぞっ、まひると一緒に、 あぁっ、イこうっ、あぁっ、んあぁぁっ!」  俺はまひるのおま○こを求めて、 まひるは俺のち○ぽを求めて、 ただ淫らに腰を振った。  粘膜と粘膜がヌチャヌチャと いやらしく擦れあい、快感の火花を散らして、 とろとろとした快楽の沼にはまっていく。  身体中で気持ち良くない部分が 一箇所もなかった。 「あぁっ、あんっ、また…… おち○ちんがまひるの膣内で、 暴れてるんだ……あぁっ、ん、出すのか?」 「いいぞっ、あぁ、出せっ、んんっ……あぁ、 出すんだっ、まひるの膣内に、あぁっ、 精液、出すんだぁっ、あぁっ、あっんっ」 「あ・あ・ああぁぁぁぁぁっ、んんっ、また、 入ってきたぁ……」  二度目にもかかわらず、大量に出た精液は まひるの膣内に注ぎこまれていく。 「……あっ、あ・あ・あ・あ、 これ、すごく、気持ちい…… まひるも、もう、ダメ、だ……」 「あぁぁっ、んっ、あぁっ、イクっ、 まひるもっ、イクぅぅっ、あぁぁっ、 んっ、あぁぁぁっ、あぁぁんっ!」 「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇっ、イックぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……っ!!」  まひるがイクと同時に大きく身を捻ると、 おま○こからち○ぽが抜け、大量の精液が 彼女の身体に飛びちった。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…… まひるはもう、動けないぞ……」 「俺もだよ……」  そうして、 穏やかな快楽が長く糸を引くみたいに、 俺たちはしばし放心状態だった。 「えへへ……えっち、うまくいったな。 まひるはうれしな」 「良かったな」 「うー…!! 颯太は嬉しくないのか?」 「嬉しいに決まってるだろ。 大好きなまひると初めてできたんだからな」 「えへへっ、まひるも、 おまえのことが大好きだぞっ」 「よしよし、まひるはかわいいな」 「ふふっ、じゃ、颯太にかわいいって 言ってもらうために、 もっともっとかわいくなるんだぞ」 「まひるは、 もうこれ以上かわいくなれないぐらい、 最高にかわいいけどな」 「やった。 まひるは最高なんだ。 でも、颯太も最高だぞ」 「ありがとうな」 「まひるのえっち、気持ち良かったか?」 「あぁ、それこそ最高だよ。まひるは?」 「……えと……気持ちよかた……」 「じゃ、またしような」 「うんっ、今度は痛くないといいな」 「痛いのは初めての時だけだと思うから、 2回目は大丈夫なんじゃないか?」 「そっか。大丈夫なんだ。それじゃ、まひるは 何回でもえっちしてあげるんだぞ。颯太を たくさんイカせちゃうんだっ!」 「じゃ、俺もたくさんイカせてあげるからな」 「うー…!! まひるはイカされないんだっ。 まひるのほうがしゅどーけんを握るんだぞ」 「そっか。じゃ、楽しみにしてるよ」 「楽しみにしてるんだっ。 おち○ちん洗って待ってるんだぞっ」 「首だよね」  まぁ、この場合は、 おち○ちんで合ってるか。 「ふふっ、颯太はまひるのことが好きか? まひるは颯太のことが大好きだぞ」 「大好きに決まってるだろ」 「……ふふっ、まひるも大好きなんだ」  初めてのえっち成功が嬉しいのか、 まひるは何度も『大好き』と繰りかえした。  翌日、まひると一緒に 登校していた時のことだった。 「そうだ。颯太は今日の放課後は時間あるのか? まひるは優しいから、 デートしてやってもいいんだぞっ」 「悪い。デートしてもらいたいところだけど、 バイトなんだ」 「そうなのか……じゃ、明日はどうだ? 明日なら暇じゃないか?」 「明日もバイトだ」 「うー……そうなのか……」 「ごめんな」 「いいんだ。まひるは分かったんだ。 颯太の邪魔はしないんだぞ」  駄々をこねられるかとも思ったけど、 まひるは素直に引きさがった。  その日の授業が終わり、放課後――  バイトの時間まで畑の世話をして、  その後、ナトゥラーレへやってきた。 「おはようございますっ」 「おっはよー。ねぇねぇ颯太、知ってた?」 「また下ネタか?」 「そうそう、 男の人のほうがアナル感じるって、ほんと? ――って、そんなわけないじゃんっ」 「そのわりにはノリノリだったけどね……」 「あははっ、まっさかー。 それより、今日から新しい子が バイトに来るらしいわよ」 「マジで? うち、人足りないんだっけ?」 「うんとね、まやさんが受験に専念したいから 八月いっぱいで辞めるんだって。だから、 その代わりにバイト募集してたらしいよ」 「そっか。そういえば、チラシが 貼ってあったような気もするな」 「でも、いつ決まったんだ?」 「さぁ? マスターも『来れば分かるから』って詳しく 教えてくれないし、すっごく気になるんだぁ」 「どんな子かなぁ? 仲良くできるといいよねっ」 「お前は大丈夫だと思うけどな」 「じゃ、着替えてくるな」 「はーい。今日も頑張ろうねー」 「おう」  今日は働き始めこそ忙しかったけど、 それからだんだんと客足が落ちついてきた。  このままディナータイムまでは 忙しくなることはないだろう。  そんなことを考えながら、 俺が洗い物をしてると―― 「颯太、ちょっといいか? 新しいバイトが来てるから、 いちおう、お前も顔合わせしとくぞ」 「はい、分かりました」  そういえば、新しい子が 来るって友希が言ってたっけ?  もうフロアで働いてるんだろう。 どんな子だろうか?  マスターと一緒にフロアに行く。  ちょうど客が途切れたところのようで、 店内には俺たち店員しかいない。  友希の横にまやさんと、 それから、新しいバイトの女の子がいた。 「って――」 「まぁ、お前らにはわざわざ紹介する までもないんだが、いちおうな」 「新しいバイトの小町まひるちゃんだ」 「えへへ……よろしくなんだ……」 「……………」  なぜまひるがナトゥラーレの バイトに来るんだ? 「あれー? その反応、もしかして、 颯太は知らなかったの?」 「当たり前だろ。知ってたら、 さっき言ってたよ」 「そっかぁ。知ってて黙ってるなんて、 意地悪って思っちゃった」 「まひるは颯太を驚かせたかったんだぞ。 サプライズなんだっ」 「まぁ、驚いたけど……」  サプライズとは違うような…… 「でも、わたしも知らなかったんだけど、 いつ決まったんですか?」 「おう、今日だ」 「はい?」 「今日、まひるちゃんから電話があってな。 うちでバイトしたいって言うから、 採用したんだ」 「適当ですね」 「何を言ってるんだ。まひるちゃんは うちの常連で、店のこともよく知ってるし、 何より、客寄――お前らの友達だ」 「今、本音が半分以上漏れてましたよ」 「ともかく、まひるちゃんには フロアを担当してもらうからな。 友希、小町、教えてやってくれ」 「はーい」「分かりました」  と、お客さんだ。 「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」  すぐにまやさんが接客に向かった。 「んじゃ、顔合わせは終わりだ。 仕事に戻るぞ」  厨房に戻る際、 まひるに近づいて話しかけた。 「まひる。なんでまた バイトなんかするんだ?」 「……ダメだったのか…?」 「いや、だめっていうんじゃなくてさ。 まひるは仕事も忙しいんだし、 バイトしたら、余計に休みがなくなるだろ」  それにお金にも困ってないだろうし。 「……まひるは少しでも颯太と 一緒にいたかったんだ……」 「……………」  そっか。俺がバイトで会えない日が あるから…… 「……おまえは喜んでくれると思ったんだ…… でも、違ったな……」 「いやいや、そんなことないって。 ちょっと驚いただけで、嬉しいよ」 「ホントか?」 「あぁ、なんせこれでバイト中も まひると一緒なんだからな」 「えへへ……良かった。 颯太は喜んでくれたんだ」 「でも、お客さんに出す料理を 勝手に食べたりしちゃだめだぞ」 「そんなことしないんだ。 まひるは子供じゃないんだぞ」 「そっか」 「でも、まかないにはオムライスを 作ってもらうんだ」 「あぁ、いいぞ。じゃ、まひるのだけ 特別製な」 「えへへ、やった。うれしな」 「あー、やーらしいのー。 そういう公私混同はいけないと思うなぁ」  う……聞かれてたか…… 「じゃ、まひる。 さっきの続きを教えるからね」 「うんっ。まひるは頑張るんだっ」 「じゃ、また後でな。 友希、大変だと思うけど、 頑張ってな」 「あははっ、大丈夫大丈夫。 まひるのミスは颯太のミスにつけとくから」 「助かるんだ」 「やめてよねっ!」  ディナータイムになると 一気に客が押しよせ、 俺は調理に追われていた。  ただどうしてもまひるが気になって、 隙を見つけては何度もフロアの様子をのぞく。  まひるの仕事は危なっかしくて、 正直、いつ失敗するのかと気が気じゃない。  けど俺の心配をよそに、 この日は大きな失敗もなく 終わったのだった。  放課後―― 「颯太ー、バイト行こー」 「おう。ちょっと待ってくれ」 「ちょっと待つんだっ! 颯太はまひると一緒にバイトに行くんだぞっ」  ちょうど会話が聞こえたんだろうか。 まひるが教室に入ってきて、 友希と張りあうように胸をはった。 「いやいや、行き先同じなんだし、 三人で行けばいいよね?」 「うー…!! まひるは今まで おまえと友希が楽しそうにバイトに行くのを 我慢して見てたんだぞっ」 「だから、今度はまひるが颯太と楽しそうに バイトに行く番なんだっ。そうじゃないと 友希ばっかりヒーキなんだっ」 「そんなこと言われても」 「しょうがないなぁ。 じゃ、あたしはいないことにするから、 それで良くない?」 「なんだよ、いないことって…?」 「いないことにするなら、いいんだ」 「いいのかよ……」 「あははっ、じゃ行こっか?」 「あっ、友希はいないことなんだぞ。 いない人はしゃべっちゃダメなんだ」 「しゃべってないわ。空耳よ、空耳」 「うー…!! 空耳なら、仕方ないんだ……」 「じゃ、行こっか?」 「まひるは昨日、メニューの出し方と オーダーのとり方を覚えたんだぞっ。 あとお冷やだって出せるんだ」 「へぇ、すごいな。頑張ってるな」 「えっへん。まひるはもう完璧なんだ。 いらっしゃいませだって百発百中なんだぞ」  むしろ、それをどうやって外すのかが 知りたいけどな。 「でも、まひるって接客業は初めてでしょ。 そのわりにはけっこう覚えが早いんじゃない。 やっぱり、役者をやってるからかなぁ?」 「マジで? まひるの覚えが早いのか?」 「あっ、おまえっ、なに驚いてるんだっ? まひるの覚えが早かったらおかしいのかっ。 まひるは不器用だってことかっ」 「いや、そうは言ってないけど……」  実際、不器用だけど…… 「颯太だって、昨日見てたじゃん。 あんまり失敗してなかったでしょ?」 「まぁ、そうなんだけどさ……」  でも、いつ失敗するか、 ドキドキだったわけで…… 「大丈夫よ。そんなに心配しなくたって、 すぐに一人でもできるようになるわ」 「えっへん。まひるは物覚えがいいんだ。 優秀なんだぞ」 「でも、たまにお冷やを忘れるから、 気をつけてね」 「うー…!! 友希はいないことなんだ。 聞こえないんだ」  都合のいい時だけ、聞こえないんだな。 「今日はいい天気だし、 お客さんたくさん来るかなぁ?」 「たくさん来ても大丈夫なんだ。 全部まひるがやっつけてやるんだっ」 「いや、やっつけちゃだめだろ……」 「「おはようございますっ」」  ざっと見たところ、 席は半数以上埋まっている。  今日もなかなか忙しくなりそうだ。  まひるのバイト2日目。  オーダーのとり方を覚えたので、 今日は積極的にお客さんの接客を おこなってるようだ。 「いらっしゃいませっ。何名様ですか?」  耳をすませば、厨房にまでまひるの声が 聞こえてくるけど、いつ敬語を 忘れるんじゃないかと心配で仕方がない。  おかげでついつい暇を見つけては、 フロアに顔を出してしまう。 「心配性ねー。 颯太ってそんなに過保護だっけ? やっぱり彼氏になると違うのかなぁ」 「別に……ちょっと暇だからさ」 「えー、嘘だぁ。 まひるのことが気になって気になって 仕方がないんでしょー?」 「それは、まひるは不器用だし、 まだ2日目だからな。 気にかけなきゃって思うだろ?」 「うんうん、分かる分かる。 『俺のまひるに何かあったら』って思うと、 いてもたってもいられないんだよねっ」 「……………」 「あー、顔真っ赤だぁ。颯太ってかーわいい。 本当にまひるのことが好きなんだね」 「……うるさいなぁ……」 「あははっ、照れなくてもいいじゃん」 「あ……」  一瞬、目を離した隙に まひるが皿を落として割っていた。 「失礼しました」  友希がお客さんに頭を下げる。  俺はまひるのもとへ駆けつけた。 「大丈夫か?」 「……うー…!! ごめんなさい……」 「いいって。指きるから、 ここは俺が片付けるよ。 まひるは見てな」  掃除道具を持ってきて 割れた皿を手早く片付けた。  新聞紙でくるんだ割れた皿を袋に入れ、 割れ物用のゴミ箱に捨てる。 「まぁ、だいたい、食器が割れた時は こんな感じで片付けるんだよ」 「分かったんだ。あと、ごめんなさい。 まひるは大失敗したな……」 「気にするなよ。俺も入りたての頃は けっこう皿を割ったしさ」 「そうなのか?」 「あぁ、だから、 まひるも慣れれば大丈夫だよ」 「そっか。じゃ、まひるは 頑張って慣れるんだっ。 お皿を割らない子になるんだ!」 「よしよし、偉いぞ」 「……ところで、颯太はさっき、 何してたんだ?」 「ん? 何の話だ?」 「友希と楽しそうに話してたんだ」 「あぁ……まぁ、 大したことじゃないけどさ」 「あっ、おまえっ、 まひるに言えないようなことなんだなっ」 「なに言ってるんだ?」 「うるさいっ、ばか、死んじゃえっ。 おまえは友希と仲が良すぎるんだっ! だから、まひるは皿を割るんだっ」 「えぇと、俺と友希が話してるのに 気をとられて、うっかり皿を 割ったってことか?」 「うー…!!」  つまり、友希に嫉妬してたってことか。 「まひるはかわいいな」 「な、何を言ってるんだ? そんなこと訊いてないんだっ。 ちゃんと答えなきゃダメなんだぞっ」 「俺があんまりまひるの 心配ばかりしてるから、 友希にからかわれてたんだよ」 「え……そうなのか…?」 「あぁ、『颯太は本当にまひるのことが 好きなんだね』とか言われてさ」 「そっか。えへへ、そうなんだ。 颯太はまひるのことが好きなんだ」 「そうだぞ。だから、 あんまりヤキモチ焼くなよ」 「や、ヤキモチなんて焼いてないんだっ! ばかっ、死んじゃえっ。おまえなんか おまえなんか――」 「――世界で一番、大好きなんだーーーーっ!」  そんな訳の分からないことを叫びながら、 まひるはフロアへと逃げていった。 「いらっしゃいませ。何名様ですか?」 「3人です」 「3名様ですね。ご案内します。 こちらへどうぞ」  まひるはテーブル席へお客さん3人を案内し、 お冷やとメニューを出した。 「またご注文がお決まりの頃にお伺いします」 「すいませーん」 「はい、ただいま伺いますっ」  まひるのバイトは今日で4日目、 初日から見違えるほど上達し、 ほぼミスなく接客をこなしている。 「驚いてるでしょ?」 「結構な。不器用だから、 接客なんてできるようになるのか、 心配してたんだけどさ」 「颯太より上手だったりして?」 「……さすがにそこまでは いかないと思うけど……」 「でも、このまま続けていったら、 分からないよね?」 「確かになぁ。まぁ、不器用は不器用だから、 料理を運ぶ時とかは ちょっと危なっかしいけどさ」 「もともと猫かぶるのは上手いだけあって、 接客はなかなかだよな」 「敬語もすぐ覚えたしね。 役者だから台詞はすぐ頭に入るみたい」 「案外、客商売は向いてるのかもな」 「たまにサイン頼まれてるみたいだけど」 「そればっかりは仕方ないよな」  むしろ、マスターは、 まひる目当てのお客さんが増えて 喜んでるし。 「颯太っ、オーダーが入ったんだぞっ。 さぼってないでナポリタンを作るんだっ」  まひるがオーダーメモを 俺に押しつけてくる。 「了解。じゃ、作ってくるな」  営業が終わり、俺たちは 閉店後の後片付けや清掃をおこなっていた。 「うしっ、じゃ、こんなところだろう。 お疲れさん」 「お疲れ様です。んー、今日も忙しかったぁ」 「友希、まひるちゃんはどうだ? 仕事はなかなか覚えたみたいだな」 「はい。今日はノーミスでしたし、 この調子なら、すぐに独り立ちできると 思いますよ」 「そうか、よし。この分なら、 小町が辞めた後も大丈夫そうだな」 「でも、ドラマとか映画の仕事が入ってきたら、 シフトにあんまり入れなくなると思いますよ」 「それは分かってるんだが、 募集してもなかなか人が来ないんだわ」 「ま、こないだバイト情報誌にも載せたし、 地道に待つしかないわな」 「さて、帰るか。今日は ちょっくら人と会う約束があってな」 「あれ? そう言えば、まひるは?」 「あぁ、厨房を見たいんだとさ」  その時、けたたましい音が厨房から響いた。 「まひるっ、大丈夫かっ?」 「うー…!! ごめんなさい…… お皿がもうダメなんだ。木っ端微塵なんだ」  厨房の床には大量の皿が散乱しており、 そのどれもが割れている。  さらに食器棚まで倒れていた。 「……なんでこうなったんだ?」 「まひるは食器棚を開けて、 どんなお皿があるか見てたんだ……」 「高いところにあるお皿がとれなかったから、 頑張って背伸びをして掴まったんだぞ。 そしたら、食器棚が倒れてきたんだ」  まぁ、つかまって体重がかかれば、 倒れることもあるだろう。 「まひるは必死に食器棚を支えたんだ。 でも、斜めになってるから、お皿が 次々と落ちて割れていったんだっ!」 「食器棚だけは元に戻そうとしたけど、 力尽きて、やっぱり倒れちゃったんだ……」 「まぁ、しゃあないわな。 そういうこともあるだろ」 「うんうん、とりあえず片付けちゃおっか」 「おう。まひるちゃんは、今日はもう あがっていいぞ。あとは俺らが やっとくからな」 「え……だけど……」 「大丈夫だ。こういう仕事は俺らに任せときな。 まひるちゃんにケガさせるわけにもいかない からな」 「……………」 「颯太、送ってってやれ」 「分かりました。 じゃ、まひる、着替えてきな」 「…………うん……分かったよ…… じゃ、マスター、友希、お疲れ様」  あれ? 「おう、お疲れさん。また頼むな」 「ちょっと待ってください」 「どうした?」 「まひる、お前、本当は ちゃんと後片付けしたいんじゃないか?」  まひるは少し躊躇いがちに、 こくりとうなずいた。 「まひるのせいだから、 ちゃんと一人で片付けたい……」 「まひるのせいで、 みんなが帰れなくなるのは イヤなんだ……」 「気持ちは嬉しいんだが、 一人で任せるわけにはいかないしな」 「そうそう、まひるのせいっていうか、 まだバイト始めたばかりなんだから、 失敗ぐらいするじゃん」 「……………」 「マスター、俺が手伝うんで、 まひるに片付けを任せてくれませんか?」 「まひるも責任感じてますから、 みんなで片付けちゃうと 今後も肩身が狭いでしょうし」 「……お前がそれでいいんなら、まぁいいが。 俺も人に会う約束があるしな」 「ありがとうございます」 「じゃ、片付けが終わったら いったん戻るようにするから、 電話してくれるか?」 「分かりました」 「ねぇねぇ、あたしも手伝わなくてもいいの?」 「あぁ、まひるが自分の失敗だから、 みんなに迷惑かけたくないって言ってるしさ」  って言っても、さすがに一人じゃ どうしていいか分からないだろうから、 俺が手伝っていくわけだが。 「それもそっかぁ。二人きりのほうが イチャイチャできるもんねっ」 「何が、『それもそっか』なわけっ!?」 「あははっ、じゃ、帰るね。お疲れ様でしたー」 「俺もちょっくら行ってくるわ」  マスターと友希がおのおの 店を出る準備にとりかかる。 「よし、じゃ、さっさと片付けるか」 「うん……」 「まずは割れた皿をまとめよう」  厨房の棚を開けて、軍手をとりだす。 「はい、まひる。 ケガしないようにこれつけな」 「うん、分かったんだ」 「そんで、大きい破片をこのバケツの中に 入れてくれ。細かいのは後で 掃除機で吸うから」  まひるに指示を出しながら、 割れて散乱した皿を片付けていった。 「――ふぅ、けっこう早く終わったな。 あとはマスターに連絡するだけだから、 着替えてきていいぞ」 「……うん……颯太、ありがとう……」 「気にするなよ。まひるこそ、 自分のせいだから自分でやりたい って言って偉かったぞ」 「……でも、颯太のおかげなんだ。 まひるはいつもできないんだ」 「いつも?」 「……いつもみんな、まひるには 『やらなくていい』って言うんだ。 まひるはケガしちゃいけないからって」 「まひるのせいで、 みんなが大変なことになっても、 まひるは何もやらせてもらえないんだ」 「他の人がやってることでも、 まひるはできないんだ…… 何でもそうなんだ」  子供の時から天才子役って 言われてたわけだし、 いろいろ特別扱いだったんだろうな。  それにまひるは不器用だし、 雑用とか片付けなんかさせると、 すぐにケガしそうだしな。 「でも、今日はまひるもちゃんとできたんだ。 颯太のおかげなんだぞ。颯太がまひるを 助けてくれたんだっ」 「助けたってほどでもないけどな。 まひるにやりたいっていう気持ちが あったからだぞ」 「そんなことないんだっ。颯太のおかげなんだ。 口だけじゃないんだぞ。 お礼だってちゃんとするんだっ」 「何してくれるんだ?」 「んと……何がいかな…?」 「考えてなかったのか……」 「大丈夫なんだ。いま考えるんだぞ。 んと、颯太の好きなものをあげよかな? 何かな?」 「まひるだぞ」 「……え……そうか。 じゃ……まひるをあげるんだ……」 「好きにしていいのか?」 「……うん……」  そっと、まひるを抱きよせて、唇を重ねる。 「んっ……ちゅっ……んはぁ…… 好きなんだ……」 「俺もまひるのことが 大好きだよ……」  ぎゅっとまひるの身体を抱きしめると、 柔らかい感触が全身に伝わってくる。 「初日からずっと思ってたんだけどさ」 「まひるのウェイトレス姿って、 すっごくかわいいよな」 「……颯太は、えっちな目をしてたんだ」 「そ、そんなことないぞ」  ちょっとだけだ。 「隠してもダメなんだ。 まひるにだって、 ちゃんと分かるんだぞ」  まひるはすっと身体を離すと、 スカートの中に手を入れる。  そして、下着を下ろした。 「えっ……と……」 「……まひるを、あげるんだ…… お、おまえの好きにしても、いいんだぞ」  そんなふうに秘所を露わにして誘惑されたら、 選択肢なんてひとつしかない。 「途中でやっぱりやめたって 言うのはなしだぞ」 「そんなことしないんだ。 まひるは約束は守るんだぞ」 「じゃ、まひるのここ、もらうからな」  露わになっているまひるのおま○こに そっと手を触れる。  指先にはくにゅくにゅと 柔らかい感触が伝わり、 まひるはびくっと身体を震わせた。 「まひるのおま○こ、すごくいやらしいな」 「うー…!! そんなに見ちゃダメなんだぞ…… まひるは恥ずかしいんだ……」 「まひるをくれるんだろ?」 「……ばか……死んじゃえ……あぁんっ」  ビラビラを指先でなぞると、 まひるの口から甘い声が漏れた。  うっすらと膣口から愛液がにじみ、 それが潤滑油代わりになって おま○こを愛撫する手が滑らかに動く。 「……んっ、あぁっ、そんなに、 おま○こばっかり触っちゃダメなんだ…… あっ、んっ……」 「好きにしていいんだろ?」 「うー…!! ズルいんだ、ばか、 あぁっ、んあぁっ、もうっ、あぁ、 ん、変態っ、変態めぇっ、あぁっ」  膣口に指を挿れてみると、 まひるの身体がびくびくっと揺れた。  まひるは快楽を堪えるように身体にぎゅっと 力を入れるも、膣内を指でかきまわすごとに いやらしい声が漏れてしまう。 「……こ、こんなのおかしいんだ…… お礼だから、まひるがしてあげなきゃ、 いけないんだ……」 「いいんだよ。俺がしたいんだから。 まひるのおま○こをいじって、まひるが 気持ち良くなる顔が見たいんだ」 「んっ、あぁっ……へ、変態だっ……おまえは、 あぅぅっ……おかしっ、ん、だぞ…… んあぁぁっ……」  まひるの膣内から指を抜き、 今度はクリトリスをそっと撫でた。  膣内より外のほうが感じるのか、 まひるの身体が一段と大きく震え、 とろとろとおま○こから愛液が滴る。  そのまま指を絡みつかせるように、 ねっとりとクリトリスを愛撫していく。 「……あぁ、ん……まひるのクリトリス、 そんなにつまんじゃ、ダメだぁ…… あぁんっ……ん、あぁ……」 「ん……あぁ……ダメだぁ、あっ、んあぁ…… ん……んん……あぁ……はぁ……や、 ダメぇ……あぁ……んっはぁ……」  膣口を手の平で撫でるようにしながら、 二本の指でクリトリスを挟み、 くりくりと優しく転がしていく。  それが気持ちいいのか、 まひるのおま○こが 徐々に盛りあがってきた。 「あっ……んあぁっ、おかしっ…… ま、待てっ、やだ……まひるは おかしいんだぞ……」 「だめ、待たないよ」 「だって、んんっ、違うんだ…… あっ、ダメっ……ダメだっ……もうっ…… やだやだ……やっ、あ・あ・あぁぁ……」 「やだぁぁぁ、出てる……やぁ、見るなぁ…… う、あぁ……やだやだぁ……まひるの おしっこ見ちゃ、ダメなんだぁ……」  勢いよくまひるのあそこから、 おしっこが溢れでている。  こんなにも間近で見る女の子の排泄と まひるの恥ずかしそうな表情に、 俺は視線を引きつけられた。 「うー…!! まひるは、 見ちゃやだって言ったのに……」  すべて出しきったのか、 まひるのおしっこが止まる。  まひるは恥ずかしそうな表情で、 俺をうかがうように見つめている。 「しょうがないな、まひるは。 おもらしなんかして」 「ま、まひるが『待て』って言ったのに おまえがやめないから悪いんだっ…… おまえのせいなんだぞ」 「じゃ、責任とって綺麗にしてあげるよ」 「あ……んっ……やだ、舐めるな…… んっ、あぁ、き、汚いんだっ、 や……ん、やだぁ、舐めちゃ、やだぁ……」  おもらしをしたまひるのアソコを ぺろぺろと舌で舐める。  まひるはそれが恥ずかしくて たまらないといったふうに、 真っ赤な顔をぶるぶると振っていた。 「大丈夫だ。 ちゃんと綺麗にしてやるからな」 「やだっ、ばか……死んじゃえっ…… そんなところ、舐めるなぁっ、 んっあぁっ、ダメなんだっ……」  ちゅう、とまひるのおま○こに吸いつき、 尿道口やクリトリスを舐めまわしていく。  膣口からはトロリと愛液が垂れてくるので、 舌を伸ばしてじゅるるっと吸いあげた。 「あっ、やだぁ、まひるのおま○こ、 吸っちゃ、ダメだぁ……あんっ、ん…… やだやだぁ……んっあぁ……」 「おいしいよ」 「あぁ、ばかっ、死んじゃえっ、 んあぁっ、んっ、あぁ……また吸われてる…… く、んっくぅ……変態めぇ……」 「じゃ、今度はこっちも吸ってあげる」  れろ、と尿道口を舐めた後、唇をつけ、 ちゅるる、と音を立てて吸いあげていく。  まひるの身体が気持ち良さそうに びくっと反応して、腰が 艶めかしくよじられた。 「……やぁ……ダメだぁ、そんなにしたら、 また、まひる……あぁっ、やめろっ、 んっ、んんーっ、あぁっ、出ちゃう……」 「やだ、またおしっこ、出ちゃうんだぁ…… やめろっ、あぁっ、やめるんだぁ…… やっ、あっあっっ、あぁ――」  そのまま口を離さず、吸いつづけると、 わずかに残っていたまひるのおしっこが、 ちょろちょろと出てきた。  恥ずかしがるまひるの姿に ひどく興奮して、俺は喉を鳴らして それを飲んでいく。 「やだ、ダメだっ、ばか、飲むなっ。 飲んじゃダメだっ……死んじゃえぇ…… 死んじゃえぇぇ……」 「あっあっあぁぁ……やだぁ、 ダメぇぇぇっ」  おしっこを飲まれて軽くイッたのか、 まひるの身体が一際大きく、びくんっと 震えた。 「まひる、すごくかわいいよ」 「……うー…!! まひるはこんなの恥ずかしいんだ……」 「もっと恥ずかしくしていいか?」 「な、何するんだ?」 「まひるのここに入りたいんだ」  まひるの視線が俺の股間に向けられた。 「……おしっこ飲んで、 おち○ちん、おっきくするなんて、 おまえは変態なんだ……」 「だって、好きにしていいって言ったろ?」 「……おまえが挿れたいんなら…… 好きにすればいいんだ……」 「じゃ、挿れるよ」  まひるの膣口にち○ぽをあてると、 ぐっと腰に力を入れて、一気に 奥まで挿入した。  膣壁がくちゅうぅっと絡みついてきて、 ち○ぽを歓迎するように愛液を溢れさせた。 「んあぁ……おち○ちん、おっきいんだ…… あぁ……ん……まひるの膣内にいっぱいで… ん……変な感じになる……」  まひるの華奢な身体を突くように、 ぬちゅぬちゅ、と膣内でち○ぽを 動かしていく。  その反動と快感でまひるは びくびくと身を震わせ、 気持ち良さそうな声をあげる。 「あ……んん……だめ、だ……あぁ、 気持ちい……あぁ、おち○ちん、 気持ちいいんだ……あぁっ、やだぁっ……」 「あぁっ、んっ……あぁんっ、ダメだっ…… まひるは、もう、ダメなんだぁっ、あ、 やぁっ、ん……もっと、欲し……あぁっ!」  まひるの声はどんどんと快楽に染まっていき、 とろとろのおま○こはち○ぽに しがみつくように、きゅちゅうと収縮する。  小さな身体でち○ぽの激しい挿入を 嬉しそうに受けいれながら、 まひるはみずからも腰を振った。 「……あぁんっ、や、気持ちい…… おち○ちん、まひるは、我慢できないっ…… ダメっ、ダメ、だぁっ、あぁっ、やだぁっ!」 「もっと、ゆっくり……するんだ…… じゃないと、まひるはすぐ、イッちゃう…… やだぁっ、あぁ……ダメだ……」  言葉とは裏腹に、まひるの腰は ち○ぽを求めるように淫らに動いてて、 ぬちゅぬちゅと強い快感を与えてくる。  俺もいまさらゆっくりできるわけがなく、 まひるの膣内を嬲るように激しくち○ぽを 押しいれては、ねっとりとかき混ぜる。 「んっんんっ、あぁっ、やだ、んっ、 今日は、まひるが、お礼するのにっ、 あぁっ、ダメ、だ、ぁぁっ……」 「……あぁ、イキたくないっ、あぁっ、 イキたくないっ、あぁっ、まだっ、 まひるは、んっ、あぁっ、ダメだぁっ」  まひるは何とか俺を先にイカせようと、 必死にち○ぽを突きいれられる快感に 耐えようとする。  だけど身体は正直で、 ぐちゃぐちゃとまひるの膣内をかきまわす たびに、とろとろの愛液が大量に溢れてくる。 「先にイカせてあげるよ」 「ダメ、だっ、あぁっんっ、や、そんなの、あ、 今日はっ、あぁっ、やだ、そんなに突くなっ、 ダメだっ、あぁっ、いいっ、あぁんっ!」 「まひるは激しく突かれるのが好きなんだろ」 「ダメっ、違っ、あぁっ、ん……あぁっ、 おち○ちん、そんなにダメだぁっ、あぁ、 ダメ、ホントに、イッちゃうっ、あぁっ!」  ち○ぽで激しく突かれれば突かれるほど、 まひるの身体は快感でいっぱいになるようで、 おま○こがびくびくと激しく痙攣を始める。  まひるの身体にはぐぐぅっと力が入り、 理性を失った声が高くあがった。 「やだぁっ、もうっ、まひる、イクっ、 あぁっ、イッちゃうっ、やだっ、あぁ やだやだぁっ、ダメっ、もうっ、ダメぇ」 「あっぁぁっ、やっん、あっあっ、あぁぁぁ、 イクっ、イクぅぅぅっ、あぁぁっ、やぁ――」 「ダメぇぇぇぇっ、あっあぁぁっ、 イックぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ、あぁぁぁ ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」  まひるがイクとおま○こがきゅうっと きつく締まり、精液を絞りとろうと ち○ぽを圧迫してくる。  それがあまりに気持ち良くて、 イッたばかりの膣内の感触を味わうように ち○ぽをぐりぐりと出し入れする。  まひるの小さなおま○この中を 精液でいっぱいにしたいと言う衝動が 込みあげ、欲望のまま腰を振った。 「あぁっあぁっ、入ってくるんだ…… んっんんっ、また、あ・あ・あ・あ、 また、イク……」 「あっあぁぁっ、イックぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  まひるが二度目の絶頂に達すると同時に ち○ぽを引きぬき、残りの精液を彼女の 身体にぶっかけた。 「あ……はぁ……はぁ…… ん……びちょびちょ、なんだ……」  まひるは惚けたような目で 俺をぼーっと見つめている。 「……まひるは、ちゃんとお礼できたか?」 「十分すぎて、お釣りが出るぐらいだよ」 「えへへ、やった……うれしな」  ぼんやりと見つめあいながら、 俺たちは穏やかに時間が過ぎていくのを 感じていた。  8月10日。夏期講習という名ばかりの夏休みは 先週で終わり、今日からは本当の夏休みだ。  そんなわけで俺は学校に来るなり、 畑へとやってきた。 「……よし、カブとトウモロコシが いい感じだな」  食べ頃の野菜を収穫して、部室へと向かう。  鍋を用意して、 カブとトウモロコシをじっくり蒸す。  甘みが多いから、 おやつには持ってこいだろう。  お弁当にオムライスも作ってきたし、 準備万端だな。 「おはようなんだっ。今日は海なんだっ、 まひるは楽しみで眠れなかったんだぞっ!」  今日は海でデートなわけなんだけど…… 「それでうっかり水着を着たまま来たのか?」 「違うんだ。まひるは そんなにうっかりじゃないんだぞ。 水着を着てれば、すぐに泳げるんだ」 「それはそうかもしれないけど、 水着のまま学校まで来たのか?」 「えっへん。まひるは計算尽くなんだ。 ちゃんとバスタオルを羽織ってたから、 変に思われなかったんだぞ」 「……………」  いや、間違いなく変に 思われたと思うけど…… 「あっ、これ何だ?」  まひるが置いてあったお弁当箱のフタを 開ける。 「オムライスだ。オムライスなんだっ。 まひるのか? 食べていいのか?」 「まひるのだけど、昼ごはんだから、 海に行ってからな」 「うー……しょうがないんだ。 まひるは海に行くまで我慢するぞ。 いい子なんだっ」 「よしよし、じゃ、 ちゃんとフタしめといてな」 「うん。んしょ、これでいかな? オムライス楽しみだな」  まひるはフタを閉めたお弁当箱を、 今にも涎を垂らしそうな表情で見ている。 「じゃ、海に行くんだっ。 早く行ってお弁当を食べるんだ」  すでにお弁当のことしか、 頭になくなってるな。 「もうちょっとだけ待ってな。 今、蒸してる途中だから」 「何を蒸してるんだ? 開けてもいいか?」 「いやいや、開けたら蒸せないだろ。 できるまで待ってくれ」 「うー…!! でも、まひるは中身が 気になるんだぞ……」 「中身はトウモロコシとカブだよ」 「やった。トウモロコシ、カブ、 トウモロコシ、カブ、トウモロコシに、 カブッ!」  大喜びだな。 「もうまひるは待ちきれないぞ。 早く海に行って、お弁当とトウモロコシと カブを食べたいんだっ!」 「はいはい、もうちょっと待ってな」  まひるは待ちきれない表情で、 蒸している鍋をじーっと見ていた。 「海だぁぁっ、海なんだぁぁぁぁぁっ!」  学校近くの海に到着すると、 まひるは砂浜を駆けていった。 「俺も着替えるから、ちょっと待っててな」  シャツとズボンを脱ぎ、 持ってきたリュックサックにしまう。  水着はすでに履いてたので、 これで着替えは完了だ。 「準備できたか?」 「おう、大丈夫だ」 「それじゃ、お弁当を食べるんだっ!」 「……えぇと、泳ぐんじゃ…?」 「おべんとっ、おべんとっ、うれしーなっ。 オムライス、とうもろころし、カブっ、 おいしーなっ」  完全にお弁当を食べることしか 考えてないな…… 「まぁいいけどさ」 「やった。お弁当なんだっ!」  レジャーシートを敷き、 お弁当と蒸した野菜を出して 少し早めの昼食にする。 「「いただきますっ!」」 「あむあむ、もぐもぐ、むしゃむしゃ……!! えへへ、おいしな。颯太のオムライスは 冷えてても最高だな」  まひるがものすごい勢いでオムライスを 平らげていく。 「朝ごはん食べてこなかったのか?」 「朝ゴハンはハンバーグを3個食べたんだ。 ゴハンも3杯おかわりしたんだ」 「なんでそれでお腹が空くんだ?」 「えっへん。まひるは育ち盛りなんだ」  まひるはあっというまにオムライスを 食べきってしまった。  さすが、育ち盛り。 「そんなにお腹すいてるんなら、 俺の分のトウモロコシをあげようか?」 「大丈夫なんだ。 まだまひるの分のカブとトウモロコシが 残ってるんだ」  そう言って、まひるは 蒸したカブとトウモロコシに手を伸ばす。 「もぐもぐ、あむあむ、むしゃむしゃ…!!」  また無我夢中で食べていき―― 「うー…!! もう、なくなったんだ……」 「ほら、だから言っただろ。 これも、あげるよ」  まひるにトウモロコシを譲る。 「えへへ。ありがとうっ。 持つべきものは颯太なんだっ。 まひるは嬉しいぞ」  そう言いながらも、まひるは トウモロコシをむしゃむしゃと食べていく。  俺もお腹は空いてないかと思ったけど、 なんだかんだでオムライスとカブを 完食した。 「そういえば、まひるはサンオイルを 持ってきたんだ。塗ったほうがいいらしいぞ」 「じゃ、塗ってあげようか?」 「うん。せっかくだから たくさん、塗ってほしいんだ」  まひるからサンオイルを受けとる。 「たくさんっていうか、適量塗るのが いいと思うけど…?」 「たくさんっ。たくさんったら、たくさんっ。 いっぱい塗ったほうがきっと楽しいんだぞ」  サンオイルってそういう物じゃ ないと思うんだけど、まぁいいか。 「じゃ、塗るぞ」 「うん、塗るんだ」 「……………」 「……………」 「えぇと……寝っ転がらないのか?」 「まひるはいいことを思いついたんだぞ。 寝っ転がったら片面にしか塗れないけど、 立ってれば両面塗れるんだ」  正面は自分で塗れるから、 普通は塗ってもらう必要って ないんだけどなぁ…… 「えっへん」  まひるが得意気だから、 水を差さないでおいてあげよう。 「じゃ、塗るぞ」  サンオイルを手に出して まひるの身体に塗っていく。 「ひゃははっ、くすぐったいんだっ。 やだやだっ、ダメだぁっ」 「そんなに暴れたら塗れないだろ」 「うー…!! だって、まひるは くすぐったいんだぞ」 「我慢するんだ。いい子だろ」 「……しょうがないんだ。 まひるはいい子だから我慢するぞ」 「よしよし」  ふたたびまひるの身体にサンオイルを塗る。 「ふふっ……ん……ひゃははっ…… あぅぅ……」  まひるはくすぐったそうに 身体をぶるぶると震わせている。 「そういえば、まひるは夏休みの予定って 決まってるか?」 「まひるはお仕事があるんだ。 夏休みはずっと東京に行かなきゃ いけないんだぞ」 「え……ずっとって、いつからいつまで?」 「明日から夏休みが終わるまでなんだ。 でも、たまに帰ってこれるかもしれないぞ」 「そっか…… 夏休みはまひるとたくさん遊べる と思ったけど、仕事じゃ仕方ないよな」 「……ごめんなさい……」 「いいって。気にするなよ。 俺も農業ワークショップに参加しようかと 思ってたしな」 「そっか。それなら、颯太も楽しいんだ。 颯太は農業が好きなんだ」 「おう」  まぁ、本当はまひると遊びたいから、 参加するのはやめようと思ってたんだけど。 「あんまり会えない代わりに、 今日はたくさん遊ぶんだぞっ!」 「そうだな。そうしよう」 「じゃ、さっそく泳ぎにいくんだっ!」  まひるは海に向かって走っていく。 「おーいっ、まだ全部塗れてないぞー」  そんなわけで、 今年もあまりいつもと変わらず、 農業ワークショップに参加した。  もちろん、やりたいことをやってるわけで 充実した毎日なんだけど、 まひるに会えないのはやっぱり寂しい。  初めて早く学校が始まればいいのにと 思った夏休みだった。 「……うぅ……」  これは不味い時の顔だな。 「うまく蒸してなかったか?」 「このカブだけ味がマズいんだ」 「どれどれ?」  まひるが不味いと言ったカブを 食べてみる。 「……うん、確かに、 あんまりおいしくないな。 これは俺が食べるよ」  見た目はいいのになぁ。  まぁ、野菜ってたまに当たり外れがあるよな。 「でも、大丈夫なんだ。 こんなこともあろうかとまひるは 別のおやつを持ってきてたんだ。あぁむ」 「ん? それ何だ?」 「あむあむ、アーモンドなんだ。 畑になってたんだぞ。普通のアーモンドより おいしいんだっ。もぐもぐ」  アーモンドなんて畑になってたんだっけ?  まぁ、あの畑は色々おかしいからな。 あんまり深く考えても仕方ない。 「あ……もうなくなったんだ……」 「よしよし、こっちの おいしいほうのカブを食べな」 「やった。あむあむ、もぐもぐ、 むしゃむしゃ――」  またまひるはがっつくように、 食べていき―― 「うー…!! もう、なくなったんだ……」 「ほら、だから言っただろ。 これも、あげるよ」  まひるにトウモロコシを譲る。 「えへへ。ありがとうっ。 持つべきものは颯太なんだっ。 まひるは嬉しいぞ」  そう言いながらも、まひるは トウモロコシをむしゃむしゃと食べていく。  俺もお腹は空いてないかと思ったけど、 なんだかんだでオムライスとカブを 完食した。 「そういえば、まひるはサンオイルを 持ってきたんだ。塗ったほうがいいらしいぞ」 「じゃ、塗ってあげようか?」 「うん。せっかくだから たくさん、塗ってほしいんだ」  まひるからサンオイルを受けとる。 「たくさんっていうか、適量塗るのが いいと思うけど…?」 「たくさんっ。たくさんったら、たくさんっ。 いっぱい塗ったほうがきっと楽しいんだぞ」  サンオイルってそういう物じゃ ないと思うんだけど、まぁいいか。 「じゃ、塗るぞ」 「うん、塗るんだ」 「……………」 「……………」 「えぇと……寝っ転がらないのか?」 「まひるはいいことを思いついたんだぞ。 寝っ転がったら片面にしか塗れないけど、 立ってれば両面塗れるんだ」  正面は自分で塗れるから、 普通は塗ってもらう必要って ないんだけどなぁ…… 「えっへん」  まひるが得意気だから、 水を差さないでおいてあげよう。 「じゃ、塗るぞ」  サンオイルを手に出して まひるの身体に塗っていく。 「あ……ん、はぁ……あぁんっ…!!」  妙に色っぽい声があがった。 「……はぁ……ん……あぁ……はぁ……」  まひるの様子がおかしい。  表情はとろんとしているし、 すごく呼吸が荒い。 「……もっと……塗ってほしいんだ……」 「あ、あぁ」  言われるがまま、まひるの身体に サンオイルを塗りたくる。 「あぁ……ん……ヌルヌルなんだ…… あっ……あぁ……あぁんっ…!!」  おかしい。いくらなんでも、 サンオイルを塗ってるだけで こんなに感じるなんて…… 「――て……ぁ……なんだ、これ…?」  途端に心臓の鼓動が早くなり、 下半身に血が集まる。  ヌルヌルで柔らかいまひるの肌に 触れているのが信じられないほど快感で、 気がつけば俺は勃起していた。  あ……と気がついたのは、 あのおいしくないカブのことだ。  しまったな。あれは、たぶん、 アンラプアーバだ…… 「颯太……まひるの身体おかしいんだ…… 何もしてないのに……イキそうなんだ……」  ふらっとまひるが身を寄せるように 倒れてくる。  それを抱きとめた途端、 まひるの身体の感触を全身に覚え、 理性が飛んだ。 「まひる……いいか?」 「……あの……えと…… まひるも、お、おち○ちんが、欲しな……」 「あ……やぁ……やだやだ…… こんなカッコ恥ずかしいんだ……」 「おち○ちん、いらないのか?」 「……やだ……欲しい……」 「じゃ、我慢しないとな」  まひるのおま○こに指先を触れる。  そこはもう大洪水で、少し力を入れると、 スルッと指が二本入っていった。  膣内をほじくるように愛撫すると まひるは敏感になりすぎているのか、 大きな声をあげて背中を反らす。 「あぁっ、やっ、ダメだっ…… そこっ、あぁ……気持ち良すぎるっ、 あぁっ、ダメっ、あぁ、あぁぁんっ!」 「あっ、んあぁ……あ、やだやだっ、 あぁっ、すぐに、あ……あぁっ、や、 イク、まひる、もう、イッちゃうっ!」  早くも絶頂を迎えようと まひるの身体ががくがくと震え、 おま○こにはじゅわっと愛液が溢れる。  膣壁が指に吸いつくようにきゅうっと 収縮してくるので、それを押しのけるように ぐりぐりと指を奥にねじこんだ。 「ダメっ、ダメぇぇっ、ダメぇぇぇぇ、 イッちゃうぅぅぅぅっ、あ・あ・あぁぁ……」  あっというまに、まひるは絶頂に達した。  だけど、その表情にはまだ快感の色が 浮かんでいて、おま○こは俺の指を 締めつけて離さない。  みずから感じようとするように、 まひるは腰を艶めかしく振りはじめた。  すると、まひるのもうひとつの穴が 俺を誘うように、ひくひくと 動いているように見えた。 「まひる、今日はこっちでしようよ」 「えっ……ばか、どこ触ってるんだ…… そこは違うっ、あぁぁん、ダメ、だぁ…… そこは、汚いんだぞ、あぁぁっ…!!」  まひるのアナルをほじくるように 指をぐりぐりと突きいれてみる。  アンラプアーバの効果なのか、 お尻に挿れた途端、おま○こから愛液が 溢れでてきて、まひるは大きく喘いだ。 「んんっ、あぁ、お尻に指、挿れちゃダメ、 なんだっ。あぁ、やだっ、まひるの 汚いところ、触るなっ、ばかぁっ、あぁ」 「でも、汚いところに指挿れられて まひるは気持ち良くなってるだろ」 「ば、ばかっ、あっ、あぁんっ、死んじゃえっ、 んっくぅ……あぁっ、ばか、ダメだっ、あ、 やだ……ん……あぁ、死んじゃえっ……」 「おち○ちん挿れるから、 ちゃんとほぐさないとな」 「そ、そんなのダメだぁっ、あぁっ、やだ、 変態っ……あぁ……ん、ばか、死んじゃえぇ、 あぁっ、ん……ダメだぁっ、やだぁぁっ」  アンラプアーバのせいか、俺の理性も 完全に飛んでいて、ただ欲望の赴くままに まひるのお尻の穴をぐりぐりと拡張していく。  さらに指をもう一本足して 上下に広げるように指を開き、 そのままくるっと腕を回転させる。 「ほら、分かるか? まひるのお尻、こんなに広がってるよ」 「やだぁぁ、広げるなぁぁ…… まひるのお尻が見えちゃうぅっ、 やだやだぁっ」  お尻の穴を広げられるのを嫌がりながらも、 まひるのおま○こからはとめどなく愛液が 溢れている。  無意識なのか、腰もくねくねと動いてて、 俺の指をお尻の奥まで呑みこもうとしていた。 「『やだ』とか言ってるけど、 まひるも本当は気持ちいいんだろ?」 「ちっ、違うんだっ。まひるは、あぁっ、 んっ、お尻で感じたりしない子なんだっ。 あっ、やだぁっ、動かすなっ、んっあぁ」 「しょうがないな。俺が責任を持って お尻で感じる子にしてあげるからな」 「そんなの、いらな――え、 な、何してるんだ?」  俺は指を抜くと、いつもよりも 大きく勃起したち○ぽを まひるのアナルにあてがった。  そして、一気に腰を前に突きだし、 ぬぷぅゥっとお尻の穴にち○ぽを 押しいれる。  まひるは信じられないといった反応を 見せながらも、アナルをち○ぽで 拡張させられる快感に喘ぎ声をあげた。 「んぁぁ……ま、まひるのお尻に、 おち○ちん、挿れちゃ、ダメなんだぁ…… こんなの、おかしいんだぁ……」 「あぁっ、やめ、ろ……動かすなぁ…… やだぁ……んっ、あぁ……あぁんっ…… ダメだっ、あっ、ん、ダメぇぇっ」  おま○こよりもさらにきつく吸いついてくる まひるの直腸を、ち○ぽで味わうように ねっとりとかき混ぜていく。  アナルを突かれることで快感を覚えるのが 恥ずかしいのか、まひるはいやいやと 首を振って必死に堪えていた。 「あっ、ん、やだぁ……お尻に おち○ちん挿れて、おまえは変態なんだぁ」 「それで感じてるまひるはもっと変態だろ」 「ま、まひるは感じてなんか、あぁぁんっ! やぁっ、感じてなんか、ないんだ、あぁ、 やっ、あ、あぁぁぁんっ!」  感じてないと言いながらも、お尻を ごりごりとかきまわされると、まひるは 気持ち良さそうな声を抑えられなかった。  そんなまひるの姿に劣情を催し、 俺の指先が尿道へ伸びる。 「あぁっ、そこは、やぁっ……ダメだ、 そんなところ触ったら、や、やだやだ、 出ちゃう……まひる、おしっこ出ちゃうぅ」 「あ・あ・あ・あぁぁ、ダメ、もう、 我慢できない……ダメだっ、見るな――」 「やだぁっ、見るなあぁぁぁぁぁぁぁっっ!」  あっというまに、 まひるはおしっこを漏らしてしまう。 「ん……ん……止まらない…… まだ出る……ん、おかし……これ、 気持ちいっ、あぁっ、おしっこ気持ちい……」 「はぁ……はぁ…… こんなの、おかしいんだ……」  まひるは、おしっこを必死に 堪えるような表情を浮かべている。  水分もとってないのに、ちょっと尿道を いじったぐらいでどうしてこんなに たくさんおしっこが出たのか。  疑問に思った瞬間、はっと思いついた。  そうか、あのアーモンドは、 アーモロコシだったんだ。  まひるが畑から穫ってきた時は、 トウモロコシの粒がアーモンドみたいに なってるところを見てるはずだけど、  まひるならそれをただのアーモンドだと 思っても不思議はないしな。  ということは―― 「まひる、もっと おしっこしたいんじゃないか?」 「やっ、やだ、触るな。 あぁっ、ダメだぁ……また、んっ…… ダメ……我慢できない……」  ふたたび尿道をいじくりまわしながらも、 お尻の穴にち○ぽをぐりぐりとねじこみ、 直腸を激しくかき混ぜる。  排泄器官を責められているのに 感じてしまうまひるの羞恥に染まった声が、 いやらしくて仕方なかった。 「あぁっ、やだぁ……あぁっ、んっ、 もうっ、あ・あ・あ・あ、やだぁ、 出るっ、あ、おしっこ出ちゃう……」 「んっ、あぁ、気持ち、い……あぁ、 やだやだぁ……もう、ダメ、まひる、 イクッ、あぁ、ダメぇぇぇっ」 「やぁぁぁぁぁっ、イクぅ、 イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!」  おもらしをしながら、 まひるは盛大にイッた。 「やぁ……おしっこまだ、出てる…… ん、気持ち良くて、止まらない…… まひる、まだイッてる……あぁ、ん……」  放尿したまま長くイキつづける まひるのお尻が、くきゅうぅと 俺のち○ぽを締めつける。  まるで精液を絞りとろうとするかのように、 俺のち○ぽがアナルの奥へ 呑みこまれていき、射精感が一気に高まる。 「えっ、あぁ、ん……またおち○ちん、 お尻の中でおっきくなてきた…… あぁ、やぁっ、びくびく動いちゃダメぇっ」 「あぁっ……ん、だ、出すのか…? まひるのお尻に、精液、あぁ……ん、 あぁっ、やだっ、いま出されたら――」 「あっあ、んあぁぁぁ、入ってくる…… あぁ、たくさん、まひるのお腹に、 あぁ、あ、また、イク、あぁっ」 「やっあぁぁぁっ、イクッ、 イクぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」  お尻の穴からち○ぽを引きぬき、 まひるの身体に大量の精液を ぶちまけた。 「あ……はぁ……はぁ…… もう、ダメだ……」  そうして精も根も尽き果てた俺たちは 糸が切れた人形みたいに、 砂浜に倒れこんだのだった。  けっきょく、この日は海で泳げなかったけど、 まだまだ夏も休みも始まったばかりだ。  と思っていたら、どうも まひるは仕事で東京に行かなければならない らしい。  俺も俺で県外の農業ワークショップなんかに 参加して、会える機会があまりなかった。  もちろん、やりたいことをやってるわけで 充実した毎日なんだけど、 まひるに会えないのはやっぱり寂しい。  初めて 「早く学校が始まればいいのに」 と思った夏休みだった。  夏休み明け。  朝食を済ませ、ちょうど食器を 洗いおえたところだった。  突如、家のチャイムが高速で連打される。  ずいぶん早いな、と思いつつ、 インターホンに応答する。 「おはよう、まひる」 「おはようなんだっ! まひるが迎えにきたんだぞっ!」  玄関から、ガチャガチャとドアを 開けようとする音が聞こえた。  しばらくして、その音が鳴りやむと、 ふたたびチャイムが高速連打された。 「うー…!! 開かないんだ…!? ドアの奴がまひるを家に入れない気なんだっ」 「悪い。鍵閉めたままだった。 ちょっと待ってな」  玄関のドアを開けて、 まひるを室内へ入れる。 「えへへ……やっと中に入れたんだ。 一時はどうなることかと思ったんだ」 「いやまぁ、どうもならないけどね」  久しぶりに会ったけど、 まひるは変わらないな。 「おまえ、何かまひるに言うことが あるんじゃないのか?」 「言うこと?」 「か、彼女に久しぶりに会ったら、 言うことがあるんだ」  なるほどな。 「言うことはないかな」 「……そ、そんなはずはないんだ。 よく考えてみることをオススメするぞっ」  うーむ、かわいいな。 「そう言われてもなぁ……」 「頑張れっ、颯太なら分かるんだっ。 頑張って考えるんだ。 がんばれっ、がんばれっ、そ・う・たっ」 「うーん、やっぱり言うことはないな」 「……そうなのか……ないのか……」 「言うことはないんだけどさ」  さっとまひるの肩に手を回し、 優しく抱きよせる。 「えっ……あ……な、なんだ…?」  戸惑うまひるの唇に、そっと唇を重ねる。 「んっ……ぁ……んちゅ……ぁ…… やぁ……んれぇ……れろ……ちゅ……」 「すっごくキスしたかった」 「……まひるも、したかったんだ……」 「おかえり、まひる」 「うん、ただいまなんだっ。 まひるはその言葉を待ってたんだっ!」  偶然だけど、まひるの欲しかった言葉を 言い当てたらしい。 「また今日から一緒に学校いけるな」 「うんっ、まひるは ずっと楽しみにしてたんだ」 「颯太と学校に行って、お昼ゴハンを食べて、 部活をして、バイトをするんだっ。 今日からはまたずっと一緒なんだっ」 「あぁ、そうだな。ずっと一緒だぞ」 「えへへ……ずっと一緒なんだ…… うれしな……」  夏休み中、まひるが東京で どんな仕事をしていたかを聞きながら、 学校へと歩いていく。  校門の前で友希を見かけた。 「あっ、友希なんだっ。 おはよう、友希。まひるは 帰ってきたんだぞっ」 「おはよー」  友希が俺たち二人に視線を向ける。  また朝から何か下ネタを言う気かと 俺は身構えた。 「……どしたの?」 「あぁいや。 また変な下ネタ言うんじゃないかと 思って……」 「えー、何それ? 颯太ってあたしのこと 何だと思ってるの?」 「そういうことは、自分の日頃の言動を よく思い出してから言おうな」 「日頃の言動って言われても、 あたしは大抵、清廉潔白だしー」 「嘘をつけ」 「あははっ、まいっか。それじゃ、また後でね」  友希が、校舎とは別の方向へ 歩いていこうとする。 「あれ? どこ行くんだ?」 「うんとね、裏庭でも ぶらっとしてこようと思って。 まだチャイムまで時間あるし」 「そっか」 「またなんだっ」 「うん、ばいばーい」  友希は裏庭のほうへ歩いていった。 「……なんか友希の奴、 いつもより元気なくないか?」 「そんなことないんだ。 まひるにはいつも通りに見えたぞ」 「でもさ、下ネタを一言も言わないなんて おかしくないか?」 「……友希だってそういう時もあると 思うんだ」 「そうなんだけどさ。 なんか違うんだよなぁ」 「……まひるは、全然わからないんだ……」  うーん、気のせいだろうか?  でもなぁ。 「まひるはいいことを思いついたんだっ。 友希に直接訊けばいいんだぞっ」 「それが手っとり早そうだな。 あとで訊いてみるよ」  ということで、始業式が終わって 帰りのHRが始まるまでの合間に、 友希に訊いてみようと思った。 「……………」  友希は机に突っ伏してて、 やっぱり、どことなく元気がないように 見える。 「なぁ友希、お前、何かあったのか?」 「ん? 何かって?」 「いや、朝から元気ないように 見えるからさ」 「あははっ、そっか。 やっぱり颯太にはバレちゃうんだぁ」 「やっぱり、そうなのか。どうしたんだ?」 「うんとね、あたしもまだ分からないんだぁ。 だから、話せるようになったら話すね。 心配かけてごめん」  まだ心の整理がつかないってことか。 「まぁ、 俺のことは別に気にしなくていいけどさ」 「なんか大変だったら、気軽に言ってくれよ。 役に立つかは分からないけど」 「うん、ありがと」  こんなところか。 無理に聞きだしてもしょうがないしな。  俺に何かできそうなことがあれば、 友希のほうから言ってくるだろう。 「颯太ーーーーーーーーーーーっ!」  ん? この声? 「大変なんだっ、颯太。 今すぐ裏庭に来るんだっ」 「どうしたんだよ、そんなに慌てて」 「いいから、来るんだっ。 早くっ、早くっ。大事件なんだぞっ」 「分かった分かった。 行くから、そんなに引っぱるなって」  まひるにぐいぐいと引っぱられ、 裏庭にやってくる。  そこには――  ボロボロになったリンゴの樹があった。 「……………」  思わず言葉を失い、俺は呆然とそれを 見上げることしかできなかった。 「雷が落ちたらしいんだぞっ。 治るかな?」 「いや……さすがにこんな状態じゃな……」  とても治るとは思えない。 「じゃ、QPはどうなるんだ? QPも死んじゃうのか? まひるは心配なんだぞ」  リンゴの樹の妖精だし、 この樹が何かあったら、 普通なら無事じゃないだろう。  って言っても、QPだからなぁ。 「あいつが死ぬっていうのは、 まったく想像できないな」 「そうなのか? じゃ、QPはちゃんと生きてるのか?」 「たぶんな。もう会えないって言ってたし、 確かめようはないけど」  まぁ、その 「会えない」 っていうのすら、 疑わしくはあるわけだが。 「それなら良かったんだ」 「でも、このリンゴの樹はもう治らないのか? 治らなかったらかわいそうなんだ」 「……まぁ、QPのリンゴの樹だし、 治るかもな」 「そっか。じゃ、治るように まひるはお祈りするんだっ。 治れ〜、治れ〜」 「よしよし、まひるはいい子だな」 「えっへん。まひるはいい子なんだ。 優しいんだぞーっ」 「それじゃ、そろそろHR始まるし、 戻ろうか」 「うんっ。 あっ、HRが終わったらまひるが 迎えにいくから、教室で待ってるんだぞ」 「おう、分かった」  まひるが一足先に走りさっていく。  俺はもう一度、真っ二つになってしまった リンゴの樹を見た。  そうして、チャイムが鳴るまで、 そこで立ちつくしていた。  そしてHR後―― 「まひるは、颯太を迎えにきたんだぞ。 一緒に部活に行くんだーっ!」 「はいはい、いま行くよ」  教科書にカバンを入れ、立ちあがった。 「じゃあな、友希」 「うん、また明日ー」 「今日は何するんだ? まひるは何か植えたいんだぞ」 「そうだなぁ。もう秋だし、 タアサイとかチンゲンサイを植えて 中華料理を作るのもいいな」 「あんまり辛くないのがいいんだっ」 「ちゃんとまひるが食べられるように 味付けするって」 「えへへっ。やった。颯太はまひるのことを よく分かってるんだっ」 「ん?」 「か、火事なんだっ。 逃げるんだぞっ!」 「あれ…? 止また……」 「あっ、か、火事なんだーっ!」 「あ、止また……」  ちょっと面白いな。 「火事とは思えないけど…… 誤作動かな?」 「なんだ。誤作動なら安心なんだ。 廊下で寝たってへっちゃらなんだ」 「いきなり油断しすぎだろ。 とりあえず、外に出よう」  校舎から外に出るまでの間、 火災報知機は鳴らなかった。  特に煙もあがってないし、 やっぱり誤作動だろう。 「あっ、まひるは思い出したんだ。 友希の元気がない原因は何だったんだ?」 「あぁ、それが分からなくてさ」 「訊かなかったのか?」 「いや、訊いたんだけどね」 「訊いたのに分からないのか…… あっ、おまえ、まひるに秘密にする ってことか?」 「いやいや、そうじゃなくて。訊いたけど、 はっきり答えがもらえなかったから、 分からないってことだよ」 「そうか……」 「分かったか?」 「分からないんだっ!」  なんで分からないんだ…… 「とにかく、 今のところは何でもないってことだよ」 「……そうなのか……」 「とりあえずはな」 「……………」 「……………」  なに考えてるんだ? 「颯太……キスするんだ」 「はい?」 「うー…!! イヤなのか…?」  まったく、しょうがない奴だな。 「ほら、きな」 「……う、うん……」  とことことまひるが寄ってきて、 目を閉じる。 「ん……ん……ちゅっ……ん……はぁ……」 「キスしたよ」 「もっとだ」 「もう部長か姫守が来るよ」 「まひるは見られたって恥ずかしくないんだ」 「それなら、いいけどさ」  言いながら、まひるの小さな唇に 唇を寄せていき―― 「おはようございま……すぅ……」 「あっ、ち、違うんだっ! ま、まひるは、キスなんか、してない…… してないんだ……うー…!!」 「……………」  やっぱり、恥ずかしいんじゃないか。  放課後。 「あれ?」 「か、火事なのですっ。 落ちついて速やかに避難するのです」 「でも、確か昨日も鳴ってたよね?」 「ほら、止まった」 「故障なのでしょうか?」 「たぶん、そうだろうな。 早く直してほしいよな。 授業中に鳴ったら、うるさいし」 「はい。それに危険なのです」 「まぁ、いざという時、困るよね」 「そういえば、初秋さんは 本日、部活に出られますか?」 「いや、今日はバイトなんだ。 何か訊きたいことがあったか?」 「いえ、今日でなくても大丈夫なのです。 また次の機会にお訊きしますね」 「悪いな。じゃ、また」 「はい。お疲れの出ませんように」 「ばいばーい」 「わっ、ビックリしたんだっ……」  教室を出ると、 ちょうどまひるに出くわした。 「よっ。今日は迎えにこないから、 こっちから行こうと思ってたところだよ」 「ちょっと授業が長引いたんだ。 まひるだけ居残りだったわけじゃないんだぞ」 「そんなこと思ってないって」 「それならいいんだ。 そういえば、またジリリリッて鳴ったな」 「あぁ、また火事だと思ったか?」 「ふふー、まひるはもう騙されないんだ。 故障だっていうのは最初から お見通しだったんだぞっ」 「そっか。まひるでも学習するんだな」 「えっへん。まひるでも学習……あっ、 褒められてないんだっ!」 「お、気づいたか。偉いぞ、よしよし」 「えへへ、まひるは褒められ――てないんだっ!? おまえっ、あんまりまひるをバカにしたら いけないんだぞっ」 「分かってるよ。まひるはかわいいな」 「うー…!! なんか腑に落ちないんだ……」 「それよりさ、今日は バイトまでちょっと時間があるけど、 どこか寄ってくか?」 「それなら、まひるは本屋に行きたいんだっ!」 「本屋? 塗り絵でも買うのか?」 「うがーっ! まひるを舐めてるのかーっ。 もう子供じゃないんだぞっ。 塗り絵なんかするわけないんだっ!」 「お、おう。分かってるぞ。 じゃ、新渡町の本屋に行こう」  まひるを宥めつつ、学校を後にした。  新渡町の大型書店にやってきた。  何か面白そうな漫画がないかと 物色してると、いつのまにか まひるとはぐれていた。  どこに行ったんだろう?  本屋をぐるりと回ると、 まひるは小説のコーナーにいた。  本を手にとり、熱心に読んでいる。 「それ、面白いのか?」 「うん。まひるはこの作家さんの本が 大好きなんだ。こないだ新刊が出たから、 楽しみにしてたんだぞ」 「……へぇ」  まさかまひるに小説を読む趣味が あるとは思わなかった。  ていうか、若干負けた気分なんだけど。 「よくそんな字ばっかりのもの読めるよな」 「台本だって字ばっかりなんだ」 「そんな当たり前みたいに言われても、 普通の人は台本なんて読まないし」 「そうだ。じゃ、 まひるの持ってる本を貸すんだ」 「いや、何が『じゃ』なのか 分からないんだけど…?」 「うー…!! まひるの本を読めば、 一緒に感想を言いあったりできるんだぞ。 楽しいんだ」 「ちょっといいか?」  まひるの持っている本のタイトルを見る。  『お日様の恋人』と書いてある。  恋愛小説のようだけど、 まるで興味を惹かれない。  その上、字ばっかりとくれば、 1ページ目で寝る気しかしない。 「うーん、あんまり気が進まないなぁ」 「……そっか。それなら、そうだ! このお店の棚の中から 読みたい小説を選ぶんだっ!」 「いや、でも、小説はちょっと」 「いいから、選べ。 まひるが買ってあげるんだぞっ。 プレゼントなんだっ」 「プレゼントしてもらっても、 読まないような……」 「選ぶんだっ!」  うーむ。仕方ない。  それなら、何とか読めそうなのを…… 「……これなら何とか いけそうな気がするな」  比較的、表紙が漫画絵に近く、 挿絵のあるラノベを選んでみた。  タイトルは、 “チート赤ん坊のはいはい無双”だ。  アニメを見たこともあるし、 これなら何とか読めるかもしれない。 「じゃ、まひるの本と一緒に 買ってあげるんだ」  まひるは嬉しそうに本を抱え、 レジに向かったのだった。  日曜日。バイトがなかったので、 家でのんびりくつろいでいると――  電話の着信音が鳴った。 発信者はまひるだ。 「もしもし」 「まひるなんだっ。 今日は早く仕事が終わったから、 こっちに帰ってきたんだぞ」 「おぉ、本当か? いま家にいるんだけど、まひるはどこだ? 一緒に遊ぼうよ」 「えへへ、今は颯太の家の前にいるんだっ。 入るぞっ」  通話が切断されたと思うと、 玄関からドアの開く音が聞こえた。 「まひるなんだっ。 まひるが遊びにきたんだぞ〜っ!」 「あれ? いなかた……颯太は部屋か」  パタパタと足音が響き、 「まひるなんだっ。 まひるが遊びにきたんだぞ〜っ!!」 「それ、さっきリビングで言ったのも、 聞こえてたからな」 「えっ、うー…!! わ、忘れるんだっ。 まひるに恥をかかせちゃ、ダメなんだぞ」 「はいはい、忘れたよ」 「ホントか? ホントに忘れたか? 神様に誓えるか? 神様は偉いんだぞ。 ウソついたらすぐバレるんだ」 「もちろん、誓えるよ」 「じゃ、さっきまひるはなんて言ってた?」 「さっき? うーん、何だったかな?」 「よし、ちゃんと忘れたな」  あいかわらず単純でかわいいな。 「まひるが買ってあげた本はもう読んだか?」 「あぁ、読んだぞ。 まだ3ページぐらいだけど」  つまり、口絵のところまでだ。 「それなら、まひるが手伝ってあげるんだ」  まひるは本棚から昨日買ったラノベ、 “チート赤ん坊のはいはい無双”を とりだした。 「大魔王ザノスは、突如目の前に現れた 人間に驚きを隠せなかった。それも そのはず、彼は赤ん坊だったのだ」  まひるがラノベを朗読しはじめた。  役者だけあってなかなか上手で、 内容がすっと頭に入ってくる。 「『貴様、単身でこの魔王城に侵入するとは、  只者ではないな?』ザノスは言った。 すると、赤ん坊が静かに口を開いた」 「『はっ、赤ん坊がしゃべるとでも?』 『しゃべっておるよな』『おぎゃあ』 『いまさら遅いぞ』」 「『ちっ、どうやら俺がただの赤ん坊では  ないことがバレちまったようだな』 『少なくとも、知能は赤ん坊並のようだな』」 「その時、赤ん坊の眼光が鋭く光った。 魔界を統べる大魔王ザノスが、 その視線ひとつに気圧された」 「『やばいぜ。そろそろ授乳の時間だ。  早くこいつを片付けて、ミルクを  飲まないと』」 「彼は、定期的に授乳しないと死ぬ呪いに かかっていた」 「『いきなりで悪いが、大魔王ザノス、  お前には死んでもらう』」 「『ふんっ、人間ごときが何をほざく。  我は不死身であり、絶対なる存在だ。  たとえ神とて、我には傷ひとつつけられん』 「『はいはい』『ぐ、ぐわぁぁぁぁぁっ!!』 赤ん坊のはいはいに、ザノスは致命傷を 負った」 「『ば、バカな、この我が、  不死身であり絶対なる存在が、  赤ん坊のはいはい如きにぃぃ……!!』」 「『俺のはいはいは、あらゆるものを無に帰す。  ちぃと、あやし方が足りなかったようだな、  大魔王』『だ、だが、我はふたたび蘇る――』」 「『おぎゃあ』 『ば、バカな。我が消えるというのか、  赤ん坊の泣き声ひとつで、うがあぁぁぁぁ』」 「大魔王ザノスは消滅した。 だが、彼を滅ぼした赤ん坊の物語は ここから、ようやく幕が開くのだった――」  まひるの朗読に耳を傾け、 俺は次第に物語の世界に入っていった。 「――そう、彼が赤ん坊になった理由、 赤ん坊でなければいけなかった理由。 その答えが、そこにあったのだった」  まひるが、 “チート赤ん坊のはいはい無双”1巻を 読みおえる。 「どうだっ? 面白かったか?」 「おう。アニメとは展開がずいぶん違ったし、 まひるに読んでもらうと臨場感があって、 めちゃくちゃ面白いな」 「えっへん。まひるは朗読上手なんだぞ。 良かったら他の本も読んであげるんだっ」 「って、言われても、 うちにはそれ以外に小説なんて……」  いや、ひとつだけあったな。  ほんのちょっぴり悪戯心が頭をよぎる。 「じゃ、まひるにどうしても 読んでもらいたい小説があるんだけど、 いいか?」 「任せるんだっ。颯太の頼みだったら、 まひるはいくらでも読むんだぞっ」  俺は本棚から漫画本を引きぬき、 そしてその後ろに収納されていた小説を 手にとった。 「じゃ、これを読んでくれ」  まひるに小説を手渡す。  ブックカバーがしてあるのでタイトルは 分からないけど、まひるは特に気にせず 本を開いた。 「どうしてこんなことになったんだろう? 私はただ先輩に『好きだ』って言いたかった だけなのに……」 「先輩が私を恋愛対象として見ていないのは 知っていた。でも、自分の気持ちにウソは つけないから、せめて伝えようと思った」 「伝えて、失恋して、たくさん泣いて、 それから、また新しい恋を始めようと、 そう思っていたのに」 「『あの……どうすれば…?』 誰もいない廃校舎で私は先輩にそう尋ねた。 彼は笑って服を脱ぐようにと言った」 「まさか、こんなことになるなんて 思ってもみなかった。 先輩がこんな変態だったなんて……」 「私は服を全部脱ぎおえると 先輩のほうを向いた。見られていると思うと、 恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった」 「じっと舐めまわすような視線が 私の身体に突き刺さる。ぞくぞくするような 変な気持ちが胸の奥に湧きあがった」 「先輩は私にこう言った――」 「……うー…!! な、なんだこれ…?」  そこまで読むと、ようやくまひるは 普通の小説じゃないことに 気づいたようだった。 「何でも読んでくれるんだろ?」 「……うー…!!」 「まぁ、嫌なら無理にとは言わないけどさ。 まひるに読んでほしかったんだけどなぁ……」 「わ、分かったんだっ。まひるは読むんだぞ。 これぐらい簡単なんだ」  まひるは小説に目を落とし、 すうっと息を吸う。 「……『お、おま○こを開いて、 よく見せてごらん』って」 「恥ずかしくて仕方がなかったけど、 先輩のことが好きだったから、私は 自分の膣に両手をやった」 「それから、膣口を広げるように ぐっと開いてみせた。顔がかーっと 熱くなって死んじゃいそうだった」 「そしたら、私のおま○こから、 液体がこぼれてきて、つーっと細い糸を 引くように床に落ちた」 「信じられない。私はこんなふうに 自分でおま○こを開いて感じてるんだ……」  まひるの朗読はすごく上手くて、 ただ聞いているだけでどうしようもなく 興奮してきた。 「まひる。こっちおいで」 「……あぅぅ……な、なんでおち○ちん、 おっきくしてるんだ…?」 「まひるがそんなにいやらしく 官能小説を朗読するからだよ」 「おまえが『朗読しろ』って言ったんだっ。 まひるがいやらしいわけじゃ、 ないんだ……」 「でも、読んでただけなのに まひるもこんなに濡らしてるだろ」 「うー…!! ばか、死んじゃえ……」 「続き、読んでくれるか」 「……おまえが『読め』って言うなら、 読むけど……」  まひるは小説に目を落とす。 「『自分で挿れてごらん』と言って、 先輩はズボンのチャックを下げ、 おち○ちんを出した」 「それはすごく大きくて、グロテスクで、 いやらしい形をしていて、私は 引きよせられるように視線を奪われた」 「こんな物を私の膣内に挿れるなんて…… だけど、そう考えた瞬間、またおま○こから いやらしい汁がとろとろとこぼれてきた」 「どうして? 私は こんなにえっちな子じゃないのに」 「どうして、こんなに『おち○ちんが欲しい』 って思っちゃうの…?」  朗読しているまひるの声も、 その表情も、すごく淫靡な色を 放ってて、  俺のち○ぽは、はちきれそうなほどに なっていた。 「まひる……もう我慢できない。 挿れてくれるか?」 「……う、うん…… まひるも、えっちしたくなった……」  まひるが俺のち○ぽを おま○こに挿れようとする。  ふと思いついたことがあった。 「なぁ、まひる。朗読しながら、しないか?」 「や、やだ……そんなの、変態なんだ……」 「いいだろ。 まひるの上手な朗読を聞きながら、 えっちがしたいんだ」 「……うー…!!」 「な。お願いだ」 「……分かったんだ…… おまえがしてほしいなら、まひるはやるんだ ……まひるはおまえの彼女なんだ」  ふたたび小説に目を落とし、 まひるは朗読しながら、 ゆっくりと膣口にち○ぽを持っていく。 「私は我慢しきれなくなって 大きくそそり立っているち○ぽに ワレメをあて、みずから腰を下ろしていく」 「あぁ……んあぁ……太くて、堅いモノが、 私の中に、入ってくる……あぁ……ん、 まるで、私は……あぁっ、ん……」 「んん……か、あはぁ……私の身体は、 それを喜んでいるみたいに…… びくびくと震えだしたんだ……」 「気持ち、いい……あぁ……私の膣内を ごりごりとおち○ちんが擦れるたびに、 んっ……あぁ……蕩けそうで……」 「あぁっ、んん……あぁ…… 私の膣壁はくちゅうと、その肉棒に 吸いついた……あっ、んあぁ……」 「……ただ挿れているだけで……あぁ、 んっ……こんなに気持ちいいなんて…… あぁっ、やぁ……動いたら……あぁ……」 「……動いたら、んはぁ……どんなに、 き、気持ち良く、んっ……なるんだろう?」 「じゃ、動いてあげるよ」  ずちゅぅぅっと、まひるの身体を 突きあげるようにして、 ち○ぽをおま○この奥まで挿入した。  まひるの華奢な身体が跳ね、 快感に染まった声が漏れる。  さらに膝の上でまひるを弾ませるように、 連続しておま○こをずちゃずちゃと 突いていく。 「あぁっ、ん……ぁぁっ、やだやだぁっ、 んっ、あぁんっ……そんなに……したら、 あぁ……ん……はぁ……あぁんっ……」 「ほら、まひる、続きを読まないとだめだろ」 「んんっ、分かって……あぁっ、や…… そんなに、突かれたら……まひるは、 あぁっ、読めないっ、んんっ、あぁっ……」 「やだぁっ、んっ、あぁっ……んっ、はぁ…… おち○ちん、そんなに挿れるなぁっ、あぁ、 ダメっ、やだやだぁ、読めなっ、あぁんっ」  ぬぷぬぷと膣内をかき混ぜられながらも、 まひるは懸命に小説を朗読しようとする。  けど、膣奥を堅いち○ぽで突かれる 感触に負け、身体はびくびくと震え、 喘ぎ声があがってしまう。 「んっ……先輩はっ、あぁ…… 私のおま○こを突きあげてきて…… あっ、んっ、やだぁっ……」 「そんなっ、やだっ、あっあぁぁんっ! おかしくなっちゃうぅっ、ダメっ、あぁ…… そんなに激しく挿れられたら、あっあぁんっ」  まひるの喘ぎ声は小説のものなのか、 実際のものなのか、判別がつかないほど 快感に染まっている。  膣内はもうぐじゅぐじゅで、 とろとろの肉壁がくにゅうとち○ぽに 吸いつき、動くたびに激しく擦れあう。 「んんっ……あぁっ、おま○こに、 おち○ちんを、挿れられると……身体が ぜんぶ、支配されちゃってるみたいで……」 「あぁ……ん、恥ずかしいのに、気持ち良くて、 やぁっ、もうやめたいのに、あぁっん、 あぁっ、んっ、んんっ、抵抗、できなくてっ」  まひるの膣内をち○ぽでねっとりと 撫でまわすように腰で円を描く。  小さなまひるのおま○こが ぐりぐりと押し広げられていき、 その快感に身体が小刻みに痙攣する。 「あっ、ん……あぁん、やだやだぁ…… いあぁ……んっはっ……あぁ……ん、 あぁ……んっ……はぁ……あぁ……」 「……あぁっ、や、どうして、おち○ちん、 挿れられただけで、あっぁぁん、んはぁ…… こんなに……はぁ……気持ちいいの…?」 「どんどん、私の膣内にっ、あぁ、や、 いやらしい汁が、あぁっ、溢れてくるのが 分かる……あぁ……もっと、やぁ……」 「……あぁっ、おま○こを突かれながら、あぁ、 その手が、私のクリトリスをきゅっとつまむ。 あっ、んっ、あ……ダメ、そこ、ダメぇっ!」  まひるが読みあげる通り、 俺はクリトリスをつまみあげ、 くりくりと指で転がす。  すると、またたくまに おま○こがきゅちゅうと収縮して、 とろとろと愛液が溢れだしてきた。 「……おかしく、あぁっ、なりそうだった…… ん、あぁ……指でちょっといじられただけで、 あぁっ、ん、情けないぐらい、感じてしまう」 「あぁ……ん、太い肉棒を……お腹の中に、 挿れられ……クリトリスを勃起させられて、 あっ……心までいやらしく変わりそうだった」 「んっ……あぁ、もっと突いてほしい……あぁ、 もっともっと、あぁ、おち○ちんが欲しいっ、 あぁっ、おま○こを、ぐちゃぐちゃに、あん」 「してぇっ……あぁ、ダメ、だぁ……あぁっ、 やだ……んっ、あぁ……こんなに、いいっ、 ダメっ、あぁっ、やぁ……我慢できないぃっ」  こんなにおま○こを突かれながらも、 まひるはまだ頑張って朗読を続けてて、  俺の言ったことを守ろうとするその一途さと、 官能小説を読みながら表情を蕩けさせている 淫靡さが、たまらない。 「んっはぁ……あぁ、おもらししたみたいに、 あぁっ、おま○こは大洪水で……あぁっ、 ぴくぴくと気持ち良さそうに、あぁっ、ん」 「……震え、あぁっ、ているあぁっ……あぁ、 身体中が熱い、あぁっ、膣内も外もっ、 気持ちいいよぉっ、あぁっ、もっとぉぉ……」 「おち○ちんがっ、おま○こに少し、あぁっ、 擦れるだけで、もうっ、あぁっ、もうっ、 あぁっ、耐えられないぐらい、あっ、あぁ」 「はぁ、頭の中まで、やぁ、一緒に犯されてる、 んっ、みたいでぇっ、あぁ……おち○ちんを 挿れられることだけをっ、考えちゃうっ!」  朗読をすることでまひるは登場人物に 感情移入しているのか、いつもよりも、 ずっとずっと感じていた。  もう限界だというように、 ち○ぽをぬぷぬぷと往復させるごとに まひるは口を半開きにして涎を垂らす。 「あぁっ、ん、好きっ……おち○ちんっ、 大好きぃっ……もっと、あぁっ、ん、 おち○ちん、大好きぃっ、あっあぁ」 「あぁっ、もう、ダメぇっ、イクぅぅっ、 おち○ちん、そんなに挿れたら、 イッちゃうっ、あぁっ、やぁっ、ん」 「イク、イクっ、あぁっ、イクぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」  小説の台詞と同時にまひるはおま○こを ぴくぴく震わせて、激しく絶頂を迎えた。  その様子がとてもいやらしくて、 俺のち○ぽが益々まひるの膣内で 大きく膨れあがる。  イッたばかりのまひるのおま○こを、 ぐちゃぐちゃにかき混ぜるように 激しく突いた。 「あ、あ・あぁぁ……どうして、イッたのに、 まだ気持ちいい……あぁっ、んっあぁ、 私、まだイッてる、んっ、あぁ……やぁ」 「あぁっ、おち○ちんを挿れられてるのが、あ、 気持ち良すぎて、あぁっ、ずっと、あぁん、 このまま、咥えこんでいたいっ、あぁっ」 「あぁ……ん、おっきくなてきた……あぁ、 出るの? あぁっ、いま出されたら、あぁ、 精液、おま○こに、注がれたらぁぁ、んっ」 「あぁっ、んっ、どんなに気持ち良く、あぁっ、 なれるっ、んっ、あっ、だろうっ? やぁっ、 ダメっ、だぁっ、ああっ、んあぁぁっ」 「あぁっん、イッてっ、あぁっ、おま○こに、 精液だしてっ、あぁっ、おち○ちん、欲しい、 精液、欲しいっ、あぁっ、出して、出してぇ」  精液をねだるまひるの言葉に、 異様に興奮して射精感が一気に 込みあげる。  彼女の子宮の中に 思いきり精液を注ぎこんでやろうと、 俺は快感に任せて腰を突きあげた。 「んっあぁっ、イってっ、まひるの おま○こに精液っ、ちょうだいっ、あぁ、 出して、あぁっ、たくさん出すんだぁっ…!!」 「あぁっ、んっ、出せっ、出すんだっ、 んあぁぁっ、イッて、あぁっ、あぁん、 あぁっ、やあぁっ、あっあぁあぁぁんっ」 「あっ、ああぁぁっ、きたぁぁ、んっくぅぅっ、 たくさん入ってくる、んんんーーおま○こに、 精液いっぱいで、まひる、あぁっ、もう……」 「あっあぁぁっあぁぁ、イク、イクイクっ…… あぁっ、イクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」  びくびく身体を震わせながら 激しく絶頂しているまひるに、 精液を思いきりぶっかけた。 「はぁ……はぁ……ふぅ……はぁ……」  荒い呼吸を刻みながら、俺たちはそのまま、 ぐったりとベッドに倒れこんだ。 「おまえは変態なんだ……」 「う……」  それは否定できないかもしれない。 「で、でも、まひるも気持ち良かっただろ?」 「……そんなわけないんだっ。 死んじゃえっ……」 「じゃ、もうやらないか?」 「……やらないんだぞっ」 「そっか」  それは残念だ。 「でも……おまえがまた小説を 読んで欲しいって言うなら…… 読んでやるんだ……」 「それじゃ、今度はもっとすごいのを 用意しとくからなっ!」 「…………やっぱり、変態なんだ……」 「いらっしゃいませ。 2名様ですね。こちらの席へどうぞ」 「お待たせしました。 こちらは浴衣のお客様への ドリンクサービスになります」  9月 8日。今日はマスター提案による 浴衣デーだった。  その名の通り、浴衣を着てきたお客さんに サービスするというもので、今回は ドリンク一杯が無料になっている。  もちろん、フロア担当も全員浴衣だ。  なかなか盛況のようで、 店内のお客さんは半分ぐらいが 浴衣を着ていた。 「颯太っ、厨房は暇になったのか?」 「おう、今のところな」 「そっか。じゃ、見るんだっ!」  まひるはぴょんっと跳ねて、 何かをアピールしている。  浴衣姿を見ろということだろう。  だけど、わざわざ言われるまでもなく、 俺の視線はさっきからずっとまひるに 釘付けだ。  普段からかわいらしいまひるが、 浴衣を着ることでまた一段と かわいらしく、それでいて新鮮だ。  正直、このままお持ち帰りしたくなる。 「うー…!! そんなに見ちゃ、 恥ずかしいんだ……」  自分で見ろと言ったくせに、 まひるは顔を真っ赤にしていた。  営業が終わり、後片付け中―― 「んー……ないなぁ……」  友希が事務室の棚という棚を開き、 何かを捜していた。 「どうしたんだ?」 「うんとね、前にナトゥラーレのみんなで 撮った写真をまひるに見せてあげようと 思ったんだけど……」 「それなら、アルバムに入ってなかったか?」 「うん。でも、アルバムが見つからなくて…… あ、これかな?」  友希は棚から出してきた 古そうなアルバムを開いた。 「あ…………」 「あったのか?」 「う、うぅん。これじゃなかったみたい」  友希が慌ててアルバムを棚に戻す。 「別のところにあるのかも。 捜してくるね」  友希は事務室から出ていった。 「それじゃ、上がりますね」 「おう、お疲れさん。また頼むわ」 「はい。お先に失礼します」 「とおせんぼなんだっ!」 「えぇと……何してるんだ?」 「とおせんぼなんだぞっ。 ここを通りたければ、まひるのお願いを 聞かないといけないんだ」 「何だ? かわいいことを言いだしたな?」 「そ、そんなこと言ってもダメダメなんだっ。 まひるには要求があるんだっ。 おまえに拒否権はないんだっ」 「はいはい、分かったよ。 それで、まひるの要求は何だ?」 「この後、まひるをどこかに連れていけっ」 「どこかって?」 「どこでもいいんだ……」 「俺と一緒なら、どこでもいいってことな」 「そ、そんなこと言ってないんだっ。 捏造だっ、捏造っ。捏造疑惑だっ」 「そっか。俺と一緒がいいって言うんなら、 連れてってあげようと思ったんだけどなぁ」 「まひるは別に俺じゃなくても、 良かったのか。がっかりだな」 「う、うー…!! ま、まひるは……」 「ん?」 「あっ、おまえ、その顔、わざとだなっ! まひるの気持ちを知ってくるくせにっ」 「このっ、このっ、このっ」 「分かった分かった。 連れてってあげるから、蹴るな」 「最初からそう言えばいいんだっ」 「それじゃ、行くか」  言って歩きだす。  すると後ろから声が聞こえた。 「…おまえと一緒なら、どこでもいいんだ……」 「え…?」 「に、2回は言わないんだぞっ。 特別出血大サービスなんだぁぁぁっ!」  真っ赤な顔でまひるは 走りさっていった。  夜道をまひるとぶらぶらと歩き、 公園にやってきた。 「おさんぽっ、おさんぽっ、 たのしな。颯太とおさんぽっ、 うれしなっ」  はしゃぐように歩きまわり、 まひるは満面の笑みを浮かべている。  それがかわいくてかわいくて仕方なくて、 自然と言葉が口を突いた。 「好きだよ」 「えっ……あ、あぅ……うー…!!」  照れているまひるに、 たたみ掛けるように言葉を足す。 「まひるが好きだよ。大好きだ。 もう絶対、どこにもやらないからな」 「……じゃあ、おまえ…… まひるが海で溺れかけてたら、 助けにきてくれるか?」 「そんなの、当たり前だろ」 「う、海にはサメがいるんだぞっ。 食べられちゃうかもしれないんだっ」 「それなら、まひるが食べられない内に なおさら助けにいかないとな」 「し、死んじゃうかもしれないんだぞ」 「まひるを助けるためなら、 死んだっていいよ」 「ばかっ、颯太は死んじゃダメなんだっ。 そんなこと言ったらまひるが許さないんだぞ。 死んじゃえっ」 「いやいや、どっちだよ…?」 「颯太はまひるのために生きるんだ。 そうじゃないと、まひるが悲しいんだぞ」 「分かったよ。じゃ、まひるも助けて、 俺も無事に生きて帰ればいいんだな」 「ホントに助けにきてくれるのか?」 「あぁ、まひるのためなら、 たとえ火の中水の中だよ」 「……なんか、今日は颯太が いつもより優しいんだ」 「そんなことないって。 いつもこうだよ。まひるのことが 好きだからな」 「……浴衣着てるからかな…?」 「あのね……確かに浴衣はかわいいけどさ」 「じゃ、おまえ、浴衣が好きなのか、 まひるが好きなのか、どっちなんだっ?」 「そんなこと訊くまでもないと 思うんだけど……」 「いいから答えるんだっ。 まひるは答えを要求してるんだぞっ」 「まひるのほうが好きに決まってるだろ。 天と地ほど違うよ」 「ホントか…?」 「疑うんなら、今から浴衣を脱がせて 証明してあげようか?」 「……そういうのは変態って言うんだぞ」 「まひるみたいにかわいい女の子と 付き合ってたら、変態にならないほうが おかしいよ」 「そもそも俺は植物系男子だったのにさ。 俺が変態になったのはまひるの せいなんだから、ちゃんと責任とってくれよ」 「ばか……死んじゃえ、ダメ人間……」  言いながら、まひるは身を寄せてきて、 背伸びをする。 「……ん……ちゅ……んん……れろ…… んはぁ……」 「好きだよ」 「うん……まひるも好きだ……」  もう一度、今度はまひるの口内に舌を入れて、 激しいキスを交わす。 「ぁ……れろ……んちゅ、れろれぇ……あぁ、 ん……ちゅ……ぁ、んはぁ……」 「……これで、責任とれたか?」 「……まだだよ。もっとまひるが欲しい……」 「……しょうがないんだ…… おまえの好きにしていいぞ……」 「意味、ちゃんと分かってるか?」 「まひるだってもう大人なんだぞ。 もう何回もしたんだ……」 「そうだったな。それじゃ――」 「え……ちょっと……待て…… な、何してるんだ…?」 「うー…!! 動けないんだ……」  浴衣の帯を使って、まひるを縛りあげた。 「すっごくかわいいよ」 「こんなのかわいいって言われても まひるは困るんだ……」  俺は笑顔で言う。 「大丈夫大丈夫、大人だったら、 みんなやってることだから」 「……そ、そうなのか…?」 「あぁ、でも、まひるには まだちょっと早かったかな」 「そ、そんなことないんだっ。 まひるだってできるんだ。 まひるはもう大人なんだぞ」 「じゃあさ、もっとすごいこと 頼みたいんだけど、聞いてくれる?」 「いいぞ。まひるはおまえの彼女なんだぞ。 何だってしてあげるんだ」 「それじゃ、俺が今からまひるに えっちなことするから、嫌がってくれる?」 「嫌がる? おまえは何を言ってるんだ?」 「ほらさ、たまには趣向を変えて、 ちょっと無理矢理っぽくしてみたいだろ」 「意味が分からないんだ。 みんな、そんなことしてるのか?」 「当たり前だよ。 ウキウキレイプえっちって言うんだ。 知らなかったか?」 「……そ、それぐらい知ってるんだ。 まひるだってレイプえっちできるんだぞ。 もう大人なんだ」 「よし、じゃ、やろうかっ」  俺がノリノリでまひるの身体を 視姦していくと、 「……や、やだぁ……見るなぁ…… まひるの裸、見ちゃダメなんだぁ……」  いやに真に迫った声だった。  少し躊躇いながらも、 まひるの胸に手を伸ばして 優しく撫でてみる。 「あぁっ……や、いやぁ……触るなっ…… ほどけぇっ……んっ、あぁ……こんなの、 やぁだぁっ…!!」 「え……と……まひる、もしかして、 本当に嫌なのか?」 「……イヤに決まってるんだ、この変態っ! まひるに変なことしたら、 絶対に許さないんだぞっ……」  これはもしかして…? 「いや、でもさ。まひるもやるって 言ってたよね?」 「そんなこと言ってないんだっ。 おまえは頭がおかしいんだ。 いいから、ほどけっ、ほどくんだっ」  うーむ。これは完全に 演技のスイッチが入っちゃってるな。  まぁ終われば、いつも通り元に戻るだろう。  いや、むしろ、ちゃんと元に戻るように、 俺も真面目にレイプしてあげないとな。 「そんなこと言ってても、 すぐ気持ち良くしてあげるからな」 「まひるが気持ち良くなるわけ…… んあぁぁんっ…!!」  乳首をいじくりまわすと、 まひるは甘い声をあげた。  いくらまひるの演技が上手でも、 感じやすさまでは変わらないみたいだ。  やばい。けっこう楽しくなってきた。 「今の声、何だ?」 「な、何でもな――あぁっ、あぁぁんっ!」  まひるの乳首をねっとりと撫でまわすように、 何度も何度も指先で擦っていく。  嫌がりながらも身体をびくんびくんと 震わせるまひるを見てると、背徳的な 快感が湧きあがってくる。 「ほら、乳首が勃ってきたよ。 まひるは気持ちいいんだな」 「そ、そんな、まひるは気持ち良くなんかっ、 あぁっ、ん、こら、やめろっ……まひるの 乳首をいじるなっ、あぁっ、いやぁぁ…!!」  まひるは声を押し殺そうとするが 乳首は快感のスイッチにでもなったように、 つまめば強制的に喘ぎ声が漏れる。  コリコリと乳首をいじくりまわしてると、 次第にまひるのおま○こから、トロリと 愛液がこぼれはじめた。 「まひる、見てみなよ。 ほら、こんなに濡らしてるよ」 「やだやだぁっ……まひるは、 濡らしてなんか、ないんだ…… 違うんだぁっ……」 「じゃ、触って確かめてみようか?」 「やっ、待て、あぁ……んっ、ダメぇっ……」  まひるのおま○こにそっと指先を触れると、 ちゅっと水音が鳴った。  くちゅくちゅとわざと音を立てるように 指で膣口を撫でてると、さらに愛液が とろとろとこぼれ、太ももを伝う。 「気持ちいいだろ?」 「んっ……やぁ……ん、はぁ…… 気持ち良くなんか、ないんだ……」 「素直になりなよ」 「あっ、ん……やだぁ、まひるのおま○こ、 いじっちゃダメなんだぁ……あぁ、んあぁ… 指、挿れるなぁっ……あぁ……んっはぁ……」  二本の指をまひるの膣口に差しこみ、 ぐりぐりと奥へと進ませる。  指を開くようにしておま○こを広げ、 くにゅくにゅとした柔らかい感触を 楽しんだ。 「うっ、あぁ……やだやだぁ…… んっ、抜いてっ、まひるのおま○こに、 変なもの挿れるなぁっ……」 「外のほうが良かったか?」 「そ、そういうことじゃないんだっ、 やっ、やめっ……あぁぁんっ……」  おま○こから指を引きぬき、 今度はクリトリスや尿道を くちゅくちゅといじりはじめた。  すると、まひるの身体が敏感に反応して、 指を動かすたびにびくんっ、びくんっ、と 痙攣する。 「あっ、あぁぁ……んんっ……はぁぁ…… やめるんだぁ……そんなにいじったら、 まひる……んあぁぁ……」  まひるは何か堪えるように 切なげな声を漏らし、もじもじと身体を よじっている。  もしかして、と思い、尿道を重点的に 責めてみると余裕のない声があがった。 「やぁ……ダメだぁ……そんなにいじったら、 ダメ……まひる、おしっこ、出ちゃう…… んんっ、やだぁ……あぁ……」 「……もう、ダメだぁ……おしっこしたい…… おしっこ、行かせてぇ……」  どうしようかな?  どうしようかな?「大丈夫だよ。まひるがおしっこするところ、 ちゃんと見てあげるな」 「大丈夫だよ。まひるのおしっこ、 ちゃんと飲んであげるからな」 「やっ、やだ、そんなのまひるはやだぁっ。 おまえは変態だっ。そんなことしたら、 絶対に許さないんだぞっ」 「まひるがそんなにかわいいから、 俺が変態になったんだぞ。 ちゃんと責任とってもらわないとな」 「ま、まひるのせいじゃないっ。 やだ、何する気だ? やめろ、 んっ、あぁぁっ……」  まひるのクリトリスをきゅっとつまみ、 尿道に舌を這わせる。  コリコリと指でクリトリスを転がしながら、 れぇろれぇろと舐めあげると、まひるは 嫌がるように首を振った。 「あぁっ、やだっ、ダメだぁ……舐めるなぁっ、 ん……んんっ、やめろぉ……そんなに、 したら、おしっこ……出ちゃう……」 「あぁっ、ん……やぁ……んん…… まひる、あぁ……我慢できない…… あぁっ、んん……あぁ……ダメ、だぁ……」  おしっこを漏らしそうになって 感じているのか、まひるのクリトリスは 気持ち良さそうに膨れあがっている。  そこをねっとりと撫でまわしながら、 まひるの膀胱を刺激しようと、 お腹の辺りをぐぅっと押してやる。 「や、ダメだぁ……お腹押したら、出ちゃう、 あぁっ、おしっこ、ホントに出るんだぁ…… やめろ、押すなぁっ、やぁ……やめろ……」 「やだやだぁ……出したくない……まひるは、 子供じゃないんだぁ……おしっこ、あぁ、 漏らしたくないぃ……やだぁ……んんー」  まひるは少し苦しげな声を漏らし、 懸命におしっこを漏らすのを 堪えようとしている。  早く解放してやろうと おしっこを絞りだすように膀胱を押して、 尿道口を開けるよう、れろれろと舐めた。 「あっあぁ……もう、ダメ、おしっこ…… 出ちゃう……や、やめろぉ……ダメ、だぁ、 やめろっ、舐めるなっ、やめろ――」 「やめ――あぁっ、あっあっあっぁぁぁ…… もう、ダメ――」 「やぁぁ、ダメぇぇぇぇぇ、 見るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!!」  羞恥に染まった顔で 勢いよくおしっこを出したまひるの姿に、 俺はものすごく興奮を覚えた。 「あぁ……ん、まだ、出る…… やだぁ、まひるのおしっこ、見るなぁ…… ダメなんだぁぁ……」  嫌がりながらも、 まひるは放尿することが気持ちいいのか、 背筋をぴくぴくとさせていた。 「やぁっ、んっ、やだ、やだぁっ、 飲むなっ、やめろっ、飲むなぁぁぁぁっ!」  羞恥に染まった顔で まひるが出したおしっこを、 俺はごくごくと喉を鳴らして飲んでいく。 「ぁぁ……飲まれてる……まひるのおしっこ… こんなの、ウソなんだぁ……ダメ、飲むなっ、 あっ、あぁっ、ん、吸うなぁ……」 「あっあっ、あぁぁ、んあぁぁ、 だっ、ダメぇぇぇぇぇぇぇぇっっ……!!」  おしっこを飲まれて軽くイッたのか、 まひるの身体にぐぅぅっと力が入り、 その後、がくっと脱力した。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「まひる、そろそろ、 これを挿れたいだろ」 「え……やだぁ……やめろ…… そんな汚いもの、押しつけるなっ。 まひるは欲しくないっ……」  びしょびしょに塗れているまひるの 膣口にペニスの先端をちゅくっと 押し当てる。  演技とは思えないぐらいまひるは 嫌がってるけど、ち○ぽが当たるたびに おま○こが物欲しそうにひくひくと動く。  俺は思いきり腰を突きだし、 一気にまひるの秘所に侵入した。 「あっ、んっあぁっ、やぁぁぁっ…!! やだやだぁっ、挿れるなっ、変態っ、 まひるの膣内、こんな物挿れるなぁっ」 「あぁっ、やっ、動くなぁっ、ん……あぁ、 やだぁっ、あんっ……ん、動いちゃ、 ダメなんだぁ…!!」  言葉とは裏腹に、まひるのおま○こは 嬉しそうに俺のち○ぽに絡みついてきて、 きゅうきゅうと強く締めあげている。  狭い膣内をこじ開けるように ぐいぐいと肉棒を押しこみ、 ねっとり味わうように出し入れしていく。 「んっ、あぁっ、あんっ、ん……はぁ…… やだやだぁっ、おち○ちん、挿れるなぁっ」 「まひるのおま○こ、 すっごく気持ち良さそうに、 俺のおち○ちんを締めつけてきてるよ」 「……そ、そんなわけないんだっ。 気持ち良くない、あぁっ、んっ、や…… 動くなぁっ、あぁっ、あんっ……ダメぇっ」 「まひるは、気持ち良くなんかないんだぁっ、 あぁ、やめろ、あ……おち○ちん、なんかで 気持ち良くならないんだぁっ……んあぁっ!」  ずちゅぅ、ずちゅぅとち○ぽを挿れるたびに、 びくんっ、びくんっ、とまひるの身体が 快感に震える。  とろとろのまひるの膣内を どういうふうに突けば一番感じるのか、 俺にはもう手にとるように分かってて、  ただまひるが気持ち良くなるように、 ぐちゅぐちゅとち○ぽで円を描いていった。 「あぁっ……んっ、あぁ……やだやだぁっ、 変態っ、もうやだぁ……おち○ちん、 まひるに挿れるなっ……」 「んっ、あぁ……抜くんだぁっ…… あぁっ、んんっ、早く、抜かなきゃ、 ぜったい許さないんだぞっ」 「じゃ、俺のこと好きか?」 「んっ、あぁ……な、なに言ってるんだ?」 「まひるが俺のこと好きなら、 抜いてあげるよ」  言いながら、さらに激しく まひるのおま○こに肉棒をねじこみ、 快感を与えていく。  まひるの華奢な身体が ち○ぽを押しこむたびに揺れて、 声がなかなか言葉にならなかった。 「あぁっ、好き、だぁ……あぁっ、やぁん、 好きだからっ、あぁっ、もう抜くんだぁっ、 やめろっ、好きだぁっ、やめろぉっ、あっ!」 「あぁっ、あ、言ったぞっ、まひるは、 好きなんだっ、だから、もう、 終わりなんだぞっ」 「そっか。俺のこと好きなら、 もっと気持ち良くしてあげるよ」 「えっ、あぁぁっん、ウソツキだっ、ズルいっ、 死んじゃえっ、死んじゃえぇぇっ、あぁっ、 やぁっ、ん……死んじゃえ、ばかぁっ!」  俺のことを罵倒しながらも まひるのおま○こはきゅちゅうと収縮して、 膣内からは大量の愛液がとろとろと溢れる。  ただでさえきついおま○この締めつけが 今日は一段と強くて、 愛液の量もいつもよりもはるかに多い。  まひるは無理矢理されることに、 明らかに普段より強い快感を覚えていた。 「あ・あ・あ・あぁぁぁっ、あはぁ……んんっ、 ダメ、だ……それ以上、挿れるなぁっ…… そんなに突いたら、ダメなんだぁ…!!」 「イキそうなのか?」 「ちっ、違っ、あぁっ、ん……やぁ……あぁ… んあぁっ、やぁ、んんっ、ダメ、だぁ…… あ……あぁんっ……ふやぁ……あっはぁ……」 「まひるは、イカ……ないんだぁ…… おまえのおち○ちん、なんかで、イカないっ、 あぁっ、やだやだぁっ……」  まひるは何とか絶頂に達しないように、 必死に快感を堪えている。  けれども、おま○こを突かれるごとに どんどん性感が増していくようで、  彼女の声も身体も、表情も 蕩けきったように快楽に溺れていく。 「やだやだぁっ、ダメ、だ、やめろ…!! まひるはっ、もうこれ以上されたらっ、 あぁっ、んあぁっ、やっあっあ、あぁぁっ!」 「んあぁっ、イキたくないぃ……やぁっ、んん、 やぁだぁぁっ、イキたくないぃぃっ、んっん、 あっあっあぁぁっ、んあぁぁぁぁ――っ!!」 「あっやぁっ、やだやだやだぁぁっ、あぁ、 もう、我慢できないぃ、イクッ、イクぅっ、 イクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!」  快感が一気に押しよせ、 まひるの膣内に大量の精液を どくどくと流しこんだ。 「あぁ……うあぁぁ……やだぁぁ…… 精液、入ってくる、まひるの膣内に、 やだぁっ、入ってくるなぁ……」  さらにち○ぽを引きぬき、 まひるの全身を白濁の汁で汚した。 「あっ、いやぁっ、精液、 まひるにかけるなぁっ……やぁだぁ…!!」  まひるの演技は真に迫ってて、 まるで本当に無理矢理犯したみたいな感覚が 俺の快感を増幅させていた…… 「まひる、気持ち良かったよ……」 「……………」  まだ演技中なのか、 まひるは惚けたような瞳で ぼーっと俺を見つめている。 「……まひるは、うまくできたか…?」  どうやら演技は終わったみたいだ。 「おう、完璧だよ。 こんなのまひるにしかできないよ」 「……えへへ、やった。まひるは完璧なんだ。 ウキウキレイプえっちだって簡単に できるんだぞ。まひるは大人なんだっ」  なんて言うんだろう?  すごく、いけない遊びを教えたような 気分になった。 「そろそろ、帰ろうか?」 「……うん……」  公園を出ようと歩きだすも、 まひるはなぜかついてこなかった。 「……まひる? どうかしたか?」 「颯太は……明日の放課後、時間あるか?」 「あぁ、大丈夫だけど、どこか行きたいのか?」  まひるは首を左右に振った。 「……大事な話があるんだ」 「……大事な話があるの」 「やっぱり、颯太とは付き合えないよ」 「……どうして?」 「気づいたの。まひるは、颯太のこと、 ホントはそんなに好きじゃなかったって」 「だから、お別れしよ?」  ふいに一年前の出来事が 頭をよぎった。  いや、何を考えてるんだ。 あの時とはぜんぜん状況が違うじゃないか。 「今じゃだめなのか?」 「明日がいいんだ」 「そっか。じゃ、明日、聞くよ」 「ぜったい約束なんだぞ」 「あぁ、分かってるよ」  まひるを家まで送りとどけ、 その帰り道――  新渡町をのんびり歩いてると、 ケータイが鳴った。  発信者は友希だ。 「もしもし」 「……………」 「友希? 聞こえてるか?」 「あ……ごめん……あのね…… ちょっと話したいことがあるんだぁ……」  いつもなら 「また下ネタか」 と思うところ だけど、友希の声は妙に真剣だった。 「おう、いいぞ。何だ?」 「うんとね……会って話したいんだけど、 だめ?」 「今からか?」 「うん……できれば……」  こんな時間に会って話したいってことは よっぽど大事なことだろうな。 「いいよ。いま新渡町にいるからさ。 友希は家か?」 「うん」 「じゃ、学校で待ち合わせしようか?」 「ありがと。すぐ行くねっ」  校門前に到着すると、ちょうど友希が こっちに向かってくるのが見えた。 「お待たせっ。 ごめんね、急に呼びだしちゃって」 「気にするなよ。大事な話なんだろ?」 「……うん……」 「じゃ、どうしようか。 こんなところで話すのもなんだしな……」 「中、入らない?」 「あぁ、いいよ」  校内を友希は静かに歩いていく。  何も言わない彼女の後を 俺も黙ってただ追いかけた。  裏庭から畑を通って、  また裏庭へと戻ってきた。  友希はそこで立ち止まる。 「うんとね……ちょっと前に、颯太に 『何かあったのか』って訊かれたよね?」 「あぁ、お前が元気がなかった時な」 「うん。 ちょっと、お祖父ちゃんとケンカしたんだぁ」 「珍しいな」 「だって、ひどいんだよ。 お祖父ちゃんがお父さんの写真を 『全部燃やして捨てた』って言うんだもん」 「それ、本当に?」 「うん。あたし、お父さんの写真は 絶対どこかに隠してあるんだと思って 家を捜してたんだぁ」 「そしたら、お祖父ちゃんに見つかっちゃって。 何してるか訊かれたから正直に答えたら、 『燃やした』って言うんだもん」 「いくらお父さんが嫌いだからって、 燃やすことないじゃん。ひどいよ……」 「でも、とっさにそう言っただけで、 実際は燃やしてないかもよ?」 「うん。そうだね。 でも、今は写真のことはいいんだぁ……」 「ん? それで元気がなかったんじゃないのか?」 「うんとね。『写真は燃やした』って言うから、 『その代わりにお父さんのことをちゃんと 教えて』って頼んだんだぁ」 「『教えてくれたら、それ以上訊かないし 写真も捜さないし、お父さんの話も 二度としないから』って言って」 「でも……何にも教えてくれなかった……」 「爺さんって、そうとう 友希のお父さんのことを嫌ってたんだな」 「……うん……あたしもそう思った。 そんなに嫌ってたんだぁって。 そういうのって悲しくなるね……」  自分の祖父が自分の父親を嫌ってる わけだからな。  しかも、友希のお父さんは もう亡くなってるっていうのに。 「でも、こうも思ったんだぁ。 ただ嫌ってるだけで、こんなに何も 教えてくれないなんておかしいって……」 「他に何か理由が あるんじゃないかなぁって」 「それであの時、『分からない』って 言ってたのか?」 「うん……でもね、もしかしたら、 分かったかもしれないんだぁ……」  そう言って、友希は一枚の写真を すっと出した。 「今日、ナトゥラーレで見つけた写真、 持ってきちゃった」  写真に写ってるのは、知ってる人だった。 今よりもずいぶん若くてタキシード姿だけど、 「これ……マスターだよな?」 「それと、あたしのお母さん」 「え…?」  マスターの隣にはウエディングドレスを 着た綺麗な女の人が写っている。  これはマスターの結婚式の時の 写真だろう。  ということは―― 「……お父さん、 本当は、死んでなかったのかな?」  俺は考える。 だけど、答えはひとつしか見つからない。 「……たぶん。ていうか、 そうとしか考えられない……」 「じゃ、どうして、 名乗りでてくれないの…?」 「それは……」  分からない。 「あたしのこと……嫌いなのかな…?」 「それは、ないと思うよ」  マスターは友希にだけはかなり甘い。  いったい、なんでなのかと 不思議なぐらいだったけど、 父親なんだとすれば納得がいく。 「でも……それなら、どうして…?」 「……そればっかりは、本人に事情を 訊かないことにはな……」 「…………そうだよね……」  言われなくても、 友希は最初から分かってただろう。  簡単に訊けるようなら、 こうやって俺に相談してきたりはしない。 「……不安なのか?」 「……うん、不安だし、怖いよ……」 「俺がマスターに訊いてみようか?」 「うぅん……あたしが、ちゃんと 自分で訊かなきゃ…… すぐには無理だけど……」 「そっか」 「……これから、どんな顔して マスターに会えばいいのかなぁ…?」 「普通にしてるのが一番だと思うけど」 「……うん、そうだよね……」  それができれば苦労はしない、か。 「友希は明日バイトだったよな? 俺は休みだからさ。代わってあげるよ」 「いいの…? 颯太、フロアは あんまり慣れてないでしょ?」 「慣れてないけど、 一通りはできるしさ」 「それに今日の明日じゃ、 心構えも何もできないだろ?」 「……うん、ありがと。明日の後は あたし、しばらくシフト入ってないから。 その間にいろいろ考えを整理してみる……」 「おう。無理するなよ。 何かあったら、また相談しな」 「うん……颯太に話したら、 ちょっと落ちついたかも。ありがと」 「それなら、良かったよ」 「じゃ、もう遅いし、帰るか。 送ってくよ」 「うぅん、近いし、一人で大丈夫よ」 「そっか」 「じゃね、本当にありがと。また明日」 「おう。気をつけてな」  手を振って、友希と別れた。  帰り道、明日のバイトのことを考えていたら、 ふとまひるとの約束を思い出した。 「あ……しまった……」  まひるが大事な話があるって 言ってたよな。  まだ起きてるかな?  ケータイをとりだし、 まひるに電話をかける。  呼び出し音が数回響き、 応答があった。 「もしもし、まひるなんだ」 「あぁ、良かった。 明日の話なんだけどさ、 いま大丈夫か?」 「うん、どうしたんだ?」 「ごめんな。明日、ちょっと友希と バイトを代わることになってさ」 「……うー…!! 颯太はまひると約束したんだぞっ」 「ごめんな。友希がかなり困っててさ」 「まひるだって困ってるんだぞっ。 大事な話をしようと思ってたんだ」 「ごめん……俺もまひるの話は すっごく訊きたかったんだけど」 「それなら、まひるが友希に 話をつけるんだっ。颯太とバイトを 代わらないように言ってあげるんだぞ」 「いや、それはちょっと困るんだけど」 「なんで困るんだ? まひるは颯太のためにやるんだぞ」 「なんて言えばいいかな……」  さすがに、友希の事情を 全部話すわけにはいかない。  まひるのことだから、 下手したらマスターに口走りそうだしな。 「……詳しくはまだ言えないんだけど、 とにかく友希がすごく困っててさ」 「それをどうにか助けてあげたいんだよ」 「……………」  なぜか返事がなかった。 「あれ? まひる? 聞こえてるか?」 「………………分かった……」 「ごめんな。ありがとう」 「……颯太…… 大事なことは、いま言うんだ……」 「あぁ、まひるが電話でいいんなら、 いくらでも聞くぞ」 「……………」  言いづらいことなのか、 まひるはすぐには口を開かなかった。  十数秒ほど沈黙が流れ、 俺が言葉をかけようとしたその時―― 「……やっぱり、まひるの勘違いだったよ……」 「何がだ?」 「気づいたの。まひるは、颯太のこと、 ホントはそんなに好きじゃなかったって」  それは一年前とまったく同じように唐突で、 まったく同じ言葉で、 「ちょっと、待てよ。冗談だろ? なんで急に…?」 「……だから、お別れしよ」 「待てって――」  言葉と同時に通話が切れた。  すぐにかけなおしたけど、 まひるのケータイの電源は すでに切られていた。  朝。俺は早めに家を出て、 まひるのマンションの前で 待ち伏せしていた。  あの後、まひるはケータイの電源を ずっと切ったままのようで何度電話しても つながらないし、メールも返ってこない。  いったい、どうして、いきなり 別れるなんていう話が出てくるのか、 まるで分からない。  昨日、電話で話すまでは そんな素振りはまったくなかったってのに。  とにかく、こんなんじゃ あれこれ考えても埒があかないので、 まひるに直接会って話そうと思った。  学校には来るはずだから、 ここにいれば会えるはずだ。  マンションから出てくるサラリーマンや 学生たちに少し怪訝そうに見られながらも、 俺はじっとまひるを待った。  30分ほど経過して――  制服姿の小さな女の子が マンションから出てくるのが見えた。 「あっ…!!」  まひるが俺に気がつき、ぐっと身構える。 「おはよう、まひる」 「……………」 「昨日の話なんだけどさ、 あれだけじゃ、ちょっと分からないから、 詳しく話してくれないか?」 「う、うるさいんだっ。 まひるはもうおまえと別れたんだっ。 話なんてないんだぞ。あっかんべーっ!」  まひるは逃げだすように 走っていった。 「こら、ちょっと待てって。 本気で言ってるのか?」  逃げるまひるの後を追った。 「うー…!! なんでついてくるんだ……」 「なんでって、まだちゃんと話を 聞いてないからさ」 「だから、まひるはもう別れたんだ。 これは決定事項なんだぞ。 おまえは未練がましいんだっ」 「だからさ、別れるにしたって 理由を教えてくれないと納得できないだろ。 いつから考えてたんだ?」 「……………」 「なんで別れたいんだ?」 「……………」 「勘違いってどういうことだ? 俺のこと本当に好きじゃなくなったのか?」 「うるさいうるさいっ、うるさいんだっ。 そんなに一度にたくさん質問されたら、 まひるは答えられないんだっ!」  まひるはふたたび逃げだした。 「じゃあさ、ひとつだけでいいから、 答えてくれるか?」 「はぁ……はぁ……うー…!! なんで走って逃げてるのに、 そんなに普通に話しかけてくるんだ?」 「そう言われても、まひるって そんなに足速くないし」 「そういうことじゃないんだっ! まひるは腑に落ちないんだぞっ」 「何が腑に落ちないんだ?」 「おまえは振られたんだぞっ。 もっと落ちこむとか、ショック受けるとか、 呆然としなきゃおかしいんだ」  うーむ、呆然か。 「こうか?」  俺はぼーっとして見せた。 「うがーっ! まひるをバカにしてるのかっ。 それはただぼーっとしてるだけなんだっ。 そんなのおかしいんだっ」 「だけどさ、唐突すぎて 振られた実感がないっていうかさ」 「ていうか、前もこんな感じだっただろ。 あの時はまひると付き合いも浅かったし、 俺もショックを受けたけどさ」 「じゃ、今だってショックを受ければいいんだ」 「なんていうんだろうな。 さすがに2回目だと慣れたっていうか」 「うー…!! 2回目は慣れるのか……」 「っていうより、心構えが できてるってことかな」 「あの時はショックを受けるばかりで 訊くことも訊けずに後悔したからな」 「落ちこむのはまひるの気持ちをちゃんと 知って、本当にどうしようもないって 分かってからでいいしさ」 「ホントにどうしようもないんだぞ。 まひるはおまえのことなんか、 世界で一番大嫌いなんだっ!」 「うーん。でも、それもけっきょく 好きの裏返しだっただろ?」 「ち、違うんだぞ。おまえの自意識過剰なんだ」 「そうか?」 「うん、そうなんだぞ。 颯太はまひるの言うことを ちゃんと聞いたほうがいいんだ」 「でも、まひるってまだお子様っていうか、 天の邪鬼っていうか……」 「まひるはお子様じゃないんだっ。 もう大人なんだぞ。そんなこと言うと、 まひるはご立腹なんだ」 「よしよし、そうだな。 じゃ、お子様じゃないからさ。 まひるの本当の気持ちを教えてくれるか?」 「……そんなの……あっ! おまえ、なに普通に話しかけてきてるんだっ? まひるはおまえを振ったんだぞっ!」 「懐柔しようとしたってそうはいかないんだ」 「いやいや、懐柔なんかじゃないって。 ただちょっと訊きたいことを 訊こうとしてるだけだからさ」 「うるさいうるさいっ。まひるはその手には 引っかからないんだっ!」 「おまえはもうまひるに 話しかけちゃダメなんだぞっ! 分かったなっ!」  言うだけ言って、まひるは 走りさっていってしまった。  昼休み。  何とかもう一度話そうと思い、 まひるの教室へ向かった。 「まひるちゃんなら、 チャイムが鳴ったらすぐに 出ていきましたよ」 「そっか。ありがとう」  部室に寄ってみるけど、 まひるはいない。  畑にも、  屋上にもいなかった。  校内を捜しまわってみたものの、 まひるを見つけることは できなかった。 「お疲れ様でしたー」  バイトを終え、まひるのことを 考えながら家へ帰る。  けっきょく今日はまともに話せなかった。  まひるはこのまま、本当に 別れる気なんだろうか?  分からない。  いったいどうして、 別れ話をしたのかさえ見当がつかない。  俺が気づいてないだけで、 何か悪いことをしたのか?  考えてみるも、やはり心当たりはなかった。 「颯太、お疲れさま」 「ん? あれ、偶然だな」 「うぅん、待ってたんだぁ。 今日のお礼言おうと思って。 ありがと」 「そんなの気にしなくていいって」 「言っておきたかったんだもん。 バイト、忙しかった?」 「いや、今日はそんなには。 おかげで慣れないフロアの仕事でも 何とかなったよ」 「そっかぁ。良かった」 「そういえば、話は変わるけど、 もうすぐ落葉祭だね」 「あぁ。クラスの出し物は 大した準備もいらないし、 あとは本番を待つばかりだな」 「園芸部のほうはどう? まひるが『串焼き野菜するんだ』って 張りきってなかった?」 「いちおう、ケガしないぐらいにまでは 上達したよ……」  とはいえ、今の状態で ちゃんと落葉祭に出てくるかな? 「……颯太、まひると何かあった?」 「……えぇと……」  顔に出したつもりはなかったけど、 さすが友希だな。 「じつはさ、 昨日『別れよう』って言われたんだよね」 「……え……ど、どうしてっ? だって、あんなに仲良くしてたじゃん」 「それがまったく分からないんだよね。 電話で一方的に言われて、すぐ切られたし」 「今日も話そうと思ったけど、 まともに話してもらえないしさ」 「……なんか、あんまり落ちこんでない…?」 「まぁ、まひるだからなぁ。 『死んじゃえ』とか『許さない』とかは 日常茶飯事だし」 「でも、別れるってそれとは違うじゃん。 本気じゃないと言わなくない?」 「別れようとは言われたけどさ。 本当に別れたいとは言われてないよ」 「好きじゃなくなったから別れたい ってわけじゃないってこと?」 「まぁ『ホントはそんなに好きじゃなかった』 って言われたんだけどね」 「それでも、本当に別れたいとは 思ってないって自信があるんだ?」 「自信っていうか、普通に考えて おかしいんだよな」 「昨日の夜、電話があるまでは すっごく仲良かったんだし」 「でも、颯太が気づいてないだけかも しれないじゃん」 「いやいや、さすがにないと思うよ」 「ちゃんとまひるに構ってあげてた? 『好き』って言った?」 「あぁ」 「キスしてあげた?」 「まぁ、それなりに……」 「じゃ、えっちもした?」 「……結構した、かな……」 「どんなえっち? まひるは満足してた? 気持ち良かった?」 「お前……訊きたいだけだろ……」 「えー、せっかく何か アドバイスできるんじゃないかって 思ったのになぁ」 「嘘つけ。聞いて何か分かるのか?」 「分かるじゃん。 女の子がしてほしいこととか、 されたら嫌なこととかさー」  まぁ確かに、友希の言うことも一理あるな。 「誰にも言うなよ」 「そんなにすごいことしたの?」 「……まぁ、なんていうか…… 昨日の夜は……公園でしたかな」 「……うわぁ……外でしてるんだぁ…… どんな感じで?」 「まひるを浴衣の帯で縛ってさ」 「え…?」 「ちょっと無理矢理っぽくする感じで」 「んー、それが原因なんじゃないの?」 「いやいや、そんなことないって。 まひるも喜んでたし。それにちゃんと段階も 踏んでるし……」 「段階って?」 「だから……まひるに官能小説を 朗読させながら、する……とか?」 「……やーらしいのー。 まひるは嫌がらなかったの?」 「けっこう楽しそうだったよ」 「本当にー? 颯太が喜ぶから楽しそうにしてただけで、 本当は嫌だったりしない?」 「いやいや、まひるは正直だから、 そんなこと……」  ……そんなこと…………  ……なくもない、か。 「……ないと、思いたいんだけど…… ちょっと不安になってきた」 「嫌だけど『イヤ』って言いだせなくて 『別れる』って言ったとか?」 「……まぁ、可能性としては、あるかも……」 「他には? 何か気になることなかった?」 「そうだなぁ。公園でした後に 大事な話があるから今日暇かって 訊かれたんだ」 「今日って……もしかして、 あたしとバイト代わったから、 その話、聞けなくなっちゃった?」 「いや、けっきょく電話で聞いたんだけどね。 それが別れ話だったんだよ」 「そうなんだ……」 「まぁでも、今日ちょっと話した感じでも、 嫌われてるとは思えないんだよなぁ」 「そりゃ、口では色々 嫌ってるみたいなこと言うけどさ」 「春に会った時に戻ったみたいで。 それだってけっきょく好きの裏返しみたいな もんだったしな」 「颯太はまひるのことちゃんと見てるんだ」 「まぁ、伊達に一回振られてないよ。 今度は失敗するわけにはいかないもんな」 「それじゃ、一年前は なんで振られたのか訊いた?」 「付き合ってるのに、キスもえっちも してくれなくて不安だったんだって」 「そっかぁ。じゃ、今度も 不安だったのかなぁ?」 「今度はやることやってるんだけど?」 「だから、別の理由で 不安になっちゃったとか?」  うーむ、別の理由ねぇ。 「思いつかないけど、もしそうだったら、 面倒臭い奴だなぁ……」 「あははっ、でも、そういうところも 好きだったりするんでしょ?」 「まぁ、 ほっとけない感じがたまらないっていうか、 保護欲をそそられるっていうか」 「俺がいてやらなきゃだめだなっていうか?」 「そうそう。それもあるな」 「なーんだ。じゃ、二人で そういうプレイをしてるだけじゃん」 「いやいや、真剣に考えてるんだぞ。 まひるのことだから、このまま 別れることだってあるんだし」  実際、一年前は別れたんだしな。 「でもさぁ、もしそういう理由なら、 まひるを安心させてあげれば いいだけじゃない?」 「どうやって?」 「分かんないけど、 すっごい愛の告白とかすればいいじゃん」 「また抽象的だな」  でも、まひるには 効果的なような気もする。 「まぁ、もう少し考えてみるよ」 「うん。いつでも相談に乗るからね」 「おう。お前も大変だろうけどな」 「あははっ、颯太は相談に乗ってくれたじゃん。 あたしだって、できることはするわ」 「ありがとな。じゃ、また明日」 「うん。ばいばーい」  自宅に戻り、俺は これからのことを考えていた。  『お別れしよ』と、まひるは言った。  だけど、それが本心とは どうしても思えない。  一年前のことを考えれば、まひるは また不安になったのかもしれない。  それなら、やっぱり友希が言った通り、 俺のすっごい愛の告白を 待っているんじゃないか?  まぁ、すっごい愛の告白が どんなものかはいまいち分からないが。  だけど……  本当にそうなんだろうか?  何か別の理由があって、 まひるは別れようと 言いだしたのかもしれない。  だとしたら、告白したって うまくいかないだろう。  いや、万一それでうまくいったとしても、 また同じことを繰りかえすかもしれない。  今回みたいに。  待てよ。そう考えると、 もしかして一年前もそうだったのか?  あの時、別れを切りだした理由は 俺がキスやエッチをしなかったからだって まひるは言ってたけど、  それだけじゃなかったのかもしれない。  他にも何か別の理由があって、 別れようと言いだしたんじゃないか?  けれど…… 「……うーむ、どうしたもんかなぁ?」  選択肢はふたつ。  今すぐ愛の告白をするべきか、 それとも、別れの理由を探るべきか?  俺は――  朝。考え事をしながら、 学校へ向かっていた。  まひるが別れを切りだした理由を どうにかして突き止めたい。  確かにまひるはわがままだし、 子供っぽくて天の邪鬼だ。  だけど、ただ不安になったってだけで、 別れを切りだすとは思えない。  きっと何か、 ちゃんとした理由があるはずだ。 「あ…!!」  ばったりと校門の前でまひるに会った。 「おはよう、まひる。あのさ――」 「まひるは話すことは何もないんだっ。 お口にチャックなんだ。詮索するなぁーっ」  まひるは走りさっていった。 「うーん……」  「何かある」 って言ってるようなもんだよな。  午前中の授業が終わり、 昼休み。  部室に向かおうと、教室を出る。 「あっ…!!」 「あれ? まひる、なんでこっちの校舎に いるんだ?」 「お、おまえなんかに用はないんだっ。 まひるは友希に会いにきたんだ。 おたんこなすーっ」  まひるは走りさっていった。  ……友希に会いにきたんじゃなかったのか?  そして、放課後。  教室の外にちらちらと 小さな人影が見えた。 「どうしたんだ、まひる?」 「どうもしてないんだっ。 まひるに話しかけちゃダメなんだぞ」 「じゃ、ひとつだけ 教えてほしいんだけど」 「まひるは何も知らないんだぁぁっ!!」  全力で走りさっていった。  うーむ、話にならないなぁ。  とりあえず、カバンをとりに教室に戻った。 「ねぇねぇ、今のまひるじゃなかった?」 「あぁ、お前に用があるとか言って、 今日はこっちの校舎をうろついてるよ」 「あたしに? うーん、もしかして、 颯太に話しかけられるのを 待ってるんじゃない?」 「そのわりには話しかけると すぐ逃げていっちゃうんだよなぁ」 「もう捕まえちゃえばいいじゃん」 「嫌がったら?」 「うんとね、おち○ちん挿れたら、 素直になるかも」 「なるわけないよねっ!」 「あははっ、冗談冗談。 言ってみたかっただけー」 「あのな、人が真剣に考えてるのに」 「だって、颯太、ぜんぜん切実そうに 見えないんだもん」 「まぁ、どうやって まひるに本音を吐かせようかって だけの話だからな」 「下のお口に訊いてみるとか?」 「そろそろ怒っていいか?」 「ご、ごめんね。もう言わない」 「ところでさ、俺が 一年前に振られた理由って、 友希は心当たりあったか?」 「ん? えっちしてくれなくて、 不安になったんじゃなかった?」 「まひるが言うにはそうなんだけど、 それって本当だと思うか?」 「……本当っぽい気はするけど、 颯太は嘘だと思うの?」 「今回まひるが別れようって 言いだしたのも、一年前とまったく 同じ状況だろ?」 「不安になったっていうのは 必ずしも嘘だとは思えないんだけど、 それは理由のひとつでさ」 「本当は、別の理由があったんじゃないか とも思えてきたんだよな」 「例えば?」 「それがまったく分からないから、 訊いてるわけなんだけど」 「うーん。あたしも分からないなぁ。 まひるはどう見たって颯太が好きだったし、 なんで別れたのか不思議だったんだもん」 「だから、不安だったっていう理由は、 すっごく納得したんだよね」 「一年前付き合ってた時って、 まひるはそんなに俺のこと好きって 感じだしてたか?」 「うんとね、颯太にはちょっと 分かりづらかったかもしれないけど、 まひるってあたしにすごく嫉妬してたんだぁ」 「嫉妬って、どんな?」 「ほら、あたしと颯太って、 お互いのことけっこう知ってるじゃん」 「まぁな」 「あたしのほうがまひるより颯太のことを 何でも知ってたし。颯太の考えることだって 分かるしさ」 「せめて、キスとえっちぐらいして、 そこだけはあたしに 勝ちたかったのかなぁって」 「勝つっていうか、付き合いの長さ的に どうしようもないと思うんだけど…?」 「そうだけど、簡単に割りきれないじゃん。 好きなんだから独占欲ってあると思うなぁ」 「……確かに。人一倍強そうだな」  お子様だし。 「それに颯太が一年前に振られた後、 あたしまで避けられてたし」 「じゃ、俺とお前があんまり仲いいから、 嫉妬してもう別れるって言いだしたとか?」 「うーん、そんなに極端なことするかなぁ?」 「今回だってまひるとの約束より、 友希とバイトを代わるほうを優先しただろ」 「可能性はあるんじゃないか?」 「でも、大事な話があるって言われたのは、 バイト代わるって言う前じゃなかった?」 「あ……そうだった」 「それにまひるって そこまでわがままかなぁ?」 「言っとくけど、 駄々っ子もいいところだぞ」 「……それは分かるけど、 本当にそれで別れると思う?」 「……………」  そうだなぁ…… 「……まひるってさ、 天の邪鬼で素直じゃないけど、 でも純粋だよな?」 「うん、分かる」 「……だから、嫉妬とか、すねたりしたって、 当てつけみたいに別れるなんてことは 言わないと思う……」 「……でも、俺がまひるのことを 分かってないだけかもって思ってさ……」 「そんなことないよ。 あたしも颯太と同じように思ってるもん」 「そっか」  それじゃ、けっきょく また振り出しに戻る、か。 「まやさんなら、何か知ってるかも。 一年前別れた時、まひるが どんな様子だったとか」 「あぁ、そうだよな」  何たって、姉妹だもんな。 「じゃ、一回まやさんに 訊いてみようかな…?」  まやさんは受験に専念するってことで、 今はナトゥラーレのシフトに入ってない。  まず都合を訊いてみないとな。  夜――  ケータイにまやさんへのメールを書いて、 送信ボタンに手をかける。  だけど、ふと今日のまひるの 行動を思い出す。  別れの理由を探っても、 あまり意味がないんじゃないかとも 思えてきた。  そんなことより、まひるは 俺の言葉を待っているんじゃないか、と。  昨日と変わらず、選択肢はふたつ。  俺は――  放課後。  バイト前に、俺はまやさんと会っていた。 「んー、一年前にまひるが颯太くんと 別れた理由ね」 「はい。何か言ってませんでした?」 「言ってはないかな。 まひるはわたしに本音話さないし」 「そうなんですか?」 「うん。颯太くんとか友希のほうが ずっと本音で話してると思うよ」 「そうですか……」  姉妹って、そんなものなのか?  兄弟がいないから、いまいちピンとこない。 「でも、心当たりなら、なくもないかな」 「本当ですか?」 「うん、まひるって天の邪鬼でしょ?」 「まぁ、結構。 でも、さすがにそれで別れるとまでは 言いださないと思うんですけど」 「うん。でも、まひるは天の邪鬼な上に、 いい子ぶりっ子なんだよ」 「駄々っ子じゃなくて?」 「颯太くんにはね。 わたしの前ではいい子ぶりっ子かな」 「そういえば、お父さんとお母さんの前だと、 いい子にしてたような気がします」 「でしょ。颯太くんは、 まひるが甘えられる人なんじゃないかな」 「親に甘えずに、俺に甘えるってのも 変な話ですけどね」 「んー、それは違うかな。 まひるにとっては、颯太くんが特別なんだよ。 好きとか嫌いとか別にしてね」 「……ちょっと、 よく分からないんですが…?」 「まひるは小っちゃい頃から、 天才子役って言われてきたでしょ?」 「まぁ、普段はそう思えないですけどね」 「それも、颯太くんがそう思うだけかな」 「俺以外の前じゃ、いい子にしてるからって ことですか?」 「そう。 パパとママの前でも、わたしの前でもね」 「どうしてですか?」 「やっぱり、期待が大きかったからじゃ ないかな。子供が天才だって言われたら、 親だったら期待するでしょ」 「それにまひるには 期待に応えるだけの才能が あったんだと思うよ」 「だから、颯太くんの前で普段のまひるに なっちゃっただけなんじゃないかな?」 「えぇと……それで別れるって 言いだしたってことですか?」 「うん」  それは、どういうことなのか? いまいち考えが整理できない。  まやさんに訊こうと思った瞬間―― 「おまえっ、まやねぇになに訊いてるんだっ! そんなことしたら、まひるは許さないんだぞ」  まひるが俺の真横で仁王立ちしていた。 「……いやいや、何でもないって。 ただの世間話だよ」  とりあえず、ごまかしてみる。 「騙されないんだっ。 まひるはちゃんと訊いてたんだぞ」  うーむ、だめか。 「いいの、まひる?」 「……いいって、なに?」 「たまにはいい子をやめないと、 今度こそ、誰かにとられちゃうよ」 「……別に、まひるは困らないよ。 まやねぇは変なこと言わないで」 「本当に困らない? わたしがとっちゃっても?」 「……いいよ。だから、言わないで」 「……そう。しょうがないか」 「颯太くん、ごめん。まひるが怒ってるから、 わたし帰るね」 「え、はい」  あれは怒ってるのか? 「まひるの言ったこと嘘だから」  まやさんが小声で耳打ちしてくれた。 「なに言ったの?」 「わたしと颯太くんの秘密。じゃね」  まやさんは店から出ていった。 「あのさ、まひる」 「まひるはバイトに来ただけなんだっ。 話しかけるなっ!」  そう言って、まひるは更衣室へ入っていった。 「お前……今日バイト休みじゃないか…?」  しばらくして―― 「――ああぁっ! シフト間違えたんだぁーっ!」  騒がしく店から出ていった。  その夜――  俺は今日の出来事を振りかえっていた。  まやさんは何か分かってそうだったけど、 これ以上訊くとまひるとの仲が険悪に なりそうだしな。  何といっても受験前だし、 こんな痴話喧嘩みたいなことに あまり巻きこむわけにもいかない。  だからといって、 他にアテがあるわけじゃないし。  どうしたものか?  例によって選択肢はふたつ。  俺は――  落葉祭1日目。  部室から必要な調理器具や野菜を 持ちだして、屋台の設営場所へ向かう。  昨日までにあらかた準備は済んでいるので、 バーベキューコンロをセットして 串焼き野菜の屋台は完成だ。 「こんな感じでどうです?」 「うん、いいと思うよ。 野菜はちゃんと足りてるかな?」 「準備万端なのですっ。 包丁もまな板も串もご用意しました」 「そろそろ9時になりますから、 焼いちゃいましょうか? お客さんも入ってくるでしょうし」 「うん、そうしようか」 「それでは野菜を切るのです。 まひるちゃん、頑張りましょうね」 「うん」  午前9時、落葉祭が始まると、 待ってましたとばかりに一般のお客さんが 一気に校内へ入ってきた。 「串焼き一本くださーい」 「はい。100円になります」  小銭を受けとり、串焼き野菜を渡す。  1本につき6種類の野菜が刺さっており、 かなりお得感は高い。  まだお腹が空くような時間帯じゃないけど、 売れ行きはそこそこだった。 「少し落ちついてきたかな」 「そうですね。開門と同時に 入ってきたお客さんは だいたい、校舎のほうへ行ったみたいですし」 「それじゃ、二組に分けて 交代で休憩しようか。 君たちも落葉祭を回りたいだろう?」 「はいっ。落葉祭は初めてですから、 ぜひ、いろいろ見て回りたいのです」 「昼時はまた全員で作業することに なると思うから、見て回るなら今のうちだよ」 「そうですよね……」 「それじゃ、僕と姫守が先に休憩するけど、 構わないかな?」 「え…?」 「何か問題があるかな?」 「……うぅん、大丈夫……」 「それじゃ、1時間ぐらいで戻ってくるよ。 手が足りなかったら電話するといい」 「分かりました」 「それでは、初秋さん、まひるちゃん、 頑張ってくださいね」 「おう」  部長と姫守が校舎のほうへ去っていった。 「……………」 「……………」  二人きりか。  これを機会にうまいこと 話せたらいいんだけど…… 「……あのさ、まひる……」 「まひるは今、野菜を切るのに忙しいんだっ!」  うーむ、あいかわらず、とりつく島もない。  どうしたものかと考えながら、 俺は串に刺さった野菜を焼いていく。 「はい、串焼き野菜2本です。 ありがとうございました」  ケータイを確認すると、 もうすぐ部長たちが戻ってくる時間だった。  まひるは無言でザクザクと 野菜を切っては串に刺している。  けっきょく、まだまともに 話はできてない。  この機会を逃したら、 まひると二人きりで話せるなんて なかなかない気がする。  意を決して、俺はもう一度言った。 「まひる、ちょっと聞いてほしいんだけどさ」 「やだっ。まひるはしゃべったら指きるんだ。 危険なんだぞっ」 「これで最後にするからさ。 ちゃんと話してくれたら、 これ以上はもう訊かないよ」 「それでどうだ?」 「……………」 「……分かった……それならいい……」  ふぅ、ようやく一歩前進だ。  心を落ちつけ、俺は訊いた。 「まひるは、本当に本気で 別れたいって思ってるのか?」 「…………うん……」 「そっか……」 「分かった。じゃ、別れよう」 「……えっ?」 「別れるのはいいけど、 この後、一緒に落葉祭を回ろうよ」 「な、なんでだ? 別れるんだぞっ。 そんなのおかしいんだ」 「別におかしくないだろ。 また友達に戻るだけなんだから」 「……………」 「まひるがどうして俺と別れたいって 思ってるのかはもう訊かないよ」 「どんな事情でも、まひるが嫌なことは したくないからさ」 「でも、友達ならいいだろ。 まひるに避けられてるのは俺も辛いし、 また遊ぼうよ」 「……………」  天の邪鬼なまひるのことだから、 俺の気持ちをいくら伝えたところで 今は意固地になるだけだろう。  だから、まだ言わないことにした。  友達に戻ってでも、 またまひると話せるようになるのが 先決だ。  そうすれば、そのうち 機会が巡ってくるはずだ。  正直、その時まで気持ちを 押し殺すのはしんどいけど、 気長にやるのが一番いい気がするしな。 「……ただの友達か?」 「あぁ。まひるは別れたいんだろ?」 「……うん……分かった……」 「じゃ、落葉祭、一緒に回ろうよ」 「ただの友達だぞっ。 変なことしちゃダメなんだぞっ」 「分かってるって。 キスぐらいにしとくよ」 「うがーっ! キスはダメなんだっ! 舐めてるのかーっ!」 「えっ? 舐めて良かったのか?」 「うー…!!」 「このっ! このっ! このっ!」 「分かった分かった。冗談だって」 「おまえなんか死んじゃえっ」 「やっぱり、まひるはそうじゃないとな」 「『そう』って何だ? まひるはまひるだぞ。 何も変わってないんだ」 「そうだけど、さっきまで大人しかっただろ」 「やっぱり、まひるは騒がしく悪口を 言ってる時が一番生き生きしてるからさ」 「まひるは悪口なんて言わないんだ」 「じゃ、『死んじゃえ』ってのは?」 「挨拶代わりなんだっ!」 「まひるは面白いな」 「うー…!! やっぱりバカにしてるんだ。 もう別れたんだ。 彼氏面しちゃダメなんだぞっ」 「分かってるよ。もうただの友達だって」 「それなら、いいんだ」  まぁ“今は”だけどな。  見てろよ。またすぐに、 俺がいないとだめって言わせてやるからな。 「……なに笑ってるんだ?」 「何でもないよ」 「なら、いいんだ」  まひるがそっぽを向いて、まな板に向かう。  けど、見てても 一向に野菜を切りだす気配はない。  わずかに体が震えているようにも見えた。 「どうした?」 「……トイレに、行きたくなた……」  やれやれ。 「我慢してないで行ってこいよ」 「うん。行ってくるんだ」  まひるは大急ぎで校舎のほうへ 走っていった。 「初秋さん、お待たせしました。 とっても楽しかったのです」 「おや? まひるちゃんは どうしたんだい?」 「トイレですよ。ちょうど今、行きました」 「そう。じゃ、交代するから、 君も休憩してきていいよ」 「そうします。それじゃ」 「いってらっしゃいませ」  校舎に向かう途中、まひるに 「そのまま休憩していい」 と メールを送っておいた。  校舎内はけっこうな人混みだった。  けっきょく、まひると落葉祭を回る約束は ちゃんとできなかったし、どうしようか?  メールも返ってこないし、 かといって、あんまりしつこくしても、 また怒られそうだしな。  とりあえず、午前中は 一人でぶらぶらしていよう。  偶然会うかもしれないしな。  あちこち顔を出してみたけど、 まひるはどこにもいなかった。  食べ物関連は、 一通り見て回ったんだけどな。 「あ、颯太。園芸部の屋台はいいのー?」 「あぁ、休憩中だ。 今は部長と姫守がやってるよ」 「……園芸部の屋台は、 何を出しているんですか?」 「串焼き野菜だよ。けっこう美味いから お腹すいたら、食べにきてくれよな」 「……はい」 「ねぇねぇ、そういえば、 さっきまひるを見たわよ」 「本当に? 何してた?」 「分かんない。急いでたみたいで、 声かけたのにそのまま走っていっちゃった。 なんか様子が変な気がしたんだけど…?」 「あぁ、トイレ行くって言ってたからな」 「そっかぁ。じゃ、やばかったのかなぁ…? でも……うーん、そんな感じじゃなかった ような気も――」 「ん?」 「あ、まただね。けっきょく落葉祭までに 直らなかったんだぁ」 「いえ。確か修理したはずですけど」 「本当に?」 「はい。落葉祭では 調理に火を使ったりしますから」 「……それじゃ……これって…?」 「落ちついてください。火災は 確認できてませんが、念のため、 裏庭に避難してください」 「繰りかえします。火災は未確認ですが、 教職員の誘導に従って ただちに裏庭に避難してください」 「……嘘、火事…?」 「火災は確認できてないみたいですし、 煙に反応しただけかもしれませんけど」 「まぁとにかく、いったん外に出るか」 「あっ、ねぇねぇ見て、あそこっ。 燃えてる」 「マジか……」  校舎の二階部分に火がついている。  しかも、今日は風が強いせいか、 どんどん燃え広がっていく。 「皆さん、ちゃんと避難できてると いいんですが……」 「……そうだよな」  嫌な予感がして俺は辺りを見回した。  まひるは――どこだ?  一般のお客さんと生徒たちで 校庭はごった返してて、 人ひとり捜すのはかなり難しい状況だ。  ケータイをとりだし、 まひるに電話をかけてみた。  呼び出し音は鳴るけど、どれだけ待っても まひるは出ない。  いったん電話を切って、 またまひるを捜してると、 「初秋さんっ。ご無事だったのですね。 良かったのですぅ」 「それにしても、ずいぶんと派手に 火がついたものだね。早く消防車が 来てくれないと校舎が燃えてしまうよ」  確かに、風が強いにしても 燃えるスピードがかなり早い。  何か燃えやすいものでも あったんだろうか?  いや、今はそんなことより―― 「まひるを見ませんでしたか?」 「いいや、見ていないね」 「私も見ていないのです。 まひるちゃんは校舎にいらしたのですか?」 「……分からないけど、たぶん」 「おーい、静かに。ちゃんと聴けよー。 晴北学園の生徒は、クラス担任のところに 集合するように」 「点呼をとるんだろうね。 誰かいなければ、すぐに分かると思うよ」 「そうですね」  火災報知機も鳴ったし、 先生も避難誘導をしてた。  いくら、まひるだって大丈夫だろう。 「私たちのクラスはどちらでしょうか?」 「さっき遠藤先生の声が あっちのほうから聞こえたと思うんだけど」 「彩雨ー、颯太ー、こっちよ」  友希が手を振っている。 その周りにクラスのみんながいた。 「友希さん、ご無事で何よりなのです。 校舎にいらしたのですか?」 「うん、ビックリしちゃった。 中にいると全然わからなかったけど、 外に出たら、けっこう燃えてるし。ね、颯太」  メールが届いた。  ケータイを見ると、差出人はまひるだった。  ほっと胸を撫で下ろして、本文を読む。 『まひるはトイレにいるんだぞっ。 電話しちゃダメなんだっ!』 「……嘘だろ……」  すぐにまひるに電話をかける。  俺にメールを出した後に電源を切ったのか、 つながらない。  次の瞬間、居ても立ってもいられなくて、 俺は地面を蹴っていた。 「颯太っ、どこ行くの?」 「まひるが校舎の中にいるんだっ! 迎えにいってくるから、 入れ違いになったら電話してくれっ」 「え、でも、危ないよっ」  友希の言葉を無視して、 俺は校舎の中へと入っていった。  思ったよりも火の手が早く、 校舎内には煙が充満していた。 「まひるっ、どこだーっ?」  一階、二階を片っ端から捜して回ったが まひるは見つからない。  もちろん、女子トイレの中も捜した。  もう火事に気づいて外に出たんだろうか?  だけど、友希からの連絡はない。  木造部分が多い校舎だから、 どんどん燃え広がっているようで、 早く出ないと本当にヤバいかもしれない。  まだ捜してないのは三階と四階だ。  火は上に燃え広がるから、 上階へ行けば行くほど危険だろう。  これ以上は消防隊の到着を待ったほうがいい。  どう考えたって、分かりきってることだ。  だけど――  まひるの泣いている姿が頭をよぎり、 気がつけば俺は階段に足を踏みだしていた。  待ってろよ。 いま行くからな。  夢を見た。  嘘みたいな幸せな夢だった。  意識が戻ると、まひるは 落葉祭に使われていない教室の片隅で うずくまっていた。  足下には電源を切った ケータイが転がっている。  そこに、ポトリ、と雫が落ちた。  何度まぶたを擦っても、 ポタポタと涙の雫は止まらない。  いい子でいなきゃ、笑わなきゃ、 自分は小町まひるなんだ。  そう、心の中で何度唱えても、 今日はまったく演技に入れなかった。  もう一度夢を見られたらいいと思って、 彼女は目を閉じようとする。  その時―― 「……ん、変な臭い、するな…… 何かな…?」  立ちあがり、よく見てみれば、 教室の中には煙が入ってきている。  何だろう? 気になって、廊下に出た。 「……え………?」  一瞬、目の前の光景が信じられなくて、 まひるは呆然としてしまった。 「……なんだ……ごほっ、ごほっ……」  黒い煙が廊下に充満してて、 まひるはうっかり吸いこんでしまう。 「……あぁ……どうしよ…?」  とにかく外に出ないといけない。  まひるは階段を下りていくが、 踊り場で立ち止まった。 「あ……こっちは、ダメかな……」  そこにはもう火の手が迫ってきていたのだ。  まひるはとっさに引きかえす。 「……どうしよ……どこ行けば、いかな…?」  今、まひるがいるのは上級生の校舎で、 普段、彼女が来ることはほとんどない場所だ。  とにかく火の手から逃げようと、 まひるはがむしゃらに走った。 「あ……」  階段があると思ったが、そこは行き止まりだ。  煙で見通しも悪く、 まひるは完全に迷子だった。 「どうすれば、いかな…?」  迷っている間に、火はこの階に どんどん燃え広がっていく。 「……ごほっ、ごほっ…… に、逃げなきゃ……」  まひるは咳きこみながらも走りまわる。 「あ……戻ってきた……」  けっきょく、さっきの階段まで 戻ってきてしまった。  下はもう火がそこまで迫っているが、 上階には何とかいけそうだ。 「んと……こっち行けば、いかな。 火、少ないかな……」  まひるは炎から逃れるように、 上へ上へと走っていった。 「あ……うぅ……困た……」  火と煙から逃れて屋上に出てみたはいいけど、 黒煙が立ちのぼり、視界がほとんどなかった。  引きかえそうにも、下の階は どんどん火が広がっている。 「……ごほっ、ごほっ……」  煙がすごくて、息がうまくできない。  だけど、下の階よりは まだかろうじてマシだ。  何とか、地上に降りる方法はないか、 まひるは屋上を見て回る。 「……あそこから……降りられるかな…?」  発見したのは雨どいだ。少し太めのパイプが 一階部分まで続いている。  あれに捕まれば、下まで降りられそうだ。  だけど、できるだろうか? 「……ごほっ、うぅ……苦しな……」  迷っている暇はないと判断したのか、 まひるは四つん這いになって、 屋上の縁ぎりぎりをはいはいしていく。 「……んしょ……んしょ……」  屋上から身を半分乗りだして、 片足を雨どいの留め具の部分へ伸ばす。  煙がすごくて、雨どい自体も あまりよく見えないのでほとんど手探りに 近かった。 「あ……」  何とか、留め具に足が届いた。  これを足場にして、雨どいを 手でつかむことができれば、 地上に降りられる。 「……やった……これで、いかな…… ん、ぁ、ごほっ、ごほっ……」  思わず黒煙を吸いこんでしまい、 まひるは激しく咳きこんだ。 「あぁっ…!!」  その表紙に足を留め具から滑らせて、 体が落ちそうになる。  寸前のところで、 両手で屋上の縁に捕まった。  けど、両足はぶらぶらと宙を蹴っている。 「ん……しょ……やぁ……」  何とかよじ登ろうとしたが、 まひるの腕力では体が持ちあがらない。 「ぁ……や…………」  だんだんと腕が痺れ、 力が入らなくなってきた。 「……やだ……」  屋上から落ちれば、 大ケガどころでは済まない。  だけど、まひるの腕は 今にも限界を迎えそうだった。 「……助け、て……」  怖くて、怖くて、たまらなくて、 まひるは無我夢中で助けを求めた。  誰でもいい……  誰か…… 「……助けて……颯太ーーーーーーっ!!」  必死で彼の名前を呼んで、 まひるははっと気がついた。  颯太が助けに来てくれるはずがない。  だって、もう別れたのだから……  最後に残った気力が底をついて、 ゆっくりとまひるの手が屋上の縁から離れる。  まひるはぎゅっと目を閉じた。  重力に引かれ、勢いよく体は 地上へ引っぱられる。  同時に、手に痛みを覚えた。  まるで綱引きをするように、 右腕が思いきり上に引っぱられていた。 「大丈夫だぞ、まひるっ。 いま引っぱりあげてやるからな」 「え……」  思わず、涙がこぼれそうだった。  一方的に別れるって言ったのに、  ただの友達に戻ったのに、  絶対に、来てくれないと 思ったのに―― 「颯太ぁ……」  屋上から落ちそうになっていたまひるを ぎりぎりのところで捕まえた。 「まひる、じっとしてろよ」  全身に力を入れて、まひるを 思いきり引きあげようとする。  だが――できなかった。  さすがに片手ではまひる一人を 持ちあげるのは難しい。  その上、体勢が悪い。  自分の体重を支えるとっかかりもなく、 思うように力が出せなかった。 「……颯太、大丈夫なのか…?」 「あぁ……悪い。ちょっとすぐには、 持ちあげられなさそうだ……」  煙に巻かれて、呼吸がしづらい。  地上の様子は見えないが さっきサイレンの音が聞こえたから、 消防車は到着しているはずだ。  地上に叫べば、 誰か気づいてくれるか?  いや、もし気づいたとしても、 助けが来るまでこのままの体勢で 持ちこたえられそうもない。  二人分の体重がかかった左腕は ミシミシと悲鳴をあげ、徐々に力が 入らなくなってきている。  どうにか、方法はないか? 「ごほっ、ごほっ……」  咳きこんだ拍子に わずかだけど、まひるの体が下がった。  体勢がよりいっそう苦しくなり、 腕に力が入らない。  このままじゃ……  どうする?  どうすれば…?  あ……と、俺は、 まひるの足の辺りにある物を発見した。 「まひる、その雨どいに留め具があるだろ?」 「うん……」 「そこに足を引っかけられるか?」 「……やってみるんだ……」  雨どいの留め具に体重をかけられれば、 その分、余裕ができる。  体勢を整えれば、 何とか持ちあげられるかもしれない。 「んしょ……んしょ……」  まひるが空中で足をバタバタと泳がせる。  ぐぐぅと腕に負担がかかるけど、 歯を食いしばって耐えた。 「……いけそうか?」 「うん……も少し……ん……しょっ」 「あ……やった……届いたぞっ」  ふっと俺の腕にかかっていた 体重が和らいだ。 「よし、じゃ、これで――」 「あぁっ…!!」  雨どいが古くなっていたのか留め具が外れ、 まひるの体が重力に引かれて落下する。  がぐんっと右腕が軋むような衝撃が走った けど、何とか持ちこたえた。  しかし、体勢はさっきよりも悪化している。 「く……あぁ……」  だめだ……落ちる――  遠くない未来の光景がよぎり、 思わず息を呑んだ。 「……颯太ぁ……」 「大丈夫だ……まひる、じっとしてろよ……」  そうは言ったものの助ける手段が 何も思いつかない。  いや助けるどころか、 このままじゃ俺も一緒に―― 「…………放せ……」 「……は…?」 「……放すんだ……」 「お、おいおい…… なにバカなこと言ってるんだよ…? 放したらまひるは落ちるんだぞ」 「……だって、このままじゃ颯太も落ちるんだ。 まひるは、そんなのイヤだ……」 「心配するなよ。いいから、じっとしてな」 「やだ。まひるは、まひるのせいで、 颯太も落ちるなんてそんなのイヤだっ! 放せっ!」 「……………」 「……嫌だ。俺は放さない」 「なんでだ? まひるだって分かるんだぞ。 このままじゃ、ぜったい落ちるんだ」  なんでって、そんなの決まっている。 「まひるが好きだから、放さないんだ。 文句あるか?」 「……………」 「あるんだ……」 「……まひるだって……」 「まひるだって、颯太のことが 好きなんだぞっ!」 「だから、颯太が落ちるぐらいなら、 まひるが落ちるんだっ! 放せっ!」 「放さないっ!」 「落ちたら死ぬんだぞっ!」 「死んだって放すもんかっ!」  必死にまひるを助けようと 歯を食いしばる。  けれども、ミシミシと両腕は悲鳴をあげ、 一秒ごとに腕の力は入らなくなっていく。  あと何秒、耐えられるのか?  限界が来れば、その時点で この高さから地面に叩きつけられる。  想像しただけで 背筋が凍るような思いだった。 「……やだ……颯太ぁ…… 放せ、放すんだ……」  選択肢はふたつしかない。  俺だけ助かるか。 それとも、二人とも落ちるかだ。 「……………」  一瞬静かに目を閉じて、 俺は心を決めた。  この手を放せば、自分だけは助かる。  どうせ二人とも死ぬぐらいなら、 一人だけでも助かったほうがいい。  誰が考えても、 それは当たり前の結論で、  手を放せと言ってくれている まひるのためにも、 俺はそうするべきなのかもしれない。  だけど、そんなの――  恋じゃない。 「まひる……俺はさ……」  これは、本当にバカみたいな 考えなのかもしれないけど、 「1分でも1秒でもいい」  それでも仕方ない。だって―― 「こうしてお前と一緒にいる時間が、 何より幸せなんだ」  こんなにも激しく脈を打つ胸の鼓動が、 絶対にまひるを放すなと言っているんだ。  だから―― 「今、1秒でも長く お前と一緒にいられるならさ」 「その先の何十年ぽっちの時間を 引き換えにしても、惜しくないよ」 「……ばか……」 「おまえなんか……おまえなんか…… もう……死んじゃえ……」  こんな状況だってのに、 思わず笑みがこぼれた。 「好きだよ、まひる……」 「まひるも……大好きだ……」  だんだんと手に力が入らなくなっていく。 「……ごめん、もう……」 「……まひるは平気なんだ…… おまえと一緒だから怖くないぞ……」 「……俺もだ。 まひると一緒なら何も怖くない」 「……颯太ぁ……」 「好きだよ、まひる」 「まひるも、好き……」  終わりは、もう、すぐそこだ。  だけど、もうちょっと、  あとほんのちょっとだけ、  まひると一緒にいたい。 「……ずっと、一緒だからな……」 「……うん。まひるは、おまえに…… 世界で一番、恋してるんだ……」 「嬉しいな」 「……まひるも……」  あぁ、もうだめだ……  ふっと俺は力尽きて、けれども、 まひるの手だけは放さないように、 彼女の体を抱きよせる。  せめて俺の体がクッションになって、 まひるだけは助かるように――  俺たちは地上に向かって落ちていく、  その時だ。  黒煙に覆われた視界の中、 かすかに光が見えた。  いつか見た、あの時と同じ光が――  俺は無我夢中で、 思いきり屋上の壁を蹴った。  その反動でわずかに体が宙を動く。  俺は黒煙の向こう側に視線をやった。  落下先の裏庭に――  あいつの言葉が、まるで走馬燈のように 脳裏をよぎった。 「もしも、ぼくが消えた後、 何か困ったことがあったら、 ここに来るといいよ」 「ぼくはいつでもここにいる。 姿形は見えなくとも、声は聞こえなくともね」 「QPーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」  喉をからすような勢いで、 必死に叫んだ。  それが、あいつに届いたのかは分からない。  だけど、強風だったこの日、 一番の風が吹いた――  突風のように、強く、強く、 俺たちの体さえも運ぶほど強く――  地面がみるみる近づいて、 まひるの叫び声があがった。  そして、俺たちは―― 「…………あ……れ…?」 「……………」 「……生きて、るんだ…?」 「……そう、みたいだな……」  運がいいとしか、言いようがない――  風に流された俺たちは、 ちょうどリンゴの樹の上に落ちていた。 「…………颯太……大丈夫か…?」 「……あぁ……」  枝がクッションになったのか、 節々は多少痛むが大きなケガは なさそうだ。 「まひるは、大丈夫か?」  そう尋ねると、まひるは瞳を潤ませ、 それからポタポタと涙をこぼした。 「……う……うぅ……ぐすっ…… えっぐ、うぐ……うえぇぇっ…… ええぇぇん……」 「どうした? どこか痛いのか?」  まひるは、ぶるぶると首を左右に振った。 「……う……ぐす……ごめんなさい…… まひるは、ホントは別れたくない…… 別れたく、なかったんだ……」 「えぐ……まひるは、邪魔者だと思ったんだ ……悪い子だと思ったんだ……」 「だから、まひるなんていらないほうが いいと思ったんだ……」  どうして、まひるがそう思ったかは 分からないけど、  彼女を安心させようと俺は言った。 「バカだな。そんなわけないだろ。 俺にとってまひるは、 誰よりも大切な女の子だよ」 「……うん、ごめんなさい…… まひるは……颯太のこと、ちゃんと 信じてなかった……」 「……ごめんなさい…… えぐっ、ぐすっ、ごめんなさい…!!」  泣きじゃくるまひるを 優しく抱きしめると、 さらにいっそう嗚咽が漏れた。 「……颯太が『別れてもいい』って言ったから、 『もうホントに別れるんだ』って思って、 まひるは悲しくて空き教室で泣いてたんだ」 「疲れて、寝て、夢を見たんだ」 「まひるはひとりぼっちで迷子になってた。 どうしていいか分からなくて、 心細くて寂しくて……」 「そしたら、颯太が迎えにきてくれたんだ。 まひるは嬉しかった」 「でも……夢から覚めて、思い出したんだ。 まひるが颯太を振ったことを」 「だから、迎えにきてもらえないと思った。 だから……迎えにきてもらえるなんて、 思ってなかった……」  俺はまひるの頭をそっと撫でて、 笑ってみせた。 「一年前……もう一年半になるか…… あの時は、迎えにいってやれなかったからな」 「でも、今はちゃんと知ってるよ。 まひるが天の邪鬼だってことも。 俺のことを本当に好きだってことも」 「今度は、ちゃんと見てたんだ。 お前の気持ちを見失わないように、 ちゃんと見てたよ」 「まひるがきっと待ってるって、 思ってた」 「天の邪鬼で……ごめんなさい…… わがままばっかり言ってごめんなさい」 「悪いところ直すから、 まひるのこと……嫌いにならないで……」 「バカだな」 「……バカでごめんなさい……」 「違うって。嫌いになるわけないだろ」 「……え…?」 「一年半も待たせてごめんな。 やっと迎えにこれた」 「大好きだよ。俺もまひるに、 世界で一番、恋してるんだ」  まひるの瞳から、また涙が溢れる。  だけど、それはきっと、 さっきまでとは違うもので、  彼女は満面の笑みを浮かべて、 俺に言ったんだ。 「……嬉しな……」  あの後、消防隊の消火活動によって、 火は何とか消し止められた。  とはいえ、二階より上の階は 半分以上が焼けてしまった。  出火した教室の付近に、火災を広げる原因に なった物があった可能性が高いとのことで、 後日、原因を消防が調べるそうだ。  明日の落葉祭は当然中止となった。  俺は当然、先生からお説教を食らったけれど、 まひるが庇ってくれたおかげで、 早めに解放してもらえた。  そして――  まひると二人で、 のんびりと砂浜を歩いていた。 「……QPが、助けてくれたのかな…?」  ふと、まひるが言った。 「颯太はQPを見たのか?」 「……いや、どうだろうな…?」 「あの時は、リンゴの実が光ってた ような気がしたけど、あとで見たら、 やっぱり実はなってなかったし」  痕跡は何もない。  突風が吹いたのも、 リンゴの樹の上に落ちたのも、 枝がクッション代わりになったのも、  全部、ただの偶然かもしれない。  だけど―― 「それでも、なんでだろうな? やっぱり、俺はあいつが 助けてくれたような気がするよ」 「俺たちの恋がちゃんと叶った、 そのお祝いにさ」 「まひるは最初からそう思ってたんだぞ。 だって、QPは恋の妖精なんだ。 助けてくれるに決まってるんだっ」 「そうだな」  そう口にすると、 まひるは俺の手をぎゅっと握ってきた。 「どうした?」 「颯太はまひるの手を 放さないでくれたんだ」 「だから、今度はまひるの番なんだぞ」 「そうなのか? でも、これじゃ何もできないぞ」 「でも、放さないんだっ!」 「だけどさ……」 「放さないっ、放さないったら放さない。 絶対、一生、放さないんだっ!」 「……そっか……」 「……そうだ……」  しっかりと手をつないだまま、 まひるとじっと見つめあう。 「まひるに、できることはあるか?」 「何の話だ?」 「まひるは悪いことしたんだ。 『別れる』なんて言ったら、いけなかったんだ」 「だから、悪いことしたら、 謝らなきゃいけないんだぞ」 「もう、まひるは謝っただろ?」 「謝っただけじゃ、ダメなんだ。 悪いことした代わりに、 いいことしないとダメなんだぞ」 「じゃ、何をしてくれるんだ?」 「おまえがしてほしいことなら、 何でもするんだ」 「だから、颯太はしてほしいことを まひるに言うんだ」 「じゃあさ、ひとつだけ、約束してくれるか?」 「うん、何を約束すればいいんだ?」 「もう、『別れる』なんて、ぜったい言うなよ」 「そんなことでいいのか?」 「まひるは『すぐ別れる』って言うからな」 「うー……そんなの約束しなくても、 もう言わないんだ……」 「そうか?」 「そうなんだぞっ」 「じゃあさ、あれ、 もう一回言ってくれるか?」 「うー…!! それはさっきから、 何度も言ったんだぞ」 「何度でも聞きたいんだよ」 「……颯太が『言え』って言うなら、 まひるは言うけど……」 「じゃ、ほら、いつでもいいぞ」 「……ん、んと……まひるは、おまえに、 世界で一番、恋してるんだ……」  その言葉で俺は笑顔になる。 「よしよし、ちゃんと言えたな。 いい子だぞ」 「……まひるはもう大人なんだぞ。 子供扱いしたら、いけないんだ……」 「してないよ」 「ホントか? ホントにホントのホントか?」 「当たり前だろ。 ……そろそろ帰ろうか?」 「うん……」 「放さないと帰れないぞ」 「まひるは一生、放さないんだ」 「しょうがない奴だな」 「しょうがなくても、放さないぞ」  やれやれ。 「あっ、なんで笑うんだっ? まひるがそんなにおかしいのか?」 「おかしくないって」 「じゃ、放さないんだ」 「それは困ったもんだな」 「困っても放さないからなっ」  本当に、まひるときたら、  かわいくてかわいくて困ったもんだ。 「好きだよ、まひる」 「好きでも放さないんだっ!」 「しょうがないなぁ」  よっ、と腕に力を入れ、 俺はまひるを抱っこした。 「これで、いいだろ?」 「えへへ……抱っこなんだ。楽しな」  そうして俺は、また砂浜を歩きだす。  一歩、一歩、  ゆっくりと、  大好きなまひるを抱えながら――  まひると付き合って、別れて、 また付き合って、それでまた別れるって 言われて――  正直、まひるの考えてることは、 はっきりとは分からない。  けれど、まひるのことを好きになって、 今度はちゃんと見ていたから、 気がついたことがひとつある。  それはあいつが、 手のかかるお子様だってことだ。  ていうか、どう考えたって 俺のこと好きだろ。  それさえ分かってれば 他のことなんてどうでも良かった。 「まったく。遠回りしたな」  だけど、もう迷いはない。  ほんと、あいつはしょうがない奴だけど、  俺だって、2回も同じように 別れてなんかやらない。  落葉祭1日目、俺は朝早くに、 まひるのマンションの前に来ていた。  玄関をじっと見つめながら、 まひるが出てくるのを待つ。  不安も、緊張もない。  ただまひるに言うべきことを、 ちゃんと言うだけだ。  マンションの住人が一人、また一人と、 通勤通学のために玄関から出てくる。  待つこと40分、まひるはまだ姿を現さない。  結構いい時間になってきたし、 もう待たなくていいか。  エントランスの中に入る。  インターホンでまひるの家の部屋番号を 入力し、呼び出しボタンを押す。  しばらくして―― 「はーい、どちら様でしょう?」 「朝早くすいません、初秋です。 まひるを迎えにきたんですが」 「あら、文化祭だからお迎え? いいわね。 まひる、まだ準備ができてないから、 上がっててくれるかしら?」 「はい。それじゃ、お言葉に甘えて」  思った通り、俺と別れたことは 親には言ってないみたいだな。 「すいません、朝早くにお邪魔して」 「いいのよ。約束に遅れたまひるが 悪いんだから」 「いえ、じつは約束はしてないんです」 「あら、サプライズなの? いいわね。それじゃ、まひるには 内緒にしといてあげるわ」 「ありがとうございます」 「ちょっと呼んでくるわね」  まひるのお母さんが部屋を出ていく。 「まひるー、そろそろ準備できたかしら? 学校遅れるわよ」  しばし、ぼんやりと部屋で待つ。  5分ほどして、足音が聞こえてきた。 「忘れものない? お弁当、カバンに入れた?」 「うん、大丈夫だよ」  ドアが開き、まひると まひるのお母さんがリビングに入ってくる。 「それじゃ、行ってきま――え…?」 「よっ、まひる。おはよう。 迎えにきたぞ」 「あ……えっ? なんで……おかしな…?」 「あらあら、まひるったら、 驚いちゃって。そんなに嬉しいのかしら?」 「え……う……うん……」 「じゃ、行こうか、まひる」  すっとまひるに手を差しだす。 「うー…!!」 「どうしたの、まひる? ママがいるから、恥ずかしい?」 「そ、そんなことないよ…… 行こう、颯太」  まひるは怖ず怖ずと俺の手をとった。 「いってらっしゃい。気をつけてね」 「うん、いってきます」  玄関から外に出ると、 途端にまひるは手を振り払い、走りだした。 「こらこら、待てよ。俺を置いてく気か?」 「お、おまえっ、何のつもりだっ? なんで勝手にまひるの家にいるんだっ!? まひるは驚いて心臓止まるかと思ったんだ!」 「ほら、せっかくの落葉祭だし、 まひると二人で登校しようと思って」 「そ、そんなのおかしいんだっ。 まひるはもうおまえと別れたんだぞっ! だから、一緒に登校なんてしないんだっ!」 「じつはさ、まひる。 驚くかもしれないけど」 「俺たち、まだ別れてないんだよ」 「ん……んんっ…?」 「別れてないんだよ。まだ付き合ってるんだ。 だから、一緒に登校してもおかしくないぞ」 「そ、そんなのおかしいんだっ。 まひるはちゃんと『別れる』って 言ったはずだぞっ!」 「あのな、まひる。別れる時は、ちゃんと 相手の同意がいるんだよ。俺は同意したか?」 「……してないんだ……」 「じゃ、まだ別れてないよな」 「うー…!! 何かおかしいんだ…?」 「おかしくないぞ。常識だ。 普通はちゃんと話しあって、 納得して別れるもんだからな」 「一方的に別れるっていうのは、 お子様のすることだぞ。 まひるはお子様なのか?」 「まひるはお子様じゃないんだっ! もう大人なんだぞっ」 「じゃ、別れたいんだったら、 しっかり理由を言わないと」 「うー…!!」 「もう大人なんだろ?」 「うるさい、うるさいっ、うるさいんだっ! まひるはもう別れたんだっ! ついてくるなーっ!」 「おっと、今日は逃がさないぞ」  走りさろうとするまひるに、 俺はぴたりと並走していく。 「でも、楽しみだよな、落葉祭。 まひるも練習して野菜きれるように なったんだもんな」 「こらーっ! 気軽に話しかけてくるなっ! まひるは許可してないんだぞっ!」 「なに言ってるんだよ。 彼氏が彼女に話しかけるのに 許可なんていらないだろ?」 「まひるはもう別れたんだっ!」 「大丈夫、俺がくっつけといたから」 「うがーっ! なんでくっつけるんだっ! そんなのおかしいんだっ! 違反だ、違反っ!」 「違反はまひるだろ。 別れたいんだったら、ちゃんと理由を 言わないと」 「うー…!! うるさいっ、あっちいけ、あっち! まひるに近づくなっ!」  まひるは逃げる。  けど、逃がさない。 「ど、どこまでついてくる気だっ!?」 「もちろん、地獄の果てまでな」 「な、なに言ってるんだ、ばかかーっ!」 「そうだな。まひるが好きすぎて、 どうやらバカになっちゃったみたいだ」 「こんなところで、なに言ってるんだっ? みんなに聞かれるんだぞっ」 「そうか、とうとう学校公認のカップルに なっちゃうのか」 「ならないんだっ。別れたんだっ! 別れたったら、別れたんだっ。みんな、 聴けーっ! まひるたちは、別れたーっ!」 「おいおい、そんなに照れるなって。 こっちまで恥ずかしくなるだろ」 「ち、違うんだーっ! 照れ隠しじゃないんだっ! 本気なんだっ!」 「本気で俺のこと好きってことか」 「うわあぁぁぁぁぁぁっ! 寄るなっ、近づくなっ! 別れた別れた別れたーっ!」  言いながら、まひるは校舎へと走っていく。 「別れてない、別れてない、別れてないぞー!」  負けじと俺も追いかけた。 「別れたっ」 「別れてないっ」 「別れた別れた別れたっ!」 「別れてない、別れてない、別れてないっ!」 「別れた100万回なんだっ!」 「別れてない100万1回っ!」 「別れた1000万回なんだっ!」 「まひるの別れた回数をxとすると、 俺の別れてない回数はy。そして、 y=x+1だ」 「別れた1億回なんだぞっ!」 「ということは、別れてないな」 「うー…!! おかしいんだ…… なんでそうなるんだ…?」 「ほら、そろそろ別れたい理由を 言う気になったか?」 「……それはもう言ったんだ……」 「……まひるは、おまえのことを 好きじゃなかったんだ……」 「好きだと思ってたけど、 勘違いだったんだ……」 「……まひるは、それに気がついたんだ……」 「まぁまぁ、嘘はいいとしてさ」 「な、なんでウソなんだっ! まひるの気持ちを勝手に決めつけるなーっ!」 「だって、まひるは俺のこと好きだろ」 「……うぅ……うー……」 「それで俺もまひるのことが好きなんだよ」 「だから、別れる理由なんて どこにもないだろ?」 「う、ウソだ、ウソだっ、ウソなんだっ! おまえはまひるのことが好きじゃないんだ!」 「お、ようやく本音らしいことを言いだしたな」 「そうかそうか。俺がお前のことを 好きじゃないと思って不安だったんだな」 「ち、違うんだっ! そんなこと言ってないんだぞっ!」 「ごめんな、不安にさせて。 でも、大丈夫だぞ。俺はお前のことが好きだ」 「み、みんな見てるんだぞっ。 先生も見てるんだっ! おまえは何を言ってるんだ?」 「じゃ、見せつけてやろうぜ。 俺たちの愛をさ」 「ち、違うっ、違う違うっ。違うんだっ! おまえなんかっ、世界で一番大嫌いだーっ!」  まひるは叫びながら、逃げていく。 「俺はまひるのことが大好きだーーっ!」  負けじと叫びながら追いかけた。 「はぁ……はぁ…… つ、疲れたんだ……」 「よし、もう逃げられないぞ」 「……うー…!! まひるは悪いことしてないのに、 なんで追いかけてくるんだ……」 「正直に話さないのは悪いことだろ」 「まひるはいつだって正直なんだぞ」 「だいたい、正直だけどさ。 けっこう天の邪鬼なところもあるし。 それに役者のことだってそうだろ」  自分で口にしておきながら、 「そういえばそうだった」 と思い至った。 「……役者のこととは、関係ないんだ……」  直接、関係があるわけじゃないだろう。  でも、似ているような気がした。  役者をやりたくないのに、 両親が喜ぶからとまひるは演技している。  それは俺が好きなのに 別れようって言うのと同じなんじゃ ないだろうか? 「まひるは、ちゃんと考えたか?」 「……何の話なんだ?」 「役者の話だよ。まひるが本当に このまま続けたいのかどうか、 考えるって約束しただろ」 「……お、おまえとは別れたんだぞ。 そんなこと訊かれるのはおかしいんだ」 「まだ別れてないし、 それに約束は約束だろ?」 「……そうだけど……」 「考えたのか?」  こくり、とまひるはうなずく。 「……まひるは、役者を続ける……」 「どうしてだ? 辞めたいんだろ?」 「子供の時から……そうなんだ…… まひるが演技すると、みんなが喜ぶんだ……」 「まひるが演技しないと、 まひるがいい子じゃないと、 誰も喜ばないんだ」 「みんなが好きなのは“小町まひる”なんだ。 まひるじゃないんだ」 「まひるはワガママを言っちゃいけないんだ。 悪い子になっちゃいけないんだ」 「かわいくて、物分かりが良くて、いい子で、 偉い子で、演技が上手な“小町まひる” じゃないといけないんだ……」 「だから、まひるは、演技をするんだ」  そうか。  だから、まひるのことを知らなかった 俺や友希の前では、まひるは 演技をせずにいられたってことか。  それなら、やっぱり―― 「俺と別れるのも、同じ理由なんじゃないか?」 「……………」 「本当は別れたくないのに、 俺のためを思って別れるんじゃないか?」 「……………」 「まひるがどうして『俺のためになる』と 思ったのか、全然わからないけどな」 「もし、まひるが別れることで 本当に俺のためになるんだとしても、 俺はぜんぜん嬉しくないよ」 「そ、そんなのウソだっ。 颯太のためになるなら、 颯太は嬉しいはずなんだっ!」 「どんなに俺のためになったとしてもさ、 それでまひるがやりたいことをやれないなら、 嬉しいわけないだろ」 「そんなのおかしいんだっ。 ぜったい颯太は嬉しいはずなんだぞっ」 「大好きなまひるが悲しい思いをするのに、 俺が喜ぶと思うのか?」 「思うんだぞっ! だって、そのほうが颯太が喜ぶと思ったんだ」 「それは絶対ないよ」 「絶対なんかじゃないんだぞ。 もっとよく考えるんだ」 「うーん、そう言われても分からないなぁ」 「ちゃんと考えなきゃ、ダメなんだっ。 まひると別れて、颯太が喜ぶことだって あるはずなんだぞっ」 「いや、それだけはないんじゃないかなぁ。 まひるの勘違いだろ」 「うーっ…!! もっとよく考えるんだっ!」 「そう言われても、ないなぁ」 「じゃ、じゃあっ、例えば、 例えばだぞっ!」 「おまえが、まひるより友希のことが 好きだったらどうなんだっ!?」 「……はい…?」  なんだかものすごく 突拍子もないことを言われた気がする。 「……えーと……俺が友希を…?」 「そうなんだ。まひるより友希が好きなら、 まひると別れて正解なんだぞ。 まひるは論破したんだっ!」 「ふっ、はは、お前、 そんなこと考えてたのか?」 「わ、笑い事じゃないんだっ! まひるは知ってるんだぞ。 颯太と友希は仲良しなんだっ」 「いや、それは仲はいいけどな。 ていうか、よりによって、 俺と友希が何かあるわけないだろっ」 「……うー…!! 真面目に聴かないなら、 まひるは話さないんだぞ……」 「分かった分かった。 じゃ、真面目に聴くから、 話してくれるか?」 「や、やっぱり何でもないんだ。 今のは例え話なんだっ」 「いまさら、そんなの通用するわけないだろ」 「……うー…!!」 「ちゃんと話しな」 「……………」  まひるはじっと黙りこんだ。  俺も無言でまひるがしゃべるのを待つ。 「……一年前のことなんだ……」  ようやく観念したのか、まひるは口を開いた。 「颯太と付き合って、 ナトゥラーレに遊びにいった時、 まひるは見たんだ」 「お客さんは誰もいなくて、 お店の中に颯太と友希だけがいて、 楽しそうに話をしてたんだ」 「まひると一緒にいるより、 颯太も友希も楽しそうだったんだ」 「その時…… 邪魔しちゃいけなかったんだって、 まひるは気づいたんだ」 「何を邪魔しちゃいけないんだ?」 「颯太と友希は幼馴染みだから分からない だけだ、って思った」 「……恋が始まるのを…… ゆっくり待ってるって、思た……」 「そこにまひるが 無理矢理割りこんできたんだ」 「まひるは友希に 『颯太と付き合いたい』って言って 紹介してもらったんだ」 「ホントはそんなこと、 言っちゃいけなかったんだ」 「だって、人の好きな人を横取りしちゃ いけないんだぞっ」 「それは酷いことなんだ…… 友希と颯太の恋の邪魔をしたんだ」 「……まひるは、邪魔者だったんだ」 「邪魔者だから、早く別れなきゃって 思ったんだ。だから、別れたんだ……」 「……ホントは、 それが大事な話だったんだ……」 「……颯太になんで別れたのかって訊かれて、 まひるはウソをついたから、ちゃんと、 言わなきゃって思ったんだ……」 「……でも、言えなかったんだ…… 颯太はやっぱり、友希のことが、 好きなんだって思ったから……」 「友希とバイトを代わるって話を したからか?」 「…………うん……」  しょうがないなぁ、本当に。 「……まひるは、いい子だな」  そう、頭を撫でてやろうとすると、 まひるはそれを振り払った。 「まひるはいい子なんかじゃないんだっ」 「でも、俺のために 別れようって思ってくれたんだろ?」 「おまえに言わなかったんだぞ。 一年前もこないだも、言わなかったんだ」 「ホントのことは言わなかったんだ。 まひるは嫌だったんだっ!」 「おまえと友希が付き合うのを 見たくなかったんだ……」 「まひるは……できなかった……」 「颯太のために別れようと思ったけど、 好きになるのをやめようと思ったけど……」 「でも、無理だった。まひるは悪い子なんだ。 一年経ってもただの邪魔者の ままだったんだ……!!」 「もういかなって、思った……」 「颯太と友希は一年経っても 付き合ってないから、いかなって……」 「まひるは、待てなかったんだ…… いい子なんかじゃ、ないんだ…… だから、別れるんだ……」  まひるの勘違いだって言えば、 それで済むかもしれない。  友希はただの幼馴染みで、 俺はまひるのことが好きなんだって言えば、 たぶん、それで納得するだろう。  だけど―― 「まひるが別れたい理由は分かったよ」 「でも、ちゃんと考えたか?」 「……考えたんだ……」 「じゃ、いいんだな?」 「俺がまひると別れて、友希と付き合えば、 それでまひるはいいんだな?」 「…………うん……」 「まひるに言ったみたいに、 俺が友希に好きだって言って」 「まひるにしたみたいにキスして」 「まひるにしたみたいに、 えっちしても、いいんだな?」 「……………」  まひるの目尻にうっすらと涙が浮かぶ。  俺は続けて言った。 「もう二度と、 まひるのことを好きだ って言わなくて、本当にいいんだな?」 「……う……うぅ……」 「まひるが言ってるのは、 そういうことだぞ?」 「それでも、いいんだな?」 「……………」 「…………………やだ…………」 「うっ、ぐすっ……えっぐ……やだ…… まひるは、うぇぇっ、そんなの、やだぁ……」 「でも、まひるが別れたいって、 友希と付き合えって言ったんだろ」 「やだぁっ……そんなの、ぐす…ダメだぁ…… まひる以外に、好きって言っちゃダメだぁ… まひる以外に、キスしちゃ、ダメだぁ……」 「……まひる以外と、えっちしちゃ、 イヤだぁ……颯太はまひるのものなんだぁ… うっ、えぐ……まひるの……うっ……」 「うっ……えぇぇっ……ぐす……うえぇ、 あぁぁ、うえぇぇぇん……あぁ、イヤぁぁ… うえぇぇんっ……」  泣きじゃくるまひるを俺は優しく抱きしめ、 頭をよしよしと撫でてやった。 「俺が、友希のことを好きだなんて、 一度でも言ったか?」 「……言ってないんだ……」 「俺がまひると別れたいなんて、 一度でも言ったか?」 「……言ってない……」 「じゃ、もっと俺を信用しろ。 俺はまひるのことが一番好きだよ」 「……まひるは悪い子でもいかな…?」 「恋をしてさ。その相手を 誰にも渡したくないって思うことが、 悪いことか?」 「でも……人の恋を邪魔しちゃ、 いけないんだ……」 「『恋が始まるのを待ってた』って、 まひるは言ったよな」 「でも、恋なんて始まらなかったんだよ」 「でも、もっと待ってたら……」 「もうどれだけ待っても始まらないんだ。 だって、俺はまひるに恋をしたんだから」 「……ホントに?」 「あぁ」 「こんなふうに泣きじゃくって、 俺を独り占めしようとするまひるが 大好きで放っておけない」 「俺は、お前のものだよ」 「……うっ……ぐすっ……うえぇ…… うぇぇぇん、颯太ぁ……颯太ぁぁぁ……」 「よしよし、大好きだぞ」 「……まひるも、大好き。大好きなんだ…… もう、ぜったい別れないんだ……」  俺の胸にまひるがぎゅっとしがみつく。  こぼれ落ちたのは、 いくつもの本音と、涙の雫。  本当に不器用で、どうしようもなくて、 空回りしてばっかりだけど、  目を赤く腫らし、泣きじゃくり、 俺のことが大好きだと言うまひるが、  とてもとても、愛おしかった。  週明けの放課後―― 「うー……まひるは緊張するんだ……」 「大丈夫だって。 役者を辞めたいって言うだけだろ」 「……うん…… 颯太はちゃんとついてきてくれるか?」 「あぁ、そのために一緒に来たんだし」 「絶対か? 途中まで一緒にいて、 後ろ振りかえったら、いないとかないか? まひるを見捨てたら酷いんだぞ」 「なんでそんな意味不明なことするんだよ……」 「……万が一ということもあり得るんだ……」 「大好きなまひるを見捨てるわけないだろ」 「うん。えへへ、そうだった。 颯太はまひるが大好きなんだ。 颯太がいれば、大丈夫なんだっ」  どうやら行く気になったようだ。 「ところで、今日は誰もいなかった っていうオチはないよな?」 「まひるに抜かりはないんだぞ。 大事な話があるから、颯太と一緒に行くって 言っておいたんだ」 「そっか。じゃ、行くか」  マンションに入り、 まひるの部屋のドアを開く。 「ただいまー」 「おかえり、まひる。いらっしゃい、颯太くん。 今日は腕によりをかけて お夕飯つくっちゃったわ」  見れば、テーブルには 豪勢な食事が並べられている。 「もうすぐ、まひるの大好きな オムライスとハンバーグも できるから、ちょっと待っててね」 「僕も今日は、秘蔵の一本を 開けることにしたよ」 「今では二度と手に入らないような ワインだから、二度と来ない 今日という日に相応しいだろうね」 「とりあえず、座ってもらったら、 いいんじゃないかな。 颯太くんもまひるもぽかんとしてるし」 「そうね。ほら、まひる、颯太くん、 主役はこの席よ。座って座って」 「……………」 「……………」 「何が起きてるんだ? まひるは訳が分からないんだ……」 「俺のほうが知りたいよ……」 「いやぁ、しかし、まひるが大事な話が あるから、颯太くんを連れてくると 言った時は驚いたよ」  これは、まさか…? 「驚いたけれど、嬉しくもあった」  まひるのお父さんが、 俺の肩を力強く叩いた。 「僕はね、颯太くん。 若いおじいちゃんになるのが 夢だったんだ。ありがとう」  やっぱり、完全に 勘違いしていらっしゃるようだ。 「あの……ちなみにですが、 まひるの話っていうのは 何だと思ってますか…?」 「もちろん分かってるよ。結婚だろう? 許す」 「ち、違うんだっ! 結婚じゃ、ないよ……」 「え……いや、しかし、大事な話があるから、 家族みんなで待っているようにと 言ってただろう?」 「それに颯太くんも連れてくるって 言ってたわよね?」 「そ、そうだけど……違うの。 颯太にはまひるがちゃんと話できるように ついてきてもらっただけだから」 「そうなの? じゃ、結婚は?」 「しないよ」 「おっと。これは僕としたことが、 とんだ早とちりをしてしまったようだね」  「僕としたことが」 というか、 極めて“らしい”気がする。  まひるの思い込みが激しいのは、 遺伝かな?  てことは、まやさんも…? 「言いたいことは分かるけど、 そんな目で見るの、やめてくれるかな」 「すいません……」  さすがにまやさんは例外だろう。 「それじゃ、大事な話って、なぁに?」 「おう。そうだそうだ。 どうしたんだい、まひる?」 「……えと……まひるは……その……」 「なぁに…?」 「……んと……うー…!!」  まひるが助けを求めるような目で 俺を見てくる。 「大丈夫だよ」  そう声をかけて、そっと手を握ってやる。  まひるは覚悟を決めたように、 こくり、とうなずいた。 「あの……まひるは、役者のお仕事、 しばらく辞めたいの……」 「……え……」  よほど衝撃だったのか、 まひるのお母さんは一瞬、固まった。 「……ど、どうして…? 何か、現場で嫌なことがあったの?」  まひるはぶるぶると首を横に振った。 「じゃ、どうして? だって、まひるはあんなに 演技が好きだったでしょ?」 「……ホントは、好きじゃなかったの」 「……でも、あんなに『好き』って 言ってたわよね?」 「パパとママが喜んでくれると思って、 まひるは演技してた」 「……でも、もう、まひるは、 小町まひるを演じるのはイヤなんだ……」 「まひるは、ホントのまひるになりたい……」 「……………」 「……ごめんなさい……」 「……でも、でもね。まひるはあんなに 頑張ってたじゃない。好きじゃないと、 そんなことできないわよね?」 「それに、まひるにはあんなに才能が、 わたしと違ってっ……」  まひるのお母さんを諫めるように、 彼女の肩に、まひるのお父さんが手をやり、 ゆっくりと首を左右に振る。 「……………」 「まひるが決めたんなら、僕は賛成するよ。 今までは、ろくに学生らしい生活も 送れなかっただろうからね」 「ありがと」 「わたしも、賛成かな。知ってたし」 「なんだ、お前は聞いてたのか?」 「うぅん、パパとママが鈍いだけかな」 「……ありがと……お姉ちゃん……」 「どういたしまして」 「……………」 「……ごめんね、ママ……」  一瞬、間があって、 まひるのお母さんは慌てて笑った。 「う、うぅん……ママこそ、ごめんね。 自分の考えを、まひるに 押しつけちゃってたね」 「……………」 「いいのよ。まひるは気にしないで。 ママは、まひるが元気で 楽しくいてくれることが一番嬉しいんだから」 「……そうなの…?」 「うんっ、そうよ。じゃ、お祝いしましょ。 ね、そうしましょ」 「何のお祝い?」 「もちろん、まひるが ようやく好きなことを始められる お祝いよ。まひるは何がしたいの?」 「まひるは颯太と一緒に園芸部で野菜を 作りたいんだ。それからナトゥラーレで バイトもたくさんするんだぞっ」 「いいじゃない、楽しそうで。 じゃ、まひるがバイトしているところに、 ママも遊びにいっちゃおっかな」 「うんっ。来て来て。 そしたら、まひるは大サービスするよっ」 「あら、それは楽しみね」 「えへへ……やった。ママは楽しみなんだ」 「それじゃ、もうちょっとでごはんできるから、 お部屋で待っててくれる?」 「うんっ、分かったんだっ!」 「颯太っ、行くんだ。 まひるの部屋はこっちなんだぞ」 「そういえば、まひるの部屋って まだ入ったことないな」 「誰も入ったことないんだぞ。 颯太は特別に入れてあげるんだ」 「ありがとな」 「早くっ、早くっ、早くったら早く。 早くいくんだぞっ」  ぐいぐいとまひるが俺の手を 引っぱっていく。  とても彼女らしい、晴れやかな笑顔で――  夏期講習のある名ばかりの夏休みが終わり、 待ちに待った本当の夏休み。  姫守からは海に行こうと誘われ、  友希は日帰り旅行を提案してきて、  まひるはバーベキューをしたがっていた。  何をして遊ぶも、よりどりみどりだ。 せっかくの夏休みなんだから、 目一杯好きなことをしようと思い、俺は――  朝から学校に来て、畑仕事に精を出していた。 「よし、と。今日はこんなところか。 お前ら、大きく育てよっ」  愛でるように野菜たちに声をかける。  今はまだQPの魔法の効果が続いてて、 季節外れの作物も数多くなっている。  だけど、妖精界の野菜は忽然と姿を消したし、 他の野菜もこれまでのような成長速度は なくなった。  いずれ、ここも普通の畑に戻るだろう。  それでも、自然農法だけは やめないでおこうと思っていた。 「さて、あっちも見てくるか」  ここのところ日照り続きなので、 キュウリにたっぷりと水をやる。  QPがいなくなった後、俺は リンゴの樹の周りに色んな作物を植えた。  リンゴの樹に妖精が宿るんなら、他の作物 にも妖精が宿って、向こうでわいわい楽しく できるんじゃないか、と思ったからだ。  実際のところはどうだか分からないけど、 魔法が切れた畑の作物よりも 裏庭の作物はずっと成長が早い。 「お前の仕業か、QP?」  尋ねても、当然答えは返ってこない。 「じゃあな。夏休み中もちょくちょく来るよ」  今日の作業を終え、 俺は家に帰ることにした。  朝、目が覚めると、まだ7時だった。  休みにしてはずいぶん早く起きたけど、 二度寝するほど眠くはない。  ベッドから起きあがって、 ぐーっと伸びをする。  服を着替えて、リビングに向かった。  テーブルの上には 青いメモ用紙と赤いメモ用紙が 置いてある。  どうやら寝て起きるまでの間に 両方とも新しい物に更新されているようだ。 「どれどれ?」  青いメモ用紙に目を落とす。 『ようやく家に帰れた。 と思ったら、部長に呼びだされた』 『父さんは企業戦士から 企業勇者にクラスチェンジしたぞ。 これから、ちょっと魔王を倒しに行ってくる』 『――大魔王ハード・クレーマーから 人々を救うため日夜戦う父より。 現在の時刻 00:32 』  ドゲザ、ドゲザラ、ドゲザインを唱えて 頑張ってるんだろうな。 『過労死しないように気をつけて。 ――勇者にだけはなりたくない息子より』  返事を書いた後、続けて赤いメモ用紙を見た。 『颯ちゃん。お母さん、今日から出張で 始発の飛行機に乗らなきゃいけないから、 もう行くね』 『最後の食パンもらっちゃったから、 颯ちゃんはこれで何か買って食べて。 ――タイへ出張する母より』 「これで?」  どう目を凝らしても、 テーブルには何もない。  いったい何のことだろうと思いつつ、 とりあえず棚を見ると、 確かに朝食用の食パンがなくなっている。  続いて冷蔵庫を開く。 中は調味料以外空っぽだ。 「あとは……」  炊飯器を開けてみる。  そこに千円札が入っていた。 「なるほど」  千円札を回収して、 母さんへの返事を書く。 『母さん、 なぜかお金が炊飯器に入ってたんだけど…? ――危うく見落とすところだった息子より』  さて、お金ももらったし、 朝食はナトゥラーレにでも行ってくるか。 「あれー、颯太じゃん。 おっはよー。どしたの? 今日はシフト入ってないよね?」 「あぁ。冷蔵庫に何もなくてさ、 朝はナトゥラーレで食べようと思って。 友希はバイトか?」 「そうだよー。朝から夕方まで、 シコシコ働くんだぁ」 「朝からさらっと下ネタを混ぜるな」 「えー、嬉しいくせにー。 そんなこと言って、本当はもう おっきくなっちゃったんでしょ?」 「何がだよ…?」 「え……なにって…… そんなこと言えないよぉ。 おち○ちんだなんて……」 「言ってるよねっ!」 「あははー、やっぱり、朝はドビュッと 言わないとやる気でないよねー」 「適切な擬音を使ってくれ」 「あ……」  友希が立ち止まる。 「どうした? また変なこと思いついたのか?」 「うぅん、あれ。コートノーブル、 新曲を出すみたいよ」  友希の視線の方向には アイドルユニット、コートノーブルの一人、 リンカの看板があった。  来月に新曲が発売されるというようなことが 書いてある。 「本当だ。買わないとな」 「あれ? 颯太ってコートノーブルの ファンなんだっけ?」 「いや、ただのミーハーだよ。 すごい人気だから曲聴いてみたら ハマってさ」 「音楽とかはまったく興味ないけど、 コートノーブルのCDだけは いちおう揃えてるんだ」 「ふーん、そっかぁ。 でも、CDに穴が空いてるからって 変なことに使っちゃだめだよ」 「変なことってなんだよっ!?」 「うんとね、やらしいこと。 オナニーとかー」  まったく、こいつは…… 「置いてくぞ」 「えー、待って待って、ごめんってばっ」 「はーい、ホットサンドセットお待たせっ」 「おう、ありがとう」 「ねぇねぇ、颯太。 あたしのバイトが終わったら、 遊んでくれない?」 「いや、今日はちょっと用事があるんだ」 「えー、昨日もそんなこと言ってたじゃん。 何するのー? 女遊び?」 「違うよ。畑の様子を見にいこうと思ってさ。 収穫できそうな野菜もあるし」 「じゃ、それが終わったら?」 「それが終わったら、収穫した野菜で 料理の練習をしようと思って」 「それが終わったら?」 「それが終わったら、 読みたい本があるんだよな」 「何の本?」 「まぁ、カフェとかレストランを 開業するに当たっての本とか、色々だな」 「何冊かあるから、夏休み中に 読んじゃいたいんだよな」 「そっかぁ。じゃ、仕方ないね」 「悪いな。また今度、遊ぼうよ」 「うん。でも、颯太、変わったよね。 すごいやる気になった」 「そうか?」 「うん。前も『料理人になって 自分のお店を持つ』って言ってたけど、 今ほど真剣じゃなかったもんね」 「まぁ、そうかもな」 「何かあったの?」 「友達と約束してさ。いい料理人になるって」 「前はただ料理を作るのが 好きなだけだったけど、今は目標が しっかり定まったっていうのかな?」 「とにかく俄然やる気が 出てきたんだよな」 「そうなんだ。友達って誰?」  妖精って言っても、 信じてくれないだろうしなぁ。 「……お前の知らない奴だよ」 「あー、やーらしいのー」 「何がだよ?」 「だって、女の子でしょ?」 「違うって」 「えっ? じゃ、男の子…?」 「そうだよ」  たぶん。 「そ、そっか。颯太って、そうなんだ。 咥えたりしたいほうなんだ……」 「いいから仕事しろよ」 「あははっ、はーい、じゃあねー」  まったく。 「480円になります」  財布から、ちょうど480円をとりだし、 まやさんに手渡す。 「480円ちょうどいただきますね。 レシートのお返しです」 「どうも」 「今日はこれからどこ行くの?」 「ちょっと学校に」 「ふふっ、今日も畑仕事? 頑張ってね」 「えぇ、まやさんも、 バイト頑張ってください」 「うん、ありがと。頑張るね」 「それじゃ」  さてと、今日はいい天気だな。  よしっ、行くか。  畑仕事を一通り終え、 収穫した野菜もひとまず部室に 運んだ。  あとは裏庭も見とくか。  裏庭に着くと、優しいメロディが 耳に届いた。 「……歌?」  かすかにしか聞こえないけど、 確かに誰かが歌っている。  どこからだろう?  優しい歌声に惹かれるかのように 俺はそのメロディをたどっていく。  そして――  リンゴの樹の下で、 気持ち良さそうに歌う女の子に 俺は出会った。  その姿が、その声が、あまりに綺麗で―― 思わず言葉をなくして見とれてしまう。  5分か、あるいは30秒ぐらい だったのかもしれない。  歌が終わるとその女の子は 俺の存在に気がつく。  彼女の視線を受けた瞬間、 俺はまるで時が止まったかのように 錯覚していた。  その女の子は何を言うでもなく、 ただじっと俺のほうを見つめている。  心臓がどくんどくんと 騒がしく喚き立てていた。 「あ…!!」  ふいにあることに気がついて、 俺は言葉を漏らす。 「もしかしてさ、よくここで歌ってるのか?」 「うん、そうだけど…?」 「そっか。道理で、野菜や植物の成長が 早いわけだっ…!! そういうことかっ!」  ずっと気になっていた謎が解け、 俺は少々興奮気味だった。  QPが原因なのかと思ってたけど、 違ったんだな。 「えぇと……何のお話?」  女の子は不思議そうな表情を浮かべている。 「あぁ、向こうにも畑があるんだけどさ。 同じ時期に植えた作物でも、こっちのほうが 決まって成長が早かったんだよね」  発見が嬉しくて、ついつい口調が弾む。 「なんでだろうってずっと考えてたんだけど、 君がよくここで歌ってたんなら、 納得がいくなと思って」 「どうして歌ってたら、納得がいくの?」 「あぁ、それはさ、音楽が植物の生育に影響を 与えるかどうかっていう実験があって」 「普通に育てた植物と、毎日音楽を聴かせて 育てた植物を比べると『音楽を聴かせた ほうがより成長する』って結果が出るんだよ」 「だから、たぶん、ここの植物も、 君がよく歌ってたから、こんなに すくすく成長したんだと思う」 「すごいよなぁ。歌の力でこんなに 作物の成長に違いが出るなんて」 「やっぱり、 話に聞くのと実際に体験するのとじゃ ぜんぜん違うな!」  いや、マジですごいな、と 音楽の効果に俺が感心してると、 「くすくすっ、君、そんなに植物が好きなの?」  笑われてしまった。 「まぁ、園芸部だし。 って言っても、主に野菜を育てるのが 好きなんだけど……」 「なんで野菜だけ? お花は嫌いなの?」 「嫌いってわけじゃないけど、 食べられないだろ?」  一瞬、女の子はきょとんとして、 「くすくす、ふふっ、あはははっ、 『食べられるから好き』って何それ、 食い意地張ってる、くすくすくすっ」  さらに笑われてしまった。  食い意地はってるわけじゃないんだけどな。 「でも、わたしも分かっちゃった。 君がここの周りにこんなにたくさんの野菜を 植えたんだ?」 「ん? あぁ、そうだけど…?」 「わたしもずっと不思議だったんだよね。 ここで歌ってたらね、だんだん、周りに 野菜が増えてくるんだから」 「いったい、誰がこんなに野菜を 植えてるんだろうって思うじゃない?」 「そっか、君が犯人かぁ」 「犯人って言うと、人聞きが悪いけどな」 「でも、犯人よ。わたし、 ずっと気になってたんだから」 「『誰が野菜を植えてるのか』が?」 「そうよ。こんなにたくさんの野菜を、 こんなに立派に育ててる人って どんな人だろうっていろいろ想像しちゃう」 「生徒かなとか、男の子かな、とか。 男の子だったら、きっと日に焼けてて 力持ちでカッコイイんだろうな、とかね」 「……それは悪かったな。期待に添えずに」 「そんなことないよ。 想像してたよりも君、ずっとカッコイイよ」 「……えっ?」 「あ、ドキッてした? ウソだよー♪」 「……あのな……」 「んー? ちょっと顔赤いかな?」 「見ないでくれるっ!?」 「くすくすっ、怒らない怒らない」 「別に怒ってないけどな」 「じゃ、照れ隠しだ。かーわいいのっ♪」 「君ほどじゃないよ」 「ありがとっ。付き合ってあげよっか?」 「……………」 「仕返ししようとして失敗しちゃった?」 「うるさいな……」 「くすくすっ、耳まで真っ赤だよっ。 君って真面目なんだね」 「バカにしてるだろ……」 「してないよ。わたし、真面目な人好きよ」 「……もう引っかからないぞ……」 「今度はホントだよ。そんなに警戒しないで」 「どの口が言うんだ?」 「あー、うん、そうだね。ごめん。 冗談で和ませようとしただけなんだけど、 ごめんね。もう二度と言わないから……」 「いや、悪い。俺も別に怒ってるわけじゃ……」 「なんてねっ、ウソだよー♪」 「そろそろ怒っていいか?」 「えーん、そんなこと言ったら、泣いちゃうぞ」 「泣けよ」 「あ……ご、ごめん。 冗談で和ませようとしただけなのに、 ごめんね。もう二度と言わないから……」 「さっきと同じパターンで引っかかると 思ってんのっ!?」 「くすくすっ、合格」 「何がだよ……」 「何がかなぁ?」 「さーてと、そろそろ行かなきゃいけないんだ。 じゃあね」 「……あぁ」  女の子が去っていく。  どうしてだろう?  さっき会ったばかりだってのに、 もっと話していたいと思うのは?  無性に名残惜しい気持ちになり、 その背中を見送ってると、 「またここに来たら、君に会えるかな?」  自然と笑みがこぼれた。 「あぁ。これぐらいの時間なら、 畑仕事をしにきてるよ」 「良かった。じゃ、またね」 「あぁ、じゃあな」  今度こそ彼女は去っていった。 「……名前ぐらい訊いとけば良かったな」  今日も学校にやってきた。  いつものごとく畑仕事を終えると、 裏庭へ向かう。  かすかに、歌が聞こえた。  聞き覚えのない、だけど、 とても綺麗なメロディだ。  はやる気持ちを抑えながら、 早足でリンゴの樹へと向かった。  彼女がいた。  ちょうど歌いおわったのか、 俺のほうに視線を向けてにっこりとほほえむ。 「や。おはよ。今日も会えたね」 「おはよう。今の歌、聞いたことないな」 「そうでしょ? 作詞作曲わたし」 「へぇ。それはすごいな。 才能あるんじゃないか?」 「ホントに? お世辞は禁止よ?」 「まぁ、音楽のことはよく分からないから、 俺に褒められたって仕方ないと思うけどさ。 お世辞じゃないのは確かだよ」 「そこら辺に流れてる曲より、ずっと好きだ」 「ありがとっ。そういうふうに褒められるのが 一番嬉しい。自信出ちゃうなぁ」 「もしかして、プロになりたいのか?」 「あー……プロになりたいっていうか、 シンガーソングライターを 目指してるんだよ」  それって、プロってことなんじゃないのか? 「もうそんなに具体的な目標が 決まってるなんて、すごいんだな」 「そういう君も夏休みに畑仕事しにきて、 ただの趣味とは思えないなぁ?」 「いやまぁ、もちろん、 趣味ってだけじゃないけどな」 「やっぱり。将来、農業したいとか?」 「いや、夢は料理人だよ。 自分の店を持ちたくてさ」 「そうなんだ。料理人って自分で野菜を 作らなきゃいけないんだっけ?」 「そんなことはないんだけど、 どうしても作りたい料理があってさ」 「それには自分で野菜を作れなきゃ、 たぶん、無理なんだよな」 「へぇ。面白そう。どんな料理なの?」 「ちょっと言葉で説明するのは 難しいんだけど……」 「そうなの? じゃ、その料理の名前は?」 「ドラゴンスープだ」  真面目な顔でそう言うと、 「ドラゴン…? ぷっふふ、あははっ、 何それ、真面目な顔でドラゴンスープって、 なんで、ここでそんな冗談言うかな…?」 「いや、違うんだって。ドラゴンダイコンって いうな、まるで妖精の国にあるような 超美味いダイコンを材料にしてさ」 「あはははははははっ、や、やめてー、 ドラゴンダイコンって、もう、君のセンス、 どうなってるの、くすくすくすっ、だ、ダメ」 「いやいや、冗談じゃないんだって。 俺は本気でドラゴンダイコンを育てて、 ドラゴンスープを作りたいんだっ!」 「あ……くすくす、も、もう、 い、息できない……苦しいよぉ……」  真剣に説明すればするほど、 彼女は笑いのドツボにハマッていく。 「……もういい。忘れてくれ。 話した俺がバカだった」  よくよく考えれば、 まともにとりあってもらえるわけがない。 「ご、ごめんね、 笑うつもりじゃなかったんだけど……」  ひとしきり笑いきり、 ようやく彼女は落ちついてきたようだった。 「いいけど、誰にも言わないでくれな」 「どうして?」 「また笑われるだろ」 「ふふっ、いいよ。約束するね」 「そういえばさ、まだ名前言ってなかったよな。 俺は五年の初秋颯太、よろしくな」 「旭鈴歌よ。わたしは、 四年生なんだけど、歳は君と同じかな」 「ん? どういうことだ?」 「ちょっとね、留年しちゃったんだ」  そういうことか。でも、珍しいな。 「理由、気になる?」 「まぁ、それなりに」 「じつはわたしのお父さん、 ヤクザの組長なんだ」 「それ、マジか?」 「うん。それで子供がわたししかいないから、 跡継ぎにって育てられたのよね」 「もちろん、ヤクザなんていやよ。 だから、ぜったい跡を継ぐ気なんて なかったんだけど」 「お父さんが二年前にがんになっちゃって、 もう仕事を続けられなくてね」 「このままじゃ旭会のみんなが路頭に迷う、 って言われたんだ」 「親戚みたいに仲良くしてくれた おじさんばっかりだったから、 すごく心苦しくて」 「休学して、今はわたし、ヤクザやってるんだ」  なんてぶっとんだ事情だ。 「……それって、危険じゃないのか?」 「うん、たまにね、そういうこともあるよ」  そんな軽く言われても…… 「シンガーソングライターに なりたいんだったよな?」 「うん、それは諦めてないよ。 だから、こうして時間があったら、 歌の練習してるんだ」 「そっか……」  ヤクザなんて、 俺には想像もつかない世界だ。  正直、なんて言ったらいいのか言葉に困る。 「あ、もしかして同情してくれてる? 君って優しいんだ」 「同情っていうわけじゃないけど、 俺がもしそういう状況になったら 真似できるのかなって思って」 「どうなの?」 「まぁ、無理だろうなぁ。 ヤクザなんて柄じゃないし、 暴力なんて見るのも嫌だよ」 「正直なんだ。女の子の前で カッコつけようとか思わないの?」 「それとも、わたしなんかじゃ カッコつける気にもならないのかな?」 「……からかうなよ」 「からかってないよ。 わたし、じつはずっと探してるんだ」 「何をだ?」 「わたしと結婚して、代わりに 跡を継いでもいいって言ってくれる人」 「ヤクザの娘ってだけで願い下げだろうから、 そんなこと言ったら、どんなに好きでも 相手にしてくれないだろうけど」 「旭なら、それぐらいの条件でも 呑んでくれる奴が山ほどいると思うぞ」 「あ、それってわたしのこと かわいいと思ってるってこと? 言質とっちゃった」 「別に嘘はついてないし、 客観的に見ても旭はモテると思うぞ」 「そぉ? じゃ、君は、 料理人とヤクザの組長を 両立する気ってない?」 「……え、て……」 「くすっ、ドキッてした? ウソだよー♪」 「お前な……」 「そんなに睨まないのー。 もっとからかいたくなっちゃうよ♪」  はぁ、とため息をひとつつく。 「あんまり嘘ばっかりついてると、 そのうち狼少年みたいなことになるぞ」 「くすくすっ、大丈夫よ。 わたし、そこまでウソツキじゃないから」 「本当かよ……」 「ホントだよ、この目を見て」  じーっと旭の目をのぞきこむ。 「ぷくくっ」 「笑ってるじゃねぇかっ!?」 「ご、ごめんごめん。 君があんまり真剣に見てくるから」 「そりゃ悪うござんしたね」 「くすくすっ、許す」 「そういえば、知りたかったんだけど、 お祭りの時の屋台ってヤクザの人たちが やってるって本当なのか?」 「どうかな? 知らないよ?」 「組長なのに?」 「ん?」  旭は疑問の表情を浮かべた後、 はっと気がついたように口を開く。 「それも信じてたんだっ。ウソだよー♪」 「はああぁぁっ!?」 「くすくすっ、ドキッてした?」 「なんでドキッとするんだよっ!? ポカーンッだよ、ポカーンッ」 「まぁまぁ、そんなに興奮しないでよ。 ヤクザとか組長とか、どう考えても 作り話でしょ? わたし、女の子だよ」 「いやまぁ、言われてみればそうなんだけど」 「それにこれぐらいで騙されてたら、 先が思いやられるよ」 「なに堂々と嘘つき宣言してるんだよ……」 「だって、わたし、ウソツキだから」 「開きなおったな」 「くすくすっ、騙されないように 気をつけないとねー」 「そうするよ……」 「さーてと、そろそろ帰らなきゃ」 「忙しいんだな」 「うん、今日はちょっとね。 ホントはもう時間すぎてるんだけど、 君に会いたくて待ってたんだよ」  一瞬、ドキッとしたけど、 すぐに思いなおした。 「嘘だろ?」 「うん、ウソだよっ」  やっぱりな。 「でも、半分はホントだよ」 「え…?」 「ウソだよー♪」 「なぁ旭、会ったばかりだけど、 ちょっとシメていいか?」 「あぁ、なるほどー。 わたし、女の子には 優しくしなきゃダメだと思うよ?」 「俺、男の子には嘘ついちゃだめだと思うぞ」 「ドキってしちゃうから?」 「金輪際、お前には ドキッてしないことにするよ」 「そんなこと言われると、 ますますドキッてさせたく なっちゃうんだから」 「旭は誰にでもそういうこと言ってるのか?」 「えっ? どうかな? 女の子にはよく言うけど、男の子に言うのは 君が初めてかな」 「あぁ、そう……」 「期待しちゃった?」 「いいや、どうせ嘘だろ」 「うぅん、これはちょっぴりホント。 じゃ、もう時間そうとうやばいから。またね」  旭は急ぎ足で立ち去っていく。 「……………」  ちょっぴり本当って……  反則だろ。どうしてくれるんだ……  いつものように畑仕事を終えて 裏庭にやってくると、旭が何やら 地面に落書きしていた。  何だろう、と近づいて見ると、 そこには五線譜が描かれていた。  彼女はそこに音符を書いたり、消したりを 繰りかえしている。 「それは何してるんだ?」 「作曲だよ。ちょうどいい曲が 思い浮かんだんだ」 「へー。作曲って、こんな譜面だけで できるものなのか?」 「譜面だけじゃ無理だから、 歌ってみたりしてるよ。ホントは ピアノを使うのが一番だけどね」 「じゃ、ピアノがあるところで やったほうがいいんじゃないか?」 「それ、暗に『帰れ』って言ってる? もしかして、わたし、邪魔なのかな?」 「いや、そんなことないけど。 旭が歌ってくれれば、こいつらも すくすく成長するしな」 「……じー……」 「なんだよ?」 「君ってさ、女の子より野菜が好きでしょ?」 「人聞きの悪いことを言わないでくれるか? それじゃ、俺が変態みたいだ」 「くすくすっ、でも、図星でしょ、変態さん」 「旭だって、男の子より、 歌が好きなんじゃないか?」 「えー、そんなことないよ。 恋愛しないといい曲なんて書けないしー」 「思いきり棒読みだぞ」 「くすくすっ、曲も詞も、 ピアノがあるところにいたからって 思い浮かぶとは限らないんだよ」  ん? あぁ、さっきの返事か。 「リンゴの樹があって、野菜がなってて、 青空が見える場所にいると、ふっと メロディがおりてきたりしてね」 「それに加えて カッコイイ男の子がそばにいたら、 言うことなしよ」 「最後ので分かった。嘘だろ」 「ウソだよー♪」  やっぱりな。 「簡単に言うと、息抜きみたいなものよ。 根詰めてもいいことないし」 「って言っても、 息抜きの間にも歌のことを 考えてるんだな」 「そうなるかな。でも、君だって 一日中、野菜のこと考えてそうな顔を してるよ」 「そりゃ考えてるよ。 こいつらは子供みたいなもんだからな」 「あ、それ分かるなぁ。 わたしもね、自分で書いた曲は 子供みたいって思うよ」  また変態呼ばわりされるかと思ったら、 旭は意外にも共感してくれた。 「完成した曲があんまり良くないな って思っても、すぐに切りかえて『はい次』 ってわけには、なかなか行かないんだよね」 「アレンジで何とかならないかな、 って延々といじくりまわしちゃう」 「そっか。 俺も野菜が病気や害虫の被害に遭うと、 それだけで落ちこんでさ」 「たくさんある内の一部だし、 被害をゼロにできないのは 分かってるんだけど」 「環境が悪かったんじゃないかとか、 あの時、アレをしてればとか いろいろ考えるんだよな」 「くすくすっ、 君って頭の中野菜でいっぱいで 彼女とかできなさそうだよね」 「余計なお世話だ…… そう言う旭だって彼氏がいるようには まったく見えないぞ」 「うるさいなぁ」 「「恋人なんて作ってる暇はない」」  見事にハモった。 「くすくすっ、やだ、真似しないでよ」 「そっちこそ」  そう言いながら、俺たちは笑いあう。 「だけど、普通の学校生活も 送ってみたかったな」 「って言っても、学生は学生だろ。 旭みたいな学校生活も アリなんじゃないか」 「あー、えっとね、わたし、 休学してるって言ったでしょ?」 「ちょっと待て。 それは本当だったのか?」 「うん、ごめんね。分かりづらくて」 「じゃ、けっきょく、なんで休学してるんだ?」 「……じつは今、わたし、 音楽関係の仕事をしてるんだ」 「……また嘘か?」 「それはホントだってば」 「音楽関係って言っても、 シンガーソングライターとは ちょっと違うんだけどね」 「でも、仕事ってことは プロってことだよな? 学生なのに?」 「まだまだだけどね。 それに同じ音楽関係の仕事でも、 やっぱり、やりたいこととは違うし」 「でも、十分すごいと思うけどな。 同い年でもう仕事してるなんて、尊敬する」 「そんなに堂々と褒められたら、 照れくさいなぁ」 「あぁ、そっか。仕事が忙しくて、 学校に通えないからってことなんだな」 「うん。今のお仕事も嫌いじゃないけど、 やっぱり、普通に学校いってたら、 どんな生活だったかなって思うんだ」 「実際、そこまで楽しいものじゃないと 思うぞ」 「君は青春してなさそうだもの。 参考にならないよ」 「う……」  悔しいけど、言いかえせない。 「そうだっ。いいこと思いついちゃった。 わたし、今すっごく久しぶりに 休暇中なんだ。夏休みもらっちゃったの」 「へぇ、それは良かったな」 「で、いいことって?」 「うん、せっかくの夏休みなんだから、 ずっとしたかったことをしようと思ったの」 「というわけで、この夏の間だけ、 わたしの同級生になってくれない?」  突拍子もない申し出だった。 「……えぇと、それは構わないんだけど」  同学年じゃないにしろ、 もともと同じ学校の生徒なわけだし。 「具体的にどうするんだ?」 「そんなに身構えなくても 学生ごっこに付き合ってあげると思えば、 それでいいんだよ」 「つまんない授業をしたり、 お弁当食べたりするってことか?」 「そうそう、それそれ。 夏休みの間も校舎は開いてるでしょ?」 「まぁ、部活してる奴もいるから、 校舎も開放されてるし、教室使っても 別に怒られはしないけどさ」 「じゃ、決まり。 明日からよろしく、初秋くん。 わたしバカだけど、勉強教えてね」  すっと旭が手を差しだしてくる。 「俺もそんなに頭良くないんだけど、 一緒に頑張ろうな」  握手に応じ、旭の手を握る。  すごく柔らかくて、心臓がドキドキした。  一段落つき、今日も裏庭へやってくると、 ちょうどリンゴの樹のほうから旭が 歩いてきた。 「や。待ってたよ。畑仕事はもう終わった?」 「あぁ」 「わたしもちょうど一区切りついたんだ。 そろそろ教室いこっか?」  旭があんまり自然に言うので、 俺は思わず笑ってしまう。 「何よ……笑わなくてもいいじゃない」 「悪い。旭ってほんっとに嘘が 上手なんだと思ってさ」 「どうせウソツキよ。あーあ、せっかく、 楽しく学生ごっこしようと思ったのになぁ」 「悪かったって。そんなに すねなくてもいいだろ」 「すねてないよーだっ。 楽しく遊ぼうと思ったら、初秋くんに水を 差されたけど、ちっともすねてないよー」 「いや、それすねてるよな……」 「はい、ダメー。やりなおし」 「やりなおしって、どうすればいいんだ?」 「そろそろ教室いこっか?」  あぁ、なるほど。 「おう。休み時間ももう終わるしな」 「あ、やばっ。あと1分しかない。 次の授業、遅刻したら半殺しにされちゃう 数学の先生じゃなかったっ?」 「そんなバイオレンスな先生は いないんだけどっ!?」 「急がなきゃ。初秋くんも遅れたら半殺しよ」  旭は全速力で校舎の中へ入っていった。 「おい、旭っ」  まったく、しょうがないな。 「駆けっこで男子に勝てると思うなよっ!」 「いっちばーんっ!」  勝利を宣言すべく 高らかと右手を天に突きだすと、 「初秋くん、廊下は走っちゃダメよ。 風紀委員として忠告するわ」 「つい直前まで風紀委員さんも 走ってましたよねっ!?」 「わたし、過去にはこだわらない主義よ」 「じゃ、俺のことも 許してくれていいじゃんっ!?」 「はいはい、これぐらいにしてあげるから、 席についてね。もう授業が始まるよ」 「……はーい」  なんだか腑に落ちないが ともかく席に座ることにする。  旭が先生役をするのかと思っていたら、 彼女はそのまま俺の隣に座り、 カバンからノートや筆記用具を出した。 「なぁ、これ、どうするんだ?」 「授業を受けるのよ」 「先生役がいないと授業にならないぞ」 「マンツーマンで授業なんていやよ。 それより、生徒同士で授業中に こそこそやったほうが楽しくない?」 「先生いないのに、こそこそするのか?」 「うん、先生はいる体でね」  うーむ、それどうやるんだ? 「あ……初秋くん……」  つんつん、と旭が俺の腕を ボールペンでつついてくる。 「何だ?」 「先生に当てられてるよ?」  はい?  ていうか、いつのまに 先生入ってきたことになったんだ? 「ほら、早く答えないと。ね?」 「……………」  無茶ぶりしやがって……  しょうがない。 「はい。問2の答えは32です」 「『今は国語の時間だ。廊下に立っとれ』 だってさ」 「さっき数学って言わなかったっ!?」 「ウソだよー♪」 「あのな……」 「くすくすっ、ほらほら、授業に集中して」 「はいはい」 「ねぇ初秋くん、問4なんだけど分かる?」 「あぁ、どんな問題だ?」  旭のノートを見る。 『わたしのこと、好き?』 「え……と……」 「嫌い?」 「いや、嫌いじゃないけど」 「じゃ、好き?」 「えぇと……」 「くすくす、顔真っ赤よ?」 「あ……からかったな…?」 「どーでしょー?」  おのれ、見てろよ。 やりかえしてやる。 「旭、先生に指されてるぞ。 問4を解けってさ」  言うと、旭はすぐに立ちあがって、 「はーい。先生、その問題は初秋くんが 分かると思いますっ」 「そんな答えは許されないよっ!」 「そんなことないよ。先生も、 『じゃ、初秋、黒板に答えを書いてみろ』 って言ってる」 「なんだ、この授業……」 「早く書きなよー」  まったく、目にもの見せてくれる。  俺はチョークを手にし、 問4の答えを黒板にデカデカと書いた。  「大好きだよ」 と。 「じゃ、証明してくれる?」  振りかえると、旭が目の前に立っていた。  彼女はゆっくりと目を閉じて、 ほんの少し顔を上げた。 「え、あの……旭…?」 「早く……恥ずかしいよ……」  とか言って、俺が戸惑ったところに、 例の 「ウソだよー♪」 っていう寸法だろ。  その手には乗らないぞ。 「いいんだな?」  と、俺は旭の両肩を抱くように 手をやった。  フリだって言うのに、 情けないことに手が震える。 「緊張してる?」 「初めてだからな」 「わたしも初めてだよ」  ゆっくりと旭の唇に、唇を近づける。 「後悔しないか?」  こくり、と旭はうなずく。  く……なんだこの チキンレースみたいな状況は…?  さらに顔を近づけ、 互いの吐息が唇に触れる。 「初秋くんの息、くすぐったいよ」  ここまで来ても、旭は まったく嘘だと言う気配はない。  これ以上、近づけば、 さすがに本当にキスしてしまうと、 俺はその場で固まっていた。 「先に、わたしから証明してもいい?」 「え…?」  ただでさえ至近距離なのに 旭がさらに顔を近づけてきて――  心臓がどくんっと跳ねた。 「――ウソだよっ」  唇が触れる寸前、 ほんのわずかの距離を残して、 旭がそう囁いた。 「……ちきしょう。 分かってたのに、また騙された」 「くすくす、まだまだだねー」 「ていうか、今のやり方は卑怯だろ。 勘違いして本当にキスされてたら、 どうするつもりだったんだ?」 「それはそれで嬉しいからいいんだけどね」 「……嬉しいって……どういう…?」 「ウソだよー♪」 「……その口、塞いでやりてぇ……」 「くすくすっ、できるものならやってみなよ」  どっと疲れて椅子に座る。  すると、旭もまた隣に座った。 「そういえば、初秋くんは好きな曲って 何かある?」  もはや授業はほとんど関係ないのに、 あくまで授業中の体で旭は 話しかけてくる。 「そうだな。まぁ、ありきたりなんだけど、 やっぱり――」  言おうとすると、唇を人差し指で 押さえられた。 「だーめ。 いま言ったらつまらないでしょ?」 「もしかして、歌ってみろとか 言う気か?」 「くすくすっ、明日、好きな曲のCDを 持ってきてって言おうと思ったんだけど、 それでもいいよ」 「嫌だよ。CD持ってくるよ」 「仕方ないなぁ。じゃ、それで許してあげる」 「上から目線だぞ」 「じゃ、代わりにわたしも何か 持ってきてあげよっか?」  何か、か。 「なら、得意料理を 作って持ってきてくれるとかは?」 「それ、いいね。楽しそう。 じゃ、明日はお弁当作ってくるから、 一緒に食べようよ」 「おう、分かった」  旭の手料理か。楽しみだな。  朝。学校に行く準備をした後、 CDプレイヤーのトレイを開けた。  中には、俺が好きな曲のCDが 入っている。 「ケースはどこだっけ?」  普段、これしか聴かないから、 CDはずっとプレイヤーに入れっぱなしだ。  ケースは買ってきた時に どこかにしまったはずなんだけど、 ちょっと記憶にない。  ガサゴソとCDケースを 捜してると、床に落ちていた リモコンを踏んだ。 「次のニュースです。コートノーブルが 一ヶ月の活動休止を発表しました。ファンの 間では落胆の声が広がっています」 「……へぇ、活動休止か。どうしたんだろう?」  まぁ、コンサートに行くわけじゃないから、 俺にはあんまり関係ないんだが。  テレビを消して、今度は棚を 一通り捜していく。 「あった、これだ」  見つかったCDケースに、CDを入れる。  さて、学校いくか。  畑仕事を終えて裏庭にやってきた。  辺りを見回すが、旭はいない。  ここにもいない、か。  となると、心当たりはひとつしかない。 「や。初秋くん、おはよ。 早く席につかないと先生きちゃうよ」 「……………」  なるほど。これがやりたくて、 先に教室に行ってたんだな。 「な、何よぉ? 別にいいでしょ」 「何も言ってないぞ」 「目が口ほどにものを言ってた」 「それは悪かったな」 「くすくすっ、悪くないけど、許す。 じゃ、授業始めよっか?」 「一時限目は何だっけ?」 「物理法則よ」 「『法則』は余計だろ」 「物理は苦手だから、 今日やる範囲を予習しておこっと。 初秋くん、教えてくれる?」 「いいけど、どこが分からないんだ?」 「79ページの超ひも理論よ」 「そんな高度な理論は出てこないからねっ」 「ごめんごめん、間違えちゃった。 79ページは量子力学だった。 シュレーディンガーの猫ね。にゃんっ」 「シュレーディンガーの猫は そんなにかわいらしくねぇっ!」 「ウソだよー♪」 「知ってるよ」 「ところで、フェルマーの定理って どうやって解くの?」 「もう物理ですらないよ……」  かくして、 今日もいいかげんな授業が始まった。 「んーっ、やっと休み時間だっ。 お弁当食べよっか? 約束通り、 作ってきたよ」 「お、いいな。それを待ってたんだ。 どこで食べる?」 「裏庭がいいかな。 今日はお天気いいし。 ちょっと暑いけど、平気?」 「なめるなよ。俺は毎日、炎天下の中、 畑の世話をしてるんだぞ」 「そうだった。じゃ、行こうよ」  旭が俺の手をつかむ。 「……………」 「ん? どうかした?」 「いや、何でもない」 「ウソだ、ドキッてしたでしょ?」 「……お前……」  ちきしょう。またやられた。 「初秋くんは、まだまだ修行が足りないかな。 ほら、早く行こうよ」 「手、つかんだままだけど」 「修行させてあげる」  そう言って俺の手をつかんだまま、 旭は歩きだした。 「いただきまーす」 「いただきます」  旭の持ってきたお弁当は、 タマゴのサンドイッチだった。  少し変わってて、 定番のゆで玉子を崩したものじゃなく、 オムレツになっている。  パンも見るからにふわふわで おいしそうだけど、味はどうだろう?  サンドイッチを頬ばり、もぐもぐと咀嚼する。  口いっぱいに蕩けるようなオムレツの旨味が 広がった。 「なんだこれっ、美味いぞっ」 「ふふーん、そうでしょ? とっておきの料理なんだからっ」 「オムレツにちょっと出汁が入ってるよな? これは何だろう? ブイヨンとか、 コンソメじゃないし…?」 「鰹節と昆布のお出汁だよ」 「そっか、道理でちょっと 和風っぽいって思ったよ。 へー、これ、パンに合うんだな」 「あとマスタードだろ。塩と、 このピリッとくるのはコショウ ……じゃないよな?」  サンドイッチのパンをめくって、 中身を見る。  くんくん、と匂いを嗅いでみた。 「あぁ、分かった。山椒か。 なるほどな」 「……じとー……」 「ん? どうした?」 「べっつにー。君って、料理にだけ 興味があるんだって思っただけよ」 「ん? どういう意味だよ?」 「どういう意味かなぁ?」  なんだよ、それ。 「おいしい?」 「あぁ、めちゃくちゃ美味いよ。 今度レシピくれないか?」 「くすくす、やだ」 「え、なんでだよ、いいだろ、別に? そしたら、今度は俺が 作ってきてあげるからさ」 「いらないもん」 「えー、なんだよ、ケチだなぁ」 「仕方ないなぁ。 じゃ、こんど持ってくるね」 「本当に? ありがとうなっ。 マジでありがとうっ!」 「くすくすっ、ウソだよー♪」 「そういう嘘やめてくれるっ!?」 「くすくすっ、ウソだよー♪」 「何がっ!?」 「だから、ウソだよって言ったのが、 ウソだってことだよ」 「あぁ、そう……」  ということは、 レシピを持ってきてくれるってことか。 「ありがとうな」 「うん、気にしないで。 お礼にフレンチのフルコースに 連れていってくれるんでしょ?」 「言ってないぞ」 「ドキッてした? ホントだよー♪」 「そこは嘘だろっ!」 「えー、分かんないー」 「分かんないじゃないよねっ?」 「くすくすっ、ほら、口に玉子つけて そんなに怒らないの」  旭の手が俺の口元に伸びてきて、 オムレツの欠片をとる。  それを彼女は自分の口まで運び、 ペロッと舌を伸ばして食べてしまった。 「くすくすっ、おいしいね」 「お、おう……」  こんなことぐらい何ともないはずなのに、 旭にされると妙にドギマギしてしまう。 「ん? もう一個食べる?」  俺の視線の意味を勘違いして 旭がサンドイッチを差しだしてくれる。 「あぁ、ありがとう」  サンドイッチを受けとり、ぱくりと食べた。  心臓がばくんばくんと音を立てていて、 今度は味がよく分からなかった。  お弁当を食べた後、俺たちはそのまま リンゴの樹の下で食休みをしていた。 「そうだ。CD、持ってきてくれた?」 「あぁ、ちゃんと持ってきたよ」  カバンからコートノーブルのCDをとりだし、 旭に見せる。 「すごいありきたりな趣味で、 恥ずかしいんだけど……」  と、そこまで口にして、 旭が驚いたような表情でCDケースを 見ているのに気がついた。 「えぇと、旭、どうした? もしかして、コートノーブルは 嫌いなのか?」  そういえば、旭がどんな曲を好きなのか 訊いていなかった。 「あ、うぅん……いいよね、コートノーブル。 わたしも好きだったから、ビックリしただけ」 「そっか。やっぱり、女子にも人気なんだな」 「初秋くんはどういうところが好きなの?」 「やっぱり、リンカの歌がすっごくいいよな。 天使の歌声って言われてるって聞いた時は、 そんな大げさなって思ったけどさ」 「実際、聴いてみると、誇張じゃなくて そうとしか思えないもんな。アイドルって いうのが信じられないぐらいだよ」 「それって偏見よ。アイドルにだって、 ちゃんと歌ってる人はいるんだから」 「だよな。中には本物っているんだなって 思ったよ。もともとアイドルも音楽も、 はっきり言ってぜんぜん疎いんだけどさ」 「コートノーブルだけは新曲出たら、 ついつい買っちゃうんだよなぁ……」 「……ファン、なんだ?」 「まぁ、いちおう。 っていっても、コンサートなんかには 1回も行ったことない程度だけどさ」 「でも、1回ぐらいは行ってみたいなぁ」 「そうなんだ。じゃ、だ、誰が好き…?」 「やっぱり、メインボーカルだし、 リンカかな」 「そっか……じゃ、好きな曲は?」 「そのCDに入ってる “木漏れ日のバラード”だな。 何たってリンカのソロだもんな」 「……ふーん、そうなんだ。そっか…… そっか……」  言いながら、旭は 心ここにあらずといったふうに 何やら考えている。  どうしたんだろうと 彼女の様子をうかがってると、 「……ね、面白いことしてあげよっか? 目、つぶってくれる?」 「何するんだ?」 「まだひみつ。ほら、早く目つぶって」 「あぁ」  言われた通り目を閉じる。  すー、と息を吸う音が聞こえた。  そして――  旭は“木漏れ日のバラード”を歌いはじめた。  まるでリンカそっくりの歌声で。  いや、それはちょっと語弊がある。  透き通るように綺麗なその旋律は、 何度も繰りかえしCDで聴いた リンカの歌声そのものだ。  思わず、俺は目を開いた。  すると、そこには コートノーブルのリンカがいた。  彼女はリンゴの樹の下で 気持ち良さそうに歌っている。 「あ……れ…?」  すぐには理解が追いつかなかった。  戸惑ってると、彼女は歌うのをやめて、 恥ずかしそうに俺のほうを見る。 「驚いた…?」  リンカにそう問われるも 俺はまだ呆然としていた。 「だ、騙してたわけじゃないんだから。 怒らないでね……」  ようやく頭がまともに動いてきた。  もともと、どう考えたって その結論しかありえない。 「……旭か?」 「あー、何よ、それー。 帽子とメガネがないと分からないって 言うの?」 「いや、分からないわけじゃないんだけど、 信じられないっていうか……」 「まさかリンカが自分の学校にいるとは 思わなかったでしょ」 「それもそうだけど、 旭がリンカだなんて思いもしなかったよ」 「リンカって本名なんだな」 「そうよ。カタカナにしただけ。 それだってほとんどの人は知らないのよ」 「そうなのか?」 「うんっ、コートノーブルは、 手の届かない存在っていうコンセプトの アイドルだから」 「メンバーの私生活は トップシークレットなんだ」 「そんなこと俺に言っても良かったのか?」 「あー、うん、ホントはあんまり良くないかな」 「でも、君にはウソつきたくなかったんだ」 「旭から『嘘つきたくなかった』って 言われると、ちょっと勘繰りたくなるけどな」 「くすくすっ、ごめんね、ウソツキで。 でも、これはホントよ」 「じゃ、信じるよ」 「ありがと」 「それにしても驚いたよ。 音楽関係の仕事をしてるって、 アイドルのことだったんだな」  旭はこくりとうなずき、 「二人だけの秘密にしてくれる?」 「あぁ。どっかに漏れたら大変だもんな。 約束するよ」 「良かった」 「そういえばさ、 旭ってシンガーソングライターに なりたいんだよな?」 「うん、そうだよ。どうして?」 「いやさ、アイドルだって歌手だろ。 シンガーソングライターとそんなに 違うのかと思って」 「ぜんぜん違うよ。コートノーブルだと ソロで歌えることって滅多にないし、 どうしてもアイドルって曲が多いし」 「それに、わたし、自分で曲を書きたいんだ。 コートノーブルにいると、ちょっとそれは 無理なんだよね」 「“木漏れ日のバラード”は、 リンカが作詞作曲じゃなかったっけ?」 「うん。それはたまたま機会があったから、 やらせてもらったんだ」 「でも、リンカでいる内は、 リンカの曲しか書けないから」  なるほど。 「確かにリンカはかなり猫かぶってるよな」 「……別に猫かぶってるわけじゃないけど…… なんて言うのかな? もう一人の自分が 舞台の上にいるってイメージ。分かる?」 「いや、そっち関係は全然わからない」 「えーとね、畑仕事してる時と 料理してる時って、ちょっと違う 自分だったりしない?」 「ん? んー、まぁ言われてみれば、 そんなような気もするな」  畑仕事をしてる時は穏やかな心だけど、 厨房に立つと戦場にいるみたいな気が するもんな。 「じゃ、コートノーブルで活動しつつ、 折りを見てソロデビューするのが 目標ってことか?」 「うん。わたし、いま夏休み中って 言ったでしょ。じつはわがまま言って、 この夏の間だけ休みにしてもらったんだ。 「それはまたどうしてだ?」 「コートノーブルはすぐに人気が 出ちゃったから、デビューしてから、 ずっと忙しくてね」 「その上、ソロデビューのために 曲作りや準備をしてたら、もう毎日、 目が回っちゃうぐらいなんだ」 「先月なんて睡眠時間が 毎日3時間ぐらいしかなかったし」 「そりゃ……死ぬな……」 「でしょ。だからね、いったん ゆっくりできる時間を作って、 もう一回考えてみたかったんだ」 「何を?」 「ホントにこの道でいいのかなって」 「同じ歳の子たちは、恋をしたり、 部活をしたり、普通の学校生活を 満喫してるでしょ」 「そういうのを全部捨てて、 歌だけのために頑張って、将来、 後悔したりしないかなって」 「一度、ゆっくり考えてみたほうが いいって思ったんだ」 「わたし、やりだしたら、 絶対に途中でやめられるタイプじゃ ないし」 「なるほど。で、考えてみて分かったのか?」 「うん。分かったよ。それも休暇初日に」 「早っ、なんだそれ?」 「せっかくの休みだから、 コートノーブルのことも歌のことも忘れて、 ゆっくりしようと思ったのね」 「だけど、いざ遊びにでかけてみると、 頭に浮かぶのは曲のことばかりだったんだよ」 「ショッピングしたり、かわいいカフェに 入ったり、おいしいケーキを食べたりしてね」 「その間ずっと、わたし、 『これをどうやって曲にしよう?』って そんなことばかり考えてた」 「そうするうちに、だんだん 歌いたくて歌いたくて仕方がなくなって、 けっきょくカラオケに入っちゃった」 「……なるほど……」 「呆れちゃった?」 「そんなことないさ。 本当に好きなんだな、歌が」 「くすくす、うん。 わたし、歌が一番好き」 「他の何を捨てても、 どんなに大切なものを失っても、 歌だけは絶対に失いたくない――」 「それが、よく分かったんだ」 「そっか。 そんなふうに思えるなんて、すごいな」 「君はそうじゃないの? 『料理人になる』っていう夢は 簡単に諦められる?」 「まぁ、簡単には諦められないけど」 「じゃ、ご両親に反対されたらどうする? 料理人なんかになるなら勘当だって 言われたら?」  うちの親がそんなことを言うとは 思えないけど、 「それは勘当されるしかないよなぁ」 「じゃ、彼女に料理人だけはやめてって 言われたら?」  彼女なんてできる気配すらないけど、 「その時は仕方ないから、 きっぱりやめるよ」 「料理人を?」 「バカ。付き合うのをだよ」 「くすくすっ、ほら、自分はまともだ みたいな顔して、初秋くんも わたしと一緒じゃない」 「いやいや、俺なんかが一緒っていうのは おこがましいよ。旭と違ってプロな わけじゃないし」 「そんなの関係ないよ。 夢を追いかけてる気持ちは 一緒でしょ?」 「それとも、 君の『料理人になりたい』って気持ちは そんなに大したことないのかな?」 「いやまぁ、そうだな。 気持ちだけなら誰にも負けないよ」 「わたしにも?」 「当たり前だろ。いつかドラゴンスープを 笑ったことを後悔させてやるからな」 「あ……もしかして、根に持ってる?」 「別に」 「ウソだー。ぜったい根に持ってるでしょっ? ごめんってば。だって、ドラゴンスープ なんて笑っちゃうじゃない」 「人の夢を笑うなんて、 旭はそういう奴なんだな」 「だ、だから、ごめんってば。許してよ」  俺はニカッと笑ってみせ、 「嘘だよ」 「えっ? ウソ?」 「やっと旭に一矢報いたな」 「……あー、何それ。ズルいんだから。 もう、ビックリさせないでよ……」 「騙されると意外と恥ずかしいもんだろ」 「……うるさいわね…… 別に、恥ずかしくないよ……」 「と、恥ずかしそうに言う旭だった」 「もー、何よっ。ばかぁっ。 そういうのイジワルって言うんだからっ」 「全部、旭が俺にやったことだけどな」 「…………ごめんってば…………」  騙すのは慣れてても、 騙されるのは慣れてないんだろう。  ポーカーフェイスを装おうとしながらも、 恥ずかしさを隠せないでいる旭は、 すごくかわいかった。 「謝らなくても、別に 怒ってるわけじゃないからな」 「……それなら、いいんだけど」 「でも、旭はゆっくり考えるために 休暇とったのに、初日に答えが出て 残りの休みはどうするんだ?」 「あぁ、うん。せっかくだから、 この夏の間だけ、諦めてきたことを やろうと思って」 「コートノーブルのお仕事をしてると、 できなかったことがたくさんあるから」 「へぇ。例えば?」 「普通の学校生活を送ることとか?」 「あぁ、だから、学生ごっこを したいなんて言いだしたんだな」 「うん。君のおかげで、すっごく 学生気分を満喫できちゃった」 「授業やら何やら、全部適当だけど、 こんなんで良かったか?」 「わたし、歌でトップを目指す分、 他のことには高望みしないんだ」 「まぁ、普通の授業に出ようと思っても 大騒ぎになるだろうしな」 「そういうこと」 「他の諦めたことは?」 「学校生活の延長かもしれないけど、 クラスメイトのカッコイイ男の子と 付き合ってみたかったな」 「それ、旭が言うと ぜんぜん説得力ないな」 「えっ? どうして? わたしだって 女の子なんだから、恋をしたいって 思っても不思議じゃないでしょ?」 「そうじゃなくてさ、 リンカなら好きな奴と付き合い放題だろ?」 「それ、なんだか悪意のある言い方ね」 「そりゃ、羨ましいからな。 俺なんか、好きな女の子ができたところで 付き合える可能性は著しく低いんだぞ」 「くすくすっ、何それ、ただの嫉妬なの?」 「そうだよ。旭はその気になれば すぐだろうけど、俺なんかその気になっても、 どう転ぶか分からないからな」 「でも、わたしは学校に通えないもの。 その点、初秋くんは毎日学校に 来られるんだから、チャンスがあるでしょ」 「毎日毎日、体操服で汗だくになって 畑仕事してる男の、どこにチャンスが あるって言うんだ?」 「あー、なるほど」 「いや、ちょっとは否定してくれないかな?」 「でも、否定する材料が見つからないから」 「あぁ、そう……」 「くすっ、ウソだよー♪」 「お世辞でも嬉しいよ……」 「でも、憧れるよね。 日直で好きな男の子と二人きりになって、 ドキドキしながら一緒に日誌を書いたりとか」 「自転車で二人乗りをしながら、 下校したりとか?」 「うんうん。あと授業中に誰かに 見つからないかなって緊張しながら、 隣の席の好きな男の子と手をつないだりっ」 「放課後、教室に残って、 二人きりになったらキスしたり?」 「それそれっ、いいよっ、すごくいいっ」  俺たちは興奮したように 憧れのシチュエーションを語り、 そして、はっとした。 「……だんだん、空しくなってくるね……」 「……あぁ、ちょっとな……」 「……あの、さ…… 初秋くんは、キス……したことあるの?」 「あるわけないだろ。旭は?」 「わたしもあるわけないじゃない……」 「だよな」  しばらく、沈黙が流れた。 「……キスしてみよっか?」 「……え…?」 「ずっと憧れてた同級生の男の子と 教室でキスってしてみたかったんだ」 「憧れてた…?」 「そこはほら、理想と現実は違うから、 妥協してあげる」 「妥協かよ……」 「君もわたしで妥協してよ。 どうせこのままだとキスもしないで 卒業しちゃうんでしょ?」 「それはまぁ、そうなんだけど…… こういうふうにキスするのって どうなんだ?」 「じゃ、キスじゃなくて、キスごっこ。 それならいいでしょ?」  キスごっこって、けっきょく 同じ気がするけど…… 「……ダメ、かな? わたしじゃいや?」 「……………」  あぁ、分かった。  どうせ、またいつもの 「ウソだよー♪」 が くるんだろう。  まったく、何度も同じ手を使いやがって。 「……いいよ。むしろ旭以外じゃ、嫌だ」 「良かった。じゃ、えと……し、しよっか?」 「おう」  互いに一歩、歩みより体を寄せあう。  旭が目を閉じて唇を俺に近づけてくる。  彼女の背中を抱いて、 俺も唇をそっと近づけていき―― 「ん……ちゅ……んん……んはぁ……」  あ……れ…?  予想だにしなかった感触を 唇に覚えた。 「あ……んん……んちゅ……ん……はぁ……」  旭とつながっている箇所から、 まるで電流が流れたみたいになって 全身が痺れていく。  呼吸が苦しくて、胸が詰まり、 心臓が大きな音を立てて鳴っている。 「初秋くんの唇、すごく柔らかくて あったかいよ」  唇を重ねながらも、旭は囁いてくる。 「あぁ、うん……」 「どうかした?」 「旭とキス、してるなって、思って……」 「どんな気持ち?」  俺は考える。 そして、率直な気持ちを述べた。 「すごく嬉しい」 「わたしも、すごく嬉しい」 「嘘かと思った」 「ウソが良かった?」 「嘘じゃなくて良かった」 「ウソじゃないよ」  そんな会話を交わしながら、 互いに互いの唇を求めあう。 「あ……ん……れぇろ……」  旭の舌が俺の唇を割って入ってきて、 口内をぺろりと舐める。  頭の中が蕩けそうなほど 柔らかい感触に、俺は体を震わせた。 「旭、舌が……」 「気持ち悪い?」 「いや……すごく、いい」 「良かった。わたし、初秋くんのこと、 もっと感じたいんだ」 「分かった」  今度は俺のほうから舌を伸ばし、 旭の舌に絡みつかせる。 「あ……んっ、ちゅっ……んちゅ…… れぇろ、れろ……あっ……んはぁ……」  旭の舌はすごく柔らかくて、おいしくて、 俺は夢中になって舐めまわしていく。 「あ、あぁ……んれぇろ……んちゅ…… んあぁ……はぁ……れぇろれちゅ…… んっ……んちゅ……んはぁ……」 「……キス、上手だね。 ホントはしたことある?」 「ないよ。旭が初めて。 そっちこそ慣れてるみたいだけど」 「慣れてなんかないよ。口の中を 舐められるなんて、胸がすごく ドキドキして、恥ずかしくて仕方ないよ」 「じゃ、やめる?」 「うぅん、もっとしてよ」  唾液を交換するように 互いの口の中へと舌を入れる。 「ん……れぇろ……んちゅ……んあぁ…… あ……ふぁ……れろれろ、ぺろぺろ、 んはぁ……ちゅ……ちゅあ……」  まるで全神経が口に集中したかのように、 旭の唇と舌で頭の中がいっぱいだ。  温かくて、気持ち良くて、 胸が張り裂けてしまいそうだった。 「みんな、こんなことしてるんだね」 「羨ましいよな」 「うん、羨ましい」  言いながら、また、唇を押しつけ、 口内へと舌を入れる。 「んちゅ……んあぁむ……あ、んん…… んはぁ……ふぁ……れろ、れぇろ…… んっ、んちゅぅっ……」  長く、長く俺たちはキスを交わした。  そうして、どちらからともなく、 静かに唇を離す。  二人の口の間に、白い糸が引かれた。 「くすくすっ、キスしちゃったね」  何でもないことのように、 旭は笑う。 「旭は余裕なんだな」 「ん? なぁに? 初秋くんは ドキドキしちゃって仕方ないってこと?」 「……そうだよ」 「そういう素直なところ好きよ」  「好き」 と言われて、 心臓が一瞬、大きく跳ねた。 「いいこと思いついちゃった」 「何だ?」 「初秋くんって彼女欲しくない?」 「それはまぁ、人並みにな」 「わたしも彼氏が欲しいんだ」 「でも、そんな暇はないんだろ?」 「うん、初秋くんもね」 「まぁな」 「だから、提案。この夏の間だけ、わたしと 付き合ってくれないかな?」 「……夏の間だけ?」 「うん。だって、休暇が終わったら、 わたし、そういうことをしている時間も なくなるんだ」 「それに初秋くんだって、彼女にかまけて やりたいことをやる時間がなくなったら、 困っちゃうじゃない」 「だから、夏の間だけ、 君の彼女にしてくれないかな?」  何と答えたものかと、 俺は返事に困る。 「いや、でも、そういうのは――」  口を塞ぐように旭が人差し指を 押しつけてきた。 「リンカなら好きな奴と付き合い放題、 って言ったのは君でしょ?」 「……まぁ、そうだけど……」 「君がそう言うから告白したのよ。 ちゃんと責任とってよね」  これ、告白って言うのか…? 「『夏の間だけ』って言われるとは 思ってもみなかったからさ」 「さっきだって キスごっこに付き合ってくれたでしょ」 「それは、まぁ……」 「今度は恋人ごっこに付き合ってよ」  じっと旭が俺のことを見つめてくる。 「ダメかな…?」  彼女の本心は分からない。  だけど、断れば、 もうここには来てくれないような気がして、  俺は笑顔でうなずいた。 「いいよ。俺もちょうど旭みたいな恋人が 欲しかったところだ」 「良かった。じゃ、よろしくね」 「あぁ、よろしく」  そう言って、互いに唇を寄せて、 「ん、ちゅ……んん……ん……んはぁ……」  俺たちは恋人ごっこを始めた。  畑仕事を終え、教室にやってきた。 「や。おはよ。初秋くん。遅刻ぎりぎりよ」 「悪い。畑仕事が長引いた」 「初秋くんっていっつもそうだよね。 わたしより、野菜のほうが好きなんだ?」 「そんなことないって。 旭のほうが好きに決まってるだろ」 「くすくすっ、ホント? 無理してない?」 「してないよ。旭こそ、歌の練習してる時は 俺のことなんかすっかり頭から 忘れてるように見えるけど?」 「うぅん、そんなことないよ」 「本当か?」 「当たり前じゃない」  顔を見合わせ、俺たちは笑った。 「いや、ぜったい嘘だろっ」 「うんっ、ウソだよー♪ でも、君だってそうじゃない」 「いやいや、俺は本気で好きだよ」 「野菜が?」 「当たり前だろ」 「ウソツキだーっ」 「旭に言われたくないな」 「あ、それ、もう禁止よ。 わたしは君の彼女なんだから、 他人行儀に呼ばないで欲しいな」 「あぁ……そうか。 って、そっちこそ、初秋くんとか 他人行儀じゃなかったっけ?」 「何か言った、颯太?」 「何も言ってないよ、鈴歌」 「ふふ、くすくすっ、あははっ、 あー、おっかしい」 「鈴歌って、けっこう笑い上戸だよな」 「それは君が笑わせるからだよ」 「ドラゴンスープとか言ってか?」 「あー、まだ根に持ってるんだ。 ごめんってば。ホントに悪かったと 思ってるんだから……ぷくく」 「嘘つけよっ!」 「怒らない怒らない。よく考えてみてよ。 わたしの将来の夢はドラゴンソングを 歌うことだって言ったら、どうする?」 「う……」  ぐうの音も出ない。 「でも、今はちょっと楽しみにしてるよ。 君が将来ドラゴンスープを作るのをさ。 できたら、ちゃんと連絡してね」 「連絡したら、ちゃんと食べにくるか?」 「もちろんっ。一番最初に食べたいな」 「じゃ、一番最初に鈴歌に食べてもらうよ」 「ありがと。ぜったい約束よ?」 「あぁ」 「お、予鈴だな」 「ね、今日サボっちゃおっか? デートしよ」  授業サボってデートか。 「それ、俺も一度やってみたかったよ」 「でしょー。わたしもなんだ。 じゃ、新渡町にいこうよ」 「あぁ。でも、鈴歌が行くと 大騒ぎにならないか?」 「大丈夫、帽子かぶってメガネかけてれば、 けっこう気づかれないものよ」  確かに俺も鈴歌が自分からばらすまで 正体に気づかなかったもんな。 「ただ、いざという時のために、 いつでも逃げる準備はしておいてね」 「なかなかハードそうなデートだな」 「楽しそうでしょ?」 「まぁな。じゃ行くか」 「そういえば、どこか行きたいところは あるのか?」 「うん。一度でいいから、 行ってみたかったところがあるんだ」 「へぇ。どこだ?」 「こっちよ。ついてきてくれる?」 「あぁ」  鈴歌の後について 新渡町の通りを歩いていく。 「はいっ、ついたよ」 「……なるほど。ここかぁ」  こいつは、困ったな。 「かわいいカフェでしょ? 一度でいいから、こういうところに 彼氏と入ってみたかったんだ」 「そうか……それなら、 似たような店が近くにあるぞ」 「え、なんで? ここはダメなの?」 「いや、なんていうか、ここはちょっと 非常に良くないことが起きる気が するんだよね」 「くすくすっ、何それ。 気のせいよ。ほら、入ろうよ」  鈴歌が俺の手を引き、 ナトゥラーレのドアを開く。 「いや、ちょっと待ってくれ。 その前に言っておくことが――」 「ん? 愛の告白? 中で聞くよ」 「そうじゃなくて――」 「いらっしゃいませー、 何名様です……か…?」 「二人です」 「じー……」 「……………」  見られてる、 ものすっごく見られてる。 「いや、あの、これはだな……」 「カップル席にご案内しましょうか?」 「あ、えぇと……それでいい?」 「あぁ」  ていうか、カップル席なんて名称の席は ないんだけど…… 「こちらへどうぞ」  友希に案内されて 俺たちは二人席に座った。 「ご注文がお決まりの頃、また伺いますね」  にっこりと笑って、友希は去っていった。 「メニュー、色々あるね。 何にしよっかな?」  鈴歌が俺にも分かるように メニューを見せてくれる。 「俺はアイスキャラメルマキアートかな」 「あ、それも、いいな。少しわけてよ」 「いいよ」 「じゃ、わたしのも半分こしようよ。 これかわいいな。トロピカルジュース」 「あぁ、おいしいと思うよ」  夏の新メニューでマスターの力作だ。 「じゃ、これにしよっと。 飲み物だけでいいよね?」 「あぁ」 「すいませーん」  鈴歌が呼ぶと、まやさんがやってきた。  一瞬、まやさんは俺のほうに視線をやり、 何事もなかったかのように営業スマイルを 浮かべた。 「アイスキャラメルマキアートと トロピカルジュースをください」 「アイスキャラメルマキアートと トロピカルジュースですね。 かしこまりました。少々お待ちください」  まやさんが注文をとって、 去っていく。 「お待たせいたしました。 アイスキャラメルマキアートの お客様は…?」 「…………はい……」  なんでフロアがこんなに暇なのに マスターが来るんだ…?  俺は奥のほうに視線をやった。 「……………」  友希がそしらぬ顔をしながら、 さりげなくこっちの様子を うかがっている。  あいつ、チクったな…… あとで覚えておけよ。 「こちらがトロピカルジュースに なります」 「わぁ…!!」  見本と違ってトロピカルジュースには 数種類のフルーツが盛りつけられていた。  しかも、ストローはまさかの二本だ。 「見本とぜんぜん違うんですね…?」 「本日はカップル限定のサービスを いたしております」  嘘だ……そんなサービスはないはず…… 「ありがとうございます」 「いえいえ。それでは、お客様、 ごゆっくりお過ごしくださいませ」 「……………」 「ね。見て、颯太。かわいいね。 それにほら、ストロー二本あるよ」 「あぁ、そうだな……」  そこにはなるべく触れてほしくなかったが。 「……一緒に飲もっか?」 「いや、でも……恥ずかしくないか…?」 「ちょっとね。でも、したいよ。ダメ?」  そんなにかわいらしく頼まれたら、 断れないんだけど…?  俺は周囲にざっと視線を巡らせる。  よし、誰も見てないな。 「じゃ、やろうか」 「うんっ」  鈴歌はトロピカルジュースのストローに 口をつけ、もう一本のストローを俺のほうに 向けてくれる。  俺は周囲を警戒しながらも、 そっとストローに口をつけた。 「……くすくす、なんか、すごく恥ずかしい」 「あぁ」 「でも、楽しいね。 一回やってみたかったんだ」 「俺もだよ」  そう言って俺たちは トロピカルジュースを飲みはじめる。  その瞬間―― 「……颯太って、いつのまに あんなかわいい彼女作ったのかなぁ…?」 「『最近、遊んでくれない』って 言ってなかった?」 「うん、目標がはっきりしたとか言って、 彼女とイチャイチャしてたんだぁ……」 「ゴホッ、ガハッ、グフゥ!!」  めちゃくちゃむせた。  ていうか、あいつら何こっそり のぞき見してるんだ…… 「くすくすっ、大丈夫? 変なところ入っちゃった?」  鈴歌がハンカチをとりだして、 俺の口周りを拭こうとする。 「じ、自分でできるよ……」 「なに恥ずかしがってるの? かわいいんだからっ」 「そういうわけじゃないけど……」 「いいから、じっとしてて」  口についたトロピカルジュースの水滴を 鈴歌がハンカチで拭ってくれる。 「……うわぁ……ラブラブだぁ……」 「友希、そんなに見ないの」 「えー、そんなこと言って、 まやさんだって気になってるくせに」 「颯太が彼女連れてきたって マスターが言ってたぞ。 どいつなんだ?」 「うん、あそこにいるかわいい子」 「……ホントだ……あいつ、 まひるが遊びに誘ったのに断ったのは、 彼女ができたからだったのか……」 「でも、まだデートしてるだけで、 付き合ってるとは限らないかな」 「二人でジュース飲んでましたよ?」 「うん。でも、颯太くんだし」 「……あいつはそういう奴なんだ。 まひるが確かめてくるんだ」 「あ、ちょっと、まひるっ」 「ね。さっきから、見られてる気がしない?」 「ん? あぁ、そんな気が しないでもないけど……」  実際、見られてるからな。 「どうしよう、もしかして 気がつかれたのかも?」  あ、そうか。確かに見られてたら、 そう思うよな。 「……じゃ、出るか?」 「……でも、せっかく来たんだし、 もう少しゆっくりしたいよ」 「……そうだよな」 「……ちょっとバレちゃったのか、 確かめてくるね」 「どうするんだ?」 「ちょっと話しかけてきてみる」 「それはやめたほうが……」 「心配しない心配しない。 こういうことは慣れてるんだから」  と、鈴歌は立ちあがり、 友希たちのほうへ歩いていこうとする。  そこでばったりとまひるに出会った。 「……え、まひるちゃんっ…!? あ……」  鈴歌は、しまった、というような表情を 浮かべた。 「まひると会ったことある人?」  鈴歌もまひるも芸能界で仕事をしている。  一緒のテレビ番組に出たことも、 一度や二度じゃなかったはずだ。 「あ、うぅん。 本物の小町まひるちゃんだと思って ビックリしちゃっただけよ」  さすが、嘘つき。うまくごまかしたな。 「そっか。そういうこともあるな。 勘違いしちゃったな」  さすが、まひる。鈴歌の正体には まったく気がついてないみたいだ。 「ちょっとまひるは訊きたいんだけど、 教えてくれる?」 「うん、なぁに?」 「お姉さんは颯太と付き合ってるの?」 「えと……付き合ってるんだけど…… 『颯太』…?」  まひる、空気を読んでくれ…… 「友希、やっぱり颯太と付き合ってるんだ」 「あははっ、まひる。 颯太が空気読めって顔してるわよ」 「なんでだ? まひるは訊きたいことを 訊いただけなんだ。何にも悪いことは してないんだっ」 「ごめんね、颯太くん、彼女さん、 騒がしくしちゃって。すぐに退散するから」 「……えっと……知り合いだった?」 「悪い。言うタイミングを 思いっきり逃したんだけど、 俺、ここでバイトしてるんだ」 「あー、そんなこと言っちゃって。 本当はあたしたちにからかわれるのが 嫌だったんでしょ?」 「別にそう言うわけじゃないって」 「え、そうなの? じゃ、訊きたいんだけど、 どんな具合だった?」 「いきなりなに訊いてんのっ!?」 「うんとね、挿れた時の具合とか?」 「具体的に説明しろとは言ってないっ」 「あたしより良かった?」 「こらーっ!!」 「おまえっ、それは二股かけたってことか? まひるは知ってるんだ。二股する男のことを 最低って言うんだぞっ!」 「いや、まひる、頼むから、 今は話に入ってこないでくれ。 誤解が広がるから」 「なんでだっ。まひるだけ仲間外れかっ」 「このっ、このっ、このっ」 「やめろっ、痛い痛いっ、分かった分かった」 「こら、まひる、そのぐらいにしなさい」 「……うん」 「友希も、あんまりからかっちゃ かわいそうでしょ」 「はぁい」 「ごめんね。もう邪魔しないから、 ゆっくりね」 「ありがとうございます、まやさん」 「どういたしまして。その代わり、 今度ゆっくり、馴れ初め聞かせてね」 「……………」  逃げられそうにないな。 「分かりました」 「やったぁ。 じゃ、こんど根掘り葉掘り訊いちゃおっと」 「お前に話すとは言ってないぞ……」 「あんなこと言ってるわよ、まひる。 どう思う?」 「ヒーキなんだ。ヒーキは良くないんだ。 きっと、まやねえのことだけ好きなんだ」 「あー、そういえば、まやさんと颯太って 怪しいところあるかも」 「分かった分かった! 今度ゆっくり話すから、 今はとっとと失せてくれ」 「はぁい、まひる行こっ」 「うんっ、そろそろまひるのオムライスが できる頃なんだ」 「……本当にごめんね。ごゆっくり」 「あー、すごい気まずかった」 「くすくすっ、ごめんね。 でも、最初に言ってくれればいいのに」 「言おうと思ったら、その前に 鈴歌に連行されたんだよ」 「だって、まさか偶然バイト先だなんて 思わないでしょ。ビックリしたんだから」 「俺もナトゥラーレに入りたいって 言われた時はビックリしたよ」 「でも、颯太ってアレだね。 ぜんぜん女の子と無縁っていう顔してたのに、 女の子の友達はたくさんいるんだ」  じとー、と鈴歌が責めるような視線を 向けてくる。 「いや、バイトしてれば 友達ぐらいできるって」 「ずいぶん仲良さそうだったよね」  なんだ、この笑顔の重圧は…? 「ふ、普通だと思うけど……」 「まひるちゃんと仲良しだなんて 知らなかったし、あんなまひるちゃんも 初めて見たなぁ」 「……そ、そうかな…… まぁ、あいつは裏表が激しいからな」 「どうして、あんなにまひるちゃんと 仲いいの?」 「別にそんなに仲がいいわけじゃ……」 「もう一人の子とは、 ずいぶんはっちゃけた話を してたよね? 具合がどうとか?」 「友希は単にそういう性格なんだって」 「友希? ふーん、名前で呼ぶんだ」 「その、幼馴染みだからな」 「それで、もう一人の礼儀正しい子には、 ずいぶんと親切にされてたよね」 「まやさんはバイトの先輩だから、 いつもお世話になってるって言うか」 「颯太は女の子と話すのに慣れてるから、 わたしともすぐに意気投合できたんだ。 そっかそっか。ふーん。へー」 「……………」  これは、もしや…? 「鈴歌、ヤキモチ焼いてるのか?」 「……そうよ。悪い…? だって、彼氏が知らない女の子と 楽しそうに話してるんだよ」 「せっかく、二人きりで 楽しくカフェしようと思ってたんだから」 「君をとられたみたいな気分になったの。 ヤキモチぐらい焼くよっ」  鈴歌の台詞に、俺は笑ってしまった。 「笑わないでよ。本気なんだから」 「いや、悪い。でも、鈴歌って、 けっこう俺のこと好きなんだな」 「……えっ? うん、そうみたい…… 恋人ごっこなのに……ね……」 「……君は、どう?」 「どうって?」 「どうは、どうよ。 だから、わたしのこと、 けっこう好きとか、ないの…?」 「そうだなぁ」 「……………」 「そんな不安そうな顔するなって。 俺もそうだよ」 「まひるや友希やまやさんよりも、 断然付き合うなら、鈴歌だ」 「……そ、それぐらいじゃ許さないんだからっ。 罰として、 わたしを君の家に連れていきなさい」 「これから?」 「そうよ。ダメなの?」 「いいけど、家はたぶん今、誰もいないぞ」 「いいじゃない。そっちのほうが イチャイチャできるよ」 「イチャイチャするのか?」 「するよ。だって、罰なんだから」 「……罰にならないと思うぞ」 「じゃ、罰になるぐらい、してあげる。 ほら、行こうよ。どっち?」 「……あぁ、こっちだ」 「ね。いま照れたでしょ?」 「別に、そんなことは」 「えー、ぜったい照れてるよ。かーわいい」  そんなふうにからかわれながら、 自宅へと向かった。 「ここが俺の部屋な。 まぁ、適当に座って」 「うん、ありがと」  そう言いながらも、鈴歌は座らずに キョロキョロと部屋の様子を 見ている。  妙に緊張するな。 「くすくすっ、本棚は漫画ばっかり。 好きなんだ?」 「あぁ。鈴歌は漫画読まなさそうだな」 「うん、小さい頃は読んだんだけどね。 少女漫画とか。でも、今は全然かな。 読む暇もないし」 「どれかオススメある?」 「そうだな。オススメっていっても、 もともと『面白い』と思ったのしか買わない から、鈴歌の好み次第なんだけど」 「じゃ、これはどんな話? “鬼が行く”」 「まぁ、簡単に言えば、 鬼の力を持った武士たちが 刀で戦いまくる話だな」 「じゃ、これは? “鎧袖一触”」 「簡単に言えば、色んな武芸、格闘技を 修めた戦士たちが、己の五体だけを 武器に戦いまくる話だ」 「じゃ、これは? “リバイアサンッ!!”」 「銃規制のなくなった日本の特区で、 荒くれ者同士が銃を使って戦いまくる話だ」 「……颯太は戦いに飢えてるの?」 「いやいや、少年漫画なんて そんなもんだって。大抵が何かと 戦いまくる話だよ」 「そうなんだ」  鈴歌が“リバイアサンッ!!”の一巻を ペラ読みする。 「どうだ?」 「うん。みんな撃たれすぎてて 血がいっぱい出てて、体が痛くなるよ」 「無理して読まなくていいぞ」 「わたしでも読めそうなのって ないのかな?」  鈴歌は本棚を物色していき、 「あれ? 二重になってるんだ? 後ろのも漫画?」  まずい。 「いや、後ろのは全っ然面白くないからっ!」 「あ、その反応怪しい。ちょっと見せてよ」 「こらっ、やめろっ、 何か分かってるよね?」 「うん、だから見たいんだよ」 「だめだってっ!」  抵抗空しく、鈴歌は本棚の奥に 隠してあった本を手にした。 「……“絶頂おっぱい”…… こういうのが好きなんだ…?」 「……好きっていうか、まぁ……」 「……男の人って、おっぱいが好きなの?」 「それは、当たり前だろ……」 「そ、そっか。そうなんだ……」  すごい、気まずいんだけど…… 「なぁ、そろそろいいか?」 「じゃ、もうひとつだけ教えてくれる?」 「何だ?」 「これを読んで、颯太はどうするの?」 「……………」  それを答えろって言うのか。 「それはだいたい知ってて訊いてるんだよな?」 「う、うん。そうよ。 でも、ホントにそうなのかなって、 思うじゃない」 「アイドルが気にすることじゃないと思うな」 「アイドルだって知りたいよっ」 「まぁ、だから…… 鈴歌が考えてる通りのことだよ」 「一人で、しちゃうの?」 「……………」  こくり、とうなずく。  いいかげん恥ずかしいんだけど。 「じゃ、これは大事なんだ」 「正確には“大事だった”かな」 「ん? どういうこと?」  こうなったら開きなおって、 反撃に出てやろうと思った。 「今日からはもう必要ないってことだよ」 「どうして?」 「鈴歌がいるからな」 「くすくすっ、あははっ、 真面目な顔してなに言ってるの?」 「……………」  そんなに笑われると、 ものすごいショックなんだけど…… 「ただの恋人ごっこなんだよ。 そこまでできるわけないじゃない」 「……………」  反撃どころか、返り討ちにあった気分だ。 「くすくすっ、がっかりした? ウソだよー♪」 「……えっ?」  どくん、と心臓の音が響いた。 「嘘って、どういうことだ…?」 「ウソってことだよ」 「ただの恋人ごっこなんだろ?」 「だから、ウソだよ。 ただの恋人ごっこじゃないんだから」 「いつから?」 「最初から」 「最初…?」 「ウソだよ」 「鈴歌と話してると、 訳が分からなくなるんだけど?」 「わたしもだよ。もうとっくに 訳が分からなくなってるんだから」 「それ、どういうことだ?」 「“いいよ”ってこと」 「本当に?」 「うん。いいよ。わたしの初めて、 もらってくれる?」 「……………」  恋人ごっこが嘘でも、 そうじゃなくても、きっと、 この日々は長く続かないだろう。  だから、本当にいいのかと 自分自身に問いかけた。  だけど、答えはひとつだ。 それだけが、唯一はっきりしてる。 「俺は、鈴歌のことが好きだよ」 「うん。わたしも。来て」  初めて見た鈴歌の乳房はすごく綺麗で、 俺の視線は自然と吸いよせられるように 釘付けになった。 「あんまり……見たらダメだよ…… 恥ずかしいんだから……」 「そんなの無理だよ」 「もう……そんなにおっぱいが好きなんだ…… えっち……」 「触っていいか?」 「うん……いいよ。優しくしてね」  こくり、とうなずき、その豊かな胸に そっと触れた。  鈴歌のおっぱいはすごく柔らかく、 まるで俺の手に吸いついてくるかのようだ。  少しずつ手に力を入れると、 くにゅっと乳房が形を変える。  手に跳ね返る弾力がとても気持ち良くて、 ゆっくりと彼女の胸を揉みはじめた。 「あ……んんっ……やぁ……んっ…… あ……あはぁ……ん、んん、ふぅ、 はぁ……んんっ、あっ……」 「ど、どうかな…? わたしのおっぱい、ちゃんとしてる?」 「あぁ、すごく柔らかくて、 気持ちいいよ。痛くないか?」 「うん……痛くないけど、 君に触られてるとすごくドキドキする」 「じゃ、もっとドキドキさせてあげるよ」  そう言って、さっきより少し強めに 鈴歌のおっぱいを揉んでいく。 「あ……んあぁ……あぁ…… あぁっ、んんっ……やぅっ…… んんっ、は……あぁっ……」  乳首がピンと勃ったので そこを指で撫でた。  コリコリと堅い突起を弄ぶかのように 指で撫でまわす。 「あっ、あぁっ、ん……あぅっ…… ひゃっ……あぁっ……んっ…… やだぁっ、んんっ……あぅっ……」  もう片方のおっぱいも左手で つかみつつ、そこにも指を這わせる。 「あっん……両方っ、あっ……ん…… あ、変だよっ、わたし、んっ…… すごく、体がっ、気持ちいいっ……」 「乳首、感じるんだな」 「……そうなのかな…? 君に乳首を触られてると、 体が宙に浮いたみたいになるよ」 「……もっと、してくれる?」 「あぁ」  鈴歌の要求に応えて 両方の乳首を指でつまみ、 コリコリと転がしていく。  つーっと乳首を撫で、ぴんっと弾くと、 鈴歌は背中を反らせ、気持ち良さに 体を震わせる。 「胸、さわられると、こんなに、 気持ちいいんだね。知らなかった。 んんっ、あぁっ……やだっ、あんっ」 「んんっ、あぁ……やだぁ……んんっ…… あぁ、恥ずかしい、でも……あぁ、 気持ちいよぉっ、あっ……んん……」  乳首をいじくりまわされて顔を真っ赤に しながらも、感じてしまう鈴歌が とてもかわいいと思った。 「やっ、あんっ、んんっ…… あっ、もっと、そこ、乳首…… すごく、いいよ……あぁぁっ、やっ」  乳首から指を離し、 今度はおっぱいをわしづかみにして、 くにゅっ、くにゅぅっと揉みしだいていく。 「あっ、やはぁっ、ん……あ…… いい……それも、あは……んん…… あっ、やだぁっ、頭、おかしくなるよぉ」 「そんなに、したら、ああぁっ、やだよ。 あっ、ダメだよ、わたし、あんっ…… こんなに、気持ち良くなって、あはぁっ」 「鈴歌、すごくえっちだよ」 「え……あっ、やだ、ウソ、やだよっ、 えっちじゃないっ、んっあはぁっ…… わたし、違うよ……あっ、んっ……」 「だって、胸を揉まれてるだけで すごく気持ちいいんだろ?」 「んっ……そうだけど、でも……やぁっ、 やだぁ、ちょっと、とめて、あっ、 やはぁっ、んんっ、あ……あぁぁっ!」  俺の手から逃れようとする鈴歌だけど、 胸を揉まれるたびに快感で体がよじれて しまい、どうすることもできない。 「ん……もう、君だって、えっちじゃない。 ちょっと待ってくれてもいいのに……」 「鈴歌のおっぱいが気持ち良すぎて 1秒たりとも待てないよ」 「もう。しょうがないんだから。 じゃ、好きにしていいよ」 「そうする」  と、口を開き、舌を伸ばす。 「あ……え、何するの? ちょっと待ってよ…?」  ピンと勃った乳首に俺の舌が触れる。 瞬間、鈴歌はびくっと体を震わせた。  乳首のコリコリとした食感が 舌に伝わってくる。  唾液でベトベトにするかのように 俺は彼女の胸を舐めまわした。 「やっ、あんっ……乳首、あぁっ、 感じちゃうよっ、ああぁっ……君の舌、 すごく、気持ちいいっ、あふぁ……」  片方の乳房を手でいじくりまわし、 もう片方の乳房に口をつける。  舌を乳首に這わせ、ちゅうちゅうと 吸いあげてみた。 「んっくぅぅ、もう……やぁっ、 赤ちゃんみたいなんだから…… あぁっ、んっ……やだ、もうっ!」 「そんなに、吸ったら、 おかしくなっちゃう。わたしの乳首、 おかしくなっちゃうよっ」  鈴歌はぐっと体に力を入れる。 快楽に耐えているかのような様子が すごく扇情的だ。 「鈴歌の乳首、すごくおいしいよ」 「ばかぁっ、えっちなんだからぁ…… わたし、こんなの初めてなのにぃ…… あっ、んん……やぁ……」  恍惚とした表情を浮かべる鈴歌に 劣情を催して、俺の股間はズボンの中で はちきれそうになっている。  鈴歌のおっぱいから、 手と口を離した。 「あ……あれ…? どうしてやめるの…? 疲れちゃった?」 「いや、ごめん。もう、したくて仕方ない」 「……そうなんだ。いいよ。 わたしも、早く君としたい」  ズボンとパンツを脱ぐ。  露わになったペニスは もう堅く勃起していた。 「くすくす、おっきいよ。 そんなの、わたしの膣内に入るのかな?」 「どうなんだろう?」  なにぶん俺も初めてだ。  緊張しながらも彼女の秘所に そっと手を触れてみる。  くちゅ、と水音が響いた。 「あっ……ん……あぁ…… ど、どうするの?」 「触っただけだよ。 鈴歌のここ、すごく濡れてるから、 たぶん、大丈夫だと思う」 「良かった。じゃ、早く来て。 君と一緒になりたいよ」 「痛かったらごめんな」 「そんなの、気にしないでよ。 君がくれるんだったら、わたし、 痛みでも嬉しいんだから」  その言葉が嬉しくて、 胸が彼女への愛おしさでいっぱいになる。  俺は鈴歌の腰に身体を寄せて、 大きく勃起したち○ぽを膣口にあてがった。 「あ……ん……はぁ…… 君のが当たってるのが、分かるよ」 「挿れるよ」 「うん。ゆっくりしてくれると、嬉しいな」 「分かった」  ぐっと腰に力を入れて、 徐々にち○ぽを鈴歌のおま○こに 挿れていく。  亀頭が徐々に膣の中に埋没していき、 鈴歌が苦しげな表情を見せながら、 声を漏らした。 「大丈夫?」 「うん、平気よ。もっと挿れても大丈夫だから」  そう言われて、俺はさらに腰を前に 突きだした。  誰も入ったことのない鈴歌の膣内を めりめりとかき分けるようにして、 俺のち○ぽが入っていく。  絡みついてくる膣に圧迫されて、 下半身には感じたことのない快感が 溢れていた。 「あっ、はぁ……ふぁ……あぁ…… 大丈夫だよ。もっと挿れても、平気だから」  さらに腰に力を入れると、 ぐぐっとち○ぽが膣内に入りこんでいき―― 「あっ、んあぁあぁぁぁ……はぁ…… んんっ、あ、ふあぁぁ……」  鈴歌の膣から処女が散った証が こぼれてきた。 「痛いか?」 「……うん、痛い、よ。 でも、嬉しいな。君とこんなふうに なりたかったんだ」 「俺もそうだよ」 「……いつから?」 「そうだな……まだ自覚は してなかったかもしれないけど、 たぶん――」 「「初めて会った時から」」  声が揃ったことに、俺は驚く。 「嬉しい。わたしも、そうだったから」  つながったまま優しく彼女の身体を抱いた。 「……鈴歌、好きだ」 「うん。わたしも大好き。動いていいよ」 「痛くないのか?」 「君のことが好きすぎて、 痛みなんて感じないよ」 「それより、早く気持ち良くしてあげたいよ」  鈴歌がわずかに腰を動かす。その仕草が とても卑猥で、俺のペニスが膣内で さらに硬度を増した。 「あ……ん……君の少し、 おっきくなってない…?」 「なってるよ。すごく興奮したから」  言って、ゆっくりと腰を 前後に動かしはじめる。  カリとヒダが擦れあい、 鈴歌の膣内からはとろとろと 愛液が漏れてきた。 「あっ、んん……はぁ……気持ちいい?」 「あぁ、すごく、いい。 自制が利かなくなりそうだ」 「あっ、んん……はぁ……くすくすっ、 いいよ……君の好きなようにして、 わたしは、大丈夫だから……」 「でも……」 「いいから、君のおち○ちんで、 わたしの膣内をもっとかき混ぜてほしいよ」 「……アイドルがそんなこと言うか?」 「くすくすっ、アイドルに おち○ちん挿れてる気分はどうなの?」 「そんなのすっごく嬉しいに決まってるだろ。 激しく動かないように我慢するのも一苦労だよ」 「ふふっ、いいんだよ。 今はわたし、君だけのアイドルなんだから」  鈴歌の言葉をきっかけに、 俺は理性のタガが外れたかのように 激しく腰を振りはじめた。  クチュッ、クチュッとち○ぽと おま○こが擦れる音が淫らに響き、 鈴歌が喘ぐように声をあげる。 「あっんっ、すごく、ああぁっ、 激しくなったよ? んっ、ふあぁっ、 興奮しちゃったの?」 「そりゃ、興奮するよ。 鈴歌にあんなこと言われたら」 「良かった。ちょっと恥ずかしかったんだから。 あっ、んんっ、やぁっ、やだっ、んん…… はぁはぁっ、んん、ひゃっ、あんっ!」  ぐりぐりと柔らかい膣内を かきまわすようにペニスを突きいれ、 ぐいっと引きぬいていく。  やがて、苦しげにしていた鈴歌の表情に 快感の色が混ざりはじめた。 「あっ、んんっ、どうしようっ? わたし、あぁっ、気持ち良く、なって きちゃったよ」 「どうしようって、痛いより、 ずっといいだろ」 「だって、恥ずかしいよ。恥ずかしいところ、 見られちゃうっ、あぁんっ!」 「見せてくれよ。鈴歌の恥ずかしいところ、 すごく見たい」  鈴歌を感じさせようと さらに激しく腰を振る。  愛液がどんどんと溢れてきて、 彼女の膣内はもうグジュグジュだった。  奥の奥までペニスを突きいれると、 びくんっと彼女は体を震わせ、 まるでブリッジをするように背中を反らす。 「やだっ、激しいよっ、わたし、こんなの、 知らないっ、すごいよっ、ああぁっ、 気持ち良くて、ああぁっ、やだぁっ!!」  気がつけば、鈴歌は快楽を求めるように みずから腰を動かしていた。  ペニスが彼女のおま○この中で より激しく擦れあって、 今にも射精してしまいそうだ。 「あっ、やだ、んんっ……あ、あぁ、 やだ、やだやだやだっ、すごいっ、 あぁっ、何か、くるよぉっ…!!」  きゅちゅう、と膣が俺のペニスに 吸いつき、精液を絞りとろうとしてくる。  彼女はがくがくと体を震わせながら、 訳が分からないといったように ただ嬌声をあげていた。 「ね……どうしよう? わたし、 イッちゃうのかも……何か、くるの、 気持ち良くて、我慢できないよぉ」 「あっ、あっ、んんっ、あぁっ、 やだぁ、くるぅっ、こんなの、 知らないよぉ、あ、や、はぁぁんっ!」 「イッていいよ。俺も、そろそろ」  そう言うと、鈴歌のおま○こが さらにきゅうっと俺のち○ぽを きつく締めあげてきた。  彼女は淫らに腰を振りながら、 快楽の虜になってしまったと言わんばかりに 恍惚とした表情を浮かべている。 「ああぁっ、イッちゃう、わたし、もうっ、 イッちゃうよぉっ。君のおち○ちんで、 イッちゃうっ、あっ、あぁぁっ、やらぁぁ」 「ん・ん・んんんんーーーー、ああぁぁぁぁ、 もうっ、あぁぁっ、イクゥゥ、あぁっ、 ひぃあぁぁ、イクよぉぉぉっ!」  ぐぐぐぅぅっと鈴歌の全身に力が入り、 彼女は思いきり身体を反らす。  きゅうきゅう、とおま○こが ペニスに吸いついてきて、 俺にも限界が訪れた。 「あぁあぁああぁあぁぁ、イックゥゥゥゥゥゥ ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!」  彼女がイクのと同時、俺のち○ぽから 放たれた精液が膣内にどくどくと 流れこんでいく。  ペニスを引きぬくと、 なおも出続けていた精液が 彼女の身体にかかった。 「……あ……君の精液…… こんなにかかっちゃった……すごい…… たくさん、出たね……」  鈴歌はとろんとした表情で 身体にかかった精液を ぼんやり眺めている。 「気持ち良かった?」 「あぁ、すごく、良かった」 「……わたしも……すごく良かったよ。 ビックリしちゃった…… えっちって、すごいんだ……」  そんな感想を漏らしながら、 お互い、脱力したように ベッドに倒れこむ。 「鈴歌、好きだよ」 「くすくす、1回えっちしたぐらいで 調子に乗っちゃダメよ。 わたしはアイドルなんだから」 「……………」 「ドキッてした? ウソだよー♪」 「そんなこと言うと嫌いになるぞ」 「やだ。ごめんってば。ごめんね。 ちょっと口が滑っただけなの。許してよ」 「まぁ、分かってたけどな」 「何それ、ズルいよぉっ」 「あんまり振りまわされてばっかり いられないからな」 「……今に見てなさいよ。 ぜったい騙してあげるんだから」 「いやいや、もう十分騙しただろ。 そんなに俺を騙したいのかよ……」 「くすくすっ、どーでしょー?」  言いながら、鈴歌は俺にぎゅっと 抱きついてくる。 「ね、土日は学校あいてないんだよね?」 「あぁ。あと俺はどのみちバイトだ」 「そうなんだ。ね、じゃ、 月曜日に海に行かない?」 「海か。いいな。行こうよ」 「くすくすっ、やった。楽しみね」 「あぁ」  話してるとだんだん眠気がやってきて、 俺たちはそのまままどろみに落ちていった。  待ちに待った月曜日。  学校の裏庭に着くと、 鈴歌が待っていた。 「や。おはよ。くすくすっ、 すごい久しぶりな気がするよ」 「俺も。土日会ってないだけなのにな」 「何してた?」 「土日か。まぁ、朝から晩までバイトだな。 うちはけっこう学生客が多くてさ。 夏休みだから、大忙しだったよ」 「鈴歌は何してたんだ?」 「君のことばかり考えてた」 「……そ、そうか……」  面と向かって言われると ちょっと照れるな…… 「くすくすっ、ウソだよー♪」 「……ほう。じゃ、これから、俺のことしか 考えられない身体にしてやろうか…?」  鈴歌に折檻してやろうと 彼女の手をつかむ。 「やだっ、ウソ、ウソだよー。 ごめんってば。許してよ」 「嘘って?」 「だから……ホントに君のことばかり 考えてたよ…?」  どうしよう。ものすごくかわいい。 「ね。行こっか。海の前に 新渡町で遊びたいんだけど、どうかな?」 「あぁ、いいよ。楽しそうだな」 「良かった。じゃ、早く行こうよ」 「今日のしたいことは何なんだ?」 「やっぱり、デートの定番を 押さえときたいなって思ったんだ」 「ていうと、ショッピングとか?」 「そうそう、カラオケとか、 ボウリングとかっ」 「どれからにする?」 「それじゃ、ボウリングからにしようよ」 「じゃ、こっちだな」  ボウリング場に向かおうとして、 ふとコートノーブルの看板が 視界によぎった。  看板のリンカの姿と、 目の前の鈴歌の姿を見比べる。  うーむ、改めて思うけど、 本当にアイドルなんだよな。 「何よ、そんなに見て。 恥ずかしいよ」 「いや、こんな超人気アイドルと 一緒に歩けて嬉しいなって」 「そうなんだ…… わたし、今は君だけのものだよ」  そんなことを言ってくれる かわいらしい唇に視線が引きよせられる。  って言っても、こんな街中で するわけにはいかないが―― 「ん……ちゅ……」  あ……れ…? 「くすくすっ、違った?」 「違ってないけど…… 見られたらどうするんだよ?」 「大丈夫大丈夫。 週刊誌の人とかはいないから」 「週刊誌の人はいなくても 普通の人はいるぞ」 「気にしない気にしない。 だって、君とキスしたかったんだから」 「……二日してないわけだしな」  と、若干ピントのずれたことを 言ってしまう。 「じゃ、残り二日分とり返そうよ」  鈴歌は唇を寄せてくる。 「んちゅ……んん……ん……あ……んはぁ……」  俺たちは人目も憚らず 二日分のキスをした。  その後、鈴歌の要望通り、 ボウリング場に行き、1ゲームだけ プレイすることにした。  鈴歌が勝負したいと言ってきたので ハンデを50つけて、ボウリングを 始めた。 「あー、すごいっ、ストライクッ! なんでそんなに上手なのっ!?」 「まぁ、これが畑仕事で鍛えた、 グリップの強さってやつだ」  結果、俺のスコアは127点、 鈴歌のスコアはハンデを入れて、 119点でなかなか接戦だった。  ボウリングの後は 軽くブティックを見て回り、 そしてカラオケに入った。  何曲か歌った後、鈴歌が採点機能が あることに気がつき、またしても 勝負を挑んできた。  歌じゃさすがに勝てるわけない と思ったけど、どちらにしても遊びだ。  俺は一番高得点が狙えそうなアニソンを歌い、 87点を出した。  一方の鈴歌は―― 「“木漏れ日のバラード”って 鈴歌の歌じゃんっ。大人気ねぇ……」 「わたし、負けるの嫌いなんだ。 さっきのボウリングの借りは、 ここで返すからねっ!」  曲が始まると、鈴歌はまるでここが コンサート会場だと言わんばかりに 大熱唱する。  感動して思わず拍手をするほどだったけど、 果たして結果は――? 「ウソ……86点……」  なんと俺の勝ちだった。 「あー、久しぶりに歌った。 楽しかったなっ」 「……うん……わたしは 負けっ放しだけどね…… 歌でも君に負けるなんて」 「いやいや、カラオケの採点なんて 上手い下手とは関係ないだろ」 「むしろ、本人のほうが点数が出にくくなる って聞いたことあるぞ」 「そうだけど、悔しいよ…… わたし、歌じゃ誰にも負けたくないのに……」 「ただの遊びだしさ」 「じゃ、君はただの遊びで料理対決して、 わたしの料理のほうがおいしい って言われたら、どう思うの?」 「そんなもん、絶対リベンジだよ!」 「ほらー、そうでしょ。それにいつか お仕事でカラオケ対決があるかもしれないし」 「今度、たくさん練習してくるから、 またカラオケ付き合ってよ」 「お、おう……」  二度と勝てないような予感がした。 「じゃ、そろそろ海いこっか」  鈴歌がいるので人気の少ない場所を探して 砂浜をしばらく歩いた。  すると、ほどなくして ほとんど人がいないところに出た。  まぁ、勝手知ったる地元の海なので 最初から当たりはついてたんだけど。  ともあれ、水着に着替えて 鈴歌を待ってると、 「や。お待たせ」  振りむくと、水着姿の鈴歌がいた。  彼女の綺麗な身体のラインが くっきりと出てて、俺は完全に 見とれてしまった。 「もう。なんで、そんなに見てるの? ダメだよ」 「……悪い。あんまり綺麗だったから……」 「そ、そう? ありがと…… 君だって日焼けの跡、すごいと思うよ」 「……それ、バカにしてるだろ」 「くすくすっ、してないよっ。 だって、首と腕のところが こんなにくっきり。カッコイイよ」 「嘘つけっ。ただの部活焼けだよ」  炎天下の中、毎日畑に出ていれば 自然とこうなる。  自分で言うのもなんだが 正直ダサい。 「うーん、すごく気持ちいい。 お仕事以外で普通に泳ぎにくるのなんて もう何年ぶりかな?」 「ね、早く泳ごうよ。ほらっ」  鈴歌に引っぱられて 海に突っこむ。 「ふふっ、冷たいよっ。くすくすっ。 そういえば、颯太は泳ぎ得意なの?」 「まぁ、そこそこだな。 毎年泳いでるし」 「そうなんだ。あ、いま気がついたんだけど、 君って近くで見ると筋肉けっこうあるよね。 こことか」  鈴歌がつんと胸をつついてくる。 「ふふっ、くすくすっ、かたーい」  すごくくすぐったい。 「鈴歌は思ったより、細いよな。 こんなんで踊ったり歌ったり大丈夫なのか? 特にここは筋肉ないよな?」  すっ、と彼女の胸に手を伸ばす。 「ダメだよっ、どこ触ろうとしてるの? そんなことすると、こうだ」  つんつん、と鈴歌が俺の乳首を 突いてくる。 「あ……ちょ……こらっ……」 「感じちゃった?」 「そ……そんなわけないだろ」 「えー、そうかな? じゃ、もっとしちゃうよ」  と、鈴歌が乳首を撫でまわしてくる。 「待て待てっ、それ以上はやばいって」 「んー? 何がやばいのかな? 感じちゃうってこと?」 「……そこまでするんなら、 やりかえされる覚悟はできてるんだろうな?」  負けじとこっちも鈴歌の乳首に 指を伸ばす。 「あっ、やだやだっ、ダメだってばっ。 きゃー、助けてよっ。えっちなこと されちゃうよっ」 「そっちが先にしてきたんだよねっ」 「知らない知らないっ。忘れちゃったよー」  水音を響かせながら、鈴歌とじゃれあう。 「あ…!! ね、今いいメロディを思いついたんだ。 聴いてくれる?」 「あぁ、いいよ」 「ん〜ふ〜〜ん〜ふふ〜♪ ん〜ふふふ〜♪ ふふ〜ふふふ〜ふ〜ん〜ふふ〜♪」 「さ、どんな歌詞がいいかな?」 「え……て、俺に言われても……」 「何でもいいから言ってみて」 「そうだな、さっきのメロディなら、 俺的には――」 「クワを片手に、大地を耕すんだ。 アーイ・ラブ・ベジタブルッ♪」 「くすくすっ、それやだよっ」 「いやいや、意外といけると思うぞ。 歌ってみたらどうだ?」 「やーだよっ」 「うぷっ」  思いっきり、水をかけられた。 「こら、何するんだっ」  お返しに両手で思いっきり、 水を飛ばす。 「きゃー、冷たいよっ」 「まだまだ行くぞ」 「きゃっ、やだ、もう降参だよっ。 助けて助けてっ」  言いながら、鈴歌は砂浜のほうに 逃げていく。  そしてこっちを振りかえって、 「ね、アレしない? せっかく買ってきたし」 「あぁ、そうだな。やろうよ」  俺も砂浜に戻って準備をした。  「アレ」 が何かと言うと――  これだ。 「あはっ、揺れるっ、すごく揺れるよっ。 落ちちゃう、落ちちゃうよっ」 「鈴歌、暴れるとなおさら危ないぞっ」 「そんなこと言われても、 上手くバランスとれないよっ」  波に揺られながら、俺たちは バナナ型フロートの上で必死に バランスをとる。 「あ……分かった。 こうするといいんじゃないかな?」  鈴歌は腰をくねくねと動かしながら、 揺れるフロートに合わせて バランスをとりはじめた。 「いや、鈴歌、それは……」  彼女の身体と俺の身体は ぴたりと密着している。  そうすると、鈴歌が腰を動かすたびに 当然、俺の下半身はお尻と擦られるわけで――  むくり、むくりと目覚めはじめる。 「どうかしたの?」 「どうかしたって言うか……」  海パンの中にあるそれは、 あたかも皮を被った一振りのバナナと 化していた。 「あ……もう…… なんでこんなところで おっきくしちゃうかな…?」  どうやら、鈴歌も気づいたようだ。 「なんでって、鈴歌がお尻を 擦りつけてくるから……」 「ばか……そんなこと言わないでよ…… 恥ずかしいよ」  言いながらも、彼女は後ろ手で 俺の股間に手を触れる。 「……わ……もう、こんなになってる……」  ぷにぷにとした柔らかい手で ち○ぽをいじくりまわされて、 俺の理性が飛んでいく。 「鈴歌、そんなにしたら、 俺、我慢できないんだけど……」 「くすくすっ、そうなんだ。 じゃ、このまま手でしてあげよっか?」 「手じゃ我慢できないよ。 鈴歌の膣内に入りたい」 「え、だけど……こんなところじゃ…… できないよ…?」 「大丈夫だよ」  彼女の水着に手をかけて、横にずらす。 「え、あの、な、何するの? ちょっと待って、そんなの無理だよ…?」  露わになった彼女のおま○こに ち○ぽをあてがう。  鈴歌も興奮していたのか、 もうそこはびしょびしょで、  ぐっと腰に力を入れると、 彼女の膣内にち○ぽがスルッと 入ってしまった。 「あ……ん……んん……あぁ…… ウソ……こんなところで、 入っちゃったよ……」 「鈴歌の膣内、もうすごい濡れてる……」 「だって……君のおち○ちんが おっきくなってたから…… 想像しちゃうよ……」 「想像したら、濡れるのか?」 「……濡れる、よ…… わたしだって、君とこういうこと したいんだから……」 「でも、こんなところでなんて、 あ……んんっ……」  波に揺られる振動で ち○ぽと膣がゆっくりと擦れあう。  それが気持ちいいのか、鈴歌は フロートにぎゅっとしがみつきながら、 わずかに身体を震わせた。 「あっん……そんなに、すぐ、 動いちゃダメだよ……あっ、ん、わたし、 挿れたばかりで、すごく敏感だから……」 「って、言われても…… 波で揺れてるから、勝手に 動いちゃうんだけど……」  俺のち○ぽは鈴歌の膣内に 深く挿入しているだけで、 まったく動かしてない。  けど、フロートが波に揺られる 不規則な振動で、ち○ぽは勝手に 鈴歌のおま○こにねじこまれる。 「やっ、ん……ダメだってば……あっ、 んっ……ホントに、勝手に揺れてるのっ?」 「本当だって……じっとしてるだろ……」 「じゃ、一回、抜いて……よっ…… わたし、んんっ、あぁあっ……ひゃっ、 ……あ……今、すごく敏感で……」 「……分かった……」  フロートから落ちないように、 ゆっくりとち○ぽを引きぬいていく。  その最中にも鈴歌のおま○こはピタッと 吸いついてきてて、ヒダに擦れる感触に 頭が痺れた。  あと少しでち○ぽが抜ける、 というところで、大きな波が フロートを襲った。 「あっ、きゃっ、いっうぅぅぅ…!!」  俺たちの身体は一際大きく揺れて、 その拍子に抜けかかったち○ぽが 膣の奥までぐんっと入った。  なおもぐらぐらと揺れの余韻が残り、 まるでピストン運動を繰りかえすように ち○ぽが鈴歌の膣内で小刻みに動く。 「抜いてくれるって言ったのに、 そんなにしたら、ダメだよっ」 「いや、俺もそういうつもりじゃ ないんだけど、揺れが酷くて」 「ウソだよ、そんなんで、 きゃっ、あんっ、だから、君、 そんなにしたら、ダメだよ……」 「いや、本当にしてないって。 鈴歌のほうからやってみたら分かるよ」 「ホントに? じゃ、わたしから、抜くね。 おち○ちん、動かさないでよ。 ん……んん……あ……」  鈴歌はわずかに腰を浮かし、 俺のち○ぽをゆっくりと 引きぬいていく。  しかし、ふたたび大きな波が来て、 振動とともに俺のち○ぽは また鈴歌の膣内を抉る。  さらに第二波、第三波が押しよせ、 ペニスは膣壁をぐりぐりと突くように おま○この中で暴れまわる。 「……だから、言っただろ」 「……こ、今度はうまくやるから…… ん、んん……」 「いや、ちょっと待ったほうが、 まだ揺れてるし……」  鈴歌が腰を浮かすも揺れでバランスを失い、 俺のほうに体重がかかる。  当然、引きぬかれそうになった ち○ぽは逆戻りをするように おま○この奥を強く突いた。  ち○ぽを抜こうと鈴歌が腰を浮かしても、 揺れによっておま○こを何度も突かれる 格好になってしまい、彼女は身体を震わせる。 「あっん……ダメっ、こんなに揺れたら、 あっ、はぁっ……無理だよっ、あっ、 わたし、ん、力、入らなくなるよ……」  鈴歌はいったん諦めるも、フロートは 波によって揺らされ、俺たちの身体に 絶妙な振動を与えてくる。  何度も何度も、とろとろのおま○こに ち○ぽを突き刺す形になり、次第に 俺の我慢も限界に近づいてきた。 「ん……あ……なに? きつい、よ……ね、大きく、なってるよ、 ダメだよ……」 「だめって言われても 鈴歌の膣内が気持ち良すぎて……」 「きゃっ、あんっ、また揺れて…… んっ、あぁっ、あふぅっ……んんっ、 そんなに突かれたら、わたし……」  大きな波が襲われて フロートが縦揺れする。  ぐちゅっ、ずきゅっ、と鈴歌のおま○こを 貫くかのように、俺のち○ぽがぐいぐいと 膣内を蹂躙していく。 「んっ、もう……どうしよう…? わたし、こんなところで、こんなこと してるのに、気持ち良くなってきちゃったよ」  彼女の膣からは愛液が溢れでてきて、 俺のち○ぽをぐっしょりと濡らしていた。 「鈴歌の膣内、すごいぐしょぐしょに なってるよ」 「……ばか。君のおち○ちんの せいなんだから。責任とってよ……」 「じゃ、もうちょっとこのままでいいか?」  鈴歌がこくりとうなずくと、 ふたたび彼女と俺の身体が揺れて 腰と腰が密着する。  おま○この奥に当たるぐらいに ち○ぽが挿入されて、鈴歌はがくがくと 気持ち良さそうに身体を痙攣させる。 「やっ、んんっ、君のおち○ちんっ、あっ、 すごく、気持ちいいっ、あんっ、こんなの、 あぁっ、やだっ、あっあぁんっ……」 「気持ち、いいよっ。最初の時より、すごく、 いいっ。あぁっ、わたしっ、こんなのっ、 恥ずかしくて、でも、あっ、あっ、ああっ」 「どうしよう? わたし、もっと動いてほしい。 もどかしいよ。君のおち○ちんを、もっと、 おま○こで感じたいよ……」 「じゃ、腰、ちょっと浮かせて」  鈴歌がわずかに腰を浮かせる。 俺は下半身にぐっと力を入れて 激しく動きはじめた。  ぐちゅうぅっ、ちゅじゅぅっと ち○ぽを突きだすごとに、鈴歌の おま○こからは卑猥な音が漏れる。 「あはぁぁっ、すごいよっ、君のおち○ちんが、 わたしの膣内で、びくびく暴れてるのが、 分かるよっ、わたし、あっ、あぁっ!」 「いいっ、もうっ、あぁぁっ、我慢できないよ。 んんっ、こんなのっ、知らない。初めてだよ。 あっ、あんっ、もうっ、あっはぁぁっ!!」  もっと快楽を求めようと 鈴歌が淫らに腰を振りはじめる。  ち○ぽをぱっくりと咥えこんだおま○こが 鈴歌の動きに合わせて、ちゅじゅっ、 じゅちゅぅ、と卑猥な音を響かせていた。 「ああぁっ、わたし、イキそうだよ…… こんなところで……イっちゃうよっ、 あっ、ああぁっ、あああっぁぁっ!」  鈴歌がさらに激しく腰を振ると フロートがバランスを失い、 がくんっと揺れた。  あわや転覆というところで、 何とかバランスを立てなおす。  しかし、フロートはまだ海面を ゆらゆらと大きく揺れている。 「鈴歌。あんまり、動いたら、 ひっくり返るよ」 「……う、うん。ごめんね……」 「揺れが収まるまで、 ちょっと待って」 「うん……」  ゆらり、ゆらりとフロートは 振り子のように大きく揺れており、 その振動が俺たちに快感を与えてくる。  もどかしそうに鈴歌はその快感に 身体を震わせてたけど、やがて、 また腰を少しずつ動かしはじめた。 「鈴歌、まだ危ないよ……」 「えっ、あ……ウソ……やだ…… 止まらないよ、んっ、わたし、もどかしくて、 あっ、腰が動いちゃうよ……」 「あっ、ダメっ、やだ、やだよぉ…… 恥ずかしいよっ、あっ、ん、ウソ、ダメっ、 あっ、んんっ、ああぁっ、あはぁぁっ…!!」  まるで我を忘れたかのように 鈴歌は激しくを腰を振り、俺のち○ぽを ひたすら求めてくる。  フロートは大きく縦揺れをしているが 俺ももう我慢の限界で、鈴歌の呼吸に 合わせるように腰を突きだしていた。 「あぁぁんっ、あぅっ、わたし、もうっ、 無理だよっ、こんなの、我慢できないよっ、 あっ、ああぅっ、あはぁぁっ、やぁっ!」 「あぁあぁっ、ダメっ、もうっ、わたし、 あぁぁっ、イクッ、イッちゃうよっ、 何も考えられないよっ、あぁぁっ…!!」  鈴歌の身体にぐっと力が入り、 おま○こがきつく収縮を始める。  それを押し広げるようにして、 俺は彼女の膣内に捻りこむように ち○ぽをぐりぐりと突きだした。 「あっあっああっぁぁぁぁ、ダメぇ、 も、もうっ、くるぅっ、くるよぉっ、 あぁっ、イク、イっちゃうよぉ…!!」 「あっはあぁぁぁぁぁぁんっ、イックゥゥゥ ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!」  鈴歌が絶頂すると同時に、おま○こが きゅうきゅうと波打つように収縮し、 俺のペニスから大量の精液を絞りとっていく。  大きくフロートが揺れた拍子にペニスが 抜けるも、なおも射精の勢いは衰えておらず、 彼女の身体を白濁で汚した。 「あぁ……ん……すごい…… びちょびちょになっちゃったよ……」 「ごめん……」 「うぅん。君も気持ち良かったんだね」 「あぁ……うん……」 「嬉しいよ。大好き」  俺たちはぐったりと身体の力を抜き、 しばらくフロートの上に浮かんでいた。 「……すごいことしちゃった……」  そう呟きながらも、鈴歌は 楽しそうに笑ったような気がした。 「……あれ?」  いつものように学校の教室に やってきたけど、鈴歌はまだいなかった。  珍しいな。 今までは必ず先に来てたのに。  そうだ、と思い立って、 俺はチョークを手にした。  大きく黒板に字を書いていく。  『一時間目 フェラチオ  二時間目 おっぱい  三時間目 歌いながらエッチ』と。  よし、完璧な時間割だ。 「……いや、やりすぎか…?」  まぁいいか。  鈴歌なら、たぶん怒らないだろう。  そろそろ彼女も来るんじゃないかと、 俺は机の下に身を潜めた。  教室に入ってきた鈴歌が黒板を見て、 いったいどんな顔をするのか楽しみで 仕方がない。  期待をしながら待つも 彼女はなかなか現れなかった。  俺たちの授業開始を告げる、 チャイムが鳴る。  鈴歌はまだ来ない。  遅刻だな。なんて言ってやろうかと、 俺は考えていた。  しかし、それから30分待っても 彼女は来なかった。  どうしたんだろう、と思い、 俺は机から抜けだした。  裏庭にやってくるも、 やはり鈴歌はいない。  リンゴの樹の下にも。  いちおう畑を見て、  屋上も捜して、  学校中を捜しまわったけど、 やはり鈴歌はどこにもいなかった。  行き違いになったんじゃないかと 教室に戻ってきた。  けれど、そこに鈴歌はいない。  いったい、どうしたんだろう?  連絡をとろうにも、彼女の電話番号も メールアドレスも知らない。  彼女も俺の連絡先を知らない。  どちらかが言いだしたわけじゃないけど、 たぶん、意識的に俺たちは それを訊かなかった。  鈴歌がこれは恋人ごっこだって 言っていたから。  訊いてしまえば、それが 終わってしまうような気がして、 怖かった。  彼女はアイドルで、俺はただの学生で、 こんな関係がいつまでも続けられるわけが ないと分かっていたから……  いや、そんなことを考えてる場合じゃない。  事故かもしれない。急病かもしれない。  だけど、彼女が今どういう状況にあるのか 確かめる術は何もない。  いずれにせよ、俺はここで彼女を 待ってることしかできなかった。  そして――  下校時刻を知らせるチャイムが鳴っても、 鈴歌は現れなかった。 「だから、提案。この夏の間だけ、わたしと 付き合ってくれないかな?」  彼女の言葉を思い出す。  この夏の間だけ、と鈴歌は言った。  それが具体的にいつまでなのか 俺は聞いてない。  もしかしたら、昨日で 彼女の夏は終わったのかもしれない。  最後に、別れる前には、 きっと何か言ってくれるだろうと 思ってたけど、  ただの恋人ごっこだからと、 何も言わずに去っていったのかも しれない。  自由奔放な鈴歌なら、 そういうこともあるんじゃないかと 思った。  もうこれ以上待っても、彼女は来ない。 そんな気がしてきた。  だけど、どうしても諦めがつかなくて、 もう少し、あと少しだけと、 自分に言い訳をしながら、  俺はここから動くことができないでいた。 「……はぁ、はぁ……良かった。 まだいてくれたんだ……」  勢いよく教室に駆けこんできた鈴歌の姿に 俺は目を丸くした。  嬉しさと驚きが同時に胸に込みあげてくる。 「鈴歌……その服…?」 「あ、うん。撮影が終わって、 着替えずにそのまま来たから」  ていうことはだ。 「仕事だったのか?」 「ごめん……昨日、家に帰ったら、 事務所から着信があったことに 気がついてね」 「休暇前に撮ったイメージビデオが、 手違いで撮り直しになっちゃったんだ」 「ホントは午前中だけで 終わる予定だったんだけど、 長引いちゃって」 「もしかしたら、君が待ってるかもって 思って、マネージャーに車でここまで 送ってもらったんだ」 「ホントにごめんね。怒ってる、よね?」  不安そうな表情を浮かべる鈴歌の肩を、 俺はそっと抱きよせた。  ぎゅっと腕に力を入れる。 「あ……う、嬉しいけど…… ちょっと苦しいよ…?」 「もう会えないかと思った」  泣きそうな声で言った俺とは 裏腹に、鈴歌は笑顔を浮かべた。 「大げさだよ。今日、来られなくても、 明日は会えたんだから」 「……でも、夏が終わったら――」  言いかけたところで、鈴歌が 人差し指で俺の唇を押さえてきた。 「それ以上は言っちゃダメだよ。 せっかく、君と恋人になれたんだから」  その言葉の意味するところは、 けっきょく、この関係がただの恋人ごっこだ ということだろう。  夏が終われば、彼女にはもう二度と会えない。  それが途端に怖くなった。 「今は、君だけのアイドルだから。ね」  鈴歌が俺の背中に手を回し、 抱きついてくる。  しばらくそうして抱きあってたけど、 自然と彼女の視線が黒板の文字を 捉えた。 「一時間目、フェ……ラ…? な、何これ…? 君が書いたの?」  しまった。消してなかった。 「い、いや、これは違うんだ。 鈴歌が遅刻かなって思った時に 悪戯で書いただけで……」 「えっち……」  言いながら、鈴歌はしゃがみこみ、 俺の股間にそっと手を触れる。 「ちょっと、あの、鈴歌。 それ、昼に書いたやつでさ、 今はそんな気分じゃ……」 「くすくすっ、そんなこと言っても、 こっちのほうは正直みたいじゃない?」  たとえどんなセンチメンタルな気分でも、 ち○ぽに触れられれば勃起せざるを 得ないのが男の悲しい性だった。 「……それ、ぜったい アイドルの台詞じゃないぞ……」 「君のせいで、えっちなアイドルに なっちゃった。責任とってよ」 「どう責任とればいいんだよ…?」 「だから、ちゃんと君好みの えっちなアイドルにしてよ」  どくんっと胸が高鳴り、ち○ぽが さらに勃起する。 「……フェラチオって、舐めるんだよね? 教えてよ」 「う、うん……先の部分を、アイスを 舐めるみたいにして舐めてくれるか?」 「くすくすっ、いいよ。れぇろ……」  俺に言われた通り、鈴歌は 舌を伸ばし、ペロペロとアイスキャンデーを 舐めるようにち○ぽを舐めはじめた。  彼女の舌はすごく熱くて、柔らかく、 くにゅっとした感触が亀頭に はりついてくる。 「……どうかな? 気持ちいい?」 「うん、いいよ。もっとしてくれる?」 「くすくすっ、こんなふうにおち○ちん 舐めさせるなんて、えっちなんだから」 「鈴歌からやりはじめたんだけど……」  そう言うと、まるで口封じとばかりに 鈴歌が舌を伸ばしてきた。  ぺろぺろと気持ちいいところを探すように、 鈴歌の舌がち○ぽを這いずりまわる。  いま口を開けば、喘ぎ声しか 出てこなさそうだった。 「んー、何か言った?」 「いや、だから……」  俺がしゃべろうとすると、鈴歌はち○ぽに 舌を這わせて、ぺろぺろとおいしそうに 舐めあげる。  その感覚があまりに気持ち良くて、 俺の口からは思わず言葉にならない声が 漏れてしまう。 「くすくすっ、かーわいい声。 舐められると気持ち良くて何も 言えなくなっちゃうんだ?」 「そんなわけ……」  ちゅ、と鈴歌の口が亀頭に吸いつき、 れろれろと尿道を舐めまわしてくる。  ぞくぞくするような快感に、 ち○ぽがびくっと跳ねて、それが 鈴歌の頬を軽く叩いた。 「きゃっ、くすくすっ、もう、 やっぱりえっちだよ。おち○ちん、 こんなに暴れさせちゃって」  ペニスを弄ぶように鈴歌は 竿にちゅっと口づけ、ぺろりと舌で 舐めあげる。  その仕草にすごく興奮を覚え、 俺は彼女のおっぱいに手を伸ばし、 揉みはじめた。 「あっ……ん……はぁ…… んん……おっぱいは、二時間目じゃ なかったの…?」 「平行してやれば、たくさん勉強できるだろ」 「もうっ、あっ、んんっ、もう、君、 他の勉強の時より、積極的なんだから…… あっ、んんっ……はぁ……」  鈴歌の乳首をきゅっとつまむと、 彼女は気持ち良さそうにびくんっと 身体を震わせる。  その反応がかわいらしくて さらに乳首を責め立てると、鈴歌は 気持ち良さそうな表情を浮かべる。 「鈴歌、俺のもしてくれるか?」 「う、うん。あぁむ、れろれろ……んちゅ…… れぁむ……れぁ、んっ、ぴちゃぴちゃ…… あぁむ、れちゅっ……れぁむ……れろれろっ」 「ペニスの裏筋のほうも、頼む」 「おち○ちんの裏筋って、ここ?」 「あぁ」  鈴歌は舌先を伸ばし、丹念に裏筋を 舐めはじめる。  彼女のヌルヌルの舌が まとわりつくかのような感触が、 ひどく気持ちいい。 「……咥えてくれるか?」 「あぁぁむ。こうれいい?」 「あぁ。そのまま、口をすぼめて、 ち○ぽをしゃぶってほしい」 「……君って、すおいほとさせるらね…… 恥ずかひいよ」  そう言いながらも、鈴歌は ち○ぽに吸いつくように口をすぼめ、 ちゅぱちゅぱと音を立ててしゃぶりはじめた。  何もかもが柔らかい鈴歌の口の中に ち○ぽが包まれ、舌がまるで生き物の ように動き、激しく舐めまわしてくる。 「あぁむっ、んちゅっ……ちゅぱっ、ちゅっ、 んちゅぅっ……あむぅっ、れあぁむ…… れろれろれちゅっ……んちゅぅっ、ちゅぱっ」 「あぁ……君のおひ○ひんっ、わたしのくひの 中で、びくびくしてきらよ」  俺が感じている様子を見るのが楽しいのか、 鈴歌のおしゃぶりがいっそう激しさを増す。  舌がねっとりと絡みつくように 亀頭を舐めまわし、頬の内側と上あごが くちゅうぅと竿に吸着する。 「んっ、ちゅっ、どお? おひ○ひん、きもひいい? もっとしてほひい?」 「あぁ……顔を前後に振って、 口でち○ぽを擦りあげるように してくれるか?」  言うと、鈴歌はち○ぽにちゅうと 吸いついたまま、すぐに顔を前後に 振りはじめた。  口の粘膜全体にち○ぽが 擦りあげられるような感覚が一気に 押しよせてきて、たまらず俺は声をあげた。 「くすくすっ、ほんな女の子みはいな ほえだしちゃって。はーわいい。 もっとしひゃうよ」 「あぁぁむ、んちゅっ、じゅるるっ、 じゅぼほっ……んちゅっ、ちゅじゅっ…… じゅあっ……れろ、れちゅあっ、んじゅっ」  じゅぼっ、じゅぼっ、とち○ぽを 吸いあげる音を立てながら、 鈴歌がむしゃぶりついてくる。  魅惑的な唇が、はむはむと何度も 俺のち○ぽを咥えなおし、舌が 亀頭にぴたりとはりつく。  もう今にもイッてしまいそうで、 だけど、もう少しこの快感を 味わっていたくて、  俺は少しでも感覚をごまかそうと 鈴歌の乳首をきゅっとつまんだ。 「あっ、んんっ、んはぁっ……あぁ…… 乳首っ、ほんなに、つまんらら…… あっ、んっ、らめらよぉっ、あっんっ」 「んっんっ、もう、おち○ちん、 こんなにひて、乳首、いじっれ、ほんろに、 えっちなんらから……」  乳首を責められ、喘ぎ声を漏らしながらも 鈴歌は懸命に俺のち○ぽにしゃぶりつき、 舌をまとわりつかせてくる。  そのまま徐々に鈴歌のフェラチオは 激しさを増していく。唇はきゅうっと 締まられ、舌が円を描くように亀頭を舐める。 「あはっ、おひ○ひんっ、 びふびふしてきちゃった。 もう、イクのかな?」  俺がこくり、とうなずくと、 鈴歌はさらに喉の奥までち○ぽを 咥えこんできた。 「あぁぁむ、んちゅっ、ちゅぱっ、ちゅるっ、 んっんっんちゅっ、ちゅぅっ、ちゅぱっ、 ちゅるるっ、ちゅれっ、んちゅぱっ!」 「んちゅっ、んっ、イッれいいよっ、んちゅ、 ああぁっ、んあぁむ、わたひのお口に、 早く、いっぱい出ひてよ……」  俺のち○ぽは鈴歌の口の中に ずっぽり根本まで呑みこまれてて、 苦しいはずなのに彼女は嬉しそうだった。  とろんとした表情で夢中になって ペニスを呑みこみ、しゃぶり、舌を 丹念に絡みつかせてくる。 「鈴歌、もう……」 「んっ、あぁむ、んちゅっ、ちゅっ、ちゅぱっ、 ん、いいよ、出ひて。君の精液、 はやふ飲みたひよ……んあぁむ、れぇろ」  精液を絞りとろうと言わんばかりに 鈴歌はちゅうっとち○ぽを吸いあげながらも、 頭を激しく前後に振りはじめた。  ちゅじゅうっ、じゅるるっ、と、 唇や舌がち○ぽと擦れあう淫靡な音が 教室に響く。  俺はもう限界だった。 「んちゅっ、じゅるるっ、んちゅぱっ、んあぁ、 じゅっ、ちゅるるる、じゅりゅじゅりゅじゅ、 んっんっんちゅうっ、ちゅじゅりゅるるっ!」 「んっんっんっんんーーーーーーーーーー、 んぐんぐんぐ……」  あまりの気持ち良さに大量の精液が、 鈴歌の口の中に流れこんでいく。 「あっ、きゃっ、あんっ…… たくさん出すぎだよ……飲めなかったよ……」  飲みきれなかった精液が顔にかかり、 彼女は愛おしそうに目を細めた。 「ごめん……」 「くすくすっ、いいよ。 ね、それより、こんなに出したのに、 君のおち○ちん、まだおっきいよ…?」  なおも勃起しているち○ぽに 鈴歌はとろんとした瞳を向ける。 「三時間目もやっちゃおっか?」 「……鈴歌も、大概えっちだよな」 「……き、君がわたしの胸を あんなにいじくりまわすからだよ……」 「このままじゃ、わたし、もどかしくって、 どうしようもなくなるんだから……」 「じゃ、おいで」 「う、うん。よろしく……」  彼女の手を引き、立ちあがらせた―― 「んっ、あぁ、きたぁ……んっ、君のが、 きたよぉっ、ああぁっ、んんっああ、 いいっ、ん、すごい、よ……」  鈴歌の膣内はもうとろとろになってて、 俺のち○ぽを奥深くまで、スルッと 咥えこんだ。 「んっ、あぁ……ふぅ……はぁはぁ…… ね、動かないの? わたし、このままじゃ、 辛いよ……」 「三時間目をやるんだろ。 黒板にはなんて書いてある?」 「え……でも、歌いながらなんて…… ほ、ホントにそんなことするの?」 「その格好だし、ちょうどいいよな」 「……ばか。ホントに、えっちなんだから」 「じゃ、やめるか?」  と、おま○こからゆっくりとち○ぽを 引きぬいていく。 「……あ、やだ、ま、待ってよ。 抜かないでよ……」 「ん?」 「イジワル……いいよ。 歌いながら、しよ……」 「じゃ、いつでもいいぞ」  すー、と鈴歌は息を吸いこむ。  彼女が歌いだそうとすると同時に ぐっと腰に力を入れて、おま○こを 突く。 「からだ……んっ……じゅう……やっ、 きゃっ、あぁんっ…!!」 「どうした?」 「どうしたって、こんなんじゃ、あっ、ん、 やぁっ、激しいよっ……んっ……あぁっ、 んんっ、あはぁっ……やっ、やだぁっ……」 「ちゃんと歌わないとだめだろ」 「うっ、うんっ、あっ、あんっ、 からだっ……じゅう……きゃっ、あんっ、 駆けっ……やぁっ、めぐる、あぁっ」 「あなたが、んはぁ……あぁっ、誰より…… 好きって、気持ちぃぃっ、あぁっ、やだぁっ、 んっ、あっはぁ……んっくぅ……」  ぐりぐりと鈴歌の膣にち○ぽを 押しこんで、彼女が感じるように 敏感なところを突きあげる。  懸命に歌おうとする鈴歌だけど、 どうしても喘ぎ声を押さえられず、 言葉はほとんど意味をなさなかった。 「んっあぁっ、ダメだよ。 こんなこと、されてたら、やっぱり 歌えないよ……」 「そっか。鈴歌は、歌よりもえっちのほうが 好きなんだな」 「ち、違うよっ。もうっ。イジワルっ。 ちゃんと歌えるんだからっ」  気をとりなおして歌おうと 鈴歌が息を吸いこむ。  発声のタイミングを見計らって 俺はまた腰を激しく振りはじめた。 「あっ、んっ、いつ、だっ、てっ……ん、 はぁっ、ずっと、あぁぁっ……やだっ、 んっ、鳴り、ひび、くぅ……んふぁっ」 「気づいたらっ、あぁぁっ、やぁっ、 んっふあっ、見つめてぇ・え・あっ、んっ、 見つめてっ、あぁぁっ、んんっ!」  鈴歌のおま○こからは大量の愛液が とろりと垂れてきて、膣内はもう ぐしょぐしょになっている。  Gスポットを責めるように ち○ぽを激しく突きあげてみた。 「きゃはぁっ、んっ、あぁっ、そこっ、 あぁ……ダメだよっ、あぁっ、気持ち良くて、 おかしくなるっ、あぁ……はぁっやっ」 「鈴歌、もう歌わなくてもいいよ」 「や、やだぁっ、歌えるんだからっ、わたし、 だって、プロなんだよっ、ちゃんと、 んっ、あぁぁっ、んんっ、んー、あぁっ」  快楽を必死に堪えて、彼女は 何とか歌おうと声を出す。 しかし、それはすぐさま嬌声へと変わる。  どれだけ抗おうとしても彼女の身体はすでに 快楽の虜になってて、みずからの意思とは 裏腹に腰がいやらしく動いていた。 「あっ、やんっ、ウソウソ、違うのにっ、 あっ、わたしっ、んんっ、腰っ、 動いちゃってるっ、あぁっ、やだぁっ」 「……ん、トキメキの……あっ、しゅんかぁっ、 あふぅっ、からだじゅっ、あっ、からだじゅ、 んんっ、駆けめぐるぅぅっ」 「あなたが誰より……きって、気持ちいっ…!!」 「俺が気持ちいい?」  じゅちゅうっ、ちゅじゅうっ、と 鈴歌のおま○こを激しく突きあげる。  彼女はいやいやと首を振るようにしながら、 必死で歌詞を口にするも、音程はまったく とれておらず、声には淫靡な響きが混ざった。 「……んっ、あぁぁっ、好きって、気持ち…… はあっ、あぁ、いつかっ、あんっ、あまいっ、 ああぁはあぁぁっ、んんっ、あぁぁっ!」 「鈴歌、もう、イクよ……」 「え、ウソ……ダメだよっ、まだ、 あっあぁんっ、わたし、まだ歌えてないのに、 あっ、んっあぁっ、やはぁっんっ!」 「じゃ、早く歌わないと」  俺は快楽に任せて 鈴歌のグジュグジュのおま○こを 突いて、突いて、突きまくった。  そのたびに彼女の膣がきゅうきゅうと 締まり、精液を絞りとろうとしてくる。  もう我慢の限界だった。  彼女の膣内に思いっきり射精しようと 俺はただひたすら腰を振った。 「あっ、んっ、こんなにされたら、 あはぁっ、や、気持ち良くなっちゃよっ、 ダメぇっ、イッちゃうっ、イッちゃうよ」 「あっ、んあっ、やだっ、激しいよっ、 あぁっ、んっ、あはぁ、歌え、ないっ、 あぁ、やだぁぁっ、歌えないよぉっ」  ぐっとち○ぽを突きだすと 精液が勢いよく溢れ、彼女の子宮を 隅々まで白濁で満たしていく。 「え……あっ、出てるよ、入ってきてるよ、 あ、あぁぁっ、膣内をこんなにされたら、 わたし、わたし、もうっ、あっあっあぁ」 「イクっ、イっちゃうよぉっ、 あっあっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、 ダメっ、ダメぇぇっ、ああぁぁぁっ!」 「イク、イクゥ、イックゥゥゥゥゥゥゥゥ ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!」  引きぬいたち○ぽから精液が飛びちり、 彼女の身体を汚すのと同時に、鈴歌は 激しくイッた。 「はぁ……はぁ…… もう、やだ。消えちゃいたいぐらい、 恥ずかしいよ……」  鈴歌は精も根も尽き果てたかのように、 その場にぐったりとした。 「そろそろ、帰らないとね……」 「あぁ、校門も閉められるしな……」  まぁ、出られないわけじゃないが。 「ごめんね、今日は」 「いいよ、こうやって埋め合わせは してもらったし」 「……えっち……」  鈴歌が恥ずかしそうにうつむく。 「でも、ありがと。 待っててくれて嬉しかった」 「お安いご用だよ」 「くすくすっ、カッコイイ。大好き」  と、鈴歌がしがみついてくる。 「帰ろっか?」 「その格好、どうするんだ?」 「あ、そうだった。隣で制服に着替えてくるね」 「ここで着替えても気にしないぞ」 「ダメだよ、恥ずかしいよ……」  もっと恥ずかしいところを 今、さんざん見たんだけどな…… 「変なこと考えちゃダメだよっ。 さっきのウソなんだからっ」 「いや、嘘って言われても……」 「……ど、ドキッてした? ウソだよー♪」 「……それ、ぜんぜん意味が分からないぞ」 「……わ、わたしだって、君の えっちなところたくさん見たんだからっ」  そういう張りあい方をされてもな。 「とりあえず、先に着替えてくると いいんじゃないかな?」 「あ、うん、そうね。分かったよ」  鈴歌が教室から出ていこうとして、 ふと立ち止まる。  ゆっくりと、振りかえり、 もの悲しげな表情を見せた。 「ね。このまま夏が終わらなかったら、 いいよね」  鈴歌の気持ちが痛いほど伝わってきて 俺は何も言えなかった。 「着替えてくるよ」  鈴歌が去った後、俺は考えていた。  夏が終われば、俺たちの関係も終わる。  それは最初に鈴歌が提案して、 俺が受けいれたことだ。  だけど、本当にそれでいいんだろうか?  恋人ごっこだと関係を濁して、  好きだという言葉で、 好きだという気持ちを隠して、  本心を伝えないままでいいんだろうか?  彼女の本心を訊かないままで、 いいんだろうか?  きっとこの夏が終われば、 会うこともできなくなるぐらい 鈴歌は忙しくなるんだろう。  俺にも、どうしても叶えたい夢がある。  だから、最初から本気で付き合おうとは、 お互い口にしなかった。  だけど今、気がつけば……  鈴歌のことを、何物にも代え難いぐらい 好きになっている自分がいる。  もしかしたら、迷惑かもしれない。  彼女にとってはもう決めたことで、 綺麗な思い出を作りたいだけ なのかもしれない。  それでも、どうしても 迷ってしまう。  本当にこの想いを彼女に告白しないままで 俺は後悔しないだろうか――と。 「見て見てっ、たくさん穫れたよ」  鈴歌が腕に大量のタマネギを抱えて 持ってきた。 「おう。でも、平気か? 服、汚れるぞ」 「大丈夫、洗えば落ちるから。 畑仕事をしてるんだから仕方ないよ」  今日は鈴歌が部活をしてみたいと 言いだしたので、園芸部の活動を 体験してもらっていた。 「楽しいね、園芸部って。 こんなにお野菜たくさん穫れて」 「これが、自分で植えた野菜だったら、 もっと感動するんだろうね」 「そりゃ、もうすごいよ。 何というか、手塩にかけて育てた子供が やっと一人前になったっていう気分だな」 「くすくすっ、君が野菜を見る時は そんな顔してるっ」 「なんだよ……そんなに笑わなくても……」 「だって、初めて見たんだもん。 そんなふうに野菜を見る人って」 「農家のおじいちゃんとか、そんな顔してそう」 「言うに事を欠いて、おじいちゃんかよ……」  そりゃ、若者らしくない 趣味かもしれないけどな。 「でも、ホントにたくさん穫れたよね。 タマネギとナスとズッキーニと、 あとピーマンも。これ、どうするの?」 「まぁ、バイト先で引きとってもらったり、 持って帰って食べたりだな」 「そうなんだ。わたし、せっかくだから、 食べてみたいよ」 「あぁ、それじゃ、昼は家に来るか? 何か作ってあげるよ」 「ホント? 行く行く。 君の料理も食べてみたいよ」 「じゃ、そうしよう。 肉料理と魚料理だと、どっちがいい?」 「お肉とかお魚よりも、お野菜が好きだよ。 サラダとか野菜スープは毎日食べるし」 「そうなのか? じゃ、あれか。 裏庭の野菜がどんどん増えていくのを見て、 食べたいとか思ってたのか?」 「……う、うん。でも、ちょっとだよ。 歌ってるとお腹すくから、『キュウリ 食べちゃってもいいかな』とかは思ったけど」 「ちゃんと我慢して食べなかったんだから」 「えらいえらい。じゃ、ご褒美に おいしい野菜料理を作ってあげるよ」 「くすくすっ、ありがと。楽しみ」  というわけで、収穫した野菜を使って 俺はある料理を作った。 「はい、お待たせ」 「わ、すごい、綺麗…… これ、なんて料理なの?」 「フランス南部プロヴァンス地方の 郷土料理と言えば?」 「そんなの知らないよ」 「正解はラタトゥイユだ」 「ウソ? これラタトゥイユなんだ。 だって、ラタトゥイユは煮込み料理でしょ?」  通常のラタトゥイユは、ごった煮みたいに 夏野菜が深皿の中で乱雑に 入り混ざっているのがほとんどだ。  一方、俺のラタトゥイユは、 薄く切った夏野菜が配色や形の綺麗さを 考慮して平皿に盛りつけられている。 「なんかでこういう盛りつけの仕方が あるってのを知ってさ、研究してみたんだ。 味もちゃんとラタトゥイユだよ」 「そうなんだ。食べてもいい?」 「あぁ」  鈴歌が静かに手を合わせる。 「「いただきます」」  彼女はラタトゥイユにフォークを刺し、 ぱくりと食べた。 「もぐもぐ……んー、おいしいっ。 颯太、これすごくおいしいよ。 お店のラタトゥイユに負けないよ」 「そうだろ。夏野菜が穫れるようになってから、 けっこう研究したからな」 「君、絶対いい料理人になれるよ。 わたしが保証するね」 「じゃ、俺が店を出したら、 ちゃんと通ってくれよ」 「うん、いいよ。 あ、そうだ。いいこと思いついちゃった」 「何だ?」 「二人の夢が叶ったら、 一緒にディナーショーをしようよ」 「ディナーショーっていうと……あれか? ホテルの宴会場みたいなところで、ごはんを 食べながら歌やトークを聴くっていう?」 「うん、それそれ。わたしが歌うから、 君が料理作って、ついでにしゃべってよ」 「いやいや、なんで料理人がしゃべるんだよ。 おかしいよな」 「しゃべれる料理人って、結構いいと思わない? 芸能界デビューできちゃうよ」 「したくねぇ……」 「そうなんだ。 じゃ、仕方ないからわたしがしゃべるよ。 どう?」 「そうだな。二人の夢が叶ったらな」 「うん、約束だよ。 ぜったい夢を叶えてね」 「あぁ。鈴歌もソロデビューした後、 ちゃんとトップアーティストになれよ」 「それ、わたしのほうが条件厳しいよ。 じゃ、君は三つ星シェフになること」 「マジかよ……」 「くすくすっ、二人で頑張ろうねっ」  そんな会話をしながら、 楽しい昼食の時間は過ぎていった。 「あ、どうしよう? もう、こんな時間。帰らなきゃ」 「あぁ、そうだな。途中まで送ってくよ」 「ありがと。じゃ、学校まで来てくれる?」 「あぁ」 「もう真っ暗だね。 君といると、すぐに時間が 経つから困るよ」 「俺もそうだよ。ついさっき、 鈴歌と会ったばかりなのにさ」 「うん……そうだね。 ついさっき会ったばかりな気がするよ」 「あ、見て。星がすっごく綺麗だよ」 「あぁ、本当だ。 今日はこんなにはっきり見えるんだな」 「流れ星見えないかな?」 「何を願うんだ?」 「……分かってるくせに」 「……そうだな」 「ね。明日、学校サボッて 映画を観にいかない?」 「いいけど、サボってばかりだな」 「くすくすっ、君のおかげで不良に なっちゃったよ。責任とって」 「それはこっちの台詞なんだけどなぁ。 鈴歌に会うまで1回も授業サボッた ことなかったしさ」 「それ、わたしが授業サボッてるって 言いたいんだ。ズルじゃないんだから。 仕事なんだからね」 「じゃ、明日は?」 「わたしはズルじゃないけど、 君はズルだよっ」 「なんだそれっ?」 「くすくすっ、ウソだよー♪」 「そんなこと言う口は塞いでやるぞ」  鈴歌の身体を抱きよせて、唇を塞ぐ。 「……あ……もう、んちゅ……」  ゆっくりと、俺たちは体を離した。 「あ、流れ星だ」 「マジで? どこだ?」 「ウソだよー♪」 「あのな……」 「……あのね、さよならは言わないでくれる?」  唐突に鈴歌は言った。  それが最後の日の話だというのは、 すぐに分かった。 「8月30日が、わたしの夏休み最後の日なんだ」  分かってはいたけれど、 もう、別れは目前だった。 「また会えるって思いたいから、 だから……」 「分かったよ。約束する」 「ありがと。大好き」 「俺も大好きだよ」 「ただいま」  口に出してみたものの返事はない。  さっきまで鈴歌といたせいか、 妙に静かな気がした。  部屋に戻り、ベッドに倒れこむ。  ぼんやりと今日のことを振りかえっていた。  さよならは言わないで、か……  本当にあれで良かったんだろうか?  このまま別れてしまって 俺は後悔しないと言えるか?  いや、そうじゃない。  たとえ別れるにしても、 ただの恋人ごっこで終わらせてしまって いいのかってことだ。  鈴歌に俺の本当の気持ちを 告白するべきじゃないのか…?  彼女がそれを望んでないのは 何となく分かる。  だけど、たとえ結果として傷つけることに なったとしても、言ったほうがいいことも あるだろう。  それとも、それはただの俺のエゴで、 鈴歌を困らせるだけなんだろうか?  分からない。  いったい、どうするのが一番正しいのか、 俺はじっと考えていた――  俺が映画館の前で待ってると、 「かーれしっ。カッコイイね。 わたしとデートしない?」  振りむくと、鈴歌だった。 「あいにく最愛の彼女を待ってるところなんだ。 他を当たってくれるか?」 「だけど、その最愛の彼女より、 わたしのほうがかわいい自信があるかな」 「いやいや、それはないよ。 何たって俺の彼女は コートノーブルのリンカだからな」 「そうなんだ。じゃ、仕方ないね。 ばいばい」  鈴歌が踵を返す。 「こらこらっ、どこ行くんだよっ?」 「ドキッてした? ウソだよー♪」 「まったく、何が楽しいんだ……」 「君の戸惑ったような顔見るの、 わたし好きよ」 「それはけっこう性格悪いぞ……」 「普段いい子にしてる反動かな?」 「それは俺でストレス発散してるって意味か?」 「くすくすっ、どーでしょー?」 「まぁ、大好きな鈴歌の役に立ってるんなら、 サンドバッグになったって構わないけどな」 「殴っていいの?」 「そこはちょっと感動して 喜ぶところだと思うぞ」 「くすくすっ、ウソだよー♪ 大好きっ」  ぎゅっと鈴歌は抱きついてきて、 そのまま俺の腕をとる。 「行こっか。映画始まっちゃう」 「あぁ」  とりあえず定番の恋愛物を観ようという 鈴歌の意見により、『ファーストフレンズ』 ってタイトルの映画を観ることにした。  しかし、この映画が俺たちには とんだ地雷だった。  主人公のシンジは劇団に所属しながら、 映画俳優を目指す大学生だ。  ある日の公演をきっかけに シンジはアンナという同い年の 少女に出会う。  彼女が偶然、同じ大学に通ってたことから、 二人は意気投合し、次第に恋仲へと 発展していく。  アンナにはいつか洋菓子店を 母と一緒に経営したいという夢があった。  そして、その二人の夢が 互いの距離を次第に引き裂いていく、 というあらすじなのだ。  せめてどんなストーリーなのか 調べておけば良かったと思ったけど、 後の祭りだった。  俺たちの状況とひどく似通った シンジとアンナに、俺はどんどん 感情移入していく。  そして、とうとうシンジが都会に行く ということで、二人の別れがやってきた。 「……っ……ん……ぐす……」  隣で、鈴歌が涙を必死に堪えていた。  彼女は俺の手をぎゅっと握り、 スクリーンを真剣に見つめている。  シンジとアンナは、別々の場所で 互いに夢を追いかけ頑張っていくんだろう、 と思っていた。  しかし、なんとシンジは アンナのもとへ帰ってきたのだ。 『大好きな人を悲しませてまで 叶えなきゃいけない夢なんてない』  ――というのが、彼の言葉だった。  そりゃないだろう、と俺は思った。  映画が終わるとお腹が空いたので、 ナトゥラーレへ向かった。  友希やマスターの興味津々な視線に 耐えながらも、鈴歌と楽しく食事をする。  映画の話題が出そうなもんだけど、 俺も鈴歌もまるでなかったことのようにして 一言もそれを話さなかった。  食事を終えると、今度は新渡町の通りを ぶらぶらと歩く。  行き慣れている場所だったけど、 鈴歌と二人でいるとすべてが新鮮で 時間はあっというまに過ぎていった。 「くすくすっ、あー、楽しかった。 ローラーすべり台なんて 久しぶりに遊んだよ」  もう日が暮れかかっていたが 帰るのは惜しく、俺たちは 公園で遊んでいた。 「俺だって、子供の時以来だよ」 「じゃ、次は…… あっちのほうに池がなかった?」 「あぁ、あるよ」 「行こうよ。ホタル見られるかも」 「さすがにもう今の時季は いないと思うけどな」 「でも、一匹ぐらいは 季節外れのホタルがいるかもしれないよ。 ほらほら」  鈴歌に押されて 池のほうへと向かった。 「この辺りによく出るんだっけ?」 「あぁ。ていうか、まだ明るいから、 いたとしても見えないよな」 「もうすぐ暗くなるし、 待とうよ」  季節の外れのホタルなんか 見られるとは思えないが…… まぁいいか。 「万が一ってこともあるしな」 「……ホタル、いないね……」 「そりゃまぁ、そうだよな……」 「残念だね。一緒にホタル、見たかったよ」  来年がある、と喉まで出かかるも、 ぐっと言葉を呑みこんだ。 「そうだな……」 「……もしも……」 「もしも、わたしが普通の女の子だったら、 君とこんなふうな毎日を ずっと過ごしてたのかな?」  初めてかもしれない。 鈴歌は弱々しい視線を俺に向けてくる。  今からだって遅くない。 来年、一緒にホタルを見よう、と、  そう口にすれば、これからも鈴歌は そばにいてくれるような気がした。  彼女の夢と引き換えに。  だから、俺は言った。 「今日の映画さ――」  言葉が喉に詰まった。それでも、 俺は笑ってみせた。 「ひどかったな」 「……やっぱり? 君もそう思ってたんだ」 「だってさ、シンジは 夢を諦めて帰ってくるんだぞ。 だったら、初めから行くなよ」 「くすくすっ、厳しいね」 「『大好きな人を悲しませてまで、 叶えなきゃいけない夢なんてない』 ――なんて言ってたけど」 「本当は大した夢じゃなかったんだよ」 「全力でやって叶えられなかったんなら、 まだ分かるけどさ。1年や2年で 戻ってくるんだもんな」 「なんだよ、その程度かよって 思ったよ」 「アレのせいで、最初に別れる時の葛藤も 安っぽくなったよなって」 「そんな小さな夢と天秤に かけられるぐらいの気持ちだったんだって」 「……うん。そうだね。わたしもそう思った」 「鈴歌ならきっと帰ってこないだろうなって 思った。もっともっと頑張るんだろうなって ……そう思ったよ」  たとえ鈴歌が普通の女の子だったとしても、 きっと結末は変わらなかったと思う。  たぶん、ほんの少しだけ、 この時間が長く続くだけだっただろう。 「ありがとう」 「別に思ったことを言っただけだよ」 「そうかな?」 「そうだよ」 「じゃ、そういうことにしといてあげる」 「そりゃどうも」 「くすくすっ」 「なんだよ?」 「うぅん、好きだよ」 「……俺も」  大好きだ、と心から思ったけど、 どうしてか言葉にはならなかった。  その夜、自室のベッドの上で、 またぼんやりと考えていた。  もう時間はほとんどない。  彼女の背中を押したのなら、 想いはこのまま口にしないほうが いいんだろう。  それでも、どうしても迷わずにはいられない。 俺は――  いつもよりも早く目が覚めた。  今日は8月28日。  鈴歌の夏休みは8月30日までだけど、 土日はバイトだから、彼女には会えない。  今日が最後の日だ。  いつものように通学路を歩き、  学校の校門をくぐった。  畑仕事を一通りこなした後、 教室へ向かう。  その途中で、歌が聞こえた。  あれ、と思い、歌のする方向へと 歩いていく。  思った通り、鈴歌が歌っていた。 「や。おはよ」  いつも通りだな。 「おはよう。今日もかわいいな」 「ありがと。君も今日はすごくカッコイイよ。 アイドルになれるんじゃない?」 「それは褒めすぎだろ」  とはいえ、そんなふうに言われると 悪い気はしない。 「ウソだよー♪」  頭をぐりぐりしてやりてぇ…… 「上げてから、落とさないでくれ」  最後の日だっていうのに 鈴歌は平然と嘘をついてくる。 「がっかりしない、がっかりしない。 君はわたしだけのアイドルだよ」 「……………」 「ドキッてした? ホントだよー♪」  ホントなんだ…… 「くすくすっ、早く教室いこうよ。 今日はわたし、やりたいことがあるんだ」 「何だ?」 「卒業式。ほら、たぶん、わたし、 できないから」 「卒業式するのはいいんだけど、 俺もぜんぜん手順とか覚えてないぞ」 「そうなんだ。 年1回しかないし、仕方ないか。 じゃ、適当でいいよ」  「適当」 って言われてもなぁ。 「先生はいないから、 送辞と答辞と校歌斉唱ぐらいしか できないよな」 「あ、でも、送辞も無理か。 同学年だもんな」 「じゃ、わたしが答辞を言うから、 君が送辞を考えて」 「て、俺は卒業できないのか?」 「くすくす、君は留年」 「……実際は、鈴歌のほうが ダブってるのにな」  と、小さな声でぼやく。 「そういうこと言うと もうキスしてあげないんだから」 「よし、頑張って送辞を考えるぞっ」 「じゃ、わたしは答辞を考えるね」 「なら、答辞やら送辞やら、 午前中に卒業式の段取りを考えて、 午後に本番ってところでどうだ?」 「うん、いいよ」  というわけで、俺たちは 二人だけの卒業式の準備にとりかかった。  午前中に終わらせる予定だったけど、 なんだかんだ話しながら準備をしている内に 時間はみるみる過ぎていく。  特に送辞の言葉を考えるのには苦労した。  それは鈴歌も同じで、 答辞の言葉がなかなか決まらないようだった。  おかげで卒業式を始める頃には もう昼をとっくに過ぎていた。 「それでは、ただいまより晴北学園、 臨時卒業式を始めます」 「送辞の言葉、在校生代表初秋颯太」 「はい」  自分で呼んで、自分で返事をするのを見て、 鈴歌がくすくすと笑う。 「こら、そこ、笑うなよ」 「ごめんね。続けていいよ」 「送辞の言葉、在校生代表初秋颯太」  俺は一歩前に出て、 さっきさんざん考えた送辞の言葉を……  鈴歌への別れの言葉を口にする。 「六年生の先輩、ていうか鈴歌、 卒業おめでとう」 「思いかえせば出会った頃は 俺のほうが上級生だったのに、 いつのまにか同級生になり、」 「そして、今日この日には 下級生になっていることが、 不思議でなりません」 「くすくすっ、実力の差が出ちゃったね」  鈴歌がいらん合いの手を入れてくるけど、 気にせず俺は言葉を続けた。 「はっきり言って俺たちは 勉強なんてちっともしてなかったし、 遊んでばっかりだったけど」 「この夏の間、鈴歌と過ごした日々は、 今までの学校生活の中で一番楽しかった」 「毎日のように俺が畑仕事を終えると、 鈴歌は裏庭で歌を歌ったり、作曲を したりしていて」 「その時の眼差しが とてもひたむきだったのを、 今もはっきりと思い出します」 「夢を追いかける鈴歌はとても輝いていて、 実際にその夢に近づきつつあるあなたは とても素敵でした」 「きっと、そんなふうに夢を 追いつづけている鈴歌だから、 俺は、一目で恋に落ちたのだと思う」 「これから、ずっと、ずっと、 あなたが夢を追いつづける姿を 俺は見ています」 「身体に気をつけて、風邪など引かないように、 いつも嘘ばかりついて俺をからかっていた 元気なあなたのままで」 「これからも頑張ってください」 「今日まで本当にありがとう」 「うん……どういたしまして……」 「答辞の言葉、卒業生代表、旭鈴歌」 「はい」  今度は鈴歌が一歩前に出て、 静かに息を吸う。 「今日は卒業するわたしのために 晴れやかな卒業式を開いてくれて ホントにありがとう」 「出会って間もなかったのに、 君はいつもわたしの思いつきに 付き合ってくれたよね」 「いつも家に帰った後、自分の行動を 振りかえって、君がどう思ってるのかなって 不安になってたよ」 「学生ごっことか、キスごっことか、 恋人ごっことか、この歳で 色んなごっこ遊びを一緒にしたよね」 「今もこうやって卒業式ごっこに 付き合ってくれてる」 「君がいなかったら、わたしは こうやって学校生活を送ることが できなかったと思う」 「だから、ありがとう……」 「……今日まで、わたしのウソに 付き合ってくれて、ありがとう」 「この感謝の気持ちを伝えたいけど、 うまく言葉にできないから」 「その代わりに、心を込めて君に歌うよ。 聴いてください。“木漏れ日のバラード”」  ……きっと、今日、鈴歌のこの歌声を 俺は忘れないだろう。  その一音、一音に、言葉のひとつひとつに、 口にはできない、彼女の想いが 秘められている。  そっと耳を傾ければ、 二人の思い出が鮮明によみがえる。  だけど、それを頭から振りきって、 歌いあげる彼女に笑いかけた。  『今日まで、わたしのウソに 付き合ってくれてありがとう』と、  彼女がどんな想いで言ったのか、 この歌を聴いてると それが分かるような気がする。  ここで終わって、ここで始まるものがある。  鈴歌にとっても、たぶん、俺にとっても、 確かにこれは卒業式なんだ。  だけど……泣いてなんかやらない……  それだけが、彼女の嘘に対する、 俺のささやかな反抗だった。 「じゃ、卒業生退場」  俺ひとりが拍手する中、鈴歌は 教室を去っていく。 「……………」  そして、すぐに戻ってきた。 「くすくすっ、卒業式も終わったね。 準備大変だったのにやってみると あっというまだね」 「あぁ」 「あとは、卒業式が終わってから やることって何かあるかな?」 「そうだな。好きだった先輩と 感極まってキスするとか?」 「くすくすっ、何それ。 そんなこと普通しないよ」 「いや、分からないぞ」 「もう、変なこと言って。 しょうがないんだから」  鈴歌が俺に身を寄せ、 唇を重ねてきた。 「ん……んちゅ……れぇろ……あぁむ…… んちゅ……ちゅっ……ちゅ……んはぁ……」  鈴歌の舌が口内に侵入してきて 俺の舌に絡みついてくる。 「……これでいい?」  頭がぼーっとして、すぐには 答えられなかった。 「じゃ、もっとしてあげるよ」 「ん……んん……んぁ……れぇろ…… あ……んむ……ちゅっ、ちゅるっ……ん…… んふぁ……」  口内から鈴歌の舌が引きぬかれる。  唇を重ねたまま鈴歌は言った。 「……他に卒業式が終わった後に やることってある?」 「ええっと……第二ボタンをもらうとか」 「あぁ、それいいね。やろうよ。 あ、でも、それって男の子のほうが 卒業生だった場合じゃなかった?」 「たまに女子でもやるって 聞いたことはあるけどな」 「そうなんだ。でも、うちの制服は こんなんだよ?」 「……第二ボタンをもらっても ちょっとなって感じだな……」 「だよね。あ……くすくすっ、 いいこと思いついちゃった」 「何だ?」 「代わりのものをあげるよ。目つぶって」 「ん、あぁ」  目をつぶる。 「いいって言うまで、目開けたらダメだよ」 「あぁ」  返事をして、しばらくすると、 衣擦れの音が聞こえた。  リボンでもくれるんだろうか? 「もう開けていいよ」  言われて、目を開く――  目の前の光景に、俺は言葉を失った。 「第二ボタンの代わりに わたしの全部、もらってくれる?」 「……鈴歌がそんなことするとは 思わなかったよ……」 「君のこと、誘惑したくなったんだよ。 いいでしょ。卒業式なんだから」 「そんなこと言って 後悔しても知らないぞ」 「うん、じゃ、後悔させてみて」  どくん、と心臓が高鳴り、 ペニスに血が集中する。 「……早く、してくれると嬉しいな。 こんなカッコで待ってるの、恥ずかしいよ」 「恥ずかしがってる鈴歌を 見るのも楽しいけどな」 「……ばか……そんなのやだよ……」 「じゃ、ここ、触っていいか?」  こくり、と鈴歌がうなずく。  手を伸ばし、指を鈴歌の膣口にあてる。 ちゅく、といやらしい音が鳴る。  ぐっと力を入れると鈴歌の膣の中へと指が 入りこんでいく。それが気持ちいいのか、 彼女の腰が小刻みに揺れた。 「鈴歌、どうすると気持ちいいんだ?」 「ゆっくり、指でおま○こを かきまわすように、してほしいよ……」  言われた通り、俺は指で 彼女の膣内の感触を味わうように ゆっくりとかきまわしていく。  力を入れると彼女の膣は ぐにゅぐにゅと形を変え、 愛液をじゅっと漏らしてくる。 「あはぁっ……ん、君の指が…… 膣内で動いてるのが、分かるよ…… すごく、あぁ……気持ちいい、よ……」 「もっと、してほしいよ…… わたしのおま○こを、ぐちゃぐちゃに してみて……」  指の関節を折り、波立たせるようにして 鈴歌の膣壁を擦りあげる。すると、彼女は びくんっと身体を跳ねさせ、快楽に震えた。  もっと彼女が感じる姿を見たいと 指を二本足して、ぐりぐりと膣内を 押し広げる。 「やぁっ、広げたら、あぁっ、ダメだよ…… 恥ずかしいよ……あっ、そんな……んっ、 あっ、やぁっ、気持ちいい、なんて……」 「鈴歌は、けっこう恥ずかしくされるの、 好きだよな」 「そ、そんなこと言ったら、ダメだよ…… 気持ちいいんだから、仕方ないよ……」 「じゃ、もっと気持ち良くしてあげる」  もう片方の手をクリトリスに伸ばし、 きゅっとつまみあげる。コリコリと 指で挟んで転がすと愛液が溢れだしてきた。  おま○こをぐりぐりとかきまわしながらも、 同時にクリトリスを撫でまわすように 指の腹で愛撫していく。 「やぁっ、んんっ、クリトリスっ、あぁっ…… 気持ちいいよ、んんっ、あぁっ、同時に されたら、わたし、おかしくなっちゃうよっ」 「鈴歌がそうやってよがってるところ、 すごくかわいいよ」 「やぁっ、んんっ、あんまり、 見たらダメだよっ。あっあっ、んんっ、 やだっ、んはぁっ……恥ずかしい、よ……」  顔を羞恥に染めながらも 膣内と外を同時にいじられる快感に、 彼女はびくん、びくん、と身体を震わせる。  腰が今にも砕けおちてしまいそうで、 おま○こからは大量の愛液がトロリと滴り、 脚を伝って落ちていく。 「ん……わたし、もう我慢できないよ…… 挿れてよ……君のおち○ちんで、わたしの おま○こを、いっぱいにしてほしいよ……」 「しょうがないな。 いつから、そんなにえっちになったんだ?」 「だって……だって、したいよ…… 君とつながりたいんだよ。 一緒に気持ち良くなりたいよ……」 「分かったよ。じゃ、挿れるからな」  ち○ぽを鈴歌の膣口にあて、 ぐっと一気に押しこんだ。 「あ……あぁぁ……んあぁぁぁぁぁ……、 入ってきてる……よ……君のおち○ちん…… ん、嬉しい……すごく、気持ちいい……」 「動いて、平気か?」 「うんっ、君の好きなように動いて。 気持ち良くなっていいからね」  おま○こから抜けるぎりぎりまで、 ゆっくりとペニスを引きぬいていく。  ヌルヌルのヒダとカリが擦れあう感触に 鈴歌は悲鳴のような嬌声をあげ、 俺の下半身に快感が走る。  ピタリ、と腰を止めると、 今度は子宮口に当たるまで ゆっくりとペニスを押しこんでいく。  それを俺は何度も繰りかえした。 「あっ、んっはぁぁっ、いいっ、よぉ…… 君のおち○ちんが、わたしの膣内を 動いてるのが、分かって……あぁっ」 「あぁ……んんっ、感じちゃうっ、よ…… ああっ、わたし……んん、はぁっ、 やっあぁっ、んふあぁっ……おかしいよぉ」  俺の腰の動きに合わせて 鈴歌が円を描くようにいやらしく 腰を振りはじめる。  くちゅう、とペニスに食いついたおま○こが その腰の動きに連動して、下半身に 複雑な快感を与えてくる。  気がつけば、俺の腰の動きは どんどんと早くなっていた。 「あっ、んんっ、早い、よっ、あぁっ…… 激しくて、ああぁっ、やだっ……んっ、 はっ、はふっ、はひっ……あぁ……」 「あ、ん……ふふっ……気持ちいいんだ? んっ……あ……そんなに一生懸命に なっちゃって……我慢できないの?」 「……そんなの、できるわけないだろ…… 鈴歌の膣内は……とろとろで…… 気持ち良すぎるよ……」 「ふふっ、君のおち○ちんも、 すっごく堅くて、おっきくて、わたしのことを ぐいぐい押し広げようとしてるんだから」 「そんなにいやらしいことを言ったら、 もっと大きくなっちゃうだろ」 「知ってるよ。だから、もっとたくさん、 言ってあげるね」  さらに堅く膨れあがったち○ぽで 鈴歌のきゅうきゅうのおま○こを 抉るように、激しくスライドさせる。  膣壁とペニスが擦れあうたびに、鈴歌は くにゃりと身体をよじらせ、まるで腰砕けに なったかのように脚をがくがくさせる。 「んはぁっ、いいっ、君のおち○ちんで、 いっぱいで、おま○こ、気持ち良すぎるよっ、 あっ、助けて、もうっ、ああっ、ああぁっ」 「おかしくなっちゃうっ、わたし、んんっ、 おち○ちんのこと以外、何も、 考えられなくなるよっ、あぁっ、んっあぁ!」  もう自分で立つことさえできない鈴歌の 腰を手で支えて、そこに何度も何度も そそり立った肉棒を突きいれつづけた。  おま○この中も鈴歌の表情もとろとろに なってて、彼女はただただ快楽に身体と 声を震わせる。 「も……う……わたし、イク、よ…… おま○こ、イッちゃうのっ、あっあ、 くるっ、くるよぉっ、あっあっあぁっ!」 「もっと、してぇっ、激しくぅ、してよぉ。 わたし、イクっ、ホントにイッちゃう…!! あぁあぁ、すごいっ、すごいよぉっ…!!」  ぎゅぎゅうっとペニスを 締めつけるかのように、鈴歌のおま○こが きつく収縮する。  全身が強ばったかのように硬直して、 彼女は恍惚の表情を浮かべ快感に染まった声を 響かせた。  一気に射精感が押しよせてきて、 それを解き放とうと彼女のおま○こを ひたすら激しく突いた。 「あっ、あぁぁっ、しゅごいよぉっ、あ、 おち○ちんで、そんなに激しく かきまわしたら、わたしっ、もう、もうっ!」 「イク……イクぅっ……あっあっあぁぁあ、 もう、ダメだよぉぉっ、わたし、あ・あ・あ、 ああぁぁぁぁぁぁ……!!」 「イッちゃう……イッちゃう…… イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  鈴歌が絶頂に達すると同時に、 彼女の膣内に思いきり精液を 注ぎこんだ。 「あ……ん……あぁ……入ってきてるよ…… 君の精液、こんなにいっぱい…… こぼれちゃう……ふふ、くすくすっ……」  トロリと精液をたらした膣口は、 ひくひくといやらしく動いている。  わずかに鈴歌が腰をよじると、 彼女の肛門がわずかに開き、 俺はそこに視線を奪われた。 「……どうかした?」 「鈴歌……もう一回いいか?」 「……う、うん。いいよ。 君のしたいだけしてくれて」 「じゃ、今度はこっちで――」  と、いきり立ったち○ぽを 彼女のアナルに押しつけた。 「え……そこ、ち、違うよ……お尻、だよ?」 「鈴歌の全部をくれるんだろ?」 「そ、そうだけど……だけど…… お尻におち○ちんなんて入らないよ」 「大丈夫だよ。ほら、力抜いて」 「う、うん……力抜くのはいいけど…… でも……」  彼女が半信半疑で力を抜いたところに ぐっと腰を突きだし、ペニスを肛門に 差しいれる。 「あ……あぁ……んん……ウソ…… ウソだよ……入ってきてる、お尻の中に、 君のおち○ちんが……んんっ、やぁ……」 「あっあぁ……待っ……て、よ…… わたし、怖いよ、こんなの知らない…… あっ、んっんんくぅぅぅ、あぁ……」  鈴歌がいやいやと首を振るも、 きつく締めつけてくるアナルが 気持ち良すぎて、俺は腰を止められなかった。  ぐ、ぐぐぅっ、と鈴歌の肛門を 押しのけるようにして、俺のペニスが 直腸へと侵入していく。 「んっ、んんっ、はぁ……奥まで…… 入っちゃった……もう…… しょうがないんだから……」 「鈴歌のアナル、すごくいいよ……」 「そんなこと言われても、 恥ずかしいだけだよ……」 「動かすよ」  俺はゆっくりとペニスをアナルから 引きぬき、そしてまた押しこんでいく。  すると、鈴歌の身体にぐっと力が入り、 ものすごい力で俺のち○ぽを 締めつけてくる。 「ん……もう……君のおち○ちん…… すごく堅くなってるのが分かるよ…… わたしのお尻が、そんなに気持ちいいんだ」 「あぁ、だから、もっと……」 「あ……はぁ……しょうがないなぁ…… いいよ……わたしのお尻、好きに使って……」  俺はゆっくりと腰を振って、 鈴歌のアナルにペニスを出し入れする。  ペニスがアナルの中を動くたびに 鈴歌は苦しげな吐息と声を漏らし、 耐えるように身体に力を入れている。  次第に彼女の様子に変化が現れた。 「……ん……なに、これ? 変な気分…… 君のおち○ちんが……お尻の中で、 動くと……頭がぼーっとしそう……」 「あっ、んんっ……くふぅ……はぁ…… おかしい、よ……わたし……あぁっ、 こんなの、ウソ、あっ、んんっ…!!」  明らかにさっきまでとは違う様子で、 彼女は何かの間違いだといったふうに いやいやと首を振る。  ぬぷぅぬぷぅとペニスが激しく出入りする その下で、おま○こからはとろとろと 甘い液が滴りおちていた。 「あっ……んっ……違うよ……こんなの、 わたし、知らないよ……あぁ、んっふぅ、 は……やだぁ、はぁっ、やんっ、あぁっ」 「ダメっ、ダメだよっ、そんなに突いたら、 ダメだよぉ……あっあぁっ、わたしっ、 このままじゃ、あぅ……イヤっ、やだぁ」  アナルをペニスで突くたびに 彼女は気持ち良さそうに身体を 震わせる。  それを悟られまいとするように 彼女は必死に歯を食いしばり、 声を押し殺そうとしていた。  けれども、よほど気持ちいいのか、 ペニスが直腸を擦りあげるたびに 彼女の口からは艶っぽい響きが漏れる。 「鈴歌、もっと気持ち良くしてあげるよ」 「えっ、あっあんっ、ち、違うよ…… わたしっ、気持ち良くっ、なんかっ、 あっ、はぁっ、違うっ、違うのっ!」 「え、ウソ、ちょっと待って、 そんなに激しくしたら、あぁっ、やだ、 やだよ、わたし、耐えられないよ……」  じゅちゅっ、じゅちゅうぅっと 淫らな音を響かせながら、これでもかと いうぐらい激しくアナルを責め立てる。  もう我慢できないといった様子で 鈴歌は快楽に染まった声をあげ、全身を がくがくと気持ち良さそうに震わせた。 「あっあぁぁっ、わたし、感じちゃってるよ… お尻で、あぁんっ、気持ち良くて、あぁっ、 声、押さえられないっ、もうっ、ダメぇっ!」 「鈴歌、すごいな。 とてもアイドルとは思えないぞ」 「や、やだぁっ、そんなの、 言っちゃダメだよっ、あっ、んんっ、くぅ、 はぁっ、やだ、やだやだっ、あっはぁんっ!」  まるで直腸全体が性感帯に なってしまったかのように、俺がペニスを 動かすだけで鈴歌は快感に痺れる。  何が何だか分からないというふうに声を あげながらも、彼女の身体は快楽を求めて、 俺のペニスをどこまでも咥えこんでいく。 「もうっ……ダメ……わたし、アイドルなのに、 お尻が、気持ち良すぎて、もっと、して、 欲しくなるよっ、んんっ、あぁぁぁっ!」 「あぁぁっ、いいっ、君のおち○ちんっ、 もっとお尻に挿れて、奥まで挿れてっ、 めちゃくちゃにしてほしいよっ!」  くちゅうっと彼女のアナルが ペニスをさらにきつく締めあげてきて、 射精感が一気に高まった。  俺は押さえつけてくる直腸を、 無理矢理押し広げるようにして 彼女の中をぐりぐりとかきまわす。 「ウソ……ウソだよ……わたし…… イキそうだよ……んっ、はぁ、こんなの、 おかしいのに、あっ、もう、あっあぁあ」 「ダメ、我慢できないよっ、もうっ、イク、 お尻でイッちゃうよっ、あっ、んんはぁ、 やだっ、やだぁっ、あっあっああぁぁぁぁ」 「イクっ、イクゥゥゥッ、ああぁぁ、やだぁ、 お尻で、あ、ん、お尻でイッちゃうぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  鈴歌が大きく背中を反らした瞬間、 彼女のお尻の中にありったけの精液を 注ぎこんだ。 「あ……んっ……んぅ……お尻に…… 入ってくる……君のが、たくさん…… あ、ぁぁぁ……」  ぬぷぅっとち○ぽをアナルから 引きぬくと、 「あっ……ん……はぁ…… やっ、まだ出るんだ…… すごいえっちだよ……」  放たれた精液を彼女は嬉しそうに 身体で受けとめた。  精も根も尽き果てたように、 俺たちはその場で重なりあうように ぐったりと倒れこむ。  そうして言葉もなく、 お互いの息づかいとぬくもりだけを じっと感じていた。  空が夕焼けに変わり、 俺たちは校舎の外に出た。  自然と足が向いたのは、 彼女と初めて出会った場所だ。 「……日が暮れたら、帰ろっか」 「……あぁ」  もう時間はわずかしかない。  けれど、かける言葉は 何も見つからず、  俺たちは寄り添うようにして、 沈んでいく夕陽をぼんやりと 眺めていた。  時間がこのまま止まればいいのに―― そんな願いとは裏腹に、  まるで意地悪な神様が早送りでもしたかのように 太陽は地平線に沈んでいった。 「……早いね、時間が経つのは。 あっというまだったよ」 「そうだな。あっというまだった」 「じゃ、約束だから」 「あぁ」 「……ずっと……大好きだよ」 「俺もだよ」  さよならは言わない。  俺たちは笑顔でうなずきあい、 同時に踵を返した。  一歩、二歩と歩を刻むたびに、 彼女との距離が開いていく。  三歩目で、俺はピタリと足を止めた。  振りむく。  すると、彼女もこちらを振りむいていた。 「……………」  恋人ごっこだった。  初めからそういう約束だった。  夢を追いかける俺たちは、 ほんのちょっとだけ羽を休めようと 思っただけだったんだ。  彼女を好きだと言った俺の言葉も、  俺を好きだと言った彼女の言葉も、  全部ただの嘘にすぎない。  深入りしないように、 本気になってしまわないように、  嘘だということにしていたんだ。  だけど、ここにきて、 いまさらながらに俺は自分に問いかける。  本当に全部を嘘のままにして、 これで終わってしまっていいんだろうか?  これが最後の選択だ。 俺は――  これが最後の選択だ。 俺は―― せめて最後に何か伝えようと思った。  だけど、この想いを どう言葉にすればいいのか 分からない。  俺がそのまま立ちつくしてると、 「……楽しい夏休みだったね」 「……あぁ」  鈴歌との思い出を振りかえる。 「楽しい夏休みだった」  彼女が笑う。  頑張って、と 鈴歌が言ってくれた気がした。  だから、俺も同じように笑いかえした。  そうして、また踵を返して、 今度こそ振りかえらないようにと 歩いていく。  いつもの帰り道、家の近くまでやってきて 俺はようやく後ろを向いた。  ほんのわずかな期待は裏切られ、 胸の奥に虚脱感が広がっていく。 「……………」  そっと目を閉じる。  まぶたの裏に浮かぶのは鈴歌の姿だ。  振りきっても振りきっても、 彼女の笑顔は消えやしない。  この目に焼きついた彼女の姿が、 愛おしくて仕方がなかった。  だけど、それでも、後悔だけはしない。  目を開くと、涙がこぼれた。 構わず、俺は歩きはじめる。  前を見て、ゆっくりと、 一歩一歩を踏みしめるように、  他でもない、俺自身の夢に向かって――  懐かしい夢を見た。  学校の裏庭にあるリンゴの樹の夢だ。  長い間、花も咲かせたことのなかった リンゴの樹にひとつだけ実がなっている。  それが、恋の妖精に変わることを 俺は知っている。  そうだろ、QP――  目を覚ますと自分の部屋だった。 「……何年ぶりだろうな…?」  あいつが妖精界に帰ってから、 もうずいぶん経つ。  学校を卒業して以来、 あの場所には一度も行ってない。  なんでまた、いまさら こんな夢を見たんだろうか?  そんなことを考えながら、 体を起こし、テレビをつけた。 「人気歌手、旭鈴歌さんが ソロデビュー5周年記念イベントを 開催しました」 「記念イベントでは新曲“君へ”を熱唱し、 会場に訪れたファンたちは、その天使の 歌声にうっとりと聴きほれていました」 「あいかわらず、すごいな」  鈴歌はシンガーソングライターになる夢を 叶えた。  ソロデビュー以来、 出すCDはすべてヒットを飛ばし、  昨年はこのCDの売れない時代に、 100万枚のミリオンセラーを達成した。  もちろん、特典を一切つけない 純粋なCDのみの売り上げだ。 「手の届かないところまで 行っちゃったな」  俺はと言えば、 昨年ようやく自分の店を出して、 料理人として独り立ちしたところだ。  研究に研究を重ねたドラゴンスープの評判も 上々で、店はうまく軌道にのっている。  それもこれも、テレビで見る彼女の姿に 叱咤されつづけたおかげだろう。  だけど、今でも信じられない。 あの鈴歌と恋人ごっこをしていたなんてな。  二人の夢が叶ったら、 一緒にディナーショーをしようなんて 話したこともあったけど、  どうもそれはできそうもない。  向こうは雲の上の歌姫、 こっちは田舎の小さな店の料理人だ。  いまさら、会うことだって難しいだろう。 「……………」  テレビを消す。  さて、今日、明日と店は改装中で休みだ。  久しぶりにどこかへ出かけるとしよう。  自然と足が向かったのは学校だった。  今朝、変な夢を見たからかもしれない。  もしかしたら、QPが、 待っているかもしれないと思った。  懐かしいな。  この野菜は、今の園芸部員が 育ててるんだろうか?  さて、リンゴの樹は、と――  実はなっていない。  それも、そうか。  鈴歌と過ごしたあの夏休みの最後の日、 この樹に雷が落ちた。  真っ二つにリンゴの樹は割れてしまい、 こうして立っているのが不思議なぐらいだ。  ぐるっとリンゴの樹を一周しながら、 往生際悪くどこかに実がなってないか 見て回る。  すると――  一瞬、言葉を失った。  まるで、過去に タイムスリップしたかのように――  そこに、彼女はいた。 「……や。おはよ」 「……あぁ、おはよう」  久しぶりに会ったのに、 俺たちは何でもないような 挨拶を交わした。 「元気だった?」 「あぁ、鈴歌は?」 「うん、元気だった」  会話が途切れる。  ふと今朝のニュースを 思い出して言った。 「ソロデビュー5周年おめでとう」 「知ってたんだ」 「大スターがなに言ってるんだよ。 それに俺はリンカのファンだからな」 「くすくすっ。君も、開業おめでとう。 もうすぐ3周年だよね」 「……なんで知ってるんだ?」 「ホームページを見てたんだ。 ドラゴンスープ、おいしかったよ」 「食べにきたのか?」 「開店日にね。だって、ドラゴンスープだよ、 ドラゴンスープ、ホントにそんな名前の スープ作るとは思わなかったよ」 「来たんなら、声をかけてくれればいいのに」 「でも、すっごく忙しそうだったし。 それに悔しかったから」 「何が?」 「夢が叶っても、君は会いに 来てくれないんだって思って」 「だって、そりゃ、鈴歌はいつのまにか 手の届かないようなところまで 行っちゃったしさ」 「会いにいきづらかったっていうか…… 何だろう。遠い存在になったなって思って」 「くすくすっ、君って変なこと気にするんだ。 遠い存在? わたしが? ふふ、あはははっ」 「いや、そんなに笑わなくても……」 「ね。 昔、君と恋人ごっこをしたよね?」 「あぁ、楽しかったな」 「ホントは君に ちゃんと言いたかったことがあったんだけど、 けっきょく言えなかったんだ」 「……今、言ってもいい?」 「うん、いいよ」 「ウソじゃ、なかったよ」 「君を好きだって言ったこと、 全部、ウソじゃなかったんだ」 「恋人ごっこなんかじゃ、なかったんだよ」 「そうか」 「驚かないんだ」 「少なくとも俺がそうだったからな。 俺にとっても、恋人ごっこなんかじゃ なかった」 「そうなんだ…… 君って変わらないね」 「鈴歌ほどじゃないと思うぞ」 「くすくすっ。確かに、君は 前よりカッコ良くなった」 「それも、鈴歌ほどじゃないと思うぞ。 ……綺麗になったよ」 「……ね。ビックリすること言ってもいい?」 「何だ?」 「好きだよ」  本当に、ビックリした。 「ずっと、好きだよ。君のことが」  温かい気持ちがじんわりと広がり、 溢れでるように言葉が漏れた。 「俺も、鈴歌のことが好きだ。ずっと」 「じゃ、もう一回付き合ってくれる? 今度は恋人ごっこじゃなくて、ホントに」 「あぁ、もちろん」  笑いあい、鈴歌が伸ばした手を、 優しくつかむ。  思わずリンゴの樹を見上げる。  だけど、そこに妖精の姿はなかった。 「……QPが引き合わせてくれたのかな…?」 「えっ?」 「――今、なんて…?」 「あ、ごめん、えぇと、何でもないよ」 「QPのこと、知ってるのか?」 「え……うん…… じゃ、もしかして、君も?」 「あぁ。学生の時に、このリンゴの樹に 実がなってて、それがQPで、しかも、 恋の妖精とか言いだしてさ」 「わたしもそうだよ。ここで歌ってたら、 いきなりリンゴの実がヘンテコな妖精に 変わって、しかもしゃべるからビックリして」 「……もしかして 『助けにきた』とか言ってなかったか?」 「言ってたよ。このままだとわたしは ある男の子と出会って恋に落ちて、 一番大事なものをなくすって」 「俺にもそんなことを言ってたよ。 だから、その前に彼女を作れ って毎日のように騒いでた」 「わたしもわたしもっ。 でも、そんな時間ぜんぜんなくて、それに 恋人にしたい人なんていなかったんだよね」 「そしたら、QPが最後に言ったんだよ。 その男の子と出会って、恋に落ちても、 ぜったい本心を口にしちゃいけないって」 「そうじゃないと、わたしは夢を失うって、 そう言われたから……」 「……だから、恋人ごっこに しようって思った?」 「……うん」 「……そっか」  あの夏休みに俺たちが別れていなかったら、 悲劇が起きていた――  それが本当だったのかは 今となっては分からないけれど、 「……守ってくれてたんだろうな」 「今日まで、ずっと?」 「あぁ。もう大丈夫になったから、 知らせてくれたんじゃないか?」 「そうだね。わたしも、そんな気がするよ」  あのヘンテコな妖精に感謝をするように、  俺たちは二人並んで、じっとリンゴの樹を 見上げていた―― 「鈴歌」 「なぁに?」 「夏休み最後の日にもう一度会わないか?」 「……バイトはいいの?」 「何とか午前中だけにしてもらうよ。 お客さんの入り具合によって、ちょっと ズレるかもしれないけど」 「終わったら、すぐに来るから」 「……………」  鈴歌はしばらく黙りこんだ後、 「……いいよ。待ってる」 「じゃ、また日曜日に」 「うん。またね」  軽く手を振って、鈴歌は帰っていった。  翌日。俺は鈴歌に伝えた。  夏休み最後の日、8月30日に リンゴの樹の下で会おう。  バイトがあるけど、終わったらすぐに 駆けつける、と。  彼女は少し寂しそうな顔をした後、 笑って 「待ってる」 と言ってくれた。  朝。目を覚まし、時計を見る。  時刻と一緒に表示されている日付に 視線が移った。  8月30日。鈴歌の夏休み最後の日だ。  バイトが終わった後、俺は鈴歌に会う。  この気持ちをありのまま伝えようと思った。  バイトに行く準備をして、 リビングで朝食をとる。  青いメモと赤いメモに 新しいメッセージが書かれてたけど、 今日は読む気になれなかった。  バイトに向かう途中、空を見ると 今にも雨が降りだしそうだった。  天気予報を見てくれば良かったな。  そう考えた瞬間、ポツリ、と 水滴が顔を濡らした。  雨が降らない内にと 俺はナトゥラーレへ急いだ。 「うおっ、マジか……」  一気に降ってきた。  びしょ濡れになる寸前のところで ナトゥラーレの軒下に入った。 「おっはよー」 「おはよう。ていうか、お前早いな。 フロアはまだやることないだろ」 「雨降りそうだから、早めにきたのよ。 颯太は大丈夫だった?」 「まぁ、ちょっと濡れたけどな」 「さ、先っちょが?」 「はいはい」 「えー、反応悪いよ。 颯太って彼女ができてから、 あたしのこと邪険に扱ってない?」 「……そんなことないよ」 「あれ? 何かあった?」 「何が?」 「うんとね、彼女と」 「いや、別に何にもないよ」 「そっかぁ。なら、いいんだけどね。 でも、何かあったら相談に乗るからね」 「あぁ、ありがとうな」  仕事着に着替えて厨房に入った。 「おはようございます」 「おう、おはよう。 悪いんだが、仕込み一人で任せていいか?」 「……はい。大丈夫だと思いますが、 どこか行くんですか?」 「昨日の夜でサンドイッチ用のパンが 切れてな。注文しといたんで とりにいってくる」 「いつも宅配してくれるパン屋さんですよね? けっこう遠くありませんでしたっけ?」 「まぁ、1時間半もあれば戻ってこれる。 ちょっと開店には間に合わんが しばらく厨房任せるぞ」 「分かりました。何かあったら電話します」 「あぁ、頼んだ」  マスターは厨房を出ていった。  すぐさま俺は仕込みにとりかかる。  ざーざーと雨の音が聞こえた。  昼にはやんでるといいんだけどな、 とそんなことを考えていた。  しかし――  時間が経つにつれて どんどん雨足は増していき、 強い風が吹きはじめる。  そして―― 「きゃああぁぁっ……や、やだよ……」 「大丈夫だよ。落ちつけ」 「う、うん……」 「……しかし全然、やみそうにないよな……」  このままだと大雨の中、 待ち合わせする羽目になる。 「……これからもっと強くなると思うわ。 今日の夜までは暴風域抜けないみたいだし」 「え…?」  それって、つまり…… 「もしかして、台風が来てるのか?」 「うん、天気予報見てないの? 午後には暴風域に入るんだって。 でも、雷まであるのは珍しいよね」 「……マジか……」  しまったな。鈴歌のことで頭がいっぱいで、 ここ最近ニュースもろくに見てなかった。  鈴歌と約束した時間は、 ちょうど台風のまっただなかになるわけか。  校舎に入って待っていようにも 土日は鍵がかかっている。  かといって、互いに連絡先は知らない。  鈴歌がナトゥラーレに 連絡してくれればいいんだけど…?  いや、マスターが帰ってきたら、 何とか早退して先に学校で待ってたほうが いいかもしれない。 「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」 「4人です」 「かしこまりました。こちらへどうぞ」  おっと、電話だ。  鈴歌だとちょうどいいんだけど、 と思いながら受話器を上げる。 「はい。ナトゥラーレです」 「颯太か。俺だ」 「どうしました?」 「悪い。急いでたら事故っちまった。 ケガはないんだが、現場検証やら なんやらで時間がかかりそうだ」 「お前、今日は午後までのシフトに 変更するってことだったが、 俺が戻るまで待てそうか?」 「何時ぐらいになりそうですか?」 「分からんが、急ぐ。 もしかしたら、午後までに 戻れるかもしれないけどな」  俺がいなくなれば、 今日のシフトで厨房は回せない。  さすがに、 ここで断るわけにもいかないだろう。 「分かりました」 「すまん、助かる。まぁ、客の入り次第で 閉めてもいいし。そこは様子を見てだな。 また連絡する」  マスターとの通話を終える。 「いらっしゃいませ、何名様ですか?」  天気予報よりも雨足が強くなるのが 早かったのか、徐々にお客さんが 入りはじめた。  たぶん、雨宿りをしていくつもりなんだろう。  こんな台風の日にもかかわらず、 ナトゥラーレの席は一時満席になり、 フロアも厨房も大忙しだった。  時刻は午後1時30分を回っていた。  外は暴風雨で荒れており、 傘などまったく役に立たない状態だ。  鈴歌にはバイトが遅れる可能性は 伝えてあるけど、果たしてこんな中、 待っているんだろうか?  もう帰っててくれればいい。 そう思う反面、今日会えなければ、二度と 彼女には会えないという考えが頭をよぎる。  今すぐここを離れて学校へ行きたいけど、 そういうわけにはいかなかった。  確かに、ただのバイトかもしれないけど、 俺の夢につながる仕事だ。  ここで無責任なことをするんなら、 自分で店を持ったって同じだろう。 「すまん、颯太。助かった」  ようやくマスターが戻ってきた。 「いえ、大丈夫です」 「予定があるんだろ。もう上がっていいぞ」 「ありがとうございます、お先に失礼します」  外は暴風が吹き荒れ、おまけに豪雨だった。  それでも構わず、俺は 学校へ向かって駆けだした。  ついてないことに向かい風だ。  ますます風雨は強くなり、 全身はとっくにびしょ濡れだ。 「……うおっ…!?」  目の前から瓦が飛んできたのを 間一髪避けた。  道路に当たった瓦が粉々に砕けたのを 見てぞっとする。  外にいるだけでも危険な状態だ。 辺りには当然、人っ子ひとりいやしない。  横殴りの雨が目に入るのを腕で塞ぎながら、 必死に走った。  なおも風雨は厳しさを増し、 ゴロゴロと雷が鳴っている。  時刻はもう午後2時だ。 待ち合わせの時間をもう2時間も過ぎている。  いくら約束したとはいえ、 こんな台風の中、2時間も待ってるだろうか?  いや、さすがにもう帰っただろうな。  そう思うのに、足はちっとも止まらなかった。  裏庭に到着する。  リンゴの樹の下に視線をやるが そこには誰もいない。  やっぱり、帰ったのか。 「そりゃ、そうだよな……」  胸が詰まったように感じるのは ここまで休まずに走ってきたからなのか、 それとも―― 「鈴歌……」  リンゴの樹にもたれかかり、 呟くように彼女の名前を呼ぶ。 「遅いよ」  ビックリして顔を上げる。  すると、リンゴの樹の後ろ側から、 鈴歌が姿を現した。 「ドキッてした? いないと思った? ウソだよー♪」  してやったりという表情で 俺を見てくる鈴歌は、けれども、 雨に濡れてびしょびしょだ。 「……ごめんな。 こんな台風の中、長い間待たせて。 もう帰ったかと思ったぐらいだよ」 「帰らないよ。 わたしも、会いたかったんだから」 「そっか」  台風のまっただなか、びしょ濡れになって 鈴歌は待っててくれた。  そのことがすごく嬉しくて、 自然と言葉が口をついた。 「鈴歌に大事な話があるんだ」 「……そうなんだ」 「学生ごっこは終わったんだよな?」 「卒業しちゃったからね」 「じゃ、恋人ごっこは?」 「それはまだ終わってないよ」  覚悟を決めて、俺は言った。 「じゃ今、終わりにしよう」 「えっ……」 「……うん。君がそうしたいんなら、いいよ」 「俺たちはもう彼氏でも彼女でもない」 「……うん」 「楽しかったな」 「そうだね。すごく楽しかったよ。 一生の思い出になった」 「鈴歌と恋人ごっこをしてさ、 気がついたことがあるんだよな」 「そうなんだ」 「もう今日で最後だから、 どうしても伝えておこうと思って」 「聴いてくれるか?」  じっと鈴歌を見つめると、 彼女はわずかに視線をそらした。 「……ダメ、だよ。それは、 言っちゃいけないことなんだよ」 「分かってる。でも、言わないと」 「……聞きたくないよ」 「鈴歌」 「やだよ。イジワルしないで」  ありったけの思いを込めて 彼女に告白する。  嘘偽りのない俺の気持ちを。 「好きだ」 「…………ダメって、言ったのに……」 「でも、好きなんだ。どうしようもないぐらい」 「だから、恋人ごっこじゃなくて、 俺と本気で付き合ってくれないか?」 「……ダメだよ。 もう夏休みは終わりなんだから」 「今までみたいに会えないんだよ。 仕事は東京が多いから、こっちにだって なかなか帰って来られなくなるし」 「会えなくてもいいよ」 「忙しくて連絡だってなかなかできないよ。 メールも電話もすぐ返せないから」 「連絡がとれなくてもいい」 「きっと、わたし不安になるよ。 ヤキモチ焼くよ」 「君の周りには女の子がいっぱいだし、 君はカッコイイし、嫉妬するよ」 「そんなの最高に嬉しいよ」 「わたし……でも、そんな権利ないよ。 わたしはわがままなんだよ」 「何がわがままなんだ?」 「だって、わたし…… わたしの一番は歌なんだよっ」 「君といてこんなに幸せだったのに わたしは簡単に君を捨てようとしてる」 「どうしても夢を叶えたくて、 浅ましいくらい諦められなくて……」 「君がそんなにわたしのことを 大事にしてくれるっていうのに、 わたしは君を一番にはできないんだよ」 「何も返してあげられない、 何の約束も、できない……」 「そんなの、ズルいよ。 わたしはそんな卑怯なこと、できないよ……」  きっと、それが、 これまで恋人ごっこという嘘で 隠してきた鈴歌の本音だったんだろう。  不器用なぐらいに純粋で、 彼女のことがますます愛おしくなる。 「卑怯だとは思わないよ」 「うぅん、そんなことない。 わたしは君に何もしてあげられないのに、 君の気持ちを縛る資格なんてない」 「俺が鈴歌にしてほしいことは ひとつだけだよ」 「俺のことを好きでいてほしい。 それだけだ」 「……忙しくてできないか?」 「……ズルいよ、そんな言い方……」 「俺は、鈴歌のことが好きだよ。 夢を追いかけている鈴歌のことが大好きだ」 「だから、俺のためにも 全力で夢を叶えてほしい」 「ウソツキ……そんなの、ウソだよ……」 「嘘つきは鈴歌だろ。 本当はこれで終わりにしたくなんか ないんだろう?」 「……………」 「……彼女なら、 わたしじゃないほうがいいよ」 「俺が鈴歌がいいって言ってるのに?」 「それは勘違いだよ」 「勘違いじゃないよ」 「それじゃ、一時の気の迷いだよ」 「君はね、もっと自分に自信を持ったほうが いいと思うな」 「君のことを好きな子は 君の周りにちゃんといるよ」 「会えもしない、メールもいつ返ってくるか 分からない女の子よりも、毎日会える 女の子を彼女にしたほうがいいじゃない」 「だって、恋なんてそんなものなんだから。 いいなって思った相手の中から、 たまたま両想いの子を選ぶだけでしょ」 「条件の悪い相手をわざわざ選ぶ必要は ないっていうかさ」 「一生に一度、一人だけしか 好きにならないわけじゃないんだし」 「……………」 「……本当にそう思ってるのか?」 「うん。わたしだって今は君のことが 好きだけど、時間が経てばきっと忘れるよ」 「最初は苦しいかもしれないけど、 大変かもしれないけどね」 「それでね……いつか別の人を好きになる。 君もね」 「そうじゃないなんて、言えないでしょ?」 「……………」 「……………」 「……だからさ、わたしのことは いい思い出だったなって感じで忘れなよ」 「それで他の女の子と 付き合うといいんじゃないかなっ」 「ぜったい楽しいから、騙されたと思って 一回試してみてよ」 「……………」 「ちょっといいなと思ってる女の子の 一人や二人、いるんでしょ?」 「……まぁ、そうだな」  俺がそう口にすると、 「……………」  そんな顔をされたら、すぐに分かる。  だけど、すぐには言葉を返さず、 俺はじっと彼女を見つめた。 「……………」  鈴歌は気まずそうに視線をそらす。 「……それって、あのカフェに、いた子…?」 「一番は鈴歌だけどさ」 「じゃ……二番は…?」 「そうだな。鈴歌の次に好きなのはさ――」 「……うん……」 「鈴歌だよ」 「……え……」 「その次に好きなのも鈴歌でさ」 「またその次に好きなのも全部、鈴歌だ」 「たぶん、鈴歌以外好きにならない」 「だから、そばにいられないとか、 何もできないとか、そんなのは関係ないよ」 「彼女が欲しいんじゃないんだ。 俺は鈴歌が欲しいんだよ」 「……そんなの……」 「嘘なんだろ?」 「……………」 「……ウソだよ……」 「本音は?」 「……………」 「本音は、鈴歌?」 「……もう……」 「ん?」  優しく彼女に問いかけると 鈴歌は俺をキッと睨みつけて、 「……もう、もーっ。しつこいんだからっ。 わたしだって君以外を好きにならないよっ!」 「こんなに好きにさせて、 忘れられるわけないんだからっ」 「……このままじゃ、ずっと独り身のまま おばあちゃんになっちゃうよ…!!」 「どうしてくれるの、ばか……」 「えぇと……」 「言わないつもりだったのに、 言っちゃったよ……君のせいだ」  なるほど。 「今すっごくいいことを思いついたんだけどさ」 「……何よ…?」 「今度は遠距離恋愛ごっこをしようよ」 「会いたくても会えなくて愛しさは 募るばかりってやつだ」 「めちゃくちゃ楽しそうじゃないか?」 「……そんなの楽しくないよ……」 「そうか? 俺は楽しいと思うけど?」 「……わたしは思わないよ……」 「いいだろ。今まで鈴歌のごっこ遊びに 付き合ってあげてたんだから、 今度は俺に付き合ってくれよ」 「鈴歌は大変かもしれないけどさ、 俺のために我慢してくれないか?」 「……………」 「これが本当に最後だよ。 だめなら、潔く鈴歌のことを諦める」 「だから、嘘はなしで答えてくれ」 「……分かったよ。 じゃ、ホントの気持ち、言うね」  鈴歌はそう前置きをして、 「やだよ」 「ごっこじゃなくて、遠距離恋愛しよう」  一瞬、俺が呆気にとられたような表情を 見せると、 「くすくすっ、ドキッてした? ウソじゃなくたって騙せるんだからっ」 「お前な……」  文句を言おうとした途端、 鈴歌が俺の胸に飛びこんできた。 「こういうわたしが好きなんでしょ?」 「……一時の気の迷いな気がしてきたよ」 「何それ、君ってけっこう根に持つよね」 「こういう俺が好きなんだろ?」 「そうよ、大好き」  そのまっすぐな視線に 思わず吸いこまれそうになった。 「くすくすっ、あたしの勝ちー」 「……今に見てろよ」 「それっていつのこと?」 「そうだなぁ。10年以内には勝つよ」 「わー、気の長い話」 「いいだろ。楽しみに待ってな」 「……うん……待ってる。 10年後が楽しみだね」 「そうだな」 「……会えなくなるの、寂しいな」 「一緒に頑張ろうな」 「……うん……」  鈴歌の華奢な体をぎゅっと抱きしめると、 彼女は俺の背中に手を回した。 「わたし、約束するね」 「たとえ君がどれだけ遠くにいても、 会うこともできなくても、 君のことをずっと想ってる」 「俺も鈴歌がどれだけ遠くにいても、 会うこともできなくても、鈴歌のことを ずっと好きでいるよ」 「普段は会えないかもしれないけど、 もしも、君が独りでは解決できない問題で 困っていたら、」 「何を差し置いても、 コンサートの途中だって駆けつけて 手を差し伸べるよ」 「じゃ、俺も約束するよ」 「もし、鈴歌が俺の助けを必要としてるなら、 俺のすべてを懸けて必ず助けにいくから」 「……大好きだよ。ウソみたいに君だけが」 「俺も、鈴歌のことが誰よりも好きだ」  やっと見られた、晴れやかな鈴歌の笑顔。  俺たちはいつかのように そっと唇を寄せあう。 「……ん……ちゅ……」  そうして、 先程の言葉に誓いを立てるかのような 優しいキスを交わした。  互いに夢を追いかけながら、 この恋を育てていこう。  会えない日々は辛いだろうし、 すれ違うこともあるかもしれない。  けれども、きっと鈴歌と二人でなら、 乗りこえていける。  この先には明るい未来が待っているんだと、  そう、思っていた――  一瞬の出来事だった。  空が光ったかと思うと、 リンゴの樹からめきめきと音が 鳴りはじめた。  大樹が真っ二つに裂けて 俺たちのほうへと倒れてくる。  俺はとっさに鈴歌を突きとばした――  ――瞬間、鈍い音とともに 視界が暗転し、体は平衡感覚を失った。 「……颯太…? ねぇっ、颯太っ!」  声が聞こえる。鈴歌の声が。  いったい何がどうしたのか、 目の前が真っ暗で何も分からなかった。 「……ウソ、やだよ……こんなの、やだよ……」  鈴歌が泣いている。  大丈夫だ、と言おうと思ったが 声すら出ない。  次第に俺を呼ぶ彼女の声さえ薄れていき、 ぷっつりと意識が途絶えた。 「や。おはよ。帰ってきたよ。 最近はすっごく忙しいんだ。 もうすぐ全国ツアーだからね」  誰だ…? 「正直、寝る暇もないぐらい。 でも、君が代わりにずっと 寝ててくれるから平気かな」  誰が寝てるって? 「でも、そろそろ交代したいな。 君の声が聞きたいよ」  あぁ、分かった、鈴歌だ。  起きないと――  ゆっくりと目を開ける。  すると目の前に 驚いたような表情の鈴歌がいた。 「……鈴歌、ここは…? 俺、どうしたんだっけ…?」  辺りは病院のようで、 俺はベッドに寝っ転がっている。 「……良かった。 もう……ばか。起きないかと思ったよ……」  鈴歌の瞳からは、ポタポタと大粒の涙が こぼれる。  何が起きたんだっけ…?  えぇと、確か、そう――  台風の日に鈴歌と リンゴの樹の下で会って。  そうだ。雷が落ちて リンゴの樹が倒れてきたんだ。  無我夢中で鈴歌を突きとばして、 それで――  そこから先の記憶はない。  だけど、病院にいるってことは、 倒れた樹の下敷きになったんだろう。 「うっ……ぐすっ……うぅ……えっぐ……」 「そんなに泣くなって」 「だって、一週間もずっと意識が 戻らなかったんだよ……」 「そんなに…?」  道理で体が重たいわけだな。 「倒れた樹が頭に当たって、 脳が傷ついちゃったんだって 先生が言ってたよ」 「そっか。でも、鈴歌に 何事もなくて良かったよ」 「俺と違って大事な仕事があるもんな」  そう口にすると、彼女はまた ポロポロと涙をこぼした。 「ごめんね……ありがとう…… 助けてくれて……」 「だから、泣くなって」  鈴歌の涙を拭おうと 体を起こそうとする。  だけど、脚が動かせなかった。  あれ…?  もう一度、脚に力を入れてみる。 けど、ぴくりとも動かない。  それ以前に、布団がかかってるはずなのに その感覚さえなかった。 「……どうしたの…?」 「脚がまったく動かない……」 「…!? ……先生呼んでくるねっ」  鈴歌が出ていった後、 すぐに主治医の先生が駆けつけてくれて 診断を受けた。  下半身は完全に麻痺しており、 動かせないだけでなく 感覚もまるでなかった。  左手は問題ないけど、 右手に痺れがある。 「ご両親が来てから、一緒に話そう」  そう言われたが 俺はすぐにでも自分の症状を 知りたかった。 「大丈夫です。教えてください」 「焦らなくていい」 「うちの両親は仕事が忙しいですし、 待ってたっていつ来られるか 分かりませんよ」 「大丈夫ですから、教えてください」  仕方がない、というふうに 医者はため息をついた。 「外傷性脳損傷だよ。交通事故なんかに多い 症状だけど、頭部に強い衝撃が加わって 脳が傷ついたり出血したりしてしまったんだ」 「それによって脳の働きに影響が出る ことがある」 「脳卒中で体に麻痺が出ることがある のは知ってると思うけど、 それと同じような原因だよ」 「……治るんですか?」 「……リハビリをすれば ある程度は回復するだろう」 「右手は日常生活に支障がないぐらい 元通りになるはずだ」 「ただ、歩けるようになるのは あまり期待しないほうがいい」 「……………」  それなりの覚悟はしていたけれど、 ショックのあまり言葉も出なかった。 「リハビリや治療について、 詳しくはご両親が来てから話そう」 「他にも症状が出るかもしれないから、 何か気になることがあったら、 言ってほしい」 「…………はい」  何とか、その言葉だけを絞りだした。 「それじゃ、お大事に」  先生が病室から出ていった後、 重苦しい沈黙が病室を覆った。 「……ごめん…… わたし、手伝うから…… 颯太が元気になるまで」  悲しそうに、鈴歌は言った。  だけど、今度は彼女は泣かなかった。 泣かないように懸命に涙を堪えている。  本当に泣きたいのは 俺だと分かっているからだろう。 「なに言ってるんだよ。 鈴歌のせいじゃないだろ」  彼女の気遣いに応えようと、 泣きたい気持ちをむりやり笑いとばした。 「でも、わたしを助けなかったら、 こんなことにはならなかったよ……」 「その代わり、鈴歌が俺みたいなことに なってたかもしれない」 「だけど……」 「どちらかがこんなふうになるんなら、 俺は鈴歌を助けることができて 良かったと思う」 「……ごめんね……ごめん……」 「だから、泣くなって。 まだ二度と歩けないって 決まったわけじゃないだろ」 「それに歩けなくたって、 両腕さえあれば、料理は作れる」 「車椅子でだって夢を叶えてみせるよ」 「……君って、強いんだね……」 「鈴歌を助けたことを 後悔したくなんてないからな」 「……ごめんね……」 「だから、泣くなって。 それから、もう謝るなよ」 「……うん……ありがとう…… 大好きだよ」 「俺も。大好きだ」  キスをしようと、鈴歌が顔を 近づけてくる。  唇が触れる寸前、ぐう、とお腹が鳴った。 「くすくす、お腹すいちゃった?」 「あぁ」 「もうお昼になるし、ごはん出てくるかも。 ちょっと訊いてくるね」 「その前に、我慢できないから、 鈴歌を食べたい」 「いいよ、ほら、召しあがれ……んちゅ……」  長くキスを交わした後、 鈴歌は昼食の件を確認しに 病室を出ていった。 「お待たせ、無理言ってもらってきちゃった。 あと売店でお弁当買ってきたんだ。 一緒に食べよ」  鈴歌が昼食を載せたトレーと お弁当をベッドサイドテーブルに載せる。  下半身が動かないので 俺はベッドにもたれかかった姿勢のまま、 ベッドサイドテーブルを自分のほうに寄せる。 「……オートミールか……」  しかも、これでもかってぐらい ドロドロでほとんど液体に近い。 「一週間、何も食べてないから、 普通のゴハンは食べられないんだって」 「お腹が空いたって言ってたら、 先生も看護師さんもビックリしてたんだから」 「それじゃ、まるで俺が食い意地はってる みたいじゃないか……」 「くすくすっ、やっぱり、 料理人を目指す人は違うよね」 「バカにされてる気しかしないんだけど……」 「文句ばっかり言ってないで食べよ。 お腹すいてるんなら、きっとおいしいよ」  それもそうだな、と手を合わせる。 「「いただきます」」  スプーンでオートミールをすくおうとする。  しかし、右手が痺れて思うように 口に運べない。 「あ……手伝うよ」 「いや、これぐらいなら、 何とかいけそうだよ。 それにこういうのもリハビリだろ」 「……うん」  こぼれそうになるオートミールを 慎重に口に運び、もぐもぐと咀嚼する。 「おいしい?」 「ドロドロで食感も何も あったもんじゃないし、 味が薄すぎて全然わからない……」  これが病人食か。 毎日食べてたら、痩せそうだな。 「仕方ないよ。しばらくは我慢しないと」  まぁ、確かにそうだ。  そう思って、もう一度オートミールを食べる。 あまりの味気なさに、げんなりしてくる。 「鈴歌のお弁当は何だ?」 「チキン南蛮だよ」 「食べないのか?」 「うん……一緒に食べようと思ったんだけど、 あんまりお腹すかないかな」 「嘘つけって。俺に気を遣ってるんだろ。 いいから、食べろよ」 「……うん。じゃ、食べるね」  お弁当のフタを開き、 鈴歌がチキン南蛮をもぐもぐと食べる。 「おいしそうだな。 ……ちょっとだけ味見してもいいか?」 「ダメだよ。こんなの食べたら、 胃がビックリしちゃうんだから……」 「ちょっとなら大丈夫だと思うんだけどなぁ。 この味気ないオートミールじゃ元気出ないよ」 「ダメだよ。ちゃんとお医者さんの 言うこと聞いて」 「じゃあさ、味わうだけ味わって、 呑みこまなきゃいいんじゃないか?」 「……呆れること言うね。 そんなに食べたいの…?」 「だめか?」 「しょうがないなぁ。 じゃ、味わったら、口移しして。 わたしが食べるから」 「おう、それすごくいいなっ!」 「……ばか……」  鈴歌は箸でチキン南蛮を細かくして 俺の口元へ運んだ。 「はい、あーん」 「あーん」  ぱく、とチキン南蛮を口にする。  もぐもぐと咀嚼すれば、 衣の塩辛さとチキンの旨味、ジューシーな 肉汁が混ざって絶妙のおいしさが―― 「……」 「……………」  信じられなかった……  醤油をメインに味付けたであろう衣も、 チキンも、タルタルソースさえ、  先程のオートミール同様、 何の味もしないのだ。 「……どうしたの?」 「……嘘だ……」  俺は左手をチキン南蛮に伸ばして、 塊を数個、一気に口に入れた。 「だ、ダメだよっ、そんなに食べたら」  鈴歌の言葉を無視して 俺はチキン南蛮弁当を食い漁った。 「……嘘だっ…!!」  チキン南蛮は塩辛くない。 白菜の漬け物は酸っぱくない。 ごはんの甘さも感じない。  そんなはずはないと 俺は目の前の弁当を食べつづけた。 「嘘だ……嘘だ……嘘だ……」  食べても食べても何の味もしない。  ほんのわずかの旨味さえ分からない。 「ダメだよっ、もうやめてっ」  鈴歌に腕をつかまれて、 ようやく俺は我に返った。  胃がむかむかして、 吐き気を催すほど気持ち悪い。  だけど、そんなことが気にならないぐらい 最悪の気分だった。 「どうしたの…?」 「……味がしないんだ……」  その声は、自分のものとは 思えないほど暗く絶望に染まっていた。 「颯ちゃん、おはよう。 昨日はよく眠れた?」 「うん」 「そう。良かった。そうそう、今日、 会社の社長に頼んでね、お母さん、 出張、全部なしにしてもらっちゃった」 「全部って、今月?」 「うぅん、今年」 「大丈夫なのか?」 「お母さん、こう見えて優秀なんだから。 『出張なしにできないんなら辞めますー』 って言ったら快諾してもらっちゃった」 「そう」 「これでしばらく颯ちゃんのそばにいれるかな。 あ、お父さんも何とか残業なしにしてもらう って言ってたわよ」 「父さんの会社は無理じゃないか」 「そうねぇ。無理だったら、 辞めてくるんじゃないかしら」 「そこまですることないよ」 「いいのよ。だって、お父さんの会社って、 どうせブラック企業だもの」 「やっぱり、そうだと思ってたんだよな」 「うん、だから、ちょうど良かったの。 颯ちゃんは気にしないのよ」 「そうするよ」 「そういえば、友希ちゃんたちから、 お見舞いもらってきたわよ。 ここに置いとくわね」  母さんは棚に紙袋を置いた。 「お見舞いって何?」 「退屈してるだろうから、雑誌とか本だって。 ゲームソフトとゲーム機を 入れてた子もいたわね」  ゲームは姫守だろうな。 「友希ちゃんが、まだ颯ちゃんと 面会できないのって心配してたわよ」 「……………」 「そう。じゃ、まだ無理そうって 言っておくわね」 「うん」  今は友希たちには会いたくない。  気を遣われるのも気を遣うのも 耐えられそうになかった。 「先生がね、ちょっとずつでも リハビリを始めたほうがいいって 言ってたわよ」 「うん……」 「脚の感覚、戻ってきてるんだって?」 「あぁ」  少しずつだったけど、痛みや触感、 温度も感じるようになっていた。  歩くことはまったくできないけど、 寝返りぐらいなら何とかなる。 「早い内に頑張れば、 また歩けるようになるって」 「そっか……」  耳には聞こえているのに、 母さんの言葉はぜんぜん頭に 入ってこなかった。 「それと、ごはんはちゃんと 食べないとだめだって。 点滴だけじゃ体に悪いから」 「……味がしないんだ……」 「おいしくないかもしれないけど」 「『おいしくない』んじゃないんだ。 味がしないんだよ」  淡々と事実を口にする。  それだけで胸の中を どす黒いものが覆った。 「二度と歩けなくても良かったのに」  耳が聞こえなくても、 目が見えなくなっても良かった。 「どうして、よりによって……」  味覚が麻痺するなんて。 「颯ちゃん、辛いのは分かるけどね――」 「ごめん。独りにしてくれる?」 「……うん。分かったわ。 何かあったら、呼んでね」  わずかにうなずくと、母さんは 病室を出ていった。 「……………」  渾身の力でベッドを殴りつけた。 「……ちきしょう……なんでだよ……」  絞りだしたような悲痛な声が、 病室に響く。  医者からは 「味覚が元に戻る可能性はない」 と言われた。  リハビリをすれば、少しは 味覚を感じられるようになるかも しれないけど、それじゃ料理人は絶望的だ。  ずっと追いつづけてきた夢は 唐突に終わって、だけど、俺はその現実を 受けいれられなかった。  この一週間、何をする気力も湧かず、 ただベッドの上でぼーっと過ごしている。  やらなきゃいけないことも、 このままじゃいけないことも、 分かってはいたけれど、  気持ちは思うようにならず、 きっと他の人たちからは、俺がただの 抜け殻のように見えただろう。  頭の中を巡るのは、 「どうして、どうして」 と みずからの悲劇を嘆く言葉ばかり。  そんな後ろ向きな感情に支配されながら、 時間だけがただ過ぎていく。  しばらくして――  ノックの音が鳴った。  医者も看護師もこの時間にはやってこない。  母さんか? 「……ごめんね。わたし。入ってもいい?」  鈴歌の声だった。 「いいよ」  鈴歌が病室に入ってくる。 「どうかな、調子は?」 「まぁまぁだよ」 「そっか。さっきお母さんと話したんだけど、 もうリハビリを始めてもいいって 言われたんだって?」 「あぁ」 「……したくないんだ?」 「……そんなことないよ。 頑張らなきゃって思ってる」  何とか空元気を出して、そう言った。 「じゃ、約束しようよ。 明日からリハビリを始めるって」 「……………」 「こんなことわたしが言うの、 ひどいと思うけど…… このままじゃ、ダメだよ」 「せっかく脚に感覚が戻ってきたのに このまま何にもしなかったら、 ホントにもう歩けなくなっちゃうよ」 「知ってるよ。先生にも言われたし……」 「じゃ、頑張ろうよ。 君はそんなに弱い人じゃないよ」 「……………」  俺のためを思って言ってるって 分かっているのに、湧きあがるのは、 ただただ怒りだった。  俺がどんな思いでいるか、 知らないくせに……と、 バカな考えが頭から離れない。  こんなにも自分は醜くかったのかと思った。  人の親切を、受けいれられないほど 心が狭い人間なのかと思った。 「頑張ってみるよ」  何とか、理性の限りを尽くして そう言った。  きっと卑屈な言い方だっただろう。 とり繕おうと、とっさに話題を換えた。 「鈴歌こそ、毎日きてて大丈夫なのか?」 「大丈夫だから、来てるんだよ」 「もうすぐ全国ツアーがあるんだろ。 仕事は忙しいんじゃないのか?」 「忙しいは、忙しいかな。 今回のツアーが終わったら、 引退する予定だし」 「コートノーブルを? ……ソロデビューするのか?」  こくり、とわずかに彼女はうなずいた。 「君にだから教えたんだよ。 正式に決まったのは最近なんだから」 「……っ……」  おめでとう、と口にしようと思ったのに、 頭の中はどす黒い感情で真っ黒になった。  夢を諦めざるを得ない自分自身が 惨めで、情けなく思えた。  夢を追う彼女の姿が あんなに輝いて見えていたのに、  今はただ恨めしくて仕方がない。  そんな自分にまた嫌気がさした。 「……あのね、明日から、少し来られないかも。 一週間ぐらい。 どうしても東京に行かなきゃいけなくて……」  俺の機嫌をうかがうような表情で 鈴歌が切りだした。  そんな些細なことだったのに、 彼女が悪いわけじゃないと知っているのに、  感情の堤防が一気に決壊した。 「いいよ、来なくて」  突き放したように俺は言った。 「……………」  みっともなくて情けなくて、 だけど、言葉は止まらなかった。 「仕事が忙しいんだろ。もう来なくていいよ。 本当はずっと無理してるんだろ?」 「そんなことないよ」 「嘘つくなよ。こんなに毎日 会えるんだったら、別れ話なんて 最初からする必要なかっただろ」 「無理して、恩着せがましく来られたって、 こっちもいい迷惑なんだよっ」  鈴歌に八つ当たりして 何になるんだろう?  そう思いながらも言葉は勝手に口を突く。 「……ごめん……」 「鈴歌はどうせ自分の夢が一番なんだろ」 「それは……違うよ……」 「そう言っただろ。分かってるよ。 だから、俺のことなんかもういいんだよ」 「良くないよ」 「嘘つくなよ。なぁ、幻滅しただろ? 料理人になれないって分かっただけで こんな無気力な人間になって」 「その上、歩けなくて、味覚もなくて、 右手も思うように動かなくて……」 「こうやって、わざわざ時間がない中 来てくれた彼女に、当たり散らすことしか できない最低の野郎だってっ!」 「そんなこと思ってないよ」 「嘘つけよっ!! 本当は今すぐにでも東京に行って 全国ツアーの準備をしたいんだろっ!?」 「……今は君のほうが大事だよ。 放っておけない」  どうして、鈴歌はこんなに優しいんだろう。  こんなに酷いことを言っているのに。 どうして…? 「君が立ちなおるまで、できる限り、 そばにいるから」  もうどうでも良かった。自分のことは。  だから、せめて彼女だけは 解放してやろうと思って、  俺は半ば自棄になりながら、 彼女に言い放った。 「じゃ、歌をやめて、 俺のそばにいてくれるか?」 「……それはできないよ」  そう言うと思っていた。 「じゃ、もう来なくていいよ」 「……やだよ」 「夢を追いかけてる鈴歌を見てると、 苦しくて仕方がないんだ」 「……………」 「どうして俺だけって、なんで俺がって、 鈴歌を見てると、そればっかり 考えるんだよっ!」 「……………」 「帰ってくれ。もう来なくていいよ」 「でも、わたしは――」 「帰れって言ってるだろっ!!」 「……ごめんね。分かった」 「……ごめん、最低な奴で……」 「…………ごめん、鈴歌……」  ベッドにうずくまり、声を殺して 泣いた。  頭の中がぐちゃぐちゃで、 自分で自分の感情をまったく コントロールできなかった。  鈴歌はもう来ないだろう。  だけど、きっと、 これで良かったんだ。  一夜明けて、ふと思い出したのは QPと出会った時にあいつが口にした 言葉だった。 「それじゃ、教えよう。君の未来を」 「今のままなら、君は次の夏休みに、 ある女の子と出会うだろう」 「君は恋に落ち、彼女と結ばれるんだ」 「彼女と結ばれたことが原因で、 君はこの世で一番大切なものを ふたつなくしてしまうんだ」  自分の店を持つという子供の頃からの夢と、  初めて心の底から好きになれた 愛しい彼女――  QPが言った通り、 俺はこの世で一番大切なものを ふたつともなくしてしまった。  QPがあんなに忠告してくれたっていうのに 俺が聞く耳を持たなかったから。  いまさらになってつくづく思う。 なんてバカなんだろう、と。  だけど――  鈴歌に出会ったのが この悲劇の始まりだったとしても、  彼女に出会わなければ良かったとは どうしても思えない。  彼女に会ったことで 俺が味覚を失うことになったとしても、  その結果、鈴歌が俺のそばから いなくなるとしても、  それでも、あの出会いを なかったことにしたいとは 思えない。  彼女と過ごした夏休みは本当に楽しくて、  何より幸せな時間だった。 「……最後に、ひどいこと言ったな……」  謝りたくても、もうどうしようもない。  あの後、鈴歌は泣いただろうか?  それとも、俺に幻滅して 嫌いになっただろうか?  どうせなら、嫌いになってくれればいい。  そうすれば、もう彼女の邪魔を することもないから――  いつのまにか、日が暮れていた。  眠っていたんだろうか?  まだ九月なのに気温は寒く、 風が吹いている。  窓は閉まっているのに。  まるで胸に穴が空いてしまったかのように、 体の中をびゅうびゅうと木枯らしが 通りぬけていく。  もう目が覚めなければいいのに、と 自暴自棄な考えが頭をよぎる。  寝ている間だけは安らかな心でいられて、 目が覚めれば、苦しい現実を突きつけられる。  激しい虚無感が発作的に襲ってきて、 今すぐこの世から消えさりたい気分になる。  どうすることもできずに ただ、ただ、ただ必死に過ぎさるのを 待った。  鈴歌がそばにいてくれたら――  そんな都合のいいことを考える。  吐きすてるような言葉で 彼女を傷つけといて、いまさら どうしてそんなことを思うのか。  これで良かったんだ、と 確かに結論を出したはずなのに、  俺は女々しいぐらいに 何度も何度も、彼女にすがろうとして、 そして、そのたびに自分を最低だと思った。  もう終わったことだと言い聞かせても 心はなかなか聞き分けてくれない。  頭の中はぐちゃぐちゃで、 考えるたびに結論は変わった。  何が正しくて何が間違っているのか、 何ひとつ定かじゃない。  俺は彼女のことが好きで、 夢を諦めたくなくて、けれど、そのふたつは もう失ってしまってて――  それだけが、何度考えても変わらない 唯一の答えだった。 「……ん……はっ……」  一生懸命、体を起こして、 何とか壁にもたれかかる。  ベッドサイドテーブルに、 冷えた昼食が置いてあった。  そういえば、朝から何も食べてない。 お腹も空いているような気がした。  スプーンに手を伸ばし、 みそ汁を飲み、ごはんを食べた。  いつも通り、味はしない。  だけど、食べなければいけないと、 まるで作業のように胃に 料理を詰めこんでいく。  これから、どうなるんだろう…?  リハビリして歩けるようになっても、 今まで通りというわけには いかないだろう。  そんな体で学校を卒業して ちゃんと働けるんだろうか?  そんな体で、誰かが 好きになってくれるんだろうか?  友達はできるのか? 趣味は見つかるのか? 楽しみはあるのか?  これから、ずっと……  ずっと毎日、こんな味のしない料理を 食べつづけなきゃいけないんだろうか…?  死ぬまで、ずっと―― 「……ちきしょう……どうして……」  不安と絶望と、悔しさと憤りと、 悲しさと情けなさが、同時に 俺を責め立てる。  ありとあらゆる黒い感情が一気に 溢れだして、押しつぶされそうになった。 「……助けてくれ……誰か……」  苦しくてベッドの上にうずくまると、 また涙がこぼれた。  そうして、この衝動が 早く過ぎさってくれないかと ひたすら待っていた。 「や。こんにちは。 あ、ゴハン食べてるんだ。えらいぞ」  とうとう頭がおかしくなって、 幻聴が聞こえたのかと思った。 「……………」 「どうしたの? 泣いてた? 目、赤いよ」 「……どうして…… 今日は、来られないって…?」  それにあんなに酷いことを 言ったのに…… 「うん。わたしね……辞めてきたんだ」 「……え…?」  辞めた……って何を? まさか…… 「これで、君のそばにいても、 君は苦しくならないよね?」  夢を追いかけている鈴歌を見るのが、 苦しくて仕方がない、と、 確かに俺はそう言ったけれど―― 「あんなに鈴歌のことを傷つけたのに……」  鈴歌は笑う。 それぐらい何でもないんだと 言うかのように。 「いいんだよ。辛いなら無理して 笑わなくても。八つ当たりぐらい、 してもいいんだよ」 「でも、お願い。もう来なくていいなんて 言わないで。君のそばにいさせて」  涙が、止まらなかった。 「……ごめん……ひどいこと言って……」 「情けなくて……ごめん……」 「うぅん、そんなことない。 君は頑張ってるよ。 すごく、頑張ってる」 「わたしは知ってるから。 君がどれだけ夢を大事にしてたか。 だから、そんなの当たり前だよ」 「……『辞めてきた』って…?」 「うん。コートノーブルは脱退して、 ソロデビューの話もなくしてもらったんだ」 「……でも、それは……」  鈴歌の夢なのに…… 「夢を追いかけながらじゃ、 君のそばにいられないから」 「俺のせいで諦めるのか…?」 「うぅん、それは違うよ。 君を失いそうになって、 わたし、気づいたんだ」 「夢が一番だって、ずっと思ってた。 でも、そんなことなかったんだよ」 「わたしの一番は君だった。 君を失うぐらいなら、夢なんかいらない って、そう気がついたんだよ」 「……本当に?」 「うん、ホントだよ。 だから、君のせいで諦めるんじゃないよ」 「君のために、わたし、 普通の女の子になりたいんだ」 「……ごめん……」 「なんで謝るの? 今の、プロポーズみたいなものなのに、 イヤってこと?」 「いや……その……ありがとう……」 「……あ、でも、 プロポーズは俺からしたいっていうかさ……」 「くすくすっ、早い者勝ちだよっ」 「……なんだ、それ……」 「ね。二人で新しい夢を見つけようよ。 君と一緒にいられる、楽しい夢を」 「……………」  あぁ、本当に、彼女を 好きになって良かった。  考えても考えても分からなかった答えを、 こんなに簡単に出してくれるんだから。 「あぁ、ぜったい見つけよう」 「うんっ、約束だよ」 「……鈴歌と出会えて、本当に良かった」 「わたしも、君と出会えて良かったよ」  あの事故から、一年が経った――  診察を終えた俺は 出口に向かって車椅子をこいでいた。  すると、向こうから鈴歌が歩いてくる。 「や。おはよ。迎えにきたよ」 「おはよう。もう昼だけどな」 「いいでしょ。わたしは さっき起きたばっかりなんだよ」 「知ってる」  後になって知ったことだけど、 彼女はどうも朝がかなり弱いらしい。  俺の診察はだいたい午前中にあるんだけど、 鈴歌も最初は頑張って送ってくれていた。  だけど、その事実が発覚し、 無理させるのも悪いので 病院には一人で行くことにした。  昼近くに診察が終わるので、 いつも鈴歌は迎えにきてくれる。 「君ってイジワルだよ。そんなこと言うと、 車椅子押してあげないんだから」 「でも、実際そうだろ。 ほんとよくそれでアイドルやってたよな」 「くすくすっ、わたしもそう思う。 日が昇る前に起きなきゃいけないことも あったし、あんなのもう絶対できないよ」  鈴歌は俺の後ろに回りこんで、 いつものように車椅子を押してくれる。 「どこか寄ってくところはある?」 「いや、大丈夫だ」 「じゃ、少し公園に行ってもいい?」 「おう」  ここから公園に行くには、 まっすぐ学校の方向へ行くのが 近道だ。  けれど、鈴歌は遠回りの道を選んだ。  きっと、彼女ひとりだったなら、 そんなことはなかっただろう。  もう、一年も経ったのに、  俺はいまだにあの場所には 近づけないでいた。 「そういえば、診察どうだった?」 「特に変わりはないってさ。 けど、もう一年だから、そろそろ 諦める時期かもしれないって」 「……………」 「そんな顔するなって。 ずっと車椅子で生活してきたんだし、 もう慣れたよ」 「……リハビリ、頑張ったのにね」 「そうだな。でも、仕方ないよ。 ……そろそろ帰ろうか?」 「あ、もうちょっと。 もうちょっとだけ、いてもいい?」 「あぁ、いいよ」  着信音が鳴り、鈴歌はケータイをとりだす。  メールを確認して、すぐに返信した。 「帰ろっか?」 「あれ? もういいのか?」  本当にちょっとだな?  不思議に思いながらも、 俺たちは帰路についた。  自宅に到着する。  父さんが業者に頼んで バリアフリーに改築してくれたから、 車椅子でも簡単に入れる。 「颯太、鈴歌ちゃん、婚約おめでとうーっ!」 「おめでとうなんだっ!」  俺に向かってクラッカーが集中砲火される。 「……ちょ、こらっ、 クラッカー使いすぎだろ…… やめっ、やめろっ、まひるっ!」 「くすくすっ、ダメだよ。 祝福なんだから、よけちゃ」  鈴歌はまったく驚いた素振りがない。 「あ、そうか、あのメール。 これの準備ができたってことだったんだな?」 「うん、正解っ」 「て、こらっ、まひるっ」 「まひるは祝福してるんだっ。 颯太は甘んじて受けいれなきゃ ダメなんだぞっ。祝福攻撃だっ、えいっ!」 「ぐあっ……」 「くすくすっ、ありがと、まひるちゃん」 「別に大したことはしてないけど……」 「攻撃したぐらいだからな」 「うーっ! なんだおまえっ、まひるを 舐めてるのかっ!」 「このっ! このっ! このっ!」 「こらこら、車椅子を蹴るなってっ」 「うぅ……足が痛いんだ……」 「だから言っただろ」 「ふふっ、いけませんよ、まひるちゃん。 あんまり初秋さんと仲良くしていると、 鈴歌ちゃんがヤキモチを焼くのですぅ」 「別にそういうんじゃないんだっ。 こいつはまひるの弟みたいなものだから、 かわいがってやってるだけなんだ」 「いや、お前のほうが年下だろ……」 「まひるはこう見えて、354歳なんだっ!」 「……鈴歌、何とか言ってやってくれ」 「くすくすっ、まひるちゃんみたいな かわいいお姉さんだったら、わたしも 欲しいよ」 「じゃ、まひるは鈴歌のお姉さんに なってあげるねっ」  あいかわらず裏表激しいな…… 「ありがと。でも、まひるちゃんが こんな子だって芸能界にいるときは ぜんぜん知らなかったな」 「どんな子だったのですぅ?」 「楽屋でもテレビに出てる時と ほんっとに変わらなかったよ。 すっごく人当たりがよくてね」 「あー、分かるー。ビックリしちゃうよね」 「……鈴歌だってぜんぜん違ったのに…… まひるだけ悪口言われるんだ……」 「あ、ごめんね。悪口じゃないよ。 素のまひるちゃんのほうがすっごく かわいいし」 「……えへへ……そかな……」 「でも、確かに鈴歌ちゃんも テレビの時とぜんぜん違うよね。 やっぱり、キャラ作れって言われるの?」 「キャラ作ってたわけじゃないんだけど、 なんて言うのかな? 簡単に言えば、 大好きな人ができて変わっちゃったんだ」  と、鈴歌が俺に抱きついてくる。 「そうなのですね。 とても素敵なことなのですぅ」 「ウソだよー♪」 「え…?」  やっぱりな。 「……あ、颯太、ガッカリしてる?」 「してないよっ! 分かってたしっ!」 「そんなこと言っても、 まひるの目はごまかせないんだぞ」 「お前の目は節穴だよ」 「そんなことないんだっ。 まひるの目は2.0なんだっ! まひるアイは、地獄目なんだ」  そんな目はない…… 「なんだ、なんか文句あるのか?」 「いや、分かったぞ。そうだな。 何でも見えてえらいな」 「分かればいいんだ」 「でも、彩雨ちゃんってホントに 騙されやすいよね。 もう何回もウソついたのに」 「恐縮なのですぅ」 「そう思ってるなら、 姫守の前で嘘つかないほうが いいと思うぞ」 「そんなことないよ。 やっぱり、彩雨ちゃんのことは わたしが鍛えてあげないと」 「このままじゃ、世間の荒波に呑まれて、 悪い人に騙されちゃうよ」 「お心遣い、とても痛み入るのです」 「それがまず嘘なんだけどな」 「えぇっ!? そうなのですぅ?」 「うんっ、ウソだよー♪ 世間の荒波は厳しいんだから」 「主にお前が荒波だけどな」 「ですけど、わたしも精進するのです。 それで、いつかズバッと嘘を 見抜いてみせるのですぅ」 「彩雨ちゃんならきっとできると思うよ」 「本当ですかっ?」 「ウソだよー♪」 「えぇぇっ! また騙されてしまいましたぁ」  先は長そうだな。 「そうそうっ。みんなから二人へ プレゼントがあるんだ」 「本当に? そんなものまで 用意してたのか?」 「うん、絵里とまやさんと葵先輩からも お金だしてもらって、あたしが 買ってきたんだ」  友希はごそごそとバッグから、 包装されたプレゼントをとりだした。 「はい。婚約おめでとう」 「ありがとう」 「開けてもいい?」 「うんっ、いいよ」  鈴歌が包装を外す。  すると中には、高級そうな入浴剤と ふかふかのタオルが入っていた。 「すごくかわいいのですぅ」 「うん、すごくいいよ。みんな、ありがとう」 「どういたしまして」 「友希、まひるもアレ欲しいんだ。 颯太たちだけズルいんだぞ」 「ズルいっていうか、 今日は俺たちのお祝いなんだよな?」 「それはそれ、これはこれなんだっ」 「じゃ、こんど一緒に買いにいく?」 「う……うぅ……やっぱり、いらないんだ……」 「えっ? そうなの?」  友希と買い物に行くと長いからな。 「あー、そうだ。 ねぇねぇ鈴歌ちゃん、ちょっとちょっと」 「なにー?」 「これ、あたしから、プレゼント。 こそっと見てね」  本らしきものを友希は鈴歌に手渡す。 「ありがと。でも何の本?」 「うんとね、車椅子の人とのえっちの仕方が 色々のってる本よ。頑張れば、 けっこう色んなことができるみたい」 「そうなんだ……」 「お前、なにプレゼントしてんのっ!?」 「あー、なに盗み聴きしてるのよ。 やーらしいのー」 「やらしいのはお前だっ!」 「えー、でも、颯太と鈴歌ちゃんのためを 思って、頑張って探してきたのにぃ」 「余計なお世話なんだけどっ!?」 「颯太があんなこと言うのよ」 「くすくすっ、照れてるだけだよ。 ありがとね。参考にするよ」  参考にするのか…… 「あれ? 初秋さん、大丈夫ですか? お顔が真っ赤になっていますよ」 「だ、大丈夫だ。何でもない」 「あ、そういえば 『鈴歌に訊いてこい』って言われたんだった」 「何を?」 「鈴歌はまた芸能界に復帰して 歌を歌わないの?」 「うん。歌わないよ。 だって、もう一年も歌ってないんだから。 歌い方も忘れちゃったよ」 「まひる、それ、誰に訊いてこいって 言われたの?」 「事務所の人なんだ。リンカは今でも人気が あるから、復帰すればいいのにって 言ってたんだぞ」 「そうなんだ。でも、もう歌はやめたんだよ。 他にもっと大事なことができたんだから」  鈴歌が笑いかけてくれる。  その笑顔を見て、俺はほっとした。 「あー、目で会話してるー。やーらしいのー」 「別に、やらしくはないだろ。なぁ」 「うんっ、今夜はたくさんかわいがってねって、 言ってただけなんだから」 「はいっ!?」 「ほらー、やっぱり、そうじゃん。 やーらしいのー」 「くすくすっ、ウソだよー♪」 「え……じゃ、じゃあ、 もっとやらしいことするの…?」 「お前はやらしいことしか 考えられないのかっ!」 「あははっ、そんなことあるわけないじゃん。 真面目なことだって考えられるわ」 「例えば?」 「うんとね、えっちしやすいような 車椅子が開発されるといいなぁ、とか」 「そんなことあるじゃねぇかっ!」 「えー、濡れ衣だよー。 そんなに叫んでると車椅子壊れちゃうよ」 「あいにく俺の車椅子は そんなにヤワじゃないんでな……」 「くすくすっ、二人とも あいかわらず仲いいよね。 嫉妬しちゃうよ」 「ただの腐れ縁だけどな」 「そうそう、小っちゃい頃に 颯太のおち○ちんだって見てるんだから、 いまさら何とも思わないよ」 「お前、婚約破棄させにきたわけっ!?」 「……わたしは、大きいのも、 見たことあるんだから……」 「……………」 「……いや、そこは張りあわなくても」 「……あ……ご、ごめんね……」 「初秋さん。私、ゲームを 持ってきたのですが、皆さんで ご一緒になさいませんか?」 「おう、いいな。みんなでできるのか?」 「はいっ。最大8人プレイが可能なのですぅ。 コントローラーもちゃんとあるのですっ!」 「じゃ、やろうよ」 「まひるは1位とっぴなんだっ!」 「それをとっぴされたら、ゲームにならないよ」 「できれば、8人でプレイできたら、 楽しいのですが……」 「あと3人か。父さんと母さんは 今日は遅くなるって言ってたしな」 「絵里とまやさんと葵先輩も 誘ったから、もうちょっとしたら 来るんじゃないかな?」 「でしたら、8人プレイができるのですぅっ」 「ところで何のゲームだ? ジャンルは?」 「血で血を洗う、友情破壊ゲームなのですぅっ」 「まったくいいイメージがないな、それ」 「大丈夫なのですぅ。 しょせんはゲームですから」 「姫守が言うと、ぜんぜん説得力ないけどな」 「まひるは颯太の友情を、 木っ端微塵に破壊してやるんだ」 「やめろ」 「くすくすっ、楽しいね。 みんなで集まると」 「あぁ、まぁな。 鈴歌と二人きりでも楽しいけど」  と、小声で付け足した。 「うん、わたしもそうだよ」 「二人とも何してるのー? 早くやろうよ」 「ごめんごめん、ちょっと イチャイチャしてたんだ」 「わざわざ言わなくても……」 「ウソだよー♪」 「……その嘘、何の意味があるんだ……」  そんなこんなで、 俺たちはみんなでゲームを始めた。  祝い事といえば普通、ご馳走が出るものだ けど、今日テーブルの上に載っていたのは、 手作りのサンドイッチだけだった。  たぶん、みんなが俺に 気を遣ってくれたんだろう。  お医者さんの言葉は正しく、 リハビリをしても味覚は まったく戻らなかった。  ゲームをしながら、 みんなと一緒に食べたサンドイッチは 味気なくて、  それでも、ここ一年で食べた どんな料理よりもおいしかった。 「――それでね……あ、もうこんな時間? ごめんね、こんなに遅くまで」 「長居してしまいましたので、 そろそろお暇するのです」  部長やまひるたちは帰り、 残っているのは友希と姫守だけだ。 「久しぶりに楽しかったよ。 どうせなら泊まってくか?」 「それもいいんだけど、 明日用事があるから帰るわ。 彩雨は?」 「お邪魔になってはいけませんので、 私も一緒に帰るのです」 「そっか」 「鈴歌ちゃん、あたしたち帰るね」 「……すー……すー……」 「くすっ、お休みのようなのです」 「起きるのは昼なのに、 寝るのは早いんだよね」 「起こすのはかわいそうですから、 このまま寝かせてあげましょう」 「そうだね。じゃ、鈴歌ちゃんに よろしく言っといて」 「おう。玄関まで送ってくよ」 「あ、そういえば、リビングを 片付けてなかったのです」 「本当だ。今、やっちゃおっか?」 「いいよ。こっちでやっとく」 「ですけど、使いっぱなしで 申し訳ないのです」 「そんなことないって。 それより、今日はありがとうな。 俺たちのためにいろいろ準備してくれて」 「いえ、私たちも楽しかったのです」 「ねー。どうやってサプライズを 仕掛けようかとかワクワクしたよね」 「なら、良かった」 「じゃね、ばいばーい」 「おう、気をつけてな」 「はい。おやすみなさいませ」 「さてと……けっこう散らかってるな……」  室内にはボードゲームやクラッカーの残骸、 お菓子にペットボトル、ゲーム機などが 散乱している。  ざっとリビングを見回しながら、 明日みんなで片付けようかと考えていたら、  ふとある物に視線が留まった。 「……………」  そのまま俺がじっと固まってると、 足音が聞こえた。 「あ、ここにいたんだ。 友希ちゃんたち帰っちゃったの?」 「あぁ、ついさっきな。 鈴歌によろしくってさ」 「そっか。ごめんね、寝ちゃって」 「気にするなって。 ていうか、俺ももう眠いよ」 「じゃ、一緒に寝よっか?」 「おう」  鈴歌が俺の部屋へ向かう。 俺は後に続こうとして、  もう一度、それを振りむいた。 「……………」 「颯太ー、どうしたの?」 「何でもない。すぐ行くよ」 「……太…………颯太…………」  暗闇の中、まどろむ意識に 声が響く。 「颯太、おはよ。ね、起きて。 朝ゴハンできたっておばさんが言ってるよ」 「ん……あぁ……」  目を覚ますと、目の前に鈴歌がいた。 「おはよ。ねぼすけさんっ。 もうとっくに朝だよ」  まだぼーっとしてて、 頭が働かない。  確か、昨日は友希たちが 婚約のお祝いに来てくれて、 夜遅くまで遊んだんだったな。  道理で眠いわけだ。 「ていうか、鈴歌、その台詞、 いつか言いたかったんだろ」 「くすくすっ、そんなことないよ。 わたし、朝強いしー」 「嘘つけよ」 「じつはわたし、宇宙人なんだよ」 「本当に嘘ついてどうするんだよ……」 「ウソつけって言ったのに、 颯太のウソツキっ」 「あのね……」  ともかく、着替えるか。 「はいっ、手伝ってあげる」 「いや、自分でできるよ」 「なんで? 朝だから、 おっきくなっちゃってるの 見られるのが恥ずかしいんだ?」 「友希の影響受けすぎだろ」 「友希ちゃん、かわいいよね。 わたしもあんな幼馴染みが欲しかったよ」 「毎日付き合ってると、げんなりしてくるぞ」 「でも、なんで友希ちゃんと あんなに仲がいいのに、 付き合ったりしなかったの?」 「なんでって言われても…… 特に理由なんてないけど」 「そうかな? はい、ばんざーい」  両手を上げると、鈴歌がパジャマを 脱がしてくれる。 「はい、次、下だよ。腰上げられる?」  鈴歌が俺のズボンに手をかける。 「……まぁ、強いて言うなら、 鈴歌と運命の赤い糸で 結ばれてたからだろうな」 「…………えいっ」  鈴歌がズボンとパンツを一緒に脱がした。 「くすくす、これも運命で おっきくなっちゃった?」 「……………」  朝から酷い仕打ちを受けた。  リビングにやってくると、 父さんと母さんがいた。 「おはよう、颯ちゃん。朝ごはんにしましょ」 「あぁ」 「それにしても、昨日は楽しかったな。 父さん、久しぶりに童心に返って ゲームを満喫しちゃったよ」 「父さんはいつでも童心に返ってる気がするよ」 「そんなことはないぞ。 父さんはいつだって一家の大黒柱として 一生懸命働いてるんだからな」 「どう? ハローワーク通いの成果は?」 「父さん好みのいい求人があったよ。 いよいよ父さんもバイト戦士から、 企業戦士に転職する時が来たみたいだ」 「父さんってほんと鋼鉄の心の持ち主だよね」 「そんなに褒められると、 父さんも照れちゃうな」  褒めてないんだけどなぁ…… 「でも、今度はブラック企業じゃないと いいですね」 「まぁ『住めば都、働けばホワイト企業』 って言うからな」 「初耳だよ」  父さんはこの1年の間に4回転職して、 4回ともがブラック企業だった。  父さんはこういうポジティブな性格なので 働いててもまったく気がつかないようだ。  だいたいは俺たちが父さんから仕事の話を 聞いている内に、おかしいと思い発覚する。 「そうそう、父さんは ずっと思ってたんだけどな」 「何を?」 「婚約もしたことだし、 そろそろ鈴歌ちゃんにお義父さんと 呼ばれてもいい頃じゃないか?」 「まぁ、いいわね。 それじゃ、わたしのことも お義母さんって呼んで欲しいわ」 「いやいや、まだ気が早いよ。 結婚するまで別に今まで通りで いいんじゃ……」 「何を言ってるんだ、颯太。 昔から初秋家では、婚約すれば 家族も同然っていうしきたりがあってだな」 「父さんはずっと娘が欲しかったんだ!」 「それ本音は後者だけだよね……」 「そんなことないのよ、颯ちゃん。 お母さんもね、じつはずっと 娘が欲しかったのっ!」 「知ってるけどさ……」 「えぇと……どうしよう?」 「別に気にしなくていいんだぞ。 父さんたち、舞いあがってるだけだから」 「うん……それじゃ…… お義父さん、お義母さん、不束者ですが、 末永くよろしくお願いします」 「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  なんだ、この両親…… 「こちらこそ、よろしく頼む、 り、鈴歌っ」 「じゃあ、こんど一緒にお買い物いきましょ。 お母さんね、鈴歌ちゃんにすごく似合い そうなお洋服を見つけたのよー」 「はい、ぜひ」  なんで息子の婚約で、 両親が息子以上に盛りあがってるんだ…? 「おう、そうだ。 颯太、こんど父さんと釣りに行かないか?」 「釣り? 父さん、釣りなんかできたっけ?」 「こないだハローワークで知りあった友達に 教えてもらったんだ」 「へぇ。楽しい?」 「釣れた時は最高に楽しいぞ」 「釣れなかった時は?」 「最悪にブルーだ」 「一長一短だね」 「でも、わたしもやってみたいな」 「そっか。じゃ、行ってみようかな」 「よし。父さんに任せとけ。 来週辺りにみんなで行こう」  一年前と比べて暇になった父さんは、 こうやってたまに俺を遊びに 誘ってくるようになった。  何をするかはその時々で、 例えば将棋、車椅子バスケや森林浴、 オンラインゲームの時もあった。  たぶん、何か夢中になって 打ちこめるものが見つかれば と思ってくれているんだろう。  父さんに誘われたこと以外にも、 鈴歌と一緒に色々なことを試した。  だけど、俺も彼女も、 まだ新しい夢は見つけられてない。  食事の後、部屋で鈴歌と くつろいでいる時のことだった。 「ん、何これ?」  鈴歌が床に転がっていた女性物のカバンを 見つけた。  鈴歌の物じゃなさそうだ。 誰のだろう、とのぞきこむと、 「もしかして、君、浮気したでしょ?」 「なっ!? そんなわけないだろっ!」 「くすくすっ、ドキッてした? ウソだよー♪」 「……そんなことばっかり言ってると、 本当に浮気されるんだぞ」 「え、無理だよ。できないよ。 君はわたしのこと大好きでしょ」 「……そうだけど、自分で言うなよな」 「愛されてる自覚はあるんだよ」 「それに、わたしのこと裏切ったら、 地獄の底まで追いかけていって 不幸のどん底に落としてやるんだから」 「…………すいません……」 「くすくすっ、なんで謝るの? ウソだよー♪」  いや、今、目がちょっとだけ本気だった。 「それにしても、誰のだろうな?」 「友希ちゃんのだよ。覚えてないの?」 「ぜんぜん」  ていうか、最初から分かってたんだな。 「あ……ケータイ入ってるね……」 「みたいだな」 「友希ちゃん、今日バイトかな?」 「あぁ、昨日そう言ってたよ」 「じゃ、持ってってあげようか? ついでに散歩してこようよ」 「そうだな。困ってるだろうし、 天気もいいしな」 「うんっ」 「ありがと。今日とりにいこうと 思ってたんだぁ」 「礼は何でもいいからな」 「じゃ、体で払うよ」 「くすくすっ、いくら友希ちゃんでも、 それはダメだよ」 「えー、いいじゃんいいじゃん。 3Pしようよー」 「わたしはいいんだけど、君はイヤでしょ?」 「ちなみに『いい』って言ったら、 どうなるんだ?」 「刺しちゃうよっ♪」 「嫌に決まってるよねっ」 「じゃ、しょうがないから、 鈴歌ちゃんだけでいいわよ」 「え……でも……わたし……」 「大丈夫よ。1回も2回も一緒じゃない」 「でも、あの時は酔ってたから……」 「何の話っ!?」 「「ウソだよー♪」」 「……お前らを出会わせた俺がバカだった……」 「じゃ友希ちゃんっ、お仕事、頑張ってね」 「うん。またねー」  帰り道、新渡町の通りを歩いてると、 人だかりができていた。  音楽とそれから歌が聞こえる。 「何かやってる?」 「みたいだな。行ってみるか?」 「うんっ」  人だかりに近寄っていくと、 ちょうど歌が終わり、拍手が鳴った。  看板には大きく新渡町カラオケ大会と 書いてあった。  それ以外にもあちこちで屋台などが出て、 イベントをしているようだ。いつもよりも、 通りに人が多い。 「こんなの初めてだな。三連休だからか?」 「そうかも。あ、見てよ、 豪華賞品出るんだって」 「へぇ」  カラオケ機器の採点機能を使って、 98点以上出れば好きな賞品がもらえるようだ。 「さぁ、ただいまの曲の得点は…… 残念っ! 89.452っ! またの挑戦を お待ちしております」  即席のステージから主婦らしき人が 立ち去っていく。 「さぁさぁ、新渡町カラオケ大会、 飛び入り参加大歓迎ですよ」 「参加費無料で豪華賞品をゲットできる 大チャンスっ! 歌に自信のある方は ぜひぜひご参加をっ!」  ちょうど参加者が途切れたようで、 司会者は周囲の人々に参加を促している。 「参加費無料っていっても、 98点なんて普通に考えて出ないもんな」 「でも、簡単に出るような点数だったら、 すぐに賞品なくなっちゃうよ」 「それもそうだよな。 豪華賞品って何がもらえるんだろ?」 「あそこに置いてあるみたいだよ。 見にいってみようよ」  賞品が飾ってあるテーブルのそばへ移動する。  高級タオルセットやハムギフトセット、 ティーセットなど、確かに高そうな物が ずらりと並んでいた。  ほとんど欲しい物はなかったけど、 その中にあった油絵セットに 俺は視線を引きつけられた。 「何かいいのあった?」 「……いや、絵でも描いたら楽しいのかなって 思ってさ……」  何となしにそう言葉を漏らした。 「じゃ、とってきてあげるよ」 「え…?」 「さぁさぁ、他に挑戦する方は いらっしゃいませんか? そこのお兄さん、 一曲どうですか?」 「はーいっ、わたし参加しますっ!」 「どうぞどうぞっ。それでは、ステージに」  鈴歌が即席のステージにあがる。 「お嬢さんのお名前は?」 「旭ですっ」 「旭さんは何をしている方ですか?」 「くすくすっ、花嫁修業中ですっ」 「旭さんのようなかわいい子にお嫁さんに 来てもらえる人は幸せですね。 お相手はもういるんですか?」 「秘密です」 「どうやら、いらっしゃるようです。 ぜひ、いいお嫁さんになってください」 「秘密ですってばっ」 「まぁまぁ。 では、曲を選んでいただけますか?」 「コートノーブルの“木漏れ日のバラード”を お願いします」 「かしこまりました。それでは、次の挑戦者は、 花嫁修業中の旭さんっ、曲はコートノーブル “木漏れ日のバラード”です! どうぞっ!」  鈴歌はマイクを手にし、客席を見渡す。  さすがに堂に入ってて、 緊張したような素振りはまるでない。  そういえば、鈴歌の歌を 聴くのは久しぶりだな。  いつ以来だろう、と記憶を遡ると、 この一年間、彼女が歌を歌ったことは 一度もなかった。  曲が始まった。  鈴歌は透き通るような声で 懐かしい曲を歌いあげる。  その歌に、俺は一瞬にして 惹きつけられた。  いや、俺だけじゃない。  そこで聴いていた人みんなが、 あっというまに彼女の歌に耳を 奪われていた。  ただの商店街のカラオケ大会、 ただの即席のステージの上、  それなのに――  俺の目には、コンサート会場で 満員の客席を前に歌う、鈴歌の姿が 映っていた。  輝くような生き生きとした笑顔は 見る者の目を惹きつけ、  その歌声は、辺り一面を覆いつくすように キラキラと散りばめられた音の宝石のようだ。  「天使の声」 と評された 現役時代となんら変わらない―― いや、それ以上だ。  今の鈴歌の歌には、胸に迫るような 強い気持ちがにじんでいる。  それは空気を伝い、 鼓膜を通って胸に響き、心を震わせる。  その振動が強く強く訴える。  これが本当の鈴歌なんだ、と。  俺が好きになった、本当の――  やがて、鈴歌は曲を歌いおえ、 静かに客席にお辞儀をした。  すると割れんばかりの拍手が 通り中に響きわたる。  気がつけば、人だかりが倍以上の人数に 増えていた。 「素晴らしい、歌声でした。 さぁ、挑戦者の得点は――」  カラオケ用のディスプレイに 点数が表示される。 「で、出ましたっ! 99.797っ!! なんと98点を超えましたっ!」  ふたたび観客から拍手があがった。 「それでは賞品の中から、 ひとつ欲しい物を選んでいただけますか?」 「油絵セットをお願いします」  司会者はスタッフから紙袋に 入った油絵セットを受けとると、 それを鈴歌に差しだした。 「見事な歌でしたっ! おめでとうございますっ!」 「ありがとうございますっ」  満面の笑みで鈴歌は賞品を受けとり、 俺のほうを見た。  その時―― 「なぁ……あの子、リンカじゃないか?」  隣からそんな声が聞こえた。 「そうだよな。顔だって似てるし、 それにリンカ本人じゃなきゃ、 あんなそっくりに歌えないよ」 「嘘……本当に、リンカ…?」 「絶対そうだよ。リンカだよっ」  まずい。  もう鈴歌がアイドルを辞めてから、 一年も経ったっていうのに…… 「……………」  辺りがざわつきはじめる中、 鈴歌が足早にステージから 下りようとすると、 「待ってくださいっ!」  その声に、鈴歌は足を止めた。 「歌えなくなったわけじゃ、 ないんですよね?」 「待ってます、あたし。 ずっと応援してますっ」 「俺も、応援してるぞーっ! リンカのライブがあったら 会社休んで、ぜったい行くからなーっ!」 「俺たちファンは、リンカが復帰するのを ずっと待ってるからなっ!」 「コートノーブルじゃなくてもいいから、 また歌って。リンカの歌を あたしたちに聴かせてくださいっ!」 「お願い、リンカッ。 一言でもいいから声を聞かせてください。 何でもいいからっ!」  沸き起こるのは手拍子と、たぶん、 何度もコンサート会場でおこなわれてきた 鈴歌への声援だ。  それはあっというまに波及して 彼女を呼ぶ大合唱になった。  リンカはマイクを口元に近づけ、 何か言おうとして―― 「……………」  けれども、けっきょく何も言わずに ステージを駆け下りた。  こんな混乱の中じゃ、 合流は難しいと思ったんだろう。 彼女はそのまま走りさっていく。  俺はナトゥラーレで待ち合わせしようと メールを送った。  鈴歌の姿が見えなくなった後も、 ファンたちは、彼女にエールを 送りつづけていた――  ナトゥラーレに着くと、 鈴歌が先に待っていた。  遠回りしたとしても、 車椅子の俺よりも彼女のほうが 断然早い。 「ごめんね。大騒ぎになっちゃった」 「仕方ないって。 もう一年たったのにアレだもんな」 「でも、おかげで君へのプレゼントを とってこれたよっ。ほら」  鈴歌は俺に油絵セットを差しだす。 「ありがとう」 「楽しいといいね、お絵かき」 「そうだな」 「じゃ、帰ろうよ」  一瞬、俺は言葉に迷った。 「……少し寄りたいところがあるんだ」 「うん、いいよ。どこ?」 「……鈴歌と初めて会った場所」  彼女は少しだけ驚いたような 表情を浮かべた。  たぶん、この一年、俺がずっと 避けていた場所だからだろう。 「分かったよ。一緒に行こう」  鈴歌が車椅子を押してくれて、 少しずつあの場所へ近づいていく。  役に立たなくなってしまった脚を、 俺はじっと見つめていた。 「久しぶりだね」 「あぁ」 「あんまり変わらないね。 野菜もちゃんとあるよ」 「姫守が世話をしてるんだろうな。 あと、いちおう、まひるも」  樹の幹が視界に入り、 車椅子が止まった。  樹の状態は見るまでもなく、 よく分かっていた。  雷で真っ二つになったリンゴの樹は、 今にも枯れてしまいそうなほどボロボロだ。 「……着いたよ」 「ありがとう」  そう口にしたきり、俺はしゃべることが できなかった。  言わなければと思う反面、 先の見えない不安から どうしても言葉が出てこない。 「……言いづらいこと?」 「……うん。すごく言いづらいことだ」 「そっか」  しばらく鈴歌はリンゴの樹を眺めた後、 また俺のほうを振りむいた。 「ね。言いづらいなら、 言わなくてもいいんだよ」  鈴歌は優しい。  いつも、いつも、優しくて、 俺はずっと気がつかなかった。  それが優しい嘘だっていうことに。 「気がついてたと思うけど、 ここには来たくなかったんだ」 「あの時のことを思い出しちゃうから?」 「うん。思い出したくなくて、 必死に見ないようにしてた」 「そんなことしたって何の意味もないのに」 「でも……分かるよ」  その言葉は同情なんかじゃなく、 きっと彼女の本心だろう。 「君の言い方で言えば、 わたしも、ここで夢を失った」 「でも、その代わり、 もっと大切なものを見つけたんだ」 「君はそうじゃないのかな?」 「……………」  あぁ、俺はなんてバカなんだろう。  いつもこうやって 鈴歌に気遣ってもらうばかりで、  それをただ当たり前のように 受けいれるばかりで、  彼女がどんな思いで その言葉を口にしていたのか、 考えようともしなかった。  だけど―― 「……それは違うよ」 「……君はそうじゃないってこと?」  彼女に質問に、ゆっくりと首を振った。 「俺は夢を失った。だけど、鈴歌は違う」 「そんなことないよ。 わたしだってアイドルを辞めたし、 いまさら歌えないよ」 「そうかもしれない。 だけど、鈴歌は夢を失ったんじゃない」 「俺のせいで諦めるしかなかったんだ」  夢をなくした俺と 夢を諦めざるを得なかった鈴歌とじゃ、 ぜんぜん違う。  鈴歌は、本当は 歌いたくて仕方がなかったんだ。  この一年間、ずっと。  それでも、その気持ちを押し殺していた。  毎日毎日、押し殺しつづけていた。  文句ひとつ言わずに、いつも笑顔で。 「それは違うよ。言ったでしょ。 君のほうが大事なことに気がついたんだって。 わたしは君が一番なんだよ」  「俺が大事だ」 という鈴歌の気持ちを 疑うわけじゃない。  だけど、どっちが一番なんて、 本当は決められることじゃなかったんだ。 「例えばさ……」 「例えば、鈴歌がいなくなるのと引き換えに 俺の夢が叶うとしたら、」 「俺はどうするんだろうって 考えてみたんだ……」 「だけど、答えは出なくて、ただ苦しくて、 大好きな鈴歌を何かと天秤にかけるなんて やりきれなくて……」 「君はばかだよ。 そんなの考えたって仕方がないよ」 「うん……」 「そうだね。俺にとっては 考えたって仕方がないことだと思う」 「でも、鈴歌にとってはそうじゃなかっただろ」 「……………」 「鈴歌は俺のそばから離れれば、 いつだってまた夢を追いかけることが できたんだから」 「わたしに君を捨てるなんてこと できるわけないよ」 「だからって、夢を 簡単に諦めきれるわけがない」 「俺だって……」  言葉にならず、嗚咽が漏れる。  俺だって、こんなことにならなきゃ、 諦められなかっただろう。  でも、鈴歌は違うんだ。 「この一年間、鈴歌はさ、 ずっと俺と歌を天秤にかけて 俺を選びつづけてくれてたんだろ」  なんて酷いことをさせていたんだろう。  なんて残酷な選択を突きつけていたんだろう。  こんなにも長い間、気がつきもせずに。 「そんなの気にしないでよ。 それは、最初はちょっと大変だったけど、 でも、もう歌はわたしにとって過去だから」 「わたしの今は君しかないよ」 「だから、君にそんな顔されると 苦しくて仕方なくなっちゃうよ」 「……昔さ」 「鈴歌と1回だけカラオケをしたな」  少し困ったように鈴歌はうなずく。 「……そんなこともあったね」 「カラオケの採点で勝負だ って鈴歌が言いだして、俺が勝った」 「……うん」 「鈴歌は悔しがって 『練習する』って言ってたな」 「……うん」 「一年間、頑張って練習したんだな」 「……違うよ。今日のはたまたま。 毎日、君と一緒にいたのに、 練習する暇なんてなかったよ」 「『朝弱い』っていうのは嘘なんだろ」 「……………」 「午前中に歌の練習をしてたんだろ、ずっと」 「本当は忘れてないんだろ? 歌いたいんだろ?」  鈴歌は即答できず、 じっと考えこんでいる。  そして―― 「……一年前のあの台風の日、 ここで君と交わした約束を覚えてる?」 「もしも、君が独りでは解決できない問題で 困っていたら、」 「何を差し置いても、 コンサートの途中だって駆けつけて 手を差し伸べるよ――って言ったよね」 「覚えてるよ」 「君の言う通り、わたしは歌の練習をしてた。 でも、君と別れようなんて考えたことは 一度もなかったよ」 「ただ、もしかしたら、 奇跡が起きるかもしれないって 思っただけ」 「リハビリをして、君の脚が治って、 君の味覚が戻って、君がもう一度夢を 追いかけるようになったら」 「その時、わたしも頑張れるようにって、 ほんの少しの可能性に懸けてみただけだよ」 「ごめんね、結果的に心配かけちゃった。 やっぱり、ウソっていつかバレるよね」 「でも、君がわたしのことを そこまで考えてくれて、すごく嬉しいよ」 「……そっか」 「うん。だから、そんなに心配しないで。 もっとわたしを信用してよ」  彼女は心配ないと、俺に笑いかける。  だけど、もう分かっているんだ。 「……それも、嘘だろ」 「……えっ?」 「ごめんな。どうしてもっと早く気が ついてあげられなかったんだろう」 「鈴歌が嘘つきだって、分かってたのに」 「鈴歌がそんなに苦しそうに、嘘を ついてたのにな」 「……………」 「よく俺は鈴歌に騙されてるけどさ、 でも、今度だけは絶対に騙されないよ」 「俺は見たからな。今日、鈴歌が歌うところを」 「歌うのが好きで好きで たまらないっていう顔でさ」 「俺は思ったんだ」 「あれが、本当の鈴歌なんだって」 「ここで初めて会った時、 俺が一目惚れした、大好きな鈴歌なんだって」 「……………」 「もうどんなに嘘ついたって 分かるからな」 「……君のことが一番だっていうのも、 ウソだと思うの?」  悲しい顔で彼女は訊く。  その優しい嘘を暴いてあげなきゃいけない。 「思ってるよ」  当たり前のように俺は答えた。  鈴歌は言葉に詰まり、 悲しげな瞳で俺を見つめる。 「だって、嘘なんだろ?」 「……うん、ウソだよ……」 「……ごめんね……ごめん…… わたし、ホントはね、ホントは……」 「まだ夢を諦めきれないよ…… 君のことを、一番だと思えないよ……」 「……いいんだよ、それで。泣くなって」 「良くないっ! 良くないよ……」 「だって、わたし、ひどいこと考えてた。 毎日、毎日、ひどいことを考えてた……」 「君さえ……いなければって」 「君のことがこんなに大好きなのに…… わたし……最低だよ……」 「最低なのは俺のほうだ」 「ずっと気がついてあげられなかった。 俺が鈴歌を、そこまで追いつめたんだ」 「うぅん。そんなことない」 「俺は自分のことしか考えられずに、 鈴歌を縛りつけていた」 「あんなことになったんだから、 自分のことしか考えられなくて 当たり前だよ」 「君はすごく傷ついたんだから」 「そうかもしれない。 でも、もう一年も経ったんだ」  さっきのカラオケ大会での出来事が 頭をよぎる。  たくさんの声が彼女を呼んでいた。  たくさんの人が彼女を待っている。  だから、もういいかげん 解放してあげなきゃいけない。  鈴歌がいなくなれば、 俺には何も残らないけど……  だけど―― 「彼女と結ばれたことが原因で、 君はこの世で一番大切なものを ふたつなくしてしまうんだ」  俺にとって、この世で一番大切なもの……  それは、自分の店を持つという子供の 頃からの夢と、  初めて心の底から好きになれた 愛しい彼女――  だから、守ろう。今度こそ。 一年前は守れなかった、  大好きな彼女の夢を。 「俺も、約束したよな」 「『もし、鈴歌が俺の助けを 必要としているなら、俺のすべてを懸けて 必ず助けにいくから』って」  夢を失い、 歩くこともできなくなった俺が、 彼女にしてあげられること。  それは、強がることぐらいだ。  だから―― 「一年も、そばにいてくれてありがとう。 だけど、俺はもう独りでも大丈夫だ」 「だから、鈴歌は夢を追いかけてくれ」  鈴歌はじっと俺の瞳を見返して、 そして、静かに首を横に振った。 「イヤだよ。君を放っておけないっ」 「鈴歌の一番は、シンガーソングライターに なることだろう」 「そうだけど、そうだけどね、 でも、そんなの、簡単に割りきれないよっ」 「だって、君のことだって、 わたしは好きなんだよ。大好きなんだよっ!」 「一番とか二番とか、 そんなに簡単なことじゃないよっ!」 「このまま俺のそばにいたら、 鈴歌はいつか本当に夢を失う」 「そうしたら、きっと後悔するよ」 「だから、その前に――」 「分かってるよっ! だから、一緒に新しい夢を見つけよう」 「釣りが好きになるかもしれないし、 絵を描くのが好きになるかも しれないじゃないっ!」 「君と一緒にいられる新しい夢を見つけたら、 そうしたら、何もなくさないでいられる!」 「君と一緒に、ずっと、笑っていられるよっ!」  新しい夢――か。  あの時も、同じことを言ってたな。  味覚を失って絶望するしかなかった俺に、 鈴歌は、新しい夢を見つけようって 言ってくれた。  それが、一番正しい答えだと 俺も思った。  だけど―― 「……そんなの見つかるはずがない」 「分からないよ。諦めなかったら、きっと――」 「違うよ。それは、ぜんぜん違う」  反射的に、言葉が口を突いた。 「『諦めなかったら』じゃない。 諦められないんだ」  あぁ、それ以上はいけない。 そう思うのに――  無意識に封じこめた思いが、 次から次へと溢れだしてくる。 「だって、鈴歌は歌が好きで、 本当に大好きで……俺は、俺はさ――」  あぁ、そうだ。ようやく気づいた。  本当はずっとずっと、 目を背けてきたんだ。  だって、俺は―― 「――俺は、料理をするのが大好きなんだっ!」 「今だって、まだ料理人になりたくて、 自分の店を持ちたくて…!!」  夢を失った。  諦めざるを得なかった。  だれがどう考えたって不可能だ。  だけど……それでも、 「こんなになっても、まだ諦めきれない! 諦められないっ!」 「新しい夢なんて、見つかるはずがないんだ。 だって…!!」 「……俺はまだ夢を見ているんだから…!!」 「夢を、まだ……今も……」  叶わないと決まったこの夢を、 俺の心はなおも求めつづける。  動かない脚で、感じない舌で……  どうしようもないぐらいに、 諦められなくて、苦しくて…… 「……それなら、もう一度、一緒に 夢を見ようよ」 「苦しいかもしれないけど、 大変かもしれないけど、 わたしも、手伝うから!」 「いまさら独りで夢を叶えたって、 君と一緒に夢を見られなかったら、 意味ないよ…!!」  鈴歌の気持ちは嬉しいけど、 そんなことに付き合わせるわけには いかない。 「俺の夢は終わったんだよ。 叶えたくたって、もうどうしようもない」 「だから、せめて、鈴歌だけでも 諦めないで欲しい」 「こんな思いを、鈴歌にはしてほしくないから」  視線をそらすと、ボロボロになった 樹の根と幹が目に映る。  あぁ、お前も同じだな、今の俺と。  雷に打たれ、半分だけになってしまった 樹には、花も咲かず、実もならない。 「……簡単なことじゃないけど、 可能性は低いけど、頑張れば、 奇跡だって起きるかもしれないよっ!」 「……奇跡なら、もう起きていたんだ」  何度もこの悲劇を避けるチャンスはあった。  何度も何度も、QPが忠告してくれた。  それこそが奇跡で、 俺はそれを無視してしまったんだ。 「もう……とっくにさ……」  天に向かって、力一杯俺は叫ぶ。  このどうにもならない夢を 投げすてるかのように―― 「俺の夢はとっくに終わってるんだよっ!!」  その瞬間、俺の目に飛びこんできたのは、 今にも枯れてしまいそうなリンゴの樹。  だけど、その枝にはひとつだけ、  小さなリンゴの実がなっていた――  その実がふっとひとりでに落ちてきて、 手の中に収まる。  俺は呆然と、 ならないはずのリンゴを見つめ、 引きよせられるかのように口をつける。  そして、かじった。 「………………甘い……」  一年ぶりの感覚だった。 「甘いよ……」  確かに感じる。 リンゴの瑞々しい甘さを、この舌に…… 「『甘い』って……颯太……味が分かるの…?」 「あぁ…… このリンゴだけかもしれないけど……」  足下の土をつまみあげて、口の中に入れた。 「颯太っ、何してるのっ?」 「……やっぱり、味はしない……」  だけど、そうだとしても―― 「QP……」  あいつからのメッセージのように思えた。  諦めるな。  奇跡は起こる、と。 「鈴歌、夢を叶えてくれ」  彼女は、すぐには返事をせずに、 じっとその言葉の続きを待っている。 「――俺も、夢を叶える」  奇跡は起こる。  起こしてみせる――  数年後――  田舎のとあるレストランに、 澄んだ歌声が響いていた。  けれども、店内に客はおらず、 またその歌を歌う人間の姿も 見えなかった。  ここにいるのは、厨房のスタッフだけだ。  俺は緊張しながらも店内から外を見た。  ちょうど一曲目を歌いおえたところだった。  彼女は大観衆の前で深くお辞儀をする。 「……ありがとうございます。 今日のディナーショーは特別で、 わたしたちの夢でした」 「最初は店内で、お店の常連さんや 地元の人だけを呼んで、ひっそりと する予定だったのですが、」 「どこから広まったのか分かりませんが、 全国から問い合わせが殺到して 本当に驚きました」 「ファンのみんなの声に応えるため、もっと 席数を増やせないか考えた結果、こうして 青空の下でおこなうこととなりました」 「お天気に恵まれて本当に良かったと思います」 「次の曲に行く前に少しだけ、 一緒に夢を追いかけてきた ある人の話をしたいと思います」 「彼と出会ったのは、コートノーブル時代、 わたしの初めての夏休みのことでした」 「学校で歌っていたわたしの前に、 畑仕事を終えた彼 がやってきたんです」 「彼は同年代の人とはちょっと違っていて、 毎日のように畑に来ては野菜の世話をして、 そして料理人になる夢を持っていました」 「彼はいつも未来を見ていて、 誰も作ったことのない料理を作るんだ と大真面目な顔で語る人でした」 「そんな彼にわたしは少しずつ惹かれていき、 やがて恋に落ちました」 「ある日、わたしたちは事情があって、 大きなリンゴの樹の下で待ち合わせを しました。ちょうど台風が来ていました」 「運悪く、リンゴの樹に雷が落ちて、 わたしたちに向かって倒れてきました」 「彼はわたしを助けるために、 リンゴの樹の下敷きになりました」 「一命をとりとめましたが、 彼は両脚が麻痺し、そして味覚を失いました」 「彼は絶望しました。 わたしは、夢を失った彼を 支えてあげたいと思いました」 「歌を捨てて、大好きな彼のそばに、 いてあげなければと思いました」 「けれども、わたしは、どうしても夢を 諦めきれませんでした」 「わたしの命を守ってくれた彼のために 生きようと思うことができませんでした」 「そんなわたしの思いに気がついた彼は 言いました。夢を叶えてほしい、と」 「わたしは『そんなことできない』と 答えました」 「すると彼はこう言いました。 『夢を叶えてくれ。自分も夢を叶えるから』 ――と」 「それから、 彼の壮絶なリハビリが始まりました」 「歩行訓練用の平行棒の間を歩こうとして 転んでしまう彼の姿を、 何度も何度も見ました」 「自宅にリハビリ用の器具を設置して、 彼は何時間も、それこそ起きている間中、 リハビリを続けました」 「脚や腰はいつも傷だらけでした」 「それよりも、もっと大変だったのが、 味覚のリハビリです」 「彼は甘い物、辛い物、酸っぱい物、苦い物を 常に食べつづけていました」 「お腹がいっぱいになるから、 呑みこまずに吐きだして、味だけを 確かめるようにリハビリにとり組みました」 「彼の主治医は そんなことをしても、いまさら治らないだろう と言いました」 「それでも、彼は諦めませんでした」 「味を思い出すようにして食べていると、 ほんの少し味覚が刺激される気がすると 彼は言っていました」 「わたしには、彼の味覚が戻るのは まるで雲をつかむような話のように 思えました」 「事故から2年後、やはり、彼の味覚は 戻っていませんでした。でも、彼は 治ると信じてリハビリを続けました」 「わたしが、歌うことの難しさに つまずいたり、悩んだりした時に、 いつも、そんな彼の姿を思い出します」 「わたしは歌えるんだ。そのことに 悩めるのはなんて幸せなんだろうって 思えて、力が湧いてきます」 「どんな困難の中でも、 楽しんで挑戦することが できるようになりました」  いったん言葉を切り、 鈴歌はすうっと深く息を吸う。 「あの事故から、今日で5年が経ちました」 「彼は今、どうしていると思いますか?」 「彼の努力が報われたのかどうか、 それは歌の前に、皆さんが味わった通りです」  客席に驚きが広がる。 「彼を紹介します。 本日の料理を作った、 初秋颯太シェフです」  店内のドアを開けて、俺はゆっくりと 鈴歌のもとへと歩いていく。  俺を歓迎するかのように、 拍手が鳴り響いていた。 「今日、この場を借りて皆さんに お知らせします」  静かに深呼吸をするように、 鈴歌は息を吸いこむ。 「わたし、旭鈴歌は、 これまで一緒に支えあってきた彼と 結婚します」  割れんばかりに鳴り響く拍手と、 俺たちを祝福する声。  友希や、マスター、父さん、母さんの声も 聞こえる。  鈴歌は大スターだから、 少しはブーイングもあるかと思ったけれど、  その場のみんなが俺たちの結婚を 祝福してくれていた。  きっと、これは鈴歌がアイドルを卒業して、 アーティストになった証なんだろう。  俺たちは顔を見合わせ、 笑顔でうなずきあう。  マイクに向かって、鈴歌は言った。 「二人の思い出の曲を歌います。 “木漏れ日のバラード”」  放課後。  ちょうど千穂に連絡しようとしたところで、 向こうからメールが届いた。 『大好きなお兄ちゃんへ』 『今日は、黄色いお花がたくさん 咲いてるとこで記憶捜しだよっ。 さて、ボクは今、どこにいるでしょー???』 『お兄ちゃんの千穂より』  クイズかよ……  まぁ、答えは簡単だな。  菜の花畑にやってきた。  視線を巡らせると、案の定、千穂がいた。 「あ! お兄ちゃんっ、やったー、 お兄ちゃーん、会いたかったよぉっ」  俺に気がついた千穂は すぐに駆けよってきた。 「俺も会いたかったぞ」 「やった。嬉しい嬉しい。 あのねあのね、メールの返事がないから、 今日は忙しいのかと思ったんだよぉ」 「だから、会えてすっごく幸せだよ。 もしかしたら、もしかしたらだけど、 ボクって今、世界で一番幸せかもっ」 「そういえば、お兄ちゃん、 よくここにいるって分かったね。 捜してくれたの?」 「捜したってほどでもないけど。 この辺りで黄色い花がたくさん咲くところ って、ここしかないからな」 「それと、愛の力だな」 「ええぇぇっ、そ、そんなこと言われたら、 ボク、嬉しすぎて舞いあがっちゃうよぉっ!」 「千穂はあいかわらず、かわいいな」 「……えぇ……どうしよぉ…? 頭撫でてほしい、頭撫でてほしいよぉ……」  ん? 「よしよし」  と、千穂の頭を撫でてやる。 「……ふにゃぁぁ……もうダメだよぉ…… 好きっ、好きだよぉっ……」 「千穂って、心の声が駄々漏れだよな」 「お兄ちゃんが悪いんだもんっ。ばかばかっ。 そんなこと言われたって、好きすぎて 勝手にしゃべっちゃうんだよぉっ」 「そういう千穂も好きだから、 気にしなくていいよ」 「……えぇぇ……お兄ちゃんってば、 そんなこと言って、ボク、ダメな子に なっちゃうよぉ……」 「じゃ、俺が責任持って、 だめな子にしてあげるからな」 「そ、そんなことって、 ボク、絶対されたいよぉ……」 「じゃ、約束な」 「うんっ! どうしよぉ…? 約束しちゃった、約束しちゃったよぉ。 嬉しすぎるよぉっ!」 「あ、そうだ、お兄ちゃん。あのねあのねっ! ボク、ここで誰かと一緒に花かんむりを 作ったような気がするんだぁっ」 「それを、お互いに頭の上に 乗せあいっこしたんだけど…?」 「一緒にやりたいのか?」 「そうっ、そうなんだよぉっ。 お兄ちゃんって、どうしてそんなに ボクのことが分かるの?」 「まぁ、千穂が分かりやすいってのもあるけど」 「やっぱり愛じゃないか」 「ええぇぇっ、どうしよぉーっ。 お兄ちゃんの愛がボクを 包みこんじゃってるよぉっ!」 「……ぁぁ、もう……好きっ、好きっ…… 好きだよぉ……お兄ちゃん……」 「千穂、また心の声が漏れてる」 「だってだって、お兄ちゃんが悪いんだよぉっ。 ばかばかっ。ボクをこんなに好きにさせて、 どう責任をとってくれるのっ?」 「じゃ、一緒に花かんむりを作ってあげるよ」 「あ、そうだったっ。花かんむりだよぉ。 お兄ちゃんのことで頭いっぱいになって 忘れてたよぉ」 「じゃ、作ろうっ。あ、でもボク、 花かんむりの作り方知らないんだ。 お兄ちゃん、知ってる?」 「まぁ、子供の頃に作ったし、 やれば思い出すだろ」 「さすがボクのお兄ちゃんっ。 それなら、まず菜の花を集めないとね。 ボク、頑張るよ!」  というわけで、菜の花の花かんむりを 作ってみることにした。 「できたー。見て見て、 お兄ちゃん、できたよぉっ」 「あぁ、なかなかうまくできたんじゃないか」 「ふふっ、やったやった。 頭撫でてほしい、頭撫でてほしいっ」 「よしよし」 「……ふにゃぁぁ……好きだよぉ…… あ、お兄ちゃんはできた? どんな感じ?」 「おう、これだ」  作った花かんむりを千穂に見せる。 「わーおっ、綺麗だねっ。すごいすごいっ。 さすがボクのお兄ちゃん、手先も器用だよっ。 カッコイイっ」 「そんなに褒められるほどの 出来じゃないけどな」 「褒められるほどの出来だよぉっ。 ……乗せあいっこしたいっ、 乗せあいっこしたいっ」 「じゃ、行くぞ」 「ふふふー、ボクも行くよぉっ。 はい、お兄ちゃん、大好きだよぉ」  千穂の頭の上に花かんむりを乗せると、 千穂も同じようにして、俺の頭に 花かんむりを乗せてくれる。 「ああっ!」 「どうした? 何か思い出したのか?」 「そうだ……絶対そうだよっ! ボクとお兄ちゃん、幼稚園の時に 会ってたんだよぉっ!」 「……えっ?」 「それで、その時に、お互いに花かんむりを 頭の上に乗せあって、結婚の約束を したんだよっ!」 「……マジで…?」  記憶を振りかえってみるけど、 まるで心当たりがない。  いやまぁ、 幼稚園の頃の記憶なんて曖昧だから、 覚えてなくても当然といえば当然だけど。  でも、幼稚園の頃は この街に住んでなかったんだけどな…… 「どう? お兄ちゃん? ボクのこと何か思い出した?」 「いや、悪い……全然だ。 どういうことなんだ?」 「うんっ、ボクとお兄ちゃんはすっごく仲が 良くて、毎日遊んでたんだけど、ある日、 離ればなれにならなきゃいけなかったんだ」 「それで、最後の日にこの場所で、 『大きくなって、もしまた会えたら、 結婚しよう』って約束したんだよぉ!」 「でも、俺は幼稚園の頃は こっちに住んでないんだけど、 それはどういうことなんだ?」 「あー、そうなんだぁ。残念。 もし、そうだったらロマンチックだと 思ったのにぃ」 「……………」  えぇと、つまりだ。 「今のは思い出したんじゃなくて、 ただの妄想ってことか?」 「妄想だけど、ただの妄想だけどねっ。 そうだったら素敵だなって思ったんだよぉ」  それは一理あるな。 「じゃ、いま約束するか?」 「えぇぇぇっ! だって、結婚の約束なんて、 今そんなことしたら、そんなことしたらっ、 ボク、絶対したいよぉっ!」 「どうしよぉーっ、お兄ちゃんに、 プロポーズされちゃうよぉぉーっ。 なんて答えればいいのーっ!?」  千穂は菜の花畑を全力で走っていく。 「……おーい、まだ約束してないぞ」  今日は新渡町で千穂と待ち合わせだった。 「お兄ちゃーんっ」  遠くで俺を発見した千穂が 駆けよってきた。 「そんなに急がなくても、 遅刻じゃないぞ」 「だってだって、お兄ちゃんに 1秒でも早く会いたかったんだよぉっ」 「……そ、そうか」  そんなに率直に言われると、 ちょっと照れる。 「お兄ちゃん、もしかして照れてる?」 「いや、そういうわけじゃ……」 「ぜったい照れてるよぉっ。ボクの言葉に ドキッてしちゃった? お兄ちゃんってば、 そんなにボクのこと好きなのぉっ?」 「あぁぁ、どうしよぉ…… ぎゅってしたい、ぎゅってしたい……」 「いや、さすがに人目があるからな」 「えぇぇ……はぁい、ボク、我慢するよぉ」 「……まぁ、ちょっとなら、いいけど」 「ホントにっ!? やった。嬉しい嬉しい。 お兄ちゃん、大好きー。ぎゅー」  と、千穂が俺に抱きついてくる。 「ところで、千穂は行きたいところあるか?」 「うんっ。あのねあのねっ。 ボク、マックに行きたいんだぁ」 「いいぞ。マックが好きなのか?」 「うぅん。ジンジャエールと ハンバーガーとポテトが記憶の手がかりに なりそうな気がするんだよぉっ」 「へぇ。じゃ、行ってみるか」 「うーん、どれにしよっかな? 迷っちゃうよぉ。お兄ちゃんはなに買うの?」 「俺は照り焼きバーガーセットだな」 「お兄ちゃんは照り焼きバーガーが好きなの?」 「あぁ。最高に美味いからな」 「そうなんだぁ。じゃ、ボクも同じのに しよっかな。お兄ちゃんの 好きなハンバーガーを食べてみたいしっ」 「それなら半分こするか?」 「ええぇぇっ、半分こっ!? いいっ、それすごくいいよぉっ。 ぜったい賛成だよぉっ」 「じゃ、お兄ちゃんは、 他に好きなハンバーガーある?」 「そうだな。 アボカドバーガーがけっこう好きだぞ」 「了解だよぉ。それならボク、 アボカドバーガーセットにするね」 「お客さんたくさんだし、 先に席とってくるよぉ。 代わりにボクの分も買っといて。はい、お金」 「それじゃ、お兄ちゃん、 しばしのお別れだよぉ。名残惜しいよぉ。 行ってきまーすっ」  千穂は俺に千円札を渡して、 テーブル席のほうへ駆けていった。 「お兄ちゃん、おかえりー」  トレーをテーブルに置き、先に座る。 「ただいま」 「……『ただいま』だって、 『ただいま』だって……どうしよぉ…… 新婚さんみたいだよぉ……」 「千穂みたいなかわいい奥さんがいたら、 仕事の疲れも吹っとびそうだな」 「えぇぇっ……そんな、 ボク、どうすればいいのっ? 料理の作り方も覚えてないのにぃっ」 「大丈夫だよ。料理なら俺が作ってあげるから」 「お、お兄ちゃんってば、そんなこと言って、 ボク、ダメな奥さんになっちゃうよぉ……」 「大丈夫だって。千穂はかわいいからな」 「……ぁぁ……もう……好きっ、好きっ…… 好きすぎるよぉ、お兄ちゃん……」 「俺もだよ。千穂と一緒にハンバーガーを 食べるだけで、すっごくドキドキしてる」 「えぇぇ……そんなの、嬉しいよぉ……」 「じゃ、食べようか」 「「いただきまーす」」  手を合わせてから、 照り焼きバーガーを食べる。  うんっ、やっぱり最高に美味い。  もぐもぐと照り焼きバーガーの味を 堪能してると―― 「……食べさせあいっこしたい、 食べさせあいっこしたいよぉっ……」 「食べさせあいっこって、こうか?」  照り焼きバーガーを千穂の口元へ向ける。 「……ぁぁ……ぅぅ、ドキドキするよぉ…… はい、お兄ちゃんも、あーん」  千穂は千穂で俺の口元に アボカドバーガーを向けてくれた。 「えぇと、じゃ、いただきます」 「い、いただきます」 「もぐもぐ……」 「あむあむ……」 「もぐもぐ……」 「お兄ちゃん、おいしい?」 「あ、えぇと……」 「この食べさせあいっこってやつ、 なんていうか、嬉し恥ずかしすぎて、 味が分からなくなるのな」 「そ、そんなこと言われたら、 ボクも味が分からなくなっちゃうよぉ……」 「ああっ!」 「どうした…? もしかして、何か思い出したのか?」 「あのねあのね、これってこれって、 もしかして、もしかしてだけど、 間接キスじゃないっ!?」 「まぁ……そうなるな……」 「えぇぇっ、どうしよぉ…… お兄ちゃんの味がするよぉ…… キスしたくなっちゃうよぉ……」 「……じゃ、するか?」 「でも、たくさん人いるよっ。 見られちゃうんだよぉっ。 恥ずかしいよぉ」 「……そうだな」 「……………」  千穂は周囲をさっと見回してから、 「……ん、ちゅっ……」  軽く、俺の唇にキスをした。 「……バレてない…?」 「……たぶん、な」 「じゃ、もう一回、しようよぉ」  そう言って、 何度も唇を寄せてくるのだった。  放課後になると、 ちょうど千穂からメールが届いた。 『大好きなお兄ちゃんへ』 『今日は砂浜で記憶捜しを決行中なんだよっ♪ お兄ちゃんと海を見たい気分』 『お兄ちゃんの彼女、千穂より』  海か。楽しそうだな。  さて、どこにいるんだ? 捜すより、電話したほうが早いか? 「あ、お兄ちゃんだぁっ。お兄ちゃーんっ!」  手を振りながら、千穂が砂浜の上を 猛ダッシュしてくる。 「えへへ、やっとお兄ちゃんに会えたよぉ。 ボク、今日は朝からずっとお兄ちゃんに 会いたかったんだぁ」 「そんなこと言ったら俺もそうだよ。 朝からずっと千穂に会いたいと思ってた」 「えぇぇ、お兄ちゃんもっ!? どうしよぉー、これってこれって、 運命だよねっ。そうだよねっ?」 「いや、違うよ」 「え、違うの? だってだって、 二人とも偶然朝から会いたいって 思ってたんだよぉ?」 「千穂に会ってないときは、 ずっと会いたいって思ってるからね」 「偶然っていうか、当たり前かな」 「そ、そんなこと言われたら、 ボク、もうお兄ちゃんからずっと 離れたくなくなっちゃうよぉ……」 「じゃ、離れるなよ」 「離れるなよって、離れるなよって、 お兄ちゃん、カッコ良すぎるよぉ…!!」 「ボク、どうしたらいいの? ホントに離れなくていいの? でも、学校あるよね?」 「学校以外だって、 お兄ちゃんの邪魔はしたくないし、 でも、一緒にはいたいよぉっ」 「それにそれに、社交辞令かもしれないし? あんまり一緒にいて嫌われたら絶対イヤだし、 でも、ホントなら少しでも一緒にいたいし」 「あぁぁん、どうしよぉ、 決められないよぉ……」  うーむ、千穂はなんてかわいいんだ。 「そんなに心配しなくても大丈夫だって。 どんなに一緒にいたって千穂を 嫌いになるわけないだろ」 「……お、お兄ちゃんってば、 ボクを甘やかしすぎだよぉ……」 「そんなこと言われたら、 ぜったいぜったい離れないんだからっ」 「いいぞ。俺だって千穂から離れないからな」 「ふふふー、やった。嬉しい嬉しい。 ずっとお兄ちゃんと一緒だよぉ」 「あのねあのねっ、お兄ちゃん。 さっき、そこで砂のお城を作ったんだ。 こっちだよっ。来て来てー」  千穂がぐいぐいと俺の腕を引っぱる。 「じゃーん、これだよぉっ。 お兄ちゃんとボクのお城なんだっ!」 「……なるほど」  目の前にあるのは、とても城には見えない 砂の塊だ。 「こんなお城の中で一緒に住めたら、 楽しいよねっ? そしたら、毎日 お兄ちゃんとイチャイチャしちゃうかもぉっ」 「その提案はすっごくいいんと思うんだけどさ、 これはどこに人が入るんだ?」 「ここだよぉっ。ここにね、トンネルみたいに 穴が空いてるんだ。大広間で、お兄ちゃんと 二人っきりで踊れちゃうんだよ」  しゃがんで見ると、確かに 砂の塊に穴が空いていた。  トンネルみたいって言うか、 これはもうただのトンネルだな……  ん? 「中にも何か作ったのか?」 「うんっ。さすがボクのお兄ちゃんっ。 じつはボクとお兄ちゃんが、 もうお城の中で暮らしてるんだよ」 「ほら、見て見て。奥にいるのが、 お兄ちゃんで、ぎゅってお兄ちゃんに くっついてるのがボクなんだよ」 「いつかお兄ちゃんと、 こんなふうになりたいなぁ」 「お城に住んでか?」 「お城じゃなくてもいいけど、 お兄ちゃんと一緒に住めるんなら、 ボク、どこでもいいよ」 「千穂と一緒に暮らしたら、 毎日、楽しそうだな」 「だよねだよねっ。そうだよねっ。 大丈夫、ボク、おまじないをかけたんだよ」 「こうやって、この砂の城のボクたちが 幸せに暮らしてれば、現実のボクたちも 同じように幸せになるようにって」  と、そのとき、砂の自重でお城が崩れ、 トンネルは砂に埋もれた。 「あーっ、ボクとお兄ちゃんが 生き埋めになっちゃったよぉっ。 どうしよぉーっ!?」 「この砂の城の俺たちが不幸になったら、 現実の俺たちはどうなるんだ?」 「死んじゃうよぉっ!」  縁起でもない話だ。  まぁ、信じるわけじゃないが…… 「とりあえず救助しとこう」 「う、うんっ。ボクに任せてっ。 お兄ちゃん、いま助けてあげるから、 あ……」  崩れた砂を掘り起こしていた千穂が 固まった。 「どうしようーっ!? お兄ちゃんの体握りつぶしちゃった!?」 「だ、大丈夫だ。慌てるなっ!」  俺は千穂が握りつぶしてしまった砂を 押しかため、人型にした。 「ほら、これで元通りだ」  ついでに、砂の千穂のそばに寄せて、 人形同士をキスさせておいた。 「え、えぇぇっ、お、お兄ちゃん、 何してるのぉ? そんなことしたら、 ボク、恥ずかしいよぉっ」 「こうしたら、現実の俺たちも いつかキスできるんだろ」 「……そ、そうだよぉ……」 「じゃ、楽しみに待ってよう」 「……ぅぅ……キスしたい、キスしたいっ。 今したいよぉっ、お兄ちゃん」 「よしよし、ほら、きな」 「あ……お兄ちゃん……ん……ちゅっ」  優しく触れるだけのキスを交わす。 「ああっ! 思い出したっ! お兄ちゃん、ボク思い出したよぉっ」 「何を思い出したんだ?」 「あのねっ、昔、砂浜で、 同じようにお城とか人とか 作ってたんだよ」 「そしたらね、今みたいに崩れて壊れちゃって、 すっごく悲しかったんだ。 一週間かけて作った超大作だったのにぃ」  一週間もかければ、雨風もあるし、 普通に壊れるだろうな。 「それは誰と作ったんだ?」 「一人なんだよぉっ。頑張ったと思わない?」  一週間かけて一人で砂の城を 作るってことはだ。 「千穂って、毎日元気いっぱいだけど、 わりと一人で遊ぶのが好きだったんだな?」 「……ボクって、もしかして、 ぼっちだった? それで独り寂しく 砂の城を作ってたのかもっ!?」 「で、でも、大丈夫っ。 今はボク、お兄ちゃんの彼女だから。 ぼっちじゃないよね?」 「まぁ、そうだな」 「ふふふー。ボク、記憶喪失に なって良かったよぉ。 おかげでお兄ちゃんに会えたもんね」 「そうだけどさ、もしかしたら、 記憶喪失になってなくても、 会ってたかもしれないぞ」 「それって……運命ってことぉっ? あぁぁ、もう……お兄ちゃんって、 どうしてボクをそんなに嬉しくさせるの?」 「千穂のことが好きだからな」 「んんん〜〜〜〜っ!!!!」  感極まったように、千穂は波打ち際まで 駆けていき、大きく息を吸いこんだ。  そして―― 「お兄ちゃーーーーーーーーーーんっ!」  海に向かって、叫んでいた。 「大好きだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」  負けじと俺も、海に向かって 大きく叫ぶ。 「千穂ーーーーーーーーーーーーっっ!!」 「なーーーーーにーーーーーーーっっ!?」 「愛してるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 「ボクも、愛してるよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 「お兄ちゃーーーーーーーーーーーんっ!」 「なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?」 「早くボクのこと、思い出してーーーーっ!!」 「……………」 「っていうか、まだ 千穂と会ったことあるのかも 分からないんだけどーーーーーーっ!?」 「『運命』って言ったくせにぃぃぃぃぃっ!!」 「それとこれとは話が別だーーーーーーーっ!」 「お兄ちゃんのっ、ばかーーーーーーーーっ!」 「でも、大好きだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」  などと、俺たちは思いの丈を 海の向こうに叫びつづけるのだった。  部活に行こうと思っていたら、 千穂からのメールが届いた。 『ボクのお兄ちゃんへ』 『ボクは今日も元気に記憶捜し中ー。 会えそうだったら、返信ちょうだい。 でも、無理しなくていいからね』 『お兄ちゃんの千穂より』  うーむ、今日は部活あるしな。 とはいえ、何とか会いたい  終わった後に行けば、 何とかなるか。  とりあえず、結論は 今日の作業量を決めてからだな。  さてと、収穫できそうな野菜はっと…? 「ん?」  トウモロコシの向こう側に人影がある。  部長かまひるが先に来てるのか?  近くまでいってのぞいてみると―― 「……ダメだぁ。もう授業おわる頃なのに、 返事こないよぉ……お兄ちゃん、今日は 会えないのかなぁ? 残念だよぉ……」 「あ……もしかして…… お兄ちゃん、ボクのこと 飽きちゃったのかなぁ?」 「それかもしかして、もしかしてだけど…… 他に好きな人ができちゃったとか」 「……どうしよぉ…!! お兄ちゃんがいなかったら、 ボク、生きていけないよぉ……」  なんでそういう考えになるんだろうか、 と思いつつも、メールを送った。 「あ、お兄ちゃんからだっ。良かったぁ。 ……ん? 『後ろを向け』?」  千穂が振りむき、あっと口を開いた。 「あれー、お兄ちゃんだっ。 どうしてここが分かったの? ボク、今日はどこにいるか教えてないよね?」 「園芸部の畑だからな。 部活しにきたら偶然、千穂がいたんだよ」 「運命の赤い糸にでも 引きよせられたのかもね」  冗談交じりで言うと、 千穂ははっとしたような表情を浮かべた。 「そうだよぉっ、ぜったい運命だよぉっ。 ボク、やっぱりお兄ちゃんのことを 前から好きだったんだよっ」 「えぇと、話が飛びすぎて 全然ついていけないんだけど…?」 「あのねあのねっ、ボク、 この畑に見覚えがあるんだっ。 だから、記憶捜しに来たんだけど」 「きっと。ここでお兄ちゃんに会って、 それでそれで、好きに なっちゃったんだよぉっ…!!」 「でも、ここで会ったんなら、 間違いなく覚えてると思うんだけどなぁ」  千穂と会った記憶はまったくない。 「お兄ちゃんの薄情者ぉ…… まだボクのことを思い出さないんだぁ」 「薄情って言われても…… ここで会ったんなら、千穂が一方的に 俺のことを知ってただけじゃないか?」 「そうなのかなぁ? お兄ちゃんもボクのこと知ってた気が するんだけど……うーん……」  千穂は頭を悩ませる、と思ったら、 「どっちでもいっか。こうやって今、 お兄ちゃんの彼女になれたんだもんねっ」 「それはそうだな」 「それにそれに、約束もしてないのに、 偶然出会えたりするんだもんねっ」 「お兄ちゃんの小指とボクの小指には ぜったい運命の赤い糸がつながってるよぉ」 「ちょきん」  と、小指の間をハサミで切る ジェスチャーをする。 「えぇぇぇっ、切っちゃダメ、切っちゃダメっ。 お兄ちゃん、ボクのこと嫌いなのぉーっ!?」 「大丈夫だよ。運命の赤い糸がなくたって、 俺は千穂と離れたりしないから」 「……ぁぁ、もう……ボク、ボク、 ぜったい騙されてるけどぉ…… お兄ちゃんが大好きだよぉ……」 「千穂ってからかいがいがあるよな」 「あーっ、ばかばか、お兄ちゃんのばかっ。 そんなことしたら、さすがのボクだって、 お兄ちゃんのこと――」 「嫌いになるか?」 「ならないよーだっ。大好きなんだからっ。 でも、怒るんだよぉっ。怒るけど、大好きっ。 分かった?」 「お、おう……」 「ふふふーっ、こうやって お兄ちゃんとお話してるのが ボク、一番幸せだよ」 「俺もそうだよ」 「じゃボク、頑張っておしゃべりになるねっ」 「そこは頑張らなくても、 ぜんぜん大丈夫だと思うよ」 「どうして? ボクってもしかして、 しゃべりすぎ? ウザい? 騒がしい? しゃべるなって言うならしゃべらないよぉ?」 「大丈夫だけど、千穂って しゃべらないでいるとかできるのか?」 「それぐらいできるよぉっ。 じゃ、今からしゃべらないね」 「おう」 「……………」 「……………」 「……………」 「……………」 「……どうしよぉ……黙ってお兄ちゃんの顔を 見てたら、キスしたくなっちゃったよぉ…… でも、いきなりしたらイヤかなぁ?」 「千穂?」 「……………」 「いやいや、いま思いっきり 心の声が漏れてたぞ」 「えぇぇっ!? ウソぉぉっ、ボクなんて言ってた?」 「……俺の顔見てたら、 『キスしたくなった』って」 「……そ、そんなぁっ、ダメだよぉっ。 恥ずかしいから忘れてよぉ」 「そんなこと言われても……」 「やだやだっ。恥ずかしいよぉ。 お兄ちゃんがそんなこと覚えてたら、 ボク、どうすればいいのぉっ?」 「しょうがないな。 じゃ、ちょっとこっち来て」 「う、うん。なに、お兄ちゃん?」  千穂が寄ってきたところで、唇を奪った。 「あ……ん……ちゅ……ちゅう……んはぁ……」 「これで恥ずかしくないだろ」 「ふにゃぁぁ……お兄ちゃんってば、 大胆すぎるよぉ……ボク、ドキドキしすぎて 心臓止まっちゃいそうだよぉ……」  このままずっと千穂と イチャイチャしてたいところだけど、 「千穂、ごめんな。 部活があるから、そろそろいいか?」 「あ、そっかぁ。お兄ちゃん部活なんだ。 ボクのほうこそごめんね。邪魔しちゃって」 「あぁ、いや、これぐらい平気だけどね」 「ボク、この辺りウロウロしてても 邪魔じゃないかな?」 「大丈夫だよ。何か気になることが あったら言ってくれて構わないぞ」 「ありがとぉ。 お兄ちゃんって、やっぱり優しい。 そういうところ、ボク好きだよぉっ」 「じゃ、ちょっとあっちのほう見てくる。 まったねー」  千穂は走りさっていった。  千穂からのメールが届いた。 『大好きなボクのお兄ちゃんへ』 『やっほー、そろそろ授業おわった? もし時間があったらでいいんだけど、 学校案内してほしいよぉっ!』 『お兄ちゃんの彼女、千穂より』  これは……記憶喪失になってから、 学校を案内してもらってないってことか? 『いいぞ。今、どこにいるんだ?』  そうメールを送ると、  すぐに返信があった。 『ありがとぉ。校舎の前にいるよぉ』 「あ、お兄ちゃーん。ここだよぉ」  千穂がパタパタと駆けよってきた。 「なんで外にいたんだ?」 「だって、ボクにとっては、 ぜんぜん知らない学校なんだよぉ。 校舎の中までは入りづらいよ……」 「あぁ、そっか。確かに記憶がなくなったら、 そういう気分になりそうだな」 「建物だけだったらまだいいんだけど、 クラスの子とか、友達だっていう人も、 ぜんぜん知らない人みたいなんだよぉ」 「でも、向こうはボクのこと知ってるから、 すっごく気まずくなっちゃうんだよぉ」 「なんて言うの? お正月に実家に帰ったら、 知らない親戚のおじさんが、『久しぶり、 大きくなったな』っていうやつだよぉっ!」 「意外と大したことなさそうだな」 「えぇぇっ、気まずいよぉっ。 お兄ちゃんには愛想笑いするしかない ボクの苦しみが分からないのぉっ」 「まぁ、そのおかげで、 千穂に学校を案内してあげられるんだから、 俺としてはラッキーだったな」 「えっ? どうしてどうして? お兄ちゃん、ボクに学校案内したかったの?」 「そういうわけじゃないけどさ。 やっぱり、好きな女の子の力になれたら、 嬉しいだろ」 「ぁぁ……もう……お兄ちゃんが、 カッコイイこと言って、ボクを 誘惑してくるよぉっ」 「そんなこと言って、ボクの理性が どっかいっちゃったらどうするのぉっ? どう責任とってくれるのぉっ?」 「ちゃんと千穂が満足するまで 付き合ってあげるよ」 「えぇぇっ、ま、満足って…… ぼ、ボク、違うよぉっ。 そんなこと考えてないんだからっ!」 「いや、別に何にもしなくていいんなら、 いいんだけどさ」 「あ……うん……で、でもっ、ボク…… やっぱり、ちょっとぐらいは、 責任とってほしいよぉ……」 「おう、任せとけよ。何すればいいんだ?」 「そ、そのときがきたらっ。 そのときがきたら、ちゃんと言うから。 今は内緒なんだからっ!」 「……まぁ、それでもいいけどな。 それじゃ行くか」 「うんっ、よろしくね。お兄ちゃんっ」 「おう。 そういえば千穂って今、何年生だ?」 「四年生だよ」 「了解」 「ここで四年生の教室は全部かな。 まぁ、見ての通り教室なんて どこもほとんど一緒なんだけど……」 「何か覚えてるところあったか?」 「うぅん。ほらボクって、 四年生になったばかりじゃない?」 「おう、そうだな」 「この学校って、三年生までと 四年生からで校舎が違うんじゃなかった?」 「あぁ、そっか……」  よくよく考えれば、千穂は四月の頭には もう記憶喪失だったわけだから、 四年生の校舎にはほとんど馴染みがないよな。  それどころか、1回も来てないかもしれない。 「じゃ、三年生の校舎のほうに行ってみるか?」 「うぅん、いいんだ。あのね、ボク、 この校舎はぜんぜん覚えてないんだけど、 ここに来たかったって思ってた気がするんだ」 「実際きてみたら、やっぱりそんな気がするし」 「でも、 なんで来たかったかは思い出せないんだけど。 あいかわらずボクの頭はポンコツだよぉ」 「進級を楽しみにしてたってことかな?」 「ふふふー。もしかしたら、 お兄ちゃんと同じ校舎に 来られるからかもしれないよぉっ?」 「ところで、 他に見て回りたいところってあるか?」 「えぇぇぇっ、無視だよぉっ。 お兄ちゃんがボクの愛情表現を 完全にスルーしたよぉっ」 「千穂って反応がいいから、 ついついからかいたくなるよね」 「お兄ちゃんって悪趣味だよぉ。 ボクをイジメて楽しんでるんだ。 イジワルイジワルぅっ」 「よしよし、そんなに怒るなって。 千穂が好きすぎるから、 ついからかっちゃったんだ。ごめんな」  言いながら、千穂の頭を撫でてやる。 「ふにゃぁぁ……ぅぅ……そんなことされても、 ボク騙されないよぉ。騙されないけど、 嬉しいよぉ……大好きぃ……」  うーむ、千穂は本当にかわいいな。 からかったのが申し訳なくなるぐらいだ。 「じゃ、他のところ見にいくか?」  と千穂の頭から手を離すと、 「あっ、やだよぉ。もっともっと」 「『もっと』って……しょうがないな」  もう一度、千穂の頭を撫でてやる。 「ふにゃぁぁ……ぅぅ…… キスしたいっ、キスしたいっ」  しょうがないな。 「ほら、千穂。きな」  千穂の体をそっと抱きよせ、唇を寄せる。 「んっ……んちゅ……ちゅ……ちゅう、 あ、やだ、もっと……ん……んはぁ……」 「……ぁぁ、もう……ボクの教室の記憶、 お兄ちゃんとのキスだけだよぉ……」  そう言いながら、 千穂はキスをねだるように 唇を寄せてくるのだった。  六月の頭に出発した天ノ島への修学旅行から 帰ってくると、地元ではすでに梅雨入りを していた。  バスが学校に到着し、解散となるや否や、 俺はすぐに走りだした。  待ち合わせ場所に到着する。  ちょうど向こうから走ってくる人影が 見えた。 「お兄ちゃーんっ、お兄ちゃんっ、 お兄ちゃんっ!」  千穂が俺の胸に飛びこんできて、 ぎゅーっとしがみついた。 「ふふふー。久しぶりのお兄ちゃんだよぉ。 会いたかったよぉ。おかえりー」 「あぁ、ただいま」  バイトや修学旅行が重なったため、 ずいぶん長い間、千穂と会ってなかった 気がする。 「お兄ちゃん、傘どうしたの? たくさん濡れちゃってるよ」 「修学旅行に行く前は晴れてたからな。 傘持ってこなかったんだよね」 「千穂こそ、こんなに濡れて、 傘さしてこなかったのか?」 「お兄ちゃんに会えると思って 大喜びで走ってきたら、 忘れちゃったんだよぉ」 「とりあえず、どこか雨宿りに お店でも入るか?」 「それもいいけど、 もうちょっとお兄ちゃんと 二人きりでいたいよぉ」 「でも、濡れるぞ。寒くないか?」 「小雨だから、ちょっとぐらい大丈夫。 それにお兄ちゃんと一緒だから、 ぜんぜん寒くないよ」 「あ、でも、お兄ちゃんは濡れると困るよね。 風邪引いちゃうかもしれないし。やっぱり、 お店入ろうよぉ。ボク、どこでもいいよっ」 「大丈夫だよ。 俺も千穂と二人きりでいたいし、 雨なんか気にならないよ」 「……ぁぁ……ぅぅ……好き、好きぃ…… お兄ちゃん、大好きだよぉ」 「俺も千穂のことが大好きだ」  もう一度、ぎゅーっと 千穂がしがみついてくる。 「ふふふーっ。 じゃ、新渡町までお散歩しようよぉ」 「いいよ。行こうか」 「あ……手つなぎたいっ、手つなぎたいっ……」 「千穂のそういうところ、すっごくかわいいよ」  言って、千穂の手をつかんだ。 「……やった。ふふふー。嬉しいよぉ。 お兄ちゃん、だぁい好きっ」  雨の中、俺たちは手をつなぎながら、 のんびりと散歩を楽しむ。  ほんの少し肌寒かったけど、 手に伝わってくる千穂の体温が とても温かかった。 「そういえば、お兄ちゃん、 修学旅行の荷物はどうしたの?」 「あぁ、手荷物以外は、宅配便で出してきたよ。 少しでも軽くして、1秒でも早く千穂に 会いたかったからな」 「えぇぇっ、ダメだよダメだよっ。 そんなこと言われたら、ボク、 嬉しすぎてどうにかなっちゃうよぉ!」 「どうにかなっても俺が責任を持って―― あ、しまった」 「千穂にお土産があったんだけど、 一緒に宅配便に入れちゃったな…… 今日会うんだから、持ってくれば良かった」 「そんなの全然いいよぉー。 お土産買ってくれただけで嬉しいしっ」 「それにそれにっ、ボクにとっては お兄ちゃんが帰ってきてくれたことが 一番のお土産なんだよぉ」  と、その時、千穂の後ろから車が 近づいてくるのが見えた。 「おっと」  とっさに道路に背を向けて、 千穂を庇うように水飛沫の盾になる。  おかげで背中は悲惨な有様になったけど、 千穂に水がかかることはなかった。 「大丈夫か?」  まぁ、もう二人ともずいぶん濡れてるから、 大した意味はないかもしれないんだけど。 「んんん〜〜〜〜〜っ!!」 「ど、どうした?」 「好きっ、好きっ、お兄ちゃん、 カッコ良すぎるよぉっ!」  千穂は大感激して、俺にぎゅーっと くっついてくる。 「『大丈夫か』って、『大丈夫か』って、 そんなこと訊かれても、 ボク、ぜんぜん大丈夫じゃないよぉーっ」 「だってだって、お兄ちゃんが好きすぎて、 おかしくなっちゃうんだからっ。 ボクのこの気持ち、どーすればいいのぉ?」 「よしよし、全部受けとめてあげるからな」 「ぁぁ……もう……お兄ちゃんが、 ボクを甘やかしてダメな子にするよぉ……」 全部なんて、ぜったい受けとめてほしいよぉ」 「じゃ、どうすればいい?」 「お兄ちゃんのことがもっと知りたい。 ボクにお兄ちゃんのことを いろいろ教えてよぉ」 「俺のことか……そうだな。 じゃ、行こうか」 「えっ? えぇっ? どこ行くの?」 「いいところだよ」 「……もしかして、もしかしてだけど…… そ、そんなのダメっ。ボク、まだ心の準備が できてないよぉー。どーなっちゃうのぉっ?」  千穂は何やら誤解してたけど、 構わず俺は学校を目指した。 「はい、到着。ここが園芸部の部室だよ」 「へー、こんなところなんだぁ。 ここでお兄ちゃんは部活してるんだねっ。 いいなぁっ、楽しそうっ」 「じゃ、千穂も入部するか?」 「あ、それいいねっ。そしたら、放課後は 毎日お兄ちゃんと一緒にいられるもんねっ。 お兄ちゃんと部活かぁ」 「一緒にお野菜とかお花とか育てて、 『千穂、これはこうやるんだ』とか 言われちゃって、ん〜〜〜〜っ!!」 「最っ高だよぉ。あ、だけどボク、 お兄ちゃんを前にしたら、部活中でも いろいろ我慢できないかも」 「他の部員さんもいるのに お兄ちゃんに抱きついちゃったり、 キスをおねだりしちゃったりして」 「ダメだよね? そんなことしたら、 お兄ちゃんの邪魔になっちゃうよね? でも、止められる気がしないよぉっ」 「あぁぁんっ、ボク、どうすればいいのぉっ? 入部したいけど、入部したいけどぉっ、 お兄ちゃんに迷惑かけちゃうよぉー」  あっというまに妄想が突っ走っていく 千穂を見て、思わず笑ってしまう。 「あぁぁっ、お兄ちゃんに笑われちゃったよぉ。 変な子だと思ったんだぁ。ひどいよっ」 「思ってないよ。千穂って、心の声が 全部漏れるよなって思っただけでさ」 「それ、どーいう意味? いい意味? 悪い意味? もしかして、ウザい? ウザいってこと?」 「大丈夫だって。千穂はたとえウザくても、 ウザかわいいからな」 「えぇぇっ、ウザかわいいって、 喜んでいいのか、悲しんでいいのか、 分からないよぉーっ」 「喜んでいいって。 そんなにウザいぐらいしゃべってて、 かわいいのは千穂ぐらいだからな」 「……ぅぅ……褒められてるのか、 全然わからないよ」  千穂の反応は、見ていていちいちかわいい。 「ところで、入部はどうする? 千穂がいいなら、うちはいつでも 大歓迎だけどな」 「うん。でもボク、記憶捜しも しなきゃいけないし」 「あぁ、そうだよな」 「でも、すごくすごく入りたいから、 記憶が戻ったらじゃ、ダメかな?」 「もちろん、いいよ。 いつでも大歓迎って言ったろ」 「ふふふー、楽しみだよぉ。 そうと決まれば、早く記憶を戻さないと。 ボクの記憶、早く戻れーっ」 「って言って戻ったらいいんだけど。 でも、今日はお兄ちゃんの部室に 来られてすっごく嬉しいよ」 「ボク、もっともっと、 お兄ちゃんのことが知りたいっ。 あ、そうだ、明日もデートしない?」 「なんでいきなり明日の話になるんだ? いいけどね」 「ホントー? やったーっ。だってだって、 急に思いついちゃったんだから、 言わなきゃ損だよぉ」 「楽しみだね。どこに行こっか? お兄ちゃんとなら、ボクは どこでもいいんだけどっ」 「その前に、楽しみはまだ 今日の分も残ってるぞ」 「ふふふー。嬉しい嬉しいっ。 記憶がなくなってから、 ボクは楽しいことばっかりだよぉー」 「お兄ちゃんっ、大好きっ。 ずっと一緒だよぉ」  そう言って、千穂はまた 抱きついてくるのだった。  放課後。 「ねぇねぇ颯太、今日バイト休みだよね。 みんなでごはん食べにいかない?」 「あぁ、悪い。 今日はちょっと用事があるんだ」 「えー、何の用事?」 「いやまぁ、ちょっとな……」 「ちぇ。最近、付き合い悪いんだぁ。 絵里、彩雨。颯太来られないんだって。 三人で行こー」  友希たちは教室から出ていった。 「初秋くん、妹さんが来てるよ」 「えっ? いや、俺、妹はいないんだけど?」 「えっ? でも『お兄ちゃん』って言ってたよね?」  あ、しまった。まさか…? 「あ、お兄ちゃーんっ。迎えにきたよぉっ」  やっぱりか…… 「ふふふー。今日もお兄ちゃんとデートだよぉ。 お兄ちゃん、お腹すいてる? ボクはもうお腹ぺこぺこなんだよぉ」 「千穂……えぇと…… その話は後でっていうか……」 「んー? どうしたの、お兄ちゃん? いつもより元気ないよ。もしかして、風邪? そっか、昨日、雨に濡れちゃったから」 「大変だよぉっ。熱計らなきゃっ。 あ、でも、体温計ないよっ。どうしよー? そうだ。ちょっとお兄ちゃん、かがんで」 「……何するんだ?」  言われた通り、少しかがむと、 「えいっ」 「って…!?」  千穂はおでこを俺のおでこに ピタッとくっつけてきた。 「……熱はないみたいだけど、 お兄ちゃん、大丈夫? 調子悪いなら、今日のデートはやめとく?」 「いや、体調はぜんぜん問題ないんだけどさ」 「初秋くん、その子、かわいいねっ。下級生?」 「学年もそうだけど、初秋くんと どういうご関係なのか気になるなぁ?」 「……………」  やばい。すでにごまかせそうにないぞ。 「あ、お兄ちゃんのお友達だよねっ。 ごめんね、ボク、挨拶するの忘れてたよぉ」 「は、初めまして。八高千穂です。 ボクは、その、お兄ちゃんの彼女だよぉ」 「なにぃぃぃっ、初秋の彼女だってっ!?」 「な……そんな…… お前っ、俺たちより早く大人の階段を のぼるとはどういうつもりだっ!?」  なんか一気に集まってきたんだけどっ!? 「は、初めまして。八高千穂です。 いつもボクのお兄ちゃんが お世話になってます」 「ぼ、ボクのお兄ちゃんっ!? 初秋、お前っ、こんなかわいい子に なんて呼ばせ方してるんだよぉっ!?」 「ていうか、どうやったらこんな かわいい彼女が……そうか、金だなっ!? 道理でバイトばかりしてると思ったら……」 「なに人聞きの悪いこと言ってんのっ!?」 「ねぇ、千穂ちゃん。 初秋くんのどこが好きなの?」 「えぇぇっ、ど、どこって言われても…?」 「こら、そこっ! いきなり、なに訊いてるんだよっ!? 「別にいいじゃん。 減るもんじゃないんだから」 「そうそう。ぶっちゃけ、本当に 初秋くんでいいの? 騙されてない? 他にもっといい人いなかった?」 「ぶっちゃけすぎじゃないっ!?」 「まぁまぁ、いいからいいから。 ね、どう?」 「……お、お兄ちゃんよりいい人は、 どこにもいないよ。だってボク、 お兄ちゃんが一番好きなんだからっ」 「だ、だが、いつも寝癖だらけで、 冴えない系の初秋に比べたら、 俺のほうがまだマシじゃないっすか?」 「なんで張りあってるんだよ…… ていうか、癖毛だけど寝癖じゃないから」 「ボク、お兄ちゃんの顔は好きだけど、 お兄ちゃんが好きだから、好きなんだよ」 「だから、お兄ちゃんがどんな顔でも、 お兄ちゃんの顔を好きになったと思うよぉ」 「そんな……見た目じゃないっ!?」 「だ、だが、土いじりが趣味の初秋に比べたら、 俺のほうがバンドやってて、 女の子受けするんじゃないっすか?」 「だから、なんで張りあってるんだって……」 「ボクは土いじりが趣味のほうが カッコイイなって思うよぉ。 お兄ちゃんは野菜も作れるんだよぉ」 「や、野菜ぐらい、俺だって やろうと思えば……」 「それにそれに、すっごく優しくてね、 このあいだも、雨に濡れるのも気にしないで 会いにきてくれたんだよぉっ」 「へぇ。初秋くんってそういうところあるんだ」 「あの時のお兄ちゃん、カッコ良かったよぉ。 あとねあとね、二人で新渡町歩いてたら、 車が後ろから来たんだけど」 「ちょうど道路に水たまりがあって、 でも、車が通った瞬間、お兄ちゃんが ボクの盾になってくれたんだよぉーっ!」 「もぉぉぉぉっ、最っ高にカッコ良かったよぉ」 「ふ、ふーん……」 「それとねそれとね、お兄ちゃんはいっつも、 好きって言ってくれたり、愛してるって 言ってくれるんだよぉー」 「そ、そうなんだぁ……」 「会えない時はたくさんメールくれて、 電話もしてくれてね。ボク、すっごく 幸せだよぉ」 「ボクとお兄ちゃんは絶っ対運命の赤い糸で つながってるよねっていっつも話してて、 ボクもそう信じてるんだよぉ」 「だって、運命としか思えないことが いっぱいいっぱい起こるんだよぉ」 「こんなにお兄ちゃんを好きになって、 どうなっちゃうんだろうって思うのに、 次の日にはもっと好きになっててね」 「もう、大好きが、ずーーーーーーーーっと 止まらない感じなんだよっ」 「千穂……ちょっと……」 「ん? どうしたの、お兄ちゃん?」 「いや、あんまりのろけると、 俺があとで手荒い祝福を受けるって言うかさ」 「あ……そっか……」 「初秋。お前はどうやら、 遠いところに行っちまったようだな」 「あぁ、俺たちとはもう友達でも何でもない。 金輪際、話しかけないでくれっ」 「まぁ、落ちつけって」 「なんだ、その落ち着き払った態度は。 お前は釈迦かっ? キリストかっ?」 「あのね……」 「お前は一人だけ彼女を作ったから、 そんなに余裕ぶってられるんだよっ」 「そうだ。 しょせん俺たちは住む世界が違った ってことなんだよ」 「そんな大げさな……」 「ふふふー、大成功だね、お兄ちゃんっ」 「……ん?」  大成功? 「種明かしをすると、じつはボク、 お兄ちゃんの彼女じゃないんだよぉ」 「え、そうなの?」 「うんっ。ちょっと彼女のフリを してみただけなんだ。 こんな大事になるとは思わなかったよぉ」 「あー、やっぱりー。 初秋くんにこんなかわいい彼女が できるなんておかしいと思った」 「だよねー」 「なんだよ、初秋、ビックリさせるなって。 下級生を使って見栄を張ろうとするなんて、 やれやれだよ」 「でもまぁ、お前のその気持ち、 ちょっと分かるな」 「俺もだ。なぁ親友」 「……ていうか、 お前らの手のひら返しのほうが ビックリするよ」 「じゃ、ボク、先に部室に行くねー。 お邪魔しましたー」 「あぁ、そっか。園芸部の子かぁ」 「お兄ちゃんって呼んでるから、 ビックリしたよねー」  すぐに、千穂からメールが届いた。 『外で待ってるよ』  帰り支度をして、教室を出た。 「ごめんね、お兄ちゃん。 ボク、ついつい調子に乗りすぎて たくさんしゃべっちゃったよ」 「大丈夫だって。 その後、ちゃんとごまかしてくれたからな。 千穂は意外と機転が利くんだな」 「お兄ちゃんがピンチだって思って、 ボク、一生懸命考えたんだよぉ。 ちゃんとごまかせてほっとしたよ」 「まぁ、彼女じゃないとまでは 言わなくても良かったんだけどさ」 「そうなの? 友達じゃないって言われてたから、 ボク焦っちゃったよぉ」 「まぁ、あれはあいつらなりの冗談だからさ」 「そうなんだ。でもボク、彼女じゃないって ウソつかなかったら、どうやっても、 お兄ちゃんのことのろけちゃうよぉ」 「だって、お兄ちゃんが大好きで大好きで 仕方がなくて、世界中の人に大声で 言って回りたいんだもんっ」 「千穂のそののろけっぷりは、 大ダメージだったみたいだな。 特に男子二人には」 「そんなこと言われても、 ホントのことだから仕方ないよぉ。 あ……」  千穂の視線が一点を捉える。 「どうした?」  視線を追うと、そこには マックの看板メニューがあった。 「あのね、いま急に思い出したんだけど、 ボク、これに何か覚えが ある気がするよぉ」  千穂が指さしたのは、 アップルパイだった。  覚えがあるってことは、 記憶の手がかりだよな? 「じゃ、ちょうどお腹も空いたし、 食べていこうか」 「うんっ。やった。嬉しい嬉しい。 お兄ちゃんとランチだよぉ」 「なぁ千穂、今の今で、 すでにアップルパイのこと忘れてないか?」 「あ……えへへ……忘れてたよぉ」 「はい。お兄ちゃん、アップルパイあげる」  と、千穂がアップルパイを 俺の口元に向けてくる。 「えぇと、俺が食べていいのか? 何か思い出しそうなんだろ」  ていうか俺、リンゴ嫌いなんだよな。 「あのね、誰かにこうやってアップルパイを 食べさせてたような気がするんだよぉ」 「あぁ、そうなのか」 「うん。だから、お兄ちゃん、はいっ」 「……………」  うーむ、これは食べるしかないよな。 「じゃ、いただきます」  何とかリンゴを食べないですむように、 パイ部分だけをかじった。 「あ…!!」  千穂ははっとしたような表情を 浮かべている。 「ボク、思い出した、かも」 「何を思い出したんだ?」 「うん。あのね、お兄ちゃんって、 もしかして……リンゴ嫌いじゃない?」 「え…?」 「やっぱり、そうなんだっ!」 「あぁ、そうだけど、 じゃ、思い出したことって…?」 「うんっ。ボクね、今のお兄ちゃんと まったく同じ食べ方をする人と 一緒にマックに来たことがあるんだよっ」 「その人も『リンゴが嫌い』って言ってたんだ。 それってそれって、絶対お兄ちゃんだよねっ。 だって、あんな風に食べる人、他にいないよ」  確かに、同じ食べ方をする人が そうそういるとは思えない。  そもそも、リンゴ嫌いなら、 アップルパイなんて食べないだろうしな。 「でもさ、それって千穂と一緒にマックに来て 千穂にアップルパイを食べさせてもらった、 ってことだろ」 「そんなことがあったら、 絶対に覚えてるはずなんだけど…?」 「それは分からないけど、 ボクが思い出したんだから、 今度はお兄ちゃんの番だよぉ」 「そう言われても……」  記憶を探るまでもなく、 そんなことはこれまでの人生で 一度もなかったと断言できる。 「お兄ちゃんの薄情者ぉ…… まだこんなにかわいい彼女のことを 思い出さないんだ。ボクは寂しいよぉ」 「うーん、薄情なわけじゃないんだけどな。 ていうか自分で『かわいい彼女』とか 言うか?」 「ええぇっ、それ違うよぉっ。『お兄ちゃんに とってかわいい彼女』って意味だよ。 ばかばかー、お兄ちゃんのばかー」 「よしよし、落ちついてな」  千穂のほっぺに、ちゅ、とキスをする。 「ぁぁ……もう…… そんなことで騙されると思って…… ズルいんだよぉ…?」 「騙されないなら、 ズルくない気もするけど?」 「き、キスなんかされたら、許しちゃうよぉっ。 もうっ、ばかばかっ、大好きなんだからっ」 「俺もそんなかわいい千穂が大好きだよ」 「ぅぅ……ぁぁ…… お兄ちゃんの卑怯者ぉ…… そんなこと言われたら、嬉しすぎるよぉ……」 「そういえば、話は変わるけどさ。 六月になったよね?」 「ん? 何だっけ? 六月って何かあった? お兄ちゃんの誕生日?」 「前に千穂が探してた光る池の話だよ」 「あ、そうだぁっ。ホタルだよぉっ。 忘れてた。六月になったら、 見られるって言ってたもんね」 「あぁ、雨降ってるうちは ちょっとあれだから、 梅雨が明ければ見頃なんじゃないか」 「一緒に観にいってくれる?」 「当たり前だろ」 「やった。嬉しい。 お兄ちゃんとホタル、ふふふー、 ロマンチックだよねっ?」 「……あれ? そういえば、 なんでお兄ちゃんがあの池に 連れていってくれたんだっけ?」 「初めて会った時にさ、千穂が 光る池を探してるって言ってたからだよ」 「……そうだったっけ? ボク、最初なんて声かけた?」 「えぇと、確か…… 『ボクのこと知ってる?』って」 「ウソぉっ、ボクそんなこと言ったかなぁ? うーん、ぜんぜん思い出せないよぉっ」 「ボクってもしかして、 単純に記憶力がないだけだったりして」 「まぁ、それはちょっとあるよな」 「えぇぇぇっ、お兄ちゃんのイジワルぅ。 ちょっとは否定してくれてもいいのにぃ」 「まぁ、その代わり、 千穂は明るくてかわいいからな」 「……むむ……またお兄ちゃんが、 そういうこと言って、イジワルを なかったことにしようとしてるよぉ」 「言っておくけど、いくらボクでも、 そう何度も許さないんだからねっ」 「そうか?」  千穂のほっぺに、ちゅ、とキスをする。 「ぁぁ……ぅぅ、 許さないっ、許さないっ……」  お、今度はなかなかねばるな。  それなら、と思い、周囲の様子をうかがう。  よし、誰もこっちを見てないな。 「千穂、こっち向いて」 「なぁに? あ……んん……んちゅ…… あ……や……んふぅ……あぁ…… ん……ん……んはぁ……」 「まだ許さないか?」 「……ぁぁ、もう…… ズルいよぉ、お兄ちゃん……」 「そんなことされたら、 好き以外考えられないよぉ……」  放課後。今日はナトゥラーレで バイト中なんだけど――  あいにくの雨で客足がまったくない。  フロアをのぞくも、 1人もお客さんが入っていなかった。 「……雨よ、やめ。客よ、来い…!!」  マスターは玄関に仁王立ちして、 何やら天に祈っている。 「マスター、調子どうです?」 「……だめだった…… やむどころか、ますます強まってやがる。 天は俺を見放したようだ……」 「まぁ、自然現象ですし」 「こうなったら、建設的な方法に 切りかえるしかないわな」 「どうするんですか?」 「お前、今日はもう上がっていいぞ」 「え、本当ですか?」 「おう。どうせ客も来ないだろうからな。 シフト通り働かせてやれないのは 悪いんだが…?」 「いえいえ、突っ立ってるだけで、 バイト代もらっても何ですし。 じゃ、今日は上がりますね」 「あぁ、すまん」 「それじゃ、お先に失礼します」  マスターは申し訳なさそうにしてたけど、 俺はむしろ嬉しいぐらいだった。  なんせ今日は千穂に 会えないと思ってたからな。  ケータイをとりだし、 さっそく千穂にメールを打つ。 『今、どこにいる?』  送信っと。  さて、着替えて来よう。  着替えおわると、ちょうど 千穂からメールが届いた。 『ボクはいま病院にいるよぉっ』  病院か。さすがにこの雨だと 千穂も記憶捜しに行けなかったんだな。  よし、お見舞いに行こう。  『今から行っていいか』とメールを 打とうとして、思いとどまった。  いきなり行って驚かしてやるのも いいかもしれない。  今日は夜までのシフトだって言ってあるし、 千穂のビックリした顔が目に浮かぶ。  ついでに、すっごく喜んだ顔も。  うん、決まりだ。そうしよう。  病院にやってきた。  ナースステーションに向かい、 看護師さんに声をかける。 「すいません。八高さんのお見舞いに 来たんですが、病室はどこでしょうか?」 「八高さん? ちょっと待ってくださいね」  看護師さんはパソコンで 何やら調べている。 「あ、あれ? すいません。 もうちょっと待ってくださいね…?」 「はい。大丈夫です」  看護師さんはパソコンに悪戦苦闘している。  新人なのか機械オンチなのか、 どっちかだな。 「あぁ、分かりました。305号室です。 あれ? でも、この患者さん…?」 「どうしました?」 「あ、いえ。お見舞いは初めてですか?」 「外出中には何度か会ったことありますけど、 お見舞いに来たのは初めてです」 「あ、そうですか。じゃ、勘違いです。 すいません」 「そうですか? それじゃ、ありがとうございます」  看護師さんと別れて、305号室へ向かった。  病室のドアをノックをして、しばし待つ。  返事はないけど、とりあえず開けてみた。 「千穂」  彼女の名前を呼びながら、ベッドに近づく。  けど、そこに寝ていたのは年配の女性だった。  頭に包帯が巻かれてて、 身体には心電図モニタなど、 機器のケーブルがつながってる。  どこかで見たことがあるような気もするけど、 思い出せない。  ていうか、少なくとも言えるのは、 「千穂じゃない」 ってことだ。 「やばっ……」  慌てて俺は病室を出た。  入る部屋を間違えたかと思って、 病室の番号を確認する。  305号室だ。 名札はない。 最近は個人情報なんかがうるさいからだろう。 「305号室って言ってたよな…?」  仕方ない。 ナースステーションに引きかえそう。  さっきの人は新人だったから、 たぶん案内する病室を間違えたんだろう。  もう一回、訊いてみよう。  廊下を歩いていくと、 ふと小柄な女の子とすれ違う。 「あれ?」 「えぇぇぇっ、お兄ちゃんだぁっ!?」  ここで出会ったのは予想外だけど、 千穂の驚きっぷりは予想通りだな。 「どうしてどうして? どうしてお兄ちゃんが ここにいるのっ? 今日バイトじゃなかった? もしかしてケガとか? それか病気っ?」 「お客さんがぜんぜん来ないから、 今日はもう上がっていいって言われてさ」 「千穂のお見舞いに来たんだよ」 「ウソぉっ、ボクのお見舞いなのっ!? お兄ちゃんが? わざわざっ? どうしよぉ、すっっごく嬉しいよぉ」 「でも、言ってくれればいいのに。 ボク、さっき、ホントにビックリしたよ。 心臓止まるかと思っちゃったんだからっ」 「悪い。驚かせようと思ってさ」 「もう、お兄ちゃんってばお兄ちゃんってば カッコイイんだからっ! こんなサプライズ、ボク初めてだよぉっ」 「特に今日はお兄ちゃんには会えないって 思ってたから、会えると普段以上に嬉しいし 普段以上に、お兄ちゃんが好きだよぉっ!」  千穂がぎゅーっとくっついてくる。 「そういえば、お兄ちゃん、 どうしてあっちから歩いてきたの?」 「あぁ、いや、千穂の病室に行こうと 思ったんだけどさ」 「どうも看護師さんが教えてくれた 病室が間違ってたみたいで、 違う病室に入っちゃったんだよ」 「千穂って何号室なんだ?」 「あ……えっと、ごめんね。 言ってなかったかもしれないけど、 ボク、もう退院したんだよぉ」 「……え、そうなのか?」 「うんっ。えっとね、先生が もう通院でもいいって言ってくれたから」 「そうか。まぁ、記憶喪失って 入院してたからって 治るもんじゃなさそうだもんな」 「そうそう。そうなんだよぉ。 ボクの記憶喪失を治すためには、 記憶捜しするしかないんだよっ」 「それには、お兄ちゃんにも 協力してもらわないとねっ」 「おう、いくらでも協力するぞ」 「じゃ、ぎゅーってしてくれる?」 「えぇと……ここで?」  患者さんや看護師さんが 行き交っており、そこそこ人目がある。 「ボク、ここで誰かに ぎゅーってしてもらったような気が するんだよぉ」  それじゃ、恥ずかしがっても いられないな。  千穂を抱きよせ、ぎゅっと抱きしめる。 「ぅぅ……ぁぁ……お兄ちゃん…… 好きっ、好きぃ……」 「何か思い出したか?」 「う、うぅん、まだ。 それでね、頭をよしよしって してもらった気がするよぉ……」 「……こうか?」  千穂の頭を撫でてやる。 「ふにゃぁぁ……ボク…… もう、どうにかなっちゃいそうだよぉ……」 「どうだ?」 「……キスしたいっ、キスしたいっ……」 「……いや、それは我慢しような。 それよりも、記憶のほうは…?」 「……我慢できないっ、我慢できないぃっ」 「そう言われても、さすがに病院じゃな。 ていうか、今は記憶捜しが先決だろ」 「他に何か思い出さないか?」 「……ボク、お兄ちゃんと ここでキスした気がするよぉ」 「……………」 「だから、キスしよぉ?」 「なぁ、千穂」 「早く早くっ。ボクの記憶が 思い出せなくなっちゃうよぉ」 「ていうか、最初からぜんぶ嘘だろ」 「ち、違うよぉ。ウソなんかじゃないよぉっ。 ボク、ホントにそんな気がするんだよっ。 信じてよぉっ」 「いやいや、どう考えたって、 病院でキスとか、その記憶おかしいだろ?」 「だって、そういう気がするんだよ…… でも、お兄ちゃんがしたくないなら 諦める……」 「……………」 「ごめんね、お兄ちゃん。 嫌なことさせようとして。 ボクのこと、嫌いにならないでくれる…?」 「……………」 「……キスした記憶は確かなんだな?」 「うん。あやふやだけど、でもでも、 そんな気は絶対するんだよぉ」 「はっきりは思い出せないけど、 でもボク、お兄ちゃんとここでキスしたよ。 それは絶対あってると思うっ」  しょうがないな。 「じゃ、しようか」 「えぇぇっ、い、いいの? キスしてくれるの? どーゆう風の吹き回し? みんな見てるよ? 平気?」 「千穂。ちょっと静かに」 「あ……う、うん……ごめん、 静かにするよぉ……」  周囲を見回し、 誰もこちらを気にしてないのを確認する。  大丈夫そうだな…?  ゆっくりと顔を近づけていき、 千穂の唇に口づけをする。 「んっ……ちゅ……んはぁ……」  すぐに唇を離す。  こんなところでキスしたせいか、 妙に顔が熱い。 「あぁっ! ボク、思い出したよぉっ!」  ふぅ、と胸を撫で下ろす。  恥ずかしい思いをした甲斐があった。 「あのねあのねっ、これ、 昨日見た夢の記憶だよぉっ! きゃぁぁっ、恥ずかしいよぉぉっ」 「……………」  なんだ、それ……  放課後。 「あっ、お兄ちゃーんっ。 お疲れさまー、会いたかったよぉっ」  千穂が嬉しそうに飛びついてくる。  思わず、周囲を見回すが、 幸い誰もいなかった。 「あ、ご、ごめん…… 学校であんまりくっついちゃ ダメだよね……」 「今は誰もいないから、大丈夫だよ」  そう言って、今度は逆に 千穂を抱きよせた。 「ぁぁ……ぅぅ……もっともっと、 もっとぎゅーってして。 お兄ちゃん……好きっ、好きぃ……」 「俺も千穂のことが 好きで好きで仕方がないよ」 「ふにゃぁぁ……もうダメぇ……」  ひとしきり、抱きあった後、 俺はふと気になったことを 千穂に訊いてみる。 「そういえば、千穂って、 最近、学校きてるのか?」 「うぅん、来てるのは、 放課後にお兄ちゃんに 会うときぐらいだよぉ」 「それで、わざわざ制服に 着替えてるのか? 外で待ってれば、 すぐに出てくるのに」 「そんなのダメだよぉっ。 ボクが1秒でも早くお兄ちゃんに 会いたい気持ち、分からないかなっ?」 「それは分からなくもないんだけど、 面倒臭くないか?」 「お兄ちゃんのためなら、ぜんぜん平気 だよぉっ。それにそれに、土日は お兄ちゃん、ずーーっとバイトだったでしょ」 「ボクもう、お兄ちゃんに会いたくて 会いたくて、お兄ちゃん禁断症状が 出ちゃってたぐらいなんだよぉっ」 「それからそれから、制服だったら、 お兄ちゃんと一緒に放課後気分も 味わえるし、一石二鳥だよぉっ」 「まぁ、千穂が面倒臭くないなら、 俺は全然いいんだけどな」 「千穂の制服姿はかわいいし」 「えぇぇっ、制服姿だけなのぉー? お兄ちゃんって、もしかして、 もしかしてだけど、制服フェチーっ?」 「ボクの制服だけが目的だったとか? どうしよぉーっ。ボクってボクって、 卒業したら、捨てられちゃうパターンッ?」 「考えが飛躍しすぎだからねっ!」 「だってだって、お兄ちゃん、 制服姿はかわいいって言ったよ。 制服姿はって」 「制服姿もかわいいよ」 「ふふふーっ、それなら嬉しい。 ボク、お兄ちゃんのために もっとかわいくなりたいよ」 「それ以上、かわいくなったら、 俺の理性が吹っとんで 何するか分からないぞ」 「えぇぇっ、何するか分からないって…… そんなのそんなの、ボク、すごくされたいっ。 お兄ちゃんの理性ふっとばしたいよ」 「こらこら、なに言ってるんだよ」 「だってボク、 お兄ちゃんのこと大好きだし、 お兄ちゃんに色んなことされてみたいよぉ」 「色んなことって…?」 「えぇぇっ……お、お兄ちゃんの卑怯者ぉ…… ボクにばっかり言わせちゃ、ダメだよぉ」 「……あ、あぁ」  えぇと、これはまさか、 そういう意味か?  いや、早とちりは禁物だ。 冷静に判断しなければ。 「そういえば、お兄ちゃんのバイト先って どんなところなの?」 「あぁ、“ナトゥラーレ”っていうカフェでさ。 雰囲気いいし、料理もドリンクもおいしいし、 値段も安くて学生が入りやすい店だよ」 「そうなんだぁ。 行ってみたい行ってみたいっ」 「お、そうか?」  千穂を連れてくと、友希やまやさんに なに言われるか分からないけど……  まぁいいか。 別に隠すことはないしな。 「じゃ、これから、行くか」 「やったーっ。行く行くっ。 ふふふー、お兄ちゃんのバイト先、 すっごく楽しみだよぉ」  あいかわらずの雨の中、 相合い傘をしながら、俺たちは ナトゥラーレまで楽しく歩いていった。 「はい、到着っと。ここだよ」 「……………」 「千穂? どうかしたのか?」 「あ……あのね、ボク、 このカフェ、知ってる気がするよ……」 「入ったことがあるってことか?」 「うん。すごく、すごく、大事なことを 思い出しそうな気がする……」  これまでに記憶の手がかりを 見つけた時とは、明らかに雰囲気が違う。  千穂の言う通り、そうとう大事な記憶を 思い出しそうなんだろう。 「……とりあえず、入ってみるか?」 「……うん」  俺がドアを開けると、 千穂は恐る恐るといった足取りで 中に入った。 「あ……」 「どうした?」 「お兄ちゃん、ごめんっ。 ボク、中に入っちゃダメだよ」 「えっ、千穂っ?」  千穂は逃げだすように すぐに店から出ていった。 「いらっしゃいませーっ。 あ、颯太。あれ? さっきもう一人いなかった?」 「悪い。また今度くるよ」 「えっ? あれっ、どうしたのー?」  店を出ると、千穂が じっとナトゥラーレを見つめていた。  いつになく真剣な彼女に、 そっと声をかけてみる。 「中に入っちゃだめって、 どういうことだ?」 「うん、あのね。お店の中に入ったら、 思い出せないような気がしたんだ」 「ってことは、前に来た時は 中に入らなかったってことか?」 「……そうかも。でも分からないよ。 思い出せそうな気がするけど、 うまく思い出せない……」 「……お店に入らないで、 どこか違うところに行ったような気が するんだけど……」 「それがどこか分からないとか?」 「……うん、ぜんぜんダメだよぉ…… 頭の中がもやもやしちゃってる。 うぅ、ばかばか、ボクのばかっ」 「……じゃ、とりあえず、 どこか違うところに行ってみるか?」 「何か思い出せるかもしれないしさ」 「あ、それはいいかもっ。 でも、どこに行けばいいのか、 ボク、全然わからないよ?」 「まぁ、思い出せないんだったら、 どこ行っても一緒だし。 とりあえずどこでもいいんじゃないか?」 「他に行きたいところってあるか?」 「行きたいところは、あると言えばあるけど、 どこでもいいの?」 「あぁ、いいぞ」 「じゃ、ボク、 お兄ちゃんの家に行ってみたいよっ!」 「え…? まぁいいけど。 俺の家に面白いものは何もないぞ」 「お兄ちゃんの家ってだけで ボクには遊園地みたいなものだよぉっ。 あ、でも今、誰かいるかな?」 「いや、うちの親はこんな時間には まず帰ってこないからな」 「良かったぁ……あ、 よ、『良かった』って変な意味じゃないよっ。 ボク、そんなこと考えてないんだからっ」 「お兄ちゃんのお母さんとかお父さんがいたら 緊張しちゃって、なんて挨拶すればいいのか 分からなくなるから良かった、って意味だよ」 「あ、だけどだけど、挨拶したくないって 意味でもないんだよぉっ。複雑、そう、 複雑なのっ」 「挨拶はしたいけど、 今はまだ時期尚早っていうか、それに やっぱり今はお兄ちゃんと二人きりがいいし」 「あっ、だけどね、それはそうなんだけど、 変なこと考えてるって思われたら、 恥ずかしいし、だけど、えと、その……」 「あぁぁんっ、なんて言っていいか、 分からないよぉっ」 「いや、ばっちり説明できてたと思うぞ……」 「え、そうかな?」 「あぁ、とりあえず、 雨がひどくならないうちに 行こうか」 「うんっ。行こう行こうー。 初めてのお兄ちゃんの家だぁっ」 「――それで、ここが俺の部屋な。 適当にくつろいでいいよ」 「う、うん。お邪魔しまーす。 へぇ、ここがお兄ちゃんの部屋かぁ。 ふふふーっ、ボク嬉しいよぉ」 「何が嬉しいんだ?」 「だってだって、お兄ちゃんの部屋だよっ? 大好きな人の部屋だよっ? それは嬉しくなっちゃうよっ」 「それなら、 こんど千穂の部屋も見せてもらわないとな」 「う……ボクの部屋は散らかってるから、 ダメだよぉ。恥ずかしくて、お兄ちゃんに 見られたらボク、いたたまれないよ」 「俺だって、大好きな子の部屋を 見たいんだけどな」 「ぅぅ……そういう殺し文句はズルいよぉ……」 「じゃ今度、片付けたら見せてくれるか?」 「うん……ボク、片付けるのは苦手だけど、 頑張るよぉ……」 「ところで、記憶のほうはどうだ?」 「あ、うん……ぜんぜん思い出さないんだけど、 ひとつだけ思い出したよぉ」 「あのね、ナトゥラーレに入らなかった日は、 雨が降ってなかったと思うんだ。 だから、今日は思い出しにくいのかも」 「あぁ、そういうことか」 「それじゃ今度、晴れた日に 一緒に行ってみるか?」 「…………うん……そうだね……」  あれ? 元気がないような気がするな。 「どうかしたか?」 「うぅんっ、どうもしないよっ。 お兄ちゃんの家に来たから、 ちょっと緊張しちゃってっ」 「二人きりなんだから、 そんなに緊張しなくてもいいだろ」 「二人きりだから緊張するんだよぉ…… だって、好きな人の家で二人きりだよ? 誰もいないんだよっ?」 「え……あぁ、まぁ…… いや、でも、大丈夫だぞ。 何もしないし」 「えぇぇっ、何もしないのぉっ?」 「え…?」 「あ……ち、違うよっ。 何かしてほしいって意味じゃなくて、 ホントに何もしないのかなって」 「だってだって、好きな女の子と一緒だったら 普通、何かしたくなるって言うし、 ボクって魅力ないのかなって不安になるし」  えぇと……どうすればいいんだ…?  してもいいのか? だめなのか? 「……そのな。千穂が嫌がることは、 何もしないって意味だからな」 「そっか……うん……分かったよぉ……」  何が分かったんだろう? 「お兄ちゃん、ボク、このあいだ 『夢を見た』って言ったでしょ?」 「病院でキスした夢か?」 「……う、うん……それなんだけど…… あの後、ボクが『お兄ちゃんの家に行きたい』 って思ったんだぁ」 「えぇと……夢の中でか?」 「うん、夢の中で。そしたら、ボクが 何も言ってないのに、お兄ちゃんが 『家に来な』って言ってくれてね」 「もう、お兄ちゃんって、 なんってカッコイイんだろうって思って、 ボク、すっごく嬉しかったんだよぉ」 「それでそれで、お兄ちゃんの家に 行ったんだけど、それがボクの部屋 そっくりなんだよぉ」 「それはまぁ、千穂は俺の部屋に 来たことなかったんだもんな」 「うん。だからボク、ちょっと不思議に 思ったんだけど、それよりもお兄ちゃんの 部屋にいることが、すっごく緊張してね」 「座った場所が離れてたから、 余計に落ちつかなくて、お兄ちゃんに ぎゅってしたいって思ったんだよ」 「そしたら、お兄ちゃんが、 ボクを呼んでくれて、膝の上に 座らせてくれたのぉっ」 「嬉しいんだけど、嬉しいんだけどね、 ボク、もう、どうしていいか分からなくて、 お兄ちゃんが好きで好きで仕方なくて」 「でも、言葉もうまく話せなくなって、 お兄ちゃんに『好き』って言ってほしいって 思って」 「そしたら、今度はお兄ちゃんが 『好き』って言ってくれたんだよぉ」 「お兄ちゃんって夢の中でもすっごく優しくて、 『ボクのこと何でも分かってるんだ』って 思ったよぉ」  うーむ。 そのお兄ちゃんは千穂の夢なわけだしな。  現実の俺より、はるかに 千穂のことを分かってる気がするな。 「だから……お兄ちゃん、 夢では、ありがとぉ……」 「えぇと……それ、なんて 答えればいいんだ?」 「ふふふー、どういたしましてー、 でいいんだよぉ。ボク、嬉しかったよっ」 「でも、そのお兄ちゃんは俺っていうより、 千穂のような気がするんだけど…?」 「えっ? どうしてどうして? ボクじゃなくて、お兄ちゃんだったよ?」 「って言っても、夢だから、 千穂の記憶っていうか、 頭の中でできてるわけだろ」 「そうだけどっ、そうかもしれないけどねっ。 お兄ちゃんが夢の中にまで会いに来てくれた んだ、って考えたほうが絶対いいよぉ」 「千穂の願望が夢になったんじゃなくて?」 「えぇぇっ、ち、違うよぉっ。 そんなボクを願望丸出しみたいに言ってぇ。 お兄ちゃんのばかばかー、夢がないよぉっ」  確かに、そんな現実的に考えても仕方ないか。 「じゃ、分かった。それなら、 俺が夢の中にまで会いにいったっていう 千穂の説を信じてみようかな」 「いまさら、そんなこと言ってぇ。 ご機嫌とろうとしても、そう簡単に 許さないんだよぉっ」 「じゃ、夢の中にまで会いにいったって 証拠を見せてあげようか?」 「えっ? どうやって? そんなことできるの?」 「あぁ。ほら、千穂。こっちきな」 「え……あ……きゃぁっ」  千穂の手を引っぱり、俺の膝の上に乗せる。 「ほら、夢でもこうしただろ? 覚えてるか?」 「ぁぁ……ぅぅ…… こ、こんなんで、騙されないよぉ。 ボクが話したから知ってるだけだよぉ」 「じゃ、これは?」  千穂の両手をぎゅっと握る。 柔らかい感触が、手の平に伝わってきた。 「ふにゃぁぁ……こんなこと、 夢の中のお兄ちゃんはしてないよぉ……」 「してないなら、やめようか?」 「あ……やだよぉ……やめないでよ」 「夢の中でもしたよな?」 「……ズルいよぉ……ボク、ボク、 ぜったい騙されてるけど、でも、 したよぉ……夢の中でもしたと思うよ……」 「よしよし、千穂はかわいいな」 「ぁぁ……お兄ちゃん…… 好きっ……好きぃ……好きすぎるよぉ……」  千穂が体重を預けるように、 俺にもたれかかってくる。  壊れそうなほど華奢で、 とても柔らかい千穂の体の感触が 全身に伝わってくる。  ちょうど、千穂のお尻と 俺の股間の部分が重なりあってて、 無性に気持ち良かった。  だめだと思うのに、思えば思うほど 意識してしまい、逆に反応してしまう。 「千穂……」  千穂の顔を上向かせて、 唇を重ねる。 「あ……ん……ちゅ……んん…… お兄ちゃん……ん、好き……大好きぃ…… ん……あぁ……んはぁ……」  じっと千穂と見つめあう。  付き合い出してから、デートもした、 手もつないだ、キスもした。  お互いのことも、結構わかってきた。  だから、そろそろ、 してもいいんじゃないか。  そんなことを考えた。 「……お兄ちゃん、あのね……ボク……」 「……なんだ…?」 「あ……えと……えっとね、その…… ぅぅ……も、もう一回キスしたい……」 「あぁ」  ふたたび千穂とキスを交わす。 「……ん……ちゅ……んっ、あぁ…… お兄ちゃん……好きぃ……」  ぎゅっと千穂の体を抱きしめる。  大きなおっぱいがわずかに腕に触れて、 その部分だけがくにゅっと形を変える。  それだけで、たまらなく気持ち良かった。 「お兄ちゃん……」  メールの着信音が鳴ったけど、 今はそれどころじゃない。 「お兄ちゃん、メール見て」 「ん? あぁ、いいけど」  ケータイを見ると、 『大好きなお兄ちゃん。ボクは お兄ちゃんの彼女だよぉ。お兄ちゃんが したいことは何でもしてあげる』 『だから、何でも言ってね』 「大好きなお兄ちゃん。ボクは お兄ちゃんの彼女だよぉ。お兄ちゃんが したいことは何でもしてあげる」 「だから、何でも言ってね」  メールと同じことを、 千穂は言った。 「どうせ言うんだったら、 メールを送らなくてもいいんじゃないか?」 「甘いよ、お兄ちゃん。 人生、いつ記憶喪失になるか 分からないんだよ」 「その台詞は千穂が言うと、 説得力あるけどな」 「ふふふー、そうでしょっ?」 「だけど、それとメールを送るのと 何の関係があるんだ?」 「もし、また記憶喪失になっても、 メールだけは残るでしょ?」 「そうしたら、お兄ちゃんが 好きだったってことが分かるんだよっ」 「なるほど。それはいいな」 「そうでしょ? だから今のも ちゃんとメールで送っておくね」  千穂はそう言って、ケータイを操作する。  すぐに、さっき千穂が言ったことが メールで届いた。 「そうだ。合い言葉を決めようよぉ」 「何の合い言葉だ?」 「ボクがまた記憶喪失に なった時の合い言葉だよぉ」 「ボクがお兄ちゃんのことを 忘れたとしても、お兄ちゃんの 合い言葉で思い出すんだよぉっ」 「それって、すっっごく、 ロマンチックじゃない?」  また記憶喪失になるかは置いとくとして、 「じゃ、どんな合い言葉にする?」 「それはもちろん、お兄ちゃんが 考えるんだよぉ。ボクが 思い出せそうな言葉にしてねっ」 「俺が? うーんと、それじゃ――」  ベタだけど、やっぱり千穂が 好きそうなこのフレーズしかない。 「『俺とお前は運命の赤い糸で 結ばれてるんだ』で、どうだ?」 「ん〜〜〜〜〜〜〜っっ!! お兄ちゃん、好きっ、 お兄ちゃん大好きだよぉっ!」 「そんなこと言われたら、 そんなこと言われたらボクねっ」 「ホントは存在しない記憶だって、 思い出しちゃうよぉっ!!」  それはどうなんだとも思ったけど、 千穂らしいからいいとしよう。 「お兄ちゃん、今の言葉、 メールで送って。送って送ってっ」 「分かった分かった。ちょっと待ってな」  ケータイを操作して、 メールを打つ。 「早く、早くっ、 お兄ちゃんの愛の言葉、早く来いーっ」 「来たぁっ! ん〜〜〜〜っ!!!! こんなの見たら、ボクもうダメだよぉ…… 一日中でも見続けちゃうよぉっ」 「もう一回送ってほしい、 もう一回送ってほしい」 「もう一回って、もう受信フォルダに メールあるだろ」 「そうだけどっ、そうなんだけどねっ。 お兄ちゃんからメールが来たっ。何かなっ? ん〜〜っていうのが、大事なんだよぉーっ」 「なんていうの? 流れ、そう、流れなんだよっ!」 「……分かったよ。じゃ、送るな」 「あ、ちょっと待って。 まだダメ、まだダメっ」 「今度はどうした?」 「ふふふー、ボクいいこと思いついたよぉ。 お兄ちゃんからの着信メールは、 お兄ちゃんの好きな音楽にするよっ」 「そしたらボク、着信音が流れるだけで お兄ちゃんのことを思い出して、 ぜったい嬉しくなっちゃうんだからっ」 「というわけで、 お兄ちゃんの好きな曲って何? 教えて教えてっ」 「……まぁ、強いて言うなら、 コートノーブルの“木漏れ日のバラード” だけど…?」 「そうなんだ。 じゃ、ダウンロードしてみるねっ」  千穂がケータイを操作して、 曲をダウンロードし、着信音に 設定している。 「できたぁっ。ふふふー、楽しみ楽しみっ。 じゃ、お兄ちゃん、メール送って」 「おう」  さっき送ったメールを そのまま千穂に再送信する。 「ぁぁ、ぅぅ……いいよぉ…… お兄ちゃんの好きな音楽って思うだけで、 嬉しすぎるよぉ……」 「しかもこれって、お兄ちゃんからメールが 来てるんだよぉっ。何かな? 何かな?」  もう内容は知ってるだろうに、 ワクワクした素振りで千穂はメールを見る。 「ん〜〜〜〜〜っ……ふにゃぁぁ…… こんなの見たら、こんなの見たらっ、 ボクもう失神しちゃうよぉっ」 「そんなに嬉しいなら、 自動送信メールにでも 設定してあげようか?」 「えっ? 自動送信メール?」  おっと、反応が鈍い。 さすがに自動送信メールじゃだめか。 「そんなことできるのぉっ? 自動送信メールってことは、もしかして、 毎日でもメールが来ちゃうのぉーっ?」 「それってそれって、すごすぎるよぉーっ。 設定してほしいっ、 ぜったい設定してほしいよぉっ!」 「えぇと……でも、いいのか? 俺が送るんじゃないんだよ」 「だって、お兄ちゃんがボクのために 設定してくれるんだよね? ぜんぜんオッケーだよぉ。ボク、嬉しいよ」  思った以上に、千穂は喜んでいる。 「分かった。じゃ、設定するよ」  俺はアプリを起動して、 自動送信メールの設定をしていく。 「毎日送るようにしとくか?」 「うんっ。毎日がいいよぉっ。あ、でも毎日 だと見慣れちゃうから、ちょっと間隔を 開けたほうが新鮮な気持ちで感動できるかも」 「じゃ、1月に1回ぐらいにしとくか?」 「えぇぇっ、1月に1回は少なすぎるよぉっ。 もっとたくさん送ってほしいから、 せめて2週間に1回だよっ」 「了解。じゃ、2週間に1回な」 「だ、ダメだよぉっ。ボクが言ったんだけど、 でもでも『2週間に1回は最低でも』って ことで、ベストじゃないよぉ」 「じゃ、ベストはどのぐらいだ?」 「えーと、うーん、10日に1回…… でも、やっぱりやっぱり、 1週間に1回だよぉっ」 「1週間に1回な。何曜日にする?」 「やっぱり、一週間の始まりを 気分良く迎えたいから月曜日だよっ」 「でも、ちょっと待って、 月曜日は何とか乗りきれるから、 疲れはじめた火曜日にするよっ」 「だけど、ボクって学校はほとんど行かない から、火曜日もそんなに疲れてないし、 やっぱり週半ばの水曜日がいい気がするよぉ」 「ごめんっ、今のなしっ。 もうちょっと頑張って木曜日がいいかも」 「あ、でもでも、週末を気分良く迎えるために 金曜日がいい気がしてきた。あれ? それなら、もしかして、土曜日かな?」 「あっ! だけど、どうせなら、 日曜日にゆっくりメールを見るっていうのが 最高に幸せかもしれないよね」 「でも、日曜日って次の日が月曜日だから、 ちょっと憂鬱になるよね? でもボクは 学校ないし、でも記憶はそのうち戻るしっ」 「じゃ、やっぱり、憂鬱な月曜日を 乗りきるために、月曜日に設定するのが いいのかもっ!」 「だけど、あれ? ああぁっ、一周してるよぉっ! どうしよぉーっ、ぜんぜん決まらないよぉ」 「……………」 「あぁっ、お兄ちゃんが呆れ顔で ボクを見てるよっ。ひどいよ。これでも、 真剣に考えてるのにぃ」 「いや、ごめん、つい。でも、日曜日に するといいんじゃないかな?」 「どうして?」 「最近、日曜日はバイトのシフトを フルで入れてもらってるからさ」 「あんまり会えない分、 メールを見られたらいいのかなって 思って」 「グッドアイディアだよ、お兄ちゃんっ! それにそれに、お兄ちゃんがボクのことを 考えてくれた曜日なら、絶対いいしっ」 「決まりだな。じゃ、日曜日に設定するぞ。 時間は何時ぐらいがいい?」 「夕方ぐらいがいいよぉ。そしたら、 朝から今日はメールが来る日だって、 楽しみでいられるし」 「夜まではメールが来たことを 思い出して、楽しいもんねっ」 「了解」  手早くケータイを操作して、 自動送信メール用アプリの設定を終える。 「はいっ。終わったよ」 「ふふふーっ、ありがと、お兄ちゃんっ。 大好きだよぉっ」  千穂がこっちを向いて、 ぎゅーっとくっついてくる。  大きめのおっぱいが身体に押しつけられて、 頭がぼーっと気持ちいい。  股間のアレがむくむくと 大きくなっていた…… 「……お兄ちゃん、 ボク、お礼に何かしてあげよっか?」 「何かって…?」 「お兄ちゃんがしたいこと、 何でもいいよぉ」 「……『何でも』って、何でも?」 「うん……お兄ちゃん、 何かボクとしたいことある?」  わざとやってるのかと思うぐらい、 千穂は俺に密着してきて、俺のあそこが 千穂の股間に押しつけられている。 「……じゃあ、さ」 「……うん……」  そんなことを口に出してもいいのか?  何でもいいって言ったからって、 本当に何でもいいとは限らないし。  もし、嫌がられでもしたらって思うと、 そうそう気軽には言えない。  だけど、今、すごくすごく、 どうしようもないぐらい千穂が欲しい。 「……お兄ちゃん、どうしたの…?」 「……千穂からさ、キスしてくれるか?」 「キス…? うん、いいよぉ……」 「んっ……んっ……ちゅっ、んんっ……」 「これでいい?」 「あぁ、嬉しいよ……」  けっきょく言いだすことはできず、 この日は一日中イチャイチャする ばかりだった。  久しぶりの晴天だった。  千穂とは 「晴れたらナトゥラーレに行く」 って約束をしてあるし、今日は放課後に会う 予定だ。  たぶん、千穂もそのつもりでいるだろう。  といっても、 中に入ったら記憶捜しにならないから、 店の前まで行って引きかえすわけだけど。  あの時の千穂の表情が頭をよぎる。  大事な記憶、か。  千穂はいつも元気いっぱいだから、 記憶喪失で困ってるって気は まったくしないけど、  それでも、記憶がないことに 少なからず不安を抱えているはずだ。  本当に大事な記憶なら、 早く思い出させてあげたい。  そんなことを考え、今日の授業は 少々集中力を欠いていた。  放課後。  みんなとは逆方向に廊下を進み、 遠回りで玄関を目指す。  いつもなら、この辺りで 千穂が迎えにくるんだけど……来ないな?  ん?  ケータイを見ると、 千穂からのメールが来ていた。 『さて、ボクは今どこにいるでしょー? ☆ヒント☆ お兄ちゃんと初めてのキス』  ヒントっていうか、完全に答えだな。 「あー、お兄ちゃーんっ。こっちこっち。 会いたかったよぉっ」  千穂が駆けよってきたと思ったら、 ぎゅーっと俺に抱きついた。 「ボクがここにいるって、すぐ分かった?」 「当たり前だろ。千穂と初めてキスした場所を 忘れるわけないって」 「ふふふーっ、嬉しい嬉しい。 ボク、今日は朝からずっとここに いたんだよっ」 「ずっと? 記憶捜しでもしてたのか?」 「うぅん。あのねあのねっ、ここで お兄ちゃんとキスして付き合いはじめたんだ って思い出してたんだっ」 「あの日から、まだあんまり経ってないけど、 けっこう色んなことがあったよね?」 「そうだな」 「お兄ちゃんとの思い出を振りかえってみて、 ボク、分かったことがあるんだよぉ」 「付き合う前もお兄ちゃんのことが 好きだったけど、今はもっともっと もーーーっと大好きになったんだって」 「だから、またここで 改めて言いたくなっちゃったんだ」 「えっと、お兄ちゃん。こんなボクだけど、 これからも付き合ってください。 お願いしますっ」  千穂の言葉に、思わず笑みがこぼれた。 「えぇぇっ、笑わなくてもぉ…… ボク、何か変なこと言っちゃったのぉっ?」 「違うって。これは嬉しくてさ」 「千穂がそうやって、 色んな形で愛情表現してくれるだろ。 それがすごくほほえましいと思うし」 「くすぐったいっていうか、 それで自然と笑っちゃったんだけど」 「……あぁ、うまく言えないな。 なんて言えばいいんだろうな?」 「こんな冗談みたいな幸せなことが あっていいのかって、そんなふうに 感じたんだよ」 「千穂は、いつも明るい気持ちに させてくれるからさ」 「俺も付き合う前よりも、もっともっと、 ずっと好きになったよ」 「きっと、これからも、 もっと好きになると思う」 「だから、俺のほうこそ、よろしくな」 「ぅぅ……ぁぁ……お兄ちゃん、大好きぃっ。 大好きだよぉ……」  千穂が勢いよく抱きついてきて、 小さく背伸びをする。  その小さな唇に、俺は唇をそっと重ねた。 「ん……んん……ちゅっ……あぁ……ん、 んはぁ……あっ、んちゅ……ちゅ……」 「やだ……もっと……もっと、お兄ちゃんが 欲しいよぉ」  唇を割ろうとするように、 千穂の舌が強く押しつけられる。  わずかに口を開くと、すぐさま、 柔らかい舌が口内へと入ってきた。 「ん……れぇろ……れちゅ……ん…… れろれろ……あぁ、お兄ちゃん、好きぃ…… 舌、もっと……れろれろっ、ん、ちゅっ」  密着している千穂の華奢な身体も、 それに見合わない大きなおっぱいも、 口内で絡みあう舌も、  何から何まで気持ち良くて、 もっともっと千穂が欲しくなる。  千穂のすべてを今すぐ 俺のものにしたいと思った。 「……お兄ちゃん、好き……好きぃ…… 大好きだよぉ……」  千穂の身体を思いきり抱きしめる。 「……ふにゃぁぁ……お兄ちゃん…… ボク、そんなふうにされたら、もう、 ダメだよぉ……」  していいか、と言葉が喉まで出かかって、 ぐっと堪える。  こんな昼間っから言うのは どうなんだという気がした。  それに自分の欲望よりも、 まず千穂のことが優先だ。  今日はせっかく晴れたんだし、 記憶捜しをしないと。 「お兄ちゃん……もっと…… ボク、もっとしてほしいよぉ」 「あぁ……」  言われるがまま、千穂を強く抱きしめ、 キスをして、舌を絡ませる。 「んっ……れぇろれろ……んちゅっ、あむ…… れろれろ……ちゅ…ちゅっ、れろれちゅっ… んっ……ん……んはぁ……」  まるでセックスの代償行為のように、 俺は千穂の舌と唇を貪っていた。 「……お兄ちゃん、もっと……」 「『もっと』って言われても、 これ以上どうすればいいんだ…?」 「……イジワル、イジワルぅ…… もっとなのにぃ……」 「よしよし。落ちつこうな」  そう言って、千穂の頭を撫でてやる。 「ぁぁ……ふにゃぁぁ……ぅぅ…… もうボク、我慢できないよぉ……」 「お兄ちゃん……今日、ナトゥラーレに 行かなくてもいい…?」 「ん? あぁ……それは、千穂がいいんなら、 俺は別に反対しないけど」 「良かった。あのねあのね…… ボク……他にしたいことがあるんだよぉ……」 「何がしたいんだ?」 「えと……は、恥ずかしいんだけど…… ボクね、お兄ちゃんと……え、えっちが したいんだよぉ……」 「…………えっ?」 「だって、付き合ってるし、 もう何回もキスしたし、お兄ちゃんの こと好きだし……」 「それにもう、キスだけじゃ我慢できないし ……だからだから、 お兄ちゃんとえっちがしたいのぉーっ」  一瞬、頭の中が真っ白になり、 次に嬉しさが込みあげてきた。 「……本当に、いいのか?」 「……うん。ボク、後悔しないよ」  マジか……  マジかよーっ!?  どうする? どうすればいいんだっ!?  それは、俺だってえっちがしたい。 さっきからずっと思ってたよっ。  だけど、まさか千穂がそんなことを 言うなんて……  いや、だけど、これで千穂と念願の―― 「やったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  と、リンゴの樹に思いきり頭突きをした。  正直に言おう。有頂天だった。 「……あれ?」  痛くない。 「なぜだ? まったく痛くないぞっ。 やはり、夢かっ! こんちきしょーっ!」  俺はさらにリンゴの樹に頭を打ちつける。 「ゆ、夢じゃないよぉっ! 頭突きしちゃダメ、頭突きしちゃダメっ。 お兄ちゃんの頭が壊れちゃうよぉっ!!」  がしっと千穂に後ろから押さえつけられる。 「わ、悪い。嬉しいやら信じられないやらで、 ちょっと有頂天になりすぎた。もう大丈夫だ」 「……お、お兄ちゃんって…… そんなにボクとえっちしたかったの? 言ってくれればいいのに」 「いや、だって、まだ早すぎるかもとか、 千穂に嫌がられたらとか、 いろいろ考えるだろ?」 「そうだけど……でも、ボクだって…… お兄ちゃんのこと好きなんだから、 えっちぐらいしたくなるよぉ」 「そっか……じゃ、えっと……」 「家、来るか?」 「……うん……」 「ただいまー」  と、いちおう言ってみるけど、 案の定返事はない。 「うん、誰もいないな」 「あ、そ、そうなんだ。やった…… って、言うと恥ずかしいけど、 でも、やった……だよねっ?」 「お、おう……」 「……………」  心なしか、俺も千穂も緊張していた。 「俺の部屋に行くか?」 「あ、ボクはどこでもいいよっ」 「どこでも?」 「そうじゃなくて、 そういう意味じゃなくてねっ…… だから……そのぉ……部屋に行くよぉ……」 「……じゃ、行くか」 「お、お邪魔します…… ボク、どうすればいい?」 「えぇと、適当にくつろいでいいよ」 「そうなんだぁ。 うん、じゃ、どうしよぉ? この辺りかな?」  千穂が座ったので、 俺も腰を下ろした。 「……………」 「……………」  どうやって始めればいいんだ…?  まず落ちつこう。  落ちついたら、冷静に考えるんだ。  最初にやるべきことは…?  あ、そうだ。  俺は立ちあがり、部屋の鍵を閉めた。 「え……か、鍵閉めるの?」 「あぁ、念のためな。 帰ってこないとは思うけど」 「そっか。あの……お兄ちゃん、 も、もうこれからすぐしちゃうのっ?」 「あ、いや、千穂が他にしたいことあるなら、 それからでも」 「そ、そうじゃなくて、他にしたいことは ないんだけど、ボクどうすればいいのっ? よく分からないよぉっ」 「あのねあのね、ボク、ぜったい初めてだよっ。 記憶ないけど、キスもしたことなかったし、 だから、うまくできない気がして、不安だよ」 「うまくできなかったら、お兄ちゃんに悪いし、 嫌われないかなって思うよ。それにそれに、 ちょっと不安で、怖いよぉ……」  千穂がテンパってる姿を見て、 ほんの少し緊張が和らぐ。 「……大丈夫だって。俺もうまくできるか 分からないし、どうすればいいか分から なくて、すごく緊張してる」 「……お兄ちゃんも初めてなの?」 「そうだよ。ごめんな」 「う、うぅんっ。ボクが初めてになれるなんて、 すごく嬉しいよっ」 「うまくできるか分からないけど、 ボク、頑張るから、よろしくお願いしますっ」 「あ、あぁ。よろしくな」  今からセックスをするっていうのに、 よろしくって口にするのは、 なんだか少し笑ってしまう。 「ボク、よく分からないから、 お兄ちゃんから……してくれる?」 「分かった。こっちきな」 「……うん……」  恥ずかしそうに千穂が 俺のもとへ歩いてくる。 「……ぁぁ……お兄ちゃん…… ボク、ドキドキするよぉ。 どうするのっ? 怖い、怖いっ……」 「大丈夫だよ。優しくするから」 「う、うん……それは分かってるんだけど…… 初めてだから、ボク、不安だよぉ……」 「よしよし。大丈夫だからな」 「うん……じゃ、いいよぉ……あ…… 何するのっ? あぁっ、おっぱい、 見えちゃうよぉ……えぇっ、あ、触るの?」 「んっ……はぁ……あ……あぁ…… これ、ボク、恥ずかしいよぉ…… おっぱい見えてるし、んんっ……」 「大丈夫。千穂のおっぱい、すごく綺麗だよ」 「えぇぇっ、そ、そんなこと言われても、 恥ずかしいものは、恥ずかしいよぉ……」 「それにすっごく大きくて柔らかい。 こうして触ってるだけで気持ちいいよ」 「ぁぁ……ぅぅ……そんなこと言われたら、 ボク、ますますドキドキしちゃうよぉ……」 「お兄ちゃん、ボクのおっぱい見て、 触って、興奮してるのぉ?」 「そうだよ。もっと触ってもいいか?」 「……うん、いいよぉ。 ボク、お兄ちゃんにおっぱい触ってほしい。 もっと興奮させてあげたいよ……」  小柄な身体に反して大きな千穂のおっぱいを、 ぎゅっと手でつかんでみる。  簡単に手の形がつくぐらい 乳房はくにゅくにゅと柔らかく、 その感触がとても心地いい。 「……あっ……ボク、ボク、 おっぱい触られたの、初めてだよぉ…… なんか、あっ……ぅぅ……すごいよぉ……」 「どうすごいんだ?」 「……お兄ちゃんに触られてるって思うと、 ぎゅうぅって抱きしめられてるみたいで、 頭の中、ぼーっとしちゃうよっ」  千穂のおっぱいの感触を楽しみたくて、 ゆっくりと撫でまわすようにしながら、 揉んでいく。  それが心地いいのか、千穂は ぼーっとしたような状態で、 少し荒い呼吸を繰りかえしている。 「……お兄ちゃん……どう…? ボクのおっぱい、気持ちいいかな? 嫌なところない?」 「すっごく気持ちいい。 柔らかくて、おっきくて、最高だよ。 ずっとこうしてたいぐらいだ」 「ぅぅ……ぁぁ……そんなこと言われたら、 ボク、嬉しくて、おかしくなっちゃうよぉ」 「もっと、していいよぉ。お兄ちゃんの 好きなように、ボクのおっぱい、 たくさん揉んでいいよぉ……」  ぐっと手に力を入れて、少し乱暴に 千穂のおっぱいをいじくりまわす。  ぐにゅぐにゅと乳房を 揉みしだくと、千穂はそれに反応して、 びくっと身体を震わせた。 「……あぁ……そんなにおっぱい、 オモチャみたいにされたら…… ボク、なんだか変な気分になるよぉ……」 「あっ、あぁ……これ、なに…? ボク、知らないよぉっ、あぁ、こんなの、 初めてだよぉ。あっ、怖い、怖いよぉっ」  乳房を揉みしだくたびに 千穂はびくんっと身体を小刻みに揺らし、 甘い声を漏らす。  感じているようなその反応が とてもかわいくて、すごくいやらしくて、 俺は夢中になっておっぱいを刺激した。 「……あぁぁっ、ぅぅ、変な声出ちゃうよぉっ。 これ、なにっ? ボク、おかしいよぉっ。 あぁっ、胸、揉まれてるだけなのにぃ……」 「千穂。乳首も勃ってきてるよ。 すっごく、いやらしいな」 「えぇぇっ、ボク、違うよぉっ。 いやらしい子なんかじゃないのにぃっ。 あっ、ん……そんなの恥ずかしいよぉ」 「でも、おっぱいを揉まれて、 気持ち良くなってきたんだろ?」  乳房を手の平で包みこみながら、 ピンと勃った乳首を指できゅっと つまむ。  瞬間、千穂の身体に電流が走ったみたいに、 びくびくびくっと痙攣が起きて、 気持ち良さそうな喘ぎ声があがった。 「あぁぁっ、お兄ちゃんっ、そこっ、 乳首ダメだよぉっ。どうして? ボク、おかしいよぉっ、こんなの知らないっ」 「あぁっ、あっ、何これ何これっ? 身体反応しちゃうっ、声出ちゃうよぉっ! あぁっ、んんっ、ウソぉっ、あぁぁっ」 「ぁぁっ、んんっ、ボクの身体っ、 どーなっちゃったのぉっ? ダメだよ。 こんなの気持ち良すぎるよぉっ…!!」  今度は優しく撫でるようにしながら、 つーっと千穂の乳首を指の腹で 愛撫していく。  千穂はぐっと身体に力を入れて、 快感を堪えようとしてたけど、抵抗空しく、 蕩けたような声が何度もあがった。 「……お兄ちゃん、ボク、もうダメだよぉ…… 乳首、気持ち良すぎて、こんなのウソみたい、 信じられないよぉ……」 「あぁっ、やぁっ、すごいよっ、また、 あぁぁんっ、気持ちいいよぉっ、あ、 んくっ、あぁっ……はっ、はぅぅ……」 「千穂、すごい濡れてるよ」 「え……濡れてる…?」 「ウソぉ……止まらないっ、止まらないっ…… ……ぁぁ……ぅぅ……こんなのウソだよぉ… 恥ずかしいよぉ、ダメだよぉ……」 「大丈夫だって。 千穂が感じてくれて、 俺はすごく嬉しいよ」  言いながら千穂の乳首を指でつまみ、 くりくりと転がしていく。  おま○こからはとろとろと 愛液がとめどなく溢れ、 脚の付け根を伝って滴りおちる。 「ぅぅ……もう……そんなにされたら、 恥ずかしくて仕方ないよぉ…… ボク、どんな顔すればいいのぉっ?」 「……その顔で大丈夫だよ。 すごくかわいいぞ」 「ぁぁ……もう……お兄ちゃん…… 好きぃ……好きだよぉ……お兄ちゃんが 好きで、ボク、こんなになっちゃったよぉ」 「すごく嬉しいよ」  ぎゅっと千穂を抱きしめ、 耳元で囁く。 「……そろそろ、挿れてもいいか? もう、我慢できなくなってきた……」 「……うん……いいよぉ…… お兄ちゃんの……お、おち○ちん…… ボクも挿れてほしいよぉ……」 「……おち○ちんっていうのは、 恥ずかしくないのか?」 「だ、だって、他になんて言うのっ? ボク知らないよっ」 「ま、まぁ……そうだよな……」 「じゃあさ、千穂のどこに挿れるかは 知ってるか?」 「……お兄ちゃんがボクに恥ずかしいことを 言わせようとするよぉ。変態だよぉ……」 「嫌か??」 「……お、お兄ちゃんが言ってほしいなら、 言うよぉ……あのね、あの……ぼ、ボクの、 おま○こに挿れるんだよぉ……」 「よしよし、じゃ、いま挿れてあげるからな」 「……う、うん……あぁ…… お兄ちゃんのおち○ちん…… すっごく、おっきくなってるよぉ……」 「入る? ちゃんとボクのおま○こに 入るのかな…? ぅぅ、ドキドキするよぉ。 怖い、怖いぃ……」  勃起したち○ぽを千穂の股間の辺りに 持ってきて、膣口を探る。 「あ……そこ……お兄ちゃん…… そこだよぉ、ボクのおま○こ……」  ちゅくっと亀頭が膣口にわずかに入った。 「怖いか…?」 「うん……怖いよ。でもボク、 お兄ちゃんとしたいよぉ……」 「じゃ、いくよ」  腰をずらして、ぐっと千穂の膣内に ち○ぽを挿入させた。 「あ……あ・あ・あ……あぁぁぁぁっ、 入って、きたよぉ……ん……くぅぅぅ…… はぁ……はぁ……んん……」 「はぁはぁ……お兄ちゃんのおち○ちん、 ちゃんと全部入ってる…?」 「あぁ、入ったよ。 千穂の膣内、すごくあったかくて、 とろとろで、気持ちいいよ」 「……そうなんだぁ……ボク、嬉しいよぉ……」 「……痛くないか?」 「……少し痛いけど、でも嬉しいよぉ ボク、ずっとお兄ちゃんとこうやって、 えっちしたかったんだよぉ……」 「キスするたびに、お兄ちゃんに こんなふうにしてもらうことを、 考えてたんだから」 「千穂は意外とえっちなんだな」 「えぇぇぇっ、ち、違うよぉっ。 えっちじゃなくて、そういうんじゃなくて、 お兄ちゃんのことが欲しかっただけなのぉっ」 「でも、おっぱい触っただけで、 かなり感じてたしさ」  と、千穂のおっぱいを揉み、 乳首をつまむ。 「あっ、あぁぁんっ……もう…… お兄ちゃんのばかばか……」 「悪い。千穂の膣内に挿れられて、 ちょっと舞いあがってるのかも」 「ぁぁ……ぅぅ……ズルいよ…… そんなこと言われたら、 ボク、許しちゃうよぉ……」 「……動いても、大丈夫そうか?」 「うん……お兄ちゃんのためなら、 痛くても我慢するよぉっ」 「ありがとな。ゆっくりするから、 辛かったら言ってくれよ」  ぐぐぐっと静かに腰を引いて、 ぬぷぬぷと千穂のおま○こから ち○ぽを引きぬいていく。  あと少しで抜けるというところで、 今度はぐっと腰を押しだした。  ゆっくりするつもりだったけど、 うまくいかず、一気に膣の奥までち○ぽが 入りこんでしまう。 「あっあぁぁっ、んんっ、はぁぁぁ……!!」 「ご、ごめん……ちょっとこの体勢じゃ、 ゆっくりするのは難しいな……」 「……ん……こ、これぐらいなら、 大丈夫だよぉ…… お兄ちゃんのやりやすいようにしていいよ」 「本当に、平気か…?」 「うん……今度はボクが お兄ちゃんを気持ち良くして、 恥ずかしくしてあげたいから……」 「……じゃ、千穂のおま○こで 思いきり気持ち良くなるからな」  俺は千穂の身体をゆっくり持ちあげていく。  すると、とろとろの膣壁にち○ぽが 擦りあげられ、下半身に快感が走る。  千穂も初めてだっていうのにもかかわらず、 膣内をち○ぽが動く感触を味わうように 身体を震わせ、甘い声をあげていた。 「……ぁぁ……ぅぅ……なんかなんか、 すごいよぉ……あっ、んん……」 「……ボクの膣内をお兄ちゃんの おち○ちんが、おち○ちんがね、入ってきて、 膣内から撫でられてるみたいだよぉ……」 「それ、すごい表現だな……」 「だってだって、そうなんだよぉ…… 外からも膣内からもお兄ちゃんがいて…… ボク、こんなの、変な気分になっちゃうよ」  とろとろと千穂の膣内からは愛液が 溢れてきて、腰を動かすたびに、 じゅちゅっ、じゅちゅっと水音が響く。  おま○こはまるで俺のち○ぽに 吸いついてくるみたいで、きゅぅぅっと 収縮しては、精液を絞りとろうとする。  あまりの気持ち良さに、 千穂の中で暴れるように 俺のち○ぽがびくびくと痙攣する。 「あぁっ、何これ? お兄ちゃん、 おち○ちん、そんなに動かしちゃダメだよぉ、 ボクの膣内をいじくらないでぇっ」 「そんなこと言われても、 気持ちいいから勝手に……」 「あぁっ、また動いてっ、何これっ、あっ、 んんっ、お兄ちゃんのおち○ちんっ、 ボクの膣内を、撫でまわしてるみたいだよぉ」 「あぁっ、んんっ、そんなにしたらダメっ、 ダメだよぉっ。あぁっ、んんっ、あぁ…… すごいよっ、ボク、ダメになっちゃうよぉ」  膣内でち○ぽが震える感触に、 千穂は身体をびくびくと震わせる。  その様子がすごくかわいくて、 興奮に任せ、千穂のおま○こを ぐりぐりと抉るように突きあげた。  ヒダとカリが何度も擦れあい、 またち○ぽが暴れるように千穂の中で 痙攣する。  そうして、ぐじゅぐじゅと音を立てながら、 俺たちはどんどん快楽の沼に沈んでいった。 「ウソだよウソだよ、 こんなに気持ちいいなんて、 ボク聞いてないよぉっ」 「お兄ちゃんっ、どうして、 ボクの身体、おかしいよぉっ!」 「おかしくないよ。 すごくいやらしくて、めちゃくちゃかわいい。 大好きだよ」 「んんっ……ぁぁ……ぅぅ……あぁんっ、 そんなこと言われたらボクボクっ、 もっと、気持ち良くなっちゃうぅぅっ」 「好きだよ、千穂」  そう、愛の言葉を囁きながら、 腰にぐっと力を入れ、千穂の呼吸に合わせて 思いきりおま○こにち○ぽを差しいれた。  ぐちゅうぅぅっ、と膣の奥まで ち○ぽが深く挿入されて、 千穂はびくんっと身体を震わせる。 「あぁっ……好きっ好きぃっ、お兄ちゃんっ、 もうボクダメだよぉっ……こんなの、 気持ち良すぎるよ、耐えられないよぉっ……」  そのまま膝の上で弾ませるように 腰を突きあげると、千穂の身体は 浮きあがり、膣とち○ぽが擦れあう。  浮きあがった千穂の膣内からち○ぽが 抜けかかるも、重力に引かれて身体が落下し、 ふたたび膣の奥まで挿入される。  何度も何度も千穂を宙に飛ばすようにして、 ひたすらち○ぽを押しこんでいく。 「あっあ・あ・あぁぁっ、何かくるよっ、 お兄ちゃんっ、ボク、怖い、怖いよっ、 あぁっ、くる、きてるよっ、あっあっ」 「何これ何これっ、分からないよっ。 どうすればいいのぉっ、あっあぁぁっ、 身体熱くて、んっ、あっ・あ・ああぁぁっ」 「お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ、ボクっ、 どうなっちゃうのぉっ、やだやだっ、 あぁっ、あぅっ、あぁんっ、あぁぁん!」  千穂の膣内がきゅちゅうと締まり、 大量の愛液でとろとろになる。  気持ち良さそうに身体をよじり、 快楽に染まった嬌声をあげる千穂を 見てると、一気に射精感が込みあげた。  俺は千穂の乳首をコリコリと刺激しながら、 膝上で彼女を跳ねさせるように 強く、強く、何度も突きあげる。 「千穂、もう……イクよ……」 「ええぇっ、あぁっ、イクって、出るの? あぁっ、どうすればいいのぉっ? ボク、 分からないっ、分からないよぉっ!」 「あ・あ・ああぁっ、ダメだよダメだよぉっ、 くるっ、くるよぉっ、あぁ・あ・あ・あ、 ボクっ、ボクっ、あっはぁぁぁぁ――」 「――ボク、もうっ、もう……もうダメぇ…… あっああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!!」 「えっ? あ、なに……何か入ってくる…… ボクの膣内に……何これぇ? んん、 ぅぅぅぅ……」  どくどくどく、と精液を千穂の膣内に 注ぎこむ。 「きゃっ、あぁっ……ん…… これ……もしかして……お兄ちゃんの 精液なのぉ? 初めて見たよぉ……」  おま○こからち○ぽを引きぬくも 射精はなおも続いており、千穂の身体を 精液で濡らした。 「ごめん……千穂の膣内が気持ち良すぎて……」 「……そうなんだぁ…… 気持ちいいとたくさん出るの…?」 「あぁ」 「そっか。じゃ、良かったぁ。 お兄ちゃんが気持ち良くなってくれて、 ボク、嬉しいよぉ……」  千穂は身体の力を抜いて、 俺にもたれかかってくる。 「……お兄ちゃん、好きだよぉ……」 「俺も大好きだよ」  ぎゅっと千穂を抱きしめる。  さっきまでの性欲は綺麗に波が引いてて、 今はただ千穂に対する愛情が、全身を 満たしていた。 「……ぁぁ……嬉しいよぉ…… お兄ちゃんがこんなに近くにいるなんて、 信じられないよぉ……」 「ずっとずっと、そばにいるからな」 「うん……ずっとずっと、そばにいてね……」  そうして、互いの息づかいを感じながら、 俺たちはしばし余韻に浸っていた。 「……ぁぁ……どうしよぉ…… お兄ちゃんとえっちしちゃったよぉ……」 「どうしようも何もないと 思うんだけど……」 「そうだけど、そうなんだけどねっ。 ボクの心は複雑だよぉ」 「恥ずかしくて、嬉しくて、でも、 やっぱり恥ずかしくて、でもでも、 すっごく嬉しいよぉ……」 「あ……そうだ。それに、お兄ちゃんが 思ったよりえっちだったよぉ。 ボク、ビックリだよ」 「う……それはその……」 「ふふふー、 でも、そんなえっちなお兄ちゃんがちゃんと 気持ち良くなってくれて、ボク嬉しいよぉ」 「そうか?」 「うんっ。ボクじゃ物足りなかったら、 どうしよぉーって思ってたんだよぉ。 ほっとしたよぉ」 「千穂で物足りないなんて、 そんなことあるわけないだろ」 「ん〜〜〜〜っ! お兄ちゃんっ、大好きっ」 「よしよし、俺も、大好きだよ」 「あのねあのねっ、ホント言うとね、 ボク、ちょっと不安だったんだよぉ」 「えぇと……それは、えっちするのが?」 「あ、うぅん。そうじゃなくて、 そうじゃなくてね……その…… 記憶を思い出すのが……」 「……どうしてだ…?」 「えっと、ボクね……記憶を思い出すたびに、 記憶喪失だった時のことを 少しずつ忘れてる気がするんだよ」 「……そんなことって、あるのか?」 「……記憶を思い出すと、記憶喪失の間の ことを忘れちゃうことはあるから、そういう こともあるかも、って先生は言ってたよぉ」 「それに実際、思い出せないことがあるんだ」 「ほら、このあいだマックで お兄ちゃんがアップルパイ嫌いだ ってことを思い出したでしょ?」 「あぁ、あったな」 「たぶん……あの時、お兄ちゃんに 会った時のことを忘れちゃったんだぁ」 「それに、今日、あのリンゴの樹の下で お兄ちゃんとの思い出を 振りかえってたんだけどね」 「やっぱり、思い出せないことが、 いくつかあるんだ……」 「……じゃ、記憶をぜんぶ思い出したら、 これまでのことを、ぜんぶ忘れるのか…?」 「……あ、でも、全部忘れるとは 限らないって。忘れてるのはほんの ちょっとだけだし、大丈夫な気がするよ」 「ただ、もしかしたらって思って、 怖くなっちゃっただけなんだぁ」 「もし、お兄ちゃんのことを忘れたら、 どうしよぉって。少しね、ほんの少し、 不安だったんだよっ」 「そっか……」 「……それで、今日は記憶捜しを したくなかったんだな?」 「うん……でも、もう大丈夫だよっ。 怖くても、ずっと記憶がないままって わけにもいかないから、思いださなきゃ」 「それにそれに、やっぱり印象に残ったことは 忘れにくいみたいだし」 「お兄ちゃんとこんなすごいことしたのに、 忘れるわけないよっ!」 「……そうかもな」 「あとねあとねっ、ボク、お兄ちゃんが 大好きで大好きで仕方がないんだよ」 「こんな気持ちを忘れるなんて、 絶対にありえないと思わない? 絶対ないよねっ」  千穂が元気いっぱいに言うので、 俺も笑いながら返事をした。 「なんせ、記憶喪失になっても、 俺のことだけは覚えてたんだもんな」 「そうそうっ、そうなんだよぉっ! だから万が一、これまでのことを 忘れちゃったとしても」 「きっと、 昔からお兄ちゃんが大好きだったことを 思い出すよ。だから、大丈夫っ」  昔から俺を好きだったかどうかは、 まだ確定してないんだけど、まぁいいよな。  千穂を見習って、たまには ポジティブに考えよう。 「もし、それも思い出さなかったとしても、 俺がちゃんと千穂に思い出させてあげるから 大丈夫だしね」 「うんっ! ぜったい約束だよぉ」 「あぁ、約束だ」 「ふふふー、信じてるしっ、 頼りにしてるよっ、お兄ちゃん」 「おう」 「ふふっ……明日、晴れるかな?」 「天気予報は、晴れだったけどな」 「じゃ、お兄ちゃん、 明日一緒にボクの記憶を捜してくれる?」 「あぁ、いいぞ」 「ありがとぉ。お兄ちゃん、大好き」 「よしよし、千穂はかわいいな」  千穂がぎゅっと俺の腕にくっついてくる。 「……今日はお兄ちゃんの家に 泊まってもいい?」 「いいよ。それじゃ、腕によりをかけて 手料理を作ってあげるよ」 「やった。楽しみ楽しみっ」  嬉しそうな千穂の頭を撫でてあげる。 「ふにゃぁぁ……撫でられたら、 眠くなっちゃうよぉ……」 「いいよ。一回寝な」 「ちゃんと起こしてくれる?」 「あぁ」 「……じゃ、おやすみなさい……」 「おやすみ」  朝。眠りに沈んでいた意識が、 徐々にはっきりとしてくる。 「……ん……あぁむ……れぇろれろ……ん…… ちゅっ……れろれぇろ……れちゅ……あ……」  どういうわけか、 下半身が妙に気持ち良かった。  眠たい目を開けてみると――  そこには、俺のち○ぽに 舌を伸ばす千穂の姿があった。 「あ、お兄ちゃん、起きたのー? おはよぉっ」 「おはようって……えぇと、千穂? 何してるんだ?」 「あのねあのねっ、お兄ちゃんのおち○ちんが、 こんなにおっきくなっちゃってるんだよぉ。 どうしよぉどうしよぉって困っちゃって」 「でもボクはお兄ちゃんの彼女なんだから、 ちゃんと何とかしてあげないとって 思ったんだよぉ」 「こうやって舐めてあげると、 おち○ちん、気持ちいいんだよね?」  そう言って、千穂は勃起した俺のち○ぽに 舌を伸ばし、ぺろぺろと舐めはじめる。  千穂の舌はヌルヌルしてて とても柔らかく、ち○ぽをくすぐるように 動くたび、下半身に快感が走る。 「ふふふー、ほら、おち○ちんが 気持ち良さそうにびくびくしてるよぉ…… お兄ちゃん、気持ちいいのー?」 「……あ、あぁ……けど」 「けど、なぁに?」 「朝から、ち○ぽを舐めるなんて、 千穂ってやっぱりえっちな子なんだな」 「えぇぇっ、ち、違うよぉっ。 えっちなのはお兄ちゃんだよっ。朝から、 こんなにおち○ちんおっきくしてるんだから」 「それにそれに、さっきからボクに 舐められて気持ち良くなってるでしょっ。 もーう、そんなこと言うとお仕置きだよぉ」 「……んちゅ……れぇろれろ……あぁむ…… れろ、ん……ぺろぺろ……ぴちゃぴちゃ…… んっれぇろ……れろれろ……ん……ちゅ……」  ピタァ、と千穂の舌がち○ぽに 吸いついてきて、そのまま上下に 舐めあげられる。  ぴちゃぴちゃ、とアイスキャンデーを 舐めるみたいに俺のち○ぽを舐める 千穂の姿に、ひどく興奮を覚えた。 「ふふふー、ほら、お兄ちゃん、 ボクに舐められただけで、そんなに 気持ち良さそうな顔をしてるよぉっ」 「お兄ちゃんってえっちだねっ。 ボクの舌がそんなに気持ちいいの?」 「……それ、何だ? 昨日の仕返しか?」 「うんっ、そうだよぉっ」 「昨日、お兄ちゃんがボクの胸をいじくり まわしたり、ボクのことを『えっちだ』って イジワル言ってきたから」 「今度はボクが、お兄ちゃんのおち○ちんを いじくりまわしたりして、お兄ちゃんを えっちにしちゃう番なんだよぉっ」 「覚悟してねっ」  千穂は竿の部分にちゅっとキスをして、 唇をそのままち○ぽにつけながら、 ぴちゃぴちゃと舌で舐めはじめる。  柔らかい唇の感触と、とろとろの舌の感触が 二重に感じられて、頭の中が真っ白に なっていく。 「……んちゅ……れろれろ……れちゅっ、ん、 はぁ……おち○ちん、すごいよぉ…… びくびくしてるよぉ……んちゅ……れろれろ」 「お兄ちゃん、おち○ちん、 どこが気持ちいいの? ここはどう?」  カリの部分に千穂の舌がにゅっと伸びてきて、 ぴちゃぴちゃと舐めあげられる。  そうかと思えば、今度はカリに 沿うように舌が動いていき、 また唇でちゅ、とキスをされる。 「ん……れろれろ、んちゅ……れろれろ…… あぁ、お兄ちゃんのおち○ちん、えっちだよ、 んっ、ふぅ、れろれろ……んれぇろ……」 「んはぁ……お兄ちゃん、おち○ちん、 こっちも舐めてほしいっ? 舐めてあげるねっ」  返事をする間もなく、千穂は 亀頭に舌を這わせて、れろれろと 味わうように舐めはじめる。  そうやって舌で丹念に愛撫しながら、 時折、ちゅっちゅ、と千穂が尿道口にキスを する様が、ひどくいやらしく思えた。 「ふふふーっ、お兄ちゃんのおち○ちん、 どこを舐めてあげても、 気持ち良さそうだよねっ」 「すっごくえっちだよぉっ。 ボクの舌で感じてくれてるんだねっ。 ボク、嬉しいよぉ……」 「もっとお兄ちゃんのおち○ちん、 気持ち良くしてあげたいよっ。 今度はここ、舐めてあげるねっ」  千穂の舌が今度はち○ぽの裏筋に 伸びてきて、れぇろっと舐めあげる。  その快感に身体がびくっと反応すると、 千穂は味をしめたかのように 何度も何度も丹念に裏筋を舐めた。 「お兄ちゃん、ここも気持ちいいんだねっ。 ふふふー、もっと舐めてあげるよぉ」 「ん、れろ……れあむ……んちゅ…… ちゅっ、ちゅれろ……んれろれろ…… れぇろれろん……あむ、ん、れろれろ……」  れろれろと舌でくすぐり、 唇でちゅっとキスをし、 また吸いあげる。  初めてのはずなのに 千穂はとても積極的で、 色んな箇所に舌と唇の愛撫をおこなう。  もう俺のち○ぽに舌と唇が触れてない 箇所なんて、ないんじゃないかと思う ぐらいだ。 「んれろ……れろれろ……んちゅ…… ちゅぱっ、ぴちゃぴちゃ……んあぁ…… あぁむ、れろれろ……ちゅっ、ちゅるっ」 「お兄ちゃん、次はどうしてほしい? ボク、何でもするよぉっ」 「……じゃ、咥えて、くれる?」 「えぇぇっ、咥える…? おち○ちん、ボクの口の中に入れちゃうの? う、うん……分かった、やってみるよぉ」  千穂はぱくっと俺のち○ぽを 口に頬張り、さっきと同じように ぺろぺろと舌で亀頭を舐めまわす。  口内はすごく温かく、唾液がヌルヌルと 気持ち良くて、何よりち○ぽを 咥えた千穂の姿に快感を覚えた。 「ん……れろれぇろ……んちゅ……れろ、 ぴちゃぴちゃ……んっ、んん……あぁ、 れちゅっ、れぇろれろ……ん、ちゅっ」 「んん……お兄ひゃんのおひ○ひんが、 お口のにゃかに入っれれ、すごく、 変にゃ気分らよぉ……」 「お兄ひゃん、こえでいーの? きもひいい?」 「あぁ、すごく気持ちいい。 そのまま吸ったり、 舐めたりしてくれるか…?」 「……うん……分かっらよぉ…… んちゅ……れろれろ……ちゅるるっ、 れろ……ぴちゃぴちゃ……れあむ、あむ……」  きゅっと唇がすぼまり、 千穂の口の中で俺のち○ぽが 圧迫される。  それだけでも気持ちがいいのに、 あむあむと何度も咥えなおすように 唇が動き、舌がち○ぽを舐めまわしてくる。 「んっ……んちゅっ、お兄ひゃんの おち○ひん、口のにゃかで、 びくびくしてりゅよぉ……」 「んっ、ちゅっ、ちゅるっ、れろれろ…… んあぁむ、あむ……れろれろ、んちゅっ、 ちゅれろっ……れろれろ、れあむ、れろ……」 「んあぁ……変にゃ気分らよぉ…… お兄ひゃんのおち○ひん、ボクが、 食へちゃってりゅみたい……しゅごいよぉ」  普段からたくさんしゃべるからなのか、 千穂の舌と唇はすごくよく動いて、 俺のち○ぽをむしゃぶるように愛撫する。  唇に何度も締めつけるように咥えられ、 舌はちゅうっと亀頭に吸いついてきて、 口の中でれろれろと舐めまわされる。  一生懸命俺を気持ち良くしようと ち○ぽを口いっぱいに頬ばる千穂を見ると 嬉しくて、その頭を優しく撫でた。 「……ん、ふにゃぁぁ……嬉ひいよぉ…… お兄ひゃん、しゅきっ、しゅきぃっ、 だいしゅきだよぉ……」 「ボク、もっともっと気持ひ良くして あげりゅねっ。ボクの口で、イッて 欲ひいよぉ……」 「ん……ちゅるっ、れぇろれろっ、んん、 ちゅっ、ちゅうっ、ちゅれろっ……ん、 あぁむあむ、んっ、れろれぇぇ……」  さらに奥までち○ぽを呑みこんでいき、 口全体で千穂は俺を気持ち良くしてくれる。  喉の奥にち○ぽがきゅうっと 締めつけられ、舌が円を描くように ぴちゃぴちゃと音を立てて這いずりまわる。  喉奥を塞がれ、苦しいはずなのに、 構わず千穂は口全体でち○ぽに吸いつき、 懸命に精液を絞りとろうとする。 「んっ、ちゅっ、ちゅぱっ、 お兄ひゃん、しゅきぃ、あぁむ、んちゅっ、 しゅきっ、ちゅっ、ちゅうっ、んちゅぱっ」 「んあぁ、おち○ひん、口の中でまた大ひく なっれるよぉ……しゅごいよぉ、 気持ひいいの? ボクの口、気持ひいい?」 「あぁ、もう、イキそうだ……」 「えっ、しょうなのぉ? ……いいよぉ、 お兄ひゃん、このまま、ボクの口の にゃかに出ひてねっ」 「んっ、れぇろ、ちゅっ、ちゅぱっ……ん、 あむ、あぁむ……んちゅぱっ、ちゅるっ、 んれぇろれろ、れろ……ちゅ……んあぁ……」  ち○ぽを丸ごと食べるような勢いで、 喉の奥の奥まで千穂はそれを咥えこんで、 れぇろれぇろと懸命に舌を動かす。  びくびくと震えだしたち○ぽを 今度はあぁむと唇を締めて押さえこみ、 ちゅうちゅうと精液を吸いだそうとする。 「んちゅっ、イッていいよぉ……お兄ひゃんの 精液、飲んれみたいよぉ……出ひて、 出ひてぇ、んっ、ちゅっ、ちゅぱっ、んちゅ」 「ちゅれぇろ、ちゅっ、んちゅっ、ちゅぱっ、 ちゅるるっ……んれぇろれろ、あぁむあむ、 んっ、ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅぱはっ……」 「ん……んれぇろっ、出ひて、んちゅっ、 ちゅっ、出ひてよぉ、ちゅぱっ、じゅっ、 じゅるるる、じゅりゅじゅりゅるるーっ!!」 「んっ、んんっ、んんんんんーっ…… んぐんぐんぐぅ……」  我慢の限界を超え、 溢れだした精液が千穂の口内に 注ぎこまれていく。  千穂はそれを懸命に飲み干していくが、 射精はまったく収まる気がしない。 「あっ、ひゃっ、あぁぁぁ、ぅぅ…… 飲みきれなかったよぉ……ん、れぇろ……」  顔にかけられた精液を もったいないとでもいうように、 千穂はぺろぺろと舐めとっている。 「ふふふー、 たくさん出たよ、たくさん出たよぉ。 気持ち良かったんだねっ」  こんなにえっちなことをしといて、 千穂はあっけらかんと笑う。  なんだかそれが、 ますますえっちな気がした。 「ありがとな。気持ち良かったよ」 「うんっ。ボク、これけっこう得意な 気がするよ。またいつでもしてあげるねっ」 「それは、すごく嬉しいな」 「そうなの? お兄ちゃんって、やっぱり、 えっちだよ。ボクのこと言えないよぉー」 「つまり、千穂もえっちだって 言いたいわけだな?」 「えぇぇっ、違うよ違うよぉ。間違えたよっ。 ボクは普通だよ、朝からおち○ちんを おっきくしてるお兄ちゃんが変態なんだよ」 「そんなこと言っても、生理現象だからな」 「えっ? そうなの? 男の子はみんな朝あんなふうに なっちゃうの?」 「そういうことだな。 ちなみに女の子がみんな朝から これを咥えるかっていうと…?」 「お、お兄ちゃんのばかばかーっ。 イジワルだよぉ……せっかく、 気持ち良くしてあげたのにぃ……」 「ありがとな。千穂のことが、 ますます好きになったよ」 「ぁぁ……もう、またそうやって ごまかそうとして、ズルいよ。 惚れた弱みだよぉ」  本当にかわいいな、千穂は。 「じゃ、朝ごはん作ろうかな。 千穂、お腹すいただろ」 「うんっ、朝からたくさん口を動かしたから、 ボク、お腹ぺこぺこだよぉっ」  うーむ。ナチュラルに いやらしいことを言うな。 「どうかした、お兄ちゃん?」 「いや、すぐ作るから、ちょっと待っててな」 「はーいっ。でも、ボクもお手伝いするよぉー」 「はい、これで完成っと。食べようか」 「うんっ、食べよ。すっごくおいしそうだね。 昨日の夜ゴハンもおいしかったし、 お兄ちゃんは料理が上手だよっ」 「ボク、負けそうだよ。でも、 たくさん練習して、いつかお兄ちゃんに おいしいゴハンを作ってあげたいよ」 「そうだっ。お兄ちゃんに教えてもらえば いいのかも。そしたら、すぐに上手に なりそう。いい考えだよ」 「あー、だけどだけど、それじゃ、 ビックリさせられないから、 やっぱりダメだよぉ……」 「えぇと、千穂。 とりあえず食べようか?」 「あ……ごめん…… しゃべり過ぎちゃったよ。食べる食べるっ」  俺たちは手を合わせる。 「「いただきます」」  今日のメニューは、イワシの塩焼き、 小松菜のおひたし、豆腐とわかめのみそ汁、 たくわんに、五穀米だ。 「……ふー、ふー……ん……あちゅっ…!!」 「悪い。みそ汁、熱すぎたか?」 「うぅん、ボク猫舌なんだよ。 おみそ汁はもう少し冷えるまで待って、 お魚から食べるよ」 「そっちも焼きたてだから、 けっこう熱いぞ。気をつけてな」 「うんっ、ありがとぉ、お兄ちゃんっ」  千穂はイワシを箸でほぐして、 口元に持ってくる。 「……ふー……ふー…… あむ……はふ、はふ、熱いけど、 美味ひよっ、はむ、もぐもぐ……」 「ふふふー、次は、 おひたし食べようかな?」 「それも熱いから気をつけてな」 「うんっ……ふー……ふー…… あぁむ……んーっ? 冷たいよぉ」 「冷蔵庫に作り置きしておいたやつだからな」 「あぁっ、お兄ちゃんのばかばかーっ。 イジワルぅっ。ボクのことからかって 遊んでるんでしょーっ。ひどいよぉ」  なんでだろうな? 千穂の反応がいいからか、 ついついからかいたくなるんだよなぁ。 「悪い、反省してるよ」 「ぜったい反省してない顔だよ、それ。 もういたずらしないもんって言って またしようとしてる五歳児の顔だよぉー」 「ああぁぁっ!!」 「え……と、どうした?」 「思い出したよぉっ。 やっぱりボク、お兄ちゃんのこと 覚えてるよぉーっ」 「今の反省してない顔って話、 前にもお兄ちゃんとしたことあるもんっ」 「本当に…?」  うーむ、毎度のことながら、 まったく記憶がない。 「それ、俺じゃない気が するんだけどなぁ…?」 「ぜったいぜったい、お兄ちゃんだよっ。 そんなイジワル言うのは、 お兄ちゃんしかいないよぉっ」 「……………」 「……もしかして、根に持ってる?」 「うぅんっ、べっつにー。 でも、イジワルのお詫びにボクの 言うこと、信じてくれてもいいと思うよぉ」 「だって、そのほうが楽しいしっ、 信じるだけなら、ただなんだしねっ」  うーむ、一理あるな。 「まぁ、俺がすっかり忘れてるだけっていう 可能性もないわけじゃないもんな」 「そうでしょー。きっとお兄ちゃんも ボクと同じで、忘れっぽいんだよっ」 「じゃ、頑張って思い出さないとな」 「ふふふー、ボクとどっちが先に 思い出すか競走だよ。今のところは ボクが一歩リードだけどねっ」 「あ、思い出した。 俺と千穂が会ったのは二年前、 桜の木に雪が降りつもっている頃だった」 「ウソだよウソだよっ、 それ絶っっ対ウソだよぉー。 お兄ちゃんのばかばかーっ」  うーむ。何度やっても、反応がかわいいな。  でも、やりすぎると、 そのうち本気で怒られそうだし、 これぐらいで自重しておこう。 「そんなイジワルばっかり言うと、 お兄ちゃんに大事なこと教えてあげないよ」 「悪かった。今度こそ、本当に反省した」 「……むむむぅ、 まだ信用できない顔してるよ」 「そんなこと言わないでくれよ。 大好きな千穂に疑われると、 悲しくて仕方なくなるからさ」 「ぁぁ、もう、ズルいズルいズルいよぉ…… お兄ちゃんってば、お兄ちゃんってば、 ボクのこと弄んでばっかりだよぉ……」 「……そうか、千穂が信じてくれないなら、 仕方ないな。残念だよ」 「ぅぅっ、もうっ、 ボク、ぜったいぜったい騙されてるけど、 分かったよ。信じるよぉ……」  おぉ、千穂ってなんて いい子なんだろうか。  だんだんこっちが申し訳なく なってくるぐらいだ。  よし、今度の今度こそ自重しよう。 「じゃ、大事なこと、教えてくれるか?」 「うん、あのね。ボク、このあいだ 大事なことを思い出しそうな気がするって 言ったよね?」 「あぁ、ナトゥラーレに行った時だろ?」  千穂がこくり、とうなずく。 「あの時はまだちょっと不安で、 お兄ちゃんに言えなかったんだけどね」 「その記憶は、なんて言えばいいのかな? えっとね……」 「……ホントは、何があっても 忘れちゃいけなかったこと…… だったような気がするんだぁ……」 「だってね、あそこに行ってから、ボク、 『思い出さなきゃ、思い出さなきゃ』って ずっと思ってるんだよ」 「良いことなのか悪いことなのかも 分からないんだけど、すっごくすっごく 大事なことなの。大切なことなの」 「だからだから、それを思い出す時は、 お兄ちゃんに絶対そばにいて 欲しいんだぁ……」 「分かったよ。絶対そばにいるから、 安心しな」 「約束したいっ、約束したいっ」 「約束するよ。千穂がその記憶を 思い出す時は、絶対に一緒だからな」 「……うんっ……良かったぁ。 これで安心だよ。お兄ちゃんがいれば、 怖いものなしだよぉーっ」  そう言いながら、千穂はみそ汁のお椀を 持ちあげ、口元に傾ける。 「……あちゅっ、ぅぅ…… まだ熱かったよぉ……」  どうやら、筋金入りの猫舌のようだ。  放課後。 「あ、お兄ちゃーんっ、迎えにきたよぉっ。 会いたかったよぉっ」  俺を見つけると、 千穂は走ってきて飛びついた。 「ん〜、お兄ちゃんっ。 あっ……またやっちゃったよぉっ」  千穂はキョロキョロと辺りを見回す。  そして、誰もいないのを確認すると、 改めてぎゅーと俺に抱きついた。 「ふふふー、誰もいなかったよぉ」 「千穂って、かなり甘えん坊だよね」 「そんなのお兄ちゃんが悪いんだよぉ。 お兄ちゃんがボクを甘やかして、 好きで好きで仕方なくさせたからだよ」 「お兄ちゃんのせいなんだから、 ちゃんと責任とってくれなきゃダメだよ」 「しょうがないな」  千穂の背中に手をやって、 ぎゅっと抱きしめる。 「ぁぁ……ん〜、嬉しいよぉ…… 好き、好きぃ…… お兄ちゃん、好きだよぉ……」  千穂はひとしきり俺の胸に 顔を埋めると、ようやく離れた。 「それじゃ行こうよっ」 「おう」  天気予報通り、今日は晴れだ。  つまり、これからナトゥラーレに 千穂の大事な記憶を捜しに 行くってことだ。  しかし――  学校を出ると、千穂は ナトゥラーレとは反対方向へ歩きだした。 「あれ? 千穂、ナトゥラーレは そっちじゃないぞ」 「あ、そっか。ボク、まだ言ってなかったよ。 あの後、またちょっと思い出したんだ」 「あのお店に行く前に 違うところに寄った気がするんだよ。 だから、まずそこに行こうと思って」 「そっか。 記憶の順番通りにたどっていったほうが、 思い出しやすいかもな」 「どこに行ったかは覚えてるのか?」 「それがあんまり覚えてないんだよぉ。 でもでも、たぶんこっちだと思う。 それに歩いているうちに思い出すかも」  そうとうアバウトだな。  とはいえ、 もともと記憶喪失なんだから仕方ない。 とにかく行動するのが一番だろう。 「じゃ、千穂の勘を頼りに行ってみるか」 「うんっ、じゃ、こっち」 「おうっ」 「じゃなくて、やっぱりこっちだよぉっ」 「お、おう」 「あれ? やっぱりこっちかな? うーん、分かんないけど、 とにかく行ってみよぉー」 「……お、おー」  ちょっとだけ、いやかなり、 先行きが不安だった。 「この道を通ったような、 通らないような気がするよぉ」 「つまり、迷ったってことか……」 「ま、迷ってないよぉ。 たぶん、通ったと思う。何か手がかりが あれば、思い出すはずだよっ」 「何かねぇ……」  辺りを見渡すも、至って普通の住宅地だ。 特別、記憶に残りそうなものは何もない。 「くんくんっ……くんくんっ……」 「いやいや、犬じゃないんだから」 「あ……これ、知ってる匂いだよ……」 「え、本当にっ…?」 「うん……くんくんっ、くんくんっ……」  鼻をひくひくさせながら、 千穂はゆっくりと歩いていく。  そして、俺の胸に顔を埋めた。 「くんくん……くんくん…… あ、そっか。お兄ちゃんの匂いだよぉっ」 「あのね……」 「ふふふー、充電完了ーっ。 これでまた張りきって捜せるよ。 疲れたときはやっぱりお兄ちゃんが一番だね」 「俺は栄養ドリンクか……」 「そうだよ、ボクの栄養ドリンクッ。 お兄ちゃんさえ飲めば、目的地を 思い出すのも時間の問――」 「――あぁっ、思い出したよぉっ! あのねあのねっ、青い服のおじさんが いる小屋に行ったと思うっ」 「青い服のおじさんがいる小屋…?」  なんて怪しい響きなんだ……  ていうか、全然どこか分からない。 「他に何か思い出したことはないか?」 「……うーん、帽子を被ってたような気が する、かなぁ…?」  帽子ねぇ…… 「ちなみにそのおじさんは 知り合いなのか?」 「分からないけど、たぶん、 知り合いじゃないような気がするよ」  ということは、どこかのお店だよな?  しかも、小屋っていうことは、 かなり小さいお店だ。  それで帽子と青い服ってことは―― 「あ……分かったっ。交番じゃないか?」 「そうかもっ、交番かもしれないよぉっ。 この近くにあるのっ?」 「あぁ、歩いてすぐだよ。行ってみよう」 「うんっ!」  交番に到着すると、千穂ははっと息を呑んだ。 「ここだよ、ここっ。間違いないよぉっ。 さすがボクのお兄ちゃん、すごいすごいっ」 「そんな大したことじゃないけどさ。 でも、交番に来て何をしたんだ?」 「うーん……中に入ったような気がするけど、 何をしたかまでは思い出せないよ……」 「そうか」 「中に入ってみたら、ダメかな?」 「えっ? そうだなぁ。まぁ交番だし、 事情を話せば大丈夫かな…?」 「行ってみるか?」 「うんっ」  千穂が交番のドアを開けて、中に入る。  年配のお巡りさんがこっちを向いた。 「お、ようやくとりにきたね。 ちょっと待ってて」 「え…?」  お巡りさんは一度奥に引っこむと、 すぐに戻ってきて、千穂に ある物を差しだした。 「あれ、それって…?」  俺が交番に届けた、 左腕のないクマのキーホルダーだった。  千穂は不思議そうに それをのぞきこんでいる。 「それにしても、偶然落とし物を 届けてくれた人が知り合いだったなんて、 不思議なこともあるもんだねぇ」  その口振りに少し疑問を覚えた。  俺と千穂が知り合いだったことに、 驚いたような素振りがなかったからだ。 「はい、もう落とさないようにね」  千穂は戸惑いながらも、 クマのキーホルダーを受けとる。 「あの……このキーホルダーは、 ボクの物なんですか…?」 「ん? そうだよ。何かおかしいかい?」 「あ、それはですね――」  千穂が記憶喪失になったことを かいつまんで説明した。 「……なるほどねぇ、記憶喪失に…… それは大変だね……」 「ボク、記憶を捜してて、 この交番に来たような気がするんです。 その時のことを教えてくれませんか?」 「構わないよ。と言っても、 そんなに長く話したわけじゃないけどね」 「お嬢ちゃんは、そのクマのキーホルダーが 落とし物で届けられてないか、確認しに きたんだよ」 「ちょうどこのクマのキーホルダーが 交番に届けられた翌日だったかな? 学校帰りにね」 「よっぽど大事なものだったんだろうね。 落とし物で届いてることを知ると、 大喜びだったよ」 「それで拾った人に お礼をしたいと言いだしたんだ」 「俺に、ってことですよね?」 「そうそう。でも、ビックリだったねぇ。 二人とも晴北の生徒だったから、 君の名前を出してみたんだ」 「そしたら、知ってる人だって言うんだから。 まさか知り合いだったとは思わなかったよ」 「……………」 「……………」 「僕が知っているのはこれぐらいだね。 何か参考になったかい?」 「……は、はい。 ありがとうございました」  俺たちは頭を下げて、交番を後にした。 「やっぱりボク、昔からお兄ちゃんのこと 知ってたんだよぉーっ!!」 「だってだって、アップルパイの食べ方も、 リンゴが嫌いなことも知ってたし、 お兄ちゃんのことだけ覚えてたしっ!」 「これってこれって、絶っっ対、 運命だよねっ!? そうだよねっ? あぁぁっ、どうしよぉーっ!」 「ボク、どーすればいいのぉぉっ?」 「ま、まぁ、まず落ちつこうか?」 「落ちついてなんていられないよぉっ。 お兄ちゃんは何とも思わないのっ? ボクとお兄ちゃんは知り合いだったんだよ?」 「……そうみたいだよね」  何度思いかえしてみても、 俺には千穂の記憶がない。  だけど、そもそも知り合いじゃなきゃ、 俺のアップルパイの食べ方や、リンゴが 嫌いなことを千穂が知っているはずがない。  お巡りさんの話からも、 記憶を失う前の千穂が俺のことを 知ってたことが分かった。 「……こうなると、問題は、 なんで、俺は千穂のことを、 覚えてないんだってところだよなぁ…?」 「ふふふー、お兄ちゃんも 記憶喪失なんじゃないっ?」 「勘弁してくれ。 なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」 「だってだって、もし、そうだったら、 運命だよっ。絶対すごいよぉ」 「ボクのことを忘れたお兄ちゃんと、 お兄ちゃんのことを忘れたボクが、 偶然出会って、恋に落ちたんだよぉーっ!」 「ん〜〜〜〜〜っ! 何これっ何これっ。 運命の赤い糸がつながりすぎだよぉっ。 ぐるぐる巻きに縛られちゃってるよぉっ!」 「……それは、まぁ……そうだな……」  記憶喪失っていうのはともかく、 千穂のことを忘れてるのは確かだ。  お互いにお互いのことを忘れてる俺たちが、 たまたま出会って恋をした。 「まるで、運命みたいな話だよな」 「そうそう、そうだよっ。そうなんだよぉ。 ボク、もっとお兄ちゃんのことを 思い出したいよぉっ」 「俺も何とか千穂のことを 思い出したいよ」 「あのねあのねっ、ボクたちの記憶を 思い出すヒントはこのクマのキーホルダーに あると思うんだぁっ」 「それは、何か思い出しそうってことか?」 「うぅんっ。そうじゃないけど、 そうじゃないけどねっ。お巡りさんが、 これをボクが大事にしてたって言ってたし」 「それにそれに、ボクが大事にしてた物を、 何も知らないお兄ちゃんが拾って 届けてくれたんだよぉっ!」 「これってこれって、ぜったい運命だし、 ぜったいぜったい何かあるに違いないよぉっ」  今までの俺だったら、「そんなことはない」 と 思ってるところだっただろう。  だけど、これだけ偶然が重なると、 俺と千穂は本当に何か見えない糸で つながっているような気がしてならない。  俺と千穂が互いのことを思い出せば、 その糸がはっきりと見えるんだろうか?  たぶん、いや、きっと見えるはずだ。  少なくとも、そう信じたい。 「じゃ、じっくり見てさ、 思い出そうよ。俺たちの運命を」  少し冗談っぽく言うと、 「うんっ! そんなこと言われたら、 ボク、思い出しちゃうっ、 ぜったい思い出しちゃうよぉっ!  はしゃぎながらも千穂は クマのキーホルダーを目の前に 持ってくる。  俺たちはじーっとそれを見つめてみた。  すると―― 「あ……れ…? おかしいよぉ…? ボク、どうしたのかな…?」  ポロポロと、千穂の瞳から 涙がこぼれ落ちる。 「……止まらないよぉ……お兄ちゃん…… どうして涙が出るのぉ…?」  記憶はない。 だけど、感情だけが覚えている。  そんなふうに思えた。  その翌日――  千穂のことばかりを心配してて、 授業があまり耳に入ってこなかった。  けっきょく昨日は、 千穂が泣きやまなかったので、 記憶捜しは中止にした。  別れ際にはそれなりに 落ちついていたように見えたけど、 あの後、大丈夫だったんだろうか?  考えて答えが出るわけもなく、 俺は悶々としながら時間が過ぎるのを 待った。  放課後。  いつものように遠回りして 廊下を歩いてると、途中で待っている 人影が見えた。 「お兄ちゃーんっ、待ってたよぉっ。 ふふふーっ、お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ」  千穂が嬉しそうに 俺のそばに駆けよってきて、 ぴょんぴょんと跳ねる。 「どうだ、調子は?」 「うんっ、一晩寝たらボク、 すっかり元気になったよぉっ。 ごめんね、昨日は心配させて」 「だけどだけど、もう大丈夫だからっ。 ボク、早く、お兄ちゃんのことを 思い出したいよっ」 「その調子なら、記憶捜しもできそうだな」 「うんっ、できるよっ、するよぉーっ。 ボクとお兄ちゃんの記憶、早く戻れーっ」  俺の心配は何だったんだってぐらい 元気いっぱいだな。 「ところで、けっきょく、 あのクマのキーホルダーが何だったか 思い出したのか?」 「うーん、それが思い出せなかったんだよぉ。 涙の出し損だよぉ」 「だけど、あのねあのねっ。 このクマのキーホルダーを見てたらねっ、 別のことを思い出したんだよぉっ」  千穂がカバンにつけたキーホルダーを 俺に見せながら言う。 「何を思い出したんだ?」 「お兄ちゃんのことだよぉっ。 初めて会った場所を思い出したんだぁ」 「え……て、本当にっ? どこなんだ?」 「ふふふー、じゃ、一緒に行こうよ。 ボクが連れていってあげるよ」 「あ、それは嬉しいんだけどさ。 記憶捜しの話を俺から振っといて なんだけど、今日はバイトがあるんだ」 「あ、そうなんだぁ。もう行かないとダメ?」 「あと30分ぐらいなら、 大丈夫だけど」 「それなら平気だよっ。 すっごくすっごく近くなんだよぉっ。 早く早くっ」  千穂が急かすように、 ぐいぐいと俺の手を引いた。 「……えぇと、千穂、 校門からは行かないのか?」 「うんっ、だって、目的地は 学校の中なんだよぉっ」  え…? 「学校の中って、どこに行くんだ?」 「……ここだよ……」 「ここって…?」  どう見ても園芸部の畑だ。 「……やっぱり、ここだよぉ…… 間違いないよ。ボク、ここで 初めてお兄ちゃんに会ったんだよぉっ」 「それにそれにっ、ここでね、 初めて……恋をしたよぉ……」  千穂が俺の顔をじっとのぞきこんでくる。 「お兄ちゃんに恋をしたんだよぉ。 それが、ボクの初恋なんだ」  千穂のその言葉に どう返事をしていいのか、 一瞬迷った。 「詳しく覚えてるか…?」 「……そこまでは、まだ思い出せないんだけど、 何を話したかも分からないし」 「でも、ボクが恋をしたことと、 お兄ちゃんが相手だったことだけは、 ちゃんと覚えてるよ」 「そっか……」 「ボク、記憶があった時も、 お兄ちゃんのことが好きだったんだね」 「記憶を失っても、 またお兄ちゃんを好きになったんだぁ……」  それは本当にすごい偶然で、 運命としか言いようが ないことなのかもしれない。  だけど、どうしてだろうか?  この畑で、千穂と出会ったっていうなら、 どうして俺はそれを覚えてないのか?  晴北に入学してからのことなら、 忘れるはずがない。  そもそも園芸部は人気がないし、 この畑も裏庭にあるから、 他の生徒は滅多に近づかない。  見知らぬ生徒がいるだけでも 珍しいから、記憶に残るはずだ。 「……もしかして、 本当に俺も記憶喪失なのかもな……」 「えっ? どうしたの、急に? 大丈夫…?」 「いや、大丈夫なんだけどさ」 「ぜんぜん千穂のことを思い出せないから、 本当にそうなんじゃないかと思って」 「じゃ、ボクが思い出すコツを 教えてあげるよっ」 「……そんなのあるのか?」 「うん。あのねあのね、 何か気になることがあったら、 そのことをじーっと考えるんだよぉ」 「そしたら、うっすら記憶が浮かんでくるから、 その記憶と同じことをしてみるのっ」 「そしたら、思い出すよぉーっ」 「うーん、じゃ、まず気になることを じっくり考えるところからだな」  つまり、千穂とここで 会ったってことだよな。  じっと千穂を見つめながら、 どんなふうな出会いだったのかを 想像してみる。 「ぁぁ……ぅぅ…… そんなにじっと見られたら、 ボク、照れちゃうよぉ……」  かわいいな。  こんなにかわいい子に会ったら、 ますます忘れるとは思えないんだけど…? 「……ん……ちゅっ……」  考えている最中、 千穂が不意打ちでキスをしてきた。 「こら」 「だって、お兄ちゃんの真剣な顔見てたら、 すっごくしたくなっちゃったんだよぉ……」 「そんなふうに邪魔されたら、 いつまで経っても千穂のことを 思い出せないぞ」 「……はぁい……ごめんなさ――あぁ……」  気落ちした千穂の唇を、不意打ちで奪った。 「ぁぁ……んん……んちゅ……んん、はぁ……」 「お返しな」 「……ず、ズルいっ、ズルいっ。 怒らせちゃったかと思って、 ボク、不安だったのにぃっ」 「なに言ってるんだよ。 千穂にキスされて怒るわけないだろ」 「ぁぁ、ぅぅ……その言い方卑怯だよぉ。 騙されちゃうよぉっ」 「よしよし、いつも騙される、 かわいい千穂が俺は大好きだよ」 「……ぅぅっ、もーうっ…… ボクもだよぉっ。ボクもお兄ちゃんのことが 好きなのぉーっ」 「ありがとうな。許してくれるか?」 「……うん……いいよぉ……」  千穂がピタッとくっついてくる。 「お兄ちゃん、時間まだある?」  ケータイで時間を確認する。 「あと25分はここにいられるよ」 「じゃ25分、ボクとイチャイチャしよぉ」 「あぁ、いいよ」  千穂のうなじに手をやって優しく抱きよせ、 反対の手で彼女の胸に触れた。 「あぁっ、そこはダメ、そこはダメっ。 25分じゃ終わらないよぉーっ」 「大丈夫だよ。触るだけだから」 「で、でも、でもでもっ、 ボクが我慢できなくなっちゃうのぉっ」 「大丈夫。やってみなきゃ分からないよ」 「えぇぇっ、やってみてダメだったら、 ボクどーすればいいのぉーっ?」 「それは、その時考えよう」  くにゅっと千穂の大きな乳房の感触を 手の平で味わう。 「あっ、あぅぅ……ダメダメ…… 我慢できなくなるっ、我慢できなくなるぅっ、 はぅっ……お兄ちゃん、えっちだよぉ……」 「ん? えっちなのは千穂だよね?」  言いながら、乳首を擦ってみる。 「あんっ。ぅぅ……違うのに、違うのにぃ……」  そうして25分間、イチャイチャしながら、 千穂のおっぱいをいじりつづけた。  その日のバイト中――  暇な時間を見ては、これまで部活の時に 畑であった出来事を思いかえしていた。  けど、どれだけ記憶を探ってみても、 千穂はおろか、知らない女の子に 出会ったことなんて一度もない。  もしかしたら、学校に 入学する前の出来事かと思った。  例えば、文化祭では 生徒以外も校内に入れるし、 畑にも近づくことはできるだろう。  だけど、入学前に晴北学園の文化祭に 行った記憶はない。  そもそも、小学校までは 県をまたいで豊瀬にいたんだしな。  となると、やっぱり、 千穂に会ったのは入学してからって ことになるんだけど……  うーん……  ここまですっかり忘れてるのは、 冗談じゃなく記憶喪失としか思えなかった。  バイトを終え、家に帰ってきた。 「ただいまー」  と言っても、いつも通り返事はな―― 「おう、おかえり」  ――あれ? 「父さん、珍しいね。 日付が変わる前に帰ってくるのは」 「ふふん、父さん、最近、 頑張っちゃってるからね。 このあいだも身を削って会社を救ったんだ」 「うちの社長は部下思いだから、 その報酬にって、今日は日付が変わる前に 家に帰してくれたんだよ」 「あいかわらずブラックだね……」 「これぐらいは当たり前だよ。 父さんは辛くも何ともないんだぞ。 ははっ」 「……………」  もはや、そう思いこまないと やってられないといった感じの目を している気がするんだけど…?  今度、母さんに真剣に話してみよう。 「父さん、ごはん食べた? まだなら、何か作ってあげようか?」 「おう、いいね。颯太の手料理も 久しぶりな気がするな」 「じゃ、なんか ビールに合う物を作ってくれるか?」 「了解」  冷蔵庫の中身を確認して、 何を作ろうかと考える。  よし、揚げ物だな。 「そういえば、父さん。 俺ってこっちに引っ越してくるまでは 晴北に来たことなかったよね?」 「あぁ、お前は小さかったから 覚えてないだろうな」 「5歳だったか6歳だったか、 それぐらいの時に1回 こっちに来たことがあるぞ」 「……えっ? 来たことある…? 本当に?」 「あぁ、それぐらいの時に お祖父ちゃんが亡くなっただろ」 「遺産の整理をしてたら、 昔、住んでたボロ家がこっちに あるってことで状態を見にきたんだよ」 「そのとき泊まったホテルが 結構いいところだったから、 お前も嬉しそうにしてたんだぞ」 「そういえば、すっごく子供の頃に、 どこかのホテルで大はしゃぎした記憶は あるような…?」 「駅前の美楠ホテルだよ」 「そうなんだ。ぜんぜん覚えてなかった……」  揚げ物の調理を進めながらも、 さらに父さんに訊いた。 「じゃあさ、その時に俺、 晴北学園に行かなかったか?」 「いや、どうだったかな? 父さん、母さんとちょっと別行動しててな。 お前は母さんと一緒だったんだよ」 「確か母さんと二人で、 どこかの畑で農作業体験をしてきたって 言ってたと思うんだけど…?」 「詳しいことは母さんに訊かないと 分からないな」 「そっか」  すぐにケータイで母さんに電話してみる。  けど、電源が切られていた。  うーむ、母さんはいつも通り忙しそうだな。  農作業体験に何か心当たりがあれば いいんだけど、子供の頃に農作業体験を したのは1回や2回じゃないしな。  物心つく前から俺は野菜を育てたり、 土いじりが大好きだったらしく、母さんが 色んな畑に連れていってくれたって話だ。  だけど、可能性としては、 その時の農作業体験は晴北学園の畑でした と考えられなくもない。  そこで千穂に会ったとすれば、 千穂の記憶とも矛盾しない。  でも、園芸部で農作業体験なんて してたのかな?  いや、そもそも園芸部は 部長が作ったんだから、 そんな昔にあるわけないよな。  だけど、あの畑まで全部イチから 部長ひとりで作ったってことはないだろう。 「……………」  今度は部長に電話をかけてみる。 「もしもし、どうかしたかな?」 「すいません。ちょっと訊きたいんですけど、 部長が園芸部を作る前って、あの畑は 誰が管理してたんですか?」 「あぁ、誰も管理していなかったそうだよ。 それもあって人数が少ないのに 園芸部を作ることができたってわけでね」 「えぇと……誰も管理してないのに 畑だけあったんですか?」 「昔は園芸部があったらしいけどね。 僕が入学する前に人がいなくなって 廃部になったそうだよ」 「その後、部室も畑も放置されてしまってね。 ちょうどいい物件を見つけたと思い、 また新しく園芸部を作ったってわけさ」 「それじゃ、昔の園芸部の情報とか 調べられますか?」 「そうだね。確か部室のダンボール箱の中に 昔の園芸部の部誌が残ってたと思うよ」 「分かりました。ありがとうございます」 「何か面白そうなことを見つけたのかな?」 「いえ、もしかしたら 昔、俺があの畑に行ったことがある かもしれないってだけです」 「それじゃ」 「あぁ、またね」  部室のダンボール箱の中か。 調べてみよう。  手早く揚げ物の調理を終えると、 すぐに家を出た。  夜の学校を訪れる。  うちの部室は外から鍵をかけられないから、 この時間でも出入りは簡単だ。 「えぇと……確かこの辺りに…?」  部室の隅のほうに 埋もれているダンボール箱を見つけた。  開いてみると、部長が言った通り 中身は部誌だった。  ダンボール箱の中を漁り、 俺が5〜6歳の頃の部誌を探す。 「……あった、これだ」  年代別に整理されていたので 簡単に発見できた。  目次を確認して 活動報告のページを開く。  目を通していくと、 その中に園芸部で一般に畑を 開放していたという記述を見つけた。  平日の放課後限定だけど、 申しこめば誰でも畑を使えるように なっている。 「やっぱり……」  ようやく分かった。  千穂が学校の畑で 俺と初めて会ったっていうのも、  俺がその記憶をまったく覚えてないって いうのも、  これで、すべての辻褄は合う。  俺と千穂は、子供の頃に 出会っていたんだ。 「えぇぇっ、ボクとお兄ちゃんって、 そんな昔に会ってたんだぁっ!?」  放課後。昨日わかったことを伝えると、 千穂は目を丸くしてそう言った。 「おかしいと思ってたんだよね。 千穂は俺と会ったことあるって言うのに、 まったく思い出せないからさ」 「でも、5歳ぐらいの話だったら、 納得だよ」 「ボクも、お兄ちゃんと同じで、 園芸部の農業体験に申しこんで、 たまたまそこで会ったってことだよね?」 「そういうことだろうな」 「そっかぁ。それってそれって、 ボクはその時、お兄ちゃんに初恋をして、 それをずっと大事にしてたってことだよねっ」 「お兄ちゃんが実家に帰っちゃって、 会えなくなっても、ずっと好きでいたんだっ」 「そうだな」 「じゃ、じゃ、晴北に入ったのも、 もしかしたら、お兄ちゃんに 再会できるかもって考えたからじゃない!?」 「あぁ、確かに。千穂なら、あり得るな」 「それでそれでっ、お兄ちゃんを 学校で見かけた時、ボク、きっと 心臓が止まりそうになったんだよぉっ」 「だってだって、子供の頃からずーーーっと 好きで、ずーーーーーっと会いたいって 想いつづけてたはずなんだからっ」 「お、おう」 「なのになのにぃっ、お兄ちゃんは、 お兄ちゃんはぁっ、ボクのことなんか すっっっかり、忘れてたってことだよねっ?」 「う…………」  確かに。よくよく考えてみれば、 そういうことだよな。 「裏切り者ぉ……」 「……い、いや、きっと俺にも いろいろ事情があったんだよ」 「じゃ、お兄ちゃんは昔から、 ボクのことが好きだったの?」 「……………」 「ボクは記憶喪失になっても お兄ちゃんのことを忘れなかったのに、 お兄ちゃんって愛が足りないよ」 「…………忘れて、悪かった……」 「ふふふー、ウソだよウソだよっ。 きっと、お兄ちゃんはまだボクのことを 好きじゃなかったんだから仕方ないよっ」 「それにそれにっ、もしそうだとしたら、 お兄ちゃんは偶然、こっちに引っ越してきて 偶然、晴北学園に入ったんだよ?」 「そっちのほうがすごいと思わない? ぜったい運命だよぉーっ!」 「……そうだよなぁ……」 「たまたまこっちに来た時に、母さんが ここの園芸部の農業体験に偶然申しこんで、 そこで偶然千穂と会ってさ」 「いま千穂が言ったことも偶然だし、 クマのキーホルダーを拾ったのも、 記憶喪失の千穂と出会ったのもそうだよな」 「……ボク、思ったんだけど、 記憶喪失にならなきゃ、お兄ちゃんに 話しかけられなかったような気がする」 「だってだって、ボクは小さい頃から ずーーっと覚えてて好きだったのに、 お兄ちゃんはまったく覚えてないんだよ」 「そんなの、ぜったいボクのこと好きじゃない って思うし、怖くて話しかけられないよぉっ」 「それは、確かに……」  俺が千穂の立場だったとしても、 かなり話しかけづらい。 「だよねだよねっ。それって、もしかして、 もしかしてだけど、ボク、お兄ちゃんに恋を するために記憶喪失になったんじゃないっ?」 「ん〜〜、どうしよぉー。運命だよぉーっ。 ボク、どうすればいいのぉーっ!?」  千穂は完全に有頂天だけど、 俺だって似たような気持ちだった。  もしも、何かひとつでも 偶然が欠けていれば、俺たちがこうして 恋に落ちることはなかった。  だとすれば、この恋を運命と呼ばずに、 何を運命と呼べばいいんだろうか? 「……千穂。さっきのさ、 千穂のことを忘れてた理由が分かったよ」 「えっ? なになに? どういうこと?」 「千穂の言う通り、ここで初めて会った時は、 まだ千穂のことを好きっていう自覚が なかったんだと思う」 「だけど、心ではまだ自覚がなかったけど……」 「心よりもっともっと深いところでは 千穂に惹かれてたんだよ」 「あ、正確には、惹かれあっていた、かな? だから、無意識にでも千穂に会いたくて、 ここまで来たんだよ」 「こうやって千穂と、 運命の恋をするためにさ」 「ん〜〜〜〜〜っ!! 何それ何それっ! すっっっっっっごくいいよぉっ。 お兄ちゃんどうしちゃったのぉー?」 「ボク、もう、聞いてるだけで 嬉しくて嬉しすぎて、 倒れちゃいそうだよぉっ!」 「運命の恋だなんて、運命の恋だなんて、 きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ、 ぜったいぜったい、そうだよぉーっ!」 「ボクはお兄ちゃんに出会うために、 生まれてきたんだよぉっ!」 「俺も千穂に出会うために 生まれてきたよ」 「ふふふーっ、どうしよぉー。 どうすればいいのぉ? えっと、えっとね、 やっと会えたね、お兄ちゃん」 「あぁ、やっと会えたな、千穂。 ずっとずっと会いたかったよ」 「覚えてなかったのに?」 「記憶がなくても、 ずっと会いたかったよ」 「ぁぁ、ぅぅ……お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ、 好きっ、好きぃっ、大好きだよぉっ……」  千穂がぎゅっと抱きついてくる。 「俺も大好きだよ。千穂」 「ん〜〜、嬉しい、嬉しいっ。 今日は今までで一番嬉しい日だよっ」 「じゃ、明日はもっと嬉しい日にしようか」 「うんっ、したいしたいっ。 お兄ちゃんと一緒にずっとずっと 嬉しい日にしたいよぉ」 「千穂はどうしたら、 嬉しい日になるんだ?」 「あのねあのねっ、お兄ちゃんのことを もっともっとたくさん思い出したいっ。 お兄ちゃんの思い出でいっぱいになりたい」 「それじゃ、今日も記憶捜しをしようか?」 「うん、する。でも、その前にっ」 「どうした?」 「もう少し、お兄ちゃんと、ぎゅーってしたり、 イチャイチャしたりするよぉ…?」 「俺もそう言おうと思ってたところだよ」 「えぇぇっ、そうなんだぁっ。 一緒だね、お兄ちゃん。大好きだよぉ」  頭がどうにかしたんじゃないかってほど 甘い言葉を繰りかえしながら、  俺たちはまるでバカップルのように イチャイチャしていた。  ……いや、俺たちは完全に、 バカップルそのものだった。  心ゆくまでイチャイチャを堪能した後、 ようやく記憶捜しに繰りだした。  向かった先はナトゥラーレだ。 「ふふふー、ボク不思議だよっ。 ほんのちょっと前までは ナトゥラーレに行くのが不安だったのに」 「今は早く行きたくて仕方ないよっ。 早く大事な記憶を思い出したいっ」 「きっと、きっとね、それは お兄ちゃんのことなんだよっ。 間違いないよっ」 「そうだといいな」 「うんっ。それにそれに、 そうじゃなくても楽しみだよ。 どんな記憶を思い出すのかなって」 「俺も楽しみだよ」 「お兄ちゃんの記憶じゃなくても?」 「あぁ。千穂が記憶を思い出したら、 またひとつ千穂がどんな子なのか分かるだろ」 「千穂のことは何でも知っておきたいからさ」 「えぇぇっ、そんな嬉しいこと言われたら、 ボク、どうにかなっちゃうよぉ」 「早く記憶を思い出して、 お兄ちゃんにボクのことを いろいろ教えてあげたいっ」 「じゃ、早く行くか」 「うんっ! 行っくよぉーっ!」  まるでスキップをするような 浮かれた足取りで、 俺たちはナトゥラーレを目指した。  店の前までたどり着くと、 千穂はじっとそのドアを見つめた。 「中には入らなかったんだよね?」 「うん。でも、中に 入ろうとしたような気がするよ」 「入ろうとしたけど、入れなかったんだぁ」 「休みだったとか?」 「うーん……うぅん、お店は ちゃんとやってたと思う。 中にお客さんがいるのが見えたしっ」 「まぁ、ナトゥラーレは 臨時休業しない限り、毎日店を開けてるしな」 「ボク、なんで中に入れなかったんだろう? 思い出せないよ」 「じゃ、それは置いといてさ。 その後、どこに行ったかは思い出せないか?」 「……お店に入らないで……えっと……」 「ありがとうございましたー」 「あっ、す、すいませんっ!」  店から出てきたお客さんの邪魔に ならないように、俺たちはドアから離れた。 「――あぁっ! 思い出したっ。 お兄ちゃんっ、ボク思い出したよっ!」 「本当に? 何を思い出したんだ?」 「あのねあのねっ。ボクがお店に入れずに ドアの前でウロウロしてたら、今みたいに 中からお客さんが出てきたんだよっ」 「それでボク、怖じ気づいちゃって、 ダッシュで家に帰ったんだぁ」 「家って、千穂の家か?」 「そうだよ。ダッシュで帰ったら、 また何か思い出すかもっ」 「じゃ、帰ってみようよ」 「うんっ、それじゃ、ダッシュだよぉっ!」  と俺を置き去りにして、千穂が走っていく。 「こらっ、ちょっと待てっ」 「ふふふー、待ったら思い出せないよぉーっ」  逃げるように先を急ぐ千穂を 俺は必死で追いかけた。  そのまま休みなく走りつづけてると、 前を走っていた千穂がピタッと急停止した。 「着いたよ、お兄ちゃんっ」  意外と俺の家から近い場所だった。  この辺りでは子供の頃によく遊んだな。 「ここがボクん家だよぉ」 「あれ…? こんなところに 家なんてあったっけ?」  記憶を振りかえってみるけど、 空き地だったような気がする。 「あったっけって言われても、 ボク、いつできたのかは 覚えてないよぉ……」 「そうだよな。悪い」  まぁ、新しく建てたんだろう。 「ダッシュで帰ってきて、 それからどうしたんだ?」 「確か……家に入ったんだと思う……」 「じゃ、入るか」 「は、入っちゃダメっ、入っちゃダメっ。 お兄ちゃんは立ち入り禁止だよぉー」 「……えぇと……なんでだ…?」 「……だって、ち、散らかってるんだよぉ。 ボクの部屋なんか酷い有様だよっ。 ぜったい入れられないよぉ」 「なんだ。それぐらい大丈夫だって。 気にしないよ」 「ボクが気にするんだよぉっ。 あんな部屋お兄ちゃんに見られたら、 恥ずかしくて、立ちなおれないよぉっ」 「でも、中に入らないと、思い出せないだろ?」 「そうだけど、そうだけどねっ。 記憶も大事だけど、ボクの羞恥心も 大事だよぉ……」 「そんなに酷い有様なのか?」 「あの部屋を見られるぐらいなら、 裸を見られたほうが恥ずかしくないよぉ」 「そっか。そういうことなら、仕方ない」 「千穂の裸のほうを見せてもらおうかな」 「え、えぇぇっ!? 裸のほうって何、裸のほうって何? 交換条件みたいなの、おかしくないっ?」 「でも、裸を見られたほうが恥ずかしくない って千穂から言いだしたんだろ」 「それは、例えだよぉっ。 部屋に入れない代わりに裸を見せる って話じゃないよっ」 「そんなにムキにならなくても冗談だよ」 「えぇぇっ、イジワルイジワルぅっ。 お兄ちゃんはあいかわらずイジメっ子だよぉ」  まぁ、からかうのはこのぐらいにして、と。 「でも、せっかくここまで記憶通りに したんだからさ、千穂だけでも家の中に 入ってきたらどうだ?」 「えっ? いいの? お兄ちゃんはどうするの? 帰っちゃう? 帰っちゃうのはやだよぉ」 「ちゃんとここで待ってるよ」 「そっかぁ。ごめんね。じゃボク、 急いで行って、すぐ戻ってくるねっ」  千穂は家の中へ入っていった。  しばらくして―― 「ただいまぁーっ。 お兄ちゃーん、寂しかったよぉ」 「まだ10分も経ってないような…?」 「だってだって、1秒でも離れたくない 気分だったんだよぉっ」 「その気持ちはよく分かるけどさ」 「それで、何か思い出した?」 「あ、うん。 家に帰って、自分の部屋に戻って、 ベッドに行ってね。寝たんだよぉ」 「なるほど。それで?」 「たぶん、そのまま朝までぐっすりだよっ」 「って、大事な記憶は?」 「うーん、思い出せなかったよぉ」 「ていうか、朝までぐっすりだったら、 その間に大事な記憶はないと 思うんだけど…?」 「あ、そうだよね。 ボクの勘違いだったのかなぁ? うーん……ダメだぁ。分からないよ」 「……まぁ、そういうこともあるか」  記憶喪失なんだし、 そう簡単に何でも思い出せたら、 苦労しないだろう。 「またそのうち何か 思い出すかもしれないし、 今日はこれぐらいにしとくか」 「うん。そうするよ。 楽しみをとっておくのもいいよねっ」 「あ、でもね、ボクひとつだけ考えたんだけど、 このクマのキーホルダーと大事な記憶が 関係あるのかもしれないよぉ」 「……その可能性はあるよな」  なにせ、それを見てて、 千穂は涙が止まらなくなったぐらいだからな。 「これはボクの勘だけど、勘なんだけどねっ。 言っていい? 言っちゃってもいい?」 「いいけど……なんだ、そんなにはしゃいで?」 「あのねあのねっ、このキーホルダーは お兄ちゃんと関係があるんだよぉ」 「それで、もしかしたら、もしかしてだけど、 お兄ちゃんからもらったのかもっ!」 「だってだって、このクマちゃん、 左腕がないよねっ? きっと壊れるまで、 ずっと使ってたんだと思うんだよぉ」 「っていうことは、ボクがずっと大事に してきたってことでしょ? お巡りさんも、 ボクが大事にしてたって言ってたし」 「だから、昔、お兄ちゃんに会った時に もらった物なんじゃないかって思うんだよ」 「ボクがお兄ちゃんのこと大好きで、 でも、お兄ちゃんは地元に帰っちゃうから、 ボクはすっごく泣いちゃったんだよ」 「困ったお兄ちゃんは、 ボクにクマのキーホルダーをくれるのっ」 「『これを俺だと思って大事にしろ』って。 だから、ボクはずっとずっと大事に してきたんだよ」 「ん〜〜〜〜っ! どうしよぉーっ。 それってそれって、ホントに運命だよぉっ!」  千穂の妄想は留まることを知らないな。 「でも、案外、そうかもしれないよなぁ…… 可能性はゼロじゃないわけだし」  言いながら、千穂のカバンについた クマのキーホルダーを見つめる。 「何か思い出しそうっ?」  千穂が期待の眼差しを向けてくる。  クマのキーホルダーを見つめながら、 過去を振りかえってみる。  けど、子供の頃の記憶には もやがかかってて、 何も思い出せなかった。 「だめだな」 「そっかぁ。でも、大丈夫。 お兄ちゃんが思い出さなくても、 ボクが思い出すからねっ」 「千穂にばっかり任せてたら悪いから、 俺も頑張るよ」 「ふふふー、じゃ頑張って思い出してね、 お兄ちゃんっ」 「おう」 「ところで、これからどうする?」 「ぎゅってしてほしい、ぎゅってしてほしいっ」 「え…?」 「……ぎゅってしてほしいよぉ……」 「えぇと……ここで?」 「えぇぇっ……ダメなのぉ…?」 「いや、だめじゃないけど…… ほら、きな」 「やったやった。お兄ちゃーん」  「ぎゅってしてほしい」 と言ったくせに、 千穂は自分からぎゅっと抱きついてくる。 「ふふふー、ボク、 こうしている時が一番幸せだよぉ」  千穂の背中に手を回して、 少し強めに抱きしめる。 「ふにゃぁぁ……幸せだよぉ…… もっとしてほしい、もっとしてほしいよぉ」 「でもさ、家の前でこんなことして、 誰かに見られたりしないか?」 「大丈夫だよぉ、誰もいないしっ」 「帰ってきたら?」 「帰ってこないよぉっ」 「じゃ、平気だな」  千穂のおでこに軽くキスをする。 「あっ……ぅぅ……嬉しいよぉ……」 「じゃ、ここは?」  今度はほっぺたにちゅ、とキスをした。 「ぁぁ……ぅぅ…… 頭ぼーっとしちゃうよぉ……」 「もっとぼーっとさせてあげようか?」 「ど、どうするの? ひゃんっ……」  千穂の耳に唇をつけると、 彼女はびくっと身体を震わせた。 「ふにゃぁぁ……それ、ドキっとして、 胸が変な感じになっちゃうよぉ…… 頭、蕩けちゃいそう……」  反応が良さそうなので、 舌を伸ばして耳をつーっと舐めてみた。 「ひゃっ、あっ……んっ、何それ? ぁぁっ、な、舐めてるのぉ…?」 「そうだよ」  ぱくっと耳を咥えて、れろれろと 舐めまわしてみる。 「ひゃっ、あぁ……んん…… ボクの耳、食べられちゃってるみたいだよぉ。 なんか、なんか……すごいよぉ……」 「千穂は耳、弱いんだな」  耳元でそう囁いて、 耳の奥に舌先を伸ばす。 「あぁぁっ、何これっ? んっ、あぅっ、 んっ、んんっ、お兄ちゃんっ、 ちょっと待って、それっ、ひゃぁんっ!」 「……お兄ちゃん、そんなにしたら、 ボク、もうダメになっちゃうよぉ。 我慢できないよ……」 「我慢できないって、どうなるんだ?」 「だから……我慢できないのぉ……」 「えぇと……」 「……あのね………… お、お兄ちゃんの家に行きたいよ……」  少し驚いたけど、 優しく千穂を抱きしめて唇にキスをした。 「んっ……ちゅっ……あ…… んぁ……んはぁ……」 「いいよ。行こうか」  自宅に到着する。 「……着いたね……」 「あぁ」  さっきまでの勢いが若干削がれてしまい、 どう始めていいものか、ちょっと困っていた。 「……あぁ、そうだ。 千穂、先にお風呂使っていいよ」 「えっ?」 「えぇと……シャワー、浴びたくないか?」 「あ、うん。浴びたいよぉ。 でもでも、ボクは後で平気だから、 お兄ちゃんが先使っていいよっ」 「いやいや、遠慮しなくていいよ。 千穂が先に入りな」 「でも、お兄ちゃんの家だし、悪いし…… ボク、待ってるよぉ」 「どうしたんだ、急に気を遣いだして? 大丈夫だよ」 「だってだって、お兄ちゃんと あんまり離れたくないしっ」 「俺がお風呂いったら、 どうせ一緒じゃないか?」 「あ、そっか……そうだね……あはは…… ボク、ちょっと緊張してるのかも……」 「そっか、そうだよな」  そういう俺も緊張してないわけじゃない。  まだ2回目だしな。 「とりあえず、お風呂いってきな」 「じゃ、一緒に入ろうよっ!」 「え…?」 「だって、シャワーは浴びたいけど、 お兄ちゃんと離れたくないし、 一緒に入ればいいかなって。だ、ダメ?」 「いや……いいよ。一緒に入ろう」 「お兄ちゃんっ、見て見てっ、あわあわだよぉ。 身体洗ってあげるねっ」  泡立てたハンドソープを 千穂は俺の身体に塗るようにしながら、 洗っていく。 「お兄ちゃんの身体、 泡だらけになっちゃったねぇ。 きれい、きれいっ」  千穂は俺のほぼ全身を洗いおえる。 残った箇所はひとつだけだ。 「こ、ここも……洗うよぉ……」  そっと千穂が、俺のあそこに触れる。  ヌルヌルの千穂の手の感触が ビックリするほど気持ち良くて、 あっというまに勃起した。 「あ……あぁ…… 大きくなっちゃったよぉ…… 洗ってるだけなのにぃ……」 「気持ちいいのぉ?」 「……あ、あぁ……」 「ふふふーっ、お兄ちゃんって えっちなんだぁ」  言いながら、千穂は 勃起したち○ぽをしごくようにして、 洗っていく。  なんだかすごく楽しそうだ。 「あぁ……すごいよぉ…… こんなに大きくしちゃって……」  というか、弄ばれてるような気がする。 「は、はいっ。終わりだよぉ」 「じゃ、次は千穂の番だね」 「えぇっ、う、うん……」  俺はハンドソープを泡立てて、 お返しに千穂の身体を洗いはじめる。 「ひゃっ、あぁ……ぅぅ…… 手つきがえっちだよぉ…… あ、そこはダメ、そこはダメっ」 「ちゃんと洗わないと、 綺麗にならないだろ」 「そうだけど…… 乳首はそんなに洗わなくても、 あぁっ、やぁ……ぅぅ……」 「ん? 洗ってるだけなのに、 気持ちいいのか?」 「ぁぁ……ぅぅ…… 仕返しだよ、大人気ないよぉ…… あんっ……」  そうやって、イチャイチャしながら、 千穂の身体を洗っていく。 「……お、おかしいよぉ…… どうして身体洗うだけなのに、 こんなカッコになっちゃってるのぉ…?」 「おかしくないよ。 ほら、ここも念入りに洗わないと」 「そ、そこは自分で洗うよぉ……」 「千穂だって俺のち○ぽを洗ってくれたから、 そのお返しだよ」  洗うような手つきで おま○こに優しく指を這わせて、 ゆっくりと撫でていく。  膣口に指が触れると、 ちゅくっとハンドソープとは違う 液体の感触を覚えた。 「あぁっ……んんっ、もうぜんぜん違うよぉ… 洗ってないよぉ……いやらしいよぉ…… あぅぅっ、あ……んっくあぁ……」 「いやらしいのは千穂だろ。 身体を洗ってただけなのに、ここから こんなにえっちな液が出てるぞ」 「えぇっ、ウソだよウソだよぉっ。 ボク、そんなの出してないよぉ……」 「しょうがないな、千穂は。 ちゃんと綺麗に洗ってあげるからな」  千穂の膣口の周辺ににじんだ液体を 指で拭うようにして、すくっていく。  けど、そのたびに指とおま○こが擦れて、 膣口からはとろとろと愛液がこぼれる。 「千穂。そうやってえっちな液を 出してたら、洗っても洗っても 終わらないぞ」 「……そ、そんなの、だって…… お兄ちゃんの洗い方がえっちだから…… んぅぅ……あぁ、無理だよ無理だよぉ……」 「あぁっ、んっ、んあぁっ、そんなふうに、 触られたら、止められないよぉっ。 えっちな液、出ちゃうよぉっ……」 「俺は洗ってあげてるだけだろ」 「……ウソだよ、イジワルイジワルぅ…… あぁっ……あんっ……ぅぅ…… こんな洗い方ないよぉ……」  二本の指で千穂の膣口を くちゅくちゅとほじくるようにして、 何度も愛撫する。  拭っても拭っても 次から次へと愛液が溢れだしてきて、 千穂はびくびくと身体を震わせている。 「千穂はおま○こを洗われるのが 気持ちいいんだな」 「やぁっ、そういう言い方、ダメだよぉっ。 こんなの、洗ってない、洗ってないよぉっ。 えっちなことしてるだけだよぉ……」 「そんなことないって。 千穂がえっちなこと考えてるだけだよ」 「え、えぇぇっ、ボク違うよぉっ。 えっちなこと考えてなかったのにぃ」 「じゃ、なんで、こんなに濡れてるんだ?」 「んっ、あぁぁっ、ダメぇっ。ズルいよぉ。 も、もういいからぁっ、もう十分洗ったから、 おしまいだよぉ……」 「まだ洗ってないところがあるよ」 「え…? どこ?」 「膣内もちゃんと洗わないとな」  指を二本膣口にあて、ほんの少し力を入れる。  びしょびしょに濡れていた千穂のそこは、 スルッと指を呑みこんでしまった。  温かくてヌルヌルの千穂の膣内を 優しく洗うように、俺は腕を前後に 動かしていく。 「んっ、あぁ……何これ何これっ、 おかしいよぉ……ボクの膣内、お兄ちゃんに 洗われちゃってる……あぁっ、んんっ……」 「ぅぅ、変な気分だよぉ…… こんなのおかしいよぉ……」 「よしよし、ちゃんと 綺麗にしてあげるからな」 「そ、そういうんじゃないのにぃ……あっ、 んあぁ、指、いやらしいよぉ……それ、 ぜったい洗ってないよぉ……」  膣内で指を折り、膣壁の愛液を 擦りおとすようにして、 ゆっくりと動かしていく。  力を入れるたびに、ぐにゅうぅっと 膣壁はどこまでも柔らかく変形し、 その感触に千穂は快感の声を漏らした。 「……あぁっ、んんっ、いやらしいっ、 いやらしいっ、こんなのっ、あぁっ、 絶っ対、あんっ、いやら、しいっよぉ……」 「それ、気持ちいいってことか?」 「……ち、違うよぉっ、あぁっ、指、 動かさないでっ。膣内そんなにいじられたら、 ボク、あぁっ、あんっ、ダメっ、ダメって」 「あ、ああぁぁんっ、しゃべれないっ、あぁっ、 そんなに指でぐりぐりされたら、 ボク、うまくしゃべれなくなるよぉっ」  千穂があんまり気持ち良さそうに そう言うので、さらに指で膣内を ぐりぐりといじくりまわしてやる。  すると、千穂の身体はびくびく痙攣し、 押さえられない嬌声が何度も漏れた。  どんどん溢れだす千穂の愛液で 俺の手はぐっしょりと濡れて、 おま○こはきゅうっと指を締めつけてくる。 「……あぁっ、んんっ、すごいよっ、 気持ちいいよっ、あんっ、ダメダメっ、 お兄ちゃん、ボク、我慢できないぃっ」  そろそろいいか、と 俺は千穂のおま○こから指を抜いた。 「はい、洗いおわったよ」 「はぁ……はぁ…… もう、お兄ちゃんってば、 えっちなんだから……」 「そうは言うけどさ、 千穂がこんな格好してたら 我慢できるわけないだろ」  勃起したち○ぽの先端を 千穂の膣口にわずかに挿れた。 「えぇぇっ、待って待って、お兄ちゃん、 ここ、お風呂だよぉ…? それにそれに、 ボク、いま挿れられたら――」 「ごめん。千穂、我慢できないって言ったろ」  ぐっと腰に力を入れて、千穂のおま○こを 一気に貫いた。  さっきの愛撫でとろとろになった膣壁が 勃起したち○ぽに絡みついてくるようで、 頭が蕩けそうになるぐらい気持ちいい。  しばらくは動かないまま、 千穂の膣内の感触をじっくりと 味わっていた。 「……あぁ……んん……はぁ……はぁ…… あっあぁ、変、だよぉ……何かくるよ…… あぁっ、おち○ちん、入っただけなのにぃ」 「あっ、あぁぁっ、んっ、どうして? あぁっ、ボク、感じちゃうっ、感じちゃうっ、 んあぁっ、どうしてこんなに気持ちいいの?」  ほんの少しもち○ぽを動かしてないのに、 千穂のおま○こは挿れられただけで 敏感に反応して、きゅうぅっと収縮する。  千穂の身体に徐々に力が入っていき、 喘ぎ声にはどんどんと余裕がなくなっていく。 膣内に、じゅうぅっと愛液が溢れだした。 「……あぁぁ……くる……くるよぉ…… あの時と同じだよっ、この前と、あっ、あ、 あぅぅぅ、そんなぁ、もうっあっあぁ……」 「千穂、イクのか?」 「だってだって、我慢できないっ、 我慢できないよぉっ、くるのっ、すごいのが、 あっあぁぁっ、どうしてぇぇっ、あぁっ」 「もうっ、あぁ、イクっ、ボク、イクの? あっ、信じられないよっ、挿れられただけで、 んんっ、あぁっ、あぁぁっ、あ――」 「あ・あ・あ・あ・あぁぁぁ、ボクっ、あぁ、 ボク、ボクッ、イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅ ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」  ぐぐぅっと全身が硬直したようになり、 絶頂を迎えると、その後、千穂は 糸が切れたようにがくんっと脱力した。 「……ぅぅ……イッちゃったよぉ…… ボク、恥ずかしいよぉ……」 「よしよし、すごくかわいいぞ。 興奮した」 「ぅぅ……それ、喜んでいいのか、 全然わからないよぉ……」 「あ……なに? んんんっ、お、おち○ちん、 おっきくなってるよぉ…?」 「興奮したって言ったろ」 「そうなんだぁ……」 「えと……じゃ、いいよ…… お兄ちゃんもイキたいでしょ? 動いていいよぉ」 「それじゃ、いくな」  千穂の痴態を見てすっかり興奮してた俺は、 思いきり膣内をち○ぽでかきまわした。  びくんっと背中を反らす千穂の姿が ひどく扇情的に見えて、  おま○こを抉るようにしながら、 じゅちゅっ、じゅちゅっと ち○ぽを出し入れしていく。 「んんっ、あぁっ、お兄ちゃんのおち○ちん、 すごいっ、すごいよぉ……ボクっ、あぁっ、 そんなにされたら、ダメだよぉっ」 「またすぐイッちゃうっ、あぁっ、んっ…… あぁぁっ、あはぁっ、お兄ちゃんっ、あぁ、 んっはぁ……お兄ちゃんっ、あぅっ!」  おま○こをぐんっと突くたびに 千穂の身体はびくっと揺れて、 かわいらしい声が高くあがる。  千穂の華奢な身体が、俺のち○ぽを 受けとめている姿がいやらしくて、 ひたすら突いて突いて突きまくった。 「あぁぁっ、お兄ちゃんっ、はぁっ、んっ、 好きっ、好きぃっ、あっ、あはぁっ、 んんっ、好きだよぉっ、お兄ちゃんっ」  お兄ちゃん、と俺を呼ぶたびに 千穂のおま○こがきゅっと締まり、 じゅわぁっと大量の愛液が溢れだす。  軽くイッてるかのように見えるほど 千穂の声は快楽に染まってて、 それを聞くと、ますます興奮が高まっていく。 「俺も好きだよっ、千穂っ」 「あぁっ、あんっ、嬉しいよぉっ、 お兄ちゃんっ、あぁっ、んあぁっ、 あっ、好きっ、あぁんっ、好きぃっ!」  快楽の虜になってしまったかのように、 千穂はおま○こに伝わるち○ぽの感触を 気持ち良さそうに受けとめ、大きく喘ぐ。  じゅぼじゅぼとち○ぽを突きいれるごとに 膣が絡みついてきて、  まるで精液を吸いだそうとするように 収縮と弛緩を繰りかえす。  蕩けきった千穂の表情も、 身体が震えるたびに揺れるおっぱいも、 すべてが俺の射精を求めているかのようだ。 「千穂、出すよ…!!」 「えっ? 出るの? 精液、出ちゃうのっ? どうしよぉ? ボク、どうすればいいのぉ? ちょっと待って、えと、あ……」  ここに来て、俺がイクことに戸惑いを見せる 千穂の言葉さえ、今は射精を促す材料にしか ならなくて、  千穂の小さな身体に ありったけの精液を注ぎこもうと、 膣内をぐちゅぐちゅと抉った。 「あ・あ・あ・あ、きた、出てるっ、 出てるよぉっ、あぁぁっ、何これ? ん、んんーっ、気持ち、いい……」 「あっあぁぁっ、気持ちいいよぉっ、ボク、 また、あぁっ、イッちゃうっ、精液、 気持ち良すぎて、もうダメぇぇっ」 「んんんんーっ、あっあぁぁっ、 イクっ、イクよぉぉっ、イッちゃうのぉぉ ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」  千穂が絶頂を迎えると同時に ち○ぽを引きぬき、彼女の身体に 残っていた精液をぶっかけた。 「……はぁ……はぁ…… すごいよ……ボク、2回も イッちゃったよぉ……」 「……千穂がイクところ、 すごくかわいかったよ」 「えぇっ、う、うん……ありがとぉ…… 嬉しいけど、嬉しいけどね…… ボク、すっごく恥ずかしかったよぉ……」 「ごめんな、身体汚しちゃって。 もう一回洗ってあげるよ」 「あ、洗っちゃダメ、洗っちゃダメっ。 これ以上されたら、ボク、もう、 頭おかしくなっちゃうぅっ」 「……いやいや、今度は普通に洗うだけだよ」 「えっ? そ、そっか。なんだ。 あれ? じゃ、やっぱりさっきのは イジワルだったのっ?」 「意地悪っていうかさ、 千穂を気持ち良くしてあげたくて、つい」 「お兄ちゃんのイジメっ子ぉ…… 変態だよ、いやらしいよぉ、 えっちだよぉ……」  そんなふうに抗議してくる千穂が、 かわいくてかわいくて仕方なかった。  朝。わずかに意識が戻ってきたけど、 心地良い眠気に負け、そのまま まどろんでいた。 「ああぁぁっ!!」  耳元で響いた大声にビックリして 一気に覚醒すると、 千穂がベッドから跳びおきていた。 「……どうしたんだ?」 「あのねあのねっ、ボク思い出したよぉっ!」 「えぇと……何を?」 「昨日の続きだよぉっ。あの後、家に帰って 寝たでしょ。それで、次の日にもう一度、 ナトゥラーレに行ったんだよ。今度は二人で」 「二人? 誰と行ったんだ?」 「分からないけど、 学校で待ち合わせして行ったと思うよ」 「もしかして、お兄ちゃんかもっ」 「そうだったら、その記憶は そうとう昔のものってことになるぞ」 「あ、そっか。でもでも、 そうかもしれないしっ。 思い出すまでは分からないよ」  そうだろうか?  まぁ、思い出してみるまで 分からないのは確かだけど。 「じゃ、今日の放課後、 もう一回ナトゥラーレに行ってみるか?」 「うんっ、そうするっ。 ふふふー、朝から楽しみができたよぉ」 「それはいいんだけどさ、千穂」 「なぁに、お兄ちゃん?」 「裸のままだけど、いいのか?」 「えぇぇっ、ホントだぁっ。 ボク、ボクッ、裸のまま話してたよぉっ。 恥ずかしいよぉーっ」  というわけで、放課後――  またしてもナトゥラーレへやってきた。 「お兄ちゃん、行くよぉ」 「おう」  千穂は覚悟を決めたようにうなずき、 ドアを開いた。 「いらっしゃいませ。何名様ですか?」 「ふ、二人です」  マスターが一瞬、 こっちを見たので会釈した。 「こちらの席へどうぞ」  と、テーブルへ案内してくれる。 「お兄ちゃん、お兄ちゃん」 「どうした?」 「席かえてもらえるかな? 前に座ったのはこの席じゃないよぉ」 「どの席か覚えてるのか?」 「うん。たぶん、あそこのすみっこの席だよぉ」 「分かった。大丈夫だと思うよ」 「すいません、マスター。 9番テーブルに席を変えてもいいですか?」 「ん? あぁ、別にいいぞ。 好きにところに座りな」 「ありがとうございます」 「いいってさ」 「良かったぁ」  すみっこの席に移動すると、 マスターがメニューとお冷やを置いてくれた。 「うんっ、やっぱりここだよぉ。 ボク、店員さんに言って、 ここに座らせてもらったと思う」 「なんでこの席が良かったんだ?」 「……それは……うーん、覚えてないや」 「初めて入った店だから、すみっこが 良かったのかもっ」 「あぁ、そういうことってあるよな。 特に高級そうなお店の場合は 気後れするっていうかさ」 「でも、ナトゥラーレは学生のお客さん多いし、 そんな雰囲気はないと思ったんだけどなぁ」 「ボクって、 あんまり外食とかしなかったのかなぁ?」 「そっか。 それなら、そういう気分になるかもな」 「そういえば、お兄ちゃん、 このお店、店員さん少ないの?」 「えっ? あぁ」  そういえば、今日は 友希もまやさんもいないな。  というか、フロアにバイトが誰もいない。 「いつもはフロアにも何人かバイトが いるんだけど、遅刻してるのかもな」  ってことは、今の時間はマスター1人か。  この席からは厨房の様子が若干見えるので のぞいてみると、ちょうどこっちを向いた マスターと視線が合った。 「ご注文はお決まりでしょうか?」  千穂がいるからか、マスターは接客口調だ。 「……ボクは、えっと、あ、これだ。 この、ミルクをください」  メニューを指さして千穂は言った。  ちらりと見えたデザートの写真に 食欲を刺激される。 「じゃ、俺はやっぱり――」 「……クレープ?」 「え…?」 「違った? お兄ちゃんの大好物……だよね?」 「……あぁ、うん。 トリプルクリームクレープで」 「ミルクがおひとつと、 トリプルクリームクレープがおひとつですね。 かしこまりました。少々お待ちください」  マスターが去った後、 千穂はぐいと身を乗りだす。 「やっぱりっ! お兄ちゃん、 クレープが大好物だったんだねっ!」  千穂には 「クレープが好きだ」 って 言った覚えはない。  ということは―― 「……思い出したのか?」 「うんっ、思い出したよぉっ。 このお店に誰かと二人で来て、 その人はクレープを頼んだんだよ」 「大好物だからって!」 「もしかして、お兄ちゃんじゃないかと 思ったんだけど、やっぱりそうだったねっ!」 「……いや、でもさ。 クレープが大好物な人ってけっこう多いし、 俺とは限らないんじゃないか?」 「ぜったいお兄ちゃんだよぉ。 お兄ちゃんじゃなかったら誰なのっ?」 「いや、それを俺に訊かれても……」 「でも、それだとさ。 ちょっと千穂の記憶の辻褄が 合わなくないか?」 「どうして?」 「だって、ほら、 交番でクマのキーホルダーを受けとった後、 ここに来たんだよね?」 「それって最近の話だろ。 でも、俺と千穂が一緒に行ったんなら、 俺が5歳ぐらいの時の話だよ」 「あ、そっか、分かったよぉ。 5歳ぐらいの時の話なんだよっ!」 「……ここに来たのがか?」 「ここに来たのがっていうか、 ボクの大事な記憶の話っ。 ボクたち、勘違いしてたんだよっ」 「記憶を思い出しながら、ちょうど交番に 行ったら、ボクがクマのキーホルダーを とりにきたって話になったでしょ?」 「だから、てっきり最近の記憶を 思い出したのかなって思ったんだけど、 違ったんだよっ」 「だってボク、交番の後に畑に行って、 そこでお兄ちゃんに会ったような気が するんだもんっ」 「それってそれって、昔の話だよね? ボク、なんかおかしいなって思ってたけど、 交番に行ったのも昔だったんだよっ」 「だから、このお店に来たのも、 “お兄ちゃんと”で合ってるんだよぉ」 「ほらボク、最初は一人で来て、 入れなくて帰っちゃったでしょ?」 「そう言ってたよな。 それがどうかしたのか?」 「まだ子供だったから、入ってみたいけど、 入れなかったんじゃない?」 「あぁ、そういうことか。 一人じゃ入れないから、 次の日、俺と一緒に来たってことだな」 「そうそう、そうなんだよっ。 それなら、すみっこの席に 座りたくなったのも分かるしねっ」 「あ……でも、このお店、 そんなに昔から、あるのかな?」 「ナトゥラーレは俺が 生まれた頃にはもうあったらしいから、 ありえない話じゃないよ」 「でも、そんな昔に 来たことあるとは思わなかったけど」  しかも5〜6歳でだもんな。  まぁ、お金さえ持ってれば、 注文ぐらいできるか…? 「もしかして、それをどこかで覚えてたから、 お兄ちゃんはここでバイトをしようと 思ったとかっ?」 「……うーん、なくはないかなぁ…?」 「バイトを探してる時にさ、このお店で 料理を食べて、直感的にここにしようって 決めたんだよね」 「料理がおいしかったからってのもあるけど、 他においしい店がなかったわけじゃないし」 「もしかしたら、千穂との思い出の 場所だったからなのかも…?」 「そうだよそうだよっ、絶対そうだよっ。 だってだって、ボクたちが初めてデートした 場所ってことになるよねっ?」 「そこで働こうとするなんて、 お兄ちゃんってすっごく健気だよぉっ。 ボクを待っててくれたんでしょ?」  と言われても、 確実に 「そうだ」 って言えるものじゃない。  心のどこかで覚えてたんじゃないかって 曖昧な話だもんな。  だけど、それならそれで、 信じたほうが楽しいだろう。 「やっと約束を果たせたな、千穂」 「え、えぇぇっ!? なんの約束っ、なんの約束っ? ボク、ぜんぜん覚えてないよぉっ」 「いつかもう一度ここに来ようって約束したろ」 「言葉では何も言ってないかもしれないけど、 心ではお互い、そう通じあってたはずだ」 「ん〜〜〜〜っ! 通じあってた、 通じあっちゃってたよぉっ」 「待ってたよ、千穂」 「ボクも待ってたよ、お兄ちゃん」  今の俺たちに、理屈なんて大した意味を 持たなかった。  初めてデートした場所という事実が、 俺たちの愛を激しく燃えあがらせ、 そして――  脳をでろんでろんに溶かしていたんだから。 「お待たせしました。ミルクと、 トリプルクリームクレープです」  マスターが千穂の前にミルクを、 俺の前にクレープを置いた。 「ごゆっくりお過ごしください」  軽く頭を下げると、 忙しそうに厨房へ去っていった。 「千穂もクレープ食べるか?」 「うんっ、食べていいのっ? お兄ちゃんの大好物なんでしょっ?」 「あぁ、気にするなって。 二人で食べたほうが楽しいだろ」  クレープをナイフとフォークで切り分け、 千穂の口元へ運ぶ。 「はい、あーん」 「えぇぇっ、ボク先に食べていいの? それにそれにっ、あ、『あーん』って…… どうしよぉ、恥ずかしいよぉ……」  そう言いながらも、千穂は怖ず怖ずと クレープに舌を伸ばし、ぱくっと食べた。 「もぐもぐ……んーっ、おいしいよぉ」 「そうだろ。生地もいいけど、 このトリプルクリームのバランスが 最高なんだよな」  クレープを大きめに切って、一口で食べる。  千穂は両手でコップを持って、 こくこくとミルクを飲んでいた。 「あ……」  千穂ははっとしたような表情を浮かべた。  だんだん分かってきたぞ。 「もしかして、また何か思い出したか?」 「う、うん。そうなんだけど……」  あれ? 言いづらそうだな、 と思いつつも、クレープを頬ばる。 「あのね……ボク、お兄ちゃんと…… ぼ、母乳の話をしたような気が するんだけど…?」 「……ぐふっ、かはっ、かはぁっ…!!」  やばい。気管に入った。 「だ、大丈夫? お兄ちゃんっ?」 「あ、あぁ……」 「もしかして……お兄ちゃん、 心当たりがあるの?」 「……………」  あると言えば、ある。  だがしかし、これを カミングアウトするのは―― 「……お兄ちゃん、母乳が一番って 言ってたよね…?」 「う……」  そこまで思い出されてしまったなら、 もう言い逃れはできないだろう。  そう、日頃から友希が 俺を巨乳好きだと言ってくるけど、 なぜ泰然と構えてそれを否定できるのか、  その理由が―― 「そうなんだ。千穂が思い出した通り、 俺は母乳フェチなんだ」 「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇっ!? お兄ちゃんって、お兄ちゃんって、 そうなのぉぉーっ!?」  あ……れ…? 「思い出したんじゃ…?」 「そこまでは思い出してなかったよぉーっ!」  しまった。 潔く白状したほうが傷口が広がらないか と思ったけど、早まったか。 「はっはっは、ジョークジョーク。 よくよく考えれば5歳ぐらいだもんな。 まだ性癖も何もあるわけないよなー」 「……ホントのことを言うと?」  国家の危機が迫っているかのような 真剣な口調で俺は言った。 「その時すでに、 目覚めかけてたのかもしれない」 「……お兄ちゃんって、変態だよぉ…… 母乳とか、ボクどーすればいいのぉ…?」 「まぁまぁ、出るかもしれないし」 「で、出るわけないよぉーっ。 お兄ちゃん、なに言ってるのっ?」 「いやいや、分からないぞ。 今度、試しにやってみようぜ」  こうなったら開きなおるしかないと、 俺は胸をはって言った。 「そんなこと言われても、 ボク、困っちゃうよぉーっ!」  案の定な反応だった  こうなることは分かっていたから、 今まで誰にも言わなかったのに。  まさか自重という言葉を知らない 5歳の時点で覚醒済みだったとは、 思いもしなかった。 「でも、あれだな、千穂。 三つ子の魂百までってよく言ったもんだな」 「そんなにほのぼのした話じゃないよぉ」  うん、この話はどうフォローしようと やぶ蛇だ。なかったことにして、 話題を変えよう。 「でも、これで俺と千穂が ここでデートしたっていうのは より確実になったわけだな」 「あ……うん、そうだね。 やっぱり、初めてのデートだよねっ?」 「じゃあさ、マックに行ったのは、 2回目のデートってことか?」 「マック? 何のこと?」 「ほら、俺がリンゴ嫌いだって、 千穂が思い出しただろ」 「あれも小さい頃に、 二人でマックに行ったってことに ならないか?」 「……あれ? お兄ちゃんって、 リンゴ嫌いなんだっけ? それ、ボクが言ってた?」 「えっ? 言ったと思うけど。 正確にはアップルパイの 食べ方の話をしててさ」 「うーん、したような記憶はあるんだけど、 あれ、マックに行ったんだっけ?」 「おいおい、大丈夫か? マックでアップルパイを食べて、 俺がパイ部分だけかじっただろ?」 「あ、そっか。そういえば、そうだね。 いろいろ思い出したから、ちょっと 混乱しちゃったよぉ」 「まぁ、千穂は忘れっぽいから 仕方ないけどさ」 「えぇぇ……その言い方イジワルだよぉ」 「ごめんごめん。でも、俺が代わりに 覚えてるから、大丈夫だよ」 「それはそうだねっ。 お兄ちゃんがいたから、記憶喪失に なっても大丈夫だったしっ」 「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、 俺がいなくても問題は なかったんだろうけどさ」 「そんなことないよぉっ。 ボク、お兄ちゃんがいなかったら、 寂しくて寂しくて心細かったよぉ」 「そうか?」  千穂はそんな性格には思えないけどな。  出会った当初も めちゃくちゃ元気だったし。 「こう見えても、 ボクは寂しがり屋なんだよぉ」 「甘えん坊なのは分かるけどな」 「じゃ、それでもいいよぉっ。 その代わり、ボクを甘えん坊にしたんだから、 お兄ちゃんは責任とってねっ」 「いいぞ。任しとけ。 俺がいないと生きていけなくなるぐらい 甘やかしてやるからな」 「ん〜〜、そんなこと、そんなことっ、 ボク、絶対されたいよ。お兄ちゃんが いないと生きていけなくなりたいよぉっ」  そんなこんなで――  俺たちはしばし記憶捜しを忘れ、 甘い会話を続けるのだった。 「ふふふーっ、たくさんおしゃべり しちゃったねっ。でもでも、お兄ちゃんの ことも思い出したし、幸先いいよぉ」 「この勢いでボク、 もっともっと思い出すからねっ」 「楽しみだな」  できれば、これ以上、母乳的なことは 思い出さないでほしいところだけど。  まぁ、俺も若かったとはいえ、  あんなことをそうそう言ってはいないだろう。 「それで、ナトゥラーレを出た後、 どこに行ったかは覚えてるのか?」 「うんっ、たぶん、こっちだよぉ」  千穂は迷いなく歩きだした。  新渡町を通りすぎ、  学校に戻ってきた。 「あれ? 違う気がしてきたよ。 ごめんね。やっぱり、こっちだよぉ」  ふたたび千穂が歩きだす。 「……………」  通学路を通り過ぎ、  公園にやってきた。 「あぁ、もしかして、ホタルを見たとか?」 「……ごめんっ。やっぱり、違うよぉ。 こっちだよぉ」  千穂は来た道を引きかえしていく。  足を止めたのは、通学路の交差点だ。  千穂と初めて会った場所――  いや、記憶をなくした千穂と 再会した場所だ。 「……ここだよ…… ぜったい、ここだと思う」 「ナトゥラーレからの帰り道に、 ここでね、ボクにとって すごくすごく大事なことが起きたんだよ」  初めて会った時と同じように、 千穂はじーっと道路を見つめている。  緊迫した空気が伝わってきて、 俺まで緊張しそうなほどだった。  千穂は何も言わず、 必死に自分の記憶を思い出そうとしている。 「うーん……」  けれども、思い出せる気配はないまま、 ただ時間だけが過ぎていった――  気がつけば、日はすっかり暮れてて、 辺りは真っ暗だ。 「……うーん、ダメだよぉ…… ぜんぜん思い出せそうにないよ」 「そっか」 「でも、ここで何かが起きたってところまでは 思い出したんだしさ。 かなり前進したんじゃないか?」 「うんっ、そうだねっ。 さすがボクのお兄ちゃん、 いいこと言うよぉっ」 「ていうか、付き合ってから、 千穂に似て、ポジティブになったのかもね」 「ふふふー、お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ」  ぴょんぴょん跳ねながら、 千穂がじゃれついてくる。 「どうしたんだ?」 「ボクもお兄ちゃんに似てきたかなっ?」  そう言いながら、 千穂はまたぴょんっと跳ねる。  その時、彼女のカバンから何かが外れた。 「あっ――」  光る物が道路に転がっていく。  クマのキーホルダーだった。 「おいおい、これで落とすの何回目だ? ちゃんと外れないようにしといたほうが いいんじゃないか?」  道路に出て、キーホルダーを拾う。 「う、うん……でも、ぜったい外れないように したと思ったんだけど…?」 「本当に?」  キーホルダーを確認してみるも、 以前と違い、金具部分は壊れてない。 「あっ――お兄ちゃんっ、車っ!」  え、と思った瞬間、 ライトの光が俺を照らした。  息を呑む。車は猛スピードでこっちに 突っこんでくる。  時間がまるでスローモーションのように ゆっくりと流れていた。  歩道にいる千穂が こっちへ手を伸ばしている。  そこへ向かって、 俺は全力で地面を蹴り、跳んだ。  車のブレーキ音が響き、 血の気が一気に引いた。  鈍い音が響くより先に、 強い衝撃を覚えた。  そして――  目を開くと、千穂の顔があった。 「お兄ちゃん? 大丈夫…?」 「あぁ……」  無我夢中でダイブしたから、 受け身をとれずにそのまま地面に 体を打ちつけたんだろう。  それでも車に轢かれるより はるかにマシだ。  ほっと胸を撫で下ろして、体を起こす。 「ほら、千穂。もう落とすなよ」  クマのキーホルダーを千穂に差しだす。  彼女はそれをゆっくりと受けとり、 涙をこぼした。 「……うっ……えっ、ぐすっ…… し、死んじゃうかと思ったよぉ……」 「……ごめんな、心配させて。 大丈夫だから、そんなに泣くなって」 「……だって……うっ、ぐす、だって…… お兄ちゃんまで、お母さんと同じように 死んじゃうかと思ったんだよぉ…!!」  一瞬、どう声をかければいいのか、 分からなかった。  千穂の言葉が意味することは、 たぶん、ひとつしかない…… 「……思い出したのか…?」 「……うん……思い出した…… ボク、大事なことを、やっと、やっと、 思い出したよ……」  そう言って、千穂は ゴシゴシと腕で涙を拭う。 「前に同じようなことがあったんだよ。 お母さんと一緒に、家に帰るところでね」 「この交差点でボクがキーホルダーを 落としちゃって、お母さんが 拾ってくれたんだよ」 「そしたら……そしたらね…… お母さんが、ボクの目の前で車に轢かれて ……それで、それでね……」  凍えるように震える千穂の小さな肩を ぎゅっと抱きしめる。 「辛かったな。よく思い出した。偉いぞ」 「……ボクが、落とさなかったら、 キーホルダーを落とさなかったら、 お母さんは……」 「千穂のせいじゃないよ」 「だけど、だけどね……」 「千穂は悪くないよ。ただの事故だ」 「……ボク、どうすればいいの? お母さんに、何をしてあげればいいの?」 「もう……何も、できない。 何も、してあげられないよぉ……」 「いいんだよ。ただ悲しむだけで お母さんがいなくて、悲しいってさ」 「ただの事故なんだから、 それでいいんだよ」 「ん……う……ぐすっ、うえぇ…… うぇぇぇ、お兄ちゃんっ……お兄ちゃん…… えっ、えっぐ、うえぇぇぇぇんっ」  千穂は俺の胸で子供のように泣きじゃくる。 「よしよし。辛かったな。 泣きたいだけ泣きな」  その涙が止まるまで、 俺はずっと彼女の頭を撫でつづけた――  判然としない意識の片隅に、 聞き覚えのある声が響いた。 「……ん……お兄ちゃん…… 大好きだよぉ……ん……ちゅっ……」  唇に柔らかい感触を覚え、目を開けると―― 「えぇぇっ、お、起きちゃったぁっ。 ど、どうしよぉっ、ボクがキスしたの、 バレた? バレてない? バレたよねっ?」 「……そりゃ、バレたけどさ」 「忘れてほしいっ、忘れてほしいっ。 恥ずかしいよぉっ。 穴があったら入りたいよぉっ」 「そんなこと言われても、 千穂のキスを忘れるなんて、 記憶喪失になっても無理だよ」 「えぇっ……ぁぁ、ぅぅ……もう、 お兄ちゃんって、お兄ちゃんって、どーして ボクをそんなに喜ばせようとするのぉーっ?」 「そんなこと言われたらボク、嬉しすぎて、 スキップしながら町内一周しちゃうよぉっ!」  千穂のオーバーリアクションを ほほえましく感じながら、ベッドから降りる。 「だいぶ調子が戻ったみたいだな」 「あ、うん……えへへ、 お兄ちゃんのおかげだよぉ」  すぐさま千穂がぎゅーっと 俺に抱きついてきた。 「ありがとぉ、お兄ちゃん。 ボク、お兄ちゃんのおかげで、 大事なことを思い出せたよ」  少しだけ空元気には見えたけれど、 それでも千穂は精一杯の笑顔を浮かべた。 「千穂の役に立てたなら嬉しいよ」 「役に立ったどころじゃないよぉっ。 お兄ちゃんがいなかったら、きっとボク、 記憶を思い出せなかったし」 「もし、思い出せたとしてもね。 悲しくて、どうしていいか分からなかったよ」 「そっか」 「あのねあのね、だから、今度はボクの番だよ」 「何の話だ?」 「お兄ちゃんが忘れている記憶、 ボクが思い出させてあげるねっ」  確かに千穂と会った時の記憶は、 いまだに思い出せてない。 「って言っても、俺の場合は記憶喪失というか、 昔すぎて忘れてるだけなんだけどな」 「大丈夫だよ。ぜったい思い出せるよぉっ。 だってだって――」 「俺と千穂は運命の赤い糸で 結ばれているからか?」 「うんっ。そうだよぉっ。 どうして分かったの、お兄ちゃん? すごいすごいっ。嬉しいよぉ」  千穂は笑顔を浮かべて、 俺の体に頬をすりよせてくる。 「ボク、今日はお兄ちゃんと一緒に 学校に行くよぉ」 「授業受けるのか?」 「土曜日だから半日しかないし、 たまにはいいよね。まだ授業の記憶は ぜんぜん思い出せてないから」 「出席したら、案外簡単に思い出すかもな」 「うんっ。ボクもそう思うよ。 でも、一番の目的はお兄ちゃんと 一緒に学校に行くことなんだよぉ」 「それじゃ、今日は早めに出ないとな」 「どうして?」 「知り合いに会ったら、 ちょっと恥ずかしいだろ」 「あ、そっか。そうだね。 じゃ、早めに出ようよぉっ。 ボクはいつでも大丈夫だよ」  時計を見る。ずいぶん早く起きたから、 朝食を食べても時間はかなり余裕そうだ。 「とりあえず、朝ごはんでも作るよ。 パンでいいか?」 「うんっ、いいよぉっ。 あ、でも、コーヒーは飲めないから、 他の飲み物がいいなぁ」 「了解。じゃ、牛乳にするよ」  朝食を食べおえた後、 俺たちは仲良く登校したのだった。  授業中。  ポケットの中でケータイが振動したので、 先生の隙を見て確認してみる。  千穂からのメールだった。 『思い出したよぉ』 『いま数学の授業だったんだけど、 先生に指されたんだよぉ』 『でもボク、問題が全然わからないから、 分かりませんって言ったんだけどね』 『そしたら前にも同じことがあったのを 思い出したんだよぉ』 『ボクね、記憶をなくす前から、 全っ然、勉強ができなかったんだよ。 ショックだよぉっ』 『もう少しで放課後だねっ。 ボク、授業おわったら、屋上で 待ち合わせしたいな』 『すっごくすっごく、 お兄ちゃんとイチャイチャしたいよ』 「ねぇねぇ颯太、どうかしたの?」  先生に聞こえないように、 友希が小声で話しかけてきた。 「え……いや、どうもしないけど、 なんでだ?」 「だって、顔がニヤけてるわよ?」  思わず自分の口元に手をやる。  顔に出ていたとは不覚だ…… 「どうかしたの?」 「別に、何でもないぞ」 「嘘だぁ。やーらしいのー」 「……授業中だぞ」 「えー、けち」  これ以上、顔に出すわけにはいかないと、 授業に集中することにした。  最後の授業が終わるなり、 俺は教科書やノートをカバンに放りこみ、 すぐさま教室を出た。  向かった先は、もちろん屋上だ。 「あ、お兄ちゃんだぁっ。 ふふふー、お兄ちゃん、会いたかったよぉ」  千穂が俺に飛びつこうとして、 しかし、ぐっと踏みとどまった。 「ん? どうしたんだ? 来ないのか?」 「えと、あのね……いつもボクがお兄ちゃんに 甘えさせてもらってるから、今日はボクが お兄ちゃんを甘やかそうと思うんだっ」 「だからねっ、ほら、おいでおいでっ。 膝枕してあげるよ」  ベンチに座って、千穂がみずからの膝を ポンポンと叩く。 「えぇと、じゃあ」  千穂の隣に座る。  しかし、いきなり膝枕と言われても ちょっと気恥ずかしかったので、 そのままベンチにもたれかかった。 「ふふふー、お兄ちゃん何してるの? おいでってばぁっ。お兄ちゃんの頭は こっちだよっ」  千穂に頭をつかまれて、 なすがままに体を倒される。  視界が逆さになって、 頭に千穂の太ももの感触を覚えた。  すごく柔らかくて気持ちがいい。 「よしよし、お兄ちゃん。 ボクにたくさん甘えていいんだよぉ」  千穂が俺の顔をのぞきこむようにすると、 彼女の大きなおっぱいが俺の顔に 押しつけられた。  千穂の身体で頭をサンドイッチに されたみたいで、今にも理性が飛びそうだ。 「千穂、あのさ」 「あ……んっ……」  口を開くと、唇が ちょうど千穂のおっぱいに擦れ、 彼女は気持ち良さそうに声をあげた。 「何でもないっ、何でもないよっ」  慌てて否定する千穂の様子に興奮して、 ついつい魔が差した。 「……甘えていいんだよな?」 「うんっ、いいよぉ……て、えっ? お兄ちゃん? ちょ、ちょっと待って? 何してるの? ウソぉっ、ウソだよぉ……」 「……こ、こんなところでおっぱい出して…… あっ、舐めちゃダメ、舐めちゃダメっ」 「甘やかしてくれるんだろ?」 「そうだけど、そうなんだけどねっ。 屋上だし恥ずかしいし、ボク、 どーしていいか分からないよぉ」 「千穂に思いきり甘えたいんだ。だめか?」 「……ぁぁ……もう……変態だよ変態だよぉ。 お兄ちゃんは、ホントに どうしようもない子だよぉ……」  その言葉をOKの意味だと受けとって、 俺は千穂の乳首をぺろぺろと舐めはじめた。  舌を這わせるたびに千穂の身体が ビクッ、ビクッとわずかに震え、 おっぱいがたぷんと揺れる。  そんないやらしい姿をもっと見たくて、 俺は夢中になって舌を動かした。 「はぁ……ん……そんなにたくさん舐めて、 おっぱいって、おいしいの?」 「千穂のおっぱいだから、すごくおいしいよ」 「えぇっ……もう、お兄ちゃんって、 ボクをそんなに嬉しくさせて、もっと えっちなことしようとしてるでしょ?」 「……嫌か??」 「……しょうがないなぁ。 ボクのお兄ちゃんは甘えん坊さんなんだから。 何をすればいいの?」 「俺のもさ……手でしてほしいんだ」 「えぇっ……それって、お、おち○ちんを 手で気持ち良くするってこと?」 「あぁ」 「……もう……甘えん坊の 変態お兄ちゃんだよぉ……」  千穂は俺のズボンに手を伸ばし、 チャックをそっと下ろした。 「ぁぁ……お兄ちゃんのおち○ちん、 もうこんなに堅くなっちゃってるよぉ…… ボクのおっぱい舐めて感じてたの?」  俺は小さくうなずく。 「しょうがないお兄ちゃん…… もっとボクのおっぱい舐めていいよ」 「お兄ちゃんのおち○ちんは、 ボクが気持ち良くしてあげるよぉ」  ぺろぺろと千穂の乳首に舌を這わせ、 円を描くように舐めまわしていく。  千穂は舌の感触に体をびくびくと 震わせながらも、勃起した俺のち○ぽを握り、 しゅっしゅっとしごいてくれる。  柔らかい千穂の手が ち○ぽにまとわりついてくるようで、 すごく気持ちいい。 「あぁっ、ん……乳首、そんなに ぺろぺろして……おち○ちん、こんなに 大きくして、ダメなお兄ちゃんだよぉ……」 「……しょうがないから、ボクが 面倒見てあげるね……どうしてほしいの?」 「千穂のおっぱいが飲みたい」 「えぇっ、あぁっ、んっ……吸われてる…… おっぱい吸われてるよぉ……あぁっ、んっ… あぁっ……はぁ……あ……ぅぅ……」 「んっ……あぁ……ご、ごめんね…… そんなに吸っても……ボク、おっぱい、 出ないよぉ……」 「いいよ。千穂のおっぱい、すごくおいしい」  乳首をぱっくりと咥え、 ちゅうちゅうと音を立てて吸いあげる。  その感触に力が抜けたかのように、 千穂はがくんと身体を震わせる。  吸われるのがよほど気持ちいいのか、 乳首が堅く勃っているのが 唇を通して伝わってくる。 「あぁっ……ん……あぁ、すごいよぉ…… ボクの赤ちゃんみたいだよぉ……」 「あぁ……おち○ちんから、 えっちお汁が出てきちゃってるよぉ」 「もう……えっちな赤ちゃんだよぉ。 しょうがないなぁ。おち○ちん、 こうすると気持ちいいの?」  きゅっ、きゅっ、と握りなおすように しながら手を上下に動かし、 千穂はち○ぽをしごいてくれる。  おっぱいをしゃぶるたびに彼女の口から こぼれる吐息と喘ぎ声もいやらしくて、 快感がみるみる膨れあがっていく。  俺はじゅるるっといやらしい音を立てて、 強く乳首を吸った。 「あぁぁっ、んんっ……よしよし、 ボクのおっぱい、好きなだけ吸って いいんだよぉ……」 「あ……あぁぁ……んっ、はぁ……、 もう、ホントに甘えん坊さんだよぉ…… あっ、あぁぁっ、ん……」 「あれっ、んんっ、何これっ、あぁ…… すごく変、変だよ、ボクのおっぱい、 あぁぁっ、気持ち良すぎて、おかしいよぉ」  おっぱいを吸われる快感に耐えかねて、 千穂の手が止まる。  気持ち良さそうな千穂の表情と、 ぷるぷると波打つように揺れるおっぱいが、 ひどく扇情的で、  俺はもっともっと千穂を感じさせたいと、 乳首に舌を這わせながら、ちゅるちゅると おっぱいを強く吸った。 「んっ……あぁ……何これ何これ…… ボク、分からない、分からないよぉ…… おっぱい吸われて、気持ち良くて、もう……」 「あぁぁ、おかしいよ、ボク、何かくる…… きちゃうよぉ……何か、出そうで…… あっあっあ、出る、出ちゃう、出ちゃうよぉ」 「んんんんーーーーーーーっ…!!」 「えぇぇっ、ウソ、ウソだよぉ……どうして? おっぱい出てる、おっぱい出ちゃってるよぉ。 ボクのおっぱい、なんで出てるのぉっ…?」 「千穂……おっぱい、すごくおいしいよ」 「ウソっ、飲んじゃダメ、飲んじゃダメっ。 あぁぁっ、ん、吸わないでぇっ、あぁ…… 何これ、乳首、敏感だよっ…!!」  ちゅうちゅうと吸えば吸うほど、 千穂の乳首からはとろとろと濃厚な液体が こぼれ落ちてくる。  それは今まで味わったことがないほど甘く、 芳醇で、頭がくらくらするぐらいに いやらしい味がする。  もっともっと千穂の母乳を味わいたくて、 俺は夢中でおっぱいにしゃぶりついた。 「んっ……あぁ、何これ、おっぱい出ると、 気持ちいいよぉ……ウソだよ信じられないよ、 あぁ、気持ちいいっ、たくさん出ちゃうよぉ」 「千穂……最高だよ……大好きだ」 「もう……もう…… しょうがないお兄ちゃんだなぁ…… ボクのおっぱい、そんなにおいしいのぉ?」 「すごくおいしい。頭が蕩けそうだ」 「おち○ちんもさっきより大きくなって、 ボクの手の中でびくびくしちゃってるよぉ。 ホントにダメなお兄ちゃん、変態だよ」 「ほら、しょうがないお兄ちゃんの おち○ちんを撫で撫でしてあげるね。 どう? 気持ちいい?」  千穂はち○ぽをぎゅっとつかみ、 撫でるように擦りあげる。  母乳を出すたびに気持ち良さそうにする 千穂がどうしようもなくいやらしくて、  俺は乳首を吸いながら、 千穂が与えてくれる快感に身を委ねた。 「ぁぁ……おっぱい飲んで、 おち○ちんびくびくさせて、 どうしようもないお兄ちゃんだよぉ……」 「もうイキそうでしょ? いいよぉ。 ほら、だしだししよう。ボクがお手々で、 お兄ちゃんのミルクだしだししてあげる」 「あぁ、もう……おっぱいそんなに吸って、 おっぱい飲みながら、イキたいの?」  こくり、とうなずくと、 千穂の手がぎゅっとち○ぽを締めつけてくる。  母乳を出す快感に身を震わせながら、 千穂は俺の精液を絞りとろうとするように 手の平でち○ぽを擦りあげる。  口の中に溢れるいやらしい液体が、 まるで媚薬のように快感を増幅させる。  もう限界だった。 「んん……ほら、お兄ちゃん…… ボクのおっぱいと一緒におち○ちん、 だしだししようね……」 「上手にだしだしできるかなぁ? あ、びくびくしてきたね。うん、 その調子だよ、そのまま気持ち良くなって」 「あぁ、いいよぉ、もうだしだししちゃう? ほら、ボクの手をもっと感じて、 我慢しないでね。そのまま気持ち良くなって」 「びゅっびゅっておち○ちんから、 たくさん出すんだよ」 「はい、だしだししちゃうよぉ」 「……ぁぁっ、んん……こんなにたくさん…… ふふふ、上手にできたね、お兄ちゃん……」  精液を身体にかけられながらも、 俺が射精したことに千穂は満足そうに笑う。  その姿がとんでもなくいやらしく感じて、 出したばかりだっていうのに 俺はすぐに臨戦態勢になった。 「千穂」 「えっ、お兄ちゃんっ、きゃぁっ」 「千穂、挿れていいか?」 「『挿れていいか』って、 『挿れていいか』って…… そんなの、いいに決まってるよぉ……」 「だってボク、ボクね、 お兄ちゃんのおち○ちん、欲しくて、 もう我慢できないよぉ……」 「よしよし、じゃ、 すぐに挿れてあげるからな」  千穂の入口にち○ぽを当て、 軽く腰に力を入れる。  びしょびしょのおま○こはスルッと それを呑みこみ、まるで食いつくように きゅっと膣壁が締まる。  ヌルヌルした千穂の膣内が ち○ぽを愛撫するように蠢いてて、 挿れているだけで気持ちいい。 「あ……はぁ……どうしよぉ…… まだ挿れただけなのに、ボク、もう、 気持ちいい……すごい、すごいよぉ……」 「こんなの、ダメ、ウソみたいだよ、 お兄ちゃんのおち○ちん、すごく感じる、 ボク、これ、どーすればいいのぉ…?」 「もっと感じてくれればいいんだよ」  ぐちゅぐちゅと音を立てて、 千穂のおま○こからち○ぽを 引きぬいていく。  コリコリしたヒダにち○ぽが擦れると、 蕩けるような快感が身体中に広がっていく。 「あぁっ、もうダメ、ダメだよぉ…… おち○ちん、動かされるだけで、すごいよぉ、 ボク、すごく感じちゃうよぉ……」 「もっと、欲しいよ。 お兄ちゃんのおち○ちん、おち○ちんでね、 もっとたくさん突いてほしいのぉ……」  抜けかかったち○ぽを、 今度はぐぐぅっとおま○この 奥に押しこんでいく。  その感触を待ち望んでいたかのように 千穂の全身に力が入り、ぎゅっと 俺の身体に抱きついてくる。 「ぁぁ……ぅぅ……すごいよぉ…… お兄ちゃんのおち○ちんも、身体も、 ボクがぎゅーって抱きしめてるんだよぉ……」 「すごく気持ちいいよ」 「うんっ、嬉しいよぉ。ボクも気持ちいい。 膣内も外もお兄ちゃんでいっぱいだよぉ。 ボクの頭、蕩けちゃいそうだよぉ」  千穂の身体をぐっと支えて、 おま○こに激しくち○ぽを出し入れする。  粘膜と粘膜が擦れあう快感に 千穂は必死で堪えるように、 強く俺にしがみつく。  ボリュームのあるおっぱいが、 形を変えるぐらい俺の胸に押しつけられて、  俺が千穂のおま○こを突きあげるたびに、 乳首と乳首が薄布ごしに擦れあう。 「あぁぁっ、んんっ、気持ちいいよぉ…… お兄ちゃんっ、好きっ、好きぃっ……あぁ、 あぁんっ、好きだよぉっ……お兄ちゃんっ」 「俺も、好きだよ、千穂。大好きだ」 「んっ、嬉しいっ、あぁんっ、嬉しいよぉっ、 あぁっ、ダメっ、嬉しくて、嬉しすぎて…… ボク、気持ち良くなっちゃうよぉっ…!!」  俺の身体を支えにしながら、 貪欲に快楽を求めるように 千穂が艶めかしく腰を振る。  おま○こを突きあげるち○ぽを 迎えいれるように千穂の腰が動いて、 膣の奥深いところに亀頭が押しつけられる。 「あぁっ、届いてるっ、届いてるよぉ…… お兄ちゃんのおち○ちん、ボクの奥のほう まで入ってきてるよぉ……あぁっ……ん……」 「あぁっ、ウソだよウソだよぉ、気持ちいいっ、 おち○ちん、ボクの奥に当たると、すごく、 気持ちいいよぉ、あぁっ、ダメ、感じちゃう」 「お兄ちゃんっ、ボク、もうダメ、ダメだよぉ、 我慢できないよぉ……イキたい、イキたいっ、 イカせてほしいよぉ……」  千穂の要望に応えようと、 子宮口をこじ開けるように、ぐりぐりと 奥の奥までち○ぽを押しこむ。  すると千穂の全身がびくんびくんと 震えだして、同時におま○こがきゅちゅうと 吸いつくように収縮していく。 「あぁんっ、んふあぁ、あぁ、すごいよぉ、 お兄ちゃん、ボク、もうイキそう……んぁ…… ダメ、ダメぇ、お兄ちゃん、イッてもいい?」 「いいよ。イキな」 「あぁぁんっ、んんっ、あぁ、イク、イクよぉ ボクっ、もうっ、我慢できない、あぁっ、 んっ、あぁぁっ、あぁっ、あ・あ・ああぁぁ」 「ふえぇぇっ、あぁぁっ、イクッ、 あ・あ・あ、イクよぉっ、あはぁっ、もう ……イクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」  千穂がぎゅーっと俺にしがみついてきて、 同時におま○こも、ぎゅちゅうとち○ぽを 締めつける。  いつもなら、そこで脱力するはずだったけど、 今回は違った。  絶頂が終わらないのだ。 「……何これ何これ? おかしいよぉ…… あ・あぁ・あ……お兄ちゃん、ボクっ、まだ イッてるよぉ……イッたままだよぉ……」 「あぅっ、こんなの……無理だよ…… 気持ち良すぎるよぉ……ボクの身体、 どーなっちゃったのぉ……」 「あ・あ・あ……イキッぱなし……なん、て ウソだよウソだよぉ、信じられないよぉ…… ああぁぁ・あ・あ、おかしくなっちゃうよぉ」  イキつづける千穂の様子があまりにかわいくて、 いやらしくて、あっというまに射精感が 増大する。  ずちゅぅっ、ずちゅぅっ、と千穂の子宮口に ち○ぽをねじこむ勢いで、ひたすら、 腰を突きあげていく。  そして、千穂の膣内に思いきり精液を 注ぎこもうと、快楽に身を委ねた。 「あっあぁぁっ、入ってる、 お兄ちゃんの精液、入ってきてるよぉ…… あぁっ、んああぁぁぁぁぁぁぁっ」 「ダメぇっ、また、ボク、もうイッてるのにぃ、 あ・ああ・あ・あ・あ、身体が、あぁぁぁ、 ボク、ボクぅ――」 「あぁぁ、イッちゃうよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」  残りの精液を思いきり千穂にかけたのと 同時に、彼女は身体を激しく痙攣させ、 絶頂を迎えた。 「……はぁ……はぁ……や、やっと、 とまったよぉ……もう、こんなにイッたら、 ボク、おかしくなっちゃうよぉ……」 「すっごくかわいかったよ……」 「ぁぁ……ぅぅ……もう、そんなこと言って、 またボクをたくさんイカせる気なんでしょ。 お兄ちゃんは変態だよぉ……」 「千穂がかわいすぎるから、いけないんだろ」 「……またそんなこと言ってぇ…… もう……しょうがないお兄ちゃんだよぉ……」  言いながらも、腕に力を入れて、 千穂はさらにぎゅーっと密着してくる。 「……千穂、早めに服とか何とかしないと、 誰か来たら大変だよ?」 「そうだけど、もうちょっと」 「誰かきたら、どうするんだ?」 「きっと、お兄ちゃんが身を挺して かばってくれるから、大丈夫だよ」 「フルチンでか?」 「ふふふー、お兄ちゃんは おち○ちん出しててもカッコイイよぉ。 だーい好きっ」  どうやら本当に、しばらく離れる気は ないようだった。  けっきょく俺たちは長いこと学校で イチャイチャしつづけた。 「あーあ、お兄ちゃんと学校でえっちなこと しちゃったねっ。もうボク、恥ずかしくて 屋上に行けないかも」 「そんなこと言ったら、 そのうち教室にも入れなくなるぞ」 「えぇぇっ、お兄ちゃんって、 教室でもしようとしてるのぉっ?」 「冗談だよ」 「そ、そっかぁ。冗談かぁ。 ボク、ビックリしたよ。教室なんて、 ホントに恥ずかしすぎるよぉ」  屋上と大して変わらない気もするが…… 「でも、お兄ちゃんって、 ホントに母乳好きなんだね?」 「う……」 「お兄ちゃんがたくさん吸ったせいで、 ボクまでえっちな身体になっちゃったよぉ」 「そ、そんなことないぞ。 たくさん吸ったからって母乳が 出るわけないだろ」 「つまり、千穂はもともと そういうえっちな身体だったんだよ」 「えぇぇっ、そんなの……違うよ。困るよぉ」 「でも、母乳好きの俺と、母乳が出る千穂が 出会って恋に落ちるなんてさ」 「本当に運命みたいだよな」 「ぁぁ、ぅぅ……もう、運命って言えば、 ボクが何でも受けいれると思ってぇ…… そんなの、そんなの、でも、嬉しいよぉ……」  千穂がぎゅーっと抱きついてくるので、 よしよしと頭を撫でてやった。 「そういえばさ、昨日、家に連絡したか?」 「うぅん、してないよ。どうして?」 「どうしてって、ほら、無断で帰らなかったら、 お父さんが心配するだろ」 「お父さん、いないよ?」 「あぁ、昨日は帰ってこない日だったのか」 「あ、うぅん。そうじゃなくて。 ボクの家にはもともとお父さんがいなくて、 お母さんと二人暮らしだったんだよ」 「え……いや、でも、千穂は 記憶喪失だったわけだよな」 「お母さんも亡くなってて、 そんな状態で独りで暮らしてたってことか?」 「……あれ? そういえば、そうだよね。 じゃ、入院してた?」 「いやいや、退院したってこの前言ってたぞ」 「えっ? そうだっけ?」 「そうだっけって、覚えてないのか?」 「……………」  わずかに、千穂がうなずく。 「……ボク…… 今までどうしてたんだろ? 思い出せないよ……」  昨日までは、そんなことはなかったはずだ。  おそらく母親の記憶を思い出すまでは―― 「……急にいろいろ思い出したから、 ちょっと記憶が混乱してるのかもな」 「うん……そうかも……」  千穂はじっと考えている。  けど、どうしても思い出せない様子だ。 「お兄ちゃん、 今からボクの家に行ってみてもいい?」 「あぁ、そうしよう」  千穂の家に行けば、 これまで、どうやって過ごしていたか、 きっと分かるはずだ。  少なくとも、 何か手がかりはあるだろう。  千穂は黙ったまま早足で歩く。  まるで不安を打ち消そうとするように、 黙々と。  そんな千穂の隣を 俺も無言で歩いていく。  妙に重たい空気がのしかかり、 胸騒ぎがした。  だけど、それも千穂の家に 着きさえすれば、笑い話のように 吹きとばせるものだと思っていた。  目的地に到着する。  だけど――  その場所にあったはずの家は 跡形もなく消えさっていた。 「……あれ…? ボク、道間違えた…?」 「いや……そんなことないと思うんだけど…… でも、間違えた……んだよな?」 「前に来たときは、 ここに家があったわけだし……」 「……前に来た? お兄ちゃんと?」 「あぁ、二人で来ただろ。 ナトゥラーレに行って、その帰りにさ」 「えっ? 違うよ。ボク、 お兄ちゃんとは来てないよ。 だって……」 「いやいや、来たって。記憶捜しでさ。 部屋が散らかってるから、ぜったい中には 入っちゃだめって千穂が言ってただろ?」 「……ウソ……ごめん……」  暗い表情を浮かべ、千穂が言う。 「ボク、覚えてない……覚えてないよ……」 「……ぜんぜん覚えてないのか? 一緒にナトゥラーレに行ったことも?」 「……うん……ごめんね……」 「いや、それぐらいで 謝ることはないんだけどさ……」  それも母親の記憶を思い出したことで、 忘れてしまったんだろうか…?  いや、それよりもまず―― 「とにかく、捜そうか」 「えと、何を?」 「千穂の家だよ。たぶん、家の場所も ちょっと覚え違いをしてるんじゃないか?」 「俺だって1回しか来たことがないから、 絶対ここだとは言いきれないし」 「そもそも、家がいきなりなくなるなんて ありえないもんな」 「あ……そうだね……うん、捜そうっ」 「あぁ」  少なくとも、千穂の家が この近くにあるのは確かだ。  きっと灯台下暗しで、通りを一本か二本、 間違えてるとかそういうオチだろう。  家の外観はだいたい覚えてるし、 片っ端から捜しまわれば 見つからないはずがない。  そう思って、俺たちは付近を歩きまわった。  けれど――  さんざん歩きまわっても家は見つからず、 けっきょく、もとの空き地に戻ってきて しまう。  やはり、どう記憶を思いかえしてみても、 ここに間違いないはずだ。  どうして、何もないんだろうか?  いや、家がなくなるはずがない。  だとしたら、いったい、 どういうことだ…? 「ボクの家、なくなっちゃったね……」 「……なくなった、わけじゃないと 思うんだけどな」 「そうだけど、どうしよぉ…? ボク、帰るところないよ」 「大丈夫だって。今日は俺の家に泊まりな。 もう遅いから、また明日考えよう」 「……うん……」  そう返事はしたものの、 千穂は浮かない様子だ。 「……………」 「どうした?」 「お兄ちゃん……ボク、こんなにたくさん 忘れて……お兄ちゃんのことまで、 忘れちゃわないかなぁ…?」 「なに言ってるんだよ。大丈夫だって」 「それに、千穂が今の俺の記憶を 忘れるってことはさ、昔の俺のことを 思い出すってことだろ」 「……でも、でもね…… ボク、ホントに昔、お兄ちゃんに 会ったことがあるのかなぁ?」 「そう言ってただろ。 学校の畑で会ったって」 「子供の頃、俺があそこに行ったのも 間違いないんだしさ」 「……でも、お兄ちゃんは、 覚えてないんだよね…?」 「……まぁ、それは、な……」  だけど、記憶はなくても、状況的に、 千穂に会ったのは疑いようがない。 「早く、思い出してほしいよぉ。 ボク、ボクね、なんだか、すごく怖いよ。 不安だよぉ……」  千穂の華奢な肩を抱いて、 安心させるように優しく言った。 「大丈夫だよ。思い出すから。 千穂のこと、すぐに思い出すからな」  腕の中でこくりとうなずき、 千穂はぎゅっと抱きついてきた。 「ぜったい約束だよぉ?」 「あぁ、絶対だ。約束する」  翌朝―― 「ごちそうさまでした」 「おう、お粗末さん」  食器をキッチンのシンクに持っていき、 洗いはじめると、 「あ、ボクがやるっ、ボクがやるっ。 お兄ちゃんにばっかり作ってもらってて、 悪いしっ」 「大丈夫だよ。 千穂はお客さんなんだから、座ってな」 「う、うん……じゃあさ、あとで、その…… お兄ちゃんの好きな……お……おっぱい、 飲んでいいよぉ……」 「これからも千穂のごはんは必ず俺が作って、 食器も全部洗うし、千穂の身の回りのことは 何だってしてあげるからな。任せてくれ!」 「えぇぇっ、ぁぁ、ぅぅ…… お兄ちゃんがかっこいいこと言ってるけど、 ぜったい見返りを求めてるよぉ……」 「見返りなんて、そんなまさか」  俺は表情をきりりと引き締めて、 美声を作った。 「千穂、愛してるよ」 「それってそれって、愛してるのはボクなの? それともボクのおっぱいなのぉっ?」 「千穂の全部を愛してるよ」 「えぇぇっ、嬉しいけど、嬉しいけどねっ。 絶対それって、ボク騙されてるよぉっ」  元気いっぱいに オーバーリアクションをする千穂を見て、 俺は少しほっとした。  昨日はかなり落ちこんでたけど、 少し調子が上向いたみたいだ。 「そういえば、お兄ちゃんは今日忙しい?」 「あぁ、あと30分でバイトに行かないとな。 終わるのは夕方5時だから、 その後なら暇だけど」 「そっかぁ。あのねあのね、 ボク、病院に行こうと思うんだ。 日曜日も午前中は外来やってるし」 「たぶん、主治医の先生なら、 ボクがどこに住んでいたかとか、 いろいろ知ってると思うから」 「一人で大丈夫か? 不安だったら、 俺も一緒に行くよ。マスターに頼めば、 ちょっとぐらい遅刻させてもらえるだろうし」 「うぅんっ、大丈夫だよ。 ボクが記憶をなくしてからのことを 訊いてくるだけだから」 「そうか。じゃ、病院まで送るよ。 ナトゥラーレからはそんなに遠くないし」 「ホントに? ありがとぉ。ボク、嬉しいよ」 「それじゃ、洗い物すませるから、 ちょっと待っててな」 「はーい」 「お兄ちゃん、ありがとぉ。 ここまででいいよ。もうバイト行かないと、 時間ぎりぎりだよね?」 「まぁ、そうなんだけどさ。 本当に大丈夫か?」 「ふふふー、お兄ちゃんは心配性だよぉ。 でも、すっごく嬉しいよ」 「お兄ちゃんが心配してくれてるから、 ボク、一人でもぜんぜん平気だよぉ」 「そっか。それじゃ、また後でな」  と、踵を返そうとすると、 「あっ、ちょっと待って、ちょっと待ってっ」  千穂が引き止め、とことこと 俺のそばに身を寄せてくる。  そして―― 「……ん……ちゅ……」 「ふふふー、いってらっしゃい。 お仕事、頑張ってねっ」 「……お、おう……いってきます……」  顔を真っ赤にしながら、 俺は病院を後にした。  ナトゥラーレへ向かいながら、 千穂のことを考えていた。  母親の記憶を思い出してから、 千穂は何かと不安定だ。  ショックが大きかったのもあるだろうし、 思い出したことによって、記憶が 混乱しているのも原因だろう。  病院で先生から話を聞けば、 また落ちつくかもしれないけど。  それはそれとしても、 千穂をもっと安心させてやりたい。  彼女の記憶は今、かなり不安定な状態だ。  もしかしたら、俺のことまで 忘れるんじゃないかっていうのが、 やっぱり一番の不安の原因だろう。  記憶を失う前に俺と会ったことさえ、 思い違いなのかもしれないって 思ってるみたいだし。  だけど、俺がその記憶を思い出せば、 千穂も安心できるはずだ。  それに、約束もしたしな。  やっぱり思い出せなかったってわけには いかないだろう。  とはいえ、だ。 10年以上も前の記憶だからな。  闇雲に思い出そうとしたところで、 うまくいくはずがない。  何か、きっかけが欲しい。  例えば、当時のことを 知っている人がいれば―― 「あ……そうか……」  はっと気がつくなり、 俺はケータイをとりだし、メールを打った。 『ちょっと訊きたいんだけど、 小さい頃、こっちに来て、母さんと 二人で晴北学園の農業体験をしたよね?』 『その時に、俺より年下の女の子に 会ったと思うんだけど、母さんは覚えてる?』 『詳しいことが思い出せなくてさ。 覚えてたら、できるだけ 細かく教えてくれない?』  送信っと。  これで母さんが覚えてたら、詳しいことが 分かるだろうし、それをきっかけに 記憶を思い出せるかもしれない。  早く返信がくることを祈りながら、 ナトゥラーレのドアを開いた。  バイト中、メールが届いた。  普段は厨房にケータイは持ちこまないけど、 千穂からメールがくるかもしれないので ポケットに入れておいた。  ちょうど手が空いたところだったので ケータイを確認してみる。  案の定、千穂からだった。 『大好きなお兄ちゃんへ』 『聞いて聞いてっ。お兄ちゃんと別れた後、 ボク、病院で迷ってたんだよぉ』 『何に迷ったかって言うと、 ボクがいったい何科に通ってたのか 思い出せなかったんだよぉ』 『考えても考えてもダメだったから、 看護師さんに訊いてみたんだよぉ。 記憶喪失は何科ですかって』 『そしたら、脳神経外科だって言われて、 あ、そういえば脳神経外科だったって 思い出したんだけどねっ』 『なんと日曜日は脳神経外科が 休みだったんだよぉ』 『というわけで、ボクは今、 病院を出て記憶捜しをしてるんだぁ。 お兄ちゃんもお仕事、頑張ってね』 『お兄ちゃんの千穂より』 「あー、またケータイ見てニヤけてるー。 最近、いいエロサイトでも見つけたの?」 「そ、そんなわけないだろ。何でもないよ」  見られないように、 とっさにケータイを隠した。 「やーらしいのー……まいっか。 オーダー入ったよ。オムライスひとつね」 「はいよ」  ケータイをポケットにしまい、 オムライスの調理を始めた。  その後も、千穂からは次々とメールが届いた。 『ボクは今、病院内を探検中だよぉ。 ウロウロしてるから怪しい人だと 思われそうで心配だよぉ』 『でも、何か思い出しそうな予感! ボク、頑張ってくるよっ!!』 『病院でお母さんのこと思い出したよ。 ボクが入院してた時のことを思い出すかな って思ってたから、ビックリだよ』 『お兄ちゃんに会ったら、 お話聞いてもらいたいなぁ。 あ、ボク泣いてないよぉ』 『じゃ、そろそろ病院を出るねっ。 また連絡するよー』 『お兄ちゃんへ。ボクはぶらぶらと 記憶捜しをしながら、学校にやってきたよぉ。 今から校舎内に侵入するね』 『日曜日に学校に来るなんて、 悪いことしてるみたいで ドキドキするよぉ』 『じゃ、いってきまーすっ』 『お兄ちゃんっ。ボクね、 校門の前でお母さんと待ち合わせ したのを思い出したよぉっ』 『これ、たぶん、お母さんが 事故に遭った時の記憶だよぉ……』 『ボク、もっとちゃんと思い出したいから、 お母さんが事故に遭ったあの場所に もう一回いってみるねっ』 『今度は一人でも大丈夫だから、 心配しないで』 『じゃ、また連絡するよぉーっ!』 「颯太。フロアが急にいっぱいになったから、 少し手伝ってきてくれるか?」 「はい。分かりました」  フロアに出ると、マスターの言った通り、 新規のお客さんで満席になっていた。  さすが日曜日の昼時だな。  お冷やとメニューは出してあるみたいだから、 とりあえず、注文をとってこよう。  友希やまやさんと協力して 全テーブルの注文をとりおえると、 今度はその調理に追われた。  作っても作っても、 後から後から注文がやってくる。  ランチタイムが終わるまでは 息つく暇もなさそうだった。 「ふぅ……疲れた……」  ようやくオーダーが途切れた。  フロアをのぞくもお客さんはまばらで、 オーダー待ちは一人もいない。  ようやく一息つける、 と思ってケータイをとりだした。 「あれ…?」  千穂からメールが来ているかと思ったけど、 新着メールは一通もない。  今は午後2時を回ったところだから、 最後のメールが届いてから 約2時間は経っている。  それまでは15〜30分ぐらいの間隔で ずっとメールが届いてたのに。  あの事故の場所に行ったきり、か。 「ん……う……ぐすっ、うえぇ…… うぇぇぇ、お兄ちゃんっ……お兄ちゃん…… えっ、えっぐ、うえぇぇぇぇんっ」 「……………」  千穂がまた泣いてるんじゃないかと 心配になってきた。  ケータイを操作し、 新規メールを作成する。 『俺の大好きな千穂へ。 こっちはようやくランチタイムが 終わって一息つけるよ』 『千穂があの事故の場所に行くっていうから、 少し心配してる。大丈夫か?』 『時間あったら、連絡くれよな。それじゃ』  送信っと。  さて、客足も落ちついてきたし、 そろそろまかないを作ろう。  昼休憩中、また友希に勘繰られないように 今度は外に出てケータイを確認する。  けど、やはり、千穂からのメールは 届いていなかった。 「……………」  おかしい。今まではメールを送ったら、 すぐに返信があったのに。  何でもない時なら、 こんなに気にしないけど、 千穂も本調子じゃないしなぁ。  どうしても心配になり、 電話をかけてみることにした。  すると―― 「おかけになった電話は、 電波の届かない場所にあるか 電源が入っていないため、かかりません」  そういえば、千穂は 3日つづけて俺の家に泊まってたよな。  ケータイの充電をしてるところは 見た覚えがない。  もしかして、充電が尽きたのかも?  そう考えれば、急に連絡が 来なくなったのも納得だ。  たぶん、いや、きっとそうだろう。  今日は会う約束をしてるし、 ケータイショップかどこかで 充電するはずだ。  もう少し連絡を待ってみることにしよう。  5時になり、バイトの時間が終わった。 「お疲れ様ですっ」 「おう、お疲れさん。また頼むな」 「はい。お先に失礼します」  フロアに移動したところで、 ちょうどメールの着信音が鳴った。  千穂からだろうと思い、 ケータイをとりだしながら 急ぎ足で店を出る。  ケータイの画面を見ると、 「ん…?」  思わず声が出た。 メールの差出人は千穂じゃなく、 母さんだった。  そういえば、朝メールを送ったっけ?  本文を確認してみる。 『お祖父ちゃんが亡くなった時の話よね? 確かに颯ちゃんと一緒に農業体験に 行ったけど、晴北学園じゃなかったわ』 『金沢さんていう農家さんの畑よ。他にも たくさん、親子連れの人たちが来てたけど、 颯ちゃんより小さい子はいなかったわよ』 『颯ちゃんの次に小さい子は、 小学校の高学年ぐらいからだったかしら?』 『けっこう重労働だったから、 颯ちゃんぐらいの年齢だと あんまりやりたがらないと思うわ』 『颯ちゃんは昔から野菜作りが 大好きだったから、土だらけになりながら、 楽しそうだったけどね』 『豊瀬にいた時の農業体験と 間違えてるんじゃないかしら?』 『向こうでなら、颯ちゃんより 小っちゃい女の子と何回も会ったことあるし』 『どんな子か覚えてたら、 母さん教えてあげられると思うわ』 「……………」  ケータイの画面を見つめたまま、 俺はしばらく呆然とその場に固まっていた。  つまり、だ……  小さい頃、晴北学園の畑で 千穂に会ったっていうのは――  俺のただの思い込みってことか……  千穂のことが好きで、  もっともっと好きになりたくて、 舞いあがって、  運命があればいいと思って、  運命であればいいと思って、  だから、それらしい事実が目の前に 現れた時、深く調べもせずに 勝手にそうだと思いこんだ……  もしかしたら、千穂が記憶をなくす前、 俺と彼女は会ってないのかもしれない――  いや、だけど、少なくとも 千穂は俺のことを知っていたんだ。  けど、その記憶は本当に…?  唐突に不安になって、 もう一度千穂に電話をかけてみる。 「おかけになった電話は、 電波の届かない場所にあるか 電源が入っていないため、かかりません」  やはり、つながらない。  メーラーの受信トレイを確認したけど、 千穂から新しいメールは来てない。  最後に届いたメールに目を落とす。 『ボク、もっとちゃんと思い出したいから、 お母さんが事故に遭ったあの場所に もう一回いってみるねっ』 『今度は一人でも大丈夫だから、 心配しないで』 『じゃ、また連絡するよぉーっ!』  胸騒ぎが止まらなかった。  一刻も早く千穂に会いたい。 会って、確かめたい。  そう思った時には、すでに 地面を大きく蹴り、走りだしていた――  向かった先は、千穂が最後に行くと 言っていたあの交差点だ。  今もまだそこにいるかは分からない。  午前中の話だから、 いない可能性のほうが高いだろう。  だけど、他に手がかりはなかった。  頼む、千穂。  頼む。  そこにいてくれ。  走りつづけ、あの交差点にたどり着いた。  赤信号で立ち止まり、呼吸を整えながらも 辺りを見回す。  すると、道路を渡った反対側に千穂はいた。  ふぅ、と息を吐き、 彼女に向かって手を振った。 「千穂っ!」  千穂がこっちを振りむく。  ちょうど信号が青になったので、 急いで横断歩道を渡った。 「ケータイの電源が入ってないから、 心配したよ。充電が切れたのか?」  千穂はじっと俺の顔を見つめる。 「……お兄ちゃん、誰?」 「……えっ?」  一瞬、千穂の言葉が信じられなかった。 「……冗談、だよな? 悪ふざけは心臓に悪いからやめてくれよ?」 「あ、ご、ごめんね。 ボク、お兄ちゃんとどこかで 会ったことがある?」  そんな…… 「……俺のこと、ぜんぜん覚えてないか? 何にも思い出せないか?」 「え……うーん……ごめんね、 ボク、何にも覚えてないよ」  どうする?  どう説明すれば、 俺のことを分かってもらえる?  せめて、少しでも俺とのことを 関連づける記憶があれば―― 「……千穂は、自分が記憶喪失だったことは、 それは覚えてるか?」 「ボクが記憶喪失? 何の話?」 「……いや、だから…… 何か記憶が曖昧なところとか、 そういうのってないか?」 「千穂は、記憶喪失だったんだよ。 その間に俺と会って、でも記憶を思い出して、 俺のことを忘れたんだと思う」 「……えと、なに言ってるの? ボク、記憶はちゃんとあるよ。 ごめんね、そういうの、だ、大丈夫だから」  怪しい人間だと勘違いされたのか、 千穂が足早に立ち去ろうとする。  どうすればいい?  本当のことを話そうとしても、 ただ頭のおかしい人間だと思われるだけだ。  何か、千穂が 記憶喪失だった頃の証拠があれば…?  だけど、そんなものどこに…? 「もし、また記憶喪失になっても、 メールだけは残るでしょ?」  そうだ。証拠は、ある―― 「待ってくれっ!」  千穂が立ち止まり、俺を振りむく。 その瞳には怪訝そうな色が浮かんでいた。  俺は何とか心を落ちつけて、 彼女に頼んだ。 「メールを見てくれないか? 今日、俺と、初秋颯太って奴とメールをした 履歴が残ってるはずなんだ」 「……………」 「頼むよ。それさえ見てくれれば、 これ以上は何も言わないから……」 「……メールを見るだけだからね」  千穂が不審がりながらも、 ケータイを確認する。  そして―― 「……やっぱり、そんなメールないよ」 「え…?」  ない?  今日、やりとりしたメールが? 「ほら、ないでしょ?」  千穂がケータイの画面を見せてくれる。  一番新しい送受信メールは 昨日のもので、それも俺とやりとりした ものじゃなかった。 「……そんなはずないんだ…… だって、現にメールを送ってくれただろっ?」  反射的に千穂のケータイを奪い、 メールを確認する。 「あ、ちょっと、勝手にボクの メール見ちゃダメだよっ!」 「……ない……」  俺が送ったメールも、  千穂が送ってくれたメールも、  それどころかアドレス帳に 俺の連絡先さえ登録されてない。 「……そんなはずない…… ちょっと待ってくれ。千穂は俺の連絡先を 登録してるんだ。今、電話をかけるから」  自分のケータイをとりだし、 急いで千穂に電話をかける。  すると―― 「おかけになった電話は、 電波の届かない場所にあるか 電源が入っていないため、かかりません」 「……嘘だ…………」  こんなことは、ありえない。  だけど…… ありえないとすれば、いったい何が?  じっと千穂のケータイを見つめる。  ――あれ? これ…… 今まで千穂が持ってたケータイと違う。 「もういいでしょっ? 返してよ」 「いや……ちょっと待ってくれっ。なぁ千穂、 これ以外のケータイって持ってないか? たぶん、そっちのほうに――」 「いいから、返してよぉっ!」  千穂がケータイを奪いかえそうとしてきて、 揉み合いになる。  仕方がなく手を放すと、 同時に千穂は全力でケータイを引っぱった。  突然、抵抗を失った彼女は、 勢いよく道路側につんのめる。  その拍子に何か光る物が 道路を転がっていった。 「あぁっ!?」  それはクマのキーホルダーだった。  千穂は慌てて道路に飛びだし、 それを拾いあげる。  そして、ほっとしたように胸を撫で下ろした。  瞬間、俺は血の気が引き、大声で叫んでいた。 「危ないっ!!」  千穂めがけてトラックが 猛スピードで突っこんできていた。  気がついてないのか、 トラックは減速する様子もなく、 千穂は足がすくんで動けない様子だ。  反射的に俺は地面を蹴っていた。  ちきしょう。間に合え。  間に合えっ!  全力で道路を駆け、その勢いのまま、 両手で千穂を押しとばそうとする――  けど、寸前でそれでは自分が間に合わないと 気がついた。  俺は押しとばすのをやめ、 彼女の体を抱えるようにして、 道の端めがねて跳んだ。  トラックの運転手がようやく気がついたのか、 ブレーキ音とクラクションが辺りに鳴り響く。  そして――  体に強い衝撃を受け、全身に痛みが走る。  目を開くと、クマのキーホルダーが、 転がっているのが見えた。  右腕のないクマのキーホルダーが…… 「思い出した……」 「思い出したよぉ、お兄ちゃん。 前もこうやって助けてくれたことが あったよね?」 「千穂……」  あぁ、良かった。  やっと思い出してくれた。  思い出して…? 「……違う…………」  そんなはずがない。  それを千穂が覚えているはずがない。  確かに、トラックに 轢かれそうになった女性を、俺は助けた。  だけど、 「あれは夢だ……」  千穂にもそれを話したことはない。  俺しか知らない。  何より、あの夢の中で助けたのは 千穂じゃなかった。  あの時、俺はまだ千穂に会ったことが なかった。  俺が助けたのは、 千穂よりも、もっと年上の――  そう、最近どこかで見かけたような顔の――  どこかで――  そうだ。千穂のお見舞いに行った時、 間違えて入った305号室で眠っていた女性だ。  彼女を、俺は夢の中で助けたんだ。 「……ありえない……」  現実にいる人間が夢の中に現れることは あっても、その逆はない。  なら、もしも、あれが…… 道路に飛びだしたあの女性を助けたのが、 夢じゃなかったとすれば、  俺は、トラックに轢かれているはずだ――  それじゃ、  まさか、  まさか―― 「――これが……夢なのか…?」  おそるおそる尋ねると、 千穂はにっこりと笑った。 「やっと思い出したね、お兄ちゃん」  瞬間、視界が崩れ、音が消えて、  世界がみるみる遠ざかっていく――  そして、同時に意識が はっきりと輪郭をかたどりはじめた。  視界が色をとり戻し、 耳に聞き覚えのある音が響く。  俺はナトゥラーレのテーブルに ついていた。  どこか記憶が判然としない。  目の前には見知った顔があった。 「あれ、友希…? 俺、どうしてここに…?」 「友希? いま『友希』って言った? 颯太、あたしのことを思い出したのっ?」 「……えぇと…… いきなり、なに言ってるんだ? 思い出すも何も、いつ忘れたんだよ?」 「覚えていらっしゃらないのですか?」 「いや、姫守まで、 いったい何の話をしてるんだ?」 「その、初秋さんは記憶喪失だったのです」 「俺が…? そんなはず……」  記憶喪失なのは、俺じゃなくて―― 「落ちついて考えてみて。 颯太はどうしてここにいるのか、 覚えてる?」 「それはもちろん――」 「……もちろん…………」 「……………」  何も覚えていなかった。  いつ友希と姫守に会ったのか、 どうしてナトゥラーレに来たのか、  いや、それどころか、 いま何をしていたのかさえ思い出せない。 「……分からない……」 「……交通事故に遭ったのは、覚えてる…?」 「……それってさ、 通学路にある見通しの悪い交差点でか?」 「そうよ」 「……それは、覚えてる。 車に轢かれたんだな?」 「うん、でも、運が良くて、 大きなケガはなかったんだぁ」 「だけど、その時に頭を強く打ったみたいで、 記憶喪失になっちゃってね」 「普通に生活してれば、そのうち記憶も 思い出すってお医者さんに言われたから、 こうやって、あたしたちと遊んでたのよ」 「……そっか……」  うつむくと、テーブルに置かれた 俺のケータイが目に映った。  なぜか片腕のないクマのキーホルダーが つけられている。 「そちらは、初秋さんが事故に遭った時に 大事そうに持っていらした物なのです」 「……………」 「大事なものだったのですか?」 「……………」 「……悪い。ちょっと頭が混乱してて、 少し外の空気を吸ってきてもいいか?」 「うん。でも、大丈夫?」 「あぁ……ちょっと記憶の整理が つかないだけだから……」 「では、三人でお外に行くのです」 「いや、悪い。ちょっとだけ、 独りにしてもらっていいか?」 「そうですか。はい。かしこまりました。 では、私は友希さんとこちらで お待ちしております」 「気分悪くなったら、すぐに言ってね」 「おう。でも、大丈夫だよ」  外の風を浴びながら、 今までの記憶を振りかえる。  夢の中で、千穂は何度も、 ボクのことを思い出してと言ってきた。  たぶん、事故の記憶を とり戻そうとしてくれていたんだろう。  あの夢はただの偶然なのか?  千穂は夢の中の人間なのか?  とても、そうは思えなかった。  だけど……  だけど。  店の中の友希たちを一瞬見て、 けれども、構わず俺は走りだした。  信じられなかった。  夢から覚めたことが、  千穂がいないということが、  どうしても、受けいれることができず、 俺は胸の痛みを振りきるように ただ全力で走りつづけた。  そうして、足を止めたのは あの交差点だ。  千穂と初めて会った場所。  千穂が母親の記憶を思い出した場所。  千穂が俺の胸で泣いた場所。  だけど、現実は違う。  俺はここでトラックに轢かれて、 今日まで記憶喪失だった。  夢の中で見た千穂と同じように、 俺はその道路をじっと見つめていた。  ここにいれば、また彼女に 会えるような気がした。  横断歩道の信号が何度、 赤から青に、青から赤に変わったのか。  日はとうに暮れかかり、 ケータイにはさっきから、 ひっきりなしに着信がある。  たぶん、友希たちからだろう。  これ以上、心配させるわけにもいかない。  帰ろう、と振りかえる――  とっさのことで、すぐには 言葉が出てこなかった。  そこに彼女はいた。  いや、見た目は確かにそうだけど、  彼女は千穂なのか?  俺の知っている千穂なんだろうか?  一言声を発すれば、一縷の望みさえ 思い出とともに跡形もなく消えさるような 気がして、  俺は何も言えずに、 彼女の顔を見つめていた。 「……青だよ?」 「……えっ?」 「信号、気づいてないのかと思って」 「……あぁ……いや、渡る気はないんだ」 「そうなんだ。ごめんね」 「いや……」 「お兄ちゃん、ボクのこと知ってる?」  いつか聞いたような言葉に、 俺の心臓がどくんと跳ねる。 「あ、ボクのことじっと見てるから、 どこかで会ったことあるのかなって 思ったんだけど、違うの?」 「……………」  本当は、最初から分かっていた。  たとえ姿形がそっくりでも、 俺を呼ぶその声がどれだけ同じだとしても、  俺が好きになった千穂は、 いま目の前にいる彼女じゃない。  夢の中の彼女は、ここにはいない。  どこにも―― 「……いや、会うのは初めてだよ」 「そっか。ごめん。それじゃ」  千穂は信号を渡ろうとしたけど、 ちょうど赤になってしまい、そのまま 気まずそうに立ちぼうけしている。  今度こそ帰ろうと踵を返す。  友希に連絡をしておこうと ケータイをとりだすと、 キーホルダーの金具が外れた。  地面を転がったキーホルダーを拾おうとして、 ふと手を止めた。  クマの左腕がない。  何かが引っかかると思ったその時、 一瞬、ケータイが振動した。  マナーモードには してなかったはずなのに…?  画面を見ると、そこにはメール送信中の 文字があった。  聞き覚えのある着信音に、はっと振りむくと、 千穂がケータイに目を落としていた。 「千穂」  自然と言葉が口をつく。  彼女が不思議そうに俺を見つめる。  言うべき言葉は決まっていた。 「ごめん。さっきのは間違いだった」  そう、ただ考え違いをしていただけだった。 「俺は千穂のことを知ってるよ」 「……どうして、ボクの名前?」 「覚えてないか? 千穂も俺のことを知ってるはずだよ」 「……でも……」 「大丈夫だよ。 忘れたなら、思い出させてあげるから」  かつて千穂と約束した言葉、  決して夢なんかじゃなかった あの言葉を、  俺は確信を持って口にした。 「何たって、俺とお前は、 運命の赤い糸で結ばれてるんだからな」 「……えと、いきなり『運命』とか言われても、 ボク、お兄ちゃんのこと知らな――」 「――知らない、はず……」 「…………お兄、ちゃん…?」 「あぁ、思い出したか、千穂」 「……思い、出した…… ボク、思い出したよぉ、お兄ちゃんっ!」  彼女の言葉に、心からの笑みと、 そして、涙がこぼれ落ちる。  千穂を抱きしめようと 両手を広げながら、俺は願う。  もしも、これさえ夢だというなら、 もう二度と目を覚まさないように――と。  診察室から出ると、 千穂が駆けよってきた。 「お兄ちゃんっ、おつかれさまー。 どうだった?」 「あぁ、千穂と同じで、 普通に思い出したことを訊かれて 終わりだったよ。問題ないってさ」 「そっかぁ。良かったぁ。 これでお兄ちゃんもボクも、 完全復活だよぉっ」 「これで授業についていけない 心配もなくなるな」 「……ぅぅ、ボクが勉強苦手なの 知ってるくせにぃ。イジワルイジワルぅ」 「よしよし。 こんど教えてあげるからな」 「やったぁ。嬉しい嬉しい。 お兄ちゃんと勉強したら、 ボク、頑張れる気がするよっ」 「ところで、思ったより早く 診察おわったけど、どうする?」 「あのねあのねっ。 ボク、お兄ちゃんとやりたいことが あるんだぁっ」 「お、そうか。何だ?」 「ふふふー、記憶捜しだよぉ」 「……えっ? て、 まだ思い出してないことが あったのか?」 「うぅん。思い出したよ、思い出したけどねっ。 お兄ちゃんと一緒にもう一度、 思い出したいんだよぉ」 「ボクがお兄ちゃんに恋をした日のこととか」 「それは、俺も興味あるな」 「じゃ、ついてきて、ついてきてっ。 ボクと一緒に最後の記憶捜しをしようよっ」  千穂は俺の手をぐいぐいと引っぱり、 病院の玄関へ向かう。 「このキーホルダー、 ボクが子供の頃にお母さんから もらったんだ」 「ボク、昔からキーホルダーとか ストラップとか、小っちゃい物を 集めるのが好きだったんだよ」 「その中でも、クマが大好きだったから、 お母さんが手作りで作ってくれたんだぁ」 「へぇ。これ、手作りだったのか。 めちゃくちゃ上手じゃないか?」 「だよねだよねっ、そうだよねっ。 ボクのお母さん、こういうの作るの、 すっごく得意なんだよぉ」 「他にもいろいろ作ってもらってね。 その中でも、これが一番のお気に入りだから、 いっつもカバンにつけてたんだよ」 「だけど、ある日、カバンから キーホルダーが外れちゃってるのに 気づいてね」 「ボクって記憶力ないでしょ」 「最後にキーホルダーを見たのがいつなのかも 分からないから、落とした日も分からなくて、 とにかくまず家の中を捜したんだよ」 「でも、見つからなくて、 いつも通る道を捜したんだけど、 それでも見つからなかったんだぁ」 「交差点に落ちてたけど、そこは捜したのか?」 「捜したけど、なかったんだよ。 見落としたのかもしれないけど」 「それか、俺が交番に届けた後に 捜したってことかもな」 「そうかも。あ、それでねそれでねっ、 どうしても見つからないから、次の日、 交番に届いてないか訊きにいったんだよぉ」 「でも、左腕がとれちゃってたから、 たぶんないだろうと思って ボク、じつは諦めてたんだ」 「だけどだけど、誰かが ボクのクマのキーホルダーを拾って 交番に届けておいてくれてたんだよぉっ!」 「誰かっていうか、俺だよね?」 「そうだけど、その頃のボクにとっては まだ名前も知らない誰かだったんだよぉ」 「こんな腕のないキーホルダーを 届けてくれるなんて、なんていい人 なんだろうって思ってね」 「ボク、その人にお礼を言いたくなったんだぁ。 だから、お巡りさんにその人に会えないか 訊いてみたの」 「そしたら、同じ学校の生徒だって言うから、 ボクビックリして、それにそれに、名前を 訊いてみたら、知ってる人だったんだよぉ」 「それがちょっと疑問だったんだけど、 千穂って記憶喪失になる前に 俺と会ったことないよな?」 「ないよぉ。でも、お兄ちゃんは その頃有名人だったから」 「有名人? ……俺が?」 「……あ、そうか。 ちょうどリンゴの樹の伝説が できた頃だったよな」 「うんっ。『お兄ちゃんがリンゴの樹に 実をならせたら願い事が叶う』って、 ボクのクラスでも大盛り上がりだったから」 「だからボク、お礼を言いにいこうと思って 交番を出た後に、学校に戻ってきたんだよ」 「それでそれで、 園芸部が活動している畑に行ったんだよっ」 「あぁ。 それで今、畑に向かってるわけか?」 「そうだよぉ。早く行こぉーっ」 「というわけでボクは、 クマのキーホルダーを拾った人にお礼を言う ために、学校の畑にやってきたんだよ」 「でも、俺とは会ってないわけだから、 その日はいなかったのか?」 「うぅん、お兄ちゃんは畑で部活してたよ」 「ボクは、まずお兄ちゃんがどんな人なのか と思って、トウモロコシとかに隠れながら 近づいたんだよ」 「なんでそこで隠れるんだ?」 「だってだって、上級生に 話しかけることなんて滅多にないし、 緊張してたんだよぉ」 「それで、近づいていったらね、 お兄ちゃんが真剣な顔で野菜を 見て回っててね」 「それがすっごくカッコ良くてね。 この人がボクのキーホルダーを 拾ってくれたんだって思ったら」 「すっごくドキドキしてきちゃって、 なんて言うの、なんて言うのっ?」 「そう、一目惚れっ! ボク、一目惚れしちゃったんだよぉっ!」  千穂がぎゅーっと抱きついてくるので、 額に軽くキスをした。 「……ふにゃぁ……お兄ちゃん…… 好きだよぉ……」 「前に千穂が言ってた、 ここで俺に会って恋をした記憶は 間違ってなかったってことなんだな?」 「うんっ! つまり、ボクはお兄ちゃんに 一目惚れしたから、記憶喪失になった後も お兄ちゃんのことを覚えてたんだよぉ」  それはなんていうか、 すごく嬉しくなるな。 「この日はけっきょく俺に声をかけられずに 帰ったのか?」 「うん。声をかけようとしたんだけど、 ボク、ぜんぜん勇気がでなかったんだよぉ」 「そしたら、女の子が来て、 お兄ちゃんと一緒にバイトに行くって 話をしてたんだよ」  友希だな。 「それでボク、お兄ちゃんのバイト先が どこなのか気になって後をつけたんだ」 「そんなことしてたのか?」 「……だって、お兄ちゃんと どうにかして話したかったんだよぉ……」 「ほら、バイト先が分かったら、 そこに行ったのをきっかけに 仲良くなれるかもしれないし……」 「あ、でもでも、ボクってもしかして、 もしかしてだけど、ストーカーっぽいっ? どうしよぉっ!?」 「千穂にならいくらでも ストーカーされたいけどね」 「えぇぇっ、そ、そんなこと言って、 ボク、どーすればいいのぉっ?」 「お兄ちゃんから離れられなく なっちゃうよぉ」 「じゃ、離れるなよな」 「うん、じゃ、離れないっ。 ずっとずっと、一生離れないからね」  そう言ってしばらく、 俺たちは抱きあっていた。 「それで、さっきも言った通り、 ボクはお兄ちゃんを追いかけて、 ナトゥラーレまでやってきたんだよ」 「ここでお兄ちゃんが働いてるんだ って思うと、すっごく中に入ってみたくて、 でも入れなくてね」 「だって、話しかけられたら、どうしよぉ って思うよねっ。注文なんか訊かれたら、 ボク、いったいどうすればいいのぉーっ!?」 「……まぁ、 普通に注文すればいいんじゃないかな」 「それができたら苦労しないよぉっ」  確かに、恋をしてる時っていうのは そんなものかもしれない。 「というわけで、外からお店の中を ちらちら見てたんだよ」  怪しい行動だな。 「そしたら、お兄ちゃんがいないでしょ。 だから、キッチンで働いてるんだぁって 分かったんだぁ」 「ということは、お兄ちゃんと 直接話すことはないから、店内に 入っても大丈夫って思ったんだけど」 「ボクは大変なことに気づいたんだよぉ」 「それはね、このお店に入ったら お兄ちゃんの手料理を食べる っていうことなんだよぉっ!」 「そんなのボク、胸が苦しくて、 ぜったい料理が喉を通らないよぉーっ」 「だから、けっきょく、この日は お店に入れなくて家に帰ったんだぁ」 「あぁ、なるほど。 1回目に来た時、店に入らなかった っていうのは、そういう理由だったんだな」 「うんっ。お店には入りたいんだけど、 ぜったい一人じゃ入れないって思ったから、 家に帰ってお母さんに頼んだんだよ」 「『明日、一緒に行きたいお店がある』って」 「ボクが一生懸命頼んだら、お母さんは 一緒に来てくれるって言ってくれたんだぁ」 「それで、2回目は学校でお母さんと 待ち合わせをしたってことか?」 「そういうことだよぉ。 というわけで、今から2回目のつもりで お店に入るねっ」 「いらっしゃいませ。 あら、颯太くん? 学校は?」 「休みました。病院によってきたんで」 「あ、そういえば記憶喪失って言ってたわね。 大変だったわね。 もう全部、思い出したの?」 「えぇ、まぁ」 「そう、良かったわ。でも、お大事にね」 「ありがとうございます。 奥の席、いいですか?」 「えぇ。でも、いいわね。 彼女が付き添いで病院だなんて」  最後にそう耳打ちして、 田中さんは去っていった。  気をとりなおして、 千穂と一緒に奥の席に座る。 「確かこの席でいいんだよな?」 「うん。じゃ、ここで問題。 ボクがこの席を選んだのは どうしてでしょー?」 「……えっ? えぇと……」 「ぶぶー、時間切れっ」 「いやいや、時間切れ早すぎだろっ」 「ていうか、全然わからないから、 ヒントくれるか?」 「じゃ、ヒント。ここから、 何が見えるでしょー?」  ぐるっと視界を巡らせてみる。  一箇所、ここからだけ 見える場所があった。 「……そっか。厨房の様子が ちょっと見えるんだな?」 「うん……お兄ちゃんが、 ちょっとでも見えるかなって思ったんだぁ」 「けっきょく見えなかったんだけどね。 残念だったよぉ……」  すると、田中さんが メニューとお冷やを持ってきた。 「どうぞ。ご注文が決まったら、 また来るわね」  田中さんはすぐに去っていく。  千穂が開いたメニューを見て、 こないだのことを思い出した。 「ってことは、クレープが好きなのって、 千穂のお母さんだったんだな?」 「そうだよぉ。ボクのお母さん、 お兄ちゃんと好みが似てるみたいでね、 リンゴも嫌いなんだよぉ」 「パイの部分だけ、ちょっとかじってたのも お母さんなんだよな?」 「うんっ。お母さん、リンゴは嫌いだけど、 パイは大好きだから、いつもパイの部分だけ ちょうだいって言われるんだ」 「じゃあさ、あの母乳の話って、 どういうことなんだ?」 「ボクがミルクを頼んだでしょ? お兄ちゃんの手料理が喉を通らない気が したから、そうしたんだけどねっ」 「ボクがミルクを飲んでるのを見て、 お母さんが、ボクは赤ちゃんの時も、 母乳をよく飲んでたって言いだしてね」 「ボク、粉ミルクはあんまり 好きじゃなかったんだって」 「赤ちゃんの健康には母乳が一番だし、 それが赤ちゃんにも分かるのかなって いうような話をしたんだよぉ」 「千穂は『今でもミルクが好きだよね』 とか言ったりして」 「……なるほど」 「……お、お兄ちゃんも、 今でも、ミルクが好きだもんね……」 「……………」  よくよく考えれば、 5〜6歳で母乳フェチが開眼なんて あるわけないよな……  思い込みっていうのは恐ろしいもんだ。 「……ごめんね。ボク、その、 で、出ないけど……ボクのこと、 これからも好きでいてくれる?」 「いやいや、なに言ってるんだって。 そんなことぐらい何とも思わないよ」  それに――  やってみなきゃ、分からないだろ!!  と、喉まで出かかったけど、 あれは夢だと自分に言い聞かせた。  ナトゥラーレを出ると、 千穂は一度、俺のほうを振りむき、 それから何も言わずに歩きはじめる。  俺も黙って、彼女の隣を歩いていく。  行き先は分かっていた。  その交差点で俺たちは立ち止まった。 「あのお店からボクの家に帰るとね、 この道が一番近道なんだぁ」  千穂はじっと道路を見つめる。 「このクマのキーホルダーね、 金具のところが少し緩くなっちゃって たんだよ」 「それで、カバンから外れたんだな」 「うん。でも、お兄ちゃんのことを 考えてたら、ぜんぜん気が回らなくて、 そのまま、またカバンにつけてたんだよぉ」 「帰り道、ボクはお兄ちゃんのお店に 行けたことにすっごくはしゃいでて、 飛びはねてたんだぁ」  すごく想像がつく光景だ。 「そしたらね、またキーホルダーが カバンから外れて、そこの道路に 転がっちゃったんだよ」 「お母さんがそれをとりにいってくれて、 横断歩道は青だったんだけどね」 「居眠り運転で、トラックが ものすごいスピードでやってきて、ボクの 目の前でお母さんが轢かれちゃったんだ」 「……………」  何の因果だろうか。  夢と同じでさえなければいいと 思ってたんだけどな…… 「お医者さんが言うには、 その時の精神的ショックが強すぎて、 ボクは一時的に記憶喪失になったんだって」 「そっか」 「お兄ちゃんと一緒に記憶捜しをした時に、 その時と同じような感じになったよね?」 「あぁ、クマのキーホルダーが落ちて、 俺がとりにいった」 「お兄ちゃんが車に轢かれそうになって、 ボクが叫んで、お兄ちゃんは歩道に戻ろう としたけど、けっきょく轢かれちゃった」 「千穂のお母さんの時とは違って、 車も急ブレーキでかなり減速してたみたいで、 俺のケガは大したことなかったんだけどね」 「そうなんだ。そういえば、お兄ちゃん、 ケガしてないもんね」 「じゃ、どうしてそれで記憶喪失になったの?」 「車に当たって、地面に倒れただろ。 その時に思いっきり頭を打ったからさ。 打ち所が悪かったんだって」 「そうなんだぁ」 「ボクはお兄ちゃんが轢かれるところを見て、 お母さんが轢かれたってことを思い出してね。 それで記憶が全部戻ったんだよ」 「でも、代わりに記憶喪失だった時のことを 綺麗さっぱり忘れちゃっててね」 「どうしてここにいるんだろうって、 すっごく混乱して、慌てて家に帰ったんだぁ」  つまり、千穂が以前の記憶を思い出して、 記憶喪失だった時の記憶を忘れたのと同時に、 俺は記憶喪失になったってわけだ。 「……そういえば、訊きたかったんだけど、 千穂ってお父さんいないのか?」 「あれ? お兄ちゃんに話したっけ? いないよ。昔、死んじゃったんだ。あ、 昔の話だから、それはぜんぜん平気だよぉ」 「そっか。じゃあさ、 退院したら一人暮らしだったんじゃないか?」 「あ、うん……記憶喪失っていっても、 ボクの場合はケガもないから、しばらく 様子を見た後に退院ってことになったんだよ」 「でも、ボクひとりじゃ生活できないし、 保護者は必要だからって、親戚の伯父さんが 面倒を見てくれるって話になったの」 「でも、伯父さんの家は この街からけっこう遠かったんだよ」 「ボク、ここから離れたら、大事なことが 絶対に思い出せない気がしてね。 伯父さんにウソをついたんだよ」 「記憶喪失を治すためには、 この街にいたほうが良さそうだから、 もうしばらく入院できるようになったって」 「それは、またずいぶん無茶したな」 「今考えると、ボクもそう思うよぉ」 「退院したのって、 俺と付き合ってた時だよな? 俺にぐらい言ってくれてもいいのに」 「だってだって、お兄ちゃんを 心配させたくなかったし、それに言ったら、 ぜったい反対されると思ったんだよぉ」 「それはまぁ、そうだな」 「それに結果的には、伯父さんの家に 行かなかったから記憶を思い出せたような もんだしな」 「そうだよ。ボクの判断は 間違ってなかったんだよぉ」 「でも、今度からはそういう大事なことは ちゃんと相談しようね」 「えぇぇ……持ちあげて落とす作戦だよぉ。 ボク、ぬか喜びだよ。お兄ちゃんは イジワルの天才だよぉ……」 「返事は?」 「はぁい」 「あれ? ってことはさ、 千穂はこれからどうするんだ?」 「どうするって? お兄ちゃんと イチャイチャするっ」 「いや、そうじゃなくてさ、記憶が戻ったって いっても、ずっと一人暮らしでいるわけには いかないだろ?」 「……え…?」 「いや、だって、そうだろ?」 「それはね、うーんと…… お兄ちゃん、もう一箇所だけ、 付き合ってくれる?」 「えっ? それはいいけど…?」 「ふふふー、じゃ、行こぉー。 こっちだよぉっ」  千穂に連れられて、 病棟の305号室に入った。  ベッドには見覚えのある女性が座っていた。 「お母さん、お見舞いに来たよぉ。 調子どう?」  え……お母さん? 「いらっしゃい。もうずいぶん元気に なったわよ。明日にでも退院できるぐらいね。 長いこと寝てたから、運動したいし」 「あら? そちらの方は?」 「えと……紹介するね。 ぼ、ボクの彼氏、だよぉ……」 「あらあら、そうなの? 千穂もすっかり 年頃なのね。こんなに素敵な彼氏を 捕まえちゃって」 「どうも、初めまして。千穂の母です。 いつも娘がお世話になっています」 「どうも、初めまして……」  訳が分からないまま、頭を下げた。 「お母さんは交通事故でしばらく意識も 戻らなかったぐらいなんだけど、 今はすっかり元気になったんだよぉ」 「ボクが記憶をとり戻した後に ちょうど意識が戻ったんだって。 不思議だよね」 「でもさ、千穂が記憶喪失の時、 お母さんの話なんて全然してなかったよな?」 「うん。ほら、ボクってお母さんが 事故に遭ったのを見て 記憶喪失になっちゃったでしょ」 「だから、これ以上ショックを与えないほうが いいってことで、お医者さんも看護師さんも 内緒にしてたんだって」 「ボクが気づかないように、 病室に名札もつけてなかったんだよ」  そういうことか。  そういえば、千穂のお見舞いに来た時、 「八高さんの病室」 って言って この305号室を案内されたんだもんな。  千穂のお母さんだったのか。 「ごめんね。お母さんのことで 大変な目に遭わせちゃって」 「ふふふー、いいんだよぉ。 お母さんも無事だったし、 ボクも記憶が戻ったしね」 「そうね。それに彼氏までできちゃって。 あ、ごめんなさいね。初めて挨拶するのに こんな格好で」 「そういえば、お名前はなんて言うのかしら? 千穂の彼氏ってことは晴北学園の生徒さん?」 「でも、道理で千穂の様子が いつもと違う時があったわけねー」 「もしかして、好きな人でも できたんじゃないって思ったんだけど、 まさかもう彼氏がいたなんてっ」 「もう、わたし、ビックリしすぎて、 元気になっちゃうっ! 今すぐでも退院できそうだわっ!」 「……はは……」  千穂がおしゃべりな理由が、 分かったような気がした。  病院を後にして、 俺たちは何となく、 学校の裏庭にやってきた。  すると―― 「ふぅ。やっと姿を現せるよ」 「……………」  また唐突に現れたな。  ぼんやりとリンゴの樹を眺めている千穂を 横目に、俺は小声で言った。 「最近、見かけなかったけど、 どうしたんだ?」 「妖精は他の妖精がいる時には 姿を現すことができないって 言ったはずだよ」 「他の妖精?」 「ユメグマだよ」 「……ていうかさ、 あれ全部、本当だったのか?」 「妖精は嘘をつかないって いつも言ってるじゃないか」 「それが、一番信用できなかったんだけどな」 「彼女が記憶を忘れた場所で、 あんなに都合良くキーホルダーが 落ちると思うのかい?」 「それは、まぁ……」  言われてみれば、そうなんだけど…… 「失った君の記憶をとり戻すために、 あの夢を見せたのもユメグマだよ」 「……そうなのか?」  道理でリアルな夢だったわけだ。 「そしてもちろん、君の恋が実ったのは、 ぼくのおかげだよ。感謝してほしいね」 「……………」 「ひとつ訊くけど、お前は恋を 実らせるようなことを何かしたのか?」 「ぼくが恋を実らせることを するわけじゃない」 「ぼくがしたことが、 恋を実らせるんだよ」 「結果的にしろ何にしろ――」  とりあえず、日本語がしゃべれない奴には 退場して頂いた。  そもそもあいつが変な夢を見せたせいで 勘違いする羽目になったんだよな。  会ったこともない人間を 夢に見ることはない。  夢の中の人間が現実に現れることもない。  だけど、それがQPが見せた夢なら 話は別だろう。 「お兄ちゃん、何してるの?」 「あぁいや、えぇと…… 千穂のことを考えてたんだよ」 「ここで、付き合いはじめたんだなって」 「ウソぉぉっ!!」 「えぇと……何が?」 「ボクもボクもっ。ボクも今、 お兄ちゃんと同じことを考えてたよぉ!」 「え……そうなのか?」 「うんっ。やっぱりやっぱり、 ボクとお兄ちゃんは運命の赤い糸で 結ばれてるんだよぉ。絶対そうだよぉっ」  ぎゅーっと千穂が俺に抱きついてくる。 「あのねあのねっ、 お兄ちゃん、聞いてくれる?」 「あぁ、いくらでも聞くよ。 どうしたんだ?」 「ボク、『記憶がなくても、 人を好きになる権利があるのかな』って、 お兄ちゃんに訊いたよね?」 「あぁ、覚えてるよ」 「記憶のあるボクはコーヒーが嫌いで、 記憶のないボクはコーヒーが好きで」 「だから、お兄ちゃんのことを 好きになっていいか分からなかった」 「お兄ちゃんと付き合ってからも、 記憶をとり戻したボクのこの恋は、 どこにいくのかなって少し不安だったよ」 「でも今なら、はっきり分かるんだ」 「ボクはお兄ちゃんが好き」 「記憶があっても、記憶がなくても、 お兄ちゃんのことが大好き」 「でもでも、ボク、ちょっとだけ不安で、 だから、確認しておきたいんだ……」 「……その、言うね」 「もし、記憶をとり戻したボクが、 お兄ちゃんにとって別人になってないなら、 えと……お願いします……」 「ボクを改めて、お兄ちゃんの彼女に してくださいっ」  その言葉に、満面の笑顔を浮かべて 俺は答える。 「ごめんな。あの時は分からなかったけど」 「千穂に記憶があっても、記憶がなくても、 そんなことは何にも関係なかったよ」 「俺は千穂が好きだ」 「だから、俺のほうからお願いするよ」 「俺とこれから、ずっと、ずーっと、 付き合ってくれないか?」 「えぇぇっ、『ずっと、ずーっと』って、 それってそれって……どういう意味ぃ? ボク、誤解するよ、誤解しちゃうよぉっ」 「誤解していいよ。 ていうか、誤解じゃないと思うけど」 「えええぇぇっ、どうしよぉーっ! ボク、どうすればいいのぉっ!?」 「そんなふうにお兄ちゃんに言われたら、 そんなふうに言われたらねっ」 「『うん』としか答えられないよぉぉっ!」  そうやってオーバーリアクションで 喜ぶ千穂が本当にかわいくて仕方ない。 「そういえばさ、千穂。 昨日はなんであの交差点にいたんだ?」 「あ、うん、あのねあのねっ。 ボク、大事なことを忘れてるような気が したんだ」 「それが何なのかも分からないけど、 思い出さなきゃ思い出さなきゃって ずっと思ってたんだよ」 「もしかして、もしかしてだけど、 ボクの気持ちはお兄ちゃんのことを 覚えてたのかもっ」 「そっか」  あぁ、だけどひとつだけ、 QPのおかげで分かったことがある。  千穂を失ったと勘違いした俺と、 俺のことを忘れてしまった千穂が、  それでも、あの場所で 赤い糸に引きよせられるかのように 再会した。  それは決して偶然なんかじゃなく、 俺たちの互いを求める気持ちが起こした 必然なんだと思う。 「それってさ」 「うんっ。それってそれって」 「「運命みたいだよね!」」  今度こそ本当に見つけた。  千穂っていう名前の俺の運命を―― 「こ、これからどうなさいますか…?」 「あ、えぇと……考えてなかったな。 彩雨は何かしたいことってあるか?」 「……いえ、颯太さんこそ、 何かしたいことはございませんか?」 「……彩雨はやりたいことないのか?」 「あると言えば、あるのですが……」 「じゃ、遠慮しないで言ってよ」 「ですけど……そのぉ…… あなたのしたいことが、 私のしたいことなのです」 「……そんなこと言ったら、 俺のやりたいことだって、 彩雨のやりたいことだよ」 「……とても嬉しいのですけれど、それでは 何もできなくて困ってしまうのですぅ……」 「……だよね……」 「で、では、せーので、 何かしたいことをお互い言うのです」 「あぁ、それ、良さそうだな」 「それでは参りますよ。せーの――」 「ちょっと待ってまだ――」「あなたに……触れたいのですぅ……」 「……触れたい、のか?」 「あ……あ……そんなぁ…… そんなの、ずるいのですぅっ」 「いや、わ、悪い。 ちょっとタイミングが……」 「もうだめなのです。 穴があったら入りたいのです。 表通りを歩けないのですぅっ」 「……そ、そんなに恥ずかしがらなくても。 大丈夫だよ。触りたいってだけなんだから」 「ご、後生ですから、そのようなことを おっしゃらないでください。堪忍なのですぅ」 「あ、悪い。 いや、でも大丈夫だって」 「何が大丈夫なのでしょうか?」 「ほら、俺も彩雨に触りたい……し?」 「そ、そうなのですか?」 「う、うん……」 「でしたら……いいのですよ」 「……本当に?」 「私はあなたの彼女なのです」 「じゃ……行くよ……」 「はい……あ…… とても温かいのですぅ……」 「彩雨……」 「はい、颯太さん」 「もっと、ぎゅって握ってくれるか?」 「はい、かしこまりました。 あなたの言う通りにするのです」 「……あ……ふふ、こうしているだけで、 とてもドキドキしてしまうのです……」 「彩雨……」 「颯太さん……」 「おぉ、颯太、颯太、 あなたはどうして颯太なの?」 「いきなり何なわけっ!?」 「それはこっちの台詞だよ。 君たちこそ、いったい何をしているんだい? 体験版はもうとっくに終わってるはずだよ」 「いや、そう言われたって、 せっかく彩雨と結ばれたってのに、 ここで終わりってないだろ?」 「私も、こんなところで止められてしまったら、 発売日まで夜も眠れないのですぅっ」 「ふぅん」 「『ふぅん』じゃないだろっ。 なぁ、恋の妖精は恋人の味方なんだよな?」 「もちろんそうだよ。 恋のためなら、どんなことだってするのが 恋の妖精だ」 「言ったな。二言はないだろうな?」 「もちろん、妖精は嘘をつかないよ」 「よしっ。じゃ、このまま俺たちの恋を 最後まで続けさせてくれるよな?」 「今日はいい天気だねぇ」 「なに聞こえない振りしてんのっ!?」 「何を言ってるんだい? 都合が悪い時に耳が遠くなるのは 当たり前のことじゃないか」 「どこの世界の話だよっ!」 「やれやれ、仕方ないね」 「これでタイトル画面に[おまけ]という ボタンが出たはずだよ。 一発出してスッキリしてくればいい」 「そ、それって……あの……もしかして ……はしたないこと、なのですぅ?」 「おや、まだ颯太とはしたくないのかい?」 「いえ……そういうわけではないのですが…… こ、心の準備が……まだなのです……」 「ふぅん。 まぁいいや」 「そんなことより、恋をかなえるADV “私が好きなら 「好き」 って言って!”は 10月30日(金) 発売だよ」 「なに唐突に締めようとしてるんだよっ!? 俺たちの恋の続きはどうなったんだ?」 「そんなことより、恋をかなえるADV “私が好きなら 「好き」 って言って!”は 10月30日(金) 発売だよ」 「いや、だから、そんなに待てないんだって」 「そんなことより、恋をかなえるADV――」 「……………」 「“私が好きなら 「好き」 って言って!”は、 10月30日(金) 発売だよ」 「……………」 「……………」 「あ、あはは……なぁに、そんなに見て?」 「いや、何でも……かわいいなって」 「え……う、うん……ありがとぉ……」 「お、おう……」 「颯太とこんなふうになるなんて、 て、照れちゃうね……」 「そうだよな」 「ど、どうしよっか…?」 「どうするって…?」 「付き合ったら、 することって……あるじゃん……」 「そういう目的じゃない、って言っただろ」 「……そういう目的じゃなかったら、 余計にしたくなるじゃん……」 「そうなのか?」 「え……あたしだけ? や、やだっ。今のなしっ。忘れてよっ」 「そんなに恥ずかしがらなくても、 お前いつもそんなことばかり言ってるぞ」 「……いつものは冗談だもん…… 一人だけ期待してたみたいで、 恥ずかしいし……」 「そんなことないって。 俺も、友希と同じだよ」 「颯太も……したいの…?」 「あぁ」 「じゃ……し、してみる…?」 「でも、順番があるだろ」 「な、何から順番?」 「そうだなぁ…… やっぱり、まず手をつないだりとか」 「は、はい、どうぞ。つないでいいよ」 「お、おう」 「あ……えへへ…… なんか久しぶりだね、手つなぐの」 「そうだな」 「子供の頃とぜんぜん違うね…… おっきい手……」 「友希だって、すっごく柔らかいよ」 「や……やーらしいのー……」 「これから、もっとやーらしいこと するんじゃなかったのか?」 「……う、うん……でも、順番にだもん」 「じゃ……抱きしめてもいいか?」 「は、はいっ」 「友希……」 「颯太……」 「愛とは、この女が他の女とは違う という幻想である」 「いきなり何のつもりだっ、小動物っ!?」 「それはこっちの台詞だよ。 君たちこそ、いったい何をしているんだい? 体験版はもうとっくに終わってるはずだよ」 「いや、それはそうかもしれないけど、 せっかく友希と結ばれたっていうのに、 こんなんじゃ終わるに終われないだろ」 「そうよっ。おち○ちん勃起してるのに、 『今日は生理だから』って言われた気分に なっちゃうじゃんっ」 「自家発電でもすればいいじゃないか」 「じ、自家発電なんて……もうしないもん。 颯太がいるし……」 「え……てことは、今までは…?」 「や、やーらしいのーっ。 知らないんだもんっ」 「そろそろ製品版の宣伝をしたいんだけどね」 「QP、俺にいい考えがある」 「何だい?」 「逆転の発想だよ。 このまま最後までやらせてくれれば、 製品版の宣伝をしなくていいんじゃないか?」 「君は何を血迷っているんだい?」 「お前の魔法なら、できるはずだろっ? なっ、頼むよ。俺には分かる。 きっとみんなもそう思っているはずだ!」 「やれやれ、仕方ないね」 「これでタイトル画面に[おまけ]という ボタンが出たはずだよ。 一発出してスッキリしてくればいい」 「……い、一発でスッキリできるの…?」 「一発でだめだったら、二発でも三発でも 好きにするといいよ」 「そ、そんなにされたら…… あたしが、おかしくなっちゃうんだもん……」 「それじゃ、恋ができるADV “私が好きなら 「好き」 って言って!” は――」 「いや、待て。騙されないぞっ! 俺たちはえっちよりも、 この恋を最後まで続けたいんだっ!」 「お前は恋の妖精なんだろっ。 俺たちの恋を応援してくれてる んじゃなかったのか?」 「いくら体験版だからって、恋は恋だろ。 最後までできないのは、あんまりだっ。 あんまりだよっ!」 「……まぁ、確かに君の言うことは一理ある。 しょうがないね。ぼくは恋の妖精だ」 「君たちの恋が成就する魔法を 唱えてあげよう」 「本当かっ? 絶対だろうな?」 「妖精は嘘をつかないよ」 「その代わり、少し特殊な魔法だからね。 君が途中で口を挟むと、 その時点で失敗してしまう」 「最後まで黙って聞いているんだよ。 いいかい?」 「おう、分かった」 「それじゃ、行くよ」 「恋をかなえるADV “私が好きなら 「好き」 って言って!”は 10月30日(金) 発売だよ」 「……………」 「エロゲーは予約が9割の世界だからね。 確実にゲットしようと思ったら予約あるのみ。 お家の近くのエロゲ屋さんまでダッシュだ!」 「……………」 「それじゃ、 君に会える日を楽しみに待っているよ」 「いやいや、お前、どう考えても 締めにかかってるよねっ!?」 「あぁっ、なんてことをするんだいっ!? せっかくもう少しで魔法が完成した っていうのに」 「……………」 「君が『どうしても』って言うから 頑張ったのに。おかげで台無しだよ。 あれだけ注意したっていうのにね」 「まぁでも、こうなってしまった以上は 仕方がない。体験版はここまでだよ。 その代わりと言っては何だけど――」 「製品版を、ぼくの感覚で1.5倍は 楽しめるようにしておいたよ」 「……えへへ……まひるは嬉しな…… 颯太とまた付き合えたな……幸せ気分だな」 「俺もすごく幸せだよ」 「え……き、聞いてたのかっ!?」 「聞こえてないつもりだったのか……」 「か、勘違いしちゃダメなんだぞっ。 まひるは、おまえのことなんか……」 「大好きなんだろ」 「……勘違いしちゃダメなんだ……」 「大好きじゃないのか?」 「……大好きなんだ……」 「まひるは、かわいいな」 「え、えへへ……やった…… 褒めてもらったんだ……」 「まひるはもっと褒めてもらいたいんだ。 どうすれば褒められる?」 「じゃ、俺のことどう思ってるのか、 聞かせてくれるか?」 「……まひるは……颯太のこと、好き……」 「好きなだけか?」 「一緒にいると……ドキドキするんだ…… まひるはどうしていいか分からないんだ……」 「もっと颯太に喜んでもらいたいのに、 まひるは何もうまくできない……」 「そんなことないよ。 まひるがこうやってしゃべってくれて、 俺はすごく嬉しい気持ちになるから」 「こんなことで、嬉しかな?」 「あぁ、嬉しいよ」 「そっか。 颯太は嬉しな。 まひるも嬉しな」 「まひるは颯太とずっと一緒にいたいんだ。 離ればなれは寂しいんだ。でも、どうしたら ずっと一緒にいられるか分からないんだ……」 「ずっと一緒にいたい、 って言えばいいんだよ」 「そんなことでいかな?」 「あぁ、言ってみな」 「まひるは……颯太と、ずっと一緒にいたい。 これでいかな? 100点かな?」 「120点だよ。 ずっと一緒にいような」 「えへへ……やった。ずっと一緒。嬉しな。 思ったより、簡単だたな……」 「好きだよ、まひる」 「まひるも、好き」 「他に思ってることはあるか?」 「……どうしたら、颯太とキスできるかな?」 「え……それは……」 「ダメなのか? キスはできないか? まひるには無理か?」 「……『キスしよう』って言えばいいんだよ」 「そっか。 じゃ、颯太、まひるとキスしよかな?」 「じゃ、目つぶってくれるか?」 「……まひるはちゃんと見たいな。 ダメか?」 「しょうがないな」 「まひる……」 「颯太……」 「キスをする時に目を閉じない女を 信用するな」 「キスをする時に、 横から変なこと言ってくる奴のほうが 信用できないんだけどっ!?」 「ふぅん」 「『ふぅん』じゃねぇよっ。 いったい何がしたいわけっ!?」 「それはこっちの台詞だよ。 君たちこそ、いったい何をしているんだい? 体験版はもうとっくに終わってるはずだよ」 「え……もう終わりか…? 寂しな……」 「……いや、お前の言うことも分かるけどさ、 いくら体験版が終わったからって、 恋は急には止まれないだろ……」 「な、もうちょっとだけ。 あと少しだけ続けさせてくれよ」 「やれやれ、仕方ないね」 「これでタイトル画面に[おまけ]という ボタンが出たはずだよ。 一発出してスッキリしてくればいい」 「それって、もしかして…?」 「……颯太はスッキリしたいのか? まひるがスッキリさせたほうがいかな?」 「う……」 「それじゃ、ごゆっくり」 「いやいや、騙されないぞ。 俺がまひるを好きな気持ちは、 性欲なんかじゃないんだっ!」 「颯太がそう言うなら、まひるもそうなんだっ! まひるは颯太の味方なんだっ! 騙されないぞっ!」 「それなら、どうすればいいんだい?」 「ちょっとだけでいいからさ、お前の魔法で こそっと体験版の続きを見せてくれよ」 「まぁ、それぐらいなら構わないけどね」 「よしっ、絶対だな。言質とったぞ。 確か、妖精は嘘つかないんだよな?」 「もちろんだよ。 ただし、その魔法を使うには 先に宣伝をする必要があるんだ」 「宣伝さえできればいいと思って、 そのままウヤムヤにしないだろうな?」 「そんなことするわけないじゃないか。 約束はきちんと守るよ」 「よし、それならいいよ」 「恋をかなえるADV “私が好きなら 「好き」 って言って!”は 10月30日(金) 発売だよ」 「告白後は、イチャイチャラブラブの ひたすら甘い恋愛を楽しめるから、 ぜひ期待して待っているといいよ」 「よしっ、もういいだろ。 さ、続きだ続きだ」 「それじゃ、告白後の展開を少しだけ ダイジェストでお送りするよ」 「待ってましたっ!」 「『ま、まひるは颯太のことが好きなんだ』 『俺もだよ、まひる』『もう、まひるは  我慢できないんだ』『何がだ?』」 「……………」 「『分かってるくせに、颯太はズルいんだ……』 『まひるの口からちゃんと言ってくれないと、  分からないぞ』『は、恥ずかしな……』」 「……………」 「『恥ずかしくないよ。まひるが大人なら  言えるはずだろ』『わ、わかた……じゃ、  まひるは言うんだ……』」 「『こんな低クオリティの  ダイジェストじゃなくて、  ちゃんと製品版をやってほしな』」 「ど、ど……どうしよぉーっ!! お兄ちゃんってば、お兄ちゃんってば、 告白しないで終わっちゃったよぉーっ!」 「おかげで何にも起こらないよぉっ」 「うーん。 でも、気になる子がいなかったんだから 仕方ないよ」 「えぇっ、そんなぁ…… ボクに告白してくれてもいいのにぃ。 薄情者ぉ……」 「千穂ちゃんのことは知らないから、 告白しようがなかったんじゃないかな」 「あぁっ、ホントだぁーっ。ボク、ボク、 お兄ちゃんと一回も話してないっ!? それどころか、登場すらしてないよぉー!」 「まぁまぁ。 ほら、今こうして登場できたわけだし」 「そっかぁ。もしかして、もしかしてだけど、 ボクたちに会いたくて、 お兄ちゃんは告白しなかったのかもっ!?」 「だといいね」 「そう考えると、告白しないのも 悪いことばかりじゃないんだね」 「うん。 せっかくの機会だし、自己紹介しとこっか?」 「あ、そうだよね。 みんなボクのこと知らないもんねっ。 初めましてー、ボクは“八高千穂”だよぉ」 「体験版では空気そのものだったけど、 製品版はメインヒロインを食うぐらいの 勢いで大活躍するから、楽しみにしててねっ」 「初めまして。コートノーブルのリンカです。 わたしは、そんな千穂ちゃんを食べちゃう ぐらい大活躍するんだからっ」 「えぇ、そんなのズルいよぉ。 ボクは食べられないんだよぉー」 「ふふっ、そんなこと言っても、 製品版になったら千穂ちゃんの唇、 奪っちゃうんだから」 「ウソぉっ!? ボクッて、リンカちゃんと そーいう関係になっちゃうのぉっ?」 「なんてねっ、ウソだよー♪」 「もうビックリしちゃうよぉ。 ボクの初めてはお兄ちゃんにあげるんだから」 「というわけで、わたしたちと恋ができるADV “私が好きなら 「好き」 って言って!”は 10月30日(金) 発売だよ」 「ぜったい覚えておいてね。 頭打って、記憶喪失なんかになっちゃ ダメだよ」 「くすっ、それじゃ、またね。 必ず会いに来てよ」 「初秋さん、 もし差し支えないようでしたら、こちらを 受けとっていただけないでしょうか?」 「……おぉ、これ、コックコートか? すごいカッコイイな。 でも、いいのか、もらっても…?」 「はい。 気に入ってくだされば幸いなのですぅ」 「颯太ばっかりズルいんだ、ヒーキなんだ」 「まひるちゃんにも、ご用意しておりますよ。 こちらなのですぅ」 「何かな? あ、えへへ、かわいい帽子なんだ。 嬉しな」 「友希さんにはこちらなのですぅ。 ご趣味に合えばよろしいのですが……」 「わぁー、綺麗なブラウス。 ありがと、こういうの欲しかったんだぁ」 「そう言っていただけると、 頑張って選んだ甲斐があったのですぅ」 「でもさ、姫守。 なんでみんなにプレゼント渡してるんだ? 今日は姫守の誕生日だろ?」 「はい。誕生日は、 生まれてきたことを周りの皆さんに感謝する 日ですから」 「え…?」 「は…?」 「まひるはそんなことないと思うんだ」 「違ったのですぅ?」 「それ、誰に聞いたんだ?」 「それは――」 「さて。 そろそろ畑の様子でも見にいってくるかな」 「部長っ! なに思いっきりウソ教えこんでるんですかっ」 「まぁまぁ、落ちつきなよ。 まさか本当に信じるとは思わないじゃないか」 「嘘をつかないでください。 目が笑ってますよ」 「は、初秋さん。私のことは構わないので、 仲良くしてほしいのです」 「いや、まぁ、 ケンカしてるわけじゃないけど……」 「悪かったね。 ちょっと悪ふざけがすぎたよ」 「いえ、姫守も怒ってないみたいですし」 「はい。それでは今日は誕生日ですから、 張りきってご奉仕するのです。皆さん、 何なりと私にご命令してくださいませ」 「……何か言い訳はありますか?」 「……信じるとは思わなかったんだ……」 「おいっ、おいったら、おいっ」 「ん? 何だ? どうした?」 「『どうした』じゃないんだ。 まひるは今日誕生日なんだぞ。 何かやることがあるんじゃないのか?」 「『何か』って、ハンバーグはさっき 作ってあげたし、ケーキも食べただろ? あ、もしかしてオムライスも食べたいのか?」 「うー……」 「えいっ! えいっ! えいっ!」 「おっ、なんだ、蹴るなって。 何が食べたいんだよ?」 「なんで食べ物ばっかりなんだっ。まひるは もう子供じゃないんだ。昨日よりも1歳 年上になったんだぞ。もう十分大人なんだ」 「そんなこと言われても、 どうすればいいんだ?」 「だから、まひるはもう大人なんだっ」 「高いヒールの靴をはいて大人っぽい服を着て、 オシャレなレストランで 大人っぽいゴハンを食べたいんだっ!」 「分かった分かった。じゃ、 まひるのやりたいようにやってあげるよ」 「颯太……」 「何だ?」 「足が痛いんだ」 「そりゃ初めてヒールの高い靴を履いたんじゃ、 そうなるよな」 「この服は窮屈なんだ……」 「まぁ、フォーマルな服ならそんなもんだろ」 「この店は静かすぎて落ちつかないんだ」 「ちゃんとしたレストランで騒ぐ人ってのは そうそういないしな」 「嫌いなモノばっかり出てくるんだ……」 「それでも頑張ったほうなんだぞ。 まひるは好き嫌いが多すぎるから、 ぜんぶ除いたら料理にならないんだよ」 「……………」 「でも、別にそんなに背伸びすることないだろ。 まひるはまひるのペースでいいと思うぞ」 「……まひるは年下だから、 頑張らないと置いてかれるんだ」 「誰にだよ?」 「友希とか……………………颯太も……」 「大丈夫だって。 まひるが大人になるまで待っててやるよ」 「ホントか?」 「あぁ」 「ホントにホントか? 絶対か? ウソつかないか? ウソついたらハリセンボン呑ませるんだぞっ」 「本当だよ。 針千本でも針万本でも呑むって」 「えへへ。 やった、颯太は待っててくれるんだ」 「お兄ちゃーん、おはよー。 久しぶりだね」 「忙しかった? 寂しくなかった? ボクはすっごく寂しかったよぉ。だって、 もう一年も会ってないような気分なんだよぉ」 「ていうか、昨日も会ったような」 「会ったけど、会ったけどね。 お店で会うのはノーカウントなんだよぉっ」 「店で会ったのを除いても、 2週間ぶりぐらいじゃないっけ?」 「2週間ぶりなんて、 ボクにとっては1年ぶりみたいなものだよぉ」 「お兄ちゃんはお仕事忙しくて ボクのこと忘れちゃったかと思ったよぉ」 「大げさだな」 「大げさなんかじゃないよっ。だってね、 あのねあのね、ボク、そろそろお兄ちゃんに 会いたいなって思ってたんだ」 「そしたら、 お兄ちゃんが『デートしよう』って言うから、 これって運命じゃないかと思ったんだよ」 「お兄ちゃんとボクは 赤い糸で結ばれてるんだよ」 「そうだな」 「えっ? お兄ちゃん、否定しないよ」 「どうしよー、ボク恥ずかしいよっ! 穴があったら、お兄ちゃんと一緒に入りたい ぐらいだよぉ」 「あ、そうだ。お兄ちゃん、どこか行きたい ところある? ボクね、お兄ちゃんと一緒に 行きたいって思ってたところがあるんだ」 「へぇ。 じゃ、そこに行こうか?」 「うんっ、案内するねっ。 こっちだよ、こっちこっち」 「へぇ、良さそうなカフェだな。 変わったメニューもあるし」 「そうでしょー。 ボクのお気に入りなんだ」 「雑貨もたくさん売っててね。 しかも、ボクの趣味にピッタリ。 ちょっとずつ買いそろえてるんだよ」 「そっか。 いま気になってるのはどれだ?」 「あのねあのね、これっ。 このクマのキーホルダーが、なんかいいな って思って」 「千穂はクマが好きだよな」 「うんっ。 あ、でも、本物はダメだよ。 ボク、食べられちゃうから」 「小熊なら大丈夫かも。でも、 小熊って日本で会えるところあるっけ?」 「いや、分かんないけど…… これ、買ってあげようか?」 「えっ? ホントに? お兄ちゃんが買ってくれるの? ボクに? ホントにいいの?」 「あぁ」 「やったー! ありがと、お兄ちゃんっ。 大好きだよーっ」 「ついでだから、ケーキでも食べていくか」 「う、うん……でもボク、あんまり お金使いたくないかも……お兄ちゃんの お店に遊びにいけなくなっちゃうし」 「なに言ってるんだよ。 奢ってやるよ」 「えっ? ホントに? どうしたの、お兄ちゃん?」 「忙しいのにデートに誘ってくれたり キーホルダー買ってくれたり奢ってくれたり、 何かあったの?」 「『何か』って、今日は千穂の誕生日だろ?」 「え……ええぇぇぇっ!? 今日、ボクの誕生日だったの? ボク、ボク、すっかり忘れてたよぉーっ!」 「なんで自分の誕生日忘れるんだよ……」 「あ、あはは……ボクの頭は あいかわらずポンコツみたいだよぉ……」 「まぁ、千穂らしいけどな。 誕生日、おめでとう」 「うん、ありがとう、お兄ちゃん」 「鈴歌、いま欲しい物ってあるか?」 「欲しいもの? あ、もしかして、誕生日プレゼントくれるの? 無理しなくてもいいのに」 「誕生日プレゼントぐらい大丈夫だって。 何でも遠慮なく言ってくれよな」 「何でも? ホントにいいの?」 「あぁ、大船に乗ったつもりでいてくれ」 「じゃ、指輪が欲しいな。 ダイヤの指輪。 5カラットぐらい」 「だ、ダイヤの指輪、5カラット……」 「くすくすっ、ドキッてした? ウソだよー♪」 「心臓が止まるかと思うぐらい ドキッとしたよ……」 「じゃあね、何にしよっかな。 あ、いいこと思いついちゃった」 「何だ?」 「くすくすっ……キス♪」 「はい?」 「……君から、キスしてよ。 すっごく濃厚なやつ」 「ここで?」 「イヤかな? なんてねっ、ウソだよー♪ え……ちょっと、待っ、ウソだって…… …あ……ん……んちゅっ……んはぁ………」 「ウソだったのか?」 「……うぅん、ウソじゃないよ……もっとして」 「なぁ友希、お前、誕生日プレゼント 何が欲しい?」 「うんとね、何かえっちな物がいいかなぁ」 「……本気で言ってるのか?」 「うんっ。 喘ぎ声とか録音してくれたら嬉しいわ」 「考えとくよ……」 「やったぁ、楽しみー」 「考えとくだけだからなっ!」 「え、えっちな物なのですぅ…?」 「そ、そんなの無理なんだ。 まひるが買おうとしても 売ってくれないんだぞっ」 「仕方がないね。ここは各自、 できる限りそれに近い物を探してくる ということで、どうかな?」 「楽しそうですね、部長」 「せっかくの誕生日だからね。 楽しまない手はないさ」 「部長さんのおっしゃる通りです。 私、清水の舞台から飛びおりるつもりで、 努力いたします」 「まひるだって負けないんだっ。 さっそく買いにいってくるんだ」 「うーむ、意外にみんなやる気だな。 俺も頑張らないと……」  そして友希の誕生日、当日―― 「はいっ、友希さん。こちらは 私からの誕生日プレゼントなのですぅ」 「ありがと。 このラノベ読んでみたかったんだぁ。 絵が結構やらしいんだよねー」 「き、清水の舞台から飛びおりるつもりで 買ってきたのですぅ」 「まひるも買ってきたんだ。 友希にプレゼントなんだ」 「ありがと。 まむしドリンクだぁ。 あははっ、精力つきそうー」 「まひるの力じゃ、それが精一杯だったんだ」 「友希、これは僕からのプレゼントだよ」 「ありがとうございます。 わぁ…… ずいぶん、露出の激しい水着ですね……」 「きっと気に入るだろうと思ってね」 「……み、みんな、 それで全部ってことないよな? 意外に普通じゃないか…?」 「私は全部なのです」 「おまえっ、まひるたちのプレゼントにケチを つけるのかっ。そういうおまえは何を持って きたんだ? 見せるんだっ!」 「あ、こら、やめろ…!」 「なんだ、これ? CDなんだ」 「再生してみようじゃないか」 「ま、待ったっ! ちょっと間違えた物を持ってきた」 「えいっ、再生」 「『あ……んっ、んん…はぁっ、いいっ、お、 いいっ、あ……あぁっ、もうっ、んんあぁっ、 は……う、お……くぅっ、んふあぁっ……』」 「……………」 「なるほど」 「何も聞こえないんだ……」 「あはは……やーらしい……」 「えへへ、 七面鳥の丸焼きと、クリスマスケーキなんだ。 おいしそだな。食べていかな?」 「まだだめだぞ。 みんなそろってからな」 「しょうがないんだ。 まひるはいい子だから、我慢するんだ」 「いい子にしてませんと、サンタさんが プレゼントを持ってきてくれませんからね」 「それなら、大丈夫なんだ。 まひるはいつもプレゼントをもらってるから、 いい子なんだ」 「すごいのですぅ。 私はまだ一度もサンタさんに プレゼントをもらったことがないのですぅ」 「『一度も』って、小さい頃もか?」 「はい。 きっと私が悪い子だからなのです」 「……ちなみに、姫守は サンタクロースの正体って知ってるか?」 「いえ、存じあげませんが、 遠い国にいらっしゃるのですよね?」 「あぁ、まぁ、そうだな……」 「今年はとてもいい子にしていましたから、 きっとサンタさんもプレゼントを持ってきて くれるはずなのですぅ」 「そ、そうだな。 きっと持ってくるんじゃないか」 「それで、こんな真夜中に 彩雨の家に忍びこもうって言うのかい?」 「だってさ、姫守のことだから、 ずっといい子にして 毎年サンタが来るのを待ってるんだぞ」 「これで何にもないんじゃ、あんまりだろ」 「仕方ないね。まぁ、この家は木造だから、 魔法で簡単に鍵を開けられるよ。 ついておいで」 「真っ暗だな?」 「そこが彩雨の寝ている部屋だよ」 「よし、じゃ、 ここにプレゼントを置いて……と」 「ん……あ…… どなたかいらっしゃるのですぅ?」 「やば……」 「こっちだよ」 「おう……」 「ぐっ、痛っ」 「何をやっているんだい? 早く行くよ」 「お、おう……」 「初秋さんっ、ご覧になってくださいますか? サンタさんにプレゼントをいただいて しまったのですぅ」 「おぉ、そっか。 いい子にしていた甲斐があったな」 「はい。 ありがとうございます。 初秋さんのお陰なのですぅ」 「いやいや、姫守が頑張ったからだよ」 「くすっ、ですけど、初秋さんのお陰なのです」 「どうやらサンタクロースの正体が バレてしまったようだね……」 「よし、もう少しでできるぞ」 「くすくすっ、楽しみ。いつも年末はライブ だったりお仕事入ってたから、こんなに ゆっくり年越しするのって久しぶりだよ」 「ところで、こんな真夜中に さっきから何を作ってるんだい?」 「年越し蕎麦だよ。 知らないのか?」 「初耳だよ。 どうして蕎麦なんだい?」 「蕎麦は細くて長いから 『長生きできるように』って意味だった と思うけど」 「それにお蕎麦はおいしいんだよ。 QPも食べる?」 「そうだね、それじゃ―― がつがつがつがつがつ……!!」 「作ってる途中に がつがつ食わないでくれるっ!?」 「仕方がないね。 もういいや」 「ぜんぶ食べてるよねっ!?」 「あんまりおいしくなかったよ」 「……ふ、ふふふ、なぁ鈴歌、 年越し蕎麦の代わりに、新しいメニュー 思いついたんだけど、今年はそれでいいか?」 「え、えーと、何かな?」 「妖精の丸焼きだっ! きっと縁起がいいぞっ」 「やめるんだ、初秋颯太。 妖精っていうのは基本的に 煮ても焼いても食えないんだよ」 「バカにしてるのかっ!? こらっ、逃げるなっ! 待てえぇぇぇぇっ!!」 「もう、仲がいいんだから。くすくすっ。 それじゃ、 来年もどうぞよろしくお願いいたします」 「おいっ、おまえっ、 今日はバレンタインデーなんだ」 「そうだけど、あぁ、もしかして チョコレートをくれるのか?」 「な、なんで、まひるがおまえに チョコレートをあげなきゃいけないんだっ」 「むしろ、まひるがおまえから チョコレートをもらうんだぞ」 「いや、それ意味が分からないから。 バレンタインは女の子から男の子へ チョコレートをあげる日だろ」 「そんなことは関係ないんだ。 まひるはただ颯太のチョコレートを 食べたくなっただけなんだ」 「あぁ、そう」 「あ、おまえっ、なんだっ、それはっ。 無視かっ、無視する気だなっ」 「無視はいけないんだぞ、イジメだぞ。 イジメは悪いことなんだ。 罰としてまひるにチョコを作るんだ」 「分かった分かった。 しょうがないな、お前は」 「えへへっ、やった。 チョコ、チョコ、チョコレート♪」 「何してるんだ、颯太、早く行くんだ。 まひるはもう待ちきれないんだぞ」 「できたか?」 「いやいや、いま作りはじめたばかりだから」 「暇なんだ。まひるも一緒に作るんだ」 「『作る』って言っても、チョコレートケーキ だからな。まひるにはちょっとハードルが 高すぎると思うぞ」 「無理なのか……じゃ、仕方ないんだ……」 「まぁ、 湯煎で溶かして好きな形のチョコを作る ぐらいなら、まひるでもできるか」 「ホントかっ? どうすればいいんだ? まひるもチョコ作るんだ」 「じゃ、まずチョコレートを刻んで」 「分かったんだ。 えいっ!」 「いや……チョコレートは俺が刻むからな。 まひるはチョコの型を選んでてくれ」 「分かったんだ」 「えへへっ、できたんだ。おいしそだな。 食べていかな? お腹すいたな」 「チョコレートケーキは焼くのに もうちょっと時間かかるから、 そっち先食べてもいいぞ」 「ふたつあるから、颯太にひとつあげるんだ」 「そうか? じゃ、こっちの小さいほうを……」 「だ、ダメなんだっ! 星はまひるのものなんだ。 颯太はハート型にするんだ」 「そ、そうか? じゃ、もらうな。 ……もぐもぐ」 「じー……」 「な、なんだ…?」 「おいしいか?」 「あぁ、まぁな」 「えへへ、そっか。 まひるのチョコはおいしいんだ。 大成功だな」 「ねぇねぇ颯太、 ホワイトデーのおねだりしてもいい?」 「何だ? 何か欲しい物があるのか?」 「うんっ、 ホワイトチョコのフォンダンショコラを 作ってほしいんだぁ」 「おう、いいぞ。 じゃ、作ってきてあげるよ」 「作るところ見にいってもいい?」 「あぁ、別にいいぞ」 「ねぇねぇ、 フォンダンショコラの型だけど、 これにしない?」 「これじゃ棒状になるから、 フォンダンショコラっぽくないぞ」 「えー、それがかわいいんじゃん」 「まぁいいけどさ」 「よし、焼けたぞ」 「やったぁ。 ふふっ、おいしそう」 「あぁ、こんな形のフォンダンショコラは 初めて作ったけど、こうして見ると結構 おいしそうだよな」 「うんっ、温めて大っきくなったから、 勃起したおち○ちんみたいだよね」 「おい……」 「食べてもいい?」 「あ、あぁ」 「じゃ、ここを切りとっちゃお。あははっ、 やーらしいのー。中から白くて、とろとろの チョコレートがこんなに溢れてきちゃった」 「いやらしい言い方しないでくれるっ!?」 「……ん……ぺろぺろっ、あははっ、 颯太のホワイトフォンダンショコラ、 とろとろですっごくおいしいよ」 「何かと誤解しそうだからやめようねっ!!」 「大変だ、初秋颯太」 「何がだよ?」 「今、君の未来が見えたんだ。 落ちついて聞いてくれるかい? 今からちょうど24時間後に、君は死ぬ」 「は…!? そんなこと急に言われても 信じられるわけないんだけど…?」 「ちなみに、今から1秒後に 君はバナナの皮で滑って頭を打つよ」 「ぐあっ! う……い、痛い……」 「この時の傷がきっかけで君は死ぬんだ。 残念だけど、恐れていた未来が現実に なってしまったようだ」 「ていうか、お前の話に気をとられなければ、 今のバナナの皮は避けられたんだけどっ!?」 「ぼくの行動まで君の死の一因となっていた なんて、恐ろしい話だ」 「恐ろしいのはお前の単細胞な頭だよっ」 「ていうか、どうすればいいんだよ? マジで死ぬのか? 魔法で何とかできないのか?」 「確かに、君の命を救う魔法を使うことは できる」 「なんだよ、それを先に言えよな」 「だけど、その魔法は童貞には効かないんだ」 「は?」 「ぼくは恋の妖精だからね。効果の強い魔法は 恋と親和性の高い相手にしか効かない。 童貞に効くわけがないじゃないか」 「……つまり…?」 「24時間以内にセックスをしないと 君は死ぬんだ」 「嘘だああぁぁぁっ!!」 「嘆いている暇はないよ。 さぁ、早く相手を見つけるんだ」 「友希っ! 頼みがあるっ! 何も言わずに俺とセックスしてくれっ!」 「あははっ、エイプリルフールでしょ。 そんなバレバレの嘘をついたってだめよ」 「いや、違うっ。そうじゃないんだっ」 「うんうん、分かってるわ。 今度はもっとやらしいの考えてきてね」 「姫守、頼みがあるんだ。じつはだな、 俺は今すぐセックスしないと十数時間で 死んでしまう病気にかかってしまったんだ」 「そうなのですね。お力になれればいいのです が、じつは私、今まで黙っていたのですが、 男の子なのですぅ」 「はい?」 「くすっ、エイプリルフールなのです」 「いや、俺のは違うんだけど……」 「まひるっ、お願いだっ! エイプリルフールじゃない、本気だ」 「俺はどうしてもお前とセックスしたいんだっ! 頼むっ! この通りだ!」 「な、なんで、 まひるがそんなことしなきゃいけないんだっ。 とうとう気が狂ったのかっ?」 「いや、正気だっ! お願いだ。 先っちょ、先っちょだけでいいからっ! そうじゃないと死んじまうんだっ!」 「や、やだぁっ! 気持ち悪いんだっ! あっち行けーっ!」 「もうだめだ。 あと30分もない……俺は死ぬのか。 童貞なばっかりに……あんまりだ……」 「こら、男の子が道路にうずくまって 何してるの? 情けないぞ」 「まやさん……」 「ん? 泣いてたの? どうしたの? お姉さんに言ってごらんなさい」 「……俺、童貞なばっかりに死ぬんですよ……」 「え…? んー、よく分からないけど、 わたしで良かったら、してあげよっか?」 「……いいんですか?」 「うん。 でも、初めてだぞ」 「あ、ありがとうございますっ! まやさんは、俺の命の恩人ですっ! ……あとはQPを呼んで――」 「呼んだかい?」 「あぁQP、ちょうど良かった。 俺、今からようやく童貞を卒業できるんだ。 魔法、まだ間に合うよな?」 「魔法?」 「俺が死ぬのを何とかするための魔法だよ」 「あぁ、何を言ってるんだい? 君が死ぬなんて、嘘に決まってるじゃないか」 「はい?」 「昨日はエイプリルフールだったからね」 「妖精は嘘つかないんじゃなかったっけ?」 「エイプリルフールは嘘に入らない に決まってるじゃないか」 「……………」 「颯太くん……それで、どこで、する…?」 「……頼む、夢なら早く覚めてくれ……」 「突然で恐縮なのですが、質問なのです。 あと1ヶ月経ちましたら、することができる 素敵なことといえば何でしょうか?」 「はいっ! ヒントが欲しいんだっ!」 「まひる、いきなりヒントはどうかと思うわ」 「それではヒント1なのです。 本日は発売1ヶ月前です」 「分かったんだっ。1ヶ月経ったら オムライスがたくさん食べられるんだっ。 間違いないんだっ!」 「ハズレなのですぅ」 「……ハズレだったんだ……」 「友希さんはお分かりになりますか?」 「うんとね、下ネタがたくさん言えるとか?」 「そういうことは、 あまり申してはいけないのですぅ」 「えー、じゃ、もうひとつヒントちょうだい」 「それではヒント2なのですぅ。 私たち三人ともに共通することなのです」 「三人ともかぁ。 何かなぁ?」 「……まひるは全然わからないんだ」 「うーん、あたしも分からないわ。 答え、なに?」 「くすっ、正解は“恋”なのですぅ」 「女の子って何でできてる? 女の子って何でできてる?」 「打算と理不尽」 「そして悲惨な何もかも」 「そんなものでできてるよ」 「まずい、初秋颯太、彼女たちを止めるんだっ! 発売3週間前のデリケートな時期に、 あんなことを言わせてはいけない」 「おうっ!」 「男の子って何でできてる? 男の子って何でできてる?」 「亀とタマタマ」 「おたまじゃくし」 「そんなものでできてるよ」 「みんなの……いや、俺たちの夢を壊すのは やめろぉーっ!!」 「兄さんに恋をして、 兄さんも恋をして、 兄さんと恋をした」 「チュアブルソフトがおくる お兄ちゃん一途萌えADV『アスタリスク』 いよいよ発売2週間前だ」 「発売2週間前に いろいろと間違った情報ながすの やめてもらえますっ!?」 「あははっ、いいじゃん。 お兄ちゃん一途萌えADVって斬新よ。 『アスタリスク』ってタイトルも綺麗でしょ」 「いや、アスタリスクはどう考えても汚――」 「あー、やーらしいのー。興味ない振りして、 本当はマスターのアスタリスク興味津々 なんでしょ?」 「こういうのもあるぞ。 ゲイ春ロケットGO! 終わらない夏のカウントダウンが始まる」 「そんな終わらない夏は嫌だっ! いったい何がしたいんですか?」 「まぁ、なんだ、俺は出番が少ないからな。 今のうちにファンディスクを見据え、 攻略キャラへの格上げを狙うことで、」 「出番も増え、 かつ幅広いニーズに応えることができる」 「ユーザー側のメリットとしては新たな性癖に 目覚めるというか、世の中には色んな穴が あることを知ることができるというかな」 「余計なお世話なんですけどっ!?」 「というわけで、 『俺が好きなら 「好き」 って言えよ』 発売2週間前だ。予約、よろしく」 「でもマスターって 普段はそんなホモキャラじゃないですよね」 「そんなことより、 ちゃんと本編の宣伝してよねっ!!」 「発売1週間前だよ。 くすくすっ、ようやく出番が来たね。 待ちくたびれちゃった」 「リンカちゃんはいいよ。 体験版でも冒頭から出てるんだから」 「ボクなんかボクなんか、 姿形も見えないし、 一言だってしゃべってないんだよぉっ」 「この扱いの悪さ、 ぜったいオマケ程度の攻略キャラだよ。 がっかりだよ」 「そんなことないよ。 真打ちは遅れてやってくるんだから。 むしろ、わたしたちが本命だよ」 「そうだといいんだけど……」 「大丈夫、絶対そうだよ。 早く、こうやって千穂ちゃんと たくさんお話したいね」 「うんっ、ボクもリンカちゃんとお話したい。 ボクたち、どんなふうな会話するんだろう? ぜんぜん想像もつかないよぉっ」 「じゃ、ちょっと予行練習してみようよ」 「うんっ、いいよぉっ」 「ねぇ……千穂ちゃんって記憶喪失って 聞いたけど、兄弟がいたかも覚えてない? お姉さんとか?」 「お姉ちゃん? うーん、それも覚えてないよぉ」 「そっか……」 「それがどうかしたの?」 「うぅん、何でもない……」 「あれ、リンカちゃん。何か落ちたよ。 え……このペンダントの写真……ボク…? も、もしかして、リンカちゃん…?」 「……うん。じつは わたし、千穂ちゃんの……お母さんなのよ」 「え、えええぇぇぇっ!!!? お母さんってことは、お母さんってことは、 リンカちゃん、いくつの時に産んだのぉっ!?」 「なんてねっ、ドキッてした? ウソだよー♪」 「え、ええぇぇぇっ、ウソなのぉっ?」 「うん。 だって、千穂ちゃんとわたし接点ないし、 たぶん1回も話さないと思うよ」 「えええぇぇっ、1回もっ!?」 「くすっ、ドキッてした? ホントだよー」 「ホントなのぉぉぉぉぉぉっ!?」 「発売4日前だよっ。 あと4日でお兄ちゃんに会えるねっ。 ボク、すっごくすっごく楽しみだよぉ」 「早く早く、時間過ぎろっ。 もう待ちきれないよ。 お兄ちゃんと恋したいよ」 「えへへ、発売3日前だな。 嬉しな。 まひるも恋、できるかな?」 「うわっ、何だ? べ、別に何も言ってないんだっ。 独り言なんだっ」 「うるさい、盗み聴き大王ーっ!! 罰として、最初はまひるに告白するんだっ」 「やだやだ、まひるに告白するんだっ! 絶対まひるが一番なんだっ。 まひるじゃなきゃダメなんだっ」 「発売2日前よ。 うんとね、今どんな気分かっていうと、」 「付き合ってる女の子が 『2日後にえっちしてもいいよ』 って言ってくれた感じー」 「あー、やーらしいのー。 変なこと考えたでしょ? あははっ」 「でも、早く恋したいな。 それでね、 最初は、あたしに告白してほしいかなぁ」 「明日発売なのですぅ。 くすっ、ドキドキしてしまいますね」 「早くあなたに会いたいのです。 遊びにいって、お話をして、 それから恋をしたいのですぅ」 「つきましては、そのぉ、 不躾なお願いなのですが、最初は 私に告白していただけないでしょうか…?」 「恋をかなえるADV “私が好きなら好きって言って』 好評発売中だよ」 「くすくすっ、 早く君に、恋したいよ」 「……えぇと…… やっぱり、ここにもないのです。 どこに落としたのでしょう?」 「……な、何なのですぅ…?」 「やぁ、初めまして。 ぼくは恋の妖精QPだよ」 「妖精さん……なのですぅ?」 「そうだよ。 初めて見るかい?」 「いえ、最近プレイしている ファンタジー系のRPGでは、よくお会いします」 「私は〈姫守〉《ひめかみ》〈彩雨〉《あやめ》と申します。 恋の妖精さんとのお付き合いには不慣れ ですが、どうぞよろしくお願いいたします」 「ゲームと一緒にしてもらっても困るんだけど、 まぁいいや。 ところで、落とし物をしてしまったようだね」 「はい、この辺りに落としたと思ったのですが、 どこにも見当たらないのです」 「なるほど。 君が落としたのは、この金のラブレターかい? それとも、銀のラブレターかい?」 「いえ、マックスバーガーの ホットアップルパイ無料券なのですぅ」 「……へぇ」 「お恥ずかしながら、大好物なのですぅ。 あの無料券があれば、ホットアップルパイを 10個も食べられるのですよ」 「それじゃ、正直者の君に免じて、 ぼくが魔法で捜してあげるよ」 「よろしいのですか。 ご厚意、痛み入るのですぅ」 「ただし、ぼくが魔法を使うためには 恋の魔力を溜めなければいけないんだ」 「どうすれば魔力を溜められるのでしょうか?」 「簡単だよ。 今からぼくが恋に関する質問をするから、 答えてくれるかい?」 「かしこまりました。 私にお答えできることでしたら、 何でもお答えいたしますっ」 「彩雨は誰かと付き合ったことはあるのかい?」 「いえ、お恥ずかしいのですが、 この歳で恋人はいたことがないのです」 「ですけど、いつか素敵な人と出会って 恋をするのが夢なのですぅ。 一生に一度の恋ができたら、いいですよね」 「キスもしてみたいかい?」 「え……は、はい…… その、恋人ができましたら、 キスももちろん、したいのですぅ……」 「じゃ、その先も興味があるのかい?」 「その先って、何でしょう?」 「人間はペッティングとかも好きじゃないか」 「ペッティングなのですぅ? 申し訳ございません。存じあげないのですが、 ご教示くださいますか?」 「本番を除いたセックスのことだよ」 「セック…!? そ、そんなはしたないことは、 申しあげてはいけないのですぅっ」 「ふぅん。 恋はしたいのに、そっちは興味ないんだね。 人間っていうのはよく分からないや」 「いえ、そのぉ、興味がないわけでは ありませんけど……で、ですけど、 興味があるわけでもなくて、そのぉ……」 「どっちなんだい?」 「ぅぅ……堪忍なのですぅ…… これ以上はお話できません……」 「ふぅん。まぁいいや。 魔力は十分溜まったからね。 落とし物を捜してあげるよ」 「うん、そっちのほうの花が、 『横にアップルパイの無料券が落ちてる』 って言ってるね」 「こちらのほうでしょうか? ……あ! ありましたー。やったのですぅっ。 ご助力いただき、誠にありがとうございます」 「そんなに大はしゃぎするほど アップルパイが好きなのかい?」 「はいっ。 私、ホットアップルパイのためなら、 死んでも惜しくはないのですぅっ」 「ふぅん。 人間っていうのは変わっているね」 「それではQPさん、お世話になりました。 失礼いたしますね」 「あぁ、最後にもうひとつだけ 訊いてもいいかい?」 「はい、何でしょうか?」 「今、気になっている男の子はいるかい?」 「……はい。一人、いるのですぅ……」 「よく分かったよ、ありがとう」 「お役に立てて何よりなのですぅ。 それでは、またお会いしましょう」 「……あれー? ないなぁ…… たぶん、ここだと思ったんだけど、 誰かに拾われちゃったかなぁ?」 「うーん、誰かに見られたら、困るなぁ」 「ん……なに?」 「やぁ、初めまして。 ぼくは恋の妖精QPだよ」 「妖精っ? 嘘だぁ、そんなのいるわけないじゃん」 「そう言われても…… 現にぼくはこうしているわけだしね」 「そっかぁ。じゃ、これ、夢かなぁ? まいっか。あたしは〈御所川原〉《ごしょがわら》〈友希〉《ゆうき》よ。 名字は嫌いだから『友希』って呼んでね」 「それじゃ、友希。 何か落とし物をしたみたいだね」 「うん、そうなんだよね。 ちょっと人に見られたらまずい物を 落としちゃったんだぁ」 「なるほど。 君が落としたのは、この金のラブレターかい? それとも、銀のラブレターかい?」 「うぅん、普通のオナホールよ」 「……何だって?」 「オナホールよ、普通の色の。 でも、すっごく気持ちいいんだって。 誰かに拾われちゃったら、まずいんだぁ」 「ひとつ訊きたいんだけど、 君はオナホールをどういう時に使うんだい?」 「えー、そんなの決まってるじゃん。 おち○ちん勃起しちゃった時よ」 「何だって?」 「だから、あたしのおち○ちんが 勃起しちゃった時に使うのよ」 「……………」 「あははっ、冗談冗談。 使いたくても生えてないんだもん」 「それじゃ、いったい何に使うんだい?」 「うんとね、あたしの幼馴染みに “颯太”って男の子がいるんだけどね」 「これをあたしだと思って使ってね って言って、プレゼントしてあげよう と思ったんだぁ」 「人間の考えることは ぼくにはさっぱり分からないよ」 「えー、面白そうじゃん。でも、 オナホールに『友希』って名前書いたから、 誰かに拾われたら恥ずかしいんだよね」 「困ってるなら、ぼくが魔法で捜してあげるよ」 「本当に? そんなことできるんだぁ。 ありがとー」 「ただし、ぼくが魔法を使うためには 恋の魔力を溜めなければいけないんだ」 「どうやったら魔力を溜められるの?」 「簡単だよ。 今からぼくが恋に関する質問をするから、 答えてくれるかい?」 「うん、分かったわ」 「君は誰かと付き合ったことはあるのかい?」 「あははっ、あるわけないじゃん。 男子的に言えば、まだ童貞よ」 「そこは女子的に言ってくれて構わないよ……」 「女子的に言ったら……処女、かなぁ」 「じゃ、キスしたこともないのかい?」 「うん。 男子的に言えば、 ファーストキスはまだなんだぁ」 「それは女子的に言っても 何にも変わらないと思うよ」 「女子的に言ったら、 ファーストフェラもまだよ」 「何だって?」 「ファーストキスもまだよ」 「さっきと変わってないかい?」 「あははっ、そんなわけないないっ」 「……まぁいいや。 魔力は十分溜まったからね。 落とし物を捜してあげるよ」 「うん、そっちのほうの野菜たちが、 『近くにオナホールが落ちてる』 って言ってるね」 「えーと……ここら辺かなぁ…? あ! あったぁ。 やった、ありがとー」 「恋の妖精からアドバイスしておくと、 下ネタはほどほどにしておいたほうがいいよ」 「えー。 でも、そしたらさ、 何を話せばいいのか全然わからないわ」 「その幼馴染みの男の子に呆れられる かもしれないよ」 「そっか…… じゃ、ちょっと我慢しよっかな……」 「それがいいよ。 最後にもうひとつだけ訊いてもいいかい?」 「うん、なぁに?」 「今、気になっている男の子はいるかい?」 「……うんとね……いるよ……」 「よく分かったよ。ありがとう」 「うん、じゃ、またね。ばいばーい」 「……ない……おかしな…… まひるはここで読んでたな。 ここにあるはずだな……」 「うわっ、なんだ!? 光ったんだ…!!」 「……変なぬいぐるみなんだ……」 「失礼だね。 ぬいぐるみじゃないよ」 「しゃ、しゃべったんだっ!? なんだ、おまえっ、なんでしゃべるんだ?」 「ぼくは恋の妖精だからね。 人間の言葉ぐらいは簡単にしゃべれるさ」 「まひるは知ってるんだ。 妖精なんて絵本の中にしかいないんだぞ。 おまえの言うことは嘘八百万なんだ」 「嘘八百だろう。 そんなこと言われても、 実際いるんだから、どうしようもないよ」 「絵本の中にしかいない妖精が、 現実にいるわけがないんだ。 まひるは用心深いから絶対に騙されないんだ」 「絵本の中から出てきたんだよ」 「……そ、それなら、本物なんだ! すごいんだ、妖精はホントにいたんだっ。 絵本から出てきたんだっ」 「どうやら、まひるは頭が弱いみたいだね」 「うー…! なんだ、 妖精のくせにまひるをバカにするのかっ!? まひるキックで月までぶっとばすんだぞっ!」 「まひるキックっ!!」 「うぅ……飛ぶのは卑怯なんだ。 まひるキックが当たらないんだ……」 「でも、絶対に仕留めるんだっ! まひるはバカにされたことは絶対に 忘れないんだ。百年恨むんだぞっ」 「そういえば、 ちょうど妖精のキャンディを持ってるんだ。 君にあげるよ」 「えへへ、やったな。キャンディなんだ。 あむ……れろれろ……へへー、おいしな。 幸せだな……」 「そういえば、おまえは名前あるのか? まひるは“小町まひる”っていうんだ」 「ぼくは“QP”だよ」 「……マヨネーズみたいな名前なんだ……」 「ところで、何か捜してたみたいだね」 「そうなんだ。 台本を落として、まひるは困ってるんだ。 どこにもないんだ……」 「何の台本なんだい?」 「テレビドラマの撮影があるんだ。 まひるはこう見えて女優なんだぞ。 えっへん」 「へぇ、すごいじゃないか。じゃ、 ちょっと引っ込み思案風の女の子が告白する 演技をしてくれるかい?」 「……あ、あのぉ……あたし…… ……好き……です……」 「じゃ次、ツンデレ風に」 「……だから! あんたのことなんか何とも思ってないっ! ……ウソ……ホントは好きよ……」 「じゃ、電波な女の子が『エクスタシー』って 叫びながら、運命感じすぎて思わず告白する 感じで」 「エェェクスタシーィィィッ!! ひょぉぉっ! 運命エクスタシーィィィッ、ダメよ、ダメ、 押さえきれないラブハァァートォっ!!!!」 「うがーっ!! いいかげんにするんだっ!」 「だいたい、電波な女の子が『エクスタシー』 って叫びながら運命感じすぎて思わず告白 する感じって何だっ!?」 「そんな演技できるわけないんだっ! まひるを何だと思ってるんだっ!?」 「わりとイケてたと思うけどね。 まぁいいや。台本だけど、良かったら ぼくが魔法で捜してあげるよ」 「そんなことできるのかっ? 捜してほしいんだっ」 「ただし、ぼくが魔法を使うためには 恋の魔力を溜めなければいけないんだ」 「どうすれば、魔力を溜められるんだ? まひるが協力してあげるんだ」 「簡単だよ。 今からぼくが恋に関する質問をするから、 答えてくれるかい?」 「分かったんだ」 「君は誰かと付き合ったことはあるのかい?」 「……あるんだ。元カレは “初秋颯太”っていうひどい奴なんだ」 「キスはしたのかい?」 「……何もしてないんだ……」 「どうしてしなかったんだい?」 「まひるは悪くないんだっ。 あいつが何にもしてくれなかったから、 悪いんだ」 「ふぅん。ところで 付き合ってたのは、いつの話なんだい?」 「いや、やっぱりいいや。 聞かないでおくよ」 「……そうなのか?」 「触れてはいけないことに触れそうな気が ――いや、もう魔力が溜まったからね。 落とし物を捜してあげるよ」 「うん、そっちの樹が 『台本がそばに落ちてる』って言ってるよ」 「ここかな…? あ、あったんだっ。 やった、これで台詞覚えられるな。 じゃ、まひるはもう帰るんだ」 「最後にもうひとつだけ、 その元カレのことを訊いてもいいかい?」 「何だ? まひるはあいつの話なんて あんまり話したくないんだぞ」 「恋の妖精であるぼくにはよく分かっているよ。 本当は今でも彼が好きなんじゃないかい?」 「そ、そんなわけないんだっ! あいつのことなんか世界で一番大嫌いなんだ! おたんこなすーっ!!」 「……ないなぁ……どうしよう…… 誰かに拾われたら、ヤバいのに……」 「きゃっ、なに…?」 「やぁ鈴歌、何をしてるんだい?」 「なんだ君か、ビックリさせないでよ。 ちょっと生徒手帳を落としちゃった みたいなんだ」 「学生課に行って再発行すればいいじゃないか」 「君って恋の妖精なのに、 人間の社会に馴染みすぎだよね。 学校のこと、わたしより詳しいんじゃない?」 「この学校には君以外にも知り合いがいる からね。話していれば詳しくもなるよ」 「わたし以外にも妖精が見える子がいるんだ。 どんな子と知りあったの? 会ってみたいな」 「ヘドロのような体臭を持ち、 目は三つ、口は裂けていて、鼻が潰れている。 脚は八本で手が九本、首が二つだったかな」 「QP、それ人間じゃないよ」 「おや、そうだったのかい? まぁいいや。 それで、生徒手帳の再発行はしないのかい?」 「うん。だって、再発行しても意味ないよ。 わたし、学校に通ってないでしょ。 使う機会なんて、たぶんないし」 「それなら、どうして持ち歩いていたんだい?」 「いいでしょ…… 学校に行けなかったんだから、 気分ぐらい味わっても」 「じゃ、捜す必要もないんじゃないかい?」 「何度も説明したと思うけど、 わたしは“コートノーブル”っていう ユニットのアイドルなんだよ」 「コートノーブルはメンバーのプライベートを 完全に秘密にしてるんだから、 学生だってバレてもいけないんだよ」 「ふぅん。 人間っていうのは面倒なことをするんだね。 よく分からないや」 「君は、アイドルのことは何回説明しても 分かってくれないよね」 「そもそもアイドルなんて好きになっても、 どうせ付き合えないじゃないか。 何の意味があるんだい?」 「意味とか言われても困るんだけど…… 付き合えなきゃ好きになっちゃいけない ってこともないと思うよ」 「でも、少なくとも、 アイドルをやってる限り、 君は誰とも付き合えないだろう?」 「うん、でも、わたしはいいんだよ。 好きでアイドルをやってるんだし、 歌が一番好きなんだから」 「鈴歌も女の子だろう? 恋をすることよりも、歌が大事かい?」 「うん、そうだよ。 だって、歌はわたしの夢なんだから」 「やれやれ、しょうがないね。 君がそんなんじゃ、 ぼくがいる意味がないじゃないか」 「あ、でも、この間ね。 ちょっと気になる男の子を見つけたんだよ」 「本当かい? そうと決まれば善は急げだ。 その男の子のところへ行こうじゃないか」 「なんてねっ、ウソだよー♪」 「……………」 「そんなに怒らないでよ。 ちょっとした冗談なのに」 「もう君には期待しないことにするよ」 「くすくすっ、ごめんね。 恋の妖精さんの仕事をなくしちゃって」 「別に構わないよ。ところで、 魔法で生徒手帳を捜してあげようか?」 「そんなことできるの?」 「それぐらいは簡単だよ」 「そこの草たちが、 『手帳はここにある』って言ってるよ」 「この辺りだよね…? あ、あった。良かった。 ありがと、QP」 「礼には及ばないよ」 「じゃ、わたし帰るよ。 またね」 「鈴歌、ひとつだけ訊いてもいいかい?」 「うん、なに?」 「本当に恋にはまったく興味がないのかい?」 「……まったくない、ってこともないよ。 たまに『自分が普通の女の子だったら』って 思うこともあるんだから」 「そしたら、素敵な男の子と恋に落ちて、 歌と同じぐらいその子を好きになって、 楽しそうな学校生活を送れるかなって思うよ」 「でも、くすくすっ、今のわたしには、 そんな男の子は現れないだろうけどね」 「よく分かったよ」 「じゃ、行くよ。 またね」 「……うーん…… この辺りだと思ったんだけど、ないや。 ボクの頭はポンコツだよ」 「ふえ…? 何だろう?」 「やぁ、初めまして。 ぼくは恋の妖精QPだよ」 「わーお、妖精なんだ? すごいねっ。 ボク、妖精は初めて見たよ」 「初めて見たんなら、 もう少し驚いてほしいところだけどね」 「もちろん、ビックリしたよ! だけど、今のボクは初めてのことだらけ なんだ」 「どういうことだい?」 「へへー、何を隠そう、 ボクは記憶喪失なんだっ」 「そのわりには元気そうだね」 「それは偏見だよっ。 記憶喪失だって楽しくたっていいじゃない。 ボクのモットーは人生を楽しくなんだよっ」 「ふぅん。 そうかもしれないね。 記憶なんてなくても困らないか」 「それは困るよぉっ。友達の顔も家族の顔も 自分の名前すら思い出せなくて『自分は いったい何者なんだ』とか葛藤するよねぇっ」 「そういうふうには見えないけれど……」 「そうなんだけどっ、 じっさい葛藤はしてないけど、でも、 そういうふうに見られたいっていうか、」 「せっかく記憶喪失になったんだから、 記憶喪失ライフを思う存分に満喫したい っていうかっ!」 「そういうボクの複雑な乙女心、 恋の妖精なら分かってくれないかな?」 「断言するけど、そんな乙女心は存在しないよ」 「そんなぁ……ボクだって乙女なのに……」 「ところで、 さっき何か捜してたみたいだけど…?」 「うん。ボク、記憶捜しをしてるんだ。 すっごくぼんやりとだけど、 断片的に記憶が残っててね」 「例えば、この裏庭もちょっと覚えてて、 リンゴの樹があったような、なかったような、 気がするんだ」 「だから、その樹を見つけられたら、 ボクの記憶を思い出す手がかりになるかな って思ったんだけど……」 「リンゴの樹なんて、どこにも見つからなくて、 途方に暮れてたんだよ」 「ふぅん。 リンゴの樹ならそれだよ」 「えっ…?」 「これがリンゴの樹だったんだ。 ボクの記憶だとリンゴがなってたから、 リンゴばっかり探してたよ」 「うーん……でも、何も思い出さないなぁ。 リンゴがなってるところじゃないと ダメなのかも」 「君は何も覚えてないのかい?」 「あのねあのね、ひとつだけっていうか 一人だけ、お兄ちゃんのことだけは 記憶喪失になった時から覚えてるんだよっ」 「あ、『お兄ちゃん』って言っても、 別に兄妹でも何でもないんだけど、 ボクがそう呼んでるだけだよ」 「でも、これってすごいと思わない? 自分のことだってよく分からないのに、 お兄ちゃんのことだけは知ってるんだよ!」 「もしかして、もしかしてだけど、ボクって お兄ちゃんのことが好きだったのかもっ!? それ以外に考えられないよねっ!」 「そうかもしれないね」 「だよねだよねっ、そうだよねっ。 でも、お兄ちゃんのことは知ってるけど、 具体的には何も思い出せないんだ」 「だから、ボク、 頑張って記憶捜しをしてるんだよ」 「どんな素敵な記憶を思い出せるのかって、 すっごく楽しみなんだ。 もう待ちきれないって感じだよっ!」 「それなら、 ぼくの魔法で思い出させてあげようかい?」 「ホントにっ!? そんなことできるんだっ!? お願いしたいよっ。やってやって」 「それじゃ、行くよ」 「終わったよ」 「えっ? ホントに? うーん……ボクの記憶、 戻ってないみたいだけど…?」 「おや? おかしいね。君の記憶が元々ないか、 それとも君が『記憶を思い出したくない』と 思っていない限りは、失敗しないはずだよ」 「どっちでもないと思うんだけど…… QPちゃんの魔法が失敗した ってことはないの?」 「まぁ、たまに魔法が利かない人間はいるよ。 君がそうなのかもしれないね」 「そっか、残念。 でもボク、頑張るよっ。魔法が利かなくても、 記憶を戻せないわけじゃないもんね」 「じゃ、今度は別の場所で記憶捜ししてくるね」 「あぁ、そういえば、聞き忘れていたけど、 君は自分の名前も覚えていないのかい?」 「うん。 でも、病院の先生に教えてもらったから。 “〈八高〉《やたか》〈千穂〉《ちほ》”だよ。よろしくー」 「じゃ、ボク、 今度はあっちのほうに行ってみるよ。 まったねー」