金曜日の昼……。  週の終わり、だからこそもっとも忙しい昼。  人々がごった返した駅ビルの屋上……。  街の〈喧噪〉《けんそう》の中に立っている時とは〈打〉《う》って〈変〉《か》わって、ここはとても静かだ……。  こんな時にこんな場所で過ごしている人間がいたとしたら……、  それは間違いなく、サボりか、ニートか、私だ。 「ふぅ……」 「やっぱり……いい女には、 たばこと 屋上と ……そして ヒラヒラ服だわね……」  たばこの銘柄はマイナーなもの……誰も吸ってない様なものが好ましい。  金曜の空。  週の終わりだからといって代わり映えしない。  当たり前と言えば当たり前か……週末ごとに世の中がそんなに変わったら大変だ。  なんつーか週末がそのたびに終末の危機におちいったり……ってどんなマンガかアニメかよ……という。  ごく当たり前の週末。  その空の下。  その出会いはある意味で必然。  そのすれ違いがある意味で必然。  私と彼は〈此処〉《ここ》で会い、  そしてすれ違った。  最初の時も……そしてこれからも……彼と私は同じ道を行く事は無い。  それが必然だったから……。  金曜の空の下。  終末でも何でもない週末。  ごく平凡な週末。  彼は〈其処〉《そこ》にいた。  振り返ると見慣れない顔……。  いや……よく見ると見知った顔だ。  同じ学校の同じクラスの……あれは……たしか斜め前の三列先の……男子生徒で……名前を……。 「間宮卓司……」 「なんでこんな所に水上さんがいるの?」 「……」 「なんで君にそんな事言われなきゃいかんのよ」 「あ……いや……そういう意味じゃなくて……」 「私が〈何処〉《どこ》にいようが関係ない……」 「そ、そうだけど……でも……」 「……」 「でも意外だ……」 「え? な、何?」 「私のイメージだと、君は異性に声なんてかけられない様な人間だと思ってた」 「そ、それは……」 「……ごめん前言撤回」 「え?」 「私のイメージだと、人間に声なんてかけられない様な人だと思ってた……性別なんて関係なく……」 「そ、そんな事……」 「……そんな事?」 「……ないとは言わないけど……」 「それにしても……君は良く私に声をかけられた」 「だ、だって……」 「だって?」 「……」 「だんまりですか……あ、そうだ。間宮くん」 「は、はい?」 「NEVER KNOWS BESTとか吸う?」 「あ、いや……煙草は……」 「そう……煙草は吸わないんだ……」 「うん……」 「でも……分かる……分かるぜ……君が私に声をかけたの……」 「へ?」 「私ってさ……いつから〈此処〉《ここ》にいたんだろう……」 「いつから……私だったんだろう……」 「あ、あの……」 「なーんてね」 「は、はぁ」 「……」 「水上さんはいつから〈此処〉《ここ》にいたの?」 「……なら間宮くんはいつから〈其処〉《そこ》にいたの?」 「ぼ、ボクは……ずっと前からいたよ……」 「そう……私も結構前からいたけど、気が付かなかった……」 「ぼ、ボク……存在感ないから……」 「それはあるね……影薄すぎだわ」 「〈此処〉《ここ》から……何を見てたの?」 「別に……空見てた」 「そうなんだ……」 「神様がね」 「へ?」 「あ、ごめん……何でもないや……」 「神?」 「まぁ……いいじゃん……」  何故か神なんて言葉を出してしまった……。  そんなもん世界にいないのに……、  なんでだろ……。  この青空みてたら……そんな言葉が出てしまった。  神か……。  私には縁がないもんだね……。 「あ……」 「なんだよ……いないんだ……」 「本当に存在感が無い人なんだなぁ……」  気が付くと、間宮卓司は消えていた。  だから私は一人でこの空の下で見つめていた。  この世界を……。 「ゆきっ」 「ん?」 「あ、若槻姉妹の……小さい方」 「小さい方って何っっ」 「身長?」 「私、そんな小さくないよ……まったく……」  若槻司……私の幼馴染みでお隣さん。  並びの家に住んでる同い年の女の子だ。 「奇遇だね、杉ノ宮で会うなんて…… あ、そうかバイトか何かだっけ?」 「そうだねぇ……そんな設定もあったかもしれませんなぁ……」 「何言ってるの……由岐、バイトに設定も何もないでしょうが……」 「あ、あなたは……」 「んで? その言い方だと由岐はバイトまでサボりなわけ?」 「誰かな?」 「誰かな?  じゃないでしょっ! なんで私を覚えてないのよ!」 「え? あの……その“私の事覚えてて当然ですわっ”みたいなお姫様特性はいかがなものでしょうか? 時代錯誤では……」 「お姫様特性とか関係ないっっ。なんで司は覚えてるのに私は覚えてないとかあるのよ!」 「あるかもしれませんよ……」 「なっ」 「だめだよゆき……私達はお隣さんで幼稚園からずっと一緒だから……ゆきがお姉ちゃんの事忘れるわけないじゃん……」 「そうですか……もうそんなになりますか……」 「それでゆき、バイトは?」 「残念ながら、バイトは大人の事情で休業です」 「大人の事情で休業って……」 「んな訳無いでしょ…… ああもう! 司、これ以上話すとバカがうつるから行くわよ!」 「あはははは……そんなバカがうつるとか……お姉ちゃん……」 「なるほどね……たしかに……司のバカさがうつ――」   「ぎゃぅ」 「司の事を悪く言うと殴るわよ……」 「お、お姉ちゃん」 「もう殴られています……」 「バレエに先手ありよ……」 「バレエ関係ないしっ、つーかあんたそんなもん習ってないでしょ!」 「って……そんな事まで知ってて名前は覚えてないわけなの?」 「あーえっと……そんで若槻姉妹どもは何をやってるの?」 「どもって何よ……私達は部活の帰り! あなたとは違うの」 「んじゃねっ」 「鏡は相変わらず……ツンツンしてるねぇ」 「名前分かってるくせにそうやって意地悪……」 「いやさ……私ってツンデレだからさ……」 「人に意地悪する口実がツンデレとは言わないんだよ」 「そうなん?」 「うん、良く分からないけど……たぶんそうだよ」 「でも鏡はいつでも怒ってるねぇ……」 「そんな事ないよ。お姉ちゃんは優しいよ」 「え? いつも怒ってるじゃん」 「違うよ。ゆきが怒らせてるんだって……」 「私は怒らせる様な事なんて言ってないぞ?」 「あはは……ゆき、それ本当なら無邪気な邪鬼って言葉覚えた方がいいかなぁ……」 「あはは、知ってるよ。司の事でしょ。自虐だなぁ」   「あはは……ゆきぃ」  ミシィ……。 「あはは……あのね、司……」 「ん?」 「わ、私の足つぶれちゃうよ……そんな踏みつけたら……」 「あ、ごめんっっ。 気が付かなかったよ」  んな訳ないだろ……。  やはり同じ若槻の血……その凶暴さは姉妹変わらない……物腰は真逆でも……。 「なんかひどい事考えてない? ゆき?」 「え? そ、そんな事ないよ……あはは」 「ふぅ……でもね……ゆき。お姉ちゃんにとってゆきはずっと目標だったんだよ……」 「……目標?」 「だから、もう少しゆきもお姉ちゃんに優しくしてあげるといいと思うけどなぁ」 「優しくねぇ……」  優しくか……まぁ、司の言う事は良く分かるんだけど……実際……。 「ほら司っ! もう帰るわよ!」 「わ、分かったよ。んじゃゆき」    司は鏡の後を追いかける様に走っていった。 ああやって妹が追いかける姿……。  なんか意味もなく懐かしい風景に見えるなぁ…… なんでだろ? 「昔っから……ああやって司は鏡を追いかけてたからだろうなぁ……」  と言っても、そんな風景を思い出す事は出来ない……にも関わらずなんかその姿を懐かしく感じた……。 「さてと……」 「今日は杉ノ宮くんだりまで来て、お気に入りのバンドの新譜を買いに来たんだっけなぁ……」  駅前のロータリーを少し外れると人混みがなくなり……住宅が増えてくる。  専門店というのはだいたい繁華街から外れた場所にある。  私が杉ノ宮駅に来たのは、そんなCDの専門店を訪れるためだ……。  なのだが……。 「あれ? なんか道間違えたっけ?」  なんか知らないけど……私は良く知らない場所を歩いていた。  あれ? 良く知った道だったはずだけど……。 「CD屋ってこっちだったよな……なんか知らない場所だぞ」  路地を一本間違えて入ったかな? 「……」 「ん? なんだ?」  ……今悲鳴みたいな声が聞こえた様な気がした様な……気がしたけど??  それと、不意に頭の上に何かが当たった様な……。  自分の頭を撫でてみると……砂利みたいなものがついていた。 「? っ、砂利? 上から?」  上を見上げる。ちょうど目の前のマンションの屋上のあたりが見える。 「人影? お? おお?」  ちょ待て、なんだあれ……? なんであんな場所で……!! 「人がもみ合ってる!?」 「つーかあれ、フェンス乗り越えてないか?」  金網を乗り越えた屋上の縁で人がもみ合っている。あのままじゃそのまま転落してしまう。 「な、なんだっそれ!」  夕日を背に受ける形で……上で行われている事は良く見えなかった……けど何となくその影は何となくうちの学校の制服に見えた。 「くっ」  さすがに私はマンションに向かう。  何をしているか知らないけど……止めないと……あんな危険なまねなんか……。  マンションのエレベーターのボタンを押すが、なかなか降りてこない。 「何やってるのっっもう!」  階段は外か?  私は急いで元の場所に戻る。  ただ単に…… 信じられない光景……。  上でもみ合っていた……影の一つがそのまま空に舞う。  落下。 屋上から誰かが落ちてくる。  私は無我夢中で走り出す。  って、私どうする気だ―― 受け止める気か――  あの高さから落ちてくる人間を―― いや、さすがにそれは無理――  でも、鍛えてるじゃん――  いやいや、そんなの関係ないって―― それ、普通に私も死ぬって――  となにやら冷静なつっこみがアタマの中を駆けめぐる。  なんでこんなにいろいろ考えられるんだ? と思うぐらいに……、  そう言えば……、  すごい速度で落ちてくる……と思われた影は……思いの外ゆっくりと落ちてきている……気がする。  これが死の直前の集中力というやつだろうか……。 俗称、走馬燈ってやつですか? 「うぉおおおおおっっ」  大きく何かを叩く様な音……家の壁をけっ飛ばした様な音をもっと大きくしたような……。  地面が、へっこむ事などないコンクリートとは思えない様な……そんな音がした。  と思った。  いや……マジでしたと思ったんだけどなぁ……。 「ぽよんっ」    ぽよん? 「おっ?」  ずささーっと勢いよくすべりこんだ私の頭上に、ぽよよーんと何かが激突する。  大激突したソレは私の頭に当たってから路上へまたぽよよーんと転がる。 「お?」  何事?  ぽよよーんって……何?  私は落ちてきたものを拾い上げる。 「……ぬいぐるみ……」  なんだこいつ……なんでぬいぐるみの分際で私を睨んでるんだ?  あれか?  べ、別にあんたのために落ちてきたんじゃないんだからねっ!  とか言いたいのか?  なら私も言ってやる。 「こっちはあんたのために死ぬ気で走ったんだいっっ。少しは感謝しろっっ」  頭上を見上げようとしたその瞬間、  ぽよん   「わぁっ」  別にさして痛いわけではないのだけど、顔面に落ちてきたソレに思わず声をあげる。 「っ、今度はなに?」  私の顔面に当たったソレを拾い上げる。 「……感じ悪いなぁ……」  こっちは必死の覚悟で助けに入ったのに……、  なのに、このぬいぐるみは“落ちてみましたがそれがなにか?”とでも言いたげだ……。  うーむ……。 「なんだこれ……なんでぬいぐるみが……空から落ちてくるんだ?」  ぬいぐるみが空から降ってくる理由なんていくつもない。  飛行石だかを持っている少女か……。  あとはおっさんならラムちゃん……今時なら『はにはに』……いやはにはにだって十分古いぞ……。  今時なら『空落と』だろう……いや、それだってそのウチ古くなる……だったら、これを何と形容すべきだ? 「いや……これは……論点がずれとるな……」  私は頭上を見上げてみる。 「あれだ……」  マンションの屋上には黒い影が動いている。 「……何をやってるんだろう……」  黒い影はじぃーーっと下を覗き込んで、私の存在に気が付いたのか少しだけビクリと震えた。 「……イタズラなのかな……これって……」  とりあえず、ぬいぐるみを両手に持って“この子たち落ちたわよー”といった感じに頭上にかざしてみる。  黒い影はまだじぃっと下を覗き込んだまま。  彼女がそのまま一歩を踏み出そうとしている様に見えた……。  私は思わず……。 「わーっっ」  訳も分からず叫んで手を広げていた。  私の叫び声が途絶え……、 その微妙な沈黙と一瞬の世界の静止の後……、  その影は……屋上の方へと消えた。 「ふぅ……自殺じゃなかったのか……」  少しだけ驚いた……なんか飛び降りる気だと一瞬思ってしまった……。  ふぅ……まったくはた迷惑な話だ……。  ……私は彼女にこのぬいぐるみを届けるため……それ以上に一言文句言うために屋上に登った。  夕方の日の光を受けて、立つ少女のシルエットはとても美しかった。  屋上に流れる微風に長い髪がユラユラと揺れて……なんだか現実感を喪失してしまいそうな姿に見えた……。 「ごめんなさい」  文句言おうと思ったら……開口一番謝られた……。  いきなり出鼻くじかれた……怒鳴ってやろうと思ってたのに……。 「……いや、謝るぐらいなら、こんなイタズラなんか……」 「イタズラ?」  少女は、私の“イタズラ”という言葉にえらく疑問を持ったらしい。 「あれ? イタズラでやった事じゃないの?」 「はい……でも巻き込んでしまったみたいですね……ごめんなさい」 「巻き込んだ?」 「水上由岐さんですよね……」 「あ、うん……やっぱり北校の生徒なんだ」  制服が思いっきり北校だから分かる。 「あなたは?」 「高島ざくろです ……水上さんの隣のクラスの……」 「隣のクラス?」  そう言えば、こんな娘もいたかなぁ……。 私は基本的に同じクラスの娘すら覚えないから……お隣のクラスの女子なんて覚えてない。 「あはは…… 覚えてないんですか……」 「あはは……申し訳ない……」 「まぁ……そうなんでしょうね…… 何となく、それが分かりました……」 「何となくそれが分かった?」 「あ、 いいえ……ごめんなさい。ぬいぐるみが落ちて、水上さんとぶつかった時に、なんかそんな気がしたんですよ……」  ……。  えっと……要約すると……。  私にぬいぐるみが激突した瞬間に、この娘は私がこの娘の事を知らないという事実に気が付いた……。  となる……。 なるほど……、  意味分かんねぇ!  なんだこいつ……いわゆる不思議ちゃん系少女か? 「くす……ごめんなさい……なんか混乱させてしまったみたいですね……」  わりかし……。  とりあえず、拾った2体のぬいぐるみを差し出す。 「…………受理、されなかったんですね……」 「受理?」 「……受け取ってもらえるって思ったんですけど……どうやら、無理だったみたいです」 「しかも、水上さんまで巻き込んで……ひどい話です……」  いや……正直言うと……ひどい話では無く、ひどい説明放棄……というのが私の感想だけど……。 「何これ? イタズラじゃないんだったら……何かのまじない?」  受理とか言ってたし……まぁその類だろうなぁ……。  夕方のビルからぬいぐるみを落とすと、願い事が叶うみたいな感じかな? 「まじない……あははは……そうですね。その通りです……」 「そうなんだ……恋のおまじないみたいな感じかな?」 「……え?」  なぜか、赤くなる少女……。  なんだそれ? 「……あの、水上さんはどうして……あの時手を広げたんですか?」 「へ?」 「私が屋上から下を覗いていた時……広げてましたよね」 「あ、いやそれは別に……ぬいぐるみ捜してるのかなぁとは思ったのと……あとさ、なんだか飛び降りそうな気がして少し恐かったからさ……」 「飛び降りる……」 「いや、まぁなんていうのかね、たまたまなんだけど、高島さんのシルエット……風に吹かれたらそのまま飛ばされちゃいそうなくらい危うく見えたから……」 「だから……落ちてきちゃダメだって……こっちに来ちゃダメだぞ……って、手を広げたんですか……」 「まぁ、そうかな……もう本能的にね」 「本能……ですか……」 「くすくす……」 「?」 「くす…ふふふ……ふふふふふふふふふ」 「??」 「ごめんなさい、なんだか私……肺から空気がっ」 「肺から空気ね……まぁ一般的に笑ってるって言うけどね」 「うふふふっ。そうですねっ、私…なんだかとっても笑えてしまって……ごめんなさい」  “本能的に私が彼女を受け止めようとしたこと”が、そんなに笑えてしまうのか、彼女は目じりに涙さえ浮かべて笑っていた。 「あ、そうだ……」 「ん? どったの?」 「あ、いいえ……少しメールを……」   「メール?」 「はい……記念メールです……」   「記念メール……誰に出すの?」 「そうですねぇ……何だか158人のメールアドレスがあるので……そのすべてに送ります」 「どんな?」 「あ、いいえ…… これは見てはダメですよ……結構、引いちゃいますから……」 「引く?」 「あ、ちょっとですね…… 私、最初で最後のイタズラをしてやろうかと……」 「最初で最後の……」 「はい……最初で最後です……」 「こういうイタズラがあっても良いかなぁ……って」 「はぁ……」  そう言って笑った高島さんの笑顔は少し恐かった。  なんか凄味というか……なんか……。  呪う人みたいな……怖さ? 「……2012年7月12日……22:44……そうかそんな時間なのか……」 「こっちだとまだ夕日なのに……」    A棟の方角から扉の開く音がする。  ここからそちらの方角に目を向けていると……一人の少女がこちらにやってきた。  たしかこの少女……昨日会った……高島ざくろさんだっけなぁ……。 「こんにちは」 「あ、どうも」 「お隣にお邪魔してもよろしいでしょうか?」 「あ、別にどうぞ」  私専用ってわけじゃなし、断らなくてもいいと思うんだけど。  まあ、そんでいきなり真横とかこられたらビビるっちゃビビるんだけど。 「それでは、失礼します」    高島さんはスカートを片手で押さえながらゆっくりと私の隣に腰をおろした。 「……良くこんな場所知ってるね」 「え? どういう事でしょうか?」 「あ、いやね……この場所ってみんな気が付かないんだよね……、だからいつも私一人だったんで……」 「あ、それはですね。教室の窓から空を見ていたら青空の中に水上さんが見えましたので……」 「見えたので?」 「ご〈相伴〉《しょうばん》にあずかろうかと……」 「ご、ご相伴? な、何それ? 私何も食ってないけど??」 「空のですよ……こんな良い天気の日に独り占めは良くないと思います」 「空の?」 「はい…… 空の分け前と申しましょうか……」 「申しましょうか……というか……そんなもん無いでしょう……空は誰のものでもないしさ……」 「空は誰のものでもないですか?」 「そんな不思議そうに言われても困るけど……でもこんなもん誰かのものであるわけないし……まぁ領空侵犯とかの話なら別かもしれないけど……」 「そうですね……水上さんがそう言うならそうなのかもしれません……」 「いや……私の発言とかあんま関係ないし……」 「あの、それより水上さんは何か読まれていたみたいですけど……」    高島さんの視線が私の手に握られた一冊の本に向けられる。 「え、あ……こんなんだけど」  表紙を見せる。 「あ、その表紙は シラノ・ド・ベルジュラックですか……それなら、仕方ありませんね」 「え? 仕方ないって何が?」 「折角こんな素敵な空なのに、どうして本などお読みなのかと思ったのですが……シラノでしたら〈肯〉《うなず》けます」    高島さんは空を見上げると唇を軽く動かして静かに口にした。 「ボクたちは、ただ名ばかりでシャボン玉の様にふくらんでしまった……そんな空想の恋人に恋いこがれている……」 「さぁ、君、取りたまえ。この空想を、そして本物に変えるのは君だ」 「ボクは恋の嘆きとか書き散らかしたけど……〈彷徨〉《さまよ》う鳥の留まるのを君は見る事が出来る人なんだ」 「さあ、取りたまえ。実はないだけ雄弁だと……君にも分かる日が来るから」 「さあ、取りたまえ!」  それは私が読んでいた本『シラノ・ド・ベルジュラック』の〈一節〉《いっせつ》だった。  シラノ・ド・ベルジュラックは実在の人物で、フランス人。剣豪であり、作家であり、哲学者であり、そして理学者であったと言われている。  私が読んでいるのは、その実在の人物を元にして劇作家エドモン・ロスタンによって書かれた戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』だ。  しかし、シラノを〈諳〉《そら》んじられる娘なんてこの学校にいたとはなぁ……。 「彼は〈月世界〉《げっせかい》をいつも夢見ていましたよね」  まるで親しい〈故人〉《こじん》の話でもするかのように、彼女はシラノを彼と呼んだ。 「その戯曲では、彼は最期に月世界へと旅立ちましたが……どうして、月世界での暮らしのことは書いてないのでしょうね」 「月世界は、彼にとって素晴らしい世界ではなかったのでしょうか」 「さあ……私はシラノじゃないからわからないな」  たぶん、それは第五幕、第六場の一節。 「今日こそ俺は、この皓々たる月世界へ……機械の助けなんぞ借りなくとも。ひとっ飛びだ」 「そうだ……あの月の世界こそ……俺のためにあつらえた天国なのだ……」  シラノ・ド・ベルジュラックの最後のシーンの話を言っているのだろう……。 「なんだったら? これ読んでみたら?」  私は高島さんに本を一冊差し出す。 「あれ? これって……作者がシラノ・ド・ベルジュラック……」 「実在していた方のシラノが書いた月の旅行の話が入ってるよ……」 「書いてたんだ……本当に……」  戯曲内でシラノがその様な小説を書くシーンはない。  だが、実在のシラノはSFの先駆け的な存在の様な小説を書いている。  それは『日月両世界旅行記』(『月世界旅行記』および『太陽世界旅行記』)という形で今日では本に収められている。  そう言った意味でも、シラノを戯曲のラストで月世界旅行に旅立たせた、ロスタンの構成はなかなかのものだ……。 「ありがとうございます。また本を貸して下さるなんて光栄です」 「え? また?」 「あ、いいえ…… 何でもありません……あはははは……」   「あ、もう授業終わったんだ…… それではこれで失礼いたします……」 「あ、うん……んじゃ」  高島さんは立ち上がると丁寧に一礼して去っていった。  “また本を貸して下さる”……って言ったな。  彼女に本貸すの初めてだし……なんであんな事言ったんだろう……。 「あの〈娘〉《むすめ》は良く分からんな……」  いわゆる不思議系少女と言うやつかな……。 あんまり私が得意なタイプではなさそうだ……。  丁度入れ違えに二人の生徒が屋上へとやってくる。 「およ? あれは……若槻姉妹?」 「誰よ……あれ?」 「あれ? あれは高島さん。なんか空が綺麗だからって屋上に来たみたい」 「へぇ……空が綺麗だったからねぇ……」 「うん、なんかさ、この前も夕方のマンションの屋上にいたから空が好きなのかもね」 「ふーん……幼馴染みである私の名前は忘れることはあっても、彼女のことは良〜く覚えてるのねぇ……」 「あはは、お姉ちゃんそう言わずに……でも、ゆきがちゃんと〈他人〉《ひと》のこと覚えてるなんて珍しいかも」   「それを言うなら二人が屋上に来るのも珍しいじゃん。どうかしたん?」 「えっとね。お姉ちゃんがゆきに用事があって、私はその付き添い……て感じかな?」 「はぁ…鏡が私に用ねぇ……んでわざわざここまで来てくれたんだ……んで、何の用でしょう?」 「……」 「……」   「……由岐……」 「はい」 「何? そのジト目は……」 「いやぁ、ちと警戒をばね……」 「ほう……警戒ねぇ…… なぜ私は登場早々あんたに警戒されなきゃならないのかしらねぇ……」 「だってぇ、鏡が用事って……だいたい私にとっては不用時なんだもん」 「……」 「あっそぅ…… わ、分かったわ……帰る…… 帰るわよ! 司!」 「あ、ちょお姉ちゃんっっ」 「ゆ、ゆきっっ」 「はい?」 「謝りなさいっっ、今のはゆきが全面的に悪いよっ」 「何で?」 「何でもっっ」 「はい、ごめんなさい」 「私じゃなくてお姉ちゃんにだよっっ」 「でも……鏡が用事があるっていう時ってだいたい私が怒られる時なんだもん」 「そりゃ! あんたが怒られる様な事ばかりするからでしょっっ」   「うわ……聞こえてた……そんな遠くなのにっっ」 「ふぅ……なんで二人はそうなのかなぁ……」 「そいつが最低だからよ!」   「鏡がそうやってすぐ怒るからだよぉ……」 「あああっっ。もう! 二人とも喧嘩とかダメ! 禁止! もう!」  司が鏡をこちらに連れ返して来る……。 「はい、まずゆきがお姉ちゃんに謝る!」 「え?」 「え? じゃないっっ。はい、謝るっ」 「でもなんで?」 「ゆきぃ……」 「は、はい……ごめん」 「もっと、ちゃんと心を込めてだよっ」  なんだよ……司恐いなぁ……。  いつもおっとりしているのに……なんでたまにこんな恐いんだろう……。 「あ、うん……えっと……鏡ごめんなさい……いきなり警戒とかして……」 「そ、そんなのじゃ許さないんだから……」 「お姉ちゃん!」   「え? は、 はい……」 「許す!」 「え? あの……」 「ゆきはちゃんと謝ったんだから、ダメだよお姉ちゃんも謝らないと!」 「な、なんで私が!」 「お姉ぇちゃん……」 「あ、うん……えっと…… 許す」 「そんな許し方ないでしょう……ちゃんとだよ!」   「あ、うん……こっちこそ……すぐ怒ってごめん……」 「……ごめん」 「……こっちこそ……えっと……」 「うん、これで仲直りだよ」 「……ふんっ、な、仲直りも何も……私は喧嘩なんかしてないわよ……」 「もう……お姉ちゃんは……」 「……でも」 「……ごめん……由岐にそんないつも怒ってたつもりは無かったけど……そんな怒ってたのかな?」 「え? いや……そ、そこまでは……」 「……少し反省する」 「う、うん……」  どうしたんだ鏡?  いつも少し怒りっぽいけど……なんか今日はやけに素直だったり……怒りっぽかったり……。 「んで? 何の用かな?」 「別に……別にあんたに用なんかないわ……気分転換に屋上に来ただけ…それだけなんだから……」 「もう、お姉ちゃんっ」 「あぁっ、ごめん…… あの……うん……用事がある……」 「そうなんだ……用事って?」 「あ、あらたまって聞かれると言い出しにくいことだってあるっ」 「はぁ……」 「はぁ……、 じゃないっ! なんであんたはそうやって落ち着いていられるのよ。いつもいつも」   「う〜ん……私は鏡がどうしていつも会うたびに怒っていられるのかが不思議なんだけど」 「え? ま、また怒ってた?」 「ま、まぁわりかし……」 「えっと……あの……」 「……」   「分かった……」 「へ? 何が?」 「やっぱり、あんたが悪いっっ」 「え? なぜに?」 「そ、そうやってあんたは〈飄々〉《ひょうひょう》と人をおちょくった態度とるから私が怒るんでしょ!」 「私にとってはあんたの存在が〈理不尽〉《りふじん》極まりないわ!」 「ひどい批判だ。批判空間だ。……と言いますか、もしかしてそれ言うためにここまで来たとかですか?」 「そうよ! それが目的よ……さぁ帰るわよ司っ」 「んなわけないでしょっっ」 「いたぁっっ」   「ふぅ……あのねぇお姉ちゃん……」 「ぅっ、はい……」 「出来るって言ってたよね」 「はい……言ってました……」 「出来てないっ」 「出来てません……」 「ダメっ」 「はい……」  おお? なんじゃこりゃ? なんで鏡が司にダメ出しされてるんだ? いつもと立場が逆じゃない?  今日はそういう〈DAY〉《デイ》なのか? 「うん、鏡はダメだ」 「んだとぉぉぉおお……」 「痛いです……」 「もう、ゆきもダメっ」 「え? 私もダメ出しですか?」 「当たり前ですっっ。もう本当に二人は何がやりたいのっっ。特にお姉ちゃん! 出来ないのなら最初っから出来ないって言う!」 「っ!  で、出来るわよそれくらいっ!  司は私が信じられないのっっ」 「い、いや……私だって信じたいけど……お姉ちゃん本当に出来るの?」 「……で、出来るわよ…… うん」 「お姉ちゃんが最後までやるって言ったんだよ……」 「〈今更〉《いまさら》恐くなったの?」 「こ、恐くなんてっっ…… ないわよ……」 「……」 「……じゃあ、私屋上の外で待ってるから、 すべてが終わったら呼んでね?」 「え? あ?」 「じゃあね、ゆき」  司は手を振って屋上の外へと消えた。 「司行っちゃったけど、いいの?」 「つ、司……」  って何でこんなに不安そうなの? 鏡? 「……」  鏡は私をじっと見つめる……すんごく見つめてくる。 「え? あの……何?」 「し、仕方ないわよ。ひとりで平気って言ったのは私なんだから」 「はぁ」 「ふぅ……まぁいいわ……」 「あ、あのね、由岐!」 「は、はい……」  なぜか……鏡は〈只〉《ただ》でなくても鋭い視線をさらに鋭くさせて私を見つめる。  つーか、なんか怒りで真っ赤になってるぞ?  今まで見たこともない表情だっっ。  何?  何で?  なんか知らんけど……、 今日の鏡おかしいっ。  というか司も少しおかしかった……。  そう言えばさっきからずっと両手を後ろに回している……何かを持ってる?  不自然に鏡が何か隠し持ってる……。  何を持ってるんだろう……、 つーかなんで司いなくなったの?  っ!? 「私だって信じたいけど……お姉ちゃん本当に出来るの?」 「……で、出来るわよ……うん」 「お姉ちゃんが最後までやるって言ったんだよ……」  ちょ……待って……最後までやるって……何を?  やるって……やるって……。  そう言えば……。 「〈今更〉《いまさら》恐くなったの?」 「こ、恐くなんてっっ……ないわよ……」 「……」 「……じゃあ、私屋上の外で待ってるから、すべてが終わったら呼んでね?」 「え? あ?」 「んじゃぁね……ゆき……」  すべてが終わったら?  終わったら?  つまり……。  やる→殺る。  つまり……。 「お姉ちゃんが最後まで殺るって言ったんだよ……」 「んじゃぁね……ゆき(永遠的な意味で)」  っ!?  おおお?? 本気で私を殺す気とか?  なぜ?  という事は鏡が後ろにまわした手にあるものは……、  っ! ぶ、武器? 「え、えと……〈先〉《ま》ずは、か、感謝しなさいよ」    なぜか突然目をふせる……ってこれって……敵に間合いを計られないため?? 「え、えっと……あの……その、鏡……」 「え、えっと……その、結構手間だったんだからね……いろいろと準備して……みんなに分からない様に……」 「み、みんなに分からない様にっっ!?」  って……それって完全犯罪という事なのでしょうか? 「あ、あの……な、何を……私に……」 「そ、それは〈後〉《あと》で分かるわよ。と、とにかく〈先〉《ま》ずは感謝しなさいよ。 あんたのために私がしてあげる事……」    え? 感謝?  何それ? 殺されるのに感謝? 「そ、そんなに……怒ってたの? 鏡?」 「な、なんでそうなるのよ……私は怒ってないわよ……冷静よ……すっごく冷静……」    冷静に……完全犯罪を……遂行する気……なの? 「あ、あの……鏡さん? はやまらないで……ください……」 「は? 何それ?」 「いや……私を殺すのは……」 「こ、殺す? 誰が?」  私は恐る恐る鏡を指さす。 「っ!」 「何であんたを私が殺さなきゃいけないのよ!」 「痛いです」  そうやってすぐに暴力ふるうあたりが誤解を招いたのだと思うのですけど……。 「殺さないの?」 「当たり前でしょ!」 「ったく……今までだってあんたがサボる度に先生からプリント預かったりテスト範囲教えてあげたり、とっておいたノート見せてあげたりしてるじゃないっ」 「……私はいろいろしてあげようと……してるのに……」  そ、そうか……考えてみればそうだよな……いくら鏡でも、こんな昼間っから私を殺したりはしないよな……。  ならなんだろう……。 「だ、だから〈先〉《ま》ずは感謝しなさいよ」 「はあ、まあ、ありが……」  ふと、そこまで言おうとして理解した。  鏡が後ろに隠し持っているブツの正体を。   “とっておいたノート見せてあげたりしてるじゃないっ”  この生真面目な鏡さんが私を呼び止めて渡そうとしているもの……。  それはお勉強好きの鏡さんにとっては感謝して当然のものかもしれないけれど、私にとっては全然うれしくないというかむしろ超いらない部類に属するブツではないのだろうか。  要するに、それって私がサボってる間にとっておいたノートとかプリントの束とかじゃね? 「あのさ、鏡が後ろに隠してるものって……沢山あったりしますかね?」 「え。ま、まあ……それなりには、ね」 「分厚いの?」 「まあ、それなりには」 「分厚いんだ……」 「そ、そんなことはどうでもいいのよっ。とりあえず感謝しなさいよ」 「いや、止めときます」 「はっ。な、なんでよっ」 「だって沢山あって分厚いんでしょ? それだけ中身ぎっしりなんでしょ?」 「そ、そうよ。中身ぎっしりよ……たぶん充実してる……と思う……」 「充実……うわー」 「なっ、なななっ、何が“うわー”よっ! なんで嫌そうな顔するのよっ! 沢山あったほうがこういうのってうれしいものなんじゃないのっ?」 「いや、それは鏡さんだけだと思いますよ。とにかく私は遠慮します」  クルッとターンしてそのまま屋上のフェンス側へと向かう。 「え、ええ!? ちょ、ちょっと、待ちなさいよっ」 「待ちたくないです」  タタタッと私の後ろに鏡が駆け寄ってくる。 「待ちなさいってっ! と、とりあえず受け取りなさいよっ! あんたの分なんだからっ」 「いりません」 「なっ……。そ、そうだ! え、栄養になるわよ!」 「はあ、そうですか」  脳みその栄養とでも言いたいのでしょう。 「身につくようにはしたつもりよ?」  身につくねぇ。 「試してみる価値はあるんじゃないかしら?」 「……」  なんつーか意外。  いつもの鏡ならここまで〈粘〉《ねば》ることはないと思う。たかだかノートかプリント渡すためにそんなに必死になることないんじゃないかなぁ。  前だって「机に入れとくからちゃんと後で回収しなさいよ。そうでないと家まで持って行くからそのつもりで覚悟しなさい」とか言って引き下がったと思うけどなぁ。  面倒くさいから受け取ろうかなぁ。  と、思ったんだけど、 「……」  なんか私を見つめる鏡の瞳が妙に〈爛々〉《らんらん》としてるっっ。  ヤバイな。これはニンジンを見るうさぎの目だ。一度こっちから近づこうものなら一気に噛みついてガリガリガリと身を粉にされかねない。  受け取ったが最後、勝手に私が勉強をする気になったと誤解して授業に続くお勉強会、お勉強会に続く授業、そしてまたお勉強会、  そのループがくりかえされる、まさに無限地獄。  おっとその手にはひっかからない。思わず〈惰性〉《だせい》で地獄に誘い込まれるところだった。 「ふぅ……鏡さん」  ここはひとつ冷静かつ紳士的な対応で、この地獄への勧誘者さまにはお引き取り願うことにいたしましょう。 「なに」 「昔の人は言いました。食欲なき食事は毒であるように、意欲なき勉学は身につかないと」 「え、……由岐。お腹減ってないの?」 「はい? いや、だから身につかないのです」  お腹は減ってますよ、それなりにはね。 「…………そっか。お腹へってないなら、仕方ない、か」 「ぁ」 「……ちょっと、今のはなによ」 「え、いや、だからこれは」 「お腹減ってるんじゃない!」 「え、まあ、そりゃ」 「なら、どうして受け取らないのよ」 「え、だからそれは私にとっては身につかないし、言わば毒なんですよ」 「毒っ!? お腹減ってるくせに、私のこれは毒だっていうのっ」 「はい」    お腹との接点は意味不明だけど、さっきの私の話を受けてのことでしょう。 「っ〜〜〜〜!!  由岐のバカっ!! もうつくってなんかやらないっ!!」 「痛っ」  鏡は私の顔面にそれを投げつけるなり、 「ていうかこんなのつくるのに早起きするんじゃなかった!! 私のバカっ!!」    屋上の外へと駆け去って行った。 「わわっ、お姉ちゃんっ、ちょっと〈何処〉《どこ》行くの?!」  ドアの外で待っていた司は階段を駆け下りていく鏡を追って走っていってしまった。 「いたた……だからいらないと言っておろうに……結局私の意思とか関係なしに置いていくんじゃないですか」  落ちている〈風呂敷〉《ふろしき》袋に包まれたそれを持ち上げる。  風呂敷袋? ノートって大きさじゃないなぁ……確かに分厚いけど。 「なんだろう。このずっしりとした重量と、ありがたみを感じる〈楕円形〉《だえんけい》は。まさか、これは……」  嫌な予感を胸に風呂敷袋を開くとそこには……、 「…………そっかぁ。最近のノートってお弁当箱のカタチしてるんだぁ」  と、思わず現実逃避をしてしまった。  フタを開けてみる。 「……具沢山で……内容充実……栄養になる……なるほど、ねぇ」 「で、でもさぁ! あの鏡さんなんですよ!? 今までノートとかプリントとかそういうのはあっても、なんでお弁当!? いや、それは考え付かないって、どうしてお弁当なのかいまだにわからないもんっ」  顔を合わせれば〈二言目〉《ふたことめ》には“サボるな”“勉強しろ”“まじめにやれ”。後はキックかパンチがランダムで飛び出す暴力生真面目人間というイメージの鏡さんが、  なぜ私にお弁当を? 「はっ! まさかっ、これはお弁当のカタチをした暴力なのか!?」  耳を傾けてみるが、 「……タイマーの音は聞こえないなぁ。爆発することはなさそうだ」 「ふぅ……どうしてかは分からないけど、鏡はお弁当を作ってきてくれたんだ。私の分だって、言ってたもんね」  私が受け取るかどうか。そんなことだけで、あんなに目を〈爛々〉《らんらん》とさせて……、  どんなに意気込んでつくってきたのか、あの瞳と、このお弁当の中身を見ればわかる。投げられたせいで中身はちょっとグッチャリしちゃってるけど。 「まずったなぁ……これはさすがに謝らなきゃダメだなぁ……人として」  何故、突然鏡が私にお弁当を作ってくれたかは分からなかった。  幼馴染みで今まで長いこと一緒だったけど……鏡がお弁当作ってくれるってあったかなぁ……。  無い様な気がする……どういう風の吹き回しなんだろう……。  少しだけそんな事を思いながら、謝りに行った。  鏡は始終不機嫌だったけど……何とか許してもらえた。  のかな?  たぶん、許してくれたんだろう。 「もういいから!」  って言ってたし……、  この場合の“もういいから”は許すで理解しておkですよね……。  だめですか……すみません。  駅前をぶらついていたら見覚えのある人影を見かけた。  今日はよく会うなぁ……。  といっても相手はこっちに気付いていない様なので……、 普段なら気にせず放っておくんだけど、 「あれ? この前のマンションに入っていく……」  高島さんは前に彼女を見かけたマンションの中へと姿を消した。  恐らく向かう先は……、 「もしかして……高島さんってあのマンションに住んでるのかな?」  微妙に暇だったのと好奇心に背中を押されて私は彼女の後を追った。  マンションに入るとすでにエレベーターは動き出していた。  点滅する数字が、彼女をのせたエレベーターはそのまま屋上まで昇った事を知らせる。 「屋上? って事はやっぱり……ここに住んでるってわけじゃないのかな……」  戻ってきたエレベーターで私はそのままマンションの屋上を目指す。  この前、彼女が佇んでいた場所だ……。  まるで当然の様に、そこに立つ少女……。 「やっぱりここにいたんだ……こんなところで何してるの?」 「水上さん……こんばんは」 「あ、こんばんは」 「水上さんこそ、どうしてこのような場所に?」 「いや……昨日の今日じゃない? そりゃ高島さんの姿を見かけたから、なんとなく気になって追ってくるでしょう……」 「気になりましたか……」 「まぁ、迷惑だったらごめん。邪魔なら消えるよ」 「そんなことありません……よろしければそのままで……」 「そう?」 「……」  高島さんの足元には前にも見たことのあるぬいぐるみが転がっている。 「……また、落とすつもりだったの?」 「あ、……はい」 「そのぬいぐるみ嫌いとか?」 「いいえ。むしろ……好きです。とても大切です」 「それなのに落とすの?」 「はい……そうしないといけないので……」 「いけない? 何それ?」 「……はぁ」  私の疑問に気のない返事で答え……そのまま頭上を見上げた。 「しなきゃいけない理由って何?」 「……空……ですかね」 「空?」  たしかに……高島さんが見つめる方向には空が広がっている。  そこには人がいるわけはなく、その他の生き物も見当たらず……ただ夜空と星があるだけ……。  私の問にコクンと高島さんは〈肯〉《うなず》いた。 「……空がなんでそうしなきゃいけない理由になるの?」 「空の場所探し……そんな感じです」 「空の場所探し?」 「はい……水上さんはどう思います?」 「何を?」 「空のはじまりと終わり……」 「空のはじまりと終わり?」 「はい」 「いや……そんなの無いんじゃないの? どっからはじめても良いし、終わらせても良いし……」 「そうですね……そうだと思います……」 「それでも、終わりとはじまりを探さなければいけないとしたら……」 「それでも終わりとはじまり?」 「そう……終わった場所から……はじまりの場所……それを探さなきゃいけないとしたら……」 「えっと……あの、もしかしてあれかな? 高島さんはその空の終わりだかはじまりだかの場所を探しているって事なのかな?」 「はい……」 「あのさ……それって高島さんあれなんだよね」 「何ですか?」 「なんか壺とか売ったりするやつ……教祖様の力が入った水だとか売ったり……そういうところに入ってるって事なのかな?」 「違います。どこの宗教法人にも入ってません……だいたい私のやってる事は宗教と関係ありません……」 「そ、そうなの? んじゃ文学的な比喩?」 「比喩でもありません……」 「だ、だったら……」 「空気力学です」 「へ?」  何? もしかしてこの娘……ぬいぐるみを落として流体力学の研究でもしてるのか?  つーか落としてそんなの分かるか?  違くね? 「ここから眺める街は沢山の言葉で溢れています……いろいろな人の言葉……」 「はぁ……まぁ、いろいろな人がいるからねぇ……」 「でも、この空には言葉が溢れていません……この空には言葉が無い……」 「言葉がない……」  なんだか……比喩なんだか、マジで言ってるのか分からんなぁ……。 「この世界には、一人の少女がいます」 「はぁ……一人の少女?」 「はい、この世界には一人の少女……いいえ、この世界そのものである少女がいます」 「世界そのものの少女?」 「この少女は一人だけ……なぜならば世界そのものであるから……そしてもっと重要な事は……」 「もっと重要な事は?」 「その少女は此処にいてはいけないのです……」 「ちょ……それおかしくない? 世界そのものの少女なのに此処にいてはいけないって……」 「世界そのものが、この世界にいてはいけないって、意味分からないし……」 「分かりませんか?」 「世界そのものである少女は……本来ならばこの世界にいるべきじゃなかった……ただそれだけの事です」  そう呟くと……彼女は星を見つめる。 「夏に輝く大三角……〈直〉《じか》に見るとこんなに大きいものだとは思いませんでした……」 「その一部は天の川すらのみ込む……大きな三角……」 「えっと……さっきの話は?」 「無限な線は三角形である事……」 「え? 何?」 「ご存じではありませんか?」  いや……正直、知ってる。  聞いた事ある……って言うか読んだ事あるな、その本たしか……題名は『学識ある無知について』……んで著者は…… 「ニコラウス・クザーヌス……」 「そうそう神学者だ。良くそんな事知ってるねぇ、マニアックな……」 「感性的なものの範囲を超えることのない想像力は、線と三角形との比例関係に立たず、また量的に区別されるから、線は三角形たりうることを把握出来ない……」 「近代哲学を準備したと言われる神学者の本だね……“この三角形は円であり球である……”つまり三角はすべての図形となりそしてそれらすべてが無限たり得る……」 「三位一体説を三角形という図形を使ってその正当性を証明する試みだけど……」 「やっぱりこじつけって感じがしますか?」 「へ?」 「各種、証明の仕方と神の証明には一切の関連が無い……ましてや三位一体説と三角形は何ら関係がない……」 「って、何で私がそう考えてるとかなるの?」 「違いますか?」 「……っ」  違くは無い……そんな事を思ってクザーヌスの本を読んだ記憶はある……けど、なんでそんな事この〈娘〉《こ》が……。 「あの……なんでそんなマニアックな事を知っているのか……って疑問以上に、なんで私が考えてる事が分かる様なふりをするのかな?」 「ふり? そう思います?」 「まぁ……常識から考えて、だって他人の心なんて分かるわけないでしょ?」 「他人の心は分からない……そうですか?」 「いや、なんつーか、他人の記憶を共有する事なんて出来ないでしょ?」 「いいえ、出来ますよ」 「なんで?」 「世界そのものの少女ですから……」 「へ?」  って……何言ってるんだ? この人??  この人ってやっぱり本当に危ない系な人?  自分を世界そのものだとか言って……それってアニメの影響か? 涼宮なんとかがどうだとか言う……。 「世界そのものの少女は其処にいるべきではない……この空のどこかで待つ少女の場所に還るべきなんです……」 「えっと……参考程度にお聞きしますが……誰が空で待っているのですか?」 「……守るべき者、守らなければならないと誓った少女が、この空のどこかに……」 「世界そのものの少女は、空の少女の元に還らなければならない……」 「えっと……その世界そのものの少女って……空の少女探してるの?」 「はい……」 「もしかして、ぬいぐるみを落としてた理由ってそれなの?」 「……はい」  高島さんは2体のぬいぐるみを持ってフェンスに近付いた。  ぬいぐるみを空へとかざして、 「……この世界……この世界そのものである少女はここにいる……だから答えて……羽、咲く少女よ……」  羽が咲く…少女……天使か何かかな?  なんかそういうアニメあったなぁ……あれゲームだっけ?  この空のどこかには羽根が生えた少女が一人でいる……んで……。  あんまりアニメとか詳しくないから分からないや……。 「空に輝く、無限なる三角よ……銀河をのみ込む大いなる無限よ……少女の言葉を……」  そう、〈呟〉《つぶや》いてからぬいぐるみを投げる。  ぬいぐるみは、ほんの少しだけ浮き上がり……その後、降下していき……地面に落ちた。  まぁ当たり前なんだけどね……。 「……落ちてしまいました」 「この前やってた事?」 「いいえ、似てますが……違います」  そう言う高島さんは何故か少しだけ悲しそうな顔をする。  彼女は次のぬいぐるみを空に掲げる。 「三つの星……三つの魂よ……三角形は円であり球であり、そしてそれは無限の線である……」 「無限の線とは絶対者……一にして全、全にして一……その魂を導き給え……」  次のぬいぐるみが空に浮かんで……すぐに落ちた。 「ふぅ……落ちました」 「あの……一応物理とかで習ったよね、世界には重力というのがあってね……」 「空気力学のパイオニア……小さなエッフェルはその塔の下に立つ……」 「何それ?」 「空気力学のおまじないです」 「空気力学って……えっと……流体力学だよね」 「違いますよ……空気力学はもっと精神的な力学です……」 「あはは……精神的な力学……ですか……」  完全にオカルトだな……これ……。  高島さんはぬいぐるみを回収しに下へと向かう。  この娘に付き合うのもどうなんだろう……って頭では思えたんだけど、なんか気になって私も彼女を追って屋上を後にした。 「……」  高島さんは拾ったぬいぐるみの汚れをはらっている。 「あのさ……質問良いかな?」 「はい……」 「世界そのものの少女が、この世界から消えたら、この世界はどうなるの?」 「この世界は生まれ変わります……」 「そ、そうなんだ……」  なんだか……ますます怪しい話だなぁ……。 「もしかして、この世界が正しくないから、正しい姿に戻すために、高島さんは日夜、ぬいぐるみを落下させてるの?」 「なんでそんな風に思ったのですか?」 「あ、いや……世の中には信仰の自由って言うのもあるし、高島さんがそう思うのはそれで別に構わないんだけど……だけど……」 「だけど……どうしましたか?」 「あんまりフェンス乗り越えてぬいぐるみ落とすとかやめた方が良いよ。まず危ないし、あと近所の人も不審がるし……」 「そうですね……ただ、もしその様な事が起きたなら……それは世界が決めた運命です……世界である少女の意志です……」  うわ……深淵なんだかめちゃくちゃなんだか分からんけど、とりあえず言ってる意味分からんっっ。 「あのさ……世界に不正がはびこってて許せないって言うのは分かるし、そんな世の中を変えたいって言うのも分かるんだけどさ……」 「え? 何ですかそれ?」 「あ、いや…世の中が悪いから、それを変えるためにやってるのかなぁ……って」 「いいえ…悪いとか悪くないとかの問題では無く……そうしなければならないから……」  うわ…本格的に宗教の人だよ……。 「んで…世界少女を空の少女に戻すためにはどんな条件が必要なの?」 「世界少女……」 「え? どったの?」 「あ、いや……なんかカッコイイ響きで良いなぁ……と……」  なんじゃいそれっっ。 「夏の大三角が見える時刻……」 「夏の大三角って今7月だから結構見える時間長いよね……」 「今日は13日ですから……日が暮れる頃……東の空から昇り……明け方に西の空に消えます……」 「それで時刻は?」 「分かりません……だからいろいろな時間を試しているのです……」 「そうなんだ……」 「なら、星が綺麗に見える日じゃないとダメなんだ……」 「そうですね……」 「ところで、どうしてこのマンションの屋上なの?」  他にだって高い建物はあるだろうに、 「単にこのマンションは簡単に屋上に入れるのと、周りに邪魔になる高い建物が少ないからです」 「なるほどね……んじゃ入れればここ以外でも良いわけなんだ……」 「はい、星が良く見えれば……」 「そう……」 「あと、なんでぬいぐるみを落とすの?」 「人を模したものなら何でも……ただ、普通の人形とかマネキンだと危ないですから」 「まぁ、それはそうだね……柔らかい素材じゃなきゃいけないからぬいぐるみなんだ……」  空が綺麗に見えれば見えるほど夏の大三角の場所を把握しやすい……。 「そういえばそろそろ夏休みだね……」 「まだ一週間ぐらいありますけど……」 「少し早い夏休みの宿題みたいだね……なんかその空探し……」 「はぁ……」  そのとき、なんでそう思ったんだろう……普通に考えれば、こんな危なそうな人と一刻も早く別れたいと思うはずなのに……なのに私はまるで、  それが必然の様に……答えていた。 「なんか私も一緒に探すよ、その世界少女と空の少女が出会える場所とか言うの……」 「……は、はいっ」 「ありがとうございます」  高島さんは大きく頭を下げる。  そんな感謝されても……とも思ったが、思わずそんな事言った自分にも軽い疑問符が残った。  でも夏の夜……こうやって星々を見ながら、彼女の言う世界少女と空の少女の出会いの場所を探すというのは……なんだか楽しそうに思えた……。  そんなものが無いと分かっていても、何となくそれは楽しそうな事と思えた……。  で、帰り道。  なぜか高島さんはあの後別れることなく私の背中に黙々とついてきている。  もしかして……さっきの話を私が誰かにしゃべったりしないか監視するつもりなんだろうか?  まぁ、そう〈易々〉《やすやす》と誰にでも話すような話題ではないように思うけどなぁ……。 「あのさ、高島さん」 「はい……」 「私、誰かに話したりなんかしないよ?」 「はぁ?」 「いや、だから高島さんが話してくれたこと」 「あ、そのことでしたら別に話して頂いてもかまいませんよ? 話しても誰も信じてはくれないと思います……あんな〈変梃〉《へんてこ》なお話」 「へ、へぇ……」  そういう自覚はあるんだ……自分が言ってる事がかなり変だっていうのは……。  でも、何で私には話したんだろう……。 「なら、なんで私には話したの?」 「世界である少女が望む事は……すべて叶います……だから私が水上さんにこのお話をするのは必然なのです……」  うわ……そこは電波のままなのか……。  と、そんな話をしているウチに家の前まで来てしまった。  何故かそのまま高島さんはウチの前に立ち止まっている……これって暗にアレだよな……。 「えっと……とりあえず、寄ってく?」 「はい、お願いします……」 「飲み物、お茶でいいかな?」 「あ、すみません。ありがとうございます」  冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出し、手近にあったカップを二つとってそれに注ぐ。 「はい、どうぞ」 「あ、どうも。すみません」 「いえいえ」  二人腰をおろしてお茶を飲む。 「というか……もう、こんな時間だよ、親御さんが心配するんじゃないのかな?」 「私の事ですか?」 「いや……あなた以外いないでしょ……この場合……」 「それなら問題ありません……この世界に、私の両親はいません……」 「え?」  この世界……って、それって……。 「あ、あの……なんかまずい事言っちゃったかなぁ……ごめん」 「あ、いいえお気になさらずに……」 「両親とも何だ……事故か何か?」 「事故ではないのですが……ですが、今は両親には会えません……」 「そ、そうなんだ……」 「はい、田舎に帰っているので……」  えっ? 「って、そんな理由かいっっ」 「はい……」  “この世界”とか言うから勘違いした……その場合は“この街”でしょうに……本当に変な女の子だなぁ……。 「どっちにしても……帰らなきゃ問題はあるでしょ……」  高島さんは大きく深呼吸をすると真剣な面持ちで私の瞳を見すえた。 「ご迷惑なのは百も承知なのですが、どうか空に還るその日まで、私をここにおいては頂けませんか……」 「はい?」 「もちろん、〈穀潰〉《ごくつぶ》しになるつもりはありません。〈炊事〉《すいじ》洗濯掃除等々水上さんの身の回りのお世話を〈粉骨砕身〉《ふんこつさいしん》の努力をもってご奉仕させていただきます……」 「ご奉仕?」 「どうぞこれからは家政婦、ハウスキーパー、メイド、お好きな呼称で私をお呼び下さいませ、由岐様」 「由岐様?」 「はい……そう呼ばせていただいてもよろしいでしょうか……」    高島さんの表情からは冗談を言っているようには見受けられない。  ど、どう対応すべきなんでしょう……この場合……。 「あの、突然のお願いですので、お試し期間というのはいかがでしょうか?」 「お試し期間?」 「はい。私のご奉仕が由岐様のお気に召したならば、同居させて頂き、そうでなければ即退去というのはダメでしょうか」 「はあ……」  う〜ん……私としては別に嫌なわけではないんだけど、  人一人くらい泊める余裕はあるし、その上家事とかしてくれるっていうなら……まあ、私家事嫌いじゃないから自分一人で足りるといえば足りるんだけど、  でも空に還る場所を探すなら一緒にいた方が効率はいいかもしれないし……高島さんのこと嫌いじゃないしなぁ。 「……んしょ」 「って、わあ! な、なんでいきなりスカート〈捲〉《めく》り上げてるのっ」  高島さんの色素の薄い柔らかそうな太股が〈露〉《あらわ》になってるっっ。 「いえ、お風呂に湯張りをしてこようと思いまして。軽く浴槽の掃除をするのにスカートが邪魔ですので縛れないものかなと」   「あ、ああ……なるほど」 「……この長さですと微妙に難しいです」 「そ、そうだね……そう、かも」  何故だろう?  高島さんの太股がスカートの〈端〉《はし》から覗く度、チラチラとそちらを盗み見てしまう。 「ってなんでやねんっっ」  おかしいぞ……私ってば女だぞ……男じゃあるまいし……何で女の子の太股に? 「……面倒なので、脱いだほうが良さそうかもしれません……」  高島さんがスカートのホックに手をかける。 「ええっ! ぬ、脱ぐのっ」 「あ、はい……ダメでしょうか?」 「あ、……え?」  女の子同士なんだし、別に……、  のはずなんだけど、 「……っと」  スカートのジッパーが下ろされていく。  その〈隙間〉《すきま》から下着がっ、 「って、ちょっと」 「なにやってるのよ!?」   「わぁっっ!!」  不意に背後からかけられた声に思わず両手をあげて全身で驚いてしまった。  怒号に振り向けばこめかみをヒクヒクさせた鏡さんが仁王立ちしていた。 「ま、また窓伝いに入ってきたの?」 「だ、だってあんたが深夜にうるさいからっっ」 「深夜ってほどでも無いと思うけど……」 「それはあんたが不健康な生活してるからでしょっっ。普通はこの時間で深夜なのっ」 「あ、鏡さん。こんばんは……」    ぺこりと高島さんが頭を下げる。 「あ、どうも。こんばんは」    つられて頭を下げる鏡。 「って、違うっ、高島さん由岐の家で何やってるのよっ」 「え? はい。ご奉仕です」 「ごほうしぃ?」 「はい」 「何で高島さんが?」 「これは定められた運命なので……」 「定められた……運命?」 「あのさ……由岐」 「え? そこで私?」  何故か、ゴゴゴゴゴゴゴゴ…… そんな効果音が聞こえてきそうなオーラが鏡の背中から漂う。 「ど、どういう事なのかしら?」 「えっと……何でそんなに怒ってるのかな? あ、あのさ、一応同性だし」 「同性だとして、定められた運命って何? ご奉仕って何? 同性だからって説明枠じゃおさまりきらないんじゃないかしら?」 「あ、あのだったら……そこでそんな怒り方する鏡さんだって……十分におかしい……」 「ひっ」  鏡は机が真っ二つに割れるかの様な勢いで拳を振り下ろす……。 「お、おかしくないわよ! 私は幼馴染みなんだから! だいたい親御さんがいない間の世話は私達若槻姉妹が受け持っているんだからっ」 「そ、そうだっけ?」 「うん……そうだよ。私達姉妹がゆきの世話を見るようにって言われてるのはたしかだよ」 「って、司?」 「なんか、ゆきの家が騒がしいから来ちゃったよ」 「んで……世話するなんて話あったっけ?」 「それより話を戻してもよろしいでしょうか?」 「話?」 「はい……さっきの続きです」 「話……ですか……」 「えっとですね……とりあえず由岐様に暴力を振るうのは許しません」 「は、はぁ?」 「はい……私は由岐様のハウスキーパーです。ハウスキーパーとは家を守るもの、つまりは主を外敵からお守りする者です」 「外敵? ほ、ほう」  ユラユラと怪しいオーラが鏡の背後で揺らめく。  やばい。これじゃ火に油って言うか、魔法使いにラブプ○スだ……つまり終わらない萌える心……って間違い! 燃える心だ……。  いや、何かうまいことを言おうとして少し滑っている場合じゃないっっ! そんな事はどうでも良い! 「高島さん。私が外敵だって言いたいのかしら?」 「はい」 「なぁっ」 「少なくとも、現状を見る分には由岐様の話も聞かずにいきなり暴力に訴えるような人は敵としか思えません。いいえ。敵以前に、人として問題がある行為です」 「ぅっ……ひ、人として……」 「お話だけでもしてから判断しても良いと思います……違いますか?」 「わ、わかったわよっ…話を聞けばいいんでしょ」 「ありがとうございます」  ペコリと高島さんが頭を下げる。  すごいぞ高島さんっ。我が家のメイドは〈最強の盾〉《イージス》か。 「と、とりあえず高島さん。スカートちゃんと〈穿〉《は》きなさい」 「分かりました……」 「高島さんと由岐が〈同棲〉《どうせい》っっ」 「はい」 「いや、同棲じゃなくて同居だから、この場合」 「同棲も同居も同じよ!」 「違うだろ……」 「まぁ……主観の相違ってヤツじゃない?」 「つーか何でそんな怒るのよ?」 「そんなの怒るに決まってるでしょ!」 「何ででしょうか……」 「え?」 「何故、鏡さんは私がここに住む事で不愉快な気持ちになったのでしょうか?」 「不愉快なんてなってないっ」 「そうですか……、それならば、なぜその様に怒っているのでしょうか?」 「いや、その……なんて言うか……」 「なんて言うか?」 「そ、それは、その……」 「男性を住まわせるわけじゃありませんよ……同性ですし問題ないのでは?」 「何故、そんなに鏡さんはその様に気になさるのでしょうか?」 「だ、だって……その……」 「あ……こんな事を聞いた事があります」 「人は他人の中に自分の姿を見る……それが理解の第一歩ですが……時にそれが過剰になってしまう事がある……」 「特に自分がしたい事……やりそうな事……」 「うっ……」 「何故……同性なのにも関わらず……由岐様と私が二人っきりになる事を鏡さんは嫌がるのでしょうか、その答えは……」 「うわーうわーうわーっっ」 「ち、違うわよ! べ、別に突然だったから驚いただけであって……頭ごなしに否定しているわけでもないわよ……」  いや……してたし……、 「はい、分かっております……私も住まわせて頂く以上、しっかりとご奉仕させて頂くつもりですし」 「だ、だからそれは分かったわよ……でも変でしょ……女の子同士と言えども……というか親御さんだって心配するでしょ! 高島さんの!」 「それならば問題ありません。両親はいません」   「そ、そうなんだ……えっと……」  その言い方……語弊があると思う……。 あくまでもこの“街”にいないが正解でしょう……。  なんだけど、今の一言で鏡の勢いがそがれたから……まぁ細かいことは言わないでいいかな……。  とりあえず様子を窺うという事で……、 「由岐様は私の大事な目的を手伝ってくださると言ってくださいました……だから、せめてもの恩返しをしたいのです……」 「高島さんの目的?」 「あ、なんか彼女、世界少女を空の少女に還すための空を探してるんだってさ……」 「空の少女を還すためにって……それって……」 「あれ? 知ってるの?」 「この街では有名な伝承だよ……あれだよね。夏の大三角形が見える場所で夏に一度だけ……地上の世界少女と空の天空少女が出会う……」 「へぇ……そんなのはじめて知った」  というか……それって織姫星と夏彦星が一年に一度……夏の一晩だけ出会うって言う七夕みたい……。 「まぁ、本当に昔からある伝承なのか、それとも最近作られた都市伝説かは知らないけどね……」 「だから街の噂って程度のもんかな?」 「街の噂ではなく……世界によって決められた事です……」 「それって世界的に流行ってる噂って事?」 「いや、さすがに世界規模でそんな噂は無いよ……」 「でも七夕は近いんじゃないかな……あれだったら中国が発祥で、台湾、ベトナム、大韓民国とかでも行われてる祭りだしね……」 「でもあれも元々は旧暦だから実質8月でしょ、高島さんが探している伝承の空は7月だから……少し違う様な気もするけど……」 「でも、織姫星はこと座の0等星ベガだし、夏彦星は、わし座の1等星アルタイルだよ……これって夏の三角の二個だよね……」 「なるほど……そうすると一概には七夕伝説も関係ないとは言えないって事なのか……」 「七夕伝説がこの街で独自進化経て、生まれた伝承か何かじゃないの? それだったら旧暦を無視して7月なの分かるし……」 「でも、どっちにしても7月7日じゃないんでしょ? おかしくないかしら?」 「それは分からないけど……」 「どっちにしても、一緒に暮らすなんて不健全!」 「また……それですか……」 「いや……それおかしいでしょ……なんでそんなにそこにこだわるの? 高島さんも私も同性だし」 「うるさいわね! それでもご奉仕だとか運命とか、なんか普通じゃない言葉が出てきてるのは確かでしょ!」 「あの、由岐様はご迷惑でしょうか? もしご迷惑なら止めますが……」 「あ、いや……まぁ、正直、掃除とかしてくれるのは助かるけど……でも、空を一緒に探すって言うのは暇つぶしみたいなもんだからさ……そこまでやってもらうの悪いかなぁ……とは思う」 「全然悪くありませんよ。由岐様次第です」 「ハウスキーパーだかなんだか知らないけど、このままだと高島さんはあんたが食事するときもお風呂入るときも寝るときもずっとここにいるのよ?」 「メイドですから」 「そんなの不健全よっ!」 「いやぁ不健全ではないと思うけど……どう思う司は?」 「まぁ……別にいいんじゃないかなぁ?」 「司!」 「だって、その論理が成り立つんなら私達がゆきの家に泊まっても問題ないって事だよね?」 「へ?」 「高島さんが同性だから泊まって良いなら、私達が泊まっても問題ないんじゃないのかな?」 「で、でも私のはお礼でして……」 「んじゃ、私達は昔からとなりに住んでるし、面倒を見る事も頼まれてます」 「そ、そんな……」 「どちらにしても、世界少女によって世界は変わる……私達はそれまでいかにそれぞれの役割を演じるか、じゃないですか?」 「そ、それは……」 「世界そのものである少女が望むのであれば、世界はすべてその様に……って伝説だよね」 「そ、そうですね……司さんの言う通りかもしれません……分かりました」 「って、どういう事?」 「あの……分かりやすく言えば、高島さんがメイドとしてこの家に入るのなら、お姉ちゃんも幼馴染みキャラとしてこの家に泊まってもおかしくない……という話」 「い、今のがそういう会話? つーかどうして司の方で話が進むのよっっ」 「あれ? お姉ちゃんはこの提案は不満?」 「ふ、不満とか無いけど……でも……」 「まぁ、いいじゃん、あんまり深く考えるのよそうよ……」 「う……」 「……」  なんか会話の端々に理解出来ない事が多かった……それ以上に、何故か司と高島さんの会話が一部綺麗に成り立っていた事に違和感を覚えた……。  私なんかには今の会話なんて、電波ゆんゆん会話にしか聞こえなかったのに……なんでそんな電波ゆんゆん会話で高島さんと司は成り立ったのだろう……。  少し不思議だった……。 「とりあえず……由岐様の家には高島ざくろというメイドさんが住むことになり、その関係で世話焼きキャラの幼馴染みがきてこれまた一つ屋根の下に住むとか言い出した……という事ですね」 「あ、それなら高島さんこういう風にも考えられるよ……メイドさんに、幼馴染み……ならば次に欲しいのが妹キャラ」 「今だと手ごろなのがここにいたりするよ? 朝起こすタイプというより起こさなくちゃいけないタイプだけど。あ、でも双子属性も完備してたりするよ? どうかなゆき?」 「って私に聞いてるの?」  完全に蚊帳の外かと思ってた……。 「それで、この案についてどう思うかな?」 「い、いやぁ……私、別にそういうゲーム好きなわけじゃないしなぁ……」 「それにたぶんそういう設定はゲームやラノベの中の話だからいいわけで実際にあったら、大変なだけな気がしてしまうのですが……」 「そっか……そうかも。じゃあ、妹は去りまする」  がっくりと肩を落としてトボトボと玄関に向かう司。 「あ、いや……そんな反応されると……」 「なら、私もここに泊まって〈良〉《い》いかな?」 「う……も、もう……みんな好きにすれば良いと思うよ……」 「わぁいっ」 「まぁ、騒がしいのは嫌いだけど……〈賑〉《にぎ》やかなのは好きだし……」 「やったねお姉ちゃん! お泊り会だよ!」 「ふぅ……なんでこんな事になったんだか……」  高島さんがつくってくれた夕飯を食べた後、若槻姉妹は一度お泊り道具を取りに家へと戻った。 「由岐様。湯張りが終わりましたのでお呼びに参りました」 「あ、どうも」 「ゆき。折角入れてもらったんだし入ってきたら?」 「あ、うん」  いそいそとお風呂場に向かう。 「では、私も」   「え? ちょっと高島さん。あなたどこ行く気?」 「愚かな〈問〉《とい》です。浴室へ由岐様のお背中を流して差し上げに」 「なっ、ちょ、ちょっと待ちなさいっ、それはやりすぎでしょっ」 「やりすぎかどうかは由岐様ご本人の意思の問題だと思います……」 「そ、そんなのって」 「ま、待ちなさいよっ」 「なんでしょうか……鏡さん」  脱衣所に入るとそこには一糸〈纏〉《まと》わぬ高島の姿があった。  それは同性でも圧倒されるくらい美しく〈均衡〉《きんこう》の取れた裸体だった。 「わっ……ちょ、ま、まさか……そのまま入るとかじゃ、ないわよね?」  思わず顔を背ける鏡。 「このまま入りますが、何か?」 「“何か?”じゃ、ないっ、ダメッ、そんなの不健全っっ」 「大体、どうして高島さんはそんなに由岐に対してあけっぴろげなのよ。女の子同士でも羞恥心とかそういうのってあるものでしょ?」 「そうですか? でも同性で一緒にお風呂入るのに……何故その様な羞恥心を……なんだか鏡さんが考えすぎなだけな気がしますが……」 「し、知らないわよ! と、とりあえず能書きはいいの! せめて水着を着なさい」  グイと鏡は高島の腕を掴む。 「水着は持ってきていませんが……」 「なら、ここからは一歩も通せないわ」 「……ふぅ……わかりました。今日はあきらめることにしましょう」  …………。  ……。  シャカシャカシャカ……、  シャカシャカシャカシャカシャカシャカ……、  狭い洗面所に4人並んで歯磨きをしている。 「へぇ〜、高島さんのはコーヒー味なんだね」 「あ、はい。司さんのはいちご味なのですね」 「この子、それじゃないと続かなくて」 「えへへ、お恥ずかしい限りだなぁ……」 「でも大人だよね、高島さん。コーヒーなんて渋いっ」 「いや、味付き自体子供だから……」 「そうかなぁ……ゆきは?」 「ん? 私は普通のヤツ……ミントだかハーブだか知らんけど……それがどうかしたん?」 「……」 「……」  二人は私と鏡のチューブを見比べる。 「お姉ちゃん、私もミントにする」 「私もミントにします」 「あ、あなた達ねぇ……」 「?」 「ここにお布団を〈敷〉《し》いてしまってよろしいのですよね?」 「あ、うん。流石にみんなで寝るならここがいいでしょ」 「わーい! お泊り会たけなわって感じだよっ」  バフッと司が布団にダイブする。 「こら、行儀悪いわよ」 「えへへ〜この布団ゆきの家の匂いがするよ〜くんかくんか」 「そうなんですか、くんくん……」 「なんでそんなもん〈嗅〉《か》ぐんですかっあんた達っっ!?」 「まったく。はしゃぎ過ぎ……」 「当たり前だよっ。折角のお泊り会なんだよ? 寝ちゃったらもったいないじゃん。このままお布団でくつろぎながら色々お話したりゲームしたりするんだよっ」 「ダメよ、司。明日も早いんだから今日は早く寝なさい」 「え〜」 「“え〜”じゃないの」 「ゆきももう寝ちゃうつもりなの?」 「え? 私はこれからちょっと本でも読んで寝ようかな〜とか」 「ダメだよそんなのっ、折角みんなでいるんだから本読むならあそぼうよ!」 「はあ。まあ、別にいいけど……で、ゲームって何するの?」 「え…え〜っとぉ……トランプゲームとかどうかな?」 「別にいいけど」 「こらこらこら、由岐もそうやって司を甘やかさないでよ」 「ぶぅ〜。お姉ちゃんだってゆきと遊びたくないの? ただ一緒に寝られるならそれでいいの?」 「なっ、ちょ、司。それじゃまるで私が由岐と寝たがってるみたいじゃない」 「そうなのですか。それでしたら」 「わー! ちょ、ちょっと高島さんっ、なんで私の布団を引き離してるのよっ、ってそのままどこまで持っていく気よっ、ちょっとぉっ」 「由岐様とご一緒したくないのでしたら、廊下で寝ていただこうかと思いまして」 「お姉ちゃんさようなら〜」 「っ、司ぁっ」 「素直になったらまた逢おうね?」 「〜〜〜〜! わ、わかったわよっ! わかりましたっ、寝たいですっ、由岐と一緒に寝たいですっ、ついでに遊びたいですっ、これでいいでしょ! どうだ!!」 「よろしい」  鏡の布団が戻される。 「はぁーはぁー……ったく、なんで私ばかりこんな目に」 「鏡も大変だね〜」 「誰のせいだと思ってるのよ!」 「ええっ??」  なんで私が怒鳴られるんだ!?  ………………。  …………。  ……。 「さすがにもう遅いから寝ましょう? 司も十分遊んだでしょ?」 「え〜まだ遊びたりないよぉ」 「ダメよ。明日だって学校あるんだから。言うこと聞いて頂戴」 「学校なんか無くなってしまえばいいよ」 「賛成ですなぁ!」 「こらぁ!」 「由岐様。どうぞお先にお休み下さい」 「え、高島さんは?」 「私はメイドですから主より先に休むなど出来ません。それでは戸締りの確認をしてきます」 「あ、どうも」  一応私もしたから大丈夫だとは思うけど。 「ぅ〜ゆき、寝ちゃうの?」 「まあ、私寝ないと高島さん寝られないみたいだからね」 「そっかぁ……なら、仕方ないかな」 「素直でよろしい」 「じゃあ、……おやすみ」 「おやすみなさ〜い」 「おやすみなさい」  私は布団に入ると目を閉じた。  …………。  ……。 「ゆき、寝た〜?」 「……」 「こら、司」 「ちょっとだけ。だって、ゆきの寝顔こんなに可愛いんだよ? お姉ちゃんも見てみなよ」 「別に可愛くなんか……」  二人分の視線を頬に感じる。 「ふぅ……これで口さえ悪くなければねぇ。あ、〈素行〉《そこう》も悪いか」  余計なお世話です。ていうかその言葉そっくりそのまま返してやりたい。成績がいいからって人にパンチしたりキックしたりしていい理屈はない。 「おじゃましま〜す」  もぞもぞと誰かが布団に入ってくる気配。 「ちょ、ちょっと司」 「お姉ちゃんも入っちゃいなよ? ぬくぬくだよ?」 「だ、ダメよ。そんなの不健全だわ」 「小さい頃ゆきの家で怖い映画とか見た夜って、3人でゆきの布団で寝たよね?」 「そ、それはうんと小さいときのことでしょ。もう大人なんだから。“男女〈七〉《しち》歳にして席を同じうせず”って言うでしょ?」 「男女じゃないよ? 女の子同士だよ?」 「あ、そ、そうね……」 「一緒にぬくぬくしようよ? くんくんするとゆきの〈匂〉《にお》いがするよ?」 「ああ。犬の足の裏みたいな匂いでしょ」 「ゆきの匂いって安心する。背丈とかうんと育っちゃったのに、なんかゆきの匂いにつつまれると変わってないなぁって気がする。お姉ちゃんもこっちおいでよ、ね?」 「し、仕方ないわね。司がそこまで言うなら……ちょっとだけだからね」  もぞもぞと反対側から誰かが布団に入ってくる気配。 「えへへ。ゆきの寝顔スクープです」 「こちら司です。お姉ちゃん聞こえますか? 今ゆきの顔の間近に迫っておりまぁ〜す」 「あ、あのねぇ……つ、司さん。今由岐の寝顔はどんな感じでしょうか? そちらの状況をお聞かせ下さい」  なんだかんだいってもお姉ちゃん妹に弱いなぁ〜。 「えへへ。とっても可愛いです。なんだか天使さんみたいです」  天使みたいな寝顔って、親が子供に使う例えじゃんっ。 「天使? ああ、雷に打たれて〈堕〉《お》ちた方のヤツね」 「ゆきのほっぺたにふれてみようと思いまぁ〜す」  つんつん、  わ、ちとくすぐったい。  つんつん、  頬に丸っこい指先の感触がする。 「お〜……これはなかなか楽しい感触ですねぇ」 「え、どれどれ?」  反対側の頬にも丸っこい指先の感触がする。  つんつん、  つんつん、 「……たしかに、意外に楽しいかも」  つんつんと交互に頬にふれられる。 「えへへ」 「ちょっと司。そっちから押してみて。私こっちから押すから」 「了解」  両方から頬を押される。 「ぶっっ由岐の顔、ウケる」 「ぷぷっお姉ちゃん笑ったら悪いって」 「二人とも、私は起きてるぞ」 「「のわっ」」   「お、起きてるならそう言いなさいよっ」 「ゆきごめんだよっ」 「まったく、人の顔で遊ぶな……」  ていうか鏡、まず謝れ。 「…………」 「あ、高島さんお帰りなさい」  戸締り確認を終えた高島さんが私たちの前に〈呆然〉《ぼうぜん》と立っていた。 「鏡さん、司さん。二人とも、由岐様のお布団の中で何をしているのですか?」 「え、えっと、これは、その、ほんの出来心で……」 「そうそう、ちょっと悪戯されていただけで」 「二人ともっそれじゃなんだか誤解されちゃいそうだよっ」 「みなさんっ」  フルフルフルと高島さんの小さい肩が小刻みに震えている。 「私もまぜてくださいませんか?」 「へ?」 「だからぁ……なんで高島さんは……由岐に抱きついてるのよ……不健全よっ」  鏡が私の腰に抱きついている高島さんを引き〈剥〉《は》がそうと、私の服のそでをグイグイと引っ張る。服伸びるんですけどぉ。 「はい……おはようございます……」  離されまいと高島さんが私の腰にまわした腕に力をこめる。 「ふたりともー喧嘩はぁダメ、だよ……ふあぁ」  司は半眼で両腕を前に伸ばし身体をグラグラさせながら二人をなだめようとする。まるでゾンビだ。 「結局、〈一睡〉《いっすい》もできなかった」  昨日ドタバタしているままに、気が付けば夜も明けて……、  静かに時を刻む音へと目をやれば……、 「はぁ……10時じゃん」 「んん? え?」  私の言葉につられて、鏡が時計に目をやる。 「ぁ……本当だ。あれ? 前に見たときは、12時だったはず…………由岐、あんたの家の時計って、逆にまわるわけ? 壊れてるんじゃない?」  壊れているのはあなたの頭です。正確にはあなたの時間感覚です。だるいので〈軽口〉《かるぐち》をたたく気にもなれない。 「朝だよ……朝の10時ってこと」 「ぇ? ぁ〜……そう。もう、そんな時間なんだ……朝の……10時……朝の、10時……」 「朝の10時っ!?」  ガバッと鏡が立ち上がる。 「なっ! 空が青いっっ本当に朝になってるっっ」  カーテンを開き鏡が絶句。 「って……私のバカバカバカ! な、なにやってるのよっバカっっ」  ポカポカポカと自分の頭を両手で叩く鏡……見たこと無いめずらしいもんだ……。 「司! 起きなさい!」  鏡は司に飛び掛かるとその両肩を〈掴〉《つか》んでブンブンとふる。ガクガクと司の頭が上下にシェイクされる。 「おおおおねえええちゃああああん、さ、さっきまでは寝なさいって、言ってたのにぃぃ」  勢いよくやられたせいか気持ち悪そうに司が抗議の声をあげる。 「今何時だと思ってるの!? 朝の10時よ!! 早く起きないと遅刻するっていうかもう遅刻しまくってるのよ!! とっとと起きなさいっっ」 「ぅぅ、ふぁ〜〜〜〜ぃ」  司はふぁふぁとあくびをしながらパジャマのボタンに手をかける。 「司っ! ブラが見えてるっ」 「お?」  あ、確かにブラが……、 「見るなっ」 「痛いです」 「由岐様、大丈夫ですか?」  腰に抱きついている高島さんが上目遣いに見つめてくる。 「あ、うん……」 「鏡さんは口で言えばいいことを拳で語るのでよくないと思いますよ……」 「それはまぁおっしゃる通りなんだけどさ……で、つかぬ事を〈伺〉《うかが》いますが……いつまで私に抱きついてるつもりですか? 高島さん」 「え? あ……し、失礼しましたっ」  バッと高島さんは私から離れて正座すると深々と頭を下げた。 「あ、いや、別に嫌だったわけじゃないんだけど……その、〈素朴〉《そぼく》な疑問を口にしたまでというか」 「由岐っ、あんたもボサっとしてないでとっとと起きて用意しなさいっ」 「用意? はて、なんのことやら?」 「はぁっ? 学校行く用意に決まってるでしょっ。もうその歳でボケ?」 「ふぅ〜ボケてるのはあなたです……私が徹夜した日に学校行くわけないでしょ。今日はサボりますそして寝ます。以上」  ボフっと布団に横になる。 「んなわけあるかっ起・き・ろ!」  頭を軽く踏みつけられる。 「あう……頭とか踏んじゃだめなんだよぉ……」 「遅刻の方がダメよっ」 「本当かなぁ……こういうのは良くないと思うけど?」 「なによ?」 「だってさぁ……足とかで踏むから……年頃になると結構それなりのはいてるんだなぁ……あのお子ちゃまパンツ〈穿〉《は》いてた鏡ちゃんが……大きくなったんだなぁ……とか思われちゃうよ」 「なっ!! ななぁっっ」  私の見上げる視線に気が付いて鏡は顔を真っ赤に染める。 「由岐のバカァ〜!!」 「いたた……顔を蹴られた」  鏡は肩を怒らせてズカズカと洗面所へ歩いていった。 「なんで蹴られなきゃいけないんだか……見せてたのは鏡のくせに……」  つーか、それ以前になんで同性に見られただけなのに何で下着程度で大騒ぎするんだか……、 「とりあえず起きるのよ!」 「はい……」  と言って……鏡は消えた。  トイレかな?  あ、かえってきた。 「……」 「ん? どうしたん?」  二度目のキック。  そして消えていかれた……、 何それ? 「いたた……つーか、何で時間差で二度攻撃してくるんだよぉ……ったく酷い話だ!」 「腹立った! そっちが二度攻撃するなら考えがある!」  5分後。 「ZZZZZZ……」 「すぅーー、すぅーー、むにゃむにゃ」 「って! 何やってるのよ! 司までっっちょっと目を離したらあんたたちはぁっ」 「あ、それでしたら……言付けです」 「言付け?」 「二度蹴られたので、二度寝します。かしこ……だそうですよ」 「かしこじゃないでしょ……このバカ……」 「ん、んん? なにごと? 火事?」  眠たい目をこすって見れば、そこにはお玉でフライパンを叩く鏡の姿が。 「なんだ鏡の新しい遊びか……楽しそうですね」 「楽しいわけあるかっ、とっとと起きなさいって!」 「だから、私は休むって言ったじゃんか」 「そんなの認めないわよっ」 「あのねぇ。だいたい誰のせいで眠れなかったと思ってるのですか?」 「そ、それは……」 「あはは……それ言われると……」 「そうですね……たしかに由岐様は普通に寝ようとしていたんですからね……」 「それはっ……私達だけど……でも!」 「でも?」 「えっと……」 「まぁ、人には過ちがつきものだよ……気にしても仕方がないじゃない?」 「はい、だからどうぞごゆっくりお休みください……」    ぎゅっと高島さんが私の腕に抱きつく。 「なっ! だ、だからなんで高島さんは由岐の布団に入っていくのよっっ」 「メイドですから……主の快適な眠りのために添い寝をして差し上げようかと」  ふにゅ〜っと腕にやわらかい感触が押し付けられる。  視線を動かせばすぐ隣に高島さんの優しげな笑みが。 「私達のせいで由岐様は寝られなかったのですから……私は由岐様の介抱をしなければなりません」 「っっなんでそうなるの!」 「そりゃもちろん、メイドキャラ設定ですから……」 「き、キャラ設定……ま、またそれ……」 「……分かったわよ……」 「あんたがその気なら……分かった……今日は私も学校休むわよ……」 「え? それはよくないよ。サボリになってしまうよ?」 「誰がどの口で言うのかしらねぇ……」  握りこぶしを眼前に突きつけて鏡が引きつった笑みを浮かべている。 「あ、いえ……たまには〈良〉《い》いんではないでしょうか」 「でも、何で鏡までサボる気に?」 「だ、だって……」  鏡は目をそらして……小さな声で言う。 「高島さんがメイドキャラだったら……私は幼馴染みキャラなんでしょ……だ、だったらそう振る舞ったっていいじゃない……」 「え? 幼馴染みキャラってそういうもんだっけ?」 「知らないわよ! ただメイドキャラだかなんだかの高島さんと二人っきりにさせる様な事は幼馴染みキャラはさせないの!」 「は、はぁ……」  何で熱くなってるんだろう……鏡……。 「でもさ……二人っきりって事は無いんじゃないの? だってほら?」 「すーぴー、すーぴー……」 「そうね……自称妹キャラというのもいたわね……」  いや、それ言ったら、メイドだろうが幼馴染みだろうが妹だろうが自称になるんじゃ……?  あ……そうか、幼馴染みは自称じゃないか……、 「ふぅ……司だけは学校に行かせたいんだけど……これじゃあ、もう、ねぇ」  司は小さい身体を丸くして幸せそうに目を閉じている。 「この娘、きっちり8時間寝ないとダメなのよ……朝方まで遊んでたから……起きるのは昼過ぎになると思う……」 「ふぅ……二人っきりじゃないにしても、妹だけおいていけないわよ……」 「ったく……」  結局、みんなでお昼寝をすることになり、  気が付いた頃には日も暮れてしまっていた。  〈光陰〉《こういん》矢の〈如〉《ごと》し……。 「由岐様。お食事の用意をいたしますが、〈献立〉《こんだて》に何かご要望はありますか?」 「え、あ、う〜んと、特に無いんだけど……冷蔵庫にあるもので足りるかな?」 「先ほど確認させて頂きましたが、カレーかシチュー、肉じゃがでしたら問題ないかと思われます」 「なるほど、カレーとかどうかな?」 「カレー好きだよっ」 「カレーか……いいんじゃないかしら」 「では、調理に取り掛かりますので〈暫〉《しば》しご〈歓談〉《かんだん》を……」  ペコリと一礼して高島さんは台所へと去って行った。 「う〜ん……ご歓談と言われてもなぁ……」 「なんかゆき。いきなり偉い人になったみたいだよ……高島さんすっかりメイドさんみたいだねぇ」 「よーし、私ももっと妹キャラに徹しないとっ」 「何でそんな事徹するのよ……」 「え? だってそういう約束で泊まらせてもらってるんじゃない?」 「でもそれって……方便じゃないの?」 「だとしても、約束は約束だし……」 「だ、だったら私の立ち位置ってどう演じるのよ……もっと徹するって……」 「お姉ちゃんはそのままでいいんだよ。だって幼馴染みなんだもん」 「だったら司だって……」 「私は、妹キャラやりたかったんだもんっ」 「って……あんた私の妹じゃないの」 「でもそれってキャラじゃないでしょ? 由岐に妹キャラとして接してみたいなぁって……思ったわけ」 「何で、そうなるのよ……」 「へへへ……双子だからじゃない?」 「双子だから?」 「そう……幼馴染みという好きになれる立場になりたいという気持ち……そして妹として肉親になりたいって気持ち……」 「そういうアンビバレンスな気持ちが双子って形になったんじゃないかな?」 「形になったも何も……私達は生まれた時から双子だし……」 「あ、いや……運命的な意味でかな?」 「何よそれ……」 「それより……高島さんだけ働かせて私たちが〈駄弁〉《だべ》ってるってのは……やっぱり落ち着かない」 「ちょっと手伝えることないか聞いてくる」  鏡が席を立つ。 「あ、お姉ちゃん……」 「お待たせしました。皆様」 「わーカレーのいいにお〜い。美味しそうだなぁ」  司が目をキラキラとさせる。  こういうことにワクワクできる司は素直でいい子だ。 「沢山つくったから……」 「はい、二人で作りました。どうぞ心行くまで食べて下さいませ」 「わーい!」  綺麗に盛られたご飯に、丁寧にカレーがかけられていく。  確かに美味しそうだ。 「あれ? なんで高島さん席に着かないの?」 「いえいえ、メイドたるもの主と共に食事をするなど」 「は?」 「いや……折角なんだし、みんなで食べよ?」 「そうだよ。みんなで食べた方がきっと美味しいよ」 「そうよ……それだったら手伝ってた私まで立たなきゃいけなくなるわよ」 「くす、くす……分かりました。ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせて頂きます」    高島さんは椅子を持つと、割り込むように私の席のとなりに置いて腰掛けた。 「……ふーん、んで割り込んでまで……隣なんだ……」 「メイドたるもの誰よりも主の側で仕えるのが役目ですから」 「ほう……ねぇ司……こういう場合幼馴染みキャラはどうしたらいいのかしら?」 「今みたいにメラメラ闘志を燃やすで正解じゃないかなぁ」 「こ、こんな事で正解なんだ……」 「だからお姉ちゃんは天然幼馴染みなんだから、キャラなんて気にする事ないよ……」 「う……な、なんか釈然としないけど……とりあえず分かった……」 「じゃあ……とりあえず、いただきます」 「いただきまーす!」 「いただきます」 「頂きます」 「もぐっ! あちっ」 「だ、大丈夫ですか由岐様っ」 「はひはひ、大丈夫大丈夫……ちょっと熱かっただけだから」 「申し訳ありません。どうぞ」  高島さんはサッと冷えたお茶をコップに注いで差し出す。 「あ、これはどうも」  なんだか本当にメイドさんみたいだなぁ。 「どうやら少し熱すぎたようですね。本当に申し訳ありません」  高島さんは一礼して私の置いたスプーンでカレーをすくうと、 「ふぅー、ふぅー、由岐様。どうぞ……」  すぅっと私の口元にスプーンですくったカレーを……。 「っ!」   「えっ、あ、これはどうも」 「いえいえ。主のお世話をするのがメイドの役目ですから、お気になさらずお使い下さい」 「ん?」  カタカタとテーブルに置かれた食器の震える音に目をやれば、 「く、ぬ、ぅぅ、ううううう〜〜〜〜〜〜〜」 「ひっ」  肩を震わせた鏡がスプーン片手に私を睨んでるっっ。  しかもなんたる〈形相〉《ぎょうそう》。  顔を真っ赤にして唇を噛んで、頭頂部の2本のアホ毛(〈常人〉《じょうじん》の2倍アホである証拠。※本人に言ったら弱パンチ×2、レバー前、弱キック、強パンチを入力される……)はさながら鬼の角のようにおっ立っているではありませんか。 「あ、あの、鏡さん? 私、何か〈粗相〉《そそう》をやらかしましたでしょうか?」  思わず変な敬語になる。 「……あ、あのさ……司…この場合……」 「うん、ばっちりだね。いかにも幼馴染みキャラって感じだよっ」 「そ、そう……それは良かったわ……」  何が良いんだか……、 どんだけ声ふるわせてるんだか……、 「由岐様?」 「あ、ごめんごめん」  そう言えば高島さんにスプーンを口元に持ってきてもらったままだった。 「ぱくり」  スプーンに盛られたカレーを一口に頬張る。 「っ!! ぅぅぅぅ〜〜〜〜ぬぬぬぬぬぬぬぅ……」  眼光で対象(私)を焼き尽くさんばかりの鏡は、それに加えて牙を見せて〈威嚇〉《いかく》してくる。 「だから怖いってのっっ、なに? なにがそんなに恨めしいの? カレー?カレーですか? 私カレー食べるだけで鏡さんに殺されないといけないんですか!?」  多少キレ気味に問いかけてしまう。 「べ、別に……少し自意識過剰じゃないかしら?」  へ? 「だ、誰もあんたの事なんて気にしてないわよ……バカじゃないの?」 「で、でもこちらを……」 「か、蚊が飛んでたのよ! だからね宙を睨んでたの! ったく自意識過剰よ……」  じ、自意識過剰?  宙でもなんでもなく、私が思いっきり睨まれてたのに……それでもこれって私の自意識過剰なの? 「ふぅー、ふぅー、由岐様。どうぞ」  高島さんは二口目を私の口元へもってくる。 「あ、うん……ぱくり、もぐもぐ」  うん、丁度いい。 「どうでしょうか?」 「うん、食べやすいかも」 「ほっ、よかったぁ。……あ、し、失礼しましたっ。それはよろしゅうございました」   「あはは、いいって。私相手に敬語使わなくても」 「いえ、由岐様は私のご主人様ですから」 「ったく! やっぱりなんか変よ司! メイドばっかり得してるじゃないっっ」 「そうかなぁ……お姉ちゃんの幼馴染みキャラのツンデレ補正値のツンが多いだけじゃないかな?」 「ツンデレだかツンドラだか知らないけど……分かったわ……分かった……こんな茶番は沢山だわ……」 「茶番?」 「っと!」 「わっ」 「フーフーっ、ほら、熱いんでしょ、口開けなさいよ。私がさましてあげたんだからさっ」 「へ?」 「おっ」 「か、鏡さん、これはメイドの仕事ですっ」 「そんなの知らないわよ……ほら由岐っ、私がさましてあげてるんだから食べられないとか言わさないわよ」 「茶番と称しておきながら、ちゃんと幼馴染みキャラを維持するなんて、さすが天然ものの幼馴染みっ」  鏡は私のスプーンでカレーをすくうと、軽く息を吹きかけてそれを差し出してくる。 「え?」 「た、食べなさいよ」  気まずそうに鏡が視線をそらす。 「あ、う、うん」  スプーンを持っている鏡の手がプルプルと震えている。 「あ、あのさ……鏡。揺れててちょっと食べにくいんだけど……」 「何よ! 何で私の時だけ批判なのよ!」 「ち、違うよ……本当にスプーン揺れてて食べにくいんだよぉ……」 「うん……たしかに揺れてる……というか震えてる」 「き、気のせいよ。っていうか地震?」 「揺れてませんよ……」 「んじゃ、由岐でしょ……揺れてるの……」 「いや……なんで私が揺れなきゃいけないんだよぉ、どこのご老人だ?」 「う、うるさいわね。なら、んじゃそういう仕様なのっっ」 「どんな仕様なんだよぉ……」 「えっと……あの……そ、そうだ、私ってば箸より重いもの持ったことないんだっ」 「そんな人があんな見事な蹴りは入れないっ」 「見事とか……褒めてもらって光栄だわ……」 「痛い……」 「と、というか、つべこべ言わずにとっとと食べなさいよっ……」 「はいはい……」  私は出来るだけ大きな口を開けて、それを頬張った。 「あむ」 「っ」  私が口に含んだ瞬間、こらえ切れんとばかりに鏡は目をぎゅっとつむった。 「もぐもぐ……ごちそうさま」 「はぁ……」  ほっと一息つく鏡。 「あのですね……鏡さん」 「な、なによ?」 「何で目つぶるのですか?」 「え? つぶってた?」 「はい、つぶってましたよ……そんな事ではこぼしてしまいます……やはり鏡さんには荷が重すぎたんです」 「そ、そんな事ないわよ。ほら、由岐口!」  なんか……これってご奉仕なのか?  なんか自分的には餌もらう時の動物園の動物か何かの様な気がするけど? 「ふぅー、ふぅー……ほら」  私の口元へもってくる。 「はぁ……それじゃいただきます」  口を大きく開けて震えるスプーンへと近付ける……なんで鏡はこんなに震えるんだろうか……たかだかスプーンで食べ物を口に運ぶだけなのに……、 「……っっ」 「だから、視線そらしたらダメですよ」 「う、うっさいわね。直接見なくてもわかるのよ!」 「へぇ……そうですか、その頭頂部に設置された2本のアンテナで分かるのでしょうか?」 「そ、そうよ。この2本のアンテナは私の脳までつながっていて、空気の振動を通してあんたの状況を手に取るように伝えてくれる優れものなのよ!」 「ほう……それはそれは……てりゃ」  高島さんは2本のアホ毛をひしと掴む。 「なっ」 「これで見えないのですか?」 「やだ。見えない、見えないわっ」 「て、アホやらせんじゃないわよっ、バカッ」 「あう……嘘ついたの鏡さんじゃないですか……」 「そ、そうだけど……」 「んじゃ、とりあえず仲良くみんなでゆきに食べさせてあげようよ……」 「へ?」 「それでは競争ですね?」 「それなら私受けて立つわ!」 「メイドが上か、幼馴染みが上か……勝負です!」 「妹もだよ……なんか私の事忘れすぎだし……」 「いや、そんな事より、私自身の意志を忘れすぎだってっっ」 「そんな事、知るか! さぁ由岐食べるのよ!」 「負けません! 私のを食べるんですっっ」 「あはは……出来たら私のも食べて欲しいかなぁ……」  何このカオス? まったく意味分からん……。 「……く、食い過ぎた……」  というよりは食わされ過ぎた? どっちでもいいけど……、 「ゆき、大丈夫?」  リビングでごろごろしている司が私に声をかけてくる。 「うん、というか手を抜いてくれたのは司だけだったね……」 「あはは……二人とも熱くなってて、少し恐かったからねぇ……」  うう……なんか司はアホの子みたいな顔して、一番しっかりしている……。  台所で鏡が〈黙々〉《もくもく》とお皿を洗っている。  ちなみに高島さんは湯張りをするためにお風呂場の掃除をしている。  司はよほどカレーが美味しかったのか、相変わらずリビングで寝転がっている。  見た感じだと一番ダメそうだけど……あれはあれで二人をあまり刺激しないために、わざと何もしないでいるんだろう……。  司という子はそういう〈娘〉《こ》だ……。  でも……思う。 「食べた後寝てると太りますよ……」 「脂肪がおっぱいにつく様におまじないしたから大丈夫なんだよ……」  前言撤回……ダメそうに見える司は、やっぱりダメな子でした……。  しかしいきなり楽ちんになるのも考え物かなぁ……、いつもやってた事を他の人がやっちゃうわけだし……。 「鏡……皿洗い私も手伝おうか?」 「いいわよ。こんなのすぐ終わるからさ……由岐もまったりしてたら」 「いや、食べてすぐにまったりすると太りそうで嫌なんだよね。だからまあ、軽い運動代わりにね」 「なら、ゆきにも脂肪がおっぱいになるおまじないしてあげるよっっ」 「って、わぁっ、ちょ」 「うわぁ、由岐って結構おっぱい大きい」 「これはねぇ、乳腺が刺激されておっぱい大きくなるおまじないなんだよ」 「って、それおまじないじゃないじゃんっ」 「おまじないだよ。だってこんなの気休めなんだからさ!」 「それ分かってて……ごろごろしてたんじゃ……ダメじゃない……」 「病は気から、貧乳も気からだよ」 「私貧乳じゃないっっ」 「でも、もっともっと大きくなーれっ」 「あ、あんっ、って言うか! ダメっ」 「何やってるのよ……司」 「うわ、お姉ちゃんっっ、ごめんっ、由岐借りてたっっ」 「ふぅ……借りてたも何も、由岐は私のものじゃないわよ……」  なんかさっきまであんなにカリカリしてた鏡はすっかり落ち着いている。  良かった……。 「ふぅ……なんだかいきなり4姉妹って感じだわね」  いや、4姉妹ならいいんだけど、 なんだか変な空気になってるからなぁ……。 「ったく……なんか高島さんと出会ってから変な事ばかりだよ……」 「お待たせ致しました由岐様」 「お、お待たせ、由岐」 「えっ……」  な、  何事  っ  なぜに目の前に水着姿の高島さんと鏡が?  私が〈唖然〉《あぜん》としているうちに高島さんは背後に、  鏡は困ったように私の手前に陣取った。 「お背中をお流ししようと思いまして」 「えっと……」 「そういう事だから……とっとと背中出して……」 「い、いやぁ……そういう事なら二人もいらないんじゃないかなぁ……私の背中とかそんなに大きく無いし……」 「なら、私が前を洗いましょうか?」 「前なんて洗うメイドいないでしょうが……」 「いませんか?」 「当たり前でしょ……」 「なら私が世界初の前を洗うメイドになりましょう」 「という事で由岐様……私の事は高島世界初前を洗うメイドざくろとお呼びください……」 「ちょ、なら私が洗うわよっ」 「でも……前を洗う幼馴染みなんかいないですよ」 「なら私が世界初の前を洗う幼馴染みになるわ……」 「あのね二人とも……互いにやけくそになって適当な事言ってるけど……まず前は自分で洗えるから」 「自分で出来るからと言って、すべて自分でやってしまう人間はろくな人になりませんよ……」 「自分で出来る事でもあえて他の人にやらせて様子を見る……これが人としての器ではないでしょうか?」 「何の話ですか……」 「私の知っている方で、シナリオと原画とCGと演出用素材から背景まで、自分が出来るからと言う理由で全部やろうとしてしまう方がいますが……」 「正直人間としてどうしようも無いですっ」 「なんでも自分でやろうとするから発売が遅れてるんです! と私は皆様を代表して言いたいです!」 「だいたい収録予定日なんかもどんどん移動しましたし……当日台本受け渡しとかチェック出来ないのでやめていただきたいんですよ。正直迷惑なんです……」 「“ふ、ふひ、し、シナリオを書くのがひさしぶりなんでいまいち調子が上がらないんですよwwふひwふひひひw”とか変な鼻息で説明されても困ります」 「これはお仕事なのですから、そんな身勝手な都合など知った事ではありませんっっ……まったく」 「あのぉ……その知り合いさんが人として終わってるのは分かりましたが……それとこれとは……」 「関係あります。分業は大事なのです。由岐様!」 「はぁ……」 「近代化とはすなわち分業の時代……それぞれがそれぞれの特性を生かし、社会に奉仕する……」 「それが正しい現代のあり方なのです!」 「という事で、私は由岐様の前をご奉仕させていただきますね」 「きゃっ、冷たいっっ」 「ごめん……水出しちゃった……間違って」 「い、今のわざとですね……鏡さん」 「そんなぁ……誤解だよ……」 「いいえ……狙ってました……狙っていたの見ましたっっ!」 「ふーん……それで高島さんは何を狙ってたのかなぁ……なんで力説しながら鼻血を出してるのかなぁ?」 「こ、これは……は、鼻血ではありませんっっ血の涙ですっ」 「ほう……高島さんの血の涙は鼻から流れるんだぁ……」 「まれにそんな時もありますっっ」  鏡のこめかみには青筋が立ち……高島さんからはなぜか鼻血を出しながら……にらみ合っている。  風呂場で……私全裸で、二人は水着で……。 な、何このカオス? 「わ、分かったから、二人とも背中洗ってよ」 「え? 前は?」 「前は自分で洗うから……」 「ごほん……あのですね……私の知り合いで社長をやりながら……」 「だからっその話はもういいからっっ」 「ふぅ……んじゃ洗うよ」 「あ、ずるい……」 「ずるく無いでしょ……ほら、ここから半分は高島さんの領土だから……」  ぞぞわ〜。  鏡は指で私の背骨をなぞる……。 「あ、その境界線おかしいですっっ。真ん中はここですっっ」  ぞぞわ〜。 「って、背中の真ん中指で撫でるなっっぞわぞわするっ」 「す、すみません……」 「んじゃ洗うよ」 「負けませんよ……」  その後はご想像の通り……、  境界線をめぐって何度も何度も背骨をなぞられ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。  こっちの領土は私だ! いや私だ! と言い合い……最後に……、 「私の身体は私の領土だ!」 「 「 す ご み め ま ん せ … ん … … 」 …」  と私がぶちきれて終わりを向かえた……。  領土戦争はいつでもむなしい結果に終わる。 それを私は身をもって実感した。  パタパタパタ……。  パタパタパタ……。  あ〜……ぅ〜……、  頬を涼しい風が撫でている。 「ふぅ……何だかなぁ……あの二人……」  二人ともあんな性格だっけ?  たしかに高島さんは最初っからおかしい人だったけど……、でも鏡まで浸食されておかしくなっていくみたいな……。 「何を二人はムキになってるのか……」 「そりゃ、ゆきの事が好きだからだよ」 「つ、司っ」 「二人ともゆきが好きだから意地の張り合いになっちゃうんだねぇ……」 「あ、いや……それ前提おかしいでしょ……私、女だし?」 「そうかな? 愛があれば関係ないんじゃないの?」 「って言うかっっ、その好きって“愛”なの!?」 「違うかな?」 「いや……違うでしょ……だって鏡は幼馴染みだし、高島さんなんてこの前出会ったばかりだし……」 「それに二人とも女の子だし?」 「うん、そうそう」 「そうなんだ……ゆきは二人の事好きじゃないの?」 「え? そりゃ好きだよ……でもそれは……」 「LoveじゃなくてLikeって言いたい?」 「そりゃそうだよ。だって司だってそうでしょ?」 「え? 私?」 「司とか私にLoveなわけないじゃん」 「そんな事ないよ……私はゆきの事Loveだよ」 「へ?」 「だから、二人がゆきの事Loveでもおかしくないんじゃないかなぁ……」 「あ、あの……その司さん? Loveって……その……」 「さっきはごめん……背中痛かった?」  視線を向けるとそこには〈団扇〉《うちわ》片手の鏡の姿があった。 「先ほどはすみませんでした……少々悪のりして……」 「二人とも喧嘩はダメだよ、ゆきには“Love & Peace”の精神で接しないと……」 「へ?」  “Love & Peace”って……もしかして司のさっき言ってたのって……。  良く見たら司は私を見て苦笑している……。  か、からかわれたのか!?  朝……小鳥が鳴いていて、カーテンの隙間から日が差し込んでいるのでわかる。 「……ふぅ司が変な事言うからあんまり眠れなかったな……」  二日連続で寝不足になってしまった……。  何がLoveなんだ……まったく女の子同士で……、  何だけど……、 「何で……微妙に動揺しているんだろう……私」  またこの動揺がいまいち分からない……、  普通ならここで起きるべき感情は不快感をともなった驚きだと思う……。  だけど、どうも不快感とかは感じられなかった……。  何というかこの感情……一番近いのは……、  やっぱり、動揺。 なんでこんなに動揺しているのだろう……。 「……ぜんぜんわからない」  ったく、だいたい何でこんな事になってしまったんだろう……。  元々は高島さんが空を探すために、この家にやっかいになるって話で……そこから鏡と司がこの家に泊まるという話に発展して……。  ちょ……意味分からん。なんでそこからあんな事になる?  そんな事より……、  そうだ……元々、何とかの空を探すために高島さんはこの家に泊まる事になったのに……なんで空も探さずにこんな事してるんだろう?  この変な動揺をどうにかするためにも……一刻も早く高島さんが探す空とやらを見つけて、高島さんを自宅に帰し、そして鏡と司も家に帰す……。  そうじゃないと……、  なんかおかしい事になるぞ? 「あはは……なんかこれ……やばい方向になっている気がするぞ……普通じゃない状況に……」 「何がやばいのかな?」 「って、わぁっっ、司っ」 「な、なんでそんなに驚いてるのかな?」 「あ、いやね……何でもないけど……うん」 「何でもないって…顔じゃないけどぉ……」 「そ、それは、司が昨夜変な事言うからだよ」 「変な事?」 「Loveだとかそんな事……」 「変な事か……うーん、まぁ変と言えば変なのかもしれないけど……」 「ほら、そんな事より学校遅刻するわよ」 「うわ、本当だっ……やば用意しないとっっ」  昨日はサボってしまったけど……今日はちゃんと学校に行った。  相変わらず暇すぎる授業だったけど……なんか不思議とそんなに長くは感じなかった。  そろそろ夏休み……こうやって暇な時間を耐えるのもあと少しで終わりだ……。  下校……四人で帰る。 なんだかこんなに集団で下校するなんてひさしぶりな気がする。  まぁ帰る家は同じだから……四人で帰るのは必然と言えば必然になるのかなぁ……。 「今日はいい加減、空探し行くんだよね……」 「はい…昨日はサボってしまいましたからね……」 「空探しって……夏の大三角?」 「うん……あのセカイ系な少女と宇宙刑事少女が出会うとか言うやつ……」 「なんかいろいろ間違ってるよ……ゆき」 「どこ探しに行く気なの?」 「一応杉ノ宮にあるマンションとかから探そうかなぁと思ってるけど……」 「由岐、あのねぇ……光害って言葉知ってる?」 「さすがにそれぐらい知ってるよ……光害って、過剰な光で天文観測が出来ないってヤツでしょ」 「でも東京で明かりのない場所とか探すの無理でしょう。だいたい夏の大三角形ぐらいなら東京でも見つける事は出来るし……」 「いや……だからってこの辺りで一番光が集中している場所を選ぶ事もないでしょ……杉ノ宮って思いっきり繁華街じゃないの」 「でも光が少ない場所で入れる屋上なんてあるの? どちらにしても屋上に登らない事にはどうにもならないからさ……」 「天文部に相談すればいいじゃない?」 「天文部?」 「北校の天文部よ。あそこなら事前に許可とれば日が落ちた後でも、北校の屋上使えたハズよ」 「そうなの?」 「さすがに深夜とかだと手続きがめんどくさかったハズだけど……日が落ちて数時間とかならそこまで手続き難しくはないハズ……」 「あそこって星良く見えるんだ?」 「うん、北校って高台になってて、さらに周りが森で囲まれてるでしょ。特にC棟の屋上は一番高いしね……」 「C棟……ですか」  突然、高島さんが険しい表情でつぶやく……。 「どうしたの? なんかC棟って言葉が出た瞬間に表情が曇ったけど?」 「あ、いいえ……別に……すみません……」 「でも、C棟はあの学校内でも一番高台ですし良いと思います……私はあそこに何度か行った事ありますから……」 「そうなの?」 「私、美術部だったんですよ……C棟の屋上って美術準備室からしか上がれない構造になってるので、良くあそこに行った事があるんです……」 「へぇ……今は違うの?」 「ちょっとした事故がありまして……美術部は活動停止です……」 「美術部で事故?」 「まぁ、そんな事はどうでも良いじゃないですか……それより学校の屋上の話ですよ」 「あんまり夜にうろつかなかったから気にもしなかったけど、たしかに北校って夜になると暗くなりそうだね……」 「街側が見える東の空はさすがに光害で見るのが困難だけど、20時すぎた辺りなら夏の大三角は結構はっきりと見えるって聞いてるよ」 「って何でそんな詳しいの?」 「クラスの〈美羽〉《みう》って天文部だから」 「美羽さん? そういえばそんな人もいたような……」 「本当に由岐はクラスの人間覚えないなぁ……」 「由岐様は人の顔と名前を覚えられないのですよ……私も全然覚えてもらえませんでした」 「え? そうだっけ? 高島さんはあのマンションの屋上で一回で覚えた様な……」 「そう思ってるのは由岐様だけです……まぁいいですけど……」  この言い方だと……高島さんとはそれ以前も何度か会ってたみたいだな……そう言えば本貸す時にはじめてだと思ったのに“また貸してくださるのですね”とか言ってたなぁ……。  って事は、本とか貸すぐらいの仲だったのか……う、全然覚えてない……。 「由岐、そういうの直した方がいいわよ……あんまり人を覚えない人は嫌われるよ」 「うん……まぁ、気をつける……」 「とりあえず、美羽に電話で頼んでみる。早ければ明日、遅くても明後日には屋上に上れると思う」 「んじゃ、今日は?」 「そのマンションの屋上とやらに行ってみる?」 「いいえ……ならば今日は由岐様の家に帰りましょう……今日は重要なお知らせがありますので……」 「重要?」 「そうだ……今日は重要な事があるんだ……」 「え? そうなの?」  なんだろう……司と高島さんが言う重要な事って…… 二人の取りあわせって言うのがまた不思議な感じがする……。  家につく頃には日はすっかり暮れていた。  高島さんと司は家に帰るとすぐにご飯の用意をはじめる……。  今日は高島さんと司が作るみたいだった……。  なんか司は主に買い出しといった感じだったけど……、  それより重要な事って何だろう……。 そっちの方が気になるんだけど……家に帰ったら二人はすぐに夕ご飯の用意をはじめてしまい、その件には一切触れなかった。 「料理出来たよ!」 「って言うか早っ」 「というか……これ……料理?」  料理と言って出されたものは、クラッカーとかチーズとかポテチとかピザ(たぶん冷凍)とか……まぁ、この唐揚げとかは料理だけど……これってどっちかというと……。 「そうですね……あの…ここで重大なお知らせがあるんですよ……私」 「重大なお知らせ?」 「とりあえず……私、簡易的ながらクジをつくってみました……」 「クジ? そのクジでそれぞれの役割を決めるって事かな?」 「でも、天文観察におけるそれぞれの役割って何?」 「いいえこれは天文観測での役割ではありません……」 「なら、何の役割分担なの?」 「そういえば昨夜高島さんは分業の大切さを切実に語っていたけど……」 「はい、やはり世界は支配する者と支配される者……上に立つ人間と下で働く人間に別れます……」 「へ?」 「まぁ、それは大切だねぇ……」 「って、何でそこで納得出来るのよ……」 「鏡さんの言う通り、杉ノ宮のマンションの屋上では光害がひどすぎて、天文観測には向いてないと感じてました……今日無理して行っても意味が無いかもしれません……」 「それと、支配する者と支配される者って、何の関係が……」 「それはねぇ! 王様を決めるって事だよ!」 「はぁ?」 「はい……そういう事です。せっかくだから今日は楽しみましょう……空が見つかるのもそれほど遠い事じゃないんですし……」 「それじゃ、王様ゲームスタートだよ!」 「……おうさま……って? 王様ゲーム!? 空の観察関係ないじゃんっっ」 「えいっっ」  ぐしゃぐしゃとくじを混ぜる。  それよりも、少し気になった事があった……。 「あのさ……さっき高島さん…空が見つかるのってそんなに遠く無いって言ってたよね……」 「はい、言いました」 「それって……何で分かるの?」 「いいえ……ただの希望的観測ですよ。でもこれだけの人数で探すんですから、それほど遠い未来じゃないのかなぁ……って思ったまでです」 「そ、そうなんだ……」  希望的観測か……それならまぁ頷けるかな……。  だいたい空のはじまりと終わりなんて、本当にあるわけがない……。  そんな場所が簡単に見つかるという言い方が少しひっかかった……。  世界そのものの少女と、空の少女が出会う場所……はじまりの空、終わりの空……。  とても存在するとは思えない場所……、 なら、なんで私は彼女と一緒にそんなものを探そうとしたんだろう……。 「とりあえずはじめるよっ。私、一度こういうジャンクフードに囲まれてみんなでゲームするの夢だったんだー」 「あんたがやりたかったのか……司」 「うん、家だとそんな事ないでしょ。せっかくのお泊まり会なんだから、それらしい事しないとっっ」 「あと飲み物も沢山ありますよー」  なんだよ……重要な話ってこんな事か……。 ったく司と高島さんは……、 「王様だ〜れだ」 「ほら、二人も一緒に言わないと」 「えっと……やり方知らないんだけど……」 「王様だ〜れだって言ってくじを引くの、それで王様になった人が、適当な番号に命令して、その番号の人は絶対にその命令を実行しなきゃいけないの」 「そうなの? ちょ、ちょっと恐いわね……」 「だから普通ならそんなデタラメな命令はやらないんだよ。自分がやられた事とか仕返ししていくと、だんだんエスカレートしていっちゃうからねぇ」 「まぁ、合コンとかでやったりするらしいけど、女の子同士だし、そんな重く考えないで……」 「んじゃ、いくよ」 「王様だ〜れだ」  かけ声と共に……おのおのくじを引く。 「ぁ……私の棒……王って書いてる……」 「鏡様が王に即位しました……」 「それで、お姉ちゃんは何番にどんな命令するのかな?」 「鏡の命令が当たらない様に……お願いします……」 「ゆきっ死刑! こやつの首をはねてみせしめとせよ!」 「ええ!? いきなりなんでっ、ていうか何のみせしめなのよ?!」 「ほら、ゆきが王にそんな口のききかたしたら〈不敬罪〉《ふけいざい》で即死刑にされちゃうんだよっ」 「つーかそれじゃ王様ゲーム関係ないし……」 「さぁ王。この愚か者をいかがなさいますか?」 「そうねぇ……まぁ、謝ったらゆるしてあげてもいいかしら……」 「手ぬるいですぞ殿!」 「ええ??」 「王たるもの“俺の言うことは正しい。俺のなすことも正しい。俺が天下に背こうとも天下の人間が俺に背くことは許さん”の精神でなければ三国を統一する事は出来ませぬぞ」 「三国じゃないし……四人だし……」 「だまらっしゃい!」 「その様な事では、殿、あなたも次の時代には用のないお方でございますなぁ」 「な、何の話だ……」 「たしかに……次の王様になるのは誰だか分かりませんしね……」 「そ、そう言われてみれば……そうね。次は無いかもしれないし……由岐にどんなことでもやらせ放題か……ふふふ」 「な、なんだか恐ろしい笑みを浮かべているんですけど……」  〈積年〉《せきねん》の恨みってやつ? なにをさせる気なのだろう……不安だ。 「ふふ……覚悟しなさいよ……」 「こ、こほん。じゃ、じゃあねぇ……由岐」 「わ、私をおだててみなさいよ……」 「え? はい? そんな事で良いの? でも……そんなの普通に恥ずかしいと思うけど……」 「〈和睦〉《わぼく》とは戦をやめて仲良くすることだ。そんなことも知らぬのかぁー」 「もう三国志ネタいいから……しかも全部横山○輝版だし……」 「でもさ……いつもゆきはお姉ちゃんに文句ばかり言ってるんだから、たまにはおだててみるのも良いんじゃないかな?」 「う〜ん……おだてる、ねぇ……」  鏡をマジマジと観察してみる。 「う〜ん……ほめるったってどこをほめていいものか……」 「司、由岐の首をはねぃ!」 「ジャーンジャーン」 「つ、司っ」 「そこは“げぇ、関羽”だよぉ」 「だから……司が三国志好きなのは分かったから……」 「大好きだよ。三国志はいいよね。王様ゲームとか言ったらまず三国志だよね」  そんな女いねー。 「ゆきは何萌えかな? やっぱり孔明と〈周瑜〉《しゅうゆ》だよね。三国志ってこの二人の愛を軸に歴史が展開してゆくんだよ」 「違うわい、歴史捏造するな」 「本当だもん、だってだってファー様も言ってたしっ」 「つーかファー様って誰?」 「ファー様はファー様だよ……ひっく……」  ひっく?  あれ? なんか気になったんだけど……。 「司……なんか顔赤くない?」 「こんな量で酔ったりしないから大丈夫だよー」  こんな量で酔ったり……、 って! まさか!!  私は飲み物を確認する。 するとそれは……。 「これお酒じゃないっっ」 「ふふふ……王様ゲームにはお酒は必需品だよぉ……」 「さてと……」  頬を赤くさせた鏡が私の前に立つ……。 少し目がとろりとしている。 「って、それマジで包丁じゃない? ちょ、ちょっと待ってっ」 「さぁ言ってごらん」 「むむむ」 「何がむむむだぁ!」  なんか知らんけど……この二人少し酔っぱらってるみたいだ……えっと……あんまり刺激するのも何だからなぁ……。 「わ、分かりました……」 「えっと……うーん……えっと」 「えっと、えっと、えっと、えっと……あっと、その、うーん、そのあのえっと……」 「なんでそんなに悩まなきゃいけないわけよ……そんなに私を褒めるのは難しいと言いたいわけね……」 「なんか段々私腹立ってきたわ……司、本当に首はねていいかしら……」 「あ、今の冗談、冗談、すぐに言えるよ。うん」 「えっと……その……あの……えっと、えっと、えっと……あっと、その、うーん、その、えっと……えっと、えっと、えっと……あっと、その、うーん、その、あの、えっと……」 「司……暴れない様に押さえてくれるかしら……包丁じゃ一撃で落とすの無理そうだから……」 「か、鏡は可愛いとは思うよ。スタイルも綺麗だし、運動もしてるから健康的だとは思うし、あと頭も良いし素晴らしいと思うよ。うん!」 「……」 「え? え? ちょ、なんで睨むのよ……しっかりほめたでしょ?」 「いや、なんかあんたに言われるとうれしくないというか……嫌味に聞こえるんだけど」 「ど、どうすりゃいいってのっ?」 「と言いますか……それじゃ王様ゲームとは言えませんよ……ちゃんと番号言ってから命令言わないと……」 「そ、そうか……そういえばそういうルールだった……えっと、それじゃ一番が腹筋20回という事で……」   「うっ……墓穴を掘ってしまったようです」 「え? 高島さん一番?」 「はい、残念ながら……」 「王様の命令とあれば仕方ありませんね……あはは体力にはあまり自信がないのですが……」  彼女は横になると両脇をしめて腹筋をはじめた。 「んっ……はぁっ……んん……いち……はぁっ……んんっ……ぁっ……にぃ」  両脇をしめているために胸部が圧迫されて、その豊かなバストの谷間が強調されている。 「ん……はぁっ……んん……さ、ぁん」  本人の言うとおり体力があまりないらしく、息が多少あがってしまっている。  これで20回できるのだろうか?  と、いうか……。 「はぁ……ん、んん……はぁ……よ、ぉん」  ふにゅっと谷間がゆれると思うんだけど……。 この人は本当に胸がでかいんだなぁ……。 「す、すみません……私にかまわずゲームを再開してください。私は残ったくじでよろしいので……」 「回数減らそうか?」 「いいえ。ルールは守りますよ」 「高島さん、無理はしないでね」 「ありがとうございます」 「えっと、じゃあ……」  ぐしゃぐしゃとくじを混ぜる。 「王様だ〜れだ」  おのおのくじを引く。 「あ! 私が王だ!」 「司王だ」 「む、くるしゅうない……」 「んじゃ、誰に何を命令しますか?王?」 「まず、南岸に布陣せよ……そして降伏を偽装して接近させ、〈黄蓋〉《こうがい》によって曹操軍の船団に火を放たせるぞ!」 「ひっぱりすぎだ!」 「お姉ちゃん……こやつの首はねぇぃ」 「またそれかいっっ」 「ゆきだめだよ。私は今は孫呉の総司令なんだから……気分壊す事言わないっ」 「それ〈周瑜〉《しゅうゆ》だし……周瑜、王様じゃないし……」 「〈周瑜〉《しゅうゆ》様大好きっっ」  真っ赤な顔で楽しそうな司……、 うーん、良いんだろうか……お酒なんて飲んで……。 「まぁ、いいや……え〜っとねぇ……二番が腕立て伏せ20回!」 「あと二回……はぁ……はぁ……じゅう、く」 「がんばって高島さんっ…ラストよ!」 「はぁ……んん、はぁ……に、じゅ、ぅ……」 「お疲れさまー!!」 「はぁ……はぁ……ありがとうございます。それじゃ……私のくじは……」  やりきった顔の高島さんが自分のくじを裏返す。 「あ……」 「……う」 「……ご〈愁傷〉《しゅうしょう》様です」 「あはは……命令変えようかなぁ……」 「いいえ……それでは王様ゲームが成り立ちません……王様ゲームはどんな命令であっても、絶対服従するからこそ、成り立つのです……」 「だから……腕立て伏せをやらせていただきます……い〜ちぃ」 「せめて回数減らそうよ?」 「いいえ……ルールは絶対です。ここで変えてしまっては何にもなりません……どうぞゲームを再開してください」 「わかったわ……じゃあ」  ぐしゃぐしゃとくじを混ぜる。 「王様だ〜れだ」  おのおのくじを引く。 「あ……」 「ま、まさか」 「そのまさかです……このときを待っていました……」 「高島さんが王なんだ?!」 「私こそが新世界の神っっ……んんしょ……よん」 「神じゃないし……というか、腕立てするか宣言するかどっちかにした方がいいし」 「それでは終わるまで少々お待ちください……」 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」 「あ、あの……高島さん……大丈夫かな?」 「ご、ご心配なく……命令をちゃんと遂行したまでです……ぜぇ、ぜぇ……」  アルコールが回っている上に腹筋、腕立て合計40回なんて……相当大変だったんだろうなぁ……なかなか高島さんの呼吸は元に戻らなかった。  呼吸が戻った時には、疲れとアルコールで目がとろりとしていた……。 「えっとですね……三番の人です!」  と言って、顔色をうかがう高島王……番号を言われた瞬間の顔で該当者を見定めようと言う作戦みたいだった……。  でもそんなのに引っかかる人間なんて……、 「わ、わ、わ……」 「ふぅ……司さんですか……」 「あ、はい……私です」 「司さんはやさしくしてくれましたからね……ひっく」 「あ、あはは……」 「全裸で許しましょう〜」 「!?」 「!?」 「ふぇーんっっ」  な、なんたるハードさ……。  王様ゲームで、そういうのって最終局面で出てくるもんじゃないの?  いや、お酒飲んだ上にあれだけ運動させられたら、高島さんの脳みそはすでに最終局面になっているのかもしれない……。  というか……それにしても何故、全裸? 「ひっく……あのぉ…出来ませんか? 出来ないのなら良いですよ……たかだかゲームですしねぇ……くすくす」  ってさっきまでそのゲームに意地になって腕立てしてたのあんたじゃんっっ。 「……で、出来るもんっっ」 「次の王になるために、今は恥をさらしてでも生き延びるのが武将なんだよ!」  なんの話だか……。 「あ、あの……司……」 「そ、それに、ど、どうせ女の子しかいないもんっっ。恥ずかしくなんか無いもんっっ」 「でも、次の王に返り咲いたら……もっと恥ずかしい事命令するもん!」  なんだか意味も無くヒートアップする王様ゲーム……どんだけマジなんだか……。 「ち、ちゃんとやったよ……」 「えっと……3秒ルールとかでも良かったんじゃ?」 「そ、そんなのいらないんだからっっ、ほら次のゲームだよっ」  涙目で真っ赤な顔の司……そんなに恥ずかしいのならやめれば良いのに……高島さんもやめて良いって言ってたんだから……。 「えっと司……」 「は、恥ずかしくないもんっっ、ほら次のゲームやるんだよっっ」  たしかに同性だし、銭湯とかそういう場所だったら互いに裸だったりするんだけど……どうも部屋で一人だけ全裸って……かなり奇妙な感じ……、  それだけじゃなくて、あからさまに司は恥ずかしいのを我慢してやっているので、何だかそれが変な気分にさせられる……。  湯気が出そうなほどに真っ赤になって……恥ずかしさで縮こまっている司……。  ぐしゃぐしゃとくじを混ぜる。 「王様だ〜れだ」 「うぉおお。引いた! 私が王様!」 「す、すごい執念……」 「ふふふ……今度は私のターン」 「二番!」  と言って、番号を言われた瞬間の顔を見ている司王……そんなの引っかかる人いないし……、 「あれ? 何で目線外しているんですか? 高島さん……」 「そ、それは……」 「二番の人全裸!」 「ふふふ……」 「へ?」 「……二番、私よ……司……」 「こ、孔明の罠か!」 「いや……低レベルすぎる罠だし……」 「あと、ゆきは斬首……」 「だから、それ王様ゲームじゃないしっ」 「あのお姉ちゃん……」 「ふぅ……いいわよ別に……ここでルール変えたら、復讐出来ないでしょ……司」 「お姉ちゃん……」 「同じ目なんかじゃ許さない……双子の意思疎通能力を思い知らせてあげる……」  って……双子で全然意思疎通出来てないから、今の罠にひっかかったのでは……? 「そろそろやめても良いですよ〜ひっく」 「司だけ恥ずかしい思いさせて終わりなんかにさせないんだからっ」 「……っっ」  あーあ……なんか三人ともあんまりまともじゃない……アルコールもあるんだろうけど……やっぱりこのゲームのノリがそうさせるんだろうか……。 「ぬ、脱いだわよ……」 「二人とも3秒ルールでもいいですよ……そんな意地をはらずとも……」 「お構いなくっ」 「っく……べ、別に恥ずかしくなんて無いわよ……だ、だいたい女の子しかいないし……」 「お姉ちゃんも裸だから、少し安心だよ」 「そ、そうね……というか早くゲームはじめましょうよ……」 「うん……そうだね……このままじゃ引き下がれないし……」 「……う」 「な、何見てるのよっ」 「い、いや……なんか部屋で二人だけ全裸って変だなぁ……って……」 「そ、そういう事改めて言うなっっ」 「ゆきのバカっっ。わ、私達必死で考えない様にしているのにっ」  っていきなり二人は真っ赤になって泣き出しそうになる……。 「も、もうやめにしませんか?」 「何言ってるの……やめられるわけないでしょ……」 「ここまでやってやめるとか無いっっ」 「がんばるわよ司」 「うん、お姉ちゃんっっ」 「そ、そんながんばらなくても……ゲームだし」 「がんばるもんっっ」 「王様だ〜れだ」  おのおのくじを引く。  そしてその結果……、 「私が王様……」 「……あ」 「それでは命じます……三番!」  また同じ作戦……でもさすがに誰も引っかからないと思う……。  ちなみに私は二番ではずれ……たぶん司か高島さんのどちらかだと思う……。 「くすくす……三番は高島さんかぁ……意外と顔に出やすいのねぇ」 「そんな事ありませんっ、私顔になんてっ」 「なーんて」  さすが鏡……高島さんよりも上手の策士だなぁ……。 「ブラフよ……司は顔色で分かりやすいからはずれたのすぐに分かった、だから由岐か高島さんかの二択……」 「二人とも表情にまったく出なかったから、とりあえず言ってみた……言うのはタダだし……」 「もしはずれてたら、そんな焦った表情なんてしないで、普通に“はぁ?”って表情するはずよ。頭で分かっていても瞬時だと顔に出ちゃうんだよねぇ……人間は……」 「うっ……さ、さすがです」 「てな事で三番の人全裸でお願いします」 「わ、分かりました……」  って……なんだこれ?  真っ赤になっている高島さん……今までの流れから当然の事の様に、服を脱ぎ出す。  なんかみんな、このゲームがどこまでエスカレートすれば気が済むのだろうか……。 「お、終わりました……」 「う……なんか……」 「胸大きい……こっちが恥ずかしいぐらい……」 「そ、そんな事……言わないでください……」 「でも、これで高島さんも全裸組の仲間入りね……次はもっとすごい事してもらうわ……」 「鏡さんはもし私に当たったら、どんな事しようと思ってるのですか?」 「それは当たってからのお楽しみかしら……」 「っというか……高島さんは……」 「裸に剥かれたのですから……お返しは羞恥系を考えてます……」 「うっ……羞恥系ってどんな……」 「司さんはどんな事を?」 「うーん……とりあえずゆきにあたったら全裸かな?」 「わ、私も?」 「うん、んでね。お姉ちゃんに当たったら服着せて……高島さんに当たったら……ふふふ」 「エロゲみたいな事してもらおうかなぁ……」 「え、エロゲ?」 「そうだよ。世の中にはエロゲって言われる、やっただけで人格が破壊されると言われる魔性のゲームがあってだねぇ……そこでは人が考えられるかぎりのすべての羞恥プレイが満載されているという伝説なんだよ」 「で、でも……それは空想の世界の話で……」 「ううん。私ね。夜になると眠くなってくるから、空想と現実の区別がつかなくなっちゃう事があるんだなぁ……あとお酒とか入ってるしねぇ……ふふふ」  そ、そんなのダメすぎだー。 「では次の勝負は……手加減抜きで……」 「ああ、いいわよ……こんな事までされてるんだから……普通のプレイじゃすまさない」  すでにプレイなのか……。 「んじゃ……そろそろはじめようかなぁ……」 「 「 う は ん い っ っ 」 」  ぐしゃぐしゃとくじを混ぜる。 「王様だ〜れだ」  おのおのくじを引く……ここではじめて……。 「え?」 「あの……」 「もしかして?」 「由岐が王様なの?」 「あはは……そうみたい……」  いつもなら、全員斬首ー。とかギャグでも言いたいところだけど……なんかそういう空気では無い。  なんか無いかなぁ……この流れを変える様な命令って……、 「ふぅ……私が王様になっても由岐様に全然当たらなかったのに……」 「なんでここでゆきに王様があたるのかなぁ……」 「空気読まないんじゃない?」  言われ放題な王様ですな。 「って、ならみんな私が当たったら何するつもりだったんだよぉ。どうせひどい事でしょ」 「そんな事ありませんよ……私はキスしようとしてましたっ」 「なっ」 「他の皆さんはそんな事望んでないでしょうけど……私はそれを望みました」 「なんで、他は望んでないとかなるのよ!」 「なら、鏡さんは?」 「あ、いや……それが目的とかじゃないけど……まぁ盛り上がったら……そういうのも良いかなぁ……って」 「そうなんだ。んじゃさぁ王様、先にやること宣言してください!」 「な、なんで私の時だけ……」 「だってゆき王は空気読まないですもん……だからここで君主としての器を見せて下さい」 「君主としての器ってどう見せるのさ?」 「そりゃ、みんなが望む事を与えてあげるんです。そうすれば、民意は鰻登りですよ」 「そんなもん……あがっても……だいたいみんなが一致しているものとか無いでしょ」 「みんな、ゆきとキスを狙ってたんだよ」 「……みんなゆきときすをねらっていたんだよ……」 「なんですとぉ!?」 「そ、そんなわけないって、だいたい司はそれ無いでしょ?」 「ううん。隙みてキスを命令しようと思ってたよ」 「つ、司……」 「でも鏡が……」 「さ、さっきも言ったじゃない……私もだって……」  ……。  って何故ゆえ??  なんでみんな私の唇を狙ってるわけ??  こいつら酔いすぎだろ……まともな判断じゃないし……人として……。 「あ、あのさ……同性だし……」 「別にゆきが嫌ならいいよ……」  わ、私が……、  私が決める?  女の子同士で? 「わ、分かった……キスする」  私が王様だった……本来命令を決められるのは私なのに……何故かみんなの条件をのんでしまった……。  たぶん私もアルコールが入ってたからだと思う……良く分からないけど……たぶんそんな感じだったんだ。  んじゃないと、OKするわけがない……女の子同士でキスなんて……普通しない。 「っっ」 「す、するんだ……」 「はい、それでは何番ですか?」  何番……誰が何番なのかまったく分からない……。  どうしよう……。 「んじゃ一番!」 「え? あ、あの……本当に?」 「……んじゃ変える……」 「って何よそれ!」 「えーだってぇ……鏡、実はそんな事やりたくないでしょ?」 「なんでそうなるのよっ」 「いや、鏡の事だから単に意地になって言ってるとしか思えないからさぁ……」 「無理矢理とか可哀想だなぁ……って」 「バカ……」 「え?」 「今、命令言ったよね! 命令は絶対服従なんだよね! 由岐!」 「え?」  全裸の鏡が私の身体にからみつく……そしてそのまま……。 「っっ」 「ちゅ……ちゅぷ……」  ……って何ごと?  何が起きているの?  つーか、鏡が私にキスしてる……って! それどころか舌入れてきてるじゃないっ。 「ちゅ……くちゅ……由岐……」 「っっ〜〜」  な、何ごと……何で?  鏡が私にキスしてきた事も驚きだったけど……それ以上に……。  なんで私こんなにドキドキしてるんだろう……。 なんか私……、 実は……、 「……した」 「っっ」 「私のファーストキスだった……」 「私だってそうだい! お、女の子同士でっっ」 「ご、ごめん……もしかして嫌だったとか?」 「う……」  目を潤ませて上目線で私を見つめる鏡……。  な、なんでそこでそんな反応するんだよ……鏡……そんな反応しないだろっ。  そんな反応されたら私。 私は……。 「あ、の……嫌じゃないけど……その……」  まともに目を合わせられない……鏡を見つめる事が出来ない……。 なんか見る事なんて出来ないよ……。  この感覚……。 まるで……、 「うらやましいなぁ……お姉ちゃん」 「って……司も本気で由岐とキスしたかったの?」 「あれ? その言い方だと自分以外は全部冗談で言ってると思ってたの?」 「え? そ、そういうわけじゃないけど……」 「……」 「んじゃさ、そろそろ終わりとしましょうか?」  なんかこれ以上やっていると、もっともっとエスカレートして何が起こるか分かったものじゃない……。  だいたい、今ので私は鏡をまともに見つめる事なんて出来ない……。 「そ、そうだねぇ……」 「なんだよぉ……お姉ちゃんだけ勝ち逃げじゃん」 「仕方ありませんよ……そろそろ遅いですし……それにずっと脱いでたら酔いも覚めてきました……」  そう言って高島さんは服を着始める。 「そうだね……部屋の中だからってあんまり裸って言うのも変だし……」 「くす……いい加減慣れてきましたけどね……」 「私は慣れないよ……」  司も服を着始める。  私以外全裸なんてまったく良く分からない結末で終わった王様ゲームだったけど……、  なんかこのゲームは私の中にあったあやふやな感情を、くっきりとさせていた……。  それでも、まだ私はその事に無自覚であろうとした……。 「それじゃ二番っ」 「え? ほ、本当に?」 「……ってその反応」 「うん、私だよゆき」 「あ、あの……変えた方がいいよね……命令とか」 「なんでそんないじわる言うかなぁ……」 「だ、だってそんな事、司やりたくないでしょ? その場のノリで言ってるだけで……」 「昨夜言ったはずだよ……ゆき」 「え?」 「だからゆきが嫌ならあきらめるけど……でも、もしゆきが嫌じゃなきゃ……私はゆきとキス出来るのうれしいなぁ」 「そ、それって……」 「命令は最後までよ……由岐」 「お姉ちゃん……」 「ほら……やってやりなさいよ由岐」 「えっと……」  どうして良いのか分からない私に、突然司は飛びつく。 「えいっ」  全裸の司の身体が私に密着する……女の子の私から見ても司の身体は華奢で……今にも折れそうだった。 「嫌だったらいいんだよ」 「あ、いや……嫌って事は無いよ……本当に……で、でも…っっ!?」 「ちゅぷ……」  ってあの司が? いきなり私にキスしている……。  というか……司……、 「ちゅ……くちゅ……ぺろ……ちゅ」  なんか閉まっている私の唇をずっと舐めている……これってもしかしてディープキスしようとしてるって事? 「っっ〜〜」  私は、ゆっくりと口を開く……すると司の舌が私の口の中に入ってくる。 「ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っっ」  頭がしびれる……、 女の子の口ってこんなに気持ちよいんだ……、 そんな事を思った……。  あまりの気持ちよさに……、 その場で司を押し倒したくなる衝動にかられる……、 でも……もちろんそんな事なんて出来ない……。  でも……私は彼女を引き離す事が出来ない……。 「あう…ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」  いつもの彼女なら想像すら出来ない……貪る様に私の口の中を舌でかき回す。  私の太股に司のあそこの部分が何度かふれた……、 そしてそのたびに私の太股が濡れていくのがわかった……。  このままじゃ……、 そのまま……、 いくらお酒が入ってるからって……みんなの前で……、 「ちょ……や、やりすぎだよっ」 「あ、あれ? ダメだった」 「だ、ダメじゃないけど……あの……」  司は私を見つめる。 でも私は司を見る事が出来ない……。  彼女の顔を見ていたら心臓がドキドキして……それどころでは無い……。 「私のファーストキス、ゆきとしちゃったっ」  あんな妖艶な動きをしていた司は、笑いながらあっけらかんと言う。  ふとももが冷たい……液体がべっとりと付いている……。 良く見れば司のふとももからも液体はたれている……。 「そ、そんなうれしそうに……」 「うれしかったから……もしかしてダメだったかな?」 「いや……ダメって事は無いんだけどさぁ……あの……」 「……」 「んじゃさ、そろそろ終わりとしましょうか?」  なんかこれ以上やっていると、もっともっとエスカレートして何が起こるか分かったものじゃない……。  だいたい、今ので私は司をまともに見つめる事なんて出来ない……。 「もう終わりで良いの? お姉ちゃんとかは?」 「いいよ……なんか今のでクライマックスって感じだったし……」 「そうですね……そろそろ遅いですし……それに服着てなかったので酔いも覚めてしまいました」  そう言って高島さんは服を着始める。 「夏だからって、裸だと司も風邪引くし……ほら、司服着なよ……」  鏡も服を着始める。  私以外全裸なんてまったく良く分からない結末で終わった王様ゲームだったけど……、  なんかこのゲームは私の中にあったあやふやな感情を、くっきりとさせていた……。  それでも、まだ私はその事に無自覚であろうとした……。 「それじゃ三番っ」 「私ですね……」 「なっ」 「ぬっ……」 「それでは失礼して……」 「あっ」 「ちゅ……」  私は目をつぶった……。  けど目をつぶる必要など無かった……だって高島さんは私のほっぺにキスをしたのだから……。 「っ……ほ、ほっぺ?」 「はい、ご不満でしょうか?」 「あ、いや……別に……」 「それでは、そろそろ終わりとしましょうか?」 「これで終わり?」 「はい、私が悪いのですが……少々悪ふざけしすぎました……なんかこれ以上やっていると、もっともっとエスカレートして大変な事になってしまいそうなので……」 「……たしかに服脱いでたらだんだん酔いも覚めてきたけど……やりすぎだったかも……」 「あはは……たしかにすこしエスカレートしすぎたかなぁ……」 「そうですね……そろそろ遅いですしね……」  そう言って高島さんは服を着始める。 「あはは……何かみんなで突き進むと恐いね。暴走しちゃったかも……」 「まぁ、たしかに悪ふざけでちゃんとしたキスとかして良いもんじゃないからね」  鏡も服を着始める。  私以外全裸なんてまったく良く分からない結末で終わった王様ゲームだったけど……、  でも、それ以上に至らなくて良かった……。  何となくその事だけに胸をなで下ろした……。 「そんな事出来るわけないでしょ!」 「一番と二番と三番! 服を着る!」 「え?」 「それって……」 「はい、王様のご命令とあらば……ですね」  そう言って高島さんは服を着始める。 「そ、そうだよね……服着て良いのなら……それが一番だよね……」 「うん……たしかにゆきの言う事が正しいね」 「そうだね……たしかに悪ふざけでキスとかして良いもんじゃないよね……あはは」 「なんかお酒入っててノリであんな感じだったけど、服脱いでたらだんだん酔いも覚めてきたね……」  鏡も司も服を着始める。 「そろそろ終わりでいいんじゃない?」 「そうね……なんかそろそろ良い時間だし……」 「うん、遊び過ぎちゃったね」  私以外全裸なんてまったく良く分からない結末で終わった王様ゲームだったけど……、  でも、それ以上に至らなくて良かった……。  何となくその事だけに胸をなで下ろした……。  朝目覚めると布団の前に制服姿の鏡が立っていた。 「ふぅ……朝ですなぁ……」 「そうよ……朝よ……良く分かってるじゃない」 「昨日、学校に行った事ですし、今日はお休みしても良い様な……気もします」 「そんなわけあるかっ」 「ったく、すぐ学校サボろうとして……ほら行くわよ」 「いってらっしゃ〜い」  ひらひらと手を振る。出来るだけの笑顔で……、 「あんたも行くのよ!」 「えっ」 「あんたは……何でそんな意外そうな顔が出来るのよ……ほら用意早くしなさいよ……パジャマのままじゃどうにもならないでしょ」 「そんな事ないよ……パジャマのままで出来る事だって多いよぉ……寝たり寝たり寝たり寝たりごろごろしたり寝たり寝たり寝たり……そして寝たり!」 「学校行くの!」  そう言って鏡は私のえりをむんずとつかんで立ち上がる。 「ぐえっ……くるしぃです……」 「むぉぉ〜〜きょうはたいりょうだよぉ〜〜むにゃむにゃ」  なぜか私の脚に抱きついていた司が、ずるずると布団から引きずり出される。 「つ、司……」 「つれた……つれた……はじめてなのにつれちゃった……むにゃむにゃ……」 「いや、釣られているのは司の方だと思うんだけど。まったくこの子どんな夢を見てるのやら」 「つぎはこのゆっくりでつるぞぉ……むにゃむにゃ……」 「ほ、本当に……何の夢?」 「そ、それはそれとして……鏡ざん。わたくしの首がしまっでるんでずげど……」 「ぁ、ごめん」 「はぁ、はぁ、ぜぇぜぇ。首しまって死ぬかと思った……」 「由岐は大げさなのよ」 「大げさじゃないっ! 脚に司という〈錘〉《おもり》をつけたまま〈襟〉《えり》引っ張られたらフツーにやばいってばっ」 「まったく。鏡さん、あなた私を殺す気ですか?」 「……そんなこと………………ない…わよ」   「なにその間!?」  ふぅ……さすがに今ので目が覚めた……。 「ぷにぷにだよぉ……〈脂〉《あぶら》ののったうまそうなゆっくりだなぁ〜」  司が私の脚に頬ずりしながら寝言をもらす。 「し、失礼なっ私の脚はそんなにぷよってないっ」 「いただきまぁぁす……はむっ」 「いたぁっ」    いきなり司が私の脚に〈噛〉《か》みついた。 「むふ〜、おいひぃよぉ〜」 「脂がのっているみたいね……良かったじゃない……」 「ふぅ……あんたら姉妹はどんだけ私を苦しめれば気が済むんですか……ったく」 「のぉっ」  勢いよく司の頭を叩く。 「いたた……あ、あれ? 脂ののったゆっくり達の群れが……?」  両手で叩かれた頭をなでながら司が目をぱちくりさせる。 「まったく失礼な話だなぁ……私の脚はスレンダーきわまりないと言うのに……」 「はい、はい、分かったから、とにかく、司も起きたことだし学校行く用意しなさいよ!」 「え〜、だるいよぉ……司も学校休みたいよねぇ?」 「うーん……でも、私頭悪いからこれ以上休んだら授業についていけないんだよね」 「そっかぁ。司バカだもんねぇ」 「司を悪く言うなっ」 「冗談だよ……司別に成績悪くないじゃん、司全然普通の成績だしねぇ」 「そんな事ないよ、私はあんまり成績良くないよ……だからゆきと一緒に休めないんだよ……」 「そっか……わかった。私、司の分もしっかりと休むから。司は安心して学校に行って!」 「ゆき、ありがとう」 「あ・ん・た・も・行くのっ! わかったっ!?」 「ぶぶぶぶぶ……かがみふぁん……ほっぺたひっひゃらないへぇ〜〜」 「鏡さん……おはようございます」 「あ、高島さん。起きてたの?」 「はい、朝食も作り終えてますよ……あとお弁当も……」 「朝食だけじゃなくてお弁当まで?」 「はい、お弁当は皆様の分も作っております……」 「せっかくお作りしたのですから……これを持って学校に行っていただけないでしょうか?」 「う……そういう言われ方されると……」 「それに、みんなで学校行く方が楽しいじゃないですか……ねっ鏡さん」 「うっ……楽しいとか楽しくないとかの問題じゃなくて……わ、私は……」 「はい、はい、とりあえず司さんも由岐様も着替えてくださいな……今日はお布団干していきますから……」 「それじゃあ、行ってくるね?」 「うん、いってらっしゃい」 「忘れ物はない? ハンカチはなかみ持った? 車に気をつけるのよ」 「大丈夫だよ。お姉ちゃん、私はね。いつまでも子供じゃないんだよ?」 「まぁ、分かってるけど……それじゃ行くよ」 「うん、がんばってね!」 「って! あんたしつこい!」 「痛たた……何だよぉ、単なる冗談じゃないかぁ……」 「冗談でも笑えないのよ……ったく……」 「さぁ、急ぎましょう。このままだと本当に遅刻してしまいますよ……」  自宅から学校のある杉ノ宮までは数駅……そんな遠いわけではない……。  いつもこの風景を眺めている……窓にうつるのは、私達の街……。  ありふれた風景、 ありふれた事件。  そして…… ありふれた人々が住む街。  ここは私達が生まれる遙か以前にニュータウンと呼ばれていた……。  たぶん過去に夢を持ってそう呼ばれていた街だったのだろう……。  もちろん悪い街じゃない……私だってこの街は好きだ……。  古い風景……。  もう新しくもない街並み……。  だからこそ、逆にニュータウンというのがしっくり来るというのはあるかもしれない……。  だって、今時新しいものに「ニュー」なんてつけないだろ……そのセンスがすでに昭和以外の何物でも無い……。  まさに昭和乙。  ここにはありふれた風景が続いている。  ずっと変わらずに続く風景……。 「何見てるの?」 「あ、いや……車窓からね……変わんないなぁ……って思って見てただけ……」 「変わらない?」 「あ、うん……そう、なんか私達が生まれる遙か以前から、変わらないんだろうって……」 「そんな事ないでしょ……ほら、今見えてるビル……二年前には無かったわよ」 「うん、ほら、あそこの家も新しくなってるし……」 「うん……まぁそうなんだけどね……」  変わらない風景……、 続く日常……。  でもそれは、本当は変わっていく……少しずつ変わっていく……。  にも関わらず感じられる……変わらない感覚。  ここは“新しい街”と名付けられた、古い風景……。  新しくも古くもない……そんな風景。 「うん、大丈夫だよ……さすがに今日すぐとかダメだと思うけど数日後とかなら問題ないと思うよ……」 「そう、ありがとう美羽……」 「何言ってるのよ……そんなたいしたことじゃないし……」 「許可出そうよ由岐」 「え? 何の?」 「何のじゃないでしょ……夜の空でさがし物するんでしょうが……」 「あ……夏の大三角形か……」 「水上さんが天体観測に興味あると思わなかったよ」 「えっと……誰?」 「このすかたーんっっ」 「美羽よ! なんであんたはクラスの女子の名前とか平気で忘れられるの?」 「あ、いいよ。そんなに水上さんと話したことあるわけじゃないしさ……」 「それより、何かごめんね。部外者なのに、天文部の特権使わせてもらって」 「問題ない。問題ない。全然問題なし」 「たしかに、そろそろ雨も減ってきて夏の綺麗な空が見れる時期だからね。水上さんが天体観測したい気持ちも分かるよ」 「あははは……そ、そうだね……」  う……終わりとはじまりの空を探すために夜空を見るなんて言えない……。 「たしか……夏の大三角見るんだよね。分かりやすい星だけど……えっとねこれを持って行きなよ」   「これ?」 「星座早見表……そして方位磁石……これがあると正しい星の位置がわかるわよ」 「へぇ……それどうやって使うの?」 「まず、こうやって方位磁石で見ている方角を確認してだね……う〜ん、こっちが北だからこうおいて……」 「あとは、方向に合わせて星座早見表を……こうやって時間と月日を合わせて……」 「たとえば、今日は7月16日だから、20時は……これで、んで、これは明石を基準にしてるから東京に場所を変更すると……」 「こんな感じで、今日の夜8時の夜空が出来上がるわけ……」 「へぇ……便利だねぇ……」 「これに望遠鏡があると楽しいよ。貸そうか?」 「あ、いいよ」 「そう、気が向いたら言ってくれたら出すよ。屈折望遠鏡なら扱いやすいし面白いんだよ」   「ふぅ……なんかいろいろとありがとうね」 「あ、大丈夫大丈夫。私も部活で顧問に相談してたところだったからさ……まぁ試験も終わったし、これから夏に向けて空が綺麗だからOKなのは確実だと思う」 「ただ、今日すぐってわけにはいかないけどね……」  まぁとりあえずは北校の屋上で夜空を見れるわけか……良かったな……。  その日もつつがなく授業は終わる。  木曜日の空。  いつもと変わらない空……。  そんな事を思っていたら授業は終わっていた。 「何ボケっとしてるのよ……」 「あ、鏡……」 「って話聞いてなかったの?」 「話?」 「そう、今日は私とお姉ちゃんは部活でないといけないから……高島さんと先に帰っててくれるかな?」 「うん、少し部活サボりすぎちゃって先輩として示しがつかないって怒られちゃってさ……後輩に」 「後輩?」 「うん、横山くんの妹のやす子ちゃんに“たるんでますよ!”って怒られちゃったよ」 「横山くん? 誰?」 「本当に、あんたはクラスの人間覚えないんだなぁ……同じクラスの男子でしょう」 「そうなんだ……いや、特に男子の顔は覚えられないというか覚えたくないというか……」 「あはは……ゆきは男の子嫌いなの?」 「うん、そうなのかもねぇ……男とかウザイのしかいないじゃん」 「へぇ……たまには意見が合うのねぇ」 「誰と?」 「あ、いや……何でもない……と、とりあえず!」   「はい、はい、先に帰ってればいいんでしょ……」 「んじゃねぇ……」 「ふぅ……先に帰ってね……か」  何となくそれも悪くない様な気がしたけど……私はそのまま荷物を持って屋上に出かける……。  授業が終わって日が陰りはじめている……。  いつもの場所なら、そろそろ涼しい風が吹いてる時間だ……暗くなるまで、その間に空の下で読書というのも悪くない……。  ここの屋上は私のお気に入りで、  うまい具合に影になっている場所があって、真夏でも気持ちいい風が吹き涼しい。 「さてと、何を読もうかなぁ……」  私は本を並列して読むタイプだ……一冊の本だけを読むとか出来ない……。  平均でだいたい10冊前後……ひどいと20冊前後になる事もある。  だから途中で読むのを忘れてしまう本もある。  半年後などに発掘されて、急いで続きを読み直した本も何度かあった。  えっと……これでいいかなぁ……。  私はそのままごろりと寝転がる。 「わぁあああああ!!!!!!!! ってあんたは?」 「私は音無彩名 ……おひさしぶり……」 「音無彩名さん?」 「ひさしぶり……こんな場所で出会えると思わなかった……」 「私こそ、この屋上に私以外の人間がいるなんて思わなかった……」 「くすくす……ここは屋上なんだ……」 「なんだそりゃ……どう見ても屋上でしょ?」 「そう……屋上って空が見える場所……」 「空見えてるじゃん……」 「`and if you're not good directly,' she added, `I'll put you through into Looking-glass House. How would you like THAT?'」 「`Now, if you'll only attend, Kitty, and not talk so much, I'll tell you all my ideas about Looking-glass House.」 「な、何それ?」 「読んでる本……」 「え? 本?」 「私達の頭の中は空よりも広い……」 「ほら、二つを並べてごらん……私達の頭の中はこの大空すらもやすやすと容れてしまう……」 「そして……あなたまでをも……」 「私達の頭は海よりも深い……」 「ほら、二つの青と青を重ねてごらん……私達の頭は海を吸い取ってしまう」 「スポンジが、バケツの水をすくうように……」 「私達の頭はちょうど神様と同じ重さ」 「ほら、二つを正確に測ってごらん……」 「ちがうとすれば、それは……」 「言葉と音のちがいほど……」 「え? でもさっきの英文は違うよね」 「さっきの英文は鏡の国のアリス……」 「今のは……」  彩名さんは私が手にしていた本を指さす。  それは詩集。  作者はエミリー・エリザベス・ディキンソン。  生前は無名であったが、1700篇以上の詩を残した……ちなみに今のものは1862年頃に書かれたものだと言われている……。 「良く知ってるね……ディキンソンなんか」 「あなたは、その詩が好き?」 「うん、まぁ好きだけど……」 「そう……」  “そう”って言われても……、 あんたが聞いたんじゃないか……。  ったく……、 そんな事よりも……。 「あの……彩名さん?」 「はい」 「そんな場所に立ってるとパンツが見えるよ」 「そう……」 「いや、同性と言えどもあまりにもはしたないんじゃないかなぁ……」 「そうなんだ……分かった」  動く気無し、 全然分かってないし……。 「それより何でこんな時間にこんな場所にいるの?」 「見に来た……」 「何を? 空?」 「ううん……世界すべて……」 「え?」 「この屋上の縁に立って見える風景……君はどう思う?」 「どうも何も……ただ街が見えるなぁ……って」 「街が見える……ここが屋上だから……空が見えて、そして街が見える……」 「見えるのは空と街……」 「その先にある街は見えない……その先の街も見えない……」 「まぁ、そうだよね……」 「くすくす……その先は見えない……」 「な、何が言いたいのかな?」 「いつか聞いてみたい……もし君がここから見える風景の先、そしてさらに先、そしてさらに先……無限に続く先を知ったら……」 「あ、あの……音無彩名さんって……」  この人も高島さんと同じ系列なのか……、 何言ってるのか良く分からないけど……宗教関係か電波系かアート系な方なんだろう……。 「くすくす……私を変な人と思った……」 「ま、まぁわりかし……でも普通そんな事言われたら……」 「あ……空が速くなった……」 「え? 空が?」  さっきまで青空だったのに気が付いた時には日の陰りは世界を赤く染めはじめていた。  音無さんは速くなったと言ったけど……たしかに一瞬太陽が早送りの様に速く見えた様な気もした……。  でもそんなものは記憶違いだろう……。  ありえない事だし……。 「本当だ……もうかなり日が陰りはじめてたんだ……」 「うん、もう夕方……」 「もう本読めないか……暗すぎて……」 「うん、だからあっち見ると〈良〉《い》いかも……」 「あっち?」  そう言いながら音無さんが指さしたのはC棟だった。 「あれ……」 「あれって……高島さん?」 「ぬいぐるみ落とそうとしている……」 「え? でもまだ夏の大三角出てないのに……」 「夏の大三角?」 「あの儀式は空に還す場所を探す儀式だって聞いてて、夏の大三角がなきゃだめだって……」 「そう聞いてるんだ……」 「うん、そう聞いてるけど違うの?」 「そう聞いてるならそれで正解だと思う」 「何それ?」 「あ……」  高島さんの手から放たれたぬいぐるみは空に放たれる……。  上昇して行くと思われたそれは……すぐに下降しはじめ……加速して地面に消えていった。 「なんで……この時間にC棟から……」 「2012年7月16日……17:58……」 「え? 何突然?」 「高島ざくろさんが屋上から人形を落とした時間……」 「そ、そうなんだ……」  なんだろう……たしかに今日あたりだと、この時間には夏の大三角形は東の空に登りはじめてる……。  でもまだ強い太陽の日差しでその姿を見る事は出来ない……。  なんで彼女はあの人形を今落としたんだろう……。 「……この世界では無い場所……この魂で無い場所で……あの行為は反映されてる……」 「え? この世界では無い場所? この魂では無い場所? な、何それ……」 「この世界では必要が無いとしても……たぶん他の世界では必要な事……」 「この行為は違う2012年7月16日の17:58に反映される……」 「一つの魂が……無限の魂の中で見る一つの風景となる……」 「屋上からの転落という風景に……」 「あ、あのさ……もしかして彩名さん、高島さんがやってる事とか、あの街の伝承とか全部知ってるの?」 「街の伝承?」 「あのさ、この世界には、世界そのものの少女がいて、それが空の少女に会うってヤツ……」 「世界そのものの少女……」 「知ってるんだよね……」 「さぁ……ただ私が知ってるのは……」 「知っているのは?」 「ほら、二つを並べてごらん……私達の頭の中はこの大空すらもやすやすと容れてしまう……そして、あなたまでをも……」 「……それ単にディキンソンの詩だし……」 「そう……」  そうって……なんじゃそりゃ。 「あ……」  音無さんの声で再びC棟に振り返ると……高島さんの姿は無い……。 「た、高島さんがいないけど……」 「大丈夫……そのまま階段で下りていったから……」 「そうなんだ……」 「そう……普通に下りていった……」 「……」  なぜか分からないけど……音無さんの言葉に私は恐怖を感じた。  意味は分からないけど……なんかあのぬいぐるみを落とすという行為は、とてつもなく恐ろしい行為なのではないかと思えてしまった……。 「そうですか……ありがとうございました」   「さすがお姉ちゃんだね……」 「って、司もじゃないの……美羽に私が相談した後に、直接顧問の先生にも相談して……」 「うん、実はね私も夜空見てみたかったから……」 「この街に伝わる伝承の意味は分からないけど、夏の夜空とか少し興味あるんだぁ」 「それで望遠鏡も借りようとしてたんだ」 「うん、この街の伝承を探してる高島さんには必要ないかもしれないけど……私は夜空をちゃんと見てみたいなぁ……って」 「んじゃ、双眼鏡も必要だね……」 「あ、そうなの?」 「うん……まぁあった方がいいのは確かだと思う……双眼鏡って望遠鏡より取り回し全然楽だからね」 「そうなんだ……なら借りる様に頼んでおくよ……」 「そうね……」 「それでいつ北校の屋上は使えそうなの?」 「うーん……土曜日だって」 「明日ってわけにはいかないみたい……」 「問題ありませんよ……」  高島さんはいつも通りだった……。  今日の事……聞いてみたい様な気もしたけど……なぜか聞けなかった。  前にも見た光景……彼女はぬいぐるみを屋上から落とす……。  それは空の終わりとはじまりを彼女が見つけるための手段……。  そう聞いていた……、  けど……なぜかその事に違和感を持ち始めていた……。 なんだろう……。  世界そのものの少女……そして空の少女……。 この言葉はどういう意味なんだろう……。 「お待たせ致しました由岐様」 「え?」  お風呂に入ってたら、いつぞやの様に高島さんの声がする。 「ちょ、本当に入るの?」 「当たり前ですよ……怖じ気付きましたか?」 「そんな事ないわよ! 同性なんだから別に気になんかしないわよ!」  な、何だ? 脱衣場で……何を騒いでるんだろう?  この前はそのままダッシュで入ってきたくせに……。 「お、お待たせ、由岐」 「お待たせしました」 「えっ……」  な、  何事  っ 「今日はお体をお流ししようと思いまして参上しました……」 「って言うかなんで裸?」 「あら、奇異な事を……お風呂入るなら裸じゃないですか?」 「で、でもこの前は水着だったし……」 「だ、だから今日は、背中洗うっていうよりは一緒にお風呂入りに来た……」 「そ、そうなんだ……」 「べ、別におかしくないでしょ……同性なんだからさ……」 「べ、別におかしくは無いと思います……」  ただ……なんで鏡はこんな赤くなっているんだろうか……。 「はい、今日はご一緒のお風呂なので、洗う場所が背中に限定されてません……なので今日は前を洗いますよ」 「だ、だから前なんて自分で洗えるって!」 「だめでしょうか?」 「だ、だめに決まってるでしょ!」 「そうですか……分業は大事ですよ」 「だからそんな訳の分からない事言われてもダメなものはダメだからっっ」 「由岐」 「え?」 「んじゃ、洗うからね」 「って! なんであんた私の前に!?」 「だから身体洗うって言ってるでしょ……」 「あ、あの鏡……私の説明……」 「何言ってるのよ……私がやりたいって言ってるからいいのよ」  何このでたらめな理論は? 「そ、そんな、鏡さん?」 「何? 高島さん……高島さんはメイドなんだよね」 「そ、そうですけど……」 「私、思ったんだけど、この家ではそれぞれのキャラを演じるって事になってたじゃない」 「は、はい……」 「なら、幼馴染みキャラなら、こういう事は言っても良い事になるよね……」 「あ、あの……その、そういう解釈もありますが……でも基本幼馴染みはもっと穏やかで……」 「はい、はい、んじゃシャワーだすよ……」  さっき洗いましたと言いたいのだけど、あまりの想定外の事態に言葉が出ない。 「ん、んじゃ……私…ま、前、洗うからねっ」 「えっと……」  なんか突然そんなに恥ずかしがりながらやられると……こっちが恥ずかしいんですけど……。 「あ、あのさ……鏡」 「な、何? お、おかしくなんかないからね! だって同性だし幼馴染みだし!」  いや……同性でも幼馴染みでも……前を洗うのはおかしいと思うけど……それよりも……、 「あ、あのさ……微妙に震えてるよね……鏡」 「ふ、震えてなんていないわよ! これは武者震いよ!」 「そ、そう……」  武者震いされてまで前を洗われるのも微妙なんだけどなぁ……。  鏡はスポンジを泡立てて〈撫〉《な》でるように私の肩に触れる。 「っ、はあっ、んっ」 「へ、変な声出さないでくれない?」 「そ、そんなこと言われましても……くすぐったいし……」 「そ、そそそんなの我慢しなさいよ……ったく」  鏡は視線を逸らしながら泡立てたスポンジで私の首、肩、胸へと触れていく。 「この柔らかい感触って……由岐の胸?」 「そ、そうですけど……」 「つーか……でかいなぁ由岐の胸って……」 「あ、あのっ…しみじみとそういう言い方するのやめていただけないでしょうかっ……恥ずかしいんですけどっ」  チラチラと鏡の視線が私の身体に注がれる。  ぅ〜……恥ずか死ぬ。 「あのさ……やっぱり自分で洗えるからっ」 「だめですよ……由岐様はどうぞメイドにお任せ下さい。身体の隅々まで綺麗にして差し上げますから」  ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ、  柔らかい感触が背中を撫でる。 「あの……なに、この柔らかいスポンジ」 「特製スポンジですよ。気持ちいいですか?」  ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ……、 「な、なんだかちょっと嫌な予感がするのですが……」 「ダメですか?」 「ん〜〜と……気持ちはいいです……とりあえず」 「そうですか……お気に召したのなら何よりです。マンガで勉強した甲斐があります」  マンガで勉強って何だ!?  おかしいだろ! 身体の洗い方とか勉強しないしっっ。  えっと……まず、彼女の両腕は私の身体を優しく抱きしめているわけでして、その手にはスポンジなど握られていないわけでして……んで、  ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ……、 と柔らかい弾力がするわけでして……、  それって……。 「あ、あのぉ……」  たぶん……戯れの類なんだろうけど……、  そう、きっと女の子同士でやるスキンシップみたいなもので、胸を揉みあったりスカートを捲りあったりするそういうのと変わらないやつに違いないと思うのですが……、  あの……、  なんか変に動悸が速くなっていく様な……身体が熱くなるような……、 「ぅ、ぅうぅ」  なんとか気を逸らすっ。背中を襲う恐ろしく〈艶〉《なまめ》かしい弾力の魔力から気を逸らすっ。 「ゆ、由岐……その……足とかもう少し広げてくれないかな……洗えないし……」 「…………って、はぁ?」  目の前には恥ずかしげに頬を朱に染めた鏡……なんかなんでそんな息が荒くなってるの?  そ、そんな顔されたら……、  落ち着け私っ、相手は鏡なんだよ!? 幼馴染みじゃないですかっ。女の子じゃないですかっ。  でも同性でもこういう表情されると……少し心が揺れる……。 「そ、その、スポンジとか痛いかもしれないから、……指で、するわね」 「っ! ちょ、ど、どこさわってるのよ鏡っ」  声裏返りそうなんですけどっ。 「そ、その……ゆ、由岐のとっても大切なところ……」 「い、言わなくてもいいから手を放して頂けないでしょうか……」 「い、嫌よ」 「な、なぜにっ」 「だ、だって……高島さんばかりムカツクから……」  ど、どんなわけ〜〜。 「優しくするから、ね?」  ひぃ〜〜ん! 誰か助けてぇ〜〜! 乙女のピンチだー! 誰かぁ〜〜〜!! 「お、お邪魔しま〜すっ」  ナイス司っ!! 私のピンチによくぞ駆けつけてくれた……。 「って、ブゥッ」    な、なぜにあなたも裸なのですかっっ! 「ちょっ、司っ! なんであなたまで裸なのよっ、水着持ってきたんでしょっ」 「う、うん……だけど、着てみたらなんだか子供っぽかったから、ゆきに笑われちゃうかな〜とか思って」 「でもみんなお風呂に入っちゃうし、どうしようか迷ったんだけど、後でひとりぼっちで入るとか嫌だから……その」 「思い切って裸で入ったってわけ」 「というか……二人とも水着じゃないし……どったの?」 「え?」 「水着で背中流すって聞いてたんだけど……」 「あ、あのね……」 「あと……高島さんの持ってるの石けんじゃないですよね……」 「なんですか……そのどろりとした液体は?」 「っっ」 「え?」  私は高島さんが手にしているものを見る……。  たしかに泡にしてもぬるぬるしすぎると思った……この人途中からボディシャンプーじゃなくて、ローションを私に塗ってたんだ……。 「ふ、二人とも……」 「あ、あはは……」 「え? あの由岐?」 「悪ふざけがすぎる! 全員出て行け!」  高島さんはいつも通りだった……。  今日の事……聞いてみたい様な気もしたけど……なぜか聞けなかった。  前にも見た光景……彼女はぬいぐるみを屋上から落とす……。  それは空の終わりとはじまりを彼女が見つけるための手段……。  そう聞いていた……、  けど……なぜかその事に違和感を持ち始めていた……。 なんだろう……。  世界そのものの少女……そして空の少女……。 この言葉はどういう意味なんだろう……。 「お待たせ致しました由岐様」 「え?」  お風呂に入ってたら、いつぞやの様に高島さんの声がする。 「ちょ、本当に入るの?」 「当たり前ですよ……怖じ気付きましたか?」 「そんな事ないわよ! 同性なんだから別に気になんかしないわよ!」  な、何だ? 脱衣場で……何を騒いでるんだろう?  この前はそのままダッシュで入ってきたくせに……。 「お、お待たせ、由岐」 「お待たせしました」 「えっ……」  な、  何事  っ 「今日はお体をお流ししようと思いまして参上しました……」 「って言うかなんで裸?」 「あら、奇異な事を……お風呂入るなら裸じゃないですか?」 「で、でもこの前は水着だったし……」 「だ、だから今日は、背中洗うっていうよりは一緒にお風呂入りに来た……」 「そ、そうなんだ……」 「べ、別におかしくないでしょ……同性なんだからさ……」 「べ、別におかしくは無いと思います……」  ただ……なんで鏡はこんな赤くなっているんだろうか……。 「はい、今日はご一緒のお風呂なので、洗う場所が背中に限定されてません……なので今日は前を洗いますよ」 「だ、だから前なんて自分で洗えるって!」 「だめでしょうか?」 「だ、だめに決まってるでしょ!」 「そうですか……分業は大事ですよ」 「だからそんな訳の分からない事言われてもダメなものはダメだからっっ」 「由岐」 「え?」 「んじゃ、洗うからね」 「って! なんであんた私の前に!?」 「だから身体洗うって言ってるでしょ……」 「あ、あの鏡……私の説明……」 「何言ってるのよ……私がやりたいって言ってるからいいのよ」  何このでたらめな理論は? 「そ、そんな、鏡さん?」 「何? 高島さん……高島さんはメイドなんだよね」 「そ、そうですけど……」 「私、思ったんだけど、この家ではそれぞれのキャラを演じるって事になってたじゃない」 「は、はい……」 「なら、幼馴染みキャラなら、こういう事は言っても良い事になるよね……」 「あ、あの……その、そういう解釈もありますが……でも基本幼馴染みはもっと穏やかで……」 「はい、はい、んじゃシャワーだすよ……」  さっき洗いましたと言いたいのだけど、あまりの想定外の事態に言葉が出ない。 「ん、んじゃ……私…ま、前、洗うからねっ」 「えっと……」  なんか突然そんなに恥ずかしがりながらやられると……こっちが恥ずかしいんですけど……。 「あ、あのさ……鏡」 「な、何? お、おかしくなんかないからね! だって同性だし幼馴染みだし!」  いや……同性でも幼馴染みでも……前を洗うのはおかしいと思うけど……それよりも……、 「あ、あのさ……微妙に震えてるよね……鏡」 「ふ、震えてなんていないわよ! これは武者震いよ!」 「そ、そう……」  武者震いされてまで前を洗われるのも微妙なんだけどなぁ……。  鏡はスポンジを泡立てて〈撫〉《な》でるように私の肩に触れる。 「っ、はあっ、んっ」 「へ、変な声出さないでくれない?」 「そ、そんなこと言われましても……くすぐったいし……」 「そ、そそそんなの我慢しなさいよ……ったく」  鏡は視線を逸らしながら泡立てたスポンジで私の首、肩、胸へと触れていく。 「この柔らかい感触って……由岐の胸?」 「そ、そうですけど……」 「つーか……でかいなぁ由岐の胸って……」 「あ、あのっ…しみじみとそういう言い方するのやめていただけないでしょうかっ……恥ずかしいんですけどっ」  チラチラと鏡の視線が私の身体に注がれる。  ぅ〜……恥ずか死ぬ。 「あのさ……やっぱり自分で洗えるからっ」 「だめですよ……由岐様はどうぞメイドにお任せ下さい。身体の隅々まで綺麗にして差し上げますから」  ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ、  柔らかい感触が背中を撫でる。 「あの……なに、この柔らかいスポンジ」 「特製スポンジですよ。気持ちいいですか?」  ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ……、 「な、なんだかちょっと嫌な予感がするのですが……」 「ダメですか?」 「ん〜〜と……気持ちはいいです……とりあえず」 「そうですか……お気に召したのなら何よりです。マンガで勉強した甲斐があります」  マンガで勉強って何だ!?  おかしいだろ! 身体の洗い方とか勉強しないしっっ。  えっと……まず、彼女の両腕は私の身体を優しく抱きしめているわけでして、その手にはスポンジなど握られていないわけでして……んで、  ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ……、 と柔らかい弾力がするわけでして……、  それって……。 「あ、あのぉ……」  たぶん……戯れの類なんだろうけど……、  そう、きっと女の子同士でやるスキンシップみたいなもので、胸を揉みあったりスカートを捲りあったりするそういうのと変わらないやつに違いないと思うのですが……、  あの……、  なんか変に動悸が速くなっていく様な……身体が熱くなるような……、 「ぅ、ぅうぅ」  なんとか気を逸らすっ。背中を襲う恐ろしく〈艶〉《なまめ》かしい弾力の魔力から気を逸らすっ。 「ゆ、由岐……その……足とかもう少し広げてくれないかな……洗えないし……」 「…………って、はぁ?」  目の前には恥ずかしげに頬を朱に染めた鏡……なんかなんでそんな息が荒くなってるの?  そ、そんな顔されたら……、  落ち着け私っ、相手は鏡なんだよ!? 幼馴染みじゃないですかっ。女の子じゃないですかっ。  でも同性でもこういう表情されると……少し心が揺れる……。 「そ、その、スポンジとか痛いかもしれないから、……指で、するわね」 「っ! ちょ、ど、どこさわってるのよ鏡っ」  声裏返りそうなんですけどっ。 「そ、その……ゆ、由岐のとっても大切なところ……」 「い、言わなくてもいいから手を放して頂けないでしょうか……」 「い、嫌よ」 「な、なぜにっ」 「だ、だって……高島さんばかりムカツクから……」  ど、どんなわけ〜〜。 「優しくするから、ね?」  ひぃ〜〜ん! 誰か助けてぇ〜〜! 乙女のピンチだー! 誰かぁ〜〜〜!! 「お、お邪魔しま〜すっ」  ナイス司っ!! 私のピンチによくぞ駆けつけてくれた……。 「って、ブゥッ」    な、なぜにあなたも裸なのですかっっ! 「ちょっ、司っ! なんであなたまで裸なのよっ、水着持ってきたんでしょっ」 「う、うん……だけど、着てみたらなんだか子供っぽかったから、ゆきに笑われちゃうかな〜とか思って」 「でもみんなお風呂に入っちゃうし、どうしようか迷ったんだけど、後でひとりぼっちで入るとか嫌だから……その」 「思い切って裸で入ったってわけ」 「というか……二人とも水着じゃないし……どったの?」 「え?」 「水着で背中流すって聞いてたんだけど……」 「あ、あのね……」 「あと……高島さんの持ってるの石けんじゃないですよね……」 「なんですか……そのどろりとした液体は?」 「っっ」 「え?」  私は高島さんが手にしているものを見る……。  たしかに泡にしてもぬるぬるしすぎると思った……この人途中からボディシャンプーじゃなくて、ローションを私に塗ってたんだ……。 「ふ、二人とも……」 「あ、あはは……」 「え? あの由岐?」 「悪ふざけがすぎる! 全員出て行け!」  土曜日の昼……何故か私は電車に乗っている。 「この電車に乗って、その最後の駅まで行こう」  そう高島さんにごり押しされてという感じだった。 「そういえば……この電車って終点どこなの?」 「遊園地前ですよ……由岐様は行った事ないのですか?」 「そうなんだ……行ったことあるも無いも、そんな事すら何も知らなかったよ……」 「……」 「そうですか……」  なんかいま一瞬声が曇った……。 なんか私、まずい事言ったのか? 「あ、あのさ……高島さんは行った事あるの? この先にある遊園地」 「私は……私は一度だけ来たことがあります」 「へぇ……親御さんとか?」 「いいえ……一番好きだった人とです」 「それ初耳。高島さん好きな人いたの?」 「はい、いましたよ……」 「いましたよって……なんで過去形なの?」 「私が知っているその人は……もう姿形すら変わってしまったから……」 「姿形が変わった?」 「はい……だから、大好きだったその方は……もうこの世界にはいません」 「それって……」  もしかして……事故とか病気とか……。 「な、なんかもしかして悪い事聞いちゃったかな?」 「いいえ、全然お構いなく……由岐様は何も悪くないのですから……それより……」  高島さんが窓から外を指さす……。 「この線路の最後の駅が見えてきましたよ……ほら、遊園地ですよ、あれ」 「あ……」  終点はそのまま遊園地前であった。  長らくこの路線を使ってきたけど……そんな終着駅があるなんて気にもとめなかった……。  終点なのだから“遊園地前行き”というのは何度も見たことあると思うんだけど……たぶん興味が無かったんだろうなぁ……。  終着駅で扉が開く。 人々が普通の駅よりも遙かにゆっくりと下りていく……。  終着駅の扉は時間が長い……途中下車の様に急いで下りる必要など無い……。  遊園地前という名のこの駅では、みんな一様にゆっくりと駅に降り立っていた。  夢の世界へ……、  と言うにはあまりに古ぼけて……チープな遊園地。  そんな安っぽい夢の世界に、みんなゆっくりと笑いながら進んでいく……。 「下りませんか?」 「……そのために連れてきたんでしょ?」 「はい……そうですね、でもここは単に私の思い出の場所であって……由岐様には関係ない場所ですし、このままUターンして家に帰っても良いですよ」 「それ意味無いじゃん……」 「そうですか? 私としては由岐様と二人っきりでいられるだけで充分有意義ですけど?」 「また、そういう事言う……。そういう冗談を軽々しく言うから……」 「鏡さんや司さんまで感化されて、おかしな行動をすると言いたいのですか?」 「うん、わりかし……」 「でも、冗談と言うのは心外ですよ……由岐様」 「え?」 「私は本気で由岐様と一緒にいたいと思ってます……こうやって二人を出し抜いた形となったとしても……」 「出し抜いた……」 「たぶん、この事実を知ったら鏡さんと司さん……ただじゃすまないと思いますよ……」 「ま、またそういう事言う……あの二人だって、本気でやってる事じゃなくて……」 「冗談や勢いで……と言いたいのですよね」 「うん、そう」 「それならば……付き合って下さい、この遊園地……これも冗談や勢いとして……」 「あ、いや……別に付き合う気だけど……」 「ありがとうございます……」 「んじゃ行こうか……」 「はい……」  ザクザク……、  ザクザク……。 「……かき氷なんて食べるの何年ぶりだろう」 「美味しいですか?」 「うん、単なる氷のくせにおいしいね……」 「くすくす……無理矢理こんな場所に付き合わせてしまったのに、この程度のおもてなししか出来ず……」 「いや、おごってもらっちゃって申しわけないって感じだよ……」 「はい、由岐様ならそう言ってくださるのは分かってました……優しいですから……」 「そんな事ないよ……」 「くすくす……そうですか? その言い方がすでに優しいと思いますけど?」 「何でそうなるかなぁ……」 「それにしてもさ結構人が沢山いるんだねぇ……こんなしょぼい遊園地なのに……今時のこういう場所ってだいたい赤字だって聞いてるけど……」 「それだけこの遊園地が素晴らしいという事なんですよ……人が集まっているのですから……」 「そうかもしれないね……」  書き割りのお城……錆びた人形……取り合わせがデタラメな夢の詰め合わせ……。  いろいろな夢の形が、何の統一的なコンセプトも無く組み上げられた世界。  そんなチープな世界ではしゃぐ人々……幸せそうな人々……。  私はそんな人々の中をまるで幽霊になったみたいな気で歩いていた……。  地に足が付かない感覚……、  まるで本物の夢の様な……、 「今日は私のおごりです。だからいろいろと楽しんでいきましょうよ!」  そんな変な感覚が高島さんの笑顔で消される。 「あ、うん……」  チープな世界と笑顔の群れ……、  浮き上がる感覚は身近な人の笑顔によって救われる。 「あ、でも……おごらなくていいよ。せっかくだしいろいろ楽しもうよ……私も遊園地なんて子供の時以来だし……」 「そうですね……由岐様は子供の時以来でしたものね……あ、そうだ由岐様?」 「なに?」 「今日のこれってデートって言っていいですか?」 「え? 別にいいけど……何で?」 「あ、いえ……私の記念なんで……」 「記念?」 「明日……19日ですよね」 「うん、そうだけど……それがどうしたの?」 「天文観測……19日になりました……明日の夜空で空の終わりとはじまりを探します……」 「うん、そうなるね……見つかると良いね」 「はい、でも見つかったら……たぶん、次の日……20日には一緒にいられないでしょうね……」 「え? そ、それってどういう意味?」  も、もしかして……高島さん、自分が世界少女で……19日に空に還るとか考えてるんじゃ?  でもそれって、マジで行動したら……、 「あ、あのさ、高島さん」 「くすくす……何ですか? 私が19日に屋上から空に飛び降りると思いましたか?」 「あ、いや……なんていうか……」 「大丈夫ですよ……そんな事しませんから……」 「冗談ですよ。冗談……別に20日以後にも一緒にいられないなんて無いです……」 「そうなんだ……驚かせないでよ……」 「ごめんなさい……」 「なんかこの前……」 「この前?」  思わず出てしまった言葉……その先を続けるかどうか少しだけ迷ったけど、私はその先に疑問も口にした。 「学校でぬいぐるみ落としてたの見てたんだよ……あの儀式は夏の大三角形が出てる時に行うって聞いてたから……」 「2012年7月16日……17:58……ですね」 「っ!?」  なんでこの人まで詳しい時間を覚えているんだろう……音無彩名さんも同じ時刻を言っていた。  一分単位のズレもないほど正確な時間……。  もしかして、あの行動にはその時刻に何か重要な意味でもあるのだろうか……。 「うんその時間……学校のC棟からぬいぐるみ落としてたよね」 「……あれ見てたんですね……」 「なんか見たらまずかった?」 「別にそんな事ありませんよ……ただぬいぐるみを落としただけですから……」 「でも、なんであの時間にぬいぐるみを落としてたの? あれって空を見つけるための方法じゃなかったの?」 「はい……そうですよ」 「でもあの時は、その目印になるはずの夏の大三角は出てなかった……」 「出てませんでしたね……」 「ならなんで、あの時間にぬいぐるみを……」 「境界線……とでも言えば良いんですかね……」 「境界線?」 「はい……」 「あの……彩名さんが他の世界に影響を与えるためとか言ってたけど……」 「音無……彩名……」  突然高島さんから表情が無くなる。 「ど、どうしたの?」 「音無彩名ですか……あれはこんな場所までも存在出来るのですね……」 「こんな場所までも存在?」 「……でも当然か…今なら分かる……私でも、なんであれがここにも存在する事が出来るかが……」  なぜか肌が泡立つ……なんだろうこの会話。  さっきから冷や汗が止まらない……。  高島さんの表情は相変わらず死んでいる……こんな顔今まで見た事ない……。  なんで彼女は音無彩名さんの話をする時にこんな表情をするんだろう……。 「でも、音無さん……今考えると優しい部分もあったのかもしれない……」 「私が選択した運命……それはもう……変えられない」 「偶然であるか必然であるかなんか……人に正しく判別など出来ない……」 「何それ?」 「音無さんが最後に私に言った言葉……」 「最後?」 「あ、ごめんなさいっっ」 「あ、あのですね……彼女と喧嘩してまして……それがお別れの言葉だったって事です……」 「そ、そうなんだ……」  高島さんと音無さんは知り合いだったんだ……。 そう言われてみれば……不思議ちゃん系なところは似てると言えば似てるか……。 「高島さん、彩名さんと喧嘩してたんだ……」 「そうですね……だからあまり深く考えないでください……今の言葉も……あとあのぬいぐるみの事も……」 「あの時間にぬいぐるみをC棟から落としたのは……単なる練習ですから」 「練習?」 「はい、だって最近ぬいぐるみを屋上から落としていなかったので……腕がなまっているのではないかなぁ……と心配になりまして……」 「ああいうのって腕がなまったりするの?」 「はい……わりかし難しいのですよ。空に浮く様に投げなければならないのですから……」 「でも浮いたことなんてないんじゃない?」 「ありませんよ」 「だったら……練習って……」 「浮かないのは空が違うからです。やり方さえ間違わなければ、正しい空ではぬいぐるみは浮きます」 「でも、やり方を間違っていたら、正しい空の下でもぬいぐるみを浮かす事は出来ません……」 「そしたら……終わりとはじまりの空を見つける事は出来ません……」 「そ、そういうもんなんだ……」  なんか不思議系の人達の中じゃ、不思議なりに不思議ルールにのっとってやらなきゃいけないんだろうなぁ……大変だな。ある意味……。 「それにしても……」  なんかいきなり高島さんの表情が軟らかくなる……。 また笑顔に戻り私を見つめる。 「どうしたの?」 「あんなに緊張してたあの頃と全然違う……とても落ち着いている。そして……とても緩やかに……幸せな時間を過ごせている……」 「それって前にこの遊園地に来た人との話?」 「あ、はい……そうですね」 「それ比較対象にならないでしょう……その緊張してたってのは高島さんの好きな人だったんだから」 「でも、由岐様の事だって好きですよ」 「だからそれは好き違いでしょ……LoveとLikeの差」 「それなら……前好きだった人もLoveですし、由岐様もLoveですよ」 「う……」  この人までそんな事言うのか……ったく……。 「どっちにしても同性の私にそんな緊張とかするわけないでしょうが……」 「くすくす……まぁそんな事どうでもいいじゃないですか……もっとこの夢の世界で楽しみましょうよ!」 「夢の世界ね……なんてチープな……」 「夢はチープだからこそ良いんですよ……チープではない夢なんて夢じゃありません……ほら……あれとかどうですか?」 「結構いろいろ乗りましたねぇ……」 「そうだね……他何か乗りたいものってある?」 「そういえば……ここってボートが乗れる場所があるんですよね」 「へぇ……そうなんだ」 「どうでしょうか? ボートに乗るというのは?」 「あれ?」 「はい、面白そうですよ。あのアトラクション」 「幽霊部屋……終ノ空……」 「変な名前ですね……終わりの空と書いて〈終ノ空〉《ついのそら》と呼ばせるのですね」 「なんだろう……幽霊部屋って書いてあるから、なんかパニックもののアトラクションかな……」 「さぁ……良く分かりませんけど、めずらしい見せ物じゃありませんか? お化け屋敷じゃなくて幽霊部屋なんて名前も不気味ですし……」 「そうだね……見てみようか……」 「はい」  奇妙な立体構造の建物……。  その事に一番違和感を感じた……その立体構造に比べれば……アトラクションとしてはかなり地味だった……。  良くあるゴンドラで移動するタイプ……錆びているのか、始終鉄が削れる様な嫌な音が鳴った。  そんな乗り物に乗って……それぞれの敷居に区切られた世界を見ていく……。  最初は延々と続く闇。  とりあえず登ったり下がったり……たまに横移動している様な感じもしたけど……あまりの暗闇のため自分たちがどの様に動いているのか良く分からない。 「こ、これって……何?」 「何これ……コンビニの店内? もしかして間違えた?」 「そんな事ありませんよ……コンビニはこんな奇妙な乗り物で移動しません……だいたい客も店員もいません……」 「本当に誰もいないね……照明も薄暗くて少し恐い……これで何か出てきたら驚くかもしれない……」  私達の移動座席は無人のコンビニの中をゆっくりと移動する……。  いきなり隠れた幽霊の人が襲ってくるのだろうと……予測していたが、その期待は裏切られる……。  それにしても……商品にうっすらとつもった埃が不気味さを醸し出している……。 「ふぅ……一つくらいお菓子もらってこうかなぁ」 「駄目ですよそんなの……ご自由にお取り下さいなんてどこにも書いてありませんよ?」 「でも、防犯カメラの電源入ってないよ?」 「あの、そういう問題では……」  手近にあったポテチを掴んでみる。  賞味期限……1999年7月20日。 「あはは……何このビンテージ……」 「あきらめましょ……」  なるほど……古ぼけた風景は、作り物では無く……実際に古いものだからか……。  このアトラクションの制作者の意図がまったく分からない……。  無人のコンビニ……たしかに不気味ではあるけれど……アトラクションとしての意義には疑問が残る。  錆びた鉄の音を立てながら私達を乗せたゴンドラがコンビニのレジの奥のドアに向かう……。  レジの方を見てみると……、 そこには走り書きの様なものが置いてある……。 ただ一言……。  作品名 『コンビニ終わり』 「作品? コンビニ終わり……これってどういう事?」 「さぁ……コンビニの終わりって事じゃないですか?」 「コンビニの終わりねぇ……」 「なにそれ……って社会派みたいな感じ?」 「さぁ……難しい事は良くわかりません……」  最後にゴンドラは壁伝いの階段を登っていく……最後にコンビニを俯瞰して……。  階段を延々と登っていくゴンドラ。  階段を登るなんてなかなか器用な機械だな……と関心したりもする……。 「長い階段ですね……」 「なんだかね……延々と階段だね……」 「あ……突き当たりが見えました……」  終わりに思えた階段は折り返し……そしてその地点を越えた後……。 「この建物ってそんな大きかったっけ?」 「いいえ……外からはそんなに大きくは見えませんでしたけど……」 「な、何?」 「なんか真っ暗です……」 「なんだ……これって……」 「なんかゴンドラ……エレベーターに乗ってますね……」 「なんだこのアトラクションは……」 「なんかマンションみたいな場所に出ましたよ……」 「マンションね……」 「あ……ゴンドラがまた動き出しました……」  コンクリートの廊下をドンドン進んで行く……無機質な廊下……その先に……。 「あのさ……ここって廊下だよね……マンションの……」 「はい……たしか……」 「マンションの廊下の窓ってカーテンしてたっけ?」 「え?」  近代的だったマンションの窓はいつからか……古くさいアパートの窓に変わっていた……。  廊下と思っていたのに……知らぬ間にどこかの部屋にこのゴンドラは紛れ込んでいた様だった……。 「これって……部屋ですよね……」 「すごい古くさいね……」 「あ……」 「これって……リビングって言うのかな……」 「……かなり昭和っぽいですね……」  テーブルの上に例のプレート。  作品名 『リビング終わり』 「何これ? もしかして本当に社会批判みたいなアトラクションなのかな?」 「一家団欒の習慣がなくなりつつあることへのお父さんの危惧を現してみました、みたいな感じですか?」  錆びた音を立てながらゴンドラがリビングの中を進んでいく……なんともシュールというか不気味な光景だ……。  リビングのカレンダーと時計……共に止まっている。 「また……1999年7月……」  あの日にち何なのだろう……たぶんこのアトラクションがつくられた年なのだろうけど……。  リビングの様な場所を抜けるとどこかの家の様な小さな階段をゴンドラは下りて行く……。  なんとも不気味な風景だ……。 「って……階段下りたら即教室って……」 「リビングは教室につながっていたんですねぇ……くすくす……でもこれが本当だったら遅刻しなくてすみそうですよね?」 「でも逆に、先生とか普通にリビングまでやって来てさ“宿題やってますか?”とか聞かれたりしてね……」 「あはは……確かにそれは嫌かもしれませんね」  教台に置かれたプレート。  作品名 『終わりの教室』  コンビニ、リビング、そして教室。  なるほど、作者は、いる筈の場所での人の不在と、  いない筈の場所からの私たちの進入という演出で不気味さを表現しようとしたわけか……。 「なるほど……幽霊部屋ってそういう事か……」 「どういう事ですか?」 「すべての部屋が、人が生活する事によって成立する場所……その生活がそのまま抜け落ちた空間を、こんなへんてこなゴンドラで見て行く……」 「切り離された人の生活……それを俯瞰したかの様に……見つめる視線……」 「そう、私達こそが幽霊役なんだと思う……」 「では、幽霊は出てこないんですか?」 「恐らくそんな無粋なマネはしないんじゃない?」 「幽霊が出てきたら、私達はただの人間になってしまうわけなんだから……」  ゴンドラは教室から廊下に抜けていく……。  このアトラクション……どれだけ大きいのだろうか……。 「長いアトラクションですね……」 「うん……ただ誰もいない風景見せてるだけなんだけど……これだけ広いと不気味で恐いな……」  ゴンドラはただ廊下を進んでいく……錆がキイキイという不気味な音を立て続ける……。  ゴンドラは教室の端まで行くと……止まる。 「止まっちゃいましたよ……」 「うん……」  後ろ側の扉が閉じる音が鳴る。  ゴンドラは一回転する……すると……。 「また知らない間にエレベーターの中だねぇ……」 「はい、すごい大きな建物ですね……」  作品名 『終の棲家』 「病院を終の棲家……って趣味悪いなぁ……」 「終の棲家って……死ぬまで暮らす家とか言う意味ですよね……」 「という意味じゃ……たしかに大半の人間にとって終の棲家は病院だけど……それって趣味悪い言い方だよね」  しかしなんつーか……無茶苦茶な設計だなぁ。 ゴンドラは病院のベッドの中に入っていく……。 「わ、ぶつかります……」 「わっ……」  ゴンドラは布団の中に入っていく……、 このアトラクション……本当にどんな構造してるんだ?? 「なんか暗闇ですね……」 「うん……なんか暗闇だ……」 「あ、明かりです……」  頭上に広がるのは青い空。  そして、  目線を下ろしたその場所には、  プレート。  作品名 『終ノ空』 「……なるほど、そういうこと」  背筋を通り抜けていった感覚に、思わず片頬を歪ませるかんじで笑えてしまう。  普通のおばけ屋敷なら、屋敷内では大いに怖がったとしても、屋敷から出てしまえばそこで終了のはず。  けれど、このおばけ屋敷はどうやら違うようだ。  まるで今までの演出は、この最後の作品のためにあったような。  いる筈の場所での不在と、いない筈の場所に立つ私たち、そういった薄気味悪い関係がこの空の下でずっと続いている、というような演出。  そのままゴンドラは止まる。  普通ならばこういうものは回転し続けているものなんだけど……やはり終わりがなければ、看板に偽りありと言う事なのだろうか……。 「な、なんか微妙だったね」 「くすくす……そうですね……」 「さてと……もっと楽しいアトラクションとか乗ろうよ……」 「そうですね……もっと爽快な方が良いですね……」  なんだかな……趣味の悪いアトラクションな事だ……。  別に大した意味なんてないんだろうけど……でもあんまり気持ちよいものじゃない……。 「幽霊の気持ちを味わう……アトラクション……」 「ほら、由岐様っ、こっちにボートがありますよ!」 「あ、うん……待って……」 「由岐様どうですか? ボート、一緒に乗ってくださいませんか?」 「あ、いいかもね……変なアトラクション見た後だし……気分良さそう……」  キィコ……キィコ……、  キィコ……キィコ……、 「すみません……最終的には漕いでいただく事になってしまって……私メイドなのに……」 「いや……あははは……」  最初、高島さんが漕ぐと言い出したけど……あまりに非力な高島さんのオールではまともに動く事が無かった。 「船酔いとかしてたらすぐ言ってね……あんまりボートの扱いとか知らないから」 「大丈夫ですよ……由岐様のボートなら酔う事無いと思います……」 「……なんでそんな事言い切れるんだか……」 「あはは……なんででしょうね……」 「……ここの湖の風はいつも涼しいのですね……」 「さぁ、私はこの遊園地はじめてだから良く分からないけど……」 「気持ち良いですよ……素晴らしいと思います……」 「たしかに、湖の水が涼しい空気を運ぶね……」 「気持ちいいです……」 「水面がまるで鏡の世界の空みたいに見えて……空を飛んでる様な気持ちです……」 「そう言われてみれば……でもそれって何となく恐いね……」 「そう感じますか? 空の上を歩くのは気持ちが〈良〉《い》いと思いますよ……」 「あはは……まるで空を飛んだことあるみたいな言い方だね……」 「私は空を歩いた事がないから分からないかな……でも何となく、ここが空の上だと思うと恐いな」 「恐いですか……前と逆ですね」 「前?」 「あ、いいえ……こちらの話です……」  キィコ……キィコ……、  キィコ……キィコ……、 「くす」 「ん? どったの?」 「あ、いえ……こうやって、水面を撫でる事は空に手が届く事になるのかなぁ……って」 「くすくす……面白い事言うね……」 「私の好きな人が言ってた言葉です……」 「へぇ……その人、詩人だったんだね……」 「私の好きだった人は……詩人……そして剣豪……哲学者……そして空気力学のパイオニア……」 「……」  …………。  ……。 「……♪」 「……」  帰りの電車の中。  心地よい気だるさと、座席の揺れ。  そして、  音楽。  私の持っていた音楽を楽しそうに高島さんは聴いている。  何曲か彼女に聴かせてから、表情を見てジャンルを固定する……どうやら高島さんはクラシックがご趣味の様だ……。  それは毎年外国で行われるニューイヤーコンサートでの演奏である事を教えてもらった。  天才と言われた指揮者。そして世界でもっとも有名なフィルハーモニー。  ワルツ。  ポルカ。  行進曲。  踊る旋律。  一定のテンポで揺れる車内はまるで、そのリズムを取っている様で……、  音楽データが入ったポッドに置かれた私の手にそっと高島さんは手を添える。  曲はちょうどポルカ観光列車――と画面に題名が出ていただけなんだけど――  私達が乗るのは単なる鈍行電車だけど……気分は音楽と同じ様に軽やか……景色は輝いて見える様だ……。 「クラシックお好きなんですか?」 「いやねぇ……昔さ母親が厳しかったからさ、ピアノとかまで習わされたんだよね」 「ピアノ弾けるんですね……」 「うん、まぁ難しいのじゃなければ何とか……」 「なら今夜、聴かせていただけませんか?」 「今夜?」 「はい……ピアノがあるお店を私知ってます」 「そうなんだ」 「はい、と言ってもこれも好きだった方に教えていただいたお店なのですけどね……」 「ふーん、そうなんだ……」 「一緒に行ってくださいませんか?」 「良いよ。喜んで……」 「なんかここお酒とか呑む店だよね」 「そんな事は気にしない気にしない……さぁこの席に座ってください」 「たしかに……ピアノがある……」 「はい……これを……」  そう言うと、高島さんは私に鍵を渡してくれた。 「これは?」 「これは、ピアノの鍵です……このBarの……」 「ピアノの鍵持ってるとか……この店でバイトでもしてるの? 高島さん?」 「くすくす……どうでしょうね……」 「名前は……Bar白州峡……ふーん」  なんかBarって本当に同じ様な形してるんだなぁ……はじめて来たのに、見慣れた風景みたいだ……。 「これって、私弾いて良いのかな?」 「問題ありませんよ……ピアノ……触ってください」 「あ、うん……」  音を出してみる……調律はほどよくされている……。  というか触りやすいピアノだ……なんだかこのピアノと私は相性が良いのだろうか……。 「何か聴きたい曲ありますか……」 「はい……最初はエリック・サティ……ピカデリーが〈良〉《い》いです……」 「へぇ……サティとか好きなんだ、良い趣味しているね……」 「そうですね……サティは良い趣味です……カッコイイですよ」 「何、めずらしい、自画自賛かな?」 「そうなっちゃうんですかね……」 「でも奇遇だね……私もサティ好きなんだよね……」  ゆっくりと鍵盤の上に手を広げる。  少しだけ目をつぶったのち……。  私は指を踊らせる。  鍵盤を叩くと共に流れ出す幾層もの音色で、  一枚の楽しげな模様を織り上げる。  それはとても楽しげなテンポ、  明るく、  華やかで、  それでいてなんか懐かしい。  素朴な感じがする……。  サティの音楽はまるで家具の様に……人の生活の中にとけ込む……。  静かに聴く高島さん……。  私は楽しく音楽を奏でる。 「どうだった?」 「素晴らしかったです……」 「私も楽しかったよ……ピアノとか弾くのひさしぶりだったし……」  でも思いの外腕は落ちてないな……。  家のピアノとかまったく弾いてないから、腕とかまったく落ちてると思ってた……。 「もう一曲良いですか?」 「ああ、いいよ。何にする」 「由岐様が一番好きな曲をお願いします……」 「私が一番好きな曲?」 「はい、一番の曲を……」 「一番か……」  ピアノの前で私は目をつぶる。  そしてゆっくりと広げた手を……。  音楽が始まる……。  私が一番好きな曲……。  高島さんはうれしそうに聴いている。  彼女はこの曲を知っているのだろうか?  サティが好きなら知っているのかもしれない……有名な曲だ……。  夢見る魚……それがこの曲の題名。  水の中に住む魚が見る夢……そんなものを連想させる様な旋律……。  サティの曲の題名は内容を表していない場合が多いと言う……。  自分の曲に題名をつける事により聴く人間に固定したイメージを持たれるのを嫌ったからだと言う……。  だから彼の曲には奇妙な題名のものが多い。  胎児の干物……犬のためのぶよぶよとした前奏曲……官僚的なソナチネ……梨の形をした3つの小品……その例をあげればきりがない……。  でもこの曲から受けるイメージは……そのまま魚が見る夢の形だった……。 「どうだった?」 「……」 「な、なんで?」 「はい……ありがとうございます」 「え? な、なんか泣いてる?」 「いいえ……泣いてなんかいませんよ……」 「でも……」 「いいえ……ありがとうございます」 「今学期ももうじき終わりですね……」 「そうだね……今日はサボっちゃったけどね」 「はい……だから今日で終わりです」 「今日で終わり?」 「はい、だから無理言って遊園地につきあっていただきました」 「そ、それってどういう事なの? ちょっと意味把握出来ないんだけど……」 「私……今学期で転校するんです……」 「へ?」 「今学期が終わる20日までしか……この街にいられないんです……」 「そ、そうなの?」 「はい……すでに引っ越しもほとんど終わっていたのですが、せめて今学期まではという事でこの街に残っていたんです……」 「そう……だったんだ……」 「だから……明日が最後なんですよ……由岐様のところに泊まっていられるのは……」 「明後日にはこの街から離れなくてはいけません……」 「でも、そこまでしてこっちに残った理由って何でなの?」 「聞けば親御さんはもう移動しているって話だから……結構無理までしてこの街に留まってたんだよね」 「はい……両親には無理を言って今学期までこの街で過ごさせてもらってます」 「それって何で? 何かやり残した事とかあったの?」 「はい……その通りです。最後にどうしても会いたい人が私にはいたんです」 「それで、あの伝承を思い出して……」 「あの伝承?」 「世界そのものの少女と、空の少女が出会う場所……」 「あの伝承は、この街では一種のまじないになっているんですよ……」 「まじない?」 「有名ですよ。やっぱり由岐様は知らなかったのですね……あれは……好きな人に出会えるおまじないなんです……」 「そうなんだ……んじゃ、高島さんが最後に会いたい人って……好きな人だったんだ」 「はい……」 「なら、まじないなんかじゃなくて、ちゃんと相談してくれれば私達で探すの手伝ったのに……」 「いいえ……探す必要なんて無かったんですよ」 「え? 探す必要が無かった?」 「はい……そのまじないはちゃんと効きましたから……」 「効いたって……高島さんは好きな人と会うことが出来たって事なの?」 「はい、おかげさまで」 「で、でも……おかしくない? 好きな人みつかったのに……その間、ずっと私の家なんかにいて……何やってたのよ……」 「だから、私が会いたかったのは由岐様……あなたです」 「私?」 「そうですよ……」 「えっと……少し整理させてね……えっと……まず私達は同性だし、さらに言えば私はあの瞬間まであなたの事は知らなかったし……」 「そうみたいですね……でもそれは単に由岐様の物忘れが激しいからですよ」 「同性が問題あるとしたら……それは私だけじゃなくて……あの二人にも言える事ですよ」 「あ、あの二人って……」 「鏡さんと司さんですよ……」 「あの、それはたぶん勢いって言うかノリでね……」 「そうかもしれませんね……たぶんそうだと思います……」 「でも人が人を好きになるってそういう事じゃないですか? それとももっと計画的に人は人を好きになるんですか?」 「あ、いや……そうじゃないけど……何というか」 「私、この数日間とても楽しかったです」 「最初は由岐様の事が好きで、ただ由岐様と一緒にいたいと思ってただけでしたけど……でもその内、私は鏡さんも司さんも好きな事に気が付いてしまったのです」 「みんなと一緒にいるのが大好きでした」 「高島さん……」 「鏡さんと由岐様をとりあったり、司さんと遊んだり……」 「だからありがとうございました……」  世界少女と空の少女の出会いの伝承。  それはそのまま少女達のおまじないになっていたらしい。  私達がこれから探そうとしていた空は……探そうとしたその瞬間に、高島さんの手の中にあった。  それが答えだった……。 「そして…………ごめんなさい……」 「ごめんなさい?」 「……これは言うべきでは無かったかもしれません……」 「どうしたの高島さん……」 「明日の天体観測……0時直前からはじめましょう……」 「0時直前? それって20日直前って事?」 「はい……」 「何で? 空見つけるのならもっと早い時間が良いし……それ以前にそんな時間に学校に……」 「問題ありません……入れます」 「え?」 「世界少女が望めば……この世界で不可能な事などないのです……」 「あ、あのさ……高島さん……それって……」 「分かってます……由岐様にはおかしな事を言ってる様に聞こえるのですよね……私の事を不思議系か電波系の少女であると……」 「あ、いや……そういうわけじゃ……」 「大丈夫です……分かってましたから……すべて分かっていました……」 「私、最初は自らの罪に苦しんでいました……」 「自らの罪?」 「はい……自らが作ってしまった罪について……それを償わなければならないと思っていました」 「償い?」 「でも私……こうやって、この世界であなたと一緒に歩んできて……分かったんです」 「私がしようとしている償いは……あなたを苦しめる事になる……」 「償わなければ……あなたは幸せになれる……この素晴らしき日々の中に生きる事が出来る……でも」 「私の償いは……それらを奪う事になってしまう……」 「あ、あのさ……良く分からないんだけどさ……」 「明日、19日が終わる前……北校のC棟に来て下さい……」 「あのさ、その場合、鏡と司は」 「あなたが望めば連れてくる事ができると思います……でも望まなければ……連れてくる事は出来ないと思います」 「それってどういう……」 「明日になれば分かると思います……」 「明日……という日をどう迎えるかによって、世界は大きくその姿を変えるでしょう……」 「明日という日?」 「はい、この店の様に……」 「この店……」  と言われてはじめて気が付く……さっきまでいたハズの他の客も……バーテンダーもいない。  そこには私と高島さんだけだった。 「こ、これって……」 「たぶん……あなたは長い旅を望まれているのだと思います……」 「長い旅?」 「はい……それでは明日……屋上で……」 「あ、高島さんっ」 「なんでこんな暗闇の中を歩くのよ……電気とかつければいいじゃない」 「何言ってるんだよ……わざわざ出来る限りの電気を落としてもらっているんだよ」 「何でなのですか?」 「天体観測には光が一番の大敵なんだよ。目が光りに慣れちゃうと見える星も見えなくなっちゃうんだよ」 「そ、それにしても夜の学校って不気味ね……電気が無いとこんなに真っ暗になるなんて……」 「あはは、この学校は森に囲まれてるからねぇ……校内は結構まっくらだね」 「足下に気をつけてくださいね〜」   「ぎゃわああああ」   「って……顔を下からライトで当てるなんて古典的な事するねぇ……」 「あはは、でも今の鏡の声聞いた? “ぎゃわああああ”だよすごい顔して、あはははは」 「そんな赤いセロハン貼った懐中電灯で顔当てたら驚くに決まってるよ……」 「そうだよね……血まみれの人みたいだもんね……」 「へぇ……なら本当に血まみれの人にしてあげるわ……」 「へ?」 「い、痛い……」 「自業自得よ……血が出なかっただけありがたく思いなさいよ……」 「それにしてもなんで懐中電灯の光が赤いのですか?」 「これはね、ほらこうやってセロハンを輪ゴムで止めた懐中電灯なんだけど、普通の懐中電灯の明かりじゃ明るすぎるからこうやって赤くしておくんだよ」 「実際、望遠鏡が云々とか言う以前に東京の明るい空が星を見えなくしているだけだからね……」 「北校も繁華街から離れているって言っても……そこまで空が暗いわけじゃないんだけどね……」 「ま、それでも、暗闇に目を慣らすのが大事なのは変わらないからさ……」 「なるほど……」 「でもすみません……もうすでに夏の大三角というのは口実に過ぎなかったのに……」 「何言ってるんですか……そのおかげでこうやって最後の夜を楽しく過ごせるのですから」 「そうね……最後の夜なんでしょ……楽しみましょうよ」 「はい……」 「まぁ……さすが東京……家よりは若干良いぐらいの空ね……」 「そうかな? 結構星見えるんじゃない?」 「なんかさぁ……私的にこう天の川がバーンってね」 「そんなの相当空気が綺麗な山奥じゃないと無理だよ……」 「それは期待しすぎだね……」 「まぁ、月明かりが小さいのは良いかもねぇ……」 「あ、あの……街の方向見てください」 「え?」 「あ……あれ……」  一瞬何が起きているのか理解出来なかった……ただ次々と街の電気が消えていく……。 「嘘……これって停電?」 「わ、私はじめて見た……」 「私もだよ……」 「停電って昭和の産物かと思ってた……起きる事あるんだ……」 「あ……」  高島さんが大空を見上げて声をあげる。 「わ……」 「すごい……」  最初に目を暗闇で慣らしていたというのはあったのだろうけど……それにしても先ほどまでとはまったく違う空が私達の頭上に現れていた。 「こ、これって奇跡的じゃない?」 「すごい、神様の粋な計らいって事だよ」 「いや……司、もしこれが神様の仕業なら、今頃街中で大迷惑してるハズだからさ……」 「そうですね……他の方々にとってはいきなり明かりが消えてしまったわけですから……」 「この停電っていつまで続くかな?」 「さぁ……長くても十分程度じゃないの? 良く分からないけど……」 「うわ……すごい……」 「けっこう見えるね……ほら東の空……天の川が見えるよ……」 「東京の空でこんなに見える事なんて無いだろうね……」 「なんか後で美羽が聞いたら激怒しそうよ」 「そうだね、熱心にいつも空を見ている美羽さんは見れなかったのに、にわかの私達がこんな偶然に出会うなんて……」 「それにしても……星きれいだねぇ……」 「あの一番明るい星がベガだよ……という事は織姫星だね……」 「んじゃ、あれがアルタイルか……夏彦星は織姫星に比べると輝きにかける人なんだなぁ……まぁ、今の時代じゃしょうがないやねぇ」 「時代関係ないしっ」 「んじゃさ、あの二人を渡す橋の名前って知ってる?」 「知らない……名前あるの?」 「カササギの橋って言うんだよ」 「何そのカササギって?」 「鳥だよ、あんまり日本にはいないけどね……」 「なんで鳥なの?」 「カササギってさ、背や尾は黒っぽくてお腹だけが白いから連なった群れを下から見るとまるで橋を掛けたように見えるんだってさ……」 「カササギはさ織姫星と夏彦星のために、天の川の南の岸から北の岸へ頭を揃えて羽根を合わせて橋を作ったそうだよ……」 「ったく、カササギなんて小さな鳥の力なんて借りてるような男だから夏彦星は輝きにかけるんだよ!」 「そんな事ないよ……夏彦星は一等星だよ全然輝いてるって」 「でもさ織姫星の方が輝いてるじゃん。彼女の輝きは全天で五番目なんだよ」 「そうだけど……夏彦星だってがんばってるんだよ」 「二人はなんで引き裂かれたんですか?」 「元々は二人とも働き者だったらしいけど、結婚したら途端に二人とも働かなくなったんだってさ、それで怒った天帝様が天の川で引き裂いたらしいよ」 「な、なんかそう聞くとあまりロマンチックな話ではありませんね……」 「えっと……あれがデネブか……」 「ちょうど白鳥のンコ穴の部分にあたるヤツだね」 「んな事言うなっ」 「でもだいたい場所的にはそうじゃん……おしりだし……」 「由岐、はくちょう座で何かうんちく無いの?」 「んじゃさ……あのデネブを頭だと考えてごらんよ……」 「頭?」 「そう、あれがンコ穴じゃなくて、頭だとしたら何に見える?」 「うーん……そんな事言われても星座なんて、実際言われてもなんでそういう風に見えるか分からないぐらいだから……ただの十字にしか見えないわよ」 「正解。あれはね。キリスト教圏ではキリストの磔の十字架と重ねて考えることがあるんだってさ……だから別名は北十字……」 「南のサザンクロスに対して北はノーザンクロスって言うんだよ」 「へぇ……」 「なんかロマンチックな感じがする」 「でも白鳥のンコ穴だけどね」 「違うもんっっ」 「それにしても停電全然復旧しないね……」 「あ、それでしたら……いまワンセグでニュース見てたのですけど……復旧まで時間がかかるみたいですよ」 「何が起きたの? この大停電は?」 「なんでもクレーン船が、アームを上げたまま河川を航行して、基幹的な送電線を切断したとの事ですよ……」 「なんじゃそりゃ大事じゃないですかっ」 「本線とバックアップ用の2系統がともに遮断されてしまったため……大変時間がかかるとの事です」 「そうだ、なら天文部の部室から天体望遠鏡借りてこようよ!」 「借りられるのですか?」 「一応許可は取ってあるよ……」 「ほら、この屋上の鍵と部室の鍵も全部一緒になってるのよ」 「んで誰が取りに行くの?」 「当然由岐ね」 「なぜ?」 「だってあんたが一番力持ちでしょ?」 「いやぁ……またまた、鏡さんのバカ力には敵いませんよぉ……」 「何か言った?」 「いいえ……何も……」 「でもさ……私天文部の場所とか知らないし」 「そ、そっか……由岐ともう一人必要なのか……」 「えっと……荷物持ちは由岐で良いとして、あと天文部を知ってるのって……」 「私は知りませんよ」 「私は知ってるけど……」 「なら司行ってきなさいよ」 「なんでそうなるかなぁ……」 「な、何が?」 「本当はお姉ちゃんが行きたいくせに……」 「へ? な、なんでそうなるのよ!」 「誰でもそう思いますよ……」 「な、なんで!?」 「だって、由岐様と二人っきりって言葉が出た途端に顔が赤くなってましたもの」 「う、うそ!?」 「あはは……嘘に決まってるじゃん……だってこの暗闇で見えるわけないじゃんっきゃ」   「わっ」 「え? どったの?」 「な、なんで高島さん……」 「私達の胸に手を?」 「うーん二人とも同じぐらい脈拍が上がってますよ。というか上がりすぎです」 「そ、そそそんな事ないもんっっ」 「な、なななにを証拠にっっ」 「でも、若干……鏡さんの脈拍の方が速いでしょうか……」 「なんでそうなるのよ!」 「さぁ……それだけ鏡さんがドキドキしてるって事じゃないでしょうか?」 「だ、だから何よっ」 「司さん、鏡さん……互いに手を……」 「え?」 「こうやって……互いの胸に……そして自分の胸に手を当てて下さい……」 「あ……」 「う……」 「たしかに……お姉ちゃんの方が全然速いや……」 「ち、違うわよ。わ、私って恐がりじゃない? それでね、単に脈拍が速いだけでさ……」 「んじゃさ、とりあえず三人で行こうよ……」 「あ、うん……それがいいよ。うん」 「私はひとりぼっちですか? 少々心細いです……」 「ごめんね……んじゃ行こうっ」  司は私と鏡の手を引いて階段を下りる。  そんなに急ぐとアホの子の司はこけてしまうんじゃないかと心配になった。 「あ……しまった……」 「ど、どうしたの?」 「えへへ……おトイレ……」 「へ?」 「ごめんっ、なんかすごく緊急みたいだからっ、お姉ちゃん、とりあえずゆきと天文部から望遠鏡持ってきてっ」 「な、何言ってるのよ、だったら私もっ」 「天文部でっかいソファーがあるんだよ!」 「つ、司!」  司はそのまま下りてきた階段を駆け上っていった……。 「う……」 「んじゃ行きますか?」 「い、行くの?」 「え? ダメ?」 「だ、だめじゃないけど……と、とりあえず行くわよ!」   「そうだね……」 「夜の校舎はやっぱり恐いわねぇ……」 「特に部活棟は奥まっているからねぇ……」 「天文部……天文部……あ、あった」   「あそこか……」 「えっと……鍵は……これか」 「暗いわねぇ……えっと……あれか……」 「ずいぶん高い所においてあるねぇ」 「えっと……あーもうどこよ? 全然わからないわっ」   「あ、か、鏡っっ」 「痛てて……」 「ゆ、由岐?」 「何やってるのよぉ……上から地球儀が落ちてきてたの!」 「そ、そうなんだ……ご、ごめんっ」 「ったく……」  地球儀をさけるために私は鏡の上に重なる様な形になった。  不自然に顔と顔が近くなる。  あははは……なんかこの前の事があるから気になっちゃうよね……。  私は苦笑いしながらどこうとした……。  そしたら、その瞬間に鏡が口を開く。 「あ、あのさ……由岐」 「え? な、何?」 「そういえば……この前、キスしちゃったね……」 「え? あ、うん……」  って……何言い出すんだろう……鏡。  なるべく意識しない様にこっちはしてるのに……、  何故か心臓がトクトクしているのを感じる。  なんでだろう……いつも自分の心臓の音なんて気にならないのに……、  鏡と私は見つめ合う……、  先に口を再び開いたのは鏡の方であった。 「あれさ……私当たった時すごくうれしかったんだよねぇ……あはは、なんか私って変態なのかな?」 「鏡が変態か……」 「な、何よ……」  鏡が不服そうな顔をする。  なんかそんな顔されるといじわるをしたくなる。  心臓の音がさらに大きくなる。  鏡の白い肌を暗闇で見続けていると……、 「そうだよね……あの時いきなりキスされたから驚いたよ……女の子のくせに女の子の私にキスして……」 「あ、あれは王様ゲームだったから……」 「だから、いきなりキスしたの?」 「そ、そうよ……」 「ならさ……」 「え?」  私はそのまま鏡の身体を押さえつけ……口元のすぐそばで囁く……。 「今度は私がこのままキスしたら?」 「え?」  ゆっくりと近づく私の唇。  鏡は瞳を閉じる……。 「ぺちゃ……」 「ひゃっ」  私は鏡の唇を舌でなぞった。 単なる冗談。  この前だってキスしたし……単に唇をなぞっただけ……。  あくまでもこの前の延長上の悪戯……、  なんか私のドキドキが、その悪戯の誘惑から逃れる事を妨げてしまった。 「くす……これはキスじゃないよ」  私が笑いながら言う。 次の瞬間―― 「っっ」 「っ!?」  下になっていた鏡が私の顔を両手で掴んでそのままキスしてきた。 「ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」  あまりの勢いで二人の歯がかちかちと音を立ててしまう……それでも鏡はまったく気にする事無く……キスをする。 「あう…ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……はうっ……」  互いの唇が糸を引いて離れる……。  目を潤ませて無言で私を見つめる鏡……。  あの時とまったく同じ瞳……この瞳で見つめられた時から……互いがこうなるのは時間の問題だったんだと思う……。  ドキドキが仕掛けた悪戯は……もっと大きなドキドキになり……もっと大きな悪戯になっていく。  それはまるで転がる雪だるま……。  転がるたびに大きくふくれていく……、  それはまるで私達の心の様に……、  気が付けば、自分から唇を重ねていた。 「ん、……ちゅ……んん……ちゅちゅ……」  鏡のやわらかい舌が、私の口の中へと入ってくる。 「ん……ちゅ……ん……ちゅ……ちゅ……」  私もそれに応えるように、鏡の舌に自分の舌をからめる。  唾液の交換。唇の隙間から零れるぴちゃぴちゃという音が、妙に〈卑猥〉《ひわい》だ。 「っ……はぁ、由岐」 「なに? 鏡」 「由岐のバカ……由岐のバカ、バカ、バカ……」 「人の事、バカバカ言い過ぎだよ……」 「もう……あんたのせいで私……自分の気持ち我慢できなくなったんだからね」 「私のせいなんだ……」 「そうだよ……由岐が、由岐の事が……」 「でもさ……我慢する事なんて無いよ……」 「え?」 「私も同じだから……」 「ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」  ただ見ないようにしていただけ……、  実際はあの時に分かっていた。  あの王様ゲームのキス。  ゲームは現実にとって変わられる。  少しの悪戯の心は……本当の愛の心に変わってしまう……。  私は鏡の太股をなで回す……。 「鏡の肌って……すべすべしてるね……やわらかい」 「あうっ、ゆ、由岐?」 「何? やめてほしいの?」 「あ、いや! やめちゃ……」 「ん? 何?」 「っっ〜〜バカ、バカ、バカっっ」 「あ、あうっ……はうっ」 「安心しなよ……やめたりしないからさ……」  私の手はそのままスカートの中へと移動する。 「はぁ……鏡のここ……あったかいねぇ……この布を一枚挟んだ先に、女の子の部分があるんだ……」 「ぁっ、ひぃんっっ」  鏡の其処は、ものすごく熱く……そして湿っていた。 「……汗、かいてた?」 「っっ、そ、そうよ、今日暑いでしょ! だ、だから私汗かいて……」 「ふーん、鏡の汗はこんな糸引くんだねぇ……」  私は彼女のそこからすくってやった体液を指でのばして見せる……。  彼女を押さえつけてる私の身体に、痙攣の様な震えが伝わる……。 「あ、いや、そんな……ち、違うの……」 「何が違うの? これ汗なの?」 「あの、私、私、あの……あのね……」 「くすくす……ぺちゃ……ちゅ……なんだか鏡の汗ってぬるぬるしてておいしい味がするね……」 「あ、そんな、だ、だめ……そんなの舐めちゃだ、だめだよ……あ、由岐が、由岐がわ、私の、私のぉ……」  ブルブルと身体が震える鏡……私が鏡のを舐めただけで軽くイってしまったのではないかという様な痙攣だった。 「くすくす……なんで鏡は股間からだけそんなに汗かくの? ふとももとかべちょべちょだよ」 「え? あう……っつはぁ!」  私は彼女のものを下着の上から丹念に撫でてあげる。  鏡は両手で口を押さえているけど、そんなもので押さえつける事など出来ずに大きな喘ぎ声をあげる。 「なんで、なんで、由岐いじめるのぉ……そんないじめないでよぉ……」 「何が? だってこれは汗なんでしょ? なら何も鏡が恥ずかしがる事ないじゃないの……ねぇ」 「いや、だめだよ……ゆ、由岐、そんなぁ……あ、ああ……だめ……由岐ぃ……」 「鏡? 何がダメなの? 言ってごらん?」 「もう、それ以上触れられたら……私……私……あっ」  鏡に説明させている間に、彼女の下着をおろす……。  暗闇だけど、スカートもずり上がってしまっている彼女の下半身は完全に露出していた……。 「あ、あう……由岐ぃ……」 「どうしたの?」 「ひっくっっはぁっぁっ」  懸命に口を押さえる鏡……声を殺そうとしている。  その上の口を押さえるたびに、下からは愛液がその勢いで押し出される……。  指を少し動かしただけで、其処の状態は誰にでもわかった……。  指を動かすたびに愛液がぐちゃぐちゃと音を立てる……。 「鏡の汗……すごいね……鏡の汗っておま○こから出るものなの?」 「っっ」 「こんなにして……たしかに鏡は変態なんだね……変態」 「へ、変態……わ、私……」 「女の子に触られてうれしい変態なんでしょ?」 「ち、違う……違うの……私、私……ゆ、由岐だから、由岐に触ってもらえるからうれしい……」 「そうなんだ……私に触ってもらえてうれしいんだ」 「ぁっ、はぁっ、ぁっ、う、うれしい……由岐の指……とっても気持ちぃ……」  鏡は自分から私の指へ大事な部分を押し付けてくる。 「はぁっ、あ、ぁん……あぁ……由岐の指で……私…うれしい…あっ」 「そうなんだ……鏡ははしたない娘だね……」 「はぁ、ん……ごめん……はぁ…はぁ……私、……すごく……はしたない……でもうれしい……こんな事…由岐にしてもらって……」 「くすくす……そう、なんだ……こんな事、私にしてほしかったんだ鏡は……」 「ぅぅ……そんな、いじわる言わないで……」 「だって、そういう顔が……カワイイんだもん」  じゅじゅ……そんな音が似合いそうな熱い湿り気を指先に感じる。  鏡は私になでさすられて濡れている。 「はぁ……はぁ……鏡がカワイイから……ついつい、いじめたくなる……」 「はぅ、ん……そんなこと言われたら……私、私……由岐ぃ」 「くすくす……鏡の変態……」 「でもね……鏡ほら私も……こんなにだよ……自分でも信じられないぐらい……」  私は鏡の手を自分のスカートのなかにいれる……私の太股はすでにお漏らしでもしたかのように濡れていた……。 「私も鏡と同じだよ……変態だ……」 「ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……」 「ちゅ……うくっ……ふぁあっ! 由岐っああっ! あぁっ!」  キスをして離さない鏡……私達は互いの上と下の粘膜でつながっていた……。 「あ、あ、ああ……あうあうあうっっ…だ、ダメダメダメ、ダメかもっっ……もう、あう……ダメそう……」 「っくはぁぁぁあっ! あぁあんあんあああああーー!!」  鏡が波打つ様に痙攣する……その直後……彼女の身体が電流が流れたように緊張した。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ……くっ……はぁっ…はぁっ…はぁっ……っっっっくっ」 「くすくす……気持ちよかった?」 「う、うん……気持ちよかった……」 「で、でも私だけ……」 「鏡……っ……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……」  鏡に長いキスをする……。  そして彼女の服をすべて脱がしていく……。  それまで無かった快感が私達を襲う。  二人の暖かく柔らかく湿った部分……それを互いにすりあわせていた……。 「っっあ、すごい……由岐のと私のが……」 「ん…あっ、くっ……」  ただ互いの性器をなすり付け合うという行為……まったく単純な……行為。  でも互いが一番感じる場所を合わせているという感覚は……幼馴染みの女の子同士でやっている背徳感で大きくなる……。 「だ、だめだよぉ! 由岐! だめぇ……由岐……これ気持ちいいよぉ……すごいっ」 「鏡……こんなにべちょべちょだから……すごいよ……いやらしく……濡れてて…私、鏡の感じたい……もっと……もっと」 「あう、あう、あうっっ……こんな互いの女の子の部分を合わせるなんて……」 「すごいよ……鏡のおま○こ気持ちいいよ……すごい……ああ……私達女の子なのに……女の子がそんな場所を互いになすり付けて……女の子がそんな場所……」 「はぁ…はぁ…でも由岐だってこんな濡らしてるから……私…私どうにかなっちゃいそうだよぉ……」 「鏡のすごい……真っ赤になって良く見えるよ……もう下半身べちょべちょすぎて汗なんだか愛液なんだかわからないよ……」 「いや……そ、そんな事言わないで……うぁああああ……だめだめ……あああ……だめ由岐……本当に気持ちよすぎるよぉ」  私と鏡は深夜の部室で互いのものをなすり付けあう。  二人とも全裸で……。  出来るだけ一番熱い部分を互いに重ねようとする……もっと熱くなっている場所、もっと奥……。  互いが溶けあう様に……二人でこすりつけあう……腰をふり一生懸命に……。  そしてキスをする。  下と上の粘膜を互いに共有する。 「ふぁあ、そんなぁ……由岐が…由岐のが気持ちいいよぉ……由岐の感じるよ……あう、あうっ」 「ん……くぅ……くちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……こんなになって鏡の暖かい……」 「ちゅ…あ、あう……由岐、由岐、由岐……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……由岐の身体、もっと欲しい……欲しいよぉ……」 「う……うわぁ……は、鏡のおま○こ……やわらかい……うわぁ……あう……」 「はぁ……はぁ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…私も私も鏡の欲しい……もっと身体をつなげ合わせて……おま○こなすり付けて……もっともっと」 「うん……もっと体温ほしい……もっと由岐の体温感じていたい……感じてたいよぉ……」 「あう……ちゅ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……もっと重ねよう……身体をもっと……全部、体液の全部……もっともっと……」 「はうっ、うっうう……ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり…はげしいよぉっはぁっはぁっ……由岐由岐由岐ぃ……あう気持ちいいよぉ……」 「私も……激しくて、すごいよぉ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……私…私……」 「い、いやぁああ……ひゃううぅ! も、もうダメ……由岐の気持ちいい……」 「あ、もうダメ……我慢できない……鏡……あうイイっああ…はぁん!はぁっああっああああっ!」 「あ、大丈夫……わ、私も……もう……らめ……らめだからもうもう私も……あ……あう…あうっっ」 「あぅう!すご…ぃ、ああっはぁあああっああっ…イ、イっちゃう…! もうらめぇええ」 「はうぅう、私も……私も……もうイっちゃう!あああっはぁんっんんっ…ああっはぁはぁはぁああああっんぁああー!!」  ほぼ二人同時にイク……。  二人ともその場で崩れ落ちる様に……そして……、  疲れ切った二人は寝てしまった……。  朝日が登る頃……私達は司達に起こされる。  真っ裸で抱き合っている姿を見られた。  だけど別に驚くでも嫌悪するでも無く。 「お姉ちゃん……ずっと上で待たされてる人間の身にもなってくれないかなぁ……」  と青筋を立てて司が怒っていた。  その後ろで高島さんが苦笑していた。 「さぁ、シャワー浴びてる時間も無いですよ……早く服着て……帰りましょう……」  こうやって最後の日は終わった。 「でも、若干……司さんの脈拍の方が速いでしょうか……」 「え? そ、そんな事っっ」 「あら……何考えてるの司?」 「ご、誤解だよ。何も考えてなんかいないよっ」 「それでは……二人とも互いに手を……」 「わっ?」 「どうですか相手の胸から伝わる鼓動と、自分の胸から伝わる鼓動……」 「うぅぅ……」 「うわ、速っ……」 「ち、ちがうもん、これは誘導尋問みたいなもんだよっ! こんな事されたら緊張して脈拍だって速くなるもんっ」 「それ言ったら私だって条件同じじゃないのよ……」 「ち、違うもん。こんなの孔明の罠だもん。周瑜だって困ってるよっっ」 「罠なんてありませんよ……ただの事実ですよ」 「まぁ、行ってきなさいよ……私達はここで健全に天体観測を行ってるからさぁ」 「な、なんだよっ、その私達が不健全な事はじめる前提みたいな言い方っっ」 「くすくす……そんな事言ってないじゃない……ただ私達は健全に天体観測するって言っただけだしさ……」 「うわん、テラ孔明だっっ」 「もういいもんっっ自分一人でとってくるもんっっ」 「あ……司が一人で……」 「ほら、走って追いかけなさいよ……」 「え? 私が?」 「そうよ……今こそ走れ〈仲達〉《ちゅうたつ》! 孔明死す!」 「もうどこから突っ込んで良いかわからないぐらい意味不明なんだけど……」 「とりあえず追いかけなさいよ!」 「う、うん……わかった」  というかどこ行ったんだ?  たぶん、天文部も部室棟にあるだろうから……そっちに行けばあるとは思うけど……。 「あっ司!」 「え?」 「ゆ、ゆき……」 「なんで走るのさ……追いつくの大変だったんだよ……」 「ご、ごめん……そ、そのさ……」 「? どうしたの?」 「あのね……あんまり私に近づかないでね……」 「へ?」 「なるべくでいいんで……二人っきりの時は……」 「あ、あの……それって……」  なんか知らないけど……すごく嫌われてる!?  なんで!? 結構最近仲良くしてたつもりだったけど?? 「えっと天文部は部室棟の一番端だから……あ、あれだ!」 「……本当だ」  本当に端っこにあるんだな……。 「えっとえっと、鍵は、鍵は……あ、これか」 「さ、さぁ、早く見つけないと……えっとたしか……この棚の……」 「その棚にあるの?」   「って! ストップ!」 「お? ど、どったの?」 「あ、あのね……ゆき、ゆきそれ以上私に近づいちゃだめだからね……」 「なんでよ……なんでいきなり司は私をそんなに避けるんだよぉ」 「だ、だめっっ、来ちゃっっ」 「っっ」 「だ、だだ……だめなんだよ……私」 「つ、司?」 「っっ!」  何が起きたんだ?  え? こ、これ? 私押し倒されてる? 「だ、だから言ったんだよ……近づいちゃだめだって……」 「わ、私ってね……思いの外こらえ性がないみたいでね……あの時も、なんかみんなが引くぐらいキスしちゃったでしょ……」 「ゆきもわかってたと思うけど……わ、私さ……ゆきのふとももにべっとりつくぐらい……濡れてて……」 「あれ以来……ゆきの顔まともに見てるとね……こうやってね……」 「っ!?」 「ん…ちゅ……あ……ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っ……ぴちゃ……んっ……んくっ……」  司は私の口の中を貪るように舐めてくる。私もそれに応えるかの様に舌を動かす。  私の舌が彼女の口内をかき混ぜるたびに、身体が大きく震える。  震えるたびに司は悲鳴にも似た小さな声をあげる。 「はぁ、はぁ、はぁ……ゆ、ゆきのバカ、ゆきの方が強いんだから止めなきゃ……でないと私……私……」 「で、でないとどうなるの?」 「私、もう幼馴染みなんかじゃいられなくなるよ……もうあれから、ずっとゆきの唇の事考えてた……ずっとずっとあのキスが忘れられなくて……私もう……」 「そ、そうなんだ……私の唇……そんなに良かったんだ……」  平静をよそおうが……自分でも声が震えているのが分かる……。  心臓の音で自分の声が良く聞き取れないぐらい……、 「うん……はぁ、はぁ、だからもっとキスしたい、もっともっと、ずっとキスし続けてたいの……」  潤む司の瞳……そして柔らかい肌……彼女の唇はとても綺麗で暖かくしっとりと濡れている……。 「わ、私……〈良〉《い》いよ……っっ!?」  言葉も言い終わらないうちに司に口を塞がれる。私の頭を抱きしめて、キスというよりも貪る様に……。 「んっ……んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んん…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ、ご、ごめん……ごめんね……ゆき……私……はぁ、はぁ……変だよね、たぶん変なんだと思う……」 「だって、キスだけで良いと思ってたのに、はぁ、はぁ、はぁ、キスだけ出来れば……それで良いと思ってたのに……」 「はぁ、はぁ、もっとゆきの体温に近づきたいって気持ちが止まらないよぉ」 「んん!?……んんん…あうっあ……」  司はキスでは飽きたらず……私のあらゆる場所を舐める……口の中だけではなく……ほっぺから首筋……まるで犬みたいに私の顔を舐め回す……。 「はぁ、はぁ、ゆき大好……大好き……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……はぁ、はぁ、ゆきを感じたい……ぴちゃり……」  暗闇でも司の顔が上気しているのがわかる……熱いなんてものじゃない……発熱としか言いようがないぐらい身体が火照っていた……。  そのうち、司は私の顔だけじゃなく上着まで舐め出す……そして口でボタンを外していく……。 「ゆき……ゆき……はぁ、はぁ……ゆき……」  口でボタンを外した司は空いた胸元に顔を埋める……。 「ゆきの肌……ゆきのはぁはぁ……ゆき……」  司は私の胸元に顔を埋める……もう汗なのか彼女の唾液なのかわからない……彼女はべちょべちょになりながら私の胸元に顔を埋める。  私は自分のブラのホックを外す……その時、自分の手が恐ろしく震えている事に気が付いた。  すでに私の身体は興奮で、まともに動いてはくれなかった……。  その時はただ頭が真っ白で……司が私を求めてきて……私も彼女を求めていた……。  発熱で頭は完全にショートして……やたら自分の心臓音と激しい息だけが、聞こえていた……。 「あ、ああ、あうっ、いやっ、あ」  司がブラを舌で押しのけて……私の乳首にまで到達する……。  手をつかって落ち着いてやれば良いのに……、 「はぁ、はぁ、はぁ、…ちゅ…ゆきの肌だよ…ゆき柔らかくて…ふわふわで……いい香り……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…はぁ、はぁ……」 「司、司ぁ……あうっっ、そ、そこっっ」  司の手が私のスカートをたくし上げている……その指が私の場所をなぞりはじめる……。 「はぁ、はぁ、はぁ……ゆき……ゆき…ゆき……」  下着の上から触られているとは思えない感覚……あり得ないぐらいの快楽が全身をしびれさせる……。  司は乳房に顔を寄せ、舌でなぞり続ける……。舌の感覚が本当に気持ちいい……彼女の舌は本当に柔らかく、暖かくて……、 「はぁッ…ぁ…ああ……はぁ…ぁぁ…ん…はぁっ…ぁぁ…はぁ…ん…ん…ぁぁ…」 「はぁ、はぁ、ゆきのここ、はぁ、はぁ、あったかい…この布を一枚挟んだ先に…ゆきのが……っっあぁぁ……」  私も彼女のスカートの中へと手を伸ばした。 「うぁ!?」  くちゅり……彼女のそこはすでに下着では吸い取れないほどに濡れていた……。 「くっ……ふぁっ」  彼女の指先が下着の上から私の大事な部分をなぞっていく。 「はぁ、はぁ、はぁ、司……」 「ぁっ、はぁ……う、うれしい……ゆきの指が、指が私のを触ってくれてるよぉ……とっても気持ちぃ……」 「はぁ……ぁん……あぁ……すごい…すごいよぉ…はぁ、はぁ……ゆき、ゆき大好きだよぉ……」  〈衣擦〉《きぬず》れの音に、互いの吐息が混ざる。  私も司の指先から与えられる刺激に、自分から大事な部分をこすり付けていく。 「まるで夢みたい、夢を見ているみたいだよぉ。ゆきと……エッチなこと、してる……なんて」 「司ぁ……はうっ……はぁ、はぁ……」  互いの身体をかき分けて……なかに入っていこうとする……もっと近づきたいもっと感じたい……もっと一緒になりたい……。 「はぁ……はぁ……ゆきが好き……だから、ここをもっといじめたくなる……はぁ、はぁ」  互いに求め合う体温。互いに交わりあう体液……すべてが溶けていってしまう様に……悶える。  二人とももうまともな思考能力なんてなかった。  ただ貪り合うだけ……ただ求め合うだけ……。  とぎれる息……互いに上ずった声で呼び合う名前……体液の音……、 「はぁ、はぁ、はっ、あうっ、だ、だめだめだめ……私、ゆき、私もうだめ、イクっ、イっちゃうっ」 「はっ、ちょっとまって……わ、私もあと少しだから、だから、あうっ……はぁ、はぁ」  絡み合う体液……指先はぐちゃぐちゃになってどこをどう触っているのかさえわからない……。 「はうっ、あ、ダメかも……私も、あ、これかも……あうっ……」  快感の頂に引っかかる……もう数秒も耐えられないだろう……一気に快感が全身を駈け抜けて行く……。 「ァ、ァあああ、んーーーーーーーーーー!!」 「ふぁあぁーーーーーーーーーーーーーん!!」  甘い刺激が下半身からはいあがり、そのままふわりと身体が浮かぶような気がした。 「はぁ、はぁ、はぁ…はぁ……」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…はぁ……はぁ……ゆきぃ……」  どちらが求めるのでも無く……私達はまたキスをはじめる……。 「んっ……んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んん…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」 「ほら、私の指こんなだよ………ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」  司がいやらしく自分の指についた液体を舐める。 「はぁ、はぁ……ゆきの身体にもっとキスしたい……ゆきの体温もっと感じられる場所にキス……」 「はぁ、はぁ……舐めたいの?」 「うん、舐めさせて……ゆきの舐めたいよぉ……」 「変態……」 「私変態だもん……女の子好きな変態だもん……ずっと、ずっと、ゆきの事好きだったんだもん……」 「いいよ……でも私にも司のにキスさせて……」 「え? でも悪いよ……ゆきにやってもらうなんて……」 「私がやりたいって言ってるの……」 「きゃっ……」 「あう、あう、恥ずかしいよぉ……」 「すごい……ぐちゃぐちゃなんてもんじゃないよ……もう下半身水浸し……」 「そんな事ないもん……あうっっ」  私は目の前にある司のぷっくりと〈膨〉《ふく》らんだ割れ目に軽くキスをする。  軽くなのに、司の身体は大きく跳ね上がる……。 「ん……司の味がする」 「はぁ、はぁ……ゆきの……なんだ全然私と変わらないぐらいぐちゃぐちゃに濡れてるじゃない……」 「ゆきのお掃除しなきゃ……」 「はぁ、はぁ…ちゅ…ぴちゃ…はう……ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「くちゅ……んっ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ……ゆきのアソコ、舌でお掃除してもしても終わらないよぉ……後から後から出てくる……どんどん出てくる……」 「あぅ……はぁ……し、しかた、ないでしょ……その……そんなところ司のやわらかい舌で舐められたら……」 「司こそ……ぐちょ、ぐちょだし……もうこんなにして……司……」 「あうっっひっぃ、あ、あうっ……ひっ、あ、ゆきのゆきの舌が……ゆきの舌……あ、すごい舐めてもらってる……私ゆきに舐めてもらってる……はぅ」 「はぁ、はぁ、はぁ……司の……発見……はぁ、はぁ……舐めてあげるから……ちゃんと……」 「はうっ、ひぃやっ、わっ、むいちゃダメっ。あ、あ、あああっだめ凄い、凄すぎる……それダメ……」  快感を告げるように割れ目からは汁が溢れて、私の口の中を満たしていく……。 「はぁ、はぁ、はぁ……わたしばかりじゃ……ゆきも……きもちよくしなきゃ……」  司は私の股間へと手を伸ばし、私と同じようにお豆さんの皮をむいて舐める。 「はうっ、へぁあっ、あんっ、はぅうっ。きもち、いいぃ……ダメ、本当に気持ちいい……それ、司……あうっ」 「はぃ……わたしも……きもち、いいよ……ゆき好きだよ……だからもっときもちよくなって……はうっっ」  お豆さんを指で押しつぶしたり、軽く摘んだりされて、私たちは互いの割れ目をグチャグチャに濡らしてしまう。 「はぁ、はぁ…ちゅ…ぴちゃ…はう……ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「くちゅ……んっ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」  互いにただ貪り合う様に局部を舐め合う。  全身互いの体液まみれにして……二人は延々と舐め合う……。 「あうっ、はっ、んくっ、はうっ、ちゅ……ふあぁんっ。きもちぃっ、きもちぃよ司っ、司っ、司っっ」  熱に浮かされたみたいに考えることができないまま……ただただ、敏感なところをなめ合いながら、こすり付け合いながら、更なる快感と一体感を味わう。 「はひぃっ、わたしもっ、わたしもきもち、いいっ。とけちゃぅのぉっ、ゆき、ゆきっっ」  とどまることを知らないみたいに溢れ出す分泌液。 「はぁああっだめだめだめっっすごいっすごいよぉっ、もうイクっ、イッちゃうっっ」 「わたしもっイクっ……もうらめ、もうなにか、なにかっすごいのがっきちゃうぅっきてるぅうっ、あぁあぁっっっっあああ!」  熱く勃起したお豆さんに強く吸い付かれた瞬間、凝縮した快楽の芯がはじけ飛んで一直線に身体をはしりぬけていった。 「んぁあぁあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 「あんぁふぁあぁああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っく」  互いに脳にまで酸素が届かずに、朦朧としていた……その時間がどれだけだったかわからないけど……司の異変にはすぐに気が付いた……。 「……はぁ……はぁ……はぁ……や、やっちゃった……私……」 「私、こんな事……、私……私……もう、やっちゃだめなのに……がまんできずに私、私……」 「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ……」  冷静に戻ってパニクりそうになる司を私は抱きしめる……。 「え?」 「バカ……後悔なんてさせないんだから……」 「え? ええ?」 「こんな事させたんだから……司、これからちゃんと責任とってよ……」 「え? ええ? ゆき、それって……」 「ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んくっ……ちゅ……んはっ」 「愛してるよ……司……」 「え? ええ?」  手で口を押さえる司……瞳からはぼろぼろと涙が溢れている……。  本当に上から下から体液を流すのが大好きな娘だ……。 「そんな、私、こんな事したのに、ゆき許してくれるの?」 「許すも何もないでしょ……ほら泣かないの」 「だって、だって、ゆき、ゆきぃ……私、私ぃ……ぅああああああんっっ」 「ったく……もう」  二人は裸で抱き合う……。  司はずっと泣いていた……私はそんな彼女をずっと抱きしめていた……。  彼女が泣きやみ……屋上に連れて行った時には朝日が登りはじめていた。  鏡は笑いながらゆっくりと私の元まで歩いてきて……、  げんこつで顔面を殴ってきた。 「あんたねぇ……程度ってもんあるでしょ……いくらなんでも夜が明けるまでやる事ないでしょうが……」 「待たされる身にもなれ!」  20日の朝を迎えた……。  その日、世界からすべての人が消えていたのに気が付いたのはお昼過ぎだった……。  最初に鏡と司がいなかった事に気が付いた。  あれだけ騒がしかった家はずっと静寂に包まれていた。誰の声も聞こえない。  テレビがどの局もサンドノイズであった。  でもそれすらも最初は単なる偶然だと思っていた。  鏡と司がいないのは自宅に帰ったからだろうし……テレビがうつらないのはアンテナの調子が悪いから……。  寝ぼけ眼で部屋の中をうろうろする。  自分の中の不安が大きなものとなってきたのはシャワーを浴び始めてからだった。  熱いお湯が肌を刺激するたびに……思考がまとまっていく……それにつられて異変に気がつき始めていた。  昨夜から、ほとんどの人間を見ていない事を……、  冷蔵庫から牛乳を取り出す。  冷蔵庫のものは腐っていない……これは電気が通り続けている事を表している。  時計を見つめる……電波時計のそれは時を正確に刻み続けている。  1秒1秒を〈乾〉《かわ》いた音で告げている。  私は床に腰を下ろしたまま、四角い間取りを眺める。  この部屋って〈随分〉《ずいぶん》と広いんだった。  今まで一人で住んでいた家……そう感じたのははじめてだと思う……。  牛乳を飲み干してから、自室に戻る。  パソコンの電源を入れる。  サーバーも落ちていない様でネット自体にはつながる……。  メールサーバーは〈空〉《から》だった……何も届いていない。  不安はさらに募る……。  だけど、その不安は少しだけ緩和される。 「書き込みとかある……」  巡回するニュースサイトは更新されているし、匿名掲示板などの言葉も増え続けている。  画面を通した世界では……人の存在を感じる事が出来た……。  増え続けていく言葉……拡張され続ける言葉。  変わらずに時を刻む音。  1秒1秒は変わらない。  それなのに、  それだから……だろうか?  逆に変わってしまった景色がちらついて、時が刻まれるたびにおかしな気分がつのる。  世界が収縮してしまうかの様な感覚……。 「そういえば……なんで昨夜から鏡と司を見ないんだろう……」  あそこまでこの家にいる事に執着した彼女達……。  それが何の言葉も無くこの家から姿を消している。  それなら、〈隣〉《となり》の家のインターホンを押せばすむことなんじゃないか?  二人の家は私の家のすぐ隣なんだから……二人はすぐそこにいるハズであるのだから。  ネット上の言葉は増え続けている。  あらゆる場所で……記述され続ける言葉。  それは人の存在証明。  ここは仮想空間などでは無い……記述され続けている現実世界……。  なら、なんで……この違和感……。  言葉は広がり続けているのに……感覚的には世界が縮まる……。  縮小してゆく世界と拡張してゆく言葉……。  再びテレビをつける。  サンドノイズ……。  電波不調……チューニングミスだろうか?  電話回線からは言葉が流れ続けている。  いや、言葉だけじゃなく画像だって動画だって上がっている……。 「なんだこの感覚……なんだろう……あはは」  テレビの画面は相変わらずサンドノイズ……何も受信していない……。  36,000/86,400  36,100/86,400 「ふぅ……まいったなぁ」  クシャッと髪をかきあげながら苦笑混じりにがらんとした部屋を見回した。  窓から外を見る。  大きな向日葵が咲いていた。  何故かその向日葵がやたら陰気なものに見えた。  太陽を向いて咲くといわれる向日葵。  それは明るさの象徴の様な花……。  にもかかわらず、今私にはその向日葵が死者に手向けられた〈供花〉《きょうか》の様にすら見えた……。  向日葵の黄色にイライラし始める。  サンドノイズは止まない。  増え続ける言葉……パソコンの画面は言葉で埋まっている……。  携帯を取り出す……そこでアンテナが0になっている事に気が付く……。 「電波が一切入らない?」  有線であるものはすべて動いていた。  ただ一切の電波だけが受信出来ない。 「電波障害?」  家の固定電話を使う。  ネットが使える以上は電話を使う事は出来る……。  隣の家から電話が鳴り続けている音が聞こえる。  鏡と司は家にいないのだろうか?  耐えきれない空気……私は着替えるとすぐに外に飛び出した。  お隣の若槻家の前に立つ。  何故、彼女達は電話に出ないのだろう……それ以前にこの異変に誰も騒がないのだろうか? 「……なんだこれ?」  呼び鈴を押そうとして気が付く……、  この家には表札が無い……表札には真っ白な陶磁器の板がはめ込まれているだけだった。 「……っく」  私はそのまま駅の方向に歩き出す。  電車は普通通り動いていた……、 ただしホームには誰もいなかった。  それほど大きな駅では無い……それでも無人駅になる様な小さな駅でも無い……。  ホームに電車が入ってくる……。  アナウンスは無い……。  私は苦笑いする。 「いっそ人の痕跡が完全に無くなっていれば……それほど恐くないんだろうけど……」  ちらつく人の存在……ただ見ることも触る事も出来ない……。 「あはは……なんだよこれ……まるで昨日のアトラクションじゃん……」  幽霊の部屋。  不在によって切り取られた生活。  動き続けるゴンドラ……。  私は電車に乗り込む……。  36,427/86,400  43,200/86,400  ここまで来るのに誰とすれ違いもしなかった。  校内はもちろんの事……杉ノ宮の繁華街ですら……人を見る事は無かった。 「休日だけあって誰とも会わなかったですか?」 「あはは……休日だからってここまで誰とも会わないとかないでしょ……」 「ここはどこなの?」 「その質問に意味はありますか?」 「意味があるも何も当然な疑問でしょ!」 「当然の疑問ですか……」 「ではお答えします……」 「ここは、北校の屋上……その中でももっとも高いC棟校舎」 「空に一番近い場所……」 「いや……そうじゃなくて……この街全体……」 「この地区は杉ノ宮区と呼ばれています」 「いや、そうじゃなくて、誰とも会わないくせに、人の痕跡だけは残るこの世界だよ」 「世界は世界でしかありません。誰とも会わなかった世界が何かと問われれば、誰とも会わなかった世界としか言いようがありません」 「そうじゃなくて!」 「ふぅ……紅茶を持ってきました……お飲みになられてはいかがでしょうか?」 「紅茶?」 「はい……」  屋上とティーセット。  高島さんと私。  高島さんから受け取るティーカップの感触。  立ち上る紅茶の香り……。  鼻孔に充満するアールグレイ……。 「さぁ、最良の葉を選んでいれたものです……気を落ち着けてください……」  口の中に広がる渋みと香り……。  ふと、空を見つめる。  どこまでも青い空。  太陽の光。  風の音。  あらゆる感覚は……私に世界の実在を示している様に感じられた……。 「内なる世界……」  ぽつりとそんな言葉を言う高島さん。 「内なる世界と外なる世界……」 「そんなものがあるのでしょうか?」 「今、あなたが感じてるすべては……外にある世界のものですか? 内なる世界のものですか?」 「この青空はあなたの内なる世界のものですか? 外の世界のものですか?」 「まるで、私達はそれぞれに内の世界を持ち、共通の外なる世界を持つ様に感じている」 「ならば、その共通の外の世界はどうやって至るのでしょうか?」 「……至る」 「人はどのようにして世界を正しく知ることができるのか……」 「人はどのようにして世界について誤った考え方を抱くのか……」 「ある認識が正しいかどうかを確かめる方法があるか……」 「人間にとって不可知の領域はあるか。あるとしたら、どのような形で存在するのか……」 「……どうしたの突然?」 「いいえ……あなたの疑問を疑問で返しただけです……」 「ここにある世界はあなたの内なるものですか? 外なるものですか?」 「内の世界と……外の世界?」 「はい、内の世界と外の世界です……」 「私達は外界から、言語化されていないあらゆる情報……視覚、触覚などの感覚を通じて意識に表われるもの」 「〈感覚所与〉《かんかくしょよ》、〈感覚与件〉《かんかくよけん》……センス・データ呼び方は何でも良いですが……その様なものを受け取って内面で世界を構築している……」 「そう信じるのであれば……」 「世界とは、内なる世界と外なる世界、その様な二重構造を持っている事になる……」 「ならばその二つの世界はどの様な線引きをされているのでしょうか?」 「あなたが今口にした紅茶の味は、外なる世界のものですか? 内なる世界のものですか?」 「あなたが触れるそのティーカップは外なる世界のものですか? 内なる世界のものですか?」 「あなたが見ている私は、あなたの内なる世界の私ですか? それとも外なる世界の私ですか?」 「外の世界から来ると言われる情報以前の何か……」 「その外から来る何かとは? どの時点から外なのでしょうか? どの時点から内なのでしょうか?」 「視覚、触覚などの感覚から得たものはその時点で内なる世界のものです……」 「私達は外の世界とやらの存在にいつ至れるのでしょうか?」 「だから、あなたの問いに私はこう答えます」 「此処はどこであるか?」 「杉ノ宮区、北校、C棟、屋上」 「それ以上の答えは語り得ない」 「私、今見ている世界以外の世界……外の世界なるものを知りえる事が出来ません」 「私は、私が今此処でありえる世界の文脈でしか……私の答えは……その答えを知りえるプロセスからでしか語る事が出来ません」  表情があまり無い今日の高島さん。  それはまるで、人がまるでいないこの街の姿の様であった……。 「ふぅ……高島さん、難しい話知ってるね……」 「いいえ……すべてはあなたが考えた事です……」 「……」 「気が付いているのでしょう……そろそろ……」 「世界そのものの少女の正体……」 「はい……」 「ねぇ……高島さん」 「はい」 「触っても良いかな?」 「はい……それを望まれるならば……」  私は高島さんに触れる。  彼女の髪の毛の香り……肌の感触、息、鼓動……そのすべてを感じる事が出来る。 「暖かい……」 「はい……」 「なぜ、みんな消えたの?」 「器無き、液体は……どこにも満たす事が出来ない」 「この地は、器では無い……そうあなたがささやきました……」 「ただそれだけの事です……」 「器無き……液体……」 「それが私?」 「……そうとも言えますが……違うとも言えます……」 「そんな事よりも……」 「何?」 「終わりと始まりの空……一緒に見ませんか?」 「終わりと始まりの空……」 「はい……最後の空です」  二人は屋上で空を見る。  横になり、大空を見る。  丁度彼女の頭の位置に私の腕があったため、腕枕をするような形になる。 「痛くありません?」 「問題ないよ……」 「そうですか……」 「……高島さん?」 「はい」 「私の腕枕は気持ちいい?」 「はい……気持ちよいですよ……」  笑う高島さん。  私はたしかに彼女を感じている……彼女の感触、彼女の香り、そして彼女の吐息……。  だからこそ……私は聞いた。 「私のにおい……私の鼓動……私の体温……」 「くすくす……安心してくださいよ……すべて確かにありますよ」 「私は妄想でも幻覚でもありませんよ……あなたがそう信じてくれるならば……」  信じるならば……私は存在する。 「信じるならば存在する……まるで神様だ」 「くすくす……そんな事ありませんよ」 「それはごく当たり前の条件……」 「だって、人は何かを信じる事が出来なければ歩く事も出来ない……」 「懐疑の迷路は、歩く事すら許さない……」 「次の一歩が奈落であるかもしれないと疑えば、そこで歩は止まる」 「ふぅ……つまりは疑うな……と」 「そんな事言ってませんよ……問う事に意味がない答えなどいくらでもあります……」 「それを問う事は無意味だと言ってるだけです……」 「だって……」 「あふぅ」  高島さんはいきなり気持ちよさそうに目を細める。 「あなたが信じようが信じまいが私はこの腕の中で幸せです」 「とてもとても気持ちよいですよ」 「好きな人の体温は心地良い……ただそれだけですよ……むふ……」  高島さんはふかふかの表情で私の腕でごろんごろんする……。  彼女は私の腕の中が気持ちよいと言う……。  彼女のその言葉に疑いを持つ事に何の意味があろうか……。 「あーあ……このまま永遠にここにいたいなぁ……」 「永遠に? そりゃ腕が疲れるよ」 「別に、永遠に腕枕されていたいという意味では無いですよ……ただ」 「あなたと私の世界で留まっていた」 「高島さんと私の世界?」 「そうです……ここは私であり……あなたである世界……」 「どういう事かな?」 「さぁ、どういう事でしょうか? くすくす……」  日が傾き、世界は赤色に染まる。  東の空からベガが姿をあらわし……デネブが姿をあらわし……アルタイルによって夏の大三角形を形作る。  天の川をまたいだ巨大な三角。  星が空を駈けていく…… 大三角は天球の頂に近づいていく。 「夏の大三角……だいぶ空の上にあがったね……」 「はい……」 「そろそろ時間的に……今日も終わりじゃない?」 「はい……」 「世界そのものの少女が空の少女に会う時が近づいているんじゃないの?」 「はい……」 「さてと……」  高島さんはぬいぐるみを手にタッタッタとフェンスの〈端〉《はし》による。  私は静かに空を待つ。 「由岐さん」  高島さんの呼びかけに目を開く。  〈宙〉《ちゅう》に投げられたぬいぐるみはその場で留まり……そこで立ち上がる。 「っ」  ここまで十分に異常だったけど……さすがにその光景に私は息を呑む。 「あの……うさぎのぬいぐるみさん……」 「はい……」 「駅長さんですか?」 「いいえ……違います」 「では?」 「私はうさぎの駅長です……」 「それではうさぎの駅長さんなのですね」 「はい……私はうさぎの駅長さんなのです……えっと……それよりも」  うさぎのぬいぐるみは私の方に近づいてくる。  そして私の目の前でそいつは立ち止まり、ボタンみたいな……というかむしろボタンの瞳で私を見つめる。 「何?」 「すいません……煙草いただいてもよろしいでしょうか?」 「はぁ……」  何しに来たんだ……と思ったけど、とりあえず目の前のぬいぐるみにたばこを与える。 「お……趣味の良い煙草を吸ってますねぇ……これはレアものだ……」 「いや……普通にコンビニで売ってるレベルのレアさだし……」 「ならばそのコンビニがレアなのでしょうねぇ」 「コンビニはレアじゃないし……」 「そうですか……あと火かしてもらえますか?」  注文の多いぬいぐるみだなぁ……。 「はい……」 「おっとと……気をつけてくださいよ……私は大変燃えやすい体質なんですから……」 「なら煙草とか吸わない方が良いんじゃないの?」 「これは一本とられましたなぁ……あはは」  私の言葉なんてどうでもよさそうにぬいぐるみは笑いながら答える。  86,383/86,400  取り出した煙草に火をつけるぬいぐるみ。 「すぅーーーー、……ふぅ〜〜〜〜…………煙草うまいなぁ……」 「まぁ、そうだね……」 「そういえば……煙草は身体に悪いって言いますよね」 「ああ、実際そうでしょ?」 「あれは実は嘘なんですよ……」 「いや……嘘じゃないし……」 「分かってない……ああ、何も分かってない。あなたはご自分でお吸いにならないからそんな事を軽々しく言うんですよ」 「いや、私は煙草吸ってるだろ……んじゃなきゃ煙草なんか持ってないでしょ……」 「それもそうですね……これは一本とられましたなぁ……あはは」  本当にこちらの意見などどうでもよさそうにぬいぐるみは笑いながら答える。  灰色の煙が夜の闇に溶けていく。  86,394/86,400  86,395/86,400  86,396/86,400  86,397/86,400 「煙草は身体に悪くないって言うのが、最近やっと分かってきたらしいんですよ」 「それどころか、煙草は身体に良いんです。これは研究機関によって実証されている事なのです」 「どこの研究機関だよ……それ?」 「厚生省ですよ」 「うそだろ……」 「本当ですよ……最新の統計学で分かった事なのですがね……苦いものはだいたい身体に良いんです」 「良薬口に苦しって言うでしょ? まさにあれなんですよ……」 「苦いという事は健康に良いという意味なのです……」 「違うだろ……」 「違いませんよ」 「なら苦みを感じる毒物はどうなんだよ」 「そりゃ、毒物は苦いですよ」 「毒と薬は同義です……使い方次第とその分量で毒は薬にもなるわけです……だから煙草は薬の一種なのです」 「現在、政府与党でも煙草を特定保健用食品にしようという動きが活発です」 「……いやぁ……それにしても煙草はうまいっ」  なんだこいつ……。  放った煙草がゆっくりと床に落ちて、パッと火の粉が舞う。  86,398/86,400  靴のかかとをそっと持ち上げて、  86,399/86,400  00,000/86,400  ぬいぐるみは懐中時計を取り出す。 「あー白線にお下がり下さい……危ないですからぁ……」 「白線?」  フェンスはいつの間にか高さを失い……白線となっていた……。  すぐにでも屋上から空に踏み出す事が出来る……そんな感じだ……。 「ふぅ……もう何でもありだな」 「何でもありなわけないでしょ……ほらほら危ないから白線から下がって……」 「何あれ?」 「えー、次の汽車は特別急行夏の大三角行きです。危ないですから白線におさがりくださいませ」 「汽車?」 「何これ……」 「それを言うのならぬいぐるみが駅長さんなところで突っ込むべきでは? くすくす」 「これって汽車?」 「はい……銀河鉄道ですよ……」 「ドア開きます……」 「さぁ、行きましょう」 「行きましょうって……」  気が付くと屋上はホームの様に何者かに溢れていた。  それが何であるかまったく分からないのだけど……。 「乗らないのですか?」  私の後ろから突然声がする。 さっきまで誰もいなかったのに……。  視線の先には、顔中〈垢〉《あか》まみれでボロボロになった服を着た一人の男が立っていた。 「あ、いや……」 「切符を拝見します」  今度は汽車から出てきたくまのぬいぐるみが私の前に立つ。 「あんたは?」 「車掌に決まってるでしょう……ほら乗るなら切符見せてください……」  車掌に決まっているって……どう見てもいつぞや屋上から私に落ちてきたぬいぐるみにしか見えないけど……。 「はい……」  高島さんはポケットから灰色の小さな切符を取り出す。 「えっと、そちらの方は?」 「あ、いや私……」  乗るも乗らないもこんな面妖な物に搭乗できる様な切符など持っていない。  ポケットの中に何も無いという意思表示でポケットを裏返すと……四つ折りにされたはがきぐらいの大きさの緑色の紙が出てきた。  それを見るとぬいぐるみは切符を私の手から取り去った……。 「……拝見します」  ぬいぐるみ車掌はまっすぐに立ち直って丁寧にそれを開いて見つめる。  その間中……ぬいぐるみ車掌は上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていた……。  何だろう……やっぱり切符では無かったのかな?  横から先ほどのぬいぐるみ駅長も来て、私の緑色の紙を熱心にのぞいた。  なんか怒られたりしないだろうなぁ……。 「ふむ……こんな場所でめずらしいものを持ってますねぇ……x, y, z直交座標系で手に入れたのですか?」  ぬいぐるみの車掌は私に切符を返しながら尋ねてきたけど、そんな事に答えられるわけもない。 「いや……良く分からないけ……」  返された紙を開いてみると、それは一面黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものだった……。 「なんだこれ……」 「ほう……これは大したもんですねぇ……」 「そうなの?」 「知らずにお持ちなのですか? これはほんとうの天上へさえ行ける切符です……」 「いや、天上どころじゃないです……どこまでもどこまでも……この切符を手にする者はこの不完全な幻想第四次の銀河鉄道でどこまででも行ける筈ですよ……」 「いやぁ……たいしたものだ……」 「この駅には五分程度しか停車いたしません……そろそろご乗車になってお待ち下さい」 「この駅?」  この屋上……駅なんだ……。 「この駅って何て言うの?」 「杉ノ宮北校屋上前ですが?」  あ、やっぱりそのまんまなんだ……。  私と高島さんは……小さな黄いろの電燈のならんだ車室に入る……。  車室の中は、青い〈天蚕絨〉《びろうど》を張った腰掛けが、まるでがら〈空〉《あ》きだった……。  私達はそのがら空きの席に座る。  すると先ほど北校のホームでであった男が話しかけてきた。 「それであなたはその切符を使ってどちらへいらっしゃるんですか?」 「あはは……恥ずかしながら……実は行き先とか知らないんですけどね」 「そうですか……でも“なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ”と言うので良いではないですか……」 「この汽車、大阪とか行くの?」 「そりゃもちろん……」 「でも、こんなの乗って大阪行く気にはならないよ……」 「ほら、由岐さんこれが地図ですよ……」 「地図?」  高島さんは円い板のようになった地図を取り出した。 「それ地図なんだ……」 「あれ? あなたはそれをステーションでもらわなかったのですか?」  それはまさに夜空を切り取った様な見事なキラキラと輝く石であった。 「その地図って黒曜石で出来てる?」 「はい、そうですね……この地図は黒曜石で出来ています……」 「ほら、こうやってこの地図を窓にかざすと……」 「あ……」  “まるで〈億万〉《おくまん》の〈蛍烏賊〉《ほたるいか》の火を一ぺんに〈化石〉《かせき》させて、そら中に〈沈〉《しず》めたという〈工合〉《ぐあい》、  またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと〈穫〉《と》れないふりをして、かくしておいた〈金剛石〉《こんごうせき》を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら〈撒〉《ま》いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって……” 「あの河原は月夜でしょう……」  “そっちを見ますと青白く光る銀河の岸に、銀色の空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられて動いて、波を立てているのでした。” 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ」  車窓から顔を出してみればそこには……、  天の川。  “そのきれいな水は、ガラスよりも〈水素〉《すいそ》よりもすきとおって、ときどき〈眼〉《め》の〈加減〉《かげん》か、ちらちらちらちら〈紫〉《むらさき》いろのこまかな〈波〉《なみ》をたてたり、〈虹〉《にじ》のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん〈流〉《なが》れて行き……、  野原にはあっちにもこっちにも、〈燐光〉《りんこう》の〈三角標〉《さんかくひょう》が、うつくしく立っていた。  遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは〈橙〉《だいだい》や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、  〈或〉《ある》いは三角形、或いは〈四辺形〉《しへんけい》、あるいは〈電〉《いなずま》や〈鎖〉《くさり》の形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っている。” 「綺麗ですねぇ……」  目の前の男がつぶやく……少し気になっていた事があった。 「あの、その手の線は、おまじないか何かですか?」 「この手にひかれた線ですか? これは……ご主人が私につけてくださったものなんです」 「たいそう熱心なお方で、よくペンで線をひいてくださいました」 「はあ……」  人の手に、ペンで線ねぇ……おかしなご主人もいたもんだ。 「その線に、何か意味が?」 「ええ。これは……この線のひとつひとつが、ご主人にとって望ましい、私の一部なんです」  そう言って男は〈幾本〉《いくほん》もの線の中からひとつをそっと指先でなぞると、クスリといたずらげに笑ってみせた。  その顔はさきほどの男のもののようで、まるで別人のような顔だった。 「……“私が八十二歳にもなったことは、どっちみち許しがたいことかもしれない。それについての満足は、君が考えるかもしれないほど大きくはない」 「君の言うとおり、私は常に永続性への大きな願いに満たされ、常に死を恐れ、死と戦った」 「死にたいする戦い、生きようとする絶対的な〈頑固〉《がんこ》な意欲こそ、すべての〈卓越〉《たくえつ》した人間が行動して生きてきた原動力だ、と私は信じる」 「しかしやはり結局は死なねばならないということ、それを、ねえ、君、私は八十二歳にもなって、学校の生徒のころ死にでもしたのとおなじように〈簡潔〉《かんけつ》に証明したのだ」 「弁解の役に立つことなら、つけ加えておきたいが、私の性質の中には、子供らしさ、好奇心、遊戯の本能、ひまつぶしを好む気持ちが多かった」 「それで、いつか遊戯にも飽きるものだということを悟るまでには、かなりひまがかかったわけだ”」  何故かその記述を読み上げる、目の前の男を私は知っている様な気がしていた……。 「あなたは、どちらから来られたのですか?」  高島さんは目の前の男に問いかける。 「ええ。私はとある〈聡明〉《そうめい》なご主人に仕えておりましたが、ある時ご主人のもとを離れて〈同属〉《どうぞく》のいる館に身を寄せることになったんです」 「それは、自分だけでなくもっと多くの人に私という存在を知ってもらおうとお考えになられてのことでした」 「館にはたくさんの仲間がいて、毎日たくさんのお客様が来られました」 「私を知って、驚くお方、笑うお方、泣くお方、怒るお方、たくさんのお客様と出会うことができました」 「それは、ご主人が私にくださった、素晴らしい日々でした」 「そうなのですか……あなたのご主人はあなたを大事にされていたのですね」 「ええ、そりゃもう。こうして年老いて火にくべられた後でも、気が付けばここにいることができたんですから」 「恐らくこれが、ご〈縁〉《えん》というものなんでしょうねぇ」 「手に、ふれてもいいでしょうか?」 「ええ、どうぞ」  高島さんは差し出された男の手をそっと握った。 「……“まじめさは時間に関係することなのだ。これだけのことは君に打ちあけておくが、まじめさは時間を尊重しすぎることから生じるのだ」 「私も昔は時間の値打ちを尊重しすぎた。それで百歳になろうと思った。だが、永遠の中には時間は存在しないんだよ。永遠は瞬間にすぎない。一つの冗談に十分なだけの長さだ”」 「あなたには、この線が読めるんですか?」 「この線があるから読めるのです。あなたのご主人が、この線をあなたにひいてくれたから」 「“作家がひと握りの人物で〈戯曲〉《ぎきょく》を作るように、私たちは、自我の分解したたくさんの部分から、たえず新しい〈群像〉《ぐんぞう》を構成します。新しい遊戯と緊張と、永久に新しい環境とを持った群像を”」 「……“この発狂したメガホンは、一見この世で最も〈愚劣〉《ぐれつ》、無用、禁制なことをやり、どこかで演奏された音楽を無選択に愚劣に粗野に、しかもみじめにゆがめて、ふさわしからぬよその場所にたたきこんでいるが、」 「しかもこの音楽の根本精神を破壊することができず、この音楽によってみずからの技術の無力さ、から騒ぎの精神的空虚さを〈暴露〉《ばくろ》するばかりだ”」 「“よく聞きたまえ、君にはその必要があるんだ。さあ、耳を開いて!」 「そうだ。どうだ、ラジオによって暴力を加えられたヘンデルが聞こえるだけじゃない。ヘンデルは、こんな鼻持ちならぬ現れ方をしても、やはり〈神々〉《こうごう》しいのだ」 「――そればかりでない、ねえ君、同時にあらゆる生命のすぐれた〈比喩〉《ひゆ》が聞こえ、見えるのだ。ラジオに耳を傾けると、理念と現象、永遠と時間、〈神性〉《しんせい》と人間性、それらのあいだの原始的な戦いが聞こえ、見える”」 「“君のようなたちの人間には、ラジオや人生に批評を〈加〉《くわ》える資格はまったくない。むしろまずよく聞くことを学びたまえ! 真剣にとるに値することを真剣にとることを学びたまえ! ほかのことは笑いたまえ!”」 「そうか……そういう事か……」  男は私の表情を見てすべてを理解した……。 「私の記憶ではもっと小さかったけどね……ポケットサイズだったし……」 「そうですね……よく喫茶店に〈同行〉《どうこう》させていただいた記憶があります」 「あの〈星々〉《ほしぼし》の中にそびえる十字架を見てください。いつかの〈詩〉《うた》を思い出されはしませんか?」  声に応えて車窓から外をのぞけば、  “見えない天の川のずうっと〈川下〉《かわしも》に青や〈橙〉《だいだい》やもうあらゆる光でちりばめられた十字架がまるで一本の木という風に川の中から立ってかがやきその上には青じろい雲がまるい〈環〉《わ》になって〈后光〉《ごこう》のようにかかっているのでした。”  “われわれはエーテルの、星にくまなく照らされた氷の中に自分を見いだした。  われわれは日も時も知らない、  男でも女でもなく、若くもなく、老人でもない。  君たちの罪と不安、  君たちの殺人と〈好色〉《こうしょく》の〈歓楽〉《かんらく》は、  われわれにとって、めぐる太陽と同様に、見ものだ。  一日一日がこの上なく長い日だ。  君達のおののく命に向かって静かにうなずき、  〈旋回〉《せんかい》する星を静かにのぞきこみ、  われわれは宇宙の冬を吸い込む。  われわれは天の竜と親しんでいる。  われわれの永遠の存在は冷たく、変化せず、  われわれの永遠の笑いは冷たく、星明かりのようだ。”  “汽車の中がまるでざわざわしました。”  “あっちにもこっちにも〈子供〉《こども》が〈瓜〉《うり》に〈飛〉《と》びついたときのようなよろこびの声や何とも〈云〉《い》いようない〈深〉《ふか》いつつましいためいきの音ばかり聞こえました。  そしてだんだん十字架は窓の〈正面〉《しょうめん》になりあの〈苹果〉《りんご》の肉のような青じろい〈環〉《わ》の雲もゆるやかにゆるやかに〈繞〉《めぐ》っているのが見えました。  「ハレルヤハレルヤ。」明るく楽しくみんなの声はひびきみんなはそのそらの遠くからつめたいそらの遠くからすきとおったなんとも云えずさわやかなラッパの声を聞きました。  そしてたくさんのシグナルや〈電燈〉《でんとう》の〈灯〉《ひ》のなかを汽車はだんだんゆるやかになりとうとう十字架のちょうどま〈向〉《むか》いに行ってすっかりとまりました。” 「私はあなたに出会えたことをうれしく思っています……」 「……私たちは〈朗〉《ほが》らかに場所を次から次へと通り抜けるべきである」 「どんな場所にも〈故郷〉《こきょう》のように〈執着〉《しゅうちゃく》してはならない」 「世界精神は私たちを〈縛〉《しば》りせばめようとはしない」 「世界精神は私たちを一段一段と高め、広げようとする」 「私たちがある〈生活圏〉《せいかつけん》に住みついて、そこになじもうとすると、すぐに〈弛緩〉《しかん》が〈脅〉《おびや》かす」 「出発と旅の心構えのある人のみが、〈麻痺〉《まひ》させる慣れから身をもぎ離すことができる」 「あるいは死の時もなお、私たちを新しい場所へと若々しく送ることがあるかもしれない」 「私たちへの生の呼びかけは決して終わるまい……」 「それならよし、心よ、別れを告げよ、そしてすこやかなれ!」 「ありがとう……」  次の瞬間には、もう男の姿はそこになかった。  “汽車の中はもう半分以上も〈空〉《あ》いてしまい〈俄〉《にわ》かにがらんとしてさびしくなり風がいっぱいに〈吹〉《ふ》き〈込〉《こ》みました。  そして見ているとみんなはつつましく〈列〉《れつ》を組んであの十字架の前の天の川のなぎさにひざまずいていました。  そしてその見えない天の川の水をわたってひとりの〈神々〉《こうごう》しい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。  けれどもそのときはもう〈硝子〉《がらす》の〈呼子〉《よぶこ》は鳴らされ汽車はうごき出しと思ううちに〈銀〉《ぎん》いろの〈霧〉《きり》が川下の方からすうっと〈流〉《なが》れて来てもうそっちは何も見えなくなりました。” 「由岐さん」  気が付けば、もう乗客は私たち二人だけになっていた。 「あそこが〈石炭袋〉《せきたんぶくろ》です。空の〈孔〉《あな》です」  彼女が指さした方を見る。  “天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどおんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるのかいくら〈眼〉《め》をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼がしんしんと〈痛〉《いた》むのでした。”  それらすべてが『銀河鉄道の夜』の記述。  そう、私達の物語は物語によって終わる。 「ここでジョバンニとカムパネルラは別れる事になる……」 「ここが彼らの物語の終着点だった……」 「はい……そうですね……」 「ならば、ここから先は、私だけで行かなくちゃいけないって事なんでしょ……」 「はい」 「そうか……そうだったんだよね」  いつから気が付いていたんだろう……。  いや、いつからという事も無かった様な気がする……その瞬間からすべてを理解していた様な気もする……。 「世界そのものの少女って……私の事だったんだね……やっぱり……」 「はい……」 「高島さんが探していた終わりとはじまりの空……」 「それは、この幻想世界の終わりの空、そして現実世界のはじまりの空……」 「高島さんは、この幻想世界と現実世界の境界線を探してたって事だよね……」 「幻想世界と現実世界ですか……それほど明確に別けられるのでしたら良いのですが……」 「ただ、私は……あなたを元の世界に還そうとしていました……」 「巻き込んでしまったあなたを……」 「巻き込んだ……か」  あの夕方のマンションの屋上。  フェンスから飛び出た少女……。  それを私は見ていた……。 「たしかに一瞬、大きな音を聞いたような気はしたんだよね……」 「落ちてくるぬいぐるみが肌にふれる瞬間に……」 「あの日の夕方……あのマンションから落ちてきたのはぬいぐるみじゃないんだよね……」 「はい……それは私自身です」 「高島さん自身が落ちてきた……」 「はい……」 「激突したわけ?」 「はい……そうなります」 「なるほどね……」 「って事はこの銀河鉄道の先って……結構つまらない場所なんだね……」 「つまらない場所?」 「だって、目覚めは病院のベッドって事になるんでしょ?」 「……それは分かりません」 「分からない?」 「はい、分かりません……」 「結構、目覚めるのは天国とかだったりして?」 「いいえ……そんな世界は存在しないと思います……」 「なら地獄とか?」 「そんな世界も存在しません」 「ここから先の世界はあなたが見知った風景……ありふれた風景の世界です」 「とりあえず……どっかに戻るんだ……」 「はい、ベガとアルタイル……そしてデネブの三つの星が輝く空の下に……」 「空の下……」 「お別れです……」 「うん……そうなるんだね……」 「ごめんなさい……」 「もういいよ謝るのは……」 「ならもう一つだけ言わせてください」 「もう一つ?」 「ありがとうございます」 「私に生を与えてくれたのは……あなたでした」 「私はずっとあなたの事を愛してました……」 「まったくご迷惑な話ですが……この世界で再び会えた事に感謝しております……」 「一人で行かなければいけない道の途中で、こんな素晴らしい時間を頂けた事……」 「あなたが幻想世界と呼んだ、この世界での生活は、私にとっては至極の記憶です」 「この夢の世界こそ、私の人生で一番の思い出となりました……」 「書き割りの様なチープで……出来損ないの夢の世界……それでも、そこであなたと過ごせた時間は、間違いなく……」 「素晴らしき日々でした」  世界は白で覆われる。  完全な白。  白しか無い世界。  それこそ、〈唖然〉《あぜん》とするばかりに……、  そんな世界では進む事も退く事も出来ない……。  それでも私は先に進む……。  風景が変わらずとも……それでも私は先を急ぐ……。  高島さんは……、  意地とか、見栄とか、こだわりとか、センスとか、誇りとか、  そういう〈厄介〉《やっかい》なものはおいていってしまったんだろう。  けれど私は、  これからも煙草と屋上とヒラヒラ服を着たいい女でいることだろう。  それが還るべき道であるならば……、  私はふと向日葵の事を思い出していた。  そしてなるほどと思った。  向日葵が供花を連想するか……、  そう言えば言ってたな……あいつ、  向日葵はキク科の植物だから似てるんだって……。  私はこの白い世界を歩いた事がある。  この道を歩くのは二度目なんだ……。  この越えられない白い世界……、  それはまるで向日葵畑の先にあったあの坂道の様に……、 「私が望めば存在するか……」  私は白い世界ですべてを思い出していた。  きっと夢から〈覚〉《さ》めたら、いろんなことを忘れちゃうんだろうな。  だけど、  この白き無限回廊の先を私は目指す。 「世界は器……」 「器を満たすもの……それは」  私は私が得た真理を胸に……白い部屋から出る。  幽霊ごっこは終わりだ……。  00,001/86,400  由岐は〈眼〉《め》をひらきました。 「あ、あのさ……由岐」 「え? な、何?」 「そういえば……この前、キスしちゃったね……」 「え? あ、うん……」  って……何言い出すんだろう……鏡。  なるべく意識しない様にこっちはしてるのに……、  何故か心臓がトクトクしているのを感じる。  なんでだろう……いつも自分の心臓の音なんて気にならないのに……、  鏡と私は見つめ合う……、  先に口を再び開いたのは鏡の方であった。 「あれさ……私当たった時すごくうれしかったんだよねぇ……あはは、なんか私って変態なのかな?」 「鏡が変態か……」 「な、何よ……」  鏡が不服そうな顔をする。  なんかそんな顔されるといじわるをしたくなる。  心臓の音がさらに大きくなる。  鏡の白い肌を暗闇で見続けていると……、 「そうだよね……あの時いきなりキスされたから驚いたよ……女の子のくせに女の子の私にキスして……」 「あ、あれは王様ゲームだったから……」 「だから、いきなりキスしたの?」 「そ、そうよ……」 「ならさ……」 「え?」  私はそのまま鏡の身体を押さえつけ……口元のすぐそばで囁く……。 「今度は私がこのままキスしたら?」 「え?」  ゆっくりと近づく私の唇。  鏡は瞳を閉じる……。 「ぺちゃ……」 「ひゃっ」  私は鏡の唇を舌でなぞった。 単なる冗談。  この前だってキスしたし……単に唇をなぞっただけ……。  あくまでもこの前の延長上の悪戯……、  なんか私のドキドキが、その悪戯の誘惑から逃れる事を妨げてしまった。 「くす……これはキスじゃないよ」  私が笑いながら言う。 次の瞬間―― 「っっ」 「っ!?」  下になっていた鏡が私の顔を両手で掴んでそのままキスしてきた。 「ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」  あまりの勢いで二人の歯がかちかちと音を立ててしまう……それでも鏡はまったく気にする事無く……キスをする。 「あう…ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……はうっ……」  互いの唇が糸を引いて離れる……。  目を潤ませて無言で私を見つめる鏡……。  あの時とまったく同じ瞳……この瞳で見つめられた時から……互いがこうなるのは時間の問題だったんだと思う……。  ドキドキが仕掛けた悪戯は……もっと大きなドキドキになり……もっと大きな悪戯になっていく。  それはまるで転がる雪だるま……。  転がるたびに大きくふくれていく……、  それはまるで私達の心の様に……、  気が付けば、自分から唇を重ねていた。 「ん、……ちゅ……んん……ちゅちゅ……」  鏡のやわらかい舌が、私の口の中へと入ってくる。 「ん……ちゅ……ん……ちゅ……ちゅ……」  私もそれに応えるように、鏡の舌に自分の舌をからめる。  唾液の交換。唇の隙間から零れるぴちゃぴちゃという音が、妙に〈卑猥〉《ひわい》だ。 「っ……はぁ、由岐」 「なに? 鏡」 「由岐のバカ……由岐のバカ、バカ、バカ……」 「人の事、バカバカ言い過ぎだよ……」 「もう……あんたのせいで私……自分の気持ち我慢できなくなったんだからね」 「私のせいなんだ……」 「そうだよ……由岐が、由岐の事が……」 「でもさ……我慢する事なんて無いよ……」 「え?」 「私も同じだから……」 「ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」  ただ見ないようにしていただけ……、  実際はあの時に分かっていた。  あの王様ゲームのキス。  ゲームは現実にとって変わられる。  少しの悪戯の心は……本当の愛の心に変わってしまう……。  私は鏡の太股をなで回す……。 「鏡の肌って……すべすべしてるね……やわらかい」 「あうっ、ゆ、由岐?」 「何? やめてほしいの?」 「あ、いや! やめちゃ……」 「ん? 何?」 「っっ〜〜バカ、バカ、バカっっ」 「あ、あうっ……はうっ」 「安心しなよ……やめたりしないからさ……」  私の手はそのままスカートの中へと移動する。 「はぁ……鏡のここ……あったかいねぇ……この布を一枚挟んだ先に、女の子の部分があるんだ……」 「ぁっ、ひぃんっっ」  鏡の其処は、ものすごく熱く……そして湿っていた。 「……汗、かいてた?」 「っっ、そ、そうよ、今日暑いでしょ! だ、だから私汗かいて……」 「ふーん、鏡の汗はこんな糸引くんだねぇ……」  私は彼女のそこからすくってやった体液を指でのばして見せる……。  彼女を押さえつけてる私の身体に、痙攣の様な震えが伝わる……。 「あ、いや、そんな……ち、違うの……」 「何が違うの? これ汗なの?」 「あの、私、私、あの……あのね……」 「くすくす……ぺちゃ……ちゅ……なんだか鏡の汗ってぬるぬるしてておいしい味がするね……」 「あ、そんな、だ、だめ……そんなの舐めちゃだ、だめだよ……あ、由岐が、由岐がわ、私の、私のぉ……」  ブルブルと身体が震える鏡……私が鏡のを舐めただけで軽くイってしまったのではないかという様な痙攣だった。 「くすくす……なんで鏡は股間からだけそんなに汗かくの? ふとももとかべちょべちょだよ」 「え? あう……っつはぁ!」  私は彼女のものを下着の上から丹念に撫でてあげる。  鏡は両手で口を押さえているけど、そんなもので押さえつける事など出来ずに大きな喘ぎ声をあげる。 「なんで、なんで、由岐いじめるのぉ……そんないじめないでよぉ……」 「何が? だってこれは汗なんでしょ? なら何も鏡が恥ずかしがる事ないじゃないの……ねぇ」 「いや、だめだよ……ゆ、由岐、そんなぁ……あ、ああ……だめ……由岐ぃ……」 「鏡? 何がダメなの? 言ってごらん?」 「もう、それ以上触れられたら……私……私……あっ」  鏡に説明させている間に、彼女の下着をおろす……。  暗闇だけど、スカートもずり上がってしまっている彼女の下半身は完全に露出していた……。 「あ、あう……由岐ぃ……」 「どうしたの?」 「ひっくっっはぁっぁっ」  懸命に口を押さえる鏡……声を殺そうとしている。  その上の口を押さえるたびに、下からは愛液がその勢いで押し出される……。  指を少し動かしただけで、其処の状態は誰にでもわかった……。  指を動かすたびに愛液がぐちゃぐちゃと音を立てる……。 「鏡の汗……すごいね……鏡の汗っておま○こから出るものなの?」 「っっ」 「こんなにして……たしかに鏡は変態なんだね……変態」 「へ、変態……わ、私……」 「女の子に触られてうれしい変態なんでしょ?」 「ち、違う……違うの……私、私……ゆ、由岐だから、由岐に触ってもらえるからうれしい……」 「そうなんだ……私に触ってもらえてうれしいんだ」 「ぁっ、はぁっ、ぁっ、う、うれしい……由岐の指……とっても気持ちぃ……」  鏡は自分から私の指へ大事な部分を押し付けてくる。 「はぁっ、あ、ぁん……あぁ……由岐の指で……私…うれしい…あっ」 「そうなんだ……鏡ははしたない娘だね……」 「はぁ、ん……ごめん……はぁ…はぁ……私、……すごく……はしたない……でもうれしい……こんな事…由岐にしてもらって……」 「くすくす……そう、なんだ……こんな事、私にしてほしかったんだ鏡は……」 「ぅぅ……そんな、いじわる言わないで……」 「だって、そういう顔が……カワイイんだもん」  じゅじゅ……そんな音が似合いそうな熱い湿り気を指先に感じる。  鏡は私になでさすられて濡れている。 「はぁ……はぁ……鏡がカワイイから……ついつい、いじめたくなる……」 「はぅ、ん……そんなこと言われたら……私、私……由岐ぃ」 「くすくす……鏡の変態……」 「でもね……鏡ほら私も……こんなにだよ……自分でも信じられないぐらい……」  私は鏡の手を自分のスカートのなかにいれる……私の太股はすでにお漏らしでもしたかのように濡れていた……。 「私も鏡と同じだよ……変態だ……」 「ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……」 「ちゅ……うくっ……ふぁあっ! 由岐っああっ! あぁっ!」  キスをして離さない鏡……私達は互いの上と下の粘膜でつながっていた……。 「あ、あ、ああ……あうあうあうっっ…だ、ダメダメダメ、ダメかもっっ……もう、あう……ダメそう……」 「っくはぁぁぁあっ! あぁあんあんあああああーー!!」  鏡が波打つ様に痙攣する……その直後……彼女の身体が電流が流れたように緊張した。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ……くっ……はぁっ…はぁっ…はぁっ……っっっっくっ」 「くすくす……気持ちよかった?」 「う、うん……気持ちよかった……」 「で、でも私だけ……」 「鏡……っ……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……」  鏡に長いキスをする……。  そして彼女の服をすべて脱がしていく……。  それまで無かった快感が私達を襲う。  二人の暖かく柔らかく湿った部分……それを互いにすりあわせていた……。 「っっあ、すごい……由岐のと私のが……」 「ん…あっ、くっ……」  ただ互いの性器をなすり付け合うという行為……まったく単純な……行為。  でも互いが一番感じる場所を合わせているという感覚は……幼馴染みの女の子同士でやっている背徳感で大きくなる……。 「だ、だめだよぉ! 由岐! だめぇ……由岐……これ気持ちいいよぉ……すごいっ」 「鏡……こんなにべちょべちょだから……すごいよ……いやらしく……濡れてて…私、鏡の感じたい……もっと……もっと」 「あう、あう、あうっっ……こんな互いの女の子の部分を合わせるなんて……」 「すごいよ……鏡のおま○こ気持ちいいよ……すごい……ああ……私達女の子なのに……女の子がそんな場所を互いになすり付けて……女の子がそんな場所……」 「はぁ…はぁ…でも由岐だってこんな濡らしてるから……私…私どうにかなっちゃいそうだよぉ……」 「鏡のすごい……真っ赤になって良く見えるよ……もう下半身べちょべちょすぎて汗なんだか愛液なんだかわからないよ……」 「いや……そ、そんな事言わないで……うぁああああ……だめだめ……あああ……だめ由岐……本当に気持ちよすぎるよぉ」  私と鏡は深夜の部室で互いのものをなすり付けあう。  二人とも全裸で……。  出来るだけ一番熱い部分を互いに重ねようとする……もっと熱くなっている場所、もっと奥……。  互いが溶けあう様に……二人でこすりつけあう……腰をふり一生懸命に……。  そしてキスをする。  下と上の粘膜を互いに共有する。 「ふぁあ、そんなぁ……由岐が…由岐のが気持ちいいよぉ……由岐の感じるよ……あう、あうっ」 「ん……くぅ……くちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……こんなになって鏡の暖かい……」 「ちゅ…あ、あう……由岐、由岐、由岐……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……由岐の身体、もっと欲しい……欲しいよぉ……」 「う……うわぁ……は、鏡のおま○こ……やわらかい……うわぁ……あう……」 「はぁ……はぁ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…私も私も鏡の欲しい……もっと身体をつなげ合わせて……おま○こなすり付けて……もっともっと」 「うん……もっと体温ほしい……もっと由岐の体温感じていたい……感じてたいよぉ……」 「あう……ちゅ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……もっと重ねよう……身体をもっと……全部、体液の全部……もっともっと……」 「はうっ、うっうう……ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり…はげしいよぉっはぁっはぁっ……由岐由岐由岐ぃ……あう気持ちいいよぉ……」 「私も……激しくて、すごいよぉ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……私…私……」 「い、いやぁああ……ひゃううぅ! も、もうダメ……由岐の気持ちいい……」 「あ、もうダメ……我慢できない……鏡……あうイイっああ…はぁん!はぁっああっああああっ!」 「あ、大丈夫……わ、私も……もう……らめ……らめだからもうもう私も……あ……あう…あうっっ」 「あぅう!すご…ぃ、ああっはぁあああっああっ…イ、イっちゃう…! もうらめぇええ」 「はうぅう、私も……私も……もうイっちゃう!あああっはぁんっんんっ…ああっはぁはぁはぁああああっんぁああー!!」  ほぼ二人同時にイク……。  二人ともその場で崩れ落ちる様に……そして……、  疲れ切った二人は寝てしまった……。  何が起きたんだ?  え? こ、これ? 私押し倒されてる? 「だ、だから言ったんだよ……近づいちゃだめだって……」 「わ、私ってね……思いの外こらえ性がないみたいでね……あの時も、なんかみんなが引くぐらいキスしちゃったでしょ……」 「ゆきもわかってたと思うけど……わ、私さ……ゆきのふとももにべっとりつくぐらい……濡れてて……」 「あれ以来……ゆきの顔まともに見てるとね……こうやってね……」 「っ!?」 「ん…ちゅ……あ……ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っ……ぴちゃ……んっ……んくっ……」  司は私の口の中を貪るように舐めてくる。私もそれに応えるかの様に舌を動かす。  私の舌が彼女の口内をかき混ぜるたびに、身体が大きく震える。  震えるたびに司は悲鳴にも似た小さな声をあげる。 「はぁ、はぁ、はぁ……ゆ、ゆきのバカ、ゆきの方が強いんだから止めなきゃ……でないと私……私……」 「で、でないとどうなるの?」 「私、もう幼馴染みなんかじゃいられなくなるよ……もうあれから、ずっとゆきの唇の事考えてた……ずっとずっとあのキスが忘れられなくて……私もう……」 「そ、そうなんだ……私の唇……そんなに良かったんだ……」  平静をよそおうが……自分でも声が震えているのが分かる……。  心臓の音で自分の声が良く聞き取れないぐらい……、 「うん……はぁ、はぁ、だからもっとキスしたい、もっともっと、ずっとキスし続けてたいの……」  潤む司の瞳……そして柔らかい肌……彼女の唇はとても綺麗で暖かくしっとりと濡れている……。 「わ、私……〈良〉《い》いよ……っっ!?」  言葉も言い終わらないうちに司に口を塞がれる。私の頭を抱きしめて、キスというよりも貪る様に……。 「んっ……んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んん…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ、ご、ごめん……ごめんね……ゆき……私……はぁ、はぁ……変だよね、たぶん変なんだと思う……」 「だって、キスだけで良いと思ってたのに、はぁ、はぁ、はぁ、キスだけ出来れば……それで良いと思ってたのに……」 「はぁ、はぁ、もっとゆきの体温に近づきたいって気持ちが止まらないよぉ」 「んん!?……んんん…あうっあ……」  司はキスでは飽きたらず……私のあらゆる場所を舐める……口の中だけではなく……ほっぺから首筋……まるで犬みたいに私の顔を舐め回す……。 「はぁ、はぁ、ゆき大好……大好き……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……はぁ、はぁ、ゆきを感じたい……ぴちゃり……」  暗闇でも司の顔が上気しているのがわかる……熱いなんてものじゃない……発熱としか言いようがないぐらい身体が火照っていた……。  そのうち、司は私の顔だけじゃなく上着まで舐め出す……そして口でボタンを外していく……。 「ゆき……ゆき……はぁ、はぁ……ゆき……」  口でボタンを外した司は空いた胸元に顔を埋める……。 「ゆきの肌……ゆきのはぁはぁ……ゆき……」  司は私の胸元に顔を埋める……もう汗なのか彼女の唾液なのかわからない……彼女はべちょべちょになりながら私の胸元に顔を埋める。  私は自分のブラのホックを外す……その時、自分の手が恐ろしく震えている事に気が付いた。  すでに私の身体は興奮で、まともに動いてはくれなかった……。  その時はただ頭が真っ白で……司が私を求めてきて……私も彼女を求めていた……。  発熱で頭は完全にショートして……やたら自分の心臓音と激しい息だけが、聞こえていた……。 「あ、ああ、あうっ、いやっ、あ」  司がブラを舌で押しのけて……私の乳首にまで到達する……。  手をつかって落ち着いてやれば良いのに……、 「はぁ、はぁ、はぁ、…ちゅ…ゆきの肌だよ…ゆき柔らかくて…ふわふわで……いい香り……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…はぁ、はぁ……」 「司、司ぁ……あうっっ、そ、そこっっ」  司の手が私のスカートをたくし上げている……その指が私の場所をなぞりはじめる……。 「はぁ、はぁ、はぁ……ゆき……ゆき…ゆき……」  下着の上から触られているとは思えない感覚……あり得ないぐらいの快楽が全身をしびれさせる……。  司は乳房に顔を寄せ、舌でなぞり続ける……。舌の感覚が本当に気持ちいい……彼女の舌は本当に柔らかく、暖かくて……、 「はぁッ…ぁ…ああ……はぁ…ぁぁ…ん…はぁっ…ぁぁ…はぁ…ん…ん…ぁぁ…」 「はぁ、はぁ、ゆきのここ、はぁ、はぁ、あったかい…この布を一枚挟んだ先に…ゆきのが……っっあぁぁ……」  私も彼女のスカートの中へと手を伸ばした。 「うぁ!?」  くちゅり……彼女のそこはすでに下着では吸い取れないほどに濡れていた……。 「くっ……ふぁっ」  彼女の指先が下着の上から私の大事な部分をなぞっていく。 「はぁ、はぁ、はぁ、司……」 「ぁっ、はぁ……う、うれしい……ゆきの指が、指が私のを触ってくれてるよぉ……とっても気持ちぃ……」 「はぁ……ぁん……あぁ……すごい…すごいよぉ…はぁ、はぁ……ゆき、ゆき大好きだよぉ……」  〈衣擦〉《きぬず》れの音に、互いの吐息が混ざる。  私も司の指先から与えられる刺激に、自分から大事な部分をこすり付けていく。 「まるで夢みたい、夢を見ているみたいだよぉ。ゆきと……エッチなこと、してる……なんて」 「司ぁ……はうっ……はぁ、はぁ……」  互いの身体をかき分けて……なかに入っていこうとする……もっと近づきたいもっと感じたい……もっと一緒になりたい……。 「はぁ……はぁ……ゆきが好き……だから、ここをもっといじめたくなる……はぁ、はぁ」  互いに求め合う体温。互いに交わりあう体液……すべてが溶けていってしまう様に……悶える。  二人とももうまともな思考能力なんてなかった。  ただ貪り合うだけ……ただ求め合うだけ……。  とぎれる息……互いに上ずった声で呼び合う名前……体液の音……、 「はぁ、はぁ、はっ、あうっ、だ、だめだめだめ……私、ゆき、私もうだめ、イクっ、イっちゃうっ」 「はっ、ちょっとまって……わ、私もあと少しだから、だから、あうっ……はぁ、はぁ」  絡み合う体液……指先はぐちゃぐちゃになってどこをどう触っているのかさえわからない……。 「はうっ、あ、ダメかも……私も、あ、これかも……あうっ……」  快感の頂に引っかかる……もう数秒も耐えられないだろう……一気に快感が全身を駈け抜けて行く……。 「ァ、ァあああ、んーーーーーーーーーー!!」 「ふぁあぁーーーーーーーーーーーーーん!!」  甘い刺激が下半身からはいあがり、そのままふわりと身体が浮かぶような気がした。 「はぁ、はぁ、はぁ…はぁ……」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…はぁ……はぁ……ゆきぃ……」  どちらが求めるのでも無く……私達はまたキスをはじめる……。 「んっ……んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んん…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」 「ほら、私の指こんなだよ………ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」  司がいやらしく自分の指についた液体を舐める。 「はぁ、はぁ……ゆきの身体にもっとキスしたい……ゆきの体温もっと感じられる場所にキス……」 「はぁ、はぁ……舐めたいの?」 「うん、舐めさせて……ゆきの舐めたいよぉ……」 「変態……」 「私変態だもん……女の子好きな変態だもん……ずっと、ずっと、ゆきの事好きだったんだもん……」 「いいよ……でも私にも司のにキスさせて……」 「え? でも悪いよ……ゆきにやってもらうなんて……」 「私がやりたいって言ってるの……」 「きゃっ……」 「あう、あう、恥ずかしいよぉ……」 「すごい……ぐちゃぐちゃなんてもんじゃないよ……もう下半身水浸し……」 「そんな事ないもん……あうっっ」  私は目の前にある司のぷっくりと〈膨〉《ふく》らんだ割れ目に軽くキスをする。  軽くなのに、司の身体は大きく跳ね上がる……。 「ん……司の味がする」 「はぁ、はぁ……ゆきの……なんだ全然私と変わらないぐらいぐちゃぐちゃに濡れてるじゃない……」 「ゆきのお掃除しなきゃ……」 「はぁ、はぁ…ちゅ…ぴちゃ…はう……ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「くちゅ……んっ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ……ゆきのアソコ、舌でお掃除してもしても終わらないよぉ……後から後から出てくる……どんどん出てくる……」 「あぅ……はぁ……し、しかた、ないでしょ……その……そんなところ司のやわらかい舌で舐められたら……」 「司こそ……ぐちょ、ぐちょだし……もうこんなにして……司……」 「あうっっひっぃ、あ、あうっ……ひっ、あ、ゆきのゆきの舌が……ゆきの舌……あ、すごい舐めてもらってる……私ゆきに舐めてもらってる……はぅ」 「はぁ、はぁ、はぁ……司の……発見……はぁ、はぁ……舐めてあげるから……ちゃんと……」 「はうっ、ひぃやっ、わっ、むいちゃダメっ。あ、あ、あああっだめ凄い、凄すぎる……それダメ……」  快感を告げるように割れ目からは汁が溢れて、私の口の中を満たしていく……。 「はぁ、はぁ、はぁ……わたしばかりじゃ……ゆきも……きもちよくしなきゃ……」  司は私の股間へと手を伸ばし、私と同じようにお豆さんの皮をむいて舐める。 「はうっ、へぁあっ、あんっ、はぅうっ。きもち、いいぃ……ダメ、本当に気持ちいい……それ、司……あうっ」 「はぃ……わたしも……きもち、いいよ……ゆき好きだよ……だからもっときもちよくなって……はうっっ」  お豆さんを指で押しつぶしたり、軽く摘んだりされて、私たちは互いの割れ目をグチャグチャに濡らしてしまう。 「はぁ、はぁ…ちゅ…ぴちゃ…はう……ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「くちゅ……んっ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……はぁ、はぁ、はぁ……」  互いにただ貪り合う様に局部を舐め合う。  全身互いの体液まみれにして……二人は延々と舐め合う……。 「あうっ、はっ、んくっ、はうっ、ちゅ……ふあぁんっ。きもちぃっ、きもちぃよ司っ、司っ、司っっ」  熱に浮かされたみたいに考えることができないまま……ただただ、敏感なところをなめ合いながら、こすり付け合いながら、更なる快感と一体感を味わう。 「はひぃっ、わたしもっ、わたしもきもち、いいっ。とけちゃぅのぉっ、ゆき、ゆきっっ」  とどまることを知らないみたいに溢れ出す分泌液。 「はぁああっだめだめだめっっすごいっすごいよぉっ、もうイクっ、イッちゃうっっ」 「わたしもっイクっ……もうらめ、もうなにか、なにかっすごいのがっきちゃうぅっきてるぅうっ、あぁあぁっっっっあああ!」  熱く勃起したお豆さんに強く吸い付かれた瞬間、凝縮した快楽の芯がはじけ飛んで一直線に身体をはしりぬけていった。 「んぁあぁあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 「あんぁふぁあぁああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っく」  互いに脳にまで酸素が届かずに、朦朧としていた……その時間がどれだけだったかわからないけど……司の異変にはすぐに気が付いた……。 「……はぁ……はぁ……はぁ……や、やっちゃった……私……」 「私、こんな事……、私……私……もう、やっちゃだめなのに……がまんできずに私、私……」 「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ……」  冷静に戻ってパニクりそうになる司を私は抱きしめる……。 「え?」 「バカ……後悔なんてさせないんだから……」 「え? ええ?」 「こんな事させたんだから……司、これからちゃんと責任とってよ……」 「え? ええ? ゆき、それって……」 「ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んくっ……ちゅ……んはっ」 「愛してるよ……司……」 「え? ええ?」  手で口を押さえる司……瞳からはぼろぼろと涙が溢れている……。  本当に上から下から体液を流すのが大好きな娘だ……。 「そんな、私、こんな事したのに、ゆき許してくれるの?」 「許すも何もないでしょ……ほら泣かないの」 「だって、だって、ゆき、ゆきぃ……私、私ぃ……ぅああああああんっっ」 「ったく……もう」  二人は裸で抱き合う……。  司はずっと泣いていた……私はそんな彼女をずっと抱きしめていた……。  …………。 「丁度、次にくる電車ですね」 「特急なんだ。それなら一本で目的地まで着くね」  電光掲示板を見つめていた視線を高島さんに戻す。 「そうですね……」 「時間あったらまた遊びに来てよ」 「はい、あっちで落ち着いたらご連絡します」 「うん、連絡ちょうだいね」 「はい……あそこは遠いですけどね……」 「遠いって……別に同じ空の下なんだからさ……どんな遠いって言ったってさ」 「それ言ったら、世界中のどこだってそうじゃないですか……」 「ったく……由岐は極端なんだから……」 「そうそう、ゆきは極端さんだね」 「今日までありがとうございました……本当に楽しかったです……」 「いえいえこちらこそ、高島さんのおかげでいろいろな事が体験出来ました」 「本当……それは本当にそうね……」 「電車そろそろなの?」 「はい、十分もすれば……あっちの街に向けて……ガタンゴトンって電車が揺れて……窓からボーっと景色を眺めている頃でしょうね」 「ふぅ……なんだか不思議な日々だったよ」 「くす、くす……不思議でしたか?」 「うん、なんか今までと同じなのに、全然違う様な……」 「……」  そこで一瞬だけ高島さんは悲しそうな顔をする。 「あ、あの……由岐…さん……お聞きしても良いですか?」 「え? 何?」 「この世界は幸せですか?」 「何言ってるの……当たり前じゃない」 「私はとても幸せだよ」 「でもそれ言ったら“この世界で”じゃないの?」 「くす……そうですね」 「あ……電車が入ってくる……」 「司さん」 「ん?」 「由岐さんをよろしくお願いしますね……」 「うん、もちろんだよ」 「鏡さん」 「……ど、どうしたの改まって?」 「いいえ、鏡さんも由岐さんの事……よろしくお願いします」 「なんだ、嫌だなぁ……そんな」 「器では無かった世界が満たされた……」 「たぶん、それはふわふわとしたシャボン玉の様な幸せの形……」 「ただシャボン玉の様にふくらんだ、夢幻でありながらも……ちゃんと実在した記憶……」 「え? 何?」 「な、何でもありません……ただ私も――」  私の背後を電車が通過していく。  その音で高島さんの言葉は聞こえなかったのだけど。  唇は“幸せだった”と言った風に感じた。  電車が到着。  私の背後で、ドアが開いた。 「電車着いちゃったね……」 「はい……でも大丈夫ですよ」 「……知ってましたか? つながってるんですよ?」 「この電車、あっちの街まで」 「くすくす、そうだね……」 「だから、また会いにこれる……あなたが私を忘れたら……また……」 「さようなら」  高島さんが笑った。  電車のドアが閉まって、  ガタンとひとつ大きく揺れて、……動き出す電車。  ざくろちゃんの手が……ひら、ひらと振られる。  それは一瞬だった。  とても、永い……永い、瞬間だった。 「なんか寂しそうねぇ……」 「え? 何が?」 「高島さん居なくなって……」 「そう? でもそりゃ寂しいんじゃないの?」 「何よ……なら、行ってあげたらいいんじゃないの? 一緒に?」 「誰が?」 「あんたがよ……」 「何それ? 嫉妬?」 「な、なんでっ」 「だってさぁ……なんか怒ってるしぃ、私の表情〈窺〉《うかが》ってたしぃ……」 「う、うぬぼれないでよ! な、なんで私があんたの事なんかっっ」 「そりゃ、私の事好きだからでしょ?」 「っっ〜〜」 「赤くなった」 「こ、こらからかったわね?」 「からかう? 何言ってるの……」 「えっ?」  私は鏡を抱きしめる。  鏡はこう見えて、すごく軽くて小さな女の子だ。  私の力で簡単に壊れてしまいそうだ……。  高島さんが来て変わった事と言えば……幼馴染みが幼馴染みじゃなくなった事。  私に彼女が出来た事。  女なのに彼女って……どうなの……とか思いつつも、それはそれで良いんじゃないかなぁ……と思ったりもする。  幸せな日々……。  満たされている……。  私はそんな世界を生きている……。 「おっす」 「おっすじゃないよ……」 「遊びに来たよ」 「遊びに来たってねぇ……」 「また、高島さんの手紙読んでたんだ……」 「あ、うん……」 「あはは、おもしろい人だったね」 「そうね……おもしろい人だった……」 「彼女のおかげで私はゆきを手に入れる事出来たしね」 「あははは……」 「チャーンスっ」 「って、すぐ抱きつくっ」  変わらない日常。  変わらない風景。  まるで世界はたんなる入れ物の様に無機質だけど……、  私達の生活は徐々に変わっていく。  良い方向にも悪い方向にも……。  私には彼女が出来た……。  女の子なのに彼女が出来るって言うのもデタラメな話だけど……でも、それがなかなか幸せです。 「重いよぉ……司」 「あははは……」 「ねー、ねーゆき」 「何?」 「キス」 「はいはい……」  幸せな日々……。  満たされている……。  私はそんな世界を生きている……。  金曜日の昼……。  週の終わり、だからこそもっとも忙しい昼。  人々がごった返した駅ビルの屋上……。  街の〈喧噪〉《けんそう》の中に立っている時とは〈打〉《う》って〈変〉《か》わって、ここはとても静かだ……。  こんな時間にこんな場所で過ごしている人間がいたとしたら……、  それは間違いなく、サボりか、ニートか……、私だ。 「ふぅ……」 「やっぱり……いい女には、 たばこと 屋上と ……そして ヒラヒラ服だわね……」  たばこの銘柄はマイナーなもの……誰も吸ってない様なものが好ましい。  金曜の空。  週の終わり――だからといって代わり映えしない。  空の下で、街は当たり前の様に同じ様に動く。  でもそれは、機械式の時計の様な精密さと美しさを持つものではなく……ただ〈雑然〉《ざつぜん》とした繰り返し。  美しさとはほど遠い。  そこに覆い被さる……重く真っ青な空は、 いつでも当たり前の姿を私達に見せてくれる。  月曜の空。  火曜の空。  水曜日の空。  木曜日の空。  そんで、今ここにあるのは金曜日の空。 同じように、覆い被さっている。  当たり前と言えば当たり前……、  でもさ、  もし仮にだよ。  神様つー人がいてだね(人?)  そんでその人が一念発起してさ「ガー」って、世界を一週間で作ったんならさ(そうやって聖書に書いてある!)  私は言いたいね。  おお我が神よ。  各曜日の空の色だって変えたって良かったんじゃないですかっ!  ってね。  それぞれの曜日に意味があるのなら、その程度にはデザイン的な趣向をこらしたって良かった。  ――と私なら思う。  神様には沢山の天使様がいるんだから、一人ぐらいそういう提言をしたって良かったんじゃないかな?  それとも天界って言うのは、どこぞのワンマン社長か将軍様みたいな感じで部下の言う事なんざ聞く耳持たないってか?  もし仮に、空の色で曜日が分かったら、いろいろと便利だし気分的にもなんか楽しい感じがする。  でも実際は……。  空の色は曜日には関係なさそうだ。  火曜日だからといって一日中空が真っ赤になるわけではないし……金曜日だからって空が黄金色に輝くわけでもない。  ちなみに月曜なら白色なんだろうか? あ、なんか月って白いじゃん。水曜日は青だな。なら木曜日は茶色? いや……緑か……。  土曜日が土で……日曜日は?  日曜とか太陽だから空いっぱいにお日様とか……。  それ少し暑すぎじゃね?  金曜の青空。  週の終わりだからといって代わり映えしない。  当たり前だ。  たぶん、神様が一週間で世界を作ったというのは嘘だろうから……な。  そんなヤツはいない。  もし仮に神様がいたとしたら、 そいつは一週間で世界を作る様な勤勉なやつでは絶対ない。  そいつは、いつまで経っても経っても――  「まだ作り途中なんで見せられないよ」  「ちょ、待って、もう少しで出来るからっ」  ――とか言ってダラダラ作業を進めるタイプに違いない。  それか、  作り途中だけどあきて――  「俺が作るべきものはこんなもんじゃない……」  ――とか言ってるヤツだ。  ま、後者なら我ら人間はすでに見捨てられてるわけです。  ひでぇぞ!神!  まぁいいや。  金曜日の空は、青かったり、くもりだったり、夕方だったり、なんかその時でいろいろだ。  曜日と関係なく、いろんな色だ。  ちなみに今現在の私の頭上の空は……青色。  あと、雲があるから白もある。  この空は、いつもと同じ空な気がするけど……でも実際、どこのいつの空と同じなん? と聞かれると困る。  なんか同じ感じ。  それぐらいしか言えない。  でもさ、曜日ごとには変わらんかもしれんが……それでも空の色はそれなりのバリエーションに富んでいるではないですかね……。  少なくともさ。  屋上から眺める街の景色以上にはバリエーションに富んでいる……と思われる。  青空が重く覆い被さる街。 「この身体がガキの頃この屋上から見た景色と今の風景は大して代わり映えしないよなぁ……」 「あそこに団地があって……そこに焼却場の煙突があってさ……そんでそんで……」  あっちの蜃気楼みたいにみえるのが富士山ね。  高台に立つと副都心だって見えるらしいぜ。蜃気楼みたいにさ。 「昭和が描いた明るい未来がここだよ。うん」 「希望をもって語られたんだからさ。うん」 「副都心まで電車一本だしなっ」 「文句なんてねぇス」  文句なんてない。  そんな贅沢が言える世代じゃないのだ、我々は。  だって言ってたよ、エライ人がさ。 「この国は普通を手に入れるために、ずっとがんばって来たんだ! ってね」  ありふれた人生を送れる事を当然と思うなよ!  って意味ね。  いや、その事はありがたいと思います。  でもさ……それでも一つだけ言えるのは――  ここにあるのは……すでに過去の人達が見た未来の姿が朽ち果てた風景。  すでに過ぎ去った未来。  そんなものが、ここから先を、未来を、私達に見せてくれるだろうか?  無理な話だよ……。  だからさ、 贅沢は言わない……。 「あの古くっさい団地倒壊しないかなぁ……」  神様が空をデザイン的に仕上げてくれなかったんだからさ、それぐらいイイんじゃない?  空が変わらないのなら……せめてあの団地だけでも……、  神がやらねば……人がやる……。  そうすれば少しは未来が見える?  まぁ、そんな事もないけどね。  私が、あと10年以上……20年以上とか生きて、30歳とか40歳とかになったら……ここからの風景も変わってるのかもしれない……。  まぁ、昨日、今日とかのレベルでは代わり映えなんてしない。  あそこの団地がいきなり消えたりさ、あそこの煙突がもぎ取れたりとかさ……なんか毎日風景が変わってるとかってさ、言ってしまえば――  それ絶対に人がたくさん死んでる時だな(笑)  戦争とか……震災とか……あとマーズがアタックしてきたり……あとあとアンゴルモアの大王が空から登場したり……。  いわゆる一つの……天変地異というやつですな。  たとえば……。  想像してみて……、  この街に訪れる天変地異ってヤツを……、  すげぇ……天変地異。  空一面に流れ星……地面はバッキバッキに割れて、その間からファイアーが真っ赤に燃えてるの。 「はははは……暗すぎだろ……」  屋上から街を眺めながら……世界の終わりを想像するなんて……。  でも……。  ……。  この格好でこんな年頃の少女だったら……まぁ考えてそうかも……。  世界なんて滅んじゃえばいいのに……とか。とか。  みんな死んじゃえばいいのに……とか。とか。  だから、まぁ……そういった意味じゃ、私も上等じゃないですか……。  良く出来てるよ……。 「ねぇ……」 「え?君は……」 「……へ?」  振り返ると見慣れない顔……。  いや……よく見ると見知った顔だ。  同じ学校の同じクラスの……あれは……たしか斜め前の三列先の男子生徒で……名前を……。 「間宮卓司……」 「なんでこんな所に水上さんがいるの?」 「……」 「なんで君にそんな事言われなきゃいかんのよ」 「あ……いや……そういう意味じゃなくて……」 「私が〈何処〉《どこ》にいようが関係ない……」 「そ、そうだけど……でも……」 「……」 「でも意外だ……」 「え? な、何?」 「私のイメージだと、君は異性に声なんてかけられない様な人間だと思ってた」 「そ、それは……」 「……ごめん前言撤回」 「え?」 「私のイメージだと、人間に声なんてかけられない様な人だと思ってた……性別なんて関係なく……」 「そ、そんな事……」 「……そんな事?」 「……ないとは言わないけど……」 「それにしても……君は良く私に声をかけられた」 「だ、だって……」 「だって?」 「……」 「だんまりですか……あ、そうだ。間宮くん」 「は、はい?」 「NEVER KNOWS BESTとか吸う?」 「あ、いや……煙草は……」 「そう……煙草は吸わないんだ……」 「うん……」 「でも……分かる……分かるぜ……君が私に声をかけたの……」 「へ?」 「私ってさ……いつから〈此処〉《ここ》にいたんだろう……」 「いつから……私だったんだろう……」 「あ、あの……」 「なーんてね」 「は、はぁ」 「……」 「水上さんはいつから〈此処〉《ここ》にいたの?」 「……なら間宮くんはいつから〈其処〉《そこ》にいたの?」 「ぼ、ボクは……ずっと前からいたよ……」 「そう……私も結構前からいたけど、気が付かなかった……」 「ぼ、ボク……存在感ないから……」 「それはあるね……影薄すぎだわ」 「〈此処〉《ここ》から……何を見てたの?」 「別に……空見てた」 「そうなんだ……」 「神様がね」 「へ?」 「いやさ……神様が空の色を曜日ごとになんで変えなかったのかとか……考えてたわけです」 「……というか……曜日ごとに空の色を変える理由って……」 「いいじゃん変わったってさ」 「……」 「うん……ボクはそう思うけど……」 「けど?」 「普通の人は困ると思うよ」 「なんで?」 「毎日が変わりすぎるもの……」 「見える風景が変わりすぎる……でしょ。空の色が毎日変わっちゃったらさ……」 「……いいじゃん」 「水上さんはね」 「君もだろ」 「……」 「うん……」 「毎日の空が違ったら……」 「毎日の風景が違ったら……」 「たぶん……もう少し……」 「もう少し?」 「ううん……」  由岐……俺はたまにこんな事を考えるんだ。  世界の限界って何処なんだろう……。  世界のさ……世界の果てのもっともっと果て……。  そんな場所があったとして……、  もし仮に俺がその場所に立つ事が出来たとして……やっぱり俺は普通通りにその果ての風景を見る事が出来るのかな? なんてさ……。  これが当たり前って考えるって……なんか変だと思うだろ?  だって其処は世界の果てなんだ。  世界の限界なんだぜ。  もしそれを俺は見る事が出来るなら……世界の限界って……俺の限界と同義にならないか?  だって、そこから見える世界は……俺が見ている……俺の世界じゃないか。  世界の限界は……俺の限界という事になるんだよ。  世界は俺が見て触って、そして感じたもの。  だとしたら、世界って何なんだろう。  世界と俺の違いって何だろう……って。  あるのか?  世界と俺に差。  だから言う。  俺と世界に違いなんてない……。  そう俺は確信した。  だからこそ、疑問に思う。  他人も含めた世界って何だ?  世界が俺なら、他の連中は何だ?  それらも世界を持っているのか?  だったらそれは別々の交わらない世界なのか?  それともその世界は交わる事が出来るのか?  すべての世界……すべての魂は……たった一つの世界を見る事が出来るのか?  俺が見た、世界の果ての風景。  世界の限界。  最果ての風景。  その時に、お前も同じ様に世界の果てを見るのだろう。  お前が見た、世界の果ての空。  世界の限界の空。  最果ての空。  俺は、お前と見る事が出来るだろうか?  そこで同じ世界の終わりを……。  違う空の下でありながら……同じ空の下で見るんだ……。  ……俺はたまにこんな事を考えるんだ。  あの、向日葵の先の坂道……。  あれを思い出しながら……。  毎日が続いていく。  なんかこう……イイ感じでこの日常が永遠に続くんじゃないか……と思えるぐらい。  朝起きて、適当に学校いって、適当にだべって、適当にバイトして、適当に遊んで……すべてが適当に進む感じ。  でも常識的には、そんな事なんかあり得ないと知っている。  THE・私の目の前でよだれをたらして寝ている中年のおっさんだって、たぶん私ぐらいの年齢の時があって、  その頃は、毎日が今の私みたいにイイ感じな今が、永久に続いていく様な気がしていたのだと思う。  でも、永遠に続くと思われたイイ感じの毎日も、気がついたら、はい就職デスっ。はい結婚デスっ。はい子供デスっ。はい家を購入しまシタっ。  みたいな感じで加速的に……、  私の知っているイイ感じの毎日から、このおっさんの毎日に変わってたんじゃなかろうか。  でも……おっさんはこう言うかもしれない。 「俺は昔のままだ!」 「気分的にはお前らと変わらんよ……」  気分的にはねぇ……。  いや、いや……おっさん……気分的にはそうかもしれないけど、見てくれは完全におっさんだ。  今のあんたは、昔あっただろう若かりし頃とは違う。  あんたがどう思おうと、時間はちゃっかりしっかりどっぷり進み、どんどん日常は濁った感じになっていくんじゃないだろうか?  私の日常とおっさんの日常はやっぱり違う……。  おっさんの日常は……なんか得体の知れない……私が知らない日常だよ。  それともおっさんは落ち着いた(疲れきった?)感じでこう言うかもしれない。 「俺もそう思ってた事があるよ……大人になるなんて永遠にないと……」 「でもな、気が付いたら、皮が厚くなって(皮下脂肪の事だな)、今まで考えもしなかった場所から毛が生えてて(指の第一関節とかな)、にもかかわらず大事な場所の毛が薄くなって(頭だ)……」 「気がついた時には……」 「周りの人間だれもが、自分の事を子供としては見てくれなくなった……」 「気が付いたら大人どころか……そんな扱いを通り越してこんな感じだったわけよ……」 「……まぁ、いわゆる一つのおっさんってヤツだな……」  ああ、完全なおっさんだ……。  私の知ってる日常じゃなくて……完全におっさんの日常だ……。 「ははははは……」 「こう見えても、若い頃はディスコでブイブイ言わしてたんだけどな……」  そっすか……。 「どうだい? 俺と踊らないか?」 「踊らないス……」 「へ?」  おっさんと目が合う。  おっさん……顔のわりにつぶらな瞳だった。  そんなおっさんに私は恋をし――  ――ないのであった。当たり前だが。  今日は杉ノ宮駅前のタワレコファン(CD屋)でお気に入りのバンドの新譜を買いに来た。  やっぱりこういう黒い服着てるからには、もうバリバリのV系でっ……なんて事もなく。  イギリスの有名なバンドの新譜を購入しにきた。  このバンドは別に黒くもないし……ゴスロリでもない。  そういえば……イギリスにはゴシック・ロックというのがあるが、これも黒くない。  ゴシックといえば黒いと思うのは早計の極み。  私は外は黒いが、流れる血は白い。  あ−。  言ってて……意味分からん。  まぁそんな事はどうでもいいんだ。  私はイギリスのロックバンドのCDを買った。やったぁ。  三年ぶりの新譜なのだ。 「おー」  しまった……道ばたで声出してしまった。  いかんいかん……。 「あ……あなたは……」 「お?」  なんか、すげぇ見てる。  いくら道ばたで、少し声を出してガッツポーズしたからといって……見るか……普通。 「ん? あれ……たしか……」  隣のクラスの……高島ざくろさんだっけ? 「高島……ざくろさんでしたっけ?」 「はい、こんにちは」 「あ、どうも……」 「今日はなぜこんな場所に?」 「あ、いや……別にこれといって理由はないんですけど……あれっすかねぇ……買い物してその後、意味もなく歩いてた系みたいな……」 「というか……この沿線に住んでたら、手っ取り早く買い物するなら杉ノ宮じゃない? 遠出するなら新宿まで出る事もあるけど……」 「そうですか……良かったです」 「良かったですか?」 「はい、あなたに会えて良かったです」 「はぁ……そ、そんなもんでしょうか……」 「はい、これも導きかも……」 「導き?」  何の? 「えっと……高島さんとあまり言葉を交わした記憶もないけど……」 「え?」 「え? あるっけ?」 「あ、いや……そうですね……そうかも……でも、私はあなたの事を良く知ってましたよ」 「そ、そうなん?」  なぜ? また私はいらない事して……知らない人に恨まれてるとか……。 「なんか私、またしでかしましたか?」 「なぜですか?」 「いや、だって私本人が記憶に薄い人間が、私の事を良く覚えてるなんて……そういうのってだいたい怨恨の線じゃない?」 「私があなたに恨み? くすくす……ないですよ」 「そうですか……そりゃ良かった」 「私はあなたに悪い印象なんて持ってません」 「そりゃ……良かった」 「それどころか……」 「それどころか?」 「……」 「あ……友愛内閣……」 「へ?」 「へ?」 「?!」   「……んっ」  な、何?  何ごとが?? 「なっ……」 「力……わけておきます……あなたには……」 「力? な、なにそれ?」  と、というか……キスされたよ……。  あんまり知らない、隣のクラスの女子に……。 「これからすごい事が起きますからね……」 「す、すごい事??」  ちょっ。  キスだけじゃあきたらず、さらに私にすごい事をする気なんか?  すげぇ事って……。 「貝合わせとかっすか?」 「貝合わせ?」 「あははは……なんでもないです。そんで高島さんが言うところのすごい事って……何?」 「うん……あのですね」 「空はいっぱいいっぱい」 「空が何でいっぱいいっぱいなの?」 「不安な言葉」 「……」 「空いっぱいの不安な言葉……」 「えっと? 不安とかじゃなくて……不安な言葉ですか?」  なんか“空いっぱいの不安”とかでも少しアレな表現だけど……さらに“空いっぱいの不安な言葉”って……。 「なんかかっこいい表現すね」 「くす、くす、別に比喩ではないのだけど……」  マジで言ってるわけですか……。 まぁ、それはスルーして……。 「んで、それがどったの?」 「それを受け入れつつあるから……」  なんか……この人の言葉には主語が全然ないから、全然分からんなぁ……。 「誰が受け入れたん?」 「世界が……」  ……。  私は、私なりに考える。  彼女の服。  この服装のジャンル……知ってる。  えっと……。 「ワンジュク系!」 「?」  いや……それは私も同じだ……。  もっと核心に迫るならば……。  知ってる……。  この暗黒のメタファーに彩られた感覚を……。 「〈V〉《ぶい》系だ!」 「な、なにが?」 「う゛ぃじゅある系だ!」 「はぁ……言い直さなくても……分かりますけど……」 「あ、いやね。そういうのを好きなんかなぁーって」  本当は、邪気眼とか厨二病とか末期少女病とか言いたいところではあるけど……そりゃ怒られそうだ。 「……」 「不安な言葉……そしてそれを受け入れた世界……」 「それが何と同じか分かる?」 「……えっと、分かりかねます」 「これから死ぬ人間の心……」 「だから……世界は」 「終わる……」 「……」 「えー」  私の中で大いなる整理がおこなわれる。  すごいこと→貝合わせ   × すごいこと→世界が終わる ○    理解した。 瞬間的に私は理解した。 「はぁ?」 「信じられないと思うけどね……でも守るから……」 「ざくろちゃん!」 「この人は……」  なんか、高島さんと変会話をしていたら、高島さんの後ろから変な女子が登場。  いきなり私を見る目つきが怖いわけです……。  なんか怒ってるみたいです。  なぜ怒る? 「部外者に何をしているの……」 「ごめん……でもこの人は大丈夫……」  大丈夫ですか――って何が? 「あまり感心しない……」 「うん……分かってる」 「もう少し自覚を持ってほしいわ……ざくろちゃん」 「うん……」  といいますか……。  この人達は何ですか?  やっぱり……貝合わせ関係の集まりの方々?  だからいきなり私に接吻を?  私は彼女の事をあまり知らないのに……高島さんが私を知っていたのは、私の貝を狙っていたから?  そしてそしてそしてだ。こいつらは高島さんの貝合わせ友達で、私みたいな部外者(ノンケの事な)にちょっかいを出した事に怒っているのか?  だとしたら……。  私の貝が大ピンチじゃん。 「あはははは、そんなこんなで私はこのあたりで……」   「ねぇっ」 「はいっ」   「世界は私が守るから……」 「……」 「はい?」 「失敗しないはずだから……ちゃんと出来るから」 「ざくろ!」 「うん……」  ……。  何? 今の発言?  整理してみる。  という事はこうか?  ① 高島ざくろはレズである。 ② そして彼女達はその女体プレイ仲間である。 ③ だからこそ、世界の平和を守っている。  こうか?  これで……正解かしら? 「あれだな……マイノリティな方々だからな……世界平和とか大きな事に興味があるんだろう……」  ……。  そうか?  まぁ〈良〉《い》いよそんな答えで……あんまり関わりたくないし……。 「ゆきっ」 「へ?」 「あ、若槻姉妹の……妹……司?」 「ゆき、どうしたのこんな場所で? バイト?」 「いや……違う」 「何言ってるの……由岐、今日はバイトの日でしょ……」 「あ、あなたは……」 「誰?」 「誰じゃないでしょっ! なんで司は覚えて私を覚えてないとかあるのよっ」 「あるんじゃない……というか、私の事覚えてて当然ですわっ! みたいなのどうなん?」 「はぁ……幼馴染みの双子の下だけ覚えてて上覚えてないとかありえないって言ってるのよっ」 「うん……幼稚園からずっと一緒だからねぇ……ゆきとは……」 「そうですか……もうそんなになりますか……」 「それでゆき、バイトは?」 「残念ながら、バイトは一身上の都合で休業です」 「一身上の都合で休業なんてないよ……」 「ああ……司、もういいから、これ以上話すとバカがうつるから……」 「あはははは……そんな事ないよ」 「いや……それもあるかもしれない……」 「司のバカさがうつる……」 「痛いっ」 「司の事を悪く言うと殴るわよ……」 「お、お姉ちゃん」 「もう殴ってるし……」 「そんで若槻姉妹は何をやってるの?」 「私達は部活の帰りよ。あなたとは違うの」 「何が違うんですか……同じ人間じゃないですか」 「誰があんたなんか人間と認めるか……」 「なら神?」 「はぁ……司、もう帰るわよ……」 「あ……」 「鏡は相変わらず……ツンツンしてるねぇ」 「名前分かってるのに……」 「いやさ……私ってツンデレだからさ……」 「あのね……ゆき、人に意地悪する口実がツンデレとは言わないんだよ」 「そっか……」 「お姉ちゃんにとってゆきはずっと目標だったから……」 「……」 「だから、もう少しゆきもお姉ちゃんに優しくしてあげるといいと思う」 「うーん」 「司が私に優しくしてくれるなら考えるかなぁ−」 「ちょ、ゆ、ゆき……」 「ほら、ほら、司の胸ってこんなにやわらかいしー」 「だ、だめっ……あっあんっ」 「ちょ、し、下はだめっ。じょ、冗談にならないってばっっ」 「痛い……」 「あ、アホか……貴様……」 「はははは……いやね」 「司に悪戯すると鏡が戻ってくるかなぁ……と思って」 「なっ、なによそれっ」 「なんでしょうねー」 「ま、また私をからかおうとっ」 「そうかもしれませんねー」 「本当はみんなで一緒に帰るためだよね」 「へ?」 「そうだよねっゆきっ」 「は、はぁ……」 「みんなで帰る?」 「そうだよ。せっかく家がお隣同士だし、昔はよく学校に一緒に行ってたじゃない」 「む、昔でしょ……」 「うん、でも今だっていいじゃない」 「……まぁいいわ……最近、あんまり由岐と話してないし……」 「うん、みんなで帰ろうよ」 「は、はぁ……」  帰るって……別にまだ家に帰るつもりとか無かったんだけど……。 「さぁ、帰ろうっ」  電車に揺られて……さっき来た道を引き返す。  昼すぎに起きた私が悪いわけだけど……、  つーてもまぁいいのか……。  もともとの目的はタワレコファンにCDを買いにいくだけ……他にこれといった用事とか無かったから、ここで家に引き返しちゃいけない理由はないね。  帰って問題なし。  それにしても……休日は早いな……早すぎる。  平日とかすげぇ長いのにねぇ。  休日は電光石火で進んでいく。  日が傾きだす。  日ごとに空の色は変わらないけど、それでも時間ごとには空はその色を変えていく。  空は青から徐々に黄色がかっていき……建物を紫に染めていく。  夕焼けは綺麗だ。  けど、なんだかいつもこの風景を見る頃には体のあっちこっちが疲弊している様に感じる。  だから気分的には夕焼けはいつでもピリピリとする感じ。  いや……それは太陽の光がダイレクトに目に入ってくるから、本当にピリピリするだけかもしれない。  なんか夕焼けは綺麗だけど……目にやさしくない。  車窓からは、綺麗だけど目に優しくない風景が右から左、右から左と流れていく。  どんどん流れていく。  そして流れていくたびに、その風景は紫の色合いを強めていく……。 「そういえば……さっきゆきって誰かと話してなかった?」 「あ……うん……まぁね」 「なんか、隣のクラスの高島さんっていたじゃない? いきなり私に話しかけてきたんだわ」 「高島さん? 由岐って高島さんと面識あったの?」 「あはははは、そんなわけないじゃん。私は若槻姉妹みたいに社交的じゃないもの」 「何言ってる……表面上うまく取り繕う様な社交性は私達より遙かに上でしょうが……」  あらら……まだ怒ってるよ。 「でも……高島さんとなるべく仲良くしてもらえるとうれしいな……」 「それってどういう事?」 「うん……なんかね」 「あの高島ざくろって娘ね。隣のクラスでいじめられてるみたいなのよ……」 「へぇ……」 「なんか一時期はいじめも無くなったって話だけど……最近またいじめが始まっているみたいで……」 「由岐なら、彼女みたいな人にも優しくしてくれるかなぁ……って」 「そうか……もちろん必要以上に避けたりはないんだけど……でも、私から積極的にっていうのはないかなぁ……」 「ゆきも高島さんは苦手なの?」 「私は人間全般が苦手だよ。人嫌いは……昔からだし」 「でも私達とはこうやって話してくれる……」 「そりゃ……昔から……それこそ子供の時代から一緒じゃない……あんた達とは……」 「うん……ゆきは私達のお兄ちゃんだった……」 「それいつ聞いてもひどいなぁ……」 「だって、昔はゆきって髪の毛短かったし、ズボンしかはかないし……なんといってもケンカで誰にも負けた事なかったし……」 「それは……ただ動きやすかっただけで……」 「言葉使いだって男の子そのものだったじゃない……」 「それは……なんて言うかなぁ……」 「だいたい女の子が、習い事で武道なんてやらないし……少なくとも私達があなたがある日突然スカートをはいてきた時まで、男だと思ってた……」 「うん……いつも私達を守ってくれる王子様が実はお姫様なんて……少し複雑な心境だった」 「そんな事言われましても……まさかそんな風に思われてたなんてずっと知らなかったから……」 「あなたが知らなくても……私達にとってあなたは王子様だった……ケンカだけじゃなくて……スポーツも勉強も万能で……」 「まったく今のあなたを見るかぎり、その時の私の気持ちを返してほしいぐらいだわ」 「私の気持ち? 何それ?」 「っっ」 「な、なんでもないわよっっ。えっと……男だと思ったからいろいろと気を遣ったという事よ!」 「そんな気を遣われていた様な気はしないんだけどなぁ……」 「そ、そんなの知らないわよ。私は私なりに気を遣ったのよ! そ、そのぐらい察しなさいよ!」 「は、はぁ……」  高島ざくろ……。  私は良く知らないけど……いつも孤独っぽい感じがする人だったかな?  たしかに、いろいろな人に良く無視をされる姿を見た思い出がある。  ああいうのをイジメというのかもしれないねぇ。  なんかなぁ……。  なんかいろいろ考えると……。  眠いや……。  ……。 「ほらっ、由岐降りるわよっ」 「ほら」 「え?」 「また寝ぼけて、ほらっ」 「あ、うん……」 「ふぅ……そのまま駅通過するところだったわよ……」 「あ、なんか気が付いたら寝てた……」 「良くもまぁ……手すりにぶら下がりながら寝れるわねぇ……」 「寝るの得意!」 「ふぅ……何を得意げに……」 「最近疲れてるのか……知らない間に寝てるんだよねぇ……こうスーって意識が無くなって……時間が飛んでる感じ?」 「はぁ……あんたほど、時は金なりって言葉と無縁な人間もめずらしいわね……」 「なんか知らない間にすっかり日も暮れてるしねぇ」 「あはははは……そんな事よりもそろそろ夏休みだね」 「そうか……期末試験終わったんだから夏休みか」 「夏休みの予定は?」 「寝るだけでしょ……」 「そんな事もないよ。いろいろとやることは多い」 「なら何するのよ」 「起きたり、朝食頂いたり、歯磨いたり、顔を洗ったり、お茶飲んだり……夏休みはもうそれこそやることだらけ!」 「その後よ。起きてご飯食べて歯磨いて顔洗って、そんで?」 「どうしよう……もう一度寝ようかしら」 「ふぅ……本当にそんなのなのね」 「鏡は?」 「私は夏期講習よ……さすがにいつまでも部活に顔出せないもの」 「そんなもんですかねぇ……」 「あんたこそ、少しは勉強しているの?」 「少しも」 「ふぅ……昔は才女と言われてたのに……」 「二十歳すぎればただの人というじゃない」 「ならまたがんばりなさいよ」 「善処します」 「くすくす……」 「何がおかしいのかな?」 「いやね……なんかさ、なんかこうやってみんなで歩くの久しぶりだなぁって……」 「そう?」 「うん……あの頃は私もお姉ちゃんもゆきが男の子だと思ってたんだよね」   「その話はもういいでしょ!」 「髪の毛短かったし、ズボンだったし、あと貧乳でしたからねぇ」 「当たり前でしょ。小学生から巨乳なわけないでしょ」 「あの頃って、ゆきってすごくケンカ強くて……お姉ちゃんと私を守ってくれた」 「暴力だけが取り柄でした」 「勉強だって出来たわ……クラスどころか、学年でも……たぶん学区内だって一番だった」 「だからさ……子供の時少し頭がいいだけの子って多いからさ……」 「……あんたがサボっただけじゃない……」 「お姉ちゃん……」 「どんな理由があるにしても……」 「……そうだね……」 「でもいいじゃん。それは本人が困る事だしさ。私がダメになったって……別に鏡が怒る事じゃないよ……」 「当たり前じゃないっ。わ、私が……怒る事なんて……何もない……」 「た、ただ、あんたみたいにダラダラ生きてるのは見てて不愉快だわ」 「そんな殺生な……世の中にはいろいろな人間がいて当たり前でね、それにいちいち不愉快だって反応されてもさ……」 「いろいろな人の事なんて言ってないわよ。あんたが不愉快なだけよ……」 「お、お姉ちゃん……」 「あっ……そ、そうだ!」 「明日も一緒にみんなで学校行こうよっ」 「ぶっ……なんでそこで“そうだ!”になるの?」 「うん? だってこうやって久しぶりにみんな一緒なんだからさ」 「そこから……なぜ明日一緒に学校に行く事になる?」 「それにゆきって、最近学校サボりがちでしょ」 「って聞いてないし……そんなサボってないよ」 「サボってるよ」 「あれはね。ちゃんと遅刻と休む日数を計算して、授業落とさない様に休んでいるのだよ」 「あれって、遅刻三回で休み一回なんだっけ?」 「そうそう、さらに言うと四分の一休むと試験内容に関わらず、その授業の単位は落とす事になるわけよ」 「そうなんだ」 「でもね。実は四分の一以下の休みの場合は、試験に影響は与えないわけなんだなぁ」 「へーそうなんだ」 「って……何、こいつの言うことに感心してるのよ」 「あ、あはははは、いや、そうなんだぁ。と感心しちゃって」 「ふぅ……、そんな話を細かく知ってるのはだいたい授業落としてダブる危険がある人間だけなんだからさ……」 「そんなでもないよ」 「うるさい、とりあえず何が何でも休もうとするなっっ」 「んじゃ、ゆきっ」 「うん」 「明日は一緒に行こうね」 「でも、たぶん私は寝てるが」 「起こしに行くよ」 「そうね……覚悟しなさいよ……」 「……質問なんだけど、なんで起こしに来るだけなのに、覚悟とか必要になるのかな?」 「そりゃ……もうねぇ……ふふふふ」 「あははははは……来んなっ」 「そんなの冗談だよ。ねっお姉ちゃん」 「そうねぇ……冗談なんじゃないかしらねぇ……くすくす」 「なんでそんな含み笑いする……」 「さて、さて……今日は……」  今日買ってきたCDを袋から取り出す。  今日はロックのCDを買ってきた。  ロックだぜ。  つーても……こいつは大昔、大英帝国で大流行(?)したブリットポップ・ムーヴメントをば代表したバンド。  ならロックじゃなくて……ポップスなのか?  ロックとポップって……どう違うんだ?  なんて少し高尚な疑問(?)を持ちながら私はCDをプレイヤーの中に入れる。  しめしめ……。 「……」 「あれ?」 「なんだ? このCD?」  CDから流れてきたのは……ロックでもブリットポップでもなさそうな……言ってみれば……。 「アニメソングだっ」 「お?」  私はCDを確認する。  そこには……。  これは……声優? 「お?」  なんでこんなもん買ってるんだ私? 「人気声優……ファーストアルバム……」  店員が他の人間の袋と間違ったとかか!  いや……実は電車の中で他の人間のものと間違えたとかかかかっ! 「……いや……もしかして……」 「鏡の嫌がらせとか……ゆるせんっっ」  即刻抗議の電話を鏡にかけたのだけど……すげぇ倍返しで怒られた……。  どうやら……鏡は関係なかった様だった。  私のロックCD……。 「……」 「  さん……」  誰……。  この声……。  これって……。  そうか……  は……。 「……」 「ゆきっ!」   「……」 「ゆきっ、起きなきゃだめだよ……」 「……」 「いつまでも寝ていると遅刻しちゃうよ」 「……」 「朝なんだから! 起きなきゃだめだよぉ……ゆきってば!!!」 「……」 「起きようよ……」 「ふむぅ……」 「ふむぅ、じゃないってば……。また、遅刻しちゃうよ……」 「すぴ〜」 「またいびきかいてる……、仕方ないなぁ」 「どきなさい……」 「のぉ?」  ドスッ!   「にょのぉ?!」 「起きたら?」 「きゃうぅう! 痛っっ。折れる折れる背骨がぁ……」 「ゆき、早く起きないと怪我しちゃうよぉ!!」 「にぁああああああ! 怪我すると思うなら! やめさせてくださぃぃぃ!!」 「だめよ……やめたら、また寝ちゃうでしょ。昔からあなたの行動は進化ないものっ」 「寝ない! もう寝ない〈所存〉《しょぞん》! 頼みますから!! フトンの上で正座しないでぇ!」 「だめよ! 口でいくら言っても、ちゃんと起きないと信じられないからねっ」 「あんたバカかっ!」 「なんですって! 起こしにきてあげたのに逆ギレ? こっちがキレるわよ!」 「にぁあああ、ち、違っ、違っ。いや、やめっ。背中ぐりぐりすると……にぁあああああ」 「あの……お姉ちゃん……」 「司は黙ってなさいっ! このバカが起きるまでやるんだからっっ」 「あのね……お姉ちゃん……背中に乗ってたら起きられないと思うよ……ゆき」 「あ……、そうか……そういう説もあるか……」 「説じゃない! だれがどう見ても事実っっ」 「うるさいわねぇ……だ、だいたいそんな重くないでしょ……」 「重いわっ」 「そんなでもないわよっ」 「あははは……もういいから降りてあげようよ…お姉ちゃん……」 「私は、死ぬかと思いました……」 「あははは…ごめんね、痛かったよね……」 「いいのよ。ゆきは大げさなんだから」 「重量級」   「すぐ殴るっ」 「あ、あなたが失礼な事言うからよ」 「でも、まぁ、ゆきは理由つけてすぐ寝るから、仕方がないところもあるよ」 「仕方がない……わけがあるか! 起こすたびに背中に乗られたのでは命がいくらあっても足りんわっ」 「あははは……でもさ、ゆきがちゃんと起きれば命は一つで十分だよ、いくつあっても足りない事なんて事はないんだよ」 「といいますか……、起きない場合は命は一つじゃ足りないのでしょうか?」 「そうなるのかな?」 「ふぅ…若槻姉妹はアホ組織ですか……」 「あははは……そんな大がかりな組織じゃないよ。二人だし」 「ふん……遅刻ばかりして、単位足りなくなって卒業出来なくなればいいんじゃないの」 「そんな事言って、お姉ちゃんが一番ゆきの事気にしているのに」 「そ、そんな事っ」 「あ……、もうこんな時間……。早く起きないと遅刻しちゃうよ……」 「はいー分かったー。とりあえず朝はチ○コが立ってるから、部屋の外に出て行ってください」 「な、なによっ……ゆ、由岐は女の子でしょ」 「女の子だって心にチン○ぐらい持っているわ!」 「心なら見えないから大丈夫じゃないかな」 「それ以前に、心のモノなら、制御しておけよ……という話だと思う」 「とりあえずゆきの言葉を信じて私達は外で待ってるからね。でもちゃんと着替えなきゃだめだよ……」 「ふぅ……、朝から背中に乗ってくるとは非常識なヤツだ……鏡は……」 「昔はもっと、やさしい少女だったのに……どうしてあんな破天荒な行動に出るようなおばさんになってしまったのでしょうか……」 「何がおばさんよっ」   「お? 聞こえてる」 「当たり前でしょっ」 「といいますか、鏡さん……ドア越しに耳当てて聞いていませんか?」 「だ、だって、隙あらば由岐は、すぐ寝ちゃうでしょ!」 「小学校の時……一度、由岐が起きるって言うのを信じて、外で待ってたら、昼間まで待たされたんだから……」 「それは、そこまで待っている鏡にも問題があると思うけどなぁ……」 「あ、あなたが信じろというから信じたんでしょっ」   「だからって、4時間以上も普通、待たないと思うけど……」 「えへへへ……でも、待ってる途中でお姉ちゃんは寝ちゃったから……」 「……ならお互い良かったのではないでしょうか?」 「そんなわけないでしょっ」   「あ、あなたがそんなんだから……わたしはあなたにやさしくなんかしないって……決めたんだから……」 「さてと……、シャワーシャワー……」 「だから、そんな時間ないでしょ!」 「えー、時間があるかないかとか関係ないよー、シャワー浴びないことには始まりませんがなー」 「関係あるわよ!! 遅刻したら私達が起こしに来た意味ないでしょ」 「そんな事ないっ。参加にこそ意味はあるっ」 「こんなもん参加して何の意味があるのっっ」 「えー……健全なる精神は健全なる肉体に宿るって言うじゃん」 「アホかっ。なんであんたを起こしに来ると健全な体になるのよ!」 「そう思う事が大事なのっっ」 「うるさいっっ行くわよっっ」  鏡は強く手を引く。 「わー……とりあえずパンツをはかせてぇぇ……」 「な! ゆ、由岐、下半身丸出しなのっ?!」 「だからシャワーをあびる気まんまんでして……」 「はぁ……」  鏡は力なくため息をつく。 「分かりました……。由岐の望み通りシャワー浴びても良いでしょう……」 「さすが鏡は話が分かりますねぇ。まるで昔のやさしい鏡にもどったみたいっ」 「さぁ、司行くわよ……このバカ置いておいて」 「えー、ひどいっ」 「だったらさっさとシャワー浴びろっ」 「はぁ、はぁ……、せっかくシャワー浴びたのが台無しだよ……汗だらけだ……」 「はぁ、はぁ……ゆ、ゆき……、もう少しゆっくり走ってもらえるとうれしいかな……お姉ちゃんも大変そうだし」 「はぁ、はぁ、こ、このぐらい平気よ……」 「鏡はそう言ってるわけですが」 「お姉ちゃんのはやせ我慢なんだよ……はぁ」 「そうか……やせ我慢でついてきますか……さすがは鏡ですなぁ。実は結構私は本気で走ってるのに」 「はぁ、はぁ、も、もしかして私達を置いてきぼりにするつもりだったのかな?」 「ははは、そんな事はありませんっ。ただ鏡が倒れたら、鏡の看病もかねて喫茶店かどこかで休もうかなと思ってただけだった」 「そ、そんな事したら、せっかく走ったのが台無しになっちゃうでしょ!」 「だが、それがいい」 「いいわけないでしょ!」 「うん〜、ゆきはそんなに学校が嫌いかな?」 「大嫌い! かなっ」 「ふぅ…あんなに昔は成績良かったのに……」 「今では真ん中少し下を爆走中ですっ」 「真ん中少し下って……それのどこが爆走になるのよ……」 「いやね……気分だけは大爆走な感じなんでね……」 「あはははは、 でもね……、私でも少し腹が立つんだよ」 「お? 突然何が?」 「だって勝ち逃げみたいじゃん」 「勝ち逃げ? 誰が? お?」 「だって、子供の時はゆきってすごく頭良くて、私達は良く比べられてさんざん肩身が狭い思いをしてきたのに……今じゃ全然ゆきはやる気無し……まるで勝ち逃げだよ」 「うーん。でも今は私の方がバカなんだからいいじゃん」 「そうでもないよ……私達はゆきの肩身が狭くなるほど成績も良くないし……それにどうせゆきは進路決定時期になると、また成績が良くなるもん……」 「はぁ、はぁ、そうね……なんやかんやいって私達と同じ学校受かってるし」 「いやぁ、あれはたまたまでね……今は本当に授業についていくのですらやっとだから、次の進路とかではそのまぐれも続かないってばさ」 「はぁ、はぁ……前もそんな事言ってた……進学はそんな簡単じゃないって……でも簡単に受かってた」 「それはたまたまでね……世の中そんな簡単な事ばかりじゃないって」 「そういうのが〈嫌味〉《いやみ》だって言うのよ……はぁ、はぁ」 「だから、はぁ、はぁ、今回の夏休みはすごく勉強してやる。じゃないとすぐにあんたに追いつかれちゃうから……」 「追いつかれないぐらい勉強して……今度こそあんたをバカにしてやるんだから……」 「買いかぶりすぎだよ……鏡……」 「そういえば、そろそろ夏休みだけど、ゆきは学校が大っ嫌いだから休みになるとやっぱりうれしいのかな?」 「いやぁ、別にうっとおしい授業は全部サボるから、休みになろうがなかろうが実は私には関係ないんだけどねぇ」 「……ゆきはどれだけ自由人なんだか……」 「自由ってすばらしいっ」 「ど、どうでもいいけど……走りながらしゃべるの……少しやめない……」 「お? さすがに弱音ですか?」 「ち、違うわよっっ」 「はぁはぁ、やっとついたね……危うく遅刻するところだったよ」 「はぁはぁはぁ……あぶない、あぶなかったわ……」 「はぁ、はぁ……」 「由岐、遅い」 「はぁ……はぁ……なんで私の手には若槻姉妹の〈鞄〉《かばん》があるんでしょうか?」 「じゃんけんに負けたからでしょうが……」 「じゃんけんで負けた人間が荷物を持つと言い出したのはゆきだったよ」 「だって、鏡が、走るのつらいつらいって言ってたから……新ルールを導入しようかと思って……あれだよ。はぁ、はぁ、新ルールはいつだって敗者復活ののろしなんだよ」 「誰も敗者じゃないわよ」 「でも、そんな大変だったお姉ちゃんが負けたらどうしたのかな?」 「うん、その時は鏡だけが遅刻だね」 「その場合は、〈鞄〉《かばん》がないから遅刻しなくても私達だってまずいんじゃないかなぁ?」 「なら全員遅刻でいいんじゃないかな」 「全然だめじゃない!」  キーンコーン カーンコーン。 「あれ……」 「どしたのお姉ちゃん……」 「あ、いやね……」 「ん?」 「?」  さっきまで、楽しそうに会話をしていた鏡が、学校の校門に立った瞬間に立ち止まる。  なぜか鏡は校舎を鋭い目つきで見つめている。  どうしたもんだろうか……。  ただでなくても無駄に鋭い目つきの鏡……こんな目つきで校舎を見つめていたら……さらに恐ろしげに見える……。 「どうした鏡? なんで校舎にメンチなんぞきってるの?」 「はぁ? なんで私が朝っぱらから校舎にそんな事しなきゃいけないのよ」 「してたもん……なんかすげぇ目つきだった……すげぇヤンキー瞳」 「そ、そんなすごい目つきじゃないよ……たぶん……」 「それで? なんか気になるの?」 「あ、な、なんでもない……」 「……」 「?」  気が付くと、司までも同じように校舎を見つめている。  二人して校舎を……。  当たり前だけど、こんな事はあまりない。  なんで、通い慣れた学校を今更真剣に眺める必要があるというのだろうか……。  意味が分からんのでした。 「なんだよー。双子で不気味な連中だなぁ。どうした司まで?」 「あ、なんでもないよ」 「なんでもないって、顔でもないんですが……」 「司……」 「うん、お姉ちゃん……なんだろ、なんか変な感じ……」 「うん……」 「変な感じ?」  もう一度、校舎を見つめる。  築年数十年といった感じの建物。  これと言って物珍しいデザインでもない。  それと、昨日から何か変わった事などない……。  実は、同じに見えて、ロボットに変形する様にでもなった……とかなら分かるんだけど……。  いや……それはそれでまったく意味が分からん。 「別に変わった感じなんかしないけど……」 「うん……そうなんだけど……」 「あ……急ご…もうチャイムが鳴る時間」 「あ、本当だ……」 「……」  いつもの風景……何も変わらない。  ただ、夏の日差しが……真っ青な空が……なぜか少しだけ不気味に感じられた。  それだけ……。 「どうしたんだろ……なんか学校中ざわついてるよお姉ちゃん……」 「うん……何かあったのかな……」 「ふう……何を立ち止まっているのかな? 遅刻したいのですか?二人とも」 「あ、ごめ……」 「あ、ま、待って……」  ザワザワ……。  ザワザワザワザワ……。  ザワザワ……ザワザワ。  ザワザワ……ザワザワ。  ザワザワザワザワザワザワ。  ザワ。  教室のドアを開ける。  いつもと同じ教室。 いつもの同じ顔ぶれ……。  にもかかわらず違っていた。  教室はやたらざわついていた。 「やっぱり3組の……らしいよ」 「なんか聞いたんだけど、他の学校のヤツと一緒にだったみたいだよ」 「マジで? マジでそんな事あるの?」 「超こえぇ」 「んで、それって誰?」 「知らない? いるじゃん……あのさ……すげぇ目立たねぇ」 「なんか髪がすげぇ長くて黒い女」 「黒い?」 「お菊人形みたいなヤツだよ……」 「3組と合同授業になるとさ、いるじゃん、長い髪でおかっぱの……」 「無駄に巨乳の呪怨みたいな雰囲気の……」 「そう、そう、呪怨みたいな感じの少しやばそうな……無駄に巨乳のあれだよ」 「いつも一人でいた……」 「ああ、いた、いた……」 「でもさ……、3組の城山くんに続いてじゃない……なんか怖いよね……」 「でも、あれは事故じゃない…」 「でもさ、あれってばついこないだじゃん。怖いよね。こんな短期間にこんな事ばかり起こるなんてさぁ……」 「……」 「あの……お姉ちゃん……」 「うん……」 「あ、お、おはよう……あ、あのさ……」 「あ、君って……」 「ふぅ……何で名前覚えてくれないかなぁ……岩田美羽だよ」 「そうだった……」  様な気がする……。 「あ……今日も可愛い二人連れてるんだね」 「可愛い二人?」  そう言うと彼女は鏡と司を見つめる。  何でそんな言い方なんだろう……たしか美羽って鏡と司の友達だったと思うけど……。 「それより……この状況って何があったの?」 「ま、まぁね……なんかねぇ……」 「何か?」 「ねーね。隣のクラスに高島っていたじゃない」 「高島さん?」 「昨日、ゆきが話してたって言う……高島さんかな?」 「……高島さんがどうしたの?」  高島……隣のクラスの……。 そして昨日杉ノ宮で出会った少女……。 「高島が自殺したんだよ」 「っ?」 「そ、そんな」 「自殺?」  自殺……あの人が? 「えっとさ……高島さんって……隣のクラスの高島ざくろさん……」 「そうそう、少し暗い感じのする娘いたじゃない、おかっぱの黒髪の……」 「あの娘、昨日の夕方、駅近くのマンションの屋上から飛び降りたらしいよ……」 「12階のマンションから飛び降りたから、すごかったみたいだよ……」 「他の学校の生徒二人と……」  昨日の夕方って……あそこで会ってから数時間後……、  他の学校の生徒二人って……たぶん……、  ……高島さんと一緒にいたあの二人が……。  って事は? 高島さん達はあそこに自殺するために集まっていたという事……。  冷たい汗が流れる……。 気が付くと手の平が痛くなっていた。  緊張で強く握っていた様だ……。  ゆっくりと開くと手の中はじっとりとしていた……。  なるほど……。  ……動揺しているんだ……私。  思いの外……動揺するんだ……こういう事って……。 「……っ」  まず整理だ……。  動揺した心を落ち着かせる方法はいくつかある。  その中に、自身を客観的に観察する事により、精神を落ち着かせる方法がある。  私が好むやり方だ……。  まず……、  彼女とはそれほど面識がない。  そんな彼女に私は会ってしまった。 自殺直前、自殺を覚悟していた彼女に――  その部分で得体のしれない不安に襲われるのも充分頷ける……。  普通の娘、それだけでも重度の不安に陥るだろう。  けど、その程度で私がこんな動揺なんてするか?  もちろん答えはNOだ。  それは不安の第一条件にすぎない。  それよりも大きな原因がある。  接吻をされた……。  これから屋上から飛び降りようとする女子に、 私は接吻をされた……。  あまり面識の無いと思われた少女……彼女に私は接吻をされている。  これは私を動揺させる決定的な原因となる……。  さらに不安は、それ以前にかわされた意味不明な言葉の数……。  彼女の口から出されたある意味、不明、そして考え方によってはいくらでも解釈可能な意味深な言葉の数……。 「力……わけておきます……あなたには……」 「これからすごい事が起きますからね……」 「空いっぱいの不安な言葉……」  それら観念的、曖昧模糊とした不可思議な言葉。  そしてさらに―― 「私があなたに恨み? くすくす……ないですよ」 「私はあなたに悪い印象なんて持ってません」 「それどころか……」  ――私個人の印象を語った言葉。  そしてその後、彼女がとった行動は――  ――自殺。 「……冷静に……」 「あんまり深くは考えずに……」  そう……、  自殺する前の人間の行動……そういったものの意味を深く考えるのは危険……いらぬ憶測をしてしまう……。  たしかにいくつかの言葉は謎めいていたし、私を恐怖させるには充分なものであるだろう。  だがそれらは、自殺前の情緒不安定な女子の言葉。  その言葉を正面から受け止める方がおかしい。  状況を整理。  彼女は自殺直前という事もあり情緒不安定だった。  そこにたまたまあらわれたのが、隣のクラスの女子。 つまり私だ。  不安で一杯であった彼女は、その最後に誰か知っている人間と言葉を交わしたかった。  彼女の言葉を良く整理するなら“私はあなたに悪い印象なんて持ってません”は重要だ。  彼女はいじめられていたらしい、ならばこう考えられる。  いじめに関与していない人間=良い人。  単にいじめに関与してないという消極的な理由ながらも、それでも確実に彼女の中では“良い人”である私。  死の直前、感情の揺れ幅が激しい彼女が、意味不明な事を語り、私に接吻までしたとしても、それほど道理からはずれたものでは無い……。  たしかに、まるで日常の風景の様に……笑いながら私と会話した彼女が、その後自殺したのはショッキングではあるけれども……。 「水上さんとか優しいからよく高島さんに話しかけてたよね」 「へ?」  そんな記憶なんて無いけど……、  まぁ、私の事だからあまり考えずにいろいろな人と話した相手の一人に、彼女が含まれていたとかなのだろう……。  どうやら他の連中は“いじめられている人”というだけで関わるのを避ける習性があるみたいだから……、  そうなると、二三回声をかけた私でも「仲が良い」と見えるのだろう……。  あくまでも相対的に言ってだけど……、 「私とかよく知らないんだけど……」 「だけどショックだよね……」 「だって、城山くんに続いてじゃん……これって連続って事でしょ? だいたい高島さんって」 「で、でもその話……まだ噂だよね……」 「噂? 違うよ……だってみんな話しているもん。有名なんでしょ? 高島さんのネットでの一連の騒動……」 「人の生死をそんな軽々しく話すべきじゃないよ……だいたいネットの騒動とかだって噂でしょ?」 「私はその場にいたよ……」 「だ、だからってね!」 「ふう……だからね美羽が言ってるのは、人の死に関わる問題をそんなはしゃいで言うなって事なんじゃないの? なんでそんなに楽しそうなの?」 「わ、私達ははしゃいでなんかっ」 「ひどい水上さんっ、楽しそうになんて、私……」 「だって……、隣のクラスの人が自殺したんだよ。私ただショックで……なのに……なのに……」 「なんでそんな事言うかなぁ……」 「ショックですか……ふーん」 「ま、待って、うん……そ、そろそろ先生も来るから」 「私にはやたら目がうれしそうに笑っていた様に見えたけどな……」 「そんな……、そんな……、ひどいよ……」 「あ……、な、泣かないで……あの……」 「図星を言われてばつが悪いので泣いてるのかしら?」 「由岐っっ」 「……鏡」  驚いた事に……なぜか鏡に私がにらまれている。  ふぅ……鏡らしい反応といえば鏡らしいな……。 「そんな事を言ってはだめよ……彼女達に謝って、ちゃんと謝って……」 「うん……だめだよ……ゆき、そういうの……」 「あ、うん……ごめん……どうも口が悪いから……」 「言いすぎた……ごめんっ……なんか、私も少し感情が〈昂〉《たか》ぶってたのかも……」 「あ、うん……」 「こっちこそ……そうだよね、水上さんは高島さんと仲良かったもんね……」 「あはは……」  だから別に仲良くないって!  なんて心で悪態をつきながら、私は笑いながら席につく。  笑顔は円滑な人間関係の必需品。これでこれ以上彼女と会話をしなくてすむ……。 「ふぅ……」  席に着き、となりの鏡と司を見る。  二人も相当動揺している様にみえる。 「はい、はい、皆さん座ってください!!」  ざわついた空気が担任教師の登場によって瞬時に打ち消される。  もちろん、それは教師の威光などというものではない。  ただ、そのざわつきの原因である疑問に対する解答を、その教師が持っている……そうみんなが思っているから。  ざわついた空気の原因……。  噂の解答。 つまり……。  本当に高島ざくろが死んだのか?  どういった理由でその命を終えたか……、  まぁ、そういったもろもろの疑問の答え……。  教師が教壇に立つ。  教室にあるすべての視線が其処に集まる。 「ここ近年にないぐらいの静けさだね……」  いつも、これぐらいの集中力で授業がおこなわれたら、クラスの成績が相当あがるだろうねぇ……。  まったく……、  まるで祭りの前みたいだ……。  みんなどんだけ楽しそうな目なんだか……、 「皆さんおはようございます」  誰も声を出さない。  挨拶すらもどかしい感じ、  それを察しているかの様に教師はすぐに本題に入る。 「知っている人もいるかもしれませんが……昨日、隣のクラスの高島ざくろさんがお亡くなりになりました」 「本当に残念な事ですが……」  担任は少し涙目になっている。  それに合わせて、なぜか教室中が騒がしくなる。  教師は彼女の死因にはふれない。  だけどそれが噂の信憑性を高める。  噂通りに高島さんの死が自殺であったとして、そんな事をあえて学校側から公表はしないだろう。  だいたい、自殺と事故など第三者からでは判断しづらい。  あくまでも警察、そして親族や関係者だけが真実を知っている事実。  ならばそんな事を公言などしたくないだろう。学校側としては出来る限り“事故”として処理したいであろう。  自殺などと広まってしまったら、その原因追及に多くの人の興味が向くであろう。  自殺の原因。  つまり……イジメの有無。  だけど……はたして黙る事は学校として正しい判断となるのだろうか……。  少なくとも、この学校ではつい最近にも生徒の転落事故死を経験している……。  これは単なる事故であったみたいだけど……立て続けの生徒の死となれば噂の一つにはなるだろう。  ネットで書き込みするヤツもいるかもしれない……。  そうすれば、万年ネタ不足で悩んでいるマスコミが興味をしめしかねない。  事実を隠蔽しようとすれば、逆に事態を悪化させる事にならないだろうか……。  最近のネット社会の普及で……隠蔽はいらぬ憶測をよぶ事を若い連中は知っている。  ザワザワ……。  ザワザワザワザワ……。  ザワザワ……。  たいしたもの……たぶん今までの静けさはこのためにあったんだと思う……。  クラスのざわつきは、教師が教室に入ってくる前とは比べモノにならない。  後ろを向いて話す者。  泣き出す者。  叫ぶ者。  もうお祭り騒ぎ……。  そんな中で私と言えば……“人は涙目になると〈概〉《がい》してブサイクになるのだな”……と少し感心していた。  そんな事を感心してもしかたがないけど……、 なんかこの状況だと、そんな感想しかもれなかった。 「みなさん静かにしてください」 「聞いてくださいっっ」  ザワザワ……。  ザワザワザワザワ……。  ザワザワ……ザワザワザワザワ。  ザワザワ……ザワザワ。  ザワザワ……。  懸命に場を静めようとする教師。  まったく聞かない生徒達……。  ついこの間も同じ様な光景を見た。  興味が無い人間でも、死ねばこれほど盛り上がれるんだ。  すごいもんだ……。  空が青い。  天気が良いからだろう。  天気が良いと、なぜか空は青くなる。 「なんでだろうねぇ……なんで天気が良いと空が青いんだかねぇ」 「そうそう天の〈蒼蒼〉《そうそう》たるは〈其〉《そ》れ〈正色〉《せいしょく》なるか?」 「〈其〉《そ》れ遠くして〈至極〉《しごく》する所なければか」 「なんてね……」  祖父が古武道の道場をしていた関係なんだろうか……祖父に古典を良く聞かされた。  なんの本に書いてたか忘れたが……意味はたしか……、  大空の青々とした色はいったい本当の色なのであろうか。  それとも遠くへだたっていて限りがないからそう見えるのであろう。  という様な意味であった様な気がするな。  大昔の人間にも、この青空はそんな風に見えたのだろうか……、そんな風に自分には思えて良く覚えていた。  たしかに、私も子供時分に、空の青さについて思った事がある。  青いのはなぜだっ。  それねぇ……宇宙が黒い。  黒い宇宙と太陽の白色黄色がまざって青になるっっ。  でも実際、絵の具で黒と白と黄色を混ぜると……これが青とは似ても似つかない色になる。  つまり謎だった。  なんて事なく――  単にレイリー散乱(簡単に言えば光の中の青が空に沢山とけ込んでるから青に見えるんだとさ)によって青く見えるだけなんだけどね……。  その程度の知識はある――  あってもこの空の色は……なんだか私には説明がつかない……。  私は一時限目が終了次第、屋上にいた。  サボってみた。  というといつもの事なのだけど、  今日は、教室の居心地があまりに良くなかったので脱出してきた。  私はいわゆるKY……空気が読めない子なので、だからあの場の空気にあわせる事は出来ない。  故にその場からいなくなった。ある意味で空気が読めるKYな子なのだ。  ……。  どっちだよ……ってね。  この屋上は私のお気に入りで、  うまい具合に影になっている場所があって、真夏でも気持ちいい風が吹き涼しい。 「さてと……何をしようかなぁ……」  何をするとか無いんだけどな……。  音楽を聴くか……本を読むか……。  二つの選択の中から本を読むことを選んだ私は、本を取り出す。  題名は……。  『空飛ぶ二十面相』  二十面相が空を飛ぶなんて素晴らしすぎる……。  私はそのままごろりと寝転がる。 「わぁあああああ!!!!!!!! って音無彩名さんっっ」 「おもしろい?」 「って……いきなり人の上に立つの禁止っ」 「私はここにずっと立ってた……」 「ずっと? マジですか?」  本当に……そ、そうだったのかな?  私は祖父に武道を仕込まれた関係で、人の気配とか察知するのはかなりのものだと自負していたんだけどなぁ。  つまり……この女子に簡単に後ろをとられていたという事か? 「彩名さん……あなたは武術経験者ですな?」 「おもしろいのその本?」  無視かいな。 「ほ、本?」 「ああ……これか……」 「おもしろいの?」 「まだ読み始めだから分からんですよ……」 「ふーん」  音無彩名さんはそのまま私を見下ろしている。  この人このままの姿勢でいる気だろうか……。 「あのさ……そのままの姿勢の気ですか?」 「うん……そのままの姿勢でいるつもり……」 「パンツが見えるぞー」 「そうでもない……」 「あのですなぁ、今見えてなくても、こんな位置じゃすぐに見えるですぞ」 「別に問題ないと思う……だってあなたは女の子という事になっているんでしょう?」 「“女の子という事になっているんでしょう”とは、失礼な女だなぁ……私はバリバリの少女だぜ」 「どのあたりがバリバリなの?」 「さぁ?」  しかし、この人はいつでも校内をうろうろしているけど、授業に出ないで問題ないのかねぇ……。 「あなたは授業いつも出てないな……」 「……そうでもない」 「そうでもなくはないでしょ……」 「ならあなたは?」 「……私はいいんだよ……」 「なら、同じでいい」 「そうですか……」 「……」  彩名さんは、なんか私が授業をさぼっている時によくここで会う。  もちろんサボり友達……などではない。  私は誰ともつるまずにサボる人だ。  そしてこの人も誰ともつるまずにサボる変な人だ。  似てるけど違う。 「読み終わった……」 「児童文学だからねぇ……一〈時限〉《じげん》分の時間すらかせげなかったぜ……」 「それより彩名さん……そんな中腰でずっと私を眺めてて疲れないのかね?」 「頭に血がのぼる」 「そりゃ、それだけ頭を下げてれば頭に血だってのぼるでしょう」 「うん……でも私も本の内容が気になったから」 「逆さから読んでも分かりづらいでしょ……」 「そうでもない」 「そうですか……まったく……」  そう言うと、私は新しい本を取り出す。  と言っても、それほど多くの本を持ってきているわけではない。  あんまりこういう堅い本は性に合わないのだけど……。 「ジュンスイリセイヒハン」 「うん、なんか題名が格好いいよね。批判って言葉って格好いいよねー」 「別に……」  このまま上からのぞき込まれていると気になって仕方がない。  児童文学なんて読んでいたから、この人が寄ってきているのなら、私ですら読むのが苦痛な本ならば、この娘はどこかに退散するんではないだろうか?  純粋理性批判なんざ……本当は私自身あまり読みたい本でもないんだけどねぇ……。 「エロ本……興味ある……」 「……はぁ?」 「女性器が書いた哲学書……エロい」 「あ、あの……なに言ってるのですか? お嬢さん」 「なーんつーてな……くすくす」  音無さんは楽しそうに笑う。  たぶん……無表情で口が曲がってるだけにも見えるけど……。  まぁ、それはそれとして……。 「あのですなぁ彩名さん……昔の偉人をそんな風に言ってちゃダメダメだぞ……」 「くすくす……だってこの本、カタカナでカントって書いてある」 「……あ、あの……彩名さんはどっかのセクハラおっさんですか?」 「彩名はセクハラおっさんです……」 「簡単に認めるなよ……」  なるほどね……たしかにカントって英語で女性器の俗称だったなぁ。  英米では、たしかに女性器の俗称と差別化を図るためにキャントと言ったりすると聞いた事がある様なない様な……というか……なんでそんな事知ってるんだか……この不思議少女は……。 「……」 「質問です。彩名さん的にはキャント……とか言えばいいのですか? その場合は?」 「くすくす……」 「出来ない……とか面白すぎ……」 「今は年々男性の童貞率が上がっていってる……この作者もそのたぐい……くすくす」 「……」 「あのさ、カントは昔の人だから昨今の童貞事情は関係ありませんよ……といいますか……何それ?」 「can’t」 「……」 「さ、さぶっっ」 「出来ない本……女性器、出来ない本……くすくす……」 「あのねぇお嬢ちゃん……そんな事言ってるとダメダメだぞ。普通に無理があるしギャグとしてね……だいたい」 「……そう……」 「……なんでそこで残念そうな顔をする……残念な事なんてないだろぅ」 「そんな事ない……残念……残念すぎる結果……」 「なんで?」 「だって、君が『女性器、出来ない本』を1人屋上で読んでるなんて……あまりに可哀想でおかしすぎ……」 「……彩名さん………」 「?」 「今のは結構おもしろい……」 「そう?」  などと二人でトホホな会話をする……。  私はそのまま本を読み始める。  難しい本でとまどったが……なんだか気分的に、こういう世の中と関係なさそうな抽象的な本が読みたかった。  とりあえず……今日はそんな日だったんだと思う……。 「ふぅ……やっと昼飯の時間か……」 「今度は読み終わらなかった……」 「ああ……そうですねぇ……でもいいんですよ」 「なぜ?」 「読み終わっても、終わらなくても、こんな難しい本なんか良く意味が分からないから、どっちでもいい感じなのね」 「そうなんだ……」 「うん……まぁ、ただなんとなく時間をここでつぶしたかっただけだからねぇ……」 「ふーん」 「それと彩名さんがウザイから難しい本無理して読んでただけだし」 「そうなんだ……」  そうなんだ……。  それで終わり?  この人……強いなぁ……。 「それで? なんで彩名さんはこんな時間まで授業をサボっているんですか?」 「なぜでしょうか? 答えは30秒後に……」 「……」 「………」 「…………」 「屋上にいたら、いつの間にか授業が終わってました」 「そんなわけないだろ……」 「そんな事もあるのでした……」 「ふぅ……彩名さんは友達とか全然いなさそうだなぁ……」 「友達?」 「そうだよ、友達だよ……」 「いるよ……」 「そうなん?」 「友達ならいる」 「彩名さんに友達とかいるのか? あまりあんたが誰かといるのを見たこととかないけどなぁ……」 「……」  彩名さんはゆっくり指をさした。  その先は……、  私の顔だった。 「……」 「……」 「人を指さすな……失礼なやつだな」 「くす、くす、照れた」 「……」 「なんでそう思えるんだよぉ……」 「そう思えたから」 「まぁ、いいやそれは置いておいたとしてだね……ただ、私の記憶だと友達というほど話した事はないと思うけど?」 「……そうかもしれない」 「そうですか……」 「うん……でもそんな感じ」 「そんな感じねぇ……」 「うん」 「……」 「さぁーて、そろそろ帰るかなぁ? 授業も終わったしぃ……」 「終わる……」  彩名さんがそっと空を見上げる。  その姿になぜかぞっとした……。  彩名さんが見つめる先は、まるで虚空に空いた穴の様に思えた……。  空が遠く、遠く、  あまりに遠くにあるから、  これほど不気味なのであろうか……。  いつでもそこにあるハズの……空を見つめて、私はぞっとする。  こんなものがずっと自分の頭の上に覆い被さっていたのだから……。  そうそう天の〈蒼蒼〉《そうそう》たるは〈其〉《そ》れ〈正色〉《せいしょく》なるか……、  〈其〉《そ》れ遠くして〈至極〉《しごく》する所なければか。  無為自然を説いた古代の賢者の言葉……。  その言葉がまた思い出された。 「……」 「終わるから……だから…帰る」 「なんだそりゃ?」 「?」 「いや、私が聞いたんだからそんな疑問があるような顔されても困るのですが……」 「しかし、あなたが“終わるから……だから…帰る”とか言うとなんか、意味もなく凄みがあって怖いよ……」 「そう?……カッコイイ?」 「いや……別にカッコ良くはないと思う。だいたい褒めたわけじゃないから……」 「そう」 「……そんな残念そうな顔もしないでください……」 「……善処する……」 「……残念な顔をしないようにする事を善処するわけですか……」 「そう……がんばる方向……」 「くすくす……彩名さんはおもしろいなぁ……」  私は、彩名さんの頭をつかむようになでようとした。  それを彩名さんは、さも迷惑そうに、頭を避けた……。  本当におかしなヤツだ……。 「あ、由岐っっ」 「ああ、鏡か……」 「また授業サボってました……」 「はい、それで間違いないと思います」 「もう、卒業できなくなっても知らないんだからね」 「大丈夫です。それは計算してサボってっますからっ」 「そんな計算ないわよ……ばかじゃないの……」 「……」  ふぅ……鏡は、いつも通りに振る舞っているつもりなんだろうけど……やっぱり元気がないみたい。  たぶん、高島さんの事でこの娘まで不安になっているのだろうけど……。  そういえば、今日は普通に部活とかあるのかな? 「それで鏡達は今日は部活あるのかな?」 「何よ? なんでよ」 「ん? 鏡に興味があるからだよぉ」 「え? え? 私に? あ、……うん。剣道部は今日もあるけど……って何よその興味って!」   「動物の観察みたいな感じで……鏡の生態に興味があるかなぁ……って」 「な、 なんですってぇええ」  本当にスルー技術が無い生き物だなぁ……鏡は……。 「剣道部という事は……あれだね。鏡と司、二人とも部活出るわけですな?」 「うん……私も同じ部活ですからね……」 「そうか、そうですか……ならば私はどうしたらいいですかね?」 「はぁ? 知らないわよ」 「司は?」 「え? わ、分からないけど……」 「そうですか……ならその答えが二人から出るまで待ってます」 「へっ?」 「それって?」 「だから、どうするか決められないので、待っていると言ったのだ」 「でもそれじゃゆき暇じゃない?」 「そんな心配しなくてもゆきはいつでも暇なんだよ」 「そんな事自慢するなっ」 「それとも鏡は嫌ですか?」 「な、何がよ」 「うーん? 私が若槻姉妹が帰るまで待ってるのがだよ」 「そ、そんなの知らないわよっ」 「知らないじゃなくてさー」 「私はうれしいよ。ゆきと帰れるんだからっ」 「うん、司は素直で良い子」 「うにゃん。って頭をなでなでするなぁー。私はそんな子供じゃないやい」 「鏡が嫌なら帰るけど?」 「い、嫌じゃないっ……って別にあんたの事なんか嫌でもなんでもないわよ。そんな興味すらないの!」 「そうですかぁ」 「でも、その間、ゆきが暇じゃないの?」 「ううん。私はこう見えてもやることが結構あるんだよ」 「ダラダラしたりでしょ……どうせ」 「一生懸命、ダラダラしてやりますともっ」 「そんな凄まれても……」 「バーカ」 「そんなこんなで時間を潰してるよ。私は」 「うん」 「あ、それと由岐」 「ん?」 「ありがとっ」 「お?」 「あははは……素直じゃないなぁお姉ちゃんは……」 「それじゃ部活が終わったらね」 「うん……後で体育館で会う感じでいいかな?」 「うん! お姉ちゃんにも伝えておくよ」  鏡は少し元気を取り戻し、体育館に走っていった。  あんな言葉でも、二人を元気づけられれば幸いです……。 「それで司達は今日は部活あるのかな?」 「ありますよ−。剣道部は今日もあります」 「剣道部という事は……あれですな。鏡と司、二人とも部活出るわけだ」 「当たり前じゃない……私は部長よ。司が出て私が出ないわけがないじゃない」 「そうですか……ならば私はこんな事を考えてます」 「何を?」 「若槻姉妹の部活が終わるまで二人を待ってようかなぁ……ってね」 「な、なんで?」 「今日のお礼かしらね。まぁ、昔みたいに少しは王子様らしいところみせないと」 「って……あんた女でしょ」 「ん? 鏡にとって王子様は男じゃなきゃダメ?」 「え?」 「べ、別に……そういうのは……って 何聞いてるのよ!」 「別にぃ」 「勉強は出来ないけど、いまだにそんじょそこらの男よりも強い事は知ってるでしょ」 「うん、でも私達だって今じゃ結構強いんだよ。竹刀さえあればだけど」 「うん、分かる分かる。でも一緒の方がいろいろと心強いでしょ?」 「うん」 「どう鏡は?」 「わ、私は……別にいいわよ……」 「そんなこんなで時間を潰してるよ。私は」 「それじゃ部活が終わったらね」 「うん……後で体育館で会う感じでいいかな?」 「そろそろ行くわよ司」 「うん、じゃあね、ゆき」  さてと……どうしましょ……。  そうは言ってもやる事も正直ないんですよね……。  実は、授業をサボってたから……あははは。 「どうしたもんですかね……」 「時間をつぶす方法なんていくつもないからなぁ……」 「とりあえず屋上とか?」 「……おろ?……まだいるのか彩名さん……」 「彩名さーん」 「……」 「なにやってんですかー? 彩名さん」  彩名さんは何かを見つめていた。  といっても、彼女の視線の先には何もない。  ただ空と、そこに浮かぶ雲があるぐらいだろうか。 「何か見えるの?」 「空」 「そりゃそうでしょう……んで、どんな空が見えるの?」 「……」 「水上さん……」 「ん? なんですか?」 「あなたは……死んだらどうなると思う?」 「……」  突然だなぁ……まぁ高島さんの件もあったし、そんな事も思ったりするのかなぁ……。 「さぁ……死んだ事がないから分からないよ」 「死んだ事がない?」 「……なんで、そこで不思議な顔をするんだよ」 「くす、くす、なんでもない……」 「なんだそれ……」 「ただ……自分が死んだ事がないなんて…誰が言えるのか不思議に思って……」 「……」  何を言ってるんだろ……この娘。  死んだ事がないなんて…誰が言える?  そりゃ……当たり前だろ……死んだら今生きているわけがないんだから……。 「……」  音無彩名は相変わらず微笑みながら私を見つめる。  得体のしれないヤツだ……。 「死んだら、今現在、私は生きてないんじゃない?」 「生きてる事がそのまま死んだことがない事にはならないかしら?」 「未知生、焉知死……」 「未だ生きているという事実すら知り得ないのに……なぜ死を分かると言えるだろう……ですか」 「水上さん博学……」 「違うよ……祖父の家がそういうもの良く読ませたからさ……論語とかよく声だして読まされたよ」 「それはそれとして……それが何なの?」 「終ノ空」 「はぁ? ついのそら?」 「……」  対ノ空? 対……。 「何それ?」 「私が見てたもの……」 「は、話が飛ぶねぇ……彩名さん」 「話が巻き戻っただけ……飛んでない」  最初は何を見てるか……って私が質問したのか、そういう意味じゃ、そうとも言えるか……。 「……」  私は彩名さんが見ていた方向をみつめる。  ただの空……。  真っ青で……、何もない空。  それだけであった。 「……」 「どうしたの水上さん……」 「どうしたも何もな……」 「見えないの」 「見えるも何もただの空だと思います……」 「……」 「見えるよ」 「えっ」 「いつか水上さんにも見える時がくるよ」 「……やっぱり彩名さんの冗談はよくわからないわ」 「……」 「そう……」  そう言うと彩名さんはまた空を見始めた。  それにしてもツイノソラっていったい……。  ……またこの人の特有のわけが解らない冗談なんだろうなぁ。  それにしても……。  彩名さんは何を言いたかったのかな……、やっぱり高島さんの自殺に関わる事なのだろうかなぁ……。 「……」 「んっ……」  なんだ……なんだか……少し目眩がしたよ……。 「と言っても……行く場所などないんだけどな……」 「さてと……」  これといって行くべき場所が見つからない私は……、  なにも考えずにぶらぶら歩く。  すると……。 「……3組の教室」  ここは高島ざくろさんの教室だ……。  誰もいない教室に、ひとつだけ花瓶が置かれている。  ドラマや漫画で見たことがあるけど……本当にこんな事をするんだなぁ……。  そんな事を思いながら、花瓶が置かれている席に近づく。 「なるほど……ここが高島ざくろさんの席という事かぁ……」 「……」 「力……わけておきます……あなたには……」 「……」 「……あれ……」  な、何?  なんだ……少し目眩がしたよ……。 「何をやってるのですかっ」 「お?」 「あ、あなたは?」 「何を言ってるの……“あなたは?”じゃないでしょ……あなた隣のクラスの水上さんね」 「はいそうですけど……」 「高島さんの机の前で何をやってたのかしら?」 「見学にきました」 「見学って……あなた……」 「実は自殺直前に高島さんに会ったんで……」 「え? 高島さんと?」 「はい、昨日の夕方、杉ノ宮で会いました」 「あ、あなた高島さんと友達だった?」 「あ、いや、別にそういうわけではないんですけど……なんか話しかけられたんで、少し気になってしまってここに来たという次第です」 「え? 彼女と話をしたの?」 「はい」 「ど、どんな話を?」 「なんでそんな気にするんですか?」 「は? な、何言ってるの?」 「高島さんのお姉さんですか?」 「……」 「あなた……私を覚えていないとか?」 「はい……誰ですか?」 「バカですかっ、私は瀬名川唯!  このクラスの担任で、数学であなたのクラスも受け持っています!」 「っ!」 「どおりで……」 「どおりで……じゃないです……まったく……」 「なんか見たことがあるんで……高島さんのお姉さんかなぁ……と思ってしまいましたよ」 「高島さんと私が似てるとも思えないんだけど……」 「そうですか?」 「はぁ……それより高島さんとどんな話を?」 「いや別に……なんというか……」  貝合わせの話とか世界の終わりの話とか……。  なんて言えないよな……。 「なんだか良く分からない会話をした感じです」 「良く分からない会話?」 「なんか空が不安な言葉で溢れているとか……高島さんが世界を守るぜイエーイとか……」  “イエーイ”なんて言ってないけど……。 「……」 「どうしましたか?」 「あ、そ、そうなんだ……なるほど……」 「なんか役に立ちました?」 「あ、そうね……高島さん、死ぬ直前に情緒不安定だったという話だから……それの裏付けになるかしら」 「死ぬ前に情緒不安定……」 「そ、そんな事よりあなたは部活もしないで何でこんな場所にいるんですか」 「いや……今説明した通りなわけですが……」 「と、とりあえず、教室からは出て行ってくれるかしら……」 「は、はぁ……」  そんなこんなで教室から追い出された。  瀬名川唯先生か……そういえば数学の時間に教えてた人はあんな人だったなぁ……。  となりの担任だったんだ……。 「って事は大変だろうな……」  自分のクラスの生徒が自殺なんて、大問題だし……。  これでイジメの話とか出て来ちゃったら、本当にマスコミとかまで出てくる騒ぎになりかねないし……。 「すごくピリピリしてたなぁ……かわいそうに……」  そのままふらふらと階段を下りていく。  私ってば……少し体調が悪いのだろうか……。  なんか目眩がしてるなぁ……。 「ふぅ……な、なな……立ち眩みか?」  ふらふらしながら私は、中庭を抜けて……校舎裏に出た。 「おお、ふらふらして適当に歩いてたら、古い方のプールに出てしまったよ……」 「そーいえば、これっていつ取り壊すんだっけね……」  なんか、去年にウチの学校は大きな改装工事を終えた。  その改装工事で体育館が一新され、そこに巨大な室内プールが出来た……、  そんなこんなでここのプールは現在使われておらず、真夏なのにもかかわらず水がはっていない。 「水がないプールというのは、なんとも殺風景なものですなぁ……」 「そんな放置されているわけではないだろうけど……まるで廃墟みたいだなぁ……」  といっても、プールの栓がしまったままなのか、水たまりみたいなもんが所々ある。 「使わないからってメンテナンスとかしなくてもいいもんなのかねぇ……っ!?」 「くっ……うぅ……」 「うは……立ちくらみ止まらねぇ……」  なんだ……今日は体調が悪いのか……。 どうも調子が悪いぜ……。 「ん?」  何かの気配がした。  私がその方向に振り向こうとすると……誰かプールの土台脇から出てきた様だった。 「っお」  振り向いた瞬間に目眩がおそってくる。  目がちかちかして真っ白くなってしまい……一瞬目の前にいる人間が誰か分からなかった……。  視界が元に戻る……本当に体調が悪いのであろうか……。 「えっと奇遇だねぇ……あんたたしか……間宮卓司くんだっけ?」 「き、君は……水上さん……」 「なんでこんなところに卓司くんがいるん?」 「というか……どこから出てきたのかね……」 「え? あ? え?」  間宮卓司は私に会ってえらく動揺している様であった。 「なんで……君は私見て動揺するかなぁ?」 「いや、あ、え」 「というか、なんでそんな所から出てくるかなぁ?」 「いや、その、財布をね」 「財布をプールの脇に落としちゃって」 「財布?」 「うん、そうなんだ。財布を落としちゃって……あ、ボク急ぐんだよ……んじゃ、そういう事で」 「あ……」  間宮卓司は逃げるように消えた。 「なんだあいつは……」  まるで私を避けてるみたいじゃないか……、  うーん。  間宮卓司……。  この前も会ったっけなぁ……。  なんか今まで彼と接点なんてまったくなかったのになぁ。  たしかあの人も私と同じクラスのはずだけど……ほとんど見たことがない。  まぁ私が良くサボるというのもあるけど、あの人も良く学校を休む。  どうやら彼も高島さん同様に、クラスの人達から〈疎〉《うと》まれているらしい。  もしかしたらイジメにあっているのかもしれないけど……そこのところは良く分からない……。  あの人……高島さんの自殺の事どう思ってるんだろ……。 「さてと……私もどこかに行くか……」 「どこに行こうか……たとえば……職員室」  それはない……。 「授業サボったからなぁ。行ったらまずいだろ……だいたい用事もないし……」 「教師の方々と顔あわせたら何言われるか……って何も言われないのですけどねぇ……」  そういうのだけは劣等生は楽です……完全にあきらめられているからねぇ……。 「どこに行くか……たとえば……体育館とか……」  去年建て替えられた体育館には、剣道場や弓道場や、いろいろなものがある。  もちろん鏡の剣道部も体育館でそのクラブ活動が行われている。 「体育館なら時間もつぶせるかもしれないな……いろいろあるしな……」 「行ってみるか……」  体育館に向かう途中、頭から二本の触覚を携えた女子生徒の後ろ姿を見つけた。 「ハローカガミ? ナイスチューミーチューワレハウチュウジンデス」 「なによ……」  着替えに行く途中だったのか、体操服と竹刀をわきに抱えた鏡が嫌そうにゆっくりと振り返る。 「なんでそんな冷たい反応かなぁ」 「そんなエセ外人みたいな挨拶されたら冷たくしたくもなるわよ……」 「宇宙人だって言ってるだろっ」 「ふぅ……んで何?」 「私だっていろいろがんばってるのに冷たいですよ」 「たしかに待ってくれてはいるみたいだけど……おもいっきり暇そうじゃない……いろいろがんばってるとは言えないでしょ」 「そんな事ないっっ! がんばって……立ったり……座ったり……立ったり座ったりね。そんで隙を見ては、座ったり立ったり……ええとさらに……」 「どこの老人だ……」 「いいえ、私はね充分に若者なんだよ……」 「そんな真顔で言われても……」 「ふぅ……まぁでも悪かったわね……私の部活待っててくれているからなんだし」 「ううん。好きで待ってるから大丈夫だよ」 「……」 「なんで赤くなる?」 「いちいちうるさいのよぉおお!」 「にゃ、にゃあ! 竹刀振り回すなっ」 「おーい」 「ほら、ほら……お仲間に呼ばれてますよ……」 「っち」 「舌打ちするなぁ……」 「やり損ねたわ……」 「ぶ、物騒だなぁ……」  ……。  ………………。  …………………………。 「やっと……こんな時間です……んしょ、いいかげん部活も終わる時間ですなぁ……」  いろいろと時間をつぶしてみたものの……やはりどこをほっつき歩いても、学校内はどこも居心地が悪い……。  そうこうしているうちに誰もいない屋上で、本の続きを読んでいた。  時間をつぶすにはちょうど良いぐらいめんどくさい本だった。 「……っと」  体育館に向かおうとしたところで、“今日の部活は基礎練だから! いい? 体育館じゃなくてグラウンドだから! 体育館に行っても私達はいないからねっ!!”と、それはそれは鏡らしい忠告を受けていたことを思い出した。  さっそくその忠告通り、グラウンドに来てみたわけです……が。 「あ、ゆきっ」  私の姿を見つけるとすぐに、司は走ってこっちにきた。 「あははは……本当に待っててくれたんだ」 「いや、それほどでもなくもなくもないかもしれない……」 「どうせ寝てたんでしょ由岐の事だから………」 「反省会始めるぞー! 集まれー!」  部の顧問と思わしき先生の声がグラウンドに響く。  その声に鏡と司は慌てて走り出す。  去り際に司が“ごめんね”と、口だけを動かして謝っていた。  “気にしないで”という意味を込めて、手を挙げる。  反省会か……着替えも終わってるみたいだし、まぁ、すぐ終わるでしょ。  校舎の壁にもたれかかり、ここで終わるのを待つ。  ……。 「わっ」 「……」 「なんだ彩名さんか……」 「……はい彩名さんです」 「彩名さんはこんな時間まで学校で何をやってたんですか? あなたみたいな人はもう帰っているかと思った」 「私みたいな人はまだ学校にいるのです……」 「そうですか……」 「あ……」 「ん?」 「終わったよ」 「それじゃ、帰ろ」 「あ……」 「あれ?」 「……」  音無彩名さんがいない……。 「どうしたのよ?」 「あ……いや……なんでもない……」  二人に彩名さんを紹介しようと思ったんだけど……彼女は本当に神出鬼没ですなぁ……。 「つきました……若槻家前と水上家前ですよ二人とも……」 「あのさ……由岐」 「はい?」 「ごめん……なんか由岐今日はいろいろと……迷惑かけた……」 「何言ってるのですか迷惑なんてー」 「でも、そのおかげで……私も司もいつも通りでいられた……だから……ありがとう」 「……」 「ああああ、もういらない一言とかいらないからねっっ。たまには気分良く終わらせてよっ」 「たまには私だって……普通に由岐に感謝して終わりたいもの……」 「……くすくす……分かりました」 「ありがとう……ゆき」 「本当、今日は色々ありがと由岐」 「ははは……ありがたいと思うなら明日は女っぽく起こしにきてください」 「そんなんだと男子にモテないぞー」 「そんな事なんてどうでもいいわよ。そ、それよりもあなたこそ、もっと女の子っぽくしなさいよ」 「ははは、私はいいんです。男子とか興味ないからねっ。女らしくなんてクソくらえなのですよ」 「……そうなの?」 「なにが?」 「いや……なんでもない……それじゃ」 「あ、お姉ちゃんっっ。 というかお疲れねぇ。ゆきっ」 「……」 「……ふぅ……」 「自殺……」 「高島ざくろ……」 「あの人が……」  あれが関係しているとかないよね……。  あれ……。  その前にあった城山翼転落事故……。  ……。 「あははは……あんまり怖い事考えると、怖いから考えるのよそう……」  そうだ……。  世の中、そんな恐ろしい事なんかそんな身近にあってたまるか……。  高島さんの自殺……。  そして城山翼の転落事故は無関係……。  たまたまその珍しい事件が二つ連なっただけ……。  城山翼の転落死とは……これは関係ない。  そうじゃなきゃ……。 「だから……じゃない」 「でもさ……そういうのって噂でしょ? だいたいそういうのってさ」 「うんそういうのって昔から何度も言われてるんでしょ?」 「預言だっけ? なんかそういうヤツだよね」 「大昔流行ったって話をお父さんから聞いたよ。なんかノストラダムスの預言だとか……」 「だからこれは預言じゃないんだって……」 「預言じゃないのになんで未来なんか分かるの?」 「私も難しい事は分からないんだけどね……」 「なんか科学的な事なんだってさ」 「あのね……ウェブ……ロボットとか言う」 「それって〈Web Bot Project〉《ウェブボットプロジェクト》だろ?」 「そう、それだよ。良く知ってるね」 「なにそのウェブボットプロジェクトって……」 「インターネット上の会話とかを収集するソフトウェアらしいんだけど……なんでも未来予測が出来るらしいんだ」  ふーん……〈Web Bot Project〉《ウェブボットプロジェクト》ねぇ……。  私はボケーっと、クラスの連中の会話を聞いていた。  学校でそんな話題が出るんだなぁ……と、  噂程度でしか聞いた事がないけどねぇ……。  なんでも、インターネットのデータ収集用のソフトウェアの事らしいけど、その収集データを元に、人々の潜在意識を読みとる事が出来ると言われているらしい。  誰が何のため、そんなものを作ろうと思ったかは知らないけど……こいつは元々は、株価予測のために作られたものみたい。  なぜ株価予測にその様なものが必要かと言う説明は難しいんだけど……。  ……こんな感じかな?  1950年代以降、経済学、会計学、数学、工学……様々な学問領域と接点を持ちながら形成されてきた金融工学。  この金融工学は、アメリカの投資銀行がこぞって取り入れる事によりさらなる大発展をみせてゆき、  80年代後半からは、世界中の宇宙工学者や数学者などの天才達をウォール街に集中させたと言われる。  精密なリスク管理、複雑な金融派生商品。  天才達は、経済という魔物を徐々にその檻へと追い込んでゆく……。  そしていつしか、人々は経済という魔物をほぼ完全に飼い慣らし、魔物の荒ぶる力を去勢し、その無尽蔵な力を好きなだけ取り出す方法を手に入れた。  一部例外を残して……。  でも……、  この例外にしても、天才達は「例外」「異例」「矛盾」などの意味を持つアノマリーと言う言葉に封じ込めた。  アノマリーは「はっきりした理論的根拠はないけど、なんとなく〈経験則〉《けいけんそく》で分かるもの」という意味。  理論値との差異が一連パターンに起こる状況などを理解する言葉。  精密な理論、そして経験則で把握出来るパターン化。  これによって、魔物は完全に封じ込められた。  それは、人類が賢者の石を手に入れたと同じ意味……であるはずであった。  ……。  そこでこんな話が出てくる。  話し手はナシーム・ニコラス・タレブさん。  HAHAHAHAHAHA!    ユー達に質問ネー。    アメリカ株式市場で有名な指標S&P500! (“って何?”ってところから私なんかはじまるけどな)  過去50年間でー、 これの上昇幅の半分を稼いだのはぁー、 どれくらいの?  期間だったでSHOW!    さてどのくらい? 「さすが外国人が言うと難しいなぁ……」 「誤解を恐れずに分かりやすく言うとな」 「アメリカ株式市場50年の歴史で、今までのすべての稼ぎの半分を、どのくらいの期間で稼いたでしょう?……って事かな」  OH〜。違うでしょぉ〜。    OH〜。何もちがうでしょぉ〜。    全然違うでしょぉ〜? 全然。    単位がだいいち違うでしょ〜。    全然違うでしょぉ〜? 全然。    単位がだいいち違うでしょ〜。    単位が違うから、当然、数も違ってくるでしょぉ〜。    N○!  N○!  N○!  N○!  N○!    何もかもが違う!  OH〜、N○!!    ヴォケェ!    N○!  N○!  N○!  N○!  N○!    何もかもが違う!  OH〜、N○!!    ヴォケェ!    ミ○コ(誰?)    殺シマスヨッ!    いっぺん、ブチますよッ!!!    えぁ!?   N○!    何もかもが違う!  OH〜、N○!!    ヴォケェ!    ミ○コ(誰?)    殺シマスヨッ!    いっぺん、ブチますよッ!!!    えぁ!?    大正解〜。    たった十日間なのです〜。    極端な高騰を見せた上位10日間の値動きは〜、 50年間すべての上昇幅の半分を占めていたデス〜。    実はこの異常数値も例外とされる。  そしてこの例外はめったに起きないものとして無視していい事になってる。  だって、これって計算上は、すごく、すごく、とんでもねぇ例外だからさ。  どのぐらいの例外か?  えっとね……たとえば「標準偏差10個分の現象」ぐらいかな?  って分かんねーよっ。  てな事で、私達になじみ深い言葉で言い直してみると……。  「宇宙の歴史を数回やり直しても一回起きる程度の例外」って事になる。  この例外は数百億年に一度にしか起きない!  なら無視していいでしょ?  え?  って“おかしくない?”って?  それこそ大正解。  この言葉「標準偏差10個分」というのは、実はノーベル経済学賞を受賞した天才の作った会社が〈破綻〉《はたん》した時に言った泣き言として有名。  97年にブラック=ショールズ理論によってノーベル経済学賞を受賞した二人の天才がLTCMというヘッジファンドを創設。  純資産総額70億ドルまで稼いだこの無敵のヘッジファンド。  でも、ロシア国債のデフォルト(本来支払われるべき金が支払われないことね)をきっかけにあっけなく〈破綻〉《はたん》。  その時、天才が「そんなの宇宙の歴史を何回か繰り返さないと起きない様な例外が起きたんだから、破綻してもしかたがないんだからねっ!」と泣き言をいったわけ。  なんでそんな事になるんだろう?  まぁ正直、本当の細かい原因なんて分からない。  けど、天才じゃなくても(ある意味で天才じゃないからこそ)だいたい分かる事がある。  そりゃ、経済って人間が絡んでるからだよ。  って事。  合理的でない魂が経済を動かす……、  “アニマルスピリット”  ちなみにかの著名な経済学者ケインズが指摘した言葉だ。  だってさ、ある学者が調べてみたんだけど、金融工学的には30万年に一度しか起こらない様な大幅な変化が、実際には過去88年間のニューヨーク市場に48日間もあったんだよ。  計算違いすぎだろ。  たしかに完全なランダムであるならば、確率的にはあり得ない事かもしれない。  でも、人間が関わる経済という名の舞台が特定の方向に不用意にひっぱられるというのは、そう不思議とも思えない。  だって、人間なんて合理的な意志決定なんて出来ないじゃん。バイアスのかたまりだよ。  だって、世の中そんなんじゃん。  たとえばさ、つまんねー素人小説を、みんなが読んでるからって、なんとなくベストセラーになって、なんとなく映画化されたりして……、なんとなくブームになったりするじゃん。  なんとなく世の中が左っぽかったのに、知らない間になんとなく右っぽかったり、なんとなくビールよりワインだったり、ワインより日本酒だったり、日本酒より焼酎だったり……(だんだん関係なくなってるね)  なんとなくクリスタル!  つまるところ、この例外って、単にみんなのなんとなく、なんとなく、なんとなくって心が経済に関わるからなんじゃねぇの? って事。  みんな、確率を過大評価したり、テキトーに過小評価したり……もう超なんとなく……。  ちょっと話が逸れたけど……ここからが本題。  ならば、この“なんとなく”が解明出来れば、経済という魔物を今度こそ飼い慣らす事が出来るんじゃ?  みんなの“なんとなく”が分かればいいんじゃん。  どうしたらいい?  やっぱり心理学者よろしく、人間がどのように選択し行動するのかを究明するのがいいんじゃね?  いわゆる社会心理学ってやつ? それを応用して経済に使えないかな?  なんて事をまじめに研究している経済学派(行動経済学)もある!  でもこれは大変な仕事だ!  だってさ、理論化出来ない“アノマリー”を理論的に飼い慣らそうとしてるんだからねぇ……そりゃ難しいよ。  でもさ、もっと、こうミラクルな方法で、群衆の深層心理を言い当てる方法って無いかな?  そこでインターネット。  人々の日々の言葉……広大なネットの世界に散らばる人々の言葉をさぐれば……あるいはこの“なんとなく”が分かるのではないのか?  昔なら無理かもしれない……だってみんなの言葉を聞くことなんて出来ないから……。  でも、今ならみんなの声を聞くことが出来る。  みんなの声から……群衆そのものの心の底をとらえられるかもしれない。  あるいは……ネットという表層から、人類そのものの深層心理を知る。  そんなわけでWeb Bot Projectというのが提唱されたみたい。  こいつは、最新の経済学が予測出来ない事柄を、ネット中に転がる単語を無作為に収集して、感情値なる謎な値にして計算する。  計算から導き出された答えとは……つまり経済の未来に起こりうる事……つまり予言なのである。  言ってしまえば、このWeb Bot Projectは、経済学者が無視し続けてきた、例外、不可知、そんな“アノマリー”ですら、人々の潜在意識から予測してしまう万能な神ソフトであるわけ!  すげぇ!  ほんとうにすごく!  嘘くせぇ……。 「なんでも予言出来るの?」 「そうらしいぜ」  当然の様な方向に進む会話に……私は少しニヤニヤする。  なんでも予言ねぇ……。  本当にネ申ソフトだわねぇ……。 「そうそう、人類には共通の無意識があるんだって」 「共通の無意識?」 「そう、偉い学者さんが発見したんだよ……えーっと……」 「〈C・〉《カール》〈G・〉《グスタフ》ユングだよ……。普遍的無意識だろ」 「何それ?」 「だからね、人類に共通してすでに心の奥底にあるものなんだよ」 「それがどうなるの」 「だからさぁ、人類が持っている潜在意識はすでに世界で何が起こるか知ってるんだよ」 「えー……そうなの……なんか怖くなって来たんだけど……」 「たとえばさ、やばい病気とかなったり、事故にあう前とかさ、ばあちゃんとかが枕元に立ったとか言う話があるだろ」 「あれって、実は自分の潜在意識がすでにやばい状況を察知して知らせているというんだよ」 「そうそう、それと同じ様にさ、人類の滅亡の時もすでにみんな無意識レベルでは知っててね」 「それは分かったけど……そのなんとかロボットって予言を当てたりしているの?」 「ああ、アメリカの2001年の〈炭疽菌〉《たんそきん》テロだろ、2003年東海岸の大停電、2004年インドネシア地震津波の30万人の被害、2005年ハリケーンカトリーナの被害などなど数え切れないぐらい的中させているんだぜ」 「そ、そうなんだ……なんか不気味だね」 「そのウェブロボットがね。今年に何か大きな事があるって予測を出してね……」 「いや、ロボットじゃなくて〈bot〉《ボット》ね」 「何かって?」 「ここ最近起こっていた惨事のピークをもうすぐ人類はむかえる事になるんだってさ」 「惨事のピークって?」 「世界の……終わり」 「せ、世界の終わり?」 「そう……予測してるって話だよ」 「世界の……終わりって……そんな」 「不安な言葉にみちているんだってさ」  その言葉を聞いて……私のニヤニヤがとまる。 「……」 「不安な言葉で……みちている」 「不安な言葉に満ちてる?」 「そう、ネットの世界が、すごくいっぱい不安な言葉でみちてるんだよ」 「空いっぱいの不安な言葉……」 「そして……その不安を多くの言葉が受け入れているんだってさ」 「まるでネットがそれを受け入れてるみたいに……」 「な、なにそれぇ。意味わかんないけど、少し怖すぎじゃない?」 「うん……でもね。そうらしいよ」 「それはまるで死に向かう人の心と同じだって……ウェブロボコンはデータで示してるみたいなんだよ」 「死に向かう人と同じ……」 「あと…〈Web Bot〉《うぇぶ ぼっと》……」  不安をすべて受け入れた心……。  それは、死に向かう人と同じ……。  それって……。 「空いっぱいの不安な言葉……」 「それを受け入れつつあるから……」 「世界が……」 「不安な言葉……そしてそれを受け入れた世界……」 「それが何と同じか分かる?」 「これから死ぬ人間の心……」 「だから……世界は」 「世界が終わっちゃうの?」 「だからね……」  昨日まで高島さんの自殺話でもりあがってたのに、今日の朝には世界の終わり……。  話がどれだけ飛ぶんだか……。  などと本当ならば笑い飛ばしたい……。 「……」  でも、本心、実はまったく笑えて無い……。 「だから……世界は」 「終わる……」  あまり、あの言葉の意味は考えない様にしていた……だってもっとも突拍子も無く、馬鹿げた発言だったから……。  その馬鹿げた発言が実は強く私の耳に残っている……。  世界の終わり……。  私はそれを……、  『彼女の世界が終わる事……』  つまり、彼女の自殺を意味している言葉だと思った。  なんとなく……そう理解していた……。 というよりは……理解したかったのだろう。  でも何故か、私の奥底……私すら忘れている何かが、その言葉の危険性を知らせていた。  それこそ深層心理と言える部分。 そこが、高島さんの言葉の意味を知っているかの様……。  何故か私の心の奥底がざわざわする。  自分と無関係で無いと……心の奥底で、誰かが囁いてる……。  そんな幻覚……。 「いや、違うだろ……こんなのたまたまだ、そんな不気味な事があって…たまるか……あはは」 「ん? 何?」 「あのねーゆきっ」 「ちょっ司っあなたっっ」 「きゃぅっ」 「な、なに? どったの?」 「あのねーゆきっ」 「司! あなたっ」 「にゃあ……」   「何? なんなの?」 「あ、あなたには関係ないから……き、気にしないで……」 「ゆ、ゆき……」  司が倒れたまま何か言ってる。 「な、なに?」 「ゆき……積み荷を……」 「積み荷?」 「へ?」  そう言うと司は私に風呂敷につつまれた何かを渡した。 「ちょ、それあなたっ」 「わっ。司っっ」  司は鏡の足をつかんで動きを止める。 「つ、司っ。離しなさいっっ」 「は、離さないもんっっ」 「司っっ」 「ぬぅぅう」 「……」  いつもはあんなに司にやさしい鏡が、司の事をゲシゲシと蹴っている。  そして、いつもなら姉に従順な司が、蹴られても踏みつけられても、鏡の言うことを聞かない。  すげぇ……めずらしい事態だ。 「あ、あの……司?」 「わ、私の事は気にしないで……はやくそれを開けて……」 「いや……別に司の事気にしているわけじゃないけど……」 「だ、だめっっ」 「……」  私は少し困りながら、その包みを開ける。  すると……。 「お弁当箱?」 「お、お姉ちゃんが作ったのっ」 「はぁ……」 「ゆきのだよっ」 「いや……私のお弁当箱じゃないし……」 「違うっっ、ゆきのためにお姉ちゃんが作ったんだよっっ」 「へ?」 「ち、違う……」 「違うの……違くてね……あのね……え、えっとさぁ」 「なに?」 「由岐ってガン○ム好きでしょ?」 「なぜ? ガ○ダム?」 「だ、だからね。この箱を……あ、あなたのガン○ムに挿入すると、今の三倍の速さになるのっ」 「弁当箱を挿入して三倍?!  つまりテム・○イ弁当?」 「だ、誰それ?」 「分からんのならそんなネタ使うな……」 「お姉ちゃんっ」 「うっ……」 「……」  鏡は何をトチ狂っているのだろうか……言っている意味がさっぱり分からない。 「あの……鏡……」 「由岐……お昼ご飯は?」 「買ってないけど?」 「そうなんだ……駅前においしいパスタの店が出来たんだってさ」 「はぁ……」 「ランチタイムにはランチがあるんだってさ」 「はぁ……まぁランチタイムにディナーがあったらすごいと思うけど……」 「うん、そんなこんなで今から行ってきなさいよ」 「……なぜ?」 「わ、私がご飯食べている時にあなたが見えると目障りだからに決まってるでしょ!」 「そ、そんな理不尽なっ」 「もうっっ。お姉ちゃんっっ」 「す、すごい日差し……やっぱりこの真夏に屋上は無理があると思うけど……」 「大丈夫、大丈夫、とりあえず黙ってついてくるとよろしい……」 「わー気持ちいい。こんな場所があったんだー」 「さすがさぼり魔の由岐ね……ずっとこの学校にいたのに、私こんな場所あるの知らなかったわ」 「ここなら直接の日差しは無いし……森からの涼しい風も吹いてくるんで……いい場所なわけ」 「うん、さすがゆきだね。ダテに授業サボってるわけじゃないんだっ」 「司までそんな事言うのですか……」 「あ、いやね。良い意味でだよ。うん良い意味でサボってばかりじゃないんだよ」 「意味わからんわー……」 「そんな事より食べようよ」 「そうですなぁ」 「見た目は普通にお弁当だと思います」 「何よその言い方」 「見た目だけでなく味だって普通だよ」 「普通じゃダメだと思う……おいしくないと」 「そ、そりゃ……もちろん……」 「じっ……」 「じっぃ……」 「……」 「なんで君たちは私が食べるのを待っているのだろうか……」 「あはは……待ってるわけじゃないよ」 「ならなんですか……」 「う、うるさいわね、ちゃっちゃと食べなさいよバカっ」 「バカって……なんでそこまで言われなきゃいけないんだよぉ……」 「あのね……たぶんお姉ちゃんもゆきの口に合うかなぁ、とか思って見てたんだと思うよ」 「ち、違うわよ……ただ私は……まずいとか言ったらぶん殴ってやろうと……」 「そうか……なら口に入れた瞬間にガードしないといけないなぁ」 「なんでまずいのが前提なのよ……」 「ぱく……もぐ」 「あ……」 「……」 「もぐもぐ……」 「……」 「………」 「…………」 「って、なんでガードしているっ」 「あは☆」 「お、おいしくないのならはっきり言いなさいよ……何も言わないなんて……」 「あ、これね。冗談なの、冗談なのです」 「ただ……」 「ただ?」 「これはなに?」 「あは、それはタコウインナーだよ」 「ほう……ならですねーこれは?」 「それはカニウインナーだよ」 「それで……これは?」 「シャコウインナーだよ」 「……なぜシャコ?」 「う、うるさいわねっ。とっとと食べなさいよっ。料理さめちゃうでしょ」 「……さめちゃうよって……弁当なんだけどなぁ」 「う、うるさいわねぇ、ガタガタいつまでも言ってんじゃないの」 「ほら、カブトムシウインナーかわいいよ」 「カブトムシ?!」 「そうよ、文句ある?」 「文句はないけど……普通そんなん疑問出るでしょ……」 「お姉ちゃん、いろいろ作ろうとしたんだけど……あまり似なくてね」 「ほう……なるほど……それで出来たものに近い名前を後からつけた結果がごらんの有様か……」 「そ、それでどうなのよ……」 「何が?」 「あ、味よっ。ま、まずいならまずいって言いなさいよ」 「味はおいしいよ。すごく食べられるよ」 「そ、そう?」 「ただ形が……」 「そ、それは……悪かったわ……」 「あははは、まぁ、別にそれもいいんだけどね。うん、おいしっ」 「ゆきはここでいつも何してるの」 「本読んだり、昼寝したり、ガ○ダムが三倍の速さになったり」 「なによ……さっきの私の態度に対する嫌味?」 「あは☆」 「そうなんだ」 「そうなんですよ……川崎さん」 「ゆきって昔から一人が好きなのね」  私のおっさんホイホイギャグは普通にスルーされる……。  気にしない、だっていつもの事だし……。 「そうかな? 別に一人が好きなわけじゃなくて、ウザイ人といるのが嫌なだけだけどなぁ」 「それを一人が好きって言うんじゃないかしら?」 「そういうもんかねぇ……」 「でもゆきいつも一人だから……私達知らない事ばかりだよ……」 「“私たちぃゆきの事けっこう知ってるつもりだったのにぃ”とかそういう事を言いたい?」 「そうでもないよ……最近はゆきの事なんて全然分からない……こうやってゆきと話すのもめずらしくなったし」 「そうね……」 「実際……私達はここで由岐がどんな顔で過ごしてたか全然知らなかった」 「昔は結構一緒にいたのにね……」 「?!」 「っ……」 「ど、どうしたの?」 「い、いや……何でもない……」  なんだ今の……。  なんか……視界がぼやけて……。 「ゆき……身体の調子悪いの?」 「いや、大丈夫……なんか昨夜夜更かししたからなぁ」 「夜更かしして何やってたのよ……」 「そうですなぁ……」 「鏡の事考えてた」 「はぁ?」 「な、なに言ってるのよ……なんで由岐が私の事を考えるのよ……」 「いや……あの時のアホ面を……」 「どの時のアホ面だ!」 「いやぁ……結構な率のアホ面なんだけど……」 「マジ叩きするなっっ」 「マジ叩きにもなるわっっ」 「うー」 「なに……司?」 「私も……アホ面でもいいから思い出したりしないのかな?」 「……司ってアホ面あまりしないじゃん」 「……私……これからアホ面の練習する……」 「そんなのするな……」 「司の事考えてた」 「え?」 「アホ面を……」 「アホかっ」 「なんであんたが叩くんだよっ」 「叩きもするわよ」 「……」  司は私をじっと見る。 「くすくす……」 「何を突然笑ってるんですか司さん……」 「あはは……ごめん。でも昔のゆきと同じなんだな……って思ってね……だから」 「昔の?」 「ゆきはここでどんな表情でいるんだろ……いつも……」 「どんな顔って……いつも通りだと思いますけど?」 「そうかもしれないけど……同じ顔だけど違う顔……私の知らない顔」 「なにそれ?」 「うん、よく解らないけど……そんな感じがする」 「ここがあったから、昨日みたいなゆきの顔があるみたいな感じかな……」 「昨日?」 「あははは……なんでもないよ」 「そういえば……」 「なんかクラスで意味不明なうわさ話が流行っているみたい……」  同じクラスだし……まぁ、司にだって聞こえてるよね……。 「うん……よく分からないけど……色々と変なうわさ話してるみたいだねぇ……」 「まぁ、あんなものは一時の気の迷い……〈麻疹〉《はしか》みたいなもんで、すぐにみんな飽きるんじゃね?」 「違う……」 「違う? 何が?」 「彼らがいろいろ話している事は、あの人達なりの証拠の一つなの……」 「証拠の一つ……なにそれ?」 「ものすごくばかばかしい話なんだけど……高島さんの自殺は、世界の終わりに備えてのものだったって言われてるのよ……」 「……」  自分の顔がひきつっているのがわかる。  少しは予想は出来たけど……。  私は出来る限り、関心が低そうな声で答える。 「ふーん、備えてねぇ……ってどこが備えなの?」 「今月の20日に世界が終わるって……高島さんはそのために死ななければならなかったんだって……」 「死ななければならない? なんで?」 「それは分からないわ……」 「それにしても……20日に世界が終わるねぇ……」 「うん……」 「そうなんだ……かなり急ぎなのね……というかそれは、誰が言ってることなん? もしかして生前の高島さんがそう言ってたの?」 「それは良く分からない……高島さんから聞いたという話は聞かない……」  そうなんだ……。  私も、高島さん自身からいろいろと意味深な言葉は聞いたけど……でも20日に世界が終わるとは聞いてなかった……。  なんでそんな日にちが出てくるんだろう……。 「城山くんの事も……それに関係した事だってうわさになってる……良く分からないけど……誰かが高島さんから聞いたとかじゃないみたい」 「それってどういう事?」 「今までの話って実は、ネットで噂になってるっぽい……」 「ネット?」 「うん……よく分からないけど、美羽から聞いた話だと、大型匿名掲示板にウチの学校のスレがあるんだって」 「大型匿名掲示板……あれか、異人さんに連れられてシンガポールにいっちゃったヤツか……」 「美羽が見た感じだと、スレはそんな会話であふれているみたい」 「そうなんだ……それでいつぐらいに誰が言い出したことなの? 20日に世界が終わるとか高島さんの自殺がそれに備えてとか」 「それはよく分からないって……美羽は言ってたけど」 「でも、それにしたって最初の一言があったわけでしょ? 20日に世界が終わるって、誰かが最初に言い出したわけなんだから」 「うん……でもそのスレも単に飛び火で騒ぎになってるだけみたいだから……」 「飛び火って……どこから?」 「良く分からない……なんか学校の事書いてある場所だったり、オカルトの話する場所だったり……いろいろな場所でこの話が発展してて、何が発端だったのか良く分からないんだって……」 「発端か……それって……たぶん裏掲示板じゃない?」 「裏掲示板って?」 「一時期問題になってたじゃない……」 「ああ……一時期ニュースとか新聞で騒がれてたあれか……」  学校裏掲示板……この学校にもあるんだ……。  まぁたしかに、全国で四万近くの学校裏サイトがあるといわれているらしいから……この学校にもあって当然といえば当然なのかもしれないけど……。  だいたい、「裏」などと言う名前がついているから何かイリーガルな場所を想像してしまうが、単に学校の公式サイトではないという意味でしかない。  その本質は同じ学校の仲間たちが集まる掲示板というだけ……、  だけど……それだけで十分な事も多い……。  誹謗中傷、イジメや時に犯罪の温床になっていたりする事もあるらしい……。  だから、一時期ニュースやら新聞やらで取り上げられていた。 「なるほど……学校裏掲示板か……」  ……そういうアングラっぽい場所があるんならば……Web Bot Projectなんて言葉がクラスから聞かれるのも、少し理解出来る……。  あんな一部のオカルト好きしか知らない言葉がクラスで聞かれた事に驚いたけど……まぁうなずける。  それにしても……。 「それにしても……今月の20日とは早急だ……もうすぐじゃない……」 「なんか……ネットでもそんな話が前からあったって聞いた事がある」 「前から?」 「うん……7月20日に世界終わり説……かなり前から言われてたみたいだよ」 「かなり前からってどのくらいから?」 「それは分からないけど……」 「それって、やっぱり高島さんが言い出したことなの?」 「それも分からないよ……私がその裏掲示板を見たことあるわけじゃないから……」 「そ、そうか……」  鏡も司もそのサイトを見た事あるわけないか……。 「あ、あのさ……これって予言なのかな?」 「へ?」 「あははは……お姉ちゃんと昨夜話したんだけどさ……なんか怖いよねぇ……って、もしこれが予言なら……予言って当たったりするのかなぁ……って」 「さぁ? 良く分かんないなぁ」 「そ、そうか……」 「でもそういうのは予言というよりは……妄想って言うんじゃないかな?」 「妄想?」 「うん、私が知るに、世の中に今まで出てきた予言と称するものは全部妄想だったからねぇ」 「そ、それって……」 「当たった事がないって事かな……だから今後もそんなの当たらないよ」 「そ、そうだよね……うん、私もそう信じてる……」 「あははは……ゆきならそう言ってくれるって、お姉ちゃんと昨晩話してたんだ」  ……。  予言か……。  Web Bot Projectだろうが誰かの予言だろうが、予言などという事自体が妄想以外の何物でもない。  この複雑な世界の未来を完全に予測する方法などありえるわけがない……。  そんな事はまともに考えれば小学生にすら分かる。  分かるはずなんだけど……。  だけど、人は度々その当たり前が分からなくなる。  当たり前が当たり前で無くなる事がある……。  たとえば……、  たとえば……もし、世界中の人間が全員滅亡を信じたら……。  そんな事はあり得ないのだけど……もしそんな事があったとしたら、世界はその通りに破滅するかもしれない。  人々が信じているのであれば……、  数学的にほとんどあり得ない確率……数億年、数百億年という規模でしか起こりえない大恐慌……。  それが現実世界では、人の心が関与する事により数年から数十年の短い期間で出現するという。  アニマルスピリット。  合理性無き魂の群れ……。  人々の過度な自信や過度な恐れ……そういったものが起こりえない事態を誘発する。  人々が信じるならば、それは十分に起こりうる事なのだ……。  だけど、そうはならない……だって、大恐慌と世界破滅では距離がありすぎる。  なんと言っても、世界中の人間がそんな事を信じるとは思えない。  だいぶ昔にノストラダムスの大予言というものが流行ったけど、もちろん何も起きなかった。  世界滅亡はもちろんの事、大きな事件も無かった。  みんな本心から信じてなどいなかった。  だから何も起きなかった……。  だけど……逆にみんなが信じられる状況があったらどうであろうか……。  閉じられた空間で閉じられた共同体でそれが信じられたとしたら……、  しかもそれがどこかの国のどこかの時代の誰かが予言したものでなく、その集団に属する者の死によってあらわされた予言だとしたら……、  終末思想のカルト教団がたてこもり、集団自殺する事件はめずらしくない……過去にも何度かそんな事件があったという。  20日に世界が終わる?  高島さんはそんな事まで言ってたのだろうか……。  少なくとも私は彼女からは“世界が終わる”としか聞いていない。  それとも……高島さんはそんな発言などしておらず……勝手に20日に世界が終わるなどといううわさが広まっているのだろうか?  つまり20日などというものに根拠は無く……、  どちらにしろ、  気味が悪い……。 「由岐」 「由岐ってば、もう昼休み終わるよ」 「あ、ああ……ごめん……」  少し探ってみたい……、  一体何が起きているか……、  私は知りたい……。 「さっき見たんだけど、たしかに今うわさになってるね」 「リンク貼ってたでしょ。他のサイトに」 「うん、Web Bot Projectについて書かれてた」 「俺が説明した通りだっただろ」 「あれって本当なのかなぁ……」 「何が?」 「そのWeb Bot Projectが世界の破滅を今月の二十日だって言ってるの」 「リンク見たんだろ? たしかにそういうデータを示してるって書いてあったじゃん」 「そうだけど……私怖いんだけど……」 「あのさ……」 「ん?」 「あ、水上さん」 「そんなあなたはバカ一号」 「あの……俺はそんな名前じゃないすよ……潔です……横山潔」 「そんな名前だっけ?」 「あの水上さん……いいかげん覚えてくださいよぉ……同じクラスなんですしぃ」  振り向いたのは横山潔。  まぁ、どうでもいいクラスメイトの男子。  顔は並。頭も並。私の興味の対象外だ。  つーても私は男子なんかあまり興味がないんだけどねぇ……。 「めずらしいですね。水上さんが俺なんかに話しかけてくれるなんて」 「本当はあんたなんかと話したくないんだけどね……まぁ聞きたい事があるから仕方なしに……」 「水上さんが俺に聞きたい事? うは、光栄すねぇ」    なんでこいつは私になついてるんだ……。気色悪いなぁ……。 「さっき言ってたWeb Bot Project。そんなもんが世の中の事を予言しているサイトがあるって本当?」 「あるっすよ!」 「それってさ、Webを自動的に巡回してさまざまな情報を収集し、それをデータベースに蓄積して検索などを行うための仕掛のWebbotの事?」 「えっと……」 「ならさそんなもんは単に、自動的にhttpを発行して、どこかのhtml文書を取得したら、適当なキーワードを検索してデータベースに保存した後、その文書の中のアンカータグを抽出して、そのアンカータグの指すhtml文書をまた取得していくだけのことでしょ」 「いや良く分からないけど……」 「簡単にいえば、検索エンジンのロボットの事でしょWebbotって事はさ、〈Spider〉《スパイダー》とか〈Web Crawler〉《ウェブ クロア》とか……」 「えっと……」 「その予言をしているWeb Bot Projectってなんなの? そんなもんがネットのどこにあるの?」 「いやさ、俺も詳しくは分からないですけど……学校の裏掲示板で話題になってるらしいすよ……」 「裏掲示板……」 「この学校の裏掲示板あるの知ってますよね」 「いや……そんな詳しくはないけど……まぁ噂程度には……つーかあんたその掲示板、見た事ある?」 「ああ、もちろんありますよ」 「なら、その掲示板とやらのアドレスをもらえるかしら?」 「いいですけど……登録しないと中見れないですよ、さらに紹介者がいないと登録すら出来ないし」 「登録? 匿名掲示板なのに?」 「ああ、そうじゃないと裏掲示板の意味がないじゃないですか」 「そういうもんなんだ」 「ああ、そうすね」 「まぁいいや、とりあえずそのアドレス頂戴、それと紹介者とやらになってよ」 「なら携帯アドレスくださいよ。今から送りますから」 「そんなの無い」 「へ? 携帯持ってないんですか?」 「その誰でも持っているかの様な言い方に問題があると思う……誰でも持っていると思うなよ携帯!」 「そ、そうですか? あれ……そうだったかなぁ……」 「何がだよ。無いもんは無いんだよ」 「そんな強気に言われても……だいたいあのページってみんな携帯で見てますよ……パソコンで見てるヤツなんていないんじゃないかなぁ」 「問題ないからとりあえずパソコンの方に送ってよ。私は基本ネット環境はパソコンなの」 「はぁ……ならそのメールアドレス教えてくださいよ……」 「はい、これ」  私はその場で自分のアドレスを書いて渡す。 「……」 「これフリーメール……」 「そうよ。文句ある?」 「ないですけど……ちゃんとしたメールアドレス持ってないんですか?」 「あるわよ。ただしあなたには教えない」 「……うは」 「あのですね……お願いがあるんですよぉ」 「何?」 「水上さんの紹介者に俺がなるわけだから、それって友達って事ですよね」 「痛っ……」 「ニヤニヤしながら、気味悪い事言うな……それで? 何が言いたいの?」 「こんど合コンがあるんですけど……これに出てくれたら紹介者になってあげてもいいすよ……」 「んごっ……」 「覚えてるでしょ……あんた達が初日に私にちょっかいだしてどうなったか……」 「私は男が嫌いなの。くだらない事言ってると、あんたのお仲間どもの腕みたいになるけど、それでいい?」 「あのだから、その〈腕っ節〉《うでっぷし》が必要でして……やはり強い人がいないと」  はぁ?  なんで合コンに喧嘩が強いヤツが必要なんだ?  変なヤツだなぁ……。 「良く分からんけど、その合コンに参加してあげるよ……」 「やった、城山が死んでからどうもメインになるヤツがいなくて困ってたんですよ……」  ますます分からん……。  なんで私が城山の変わりになるんだよ……。  城山ってこのまえ事故で死んだアホだろ? 私と何の接点があるんだよ……。  それにしても……、  やっぱり学校裏掲示板か……。  さっきの女子生徒の話だと、リンクが貼ってあったって話だから……楽に調べられそうね……。 「なにかしら分かるといいけど……」  ……。  それはそれとして……、  学校裏掲示板はだいたい、教師や生徒の誹謗中傷に溢れているという……。  って事はさ……結構、私なんかも書かれているんかねぇ……。  なんか……、  照れちゃうっ。 「ゆきー」 「あ? ああ」 「ふぅ……なに間抜けな顔してるのよ……ああじゃないわよ……もう授業終わってるわよ」 「そうなん? なんか寝てた」 「起きてたわよ……適当な事言うなっ」 「……それで考え事?」 「考え事してたのはあんたでしょ……」 「え?」 「二人とも私の事を考えてたんでしょ……あまりにもイイ女なんでため息出ちゃう〜とかなんとかー」   「……」 「さぁ。司部活行くわよっ」 「無視?」 「そんなだからゆきは、先に帰っていてくださいな」 「……」 「うーん……私、少し用事があるからまだ帰んないんだけどね」 「えっ?」 「……いいわよ……そんな気をつかってもらわなくても……私達ならもう大丈夫だから……」 「そうだよ……なんか悪いよ……」 「べ、別にあんた達のために待ってるわけじゃないんだからねっ」 「何それ?」 「鏡のまねです」 「ば、バカにするなっっ」 「ほっぺ痛いです……」 「あははは……」 「でも、本当に個人的な用事だからさ、まぁ気が向いたら呼んでよ。たぶんあんた達が帰る時間まで学校にいると思うから」 「……由岐携帯すら持ってないのにどうやって呼ぶのよ……」 「さぁ?」 「さぁって……」  気になる事……。  いくつかある……。  高島ざくろ……。  彼女の事を少しだけ知りたい……。 「高島さんのクラスは隣だから……」 「あ、水上先輩だ」 「あっ、君は……」 「えーと……」 「うー、覚えて下さいよ。いい加減」 「分かった。今日覚える!」 「それ、この前も言ってました」 「そうだっけねぇ?」 「横山やす子ですよ。横山潔の妹ですっ」 「あれ、えーと、横山潔って?」 「って、同じクラスのお兄ちゃんぐらい覚えていてくださいっっ」 「だから、今日覚えますっ」 「いや……同じクラスのお兄ちゃんをすでに覚えてない方がおかしいです……」 「ほら、いるじゃないですか……先輩にちょっかいだしてぶん殴られたー」 「あ、あのキモイ男!」   「あの……実の妹の前でキモイとか言わないでください……一応血がつながっているのでなんか自分が言われているみたいです……」 「それで、その横山潔さんの妹さんがどうなされましたか?」 「なんですかそれ……名前を言ってくださいっっ」 「えっと……横山……」 「ノoク?」 「違います! それ女の子の名前じゃありません!」 「横山ノoク子だ!」   「違います! そんな女の子いませんっっ。横山やす子ですっっ覚えて下さいっっ」 「あーそうだ……そんなのだ……」 「つぎ会って憶えてなかったら承知しませんからね」 「だから今日覚えたから」 「本当ですか?」 「まかせなさいっ」 「……」 「ん?」 「なんで、まだ居るん? 鏡は部活にいってますぞ」 「……」 「どうしたん? 横山の〈妹子〉《いもうとこ》」 「怒りますよ。そして刺しますよ。私は横山やす子です!」 「ああ、やす子だ、うん、それは分かってる」 「分かってないじゃないですか……」 「大丈夫ですっっ。先輩の言うことをいちいち信じなさい!」 「……」 「水上センパイって物知りだって兄から聞きました」 「ああ、私の頭脳は宇宙の真理すらつかむだろうよ……」 「私のスリーサイズは?」 「上からバスト100ウエスト100ヒップ101だ」 「私はそんなサイコロじゃないですっっ」 「冗談。本当はバスト100ウエスト20ヒップ102」 「いや……そこまでナイスバディではない……です……」 「それで聞きたいのはそれだけかな?」 「今のは冗談です……」 「なにぃぃいいいいいいいい!」 「そこ怒るの意味分かんないです」 「私も冗談言ってみたのです」 「会話が続きません……」 「分かった。んで真面目な話何が聞きたいん?」 「世界は今月の20日に滅びるんですか?」 「……」 「世界の終わりが近付いてるって本当なんですか?」 「……」 「教えてください!」 「何で私に聞くの?」 「唯一、高島ざくろさんと仲が良かったのは水上先輩だけだって聞いたんです……だから水上先輩は事の真相を知ってるんじゃないかと思って……」  だから高島さんと仲が良いわけじゃないし……。  ったくみんな適当だなぁ……。  ふぅ……、 「うん……まじめに言うとね……」 「大昔にね……この世から戦争をなくすために人々が集まってね……世界中の武器という武器を一カ所に集めようという事になったの……」 「そしたらね……その武器は一つの生命体になってしまった……」 「通常にはね……すごく暴力状態な生命体でね……人型決戦兵器な形をしてたのね……」 「なんですかそれ?」 「非暴力ロボガンジーのあらすじなんだけど」 「知らんがな!」 「だいたいすごく暴力状態なのに、なんで非暴力ロボなんですかっ」 「敵と遭遇すると、非暴力状態になるんだよー」 「システム非暴力! 動力非暴力! 非暴力!非暴力!非暴力! オール非暴力!」 「非暴力ロボっ! 発進!」 「ってね。全部非暴力で出撃するんだよ」 「やられるがな……非暴力ならやられちゃうがなっ!」 「うん、ずっと一方的に殴られるの」 「………」 「逆に聞きたいんだけどさ……なんでそんな早急に世界が滅びるの?」 「え? いきなりまともな会話に戻る?」 「何言ってるの、私はいつだってまじめだよ」 「い、今まったくふざけた話してたじゃないですか……」 「……頭のいい人の発言ってさ……関係ない様な話がね、ちゃんと伏線になってたりして、話の最後にすべてまとまったりするんだよ……」 「私はいつだってまじめなんだよ……ふざけたりなんかしない……」 「そ、そうなんですか……なら、今の非暴力ロボなんとかって話も最後の伏線になってるんですね……」 「そりゃもちろん! どっかの風呂敷ばっかり広げて回収しきれない様なシナリオライターと私は違う!」 「だ、誰それ?」 「内緒☆ それよりさっきの話だけど……」 「はい、なんか世界が20日に滅びるって……なんかみんな噂してます」 「……だから信じるの?」 「だって、おかしいじゃないですかっ。こんな短い期間に二人も死んでるんですよ」 「……たしかに学校で二人も連続で飛び降りによって死んだのはめずらしい事かもしれないよね。でもそこから世界の滅亡まで話が飛ぶのおかしくないかな?」 「高島先輩が自殺した理由はそれだという話です」 「……」 「高島さんの自殺の理由……なんでそうだと分かるの?」 「だって、裏掲示板でも噂になってるし、メールでも広まってるし」  裏掲示板、この子も見てるんだ……。  でも広まってるメール? 「メールってどういうものが広まってるの?」 「……これです」 「これ……」 「っ?!」 「っ」 「なに……これ?」  かなり荒い画像だが……間違いなく……これは高島さん達の自殺現場の写真……。  誰がこんな悪趣味な事を……。 「これが……高島先輩のメールアドレスで……」 「ちょ、ちょっと待て……だいたいあなたと高島さんとは知り合いだったの?」 「知りません……見たこともない人です……でもなんでその人からメールが来るんですか?」 「ふぅ……ならなんで高島さんのメールアドレスだって分かるの?」 「だって……」  どう考えてもイタズラとしか思えないけど……この子がこんなに混乱するのは分からないでもない……。  こんな悪質な写真を送られてきたら誰だって混乱する。 「このメールはあなただけに来たの?」 「クラスの子……何人か……」 「全員ではないの?」 「全員じゃない……でも兄は来てると言ってました…」  あの男にもか……。  その割にあの男、合コンとか言ってたな……脳天気なヤツは結構、ホラーに耐性があるのか? 「先輩! これってどういう事なんですかっ」 「まぁ、落ち着いて……冷静にさ、冷静に考えてみたらいいんじゃないかな?」 「冷静?」 「冷静でなんていられませんよ……私怖くて……」 「なら質問、何で死んだ高島さん本人が自分の姿を写したメールを出すんですか?」 「このカメラアングルって、どう考えても第三者の視点から撮ったもんだよね」 「そ、それは幽霊の高島先輩が見た光景がそのまま画像になって送信されたから……」   「なるほど……なかなか頭がいいわねぇ」 「そう、裏掲示板で言われてた……」 「なるほどね……ならさ、なんでこのカメラには写した人の影がうつり込んでるの?」 「え?」 「夕方だから影が長かったんだろうね……よく見るとちょうどカメラ位置からのびた人影があるんだよね」 「そ、それは……高島先輩の幽霊の影……」 「幽霊に影なんかあるかねぇ……しかもこの影の人物は長髪には見えないけどなぁ……高島さんは長髪だよ」 「あ……」 「さすがに輪郭はぼやけてるけど……これって髪の短い人の影に見えるけど……」 「どう考えたって、たまたま高島さんの自殺現場を通りがかった人間がおもしろ半分に写真に撮って、イタズラに使っただけだと思うけどねぇ」 「で、でもメールアドレスの中に高島先輩の名が……」 「たかだかtakasimazakuroってメールアドレスに入ってたぐらい……簡単に偽装できるじゃん。私のメールアドレスを変更してやってみてあげようか?」 「でも……」 「まぁ、まぁ、いいじゃないですか」 「な、何がですか……」 「私が調べますから」 「へ?」 「ってな事もなく、別にあなたと約束しなくても、今回の件は私が調べるつもりだったんだけどね」 「そ、そうなんですか?」 「うん」 「ほんとうに……調べてくれるんですか?」 「うん、まかせて」 「何か分かりますか?」 「そんな事は調べてみないと分からないじゃんっ」 「とりあえず私のパソコンにそのメールを転送してちょうだいな」 「え? 携帯電話ではなくですか?」 「うん、私は携帯は持っていないしな」 「今時……珍しいですね……」 「ああ……そうかも知れませぬなぁ……でもそういう人だっているでしょ」 「とりあえず、近い将来に滅びる事なんてあり得ない……それは本当にばかばかしい事だと思うよ」 「はい……分かりました……なんかご迷惑おかけしました」 「はいっ部活いきまーす」   「……がんばってくださー」  横山の妹か……たしか剣道部だっけ?  って事は鏡と司と同じ部活なのかな? 「……あの」 「はい?」 「あのさっきの伏線は?」 「……はい?」 「非暴力ロボガンジーの話です。水上先輩のお話だと、あれ何かしらの伏線になっているって言ってました……」 「でも……最後まで話聞いても……あれは単に投げっぱなしだった様な……」 「それは……」 「暴力だけでは人は救えない……」 「という…… 現代社会に対する痛烈な批判でございまして……そして……」 「って!! 全然関係ねーじゃないすっかぁ!」 「……わりかし」  ……。  うげ……。  正直……あの写真は肝を冷やした……。  なんだあれは……自殺の現場をメールで送信するなんて……不謹慎きわまりないイタズラだ……。  私も怖くなっちゃったい……。  ふう……しかし今ので、横山ノック子は本当に納得出来たんかねぇ……。  なんか不吉な事ばかりだ……ここ最近は……。  高島ざくろの教室……。  その机には花瓶と花が飾られている。  教室には誰もいない。  高島さんからのメールか……、  誰が考えたか知らないけど……趣味悪いイタズラを考える御仁もいるもんだなぁ……。 「イタズラ……」 「それにしては……手が込んでいるとも言えるが……」  何か他に目的があるとか。とか……。  お?  なんか本当に私ってば、探偵みたいじゃんか。格好いいぜ……。 「……」 「ふぅ……死人の持ち物をあさるのもどうかと思うけどねぇ……」  横山妹子との約束もあるし……。  高島さんの机には何もなかった。  当たり前と言えば当たり前だろう……。  何か残っていたとしても遺品として回収されている……。 「当たり前だよねぇ……」 「んー?」 「うお?」  なんか高島さんの机の奥を探っていたらぬるぬるするものが手に触れる。 「な、なんだ? 何か腐らせてるのか?」 「……なんだこれ?」  個体とかじゃなく液体みたいな……ナメクジの這った後みたいな……。 「なんかキモイからこれは見なかった事にしよう……そして良く拭いておこう……」 「それより……」  私は丁寧に彼女の机の上側を見ていく。 「なんじゃこれ?」 「スパイラル……マタイ?」 「いや…………なんですか……これ……」  高島さんの席は……たぶん本人が削ったと思われる文字でうまっている。 「これは不気味としか言いようがないですなぁ……」  高島さんはその性格から気味悪がられていたというけど……この机を見ると少しだけうなずけるなぁ。  それか……イジメが彼女をそうさせたか……。 「……」  ただの落書きだけど……、  自殺する寸前まで高島さんがこれを書いていたと思うと……不気味だなぁ……。  持ってきた探偵セットを取り出す……これには万能虫眼鏡や指紋検出具や血液検出具などが入っている。  通販で一万八千円もするが、これはイイものです。  私は探偵セットから万能虫眼鏡をやおらとりだし悠然と文字を一つずつ確認してゆく……。 「その命三十億ギルダンなり……」 「第三の波……」 「うぐぅ……」 「……」  これって……、  これってぇ!  よく見たら……私が探偵用に持ってきた虫眼鏡に書いてある落書きだったよぉ。  あははは…… 私ってばおちゃめさんっ。 「気をとりなおして……」  ……。 「アタマ……リバース……」 「ハル・メキド……」 「ネブラ星雲……エロヒムロ」  なんかあんま変わんないじゃん……。  超意味不明ですわ……。 「エンジェルリムーバー……エンジェルナイト……私はエンジェルアドバイズ……」 「……」 「なんだこりゃ……全然分からん……」  とりあえず私はそれをメモっていく。  あーこういう時に写メがあれば楽なんかー。 「えーと……他は……」 「ん? これ……」  かすれててよく見えない……というよりは書いたのちに削った場所がある。  しかも結構な数だ……なんだこれ?  同じ場所に何度も書いて消して書いて消してを繰り返した様な奇妙なものだった……。  私は微細アルミニウムを取り出す……。  これは探偵セットに入ってる超重要なものだ。 「ふふふ……これなら隠されたものも……浮き出るハズ!」  どんどん浮き上がってくる。  すばらしいぜ……探偵セット。  どんどん指紋が浮き上がって、文字を見にくくしてゆく……。 「って! 指紋しか浮き上がらねぇじゃないかっ」  まぁ、指紋検出だからなんだけどな……。 「うはら、指紋だらけでわけわかんなくなった」  ついでに指紋も採取しておく。 「何が役に立つか分かりませんからなぁ……」 「だいたい二種類の指紋だなぁ……」  二つしかないって……どんだけこの机には高島さん以外に触ってないんだか……といった感じだねぇ。 「それにしても……」  一つは高島さんである事はたしかだけど……もう一つは誰のものなんだろう……。  まぁ、そういうの調べるためにはたくさんの指紋サンプルとらないといけないんだけどねぇ。  そんな事よりも……。 「削られた場所を浮き出す方法って無いかなぁ……」 「うーん」  とりあえず……がんばって残った部分を読んでいこう!  がんばればなんとかなる事もある様な気もしないでもない事もないのが世の中だし。  同じ言葉が何度も重ね書きされている……そして消されている。  解読はかなりやっかいと思えた……。 「えっと……これって『聞』? いやこれって『間』だ……そんで……」  ……。 「これって間宮って書いてない?」 「間宮……く…ん……あとは読めないなぁ……」 「間宮って……」  ウチのクラスの間宮卓司かな?  なんでこんなところにあの男の名前が……。 「間宮卓司に少し聞いてみるのがいいかな……」 「といっても……たしかあの人授業とかほとんどいないんだよねぇ……今日も見かけなかったし……」  それと……なんかあの人苦手なんだよなぁ……。  なんか知らんけど、あの人と会うと頭痛がすげぇするんだよなぁ……。 「うーん……」  私がいつも屋上にいるからって……間宮卓司が屋上にいるとは限らないよなぁ……。  といいますか……私はいつもに屋上いるけど、エンカウントしないしなぁ……。 「お? あれは?」  いつもエンカウントする人がいる。 「彩名さーん」 「はーい」 「ご精が出ますねぇ」 「はい、精液出しまくりです」 「……」  まったく私の斜め上を遊覧する回答だ……。 「彩名さんは精子が出る人なんですか?」 「いいえ……水上さんに合わせてみました」 「私は出ませんけどな」 「なら私も出ません……」 「ちなみにね、精が出るって、別に物体の精……つまり精液が出るわけじゃないよ」 「そう……水上さん特有の高等なギャグかと……」 「こんな時間になんで屋上いるん?」 「それはあなたも同じ……」 「私と同じ?」 「私は間宮くんを探しにきました」 「私も間宮くんを探しにきました」 「え? 本当に?」 「すみません……適当に合わせました……別に探してません」   「あはは……」  分かりづらいギャグ言う人だなぁ……。 「でも……間宮くんなら……」  彩名さんが屋上から下を指す。 「ん? あれは?」  ……中庭に人影が見えた。 「誰だ……あんな場所で、旧プールの方に行く……」 「影が見えたのなら……その後を追えばいいと思う……」 「影は……自分が見たいと思う姿……そして見たくないという姿だから……」 「だから……影を注意深く見るといい……」 「……なんか意味深……」 「うん……すごくカコイイ私……」 「ううん。そこまで言ってない……」  それはそれとして……、  中庭のあの影……追ってみるか……。 「えっと……たしか……」 「っ」  またか……なんでこうなんだろう。 「……あれは」  旧プールの土台から人影が出てくる。  人影はこちら側に向かってくる……。  なぜか影が巨大化していく様にすら見える……。 「くっ……なんだ……なんか立ちくらみがまた……」 「間宮……卓司……」  なんだかマジにこいつと会うたびに目眩がする……。  なんでだろう……。 「どうしたんだい? 水上さん?」 「ボクに用事かな?」 「ああ、少しね……用事があって来た……」 「具合……悪そうだね……」 「べ、別に気にしないで……」 「ボクはこんなに晴れやかなのにね……」  何だ……。  こいつ少し変だ……。  なんでこんなに……堂々として自信満々なんだ?  たしか……こいつってもっとおどおどしてた様な気がするけど……、  なんかこういう特有の症状っていくつもない。  一つは精神疾患……そしてもう一つは……、  薬物……?  会うたびに私の気分が悪くなっている……そして間宮卓司の態度が変わっている……。  気化して使う様な麻薬を使用している可能性……。  だとしたら臭いが一切しないって言うのもおかしい様な気もするけど……。 「気化して使う麻薬か……ないなぁ……」 「?!」 「それって無味無臭な薬物なのかなぁ? すごく値段高くない?」 「……なによ……それ」 「どうしたの? まるで心が読まれて驚いているみたいだけど……」 「……」 「なんか質問があったんじゃないかな? ボクに……だから会いに来た」 「……」 「な、何はしゃいでるんだか……気味が悪い人だ……」 「なるほど……高島さんの机にボクの名前ねぇ……そんなもの良く見つけたね」 「っ!」 「ま、間宮っあなたっ 痛っっっ」 「また頭痛かい? もしかして……真理を掴みつつあるボクに目眩を起こしてるのかな?」 「なに……それ……バカじゃない……」 「そうだね……君なら、もしかしたら解るかも知れない……たしかにボクは君の事を赤の他人とは思えないんだよ……」 「気色悪い……あなたと私は赤の他人でしょうが……ただクラスが同じってだけで……」 「そうだね、ボクと君はたしかにそういう関係だよね……」 「だからボクは君に挨拶はしない」 「……はぁ?」 「なぜならば……ボクの前に立つ人間が一流か否か確かめなければならないからだよ」 「何を言ってる……痛っっ」 「もう一度言うよ」 「だからボクからは挨拶しないよ!」 「……」  こいつ……こんなにおかしなヤツだったっけ……。  こんな……。  くっ……頭が痛いわ……マジで……。 「そうだね……言ってしまえば今はまだ二次元なんだよ」 「二次元?」 「そうだよ! そうだよ。今ここは二次元の世界。君たちはそこにいるトカゲの様な存在だ」 「なんだそりゃ……」 「その二次元のトカゲはどうやって三次元を知る?」 「なんの話だか全然分かんないって! つーか話の脈絡なさすぎだ……」 「一つは、三次元が二次元の面を通る時の影、刻々と変わる立方体の影、それで二次元のトカゲは立方体……三次元の存在を知るであろう」 「そう、二次元のトカゲが、三次元を想像出来るのは、その影を見る事だけだ」 「刻々と時間によって変化する、その影を見る事だけが、二次元に住む者達に許された事だ」 「ならば、我々三次元の人間は、四次元をどうやって知る? 五次元をどうやって知る? 六次元……さらなる次元の高みをどうやって知る?」 「そうだよ。二次元が立方体の影で、その存在を想像する様に……我々もその影で高次元を想像しなければならないんだ……」  こいつ……頭が狂った人間みたいな事言うくせに……この話……。  エドウィン・アボット・アボットのフラットランドの引用だ……結構教養あるな……。  くっ……。  頭が痛い……。  なんでこんなに目眩がするんだろう……。  こいつ……。  間宮卓司は私の顔をじっと見る。  まったく視線を外さない……。  心がおかしくなった患者は、医者から視線を外さないと言う。  それがどれだけ居心地が悪い状況かすら理解出来ないからだ……。  間宮卓司は私からまったく視線を外さない……。  すげぇ居心地が悪い……。  めんどくさい……。  いっその事……こいつをねじ伏せて……こいつを気が済むまで殴りたい……。  というか……殴る事にしました……。 「間宮さ……少し……」 「そうだよ!ボクは行くよ!」 「って、人の話聞け!」 「殴られるのは好きじゃないんだよ」 「!?」  なんで……。  こいつ本当に……私の心を? 「ボクが君の心を?」 「ふふふ……その疑問は君が追いつけばわかるさ……」 「ただし……追いつくことが出来なければ……永遠に分からないけどね……」 「間宮卓司!」 「では……ボクは行くからね……」  間宮卓司は消える。  あいつは……身体も小さく……いつもオドオドしていた……。  にも関わらず、今私は間宮卓司と向き合っていたら……とても奇妙な緊張にとらわれた。  気がつけば、握られた拳の中はじっとりと濡れていた。 「くっ……このクソ暑さのせいで……」  頭が痛い……。  気分も悪い……。  この奇妙な感覚は暑さのせい……、  それ以外には……。  何かがおかしくなってきている……。  あの時から……、  私の知っている風景が加速的に変わっていっている。  今まで代わり映えのしなかった世界が……徐々に溶けていく……そんな風景……。 「ゆきっ……」 「待っててくれたのね……」 「だからっ、あなたたちのために待ってたわけじゃないんだからねっっ」 「もうそのネタいいわっ」 「だって、お決まりも大事なんだよ」 「そんな特殊な世界のお決まりなんぞ知らん……」 「なんだと?! それは特殊な異臭で特殊な体型でお母さんに買ってきてもらったファッションセンターしま○らの特殊ファッションで特殊な眼鏡の特殊な趣味のお兄さんに対する批判か!」 「違うわ……というか長いわ……」 「ならク○リンの事か!」 「短いけど……関係ないわよ……」 「どうしたの? ゆき」 「え? 何が?」 「さっきから私達の顔をずっと見てる」 「そ、そうかな?」 「そういう時は……ゆきが何か聞きたい時だよ……」 「……」 「ま、まぁ……大した事じゃないんだけど……」 「どうしたのよ由岐……」 「いや……なんか変なメール来なかった?」 「何それ?」 「変なメールってどんなメール?」 「あ……いや変なメールがなければ問題ないんだよね」 「何かあったの?」 「いや……大した事じゃないんだけど……」 「何かあったのね……」 「高島さんの事かな?」 「……」 「由岐」 「……」 「大した事じゃないんだけど……あのね、さっき、あなたたちと別れた後すぐに剣道部の横山○輝に会った」   「横山○輝!?」 「そ、そんな人いないけど……」 「え? いない? あ、あのさウチのクラスの横山……大観だったかの妹の……」 「あのさ……横山って……横山潔くんの事?」 「そうそう、横山潔の妹の横山○輝!」 「いや……だから横山○輝とかいないから……いるのは横山やす子ちゃん……」 「ああ……そうそう、やす子ちゃん……」 「やす子ちゃんがどうしたの?」 「あ、え……うん……なんか色々と不安がってたみたいだった」 「……なんて言ってたの?」 「いや……たいしたことじゃないけど……うん、たいしたことじゃない……」 「……」 「メールってさっき言ってた……」 「いや……なんか変なメールが出回っているみたいでね……イタズラメールなんだけど……それでやす子が不安がって……」 「変なメール?」 「いや……なんかちょっとしたイタズラだよ……」 「世界が滅亡するってやつ?」 「……知ってるの?」 「直接は……ただやす子ちゃんがそんな事ぼそりと言ってたの聞いたから……」 「……」 「由岐なんて答えたの?」 「あり得ないって……」 「でも彼女……ゆきにそう言われた後になっても、世界の終わりを怖がってたみたい……」 「そんな事あり得ないのに……」 「明日、朝練があるんで」 「はい」 「明日迎えに来れないから、遅刻しちゃだめだよって司は言ってるのよ」 「ああ、なるほど」 「本当に分かってるのかな?」 「若槻姉妹が来ないからゆっくり寝れるって事ですね」 「違います! ちゃんと起きるんです!」 「こいつは……」 「大丈夫。遅刻なんてしませんよ」 「ホントかなぁ」  二人は自分たちの家に消えていく。  ふぅ……なんか大変な事ばかり……。  なんだか私すら恐ろしくなってきた……。  いったい何が起きてるんだか……。  あれ……誰だあれ……。  誰か見ている……。  って? あれは! 「っ!」 「間宮……」 「やあ、理を学んでいるかい?」 「間宮……なんでこんな場所に……」 「君は体の人なんだ、ボクみたいに理を学ばなければならない」 「確かに君の体は賢い、理を学ばなくても十分世界を知る事が出来る」 「時にはボクの理すら及ばない認識にいたる事もある」 「だが、理を学ばなければ、ボクのように悟れないよ」 「悟れなければ、それ以上の認識など想像すら出来ないよ」 「弁証法的、螺旋階段」 「高次元の認識に向かい! 上りたまえ!」 「あ……」 「って待てぃ」 「……」  間宮は消えた……。 「私より速く……」 「あいつ……そんなに足が速かったっけ?」  なんだろう……。  それより……一瞬、頭に変な電撃が流れた様な……頭痛に似た……そんな感触……。  あの感触……。  私は疲れているんだろうな……。 「はぁ……」  なんだか……本当に意味不明な事になってる……。  えっと……。  まずはメールを確認する。 「っと……あったあった。このキモイのがあいつからのメールだろう……」 「っで……」  横山潔からのメール(名前がメール内に入ってるので覚えた)から、学校の裏掲示板のアドレスに飛ぶ。  こんにちは、北校SAWAYAKA掲示板事務局です。  横山潔さんから、北校SAWAYAKA掲示板の招待状が届いています。  ---------------------------------------------------- □メッセージ ちわちわ横山潔デース(^_^)。 例の北校の裏掲示板の招待状を送りまーす。 登録してね。 あと合コンの件!忘れないでね。 某有名大学生の遊びサークルの人も たくさん来ます(*^_^*)。 すげぇ楽しいと思うよ(^o^)/。 ----------------------------------------------------    超ウゼェ文章……。  さてと……登録するには以下のURLから……ってこれか? 「んー」  こんなの実名で書くかよ……。  あ……でも管理者がいるのか……。  まぁいいや……適当な名前を作ってとりあえず登録してみよう……。そんなに嘘っぽくなければ問題ないと思う……。  そうなると実在している人間かなぁ……。  名前は……。  しばたかついえ。  住所は……尾張国愛知郡上社村……。  生年月日は……大永2年……。  歳は自動で出るんだ……えっと……487歳か……。  それと「会員ID」と「パスワード」を入力。  あとは管理人からの認証が必要となる様だ……。  もし管理人が名簿なり確認してやっていたとしたら認証はされない……だけどその場合は誰かの個人情報で偽るか、それか潔く自らの個人情報で登録しなおす事になる。  まぁ、それでもいいんだけどね……。 「さて終了です……終わり、終わり」 「ふぅ……」  私はベッドの上に勢いよく倒れ込む。 「今日は疲れたな……」  まぁ、私にしては良く動いているからな……。 「……」 「それにしても……」  怯えている。  横山の妹も……。  鏡も司も……そして私だって……。  皆不安なんだ……。  くだらないと分かっていながら……恐ろしい。  でも「怖い」って感情はそういうものなのかもしれない……。 「さてと……寝るか……」 「いやぁ……参りましたなぁ……コンビニの店員がちんたらレジやるから遅刻ですよ……」  私は時計を見る。  時間は11時すぎ……、だいたい四時限目がはじまるぐらい……。 「えーと、それと電車がちんたらしてたからかなぁ?……なんか気分的に……」  それでもあまり時間は合わない……。 「……あと……シャワーがちんたら出てたとか……なんか気分的に……」 「……なんとなくそういう理由かな?」 「あー、なんか三時限目の終わりの鐘が鳴ってますなぁ……」 「……ふいー、ギリギリセーフみたいです……午前の授業に間に合ったんだから、気分的にはケアレスミス程度の遅刻だよね……」  また目眩?  最近……なんでこうも……目眩ばかり起こすんだ私……。  本当に身体の調子が悪いのかなぁ……。 「黙れ!」   「黙らないわ! というよりもそっちこそ黙りなさいよ!」 「なんだと、この売女!」 「ば、売女ってっっ。言うことに事かいてこのチビっ!」 「なんだと!」 「悟りを開いた者に対してチビとはっ、ち、小さな人間はお前だ!」 「そんな事言ってるんじゃないわ!」  なんだあれ?  ……なんか、鏡と卓司が喧嘩している。 「みんな不安なんだから、適当な事言わないでよ!」 「適当な事ではない、真実だ!」 「ちょ、ちょっとお姉ちゃんも落ち着いて……間宮くんも……」 「私は落ち着いている。冷静でないのは君たちではないか?」 「あ、あの……そうかもしれないけど……とりあえず声をそんなに荒げないで話そうよ」 「私は声を荒げているのではないっ。貴様らの耳が真理の声を聞き取るにはあまりに小さすぎるから、大きな声でしゃべっているのだ!」 「みんなぁー座れ! 授業はじめるぞ!」 「世界史の飯田だ……」 「ほら、何を立ってるんだ」 「あっ、はい!」 「わ、わわっ……」 「みんなぁー座れ! 授業はじめるぞ!」 「ほら、間宮ぁ何を立ってるんだ」 「……」 「なんだお前? なにボーっとしてるんだ」 「ボクがボーっとしている様に見えますか?」 「あのなぁ。間宮、お前成績がものすごく下がってるんだからさっ。そういうバカな問いはやめないか?」 「ふふふ……バカな問いですか……まぁいいでしょう」 「よし、授業を始めるぞ……えっと教科書の67ページ開けてくれ……たしかローマ帝国の……」 「先生!」 「なんだまだ何か用事か? いい加減授業をはじめさせてくれないか?」 「……」 「どうした間宮? トイレか?」 「……」 「やはり先生も〈低俗〉《ていぞく》な人だ……だから大局を見失う……」 「なんか言ったか間宮……」 「すべてが終わろうとしているにもかかわらず……」 「すべてが終わる? 何を言ってるんだお前?」 「たとえば……この船が沈みますという時に……先生は〈悠長〉《ゆうちょう》にその船上で古代ローマの歴史でも教えますか?」 「間宮お前なに言ってるんだ?」 「質問ですよ……質問……船が沈みゆく時に先生はどこか遠くの昔話を生徒達に話すのですか?」 「ふぅ……歴史は昔話ではないし……だいたいここは船ではないし、沈みもしない……」 「なるほど……ここは船でもなく沈みもしない……そして過去を記述した歴史は昔話とは違う……」 「ああそうだ。それより間宮? 何か不満でもあるのか?」 「不満なんてありませんよ。だって先生は〈低俗〉《ていぞく》な人ですから、真実が見えないのは当然の事です」 「猫や犬が足し算引き算を理解しないからと言って、不満に思う人などいないでしょう?」 「間宮……お前大丈夫か?」 「大丈夫? 何を言ってるのですか? まず自分が大丈夫であるかどうかを心配したらどうですか? こんな時にこんなつまらない事をやっているのですから」 「こんな時につまらない事ってお前なぁ……」 「だいたい考えてもくださいよ……歴史なんて記述の束は、悪魔が世界を十秒前に作り、我々に記憶を植え付けただけのものかもしれないですよ」 「そんなわけないだろ……多くの歴史的な証拠があるのだから」 「ならば……それも作り物かもしれない……悪魔によって〈偽装〉《ぎそう》されたものかもしれない……」 「間宮……お前本当に大丈夫か? どうしたんだ?」 「悪魔でなくても……人が都合の良い様に解釈しただけのものかもしれませんよ……こんな教科書……」 「本当は……もっと大事な事が世界には沢山あるのかもしれない……それを〈隠蔽〉《いんぺい》するために誰かが書き換えたのかもしれない……」 「クラス委員!」 「は、はいっ」 「……今から職員室に行って担任の清川先生を呼ぶ様に頼んでくれ」 「は、はい……わかりましたっ」  クラス委員の女子生徒が卓司の横をすり抜けようとした時……。  間宮卓司はなぎ払う様にすると、クラス委員の女子はそのまま地面に倒れ込んでしまう。 「きゃっ」 「間宮、お前っ」 「あ、あんたっっ」 「お、お姉ちゃん……」  すぐに鏡が間宮の前に立ちふさがる。 「あ、あんたね。女の子に何手あげてるのよ!」 「女であるか男であるかなど関係ない……」 「だいたい……すべてが終わろうとしているにもかかわらず……まだこんな作り話を続けている様な場所で……女だとか男だとか……馬鹿馬鹿しい!」 「ここにいる人間すべてが、真実から目を背けようとしている!」 「いいかげんにしろ間宮! 大丈夫かっ」 「だ、大丈夫です。間宮くんの手に驚いてしまってただ足がもつれただけですから……」 「ふん……」 「間宮お前っ、謝れ!」 「なんでですか?」 「間宮お前……自分が何を言ってるのか分かってるのか?」 「その終わりというのはなんだ! 最近生徒達が怯えていると聞くが、お前がその噂を立てていたのか」 「終わりは……終わりです……」 「すべての終わり……」 「終着点の事ですよ……」 「それは、噂ではありません……ただの真実」 「あなたは弱い人間だ、小さい人間だ、だから僕を見る事が出来ない」 「お前、ちょっと来い!」 「うふふ、理屈で勝てないから暴力でくるのですか」 「ぁ……」 「!?」 「っ」  何が起きたのか誰もが瞬時に理解出来なかった。  ただ、大きな音の後に教師が血まみれで倒れている。  それが、花瓶で間宮が教師の頭を殴ったと分かるには、あまりに混乱していた。 「あ、あれ……」 「こ、これ……メール通りじゃない……」 「メール?」  その場にそぐわない言葉がぽつりと聞かれた……だがその言葉を問いただす事も出来ぬ間に……。 「きゃああああああああ」  誰かが叫んだのを皮切りに、教室は騒然とした。 「な、なんだよこれ……」 「し、死んだのか?」  倒れた教師を見ながら大騒ぎするが、誰もが間宮卓司の事は横目でちらちらと見る程度である。  それは恐怖故にであろうか? それとも見てはならない顔がある様に思えたからだろうか?  だが、間宮卓司はただにこやかに笑いながら立っているだけであった。 「みんな、どうしたのですか……えらく怯えているではないですか」 「血が……出てる……」 「お姉ちゃんっ先生助けなきゃ」 「きゃぁっ」   「司っ」  教師に近づこうとした司を卓司は手で払いのける。  その手に驚いた司はその場で尻餅をついてしまう。 「間宮卓司! あなた!」 「おや、水上さん」 「どうやら君もここに転がる哀れな小羊と変わらないようだね」 「君の心は恐怖で濁っている」 「そうやって、いつまでも恐怖に怯えながら何もせずにつっ立ってるがいいさ」 「そうして、そのまま地獄の劫火に焼かれるがいい」 「間宮……」 「どうした、僕を殴るのかい?」 「悠木皆守やその他の人間が、いままで僕をいじめてきた様に!!」 「っ?」  まただ……。  なにこの感じ……。  間宮を前にすると……目眩がする……。  なんでこんな事に……。 「聞くがよい! 恐怖におののくものどもよ」 「すべての生は20日で終わる! これはまぎれもない真実だ!」 「城山の死も高島の死もすべてそのためである!」 「死こそ、予言の〈明言〉《めいげん》なのだ!」 「死こそ、真実なのだ!」 「なぜ死は予言への〈明言〉《めいげん》たりえるか?」 「愚劣な者は死を隠そうとするのだ!」 「だからこそ、隠されたものによって語られなければならない!」 「死を隠すもの! それは第一に教育! 第二にマスメディア」 「この国の様に学校教育がきわめて高度に普及し、マスメディアも世界最高基準にまで巨大化している社会では!」 「我々は、公教育とマスメディアによって多くの禁忌を植え付けられている」 「その最大の禁忌とはすなわち、死を考える事!」 「我々は死を考えることを置き去りにし! あたかもこの日常が永遠に続くかのごとくに振る舞うことを強制する」 「なぜならば、死の不条理さの前ではすべてが無力であり、すべてが無意味だからである」 「だからこそ、教育は! マスメディアは! 死を、本当の意味での死を〈覆〉《おお》い隠そうとする!」 「彼らが我々に示す死とは、対岸のもの、我々には関係のないもの、あくまでも自らに降りかからないからこそ、楽しめる玩具のごとき死でしかない」 「だが、誰でも知っている事実として、死はすべての者に寄り添うもの……死とはリアルそのものである」 「ま、間宮……お前……」 「せ、先生」 「よ、良かったぁ……先生」 「お前は間違っているぞ……」 「何が間違っているのですか?」 「そんな宗教じみた事……お前……」 「ほら、見たことか……」 「今、この男は、私の考えを“宗教じみた”と言ったではないか」 「あたかも『キチ○イじみた』とでも言いたげに……」 「ち、違う……」 「違うものですか……死を考えること……〈死生学〉《しせいがく》を数千年やってきたのが宗教ではありませんか? 〈形而上学〉《けいじじょうがく》ではございませんか?」 「つまり、宗教じみている……死を考えることは、先生にとってキ○ガイじみていると言う意味ではないのですか?」 「違う……お前は狂信者のみたいじゃないか……」 「はて? これは奇異な事を仰ります……私のどんな考えが、狂った様に感じられるのですか?」 「し、知らん……だが……」 「私からしたら、あなたこそ常識というくだらない教義を狂った様に信じているみたいに見えますよ」 「なんだ、それは……」 「自分が理解出来ないものに『狂』のレッテルを貼らずにはいられない……自分が信じる常識が覆る様な考えは……すべて狂っている人間のしわざ……」 「そ、そんなものは飛躍だ……間宮貴様……」 「たのむ……誰か担任の先生を連れてきてくれ! 誰か!」  教師は必死で生徒達に訴えるが……誰一人として動く者はいない……。  すべての人間がその場の空気に支配された様であった。 「現代社会は死を〈捨象〉《しゃしょう》したところに存在し、死をタブー視する社会である!」 「それが正しいなどと思うのは、考える身体を持ち合わせていない奴隷の言葉だ」 「なぜならば、前近代において死は最も重大な〈思索〉《しさく》の対象であったではないか!」 「死こそ〈思索〉《しさく》の最大の関心事ではなかったか!」 「にもかかわらず! 近代に成立した政治、社会思想はあたかも我々には無縁の事態がごとく振る舞った」 「あなたが二人の死に自分勝手な意味を与えている」 「自分勝手とは?」 「へりくつという意味……全然デタラメと言ってるのよ!」 「世の中が死を隠してるというご高説は、まぁどっかで聞いた事ある様な話だから良いとしても、それと二人の死が何か表しているというのは飛躍以外の何物でもないわ」 「というよりもデタラメ、というよりも妄想」 「なるほど……なかなか手強い売女だ……」 「だから売女ってやめなさいよ!」 「君はこう言いたいのであろう。ボクがしめした彼らの死の意味……それが真なる命題である事を……それを実証しろとっ」 「実証? バカじゃない? 実証なんて出来る様なものじゃないでしょ……誰がどう考えてもあんたが言ってることは妄想なんだから!」 「妄想ねぇ……そうだ君は嘘科学と科学をどう判別するか知ってるかい?」 「嘘科学と科学?」 「そう、ペテンと真理をどう判別するかだよ……」 「ぺ、ペテンはペテン……それ以外の何物でもないわよ……」 「それではデタラメだよ。『ペテンはペテンだ』なんて命題は何も語っていない……」 「ペテンと真理の差……それは『新奇な予言』があるかどうかだよ」 「新奇な……予言?」 「予言と言うと少し宗教じみてるね……簡単に言えば、端から見たら奇異に見える予言だが、その理論から導き出せる正しい予想の事だよ」 「アインシュタインは多くの予言をした……ブラックホールや空間のゆがみ……それは彼の相対性理論から導き出された答えだ」 「その理論を理解出来ぬものには、それはとても奇異な予言の様に思えたであろう……」 「だがそれはすべて的中した……それがなぜだか分かるかい?」 「その考えが正しかったら……」 「そう、相対性理論は正しかった。だからその正しい説明原理から、正しい予言が導き出される」 「つまり……ボクの頭の中にある理論……そいつから導き出される予言……それが当たれば……良いわけだ」 「予言?」 「だから、ボクはこれからいくつかの『新奇な予言』をするよ……」 「その予言が的中するたびに……君は恐れおののくがいいさ……」 「ボクの正しさ……」 「……なにをばかげた事を……」 「私を生まれ変わらせるために神があの二人を贄とした!」 「一人は城山翼、もう一人は高島ざくろ……この二人は私が生まれ変わるために神が贄とした!」 「私は生まれ変わった!」 「何に?」 「救世主に」 「そう救世主にだ!」 「世界はあと五日で終わる」 「しかし、それは兆しだ」 「世界が生まれ変わるための……」 「救われない者は古い世界とともに永久に地獄の劫火に焼かれる」 「未来永劫に続く苦しみだ!」 「……皆知っているだろう」 「世界が嘘で満ちている事を! そして真実は隠されている事を!」 「愚者は平等と言う!」 「しかし皆知っている、世界が平等でない事を」 「愚者は自由と言う!」 「しかし皆知っている、世界に自由がない事を」 「愚者は愛と言う!」 「しかし皆知っている、愛が人を裏切る事を」 「愚者は人を殺すなと言う!」 「しかし皆知っている、世界が殺人で満ちている事を」 「愚者は嘘を付くなという!」 「しかし皆知っている、愚者こそが嘘付きである事を」 「愚者の嘘を鵜のみにした者は馬鹿をみる」 「そう、嘘なのだ!」 「すべては嘘であったのだ!」 「世界がずっと前からあることも」 「これからあり続けることも」 「すべては嘘だ!」 「我々が前に踏み出そうとするその先は……」 「奈落なのだ!!」 「世界は終わる!」 「確実に終わる!」 「これが真実なのだ!」 「その証拠に三つの予言をしよう」 「一つ! もう一つの死によって、死への濃度はさらに明言されるであろう」 「二つ! 多くの者がその死をもう一度目撃するであろう!」 「三つ! そして死者は語るであろう……」 「すべての終局を!」  間宮が教室を飛び出す。  そのあまりの突然さにみんな呆然とする。  多くの沈黙の後……クラスが騒がしくなったのは、他の教師が駆け付けてからだった。  鏡は司を抱き上げている。  私はそこに立ち尽くすだけだった……。 「世界が嘘で満ちている事を……そして真実は隠されている事……か」  なぜ私はあそこで立ち止まったんだろう……。  なぜ私は何一つ言葉を発せられなかったのだろう……。  目眩がしたから?  頭痛がしたから?  それは言い訳にはならない……だって、一言も喋れないほどではなかった……。  私は……何も言うことが出来なかった。  鏡が間宮卓司に怒鳴っていたのを聞いていただけ……。  間宮卓司がうれしそうにご高説を垂れ流すのを聞いてるだけ……。  何も出来なかった……。  私はあの時どうすべきだったのであろう……。  ……。  私は間宮卓司にどうするべきだったんだろう。 「音無彩名……さん」 「おはよう……」 「おはよう……そんで、あなたも授業サボっているの?」 「そう、まぁ……」 「そう……んで、何をやってた?」 「見てた……」 「また……空?」 「そう……」 「空……ね」 「うん……」 「そうか……」 「水上さん……なんで泣いてるの?」 「泣く?」 「うん……」 「……」 「泣いてるって……涙とか流してる状態を言わないかな?」 「そう? 良く分からない……そんな気がしただけ……」 「……」 「泣く様な事はなかったけどなぁ……」 「なかったけど?」 「あまり気分はさえないのかもしれんねぇ……」 「気分がさえないの……」 「そっ……」 「いろいろあったから?」 「うん、まぁ、そうかも……ここ最近いろいろあったから……疲れた……」 「彩名さんは?」 「私がどうしたの?」 「どう思うのかなぁ……って」 「どう思う?」 「いやさ……同じ学年のヤツが二人も短期間に死んで……それに学校中わけのわからない噂でもちきりみたいだし」 「噂?」 「あ……そうか……彩名さんは知らないだろうな……」 「高島ざくろさんからのメールの話?」 「知ってるの?」 「わりかし……」 「もしかして彩名さんの携帯にも?」 「私は携帯電話を持っていない……私に来たのは違うもの……」 「違うもの? って何が来たの?」 「うん、高島さんから……」 「高島さんから??」 「うん……」 「それって?」 「見たい?」 「えっと……そりゃ気になる……そんな言われ方したら……でもそれって? 大丈夫?」 「大丈夫って?」 「あ、いや……なんて言ったらいいかわからないけど……」 「それって、水上さんが大丈夫なのかって意味でいい?」 「なんで私が? というかそんな見たらショックを受けるようなもの?」 「さぁ……それは分からない……」 「ただ、それはあなたが隠したものだから……」 「私が?」 「うん……でも正しくは水上さんが隠したものじゃない……水上さんに隠されたもの……」 「なにそれ……良く理解出来ないけど……あ、彩名さん何か知ってるの……?」 「あなたが知ってる事しか知らないよ……」 「私が知ってる事?」 「うん……あなたの限界が世界の限界……だからあなたの語り得ない事……あなたが見る事が出来ない事をあなたに教える事が出来ないし見せる事も出来ない……」 「ど、どういう事?」 「語り得るものは明晰に……」 「あなたが見た光景……しか見せられないという事」 「私が……?!」 「っ?!」 「人はなぜ……いろいろなものを隠そうとするんだろう……」 「なんの話?」 「知っているハズなのに……知らない様に振る舞い……そしていつか本当にそれを忘れる……」 「忘れたにもかかわらず……それに興味を抱くくせに……」 「……」 「彩名……さん」 「そういえばさっき間宮くんの教室で……声がした……」 「間宮、大声で言ってた……。人は死を隠した……この世界は死を隠した……」 「なら、せっかく隠したものを、なんで人は暴こうとするんだろう……」 「なんでせっかく遠くに隠した……死。それに人は魅せられるんだろう?」 「一生懸命隠したはずなのに……また掘り返そうとしている……」 「水上さんも……せっかく隠したものを……また掘り返そうとしている……」 「それはまったく同じ事……」 「私が隠したもの?」 「そう、それを隠し通せば……あるいは……」 「あるいは?」 「素晴らしき日々……」 「素晴らしき日々?」 「永遠の生の中に人は生きる……」 「永遠の中に人は生きるって……何それ?」 「そう……生は閉じたもの……死は誰にも開け放たれていないものだから……」 「隠し通せば……知る事などない……」 「それと同じ……素晴らしき日々は語りえぬ沈黙の上に立つ……」 「死を思わず……死を知らず……、そして生の中にありて……」 「いつの日にか、あなたの目の前を通り過ぎた猫の様に……いつの日にか、あなたが眠る夜に吠える犬の様に……」 「足下のおぼつかないブロック塀の上を上手に歩き……上弦の月を喰らう様に吠える」 「子猫の様に、小さき者の命を引き裂き……子犬の様に、従順な瞳で人を見上げる」 「猫の様に孤独の夜にありて……犬の様に集団の森にある……」 「生を思わず……そして生を知る……」 「その中に……あるいは……その外に……素晴らしき日々が……」 「……」  静かな声……。  透き通る様な瞳……。  すべてを知り、すべてを見ているような彼女に……、  恐怖で肌が泡立つ……。  だけど……。 「彩名さん……あなたは何を知っているの?」 「水上さんが知る事だけ……だよ」 「それはどういう事?」 「くす……質問ばかりの人は嫌われる……」 「……私は別に他人に好かれたくない」 「くす……」  彼女が知るもの……。  その事実に恐怖を感じていながら……、  私はそれを知りたいと思っていた。 「外に行きたい?」 「外?」 「うん……ここより先の世界」 「……先の世界?」 「うん……」 「……まるで彩名さんの言う事も……間宮卓司みたいだね……」 「そう? かっこいい?」 「全然……すごくダサイ……」 「格好いいのに……外の世界とか……先の世界とか……なんか気持ちよさそう……」 「ふーん。なら彩名さんが言う……外って何? 先の世界って何かしら?」 「それって、あの世の事? それとももっと高尚な神様の世界? それとも高次元の世界? どちらにしても……」 「馬鹿げている?」 「……そう」 「くす、くす、そうだよ。水上さんの言う通りだよ」 「外の世界なんかない……」 「すべては私達の世界……それはどこまで行っても、行っても……私達の世界」 「ここに立ち止まるのも……ここから歩き出すのも、同じく私達の世界……」 「あの世があるとしたら、それはきっと私達の世界。もっと高度な……高次元の世界があるとしたら、それも私達の世界……」 「神様の世界があっても、悪魔の世界があっても、それはきっと私達の世界……」 「この世界に新しい……それこそ外から新しい注釈をつけたとしても……それも新しい私達の世界……」 「いいえ……そんなものは新しくも古くもない世界だと思う……」 「……」 「くす、くす」 「……」 「なら、これから見える世界もまた……あなたの世界……新しくも古くもない世界……」 「こんな言葉が……水上さんにとっての正しい注釈になるのかな?」 「?!」  そのままゆっくりと彩名さんは顔を近づけてくる。  そしてそのままおでこを私の頭に“こつり……”とぶつける……。 「あ、彩名さん?」 「……」 「なっ!」 「い、今の……」 「くす……」 「今……高島さんの……」 「水上さんが持ってるものなら見せてあげられる……」 「私が持ってるもの……どういう事?」 「水上さん……こんな話……知ってる?」 「?」 「……世界には何人の魂があれば足りるか……」 「……」 「それはどういう意味?」 「そのままの意味……」 「世界に必要な数の魂……たぶん……一つで十分……」 「どういう意味……彩名さん」 「?!」 「彩名……さん?」  いない……。  誰も……。  屋上で時間をつぶしていたら……すべての授業は終わっていた。  授業が終わればもう学校に用事もない……とりあえず私は教室に帰る事にした……。 「あっ、由岐!」 「鏡……」 「由岐……」 「また授業サボってた……」 「うん……ごめん……」 「……もう知らない!」 「ふぅ……」 「……もう知らないって……いつの少女漫画だか……」 「おーい……鏡さん……なに怒ってるですか?」 「何が……」 「“何が?”じゃなくてね……」 「怒ってなんかないわ……」 「あ……」 「これから他校と合同練習があるの……だから邪魔しないで……」 「ふぅ……鏡!」 「!」 「鏡……どうした?」 「どうも、してないよ……」 「鏡……」 「部活あるから……」  ……。  ふぅ……。  逃げる様に授業サボったからかな……。  まぁ、あんな居心地の悪い場所に置いてけぼりにしたんだから……仕方がない……。  申し訳ない話です……。 「司……」 「ごめん……少しだけでいいからお姉ちゃん……放っておいてあげて……」 「……うん……」  ……。  司もやっぱり怒ってるのかな……。  私は家に帰るなり、すぐにパソコンの電源を入れる。 「認証されてますかねぇ……登録……」  私はすぐにメールソフトを開き、サーバーにたまっているメールを確認する。 「……早く会いたいよ……」 「SEXだけでいいんです……」 「【PR】主人がオオアリクイに犯されました……」  ほとんどが迷惑メール。  こういう時に思うけど、ほんとうに迷惑だね。  本当に死ねばいいのに……業者……。 「会員登録完了……北校SAWAYAKA掲示板事務局……」 「……」  迷惑メールと一見勘違いしてしまいそうな題名……だけどこれは違う。  これこそが彼らの足取りを追う鍵の一つとなるものだ……。  さすがに鼓動が少し速くなる。 「来てる……メールが……」  私はそのメールをダウンロードする。  こんにちは、しばたかついえさん。 北校SAWAYAKA掲示板事務局です。 この度は北校裏掲示板へのご登録ありがとうございます。 会員登録のお手続きが完了致しました。 サイトをご利用の際にはご登録いただきました「会員ID」並びに「パスワード」は以下の通りです。 控えをお取り頂き大切に保管してくださいね。  「会員ID」  YA!KI!U!CHI!  「パスワード」  SI!ZU!GA!TA!KE!Suicide!  このHN……そしてIDとパスワードはたしかに私のものだ……。 「よく認証されたなぁ……こんなもん……」  『しばたかついえ』なんて適当な名前が認証されたという事は、管理人は何も考えずに認証しているか……もしくは自動で認証しているか……。  管理人は誰なんだろう……。  私はくだんのアドレスをクリックする。  なるほど……典型的なスレッドフロート型掲示板……。  スレッド一覧を見た時に最終投稿時間が近いほどスレッドが上位に表示される形式なもの。  つまり書き込みがあまりされなかったり、すでに書き込みがいっぱいになっているものは下に流されていく……書き込みがあればまた上がる。  下にあったスレが上がっていく姿からこんな名前がついているらしい……。 「スレが何個かある程度だと思ったけど……結構栄えてるなぁ……」  といっても元々、そんなにスレッドがあったわけじゃないんだろう……。 「高島ざくろの死について……間宮卓司の演説……世界が終わるってホントですか?……元々そんなにスレがあるわけじゃないから……ほとんどこの手のスレで埋まってる……」  特に目立つのは……。  1:救われる者と救われない者  このスレは今日のAM11:23に立てられた。  立てたのは間宮卓司本人……。 1:間宮卓司:2012/07/15(水) 11:23:12 ID:mamiya 多くの者が確認したであろう。 そして見たであろう。 高島メールの予言は、私の覚醒を予言した。 私は、今ここに立っている。 救世主として。 今こそ、救われる者と救われない者はふるいにかけられるであろう。 2:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 11:26:15 ID:KAERA 高島に続いてまたかよ。 マジでキチは勘弁。 3:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 11:30:20 ID:inkin 警察に通報しまつた。 4:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 11:35:40 ID:ADAMO お前まだ捕まってないのかよwwwwww  当たり前だけど……間宮の立てたスレは荒れに荒れている。  まぁ、当然あんなもん真に受ける人間なんかいないよな……。  内心ほっとした……。  数人が間宮の事件以後に消えたと聞いてたけど……関係ないのかもしれない……。  これだけ間宮の書き込みがバカにされているんだから……。 「ふぅ……」 「さてと……消えそうなところからちゃんとチェックしていこうかねぇ……」  1000を超えて書ききれなくなったスレで一番古そうなものを確認してゆく……。 「それらしいスレ……」  97:転落事故について語るスレ  日にちが……07月10日……これは城山の事故に関するスレッドだろうな……。 1:名無したちの北校生:2012/07/10(金) 15:20:12 ID:marudai 他のスレでも話題になりましたが、単独スレをたてました。 2:名無したちの北校生:2012/07/10(金) 15:21:15 ID:KAERA 人が死んだのに不謹慎。 3:名無したちの北校生:2012/07/10(金) 15:22:20 ID:inkin あれって三組の城山だって本当? 4:名無したちの北校生:2012/07/10(金) 15:25:40 ID:ADAMO 〜このスレは終了〜 25:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 00:20:12 ID:KINKIN 北校 3年6組 主席番号12番 城山翼 身長 175㎝ 体重62㎏ 誕生日 5月10日 血液型A型 26:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 00:20:45 ID:Aanana 個人情報ワロス。なんで体重身長まで知ってるwwwwwww 27:高島ざくろ:2012/07/11(土) 00:20:46 ID:zakuro 彼が死ぬのは必然。  この27番目のコテハン……名前……。  これって……高島ざくろさん本人?  こんなところに書き込みしてるなんて……。 28:名無したちの北校生:2012/07/11(土)01:21:25 ID:kintama >>27 マジお前自重。 29:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 01:22:16 ID:aria 高島ざくろって三組のだろ。てめぇが殺したんだろ。 30:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 01:22:50 ID:anaana 高島さんと言う方ですか? 本当にそういう言い方は不謹慎だと思います。 31:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 01:31:20 ID:meka >>27 マジキチ氏ね  当然の様に総スカンを食らってる……。  当たり前だ……こんな時にこんな内容の書き込みしたら……。  でもなんで……。 32:高島ざくろ:2012/07/11(土) 01:50:15 ID:zakuro 彼が死ぬのははじまりでしかない。 33:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 01:51:20 ID:kinako はじまりでしかないとかwwwwまだ人死ぬフラグwww 34:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 01:53:21 ID:aida >>30 その言い方本当に問題あると思うけど?高島。 35:高島ざくろ:2012/07/11(土) 02:00:25 ID:zakuro だって……これって予言通りなのだから……。 36:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 02:02:11 ID:kanakana 予言ってwww 37:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 02:03:21 ID:kanakana デムパキター  予言って……高島さんが言い出した事?  間宮卓司よりも先に……。  それにしても予言って……。 「……」  その後、このスレでは高島さんは書き込んでいないみたいだった……。  高島さんの書き込みは無視されて、そのまま城山転落事故の話でスレは1000までいく。  他のスレを探すと……。 「これって……」  74:ビックハザードが来ます。 1:高島ざくろ:2012/07/11(土) 22:02:13 ID:zakuro 封印されたアザは物理特化符虫(外径魔法系暗黒召還虫)を使い、私達人類に悪しき考えを植えつけようとしてきた。 それが人類の長い歴史に見られた狂王達(ヒットラー・ハーン・マリーアントワネット.etc)と我々(市民、革命軍、人民)の戦いの正体です。 城山翼さんはその物理特化符虫に犯されていました。 彼は私を堕落(負的衝動エナジーダウン現象)させるためにアザがそう仕向けていたのです。 なぜならば、アザはもうすぐに目覚めるからです。ビックハザードが来るんです。 大いなる災いが訪れます! 2:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 22:10:15 ID:KAERA ビックハザードこっちくんな   /\___/\ //   ヽ \ |(●) (●) | |  ノ(、_)ヽ | |  ;‐=‐ヽ | \ `ニニ´  / /`ー‐--―´´\       nn   nn     n|||  ||||n     ||||∩ ∩||| |     |:: !} {! |     ヽ ,イ  ヽ :イ   3:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 22:16:25 ID:KAERA >>2 ワロタ 4:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 22:17:23 ID:KAERA     ∧ ∧ ∩こ   ( ´∀`)/ ∧ ∧ ∩っ  ⊂  ノ  ( ´∀`)/   (つ ノ  ⊂   ノ  ∧ ∧ ∩ち    (ノ    (つ ノ  ( ´∀`)/          (ノ   ⊂   ノ               (つ ノ  ∧ ∧ ∩く               (ノ  ( ´∀`)/                  _| つ/ヽ-、_                / └-(____/                 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                    <⌒/ヽ___ん                  /<__/____/ な 5:高島ざくろ:2012/07/11(土) 22:21:13 ID:zakuro ふざけないでください!  ふざけるなって……言われても……。  こんな事言われたら……そう言いたくもなると思うけど……。  なんか知らんけど難しい言葉ばっかりだし……こっちくんなとしか……。 8:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 23:28:21 ID:KAERA >>1 ビックハザードって誰?大きい? 9:高島ざくろ:2012/07/11(土) 23:30:15 ID:zakuro >>8 ビックハザードは人ではありません。大いなる災いの事です。 10:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 23:30:21 ID:daiki >>8 マジレスすると、世界同時不況の余波の様なもの。駅前の○ーソンがつぶれていたのはビックハザードのため。 11:名無したちの北校生:2012/07/11(土) 23:30:21 ID:daiki >>8 知ってる! 12:高島ざくろ:2012/07/11(土) 23:30:15 ID:zakuro >>10 >>11 違います!  そりゃ……違う……だろうなぁ……。  私もビックハザードがなんなのかは知らんけど……。 24:高島ざくろ:2012/07/11(土) 23:31:45 ID:zakuro アザースを止められる唯一の存在、エンジェル戦士を負的衝動エナジーダウン現象化させ、骨抜きにするために城山翼くんに物理特化符虫を忍ばせました。 それぞれのエンジェル戦士にも同じ様に、物理特化符虫に操られていた刺客を送りました。ですが黄金の光エンジェルリムーバー、蒼き閃光エンジェルナイトの力により、結界内(東京23区)物理特化符虫は対消滅させられました。 城山くんはすでに脳を喰われていたので、物理特化符虫が消え去り、狂ってしまって屋上から飛び降りてしまったのです。  その後もスレッドは荒れに荒れる……。  茶化す者……怒る者……少し怖がる者……だけどこの時点ではまだ、それほどスレの住人は恐怖していない。  単におかしなヤツにみんなで騒いでいるといった感じだ。 256:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 00:30:21 ID:daiki そんで世界の終わりっていつなわけ?予言とか言ってるけど後出しじゃんけんの予言しか聞いてないんだけど、いつ世界が終わるわけよ? 257:高島ざくろ:2012/07/12(日) 02:10:05 ID:zakuro 2012年7月20日に大いなる災いは訪れます。 258:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 02:31:11 ID:daiki >>257 めちゃくちゃ近くてワロタ 265:高島ざくろ:2012/07/12(日) 04:18:25 ID:zakuro こんな人数ではなく、多くの人間が死にます。 それこそ数え切れないほどに……この星はボトルネックをむかえる事になります。 266:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 04:31:21 ID:KAERA >>265 ボトルネック? 267:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 04:33:54 ID:daiki >>266 ボトルネック……たぶんここだと遺伝子的ボトルネックの事だと思われ。 遺伝的多様性の急激な減少の事。 地上の多くの動物が死に絶えて、遺伝子の種類が大幅になくなる事だから……まぁ大いなる災いとかビックハザードとかの言葉通りだね。 652:高島ざくろ:2012/07/12(日) 05:18:25 ID:zakuro 2012年7月12日にアタマ・リバースを行います。 そしてみんな知る事になると思います。 私が人間ではない事。 そして世界が滅亡に向かっている事……。  2012年7月12日にアタマ・リバース? この言葉って自殺当日に書かれたもの?  そういえばこの言葉……。  私は高島さんの机の上でメモったものを開く。 「……」 「これってやっぱり……高島さんの机の上にあった落書きと同じだ……」  って事は……この書き込みは高島さん本人で間違いがないって事か……。  アタマ・リバース……ハル・メキド……ネブラ星雲……エロヒムロ……エンジェルリムーバー……エンジェルナイト……私はエンジェルアドバイズ……。 「エンジェルアドバイズが高島さん……という事はスレにも出てきたエンジェルリムーバーとエンジェルナイトは……」  あそこにいた二人……。  なるほど……。  「私が人間ではない事」というのは……たぶん高島さんがエンジェルアドバイズという戦士だという意味だろう……。 856:高島ざくろ:2012/07/12(日) 09:02:13 ID:zakuro もうすぐにビックハザードが来ます!  12日の朝9時ぐらい……それが彼女の最後の書き込みらしい。  この日彼女はアタマ・リバース……つまり屋上から飛び降りた。 「……これ」 「これは……その日の夕方にたったスレ……ちょうど自殺のすぐ後にあたる……」  71:なんかキタんですけど(||||▽ ̄)」コワヒ〜 1:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 22:52:25 ID:MARUKOME なんかメール来たんだけど……。変な写真と文章で……。 >わたしはしぬ事によりせんしとしてうまれかわりました >のはずでしたがいたいです >からだがないのに >いたいです >こんなになってしまたのでいたいです >なので >みんなしにます >8にちごにしにます >ぜんいんかならずしにます。 これアドレスがtakasimazakuroだったんだけど……。 2:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 22:55:12 ID:GENKI なんかわたしにも来てたんですけど……(´・ω・) 3:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 22:58:32 ID:KINDARMAN 同じもんだよ。俺に来たのと……。なんなのそれ?マジで高島ざくろからのメール?  その後スレは自分のところにも来たという書き込みであふれている……。  その数はこの掲示板に来ていたすべての人間にではないだろうか……。  当然の様に私が思ったのと同じ疑問がスレに現れる。 50:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 23:40:45 ID:WAKAWAK 何時にメール来てた? 52:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 23:45:05 ID:KITAMURA なんか一斉送信みたいじゃない? 54:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 23:48:45 ID:GENKI >>50 10時44分ぐらいだと思う。 >>52 なんだかみんなほとんど一緒に受け取ってる。 55:名無したちの北校生:2012/07/12(日) 23:50:45 ID:WAKAWAK >>54 私もだいたい10時45分ぐらい。 >>52 一斉送信とかだと思う……。  一斉送信……まぁそうなるかなぁ……。  全員分なんか、ちまちま送れないよな……。  という事は……。  名簿の様なデータが送信者にはあるって事になる……。  もし仮に……高島ざくろが送信者でなければ……だけど。 「名簿……。たとえば教師とか……というかさすがにメールアドレスは教師が持ってる名簿には無いか……」 152:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 01:40:45 ID:satokon 言いづらい事だけど……あのメール本当に高島ざくろのものだと思う……。 私あの人のアドレスが携帯に入ってるから分かる。 誰が使ってるかまでは知らないけど、メールを出してるのは高島の携帯。 153:赤坂めぐ:2012/07/13(月) 01:42:25 ID:megu >>152 聡子だよね……。 私も分かる……あれ間違いなく高島のメールだよ。 だって同じアドレスだし……あの子が持っていた携帯のカメラの写りと同じだもん。あの子すげぇ解像度が悪い携帯つかってからさ。 154:さとこ:2012/07/13(月) 01:46:48 ID:satokon どうしよう……あれ高島の携帯だよね。 写真とかさ、この前うつした時の解像度と同じだもん。 あのファーストフードで写したものと同じだもん。 高島生きてるの? 155:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 01:51:11 ID:atata 高島は死んだ。生きてない。それはたしか 160:さとこ:2012/07/13(月) 03:12:48 ID:satokon 怖いよ……私……どうしよう。 161:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 03:15:11 ID:atata なんでそんなに怖がる? 162:赤坂めぐ:2012/07/13(月) 03:22:25 ID:megu たぶん高島は私達の事恨んでるから……あのメールってやっぱり幽霊なの?高島の幽霊なの? だったら私……。 163:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 03:25:21 ID:atata あんた達高島いじめてたの? 164:さとこ:2012/07/13(月) 03:29:18 ID:satokon 私達だけじゃないわよ……元々はクラス全員でやった事でしょ……なんで私達だけ……。 165:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 03:33:31 ID:atata 私達だけってどういう事? 166:さとこ:2012/07/13(月) 03:36:33 ID:satokon 秋子とかえりとか、クラスの他の人にはあのメール来てない。 167:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 03:40:42 ID:manaka 俺たちなんか高島とか言う人知らないのにメール来てるしww 168:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 03:40:42 ID:kiri あんたらが原因か! 高島の霊を鎮めるために死んでください。 170:さとこ:2012/07/13(月) 03:52:32 ID:satokon 私こんな事になるなんて思わなくて……思わなかったから……。 171:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 03:55:53 ID:akana 知らないし。高島の呪いを受けるのはお前達で十分。 172:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 03:58:12 ID:kotoko 高島って死ぬ時に自分が人間じゃないって言ってなかったっけ?そういえば……。 173:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 04:02:02 ID:kotoko >>172 >2012年7月12日にアタマ・リバースを行います。 >そしてみんな知る事になると思います。 >私が人間ではない事。 >そして世界が滅亡に向かっている事……。 言ってる。 すでにこの時点で幽霊とか? 174:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 04:06:12 ID:mamada >>173 自殺したのはこの書き込みの後なので、この時点だと人間でOKなはず。 混乱させる様な事言うなよ 392:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 11:42:53 ID:ikeda というか20日に世界滅亡とか早すぎるんだけど、これって高島の呪いで起きるの? 393:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 11:45:22 ID:mamada >>392 いくらなんでも一個人の幽霊が世界を壊せないだろ。 394:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 11:48:52 ID:mini なら世界の滅亡は無いわけか。 395:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 11:55:52 ID:kimi いじめてた人間が滅ぶという意味。 20日に呪い殺される。 396:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 11:58:02 ID:tomoda たぶん恨んでたからね。あんな写真をみんなに送りつけるぐらいの呪いだし……。 397:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 12:02:02 ID:kotoko あのさ……。 2012年7月20日 世界 滅亡 でググったんだけど……これ何? http:::org:webbotproject.com/  私はそのページをクリックする。 「うわぁ……」 「なんだこの怪しいページは……」  怪しさ爆裂……まったくうさんくさいページが出てくる。 「東京都玉市七草区……えっと、新白蓮華協会Webbot研究所……」  いかにもなオカルトページ……。 「これって、どう考えてもたまたまネットを検索したら引っかかっただけのページ……」  こんな突貫で適当なページの作り……こんなの信じるか?  そこにはWebbotによって予言された事が書かれている。 「なるほど……」  アメリカの2001年の〈炭疽菌〉《たんそきん》テロ。  2003年東海岸の大停電。  2004年インドネシア地震津波の30万人の被害。  2005年ハリケーンカトリーナの被害。 「これって……クラスの連中が言ってた事だ……なるほどねぇ」  その最後には……。  2012年7月20日。惨事数値∞。 「惨事数値……∞って……」  なんだその予言……。  こんなんでいいのかよ……。  もうあやしさ爆発だなぁ……。  ……。 「と言っても……」  たまたまだとしても、自殺までして高島さんが予言した同日の世界破滅の予言。 「こいつらが、信じても仕方がないとも言えるけど……」  サイトは他にもアホらしい説明にあふれていた。  同じクラスの横山の知識はこれのまるパクリであるみたいだった。 「ん?」  そこなる山べに、おびただしき豚の群れ、飼われありしかば、悪霊ども、その豚に入ること許せと願えり……。  イエス許したもう。  悪霊ども、人より出でて豚に入りたれば、その群れ、崖より湖に駆けくだり溺る……。  牧者ども、起きしこと見るや、逃げ行きて町にも村にも告げたり……。  人びと、起こりしことを見んとて、出でてイエスのもとに来たり、悪霊の離れし人の、衣服をつけ、心もたしかにて、イエスの足もとに〈坐〉《いま》しておるのを見て〈懼〉《おそ》れあえり……。  悪霊につかれたる人〈癒〉《い》えしさま見し者、これを彼らに告げたり……。  と書かれている……。 「これって……聖書の一節……キリスト教系の団体だっけ? たしか日蓮宗だった様な……」  不気味だな……。 「ふぅ……さすがに疲れた……」  帰ってからずっとネットを見ていたら、気が付いたら夜中をすぎて……。 「なんか外から明るい光がさしはじめてます……」 「はぁ……夏は日が出るのが早いからなぁ」  まぁ一つずつスレを見ていったから……こんな時間にもなるだろうねぇ。 「寝ないと明日も午後からとかになってしまいますなぁ……」  とりあえず、作業を中断して私はベッドの中に入った。 「見事です……見事に予測通りに遅刻です」  時計を見る。  時刻は午前12時。  笑えるぐらい遅刻。 「うーん美しいほどに遅刻ですなぁ……まったく」  また若槻姉妹は怒ってるかなぁ……。  昨日の今日だし……授業サボったの……。 「はぁ……」  どうせ遅刻なら……、  有意義に過ごすべし。  私は鞄の中からプリントアウトしたものを取り出す。  昨夜見つけたWeb Bot Projectのサイト。  新白蓮華協会ウェブボット研究所。 「あの変なページの場所……」  私は電車の停車図を見つめる。 「これって急行だから……」  あのオカルトバリバリの研究所の場所って……このまま三駅通過したあたりだったよなぁ……。 「新白蓮華協会……ウェブボット研究所……」  ちなみに……白蓮華協会という新興宗教は知っている。  かなり有名な新興宗教で、何でも政界にまでその力を広げていると言われている団体だ……。  だけど、この団体には“新”白蓮華教会となっている。  これはまったくの別物と考えて良いのか……それとも白蓮華協会の関連団体と考えるべきか……。  まぁ、どっちにしろ、何かの宗教法人だろうか……、それともニューサイエンスかぶれか……マッドサイエンティスト……。 「うーん」 「確かめに行くっていうのはどうだろうか?」 「どうせ遅刻なんだし……まぁどんな場所かぐらい確認したって危なくはないと思うし……」 「それに……」  予言の出所がこんなに近かったとは……三駅先の研究所。そんな近い場所で作られた予言……。  それがこんな騒ぎにまで発展している。  気にならないわけがない。 「行ってみるかな……」  そのまま乗り過ごし……三駅先で降りる。  駅は閑静な住宅街と言った感じで、ごく普通。  私が住んでいる街と変わらない……そりゃそうだけど……。 「えっと……」  私はプリントアウトした研究所の地図を見ながら歩く。 「えっと……ここが三丁目だから……」  東京はだいたい変わらない。  どこの場所もだいたい同じ……。  そんなだから目的の場所はなかなか見つからない。 「見つからない……」  おかしいなぁ……その住所近辺には研究所みたいなものはないけど……。  強いて言えば……。  ぼろっちぃアパートがあるだけ。 「コーポ白蓮華か……うわ……まんまな名前じゃん」 「……あれ?」  このアパートって……ほとんど住人が住んでないんじゃないか? 「一部屋だけ入ってるのかなぁ……これって」  ポストには一つだけ名前があるだけで、他はすべて空白であった。  私は電気メーターやガスメーターを確認する。  一部屋を残して、すべての部屋にはガス会社と電気会社に入居を知らせる葉書がつけられていた。 「やっぱり……ほとんど入居者がいない……」  なんだいこれは?  あやしさ爆発じゃないですか……。 「それにしても……」  唯一ある住人の表札が名字無しでただ「琴美」だけの表記。 「このアパートのオーナーかなぁ……オーナーが一人で住んでるんですかねぇ……」 「うーん、これって……」  すげぇ怪しくないですか?  金持ちの道楽……。  だいたいマッドサイエンティストというのはそういうものと決まっている……。 「つーてもたぶんそんなもんじゃなくて……新興宗教にはまったおばさんっていう線だろうなぁ……」  白蓮華と言えばあの宗教団体の名前を連想してしまう。この地区にも沢山の支部があるし……。  そうでなかったとしても、白蓮華なんて宗教くさい名前をアパートなんぞにつけないだろう。  白蓮華と言えば、まんま「妙法蓮華経」だ。  たしか「正しい教えの白蓮華の教典」とか言う意味のはず……。 「うーん」 「思わずアパート敷地内に入ってしまった……」  それにしても……。 「そんなに古いわけじゃないんだなぁ……」  この建物そう古いものではなさそうだ……どちらかと言えばあまり手入れされていない感じ……。  オーナーが住んでいるだろうに、なんでこんなに荒れ果ててるんだろう……。 「まぁ、オーナーが住んでるというのは私の勝手な推測なんだけどね……」 「あ……」 「……」  出てきた少女と目が合う……。  少女は私を見てびっくりしている。  と、当然と言えば当然か……だって他に住んでいる人間がいないはずのアパートの敷地内に知らない人間が立ってるんだもん……。 「あ……あの……」 「な、なんでここに……」 「ご、ごめんなさい……け、決してあやしい者じゃ……」  って……そういうセリフがあやしいって……。 「あの……」 「い、今……誰ですかっ」 「へっ?」 「誰ですかっ」 「あ、あの水上と言うものでして……その……」 「由岐……さん?」 「由岐さん……私が……」 「え? なんで私の名前を知ってるの?」 「っっ」 「す、すみません……あ、あの……それでご用件は?」 「あ、いや……あの……」 「……」  まずい……いきなり核心……。  質問を質問で返された……。  なんて言えばいいんだ? これ……。 「あがりますか? 由岐さん」 「え?」 「家に……あがります?」  家?  それって危険じゃない? 微妙に……。  少女は私より若く見える。  彼女自身にはそれほどの危険は感じられない。  とは言っても……家の中に他に誰かいるか分からない……やはり危険といえば危険だ……。  アパートはごく普通……外装はもちろん……扉越しに見える玄関も……。  何か危険な団体が入ってる様には見えない……。  もちろん、そんなものが安全の保証になるわけではない……。  そうだとしても気になる……。  やっぱり……。  このまま帰るわけにはいかない……。 「なら、少しおじゃましていいかな?」 「はい……」  ……。  当たり前だけど……。  やっぱり中も普通だった……。 「飲み物は何がいいですか?」 「あ、お気遣いなく……」 「ウーロン茶大丈夫ですか……」 「あ……大丈夫……」 「そ、その前に……なんであなた、私の名前とか知ってるのか聞いていいかな?」 「ごめんなさい……そうですよね……少し不気味でしたよね……」 「あ、いや、そうではなく……」 「私……間宮羽咲って 言いまして……」 「間宮羽咲……え? 間宮?」 「はい……由岐さんのクラスの……」 「間宮……卓司……」 「卓司は父です」 「へ?」  自らの耳を疑う事実……。  今なんて言ったのであろう……父?  あの間宮に? こんな年頃の娘??  ど、どういう事……。  すごく若くして結婚した……いやそれでもいくら何でもおかしい……これってどういう事? 「それって……」 「冗談です」 「ですよねーって、冗談かよっ」 「卓司は私の夫です」 「っ?!」 「冗談です」 「いや……もういいから……」 「すみません……」 「由岐さんと……打ち解けられたらと思って……」 「いや……まぁ……なんというか……そんなお気遣いとかなくても……」 「すみません……」 「本当は……私は間宮卓司の妹です」 「妹さん?」 「……はい」  なんでこんなところに間宮の妹が……。  これってどういう意味なんだ? 「あ……お母さん……」 「お母さん?」  羽咲という少女は、隣の部屋に消える。  扉から少しだけ部屋の中が見える。  ……。  母親だろうか……。  羽咲さんはそう言っていた。  たしかに見た目の年齢などは、まさに母親のそれに見えた……、  でも、その微動だにしない姿勢……そして空を見つめるような視線……。  それはまるで……。 「あ、すみませんでした……母が少し」 「お母さんって……」  同じ方向を姿勢も崩さず見つめるあの人が、彼女の……。 「はい、見た感じで分かると思いますけど、うちのお母さんは少し……」  ……。 「……ご病気なの?」 「はい……」 「それより……なぜ由岐さんがこの家に? 兄さんだってまったくこの家には近づかないのに……」 「あ、ごめん……実はこれを見てきただけだから……」 「?」  そう言って私はプリントアウトしたものを羽咲さんに見せる。 「ああ……これですか……」 「このサイトで出ている研究所の住所がここだったんで……」 「なるほど……新白蓮華協会のサイト見ていらっしゃったんですね……」 「あの……やっぱりここって宗教関係の方々の?」 「そうですね……元々はそうだったと思います」 「元々?」 「今はただのアパートです……間宮家が所有している」 「へぇ……アパート所有とか間宮さん〈家〉《ち》って金持ちなんだ」 「いえ……ただ父方の実家が古い家なだけです……田舎の名家ってやつみたいですけど」 「でも実家が金持ちなら……」 「あはは……何でも父と母は駆け落ちらしくて、二人がお金持ちというわけでは無かったみたいです……」 「ここの名義も田舎の間宮名義だったと思いますし……」 「あの……新白蓮華協会って名前だけど……」 「そうですね……あの白蓮華協会の関連団体でした」 「でしたって……過去形なんだ」 「はい、今はこの様に宗教団体でも何でもなく、ただのアパートですから……」 「今、ここと白蓮華協会と関係は?」 「まったくありません……まぁ、母の中では関係ある事になっているのでしょうけど……」 「お母さんの中では?」 「だいぶ昔にお母さんは白蓮華協会に所属してたんですよ……かなりの地位まで登りつめたらしいですけど、結局は除名されてしまったみたいです……」 「そうなんだ……」 「その後、腹いせなのか、あるいは愛憎なのか……白蓮華協会に似た名前の教団を作ったんですよ」 「それがこの新白蓮華協会……」 「はい、最初は白蓮華協会から脱退した数人と活動していたのですが……ある時期を境に母が心を病んでしまいまして……」 「心を……」 「はい……肉親が立て続けに死にましたので……」 「肉親が?」 「父がガンで……兄が事故で死にました……」 「兄?」 「あ、私には双子の兄がいたのですよ……」  双子の兄……つまり間宮卓司からしたら弟か……。 「立て続けに二人とも亡くなったので……それから母は精神を病んでしまって……」 「こんな感じになってしまった……と」 「はい……そうですね」 「なるほど……新白蓮華協会は実質上は無いものと同じ……って事」 「そうなります」 「でもサイトは残っている……」 「母はいつでもああやって壁ばかりみているのですが……たまにパソコンをつけると熱心に調べ物をはじめたりするんですよ……」 「何を探しているの?」 「さぁ……お母さん的には意味がある言葉なのでしょうけど……私には理解しかねます……」 「あのWeb Bot Projectはお母さんが?」 「あ、いいえ、あれは私の知り合いが作りました」 「それなりに高度な知識がないとあんなの作れないよね……」 「その方曰く“ギャグ”だそうです」 「ギャグ? ギャグであんなもの作るとか……迷惑なヤツだなぁ……」 「んで、あれは本当に予言しているの?」 「あと少しで未来を越えると言ってました」 「あと少しで未来を越える?」 「はい、あれってその方曰く、ネットで話題の用語で事件性があるものを抽出して、予言として書き込むというシステムらしいですよ」 「はぁ? な、なにそれ?」 「構築し始めの時は、話題に出てから一日ぐらいして反映されるレベルだったのですけど、今はかなり改良されていて、話題がある一定を越えて数秒ぐらいで反映されるみたいです」 「24時間から数秒まで減ったのだから、あと少しで現在を越えて、未来の書き込みを反映させられるって言ってました」 「あははは……」  そいつ……頭おかしいというか……アホか? ギャグでそんなもん作るなよ……。 「つまりは……あれは疑似予言装置なんだ」 「はい、後出しジャンケンでより速く反映させ、あたかも予言をしているかの様に見せる……」 「難しい事は分かりませんが、知り合いの方はうれしそうに“未来の果てまであと3㎜”と言ってました」  バカだな……そいつは……間違い無く。 「ですので、あんなものを信じてる人なんかいないと思います……事件が起きた時にちゃんとチェックしてれば、後出しなのは分かりますから……」 「なるほど……大きな事件があった時に、そのサイトを見れば分かるって言うわけね」 「だいたい、シレっと予言の項目として増やされてますから……」  なんだよ……その意味不明な装置は……ギャグでも作るなそんなもん……。 「本当はこんなものも削除してしまった方が良いのでしょうけど……お母さんがこのサイトを見ている時だけ生き生きしているので……」 「たぶん誰も見てないでしょうし…… あ、でも由岐さんは見てここまで来られたのですよね?」 「あ、いや……ああいうトンデモ科学っぽいのに興味があってね……」 「トンデモ科学?」 「あ、いや、ニューサイエンスとか言うやつかな……そういうのウォッチャーなんでね」 「そうなんですか……」 「うん……まぁ」 「それで、お母さんはいつからこのサイトを?」 「だいたい七年前ぐらいでしょうか……」 「あの予言の事知ってる?」 「あの予言?」 「そのサイトに書かれてる、世界の終わりに関わる予言……」 「ああ……今年の7月20日にってやつですか?」 「少なくともあれは、後出しじゃないよね」 「はい、あと4日ほど後ですね……」 「なら、あれは予言という形になるよね。当たるか当たらないかは別にして……」 「……あのサイトも、あの予言ありきなんですよ」 「あの予言ありき?」 「はい、2012年7月20日に世界は終わりを迎える……」 「その予言が正しい事を証明するために母が立ち上げたサイトなんです……」 「まぁ、母はまったくそんなものを作る事は出来ませんでしたけど……」 「あの予言ありきって……あの予言は誰が言い出したの?」 「あれは、白蓮華協会の教祖が言い出した事だと聞いてます……」 「そ、そうなんだ、なら白蓮華協会は」 「いいえ、もう撤回してます」 「撤回?」 「はい……あの予言は、すでに教祖の力でその危機を免れたと発表しているハズです」 「いつ?」 「七年前です」 「それって新白蓮華協会が出来たぐらい?」 「はい、たぶん白蓮華協会からしたら、邪魔者以外の何者でもなかったのでしょうね……母は」 「法的手段によって白蓮華協会が訴えるという手もあったのでしょうけど……あちらも痛いところを母に握られているみたいで、あまり事を起こしたくは無かったのでしょう」 「なるほど、それで新白蓮華協会は放置されたと……」 「あっちは巨大な組織ですし……まぁ無視していれば良いだけですからね……」 「ごめんね……時間取らせちゃって……」 「あ、いいえ……とんでもないです……」 「それじゃ……」 「あ、あの……」 「はい?」 「あ……すみません……なんでもないです……」 「?」 「なんか困った事あったら……いつでもここに来て下さい……」 「あ、うん」 「あと、もし兄さんに会ったら……たまにここに来てくれと……妹が言っていたと伝えて下さい……みんな待っているから……と」 「あ、はい……」 「羽咲ちゃんはお兄さんとは会ってないの?」 「……そうですね……兄さんとは会えないみたいなんで……」 「たぶん……そういう呪いだから……」 「呪い?」 「あ、何でもありません……」 「とりあえず、会ったら伝えておくよ……」 「でもさ……無責任かもしれないけど、そんな事ないと思うよ」 「?」 「だって、羽咲ちゃんみたいなかわいい妹、認めたくないなんて考えられないもん……だからお兄さんだって別に認めたくないわけじゃないと思う」 「……」 「あ、あの……」 「はい?」 「由岐さんには、幼馴染みさんがいるんですよね……お二人……」 「あ、うん……若槻姉妹ね」 「……彼女達の事……好きですか?」 「へ? 何を突然?」 「あ、いいえ……あの……」 「……」 「好きだよ……だって大切な幼馴染みだもん」   「……はい」 「ありがとうございました」 「うん、じゃあ」 「はい」 「……」  なんでこの子、そんな事聞くんだろう……。  いろいろと言葉使いも含めて不思議な事が多い子……。  それにしても収穫は多かった。  まず、なんと言ってもあの“予言”はすべてデタラメであった事。  特に2012年7月20日の世界破滅。  その言い出しっぺは白蓮華協会の教祖。  そしてその本人からしてすでにその予言を撤回している事実。 「まぁ……当たり前と言えば当たり前だけどね……」  あんな予言が本物であってたまるか……。  彼女と別れた後、私はすぐに学校に行く。  もう授業は終わっていたけど、学校の様子がなんだか気になっていた。  なんだか知らないけど……私自身……大きな不安に襲われる様になってきた……。  さすがにもう授業は終わってる時間だ……。  放課後だけど……。  結構人が少ない様な気がする……。  なんか部活とかもやってない様な……。 「どうしたんだろう……」  やっぱり人がまばらだ……ほとんどすれ違わない。  今日って休日だっけ?  あれ? 「誰もいない……」  いくら授業が終わった時間だからって……誰もいないなんて……。  何かあったのかな? 「へ?」 「あ……」 「あ、あんた誰? 私の机で何をやってるの?」 「……えっと」  女子は私をじっと見ている。 「私は隣のクラスの 橘希実香です」 「橘……希実香さん?」 「なるほど……私の事を存じ上げないわけですか……」 「あ、いや……私って人の名前とか顔とか覚えるの苦手でさぁ……」 「お名前を聞かせていただいてよろしいですか?」 「水上由岐だけど……」 「水上さんですか…… それでは、さようならっ」   「あっ」  逃げた……。あの娘たしか……。 「捕まえたっ!」 「はぁ、はぁ……速いですね、私陸上部なのに?」 「え? そうなの? すごく走るの遅かった様な」 「し、失礼な! 私は凄く速いです!」 「遅いし……」 「ふぅ……それで何の用ですか?」 「いや、それ私の台詞だし、橘さんは私の机で何をしてたのかな?」 「見学です」 「見学?」 「……はい社会科見学ってヤツですか?」 「そんな言い訳って……」 「ふぅ……あなためんどくさい人ですね」 「は?」  めんどくさい人?  何で初対面の人にこんな事いわれなきゃいけないのっっ。 「なるほどね……あなたがいるから救世主様は救世主として中途半端なのですね……」 「救世主様?」 「はい、間宮卓司様です」 「って! あんたヤツの信者!? つーかあいつに信者とかいるの!?」 「いるのとか……失礼な、相当な数の人間が救世主様の元に下ってますよ」 「も、もしかして、学校の生徒が少ないのって?」 「職員室でも騒ぎになりはじめてるみたいですよ……そろそろ帰宅の時間ですからねぇ……」 「お、おまえら何をする気だ!」 「関係ない事でしょう……あなたには」   「っ」    私はとっさに避ける。  なんてヤツだ……この女……。 「な、ナイフ……」 「邪魔立てするなら、あなたが相手でも容赦しない……」  たしかにナイフを持っているけど……動きが素人だ……大して問題ない。 「……くす、くす、あなたが強い事ぐらい知ってますよ」  相手が何かをかざす。  私はそれにそなえる……、  が……それが失敗だった……。 「っく」  強い光が目を襲う……相手の挙動を凝視していた私の網膜は焼き付き、視界を失う……。 「まぁ、数分で視力は回復すると思いますんで、お大事に……てな事で」 「ちょ! 待て!」  ……。  ………………。  …………………………。  机を調べたけど……何かされた形跡は無かった。  なぜ私の机をあの人は探っていたんだろうか……。 「間宮卓司を救世主様とか言ってたな……」  すでにそんな事になってるなんて……他に信者がいると言ってたな……。 「少し調べてみる必要があるかな……」 「誰もいない……」  教室に来てみたが、誰もいなかった……。  覗いてみると……人がまばらにいる程度。  ……どの部活の生徒も少ない……。 「特に三年生が少ないのか……」  鏡と司が所属している剣道部はやっていない様だった……。  横山やす子と話がしたかったんだけどなぁ……。  ……。  あれ? 今確かに人影があった様な……。  どこに行ったんだ? 「彩名さん……何やってるの?」 「いつも通り……」 「ふーん……あのさ、なんか学校人少なくない? 土曜日とかなら分かるけど……木曜日の放課後にしては人がやたら少ない様な……」 「そう?」 「部活やってるにはやってるけど……なんかごっそり人が減っている様な……」 「だったら逃げたのかも……」 「逃げた?」 「そう……どこかに……逃げたのかも……」  誰もいない……か。  もしかしたら、彩名さんがまだいるかもと思ったんだけど……。 「うーん……あまり大した情報はなかったなぁ……」  まぁいいか……帰ろう……。  やっぱり教室には誰もいないなぁ……。  あきらめて……帰るしかないのかな……。  収穫らしい収穫は無し……ただ隣のクラスの橘希実香という人にナイフで斬られそうになった事ぐらい……。  まぁある意味で収穫といえば収穫か……、  そんな狂信者をすでに間宮卓司は獲得しているって事が分かったんだから……。 「うう……なんかヤバイ事になってるなぁ……」  あんまり関わらない方が良い様な気もする。  これって、かなりの事件に発展する可能性があるんじゃないかって……。  でも何故か……、  私はこの事件……城山翼の事故死から高島ざくろの自殺……そして間宮卓司の演説……2012年7月20日に起きるとされる世界の終わり。  それらの事がどうしても他人事として処理出来なかった。  何かそれらが自分に関わる事件である気がしてならなかった……。  理由は分からない。  言ってしまえば……、 「私のゴーストが……そう囁くのよ」  な感じ?  そのまま校門から出ようとした時……ある異変に気が付く。  何故か中庭に今かなりの数の人影があった様な気がした。 「なんだ……あの人影……」  この時間……なぜか裏庭に集まる不審な影……。 「本来なら部活だって終わってる時間……人なんかいないはずなのに、なんでこの時間に裏庭に……」  すぐにその後を追いかける。 「誰もいない……」 「たしかに中庭に走っていったみたいだったけど……」 「っ?!」  不気味な音。  何かが一瞬にしてひしゃげて裂けて飛び散る……そんな音。  自分の目の前。  自分の足下からそんな音がした。  足首に何か生暖かいものがこびりついている。  すごく嫌な……生暖かさ……。 「ひっ」 「痛ひぃっ」 「ふぃ、痛いひぃっ。ふぃ」 「ふぃ、ふぁ、ひぃゅ……」  肺が破裂してしまったのだろうか……私の足を掴んだ誰かの口から人が発するとは思えない様な不気味な風が漏れている。 「痛ひぃ……ふひぃ、ゆふゅ……」  足を掴んでいる何かと視線があう。 「せ、瀬名川先生?!」  引きつった顔。  どす黒い赤に染まった服。  それが教師瀬名川であると分かるのに数秒の時間を要した。 「ど、どうしたんですか?」 「ま、まみぃ……ふぃ」 「な、何?」  瀬名川先生は何か必死で訴える。 「…たく……じ……くん」 「卓司くん?」  彼女の瞳から急速に光が失われる。  瞳孔が開いていく。 「瀬名川先生!」  とっさに状況を確認する。  あたりには瀬名川先生の身体以外にも、彼女が所持していたと思われる小物が散乱している。  その中には彼女の携帯電話もあった。  すぐに救急車を呼ぶために私はその携帯電話を手にする。 「あ、あの病院ですか、至急杉ノ宮北校に来ていただけますか? 屋上から転落者でして……」 「はい、そうです。私は水上由岐と言います。はい、この学校の生徒です」 「落ちたのは……教師でして……あ、はい、分かりました」 「とりあえず職員室に知らせに行かないと……」 「さすが救世主様……予言時刻ぴったりですね」 「そ、その声っ」 「え?」  引ったくるように橘さんは瀬名川先生の携帯電話を奪い取る。 「申し訳ないんですけど……これ、必要なんでもらっておきますから……」 「ま、またあなたっ!」 「ったく……本当に救世主様もどうしようも無いなぁ……抜けてるというか……だからあんたみたいな者につけ込まれるんだろうなぁ……」 「つけ込む? な、何言ってるの?」 「って言っても分からないでしょ。とりあえずあんたは部外者なんだから黙って最後まで見ててくださいな……」 「ああ……そうなんだ……こんな時期から登録してたんだ……瀬名川先生って……」 「あ、あれか……清川先生紹介したのも……」 「うわ……すごい数のメールだ……」 「た、橘さん……あなた……」 「あ、水上さん……それより、ほら先生」 「あっ……」  そうだ……とりあえず職員室に行かなきゃいけないんだ……私……。 「ちっ」  私は職員室に走る。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」  頭痛が酷い……意識を失いそうなぐらい……。  精神的なショック故だろうか……それとも他に何か……。 「っ」  いきなり走ったせいだろうか……頭が痛い。  その間の記憶も曖昧だった……、  とりあえず、気が付くと……あたりは完全に暗くなっていた。  気が動転して良く覚えてないけど、たしかいろいろと走り回った……。  教師に知らせて……現場に駆けつけて……救急車を待って……。 「ふぅ……それにしても……」  なんだこの頭痛……。 「あれ? 鏡と司の部屋の明かりがついていない。どこか出てるんだろうか……」 「まあ最後の夏だし……けっこうランニングとかしてるのかもしれないね……」  二人は今日の事知らないんだよな……。  当分、休校みたいだから、なるべく知らない時間が長い方がいいよね。  ふぅ……。  パソコンの電源を入れる。 「まだ全部のスレを確認したわけじゃないからな」  私はすぐにメールソフトを開きメールを確認する。 「あれ? 何これ……」  しにます。 「なんだこの不気味な件名は……」  その不気味な件名のメールを開く。  中身は……。  またしにます  おくじょうからなかにわにです  どんどんしにますがとめられません  あとすこしでほんとうにおわりです 「これって……」  これが横山やす子にも来てたメールか……。  メールアドレスも……takasimazakuroという文字が入っている。間違いない。  これが高島さんからの呪いメールの最新版か……。  でも何でだ? 「今まで来てなかったのに……何で私のところにも来る様になったんだこの呪いのメール……」  なぜ?  今まで来なかったのに……。 「だいたいこれって……たしか携帯電話に来るんじゃなかったっけ? なんでパソコンのメールに来たんだ?」  一応、私は本アドレスのメールサーバーも確認する。  これは友人などに教えていないアドレスだ。 「やっぱり……そうなんだ……」  本アドレスのメールサーバーには例のメールは来ていない。来ているのは捨てアドのフリーメールの方にだけ……。  つまり、呪いのメールが届いたのは横山潔に教えた例のフリーメールのサーバー。 「そんな強気に言われても……だいたいあのページってみんな携帯で見てますよ……パソコンで見てるヤツなんていないんじゃないかなぁ」  呪いのメールはだいたい携帯電話に届く……そして、あのページの登録者は大半、自分の携帯電話のメールアドレスに設定してある……。 「という事は……」  理由はひとつしかない。 「裏掲示板に登録した人間すべてに配信されているだけだ……あの呪いのメールは……」  という事は……、  このメールは高島ざくろの霊が出しているものなんかじゃない……。  呪いのメールはこの裏掲示板を管理する人間が出しているものにすぎない……。  つまりこれは人間によって演出された怪奇現象にすぎない。  えっと……、  トップレベルドメインが.net……その左側sawayaka……。  これって少しは情報出てくるのかな……。  私はとりあえず、ドメイン名登録情報検索サービスで検索してみる……。 「つーても……そんなに簡単に特定させてくれるわけないよなぁ……」 「えっと……」 「ドメインハンドル……ノン……そう簡単に情報を出してはくれないよなぁ……」 「サーバーの場所は福岡か……よく見るサーバーの名前……これじゃ何も分からないのと一緒だよね……」 「登録日は……2010年6月30日……有効期限はそこから三年……」  当たり前だけど……重要な情報は得られなかった……まぁそんな簡単にはしっぽは掴ましてもらえないよな……。 「だめだめかぁ……」  とりあえず、私は昨夜の作業の続きをはじめる。 「まだ見てないスレもあるし……その後の学校の連中の反応も気になるしね……」  4:高島メール総合  高島メール……。  ああそうか……高島さんから来てるって言われてる呪いのメールをそう呼んでるのか……。 1:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 18:52:25 ID:MARUKOME ここは高島ざくろから送られてきたと言われているメールをみんなで確認しあうスレです。 前スレ なんかキタんですけど(||||▽ ̄)」コワヒ〜 http:::15515743.net/~5425596548565645657676 2:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 18:58:22 ID:MARUKOME ●確認されたメール >わたしはしぬ事によりせんしとしてうまれかわりました >のはずでしたが >いたいです >からだがないのにいたいです >こんなになってしまたのでいたいです >なので >みんなしにます >8にちごにしにます >ぜんいんかならずしにます。 これ以外のメールを受け取った人は書き込んでください。 32:名無したちの北校生:2012/07/14(火) 09:28:12 ID:ERAE >わたしはしぬ事によりせんしとしてうまれかわりました >のはずでしたが >いたいです >からだがないのにいたいです >こんなになってしまたのでいたいです >なので >みんなしにます >4にちごにしにます >ぜんいんかならずしにます。 朝起きたらメールにこんなの来ましたけど、皆さんは来てましたか? 33:名無したちの北校生:2012/07/14(火) 09:38:12 ID:MAME 来てた。 AM09:12ぐらいに受信してた。  死のカウントダウンか……。  たしかに同じ文章って言うのがいやに怖いね……。  なかなかの演出だ……。 120:さとこ:2012/07/14(火) 12:12:48 ID:satokon >いたいいたい >いたい >いたい >いたいいたいいたいいたいいたいいたい >いたいいたいいたいいたいいたいいたい >いたいいたい >いたいいたいいたいいたい >いたいいたいいたい >いたい 私こんなの来たんだけど。みんなに来てるの? 121:名無したちの北校生:2012/07/14(火) 13:15:11 ID:atata そんなの来てないけど? 122:赤坂めぐ:2012/07/14(火) 13:22:25 ID:megu 私も来てる。さとこのところにきたメールと同じの。 123:名無したちの北校生:2012/07/14(火) 13:25:21 ID:atata あんた達高島いじめてた人達でしょ。 私達には来てない。 124:さとこ:2012/07/14(火) 13:29:18 ID:satokon 私達だけじゃないのに……なんでこんなメールが私とめぐだけに来るのよ 125:名無したちの北校生:2012/07/14(火) 13:33:31 ID:atata だから高島を苦しめてたからだって。 166:さとこ:2012/07/14(火) 13:36:33 ID:satokon 私死ぬの? 高島に殺されるの? 168:名無したちの北校生:2012/07/14(火) 13:40:42 ID:kiri むしろ私達を苦しめないためにも氏んで下さい  ……。  この掲示板の登録している人間すべてに高島メールが来るわけじゃないのかな?  でも……。 232:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 07:24:22 ID:ERAE >あたまからちをながします >ひとがまたあたまからちをながしてたおれます >ちがたくさんとびちります >きょうまたちがとびちります >あたまがちだらけになります 朝起きたらメールにこんなの来てた。 マジ怖い。 233:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 07:28:12 ID:MAME 来てた。 だいたいAM07:10ぐらいに受信してた。 これって、また誰かが死ぬって事? 234:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 07:32:52 ID:DADA 来てた。 今日だれか死ぬの? 235:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 07:38:15 ID:NOIOINO 死ぬとは明言されてない。 頭から血を流すとだけ言ってる。 236:名無したちの北校生:2012/07/15(水) 07:42:45 ID:YAKEMO これあたったらマジやばくない? 完全に高島の呪いだろ。  15日の朝か……これって間宮卓司が先生の頭を花瓶で殴った数時間前の書き込みだなぁ……。  そう言えば、あの時にメールがどうのこうの叫んだ生徒がいたけど……高島メールによって予言されてたんだ……。 「それにしても……」  高島メールは裏掲示板に登録した人間すべてに届いてるものだと思ったけど……、  ここを読むかぎり、高島メールには、この掲示板の住人すべてに来る共通メールと、そして個別メールが存在するみたい……。  少なくとも、コテハンの“赤坂めぐ”と“さとこ”って人達だけ特別にメールが送られていたみたいだね。  なるほどね……。 「あとは……」 1:救われる者と救われない者3  このスレって3までいってるのか……。  最初に立てられたのが昨日の午前10時ぐらいだったから……そう考えると早いよな、裏掲示板なんかの伸びじゃない……。 1:さとこ:2012/07/16(木) 15:13:12 ID:satokon >多くの者が確認したであろう。 >そして見たであろう。 >高島メールの予言は、私の覚醒を予言した。 >私は、今ここに立っている。 >救世主として。 >今こそ、救われる者と救われない者は >ふるいにかけられるであろう。 もう世界の破滅までほとんど時間がありません。 救世主である間宮卓司様の言葉の意味を考えるスレです。 前スレ 救われる者と救われない者2 http:::15515743.net/~5425596548565645657676 2:名無したちの北校生:2012/07/16(木) 15:26:15 ID:kei 間宮卓司と高島メールの予言が一致してるみたいだ。 これって、今日とか人が死んだら、すべてがマジなんじゃないの? 3:名無したちの北校生:2012/07/16(木) 15:30:20 ID:inkin >>2 あの高島メールとあの間宮予言でしょ。 ●16日9:20 高島メール >またしにます >おくじょうからなかにわにです >どんどんしにますがとめられません >あとすこしでほんとうにおわりです ●15日一時限目授業中 間宮予言 >もう一つの死によって >死への濃度はさらに明言されるであろう >多くの者がその死をもう一度目撃するであろう >そして死者は語るであろう…… 4:赤坂めぐ:2012/07/16(木) 15:35:40 ID:megu 間宮様の予言は絶対に当たります。 だって、あの人は高島の呪いをとめてくださったんですから。  なんだこりゃ……。  スレが進む内に、なんだか訳が分からない方向に進んでる……。  なんでこの人達、いきなり間宮の事信じてるんだ?  昨日はみんな叩いてるみたいに見えたけど……。  私はこの最初のスレから調べ直す。 1:救われる者と救われない者1  昨日確認したスレ……。  流れとしては間宮が自分を予言者だと言い出して、それを茶化したり怒ったりする人が延々と書き込んでいる。  流れとして、この時点でひっくり返る様には見えない。 「……」 「これ……」 356:さとこ:2012/07/15(水) 23:13:12 ID:satokon あんたが救世主である証拠って示せるの? もしあんたが救世主なら高島の呪いを止めてみなさいよ。 357:赤坂めぐ:2012/07/15(水) 23:15:40 ID:megu 口では何でも言える。 高島のメールを止めてよ。  “赤坂めぐ”と“さとこ”……。  たしか……高島をいじめてたらしい二人組……ずっと怯えてたあの二人だ……。 430:間宮卓司:2012/07/16(木) 01:33:32 ID:mamiya 高島の呪いを止める? それはどういう事だい? 彼女のこれからの予言は有用だと思うけど? 431:名無しの北校生:2012/07/16(木) 01:35:21 ID:rondo 高島メールは止めるな。 特に予言を止めたら、オマエラ殺す。 432:赤坂めぐ:2012/07/07/16(木) 01:36:20 ID:megu 私とさとこにだけ来てる。 あの、怖いだけのメールを止めて あのメール一時間ごとに来てるのよ  怖いメール……。  「いたい」って言葉がずっと書かれているあれか……。  あんなメールが一時間ごとに来てたのか……そりゃあの二人もノイローゼになるな……。 444:間宮卓司:2012/07/16(木) 01:37:32 ID:mamiya 今から言う通りにするがいい。 まず、今から杉ノ宮町駅のニュータウン通り沿い団地正面玄関から向かって左に5メートル歩いた場所に行け 446:名無しの北校生:2012/07/16(木) 01:38:21 ID:rondo それって?高島が自殺した場所じゃね? 447:赤坂めぐ:2012/07/16(木) 01:40:40 ID:megu ふざけるな、そんな場所いけるか 448:さとこ:2012/07/16(木) 01:41:12 ID:satokon 高島が死んだ場所なんて怖くていけない 呪い殺される 453:間宮卓司:2012/07/16(木) 01:43:32 ID:mamiya 行くかどうかを決めるのはあくまでもお前達だ 行くにしろ行かないにしろ、高島の呪いで殺されるのではないのか? 高島が死んだ場所に、彼女の髪の毛の束が落ちている。 それを家に持ち帰れ 456:名無しの北校生:2012/07/16(木) 01:49:11 ID:rama >>453 ちょwwwwあほwww 高島の髪の毛なんか落ちてるわけないだろ。 ましてや束なんてwwwww 警察が現場検証して、そのあときれいに清掃されてるんだから何もねぇよwwwww  そりゃそうだ……。  普通考えれば、現場に髪の毛の束なんかあるわけない……。  間宮は何を考えてるんだか……。 477:赤坂めぐ:2012/07/16(木) 02:45:40 ID:megu 今、マンションの下にいるんだけど……あったよ。 黒い髪の毛の束……。 これどう見ても高島のだよ……。 だって……髪の毛の元の部分に頭蓋骨がついてるんだもん…… 478:さとこ:2012/07/16(木) 02:45:42 ID:satokon なんでこんなものがあるの?  その書き込みがあった後。  そのスレから一切の書き込みが止む。  まるですべての人間がその後を刮目して見ている様であった。 479:赤坂めぐ:2012/07/16(木) 05:05:40 ID:megu 止まった……。 480:名無しの北校生:2012/07/16(木) 05:06:11 ID:rama >>479 kwsk 481:赤坂めぐ:2012/07/16(木) 05:08:45 ID:megu 家に帰ってきたら 間宮から電話があって あいつ私の電話番号なんて知らないはずなのに それで高島の髪の毛を燃やす方法と その呪いを封印する方法を教えてくれて 呪文となえたら 止まった 482:さとこ:2012/07/16(木) 05:15:42 ID:satokon 二人で家で間宮の言われた通りに儀式した 本当に止まったみたい いつもなら4:01と5:01に来るはずのメールが来なかった。 「何これ……」  その後、何人かが間宮に同じ様な事を相談。  そのすべては高島の呪いと思われる事象だけど、そのすべてを間宮は解決してゆく。  そして、この日AM9:20に新たなる高島メール。 またしにます おくじょうからなかにわにです どんどんしにますがとめられません あとすこしでほんとうにおわりです  という内容のメールが、この掲示板の住人に送信された。  これが、昨日の間宮の予言の内容と同じ事から、さらに信憑性を増させ。  実際に予言された今日。  瀬名川唯が学校のC棟から転落して死亡。  この時点で、この板に間宮を疑う者はいなくなる。  彼はインターネットという特殊な環境を使い……カリスマとなった。  あとはひどいものだ……。  まともな思考とはほど遠い妄想が現実にとってかわり、彼らの事実となる。 「これじゃまるで……」  そこなる山べに、おびただしき豚の群れ、飼われありしかば、悪霊ども、その豚に入ること許せと願えり……。  イエス許したもう。  悪霊ども、人より出でて豚に入りたれば、その群れ、崖より湖に駆けくだり溺る……。  牧者ども、起きしこと見るや、逃げ行きて町にも村にも告げたり……。  人びと、起こりしことを見んとて、出でてイエスのもとに来たり、悪霊の離れし人の、衣服をつけ、心もたしかにて、イエスの足もとに〈坐〉《いま》しておるのを見て〈懼〉《おそ》れあえり……。  悪霊につかれたる人〈癒〉《い》えしさま見し者、これを彼らに告げたり……。 「……」 「……なんだやけに静かだなぁ」  まぁ休校なんだからあたりまえか……。  それに、立て続けに人が死んでて普通に……とかないよね……。 「……」 「おはようございます」 「……」 「ん? どうしました?」 「……え?」 「あ、ああ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」 「あ、あの……名前確認して良いかしら?」 「へ? な、名前?」 「良かったら……だけど……」 「水上由岐ですけど……」 「そ、そう……わ、分かったわ……そうよね……だって白衣着てないし……」 「白衣?」 「え、いいえ……こちらの話よ……」  なんだこの人……? 「あ、あの……ここに来たのは……」 「はぁ? 何言ってるんですか? カウンセリングを受けろって言ったの先生達でしょ?」 「え? カウンセリング……あ、そ、そうよね……あははは……ご、ごめんなさい……」    なんだこれ? なんかあからさまにおかしくないかこの人……。 「あ、うん……カウンセリングの先生はすぐに来るみたいだから……」 「うーん、カウンセリングなんか受ける必要あるんですかねぇ……」 「だ、だって……あんな事があった後だから……」 「まぁ、そんな気を遣わなくても大丈夫なんですけどね。私はすこぶる元気ですよ」 「そうはいかないんですよ……だってあなたの目の前で教師が転落してきたんですから……」 「心的外傷後ストレス障害の可能性があると……他の先生も仰ってました」 「心的外傷後ストレス障害ですか……本人が大丈夫って言ってるから問題ないと思うんだけどなぁ……」 「そう言わないで……学校側にも体面って言うのがあるんだから」 「そんな身も蓋もない事……」 「そ、それにしても先生遅いわね……」 「そうですね……」 「……」 「あのね……水上さん聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」 「なんですか?」 「聞きづらい事なんだけど……」 「瀬名川先生の事?」 「……そうね……」  カウンセリングを呼ぶとか言ってるのに、そんな事聞くんですか……。  と言っても……清川先生も知りたいんだろうな……。  同じ仕事の仲間だったろうし……。 「といいますか……私が分かる事なんてありませんよ……だいたい先生の最後とかしゃべれる様な状況じゃなかったし……たぶん肺とか破裂してたし」 「そ、そう……」 「それで、なんで瀬名川先生は自殺を?」 「あ、あのね。瀬名川先生は自殺と決まったわけじゃないから……」 「そういえば、その後どうなったかまだ聞いてないのですけど……」 「あの後? ああ、救急車呼んで……その後警察が来て、大変だったわ……」   「先生はその後?」 「あ……うん……搬送された病院で息を引き取られたわ……」 「そうですか……」  まぁ、そりゃそうだろうな……。  なんだけど……この人そういう大事な事も言わないからなぁ……。 「瀬名川先生の転落は事故なんですか? それとも自殺?」 「今のところは良く分からないけど……瀬名川先生が一人でC棟の屋上まで登ったのは確認されているわ……」 「一人で?」 「あと、自ら落ちたという証言もあるわ……その証言だと自殺というよりは事故に見えたって話だけど」 「事故に見えた?」 「フェンスに自らよじ登って……何かしようとしてたみたい……それが何かは分からないけど」 「フェンスを登って一直線に飛び降りたというよりは……何かしてて転落したという話だし……」 「へぇ……目撃者がいたんですか……」 「証言はいくつかあるみたい……生徒だけじゃなくて、近所の人でその姿を見かけたという人もいるぐらいだから……」 「なら他殺では無い……と」 「たぶん……」 「たぶんって?」 「あ、たぶん直接は関係無いって話なんだけど…… 事故があった時、校内で不審な人物がうろついてるのを他の先生が発見したのよ……」 「不審人物……」 「生徒では無かったみたい……大きなカメラを持って……何が目的かは不明だけど……」  カメラを持った不審人物か……、  それって……不審って言うか……どっちかというとすでにマスコミが動いてるとかじゃないだろうか……。  こんだけの連続で人が死んでるんだ……マスコミがそろそろ動いててもおかしくない……。 「瀬名川先生って何か悩みとかあったんですか?」 「私はそういう話は聞いてないけど……」 「でも瀬名川先生は高島さんのクラスの担任だったわけですから……」 「だから?」 「自分のクラスの生徒が自殺となれば……いろいろと責任問題もありますしね……」 「なぜですか? 高島さんの自殺はたしかに痛ましいことですが……唯に責任があったわけではありません」  なんでいきなり唯とか言ってるんだ……この人。  そう言えば仲良かったんだっけなぁ……清川先生と瀬名川先生って……たしか同世代とかほとんどいない職場だし……。  でも……そのわりには悲しそうではないな……。  悲しそうというよりはむしろ……、  怯え? 「責任が無くても、悩むぐらいはあったんじゃないですか?」 「ま、まぁ……それはあったかもしれないけど……でもそれと今回の転落死は関係ありません」 「なぜそう言い切れるのですか?」 「そ、それは……」 「とりあえず……瀬名川先生に責任はないという事になったんですね?」 「という事になった。ではなくて無かったんです。高島さんの自殺に関してはノイローゼからくる発作的なものというのがお医者さんと警察の見解なんですから」 「なるほど……高島さんの心の病による自殺であったと……イジメなどの外的要因が原因ではないと」 「い、イジメなんてありません。そ、その様な事実なんてありません……と言いますか……少なくとも私達はその様な事実をまだ確認していません」 「あ、いや……別にイジメがあったと言ってるわけじゃないですよ……」 「あ、 そ、そうね……」  ……。  なんか、すごい反応だ。  まるで対マスコミ様の言い訳モード……。  こりゃ……教師達もかなりピリピリしているんだろうなぁ……。  彼らからしたら、高島ざくろの自殺の原因がイジメによるものであり、瀬名川唯はその責任を感じて自殺した……という事実はあってはならないだろうし……。  高島さんに関しては、警察も診断した医者も、彼女が単にノイローゼで飛び降りたと判断したみたいだし……、  瀬名川先生もそれとはまったく関係無く、事故で転落死した……。  そういう形で落ち着けたいはずだ……。  しっかし……それも無理な話だろ。  先週城山翼が転落事故死してて、その日曜日には杉ノ宮駅周辺で高島ざくろが自殺。  んで今回、瀬名川唯教師が屋上から転落事故死。  それが学校側にとってもっとも都合の良い筋書……。  すでにこの学校はネットの連中にはウォッチされているだろうから……電凸とかされてるかもなぁ。  まぁ、今日学校が休校なのも、どうせ職員室ではジャンジャンと電話が鳴り響いてるからだろう。  ネットでこの学校の存在を知った名無しの方々による電話突撃……。  そろそろマスコミが絡んでくる頃合いだろうし……マスコミの連中もネットを良く見てるらしい。  実際にカメラを持った人間が目撃されているらしいし……、  もし既にマスコミが動いているのなら、学校の都合の良い解釈なんて、すぐにひっくり返る事実だろうなぁ……。  それはそれとして気になるのが……瀬名川先生の死。  証言者の話だと“自殺”というよりは“事故”に近いものであったという話だ。  瀬名川先生は高島さんのクラスの担任。  高島さんがいじめられていたのはたしかだ。  問題は、果たして、瀬名川先生は高島ざくろのイジメを知っていたのだろうか? ということだ。  知っていたとなれば、高島さんの自殺に責任を感じての自殺の可能性は高くなる。  知らなければ、証言と一致……今回の事は単なる“事故”と言う事になる……。 「あのね……水上さん」 「はい」 「逆に聞きたいんだけど……イジメの噂とか聞いた事あるかしら? 高島さんにかぎらずこの学校で」 「そういう話はあまり得意ではないんで……良く分かりませんけど、そういう話が知りたいんであれば、裏掲示板を確認すればいいんじゃないでしょうか?」 「う、裏掲示板っ」 「……」 「そ、それって何?」  芝居ヘタだな……バレバレ……この人知ってる……。 「そういうのがあるの?」 「さぁ、あくまでも噂でしか知りませんけどそういうのがあると聞きますよ」 「そう噂で……」  この人は裏掲示板を知ってる……という事は高島ざくろがイジメにあった事実を知っている……。  知っていて知らないふりをしている……。  だったら……、  この人が知っているのなら同僚の瀬名川先生が知っていた可能性も十分考えられる……。  つまりは……。  瀬名川先生の転落は事故ではなく自殺である可能性も捨てきれない……。 「とりあえず、先生の転落の原因はまだちゃんとは分かってないの……でも警察の方々の話しぶりだと、自殺か事故の線以外は無いみたいよ……」 「C棟の屋上は基本的には開放されてないから生徒が入る事は出来ないし、転落する直前に用務員さんから鍵を借りる瀬名川先生も多数の先生方に確認されているの……」 「なるほど……何から何まで事故死を示すような証拠しか出てこないんですか……」 「そうね……」  清川先生の話しぶりだと、間宮卓司とは無関係のものと学校側は考えているのかな……って事は警察にはその事実は伏せているんだろうな……。  たしかに直接関係というのはないかもしれないけど……まったく関係ないとは言い切れないと思われるんだけどねぇ……。  学校側としては知られたくないというのが本音なのだろうなぁ……。 「そう言えば……消えてた生徒は出てきたんですか?」 「き、消えてた生徒?  あ、なんかそういう話もあるわね……」 「どうなんですか?」 「う、うん……そうね……ほとんどが自宅で引き籠もってたり……街で補導されたりなんだけど……」 「それでも、まだ行方知れずの人間もいるんでしょ?」 「あ、う、うん……」  なんで言葉を濁してるんだろう……。 「あ、校内放送……」 「清川先生。清川先生。いらっしゃいましたら職員室の方に至急お越し下さい。カウンセラーの片貝様からお電話が入っています」 「カウンセリングの先生から?」 「遅刻とかの連絡じゃないですか?」 「ちょっと、職員室に行ってくるから待ってなさい」 「はい……」  電話ってどう考えても遅刻の連絡だよな……。  カウンセリングなんて受けたくないんだけどな……。 「それにしても……」  清川先生は裏掲示板を知ってる……という事はあの呪いのメールも受け取っている。  なのに、いろいろと知らないふりをしている。  そういえば……。  あの時……。 「ああ……そうなんだ……こんな時期から登録してたんだ……瀬名川先生って……」 「あ、あれか……清川先生紹介したのも……」 「うわ……すごい数のメールだ……」 「っ?!」 「登録してた? メールの数?」  登録ってどう考えても、裏掲示板の事。  メール数って呪いのメールの事だ……。  という事は……。 「瀬名川先生はあの裏掲示板を見てたし……呪いのメールを受け取っていた」 「それと……瀬名川先生の紹介で清川先生も登録したと言っていた……」  って事は……清川先生もあの裏掲示板を見てるし……あのメールも来ているのは確実……。  それって……あの人は信用出来るんだろうか……。  掲示板はどんどん狂信者達を生んでいる……。  果たして、清川先生がそれに感化されていないとは言い切れるのだろうか……。  特に、瀬名川先生と清川先生は唯一の同僚。  あの掲示板の紹介者になるぐらいの仲……。  そんな人が死んで、まともにいられるだろうか……。  普通なら悲しみで学校を休むぐらいだろう……。  その割に彼女は……、 「……」 「……怯えの様なものは感じた……けど彼女から悲しみの様なものはそれほど感じなかった……」  先生が座っていた席には、清川先生の書類一式と鞄が置かれている。  なんとなく……先生の鞄を見つめる。  小さな鞄だな……。  鞄というかポシェットというか……。 「あれ……」  ポシェットから携帯のストラップの様なものが少し出ている。 「あれって……どこかで見た事あるストラップの様な……」 「……っ」  私は清川先生のポシェットのファスナーを開ける。 「これって……」 「瀬名川先生の携帯電話……」  そうだ確かに、昨日、私が拾って橘さんに奪われたものだ……。  なんでそれが清川先生のポシェットに?  これっておかしくないか?  もし仮に、橘さんが落とすなりして清川先生が拾ったとしたって、先生が持っていていいようなものじゃない。  常識から考えれば、警察から……親族に手渡されるものだ……。  なんで清川先生が瀬名川先生の携帯電話を持っている……。  これっておかしくないか?  清川先生って……。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ……瀬名川先生の携帯持ってきちゃった……」 「つーても……あいつらに持たせておいていいもんじゃないよな……」  どうしよう……とりあえず警察に渡すのが無難かなぁ……。  それが一番無難であると思われた。  にも関わらず、私の深層心理がそれを許さない。  この事件を他人に任せるべきではないと心の奥底が言い続ける。 「……なんでだろう……なんでそう思うんだろう」  私はこの事件に無関係なハズだ。  高島ざくろさんという人だってあまり知らないし……間宮卓司だってほとんど面識なんて無い。  今回死んだ瀬名川先生も、その前の城山翼も……基本的には私とは関係ない。  にも関わらず、心の誰かが言う。 「これは私が止めなければならない」  何故だ……。  何故そう思う?  分からない……何で私が関係するんだろう。 「ふぅ……」  とりあえず、瀬名川先生の携帯を確認してみる。 「……」 「やっぱり……」  メールは一切消去されている。  当たり前だ……誰かに見つかったら、間違いなく警察が本格的に動き出す事になる。  現状、警察は今回の事故や自殺を関連するものとは見なしていない。  まったくの別々の事例であり、そこに何かしら第三者の意志が介在するとは考えていない。 「橘さんか……もしくは清川先生か知らないけど……」  どちらにしても、誰かが消去したのは確実。  これを警察に証拠品として提出していない時点で、清川先生は共犯者の可能性が高い……。 「なんか……どうなってるんだよっ」 「この端末機種……これだったら……」  運が良かったというべきか……。  本来なら携帯メールの復元は素人ではほぼ不可能となっている。  もちろん理屈上は可能なはずなんだけど……私の知るかぎり携帯メール復元ソフトは存在しない。  まぁ携帯みたいに個別進化している様なもんは、PCのメールとはいろいろと勝手が違うんだろうね……。  なんだけど……実はこの携帯の機種だけは、メールを削除してから30日以内であれば、まだサーバーにメールが残っているらしい……。  だから、削除してしまったメールを再受信する事が可能なのだ……。 「削除したのは昨日だから……重要なメールはすべて再受信出来るはず……」  私はパソコンをつけ、そして裏掲示板に接続する。 「たしか……高島メールの一覧があったはず……」  みんなに送られてきた高島メールを確認しあうスレが存在する。  スレを見たかぎりだと、ほぼ全員が同じメールを受け取っている様だけど……たまに個別に送られてくる高島メールもあるらしい。  つまり、高島メールには共通メールと個別メールの2種類が存在しているらしい。  個別メールに関しては、その性格的な問題からか、その内容が貼られている事はあまりない。  それはたぶん自分自身と高島ざくろに関わる事が書かれているからなのだろう……。  瀬名川先生の携帯で再受信した高島メールと、裏掲示板に書かれている共通メール。  これを照らし合わせれば、瀬名川先生に来た個別メールがどんなものか、そしてそのメールが彼女を死に追いやったかどうかを知る事が出来るはずだ。  ……。  ………………。  …………………………。 「うわぁ……すげぇ出てきたよ……」  裏掲示板で“さとこ”と“赤坂めぐ”という女子が一時間ごとに高島メールが来たと騒いでいたけど……。 「瀬名川先生も同じだったんだ……」  この数……共有メールと見比べるとか意味ないな……。  彼女に来た高島メールの総数は62通……相手が死人じゃなくてもこんなの怖い……。  私はその62通のメールを丁寧に読んでいく。  最初のメールは当然。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/12 22:44 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― わたしはしぬ事によりせんしとしてうまれかわりました のはずでしたが いたいです からだがないのにいたいです こんなになってしまたのでいたいです なので みんなしにます 6にちごにしにます ぜんいんかならずしにます。  最初に来たという高島メール……。 「……あれ?」  なんだ……最初のメールから次のメールが届くまでは結構間がある……。  最初のメールが届いてから三日経っている……。  にも関わらず……、 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/14 18:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― いたいいたい いたい いたい いたいいたいいたいいたいいたいいたい いたいいたいいたいいたいいたいいたい いたいいたい いたいいたいいたいいたい いたいいたいいたい いたい 「二回目以後のメールからは一時間に一度……定期的にメールが送信されてる……」 「内容はだいたい同じ……『いたいいたい』の連続……」 「しかしこれだけの数のメール……やってるヤツは相当な暇人だな……」  ……。 「あれ……」  さらに読み進めていくと……。  15日夜ぐらいから内容を含んだメールが増えてくる。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/15 21:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― あのときちゃんとみてたのに なにもしなかった しってるのに しらないふりした  これってもちろん……イジメの事実を瀬名川先生が気がついていながら止めなかったって事だよね……。  それを死後、高島さんは断罪しているというわけだ……。  なるほど……こりゃ怖い。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/15 22:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― しーとうでいつもいじめられてたのを しってたはず そのかぎはせんせいからかりたものだから  しーとう?  これって……瀬名川先生が飛び降りたC棟の事? ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/15 23:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― おくじょうからわたしのにんぎようすてられた あれがないとわたし じょうぶつできない それ しってたはず そのかぎはせんせいがかしたものだから ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 00:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― かぎせんせいがもってた せんせいはしってた にんぎょうがほしい ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 01:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― くろいにんぎょう わたしのくろいにんぎょう ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 02:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― すてられたにんぎょうがさむいっていってる わたしといっしょにかえるの だからつれていきたい ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 03:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― わたしはにんぎょうをつれいくか おまえつれいく ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 04:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― くろいにんぎょうがない おまえつれいく ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 05:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― いっしょにきて ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 06:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― いっしょにいきたいのでこれからいきます ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 07:00 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― せっかくあなたのへやにきたのに なんでいない? へやにあったかわいいにんぎょうをさわったら すべてくびがとれてしまった ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 08:03 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― わたしからだない からだこわれた にんぎょうか あなたがひつよう ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 09:02 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― からだないからだない からだこわれた おまえひつよう いっしょいけ ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 10:02 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― どこにいるの? わたしは おまえひつよう いっしょいけ ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 11:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― いたい ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 12:04 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― いたいからだいたい ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 13:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― わたししっぱい うでおれて のうでて いたい いたいよ ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 14:03 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― ちがあるくとでて さむい さむいよ どこにいる? ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 15:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― ろうかですがたみた? すぐにいくよ ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 16:02 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― ろうかですがたみた? すぐにいくよ ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 17:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― いましょくいんしつでしゃがんでる あなたみてる ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 17:58 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― あなたのうしろ             ほらつかまえた  この最後のメール……。  時間は17時58分……。  ちょうど先生が落ちたあたりの時間だ……。  というか落ちた瞬間ぐらいだ……。 「これって……幽霊かどうか別にしても……瀬名川先生を誘導してる様にしかみえない……」  私は受信ではなく今度は送信メールを確認する。  高島メールがはじまってから瀬名川先生は返レスをしている。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/12 19:02 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― なんのイタズラですか? 高島さんのメールを装ってなんて不謹慎すぎます。 あなたは誰なんですか。  という怒りのメールも……何度も来る高島メールに恐怖を隠せなくなっていく。  詫たり、また怒り始めたり、これがまたすごい数だったけど、これも注意深く調べていく。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/15 21:06 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― 違います。 私は本当に知らなかったんです。 赤坂さんと北見さんが部活で写生のため屋上使うから 私は鍵を用務員さんからあずかってただけなんです。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/15 22:08 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― だからC棟で写生をするからっていわれて、 そこでイジメが行われてたなんて本当に知らなかったんです。 ごめんなさい高島さん ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/15 23:09 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― 人形ですか? 人形が捨てられたのですか? 屋上から落とされたのならば、 もしかしたら忘れ物箱とかに入ってたりするかもしれません。 明日先生が調べてあげます。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 00:06 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― 本当に先生は知らなかったんです。 人形は明日かならず先生が調べますから。  なるほど……C棟を部活のために解放したのは瀬名川先生だったのか……。  本人もよもやイジメのために屋上を貸してたとは思わないよなぁ……。  それにしても……相当怖かったんだろうなぁ。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 06:06 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― だめ部屋にはこないで、 お願い。 来ないで頂戴。 すぐに人形さがしにいくから。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 07:09 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― 忘れ物箱探したけどなかったみたい。 でも、もう少ししたら用務員さんが来るから、 そしたら人形の事聞いてあげるから  かなりせっぱ詰まった文章。  もう、恐怖で何が何だか分からない感じ。 「最後に会った時……瀬名川先生はこんな状況だったのか……」 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 17:08 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― そうだ。もしかしたらまだC棟の屋上に残ってるかもあそこのひさしとかに引っかかってるかもしれないから先生見てきてあげるから  このメールで瀬名川先生からの送信は終わる。  ここから用務員室にいき、C棟の鍵を借りて、そしてC棟から転落。  瀬名川先生は高島メールによって殺された。  正直……これ以上首を突っ込むべきじゃないかもしれない。  どう考えても危険すぎる……。  洒落なんかじゃない……。  私みたいな人間がおもしろ半分で関わる問題じゃない……。  この携帯電話さえ警察に渡してしまえば、犯人は捕まる。  そうすればすべてが終わる。 「うん……そうした方がいい……」  ……。  犯人がいるのなら……それで終わる。  犯人がいるのなら……。 「でももし……」  このメールが……人間の手によって出されているものでなかったら……。  高島メールが……本当に高島ざくろによって送信されていたら……。  ……。 「そんなバカな事ないって……あほらしい」 「死んだ人間がメールを送信してくるなんてあり得ない。これを送信しているのは人間しかいないって……」  ……。 「そういえば……」  送信した人間といえば、瀬名川先生の携帯では高島メールのfromがちゃんと「高島ざくろ」となっていた。 「これって高島ざくろのメールアドレスを登録してるって事だよな……」  アドレス帳の中を確認する。 「これって……」  アドレス帳の高島ざくろの場所には、携帯メールだけではなく、携帯電話番号まで入っている。 「携帯番号……」  これって直接、高島さんの携帯につながるんだ。  ……。  って言っても……誰も出ないに決まってるよな。 「……少し興味があるかな……」 「っ?!」    なんで?  なんで……この部屋から? 「なんで……高島さんの携帯電話にかけたら……この部屋で?」 「っ!」  私は音がする机の引き出しをひっくり返して調べる。  すると…… 「う、うそ……」 「これって……」  不気味に砕けたケース。  血がこびりつき……髪の毛が絡まっている。  これって……。 「高島……ざくろの携帯電話?」  なんで私の部屋にこれが?  なんで?  私は恐る恐るその携帯を調べる。  携帯のアドレスは……。 「う、嘘……」  そのアドレスは間違いなく……あのメール群の発信元であった……。 「ま、待って……落ち着いて……とりあえず……」  私は椅子に倒れ込む。 「な、何やってるのよ……」  落ち着かせようと座ったのに……その時に机の上の何かを落としてしまう。 「けふっ……これって……」  しまった……これって探偵セットに入ってた微細アルミニウムだ……。  すでにケースは空になっている。たぶんこぼしたのは先ほど引き出しをひっくり返していた時の様だ……。  今は単に空のケースが机から地べたに落ちただけだった。 「な、何やってるんだか……」  私は飛び出してしまった探偵ケースをかたづける。  採取した指紋までも散らかっていた。 「何やってるんだか……」 「へ?」  血の気がひく。  それを目にした瞬間に……。 「何よこれ……」  採集した指紋のフィルムを見て背筋が凍る。 「これって……」  飛び散った微細アルミニウムは部屋中の指紋を浮き上がらせる……机の上……引き出しの取っ手……クローゼット……。  そしてその指紋は……。 「た、高島さんの席にあったやつと同じ……なんで?」  脂汗の様なものが吹き出る。  事態を理解しようとする……。  これはどういう事か……、  私が高島ざくろの机をさわったのはあれがはじめて……当然サンプルしたのは私の指紋などではない。  だとしたら……。  高島ざくろ本人か……。  その関連者が……私の部屋に……入って……。  そしてこの携帯をおいていった……。  背筋が凍る……。 「な、なんで……私の部屋に彼女の携帯電話があって……さらに彼女の机にあった指紋があるの……」 「ねぇ……なんで?」 「これって……」 「え?」  な、なにあれ?  まるで人型に……空間が黒く削れてしまってる様な……。  あれって……。  こっちに……。 「ひっ……」 「っ!?」 「ネ…ノア…ッンキユ……ノア……アー」 「†〓†‡」 「〓†」 「チャイムの音……」 「鐘の音……」  そうなんだ……こんな時間にも学校の鐘は鳴るんだ……。  こんな時間なんかに学校なんか来ないから知らなかった……。 「本当はこんな陰気くさいところにいたくなんかないのに……」 「こんな……人が死んでる様な場所……」  私は家から飛び出して……最初は繁華街をさまよっていた。  でも、酔っぱらいやDQNに絡まれたあげくに……補導されそうになり……逃げる様にこんな場所に来てしまった。  こんな場所でも……あの家よりはマシだ……。 「っ!」 「あんなのっ幻覚っっ。あんなのあり得ないっっ」  そうだ……あれはただの幻……。  人の形に空間が黒く削れ取られてしまっていた様な……そんな不気味な影……。  目の錯覚だったんだ……。  それ以外考えられない……。  家中に高島さんの机にあった指紋がはりついてるのを見て動揺していたから……。  そんな幻覚を見たんだ……。  それが本物でないとしても……それが幻覚であるかなんか関係ない……あんなもの見て、普通などでいられない。  ある意味、そう信じたい……、  だってあれがもし幻覚でないとしたら……。 「力……わけておきます……あなたには……」                            「っ」  高島さん……死ぬ間際にあんな事言ってた……。  あの人……死ぬ間際に私に……。 死ぬ人に接吻された。                             「あの接吻……」  なんでこんな事に……。  携帯まで……高島さんの携帯までが私の部屋にあった……。  なんで彼女の遺留品まで私のところにあるの……。 なんであんなものが……私のところに……。 「……」  朝日が登ってきた……。  私は校内に入るのが怖く、校門にうずくまっていた。 「少し寝たい……」  私はとぼとぼと歩き出す……。 「……」 「おはよう……水上さん」 「おはようって……たしかにそうだけど……んじゃなくて、なんでこんな時間にこんな所にいるの彩名さん……」 「ねっ」 「ねっ、とか言われても……じゃなくて……」 「水上さんも逃げてきたんでしょ?」 「っ!」 「なんで……?」 「だってみんなそうやって逃げてきたんだから……」 「どういう事? もしかして失踪した人達も私と同じ体験を?」 「体験?」 「黒い影を見たの……幻覚だと思う……だけどたしかに黒い影を見た……」 「部屋中が高島さんの机についていた指紋だらけになってて……死んだ高島さんが持っていた携帯電話まで私の部屋にあって……」 「そうなんだ……」 「他のみんなもそんな体験をしたの?」 「簡単な事……」 「水上さんの体験は……水上さんしか出来ない……それは当たり前の事……」 「そんな事言ってるんじゃなくてっ」 「くす……どうしたの? 水上さんらしくない……あなたは、誰よりも強い精神と……誰よりもすばらしい知性を持っているのではないの?」 「な、なにそれ……私はそんな大層なもんじゃない……」 「そう? でもそう決められたハズだけど……」 「決められたハズって……そんな事、決めたりしてどうにかなる問題じゃないし……」 「というか……そんな事だいたい誰が決める……そんなの決められるのはまるで神様だよ」 「神様はそんな事を決めない……」 「なら誰が?」 「神が決めなければ……人が決める……ただそれだけの事……」 「って……訳分からない……」 「分からない? それは水上さんがそう思っているだけ……」 「だって、答えはすべてここにあり、そして……あなたはその答えを得る事も無視する事も出来る存在だから」 「……それって……何?」 「這い寄る混沌のお話……」 「それは暗い所からやってくる……」 「部屋を暗くしただけでそれは忍び寄る」 「ものすごくみんな恐い……」 「人はそれが恐くて明かりを灯す」 「明かりは世界を照らす」 「そしてそれを忘れようとする……」 「でもそれは違う……本当は……その光が強ければ強い程……」 「世界を照らす灯りが明るければ、明るいほど……消し去られたはずの闇は不気味とさらに鮮明に強く浮き出る……」 「光は……闇を消す事は出来ない……だって光は、闇の誘惑の上に成り立っているのだから……」 「消し去ろうとするのは……それが甘美に満ちた醜さと美しさを持っているから……」 「這い寄る混沌は暗い所からやってくる」 「うずくまっている人のお腹のあたりにできる影に」 「人が握り締めた手のひらの影に」 「誘惑は潜んでいる……」 「隠した誘惑は……いつでも人のそばにある」 「隠されたもの……誘惑するもの……」 「そんな事……前にも言っていた……」 「うん……人は隠したものをすぐにまた掘り返す……」 「でもそれは……逃れるために隠すのではなく……その甘美なものとより深く戯れるために隠す……」 「間宮くんも同じ……」 「間宮卓司?」 「水上さんと間宮くんは……一枚のドアを隔てて立つ二つの像……」 「まるで……最初は戸口に立つ……すべての行動の初めをつかさどる女神の様に……」  静かな声……。  透き通る様な瞳……。  すべてを知り、すべてを見ているような彼女に……、  恐怖で肌が泡立つ……。  だけど……。 「あなたは……今回はその先に進むのでしょ……」 「そして……この輪の最後に立つ……」 「最後に見たものを……」 「次に会った時に……教えて……」 「……」 「あれ?」  私……寝てたんだろうか……。  痛たた……。 「身体痛いや……」  こんなコンクリートで寝てたらそりゃそうだ……。 「というか……私」  なんでこんなところに……。  たしか……、 「黒い影の様なものを見たんだ……」 「幻覚だかなんだか分からないけど、とりあえずそれを見てから恐怖でいかんともしがたくなって……」  街をさまよったあげくに……ここにたどり着いた。  そしてここで……何か……。  何かあった……。  あれは……。 「……」 「おはよう」 「……ちょっと聞きたいんだけど彩名さん」 「何?」 「なんか私の最後の記憶で……あなたは私にすっごく意味深な事を言ってたんだよ」 「最後に見たものを……次に会った時に……伝えて……」 「……」 「えっとね……もう会ってしまったんだけど……何もまだ見てもいないんだけど……」 「そう……」 「“そう”じゃなくてさ……」 「では……それはまたの機会のお楽しみという事に……」 「されても……」  ……。  と冗談っぽく話してはいるけど……。  なんだろ……私はあの言葉の後から記憶がないけど……なんだか今はとても頭が冴えてる……。  あの影の事が脳裏をよぎったが、それにすらまったくの恐怖がなかった……。  昨晩まであれほど恐ろしかったのに……今はそれほど恐ろしくはない……。 「教室……」 「うん……そのまま走って出てきちゃったからさ、お金全然ないのよ。私机の中に五百円玉を隠し持ってるからさ」 「隠し持ってる?」 「そう、引き出しの中の金具と板の間におもいっきり挟み込んでるのよ。なんかたまに金とか忘れる事があるから生活の知恵みたいなもん?」 「そうなんだ」 「……あれ?」 「どうしたの?」 「おかしいな……」 「お金がないの?」 「お金はあるんだけど……なんで司の机の中に教科書が入ってるんだろ……」  自分の机からお金を取るためにしゃがんだ時に斜め前の司の机の中身が見えた。  机の中にはそのまま教科書が入っている。  私はそれを取り出す。 「……この教科書って……」  木曜日の時間割のもの……一昨日のものだ。  なんで……司の机の中身が一昨日のままなんだ? 「っ!」  私は鏡の机の中も調べる。 「同じだ……」 「これって……」 「いきなり走り出した……」 「ごめん、少し気になる事があるからっ」 「そう……」  そういえば……一昨日の夜、二人の部屋はカーテンが閉まってて真っ暗だった……。  そして昨日も……。  という事は……。 「やっぱり……同じだ……」 「若槻姉妹は帰ってない……」  若槻姉妹の家に電話をかける。  二人がいるのなら出るはずだ……。 「ちっ……誰も出ない……おばさんとおじさんもいないのかな……」  ……。  というか……どう考えても若槻姉妹は家に帰ってない。  それ以外に考えられない。 「若槻姉妹まで失踪してたなんて……」  私はバカか……そんな事すら二日間も気がつかないとは……。 「バカが……恐怖で目が曇ったか……」  ヒントは沢山あった。  それに気がついていれば……あるいは今回の事は事前に止める事すら出来たはずだ……。 「こんなものに怖がって……」  私は血がこびりついた高島さんの携帯電話を手にする。  なんでこんなものに恐怖して……目が曇る……。  こんなもの……。  こんな……、 「これって……」  恐怖でそれどころじゃなかった時には気がつかなかった……。  こんな事すら見落としていた。 「これって……」  私はすぐに探偵セットを出す。そして携帯電話から指紋を採取する。 「……この携帯にも……二つの指紋がある……」  それを私はフィルムにうつし、前、高島さんの机で見つけた指紋をあわせる。 「……」 「ビンゴ……」  予想通り……。  フィルムの二組の写真はそれぞれにぴったり一致する。 「……高島さんの机にあった二つの指紋と、この携帯の指紋は同じもの……」 「一つは高島さんのものだけど……もう一つは誰か他の者……」  私はすぐに学校に向かう。 「お帰りなさい……」 「ただいま……」 「思いの外……早かった」 「ちょっとね……新しいヒントが見つかったから居ても立ってもいられなくて……」 「ヒント……」 「そう……私の部屋に散らばっていた指紋は一つ。でも高島さんの机にあった指紋は二つ」 「それだけなら不思議じゃないけど、なぜか高島さんの携帯についていた指紋は五つ」 「高島さんの携帯についていた指紋で分かっているのは、私のもの、橘さんのもの、清川先生のもの、そしてもちろん……高島さんのもの……分からないのは一つだけ」 「もし仮に、高島さんの幽霊だか死霊だかゾンビだかが私の部屋に来て携帯電話を置いていったとして……」 「なんでその場合、部屋の指紋が一つなのに、携帯の指紋が複数もあるのか……理由に乏しい」 「というか不自然としか言いようがない……」 「だとしたら……」 「だとしたら?」  私はあやしい机の指紋を採取する。  今回の件で私の部屋に何かしらの細工をしそうな人間……。  当然、間宮卓司……他、彼に追随しかねない連中……橘さんや……あの掲示板で書き込みしていた人間……。 「……」  私はめぼしい机の指紋を採取する。 「なんだ……救世主自らだよ……」 「救世主自ら?」 「ほら……」  私は、四枚のフィルムを音無さんに見せる。  一枚目は高島さんの机で採取したもの。  二枚目は自分の部屋で採取したもの。  三枚目は高島さんの携帯電話から採取したもの。  そして最後は……。 「間宮卓司の机から採取した指紋……」 「自分以外誰も触らないから、一つしかなかった指紋……」  私はその四枚を重ねる。 「答えは簡単……」 「あの部屋に入って、部屋を荒らしたあげくに高島さんの携帯電話を置いていったのは、高島ざくろの幽霊でも、死霊でもなく……」 「間宮卓司……」 「……」 「ちぃ……ったく私とした事が……バカじゃなかろうか……」 「なんかイメージ的なもんでビビってしまって、ヒントがこんなに転がってたのに、それを単に恐怖の対象としか見れなくなってた……」 「そのあげくに、あんな幻覚まで見て……」 「くう……アホだ……」 「くす、くす……」 「ちゃんと水上由岐に戻った……」 「ははは……なんか……ふたを開けてみたら、すんげぇばかばかしい事だったみたい」 「……そうなんだ」 「という事は……やっぱり今回の事はすべて間宮卓司によって仕組まれた事……」 「すべて?」 「それならすべての説明がつく……」 「そうなんだ……」 「と言っても……最終的にはあいつの口から聞き出さないと分からないけどね……」 「……」 「すべてが間宮の差し金なら……」 「若槻姉妹はやっぱり……あいつらにさらわれた……」 「どこに……」 「……」 「間宮卓司によって……すべては仕組まれた……」 「だったら……答えは簡単なんじゃない?」 「間宮くんは混沌と友達になった」 「だから這い寄る混沌が来やすいように暗闇を用意するの」 「暗闇?」 「そう、ないあらとほてっぷは暗い所が好きだから」 「……」 「水上さんが良く知っている事……」 「私が良く知っている事?」 「それは場所?」 「そう、間宮くんはずっと場所を持っていた」  闇……場所……。 「!」 「間宮の場所……」 「間宮が不自然に出現した場所……」 「あそこ……」 「たしかあそこは……旧プールの脇だから……」 「あそこか!」   「彩名さんありが……」 「あれ? 彩名さん?」  あれ……。  彩名さんは既にいない……。 「そんな事より旧プールだっ」 「旧プールか……そうか……」  盲点だった。  でも考えてみれば……あり得ない事じゃない。  去年からウチの学校は室内プールが出来たのでここは使われていない。  だからもう一年も水は貼られていない。  私は旧プールの脇に降り立つ。足下にはマンホールがある。 「このマンホール……」  マンホールの縁には比較的新しい傷がついている。  一年使われていなければ、傷はもっと錆びて黒ずんでいるはず……こんな色の傷があるとしたら。 「これは誰かによって最近あけられた証拠……」  どう考えても、マンホールはごく最近開け閉めされていた。  その理由はいくつもない。  一番考えられるのは業者によって、最近何か検査があった可能性。  だが、残念ながらそれはおかしい……。  それならば他の下水まわりにも同じ様な傷があるはずだが、なぜ他の下水の蓋には一切の傷がない。  このマンホール以外には一切触った形跡がないのだ。 「それだけならいいけど……」  もっと不自然なのは、なぜかプール自体の雨水がたまっている事……、というよりは故意に何者かによってプールの底の栓が閉められている事。 「何度か見て……プールに少し雨水がたまってるの不自然には思ってたけど……」 「もし仮に業者の検査があったんなら真っ先にそこから直すはず……」 「これはプールにたまった雨水が下水に流れない様に誰かが故意にやった事……」  なぜそんな事をするか……。  プールの下にはかならず排水タンクが設置されている。  実は……こういう排水タンクは人が住めるくらいの空間があるという……。  テレビで見たことがあるけど、潰れたガソリンスタンドのガソリンタンクにホームレスが住む事があるそうだ。  ガソリンのタンクに人が住めるぐらいなら……排水タンクに人が住む事だって不可能じゃない……。 「……不自然に何度も間宮はここから出てきてた……」 「なんでこんな単純な事に気がつかなかったんだろう……」 「ふぅ……」  さてと……。  私は護身用の特殊警棒を確認する。 「素人相手で狭い場所なら……この特殊警棒で何人かの相手は同時に出来る……」  狭い場所で……しかもゲリラ戦……さらにこちらの奇襲……。 「……問題ない……」  私は力いっぱいマンホールの蓋をあけた。 「すごい臭い……」  マンホールは地獄の入り口のようにぽっかり口をあけている。 「たぶんここが間宮達の隠れ家だ……」  相手は狂信者の集団みたいに頭がおかしくなった連中……。  毒ガスはなくても、いきなり刺してくるぐらいはあるのかなぁ……。 「でも……いかなきゃ……」  私はマンホールから下に降りる事にした。 「目が慣れてないから真っ暗でよく見えない……すげぇ怖い……」 「……」  呼吸が乱れている……。  落ち着かないと……目が見えないんだから……それ以外の五感をとぎすまさないと……。  呼吸が乱れたら、その音が邪魔して聴覚を鈍らせる。  呼吸が乱れて、汗をかいたら皮膚感覚が鈍る。  呼吸を落ち着かせ……五感をとぎすます……。 「水の音……」 「ここは……プールの排水構が下水と繋がる場所のはずなんだけど……」 「なんか……下水って結構広いんだなぁ……」  徐々に目が慣れていく。  開け放たれたマンホールから少しの光が入ってきている。 「なんか古風な下水道だ……」  臭いはかなり臭い……。  こんな場所に長時間いるのは苦痛以外の何物でもない。 「……えっと……排水タンクは……」  私はあたりをつけて通路を探す。  でも、すぐに見当違いな方に下水は伸びてしまう。 「って……水かさが増える方向にあるわけないよな……」  排水タンクは水かさが増える方向の逆にあるはずだ……。  でも、その方向にあたりをつけるとだいたい通路は行き止まりになる。 「なんで?」 「えっと……」  歩いていくと徐々に明かりが見える。 「これって……」  その明かりはマンホールからのものであった。 「また元に戻った……」 「どうなってるんだか?」  いくら歩いても排水タンクを見つける事が出来ない。 「さすがに疲れた……ふぅ……」  私はその場で座り込んでしまう。 「もう少しスカート短いのにすれば良かったなぁ……裾が結構汚れたよ……とほほ……」  私はその場でため息をついた。  「……」 「ん?」 「なんだろう……」 「なんか……」 「これ……奥から声がしてる……」  これって……。 「……」 「これって……」 「……」 「泣き声?」 「奥からだ……」 「あっ……」  私はバカか……。  なんでそんな事に気がつかなかったんだろうか……。  考えてみれば、下水道における行き止まりというのは不可解だ。  ダンジョンじゃあるまいし、下水は流す場所……通路が行き止まりなどしていたら問題だ。  そんなもんどう考えても……。 「ふさがれた場所……」  私はすぐに行き止まりと思われた場所をさすってみる。 「これって……」  それは巨大なスクリュー型の取っ手がついた蓋の様なものであった。  私はすぐにその蓋に耳を当てる。 「……」 「これって……司の声……」 「って事は……」  一体、中にはどのぐらいの人間がいるのだろう……。  いきなり、飛び込んでどうにかなるものなのだろうか……。  もし十人以上の人間がいたとしたら……。  そんな考えはたしかによぎった……でも……司の声を聞いた瞬間に私は飛び出していた。 「誰もいない……」 「……」 「それより」 「ここには司の姿がない……どこに」  狭い貯水タンク内を見回す。 すると……、 「天井にマンホールが……これって出口?」  入ってきた穴とは違う……排水タンクの奥側にマンホールの蓋が天井に見える。 「あのマンホール……あいてる……」 「……」  マンホールから誰かの泣き声? 「っ!」 「何……これ……」 「これって……何?」  とてつもなく広い空間が姿をあらわす。  何本ものコンクリの柱が延々と続いている様であった。 「ここは外じゃない……かなり広い空間だけど……」 「そうだ……ここは新校舎、つまり新プールの土台の部分なんだ……」 「旧プールの排水タンクが被さった形で建てられていたのか……」  もしかしたら、新プールの排水にも旧プールの排水タンクも使用される可能性を考慮して残されたのかもしれない……。 「でも……使われる事はなかった……」 「そういう事か……」 「……」 「この声……」 「司っ」 「……」  私の声に司は反応しない。  まるでこの空間すべてからしみ出ている様に……司の鳴き声が広がる。 「司どこ!」 「司!」  どれだけでかいんだ……この土台……。  これって新校舎だけじゃなくて旧校舎もつながってるんじゃないかしら……。  暗闇の中を私は歩き続ける。  司の声……反響しちゃってどこからか分からない。 「司!」 「っ!」  足もとにぬるりとした嫌な感じ。  このぬるりとした感じ……前にも……。 「司!」 「っ?!」  そこにはおおよそ信じられない光景……。  今まで見たこともない……、  あの瀬名川先生の死ですら、その面積を染める事はなかったほどの……、  そんな血の池……。  冷たいコンクリを、どこまでも、どこまでも、赤い血が染めている。  その真っ赤な床の中心部に……、  無惨な姿になった……鏡の姿があった。 「っ?!」 「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」 「な、何これ……」 「じょ、冗談だよね……」 「こんな事……」  私が一歩踏み出すたびに……粘りけのある血が嫌な音を立てる。  このすべてが……鏡から出たもの……。  あの鏡に入っていたもの……。  それがこんなにまき散らされている……。 「ねぇ……鏡……」  鏡の顔に手をあてる。  人間のものでないぐらい冷たく……そして硬い。  まるで……人のそれではなかった。 「嘘だよね……こんなの……」 「そんなの……ねぇ鏡……」  瞳は光をうつさない。  白目も黒目もぼんやりと濁っていた。  それは……何かをうつすことなど決してない瞳……。 「嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘っっ」 「そんな事ありえないありえないありえないありえないありえないありえないっ」 「そんな事ってっっ……」  鏡の身体はまるでだるまの様に手足を切り落とされている……。  その切り口は汚らしく……何度もナイフか何かを刺し、むりやりねじ切った様な……そんな断面だった。 「ごめんね……私が……私がもっと早く……もっと早く気がついてたら……」 「ごめん……ごめん……痛かったでしょ……痛かったよね……ごめん……鏡……」 「ごめん……ごめん……ごめん……痛かったよね……痛かったよね……痛かったでしょ……」 「鏡……鏡……鏡鏡鏡鏡……」 「……みんなが……お姉ちゃんは悪魔だって……」 「……」 「悪魔は八つ裂きにしなきゃいけないって……」 「お姉ちゃん帰りたがってた……」 「何度も家に帰らせてって……」 「……」 「手足を切られて……痛いのに……最後までお姉ちゃん……家に帰りたいよぉって……家に帰りたい帰りたいって……」 「お姉ちゃん……」 「……」 「そうなんだ……」 「鏡……家に帰ろう……」  私は鏡を抱き上げる。  彼女はこんなに軽かったのだろうか……。  まるでぬいぐるみの人形を抱いてるかの様に……彼女の身体はすかすかだった……。 「……ゆき……」 「帰ろう……家に……」 「……」 「昔もこうやって鏡の事をおんぶして帰った事あったよね……」 「……」 「あの時はさ……鏡がんばりすぎて……ランニングの時に肉離れ起こしちゃって……」 「司から連絡きてすぐにいったんだよ……」 「そしたら……鏡こう言ったよね……」 「ゆきの背中……柔らかい……」 「そりゃ女の子だもん」 「うん……そうなんだよね……ゆきは女の子なんだよね……」 「ゆきの背中はいつでも柔らかかった……あの時も」 「あの時?」 「うん、ジョンが死んだあの時も」 「ジョン? ああ、鏡の家の犬ね」 「うん」 「たしか、あの時鏡はジョンの魂を探しに行くんだとか言って……」 「そう、ジョンの魂を取り戻せば、ジョンが生き返るって思ってて……」 「取り戻すって……どんなんだい」 「あの時どこに行こうと思ったの? 鏡は?」 「わかんない……」 「ただ……いつもその先を越えられない大きな坂があって……」 「それを越えたらたぶん、ジョンの魂があるって……」 「大きな坂?」 「うん、学校に行く途中のね大きな坂」 「あれって、そんなに大きかったかねぇ?」 「今はそうでもない……でもあの時は」 「子供の時はものすごく大きく感じた」 「これは世界の果ての壁なんだって思ってた」 「この坂を上りきったら……それが世界の限界だと思ってた」 「でも、違った……」 「その坂を上りきったら」 「その先にもここと同じ街があったんだよ……」 「その先にも坂があって、その先にも……」 「永遠に街が続いていた」 「世界に果てはないんだって、その時気が付いたの……」 「そういえばあそこで鏡泣いてた」 「うん」 「だって、もうジョンの魂は帰ってこないってわかったから」 「そしたら悲しくなって」 「……」 「そしたら、ゆきが来てくれた」 「いつだってそうだった」 「ゆき、わたしが泣いてると来てくれた」 「わたし泣いてばっかりだから……いつもなにも出来ないから……」 「だから強くなりたかった……」 「強く……」 「だからって……がんばりすぎなんだよ……」 「私はだめだね……」 「そんな事ないよ……そんながんばれる鏡はすごいよ……私はそんなにがんばれないじゃん」 「あはは……」 「私はずっと……ゆきの背中が堅くて……大きくて……強かったら良かったと思ってた……」 「へ? 何それ?」 「お父さんみたいに……いいえ……もっと大きく……強くて包み込むみたいなものだったら……」 「だから、あの時、ゆきの背中が柔らかくてびっくりした……」 「ああ、あの時はまだ私が女だって知らなかったからね」 「うん……でも本当は安心したんだよ」 「安心?」 「そう……私の大好きな人の背中は柔らかくて……小さいけど……でも私はこの背中が好きだって……」 「そりゃ……男の背中より女の背中の方が柔らかいよね」 「うん……だから、私はゆきは女の子でいいんだと思った」 「そりゃいいもなにも……性転換は出来ないよ」 「バーカ……そんな事言ってないよ……」 「でも……、それで私は一生結婚しないんだから……」 「少しは私を好きでいてあげて……」 「……」 「何それ?」 「あーばかばかばかばかうるさいっ! さっさと歩け!」 「な、なんだよ……もう……」  鏡……。  ごめん……。  やっぱり私の小さな背中じゃ……、  あなたを守る事が出来なかった……。  鏡……。 「鏡……家に着いたよ……」 「鏡こんななっちゃったから……おばさんとおじさん……すごく悲しむだろうけど……」 「でも鏡は帰って来たかったんだよね……」 「鏡……」  両手がふさがっている私の代わりに司が家のチャイムを鳴らす。  すぐに家からどたどたと言う音がする。 「はーい」 「……」  沈黙……。  明るい声でおばさんが玄関のドアを開ける。  でもその声はすぐに無くなり……静けさだけが残る。  私が抱いているのは……鏡なんだから……。 「あ、あの……」 「……」 「すみません……私……私鏡を守れなかった……」 「鏡をこんな姿にしてしまってっっ」 「ごめんなさいっっ」 「はーい」 「……」 「あ、あの……」 「すみません……私……私鏡を守れなかった……」 「鏡をこんな姿にしてしまってっっ」 「ごめんなさいっっ」 「あの……」 「あなた誰?」 「……え?」 「その人形が……どうかしたのかしら?」 「え?」 「え?」 「何これ?」 「あ、あの……あなた一体……」 「違うんです。さっきまでこれ鏡で……若槻鏡さんで」 「そういう名前なの? そのお人形さんは?」 「そうじゃなくて、だって若槻鏡はこの家の娘で」 「あのね……もう夜も遅いから……こんな場所でお話しするのも問題あると思うのね……」 「でも、若槻のおばさん」 「あ、あのね……ウチは長谷川だから……若槻って家ではないんだからね……」 「え?」 「あのね……これ以上いると……警察呼ばなきゃいけないからね……」 「なんだこれ……」 「何が起きてるんだ?」 「私……」 「司!」  私は司の方を振り返る。 「っ?!」  こ、これ……あれ?  司がいた場所はまるで……そこだけ…空間が黒く削れてしまったかの様に……漆黒に染まっている。  影……。  人の形を持たぬ……這い寄る者……。  あれって……。 「△@;¥^−k!!」 「っ!」  それは何かを叫んだ。  確実に何か……人でない叫びを……。  音でない音を……。  たしかに私はその叫び声を聞いた……。  鐘の音。  0:00のチャイム……。  一週間の最後……。  神は創作の業を七日目に完了し、七日目にすべての創作の業を休まれた。  神は第七日の日を祝し、  それを〈聖〉《きよ》しとされた。  何故ならば、その日に神は創造のすべてを終わらせ、休まれたからだ。  世界を作り終えた日。  週の終わりだからといって代わり映えしない。  当たり前の事。  神はそれぞれの空の色を変える事をしなかった。  神が作られた世界は、毎日同じように風景をみせる。  機械仕掛けの時計の様に、それは規則正しく、同じ風景を回り続ける。  空はいつでも青く。  仄暗く。  朱く。  同じ様な風景の盤面を回転する。  時計の前に立つ人は、  その一回転の終わりから先から、  新しい時間が始まるとは思わない。  時計の針は、  その頂点……12時を越えたとしても、新奇な時間がはじまったりしない。  終わりは、ありふれた風景の始まり。  ありふれた世界の始まり。  その先には今見た風景がまた広がる。  繰り返しという無限。  以下同文という無限。  この世界に新奇なるものはない。  ここにあるものは、明晰に語られるべきもののみ……。  この世界の先はない。  ここにあるのは……、  次に向かう……以下同文の世界……。 「おはよう……」 「彩名さん……なんでここに……」 「水上さんは?」 「私は……」  私は……ここにいる理由なんてない。  ただ走っていた。  ただ走ってここに立っていた。  いつからかねじれてしまった私の世界。  いつからか見慣れない風景が入り混じるこの世界。 「訳が分からないから……」 「訳が分からない?」 「だって彩名さん、私、私っ!」 「……」 「見に行くんでしょ」 「何を?」 「終ノ空」 「ついのそら?」 「そう……」 「何それ? 意味が分からない……」 「意味?」 「どうなってるのよ……いつからこんな風になってたの……」 「ねぇ、若槻鏡っていたよね。若槻司っていたよね」 「彼女たちがいなかったとかないよね……」 「だって、私、私には彼女達との記憶があって……それこそ昔からの記憶が……」 「なんで鏡の死体が人形に変わってて……司があんな恐ろしい姿に……」 「いつからすり替わってたのよ……」 「いつからこんな事になってるのよ……」 「いつから……」 「だから見に来たんでしょ」 「終ノ空を……」 「終ノ空って何? それが何かしたの!?」 「終ノ空は……間宮卓司くんがそう呼んだだけ……」 「それに名などない……」 「何それ? 名がないって……」 「週の最後の空……それに名前なんてない様に……あの空にだって名前なんてない……」 「それはありふれた風景……」 「ありふれた……最後の空……」 「ここに不思議なんてない……」 「不思議なんてない?」 「たしかに不思議なんて生やさしいものはないわよ……あるのは不可解を通り過ぎた不条理だけよ」 「ねぇ、私に何が起きてるの?」 「別に……何も……」 「人は生まれた時から……何度も体中の細胞を入れ替える……」 「その細胞が一度も同じだった事がない様に……生まれてから今の今までずっと同じ……」 「何も変わらなく、水上由岐は水上由岐……そこに不可解も不条理もない……」 「4京5千4百2十5兆6千9百8十4億5千2百3十5万5千4百8十1」 「何それ?」 「たぶんこの数を世界ではじめて私が言った」 「誰も聞いた事も見たこともない未知の数」 「でも不思議でもなんでもない……」 「この数は誰にも言われなかったかもしれないけど……誰も驚かない……」 「誰も形にした事がなくとも……誰でも理解出来……誰でも知っている……」 「世界に一度も無かった風景だとしても……それは驚くような景色ではない……」 「ありふれた世界」 「どこが……どこがありふれた世界なのよ……ここの……」 「だから……そのありふれた世界の先を見に行くんでしょ?」 「……」 「間宮くんがそう呼んだ風景……」 「終ノ空……」 「それに間宮くんに聞きたい事だってあるでしょ」 「……」 「……うん」  彩名さんは歩き出す……。  私はその後をついていく。 「旧プール……」 「彩名さん……」 「はい?」 「そこ知ってるの?」 「もちろん……」 「あ……」 「先に降りた……」 「なんか……あの人には〈躊躇〉《ちゅうちょ》というものがないのか……」 「目〈慣〉《な》れないな……」  下水の下まで降りてから数十秒しないと歩く事すら出来ない。 「彩名さん」 「……くさい」 「あっいや……下水だからねぇ」 「って、あ」 「排水タンクの中に入った……」  あの人……全部知ってるんだな……。 「……ここには……誰もいない」  排水タンクみたいにこんな狭い場所に集まるわけもないか……。 「あ……」  すでに彩名さんは排水タンクの奥側の蓋を開けて外に出てしまった。 「あ、彩名さん……」 「考えたな……ここならいくらでも人数が逃げられそうだもんね……」  彩名さんはそのまま歩き出す。  まるですべての道を知っているかの様に……。 「彩名さんって……何者……」 「音無彩名……」 「いや……名前は知ってるんだけどさ……」  ……。 「っ?!」  鏡が倒れていた場所にさしかかる。  そこは真っ赤な血が一面……。  なんて事はなく……。 「綿……」  引き裂かれた綿が散乱しているだけだった……。 「やっぱりあれは……」  引き裂かれていたはずの鏡は……ただの人形だった……。  綿の詰められただけのぬいぐるみ……。  本当の鏡はどうなったのだろう……。 「こっちだよ……」  彩名さんが立ち止まる。  そして手招きしている。  大きな柱……まるで世界を支えているのではないかと錯覚させられる様な……。  その柱を彩名さんは指さす。 「こ、これは……な、に」  巨大な柱は、まるで宗教画の様な細かさで一面に落書きされている。  遠目には柱の色と混ざった一面の紫の様に見える。 「一面に落書き?!」 「これって……間宮卓司が?!」 「そう……これが間宮くんの、ないあらとほてっぷの形」 「なに? その、ないあ何とかって……生き物かなにか?」 「そう……そんな様なもの……」 「這い寄る混沌……」 「え? ……這い寄る……」 「あの時、何度か私が見た……」 「あれは……」 「そろそろ終ノ空見に行こうよ」 「……終ノ空……」 「行こ」 「え……」  音無さんは暗闇を指さす。  暗闇と思われたそこには二本の筋がぼんやりと浮かんでいた。  まるで地獄の底にたらされた蜘蛛の糸の様に……。 「あれって……ハシゴ?」 「これって……建築時に使ったもの?」 「彩名さん……これ、どこに続いてるの?」 「だから……この先は……」 「終ノ空へ……」 「……」  ……  延々と続く階段……。  それはまるで静寂の永遠の中をさまよう様な幻覚にとらわれる……。 「……」 「風……?」  遠くで風の音が聞こえる。  遠く……先、先……。  階段の先から……風の音が聞こえる……。 「……なんだか……」  あんなに遠くに感じられた風の音が……徐々に大きくなっていく……。  風の音が……。 「!?」 「ここは……C棟?」  学生が入れない……屋上……。  ここはあのC棟の屋上……。 「彩名さん……」 「ほら……あれだよ」 「あれ?」  音無さんが指さした方向を見る。  あれは……誰?  あそこで何をしているの?  あれは……。  瀬名川先生が落ちた場所……。  なんであの二人はそこに立っているの?  ……まさか。 「!?」 「……何それ……」 「冗談でしょ……」 「今の……」 「また……死んだの?」 「それとも……ただの人形?」 「私の単に見間違え?」 「これって……」 「これって……」 「間宮卓司!」 「おや……これはこれは水上さん……ひさしぶりだね」 「あなた……」 「まだ君はそんな所にいたんだね……僕はたった今みんなを救済したところだよ」 「救済……これが救済?」 「そうだよ……」 「……バカなんじゃないの……」 「単にみんな死んだだけじゃない」 「死んだだけ……なるほど……」 「そうなのか……そうなのかもしれないな……」 「大いなるものと同化したいと人は思う……だけどそれは死となんら変わらない……だから人は大いなるものとの同化を……そして死も恐れる……」 「あんたのそんな頭のねじがゆるんだお話なんて聞きたくないの……」 「そう……なら何を聞きたい?」 「聞きたい事? ああ……そうね……沢山あるかしら」 「沢山ねぇ……ふーん」 「全部あなたが〈仕組〉《しく》んだ事でしょ……」 「〈仕組〉《しく》んだ?」 「そうよ……これはあなたが全部〈仕組〉《しく》んだ茶番……」 「ボクが〈仕組〉《しく》んだ、茶番?」 「えっと……それはボクの奇跡の数々の事かい?」 「そうよ」 「へぇ……それは興味深いなぁ……ボクの奇跡は種も仕掛けもあるというわけか……」 「そうよ……今回の事件に、呪いも奇跡も……もちろん世界が滅びるなんて予言もありはしない。あるのはお粗末なトリックだけ……」 「はははははは、お粗末なトリック? なるほどそこまで言うんだ。それでその仕掛けは全部分かったのかい?」 「当然よ……」 「くくくく……それは素晴らしいな、さすが水上さんと言ったところかな……ならば答え合わせといこうじゃないか……そのトリックの数々の」 「そうね……まずは何がいいかしら?」 「最初が〈良〉《い》いな……そう、どうやってこれが始まったか……そこから説明してもらえるかな?」 「始まり……なるほどね……それなら一連の騒動の発端、高島さんからの呪いのメールが〈良〉《い》いかしら?」 「ああ、高島さんの呪いメールか……それは是非聞きたいね」 「通称高島メール……みんなに配布されたという呪いのメール……それは一番簡単なトリックによって行われた……」 「一番簡単な?」 「そうね……あまりに当たり前で……原始的な手段……」 「あなた、自殺現場で高島さんの携帯電話を拾ったか……あるいは盗んだかしたわね」 「くくくく……なるほど、それは当たり前なトリックだな……それでその証拠は?」 「高島さんの携帯から、高島さんの指紋……それとあなたの指紋が検出されたわ……」 「それはどうやって調べた?」 「……何の嫌がらせか知らないけど、私の家に高島ざくろの携帯電話を置いたのはあんたでしょ」 「怖がらせる目的だったんでしょうけど、いちいち証拠を残してくれたんだから、ちゃんとあんたの机と高島さんの机から指紋とらせてもらって照合してみたわよ」 「答えはビンゴ。その携帯には高島ざくろの指紋と、あんたの指紋が確認されたわ」 「なるほど……」 「高島さんの携帯を使い……出来る限りの人間に高島メールを送りつけた……」 「どうやって手に入れたかは知らないけど、あなたが手に入れられたもっとも多くのアドレスは、学校の裏掲示板の登録時のアドレス帳だった」 「くくくく……どうやって手に入れたか……それは分かってないのだな……」 「そうね……残念ながら……でもだいたいの予測はつくけどね……」 「だいたいの予測?」 「まぁ、予測でしかないから証拠はないけど……どっちにしろ警察が動いたらすぐに分かる事……」 「学校の裏掲示板……あのSAWAYAKA北校掲示板は、あなたによって管理運営されていた」 「くくく……」 「そう考えれば、あの不自然なスレの流れも納得がいく……」 「掲示板の管理者であるなら、登録者のあらゆる情報がつぶさに分かる……と言う事か……」 「そうね……そうなる」 「くくくく……正解だよ……さすがに頭が〈良〉《い》いね……水上さんは……」 「あなたはこれを使って、高島さんのいじめに関係したとおぼしき人間を中心に高島メールを送り続けた……」 「私が知るかぎりだと……赤坂めぐ……北見聡子……そして瀬名川唯」 「どうかしら?」 「それも正解……ただし75点だけど」 「75点?」 「そう……いじめに強く荷担したのは赤坂めぐ、北見聡子、それを容認した瀬名川唯、そしてぬけは……ざくろの友人である橘希実香」 「橘希実香?」 「それってあんたの仲間じゃ?」 「ああ、今ではね……もっとも良く働いてくれた信者さ……」 「でも元々は彼女も高島ざくろのいじめに荷担していた……」 「それよりも、ボクは赤坂、北見、そして瀬名川をどういう風に追い詰めていったか……そのトリックとやらを教えてもらいたいな……」 「掲示板で、赤坂めぐや北見聡子がさんざん書いてたじゃない。自分達だけ他の人と違う高島さんからの呪いのメールが来るって」 「一時間に一度の死者からのメール……この様な状況によって極度のストレスから、彼女たちに精神機能や思考能力の低下状態を引き起こさせた」 「社会心理学的テクニックの基本中の基本……」 「テクニック? 何のだい?」 「マインドコントロールってやつよ。新興宗教が信者獲得のために行ったり、マルチ商法がカモ捕まえるために良くやる手」 「なんのために?」 「一人だけの予言者は単なる精神異常。でもそれを誰か一人でも信じたら……誰か一人でも信者を獲得したら、それは宗教になる」 「あなたは、自分が救世主に〈成〉《な》り〈済〉《す》ますために、一人でもいいから信者を必要とした」 「実際に、掲示板を見た感じ、最初にあなたを信じたのは赤坂めぐと北見聡子の二人……この二人の心を掴んだのちに一気にあなたの信者はふくれあがる」 「くくくくく……具体的には?」 「死者からの終わりのないメール群は彼女達を追い詰める……救いを求める形となる」 「この終わりのない地獄から彼女達を救う事が出来る人間がいるとすれば……それは救世主としての価値を持つ……」 「さらに、それを掲示板上で他の目撃者がいる中で行えば、効果は抜群」 「だから、彼女達のストレスを最大限にまで高めるために、彼女たちがもっとも恐れる高島ざくろの自殺現場に、向かうように指示した」 「ストレス……」 「そう、真夜中に自殺現場に行く様に指示。そこで発見されるのは高島ざくろの頭皮がついた髪の束」 「たぶん、それは携帯を手に入れた時に同時に高島さんの自殺現場から採取したもの……」 「それを燃やすという行為で、あたかも呪いを消し去ったかの様な印象を与える」 「ここまででほとんど精神機能や思考能力が完全に不全に陥った彼女たちに、あなたの教義を教え込む……」 「恐怖で心を破壊し、破壊した心の上から新しい情報を書き換える……本当にマインドコントロールの基本中の基本……」 「その辺のキャッチセールスでもやる手段」 「弱い人間から信者にして……他の人間の不安をさらに加速させる……」 「くくくく素晴らしいね。本当に君は素晴らしいよ水上さん……」 「ならば瀬名川唯の件は?」 「瀬名川先生の携帯を手に入れたわ……清川先生が持ってたのをくすねたんだけどね……」 「ああ、そうなんだ……それで何が分かったんだ?」 「何が……たしかにあの携帯電話はほとんどの情報……メールの受信は完全に消されていた……」 「なら、そこから何が分かった?」 「すべてよ」 「すべて?」 「そう、あの機種だと、削除されたメールが全部再受信出来るのよ……」 「一時間ごとのメール……それまでは無内容で人を恐怖させる事しか考えてない内容だった……それが15日から突然ある種の方向性を持ち始める」 「C棟屋上に誘い込むための文章に……」 「そんで思い出したんだけど……15日ってあなたが変な予言した日でしょ」 「なんか、もう一人死ぬ事が自分の正しさを証明するみたいな……」 「たしかに、したね」 「だからでしょ……」 「メールの文章には高島さんのC棟で捨てられた人形に関わる話が頻繁に出てた」 「それを先生は探し回っていた」 「だってそれを用意しないと、高島ざくろは人形の変わりに瀬名川先生をつれていくというんだから……」 「それとメールの受信時間……」 「面白いもんで、すべてのメールはだいたい1時間ごとに送信されていた」 「00:01……01:01……02:01……」 「なのに最後のメールだけは、まったく中途半端な送信時間……」 「なぜならば、そのメールだけは瀬名川先生が転落した直前……まったくそれまでの法則に従わない時間……」 「答えは簡単……」 「高島さんが無くしたという人形とやらを、C棟の……とても危ない場所に設置しておく……」 「通常は、そんな場所なら道具か何かでとる様なもんだけど……その時にはすでに瀬名川先生にはまともな思考能力などなかった……」 「屋上の手すりを越えて……そしてさらにひさしに降りて……さらに手を伸ばして……」 「一番不安定な瞬間……その瞬間に携帯電話が鳴る」 「そこに書かれているのは……」 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 1:28 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― あなたのうしろ ほらつかまえた  焦った瀬名川先生は手を滑らせる……。 「くくく……素晴らしい推理だね……水上さん……ほぼ大正解だよ」 「そうね……やっと事件の全貌を知る事が出来た……この事件はすべて、あなたの仕組んだ茶番……」 「すべては……超常現象でも神でも幽霊でもなんでもなく……一個人のあなたが仕組んだもの……」 「私の部屋に侵入して高島さんの携帯を置いたのも……それに鏡と司っ……」 「あれはなんなの?」 「鏡と司はどうやって……」 「彼女達は……彼女達は……」 「あなたは私にいったい何をしたの!」 「それを教えなさい!」 「……」 「ボクは君に何もしていないよ……」 「そ、そんなわけないじゃない……」 「いいや……何もしてないさ……」 「嘘だ! そんなわけない! 何もしてないなんて事、あるわけない!」 「いいや……ボクは君には何も出来ない……」 「なら、私が見たものはなんなんだ! いったいこれはなんなんだ!」 「ああ……もう時間だ……」 「どうやら……君はこの時間に永遠に留まる気だね……」 「ボクは先にいくよ……」 「ま、待てっ! 間宮!」 「ボクは君が好きだったんだがね……」 「!?」 「!?」 「あれは?」 「終ノ……空」 「……あ」 「間宮がいない……」 「私は今……」 「……」 「彩名さん……私……」 「クスクス」 「あれは……なに?」 「なんでもないよ、ただ、まみやくんがとびおりただけだよ」 「なんなの?」 「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオリタダケダヨ」  でも私は見た、あれがみんなを殺したの?  ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオリタダケダヨ  いや、あれは、なにもしない、ただ……  ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオリタダケダヨ  ただ……なんなんだ……  ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオリタダケダヨ          「ナンデモナイヨ、タダ、        マミヤクンガトビオリタダ        ケダヨ」「ひと<である>   でもひと<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、   タダ、マミヤクンガトビオリタダケダヨ」「あや   な<である>でもあやな<でない>でもない」「        ナンデモナイヨ、タダ、マ        ミヤクンガトビオリタダケ        ダヨ」「ゆきと<である>            でもゆきと<でない>でも        ない」「ナンデモナイヨ、        タダ、マミヤクンガトビオ   リタダケダヨ」「ことみ<である>でもことみ<で   ない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤ   クンガトビオリタダケダヨ」「せいと<である>で        もせいと<でない>でもな        い」「ナンデモナイヨ、タ        ダ、マミヤクンガトビオリ            タダケダヨ」「がっこう<        である>でもがっこう<で        ない>でもない」「ナンデ   モナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオリタダケダヨ」   「はだし<である>でもはだし<でない>でもない」   「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオリタ        ダケダヨ」「しゅくだい<        である>でもしゅくだい<        でない>でもない」「ナン        デモナイヨ、タダ、ワタナ            ベクンガトビオリタダケダ        ヨ」「せいこう<である>        でもせ     いこう<   でない>でもない     」「ナンデモナイヨ、   タダ、マミヤクン     ガトビオリタダケダ   ヨ」「けろきゅう     <である>でもけろ        きゅう     <でない        >でもない」「ナンデモナ        イヨ、タダ、マミヤクンガ            トビオリタダケダヨ」「け        しき<である>でもけしき        <でない>でもない」「ナ        ンデモナイヨ、タダ、マミ   ヤクンガトビオリタダケダヨ」「あいするひと<   である>でもあいするひと<でない>でもない」   「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビ   オリタダケダヨ」「いきたい<である>   でもいきたい<でない>でもない」    「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ  タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ  もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ  リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち<  かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で  ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ  もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも  ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ  タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ  もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ  リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち<  かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で  ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ  もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも  ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ  タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ  もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ  リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち<  かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で  ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ  もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも  ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ  タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ  もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ  リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち<  かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で  ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ  もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも  ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ  タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」  である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  もせかい<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タ ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  ダ、マミヤクンガトビオリ タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  タダケダヨ」「かたち< である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  である>でもかたち<でない>で もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  もない」「ナンデモナイヨ、タダ、マミヤクンガトビオ リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  リタダケダヨ」「かみ<である>でも かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  かみ<でない>でもない」「ナンデモナイヨ、タダ、マ ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  ミヤクンガトビオリタダケダヨ」「せかい<である>で  たしかに頭蓋骨が砕ける音を聞いた。  でもそれは、外の世界ではなく。  自分の中からだったと思う。  水上さん……ボクはたまにこんな事を考えるんだ。  世界の限界ってどこなんだろう……。  世界のさ……世界の果てのもっともっと果て……。  そんな場所があったとして……、  もし仮にボクはその場所に立つ事が出来たとしたら……やっぱりボクは普通通りにその果ての風景を見る事が出来るのかな?って……。  これが当たり前って考えるって……なんか変だと思うんだよ。  だってそこは世界の果てなんだよ。  世界の限界なんだよ。  もしそれをボクは見る事が出来るなら……世界の限界って……ボクの限界と同義にならないかい?  だって、そこから見える世界は……ボクが見ている……ボクの世界じゃないか。  世界の限界は……ボクの限界という事になるんだよ。  世界はボクが見て触って、そして感じたものだ。  だとしたら、世界って何なんだろう。  世界とボクの違いって何だろう……って。  あるの?  世界とボクに差。 同じだよ。  だけど、他の人も同じように感じてるかもしれない……。  君だって、世界が私だと思ってるかもしれない。  そして、それはたぶん正しいんだと思う……。  ボクには分からないけど……たぶん君も世界の果てに立って、ボクと同じようにその姿を見るんだろう。  だから、君も世界と同じなんだ。  でもさ、やっぱりそれはおかしいんだよ……。  もし世界がボクであるならば……君が見ている世界はなぜ見えないんだろう?  ボクの世界に君がいるのに……君が見ている世界は見えない。  ボクは君が見ている世界を見た事がない。  それは、まるで互いに交わる事が出来ない平行の宇宙の様に……。  その存在を示唆する事はあっても……決定的にふれる事が出来ない……。  ボクは……君がいる世界が見えない……。  でも……、  それも本当なんだろうか?  ボクは君の世界を見た事がないんだろうか……。  あらゆる人々にそれぞれ平等にあらゆる世界があるのなら、  なぜその世界は一つになりうるのだろうか?  なぜそのたくさんの世界はここにあるんだろうか?  世界が一つになりうる理由。  ……ボクはたまにこんな事を考えるんだ。 だから…… ボクは君を好きでいられたんだ。  目覚める瞬間。  時が動く瞬間。  すべてが遠く感じる。  誰もがそうなのだろうか?  ボクだけがそうなのだろうか?  目覚める時、最初に視界に入るものは〈何〉《なん》だったか……。  それをいつもボクは思い出そうとする。  目覚めはどんな〈景色〉《ちゃくしょく》をしているのか……。  ボクはそれを思い出そうとしている。  遠くで雫が落ちる。  〈何処〉《どこ》か遠くで、雫が砕ける音……。  砕けたものは、地を〈潤〉《うるお》す。  砕けたからこそ、恵みを与える。  砕けた恵みは大地に染み渡る事が出来るから……。  〈此処〉《ここ》は〈何処〉《どこ》なんだろう……。  目覚めた後の混乱。  誰も感じないのだろうか?  ボクだけが感じる混乱なのだろうか?  気が付けば、〈此処〉《ここ》にいる。  布団の中で目が覚める。  たぶん自分の部屋。  間違いなく自分の部屋。  ぼんやりとした風景。  ぼんやりとした感触。  ぼんやりとした記憶。  すべてがぼんやりしている中で……たった一つだけ分かる事がある。  ただやたら、心が落ち着いて、  やたら、すべての〈事象〉《じしょう》を平坦に見つめている事……。  ぼんやりとした世界の中で、不自然なほど落ち着いた心だけははっきりとしている。  落ち着いた心は……残酷なほど冷静に……すべてを遠くに見つめている。  昨日まであれほど近かった風景。  昨日まであれほど楽しかった風景も、  昨日まであれほど美しかった風景も、  昨日まであれほど大切だった風景も、  あれほど愛していたすべてが……遠く…平坦に見えている。  ボクはいつでも目覚めた瞬間の風景を思い出そうとしている。  ボクはいつでも、最初の風景を思い出そうとしている。  目覚めた時に、そこにあるはずの風景。  平坦な心。  遠くにある…… すべての感動。  ぼんやりとした意識の中で……まずボクは自室のパソコンに電源をつける。  パソコンが立ち上がる画面を見ながら、自分の記憶を整理している。  ディスプレイに処理された言葉が並ぶ。  ロゴが画面に浮かび上がる。  遠くにある……すべての感動。  何もあたえない物語。  心が動かない物語。  そんなおとぎ話を……ボクは君にしてあげられるのだろうか……?  感動も、  苦痛も、  快楽も、  ただ遠くにある宝石。  それでも人よ。  幸福たれ!  夏の太陽はぱっねぇデス。  たしかチベットだと鏡と太陽の光だけでお湯が沸くらしい。  チベットなんかどう考えてもこっちより寒そうだから、今この場だったらお湯どこの騒ぎじゃない。  油だって沸騰するに違いない。 「ちきしょう……暑い……暑いなぁ……」  最大限日光を避けるためにボクは日陰だけを歩いていく。  もちろん校庭を突っ切れば、距離的には半分以下なのは分かってる……けど、こんな夏日に直射日光なんて受けたら死ぬよ。  だいたい油ですら沸騰する温度なのだから、人間が数分立っていただけで血液が沸騰して死に至るはずだ……。  こんな日に校庭に立つなんて自殺行為だ。  そう言った意味では、炎天下の校庭で体育などと称して、運動をさせる教師というのはそれだけで死刑にすべきだと思う。  これは〈歴〉《れっき》とした殺人未遂だ。  だいたい体育教師というのはバカな大学を出てるのだからバカと相場が決まっている。  だからああいう野蛮な行為を平気でするんだ。  小学校の時の担任に〈渡瀨〉《わたせ》という教師がいて、こいつはいつもジャージ着ていたので、ボクは子供心に体育大学卒だと〈睨〉《にら》んでいた。  あれは、どう考えても運動だけして教師の職に収まったタイプだ。  無駄に明るくて……かっこよくて……女子に人気があって……まぁいいや……それは……。  その予測が当たったのは、今でも忘れない、理科の実験で水を電気分解するというものだった。  水を電気分解すると……たしかH2Oだから……えっと……まぁいいや、とりあえず水素が出てくるんだ。  フラスコにたまった水素に火をつけるとポンって燃えるんだけど、そいつが言ったセリフが……、 「これをいっぱい集めて作ったのが水素爆弾だ」  〈馬脚〉《ばきゃく》を現した瞬間だと思ったね。  ならなんだよ。水素を沢山ためて飛んでる飛行船なんかあれは水素爆弾なのかね?  ロケットなんか大量の液体水素をのせているから、あれも水爆なんだね。  教師の分際で核融合と化学結合の違いすら分からないとは恐れ入る。  まぁガキ相手の商売だから、その程度の頭でも成り立つんだろうけど……。 「ああっっ!」 「ちきしょう暑いな……」 「なんなんだよ。この温度はっっ!」  あの担任には本当にいいイメージがない……給食を残しただけで居残りさせられたり……、  ああいう風に無理矢理に嫌いなものを食べさせるやり方は、余計好き嫌いを増やすんだよ。あいつはそんな事も知らないんだろうか?  まぁ、バカだから知らないんだろうな……。  おかげでいまだにボクは牛乳と野菜が食べられない。  全部あいつのせいなんだ……。  あいつのせい……、  あいつ……、  いや……野菜と牛乳が飲めないのは……、  〈お母さん〉《あのひと》はいないんだ! 関係ない!  いや、落ち着け……、  何をそんなにイライラしているんだ……ボクは……。  そうだ……〈渡瀨〉《わたせ》がいけないんだ……。  それとこの気温だ。 「くそ……暑い……暑いんだよ……」 「なんで夏というだけでこんな温度が高いんだよ!」 「イライラする……ああっイライラだ!」  脇に抱えた本が汗でべちょべちょになりそうだ……。  ったく、ろくな事がない……。 「昼だからこんなつらいんだよな……いっその事夕方とか……」  いや放課後は学校中そこかしらに人がうようよしてる……大事な基地に入る瞬間を誰かに見られかねない。  それならいっその事、夜中に学校に忍び込んだ方が合理的だろうか……。 「夜か……」  人もいないし、日光もないし……。  しかも夏の夜は過ごしやすい……。 「そうだなぁ……最初っから夜に運べば良かった。今日の分が終わったら明日は夜に運び込もうかな……」 「本当に暑いな……もうすぐ夏休みだから当然と言えば当然だけど……」  夏休み。  夏休み……まぁ、そんなもんは、あまり関係ないけどな……。  夏休みは夏期講習に出なければならない。  それもほとんどサボる予定だ。  だから、その間ずっとこの秘密基地の中で過ごす事になる。  そんなわけで、こうやって本を運び込んでいるわけだ。 「さてと……」  まわりを確認する……もちろん今は授業中、誰もこんな場所にいない。 「……」  入る前にもう一度だけ、まわりを確認する。 「問題ないな……」 「相変わらず臭いや……」  ここは旧プールの排水溝と下水道を結ぶ地点。  プールからの排水溝はそうでもないけど、さすがに下水道からはものすごい異臭がする。 「ここさえなければいい秘密基地なんだけどな……」 「ふぅ……」  下水路では、なるべく息をしないようにして、排水タンクに入る。  ここは旧プールの排水タンクにあたる場所だ。  旧プールは今では一切使われていないので、基本的にはここはいつでも〈空〉《から》になっている。  といっても本当は雨水なんかは流れてくるんだけど……そのあたりは、雨水が一切ここに入らない様に、プールの排水口に手を加えておいた。  上から水が入ってこない事によって、ここもいくぶんかは快適になった。  といっても、さすがにこんな下水路のすぐ〈傍〉《そば》を自分の基地にする気にはなれない。  なので……。  ここは光がなくてもうっすら巨大な柱が見える。  たぶん、換気のための数多くの〈孔〉《あな》が、自然光をある程度入れているのだろう。  ここは位置的には新校舎の土台にあたる。  新校舎は体育館や新プール、各種道場なんかが入っている。  本来ならこんな場所に入るのは不可能なはずなんだけど、なぜかプールの排水タンクから忍び込む事が出来る。  まぁ、普通に設計ミスなんだと思う。  先に旧プールを取り壊しておけば良かったんだろうけど、残してしまったものだから、一部が新校舎にかぶってしまったみたいだ。  そのおかげでボクはこんな場所を手に入れられたわけだからいいんだけどね。  ここはいろいろと素晴らしい。  なぜか知らないけど、土台の地面にはちゃんとコンクリがうってある。  泥や土が露出している場所はなく、腐敗とは無縁な無機物だけで地下が構成されている。  とは言っても、数年とか数十年とか経てば、異臭なども発してくるのかもしれないけどね。  でも築年数一年以下の現在ではこの物件からは、一切の臭いも不愉快な湿気もない。  なんか、土台というよりは、地下室といった方が絶対にふさわしいと思う。  もしかしたら後から、機械でも入れる気なのかもしれないな……。  ボイラー室とかそんなものが入っていてもよさそうな空間だし……。  入り口のすぐ横においてある、発電機のエンジンをつけた。  地下空間の数カ所にくくりつけられた工事用の電球が灯る。 「さてと……」  暗幕をくぐると、そこがボクの基地となる。  ここは誰も来ない。  ボクだけの場所だ……。  と言いたいところだけど……、世の中そんなうまい話はない。  ボクだけの完全な場所とは言えない部分もある。  当然かもしれないけど、排水タンク以外からもこの地下空間に来る事は出来る様だった。  確認したかぎりでも三つもドアが存在している。  室内から二つ、外から一つ。  だから、それらの鍵を持っている人間は、ボクみたいに複雑な経路をたどらなくてもここまで来る事が出来る。  とは言っても、一般の生徒とかが入ってくる事は絶対にない。あくまでも鍵を持っている人間だけだ。  この地下空間には、配管などが数多く張り巡らされている。  だから、あのドアは、業者やらここの用務員などが、配管のメンテナンスとか不具合を直す時のために出入り出来る様になっているのだろう。  教師だってこんな場所に用事はないと思う。 「……と言っても、ここに基地を作ってから数ヶ月……まだそういう連中を見た事はないけどな……」  いつか誰かがこの空間に入ってくる事を想定して、この基地はいろいろと工夫もしている。  たとえばこの基地の場所は、配管が一切なく、さらにこの地下空間でも端の端で分かりづらい区画にある。  当然出入り口には暗幕をたらして、外から見えない様にしている。  さらに、この暗幕はただの布ではない。  表面に砂利をふきかけて、遠目に見た時にコンクリと勘違いする様な迷彩模様という念の入れよう。  土台の見取り図を持っている人間が、注意して見ればばれてしまうかもしれないけど、  配管やらなにやら目的があって来ている人間ならば見取り図を持っていたとしても気がつかない自信はある。  秘密基地なのだから、それ相応に工夫はしてある。 「えっと……」  本棚に家から持ってきた本を差し込む。  ここにはあらゆるものがある。  まず発電機。  ガソリンで電気を生み出す機械だ。  近所の農家にあったものを盗んできた。  古いものらしく排気ガスの臭いが気になったから、これだけは生活空間から遠くに配置した。  ヘタしたらこれが原因でばれる可能性もあるけど……でもこんな広い空間に発電機が端っこにちょこんと置いてあって不審に思う人なんかいるだろうか?  大半の人が、作業用に置かれていると思うだけだろう。  使用すると、音が少々うるさくて地下中にその音が響くけど、外には一切漏れない。  あらゆる場所で確認したけど、地上からここの存在を知る事は不可能だ。  他にはパソコンがある。  家だったら光ケーブルなんでネットも速いんだけど……ここだとモバイルだからあり得ないぐらい遅い……。  それでも電波が入る事自体が驚きなんだけどな……。  こんな地下なのだから電波なんか完全に入らなそうだけど、携帯のアンテナがちゃんと三本立ってたんで驚いた。  まぁ理由は知らないけど、それならそれに越したことはない……。  家にある古いノートパソコンをここに持ってきてある。  スペックはかなりひどいけど……まぁネットの回線速度がかなり鈍足なんで、処理速度の遅さはあまり気にならない。  あとはカーペット。  これは安物だ。  その他に椅子と机。  さらにガスコンロまで用意した。  これは、たまにお湯を沸かしてカップラーメンを食べためにある。それなりに重要。  そしてその他多種多様なオタクグッズ。  漫画とかDVDとかフィギュアとか……。  そうそう、今も前の基地から漫画とかラノベとかをここに移動していた最中だった。 「自転車で学校まで持ってきた荷物……あと一回分は少なくともあるよな……」 「自転車いっぱい自宅から本を持ってきた分だけは今すぐにやらないとだめだな……」  それ以外は、また夜にでも家から運べばいいけど……。  ……。  ボクの家には両親がいない……。  父は胃ガンで亡くなり……母も死んだ。  二人とも、もうこの世にいない。  お母さんはすごく厳しい人で、幼いボクをよく叱った。  ボクがダメな事をすると、熱湯をかけられたり、風呂に沈められたり、チューブわさびを口につめられたり、いろいろされた。  だから幼い頃はそんなお母さんが嫌いだったし、憎んでもいた。  殺してやりたいとすら思った。  けど、それは間違いだった。  ボクの勘違いだったんだ。  お母さんはボクを愛していて、愛しすぎたからこそ、〈敢〉《あ》えてそういう事をし続けた。  たぶん、彼女自身つらかったんだ。  あんな事はしたくなかったんだろう。  だってあれほどボクを愛していたんだから……。  厳しい躾によって、ボクは全国模試に名前を連ねるほどの頭脳を手にいれたし、苦手な体育なども一定の成績を収めた。  母の厳しい躾によって、ボクには間違いなく輝かしい未来が約束されていた。  そう、母が死ぬあの日までは……、  ボクは彼女を失って、母がどれだけボクを大切に思っていたのかを知った。  それを知ったボクは涙が止まらなかった、止められなかった。  母はボクを愛していた。  愛して、愛して、愛したからこそ、  その気持ちに押しつぶされて死んだ。  彼女の暴力。  彼女の言葉。  それは、すべてボクに対する過剰な愛情が生み出したもの。  今ならそれが良く分かる。  だから今のボクはお母さんを憎んでいない。  彼女を悪く言うつもりもない。  彼女を悪者にするつもりもない。  だけど……母親が生きていた時の〈癖〉《くせ》は直らない。  母親はマンガやアニメやゲームそういった一切の低俗なる文化を嫌った。  家で見つかれば必ず捨てられた。  だからボクは自宅に漫画やアニメなどを置かない。  小さい頃から秘密基地を作り、そこに宝物は隠す様にしていた。  使われていないマンションの一室。  廃屋となったガソリンスタンド。  いろいろな場所に基地を作った。  もちろん何度もどっかのおっさんに見つかり、捨てられたり怒られたりもした。  でも子供の時から何度も繰り返していくうちに、秘密基地は巧妙となり、いつしか誰からも悟られないものとなっていった。  この基地は七代目。  母がいない今、そんな事する必要など無いのだけど……その癖は直らなかった。  自宅にいるといまだに母親に監視されている様な気になってしまい……マンガもアニメもゲームも集中して楽しむ事が出来ない。  だから、いまだにボクは母が望んだ様な生活を“自宅”ではしている。  自宅の本棚には文学書が並び、天体望遠鏡や地球儀がおいてある。  音楽はいつもクラシック。  たまに自宅のピアノを弾く事もある。  本当は嫌いなんだけど……でも家ではまるで母に監視されている様な気になってしまう。  いつでも勉強をして……いつでも文学書を読んで……いつでも高尚な絵画に触れている。  母が望んだボクは、  そんな子だった。  だから……母が死んだ今でも……ボクは家では真面目にしている。  良い子にしている。  それ以外のボクは……、  どれだけ最低だっていい……。  最悪でいい。  虫ケラデ――  人知レズ――  踏ミ潰サレテ――  消エテモイイ。  消エテモイイ 。 「ふぅ……これで最後だ……この本の束を持って行けば終わりだ」 「それにしても……暑いなぁ……」  地下はかなり涼しい。  それに対して、校庭の暑いこと暑いこと……普通に人が死ぬレベルだよ。  次から何か基地に運び入れる時は夜中だな……。 「あ……」  火花が散る様な音。  嫌な事があるとだいたい頭の中で鳴る。  ああ……嫌な事だ……。  嫌な事がこれからあるんだ……。  ダカラ音ガシタ―― 「 ……し んの?」  こ、こいつ……、  こいつの名。 「 こえてる? ねぇ っち なよ」  〈悠木〉《ゆうき》〈皆守〉《ともさね》……。  こいつの名は〈悠木〉《ゆうき》〈皆守〉《ともさね》だ……。 「あ、いや……」 「今授業中だよね……」 「あ、いや……その……」 「授業サボったら……まずいですよね……だって」 「ぐぁっ」 「授業サボってると、こうやって暴力とかふるう〈DQN〉《ドキュン》がうろうろしてますよ……分かります?」 「は、はい……」 「それで、何やってるの? こんな場所で?」 「あ、いや……別にその……」 「ぎゃうっ」 「別にとか、無い……聞いてるわけだから、別にって答えは、無いですよ……っね!」 「ぎゃうっ、 ひぃ、 あうっ」 「そんでさぁ、何してた? 卓司くん?」 「あ、いや……あのですね……」  だめだ、本を運んでたとか……基地の存在がばれちゃうよ……言えない……。  でも……。 「なに? まだ殴られ足りない?」 「あ、いやね。家にあった古本を処分しようかと思ってね……」 「古本を処分?」 「そ、そうなんだよ……あそこにゴミ捨て場あるでしょ? だからあそこに入れようと思ってね」 「そうなんだ……本を処分ねぇ」 「そ、そうなんだよ……んじゃ……」 「ここで燃やしてよ」 「え?」 「処分するならここで燃やしたっていいわけでしょ?」 「あ、あの……どうして?」 「いやさ……卓司くんを疑ってるわけじゃないんだけど……ボクって嘘つかれるの大嫌いでさ……そんな事が分かったらその人殺すぐらい嫌いなのね」 「あ、は、はい……」 「なんか、適当な言い訳のために、そんな事言ってたなんて後から分かったら、ボクどうなるか分かったもんじゃないんで……そうならない様にその漫画を燃やしてくれない?」  ……な、  なんだよ……その理屈……デタラメじゃないか……。 「デタラメとか思ってる?」 「あ、いや……そんな事ありません」  か、顔に出てたか? 「だよね。嘘つかれるのって本当につらいからね……特にボクって心が狭いというか小さいというか…… 裏切られたと気がついた瞬間に自分を見失うんですよ」 「は、はい……」 「んじゃ……」 「な、何を?」  悠木はボクが持っている本にいきなりジッポライターの油をかけてくる。  本だけではなく当然ライターの油はボクのシャツにもかかる。 「んで、こう」 「ぎゃあっ」 「あ、熱いっ!」 「夏だからね暑いですよね……」 「ぎぁああっ」 「なんでそんなに暴れてるんですか?」 「火が、火がぁ、ボクの服に火がっ」 「大丈夫ですよ……もう間宮くんのシャツの火は消えてますよ」 「大げさだなぁ……そんな火だるまになったみたいに地面にごろごろする事はないのに……」 「はぁ……はぁ……」  たしかに、火はボクのシャツの一部を焼いただけですぐに消えていた。  でも、いっぱい油をかけられた本は先ほどよりも勢いよく火の舌に包まれている。 「大丈夫? 大げさに地面なんか転がるから服が泥だらけだよ」 「あ、あはは……大丈夫です……」 「そう……まぁ何事もなく良かったわ」 「あ……そ、そうですね……」 「あ、そうだ……」 「な、なんですか?」 「そういえば、ジッポ油がもうほとんどなかったんだっけ……」 「え?」 「すみません。ジッポの油結構少なかったんですよ……今ので全部無くなってしまいました……」 「は、はぁ……」 「すみませんけど、今のジッポ油の代金払ってもらえませんか?」 「ジッポ油代金? ですか?」 「はい、これってハイオクの油なんで高いんです。しかも外国製だし……」  ジッポ油がハイオクって……。  なんやかんや言って……また金を取る気か……。 「いくらなんですか?」 「三万円……」 「さ、三万?!」 「はい、それに買いに行く交通費が二万円、合計で五万円」 「ちょ、ちょっと待ってください、五万円って」 「なに?」 「い、いくらなんでも高すぎやしませんか?」 「何? ボクが嘘ついていると言いたいわけ?」 「あ、いや……」 「痛っっ」 「何度も言うけど……ボクは裏切られたり嘘言われるのが大嫌いなんで……自分で嘘とかいいません」 「なのに疑われると……本当にキレるしかなさそう……」 「あ、いや、違うんですっ」 「う……うげぇ……」 「言い訳とかいいんで……五万円用意して、明日までに……」 「あ、明日とか無理ですよ」 「なら今週中」 「え? せめて一週間は……」 「一週間…… んじゃそれでいいよ」 「は、はい……」 「んじゃ一週間後にこの場所でいいですね……」 「はい……」 「ちゃんと持ってきてくださいよ。 持って来なきゃ殺すよ……」 「……」 「んじゃねぇ」 「……五万円?」 「そんな大金……」  ちきしょう……悠木のやつ……いつでもデタラメ言いやがって……。  何が五万円だよ……そんなライター油なんかあるわけないだろ……。  くそぉ……あいつがこの学校へ来てから毎日地獄だ……。  これならまだ城山とか沼田にいじめられていた頃の方が楽だった……。  あいつらのいじめはここまで理不尽ではなかった……様な気がする……。 「ふぅ……」  ついてない……。  燃えカスになった漫画本を足でつっつく。  中心部は燃え切ってはいないけど……まわりは真っ黒の〈煤〉《すす》になっている。もう読めたモノではない……。 「ボクの単行本……」 「っ!?」  なっ!? 足音?  なんか誰かこっちに来るっ。 「ちっ……」  マンホールを開ける時間も無く、ボクは物陰に隠れる。  なんだかその足音は直接こちらの方向に向かって来ているみたいだった。 「だ、誰だ……こんな場所に……」 「あれは……」  なんであんなヤツがここにいるんだ……。  あれってたしか隣のクラスの……高島ざくろ……。  話した事はないけど……なんかいつでも一人で本を読んでる様な暗そうなヤツで……たしかすっごく真面目だった気がしたけど……。  なんであんなヤツが授業なんかサボってるんだ?  … …。  高島ざくろは、何かを探しているのか きょろきょろとまわりを見渡している。 「あ、あいつ……もしかして……ボク以外であの土台を知っている人間とか?」 「だ、だとしたら……基地が危ない……」 「くそっ」 「な、何やってるんだよ?」 「え?  あ?」  ボクの突然の声に驚いたのか、高島が目をまんまるにしてこちらを向いた。  なんだこいつ…… なんかおどおどしてる……。  こ、こいつ……ボクより弱い? 「それで? 何やってるの? そ、そんな場所で」 「あ、あの……何か燃えてて……それで……」 「何か?」  高島ざくろの足下にはさっきの本の燃えカスが転がっている。 「そ、そんなわけないよ。そんなに大きな火じゃなかったんだからさっ」 「あ、ごめんなさい…… そうじゃなくて……炭が落ちててね……」 「炭?」 「はい……」 「……君は?」 「あの…… 高島ざくろです……間宮くんの隣のクラスの……」 「そうじゃなくてさ、何やってた? もしかしてサボりとか? でも君ってたしか真面目な生徒じゃなかったっけ?」 「あ、すみません…… いろいろと諸事情がありまして……」 「諸事情?」 「ま、間宮くんは?」 「はぁ?」 「間宮くんは何をしてたんですか?」  ……。  は?  なんでボクなの?  何この女……。 「ボクは別に何もしてないよ……」 「本燃えてたけど……もしかして誰かに燃やされてたとかですか?」 「あ、ち、違うよ……」 「あのさ……ただこの漫画がつまらなかったからさ、処分してただけなんだよ……うん」 「漫画がつまらなかったから?」 「そうだよ……別に他意はないよ。ただいらない本だったから燃やして処分しただけ……」 「私もその漫画持ってます……」 「え? そうなの?」 「あ、うん……私も漫画好きだから結構持ってるかも……」 「そ、そうなんだっ」 「はいっ」  っ。  って何喜んでるんだよ……ボクは。  こいつが何しにきたのか良くわかんないのに、そう〈易々〉《やすやす》と心開いちゃだめだろ……。  だいたいこうやって他人に心を許すとろくな事がないんだ……。  そうだ……特に女は、こうやってこっちに気があるそぶりを見せておきながら、こっちが少しでも気を許すとすぐに……、 「キモイ……」 「何勘違いしてるんだよ……」 「キモオタのくせに……〈告〉《こく》ってるんじゃねーよ」 「ウザイ……」  って本性を現す。  知ってる。  これは罠だ……。  こいつら女どもに天然に備わった武器なんだ……だから……。 「へぇ……そうなんだ」  ボクは出来る限り素っ気ない返事をする。そう、いかにも「興味ありません」という感じで……。 「君は漫画好きなんだ……ふーん」 「うん……だいたい少女漫画とかだけど……でも少年誌とかも読むんだ……」  始まった……。  こうやって、ボクとかが読んでそうな漫画雑誌とかを出してくる。  あの時と同じだ……。  こうやって漫画の話をしてくれた〈川端〉《かわばた》と……同じだ。  あの時も、“私も読んでるんだー”とか言って色々と話しかけてきて……それでこっちが心を開いた瞬間。 生田: 「なにーなにー」 川端: 「どうもこうもねー」 田村: 「なにこれ? ラブレター?」 島田: 「何? 間宮、川端に告ったの?」 島田: 「手紙読ませてよ」 川端: 「うん……」 卓司: 「っ!?」  もう何が何だか分からない……。  ボクは、放課後二人っきりで話しがしたいって彼女に言ったはずだ……。  ちゃんと二人でって言ったはずだ。  それなのに、なんで他の連中がいる?  生田とか田村とか……他にも男子生徒まで数人いるじゃないか……なんで島田とか時坂とかまでいる? 島田: 「えーっと、ボクは最近思います。幸せって         何かなって事を……」 卓司: 「あ、だ、だめっ」 時坂: 「うっせーなぁ。ダメとかねーよ」 卓司: 「あ、あ、あっ……」 島田: 「時坂! ちゃんと押さえておけよ。えーっと、       ボクの幸せは川端さんとお話をしている時でー       す」 島田: 「夜寝る前に、布団に入ると、今日川端さんとか       わした言葉がよみがえってくる事があります」 島田: 「川端さんの濡れた唇から発せられるやさしい言       葉……ボクはその言葉を思い出すと、とても切       なくなります」 島田: 「明日も、川端さんの声を聞けたらいいな……        それだけを願いながら眠りにつきます」 時坂: 「なにこれ? これって川端をオナニーに使って       るって告白してるんじゃん」 島田: 「せつなくなりますーあはははははは」 時坂: 「ボクち○ぽがせつなくなりましたーぎゃははは       ははははっ」 生田: 「なにそれーマジキモーイ」 卓司: 「あ、いや、違うんですっ」  川端さんがボクを見ずに手紙の方を見つめている。  苦笑いで……。  そしてボクの言葉なんてまったく無視して……一言。 川端: 「ふふふふふ……少しキモイかも……」 卓司: 「な……」 島田: 「ボクは川端さんのこの声をずっと聞いていたい       です……学校だけじゃなくて、いろいろな場所       で……昼だけじゃなくて、朝も夜も……ずっと       ずっと……」 島田: 「結婚してください……」 生田: 「……」 時坂: 「……」 田村: 「……」 島田: 「ぎゃははははははははっ」 生田: 「なんだよそれー。なんでいきなり結婚?」 田村: 「普通つきあってくださいだろー。間宮先走りす       ぎだってー」 島田: 「だって間宮くんは先走り液をたらしながらこの       手紙を書いたんだもーん」 生田: 「男子サイテー。下ネタすぐ言うなよ」 島田: 「だって本当なんだもーん。川端さんの事考えて       ると……先っぽが……先っぽがぁ」 卓司: 「ち、ちが、ちが、あ、あう、あ、ああ、あ……       あ……ああ……」 田村: 「だからっていきなり結婚はねーだろ」 島田: 「やべー。やっぱ童貞はぱっねぇよ」 時坂: 「なんだよ。お前童貞じゃないのかよ」 生田: 「つーかさっきから男子、すげぇセクハラ発言だ       らけ。自重しろよ! さっきから川端困ってる       だろ」 田村: 「しっかし、結婚とは恐れ入ったねぇ。さぁプロ       ポーズされた川端さんはどうでしょうか? 今       どんなお気持ちですかー?」 川端: 「あのさー、違くてさぁ…私クラス委員だから、       なるべくみんなとしゃべらないとダメでしょ?       特に間宮くんみたいないじめられっ子とかにも       優しくしないといけないじゃない」 生田: 「だからー、こういうヤツはね。優しくされた事       がないから、少し優しくされただけですぐ勘違       いしちゃうんだよー」 川端: 「だからさー間宮くんにはそういう意識とか全然       もった事無いのね」 時坂: 「いきなり断られたー」 川端: 「あ、いや、そうじゃなくてさ、ほんと友達とし       てね。クラスの友達として間宮くんとはずっと       いたいのね」 時坂: 「まぁ、少しやさしくされただけでオマエは、何       勘違いしてるんだよ……って感じだね」 島田: 「キモオタのくせに……〈告〉《こく》ってるんじゃねーよっ       て川端は言いたいわけね」 川端: 「そこまでは言ってないって」 川端: 「たださ、つきあうとか……もちろん結婚とかは       ……無いかなぁ……」  たしかにボクが軽率だったけど……。  でも川端がそれらしい発言や行動をしていたのはたしかだ……。  やれ、ボクが漫画の誰それに似ているとか……そのキャラがかっこいいとか……。  このキャラとだったら結婚してもいいとか……たしかに言ったんだ……。  なのに……。 川端:「……キモ」 「ど、どうしたんですか?」 「な、なんでもないよ……」 「ふ、ふーん……少年誌とか読むんだぁ……そう言うとちやほやされるの?」 「え?」 「どうせ〈腐女子〉《ふじょし》的な意味で読んでるんでしょ?」 「ち、違っ。私はそんなんじゃ」 「まぁ……どうでもいいけど……そんな事はさ……」  そうだ……こうやってなるべく素っ気なく。  ごく自然にかわすんだ。  全然興味がない様に……自然にごく自然に日常会話の様に……。  ボクだって、女子と話したぐらいでいちいち〈有頂天〉《うちょうてん》になるわけじゃないんだよ。 「間宮くんは漫画とか好きなんですか?」 「そうだね。ボクはキモオタだからね」 「え? キモオタ?」 「そうだよ! ボクはキモイオタクなんだよ! 悪いかよ!」 「ご、ごめんなさい……」 「あ、あのさ……いなくなってくれない?」 「え?  あの……」 「何度も言わせないでよっ」 「ご、ごめんなさい……」 「謝るのはいいからさ……いなくなってよ。んじゃないとさ……あ!」  しまった……誰か来る。  あれって城山と沼田じゃないか?  くそ……悠木が転校してくる以前にボクをいじめてた連中だ……。  最近は悠木が専門でボクをいじめているから、あいつらがちょっかいだしてくる事はないけど……。 「さっきの人達……」 「さっきの人達?」 「さっき廊下で彼らがうろうろしてて……私怖くて……」  そ、そうなの? 「きゃっ」  ボクは彼女の肩に手をおいて、優しく伏せさせる。 「そんな頭を高くしてたらばれるよ……」 「あ、あ……ありがとうございます」 「なんか、今さ女子の悲鳴聞こえなかった?」 「それって城山、たまりすぎでしょ……」 「違くてさ、マジで!」 「あ、あの人達……」  なるほど……あいつらから逃げてきたのか……この娘は……。  あいつらは〈札付〉《ふだつ》きの〈悪〉《わる》だからな……。  仕方ない……。 「た、高島さんだっけ?」 「え? はい……」 「こ、これから見る事を言っちゃだめだからね」 「え? 何をですか?」 「いいから……とりあえず約束してよ。絶対に言わないって」 「あ、うん……」 「こっちだってさ。こっちで誰か青姦やってるんじゃねぇ?」 「ちょ、待てよ」 「……」 「ほら……」 「え?」 「何やってるの、早く入って! そのハシゴを降りて」 「あ、うん……」 「あ、あの……」 「黙って……あと、このハシゴ結構高いから気をつけて……落ちたら怪我するから」 「あ、分かった……」 「あれぇええ?」 「ほら、誰もいないでしょ?」 「おかしいなぁ……声したんだけど……」 「いないじゃん」 「たしかに声したんだけどなぁ……」 「たばこある?」 「ああ、あるよ……」 「ブンターですかぁ……はぁ」 「ブンターの何が悪いんだよ」 「いや……なんかおっさん臭いじゃん……ブンターとかってさ……」 「はぁ? そんな事言うやつはハッカ味の1ミリでも吸ってろよ」  ……。 「あ、あいつら……上でたばこ吸いはじめた……」 「ま、間宮くん……」 「ん?」 「あ、あの……」  高島さんの手がプルプルと震えている。  この震えは怯えというよりは……。 「……腕が疲れたの?」 「……」  高島さんは無言でこくりとうなずく。 「そうか……」  まぁたしかにこんな鉄梯子に女の子が張り付いてたら大変か……。  どうしようか……と言って出るわけにもいかないし……もちろんこのままここにしがみつくのは難しいよな……。  仕方がないな……。 「高島さん……そのままハシゴを下に降りてくれるかな?」 「下ですか?」 「うん、下まで言ったら明かりつけるから、とりあえず下降りてくれるかな?」 「あ、はい……」 「……」 「っと……」 「わぁ……」 「……絶対に言っちゃだめだよ……」 「え? ここの事?」 「……ここの事も……それ以上の事もだよ」 「……それ以上の事?」  本当は……この娘の弱みでも握らないと教えられないんだけどさ……。  だいたい秘密基地なんだからさ。  でも、弱みって言っても何をすればいいのか分からないし……。  ……。  ……ってそれじゃエロゲーじゃんまんまっっ。 「って……どうしたの?」 「な、なんでもないっ。なんでもないよ」 「ま、まあいいや。行くよ」 「え?」 「すごい〈此処〉《ここ》……」 「旧プールの排水タンクなんだここ」 「へぇ、すごいまるで秘密基地だね」 「そうだね。まぁボクもここの事を秘密基地とか呼んでるんだよ」 「秘密基地か……なんか少しロマンチックだなぁ……」 「その言い方……少し気に入ってるんだよ」 「そうなんだ…… そういえば最近だとこういうのって隠れ家的とか言ったりするね……」 「あ、そうそう、なんかおっさんとかが大人の隠れ家とかいう言葉使うじゃない? あれってなんかもっさい言葉だよね」 「もっさいって……あははは……なんか分かるかもしれないけど……」  まぁ、ああいうのはバカなマスゴミに踊らされている人とかが使う言葉なんだろうけどね……。  それにしても……。  こんな場所で女の子と二人っきりとかめずらしいな……。  しかもボクの秘密基地で……。  聞き取れるかどうかという音で、チャイムの音が聞こえる。  さすがに地下だから音が果てしなく遠い……。 「ほら、そろそろ帰りなよ……今のは休み時間のチャイムだよ」 「あとさ、ここの場所の事は絶対に秘密だからね……」 「あ、うん……もちろん……」 「んじゃ」 「あ、あの……間宮くんっ」 「え? 何?」 「私……なんか人に言えないものがあれば……いいんだよね」 「え? な、なにそれ?」 「あ、あのね……間宮くんの秘密を私だけ知ってるなんてフェアじゃないかな……と思って……」  え?  それって……、  それって聞いた事ある。  このパターンは知ってる。  ボクは何度か経験している……。  これって……、  これって、良くエロゲとかであるパターンじゃないか?  え?  現実にそんな事ってあるの?  あるの?  あるんだよね……。  落ち着け……、  何度もゲームとかでは経験しているんだから……、  さりげなくだ……。  さりげない言葉を選択するんだ……。  さりげなく……。 「だから何か、私も人に言えない様なものを……」 「え? そ、そうなんだ……えっと……あ、あのさ」  落ち着け……、  なるべくさりげなく……。  相手に本当にその気があるかどうかだって分からない……。  さりげなく……そういう方向の可能性を探ってみるんだ……。  うまくいけば……、  下着程度ならいけるかも……。 「あ、あの……間宮くん?」 「な、なんだよ突然……」 「あ、いや……間宮くんの秘密だけ知ってるとか悪いなぁ……って……」 「そう……高島さんの秘密か……」 「うん……」 「高島さんの一番恥ずかしいものって何?」 「え?」 「あ、変な意味じゃなくてだよ……ただ等価値なものって恥ずかしいものが妥当かなぁって思ってさ……」 「は、恥ずかしいものですか?」 「普通に秘密にしている事とか……」 「あ、あの……そうですね……」 「いつも隠してるものとかさ……」 「隠してるもの?」 「うん……今とか……隠してるもの」 「……なんですか? それ?」  くそ……要領を得ないなぁ……。  こうなったら直球で言うべきでは?  いや、そんなリスキーな事を軽々しく……。でも、何かを得るためにはリスクだってとらなきゃいけない……。  ええい、くそっ。  考えても混乱するだけだ。  ああ、もう……ボクは考えすぎなんだ……。 「あの……間宮くん?」 「あ、な、何?」  高島さんは不意に黙り込んだボクを気遣うように、それでいて少し怯えるように身体を小さくしながら綺麗な二つの瞳で見つめてくる。  ……。  どうやら、彼女は弱くて引っ込み思案な人の様だ……。  こんな状況なのに、彼女はただおどおどとボクに気を遣っているだけ……。  これって……イケるんじゃ?  ここはボクの基地だし……ここまですべてうまくいっている。  いきすぎているぐらいだ……、  だったら……。  高島さんはそんな不機嫌そうな顔でもない……どちらかと言えば頬を赤らめている……。  良かった……またキモイ人間と思われるところだった……。 「私も人に言えない様なものを……」 「え? そ、そうなんだ……えっと……あ、あのさ」  落ち着け……。  なるべくさりげなく……。  相手に本当にその気があるかどうかだって分からない……。  さりげなく……そういう方向の可能性を探ってみるんだ……。  うまくいけば……、  下着程度ならいけるかも……。 「あ、あの……間宮くん?」 「な、なんだよ突然……」 「あ、いや……間宮くんの秘密だけ知ってるとか悪いなぁ……って……」 「そう……高島さんの秘密か……」 「うん……」 「高島さんの一番恥ずかしいものって何?」 「え?」 「あ、変な意味じゃなくてだよ……ただ等価値なものって恥ずかしいものが妥当かなぁって思ってさ……」 「は、恥ずかしいものですか?」 「普通に秘密にしている事とか……」 「あ、あの……そうですね……」 「いつも隠してるものとかさ……」 「隠してるもの?」 「……」 「あ、あの……少しだけ待ってくれたら持ってくる……」 「え? な、なにを……」 「間宮くんにとってのこの場所と同じ価値のもの……かどうか分からないけど……私の恥ずかしい秘密も持ってきます」 「恥ずかしい秘密?」 「あ……」  高島さんはすぐに走り出した。  何かを取りにいくために……。  あんな急いでここの入り口を誰かに見られなければいいけど……少し心配だな……。  恥ずかしい秘密……。  何を持ってくる気なんだろう……。  女の子の恥ずかしい秘密……。 「な、何やってるの。誰かと思ったよ……」 「あ……ごめんなさい……」 「あの……さっきの約束を……」 「約束?」 「……私の秘密が必要だって……」 「へ?」 「あいや……だから……私の弱みを……」 「……」  お、女の子の…………よ、弱みって……。  って……落ち着け……そういう暴走気味なのが、災いを招くんだから……。  冷静に対処だ……何事も冷静に……な。 「えっと……弱み?」 「うん……間宮くんだけって……フェアじゃないと思うから……だから……」 「あのぅ……それって……」 「だから……」 「え、ええ? いや、本気で?」 「これをっっ」 「……」 「何これ?」  ボクは切羽詰まった様子の彼女に混乱し、見えない糸で縛られたように動けなくなる。 「ぁわゎゎゎ…………」  だって高島さんが耳先まで真っ赤にして俯きながら、ずずいっと差し出してきた手の上には……、 「これって、まさか……」  彼女の可憐な手の上には、ピンポン球を細長くしたような球体と、それから出ているコードでつながれたリモコンらしき小さな直方体。 「あっ、あのですねぇ……」 「はっ、はいぃっ……」  実際のところ、ボクはこれが何かをよく知っている。  知ってはいるけど、ボク自身に使うことは絶対に有り得ないし、ましてや使ってあげる可愛い相手はこれまで一人も現れたことがない。 「これ、ピンクローターですっ!」 「ひいぃっ!?」 「んな事あるわけないだろっっ」 「っ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」  くそ……また妄想の中に入っていた……。  ボクはバカか……そんな現実が甘いわけないだろ……いい加減学べ……。  ……エロゲだってもう少し必然性がある……。  ――やっぱり間違いなかったぁぁぁぁぁぁ!!  清純な彼女のイメージからは遠くかけ離れた、エロマンガとかエロゲとか空想の世界でしか登場しないものに、ボクは目を見開いて仰天する。  たたっ、たとえばだ……素行が悪いことで知られている赤坂や北見といった連中のポケットからコレが落ちたら―― 「やはりコイツは雌の本能だけで生きてるヤリマンの糞ビッチだな!」  と蔑んで冷笑することも容易だし、その瞬間を目撃しても特に驚きはしないだろう。(本当は驚くけど) 「ぁわゎゎゎ……」  しかし真面目で優しそうな高島さんが持っているとなれば、これはボクの世界観さえ揺るがす大きな衝撃的事実である。 「あっ、あの、間宮くんは大切な秘密基地を私だけに教えてくれましたっ」 「……ぇ、あ、うん、そうだよ」  ボクをまっすぐに見るのは恥ずかしいのか、高島さんは微妙に視線を逸らして早口気味に言う。 「だからそのお返しに、私も絶対に他人に知られては困るものを――!」 「だけど自分の秘密を打ち明けてくれたあなただけには、私も一番の秘密を教えるべきだと思いましててってて〜〜」  こんなものを手にしつつ、高島さんは羞恥心に駆られて声どころか全身までもぷるぷる震わせている。 「あ……ぁ、ああ……」 「高島さんの恥ずかしい秘密」 「いつも隠し持っているモノ……」  しかも「女の子の弱み」となるスーパー秘密アイテム。 「恥ずかしい秘密」+「隠し持っている」×「女の子の弱み」= ☆@@@☆ 「それがピ、ピンクローターですかっ!?」 「ひぃいんっ!」  ボクが「ピンクローター」と声を大にした瞬間、彼女は父親に怒られた幼女のようにギュッと目を閉じて縮こまった。 「あ、ごめんごめん! 驚かすつもりじゃなかったんだよ、本当にゴメンね」  すかさずフォローを入れて高島さんがこの場で卒倒しないよう配慮する。  そうだよなぁ、恥ずかしいよなぁ……これの用途って、アレするしかないよな。  スイッチを入れれば「ぶぃ〜〜ん」と振動する球体を、あんなところや、そんなところへ押し付けたり、もっとエスカレートして押し込んじゃったりとか――!  使いどころを想像するだけで無限に用途が広がっていくけど、それらの目指す結果は全て同じであり、どう考えてもたった一つしかない。 「はあ……はあ……はぁ……はぁぁ……」  〈聖童貞〉《セイント》であるボクは、ちょっと良からぬ想像をするだけですぐに息が乱れ、急に血流が良くなってみるみるうちに体温が上がっていく。 「はぁ……はぁ……はぁぁ……」  コレを持参してきた当事者である高島さんも、どこで入手したのか不明な危険物を手にして緊張のあまり呼吸が荒くなっていた。  とはいえ、これもまたボクに〈好〉《よ》し。  これからの展開は何故か分からないけど……ボクの好みな状況へ進む予感がする……。 「やっ、やあ……これはすごく意外だなぁ」 「高島さんみたいな清楚なお嬢様風の子が、こんなエッチな玩具を持っているなんて本当に驚きだよ」  確かにこれは秘密にしておきたい一品。  しかも自室に隠したままではなく、ボクの眼前に出せるということは、教室……いや、おそらく鞄に入れて持ち歩いているということになる。  あれ? それってどうして?  ――なんで君のような人がエッチな玩具を持ち歩いているんだろう? あれれ?  下品なマスゴミリポーターのように相手の都合など完全無視で問い詰めたい衝動に駆られるけど、女の子は野郎の下心を敏感に察知するからそれは禁物。  なのでボクは激しくなる一方の鼓動を押し隠し、薄い笑みを引きつらせながらも、声だけは落ち着いた感じに聞こえるよう努力する。 「あの……間宮くんは逃げ場を無くした私を助けようとして、この誰にも知られたくない秘密基地にかくまってくれました……」 「もし私たちが正反対の立場でしたら、私はあなたを見捨てて秘密基地の秘密を優先したかもしれません……」  高島さんはまだ頬を赤らめつつも、次第に口調を明確にしながらボクをまっすぐに見て言葉を切々と〈紡〉《つむ》ぐ。 「でも間宮くんは困っている私を助けてくれました」 「誰にも教えてはならない秘密を明かしてさえ、助けてくれたんです!」 「う、うん、まぁ、そうなるのかな……」  不意に高島さんがボクと目線を合わせ、愛の告白をするかのように強く言い放ったので、今度はこちらが気圧されて少しだけ目を逸らした。  なんとまぁ……これまで女子から罵倒されたことは何度もあれど、こうも真剣な態度で接してこられたのは初めてだから、どう対応すれば良いのか正直迷う。  下手な選択肢を選んでフラグが折れては泣くに泣けないよこれ……。  しかもセーブ不可の一発勝負だから、ボクの緊張する心は直に“ローターを当てられた”ように振動を繰り返す。 「えへへ……こんな世間知らずな私でも、他人に優しくすることがどれだけ難しいかは知っています」 「だ、だから……」  懸命にドキドキする心情を隠すボクの前で、高島さんは祈るように両手を胸の前で合わせると、顔を真っ赤にして一気に喋りはじめる。 「だ、だからそんな優しい間宮くんになら、私の最高の秘密を打ち明けてもいい……いいと思いましたっ」 「いえ、互いに打ち明けてフェアな関係となるべきだと思うんです私、あのその……」 「え、あ…はい……」 「そ、それに優しくて信頼できる間宮くんのことだから、私の特別な秘密を他へ言いふらしたりしません……。あ、そう思いましたっ」 「あぁ、それはもちろんだよ……信頼した仲間を裏切った報復として、君がこの場所を他人に教えたりするとボクは非常に困るから……」  この薄暗く、決して清潔とは言えないけど、それでもボクにとって安息の場であるここが使えなくなるのは本気で困る。  何せ校内でここが唯一の安全地帯なのだから、それが使えなくなれば二度と学校に来れないかもしれない。 「で、ですよね! やっぱり間宮くんに打ち明けてよかったです……はいっ」  高島さんの可憐な顔に穏やかな笑みが浮かぶ。でも顔は真っ赤に上気している……そのアンバランスさが何ともイヤラしい。 「ち、ちなみにですねぇ……こ、このリモコンのスイッチをずらすことで、ローターの振動の強さを変化させることができるんです……」 「へっ、へぇ……そうなの」  いや、実物を手にして親切に教えてくれなくても、それくらいはボクでも知っている――  だけども、説明している高島さんそのものがあまりにエッチだったので……ボクは静かにそれを聞いていた。  少し震えているのだろうか……歯がたまにガチガチとなっている様に感じた……。 「あのさ……ここにそれを持って来れるということは基本的にローターを携帯しているってことだよね?」 「え?  あ、あの……そのぉ……そうです……」 「あ、あう、あ、ああ……あの」  ガチガチと震える高島さん。震えてるのに、まるで全身から湯気でも立ちそうなぐらいに熱そうだ……。 「わ、私には間宮くんに全ての秘密を話す義務がありますっ」  彼女は声を裏返して宣言する。 「わ、私は全部、秘密を言いますっ」 「は、はい……」  完全に気圧されてはいたけど――でも、これから始まる清楚な彼女の告白内容に期待して頭がくらくらしてしまう……。 「じ、実はですね……いろんな場所に出かけて、人に気付かれぬよう自分を慰めるのが……えっと、わ、私の趣味なんです」 「――なんとっ!?」  やはりその路線だと予想はしていたが、あまりの衝撃に胸の奥がざわざわと波立った。 「ふ、ふらふらと街中を歩き回って……何となく気に入った雰囲気の場所があると、そ、そこで周りの人目を気にしながら……」  顔は真っ赤、目は潤み心持ち焦点があってない……少しガタガタと震えている……。 「いけないと思うんですけど……つい、しちゃうんですっっ」  涙目の高島さんが真っ赤になりながら自らの性癖を告白する。  ―― This is “MOE”!! 「ご、ごめんなさい、とんでもないいやらしい〈娘〉《こ》だと思いましたよね……」 「いぃっ、いえいえ……そんなことはありませんですよ……あはは…は」 「あ、あはははは……」  真っ赤な高島さん……なぜか目に涙をためている。  感極まって……って事なんだろうか? 良く分からないけど……涙目のエッチ告白とか……いやらしすぎなのは良く分かる……分かりすぎる……。 「そ、そのぉ……ボクだってよく自分のを慰めているし、オナニーを我慢するのはボクらの年頃としては心身ともに不健全だと思います……あ、あははは……」 「だから必要以上に恥ずかしがらなくていいんだよ」 「なにせボクらは秘密を共有し合う仲間だからね」 「ここで君に誓ってもいい、絶対に君の告白内容を他の誰にも言わないと」 「ボクは絶対に仲間を裏切らない!」 「あぁ、そうですよね、ありがとうございます」 「うんうん。だからその……もっとお話を続けてもらっていいかな?」 「え? まだ聞きますか?」 「もちろん……です」 「あ、あは、ぜ、ぜひ聞いてください……私のエッチな話を……」 「…………ごきゅっ」  無邪気さと〈淫靡〉《いんび》さを〈併〉《あわ》せ持つ彼女の微笑に、ボクは抗いようも無く音を立てて唾を飲み込んだ。 「あ、あれはですね……数週間前……あは、よく晴れた日の朝だったかなぁ……」  高島さんは柔らかい笑顔でボクを見つめつつも、顔からは湯気が出るほど真っ赤で手を強く握りしめている。たぶん手の中は汗でびっしょりなんだろう。  涙目は相変わらず……というか何度か目を拭いていたようだけど……相変わらず目は潤んでいた。 「朝の通学時間の電車って、いつも混んでいますよね?」 「うん、そうだね……って、まさか痴漢にあったとか!?」 「あはは……それも良かったかも……」 「え?」 「あ、あは、何でもないですっ。えっと痴漢とかじゃないんですよ」  勝手に予想して慌てたボクを見て、高島さんは呆れるどころか目を細めて喜んでくれた。  もちろんボクも年頃な男子だからエッチな話は大好き。  でも仲良くなった女の子が、しかもかなりの美少女が他の男に汚されるシーンなんて絶対に受け入れたくない。 「は、話を続けますね……いいですよね……」 「も、もちろん……」 「あの日もわりと車内は混んでいて、私は座ることなくつり革につかまって立っていたんです……」 「私って運動神経が良くないので、満員電車の中で下手に座ると降りたい駅で出られなくなりますから」 「うんうん、それよく分かるよ。ドアの近くに立っている人をかき分けていかないとダメだもんね」 「そうなんです! 近くにあるはずのドアがすごく遠く感じられますよね」 「だけど知らないおじさんの間に身体を割り込ませるのは恐くて……この気持ち、間宮くんは分かりますか?」 「ああ、女の子ならそうだろうね」 「あっ、すみません。また話が逸れちゃいました……」 「あの時、私の前にはちょっと眠たそうなおじさんが頭を垂れていて、まだ朝なのにもう疲れきった様子でいました……」 「私……何か知らないんだけど、脂ぎった〈加齢臭〉《かれいしゅう》のしそうなおじさんの前に立ったら……なんだか変な気分になって……」 「も、もしかして高島さんっておじさん好き?」 「そ、そんな事ないですよ。別におじさんが好きとか無いですっ」 「なんですけど……なんかたまたま、その時の私は下着の中にローターをしのばせておいて、ポケットにあるリモコンでいつでも使える状態にしていたんですよね」 「……そ、それ全然たまたまじゃないんじゃないの……」 「そ、そうなんですけど……そうなんですけど……たまたま……なんですよ……たぶん……」  いつも携帯してるって言ってたのに……たまたまって……。 「だ、だから『ふぅ』て心の中で溜息を吐きつつ、こんなおじさんの前でいやらしい気持ちになるハズなんかない……って言い聞かせたんです」 「だったんですけど……なんか少し想像しちゃったんですよ……」 「ここでもし、リモコンをONにしたらどうなっちゃうんだろぅ……」 「このおじさんの前でローターを動かしたら……どうなんだろうなぁ……とか考え出したら……なんだか良く分からない気持ちになって……」 「え!? どうしたの?」 「あ、いや……なんかたまたまなんですよ……何となく指でポケットのローターを触ってたら、不意にスイッチが入っちゃって……」 「……スイッチが入っちゃって……って」 「そんなつもりなんか無かったんです……たぶん、本当にたまたま……だから私も焦ったんですよ」 「でも、私って運動神経よくないのと焦ってたので、何が何だか分からなくて、スイッチとか一生懸命止めようと思ったんですけど……」 「すぐにスイッチをOFFできなかったという事なの?」 「は、はい……もう完全にパニックちゃって……さすがにここまでするつもりなんか無かったから……もう、どうして良いのか全然分からなくて……」 「ああ、まずいよ。こんな場所で動かしちゃ……ああ、どうしようかって考えているんだけど……なんだかそんな自分が良く分からなくなって……」 「……へ、へぇ……」 「もう、何が何だか分からないんだけど……なんだか、少し気持ちいいって言うか……」 「ど、どんな感じだったの?」 「どんな感じですか? えっと……あ、あのですね……あそこの部分に沿わせたローターがブルブル震えるとですね……なんか、下半身からくる波のような気持ちよさで体中が熱くなる様な……」 「そ、それででしてね……ちょっと前屈みになると、震えているローターがあそこの部分にあたるんですよ……」 「あそこ?」 「あ、あの……ク○トリス……です」 「ク○トリスにあたるとどんな感じなの?」 「あ、あのですね……ク○トリスにローターの振動が伝わるとですね、もう体をビクッとさせずにはいられないほど気持ちよくなります……」 「へっ、へぇ……」 「だけど……やりすぎると気持ちよすぎて立っていられなくなります……」 「だから時々、背筋を伸ばすようにしてたんです……」 「ふーんという事は、そのまま背筋を伸ばしていれば、快楽から逃れられたんじゃないの?」 「そ、そう……なんですけど……何かそのまま緩やかな振動を受けていると……あまりに切なくて……」 「どうしても……また前屈みになってしまうんです……ああ……」 「そうすると、打ち寄せてくる気持ちよさを隠せずに、“うふぅんんっ”とか、“あはぁあぁぁっ”とか小さく声が〈洩〉《も》れてしまいまして……」 「私としては一生懸命に声を押し殺したつもりだったんですけど……あ、ああ……」  その情景を思い出しているのだろうか……彼女は今までにない様な奇妙な表情を見せる……なんか宙を見つめる様な……感じで微妙に震えている。 「あ、あの時……わ、私の前で頭を垂れていたおじさんが、不意に顔を上げて私と視線を合わせたんですっ」 「ローターが当たっているのがバレたの?」 「そ、その時はどうだったのかな……あ、たぶん単に私が気分を悪くしているのかと思ったのかもしれません」 「だよね! まさか目の前の女の子がローターで密かにオナニーしているとは決して思わないだろうね」 「あは、あははは……そ、そうですよね……そ、そんなの変ですよね……まるで……」 「変態?」 「は、はいぃ……変態……です……っ! っっ!!」  なんだか高島さんの様子がおかしい……先ほどとは比べられないほどガタガタ震えている……。 「ど、どうしたの?」 「あ、あひ? あ、すみません……」 「ごめんじゃなくて……どうしたの?」 「あ、あは……な、なんか軽くイっちゃったみたいです……」 「え?」 「今のでイったの? 言葉だけで?」 「だ、だって……間宮くんが私の事……変態とか言うから……わ、私……」 「いや……変態と言われたぐらいでイったりしないでしょう……」 「は、はい……そうですね……そうだと思います……」 「さすが……人前でオナニーするだけはあるね……」 「あ、ああ……そんな事……言わないで……」 「それより話を続けてよ……」 「あ、はい……おじさんが私に不審そうな顔を向けてくるものですから、私はにっこりと笑顔を返してみました……無言の挨拶っぽく……です」 「するとおじさんはちょっとだけ表情を優しい感じにしてくれたんです」 「ほほぅ、それは良かったね」 「やっぱり私の調子を気遣っていてくれたんでしょう……」 「最初はそのおじさんの事何にも思わなかったんです……それどころか、少し嫌悪感すらあったと思うんです……でもなんだか……」 「だんだん自分がローターの振動で昂ってきちゃうと、毎日忙しくて疲れているおじさんがいとおしく思えてきて……」 「なんだか……こんな歳までずっとこんな満員電車に揺られてたのかなぁ……とか思ったら……これぐらい、彼を元気づけてあげてもいいかなぁ……と思って」 「たぶんまともな判断じゃなかったんです……ローターの所為でまともでは無かったんだと思います……気が付いたらおじさんの前でスカートをめくってました」 「それじゃ――おっさんからはパンツ丸見え!?」 「は、はい……しかもパンツの中でローターがブルブルしているのも一目瞭然だったと思います……」 「おっ、おぉぉ……」 「だからだと思います……」 「おじさん……私のしていることに気付くと、途端に顔をまっ赤にして目を逸らしちゃったんです……」 「そりゃまぁ、普通の人ならすごく驚くよ……」  だって……そんなことするのは度胸がついた露出狂の痴女くらい……言ってしまえばおばさんみたいな人しかやらないと思うだろう。  まさか“セックスのやり方も知らない”ような美少女が大胆に見せつけてくるなんて、これには何か裏があると考えるだろうな……。 「ああ、どうしよう……もしかするとおじさん気に入らなかったかな? でもそうだよね……こんなの嫌だよね、なんでこんな事しちゃったんだろう……」 「ああ……“やめなさい”って大声を出され、次の駅で降ろされて駅員さんに突き出されるかもしれない……」 「私は社会的に終わりなのかなぁ……とか思いました……」 「と思ったんですが……その後も何も無くて……ただおじさんは黙っているだけ……」 「にも関わらず、時々私の方をチラチラと見るんですよ……」 「あれ……この人……見たいのかな? でも何でちゃんと見ないんだろう……私は見せたくてスカートを上げているんですから……」 「そりゃ、そうだよ……〈美人局〉《つつもたせ》かもしれないじゃない」 「美人局ですか?」 「そりゃ、思うでしょ。君みたいな若い娘が自分みたいなおっさんに無償でサービスするなんて考えられないじゃない」 「何か裏があって、後から恐いお兄さんが来て“お前今見てたよな……”とか因縁つけてくるかもって考えるよ」 「でも……私はサービスというよりは……好きで……」 「そんなの分からないって」 「なんだ……別に嫌じゃないんだ……もしこの人が嫌ならやめればいいや……私…気持ちいいし……」 「なんて、ほとんどまともな思考じゃなかったんですよ……頭おかしくなってたんですね……」 「時々は前屈みになってクリを刺激し、ガクガク来ちゃうような快感を求めつつ、おじさんとの距離を縮めちゃったりして……とうとうパンツをおろしちゃって」 「そしたら……おじさん、一生懸命に両手でさりげなく自分の股間を押さえていたんですよ……」 「だろうね、男なら反応しない方が大問題だよ」  現にその状況を想像しているボクも、下半身がビクビク反応して隠すのに一苦労しているのだから。 「それを知ったら、なんか頭が真っ白になってしまって……なんだろう、もう夢中で周囲の目なんてちっとも考えずに……」 「素早く濡れたパンツを下げながら、ローターを持ち直して湿ったアソコを弄くり始めました……はぁぁ……」 「え? それまずくない!」  もう秘密などではなく公開プレイだもの! れっきとした犯罪行為だし……。  なのに回想している高島さんは今もオナニーして感じているかのように甘い声を洩らしていた。  ……この子、見た目から想像出来ないぐらいすごいな……。 「今になって思い返すと、確かに恐い事したなぁ……って思うんですよ……でもその時はなんだか頭がしびれてしまって……」 「押し殺していたエッチな声もだんだん大きくなってしまって……」 「“あはぁあんっ”とか、“うふぅんんっ、気持ちイイ”とか何度も小声で言ってたように思います……」 「それじゃ周囲に教えているようなものだよ、危険すぎるでしょ……」 「うん、そうなんだけど……それなのに私は……」 「なのに……って?」  一瞬だけ思わせぶりに目を伏せた彼女に、ボクはドキドキして問いかけずにはいられなかった。 「おかしな人と思われてたのかなぁ……あはは……なんか、みんな私をチラチラ横目にしているだけで、誰も注意しには来ませんでした」 「もちろん、ここで捕まったら大変なことになるとは考えてたんです……というよりこんな事したらダメだって……人としてダメだって……」 「分かっているのですけど……みんなが見ているくせに邪魔されないから……なんかますます興奮してアソコが潤っちゃって……」 「あぁ、私ってたくさんの男性から見られるとすごく感じちゃうんだ……下品な露出狂なんだ……って考えると……なんだかもう……」 「あっ! だけど勘違いしないで下さいね」 「私は今も処女ですから、震えるローターをこすり付けるだけで中に挿れたりはしません」 「こんな私でも……初めての瞬間は大好きな男性に優しく抱かれながら捧げたいんです」 「そのためにずっと、最後の一線を守ってきたんですから……」 「で、ですよねー」  高島さんがすごくエッチな子だとは分かったけど、それでいて処女を守り通しているという発言にはいくらか救われた気がした。  たとえエッチ好きであっても高島さんには綺麗な体のままでいてほしい……。  そしてボクが君の初めての男になれれば……もう最高なんだけどな。 「何が何だか分からなくなってたんですけど……たぶん私……」 「その時充血して熱を帯びたアソコをさらけ出し、何度もローターで擦りながら周囲の反応を窺いつつ昇りつめてたと思います……」 「うっすら覚えてるのは、前に並んで座っている男の人たちの股間が盛り上がっているのに気付いて……」 「その人たち、後で君をネタにオナニーするんだろうね……?」 「ああ……そんな事言われると恥ずかしいです……」 「でも、その恥ずかしさが気持ちよかった……」 「……そうなのかもしれません……そしたら私、私ヘンタイですよね……でも、気持ちよかったし……もっとみんな見てくれてるし……」 「ああ、どうしよう……たぶん、揺れ動く電車の中には、私のエッチなあえぎ声がこれでもかと響いてたんですよね……」 「ローターを持つ手も愛液でぐちょぐちょだったハズですし……」 「だって、体中から力が抜けて、つり革がないと立っていられないくらいに良かったんだから……」 「アナウンスで杉ノ宮の名前を聞いてはじめて、もう降りる駅に着く頃合なのを知りました……そしたら私は無我夢中で振動するローターをク○トリスに押し当てました……」 「最後までイけないなんて考えられない……イかないと……私……」 「頭の中では、早くイかないとイかないとイかないとって……ずっとそれだけが回ってて……もうそれだけしか無くて……」 「……あぁっ……ひゃふぁ、いいっ……もう、すごい……あっ、ああっ――」 「いっ、いいっ……あぁあんっ、イッちゃうぅぅっ、イクぅぅ〜〜!」 「っっ〜〜〜〜んんっ!!」 「……すごい」  高島さんは絶頂を迎えるシーンを追想して実際にあえぎ、リアルな少女の嬌声を驚嘆するボクの耳に届けてくれた。 「その瞬間、ちょうど駅のホームの端が見えました……私、あわててパンツそのままで、逃げる様にホームに降りました……」 「いつも大人しい高島さんが、こうも大胆な娘とは知らなかったよ……」 「あ、はい……すみません……」  公開オナニーを打ち明けて吹っ切れたのか、高島さんは一層フレンドリーな態度になってボクに接してくれる。 「そうだ……間宮くんはそういう事するのに、一番緊張する場所はどこですか?」 「え? ボクはそんな事したことないから分からないよ……というか高島さんは?」 「え?」 「だから高島さんが思う、オナニーする上で最も緊張して、しかもすごく気持ちのいい場所って?」 「そ、そんな……はっきり言わないでください……」  って……こんな告白して、あんな事やってたのに、いまさら恥ずかしがるか? 「えっとですね……私の経験上ですけど……授業中の教室でしょうか……」 「…………」 「……はいッ!?」 「す、すみませんっっ」 「あ、いや……楽しいお話なんですけど……それって経験があるって事ですか?」 「はい……まぁ、そんな感じです……」 「もし……間宮くんが同じクラスなら、気付かれていたかもしれません……」 「え? ええ? そんなに大胆に?」 「だけど危険度が半端じゃないんじゃない? ガラの悪い赤坂や北見とかに見つかったら高島さんの人生終わるかも……」 「そうですね……でも…なんかやめられないんですよね……」 「あはは……そうですか……」 「あの……間宮くん……いまさらなんですけど……名前で呼び合いませんか?」 「名前? えっと……それは下の名前で呼び合うとか?」 「共犯者意識ってあるじゃないですか……同じ秘密を暴き合った者同士……もっと親密になるには……下の名前で呼び合うってどうでしょうか?」 「共犯者意識……下の名前……」  下の名前……あははは……なんだろ、この現実味の無さって……これって言ってみれば「高島ざくろ」ルートが開いたって事だよなぁ…………。 「あの……なんてお呼びしたら良いですか?」 「なんてって……ボクの下の名前は……」 「卓司くんです……」 「あ……ボクのフルネームを知っていたんだ」 「はい……卓司くんとお呼びして〈良〉《い》いでしょうか?」 「あ、それで良いです」 「私のことは『ざくろ』と呼び捨てにして下さい」 「うん……分かった」 「あ……告白を再開してくれるかな?」 「あ、はい……えっと……あのですね、そういう朝は、いつもホームルームが始まる前に、トイレに行ってローターを下着の中に入れておくんです……」 「あとは……周りが授業に集中し始めて、黒板とノートだけを見るようになる瞬間を待つんですよ」 「そしたらリモコンのスイッチをちょっと入れて……」 「……っ」  ざくろちゃんは実際にリモコンのスイッチを入れて、ローターを「ぶいぃ〜ん」と振動させながら嬉しそうに説明する。  しかもドギマギしながらそれを見ているボクの様子を楽しんでいて、話す声も先ほどより少々艶っぽくなってきた。 「ここで毎回……声が出そうになるけど、絶対にこれは我慢します……」 「とにかく、授業中の私の秘密は絶対に声を洩らさないこと……」 「その制限が気持ち良いの? バレたら全てがお仕舞いっていうスリルが半端じゃないじゃない?」 「良く分からないけど…… そうなのかも……よくよく考えると……バレたら退学とまではいかなくても、もう二度と普通に通学出来なくなるんだし……」 「その破滅の一歩手前なところが肝心なんだね……本当にヘンタイだね……ざくろは……」 「みんなが真面目に勉強している最中に? すごいね。優等生ぶっているざくろがそんな事するなんて……」 「ふと校庭を見下ろせば、男子たちがランニングをしていたり、サッカーをしていたり……」 「女子たちが楽しそうにバレーボールに興じていたり……」 「なのに……私だけ……こんな場所で」 「オナニーしている……」 「具体的に、どうオナニーしているのか教えて」 「あ……はい……あのですね……ローターを使わないパターンを説明した方がいいですか?」 「うん、そうだね……」 「いきなりク○トリスは感じすぎて危険ですし、それになんと言うか……風情がない様な気がします……」 「ですからまずパンツの上からそっと縦溝を擦ってじわじわとお腹の奥を温めていくんです……」  親切なざくろちゃんはボクの前で中指をくぃくぃと曲げ、愛撫する様子を再現して見せてくれる。  魅了されたボクはもう勃起しまくりで、それを気付かれないよう片手をズボンのポケットに入れて膨らませることで誤魔化す。 「……」  だけど彼女はとっくにボクの異変に気付いているだろう……。  なのに滑稽なボクをからかったりせず、むしろ少し恥ずかしそうな笑みを見せる……本当にざくろは可愛いなぁ……。 「だんだん身体が温まってきたら、今度はゆっくりと下着の中に手を入れます……そして直に撫で回します……」 「ぅ、うん……」 「座った状態だと両脚を閉じていますから、割目に指を沿わせて前後させるだけでもかなり気持ちいいんです……」 「へ、へぇ……」 「そうやってリラックスしていると、じわじわと粘り気のあるエッチな液が指にまとわりつくようになってきます……」 「こうして濡れてきてからやっと、ク○トリスを触り始めます……」  ざくろはボクに見せている手つきを変化させ、親指と中指で何かをつまんで回すような仕草をする。 「この頃になれば強めにク○トリスを触っても痛くないんです」 「だから摘んで弄りつつ、残りの指を膣口の周りにはわせて昂っていきます……」 「もちろん、指が入らないよう注意しながら……」 「それと出来るだけクチュクチュ音が立たないように、指を寝かせて擦るようにして……」  彼女の説明がリアルすぎてボクの興奮度は急上昇し、ポケットに入れた手でしっかりと、今にもはち切れそうな自分のモノを暴発しないように押さえ込んだ。 「あとはもう、勢いに任せてずぶずぶと……」 「そうしていると先生の声も聞こえなくなってきて……」 「聞こえなくなって……」 「気が付くと果ててます……」 「……」 「あ、あの……次もしゃべった方がいいですか?」 「も、もちろん……次は?」 「えっと……教室内でローターを使うパターンです……」 「それって、音で気付かれたりしないの??」 「授業中って静まり返っているイメージがありますけど、意外と騒がしい時が多いんです……」 「先生が大声で喋り続けてたり、他の生徒が当てられて教科書を読まされてたり……」 「そこで周囲が騒がしくなっているところを狙って、タイミングよくローターのスイッチを入れるんです」 「な、なるほど……」  騒がしい時を見計らってやるのか……それ自体も一種のスリルになるんだろうなぁ……。 「そうすると……指では得られない……強い快感が……」  ざくろは目をとろんとさせ、ゆっくりと天井を見上げて一呼吸つく。 「と言ってもですね……いつ静まり返る瞬間が訪れるか分かったものではありません……」 「なので常にリモコンのスイッチには指をかけたままで、静かになりそうな気配を感じたらすぐOFFにするんです」 「そのスリルがたまらないんだね……リスクが大きいと分かっていても、止められない……」 「ローターを使う時には手でアソコを触らないんだね?」 「あ、それはですね……リスクが大きいからこそ、片手は常に自由にしてフォローが利くようにしてあるんです……」 「あとは時計を見て授業の残り時間を確認しながら、ローターの強さを微調整して快感を長引かせたり……」 「先生に当てられそうな気配がすると即座にスイッチを切ったり……」 「なかなか忙しいね」 「そうですね……だけど、この忙しなさが緊張を煽って感度を倍増させてくれるんです」 「そんな中で時間が間際に近づくと……タイミングを見計らって……」  まるで今もオナニーしているかのように、ざくろちゃんは頬を紅に染め、うっとりした妖艶な表情でボクだけに告白する。  ………………。  …………。  ……。 「え?」 「な、なんの音?」  なんだ?  なんかこの音は……誰かがマンホールを叩いてる音?  なんで? 「……」 「マンホールのところに誰かいる……」  マンホール越しで聞き耳を立ててみる……。 「はぁ……はぁ……はぁ……たしかこのマンホールだったんだけど……」 「んっ……お、重っ……」 「あ……高島さんだ……」 「え?」 「な、何やってるの。誰かと思ったよ……」 「あ……ごめんなさい……」 「あの……さっきの約束を……」 「約束?」 「……私の秘密が必要だって……」 「へ?」 「あいや……だから……私の弱みを……」 「……」  お、女の子の…………よ、弱みって……。  って……落ち着け……そういう暴走気味なのが、災いを招くんだから……。  冷静に対処だ……何事も冷静に……な。 「えっと……弱み?」 「うん……間宮くんだけって……フェアじゃないと思うから……だから……」 「あのー……それって……」 「だから……」 「え、ええ? いや、本気で?」 「これをっっ」 「……」 「何これ?」 「ノ、ノートですっっ」 「……いや……それぐらい分かるけど……」 「あの……これが私の弱みですっっ。弱みなんです……」 「……はぁ……そう」  高島さんが渡してくれたノートには沢山の漫画が描かれていた。  少女漫画みたいな……なんか……正直あんまりうまくない……。  これが彼女の秘密か……。 「……漫画……なのね」 「は、はい……」 「まぁ……うまいんじゃないのかな……」  ふぅ……なんだか無駄な期待をしたな……。  まぁ現実……エロゲじゃあるまいし、私の弱みを見て……なんて言って下着を見せてくれたり、ローターでの露出オナニー告白してくるわけがないよな……。  そんなお気軽な世界なんか……エロゲ作ってるお気楽な連中の脳内でしかないだろ……。  とほほ……。 「あ……あの……行くんですか?」 「なに?」 「これから秘密基地に行くんですよね」 「うん、まぁ、そのつもりだけど?」 「あの……一緒に行っていいですか……」 「ま、まぁ別にいいよ……もう場所は知ってるし、今更だから……」 「でも何しにくるの?」 「あ、いや……もう少し基地の事知りたいなぁ……って」 「え?」  何それ?  もう少し知りたい?  なんかそれって……。 「ここにいつもいるんですか?」 「ここに? こんな湿気の多いところにいたら病気になるよ……それにここって蒸し暑いでしょ」 「……あ、そうですね……」 「さてと……登るよ」 「登る?」 「え? 秘密基地ってここだけじゃないんですか?」 「だからさ、こんな場所にずっといたら病気になるってさ……ほら、そこに鉄〈梯子〉《ばしご》が見えるでしょ」 「あ……そう言われてみれば……暗くて分かりませんでした……」 「ついてきたいのならついてきなよ。ただし落ちないでよ。〈梯子〉《はしご》から」 「え? 〈此処〉《ここ》……」 「これって……すごいです……」 「ここは新校舎の土台にあたる場所だよ。この真上には新プールがあるC棟があるんだよ」 「良くこんな場所見つけられましたね……」 「まぁ、いろいろとね……」 「ここなら……誰も来ないですね」 「いや、さすがにプールに異常でもあったら業者が来るんじゃないかな? 排水パイプとかいろいろあるし……」 「でも不良とか……先生とかは来ないですよね……邪魔者が来ないみたいな……」 「……邪魔者?」 「あは……あははははははそう?」  って!  なんだ?  なんだよそれ……!?  まるでボクと二人っきりになれる場所だね。って言ってるみたいじゃんかよ!  ……。  って……ダメだって。  こうやってすぐに女子はこっちに気を持たせて、あとから手痛いしっぺ返ししてくるから……あんまり心開くと……。  そ、そうだ……よ。 「え? 発電機まであるんですか?」  とりあえず、なんだか無駄に緊張してきたから……ボクはそれを悟られない様に発電機のエンジンをつけた後にすぐに歩き出す。  無駄にあがると、ろくな事がない……言葉だってうわずるし……どもったりもする……。  とりあえず歩いて落ち着かないと……。 「なんでこんな天井が高いんだろう……」 「な、何か作る気だったのかもね。途中で金がなくなったんじゃないの?」 「何をですか?」 「さぁ……もう一階分のフロアは入りそうだから、まぁ、なんの根拠もないけどね」 「はい、着いた」 「着いた?」  砂利がふきかけられた暗幕の袖に腕を通す。  それが、壁がひらりとへっこんだ様に見えたのか高島さんはかなり驚いた顔をした。 「こ、これって布?」 「すごい……まるで家みたいに明るい」 「発電機があるからね。ここなら読書だってゲームだって出来るよ」 「本……」 「これって間宮くんの本?」 「ボクのもあるけど……ボクのものじゃないのもあるよ……なんか親に読めとか強制された本とか持ってきた」 「なんか……難しそうな本が沢山……」 「そういうのはボクのじゃないよ。親が無理矢理ボクに読ませたい本だね……邪魔だからここに放置してるんだよ……」 「戯曲とかいっぱい…… リア王……マクベス……シラノ・ド・ベルジュ……」 「さぁ……ボクは良く分からないよ……そんなの読む人間の気が知れないよ」 「……あははは……えっと」 「あと……すごい数のライトノベル……」 「それ、すごい数でしょ。全部ボクのだよ」 「ライトノベル好きなんですか?」 「うん、まぁ、だいたい古い本なんかから学ぶ事なんてないとか思っちゃうよね。だいたい古い情報しか入ってないんだからさ」 「そ、そういうものなんだ……」 「そうだよ。だいたい100年前の人が書いた情報なんかなんにも役に立たないでしょ? 今はインターネットがあるんだよ」 「インターネットか……たしかに調べ物はすぐだけど……」 「そうだよ。必要な情報は全部ネットに落ちてるさ」 「そうかなぁ……」 「当たり前だろ。どうしても欲しいものがあるんなら共有ソフト使えばいいしね」 「共有ソフト?」 「〈P2P〉《ピアツーピア》だよ、何か欲しい漫画とかない? ボクが今すぐ落としてあげるからさ」 「だいたいさ、情報なんてお金払わなくても手に入るんだからさ、お金とか使うのは購入厨がする事だよ」 「……こうにゅうちゅう?」 「まじめぶってるバカだよ。それよりなんでも落とせるよ。ほらこれこの間落として来たんだけどさぁ」 「……違う」 「え?」 「……違うんだ……」  なぜか高島さんは食器棚から何かの瓶を手にとってみる。  瓶詰めみたいだった……。 「マーマレードの空き瓶じゃないよね……」 「へ?」 「マーマレード? 何それ? パンでも食べたいの?」 「な、なんでもない…… ごめんなさい」 「どうしたの突然?」 「私そろそろ帰ります」 「え? もう?」  いきなり走りだそうとした高島さんの前に立つ。  それは反射的な行動で何か考えがあったわけじゃない。  というか考えどころか……。  な、なに?  なんでこの女態度がいきなり豹変して帰ろうとかしてるの?  もう手のひら返すわけ? 「あ、あの……どうしたの? 突然」 「あ……うん…… ごめんっ」 「あ……」 「い、いつでもここに来ていいからっ」 「あ、あの高島さんっ!」 「……」  な、なんだよ……あれは……。  ったくいつも女子はあんなんだ……。気があるようなそぶりをみせて……当然あれだ。  あいつらはいったい……なんなんだよ……。 「ふぅ……」  バカバカしい。  なんか、疲れた。  ボクはソファに深く腰掛ける。 「……ふぁあ」  今日はいろいろあって疲れたな。  なんだか身体がだるいや……。  なんかとてつもなくだるくて……とてつもなく眠い……。  ボクはすぐに眠くなる……。  眠い。  真夏の炎天下は、体力を奪う。  でも春だって眠い。  秋も冬も……、  でも春は眠いと良く言う気がする。  ……だから春が眠いのは問題ない。  問題なのは……、  ……問題な は……。  門 …… な……。   ……。  これはいつものパターンだ……。  知らない間に……妄想と現実の区別がつかなくなっている……。  こんなもの……、 「あ、あの……」 「え?」 「ど、どうしましたか? いきなり黙り込んでしまって……」 「あ、いや……その……」 「あっ、あのさぁ……」 「はい、何でしょう?」 「その……たとえばですね、どうして高島さんはスカートをはいているの?」 「はぁ?」  ま、まずかったかな?  いくらなんでも直接的すぎだったか? 「あ、別に変な意味じゃないからね。普通の意味でだよ」 「はぁ……普通の意味ですか……スカートなのは制服だからじゃないでしょうか……」 「あ、いや、そういうことじゃなくってさ……」 「……え? じゃあ……どういうことですか?」 「どうしてスカートや……この際ズボンでもいいけど、そういうのをなんで君が着るのかってことだよ」 「え!? それは……当たり前じゃないですか」 「何が当たり前なの? なんでスカートとかはいてるのかな? はかなくても別に問題はないでしょ?」 「も、問題大ありです」 「それは何で?」 「だ、だってはいてないと……恥ずかしいじゃないですか……」 「そうそう! それだよ……スカートをはかずに外を歩き回るなんて、すごく恥ずかしいよね」 「……はぁ」  女の子は気を許したように見せかけて、次の瞬間には鋭く噛み付いてくることが多々あることをボクは知っている。 「なぜそれが恥ずかしいのか……つまりは、他人に今君がはいているパンツを見られたくないからだろ」 「…………ぅ……はい……」 「君は外を行き交う他人に、今どんなパンツをはいているのか見せたりしないよね?」 「あっ、当たり前ですっ!」  すると高島さんは両手をぎゅっと握り締め、わずかに表情を険しくしてボクを見つめ返す。 「じゃあ、それだ」 「え……?」 「今ここにある君の秘密……」 「君が今はいているパンツを、ここでボクに見せてよ」 「ぁ……は、はぁ??」  驚く高島さん。でもここで躊躇などしない。 「だから、君の秘密を見せるんでしょ!」 「だ、だからって……」  高島さんは羞恥心で目を逸らせようとするが、それを許さないようにボクはキッと彼女を見据える。 「そそ、そんなの……で、出来ません……よ」  当然、彼女は体をもじもじさせて拒もうとする。  だが、はっきり言ってしまった以上、ボクも引き下がるわけにはいかない。  ここで諦めてしまうのは危険だ。ここで引き下がったら、彼女に「間宮くんにパンツを見せろと強要された」と言いふらされる可能性が高くなる。  だから何としても、彼女が自らボクにパンツを見せたという状況に仕立て上げねばならないのだ。 「君はこの場所がボクにとってどんなに大切であり、そして秘密なスペースであるかを知ってしまった」 「いいかい、ここは“秘密基地”なんだ……なのにボクは君にここを教えたんだ。そうだろ?」 「……はぃ、そうです……」 「この場所はボクにとって、他の誰にも知られてはならない場所だったんだ」 「なのに“君だけ”には教えた……追い詰められていた君を助けるためにね」 「これがいかに特別であるかを、残念ながら君は理解していないと思う」 「…………ですけど」 「ボクの秘密を君だけが知っているのはフェアじゃないって、君自身が言ったよね? 言ったよねっ!」 「あれは嘘なのかい? 君は世間にゴロゴロいる、平気で嘘をつくような下卑た人間なのかい?」 「ちっ、違います……あれは嘘じゃありません」 「……そうだよね。君は平気で他人を騙すような、その辺りにいる腐った女子どもとは違う。全然違う」 「少なくとも、ボクはそう信じてるよ」 「……はぁ……」 「ボクは君にこの場所を誰にも教えるなと言った」 「だからボクも、今君がどんなパンツをはいているかを誰にも、未来永劫、決して言わないと男の名誉にかけて約束する」 「これってフェアだよね? 君が言っていたことに全て合致するでしょ?」 「……ぅ……あぅ」 「君は嘘つきなんかじゃない……ボクはそれを理解しているからこそ、こんなお願いをしているわけだよ。信じているからね」 「どう? ボクの言っていることに矛盾はあるかな」 「…………ぃぇ」 「あん? なんだって?」 「無いと思いますっ」 「そうでしょ! そうだよね!」 「……はい」  少々釈然としない様ではあったが、彼女は混乱してしまいボクの主張をすべて受け入れる形となった。 「なら、何をするべきか分かるよね」 「あ、あの……私……」 「それとも、秘密を教えるとか嘘なの?」 「あ、嘘じゃないです……」 「ならっ!」 「あ、あのっ。私の秘密……その……下着を……見せれば良いでしょうか……」 「そ、そうだね……」 「分かりました……間宮くんに見せます……」 「う、うん……」  ボクが“間宮くんに”という言葉に過度な期待を寄せ、思わず唾を飲み込む。  何もかもがうまくいきすぎている……。  すべてがうまくいきすぎている。 「……んっ……ぅぅ……」  覚悟を決めた高島さんは恥ずかしそうにギュッと両目を閉じ、 「……ぁあ……ひぁぁ…………」  スカートの端をつまんでゆっくりと、焦らすように持ち上げていく。 「あぁんっ……やっぱり恥ずかしいですっ!」 「……ちっ」  なるほど、彼女の自力ではここまでが限界のようか……。  まあそれもいい……男に言われてホイホイとスカートを捲り上げる女ってのも興醒めだしな。 「分かったよ……」 「高島さんはそのままじっとしていてね……ボクがスカートをめくり上げてあげるから」 「ひっ……ぅっ…………」  彼女はさらに顔を赤くして固まり、警戒心を煽らぬように、そっとスカートに伸ばすボクの手をじっと見下ろしている。  スカートをゆっくりあげる高島さん。  すべては計画通り……、  うまくいっている……。  うまくいきすぎている……何もかもが……、  現実がこんな簡単にうまく行くわけがない……。  知っている……。 「あ、あの……間宮くん?」 「あっ」  やっとの事で妄想から目覚める……。  あまりにも磨き上げられた現実逃避術も考え物だ……。 「あ、ご、ごめん……少し考え事をね」 「考え事?」 「あ、うん……あまり気にしないで……」 「……っぅ……ぅ」 「え? ええ? こんなの君ははいてるの? ええ?」  なんだよ。これ……狙ってるのかよ、縞パンじゃないか……。  どういう事だよ。  知ったかぶって「縞パンなんて幻想ですよ」とほざく奴らを笑ってやりたいね。(縞パンなんて通常で売ってないとか言う主張らしい) 「へへえ、縞模様とは意外というか……すごく可愛いね」 「っ、くぅうぅ〜〜」  ボクの賞賛を受けて羞恥心が昂ったのだろう、高島さんはスカートをめくられたままビクビクと震えた。  いいっ! この反応は、超ボク的にアリ! 「なんだよ……この狙った様なパンツは……こんなの何ではいてるの?」 「……ひぅぅ、言わないでください」 「さては、誰かに見て欲しかったのかな?」 「ちっ、違いますっ! ……私っ、そんなはしたない子じゃないです」 「だってさぁ、パンツとしての機能を求めるだけなら、ありきたりの真っ白なヤツで十分でしょ? なのにこれ、まるでアニメみたいな縞パンだよね」 「そ、それは……」 「ああ、わかった! これって君なりのおしゃれってわけだ」 「誰の眼からも隠したい……でも着飾りたい……ってわけだね」 「……っ、はぃ……」 「あっはっは、可愛いなぁ〜」 「……ぁぅ」 「しかも君はそれだけに飽き足らず、もしかすると誰かにパンツを“見られてしまうかも知れない”というスリルを味わっているのかな?」 「な、なななんでそんな事に……」  顔を左右に振って否定しながらも語気は弱い。 「だって、こんな縞パンとか狙いすぎでしょ? 見られる可能性がないんだったら普通のはけばいいじゃん」 「それとも彼氏に見せるためとか?」 「そ、そそそんな人いませんっっ」  あ……いないんだ。  なんか勢いで聞いちゃったけど……高島さんは彼氏無し……って、それって大収穫じゃない? 「今までも?」 「あ、当たり前です……いません……」  え? マジで? これって処女確定フラグって事?  とはいっても……それも確認しないと分からない。  これで非処女のビッチだったら、減点すぎだからな……是非、これは処女である事を確認したいところ……。 「ふむふむ、薄布が君の恥ずかしいところをしっかりと覆っているね……」 「……ぁ、ぁぁ」 「はあぁ〜、この丘の丸みが芸術的で素晴らしいよ……」 「ぁ……やぁん……そんなに近くで見ないでください……はずかしぃ……」  とは言うものの、高島さんはぶるぶると困ったように震えるだけで、スカートを摘まむボクの手を邪険に払いのけようとはしない。  全然嫌がってないじゃん……って、あれ? 「ここの、布が二重になっているところの下に……あれれ?」 「ひっ!」  よーく見てみると、高島さんのパンツのクロッチ部分は少しだけ周囲より色が濃くなっている……ほんのり透けてる……。  これって……もしかすると、もしかするよね! 「あのさぁ高島さん。なんだか良い匂いがしてくるようになったんだけど?」 「ぃっ……いえ、そんなことは……」 「だってさぁ、君のパンツのクロッチ……どんどん染みが広がってきているよ?」  ああ、ボクの言葉に嘘は無く、本当にパンツの当て布の部分がじわりと変色を始めているのだ。 「これってもしかして……濡れてきてる?」 「ひゃぁぅぅ……」  ふふふ、至近距離からパンツを見られて濡れちゃったのか……いやぁ、どこまでスケベ可愛いんだろうね! 「ねえねえ、このままだともっと染みが広がって気持ち悪くなるでしょ?」 「いぃえ、だだっ、大丈夫です……ご心配におよびませんから……」 「いやいや、この状態って少しも大丈夫じゃないよね。だってこんななってるしさ」 「こんな事になってるとか言ってはダメですっっ」 「そうだ、いっそのこと脱いじゃいなよ!」 「へ? え? ええ??」  ボクはそれがまるで当然の事の様に笑顔で答える。 「ここでパンツを乾かしてから帰るといい。うん、それが〈良〉《い》いよ」 「あ、いや、それは……ちょっと……」 「だけどね、このままで帰って困ることになるのは高島さん自身なんだよ?」 「……そ、そんな事ありませんよ……」 「そんな事あるよ! ちゃんと想像してみて……」 「これだといくら自然に振る舞っていても周囲の目が集まるよ……なんせクラスの男子どもは実に危険な年頃なんだから……」 「……そ、そんなぁ……で、でも…はわゎ……」 「ボクは秘密を共有する人につらい思いをさせたくないんだ」 「……秘密を、共有……」 「そうだよ、高島さんとボクは仲間だ」 「世界中で互いにたった1人だけの、特別な存在なんだよ」 「え?……特別な……」 「世界に……たった1人だけ……」 「だからここで何も恥ずかしがることはない」 「ボクは君が困ってしまうような状況を許せない……」 「ただ、それだけなんだよ」 「………………」 「…………あ、あの……」  ――するり。 「え?」  彼女の答えを聞く前に一気にパンツをおろす。 「あ、あわ、あの……わ、え? ええ?」  混乱して彼女は何も出来ない。何も判断出来ない。 「あ、ああ……」  何故か手で顔を隠す高島さん……あそこはそのままなのに……なんて可愛い〈娘〉《こ》なんだろう。 「……ごくっ」 「……っはぁ……あぁ……」 「……すごく、綺麗だね……」  脳裏に浮かぶ言葉がそのまま半開きの口から漏れ出していく。  高島さんの乙女なアソコは……すごく真っ白でつるつるで、ぴしっと見事に縦に割れていて……。 「……っ、うぅっ……」 「……すごい、すごいスゴイ!」  これが生で初めて見る、女の子の女の子である極めて大切な場所なんだ……まったくエロマンガの様にきれいじゃないか……。 「あのぅ、間宮くん……その、パ、パンツを……」 「あ、ごめんごめん。こっちで乾かすから渡して」 「はい……お願いします……」 「あっ、……やっぱりだ……」  偶然ボクの親指はパンツのクロッチに触れ、そこはじっとりと湿り、そして糸をひく粘り気を帯びていた。  ふふふ、そうだよね、女の子は興奮するとこうなるものだ……知ってる。こう見えてもいろいろ勉強してるから……。 「……本当に綺麗だね……高島さんのアソコ……」 「やぁん……」 「子供みたいにつるつるだなんて、まったく素晴らしいよ……」  これは彼女のご機嫌をとるためのお世辞ではなく、本当に素直なボクの感想だ。 「そっ、そうなんですか……?」 「うん、最高だよ! これは自慢してもいい」 「だっ、ダメですよ……人になんて言えない……」  ……まぁ、そうだよね……どの世界に「私のアソコは綺麗だよ」なんてアピールをする女子がいるかっての。 「こんなに綺麗ってことは、普段あまり触っていないのかな?」 「……ぅ」 「ねえ、ボクは君に質問しているんだけどな」  ボクは彼女のパンツを奪ったのをいいことに、欲望を満たす容赦のない問いかけを始めた。  まさかノーパンで教室へ戻るわけにもいかず、顔を紅潮させた高島さんはボクの質問に答える他はない。  好き好んで意地悪してるんじゃないけど、どうも彼女には男を調子に乗らせてしまう素質があるので困る。  あー、本当に困るよ。 「トイレで用をたしたり、お風呂で体を洗う以外に、そこを触ったことがあるのか教えてよ」 「…………」 「……だめですっ」  高島さんはうっすら涙を目元に浮かべつつ、いやいやと顔を左右に振った。 「もう……いいですよね? 私の秘密……教えましたよ?」 「むぅ……」  残念なことに高島さんとしては、ここでボクとの愉快な戯れを終わりにしたいようだ。  だがこんな千載一遇のチャンスを、勉強家のボクが逃すはずはない。  下手すると、もう一生こんな機会は来ないかも知れないんだし……。  おっさんになっても、童貞のまんまな奴らが世の中には沢山いる。  ボクだってそうなるとも限らない……。  だったら今のチャンスを逃してはいけない。  勝ち組と負け組はこういう瞬間の決断によってふるいにかけられるんだ……。  ボクはこのチャンスを生かして勝ち組になる! 「ダメダメ! 高島さんには、ちゃんと答える義務があるんだもの」 「えぇっ!?」  彼女はここでボクが引き下がると考えていたのだろう……語気を荒くして言うと、大きな目を丸くして驚いていた。 「だってね、答えられないって恥ずかしいことでしょ?」 「それって秘密ってことでしょ??」 「だったらボクに教えてくれなくちゃ」 「他人に言えない秘密を教えてくれるって言い出したのは高島さんの方なんだよ! もしかして忘れたの?」 「ぅっ……くぅぅ……」  ここで畳み掛けるように言葉責め!  別にもう十分に秘密を提供したのだから、これ以上彼女がボクの言いなりになる必要はないのだけど……。 「ぁぅぅ…………」  高島さんは困った様子でモジモジするばかり。 「それなら、ボクももう1つ秘密を打ち明けるよ。それなら問題なし」 「……ぇ」  ここまで来れば、もう少しきわどい内容に踏み込んでも大丈夫だろう。  もし逃げようとするなら、その白い下半身を写メに撮って取引の材料とするまでのこと。  さあ、行くぞ―― 「ボクはね、ここに来ると結構な割合で自分のアレをしごいて気持ちよくなっちゃうんだ」 「――っ!?」 「高島さんがアソコをさらけ出している、この場所で何度もね」 「ひぅっ……」  ボクの唐突であられもない告白に彼女はびくっと華奢な体を震わせた。 「やれやれ、しまったなぁ……こんな秘密、よほど信用のおける相手にしか打ち明けられないってのに」 「ねえ高島さん、君って信用していい相手だよね?」 「君がこれを言いふらしてまわれば、ボクはもうこの学校にはいられなくなるだろうなぁ〜」 「……ぅぅ」 「ボクはそれほどに、君のことを信じているんだ。それでもって、秘密ってのはギブ&テイクだよね? ねっ!?」  あえて語尾のトーンを高くし、反論を許さぬよう強く言い放つ。 「…………ぁぅ」  混乱をしているのだろうか……震える高島さん……なんて可憐なのだろうか。 「…………して、います……」 「はい? 声が小さくてよく聞こえなかったよ」  いや、本当はしっかり聞こえていたけど、単にもう一度彼女に言わせたいだけ。 「その、……したこと…………あるんです……」 「え? 何をしたことがあるのかなぁ??」 「うぅ……ですから、あの……間宮くんと、同じこと……です」 「それってオナニーだね!」 「ひゃうぅっ!?」  高島さんはボクが嬉しそうに発したキーワードにビクッと反応し、すぐさま気まずそうに視線を斜め下へ落とした。  つるつるの股間をさらけ出した状態で、なにを今さらだよ。 「ほほぅ、それじゃどのくらいの頻度でしているのかな?」 「……ぁ」 「ボクは“ここで結構な割合で”と白状したよ。それなのに黙っていてはフェアじゃないよね?」 「えっ、えぇ……そうでしたね……」 「あぁ……はぃ……そのぉ……」  高島さんは恥ずかしがってボクと視線を合わせないよう、しきりと無機質な室内を何度も見回しながら返す言葉に詰まっている。 「はいはい、それで?」 「あのぉ…………まいにち……です……」 「ええっ! 毎日してるの!?」 「きゃぁっ……」 「それは……すごいなぁ……」  ななな、なんと――、毎日オナニーしていらっしゃる!  そいつはご立派すぎて、ボクも驚きのあまりに目を丸くした。 「はぁ……はぁ……」  これがその辺の女子ならビッチとか、売女とか罵るんだけど……彼女は彼氏がいない……つまり処女なんだ。  あ、そうだ……処女膜を確認しないと……。 「きゃっ」  ボクは彼女の性器を広げてみる。 「あ、あの……間宮くん…それ……」 「……ん? あれ?」  なんだろう……処女膜って良く分からないな……もっと分かりやすいものなハズなんだけど……。  広げても……なんか良く分からない……。 「あ、あの……痛い……です……それ」 「あ、ごめん……あの処女膜をね……」 「っっ〜」 「見てみたくて……」 「見なくて〈良〉《い》いですっっそんなのっっ」 「なんで? 処女かどうか知りたいです」 「そんなの調べなくても良いですっっ。私そういう経験なんてありませんからっ」 「え?」 「あ、ごっ、ごめんなさい」 「あ、いや、謝らなくてもいいんだよ、うん」  全然謝らなくていいっ! むしろありがとう!! 「でも……私……経験とか無いのに、毎日そんな事ばかりするのっておかしいとか思いましたか?」 「いっ、いやぁ……そんなことは絶対にないって!」  急に立場が逆転したような気がして、ボクは予想外の事態にドギマギしつつも、できうる限りの爽やかな笑みを高島さんへ返す。 「うんうん、実に嬉しいなぁ……やっぱり高島さんは秘密を打ち明けていい人だったんだね! 素晴らしいよ」 「……それなら」 「ああ、ちっとも汚いなんて思ってない」 「むしろ素直に打ち明けてくれて、ボクとしては高島さんの好印象ポイント大幅アップだよ、感謝感謝!」 「本当に? ……はぁ、よかったぁ…………」  ふと高島さんの口元が安心の笑みに緩む。  こんな天使のような微笑を湛えることも可能なのに、その裏で毎日オナニーしているなんて、全く女の子は外面だけで判断できないものだな。 「間宮くんなら言ってもいいかなって……思いました……」  ああっ、いい! その含みのある笑いはボクを悶えさせるには十分だよ。  これならもっと、いろいろ深いことまで教えてくれそうだ……。  ふひひひっ、ならばやるしかないでしょう、そうでしょう?? 「ボクはね、パソコンで拾ったエロ画像やコンビニで買った漫画をおかずにしているんだけど、高島さんはどうなの?」 「はいぃっ!? ……それは、その……」  よし合格! ここで即答するようでは乙女ポイント大幅マイナスだったよ。 「ねえねぇ、秘密はギブ&テイクでしょ? ちゃんと言わなきゃダメだよ」 「あうぅ……そうですねぇ……はい……」  高島さんは両手を胸の前で合わせ、もじもじしながら上目遣いに告白を始める。 「私はね……ネットにあるエッチな体験談のサイトを読んで、その女の人と自分を重ね合わせたりして……昂っちゃうんです……」 「あー、なるほど! 女の人ってヴィジュアルよりもイメージで興奮するって言うよねぇ」 「はいぃ……」 「うんうん、すごくいいことを告白してくれたね!」 「高島さんはボクの最高の仲間だよ! これからも仲良くしようね」 「……仲間……ぁ……はい、分かりました」 「あははっ……」  初々しい高島さんが慈愛に満ちた満面の笑みをボクだけに浮かべてくれる……。  もちろん毎日使い込まれているわりには、すっごく綺麗なアソコの縦筋を眼下に曝したままで……。  ふふふ、そうですか、キミは毎日そこを自分で慰めているんだね。  なんて可哀想なんだ……これは世界に一人しかいない仲間として、絶対に放置できない大きな問題だぞ。 「私が毎日、してる……これが今、一番の秘密かなぁ……」 「やだぁ……私ったら間宮くんに……男の人に話しちゃったよぉ……」  困ったような仕草をしつつ、嬉しそうな目でボクを見つめてくれる。  完全にボクに心を許してくれたようで、なんとも誇らしい気分。  エロゲもいいけど、高島さんに限っては3Dもいけるな! 「誰にも言っちゃダメですよ……」 「もちろん言わないよ。高島さんはボクの唯一特別な仲間だからね」 「でもまぁ、君が本音では言いふらして欲しいと願っているなら、某掲示板に匿名で詳しく書き込むんだけどな〜」 「だっ、ダメっ! 誰にも言っちゃイヤですよ、書き込みも禁止っ!」 「あはははっ!」  不意に大人びた印象のある高島さんが、小さな女の子のように駄々を捏ねる仕草を見せて、ボクは笑いながらおおいに(主に兄的なイメージで)満足する。 「ええ、ちゃんと分かっていますよ……もしこの事実を軽々しく言いふらせば、ボクらはもう二度と会えなくなる可能性大だもんね」 「そうですよねぇ、これってすごい秘密です」 「それならさ、もうここで一発していきなよ!」 「は……えぇっ!?」  調子に乗ったボクの爆弾発言に、高島さんは緩んでいた表情を一瞬にして引き締めた。  そりゃそうだよな。  今までろくに会話したことの無い男子から、初めて来た場所で公開オナニーしろって命令されたんだから。 「もうボクらは秘密を共有しあう唯一の存在じゃないか。別に恥ずかしがらなくていいよ」 「や、そういうことでは……」 「だって高島さん、どんどん蜜があふれ出しているのがここからでも見えるよ」 「ぁひっ!?」 「異性であるボクに大切なところを見られて興奮しちゃったんでしょ?」 「エロサイトにありそうなシチュエーションに、今の自分を重ね合わせちゃったんでしょ??」 「……ぅ……」  ここで言葉を失うってことは、またもや図星ということらしい。  すごいな間宮卓司! 今日から自分自身を「女心ナビゲーター」と呼ぶべきかもしれん。 「教室へ戻る前にここでスッキリさせちゃった方がいいって! またパンツが濡れて気持ち悪くなったら困るでしょ?」 「やあぁん……だってぇ……」 「ボクらはお友達ッ! 何も恥ずかしくない!!」 「……お友達…………」 「そう、お友達で唯一無二の仲間! 秘密は二人で持ち合う間柄」 「だからもっと高島さんと仲良くなりたい……君のいろんな面を知りたいっ」 「君の可愛いところ、すっごく見てみたい! そうしたら今よりずっと大好きになれる気がする!!」  もう無茶苦茶な理屈だけど、ボクはとにかく自慰する高島さん――女の子のあられもない姿を脳裏に焼き付けておきたい。  いや、ちょっと違う――ボクは女の子なら誰でも良いというのではなくて、処女で清楚な高島さんだからこそ、自分を慰める健気な姿を心に留めておきたいのだ! 「それを見ることが叶うなら、ボクはとっても幸せ者だと思うよ」 「だからねっ、お願い!!」  期待に胸と股間を膨らませるボクはもう、土下座するほどの勢いで高島さんに頭を下げて懇願する。  元々プライドなんて崇高なものは持ち合わせていないのだし、この程度の行動は屁でもない――というところが、かえって男らしかったりするでしょ?  彼女だって今の不完全燃焼な状態ではつらいはず……。  だから、きっと……。 「……はい……今回だけ、ですよ……」 「ありがとう、高島さん!」  すごいぞ……思い通りだ。  すべてがうまくいきすぎている。  なにもかもがうまくいきすぎている。  …………。  “茶番” 「あ、あの……」 「あ、ご、ごめん……」  先ほどまであんなに淫らな姿を見せていたはずの高島さんは――カメラが巻き戻された様に、元の高島さんに戻っている。  また、妄想の中に入っていた……。  あまりの程度の低い妄想に赤面する……。  あまりの茶番さに……。 「ど、どうしました……ずっと黙ってしまって……私……」 「あ、ごめん……あの少し考え事を……」 「ふぅあっ……あぁっ……ぁああんっ……」 「……(ゴクリ)」  とても素直で良い子の高島さんはボクに促されるまま、濡れた秘密のスリットに白い指をはわせて控え目な愛撫を始める。 「ふぅうっ……んっ、んんぅっ……あっ……はあぁ〜〜っ」  彼女は立ったまま秘所を弄り、息を呑んで見守るボクの眼には彼女の中指が大胆に前後している様が映った。 「あっ、はあっ、あっ……くぅんんっ……ぁあん……」  今、ボクの秘密基地には高島さんの可愛らしい嬌声と、淫らに発情した女の子の生々しい匂いが充満している。  これは予想をはるかに上回る状況。  エッチなこととは縁遠い可憐なルックスのくせして、ボクに見られながらオナニーにふけるというギャップが、童貞脳のボクには耐えられない。 「はふっ、うっ……あ、いぃ……ぅうん……」  まさか生でこんな艶っぽいシーンを見れるなんて、本当に今日はボクにとって特別な日になったなぁ。  最初は仕方なくここへ彼女をかくまい、そのせいで少し気分が悪くなったけど、今となっては十分すぎるくらいに御礼をもらったよ。 「あぅうっ、うぅっ、んっ……はぁ……ああっ……」  そうだ! こんな素晴らしい光景を記憶の中だけに留めておくのは勿体無い。  ボクは痴態をさらす高島さんから目を離すことなく、あがきもがくように近くのバッグをたぐりよせて、中から小型のビデオカメラを取り出した。 「はあぁっ、はぁ、ああ……んぅ? 間宮くぅん……」 「あ、これ? 気にしないでいいから続けて!」  ボクはカメラの液晶モニターに不安そうな高島さんの顔を映しながら答えた。 「やぁっ、だって……」 「自分じゃ分からないだろうけど、今の高島さん、ものすごく綺麗なんだよ!」 「美しいものを記録に残すってのはさ、美を愛する者として当然の義務なんじゃないかな?」 「えっ、……ええっ!?」 「それに高島さん。そんなにアソコをぐっちょりさせてるのに、今さら止められるのかい?」 「……っ」  ちょっと意地悪なボクが爽やかに微笑む最中も、彼女の太腿には男のアレを挿入しやすくするための淫液が絶えず垂れ続けていた。  それに彼女の眼なんて、もう完全に泳いでいてどこにも視点があってないみたいじゃないか。  これはそそる、すごくそそる。 「さあ、続けて。もっと綺麗な君をボクに見せてよ」 「ふぁあっ……あぁ……はいいぃ…………んっ……」 「くふぅうんんっ……んぅうっ……ふぁ、ああっ……あんんっ……」  素直な彼女は再び湿った秘裂へ指をはわせ、ボクはその愛らしい相を全て残さんとして懸命にカメラを回す。 「はふぅ……うぅ、うんっ……ああぁ、はあぁあっ……」 「あぁ、いいねいいね! そのとろけそうな表情、最高だよ」  押し寄せる快感に思わず目を閉じ、ぶるるっと震えている様は抱きしめたくなるほどエッチで可愛い。 「ふぁぅ……やぁん、ダメですよぅっ……っううっ……」  すごい、2Dしか愛せないハズのこのボクが、まるでAV監督そのものだ。  しかも女優はボクと同い年で、ロングヘアの似合う巨乳で奥手な美少女。  これはもう最高の作品となること間違いなし……明後日あたり、ボクは自爆して干からびているかもしれないな。 「ふぁ、あっ、ああっ……」 「あん……こういうの……くぅんっ……前に、読んだことがあるの……ぁふっ」 「おぉ、それってエロサイトの体験記?」  ややっ、ここで赤裸々告白パート2の開始ですよ。 「はいぃ……こうやってね……オナニーしているところを、ビデオで撮影されちゃうの……あんっ……んぅっ……」 「やぁっ……あの時より気持ちいい……すっごく、いやらしいよぅ……」 「あははっ、それはよかったね!」  以前、オナニーネタに使ったシチュエーションが図らずとも再現されたとみえ、高島さんはさらに〈昂〉《たかぶ》って昂って指の動きを大胆にしていく。 「あんっ、あぁっ、あんんっ、はあぁあんんんっ……」  中指はスリットのさらに奥へはわせ、親指と人差し指でク○トリスをつねるように愛撫している。  と言うか、あれがク○トリスなんだろうな……実物は初めて見るから、最初のうちはよく分からなかった。 「すごいね! 高島さんにこんな一面があるなんてすごすぎるよ!」 「あんんっ……間宮くんだけのね……」 「んふうぅっ、秘密なんですよぅ……っ」  彼女は嬉しそうにニコリと微笑し、今度は空いた方の手で制服の上から豊かな胸の膨らみをやんわりと揉み始める。  彼女の胸は着衣した状態でも分かるほどに同級生の女子より発育が良く、アソコの色が綺麗なこともあり、隠されている乳首もきっと美しいに違いない。 「ふぅんっ、んんうぅっ……」 「ここでボクが君のおっぱいを吸っているとイメージしてみて」 「ひぁあっ……あぁっ、はいぃ……んぅうっ、んくぅっ……あんっ……」 「あ〜、本当にいいよ! 感動して泣けてきた」  しかも自分がネタにされていると分かっているのだから、ボクの嬉しさと興奮度はMAXとなり、撮影しながらさらに前屈みにならざるを得ない。  素晴らしい――、エロスのレベルじゃなくて、まさに崇高な芸術の域にある。 「これはもう、ネットにあげて世界中の男性に見てもらうしか!」 「やぁんっ!? そんなぁ……それはダメ……ゆるしてぇ……」 「心配しないの。顔にはモザイクをかけて分からなくするから」 「……あぁ、はぃぃ……それなら……っふうぅっんんっ……」  なーんてね、ウソだよ〜ん。  こうも可愛く淫らに乱れる表情を隠すなんて、それこそ芸術を辱める犯罪そのものだ。  しかし待てよ……それは彼女のアソコと顔を見比べながら他の男がオナニーしちゃうわけで、それはなんともNTRな気分でボクの属性に反するではないか! 「それなら……やんっ、でも、恥ずかしい……ふぅああっ、はああっ、んううっ……」 「はぁっ、はぁっ、高島さん……とっても綺麗だよ……」  やはり顔にはモザイクをかけて、高島さんの可愛らしさはボクが独占することにしよう。 「はあぁっ……らめぇっ……世界中の、男の人に見られちゃうのに……やだぁ、指が止まらないよぅ!」 「おぉ、半端ない濡れ方だね……足元に水溜りができるなんて、そんなに気持ちいいの?」 「だってね、だってねぇ……あはぁあんんっ! すごくいいの」 「一人でしてるより……ぞくぞくしちゃう……」  自分を切なさそうに慰めつつ、何度もきわどい台詞を連発するようになって童貞なボクをドキッとさせる高島さん。  ふむ、彼女は露出プレイの素質があるかもしれない……今度、裏山の林に誘い出して撮影するってのもアリだな。 「すっごく恥ずかしいのに……あぁっ、すごく感じるの……あぅうっ!」  白い綿雲が浮かぶ青い空に、瑞々しい緑の葉……その中にあって高島さんの白くて綺麗な身体はここで見る以上にカメラ映えするだろう。 「あっ、ああっ……カメラが近いですよ……ひゃふっ、ふうぅうっ……」 「いい具合に撮れてる! もっと指で開いてかき回してごらん」  少しカメラの高さを下げて指示を出すと、高島さんはボクの言うとおりにアソコを開いて指を這わせ、その協力的な姿勢にボクの胸は切なくて壊れそう。 「くふぅん、うんんっ……もう、だめぇ……だめだよぅ……」 「そうそう! 指がべとべとで糸を引いてるところなんて最高だよ!!」 「やぁっ、らめぇ、来ちゃう――あっ、ああっ、ああぁああっ!」  高島さんは立ち続けるのも苦しそうにガクガク身震いを始め、さらに指の動きを大胆に、そして速くして敏感な箇所を弄くり回す。  その相はひたすら美しい……男の本能をかきむしる魔力を秘めているくせに、下卑たところは欠片も無くて神々しいまでに輝いている。 「撮られちゃう、イクところ、撮られてっ――ひあっ、ああぁっ」  今の彼女に比べれば、ルネッサンス期に描かれたヴィーナス像なんて素人の落書きみたいなものに思えた。 「ひっ、あぅううっ、あぁあああ」 「ふあぁああああぁあぁぁぁ――〜〜〜〜っ!」 「………………はふぁ、はあぁ……」 「……はぁ、はあぁ、はぁぁっ……ぁあ……」 「あっ……まだ撮ってるんですかぁ……」 「えっちですねぇ……うふふっ……」 「あんっ、いやですよぅ……」  ………………。  …………。  ……。 「あ、あの……」 「え?」 「ど、どうしましたか?」 「あ、いや……」  先ほどまであんなに淫らな姿を見せていたはずの高島さんは――カメラが巻き戻された様に、元の高島さんに戻っている。  いや、違う……別に巻き戻されたんじゃない……。 「あ……ご、ごめん……その……」  ちょっとしたシミュレーションだったのに……少し長すぎたか……。  いつもこれだ……妄想に入ると止められない……。  今のはさすがに不審に思われたか……。  くそ……しくじったか……。 「あっ、あのさぁ……」 「はい、何でしょう?」 「その……たとえばですね、どうして高島さんはスカートをはいているの?」 「はぁ?」  ま、まずかったかな?  いくらなんでも直接的すぎだったか? 「あ、別に変な意味じゃないからね。普通の意味でだよ」 「はぁ……普通の意味ですか……スカートなのは制服だからじゃないでしょうか……」 「あ、いや、そういうことじゃなくってさ……」 「……え? じゃあ……どういうことですか?」 「どうしてスカートや……この際ズボンでもいいけど、そういうのをなんで君が着るのかってことだよ」 「え!? それは……当たり前じゃないですか」 「何が当たり前なの? なんでスカートとかはいてるのかな? はかなくても別に問題はないでしょ?」 「も、問題大ありです」 「それは何で?」 「だ、だってはいてないと……恥ずかしいじゃないですか……」 「そうそう! それだよ……スカートをはかずに外を歩き回るなんて、すごく恥ずかしいよね」 「……はぁ」  女の子は気を許したように見せかけて、次の瞬間には鋭く噛み付いてくることが多々あることをボクは知っている。 「なぜそれが恥ずかしいのか……つまりは、他人に今君がはいているパンツを見られたくないからだろ」 「…………ぅ……はい……」 「君は外を行き交う他人に、今どんなパンツをはいているのか見せたりしないよね?」 「あっ、当たり前ですっ!」  すると高島さんは両手をぎゅっと握り締め、わずかに表情を険しくしてボクを見つめ返す。 「じゃあ、それだ」 「え……?」 「今ここにある君の秘密……」 「君が今はいているパンツを、ここでボクに見せてよ」 「ぁ……は、はぁ??」  驚く高島さん。でもここで躊躇などしない。 「だから、君の秘密を見せるんでしょ!」 「だ、だからって……」  高島さんは羞恥心で目を逸らせようとするが、それを許さないようにボクはキッと彼女を見据える。 「そそ、そんなの……で、出来ません……よ」  当然、彼女は体をもじもじさせて拒もうとする。  だが、はっきり言ってしまった以上、ボクも引き下がるわけにはいかない。  ここで諦めてしまうのは危険だ。ここで引き下がったら、彼女に「間宮くんにパンツを見せろと強要された」と言いふらされる可能性が高くなる。  だから何としても、彼女が自らボクにパンツを見せたという状況に仕立て上げねばならないのだ。 「君はこの場所がボクにとってどんなに大切であり、そして秘密なスペースであるかを知ってしまった」 「いいかい、ここは“秘密基地”なんだ……なのにボクは君にここを教えたんだ。そうだろ?」 「……はぃ、そうです……」 「この場所はボクにとって、他の誰にも知られてはならない場所だったんだ」 「なのに“君だけ”には教えた……追い詰められていた君を助けるためにね」 「これがいかに特別であるかを、残念ながら君は理解していないと思う」 「…………ですけど」 「ボクの秘密を君だけが知っているのはフェアじゃないって、君自身が言ったよね? 言ったよねっ!」 「あれは嘘なのかい? 君は世間にゴロゴロいる、平気で嘘をつくような下卑た人間なのかい?」 「ちっ、違います……あれは嘘じゃありません」 「……そうだよね。君は平気で他人を騙すような、その辺りにいる腐った女子どもとは違う。全然違う」 「少なくとも、ボクはそう信じてるよ」 「……はぁ……」 「ボクは君にこの場所を誰にも教えるなと言った」 「だからボクも、今君がどんなパンツをはいているかを誰にも、未来永劫、決して言わないと男の名誉にかけて約束する」 「これってフェアだよね? 君が言っていたことに全て合致するでしょ?」 「……ぅ……あぅ」 「君は嘘つきなんかじゃない……ボクはそれを理解しているからこそ、こんなお願いをしているわけだよ。信じているからね」 「どう? ボクの言っていることに矛盾はあるかな」 「…………ぃぇ」 「あん? なんだって?」 「無いと思いますっ」 「そうでしょ! そうだよね!」 「……はい」  少々釈然としない様ではあったが、彼女は混乱してしまいボクの主張をすべて受け入れる形となった。 「なら、何をするべきか分かるよね」 「あ、あの……私……」 「それとも、秘密を教えるとか嘘なの?」 「あ、嘘じゃないです……」 「ならっ!」 「あ、あのっ。私の秘密……その……下着を……見せれば良いでしょうか……」 「そ、そうだね……」 「分かりました……間宮くんに見せます……」 「う、うん……」  ボクが“間宮くんに”という言葉に過度な期待を寄せ、思わず唾を飲み込む。  何もかもがうまくいきすぎている……。  すべてがうまくいきすぎている。 「……んっ……ぅぅ……」  覚悟を決めた高島さんは恥ずかしそうにギュッと両目を閉じ、 「……ぁあ……ひぁぁ…………」  スカートの端をつまんでゆっくりと、焦らすように持ち上げていく。 「あぁんっ……やっぱり恥ずかしいですっ!」 「……ちっ」  なるほど、彼女の自力ではここまでが限界のようか……。  まあそれもいい……男に言われてホイホイとスカートを捲り上げる女ってのも興醒めだしな。 「分かったよ……」 「高島さんはそのままじっとしていてね……ボクがスカートをめくり上げてあげるから」 「ひっ……ぅっ…………」  彼女はさらに顔を赤くして固まり、警戒心を煽らぬように、そっとスカートに伸ばすボクの手をじっと見下ろしている。  スカートをゆっくりあげる高島さん。  すべては計画通り……、  うまくいっている……。 「……っぅ……ぅ」 「え? ええ? こんなの君ははいてるの? ええ?」  なんだよ。これ……狙ってるのかよ、縞パンじゃないか……。  どういう事だよ。  知ったかぶって「縞パンなんて幻想ですよ」とほざく奴らを笑ってやりたいね。(縞パンなんて通常で売ってないとか言う主張らしい) 「へへえ、縞模様とは意外というか……すごく可愛いね」 「っ、くぅうぅ〜〜」  ボクの賞賛を受けて羞恥心が昂ったのだろう、高島さんはスカートをめくられたままビクビクと震えた。  いいっ! この反応は、超ボク的にアリ! 「なんだよ……この狙った様なパンツは……こんなの何ではいてるの?」 「……ひぅぅ、言わないでください」 「さては、誰かに見て欲しかったのかな?」 「ちっ、違いますっ! ……私っ、そんなはしたない子じゃないです」 「だってさぁ、パンツとしての機能を求めるだけなら、ありきたりの真っ白なヤツで十分でしょ? なのにこれ、まるでアニメみたいな縞パンだよね」 「そ、それは……」 「ああ、わかった! これって君なりのおしゃれってわけだ」 「誰の眼からも隠したい……でも着飾りたい……ってわけだね」 「……っ、はぃ……」 「あっはっは、可愛いなぁ〜」 「……ぁぅ」 「しかも君はそれだけに飽き足らず、もしかすると誰かにパンツを“見られてしまうかも知れない”というスリルを味わっているのかな?」 「な、なななんでそんな事に……」  顔を左右に振って否定しながらも語気は弱い。 「だって、こんな縞パンとか狙いすぎでしょ? 見られる可能性がないんだったら普通のはけばいいじゃん」 「それとも彼氏に見せるためとか?」 「そ、そそそんな人いませんっっ」  あ……いないんだ。  なんか勢いで聞いちゃったけど……高島さんは彼氏無し……って、それって大収穫じゃない? 「今までも?」 「あ、当たり前です……いません……」  え? マジで? これって処女確定フラグって事?  とはいっても……それも確認しないと分からない。  これで非処女のビッチだったら、減点すぎだからな……是非、これは処女である事を確認したいところ……。 「ふむふむ、薄布が君の恥ずかしいところをしっかりと覆っているね……」 「……ぁ、ぁぁ」 「はあぁ〜、この丘の丸みが芸術的で素晴らしいよ……」 「ぁ……やぁん……そんなに近くで見ないでください……はずかしぃ……」  とは言うものの、高島さんはぶるぶると困ったように震えるだけで、スカートを摘まむボクの手を邪険に払いのけようとはしない。  全然嫌がってないじゃん……って、あれ? 「ここの、布が二重になっているところの下に……あれれ?」 「ひっ!」  よーく見てみると、高島さんのパンツのクロッチ部分は少しだけ周囲より色が濃くなっている……ほんのり透けてる……。  これって……もしかすると、もしかするよね! 「あのさぁ高島さん。なんだか良い匂いがしてくるようになったんだけど?」 「ぃっ……いえ、そんなことは……」 「だってさぁ、君のパンツのクロッチ……どんどん染みが広がってきているよ?」  ああ、ボクの言葉に嘘は無く、本当にパンツの当て布の部分がじわりと変色を始めているのだ。 「これってもしかして……濡れてきてる?」 「ひゃぁぅぅ……」  ふふふ、至近距離からパンツを見られて濡れちゃったのか……いやぁ、どこまでスケベ可愛いんだろうね! 「ねえねえ、このままだともっと染みが広がって気持ち悪くなるでしょ?」 「いぃえ、だだっ、大丈夫です……ご心配におよびませんから……」 「いやいや、この状態って少しも大丈夫じゃないよね。だってこんななってるしさ」 「こんな事になってるとか言ってはダメですっっ」 「そうだ、いっそのこと脱いじゃいなよ!」 「へ? え? ええ??」  ボクはそれがまるで当然の事の様に笑顔で答える。 「ここでパンツを乾かしてから帰るといい。うん、それが〈良〉《い》いよ」 「あ、いや、それは……ちょっと……」 「だけどね、このままで帰って困ることになるのは高島さん自身なんだよ?」 「……そ、そんな事ありませんよ……」 「そんな事あるよ! ちゃんと想像してみて……」 「これだといくら自然に振る舞っていても周囲の目が集まるよ……なんせクラスの男子どもは実に危険な年頃なんだから……」 「……そ、そんなぁ……で、でも…はわゎ……」 「ボクは秘密を共有する人につらい思いをさせたくないんだ」 「……秘密を、共有……」 「そうだよ、高島さんとボクは仲間だ」 「世界中で互いにたった1人だけの、特別な存在なんだよ」 「え?……特別な……」 「世界に……たった1人だけ……」 「だからここで何も恥ずかしがることはない」 「ボクは君が困ってしまうような状況を許せない……」 「ただ、それだけなんだよ」 「………………」 「…………あ、あの……」  ――するり。 「え?」  彼女の答えを聞く前に一気にパンツをおろす。 「あ、あわ、あの……わ、え? ええ?」  混乱して彼女は何も出来ない。何も判断出来ない。 「あ、ああ……」  何故か手で顔を隠す高島さん……あそこはそのままなのに……なんて可愛い〈娘〉《こ》なんだろう。 「……ごくっ」 「……っはぁ……あぁ……」 「……すごく、綺麗だね……」  脳裏に浮かぶ言葉がそのまま半開きの口から漏れ出していく。  高島さんの乙女なアソコは……すごく真っ白でつるつるで、ぴしっと見事に縦に割れていて……。 「……っ、うぅっ……」 「……すごい、すごいスゴイ!」  これが生で初めて見る、女の子の女の子である極めて大切な場所なんだ……まったくエロマンガの様にきれいじゃないか……。 「あのぅ、間宮くん……その、パ、パンツを……」 「あ、ごめんごめん。こっちで乾かすから渡して」 「はい……お願いします……」 「あっ、……やっぱりだ……」  偶然ボクの親指はパンツのクロッチに触れ、そこはじっとりと湿り、そして糸をひく粘り気を帯びていた。  ふふふ、そうだよね、女の子は興奮するとこうなるものだ……知ってる。こう見えてもいろいろ勉強してるから……。 「……本当に綺麗だね……高島さんのアソコ……」 「やぁん……」 「子供みたいにつるつるだなんて、まったく素晴らしいよ……」  これは彼女のご機嫌をとるためのお世辞ではなく、本当に素直なボクの感想だ。 「そっ、そうなんですか……?」 「うん、最高だよ! これは自慢してもいい」 「だっ、ダメですよ……人になんて言えない……」  ……まぁ、そうだよね……どの世界に「私のアソコは綺麗だよ」なんてアピールをする女子がいるかっての。 「こんなに綺麗ってことは、普段あまり触っていないのかな?」 「……ぅ」 「ねえ、ボクは君に質問しているんだけどな」  ボクは彼女のパンツを奪ったのをいいことに、欲望を満たす容赦のない問いかけを始めた。  まさかノーパンで教室へ戻るわけにもいかず、顔を紅潮させた高島さんはボクの質問に答える他はない。  好き好んで意地悪してるんじゃないけど、どうも彼女には男を調子に乗らせてしまう素質があるので困る。  あー、本当に困るよ。 「トイレで用をたしたり、お風呂で体を洗う以外に、そこを触ったことがあるのか教えてよ」 「…………」 「……だめですっ」  高島さんはうっすら涙を目元に浮かべつつ、いやいやと顔を左右に振った。 「もう……いいですよね? 私の秘密……教えましたよ?」 「むぅ……」  残念なことに高島さんとしては、ここでボクとの愉快な戯れを終わりにしたいようだ。  だがこんな千載一遇のチャンスを、勉強家のボクが逃すはずはない。  下手すると、もう一生こんな機会は来ないかも知れないんだし……。  おっさんになっても、童貞のまんまな奴らが世の中には沢山いる。  ボクだってそうなるとも限らない……。  だったら今のチャンスを逃してはいけない。  勝ち組と負け組はこういう瞬間の決断によってふるいにかけられるんだ……。  ボクはこのチャンスを生かして勝ち組になる! 「ダメダメ! 高島さんには、ちゃんと答える義務があるんだもの」 「えぇっ!?」  彼女はここでボクが引き下がると考えていたのだろう……語気を荒くして言うと、大きな目を丸くして驚いていた。 「だってね、答えられないって恥ずかしいことでしょ?」 「それって秘密ってことでしょ??」 「だったらボクに教えてくれなくちゃ」 「他人に言えない秘密を教えてくれるって言い出したのは高島さんの方なんだよ! もしかして忘れたの?」 「ぅっ……くぅぅ……」  ここで畳み掛けるように言葉責め!  別にもう十分に秘密を提供したのだから、これ以上彼女がボクの言いなりになる必要はないのだけど……。 「ぁぅぅ…………」  高島さんは困った様子でモジモジするばかり。 「それなら、ボクももう1つ秘密を打ち明けるよ。それなら問題なし」 「……ぇ」  ここまで来れば、もう少しきわどい内容に踏み込んでも大丈夫だろう。  もし逃げようとするなら、その白い下半身を写メに撮って取引の材料とするまでのこと。  さあ、行くぞ―― 「ボクはね、ここに来ると結構な割合で自分のアレをしごいて気持ちよくなっちゃうんだ」 「――っ!?」 「高島さんがアソコをさらけ出している、この場所で何度もね」 「ひぅっ……」  ボクの唐突であられもない告白に彼女はびくっと華奢な体を震わせた。 「やれやれ、しまったなぁ……こんな秘密、よほど信用のおける相手にしか打ち明けられないってのに」 「ねえ高島さん、君って信用していい相手だよね?」 「君がこれを言いふらしてまわれば、ボクはもうこの学校にはいられなくなるだろうなぁ〜」 「……ぅぅ」 「ボクはそれほどに、君のことを信じているんだ。それでもって、秘密ってのはギブ&テイクだよね? ねっ!?」  あえて語尾のトーンを高くし、反論を許さぬよう強く言い放つ。 「…………ぁぅ」  混乱をしているのだろうか……震える高島さん……なんて可憐なのだろうか。 「…………して、います……」 「はい? 声が小さくてよく聞こえなかったよ」  いや、本当はしっかり聞こえていたけど、単にもう一度彼女に言わせたいだけ。 「その、……したこと…………あるんです……」 「え? 何をしたことがあるのかなぁ??」 「うぅ……ですから、あの……間宮くんと、同じこと……です」 「それってオナニーだね!」 「ひゃうぅっ!?」  高島さんはボクが嬉しそうに発したキーワードにビクッと反応し、すぐさま気まずそうに視線を斜め下へ落とした。  つるつるの股間をさらけ出した状態で、なにを今さらだよ。 「ほほぅ、それじゃどのくらいの頻度でしているのかな?」 「……ぁ」 「ボクは“ここで結構な割合で”と白状したよ。それなのに黙っていてはフェアじゃないよね?」 「えっ、えぇ……そうでしたね……」 「あぁ……はぃ……そのぉ……」  高島さんは恥ずかしがってボクと視線を合わせないよう、しきりと無機質な室内を何度も見回しながら返す言葉に詰まっている。 「はいはい、それで?」 「あのぉ…………まいにち……です……」 「ええっ! 毎日してるの!?」 「きゃぁっ……」 「それは……すごいなぁ……」  ななな、なんと――、毎日オナニーしていらっしゃる!  そいつはご立派すぎて、ボクも驚きのあまりに目を丸くした。 「はぁ……はぁ……」  これがその辺の女子ならビッチとか、売女とか罵るんだけど……彼女は彼氏がいない……つまり処女なんだ。  あ、そうだ……処女膜を確認しないと……。 「きゃっ」  ボクは彼女の性器を広げてみる。 「あ、あの……間宮くん…それ……」 「……ん? あれ?」  なんだろう……処女膜って良く分からないな……もっと分かりやすいものなハズなんだけど……。  広げても……なんか良く分からない……。 「あ、あの……痛い……です……それ」 「あ、ごめん……あの処女膜をね……」 「っっ〜」 「見てみたくて……」 「見なくて〈良〉《い》いですっっそんなのっっ」 「なんで? 処女かどうか知りたいです」 「そんなの調べなくても良いですっっ。私そういう経験なんてありませんからっ」 「え?」 「あ、ごっ、ごめんなさい」 「あ、いや、謝らなくてもいいんだよ、うん」  全然謝らなくていいっ! むしろありがとう!! 「でも……私……経験とか無いのに、毎日そんな事ばかりするのっておかしいとか思いましたか?」 「いっ、いやぁ……そんなことは絶対にないって!」  急に立場が逆転したような気がして、ボクは予想外の事態にドギマギしつつも、できうる限りの爽やかな笑みを高島さんへ返す。 「うんうん、実に嬉しいなぁ……やっぱり高島さんは秘密を打ち明けていい人だったんだね! 素晴らしいよ」 「……それなら」 「ああ、ちっとも汚いなんて思ってない」 「むしろ素直に打ち明けてくれて、ボクとしては高島さんの好印象ポイント大幅アップだよ、感謝感謝!」 「本当に? ……はぁ、よかったぁ…………」  ふと高島さんの口元が安心の笑みに緩む。  こんな天使のような微笑を湛えることも可能なのに、その裏で毎日オナニーしているなんて、全く女の子は外面だけで判断できないものだな。 「間宮くんなら言ってもいいかなって……思いました……」  ああっ、いい! その含みのある笑いはボクを悶えさせるには十分だよ。  これならもっと、いろいろ深いことまで教えてくれそうだ……。  ふひひひっ、ならばやるしかないでしょう、そうでしょう?? 「ボクはね、パソコンで拾ったエロ画像やコンビニで買った漫画をおかずにしているんだけど、高島さんはどうなの?」 「はいぃっ!? ……それは、その……」  よし合格! ここで即答するようでは乙女ポイント大幅マイナスだったよ。 「ねえねぇ、秘密はギブ&テイクでしょ? ちゃんと言わなきゃダメだよ」 「あうぅ……そうですねぇ……はい……」  高島さんは両手を胸の前で合わせ、もじもじしながら上目遣いに告白を始める。 「私はね……ネットにあるエッチな体験談のサイトを読んで、その女の人と自分を重ね合わせたりして……昂っちゃうんです……」 「あー、なるほど! 女の人ってヴィジュアルよりもイメージで興奮するって言うよねぇ」 「はいぃ……」 「うんうん、すごくいいことを告白してくれたね!」 「高島さんはボクの最高の仲間だよ! これからも仲良くしようね」 「……仲間……ぁ……はい、分かりました」 「あははっ……」  初々しい高島さんが慈愛に満ちた満面の笑みをボクだけに浮かべてくれる……。  もちろん毎日使い込まれているわりには、すっごく綺麗なアソコの縦筋を眼下に曝したままで……。  ふふふ、そうですか、キミは毎日そこを自分で慰めているんだね。  なんて可哀想なんだ……これは世界に一人しかいない仲間として、絶対に放置できない大きな問題だぞ。 「私が毎日、してる……これが今、一番の秘密かなぁ……」 「やだぁ……私ったら間宮くんに……男の人に話しちゃったよぉ……」  困ったような仕草をしつつ、嬉しそうな目でボクを見つめてくれる。  完全にボクに心を許してくれたようで、なんとも誇らしい気分。  エロゲもいいけど、高島さんに限っては3Dもいけるな! 「誰にも言っちゃダメですよ……」 「もちろん言わないよ。高島さんはボクの唯一特別な仲間だからね」 「でもまぁ、君が本音では言いふらして欲しいと願っているなら、某掲示板に匿名で詳しく書き込むんだけどな〜」 「だっ、ダメっ! 誰にも言っちゃイヤですよ、書き込みも禁止っ!」 「あはははっ!」  不意に大人びた印象のある高島さんが、小さな女の子のように駄々を捏ねる仕草を見せて、ボクは笑いながらおおいに(主に兄的なイメージで)満足する。 「ええ、ちゃんと分かっていますよ……もしこの事実を軽々しく言いふらせば、ボクらはもう二度と会えなくなる可能性大だもんね」 「そうですよねぇ、これってすごい秘密です」 「それならさ、もうここで一発していきなよ!」 「は……えぇっ!?」  調子に乗ったボクの爆弾発言に、高島さんは緩んでいた表情を一瞬にして引き締めた。  そりゃそうだよな。  今までろくに会話したことの無い男子から、初めて来た場所で公開オナニーしろって命令されたんだから。 「もうボクらは秘密を共有しあう唯一の存在じゃないか。別に恥ずかしがらなくていいよ」 「や、そういうことでは……」 「だって高島さん、どんどん蜜があふれ出しているのがここからでも見えるよ」 「ぁひっ!?」 「異性であるボクに大切なところを見られて興奮しちゃったんでしょ?」 「エロサイトにありそうなシチュエーションに、今の自分を重ね合わせちゃったんでしょ??」 「……ぅ……」  ここで言葉を失うってことは、またもや図星ということらしい。  すごいな間宮卓司! 今日から自分自身を「女心ナビゲーター」と呼ぶべきかもしれん。 「教室へ戻る前にここでスッキリさせちゃった方がいいって! またパンツが濡れて気持ち悪くなったら困るでしょ?」 「やあぁん……だってぇ……」 「ボクらはお友達ッ! 何も恥ずかしくない!!」 「……お友達…………」 「そう、お友達で唯一無二の仲間! 秘密は二人で持ち合う間柄」 「だからもっと高島さんと仲良くなりたい……君のいろんな面を知りたいっ」 「君の可愛いところ、すっごく見てみたい! そうしたら今よりずっと大好きになれる気がする!!」  もう無茶苦茶な理屈だけど、ボクはとにかく自慰する高島さん――女の子のあられもない姿を脳裏に焼き付けておきたい。  いや、ちょっと違う――ボクは女の子なら誰でも良いというのではなくて、処女で清楚な高島さんだからこそ、自分を慰める健気な姿を心に留めておきたいのだ! 「それを見ることが叶うなら、ボクはとっても幸せ者だと思うよ」 「だからねっ、お願い!!」  期待に胸と股間を膨らませるボクはもう、土下座するほどの勢いで高島さんに頭を下げて懇願する。  元々プライドなんて崇高なものは持ち合わせていないのだし、この程度の行動は屁でもない――というところが、かえって男らしかったりするでしょ?  彼女だって今の不完全燃焼な状態ではつらいはず……。  だから、きっと……。 「……はい……今回だけ、ですよ……」 「ありがとう、高島さん!」  すごいぞ……思い通りだ。  すべてがうまくいきすぎている。  なにもかもがうまくいきすぎている。  …………。 「ふぅあっ……あぁっ……ぁああんっ……」 「……(ゴクリ)」  とても素直で良い子の高島さんはボクに促されるまま、濡れた秘密のスリットに白い指をはわせて控え目な愛撫を始める。 「ふぅうっ……んっ、んんぅっ……あっ……はあぁ〜〜っ」  彼女は立ったまま秘所を弄り、息を呑んで見守るボクの眼には彼女の中指が大胆に前後している様が映った。 「あっ、はあっ、あっ……くぅんんっ……ぁあん……」  今、ボクの秘密基地には高島さんの可愛らしい嬌声と、淫らに発情した女の子の生々しい匂いが充満している。  これは予想をはるかに上回る状況。  エッチなこととは縁遠い可憐なルックスのくせして、ボクに見られながらオナニーにふけるというギャップが、童貞脳のボクには耐えられない。 「はふっ、うっ……あ、いぃ……ぅうん……」  まさか生でこんな艶っぽいシーンを見れるなんて、本当に今日はボクにとって特別な日になったなぁ。  最初は仕方なくここへ彼女をかくまい、そのせいで少し気分が悪くなったけど、今となっては十分すぎるくらいに御礼をもらったよ。 「あぅうっ、うぅっ、んっ……はぁ……ああっ……」  そうだ! こんな素晴らしい光景を記憶の中だけに留めておくのは勿体無い。  ボクは痴態をさらす高島さんから目を離すことなく、あがきもがくように近くのバッグをたぐりよせて、中から小型のビデオカメラを取り出した。 「はあぁっ、はぁ、ああ……んぅ? 間宮くぅん……」 「あ、これ? 気にしないでいいから続けて!」  ボクはカメラの液晶モニターに不安そうな高島さんの顔を映しながら答えた。 「やぁっ、だって……」 「自分じゃ分からないだろうけど、今の高島さん、ものすごく綺麗なんだよ!」 「美しいものを記録に残すってのはさ、美を愛する者として当然の義務なんじゃないかな?」 「えっ、……ええっ!?」 「それに高島さん。そんなにアソコをぐっちょりさせてるのに、今さら止められるのかい?」 「……っ」  ちょっと意地悪なボクが爽やかに微笑む最中も、彼女の太腿には男のアレを挿入しやすくするための淫液が絶えず垂れ続けていた。  それに彼女の眼なんて、もう完全に泳いでいてどこにも視点があってないみたいじゃないか。  これはそそる、すごくそそる。 「さあ、続けて。もっと綺麗な君をボクに見せてよ」 「ふぁあっ……あぁ……はいいぃ…………んっ……」 「くふぅうんんっ……んぅうっ……ふぁ、ああっ……あんんっ……」  素直な彼女は再び湿った秘裂へ指をはわせ、ボクはその愛らしい相を全て残さんとして懸命にカメラを回す。 「はふぅ……うぅ、うんっ……ああぁ、はあぁあっ……」 「あぁ、いいねいいね! そのとろけそうな表情、最高だよ」  押し寄せる快感に思わず目を閉じ、ぶるるっと震えている様は抱きしめたくなるほどエッチで可愛い。 「ふぁぅ……やぁん、ダメですよぅっ……っううっ……」  すごい、2Dしか愛せないハズのこのボクが、まるでAV監督そのものだ。  しかも女優はボクと同い年で、ロングヘアの似合う巨乳で奥手な美少女。  これはもう最高の作品となること間違いなし……明後日あたり、ボクは自爆して干からびているかもしれないな。 「ふぁ、あっ、ああっ……」 「あん……こういうの……くぅんっ……前に、読んだことがあるの……ぁふっ」 「おぉ、それってエロサイトの体験記?」  ややっ、ここで赤裸々告白パート2の開始ですよ。 「はいぃ……こうやってね……オナニーしているところを、ビデオで撮影されちゃうの……あんっ……んぅっ……」 「やぁっ……あの時より気持ちいい……すっごく、いやらしいよぅ……」 「あははっ、それはよかったね!」  以前、オナニーネタに使ったシチュエーションが図らずとも再現されたとみえ、高島さんはさらに〈昂〉《たかぶ》って昂って指の動きを大胆にしていく。 「あんっ、あぁっ、あんんっ、はあぁあんんんっ……」  中指はスリットのさらに奥へはわせ、親指と人差し指でク○トリスをつねるように愛撫している。  と言うか、あれがク○トリスなんだろうな……実物は初めて見るから、最初のうちはよく分からなかった。 「すごいね! 高島さんにこんな一面があるなんてすごすぎるよ!」 「あんんっ……間宮くんだけのね……」 「んふうぅっ、秘密なんですよぅ……っ」  彼女は嬉しそうにニコリと微笑し、今度は空いた方の手で制服の上から豊かな胸の膨らみをやんわりと揉み始める。  彼女の胸は着衣した状態でも分かるほどに同級生の女子より発育が良く、アソコの色が綺麗なこともあり、隠されている乳首もきっと美しいに違いない。 「ふぅんっ、んんうぅっ……」 「ここでボクが君のおっぱいを吸っているとイメージしてみて」 「ひぁあっ……あぁっ、はいぃ……んぅうっ、んくぅっ……あんっ……」 「あ〜、本当にいいよ! 感動して泣けてきた」  しかも自分がネタにされていると分かっているのだから、ボクの嬉しさと興奮度はMAXとなり、撮影しながらさらに前屈みにならざるを得ない。  素晴らしい――、エロスのレベルじゃなくて、まさに崇高な芸術の域にある。 「これはもう、ネットにあげて世界中の男性に見てもらうしか!」 「やぁんっ!? そんなぁ……それはダメ……ゆるしてぇ……」 「心配しないの。顔にはモザイクをかけて分からなくするから」 「……あぁ、はぃぃ……それなら……っふうぅっんんっ……」  なーんてね、ウソだよ〜ん。  こうも可愛く淫らに乱れる表情を隠すなんて、それこそ芸術を辱める犯罪そのものだ。  しかし待てよ……それは彼女のアソコと顔を見比べながら他の男がオナニーしちゃうわけで、それはなんともNTRな気分でボクの属性に反するではないか! 「それなら……やんっ、でも、恥ずかしい……ふぅああっ、はああっ、んううっ……」 「はぁっ、はぁっ、高島さん……とっても綺麗だよ……」  やはり顔にはモザイクをかけて、高島さんの可愛らしさはボクが独占することにしよう。 「はあぁっ……らめぇっ……世界中の、男の人に見られちゃうのに……やだぁ、指が止まらないよぅ!」 「おぉ、半端ない濡れ方だね……足元に水溜りができるなんて、そんなに気持ちいいの?」 「だってね、だってねぇ……あはぁあんんっ! すごくいいの」 「一人でしてるより……ぞくぞくしちゃう……」  自分を切なさそうに慰めつつ、何度もきわどい台詞を連発するようになって童貞なボクをドキッとさせる高島さん。  ふむ、彼女は露出プレイの素質があるかもしれない……今度、裏山の林に誘い出して撮影するってのもアリだな。 「すっごく恥ずかしいのに……あぁっ、すごく感じるの……あぅうっ!」  白い綿雲が浮かぶ青い空に、瑞々しい緑の葉……その中にあって高島さんの白くて綺麗な身体はここで見る以上にカメラ映えするだろう。 「あっ、ああっ……カメラが近いですよ……ひゃふっ、ふうぅうっ……」 「いい具合に撮れてる! もっと指で開いてかき回してごらん」  少しカメラの高さを下げて指示を出すと、高島さんはボクの言うとおりにアソコを開いて指を這わせ、その協力的な姿勢にボクの胸は切なくて壊れそう。 「くふぅん、うんんっ……もう、だめぇ……だめだよぅ……」 「そうそう! 指がべとべとで糸を引いてるところなんて最高だよ!!」 「やぁっ、らめぇ、来ちゃう――あっ、ああっ、ああぁああっ!」  高島さんは立ち続けるのも苦しそうにガクガク身震いを始め、さらに指の動きを大胆に、そして速くして敏感な箇所を弄くり回す。  その相はひたすら美しい……男の本能をかきむしる魔力を秘めているくせに、下卑たところは欠片も無くて神々しいまでに輝いている。 「撮られちゃう、イクところ、撮られてっ――ひあっ、ああぁっ」  今の彼女に比べれば、ルネッサンス期に描かれたヴィーナス像なんて素人の落書きみたいなものに思えた。 「ひっ、あぅううっ、あぁあああ」 「ふあぁああああぁあぁぁぁ――〜〜〜〜っ!」 「………………はふぁ、はあぁ……」 「……はぁ、はあぁ、はぁぁっ……ぁあ……」 「あっ……まだ撮ってるんですかぁ……」 「えっちですねぇ……うふふっ……」 「あんっ、いやですよぅ……」  ………………。  …………。  ……。 「あ、あれはですね……数週間前……あは、よく晴れた日の朝だったかなぁ……」  高島さんは柔らかい笑顔でボクを見つめつつも、顔からは湯気が出るほど真っ赤で手を強く握りしめている。たぶん手の中は汗でびっしょりなんだろう。  涙目は相変わらず……というか何度か目を拭いていたようだけど……相変わらず目は潤んでいた。 「朝の通学時間の電車って、いつも混んでいますよね?」 「うん、そうだね……って、まさか痴漢にあったとか!?」 「あはは……それも良かったかも……」 「え?」 「あ、あは、何でもないですっ。えっと痴漢とかじゃないんですよ」  勝手に予想して慌てたボクを見て、高島さんは呆れるどころか目を細めて喜んでくれた。  もちろんボクも年頃な男子だからエッチな話は大好き。  でも仲良くなった女の子が、しかもかなりの美少女が他の男に汚されるシーンなんて絶対に受け入れたくない。 「は、話を続けますね……いいですよね……」 「も、もちろん……」 「あの日もわりと車内は混んでいて、私は座ることなくつり革につかまって立っていたんです……」 「私って運動神経が良くないので、満員電車の中で下手に座ると降りたい駅で出られなくなりますから」 「うんうん、それよく分かるよ。ドアの近くに立っている人をかき分けていかないとダメだもんね」 「そうなんです! 近くにあるはずのドアがすごく遠く感じられますよね」 「だけど知らないおじさんの間に身体を割り込ませるのは恐くて……この気持ち、間宮くんは分かりますか?」 「ああ、女の子ならそうだろうね」 「あっ、すみません。また話が逸れちゃいました……」 「あの時、私の前にはちょっと眠たそうなおじさんが頭を垂れていて、まだ朝なのにもう疲れきった様子でいました……」 「私……何か知らないんだけど、脂ぎった〈加齢臭〉《かれいしゅう》のしそうなおじさんの前に立ったら……なんだか変な気分になって……」 「も、もしかして高島さんっておじさん好き?」 「そ、そんな事ないですよ。別におじさんが好きとか無いですっ」 「なんですけど……なんかたまたま、その時の私は下着の中にローターをしのばせておいて、ポケットにあるリモコンでいつでも使える状態にしていたんですよね」 「……そ、それ全然たまたまじゃないんじゃないの……」 「そ、そうなんですけど……そうなんですけど……たまたま……なんですよ……たぶん……」  いつも携帯してるって言ってたのに……たまたまって……。 「だ、だから『ふぅ』て心の中で溜息を吐きつつ、こんなおじさんの前でいやらしい気持ちになるハズなんかない……って言い聞かせたんです」 「だったんですけど……なんか少し想像しちゃったんですよ……」 「ここでもし、リモコンをONにしたらどうなっちゃうんだろぅ……」 「このおじさんの前でローターを動かしたら……どうなんだろうなぁ……とか考え出したら……なんだか良く分からない気持ちになって……」 「え!? どうしたの?」 「あ、いや……なんかたまたまなんですよ……何となく指でポケットのローターを触ってたら、不意にスイッチが入っちゃって……」 「……スイッチが入っちゃって……って」 「そんなつもりなんか無かったんです……たぶん、本当にたまたま……だから私も焦ったんですよ」 「でも、私って運動神経よくないのと焦ってたので、何が何だか分からなくて、スイッチとか一生懸命止めようと思ったんですけど……」 「すぐにスイッチをOFFできなかったという事なの?」 「は、はい……もう完全にパニックちゃって……さすがにここまでするつもりなんか無かったから……もう、どうして良いのか全然分からなくて……」 「ああ、まずいよ。こんな場所で動かしちゃ……ああ、どうしようかって考えているんだけど……なんだかそんな自分が良く分からなくなって……」 「……へ、へぇ……」 「もう、何が何だか分からないんだけど……なんだか、少し気持ちいいって言うか……」 「ど、どんな感じだったの?」 「どんな感じですか? えっと……あ、あのですね……あそこの部分に沿わせたローターがブルブル震えるとですね……なんか、下半身からくる波のような気持ちよさで体中が熱くなる様な……」 「そ、それででしてね……ちょっと前屈みになると、震えているローターがあそこの部分にあたるんですよ……」 「あそこ?」 「あ、あの……ク○トリス……です」 「ク○トリスにあたるとどんな感じなの?」 「あ、あのですね……ク○トリスにローターの振動が伝わるとですね、もう体をビクッとさせずにはいられないほど気持ちよくなります……」 「へっ、へぇ……」 「だけど……やりすぎると気持ちよすぎて立っていられなくなります……」 「だから時々、背筋を伸ばすようにしてたんです……」 「ふーんという事は、そのまま背筋を伸ばしていれば、快楽から逃れられたんじゃないの?」 「そ、そう……なんですけど……何かそのまま緩やかな振動を受けていると……あまりに切なくて……」 「どうしても……また前屈みになってしまうんです……ああ……」 「そうすると、打ち寄せてくる気持ちよさを隠せずに、“うふぅんんっ”とか、“あはぁあぁぁっ”とか小さく声が〈洩〉《も》れてしまいまして……」 「私としては一生懸命に声を押し殺したつもりだったんですけど……あ、ああ……」  その情景を思い出しているのだろうか……彼女は今までにない様な奇妙な表情を見せる……なんか宙を見つめる様な……感じで微妙に震えている。 「あ、あの時……わ、私の前で頭を垂れていたおじさんが、不意に顔を上げて私と視線を合わせたんですっ」 「ローターが当たっているのがバレたの?」 「そ、その時はどうだったのかな……あ、たぶん単に私が気分を悪くしているのかと思ったのかもしれません」 「だよね! まさか目の前の女の子がローターで密かにオナニーしているとは決して思わないだろうね」 「あは、あははは……そ、そうですよね……そ、そんなの変ですよね……まるで……」 「変態?」 「は、はいぃ……変態……です……っ! っっ!!」  なんだか高島さんの様子がおかしい……先ほどとは比べられないほどガタガタ震えている……。 「ど、どうしたの?」 「あ、あひ? あ、すみません……」 「ごめんじゃなくて……どうしたの?」 「あ、あは……な、なんか軽くイっちゃったみたいです……」 「え?」 「今のでイったの? 言葉だけで?」 「だ、だって……間宮くんが私の事……変態とか言うから……わ、私……」 「いや……変態と言われたぐらいでイったりしないでしょう……」 「は、はい……そうですね……そうだと思います……」 「さすが……人前でオナニーするだけはあるね……」 「あ、ああ……そんな事……言わないで……」 「それより話を続けてよ……」 「あ、はい……おじさんが私に不審そうな顔を向けてくるものですから、私はにっこりと笑顔を返してみました……無言の挨拶っぽく……です」 「するとおじさんはちょっとだけ表情を優しい感じにしてくれたんです」 「ほほぅ、それは良かったね」 「やっぱり私の調子を気遣っていてくれたんでしょう……」 「最初はそのおじさんの事何にも思わなかったんです……それどころか、少し嫌悪感すらあったと思うんです……でもなんだか……」 「だんだん自分がローターの振動で昂ってきちゃうと、毎日忙しくて疲れているおじさんがいとおしく思えてきて……」 「なんだか……こんな歳までずっとこんな満員電車に揺られてたのかなぁ……とか思ったら……これぐらい、彼を元気づけてあげてもいいかなぁ……と思って」 「たぶんまともな判断じゃなかったんです……ローターの所為でまともでは無かったんだと思います……気が付いたらおじさんの前でスカートをめくってました」 「それじゃ――おっさんからはパンツ丸見え!?」 「は、はい……しかもパンツの中でローターがブルブルしているのも一目瞭然だったと思います……」 「おっ、おぉぉ……」 「だからだと思います……」 「おじさん……私のしていることに気付くと、途端に顔をまっ赤にして目を逸らしちゃったんです……」 「そりゃまぁ、普通の人ならすごく驚くよ……」  だって……そんなことするのは度胸がついた露出狂の痴女くらい……言ってしまえばおばさんみたいな人しかやらないと思うだろう。  まさか“セックスのやり方も知らない”ような美少女が大胆に見せつけてくるなんて、これには何か裏があると考えるだろうな……。 「ああ、どうしよう……もしかするとおじさん気に入らなかったかな? でもそうだよね……こんなの嫌だよね、なんでこんな事しちゃったんだろう……」 「ああ……“やめなさい”って大声を出され、次の駅で降ろされて駅員さんに突き出されるかもしれない……」 「私は社会的に終わりなのかなぁ……とか思いました……」 「と思ったんですが……その後も何も無くて……ただおじさんは黙っているだけ……」 「にも関わらず、時々私の方をチラチラと見るんですよ……」 「あれ……この人……見たいのかな? でも何でちゃんと見ないんだろう……私は見せたくてスカートを上げているんですから……」 「そりゃ、そうだよ……〈美人局〉《つつもたせ》かもしれないじゃない」 「美人局ですか?」 「そりゃ、思うでしょ。君みたいな若い娘が自分みたいなおっさんに無償でサービスするなんて考えられないじゃない」 「何か裏があって、後から恐いお兄さんが来て“お前今見てたよな……”とか因縁つけてくるかもって考えるよ」 「でも……私はサービスというよりは……好きで……」 「そんなの分からないって」 「なんだ……別に嫌じゃないんだ……もしこの人が嫌ならやめればいいや……私…気持ちいいし……」 「なんて、ほとんどまともな思考じゃなかったんですよ……頭おかしくなってたんですね……」 「時々は前屈みになってクリを刺激し、ガクガク来ちゃうような快感を求めつつ、おじさんとの距離を縮めちゃったりして……とうとうパンツをおろしちゃって」 「そしたら……おじさん、一生懸命に両手でさりげなく自分の股間を押さえていたんですよ……」 「だろうね、男なら反応しない方が大問題だよ」  現にその状況を想像しているボクも、下半身がビクビク反応して隠すのに一苦労しているのだから。 「それを知ったら、なんか頭が真っ白になってしまって……なんだろう、もう夢中で周囲の目なんてちっとも考えずに……」 「素早く濡れたパンツを下げながら、ローターを持ち直して湿ったアソコを弄くり始めました……はぁぁ……」 「え? それまずくない!」  もう秘密などではなく公開プレイだもの! れっきとした犯罪行為だし……。  なのに回想している高島さんは今もオナニーして感じているかのように甘い声を洩らしていた。  ……この子、見た目から想像出来ないぐらいすごいな……。 「今になって思い返すと、確かに恐い事したなぁ……って思うんですよ……でもその時はなんだか頭がしびれてしまって……」 「押し殺していたエッチな声もだんだん大きくなってしまって……」 「“あはぁあんっ”とか、“うふぅんんっ、気持ちイイ”とか何度も小声で言ってたように思います……」 「それじゃ周囲に教えているようなものだよ、危険すぎるでしょ……」 「うん、そうなんだけど……それなのに私は……」 「なのに……って?」  一瞬だけ思わせぶりに目を伏せた彼女に、ボクはドキドキして問いかけずにはいられなかった。 「おかしな人と思われてたのかなぁ……あはは……なんか、みんな私をチラチラ横目にしているだけで、誰も注意しには来ませんでした」 「もちろん、ここで捕まったら大変なことになるとは考えてたんです……というよりこんな事したらダメだって……人としてダメだって……」 「分かっているのですけど……みんなが見ているくせに邪魔されないから……なんかますます興奮してアソコが潤っちゃって……」 「あぁ、私ってたくさんの男性から見られるとすごく感じちゃうんだ……下品な露出狂なんだ……って考えると……なんだかもう……」 「あっ! だけど勘違いしないで下さいね」 「私は今も処女ですから、震えるローターをこすり付けるだけで中に挿れたりはしません」 「こんな私でも……初めての瞬間は大好きな男性に優しく抱かれながら捧げたいんです」 「そのためにずっと、最後の一線を守ってきたんですから……」 「で、ですよねー」  高島さんがすごくエッチな子だとは分かったけど、それでいて処女を守り通しているという発言にはいくらか救われた気がした。  たとえエッチ好きであっても高島さんには綺麗な体のままでいてほしい……。  そしてボクが君の初めての男になれれば……もう最高なんだけどな。 「何が何だか分からなくなってたんですけど……たぶん私……」 「その時充血して熱を帯びたアソコをさらけ出し、何度もローターで擦りながら周囲の反応を窺いつつ昇りつめてたと思います……」 「うっすら覚えてるのは、前に並んで座っている男の人たちの股間が盛り上がっているのに気付いて……」 「その人たち、後で君をネタにオナニーするんだろうね……?」 「ああ……そんな事言われると恥ずかしいです……」 「でも、その恥ずかしさが気持ちよかった……」 「……そうなのかもしれません……そしたら私、私ヘンタイですよね……でも、気持ちよかったし……もっとみんな見てくれてるし……」 「ああ、どうしよう……たぶん、揺れ動く電車の中には、私のエッチなあえぎ声がこれでもかと響いてたんですよね……」 「ローターを持つ手も愛液でぐちょぐちょだったハズですし……」 「だって、体中から力が抜けて、つり革がないと立っていられないくらいに良かったんだから……」 「アナウンスで杉ノ宮の名前を聞いてはじめて、もう降りる駅に着く頃合なのを知りました……そしたら私は無我夢中で振動するローターをク○トリスに押し当てました……」 「最後までイけないなんて考えられない……イかないと……私……」 「頭の中では、早くイかないとイかないとイかないとって……ずっとそれだけが回ってて……もうそれだけしか無くて……」 「……あぁっ……ひゃふぁ、いいっ……もう、すごい……あっ、ああっ――」 「いっ、いいっ……あぁあんっ、イッちゃうぅぅっ、イクぅぅ〜〜!」 「っっ〜〜〜〜んんっ!!」 「……すごい」  高島さんは絶頂を迎えるシーンを追想して実際にあえぎ、リアルな少女の嬌声を驚嘆するボクの耳に届けてくれた。 「その瞬間、ちょうど駅のホームの端が見えました……私、あわててパンツそのままで、逃げる様にホームに降りました……」 「今日も暑いなぁ……」  あまりに暑かったので今日は、仕方なしに一時限目から授業に出た。  理由の一つは単位。  さらにもう一つはクーラー。  まぁ、校内でサボってるんなら建物内は涼しいんだろうけど、さすがに秘密基地は暑かった。 「秘密基地の上の階がクーラー効き始めたぐらいから、やっと少し涼しくなりはじめるからな……」  上の階がクーラーで完全に冷やされると、やっと地下室も少し涼しくなってくる。  上の階の空気が流れ込んでいるんだろうか?  まぁ、そんな感じでだいたい昼過ぎぐらいから地下室は涼しくなる。  ボクは二限目の授業が終わるとすぐに地下室に向かう。 「もういい加減授業に出るのもうんざりだし……」  授業は半端無く疲れる。  だって、あんな狭い教室にあんなに人間がいるんだよ。  そんで、どいつもこいつも同じ方向を向いて座ってるんだ。  そんなのホラーだ。  気味が悪くならない方がおかしい。  正直、授業を受けている時のボクは、ストレスで手にいっぱいの汗がたまる。  ただ、あの空間に居るだけで……。 「ふぁ……」  ボクはすぐにソファに横になる。 「疲れた……」  すごく眠い。  真夏の炎天下は、体力を奪うからであろうか……。  いや、春だって眠かった。  でも春は眠いと良く言うじゃないか……だから春が眠いのは問題ない。  問題なのは……、  ……問題なのは……?  門 …… な……。   ……。       。  ボクは買い置きのカップラーメンにお湯を注ぐ。  お湯はカセットコンロで沸かす。  一応電気ポットもあるんだけど……発電機を動かしてない間に冷めちゃうんだよね……。 「ふぅ……良く寝たなぁ」  今日は疲れたからなぁ……。  良く寝るとお腹が減る。  でも、お腹いっぱいになると眠くなる。  なんかそんなこんなでボクはいつでも寝てばかりな気もする。 「さてと……」  ボクはラーメンが出来る間にパソコンを立ち上げる。 「えっと……」  電波の調子はいいみたいだ……それなりに動いている……。 「そうだな……ひさしぶりに自分が管理するサイトの確認でもしておこうかな……」  メールサーバーを確認したのち、ボクは自分が管理するサイトに行く。 「えっと……また登録申請か……誰からの紹介だ?」 「紹介者は……このアドレス……って、はははは……なんだよ……これ瀬名川じゃないか……という事はこいつも生徒のふりしているけど教師だな」  紹介者は瀬名川唯。ウチの教師だ。  三ヶ月前からこの掲示板に登録している。  登録した後に書き込みなどは一切行っていない。どうやら、教師としてこのサイトを監視しているみたいだった。  それか気になる事があるとか……ね。  まぁ、教師と言えども人間だし、裏掲示板の中で自分がどんな事言われているか……気になるんだろうね。  ボクはだいぶ前から学校の裏掲示板の管理をしている。  ボクがはじめる前から何個か北校の裏掲示板はあったみたいだったけど、あまりのレベルの低さ故に、どれもマイナーなものばかりだった。  ボクは、子供の時から親の作ったサイト運営などを手伝っていた関係で、まぁこの年齢の割にはそれなりのサイトを作る事が出来る。  とは言っても、単にフリーのスレッドフロー型掲示板を改造しただけなんだけどね……。  それでも他が使い勝手が悪いのかしらないけど、ウチだけがどんどんその登録者数を増やしている。  登録制という事で外部から見えない油断があるのか、この掲示板ではかなりまずい情報も書き込まれる。  個人情報はもとより、イリーガルなネタまで……それこそいろいろと。 「瀬名川から紹介されたこの教師は誰かな……まぁ、それも時期にわかるかな?」  瀬名川が分かったのは、アドレスに名字と名前が書いてあったから。(まぬけな女だな)  あとはログインする時間。  先生の授業の空き時間などにだいたいログインしていた。  ためしに一度、彼女を監視していたら、携帯からこのサイトを見ているのを確認した。 「どこまでもまぬけな教師なんだな……」 「監視ねぇ……このまぬけ教師が……」  監視出来ていると思われた方が楽だ……。  そう、こいつは、ボクの手のひらで踊っていればいいんだ……。 「くくくくく……」  この全能感はなかなかたまらない。  このサイトを管理していると、ほぼ学校中の人間の会話、行動を知る事が出来るかの様だ……。 「と言っても、登録している人間に限られるけど……」  現在登録者は158人……一学年がだいたい280人ぐらいだから……まぁまぁの数字か?  全学年で考えれば、まったくなんだけど……。  ちなみに表計算で統計したところ、三年が63%、二年が25%、一年が10%、不明(たぶん教師とか)が2%。  三年生だけで考えればかなりの率でこのサイトに登録している事になる。  だから、特に同学年の人間の行動はだいたい分かる。 「しかしこいつらバカだよね……」  くだらない日常的な会話から、セックス、援助交際、いじめ、たまにドラッグなどの危ない話……。 「そういえば……」  どこかで、高島さんのいじめについて語っていたスレがあったな……。  たしか一年ぐらい前だったけど……。  そのスレの住人は、赤坂めぐ、北見聡子……あと橘希実香だったかな。  当初は少しのぞいてたんだけど、内容にだんだんむかついてきて見るのをやめた。  いじめというのは自分自身の事でなくてもその内容は腹立たしいもんだ……。  まぁ、最後に見たのもだいぶ前なんで、内容とか良く覚えてないんだけど……。 「その後どうなったのかな……」  相変わらずいじめは続いてるんだろうか……。  あのスレはまだ続いている……。  という事は彼女をとりまく状況は基本的には変わらないのだろうか……。  それとも、すでに中ではいじめとは関係ない会話がなされているのだろうか……。 「どうなっているんだろう……」  ……。  だから?  だからどうしたと言うんだ?  だいたい、 「それを知ってどうするんだよ……」  もし仮にそれが分かったからってボクに何が出来るって言うんだ……。  自分自身の事ですらどうにもならないのに……他人の事なんて……。  ボクは自分自身の運命すら変える事が出来ない……。  ましてや他人を救う事なんて出来ない……。  せめてボクが出来る事といったら……。 「今度、この秘密基地に彼女が来たら……もう少し優しくしてあげよう……」 「おすすめのアニメとか……おすすめの漫画とか……彼女に見せてあげよう……」  彼女を救う事なんてボクには出来ない……。  でもその痛みを和らげる事なら出来るかもしれない……ボクがそうであるように……漫画やアニメや……そして他の空想の産物で……。 「そうだな……彼女は敵じゃないんだ……彼女は敵じゃない……だから今度からもっと優しくしてあげよう……」 「ふぅ……少し涼しくなったかな」  少しだけ日が陰りはじめる。  といっても夏の太陽はしつこい。  こんな時間でも西日となってじりじりと世界を焼いてくる。 「この時間だとまだ部活とかやってるなぁ……」  ずっとネットをやっていたら喉が乾いてしまった。  小型の冷蔵庫でも置いておけば〈良〉《い》いのかもしれないけど、今のところそんなもんはないので飲み物を保管していない。  欲しくなると、近くのコンビニまで買いに行く事にしている。 「そうだ……カップ麺の買い置きも少なくなったから、少し遠いけど100円ショップまで行こうかな……」  あっちの方が安いからな……。 「あ……」 「あ……」  この娘……。  娘?  知っている。  ボクは彼女を知っている。  だから彼女は―― 「あ、あの…… こんにちは……間宮くん」 「……」  苦笑いが混じった挨拶。  なるべく柔らかい笑顔で答えようとして引きつった感じ……。  なんでわざわざそこまで関わろうとするんだろう。 「元気かな? 間宮くん?」  彼女の名は〈若槻〉《わかつき》〈司〉《つかさ》。  たしか、風紀委員をやっていたっけな……それで関わってくるんだろうか?  いや、生徒会だった様な気もする……クラス委員?  どちらにしてもそんな人間とあまり関わりたくはない。 「あの……授業とかあまり出てないみたいだけど……」 「……」  なんか優しい笑顔がイラっとさせた。  別に、こいつと何かあったわけじゃない。  こいつを嫌う理由なんて見あたらない。  たしかに、ボクは自分のクラスの人間の大半が嫌いだ。  好きな人間なんてほとんどいない。  でも、なぜか知らないけど、ボクは、特にこの娘を嫌っている。  なんでだろう……。 「あの間宮くん?」 「……」  ボクはその笑顔に何も答えらない……。 「……」  若槻司……彼女の後ろから、もう一人の少女が姿をあらわす。  なぜ今まで気がつかなかったんだろう?  ……彼女の影に完全に隠れていたのだろうか。  それにしても気がつかなかった。  その姿は――  〈若槻〉《わかつき》〈鏡〉《かがみ》。  若槻司の双子の姉だ。  なんで気がつかなかったか……大した理由でもないだろう。  たぶん、若槻司をあまり見たくないという気持ちが、その姉の存在すら見ない様にさせただけだ。 「間宮卓司くん……だっけ?」 「……」  同じクラスなのに、だっけ? はないだろう。  たしかに、ほとんど授業に出てないけど……それでも同じクラスになって半年近く経っている。 「ふぅ……返事もないんだ……」 「もういいよ、司……行こう……」 「あ、うん…… でも……」  若槻姉妹。  姉は活発。  妹は穏和。  二人のその性格は真逆ではあったけど、  成績優秀。容姿端麗。さらにスポーツ万能で衆望な人柄。  ボクとまったく接点がある様な人間ではない。  どちらにしても両方とも苦手だ。 「そういえば、 授業で受け取ったプリントはちゃんと机にいれておいたからね」 「……」  ボクはそのまま歩き出す。  めんどくさい……こんなヤツ。 「あんまり授業、出てないんだね……間宮くん」  なんだこいつ……〈何〉《なん》で追いかけてきてるんだ? 「追いかけてる……なんて考えてるんじゃないでしょうね?」 「……」 「ただ、歩いていってる方向が同じだけだからね」 「あはははは……〈奇遇〉《きぐう》だね」 「……」 「なんで授業サボるのかな?」 「……」 「さぁ……身体とか弱いからね……」  このまま無視すると、どこまでもついてきそうだったので、ぶっきらぼうに話した。 「身体が弱い……ねぇ」  カチンとする言い方。  なんだ? 弱いのは身体ではなく、ボクの根性や意志だとでも言いたいのだろうか? 「だから授業に出ない……出れない……出たくない……」  なんなんだろう……この女。  なんで、この女はこんなに〈突〉《つ》っかかってくるんだろう。  そのまま歩いていくと……杉ノ宮駅の繁華街まで来てしまった。  結構な距離だ。  本当はもっと近所のコンビニで買おうと思っていたのに、この二人がボクについて来てしまったから……。  いや、二人の言い分だと、単に歩いていく方向が同じ。 「あの学校の生徒の大半が、この駅だからね……」  いちいち、この女はボクの心の中に対応する様な事ばかり言う。 「そんな事はないよ…… なんで私があんたの心の中を読まなきゃいけないのよ……」  読んでるじゃないか。  今、この瞬間においてすら。 「自意識過剰ね……バカバカしい……」 「ああ?」 「あ、ごめんね、なんか気に障ったかな?」 「……っち」  なんか頭が〈痒〉《かゆ》い。  頭が〈痒〉《かゆ》くなっていく。  こういう時にはなぜか頭が〈痒〉《かゆ》くなる。  全身の毛穴が広がるんだろうか。  特に毛穴が沢山ある頭がちりちりするのはそういう理由だろうか?  とりあえずムカツク……この女。 「……〈何〉《なに》」  目が合う。  嫌な顔だ。  整った顔立ち。  こいつを顔を見ると……何かを連想するのか……。  この二人を見ていると……イライラする。 「司……もう少し離れて歩こうよ……」 「お姉ちゃんっ」 「……だって、どう見ても、本人が関わられたくないんだから、私達が関わる理由なんてないでしょ」 「だめだよ……お姉ちゃん……」 「あ、あのさ……間宮くん」  早足のボクに、司は一生懸命ついてくる。  早足のボクに追いつくために、もっと小さい司は走っている。  さらにボクは脚を早める。  司はもっと一生懸命走る。  ボクも少し走り出す。  司は息を切らして走る。  なんか、こういう事……、  なんかこういう事って過去にあったんだろうか?  なんか知らないけど……ボクはこの状況を懐かしく思えた。  なんか知っている様な気がした。  なぜだろうか?  そんな答えは決まっている。  ただのデジャブ……〈既視感〉《きしかん》。  そういう単純な事。  昔の思い出などではない。 「…… なんか昔思い出すね……」 「はぁ?」 「あ、ごめん…… 間宮くんの事じゃなくてね」 「……」 「そうだよね……昔も何も、間宮くんとはこの学校ではじめて会ったんだから、ごめん変な事言って……」  何言ってるんだこいつ……当たり前だろ。 「なんだかね。私さぁ、そういう記憶がある様な気がして……」 「だから、おまえらと知り合ったのはつい最近だろう?」 「あ、だからさ、単に、私の記憶であってね、間宮くんは関係ないのね…… それを思い出しちゃってさ……」 「ふん……」  主人公をあとから追いかける女の子か……。  ボクには妹なんていない。  女の子の幼馴染みだっていない。  だからこんな記憶があるわけない。  でもなんとなく懐かしく思えた。  だとしたら……、  エロゲーとかで良くあるシチュエーションだからだろう。  何度となく、ゲーム内でこんなシーンを見せられてきた。  だから、現実で少しでも近い事があると、懐かしく思えてしまうのだろう……。  ある意味で悲しい話だ……。  そんな事より……。 「姉の方もそうだけど……君も、ボクの心の中を読まないでくれるかな?」 「あ、ご、ごめんなさい……そんなつもりじゃなかったんだけど……」 「ったく……覗き趣味とか……趣味悪いね」 「何よ……あんた司に喧嘩売ってるの?」 「はぁ?」 「司の事悪く言うのなら私が許さないわよ」 「べ、別に……喧嘩とか売ってないし……」  強い視線でボクを見る鏡。  なんでこの娘はこんなに強気なんだろうか……。 「なら、くだらない事言わないでよ」 「お、お姉ちゃんっ」 「な、なんだよ……あんたらがボクに関わろうとするから……」 「私だってあんたとなんて関わりたくないわ」 「お姉ちゃん!」 「う……ごめん……」  妹の強い口調に、さすがの姉も謝る。  意外だけど……妹の方が立場が強い様にすら見える……。  まぁ、そんな事どうでもいいんだけど……。 「……あ」  司が、お店のショーウィンドウを指さす。 「ほらあれ」 「……」  ボクは興味がなかったけど、なんとなくその方向に目をやった。 「大きなうさぎの人形ですね」 「……」  だから?  と強く言ってやりたかったけど……言葉をのみ込む。  そういう事を言えば、また姉の鏡がボクにつっかかってくるに決まっている。 「私ですね……小さいときに、兄さんに大きなうさぎをもらった事があるんですよ」 「ふーん、それは良かったね」  だからなんなんだ……知ったこっちゃない。 「大きな人形でね……その時の私と同じ身長があったんだよ」 「ふーん、高かっただろうね」 「うん、たぶん大変だったと思う……」 「やさしいお兄さんだね」 「うんっ」  司はうれしそうな笑顔で答える。  ボクはその笑顔に……なぜかイラっとした。 「……」  そんなボクの表情をするどい目つきで鏡がにらむ。  何が気にくわないんだ……。  別にあんたの妹を悲しませる様な事をしているわけでもないのに……。 「あの時が一番幸せだった……」 「“時間よ止まれ!”って思ったんですよ。その時間があまりにうれしかったからね」 「まるで……〈瞬間〉《とき》よ止まれ、汝はいかにも美しい! とかみたいだね」 「うん、そうファウストの気持ちだね」 「……」  なんだろう……。  なんでこんな言葉……、  なんでファウストなんてよく分からない読んだ事もない本の言葉が出てきたんだろう……。  ファウストって教科書とかで出てくる様な本だよな。  まぁいいや……。 「いいじゃないの……司の幸せな時間はちゃんと止まってるんだからさ」 「うん……」 「それよりも、そんな話をやたらめったらするもんじゃないわよ……司」 「それはあなたにとって一番思い出深い話でしょ」 「そうだけど……」 「……」  なんだよ……その言い方。 「間宮くん……だっけ?」 「ああ、何?」 「あんまり司を心配させないでよ」 「はぁ?」 「私にとってあんたなんてどうでもいいけど、司にとっては大事なクラスメイトなんだから」 「……」  あんたにとってはどうでもいいのかよ……。 「まぁ、いいわ。私達はここで」 「うん、駅だからね」 「……んじゃ」 「うん、んじゃね」 「……それじゃ……」  ……。  なんだあの二人……。  本当に性格が真逆だな。  あの鏡って女はやたら喧嘩腰で腹が立つ。  でも、あの司って娘も……、  なんだか知らないけど、腹が立つ。  あの二人……、  なんでボクはあの二人が嫌いなんだろう。  なんでこんなにイライラするんだろう……。 「結構買ったな……」  こんな袋ぶら下げてるの先生に見られたらさすがに没収されるのでボクは裏の塀をよじ登る。  こっちの方が秘密基地には近道だし。 「ふぅ……さてと……」 「あ……れ?」 「え?」 「へ?」 「あ、あの……」  な、なんで高島さんがマンホールから?  えっと……それって……。 「あ、あの高島さん……どうしたのこんなところに?」 「あ、あの……」 「もしかしてボクに会いに来たとか?」 「……」 「お、おいっっ」 「どうしたの!」  な、なんで逃げるんだあいつ。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  ボクは彼女が走っていた方向に追いかけたんだけど……すでに彼女の姿はなかった。 「あ、足速いなぁ……」  もう姿が見えない……。 「というか……なんだ今の?」 「ボクに会いに来たんだよね……」  なんでボクを見て逃げるんだ? 「……うーん」  たとえば……ボクに会いに来て……恥ずかしくなって逃げたとか……。 「なんだよ、それ、それじゃまるで高島さんがボクの事好きみたいじゃないかっ。あはははは」 「そ、そうなのかな?」  ……いや。  そうやって油断させられて、今までひどい目にあってきたじゃないか……。  簡単にやつらに心を許しちゃいけない……。 「ま、まぁ……ボクに悪意があるわけじゃなさそうって事だけで……」 「次も来るかな……高島さん」 「あははは……あんまり期待すると悲惨な事になるね」  ボクは笑いながらソファに深く座る。 「ふぅ……」  すると、すぐに眠気が襲ってくる。  なんだ……また眠くなってきたや……。  まぁ、若槻姉妹とか嫌なヤツと話したり、杉ノ宮の繁華街まで歩いたり……なんか疲れる事は多かった。  眠い。  真夏の炎天下は、体力を奪う。  いや、暖かい時期だって眠かった。  春は眠いと良く言うじゃないか……。  ……だから春が眠いのは問題ない。  問題なのは……、  ……問題なのは……?  門 …… な……。   ……。  ここのところ高島さんを見ない。  あれから気を遣っていつも秘密基地にいる様にしているのに……。 「やっぱり〈所詮〉《しょせん》かよ……」  女子特有の気の迷いか……それか冷やかしか……単にちょっとした興味本位か……。  どれでも同じ様なもんだな……。 「くそ……やっぱり口止めに盗撮でもしておけばよかったかな……」  やっぱりあいつの下着の写真とか取っておけば良かった……そしたら、ここの事をばらしたらネットに〈晒〉《さら》すぞって脅せたのに……。  ……。  でも……、 「でもそのわりに高島さん、ここの事は先生とかにしゃべってないみたいなんだよな……」  これがもし女子達のイタズラによるものなら、絶対にここの存在が学校中に知れ渡っているはずなんだけど……。 「彼女、誰にも言ってないみたいなんだよな……」 「うーん……どうなんだろう……」  何か理由でもあるのかな……。 「そう言えば……」  高島さんって同じクラスの女子にいじめられてたみたいだな……。  そういう連中が、いじめられっ子をつかって、ボクに何かイタズラをしようとしたとか……。  それって良くある手だよな……いじめられっ子の女子が同じいじめられっ子に何かさせられるっていうのは……。  そういえば昔いじめられっ子の女子が、学年中のブサないじめられっ子男子に無理矢理告白させられてたりしたのを見た事がある……。  あれは悲惨だったなぁ……。元々全然モテない人間だから、何人かが勘違いしてその〈娘〉《こ》のストーカーになってた。  そのストーカーが、自分たちが何股もかけられていると勘違いして、その娘の事を教室で〈売女〉《ばいた》とか〈罵倒〉《ばとう》したり、ネットに彼女の個人情報とか〈晒〉《さら》したり……すごかったなぁ。  同じ感じで、高島さんを使って、ボクをその気にさせてからかう遊びとか……、  十分考えられる……。  ……。  でも……、  だとして……やっぱり、不審点も多いんだよなぁ……だってそれだったらなおさら、ここの存在はすでに言いふらされているはずだし……、  でも実際、ここの場所が高島さん以外に知られている感じはない。  なら、様子を見てるとか?  うーん……それも微妙だよな……。  時間をかけてボクを〈騙〉《だま》そうとしているにしても……やっぱりおかしい。  高島さんが最初にここに来たのは……たしかちょうど一週間前……。  次の日に少しだけ顔だして……それから六日間……。  もし、時間をかけてボクを徐々に騙すにしても、いくらなんでも時間が空きすぎだと思う。  彼女はあれから全然ボクのところには来ない。  あれからまったく動きがない……。 「何が目的なんだろう……ボクをその気にさせるんなら、もう少しなんかあってもいいと思うし」  油断させて、ボクを陥れるにしても中途半端な事ばかりだ……。  ならなんで? 「なんで、何の動きもないんだろう……。ここの存在をばらすにしても、さらにボクを騙すにしても……」 「そうだ……」  もし、あの連中の悪巧みだとするならば、たぶん北校裏掲示板の彼女達のコミュニティ内でそれが書かれているだろう……。  それまでだって、あいつらは高島さんをいじめる時にいろいろ書き込んでいたんだから……。  なにか分かる事があるかもしれない……。 「たしかあいつらは……高島さんと同じクラスだから隣の……赤坂めぐ、北見聡子、それと橘希実香か……」  15:めぐとさとこの仲良しスレ  なんてバカなスレタイだ……。  見るだけで吐き気がする。  こういう連中はやたら、友達とか仲良しとか気色悪い言葉を使う……。  本当に、気持ち悪い……この年齢でだいたい「仲良し」なんて書くこと自体がDQNだ……。  まぁ、こういうのは〈逆説的〉《ぎゃくせつてき》に、それだけ友情が〈脆〉《もろ》いという事なんだろう……。  でなければ、あえてこんな事を言葉にしない……。  普通なら、口にするのですら〈憚〉《はばか》れるのに……。  〈利己的〉《りこてき》な人間だからこそ、こういう言葉を平気で使える……まともな人間だったら使わない。  それはこのスレが証明している。 「仲良しスレで書かれてる事は、化粧や男や学校の愚痴、そしていじめの話」  最悪な仲良し集団だな……。 「まぁ、だからああやって他人をいじめていないといられないのかもな……」  仲良しでいるためには、攻撃対象が必要……何か叩くものがあるから自分たちの関係は良好でいられる……。  まぁ……そういう事だ。 「えっと……あった、これだ」 「あれ……なんだ? 最近また書き込みが盛んなんだな……」  こういう数人だけしか見ないスレは基本的にまったく進まない。  それがここ数日でまた伸びている様だった……。 「これってやっぱりボクの事を騙していたのか?」  そうに違いない。  そうじゃなきゃ、このスレの伸びはおかしい。  ちきしょう……やっぱりこいつらは高島さんを使ってボクにイタズラをしていたのか。  どうせボクの事を面白がって盛り上がっているんだろう……許せない。 「ちきしょう……何を書いているんだ……」 680:聡子:2012/07/10(金)01:21:25 ID:satoko さすがに、あれまずくない? なんか壊れたんじゃないの? 681:めぐ:2012/07/10(金)01:22:16 ID:megu いや、完全に壊れたんなら問題ないんじゃね? 壊れたなら、私達の事言うわけないしさwwww 682:聡子:2012/07/10(金)01:25:25 ID:satoko やっぱり、あれはやり過ぎかもよ。 マジバレたら、停学とかじゃすまないかも。 「なんだこれ?」  停学? 壊れた?  これ……どう考えてもボクの事じゃないよな……。  何が起きてるんだ? 683:めぐ:2012/07/10(金)01:26:16 ID:megu 心配しすぎだってさwww 何もなりはしないってww もし仮にバレたって、口割らなければ問題なしww 684:聡子:2012/07/10(金)01:28:25 ID:satoko 警察とかでも? 685:めぐ:2012/07/10(金)01:32:16 ID:megu 警察とかねぇよwww あったって、言わなければ問題ないでしょwww  想像していたのとまったく違う内容。  どう考えても、こいつら動揺している。 686:めぐ:2012/07/10(金)01:36:16 ID:megu 高島があの調子なら口なんてわらないしwww 問題ないって。 「なんだ? 高島さんの事か?」  ボクの事なんて一切書いてないみたいだった……。  ここ最近の話題はすべて高島さんに関する事……。 「これって……高島さんに何かあったって事だよな……様子がおかしいって事だろ」 「どうなってるんだ……」 「壊れるとか……不吉すぎるだろ」  なんだこれ……。 「もしかして、高島さんっ」 「はぁ、はぁ……たしか高島さんのクラスは……」  ボクの隣のクラスだから……。 「ここか……今授業中だから……」  ボクはそっと教室を覗く……。  高島さんの席は窓際で後ろ側……教室の後ろのドアからなら少しは確認出来る。 「……いる」  高島さんの席には……ふさぎ込んでいる様に見えるけど……姿が見える。 「あれ、顔見えないけど、高島さんだよな……」  あれはふさぎ込んでいるんだろうか……ただ単に寝ている様にも見えるなぁ。  高島さん……どうなんだろう。  もし嫌な事があってふさぎ込んでいるとしたら……。 「だったら……」  ……。  だったら?  って……、  何やってるんだ……ボク……。  高島さんに何かあったかもしれないけど……だからってどうする気だったんだ?  このまま授業が終わって休み時間になって……何をする気だ?  話しかけるとか……。なんか彼女に聞いてみるとか……。  聞く?  何を?  その場合、なんて言葉をかける気なんだ?  高島さんが心配になって、思わずここまで走ってきたけど……だからってボクに何が出来るんだ?  自分の事ですらどうにもならないのに……もし仮に彼女がいじめられていたとしても……何が出来るんだろう……。 「で、でも授業終わったら、声かけるぐらいなら……」  挨拶程度……“最近どう?”とか〈他愛〉《たあい》もない挨拶の様な……。  それぐらいなら出来るよな……。  それで彼女が救われるかどうかなんて分からないけど……でも……。 「そうだな……次の休み時間に……」 「あ……」 「 しましたよ……」 「探しましたよ……」 「あ、あの……」  探した? 悠木が?  あっ……しまった……。  そうか……あれから一週間経ったのか?  すっかりそんな約束忘れていた……。 「五万円持ってくるって約束しましたよね……期日過ぎてますし……」  ……忘れてた……そう言えば先週そんな事約束させられてた……。  その事をすっかり忘れてた……。 「はやく……お金ですよ。お金」 「あ、あの……その……」 「財布ないとか嘘はきかないですよ……後ろのポケット、ふくらんでますよね」 「え? あ、あの……」 「ぎゃっ」 「とりあえず、それ渡してください」 「あ、あの……はい……」  ここで抵抗しても無駄だ……抵抗したところでボコボコにされてから財布を奪われるだけだから……。 「……何これ?」 「え? な、何がですか?」 「二万七千五百七十一円しかない……」 「あ、あの……」 「痛っ……」 「あの……じゃなくてさ、約束守ってもらえないとつらいんですよ……二万円以上足りないじゃないですか……」 「ご、ごめんなさい……」 「あ、いや……」 「ひ、ひぃ」 「謝るとかいいです……たださ、金がないんで……ホントそれが困るだけなんで……」 「あっ……」 「あ……悠木くん」 「こんちわー」 「……」 「ぐわぁっ」 「なんで?」 「今……しまったって顔したよね。俺に会ってしまったって顔」 「そ、そんな事……」 「意味わかんないんだけどさ……言い訳とかあり得ないのね」 「ゆ、悠木くん……城山もそういう意味じゃないと思うんだよ……」 「何? 飯沼? 口答え?」 「そ、そういうわけじゃないけどさ……」 「あのさ、反抗したいんならさ、俺相手の場合は殺す気でやらなきゃだめだよ。だって知ってるでしょ?」 「は、はい……それは……」 「まあいいんだけどさ……何でも……」 「そういえばさ、沼田の知り合いの大学生でさ葉っぱ栽培してたヤツいたじゃん」 「そ、それ……この前に警察に捕まって……」 「マジで? 捕まったの?」 「はい、それで……その人、結構仲間の名前をゲロってて……」 「沼田も捕まるって事?」 「いや……たぶん俺は大丈夫だと思うんですけど……」 「そう、とりあえずお前が捕まっても俺の事は言わないでね。 言ったら戻ってきた時に必ず殺すから」 「言わないっすよ。つーか俺は捕まらないですよ……たぶん……」 「ふーん、まぁいいやがんばってね」 「あとさ、間宮くんさぁ、来週まで待ってあげるから…… 残りちゃんと用意しておくんだよ」 「用意してないと、痛いだけじゃすまないからね……障害とか残るレベルの事おきるかもしれませんよ……」 「は……はい……」 「まぁいいや……誰かさぁ、たばこある?」 「あ、ブンターなら」 「ブンター? 何それ、あの煙草ってうんこの香りしない?」 「そうっすよね」 「え? そうかなぁ……ブンターうまいじゃないですか」 「まぁ、ブンターでいいや」 「悠木さんっていつもマイナーなたばこですよね……何でしたっけ銘柄ネバー……ネバーランド?」 「あんな不吉な名前のたばこ好きこのんで吸わねぇよ……いつもポッケに入ってるから吸ってるだけだ……」 「なんですかそれ、悠木さんのポッケは四次元ポケットですか?」 「そうならいいんだけど……出てきて煙草止まりだよね。百万円ぐらい出てくればいいのにな」 「それはそうですね」 「あれ? 帰るんですか?」 「とりあえず駅の方に行こうかなぁ……って思った」 「午後の授業はふける感じですか?」 「知んない……とりあえず駅前のぷらんたんコーヒーでコーヒー飲みたい」 「あはははは、いってらっしゃい……」  ……。  悠木がやっと消えてくれた……。 「よかった……」 「屋上行こうぜ」 「なんで?」 「実はさ……ここだけの話なんだけどさ」 「え? マジで?」  他の連中も悠木がいなくなってほっとしたのか、ボクのことなんか気にせずに、どこかに歩き出した。  屋上行くとか言ってたなぁ……。  真夏の屋上なんて、灼熱地獄なのに何考えてるんだあいつら……。  だいたいいつも屋上は避けているくせに……、  あれ? そう言えば……あいつらが屋上を避けるのって、水上さんじゃなかったっけ?  たしか、屋上は水上由岐がいつもいるから、あいつら近づかないはずだったけど……。 「あいつら、大丈夫なのか? 水上さんとエンカウントしても……」  水上由岐というのは、ボクと同じクラス……一応悠木とも同じクラス。  悠木ほどではないにしても、こいつは女子のくせにべらぼうに凶暴らしく、それで城山達は水上を避けている。  なるべく会いたくないという感じなんだろう。  なんでも一度、彼女にからんで、大変な事になったらしい……。  水上由岐は相当な武道経験者らしく……とてつもなく強いらしい……特に男にはまったく手加減をしないらしい。  不良男子が喧嘩で女子に怪我させられたって、文句は言えない。  そこが分かっているのか、水上さんの喧嘩のやり方は洒落にならない。  かならず腕の一本ぐらいはへし折るぐらいの覚悟でやるらしい……。  実際、あの悠木皆守ですら水上由岐を避けているふしがある。  悠木と水上さんがどちらが強いのか気になるけど……あの二人はあまりエンカウントしないみたいだ。  あの二人が喧嘩した話は聞かない。  それぞれの武勇伝は良く聞くのだけど……(たまに水上さんも他校生をぶちのめしたりするし)  それにしても……、なんであいつらあんな安心しきって屋上に行くんだろう? 「水上さんが屋上にいないって確証でもあるのかなぁ……」  だからあいつら屋上とか行くのか?  たとえば水上さんはすでに早退したとか?  まぁ、あの女も授業はサボる方なので、それも不思議ではないか……。 「それにしても悠木め……」 「なんだよ……二万七千五百七十一円取っていったくせに……なんであんなに殴られなきゃいけないんだよっ」 「これだから〈DQN〉《どきゅん》はウザイんだよ……なんで偉そうなんだよ。ただまわりが見えないから、いくらでも迷惑かけられるだけの分際で……」 「だいたい月五万円とか無理なんだよ……そんなにお金なんて持ってないよ……」  バイトは極力やりたくない……。  ただでなくても人と話すのが嫌なのに、なんで学校以外でそんな場をつくらなきゃいけないんだ……。 「はぁ……それにしても悠木って男はなんであんなに凶暴なんだろう……」  悠木はどこからか転校してきたらしく、去年ぐらいからこの学校で見かける様になった。  見た目はとても目立たない感じで……身長も小さいし、身体だって細い……とてもあいつが強いとは誰も思わなかっただろう。  けど今では〈全〉《すべ》ての人間に悠木皆守は恐れられている。  もちろん、城山や沼田だって悠木を恐れている。  初日に二人は悠木にボコボコにされた。  ボコボコというよりはほとんど虐待といっていいほど一方的なものだった。  ボクはその最初の現場を目撃している。  本当に恐ろしい男だ……。  何でも、他の学校でも悠木皆守は恐れられているらしい……人を殺しかねないほどのキレ者。そう言われているらしい。  実際、いつか悠木は人を殺すだろう。それはほぼ間違いない……。  アイツは平気で刃物を使うし、そして平気で人を刺す。  城山は悠木の逆鱗に触れて、手のひらをナイフで貫かれているし、沼田にいたっては悠木の機嫌が悪かっただけで、おしりを刺された。  他の学校の〈DQN〉《どきゅん》や街にいるDQNの中には悠木に腹を刺されたり、指を落とされたりした人間もいるという噂だ。  刃物を使うにしても、普通は牽制だったり、まぁ切りつけるぐらいが普通だ。(それも普通ではないけど)  喧嘩のたびにあいつみたいに人間をいちいち刺してたら、いつか誰かを殺すのは時間の問題だ。  悠木が転校してくるまで……ボクはこの学校の入学とほぼ同じ時期から城山と沼田と飯沼にいじめられていた。  彼らは悠木みたいに、分かりやすい暴力はふるわなかったけど、精神的にはかなりつらかった。  彼らのいじめは、ねちっこくて――たぶんいじめだと分かりづらくするためだろうけど――ボクは毎日ノイローゼぎみだった。  特に西村は女に不自由していたのか……いじめというか……もうそういうレベルではない要求が本当につらかった……。  それも悠木皆守がこの学校に来てすべてが終わった。  あいつがこの学校に来てから、いじめなんてものではなく、完全な暴力に変わった……。  一年前……。  クラスの自己紹介もなくあの男はこの学校に来た……。  自己紹介がなかったのは、単純に転校初日から遅刻してきたからなんだろうけど……。  ボクのあいつの印象と言えば、  突然、ある日、ボクの目の前にいたと言う感じだった……。  そう……あの日……。  あの日のイジメはいつものものとは少し違っていた。  はじめはいつも通り“遊び”に見せかけたものだったけど……途中からあらぬ方向に発展した。  思い出すのも気持ちが悪い……。  なぜなら……、  何故かその日にかぎって、いつもの“あそび”的ないじめは、性的ないじめに変わったのだ……。 「あ……あう……痛い……痛いよ……」 「やばいでしょ、これ? もう骨折れてるでしょ。もうこれやばいでしょ? 城山くんとかすごいからやばいでしょ。これ折れちゃってるでしょ」 「それって単にカルシウム不足ってやつじゃないの?」 「〈骨粗鬆症〉《こつそしょうしょう》ってヤツだっけな?」 「間宮、もうオナニーとか出来ないでしょ」 「あ、もう……やめようよ……」 「だめだめ、平等なんだからさ、じゃんけんじゃんけん」 「ほら、出さなきゃ即負けバップ一万円。よよいのよい!」 「うわぁ、今度おれが負けた」 「よし、腕パン行くぞ」 「ま、マジで……ぐっ」 「ぐぁあああ、マジ痛てぇ」 「よし、またじゃんけんな!」  このくだらない……意味不明な遊び……。  腕パンと言って、じゃんけんで勝ったヤツが、じゃんけんで負けたヤツの腕を思いっきり殴るというものだ……。  腕の太さを自慢する事から始まったものらしいけど……。  昔、無理矢理これに参加させられていた。  人の腕を殴るのだって楽しくないし、殴られる事に関しては苦痛以外の何物でもなかった……。  本当に意味不明だ……。 「んじゃ、じゃんけんっ!」 「しょ!」 「あ……」  しまった……考え事してたら……出し遅れた……。  出し遅れは……、 「なんだお前、今の後出しだろ!」 「はい、はい、後出しは一万円バップね」 「そ、そんな、お金ないよ」 「ないじゃねぇだろ。出せよ。約束なんだからさ」 「だ、だって……」 「だってとかねぇよ。それか全員で腕パンか」 「そんなの死んじゃうよ」 「なんで腕殴られて死ぬんだよ。そんなヤツいねぇーよ」 「で、でも……」 「うぜぇなぁ。ほら腕だせよ」 「ほ、ほんとに、ダメだって、本当にもうっ」 「顔殴ろうぜ」 「またまた、だからそういうのまずいって、遊びでやってるんだからさぁ」 「でも、こいつうぜぇよ。ルール守んねぇしよ」 「まぁ、そうだけどさぁ」 「……あっ! イイこと思いついた!」 「なに?」 「そうだ、間宮。おまえ女子の制服盗んでこいよ」 「え?」 「どうやってだよ」 「たしかに、今めぐのクラスって水泳だわ。今なら更衣室に制服があるだろうな……」 「なのデース」 「なに? その天才アイディア?」 「間宮、今から女子の制服盗んでこいよ。それで許してやんよ」 「な、なんだよそれ」 「それとも一万円にする? 全員で腕パンでもいいけどよ」 「そ、それは……」 「そんでさ誰の制服にするの? これでデブ山デブ美の制服とか三ブス三連星の制服とか持って来られても困るでしょう」 「そうな。かわいい娘がいいしょ。ブスはなしでしょ」 「どうするんだよ? 俺としてはあのクラスなら高島か橘だよ。断然あの二人が可愛いでしょ」 「高島は雰囲気がマニアックだけど、あいつ実はけっこう可愛いんだよね」 「あれだろ。高島ってさ、女子がいじめてるらしいけど、それって嫉妬だろ?」 「そうなんだ、いじめられてるんだ」 「まぁ、いじめてるのはめぐと聡子なんだけどな」 「思いっきりてめぇの彼女じゃねぇかよ……」 「まぁいいや、高島か橘の制服を盗んでくる、それで決まり」 「え? そ、それはまずいよ……」 「まずいとかいいんだよ。てめぇがやればいいんだよ!」 「罰ゲームなんだから、それぐらいリスクないとダメだろうが」 「そ、そんな事出来ないよ……」 「い、痛い……」 「なんか勘違いしてねぇ? てめぇに俺たちがいつ頼んだよ? 出来ない事なんてないんだよ。やるんだよ」 「不可能なミッションを可能にするのが男というもんだよ間宮。やれよ。男ならさ」 「間宮、男ってもなぁ……、ナヨナヨして、絶対、チ○チンとか生えてないでしょ」 「だからさ、このミッションをクリアして男になるんだよ。チ○チンが生えている所見せるんだよ」 「でも……」 「いい加減にしろよ。いつまでも俺たちも優しくねぇんだからな。だいたいお前がこれがダメだあれがダメだとか言ったから出てきた提案だろうが」 「そうそう、あんまり何もダメとか言ってるとやばいよー。最悪、もうボコボコにしてから。裸にして、チ○毛燃やして、校庭に捨てるぐらいの罰ゲームになるよ」 「早くしろよ。早くしないと授業が終わっちまうだろ」 「でも……」 「大丈夫だよ。高島の事だから、制服盗まれたって、女子のイタズラだと思うよ」 「それって、俺の彼女が疑われるじゃん。あいつらが一番高島をいじめてるんだからさ!」 「でもさ、いじめとかひどい事してるんだからさ、そのぐらいのリスクあってもしょうがないだろ自己責任の世の中ですよ?」 「どの口が言うんだよ……」 「まぁ、そんなこんなで間宮が犯人だとは思わないから安心しろよ」 「そうだけど……で、でも……」 「うるせぇなぁ……そろそろ行かないと……てめぇ……」 「わ、ご、ごめんなさい……」 「あと、高島の出席番号、12番だから」 「へ?」 「へ? じゃないでしょ更衣室のロッカーは、出席番号順で使うんだから、それが分からないと高島が使ってるロッカー分からないでしょう」 「あ、そ、そうか……」  たしかに男子生徒の更衣室もそうなってた……。 「んじゃ、成功を祈るよ」 「あと、絶対下着忘れるなよ。絶対だからな!」  そういえば……最初の高島さんの記憶って……制服と下着を盗んだ相手って記憶だったな……。  あまりに嫌な思い出なんでなるべく忘れようと思ってたけど……そう考えると、彼女とはろくな出会いじゃないんだなぁ……。  まぁ、〈縁〉《えん》があるとも言えるけど……。  憂鬱な気持ちのまま、ボクは、授業中の更衣室に忍び込んだ。  やってみるとあっけなく終わってしまった。  こんな事がこんな簡単にできるとは……。  入り口だって鍵がかかっているわけじゃないし、見張りがいるわけじゃない。  ロッカーだって出席番号と同じ番号のものを開ければいいだけ。 「これか……」  中にあった制服を一応確認する。  裏地の名前には「高島ざくろ」と書かれている。 「これでいいんだ……」  そのまま持ち帰る事に罪悪感を感じたけど……こうしないとあいつらにどんな目にあわされるかわかったもんじゃない……。 「あ、あの……」 「ん?」 「も、持ってきたよ……」 「あ? 何が?」 「え?」 「あ、これ、女子の制服じゃん」 「マジかよこいつ! マジで持ってきた!! マジやべぇ、冗談とか通じねぇ!!」 「え? じょ、冗談って?」 「なに、こんなもん盗んできてるんだよ。お前、犯罪だよ、それ」 「え……で、でも……」 「やべぇ、これはやべぇですよ。俺たちまで犯罪者の仲間にされてしまいますよ」 「そ、そんな、みんなが持ってこないとって……」 「痛い……」 「何言ってんの? 人のせいにするの? お前、最低だな」 「そうだよ。それはまずいでしょ」 「密告するしかないよね。俺たちまで犯罪者にされたらたまらないもの」 「そうですね。これはチクるしか方法はないでしょうね」 「そ、それはやめてよ。今から返しに行くから」 「そりゃ、無理でしょ」 「あ……」 「今、更衣室に戻ったら、100%捕まりますからね」 「あー、あー、もうダメだ。間宮完全に犯罪者だ」 「さてと、先生に言いに行きますか」 「ごめん、謝るよ。先生だけには言わないでよ。なんでもするから、許してよ」 「さわるなよ! 女男! キモイんだよ!!」 「あう……」 「はぁ、本当に、こいつはキモイですね」 「てめぇ、チ○コついてねぇだろ」 「はははついてないね。絶対!」 「……つ、ついてるよ……」 「はぁ? なんだって?」 「ぼ、ボクだって……それぐらい……」 「……」  今までの中でもっとも力が入った拳が顔面に入る。  脳の配線がとんだように目の前が一瞬まっしろになる。  次の瞬間には頭の中を大きくゴンという音が響き、視界は空一色になる。  どうやら、倒れた時にコンクリートに後頭部をぶつけたらしい。 「あ……」  頭がふらふらして動く事が出来ない。 「沼田、ナイフ貸せよ……」 「マジ? マジ〈屠〉《ほふ》る気なの?」 「いいから貸せよ」  城山は沼田からナイフを奪う。 「な、何を?!」  城山はボクの制服をナイフで切り刻む。 「や、やめてよ。制服が……」 「もしかして? 全裸でチ○毛燃やして校庭にポイ?」 「だ、だめ、制服!!」  このままでは、学校で着ているものをすべて破り去られてしまうかもしれないボクは、死にものぐるいで抵抗する。 「チッ!!」 「痛い!!」  手元を狂わせたナイフがボクのお腹を傷つける。 「うるせぇなぁ。抵抗すると、腹えぐるぞ」 「ひぃ……」  腹をえぐると脅迫したのに、ご丁寧にもさらにボクの顔にパンチを入れる。 「実際、どうなんだよ、こいつの体……」 「本当にキモイな……、真っ白で細くて、筋肉なんてまったくねぇしよ……」 「うっ……うう……」 「最悪だな……もういいや、めんどくさいから、体中の毛燃やしちまおうぜ」 「ポイですか? 鬼畜ですね」 「だってこいつ本当に女みたいでキモイんだもん。だめでしょ。もう」 「でも、燃やすの髪はやばいよ。知り合いがギャグのつもりでやったんだけど、やられた人の頭から火柱立っちゃって大やけどしたんだってさ。んで俺の知り合い普通にタイホされちゃったし」 「髪の毛って結構燃えるらしくて、臭いとかも凄いらしいよ。ここだとバレるのは確実だろうね」 「そうなんだ。ならいいよ。チ○毛だけ燃やして、捨てて帰ろうぜ。それでまぁ俺の気もおさまるし……」 「そうだね」  沼田がボクの手を押さえつけようとする。 「だ、だめ!!」 「こいつ、まだ分かってねぇのかよ。マジうぜぇなぁ……」  ボクは手をめちゃくちゃに振り回し抵抗する。 「なんでこう、イジメられるヤツはガキの駄々コネみてぇに力任せに抵抗するかな、見苦しいよなぁ」 「や、やめて!だめ!やめて!!」 「うるせぇなぁ!! 飯沼ちゃん足押さえてよ」 「まかせて!」 「や、やめ……」  抵抗むなしくボクの下半身はこの二人の目の前にさらされる事になる。 「あ……」 「……」 「なんだよ……何歳なんだよこいつは……」 「見ないで……、見ないでよ……」 「ははははは!! マジかよ!! こいつこの歳になって毛が生えてないのかよ!!」 「燃やすもなにも……何もないんじゃ……」 「どこまでもウザイヤツだな……」 「う……、うう……」 「こいつは男どころか、人間ですらないね。間違いなく」 「何言ってるんだよ……」 「あん?」 「ボクはさっきから君たちの言う通りにやってるじゃないか!!何でそれなのにこんなひどい事するんだよ!!」 「うわぁ!! ひぃ!!」  無言の城山が馬乗りになってボクを殴りつけてくる。 「……ホントーにダメ子だね。こいつ……」 「もう、〈良〉《い》いよ。俺飽きてきたよ。それぐらいにして帰ろうよ」 「あと30分もすると、次の授業も終わって昼休み入るぜ。昼休みに入る前に外でないと駅まで飯食いにいけないしさ」  飯沼と横山が帰りたそうな素振りで言った。  たのむ……この二人の言う通りにしてくれ……。  ボクは心の中で祈る。 「ああ、〈良〉《い》いよ。もう少ししたら、俺も行くよ」 「そう、なら俺たちは行っちゃうよ」 「ああ、そうして」 「ひぃ……」 「もう少しボコるから」  そのまま飯沼健二と横山潔は正門の方に歩いていく。昼休みになると、正門には外出出来ないように先生が立つからだ。 「あれ? 西村ちゃんはいかないの?」 「俺、弁当……」 「ひっく……ひっく……」 「しかし、本当にキモイ人だね……男の子とかじゃないよね……」 「ほんと、こいつ見ていると、心の底から怒りがこみ上げる感じだな」 「……お」  沼田がボクが盗んできた制服を見ながらつぶやく。 「この制服、高島ざくろなんだな……」 「え? だって、そう言われ……」 「なんだよ……、いじめられっ子の制服なんて盗むなよそれじゃいじめだよ間宮」 「だ、だってそれは君達がっ」 「ひぃっ」 「何でも人のせいにすんなよ……」 「あれだろ? 間宮? お前、高島の事が好きなんだろ?」 「え?」 「そ、そんな、あまり高島さんの事知らないし……」 「ひぃ。も、もう叩かないでっ」 「だからねー、二度言わさないでくれるかな? お前、高島の事好きだからこの制服盗んできたんでしょ」 「あ、あの……」 「ああん?」 「は、はい……」 「よし、高島が好きならこの制服はやろう。嫌いだったら、なんで高島の制服を盗んできたか分からないんでこのまま殴り続けます。さぁどっち?」 「は、はい……好き……です……」 「そう、なら、高島の制服はお前にあげよう。着て帰りなさい」 「え?」 「はははは、好きなんだろ。なら制服着てオナニーでもしろよ。高島さんの事を思いながらさ」 「え……あの……」  はいと答えなければ、そのまま拳をボクの顔に入れようとしている西村……。  どちらにしろ、制服を破られたボクは何も着ていく服がない。  女物の制服と言っても、着れる服があるだけまだ救いがある……。 「わかったよ……」 「くくくく、西村ちゃん……いじわるだなぁ……」 「ほら、はやく着替えろよ」  西村は制服をボクの前に放り投げる。  とりあえず下着からはき始める。  女物の下着とかはじめて触る。 「……」  これって……いつも高島さんの大事な部分にふれてる場所だよね……。  という事は……、  もちろん今の今まで女性との経験なんてない。  同い歳の下着をこんな間近で見たことなんかない。 「これが……」  下半身に血が集まるような感覚がする。  自分自身でもびっくりした。  こんな目にあっている時なのに、高島さんのパンツを見ていたら、下半身が反応してきた。 「ま、まずいよ……勃ったら、こんな小さな下着なんて着れないよ……」 「……」 「マジ? 女装? 盗んだ制服と下着着るの? マジ? 本当にヘンタイだったの?」  予想通りの反応。  ほんとうにこいつらは低俗でバカだ……。  まったく判で押したような同じような反応をさぞ楽しいギャグのように繰り返す。 「マジ着たの? パンティーは? パンティーもやっぱり着たの?」 「え?」 「ほら、ヘンタイ! 見せろよ! パンティーまでちゃんとはいたかどうか見てもらえよ」 「だ、だめだよ……」 「なに?」  また城山が拳を握る。  だ、大丈夫……、なんとか落ち着かせたから……今は大丈夫……。 「わかったよ……」  ボクはスカートをゆっくりとあげる。  今までスースーしていた感じがさらに強くなる。  トランクスはもちろん、ブリーフだってこんなに薄い感じはしない。  いやがおうにも外で女性ものの下着をつけてスカートをめくっている自分を自覚させられる。  はずかしい……。 「……」 「ほんとだ……、こいつちゃんとはいてる」 「くそ、パンツは高島のなんだけどなぁ!!」 「はははは、中身が卓司じゃな……」 「ほんと……、股間が少しもっこりしているし……」 「でも、こいつの小さいから女に見えない事もない股間だよ」 「気持ち悪りぃ」 「毛がどこにもないからね……、ほんとうに心も体も〈厨房〉《ちゅうぼう》なんだろうな……」 「つーか、女みたいな体でキモイね」 「しかし、高島、エロいパンツはいてるな……」 「ああ、ウリやってるからだろ? 商売だからじゃないの?」 「高島ウリやってるの?」 「そう、めぐが言ってた」 「それっていじめっ子情報じゃん……大概が嘘だろ」 「……」  ウリって……援助交際の事だよな……。  それって……高島さんってセックスしているって事か……。  パンティがこんなにイヤラシイ形しているのは……見せるため……。 「う……」  や、やばい……いらない事考えたら……。 「そんななんかツルツルしてさわり心地良さそうだな……、くそ、間宮の股間じゃなきゃな……」 「おいおい、それじゃホモじゃん」 「そうそう、パンティーに欲情するのは仕方ないとして、パンティーさわるとそれは間宮の股間なんで、下にあるチ○コが刺激されて大きくなってしまいますよ」 「うぇー」 「う……」  こいつらの話が高島さんのパンツの話に集中しはじめる。  援助交際の事を想像したら……、  ボクのモノがパンツの布を少しずつ押し上げていってしまう。 「だめ……、もうゆるして……」 「何が?」 「もう、だめだよ……」 「だから何が?」 「え? あの……」  もう、高島さんのパンティーの中で脈を打ち始めているのがわかる。  このままじゃ、みんなの前で……。 「もう、ゆるしてよ……」 「だから何をだよ?」 「あれ……」 「さっきより大きくない? さっきもっと短小だったでしょ……」 「成長?」 「だめ……」 「あれあれ……」 「かんべんして下さいよぉ〜」  目に見える動きをしはじめる。  小さな高島さんのパンティーは下からつきあがるものに押し上げられる。 「だめ……だめ……見ないで……」 「ヘンタイだ……こんな場所で、女装して、パンティー見られて股間をおっきしてるなんて……」  もう、ボクは恥ずかしくて何がなんだか分からなくなっていた。  恥ずかしすぎてこのまま死んでしまいたい気持ちだったし、なにに対してか良くわからないけど申し訳ない気持ちで身体が押しつぶされそうだった。 「ごめん、ごめんなさい……、見ないで……見ないでください……」  ボクはその場で泣き出す。それでたがでも外れたのか下半身はさらにふくらむ事をやめない。 「……」 「なんだよ……こいつ……本当にヘンタイなのかよぉ……気持ちわりぃ」 「感じてるんじゃねぇのか……女のパンツはいて俺たちに見られて……」 「なら、やばくない、こいつ本当のヘンタイだぜ……、だって、なんかエロスな雰囲気とか漂わせてるしさ……男のくせに……」 「マジキメェ……」 「間宮、お前、恥ずかしくないのかよ。大好きな高島さんの服着て、こんなところでパンティー丸出しで、それに下半身が立ってさ……」 「恥ずかしいよ! だから、見ないでよ。もう許してよぉ……」 「なら、なんでチ○コなんて勃たせてるんだよ。大好きな高島さんの服着れて興奮したか?」 「ち、違うよ……だ、だいたい高島さんの事なんて良く知らないしっ」 「ならなんでおっきしてるのかな?」 「き、君たちが援助交際してるとか言うから……」 「はぁ? だから?」 「そ、想像したら……あの……」 「あ……」 「う……」 「……うわぁ」 「……ちっ」  ツルっとすべる感じ……。  高島さんのパンティーはあまりにすべすべしすぎた素材なのですべて、ボクのものが外に出てしまう。 「ヘンタイ……。なに濡らしてるんだよ……」 「こいつ最悪だな……なんてもん見せてるんだよ……きめぇ……」 「ち、違う……違うよ……」 「濡らしてるから、すべって出てきたんじゃねぇのかよ……」 「こいつのチ○コ……、なんだよ。真っ白じゃん。すげー皮かぶっているしさ……先っぽはピンク色だけど……」 「ははは……、なんだかな。もう、こいつ置き去りにしちまおうぜ。こんなヘンタイ相手に出来ないでしょ」 「違うよ……、これは、高島さんのパンティーがあまりすべすべしすぎた素材だからすべってでてきちゃっただけで……」 「濡れてるじゃん……びしょびしょに……」 「高島さんのマ○コ想像して、チ○コがそんなおっきしちゃったか?」 「違う……、もう許してよ……お願いだから、もう許して……」 「何が? うぜぇな……はっきりしろよ! そのきめぇチ○コ切り落とすぞ!!」 「あ、それ、おれのナイフだから……、あんまりそんなもの斬るのは関心しないかな」 「ごめんなさい。ごめんなさい。ボクが悪かったです。だからゆるして……」 「そんな事聞いてねぇよ。答えろよ」 「ごめんなさい。ごめんなさい……何でもしますからゆるしてください」 「…………なにが何でもするだ……マジできめぇ野郎だなぁ……」 「ぎゃっ……」 「ほほぉ、なんでもしますってか」 「あ、あの……」 「なんでもするっつったんだろ? どうなんだよ!」 「ひっ……」  〈恫喝〉《どうかつ》に思わず身がすくんでしまう。  ボクに選択の余地なんてない。  選択なんて、させてもらえるわけがない。 「何黙ってるんだよぉ! 西村が聞いてんだろうが!」 「あ、はい、ごめんなさいっ」 「はい、じゃねーだろ、質問してるんだよ……」 「……なんでも……します……」 「んで、実際どーする気なの? 俺的には間宮に百万円でも持ってきてもらいたいかなぁ……」 「え?」 「それもいいねぇ。でもそんなのどうやって用意させるのよ?」 「親の口座から金引き落とさせるとかいろいろ手はあるじゃん」 「いやいや、まずいろいろじゃないし……それにそんな事したら完全にアウトだからね。俺たちも」 「んじゃ何させるんだよ? ストレス解消のためにサンドバックになってもらう?」 「城山ちゃんは、すぐに暴力だなぁ……」 「もう少し平和主義でもいいんじゃねぇの?」 「はぁ? 平和主義? 何それ? 意味分かんねぇや……まぁいいや、何やらせるの?」 「何やらせるの?」 「そうねぇ……」 「まぁ、いいや、とりあえずお前の大好きなその高島さんの制服でいっぱいオナニーしてみろよ」 「ま、マジで?」 「とりあえず、盗んだ意図を明確にしておいた方がいいじゃない?」 「盗んだ制服でオナニーしてれば、こいつが盗んだ意図が分かりやすいしさ」 「どういう事だ……それ」 「つまりは、俺たちは無関係である証拠になるってわけか……」 「そういう事だね」 「どっちにしても、大好きな高島たんの制服でオナニーしたくてしょうがないんでしょ? 間宮くんは」 「え? な、なんでそうなるの……」 「したいから盗んできたんだろうが……」 「だ、だからそれは――」 「ぐぁっ」 「何で学ばないの? 人の〈所為〉《せい》にするなよ……お前がやった犯罪だろ?」 「そ、そんな……」 「いいからさぁ……やれよ……その思いの丈を、盗んだ制服にぶちまけるんだっっ」 「で、でもっ」 「うっせぇなぁ……」  ボクだけが犯罪をおかしたという既成事実を作りたかったのか……単なる流れなのか……良く分からなかったけど……、  ボクは盗んだ制服を着て、オナニーする事を命じられた……。  いじめはしばしば性的ないじめになるという話を聞いた事あるけど……自分がそんな目にあうとは思いもよらなかった。 「良かったですねぇ……これがやりたくて制服盗んできたんでちゅもんねー」 「っく……」  すべておまえらが命令した事だろ……本当はそう言いたかった……けど、そんな事は無駄なのをボクは良く知っている。  こいつらに言葉なんて通用しない……あるのは力関係だけだ……。 「なんだ、ちゃんと皮を引っ張れば先っちょ出るじゃん」 「要するに『仮性人』ってことだなー」  いろいろな事を言われたけど、気にしない事にした……反応すればした分だけ、損をするのは自分だ。 「ちゃんと最後までするんでちゅよぉ……自分がやりたい事なんでちゅから……」 「っく……」  最後まで……なんて屈辱だろう……なんでボクがこいつらの前でこんな事を……。 「っく……」 「だんだん手の動きが速くなってまいりました」 「女装して男に見られながらフルボッキとは、ヘンタイにも程があるね」 「気持ち悪りぃ……」 「やっぱ、変態は見られて感じるんですかね?」 「当たり前じゃん。見ろよ、先走りが手まで垂れてるしね」  ボクはとりあえず射精するためだけに力いっぱい自分のものをこする……。  気持ちよくなんて無い……だいたい射精なんて排泄と何ら変わらない……。  ボクは目をつぶり……ただひたすら自分のものをしごく。 「もう俺らの言うことなんて聞いちゃいねえってか」 「ほら、ほら、大好きな人の名前でも叫びなよ」 「へ?」 「大好きな人の制服なんでしょ? ちゃんと大好きな人の名前言いながらやらないと雰囲気でないよ」 「っく」 「ほら、言えよ……大好きなんだろ?」 「高島……さん」 「はぁ? 何言ってるんだよ。そんなんじゃ盛り上がらないだろ? ほら、連チャンで言うんだよ!」 「ほら、切なそうにさぁ、好きなんだろ?」 「た、高島さん……高島さん……高島さん……」 「もっと雰囲気だせよ! ほらもっとがんばって!」 「高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!」  もうやけくそだった……ただ言われるままに隣のクラスの女子の名前を連呼した。  気持ちよくなんてあるわけも無く……ただ情けなくて惨めなだけだった……。  とりあえず、出してしまえば終わる。  そうすれば、ボクがこの制服を盗んできた理由が明確になる……。 「っく」  ボクはイク瞬間だけ、小さな声を漏らす……。  男のオナニーなんてそんなもんだ……声なんて一切あげない……排泄行為となんら変わらない。 「うわっ、出たよ……」 「あー、イカくせえ、イカくせえ!」 「すげえ量ぶちまけたな。そんなに気持ちよかったのかよ?」 「ひゃははっ、近所の発情したバカ犬みてえだ!」 「腰がカクカクしてるところなんて、ホントにバカ犬そっくりだな!」 「犬畜生だな……本当に」  ボクはずっと下を向いていた。  地面にはボクが射精したものが落ちていた。  事が終わると……さらに情けない気持ちになった。  なんでこんな事させられるのだろう……。  なんでこんな目にあわなきゃいけないのだろう……。 「さて、これからどうしますかね?」 「はぁ? まだ何かやる気なの?」 「え?」 「当たり前じゃん、これって単に間宮が自分の欲求を昇華しただけじゃん」 「もういいよ……こいつ放置してどこか行こうぜ……なんか正直気分悪いわ」 「そう? 俺なかなか面白かったけどさ」 「だから……」 「――!?」  やっと解放されると思った瞬間――ボクは再び出口の見えない暗闇へ突き落とされる。  沼田がナイフをポケットへ仕舞うのと同時に、西村はニヤニヤ笑いながらズボンの前を開けて中身を露出させたのだ。 「え? ど、どういう事?」 「何する気だよ?」  ボクの目の前には、半勃ちの西村のチ○コがある。  それをボクは、信じられない面持ちで凝視した。  さすがに城山もそれは想定していなかったみたいだ。  呆れた顔で西村の顔とチ○コを交互に見ている。 「いやぁさぁ……この角度から見下ろせばよ、 マジでこいつ女みたいに見えるからさ……」 「いや……西村ちゃんの脱童貞の意気込みは知ってるが……それはまずいでしょう」 「まずいっつーか……」 「いいじゃん。女に見えるんだからさぁ」 「そういう問題?」 「何でもいいんだよ。〈所詮〉《しょせん》代わりなんだから」 「おいおい……そんなのオナホとかなんか道具があるだろう……そんなもん代わりにしなくたって……だいたいそれ間宮だぞ?」  呆れた二人の口調を気に留めることなく、西村はボクの前にチ○コを突き出した。 「いいんだよ。ものは試しって言ってね……ほれ、せっかく女装してるんだから、今日は女だと自分に言い聞かせて、その口で俺のをイカせてみろよ」 「…は? え、ええええ??」  口でって、何言ってるんだ……こいつ……。  それって、まさか……? 「……おいおい冗談でしょ?」 「それは無い発想じゃないですか? 西村くん……」 「口なんか何でも同じじゃね?」 「そうだとしてもさぁ、男の口だぜ……?」 「いいんだよ。便所みたいなもんだって考えればさ……小便するのにいちいち便器の種類なんて選ばないだろ?」 「いや……そりゃ便所はチ○コ舐めないからだろ……舐めるんなら気にするだろ……」 「そうだよ、便所にするんなら女にしておけよ……性処理を男にさせるって発想がな……」 「うるせぇなぁ。城山みたいに彼女がいればそんな事ねぇかもしれねぇけど、俺は切実なんだよ。もうこの際、便所なら何でもいいんだよ!」 「キタよ……童貞特有の“何でもいい作戦”」 「いいだろ、別に」 「でもさ、それって男だよ? 間宮だよ? さっき白いのいっぱい吹き出してたじゃん」 「そんなもん、見なきゃいいんだって、要はポジティブシンキングってヤツだよ」 「ポジティブすぎだろ……それにしたって……」 「いいじゃん。俺はやるよ! やってやるさ!」 「そんな宣言されてもなぁ……」 「別に参加は求めていないから、まぁ興味あるなら見てたらいいんじゃないかい?」 「ばーか。誰も男が男のチ○コ舐めるとこなんか見たいかよ」 「まあ、正論だな」 「おれ気分ワリーからたばこ吸ってくるわ……」 「うん、終わったら知らせるよ」 「ったく……少し頭おかしいぞ……」 「お前はどうすんの?」 「どうだろ? とりあえず好奇心程度で見てるわ」 「ふーん途中参加アリだよ」 「いや、そりゃ無いってば、さすがにそこまで勇者じゃないし……」 「まぁいいや、さてと……しっかり舐めてもらおうか」  何?  なんでボクの目の前に……こんなものがあるの?  見たくもないグロテスクな姿……なんで男はこんな穢らわしいものを持っているんだろう……。  動揺しているボクに西村は言う。 「舐めろよ……早くしないと殴るよ?」 「っ」  いやだ、イヤだ、嫌だ――!!  ボクが男のを舐めるなんてあり得ない。  そんな汚いもの口でなんて……想像すら出来ない。 「ちょっと沼田ちゃん、君のナイフを貸してくれる?」  仕方ないといった様子で沼田はナイフを西村に渡してしまう。  西村が手にしたナイフが、ちらちらと明かりを反射した。  その明かりでさえ突き刺さりそうなほど、怖い。 「お前さ、キレイな目をしてるな」 「……えっ?」 「その目をさ、えぐり出して観察しちゃってもいい?」 「え? ええ??」  西村はボクの目の前でナイフの切っ先を使い、不敵に笑いながら宙に何度も円を描く。 「俺はとりあえず、口が使えりゃなんでもいいんだよ」 「なぁに、少し覚悟決めちゃえば済むことだと思うよ?」 「それともなに? 一瞬の判断を誤って、これからの一生をずっと後悔したいっての?」 「……え……え?」 「脅しながらさらにデカくしてるなんて、どんだけサディストですか?」  気のせいじゃない。  確かに、目の前の西村のチ○コは大きさを増していた。  もうすでに、先端が天を向いている。  ナイフをチラチラと見せながら、西村の唇が醜くめくれた。 「くくく……何でもするって、言ったよな?」  ――逆らえない。  だいたい、すでに女装して、オナニーまでさせられて、今更逆らって目えぐられるとか……。  ボクには、断るという選択肢は存在しない。 「何でもするって言ったろ! ああん!!」 「は、はいっ」  突然声を荒げる西村……ボクは思わず返事をしてしまう……。 「もう一回くらい言えよ。忘れないようにさ」  わざわざ言わされる屈辱。  けれど、ボクはそうするしかない。  他に、選ぶ道なんて、ない。 「……何でも、します……」 「じゃ、やれよ……」  そうだ……。  こうするしかないんだ。  ……いくらボクが頑張っても、DQN相手に正論が通じるはずないんだ。  だから今日という一日は……、  単にドブ川へ落ちたくらいに考えておけばいい……。  ボクは、できるだけ感覚を切ろうと努めた。  何も感じない――  何も思わない。  ボクはこれから、無になる。  だから何も感じない……。 「早くしろよ」  西村が自分のものをボクに押しつける。 「うっ……」  嗅いだことの無い強烈な臭い……他人の臭いって基本嫌なものだけど……こんな場所の臭い……。  自分を消し去る事が出来ない……。  こんなものを舐めるとか……無い。 「おい! 目玉つぶすぞ!」 「あ、あう……」  見ないで……見ないでするんだ……。  あと、なるべく息も吸わずに……そうすればこの臭いも気にならないだろう……。  ボクは舌を伸ばす……。  なるべく口本体から離れてどうにかしたい……。 「……っう」  舌の先に何か触れる。  何が触れてるか考えない様にする。  考えたらダメだ。  ボクの舌は今、この世でもっとも穢らわしいものに触れている……。  目をつぶり、息を吸い込まない様にして……その事実を忘れる……。 「何だよ。そりゃ? 舌が先に接触してるだけじゃねーかよ。早く舐めろよ」 「な、舐め……」  いや、考えるな……ただ反射的に行動すれば〈良〉《よ》い。何も考えずにただ受け入れろ……ボクは今、無なんだ。  何をしているか考えない。  ボクはただ、舌を動かせと言われたからただ舌を動かしている……それが触れているモノの事は一切考えない。  心を無にするんだ……ただ無くしてしまえばいいだけ……そうだ。 「むぐっ……ちゅぶ……じゅちゅっ、ちゅぶぶ……」  味がする……。嫌な味だ……。  しょっぱい味……たぶん西村の先走りなんだろう……ぬるぬるしているし……。  いや……そういう事は考えない様に……心を殺して……。 「じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ……んぐっ、んうぅ……ちゅぷぅ……」  なんか味がどんどんしてくる……。  舌のねばねばがどうあっても口の中に入ってきてしまう。 「んー、なんで先っぽばっかりなの? もう少しさぁ、ちゃんと舐めてよ」 「ち、ちゃんと?」 「ほら、ここの裏側とかもさぁ」 「うっ……」  思わず見てしまった。その瞬間に息を吸ってしまう。  この臭い……ボクが今何をしているのかを否が応でも再確認してしまう。  だめだ考えたら負けだ……ただひたすら機械的に舌を動かす……ただそれだけだ。 「ちゅ……むぐっ……ちゅぶ……じゅちゅっ、ちゅぶぶ……」 「うーん、なんか心入ってないなぁ……タマも舐めてよ。あとその時に手コキして」 「え?」  そんな沢山の事言われたら……心を殺す事も出来ない……。 「ほら……はやくしろよ」  でも……先っぽからは体液が出てくるけど、タマなら液体は出てこない……そっちを舐めた方が楽かもしれない……。 「あっ……」  西村がボクの顔を股間に押しつける。 「っっくぅ……」  な、なんだこれ、全然楽なんかじゃない……竿よりさらに蒸れてて……なんて臭いだ……本当に死にそうだ。 「早く舐めろよ……タマを」 「あ、あいぃ……」  あまりの臭いに返事すらまともに出来ない……、でももうどうする事も出来ない。 「……ちゅぷ……ちろ、じゅぶぶ……」  今更だ……どうせ男のものを舐めてるんだ……どこだろうともう関係ない……。  早くイかせた方が楽……そうだ何も考えず、とりあえずこれを終わらせてしまいたい。  ボクは言われるままにタマを舐める。  手コキをする。  言われるがまま、西村がしたい様にすべてする。 「うっ……気持ちいい……いいじゃん。さすが同性だなぁ。分かっている」 「う……」  いちいちそんな事言うな……気持ち悪い……。 「じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ……ちゅぷぅ……んぐっ、んうぅ……」 「うはぁ……もっと根本……タマと竿の根本を……」  手コキで根本には白く泡だった先濡れがたまっている。 「早く!」 「……ちゅぷぅ……んぐっ、んうぅ……じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ」  泡だった体液を舌ですくう……。  最初なるべく口の中に入らない様にしていたが……気が付くと、口の中は西村の体液でいっぱいになっていた。  西村の味しかしない……。 「口あけろよ……大きく」 「……んっあ……」  もう言われるまま……何も考えない。  だって考える意味なんてないし……。  口を大きく開ける。  そこに西村は自分のモノを入れてくる。 「んっ? ぬごっ……ぬっ……ちゅ……うっ……」  なんて感触だ……舐めるより全然ひどい……。  でも“これ”が何かなんて、考えない。  考えちゃだめだ。  かすかに塩気をおびたアレは生暖かくボクの口の中を蹂躙した。  まるで、存在をきちんと認識させるかのように。  一瞬こみ上げる吐き気。  けれど、ボクはこれ以上暴力を受けないためにも努めて歯を立てないよう注意した。  ボクはただの穴だ。  意思のない穴……だから何も思わない、何も残らない。 「ちゅくっ……ぺちゅ、じゅるる……じゅぶ、ぐちゅ……」 「うお〜、これが新世界かぁ〜〜!」  いかにも感動した西村の声が頭上を掠めた。 「なんつーの? 柔らかくてあったかくて濡れてて、手なんかメじゃねぇ!」 「……でも、男の口だよね?」 「オナホールのシリコンの壁より全然いいって! うほっ、たまらん!」 「んぅうぅっ……ちゅぷ……ちろ、じゅぶぶ……」 「いいね、こりゃいいね!」  アレを舐められるのも初めてであろう西村は嬉しげに声を上げ、ボクの頭を掴んで腰を前後に揺らし始める。 「んく……んぐう……ぐ……んんっ」  喉奥をチ○コに犯されて呼吸すらままならない。  苦しい。  いっそ吐き出してしまえたらどんなに楽だろう。  こみ上げる吐き気などお構いなしに口内を西村のモノが暴れ回る。 「じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ……んぐっ、んうぅ……ちゅぷぅ……」  苦しい……。  いやだ……気持ち悪い……!  この屈辱に耐えるためには――かたく目を閉じ、自分という存在を忘れて早く事を終わらせてしまうに限る。  考えたくないことだけど……射精しない限り終わってくれないのなら、邪魔をせずになるべく早めに射精してもらう方がいいに決まっている。 「これで本当に女なら最高なんだけどなー」 「ちゅぷっ……れろっ、ぴちゅ……んじゅっ、ぢゅちゅっ……」 「ま、いいか。女みたいだし」 「れろっ、ちゅるぅ……んんっ……じゅぶぶ、ずちゅ……」 「ほらほら、ボーっと咥えてないでさ、舌使うとかなんとかしろよ」 「んんっ、っむぐ……ふ……んぐぅ……」  そんなの……そんなの、無理だ……。  咥えているだけで精いっぱいなのに……! 「サービス精神が足りないやつだな。ちゃんと舐めろって」 「んぐっ、ぐふ……っ!」  足が……踏まれた足が、痛い……。  ボクに選択権はない。  命じられたらその通りにしなければならないのが、ボクの立場だ。  それがたとえ、こんな事でも……。  そうだ……。  だって、目をえぐられるよりはましだろ?  見えなくなるのなんか、絶対に嫌だし……  ……今は己の立場を嘆いている場合でもない。  とにかく早く災難を終わらせて、今日という汚物を意識の外へ捨ててしまおう。  そうすれば……きっと楽になれる。 「ん……じゅ……ちゅ……じゅる……」 「おっ、うぉ……す、すげぇ……」  ボクの足を踏んでいた西村の足が緩んだ。  視線を上げると、愉悦の表情を浮かべているのがなんとなくわかる。 「や……やればできるじゃないかよ。うぉ……すげぇ……」  自分も男だからどこがいいかはわかる。  先端からカリ、裏スジに舌を絡めると西村の息が荒くなるのがわかった。 「うぁ……ま、マジ、すげぇ……」 「どうなん? なんか見た感じ……マジでけっこう良さそうなんですけど」 「ああ、コイツなかなか大したもんだ……うぉっ……」 「むふぅっ、んぶっ……じゅく、じゅるるるっ……」  すごく情けなくもあるけど、西村の口から褒め言葉が出ることは好ましいに違いない。  それは終わりに少しでも近づいている証拠なのだから……。 「ん? 何? 途中参加希望?」 「あ、いや、そうねぇ……」 「かなり気持ち〈良〉《い》いよ。あんまり深く考えないでやってみたら? 気持ちいいんなら良いじゃん」 「そうねぇ……まぁそうかも知れないねぇ……」 「そうそう、遠慮すんなよ。俺らトモダチじゃん」 「……っ、……!」  ちょ、ちょっと待ってよ……、  待ってよ。  さっきまでまったくその気もなかったじゃないか……勘弁してくれよ。もう終わると思っていたのに……それなのに……、 「ですよねー。昔のエライ人も“トモダチ○コ”と言いましたし」 「そんな事どうでもいいからさぁ、入れよ我が心の友よ!」 「そんじゃ、お言葉に甘えて、参加させていただきますわ」 「――むぐっっ!?」 「おぉぅ! この感覚は想定外でしたわ」 「まあな。口の構造に男女の違いはねえから」 「んうう゛っ、んっ、んぐぅうう゛〜〜っ」  さすがに2本同時に突っ込まれると呼吸が苦しくなる。  ようやく、コツを掴みかけていたところだったのに……  一本と二本では大きく状況が異なる。  だからヤツらの機嫌を損ねないよう気をつけながら、交互に赤黒く腫れた亀頭をざらりと舐めるようにやり方を変えた。 「見ろよ、コイツってば他人のチ○コ舐めながら自分のをおっ立ててるぜ」 「さすがは一流のヘンタイ。普段から目をかけているだけはあります」  無視だ……。  別に興奮してるわけじゃない。  さっき立ったものがそのまま何となく立っているだけだ……こんなのボクが望んでいる事じゃない……。 「ちゅぷぅっ……じゅちゅ、じゅるる、れろっ……くちゅ……」  ヤツらの先走り汁のせいで口の中がヌルヌルと不快極まりない。  気にするな……ただ終わらせる事だけを考えろ……。  こいつらの前じゃボクは人間ですらない。  おもちゃ  ごみ  穴  粘膜  口  何でも〈良〉《い》い……ただ彼らが望むだけのモノだ……。 「うっはぁ〜、こりゃ次回も楽しめそうですな」 「まあ、次は本物の女にさせたいけどさ……」 「そりゃごもっともで!」 「ちゅく、じゅちゅっ、れろ、ふちゅっ、じゅぶぶっ……」 「あのぉ、恥ずかしながらもうイキそうなんですけど」 「え? もう?? ちょっと早くね」 「いや、予想外に気持ちよかったんで……はは……」 「あー、でも俺もそろそろだわ」 「そんじゃ、最後もご一緒に〜」  無心……ただ無心に……。  こんな異常な事……まともに受け入れる事はない……。  ボクは今はただの穴なんだから……考える必要はない。  終わりが近づくのは良い事だ……。  その役目を終わらせれば、ボクは解放される。  だから、無心に……彼らが望む様に……。 「れろ、ふちゅっ、じゅぶぶっ……ちゅく、じゅちゅっ」 「うはっ、キタキタ!」 「ちゅぶっ……ぐちゅ、んじゅ……んんぅ、んんんっ」 「くぁ、たまんねぇっ!」 「じゅぷっ……じゅる……んぁうっ!?」 「ん゛っ、おぉっ……」 「ふぁ、ああ゛っっ……」 「んん゛うっ! んぐ、んんん゛ぅぅ――」  びゅくびゅくと口内に勢いよく放出され、後から生臭い不快さが追いついてくる。  それは一般的に「苦い」と言われているけど、錯乱寸前のボクには全然分からなかった……。 「……っはぁ、はあっ、はあっ、はあっ……」  さすがに2人分の精液は多くて、ボクの口に留めきれずにだらだらと零れていく。 「ボーっとしてないで飲めよ」 「うわー、AVっぽい」 「言ってみたかったんだよ。常套句だろ?」  飲む?  これを?  いや……もう考えるな……そう言われたんだから……飲めばいい……。  そうすれば終わる……。  散々、あいつらのチ○コを舐めたんだ……今更、精液ぐらい……関係ないだろ……。 「……こくっ……」  飲んだ瞬間に、胃から競りあがってくるのを感じる。  それを無理矢理押し殺した。 「あー、すっきりすっきり」 「なんか、急に白けてきたなぁ……」 「……あれだな、男って終わると急に冷めちゃうじゃん」 「いわゆる“賢者タイム”ってやつだな」 「今、まさにそれ」 「マジで男に舐めさせたんだなー、俺ら……なんか気分悪いなぁ……」 「何を今更。でも、確かにちょっとキショイかも」  イライラした感じで身支度を整えると、二人は汚いものでも見るようにボクを見下ろした。 「あうう゛っ!」  不意に西村は思いっきりボクの太腿を蹴り飛ばし、 「……ちっ」  忌々しそうに舌打ちして、同じく不愉快そうな沼田と一緒に城山を呼ぶ。  ……すべてが終わったと伝えるために……。  もう……何がなんだか分からなかった……、  自分でも……何が起こったのか……。  ボクは……同じ学年の西村と沼田のを口に入れられて……舌で良くしごかされて……中で射精された。  男のものを口でしごかされて……男の精液を口に出され、それを飲まされた……。  男なのに……、  男のものを……、  信じられない……。  そんな事があるわけ……。  人として……ありえない……。  人として……、  消えるべきだ……。  こんなの……ありえない……、  ボクは……、  消えて……なくなりたい……。  虫ケラデ――  人知レズ――  踏ミ潰サレテ――  消エテモイイ。  消エテモイイ。 「マジキメェ野郎だなぁ!」 「っ……」    いつの間にか城山も参戦していた。  こいつは本当にボクの事が嫌いなんだなぁ……。  ちょうどゴキブリがただそこにいるのが許せない様に……だから……。 「っ……」  踏みつぶす……。  その許せない存在がつぶれて、消え去ってしまう様に……。 「うぜぇ!」 「なんだこいつ? 気絶してんのか?」 「ははは、間宮ぁ、格闘の世界だとゼロコンマの奪い合いなんだぜ」  声が遠い……。  痛みも遠くなっていく……。  こんだけ殴られて……死ぬのかな?  だからすべてが遠く……。  遠くへ……。  ひどい話だな……あれだけ舐めさせておいて……その後もボコボコなんて……話が違う……。  全然解放なんてされない……。  どんどん意識が遠のく……。  もうダメだな……これ……。  何か奇妙な音……。  何かが折れる様な……。  ボクの骨?  ボクのどこかの骨が……砕けた? 「ぎゃああっっ」  ……あれ?  誰かの悲鳴……。 「あっけないな……」  誰の声?  聞いた事のない声がする……。 「て、てめぇ」 「ぎゃぁあああああ、腕がぁぁあ、腕がぁああああ」 「うっっ」 「ひっ」  目を開く……。  すぐ真横で城山が白目を剥いて倒れている。  腕を押さえて……悶絶して気を失った感じ……。  その横では血だらけで泣きながら沼田が謝っている。  西村はただ呆然とその光景を見ている。 「腕程度で……終わりだと思ったか?」  そして……、  その男はそこに居た……。 「……痛てぇ……」  まるで他人事みたいにその男はつぶやく。  拳はべっとりと血まみれになっていた。  返り血だけでなく、拳には十数センチにもおよぶ裂傷が何カ所かついている。  ぱっくりと割れた場所から肉がはみ出している。  殴っている方の拳がここまで傷ついているって……どういう殴り方をしていたんだろうか……。 「歯で切れたのか……」 「さてと……仕上げを……」 「や、やめっ」 「ゆ、ゆるしっ」 「ぎゃっ」  男はその辺りに落ちていた小枝を二人の鼻の穴と口に突き刺し……そして……。 「あ、あがぁ……ぁぁ」  そのまま殴る。  枝が沼田の鼻と口の中で内部を切り裂き、血が飛び散る。 「ひっ」 「ぎゃぅぅ……ぅぅぅ」  西村も同じように、鼻と口に枝を詰めたまま殴られる。  血が派手に飛び散る。  血で顔面がどういう状況になっているか分からないが……たぶん口元を縫う程度には裂けているだろう。 「ひぃ……」 「ごめんなさいごめんなさい……」 「ん?」  その男はボクの方をみる。 「なんだ……こいつ……」 「あ、あの……」 「……」 「ひぃっ」 「お前……男?」 「気色悪りぃなぁ……なんでお前女の服なんて着てるの?」 「あ、あう……」 「あうじゃねぇよ……キメェ……」 「ひぃっ」 「ほらっ!」 「女の服着て、何喜んでるだよ! キモイな!」 「よ、喜んでなんか……ひぃ」 「校舎裏でホモ遊びとかマジ気色悪くて許せないんですが……」 「転校した学校がそんなのじゃ、気持ちが悪くて仕方がないんで……掃除させてもらいます」 「マジで、気持ち悪いんですが」 「ひぐっ」 「キモイから……それ脱いでください」 「え?」 「え? じゃねぇだろ……」 「すぐに脱げよ!」 「下着も?」 「当たり前だ! 女ものの服なんて脱げよ!」 「ひっ」  悠木皆守を最初に知ったのは暴力からだった。  会話より先に……他人を殴っている姿……そして自分が殴られる痛み……それであの男を知った。  まったくろくな人間じゃない……。  その後も、あいつの行動は変わらなかった。  城山達を見つけては、殴り。ボクを見つけては殴りカツアゲした。  ボク自身は悠木のカモになったので、城山達からはいじめられなくなったけど(というか手を出さないだけ)……。  状況は前より悪化した。  殴られる量も、取られる金額も、桁違いとなった。 「あんなヤツ転校して来なきゃよかったのに……」  あいつがいなければ……ここまでひどい事はなかった……。  たしかにあの時の性的ないじめの苦痛は想像を絶するものだったけど……、  でも、今ほど頻繁に殴られなかったし……それ以上にとられる金額が今とは比べものにならない……。 「あっ、ち、チャイムの音……」  くだらない事を考えていたら、知らぬ間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。 休み時間……みんなが廊下に一斉に出てくる……。 「ど、どうしよう……高島さんに……」  一斉に教室が騒がしくなる。 他の教室からも人が出てきはじめる。 「えっと……高島さんに……こ、言葉……」  悠木のせいで何を言うか、何をするか……頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。  ただでなくても、ボクはいざその場になると、どうしていいか分からなくなる人間なのに……。  だ、だめだ……。  廊下に人があふれはじめる。 こんな人がいる中でそんな事出来ない……。 「ふぅ……思わず逃げてしまったなぁ……」  気がつくと、ボクはいつもの場所に戻っていた。  人がほとんどいない……旧プール……。 「やっぱり、人が多い場所は苦手だ」 「まだ高島さんが同じクラスだったら話しかける事も出来たかもしれないけど……」 「考えてみれば無理だよな……隣のクラスにいきなり入って、高島さんに話しかけるなんてさ」 「自分のクラスに入るのに脂汗をかいてる様な人間なんだからさ……ボクは……」  だから高島さんに話しかけるとか……それが挨拶程度のものだとしたって、無理だ。 「ふぅ……秘密基地に戻ろうかなぁ……」  ボクはマンホールの場所まで戻り、辺りを見回す。 休み時間なので、特に注意する。 「休み時間というのはその辺りに人がいるから、秘密基地に入るのを見られる可能性が高いからな……」  学校の裏庭方向、建物の窓……非常階段……そして屋上……。 「屋上?」 「あれ?」  なんか今見えた人影って……。 「なんだろう……今の人影って……高島さんの姿に見えたけど……」  なんで彼女が屋上なんかに……。  でも……、 「……屋上なら」  人が沢山いない屋上なら、もしかして彼女に話しかけられるかもしれない……。  さりげない挨拶だって出来る。 「どうしたの? こんなところで?」  みたいな簡単な言葉。 「よし!」  ボクは一番近くの非常階段から屋上まで駆け上る。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「高島さんは?」  ボクは屋上を探し回る。  あれ? いない……。  なんでだ? さっきまでいた様な……。 それとも……気のせいだったのか? 「あ……チャイムの音……」  休み時間の終了の合図。  授業の始まり。 「……授業が始まる……」  あの高島さんが授業をサボるとは思えない……だとしたら……。 「……もうここにはいないと考えるのが妥当か……」 「……ふぅ」  ……。 「あれ?」  ……なんか話し声が聞こえる……様な気がする。 遠いけど……たしかに屋上のどこかで誰か話している。  奥の方?  ボクは屋上の奥の方にゆっくりと歩いていく。 「あ……」  よく見ると屋上の一番端に城山達がいる。  フェンスを乗り越えていたためにその姿が遠くからだと良く見えなかったのだ。 「なんで城山達が……え? まさか……」  まさか高島さんがあの連中と会っているとか?  だとしたら? 「くっ……」  注意深く彼らに近づく。 途中からばれない様に〈匍匐前進〉《ほふくぜんしん》しながら……。 「あれ? あそこにいるのは……」  高島さんの姿も声も確認出来ない……。  そこには城山と沼田……あと西村がいるだけで、女子の姿など一切なかった。  彼らは屋上の縁に座っている。 「なんだ……そうだよな……高島さんがあいつらといるわけがないよな……」  どうやら高島さんがいるわけじゃなかった。  なんだか……とてつもなく安心した。  もしかして高島さんがこいつらと仲間ではないかと疑ってしまったが……、 高島さんがそんな人であるわけも無かった。  それにしても……。 「あいつらバカじゃないか……」  あんな屋上の縁に座ったら……ヘタしたら落ちるぞ……。 「何してるんだ……あいつら……」  ボクは見つからない様に近くまで行き、聞き耳を立てる……。 「すげぇな……こんなに手に入るとはなぁ」 「すごいでしょ。いつも〈草〉《クサ》売ってくれる大学の人がさ、いろいろ手に入ったからって格安で売ってくれたんだよね」 「でも悠木くんに内緒ってまずくねぇ?」 「でも言ったら全部取り上げられるじゃん。だって今まで取り上げられた総額ってほぼ100万円だよ」 「悠木くんって、お金は後で払うとか言って、払った事ないんだもん」 「100万円とか、そんなになる?」 「なるよ。当たり前じゃん。お薬は高いんだよ。保険きかないし」 「保険の対象外に決まってるだろ……」 「次は、そろそろメインディッシュいかねぇ?」 「いや、冷たいのは最後でしょ。冷たいのは女がいる時の方がいいし」 「そうなの?」 「そうだよ。知らないの?」 「何が?」 「冷たいのやりながらだと、セックスすげぇ気持ちいいんだぜ」 「マジで?」 「ああ、すごいよ。だって昨日とかすごかっただろ?」 「あ、あれってクスリ使ってたの?」 「そうだよ。だから、冷たいの使えば北見とか橘とかもたぶんやらせてくれるよ」 「いや、橘は無理だろ……あいつすんげぇ暴れるじゃん」 「すげぇ暴れたねぇ……俺めちゃくちゃ痛かったもん」 「それでもクスリさえ飲ませれば出来るぜ」 「昨日の怪我で学校休んでるみたいだけど、学校来たらあの女でもためしてみれば分かるよ」 「あの橘が? 無理でしょ」 「西村ちゃん全然知らないんだな。なんで女の人が冷たいお薬やめられないか、知らないんだ」 「え。やめると幻覚見たり、すげぇ苦痛になったり……」 「ちげぇよ。冷たいお薬をやめられない女子のほとんどの理由はセックスなんだよ」 「そうなの?」 「ああ、お薬やってセックスしちゃうとあまりに気持ち良くて、もう普通のセックスに戻れないんだよ」 「城山ちゃんやった事あるの?」 「実はさ、めぐが遊びに来た時冷たいのやったんだけど、そのとき聡子もいたんだよ」 「そしたら?」 「生まれて初めて男一人女二人の3Pをやってしまいました」 「マジで?!」 「終わった後、めぐ不機嫌だったけど、でもやってる時は本人ノリノリだったからさぁ」 「すんげぇんだよ。冷たいのやると苦痛とかまったく感じないらしくて、ケツの穴とかに入れて血出てるのにアヘアヘ言って感じるんだよ……」 「そうらしいよね。なんかまったく痛いの感じなくて、気持ちいいだけらしいよ」 「そんな分かり顔の沼田ちゃんはやった事あんの?」 「冷たいのはたしなむ程度に……女二人の3Pは無い」 「んじゃさ、城山の彼女がいる時にさ」 「お前アホか……どこに自分の彼女をやらせるヤツがいるんだよ」 「でもさ、北見とかならいいんじゃね?」 「北見とか神奈川の方にある大学の学生とつきあってるらしいよ……」 「ならいいじゃん」 「なんで?」 「だって神奈川なら遠いじゃん」 「いや、近いだろ」 「西村ちゃんはそんなにセックスしたいのかよ……」 「ああ、したいね。セックス出来るなら、俺は犯罪集団にも入るよ」 「そこまで……」 「だってさ、昨日も最終的には参加出来なかったじゃん。なんかあれだけがんばったのに!」 「それは自業自得でしょ? 文句は自分の親に言えよ」 「そんな事言ったら殴られるわ。つーか昨日は親父にボコボコだったよ」 「ご愁傷様……」 「まぁ、冷たいのある事をアピールするとネットでいくらでも女は釣れるらしいよ」 「そうなの?  それしか無いじゃん!」 「いやそれって、警察に捕まえてください言ってる様なもんじゃない?」 「でも、セックスさせてくれる女が来るんだろ?」 「まぁ、そうなんじゃないの……良く知らないけどさ」 「なら、そういう時に冷たいのは使おうぜ!」 「んで? 今はどうするのよ?」 「ふふふふ……紙とかどう?」 「紙?」 「ホフマン博士」 「なにそれ?」 「全然知らないんだなぁ……ほらこれ」 「何これ? 何の紙なの?」 「〈L〉《エル》か。紙とか難しい事言うなよな……」 「〈L〉《エル》って?」 「西村ちゃんは全然知らないんだなぁ。LSDだよ。幻覚見えるお薬」 「幻覚見えるの? キノコみたいなもん?」 「キノコより見えるよ。キノコは不純物が多すぎるからね」 「何? この紙を食べるの?」 「いや、本当に食べちゃだめだよ。こうやってシートを一枚切り取って……口の裏側に貼り付けて……」 「おお……」 「やってみたい。くれよ」 「はい、1シート2500円」 「た、高けぇ」 「高くないよ。お前ねぇ。街のお薬屋から買うと5000円とかすんだよ。半額だよ。半額!」 「そんなの売ってる薬屋なんかねぇだろ」 「ボクらの街にどこからともなくやってきて消えていくお薬屋さんだよ」 「……」 「あいつらこんな場所で麻薬を……でも逆に言うと、だから屋上に来てたのか……」  麻薬は火であぶったりするのがあるから……煙とか臭いが出るって言うし。 「そんな事より……こんなところ見てたら、何されるか分かったもんじゃない……」  逃げないと……。 「……」 「あれ?」 「あれって高島さんだ……」  屋上から校舎を見ると、今度は教室に高島さんの姿が見えた。 「なんだ……ちゃんと授業に戻ってるじゃん」  というか……。 ほんのすぐさっき屋上にいた様に見えたと思ったけど……気のせいだったのか?  ……。  なんだかさっきから……むなしい独り相撲だな……。 「とりあえず……戻ろうかな……」  さっきも悠木に会ったし……授業中に出歩くとろくな事がない。  ボクが、女子と普通に話すなんて事自体が無理なのかもしれない……。  また、ボクの基地に彼女が来てくれればいいんだけど……。  まぁ、そんな都合の良い事などないよな……。 「え?」 「あ、 こ、こんにちは……」  何だこの女……。  何でこいつがいるんだ?  だいたい……今は授業中なはず。  なんでこんな優等生がこんな場所に? 「何やってる……こんなところで」 「ご、ごめんなさい」 「何でこんな場所にいるんだ?」 「あ、あのね……」 「     に会いたいなぁ……って思って」 「はぁ?」 「あ、ごめん……  だったよね……」  何言ってるんだ? こいつ? 「あ、あのね……     」  言葉がなぜか断片化される……。  なぜか遠い。  聞き取れない感覚。  なんか……この感じ……。  この感じは……。 「っ……」 「ど、どうしたの? だ、大丈夫?」 「何でここに来たんだ!」 「っ」 「なんでこんな場所にまで来るんだ! それに!それに!今は!」 「今はどうしたのよ?」 「え?」 「今はどうしたって言うのかしら?」  なんだ……こいつ? 「何よ……」  今までいなかったのに……たしかに今そこにいたのは、司一人だけだったのに……。  なはずだったのに……、  なんでこの女まで? 「はぁ? 何言ってるの……本当バカね」 「司の影に隠れて見えなかったんでしょ? それとあんたが司から目線を外そうとしてたから、近づいてきた私に気付かなかったんでしょ?」 「っ」  まただ、この女……また人の心を読みやがって……。 「この前だって同じ事思ったじゃない。そう理解したじゃないの……」 「た、たしかにこの前はそう思ったよ。でも今はっ」 「今は?」  たしかにボクは司をちゃんと見ていた。この不愉快な女をちゃんと見ていた。  にも関わらず、この鏡という女は知らぬ間にわき上がった。 「そんなわけないでしょ……知らぬ間にわき上がったりしないわよ……どこのボウフラよ」 「また、そうやって人の心を!」 「ご、ごめん、ごめんなさいっ」 「司が謝る必要はない! すべてはこいつが悪いのよ! 間宮卓司が諸悪の根源よ!」  こいつ?  なんでいきなりボクはこの女にそんな事言われなきゃいけないんだ? 「何言ってるんだよ。ボクが何をしたんだよ! なんでボクが悪者になるんだよ!」 「悪いのはあなたよ! 生み出したのもあなた! 消し去ったのもあなた!」  な、何言ってるんだ? こいつ? 「お姉ちゃん! それ以上言ったら怒るよ!」 「っ……」 「……ごめん」 「……でもさ……でも  があまりに……あまりにかわいそうだから……」 「私は     でしかないから……単に     でしかないからさ……だからさ……」  ノイズが混ざる。  声がノイズでかき乱される。  見えないもの、  見てはいけないもの、  かき乱される。 「ごめんなさい……間宮くん」 「ごめんなさい……間宮くんが気になってね……それで……」 「はぁ? 気になって自分も授業サボったのか?」 「授業サボった?」 「そうだ! だって今は!」 「今は?」 「え?」 「今はどうしたの?」 「あ……えっと……」  たしか……今の今まで授業中だった様な……。  でも、どう考えても……今は……。 「いきなり変な言いがかりつけて、司に絡むのやめてよね……」 「え?」  ぼ、ボクが絡んだ?  ち、違う……司からボクに話しかけてきて……。 「授業も出ないで……こうやって休み時間だけうろうろしてて、恥ずかしくないの?」  どうなっているんだ……。  たしかに、さっきまで授業中だった様な……。  でもどう考えても今は……。 「司もこんなヤツに構ってないで、行くわよ」 「あ……」 「ま、待って……」 「……」  ボクは鏡の後ろ姿をただ呆然と見守る。  ボクは司の後ろ姿をただ呆然と見守る。  それは二つでありながら……重なって……。  ただ一つの背中に……見えた。  その背中は……。  数時間後、気が付くと秘密基地のソファで目が覚めた。 「疲れているのかなぁ……」  でも別にこれといって何もしてないし……。 どちらかといえば寝疲れ……。 「寝てばかりだから……頭に〈靄〉《もや》がいつでもかかっている様な感じはするけど……」  考えてみれば、時間の過ぎ去る感覚もここのところおかしい。 時間が知らぬ間にどんどん過ぎ去っている事がある。  知らぬ間に朝が昼に、昼が夕方に、夕方が夜に、夜が朝に……。  朝が昼に、昼が夕方に、夕方が夜に、夜が朝に、朝が昼に、昼が夕方に、夕方が夜に、夜が朝に、朝が昼に、昼が夕方に、夕方が夜に、夜が朝に、朝が昼に、昼が夕方に、夕方が夜に、夜が朝に、朝が昼に、昼が夕方に、夕方が夜に、夜が朝に……。  時間が……。  時間が断片化された様に……進む。 まるでダイジェストだ。 「だめだ……寝過ぎなんだ……」  寝ているとすぐに時間は過ぎ去っていく。 寝ていると時間は断片化される。 「たまには一日に一回だけの睡眠ですませた方がいいな……」  なんて事を考えてたら、また眠くなる。  まぶたが重くなって……、  ボクは学校の地下で一人浅い眠りにつく。  大切な何か……、  それを、忘れてしまう前に……、  眠る。  ただ眠る……。  そう……。  ボクは舌を伸ばす……。  なるべく口本体から離れてどうにかしたい……。 「……っう」  舌の先に何か触れる。  何が触れてるか考えない様にする。  考えたらダメだ。  ボクの舌は今、この世でもっとも穢らわしいものに触れている……。  目をつぶり、息を吸い込まない様にして……その事実を忘れる……。 「何だよ。そりゃ? 舌が先に接触してるだけじゃねーかよ。早く舐めろよ」 「な、舐め……」  いや、考えるな……ただ反射的に行動すれば〈良〉《よ》い。何も考えずにただ受け入れろ……ボクは今、無なんだ。  何をしているか考えない。  ボクはただ、舌を動かせと言われたからただ舌を動かしている……それが触れているモノの事は一切考えない。  心を無にするんだ……ただ無くしてしまえばいいだけ……そうだ。 「むぐっ……ちゅぶ……じゅちゅっ、ちゅぶぶ……」  味がする……。嫌な味だ……。  しょっぱい味……たぶん西村の先走りなんだろう……ぬるぬるしているし……。  いや……そういう事は考えない様に……心を殺して……。 「じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ……んぐっ、んうぅ……ちゅぷぅ……」  なんか味がどんどんしてくる……。  舌のねばねばがどうあっても口の中に入ってきてしまう。 「んー、なんで先っぽばっかりなの? もう少しさぁ、ちゃんと舐めてよ」 「ち、ちゃんと?」 「ほら、ここの裏側とかもさぁ」 「うっ……」  思わず見てしまった。その瞬間に息を吸ってしまう。  この臭い……ボクが今何をしているのかを否が応でも再確認してしまう。  だめだ考えたら負けだ……ただひたすら機械的に舌を動かす……ただそれだけだ。 「ちゅ……むぐっ……ちゅぶ……じゅちゅっ、ちゅぶぶ……」 「うーん、なんか心入ってないなぁ……タマも舐めてよ。あとその時に手コキして」 「え?」  そんな沢山の事言われたら……心を殺す事も出来ない……。 「ほら……はやくしろよ」  でも……先っぽからは体液が出てくるけど、タマなら液体は出てこない……そっちを舐めた方が楽かもしれない……。 「あっ……」  西村がボクの顔を股間に押しつける。 「っっくぅ……」  な、なんだこれ、全然楽なんかじゃない……竿よりさらに蒸れてて……なんて臭いだ……本当に死にそうだ。 「早く舐めろよ……タマを」 「あ、あいぃ……」  あまりの臭いに返事すらまともに出来ない……、でももうどうする事も出来ない。 「……ちゅぷ……ちろ、じゅぶぶ……」  今更だ……どうせ男のものを舐めてるんだ……どこだろうともう関係ない……。  早くイかせた方が楽……そうだ何も考えず、とりあえずこれを終わらせてしまいたい。  ボクは言われるままにタマを舐める。  手コキをする。  言われるがまま、西村がしたい様にすべてする。 「うっ……気持ちいい……いいじゃん。さすが同性だなぁ。分かっている」 「う……」  いちいちそんな事言うな……気持ち悪い……。 「じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ……ちゅぷぅ……んぐっ、んうぅ……」 「うはぁ……もっと根本……タマと竿の根本を……」  手コキで根本には白く泡だった先濡れがたまっている。 「早く!」 「……ちゅぷぅ……んぐっ、んうぅ……じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ」  泡だった体液を舌ですくう……。  最初なるべく口の中に入らない様にしていたが……気が付くと、口の中は西村の体液でいっぱいになっていた。  西村の味しかしない……。 「口あけろよ……大きく」 「……んっあ……」  もう言われるまま……何も考えない。  だって考える意味なんてないし……。  口を大きく開ける。  そこに西村は自分のモノを入れてくる。 「んっ? ぬごっ……ぬっ……ちゅ……うっ……」  なんて感触だ……舐めるより全然ひどい……。  でも“これ”が何かなんて、考えない。  考えちゃだめだ。  かすかに塩気をおびたアレは生暖かくボクの口の中を蹂躙した。  まるで、存在をきちんと認識させるかのように。  一瞬こみ上げる吐き気。  けれど、ボクはこれ以上暴力を受けないためにも努めて歯を立てないよう注意した。  ボクはただの穴だ。  意思のない穴……だから何も思わない、何も残らない。 「ちゅくっ……ぺちゅ、じゅるる……じゅぶ、ぐちゅ……」 「うお〜、これが新世界かぁ〜〜!」  いかにも感動した西村の声が頭上を掠めた。 「なんつーの? 柔らかくてあったかくて濡れてて、手なんかメじゃねぇ!」 「……でも、男の口だよね?」 「オナホールのシリコンの壁より全然いいって! うほっ、たまらん!」 「んぅうぅっ……ちゅぷ……ちろ、じゅぶぶ……」 「いいね、こりゃいいね!」  アレを舐められるのも初めてであろう西村は嬉しげに声を上げ、ボクの頭を掴んで腰を前後に揺らし始める。 「んく……んぐう……ぐ……んんっ」  喉奥をチ○コに犯されて呼吸すらままならない。  苦しい。  いっそ吐き出してしまえたらどんなに楽だろう。  こみ上げる吐き気などお構いなしに口内を西村のモノが暴れ回る。 「じゅぶっ、じゅちゅ、ずずっ……んぐっ、んうぅ……ちゅぷぅ……」  苦しい……。  いやだ……気持ち悪い……!  この屈辱に耐えるためには――かたく目を閉じ、自分という存在を忘れて早く事を終わらせてしまうに限る。  考えたくないことだけど……射精しない限り終わってくれないのなら、邪魔をせずになるべく早めに射精してもらう方がいいに決まっている。 「これで本当に女なら最高なんだけどなー」 「ちゅぷっ……れろっ、ぴちゅ……んじゅっ、ぢゅちゅっ……」 「ま、いいか。女みたいだし」 「れろっ、ちゅるぅ……んんっ……じゅぶぶ、ずちゅ……」 「ほらほら、ボーっと咥えてないでさ、舌使うとかなんとかしろよ」 「んんっ、っむぐ……ふ……んぐぅ……」  そんなの……そんなの、無理だ……。  咥えているだけで精いっぱいなのに……! 「サービス精神が足りないやつだな。ちゃんと舐めろって」 「んぐっ、ぐふ……っ!」  足が……踏まれた足が、痛い……。  ボクに選択権はない。  命じられたらその通りにしなければならないのが、ボクの立場だ。  それがたとえ、こんな事でも……。  そうだ……。  だって、目をえぐられるよりはましだろ?  見えなくなるのなんか、絶対に嫌だし……  ……今は己の立場を嘆いている場合でもない。  とにかく早く災難を終わらせて、今日という汚物を意識の外へ捨ててしまおう。  そうすれば……きっと楽になれる。 「ん……じゅ……ちゅ……じゅる……」 「おっ、うぉ……す、すげぇ……」  ボクの足を踏んでいた西村の足が緩んだ。  視線を上げると、愉悦の表情を浮かべているのがなんとなくわかる。 「や……やればできるじゃないかよ。うぉ……すげぇ……」  自分も男だからどこがいいかはわかる。  先端からカリ、裏スジに舌を絡めると西村の息が荒くなるのがわかった。 「うぁ……ま、マジ、すげぇ……」 「どうなん? なんか見た感じ……マジでけっこう良さそうなんですけど」 「ああ、コイツなかなか大したもんだ……うぉっ……」 「むふぅっ、んぶっ……じゅく、じゅるるるっ……」  すごく情けなくもあるけど、西村の口から褒め言葉が出ることは好ましいに違いない。  それは終わりに少しでも近づいている証拠なのだから……。 「ん? 何? 途中参加希望?」 「あ、いや、そうねぇ……」 「かなり気持ち〈良〉《い》いよ。あんまり深く考えないでやってみたら? 気持ちいいんなら良いじゃん」 「そうねぇ……まぁそうかも知れないねぇ……」 「そうそう、遠慮すんなよ。俺らトモダチじゃん」 「……っ、……!」  ちょ、ちょっと待ってよ……、  待ってよ。  さっきまでまったくその気もなかったじゃないか……勘弁してくれよ。もう終わると思っていたのに……それなのに……、 「ですよねー。昔のエライ人も“トモダチ○コ”と言いましたし」 「そんな事どうでもいいからさぁ、入れよ我が心の友よ!」 「そんじゃ、お言葉に甘えて、参加させていただきますわ」 「――むぐっっ!?」 「おぉぅ! この感覚は想定外でしたわ」 「まあな。口の構造に男女の違いはねえから」 「んうう゛っ、んっ、んぐぅうう゛〜〜っ」  さすがに2本同時に突っ込まれると呼吸が苦しくなる。  ようやく、コツを掴みかけていたところだったのに……  一本と二本では大きく状況が異なる。  だからヤツらの機嫌を損ねないよう気をつけながら、交互に赤黒く腫れた亀頭をざらりと舐めるようにやり方を変えた。 「見ろよ、コイツってば他人のチ○コ舐めながら自分のをおっ立ててるぜ」 「さすがは一流のヘンタイ。普段から目をかけているだけはあります」  無視だ……。  別に興奮してるわけじゃない。  さっき立ったものがそのまま何となく立っているだけだ……こんなのボクが望んでいる事じゃない……。 「ちゅぷぅっ……じゅちゅ、じゅるる、れろっ……くちゅ……」  ヤツらの先走り汁のせいで口の中がヌルヌルと不快極まりない。  気にするな……ただ終わらせる事だけを考えろ……。  こいつらの前じゃボクは人間ですらない。  おもちゃ  ごみ  穴  粘膜  口  何でも〈良〉《い》い……ただ彼らが望むだけのモノだ……。 「うっはぁ〜、こりゃ次回も楽しめそうですな」 「まあ、次は本物の女にさせたいけどさ……」 「そりゃごもっともで!」 「ちゅく、じゅちゅっ、れろ、ふちゅっ、じゅぶぶっ……」 「あのぉ、恥ずかしながらもうイキそうなんですけど」 「え? もう?? ちょっと早くね」 「いや、予想外に気持ちよかったんで……はは……」 「あー、でも俺もそろそろだわ」 「そんじゃ、最後もご一緒に〜」  無心……ただ無心に……。  こんな異常な事……まともに受け入れる事はない……。  ボクは今はただの穴なんだから……考える必要はない。  終わりが近づくのは良い事だ……。  その役目を終わらせれば、ボクは解放される。  だから、無心に……彼らが望む様に……。 「れろ、ふちゅっ、じゅぶぶっ……ちゅく、じゅちゅっ」 「うはっ、キタキタ!」 「ちゅぶっ……ぐちゅ、んじゅ……んんぅ、んんんっ」 「くぁ、たまんねぇっ!」 「じゅぷっ……じゅる……んぁうっ!?」 「ん゛っ、おぉっ……」 「ふぁ、ああ゛っっ……」 「んん゛うっ! んぐ、んんん゛ぅぅ――」  びゅくびゅくと口内に勢いよく放出され、後から生臭い不快さが追いついてくる。  それは一般的に「苦い」と言われているけど、錯乱寸前のボクには全然分からなかった……。 「……っはぁ、はあっ、はあっ、はあっ……」  さすがに2人分の精液は多くて、ボクの口に留めきれずにだらだらと零れていく。 「ボーっとしてないで飲めよ」 「うわー、AVっぽい」 「言ってみたかったんだよ。常套句だろ?」  飲む?  これを?  いや……もう考えるな……そう言われたんだから……飲めばいい……。  そうすれば終わる……。  散々、あいつらのチ○コを舐めたんだ……今更、精液ぐらい……関係ないだろ……。 「……こくっ……」  飲んだ瞬間に、胃から競りあがってくるのを感じる。  それを無理矢理押し殺した。 「……」 「マジ? 女装? 盗んだ制服と下着着るの? マジ? 本当にヘンタイだったの?」  予想通りの反応。  ほんとうにこいつらは低俗でバカだ……。  まったく判で押したような同じような反応をさぞ楽しいギャグのように繰り返す。 「マジ着たの? パンティーは? パンティーもやっぱり着たの?」 「え?」 「ほら、ヘンタイ! 見せろよ! パンティーまでちゃんとはいたかどうか見てもらえよ」 「だ、だめだよ……」 「なに?」  また城山が拳を握る。  だ、大丈夫……、なんとか落ち着かせたから……今は大丈夫……。 「わかったよ……」  ボクはスカートをゆっくりとあげる。  今までスースーしていた感じがさらに強くなる。  トランクスはもちろん、ブリーフだってこんなに薄い感じはしない。  いやがおうにも外で女性ものの下着をつけてスカートをめくっている自分を自覚させられる。  はずかしい……。 「……」 「ほんとだ……、こいつちゃんとはいてる」 「くそ、パンツは高島のなんだけどなぁ!!」 「はははは、中身が卓司じゃな……」 「ほんと……、股間が少しもっこりしているし……」 「でも、こいつの小さいから女に見えない事もない股間だよ」 「気持ち悪りぃ」 「毛がどこにもないからね……、ほんとうに心も体も〈厨房〉《ちゅうぼう》なんだろうな……」 「つーか、女みたいな体でキモイね」 「しかし、高島、エロいパンツはいてるな……」 「ああ、ウリやってるからだろ? 商売だからじゃないの?」 「高島ウリやってるの?」 「そう、めぐが言ってた」 「それっていじめっ子情報じゃん……大概が嘘だろ」 「……」  ウリって……援助交際の事だよな……。  それって……高島さんってセックスしているって事か……。  パンティがこんなにイヤラシイ形しているのは……見せるため……。 「う……」  や、やばい……いらない事考えたら……。 「そんななんかツルツルしてさわり心地良さそうだな……、くそ、間宮の股間じゃなきゃな……」 「おいおい、それじゃホモじゃん」 「そうそう、パンティーに欲情するのは仕方ないとして、パンティーさわるとそれは間宮の股間なんで、下にあるチ○コが刺激されて大きくなってしまいますよ」 「うぇー」 「う……」  こいつらの話が高島さんのパンツの話に集中しはじめる。  援助交際の事を想像したら……、  ボクのモノがパンツの布を少しずつ押し上げていってしまう。 「だめ……、もうゆるして……」 「何が?」 「もう、だめだよ……」 「だから何が?」 「え? あの……」  もう、高島さんのパンティーの中で脈を打ち始めているのがわかる。  このままじゃ、みんなの前で……。 「もう、ゆるしてよ……」 「だから何をだよ?」 「あれ……」 「さっきより大きくない? さっきもっと短小だったでしょ……」 「成長?」 「だめ……」 「あれあれ……」 「かんべんして下さいよぉ〜」  目に見える動きをしはじめる。  小さな高島さんのパンティーは下からつきあがるものに押し上げられる。 「だめ……だめ……見ないで……」 「ヘンタイだ……こんな場所で、女装して、パンティー見られて股間をおっきしてるなんて……」  もう、ボクは恥ずかしくて何がなんだか分からなくなっていた。  恥ずかしすぎてこのまま死んでしまいたい気持ちだったし、なにに対してか良くわからないけど申し訳ない気持ちで身体が押しつぶされそうだった。 「ごめん、ごめんなさい……、見ないで……見ないでください……」  ボクはその場で泣き出す。それでたがでも外れたのか下半身はさらにふくらむ事をやめない。 「……」 「なんだよ……こいつ……本当にヘンタイなのかよぉ……気持ちわりぃ」 「感じてるんじゃねぇのか……女のパンツはいて俺たちに見られて……」 「なら、やばくない、こいつ本当のヘンタイだぜ……、だって、なんかエロスな雰囲気とか漂わせてるしさ……男のくせに……」 「マジキメェ……」 「間宮、お前、恥ずかしくないのかよ。大好きな高島さんの服着て、こんなところでパンティー丸出しで、それに下半身が立ってさ……」 「恥ずかしいよ! だから、見ないでよ。もう許してよぉ……」 「なら、なんでチ○コなんて勃たせてるんだよ。大好きな高島さんの服着れて興奮したか?」 「ち、違うよ……だ、だいたい高島さんの事なんて良く知らないしっ」 「ならなんでおっきしてるのかな?」 「き、君たちが援助交際してるとか言うから……」 「はぁ? だから?」 「そ、想像したら……あの……」 「あ……」 「う……」 「……うわぁ」 「……ちっ」  ツルっとすべる感じ……。  高島さんのパンティーはあまりにすべすべしすぎた素材なのですべて、ボクのものが外に出てしまう。 「ヘンタイ……。なに濡らしてるんだよ……」 「こいつ最悪だな……なんてもん見せてるんだよ……きめぇ……」 「ち、違う……違うよ……」 「濡らしてるから、すべって出てきたんじゃねぇのかよ……」 「こいつのチ○コ……、なんだよ。真っ白じゃん。すげー皮かぶっているしさ……先っぽはピンク色だけど……」 「ははは……、なんだかな。もう、こいつ置き去りにしちまおうぜ。こんなヘンタイ相手に出来ないでしょ」 「違うよ……、これは、高島さんのパンティーがあまりすべすべしすぎた素材だからすべってでてきちゃっただけで……」 「濡れてるじゃん……びしょびしょに……」 「高島さんのマ○コ想像して、チ○コがそんなおっきしちゃったか?」 「違う……、もう許してよ……お願いだから、もう許して……」 「何が? うぜぇな……はっきりしろよ! そのきめぇチ○コ切り落とすぞ!!」 「あ、それ、おれのナイフだから……、あんまりそんなもの斬るのは関心しないかな」 「ごめんなさい。ごめんなさい。ボクが悪かったです。だからゆるして……」 「そんな事聞いてねぇよ。答えろよ」 「ごめんなさい。ごめんなさい……何でもしますからゆるしてください」 「…………なにが何でもするだ……マジできめぇ野郎だなぁ……」 「ぎゃっ……」 「ほほぉ、なんでもしますってか」 「あ、あの……」 「なんでもするっつったんだろ? どうなんだよ!」 「ひっ……」  〈恫喝〉《どうかつ》に思わず身がすくんでしまう。  ボクに選択の余地なんてない。  選択なんて、させてもらえるわけがない。 「何黙ってるんだよぉ! 西村が聞いてんだろうが!」 「あ、はい、ごめんなさいっ」 「はい、じゃねーだろ、質問してるんだよ……」 「……なんでも……します……」 「んで、実際どーする気なの? 俺的には間宮に百万円でも持ってきてもらいたいかなぁ……」 「え?」 「それもいいねぇ。でもそんなのどうやって用意させるのよ?」 「親の口座から金引き落とさせるとかいろいろ手はあるじゃん」 「いやいや、まずいろいろじゃないし……それにそんな事したら完全にアウトだからね。俺たちも」 「んじゃ何させるんだよ? ストレス解消のためにサンドバックになってもらう?」 「城山ちゃんは、すぐに暴力だなぁ……」 「もう少し平和主義でもいいんじゃねぇの?」 「はぁ? 平和主義? 何それ? 意味分かんねぇや……まぁいいや、何やらせるの?」 「何やらせるの?」 「そうねぇ……」 「まぁ、いいや、とりあえずお前の大好きなその高島さんの制服でいっぱいオナニーしてみろよ」 「ま、マジで?」 「とりあえず、盗んだ意図を明確にしておいた方がいいじゃない?」 「盗んだ制服でオナニーしてれば、こいつが盗んだ意図が分かりやすいしさ」 「どういう事だ……それ」 「つまりは、俺たちは無関係である証拠になるってわけか……」 「そういう事だね」 「どっちにしても、大好きな高島たんの制服でオナニーしたくてしょうがないんでしょ? 間宮くんは」 「え? な、なんでそうなるの……」 「したいから盗んできたんだろうが……」 「だ、だからそれは――」 「ぐぁっ」 「何で学ばないの? 人の〈所為〉《せい》にするなよ……お前がやった犯罪だろ?」 「そ、そんな……」 「いいからさぁ……やれよ……その思いの丈を、盗んだ制服にぶちまけるんだっっ」 「で、でもっ」 「うっせぇなぁ……」  ボクだけが犯罪をおかしたという既成事実を作りたかったのか……単なる流れなのか……良く分からなかったけど……、  ボクは盗んだ制服を着て、オナニーする事を命じられた……。  いじめはしばしば性的ないじめになるという話を聞いた事あるけど……自分がそんな目にあうとは思いもよらなかった。 「良かったですねぇ……これがやりたくて制服盗んできたんでちゅもんねー」 「っく……」  すべておまえらが命令した事だろ……本当はそう言いたかった……けど、そんな事は無駄なのをボクは良く知っている。  こいつらに言葉なんて通用しない……あるのは力関係だけだ……。 「なんだ、ちゃんと皮を引っ張れば先っちょ出るじゃん」 「要するに『仮性人』ってことだなー」  いろいろな事を言われたけど、気にしない事にした……反応すればした分だけ、損をするのは自分だ。 「ちゃんと最後までするんでちゅよぉ……自分がやりたい事なんでちゅから……」 「っく……」  最後まで……なんて屈辱だろう……なんでボクがこいつらの前でこんな事を……。 「っく……」 「だんだん手の動きが速くなってまいりました」 「女装して男に見られながらフルボッキとは、ヘンタイにも程があるね」 「気持ち悪りぃ……」 「やっぱ、変態は見られて感じるんですかね?」 「当たり前じゃん。見ろよ、先走りが手まで垂れてるしね」  ボクはとりあえず射精するためだけに力いっぱい自分のものをこする……。  気持ちよくなんて無い……だいたい射精なんて排泄と何ら変わらない……。  ボクは目をつぶり……ただひたすら自分のものをしごく。 「もう俺らの言うことなんて聞いちゃいねえってか」 「ほら、ほら、大好きな人の名前でも叫びなよ」 「へ?」 「大好きな人の制服なんでしょ? ちゃんと大好きな人の名前言いながらやらないと雰囲気でないよ」 「っく」 「ほら、言えよ……大好きなんだろ?」 「高島……さん」 「はぁ? 何言ってるんだよ。そんなんじゃ盛り上がらないだろ? ほら、連チャンで言うんだよ!」 「ほら、切なそうにさぁ、好きなんだろ?」 「た、高島さん……高島さん……高島さん……」 「もっと雰囲気だせよ! ほらもっとがんばって!」 「高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!高島さん!」  もうやけくそだった……ただ言われるままに隣のクラスの女子の名前を連呼した。  気持ちよくなんてあるわけも無く……ただ情けなくて惨めなだけだった……。  とりあえず、出してしまえば終わる。  そうすれば、ボクがこの制服を盗んできた理由が明確になる……。 「っく」  ボクはイク瞬間だけ、小さな声を漏らす……。  男のオナニーなんてそんなもんだ……声なんて一切あげない……排泄行為となんら変わらない。 「うわっ、出たよ……」 「あー、イカくせえ、イカくせえ!」 「すげえ量ぶちまけたな。そんなに気持ちよかったのかよ?」 「ひゃははっ、近所の発情したバカ犬みてえだ!」 「腰がカクカクしてるところなんて、ホントにバカ犬そっくりだな!」 「犬畜生だな……本当に」  ボクはずっと下を向いていた。  地面にはボクが射精したものが落ちていた。  事が終わると……さらに情けない気持ちになった。  なんでこんな事させられるのだろう……。  なんでこんな目にあわなきゃいけないのだろう……。 「ちゃんと今日出て良かった……」  けっこう発売日に出ない事も多いんだよね……こういうのはさ……。  こういうCDは結構、大きめのCD屋かあるいはアニメ専門店でしか手に入らない。  もちろん自分が住んでる街の駅前のCD屋だって注文すれば手に入るんだろうけど、そういった店で買う事なんてないな。  そんなの当たり前だよ。  そんな場所でいくら買ったってテレカとかもらえるわけじゃないし、  ついでに、漫画とラノベも数冊買った。  今ちょうどアニメ化しているラノベ。  なんか結構ヒットしているらしくて本屋でも平積みで〈推〉《お》されている。  このラノベ、ちょっちパロディとか危なすぎじゃね? ってぐらいパロディだらけですげぇ面白いから、ネットの評判もいいみたいだね。  「嘘だ!」とか「普通の人間には興味がありません!」とかとか超危ないでしょ。そんなぎりぎりネタ使ったらダメだってさ(笑)  などと……歩きながら今日書くブログの内容を考えてみる……。  本当は今日買ったのはCDと漫画二冊。  バイトしてないので結構これでもつらい出費。  声優のCDが高すぎると思う。  あれだね。あの著作権なんとか協会だとかが得してるんだろ……ムカツクな。  良く分からないけど外国のCDとか安いって聞く、なんか千円強ぐらいで買えるとかなんとか……聞いた。  なんで日本のCDは三千円とか平気でするわけ? ぼったくりじゃね? 「ふぅ……さてと帰るかな……」  なんか日曜日とかこういう繁華街とかでウロウロしてるとろくな人間と会わないからな……早いところ退散した方がいいよね。  と思ったけど……。 「さすがに少し疲れた……かな」  これから電車に乗って、駅から家まで歩いて帰る事を考えたら途端にだるくなった。  なにか飲み物とか欲しいかな……。  あと座りたい……かも。 「喫茶店は値段が高いからな……自動販売機だな」  まぁ、ベンチがあって自動販売機があればだいたい事足りるわけだし、いちいち喫茶店なんて行かないわな。  だいたいボクはコーヒーとか飲まないし、紅茶も口がシカシカしてあまり好きじゃない。 「このあたりだと……デパートの屋上かな?」  昼間のデパートの屋上。  たぶんそこはボクが最初に覚えた時間を過ごすスポット。  デパートの屋上はあまり人がいない。実は休日だろうと、結構人がかなりまばらなのだ……。  特に、あまり人が来なさそうな〈端〉《はし》っこ――たとえばゲームがおいてある場所の〈幌〉《ほろ》の裏とか――に人が立ち寄る事なんてない。  だから大抵ボクはそういう場所で時間を過ごす。 「はぁ……」  一人、ボクはデパートの片隅で〈魔法薬〉《ポーション》を飲む。  たぶん説明はいらないとは思うけど……〈魔法薬〉《ポーション》って言っても単なるジュースだ。  でも味の感じが精力剤っぽいから、たぶん元気が出る成分が入ってる様な気がする。  疲れた時はだいたいこれを飲む。  まぁ洒落なんだけど……でもなかなか元気にはなる。 「あー」  買ってきた本を読みながら、疲れると上を見る。  上には空があるだけ。  いや、それ以外にも金網とか……なんか良く分からない柱(避雷針なの?)が見える。  デパートの上なんかなのに、この街で暮らしているかぎりは、純粋な空なんて存在しないんだな……と思う。  純度100%の空なんてこの街には存在しない。  何かいらないものがかならず目に入る。 「空か……」  空というのは不思議だ……。  子供の時から不思議だった。 青空はなんかスクリーンに映し出した映像の様に嘘くさい。  その嘘くさい青のスクリーンをバックに、これまたどうでもいいぐらい嘘くさい雲が流れていく。  雲は特に不思議だ。 なんであんな大きくて、重そうなもんが浮いてるんだろうか……。  もちろん、重くない事ぐらい頭では知っているし、あれが近くで見れば単なる霧みたいなもんであるのも想像は出来る。  それでもこうやって見る雲は嘘くさいぐらい大きいし、重そうに見える。 大きな岩……時に龍だったり人だったり……なんかいろいろな形の空飛ぶ岩にしか見えない。  空飛ぶ岩は、やはり岩にしては柔らかいのか……それか生きているのか――もちろんそのどちらかでもないけど――移動しながら形を変えていく。  最初見た時に龍だったのが、目の中で十数センチ進むと、「龍じゃなくて牛に見える」と思えてくる時がある。  そういう時は、最初見た時は龍に見えたんだけど、実は牛の方が近い事に気がついたんだと思っていた。  夜は雲が見えなくなる。  うっすらは見えるけど……でもだいたい雲なんか気にならなくなる。  それよりも気になるのは、夜空はなんかずっと見ていると、ボウルかプラネタリウムみたいに半球ドーム状のものに見えてくる。  なんでだろう?  なんかいっそここは半球ドーム状の底でいいんじゃないか?とすら思える。  けど、正解はそうではなく、この夜空は無限の高さに宇宙が続いているらしい。 宇宙には果てがないらしいから……。  どうでもいいけど、果てがないってなんだか分からない。  どうやらそれは、二次元の人間がいて、三次元の球体の上に存在していたら、いくら歩いても歩いても果てがないのと同じ事らしい。  そう言われても良く分からない……。  なんだか知らないけど、なんでこうも世の中良く分からない事ばかりなんだろう……。  そのわりにはみんな分かった素振りで生きてるし、なんか偉そうな事を発言している。  意味不明だ……。 「こんな分からない事ばかりだから成績も悪いのかもしれないけどな……」  分からない事ばかりだから世の中難しすぎる……。 「はぁ……どうでもいいや……」 「ふぅ……」  なんだか……眠くなってきた。  なんだか……、  とても……。 「あ……」  寝てた?  あれ?  ずっと、ただ空を見てただけの様な……、 でも……、 「寝てたのかな?」 「また寝てたのか……今日はずっと起きてようと思ったのに……」  また途中で寝てしまった。  まぁいいんだけど……。 「さてと、そろそろ帰ろうかな……」  時間が過ぎ去った感覚はあまりないけど、空はすっかり暗くなりはじめている。  もう帰る時間だ……。 「帰るか……」  なんとなくボクは屋上から街を見下ろした。 夕方の駅前の街道は、ぞろぞろと車が増え始めている。すでにちょっとした渋滞だ。 「はははは……こんな場所に車で来るからだよ。すんげぇ迷惑」  車とか普通に迷惑だ。 あんだけ環境破壊をする移動機械なんて他にない。  だいたい車なんていつみても中身には一人か二人しか乗っていない。  それなのにあんな排気ガスを出しているんだ。 電車なんか全然排気ガスを出してないのに……大迷惑じゃないか。  最近たばこを吸う人間が疎まれているけど、だったら車だってそうすればいい。 車の排気ガスはたばこの煙と同じ程度にムカツク。  それ以上にむかつくのは……。 「だいたい女って車を運転出来る男が好きだしな……」  バカじゃねえの? 車とか使わないで電車で移動しろよ……。  だいたい世の中エコだかロハスだか知らないけど、自然に優しいムードが流行っているのに、なんで車はいいんだよ……。  まぁそういうのもアレだろうな……単にマスゴミに踊らされているだけなんだろうな。  そのマスゴミも大企業の顔を伺っているからなんだろうけどさ。  ああ、ムカツク……情弱死ね。  だいたい車好きって男はだいたい〈DQN〉《どきゅん》じゃないか……それかクルマオタク……。 車とか好きとかだいたいバカだ。 「あ、そうか……女ってだいたいバカが好きだからな……」 「……」 「あれ?」  なんて事を考えながら屋上から駅前のロータリーを見下ろしてたら、なんかおかしなものが見えた。 「あれって……」  私服だから……いまいち分からないけど……。 「あれって、同じクラスの水上由岐と……あと隣のクラスの高島ざくろだよな……」  二人の姿が俯瞰で見える。  高島さんか……。  彼女はボクの秘密の場所を知っている。 それなのに、誰にもちゃんと教えずに黙っている。  最近気が付いたんだけど……あの〈娘〉《こ》は違う。 他の連中みたいに、世間に流されるバカとは違う。  だから、ボク的には彼女はアリなんだけど……。 全然アリなんだけどなぁ……。 「昨日も最終的には会えなかったから、全然会ってないな……」  暇な時とかボクの基地とか来てくれてもいいんだけどな……。 「悪いとか思わせたかな?」  なんて事を考えると思い当たるところもあったりはする……。 「あ……」  そうこうする内に、高島さんは水上さんと別れてしまう。 「なんだあの二人……」  高島さんは水上さんと別れた後、見たこともない二人と合流する。 そしてそのまま路地裏に入ってしまった。 「あれって……他校の制服だな……」  どこの学校の制服だろう……ときどき見かける制服だけど……。 「見に行こうかな……」 「……いない……見失ったかな?」  急いで屋上から走ってきたけど……高島さんの姿はなかった。 「どこか行っちゃったか……」  なんか残念……。 路地裏に入ったから、落ち着いて話しかけられたかもしれないのに……。  って無理か……。 「やっぱり秘密基地じゃないと話なんか出来ないかな……はははは……」 「まぁいいや……帰ろうかな……」 「……高島さん……どうしたんだろう……」  なんか微妙にいつもの雰囲気と違う感じがした……。 いつもと微妙に違う雰囲気……。  それがどんな感じのものであるかはうまくは表現出来ない……ただなんとなくの違和感……。  もちろん屋上から見てたわけだから詳しい事なんて分からないのだけど……なんか違った。  さっき屋上から見えた彼女の姿を〈反芻〉《はんすう》してみると……その表情からしていつもと違って思えた。 「変な自信があったっていうかな……なんか変だった様な……」  屋上から彼女の表情なんか見えるんだろうか? 少し不思議にも思った。  ただ彼女の事が気になっていて……理由をつけているだけとも思えた。  でも……。  車窓から広がる夕方の光をジッと見つめる。朱い乱反射の中で目をまともに開けては見る事は出来ない。  彼女の浮いた髪は、この時間の太陽の光を受けたらどうなるのだろうか?  なんとなくそんな事を考える……。  それこそ……なんとなく……。 「……なんだろ……」  変な胸騒ぎがする。 なんだろこの感じ……なんか良く分からないけど……変な感じ……。  ボクは開いたドアから駅へとおりる。 そして逆側のホームに小走りで走っていく……。 「なんだろ……なんで気になるんだろう……」  この感じ……ボクは知っている……。  この変な胸騒ぎの感じをボクは知っている……だからボクは引き返したんだろう……。 「っ……」  嫌な予感……とても嫌な予感がする……。 絶対に良くない事が起こる時の感覚……。  良い事が起こる予感はだいたい外れるけど、悪いことに対する予感だけは外れない様な気がする――それはだいたいにおいてボクの人生が嫌な事ばかりだからかもしれないけど――  高島さんと出会った場所まで引き返す。 「高島さんって……確かあっちに行ったよね……」  もう彼女はここにはいないのかもしれない。 それなのに彼女を追いかけるようにボクは走っていた。  駅前のロータリーを少し外れると人混みがなくなり……住宅が増えてくる。  高島さんがこのあたりに住んでるなんて話は聞いてないけど……。 「……」 「あれ?」  なんだろう……今悲鳴みたいな声が聞こえた様な……。  それと、不意に頭の上に何かが当たった様な……。  ボクは自分の頭を撫でてみると……砂利みたいなものがついていた。 「砂利? 上から?」  上を見上げる。ちょうど目の前のマンションの屋上のあたりが見える。 「人影?」 「あ、あれっ!?」  なんだあれ……。 なんであんな場所で……、 「なんであんな場所で人がもみ合ってるんだよっ!」  金網を乗り越えた屋上の〈縁〉《へり》で人がもみ合っている。あのままじゃ転落してしまう。 「なんだよそれ!」  その中にたしかに、高島さんの姿があった。 誰かと屋上でもみ合いになっているみたいだった。 「くっ」  さすがにボクはマンションに向かう。  何をしているか知らないけど……止めないと……あんな危険なまねなんか……。  マンションのエレベーターのボタンを押すが、なかなか降りてこない。 「何やってるんだよっっ」 「こうやってる間に……」  という言葉を言い終わる前―― 空気を引き裂く音と共に――  ボクが後方を振り返った瞬間に、その音が大きく鳴り響いた。  大きく何かを叩く様な音……家の壁をけっ飛ばした様な音をもっと大きくしたような……。 「あ……」  さっきまで何もなかった路地……。  そのアスファルトの上に、三人の少女の姿。  ぴくりとも動かずに……ただ倒れている。 「あ、あれ……」  それほど血が出てない……。  見ようによっては、ただ倒れている様に見えなくもない……。 「だ、大丈夫?」  素っ頓狂な質問だったろうか? でも……血は出てない……。  血は出てない……、 という事は怪我が無いという事……、  だけど……人間の足はあんな方向に曲がるものだったろうか?  人の腕はあんな場所から生えていただろうか?  それに、アスファルトの上に散らばっているあのピンク色の物体はなんだろう……。  見たこともない……豆腐みたいな……ピンク色の破片……。 「あ……」  気がつくと、彼女たちのまわりが真っ赤な液体で染まっていた。  どくどくとアスファルトを染めていく。  粘っこいあれは……血なんだろうか?  そんな事より……、  あそこは……。  ちょうどさっきまでボクが立っていた場所だった。  もしあれが……上から落ちてきたものならば―― ヘタしたらボクは彼女たちに巻き込まれていたという事だろうか……。 「……や、やっぱり……落ちたの?」  あそこから一瞬で落ちてきた。 そして今はそこに倒れている。 「あ、あの……」  とりあえず彼女たちに少しだけ近づく……。 「……あっ」  三人に近づこうとすると、足下に何かがふれた。 「……これ……」  それは携帯電話。 「これって……」  ケースは派手に割れている……けど中を開くと普通に表示された。 「で、電話しなきゃ……」  そうだ。 とりあえずやる事といったら救急車を呼ぶ事だ。  急いで拾った携帯で電話する。 「えっと……あの救急車を、救急車をお願いします!」 「あの、ここは杉ノ宮駅近くのマンションで……高いマンションありますよね。あの白いヤツで……その……」 「と、とりあえずお願いしますっお願いします」 「はぁ、はぁ……」  とりあえず救急車は呼んだけど……あと必要な事ってなんだろう……。 「応急処置……?」  でも、現場検証するから勝手に動かしたらまずいのか?  えっとそういう場合は……現場写真とか取っておいた方がいいのか?? 「えっと……」 「これで現場がどうなってたかの証拠は出来た……あとは応急処置」  倒れている三人を確認する。  その姿を見て思う事は―― 彼女たちに必要な応急処置って何? 「あ、あの……」 「あ、あの……高島さん……」  後ろ向きでぐったりしている高島に声をかける。 彼女はまったく動かない。 「あ、あの……高島さん……」 「高島さんっ」 「っう?!」  その女の人の顔が一瞬見えた。  もう……とてもじゃないけど……ボクの知っている人の顔ではない……。 それは……まるで……。 「きゃー!」 「自殺か!?」 「あ……」  やっと他の人がこの状況に気がつく。  ボクは少しずつ後ずさりをして……。  そのまま走り出していた……。  その場から逃げる様に……。  なに?  なにが起きたの?  まったく理解出来ない。  この前までボクに話しかけてくれた高島さんがいきなり空から降ってきて……地面に叩き付けられて、おかしな形に変形してて……それで血だらけで……、  人が沢山集まってきて、ボクは今走っていて……息が苦しくて……、 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ、な、なんでボクが走ってるんだ……」  だって、逃げるだろ。  あんなの……。  あんなの!  家に帰らずに、学校の隠れ家に来てしまった。  家より居心地が良くて、いつもここにいるからってだけで来ちゃったけど……、  良く良く考えてみれば…こんな場所……、 少し恐くないか?  …………。 いや、ここはボクの隠れ家なんだから…恐い事なんかないだろ……。  恐い事なんて……、 無いはずだ……。 「っ」 「……こ、恐い事なんて……」  どこかで雫が落ちているのだろう……何も音がない空間で、その小さな音が反響している。 「どうでもいいけど…此処って……こんな雫の音が聞こえたっけ……」  なんか音が…普通に不気味だ……。 「あははは……き、気のせいだよ……」  今までだって、此処にいたけど……恐い事なんて何も無かったし……。 「そうだよ……」 「そ、そうだ……漫画でも読もう…うん」 「えっと……」  ボクは本棚から漫画を取り出す。 漫画はつい最近アニメ化した『魔法少女リルル』。 少しエッチな漫画だ……。 「そうだ……ネットで落としてきたアニメも流そう……」  パソコンの電源を入れて、動画を再生する。 「う、うん……これでいいや」  広い地下空間にアニメ動画の音が吸い込まれていく……。 あんなに雫の音は地下室に響き渡っていたのに……なんでだろう……。  単純に響きやすい音とか吸い込まれやすい音とかあるんだろうか……。 「ゆるさないんだからっ」  そんな中リルルちゃんの声だけはここでも良く通るみたいだった……。 「高い音は良く響くのかなぁ……」 「あ、あなたのためにやってるわけじゃないんだからねっ」  良かった……リルルちゃんの声さえ部屋に満たされていれば、恐くなんかない……。  あははは……声優さんは可愛い声だなぁ……。 とっても和むよ……。 リルル: 「次世代超能力を取り戻す儀式って聞いていた        けど……それってどんな事なの?」 リルル: 「え? 死すれすれを体験するって?」 リルル: 「そんなの恐いよ……」  あれ?  こんな声だっけ? 「っ?!」 「な? なにこれ?」 「これって? リルルちゃんじゃない様な……」  髪の毛の色はたしかにリルルちゃんだけど……。 リルル: 「見えないよ…見えないよ、大いなる災いなん        て…!」 リルル: 「ちゃんと見なさい!」 リルル: 「いやぁああ、いやぁ!」 リルル: 「リルルっ!」 リルル: 「ひぃ」 リルル: 「いい? リルルちゃん!」 リルル: 「怯えは形の無い怪物なの! 心を惑わして、        悪い結果を呼び込むの!」 リルル: 「ここでもし怯んだら……世界は破滅してしま        うわ!」 リルル: 「いいの?」 リルル: 「リルルちゃん!」 リルル: 「いい!」 リルル: 「何?」 リルル: 「世界なんて滅んじゃってもいい!」 リルル: 「私は死にたくない! リルルちゃんだけ死ね        ばいいじゃない!」 リルル: 「あ、あう……」 リルル: 「二人ともどうしたのよ!」  なんだこれ……。  この三人って……三人とも互いをリルルって呼んでるけど……。  この三人……。  どう考えても……。 「さっきの三人だよな……」 リルル: 「空へ!」 リルル: 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 リルル: 「!っぁ!!!っ!!!!!!!!!!!」  空気を引き裂く音と共に…… 、 「ち、違がっ……こ、これ……」 「……」 「え?」 「い、今の……」 「……」 「な、なんだよっ」  ……。 「誰かいるの?」  ……。 「だ、誰もいないの?」  ……。  や、やっぱり気のせいだったんだろうか……。  でもアニメが……。 「だから、あんたのためにやってるんじゃないんだからねっ」 「……」  あれ……いつも通りだ……。  いつもの声優さんの声だ……。これはいつものリルルちゃんだ……。 「あんたのためじゃないんだからねっ」 「よ、良かった……」 「ああああんたのためじゃないんだからねっああああんたのためじゃないんだからねっ……」 「?」 「ああああんたのためじゃないんだからねっああああんたのためじゃああああんたのためじゃああああんたのためじゃないんだからねっ」 「あ、やば……再生がおかしくなってる……消さないと!」 「ふぅ……」 「え?」  なんで電気が? 「あれ……」  発電機の音が聞こえない……止まったんだろうか……。 「だ、だとしたら……発電機が止まりそうで電源が不安定だったから、動画があんな事になっちゃったんだな……あ、あははは……そうだよな……」 「な、なんか恐くなっちゃったよ……」 「ば、バカだな……そんなたいしたことじゃないのにね……あ、あははは……」 「……」 「っ!?」   「だ、誰かいるの!」  ……。 「だ、誰かイタズラでしょ!」  ……。 「い、一体誰なの!」  イタズラ?  でもこの場所ってボク以外に知らないはずだけど……、ボク以外に知っている人間がいるとしたら……。 「ぼ、ボク以外に知っている人って……」 「っ?!」 「い、痛い……痛いよ……」 「わ、私……身体が……失敗……痛……」 「な、なんで?」 「ひっ……」  なにこれ?  なんで?  逃げようとするが、まるで身体が動かない……。  それでも無理矢理身体を動かそうとする。  まるで重い液体の中にいるかの様に、身体の動きがゆるやかだった。 「う、嘘だ……こんなの……」  こんな事が現実にあるわけがない……。  死んだ人間が……こんな場所にいるわけがない……。  そう思いながらも高島ざくろから逃げようとする……だけどまったく距離は進まない。  この感覚……そうだ……この感覚は……、  身に覚えがある感覚……逃げようとすると身体がまるでスローモーション再生でもされているかの様に重くなる……。  これは夢だ……。  こんなの……夢以外にありえない……。  こんな事があるわけ……、  こんな事……。  ボクは目をつぶる。  そうだ。  これは夢だ。  どこからか分からないけど……これは夢……。  だから終わる。  ちゃんと終わる……。  こんな事が現実になんか。 「っ」 「あ、あれ?」 「ここは……」  学校の秘密基地じゃない……ここはボクの自宅の部屋だ……。  ボクは自宅のベットで……普通通り寝てた……。 「それに……寝る服装に着替えてる……」 「これって……」 「って当たり前だよな……はははは……」  どおりでリアリティがないと思ったんだよ……。  遊びに出たら、高島さんが自殺する現場を目撃して……驚いて学校まで逃げたら、そこまで高島さんの幽霊が追いかけてくるなんて……。 「あはははは……考えてみれば馬鹿馬鹿しいよな……」  その時は結構恐くても……朝になって冷静になって見れば、馬鹿馬鹿しい事は結構多い……。  これはその典型だ……、 「や、やっぱり……夢だよ……ね」 「あははははは、そ、そうだよね。なんか変な夢見ちゃったなぁ……」 「っ」 「……ほ、ほんと……結構恐い夢だったな……」 「あ、あは……疲れてるのかな……ストレスがたまってるのかもね……」  そうだよね……あんな事が現実なわけがないし……。 「なんだよ…洒落にならないぞ……疲れてるからって、現実と空想の区別がつかないなんてさ……あはは……」  夢……。  夢にしてはあまりにリアルな夢だったけど…でも夢なんだと思う……。  だって…あんな事が現実にあるわけがないから……。  そうだ。 あれは夢なんだ……。  夢が現実に紛れる事はない。 夢は現実に染みこんでこない。  あんな恐ろしいものが……、  〈現実〉《ここ》までは……来ない。  時計を見つめる……まだ学校に行くには早い……。 「くそ……不愉快な夢見たから早起きしちまった……」  早起きして得な事なんて無い……。  ボクは再び布団の中に潜り込む。  授業に出る。  他の人より数時間遅れて、  いろいろな意味で授業なんて出たくはない……特に必要最低限の単位さえ取れればいい……。  ボクは自宅から学校に着くと、まずいつもの場所で二度寝をする。  それから休み時間を見計らって教室に入る。  教室に入る時はいつもとてつもない精神的な重圧を受ける。  特に、昨日みたいに休みがあった次の日はその苦痛は計り知れない。 「ふぅ……」  鼓動が速くなっている。  なんで授業に出るだけでこんなにつらい思いをしなきゃいけないんだ……。  廊下で……教室の前に立つ。 今は休み時間……中は騒がしい。  ボクの手の平はすでに濡れていた。  ……。  教室に入る。 裏の扉から目立たない様に……、  教室に入った瞬間に動悸がする。 微妙な汗も出る。 「気にするな……」  うん……大丈夫……気にするな……。  ボクはいつでもそう言い聞かせて自分の席に向かう。  だって、大丈夫だから、  ただ、どうでもいい連中と同じ教室で、どうでもいい授業を受けるだけ……。  彼らと会話をするわけでもなく……彼らと仲良くしなければいけないわけでもない……。  彼らの事は極力気にしなければいいだけ……彼らが何を言っていても……何をやっていても……基本ボクには関係ないじゃないか。  そうだ……関係ないんだ。 「そうだ……関係ないんだ……」  教室の〈喧噪〉《けんそう》にボクの小さな言葉はかき消される。 ただボクだけにその小さな言葉は頭蓋骨を伝って耳に届く。  関係ない。 大丈夫。  気にするな……。 そう……何も気にするな……。  ………………。 …………。 ……。  あれ?  何?  なんだか……いつもの〈喧噪〉《けんそう》よりも耳につく……。  なんだか、彼らの……そして彼女達の言葉が……耳にこびりつく。  気にしてないハズなのに……なぜか、その言葉の断片が残る。  い、いつでも休み時間に入れば、こいつらはうるさいものだ……。  単にいつものうるささだ……。  そうなんだ……。  ……、 ……でも、  でもなにか違う……。  言葉の断片が耳に残る。 おかしな断片……。  杉ノ宮駅……団地通り……マンション……。 そんな言葉があちこちから聞こえてくる。 「これって……」 「あ……」  数人と目があった。 チラチラとボクの方を気にしているヤツもいる。  なんでボクの事を気にするんだろう……。  ちゃんと目立たない様に教室に入ってきている。 いつもなら誰もそんなボクに気など留めない。  にもかかわらず……。 「なんだ……」  ほら、今も……、 なぜか今日は、入った瞬間にみんなと目があう。 「これって……」  何かある……何かあるのか? ……また何かあるのか? 「やっぱり  の  らしいよ」 「なんか    けど、あの    だったのはたしかだってさ」 「マ で? マジ そん 事あるの?」 「それって ?  らないけど」 「知 ない?   じゃん……あのさ、すげぇ   な女」 「なんか とか黒く 、異様    だよ」 「  、なんか  い  だ!」 「お   みたいな  だよ……」 「 と    になるとさ、い じゃん、長い髪で   の……」 「 とかよく らないんだけど……」 「だけど  だよね……」 「だって、  くんに き続いてでしょ?」  何を話しているのか良く聞き取れない。  いつもこうだ……肝心な時に、耳が聞こえなくなったりする。 ちきしょう……。  何かの話題で持ちきりの様だ。 手のひらがビッショリになる。  この教室にはろくな記憶がないから……ほんと嫌な事しか思い出さない。  そして、その記憶で頭が染まると、全身がかゆくなる。  怒りで毛穴が開くのか……、 神経が過敏になるからな……、  良く分からないが……イライラして……何がなんだかわからなくなる……。  そうだ……昔の記憶だ。  昔の記憶……。  ボクが一年の頃……ボクは今より広範囲でいじめられていた。  広範囲って言い方は変だけど、まぁ、それほど多くの人間がボクにイタズラをした。  みんなでボクをつけ回しては、行く先々でイタズラを仕掛けた。  教室はもとより、廊下、移動教室、街中でも、たまに電車ですらイタズラされた。  ほとんど24時間ボクをみんなで監視し、何処だろうがお構いなしにイタズラをしてきた。  そうだ、元々ボクは授業をサボる様な人間じゃなかったのに……。  一番ひどいイタズラになると、線路に石を置いて、ボクが乗っていた電車を止めるといったものもあった。  そのせいでボクははじめて遅刻してしまい……そのままサボり癖がついてしまったのだ……。  あの頃はひどかった……ボクの家のタンスにまで隠れて、ボクを監視していたからな……。  最近はそれはなくなった。  集団で行われていたいじめは……ほぼすべて一人の手によって行われる事になった。  悠木皆守。  あまりに凶暴なあいつのため、他の連中も萎縮しはじめ、最後にはいじめを独占する形となった。  そういえば……今日は悠木はいないのか?  教室を見渡すと悠木はいない……。  たぶんサボっているのだろう。  だからだろうか?  悠木がいないから…ひさしぶりに何かひどい事をボクにする気とか……。  ちっ……。  こいつら…どこまで最低人間なんだ……。  教室を慎重に見渡す。  こいつらが何を考えてるかを把握するために……。 「あれ……」  なんだ……。  なんか様子が違う……。  何かがおかしい……。  ボクは彼らの顔を盗み見する……もちろん直接目を合わせたのなら、どんな言いがかりをされるか分かったものではない……。  だからこいつらと目を合わさない様に……そっとやつらの様子をうかがう……。 女子校生: 「ヤっぱリ  ノ……らしシヨ」 女子校生: 「なンか イタンだけど、 ノ  ノヤツと一        緒にだったみたいだよ」 女子校生: 「マ デ? マ ソン 事あるノノノノ?」 女子校生: 「んデ、っ ノノノノノノノノ?」 女子校生: 「知ラ ノ? イルノノノノノノノノノノノノ        ……アノ……スゲェ  ノノノノノノノノ」 女子校生: 「ノノノノノノ ノノルノノノノノ  ノノ        ノ ノノ 」 女子校生: 「 ノ?」 女子校生: 「オ   みたいナ  ノノ ノノの?」 女子校生: 「 と    になるとさ、い ノノノ、長        ノ髪ノ   ノ……」  何言ってるのか分からない。  なんか、 何か言ってるけど……、  なんか「ノ」ばかり聞こえる様な……。 「ちきしょう……」  今度ははっきりと彼らを見る。  ……、 なんだこいつら?  いつもと全然様子が違う?  いつもと、いつもと、違う。 これはどういう事?  考えろ……、 それがなんなのか……、  笑っている様な……泣いている様な……むしろ怯えている様な……そんな不気味な表情が教室を埋め尽くしている。  いつもと違う表情。  いや、見たこともない表情。 まったく理解出来ない……不気味な表情。  なんでボクにイタズラをするのにこんな表情をしているんだ? こいつら?  なんだこの顔……。  なんだこれは……。  この顔……この顔の群れ……。  ボクはなんだか不愉快な気持ちになる。  なぜかこの表情……理解出来ないこの表情に……嫌悪感を感じる……。  全然分からない……こいつらが何を考えているか……。  だから不愉快なのか……? それとも……、  この笑いの様な、泣き顔の様な……怯えの様な……とても不愉快な表情……。  なぜか遠くでひっかかる表情。  この表情が群れた場所に……過去であった様な……。  そんな不愉快さ……。 「ああ……」  なんだこの感覚……。  こいつらの表情……、  わからない……、  わからないわからない……、  握った拳が熱くなる……手がべっとりする。  顔が熱くなる。  口が硬直して、頬が痛くなる。  毛穴が無性にかゆくなる。  頭皮から何か漏れ出している様な……かゆさ……。  ああ……。  なんだこの感覚……。  こいつらの表情……、  わからない……、  わからないわからない……、  わからない……、  わからない……わからない……わからない。わからないっ。わからない。わからないわからないわからない。わからないわからない。  わからな……。 「……はぁ……はぁ……」  だめだ……。  あまり考えすぎると……動悸が……動悸が激しくなる……。  だめだ……あんまりストレスをためると……動悸が激しすぎて……どうにもならない……。  もしかして……考えすぎなのだろうか……。  でも……この教室の雰囲気……、 普通とは思えない……。  何かあるのは確実だ。 でも何が?  って、ダメだダメだっっ。またあまり思い詰めると動悸が激しくなっちゃうじゃないか……。  あれ?  よく見るとこいつら……すでに誰もボクの方なんて見ていないじゃないか……。  思い過ごし?  とりあえず、ボクはひとり席につく事にする。 それにしてもこのザワザワは……どういう事なんだろうか……。 男子校生: 「  ノ  ノノ ノノノノノ?」 男子校生: 「知ノ ノ? イルノノノノノノ ノノノノ         ノノ ノ」 男子校生: 「ノノノノノノ ノノルノノノノノ  ノノ         ノ ノノ 」 男子校生: 「 ノ?」 男子校生: 「ノ   ノノナ  ノノ ノノの?」 男子校生: 「 ノ    ノノノ、ノ ノノノ、長ノ髪         ノ   ノ……」 男子校生: 「ノノノ ノノ ノ死」 「っ!?」  なんか今……“死……”とか聞こえた……。 男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」  ノシ?  違う……。 「の死」だ。  誰の死?  どういう事?  やっぱりボクの事を話しているのか?  こいつら、もしかしてボクがそこまで追い詰められれば〈良〉《い》いとでも思ってるとか……。  そうなのか?  こいつらのザワザワは……やっぱりボクに対しての事なのか?  そうだ、そうに違いない!  だから、ボクの事をジロジロ見ている……。  なんてやつらだ、  この最低人間ども!  ちきしょう。  ちきしょう。  ああ、頭がかゆくなる。  毛穴が痛い。  くそ、なんでこんな気持ちに!  こいつら、こいつらがいけない。  そうだ、こいつらのせいなんだ。  ああ、かゆい。  ボクは頭と腕をかきむしる。  痛がゆくて仕方がない。  くそ、こいつらめ……。  そうだ!  もし――ボクが総理大臣になったら――。  総理大臣になったら!  おまえらを……、  殺してやる……。  そう、  みんな死刑にしてやる。 「 敗者 ノ死」 「 売女 ノ死」 「 痴呆 ノ死」 「 ビッチ ノ死」 「 生徒 ノ死」 「 貴様 ノ死」 「 愚民 ノ死」 「 喜バシキ 死」  死刑……。  そうだ、死刑。  とっても、普通の死に方なんてさせない……。  もっと屈辱的で……もっと苦痛にみちたもの……。  ああ、そうそう、泣き叫んでも許してはやらないよ。  まずは、公衆の面前で、裸にむき縛り上げる。  これはもちろん、男も女も、  そして灼熱に焼いた〈鋏〉《やっとこ》で、右足のふくらはぎを……つぎに〈腿〉《もも》を、右の腕を……最後に胸をくり抜く……。  女子は乳房までくり抜かれて肉からは骨が見える。  このくり抜かれたそれぞれの穴に……鉄のひしゃくで煮えたぎるどろどろの鉛を流し込む。  ふくらはぎに……腿に……腕に……当然胸のくりぬかれた穴にも……。  まるで焼き肉みたいな臭いがあたりに立ちこめる。  どろどろの鉛は内部から君たちの肉を焼いていくんだ。  ポタ、 ポタ……。  ?  なんだこれ? 雨?  いや違う、  涙だ。  白目が涙で濡れる。  うふふふふふふ、  その涙の量の何倍も、ボクは泣いてきたんだ。  ザマァないね。  誰も君に同情しないよ。  それは、今までだれもボクに同情なんてしなかった様に……誰も君になんか同情はしない。  死刑はまだまだ続くよ。  次に、〈繋駕〉《けいが》用の綱を馬と……君たちの〈腿〉《もも》と脚と腕に沿って四肢と……それぞれに結びつけて……。  一気に〈曳〉《ひ》かせる……。  でも聞いた話によると、馬の力をもってしても四肢の切断は容易ではないみたいだよ。  何度も何度も馬に〈曳〉《ひ》かせる。  そのたびに君たちは名状しがたい苦しみの声をあげるだろう。  馬四頭では足りず……六頭にする。  それでも切り落とす事は出来ない……。  四半時間……馬が君たちを〈曳〉《ひ》き裂こうとするけど……いっこうに四肢は切断されない。  仕方がない……ボクの指示で死刑人がそれぞれの四肢に短刀で切り込みを入れる。  その切り込みは骨にまで達するものだ。  そうでもしないと馬で切断する事は出来ないというからね……。  この状態で馬が全力をあげて〈曳〉《ひ》くと、  肉が派手にはじける音。  骨が砕かれる音。  とうとう四肢は切断される。  でもね、  人間はそんなになっても死なないらしいよ。  そんな状態なのにもがき苦しむらしい。  あたかも話でもしている様に、下のあごがガクガクと上下している……。  総理大臣のボクは、その光景を見ながら、最後の命令をする。 「〈薪〉《たきぎ》の山の中に放り込め!」  ちぎられた手足……そして最後に胴体……。  バラバラにされながらも、死ねない。  ただ、生きながらにして燃やされる。  ゆっくり、  ゆっくりね。  この地上で、ゆっくりと最後の苦痛を味わえばいいさ。  これはね。絶対王政下のフランスで国王襲撃犯に課せられた死刑だよ。  1754年にダミアンという男が受けた実話だ。  だから君たちも同じ様になるんだよ。  うふふふふ当然だよね。  時の支配者である、このボクをいじめたんだからさ。  このぐらいの罰でちょうど良い……。  もう手に汗はかいてない。  すべて罰した。  すべてを懲らしめた。  恐れる事はない。  恐怖などない。  こいつらなんか恐くない。  こいつらなんて死んだも同然のもの。  敗者ども  ども痴呆どもビッチども生徒ども貴様ども  愚民ども芸者ども政治家ども  ども売女ども痴呆どもビッチども生徒ども貴様ども  愚民ども芸者ども政治家ども敗者ども売女ども痴呆どもビッチども生徒ども  ども  愚民ども芸者ども  ども敗者ども  ども痴呆どもビッチども生徒ども貴様ども  愚民ども芸者ども政治家ども 「大丈夫……大丈夫……」 「安心……安心……安心……」 「そうだ……安心すぎる……安心すぎた……」 「問題ない……」 「そうだ……問題ないんだ……」  さてと……そんな哀れな末路をむかえるはずの彼らが……このボクに対してどんな悪口を言ってるのか……。  いつの日にか行われる、君達の刑への判断材料として、聞いておこうじゃないか……。 「そうなんだよ。だからさ私も驚いて……」  大丈夫。 落ち着けば、ちゃんと聞こえる。  ちゃんと人の声が聞こえる。 こいつらが何を言ってるのか、すべて聞こえる。  何を言ってるんだ? 女子校生: 「自殺あったんだってさ」  じ、自殺?  だ、誰が? 「駅前のマンションでさ……やっぱり昨日自殺あったんだってさ……」 「自殺って……マジかよ」 「……」  ……たしかに言ってる……。 「なんかさ、駅前パトカーとか来て大変だったみたいだよ。駅前の道とか込んじゃって大変だったってお母さんが言ってたよ」  え……。  今なんて言った?  駅前? マンション……。 え?  それって……、  それってっ。 「マジでウチの学校なのかよ」 「隣のクラスに高島っていたじゃない」 「ああ、なんか暗い奴だよな。って、まさか?」 「……高島が自殺したんだよ」 「……」  高島……、  高島……ざくろ……。 「っ?!」  う……嘘だ……。  そんな事ありえない……。  あれはボクの夢……、  あれはボクの頭の中だけの事……、  あんな事が現実なわけが……ない。  あれが現実なんて事……あるわけが……。  あれが現実なら……、  高島さんは……、  あの高島さんは……、 「うっ」 「……無 デ カ?」 「え?」 「サッキから んデルンだけド……」 「え?」 「  トカ……いイ  だ ……」 「この声」 「  の声!」 「……無視ですか?」 「あ……」 「さっきから呼んでるんだけど……」 「ゆ、悠木……くん?」 「無視とか……いい度胸だね……」 「な、なんで悠木くんが? さっきまでいなかった……」 「なんですか? ボクがいるとまずいんですか?」 「そ、そんな事は……」 「……高島ざくろ……自殺しましたね」 「君は死なないのかなぁ?」 「え? な、何を?」 「何をじゃないでしょ……君こそ死なないのですか?」 「君がそうやって生きてて……誰がそれを望んでるんですか?」 「……」 「ひぃ」 「どんな悲鳴の上げ方だか……情けない……」 「まぁ、いいや……」 「高島ざくろ……死にましたねぇ……」 「……」  なんだ悠木のヤツ……。  なんでニヤニヤしているんだ……。 「死ぬとは思わなかった……」 「え?」  悠木はニヤニヤしながらボクを見る。 「君は死なないでくださいね……君まで死なれたら、さすがに警察に捕まってしまうんで……」 「え? それって……」 「ぎゃっ」 「もう一発いくか?」 「ひぃ」 「せーの」 「あううう、ゆ、ゆるしてよ。ゆるして……」 「くくくく……死なないか……お前は……」  ボクが死なない……。  ボクが死なない……。  ボクが死なないのが悪いのか?  くそ……、  悠木がボクを見てニヤニヤ笑う。  ボクを見て……、  まるで……、  教室に入ってきた瞬間に……、  連中がボクを見ていた目……。  あの目は……悠木の今の目に似ていた……。  つまりどういう事なんだ?  考えるまでもないだろ……つまり……ボクがなんで生きているんだって事だ……。  なんで高島さんは死んだのに……ボクは死なないかって……そういう目だ……。  そういう目でボクを見ていた……。 「あ……チャイムの音……」  授業が始まる……次の授業は……物理。  物理だ……。  物理って……どんなだっけ……。  物理って……。  えっと……、  混乱する。  混乱して……何がなんだか分からなくなる。  先生が教壇に立つ。  そして教科書を開く。  えっと……教科書……教科書って……。  たしか机の中にすべて入ってる。  だからあの教科書も……。  教科書?  えっと……。  なんだ……えっと……。  そうだ、今必要なのは教科書だ。  授業は……えっと……、  物理だ……。  物理って……。  えっと……、 「んだからな、体重200kg、両手で腕力200kgの大男と、体重50kg、両手で腕力50kgの少年がたがいに押し合ったとするだろ」  もうすでに話が始まっている……。  なんて速さだ……。  そういえば……ボクのまわりだけ時間が飛ぶ事がある。  たまに、数分とか数時間とか……時間が飛び越えている事がある。  そうだ……そんな事はどうでもいい。  それはいつもボクがぼんやりしているからだ……えっと……教科書の何ページだっけ?  その前に物理の教科書って……あれ……これ……。  これが物理の教科書? 「そしたらどうなる? どうだ、横山分かるか?」 「そんなの、大男が押し切っちゃうに決まってんじゃん」  いつも、耐え難いこの教室。  だけど今はその比ではない……。  無重力空間……真空状態……あるいは、深海の水圧……完全な暗闇……。  そこがどんな場所か知らないけど……今の教室はそれと大差ない……。  全身の毛穴からなにかちくちくしたものが出てくる。  出てくる……。  体中から……、  体中から? 出てくる?  しみ出る……、  赤い……ねっとりとした液体……。  アスファルトにべっとりと広がっていく……。  血。  高島さんが、  あの高島さんが?  高島さんの話で大盛り上がり?  高島さんの噂で教室はもちきり?  なぜ?  なんで高島さんなの?  彼女はおとなしくて……そうだ! そんな噂になる様な大胆な〈娘〉《こ》じゃない。  彼女はやさしくて……ボクにも話しかけてくれて清楚で控えめで……それでそれで……えっと……。 「そうだよな、大男が押し切っちまった訳だ」 「さてだ、この押し合いっつーか押しきりの間、大男の掌が受けていた力と少年の掌とで受けていた力、どのくらいの比率で違っていただろう?」  あ、今は物理の授業中だ。  落ち着け……とりあえず……落ち着くんだ……。  たしかに高島さんの事はショックだけど……ボクは授業を出るのにも一苦労な人間なんだ……。  あまり混乱すると……どうなるか……。  どうなるんだ?  どうなってしまうんだ? 「どうなるんだ?」 「体重も腕力も四倍ずつ違ってるから、4×4=16で1:16か? それとも4+4=8で1:8か? どうだ横山分かるか?」 「うーん、1:16かなぁ」 「なんで、かけるんだ?」 「分かんねぇけど……なんとなくそうかなぁ……って思った」 「気分で法則作るな、このアホ」 「だからこの問題が解けねんだよ、いいか」 「数値や、足が動いているかに関係なく、相互に受ける力は同じなんだよ、ほら中学の時習っただろ、作用・反作用だ」 「だから、この問題はな、質量が50kgの物体が20kgの高さから落ちて……」  ああ……これが物理か……。  なんかこんな授業を行うヤツだった気がする。  うん……。  そうそう……、  でもそうなのか?  今の話って……整理してみると……殴った拳と殴られた鼻は互いに同じ力がかかる事になるんだよな……。  そうか?  でも、痛いのはボクの鼻だけだ……。  あいつらの拳は全然痛くないハズ。  そうだ物理って……そういうヤツだ……。  何が作用・反作用だ、こんな法則何の役にも立たない。  そうだ役に立たないんだ……。  役に立つわけがないんだ……。 「そんな事ないぞ……間宮……」  え?  なんだ……言葉に出してないのに……なんで……。  先生はボクに目を合わせないで……直接頭の中に話しかけてくるんだ? 「お前の鼻だけじゃなくて……ちゃんと拳だって破壊されている……」 「こんな話があるぞ……ある女の子が飛び降り自殺したとき、マンホールを突き破った……くくくくく突き破ったんだよ……間宮」 「もちろん女の子の身体はバラバラだがな」 「でも、めでたく鋼鉄の蓋もバラバラだ……」 「バラバラなんだ……」  そうか!  なんで今まで気がつかなかったんだ?  今まで、みんなで高島さんの話をしていたのか!  つ ま り !  高島さんの話=物理。  これで正解か!  ああ良かった……混乱がようやく終わった。  大丈夫、落ち着いている。  冷静じゃないか……。  そうだよ。  そうだ……、  高島さんは、  あのマンションから……、 「え?」 「た、高島さん……あ、あ……」 「と、飛び降りた……」 「そうだ。飛び降りたんだ」 「作用・反作用……」 「かよわい女の子の身体でも、この法則を使えば高層ビルから飛び降りれば鋼鉄も砕ける……くくく」 「高島は何も壊す事が出来なかったが……」 「たぶん、高さが足りなかったんだな」 「あのマンションは何階あったんだ? 間宮?」  教師の声が直接ボクの脳に響く。  なんであの教師はそういう非常識な事をするのだろうか?  脳に直接語りかけてくるなんて、絶対にやってはいけない行為だ。  この教師が、ボクの脳に直接語りかける事は法律で禁止されている。  だけど、もしかしたらこれは……、 「二十六・九メガヘルツから二十七・二メガヘルツまでの周波数の電波を使用し、かつ、空中線電力が〇・五ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであって、第三十八条の七第一項(第三十八条の三十一第四項において準用する場合を含む。)、第三十八条の二十六(第三十八条の三十一第六項において準用する場合を含む。)又は第三十八条の三十五の規定により表示が付されている無線設備(第三十八条の二十三第一項(第三十八条の二十九、第三十八条の三十一第四項及び第六項並びに第三十八条の三十八において準用する場合を含む。)の規定により表示が付されていないものとみなされたものを除く。以下『適合表示無線設備』という。)…」 「もしくは……」 「空中線電力が〇・〇一ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであつて、次条の規定により指定された呼出符号又は呼出名称を自動的に送信し、又は受信する機能その他総務省令で定める機能を有することにより他の無線局にその運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することができるもので、かつ、適合表示無線設備のみを使用するものなのかもしれない」 「だから、彼が言葉を直接脳に送り込むのは法律違反ではないのかもしれない」 「だからこれは合法行為であるかもしれない……」 「いや…さすがに教師なんだから……法律違反はしていないのだろう……ちゃんと法律で定められた範囲で、ボクの脳に直接言葉を送り込んでいるんだろう」 「だったら間違ってるのはボクか? 悪いのはボクの方なのか?」 「間宮!」 「は、はいっ」 「おまえ見てたんだろ……高島が飛び降りるの……あいつがコンクリートに頭蓋骨の中のものを飛び散らせたのを……」 「あれだな……30階ぐらいから飛び降りないとだめなんだよ……マンホールを破壊するにはな……」 「どうだ、横山潔? 試すか?」 「お前はダメなヤツだ」 「生きてても仕方あるまい」 「実験もかねて飛び降りてみないか?」 「……考えておきます」 「そうだな」 「横山は次回という事で……」 「今日は……」 「間宮」 「はい?」  「お前、今すぐに死ね」 「な、なんで」 「うるさい、死ね」 「そ、そんな……」 「死ねよ……」 「え?」  突然耳元で悠木が囁く……。 「高島みたいに……派手に死ねよ……」 「ぼ、ボクは……」 「高島は死んだぞ……」 「お前みたいにいじめられて……それに耐えられずに……」 「なんでお前は生きてるんだ? ぶざまな事ばかりさせられて……」 「ほら……見てみろよ……あいつらの目……」  教室に入ってきた瞬間に……、  連中がボクを見ていた目……。  あの目は……悠木の今の目に似ていた……。  つまりどういう事なんだ?  考えるまでもないだろ……つまり……ボクがなんで生きているんだって事だ……。  なんで高島さんは死んだのに……ボクは死なないかって……そういう目だ……。  そういう目でボクを見ていた……。 「あれ? なんで、間宮くんまだいるの?」  ――なんでだよ!いちゃ悪いかよ! 「早く高島さんのところいけば?」  ――なんでだよ! 「高島さん待たしちゃ悪いよ」  ――ボクは行かないよぉ! 「彼女もさびしい人だからね」  ――なに言ってるんだよ! 「いまごろ土の中で」  ――まだ、葬式中だろ! 「ひとりさびしく待ってるよ」  ――高島さんはまだ土の中なんかにいないよ! 「仲良くやりなよ」  ――ボクは生きてちゃいけないのかよ! 「あの世で……」  お前らが、高島さんのところにいけばいいんだ!  お前らこそ!   死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね  死ね死ね死ね死ね     死ね死ね死ね死ね死ね死  ね死ね死ね死ね死     ね死ね死ね死ね死ね死ね  死ね死                ね死ね死ね  死ね死                ね死ね死ね  死ね死                ね死ね死ね  死ね死ね死ね死ね     死ね死ね死ね死ね死ね死  ね死ね死ね死ね死     ね死ね死ね死ね死ね死ね  死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね   死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね  死ね死ね死ね死ね     死ね死ね死ね死ね死ね死  ね死ね死ね死ね死     ね死ね死ね死ね死ね死ね  死ね死                ね死ね死ね  死ね死       死        ね死ね死ね  死ね死                ね死ね死ね  死ね死ね死ね死ね     死ね死ね死ね死ね死ね死  ね死ね死ね死ね死     ね死ね死ね死ね死ね死ね  死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 「間宮、今すぐに死ね」  ――嫌だ。 「今すぐ……この学校の屋上から飛び降りろ……」  ――そんな事出来ない。 「ほら……今すぐだ……」  ――なんで、 「ほら……答えろ……」 「ほら答えろ!」 「え……あ、ああ……」 「な、なに一人でブツブツ言ってるんだ……お前は……!?」 「ほら、はやく、答えろ!」 「は、はい!」 「で、出来ません!」 「出来ない?」 「は、はい」 「なんだ、出来ないのか?」 「仕方ないなぁ」 「今説明した問題と同じだぞ」 「ちゃんと聞いてなかったんだろ」 「は、はぁ」 「……間宮、おまえ大丈夫か? トイレとか我慢してるのか?」 「え? あ、いや……」 「汗だらけだぞ、もうガキじゃないんだから……トイレぐらいすませておけよ……」  クラス中が笑っている……。 声はないが……ボクをバカにして……笑っている。  ボクは今、教師に“死ね”と言われたんだぞ……。 なんでこいつら笑ってるんだ……。 「んだからな、体重200kg、両手で腕力200kgの大男と、体重50kg、両手で腕力50kgの少年がたがいに押し合ったとするだろ」 「そしたらどうなる? どうだ、横山分かるか?」 「そんなの、大男が押し切っちゃうに決まってんじゃん」 「そうだよな、大男が押し切っちまった訳だ」 「さてだ、この押し合いっつーか押しきりの間、大男の掌が受けていた力と少年の掌とで受けていた力、どのくらいの比率で違っていただろう?」 「体重も腕力も四倍ずつ違ってるから、4×4=16で1:16か? それとも4+4=8で1:8か? どうだ横山分かるか?」 「うーん、1:16かなぁ」 「なんで、かけるんだ?」 「分かんねぇけど……なんとなくそうかなぁ……って思った」 「気分で法則作るな、このアホ」 「だからこの問題が解けねんだよ、いいか」 「数値や、足が動いているかに関係なく、相互に受ける力は同じなんだよ、ほら中学の時習っただろ、作用・反作用だ」 「だから、この問題はな、質量が50kgの物体が20kgの高さから落ちて……」  うそだろ……。  それって……殴った拳と殴られた鼻は互いに同じ力がかかる事になるんだよな……。  そうか?  でも、痛いのはボクの鼻だけだ……。  あいつらの拳は全然痛くないハズ。  そうだ物理って……そういうヤツだ……。  何が作用・反作用だ、こんな法則何の役にも立たない。  そうだ役に立たないんだ……。  役に立つわけがないんだ……。  その証拠に、お母さんがこんな話をしていた。  フリーエネルギー……つまり永久機関は〈在野〉《ざいや》の発明家によって既に完成されている。  だが、永久機関が世の中にあると、石油会社が潰れてしまうから、石油会社が役人や政治家に圧力をかけて、この発明を抹殺していると……。  他にも、相対性理論は間違っているのに、それを訂正するのが恐ろしいから学会はこれらの発言を黙殺するとか……他にも太陽は本当は熱くないとか、ヨークシャテリアは鳩から進化したものだとかetc、etc……。  お母さんはそんな話を良くしてくれた。  厳しい人だったけど……そういう大事な話の時はとても優しかった。  そうだ……、  お母さんは教えてくれた。  すべては陰謀なのだと……。  大衆は嘘を教えられていると……。  教育と洗脳は同じだ。  教育とは洗脳そのものだ。  今の授業も、今までの授業も……みんな洗脳だ。  だから高島さんが自殺しても何事もなく、洗脳授業を続けるんだ!  そして、今度は洗脳でボクを殺そうとしている。  高島さんは殺されたんだ……。  こいつらにいじめられて……殺されたんだ……。  そうだ!  高島さんはいじめによって殺された。  こいつらに……、  この教室にいる連中に……、  この教室の教壇に立つ教師に……、  ここにあるすべてに……、  それはまるで……、  ボクがそうである様に……、  高島さんはボクと同じだったんだ。  だから彼女はボクの秘密基地にきた。  それは彼女なりの最後のメッセージだった。  彼女は最後にボクに助けを求めていた。  ボクと友達になって、ここにあるすべての敵から逃れようとした。  あの基地はそういう基地だ。  それを彼女は知っていた。  なぜ?  たぶんボクと同じだから、  同じ気持ちを持っていたから、その思念が引き合ったから……。  だから彼女はボクに話しかけたんだ。  今なら分かる。  彼女はボクの味方だったんだ。 「そ、そうだ……」 「そ、そうなんだ!」 「な、なんだ? 間宮?」 「あ……」  物理の時間が終わる。  物理の時間が終わると決まって、休み時間と言われる謎の時間がやってくる。  休み時間という謎の時間は、そこかしらに人がワラワラわき出してくる。  とても気色の悪い行事だ……。  教室はもとより、こんな場所すら人がワラワラ動いている。  それぞれが好き勝手に動いている。  気味が悪い。  なんでこんなに人がいるんだ?  なんでこんなに動いているんだ?  ふらふらする。  高島さんの事がショックだったからか?  当たり前だ……、  昨日見たものが現実だったなんて……。  ああ……、  人がいる……。  人が沢山いると混乱する……。  なんでこんなに人がいるんだ。  なんでこんなに好き勝手に動いているんだ。  ああ……落ち着け……。  少し落ち着け……。  少しは安心しろ……。  安心?  安心する方法……。  知っている。  ボクはそれを知っている。  昔からあがり症のボクは、人前に出るといつもこうだった。  人がいる大勢の場所に立つと、突然訳も分からず混乱した。  だからお母さんは教えてくれた。  混乱からボクを救う方法を――  心が落ち着かない時、ボクは胸に手を当てて、こう言う。 「安心……安心……安心」  そうすれば、たちまち安心になる。  すべては安心になる。  そうだ……お母さんはボクを愛していたから、それを教えてくれた。  安心だ……。 「っ」  またこいつ……。 「っっ……」 「ダイジョウブ?」 「またお前か……」 「アノ……ワタシ……」 「なんなんだお前は……」  なんでこいつと会うとこんな不愉快な気持ちになるんだ……。  ボクとこいつとはなんの接点もないはずなのに……、  今までなんの関わり合いも無かったのに……、  なんでボクはこいつに……、  こんなに……。 「気分を害される?」 「え?」 「大変ね……あなた……」 「な、何がだ……」 「何が? そうやって何も分かってないふりをするの……大変じゃないの?」 「はぁ? 何も分かってないふり? なんだそりゃ?」 「お姉ちゃん……だめだよ……」 「  は黙ってなさい」 「っ」 「間宮卓司」 「な、なんだよ……」 「私を見ても分からないの?」 「何が?」 「質問してるのはこっち、私はあなたに分からないかどうか聞いてるの!」 「はぁ?」 「あれ?」  誰もいない……。  さっきまでいた若槻姉妹も……他の連中も……さっきまでいた人……全部。  なんで人がいないんだ?  ボクはふらふらと歩き出す。  ボクは何かをしようとしていた……。  それをあのバカ姉妹に妨げられた。  そして休み時間が終わった。  あいつらはいなくなった。  だからボクは廊下で一人立っていた。  何も不思議ではない。  何も不思議ではないのだから……ボクは安心して、隣のクラスのドアを開ける。  安心、安心……。  ここって……。  高島ざくろさんの教室……。  ……誰もいない……。  なんで誰もいないんだろう。  今は授業中ではないのだろうか?  もしかしたら、世界すべてから人が消えたのだろうか?  もしそうなら……。  世界は安心に満ちている。  安心……安心……。  教室の窓から外を見る。  隣のクラスの連中とウチのクラスの連中が体操着で集まっている。  ああ、そうか……体育だったのか。  体育だからこの教室には誰もいない。  誰もいないから花が飾られている。  誰もいないから花瓶が置かれている。  おかしくない。  まったく正論だ。  高島さんの机があるから高島さんはいない。  高島さんの机に花瓶と花があるから高島さんがいない。  おかしくない。  安心だ。  安心すぎる。  この机は彼女の代わりだ。  彼女がいないから机があり。  机がないから彼女がいる。  大丈夫。  わりかし冷静に物事を判断している。  動揺しすぎて、自分で何をしてしまうか分からず心配だったけど……。  全然安心だ。  落ち着いたものだ。  論理的思考に磨きがかかっているぐらい。  動揺している場合じゃない。  こういう時は落ち着いて考えて行動するんだ。  一つずつを丁寧に、論理的に解決する。  そうだ。  ボクは昔っから、動揺すると何をしでかすか分からなかった。  だから良く失敗した。  失敗は嫌だ。  失敗するとお母さんが悲しむから……だから失敗してはダメなんだ……。  だから……冷静に……安心に……。  そうすれば失敗しない。  お母さんを悲しませる事はない。  そうだ冷静に物事を対処するんだ。  冷静に。  冷静に現状を判断してみる。  まず、  これは机だ。  机とは椅子と対になって使うものだ。  机は椅子と組み合わせる事により、あらゆる使用目的を持つ。  この机および椅子の使用者は高島ざくろ。  高島ざくろは昨日自殺したボクの知り合いで、とてもやさしい聡明な少女。  そして、ボクと秘密を共有するものでもある。  それはなぜか?  彼女が聡明だから、ボクはボクの秘密を教えた。  ボクの秘密基地を……。  それに対して彼女は……。  彼女の秘密を教えてくれた。  ボクが正しい選択肢を選んだから、彼女はボクに心を開いた。  すべては選択肢によって決められている。  選択肢によって世界は分岐していく。  ボクは冷静に判断してその選択肢を見極めている。  だから彼女はボクに心を開いてくれた。  彼女は自分のもっとも恥ずかしい秘密すら教えてくれた。  ボクは机を見つめる。  良く見つめる。  とても良く見つめた後に、  冷静な判断を下す。 「これは! 彼女が使用している机だ!!」 「ああ……」  ボクは彼女の机の脚を触ってみる。  あの柔らかいふとももが思い出される。  何故こいつは四つんばいになっている。  なんで四つんばいなんだろう?  その足首は……かなり細い。 「ああ……高島さん……」  高島さんの身体の感触が脳内でよみがえる。  彼女と秘密を共有した時の事。  脳内で見たことある風景も見たことも無い風景も同時に再生され再生され再生された。  脳内で再生され再生され再生された再生され再生され再生された再生され再生され再生された。再生され再生され再  再生され再生され再生された再生され再生され再生された再生され再生され再生された。再生され再生され再された  再生され再生され再生された再生され再生され再生された再生され再生され再生された。再生され再生され再された  再生され再生され再生された再生され再生され再生された再生され再生され再生された。再生され再生され再された  再生され再生され再生された再生され再生され再生された再生され再生され再生された。再生され再生され再された  見たこと有るのか無いのか分からない記憶の羅列がボクをときめかせる。  ときめきは恋の季節です。 「ああ……あう……」 「ああ……かわいいよ高島さん……かわいすぎるよ高島さん……かわいいかわいいかわいい……」  ボクは高島さんの椅子に頬を触れてみる。  ここはいつも高島さんのおしりがのった場所だ。  高島さんのおしり……柔らかかった……。 「ああ……」  ふと、見ると……机の引き出しの部分……大きな穴になっている部分……  穴?  四つんばいになった机を後ろから覗くと、そこには淫らな穴が開いている。 「高島さん……四つんばいになったら……どんな感じなんだろう……」  机から文字が浮き上がってくる。  先ほどと違う文字……。 「間宮卓司くん大好き…… 」 「ああ……分かってる、分かっているよ。君がボクの事を大好きな事を……」 「だって、君だけじゃなく、君を使っていたあの高島さんだってボクの事が大好きだったんだからさ」 「ああ……高島さん……高島さん……」  高島さんの机がボクに愛の告白をする。  だけどボクはそれを受け入れる事は出来ない。  浮き上がってきた「大好き」の文字を消すしかない。  文字が浮き上がるたびにボクは文字を消していく。  彼女は言う。  大好き大好き。  好き好き。  ボクはその言葉を消していく。  浮かんだ文字を消していく。  残念ながら、ボクの恋人は高島さんであって、高島さんの机ではないのだから……。  すると机は、今度は言葉ではなく、肉体でボクを誘惑してくる。  四つんばいの姿でボクを誘ってくる。  さすがにボクもこれには参った。  だってその姿は……、  高島さんにそっくりだったから……。 「ああ……だめだよ……君は机でボクは人間だ……結ばれるわけにはいかないんだよ」 「抱いてください……」  なんてこった……声まで高島さんそっくりではないか……。  これはまずい……これはまずいぞ……。 「抱いてください……優しく抱いてください……大好きだから、抱いてください……抱いて……ね……卓司くん大好き……ねえ……卓司くん…………」 「ああ……ぅああぁぁ…………???」  ぐるぐるだった。  彼女の慈愛に満ちた柔らかい声が、ボクの股間でぐるぐると渦巻いていた。  あ、あ、あ……。  真っ暗な心の奥から泉のように本音が湧き出して弾ける。  大好き……ああ、ボクだって君が大好きだよ。  だけど君は……ぅあぁぁ……だって……ぅぅぅ……。 「私の処女を……卓司くんにあげます……」  彼女は恥かしげに目を細め、小さく可憐に笑った。 「あぅぅ……そんな大事なこと軽々しく口にしちゃダメだよ……」  処女……。  処女――処女・処女処女処女処女処女処女処女処女処女処女処女。  まだ男に汚されていない乙女の純潔――! 「だってね……卓司くんのために……ずっと守ってきたんですよ……私の中には男の人のモノなんか入った事ないんです……」 「たしかに……たまに教科書とかプリントとか……えんぴつなんかも中に入ってたりしますけど……でもでも、あなただけが……私の最初で最後のひと……なのです……」  ああ、ダメだ……。  四つんばいの高島さんは、女性で一番大事な部分……引き出しの部分を露わにしている……。 「もしかして私のこと……嫌いなんですか?」 「いや、そんなッ! そんなことはないよっ!!」  ああ、そんなことは決してありえない。  だって高島さん以外の女なんて、実に自分本位で計算高く、平気で嘘をついて他人の大切なものを〈掠〉《かす》め取る外道ばかりじゃないか。  しかも男が女に尽くすのは当然だと考え、偽りの薄っぺらい笑顔の下では常に相手を見下して品定めをしている……本当に〈忌々〉《いまいま》しい限りだ。  けれど高島さんは違う……。  高島さんはこの腐りきった世界にあって、ボクに処女を捧げるため健気に生きてきた人。  だけど……君は昨日の夕方…………。  だからね……ここでボクに微笑みかけている君は…………。 「……あ、ああ……」  そうだ……見失うな……見失ってはいけない。  現実を受け入れろ。  現実は、今ここで見えるもの。  目の前で起きている事こそが現実……だから間違いなく……この机は……、  机は……。 誰? 見たまま? 高島さん? それで正解?  正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正怪です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です 正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です聖解です正解です 正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です――  おめでとうございます!  正解です!  脳の中の司会者が、正解である事を告げる。  そうだ……目の前にあるものこそ現実。  空想に惑わされてはいけない……。  空想は現実ではない。 「どうしましたか?」 「あ、いや……なんでも無いよ……」 「うん、安心してよ。ボクに相応しい女性は君しかいないよ」 「ありがとう……卓司くん……そう言ってくれると、ずっと前から信じていました……」  高島さんは恍惚の時を〈彷徨〉《さまよ》うようにうっとりと目を細め、どこまでも慈愛に満ちた眼差しをボクに浴びせてくれる。  この純粋なる美しさは……決して他の女には無い高貴なるもの。 「昨日はごめんなさい……びっくりさせちゃいました……?」 「え? あ、あぁ……うん…ちょっとだけね……」 「でもネ、もうすっかり平気ナノデス」  平気? もうすっかり? 「私ハ心から卓司くんが大好きだから……全然平気でス」  大好きだから……全然平気……。 「はい、私は誰よりも卓司くんを愛していますから……大好きだから……死ナナい」  大好きだから……死なない。 「女の子ハですね、大好きな男の子のためなら何でも出来ちゃうのデス……」 「何でも……出来ちゃう……」 「はいっ」  すごいよ……すごすぎるよ、高島さん……〈脳漿〉《のうしょう》とか出てたり足とかぐにゃぐにゃだったのに、愛の力で何とかしちゃうなんて……君は素晴らしい女性だ……。 「さぁ、私の全てを……あなたのものにしてください……」 「あなたに可愛がって欲しくて……もう歯止めがきかないぐらいに……〈虜〉《とりこ》〈仕掛〉《じか》けの明け暮れデス……」 「そそっ、それはボクも同じだよ……」  タダでさえ官能的なポーズでありつつ、同い年とは思えないほど妖艶な瞳に見つめられてボクはもう……。 「とっても恥ずかしいけど…………見て……」  なのに彼女は“くすっ”と小さく笑って両手を腰へ伸ばし―― 「……んっぐぅ」  思わず息を呑んで見守るボクの前で、可愛らしい引き出しの入り口を開いて見せる……。 「……ごくっ」  生まれて初めて見る生の女性器。  それもボクが好きで好きでたまらない処女のオマ○コ……。 「……す……すごいよ、高島さぁんん……」 「ねぇ、卓司くん……私の恥ずかしいところ……どうなっていますか?」 「はあぁっ、はあっ、ああ――あひっ!?」 「くす……そんなに興奮しちゃダメですよぉ……」  そんなこと言われたって……そんな…無理な……もう、興奮しすぎて何が何だか分からない……。 「あああ、あのねっ……とっても綺麗……でも、暗くて中までは良くわからないよ……」 「それなら……指で広げて見ていいですよ……」 「えっ! ホントにいいの!?」 「卓司くんだけに……私を全部見せてあげたいから……」 「だからね……“くぱぁ”って、左右に広げてもいいです……」 「あぁ、高島さんっ。君はなんて健気な乙女なんだろう!」  ボクは可愛い彼女の願いを叶えるためにも、緊張で震えの止まらない両手を彼女の大きな白いお尻に近付けていく。  彼女のおしり部分は板になっている……ひんやりしていて気持ちいい……。  ボクはそれより下の部分……彼女の穴の中を覗く……。 「んあっ……っああ……ああぁん、卓司くんの視線がぁ……ぁあぁっ……」 「とても綺麗だよ、本当に綺麗……こんなのって反則だよ……」  彼女の中は良く整理整頓されており……綺麗としか言いようがない……。  ……もっとぐちゃぐちゃなものだと思ってた……女の人の中なんて……でも彼女のは綺麗だった……。  これじゃまるで……。 「……まるで工業製品みたいに綺麗だよ……」 「いやん……工業製品なんて恥ずかしい……はぁっ、はあっ……やだっ、そんな事言われて……ぞくぞくしてきちゃった……」  可憐な高島さんはボクに中を見つめられて興奮し、じわりじわりと深淵から愛液を垂れ流している様だった……。 「あの……もっとさわっていいですよ……」  ボクは指で彼女自身の縁をなぞるようにさわる。 「あはぁ……卓司くんが、私のオマ○コさわっているの……夢みたいで、すっごくうれしぃ……」  その悩ましい声が素敵なのでさらにムニュムニュと触れば、彼女の愛液はボクの手に伝い落ちてヌルリとした新しい感触をもたらしている様だった……。 「ひゃうぅっ! やぁっ、そこはもっと優しくね……」 「ぁわっ、ゴメンなさい!」  彼女がいきなりビクッと体をそらし、ボクは動揺して声が〈上擦〉《うわず》る。  高島さんの〈潤沢〉《じゅんたく》な愛液で指先が滑り、丸みが付けられている三角ネジの様なク○トリスを押し潰しそうになってしまったのだ。 「そこはすっごく敏感なんです……お願いだから、いじめないでね……」 「わわ、わかった……慎重に、慎重にぃぃ……はふぅ……」  そこでボクは指先にヌルヌルする愛液を絡めとると、痛くしないよう腫れ物を触る手つきで小さなク○トリスの周りを撫で始める。  初めて見て、そして触るク○トリスは本当に作りたてのネジ山のように美しく、愛液にツヤツヤ光りながらボクの好奇心をとことん揺さぶってきた。 「うん、ふううんんっ……いい感じです……はぁあっ、とってもいいです……」  すると高島さんは嬉しそうに嬌声を洩らし、すべすべの板を可愛く左右にくねらせた。  あはぁ……大好きな高島さんがボクの愛撫に感じてくれている……まるで自分が愛されているのと同じくらいに嬉しい。  だからもっと……じっくり彼女を可愛がって、普段は隠している嬉しそうな姿をボクだけに見せてほしくなる。 「えぇっと……ここは、こうするのかな?」  もちろん童貞であるボクは女性器に触るのなんて初めてだから、どうにも愛撫する指先の力加減がよく分からない。  けれど、つい好奇心に駆られて強くやりすぎてしまい、痛がってさめざめと泣かれちゃうのは最悪なので、とにかくここは慎重にことを進める……。 「あふぅっ……んふぁ、あぁっ、はあぁあっ……」  ふむぅ……これでも悪くはなさそうだが……。 「……そうだ!」  残念ながら経験不足なボクに、オナニーしている時の高島さんの指先をトレースするには役者不足だ。  ならば指ではなく、もっと柔らかくて繊細なところを使えばいいわけだ!  なんという名案! これも全て愛のなせる業だろう。 「ねえ、舐めてもいい? お願いだからアソコを舐めさせて」 「はぅん、もちろんいいですよ……卓司くんの好きにしてね……」  一瞬もためらうことなく、ボクのお願いを承諾してくれる優しい高島さん。  あぁ、なんて純粋に可愛いんだろう……。  普段は余計な自己主張をすることなく清楚なのに、愛を打ち明けあったボクの前でだけは、こんなに妖しく乱れて……。 「ちゅぷっ……れろれろっ、じゅぶぶ……」 「ひゃあぁっ! あっ、ああああっ、舌がぁぁ、すごい……いっ、あああっ……!」  高島さんの柔らかい尻肉とボクの頬がヌメヌメと〈擦〉《す》れあうのも心地良い。 「じゅちゅっ、ぺろっ……じゅぷ……ぴちゅっ、ぺろっ」 「やぁんんっ……卓司くんのえっちぃぃ……」 「あははっ……高島さんが可愛すぎるんだよ…………」 「んはぁっ……そこ、そこねっ……そこに挿れるんだよ……卓司くんのオ○ンチンを……」 「……初めて見たけど……ここなんだよね……ちゅるるっ」 「ひゃあんっ――舐め上げちゃだめぇぇっ! こんなのぉ、信じられない……すごいよぅ、すごいよぅ〜〜」  高島さんはイヤイヤするように腰をゆすり、顔面に愛液を塗りたくられたボクは薄く笑みを浮かべて顔を離す。 「エッチでごめんなさい……でも…でも我慢できないんです……はうぅ……」  ふと可愛い声の方を見やれば、高島さんは両目に涙の粒を湛えてボクに訴えかけていた。 「ちっとも恥かしがらなくていいよ、ボクもそろそろかなって思ってたから……」  感極まって泣き出す高島さんを背後から強く抱き締める。  もう放さない……ずっと君にいてほしいから……。 「ああ……やっとあなたの特別になれるんですね……ぐすっ、んんぅっ、うれしい……」  彼女のスタイルは抜群で……とっても冷たくて平べったくて……そしてすべすべしている……。  ――じゅぷぶぶっ…………。 「んう゛ッ――んんっ、んんん゛ぅぅぅ〜〜〜っ」  破瓜の痛みは相当なものだと聞いている。  だけど高島さんは一瞬顔を歪め、苦しそうな声こそ上げたけれど、ヌルヌルと滑らかにボクの男根を奥まで咥え込んでいった。 「大丈夫? 途中で止めたほうがよかった??」  二人の結合部に伝う赤い純潔の雫を見て、少し冷静になったボクは恐る恐る声をかける。 「うん……大丈夫……今は嬉しさの方が大きいから……だいじょうぶ……」  そう囁いてニコッと笑う高島さん。  その健気に紡がれる言葉を聞き、互いにつながり合う下腹部から伝わる温かさもあってボクの表情も緩む。 「ねえ、動いてください……二人で一緒に気持ちよくなりましょう……」 「うん。それでは……あぅっ……」  促がされるまま腰を引くと、ギュギュっと締まってくる膣の滑りに思わず声が乱れた。 「高島さんの膣……すごく熱くて……すごく滑らかで、じゅぶじゅぶ入っていくよ……」 「はぅんっ、うんんっ……はいぃ、卓司くんの……動いてますぅぅ……」  しかもペニスを締め付ける力は深さによって強弱があり、おかげで腰を振るごとに新しい快感が脳天にまで突き抜ける。  これはすごいなんてものじゃない――素晴らしく素晴らしい悦楽だ。 「はぅんんっ……んんぅっ……あん、あぁんんっ……」 「痛いのかい? もうちょっとゆっくり動こうか?」 「いいえ……大丈夫よ……あなたのしたいようにして……はぁぅっ、うふぅんんっ……」  赤く上気した顔に可憐な笑みを浮かべ、高島さんはボクのなすがままになってくれる。 「はぁん、あんっ、あぁっ……動いていますぅ……熱いの、おっきいの……」  高島さんの膣中……とても熱をおびていて、しかもリズミカルに波打っている。  リアルな膣内って、こんなにも快楽に満ちているのか……。 「ふあぁっ、あぁっ……ひゃふ、う、うふぅうっ……あぁぁぁぁあぁ〜〜」 「高島さんっ……おっぱい触らせて……ねっ、いいでしょ?」  ボクはたまらなくなって彼女の制服をたくし上げ、背中にあるブラのホックを無我夢中で外しにかかる。 「ふぁ、ああっ……いいですよぅ……もっと、可愛がってね……」  許可を得るより早く、しかも乱暴に脱がしたにも関わらず、ボクと結ばれて昂ぶっている高島さんは少しも抵抗しない。 「きゃうっ……うふぅ……あったかい……卓司くんの手、あったかいね……」  ボクは絶えず腰を前後させつつ、彼女の大きな胸を両手で抱きかかえるようにして揉みしだく。 「あははっ……高島さんのおっぱい、すごく大きいのにドキドキしてるのが分かるよ……」 「もう、いじわるぅ……だってね、卓司くんが触ってるんだもん……どきどきするよ……」 「ふあっ……やあぁん、ネジ山が勃ってきちゃいました……」 「ホントだ! こりこりしてきたね……」 「はふぁっ……私っ……むね、よく感じちゃうんです……ふぅうっ……お願いですから……優しく、揉んでね……」 「ひゃはぁっ……あぁ、すごいっ、すごいよぅぅ〜〜」 「うぁっ……高島さん……きついアソコもいいけど、大きなおっぱいも最高だよ……」  実際、彼女の胸は制服の上からでも分かるほどに〈豊満〉《ほうまん》……それを両手ですくい上げるようにして揉みしだいている。 「ひゃんっ、やぁん……上と、下から……あはぁあっ、らめぇえっ」  両手にずっしりくる重量感……そして指の間からこぼれてしまいそうな柔らかさ……。 「くぅん、うん、んんっ……ぁあっ、ああっ、あっ」  二人しかいない教室の中で、若い男女の下腹部がぶつかる鈍い音が何度も鳴り響く。 「すっごく締まるよ……っあぁっ! たまらない……いいっ」 「あぁああっ、たっくうんんっ――だいすきっ、だいすきぃぃぃっ!」 「ああ、ボクも高島さんが大好きっ!!」 「っああぁ、あっ、あふうぅっ、うぅ、うんんっ、うんんっ……」 「あぁっ、もう出ちゃうけど……ねえっ、いい?」  股間の奥がキュッとしてきて、もうすぐ制御不能になりそう。 「はいっ……いい、ですよぅ……中に出して……中にほしいのっ、お願いっ……」 「あぁんっ、私もイクぅぅ〜〜!」 「いいよ、いこう――いっしょに――っあああっ!」 「ひぁあぁっ、あぁっ、あっ、あああぁっ――」 「んくぅっ……んぁ、ああ゛っ……」  ビクンビクンと身体を仰け反らせる高島さんの中でボクは弾けた。  高島さんの中……引き出しの中にぶちまける。  熱い男根の先端からびゅるびゅるとボクの白濁が迸り、彼女の一番奥にある壁面へ容赦なく撃ち込まれている。 「らめぇえ……中のモノが精子まみれになっちゃうぅ……ああぅっ、ううぅっ、はぁあ、あああぁ〜〜」 「ざくろっ、机のっ高島さんッ!」  絶頂の波に酔う彼女の奥へと……感極まったボクの射精はなかなか終わらない。 「ふぅあっ……あぁぁ……あぁ……たっくぅん〜〜」  徐々に噴出する勢いは衰えてきたけれど、ボクはまだぐっと腰を突き出して彼女との密着を解かない。 「あはぁっ……ぁあんんっ…………初めてなのに……イッちゃいました…………」 「はぁ、はぁ……」 「もぅ……卓司くんてば、すごいんだもん……うふふっ……」  恥じらいと嬉しさが幾重にも交錯する中、ボクは机高島さんの板の部分を優しく撫でる……。 「うふふふ……本当にいっぱい出ましたね…………私の中ぐちゃぐちゃです……」 「そうだね、……はあっ……はぁ……はぁぁ……」  ボクはまだペニスを抜かず、そのままの姿勢で高島さんの机を抱き締める。  冷たい板の感触が心地よい……。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  ボクは高島さんの身体の中に吐き出した。  吐き出された精液は、彼女の中だけでなく、身体のあらゆる場所に飛び散り、机の上の花弁も汚した。  生けられた花から精液がいやらしくたれる。  花瓶の花はその重さですこし頭をもたげた……。 「しまった……」  自分がしている事に気が付く。  なんて事をしてしまったんだろう……ボクは……。  ああ……冷静でいたつもりだったのに……あまりの高島さんの綺麗さに我を失ってしまった……。  冷静になってみれば、自分のしでかした事の愚かさに気が付く……。  そうだよ……こんな事をしている場合じゃない……。  今は高島さんと肌を交わらせる事ではなく……対話が重要なんだ。 「高島さん……そうだよね」  高島さんの机はだまってうなずく。  そうだ……対話こそが今求められている。  言葉。  それこそが今もっとも重要だ。  冷静になるんだ。  冷静になって……言葉を使って考える……。  論理的に……物事を把握するんだ。  肉体ではなく言葉……それこそが鍵。  まず……落ち着いて現状把握。  ここって……。  高島ざくろさんの教室……。  ……誰もいない……。  なんで誰もいないんだろう。  今は授業中ではないのだろうか?  もしかしたら、世界すべてから人が消えたのだろうか?  もしそうなら……。  世界は安心に満ちている。  安心……安心……。  教室の窓から外を見る。  隣のクラスの連中とウチのクラスの連中が体操着で集まっている。  ああ、そうか……体育だったのか。  体育だからこの教室には誰もいない。  誰もいないから花が飾られている。  花瓶が置かれているから誰もいない。  おかしくない。  まったく正論だ。  高島さんの精子まみれの机があるから高島さんはいない。  高島さんの精子まみれの机に精子まみれの花瓶と精子まみれの花があるから高島さんがいない。  おかしくない。  安心だ。  安心すぎる。  この精子まみれの机は彼女の代わりだ。  彼女がいないから精子まみれであり。  精子まみれでないから彼女がいる。  大丈夫。  わりかし冷静に物事を判断している。  射精したからかなりの賢者モードだ。  この賢者モードならイケる!  賢者モードを駆使して一つずつを丁寧に論理的に解決する。  そうだ。  ボクは昔っから、動揺すると、何をしでかすか分からなかった。  だから……冷静に……安心に……。  これは机だ。  精子まみれの机だ。  ボクは机の引き出しの穴部分に自分の性器を差し込んで射精した。  これは彼女が誘ってきたからであって、彼女の自己責任の問題だ。  机壁面をうまく使って、あたかも締め付けられる様な感じを演出した。  その結果、ボクは机の中に射精した。  だから今ボクは賢者モードだ。  賢者モードのボクは一応机の精液をぞうきんで拭いておく……。  こんな事でも充分に避妊効果があると思われる。  避妊は男側のマナーの問題だ……。  一通りの男側の責任を果たした後に、自らがやらなければならない事を考える。  まず精子を拭いた机がある。  花瓶は拭けたけど、花にこびり付いたのはうまく拭けなかった……まぁ問題ないだろう。  なら次に解決する問題は何だ? 「そうだ……ボクは彼女が死んだ理由を聞かせてもらわなければならないかもしれない」  誰に? 「この机にだよ……」  なぜ?  だって!  そうだ……。  ボクは……、  ……。 リルル: 「見えないよ…見えないよ、大いなる災いなん        て…!」 リルル: 「ちゃんと見なさい!」 リルル: 「いやぁああ、いやぁ!」 リルル: 「リルルっ!」 リルル: 「ひぃ」 リルル: 「いい? リルルちゃん!」 リルル: 「怯えは形の無い怪物なの! 心を惑わして、        悪い結果を呼び込むの!」 リルル: 「ここでもし怯んだら……世界は破滅してしま        うわ!」 リルル: 「いいの?」 リルル: 「リルルちゃん!」 リルル: 「いい!」 リルル: 「何?」 リルル: 「世界なんて滅んじゃってもいい!」 リルル: 「私は死にたくない! リルルちゃんだけ死ね        ばいいじゃない!」 リルル: 「あ、あう……」 リルル: 「二人ともどうしたのよ!」 リルル: 「空へ!」 リルル: 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 リルル: 「!っぁ!!!っ!!!!!!!!!!!」  空気を引き裂く音と共に……、  そうだ……たしかに高島さんの最後をテレビで見た。  高島さんの最後をアニメで見た。  昨晩のアニメ枠で放送されていたハズだ。  見たのはあくまでもネットの動画だけど……。  でもたしかにボクは、高島さんの最後をアニメで見ているんだ。  だから知らなければならない。  彼女とは、友達だし、恋人だし、アニメだし、動画の中の人だから……。  彼女はいい人だ。  二次元にいる人はいい人だ。  三次元にもいたけど、二次元でも彼女を目撃している。  つまり彼女は仲間だ。  だから机に聞いてみる。  三次元での彼女の事をボクはあまりに知らなすぎる。  でも彼女の代わりのこの机なら、あるいは……。  そうだ。いつでも彼女と一緒になってあらゆる苦悩を乗り越えてきたんだ。  この机と椅子はそういうものなんだ。  だから何でも知っている。  高島さんのすべてを知っている。  なんて明晰なんだ。  すべてが安心だ。 「机の中には何もないのか?」  高島さんの机には何もなかった。  そう言えば、さっき自分のモノを入れる前にも確認していたな……。  何か残っていたら全部精子まみれになるところだった……。  まぁ、冷静に考えてみればそんな事にはならない……。  何か残っていたとしても遺品としてすでに回収されていたんだろう……。  それにしても彼女は寡黙だ。  さっきまであれほど多弁だったのに……今はもう何もしゃべらない。何も教えてくれない。  セックスの後は男の方が優しくしなければいけない……何かの本で書いてあったけど……つまりそういう事か?  ここでは、ボクが努力しなければならない。  ゲームで慣れている。  こういうツンデレな女の子の心を開かせる方法なら…お手の物なんだ。  そうなんだ。  完全なんだ。  知っている。  机は心を開くはずだ……そして高島さんの真実を語るに違いないのだ。 「さぁ……教えてよ」  徐々に机は心を開いていく。  この感じ、彼女は……結構優しいんだろう……。  机の肌触りがやさしい。  すごくいい娘だ。  机の表面にいろいろな事実が浮かび上がる。 「これは……高島さんの心……落書き……」  なんかいろいろと浮き上がってきた……。  彼女の真実が、  その真実の言葉に息を呑む。 「スパイラル……マタイ?」  高島さんの席は……たぶん本人が削ったと思われる文字でうまっている。 「アタマ……リバース……ハル・メキド……ネブラ星雲……エロヒムロ」 「なんだこれ?」  それらは疑問符しか生み出さなかった。  ただ一つの例外的な言葉を除いて。  2012年7月20日……世界が終わる  ノイズ音。  瞬時に前頭葉から発生したノイズが海馬で、回転しながら脊髄に進入してきた。  でも落ち着け……、  今までだって冷静だった。  どんな事があったって冷静だった。  だとして、  だとしてもこの事実はどうだ?  だって……なんでこれが? 「っ」 「なんで……なんで」  こんな事って……、  だってこれは……、  あれじゃないか……。  オ母サン――  これ……、  7月20日に世界は終わる……。  なんでこの予言が……。 母親: 「2012年7月20日……」 母親: 「……ソレハ世界ガ空ニ還ル日」 「あと……一週間……」 「2012年の7月20日まで……」  世界ガ空ニ還ル日。  世界ガ空ニナル日。  スベテガ空ニ染マル日。  お母さんはずっとその日の事を言っていた。  だから覚えている。  本当は忘れていたかった。  いつでも忘れたふりをしていた。  にも関わらず、その日が近づく事に恐怖した。  あれは心が弱い母が生み出した妄想。  空に還る日なんてない。  そう信じて、  あの言葉を忘れてきた。  否、  忘れたふりをしていた。  それでもその日が近づくとボクの憂鬱は止まらない。  妄想がボクにまで侵入してきて、ボクを苦しめた。  だからそれが妄想である事を、言い聞かせるために、ボクは頭の中でいつも“ソレハ妄想デス”と復唱していた。  妄想を言葉で懲らしめていた。  そんな日はない。  そんな事はない。  母は狂っている。  母は弱い。  母はボクを愛していたけど、狂っていた。  ボクを愛しすぎて狂った。  ボクのために狂った。  ボクはお母さんを愛しているけど、彼女の言う事は妄想だ。  彼女の心は完全に壊れていた。  だから、お母さんの言う事は信じちゃだめだ。  愛しているけど、信じちゃだめなんだ。  兄さんは良く知っていた。  だから抵抗した。  なら、  ならこれは?  ボクの目の前に書かれた予言。  高島さんによって書かれた予言。  ならこれは何?  空に還る日。  世界は還らなければならない。  その――  空に還る日の事を……ボクは知っている。 母親: 「世界が空に還る日に……すべては〈終〉《つい》える……」  世界の限界。  世界の果て。  世界の終わり。  ――彼女はそれを“空へ還る日”と言っていた―― 世界に還る日の事……なんで高島さんが? なんで、お母さんが信じた予言が高島さんの机に書かれている……。 ボクは思わずその文字を削って消してしまう。 こんな事あってはいけない事だから。 なのに……。 「ど、どういう事?」 「ねぇ!」  ボクは机を揺らして尋ねる。  さっきまで、心を開いてくれた机がまた沈黙する。 「なんで教えないんだ!」 「君は高島さんの机だろ!」 「ずっと高島さんと過ごしてきたんだろ!」 「高島さんのすべてを知ってるんだろ!」 「ねぇ!」 「っ?!」 「あ……」  机が心を閉ざした理由。  机がしゃべらなくなった理由。  最初それが分からなかったけど、瞬時に理解した。 「!?」  廊下から声が聞こえる。  時計を見ると、授業がそろそろ終わる。  ここのクラスの生徒が教室に帰ってきているのだろう……。 「そういう事か……」 「逃げてください」 「あ、うん……」 「ここは私にまかせて」 「ありがとう」  たしかに机の声がした。  喋れないのを無理して、ボクのために……、  さすがだ……。  高島さんを支え続けた机……。  ボクはその机に礼を言うと、  その言葉に従い、廊下に一目散に走り出した。  鐘の音。  廊下に人があふれる合図。  逃げなければならない。  速やかに、  迅速に、  それは〈激速祭〉《げきそくまつり》。 「はぁ、はぁ、なんなんだあれ?」 「なんでお母さんの言葉があそこに?」  あれは……、  机が教えてくれた言葉……。  高島さんが残した言葉。  その一つ一つの言葉は、ボクが良く知るものだった。  いや、ボクが過去に置いてきた言葉。  今はあってはいけない言葉。  2012年7月20日。  空に還る日。  母の言葉。  母の妄想。  母の頭だけの事。  母の世界の限界。  そう、これは母の頭で起きている事件なのだ。  母の頭の中だけの事実なのだ。 「なんでそれが高島さんの机に?」  母の頭の中が世界にこぼれはじめたのか?  母の妄想が世界ににじみ出してきたのか? 「そんなわけがない!」  人の頭が世界にこぼれるはずがない。  人の妄想が世界ににじみ出すわけがない。  それは断じてない!  全速力で走る。  知らず知らずに走る。  机が教えてくれた言葉に恐怖して……。 「はぁはぁ」  ――怖がらなくても大丈夫よ……。 「はぁはぁ」  ――すべての終わりが近づいても……。 「はぁはぁ……」  ――安心して……。  ――私が守ってあげるから……。  私が空に還してあげるから――  あなたを――  世界を――  還してあげる―― 「世界が滅亡する日……母は世界は空に還ると言っていた」 「世界が滅亡する日……母は世界を空に還すと言っていた」  世界が滅亡する前に―― 「なんで……あの予言が……」 「はぁはぁ……」  消滅した言葉。  無くした妄想。  にも関わらず、机は語った。  四つんばいになりながらも――  その机は――  やさしく――  素直に――  世界の消滅の時を――  ――語った  2012年 7月20日  母が死んだのはもう7年前。  母の予言はもうないはずだ。  にも関わらず。  なんで高島さんの机が語る。  なぜ消滅した言葉が、  再び立ち現れる?  お母さん。  ボクのお母さん。  大好きなお母さん。  ボクの分身を空に還そうとした残酷なお母さん。  大好きだ。  好きなんだ。  でも、  彼女はいない。  もう彼女はいない。  彼女だけが空に還ってしまった。  彼女だけが空を歩きはじめた。  空には神さまがいる。  神さまがいて、世界を作る。  出来損ないの世界を何度も作る。  母はその傍らにいる。  母は神の傍らで笑う。  森羅万象が空に還るその日を想い。  彼女は笑う。  母は神の傍にあるのだから。  母の肉体が滅んで……、  〈高邁〉《こうまい》な精神が世界を覆い。  醜悪で俗物なボクだけが残る。  醜悪なボクは、  家だけでは真面目に生きている。  だけどそれ以外は俗悪そのものだ。  家ではクラシックを聴き、  基地では、エロボイスでオナニーをする。  家では勉強をし、  基地では、エロマンガでオナニーをする。  家では文学を読み、  基地では、エロゲーでオナニーをする。  家では月夜を観察し、  基地では、ネットでオナニーをする。  醜悪そのもののボク。  家だけ良き子。  汚れ無き子。  でもそれ以外はオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニーオナニー。  ボクの人生はオナニーだ。完全にオナニーだ。しこしこ回転しながら加速する、ボクは世界をぐるぐる回るバレリーナだ。  繰り返した。  何度も何度も、  自分のおち○ちんを〈擦〉《こす》る様に、  何度も何度も繰り返した。  永遠の上下運動。  無限回の射精。  聖なる家と俗なる基地。  それを何度も行き来する。  ぐるぐる、  ぐるぐる、  ぐるぐる。  だからあの言葉は還ってきた。  ボクの元に、  空に還るリミットを知らせるために、  あの言葉が還る。  それは射精が近いという事。  この上下運動の終わりが近づいているという事。  ローションをたらそう!  手からオナホールに変えよう!  いろいろ変化をつけよう!  なるべく同じ回転を避けるんだ!  なるべく違った回転を加えるんだ!  でもローションは枯れる。  乾いてくる。  いくら唾液で引き延ばしたりしても、ダメだ。  どんどん薄まっていく。  それは、どんどん薄まっていく日常を意味する。  薄まっていく快感。  強まっていく苦痛。  そうだ、  射精が近い!  射精をしなければならない合図!  永遠のしこしこバレリーナの回転が終わる!  射精によって終わる!  だ か ら !  「ボクニ、ソノ言葉ガ、還ル」 「はぁはぁはぁはぁ……」  今から……10年以上前……。  世間ではくだらない予言の噂でもちきりだった……。  遙か前に流行った予言……ノストラダムスの大予言……。  その時期に母親はとてもやさしかった……。  世界の滅亡を信じて……やさしい笑顔だけの人となった……。 「はぁはぁはぁはぁ……」  その時に母親が買ってくれたアイスはおいしかった。  2012年の7月20日……。  その日のために、おいしいものを沢山食べさせてくれた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  落ち着け……。  落ち着くんだ……。  冷静でいる事。  論理的でいる事。  それが重要だ。  それ以外に解決はない。 「……」  冷静になって考える……。  考えてみよう……。  さぁ、ちゃれんじだ! 「……であるから……  で……  は   だから」 「  で  だったなら?   は   ない」 「 の   ノ」 「         ノ」  「……ノ ノ」 「……であるノ……  ノ……  は   だから」 「  で  だった なら?   は   ない」 「 の   ノ」 「         ノ」 「……」 「……であるから……  で……   ノ」 「  で  ノった なら?   は   ノノ」 「 の   ノ」 「         ノ」 「……」 「……でノノノノノノら……  ノ……  ノ   だから」  「  で  だった なら?   は   ない」 「 の   ノ」 「         ノ」 男子校生: 「  ノ  ノノ ノノノノノ?」 男子校生: 「知ノ ノ? イルノノノノノノ ノノ        ノノノノ ノ」 男子校生: 「ノノノノノノ ノノルノノノノノ  ノノ       ノ ノノ 」 男子校生: 「 ノ?」          男子校生: 「ノ   ノノナ  ノノ ノノの?」 男子校生: 「 ノ    ノノノ、ノ ノノノ、長ノ髪ノ   ノ……」 男子校生: 「ノノノ ノノ ノ死」     男子校生: 「  ノ死」   男子校生: 「  ノ死」              男子校生: 「  ノ死」  男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」      男子校生: 「  ノ死」  男子校生: 「  ノ死」               男子校生: 「  ノ死」 男子校生: 「  ノ死」 「……だめだ」 「少し混乱しているみたいだ」 「ほんの少しだけ……」 「どうしても最後がつながらない。どうしてもつじつまが合わない部分がある」 「……少しクールダウンだ……」 「興奮しすぎている……」  気分を紛らわせるんだ……。  気分を……、 「そ、そうだ……漫画を……」 「えっと……」  ボクは本棚から漫画を取り出す。  漫画はつい最近アニメ化した『魔法少女リルル』。  少しエッチな漫画だ……。 「そうだ……ネットで落としてきたアニメも流そう……」  パソコンの電源を入れて、動画を再生する。 「っ」  ……。  なんかこれ……昨日とまったく同じじゃないか……。  昨日もこうやって……。  そして……。 「っ」  ボクは急いで外に出る。  あの場所で昨晩、ボクは高島さんの幽霊を見た。 「はぁはぁはぁ……」  た、高島さんが……本当に自殺していた……。  昨日のは全部現実……。  なら……、  昨日見た……高島さんの幽霊は……。 「そ、そんな事ありえないだろっ」  そ、そうだよ……高島さんの自殺を見てしまったから動揺してあんなものを見たんだ……。  それか、単純にあの部分が夢でしかないか……。 「でも……高島さんの自殺から……あの記憶まで……地続きな気がする」  あれだけが夢だと……いう感じはしない……。 「だからっ…高島さんの自殺も夢だと……」  夢だと思ったんだ……。  彼女の幽霊なんて見る事自体あり得ないから…だから……。  でもそれを言ったら、自殺を目撃する事だってあり得ないじゃないか……。 「い、一体…何がどうなってるんだよ……」  何が夢で……何が夢じゃないんだ……。 「いや、落ち着け……だから高島さんの自殺は現実で……幽霊は夢で……」 「それと……」  それと?  なら高島さんが机に書いていた予言はなんだ?  あの予言は……お母さんが信じてた予言……。  お母さんがボクだけにしてくれた言葉責め。  なんでそれが高島さんの机に書かれていたんだ?  それはなんなんだ?  母親のボクに対する愛……。  それは世界滅亡という言葉責め。  高島さんも、ボクに世界の滅亡という言葉責めの毎日です。  いろいろな方法でやってくる。  彼女もまた言葉責めの使い手なのだ。  それは彼女もまたボクを愛しているからだ。  ボクを愛する人は、すべてボクに言葉責めをしてくる。  ボクに対して、コンビニ女子店員の態度が悪いのも、  ボクに対して、同級生の女子が冷たいのも、  すべては愛が故の言葉責め。  それはプレイなのだ。  現に今も、高島さんの机がそれを教えてくれている。  世界の破滅を教えてくれている。  だとしたら高島さんは……高島さんは……。 「痛っ」  な、なんだ……頭痛?  ちきしょう……最近は治ったと思ったのに……、  なんでこんな……。 「ぐ、ぐぁ……」  頭が割れそう……。  意識が〈朦朧〉《もうろう》として……くっ。 「あラ……マタ  ……間宮  くんじゃね?」 「あ、ああ……頭が朦朧として……」  目の前にいる人は……えっと……。 「あら……また奇遇……間宮卓司くんじゃね?」  なんだ……この声……。  どっからするんだ?  また……ボクの中からか?  また……あの頃みたいに……自分の中の知らない人間が……。  ……。  いや……違う……。  これは……中からの声じゃない……。  これは……違う……。  これは……。 「き、君は……たしか……同じクラスの……」 「水上だよ…… 自分のクラスの人間も覚えてないとは……」  くっ……。  なんか目眩が……。  なんなんだ……。  えっと……たしかこいつは……、  成績優秀なくせに良く授業をサボって……なおかつ男子生徒よりも強いって話の女で……。  あの悠木と互角で……みんなから愛されて……それで……それで……、 「水上……由岐……さん?」 「そうだよ。そんな事よりさ、なんでこんなところに間宮くんがいるん?」 「というか……どこから出てきたのかね……」  どこから?  ボクはどこから出てきた?  ボクが世界に出てきた場所。  そんなのお母さんの   からに決まっている。  なんて卑猥な女だ!  そんな事をボクに聞くのか! 「ボクが世界に出てきたのは! お母さんの   からだ!」と高らかに宣言させる気か?  なんてヤツだ。  なんて恐ろしい女なんだ。  恐ろしい、  この女は恐ろしい。 「え……あ……え……あ」 「なんで……君は私見て動揺するかなぁ?」 「いや、あ、え」 「というか、なんでそんな所から出てくるかなぁ?」  そんな場所?  お前だって母親の   から産まれただろ!  なんて失礼なヤツなんだ!  もしかしてボクのお母さんを侮辱しているのか?  と、とりあえずここは適当な事を言ってごまかそう。  こんな卑猥なヤツと長時間話していたら、お母さんに怒られてしまうじゃないか! 「いや、その、財布をね」 「財布をプールの脇に落としちゃって」 「財布?」 「うん、そうなんだ。財布を落としちゃって……あ、ボク急ぐんだよ……んじゃ、そういう事で」 「あ……」  ボクは一気に走り、そして……。 「はぁはぁ」 「危なかった……あの女に秘密基地がばれるところだった」 「……それにしても」  あの女……。  あんまり話した事がないんだけど……卑猥だな。  あんな場所をウロウロしているなんて……普通じゃ考えられないほど卑猥だ……。  あんな場所、城山とか沼田とか……あと悠木ぐらいしか来ないと思っていた……。 「とりあえず……あんまりウロウロしているのは良くなさそうだな……」 「とりあえず地下室に戻るか……」 「っ?」 「な、なんだ……」  暗闇の中に何かいる……。 ボクの姿にあわせて、黒い影がゆらりゆらりとこちらに近づいてくる。 「な、なんだお前!」 「お前じゃない……」 「え?」  女子の声?  化け物とかじゃなく?  あっあれは……。 「くすくす……君は間宮卓司くん」  この顔……たしか音無彩名……。  なんでこんな場所に……。  ここは、まだ秘密基地そのものじゃないけど……。  それにしても……なんで貯水タンクなんかに……。 「どうしたの、そんなに怯えて」 「そ、そんな事より、なんでこんな場所に」 「それは間宮くんも同じ……」 「そ、そうだけど……質問を質問で返さないで!」 「なんでそんな声を荒げるの……」 「そ、そりゃ……こんな場所で人にあえば……」 「恐い?」 「え?」 「わたしの事……恐いの?」 「そ、そんなわけっっ……だ、だいたいボクが女なんか恐がるわけないだろ」 「正解……わたし恐くない……言ってみれば……そう、悪魔のようにやさしい……」 「そうみんなも言ってたから……」 「みんな?」  みんな……? この人が誰かと話してる姿みたことないけど……。 「みんなって誰ですか?」 「さぁ?」 「さぁ? なんて名前の人はいないけど……」 「くす……なら水上さんとか?」  水上……?  この女……水上由岐と接点があるのか?  誰とも接点なんてないと思ったのに……。  あの卑猥な女と接点があったとは……、  という事は……、  こいつもまた卑猥な存在という事。 「他は?」 「水上さんとか」 「いや、他に……」 「水上さんとか水上さんと水上さんと水上さんと水上さんと……」 「……」  なんだこの女……水上さん以外とは接点がないみたいだな……。  そう言う意味では……こいつも友達が少ない寂しいヤツなのかもしれないな……。 「くすくす、間宮くん……」 「な、なに?」 「寂しいとか……余計なお世話」 「!?」  こ、こいつ? ボクの心を読んだ? 「な、なんだよ、それっ」 「驚きすぎ……私は人の心なんて読めない」 「へ?」 「間宮くんってバカで分かりやすいから……適当に喋っていたら……あなたの心の中と合っただけ……」 「そ、そう……」  なんだこいつ……結構ムカツク事を言うんだな……。 「ムカツかないよ」 「え?」 「私の事……間宮くんはムカツかないよ……むしろ好きなぐらい……くすくす」  なんだ……これ……やっぱり……心の中が……。 「私は君が好きなタイプ……あと水上さんも……それ以外だと……」 「ボクは君みたいな人間なんて好きじゃないっ」 「そう?」 「だ、だいたいボクは二次元しか興味ないし!」 「くすくす……それなら大丈夫。私にとってそんな境はないから……」  な、何言ってるんだ……こいつ……。 「お、お前……ボクをバカにしてるのか?」 「それは誤解……私は君をバカになんてしない……だって間宮くんすでに」 「バカだから」 「な、なんだとっ」 「くすくす、これはユーモア……仲良しの印……」 「人を不愉快にさせる様なものをユーモアとは言わない……」 「そう? これは不愉快だった?」 「当たり前だ」 「こういうのが好きだと思ってた……」 「なんだそれ……」 「最初はツンツンしてる方が……あとから萌える感じ……」 「ば、バカにするな!」 「くすくす……バカになんかしてない……」 「本当は、君をバカにするなんて絶対に出来ないんだから……」 「……?」  こいつの言ってる事……ほとんどちんぷんかんぷんだ……なんなんだ……。  あまりこんなヤツに関わらない方が……。 「間宮くんって、そんなに死ぬのが恐い?」 「……なんだそれ……」 「高島さんの予言に怯えてる……」 「え?」 「その予言は……あなたの母親が信じた予言と同じもの……」 「お、おまえ、なんでそんな事を!」 「母親との会話……覚えてる?」 「な、なに?」 「卓司……あなたは死ぬの恐い?」 「はぁ?」 「死ぬのは恐いのかしら……」 「当たり前……そうあなたはそれを当たり前というけど……死を怖がるのは当たり前じゃないの……」  こ、この言葉……。 「死は誰にも経験出来ない」 「死を体感する事は出来ない」 「死を引き寄せて……それに寄り添って、人は何となく想像出来るものへ……体感し経験出来るものの様に死を変換してしまう……」  この話……。  まんまだ……。  なんで……、 「もし仮に君が永久に生きたら……まず、愛した人たちが死んでいき……そのうち、人類が滅びて……」 「すべての生物が滅びて……誰もいなくなって……間宮くんだけが生きているの……」 「それからも果てしない時がすぎて……宇宙もエントロピーが無限になり……熱死をむかえる」 「何もない空間で間宮くんは、何億年も何兆年も何京年も生きるの」 「それでも、間宮くんは永久に死なないでそれを見てるの……」 「間宮くんが自分が自分であるという連続性は永久にあるけど」 「たぶん、間宮くんの精神は崩壊する」 「精神は崩壊するけど間宮くんは連続し続けるから」 「それって意外な無限地獄」 「たしかに、ものすごく楽しそうだけど……」 「それがあなたの望み?」 「物理的な時間を……永遠に生きるのは地獄……その事は良く聞かされた……」 「そして、ボクは言う……幸せな人生が永遠に続けばいいと……」 「なにもない空間を見てるのは幸せではないと……」 「くすくす、そうなんだ幸せじゃないんだ……」 「間宮くんが永久に何もない世界で精神崩壊を起こしながら浮遊し続けるなんて……楽しそうなのに……」 「なら間宮くん、素敵な学園生活を送るの」 「素敵な彼女、素敵な友達、楽しい生活」 「それが何百年続く」 「それが何千年続く」 「それが何万年続く」 「それが何十万年続く」 「それが何百万年続く」 「それが何千万年続く」 「それが何億年続く」 「それが何十億年続く」 「それが何百億年続く」 「それが何千億年続く」 「それが何京年続く」 「それが何十京年続く」 「それが何百京年続く」 「それが何千京年続く」 「それでもまだ終わらないの」 「無限だから、ここまででも一瞬なの」 「これの何千倍、何億倍、何京倍しても終わらないの」 「終わりは絶対こないの」 「素敵な彼女」 「素敵な友達」 「楽しい生活」 「を永久に繰り返すの……」 「何百年かあたりに間宮くん」 「この幸せな生活に嫌気が差すの」 「素敵な彼女を殺し」 「素敵な友達を殺し」 「楽しい生活を終わらせようとするの」 「でも、次の日の朝になるとまた」 「素敵な彼女」 「素敵な友達」 「に囲まれた」 「楽しい生活が始まるの」 「間宮くん、はじめのうちは殺しの快感に酔いしれて」 「毎日、素敵な彼女、素敵な友達、を殺し続けるの」 「でもそれも、何百年かで飽きて」 「もう、今度は自殺しようとするの」 「間宮くんは死ぬの」 「でも次の瞬間には」 「素敵な彼女」 「素敵な友達」 「に囲まれた」 「楽しい生活が始まるの」 「そして、間宮くんは発狂するの」 「でも強制的に幸せになるため」 「精神は普通の状態に戻されるの」 「それからも」 「素敵な彼女」 「素敵な友達」 「楽しい生活」 「は永遠に続くの」 「永久に……」 「……」  この会話……そのまま過去にした。  なんでこいつが知っているのだろう……。 「死は誰にも経験出来ない」 「死を体感する事は出来ない」 「死を引き寄せて……それに寄り添って、人は何となく、死を想像出来るもの……体感し経験出来るものの様に感じる」 「でもそれは……あくまでも……想像」 「死は誰にもゆるされてはいない」 「死は誰も手に入れる事は出来ない」 「人は……誰一人として、経験としての死を迎える事は出来ない」 「死は……誰にも訪れないもの……死は得る事などないもの」 「死を想像しないものは、永遠の相を生きる」 「動物がそうである様に……」 「だが、人は死を想像する」 「死の傍らで生きる」 「だけど……死は傍らにあったとしても、死は人のものではない」 「死を人のものとするのは冒涜……」 「人に許された世界は生のみ……生は死の傍らにあり、死そのものであり、そして人が得るべきもの」 「な、なんでそれをお前が……」 「そ、それ……何か本に載ってたのか? なんかの宗教の教えなのか?」 「さぁ……」 「でも間宮くんはこの話知っている……」 「そ、それが分かってて話したんだろっ」 「その話は、お母さんがボクに良くした話」 「死を想像するのは……痛みを想像する事でしかない……」 「それ以外……いかにも高尚な死の恐怖ほど……低俗な恐怖……」 「自己の消失に対する恐怖などは……あまりに人間的な低俗な恐怖……」 「でもお母さんは言ったハズ……」 「貨幣を低俗としないのなら、それも低俗とは言えない」 「自己消失の恐怖は、貨幣が貨幣として成り立っている事と変わらない不可思議と同じ……」 「先送りにされた価値としての貨幣……先送りにされた恐怖としての死」 「それと同じ様に……死の恐怖は、妄言でありながら……人々が生き続けるかぎり……付きまとう……」 「まるで耳元で囁く天使の様に……」 「なんだ……お前……」 「だいたいっ」 「え?」  なんでだ?  消えてる……。 「な、なに……」  こ、これも夢?  いや……夢とかないだろ……なら現実?  現実なら人間が消えるとかない……ならこれは何?  幻覚?  幻覚なのか? 「って、どこまでが幻覚なんだ?」 「ゆるさないんだからっ」 「え?」 「な、なんでここのテレビが?」 「ゆるさないんだからっ」  元々、パソコンを入れる前に拾ってきたテレビをこの秘密基地にいれた……記憶がある。  でも、あれは電波を受信出来なかったし……それ以上に電源を入れてないはず……。 「ゆるさないんだからっ」 「なんで……テレビが……」 「次世代超能力を取り戻す儀式って聞いていたけど……それってどんな事なの?」 「え? 死すれすれを体験するって?」 「そんなの恐いよ……」  まただ……この声……。  この声は……。 「これは……リルルちゃんの声じゃない……」 「これは……たしか……高島さんの声……」 「見えないよ…見えないよ、大いなる災いなんて…!」 「ちゃんと見なさい!」 「いやぁああ、いやぁ!」 「リルルっ!」 「ひぃ」 「いい? リルルちゃん!」 「怯えは形の無い怪物なの! 心を惑わして、悪い結果を呼び込むの!」 「ここでもし怯んだら……世界は破滅してしまうわ!」 「いいの?」 「リルルちゃん!」 「いい!」 「何?」 「世界なんて滅んじゃってもいい!」 「私は死にたくない! リルルちゃんだけ死ねばいいじゃない!」 「あ、あう……」 「二人ともどうしたのよ!」  昨日……パソコンで再生された動画と同じ……。  これって……この三人って……三人とも互いをリルルって呼んでるけど……。  この三人……。 「空へ!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「!っぁ!!!っ!!!!!!!!!!!」  空気を引き裂く音と共に……、 「ど、どうなってるの……こ、これ……」 「……」  落ち着け……これは夢……。  これが夢?  どこが?  だいたい……ボクはいつから夢を見てるんだ? 「お、落ち着け……か、考えるんだ……」  これが夢なら……どこからか夢の地点があるはずだし……いつか覚めるはずだ……。  この悪夢はいつか……覚める……。  こんな夢……。 「っ……」 「な、なんだ……これっ……」  何か違う波長……人の音声でない波長……そんな感じ……すごく高い……すごく……。 「      」 「っ?」 「夢じゃないよ」 「え?」 「い、今……」  柱に目をやる。  そこは沢山の落書きで埋まっている。 「壁の落書き……」  ボクが描いたもの……。  アニメや漫画……たまにラノベの絵も描いた……。  今……その絵から……。 「夢じゃないよ」 「っ?!」 「君のお母さんがそうであった様に……君も……運命から逃れられないんだよ……」 「なっ」  これは夢だ。  こんな事があるわけない……。  これは夢だ……。  いつからかなんて関係ない。  こんなものが現実なわけがないっ。 「違うよ……これは現実だよ」 「う、うるさい!」 「卓司くん……」 「こ、こんな馬鹿げた事が現実なわけがない! こんな馬鹿げた現実なんてっ」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」  ど、どうなってるんだ……。  な、何がどうなってる……。 「はぁ、はぁ……なんでこんな……」 「なんなんだこれ……一体なにが……ボクはどうしたら……」 「なんであの予言が……」 「なんであんなデタラメな予言が……」 「世界の滅亡だって?」 「起こるわけがないんだ……ないんだ……」 「なのに……なんで高島さんは……」 「なんであの予言を知ってるんだ!」 「なんで」 「なんで……お母さんみたいに……」 「なんでなんだ……」 「これは……現実なのか……」 「それともいつからか夢の中に紛れ込んでいたのか?」 「ここが現実でないとしたら……どこからボクは夢の中にいたんだ?」 「なんでこんな事に……なんで……」 「っっ」 「なんで落書きが……なんで落書きなんかから声が……」 「これは……罰なのか……」 「ボクがやった事に対する……罰」 「ボクが出来なかった事に対する……罰」 「あるいは……」 「呪い……」  「なに?」  何かの音?  声の様な……。 「な、なんだ?」 「あれ……」  なんだ……?  誰かボクを……見てる……。 「あれは……」 「なんだ……あれ」 「……誰?」  というか……あれは人なのか?  人というか……。 「っ」 「なっ?」 「人間じゃ……ない」 「あれ……なんだ……」 「お前はぁ!」 「うあああああああああああああああ」 「こっち、くるなぁ!!」 「あっちいけぇ!!」 「うわああ、うわあ!」  ……。  ……声が……。  消えた?  ……。  声がしない……。  夢が……覚めた……とか?  悪夢が……、  終わったから?     「!?」 不安: 「……」 不安: 「て……」     「て?」 不安: 「てけ・り」 不安: 「てけ・り」 不安: 「てけ・り」 不安: 「てけ・り」 不安: 「てけ・り」 不安: 「てけ・り」  りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりてけ・り りりりりりりり      りりりりりりりてけ・り りりりりりり りりりりりり りりりりりりてけ・り りりりりり りりり りりりり りりりりりてけ・り りり   りりり   りりりり   りりてけ・り りりりりり りりり りりりり りりりりりてけ・り てけ・りりり りりりりりり りりりりりりりりりり りりりりりりり      りりりりりりりてけ・り りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりてけ・り 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「な、なんだこれぇぁぁぁぁ」 「か、勘弁してくれよぉぉぉぉ」 「なんなんだよぉ」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「はぁはぁ……なんなんだあれは……」  化け物?  いや……そんなものがいるわけがない……。 「ど、どちらにしろ……ここまで来れば大丈夫……」 「そうだ、ここなら人もたくさんいる」 「ボクの姿は大勢の姿の中に隠れる」 「ボクの姿がみんなから浮き出る事はないんだ」 「うまく、ここで流れに合わせれば」 「みんなのように歩けば」 「流れに合わせて歩けば」 「そうだ、うまく合わせればいいんだ」 「この前はうまく流れに合わせられなかったから……」 「ボクの姿が浮いてしまったから……」 「みんなにイジメられたけど」 「今度は大丈夫だ」 「同じミスはしない……」 「しないぞ」 「よし」 「そうだ、うまいぞ」 「うまいぞ」 「ボクの姿はみんなから浮き出てないぞ」 「そうだ、安心していいんだ」 「安心して」 「そして、このまま行けばいい」 「そうすれば永遠に安心なんだ」 「お父さんはいつもそう言ってた……」 「この流れに乗りなさい……と」 「永遠にこの流れは続くハズだ」 「終わりなんてない」 「終わりなんて……」 「だから、ここでうまくやらなきゃ」 「うまくやらなきゃ」 「でなきゃ」 「でなきゃ」 「終わりが……」 「お母さんが怖がっていた……」 「終わりが……」 「ボクにも……」 「高島さんの様に……」 「終わりが」 「屋上から……」 「終わらせる……」 「屋上から見えるのは……」 「見えるのは……」 「空……」 「空?」 「!?」 「なんだあの色……」 「夕方の赤じゃない……」 「あれじゃまるで……」 「あれじゃまるで!」 「っ?」 「ひっ」 「見られてる」 「見られてるぅ」 「ここでも!」 「ボクはここでも露出を!」 「同じミスを!」 「うわぁぁぁぁ」 「見てる」 「見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」 「見てるよぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「なんでだ!」 「なんでなんだ!」 「はぁはぁはぁ……」 「ボクは」 「いつだって」 「いつだって……」 「だけど、もう安心だ」 「はぁはぁはぁはぁ……」 「ここまで走れば……」 「ここまで……」 「え?」 「な、なんでこんな場所に?」 「ここって……」  高島さんが死んだ場所……。  なんでこんな場所……。 「い、今の……」 「……」 「な、なんだよっ」  ……。 「誰?」  ……。 「だ、誰もいないの?」  ……。  いや……たしかになにか声が……。 「……」 「っ!?」 「だ、誰なの!」  ……。 「だ、誰かイタズラでしょ!」  ……。 「い、一体誰なの!」  イタズラ?  今まで見たものすべて? あのばかでかい化け物とかも全てが??  どうやって?  どうやってあんなものをボクに見せるの? 「だ、誰!」 「っ?!」 「セ、世界ガ……」 「世界ガ……ニジュウ日デ……オワ……ル……」 「た、高島さん?」 「ハヤク……世界ヲ救ワナイト……」 「母サンガソウ言ッテタ様ニ……」 「な、なに?」  なんで……高島さんは……。  なんであの予言の事を……、  なんでお母さんの事を……、 「うっ……」  その場から逃げようとした……にもかかわらず……。  身体が動かない……。  それでも無理矢理身体を動かそうとする。  まるで重い液体の中にいるかの様に、身体の動きがゆるやかだった。 「な、なんでこんな事が……こんなの……」  こんな事が現実にあるわけがない……。  死んだ人間が……歩いてくるなんて事……。  そう思いながらも高島ざくろから逃げようとする……だけどまったく距離は離れない。  この感覚……そうだ……この感覚は……、  身に覚えがある感覚……逃げようとすると身体がまるでスローモーション再生でもされているかの様に重くなる……。  これは夢だ……。  こんなの……夢以外にありえない……。  こんな事があるわけ……、  こんな事……。 「……て」 「……」 「お……て」 「…………」 「起きて……」 「……ん……んん……ここは……」 「!?」 「こんにちは」 「え?」 「こんにちは卓司くん」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「壁の絵がぁ」 「壁の絵がぁ、喋ってるぅぅぅぅ」 「怖がらないで」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「怖がらないで!!」 「うっ」 「えへ、大きな声だしちゃった」 「……」 「卓司くん」 「は、はい……」 「……落ち着いたみたいだね」 「お、落ち着くもなにも……あの……」 「卓司くん……私が誰だか分かる?」 「リ、リルルちゃん?」 「ピンポン、ピンポン」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「え、でもリルルちゃんって……」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「アニメで……」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「これはボクが書いた絵で……」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「単なるボクの空想……」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「空想?」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「クウソウ?」 「ソウ、ワタシ、マホウショウジョリルルヨ」 「kuusou?」 「sou,watasi,mahoushoujyoriruruyo」 「ku/u/so/u?」 「so/u/wa/ta/si/ma/ho/u/sho/u/jyo/ri/ru/ru/yo」 「?/u/so/u/ku」 「yo/ru/ru/ri/jyo/u/sho/u/ho/ma/si/ta/wa/u/so」 「u/ku/u/?/so」 「ru/wa/jyo/ru/sho/ri/so/u/u/ma/ho/ta/u/si/yo」 「u/k/so/uu?/」 「y//oo/rrs/rhjyi//soo/uuu/hu/s/m/oai/w/taa/u」 「╋k/s・・?/」 「y┨o・rrs/rhjyi┨so・・╋hu/s/m/oai/w/taa/u」 「――」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「世界に散らばってしまった神さまの夢を集めてまわってるの」 「実は、まだ夢を集めきってないんだ、えへへ」 「テレビでは全て集めて魔法の国に帰った事になってるんだけどね」 「居残りみたいなもんかな、わたしってば落ちこぼれだから」 「っ……」 「大丈夫?」 「あ……だ、大丈夫……うん……」 「いつも卓司くんがわたしに話しかけてくれたから、わたしここにいることが出来たんだよ」 「ボクが話しかけたから?」 「そうだよ。だからここにいる」 「ここに……いる?」 「ここ……」 「ここはここだよ……」 「P→P?」 「あそこはあそこだよ……」 「Q→Q?」 「¬P?」 「ならあそこなの?」 「¬Q?」 「ならここなの?」 「P∨Q?」 「そう?」 「¬(P∨Q)=¬P∧¬Q?」 「(not (P or Q)) == ((not P) and (not Q)) 」 「¬(P∧Q)=¬P∨¬Q?」 「(not (P and Q)) == ((not P) or (not Q)) 」 「¬∀x A(x)⇔∃x ¬A(x)」 「¬∃x A(x)⇔∀x ¬A(x)」 「くすくす……」 「x=∞」 「!?」 「そう、わたし、魔法少女リルルよ」 「でも……」 「ソウ、ワタシ、マホウショウジョリルルヨ」 「君はどこに……」 「sou,watasi,mahoushoujyoriruruyo」 「ボクはどこに……」 「so/u/wa/ta/si/ma/ho/u/sho/u/jyo/ri/ru/ru/yo」 「二人はどこに……」 「yo/ru/ru/ri/jyo/u/sho/u/ho/ma/si/ta/wa/u/so」 「二人は……」 「ru/wa/jyo/ru/sho/ri/so/u/u/ma/ho/ta/u/si/yo」 「どこ?」 「y//oo/rrs/rhjyi//soo/uuu/hu/s/m/oai/w/taa/u」 「――?」 「y┨o・rrs/rhjyi┨so・・╋hu/s/m/oai/w/taa/u」 「――?」 「……何言ってるの? それってあたりまえの事じゃないのかな?」  リルルちゃんは不思議そうにボクの顔を覗き込んだ。 「此処はここだよ」 「……そうなんだ」 「ちなみに〈彼処〉《あそこ》はあそこだよ」  リルルちゃんは隣の部屋を指さした。 「別名、新校舎の土台って言いまーす。 あはははははははは」 「あっ、ここも土台か、えへ」 「おかしいよ卓司くん」 「どうしたの、わけ分かんない事言って……いきなり外国の言葉なんか使ったりしたら分からないよ……」  外国の言葉?  ボクはいま外国語でリルルちゃんと話していたのか? 「リルル難しい事よく分かんないよぉ」 「普通の言葉で喋ってよぉ」 「ご、ごめん」  外国の言葉なんかじゃない……。  いま、ボクは何か記号のようなもので話していた気がするけど……。  法則性がある様なない様な奇妙な記号で……。  法則性がある記号……?  それって何の言葉だ?  ……それと、  それの前にも、何か言語を使っていた……。  リルルちゃんと会って数秒話していた言語だ……。  あれは、何の言葉だ……、  何の……。  ……あっ。  あれは日本語だ。  なら、いま話しているのは……?  日本語だよ、今話してるのも日本語だ。  問題ないじゃないか。  リルルちゃんとボクは日本語で話している!  全然普通じゃん。  ボクはどうかしてた……。  おかしい事なんてひとつもない!  世界は安心に満ちている。  そうだ……世界は安心に満ちている……。  恐ろしい事なんて無い……。  特別な事なんて無い……。  世界は安心に満ちあふれているだけだ……。 「……大丈夫?」 「あ、いや……別に問題ないよ……」  リルルちゃんは心配そうにボクを見ている……。 「ご、ごめん、心配かけて……でも、もう大丈夫だよ」 「ホント?」 「うん、本当に大丈夫」  そうだ……。  おかしい事なんてない……。  何も疑問なんてない……。  安心……安心……安心。 「安心……安心……安心」 「安心のおまじない……そう卓司くんのお母さんが教えてくれた」 「なんでリルルちゃんが?」 「そんなの当たり前だよ。だって私は魔法の専門家だよ。そのぐらいのおまじない知ってるよ」 「そういうものなんだ……」 「そうだよ。そういう事なんだよ。ごく当たり前、驚く様な事じゃないんだよ」  当たり前の事……、  そうか……そう言われると……そんな気もしてくる……。 「うん、ボクはどうかしてたんだ」 「もう大丈夫だよ」 「そう、よかった」 「あ、うん……あははは……」 「……卓司くん元気ないね」 「え? あ、元気ないと言うか……」 「混乱しているの?」 「あ、うん……まぁ」 「お母様が言ってた予言が形になりつつあるから?」 「え?」 「2012年7月20日の世界の滅亡と救世主の登場。その話を何度もお母様から聞いているでしょ」 「聞いてはいるけど……そんなの単なる妄想で……」 「お母様の事信じてないんだ」 「あ、当たり前だよ……お母さんの予言なんて当たるわけがない……だってもし当たったら…あんな場所で   死んだりしないよ……」 「当たらないと……信じたいだけでしょ?」 「な、なんだよそれ」 「裏切られたと思っているから?」 「そ、そうじゃないけど……」 「そうなんだ……お母様を恨んでるんだね……」 「……」  恨む……。  そう……ボクはお母さんを恨んでいた。  あんな母親を誰が許すことが出来るだろうか……。  ボクをあれだけ振り回しておきながら……最後はボクを見捨てた……。  見捨ててなかったのかもしれないけれど……結果は   死という結果で終わった……。 「でも……ちゃんと思い出してごらん」 「ちゃんと?」 「あなたがここに存在している理由……ここに間宮卓司がある理由……」 「ボクが存在している理由……」 「あるいは、存在している原因」 「ボクの存在している原因……」 「そうだよ……だって君は……」 「ボクは?」 「     者」 「すでに   者」 「にも関わらず……君はここに存在する。間宮卓司として存在している……それは何故?」 「ボクが存在している理由?」 「救世主……だからじゃないの?」 「救世主?」 「君のお母さんが厳しかった理由……忘れたの?」 「ボクのお母さんが厳しかった理由?」 「そう……お母さんはなんで君にあんな厳しかったのかな?」 「その理由……忘れたの?」 「わ、忘れてないけど……でもそんなの……」 「そんなの妄想なの?」 「だったら、何故君はあんな事があったのに、間宮卓司として存在し続けられるの?」 「そ、それは……」 「君は何のため生まれてきたの?」 「そ、それは……ボクは……」 「救世主!」 「卓司くんは救世主になるため生まれてきたんじゃないのかな?」 「そ、そんなの知らないよ……もうお母さんは死んだんだ! あの人はいないんだ! 関係ない!」 「関係ない? あなたが存在しているのに?」 「あなたが存在し続ける限り、君のお母さんの予言に何の矛盾も存在しない……」 「だって君の存在理由……それこそ世界を空に還す事なんじゃないの?」 「っっ」  世界に空を還す……。  そのための救世主。  その言葉……何百回、何千回、何万回、何億回、何兆回、何京回……聞かされただろうか?  ボクの存在理由を……何度聞かされただろうか? 「で、でも……」 「なら、君は何をしたいの? これから先、君の人生には何があるの?」 「え?」 「有意義な人生が待っているとでも言うの? 人生に意味を見いだせるの?」 「そ、そんな言い方失礼だよ! ぼ、ボクだって有意義な人生があるかもしれない!」 「そう…… なら卓司くんの言う有意義な人生って何?」 「え?」 「そ、それは……ビックになるんだよ……たぶんボクには隠された何かがあるからさ……」 「そうなんだ、それが有意義な人生?」 「そうだよ、ビックになったらお金が沢山入ってきて、何でも出来るんだ……お金があれば何でも出来る」 「お金で愛も買える?」 「当たり前だ! 女なんて全部、金目当てで男と付き合ってるんだから!」 「そうかな……だったらヒモになってる男の人は?」 「だからそういうのは、ただしイケメンにかぎるって言うんだよ!」 「なら、有意義な人生って、お金がある事とイケメンである事なんだ……」 「そ、そうだよ。お金持ちでイケメンだったら、人生は有意義だ」 「それが一日でもあれば人生に意味があったと言えるのかな?」 「い、一日なんてダメだろ、もっと沢山だよ」 「なんでもっと必要なの?」 「だ、だってそんな素晴らしい日々が一日で終わったらダメだよ。そんな日々は永遠に続かないとダメだ!」 「永遠に?」 「っっ」  永遠に続く幸せ……。  それって……音無彩名が言っていた事……。  永遠に続く幸福は、永遠故に……地獄と変わらない。  どんな有意義な人生だって……完全な終わり無き日常なら恐怖に近い……。  だから……永遠に生きるのはダメだ。 「ち、違う……永遠じゃなくていい……ただそこそこの長生きならいい……」 「どのくらい?」 「その時に“もうこんなもんでいいや”と思えるぐらいの長さだよ……」 「それはどのくらいなの?」 「それはその時じゃないと分からないよ……」 「それが君の生きる意味なの?」  生きる意味……って言われると何かおかしい……。  楽しい人生だったって事は……意味なんだろうか?  もっと他に……、  そうだ! 「有意義な人生には子孫を残すって言うのもあるよ!」 「子孫?」 「そう、遺伝子を残すんだ」 「遺伝子を……ねぇ」 「そうだ、それが生命が存在する意味なんだ。生命は子孫を残すからこそその意味がある」 「つまりは……お金も無くイケメンでも無く子孫も残せない人生はなんら意味が無いんだね?」 「そ、そうだよ! そんな人生は無意味なんだよ!」 「だいたい子孫も残せない人生なんて無意味だ!」 「そうなんだ……人生は子孫を残すからこその意義なんだ……」 「ああ、そうだよ……当たり前じゃないか……」 「……どっちにしろ全部消えてしまうのに?」 「え?」 「宇宙の終わりが来て、すべてが消え去るとしても、卓司くんは子孫を残す事こそが生命が生きる意味だって言うんだよね……」 「え?」 「だってそうでしょ……宇宙の最後が来るなら、どっちにしてもすべては消えてしまう……もし宇宙に終わりが無いとしても、宇宙はエントロピーが最大になり、やはり死を迎える」 「エントロピーが最大?」 「宇宙すべての〈熱平衡〉《ねつへいこう》……どちらにしても……すべての生命が永遠に子孫を残すのは不可能……いつかその終わりを向かえる……」 「で、でもある程度長い時間なら……いいじゃん……」 「無限の中では、どんな年数でも有限である以上は、それは一瞬だよ」 「人間の子孫が無限の時間に存在出来ないなら、それは一瞬だよ」 「有意義な人生って……卓司くんの言い方だと、ただ時間的に答えを後に引き延ばす事に聞こえるよ……」 「人間の生きる意味」 「生命が存在する理由」 「それらは単に、幸福を時間的に引き延ばして“これは有意義である”と宣言しているみたい……」 「幸福の時間的な量……それが人生の意味なの?」 「そ、そんな事……ボクに無限の事なんか分からないよ! そんな難しい話じゃなくてっっ」 「人間の生きる意味なんて無いのかもしれないけど……でも、それでも、ボクは、まだ生きてたい……世界が終わるなんて信じられないっっ」 「もうすぐ死ぬなんて耐えられない……」 「理屈がどうあれ、ボクはまだ死にたくない……ただそれだけだよ」 「ボクにとってこの一瞬と一万年は同じものとはなり得ないよぉ……」 「だ、だから……ボ、ボクは……やっぱり恐いよ……」  死ぬのは恐いに決まっている……。  だってすべてを失うという事なんだから……、 「だ、だって……」 「それでも……子供の時は……あの瞬間までは信じてたんでしょ? お母さんの言う事……」 「あの瞬間まで……」 「っく……」  なんだ今の映像……瞬きと瞬きの間に挿入された映像は……。 「高島さんの机に書いてあった予言……」 「他にだって、沢山の不思議な事……あったんでしょ?」 「な、ならすべては真実……お母さんの予言も高島さんの予言も……世界は終わる……」 「うん、でも安心して」 「あ、安心なんて出来ないよ! 出来るわけないでしょ!」 「なんで?」 「君は救世主なんだよ……世界を救う者が、世界の終わりに恐怖してどうするの?」 「で、でも……」  リルルちゃんがボクのおでこに手をかざす……。 「とりあえず一億年旅してきなさい」 「一億年って?」 「ひっ?」 「っ」 「くすくす……」 「どう……」 「……」 「あ、しまった……卓司くんの記憶にまで至らなかったかも……」 「中途半端な一億年の進化を体感したから自分が何なのか忘れちゃったんだなぁ」 「なら」 「エイ!」 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」 「うげぇ、っ……げほっ、げほ、うっ」 「だ、大丈夫?」 「うげぇ」 「あははははははは、ごめーん」 「ボクはいま……いま?」 「今って?」 「いや、今じゃなく……」 「いままでボクは……」 「卓司くんの遺伝子の記憶をいま見たのよ」 「遺伝子の記憶?」 「うん、これは、わたしの能力じゃないんだよ、卓司くんの身体に見る機能があるんだよ、わたしはそのスイッチを押しただけ」 「スイッチ?」 「そうだよ、人間はね、生まれてくる前に、お母さんのお腹の中で生物の発生から自分の親までの全生命の記憶を見るんだよ、その形を思い出しながら……プランクトンからお魚、お魚から爬虫類、爬虫類から……ってかんじでね」  聞いた事がある、なんかで読んだ……それは……、 「それって……胎児の夢とか言うやつ?」 「ふーん、そんな呼び方するんだ」  いや、ちゃんとした呼び方なんてない……だってそんな事は学問的には認められていないハズだから……。 「うふふ、一億年を体感した感想は?」 「感想……」  ものすごく長かった気がする……しかし終わってしまえばそれは……。  現実のような夢のような……。  そして、なにか意味があったようでないような……。  ただ、1億年の時を終えて、なにかボクのなかに予感のようなものが……。  予感……?  また……兆しのような……。  兆し……? 「どーだった?」 「あ、ああ、ごめん、そうだね」 「終わってしまえばここにはその一億年の形跡はない……」 「一瞬ではないけど、いまとなっては一瞬として処理していいような気がする」 「そんな感じかな」 「んふふふ、すごい答えだね」 「すごい答えって?」 「そんなセリフ、並の哲学者や宗教家じゃ言えないよ」 「と言われても……」 「ボクは哲学者でも宗教家でもないけど」 「そうだよ、だから彼らには言えなくて、卓司くんには言えるんだよ」 「そうなのかなぁ」 「うん、卓司くんは神さまの一部だもん」 「神さまの一部?」 「ボクが神さまの……」 「一部なのかい?」 「うーん、 神さまの全部!」 「全部?」 「一部ではないの?」 「どっちなの?」 「うーん、 どっちも!」 「ボクは神さまの一部で全部?」 「うん、一であり全であるってやつ」 「ふーん、そうなんだ」 「納得した?」 「納得は出来ないよ、ボクはまだ人間だもん」 「そんな理屈を超えた理屈なんて理解できないよ」 「ボクにあるとしたらそれは……」 「すべて……」 「兆しだけだ……」 「すごーい、卓司くん、完璧な答え!」 「兆しが分かるなんて」 「そういえば……リルルちゃんは神さまの夢を集めてるんだよね……そのリルルちゃんがボクに世界の終わりの事を説明しに来た」 「という事は……もう本当にこの世界は……」 「……だから最後の時まで……あと六日ほどになるね……卓司くん恐い?」 「ボクの一瞬は1億年に成りうる」 「その気になれば、51兆84億年を生きる事ができるんだ」 「それに……どちらにしろ時間の長さなんて関係ない」 「いますぐ死んだとしても……恐くはない」 「なんで?」 「すでに、兆しのなかにいるから」 「うふふ、でも卓司くんは死んではだめだよ、終わりと始まりは表裏一体」 「お母さんが言ってた言葉、思い出して……」 「お母さんの言葉?」 「世界が空に還る日……」 「うん、そう、それだよ」 「世界が滅亡する前に、すべてを空に還さなきゃいけないんだよ」 「すべてを空に……そんな偉業をボクに出来るだろうか……」 「神は世界を救わない……天使は世界を救わない……神がやらなければ人がやる……」 「人を救うのは神じゃないんだよ……人を救うのは人たる救世主」 「つまりそれは……ボク」  分かっていた……それは幼いときから母にずっと言い聞かされてきた事だから……、 「リルルちゃんがここにいる理由は?」 「卓司くんの兆しを……」 「兆しを……?」 「至らせるために……」 「至り?」 「うん。人間の言葉だとうまく説明できないの」 「言葉に当てはめると……」 「無限の一種」 「無限の? 一種?」 「アレフ∞」 「な、何それ?」 「うーん、だからうまく説明できないの……」 「さらに言うと……」 「つい」 「対?」 「いいえ、〈終〉《ツイ》よ」 「〈終〉《ツイ》?」  ボクはそれを知っている。 「それは……」 「〈終ノ〉《ツイノ》……」 「空!」 「そう、あなたが至るものは」 「〈終ノ空〉《ツイノソラ》!」 「至る……」 「それは、至っていて、終えてるもの」 「至っていて、終えてるもの?」 「でも、それって、人間にとっての死じゃないの?」 「死じゃないよ、それは」 「存在の至りとか言えばいいのかな」 「死でも生でもないし」 「無でも有でもないし」 「それは……」 「それは?」 「それは……世界が空に還る時」 「終ノ空」 「……」 「…………」 「………………」 「ああ……分かってる、分かっているよ。君がボクの事を大好きな事を……」 「だって、君だけじゃなく、君を使っていたあの高島さんだってボクの事が大好きだったんだからさ」 「ああ……高島さん……高島さん……」  高島さんの机がボクに愛の告白をする。  だけどボクはそれを受け入れる事は出来ない。  浮き上がってきた「大好き」の文字を消すしかない。  文字が浮き上がるたびにボクは文字を消していく。  彼女は言う。  大好き大好き。  好き好き。  ボクはその言葉を消していく。  浮かんだ文字を消していく。  残念ながら、ボクの恋人は高島さんであって、高島さんの机ではないのだから……。  すると机は、今度は言葉ではなく、肉体でボクを誘惑してくる。  四つんばいの姿でボクを誘ってくる。  さすがにボクもこれには参った。  だってその姿は……、  高島さんにそっくりだったから……。 「ああ……だめだよ……君は机でボクは人間だ……結ばれるわけにはいかないんだよ」 「抱いてください……」  なんてこった……声まで高島さんそっくりではないか……。  これはまずい……これはまずいぞ……。 「抱いてください……優しく抱いてください……大好きだから、抱いてください……抱いて……ね……卓司くん大好き……ねえ……卓司くん…………」 「ああ……ぅああぁぁ…………???」  ぐるぐるだった。  彼女の慈愛に満ちた柔らかい声が、ボクの股間でぐるぐると渦巻いていた。  あ、あ、あ……。  真っ暗な心の奥から泉のように本音が湧き出して弾ける。  大好き……ああ、ボクだって君が大好きだよ。  だけど君は……ぅあぁぁ……だって……ぅぅぅ……。 「私の処女を……卓司くんにあげます……」  彼女は恥かしげに目を細め、小さく可憐に笑った。 「あぅぅ……そんな大事なこと軽々しく口にしちゃダメだよ……」  処女……。  処女――処女・処女処女処女処女処女処女処女処女処女処女処女。  まだ男に汚されていない乙女の純潔――! 「だってね……卓司くんのために……ずっと守ってきたんですよ……私の中には男の人のモノなんか入った事ないんです……」 「たしかに……たまに教科書とかプリントとか……えんぴつなんかも中に入ってたりしますけど……でもでも、あなただけが……私の最初で最後のひと……なのです……」  ああ、ダメだ……。  四つんばいの高島さんは、女性で一番大事な部分……引き出しの部分を露わにしている……。 「もしかして私のこと……嫌いなんですか?」 「いや、そんなッ! そんなことはないよっ!!」  ああ、そんなことは決してありえない。  だって高島さん以外の女なんて、実に自分本位で計算高く、平気で嘘をついて他人の大切なものを〈掠〉《かす》め取る外道ばかりじゃないか。  しかも男が女に尽くすのは当然だと考え、偽りの薄っぺらい笑顔の下では常に相手を見下して品定めをしている……本当に〈忌々〉《いまいま》しい限りだ。  けれど高島さんは違う……。  高島さんはこの腐りきった世界にあって、ボクに処女を捧げるため健気に生きてきた人。  だけど……君は昨日の夕方…………。  だからね……ここでボクに微笑みかけている君は…………。 「……あ、ああ……」  そうだ……見失うな……見失ってはいけない。  現実を受け入れろ。  現実は、今ここで見えるもの。  目の前で起きている事こそが現実……だから間違いなく……この机は……、  机は……。 誰? 見たまま? 高島さん? それで正解?  正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正怪です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です 正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です聖解です正解です 正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です正解です――  おめでとうございます!  正解です!  脳の中の司会者が、正解である事を告げる。  そうだ……目の前にあるものこそ現実。  空想に惑わされてはいけない……。  空想は現実ではない。 「どうしましたか?」 「あ、いや……なんでも無いよ……」 「うん、安心してよ。ボクに相応しい女性は君しかいないよ」 「ありがとう……卓司くん……そう言ってくれると、ずっと前から信じていました……」  高島さんは恍惚の時を〈彷徨〉《さまよ》うようにうっとりと目を細め、どこまでも慈愛に満ちた眼差しをボクに浴びせてくれる。  この純粋なる美しさは……決して他の女には無い高貴なるもの。 「昨日はごめんなさい……びっくりさせちゃいました……?」 「え? あ、あぁ……うん…ちょっとだけね……」 「でもネ、もうすっかり平気ナノデス」  平気? もうすっかり? 「私ハ心から卓司くんが大好きだから……全然平気でス」  大好きだから……全然平気……。 「はい、私は誰よりも卓司くんを愛していますから……大好きだから……死ナナい」  大好きだから……死なない。 「女の子ハですね、大好きな男の子のためなら何でも出来ちゃうのデス……」 「何でも……出来ちゃう……」 「はいっ」  すごいよ……すごすぎるよ、高島さん……〈脳漿〉《のうしょう》とか出てたり足とかぐにゃぐにゃだったのに、愛の力で何とかしちゃうなんて……君は素晴らしい女性だ……。 「さぁ、私の全てを……あなたのものにしてください……」 「あなたに可愛がって欲しくて……もう歯止めがきかないぐらいに……〈虜〉《とりこ》〈仕掛〉《じか》けの明け暮れデス……」 「そそっ、それはボクも同じだよ……」  タダでさえ官能的なポーズでありつつ、同い年とは思えないほど妖艶な瞳に見つめられてボクはもう……。 「とっても恥ずかしいけど…………見て……」  なのに彼女は“くすっ”と小さく笑って両手を腰へ伸ばし―― 「……んっぐぅ」  思わず息を呑んで見守るボクの前で、可愛らしい引き出しの入り口を開いて見せる……。 「……ごくっ」  生まれて初めて見る生の女性器。  それもボクが好きで好きでたまらない処女のオマ○コ……。 「……す……すごいよ、高島さぁんん……」 「ねぇ、卓司くん……私の恥ずかしいところ……どうなっていますか?」 「はあぁっ、はあっ、ああ――あひっ!?」 「くす……そんなに興奮しちゃダメですよぉ……」  そんなこと言われたって……そんな…無理な……もう、興奮しすぎて何が何だか分からない……。 「あああ、あのねっ……とっても綺麗……でも、暗くて中までは良くわからないよ……」 「それなら……指で広げて見ていいですよ……」 「えっ! ホントにいいの!?」 「卓司くんだけに……私を全部見せてあげたいから……」 「だからね……“くぱぁ”って、左右に広げてもいいです……」 「あぁ、高島さんっ。君はなんて健気な乙女なんだろう!」  ボクは可愛い彼女の願いを叶えるためにも、緊張で震えの止まらない両手を彼女の大きな白いお尻に近付けていく。  彼女のおしり部分は板になっている……ひんやりしていて気持ちいい……。  ボクはそれより下の部分……彼女の穴の中を覗く……。 「んあっ……っああ……ああぁん、卓司くんの視線がぁ……ぁあぁっ……」 「とても綺麗だよ、本当に綺麗……こんなのって反則だよ……」  彼女の中は良く整理整頓されており……綺麗としか言いようがない……。  ……もっとぐちゃぐちゃなものだと思ってた……女の人の中なんて……でも彼女のは綺麗だった……。  これじゃまるで……。 「……まるで工業製品みたいに綺麗だよ……」 「いやん……工業製品なんて恥ずかしい……はぁっ、はあっ……やだっ、そんな事言われて……ぞくぞくしてきちゃった……」  可憐な高島さんはボクに中を見つめられて興奮し、じわりじわりと深淵から愛液を垂れ流している様だった……。 「あの……もっとさわっていいですよ……」  ボクは指で彼女自身の縁をなぞるようにさわる。 「あはぁ……卓司くんが、私のオマ○コさわっているの……夢みたいで、すっごくうれしぃ……」  その悩ましい声が素敵なのでさらにムニュムニュと触れば、彼女の愛液はボクの手に伝い落ちてヌルリとした新しい感触をもたらしている様だった……。 「ひゃうぅっ! やぁっ、そこはもっと優しくね……」 「ぁわっ、ゴメンなさい!」  彼女がいきなりビクッと体をそらし、ボクは動揺して声が〈上擦〉《うわず》る。  高島さんの〈潤沢〉《じゅんたく》な愛液で指先が滑り、丸みが付けられている三角ネジの様なク○トリスを押し潰しそうになってしまったのだ。 「そこはすっごく敏感なんです……お願いだから、いじめないでね……」 「わわ、わかった……慎重に、慎重にぃぃ……はふぅ……」  そこでボクは指先にヌルヌルする愛液を絡めとると、痛くしないよう腫れ物を触る手つきで小さなク○トリスの周りを撫で始める。  初めて見て、そして触るク○トリスは本当に作りたてのネジ山のように美しく、愛液にツヤツヤ光りながらボクの好奇心をとことん揺さぶってきた。 「うん、ふううんんっ……いい感じです……はぁあっ、とってもいいです……」  すると高島さんは嬉しそうに嬌声を洩らし、すべすべの板を可愛く左右にくねらせた。  あはぁ……大好きな高島さんがボクの愛撫に感じてくれている……まるで自分が愛されているのと同じくらいに嬉しい。  だからもっと……じっくり彼女を可愛がって、普段は隠している嬉しそうな姿をボクだけに見せてほしくなる。 「えぇっと……ここは、こうするのかな?」  もちろん童貞であるボクは女性器に触るのなんて初めてだから、どうにも愛撫する指先の力加減がよく分からない。  けれど、つい好奇心に駆られて強くやりすぎてしまい、痛がってさめざめと泣かれちゃうのは最悪なので、とにかくここは慎重にことを進める……。 「あふぅっ……んふぁ、あぁっ、はあぁあっ……」  ふむぅ……これでも悪くはなさそうだが……。 「……そうだ!」  残念ながら経験不足なボクに、オナニーしている時の高島さんの指先をトレースするには役者不足だ。  ならば指ではなく、もっと柔らかくて繊細なところを使えばいいわけだ!  なんという名案! これも全て愛のなせる業だろう。 「ねえ、舐めてもいい? お願いだからアソコを舐めさせて」 「はぅん、もちろんいいですよ……卓司くんの好きにしてね……」  一瞬もためらうことなく、ボクのお願いを承諾してくれる優しい高島さん。  あぁ、なんて純粋に可愛いんだろう……。  普段は余計な自己主張をすることなく清楚なのに、愛を打ち明けあったボクの前でだけは、こんなに妖しく乱れて……。 「ちゅぷっ……れろれろっ、じゅぶぶ……」 「ひゃあぁっ! あっ、ああああっ、舌がぁぁ、すごい……いっ、あああっ……!」  高島さんの柔らかい尻肉とボクの頬がヌメヌメと〈擦〉《す》れあうのも心地良い。 「じゅちゅっ、ぺろっ……じゅぷ……ぴちゅっ、ぺろっ」 「やぁんんっ……卓司くんのえっちぃぃ……」 「あははっ……高島さんが可愛すぎるんだよ…………」 「んはぁっ……そこ、そこねっ……そこに挿れるんだよ……卓司くんのオ○ンチンを……」 「……初めて見たけど……ここなんだよね……ちゅるるっ」 「ひゃあんっ――舐め上げちゃだめぇぇっ! こんなのぉ、信じられない……すごいよぅ、すごいよぅ〜〜」  高島さんはイヤイヤするように腰をゆすり、顔面に愛液を塗りたくられたボクは薄く笑みを浮かべて顔を離す。 「エッチでごめんなさい……でも…でも我慢できないんです……はうぅ……」  ふと可愛い声の方を見やれば、高島さんは両目に涙の粒を湛えてボクに訴えかけていた。 「ちっとも恥かしがらなくていいよ、ボクもそろそろかなって思ってたから……」  感極まって泣き出す高島さんを背後から強く抱き締める。  もう放さない……ずっと君にいてほしいから……。 「ああ……やっとあなたの特別になれるんですね……ぐすっ、んんぅっ、うれしい……」  彼女のスタイルは抜群で……とっても冷たくて平べったくて……そしてすべすべしている……。  ――じゅぷぶぶっ…………。 「んう゛ッ――んんっ、んんん゛ぅぅぅ〜〜〜っ」  破瓜の痛みは相当なものだと聞いている。  だけど高島さんは一瞬顔を歪め、苦しそうな声こそ上げたけれど、ヌルヌルと滑らかにボクの男根を奥まで咥え込んでいった。 「大丈夫? 途中で止めたほうがよかった??」  二人の結合部に伝う赤い純潔の雫を見て、少し冷静になったボクは恐る恐る声をかける。 「うん……大丈夫……今は嬉しさの方が大きいから……だいじょうぶ……」  そう囁いてニコッと笑う高島さん。  その健気に紡がれる言葉を聞き、互いにつながり合う下腹部から伝わる温かさもあってボクの表情も緩む。 「ねえ、動いてください……二人で一緒に気持ちよくなりましょう……」 「うん。それでは……あぅっ……」  促がされるまま腰を引くと、ギュギュっと締まってくる膣の滑りに思わず声が乱れた。 「高島さんの膣……すごく熱くて……すごく滑らかで、じゅぶじゅぶ入っていくよ……」 「はぅんっ、うんんっ……はいぃ、卓司くんの……動いてますぅぅ……」  しかもペニスを締め付ける力は深さによって強弱があり、おかげで腰を振るごとに新しい快感が脳天にまで突き抜ける。  これはすごいなんてものじゃない――素晴らしく素晴らしい悦楽だ。 「はぅんんっ……んんぅっ……あん、あぁんんっ……」 「痛いのかい? もうちょっとゆっくり動こうか?」 「いいえ……大丈夫よ……あなたのしたいようにして……はぁぅっ、うふぅんんっ……」  赤く上気した顔に可憐な笑みを浮かべ、高島さんはボクのなすがままになってくれる。 「はぁん、あんっ、あぁっ……動いていますぅ……熱いの、おっきいの……」  高島さんの膣中……とても熱をおびていて、しかもリズミカルに波打っている。  リアルな膣内って、こんなにも快楽に満ちているのか……。 「ふあぁっ、あぁっ……ひゃふ、う、うふぅうっ……あぁぁぁぁあぁ〜〜」 「高島さんっ……おっぱい触らせて……ねっ、いいでしょ?」  ボクはたまらなくなって彼女の制服をたくし上げ、背中にあるブラのホックを無我夢中で外しにかかる。 「ふぁ、ああっ……いいですよぅ……もっと、可愛がってね……」  許可を得るより早く、しかも乱暴に脱がしたにも関わらず、ボクと結ばれて昂ぶっている高島さんは少しも抵抗しない。 「きゃうっ……うふぅ……あったかい……卓司くんの手、あったかいね……」  ボクは絶えず腰を前後させつつ、彼女の大きな胸を両手で抱きかかえるようにして揉みしだく。 「あははっ……高島さんのおっぱい、すごく大きいのにドキドキしてるのが分かるよ……」 「もう、いじわるぅ……だってね、卓司くんが触ってるんだもん……どきどきするよ……」 「ふあっ……やあぁん、ネジ山が勃ってきちゃいました……」 「ホントだ! こりこりしてきたね……」 「はふぁっ……私っ……むね、よく感じちゃうんです……ふぅうっ……お願いですから……優しく、揉んでね……」 「ひゃはぁっ……あぁ、すごいっ、すごいよぅぅ〜〜」 「うぁっ……高島さん……きついアソコもいいけど、大きなおっぱいも最高だよ……」  実際、彼女の胸は制服の上からでも分かるほどに〈豊満〉《ほうまん》……それを両手ですくい上げるようにして揉みしだいている。 「ひゃんっ、やぁん……上と、下から……あはぁあっ、らめぇえっ」  両手にずっしりくる重量感……そして指の間からこぼれてしまいそうな柔らかさ……。 「くぅん、うん、んんっ……ぁあっ、ああっ、あっ」  二人しかいない教室の中で、若い男女の下腹部がぶつかる鈍い音が何度も鳴り響く。 「すっごく締まるよ……っあぁっ! たまらない……いいっ」 「あぁああっ、たっくうんんっ――だいすきっ、だいすきぃぃぃっ!」 「ああ、ボクも高島さんが大好きっ!!」 「っああぁ、あっ、あふうぅっ、うぅ、うんんっ、うんんっ……」 「あぁっ、もう出ちゃうけど……ねえっ、いい?」  股間の奥がキュッとしてきて、もうすぐ制御不能になりそう。 「はいっ……いい、ですよぅ……中に出して……中にほしいのっ、お願いっ……」 「あぁんっ、私もイクぅぅ〜〜!」 「いいよ、いこう――いっしょに――っあああっ!」 「ひぁあぁっ、あぁっ、あっ、あああぁっ――」 「んくぅっ……んぁ、ああ゛っ……」  ビクンビクンと身体を仰け反らせる高島さんの中でボクは弾けた。  高島さんの中……引き出しの中にぶちまける。  熱い男根の先端からびゅるびゅるとボクの白濁が迸り、彼女の一番奥にある壁面へ容赦なく撃ち込まれている。 「らめぇえ……中のモノが精子まみれになっちゃうぅ……ああぅっ、ううぅっ、はぁあ、あああぁ〜〜」 「ざくろっ、机のっ高島さんッ!」  絶頂の波に酔う彼女の奥へと……感極まったボクの射精はなかなか終わらない。 「ふぅあっ……あぁぁ……あぁ……たっくぅん〜〜」  徐々に噴出する勢いは衰えてきたけれど、ボクはまだぐっと腰を突き出して彼女との密着を解かない。 「あはぁっ……ぁあんんっ…………初めてなのに……イッちゃいました…………」 「はぁ、はぁ……」 「もぅ……卓司くんてば、すごいんだもん……うふふっ……」  恥じらいと嬉しさが幾重にも交錯する中、ボクは机高島さんの板の部分を優しく撫でる……。 「うふふふ……本当にいっぱい出ましたね…………私の中ぐちゃぐちゃです……」 「そうだね、……はあっ……はぁ……はぁぁ……」  ボクはまだペニスを抜かず、そのままの姿勢で高島さんの机を抱き締める。  冷たい板の感触が心地よい……。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「っ……」 「っん」 「……」 「あっ!」 「……」 「ここは……」 「なんで、ボクはこんなところで……」 「なんでボクはこんなところで寝てしまったんだ」 「……」 「!?」 「そうだ、ボクは校門でヤツとあった」 「そして、街に逃げ込んだ……」 「だが、ヤツはボクを見つけた」 「そしてここに逃げ込んで……」 「あ、リルルちゃん!」 「……」 「リルルちゃんってば!」 「っ」 「……」  リルルちゃんは絵のままだ……。  昨日のは……全部……夢? 「……」 「夢……」 「痛っ……」  ボクはコンクリートに突っ伏して寝ていた様だった。 身体中が痛い……。 「痛っっ……」  特に身体の硬い場所……骨なんかが出っ張っている場所が痛い……。 「……あれ?」  特に痛い場所はそれほど骨が出っ張ってない場所だった……それは太ももの付け根のあたり……。 「なんだこれ……」  ポケットの部分が少しふくらんでいる……何か入って……、 「っ?」  砕けた携帯電話……、 結構小さいものだったのでその存在自体を忘れていた。  というか……自分があの携帯電話を無自覚で持ってきてしまった……。 「高島……ざくろの……携帯……」 「夢……」 「すべては……夢であって……現実ではない……」 「……くくく……」  そんな事を何度思ったんだろう……。 これは夢だ、現実ではない……と……。 「くくくくく……ははははははは……」  ボクは、彼女の携帯の電源を入れる……。 「くくくく……夢? 現実?」  馬鹿馬鹿しい……あんなめまぐるしい世界を見て……そんな言葉に何の意味がある? 「高島ざくろは死んだ……」  高い場所から落下したと思われる携帯は大きくケースの外側が割れている。  ゆっくりと開けてみる。 接続部分からちいさく“パキッ”と言う音がしたが、使用に問題はなさそうだ……。 「夢と現実……か」 「少なくとも、これがボクのポケットから出てくる時点で……高島さんの自殺は現実だろう……」 「今……ここが現実ならばだけどね……」 「……」  ボクは彼女の携帯電話を操作する。 外部は壊れているが、中は無事みたいだ……。  たぶん飛び降りる前は、ポケットに入っていたのだろう。彼女が飛び降りた衝撃で飛び出した……だから完全に壊れてはいない……。 「この携帯……ロックはかかってないんだな……」  彼女の事……、 ボクは何も知らない。  いや、たぶん知りたくなかった。  彼女に起きている事。 彼女の気持ち。 彼女の絶望。  彼女の……、 痛みは……、 ボクに続いている。  ボクの場所まで地続きだ……。  だから見ない……、 だから見えないふりをした……。  それを知っていたから、 彼女を見なかった。  ボクは……、 彼女を知ろうとしなかった。  彼女との関係。  あの秘密基地での出会い。  高島ざくろ。 彼女との出会いからの先。  でも……、 ボクが欲したのは、もっと平べったいもの、 もっと起伏のない関係。  それは、 知る事ではなく……ただ関係を持つ事。  起伏の少ない……、 ただ平べったいもの……そういう関係。  そうだ……、 それは……そういう事。  それは深さを持たない世界。 起伏がなく、境がなく、溶けあった……もっとも浅い世界。  ……人が人と近く接するという事はそういう事だ。  手をつないだり……、 キスをしたり……、 性交渉をしたり……、  ボクはそれを望んだ。 ごく当たり前の事を望んだんだ……。  友達からはじめ、  出来たら恋仲になり、  肉体関係まで至る……。  そういう当たり前の起伏のないものを望んだ……。 昨日までのボクは……。  彼女の事を知りたいと思わなかった。  その先を知りたいとは思わなかった。  その先とは……、  彼女が持っていた痛みの先……、 世界の溢れていた痛みの先……。  高島さんの限界と、 ボクの限界と、 そして……、  世界の限界。  でも今は違う……。  ボクは彼女の痛みの先を理解している。 その先のすべてのものを理解している……。  なぜならば……、  ボクはもう……救世主だから……。  そう定められた運命だから……、 「だよね……リルルちゃん」  ボクは落書きの彼女に話しかける。  返事はない。 「……そして、お母さん」  彼女が望んだ事。  今その思いが成就しようとしている。  彼女が待ちこがれた2012年7月20日はすぐ目の前なのだ……。  少しだけ深く息を吐く。……そして高島さんのメールの受信フォルダを覗く。  ここには彼女の何が書かれているだろう?  ここにあるものは……彼女の断片。  ボクは彼女の断片からはじめる。 彼女の血肉がコンクリートで散らばった様に……ボクは彼女の断片を拾い集め――  ――彼女を知る――  そしてボクはここから…彼女の痛みの場所まで歩いていく……それはそういう行為の始まりだ。  高島さんが見たもの……。  そして……お母さんが見たもの……。  最初にあらわれたのは、自殺直前のメール。  そこには……。 「宇佐美……知らない名前……」  自殺の直前まで……この人とメールのやりとりをしていたらしい。  死ぬ一時間ほど前まで頻繁にやりとりをしている。  その日の朝から……、 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/12 08:01 from  宇佐美 subject おはようございます ――――――――――――――――――――――――――― 今日ですね。 スパイラルマタイ! がんばりましょう。世界の命運は私達にかかっている のですから! 6時半杉ノ宮駅西口改札口で待ってます。 「スパイラル……マタイ……」 「まるで、気軽な感じで言ってるけど……、要はこれって……飛び降りる事だよな……」  ……部活動でもがんばる勢いの文面だな。 「それにしても……スパイラルマタイって……」  たしか、この言葉は彼女の机にも落書きとして書かれていた……。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/12 00:01 from  宇佐美 subject Re:今日はありがとうございました。 ――――――――――――――――――――――――――― 水くさいですよ。前世からの仲間に対して! それはそれとして、明日の儀式の時間ですけど、亜由美の予言だと、6時42分に杉ノ宮のマンションの35号棟の14階だと言う事です。 ですので、明日は6時半に杉ノ宮駅の西口改札口としましょう。 遅れないでくださいね。 世界の運命がかかってますからっ。 「水くさい? 何か相談ごとでもしていたのか?」  高島さんもいじめられていたから……その相談から始まった関係なのかもしれないな……。  そんな事よりも重要なのは……。 「杉ノ宮マンション……35号棟は良くわからないけど……その建物は杉ノ宮駅周辺の建物……」 「ボクが高島さんを最後に見たあの場所がそこなのだろう……」 「だとしたらマンションから飛び降りる事が、スパイラルマタイで正解という事か……」 「この亜由美というのも一緒に自殺した女子なんだろうな……」  たしか、あの場所には三人の死体があった。  単純に考えるならあれは、高島さんとメールのやりとりをしていた宇佐美……そして亜由美という女子……これが自殺した少女という事。 「ふーん……」  その後もメールを〈遡〉《さかのぼ》っていく……自殺前日のメールでは、彼女たちは杉ノ宮駅近辺で会う約束をしていた。  〈遡〉《さかのぼ》っていく過程でやっと宇佐美からの最初のメールが出てくる。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/03 22:01 from  宇佐美 subject ようやく連絡をつけられます ――――――――――――――――――――――――――― はじめまして……と言った方がいいでしょうか? 「石の塔での戦い」 この言葉に何か引っかかる事がある時は返事をください。 それと、たぶんあなたに大きな変化があると思います。 それはたぶん良い事です。  宇佐美からの最初のメール。  今月の三日、夜10時に来たもの、 そう考えると、比較的ごく最近知り合った事になる。  このメールに対して高島さんの返事は素っ気ない。 というかなかなか返事を返していない。  このメールの内容を見るかぎり、宇佐美と言う人物からファーストコンタクトを試みている。  元々無関係だった高島さんに、突然頭がおかしな人間からメールが届いた。  そんな感じだ……。 「なんの前後文脈もなくこんなメールが来たら引くだろうなぁ」 「にもかかわらず……」  なぜか、その返信メールには、高島さんからの彼女たちに対する興味が見て取れる……。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/08 23:10 to   宇佐美 subject Re:ようやく連絡をつけられます ――――――――――――――――――――――――――― はじめまして、私はチェシャ猫です。 メッセージ読ませていただいたのですが、石の塔の戦いという言葉にまったく身に覚えがありません。 申し訳ありません。 少し気になったんですが……私に起こる大きな変化とはなんでしょうか?  チェシャ猫というのはどうやら高島さんの『〈H〉《ハンドル》 〈N〉《ネーム》』らしい……この名前は頻繁に出てくる。  彼女は、ブログかあるいは『〈S N S〉《ソーシャルネットワークサービス》』でもやっていたのだろうか……。  まぁ、そんな事はどうでもいい……。  しかし、なぜ高島さんは宇佐美の電波メールを無視し続けなかったのであろうか……。  この「たぶんあなたに大きな変化があると思います」の一文が気になってしまったのであろうか……。 「やはり女子というのは占いの類に弱い……という事かな……」  この高島さんの返事に対しての宇佐美からのメールは以下の通り。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/09 23:01 from  宇佐美 subject お返事ありがとうございました。 ――――――――――――――――――――――――――― お返事ありがとうございました。 メッセージを受け取って確信しましたが、間違いなくあなたは私達の仲間です。 「石の塔での戦い」 この言葉には身に覚えがないと言うお話ですが、それでも問題ありません。 それと、私達が予言した「あなたに大きな変化」ですが、一つが認識の変化。 そして「良い事」の方ですが、それは人の死です。 近いうちにあなたを悩ましていた問題が一つ消え去ります。  さらに電波ゆんゆんなメール。  前回よりも増して、相手がまともでないと判断出来る。  にも関わらず、高島さんはこのメール以後、彼女とメール交換を頻繁に始める。  無駄手加減仕方有りません この電波女とどんどん打ち解けていく。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/10 12:52 from  宇佐美 subject 追記 ――――――――――――――――――――――――――― たぶんあなたはずっと苦しんでいると思います。 でも、あなたが苦しいのは、あなたの存在が正しいからにすぎません。 正しいからこそあなたは苦しむ事になってしまいます。 でも、あなたを苦しめる正しくない者は死にます。 近いうちにあなたを悩ましていた問題が一つ消え去ります。  高島さんの心の弱さにつけ込み……こいつら……。  あの時期、ボクがもう少ししっかりしていれば……こんな連中に高島さんを渡さなかった……。  〈悔〉《く》やまれる……。 「それにしてもこいつら…何者だろうか……」 「一時期流行った自殺サークルの〈類〉《たぐい》だろうか?」  一時期、ネットで自殺志願者を集めるサイトが流行った。  こうやって自殺の仲間を集めて、みんなで仲良く死ぬらしい。  自殺するのならば一人で死ねばいい。 なぜ他人を巻き込もうとするんだか……。  「あなたを苦しめる正しくない者は死にます」  この偽善の言葉で高島さんは完全にこの電波女を信用してしまう。  このメールを宇佐美という人物から受け取ったのち、高島さんは彼女と〈直〉《じか》に会う決意をした。  会った〈後〉《のち》、どんな会話があり、どんな事を思い、彼女達が自殺を決心したかは〈定〉《さだ》かでない……。  どちらにしろ、高島さんはそこまで追い詰められていたのはたしかだろう。 「彼女を追い詰めたもの……」  自殺の原因。  すぐに思い当たる。  ボクは発電機をつけて、パソコンの前に座る。 「さてと……掲示板……」  自分が管理する掲示板。  この学校に関わるあらゆる裏が書き込まれる掲示板。  15:めぐとさとこの仲良しスレ 680:聡子:2012/07/10(金)01:21:25 ID:satoko さすがに、あれまずくない? なんか壊れたんじゃないの? 681:めぐ:2012/07/10(金)01:22:16 ID:megu いや、完全に壊れたんなら問題ないんじゃね? 壊れたなら、私達の事言うわけないしさwwww 682:聡子:2012/07/10(金)01:25:25 ID:satoko やっぱり、あれはやり過ぎかもよ。 マジバレたら、停学とかじゃすまないかも。  今となっては、ここに書かれた言葉の意味が誰だって分かる。  高島さんは死んだ……。 マンションの屋上から飛び降りて……、  いや、正しくは殺された。 「警察にタレ込めば……こいつら捕まるんだろうなぁ……」  この二人が高島ざくろをいじめて殺した。  いじめて、いじめ抜いて、そして殺した。  イ ジ メ 殺 シ タ。  それは、警察に捕まるに十分な理由。  罪状がどういうものか知らないけど……恐喝やら傷害やら……なんでも理由なんてつくんだろう。  これだけの証拠があるのならば……。 「だけど……そんな事に興味はないんだけどね……」  別にボクは正義の味方でも高島さんの〈仇討〉《あだう》ちをする者でもない……。  ボクは淡々と……高島ざくろ……そして赤坂めぐ、北見聡子……彼女達の関係を見ていく。  その過去を遡っていく。 1:聡子:2011/08/15(金)01:21:25 ID:satoko とりあえず立ててみたよ。 2:めぐ:2011/08/15(金)22:24:05 ID:megu 本当だ。 ここってマジで私達しか見る事出来ないの? 3:聡子:2011/08/15(金)23:21:22 ID:satoko らしいね。  約一年前から始まっている。二人のスレ。  脳天気な文章は、人の痛みを感じぬ心が〈故〉《ゆえ》……。  彼女達の楽しい毎日をつづっている。  彼女達の日々は、他人の痛みによって〈鎮痛〉《ちんつう》され……〈漂白〉《ひょうはく》されて、素晴らしきものとなる。  他者の痛みは、耐え難い日常を〈漂白〉《ひょうはく》し、まっさらなものに変えてくれる。  その事を彼女達は本能的に知っている。 「今日は天気が良かったからさ、屋上に登ってみたんだけどさぁ……」 「そんで気がついたんだけどさ、C棟の屋上って一応登れるんだね」 「だめだめ、あそこさ、美術室の用具室からじゃないといけないんだよ」 「って事は?」 「だからさ、入れないんだって」 「いや違くてさー。って事は、誰も入って来ないって事だよねー」 「まぁ、当然そうなるね」 「美術部入ろうぜ!」 「はぁ?」 「何言ってるの? だいたい美術部って今ないじゃん。廃部してるでしょ?」 「だからいいんだよ!」 「それって……屋上を使うため?」 「へへーん」 「C棟の屋上使うためだけにそんな事すんのかよっ」 「いや、私ってすんげぇクリエイティヴなんだよ。こう見えてもすんげぇ芸術肌つーかさ」 「あんたの美術の成績2じゃん」 「そりゃ、私の芸術性が教師には分からないからだよ。まぁそんな事どうでもいいや!  作ろうぜ!」 「あれか? 彼氏と……」 「ギクっ」 「図星かよ……」 「あははははは……そういうのもあるかもねぇ」 「ホテル代がねぇとか言ってたけど……あんな場所でやんのかよ……」 「いや、そうじゃなくてさぁ。二人っきりでゆっくり会える場所?  みたいなー」 「“みたいなー”じゃねーよ」 「美術部の顧問って誰?」 「さぁ、美術の先生じゃねーの? もう無い部活だから顧問とかもいないだろ」 「なるほど……」 「仕方ないわね……正直、嫌なんだけど……」 「まぁ、まぁ、そう言わないでさ瀬名川先生っ」 「ふぅ……」 「美術の小林先生が来年で定年なんで、今年はもう顧問出来ないんだってさ、だからさぁ瀬名川先生しかいないんだよぉ」 「はい、はい、そう小林先生から聞いてます」 「だから私に来年までのつなぎという事で顧問を受けてほしいとも……」 「そうそう、どうせ来年になったら新しい美術の先生来るんだからさぁ」 「そういう問題ではないんだけど……」 「でも……小林先生の頼みだし……」 「そう言えば、小林先生って瀬名川先生の恩師なんだっけ?」 「そうよ……まったく私は美術なんて全然なのに……」 「まぁいいじゃん。私も美術全然ダメだよ」 「ふぅ……顧問と言っても、たいした事はしないわよ。というか自分たちですべてやりなさいよ。基本私はノータッチだからね」 「それはもう!」 「むしろその方が!」 「ぎゃっ」 「余計な事言うな……バカ」 「え、えへへへ……」 「それより、部員はちゃんと4人いるの?」 「あ、それは、もうすぐにでも集めますよ」 「まだ集めてないの?」 「あ、でも目星はついてますから、大丈夫ですよ」 「ふぅ……まぁいいです。 あまり問題を起こさない様にしなさいよ」 「はい、大丈夫です」  屋上を使うためだけに作られた美術部。  ただ、誰も来ない、自分達の場所を作るための場。  この二人はそれを手に入れる。 「でも私は陸上部と科学部の掛け持ちだし……」 「いいじゃん。名前貸してくれるだけでいいんだよ。部活出なくてもいいからさぁ」 「……」 「なに? 橘? 断る気なの?」 「あのさ……部員って何人必要なの?」 「ああん? 4人だけど? なんでだよ」 「なら最後の一人は……ざくろという事なんだ……」 「良く分かるなぁ、その通りっ」 「ふーん……どうせざくろ断れないんだろうなぁ……」 「ざくろが入るなら入るよ……」 「ああん? お前に拒否権とかあると思ってんのかよ!」 「そうだねぇ……なんか橘、最近勘違いしてるかもねぇ…今はさぁ高島にいじめが集中してるけどさぁ……元々はあんたが原因なんだからさぁ」 「そうだね…だからざくろには感謝してるよ……」 「性格ねじ曲がってるなぁ……」 「ざくろのおかげで私がいじめられなくなったって事でしょ? その認識のどこがおかしいの?」 「ああ、いいから、とりあえず高島が入ったら入れよ!」 「うん……ざくろが断ったら入らないよ」 「ああ、そんな事あったら、お前死ぬよ?」  本当はこんな地獄みたいな部活……高島さんは入りたく無かっただろうな……。  いじめのための空間確保以外の何物でもないんだから……ひどい話だ……。  でも……、 彼女は自分の意志で選択など出来なかった。  この頃……彼女に対するイジメは〈熾烈〉《しれつ》を極めていたのだから……。 断れるわけなどない。  C棟という密室。他の生徒はもちろん、教師の目すら届かない空の孤島。  そんな場所で毎日放課後、高島さんは閉じこめられ、〈嬲〉《なぶ》られ続けた。  遊びという名の〈嬲〉《なぶ》り。  繰り返される関係の〈漂白〉《ひょうはく》。  〈遊技〉《ゆうぎ》という名の儀式。 56:聡子:2011/09/15(木)19:22:13 ID:satoko すんげぇ、今日の高島の顔チョーうけた。 57:めぐ:2011/09/15(木)21:11:05 ID:megu マジすんげぇ顔だった。 やっぱりわさびを顔に塗ると痛いんだなぁ。 62:聡子:2011/09/23(水)22:45:23 ID:satoko なんかさ、あいつがいつも持ってる人形って何? 63:めぐ:2011/09/23(水)23:23:05 ID:megu ああ、なんか持ってるよね。変な黒い人形。 64:めぐ:2011/09/24(木)00:15:11 ID:megu なんかさ、あれって元々希実香があげたもんらしいよ。 65:聡子:2011/09/24(木)00:18:05 ID:satoko マ ジ デ ?  いつまでも繰り返される遊び。  殺さず生かさず。  子供が虫を〈嬲〉《なぶ》る様に……。  だけど、それも終わる。  ……まったく突然。  生かさず殺さず。 続けていく内に、その力加減が分からなくなる。  最初は殺さない様に……丁寧に〈嬲〉《なぶ》る。  殺さない様に丁寧に……丁寧に丁寧に……、  でもそのうち……長い時間の中で慣れが生じてくる。  慣れが、徹底的な力加減のミスをさせる。  その瞬間にすべてが終わる。  子供の遊び。  それは遊び道具の死によって終わる。  玩具が壊れて終わる。  そうやって、彼女たちの楽しい遊びも、終わりをむかえた。 「おーい高島ぁー」 「あ、赤坂さん……」 「屋上行こうぜぇ」 「違ぇだろ部活だよ」 「あ、そうか、そうだね。うん、部活行こうぜ。ほら橘もさ」 「え? 今日は陸上部があるから……」 「いいんだよ。 今日だけはちゃんと来いよ」 「ざくろ来る?」 「そればっかだな……お前……高島好きだなぁ……何そんなにいじめるの楽しいの?」 「高島は当然呼ぶ、つーか今日のメインキャストはお前と高島ね」 「そうなんだ……」 「さーて、今日はどんな部活しますかねぇ」 「めちゃくちゃだな……美術部だろうが」 「ふふふん。まぁいいじゃん。今日は楽しいぜ。さぁ部活に行こうぜ」 「あら……」 「あ……」 「……ふぅ……あんまり問題起こさないでよ」 「分かってますって」 「まぁいいわ……」 「……あの……」 「なに?」 「あ、あの……痛っ……」 「何どうしたの?」 「……」 「……ふぅ」 「問題、本当に起こさないでよ。何度も言うけど美術部の顧問は次の先生が入るまでの〈繋〉《つな》ぎだからね」 「はーい」 「おい……橘……」 「なに?」 「ぐっ……」 「お前……いま瀬名川に何か言おうとしたろ……」 「……っ」 「あんま不審な事すんなよ……死ぬよ」 「……くぅ」 「あ、あの希実香……」 「……っ」  優しく手をかけようとした高島ざくろの手を橘は冷たく払う。 「……希実香……」  希実香はにっこり笑う。 「やさしいね。でも自分の事心配してから他人心配してくんないかな?」 「正直、あんたなんかに同情されるの腹が立つ……」 「希実香……」 「いやぁ、天気いいねぇ」 「そろそろ、秋だし涼しいねぇ」 「冬とか寒すぎるから……ここで遊ぶとかあんまり無くなるんじゃないかな」 「あ? まぁそうかなぁ。良く分かんないけど」 「だから目一杯遊ぶんだよ」 「はぁ……」 「何して遊ぶ?」 「……あのさ」 「は、はい?」  めぐが高島のスカートのポケットを指さす。 「前から気になってたんだけどさぁ、その人形って何?」 「え?」 「あ……それ」  高島のポケットからは、携帯電話ストラップと思われる、歪な形の真っ黒いぬいぐるみがぶら下がっていた。  そのストラップは少し大きめで、ポケットに入りきらずに露出していた。 「それすんげぇ昔に流行ったもんじゃね?」 「なにそれ? その平べったいのって……パンダじゃなかったっけ?」 「真っ黒いのはさ、橘がマジックで塗りつぶしたんだよ。ひどい事するねぇ」 「うん、私が塗りつぶした……」 「え?」 「やったのは私だよね。私がやったよね……ざくろ」 「え? あ、あの……それ……」 「でもさ、そういえば、同じもん橘も持ってたよな」 「……うん」 「そういえば……思い出した。同じもんぶら下げてたよ。うん」 「ちょうど……橘がクラス中から無視されてた時期だよ……」 「あ、そうか、そうだよね」 「あの時期、なぜか二人で同じもんぶら下げてたんだよ……この意味が分かる? 聡子」 「なんで?」 「高島はバカだから、こいつを元気づけようとしてお〈揃〉《そろ》いのパンダの人形を買ってやったんだよ」 「というか、互いにプレゼントし合ったんだよ……とは言っても私は速攻捨てたんだけど……ねぇ、ざくろ……」 「え? あ、あの…… なんで……そんな事言うの……」 「橘はさぁ。自分がいじめられなくなったらすぐにぬいぐるみ捨てたのにさ、高島はずっとずっと持ってるんだよ」 「バカだよね」 「そんな事ないよ……ざくろはバカじゃなくてやさしいバカなんだよ……」 「同じじゃねーかよwww いちいち反応すんなようぜぇなぁ…… 橘っ」 「橘、こいつ……いまだに空気の読めなさはピカイチだな……」 「そうだね。ざくろが私の代わりにいじめられてくれるまで、ずっといじめられてたぐらいだからね……私は空気読めないよ」 「相変わらず……うぜぇな橘……つーかなんで高島はこんなヤツと仲良くしようとしたの?」 「だいたい、そのぬいぐるみってさ、裏切りの象徴みたいなもんじゃん」 「橘に塗られてパンダなんだかなんだか分からなくなった人形なんてなんで持ってるの?」 「あ、で、でもね……これは、これで真っ黒でかわいいから……」 「真っ黒でかわいいんだそれ……ざくろは何でもかんでもやさしいね」 「ほら、これだ」 「実際ねぇ、私はそんなに高島の事嫌いじゃないんだよ。空気は読めないけど、まぁやさしいしね」 「でもさ、裏切った人間を信じ続けるってどうよ? それって単なる〈依存〉《いぞん》じゃね?」 「〈依存〉《いぞん》とか難しい事言うねぇ」 「まぁね!」 「そういうのじゃなくて……ただ気に入ってるだけだから……このぬいぐるみが……ほら黒くて可愛いし……」 「はぁ……〈健気〉《けなげ》ですなぁ」 「……健気だね。優しいんだね。うん……ざくろは優しい……」 「それにひきかえ橘はさぁ。高島にいじめの矛先が変わったら、どっちかというと特攻隊長みたいにいじめてるじゃん」 「そうかも……私はそういう人間だもん、だよねざくろ」 「そ、そんな……希実香そんな事ないじゃない……希実香はだって……」 「私は違う? それはざくろの妄想でしょ……私はあなたの味方なんかじゃない……私は最悪人間で裏切り行為が大の得意……」 「で、でも希実香っ」 「ゲームやろうぜ」 「え?」 「はぁ?」 「ゲーム?」 「そう、ルールは簡単」 「え?  あ、だ、ダメっ」  赤坂めぐは力いっぱいに高島のポケットからはみ出していた人形を引きちぎる。  かなり古くなっていた人形は簡単に紐の接合部分からとれてしまう。 「か、返して!」 「ほら、聡子、パスっ」 「うわ、こんな汚ねぇ人形なんていらねぇよ。 ほらっ」 「あ……」 「希実香、返して、それっ」 「パス……」 「ほら、ほら、速くしないとこの人形の速度はどんどん速くなりますよー。ほらっ」 「はいっ」 「はい……」 「だ、だめ、人形、返してっ」 「はははは、なんでだよ。なんでこんな人形が大切なんだよ」 「だってさ、橘は持ってないんだぜ!」 「でもっ。これは希実香が買ってくれたものだからっ」 「っ」 「なんであなたは……そうやって!!」 「き、希実香……」 「あ……」 「あ……」 「あっ……」  力いっぱい、橘が投げた人形はそのまま屋上の柵を乗り越えてしまう。  投げた橘希実香本人がその事実に驚いて動けない……。 「っ!」 「な?!」 「ば、バカっ」  さすがの二人も青ざめる。  高島はその人形を追いかけて、そのままフェンスをよじ登り、そして……。  風をきる様な音。  その直後に……。  何かに激突する音。 「た、高島!」 「ば、バカ……」 「……ざくろ」  高島さんは、四階屋上部分から転落、運良く三階部分のひさしにぶつかったのちに、隣の体育館の屋根に落ちた。  高低差がそれほどなかったため、高島さんの怪我はそれほどのものでは無かった。  運が良かったというべきだろうか……。  彼女たちのスレに書かれた文章から事実を類推するとだいたいこんな感じだろう……。  いじめている側の人間が書いた文章だし信憑性もある。  まぁ、細かいところはさすがに脚色だが……大筋で問題ないだろう。 「なるほど……こんな事があったのか……」 「なんか事故があったという噂は聞いた事があったけど……」  というか……、  どうやら、この件は学校側でもみ消したところも強いみたいだな。  ただの事故として処理したのは他ならぬ学校側だ。  実際、当時の裏掲示板の他のスレでもその様に認識されているみたいだった。  生徒数人がC棟で遊んでいたら、転落して怪我。  C棟の柵は特に低いのでその後、閉鎖。  たしかに、C棟だけフェンスが無い場所がいくつかあった。(その後全面的に取り付けられた様だけど)  でもそんな事が理由になるんだろうか?  赤坂と北見も遊んでいて起きてしまった偶発的な事故と主張。  高島ざくろ本人も、それを否定はしなかった。  そのとき、多くの教師が事故として判断した。  特に、美術部顧問の瀬名川の証言によって……。 「……ほとんど部活に関わらない様にして、現場で何があったのかなんて知らなかったくせに……瀬名川のヤツめ……」  C棟の屋上が使えなくなった事により、美術部はその後、自然消滅。  その後、高島さんに対するいじめは影をひそめる。  さすがにあんな事があったのだから、おおっぴらにいじめなんかするわけにもいかない。  それにしても……瀬名川の態度……。  たぶん、美術部を作る時点で、薄々はイジメの存在を知り始めていたと思われる。  再三、“あまり問題は起こすな”と“私はノータッチ”を繰り返していた様だし……。  高島さんの死には……赤坂めぐ、北見聡子、橘希実香……だけでなく、教師である瀬名川も原因に含まれるだろう。  部活中の事故……。  その不祥事の原因である、四人が四人ともなんのお〈咎〉《とが》めも無し。  高島さんも数日の入院で済んだ様だ……。  ただ、高島さんはずっと無くなった人形を探していたらしい。  真っ黒く塗りつぶされたパンダの人形。  彼女はそれを探し続けたらしい。 「ふーん……」 「高島さんは黒い人形を探していたのか……」  ボクはパソコンを見るのをいったんやめて、高島さんの携帯電話を確認する。  この携帯にストラップ代わりとして付くぐらいだから、あまり大きなものでもないんだろう……。  今は、小さな紐状のストラップが数個あるだけ……。 「……な、なんだこれ」  ストラップと思われた黒い紐……単に黒い紐がほぐれただけだと思っていたのだけど……。 「これって……どう見ても……」  それと、今更ながら、気がついたのだけど……この携帯電話……なぜか生臭い……。  なんか……近所の肉屋……というか〈屠殺場〉《とさつじょう》みたいな……臭い……。 「こ、これって……」  割れた場所を下ニしてミルト……スルト……  スルト……  ソレハ、ストラップに思え無イ姿に変ワッテいく……  するするトそれハ伸ビテイク……  ソレハ髪ノ束……  否  髪ノ束……トイウヨリモ、  髪が生えタ……頭部ノ破片ガ  トロリ…… と出てきタ……。 「コ、コココレガ臭イノ原因カ……」  人ノ死骸ノ一部  本来なら、  そそんなモノヲ 目ニしタラシタラシタラ飛ビ上ガルホド恐怖デ……アロウ。  ニニニモ  カ 関ワラズ……。 「タタタ高島サンモ、コンナニナッチャッタンダダネ……」  ママッタクレレレ冷静デアル。  マッタク レ 冷静デアル。  ママッタク冷静デアル。 「カ、カカ可愛ソウニ……痛カッタカイ?」  ド ドンダケ 冷静ナンダ ロウカ……  声ヒトツ  震エナイ……  マッタク 感情ガコモラナイ……  分析的ナ  言葉……。  マルデ   客観ソノモノ…… 「安心シテ……ボクガ〈傍〉《そば》ニイルカラ……」  ボ ボクハ高島サンノ欠片ニ  優シイ言葉ヲカケル。  常人ナラバ  恐怖ト動揺デ  マトモニシャベル事モ  デデデ出来ナイダロウ……。  ニモカカワラズ……。  マッタクノ冷静トテモ冷静カンゼンンニ冷静ダイブ冷静トテツモナイ冷静ソウトウナ冷静ナンダカ冷静キョウガクノ冷静ハッキリト冷静ナンダカ冷静キモチヨク冷静タンニ冷静トッテモ冷静カッキリ冷静モモイロ冷静タンマリ冷静ハラキリ冷静コドクナ冷静ダイブツ冷静パリダカール冷静アナログ冷静ナムアミダ冷静ケッキョクナンキ  ョク冷静ナマモノ冷静冷静サムライトウテ冷静ダンバリ冷静キョウモ冷静アサカラ冷静トオクカラ冷静ハシッテ冷静スワッテ冷静ナルベク冷静ナンデモ冷静コドモノトキカラ冷静ダンダン冷静スデニ冷静キガツケバ冷静シン  ジラレナイホド冷静マシテヤ冷静シミジミ冷静サンザン冷静チョウジン冷静サイゴノ冷静チチン冷静ニワカニ冷静マルデ冷静マルデ冷静マルデ冷静ソノモノジャナイカ。  ナゼナラバ。  ボクハ神ノ欠片ダカラ。  ボクハ人ヲ超越シタ存在ダカラ。  ボクハ人ヲ越エタノダ……。  ソウ、大天使リルルニヨッテ、ボクハ人ヲ越エル階段ヲノボリハジメタ。  ボクハ神ヘノ階段ヲノボル者。  ソノ兆シニアル者。  ボクハ神ヘ登ル者。  兆シヘ向カウ者。  7月20日ヘ向カウ者。  空ヘ還ス者。  ソウ、母ハ言ッテイタ。  ソウ、リルルハ言ッテイタ。  ボクハ空ヘ還ス。  人々ヲ、  ソシテ世界ヲ、  高島サンガ還ッタ。  母ガ還ッタ。  終ノ空ヘ。  ソウ、ソレハ……。  〈終ノ空〉《ツイノソラ》  ソレハ、至ッテイテ、終エテイル。  ソレハ、死デハナク、  生デモナク、  天国デモ地獄デモナク、  タダ、  至ッテイテ、終エテイルモノ。 「ソウなんダ……」 「そうなんだよ……」 「ボクは…人じゃない……人を越えた存在なんだ……」 「母親がそうであった様に……」 「ボクも人を越えた存在……」 「人はそれを救世主と呼ぶ」 「世界を救う者と呼ぶ」 「だから……」  ボクは、高島さんの頭蓋骨の破片を見ても動揺などしない。  それどころか、哀れさすら感じる。 「高島さん……痛かったんだろうね……」  昨日、高島さんの幽霊がボクに会いに来た。  彼女はずっと、ずっと、痛い、痛い、と言っていた。  痛かったんだろう……。  とても痛かったんだろう。  だからボクに〈縋〉《すが》ったんだ……。  にも関わらず、  まだ未熟だったボクはそんな高島さんから逃げてしまった。  あんなに痛がって〈縋〉《すが》ってきた高島さんから逃げてしまった。 「ごめんね……また会いに来てね……」 「今度はちゃんと君を抱きしめてあげるから……」  彼女がどんな姿だっテボクは抱きしめる。  だって彼女はボクノ恋人だったから。  秘密を互いに打ち明けて、  そして結婚スる運命だっタ。  一緒の学校に入ったノだって、将来一緒になるためダ……これは取り決められた事だ……。  彼女はボクを愛していタ。  記憶には無いが……間違いなくずっと昔から……彼女はボクを愛していたのだろう……。  今なら分かる……。  だから大丈夫だよ。  いつでもボクは彼女と会う事が出来る。  だってほら……。  こうやってパソコンで動画を再生すれば  彼女はすぐにボクの目の前に姿をあらわす。  二次元の彼女。  彼女はとても可愛い。 「見えないよ…見えないよ、大いなる災いなんて…!」 「ちゃんと見なさい!」 「いやぁああ、いやぁ!」 「リルルっ!」 「ひぃ」 「いい? リルルちゃん!」 「怯えは形の無い怪物なの! 心を惑わして、悪い結果を呼び込むの!」 「ここでもし怯んだら……世界は破滅してしまうわ!」 「いいの?」 「リルルちゃん!」 「いい!」 「何?」 「世界なんて滅んじゃってもいい!」 「私は死にたくない! リルルちゃんだけ死ねばいいじゃない!」 「あ、あう……」 「二人ともどうしたのよ!」 「空へ!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「!っぁ!!!っ!!!!!!!!!!!」  ほら……。  いつでも会える……。  彼女とは、  いつでもパソコンで会えるさ。 「ある意味では万能な時代だね……」 「死んだ人と会話がパソコンを通して出来るんだからね」  まぁ、誰でも出来るわけじゃないけど……。 「まぁ、いいや……それより……」  ボクは、彼女の携帯から肉片をきれいに取り出した後、携帯に入っている情報そのものを調べはじめる。 「えっと……」  使い慣れない機種だけど……救世主であるボクはどんな機械だってすぐに使いこなす。  ボクは、掲示板の過去ログを見ながら、今度は高島さんの送信履歴を見てみる。 「どんな事を、彼女は誰に話していたのだろう……」  送信履歴を見る。 「……これは?」  不審……としか言いようがない。  なぜならそのメールは……。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/12 22:44 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― わたしはしぬ事によりせんしとしてうまれかわりました のはずでしたが いたいです からだがないのにいたいです こんなになってしまたのでいたいです なので みんなしにます 8にちごにしにます ぜんいんかならずしにます。 「ふむ……」 「なんだこれ……」  冷静なボクはすぐに不審な点に気がつく。 「なんだ……この送信時間……」  これおかしい……。  高島さんが自殺したのは12日の夕方だ……このメールの送信時間は10時44分。  このメール……確実に高島さんが死んだ後に送られている。 「つまりどういう事か……」  冷静に判断すればすぐに分かる。  これは高島さんの死後、高島さんによって送られた事になる。 「なるほど……それで高島さんは昨夜ボクのところに来たのか……」  明晰な判断力。  普通の人間ならばまったく気がつくわけがない。 「このメールを送信したかったのか……それでわざわざボクのところに……」 「誤ってボクは君の携帯電話を持ってきてしまったからね……ごめんね」 「あれ?」  送信先を見て少し驚く。 「なんだこれ? 送信先の数……」  履歴に残る送信先。  一斉送信された数は158。  なんだこれ?  この数字って……。 「ははは……人が悪いなぁ……高島さんは」  この送信された数はそのままボクが管理している学校の裏掲示板の登録数。  つまり、高島さんはボクのパソコンから勝手に名簿を見て、それを元にこのメールを送信したんだ。 「はははは……参ったなぁ……こういうのはプライバシーの侵害だよ?」  と言っても、彼女は幽霊なわけだし……そんなのお構いなしだよな……。 「でもボクはただの人間じゃないんだからさ、もうこういう事しちゃだめだよ」  ボクは救世主。  幽霊といえども救世主にこんな事やっちゃダメだ。 「今度会ったら、きつく言っておこうかな。やりたい事があるならボクに相談してくれればやっておくからってさ……」 「とりあえず、このメールを今も一斉送信しておくかな」  ボクは、同じメールを同じメールアドレスに一斉送信する。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/14 15:33 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― わたしはしぬ事によりせんしとしてうまれかわりました のはずでしたが いたいです からだがないのにいたいです こんなになってしまたのでいたいです なので みんなしにます 6にちごにしにます ぜんいんかならずしにます。  ちゃんと8日から6日に変えておく。  救世主にはこういう細やかさが重要なのだ……。 「えっと……それよりも……赤坂と北見、それと橘……」  橘か……。  橘はある意味でもっとも罪深いとも言えるけど……でも被害者とも言える……。  イジメというのは受けた人間にしか分からないけど、それから逃れられるならば、友達すらも売ってしまうほど〈酷烈〉《こくれつ》を極める……。 「橘を追い詰めるかどうかは……高島さんに聞いてからでもいいかな……それよりも」  絶対に許されないのは……、 「瀬名川だ……彼女は教師であり、高島さんを救わなければならない立場なのに……」  この三人には他の連中とはまったく違う罰を与えなければならない。  恐怖という名の罰。  それを与える。  運が良い事に、この三人の携帯アドレスは持っている。  三人とも裏掲示板のアドレスを登録している。 「さてと……どういう文章を送るかな……」 「とは言っても考えすぎは良くない……〈素朴〉《そぼく》な方が恐怖感は演出出来る」 「そうだな……」  ボクは数分考え込む。  たぶんそれぐらい……。  時間は分からないけど、とりあえずこの三人には……。 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/14 18:01 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― いたいいたい いたい いたい いたいいたいいたいいたいいたいいたい いたいいたいいたいいたいいたいいたい いたいいたい いたいいたいいたいいたい いたいいたいいたい いたい  と言うものを送った。  ただし、ただ送るのではつまらない。  ボクはパソコンから高島さんの携帯経由で、自動的に一時間に一度、同じ文章が送られる様に細工をした。  パソコンは一時間に一度、高島さんのメールアドレスを経由して彼女たちに恐怖のメールを送る。 「くくくく……さすがにこんな文章が一時間ごとに送られたら参るよね……くくくく……」  これが最初の遊びだ。  高島さんにあのバカ女どもがした遊び。  それと同等かそれ以上。 「さぁ、楽しんでおくれよ」 「次は、君たちが〈弄〉《もてあそ》ばれる番だよ」  その後、裏掲示板を見る。  高島ざくろの死、そして高島メールは相当なインパクトがあったのか、動揺の書き込みにあふれていた。  そう言えば……。 「城山も死んでたのか……しかも屋上から転落……」  まったく気がつかなかった。  日にちは……7月10日。 「ああ……そうか、そう言えばあいつら屋上でクスリをやってたな……」  LSDだか幻覚系のクスリをやるとかやらないとか騒いでた。 「クスリでおかしくなって飛び降りたのかな?」  まぁ、今となってはどうでもいい事だけど……。 「でも……」  たまたまなんだろうけど、城山と高島さんの死。  愚民どもには、これがあたかも連鎖した死の様に錯覚されるのだろう。  例の高島さんのメールと相まって、学校の裏掲示板の住人の動揺は尋常でないものとなっている。 「はははは……」  さらに読み進めていき……ある事に気がついた。 「あれ?」 「そういえば……忘れてたな……高島さんもこの裏掲示板に登録してたな」  彼女は登録したもののまったく最近まで、書き込みはしていなかった。  まぁ彼女の性格を考えるならば、当然と言えば当然か……。  にも関わらず……。  74:ビックハザードが来ます。 1:高島ざくろ:2012/07/11(土)22:02:13 ID:zakuro 封印されたアザは物理特化符虫(外径魔法系暗黒召還虫)を使い、私達人類に悪しき考えを植えつけようとしてきた。 それが人類の長い歴史に見られた狂王達(ヒットラー・ハーン・マリーアントワネット.etc)と我々(市民、革命軍、人民)の戦いの正体です。 城山翼さんはその物理特化符虫に犯されていました。 彼は私を堕落(負的衝動エナジーダウン現象)させるためにアザがそう仕向けていたのです。 なぜならば、アザはもうすぐに目覚めるからです。ビックハザードが来るんです。 大いなる災いが訪れます!  7月11日に突然、自らスレを立てている……。  日付は……彼女が自殺する前日。  その後、彼女は何度も書き込みをしている……。  そのスレは彼女が自殺する当日に〈跨〉《またが》って荒れていた。  すべてが偶然なのか、  城山の死。  高島さんの立てたスレッド。  高島さんの自殺。  そして高島さんからのメール。  そのすべてが一つの方向に向かっていた。  その方向は、 7月20日。  母が信じ、 高島さんが信じた。  世界最後の日。 「そういえば……」  母親が、あの予言を信じたきっかけがあった。  たしか当時、母が入っていた新興宗教。  その教団の教祖が、2012年の7月20日を世界の破滅の日だと言い出したんだ。  なんでもメキシコだかインドだか、なんかどこだか知らないけど、いろいろな場所で信じられている予言らしい。  曰く、メキシコの太陽の石にある予言。  曰く、インドの高僧が言った予言。  曰く、フォトン・ベルトに突入する年。  ちなみに、フォトン・ベルトとはそのままフォトン(光子)のベルト(ドーナッツ状の帯)の事で、銀河系にあると考えられている、光子エネルギーの帯である。  太陽系は、プレアデス星団にあるアルシオーネを中心に約26000年周期で回転している。  その際、11000年ごとに2000年の長い時間をかけてフォトンベルトを通過するとされている。  フォトン・ベルトの強力な磁気のため、地球は大災害に襲われる上に、生物の多くが遺伝子に大きな変更を余儀なくされる。  この時、世界のすべてが2000年かけて一変すると言われる。  巨大な変化は、現在の人類の滅亡、新たなる人類の登場を意味する。  その大変化の2000年のはじまりが、2012年7月20日とされている。  2012年に関わる予言はそれだけではない。  むしろそれよりも重要な予言……というよりも予測がある。  それこそが、  Web Bot Project。  母が信じ、そして幼いボクに何度も母が言い聞かせた、人類の無意識が見せる世界最後の姿。  彼女はよくそれを、空いっぱいにつまった不安の言葉達と表現した。 「……母親はWeb Bot Projectを信じ、そしてあの予言を信じていた……」  Web Bot Projectとは、インターネット中の人々の無意識を読むシステムだと言う。  なぜ、人々の無意識など重要になるのだろうか?  この下地には有名な概念がある。  分析心理学の理論を創始した〈C〉《カール》・〈G〉《グスタフ》・ユング。  彼は、自らの患者が持つイメージにいくつかの不可思議な共通点を見たという……。  さらにそれは、世界各地に散らばる、神話や伝承とも多くの点で一致した。  この事について彼が出した結論は、  人類共通の集合的無意識が存在する。  人類は同じ無意識を共有する。  それはいくつかの超科学的な結論を導く。  たとえばそれは〈共時性〉《シンクロニシティ》。  世界で起こる、同時多発性。  こういう事が起きた場合、通常ならば、それはいくつかの偶然が重なったものであると考える。  だがそうだろうか?  たとえばである。  たとえば、  何かしら表に現れた形の因果律ではなく、それは裏に隠された何か、論理の外にある因果律によって繋がっているのではないのか?  人類が持つ、共通の無意識があるとしたら、それが何かしらの形で共有化され、あたかも、人類そのものが一個体であるかの様な振る舞いをしているとしたら?  人は個体でありながら集合、集合でありながら個体。  部分でありながら全体、全体でありながら部分。  それはまるで、人間の細胞の一つ一つが個別で生きていながら全体を形作る様に、  それはまるでチェスの一コマのルールが、チェス全体のゲームのルールを律していながら、全体がチェス一コマのルールを律している様に、  個は全体であり、全体は個である。  人類は無意識レベルとして、一個体の生命である。  だからこそ、インターネット中の無意識を知る事が出来れば、それは人間全体の意志。  否、神そのものの意志を知る事となる。  そう考えた人間がいた。  それこそが、Web Bot Project。  そしてそのWeb Bot Projectが予言した、世界滅亡が2012年7月20日。  高島さんの言うビックハザードだ。  そして、もう一つWeb Bot Projectは重要な予言をしている。  2012年に救世主が現れる。  実はこれはWeb Bot Project以外にも、インドの遠隔透視能力を持つ高僧も予言している。  ただしこちらは空から現れる者と言う言い方だが……。  この救世主とは何者であるか? ――などという議論は今更である。  予言者であった母は、その事を遙か以前から知っていた。  自らの子が世界を救う者であるという事を……、  だからこそ、ボクに厳しく当たった。  人の母親としてではなく、  救世主を産んだ者として、ボクを育てた。  その記憶はつらいものでしかない。 だからボクは母を憎んでいた時期もあった。  だけど、今なら良く分かる。  今なら、前より確信して言える。 母はボクを本当に愛していた。  母はたぶん、人の母親としてボクを愛したかったのであろう。  ボクを抱きしめたかったのであろう。 にも関わらず……。  そういえば……、 世界が空に還る日。  その日の事を教える時だけは優しかった。  それ以外は、ボクにあらゆる苦行を〈強〉《し》いた。  産まれた瞬間から、ボクは苦行の中にあった記憶すらある。  実際、こうやって学校でイジメられたのも、母が取り決めた苦行のプログラムであったのであろう。  母はすでに死んでいるにもかかわらず、ボクに苦行を強いる様に、人生をプログラムしていた。  それが出来たのは母が予言者であったからだ。  母はすべて知っていたからだ。 そうとしか考えられない。  明晰な知性が、予言者であった母の計画を暴いていく。  誰にも解けない世界を救う壮大なパズル。 そのピースが一つ、また一つ埋まっていく。  世界の意志。  母の意志を理解する。  救世主であるボク。 絶対的な知識と知恵を得たボク。  世界の過去と未来をすべて見る事が出来た母。  その母が過去から未来にかけて計画したプログラム。  今なら、その全貌が分かる。  それだけでなく……、  母としてではなく、予言者として生きた母の苦悩すら自らによみがえる様だった。  つらかっただろう。 悲しかっただろう。  本当はボクと一緒に平凡な人生を送りたかっただろう。  だけど彼女は選んだ。 予言者である事を―― 世界を救う事を――  母である事よりも……。  もしかしたら、ボクの恋人を殺したのも、母の意志かもしれない。  母のプログラムによって高島さんは死んだのかもしれない。  それほど母は世界に影響力を及ぼす存在であった。  今なら分かる。  救世主としての力を得た今なら、 自分の母親がほぼ万能な存在であった事を。  ボクは、世界を救うために産まれた。  万能な存在である母から産まれた。  それはどういう事か?  そうだ……母がなんであれほどWeb Bot Projectにこだわったんだ。  あれほど人類の共通の無意識を強調したんだ。  直観的な意識と行動が調和する過程を、かのユングは「個体化」と名付けた。  それは比喩ではなく、人類の無意識は一個体の生物であると言う事。  ならばその一個体とは何か?  救世主の母とはつまりそういう事なのだ。  人類は救世主を必要とした。  だから人類は救世主を産み落とした。  この地上に……。  つまり人類とは、人類そのものが持つ無意識とは、  一個体とは?  集合的無意識とは?  他ならぬボクのお母さんの事だったんだ。  お母さんは人類そのものの無意識が具現化したものであるからこそ、ボクを産んだ。  人類を救う救世主を産んだ。 「だからか……」  記憶では当初、Web Bot Projectなどまともに動いてなどいなかった……。  欠陥品というより起動そのものすら出来ない様な代物であった……。  それがある日勝手に動き出していた……。 しかも、その精度は完璧だった……。  ボクはWeb Bot Projectが動き出したのを知ってから……そのチェックを欠かさなかった。  何か事件があるたびに、予言をチェックすると……かならずその項目が見つかった。  膨大すぎる予言であるため、いつも見落としていたが……事件発覚後にチェックすると必ず予言はすでにされていた事に驚いた。  なぜ、母の死後にはWeb Bot Projectが動き出したのか……、 その意味を最初理解していなかった……。  だけど今なら分かる……。  母の死は、 世界の死の準備のために、  なぜならば、ボクの母とは、 世界そのものの意志だったから……。  気がつくとボクは泣いていた。 母の愛に……、  人類の素晴らしさに……、 ボクはあふれる涙を止める事が出来なかった。 「世界が空に還る日……世界の滅亡まであと六日間……」 「救ってみせる……」  泣きながら、ボクは宣言した……。  神は六日間で世界を作った……そして残りの一日を休息日とした。  救世主であるボクは六日間で何が出来るだろう? 「出来るかぎりの人間を空に還す……世界が滅亡する前まで……」 「それが世界の意志……」 「それが母の意志……」 「そういう事なんだ……」  世界が空に還る日とは世界が滅亡する日ではない。  世界が滅亡する前に誰かが世界を空に還さなければいけない。  それこそが世界が空へ還る日なのだ。 「世界の滅亡は7月20日……つまり世界が空に還る日とはその前日、20日の直前に行われなければならない」 「ボクはどれだけのものを空に還す事が出来るだろうか?」 「それこそが……救世主として産まれたボクの使命だ」  だがそんな事可能であろうか?  たった一人の人間が、世界を空に還すなんて事……。  答えは、 「可能だ……」 「救世主とは真理を知る者」 「人類の歴史のみならず、生物そのもの、地球そのものの知識を持つ者」 「実際ボクは、昨夜、リルルちゃんの導きにより生命そのものの無意識を経験した……それは何十億、何百億という長い旅であった……」 「すべての知性と知恵、すべての技術と経験。それを有する者こそが救世主」 「ボクは確実に真理をつかまえたのだ!」 「その真理を持つボクにとって、一週間は何十億、何百億、何千億、何兆年にも等しい」 「そう、ボクがつかんだ真理の前には、どんな不可能も必然的可能でしかない!」 「その真理とは!」 「!?」 「……」  ……。  あれほど明晰だった論理が突然中断される。  あれほどの聡明さが途端にとぎれる。 「ぬぅ……なんだ……」  あらゆる知識を持つハズのボク。 あらゆる知恵を持つハズのボク。 あらゆる経験を持つハズのボク。  にも関わらず……。 「なんて事だ……」  昨晩経験したあの、何億もの夜と何兆もの昼の記憶が再現出来ない。 「なぜだ……」 「くそ……」  それ自体を冷静に分析してみる。  人間の脳は1350から1500cc程度しかその容量がない。  人間は産まれるまでにニューロンが1000億個作られると言われている。  その数は中年期後半までそれほど変わらないと言う……。  救世主として産まれたボクのニューロンは、常人の数十倍から数百倍の数だと推測される。  だとしても……数億、数十億、数百億、数千億の生命が数億、数十億の時間を経て得た記憶と経験を処理するのはあまりに貧弱だ。 「だとするならば救世主と言えども人間である以上は、やはり物理的な制約があると考えるべきか?」 「ならば、なぜ昨夜は見る事が出来た?」 「なぜボクは全生命の無意識を見る事が出来た?」 「時間にして数秒……その数秒でボクは、数億、数十億、数百億、数千億の生命が数億、数十億の時間を経て全生命が得た記憶と経験を処理した」 「それはなぜだ?」  常人ではあり得ない論理的で天才的な思考。  それが、まだ姿を現さない事実を言語として追い詰めていく。 「つまりそれは……」 「……外部処理を必要とする……という事」 「外部の情報処理システム……演算ではなく……ニューラルネットワークに似たもの……いや、脳機能そのものといっても良い……」 「っ! それか!」 「そうか……彼女が〈受容器〉《レセプター》の役割をしたんだ……」 「救世主であるボクと、全人類……いや、全生命の記憶との接続の……」 「だから、ボクはあの時、神に匹敵する力を持った」 「くくくく……なるほど……」  救世主というものが少し理解出来てきた……。  救世主は神ではない。  あくまでも人に近い存在としてある。  いや、言ってしまえば身体の構造そのものは人以外の何者でもない。  つまり、基本的には人である〈呪縛〉《じゅばく》から逃れる事は出来ない。  だが、救世主は人ではない。 それはなぜか?  そう、天使の存在により、神となる。  天使の助けによってこそ救世主は神となる。  つまり、リルルちゃんといる時にこそ、ボクは人を越えた、本当の生きる神となる。  彼女が神とボクの接続点となる。 「そういう事だ……」 「そういう事なのだ……くくくくく……」 「……ふふふふ」  すべての謎は解決した。  すべての解答は〈示〉《し》めされた。  救世主がすべき事。  神の子がしなければならない事。  救世主が出来る事。  救世主が出来ない事。  神が出来る事。  神が出来ない事。  すべては明かされた。 「神が出来ない事こそボクがやるべき事……」 「神が出来ず、ボクに出来る事……そう、人であるからこそ出来る事がある」 「まず、俗世に下りよう」 「俗世の中に入らなければならない」 「そして、人の世で〈汚〉《けが》れなければならない」 「神は人の世で汚れる事がない。つまり神は人と交わる事が出来ない」 「汚れる事が出来る者こそが、はじめて人の中に入る事が出来る」 「完全な聖なる存在は、俗悪な人々の中に入る事が出来ない」 「それはちょうど、太陽が人々の中に入れないのと同じ事」 「そのあまりの神聖さは、〈汚〉《けが》れた人々を焼き尽くしてしまうであろう」 「だからこそボクがやらねばならない」 「〈汚〉《けが》れる事が出来る者こそが、救世主たり得る」 「だからまず人の中に入り、あえて〈汚〉《けが》れなければならない!」 「さぁ、〈汚〉《けが》れよう! 人々の中で自らを汚そう!」 「俗世に!」 「神が出来ぬ、大事を行おう」 「だから……じゃない」 「でもさ……そういうのって噂でしょ? だいたいそういうのってさ」 「うんそういうのって昔から何度も言われてるんでしょ?」 「予言だっけ? なんかそういうヤツだよね」 「大昔流行ったって話をお父さんから聞いたよ。なんかノストラダムスの予言だとか……」 「だからこれは予言じゃないんだって……」 「予言じゃないのになんで未来なんか分かるの?」 「私も難しい事は分からないんだけどね……」 「なんか科学的な事なんだってさ」 「あのね……ウェブ……ロボットとか言う」 「それってWeb Bot Projectだろ?」 「そう、それだよ。良く知ってるね」 「なにそのウェブボットプロジェクトって……」 「インターネット上の会話などを収集するソフトウェアらしいんだけど……なんでも予言も出来るらしいんだ」 「……ほう」  俗人どもがすでにWeb Bot Projectとの関連に気がつき始めたか……。  人というのは不思議なものだ……個別だとあれほど愚鈍であるのに……時に集団としての聡明さを見せる事がある。  それもまた、共時性という事なのか? 「くくくく……」  ならば、その共時性が、その他の多くの予言。  そして予言者の存在を気がつかせるであろう。  世界滅亡の時。  その前に世界を空に還す者の存在を……。 女子校生: 「ねぇ、ねぇ、……」 女子校生: 「なんか、バカタクジが、こっちみてるよ…         …」 女子校生: 「やだ……ホント」 女子校生: 「きもちわるぅー」  声にも表情にも出さずに、ボクの悪口を女子どもが言っている。  今のボクは人の心の中までよく見える。  そうやってごまかしたって全然無駄だ。 「ふふふ……低俗な者どもめ、そうやってボクをバカにしてればいいさ……」 「ボクに救われない者達はすべて地獄に落ちるのだからな……」 「くくくくくくく……」 女子校生: 「なんか、バカタク……笑ってるよ……」 女子校生: 「うそ! きもちわるい!」 女子校生: 「行こ」 女子校生: 「うん」  バカ女どもは消えた……。  くくく、ボクが恐いんだな……。  だから、ボクを〈疎外〉《そがい》する……。  否定しようとする。  まあ、それは、正解だよ。  ボクはあまりに聖なる存在だ。  汚れた彼らにはボクが眩しすぎるはずだ。  人が太陽をまともに見る事が出来ない様に、  彼らもボクをまともに見る事など出来ない。 「  」 「……君は……」 「 しそうですね  くん」 「そうか……君か……」  彼もまた、ボクに苦行を与える為のプログラムにしかすぎない。  ボクを痛めつける事により、精神的な鍛錬をさせてくれる。  そう言った意味では彼に感謝しなければならないな……。 「〈悠木皆守〉《ゆうきともさね》くん……」 「……」 「なんか……卓司お前……」 「あれ? 悠木くんどうしたの?」 「……卓司」 「悠木くん?」 「なんで、バカタクの分際で……そんなにウキウキしてるんだ……お前」 「ウキウキ? ははは……そう見えるのかい?」 「なんだその口の利き方は……」 「……口の利き方が悪かったのなら謝るよ……ごめん」 「謝る? 何言ってるんだ……ちゃんとした謝り方があるんじゃねぇか……」 「ちゃんとした謝り方?」 「慰謝料だ……この前足りなかった分も含めて20万円持ってこい」 「慰謝料ねぇ……それで? いつまでだい?」 「なんだよ今回は期限はいらないのか?」 「そうだね。別にあっても無くても……といった感じかな?」 「何それ? 金の〈当〉《あ》てでもあんのか?」 「ん、まぁそうかもね。それでさぁなんで20万円なの?」 「なんだと……」 「どうせなら、そこにいる沼田くんと西村くんと君に20万円ずつがいいんじゃないのかい?」 「何?」 「え? マジで? 金くれるんスか?」 「宝くじでも当たったんスか?」 「ふふふふ、そうかもしれない」 「本当? マジで? いいの?」 「黙れ!」 「え?」 「今のは無しだ……」 「え? でも今たしかに……」 「誰もそんな事は言ってない」 「でも……宝くじ当たったんだよね……」 「だとしても……てめぇら……消えろ……俺が独り占めする……」 「え?」 「何度も言わない……消えろ……卓司の金は全部俺のものだ……」 「ひっ」  恐ろしい形相で悠木が二人をにらむ。  二人の顔面は瞬時に蒼白となる。 「……すごいね」 「ああん?」 「あれほど人を恐怖させ、屈服させる力を持つ悠木くんは本当にすごいね」 「てめぇ……」  今にも飛びかかりそうな悠木。  ボクは静かに、 「話がしたいんだろ? ここじゃない方がいい」 「なんだと?」 「屋上でも行こうか……」 「……」  元々青白い顔の悠木の顔面は、その怒りで青く浮き出した血管をさらに際立たせる。  今、すぐ、ここで襲ってきかねないほどだ。  だけどここじゃ迷惑がかかるし……それに……、 「はいっっっ。間宮卓司くんっっっ。ボクねぇ、ボクはさぁ、今日は と て も 傷 つ き ま し た」 「……」 「あんなに教育してきた君が、いきなり 反 抗 的 な態度をとったからです」 「……」 「ここは屋上です」 「しかも……」 「たった今、授業が始まりました」 「ここには誰もいません」 「誰 も 助 け に き ま せ ん」 「君が死んだとしても 誰 も 気 が つ き ま せ ん」  悠木は茶化している様にしゃべっているが、そのくせ頭に完全に血がのぼっている様であった。  この口上は彼的には、これから行われるカタルシスの為の様なものなのだろうか……。  回りくどい男だ……。 「卓司くん? 何か言いたい事あるかい?」 「どうせ、アニメでも見て、勘違いしちゃったんだよね。そんで今だんだん冷静になって現状を理解し始めている……」  悠木のパンチが顔面に入る。  さすがにすごい速度だ。  ボクの鼻の穴から血が飛び散る。 「っ……」 「その痛み、思い出したか?」 「てめぇなんざ、〈所詮〉《しょせん》なんだよ。所詮そんなもんなんだよ」 「お前は一生誰か強い者にイジメられ続けて生きていくんだ」 「お前に逃げ場はない」 「逃げ場は死ぬ事……そして」 「ほら、泣けよ」 「いつもみたいに」 「泣けよ……」 「……」 「ふふふふふ……」 「っ!」 「くくく、痛いなぁ……」 「……卓司」 「痛いなぁ……また鼻血が出ちゃったよ」 「君に昔、鼻の骨を折られて以来、鼻血が出やすくなってるんだよ」 「……」 「君も、城山の様になりたいのかい?」 「殴った分だけ、惨たらしい死を用意してあげるから」 「……」 「ふ……何を言い出すかと思えば……」 「なんだ卓司? てめぇのその強気さは、どっかのオカルト雑誌で読んだ呪いの方法が城山に的中したからか?」 「くくくくく……なんだそりゃ、お前、本当にバカだな」 「俺がそんな事でいちいちビビるとでも思ってるのか?」 「呪い?」 「あれは呪いではないよ。あれは必然」 「はぁ? なんだそりゃ?」 「彼が死に、高島さんが死に、そして君がボクを痛めつける」 「それは、すべて母によってプログラムされた事なんだよ」 「は、はぁ? 何?  お前、何言ってるんだ??」  今まで怒り一色だった悠木の顔が笑顔になる。  何が楽しいのだろう。 「ママが? お前のママが、城山を殺して、高島を殺して? んで、俺に頼んでお前をいじめてるとか言いたいのか?」 「ふふふ……君に何を言っても分からないだろう。でもね。これだけは言えるんだよ」 「なに?」 「君の役目は終わった」 「俺の役目が終わった?」 「そうだよ……終わったんだ」  その言葉に一瞬悠木が止まる。  動きだけではなく、表情も、たぶん思考すらも。 「ど、どういう事だ……お前……」 「ボクの精神を鍛錬するために存在していた君は、その役目を今日で〈終〉《つい》えるんだよ」 「? はあ? なにそれ?」 「お前の? 精神? 鍛錬?  ぶははははははっ。お前バカだろ」 「どんだけ終わってるんだよ。お前の頭っ中は」 「まぁ、前からぶっ壊れてたとは思っていたが、そこまで狂っていたとはな」 「何を言い出すと思えば……」 「さぁてと……今日は、今までにないぐらいやりますよ」 「ボコボコにぶん殴った後に、鼓膜に鉛筆を突き刺して殴ってやるよ。痛いなんてもんじゃねぇぜ。たぶん……」 「もう、今すぐ自殺したくなるぐらい、お前を痛めつけてやるよ……」 「さぁてと……」 「?!」  たぶん悠木本人が一番なにが起きているか分からなかっただろう。  さっきとは比べものにならないほど、体重をのせた悠木の拳。  実はボクはそれを待っていた。 「っく!」  なんやかんや言って、武道経験者か……。  絶対に受け身をとれない形で地面に叩き付けたつもりだったけど、悠木はとっさに身体をひねり、最悪の打撃場所を回避した。  と言っても回避とは言わない。  頭蓋骨の代わりに腕の関節を脱臼させた。 「っ……」 「ほう……」  すごい……あれほどの一撃を受けながら、叩きつけられたと同時にその反動で立ち上がる。  次の攻撃に備えるためだ。 「て、てめぇ……」 「ふふふふ……すごいね……君」  たぶん彼は気がついてない。  今、彼が世界にいるどんな人間よりも強い者を相手にしている事実を……。  ボクは、全生命、そして全人類、すべての知識と経験を手に入れている。  あらゆる知識と知恵、そして経験と技術。  その中には当然、彼が得意とする格闘技の経験と技術も含まれている。  全人類。最弱の者から、超武道の達人まで、そのありとあらゆる経験と技術が身に染みついている。  そんな人間に、悠木皆守なる一個人がかなうわけがない。  と思ったけど……。 「勝負は一瞬につくと思ったけど……君は本当に強いんだね……」 「な、なんだと……」 「だって、ボクは世界でもっとも強い人間なんだよ?」 「……なんだそりゃ?」 「今のボクは……歴史上存在したどんな達人よりも強い……そういう事なんだよ」 「……ど、どんな妄想だ……お前……本当に気が狂ったのか?」  悠木がボクをにらむ。  先ほどの威圧感はない。 「んじゃ、ボクから……」 「え?」 「くっ……」  な、なんだこれ……。  ボクが殴ったはずなのに、なぜか膝が崩れる。 「く……くぅ……」  なんとかその場で手をつき地面に激突するのを回避する。  それでもダメージは相当なものらしく、視界がぼやける。 「バカが……少しぐらい古武術を使える様になった程度で、何を達人ぶっていやがる……」 「十万年速ぇんだよ……」 「これは……」  ボクの攻撃に対して、大きく身体を回し、裏拳を放ったらしい。  なんて男だ……世界最強のボクに〈怯〉《ひる》まずに攻撃してくるとは……。 「来いよ……お前がどの程度か教えてやるからよ……」 「っ!」  痛み……というよりは、〈気怠〉《けだる》さ。  疲れの方が大きい。  ただ、疲れた……。 「なんて男だ……」 「このボクがここまで……」  ボクは昨晩、すべての知識と技術を手に入れた。  それは間違いない。  あらゆる知識は、昨日まで無かったものばかり、  今この場の格闘術だってそうだ。  昨日までのボクは、目の前にいる悠木どころか、その悠木に数人がかりでもかなわない様な沼田や城山や西村や飯沼にすらボコボコにされていた。  何も出来ずにいじめられ続けてきた。  何も出来ない無力な存在だった。  それが、救世主として生まれ変わった。  そして、すべてを手に入れた。  この格闘術だって……、  にも関わらず……。 「腕の骨を抜かれてなきゃ……てめぇなんかにやられねぇよ……」 「っ」  倒れている悠木の顔面を踏みつける。  ボクの靴が血で染まる。 「……っぺ!」  顔色一つ変えずに、悠木は血と一緒に割れた歯を吐き出す。  なんて男だ……。 「何が最強だ……妄想もいい加減にする事だな……そんな蹴りじゃ……俺は殺せねぇよ……」 「……」  フェンスによりかかったまま倒れている悠木。  これほどの暴力を受けながらまったく動じた様子もない。  なんなんだこいつは……。 「間宮……覚えておけよ……」 「ここで俺を殺さないと……次に俺はお前を確実に殺す……」 「俺と貴様が向き合うというのは……そういう事なんだ……」 「間宮卓司!」  悠木が怒鳴る。  口から血玉を吐きながら。  〈吼〉《ほ》える。  なんでこんなになってもこいつは……。 「……悠木」  たしかに……おかしい。  この男は、ボクの母親が、ボクが救世主として生まれ変わるために用意したものだ。  ボクを最大限追い詰めるために予言者である母が仕組んだもの。  それならば……、  もうこいつの使用価値なんてないはずだ。  にもかかわらずこいつは、まだ〈崇高〉《すうこう》なボクの前で〈跪〉《ひざまづ》こうとも、逃げだそうともしない。  救世主となった今、こいつに残された選択肢はその二つだけのはずだ。  なのにこいつは、こんなになりながらも、まだこのボクに〈抗〉《あらが》おうとしている。  なぜだ? 「てめぇの妄想ごっこは終わるんだよ……」 「妄想ごっこ?」 「そうだ……お前の妄想の世界……いやお前の世界そのものが終わるんだよ……」 「ボクの……世界そのもの?」 「そうだ……」  こいつ……、  世界が破滅する事を知っているのか?  それで〈尚〉《なお》ボクに楯突くのか?  それはどういう事なんだ?  ボクの息もだんだんと落ち着いてくる。  痛みが思考の邪魔をしたけど、  それでも疲労が遠のくにつれて、徐々に考えもまとまりはじめる。  そうだ、  ボクには、冷静さと、そして知恵と知識がある。  考えるんだ。  目の前にいるこいつの事を、  城山の死。  高島さんの死。  そして悠木皆守。  すべてはつながっているハズだ。  母ノ意志ニヨッテ。  スベテハ綺麗ニ仕組マレテイル。  ならばこいつは?  なぜこいつは、世界最強の力を持つボクと同等の実力を持つ?  こいつにはなぜ、それほどの力が与えられている?  復唱スル。  ナラバナゼコイツハ?  ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?  コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?  ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコ  イツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼ  コイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、  世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル?ナラバナゼコイツハ?ナゼコイツハ、世界最強ノ力ヲ持ツボクト同等ノ実力ヲ持ツ?コイツハナゼ、ソレホドノ力ガ与エラレテイル? 「ナルホド……」 「ワカッタゾ」 「……」 「なるほど……わかったぞ」 「……何がだ……」 「まだまだボクの救世主としての修行は終わったわけではないというわけか……」 「……なんだそりゃ?」 「君がそれほど強いのは、そういう事なんだね」 「はぁ? だから……どういう事なんだ……」 「君はいつでもボクに戦いを挑んでくると〈良〉《い》いだろう」 「そのたびにボクは君を地に伏せさせるだろう」 「そしていつの日にか、ボクは君の身体だけではなく、心も地に伏せさせるであろう」 「このボクの存在の前に……」 「こ、この……電波野郎……」 「くくくくく……そうやって〈吼〉《ほ》えているがいいさ……いつでもかかってくるといい」 「君の存在は、ボクが真の救世主に至るための〈布石〉《ふせき》にしかすぎない」 「あるいは、君との闘争こそが、〈試金石〉《しきんせき》となるのかもしれない……」 「そのため、母親が君にそんな桁違いの力を与えたのであろう……」 「お前の母親が? こいつ……どこまで……狂っていやがる……」 「くくくく……まぁ、今日は良く休んだらいいさ。さすがにその怪我じゃ、再戦というわけにはいかないだろうからね……」 「ははははははははは……」 「さっき見たんだけど、たしかに今、噂になってるね」 「リンク貼ってたでしょ。他のサイトに」 「うん、Web Bot Projectについて書かれてた」 「俺が説明した通りだっただろ」 「あれって本当なのかなぁ……」 「何が?」 「そのWeb Bot Projectが世界の破滅を今月の二十日だって言ってるの」 「リンク見たんだろ? たしかにそういうデータを示してるって書いてあったじゃん」 「そうだけど……私怖いんだけど……」  救世主の力によって、自らの傷が驚異的な回復を見せた頃。  教室での世界破滅の噂はさらなる加速を見せていた。  2012年7月20日。  高島ざくろの予言。  城山の死。  世界に散らばるあらゆる予言との一致。  あたかも世界の破滅がすぐにでもくるかの様に、その言葉がどこかしらでも聞かれた。  といっても……これはほんの始まりにしか過ぎない。  凡俗な者どもが、その意味を知るにはまだ遠い。  遠いのだ。 「  さ……」 「ん?」 「なに、  じゃん」 「そんなあなたは    」  あれは……。  あの女は……、  アレハ……。  アノ女ハ……、  あの女……たしか……、  水上由岐……。  同じクラスの女子だ……。  それにしても……、      ――何をしてるんだあいつは……。  何かを探っているのか?  いろいろな事を聞き出しているみたいだ。  話し相手は……横山潔……。  同じクラスの……まぁどうでもいいヤツだ。  顔は並。頭も並。凡俗中の凡俗、ボクの興味の対象外だ。  にも関わらず。  あの……水上由岐は……なぜか気になる。  水上由岐。  あの、悠木ですら避けるほどに武道の心得があるという……さらに数度全国模試で名前が出たほどの才女とも言われている……とは言っても最近はさっぱりだとも聞くが……。  前のボクならば、あまりに自分とかけ離れた存在に、近づく事すら出来なかったけど……今救世主として生まれ変わると……。  その存在の近さに驚かされる。  彼女とボクは近い。  その存在の高さに、多くの共通点がある。  たぶんそれは、人として万能な水上由岐という存在と、まだ完全な救世主となり〈得〉《え》てないボクは近い。  それが今なら〈端的〉《たんてき》に分かる。  水上由岐……。  彼女の存在もまた……何かある……。  そうだとしか思えない……。 「めずらしいですね。水上さんが俺なんかに話しかけてくれるなんて」 「本当はあんたなんかと話したくないんだけどね……まぁ聞きたい事があるから仕方なしに……」 「水上さんが俺に聞きたい事? うは、光栄すねぇ」 「さっき言ってたWeb Bot Project。そんなもんが世の中の事を予言しているサイトがあるって本当?」 「あるっすよ!」 「それってさ、Webを自動的に巡回してさまざまな情報を収集し、それをデータベースに蓄積して検索などを行うための仕掛けのWebbotの事?」 「えっと……」 「ならさそんなもんは単に、自動的にhttpを発行して、どこかのhtml文書を取得したら、適当なキーワードを検索してデータベースに保存した後、その文書の中のアンカータグを抽出して、そのアンカータグの指すhtml文書をまた取得していくだけのことでしょ」 「いや良く分からないけど……」 「簡単にいえば、検索エンジンのロボットの事でしょWebbotって事はさ、SpiderとかWeb Crawlerとか……」 「えっと……」 「その予言をしているWeb Bot Projectってなんなの? そんなもんがネットのどこにあるの?」 「いやさ、俺も詳しくは分からないですけど……学校の裏掲示板で話題になってるらしいすよ……」 「裏掲示板……」 「この学校の裏掲示板あるの知ってますよね」 「いや……そんな詳しくはないけど……まぁ噂程度には……つーかあんたその掲示板見た事ある?」 「ああ、もちろんありますよ」 「なら、その掲示板とやらのアドレスをもらえるかしら?」 「いいですけど……登録しないと中見れないですよ、さらに紹介者がいないと登録すら出来ないし」 「登録? 匿名掲示板なのに?」 「ああ、そうじゃないと裏掲示板の意味がないじゃないですか」 「そういうもんなんだ」 「ああ、そうすね」 「まぁいいや、とりあえずそのアドレス頂戴、それと紹介者とやらになってよ」 「なら携帯アドレスくださいよ。今から送りますから」 「そんなの無い」 「へ? 携帯持ってないんですか?」 「その誰でも持っているかの様な言い方に問題があると思う……誰でも持っていると思うなよ携帯!」 「そ、そうですか? あれ……そうだったかなぁ……」 「何がだよ。無いもんは無いんだよ」 「そんな強気に言われても…… だいたいあのページってみんな携帯で見てますよ……パソコンで見てるヤツなんていないんじゃないかなぁ」 「問題ないからとりあえずパソコンの方に送ってよ。私は基本ネット環境はパソコンなの」 「はぁ……ならそのメールアドレス教えてくださいよ……」 「はい、これ」  その場で自分のアドレスを書いて渡す。 「……」 「これフリーメール……」 「そうよ。文句ある?」 「ないですけど……ちゃんとしたメールアドレス持ってないんですか?」 「あるわよ。ただしあなたには教えない」 「……うは」 「あのですね……お願いがあるんですよぉ」 「何?」 「水上さんの紹介者に俺がなるわけだから、それって友達って事ですよね」 「痛っ……」 「ニヤニヤしながら、気味悪い事言うな…… それで? 何が言いたいの?」 「今度ダーク系のDJパーティがあるんですけど……これに出てくれたら紹介者になってあげてもいいすよ……」 「んごっ……」 「覚えてるでしょ……あんた達が初日に私にちょっかいだしてどうなったか……」 「私は男が嫌いなの。くだらない事言ってると、あんたのお仲間どもの腕みたいになるけど、それでいい?」 「あのだから、その〈腕〉《うで》っ〈節〉《ぷし》が必要でして……やはり強い人がいないと……何かとさ、対立する連中が多くて……」 「ふぅ……良く分からんけど、そのパーティーとやらに参加してあげるよ……」 「やった…… なんか最近オレらナメられてるっぽくて……城山がいなくなったから……」  やっぱり探っている……今回の事件を……、いや事件の裏側に潜むものを……。  お母さんが仕組んだ世界規模の大計画を……、あの女は探っている。  どういう理由かは知らないが……。  とりあえず、あの女、学校裏掲示板を調べる気だ。  何をどう探っていくのか……。  気になるところだな……。  少しあいつを監視しておいた方が良さそうかもしれない……。 「?」  立ち止まった……誰かと話している様だが……。  あれは……、  あの不気味に揺らめく二つの影……。  あの不愉快さを持つ影は一つしか知らない。  若槻姉妹……。  そういえば、水上由岐と若槻姉妹は仲がよい。  幼馴染みらしく、たまに一緒に学校に登校してくる事もある。  若槻姉妹……。  あれは絶対に良くないものだ……。  そういえば……あいつらは時にボクの心の中を読んだりする事があった。  救世主となった今では、そんな事はさせないが……、  だが、そんな能力がある事自体が考えてみれば不可思議だ。普通ならばそんな能力は人にはない。  なぜ、この学校にはその様な特殊な存在ばかりなのだろうか……。  ボクと対等の力を持つ、悠木皆守。  ボクと同等の知性を持つ、水上由岐。  人の心を読む、若槻姉妹。  世界の滅亡を予言して死んだ、高島ざくろ。  そして、滅亡の日から世界を救う、このボク……。  こんな事が偶然なわけがない。  すべては仕組まれているとしか思えない。 「……あの若槻姉妹もまた……母の?」  ……。  いや……何か違う様な気がする……。  あれはもっと邪悪な……もっと違う何かな気がする……。  なぜだか分からないが、彼女達には得も言えぬ不快感がある。  心を読む能力だけでなく、何か……何か彼女たちには邪悪なものを感じる……。 「あいつらは……違うかもしれない……」  根拠はないが、そんな気がする。  ボクをいじめ続けた、あの悠木ですら、存在自体に彼女たちが持つ様な不快感はない。  もちろん高島さんにも……。  気になる……。  なんであれほどの知性を持った水上由岐に、あの様な邪悪な存在が近づくかも……。  若槻姉妹……。  お前達の正体……いつか見破ってやらねばならない様だな……。  ふふふふ……。  その後、水上由岐は、下級生と雑談をしていた。  たしか、あれは横山潔の妹で……横山やす子と言ったかな……まぁどうでもいい存在だ。  その後、誰もいない高島ざくろの教室に行き、その席を調べはじめた。  一日遅れだが、良い線だ。  ボクも昨日、良く調べた。  この事件の真相に相当な興味があるのだろう。  それにしても……、  探偵セットとは懐かしいものを持ってるんだな……彼女は……、  ボクも幼い頃に母親に買ってもらった事がある。  たまに優しいときの母は、そんなものを買ってくれた。  でも幼いボクにはまだ早く、どうしたらよいか分からずに途方に暮れたものだった……。  そういう知的な子供に育ってほしかったんだろう……。  なるほど……だいたい彼女のレベルは知れた。  彼女の行動……まぁ探偵ごっこの域を超えるものではなさそうだな……。  もう少し見込みがあると思ったが……買いかぶりすぎだったかもしれない。 「ふむ……」  もう、水上由岐に対する尾行はいいだろう……。  尾行の必要がないとするなら……放っておいても良いのだけど……。  けど……、 「彼女の反応を〈窺〉《うかが》っても面白いかもしれないな……」  悠木とはかなりの回数の接触をしているが、彼女とはあまり接触した事がない……。  それほどボクの脅威となるとは思えないが……彼女もまたお母さんが仕組んだプログラムかもしれない。  だったら、今のボクをもってしても圧倒出来ない様な特殊能力を持っている可能性だって考えられる。  そうだ……直接接触は悪い判断ではない。  試してみるか……。  ボクは、彼女を旧プール脇で待つ。  ここはボクの居場所の入り口。  もし彼女がある一定の能力の持ち主ならば、ここの存在に気がつきはじめるだろう。  現に昨日だってこの辺りをウロウロしていた。  ボクの基地の存在に気がつき始めてるのかもしれない……。  と言っても、そう〈易々〉《やすやす》と見つかるような基地ではない。  なんと言ってもこの基地は救世主であるボクが作ったものだ。  神の子であるボクが作ったものを、たかだか人間である彼女がそう簡単に見つけられるものではない。 「  ……卓 ……」  彼女の姿が見えてきた。  ボクは彼女に言葉をかける。 「どうしたんだい? 水上さん?」 「ボクに用事かな?」 「ああ、少しね……用事があって来た……」 「具合……悪そうだね……」 「べ、別に気にしないで……」 「ボクはこんなに晴れやかなのにね……」  水上由岐があからさまに怪訝な顔をする。  その顔から彼女の心の中を探る。  今までならば人の心の中を覗く事など出来なかった。  でも今なら出来る。  救世主であるボクには、他人の心を覗く事など、ガラスの容器の中身を確かめる程度の難易度でしかない。  少し目をこらせば、中まですっかり覗く事が出来る。  彼女の心の言葉が聞こえてくる。  まるで彼女がしゃべっているかの様に……。 「何? なんかこの人すごく変わった……。いつもと違う……」 「なんでこんなに……神々しいんだろう……」 「まるでこれは……人格が入れ替わったみたい……」 「人格の入れ替わり?」 「そんな事が簡単に出来るわけがない……だったら他の可能性……たとえば?」 「薬物……とか?」 「そう言えば私自身、会うたびに私の気分が悪くなっている……間宮の人格が入れ替わったかの様に変化している……」  くくくく……なんだい案外トロいんだね。  ボクの神々しさに気がついたのだけは褒めてあげられるけどね……でもそれがクスリで人工的に作られたなどという推論は最悪だ。  まったく物事の本質を分かっていない。理解していない。  怪訝そうな彼女の顔。  どうやら、今彼女の頭の中では、気化して使う様な麻薬を使用している可能性を考えているらしい。  まったく見当違いの推理だな。  かわいそうに……彼女もまだまだなのだな……。 「気化して使う麻薬か……ないなぁ……」 「?!」  彼女の驚き様……くくく……自らの心が読み取られて、相当動揺している。  もっとからかってやろう……。  どれだけ君の心の中がボクに筒抜けかを……知らしめてあげようじゃないか……。 「それって無味無臭な薬物なのかなぁ? すごく値段高くない?」 「……なによ……それ」 「どうしたの? まるで心が読まれて驚いているみたいだけど……」 「……」 「なんか質問があったんじゃないかな? ボクに……。だから会いに来た」 「……」 「な、何はしゃいでるんだか……気味が悪い人だ……」  やはり彼女はボクに会いに来た。  まぁ、この基地の入り口にわざわざ訪ねてきたのだから、そうなんだろうね。  その理由は?  ふむふむ……。  なるほどね……一生懸命、浮き上がった文字は消していったんだけどね……肝心のボクの名前が高島さんの机に残っていたのか……。  それで、高島さんとボクの関係に気がついたと……なかなかの名推理だね。水上さん……。  さっきまであまりに〈侮〉《あなど》りすぎた事は〈詫〉《わ》びてもいいぐらいだよ。 「なるほど……高島さんの机にボクの名前ねぇ……そんなもの良く見つけたね」 「っ!」  くくくくくくっ。おいおい、なんだよあの顔!  彼女の驚き様ったら、そりゃないってくらいじゃないか。あまりに滑稽すぎだよ……彼女っっ。 「ま、間宮っあなたっ! 痛っっっ」  彼女が頭を押さえる。  そういえば、ボクも彼女と会う前に軽い頭痛に似たノイズ音を感じた。  なるほどね……やはり彼女とボクは因縁があるというわけか……。 「また頭痛かい? もしかして……真理を掴みつつあるボクに目眩を起こしてるのかな?」 「なに……それ……バカじゃない……」 「そうだね……君なら、もしかしたら〈解〉《わか》るかも知れない……たしかにボクは君の事を赤の他人とは思えないんだよ……」 「気色悪い……あなたと私は赤の他人でしょうが……ただクラスが同じってだけで……」 「そうだね、ボクと君はたしかにそういう関係だよね……」 「だからボクは君に挨拶はしない」 「……はぁ?」 「なぜならば……ボクの前に立つ人間が一流か否か確かめなければならないからだよ」 「何を言ってる……痛っっ」 「もう一度言うよ」 「だからボクからは挨拶しないよ!」 「……」  彼女に〈形而上的〉《けいじじょうてき》謎かけをする。  彼女にとってはあまりに高度で、禅問答に等しい言葉であろう。  だけどね……。  ボクは、彼女に昨晩、ボクが見た生命の夢……さらなる高次元の夢の話をする。 「そうだね……言ってしまえば今はまだ二次元なんだよ」 「二次元?」 「そうだよ! そうだよ。今ここは二次元の世界。君たちはそこにいるトカゲの様な存在だ」 「なんだそりゃ……」 「その二次元のトカゲはどうやって三次元を知る?」 「なんの話だか全然分かんないって! つーか話の脈絡なさすぎだ……」 「一つは、三次元が二次元の面を通る時の影、刻々と変わる立方体の影、それで二次元のトカゲは立方体……三次元の存在を知るであろう」 「そう、二次元のトカゲが、三次元を想像出来るのは、その影を見る事だけだ」 「刻々と時間によって変化する、その影を見る事だけが、二次元に住む者達に許された事だ」 「ならば、我々三次元の人間は、四次元をどうやって知る? 五次元をどうやって知る? 六次元……さらなる次元の高みをどうやって知る?」 「そうだよ。二次元が立方体の影で、その存在を想像する様に……我々もその影で高次元を想像しなければならないんだ……」  あまりに高度な話に水上さんは完全に混乱している。  ボクはそんな彼女を注視する。  その顔色……表情……身体の動き……心の動き……そのすべて……。  彼女はまだ頭が痛いのだろう。  眉間に皺を寄せ、頭を片手で押さえている。  仕方がない、ボクみたいな神々しい存在を目の前にして、真理の言葉を耳にしているのだから……。  失神しないだけでも彼女は素晴らしい……。  おや? 彼女の心に今までにない変化が現れる。  あまりに混乱しすぎて、すごく野蛮で原始的なコミュニケーションを選択するつもりらしい……。  野蛮で原始的なコミュニケーション……それを通常「暴力」と呼ぶ。  あまりにも神々しいボクを前に、「暴力」でそれをねじ伏せたいらしい。  なるほど、凡庸な選択肢だ。  ローマ皇帝が救世主キリストを、権力という暴力によって磔にした様に……彼女もまたボクを暴力によって屈服させようとしている様だ。  こいつもまた、悠木と大して変わらない存在か……少しがっかりだね。 「間宮さ……少し……」 「そうだよ! ボクは行くよ!」 「って、人の話聞け!」 「殴られるのは好きじゃないんだよ」 「!?」  今の言葉で彼女は確信した様だ。  自らの心がボクに筒抜けである事を、そしてそれに大いに動揺していた。 「ボクが君の心を?」 「ふふふ……その疑問は君が追いつけばわかるさ……」 「ただし……追いつくことが出来なければ……永遠に分からないけどね……」 「間宮卓司!」 「では……ボクは行くからね……」 「……」 「またか……」 「間宮くん」 「こんにちは……音無さん」 「……」 「真理は見つかった?」 「……」  そういえば……こいつがいた。  この女はまた他の連中とは違った雰囲気を持っている。  それは、悠木や水上とも違う。  若槻姉妹とも少し違う……。  もちろん高島さんとは全然違う。  こいつを目の前にすると……不愉快さとも違った感覚が襲ってくる。  なんだ?  この感覚ってなんなんだ……。  恐怖シテイル?  ま、まさかっ、 なに考えてるんだボクは……、  落ち着け……。 落ち着くんだ。  なぜボクが彼女を恐れる必要があるのだろう。  否、あるわけがない! ボクは救世主……ただの人間ではない。  こんなヤツに恐れる必要はない……。  そうだ。 ボクは……すべての知識と知恵をかねそろえた者……。  真理そのものにもっとも近い存在だ。 「い、いいえ、なかなか真理までの道は険しいです」 「そう」 「真理って学校に落ちてるもの?」 「学校に限らずどこにでも」 「見る人間が見ればどこにでも真理を見いだせます」 「そう」 「そうやってると……」 「そうやってると?」 「恐くないの?」 「……」  なんだこいつ……、 こいつの言葉……まるで刃物の様に鋭く……そして冷たい……。  だけど……ボクは……、 「く、くくくくく……恐い? 何ですかそれ? まるでボクが何かを怖がっているみたいな言い方ですね……」  救世主だ……こんな者に恐れを抱く者ではない……。 落ち着け……。 「違うの?」 「違うも何も……恐いものなんてありませんよ。それよりもあなたこそ、ボクが恐くないのですか?」 「……私が間宮くんを? なんでそう思う?」 「こんな密閉空間に二人っきりですよ……誰も助けに来ません……何があっても……」 「助け?」 「間宮くんは助けがほしいの?」 「どこまで話が通じないんですか音無さんは……あなたの助けがですよ……」 「くすくすくす、そうなんだ……」 「……」 「そうやってると安心なんだ……」 「だからなんだよそれ! ボクが何を怖がってるって言うんだ! ボクに恐いものなんてないっっ」 「だ、だいたい、何も分かってないのはお前だ!」 「今はお前とボクは、こんな絶対に人がこない完全密室で二人っきりだ! 身の危険があるのはお前の方なんだぞ!」 「くすくす……〈吼〉《ほ》えるなら、何かすればいい……完全密室ならなおさら……」 「なんだと……」  こいつ……ボクが今までの無力な存在だと思っているんだな……。  今のボクが、人類史上最強の人間である事を知らないんだ。  だからボクに恐怖していない……。  ならいっその事……。 「犯してみる?」 「何?」 「それとも……殺してみる?」 「……」  いっそのこと本当に……、  ……、 いや……くだらない挑発だ……。  そんな事をする必要はない。 「人類史上最強の間宮くんなら可能なんじゃないのかな?」 「っ」  落ち着け……。  こいつの言う事にいちいち動揺するな……。  とりあえず……相手の安い挑発にのせられるのはまずい……まずすぎる……。 「ふぅ……いい加減、そういう安い挑発もやめませんか?」 「そう? 面白いのに?」 「それより、質問に答えてくれませんか?」 「間宮くんが恐いもの? くすくす……」 「それを答えればいいの?」 「こ、答えるも何も、ボクが恐ろしいものなどない……ボクはすべてを知り、すべてを見る。世界を救う者なんだぞ……」 「ふーん……世界を救う人なんだ……」 「セカイヲ救ウ……」  この人……なんて目だ……。  まるで、無限の底に吸い込まれそうな……。  違う……この感覚……。 今までこんな感触はなかった……。  あの……悠木皆守だって……水上由岐だって……こんな感覚はなかった……。  この感覚っていったい……いったいなんなんだ? 「音無……彩名……」 「はい」 「お前は何者だ?」 「汗」 「……」 「汗かいてる」 「それは、夏だから……」  いや……嘘だ。 今のは間違いなく虚勢でしかない。  それぐらいは分かる。  ボクは彼女に恐怖し始めている。 今頬を流れたのは間違いなく冷や汗だ。  問題はなぜなんだ? なぜボクはこの女に恐怖するんだ? 「間宮くんが恐いもの……」 「お母さんの事?」 「……」 「死」 「……」 「でも、本当はそれはきっかけにしか過ぎない……」 「間宮くんは……真実を見たいの?」 「は、はぁ? な、何を……お前程度の人間に、真実など口にされたくない……ぼ、ボクは……」 「真実を知る者」 「そ、そうだ!」 「そうやっていると楽なんだ……」 「なに?」 「くすくす……隠されたものを見ない様にするには一番〈良〉《い》い方法」 「ど、どういう事だ? 何が言いたい!」 「どういう事? くすくす……それはあなたが一番知っている事……」 「な、なんだと……」 「だって、それはあなたが隠したものだから……」 「ボクが隠したもの?」 「そう……みんなから……あなたが隠したもの」 「みんな?」 「そう……あなたの に る……あと  の 」 「な、なんだって!」 「ほら、そうやって……すぐ隠す」 「な、何をっ。ボクは何も隠していない!」 「お母さん……あなたのお母さんは     がいつも会いにいってる……」 「っ」 「こ、言葉を隠しているのはお前だろ!」 「くすくす……本当に面白い……面白すぎる……人間って面白い……」 「人間はなぜ……いろいろなものを隠そうとするんだろう……」 「知っているハズなのに……知らない様に振る舞い……そしていつか本当にそれを忘れる……」 「忘れたにもかかわらず……それに興味を抱くくせに……」 「……お前はいったい」 「人は死を隠した……この世界は死を隠した……」 「死を隠した?」 「そう……世界から人々は死を追放した……」 「にも関わらず、せっかく隠したものを、人は暴こうとする……」 「なんでせっかく遠くに隠した……死。それに人は魅せられるんだろう……」 「一生懸命隠したはずなのに……また掘り返そうとしている……」 「間宮くんも……せっかく隠したものを……また掘り返そうとしている……」 「……な、何を……」  静かな声……。 透き通る様な瞳……。  すべてを知り、すべてを見ているような彼女に……、 恐怖で肌が泡立つ……。  だけど……。 「……ここより先の世界」 「……先の世界?」 「……そこに立つのは君じゃない……」 「な、なんだと……」 「……ここは境界……    ではなく、あくまでも境界線」 「境界線?」 「だから、気がつかないふりをすればいい……」 「気がつかない〈素振〉《そぶ》りでやりすごせばいい……」 「なのに、なぜ隠したものを掘り起こそうとするの?」 「なぜ、気がつかないふりが出来ないの?」 「ボクが隠しただと? ボクが気がつかないふりをしているだと?」 「何なんだお前は! 何をボクが隠したって言うんだ!」 「ほら……見て……」 「見る?」 「ほら……空を見て……」 「空だと? ここは地下深く埋められた貯水タン――」 「なっ!」 「な、なんで空が?」 「こ、ここは貯水タンクで……そ、それで……」 「あれが、間宮くんが探していた真理」 「なんだ……あれ」 「終ノ空」 「な、なんだって?」 「人ハ面白イ……」 「境界線ニ立ツト、人ノ姿ガ見エル……ダカラ私ハコノ遊ビガヤメラレナイ……」 「お、お前……普通の……人間じゃないな……」 「クスクス……ワタシガナニニミエル?」 「お、お前は……」 「ダッテ……ワタシ」 「ワタシマホウショウジョリルルヨ」 「!?」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」   「……て」 「……」 「お……て」 「…………」 「起きて……」 「……ん……んん……ここは……」 「!?」 「起きた? 卓司くん」 「リルルちゃん……」 「聖波動のチューニングは完璧だね」 「聖波動?」 「うん、二人を結ぶホットラインだよ」 「卓司くんが私と話がしたいって思うとすぐにリルルは召還されるんだよ」 「そうなんだ……それで……」 「何か話したい事があったの?」 「……」 「ん?」 「どうしたの?」 「あ、う、うんなんでもない」  音無さんの事は……なんかリルルちゃんに話しにくい……。  話したくないと言うか……。 「……そうだ、今日……終ノ空を見たよ……」 「知ってるよ。だってわたし――」 「魔法少女リルルよ」 「……そうだね」 「リルルちゃんはなんでも知ってるハズだよね……」 「うん」 「どう、今日一日は、凡人の何十億年に匹敵する真理を得た?」 「う、うん、まぁ、存在の至りにまでは到達しなかったけど……」 「でも、まだ、今日は終わってないよ」 「そうだね」  なんで、知ってるハズなのに音無さんのことにふれないんだろう。  なんでだ……。 「……あ、あのリルルちゃん」 「あー分かったよ。分かった分かった。ちゃんと説明してあげるから!」 「え、なにが?」 「音無彩名の事でしょ」 「あ、ああ、うん……」  なんか……聞きたい様な……聞きたくない様な……。  なんでボクは彼女が恐いんだろう……。  なんでボクは彼女を……。 「彼女が恐いの?」 「……うん……」 「それはね……」 「それは?」 「彼女、人間じゃないから」 「人間じゃない……なら何者なの?」 「うーん……分かりやすく言えばなんだろう……あれはねぇ……」 「わたしの〈澱〉《おり》」 「〈澱〉《おり》?」 「沈殿物みたいなもの」 「沈殿物……」 「そうなのあれはね、なんかいらないものがたまって出来たゴミみたいなものなんだよ」 「そんなもんだと思ってれば〈良〉《い》いよ」 「なんでもないから――」 「気にしないで――」 「別に無害だし――」 「そうなの――」 「うん――」 「恐くなんかないから――」 「そ、そうなんだ――」 「そうだよ当たり前でしょ――」 「そうかもしれないけど……なんか少し不安で――」 「だから、このリルルちゃんを信じてってば――」 「うん……そうだね……リルルちゃんがそう言うなら……信じるよ――」 「うん、ありがとう卓司くん、大好きだよ――」 「あ、えへへへ……そんな事言われると恥ずかしいなぁ――」 「なんでーひどいなぁ――」 「あ、そういう意味じゃなくて、本当に、ありがとうリルルちゃん――」 「うん、これからも私の言う事を良く信じてね――」 「当然だよ――」 「リルルちゃんの言う事を信じてれば安心だよ――」 「だよねー!」 「えへっ! だよねっ卓司くんっっ」 「……」 「え?」 「ほら、安心、安心」 「え、あ、うん……安心、安心……」  ……。  今……ボクは本当に……納得したんだろうか……。  なんか……無理矢理納得させられた様な……。  どうなってるんだ……。 「ただ、人間じゃないから、人間である卓司くんは本能的に恐怖するの……」 「でも、なにもしないし、出来ないから安心して」 「わ、分かった」 「うん、ありがと」 「分かったよね」 「あ、うん……」  モちロん……。  リルルちャンの言ウ事ナら……。 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」 「うん、ありがと」  良ク、ワカッタヨ  ソノ後、  ボクノ家ノ前デ、水上サンヲ見カケタ。  ボクハ彼女ニ弁証法的、螺旋階段ノ方法論ト高次元ヘノ認識ノ可能性ヲ説イタ。  ソノ姿ヲ、    人形を抱イタ  ガ見ツメテイタ。  ボクノ姿ヲ、  ハ只見テイタ。    ガ持ッテイル   ハ年中発情シテイル。  マッタク迷惑ナ話ダ。  大イニ性的ニ満足サセナイ限リ、アノ   ハボクニ嫌ガラセバカリシテクル。     ハソウイウ動物ダ。  音無彩名トアノ   ハ仲間ナンダロウ。  ツマリ、ボクノ敵ダ。  二人ハ犯シテ、殺スベキカモシレナイ。  ソウ、今晩放映シタリルルチャンガ教エテクレタ。  アニメハ正シイ。  アニメハ良イモノダ。  ひさしぶりに自宅のパソコンで北校SAWAYAKA掲示板を確認する。  今までは、なんとなくこういう行為自体が母親の意志に反する様な気がしていた。  だから自宅ではこういう事を一切しなかった。 だが今は違う。  これは母の意志に反する事どころか……すべては母が死ぬ前に取り決めた事。  すべては〈予定調和〉《よていちょうわ》。  すべてが〈相互〉《そうご》に無縁でおのおのに独立している〈事象〉《じしょう》に見える。  そしてそれはその通りなのだ。  母の意志とは……この世界に、力そして作用を実体化したものだ。  それは……広がりも形もない単純な分割できない実体であり……それが無数に集まって世界を形作っている。  母の意志の作用とは……〈表象作用〉《ひょうしょうさよう》であり……それには明暗の程度があるのだ。  母の意志の暗い〈表象作用〉《ひょうしょうさよう》を持ったものが物質的であり……。  母の意志の明るい〈表象作用〉《ひょうしょうさよう》こそが霊魂や理性なのだ。  世界に散らばる母の意志の明暗の〈推移〉《すいい》は連続的だ。  それこそが重要なのだ。  それぞれの母の意志は〈相互作用〉《そうごさよう》を欠く〈閉鎖的実体〉《へいさてきじったい》であるが、それぞれの〈明瞭度〉《めいりょうど》で宇宙を映していく。  ちょうどそれは、時刻を合わせた二つの時計の様なもの……。  母が世界の創造の時点で、予定され調整されたまさに予定調和なのである。  世界は母のプログラムによって進行していく。  だから母は、世界のすべてを知っている。  母はすべて知っていた。 もちろんボクのすべても知っていた。  ボクが家でだけ真面目なふりをしていた事。  家以外では低俗そのものであった事。 知りながら、知らないふりをしていただけだ。  ボクは家では真面目な子だ。 そう演じてきた。  演じきったつもりだった。  家に低俗なものは持ち込まない。 家ではエロい事もエロい物も一切持ち込まない。  家ではオナニーをしない。  でも、家以外では低俗そのものだ。  秘密基地ではオナニーばかりしていた。 寝てるかオナニーかだ。  新しい秘密基地では、ネットも欠かさなかった。  ネットを巡回してオナニーして疲れて寝て、ネットを巡回してオナニーして何か食べてネットしてオナニーして寝るとだいたい一日が終わっている。  母は知っていた。 すべてを知っていた。  ボクのネット巡回はだいたいエロ動画かエロい絵のダウンロード目的であった事。  P2Pソフトで違法にエロ関連商品をダウンロードし……それで毎日何回も何回もオナニーをしていた事。  ボクは俗悪そのものだ。  すべては予定調和。  女装したボクが美少女を犯したり、女装したボクがふたなりに犯されたりするのを想像して射精するのが好きな事(ただし男とやるのは論外だ)だって……。  実はそういう絵を描いたりして、書きためたノートがある事も……、  すべて母は知っていた。 それも〈予定調和〉《よていちょうわ》であったから……。  ある意味、オナニーばかりしていたのも母の意志だったんだ……。  今なら分かる。 それすらボクの意志ではなかったんだ。  だとしたら……、 それは何のため?  ボクがオナニーばかりする理由……。 ボクがオナニーをやめられない理由……。  それにすら理由が必ずあるはずだ……。 「……」 「まだまだ分からない事は多い……まだまだ謎な事は多い……」 「ボクが、母の意志を完全に理解し、神の意志を完全に理解するまで、もう少し時間がかかりそうだ……」  とりあえず、パソコンを確認してみる。  ちゃんとあの三人には毎時間ごとに呪いのメールが届いているか。  その他の全員に呪いのカウントダウンがちゃんと届いているか。  そして裏掲示板ではどの様な事が話題になっているか……。 「ん?」  北校SAWAYAKA掲示板事務局のメールアドレスにまた新しい承認申請が来ている。 「……なんだこの文章」  この馬鹿げた文章の……承認申請……。 「名前は……しばたかついえ。会員ID……ヤ!キ!ウ!チ?パスワードがシズガタケスーサイド……」 「ふぅ……低俗な女だ、こんな人をナメた様な事するのは、どう考えても……水上由岐だろう……」  神も恐れぬとは……良く言ったものだ……。  そう言えばあの女、熱心にこのサイトの事を横山潔に聞いてたからな……。 「ふふふ……好きにすればいいさ……でも…ここに登録するという事は……」 「君も高島さんからの呪いのメールを受け取ると言う事になるんだよ……ふふふふ……それに君は耐えられるのかなぁ……」 「ふふふふふ……ほら、見てごらんよ。北校SAWAYAKA掲示板は、もうこんなにパニックになっている」 「みんな恐れおののいているじゃないか……」 1:名無したちの北校生:2012/07/13(月) 18:52:25 ID:MARUKOME ここは高島ざくろから送られてきたと言われているメールをみんなで確認しあうスレです。 前スレ なんかキタんですけど(||||▽ ̄)」コワヒ〜 http:::15515743.net/~5425596548565645657676  スレはどんどん伸びていってる。  茶化してるヤツもまだまだ多いけど……でもそういう連中も本心では恐怖で焦りはじめているのが分かる……。  ふふふ……ごまかしても無駄だよ…ボクには君達の恐怖が良く見える。  ボクは君達以上に恐怖がどんなものであるか知っているからね。  だって、ボクはずっと恐怖の中だけで生きてきた人間だよ?  そうやって、冗談を言いながら虚勢をはる〈滑稽〉《こっけい》さは誰よりも知るところだよ。 「すべては別々の〈事象〉《じしょう》にしかすぎないはずなのに……すべてが〈繋〉《つな》がってみえてしまう」 「くくくく……恐怖が人の心を一色に染める……」 「特にこの二人がいい味を出している……」  赤坂めぐと北見聡子。  彼女達は匿名サイトで、いちいち実名まで出してこのメールが高島さんの携帯から送られていると主張している。  メールが高島ざくろの呪いであると主張している。  恐怖で取り乱しすぎじゃないか?  あと橘希実香……こいつもすごくいい感じだ。  実名をさらしていないが、事故の当初から熱心に〈煽〉《あお》っている。  これは高島の呪いである事……すべての人間が高島の呪いで死ぬ事……それを熱心に主張している。 「というか……」  良く調べてみたら、ほとんどこいつが煽っているんだなぁ……。  スレを立てたのも彼女だ……。  匿名な事を良い事にやりたい放題……。 「……なんだろう」  なぜか橘希実香には違和感を感じた……。  なんでみんなを〈扇動〉《せんどう》する様に煽っているのだろう……、 自らの恐怖故?  常識から考えればそうなんだけど……、 でもなぜか腑に落ちない部分がある……。 「まぁ、いいか……こちらには好都合なのだから…とりあえず放っておけばいい……」  そこなる山べに、おびただしき豚の群れ、飼われありしかば、悪霊ども、その豚に入ること許せと願えり……。  イエス許したもう。  悪霊ども、人より出でて豚に入りたれば、その群れ、崖より湖に駆けくだり溺る……。  くくくく……まるで豚どもだ……悪霊に取り憑かれて湖に駆け下り溺れる……。  まさにそんな感じだ……どんどん恐怖に染まっていき……破滅に向かっている……。 「それにしても……」  瀬名川はさすが教師というべきか……取り乱して、この掲示板に書き込む様なまねをしない。  いや、教師だからというよりも、それほど〈強情〉《ごうじょう》なのであろう……。  自らが感じている恐怖を認めるという事は、そのまま自らの罪を認める事になる。  だから彼女は自分に言い聞かせる。 「あれは事故でしかなかった」 「高島ざくろのいじめを自分が助長していたわけではなかった」  そう信じたい彼女は、この恐怖にただ沈黙を持って耐えているのであろう。 「くくくく……そういう態度……ボクは嫌いだなぁ」 「自らの非を認めなければ、人間としての成長は見込めないじゃないか……」 「罰を与えてやってもいいな……この女には……」  この女を生け贄とするか……。 ボクが救世主となるための……最初の儀式の……。 「そろそろ救世主の必要な時……」 「救世主の誕生には生け贄が必要だ……」 「いや……事件と言ってもいい……」 「神の子である証明のためと言ってもいい……」 「〈牧者〉《ぼくしゃ》ども、起きしこと見るや、逃げ行きて町にも村にも告げたり……」 「人びと、起こりしことを見んとて、出でてイエスのもとに来たり、悪霊の離れし人の、衣服をつけ、心もたしかにて、イエスの足もとに〈坐〉《いま》しておるのを見て〈懼〉《おそ》れあえり……」 「悪霊につかれたる人〈癒〉《い》えしさま見し者、これを彼らに告げたり……」  そうだ、キリストが奇跡の数々を人々にみせる事により真の救世主となった様に、ボクも数々の奇跡をみせなければ真の救世主にはなれない。  そのためには生け贄が必要となる。 奇跡を起こすための生け贄が必要なのだ。  海に飛び込む豚の群れの様に、 生け贄が必要なのだ。 「ふふふふ……救世主として、また新たなる一日が始まる……始まるんだ……はははははは」  ボクは高島さんの携帯電話から新たなメールを作成する。  それは高島さんからの予言。 いや……彼らにとっては呪いであろう。 ――――――――――――――――――――――――――― from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― あたまからちをながします ひとがまたあたまからちをながしてたおれます ちがたくさんとびちります きょうまたちがとびちります あたまがちだらけになります  高島さんからの予言メール。 彼らにとっては呪いのメール。  だけどボクにとっては違う。  瀬名川を生け贄とするための布石……、  ボク自身がやらなければならない。  あの女を……血で染め上げる……。 象徴的……いかにも生け贄として分かる様に……血染めにする……。  それが救世主誕生の瞬間となるハズだ……。 「さてと……そろそろ学校に行くかな……」  ボクは教室に入る……。  いつもの様に後ろのドアから怯えながらではなく、堂々と……。  おや……? あれは沼田と西村……ボクを見ている。  あれ?  くすくす……なんだそれ……目が合ったら二人とも伏せてしまったよ……。 ボクが恐いのかな?  なんでそんなにボクが恐いんだい?  ……。  ボクは悠木の姿を探す。 「悠木のヤツ……さすがに今日は学校に来てない様だな……まぁあれほど痛めつければ……」  二人がボクに恐怖しているのは……まぁそれだろう。  ボクが、あの悠木をあそこまでボコボコにしてやったんだ……彼らがボクに恐怖する気持ちも分かる。  でも……。  なんだろう……それ以外の人間の目も……ボクを恐怖している様に見えるけど? なぜだ?  他の連中まで悠木の一件をすでに知っているとでも言うのだろうか?  まぁ……どうでもいいか……。  ボクは席につく……。  ボクノ席ハ一番後ロノ席ダ。  だから、そこからすべてが見渡せる……。 「あ……そうだったんだ……」  なんで今まで気がつかなかったんだろう。  ボクの席に後ろなんか無かったんだっけなぁ……。  というかほとんど教室に居ないし、授業中なんて冷や汗だらけで、そんな事さえ今まで気が付かなかった……。 「それにしても……」  昨日とはうって変わって、高島さんの話も、世界滅亡の話題も出ていない。  まるでいつも通り……他愛のない話をしている。  もちろんそれは表面上の事……。  良く観察してみると、クラスの内の何割かの態度はなんとも不自然に見える。  不自然な会話、不自然な笑顔……。  だいたいそういうヤツは、あの裏掲示板に登録している人間だ。  登録してない連中にとっては、すでに旬な話題ではなくなっている様だった……。  昨晩のドラマの話、アイドルの話……まぁどうでも良い話をしている……。  けど……登録している人間にとっては、高島さんの事件は現在進行形なのだ。  毎朝来る。高島さんからの呪いのメール。 世界破滅までのカウントダウン。  ほらあいつなんて……すごい顔色だ……。 携帯電話を隠れながらいじっている女子。  通常なら彼氏か友達とのメールを笑顔でやっているだろう。 だが、どうだあの顔色。  あんな青ざめた表情で、携帯電話など注視して……悲惨だなぁ。  どこの世界に、授業の始まる前に、青ざめた表情で携帯電話を読みふける人間がいるだろうか?  くくくく……わかりやすい連中だ。  その姿を見て、また一人、また一人、携帯電話を確認する。 「そういえば……そろそろだな……」  時間は……授業直前に設定しておいた……。  クラス中が静まり返る……。  あちこちから携帯のバイブ音が鳴り響く。  一つ、また一つ、携帯の振動音が増えていく。 そのたびに、持ち主の顔色が青ざめる。 「ちょっ、ごめん……メ、メールだわ」 「あ、なんか私もだ……えっと……」 「え? なんで? え? メールマガジンか何か?」 「あ、いや、そういうのじゃないんだけど……ごめん……」  くくくく……このクラスでの登録者率は相当なものだ。  パソコンから高島さんの携帯経由で一斉送信される。  そのバイブ音が意味するところを理解する者は、瞬時に青ざめて、それ以外の者はきょとんとしている。  なんて明暗だろう。 「あ……いやぁ……そ、そんな……だって、すでに今朝来ていたのにぃ……」 「え? なんなの? なんで一斉にメール受信しているの? なんか流行ってるの?」 「あ、なんでもないからさ……いやマジで……」 「いゃぁあ! 私こんなの耐えられないっっ」 「ちょっ、ど、どうしたのよ!」 「うるせぇ! あんたには関係ねぇってんだろ!」 「え?」 「あ……いや……あの……ごめん……」 「あ、いや……イイんだけど……」  なんて有様だよ……オマエら……。  いくらなんでも取り乱しすぎだろ。 まだ何も起きちゃいないのに……。 「これどういう事だろ……」 「なんだこれ……これ今までのと違うだろ」 「嫌だよ……私、私関係ないのに……関係ないのに……」 「こ、これイタズラだろ……どう考えてもさ……」 「誰がやってるんだよ?」 「だって、あの写真ってどう考えても高島さんのもんでしょ……アドレスだって高島さんのもんだって隣のクラスの〈娘〉《こ》が書き込んでたし……」 「隣の女子って……赤坂めぐと北見聡子だっけ?」 「嫌だよ……なんでこんなの来るの? ねぇ? なんでこんなメールが来るのよ?」 「携帯アドレス変えたら来ないって話聞いたけど……」 「いや、あれも数日経てば元通りに来るって噂聞いたぞ」  携帯アドレスの変更か……。  たしかに変更すれば、高島さんからのメールは止まる。  そんな簡単な事で呪いのメールは止まるんだ。  だけど、その後に、メールアドレス変更のお知らせを登録している場所に一斉送信すれば、まったくの無意味になる。  バカなヤツがメールアドレスを変更した後に、わざわざそれをやってしまった。  いちいちメールアドレスの変更を北校SAWAYAKA掲示板事務局まで送ってきたのだ……。  そんな事すれば当然、新しいメールアドレスにも呪いのメールは届く。  混乱したそのバカはその事を裏掲示板に書き連ねた。 「メールアドレスを変更しても、呪いのメールは追いかけてくる」と……。  もちろん冷静だった人間が否定もしたが、あまりに混乱する人間の多さに、まともな人間の意見などは流されていく。  今では「呪いメールは一度でも届くと、何をしてもその呪いは追いかけてくる」という事になっているらしい。  その呪いメールを出してるボク自身が「らしい」というのも情けない話だが……噂はどんどん変化し、日々更新されている。  すでにボクが〈与〉《あずか》り〈知〉《し》るレベルでは無くなっている。  今では、携帯本体を変えたとしても、呪いは新しい携帯電話に。携帯電話そのものを捨てても、自宅の電話に音声で呪いの言葉は届くといわれている。  そんな事ありえないのだけど……。 「くくくく……恐怖で何も見えなくなっていっているのか……」 「……この感触」  またこの音だ……脳に響くような……。  そして……また嫌な感じがする。  これは廊下からだ……。 「っ?!」 「なんだこれ……」  廊下に出ると……誰もいない。  まだ休み時間であるはずなのに……誰もいない……。 「っ」 「……なんだこれは……」  今のはなんだ……空間が閉鎖されていた様な……結界?  何者かによる固有領域?  そんな特殊能力を持つとしたら……。  ボクは教室に戻る。 「やっぱりお前か……」 「やっぱりって何よ……」 「今のはお前の仕業か?」 「当たり前でしょ……あんた、司にまでひどい事する気でしょ?」 「司? ああ、お前の妹か」 「そうよ。あんた、あの〈娘〉《こ》まで邪悪な存在だなんて考えてる」 「その言い方……ならお前は邪悪な存在という事か?」 「そうね……作った人間が邪悪なら、作られたものも邪悪なんじゃないかしら?」 「お前を作った人間?」 「ふふふふ……それは人間なのか?」 「さぁね。人間以下の存在かもしれないけど……」 「お前は何者だ?」 「……」 「自分の胸に手を当ててみれば〈良〉《い》いんじゃない?」 「なんだと……」 「何も分からないくせに」 「なに?」 「何も分からないくせに分かったふりをして、あんたなんて逃げてばかりじゃない!」 「何も分かってない? はぁ? このボクに向かって言うか?」 「っ」 「あ、ああ……」 「くすくす……隠されたものを見ない様にするには一番〈良〉《い》い方法」 「ど、どういう事だ? 何が言いたい!」 「どういう事? くすくす……それはあなたが一番知っている事……」 「な、なんだと……」 「だって、それはあなたが隠したものだから……」 「ボクが隠したもの?」 「そう……みんなから……あなたが隠したもの」 「あなたがすべてを隠してるだけでしょ!」 「黙れ!」 「黙らないわ! 黙るわけがないっ」 「なんだと、この化け物め!」 「化け物? 化け物はあなたでしょ? いいえ化け物はあなたが作り出したものでしょ!」 「それは違う……」 「え?」 「お、お前……」 「若槻鏡さん……」 「あ、あなたは? たしか?」 「  」 「くす、くす、私に名前なんてつけて、意味はあるの?」 「……っ」  音無の発言になぜか若槻鏡は黙る。  まるで……音無を恐れているかの様に……。 「なんでも説明は出来る……」 「どんな偶然だって説明は出来る……」 「語り得るものは明晰に……」 「でも……若槻……鏡さん」 「そんなの意味がない事は……あなたの存在が一番証明しているハズ」 「……それは」 「答えが出た時……すべての事実が明らかになった時……あなたは存在しないハズ」 「なら、今、この場にある若槻鏡は何?」 「草原、草原にいる蛙、それらを照らす太陽は、私がそれらを眺めていようといまいと、同じ様にそこにある……」 「鏡さんは……そう言える?」 「っ……」 「さ、さっきからどういう事だ……お前らだけで勝手に分かったような口ぶりで! 理解したふりしやがって! ぼ、ボクに説明しろ!」 「くすくす……そうなの? 間宮くんは救世主……質問なんてしなくてもすべてを知る人…だったハズだけど……変な話……くすくす」 「っ」 「語り得る世界は明晰に……」 「すべては解けてしまえば……つまらない答え」 「つまらない日常」 「でも、それがすべてじゃない」 「沈黙せざる得ない場所……そういう場所がある……」 「この境界線は……そういう場所」 「ここでは言葉が世界になり、世界が言葉になる」 「のみならず……言葉以外のものが言葉になり、世界以外のものが世界になる」 「……」 「そういう場所……」 「最後まで……行き着けば……あなたにも見えるかもしれない……たとえば若槻鏡さんにも……」 「……見えないわ」 「私には見えるわけがない……」 「存在以前の存在が……何を見る事が出来る?」 「存在以前が何を感じる事が出来る?」 「くすくす……」 「終着点……空へ還る日……終ノ空」 「な、なんでお前らがそんな話を!」 「……知ってるのはあなただけじゃない」 「この地点を知る者は……別にあなた一人じゃない……」 「なんだと!」 「或いは……無限…存在するすべての魂が見た風景」 「或いは……たった一つの、私という魂が見た無限の風景」 「それはどちらでも無く」 「どちらでも或る」 「お、音無! さっきから貴様分かった様な口を!」 「お前は本当は何も知らないのだろう! そうやって思わせぶりな言葉を並べて、ボクを煙に巻く気なだけだ!」 「すべての知識と知恵を持つボクが、なんでお前の言葉を理解出来ない! そんなわけがない!」 「お前はデタラメを言ってるにすぎない!」 「そうだ! 昔からそんなヤツばかりだった! 訳の分からない言葉ばかり使い! その実、何も無い!」 「お前もそういう輩だ! 何もないくせに、何かあるように水増しさせてる! 覚え立ての言葉をただつなぎ合わせているにすぎない!」 「貴様など何も分かってない! 何も理解していない! 頭が〈良〉《い》いふりをしているだけだ!」 「……それでいい」 「間宮くんがそれで安心なら……」 「なっ」 「みんなぁー座れ! 授業はじめるぞ!」 「ほら、間宮ぁ何を立ってるんだ」 「……」 「なんだお前? なにボーっとしてるんだ」 「ボクがボーっとしている様に見えますか?」 「あのなぁ。間宮、お前成績がものすごく下がってるんだからさっ。そういうバカな問いはやめないか?」 「ふふふ……バカな問いですか……まぁいいでしょう」 「よし、授業を始めるぞ……えっと教科書の67ページ開けてくれ……たしかローマ帝国の……」 「先生!」 「なんだまだ何か用事か? いい加減授業をはじめさせてくれないか?」 「……」 「どうした間宮? トイレか?」 「……」 「やはり先生も〈低俗〉《ていぞく》な人だ……だから大局を見失う……」  ボクの真なる言葉に教室中が凍り付く……。  真なる言葉とは時にタブー。  だから人は真なる言葉を〈忌〉《い》み〈嫌〉《きら》う。  教師の飯田にも先ほどの笑みはない。 「なんか言ったか間宮……」 「すべてが終わろうとしているにもかかわらず……」 「すべてが終わる? 何を言ってるんだお前?」 「たとえば……この船が沈みますという時に……先生は〈悠長〉《ゆうちょう》にその船上で古代ローマの歴史でも教えますか?」 「間宮お前なに言ってるんだ?」 「質問ですよ……質問……船が沈みゆく時に先生はどこか遠くの昔話を生徒達に話すのですか?」 「ふぅ……歴史は昔話ではないし……だいたいここは船ではないし、沈みもしない……」 「なるほど……ここは船でもなく沈みもしない……そして過去を記述した歴史は昔話とは違う……」 「ああそうだ。それより間宮? 何か不満でもあるのか?」 「不満なんてありませんよ。だって先生は〈低俗〉《ていぞく》な人ですから、真実が見えないのは当然の事です」 「猫や犬が足し算引き算を理解しないからと言って、不満に思う人などいないでしょう?」 「間宮……お前大丈夫か?」 「大丈夫? 何を言ってるのですか? まず自分が大丈夫であるかどうかを心配したらどうですか? こんな時にこんなつまらない事をやっているのですから」 「こんな時につまらない事ってお前なぁ……」 「だいたい考えてもくださいよ……歴史なんて記述の束は、悪魔が世界を十秒前に作り、我々に記憶を植え付けただけのものかもしれないですよ」 「そんなわけないだろ……多くの歴史的な証拠があるのだから」 「ならば……それも作り物かもしれない……悪魔によって〈偽装〉《ぎそう》されたものかもしれない……」 「間宮……お前本当に大丈夫か? どうしたんだ?」 「悪魔でなくても……人が都合の良い様に解釈しただけのものかもしれませんよ……こんな教科書……」 「本当は……もっと大事な事が世界には沢山あるのかもしれない……それを〈隠蔽〉《いんぺい》するために誰かが書き換えたのかもしれない……」 「クラス委員!」 「は、はいっ」 「……今から職員室に行って担任の清川先生を呼ぶ様に頼んでくれ」 「は、はい……わかりましたっ」  クラス委員の女子生徒がボクの横をすり抜けようとした時……。 「きゃっ」  それを〈遮〉《さえぎ》ろうとしたら……たまたま手が触れてしまう。  それに驚いた彼女はそのまま地面に倒れ込んでしまった。  これはかわいそうな事をした……。 「間宮、お前っ」 「お、おまっっ」  誰かがボクの前に立ちふさがる。  聖なる存在の前に立ちはだかる……そんな事出来る人間なんてそうそう〈居〉《い》ない。  ほら……他の連中はみんな恐怖で息をするのすら忘れているじゃないか……。  ボクに毅然と立ち向かう事が出来る人物……それは……。 「あ、あんたね。何してんの! 相手は女の子だよ!」 「女であるか男であるかなど関係ない……」 「だいたい……すべてが終わろうとしているにもかかわらず……まだこんな作り話を続けている様な場所で……女だとか男だとか……馬鹿馬鹿しい!」 「ここにいる人間すべてが、真実から目を背けようとしている!」 「いいかげんにしろ間宮! 大丈夫かっ」 「だ、大丈夫です。間宮くんの手に驚いてしまってただ足がもつれただけですから……」 「ふん……」 「間宮お前っ、謝れ!」 「なんでですか?」 「間宮お前……自分が何を言ってるのか分かってるのか?」 「その終わりというのはなんだ! 最近生徒達が怯えていると聞くが、お前がその噂を立てていたのか」 「終わりは……終わりです……」 「すべての終わり……」 「終着点の事ですよ……」 「それは、噂ではありません……ただの真実」 「あなたは弱い人間だ、小さい人間だ、だからボクを見る事が出来ない」 「お前、ちょっと来い!」 「うふふ、理屈で勝てないから暴力でくるのですか」 「ぁ……」  何が起きたのか誰もが瞬時に理解出来なかったのだろう。  たぶん、目に入った光景は、ただ大きな音の後に教師が血まみれで倒れているだけ……。  それが、机の上にあった花瓶でボクが教師の頭を殴ったと分かるには、あまりにみんな混乱している。  なぜならば……、 「あ、あれ……」 「こ、これ……メール通りじゃない……」 「メール?」  予定とは違った。  本来ならば、瀬名川を血染めとするはずだった。  あいつを生け贄とするつもりであった。  ただ、成り行きでやってしまった。  だけど、今の瞬間において、高島ざくろの呪いがまた一つ成就した事となる。  予言はあくまで……、  あたまからちをながします  ひとがまたあたまからちをながしてたおれます  ちがたくさんとびちります  きょうまたちがとびちります  あたまがちだらけになります  これも一つの予定調和。 「きゃああああああああ」  誰かが叫んだのを皮切りに、教室は騒然とした。 「な、なんだよこれ……」 「し、死んだのか?」  倒れた教師を見ながら大騒ぎするが、誰もがボクの事を見ることが出来ない。  あまりの恐怖で、この場の支配者を見る事が出来ないのだ。  くくくく……だいぶ予定とは違ってしまったな……。  まぁいい……。  機は熟した。  救世主の説法が今始まる。  この場から、世界ではじめての最終救世主の説法が始まるのだ!  始まるのだ! 「みんな、どうしたのですか……えらく怯えているではないですか」 「間宮卓司! あなた!」 「おや、水上さん」 「どうやら君もここに転がる哀れな小羊と変わらないようだね」 「君の心は恐怖で濁っている」 「そうやって、いつまでも恐怖に怯えながら何もせずにつっ立ってるがいいさ」 「そうして、そのまま地獄の劫火に焼かれるがいい」 「間宮……」 「どうした、ボクを殴るのかい?」 「悠木皆守やその他の人間が、いままでボクをいじめてきた様に!!」 「っ?」 「聞くがよい! 恐怖におののく者どもよ」 「すべての生は20日で終わる! これはまぎれもない真実だ!」 「城山の死も高島の死もすべてそのためである!」 「死こそ、予言の明言なのだ!」 「死こそ、真実なのだ!」 「なぜ死は予言への明言たりえるか?」 「愚劣な者は死を隠そうとするのだ!」 「だからこそ、隠されたものによって語られなければならない!」 「死を隠すもの! それは第一に教育! 第二にマスメディア!」 「この国の様に学校教育がきわめて高度に普及し、マスメディアも世界最高基準にまで巨大化している社会では!」 「我々は、公教育とマスメディアによって多くの禁忌を植え付けられている」 「その最大の禁忌とはすなわち、死を考える事!」 「我々は死を考えることを置き去りにし! あたかもこの日常が永遠に続くかのごとくに振る舞うことを強制する」 「なぜならば、死の不条理さの前ではすべてが無力であり、すべてが無意味だからである」 「だからこそ、教育は! マスメディアは! 死を、本当の意味での死を〈覆〉《おお》い〈隠〉《かく》そうとする!」 「彼らが我々に示す死とは、〈対岸〉《たいがん》のもの、我々には関係のないもの、あくまでも自らに降りかからないからこそ、楽しめる玩具のごとき死でしかない」 「だが、誰でも知っている事実として、死はすべての者に寄り添うもの……死とはリアルそのものである」 「ま、間宮……お前……」 「せ、先生」 「よ、良かったぁ……先生」 「お前は間違っているぞ……」 「何が間違っているのですか?」 「そんな宗教じみた事……お前……」 「ほら、見たことか……」 「今、この男は、私の考えを“宗教じみた”と言ったではないか」 「あたかも『キチ○イじみた』とでも言いたげに……」 「ち、違う……」 「違うものですか……死を考えること……〈死生学〉《しせいがく》を数千年やってきたのが宗教ではありませんか? 〈形而上学〉《けいじじょうがく》ではございませんか?」 「つまり、宗教じみている……死を考えることは、先生にとってキ○ガイじみていると言う意味ではないのですか?」 「違う……お前は狂信者のみたいじゃないか……」 「はて? これは奇異な事を仰ります……私のどんな考えが、狂った様に感じられるのですか?」 「し、知らん……だが……」 「私からしたら、あなたこそ常識というくだらない教義を狂った様に信じているみたいに見えますよ」 「なんだ、それは……」 「自分が理解出来ないものに『狂』のレッテルを貼らずにはいられない……自分が信じる常識が覆る様な考えは……すべて狂っている人間のしわざ……」 「そ、そんなものは飛躍だ……間宮貴様……」 「たのむ……誰か担任の先生を連れてきてくれ! 誰か!」  教師は必死で生徒達に訴えるが……誰一人として動く者はいない……。  すべての人間がその場の空気に支配された様であった。 「現代社会は死を〈捨象〉《しゃしょう》したところに存在し、死をタブー視する社会である!」 「それが正しいなどと思うのは、考える身体を持ち合わせていない奴隷の言葉だ」 「なぜならば、前近代において死は最も重大な〈思索〉《しさく》の対象であったではないか!」 「死こそ〈思索〉《しさく》の最大の関心事ではなかったか!」 「にもかかわらず! 近代に成立した政治、社会思想はあたかも我々には無縁の事態がごとく振る舞った」 「黙れ!」 「……」 「意味不明な事言うな!」 「……意味不明?」 「ああ、そうよ。あんたが言う事など理解出来ないしする気もないけど……これだけは言えるわね」 「あんたは二人の死に自分勝手な意味を与えている」 「自分勝手とは?」 「へりくつという意味……全然デタラメだと言ってんのよ!」 「世の中が死を隠してるというご高説は、まぁどっかで聞いた事ある様な話だから良いとしても、それと二人の死が何か表しているというのは飛躍以外の何物でもない」 「あんたの言ってる事なんざ、心理バイアスにすぎないよ……」 「……バイアス?」 「目についた印象的なものの頻度を実際よりも高く評価しているにすぎない」 「たしかに、二人連続で転落死はめずらしい事かもしれない、でも、それ以外の事に関しては別段不思議でもなんでもない」 「必要以上に、意味を見いだして特殊性をあんた自身が炙り出そうとしているだけだ」 「なるほど……さすが……知恵と知識を与えられた者だ……そうでなくてはね」 「褒められたってうれしくないね」 「君はこう言いたいのであろう。ボクが示した彼らの死の意味……それが真なる命題である事を……それを実証しろとっ」 「はぁ? 実証? そんな事言ってないでしょっっ。私が言ってるのは、単にあんたの言ってる事がデタラメだって事で!」 「ふーん……君は嘘科学と科学をどう判別出来ると思う?」 「嘘科学と科学……だって……」 「そう、ペテンと真理をどう判別するかだよ……」 「……くっ」  水上さんは黙ってしまう。  当然だ。  嘘科学と科学の線引き問題は、いまだにちゃんとした形でなど決着はついていない。  いまだに、それは専門家にとっても曖昧な境界線でしかないのだ……。  それを知っている水上さんは黙るしかない。  ボクと同じ様に、すべての知識と知恵を持つが故のジレンマ……。  バカの方が実は知らないが故に無知な反論ばかりしてめんどくさい……。 「ペテンと真理の差……それは“新奇な予言”があるかどうかだよ」 「新奇な予言……良くそんな言葉知ってるねぇ……私はあんたなんてもっとバカだと思ってた……」 「イムレ・ラカトシュが提唱した概念……科学的であるかオカルトであるかを見定める議論に使われる概念……」 「クーンのパラダイム論……そしてポパーの反証主義……それらを改良して作り出されたのがラカトシュのリサーチプログラム理論……そこから導き出された概念が“新奇な予言”」 「予言と言うと少し宗教じみてるね……簡単に言えば、〈端〉《はた》から〈見〉《み》たら“奇異”に見える予言だが、その理論から導き出せる正しい予想の事」 「つまり……ボクの頭の中にある理論……そいつから導き出される予言……それが当たれば……その理論の実証性が高まるというものだ……」 「相対性理論はあらゆる現象を予見したが、その予見の正しさがその後の多くの実験で証明されている……だから相対性理論は正しい……」 「なるほど……それであんたが予言をする…というわけなの?」 「ああ……その通りだよ……」 「ボクはこれから予言をするよ……」 「その予言が的中するたびに……君は恐れおののくがいいさ……」 「ボクの正しさ……」 「……な、なにを馬鹿げた事を……」  吐き捨てる様な言葉のあと……、水上さんはうつむく。  完全な敗北。  これが、ただの完璧なだけな人間と、救世主の差だ。  水上由岐、そして悠木皆守は、ボクに決してかなわない。  この二人は、お母さんによって作られた……ボクが越えるべきハードル。それぞれがどんなに完全と思えても、そのすべてにおいてボクには絶対に敵わない。  なぜならば……ボクは救世主だから。 「私を生まれ変わらせるために神があの二人を贄とした!」 「一人は城山翼、もう一人は高島ざくろ……この二人は私が生まれ変わるために神が贄とした!」 「私は生まれ変わった!」 「何に?」 「救世主に」 「そう救世主にだ!」 「世界はあと五日で終わる」 「しかし、それは兆しだ」 「世界が生まれ変わるための……」 「救われない者は古い世界とともに永久に地獄の劫火に焼かれる」 「未来永劫に続く苦しみだ!」 「……皆知っているだろう」 「世界が嘘で満ちている事を! そして真実は隠されている事を!」 「愚者は平等と言う!」 「しかし皆知っている、世界が平等でない事を」 「愚者は自由と言う!」 「しかし皆知っている、世界に自由がない事を」 「愚者は愛と言う!」 「しかし皆知っている、愛が人を裏切る事を」 「愚者は人を殺すなと言う!」 「しかし皆知っている、世界が殺人で満ちている事を」 「愚者は嘘を付くなと言う!」 「しかし皆知っている、愚者こそが嘘付きである事を」 「愚者の嘘を鵜のみにした者は馬鹿をみる」 「そう、嘘なのだ!」 「すべては嘘であったのだ!」 「世界がずっと前からあることも」 「これからあり続けることも」 「すべては嘘だ!」 「我々が前に踏み出そうとするその先は……」 「奈落なのだ!!」 「世界は終わる!」 「確実に終わる!」 「これが真実なのだ!」 「その証拠に三つの予言をしよう」 「一つ! もう一つの死によって、死への濃度はさらに明言されるであろう」 「二つ! 多くの者がその死をもう一度目撃するであろう!」 「三つ! そして死者は語るであろう……」 「すべての終局を!」  ボクは教室から飛び出す。 「はぁはぁはぁ……」  くくく、ヤツらの顔……なんて顔だあれは。  沼田の顔、西村の顔……。 あの教師の顔……。  クラスのヤツらの顔……。 そして、水上由岐の顔……。 「はははははは……」  あれがボクが恐れていたヤツらの顔か?  くくくくく、くだらない……。 実にくだらないではないか! 「あはははははははははははははは」 「!?」 「あれは……」 「音無彩名!」 「はい……」 「いつまでもそんな涼しい顔でいられると思うなよ!」 「……今は夏……全然涼しくない……」 「そういう見え透いたブラフを言ってるんだ!」 「音無彩名! お前は〈所詮〉《しょせん》、リルルちゃんの〈澱〉《おり》だ!」 「お前など影だ!」 「お前など、ボクは恐くない!」 「だから……私、恐くない……むしろ私は……超優しい人……ツンがない人として有名……」 「そうやって茶化すな!」 「ボクは兆しの中にいる!」 「そして、兆し以後……至るんだ!」 「そう……がんばってね」 「うるさい! バカにするな」 「バカになんかしてないのに……」 「間宮くん……さよなら」 「!?」 「世界を空に還すんでしょ?」 「くっ」 「うおおおおおお……」 「はぁはぁはぁ……」 「ボクは兆しだ」 「はぁはぁはぁ……」 「ボクは予感だ」 「はぁはぁはぁ……」 「ボクは生命の至りだ……至る者なのだ……」 「はぁはぁはぁ……」 「ボクは……ボクは……終ノ空だ!」 「はぁはぁはぁ……」 「さあ、開けよう……」 「っ……誰だ!」 「……」 「……なんだこいつ」  なんだこいつの目つき……。  たしかこいつ……橘希実香。  高島ざくろを裏切った人間。  何故こいつがここに? 「何か用かい……橘希実香さん……」 「……名前……知ってるんだ……私の」  実際にはあまり知らないね。  何枚か高島さんの写メの中に君の顔が残っていただけだが……。 「ああ……高島さんを裏切った人だろ?」 「……」  顔色が変わると思った……が、彼女の顔色はまったく変わらない……。 「うん、そうだよ……私は高島ざくろを裏切った人間……あの〈娘〉《こ》を死まで追い込んだ人間だよ……」 「……」  こいつ……何か持ってる……。 右手に何か隠している……。 「何しに来たの?」 「いや……あなたって救世主様なんでしょ?」 「ああ、そうだけど……」 「私…隣のクラスだから……あなたのクラスから大声が聞こえてきて……」 「なるほど…それで高島ざくろの名前が出てきて……思わず聞き入ったという事かい?」 「うんそんな感じ……廊下まで出て聞いてた。人気者だね、他の人達も出て聞いてたよ……そうそう先生まで聞き入ってたよ。救世主様の演説」 「なに……教師に?」 「うん……」  隣のクラスの授業の担当教師は、ボクが飯田を花瓶でぶん殴ったのに気がついていたのか……。  なら何故止めに入らなかったんだ? 「それで? その教師はどうしたんだ?」 「震えだして……すっごくガタガタ」 「……震えだした?」  ほう……なるほど……。  という事はその教師は……、 「そいつは瀬名川だな……」 「っ!」  この驚きの表情……正解か……。 「……ふーん」 「……何だ」 「救世主様も……自信満々のわりには間違えるんだ……」 「何?」 「清川だよ……清川明日美……救世主様の担任じゃないの?」 「清川が?」  なんで……清川が? うちのクラスの担任じゃないか……普通ならすぐに止めに入るだろ……なぜヤツがガタガタ震えていたんだ?  いや……待てよ……。  瀬名川からの紹介で一人、あの掲示板に登録していたな……。  あの登録者は、教師である可能性が高いと思っていたが、それが清川だと考えれば……道理は成り立つ。  清川自身にも呪いのメールは届き……そしてその恐怖で……。 「清川明日美か……なるほど、彼女は震えてどうしてた?」 「なんか良く聞こえなかったんですけど……たしか“ゆ、唯……”とか“あ、あれは本当……?”とかぶつぶつ言ってた……」 「ほう……」  なるほど……唯とは、瀬名川の下の名前。 そう呼び合うぐらいにあの二人は仲が良かったのか……。  まぁ、数少ない同年代の教師だからな……ウチの学校はジジババばかりだ……。 「あ……」 「で、でも、なんで瀬名川先生の名前出てくるんですかぁ?」  ……。  ……今。  少しだけど……声が上擦った……。  動揺……。  間違いない……こいつ、虚勢を張っている……。 さっきから余裕を見せているが、内心では相当動揺している……。  瀬名川の名を出した時の不自然さ……。  まぁ、当然か……橘希実香という女は……自身が見えない場所……裏掲示板では、高島の呪いに恐怖して、あれほどあからさまな動揺を見せていた女。 「あれは本当の呪いだ」 「このままじゃ本当に全員死ぬ」 「こんなメール普通じゃないよ」  等々……かなり〈酷〉《ひど》い取り乱し方をしていた……。  ふふふ……それらをボクに知られている事も知らずに……このバカめが……。  虚勢など……〈猪口才〉《ちょこざい》な……。 「なぜ瀬名川の名を出したか知りたいか?」 「はい……なんで瀬名川先生なんですか?」  しゃべり方が少し丁寧になった……。  わかりやすいヤツだな……、  たぶん、高島さんに対するイジメ、赤坂、北見、そして橘……それらの温床になった美術部の顧問であるから……と俺の口から発せられる事を期待しているのだろう……。  まぁある程度の情報通ならそれぐらいの噂話は知っている……。  そのレベルの事が語られると思っているだろう。  ふふふ……恐怖するがいい。  次の一言で……、  お前の、その虚勢……根本から崩してやろう……橘希実香……。 「な、何でもったいぶるんですか?」 「もったいぶる? いやぁ……君がショックを受けないか心配しただけさ……」 「わ、私がショック……?」  なんて顔だよ……さっきまでの余裕はどこに消えたんだい橘……。 「ああ、そうだ……だって瀬名川唯が死ぬから……なんて聞いたら、君はどうなっちゃうのかなぁ……て」 「……」  何故か一瞬……完全な無表情になる。  なんでだ……なぜ驚かない?  と思った次の瞬間……、 「……え?」  一瞬にして表情が凍る……その後、なぜか顔が〈強〉《こわ》ばりながら笑顔になった。  人は真の恐怖を前にすると、あたかもその表情は笑っているかの様になると言う……。  こいつのこの不自然な笑いの表情は、絶対的な恐怖を目の前にして……という事。 「な、な、何で死ぬんですか……いつ死ぬんですか?」 「いつ……まぁ近いうちだね……」 「そ、そそそれって……今日、明日のレベルで?」  おいおい……どれだけ動揺してるんだよ……さっきの余裕は何処にいったんだい? 「ああ、そうだ……そんなレベルだ」 「な、何で瀬名川先生なんですか……し、死ぬの……」 「理由? 理由なんて一つしかないじゃないか?」 「え? そ、それって……やっぱり……高島ざくろの呪いでしょうか……」 「ああ、そうだ……」 「じ、じゃ、他の人間も死ぬのですか?」 「このままならな……」 「あ、そ、そうなんだ……あ、いや……そうですか……他も死ぬんだ……死んじゃうんだ……」  くくくく……どれだけ動揺してるんだよお前……声震えすぎだろ……。 「あ、あの……疑問なんですけど……なんで瀬名川先生だけが死ぬのでしょうか……先に……」 「特に怨まれていたからだよ……」 「っ」  今までにないぐらいに顔色が変わった……さすがにこの言い方……橘にとっては死刑宣告に近いものだ。  特に怨まれるべき人間は、赤坂めぐ、北見聡子、瀬名川唯……そして橘希実香、お前なのだからな……。 「あ、あははは……特に怨まれてるんだ……瀬名川先生……」  なんて笑い顔だよ……恐怖そのものがそのまま張り付いたみたいな顔だぞ……。  そんなに恐いのかよ……ふふふふふ。 「ああ、他にも赤坂めぐとか北見聡子とかもだ……」 「そ、それって……」 「ああ……高島ざくろのいじめに直接関与した人間だ」 「な、なら私はっ」 「さぁね……でも来ていないんだろ?」 「来ていない……それって……」 「高島ざくろからの呪いのメールには2種類ある……一日に一回……全員の死を予告するメール」 「そしてもう一つは……1時間ごとに送られてくる……怨みの言葉だけが書き連ねてあるメール」 「それ私に来ていない……です」 「まぁそうなんだろうね……」 「……それどういう意味なんでしょうか」 「ボク自身は君達に呪いのメールが来ているかどうかなんて知らないよ……ただボクには呪いが見えるからね……」 「の、呪いが見える?」 「ああ、死者の怨念が憑いてまわる姿が見えるのさ……」 「そ、それで……私は?」 「まったく無し……という事はないよ……いやむしろ、その呪いの強さは赤坂や北見と変わらない……」 「な、なら何故、私には来ないのですか?」 「同情されてるんじゃないのか?」 「ど、同情?」 「君は彼女と同じ様に長い間いじめられ続けてきたからねぇ……」 「……」  何故か無表情に戻る……橘……。 少し、反応が普通と違う女だな……。 「それで……赤坂と北見も死ぬのですか?」 「このままなら……」 「何ですかそれ? あなたが呪いを止めてあげるって事ですか?」 「さぁね……それは分からないさ……」 「止められるのですか……」  ……。  また声質が変わった……。 普通とは全然違う反応をする女だな……。 「ああ、当然だ……」 「なら、瀬名川先生の呪いも……」 「止められるさ……だが」 「だが?」 「止めない……」 「……」 「〈何故〉《なぜ》でしょうか?」 「そう世界が予定されているからさ……瀬名川唯は死ぬ……そう決められている」 「そうなんですか……瀬名川先生は死ぬ運命なんですか……なら赤坂めぐは? 北見聡子は?」 「あと……私は?」 「ふふふ……どうかね……そこまでは教えられないよ」 「……」 「ふーん……そうですか……そういえば言ってましたもんね。救世主様はその元に〈下〉《くだ》った者しか救わないって……」 「ああ、そうだ、誰でも彼でも救う義理はない……それにそれは神々の予定に反する行為だ……」 「ふーん、そうなんだ……でも逆に言えば、救世主様の元に下れば……誰でも助けるのかしら?」 「ああ、そうだ……」 「……助けるのですか?」  一瞬、何故か瞬間的に彼女の目つきが最初のそれに戻る……。  なんだこの目つき……恐怖と言うよりは……まるで……、  殺意? 「……」 「……」 「ふふふふ……救世主様ぁ」 「な、なんだ?」 「救世主様の〈下部〉《しもべ》にしてくれないでしょうかぁ?」 「……ボクの元に下りたいと言う事か?」 「はい、わ、私、凄く恐かったんです……高島さんの呪いで自分も殺されるんじゃないかって……でも私、私、死にたくなくて……」 「ふーん」  なんだこいつ……そういう事か……。  殺意と見まがう様な目つきに思えたが……それはハンターが獲物を見つけた様な目つきであったという事……。  つまり、自分が助かるための方法を見つけた者の目つき……そういう事か。  なるほど、〈所詮〉《しょせん》は自分が助かりたいだけの俗物か……。  意味ありげな態度を取りやがって……その実何もない……。  まぁ、分かりやすく、女という低俗な生き物を体現しているヤツと言う事だ。 「わ、私、自分が助かるためならなんでもします。だから私を助けてくださいぃ」  先ほどの態度とは〈打〉《う》って変わって、〈縋〉《すが》るようにボクに懇願する……なんて情けないヤツだろう……。 「そこまでして助かりたいのかい?」 「は、はい……助けてください救世主様っっ。だ、だって救世主様は高島ざくろの呪いを止める事が出来るのですよね……」 「ああ、そうだ……」 「私を〈下部〉《しもべ》としてそばに置いてください……何でもします、何でもしますから……後生ですから……」 「ただ、呪いから逃れたいだけでここに来たのか!」 「あ、あの……わ、私……何でもします。まだ信仰心が足りないかもしれませんが、救世主様の言葉を良く聞きますっ良く覚えますっっだからっっ」 「ああ……分かった、我が元に〈迎〉《むか》えよう……」 「え? ほ、本当ですか?」 「ああ……母が決めた予定調和……定められた運命だからこそお前はここにいるのだろう……」 「予定調和?」 「な、なんですか、それ……?」 「すべてが必然という事……そうだ……高島はお前にある事をさせるために、お前を殺そうとはしなかった」 「私にさせるため……ですか?」 「そうだ……高島の声…あの予言をもっと広げるために……」 「予言? 20日に世界が終わるって言う……あれですか?」 「そうだ……20日は世界の最後の日」 「な、何故私なのでしょうか……」 「愛憎は表裏一体…高島はお前を怨んでもいたが愛してもいた……そんなお前に、みんなを救ってやってほしいんだろう……」 「私が救う……」 「ざくろが……私を……」 「彼女はそういう人間だった。とても健気で素直で、そして優しい少女だ」 「そうだ、お前のために高島は身代わりになった!」 「身代わり?」 「そうだ……20日の世界滅亡を知らせるために彼女は死んだ……」 「なぜだ!」 「なぜ高島ざくろは死んだんだ?!」 「な……ん…で?」 「必 要 だっ た か ら だ!」 「必……要?」 「そうだ、お前達を救うために高島ざくろは幽霊になる必要があったからだ」 「霊になり、未来を知る必要があったからだ」 「そしてお前が生きているのは、それを皆に知らせるためだ! 高島が知った事、予言を人々に知らせるためだ!」 「私が……ざくろの知っている事を人々に知らせる……」 「そうだ……高島ざくろはお前に〈託〉《たく》したんだよ……」 「託…した?」 「そうだ……救世主に〈帰依〉《きい》し……そして世界を救う役目を……」 「わたしが……」 「自分が痛みを知らなければ…他人の痛みなど知りようがない」 「他人の…痛み……」 「だからこそ、痛みを知らない人間は……他人を痛めつける事が出来る……」 「そ、それって……」 「そうだ、赤坂めぐや北見聡子はその典型だ。だがお前は違う、お前は痛みを知る」 「誰よりも、今、誰よりも、高島ざくろの痛みを知る者だ!」 「あ……わ、わたしは……」 「高島ざくろの痛みをお前以上に分かる者がいるか? お前以上に高島ざくろの気持ちを分かる者がいるのか?」 「いない……いるはずもない……だって私はざくろと友達で、ざくろに救ってもらって、そしてざくろを裏切って、それでもざくろは愛してくれ……それでそれで……」 「分かってる。分かっているよ」 「あ……あう……」 「もう言うな……高島は分かっているさ……」 「間宮……様……」 「お前は今まで、自分の存在が虫けら以下だと思ってきた……」 「自分の存在価値など無いと思ってきた」 「ブスと〈詰〉《なじ》られ、デブと詰られ、虫けらと詰られ、あらゆる〈侮蔑〉《ぶべつ》を受けてきた」 「そんな自分に存在価値などないと思ってきた」 「さらに、それを救ってくれた友人まで裏切る自分など、どこにその存在が許される理由があろうか!」 「だが、それは違う!」 「お前には価値がある、存在理由がある! だから高島はお前の代わりに死んだ!」 「あ…ああ……救世主様……」 「お前には存在理由がちゃんとあるんだよ……」 「安心するがいい……橘希実香……よくボクの元に来てくれた……これもまた高島さんの導きであろう……」 「ざくろ…の?」 「そうだ、生前、彼女はボクの〈下部〉《しもべ》であった。良くボクに〈仕〉《つか》えてくれた」 「ざくろが?」 「まぁ、その頃はまだ救世主としては未熟だったから……普通に付き合ってたと言ってもいいんだが……」  まぁ、あくまでも彼女が一方的にボクを好きであって……その事実に気が付かなかったというのはあるが……。 「彼女は……実際、ボクを救世主として覚醒させるために死んだ……」 「本当は、ボクのために死んだんだ……」 「すべて知っていたんだろう……だから恋人だったボクに内緒で死んだ……」 「ボクが救世主として目覚めるために……」 「救世主様とざくろは付き合ってたんですか?」 「ああ……彼女はボクを愛してたみたいだった……ボクはそれにうまく応える事は出来なかったけどね……」 「ざくろが愛した人……あなたが…ざくろの……救世主……」 「そうだ。ボクは高島ざくろにとっても救世主だ」 「わ、私……あの……」 「瀬名川唯……知ってるな」 「はいっ」 「高島ざくろは、赤坂めぐ、北見聡子以上に、瀬名川唯を怨んでいる」 「はい……」 「ああ、そうだ……あの二人と高島ざくろは和解するであろう……それにボクは手を貸す気だ」 「手を貸す?」 「ああ、二人を高島さんが許してくれる様に、どうにかしてやるつもりだ」 「……」 「そ、そんな事出来るのですか?」 「当たり前だ……ボクを誰だと思ってるんだ?」 「あ、す、すみません……」 「とりあえず、二人は高島と和解するであろう」 「だけど、瀬名川だけは違う」 「瀬名川…先生は……違う?」 「ああ、そうだ。教師としていじめを容認した事を高島は怨んでいる」 「……たしかにあの人は……」 「知ってたはずなのに……自分にめんどくさい事が降りかからない様に……」 「そうだ……」 「彼女の行動を見張れ」 「行動を?」 「あいつは、明日死ぬ」 「え?」 「高島ざくろの呪いによって死ぬ」 「瀬名川先生はざくろの呪いによって死ぬ……」 「ざくろの呪いで……死ぬ……」 「死ぬ……」 「くくくく……死ぬ、死ぬ、死ぬ、瀬名川は死ぬっ」 「ざくろに殺される……」 「コロサレル……」  少し恐怖を与えすぎたか……感情の表現がめちゃくちゃだ……橘はこれ以上ない様な恍惚とした表情を浮かべる……。  恐怖も過剰に与えすぎると壊れてしまうから注意しないとな……。 「橘……少しいいか?」 「え?  はい」 「彼女は明日死ぬ」 「明日ですね。分かりました」 「ああ、そうだ、だからそれまでの時間彼女の行動を監視してほしいんだ」 「死ぬまでの時間の監視ですか」 「いや、その直前までで良い。お前も人の死の瞬間を見るのはつらいだろう」 「……そんな事ありませんよ……大丈夫です」 「……」  先ほどあれほど動揺していた人間がいきなり平坦な感情で他人の死を受け入れる……。  こいつ、少しおかしくなったか?  それとも……、 「救世主様のためでしたら……どんな事があっても平気です……」  なるほど……そういう事か……、  この感情の平坦さ……どちらかと言えば、良く訓練された兵隊……あるいは狂信者……そういった〈類〉《たぐい》のものだ……。  これは使える……橘希実香……。 「なるほど……ならばお前にこの任務は完全に任せる」 「はい、ご期待に添える働きをしたいと思います」 「とりあえず、これから逐一、彼女の行動をボクにメールしてくれ、どんな細かい行動でも、気になった行動は全部ボクに報告するんだ」 「はい!」 「ふふふ……頼んだぞ」 「我が……〈下部〉《しもべ》」 「……希実香! 行って参りますっっ」  良いものを手に入れた……。  いきなり忠実な下部を手に入れられるとは……これも予定調和という事か……。  ふふふ……ありがたい。ありがたい話じゃないか。  どこまでも親切なお母さんだ……、 ここまで段取りをつけておいてくれるとは……、  まぁ、キリストにも、運命としか言いようがない使徒との出会いがあった。  救世主には、かならず必要な偶然とも言える。  最初の使徒……。 橘希実香。  高島ざくろを裏切った女。  そう言えば……あいつ何か最初右手に隠していた様な気がしたが……気のせいか……。  ふふふ……どうもあの目つきに勘ぐりすぎた様だな……。  こんなものだろうか……。  ボクはパソコンの前で一人納得する。 ――――――――――――――――――――――――――― from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― あのときちゃんとみてたのに なにもしなかった しってるのに しらないふりした  これが最初に送られる予定の文章。  その一時間後に、次のような文章が送られる。 ――――――――――――――――――――――――――― from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― Cとうでいつもいじめられてたのを しってたはず そのかぎはせんせいからかりたものだから  ふふふふ……なかなかの傑作ではないか?  今度の呪いのメールはただ「いたい」と書いてある様なものではない。  瀬名川個人にだけ送られるものだ。 これは赤坂めぐや北見聡子には送られない。  あの女教師だけに送られる呪いのメールだ。  くくくく……その恐怖や、今までの比ではないだろう。  すでに、彼女を生け贄にするための呪いの言葉が最後まで書かれている。  だが今回は、さすがに彼女を追い詰めるために微調整が必要となる。 彼女の様子を逐一報告する人間。  そう言った意味でも橘希実香がボクの忠実な〈下部〉《しもべ》になった事は喜ばしい。  彼女に、瀬名川を見張らせ、逐一報告させる……。そのたびにメールの内容は微調整してゆく……。  そして彼女を崩壊にまで導く……。  ボクが救世主になるための生け贄。 「さてと……」  次は、赤坂めぐと北見聡子の件だ。  彼女達は、瀬名川と真逆な事を与えてやる。  瀬名川には死を、そしてあの二人には救いを……。  それこそ、ボクが〈衆愚〉《しゅうぐ》どもに見せるにふさわしい奇跡となる。 「そのためには……」  まずは二人を釣る事……。  こちらから釣り糸を垂らさなければ、魚はやってこない。  今まで絶対にしなかった行為。  ボクは、ボク自身の名で北校SAWAYAKA掲示板にスレを立てる。  1:救われる者と救われない者 1:間宮卓司:2012/07/15(水) 11:23:12 ID:mamiya 多くの者が確認したであろう。 そして見たであろう。 高島メールの予言は、私の覚醒を予言した。 私は、今ここに立っている。 救世主として。 今こそ、救われる者と救われない者はふるいにかけられるであろう。  スレを立ててすぐに書き込みがはじまる。  当たり前だ……彼らの心は恐怖で濁っているのだから……。 「ふふふ……荒れている荒れている……恐いのか、そんなに君たちは恐いのか?」  すごい勢いでスレは伸びていく。  後はもっとも恐怖で濁った人間の書き込みを待つだけ……。  かならずこのスレに彼女達は引っかかるはずだ……。  だって、一番、今の状況から救われたいのは他ならぬ彼女達なんだから……。 「ふふふふ……さぁ、ゲームの始まりだ……」 「君たちは救世主の机上で、どう踊ってくれるんだい?」  地下の秘密基地は時間を感じさせない。  まるで時間など存在しないかの様に……、  ここでは、携帯電話とパソコンの時計だけが、時刻を刻んでいる。 「九時少し前か……」  日没からかなりの時間が経つ……今日はまだ一度もリルルちゃんと話をしていない。 「必要が…ないから……」  すべてが予定調和だとするならば、ボクの天使であるリルルちゃんが話しかけて来ない事にも意味がある……。  何かしら……意味が……。 「意味……か……」  じっと……ボクは壁に書かれた〈聖像〉《イコン》を見つめる。  それは救世主によって〈描〉《えが》かれた天使の〈聖像〉《イコン》……。  だからこの絵には……人知を超えた力がある……。 「リルル……ちゃ…ん」  ボクは頭で彼女の事を念じる……。  彼女に聖波動を送る……。  そう、これは天使と救世主をつなぐ通信回線なのだ……。 「……」 「……」 「?」 「リ、リルルちゃん?」 「……」 「なんだって……」 「……」 「……」 「なんだ……この感じ……」  なんだろ……いつものリルルちゃんと違う……。  なんか……この感覚……。  違和感?  いや……、  これは……、  恐怖。  何故だ?  何故ボクがリルルちゃんに恐怖を覚える?  おかしいじゃないか。  これは絶対におかしい……。 「それにしても……」  何かに似てる……この感覚……。  何かに……この感覚……これは、そう! 「音無彩名!」  そうだ、音無と会ってる時の感覚に似ている……。  救世主になった今ですら……ボクが嫌悪する感覚……あの感じに近い……。  でも……。  これはリルルちゃんだ……。  よくわからないけど、  音無ではない……。  なぜだ?  なぜ、そう思うんだ?  それに……、  何故かいつもと違う気がするんだ……。 「なに?」 「……」 「助け?」 「助けってなんだリルルちゃん?」 「え? 屋上……」 「屋上に行け?」 「……」 「〈外〉《そと》から?」 「〈外〉《そと》からなんだい?」 「世界?」 「世界がどうしたんだ!」 「え?」 「………………」 「なんだこれ……」  間違いなく……。  いつもと違う、  不気味なリルルちゃんの感じ……いや、いつものリルルちゃんの感じも十分残っている……。 「まざりもの?」  白と黒がまざっている様な……異物感。  まるで白が黒をのみ込み、黒が白をのみ込んでいる様なイメージ……。 「なんなんだ……これ……」 「……ふぅ、考えても無駄……か」  すべては予定調和。  ボクの行動には……いつでも重要な意味がついてまわる。 「屋上に行け……」  そこに重要な何かがある……。  そう、神がボクに〈囁〉《ささや》く……。  だから、ボクは屋上に向かう事にした……。 「……」  なんだいあれは?  プールの底から何か覗いている……。 「なぜ君はボクを見ているんだい?」  水のないプール。  すぐ底が見えるハズのプールは奈落となっていた。  奈落から、首の長いものどもがこちらを覗いている。  奈落から世界を覗いている。 「なんだい奈落の者どもよ……そんなに人間の救世主がめずらしいかい?」 「……」 「なんだ、言葉も話せないのかい」 「…………」 「ふふふふ……」  首の長いものどもは……口を開けている。  その口には歯もなければ舌もない。  そこにあるのは、また奈落。  どこまでいっても奈落に続く長い首なのだ。 「なぜ君たちがこちら側を覗いているか……」  世界の終わりが近づいているから……、  いや……それ以外もありそうだ。  ボクは学校の屋上を見上げる。  屋上の空気が歪んでいる。 「この感じは……影?」 「何かが通過している時の影……」  まるで三次元の物体の影が二次元にうつりこむ様に……高次元の物体の影が屋上にうつりこんでいる。  それはまるで〈多胞体〉《たほうたい》の様に……四次元超立方体の様に……変形しながら回転している……。 「何かが……来ている……」  屋上に……何かが来ている……。  それは……不気味な影……。  変な立像……そんな風に見えた。  何か分からない存在が校舎の方を指さしている。 「分かっているさ……」  こいつは屋上への道を指し示している。  標識みたいなものなのだろう……。  でもそんなもの無くてもボクは行くべき道を知っている。  ボクが向かう道を……。 「おやおや、これは、これは」 「ご注目ありがとう」 「……」 「なんだって?」 「あはははははははは、それはないよ」 「……」 「死体?」 「誰のだい?」 「ああ、城山のね」 「それで、それがどうした」 「ん?」 「城山の死体をよこせ?」 「何に使うんだい?」 「へ?」 「あははははは、なんだそりゃ」 「仮にも、君達、あれなんだから……」 「え?」 「はははは、そうだけどもさぁ……やはり君達も低次元な事を言うねぇ」 「この学校の連中と大差ないじゃないか」 「え?」 「なに?」 「城山の死体が?」 「ほう……そうなんだ」 「とは言っても……まあ、ヤツなら死んでもそうだろうなぁとは思うよ……」 「まあ、会ったら言っておくよ」 「君達がほしがってたことを」 「……」 「いや、いや、礼には及ばないよ」 「あはははは、ボクの身体はやれないよ」 「それに君たちじゃ大きすぎるよ……救世主の身体は……大きすぎて、ボクの身体の中で迷子になってしまうよ」 「うん、そうだよ……未来永劫にね……」 「ふふふ……なかなかのユーモアだね……気に入ったよ」 「あはははははは、ではまた会おう」 「おや、誰かいるぞ……」 「人間ではないな……」 「こっちに来る……」 「おや? これはこれは城山くんじゃないですか……」 「さっきの連中が君の死体が歩いてると言ってたけど、本当に歩いてるとは思わなかったよ」 「だってとっくに火葬場に送られてると思ったからさ……」 「君は……どこから迷い込んできたんだい?」 「それとも単純に死体が片付けられてなかったのかな?」 「だとしたら学校側はとんだ手抜きじゃないか……」 「まぁ、いじめを容認する様な学校だから、死体の処理もめんどくさがってしなくても当然と言えば当然か」  人が死ぬ様ないじめを放っておくんだ、死体だって放っておいても不思議じゃない。 「でもこんなものが歩いてたら衛生上問題があるんじゃないかな?」 「ふふふふ……それにしても臭いなぁ……」 「ボクは生前から君の事が嫌いだったけど……死んだらもっと醜悪になったね……」 「バカは死んでも治らないとは言うけど、君の場合は死んでもその嫌悪感は治らないんだなぁ……」 「……」 「ん?」 「……」 「そうだよ……」 「ほら、そろそろだ……」 「あいつらがおまえをほしがってたぞ」 「ほら、奥のあれ」 「……」 「なに?」 「ああ、君は食われるよ」 「……」 「知らないよ、あいつらと直接の友達じゃないもん」 「……」 「だめだよ……それは出来ないよ……」 「んじゃ、ボクはこれで……」 「仲良くやりなよ……奈落の者どもが君をほしがってたんだからさ。人気者だねぇ」 「……」 「ふふふふ……恐いのかい?」 「君は恐いと首がぷらぷらするのかい? 変な表現方法だねぇ」  ボクは階段を上っていく。  屋上まで続く階段。  空に続く道。  階段を上っていく。 「……」 「ここは屋上……」 「空の真下……」  空が一瞬だけ光る。  青白い厚い雲の塊から光がこぼれる。 「……雷光」 「雷鳴……」  闇の空が青い光に包まれる。  一瞬だけ漆黒の世界を青に染める。  先ほどより雷が近づいたのだろうか……雷光と雷鳴の時間のずれが少しずつ〈狭〉《せば》まっていく……。 「なんだ……一雨来るのか……」 「っ?!」 「……あれは?」  雷光に照らされた空、その空に無数の影が見えた――様な気がした。  まるで……その姿は……。 「こんな時間に鳥の群れ?」 「あれって……」  雷光によって映し出される飛翔体の影は先ほどとは比べものにならない数であった。  その姿はまるで……。 「……イナゴの大群」  昔テレビで見たことがある。  空いっぱいに埋め尽くされた〈飛翔体〉《ひしょうたい》の影。  空よりも多くの影……。  それは〈相変異〉《そうへんい》によって通常の〈孤独相〉《こどくそう》から〈群生相〉《ぐんせいそう》と呼ばれる、よりおぞましく形を変えたイナゴの大群の映像であった……。 「あ……まずい……」  これはまずい……、  ボクはとっさにそう思った。  それは、次の雷が七つ目であると気がついたからだ。七つ目の雷とは合図。  黙示録にある、最後の戦いの合図……その七つの〈鉢〉《はち》が傾けられ……そこからあらゆる災いが世界に流れ込む……。 「これはっ」  空を埋め尽くす飛翔体の影。  大きな翼を持った……まるでイナゴの大群……いや、大軍を思わせるそれは……。 「リルルちゃん……」 「っ……なんだこれ……」 「なんだ、これ……まずいぞ……」 「これは……もう人の〈与〉《あずか》り〈知〉《し》るものではない……」 「これは……神々の最終戦争……」 「っっ」 「ぐっぁっ」 「………………」 「…………」 「……」 「なんだこれ……」 「っ……」 「  ・                    」 「  ・                            」 「  ・                                    」  イナゴの羽ばたきの様な音。  いや、これは声?  リルルちゃんの鳴き声?  てけり・りり……その奇妙な音が空一面にこだまする。  イメージの逆流。  情報の反転。  高次元の影。  影、影、影。  高次元の光。  光、光、光。  お母さん。  お母さん列車。  お母さんの束。  お母さん連投。 「なんだ……なんだこれ……」 「これって……なんだ……」  頭が……。  頭が混乱する……。  頭上では神々の最後の戦いが行われている。  それはあらゆる〈対な〉《つい  》るものの対決。  〈交〉《まじ》わる事のない真逆の〈相〉《そう》。  それは、天使と悪魔。  あるいは、光明と暗黒。  清浄と汚染。  善良と邪悪。  刹那と永劫。  陽極と陰極。  益虫と害虫。  天国と地獄。  善意と悪意。  偽悪と偽善。  賢明と暗愚。  収縮と膨張。  生者と死者。  恩義と怨恨。  秩序と混乱。  卑下と尊大。  前世と来世。  静寂と喧噪。  好転と悪化。  そして、実在と架空。  空想と現実。  吉夢と悪夢。  混乱と秩序。  具体と抽象。  整頓と乱雑。  あらゆる対決。  あらゆる終。  あらゆる〈真〉《しん》と〈偽〉《ぎ》。  言葉。  言葉。  命題。  幾千、幾万、幾億……数え切れないほどの黒い翼と白い翼。  空が彼女たちの羽ばたきで埋まる。  静止した白と黒。  秩序ある白と黒。  やがて〈静寂〉《せいじゃく》が〈喧噪〉《けんそう》に変わる。  混沌とした白と黒に変わる。  〈黙示録〉《アポカリュプス》。  世界を二分した光と闇の戦いが始まった。  巨大な蛇が絡み合う。  大空で絡み合う。  天使の臓物。  飛び散る羽根。  裂けた翼。  〈墜〉《お》ちる天使。  地にまみれる天使。  白い天使。  黒い天使。  母の言葉。  神の生理。  天の声。  受精。  精子。 「助けて! 卓司くん!」 「え?」  白いリルルがボクに助けを求める。  ボクは〈狼狽〉《うろた》える。 「だめ! のみ込まれたらっ」  黒いリルルがボクを〈叱咤〉《しった》する。  ボクは〈狼狽〉《うろた》える。  世界が天使の声で染まる。  空いっぱいの翼。  雨の様に〈墜〉《お》ちてくる天使達。  肉塊。  臓物。  眼球。  白いリルルが黒いリルルの臓物をつかむ。 「いやぁああああっ痛ぃぃいいいっっ」  泣き叫ぶ黒いリルル。  白いリルルはそのまま内臓を引きずり出す。  ボクに助けを求める。  痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、助けて。  ボクは〈狼狽〉《うろた》える。  黒いリルルがその隙に白いリルルのはらわたに剣を突き立てる。 「痛っぁああぃいいぃいぃぃぃ……」  そしてそのまま内臓ごと引きずり出してしまう。 「は、はぁぁあぁぁぅ……ぁぁあぁぁぁぅぅ……」  引きずり出された自らの内臓を見て、白リルルが絶望の声でうなっていた……。  浮力を失う二人の天使。  白い翼の彼女と、黒い翼の彼女は……、  もみ合いながら空から〈墜〉《お》ちてくる。  手をつないで、臓物を絡み合わせて……輪になって〈墜〉《お》ちてくる。  それは、輪になって楽しげに踊っている二人の様にも見えた……。  美しい天使の輪。  手と手を合わせて、唇を絡ませて、臓物を絡ませて、〈墜〉《お》ちてゆく、墜ちてゆく、空から墜ちてゆく。  二人は手を取り合って、そのまま……地面ではぜた。  肉塊が降り注ぐ。  まるで〈雹〉《ひょう》の様に……。  地面ではぜる。  血が降り注ぐ。  まるで雨の様に……。  地上を〈潤〉《うるお》す。  空を〈覆〉《おお》うリルルの群れ……幾千……幾万……幾億……天使の〈亡骸〉《なきがら》。  降り注ぐ天使の〈死骸〉《しがい》。  地上ではぜて消えていく……。 「なんで助けてくれないのっっ。卓司くんは世界を救うんでしょっ」 「だめ! 現実を受け入れるの! 逃げちゃだめ! 逃げちゃだめなの!」 「救世主なんでしょ! なんで力を貸してくれないの!」 「帰りなさい! ここはあなたが来る場所じゃないわ!」  ボクは彼女達の幾千の声の中で〈狼狽〉《うろた》える。  幾億の〈死骸〉《しがい》の雨に〈狼狽〉《うろた》える。  リルルの翼の群れは空を、いや宇宙を埋め尽くしている。  太陽が白リルルの舌の上で踊る。  月が黒リルルの子宮で騒ぐ。  さそり座で血の色をしたアンタレスが光る。  白リルルに撫でられて……真っ赤に光ったアンタレスが、黒リルル数兆を瞬時に蒸発させる。  雷鳴と雷光。  天使の目覚め。  悪魔の羽ばたき。  星々の絶望。  ボクの〈為〉《な》すべき事……。  ボクは〈狼狽〉《うろた》える。  その場で固まっている。  神々の戦いを目の前に、人であるボクは立ちつくす。  ボクは立ちつくす。  人であるボクは、この最終戦争で何が出来るのであろうか……。  気がつくと天使達の戦いは終わっていた。  通り雨の様に過ぎていた、天使達の最終戦争。  学校の屋上には、〈墜〉《お》ちてはぜた天使達の血だまりが出来ている。  まるでそれは、子供の時に見た〈斜陽〉《しゃよう》に染まる水たまりの様……。  赤く、赤く、空をうつしている。  天使達の戦いは終わった。  対決した、白い天使の群れと、黒い天使の群れ。  それはなんら解決をみせることもなく……全滅という形で終わりを告げた。  幾億もの彼女達の死をもってしても、何も変わらず、何も進まなかった。  白い天使と黒い天使。  彼女達はただ互いを食い合いながら、互いをのみ込みながら、消えていった。 「リルルちゃん……」  答えはない……。  空を覆い隠すほどいた、リルルちゃんは今では一人も残っていない。 「あ……そうだ……」  そうだ……考えるんだ……。 「ボクは……今、ボクが出来る事をしなきゃ……ならない……」  天空で行われた神々の戦い。  宇宙を二分する戦い。  人でしかないボクは何もする事が出来ない。  だからボクは、これからボクが出来る事をしよう。  今出来る事をしよう。  ボクは屋上に散らばったリルルちゃんの〈欠片〉《かけら》を集める。  地にはぜた、彼女の肉塊を集めてまわる。  ボクは彼女を作り直してあげようと思う。  バラバラに散らばった彼女を集めて、元に戻してあげようと思う。  だから、ボクは彼女の〈欠片〉《かけら》を集めなきゃいけない。  最初に見つけたのは右手……。  そう言えば、彼女は右手を探していた様な気がする……でも右手だけじゃ何も出来ない。  ボクは右腕と右肩を見つけた。  これで右の手は安定する……重心をもった右手は、何かを掴むぐらいなら出来るだろう……。  とは言っても今の彼女には、何かを掴もうとする意志が無い。  そうだ……。  彼女に意志を持たせるために……ボクは彼女の脳みそを探すことにした。  ボクは屋上を歩き回り、リルルちゃんの欠片を集める。  内臓の〈類〉《たぐい》の細かい部分の事は分からない……。  たとえば、〈膵臓〉《すいぞう》の位置ってどこだったのだろう……細かい事まで良く分からない……それでもボクは迷いながらも確実に彼女を組み立てていく……。  それはまるでパズルの様……。  合う場所があれば、その〈欠片〉《かけら》には価値がある。  でもどこにも合わない〈欠片〉《かけら》ならば、それはなんら価値がないもの……単なる歪な肉塊でしかない……。  ボクは、彼女に合うピースを集めていく……。  彼女に合う一片を集めていく……。  いらない〈欠片〉《かけら》が沢山出てくる。  居場所のない〈欠片〉《かけら》。  どこにもはまる事が出来ない〈欠片〉《かけら》。  そんなものが沢山出てきてしまう。 「難しいな……」  人を最初に作ったと言われる神は偉いと思う。本当に偉大だったんだ……。  部品はすでにあるのに……にもかかわらず生命を作るのはこんなに難しい。  ……ボクはリルルちゃんの〈欠片〉《かけら》を集めながら、そんな事を思った。  眼球を探す。  いや、右はもういいんだ。  左の眼球……眼球は同じに見えて、左と右で種類が違う……。  アシンメトリーな身体。  その調和を組み立てていく……。 「どうも〈歪〉《いびつ》になるな……」  複数とはいえ、同型のリルルちゃんから作られた一個のリルルちゃん。  そのパーツは同じであるはずなのに……なかなか調和をとる事が出来ない。  出来上がっていく肉塊はどんどん奇妙な〈歪〉《ゆが》みをみせていく……。  なぜだろう……、  これは、あのかわいいリルルちゃんと似ても似つかない……。  頭では分かっているのに……形に出来ない。  なぜこんな奇妙な〈歪〉《ゆが》んだものが出来上がるんだろう……。  それはちょうど、頭では、最高の美少女絵が出来ているのに、自らの手によって作り出されたそれは、似ても似つかない……気色の悪い立像になる様な感じ……。 「違う……違う……こんなんじゃない……リルルちゃんはもっと……こう……ああっ、違う違う違うっ」  触れば触るほど〈歪〉《ゆが》んでいく。  頭の中のそれとかけ離れていく……。  ああ……全然違う……。  これじゃまるで……、  壁の落書きだ……。  ネットに転がるへたくそな〈厨房〉《ちゅうぼう》が書いた絵だ……。  こんな肉塊じゃ……誰も萌えない……誰も納得してくれない……。 「がんばらなくちゃ……」  ボクは、ボクの出来る事をする。  ボクが出来る事……今すべき事……。 「!?」 「あ……まずい……もうこんな時間だ……」  時計を見ると……11時をすぎている。  あんまりゆっくりしてられない。  今日という一日が終わってしまう。 「ああ……ボクは、ボクが出来る事をしなくてはならない……」  ボクは〈歪〉《ゆが》んだまま完成したリルルちゃんをそのままに……階段を下りていく。  歪んだ彼女は何度かびくりびくりと動いた様だったけど……もう気にしない。  ボクはボクでやらなければいけない事が沢山ある。  早くボクの秘密基地に……ボクはまだこの地上でやらなければならない事が沢山あるのだから……。  屋上は神々の場所。  そこは人の場所じゃない。  だからボクは地に降りて……人々の中に交わる……。  人の世にまぎれる。  言葉。  人の言葉。  言葉の海にまぎれる……。  実現した言葉の〈総体〉《そうたい》が世界。  世界は物の〈総体〉《そうたい》ではない……。  実現した言葉……実現しない言葉……。  実現した言葉が一つの世界となる……。  その一つの世界にボクは降り立つ……。  秘密基地……そこにある自分の部屋に戻る。  パソコンの電源をつけて、人々の言葉の海に潜る……人々の言葉言葉言葉……。  その中に入っていく……。 「……あ……そういえば……」  北校SAWAYAKA掲示板の確認。  これをまずしなければならない。  ボクはこのサイトの管理人なんだから……ボクがまず確認しなければならない言葉の群れが〈此処〉《ここ》にある……。  管理しなければならない言葉の群れ……それはみんな同じ顔をしている。  不安。  そして、  不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不。  クリエイティブな不安など無い。  不安はいつでも同じ顔をしている。  オリジナリティ皆無。 不安はとても凡庸な顔をしている。 「君たちの言葉は繰り返しばかりだよ……まったく、がっかりさせられる……」  この繰り返ししか出来ない言葉の群れの前で、ボクは自分が出来る事を考えている。  この言葉の群れを前にボクは何が出来るだろうか?  ボクは宇宙を二分した戦いに参加出来ない。  ボクには雷鳴も雷光も呼び出す事は出来ない。太陽を呑み込む事も、アンタレスを〈撫〉《な》でる事も出来ない。  天使の群れの中でボクが出来る事はない。  でも〈此処〉《ここ》ならば……、  此処にある言葉は人の群れ。  ボクはこの人の群れの中でやるべき事がある。  ボクには為さなければならない事がある。  なぜならばボクは救世主だから。 「救世主であるボクが出来る事……」 「ボクは君たちにおとぎ話をしてあげよう……」  ボクに出来る事……それは此処に集まる哀れな子羊達の群れを癒すこと。  危険な森から……安全な高原に……。  彼らを癒してあげるのがボクの出来る事……。 「ボクが君たちの痛みを癒してあげるんだ……」 「ボクが出来る事は……君たちを救う事……」  ボクは人間の救世主。  人を救うために、この世に生まれ落ちたのだ……。  1:救われる者と救われない者1 356:さとこ:2012/07/15(水) 23:13:12 ID:satoko あんたが救世主である証拠って示せるの? もしあんたが救世主なら高島の呪いを止めてみなさいよ。 357:赤坂めぐ:2012/07/15(水) 23:15:40 ID:megu 口では何でも言える。 高島のメールを止めてよ。 「釣れてる……」  数時間前に仕掛けた罠に……獲物がかかる……。 でも安心は禁物だ……。  罠にかかった獲物は……弱ってはいるものの、精神は高揚している……。  油断して、獲物の罠をゆるめれば、逆に食い殺されるかもしれない……。  落ち着いて……この息が荒い獲物を追い詰めていく……。 正確に、明確に、的確に、明晰に……。 430:間宮卓司:2012/07/16(木) 01:33:32 ID:mamiya 高島の呪いを止める? それはどういう事だい? 彼女のこれからの予言は有用だと思うけど? 432:赤坂めぐ:2012/07/16(木) 01:36:20 ID:megu 私とさとこにだけ来てる。 あの、怖いだけのメールを止めて あのメール一時間ごとに来てるのよ  なんて自分勝手な……。  なんて言葉すら……もう出ない……。 最悪の生き物が最悪だとして何に腹を立てるのだろう?  人は、ゴキブリを嫌うが、ゴキブリの醜悪さそのものにはなんら関心を持たない……。  ボクは、高島さんの携帯電話から出てきた頭蓋骨の〈欠片〉《かけら》を取り出す。  除霊という儀式には……この頭蓋骨の〈欠片〉《かけら》は…まさにもってこいの代物ではないだろうか……。 「儀式の場所……そこは当然、あの場所だ。高島さんが飛び降りて死んだ……あの場所……」 444:間宮卓司:2012/07/16(木) 01:37:32 ID:mamiya 今から言う通りにするがいい。 まず、今から杉ノ宮町駅のニュータウン通り沿い団地正面玄関から向かって左に5メートル歩いた場所に行け 447:赤坂めぐ:2012/07/16(木) 01:40:40 ID:megu ふざけるな、そんな場所いけるか 448:さとこ:2012/07/16(木) 01:41:12 ID:satoko 高島が死んだ場所なんて怖くていけない 呪い殺される 453:間宮卓司:2012/07/16(木) 01:43:32 ID:mamiya 行くかどうかを決めるのはあくまでもお前達だ 行くにしろ行かないにしろ、高島の呪いで殺されるのではないのか? 高島が死んだ場所に、彼女の髪の毛の束が落ちている。 それを家に持ち帰れ 「ふふふふ……君たちが望む奇跡とやらを見せてあげるよ。彼女の呪いを止めるという形で……」  すぐに杉ノ宮まで行く準備をする。  学校にとめている自転車を使えば、ほんの数分で到着する。  赤坂や北見よりも先に、これを置いておけばいい……。  それでまた新しい奇跡が成就する。 「そうだ……」  ボクは、ボクの出来る事をする……。  彼女たちの痛みを癒す事……。 哀れな子羊の群れを導くこと……。  それが人の救世主に与えられた仕事……。 ボクに出来る事なのだ……。  遠くで雫がおちる。  どこか遠くで……、  ここは何処なんだろう……。  目覚める瞬間……いつも思う。  遠くで鐘がなる。  どこか遠くの街で……、  いや……あれは鐘ではなく虫の羽ばたきの音だ……。  羽虫の音。  幾百……幾千……幾万、幾億……羽虫の音。  学校ならば、鳴るのはいつでも鐘の音……。  羽虫の音ではない……。  それともただの――幻聴。  ありもしない妄想。  あの音はもう聞こえない……。  ぼんやりとした風景。  ここは……自分の部屋……。  いつ帰ってきたんだろう……まったく記憶にはない。  と言っても、寝起きなどと言うのは、いつでもそんな様なもの……。  自分が寝る前に何をやっていたのか、どこにいたのか……何時に寝たのか……そういう一切の事がぼんやりとしている。  ただ心だけが落ち着いて……すべてを遠く感じる。  すべてが平坦に感じる……。 「さてと……」  まずは自室のパソコンに電源をつける。  パソコンが立ち上がる画面を見ながら、自分の記憶を整理していく……。 「そうだ……昨夜は、学校から杉ノ宮まで自転車で行き、あの場所に高島さんの頭髪を置きにいって……そのまま自宅に帰ってきたんだ……」  自宅からネットをつなぎ、その後の経過を見ながら、救世主として掲示板に書き込みをしていった……。 「携帯……」  携帯電話にメールの着信。  相手は……橘希実香……。  あいつには瀬名川唯の動向を逐一見張っていてもらっている。  ボクは彼女から送られたメールを確認していく。 「ふーん……瀬名川のやつ、早朝6時前には学校へ……か」  そういえば、自動送信で送られるメールだと、このぐらいの時間に、高島さんが瀬名川の家に行く事になってたな……。  どこに逃げるかと思えば……学校か……凡庸な選択肢だな……。  高島さんの携帯電話を確認して見る。  瀬名川唯からのメールで受信箱は埋まっている。 「ふふふ……なんだよ……幽霊相手に〈Re:〉《レス》とはなぁ……」 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 06:06 to   高島ざくろ subject Re: ――――――――――――――――――――――――――― だめ部屋にはこないで、 お願い。 来ないで頂戴。 すぐに人形さがしにいくから。 「なるほど……学校には人形を探しに行ったのか……そんなもん探したって、いまさら出てくるわけもないだろうに……」  だいたい、それがどんな人形かすら瀬名川は分かっていないはずだ……いったいどうやって探す気なんだか……。 「まぁいいや……」 「それにしても……思いの外早く、動き始めたな……」  鋼鉄の女……そんなあだ名を生徒から付けられている瀬名川だったら、精神的に追い詰められるまで、もう少し時間を要すると思ったが……。  まぁ、ああやって強気に見せたところで〈所詮〉《しょせん》は女……あいつらは甘えが前提として社会に生かされている……。  〈後〉《あと》は、こいつをどうやって自殺エンドまで誘導してゆくかだな……。 「ここからはパソコン経由の自動送信を停止させて……手動でメールを出すのが賢明か……」 「手動メールは……っと……」 「こんなものかな……」  せっかくあなたのへやにきたのに  なんでいない?  へやにあったかわいいにんぎょうをさわったら  すべてくびがとれてしまった 「現在の時刻は……」  まだ次のメール送信の時間まで20分近くあるな……。  今後、瀬名川には手動で呪いメールを送信しなければならない。  とりあえず絶対にその時間を忘れない様にしないとならないな……。 「えっと……」  タイマーをセットする。これでボクの携帯電話は一時間ごとに震えだす。  メール送信五分前に知らせる様にしてある……まぁ、それでも手作業だから誤差は生じるだろうけど……。  そこまで気がつくヤツなんていないだろう……さぁて……。 「一時間ごとに瀬名川を追い詰めて……そして……殺す」  自らの手を汚さず、奇跡だけで人を殺す。  救世主だからこそ行える完全犯罪。  その方法はいくつか考えている。  あらゆる状況を想定して、いくつもの方法論がボクの救世主脳の中には入っている。  1ターンで判定できる選択肢を4個ととらえる……エンドまで向かうルート分岐は32回と予想される。  たった4個の選択肢でも32回のルート分岐を行っただけでその数は一〈垓〉《がい》八千〈京〉《けい》を超える……。  そのウチの18446744073709551798エンドがバッドエンド……つまり失敗となる。  残りの202ルートの大半も成功とは言えない。ただ単に瀬名川を殺す事が出来たという程度でしかない。  計画として成り立つのは、その中から厳選された12ルート。  だけど、出来るかぎり最良ルート……その中でも最良2ルートに絞りたい……。  最良ルートその1は『マンションからの飛び降り自殺エンド』だ。  もちろんこの場合のマンションとは、高島ざくろが自殺したあの場所だ。  これはもっとも印象的で、かつ〈啓示〉《けいじ》的な死となるであろう……。  あの場所から、瀬名川唯が飛び降りる姿を大勢が目撃する……もっとも奇跡としては美しい。〈是非〉《ぜひ》とも実現したいエンドではある。  だけど、このルートにはいくつかの困難がつきまとう。  まず一つ目の困難……ほんの数日前に高島さん達が自殺したあのマンションは、当然のごとく、屋上は関係者以外立ち入り禁止となっている。  確認したかぎりでは、エレベーターはもちろんの事、非常口も、ありとあらゆる屋上までの道が閉ざされている。  そして一番の困難は、その鍵の入手方法。  この鍵が手に入れば話は簡単なのだが、今のところそういった入手ルートは見つからない。  あのマンションの関係者と接触出来ればあるいは……とも思ったのだけど……。  たぶん、このルートへのフラグはすでに折られているのだろう……。すでに実現不可能なエンドであると考えるべきか……。  そこで、最良ルートとして〈俄然〉《がぜん》リアリティを持つのが、ルート2『北校C棟飛び降り自殺エンド』である。  C棟の屋上は、ルート1のマンションの屋上同様に閉鎖されている。 だから一般生徒などは立ち入りなど出来るはずもない。  関係者以外立ち入り禁止。 これはルート1と同じ性質の障害だ。  だけど、ルート2には1とはまったく違った性質がある。  それは瀬名川が関係者そのものである事だ。  瀬名川は、一時期とはいえ美術部、その一角であったC棟屋上を管理していた人間。  彼女がC棟の鍵を手に入れ、進入する事はそれほど難しくない。  あとは、どうやってそこから彼女を自殺に追い込むかだけが重要なフラグとなる。  どちらにしても……、 「ルート2『瀬名川唯_北校C棟自殺エンド』が一番狙いやすいだろう……」  これだって十分なほどの困難はつきまとうが……それを〈為〉《な》しえてこその救世主だ。  橘からの情報を確認しながら……うまく誘導出来れば……〈自〉《おの》ずとフラグは立っていくハズだ……。 「ふふふ……攻略不可能な〈現実〉《ゲーム》なんてないんだよ」  今は登校時間のハズだが……。  ほとんど生徒がいない……。 「ふふふふ……どうなってるんだ? これは?」  昨日まで普通だった学校……それが一日でこの変化……まるで休日みたいじゃないか。  ボクは校舎に向かう事もなく、そのまま秘密基地の方に歩き出す。  世界を空に還す日まで時間もそんなにない……ボクにはしなければならない事ばかりなのだ……。 「……なんだこれは?」  なぜかボクの秘密基地の前に数人の生徒が立っている。  ボクの秘密の入り口付近で何をしているのだろう……こいつらは……。 「ごめんなさい……救世主様」 「どうした……橘……瀬名川の様子を見るのがお前の仕事なハズだが?」 「あ、それは大丈夫ですよ。ちゃんと見てます。それとは別件なのですが…… 少しだけお時間をいただけないでしょうか?」 「時間? ふぅ……仕方がないヤツだなぁ……」 「あ、あの……」 「君は……」 「あ、赤坂めぐですっ。あの高島の呪いを解いていただいたっ」 「ああ、そうか……という事は君が……」 「は、はい、私が北見聡子です」 「ふぅん……そう、それで? 他の連中は?」 「はい……救世主様にお会いしたいと……」 「それで? なんで〈此処〉《ここ》にいる?」 「すみません……まずかったですよね」 「ああ……〈此処〉《ここ》はボクの秘密の場所だ……ボクの元に下る者以外近づけるな……」 「それなら大丈夫ですよ。全員、救世主様の元に下ろうとする者です」 「ほう……」 「あの……さっきから瀬名川先生の名前出てるんですけど……今日瀬名川先生死ぬって本当ですか?」 「何故だ?」 「噂になってます……」 「ほう……なるほどね……でも、瀬名川の他にも死ぬ可能性がある人間も多いんじゃないか?」 「っ」 「そ、それって……」 「そうですね……瀬名川先生が死ぬのなら、次は私である可能性だって高いですし……まぁ、他の人間かもしれませんが……」 「え?」 「あ、あの……それって……」 「君たち二人、それに瀬名川、これに橘をくわえた四人……その意味がわかるだろう?」 「ど、どういう事ですか? 赤坂と北見と橘と……それと瀬名川先生は何かあるんですか?」 「ああ、あるともさ……大ありだ……」 「や、やっぱり、赤坂と北見のせいなんだなっ」 「あと橘! オマエもかよ!」 「はい、私の〈所為〉《せい》ですよ」 「な、なら私達は助かるって事じゃない? だって呪われてるのはその四人だけでしょ?」 「ふぅ……連れて来るなら連れて来るで、なんでちゃんと説明しておかないんだ? 橘?」 「ごめんなさい…… でも救世主様の口からの方が説得力があると思いました」 「ふん……」  めんどくさい仕事押しつけやがって……、 「7月20日に世界が終わる事と高島ざくろの呪いは関係ない……当たり前だが、〈一個人〉《いちこじん》の怨霊が世界を滅ぼす力などあろうハズもない……」 「な、なら? あのメールは? あの高島さんから送られてくる不気味なあれは?」 「あれは、彼女なりの君たちに対する愛あるメッセージだよ。彼女は君たちを助けたい一心なんだろうね」 「た、助けたい?」 「ああ……ならば質問するが、なぜ彼女は“世界が終わる”と言うメッセージを出し続けるんだ?」 「そ、それは私達を恨んでるから……」 「ふざけんなよ! 恨まれてるのはオマエらだけだろ!」 「大声を出すのはやめてくれないか?」 「あ、ご、ごめんっ……」 「まぁ、たしかに君たちの様に高島ざくろと直接面識がない人間までも彼女が恨んでいたとは考えづらい……」  のだろうな……君たちは……まぁ、やられた本人からしたら、いじめを見て見ぬふりした人間すべてが憎いのだけど……。 「『恨み』でないとして、彼女が死してなおメッセージを出し続ける意図は?」 「なぜ、世界が終わるというメッセージを君達に出し続けるんだ?」 「メッセージの……意図……」 「助かる方法があるからでしょうか?」 「正解だ」 「え? マジで? 助かる方法があるの?」 「だからてめぇは高島に恨まれているから助かる方法なんてねぇよ!」 「君……何度言えば分かるんだい?」 「あ、ご、ごめんっ……ごめんなさいっ」 「赤坂めぐ、北見聡子、そして橘希実香……この三人が呪いで死ぬ事はない」 「え? なんで? こいつらが呪われてるんでしょ?」 「その呪いはすでにボクが解いた」 「と、解いた?」 「ああ、だから彼女達に対して高島の怨霊がつきまとう事はない」 「って……もしかして……瀬名川先生が死ぬのって……」 「ご名答……彼女の呪いをボクは解いてない……いまだに彼女の〈怨〉《うら》みは瀬名川から離れてはいない」 「た、高島の呪いって……死ぬの?」 「な、なら……もし私達…呪いを解いてなかったら……」 「当然、今日死ぬのは私たち三人になってたかもしれませんねぇ……」 「な、ならなんで瀬名川先生は助けないんですか?」 「ふふふ……なんで頼まれてもいない事をしなければならない?」 「で、でも……呪いで殺されるなんて、せめて瀬名川先生に教えてあげても……」 「解いてしまった二人の呪いは……すべて瀬名川に憑いてまわっている……」 「それを解いたら……どうなるか? 分からないのかい?」 「え?」 「行き場を無くした怨霊は、君に取り憑く事だってあり得るんだよ……それでも〈良〉《い》いなら、彼女の呪いも解いてあげようか?」 「あ、いや、今の嘘、ごめんなさいっ」 「あ、あの……」 「なんだ?」 「あの……間宮先輩って数日前に、予言なんて当たらないって言ってたって聞いたんだけど……」 「……?」 「なんだそれは……」 「二年の横山やす子って私のクラスなんですけど……間宮先輩は、予言なんてあり得ないって否定してたって……」 「なに?」  なんだそれ?  どういう事だ……そんな事を言った思い出はない。 「それはいつの話だ?」 「え? あの……高島さんが自殺したあとに聞きましたけど……」 「……」  奇っ怪な……そんな事あり得ない。  ボクはあの日、そんな女子生徒と会話自体した記憶がない……。  どういう事だ……。 「あの、それって……考えが変わったという事ですか?」 「……ふふふふふ」 「……いや……違う……違うよ」 「ボクが考え違いなどするわけがない……そうだろう?」 「え? あ、はい……」 「そうですよ。救世主様が考え違いなどするわけありません」 「予言が嘘などと言う事自体が世迷い言だ。予言は確実に進行している」 「それって20日に……」 「ああ、そうだ」 「ちょっと待ってよ……それって……全員死ぬって事なの?」 「ああ、そうなるかもな……」 「そうですね……全員死ぬ……全員……」 「そ、そんなの困るよ……だって私、死ぬわけにいかないもん……まだやってない事ばっかりだし……それに死んじゃったら、私のお母さんだって悲しむし……」 「それなら問題ないよ……君のお母さんも死ぬから」 「んだそれっっ問題ないわけねぇだろ!」 「……君」 「馬鹿野郎!」 「痛っ……って何すんだよ赤坂!」 「あんた……何様だよ? 救世主さまに向かって……なんて口きいてるのさ!」 「き、救世主?」 「今、間宮くん……いや間宮様、たしかに『そうなるかも』って言いましたよね」 「ああ……」 「あと、助かる方法があるって言いましたよね」 「ああ、その通りだ」 「マジで? 助かる方法あるのかよ! 答えろよ!」  女生徒の一人がボクの胸ぐらを掴む。  やれやれ……。 「ぎゃっ」 「ちょ、いや、ぎゃっ、痛っ、ま、まじっ」 「……」  驚いた……。  赤坂が拳で殴った〈後〉《あと》、すぐに北見が馬乗りになり殴り続ける。  なんて二人組だ……女のくせにどれだけ暴力に慣れているんだろう……。  あまりの手際の良さにこちらが〈唖然〉《あぜん》としてしまう。 「あはははは……相変わらず…すんげぇ」  なるほど、これが高島さんや橘を恐れさせた二人の正体か……。  これがいじめの相手なら……そりゃ誰でも自殺したくもなるな……。 「……」  小さなうめき声だけを残し……女子生徒はまったく動かなくなる……。  その場にいた女子全員が恐怖で固まる。 「世界は終わるんだよ! そうじゃなきゃ、おかしいだろ! 私の彼氏も死んでるんだよ!」 「世界は終わる! でも助かる方法があるんだよ!」  やれやれ……お前の彼氏が死んだのと世界の終わりが関係ないだろう……。まったく意味不明だ。 「助かる方法……間宮様のお話……みんな聞きたがってます……聞かせてくださいな」 「ふぅ……困った連中だ……」 「助かるために必要な事ならなんでもしますっ。何でも用意しますっ」 「わ、私も、何でもします。何でもっ」  この二人……どんだけ必死なんだか……。  それほど、高島メールを送り続けられた日々が地獄であったという事か……。  洗脳の基本は、人格の徹底的な破壊と言われるが……恐怖による人格破壊も相当なものだな……。  高島の呪いからやっと解き放たれ……次は世界の破滅、何者かに〈縋〉《すが》りたいと思うのが人の〈性〉《さが》か……。 「太古の話だ……」 「天の神は地上に〈溢〉《あふ》れかえる人々……巨人族が悪行を繰り返すのを見て絶望された……」 「神は、地上のすべてを洪水によって滅ぼす事を決心され、そしてその事をすぐれた預言者に伝えた」 「すぐれた預言者は神の意図を良く理解し、その家族と共に巨大な箱舟を建造した」 「その間、預言者は世界が海に沈む事を人々に知らせようとした……だが愚かなる人々は誰一人としてその言葉に耳を傾けようとしなかった」 「知ってる……それって旧約聖書の……ノアの箱舟……」 「ノアの箱舟を完成させると、家族とその妻子……そして地上にあるすべての動物のつがいを箱舟に乗せた」 「〈果〉《は》たして世界は40日40夜の大雨に包まれ……そして地に生けるすべてのものたちを滅ぼし尽くした」 「雨が止み、空が青空になった後も、水は150日の間……地上でその勢いを失わなかった」 「つまり箱舟を作れば……」 「ふふふ……これはあくまでも古い話さ……それに、その時に神は人々に約束をしている」 「生きとし生ける物を絶滅させてしまうような大洪水は、決して起こさないと……」 「え? もう起きないの? だったら世界は大丈夫なんじゃ?」 「だから言ってるだろう、神が約束したものはあくまでも“洪水は起こさない”であると……」 「つまり……」 「これから起こる世界の破滅に箱舟など建造してもなんら意味などない……」 「火事の家で傘をさす様なものだ……まったくの無意味……」 「な、なら……」 「ふん……時が来たら話してやろう……」 「だけど、ボクもすべての人間を救うほどお人好しではないんでね……」 「あ、あの……」 「安心しろ……貴様は助けてやる……」 「え? ほ、本当に?」 「あ、あの私はっっ」 「安心しろ……」 「ああ、問題ない、問題ない。それより……」 「救いたい友がいるのならば、連れてくればいい……」 「ただし……かならずボクの予言を信じた者だけだ……」 「もし予言を信じない者を一人でもボクのところに連れてきたら……ここにいる全員」 「誰モ絶対ニ救ッテヤラナイ」  その場で全員を解散させる。  行動は自由。  ただし、〈此処〉《ここ》にボクの予言を信じない者を一人でも連れてきたら、全員救わない。  誰か一人でも裏切ったら、全員が死ぬ。  それだけを伝えておいた……。 「さてと……」 ――――――――――――――――――――――――――― 2012/7/16 09:20 from  高島ざくろ subject 無題 ――――――――――――――――――――――――――― またしにます おくじょうからなかにわにです どんどんしにますがとめられません あとすこしでほんとうにおわりです  とりあえず、高島さんのメールから予言をしておく……直に予言を与えた者達もいるが……やはりこれが一番効果的であろう。  さてと……。 「……」  なんだ……なんだこの感覚……。 「っ……」 「な、なんだ……これ……」 「     」 「っ……これ……」  周波数が合わせられないのか?  この感じ……。  最初の時と同じだ……。  なぜ……? 「リルルちゃんっ」 「っく……なんで周波数が合わないんだ……」  聖波動へのチューニングはすでに終わっていたはずだ……なのにこの感じ……。 「やっぱり昨夜のっっ」  昨晩、白いリルルちゃんと黒いリルルちゃんが宇宙をかけての最終戦争を起こしていた。  その時に一人残らずリルルちゃんは肉片となってしまった。  でも、こうやって聖波動の受信を開始したという事は……。 「昨夜のボクが再生したリルルちゃんが復活したという事か!」  なんたる偉業。  いや、もちろん、その可能性があったからこそ、やってみたのだけど……よもや、人間であるボクが、天使の肉体復活を成し遂げるとは!  救世主間宮卓司恐るべし! と言ったところか! 「リルルちゃんっっ」  初めての時は彼女からだった……でも今回は違う……ボクからちゃんとアプローチしないと……。  ボクは丁寧にチューニングしていく……たぶんあれほどのダメージを受けたリルルちゃんは、今、やっとの思いでボクに聖波動を送っているのだろう。 「ボクは救世主だ……この程度のチャンネル合わせぐらい……」  救世主力が発揮される。  脅威の集中力で、無限の周波数の中からリルルちゃんの聖波動を探し当てる。 「想像するんだっ! 彼女の姿! 創造するんだ! 彼女の姿! そして形にするんだ! 彼女の姿をっっ」  徐々にその周波数に合わせていく……次元を超越していく振動。  〈次元階層〉《じげんかいそう》を上り詰めるボクの聖波動! 〈 M 〉《メーンブレーン》理論が示した道!  二次元の膜をつきやぶり!  三次元周波数から四次元周波数、  五次元の膜をつきやぶり!  六次元周波数から七次元周波数、  八次元周波数から九次元周波数、  十次元周波数、そして十一次元周波数!  M理論のMは、  マジックのM!  ミステリーのM!  メンブレーン(処女膜)のM!  つまり処女こそ女神たるもっとも重要な必要条件! 「ぐぁああああっっ」    脳の回線が焼き切れそうなぐらい熱い……量子脳はすべての多次元宇宙と〈繋〉《つな》がっている。  救世主の脳とはつまり量子脳!  無限の平行宇宙の処理を持ってこの偉業を完成させるのだ! 「っ」 「っ……」 「光が……光の束が……」 「形ト成ル」 「……」 「……」 「        」 「なんだ……これ……」 「        」 「……もう少しがんばれば……」 「タくヂくぅん……」 「っ……」 「もう少しっ」 「ワタジ、リルルよ」 「私、リルルよ」 「だ、だめなのかっ」  救世主の力を持ってしてもこれが限界なのかっ。  復元出来たのは声まで……形がどうしても、どこかの下手糞が描いた絵のレベルを超える事が出来ない……。 「な、なぜ……リルルちゃんの形が……」 「形? ん?」 「って言うか、わぁああ!  なんだこれっ」 「なんでリルルちゃん、そんな形になってしまったんだい?」 「……なんでって……卓司くんがそう創造したからなんだけど……」 「ぼ、ボクの〈所為〉《せい》なの?」 「うん……たぶん、この〈身体〉《からだ》ってあの絵そっくりだもの……」 「え?」  リルルちゃんが指さした方向……それはボクの描いた絵だった。 「前回はリルルの力で具現化したからリルルはリルルだったけど……今回は卓司くんの力で具現化したから……」  そうなんだ……だからそんな落書きみたいな事になってしまったのか……。  どこかの下手糞が描いた様な……というのは他ならぬボク自身の絵だったのか……。 「ごめん……救世主なのに……力足らずで……」 「ううん。大丈夫だよ」 「次回、私を呼ぶ時にちゃんとした〈聖像〉《イコン》を見ながら聖波動にチャンネルを合わせれば問題ないはずだよ」 「ちゃんとした〈聖像〉《イコン》?」 「うん、卓司くんが望む〈聖像〉《イコン》、それを用意すれば完璧だよ」 「そうか……ちゃんとした〈聖像〉《イコン》か……」 「〈聖像〉《イコン》の形さえちゃんとしていれば、どんな姿のリルルだって呼べるよっ」 「そ、そうなの?」 「当然っ。だって私は魔法少女リルルだよ」 「それより……昨日の戦い……」 「あ、そうそう、なんか黒いリルルちゃんと戦ってたよね……リルルちゃん」 「うん……あいつがいつも私の邪魔するんだよ」 「邪魔?」 「そう、あいつは悪いヤツなんだよ。だいたい黒い色って悪魔の象徴でしょ?」 「うん……」 「だからあれは悪魔なんだよ」 「邪魔って主にどんな事をするの?」 「卓司くんだって思い当たる事あるんじゃないかな? すんごく嫌な感じ……」 「あいつらっ」 「そう……卓司くんが嫌う独特の周波数をだしてるヤツらは全部悪魔なんだよ」 「独特の周波数?」 「うん、その周波数を黒波動って言うんだけどね……」 「黒波動?」 「そう、私が発するのが聖波動……そしてあいつらが出す漆黒に染められた波動……それが黒波動」 「漆黒に……染メられた……黒キ波動」 「うん……黒波動には気をつけてね……まぁ卓司くんは救世主だから、それに染められる事はないけど……」 「染められる? って、もしかして黒波動って何かを染めるの?」 「何かを……なんてもんじゃなくて、〈全〉《すべ》てをだよ。黒波動は全べての存在を漆黒に染める……」 「〈全〉《すべ》て……」 「そう〈全〉《すべ》て……」 「黒波動を持つ者は、世界すべての破滅を願う……だから世界を空に還そうとする私や卓司くんの邪魔ばかりする……」 「元々は私の影みたいな……〈澱〉《おり》みたいな存在だったんだけど……それがどんどん大きくなってしまって……」 「なんでそんな事に?」 「黒リルルは人々の不安を食べて増殖するの……ここ数日に世界中の不安が一気に増大したから……」 「世界中の不安?」 「そうだよ。人類は無意識によって〈繋〉《つな》がっているの……卓司くんの周りだけが不安がっているわけじゃないんだよ」 「すでに世界すべてが不安の中にいる」 「空は不安の言葉で満ちている……」 「それ……まずいじゃないか」 「うん、だから、今日は私のお父さんがこの世界に降臨する予定なんだよ」 「え? リルルちゃんのお父さんって……それって……」 「そう、全知全能の神ヨグ=ソトースだよ」 「ヨグ=ソトース……それが神の名。そしてそれが今日…降臨される……」 「うん、救世主である卓司くんに会うために……」 「……す、少し緊張するね……」 「大丈夫、ただ、今日みたいに卓司くんもある程度チャンネルを合わせないと……」 「なんで?」 「全知全能なる神って、世界そのものなんだよ……世界そのものを見るんだったら……それなりの高みに登る必要があるでしょ?」 「たとえば二次元の人間が二次元すべての世界を見渡すためには……」 「三次元的視点から!」 「そう、だから、卓司くんも高次元にチャンネルを合わせないといけないの……でも大丈夫だよ。今こうして出来てるんだからっ」 「うん……」  神との対面……とうとうそこまでボクは来た……。  救世主として……ボクは神と会う。  父なる神と……。 「それより気になったんだけど……卓司くん……卓司くんの偽物の存在に気がついている?」 「ボクの偽物?」 「うん……どうやら私が卓司くんについている様に……黒リルルも偽物の卓司くんについている様なの……」 「偽物のボク……」 「あっ!」  そう言えば……。 「あの……間宮先輩って数日前に、予言なんて当たらないって言ってたって聞いたんだけど……」 「二年の横山やす子って私のクラスなんですけど……間宮先輩は、予言なんてあり得ないって否定してたって……」 「え? あの……高島さんが自殺したあとに聞きましたけど……」 「つまり……ボクのドッペルゲンガーが歩いている……」 「うん、やっぱり心当たりあるんだ」 「あるね……うん。なるほど、黒リルルが、ボクの偽物を作り出して、ボクの予言の邪魔をしていたのか……」 「そうだよ。だから卓司くんっ。ほら、これっ」 「……なんだい…これ?」 「萌え萌えアイテームっ」 「はぁ?」 「な、何これ?」 「白衣だよ」 「……いや……良く意味が分からないんだけど……なんで白衣なの?」 「萌え萌えって言うのは冗談っ。真面目な話、これはね私の衣装と同じホワイトマターで出来てるの」 「ホワイトマター?」 「そう白物質とよばれる物質でね……まぁ簡単に言えば、この衣装は、白い素材じゃなくて、白という概念そのもので出来てるわけなの」 「白という概念そのもので出来ている……」 「そう、白リルルそのものと言ってもいい……」 「それって……」 「神の〈欠片〉《クロス》」  これが神の〈欠片〉《クロス》……。 「そう、卓司くんにふさわしい〈聖衣〉《クロス》……」  なるほど……言われてみれば聖者に〈聖衣〉《クロス》はつきものだったな……。  救世主であるボクの〈聖衣〉《クロス》は白という概念そのもの……なるほどそれこそボクにふさわしい……。 「    」  え?  なんだこの音?  気がつくと……そこにはもうリルルちゃんはいない……。  ただ暗闇の中のボクの基地があるだけ……。 「明かり……」  明かりがついている……いや最初っからつけていたか?  いや……そんな事はどうでもいい。 「……携帯の……着信音……っ!」  これは橘からのメール?  なんだこれ……。  メールには短く「大変な事が起きました」とだけ書かれている。  大変な事? 「っ!? し、しまった!」  時計を確認する……すでに18:00……。 「すっかり瀬名川に呪いメールを出すのを忘れていた!」 「これでは……予言の成就が……」  なんたる不覚であろうか……すっかり呪いメールの事を忘れていた。 「救世主ともあろうものが……」  暗闇でボクは転びそうになってしまう。  それになんだか頭痛もする……。 「まずい……とりあえず地上へ……」 「やばい……もう夕方だ……」  もう辺りは暗くなりはじめている……。 「知らない間に時間が……」  また知らない間に時間が過ぎていた……。  時間はボクと関係なく進んでいく……。 「っ!?」  裏庭から人の声がする……。  その声はこちら側に近づいてくる。 「……まずい」  秘密基地に逃げ込む暇もなく、ボクの周りを多数の人間が取り巻く。  こいつら……ボクがここに現れるのを待っていたのか……。  ちきしょう……予言が外れた事を文句言いに来たというわけか……。 「あ、あの……間宮様……」 「……」  橘の震えた声……あからさまな動揺……これはまずい……。  いくら史上最強の人間であるボクだってこれほどの人数では苦戦は〈免〉《まぬが》れないだろう……。  ここは逃げるしか手はない……でも出来るか?  どのタイミングで?  くそ……焦るな……焦らずに判断するんだ……ボクは救世主なのだから……。 「み、見ました……」 「ち、違っ……こ、これは……」  と、とりあえず言い訳を……何か、何か言わなければ……、 「本当に瀬名川先生は死にました! 橘希実香感動しました! 救世主様の力にっっ」 「あ、あのだな……」 「……」  今……なんて言った……。 「救世主様の指示通りに……中庭で待っていたら……本当に瀬名川先生が落ちて来て……もうぐっちゃんぐっちゃんになりました」 「な、なに?」 「四階の屋上……五階部分からだから、必ず死ぬとは限らない高さなのに……それはもう見事にはぜてました」  ボクの指示通り? 「はい、私に時刻と場所を指定してくださったじゃないですか……」  時刻まで指定? 「そ、そうなの?」 「あ……」 「そうだ……」  記憶にある……ちゃんとボクは毎時間バイブがなるたびに、瀬名川にメールを出していた……。  そして……彼女をたしかに死に追いやった……。  なぜ……それを忘れていた? 「っ」 「これかっ……」  原因は黒波動……そうか……たまにボクの記憶がおかしくなるのはそういう事だったのか……。 「あ、あの救世主様……大丈夫ですか?」 「っ……大丈夫だ……」  くそ……なるほど……これまでもこんな事があった。  時間の飛躍……記憶の欠如……。  すべては黒リルルの黒波動の〈所為〉《せい》か! 「こ、これが救世主の間宮様……」 「はい……これからは救世主の間宮様はかならず〈聖衣〉《せいい》を〈纏〉《まと》われています……」 「……なんでそれを……」 「え? あの……メールで……間宮様、自分の偽物が歩いているから気をつけろって……」 「私見ましたよ! 偽物の間宮様っ」 「偽物のボクを……」 「はい、声とか顔とかそっくりなんですっ。でも雰囲気が全然違うんです……なんかこう……」 「嫌な感じ……」 「はい、それですっ」 「気をつけろ……それは黒波動だ……」 「黒波動?」 「ああ……悪魔が出す周波数だ……通常の人間ならば最初それを違和感としてとらえるハズだ……だが長時間その波動にさらされる事により……完全に染められる」 「完全に? 染められる?」 「ああ……悪魔の思想にだ……」 「悪魔の……思想……」 「そうだ……黒波動には気をつけろ……」  いや……ボク自身気をつけなければならない……。  救世主であるボクの脳に干渉してくるとは……とてつもなく危険な黒波動……。  先ほどの記憶の欠落……そして頭痛……あれはまぎれもなく黒波動の攻撃によってボクの救世主脳に不具合が起きたためだ……。  あの黒波動は、いつまたボクに襲ってくるかもしれない……。  それに対して、ボクはこのまま為す術がないのだろうか……。  いや……考えるんだ。  ボクはすべての知識と知恵を手にするものだ。  ボクの救世主脳をして、解けない〈世界〉《ゲーム》など存在しない。  考えるんだ。  考えて、選択しろ!  そう無限の選択肢から、正しい選択肢を導き出せ!  無限の選択肢から……慎重に一つだけの選択肢を選ぶ。  あれだけ存在する選択肢から、これだけを選べたのはボクが救世主であるからだ。  そうだ……黒波動の発生源を押さえる事……それこそがボクがすべき事なのだ……。 「横山やす子……」 「はいっ」 「さすが本物ですっ」 「……なんだそれは?」 「あ、いや……偽物の間宮様はまったく私の名前を覚えなかったので……」 「ふん、偽物と私と一緒にするな……馬鹿者……」 「あ、ご、ごめんなさいっっ」 「お前……たしか若槻姉妹と面識があったよな」 「若槻姉妹? え? あの……それって……」 「お前と同じ部活の……若槻鏡と司だ」 「え……あの……」 「どうした!」 「あ、あの……私…その方を……知らないんですが……」 「……」 「知らない…… 「               ですが……」 「な、なにっ」 「え? あの、その……わかつきしまいさんって、どんな方なんですか?」 「若槻姉妹だ! 鏡と司という双子で……」 「え? あの……双子?」 「ああ……双子だ……姉が鏡で……妹が司……」 「姉がかがみさん……妹がつかささん……ですか」  そんなバカな……こいつと若槻姉妹は同じ部活なはず……。  にもかかわらず……知らないだと?  考えろ。  今起きている事態を理解しろ。  言葉で説明しろ。  意味を見いだせ。  ケース1  横山やす子は嘘をついている。  若槻姉妹との関係は、自らに不都合な事実であり、出来るかぎりその事実は隠しておきたい。 「橘!」 「はい」 「お前は隣のクラスだよな……体育はウチのクラスと合同なはずだ。お前は知っているよな」 「はぁ……残念ながら知りません」 「っ」  赤坂、北見……橘と同じクラスの連中に関しても同様の反応が返ってくる。  若槻姉妹などという存在は最初っから無かったかの様な……そんな反応。  どういう事だ?  こいつら全員グル?  いや、それは不可能だ……ボクは他人の心を読むことだって簡単に出来る。  特に嘘を付いている時の動揺ほど、読みやすい心はない……今ここにある動揺はそういったものとは違う……。  本当に分からない人間……ここにあるのはそういった〈類〉《たぐい》の動揺だ……。  だとしたら、考えられる可能性は? 「っ!」  典型的な記憶消失。  記憶の欠如。  知っている……この症状を……ボクは……。  これはボクが何度か経験した症状……。 「黒キ波動……」 「黒き波動?」  この症状……間違いない……。  記憶の書き換え……行動の書き換え……。  すべてを漆黒に染めるという黒波動。  そうか……。  黒波動め……こいつらから若槻に関する記憶を消しさったのか……。  先ほどのボク自身の記憶の欠落……それを考えるならば、通常の人間の記憶を完全に消し去る事など造作もないだろう……。  恐るべし黒波動! 「ぬぅ……」  という事は、当然もう一つの黒波動の発信源、音無彩名の情報も消されているハズ……。  黒波動の発生源を押さえるというボクの計画は、根本から崩れ去った。 「ちぃ……」 「あ、あの……救世主様」  うっ……まずい……。  こいつら不安がっている……。  ボクの表情を見て……不安がっている。  なぜか橘だけはニコニコしているが……他はかなり不安がっている。  まずい、それはまずいぞ救世主! 不安は黒リルル達の好物……それを喰らってやつらは増殖する。  不安を喰らって、世界を黒波動で染め上げる。 だめだ、こいつらを不安にさせては……こいつらを恐怖させては……ならない!  安心させるんだ。 そうだ……安心だ。  安心……安心……安心……。 三回唱えるんだ。  そうすれば……、 「問題ないですよね」 「え?」 「あ、ああ……問題ない」  ボクは出来る限りの笑顔で答える……。 「それならば問題無い。〈充分〉《イナフ》だ!」  その瞬間みんなの顔が和らぐ。 救世主の笑顔に安心する。  それにしても……、 なるほど……これは高度だ……。  きわめて高度な戦いだ……。  黒リルル達が出す黒波動は、人々の記憶を消し去る事が出来る……いや、それどころか書き換える事すら可能かもしれない……。  どの記憶が本物であるか……自分自身の記憶を疑いながらの戦いとなる……。  その中で人々の不安を増殖させてはいけない。不安を消し去らなければならない……。  なぜならば、人々の不安が大きければ大きいほど、黒波動はその勢力を増させる。  人類の不安を取り除かなければならない……。  不安を取り除く……。  ……。 そうだ……。  救世主脳がまた新たなる解答を示す。 「まず、赤坂……命令だ」 「はいっ」 「お前の死んだ彼氏……麻薬に手を出していたな……」 「え? あ? あの……」 「ごまかしても無駄だ……」 「す、すみませんっっ」 「あれは人をダメにする……世界からあれをすべて無くさなければならない」 「で、でもそんな事20日までなんて……」 「うむ、だが、この街ぐらいなら消し去る事は出来るだろう……」 「え?」 「この街に出没する売人全員からすべての薬物を奪え」 「う、奪うって……だって相手は……」 「問題ない……どうせあと四日でそいつらも死ぬ。相手がや○ざだろうが軍隊だろうが関係ない……」 「で、でも……私達じゃ……」 「ここにいる全員でやれば問題ない。多勢に無勢だ。や○ざと言えどもこの人数に襲われたらひとたまりもない」 「それと、西村か沼田……それか飯沼を使え……あいつらも麻薬のルートを知っているはずだ」 「西村と沼田? で、でも、どうやって?」 「お前……何でもするって言ったよな」 「も、もちろんですっ」 「なら西村を身体で〈堕〉《お》とせ」 「西村? な、なんで?」 「西村は取り〈敢〉《あ》えずセックスがしたいらしい。セックスさえ出来れば、後は死んでも〈良〉《い》いそうだ……」 「で、でも身体って……」 「不満か?」 「あ、いや、とんでもありませんっ、やりますっ」 「あと、北見……お前もやれ」 「え? な、なんで私も?」 「覚醒剤をやったとき、お前ら城山と3Pをしただろう……」 「え?」 「な、なんで? そんな事まで?」 「いいかげん救世主相手に、普通の人間扱いするのはやめた方がいい……」 「ご、ごめんなさいっっ」 「あと、横山やす子」 「は、はいぃっ」  横山やす子の顔が恐怖で引きつる。  まぁ、こいつはこの二人と違って、後輩だし雰囲気的に男性経験が豊富とは思えないからな……。 「お前は、これから杉ノ宮のアニメショップに行って『魔法少女リルル』のポスターを買ってこい」 「へ?」 「何まぬけ面をしている……何度も言わないぞ。オマエらを救うために『魔法少女リルル』のポスターが必要なんだ……すぐに買ってこい!」 「あ、あの……それはどの様な……」 「作監の〈堀ノ口祐子〉《ほりのぐちゆうこ》が原画であるもの! これは絶対に外してはいけませんな」 「……良く分かるな……」 「はい、私は救世主様の〈下部〉《しもべ》ですから」 「あ、あの……すみませんっ、良く分かりません……」 「ぬぅ……」  使えないヤツめ……そんな事も知らんのか……。  無知蒙昧とはこれほどまで〈怖〉《おそ》ろしいものとは……。  仕方が無く……ボクはそれをメモしてやす子に渡す。 「それでは、各自命令通りに動け!」 「さもなくば、全員死あるのみ!」  恐怖で引きつった表情で全員が走る。  追われた野うさぎの様に……必死で走る。  走れ、走れ……そうだ走るんだ。 死はそこまで迫っている。  そこから逃げ切るために、おまえらは走らなければならないのだ!  ボクの携帯ディスプレイに映し出された文字は“横山やす子”。 「……横山か…早いな」  時間的には1時間たらず……ここから杉ノ宮まで自転車で飛ばし、帰ってきたのだろう。  迷う時間を差し引いても早い時間だ……。 「はぁ、はぁ、はぁ、救世主様っ」 「横山か……」 「買ってきましたっ」 「うむ……」 「そ、それと……」 「ん? どうした?」 「あの……救世主様にお会いしたいという方が……」 「またか……ならば連れてくれば良い、別にボクはかまわない」 「あ、あのですね……それが、今学校に警察が来ているみたいで、学校自体封鎖されてるみたいなんです……」 「封鎖?」 「はい、瀬名川先生の自殺の件で……私達が学校から出る時はまだ来てなかったんですけど……」 「なるほど……その後、警察とか救急車が入り学校が封鎖されたというわけか……」  まぁ当然と言えば、当然か……。 「私の知り合いとかも何人か参考人として調書とられてるみたいです……幸い、あの時集まった人達は間宮様の指令ですぐに校外に出ていたので捕まっていないみたいですが……」 「それで校内に入れないというわけか……」 「いかがしましょう?」 「ふふふ……問題ない。落ち合う場所を今から指定する……そこで待て……」 「はいっ」 「旧プール側の学校裏に用水路がある……裏山との境だ」 「用水路……あ、ありますね……」 「そこに一つだけ柵が破壊されている人が入れるほどの下水路がある」 「下水路ですか?」 「そうだ、用水路に降りてその入り口で待て……」 「は、はいっ」  ここへの最短ルートはもちろん旧プール脇……だけどそれだけがここへの通路ではない。  というよりも、下水路と〈繋〉《つな》がっている貯水タンクは、言ってみればどこのマンホールからでも進入する事が出来る。  特に学校裏の用水路から続く下水路口は、高さがそれなりにあり大人でも楽にはいる事が出来る、さらに進入を防ぐための柵が壊れており、マンホールの様にこじ開ける必要もなく入る事が出来る。 「……横山」 「は、はいっ」 「ふむ……指示通りだな」 「ちゃんとポスターも買ってきましたよ。ほら見て下さい堀ノ口先生の原画着色ですよ……このぷに線たるやどうですか? 救世主様」 「というか……お前も……同行していたのか?」 「あ、す、すみません……私、アニメショップがどこにあるか分からなくて……」 「私は救世主様の〈下部〉《しもべ》ですからアニメの事は良く知ってます」 「〈下部〉《しもべ》関係ないだろ……そんな事より電話で話していた……」 「はい。あのですねぇ……今回連れてきたのは……なんとですっ」 「……清川?」 「よりによって教師を連れてくるとは……橘……どういう事だ?」 「はははは信用ありませんなぁ…… たしかに清川先生は教師なんですけど、ちゃんと間宮様の予言を信じているんですよ」 「こいつが?」 「あ、あの……」 「あの……私……」 「ふん、学校での唯一の友人……それが高島の呪いで死んで動揺したのか?」 「っ?!」 「生徒には知られていないハズなのに、とでも言いたい顔だな……」 「間宮様は救世主……清川先生。このお方に隠し事とかはやめた方がいいですよ……」 「あ、はい……」 「お前達は同世代という事もあり、学内以外、プライベートでも仲が良かった……だからこそ、彼女からは相談を受けていた……呪いのメールの事を」 「あ、あう……」  すべてを言い当てられて……驚きを通り越し……畏怖すら感じているのだろう……。  なんて顔色だ……こいつ……。 「さ、最初は……イタズラだって、単なるイタズラだって彼女も思っていたみたいなんです」 「だから……絶対に犯人を突き止めるって、必ず捕まえてやるって、息巻いてました……呪いなんてあり得ないって……」 「ほう……それで?」 「でも……昨日あたりから、唯の様子がみるみるおかしくなって……何かに怯える様な、そんな素振りばかり見せる様に……」 「何かに?」 「視線というか……何かに見られてるって……怯え始めて……その様子がどんどん〈酷〉《ひど》くなっていって……」 「とうとう……あの場所から飛び降りた」 「は、はい……あのC棟って……」 「そうだ、高島の事故があった場所だ……」 「その事は、彼女もずっと気にしていたみたいで……」 「気にしていた? バカか……自らの罪を〈隠蔽〉《いんぺい》して、その罰から逃れた分際で……」 「い、隠蔽って……」 「あれは過度のいじめによって発生した事故だ」 「そのいじめには、赤坂めぐ、北見聡子、そしてその橘希実香が関わっている……このメンツがなんであるか分かるか?」 「び、美術部……」 「そうだ、ほんの半年だけ存在した形だけの美術部……そしてその美術部の顧問こそが瀬名川唯……」 「で、でも唯は……」 「知らなかった〈訳〉《わけ》があるまい! 少なくとも高島ざくろはそう思ったはずだ!」 「っ」 「いじめを知りながら、それを放置し続けた瀬名川……味方であるはずの教師の裏切り……瀬名川がもっとも恨まれるのは当然の事だ」 「だからこそ、彼女の死後、その〈怨〉《うら》みは呪いとして瀬名川に憑きまとった」 「わ、私……彼女が飛び降りた後……その遺品を見せてもらったんです……」 「遺品?」 「彼女……死ぬ直前まで、高島さんから呪いのメールを受け取ってたみたいで……」 「瀬名川が持っていた携帯をか?」 「私が拾いました!」 「そしたら……そのメールには高島さんの〈怨霊〉《おんりょう》が唯を追い詰める一部始終が……」 「なるほど……〈怨霊〉《おんりょう》から送られる呪いのメールを……見てしまったというわけか……」 「はい……で、でもそれを見るまでは、あんな、あんな怖ろしいものが、本当にこの世にあるなんて思わなくて……それで、それで私……」 「それで?」 「あ、あの……間宮く……いや間宮様の噂を聞きました……」 「本来なら、あの呪いは、高島さんをいじめた赤坂さんと北見さんと橘さんにも〈降〉《ふ》り〈掛〉《か》かるはずだった」 「でも……その呪いを解いた人がいる。だからその三人は死ななかった」 「その人は、唯の死ぬ時間、場所までも予言した……」 「なるほど……予言者のボクと話をしてみたかったのか?」 「いいえ、間宮様は予言者ではなく……それ以上の存在……これから起こる大いなる災いからも多くの人間を救いになられる方……救世主」 「なるほど……貴様も救われるためにここに来たのか?」 「はいっ」 「そんな話……誰が信じると思う?」 「え?」 「出ていってもらおうか……この場から」 「あ、え」 「私、唯を見てて、恐くて恐くて……どんどんおかしくなっていく唯を見て……」 「恐怖に〈怯〉《おび》えて……何かにすごく怯えて……私、彼女の携帯を見た時に彼女が感じてた、見ていた、恐怖を理解して……そしたらもう、私……私」 「……ふぅ」 「無理だ……」 「そ、そんな、なぜですか!? 私も、お救い下さい!」 「……お前は、多くの人間を〈騙〉《だま》してきた」 「……〈騙〉《だま》す?」 「そう、瀬名川も、だからこそ救わなかった。貴様らが教師であったから……」 「教師だから……」 「そうだ……教育という名において、貴様らは多くの嘘を〈吐〉《は》き続けてきた……」 「……多くの嘘を……人々に……」 「そうだ……貴様ら教師は、多くの人々に真実を隠蔽し続けた!」 「そ、そんな、私っ」 「いいや、お前らは隠蔽し続けてきたんだよ! 多くの真実を!」 「ち、違うんです、違うんですよぉ……」 「いいや、違う事などない! お前はお前の意志において嘘を広めてきた! 真実を隠蔽してきたのだ!」 「そうじゃなくて……そうじゃ……」 「お前……あの時のボクの演説……廊下から聴いていたのだろう?」 「え?」 「気がつかないと思ったか? お前が聴いてた事を……」 「あ、ああ……」 「あの時、お前は恐怖で震えた……真実を目の前にして震えた……」 「はいっっ、そうなんです……ごめんなさいっごめんなさいっっ」 「自らの意志で、嘘を教え続けた事に恐怖したんだ!」 「ち、違う、違うんですっ……」 「わ、私……私の意志で嘘を教えてきたわけじゃないんです……違うんです……許して…許してください……」 「自らの意志ではない? ならどうしてお前は教師などになった? なぜその様な職業を選んだんだ?」 「私、私……た、ただ家が、親が二人とも教師で、祖父も祖母も教師をしていて……だから私、何も考えず……何も考えずにそのまま教師に……」 「だがそれは、自らが選択した事だ。自ら選んだ道であろう!親の〈所為〉《せい》などではない!」 「は、はいっ。それは分かってます。分かっても……で、でも私、教師である前に、単なる人間なんですっ……私、私……ねぇ間宮様は救世主なんですよね」 「ああ、そうだ救世主だ……人類を救う者だ」 「だ、だったら……お願いします……この私も救ってください……救ってくださいましっ」  なんて〈様〉《ざま》だ……この女……。  いくら友人が呪いで死んだからといって、〈良〉《い》い大人だろう……にも関わらず、なんだこの〈怯〉《おび》えよう。  くくく……これが聖職者とよばれた人間か? 「くくくく……なるほど、それほどまでに怖ろしいのか……」 「は、はいっ」 「教師である事を捨ててもか? それでも救われたいという事か?」 「はいっ」 「なるほど、その覚悟があるという事だな……」 「はい、もちろんですっ。救っていただけるならば、捨てます、捨ててみせます!」 「と言っても……口でなら何とでも言えるからな……」 「口だけではありません。信じて下さい。私を救って下さい。お願いしますっっ」 「ほう……それほどの覚悟があるという事か……」 「はい! あります!」 「ならば、その覚悟とやらを見せてもらおうか……」 「は、はい……覚悟を……見せます……」 「すべてを捨てる覚悟……お前にはあるのだよな?」 「あ……あります……」 「まず教師である事……」 「捨てます!」 「お前……家族は?」 「家族ですか? 父と母がいます」 「一人娘か……」 「はい」 「今すぐ、父親と犯ってこい」 「え?」 「二度と同じ事は言わない……父親と性交渉を持て」 「あ、あの……それって……」 「それを写メでとって送ってこい……送ってきたら、考えてやる……」 「あ、あの……」 「まず教師である事を捨てろ……そしてお前が教師を目指した原因……親を捨てろ……」 「お、親を?」 「親を捨て……人である事すら捨ててしまえ」 「ひ、人である事すら?」 「親と性交渉する様な者が人と言えるか?」 「すべてを捨てる覚悟があるのならば考えてやる……人以下の存在になる事が出来るのならば救ってやろう」 「ひ、人以下の存在……」 「さぁ、時間がないぞ。とっとと消えろ……親と犯ってこい! さぁ早く!」 「ちょっと待ってください! 帰すのですか……こんな重要な話をしてしまった人間を……信用出来ないのならせめて監禁して……」 「その必要などない……」 「覚えておけ……お前らも……」 「高島の呪いを止める事が出来るという事は……その逆もしかりと言う事を……」 「逆……?」 「あの呪い……瀬名川を殺した呪い……あれは誰のもとに飛ばす事も可能だ……」 「もし、一瞬でも……清川、おまえがボクを裏切ろうと考えたら……その瞬間に」 「そ、その瞬間……」 「瀬名川と同じ様にしてやる」 「っっ」 「それは、橘……そして横山……おまえらとて同じ事……」 「わ、わたし、救世主様を裏切るなんて事、絶対に……」 「はははは何を今更ですよ。そんな人がいたら、救世主様の手を〈煩〉《わずら》わす事もなく私が刺しますよ……」 「ふふふふ……まぁ、信じるも信じないのも自由だ……清川よ」 「あ、ああ……」 「清川……すべてを捨ててしまえ……教師である自分……娘である自分……そして人間である自分……」 「抑圧されたものをすべて吐き出したら……私の元に下ると〈良〉《い》い……」  ふふふ……恐怖。 恐怖こそが絶対の拘束。  恐怖こそ絶対の服従。  人は恐怖から逃れようとする。 絶対的な恐怖から。  そして、それが信仰を生む。 恐怖からの逃避こそが信仰を生む。  清川を泳がせておく……あえて自由な身とさせる。  自由は彼女に与えたのではない。 自由は彼女の中に潜む恐怖に与えたのだ。  自由と恐怖はもっとも相性が良いものなのだ。 自由にさせる事により、彼女の恐怖はボクへの信仰と変わる。  確実に……。 「す、すごい……ここ……こんな空間があったなんて……」 「ああ……ここが箱舟だ……」 「箱舟?」 「さすが救世主様……ネーミングセンスが冴えてますなぁ」 「ここに集まる者だけが、世界最後の日を超える事が出来る……」 「世界最後の日を超える……」 「そうだ、滅亡の先を超える者達が集う場所だ」 「ここが……その箱舟……」 「そうだ。ここはボクが作り上げた箱舟だ。ノアが作ったものより大きく、そして強固だ」 「……救世主様が作った空間……」 「最後の日まで、ボクの言葉を信じる者のみ〈此処〉《ここ》に集めよ。心清き者だけを、この箱舟に集めるが良い」 「は、はいっ」 「ふふふふ……お任せくださいませ救世主様……すんげぇ勢いで連れてきます……」 「あ……私の携帯です……めぐからの着信……」 「かまわん……出てやれ」 「もしもし……え? 何?」 「ちょ、ま、待って? 刺されたぁ?」 「……」  刺された……麻薬の売人を襲わせた連中に〈怪我〉《けが》人が出たのか……。 「え? あ、ちょ、ちょっと待って……救世主様大変でありますっ。西村くんがや○ざの〈方〉《かた》に刺された模様でありますっ」 「先ほど教えた入り口で合流しろ……そしてその〈怪我〉《けが》人も一緒に連れてこい……」 「めぐの主張ですと……〈怪我〉《けが》人、すごい血みたいで…すぐにでも病院に運ばないとだめらしいですよ」 「バカか! まだ分からんのか! この世に存在するあらゆる医療機関など、救世主たる我が奇跡に比べるに値しないと!」 「おおおっ……救世主様、傷とかまで治す事が出来る宣言ですか?」 「当たり前だ……キリストは〈癩病〉《らいびょう》患者をその奇跡によりたちどころに治したと言う……我が奇跡を持ってすれば、〈肉塊〉《にくかい》と化した人に命すら与える事も可能」 「ほう……それはすんげぇであります。私も救世主様について来た〈甲斐〉《かい》があったというものですっ」 「予言をするだけならば、予言者にも出来る……人に出来ぬ奇跡を起こしてこその救世主だ」 「その事を忘れるな……」 「はいでございます」 「んじゃ、やす子ちゃんも一緒に行きましょうか、〈巻〉《ま》き進行で……」 「ああ……一刻も早く連れてくるが良い……」 「連れてきました……救世主様っ」 「あ、あの……これ……」 「いきなり売人のやつ刃物で西村を刺してきて……」 「痛てぇえええ! 痛てぇええよぉ!」  赤坂と北見に抱えられながら西村は、まさに全身血染めといった感じであった。 「これは派手に血が出ているな……」 「は、早くしないとっ」 「た、助けっ……び、病院へ……」 「ふふふふ……西村くんはセックスするまでは死ねないだろう……」 「セックスしたら死んでも〈良〉《い》いと言ってたぐらいだからな……」 「そ、そんな事より……び、病院……」 「安心しろ……セックスが出来るぐらい元気に治してやる……」 「ま、間宮様っ、西村の傷を治せるって本当なんですか?」 「ああ、本当だ……それより、西村にはまだ犯らせてないんだろ?」 「え? あの……セックスですか?」 「ああ、それは大事な事なんだ……犯ったのか? 犯ってないのか?」 「せ、成功したら……売人からヤクを強奪するのに成功したら、犯らせてあげるって……言いました」 「それだけで西村は承諾したのか?」 「あ、いや……3Pもさせてあげると……」 「痛てぇぇえええええ!!」 「ふふふ……なら治った後に存分に犯らさせてやるんだな……」 「え? あ、はい……でも治せるんですか?」 「当たり前の事を聞くな……それより、強奪は成功したのか?」 「あ、それは問題ありません。ちゃんと結果は出せました!」 「ほう……」  ビニールに小分けされたものが多数……比較的大きな袋六つ、それは100グラムあるかないかという分量であった。 「〈良〉《よ》くもこれだけ集められたな……」 「私の貯金全額おろして、その168万円ちらつかせて、出来る限り売ってくれって言いましたっ」 「だいたいああいう売人って、小分けでしかクスリを持ってないんです……」 「なるほど、大金をちらつかせて……そいつらの保管場所を突き止めたわけか……なかなか良いアイディアだな」 「ありがとうございます! そんな感じで手当たり次第に襲撃したんですけど、最後の最後でしくじって……」 「刺されたわけか……」  まぁ、当然といえば当然か……。  あいつらもこれを売るのに命がけなはずだからな……たしか覚醒剤の値段は0.5グラム程度で一万円近くしたはずだ……。  この量なら、億にすら届く金額……。  人など簡単に死ぬ金額だ……。 「あと、これ……クスリと一緒に焼酎の瓶に入ってたんですけど……」 「一升瓶……」  一升瓶三分の一ほどの液体……無色透明……これも〈何〉《なん》らかの麻薬であろうか……。  まぁ、これは〈後〉《あと》で何であるか確かめるとして……。 「西村を奥まで運んでくれ……」 「奥?」 「ああ……あの壁の奥だ……」 「痛ぃぃ……痛ぃ……」  意識は比較的はっきりしている様だった……顔色は少し青ざめているが……それはまぁちょっとした貧血だろう……。 「奇跡を……」  キリストは、石をパンに変える事が出来たと言われている。  当然……ボクにも同じ程度の事なら出来る……。  石をパンに……。 「……ぬ……ぬぬっ」  右手から聖波動を放射する。  聖波動はすべてのものを聖なるものへと変える。  もちろん赤坂達が奪ってきた悪魔の薬すら……聖なる薬とする事が可能なのだ……。  イメージによって分子配列を変更させる。  現代化学がまだ発見していない分子配列。  それは究極の物質と言われている……。  中世ヨーロッパでパラケルススが錬金術によって作り出したと言われる究極の物質。  その名を〈聖薬〉《エリクサー》。  この万能霊薬を服用すれば、如何なる病も治すことができると言われている。  ボクの聖波動は、すべての薬をその〈聖薬〉《エリクサー》に変える事が出来るのだ……。 「……くぁあああ!」  瞬時の目眩……薬の原子配列の変更が成功した合図。 「ふぅ……これでこの麻薬はすべて〈聖薬〉《エリクサー》へと変わった……」  これを西村の患部に塗る。 「痛っっ」  少量で良い……多くても問題ないが、少量でも充分な効き目をみせるのだ……。  一瞬、彼の顔が苦痛に歪む。  その後にすぐに工具箱から取り出した瞬間接着剤で丁寧に傷口を閉じる。  これにもすでに聖波動を送り込んでおり、これ自体も万能霊薬となっている。  数秒、傷口を押さえる……すると……。 「うむ……成功だ……」  傷口は完全にふさがった。  数分ほど彼の顔色を見る。  みるみる顔色が良くなっていく……。 「ふふふ……みるみる顔色が、聖なる色……白に変わっていく……」 「彼が浄化されている証拠だ……」 「っく……」 「どうだ……」 「……あレ?」 「痛クない……」 「あレ? 全然痛くなイよ!」 「はははは……そうだろう、そうだろう……」 「なんで? ナンで? マジで痛くないよ!」  傷口を洗ってやり、ボクの着替えを着せてやる。  完全にくっついた傷口から血が出る事は無い。  奇跡は完了した。  ザワ……。  当然の様に、復活した西村の姿を見てざわめきが人々からこぼれる。  先ほどまで瀕死だった人間を、ほんの数分で完治させたのだから……。  こんなものは、現代の最新医療のどんな施設だって出来やしない……。 「痛くナいぃ! 痛クないんだぜ!」 「ま、まじで……」 「マジで! 全然痛クない! 全然ダよ!」  ザワ……。  ザワ……ザワ……ザワ……ザワ……。  ザワザワ……ザワザワザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。  最初ざわめきだったものが徐々にどよめきに変わる……。 そしてその中から……。 「奇跡よ!」 「奇跡だ!」 「救世主だ!」  「救世主だ!救世主だ!救世主だ!救世主だ!救世主だ!救世主だ!救世主だ!救世主だ!救世主だ!」 「救世主よ!救世主よ!救世主よ!救世主よ!救世主よ!救世主よ!救世主よ!救世主よ!」  かなり人がいるようだ……。  ここは薄暗く……ボクの姿が後ろ側にはよく見えない……。  どれほどの人間が集まっているのか……ボクにも良く分からない……。  制服以外にも私服……いや、どう考えても同世代とは思えない人間までいる。 「…………」  ボクは小さく口を開ける。  でも、そのちいさな言葉は群衆のどよめきにかき消される……。  群衆は……救世主であるボクが何か喋ろうとしているのが分からないらしい……。  でも……、 「なかなか〈良〉《い》い雰囲気だ……」 「さて……」 「っ!」  橘がボクが何か喋ろうとしているのに気がつく……すぐに大声で……、 「静か――」 「……」  皆を静めようと、怒鳴ろうとする橘……それをボクは静かに止める……。 「このままでいい」 「このままで……」  ボクはボソボソ声で話しはじめる……。  ボクの姿が見える……前列の人間から叫ぶのをやめる。  ボクの口から発せられる……大事な何かを聞き逃さない様に……。  叫ぶのを〈止〉《や》める。  ボクはぼそぼそ声で真理を明かす。  徐々に徐々に……その輪郭を見せていく……。 「世界は不完全です」 「それはまぎれもない事実です」 「世界は不完全だからこそ、嘘で満ちています」 「〈皆〉《みな》は平然と平等と言います」 「しかし〈皆〉《みな》は知っているではありませんか、世界が平等でない事を」 「皆は平然と自由と言います」 「しかし〈皆〉《みな》は知っているではありませんか、世界に自由が無い事を」 「〈皆〉《みな》は平然と愛と言います」 「しかし〈皆〉《みな》は知っているではありませんか、愛が人を裏切る事を」 「〈皆〉《みな》は平然と人を殺すなと言います」 「しかし〈皆〉《みな》は知っているではありませんか、世界が殺人で満ちている事を」 「〈皆〉《みな》は平然と嘘を〈吐〉《は》くなと言います」 「しかし〈皆〉《みな》は知っているではありませんか、その口こそ、その張本人こそが嘘〈吐〉《は》き 〈人〉《びと》である事を……」 「その事について、誰か我々に語った者がいたでしょうか?」 「いいえ、いません」 「その事を語る者はいません」 「なぜでしょう?」 「なぜ、その事を誰も語らないのでしょうか?」 「簡単な事です」 「すべての口は嘘で〈穢〉《けが》れているからです!」 「〈穢〉《けが》れた口は嘘しか〈吐〉《は》けないのです!」  ほとんどの人間が黙っている。 ただボクを見ている。 ボクの声を聴いている。  聞き逃さない様に……見逃さないように……。  ボクの声は徐々に大きなものに……力強い口調に変わっていく。  まるでそれは怒り。  まるで悲しみ。  まるで喜び。  まるで楽しみ。  それらすべてを包括した言葉。 つまり真理。  真理の言葉は刃。  真理の言葉は雷。  真理の言葉は空を切り裂く。  嘘でまみれた空を切り裂く。 「〈何故〉《なぜ》、何故だ! 何故、人々の口は嘘で〈穢〉《けが》れているのか!」 「〈何故〉《なぜ》、人々の言葉は嘘で〈穢〉《けが》れるのか!」 「それは悪意〈故〉《ゆえ》か?」 「それは悪意〈故〉《ゆえ》の〈穢〉《けが》れなのか?」 「貴様らを憎んでいるからか?」 「世界を憎んでいるからか?」 「だから、この世は嘘で〈穢〉《けが》れたのか?」 「〈否〉《いな》!」 「答えは、断じて〈否〉《いな》である!」 「悪意は嘘を言わない」 「悪意は〈穢〉《けが》れてなどいない」 「悪意は〈穢〉《けが》れる必要などない」 「染まる必要のないほどに黒いものを、どうやって染める事が出来ようか?」 「悪意は〈穢〉《けが》れない」 「〈穢〉《けが》れる事が出来ぬほどに、悪意は黒キものであるから……」 「〈穢〉《けが》れるべきものは染められるもの……」 「そう、それはまるで純白な心」 「それはまるで正しき心」 「そう、それを人は善意という」 「人は善意〈故〉《ゆえ》に、世界を嘘で〈穢〉《けが》した」 「人は善意〈故〉《ゆえ》に、言葉で〈穢〉《けが》した」 「そうだ!」 「善意! このもっともおぞましき感情こそが〈穢〉《けが》れた言葉を生み出す!」 「地獄への道は善意で敷き詰められている!」 「善意によって人は地獄への道を歩む!」 「善意は隠蔽する!」 「我々の無意味さを!」 「我々の無知さを!」 「我々は何も知らず、何も分からず、発生して、ただ消えていく……」  私の声のテンションは最高値に近づく……もう、誰も話してる者などいない……。  皆、私の話に釘付けだ。  これは、私の古き知人でもある……アドルフ=ヒットラーがよく使った手法だ……。 「善意はあらゆるものを隠蔽する」 「善意はあらゆる恐怖を隠蔽する」 「なぜ、隠蔽しようとするのか?」 「簡単な事だ!」 「世界に意味などない!」 「君達にも意味などない!」 「意味もなく生まれてきた者が、いきなり、死を宣告されたら……どうなるか」 「今まで、人類が延々と続けてきた歴史が無意味であったなど認められないからだ!」 「生まれたての赤ん坊が首を絞められ、その人生をほんの10分程度で終わらされたとしよう」 「その赤ん坊の人生に意味はあるのか?」 「たかだか10分間の命に意味はあるのか?」 「だが、それと同じ事だ!」 「その赤ん坊の10分に意味がないのであれば、我々人類の歴史とて意味などない」 「最古の人間アウストラロピテクスが発生したのが540万年前」 「生命がこの地球にはじめて発生したのが38億年前……」 「いかにも、長く、意味のある様に感じる」 「だが、それは錯覚にすぎない」 「無限という時間の中では、同じくそれらは一瞬の出来事にすぎない」 「無限の前では、38億年であろうが540万年であろうが……10分と同じ程度に瞬時でしかない」 「大事な事は時間ではない!」 「大事な事は意味だ!」 「我々の命に意味が無ければ、それは10分の命となんら変わらない!」 「逆に、意味があるならば、10分の命と言えども、それは有意義である」 「ならば問う!」 「お前達の意味とはなんだ!」 「人類の意味とはなんだ!」 「この世界の……この宇宙の意味とはなんだ!」 「我々の存在する意味とは……なんなんだ!」 「誰かその答えを!」 「誰か答えてみよ!」 「……」「…………」「…………………」  無言……。  完全な無言……。  誰も答えない……答える事が出来ない……。 「〈阿呆〉《あほう》はこう言うであろう!」 「神がいるから」 「我々は神によって作られたから我々には意味がある!と……」 「ならば、その〈阿呆〉《あほう》に問う!」 「神は何故存在する?」 「神の存在する意味とは……なんなんだ!」 「神とてこの疑問から自由ではない」 「すべては無意味!」 「この世界に意味などない」 「生まれたての赤ん坊とは我々だ!」 「生まれたての赤ん坊とは人類だ!」 「生まれたての赤ん坊とは神だ!」 「生まれたての赤ん坊とは……この世界に存在するすべてのものだ!」 「我々は10分でその短い人生を終えようとしている」 「それを認められない」 「誰も認めたくない」 「我々の、世界の、終わりを、絶対的、最後を、認めない!」 「だが、それは弱き心にすぎない」 「我々は、我々の不条理さ、不合理さ……それらを受け入れ……理解しなければならない」 「無意味な人類の! 一生を! 我々は受け入れなければならないのだ!」  皆は不安顔で私を見つめる……。  無理もない……人類に意味がないことを暴露したのだから。  それは死刑宣告に等しいものであるから……。 「しかし、それを認めてなお」 「無意味な人生そのものを受け入れてなお」 「我々が、その存在を否定しきれないなら」 「君達の心に」 「まるで」 「沈んでしまった船が」 「その船の」 「その〈躯〉《からだ》の〈在〉《あ》った場所に……」 「残していった」 「水面の」 「水面の……波紋……」 「〈揺〉《ゆ》らめきの様に」 「心の中に、予感があるのなら」 「波紋のような揺らめきがあるのなら」 「それは……」 「それこそ」 「〈兆〉《きざ》しへの〈予還〉《よかん》である」 「君は、〈兆〉《きざ》しへの〈予還者〉《よかんしゃ》である」 「私の言葉を聞く全ての者よ!」 「すべての不合理を認め」 「すべての不条理を受け入れて」 「そして」 「そして、心の中を探るがよい」 「そこに」 「〈兆〉《きざ》しの……」 「〈予還〉《よかん》が」 「〈予還〉《よかん》を感じるか?」 「どうだ?」 「感じるか?」 「……」 「私が、感じる力をかしてやろう!」 「清めの力を貸してやろう!」 「瞑想しろ!」 「考える必要はない!」 「ただ感じるためだけに瞑想しろ!」 「考えるな! 感じるんだ!」  ボクは先ほど清めた水をまく。  赤坂達が持ってきた謎の液体……。  ボクはそれも聖なる波動によって清めておいた。 聖水として!  戸惑う人々……。 彼らは単純に助かりたいだけでここに集まってきた……。  そんな弱き者達に真理など重すぎる。 ただ戸惑うだけであろう……。  だが、救世主の言葉は、その意味ではなく、音で人々を染めていく。  瞑想する人々……。 ただ祈るだけの人々……。  それら弱き人々を、聖なる波動は染めていく。  耳から入った聖なる音は……鼓膜を振動させ、脳に波動を送る。  聖なる波動。  彼らはその波動で目覚める。 真実に……。  瞑想は続く。  祈りは続く。  彼らがそれを感じるまで、  それらを見つけるまで……。 「ああ……アあ……」 「ああアああア……」 「おおお」 「なんかみ、見見えてきたたたぁ……」 「わ、私もな、なナにか確かに感じる……」 「感じルよ。感ジすぎテるよ! さっキからビンビンだォ」 「俺も! 何か感じる!」 「ふふふ……これはキますなぁ……さすがは〈猫目錠〉《ねこめじょう》……別名〈猫目丸〉《ねこめがん》……」 「あアあアア……」 「これこそが!」 「〈予還〉《よかん》」 「〈予還〉《よかん》ね」 「たしかにアルぞ……何か……アル」 「それは……」 「たしかにいぃぃぃぃぃぃ」 「キィやアぁぁぁアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「我は、兆しへの〈予還者〉《よかんしゃ》!」 「世界はあと十数時間で炎に包まれる!」 「灼熱の炎に焼かれる!」 「お前達にも見えるであろう! 灼熱に染まる世界の姿が!」 「イやぁあアあぁ、見えル! 見えるヨぉ! みんな燃えチゃうよぉ!」 「いやだ、熱イぃい、熱イヨぉ! 死ぬぅウ!」 「キィやアぁぁぁアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「地上すべてが焼かれる〈様〉《さま》……見えるか、貴様らにも見えるか!」 「見えます! 見えます! 見えまス! こいつは速いですね! 冷たいですね! なかなかの上物です!」 「地上すべて炎に包まれる前に……我々は空に還らなければいけない」 「空ニ……還ル……」 「そうだ! 空に還る! 我々は空に還るのだ!」 「空ニ還ル……私達ハ空ニ……還ル……」 「そうだ! 世界の果て……空の果てがやってくる!」 「世界が灼熱に包まれるその前日……世界の果てがやってくる……」 「世界の限界がやってくる……」 「世界ノ限界……?」 「そう、すべてが〈終〉《つい》える空がやってくる」 「終わりでも始まりでもない……空……」 「空の臨界地点……」 「無限と有限の境界……」 「すべての対が終わる場所……」 「すべての対が〈終〉《つい》える場所」 「終ノ空!」 「見える、見えるぞ!」 「うわぁぁおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 「これが世界の限界?」 「きゃあああああ!」 「燃えてる!燃えてる!すべて燃えてる!」 「全部燃えちゃえ!すべて燃えちゃえ!」 「大変だ、大変だ!」 「なに? なにこれ? なんの?」 「救世主さま! 救世主さま!」 「分かる! わかるぞ!」  絶え間なき怒号……。  開かれた真理。  泣き叫ぶ者。  喜ぶ者。  抱き合う者。  幸いなる者。 「そうだ、終わる世界は……〈所詮〉《しょせん》は不完全なものだ……悲しむ事はない……〈嘆〉《なげ》くこともない……」 「それは必然なのだから……終わるべきものなのだ」 「そして……その〈後〉《あと》に」 「そこに、完全な、完全なる世界が立ち現れる」 「空から還ってきた人々によって作られるであろう新しき世界」 「それこそ……真実の世界……」 「……」 「入って来い……」 「此処で〈懺悔〉《ざんげ》しろ!」 「清川明日美!」 「ウひょ、清川先生全裸っっ」 「この女……〈皆〉《みな》も憶えがあるだろう!」 「この女は善意〈故〉《ゆえ》に、嘘を世界にばらまき続けた人間の一人だ」 「しかし、その罪を認め」 「この女は、我々のもとに来た」 「来たのだ!」 「しかし、この女はやはり罪深すぎる」 「清川よ」 「はい……」 「ここまでの〈経緯〉《けいい》を話せ……」 「は、はい……すべてを話します……話させてくださいっ」 「わ、私……私は教師でした……さっきまで教師でした」 「だ、だから救世主様は、私は救えないと仰いました……」 「罪深き人間だから……救われないと……仰いました……」 「だから、教師である自分を捨てろ……人である自分を捨てろと仰いました……」 「私は……父親も母親も教師でした……だから当たり前の様に何も考えずに教師になりました」 「教師を捨てる事は……父と母を捨てる事だと救世主様は仰いました……」 「教師を捨て……親を捨てろと……そして人としての常識すら捨てろと……」 「私は……そう言われて……すぐに自宅に帰りました……自宅には定年退職した父と母がいます」 「二人ともとても善人です……救世主様が言うところの穢れた人々です」 「でも私……二人も助けたくて……まず父と話をしました……」 「二人っきりで……話をしました……部屋に鍵をかけて……」  …………  ……  ……この世界は終わり、新たな変革を迎えます…………  それはもう変えられない不変たる事実……  私は薄汚れていますけど、それでも生きていたい……  白状します……  清川明日美は迫り来る死の恐怖に、もう押し潰されそうなのです。  …………  おそらく皆さんも感じておられるでしょう?  私の背後には……いつも……  ……悲しい瞳でこちらを見つめている高島さんがいるのです。  きっと彼女は寂しくて……教師である私をつれに来たに違いありません……  ……だから目を閉じると、すぐさま彼女に抱きつかれてしまいそうで……  怖くて眠ることさえ出来ず、シャワーを浴びている最中も怯えているのです。  ああ、なんてことでしょう……  もう私はこんな状況に耐えられない。  そして愛する両親も何とかして助けてあげたい。  それは一人娘として大切に育ててくれた恩返しでもあるから……  大丈夫です……私ならきっと上手くやれるでしょう……  だって私の両親は聡明な人ですもの……  真剣に話せば……必ず理解してくれるはず…… 「ただいま帰りました……」  ………… 「お帰り明日美、今日もご苦労だったね」  ああ、この慈愛に満ちた笑顔。  いつだって父さんは惜しみなく私に愛情を注ぎ、自分の願いを差し置いてさえ尽くしてくれました。  こんな素晴らしい父を、見殺しになんて絶対にできません。  物心ついたころからずっと、大好きであり続けてきた父さん……。 「これを夢中で読んでいたら、もうそんな時間になって――」 「おや? まだこんな時間とは……今日は随分早く帰って来たんだね?」  ソファに腰かけて読書を楽しんでいた父は、壁の時計を一瞥した後でキョトンとした顔を私に向けてきます。 「え、えぇ……」  定年退職した父はこの頃、朝から晩まで歴史小説を読みふけっていますから、不意に現代へ戻されて時間の感覚が揺らいでいるのでしょう。 「それに少し顔色も悪そうだが……どうしたね? 調子が悪いのなら――」 「いいえ、そうじゃないのよ」  私は労う言葉をさえぎるように彼の腕をつかみ、我慢しきれない不安に揺れ動く胸中を鎮めながらまっすぐに父を見据えました。 「ふむ、悩み事なら正直に言いなさい。私にできることなら、何だってしてあげようじゃないか――」 「だけど焼き鳥は『たれ』か『塩』のどっちが美味いかなんてのはダメだぞ。私は両方好きだからな、ハハハ!」 「…………っ」  そうですね、父さん……優しいあなたなら、私の緊張をほぐそうとして下らない冗談を話すと思っていたわ。  きっと間宮様はお叱りになられるでしょうけど、この時の父を私は心底愛らしく思いました。  それに父はいつも私の理想的な父親だったから、私はいつも彼の理想的な娘であるように頑張ってきたのです。  だから、助けたい。 「ありがとうお父さん……今日はすごく大切な話があるの……」 「そんなにお前があらたまって切り出すとは相当だな……わかった、正直に全部言ってみなさい……」  こちらの緊迫した心が伝わったのか、父は怯える私を茶化すのを止め、一心に気遣うように声を和らげて隣へ座るよう優しく促してくれたのです。 「ありがとう……」  想像したとおりの温かい反応に思わず頬を綻ばせつつ、私は後ろ手にドアの鍵を静かにかけました……。  ………… 「それで、“大切な話”というのは何かね?」 「……あの、ね……それは……、はぁぁ……」  すぐにでも話を切り出さねばならないのに、緊張して息が詰まりそうだった私は思うように言葉を出せず、気落ちしたように深呼吸して心を落ち着けました。 「そこまで思い悩む内容なのかい……?」  すると父は惨めな私に同情し、真剣な眼差しを向けつつも穏やかな笑みを浮かべてくれます。 「そう、とっても大切な話……お父さんとお母さんには絶対に理解してもらわないといけないの……」 「これはまた……私がお前の力になれれば良いが……」  父の献身的な態度のおかげで私は心を定め直し、再び彼の眼を見ながら切実に言葉を紡ぎます。 「お父さんはすごく誠実な人だから、率直に言いますね――」 「この世界はもうすぐ、今月の20日には終わってしまうんです――」 「…………ぁ?」 「これはもう、変えることのできない決定事項なのよ」  この時、私の心は驚くほどに澄み切っていて、発した言葉も自分とは思えないほどクリアに聞えたものです。 「…………はぁ?」  口を半開きにして呆然とする父。  そうでしょうね。スケールの大きな話ほど、にわかには信じ難いものですから。  だからこの反応は予想したとおりであり、それがいつもの父らしくて嬉しくもありました。 「いやね、てっきり“結婚したい相手が見つかった”とか、そういう方面の話題だと考えていたのに……」 「ぷぷっ、なんだいそれは? 世界が終わる? これは想定外だったな、ははははっ……」  こちらが真剣に打ち明けたにも関わらず、父は私が冗談を仕掛けていると勘違いして朗らかに笑い始めます。  だけど……私は憤慨したりしません。これが凡人の反応であることくらい、今の私には察しがつくのです。 「お父さん、話が大き過ぎて飲み込めないのは分かるわ……」 「でもね、これは逃れられない真実なんです。決して軽い冗談で言える内容ではありません」  私は再び父の眼を見据え、じわりと苛立ち始めた心とは裏腹に、努めて穏やかな口調で言い切りました。 「いやぁ、私もオカルトっぽい話は好きだから、怪談とかホラー小説の類はかなり集めているけど……」 「それらに影響されたのか、お前も昔から恐い話が結構好きだったものな……あっはっは……こいつは参った!」  父は私が真剣な顔で冗談を言っていると思い込み、こちらの肩をポンポン叩いて愉快そうに笑います。 「あれだ、1999年の……たしか7月だったかな? 世界が滅亡する予言があったのは」 「子供だったお前はそれを本気にして、えらく怯えていたよなぁ……家に地下室を掘って隠れなくちゃとか言って!」 「ええ、そういうこともありましたね……」 「それで、結局1999年の7月に何があった? ぅん??」 「何も世界を揺るがすような事件は起きなかっただろ? 今になって思えば、“あの年の夏も暑かったな”という程度さ」  そう軽く言って父は読みかけていた本を机の上へ戻し、 「そんな予言が当たったことなんて、人の歴史が始まって以来、ただの一度も無いんだよ」  と、私を憐れむように優しく諭してきたのです。 「もうすっかり大人になったのに、まだ明日美はお茶目さんだなぁ!」 「そういうところも可愛くていいぞ」 「…………ふぅ」  父は時に厳しいこともありましたけど、基本的にはいつも優しい人でした。  しかしその大きな優しさゆえ、実の娘である私を“真実から引き離してしまった”のは皮肉としか言いようがありません。  だからこそ、彼がこの汚れた世界の中で長年積み重ね、それが当然と思うようになった妄念から私が解き放ってあげなくてはならないのです。 「……お父さんは現実から逃げようとしています……」 「それじゃダメなの……決して救われないのよ……」 「……?」  私の声は最初こそ震えていましたが、 「ついに目を醒ますチャンスが来たのに、のんびりなんてしていられますかっ」 「お父さんはすっかり“教師である業”が身についてしまい、真実を本能的に避けようとしているんです! 本当は分かっているくせに!!」 「……なんだって?」  次第に力が入って厳しい口調となった私に、温厚な父も思わず表情を強ばらせました。 「私はついに理解した――いいえ、認めたくない事実を素直に見られるようになったんです」 「ねえお父さん、教師という“職業”は生徒たちに我々の都合のいい情報を刷り込み、社会の従順なる〈僕〉《しもべ》として育成する事務的なビジネスでしょう?」 「だから面倒なことにはフタをして教えず、『教育』と称して子供の個性を奪い、この社会に疑問を持つような存在が生まれることを阻んできたのでしょう?」 「お前、それは言葉が過ぎるぞ!」  ここで父に憧れて教師となった娘に事実を突きつけられ、彼は温厚な仮面を捨て去らずにいられなくなって声を荒げました。 「落ち着いて聞いて! 私はお父さんを困らせたくて言っているんじゃないの」 「だが……お前……」 「私の隣のクラスに、高島ざくろという可愛い女の子がいました……」 「……あの、自殺した子かい?」 「ええ、そうです……」  けれど不意に具体的な存在を持ち出され、父は怒りを払って悲しそうな面持ちとなりました。 「彼女にも大きな可能性を秘めた未来があっただろうに……あぁ、可哀想だったな……」 「そうですね……彼女にも未来があったはずなのに……」  なのに高島さんは自ら道を閉ざす選択を採らざるを得なかった。 「彼女はとても温厚で、聡明で、誰にも優しく接することのできる、まさに“人として優れた存在”でした……」 「うむ……それで?」 「あの子は隣のクラスなので、直に会話をしたことは多くありませんけど……」 「それでも一緒に本を読んだり、美味しいお茶を楽しんだりしたくなる……自分の妹にしたいような、とっても良い子だったんです」 「ああ、お前はずっと妹を欲しがっていたからね……分かるよ」  父は私に同情して頷き、続きを聞こうとして耳を傾けてくれました。 「彼女は亡くなる前、この世界が7月20日に終わると予言したんです……」 「それは、おまえ――」 「今は私の話を聞いて、お願いっ」  柔らかく話を遮ろうとする父の手を払い、私は熱意と緊張、そして不安に震える声で胸中に浮かぶ言葉を吐き続けます。 「お父さんは知らないでしょう……あの後、……唯が、瀬名川唯が校舎の屋上から飛び降りてしまったことを……」 「……なんだって?」 「瀬名川さんって、時々うちにも遊びに来ていた同僚のお嬢さんか?」 「ええ、そう……彼女が高島さんの担任だったの……」 「その唯も高いところから飛び降りて、人だったとは思えないほどグチャグチャになってしまった……」 「……」 「高島さんはいつも良い子だったのに……その純潔さゆえに他の生徒たちから妬まれ、理不尽な憎悪を買って“いじめ”にあっていたの……」 「私ね……なんとなくそれに気付いてはいたけれど、高島さんは唯の受け持ちだから、出すぎた真似をするのは唯の立場を悪くすると思って……」 「イジメは無い……が、学校の主張なんだな?」  父は私の職場を脳裏に思い描いたのか、眉間にしわを寄せて呟くように言いました。 「そう、さすがは教師歴の長いお父さんね……」 「まさか、高島さんの自殺はイジメが動機で……?」 「そうそう、ええ、そうなのよ!」 「だけど彼女は慈悲深い子だから、やがて壊れてしまうこの世界から私たちを救うために命を投げ出したの!」 「だけど上手くいかなかった……最後まで彼女を苦しめる悪が存在したから……もう解放してあげれば良かったのに……」 「分かるでしょう? あんなに清い子だった高島さんが拒絶されてしまう世界……そんなゴミのような世界が存続していいはずがない……」 「そして彼女は赦せない者たちを、この崩壊する世界と道連れにしようとしている……」 「ああ、罪深き私は絶対に生き残れないでしょう……」 「こう言うと酷だけど……いじめに向き合わなかった唯が呪い殺されたのは、ある意味で当然よ……」 「そして傍観者の一人であった私も……違うクラスとはいえ教師なのに、助けてあげられなかった私もね……」 「ふふっ……うふふふっ……」 「だけど安心して、まだ救いの道はあるの……」 「この事態を見越していた救世主様におすがりすれば……穢れてしまった私たちも助かり、共に新しい時代を歩んでいける……もうこれしかないの」 「分かってくれた……お父さん?」 「ああ、よく分かった。お前は受け入れ難いショックが重なって心身ともに疲れているんだよ。しばらく静かに休むことが必要だね」 「違うわ! まだこの世界の常識で私を縛り付ける気なの?」  私は真剣に事実を話してきたのに、この時の父の微笑は私の反感を買うのに十分なものでした。 「お父さんは怨霊となった高島さんの恐ろしさを知らないし、隠された真実から目を背けすぎて全体が見えなくなってしまっているんだわ!」 「そうかも知れんなぁ……とにかく、お前は明日から学校を休みなさい」 「なに言ってるの? もう残された時間は少ないのよ……」 「そうだな、お前の言うとおりだ」 「お父さん…………」  嗚呼、父は嫌な目で……私をとても嫌な目で見ています。  一部の、特に上昇志向の強いベテラン教師にありがちな、自分の心に壁を作って聞く耳を持たず、他者に同情するふりをして見下すあの目です。  お父さん……その目には、いつも私の背後から悲しそうに見つめてくる高島さんの無念な面持ちが見えはしないでしょうね……。 「うんうん、お前がそう言うのならそうなんだろうな」 「……ぁ……ぁぁ」  私の言葉を理解していると信じていたのに、こんな裏切りってあんまりです。 「私の古い友人に、こういう分野の優秀な専門医がいるから、これから会いに行くとしよう」 「そこで彼に思う存分話すといい……きっと楽になれる」 「……ちょっと、お父さん?」 「お前には言わなかったけど、父さんは長く教師を続けていて、今のお前のようになってしまった生徒や仲間に何度も会ったことがあるんだ」 「教師という職業は常に心理的に圧迫されるからね、これは別に恥ずかしがることではない」 「……ぇ?」 「いいかい明日美、お前はとにかく疲れきっている……」 「だから安心して私に任せなさい……大切な嫁入り前の可愛い娘だ、決して悪いようにはしないよ」  こう言い切ってお父さんはニコリと笑い、私は長い間尊敬の対象であった彼から拒絶されたことを思い知って泣きたくなりました。  だけど父は悪くないのです……これは単に私の説明が、事を急ぐあまりに要点を示せていないだけ。  父は私が生まれる前より優れた教師でしたから……愚かな若輩者である私ごときに説得できるはずが無かったのです……。 「ちょっと待ちなさい、すぐに連れて行ってあげるからね……」  お父さんはゆっくりと席を立ち、こちらに背を向けて机の引き出しから車の鍵を取り出そうとしました。  この時――私は心を鬼にして決断せざるを得なかったのです。  皆さんもきっとご理解頂けるはずです。  今も敬愛する彼を救うには、もうこうするしかないと。 「そうねお父さん……私、どうも疲れているみたい……」 「そうだよ、だから――」 「ぅが!? ……っ、うぅ…………」  追い込まれた私は父が机に手をかけている間に花瓶を手に取り、彼の振り向き様に顎を殴打してその場に崩れさせました。 「はあっ、はあぁっ……良かった、出血はないみたい……」  以前、父につきあってテレビで格闘技の試合を見ていたのですが、その時のノックアウトシーンを再現し、上手く父を脳震盪させることが出来たのです。 「我慢してね、これもお父さんのためよ」  私はバタリと倒れた父を見下し、大切に育てられた娘として申し訳ない気持ちと、彼を救うために上手くやれた満足感とで実に複雑な心境でした。 「なにか縛るものは……あっ、これがいいわ……」  次に父が読み終えた書籍を友人へ送るために使う、細いけれど強靭な荷造り用の紐を見つけて、彼の両手両脚をソファに縛り付けました。  この世界の常識で見るならば、娘が父親を殴りつけて縛り上げるなんて赦し難い悪行ですね。  ですが皆さんもお分かりのとおり、この世界は根本的に間違っていて……  それゆえ確実に終わるのです。  真実に目覚めた私が“この世界の常識人”である父に対し、「どうして分かってくれないの?」と問うことは愚の骨頂と言えましょう。 「大好きよ、お父さん……必ず助けてあげる……」  なので間違っている彼の自由を一時奪い、こちらの手で矯正する必要があるのです。 「こうするしか、方法は無いのよ……」  私は既に覚悟を決めていますから、一瞬もためらうことなくブラウスを脱ぎ、  両脚を拘束する忌々しいタイトスカートも投げ捨て、  速やかに両手を後に回し、ブラのホックを解放して胸をはだけると、  自身を戒めるように素早くパンツを下げ、救世主様の仰った尊い指示を実行し始めました……。  …… 「これも私たち家族のため……」  私はまだ意識を取り戻さない父の股間へ手をのばし、ほのかに頬を赤らめながらファスナーを下ろして萎縮した男性器を露にしました。  今は小さくて柔らかい父の性器。  これを直に見るのは……まだ私が幼くて、父と一緒にお風呂に入っていた頃以来です。  ……この世界に生まれた瞬間から十ヶ月遡ったある日、この男性器が母の女性器に挿入され、受精した結果がこの私だと思うと感慨深いものがありました。 「救世主様は『父親と性交渉をもて』と仰った……」  そうしなければ、私は救われないとも仰いました……。  実の娘が父親と肉体関係を結ぶなんて、この世の常識からすると論外にも程があります。  しかし、だからこそ――新しい世界に生きるため、私はそれを為さねばなりません。  ここに来て救世主様の言葉の重みが身に染みて分かってきました。 「大好きなお父さんだからこそ、私は身体を委ねられる……」 「私の初めては……優しいお父さんに相応しい……」  彼にはそれを受け取る資格がある――  だから全裸で父を見下ろす私は、自然に無垢な心で微笑んでいました。 「とにかく、この子だけでも元気になってもらわないと……」  私は(皮肉にも)かつて唯から借りたレディースコミックを参考にして、父の男性器を口で愛撫して勃起させることにしました。  だって噂に聞いた内容では……口でしてあげるのは、手でするよりずっと気持ちいいらしいのです。 「あむぅっ……ちゅぷ、れろっ、じゅちゅっ……」  父の男性器を咥えて吸う娘……正直に白状します、私はこの背徳感に少なからず興奮し、ぞくぞくしていました。  これは親子としては禁忌に違いないけれど、女としては男にしてあげられるとっておきの行為なのですから。 「んぐっ……ちゅぶっ、ちゅぷぅっ……じゅぶぶっ……」  舌先で弄ぶ柔らかい男性器は温かく、汗によるかすかな塩気が印象的でした。 「んじゅっ、ちゅぷぷっ……れろんっ、ぐちゅり……」 「ちゅぷっ、ぺろっ……っはあ〜」  息苦しくなって止むを得ず口を離します。 「もう、どうして勃たないの? 知ってることは一通りしてみたのに……」  悲しいかな、脳内の知識全てを活かして愛撫してみたのに、父の男性器は少しも大きくなってはくれません。  エッチな漫画や、悪い男子から没収した写真集にある屹立した男性器とは、まるで別物のようです。 「参ったわ、マツタケみたいな形にならないとダメなのに……」  私はこれまでの自分の性に関する無欲さを憎み、まだ意識を戻さない父に対してとても申し訳なく思いました。 「でも、男の人は寝ている間も勃起するそうだから、今だって方法次第では何とかなるはずよ……」  困った私は唾に濡れた男性器を両手でしごいてあげましたが…… 「だめ……ちっとも反応してくれない……」  相変わらず、母に清川明日美を種付けた“ボウヤ”はしわしわに縮こまったまま、焦り始めた私の要求を少しも受け付けてくれないのです。  ――このままでは、父と性交渉することは叶いません。 「どうしましょう、これは想定外ね……」  とにかく父の男性器を私の膣内に挿入し、見事に射精へ導かねば救世主様は私を認めて下さらないのです――  もはや些細なことに悩んではいられません。  私は父の部屋の中を注意深く見回すと、 「仕方ないわ、これを使いましょう……」  机から父が愛用している万年筆を取り上げ、それを添え木のように萎縮した男性器にあてると、  締め付けがきつすぎないよう気をつけながら、何度も輪ゴムを巻いてずれないよう固定しました。 「口でだめなら、もう強硬手段に出るしかない……」  とりあえず、父の男性器は直立した状態となっています。  ならば口よりも強い刺激を与えられるところで……それを本来の用途に目覚めさせ、快楽を与えて絶頂に導くしか方法はありません。 「これも使えるわ……」  私は父の間食のサンドイッチを包んでいたであろう透明なラップを見つけると、男性器と万年筆がさらに一体化するよう、それを上からぐるぐると巻きつけ、 「あんっ、この折れ目は少し痛そうね……」  さらにハンドバッグから取り出した保湿用クリームをたっぷり塗りつけて滑りを良くしました。  と言うのも、ラップの折れ目は意外と硬く尖っていて、触れる指先にチクリと来たからです。  そんなものが何度も激しく膣内を動けば、父が果てるよりも先に私が痛みでギブアップしてしまうかも知れません。 「……これで、大丈夫そうね」  さあ、不自然ながらも挿入の準備は完了。 「中に入れて動かしていれば、やがて自然に大きくなるでしょう……」  私は脚を広げておもむろに父へ跨り、なんとか立たせた性器の先端を自身の秘所へあてがって胸の奥をドキドキさせます。 「私の処女……お父さんにあげるね……」  この時の私は一人の成人女性として、羞恥にためらうよりも、むしろ嬉しくて誇らしい気持ちでした。  そして全身の力を抜き、深く息を吐きながら―― 「んぅう゛っ! くぅぅ……んうぅっ……」  自分の体重を活かして一気に腰を沈めると、父のそれが処女膜を裂く痛みに思わず目を閉じて仰け反りました。 「んあ゛っ……くぅうぅぅっ……んぅうっ……痛いよぅ……」  唯からは「本当に痛い」と聞いてはいましたけど、ここまでとは思っていなかったのです。 「っうぅ……血、出てる……」  父との結合部を触れた私の指には、間違いなく私が零した赤い血が付着していました。  私は父を一人の男性として深く受け入れて…… 「っあ、はぁっ、はあぁっ……」  もう処女ではなくなったのです。 「っはあぁ、はあ、はあっ……これからよ、これからが肝心だわ……」  いつまでも普通の女の子っぽく、喪失の傷心と痛みに浸っている場合ではありません。  この状態を写して送っても、おそらく救世主様は満足して下さらないはず。  あの方は“忌むべき教師”が実の娘と交わり、白濁を噴出して男の本能を曝け出している瞬間を見届けたく願っておられるに違いありません。 「っはあっ……んぅうう゛っ……うぅんっ、っく、んうぁう゛ぅっ……」  だから私は懸命に痛みを堪え、父に抱きつきながら腰を大胆に上下させ始めました。 「んっ、うぅっ……あふっ、う゛っ……くぅあ、ああっ、あふうぅっ……」  やはりクリームを塗りつけたのは大正解でして、父のそれは滑らかに私の中を上下していきます。 「あぐっ……っふうっ……んあっ、ああっ……はふぅ、うぅんんっ……」  父の男性器が勃起していないのは残念ですけど、ラップを通じて確かに伝わる彼の温かさに私の苦痛は次第に和らいでいきました。 「あふぅっ……お父さん、今までありがとう……大好きよ……」  今まで大切に、愛情こめて私を育ててくれたお父さん……  いつも背中を追いかけていた、優しいあなたのおかげで……  明日美は立派に女になりました……。 『二人とも、そろそろ夕食にしますよ』 「――っ!?」  じわじわと女の快感を得るようになってきた頃、不意にドアがノックされて私は背筋の凍る思いでした。 『明日美もいるんでしょ? 悪いけど手伝ってちょうだい』  まだ室内で何が行われているかを知る由もない母の声は明るく、そして親しみの情に満ちて弾んだものでした。  ええ……この母も父より多少厳しかったものの、私にとっては自慢の素敵な母親なのです。 「あっ、はい……もうちょっと、待ってね……はぅうんんっ……くぅっ……」  けれど私は途切れがちになる言葉で母を退去させようと努め、これでもかと必死に腰を上下させて父の射精を待ちわびます。 『……ねえ、ちょっと声が変よ……どうかしたの?』 「いえっ……なんでも、ないわ……よっ……」  この時、母は愛する夫の身体を奪われて「女のカン」が働いたのでしょうか……返事をする私の異変にどことなく気付いたようです。 『今日はやけに早く帰ってきたし……いったいどうしたの――あら?』  ――ガチャガチャッ。 「ひあっ……あっ、ああ……」 『ちょっと、どうして鍵がかかっているの? 開けなさい明日美!』 「だっ、ダメっ……ふぁあっ……っうん……もう少しだからぁっ……」  ――ガチャガチャッ  母はドア越しにこちらの異変に気付き、何度も激しくドアノブを回して騒がしく金属音を立てました。 「あふぅうっ……くふぅうんんっ……んっあ、ああっ、あぁんんっ……」  すると、――この緊張した空気はかえって私を駆り立たせ、早々に窮地を脱するべく膣内を潤ませて、女に目覚めた体を奥から火照らせたのです。 「あくぅ、うっ、ふうぅうぅっ……あっ……」  ラップを巻いた棒状のモノが膣内を動くたびに、私の深部は疼いて愛液を滴らせているのが見なくても分かりました。 「っぅうっ……あはぁっ……」  ――ガチャガチャッ! 『こらっ、中で何をしているのっ!!』 「はあぁっ、はあっ……お母さん……もう少し、待ってよぉ……」  ――ガチャガチャッ! 『明日美っ、明日美ぃッ!!』 「…………んぅぅ……」  こちらの息遣いが荒くなってきた頃、沈黙していた父がようやく薄く目を開け、 「ぁぁ……なにが、あって――おいッ!??」 「あんんっ……おとうさぁん……おとうさぁんんっ……」 「ななっ、なにをしているんだ明日美っ! こら、すぐに止めなさい!!」  目を開けて状況を理解した父は、私を跳ね除けようとして身体をよじりますが、私がそうさせないよう紐でしっかり縛っているので悔しそうに顔を歪めました。 「あはぁあっ……おとうさん、大好きぃ……」 「お前ッ、自分が何をしているのか分かっているのか!」 「もちろんよ……お父さんが大好きだから、私の処女をあげたの……」 「――なぁっ!? あ、あぁ……なんてこった……そんな、そんなこと……」  激昂して赤くなっていた父の顔が見る見る青ざめ、それを憐れんだ私は彼を慰めるように、回転を加えながら腰の動きを速めてあげました。  いや、「あげました」なんて言い方は偉そうですね――私は膣内を擦られる快楽に目覚め、もっとそれを強く味わいたくなっていたのです。  真面目で従順な娘ではなく、一人の普通に性欲もある成人女性として。 「ダメだ明日美……これは赦されないことだぞ」 「どうして? 大好きな男女が結ばれるのは、いいことじゃないの?」 「私たちは親子だ! こんなことをしてはならん、すぐに止めなさいっ」 「親子でもあるけど、お父さんは男でしょう……っふぅうんっ、あはぁあっ……」 「屁理屈はいい、すぐに止め――、う゛あぅっ」 「ほら、お父さんだって気持ちよがってるじゃない……声に出てるわよ……うふふっ」 「……くぅっ!」 「その我慢している顔……すごく可愛い……もっと気持ちよくなろうね……ちゅぱっ」  苦悩に歪む父の表情が愛しくて、私は腰を振りながら彼の頬に何度もキスしてあげました。 「あ、あぁ……明日美ぃぃっ……」 「お父さんとお母さんがこうやって愛し合い、そして私が生まれたんでしょう?」 「とっても素敵だわ……生命の神秘ね……あはぁあんん……」 「ああ……なんということだ……娘の純潔を……あぁぁ……」  ――ドガッ! ドガッ!! 「もう、お母さんたら必死ね……あふぅ……ひぁっ、ああっ……」  しばらくドアノブを回す音が絶えていたのに、母はおそらく一度キッチンへ戻り、まな板のような鈍器を持ち出して外から鍵の破壊を始めたようです。  部屋のドア自体は木製ですから、非力な母であっても何度か殴りつけていれば鍵の破壊は可能でしょう。 「あふぅっ、うぅ、くうぅんっ、うんんっ……」  母の鬼気に少々焦りを感じた私は自らの快楽を後回しにし、純粋な使命感をもって熱心に腰を振りながら父の射精を待ちわびます。 「はあぁあっ……お父さんのオ○ンチン、硬くなってきたよぉ……」 「っ……そんな、そんな……!」  ――ドガッ! ドガッ!!  しかめた顔を左右に振って否定する父ですが、私の膣内で万年筆を押しのけながら膨張していく男根は正直そのものでした。  膣の奥では感じが鈍るのですけど、まだ浅いところでは先端のくびれさえ分かるほどにソレは勃起してきていたのです。  ――ドガッ! ドガッ!! 「ねぇお父さん……私もう、こんなに大人なんだよ……」  私は手が自由にならない父にかわり、丸く発育した乳房を彼の胸板に押し付け、左右に揺すってその柔かさを教えてあげました。 「くふふっ……お父さんも男だもんね……時々私の胸を見てたの、知ってるんだから……」  ここで女のプライドを汚された母に乱入されると実に厄介ですから、私はどんな手段を用いても早く父に射精させたかったのです。 「どう? お母さんのより大きくて柔らかいでしょう……」 「……破滅だ……私はもう……終わりだ……」 「そんなことないわ……こうすることで、救世主様に認められるのよ……んふぅぅぅ……」  私は調子にのり、乳首の勃ってきた胸を父に密着させながら軽いキスを繰り返します。  ――ドガッ! ドガッ!! 「……こんなこと、人として間違っている……」 「だからこそ、いいのよ……」 「この世界のモラルなんて、全部捨てなくちゃ……あはぁんっ……」  父の男根が張りつめてきて私の中もきつくなり、それがビクビクと脈打っているのさえ感じられるようになりました。  ――ドガッ! ドガッ!! 「あはぁあっ、あぁっ、くぅうぅっ……」 「おとうさん、私の中でいってね……中でなきゃイヤっ……んふぅうっ……」 「……ぁあ……うぁぁ……」  もはや何も抵抗出来なくなった父は私に屈服し、こちらの秘所も十分すぎるほどに愛液が潤んで腰の動きは実に滑らかでした。 「はふぅっ、うくぅ、うんんぅ、あっ……ひあっ、ああぁんっ、おとうさぁんっ!」  ですから、この時に至っては破瓜の痛みさえ、かなり薄まっていた上に適度な刺激となってスケベな私を喜ばせてくれたのです。 「ひぁうぅぅっ……ふぁっ、あぁっ……きもちいいっ……」  これがセックスなんですね……。  初めての相手が実の父親だなんて、今日になるまで全く考えていませんでした。  でも……愛があるから、とても幸せです。 「……ダメだ、ダメだ……だめ、だ……」 「はうぅっ……早くイってぇ……そうしないと、お母さんに見られちゃうよ……」  ――ドガッ! ドガッ!! 「はぅんっ、うんっ、んんぅっ……あはぁっ……お父さんの、おっきいね……」 「……ダメだ……ダ、メ……ああっ――!!」 「っああ゛っ……ん゛っ、くぅああっ……」 「あ! イってくれたのね!」  父が顔を歪めて苦しそうな声を上げた瞬間、膣内に熱い迸りを感じて私は狂喜乱舞しそうでした。 「カメラどこ、カメラっ!」  そして私はすぐに携帯へ手を伸ばし、 「っはああぁんっ!」  男根を膣から抜くと思わず甘い声が洩れましたが、その余韻に浸ることなく素早くラップと万年筆を取り外し、 「くふふっ……☆」  最初の一枚は父と私の顔を同じ画面に写して、  次の一枚は、精液を滴らせる勃起した男根と、赤く充血した私の秘裂が重なるように写したのです。 「さあ、送信しなくちゃ……」  数秒後に携帯の電子音が鳴り響き、これで最初の課題は無事にクリア。  私は嬉しくてすっかり舞上がってしまい、自分を責めて無言の父を強く抱き締めてあげます。  そして初めて見る精液に手をのばし、白く濁るそれを指先に絡め取って顔に近付け、 「わぁ、本当にイカみたいな臭い……」  好奇心に後押しされて舐めてみると、それは何とも生臭くて酷い味でしたが…… 「こんなにたくさん出ちゃうなんて、ずっと我慢していたのね……」  射精したくても思うようにならず、こうも溜まるまで我慢していた父がいじらしくなり、私は指についた精液を全て舐めてあげました。  ――ドガッ! ドガッ!!  ――ベキィッ! 「あ、壊れちゃった……」  遂に母はドアノブの破壊に成功しましたが、私の行動を止めるには至らず、この時ばかりは母に対し「女」として勝ったような幸福感を味わったのです。 「こらっ、明日み――ひああぁあっ!!?」  下腹部を露にして白濁を垂らしている夫と、その横で全裸となって得意気な顔をしている娘を直視した母……。 「えへへっ……ふちゅっ、ちゅぷぅうっ……」  私はとどめを刺すように、絶望の面持ちとなった母の前で、放心状態にある父と濃厚に唇を重ね、見せ付けるように彼の舌を吸ってあげました。 「あぁ、明日美っ……あなた、なにをして……??」 「ちゅくっ、ぺちゅぅうっ……っふぁ、お父さんだいすきぃ……」 「きゃああああああああああああああああ――〜〜〜〜〜っ!!!」  すると母は断末魔のような悲鳴をあげ、現実を受け入れまいとして頭を抱えたのです。  明日美は実に満足でした。  もちろん母も大好きに違いないけど、今になって考えると、私は幼い頃から父をめぐって母をライバル視していたのかも知れませんね。 「ふふっ、くふふ……」  こうして父と母、双方の心を砕くことに成功した私は、 「くふふっ、やった――私やったわ!!」  達成感に浮かれながら庭側の窓を開け放ち、一糸まとわぬまま意気揚々として我が家を後にしたのです。 「この世のモラルなんて全部押し付けのデタラメよ。気にしちゃ駄目っ!」  さて、有頂天になって全裸で飛び出した私ですが、  ふと他人の視線が交錯する往来へ出ると、 日頃の心の弱さが露呈して堂々と振舞えなくなり、 「これも試練よ、耐えなさい……」 「きっとあの方なら、私の意気込みを理解して下さるから……」  浅ましく電柱などに身体を隠しながら、私の帰りを待つ救世主様のもとへ移動を始めます。 「……っう!  痛っ……」  多くの路面はアスファルトで舗装されているものの、意外と小石が多く転がっていて素足の裏に食い込んで痛く、 「頑張りなさい、明日美っ……」  しかも私は初めて性器に男性を受け入れた直後なので、その違和感もあって情けないほど足取りがおぼつかなくなっていました。 「せめて上着とスカートくらいは持ってくるべきだったかしら?」  ふと気付けば無意識の内に胸と下腹部を手で覆い隠し、慎重に周囲へ目をやりながら歩き続ける自分に気付きます。 「これでは箱舟へ戻る前にくじけそう……」  路上に停めた自動車・灰色のブロック塀・緑の葉を茂らせた街路樹・まっ赤な自動販売機……  私は人の気配を感じると、すぐにそれらの陰に身を潜めました。  こうしてビクビクしている最中も、周囲からは見知らぬ人々の話し声がボソボソと聞えてくるのです。  もしこのまま彼らに見つかれば、私は露出狂の痴女として性的な興味の対象にされることでしょう。  それは想像するだけで鳥肌が立つほどぞっとする光景です。  だけど尊き救世主様は問われました―― 「お前に全てを捨てる覚悟があるのか?」と。 「そうですよね、 ええ、そうですわ……今さら何を捨てられないと言うのでしょうね?」  私は滑稽にも電柱の陰で自問自答し、極めて単純な回答にたどり着きます。  この世にあって全てを捨てねばならぬ私に、もはや何をためらう必要があるのかと。  父と母の心を壊した結果、ついに彼らからの束縛を離れた私にとって、この世界にどんな未練があると言うのでしょう?  正しき道を行こうとする者に試練が与えられるのは歴史が証明しています。  それに私が救われることで、両親を救い出す道も開けるのです……過ちを決して認めない彼らを救うには、まず私自身が救われなければなりませんから!  清川明日美は、何も間違ってはいません。 「こんな重苦しい世界、もう真っ平ゴメンだわ!!」  私は両手を自由にし、ほんのり熱い胸と股間を露にします。 「私は綺麗な新しい世界で生き、大切な人たちと幸せになるのよ!!」  赤い空へ叩きつけるように宣言すると、私は清らかな救世主様の笑顔だけを心に思い描き、生まれたままの姿で跳ねるように駆け出しました。  これは一つの聖なる儀式。 「何も隠さない」→「何も騙していない」=『もう教師ではない!』  私には何も隠すものが無い……新しく生まれ変わろうとする私には、何も恥かしがる必要が無いのです。  今は悦びのうちに箱舟を目指して駆け抜けて行けばいいだけ。  案ずるより生むが易し、――実に簡単なことではありませんか。 「胸が揺れて走りにくいな……」  ノーブラで走ることなんて勿論初めてでしたから、母以上に発育した胸が大きく揺れると思いのほか走り難くて苦笑しました。  だけど……そんなに悪い気はしません。  むしろ自分の新しい面を見てもらえる嬉しさの方が大きくて、私は胸を隠すどころか両手を大きく広げて走り続けます。  さあ哀れな者たち、これがあなたたちがいつも服の上からじろじろ見て、いやらしく想像していた清川明日美の裸体よ!  しかも処女を捨てて、本当の女になったばかりの身体よ!!  見たければいくらでも見るがいいわ。 「その代償は間宮様へ支払いなさい」  今の懸命な私の姿を、あの方は離れた場所からしっかり見守って下さる。  嗚呼、一刻も早く箱舟へ帰りたい……  私はただ、このままの無垢な姿で救世主様のもとへ駆けつけ、全てを知るあの方の祝福の中で抱き締められたいのです。 「待っていて下さい、私は負けません!」  …………  …… 「はぁぁ、ちょうど帰宅ラッシュの時間ね……」  さすがにこの時刻の駅前は人通りが多く、この姿で突破するのは容易ではないと判断しました。  ここから見えるどの道にも、学校帰りの若者や、疲れた様子のサラリーマンが十人十色の表情で帰路についているのです。  ああ、言い足しておきますけど、彼らに身体を見られるのを恐れて溜息をついたのではありませんよ。  彼らが失敬にも私を変質者と決めつけ、我先にと捕まえに来たら面倒だからです。 「……ぅぅ」  とはいえ、いつまでも惨めに植え込みの中へ隠れ、行き交う人の数が減るのを待っているわけにもいきません。  最も困難と思われた課題――父との性交をクリアした私は速やかに学校へ戻り、間宮様から「救済の証」となるお言葉を頂かねばならないのです。  こんな場所でもたもたしていれば、高貴なる間宮様のご機嫌を損ねかねません。 「何か良い方法は…… ぁ!」  周囲をきょろきょろ見回していると、ちょうど中年の女性が自転車に乗って私の前へ近付いて来るところでした。  そう、自転車!  脚で駆けるよりも速い自転車なら、私の帰還を邪魔しようとする愚者たちの手にかかることなく学校へ戻ることが可能です。  つまり、この女性がタイミング良く通りがかったのは決して偶然ではなく、これも救世主である間宮様の有り難いご配慮に違いありません。  感謝いたします、間宮様! 「もしもし、恐れ入りますけど――」  私は教師として学んだ営業スマイルを浮かべつつ、何のためらいもなく堂々と植え込みから夕日を浴びる路上へ出て、 「――っ!? ちょっとアナタ、どうしたの!!?」  こちらを視界に捉え、仰天して脚を止めた中年女性の前に進み出たのです。 「何があったの、警察呼びましょうか!?」  どうやらこの女性は親切な心根の方らしく、私を心配して自転車を降りると早足にこちらへ押して来ました。 「ふふふ、警察は遠慮しておきますわ」 「だってアナタ……普通じゃないわよ!」  そうですね、私は愚かな貴女たちと違って普通ではありません。 「ぇえっと……こういう時は……ぁあぁぁ……」  女性は平然としている私をどう扱うべきか困っている様子で、怪訝そうな顔をして自転車のスタンドを立てて止めると、 「ちょっとそこの人! 早く警察を――」  やや離れたところを歩く男性に大声をかけたものですから、 私はこれを合図に止めてある自転車へ駆け寄り、 「黙れよババア! これは借りていくわよ」 「あっ! こら、どこ行くの!??」  罪悪感など微塵も抱くことなく婦人用自転車を奪い、素足の裏がめり込むほど強くペダルをこぎ始めたのです。  ………… 「らーららーら〜♪」  私は強奪した自転車で軽快に疾走し、こちらに気付いた人々の唖然とした顔をかき分けるように進んでいきます。 「うふふっ、いきなり『ババア』ですって!」 「こんな汚い言葉を人様に吐くなんて、もう教師として失格でしょ?」  しかもこれで前科一犯ですよ。 「るーるるーる〜♪」  私はこの数時間のうちに、かつてないほど大きく進化しているのです。  こうして救世主様の指示を実行しているだけで、どんどん自分が変わっていくのが明らかに分かるのです! 「もし死が最も危険であるなら――人は“生”を願う!」 「もしそれ以上の危険を感じたならば――人は“死”を願う!」 「しかし死が希望となるまでに追い込まれた時の絶望とは――」 「死ぬことが出来るという望みさえ断たれた、果てしなき絶望なのである!!」  私はいつか読んだ小難しい本の一部をありありと思い出し、それを大声で赤い空へ吐きつけました。 「あっはっはっはっはぁ〜〜っ!」  なぜこんな屁理屈っぽいことを言ったのでしょうね?  おそらく……私はもう“絶望”とは無縁であると、悦びの内に自覚しつつあったからでしょう。 「こらガキども、そこを退きなさいッ!!」  私は前を塞ぐように並んで歩いている、学生をヒステリックに怒鳴りつけて道を空けさせました。  思春期真っ盛りの彼らは呆気に取られたような、それでいて若い女の裸体に興味津々な顔で私を見送ります。 「ふふっ、見たければ見ればいいじゃないの――見せてるんだから!」  往来を行き交う人々の視線が集まってくるのを感じ、体温がじわじわと熱くなってきました。  往来にはまだ私に気付いていない人の肩を叩き、こちらを指差して教えている人の姿さえあります。 「ぅんっしょっ! ほら、これでどうかしら――」  この自転車には変速機がついていないので、私はもっと加速するためにサドルから立ってペダルをこぎ、しかも前のめりになってお尻を突き出しました。  この姿勢だと後から私の秘所とア○ルが丸見えですし、垂れ下がる乳房も大きく揺れて見ごたえがあることでしょう。 「――あれ何だ! ヤベえよ!?」 「やだっ、痴女よ!」 「ふふっ……うふふっ……」  いやらしい視線だけでなく、私を罵る愚者たちの言葉さえ心地良い。 「くふふっ、あはは〜〜〜〜っ☆」  自転車をこいで駆け抜けていく全裸の私に、凡人たちの好奇の目が集まるのは当然でしょう。  しかも哀れなことに、嬉しそうな顔の方が多いではありませんか……。 「お父さんが私のこんな姿を見たら卒倒するわね!」  まあ、今のお父さんに家を出るほどの気力はないでしょうけど。  ……ごめんね、可哀想なお父さん。  でも私の処女をあげたんだから、少しは嬉しく思ってほしいな。 「へへっ、明日美はお父さんとヤッてしまいましたぁ――!」  間宮様のご命令で、私、清川明日美は実父と性交してまいりました。 「私が受精したのは〜、お母さんとの何回目のセックスだったのかしら?」  うちの両親が「できちゃった婚」だったら驚きだけど、結婚前からどちらも真面目な教師なのでそれは無いはず。  二人とも人々の規範として清く正しく交際し、ちゃんと結婚してからセックスして私が生まれたに違いない。  ……やること自体は良くも悪くも同じなんだけど。  初めてのセックスは童貞と処女同士かぁ……ちょっと羨ましい。 「くふふっ、お母さんはいつもアレを挿入されてアンアン言っていたのね!」  ……子供の頃、夜中にトイレに行きたくなったけど、昼間に見た怪奇番組が恐くて両親の部屋に行くと、なぜか布団の中でお父さんがお母さんの上に寝ていた。  その時の二人はすごく気まずそうにしていたけど、今になって思うと本当に悪いことしたわ。 「だけどこれで、完璧に埋め合わせができたわ!」  手塩にかけて育てた愛娘にヴァージンをプレゼントされるなんて、「男」としては最高の幸せではないかしら?  この世界のモラルに囚われていては決して受け取れない、たった一度だけのとっておきな栄誉よ。 「そう、この偽善な世界に縛られていては無理だわ!」  頬に涼やかな風を受け、髪を後になびかせながら、私はこの世界に反旗を翻したことを自覚する。  この世界において、実の親と性交するなんて下等な生物くらいなもの。  けれど私は女として成し遂げ、老いた父を見事に射精へ導いた!  それは「人としての良識」を持っていては不可能。  私は人を捨てた――  すなわち、もはや人々の規範たる教師ですらない! 「ざまあみなさぁ――いぃっ!!」  湧き上がる優越感に心が緩み、愉悦の叫びを抑えられなくなった。 「私は救われるのよ! 新しい世界が私を必要としているの!!」  どう、うらやましいでしょ?  だけど意気地なしのあなたたちは、この汚れた世界で朽ちていきなさい。 「生きるか、死ぬか、――それが問題であるッ!」 「運命の翼、――今こそ触れるべしっ!!」  高らかに叫ぶ私の言葉に深い意味などない。  ペダルをこいで加速していくうちに信じられないほど気分が高揚し、ふと脳裏に浮かぶ言葉を捕まえて、それをデタラメに叫びたくなっただけ。 「くふふっ、あははぁ〜〜っ!!」  もう私を縛るものはない。  それゆえ無粋な衣服など身に付ける必要もない。  真正面から吹き付けてくる風が信じられないほど心地良くて、  自分が宇宙と一体化したかのように神聖な感覚に包まれる。  エゴも憎悪も悲しみも消え失せたかのよう。 「こんなの……知らなかったわ……」  果てしない開放感の中で、私は鮮やかな笑みを咲かせて自転車をこぐ。 『全てを捨てる覚悟がお前にはあるか?』 「はいっ、今の私なら何だって出来ますっ!!」  今までの人生で常に感じていた、重苦しい閉塞感が嘘のように吹き飛んでいく。  あぁ、私は誰にも縛られない風になったのだ……。 「ふふっ、くふふふ……」  すれ違う人たちが一瞬驚き、すぐに眉をひそめて私を見送る。  今となっては、その侮蔑の眼差しさえもが心地良い。  愚者たちが己の下劣さを認められず、代わりに優れた者を粘着的に攻撃するように――  聡明で美しい高島さんが、ゴミのような生徒たちから虐められていたように――  あなたたちが私を蔑んで見ることこそ、救われる価値の無い証であると思い知るがいいわ。 「はぁっ、はぁっ――もっとスピードを!」  やがて自転車は急な下り坂の前に着き、私はここでさらに勢いをつけるため力強くペダルを踏む。 「くふふっ――そうそう、もっと速く!!」  そして勢いよく下り坂を降り始めた自転車は、まるでエンジンが付いているかのように暴力的な加速を始めた。  この下り坂はけっこう長くて、徒歩で下るには楽でいいけど、逆に上がるには大変なことで知られている。 「あはははっ! すっごくきもちいい――っ!!」  巨大な滑り台を降りるがごとく、童心にかえって声を上げた。  四方を鉄とガラスに囲まれた自動車とは違う、直に風を受けての強烈な加速に動物的な本能を揺さぶられて興奮する。  ――今、何キロくらい出ているのだろうか?  周囲の景色が“うにょ〜ん”と伸びて後方へ吹き飛んでいく。  頬にぶつかる空気の壁が厚くなり、ちょっと息苦しくさえ感じ始める。  だけど私の顔には笑みが浮かんだまま……。 「うゎーっ、わゎ――っ!」  この激しい加速と比例するように、俗世間から切り離されていく気がして最高。 「あんっ……こんな時にぃ?」  多少身体が冷えたせいか、不意の尿意に襲われてしまった。  だけどここまで加速していれば、思いっきりブレーキをかけてもすぐには止れないだろう。  そして今は止りたくない気持ちでいっぱい。 「それなら仕方ないよね〜〜☆」  ――このままヤッちゃえ!!  そう決めた私は両足首をペダルから放し、目の前に立ちはだかる空気の壁を蹴るように脚を開く。  内股に感じる風圧がさらに尿意を強め、その新鮮な気持ち良さに力んだ下腹部も緩む。 「あはは〜〜っ!!」  ……そして一気に放出…………  太腿に温かい尿が迸り、それらはすぐ後へ雫となって吹き飛ばされる。  もう愉快なこと、この上なし! 「すごいすごーい!!」  今の私に不可能なことなんて、何一つ無いのではと思えてきた。 「――ふひゃっ!??」  放尿の快感に手元が狂い、下り坂を矢のように直進していた自転車はハンドルを取られ、暴れながら横を向こうとする。 「はわっ、ぁわわっ!?」  次の瞬間、私の身体はブランコの鎖が切れたかのように高く放り出され、真っ赤な空がぐるぐる回っている。 「あぁああ〜〜」  この間、宙を舞う私の時間は遅くなり……全ての景色が白黒のスローモーションで見える。  これが噂に聞く「走馬灯ヴィジョン」なのかな……?  なんかコレ、悪くないね……  リアルな神秘体験だもの……本当に素晴らしい。  …… 「――ふぎゅっ!! ?」  ゆっくりと近付いていた地面が私を受け止めた刹那、体中がひどく圧迫されて間抜けな声が洩れる。  次に離れた場所から、何かが衝突して砕けるような鈍い音が聞えた。 「んんぅ……目がまわるぅぅ……」 「あれ? だけど思ったほど痛くない??」  数秒ほど渦巻いていた視界が落ち着くと、私はあれほど高く放り投げられたにも関わらず、ほどんど傷を負っていないことに気付いた。  ふと周りを見やれば、私が落下した場所はどこかの家の庭へ続く芝生の上。  どおりで地面が柔らかいと思った。  そして視線を上げれば、その先で「くの字」になって大破している婦人用自転車が見える。 「あわわ、車輪がハート型にへこんでるわ……」  あれほど激しく加速していたから、自転車が壁にぶつかった時の衝撃は相当なものだっただろう。  にも関わらず、乗っていた私は全裸のくせに無傷。  家々の向こうに隠れた地平線が見えるのではと思うくらい、高く跳ね飛ばされたのに全然平気。 「……これって奇跡だわ!?」  そうだ、これも間宮様の起された奇跡だ!  私にあの自転車を与えて下さった瞬間から、こうなるまで全てを予想された上での慈悲に満ちた奇跡に違いない!!  そうでなくては私が無事でいられるはずないもの。 「ああ、救世主様……ありがとうございます、ありがとうございます……」  私は固く両手を合わせ、学校の方角を向くと目を閉じて真摯に祈る。  これは物理的に説明のつかない現象――やはり奇跡よ!!  思わず感激して涙腺が緩み、頬を熱い涙がじわりと伝い落ちていく。 「なんてお優しい方なのかしら……」  その清く寛大なお心に応えるためにも、  苦悩する私自身が確実に救われるためにも―― 「救世主様のいいつけを守らなくちゃ」  間宮様は“悪”である教師を憎んでおられる。  なのに教師であった私を救おうとして試練を与え、さらには大ケガをしないよう奇跡さえ起して下さった! 「もっと救世主様のいいつけを守らなくちゃ」  それが救われる者の為すべき行い。  私は尊い教えのままに教師を捨てた。  教師を生業としてきた、悪しき両親の娘である事も捨てた。  救われる対象であるには、全てを捨てなくてはならない。  しかしこの世界への未練を捨てきれないでいる私に、間宮様は慈悲の心であえて厳しく仰ったのだ。 「そうよ、それなら全部納得できるわ!」  だから最後は………… 『お前に全てを捨てる覚悟はあるのか?』  もちろんです。 「必ず完璧に人間を捨ててみせます!」  どうか輝ける箱舟の中から見ていて下さい、  ――私の救世主様!!  …………  …… 「人以下になれ」とは、俗な身を全て脱ぎ捨てて来いということ。 「あふっ……んっ、んうぅ……っう、あはあぁっ……」  私は多少ふらつきながら立ち上がり、目的を果たすためにあえて人目の多い場所へと移動して、 「あぁぅっ……くうぅんんっ……んあっ、はあぁぁ〜〜……」  おもむろに道端へ座り、脚を開くと両手で股間を弄び始めた。  ……周囲の目が見つめる中での淫らな戯れ。  この社会において犯罪とされる行為でありながら、性欲を持て余す男たちの求めて止まぬ対象でもある。 「はふぅうっ……ひぅうっ……ぁあっ……はあぁんんんっ……」  さあ、楽しく始めよう。  まるで人前で平気で交尾をする獣のように……  私は人の殻を脱ぎ捨て、女として立派に成し遂げてみせる。  くふふふっ……。 「……おい、あれって……」 「うわっ! ……どういうこと??」  私の嬌声につられて愚かな男たちが歩み寄ってくる。 「んっふぅ……ふあぁっ……あぁっ……はぁぅ、ふうぅっ……」  きっと全裸の私を「乱暴されて打ち捨てられた哀れな女」か……  あるいは「悪酔いして服を脱ぎ捨てたバカ女」とでも考えているのだろう。  やれやれ……勝手な決めつけをするより、もっと近くに来て見なさいよ。  本当は女の裸体を観察したいだけの偽善者なくせに。 「くうぅんっ……あっ、ああぁっ……ふあぅっ……」  ほら、この割目を広げて見たがっているんでしょう? 「んふうっ……ひぁ、あぁあんんっ、んんぅっ……」  ゆっくりと中指を膣へ入れながら、親指と人差し指でクリを軽く抓りあげる。 「っあ、ああぁっ……はあうぅ……んくぅっ、んんうっ……」 「AVの野外撮影かよ……?」 「うおぉ、こりゃラッキー!」  指が淫らに動くにつれ、人々の視線が私の女性器に集まっていくのを感じる。  もう後戻りは出来ないし……そんなつもりもない。  以前の弱い私なら恥辱に耐えられず、無様に精神崩壊したかも知れないけど、 「ふぁあっ、あんっ、あぁんんっ……ああぁ〜〜」  なのに今では少しも嫌ではなく、むしろ見られて興奮を覚えるほどに成長した。 「はふぅぅっ……オ○ンコの中……あったかぃぃ〜〜」  私はもうすぐ完璧に全てを捨て去れる。  だからこそ……こんなに心と身体が火照っているのだ。 「どっ、どうしたのかな君ぃ……?」 「おぃ、気分でも悪いのか……?」  勇気のある――いや、単にスケベな男二人が、戯れにふける私へ心配そうな声をかけてきた。 「水でも……持って来ようか?」 「はふぅ……いぇ、結構ですわ……っあ……あぁあん……」  私の指が開通式を済ませたばかりの膣を出入りするたび、彼らの唾を飲む音が小さく聞えてくる。  あははっ……そんなにここを見ていたいの? 「っふぅ……はあぁっ、あんっ……くうぅっ……きゃうぅっ……」  こんなの、全人類のほぼ半分に付いているのに――ちっとも珍しくなんてない。 「んんぅっ……っはあ……あはぁっ、んぅっ……」  ああ、でもあなたたちには付いてなかったわね……  それなら……思わず見入ってしまうのも無理ないかなぁ…………  可哀想に。  それならせめて、私の優しさを分け与えてあげましょう…… 「はあぁぁ……今日……私は、処女ではなくなりました……」 「私は……あふぅっ……実の父親と、セックスしたんです……」 「マジ!? リアル近親相姦??」  若い男の子が思わず手を叩いて喜び、ふと応援されたようで私も嬉しい。 「うふふ……見えますかぁ……ほら、広げてあげます……ぁあっ……」 「このオ○ンコにぃ……ひゃうぅっ……お父さんの、オ○ンチンを……」  私はかすかに精液がこびりついている女性器を指先で押し広げ、楽しかった少女時代を語るように赤裸々な告白を始めた。  敬愛する両親との絆を絶っても構わないほどに……心と身体を溶かす歓喜に満ちた体験を追想しつつ……。 「はぁあんっ……ここにぃっ、オ○ンチンがずっぷりと……ぅんんぅっ……」 「それ……本当なら、かなりマズいでしょ?」 「膣の奥まで中指入れてるし……とりあえず処女ではないな……」 「あふぅうっ……まだオ○ンチンを、一本しか知りません……っはぁっ……」  私はもっと女性器がよく見えるように大きく脚を開き、程よく濡れたそこを男たちのギラギラした目に曝す。  ああ……突き刺さるような男たちの視線に愛撫されているかのよう。 「はふぅっ……まだ勃ってないお父さんのオ○ンチン……んんぅっ……」 「わたしのここで……ぎゅっと締めて……あんっ、段々硬くなってきてぇ……」  股間を弄くり回す指に愛液が粘りつき、親指とク○トリスの間に透明な糸が引いてすごくいやらしい……。  私はペニスの味を知り、中指をそれに見立てているせいか、いつものオナニー以上に動きが大胆になっている。  ……これは病みつきになりそう。 「オ○ンチンが……あんなに硬くなるなんてぇ……ひぅっ……」 「わたしっ……それが、うれしくて……何度も腰を振って、あげたんです……」 「処女だったんでしょ? 痛くなかったのかい」 「はひぃっ……すごく……痛かったれすぅ……でもぉ、お父さん大好きだから……」 「んあふぅっ……奥まで、一気に……っああ……あぁああんんんっ……」  私は父親との初体験を告白しつつ昂り、もっと快感を求めて片手を胸に回すと、硬くなりかけた乳首をつまみながら見せ付けるように揉む。 「いい形のオッパイだなぁ……ふよふよして零れ落ちそうだよ」  そうでしょう? 大きさと形には自信があるもの。  うふふっ、お母さんよりもバストが大きくなった時は熊のぬいぐるみを抱いて大喜びしたわ。  まるで自分が「選ばれた女」になれたような気がして舞い上がったものよ。 「んふぅっ……んんぅっ、んく、ぁふうぅっ……やぁんんっ……」  もう私の座っている路上には愛液の水溜りができているのに、まだ足りないとばかりにじわじわと深淵から溢れ出す。 「はあぁんっ、ああぁんっ……オ○ンチン……すっごく、大きくなってきてぇ……」 「私のなか……もういっぱいで……きゃうっ……うぅっ、んんっ、んんう゛〜」 「ねえ、どんな体位で最初のセックスをしたの?」 「私が上だったから……あはぁっ……こつこつ当たって……嬉しかったんです……」  父の男根が最大に勃起すると、それまで届かなかった子宮の入り口にまで当たるようになり、ぐいっと押し付けられる気持ちよさに涎が垂れたほどだった。 「最初が父親で、しかも騎乗位ですか……立派にビッチですね」 「ひゃあぁんっ……そんなっ、あぁっ……やぁっ……ひうっ、ひうぅぅっ!」  不意に私より少し若い男に罵られ、その刹那、私は心臓にぞくっとくる快感を覚えた。  確かに私は小心者で怖がりだけど、正直に言って絶対に“M”気質ではない。  なのにこのゾクッとくる快感……これは逆説的に祝福の言葉を受けているせいだろう。それなら納得できる。 「ふひゃぁぅ……んっくぅうぅ……んんっ、んうぅっ……あっ、はあぁぁ……」  ――もしここで、見知らぬ彼らのペニスを何度もアソコに挿れられたら?  それだけに留まらず、強引にア○ルまで犯されたら?? 「あふうぅっ! ひぁあ゛っ、あぁっ、んっくう゛っ、んんんぅ〜〜っ」  想像しただけで半開きの口からよだれが零れ、脳の中が淡いバラ色に染まっていく。  お父さんの精液……あたたかくて、ラップの向こうからビュクビュクと噴き出て最高だった……。  それに比べ、この人たちの精液はどうなのだろう……?  ペニスの大きさと形には個体差があるそうだけど、この人たちのはどうなのかな……??  みんなが並んでズボンの前をはだけ、屹立したペニスを私に見せてくれたら愉快だろうなぁ…………。 「ふぅああっ……ああっ、あんっ、ああぁんんっ、いくぅ、いくぅぅっ」  お腹の奥からじわりと熱が昇ってきて、体中が震え始めて制御がきかなくなってくる。 「はあぁんっ、あんっ、もうだめですぅっ……いくょぅ、いくぅうぅっ」 「おぉっ、身体の震えが激しくなったぞ?」 「あはあぁっ、あぁあっ、あふぅ、んっ、んんんぅうっ!」 「いっくうぅうぅうぅううううぅ〜〜〜〜〜っ!!」 「…………おぉぉ」  この瞬間、私の中で大きな何かが弾けた。  それは私が生まれてからずっと、上へ伸びようとする心を拘束し続けた忌むべきものだ。  その消失の後を追うように、一度空っぽになった心へ湧き出してきたのは最高の清々しさ。  これまでの人生で経験したことのない恍惚……  空へ舞い上がっていきそうな爽快感。 「はぁ――っ、はあぁ――〜〜っ…………」  ついに私は自由になれた……  教師……失格、  人間…………失格、  おめでとう、明日美…………。 「……ぅふふふふ……」  愛液でべとべとの指を自ら舐めて微笑む。  どうですか、間宮様……  ご満足頂けましたでしょうか………… 「……は! おっ、おいおい!?」 「これヤベエよ! すぐ警察呼んだ方がいいって!」 「それより医者が先だろ! 目がイカれてやがる」 「とりあえず119番だな、――もしもし!」  …………あら?  ……何をそんなに、慌てているのかしら………… 「あ、はい、ここの住所ですか――おい、ここ何丁目だっけ?」 「…………?」 「たしか5丁目だったような……ああ、もう分かんねぇよ!!」 「俺、近くの交番まで行ってくるわ!」 「……――あぁあっ!?」  私が身体を仰け反らせて果てた一拍後、見入っていた男たちが淫らな夢から覚めたように声を上げて動き始めました。  これは少々調子に乗りすぎたのかもしれません。  なぜなら彼らの態度は豹変していて、今にも私を連れ去ろうとせんばかりなのです。 「偽善者」……すぐにその言葉が脳裏に浮かびました。 「――ちょっと、そこ退いて!!」  私はまだぼんやりする意識の中で立ち上がると、前を塞いでいた男の肩を突き飛ばして駆け出します。  もし警察が来れば、一糸まとわぬ私は問答無用で逮捕されることでしょう。  その警察こそ、この世界で秩序を守っているとされる組織――  すなわち私たちの行動を妨げる巨大組織の一つなのですから。  それに医者ですって!? 馬鹿にしないで頂戴。  私を薬で服従させようとするなんて卑劣にも程があります。  ああ、救世主様の仰ったとおり、この堕落した世界に善は無いのですね。 「冗談じゃないっ、冗談じゃないわ!」 「こんな世界の滅亡に付き合わされるなんて、本当に冗談じゃないわ!!」  私はもう無我夢中で、自分がどちらへ向っているのかさえ理解できぬまま全力疾走を始めました。  とにかくこの場を離れなければなりません。  ここには悪意が集まりすぎていて恐いのです!  だからすぐに、たとえ足の裏が擦り剥けようともアスファルトを蹴り、  私の帰還を待って下さる、愛しい救世主様のもとへ急がなくては―― 「どうかお救い下さい――私をお導き下さいっ!!」  ……………… 「なるほど……教師だけでなく娘である事……いや人である事も捨てて来ましたか」 「はい……わたし……すべてを捨ててきました……」 「人を捨て……獣になり……次にそうですね……物になりなさい」 「物?」 「はい、あなたは単なる物に成り下がりなさい」 「さぁ、私の椅子になりなさい……私が座るのを助けなさい」 「は、はい」 「……」 「いや……ボクの椅子は……こんなに汚くない……」 「え?」 「そうだ……汚くない……これは汚いものだ……」 「あ、あの……救世主様?」 「救世主? 貴様ぁ! その汚らわしい口でボクを呼ぶな!」 「え? ええ?」 「西村……」 「はイ?」 「便所にしろ……」 「便所?」 「そうだ……こいつは便所として使え……」  信者達がざわついている。  無理もない、あんな話を聞かされて……まともでいられるはずがない……。  特に男子生徒……。  こんな〈穢〉《けが》れた女など……こいつらの道具にふさわしいだろう。  全裸で外を出歩くなど、単なる気狂いだ。  誰もそんな事をしろなどと言っていない。  教師である事を捨てろと言った。  教師である父の娘である事を捨てろとは言った。  だが、全裸で街を〈彷徨〉《うろつ》き、他人の物を盗み、人々の前で淫らな行為をしろなどと言っていない!  そんなものは、単なる罪だ。単なる犯罪だ!  こいつは罪人だ! 犯罪者だ!  もっとも罪深き者だ!  教師などと言うものは大抵そういうものだ! 「そうだ……君達の便所だ……」 「ボく達の便所?」 「以後! 男子も女子もかならず用を足す時は! こいつの口の中で用を足せ!」 「小便だけではないっ! 大便だろうがなんだろうが! かならずこいつの口を使え!」 「分かったか!」 「お、俺……ションベンしたかったんダ……」 「お、俺モ……」 「俺が先ダ……」 「あ、ああ……」 「一番端でやれよ! 換気が良い場所でだぞ!」  清川は数人の男に連れて行かれる。  その後には数人の女生徒の姿も見える。  単純にトイレを我慢していたのだろう……。  じょぼじょぼじょぼ。  ジョボジョボジョボジョボジョボジョボジョボジョボ……。  ひどい臭いだ……一斉にこれだけの人数が小便をするとこんな臭いになるのか……。  しかし……便所の気分とはどんなものだろうか……。  これからずっとオシッコを髪の毛にかけられるってどんな気分なんだろうか……。  今まで、お前自身が便所に対してやってきた事だ……自ら堪能すると良いだろう……。  そうだ……教師であった時……この女が大事にしているモノ。  教育者の象徴……。  そう言ったものを自ら〈汚〉《よご》させよう。  便所に〈汚〉《よご》される象徴。  まったくふさわしいではないか……。  教師であった、この女が持ち歩いていた教簿、教科書、ノート……そういったものを集めさせる。  集めたものを彼女の下に置く。  そして命令する。  自らの小便で汚す事を、  歓声に似たどよめき。  よっぽどたまってたみたいだ。  むっとするニオイが満ちる。 「もう完全に教師失格だね」と誰かが言う。 「というより人間失格じゃね?」と誰かが返す。 「オシッコかけられて、教簿にオシッコしちゃうんだからさぁ」と嬉しそうだ。  どうでも〈良〉《い》い事を……さも嬉しそうに……。  そんなに嬉しいのか? それはそんなに嬉しい事なのか?  理解不能。ディスコミュニケーション。全ク理解シ難キ低脳ブリ。  こいつら……、  とうとうズボンを下ろしはじめたヤツまでいる……。  犯ル?  犯ル気ナノカ?  オマエラハ便器トスラ〈姦淫〉《カンイン》スルノカ?  アレハ便器デアッテ人デハ無イ。  人デ無イ物ニ欲情シテハ駄目ダ。  ソレデハ気狂イダ。  気狂イハ罪ダ。  気狂イハ紳士淑女デハ無イ。  駄目ナ人ダ。  ソレハ警察ニ捕マルレベル。  便所ト〈姦淫〉《カンイン》シタラ警察官ニ突入サレル。  アアアア……。  〈此奴〉《コイツ》ラハ〈何処〉《ドコ》マデイッテモ糞ダナ。  コンナ者ヲ救済スル必要ガ有ルノカ?  疑問。  疑問疑問疑問疑問。  疑問疑問疑問疑問疑問疑問疑問疑問疑問疑問。  糞虫ヲ救済?  疑問?  否。  断ジテ否デアル!  救済ハ必然!  疑問ヲ持ツ事自体ガナンセンス!  ナンセンス!  ……ふぅ。  そうだ……その通りなんだ……。  〈所詮〉《しょせん》はそんなものなんだ……。  だからこそ救わなければならない。  だからこそ助けてやらねばならない。  そうだ……愚かなる者達だから、ボクが救わなければならないのだ……。  あの清川だって……救ってやらなければならない。  助けてやらなければならない。  それが救世主というものなのだから……。  哀れなる者達よ。  愚かなる者達よ。  君達はそうが〈故〉《ゆえ》に〈幸〉《さいわ》いだ。  そうが〈故〉《ゆえ》に祝福されるだろう。  君達ノ呪ワレタ生ハ、          ソノ罪深サ故ニ祝福サレル。  ……。  …………。  ボクはちょっと疲れたかな……。  こんなどうでもいいパーティには付き合いきれない……もう一人になりたい気分だ……。  ボクは一人……自分の場所に戻る。  自分の部屋に……。  橘に言って買ってこさせたポスターを貼る。  魔法少女リルルの〈聖像〉《イコン》。  これが正しい絵師によって描かれた正しい〈聖像〉《イコン》なのだ。 「いかがでしょうか……救世主様」 「って、わぁ!」 「な、なんでお前後ろに立ってる」 「そりゃ、もう、私が選んだ〈聖像〉《イコン》を確認するためですよ……いいですねぇ。堀ノ口先生はぁ」 「お前……そういうの分かるのか?」 「はい、分かりますよ。私は基本キモオタですから」 「キモオタって……お前みたいな女には言わないだろ」 「いいえ、散々言われてましたよ」 「ブスでもデブでもないお前は……キモオタではないだろう……」  と言っても……いじめなんて、相手が本当にブスかデブかなんて関係ないか……。  むしろ少し可愛いぐらいの方が、容姿に対する中傷は〈熾烈〉《しれつ》を極める……。  まぁ、やっかみなんだろうけど……。 「うむ、なかなか〈良〉《よ》い買い物でしたなぁ」 「まぁ、これは〈良〉《い》い絵だな……」 「ふはははははは……んじゃ、そういう事で……」 「あ、そうそう、乱交はじめさせていいんですか?」 「ああ、西村のか?」 「はい、赤坂めぐと北見聡子です」 「ああ、約束だからな、存分にやらせておけ」 「ふふふふ……んじゃバンバン3Pさせます」 「というか、他の乱入者ありですか?」 「なんだお前参加したいのか?」 「あはははは、冗談でも殴るぞ救世主様」 「……お前なぁ……様つけてるだけで大層な言い方だなぁ」 「いやぁ、でもアレですよ。今のは少しデリカシーないですよ」 「何がデリカシーだよ……赤坂と北見にはさせる気なんだろ」 「はい、救世主様の命令ですから」 「ほう……なら命令でお前も参加しろと言われたら?」 「全力でお断りします」 「救世主の命令だぞ」 「……」 「そういうお戯れの命令を下す時は、私は決して従いませんので、その時はいっそ私を殺してください」 「……何?」 「私は救世主様の〈下部〉《しもべ》です。救世主様の命令なら聞きます。でも意味のない戯れならば、今すぐここで殺された方がましです」 「……」  なんだこいつ……。  こいつ……まったく感情が壊れた信者になったと思っていたが……どういう事だ……。 「なるほど……救世主としての仕事の手伝いはするが、戯れには付き合わないと……」 「はい、戯れでしたら……殺してくださいませ救世主様」  最初……ボクはこいつをただ恐怖のためにボクの元に下った俗物だと思っていた……。  実際そう思われる反応だった……。  だが、それに違和感を感じる様な反応も多くあった……。  最初に見た時の目……。  やはりあの目は……殺意だったのか?  ならば、何故こいつはボクに殺意を? 「お前……最初に会った時から……右のポケットに何か隠しているだろう……」 「お? さすがですねぇ……救世主様」 「出せ……」 「はい、命令でしたら」  橘のポケットからは……ナイフが出てきた。  かなり見事なもので……人が殺せるレベルのものだ……。 「なんだこれ……」 「あ、これですね。エストレイマ・ラティオ・BF2・タクティカル・タントーですっ。かっこいいでしょ」 「いや知らんけど……というかコレ……思いっきり警察に捕まるレベルの刃渡りだろ……」 「あ、それ結構大丈夫です。私みたいな女の子が持ってるとか思わないから」 「それは大丈夫とは言わない……それで、何でそんなものを持ち歩いているんだ……お前……」 「乙女のたしなみっ」 「そんな乙女のたしなみは無い、危ないから没収する」 「えええっっ。お小遣いためて〈超〉《ちょー》がんばって買ったのにぃぃいぃいい」 「なんでそんなにがんばってまでこんな物を」 「好きなアニメの主人公が使ってたんですよ。そんで私、もう欲しくて欲しくてたまらずに、お小遣いためて買いました」 「ふーん……〈奇特〉《きとく》な女だな……」  あの時、右手に隠し持っていたのはこれか……こいつあの時何をする気だったんだ…。 「あはっ……なんか〈睨〉《にら》まれてますね……なんか私信用されてませんか?」 「いや……別に…好きにすればいいさ……ボクは救世主だ……お前がどうこう出来る様な者ではない……ナイフ没収も強要はしない」 「あははは……信用はしてないんですね……」 「信用以外の問題もあるだろ……こんなごっついナイフ……もしお前が、西村達と一緒に行ってたら……」 「はい、普通にヤー公を刺し殺すつもりです」 「あ、あのな」 「だって、救世主様の計画の障害は、これはどんな方法を持っても排除する。それが〈下部道〉《しもべどう》というものなんです」 「そんな道ないだろ……」 「まぁ、いい……好きにしろ、それより取り敢えず……箱舟の連中の様子頼むぞ……」 「はい、任せてください。あと、なんかガンガン乱交させて〈良〉《い》いですか?」 「まぁ、いいけど……何で?」 「信者の心をコントロールさせるのなら、異常空間の維持って大切だと思いませんか? それと絶対的な睡眠不足……これも大事だと思います」 「なるほど……一理あるな……」 「延々と続く乱交は、考える隙を与えません。寝る暇も与えません。救世主様のおクスリもありますし、そういった状況は可能だと思います」 「まぁ……そうだろうな……」 「ある程度、任せていただけませんか?」 「信者の管理か……」 「はい、不穏な事があったり、私を信用出来ない様でしたら即刻殺してくださって結構ですから、呪いでも、物理的攻撃でも……」 「あ、そうだ。そういう意味でしたら……」  橘はあんなに渡すのを拒否していたナイフの柄をボクに突き出す。 「これ使ってください。切れ味抜群ですから」 「ふぅ……ボクは救世主だ……こんなもの使わなくてもお前ぐらい瞬時に殺せる」 「はいはい、それは良く分かってます。でも何があるか分かりませんから持っていてください」 「うむ……まぁ分かった」 「んじゃ、私はこれで失礼します」 「ああ……」 「……」  橘希実香……正直謎な女だ……。  まぁ、完全に信用は出来ないが……それでも使える女ではある……。  あれに任せて問題ないだろう……。 「ふむ……」  橘が選んだポスターを見つめる。  魔法少女リルルの〈聖像〉《イコン》……確かに〈良〉《よ》い絵だ。  これで、次会う時は完全な姿の彼女と会うことが出来る……。  そういえば……。  今夜リルルちゃんのお父さんが降臨するって言ってたな……。  リルルちゃんのお父さん……。  神と呼ばれる存在。  人々の認識を遙かに超えた存在。  ボクは今夜、神と会う。  神はどんな姿をしているのだろうか?  神は人を自らに似せて作ったという。ならば神も人の形をしているのだろうか? 「屋上に行ってみるか……」  昨夜も形而上的存在とはあの屋上で出会った。  今日も空にもっとも近い場所……あそこで何かがあるだろう……。  リルルちゃんが言う……父なる神……。  ボクはその存在と会う事が出来るのだろうか……。 「ふふふ……とりあえず向かってみるか……」  土台から延々と続く鉄梯子……それはなぜかC棟の屋上の換気管と〈繋〉《つな》がっている。  これで直接……空へ向かう……。  今日の空には……何が待つのであろうか……。 「風が無いな……」 「何もないし……何も感じない……」  屋上に出てみたものの……屋上は普通そのものといった感じであった。 「……鐘」 「え? 鐘?」  時計を見て愕然とする。  時刻は……11時38分。  なぜこんな中途半端な時間にチャイムが?  これって? 「ぐわっ」 「な、なんだこれ……」 「あ、頭が、頭が割れそうだ……なんだこれ……なんなんだ……」 「ああっ……」 「ああ、目の前が……目の前で……なんだこれ……扉が……扉の向こうは…海?」 「海の向こうは……何?」 「あれは電線? 送電線?」 「海の向こうに送電線が続く……何を届けるための送電線なんだ?」 「なんで……こコからの風景は……窓なんだぁ……」 「窓の向こうハやたら明るくて……青クて……碧クて……〈何処〉《どこ》まデも蒼クて……」 「壁は白クて……まったク白くて……とテも白くて不安しか不安しか不安しか…しかなくて……」 「白い部屋が恐い」 「青い海が恐い」 「〈此処〉《ここ》にハ……安心できる恐怖しかナイ」 「安心して心が壊れていく……〈綺麗〉《きれい》な青、綺麗な白……安心して受け入れられる恐怖ハ……とても綺麗な香りをさせてイル」 「ここは……境界線」 「境界線の〈波間〉《なみま》から……聞こえるギチギチ音」 「安心して聞けるギチギチ音、すごく脳に響き、ぎぎぎぎぎぎぎ……するけど安心だ……」 「恐怖は安全なものだと、純白だ」 「安全なものほど、美しい青い壁面の空をしている」 「密閉された空は安心して、ボクらを覆い隠す」 「覆い隠された青は、白い窓から〈綺麗〉《きれい》な風景を覗かせる」 「神々がいるとしたら、こんな〈綺麗〉《きれい》な白い壁と青い光に満ちあふれているのだろう」 「白い壁は、光の聖母が手を広げる」 「まるで天才が作り上げた光の聖域」 「ロザリオの教会……天才マティスが見た……聖なる空間……」 「それがボクのすべてを包み込む……」  神はいる。  ここに……。  世界全部に……。  それがイメージと化す。  神の姿を見る。  神聖なる父の姿。  神聖なる王国の父。  宇宙の法則が秩序と旋律の調和を見せる。 「さぁ……神よ……その姿を現したまえっ」  白い束が形となる、  究極の存在を形とする。  父なる神。  ファーザー。 「……」 「……」  神登場の歌。  歌を待たずして、日付が変わるのであった…… 。  ボクは一人……自分の場所に戻る。  自分の部屋に……。  橘に言って買ってこさせたポスターを貼る。  魔法少女リルルの〈聖像〉《イコン》。  これが正しい絵師によって描かれた正しい〈聖像〉《イコン》なのだ。  これで、次会う時は完全な姿の彼女と会うことが出来る……。  そういえば……。  今夜リルルちゃんのお父さんが降臨するって言ってたな……。  リルルちゃんのお父さん……。  神と呼ばれる存在。  人々の認識を遙かに超えた存在。  ボクは今夜、神と会う。  神はどんな姿をしているのだろうか?  神は人を自らに似せて作ったという。ならば神も人の形をしているのだろうか?  ……。 「ん? 今……」 「リルルちゃん……」 「……」 「!?」 「なに? リ、リルルちゃん?」 「なんだって……屋上?」 「神の降臨?」 「……」 「神の降臨が行われる……今晩……この学校の屋上で……」  ボクはいつもの貯水タンクから外に出る。  外に出ると、相変わらず色々な異形な者共が群れていた。  人の形をもつもの、  もたないもの……。  昨日のやつらがまだ〈此処〉《ここ》にいるらしい。 「まだ、お前達は〈此処〉《ここ》にいるのか」 「……」 「そうかい、君達は城山の〈躯〉《むくろ》を手に入れる事はできなかったのか」 「……」 「それは残念だね……」 「とは言っても、もともと死は君達の所有物ではないだろう……君らには、死すら与えられていない……」 「だから、あの〈躯〉《むくろ》は君達のものではないのだよ」 「残念ながら、君達は城山の〈躯〉《むくろ》を手に入れられないよ……永遠に」 「……」 「ふふふふ強情だね……まぁ、がんばりたまえ」 「……」 「なんだ……奥から誰か来る……」 「この血の臭いは……死骸……なぜ死骸が?」 「城山のヤツまだ学校を〈彷徨〉《さまよ》っていたのか?」 「いや……違う……この血の臭い……」 「男の血の臭いではない……これは女特有の血の臭い……」 「あそこにいるのは……男の死骸ではない……あれは……」 「高島さん……」 「         」 「首の骨が折れて、もげかかってるから、全然うまく喋れてないよ……」 「                     」 「                     」 「こんにちは……高島さん」 「         」 「あ、あのね……無理して喋らなくて〈良〉《い》いよ」 「          」 「高島さんは世界を救うんだろ」 「          」 「がんばって……高島さん……応援しているよ」 「        」  ああ……血だらけでよくわからないけど、微笑んでいるらしい……。 「ぜがい……ずくう……」 「わだし……ずくう……」 「だから……だくじくん……こわがらないべふ……」 「ああ……分かってるよ……ありがとう」 「               」  ……。  高島さんはどこかに消えた……。 「……」 「さようなら……ボクが愛した人……」  ボクは階段を上っていく。  屋上まで続く階段。  空に続く道。  階段を上っていく。  その踊り場で奇妙な物を見る。  奇妙な物……。  いや……それはこの場所ではごくありふれたもの……だけど、そんなものが〈何故〉《なぜ》階段の踊り場に〈在〉《あ》るのだろう。 「君は……何なんだい? ただの机ではないよね」 「こんにちは、卓司くん」 「ああ、高島さんか……」 「高島さん、こんなところで何をやっているのですか?」 「あ、あははは、なんかね。なんか…恥ずかしい話なんだけど、〈躯〉《からだ》……探してるの」 「〈躯〉《からだ》を探している?」 「うん……なんか良く分かんないんだけどね……いつの間にか無くしてしまったみたいなの……〈躯〉《からだ》」 「そうですか……」 「そう」 「難儀ですね……死して〈尚〉《なお》、〈躯〉《むくろ》を探すなんて……」 「シシテ〈尚〉《ナオ》?」 「死んでしまったのに……自らの〈躯〉《むくろ》を探している……難儀としか言いようがありません」 「新デ閉マッタのに? フクロウ? ナンギ?」 「違いますよ……〈梟〉《ふくろう》は関係ありません〈骸〉《むくろ》です」 「地がイ? 升? 升?益々?」 「あのですね……高島さん」 「あ脳で脛!あ脳出す!あ脳出!あ脳出る!あ脳出る!あ脳!あ、ああ脳出るぅ!脳出る、、脳出る、脳出てるぅぅ、脳で、のうでる、脳でるぅぅうひひのうひひ、うひひひひひ……」 「高島さん……」 「脳ひ脳ひうひうひひうひ脳ひ脳ひうひうひうひひひうひひひひひひひひひひひひひひひ……」 「……」 「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」 「……」 「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃうひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」 「高島さん……」 「わだし、わだしのぉぉぉ、からだぁぁぁ、返してぇぇぇぇ」 「からだぁぁぁ、からだぁぁぁぁぁ、返してぇぇぇぇよぉぉぉぉぉ」 「残念ながら……それはボクには出来ません……」 「申し訳ないけど……がんばって探してください……高島さん……」 「うきゃきゃきゃきゃきゃ……」 「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」  まるで喜劇だ……。  あれほどおぞましい彼女の運命も……繰り返してみればまるで喜劇……。  かわいそうな彼女……。  ボクの恋人……。  夏とは思えない冷たい風。  空が近い。  ここは地上で、もっとも空に近い場所……。  ……誰もいない……。  昨夜みたいに嫌な感じも無い……。  昨夜みたいな雷も無い。  何も無いみたいだった……。 「卓司くん」 「!?」  こ、この声は……。 「リ、リルルちゃん?」 「そうだよ」 「すごい……ちゃんとしたリルルちゃんだ」 「なんかいつも以上に……すごくリアルな感じすらする……」 「そ、そう?」 「うん、なんかいつもは、少し遠い感じがした……半透明って言うか……そういう様な……」 「うふふふふふ、ちょっと〈躯〉《からだ》をかりてね」 「卓司くんに会いに来ちゃった」 「えへへへへへ、驚いた?」 「〈身体〉《からだ》を借りたって……誰の……」 「〈良〉《い》いじゃない誰のでも」 「それより卓司くん……」 「私とセックスしよ」 「え?」 「セ、セックス」 「そうだよ、セックス」 「でも……」 「卓司くん私のこと嫌い?」 「い、いや、嫌いじゃないけど……」 「でも……」 「お父さんと会うために必要なんだよ」 「君のお父さんと会うのに?」 「うん、今の卓司くんは救世主とは言っても、やっぱり肉体的にはただの人間」 「うん……」 「だから私と肉体接触して、人間の限界を超えるの」 「肉体接触して……限界を……」 「うん」 「で、でも……ボ、ボク……」 「どうしたの?」 「童貞……なんだ……だから、うまくいかないかも」 「……安心して、私だって処女だよ」 「え?」 「だから大丈夫! 何も問題ないんだよ……」 「!?」 「それは……」 「……」  スカートの〈裾〉《すそ》がめくれて……。  リルルちゃんのパンツから性器らしきものが……。  パンツから出る性器?  あれは……。 「リルルちゃん……」 「それ……お……おち○ちん?」 「……ごめん」 「わ、わたし……私……両性具有なの、だって天使だから……き、気持ち悪いよね……こんなの付いてたら……」 「い、いいや」 「そ、そんなことないよ。ボクが望んでた通りなんだよ! ボクの好きなキャラが、ボクと同じモノを持ってるなんて!」 「いいんだよ!ボクはうれしいよ!ボクと同じ感覚をリルルちゃんは共有してるんだ!ボクが愛したキャラが!ボクと同じように感じるんだ……凄い事だよ!」 「……は、恥ずかしいよ……」 「隠さないでっ」 「で、でも……やっぱり、恥ずかしいよ。こんなのが付いてる女の子なんて……」 「そんなことないよ! リルルちゃんは可愛いよ!」 「私の……大丈夫かな?」 「うん」 「リルルちゃんのペ○スもかわいいよ……ほらこんな風に皮かぶってて……」 「いや、やっぱり、恥ずかしい」 「手で隠しちゃだめ! だめだよ!」 「う、うん……ごめん……」 「でも……やっぱり恥ずかしいよ……」 「だめ! ちゃんと見せて!」 「う……そ、そんな恐い顔」 「ボクが見たいの! だから見せて! ボクは救世主なんだよ!」 「だ、だったらリルルは天使だよ!」 「くすくすくす……」 「ははははは……」 「分かったよ……恥ずかしいけど……見せるよ……卓司くんには……見せる……リルルのおち○ちん」  すごい……。  真っ白だ……なんてきれいなおち○ちんなんだ。  先っぽがすこし覗いていて……ピンク色……。  その先っぽが……泣いている……。  濡れて……光ってる。 「ああ、そんなに見ないで……そんなに見られると……わ、私……わたしぃ」 「見られると?」 「いやぁ」 「どうしたんだい?」 「大きくなっちゃう……」 「大きくすればいいじゃないか……」 「で、でもぉ……これ以上おおきくなっちゃったら…皮がめくれて……めくれちゃって……」  リルルちゃんのペ○スが……。  ボクに見られて興奮し……。  さらに大きくなっていく……。 「いやぁぁぁぁ……恥ずかしい…恥ずかしいよぉ……」  皮から、先っぽが……。  ピンクの先っぽが……。  さらに、さらに見えてくる……。 「全部……全部見えちゃうよぉ」 「見えるって……こう?」 「あっ」  ボクが指で少しだけ皮を触ると、ぷるんっと皮がすべてめくれてしまう。  それは、まるで風船ゼリーの膜を破った時みたいに……勢いよくつるつるでぴかぴかのピンク色が姿をあらわす。 「ああ、リルルちゃんのおち○ちんの先っぽが……全部見える……見えてる……」 「いやぁぁあ! 恥ずかしい!恥ずかしいよぉ!」 「恥ずかしがらないで! ぼ、ボクにリルルちゃんのすべてを見せて! すべてが見たいんだ」 「……あ、あう…あ、あんまり……見つめないで……」  リルルちゃんはボクによく見えるように自らの腰を前に突き出す。 「さわっていい?」 「……卓司くんが望むなら……でも私感じやすいから……優しくしてね……」 「うん」  ボクはリルルちゃんのおち○ちんを優しく握ってみる。 「あうっ」 「ご、ごめん、痛かった?」 「ううん……卓司くんに握られて、私少し感じちゃった……」 「そ、そうなんだ……良かった……」  まるでピンク色の風船ゼリーの中身のように……つるつるでぴかぴかでぬるぬるだ。  ボクは、その風船ゼリーの中身を注意深くさわっていく。  壊れない様に……やさしくやさしく……。 「ああん」  先っぽの裏側はまるで桃のように二つに割れている。  皮がめくれて、その部分も露出している。 「ここは、敏感なところだからなぁ……大事に触らないといけないね……」  心臓がバクバクする。  今から自分がしようとしている事を考えると……脳の芯までしびれる様な……。  でもボクはここを……リルルちゃんのここを……、  ゆっくりと舌を突き出す。  ああ……ボク男の子なのに……男の子なのに……何をしようとしているの?  でもここ……やわらかそうなリルルちゃんのここ……リルルちゃんの先っぽ……こんなに濡れて……こんなにぬるぬるして……とてもおいしそう……。  ああ……だめ……我慢できない……。  こんなところ男の子が舐めちゃだめなのに……だめなのに……止まらない……止まらないよ……。  先っぽが舌に触れる。  リルルちゃんの味がする。  その瞬間、自分の中で何かが壊れた。  ボクは、べろべろと狂った様にリルルちゃんの先をなめ回す。 「な、なに? これ? ゆ、指じゃない? え? ええ?卓司くん、そんなの舐めちゃだめだよ!」  ボクは、彼女の皮の部分に舌をつっこむ。皮の中身を舌でべろべろとなめ回す。  リルルちゃんは何が何だか分からず混乱している。  ただ相当気持ちよいのだろう。  裏側の二つに割れてる溝にそって何度も舌でなぞっていく。何度も何度も……そのたびに液体が先からぴゅるぴゅると出てくる。  先走りですでに濡れている部分を舌でなぞっていく。 「あ、あ、あ、ああん……そんな、そんなぁ、女の子なのに、男の子におち○ちんを舐められて……ああ、どうしよう……はぅんっ」  ボクは無我夢中でなめ回す。  そのたびに、先っぽから蜜があふれていく……。  ああ……なんて心地よい舌の感触だろう……こんなに柔らかくて……つるつるしてて……。 「すごい……濡れてきたよ」 「気持ちいいよぉ……気持ちいい気持ちいいよぉおっ」  今度は竿を手でしごく。  これだけ濡れてれば、もう手でしこしこしても問題ない……そして……。 「ひっ、ひぃっ」  ボクは彼女の玉を舐める。  まったく毛が生えてない玉は、とても柔らかくて、舐めごこちが良い。いくらでも舐めていたいぐらいだった。 「だ、だめっそんなタマタマ舐めながら、そんなしこしこされたら、私っ私ぃぃいいっ」  気にせずに、ボクはリルルちゃんのおち○ちんを手で包み込みしこしこする。 「いやあぁぁあ、おかしくなるよぉおかしくなっちゃうよぉお!」  皮をめくりあげるほどにリルルちゃんのペ○スをしごく……。 「あん、あん、いやぁ……」  ボクが、リルルちゃんのおち○ちんを上下にしごくたびに、玉をべろべろとなめ回すたびに……まるで射精のように先走りの露がこぼれ出す。  ぴゅる、ぴゅる……。 「すごい、リルルちゃん射精してるみたい……」 「いや、いやぁ。いやぁ、おかしいよ!リルル女の子なのに、おち○ちんしこしこしてもらって、タマタマ舐めてもらってぇ、おかしくなるよぉ、おかしくなっちゃうよぉお!」  先走りの露でボクの手は泡立つほどになっている……。 「これだけ濡れていれば……」  速度を速めていく。  もっともっと荒くしても大丈夫だ……。 「ひい!ひぃ!ひぐぅ!ひぐぅう!」  ボクはオナニーばかりしてきた、だからおち○ちんの扱いに関してはエキスパートだ。  童貞でも問題ない。ボクは誰よりもおち○ちんの扱いに慣れている。  ボクは手を速める。  ボクが上下に手を動かすたびに、充血した先っぽが見え隠れする。  そして、そのたびにその先から露がこぼれだしていく……。  ぴゅる、ぴゅる……。  あまりの露の多さに、リルルちゃんの太股までもが、すでにぬるぬるになっている。  リルルちゃんの濡れた太股をなでてみる。 「くふぅ」 「なんてやわらかい太ももなんだろう……」  太ももは凄くやわらかい……そんな太ももがいやらしく リルルちゃんの露により濡れている。  その感触がたまらない。  にちょ、にちょ、にちょ、にちょ、にちょ……。  ふとももを触っているとは思えない音が鳴る……。 「わ、わたしぃぃ卓司くんにさわられてぇ……うれしいよぉおち○ちんうれしいよぉ……」 「あう、もうだめぇえ……うっ」  リルルちゃんのおち○ちんの脈が瞬間膨張する……。  もう、限界のようだ……。 「た、卓司くん……」 「わ、わだしぃ……も、もふもふぅぅう……」 「あああ、もう、もう、い、いくぅぅぅぅ、いくぅぅうううううっっっ」  リルルちゃんのおち○ちんが大きくゆれる……。  そのたびに、白濁の精子がリルルちゃんから吐き出される……。 「だめ〜、まだ出ちゃう〜」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。 「とまらないよぅ〜」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。  なんという量だろうか……。リルルちゃんは射精し続ける。  これが天使の射精というものだろうか? 「た、卓司くん」 「リルル、変なの……女の子なのにおち○こついてるの……そのおち○この射精とまらないの……いやぁ、飛んじゃう」 「見、見てぇ〜。リルルのおち○こからおち○こ汁出るのぉ〜。見、見てくださいぃ卓司くん見てくださいぃぃ〜」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。  はぁ、はぁ……。 「リルル凄く感じちゃった……」 「そ、そう……」 「……」 「もう、私ばっかりー」 「卓司くんのも見せてよー」 「え、あ、え」 「ほらほら」 「えへへへ」 「卓司くんのおち○ちん」 「あ……」 「うふふふかわいい」  リルルちゃんはボクのおち○ちんをまじまじと見つめる……。 「私……自分以外の見るのはじめてなんだ」 「あはははは、そ、その言い方……リルルちゃんは自分のはよく見るの?」 「え?」 「あははははは……墓穴掘ったかなぁ……で、でも……私ぃ一人でおち○ちん触るの好き……なんか私……自分のおち○ちん好き……女の子の方も……男の子の方も……」 「なんだか、自分の見てるとなんだかやらしい気分になって……」 「だんだん、男の子の方が反応してくるのそれで立ってきて……そうすると皮がめくれて、女の子の方も濡れてくるの……そうすると……」 「そうすると?」 「って、言わさないでよぅ。卓司くんの意地悪っっ」  って、自分で勝手に言いはじめたくせに……。 「もう」  ぺろ……。 「ひふ!」 「うふふふふ」  な、なんだこの感じ……は、はじめてだ……なんて気持ちがいいんだ……。  リルルちゃんは丹念にボクのおち○ちんを奉仕する。 「さっき卓司くんがやってくれた方法」 「はぅ、はぅうぅうっ」  リルルちゃんは、ボクの亀頭の裏を舌でなでる。 「リルルちゃん……」 「えへへへ、気持ちいいでしょう」 「う、うん」  ぴちゃ、ぴちゃ、くちゅ……。  さっきボクがやった事をそのままやってくれてる……。 「うふふふ卓司くんの先っぽおいしい」  亀頭の裏側のすじを舌で舐め回す。  ぴちゃ、ぴちゃ、くちゅ……。 「あっ」 「ああああ、そんなぁ」 「うふふふ」  ボクのをリルルちゃんは、くすぐるように舌でなぞっていく……そして大きくくわえる。 「あう!」  リルルちゃんがボクのをくわえた……。  ボクは突然のあたたかい感触にのけぞる。  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!  先っぽを喉チンコで刺激する。 「ふあああ」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「な……なんて気持ちいいんだ……」  あたたかくて……。  こんな感じ……。  はじめてだよ……。  オナホールだってこんなに心地よい温かさは無い。  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「くはぁ、す、すごいよ……リルルちゃんの口の中……き、気持ちいいよ……ああああっ」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!  リルルちゃんは口の中で舌をからめてくる。 「こんなのって……」  やっぱり自分にもあるからかな……だからこんなに気持ちよい場所が分かるのかなぁ……ボクがしてほしい事をすべてやってくれる……。  ボクは女の人とやった事がないから比べられないけどたぶん、普通はこんなに気持ちよくないはずだ……。  きゅぽん! 「あっ!」 「うふふ、どう?」 「す、すごくいいよ……」 「こんなのどう?」 「あっ……」 「おち○ちんのタマタマ〜」  リルルちゃんはボクの袋を丹念になめる。  そして裏筋をどんどん下にたどっていく。  リルルちゃんは、さらに舌を下のほうに這わせる……。 「そこは……」 「うふふふふ」  リルルちゃんはボクのお尻の穴を舐める。 「そ、そんな、汚いよ……」 「卓司くんのだから汚くないよ……」  リルルちゃんの舌がボクのお尻の穴をなでまわす……。 「こんなのは……」 「はう」  リルルちゃんの舌がボクの中にはいってくる……。  リルルちゃんは舌をのばす。 「ああ……くふう」  リルルちゃんの舌はボクの前立腺にまで刺激する……。 「うあああぁあ」  ボクのおち○ちんは前立腺の刺激によりさらに大きくなる。 「すごい、すごい。卓司くんのさっきより大きくなったよん」 「リルルちゃんボク……」 「えへへへ、出したいんでしょ」 「うん」 「どうするの? 口の中で出す? 顔に出す?」 「……どっちでも……」 「もう! そういう子じゃ!」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「くは」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「そんな、はげしく……」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「くはぁ」 「す、すごいよ……リルルちゃんの口の中……き、気持ちいいよ……ああああ」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「も、もう限界だ……」  リルルちゃんはそのまま上下に激しくする。 「リルルちゃんイっちゃうよ……」  リルルちゃんはそのセリフを聞くとにっこり笑った。  そして、さらに激しくする。 「も、もうだめだ! は、はわぁあっ!」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。  ボクはリルルちゃんの口の中で放出する……。  リルルちゃんはうれしそうに喉をならす。 「の、飲んでくれてるの?」  ボクはそのまま、リルルちゃんの口の中で出し続けた。  リルルちゃんは喉をコクコクと鳴らす。 「ああ……リルルちゃんの口の中……あっ温かくて…ぬるぬるしてて……やわらかくって……」 「クス、どうだった?」 「あ、ああ……気持ちよかったよ……」 「うふふふ、いっぱい出したね。リルルうれしいなぁ。リルルの口で感じてくれたんだもんね」 「う、うん……リルルちゃんの口の中……とっても気持ちよかったよ……」 「うふふ……良かった。リルルの身体は卓司くんの欲望を全部受け止めてあげるよ」 「きれいにしてあげる」 「う!」  イった後で敏感になっているボクのおち○ちんをやさしく愛撫してくれる……。 「んん? あれぇ? なんだぁ……卓司くんもう元気になってる」 「えっ? ああ」 「ならすぐ第二ラウンドいこ」 「第二ラウンド?」 「うん」 「私の女の子の方が卓司くんを欲しがってるの」 「あ、ああ……あう……」 「ど、どうやって入れるの……」 「うふふ、大丈夫よ」 「誘導してあげるから……上にのっていいかな。全部自分でするから」 「あ、うん……ありがとう……」  リルルちゃんの上に〈跨〉《またが》る。  リルルちゃんはゆっくりと腰を落としていく……ゆっくりと……。 「あっ……」  くちゅり……とした感触。 「っ……」  リルルちゃんの顔が苦痛に歪む。 「だ、大丈夫?」 「大丈夫だよ……全然……全然大丈夫だから……ね。卓司くんはただリラックスしてくれればいいよ……全部リルルがやるから……」  リルルちゃんはボクのおち○ちんをその入り口まで誘導する。 「ここ……ここの部分……くぼみがあるでしょ……そこだから……」  処女であるリルルちゃんの性器は、穴というよりはくぼみに近い……そう簡単におち○ちんが入る感じではない……。 「それじゃいくよ……このまま腰を落とすからね……」 「う、うん……」  そのままリルルちゃんは腰を下ろす。つぷり……という奇妙な音と共に、ボクのそれは得も言えぬ温かさに包まれる……。 「くっくぅう……」 「うっ……」 「な、なんてリルルちゃんの中は温かいんだ……」  不覚にもあまりの気持ち良さに、入れた瞬間にイきそうになってしまう。  さすがに先ほど抜いてもらったばかりだから大丈夫だったけど……。  ボクのおち○ちんを温かい感触がつつみこむ……。  口の中とも違う……。  なんともいえない感覚だ。 「う、動くね……」 「う、うん」  リルルちゃんは、少しずつだけど腰を動かしはじめる……。 「ふぅん」  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。 「ふあぁあ……なんて気持ちがいいんだ……」  ボクが腰を動かすたびにリルルちゃんはボクのものを締め付ける。  その感覚がたまらなく気持ちいい……。 「ああん……ふぅん……くっ」  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。  リルルちゃんの女の子の部分は大量の蜜により、ボクのが出入りするたびに凄い音をだす……。  それは血が混ざりピンク色をしていた。  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。 「ま、前も、前も……」  リルルちゃんの男の子の部分はさっきよりも大きくなっている。  今にも爆発しそうだ……。  ボクはリルルちゃんの男の子の部分に愛撫する。 「うはぁ、ひい、ひぐゅ」  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。  リルルちゃんの男の子の部分もかなり濡れている……。  そのためリルルちゃんの男の子の部分をしごくと、  まるで結合部分のような音がする……。  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅくちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。 「うはぁ、ひい、ひぐゅ」 「両方なんて、両方なんて……」 「すごい……」 「くっ」  リルルちゃんの締め付けがさらにきつくなる……。 「なんて締め付けだ……」  ボクは、リルルちゃんの男の子の部分を包みこむ手の速度をあげる。 「うはぁ、ひい、ひぐゅ、ひい、はぁあ!」  しめつける感覚がさらに強まる……。 「も、もう……」 「リ、リルルも、リルルもイきそう」 「ああああ」 「リルル処女なのに、おち○ちんしこしこされて、おま○こイっちゃうよぉ。イっちゃうんだよぉ」  ボクは、さらにしごく手を速く、強くする。  ぷしゅ、じゅぷ、ぷしゅ!  リルルちゃんの女の子の部分からは、潮のように蜜が吹き出る。  あまりの蜜の多さと締め付けによってだ……。 「もう、もう、だめ……」 「イクよ、ボクもイクよ」 「おねがい、一緒に……一緒に……」 「でも、このままじゃ……ナカに……」 「いいの、いいの、卓司くんの精子ほしいのザーメンほしいのぉ」 「卓司くんの精子リルルにちょうだい。リルルのおま○こに……卓司くんの精液をぉぉそそぎ込んでぇ」 「うっ!」 「いやぁぁぁぁぁぁ」  リルルちゃんがいままでにないほどに、ボクのものを締め付ける。  たまらずボクもイク。  どくん、どくん、どくん……。  ボクのペ○スから大量の精液がリルルちゃんのナカにはき出される。 「いやああああ!」  びゅる、びゅる、びゅるる……。 「リ、リルルも精子がザーメンが止まんないっ止まんないよぉ!」  リルルちゃんの男の子の部分からも、大量の精液が吐き出される……。 「あう……熱い、熱いよぉ卓司くんの精液は熱いよぉ。卓司くんの精液の感触、感じるようぅ」  ぴゅる、ぴゅる……。  リルルちゃんの射精の勢いもおさまっていく……。  ボクらはその場で倒れ込む。 「はぁ、はぁ……」 「リルルちゃん……」 「よかったよ」 「……」 「リルルちゃん?」 「ごぼ、ごぼごぼ……」 「!?」 「ごぼ、ごぼ、ごぼ」 「!?」 「ひっ」 「!?」  今は……。  時刻は……なぜか23時38分。  なぜこんな中途半端な時間にチャイムが?  これって? 「ぐわっ」 「な、なんだこれ……」 「あ、頭が、頭が割れそうだ……なんだこれ……なんなんだ……」 「ああっ……」 「ああ、目の前が……目の前で……なんだこれ……扉が……扉の向こうは…海?」 「海の向こうは……何?」 「あれは電線? 送電線?」 「海の向こうに送電線が続く……何を届けるための送電線なんだ?」 「なんで……こコからの風景は……窓なんだぁ……」 「窓の向こうハやたら明るくて……青クて……碧クて……〈何処〉《どこ》まデも蒼クて……」 「壁は白クて……まったク白くて……とテも白くて不安しか不安しか不安しか…しかなくて……」 「白い部屋が恐い」 「青い海が恐い」 「〈此処〉《ここ》にハ……安心できる恐怖しかナイ」 「安心して心が壊れていく……〈綺麗〉《きれい》な青、綺麗な白……安心して受け入れられる恐怖ハ……とても綺麗な香りをさせてイル」 「ここは……境界線」 「境界線の〈波間〉《なみま》から……聞こえるギチギチ音」 「安心して聞けるギチギチ音、すごく脳に響き、ぎぎぎぎぎぎぎ……するけど安心だ……」 「恐怖は安全なものだと、純白だ」 「安全なものほど、美しい青い壁面の空をしている」 「密閉された空は安心して、ボクらを覆い隠す」 「覆い隠された青は、白い窓から〈綺麗〉《きれい》な風景を覗かせる」 「神々がいるとしたら、こんな〈綺麗〉《きれい》な白い壁と青い光に満ちあふれているのだろう」 「白い壁は、光の聖母が手を広げる」 「まるで天才が作り上げた光の聖域」 「ロザリオの教会……天才マティスが見た……聖なる空間……」 「それがボクのすべてを包み込む……」  神はいる。  ここに……。  世界全部に……。  それがイメージと化す。  神の姿を見る。  神聖なる父の姿。  神聖なる王国の父。  宇宙の法則が秩序と旋律の調和を見せる。 「さぁ……神よ……その姿を現したまえっ」  白い束が形となる、  究極の存在を形とする。  父なる神。  ファーザー。 「……」 「……」  神登場の歌。  歌を待たずして、日付が変わるのであった……。 「らーららーら〜♪」  私は強奪した自転車で軽快に疾走し、こちらに気付いた人々の唖然とした顔をかき分けるように進んでいきます。 「うふふっ、いきなり『ババア』ですって!」 「こんな汚い言葉を人様に吐くなんて、もう教師として失格でしょ?」  しかもこれで前科一犯ですよ。 「るーるるーる〜♪」  私はこの数時間のうちに、かつてないほど大きく進化しているのです。  こうして救世主様の指示を実行しているだけで、どんどん自分が変わっていくのが明らかに分かるのです! 「もし死が最も危険であるなら――人は“生”を願う!」 「もしそれ以上の危険を感じたならば――人は“死”を願う!」 「しかし死が希望となるまでに追い込まれた時の絶望とは――」 「死ぬことが出来るという望みさえ断たれた、果てしなき絶望なのである!!」  私はいつか読んだ小難しい本の一部をありありと思い出し、それを大声で赤い空へ吐きつけました。 「あっはっはっはっはぁ〜〜っ!」  なぜこんな屁理屈っぽいことを言ったのでしょうね?  おそらく……私はもう“絶望”とは無縁であると、悦びの内に自覚しつつあったからでしょう。 「こらガキども、そこを退きなさいッ!!」  私は前を塞ぐように並んで歩いている、学生をヒステリックに怒鳴りつけて道を空けさせました。  思春期真っ盛りの彼らは呆気に取られたような、それでいて若い女の裸体に興味津々な顔で私を見送ります。 「ふふっ、見たければ見ればいいじゃないの――見せてるんだから!」  往来を行き交う人々の視線が集まってくるのを感じ、体温がじわじわと熱くなってきました。  往来にはまだ私に気付いていない人の肩を叩き、こちらを指差して教えている人の姿さえあります。 「ぅんっしょっ! ほら、これでどうかしら――」  この自転車には変速機がついていないので、私はもっと加速するためにサドルから立ってペダルをこぎ、しかも前のめりになってお尻を突き出しました。  この姿勢だと後から私の秘所とア○ルが丸見えですし、垂れ下がる乳房も大きく揺れて見ごたえがあることでしょう。 「――あれ何だ! ヤベえよ!?」 「やだっ、痴女よ!」 「ふふっ……うふふっ……」  いやらしい視線だけでなく、私を罵る愚者たちの言葉さえ心地良い。 「くふふっ、あはは〜〜〜〜っ☆」  自転車をこいで駆け抜けていく全裸の私に、凡人たちの好奇の目が集まるのは当然でしょう。  しかも哀れなことに、嬉しそうな顔の方が多いではありませんか……。 「お父さんが私のこんな姿を見たら卒倒するわね!」  まあ、今のお父さんに家を出るほどの気力はないでしょうけど。  ……ごめんね、可哀想なお父さん。  でも私の処女をあげたんだから、少しは嬉しく思ってほしいな。 「へへっ、明日美はお父さんとヤッてしまいましたぁ――!」  間宮様のご命令で、私、清川明日美は実父と性交してまいりました。 「私が受精したのは〜、お母さんとの何回目のセックスだったのかしら?」  うちの両親が「できちゃった婚」だったら驚きだけど、結婚前からどちらも真面目な教師なのでそれは無いはず。  二人とも人々の規範として清く正しく交際し、ちゃんと結婚してからセックスして私が生まれたに違いない。  ……やること自体は良くも悪くも同じなんだけど。  初めてのセックスは童貞と処女同士かぁ……ちょっと羨ましい。 「くふふっ、お母さんはいつもアレを挿入されてアンアン言っていたのね!」  ……子供の頃、夜中にトイレに行きたくなったけど、昼間に見た怪奇番組が恐くて両親の部屋に行くと、なぜか布団の中でお父さんがお母さんの上に寝ていた。  その時の二人はすごく気まずそうにしていたけど、今になって思うと本当に悪いことしたわ。 「だけどこれで、完璧に埋め合わせができたわ!」  手塩にかけて育てた愛娘にヴァージンをプレゼントされるなんて、「男」としては最高の幸せではないかしら?  この世界のモラルに囚われていては決して受け取れない、たった一度だけのとっておきな栄誉よ。 「そう、この偽善な世界に縛られていては無理だわ!」  頬に涼やかな風を受け、髪を後になびかせながら、私はこの世界に反旗を翻したことを自覚する。  この世界において、実の親と性交するなんて下等な生物くらいなもの。  けれど私は女として成し遂げ、老いた父を見事に射精へ導いた!  それは「人としての良識」を持っていては不可能。  私は人を捨てた――  すなわち、もはや人々の規範たる教師ですらない! 「ざまあみなさぁ――いぃっ!!」  湧き上がる優越感に心が緩み、愉悦の叫びを抑えられなくなった。 「私は救われるのよ! 新しい世界が私を必要としているの!!」  どう、うらやましいでしょ?  だけど意気地なしのあなたたちは、この汚れた世界で朽ちていきなさい。 「生きるか、死ぬか、――それが問題であるッ!」 「運命の翼、――今こそ触れるべしっ!!」  高らかに叫ぶ私の言葉に深い意味などない。  ペダルをこいで加速していくうちに信じられないほど気分が高揚し、ふと脳裏に浮かぶ言葉を捕まえて、それをデタラメに叫びたくなっただけ。 「くふふっ、あははぁ〜〜っ!!」  もう私を縛るものはない。  それゆえ無粋な衣服など身に付ける必要もない。  真正面から吹き付けてくる風が信じられないほど心地良くて、  自分が宇宙と一体化したかのように神聖な感覚に包まれる。  エゴも憎悪も悲しみも消え失せたかのよう。 「こんなの……知らなかったわ……」  果てしない開放感の中で、私は鮮やかな笑みを咲かせて自転車をこぐ。 『全てを捨てる覚悟がお前にはあるか?』 「はいっ、今の私なら何だって出来ますっ!!」  今までの人生で常に感じていた、重苦しい閉塞感が嘘のように吹き飛んでいく。  あぁ、私は誰にも縛られない風になったのだ……。 「ふふっ、くふふふ……」  すれ違う人たちが一瞬驚き、すぐに眉をひそめて私を見送る。  今となっては、その侮蔑の眼差しさえもが心地良い。  愚者たちが己の下劣さを認められず、代わりに優れた者を粘着的に攻撃するように――  聡明で美しい高島さんが、ゴミのような生徒たちから虐められていたように――  あなたたちが私を蔑んで見ることこそ、救われる価値の無い証であると思い知るがいいわ。 「はぁっ、はぁっ――もっとスピードを!」  やがて自転車は急な下り坂の前に着き、私はここでさらに勢いをつけるため力強くペダルを踏む。 「くふふっ――そうそう、もっと速く!!」  そして勢いよく下り坂を降り始めた自転車は、まるでエンジンが付いているかのように暴力的な加速を始めた。  この下り坂はけっこう長くて、徒歩で下るには楽でいいけど、逆に上がるには大変なことで知られている。 「あはははっ! すっごくきもちいい――っ!!」  巨大な滑り台を降りるがごとく、童心にかえって声を上げた。  四方を鉄とガラスに囲まれた自動車とは違う、直に風を受けての強烈な加速に動物的な本能を揺さぶられて興奮する。  ――今、何キロくらい出ているのだろうか?  周囲の景色が“うにょ〜ん”と伸びて後方へ吹き飛んでいく。  頬にぶつかる空気の壁が厚くなり、ちょっと息苦しくさえ感じ始める。  だけど私の顔には笑みが浮かんだまま……。 「うゎーっ、わゎ――っ!」  この激しい加速と比例するように、俗世間から切り離されていく気がして最高。 「あんっ……こんな時にぃ?」  多少身体が冷えたせいか、不意の尿意に襲われてしまった。  だけどここまで加速していれば、思いっきりブレーキをかけてもすぐには止れないだろう。  そして今は止りたくない気持ちでいっぱい。 「それなら仕方ないよね〜〜☆」  ――このままヤッちゃえ!!  そう決めた私は両足首をペダルから放し、目の前に立ちはだかる空気の壁を蹴るように脚を開く。  内股に感じる風圧がさらに尿意を強め、その新鮮な気持ち良さに力んだ下腹部も緩む。 「あはは〜〜っ!!」  ……そして一気に放出…………  太腿に温かい尿が迸り、それらはすぐ後へ雫となって吹き飛ばされる。  もう愉快なこと、この上なし! 「すごいすごーい!!」  今の私に不可能なことなんて、何一つ無いのではと思えてきた。 「――ふひゃっ!??」  放尿の快感に手元が狂い、下り坂を矢のように直進していた自転車はハンドルを取られ、暴れながら横を向こうとする。 「はわっ、ぁわわっ!?」  次の瞬間、私の身体はブランコの鎖が切れたかのように高く放り出され、真っ赤な空がぐるぐる回っている。 「あぁああ〜〜」  この間、宙を舞う私の時間は遅くなり……全ての景色が白黒のスローモーションで見える。  これが噂に聞く「走馬灯ヴィジョン」なのかな……?  なんかコレ、悪くないね……  リアルな神秘体験だもの……本当に素晴らしい。  ……  私は既に覚悟を決めていますから、一瞬もためらうことなくブラウスを脱ぎ、  両脚を拘束する忌々しいタイトスカートも投げ捨て、  速やかに両手を後に回し、ブラのホックを解放して胸をはだけると、  自身を戒めるように素早くパンツを下げ、救世主様の仰った尊い指示を実行し始めました……。  …… 「これも私たち家族のため……」  私はまだ意識を取り戻さない父の股間へ手をのばし、ほのかに頬を赤らめながらファスナーを下ろして萎縮した男性器を露にしました。  今は小さくて柔らかい父の性器。  これを直に見るのは……まだ私が幼くて、父と一緒にお風呂に入っていた頃以来です。  ……この世界に生まれた瞬間から十ヶ月遡ったある日、この男性器が母の女性器に挿入され、受精した結果がこの私だと思うと感慨深いものがありました。 「救世主様は『父親と性交渉をもて』と仰った……」  そうしなければ、私は救われないとも仰いました……。  実の娘が父親と肉体関係を結ぶなんて、この世の常識からすると論外にも程があります。  しかし、だからこそ――新しい世界に生きるため、私はそれを為さねばなりません。  ここに来て救世主様の言葉の重みが身に染みて分かってきました。 「大好きなお父さんだからこそ、私は身体を委ねられる……」 「私の初めては……優しいお父さんに相応しい……」  彼にはそれを受け取る資格がある――  だから全裸で父を見下ろす私は、自然に無垢な心で微笑んでいました。 「とにかく、この子だけでも元気になってもらわないと……」  私は(皮肉にも)かつて唯から借りたレディースコミックを参考にして、父の男性器を口で愛撫して勃起させることにしました。  だって噂に聞いた内容では……口でしてあげるのは、手でするよりずっと気持ちいいらしいのです。 「あむぅっ……ちゅぷ、れろっ、じゅちゅっ……」  父の男性器を咥えて吸う娘……正直に白状します、私はこの背徳感に少なからず興奮し、ぞくぞくしていました。  これは親子としては禁忌に違いないけれど、女としては男にしてあげられるとっておきの行為なのですから。 「んぐっ……ちゅぶっ、ちゅぷぅっ……じゅぶぶっ……」  舌先で弄ぶ柔らかい男性器は温かく、汗によるかすかな塩気が印象的でした。 「んじゅっ、ちゅぷぷっ……れろんっ、ぐちゅり……」 「ちゅぷっ、ぺろっ……っはあ〜」  息苦しくなって止むを得ず口を離します。 「もう、どうして勃たないの? 知ってることは一通りしてみたのに……」  悲しいかな、脳内の知識全てを活かして愛撫してみたのに、父の男性器は少しも大きくなってはくれません。  エッチな漫画や、悪い男子から没収した写真集にある屹立した男性器とは、まるで別物のようです。 「参ったわ、マツタケみたいな形にならないとダメなのに……」  私はこれまでの自分の性に関する無欲さを憎み、まだ意識を戻さない父に対してとても申し訳なく思いました。 「でも、男の人は寝ている間も勃起するそうだから、今だって方法次第では何とかなるはずよ……」  困った私は唾に濡れた男性器を両手でしごいてあげましたが…… 「だめ……ちっとも反応してくれない……」  相変わらず、母に清川明日美を種付けた“ボウヤ”はしわしわに縮こまったまま、焦り始めた私の要求を少しも受け付けてくれないのです。  ――このままでは、父と性交渉することは叶いません。 「どうしましょう、これは想定外ね……」  とにかく父の男性器を私の膣内に挿入し、見事に射精へ導かねば救世主様は私を認めて下さらないのです――  もはや些細なことに悩んではいられません。  私は父の部屋の中を注意深く見回すと、 「仕方ないわ、これを使いましょう……」  机から父が愛用している万年筆を取り上げ、それを添え木のように萎縮した男性器にあてると、  締め付けがきつすぎないよう気をつけながら、何度も輪ゴムを巻いてずれないよう固定しました。 「口でだめなら、もう強硬手段に出るしかない……」  とりあえず、父の男性器は直立した状態となっています。  ならば口よりも強い刺激を与えられるところで……それを本来の用途に目覚めさせ、快楽を与えて絶頂に導くしか方法はありません。 「これも使えるわ……」  私は父の間食のサンドイッチを包んでいたであろう透明なラップを見つけると、男性器と万年筆がさらに一体化するよう、それを上からぐるぐると巻きつけ、 「あんっ、この折れ目は少し痛そうね……」  さらにハンドバッグから取り出した保湿用クリームをたっぷり塗りつけて滑りを良くしました。  と言うのも、ラップの折れ目は意外と硬く尖っていて、触れる指先にチクリと来たからです。  そんなものが何度も激しく膣内を動けば、父が果てるよりも先に私が痛みでギブアップしてしまうかも知れません。 「……これで、大丈夫そうね」  さあ、不自然ながらも挿入の準備は完了。 「中に入れて動かしていれば、やがて自然に大きくなるでしょう……」  私は脚を広げておもむろに父へ跨り、なんとか立たせた性器の先端を自身の秘所へあてがって胸の奥をドキドキさせます。 「私の処女……お父さんにあげるね……」  この時の私は一人の成人女性として、羞恥にためらうよりも、むしろ嬉しくて誇らしい気持ちでした。  そして全身の力を抜き、深く息を吐きながら―― 「んぅう゛っ! くぅぅ……んうぅっ……」  自分の体重を活かして一気に腰を沈めると、父のそれが処女膜を裂く痛みに思わず目を閉じて仰け反りました。 「んあ゛っ……くぅうぅぅっ……んぅうっ……痛いよぅ……」  唯からは「本当に痛い」と聞いてはいましたけど、ここまでとは思っていなかったのです。 「っうぅ……血、出てる……」  父との結合部を触れた私の指には、間違いなく私が零した赤い血が付着していました。  私は父を一人の男性として深く受け入れて…… 「っあ、はぁっ、はあぁっ……」  もう処女ではなくなったのです。 「っはあぁ、はあ、はあっ……これからよ、これからが肝心だわ……」  いつまでも普通の女の子っぽく、喪失の傷心と痛みに浸っている場合ではありません。  この状態を写して送っても、おそらく救世主様は満足して下さらないはず。  あの方は“忌むべき教師”が実の娘と交わり、白濁を噴出して男の本能を曝け出している瞬間を見届けたく願っておられるに違いありません。 「っはあっ……んぅうう゛っ……うぅんっ、っく、んうぁう゛ぅっ……」  だから私は懸命に痛みを堪え、父に抱きつきながら腰を大胆に上下させ始めました。 「んっ、うぅっ……あふっ、う゛っ……くぅあ、ああっ、あふうぅっ……」  やはりクリームを塗りつけたのは大正解でして、父のそれは滑らかに私の中を上下していきます。 「あぐっ……っふうっ……んあっ、ああっ……はふぅ、うぅんんっ……」  父の男性器が勃起していないのは残念ですけど、ラップを通じて確かに伝わる彼の温かさに私の苦痛は次第に和らいでいきました。 「あふぅっ……お父さん、今までありがとう……大好きよ……」  今まで大切に、愛情こめて私を育ててくれたお父さん……  いつも背中を追いかけていた、優しいあなたのおかげで……  明日美は立派に女になりました……。 『二人とも、そろそろ夕食にしますよ』 「――っ!?」  じわじわと女の快感を得るようになってきた頃、不意にドアがノックされて私は背筋の凍る思いでした。 『明日美もいるんでしょ? 悪いけど手伝ってちょうだい』  まだ室内で何が行われているかを知る由もない母の声は明るく、そして親しみの情に満ちて弾んだものでした。  ええ……この母も父より多少厳しかったものの、私にとっては自慢の素敵な母親なのです。 「あっ、はい……もうちょっと、待ってね……はぅうんんっ……くぅっ……」  けれど私は途切れがちになる言葉で母を退去させようと努め、これでもかと必死に腰を上下させて父の射精を待ちわびます。 『……ねえ、ちょっと声が変よ……どうかしたの?』 「いえっ……なんでも、ないわ……よっ……」  この時、母は愛する夫の身体を奪われて「女のカン」が働いたのでしょうか……返事をする私の異変にどことなく気付いたようです。 『今日はやけに早く帰ってきたし……いったいどうしたの――あら?』  ――ガチャガチャッ。 「ひあっ……あっ、ああ……」 『ちょっと、どうして鍵がかかっているの? 開けなさい明日美!』 「だっ、ダメっ……ふぁあっ……っうん……もう少しだからぁっ……」  ――ガチャガチャッ  母はドア越しにこちらの異変に気付き、何度も激しくドアノブを回して騒がしく金属音を立てました。 「あふぅうっ……くふぅうんんっ……んっあ、ああっ、あぁんんっ……」  すると、――この緊張した空気はかえって私を駆り立たせ、早々に窮地を脱するべく膣内を潤ませて、女に目覚めた体を奥から火照らせたのです。 「あくぅ、うっ、ふうぅうぅっ……あっ……」  ラップを巻いた棒状のモノが膣内を動くたびに、私の深部は疼いて愛液を滴らせているのが見なくても分かりました。 「っぅうっ……あはぁっ……」  ――ガチャガチャッ! 『こらっ、中で何をしているのっ!!』 「はあぁっ、はあっ……お母さん……もう少し、待ってよぉ……」  ――ガチャガチャッ! 『明日美っ、明日美ぃッ!!』 「…………んぅぅ……」  こちらの息遣いが荒くなってきた頃、沈黙していた父がようやく薄く目を開け、 「ぁぁ……なにが、あって――おいッ!??」 「あんんっ……おとうさぁん……おとうさぁんんっ……」 「ななっ、なにをしているんだ明日美っ! こら、すぐに止めなさい!!」  目を開けて状況を理解した父は、私を跳ね除けようとして身体をよじりますが、私がそうさせないよう紐でしっかり縛っているので悔しそうに顔を歪めました。 「あはぁあっ……おとうさん、大好きぃ……」 「お前ッ、自分が何をしているのか分かっているのか!」 「もちろんよ……お父さんが大好きだから、私の処女をあげたの……」 「――なぁっ!? あ、あぁ……なんてこった……そんな、そんなこと……」  激昂して赤くなっていた父の顔が見る見る青ざめ、それを憐れんだ私は彼を慰めるように、回転を加えながら腰の動きを速めてあげました。  いや、「あげました」なんて言い方は偉そうですね――私は膣内を擦られる快楽に目覚め、もっとそれを強く味わいたくなっていたのです。  真面目で従順な娘ではなく、一人の普通に性欲もある成人女性として。 「ダメだ明日美……これは赦されないことだぞ」 「どうして? 大好きな男女が結ばれるのは、いいことじゃないの?」 「私たちは親子だ! こんなことをしてはならん、すぐに止めなさいっ」 「親子でもあるけど、お父さんは男でしょう……っふぅうんっ、あはぁあっ……」 「屁理屈はいい、すぐに止め――、う゛あぅっ」 「ほら、お父さんだって気持ちよがってるじゃない……声に出てるわよ……うふふっ」 「……くぅっ!」 「その我慢している顔……すごく可愛い……もっと気持ちよくなろうね……ちゅぱっ」  苦悩に歪む父の表情が愛しくて、私は腰を振りながら彼の頬に何度もキスしてあげました。 「あ、あぁ……明日美ぃぃっ……」 「お父さんとお母さんがこうやって愛し合い、そして私が生まれたんでしょう?」 「とっても素敵だわ……生命の神秘ね……あはぁあんん……」 「ああ……なんということだ……娘の純潔を……あぁぁ……」  ――ドガッ! ドガッ!! 「もう、お母さんたら必死ね……あふぅ……ひぁっ、ああっ……」  しばらくドアノブを回す音が絶えていたのに、母はおそらく一度キッチンへ戻り、まな板のような鈍器を持ち出して外から鍵の破壊を始めたようです。  部屋のドア自体は木製ですから、非力な母であっても何度か殴りつけていれば鍵の破壊は可能でしょう。 「あふぅっ、うぅ、くうぅんっ、うんんっ……」  母の鬼気に少々焦りを感じた私は自らの快楽を後回しにし、純粋な使命感をもって熱心に腰を振りながら父の射精を待ちわびます。 「はあぁあっ……お父さんのオ○ンチン、硬くなってきたよぉ……」 「っ……そんな、そんな……!」  ――ドガッ! ドガッ!!  しかめた顔を左右に振って否定する父ですが、私の膣内で万年筆を押しのけながら膨張していく男根は正直そのものでした。  膣の奥では感じが鈍るのですけど、まだ浅いところでは先端のくびれさえ分かるほどにソレは勃起してきていたのです。  ――ドガッ! ドガッ!! 「ねぇお父さん……私もう、こんなに大人なんだよ……」  私は手が自由にならない父にかわり、丸く発育した乳房を彼の胸板に押し付け、左右に揺すってその柔かさを教えてあげました。 「くふふっ……お父さんも男だもんね……時々私の胸を見てたの、知ってるんだから……」  ここで女のプライドを汚された母に乱入されると実に厄介ですから、私はどんな手段を用いても早く父に射精させたかったのです。 「どう? お母さんのより大きくて柔らかいでしょう……」 「……破滅だ……私はもう……終わりだ……」 「そんなことないわ……こうすることで、救世主様に認められるのよ……んふぅぅぅ……」  私は調子にのり、乳首の勃ってきた胸を父に密着させながら軽いキスを繰り返します。  ――ドガッ! ドガッ!! 「……こんなこと、人として間違っている……」 「だからこそ、いいのよ……」 「この世界のモラルなんて、全部捨てなくちゃ……あはぁんっ……」  父の男根が張りつめてきて私の中もきつくなり、それがビクビクと脈打っているのさえ感じられるようになりました。  ――ドガッ! ドガッ!! 「あはぁあっ、あぁっ、くぅうぅっ……」 「おとうさん、私の中でいってね……中でなきゃイヤっ……んふぅうっ……」 「……ぁあ……うぁぁ……」  もはや何も抵抗出来なくなった父は私に屈服し、こちらの秘所も十分すぎるほどに愛液が潤んで腰の動きは実に滑らかでした。 「はふぅっ、うくぅ、うんんぅ、あっ……ひあっ、ああぁんっ、おとうさぁんっ!」  ですから、この時に至っては破瓜の痛みさえ、かなり薄まっていた上に適度な刺激となってスケベな私を喜ばせてくれたのです。 「ひぁうぅぅっ……ふぁっ、あぁっ……きもちいいっ……」  これがセックスなんですね……。  初めての相手が実の父親だなんて、今日になるまで全く考えていませんでした。  でも……愛があるから、とても幸せです。 「……ダメだ、ダメだ……だめ、だ……」 「はうぅっ……早くイってぇ……そうしないと、お母さんに見られちゃうよ……」  ――ドガッ! ドガッ!! 「はぅんっ、うんっ、んんぅっ……あはぁっ……お父さんの、おっきいね……」 「……ダメだ……ダ、メ……ああっ――!!」 「っああ゛っ……ん゛っ、くぅああっ……」 「あ! イってくれたのね!」  父が顔を歪めて苦しそうな声を上げた瞬間、膣内に熱い迸りを感じて私は狂喜乱舞しそうでした。 「カメラどこ、カメラっ!」  そして私はすぐに携帯へ手を伸ばし、 「っはああぁんっ!」  男根を膣から抜くと思わず甘い声が洩れましたが、その余韻に浸ることなく素早くラップと万年筆を取り外し、 「くふふっ……☆」  最初の一枚は父と私の顔を同じ画面に写して、  次の一枚は、精液を滴らせる勃起した男根と、赤く充血した私の秘裂が重なるように写したのです。 「さあ、送信しなくちゃ……」  数秒後に携帯の電子音が鳴り響き、これで最初の課題は無事にクリア。  私は嬉しくてすっかり舞上がってしまい、自分を責めて無言の父を強く抱き締めてあげます。  そして初めて見る精液に手をのばし、白く濁るそれを指先に絡め取って顔に近付け、 「わぁ、本当にイカみたいな臭い……」  好奇心に後押しされて舐めてみると、それは何とも生臭くて酷い味でしたが…… 「こんなにたくさん出ちゃうなんて、ずっと我慢していたのね……」  射精したくても思うようにならず、こうも溜まるまで我慢していた父がいじらしくなり、私は指についた精液を全て舐めてあげました。  ――ドガッ! ドガッ!!  ――ベキィッ! 「あ、壊れちゃった……」  遂に母はドアノブの破壊に成功しましたが、私の行動を止めるには至らず、この時ばかりは母に対し「女」として勝ったような幸福感を味わったのです。 「こらっ、明日み――ひああぁあっ!!?」  下腹部を露にして白濁を垂らしている夫と、その横で全裸となって得意気な顔をしている娘を直視した母……。 「えへへっ……ふちゅっ、ちゅぷぅうっ……」  私はとどめを刺すように、絶望の面持ちとなった母の前で、放心状態にある父と濃厚に唇を重ね、見せ付けるように彼の舌を吸ってあげました。 「あぁ、明日美っ……あなた、なにをして……??」 「ちゅくっ、ぺちゅぅうっ……っふぁ、お父さんだいすきぃ……」 「きゃああああああああああああああああ――〜〜〜〜〜っ!!!」  すると母は断末魔のような悲鳴をあげ、現実を受け入れまいとして頭を抱えたのです。  明日美は実に満足でした。  もちろん母も大好きに違いないけど、今になって考えると、私は幼い頃から父をめぐって母をライバル視していたのかも知れませんね。 「ふふっ、くふふ……」  こうして父と母、双方の心を砕くことに成功した私は、 「くふふっ、やった――私やったわ!!」  達成感に浮かれながら庭側の窓を開け放ち、一糸まとわぬまま意気揚々として我が家を後にしたのです。 「人以下になれ」とは、俗な身を全て脱ぎ捨てて来いということ。 「あふっ……んっ、んうぅ……っう、あはあぁっ……」  私は多少ふらつきながら立ち上がり、目的を果たすためにあえて人目の多い場所へと移動して、 「あぁぅっ……くうぅんんっ……んあっ、はあぁぁ〜〜……」  おもむろに道端へ座り、脚を開くと両手で股間を弄び始めた。  ……周囲の目が見つめる中での淫らな戯れ。  この社会において犯罪とされる行為でありながら、性欲を持て余す男たちの求めて止まぬ対象でもある。 「はふぅうっ……ひぅうっ……ぁあっ……はあぁんんんっ……」  さあ、楽しく始めよう。  まるで人前で平気で交尾をする獣のように……  私は人の殻を脱ぎ捨て、女として立派に成し遂げてみせる。  くふふふっ……。 「……おい、あれって……」 「うわっ! ……どういうこと??」  私の嬌声につられて愚かな男たちが歩み寄ってくる。 「んっふぅ……ふあぁっ……あぁっ……はぁぅ、ふうぅっ……」  きっと全裸の私を「乱暴されて打ち捨てられた哀れな女」か……  あるいは「悪酔いして服を脱ぎ捨てたバカ女」とでも考えているのだろう。  やれやれ……勝手な決めつけをするより、もっと近くに来て見なさいよ。  本当は女の裸体を観察したいだけの偽善者なくせに。 「くうぅんっ……あっ、ああぁっ……ふあぅっ……」  ほら、この割目を広げて見たがっているんでしょう? 「んふうっ……ひぁ、あぁあんんっ、んんぅっ……」  ゆっくりと中指を膣へ入れながら、親指と人差し指でクリを軽く抓りあげる。 「っあ、ああぁっ……はあうぅ……んくぅっ、んんうっ……」 「AVの野外撮影かよ……?」 「うおぉ、こりゃラッキー!」  指が淫らに動くにつれ、人々の視線が私の女性器に集まっていくのを感じる。  もう後戻りは出来ないし……そんなつもりもない。  以前の弱い私なら恥辱に耐えられず、無様に精神崩壊したかも知れないけど、 「ふぁあっ、あんっ、あぁんんっ……ああぁ〜〜」  なのに今では少しも嫌ではなく、むしろ見られて興奮を覚えるほどに成長した。 「はふぅぅっ……オ○ンコの中……あったかぃぃ〜〜」  私はもうすぐ完璧に全てを捨て去れる。  だからこそ……こんなに心と身体が火照っているのだ。 「どっ、どうしたのかな君ぃ……?」 「おぃ、気分でも悪いのか……?」  勇気のある――いや、単にスケベな男二人が、戯れにふける私へ心配そうな声をかけてきた。 「水でも……持って来ようか?」 「はふぅ……いぇ、結構ですわ……っあ……あぁあん……」  私の指が開通式を済ませたばかりの膣を出入りするたび、彼らの唾を飲む音が小さく聞えてくる。  あははっ……そんなにここを見ていたいの? 「っふぅ……はあぁっ、あんっ……くうぅっ……きゃうぅっ……」  こんなの、全人類のほぼ半分に付いているのに――ちっとも珍しくなんてない。 「んんぅっ……っはあ……あはぁっ、んぅっ……」  ああ、でもあなたたちには付いてなかったわね……  それなら……思わず見入ってしまうのも無理ないかなぁ…………  可哀想に。  それならせめて、私の優しさを分け与えてあげましょう…… 「はあぁぁ……今日……私は、処女ではなくなりました……」 「私は……あふぅっ……実の父親と、セックスしたんです……」 「マジ!? リアル近親相姦??」  若い男の子が思わず手を叩いて喜び、ふと応援されたようで私も嬉しい。 「うふふ……見えますかぁ……ほら、広げてあげます……ぁあっ……」 「このオ○ンコにぃ……ひゃうぅっ……お父さんの、オ○ンチンを……」  私はかすかに精液がこびりついている女性器を指先で押し広げ、楽しかった少女時代を語るように赤裸々な告白を始めた。  敬愛する両親との絆を絶っても構わないほどに……心と身体を溶かす歓喜に満ちた体験を追想しつつ……。 「はぁあんっ……ここにぃっ、オ○ンチンがずっぷりと……ぅんんぅっ……」 「それ……本当なら、かなりマズいでしょ?」 「膣の奥まで中指入れてるし……とりあえず処女ではないな……」 「あふぅうっ……まだオ○ンチンを、一本しか知りません……っはぁっ……」  私はもっと女性器がよく見えるように大きく脚を開き、程よく濡れたそこを男たちのギラギラした目に曝す。  ああ……突き刺さるような男たちの視線に愛撫されているかのよう。 「はふぅっ……まだ勃ってないお父さんのオ○ンチン……んんぅっ……」 「わたしのここで……ぎゅっと締めて……あんっ、段々硬くなってきてぇ……」  股間を弄くり回す指に愛液が粘りつき、親指とク○トリスの間に透明な糸が引いてすごくいやらしい……。  私はペニスの味を知り、中指をそれに見立てているせいか、いつものオナニー以上に動きが大胆になっている。  ……これは病みつきになりそう。 「オ○ンチンが……あんなに硬くなるなんてぇ……ひぅっ……」 「わたしっ……それが、うれしくて……何度も腰を振って、あげたんです……」 「処女だったんでしょ? 痛くなかったのかい」 「はひぃっ……すごく……痛かったれすぅ……でもぉ、お父さん大好きだから……」 「んあふぅっ……奥まで、一気に……っああ……あぁああんんんっ……」  私は父親との初体験を告白しつつ昂り、もっと快感を求めて片手を胸に回すと、硬くなりかけた乳首をつまみながら見せ付けるように揉む。 「いい形のオッパイだなぁ……ふよふよして零れ落ちそうだよ」  そうでしょう? 大きさと形には自信があるもの。  うふふっ、お母さんよりもバストが大きくなった時は熊のぬいぐるみを抱いて大喜びしたわ。  まるで自分が「選ばれた女」になれたような気がして舞い上がったものよ。 「んふぅっ……んんぅっ、んく、ぁふうぅっ……やぁんんっ……」  もう私の座っている路上には愛液の水溜りができているのに、まだ足りないとばかりにじわじわと深淵から溢れ出す。 「はあぁんっ、ああぁんっ……オ○ンチン……すっごく、大きくなってきてぇ……」 「私のなか……もういっぱいで……きゃうっ……うぅっ、んんっ、んんう゛〜」 「ねえ、どんな体位で最初のセックスをしたの?」 「私が上だったから……あはぁっ……こつこつ当たって……嬉しかったんです……」  父の男根が最大に勃起すると、それまで届かなかった子宮の入り口にまで当たるようになり、ぐいっと押し付けられる気持ちよさに涎が垂れたほどだった。 「最初が父親で、しかも騎乗位ですか……立派にビッチですね」 「ひゃあぁんっ……そんなっ、あぁっ……やぁっ……ひうっ、ひうぅぅっ!」  不意に私より少し若い男に罵られ、その刹那、私は心臓にぞくっとくる快感を覚えた。  確かに私は小心者で怖がりだけど、正直に言って絶対に“M”気質ではない。  なのにこのゾクッとくる快感……これは逆説的に祝福の言葉を受けているせいだろう。それなら納得できる。 「ふひゃぁぅ……んっくぅうぅ……んんっ、んうぅっ……あっ、はあぁぁ……」  ――もしここで、見知らぬ彼らのペニスを何度もアソコに挿れられたら?  それだけに留まらず、強引にア○ルまで犯されたら?? 「あふうぅっ! ひぁあ゛っ、あぁっ、んっくう゛っ、んんんぅ〜〜っ」  想像しただけで半開きの口からよだれが零れ、脳の中が淡いバラ色に染まっていく。  お父さんの精液……あたたかくて、ラップの向こうからビュクビュクと噴き出て最高だった……。  それに比べ、この人たちの精液はどうなのだろう……?  ペニスの大きさと形には個体差があるそうだけど、この人たちのはどうなのかな……??  みんなが並んでズボンの前をはだけ、屹立したペニスを私に見せてくれたら愉快だろうなぁ…………。 「ふぅああっ……ああっ、あんっ、ああぁんんっ、いくぅ、いくぅぅっ」  お腹の奥からじわりと熱が昇ってきて、体中が震え始めて制御がきかなくなってくる。 「はあぁんっ、あんっ、もうだめですぅっ……いくょぅ、いくぅうぅっ」 「おぉっ、身体の震えが激しくなったぞ?」 「あはあぁっ、あぁあっ、あふぅ、んっ、んんんぅうっ!」 「いっくうぅうぅうぅううううぅ〜〜〜〜〜っ!!」 「…………おぉぉ」  この瞬間、私の中で大きな何かが弾けた。  それは私が生まれてからずっと、上へ伸びようとする心を拘束し続けた忌むべきものだ。  その消失の後を追うように、一度空っぽになった心へ湧き出してきたのは最高の清々しさ。  これまでの人生で経験したことのない恍惚……  空へ舞い上がっていきそうな爽快感。 「はぁ――っ、はあぁ――〜〜っ…………」  ついに私は自由になれた……  教師……失格、  人間…………失格、  おめでとう、明日美…………。 「……ぅふふふふ……」  愛液でべとべとの指を自ら舐めて微笑む。  どうですか、間宮様……  ご満足頂けましたでしょうか………… 「私とセックスしよ」 「え?」 「セ、セックス」 「そうだよ、セックス」 「でも……」 「卓司くん私のこと嫌い?」 「い、いや、嫌いじゃないけど……」 「でも……」 「お父さんと会うために必要なんだよ」 「君のお父さんと会うのに?」 「うん、今の卓司くんは救世主とは言っても、やっぱり肉体的にはただの人間」 「うん……」 「だから私と肉体接触して、人間の限界を超えるの」 「肉体接触して……限界を……」 「うん」 「で、でも……ボ、ボク……」 「どうしたの?」 「童貞……なんだ……だから、うまくいかないかも」 「……安心して、私だって処女だよ」 「え?」 「だから大丈夫! 何も問題ないんだよ……」 「!?」 「それは……」 「……」  スカートの〈裾〉《すそ》がめくれて……。  リルルちゃんのパンツから性器らしきものが……。  パンツから出る性器?  あれは……。 「リルルちゃん……」 「それ……お……おち○ちん?」 「……ごめん」 「わ、わたし……私……両性具有なの、だって天使だから……き、気持ち悪いよね……こんなの付いてたら……」 「い、いいや」 「そ、そんなことないよ。ボクが望んでた通りなんだよ! ボクの好きなキャラが、ボクと同じモノを持ってるなんて!」 「いいんだよ!ボクはうれしいよ!ボクと同じ感覚をリルルちゃんは共有してるんだ!ボクが愛したキャラが!ボクと同じように感じるんだ……凄い事だよ!」 「……は、恥ずかしいよ……」 「隠さないでっ」 「で、でも……やっぱり、恥ずかしいよ。こんなのが付いてる女の子なんて……」 「そんなことないよ! リルルちゃんは可愛いよ!」 「私の……大丈夫かな?」 「うん」 「リルルちゃんのペ○スもかわいいよ……ほらこんな風に皮かぶってて……」 「いや、やっぱり、恥ずかしい」 「手で隠しちゃだめ! だめだよ!」 「う、うん……ごめん……」 「でも……やっぱり恥ずかしいよ……」 「だめ! ちゃんと見せて!」 「う……そ、そんな恐い顔」 「ボクが見たいの! だから見せて! ボクは救世主なんだよ!」 「だ、だったらリルルは天使だよ!」 「くすくすくす……」 「ははははは……」 「分かったよ……恥ずかしいけど……見せるよ……卓司くんには……見せる……リルルのおち○ちん」  すごい……。  真っ白だ……なんてきれいなおち○ちんなんだ。  先っぽがすこし覗いていて……ピンク色……。  その先っぽが……泣いている……。  濡れて……光ってる。 「ああ、そんなに見ないで……そんなに見られると……わ、私……わたしぃ」 「見られると?」 「いやぁ」 「どうしたんだい?」 「大きくなっちゃう……」 「大きくすればいいじゃないか……」 「で、でもぉ……これ以上おおきくなっちゃったら…皮がめくれて……めくれちゃって……」  リルルちゃんのペ○スが……。  ボクに見られて興奮し……。  さらに大きくなっていく……。 「いやぁぁぁぁ……恥ずかしい…恥ずかしいよぉ……」  皮から、先っぽが……。  ピンクの先っぽが……。  さらに、さらに見えてくる……。 「全部……全部見えちゃうよぉ」 「見えるって……こう?」 「あっ」  ボクが指で少しだけ皮を触ると、ぷるんっと皮がすべてめくれてしまう。  それは、まるで風船ゼリーの膜を破った時みたいに……勢いよくつるつるでぴかぴかのピンク色が姿をあらわす。 「ああ、リルルちゃんのおち○ちんの先っぽが……全部見える……見えてる……」 「いやぁぁあ! 恥ずかしい!恥ずかしいよぉ!」 「恥ずかしがらないで! ぼ、ボクにリルルちゃんのすべてを見せて! すべてが見たいんだ」 「……あ、あう…あ、あんまり……見つめないで……」  リルルちゃんはボクによく見えるように自らの腰を前に突き出す。 「さわっていい?」 「……卓司くんが望むなら……でも私感じやすいから……優しくしてね……」 「うん」  ボクはリルルちゃんのおち○ちんを優しく握ってみる。 「あうっ」 「ご、ごめん、痛かった?」 「ううん……卓司くんに握られて、私少し感じちゃった……」 「そ、そうなんだ……良かった……」  まるでピンク色の風船ゼリーの中身のように……つるつるでぴかぴかでぬるぬるだ。  ボクは、その風船ゼリーの中身を注意深くさわっていく。  壊れない様に……やさしくやさしく……。 「ああん」  先っぽの裏側はまるで桃のように二つに割れている。  皮がめくれて、その部分も露出している。 「ここは、敏感なところだからなぁ……大事に触らないといけないね……」  心臓がバクバクする。  今から自分がしようとしている事を考えると……脳の芯までしびれる様な……。  でもボクはここを……リルルちゃんのここを……、  ゆっくりと舌を突き出す。  ああ……ボク男の子なのに……男の子なのに……何をしようとしているの?  でもここ……やわらかそうなリルルちゃんのここ……リルルちゃんの先っぽ……こんなに濡れて……こんなにぬるぬるして……とてもおいしそう……。  ああ……だめ……我慢できない……。  こんなところ男の子が舐めちゃだめなのに……だめなのに……止まらない……止まらないよ……。  先っぽが舌に触れる。  リルルちゃんの味がする。  その瞬間、自分の中で何かが壊れた。  ボクは、べろべろと狂った様にリルルちゃんの先をなめ回す。 「な、なに? これ? ゆ、指じゃない? え? ええ?卓司くん、そんなの舐めちゃだめだよ!」  ボクは、彼女の皮の部分に舌をつっこむ。皮の中身を舌でべろべろとなめ回す。  リルルちゃんは何が何だか分からず混乱している。  ただ相当気持ちよいのだろう。  裏側の二つに割れてる溝にそって何度も舌でなぞっていく。何度も何度も……そのたびに液体が先からぴゅるぴゅると出てくる。  先走りですでに濡れている部分を舌でなぞっていく。 「あ、あ、あ、ああん……そんな、そんなぁ、女の子なのに、男の子におち○ちんを舐められて……ああ、どうしよう……はぅんっ」  ボクは無我夢中でなめ回す。  そのたびに、先っぽから蜜があふれていく……。  ああ……なんて心地よい舌の感触だろう……こんなに柔らかくて……つるつるしてて……。 「すごい……濡れてきたよ」 「気持ちいいよぉ……気持ちいい気持ちいいよぉおっ」  今度は竿を手でしごく。  これだけ濡れてれば、もう手でしこしこしても問題ない……そして……。 「ひっ、ひぃっ」  ボクは彼女の玉を舐める。  まったく毛が生えてない玉は、とても柔らかくて、舐めごこちが良い。いくらでも舐めていたいぐらいだった。 「だ、だめっそんなタマタマ舐めながら、そんなしこしこされたら、私っ私ぃぃいいっ」  気にせずに、ボクはリルルちゃんのおち○ちんを手で包み込みしこしこする。 「いやあぁぁあ、おかしくなるよぉおかしくなっちゃうよぉお!」  皮をめくりあげるほどにリルルちゃんのペ○スをしごく……。 「あん、あん、いやぁ……」  ボクが、リルルちゃんのおち○ちんを上下にしごくたびに、玉をべろべろとなめ回すたびに……まるで射精のように先走りの露がこぼれ出す。  ぴゅる、ぴゅる……。 「すごい、リルルちゃん射精してるみたい……」 「いや、いやぁ。いやぁ、おかしいよ!リルル女の子なのに、おち○ちんしこしこしてもらって、タマタマ舐めてもらってぇ、おかしくなるよぉ、おかしくなっちゃうよぉお!」  先走りの露でボクの手は泡立つほどになっている……。 「これだけ濡れていれば……」  速度を速めていく。  もっともっと荒くしても大丈夫だ……。 「ひい!ひぃ!ひぐぅ!ひぐぅう!」  ボクはオナニーばかりしてきた、だからおち○ちんの扱いに関してはエキスパートだ。  童貞でも問題ない。ボクは誰よりもおち○ちんの扱いに慣れている。  ボクは手を速める。  ボクが上下に手を動かすたびに、充血した先っぽが見え隠れする。  そして、そのたびにその先から露がこぼれだしていく……。  ぴゅる、ぴゅる……。  あまりの露の多さに、リルルちゃんの太股までもが、すでにぬるぬるになっている。  リルルちゃんの濡れた太股をなでてみる。 「くふぅ」 「なんてやわらかい太ももなんだろう……」  太ももは凄くやわらかい……そんな太ももがいやらしく リルルちゃんの露により濡れている。  その感触がたまらない。  にちょ、にちょ、にちょ、にちょ、にちょ……。  ふとももを触っているとは思えない音が鳴る……。 「わ、わたしぃぃ卓司くんにさわられてぇ……うれしいよぉおち○ちんうれしいよぉ……」 「あう、もうだめぇえ……うっ」  リルルちゃんのおち○ちんの脈が瞬間膨張する……。  もう、限界のようだ……。 「た、卓司くん……」 「わ、わだしぃ……も、もふもふぅぅう……」 「あああ、もう、もう、い、いくぅぅぅぅ、いくぅぅうううううっっっ」  リルルちゃんのおち○ちんが大きくゆれる……。  そのたびに、白濁の精子がリルルちゃんから吐き出される……。 「だめ〜、まだ出ちゃう〜」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。 「とまらないよぅ〜」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。  なんという量だろうか……。リルルちゃんは射精し続ける。  これが天使の射精というものだろうか? 「た、卓司くん」 「リルル、変なの……女の子なのにおち○こついてるの……そのおち○この射精とまらないの……いやぁ、飛んじゃう」 「見、見てぇ〜。リルルのおち○こからおち○こ汁出るのぉ〜。見、見てくださいぃ卓司くん見てくださいぃぃ〜」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。  はぁ、はぁ……。 「リルル凄く感じちゃった……」 「そ、そう……」 「……」 「もう、私ばっかりー」 「卓司くんのも見せてよー」 「え、あ、え」 「ほらほら」 「えへへへ」 「卓司くんのおち○ちん」 「あ……」 「うふふふかわいい」  リルルちゃんはボクのおち○ちんをまじまじと見つめる……。 「私……自分以外の見るのはじめてなんだ」 「あはははは、そ、その言い方……リルルちゃんは自分のはよく見るの?」 「え?」 「あははははは……墓穴掘ったかなぁ……で、でも……私ぃ一人でおち○ちん触るの好き……なんか私……自分のおち○ちん好き……女の子の方も……男の子の方も……」 「なんだか、自分の見てるとなんだかやらしい気分になって……」 「だんだん、男の子の方が反応してくるのそれで立ってきて……そうすると皮がめくれて、女の子の方も濡れてくるの……そうすると……」 「そうすると?」 「って、言わさないでよぅ。卓司くんの意地悪っっ」  って、自分で勝手に言いはじめたくせに……。 「もう」  ぺろ……。 「ひふ!」 「うふふふふ」  な、なんだこの感じ……は、はじめてだ……なんて気持ちがいいんだ……。  リルルちゃんは丹念にボクのおち○ちんを奉仕する。 「さっき卓司くんがやってくれた方法」 「はぅ、はぅうぅうっ」  リルルちゃんは、ボクの亀頭の裏を舌でなでる。 「リルルちゃん……」 「えへへへ、気持ちいいでしょう」 「う、うん」  ぴちゃ、ぴちゃ、くちゅ……。  さっきボクがやった事をそのままやってくれてる……。 「うふふふ卓司くんの先っぽおいしい」  亀頭の裏側のすじを舌で舐め回す。  ぴちゃ、ぴちゃ、くちゅ……。 「あっ」 「ああああ、そんなぁ」 「うふふふ」  ボクのをリルルちゃんは、くすぐるように舌でなぞっていく……そして大きくくわえる。 「あう!」  リルルちゃんがボクのをくわえた……。  ボクは突然のあたたかい感触にのけぞる。  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!  先っぽを喉チンコで刺激する。 「ふあああ」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「な……なんて気持ちいいんだ……」  あたたかくて……。  こんな感じ……。  はじめてだよ……。  オナホールだってこんなに心地よい温かさは無い。  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「くはぁ、す、すごいよ……リルルちゃんの口の中……き、気持ちいいよ……ああああっ」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!  リルルちゃんは口の中で舌をからめてくる。 「こんなのって……」  やっぱり自分にもあるからかな……だからこんなに気持ちよい場所が分かるのかなぁ……ボクがしてほしい事をすべてやってくれる……。  ボクは女の人とやった事がないから比べられないけどたぶん、普通はこんなに気持ちよくないはずだ……。  きゅぽん! 「あっ!」 「うふふ、どう?」 「す、すごくいいよ……」 「こんなのどう?」 「あっ……」 「おち○ちんのタマタマ〜」  リルルちゃんはボクの袋を丹念になめる。  そして裏筋をどんどん下にたどっていく。  リルルちゃんは、さらに舌を下のほうに這わせる……。 「そこは……」 「うふふふふ」  リルルちゃんはボクのお尻の穴を舐める。 「そ、そんな、汚いよ……」 「卓司くんのだから汚くないよ……」  リルルちゃんの舌がボクのお尻の穴をなでまわす……。 「こんなのは……」 「はう」  リルルちゃんの舌がボクの中にはいってくる……。  リルルちゃんは舌をのばす。 「ああ……くふう」  リルルちゃんの舌はボクの前立腺にまで刺激する……。 「うあああぁあ」  ボクのおち○ちんは前立腺の刺激によりさらに大きくなる。 「すごい、すごい。卓司くんのさっきより大きくなったよん」 「リルルちゃんボク……」 「えへへへ、出したいんでしょ」 「うん」 「どうするの? 口の中で出す? 顔に出す?」 「……どっちでも……」 「もう! そういう子じゃ!」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「くは」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「そんな、はげしく……」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「くはぁ」 「す、すごいよ……リルルちゃんの口の中……き、気持ちいいよ……ああああ」  きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ!きゅぽ! 「も、もう限界だ……」  リルルちゃんはそのまま上下に激しくする。 「リルルちゃんイっちゃうよ……」  リルルちゃんはそのセリフを聞くとにっこり笑った。  そして、さらに激しくする。 「も、もうだめだ! は、はわぁあっ!」  どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ、どぴゅ……。  ボクはリルルちゃんの口の中で放出する……。  リルルちゃんはうれしそうに喉をならす。 「の、飲んでくれてるの?」  ボクはそのまま、リルルちゃんの口の中で出し続けた。  リルルちゃんは喉をコクコクと鳴らす。 「ああ……リルルちゃんの口の中……あっ温かくて…ぬるぬるしてて……やわらかくって……」 「クス、どうだった?」 「あ、ああ……気持ちよかったよ……」 「うふふふ、いっぱい出したね。リルルうれしいなぁ。リルルの口で感じてくれたんだもんね」 「う、うん……リルルちゃんの口の中……とっても気持ちよかったよ……」 「うふふ……良かった。リルルの身体は卓司くんの欲望を全部受け止めてあげるよ」 「きれいにしてあげる」 「う!」  イった後で敏感になっているボクのおち○ちんをやさしく愛撫してくれる……。 「んん? あれぇ? なんだぁ……卓司くんもう元気になってる」 「えっ? ああ」 「ならすぐ第二ラウンドいこ」 「第二ラウンド?」 「うん」 「私の女の子の方が卓司くんを欲しがってるの」 「あ、ああ……あう……」 「ど、どうやって入れるの……」 「うふふ、大丈夫よ」 「誘導してあげるから……上にのっていいかな。全部自分でするから」 「あ、うん……ありがとう……」  リルルちゃんの上に〈跨〉《またが》る。  リルルちゃんはゆっくりと腰を落としていく……ゆっくりと……。 「あっ……」  くちゅり……とした感触。 「っ……」  リルルちゃんの顔が苦痛に歪む。 「だ、大丈夫?」 「大丈夫だよ……全然……全然大丈夫だから……ね。卓司くんはただリラックスしてくれればいいよ……全部リルルがやるから……」  リルルちゃんはボクのおち○ちんをその入り口まで誘導する。 「ここ……ここの部分……くぼみがあるでしょ……そこだから……」  処女であるリルルちゃんの性器は、穴というよりはくぼみに近い……そう簡単におち○ちんが入る感じではない……。 「それじゃいくよ……このまま腰を落とすからね……」 「う、うん……」  そのままリルルちゃんは腰を下ろす。つぷり……という奇妙な音と共に、ボクのそれは得も言えぬ温かさに包まれる……。 「くっくぅう……」 「うっ……」 「な、なんてリルルちゃんの中は温かいんだ……」  不覚にもあまりの気持ち良さに、入れた瞬間にイきそうになってしまう。  さすがに先ほど抜いてもらったばかりだから大丈夫だったけど……。  ボクのおち○ちんを温かい感触がつつみこむ……。  口の中とも違う……。  なんともいえない感覚だ。 「う、動くね……」 「う、うん」  リルルちゃんは、少しずつだけど腰を動かしはじめる……。 「ふぅん」  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。 「ふあぁあ……なんて気持ちがいいんだ……」  ボクが腰を動かすたびにリルルちゃんはボクのものを締め付ける。  その感覚がたまらなく気持ちいい……。 「ああん……ふぅん……くっ」  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。  リルルちゃんの女の子の部分は大量の蜜により、ボクのが出入りするたびに凄い音をだす……。  それは血が混ざりピンク色をしていた。  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。 「ま、前も、前も……」  リルルちゃんの男の子の部分はさっきよりも大きくなっている。  今にも爆発しそうだ……。  ボクはリルルちゃんの男の子の部分に愛撫する。 「うはぁ、ひい、ひぐゅ」  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。  リルルちゃんの男の子の部分もかなり濡れている……。  そのためリルルちゃんの男の子の部分をしごくと、  まるで結合部分のような音がする……。  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。  くちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅくちゅ、ぐちゅ、くちゅ、ぐちゅ……。 「うはぁ、ひい、ひぐゅ」 「両方なんて、両方なんて……」 「すごい……」 「くっ」  リルルちゃんの締め付けがさらにきつくなる……。 「なんて締め付けだ……」  ボクは、リルルちゃんの男の子の部分を包みこむ手の速度をあげる。 「うはぁ、ひい、ひぐゅ、ひい、はぁあ!」  しめつける感覚がさらに強まる……。 「も、もう……」 「リ、リルルも、リルルもイきそう」 「ああああ」 「リルル処女なのに、おち○ちんしこしこされて、おま○こイっちゃうよぉ。イっちゃうんだよぉ」  ボクは、さらにしごく手を速く、強くする。  ぷしゅ、じゅぷ、ぷしゅ!  リルルちゃんの女の子の部分からは、潮のように蜜が吹き出る。  あまりの蜜の多さと締め付けによってだ……。 「もう、もう、だめ……」 「イクよ、ボクもイクよ」 「おねがい、一緒に……一緒に……」 「でも、このままじゃ……ナカに……」 「いいの、いいの、卓司くんの精子ほしいのザーメンほしいのぉ」 「卓司くんの精子リルルにちょうだい。リルルのおま○こに……卓司くんの精液をぉぉそそぎ込んでぇ」 「うっ!」 「いやぁぁぁぁぁぁ」  リルルちゃんがいままでにないほどに、ボクのものを締め付ける。  たまらずボクもイク。  どくん、どくん、どくん……。  ボクのペ○スから大量の精液がリルルちゃんのナカにはき出される。 「いやああああ!」  びゅる、びゅる、びゅるる……。 「リ、リルルも精子がザーメンが止まんないっ止まんないよぉ!」  リルルちゃんの男の子の部分からも、大量の精液が吐き出される……。 「あう……熱い、熱いよぉ卓司くんの精液は熱いよぉ。卓司くんの精液の感触、感じるようぅ」  ぴゅる、ぴゅる……。  リルルちゃんの射精の勢いもおさまっていく……。  ボクらはその場で倒れ込む。 「音無彩名……またの名を黒リルル」 「なにそれ……私の新しいあだ名?」 「お前……ここに来た理由……ボクに抱かれにきたのだろう?」 「なんでそうなるの?」 「ふふふ……ボクが昨日、白リルルちゃんと肉体接触して君は焦っているんだ……ボクがあちら側に取られてしまうのが怖ろしいんだ」 「そうなんだ……でも、私は卓司くんと肉体接触したいとは思わない」 「たしかに……音無彩名自身は、ボクを嫌ってすらいるだろうな……互いに波動の周波数がいちいちかち合うし……だけど」 「お前は、ボクに抱かれるためにここに来た……このC棟の屋上……箱舟の舳先に……」 「なんで……そんなこと……言っ……のぉ…… くっ」 「やっぱりな……お前もか……」 「くくく……ほらはじまった……」 「あ、あう……な、なんで? なんでこれ?」  音無彩名のスカートからは……、  昨日のリルルちゃんとまったく同じように女の子にはあってはならないモノが覗いている。 「い、いやぁ、な、なんで私っ、こ、こんなっ」 「くくくくく……なんだよ……そんなにやりたいか?」  彼女はスカートから覗いたそれを懸命に隠そうとする……だけど、怒張したものは彼女の意志に反した動きをし、容易に隠す事が出来ないでいる。 「い、いやぁ、だ、だめぇ」 「ふふふ余裕がある様な素振りで……なんだよそ〈の様〉《  ざま》は……」 「いやぁ……見ないで……こ、こんなのおかしい……おかしいよぉ……」 「まるで誘っているかの様じゃないか……」 「そ、そんな事……ない……」 「いいや、お前は誘ってるんだよ。白リルルちゃんがした様に、自分の中でボクに射精をしてもらいたいし、ボクの中に自分のモノで射精したいんだよ!」 「そんな事……ありえな……くぅっ」  怒張したそれはスカートを押し上げる……押し上げられたスカートの〈所為〉《せい》で下着の部分が露出している。  それにしてもスカートから見える彼女の下着……なんてヤツだ、縞々パンツとか狙ってるのか? どんだけ狙ってるんだ?  まぁ、こいつはボクを誘うために作られているのだから……ボクの趣味に合わせて作られているのだろう……。  だが……君達、黒勢力が思うようにはいかないよ……。  この儀式は、ボクが相手の中で射精し、相手のリルルがボクの中で射精しなければならない。  互いの精液を、互いの中に出さなければならないのだ。  だからボクは、ボクの精液だけをこいつにぶちまけてやる。ボクの聖精液でこいつの内部を洗浄してやる。  そしてこいつの精液、黒リルル精液は、その辺りにばらまいてやる。  まったく無駄な射精をさせ続け……一滴も残さず、地に撒いてやる……。  くくく……覚悟すると〈良〉《い》い。 「白リルルちゃんがそうであったから……黒リルルであるお前もそうだと思ったが……本当にふたなり欲情変態女だったとは……」 「ち、違っ、欲情なんて、それに変態なんかじゃ……」 「変態さ…大いに変態…そうだ……お前の今までの態度……どこか孤高で他人を拒絶する態度……そういったものもその変態性がばれる恐怖の裏返し……」 「そ、そんな事……無い、あり得ないっっ」 「リルルちゃんの影ゆえに特殊能力を持ち……その能力ゆえ他の人間を一段低いものとして見る……がその実、単に変態おち○ちん女である事がばれる事にいつもドキドキしていた……」 「くくく……この事を知ったらみんなどう思うのかねぇ……音無さん?」 「えっ!?」  音無の顔が一瞬にして恐怖で引きつる。 「そ、それって……」 「君は成績優秀だろ? 頭が良いんだろう? だったら分かるだろうボクが言わんとする事が……」 「あ、そ、それだけは許して……み、みんなに言わないでください……」 「それはどうかなぁ、だってさぁ、こんな愉快痛快な話なんだよ? みんなに知らせないって〈何〉《なん》て〈勿体〉《もったい》ない話だろう?」 「優等生の音無彩名は、実はふたなりち○ちん女で…… 深夜の学校の屋上で押っ立ててる…なんてねぇ……」 「いやぁ……い、言わないで……」 「おいおい……もう少し骨があるところを見せてくれよ……いきなり〈懇願〉《こんがん》からか? 一応はお前だって天使の端くれなんだろ? 黒い天使ではあるが……」 「……っ」 「まあ、〈良〉《い》いや……とりあえず見せてよ」 「え?」 「二回は言わない……お前のみっともない〈醜悪〉《しゅうあく》ち○こ良く見せてみろよ……」 「そ、そんな事……」 「なに? 逆らうの? それでいいの?」 「……っ」 「逆らったらどうなるか……もういい加減理解した方が〈良〉《い》いんじゃないのかな?」  観念したのか……音無はゆっくりと隠していた手を後ろにまわす。 「……こ、これで……許して……ください」  手のガードは無くなったけど……まぁ、消極的な見え方にすぎない……ボクは良く見せろと言ったんだけどなぁ。 「ちゃんと見せてよ……手どかしただけじゃないか」 「こ、これで……許して」 「何度も言わすな……二度目はない!」 「……はぅ」  普段表情をめったに変えない音無がすでに涙を流している。くやしいのだろう。つらいのだろう。 「くくくくく、〈良〉《い》い〈様〉《ざま》だな……いつも人を見下したような態度なくせに……なんだい今の君の姿? それじゃぁまるで従順な欲情牝犬じゃないか」  音無はゆっくりとスカートをめくる……。  音無のおち○ちんの先が顔を出す……。  音無のはリルルちゃんのとまったく同じだった。  白くて、皮かぶりで……先っぽがピンク色……。  ピンク色の先……その先が少しだけ泣いている……。  〈濡〉《ぬ》れて、光ってて、まるでこれもあの時のリルルちゃんの様に……まるでピンク色の風船ゼリー……。 「ああ、そんなに見ないで……そんなに見られると…わ、わたし……」 「見られるとどうなるんだ?」 「……っく」 「くくく、どうした?」 「……だめ……だめですぅ」 「どうした? 言ってみろ! 早く言ってみろよ!」 「お、大きくなりますぅ……」 「どこが?」 「おち○ちんです……おち○ちんが大きくなりますぅ……ううう……」 「ははははは、そうか、この変態ち○こ女! 感じるか! 感じて女のくせにち○こビンビンなのか?」 「……あ、あああ……」  絶望の顔……顔は真っ青だ……下半身のそれは真っ赤なのに……血液全部、怒張に取られてるのか? 「答えろ……早く! 答えろ! どうなんだ!」 「は、はいぃ……そうです……そうなんです……だから……だからもう許してくださいぃ……」 「くくくく……」 「もう、見ないで下さいぃ……これ以上見られると……私、私ぃ」 「これ以上見られるとどうなるんだよ」 「……っ」 「答えろよ」 「そ、そんな事……言えない……言えません……許してください……」 「うるさい……黙れ……そんな言い訳聞きたくない……言え……答えろ……早くしろ早く早く!」 「ひっ」  完全に〈怯〉《おび》えている……なんだこいつも、箱舟に群がる連中と変わらない……何も変わらない……。 「あ、あのですね……こ、このまま見られると私の、おちん……」 「聞こえない! はっきり言え! やり直せ!」 「は、はい」 「このまま見られてると、おち○ちんが大きくなって皮がめくれて……彩名の恥ずかしい〈処〉《ところ》もすべて見えてしまいます」 「だ、だから……許して…下さい……く」 「嫌だね……」 「そ、そんなぁ……」 「はぁう……」  そう言った直後に……音無のおち○ちんはさらに怒張し……皮の先がぷるりとめくれる……。 「いやぁあああっ全部……全部見えちゃうよぉ」  音無は急いで出てきたものを手で隠そうとする……だが。 「動くな!」  当然ボクは彼女を怒鳴りつける。  音無はボクの大声に身体をこわばらせた。 「誰が隠して〈良〉《い》いと言ったんだ? そのまま、そのままにしていろ……」 「そ、そんなぁ……」 「ほら……変態め、もっと、お前の恥ずかしいモノを前に突き出してみるがいい……さぁ!」 「あ、ああ……」  音無は申しわけ程度に腰を前につきだす。  音無のおち○ちんが外気にさらされる。  たぶん彼女が生まれてきて、今の今まで人に見せる事こそが、最大のタブーであったろう。  それが今……深夜の屋上という異質の場所で、ボクにまじまじと観察されているのだ。  音無は涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。 「この変態……お前は露出狂だ……」 「そ、そんな事……あり得ません」 「だったらなぜ、ボクに見つめられた瞬間におち○ちんを反応させたのだい?」 「……あ、あう……」 「答えろ!」 「そ、そんなひどい……ひどいですぅ……」 「うるさい!」 「答えろ!」 「は……はい……その通りです……その通りなんです……私、私……見られて興奮しました……変態です…音無彩名は変態なんです……」 「それで? 〈何処〉《どこ》を見られて興奮したんだい?」 「……え?」 「答えろ……さぁ答えろ!」 「あ、あの……ちん……」 「聞こえないなぁ……全然聞こえないぞ〈良〉《い》いのかなぁ。そんな非協力的でさぁ……ボクを不機嫌にさせて……本当に良いの?」  音無は観念した様に少しだけうな〈垂〉《だ》れて口をひらいた……。 「おち○ちんです……彩名のおち○ちんです」 「お前は深夜の屋上でち○ちんを他人に見られて興奮している変態フタナリ女なんだな?」 「どうなんだ!言ってみろよ! 〈黙〉《だんま》りなど許さないからな!」 「……は、はい……」 「はいじゃないだろ……ちゃんと言え、ちゃんと説明しろ……」 「は、はい……わ、わたしは……深夜の屋上でおち○ちんを他人に見られて興奮している変態フタナリ女です……くぅ」  そう言った〈端〉《はし》から音無のおち○ちんからはダラダラと雫が〈垂〉《た》れ続ける……。 「お前……本当に露出狂なんだな……変態ち○こ女めが……」 「いや……い、言わないで……わ、わたしそんなんじゃ……そんなんじゃないよぉ……」  そう言い訳をするたびに、なぜか音無のち○この先からは新たなる雫が落ちていく。 「どの口が言う?」  ボクは音無をいきなり押し倒す。 「な、なにぃ、ひぃぃいいいっっ」  ボクは音無のおち○ちんを思いっきり握る。  リルルちゃんの時の様な〈気遣〉《きづか》いなどない。とりあえず思いっきり。思いっきりだ。  爪で傷ついても構わない、知ったことではない。 「そ、そんな、強く……ひいいいぃぃい」  彼女の〈懇願〉《こんがん》など聞いていられない……ボクはとりあえず一心不乱に音無のち○ちんをしごく。とりあえずしごいてみる。 「ひい、やめて!そんな!わたし!ひい!」  音無の敏感な部分を思いっきり握り、  そしてしごく……その繰り返し……。 「そんな、だめ、優しく……やさっ、くぅっ」 「うるさい! これだけ濡れているんなら、いきなりでも大丈夫だ! むしろお前みたいな変態はこれで十分だ!」 「そ、そんなぁ! ひっ! ぐふぅ! はう!」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  徐々に泡だった液体でおち○ちんの姿が隠れていく……あまりの体液の量は……すでに射精したのではないかと勘ぐるぐらいだ。  それは音無が感じているものが苦痛から快楽に、完全に変化していった事を表してる。 「ひいっっやめてぇぇわたしっっ」 「どうしたんだ……ん? よもや、感じすぎて恐いとか言うのではないのだろうなぁ?」 「か、感じてなんかいない…わたし感じてなんか……ひい」 「なら、なんでこんな濡れてるんだい? お前の女性器も男性器もごらんの有様だ!」 「どうだ? このまま射精するか? 果ててみるか?」 「そ、そんな事……」  爆発寸前なのは、彼女のおち○ちんを手にしているボク自身が良く分かっている。もう後などない。  射精まで時間の問題。  とは言っても、音無にとって、耐えられる様な羞恥ではない……こんな場所で、女性である彼女が男性器で果ててしまうなど……。 「はははは、そのまま〈逝〉《い》くか?逝くんだな?」 「あ、あうっひぃ、ひぃ……〈逝〉《い》きたくない、逝きたくないのにぃ」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「あひ、あひぃ、あひぃぃ、だ、だめいきたくないいきたくないぃぃい」 「うるさい! 逝け! このまま逝け! 逝けイケいけイケ逝けイケ!!このまま射精しろ!」 「わ、わたしぃ……そ、そんな事しないぃ……ならな……いぃ」 「まだ言うか! ならこれでどうだ! どうだ! どうなんだ!」  さらに激しくする。 「ひぃ!だ、だめぇ、優しく、優しく扱ってぇぇ……じゃないとじゃないと、わたし……わたしぃ」  ぶるぶる震える音無。  まるで白目をむいて懇願している様だ……そうとうつらいのか、言葉の語尾すらもおかしくなっている。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  音が夏の屋上にこだまする。  おち○ちんをしごいているとは思えない音だ……まるでローションで遊んでるみたいな音……。  おち○ちんだけでなく、そこから〈垂〉《た》れた液体で太股すらもぐちょぐちょであった……。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  これだけ濡れたおち○ちんなど、いくら荒くしごいても、快楽しかあたえない。  おもいっきり握りしめるだけで、手からおち○ちんがすり抜けてしまうぐらい……。  抜けてしまった手を、また握りなおす。その繰り返しが、何度もあった。  ボクは音無の女の部分にも手をのばしてみる……案の定そこも大変な事になっていた。  案外、太ももに垂れている液体はこっちの方なのかもしれない。 「あ、ああ、あそ、そごはぁ……はひぃ。い、一緒にさわられると、ひい!ひぃぃい!」  彼女の女の子部分と男の子部分を一斉に責める。  便利な身体だ……。 「はひ、くひぃ、はわぁ、うはぁ、うはぁああっっ」  音無は狂った様にのたうち回る……ぶるぶると痙攣しながら……我を忘れて……。  彼女の脳は、すでにその信号を快楽なのか苦痛なのかまったく判断出来ずにいるのだろう。  ただ、繰り返される強烈な信号。脳を〈痺〉《しび》れさせる信号の連射。連投。  音無の反応は常軌を逸してた……狂ってしまったかの様な反応……でも音無の男性器からこぼれる雫と、女性器から吹き出る露が、彼女が快楽の中にいる事を知らせる。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「もうぅ、もうぅ、だめぇへ、わたしぃもうっっっ」  握る感触から音無がすでに限界なのが〈分〉《わ》かった。 「なんだい? 〈逝〉《い》くのかい? 果てるのかい? 女のくせに射精するのかい? ええ?変態!」 「し、しないぃぃ……か、感じてなんか……なひぃ」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「ひい、そんな、わ、わたしぃ、女の子なのに、女の子なのに精液出ちゃうよぉ、そ、そんなの……だめ、もう、もふぅううう、はひぃぃい!」  ビクン!  音無の身体が大きくはねる。  その瞬間。  握る手におち○ちんの中を何かが通る感触が伝わる。  その瞬間に。  びく、びく、びく……と大きく音無が痙攣する。 「いやぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁああぁぁぁ」  音無から大量の精液が吐き出される。 「で、出てる。出しちゃってるぅよぉ。せ、精子、精液がぁ出てる、出てるよぉおっ出てるっ、くっ」  さらに彼女の身体が痙攣する。 「な、なんだよ……この量……止まらないじゃないか……」 「ひい、そんな、わ、わたしぃ、女の子なのに、女の子なのにぃどんどん精液出ちゃうよぉ、出ちゃうよぉ、女の子なのにこんなに精液ぃぃ、はひぃぃい!」  まったくひどい光景だね……見れたもんじゃない。  なんだこの乱れ様……。 「なんだよこれっひどい有様だな! まったくなんだこれはこれはこれはぁ!」 「あ、あう、あう、もう、もふ手、止めてぇ、止めてぇ、でないと、でないとぉ、わ、わたしぃ、女の子なのに、女の子なのにぃどんどん精液出ちゃうよぉ、出ちゃうよぉ、女の子なのにこんなに精液ぃぃ」 「ひどい精液の量だね……まだ出るのかい?」  人間ではないのは分かってるけど……それにしてもひどいな……これって出し尽くすの大変そうだな。  まぁいいや、出来る限り、手を動かそう、出来る限り出し尽くしてやる。  まだ音無のおち○ちんからは白濁のモノが出続けている。  びくっびくびくっ、びくっびくっびくっびくびくっ、びくっびくっ……。  びくっびくびくっ、びくっびくっ……。  びくっ……。  徐々に痙攣が小さくなっている。  そんな中で、音無は恍惚な顔をしている……。 「わ、わたし……〈逝〉《い》っちゃった……女の子なのに……おち○ちんさわられて……私逝っちゃった……」  目の焦点も合わずに宙を見つめる音無……ぶつぶつとそんな事を口にしていた……。  でも、ボクはこんなことで許さない、許さないのだ。  また手を動かしはじめる。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「ひぃぃ! そ、そんなぁぁは、い、今〈逝〉《い》ったばかりなのに……なのにぃ」  そんなの関係ない。別にボクは君を喜ばせるためにやっているわけじゃないのだから……。 「い、〈逝〉《い》ったばかりだからぁあ、ま、まだ、敏感で、ひいぃいい!」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  精液のおかげでさっきよりもいい感じで手が滑る。 「ひぃぃい、そんなぁあ、や、休ませてぇえ、おかしく、わたしぃおかしくなっちゃうよぉお、だめぇえぇえ」 「くくくく……」 「お前嘘をついただろ……感じてない? どこがだ? もうお前の言葉など信じない……何発まで出るか実験だ」 「じ、実験?」  音無の顔が青ざめる。 「そうだ! お前の言葉など無視して、しごき続ける。お前のち○こから精液が出続けるかぎり!」 「そ、そんなぁ、わたしそんなことしたら死んじゃう」 「死ぬ? なら狂い死ねよ! 本当に〈逝〉《い》ってしまえよ!」 「ひぐうぅぅぅっっう、ひぐっ、ひぐぅぅ!」 「くくく……今夜は一滴も残らず搾りだしてやる……覚悟するがいいさ」  何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……いい加減手が疲れてきた。  一万回素振りだってこんなに疲れない。  ボクはどれだけ手を上下し続けたのだろうか……もう手が疲れ切っていた。  それでも気力だけで、彼女のモノを上下させ続ける。  何度も、何度も、何度でも白濁の液が出るたびに、続行を宣言した。  その度に彼女は絶望し、懇願した……何度目か彼女は白目をむいて気絶したけど……それでも音無のをしごき続けた。  射精と共に意識を戻した。  その時の彼女は、すでに日本語とは言えない言葉を出し続けていた。 「もふぅ……もふぅ、もふぅ、ゆるしてぇへ……もふぅ、もふぅ、もふぅ、でないよぉ。ひぃぃぃいぃぃ!!」  また、気絶した……音無はボクの前で気絶している。  もう、身体が痙攣するだけで、彼女が射精する事はない……すべてが尽きたという事だろうか……。  さてと……そろそろ聖精液でこいつの中を洗浄してやろうか……二度と黒波動なんて出せない様に……。  こいつを聖波動で染めてやる……。  ボクは無理矢理音無を引き起こす。 「もふぅ……ゆ、ゆるひてくだはぃ……わ、わたひ、もう、立てません……」 「うるさいっっ。これからお前の中を聖波動子で洗浄してやる! ほら、ケツを向けろ!」  ボクはおもいっきりお尻の肉を鷲掴みにして広げてやる。 「?! い、いやぁはっ、も、もうゆるひてぇぇえ」  いままで男性器ばかり責められていた音無も、責める対象が変更された事に気がついたらしい。  またささやかな抵抗をはじめる。 「いやぁぁあ、ひ、広げないでぇ、広げないでくださいぃぃひぃ」  一生懸命抵抗するが、すでに立つことすらままならない人間に何が出来るのだろうか。  無惨に音無の女性器は広げられる。 「いやぁ、み、見ないでくださいぃぃい」  音無の女性器は何度も〈逝〉《い》った〈所為〉《せい》だろうか? 真っ赤に充血している……。  そしてものすごく濡れて、てかてかに光っている。 「これって入り口がまったく見えないけど……これが処女なのか?」 「!?」 「図星か?」  実際……ボクが広げてみたところで、処女かどうかなど分かるわけがない。  だけど、こんな特異体質の音無が誰かと経験があるとは考えにくい。  そこで適当に言ったまでだが、この反応、図星らしいな……。  ペロ! 「ひぐぅ!」  ボクは音無の充血した女性器をひと舐めしてみた。  音無はその瞬間、その場に膝をついた。  さらに、赤く充血したものを舐め回す。 「ひぃぃ、そんなぁあ、だめです……ぶひぃ!」  いきなりボクは舌を音無のに突っこむ。 「くふふふふ、びっくりしたか? いきなりナニでも入れられたと思ったのかい?」 「……あ、ああぁ……お、お願いです……おち○ちんだけは入れないでください……他の事ならば何でもしますから……」  なるほど……さすが黒リルルの化身……この状態で自らの身体が聖波動液で染められる事がどれだけ危険か知っているのだろう。  それは死んでもなってはならない事……。 「おち○ちんだけは……許してぇえ……」 「そうか……処女だけは守りたいか? なるほど感心、感心、感心だな……」 「!?」  音無の顔が反応する。  その瞬間に音無の女性器にボクの男性器をねじ込む。 「ひぎぃぃ! そ、そんなぁぁあ、ひどい、ひどすぎるぅうう」  濡れていたためか、なんの抵抗もなくボクのち○こは音無の中に入り込んだ。 「い、痛い……い、痛いよぉ」 「なんでぇえ……こんなひどい事を……」 「ふふふ、感じるかい? ボクのモノ……今ゴム無しなんだよ。このままだと、いままでバカにしていた人間に中出しされちゃうんだよ? ねぇ、ねぇ、どんな気持ちなの?」 「……う、うぇ……うぇええん、ひぐ、ひぐぅ……」  さすがの音無も大声で泣き出す。 「どうなんだよ? 泣いてても分からないよ……まぁいいや……このまま中で出しちゃおう……」 「っ?! ひ、ひぃっ」  ボクは腰を大きく動かす。 「な、中出しはだめぇええぇ! それだけは許してぇええ!」  暴れる音無……それでもまったくの無力、無力、無力すぎる存在。  ボクはこんなヤツを恐れていたのか?  救世主であるボクはこんな弱い存在者に……。 「聖波動精液でよがり狂わせてやる……」  ボクは音無の男性器を掴む。 「っえ?!」 「ふふふふ、これをしごいたら……また出たりしてな……」 「……ひ、ひぃ……も、もふ出な……」  音無の顔が恐怖の表情で染まる。 「いくぞ!」  ボクは音無の男性器をしごきながら、思いっきり腰を動かす。 「くっ、ひぃ、はぁっっ、らめぇ、らめぇええ、らめぇだおぉおおおっっひぎぃい」  音無もたまらず声を出しはじめる。 「どうだ! 気持ちいいか? この変態め変態変態変態! 死ね変態! お前などち○ちんとま○こでよがり狂って死んでしまえ!」  腰の速度をあげる。  救世主の腰は通常の数百倍の速度が出ると言われている。  さらに、相手に与える快楽はおよそ数千倍と言われている。  これは天使相手にだって変わらない。  よがり狂え! 黒天使よ! 「〈穢〉《けが》らわしいメス豚だ! こんなもんじゃ許さないぞ!すごく許さないんだからな!」  さらに激しくする。さらに高速化。でもそれは音速圏内一歩手前……これ以上の速度を出すと、その衝撃波でこの建物が壊れてしまう。  音速一歩手前……これが大事なのだ……。  何事も過ぎたるは及ばざるが如しなのだ。 「ひぃ! くはあぁぁあああ! はぁん、くふん、いやぁはぁぁっ、やめてぇ、ゆるしてぇぇえ……」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  もうぐちゃぐちゃすぎて、どこが何の体液で濡れているのか分からない。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  音無は狂ったようにのたうち回る……。  音無の反応はすでに常軌を逸してる……。  何度も、何度も、何度も強制射精させられたあげくに、今こうやって犯され、さらにまた射精させられそうなのだ。  狂わない人間などいない。  音無の女性器から射精のようなものが吹き出る……これが潮吹きというものか?  それにしてもすごい締め付けだ……これはもう……。 「もうぅ、もうぅ、だめぇへ、ゆるしてぇ、もう、もうゆるしてぇぇええ……」  音無も限界に近い様だ……。  握ったそれが、教えてくれる……。  泣きながら懇願する音無を無視してさらに手を速める。  音速一歩手前拳。  そして腰を動かす。  音速一歩手前腰。  締め付けがさらに強まる……強まるばかりだ……。  負ける要素が見あたらない……。 「ひぃ、はぃ、くひぃ、くっ、ボクも限界だ……限界なのだー!」 「ひぃ!」  音無の身体が大きくうねる。  その瞬間だ、なんと音無はさらに射精した。  あんなに出したのに、  まだ出せたのか……なんてヤツだ……恐るべし黒勢力……。  それに合わせて、ボクも音無の中に射精する。 「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁあっあっっ、な、なかに!なかにぃ出さないでぇぇ」  びゅる、びゅる、びゅる……。  中で出してやった。してやったりだ! 「そんなぁ……な、中で出してるよぉ……中で出されてるよぉ……中で……中でぇ!」  びゅる、びゅる、びゅるびゅる、びゅる、びゅる……。  びゅる、びゅる、びゅる……。  びゅる……。  すべての聖波動液を音無の中に吐き出す。 「う、ひ、ひどい……」 「くくく」 「どうだ聖波動液で満たされる気分は……聖波動液の感触は……中で出される気分はどうだ?」 「くくくく……ふははははははは」 「   さま」 「お  く  さい」 「んん…」 「おきて  い」 「うんんん……」 「起きてください」 「……ここは?」  軽度の記憶の混乱……。  目覚めはいつでもそんなものだ……いまさら気にする事でもない……。 「箱舟です」 「箱舟?」  箱舟? はこぶね……この校舎の土台が? 「箱舟か……」  そんな事より……、 「そんな事より……」  今は……何時ぐらいなんだろう……。 「今は……何日の何時ぐらいだ」 「えっと……17日の14:00を過ぎたあたりですねぇ……」  2時か……寝過ぎたな……。  寝過ぎたわりには疲れがとれない……。  まぁ、それもいつもの事なんだが……。 「昨夜は?」 「はい?」 「昨夜はどうだった?」 「昨夜はどうだったと申しますと? まず主語…………が……不明であります」 「あ、いや……主語はボク、それとボクがいなくなってからのみんなの様子……」 「なるほど、現状報告ですね? えっとですねぇ、救世主様がお出かけになったあとも、ずっとみんなあんな感じです」 「あんな感じ……」 「何をしてるんだ?」 「救世主様が、西村くんに犯らせてあげろって言ってから、ああやってずっと」 「西村がいないじゃないか……」 「あ、そうなんですよ。救世主様」 「あの……あれ……」  そう言って橘は端っこを指さす。 「なんかですねぇ。セックスした後、動かなくなっちゃいましたよ西村くん」 「ああ……そうだろうね」 「疲れて寝ちゃったと思うんですけど……ちょっと疲れすぎみたいで、現在脈すら動かす元気も無いんですよ」 「脈すら動かないぐらい元気がないって……それ普通死んでるって言わないか?」 「どうします? 救世主力で再生したりするんですか?」 「必要ないだろう……」 「そうなんですか?」 「あれほどセックスをしたがっていたんだ。それが叶ったから動く必要がなくなったんだろう」 「あ、そう言えば、救世主様、そんな事言ってましたね……」 「セックスしたいという気持ちを利用して傷を治してやったんだ……本人にもう生きる意志がなければ動く事は出来ないだろう」 「あとは本人の意志の問題だ……」 「あ、なるほど……本人の意志が無いから動けない! なんか言われてぐさりとくる人多数なほどの正論ですね」 「ああ、そうだ……」 「しかし……良くも寝ずに飽きないな……」 「あ、全然眠たくないんですよ。救世主様から頂いた〈聖薬〉《エリクサー》を飲んでると……」 「ああ……あれか……あれは万能薬だからな」 「それでボクの方は?」 「あらら……記憶ないんですか?」 「ああ……どうもたまにあるんだ……黒波動の攻撃の〈所為〉《せい》もあるんだろうけど……」 「ひ、〈酷〉《ひど》いです……昨夜はあんなにやさしくしてくれたのに……」 「え? もしかしてボク……お前に?」 「はい、やさしく踊って下さいました」 「へ?」 「俺のダンスを見ろ、ヘイヘーイ! みたいな感じで踊り狂ってましたよ」 「踊り狂ってた?」 「なんかですね……昨夜お帰りになられた後、すごく機嫌が良かったです。救世主様」 「機嫌が……良い……」 「はい、元気よく歌ってました」 「歌……」  歌……屋上……。  なんかうっすら覚えてる……ボクは屋上で神に会った……なんか落書きみたいなおっさんだったけど……。  そいつが神の歌を……。  神の歌?  なんだろう……。  良く思い出せない……。 「元気良くか……まぁいいや……それよりうるさいなぁ……」 「うるさい?」 「あれだよ。あの乱交うるさい……ずっと犯ってるのか? あいつらは?」 「はい、もう、なんか爆笑なぐらい、まぐわってますよ……どいつもこいつも」 「まぁ……あのクスリはセックスの感度を抜群にするって話ですからね……あと時間感覚も麻痺させますから」 「そうか……そんなものか……」 「はい」 「ふぅん……まぁどうでもいいけど……」  頭痛がする。  あの聖水のせいだろうか……。  あの聖水は、元々は紙に浸して使う薬物だったはずだ……少量で絶大な効き目が出る様なヤツだ……。  その原液をばらまいたのだから……まぁ頭も痛くなるだろうな……。  でも……ボクが聖波動で浄化したのに、なんで頭が痛くなるんだろう……。  というか……たんこぶ出来てる……。  単にぶつけただけなのだろうか……。  まったく覚えていない……。 「そう言えば……清川は?」 「清川? ああ便所ですか?」 「お、お前……ひどいなぁ……」 「何言ってるんですか命名者は救世主様です」 「まぁ、そうだけど……それで清川は?」 「えっとですね。今日の清川先生の行動は、まず午前中に悪魔を見に行かせるって救世主様が連れて行きました……」 「ボクが? どこに?」 「さぁ……私は知りませんけど……たぶん校内でしょうねぇ、良くもまぁあんな戒厳令しかれてる様な校内を歩き回れますよね救世主様は」 「ああ、ボクは救世主だからな……それで? その後は?」 「帰ってきました。無事に二人ともです」 「それで?」 「清川先生はですねぇ、その後“悪魔は救世主様と同じ顔をしているっっ”ってすんげぇ怯えてますよ……あっちで……」 「あっち?」  奥で小さくなって震えている人間がいる。  あれは……清川か……。  何であんな怯えてるのだろう……。 「何を見せたんですか?」 「さぁ……何か見せたんだろうけど……良く覚えてない……それより橘」 「今は何時なんだ?」 「えっと今は……ちょうど17:00ですね」 「そうか……もう五時か、時間が経つのが早いな……」 「そうですか? あ、そうそう、救世主様」 「なんだ?」 「報告があるんですよー」 「報告?」 「はい、あれですっっ」 「なんかセックスした後……動かなくなっちゃったんですよ……西村くん」 「ああ……まぁそうなるだろうな……」 「疲れて寝ちゃったのかなと思ったんですけど……なんかすんげぇあり得ないほど身体が硬直してるんですよ……あんな寝方したら疲れとか取れませんよねぇ」 「救世主様、西村くんをまた魔法で回復させてあげないんですか?」 「必要ないだろう……」 「そうなんですか?」 「昨日の傷は、セックスしたいという気持ちを利用して治してやった……それが叶ってしまったから動かないんだろう……」 「あとは本人の意志の問題だ……」 「良く言われますよね。〈所詮〉《しょせん》は本人のやる気なんですよねぇ、だいたいの事は……うん、正論だわ」 「しかし……うるさいな……あいつら、良くも寝ずに飽きないな……」 「あ、全然眠たくないんですよ。救世主様から頂いた〈聖薬〉《エリクサー》を飲んでるとね。私も元気元気ですよ」 「ああ、あれは万能薬だからな」 「それで……今は何時なんだ?」 「えっと今は……ちょうど19:00ですね」 「そうか……もう七時か……早いな……」 「〈光陰〉《こういん》矢のごとしですね」 「そうだな……時間の流れは異常だ……」 「時間……時間……あ、そうだ橘」 「はい?」 「今……何時なんだ?」 「えっと今は……ちょうど20:00ですね」 「そうか……もう夕食時か……あんまり腹減らないけど……」 「お腹減りませんねぇ……さすが万能薬ですね。もうこれ〈聖薬〉《エリクサー》じゃなくて〈仙豆〉《せんず》とか呼びましょう!」 「いや……勝手に名前変えるな……」 「それより気になったんですが……夕〈食時〉《  どき》って夜八時とかあり得なくないですか?」 「いや、ボクの家ではだいたい夜の八時ぐらいが夕食どきだった……お前の家は違うのか?」 「ウチはだいたい六時ぐらいですよ。救世主様の家では夕ご飯遅いのですね」 「遅いというか……お前の家が早すぎなんだろう……」 「そうですか?」 「だって、六時とか言ったら夏だったらまだ日が沈みきってないじゃないか」 「はい、そうですよ」 「そんなの夕食と言えるか?」 「えーでも……夕方に食べるから夕食なのではないでしょうか……?」 「ならば、お前は冬至ならば五時ぐらいに夕食を食べるのか?」 「あ、結構そんな感じでしたよ」 「そんな感じだったのか……」 「はい、そんな感じでした」 「他の連中はどうなんだろう……」 「えっと……」  あいつらはダメだな……どう考えてもそれどころじゃない……。  他は……えっと……。 「清川は?」 「あっちで震えてますよ。飽きもせずにずっとずっと恐いよ恐いよえーんえーんって」 「あっち?」  奥で小さくなって震えている人間がいる。  あれは……清川か……。 「なんであんなに怯えてるのだ?」 「救世主様と悪魔がごっちゃで、うえーん恐いですのーぱきゅーとか感じみたいです」 「お前……説明する気がないだろ……」 「いいえ、今はこれで精一杯です」 「そうか……そう言えば……あの乱交に西村の姿が見えないのだが……」 「あ、そうだ。救世主様お願いがあるんですよ」 「お願い?」 「はいっ」 「あれ見て下さい」 「あれ?」 「あれ臭い!」 「どうなってるんだ?」 「セックスした後に疲れたーうへーとか言って寝込んだ後に、瞳孔開いて、硬直して、さらに腐敗し始めやがりました」 「あれ臭いんで……救世主様復活させてやってください。夏の生モノは足が早く良くありません!」 「それは無理だな……」 「そうなんですか?」 「西村は、セックスしたいという気持ちを利用して傷を治してやったんだ……もう願いが叶った者を生き返らせる事は出来ない……」 「それよりも……うるさいなぁあれ……良くも寝ずに飽きないな……あいつら何時間ぐらいやってるんだ?」 「さぁ……良く分かりませんけど……観察してると面白いですよ……なんか声とか枯れてて、女の声じゃないですもん……ババァの声ですよあれ」 「良く分からないって……昨日からだろう? だいたい今は何時なんだ?」 「えっと今は……20:01ですね」 「そうか……もうそんな時間か……」 「それより……あれ見て下さい」 「あれ?」 「西村くんなんですけど」 「〈何〉《なん》であんなに大きくなってるの?」 「大きく? 大きいですか?」 「だって……何あれ? 牛ぐらいない?」 「牛ですか? 牛ってどのくらいの大きさか知らないんですけど……」 「牛見た事ないの?」 「はい、どこで見られるんですか?」 「そりゃ牧場だろう」 「屋上ですか!」 「そうだ牧場だ……牛が沢山いるぞ」 「そうなんだ……屋上って牛が沢山いるんだ……楽しそうですね」 「楽しそうかな?」 「だって青空の下に沢山の牛さんがいるんでしょ?」 「そうだな青空の下に沢山の牛がいるな……緑の草原に……」 「緑? 緑の僧兵?」 「そんな事より、あの牛みたいに大きくなった西村は何なんだ……」 「そうそう、さっきから西村くん動かないくせに、瞳孔開いて、腐敗して、膨張までしてウザイです」 「あんな牛みたいに大きくなったら動くのも億劫だろうなぁ……」 「牛ってあんまり動かないんですか?」 「そうだな……牛の背中に鳥が沢山留まっているのを見た事があるよ……たまに結構大きな鳥もとまっている」 「大きな鳥ですか?」 「ああ、あ、そうそう……あんな感じだよ……」 「あんな感じ?」  巨大化した西村の体に鳥が留まっている。  白い鳥が留まっている。  あれは〈鷺〉《さぎ》だろうか? 「あんな感じで鳥が留まるんだよ……」 「違いますよ! あれ鳥じゃないです!」 「鳥だよ……あれは〈鷺〉《さぎ》だよ」 「あれは天使です。天使が西村くんを連れ去ろうとしているんですっ」 「違うよ……橘は〈鷺〉《さぎ》見た事ないだろ」 「はい、見たことないですけど……んじゃあれが〈鷺〉《さぎ》なんですか?」 「そうだよ……牛の背中には、たまに〈鷺〉《さぎ》が留まってああやって翼を休めているんだよ……巨大化した西村は鷺にはちょうど良い止まり木なんだろうなぁ」 「そうなんですか……あれが〈鷺〉《さぎ》……」 「んじゃ何で教会とかには良く〈鷺〉《さぎ》の絵が描かれているんですか? あれ良く描かれてますよね絵」 「教会に〈鷺〉《さぎ》の絵?」  なんだこいつ……もしかして〈鷺〉《さぎ》と詐欺をかけてるのか?  キリスト教批判? 「なかなか知的な表現だ……」 「血一滴?」 「あっ……天使様が飛んでいく」 「というか……橘」 「はい?」 「清川は?」 「あっちで小さくなってます……まるでネズミみたいに小さくなってしまって……誰かが踏みつぶして殺してしまいかねません!」 「救世主様、小さな清川先生をどうにかしてください!」 「いや……物は考え様だ……逆転の発想。〈良〉《よ》いではないかネズミみたいに小さな清川……」 「〈良〉《い》いんですか?」 「ああ、ネズミみたいに小さな体なら、どんな小さな場所にも入る事が出来る……出来るではないかっ」 「そうですねっ」 「つまり……全人類の口から体内に侵入できる……」 「あ、出来ますね!」 「そうだ。小さな清川を皆の口の中に入れよう!」 「入れてしまうのですね!」 「そうだ! 全人類の口から侵入した清川が、全人類にアンテナを仕込めば〈良〉《い》い!」 「仕込めば〈良〉《い》いのですね!」 「そうだ、そうすればボクの聖なる教えを直接、人類に伝える事が出来る!」 「伝える事が出来るのですね!」 「そうすれば、もっと多くの民を……空に還す事が出来る……出来るはずなのだ!」 「空に還す事が〈溺〉《でき》る、溺る手はずなのですね!」 「そうだ!」 「〈溺〉《おぼ》れるのですね!」 「そうだ、人類はボクの演説に酔いしれ……そして〈溺〉《おぼ》れるのだ……」 「良い知り、そして覚えるのですね!」 「そうだ!」 「私もちゃんと覚えました!」 「そうか!」 「そうです!」 「それは良かった!」 「良かったです! 少し褒めてください!」 「それは出来ない……その程度で褒めたりはないだろぅ……普通……」 「ダメですか……」 「ははは……ダメか……」 「い、いや……そんなに落ち込むぐらいなら……少しなら、あるいは……」 「少しなら? あるいは?」 「褒めてやろう…か?」 「はいっ。褒めてもらえるとうれしいですっ」 「そうか……なら少し褒めてやるよ……」 「さぁ、褒めてくださいっ」 「橘やったな!」 「あ、で、出来たらで〈良〉《い》いんですけど……」 「あの……橘じゃなくて……希実香って呼んでもらえる方がうれしいかなぁ…って気がしてきました……」 「なるほど……橘より希実香が〈良〉《い》いのか?」 「はいっ。立場より君がが良いです!」 「そうか、希実香……良くやった!」 「やった! やりました! 希実香は救世主様に褒められました!」 「うれしいか!」 「エウレーカ?」 「……えっと……それって……」 「なんだいきなり……」 「エウレーカは……古代ギリシア語で『見つけた』の現在完了形だが……それともアニメか?」 「はい! それです! 私見つけました!」 「何を?」 「救世主様をです!」 「救世主? ボクの事か?」 「はい、私は救世主間宮卓司様を見つけました! すっごく大事なものを見つけたのですっっ」 「そうか……良かったな」 「良かったです! 私、救世主様を見つけられて本当に良かったです!」 「あの、見つけた記念に抱き付いて〈良〉《い》いですか?」 「いや、ダメだ……そういうサービスはしてない」 「そ、そう……そうですよね……救世主様が人に抱きつかれるサービスとかしているわけないですよね……」 「抱きつきたいのか……お前?」 「はいっ! 抱きつきたいですっ」 「その辺りで犯ってる連中と犯れば〈良〉《い》いんじゃないか?」 「殴るぞ救世主様!」 「殴るな……救世主を〈下部〉《しもべ》が……」 「でも救世主様が悪いんです! 全然違います! そういうものではないんです! そういう性的なものではないんです! この私の〈崇高魂〉《すうだかかたまり》はっ」 「スウダカじゃなくて……〈崇高〉《すうこう》ね……あと〈塊〉《かたまり》じゃなくて〈魂〉《たましい》って言いたいんだろ……古くてマイナーなギャグ知ってるなぁ……」 「まぁ〈良〉《い》いや、性的なものじゃないなら……あの柱にでも抱きつけばいいだろう……」 「違います! もっと、かなり、ずれてます! 違いすぎます! 希実香は救世主様に抱きつきたいのです!」 「そんなに違うのか?」 「性的なものじゃないから……こう、寝る時に……何か抱いていないと落ち着かないとか、そういう〈類〉《たぐい》だと思ったんだが……」 「あ、良くわかりますね。私は寝る時に何か抱いてないと寝れないんですよ」 「そうなのか……」 「だから今日は全然寝てません。というか全然眠くないんですけど……」 「今日は、ずっと救世主様の寝顔を見てました!」 「救世主様って10分おきに目が覚めてしまって、あまり寝顔を見せてくださらないのは残念ですが……」 「見るな……そんなもの……」 「地獄に落ちる程度なら見ます! 死ぬのなんか全然恐くありませんし、私なんて死んだら、絶対に地獄ですっっ」 「でも…救世主様が絶対嫌なら……まぁ、仕方がないのでやめましょう……それだったらやめます」 「いや……別にボクの寝顔を見てたぐらいで地獄にも落ちないし……絶対嫌とかないけど……」 「なら、見てて〈良〉《い》いのですね」 「まぁ……あまり〈良〉《よ》くはないんだけど……」 「抱きつくのがダメなんだから、それは許してくださいっ」 「なんだそりゃ……訳分からん……」 「訳分からんです!」 「それより……清川の件だが……」 「清川先生を〈溺〉《おぼ》れさすんですね?」 「誰がそんな事を言った……アホか」 「す、すみませんっっ間違いましたっっ。えっと? 清川先生を〈何〉《なん》でしたっけ?」 「それで……その清川は?」 「あ、清川先生はあっちで小型化してますよ」 「小型化に成功したのか……」 「はいっ、小型化にセイコーしました!」 「ならば計画通りだな……」 「奈良の軽トラ通りです!」 「ふふふ……小型化した清川を全人類の口の中に侵入させ……そしてボクの言葉を直接伝える……」 「はい! そしてボクの言葉お直線にツターリンです!」 「ふふふ……ならばすぐに清川を呼べ……」 「はいっ」 「なんだこれ?」 「どうしたんですか?」 「ば、バカ良く見てみろ!」 「え?  ってうわぁ! でかっ!」 「え?」 「完全に2メートルを超えてるだろう……」 「完全に二面〈通〉《とお》る……二面を超えてますね……」 「二面からが難しいはずなのに…… という事はすでに三面?」 「おい、希実香」 「は、はいっ」 「何をさっきからぶつぶつ言っている」 「す、すみませんブツブツでした!」 「いや……誰もブツブツではない……」 「仏像?」 「だから誰もそんな事は言ってないっ」 「す、すみません誰も損な事など言ってませんでした!  お得なお話ばかりですっっ」 「小型化に成功したのではなかったのか?」 「す、すみません……そういう形で報告を受けていたのですが……」 「この戦況下で情報網が混乱しているらしく……」 「二面突破は難しいはずだったんです……すごい弾幕で……すごい敵だらけで……」 「な、何の話だ?」 「え? あの……現在の状況報告を……」 「だから……なんで小型化していないんだ?」 「〈小刀〉《こがたな》?」 「それですか! 〈小刀〉《こがたな》! そうですね!」 「分かりました! 任せてください! この希実香にすべてお任せくださいっっ。 小刀ですね! つまりそれで刻むわけですね!」 「探してきます! ダッシュで探してきます!」 「あ、あの……」 「〈小刀〉《こがたな》……刻む?」 「あ、あの救世主様……な、何を……」 「救世主さまー! 〈小刀〉《こがたな》は見つかりませんでしたがカッターナイフは見つかりました! これで刻んでみます!」 「え? 刻む? って」 「こうですね!」 「痛っ!」 「あ、ダメです!  先生逃げたら小さく刻めません!」 「い、いやぁああ! な、何!」 「あ、だ、ダメです! 逃げてはダメです!」 「た、橘さんやめてくださいっっ」 「ダメですよ! 先生! 先生は小刀で小型化して、世界の皆様の食卓にのぼるんですよ! えいっっ」 「い、いやぁあ!」 「世界の皆様のお口に入って、救世主様を助けるのです! さぁ動かないでください!」 「き、きゃあっ」 「二面を過ぎたんですから! もう三面です! 三面を超えたらもう後がないんです!」 「ぎゃっ」  何やってるんだ……あいつ……。  何だか……ボクのために色々とがんばっているのは分かるんだけど……全部空回りだな……。  だいたい……刻むも何も……あんなカッターナイフじゃ何も出来ないだろう……。  希実香に切りつけられるたびに、清川に擦り傷程度のものが出来ていく。  大きな箱舟の中を延々と二人は追いかけっこをし続けている。  清川はかなり必死に……希実香は、かなりぜいぜい言いながらもがんばっている様だった……。 「あいつ……陸上部じゃなかったっけ?」 「なんで清川より脚が遅いんだろう……」  箱舟を五周ほどしたあたりで希実香がこちらに帰ってくる。 「はぁ、はぁ、はぁ……さすが二面を超えてるだけはあります……通常攻撃では刃が立ちません……」 「お前は通常攻撃でいきなりカッターナイフかよ……スタートから危ないな……」 「はい……それを以てしても刃が立たないのですっ エストレイマ・ラティオさえあればっっ」 「いやそんな本格的なナイフ振り回したら、マジで死ぬわ……それより単純にお前の脚が遅いだけな気も……」 「……あの……脚があまりに遅いので私は陸上部に入ったのですが……自分的にはかなり早く走れる様な気がしていたのですが……」 「それは……妄想だ」 「も、妄想ですか? がーん」 「今、見た限りだと……とてつもなく遅いぞ……お前の脚は……」 「そ、そんなカモシカの様な走りなつもりが……」 「カモノハシとかの走りだな……」 「それは残念な表現です……」 「そんな事より……希実香?」 「はい?」 「今は何時だ?」 「はいっ、えっとですね……今は20時02分です。 まさに光陰矢のごとしですね!」 「そうだな……」 「さてと……そろそろ説法でもするか……時間的には日も完全に暮れた頃だしちょうど良いだろう……」 「はいっ、人を集めます」 「別に集めなくても良い……聞きたい者だけが聞けば良い……」 「それより……」  ボクは座る場所を探す……。  すると希実香が……。 「椅子ですか!」 「あ、ああ……椅子だけど……」 「昨日、なんか清川先生が椅子になる予定だったんですよね」 「あ、ああ……そうだが……それがどうした?」 「なんでダメだったんでしょうか?」 「昨日言った通りだ……ヤツはボクが座るには汚れすぎている……姦淫をしまくる様なヤツだからな……」 「姦淫って…… セックスですよね……」 「ああ、そうだ……姦淫をする様なヤツはダメだ……ああやって……」 「何が楽しいんだか……ずっとああやって……」 「まぁ、いちいち罰する気も起きないが……」 「私!処女です!」 「は、はぁ?」 「さらにキスすらした事ありません!」 「男子と手をつないだこともありませんっっ。今までずっと男嫌いだったのでっっ」 「はぁ……そ、それで?」 「あの……椅子だめでしょうか……」 「はぁ?」 「あの……私では救世主様の椅子にはなれないでしょうか」 「椅子? お前が?」 「はいっ。がんばれると思いますっ」 「いや……がんばるとかじゃなくてな……椅子って言うのは……罰であってな……」 「そんな事ありませんっ。救世主様の全体重を支えるのがなんで罰になるんですかっ」 「いや……なるだろう、普通、常識的に言って……」 「それはそれとしてご一考下さいませ」 「ご、ご一考ねぇ……どうなんだろう……」  なんでそんな事したがるのだろう……こいつは……本当に良く分からないヤツだ……。  まぁ、いい……どうせ説法中だけだし……。 「うーん……なんか良く分からんが……では希実香。ボクの椅子になれ……」 「はいっ」  ……うーん。  違うんだよなぁ……。  椅子になる悲壮感というか……罪というか……そういうもののための人間椅子なんだが……。  こんなウキウキ椅子になられても……なんの〈凄味〉《すごみ》も出ない……。 「あのな。希実香……あれ知ってるか? 四天王」 「あ! 色々ありますよね!  お笑い四天王とか! アイドル四天王とか! 出ないゲーム四て……」 「はうっ」 「神々の怒りをくらいたいのか……お前は」 「す、すみませんっ」 「四方を守護する護法神の四天王だよ。その四天王像はだいたい邪鬼を踏みつけているだろう」 「よ、よく知りませんが、救世主様がそう仰るならそうなのでしょう!」 「いや、そうじゃなくてな……邪鬼は苦しそうに踏みつけられているんだ……〈何故〉《なぜ》かわかるか?」 「痛いから……でしょうか?」 「まぁ、邪鬼からしたらそうだろうけど、仏像の意義としたらどうだ?」 「仏像の意義ですか? ……えっと痛い事を表現している?」 「そのままだろ……そんなわけないだろう……」 「な、ならば……人生の苦悩を表現……」 「あのな近代芸術じゃあるまいし……なぜ仏像がそんな抽象的な事を表現しなければならないんだ?」 「あれはな、邪鬼が踏みつけられる事によって上に立つ四天王が際立つためなんだ」 「視点脳が……〈際〉《きわ》ダシュするためですか……分かります」 「分かるな。だからそんな嬉しそうだとダメなんだよ」 「ダカールそんなに売れそうだとダメなんですね。分かります」 「そこのところを、注意してやってくれ……」 「はい!」  分かってるのか……これ? 「準備出来ました!」 「ばっちりです!」 「だから……あのな……希実香……お前なぁ……」 「はい、邪鬼の気持ちでいっぱいです」 「それじゃダメだろ……」  まぁいいや……もう、なんかこいつ今日に入ってから本格的におかしくなってきたなぁ……。  なんて目だ……。  まるで犬じゃないか……。  気分的には……犬に座る気持ちだ……。  なんかこっちが罪悪感を持ちかねない……。 「救世主様っ」  安心してください! ばっち来いです! と言わんばかりのキラキラとした目……。  もう……なんかどうでも良くなるわ……。 「……」  なんか知らない間に……また人が増えているな……どこから集まってきているのだろう……。 「さてと……」 「はいっ」 「椅子がいちいち返事するな」 「あっすみませんっ」 「あっ……」  椅子が嬉しそうな顔をする。  なんか充実した顔というか……。  まぁ、こいつ的にはボクの役に立ちたい一心なんだろうけど……。  まぁ……どうでもいいか……。 「皆の者聞け!」 「お前達! あそこでうずくまる小さき存在を見ろ!」 「あそこで小さくうずくまって震える者を!」 「あれこそが、昨日まで我々に偉そうに洗脳教育をしていた聖職者と呼ばれる者の姿だ!」 「世界の終わりの前に、お前達以上に〈狼狽〉《うろた》え、恐怖で震えているではないか!」 「なんだあの〈様〉《さま》は? あれが人を導く聖職者という職業の姿か?」 「そうだ! その通りだ! あれこそが聖職者という職業の本当の姿なのだ!」 「っっ……」  希実香の口から声が漏れる。  真っ赤な顔で何かに耐えている様であった。  まぁ当たり前だよな……こんなコンクリートで四つんばいで人に乗られたら……最初は問題ないのだろうけど……どんどん。 「っ」  希実香と目が合う。  すると彼女はにっこり笑う。  顔を真っ赤にしながら……涙目で……。  問題ありません的な顔? なんだろうなぁ……こいつ的には……。  まぁ……これの方がそれらしくて〈良〉《い》いか……。 「そう、この事実こそが、今までの世界にどれだけの嘘がはびこっていたのかを証明している!」 「ああやって、ただ小さく震えるだけ、その程度しか出来ぬ連中が、世界の真実とやらを教えていたのだ!」 「だからあれは便所とした……」 「以後、ここにいる者すべては、小便も大便もあれに行え……分かったかっ」 「さて……彼らが隠した真実とはなんであろうか?」 「たとえばこんな話がある……これは例え話だ」 「太古の人間が作り上げたたとえ話だ……」 「古代、北欧神話の神であるロキは、女巨人アングルボダの心臓を喰らい……三人の子を産ませた……」 「それは全てがおぞましいほどの化け物であった……その一つは巨狼……フェンリル」 「これは最初は、ただの狼である様に思えた……だから神々はこれを飼い慣らそうとした……」 「しかし、この狼は……神々を食い殺すまでに成長した……小さな狼は神々をも殺すまでに成長した」 「神々は最初、この狼をレージングと呼ばれる鉄鎖で縛り付けた」 「だが巨大に育ったフェンリルはそれを容易に噛みちぎった……」 「次に神々は、もっともっと強い力を持ち……全ての世界、この時代にあった九世で最強と思われた鉄鎖、ドローミでこれを縛り上げた……」 「だが、さらに巨大化したフェンリルはそれも難なく噛みちぎった」 「神々は恐怖した。神が作り上げた鋼鉄を難なくそれは引きちぎったのだから……」 「神々はとうとう最後の戒めグレイプニルを作り上げた……」 「グレイプニルはすでに鋼鉄ではなかった……これは『貪り食うもの』と言う意味……世界にあった六つの概念を持って作られた絶対に解けない封印」 「故に、世界から六つの概念が失われた」 「フェンリルとは何か?」 「最初は小さき存在であったのにもかかわらず、どんどんとどまる事なく巨大化してゆくこのフェンリルとは何か?」 「神々の鋼鉄の戒めを以てしても縛る事が出来ず……巨大化していくものとは何か?」 「貪り食うものによってこそ、縛る事が出来るこれは何か?」 「これこそ欲望である」 「欲望の正体こそフェンリルなのだ」 「どんどん巨大化してゆく欲望を縛り付けるもの……それは、それすらも食い尽くす、無限の速度のグレイプニルのみ」 「グレイプニルは欲望を食い尽くす……フェンリルが巨大化した先からその手足を食い尽くす……それは……フェンリルもグレイプニルも世界に散らばる……」 「世界に散らばった『貪り食うもの』は……人々の前に貨幣と言う形で姿をあらわした」 「鋼鉄ではないグレイプニルは金や銀、宝石に変わったのだ!」 「すべてを貪り食うものの正体! グレイプニルの正体とは貨幣だ! フェンリルとはそれによって縛り付けられている、人の飽くなき欲求だ!」 「フェンリルは貨幣によって食い尽くされてこそ、縛り付ける事が出来る!」 「人々の恐るべき欲求は鋼鉄の戒めなどではなく、貪り食うものによってこそ縛り付けられるのだ!」 「さて……次だ……次に生まれ出でるものの話だ……」 「次に女巨人アングルボダの子宮から出でたのは……女神ヘル……」 「ヘル……これはその名の通り……地獄を意味する」 「だがヘルの正体は地獄ではない」 「彼女の正体は死を扱う者……死を扱うとは何か?」 「彼女だけが死と生を行き来できる……」 「アース神の一人……ヘルモードはアース神バルドルの蘇生を懇願するためにヘルのもとに訪れたと言う……」 「その懇願に対して彼女は悲しそうに言う……」 「死者をみだりに復活させるのは全ての世界の秩序を乱すことである……蘇生は出来ない……」 「神々ですら死を免れない。避けることは出来ない」 「そして、ヘルは……相手が神であったとしても、この摂理を覆す事をしない」 「なぜか?」 「それは死は絶対であるから」 「管理する彼女を以てしても死は完全なるものでなければならないからだ」 「ヘルとは何か?」 「ヘルとは死そのものではない」 「死とはヘルが扱うもの……ヘルが導くものでしかない」 「ヘルとは何か?」 「これこそ、存在の不安である!」 「生への不安、それこそがヘルの正体である」 「ヘルは死ではない。ヘルこそが生そのもの、生の境界線そのものなのだ!」 「死とは、死を扱うとは、存在の不安を扱う事である!」 「ヘルとは死への恐怖心である」 「ヘルモードがアース神バルドルを生き返らせようとしたのは何故か?」 「それは死を恐れるからである」 「死が恐れるものでないのならバルドルが生き返る意味などない」 「それは虎が空を飛ぶ必要がない様に……ネズミが水中で呼吸する必要がない様に……人が死を扱う事が出来ぬ様に……」 「死を〈殊更〉《ことさら》避ける必要などない!」 「死は受け入れるべきなのである!」 「ヘルとは恐怖……ヘルとは不安」 「絶対的恐怖……とどまる事がなく……次から次へとやってくる恐怖……未来への恐怖……巨大化して無限化していく恐怖……これこそは不安」 「不安とは、まだ来ない、未来に対する恐怖である」 「恐怖の先送りこそが……不安である」 「それは欲望に似ている……ヘルはフェンリルに似ている」 「欲望は不安に似ている」 「欲望は恐怖に似ている」 「人の飽くなき欲求とは……つまるところは飽くなき不安なのだ」 「貨幣とは、人の欲望を先送りしてゆく……貨幣によってすべての欲求はかなえられ、その対価は永劫の未来へ先送りされていく……」 「貨幣とは、今ある欲求を先送りし続けるグレイプニル……だから貨幣には終わりがない」 「それと恐怖……いつまでも続く恐怖……不安は同じだ!」 「ヘルとは不安……いつまでも、続く恐怖の連鎖……未来に先送られた恐怖……死……それこそヘルの正体なのだ!」 「ただ違う一点」 「フェンリルはグレイプニルによって縛り付けられたが……ヘルはそのままナグルファルの船上で、我々を見つめている……見つめているのだ……」 「死への恐怖はそのまま放置されているのだ!」 「そして最後の話だ……」 「最後は……ウロボロス……無限の話……」 「最後にアングルボダの子宮から生まれ落ちたのは……巨蛇……ヨルムンガンド」 「ヨルムンガンドは生まれた瞬間から、神々を恐怖させるほどの異形であった……」 「これを恐れた神々は、このヨルムンガンドを海に捨てた……」 「海に捨てられたヨルムンガンドは……さらに巨大化し……その身体は宇宙の果てまで伸びた……」 「不思議な事に……宇宙の果てに達した尾は、なぜかその反対方向のヨルムンガンドの顔の目の前にその姿を現した……」 「ヨルムンガンドはこの尾を噛んだ」 「そして、その瞬間、最大なるものは、無限となった。最大なる宇宙は無限の円の中に封印されたのだ」 「神々は、特に神々の中でも最強の雷の神は、何度となくこの巨蛇に挑んだ……だが、そのすべての結果……未来までもが、相打ちで終わる事が約束されている」 「神々の黄昏」 「太古のたとえ話はそう言う……」 「ヨルムンガンドが目覚め、世界最後の日がやってくる」 「すべては焼かれ、すべてが水没して……すべてのものが終わりを告げる……」 「ヨルムンガンドと雷神は相打ちに終わり……他の神々もまたすべて死ぬ……」 「そしてそこから新たなる世界が始まる……」 「ホッドミーミルの森だけが焼け残り……そこで炎から逃れたリーヴとリーヴスラシルという二人の人間が新しい世界で暮らしてゆく……」 「これは例え話にすぎない……」 「なぜならばヨルムンガンドとは」 「循環性……永劫回帰……永続性……永遠……円運動……死と再生……破壊と創造……宇宙の根源……無限性……不老不死……完全性……全知全能……の象徴」 「これを殺すとは……単なる巻き戻しの意味でしかない」 「つまり、ヨルムンガンドと雷神の相打ちは終わりではなく、始まりでしかないのだ……」 「それは、ヨルムンガンドが宇宙の果てで出会った自らの尾を噛んだ瞬間において……」 「それは無限……」 「その宇宙の果て……ヨルムンガンドの顔と尾が出会う場所……」 「その最果てこそ……その最果ての空こそ……我々が還るべき場所……」 「その地点にある者だけが、新たなる世界でのやり直しを許される……再生を許される……」 「最果ての空……それこそが……すべてが終える空……終ノ空!」 「っっっ」 「っ?」 「な……」 「っっ!」 「はうっ」  気力……というのだろうか……。  彼女はプルプルと細い腕と脚で再びボクを持ち上げる。 「希実香……お前な……」 「っっ」  希実香は頭を横に振って否定している。  こいつ何を否定しているんだろう……つぶれた事実か? それともまだがんばれるという事か?  希実香の細い腕の震えはすでにプルプルではなくガクガクであり、顔色は赤というより赤い発光体だ……。  まだ話さなければならない事も多いのだが……。 「これで話は終わりだ……」 「っ」 「っ……」 「きゅ〜」  こいつ……気絶しているのか……。  なんなんだこいつは……。 「ふぅ……各自、一日に三度、聖水を指先程度掛け合え……それと、パンの代わりに〈聖薬〉《エリクサー》をほんの少しだけ舐めろ……それで空腹も乾きも感じないだろう……」 「なんだかなぁ……」  希実香はそのまま気絶していた……まぁ相当大変だったんだろうけど……。  しかし……なんでこいつはこんなに一生懸命なんだろうか……。  他の連中がボクのところに集まるのは分かる……分かりすぎるぐらい……。  ただ、それとこいつのそれは少しだけ違う感じがする……。  最初に会った時の微妙な違和感……その違和感が、最初なんであるのか良く分からなかった。  水上や悠木……若槻姉妹や音無の違和感とはまったく異質な……そういった形而上学的なレベルでの存在の差……みたいな異質感ではない……もっと素朴な……。  こいつは高島をいじめていた……そして高島の呪いが恐ろしくなって……ここに来た……。  死にたくないからここに来た……それは赤坂めぐや北見聡子……そして他の多くの連中と同じ様に……。  だけどこいつの目……。  最初に会った時の目……そして、瀬名川を監視させていた時の声……。  まったく動じる事なく、瀬名川の死まで導いた……。  考えてみれば、あんな茶番でこいつを騙せたのだろうか?  赤坂や北見は……ボクの予言を信じるに充分なほどの演出をした……。  でもこいつは、どちらかといえば……最初っからボクの手の内を教えていた様なもの……。  あれが呪いではなく……ボク自身が瀬名川を誘導していった事をただ一人感づく事が出来るのはこいつだけだ……。  にも関わらず……。  なぜこいつは、もっとも忠実に、もっとも献身的に、ボクを助けようとするのだろうか……。 「地獄に落ちる程度なら見ます! 死ぬのなんか全然恐くありませんし、私なんて死んだら、絶対に地獄ですっっ」 「でも…救世主様が絶対嫌なら……まぁ、仕方がないのでやめましょう……それだったらやめます」  あの言葉……薬物でラリっていたとは言っても……おかしな言葉だ……。  救われるために来た人間が言う言葉ではない……。  いや……逆に薬で心がゆるんだからこそ、出た本音とも言える……。  こいつは……一体何を考えているんだ……。 「んっんん……」 「っ!?」 「こ、〈此処〉《ここ》は?」 「此処はボクの部屋だ……」 「え? おおっ、ここまでどうやって?」 「ボクが運んできた」 「え? それって……お姫様だっこ?」 「ああ……」 「っ……くそぉおおおおお!」 「な、なんだ?」 「そういうサービスを気を失ってる時にやらないでくださいっっ」 「サービスじゃねぇよ……」 「あー、時間戻らないかなぁ……損しました……」 「損ねぇ……」 「はい、大損ですよ……」 「お前は何がやりたいんだか……」 「さてと……そろそろ」 「〈何処〉《どこ》行かれるのですか?」 「屋上だよ」 「え? また外出歩くのですか?」 「ああ、ここから直接屋上まで登れるんだよC棟の屋上に……」 「あ、そうなんだ、だから、ちょくちょく消えてたんだ……あれ、少し超能力だと思ってました」 「いや、普通に梯子だよ……かなり長い」 「あ、あのぉ……救世主様……」 「なんだ?」 「昨日……夜楽しそうでした……すっごく……」 「ああ、神の歌を聴いてたみたいだからな……実際は良く覚えていないんだけど……」 「私も行きたいですっ」 「いや……そりゃ無理だろ」 「ダメですか?」 「ダメって言うか……結構危険だからなぁ、一昨日なんて幾億もの白い天使と黒い天使が戦ってたし……救世主であるボクなら問題ないけど……お前じゃ」 「いいですよ。危険とかなら構いません」 「私はいつ死んでもいいんです……だから、どんな危険でも問題ありません……」 「でも、出来たら……出来たら、私も救世主様が見た風景が見たいです……あなたから見える景色……一度でいいから共有させてくださいませんか?」 「な、なんだいきなり〈改〉《あらた》まって……」 「ははは、ごめんなさい……いつもふざけ過ぎですよね……だからこういうのはガラじゃないですかね……」 「……」 「分かったよ……でも何かがあっても知らないぞ」 「ま、マジですかっ」 「屋上は空に近いから……白波動も黒波動も自由に飛び交っている……黒波動に捕まると……脳が焼き切れて死ぬかもしれないぞ……」 「望むところですよ……ばっちしその時は死にます。それでも見たいです……屋上からの風景……」 「ふふふ……分かったよ……」  救世主として失格だな……。  でもどうなんだろうな……これも予定調和故なのかもしれない……。  ……。  なんて事もないな……すべてが神様の思う通りに進むとも限らないよ……。  まぁ、いいや……あんまり考えても仕方がない……。  連れて行ってもいいかな……って思ったんだから……。  ボクは彼女を連れて行く事にした……。  日が変わる合図……。  世界最後の夜が近づく……。  世界の果てで歌う。  彼女が歌う。  羽を咲きほこらせながら……天使が歌う。  ぼくらの頭はこの空よりも広いかい?  ほら……ためしてごらん……。  空はするすると頭の中に吸い込まれていく……。  空を……世界を……そしてあなたまでも……するする、するする。  ぼくらの頭は吸い込んでいく……。  ぼくらの頭は海よりも深いのかい?  ほら……ためしてごらん……。  海はどんどんと頭の中に吸い込まれていく……。  まるでスポンジがバケツの水をすくってしまう様に……どんどん、どんどん。  ぼくらの頭は神様より重い?  測ってごらん。  神様とぼくらの頭を……正確に……ほら正確に測ってごらん。  二つの重さはちょうど同じ。  ぼくらの頭は神様と同じ重さだ。  違うとしたらそれは、  音楽と、  言葉。  旋律と、  詩。  ボクが守るべき……。  天使が歌う。  羽を咲かせ……彼女はうれしそうに歌う。  世界の果てで……。 「   さま」 「お  く  さい」 「んん…」 「おきて  い」 「うんんん……」 「起きてくださいよっ」 「……ここは?」  軽度の記憶の混乱……。  目覚めはいつでもそんなものだ……いまさら気にする事でもない……。 「箱舟ですよ……当たり前じゃないですか」 「箱舟?」  箱舟? はこぶね……この校舎の土台が? 「箱舟か……」  そんな事より……、 「そんな事より……」  今は……何時ぐらいなんだろう……。 「今は……何日の何時ぐらいだ」 「えっと……17日の18:00を過ぎたあたりですねぇ……」  六時を過ぎたあたりか……少し寝過ぎた……。  寝過ぎたわりには疲れがとれない……。  まぁ、それもいつもの事なんだが……。 「昨夜は?」 「はい?」 「昨夜はどうだった?」 「え? 何がですか?」 「あ、いや……ボクがいなくなってから……」 「ああ、昨夜ですか? 救世主様がお出かけになったあとも、ずっとみんなあんな感じですよ」 「あんな感じ……」 「何をしてるんだ?」 「ふふふ……なんかずっとずっとやってますなぁ」 「なんで?」 「何言ってるんですか……西村くんにセックスさせてあげるように! って命令したの救世主様じゃないですか」 「そうだっけ? でも西村いないじゃん」 「そうなんですよ……うーんいない〈訳〉《わけ》ですなぁ」 「いない〈訳〉《わけ》じゃなくてどうしたんだ?」 「“俺は疲れたー”とか言って横になったんですよ」 「それで?」 「あんな感じです」 「あんな?」 「あーんな感じで全然動く気配なしっ」 「動かないのか……」 「寝てるだけなんだろうなぁとか思ってたんですけど……なんか全然動かないんですよ。何の反応も無しです。まったくもって」 「反応無しねぇ……」 「西村くんを治してあげた方がいいんじゃないですか? 救世主様的には?」 「必要ないだろう……」 「そうなんですか?」 「あれほどセックスをしたがっていたんだ。それが叶ったから動く必要がなくなったんだろう……必要ないよ……」 「あ、なるほどねぇ……そう言えば、救世主様、そんな事言ってましたね……西村くんはその気持ちが大切だって……」 「なるほど、何事も気持ち次第という感じですね」 「まぁ、そういう事だな……願いが叶ったから動かなくなった……ただそれだけだ」 「あとは本人の意志の問題となるわけですな……ふーむ、なるほど」 「まぁ、生きててもセックス続けるだけでしょうし……これで〈良〉《い》いんでしょうね」 「ああ、そういう事だ……」 「しかし……それにしても……〈良〉《よ》くも寝ずに飽きないな……」 「救世主様から頂いた〈聖薬〉《エリクサー》って全然眠くならないクスリなんですよ。万能ですなぁ……ほらこうやって瞳孔も開くんですよ」 「瞳孔開くから、ほら、ほら、救世主様見て下さいよ。すんげぇいろいろ見えますよ。暗闇でも全部丸見えですよー」 「あれは万能薬だから当然だ……」 「というか……ボクは西村以外にまで〈聖薬〉《エリクサー》を与えたっけ? たしか聖水をかけた様な気はするけど……」 「そういう細かい事は考えてはダメですよ。救世主様なんですからっっ」 「細かくはないだろ……」 「でも、ほら見て下さい……クスリのおかげでみんな元気いっぱいですよ……」 「まぁ、そうだな……元気いっぱいに乱交してるなぁ……」 「くくくく……ざまぁみろって言うんだ……」 「何が?」 「あ、いえ、全然こっちの話ですよ。うん。こっちの話でしたっ」 「あ、そう……」 「頭痛いな……」 「なんか、昨夜機嫌良かったですからね。頭でもぶつけたんじゃないでしょうか?」 「頭ぶつけた? 何それ?」 「なんか踊ってましたよ……神の歌だ! って力説しながら……」 「神の歌……」  神…歌……屋上……。  なんだろう……。  それってすごく大事な事だった気もする……神と歌と……それと……なんだろう……。 「どうしました?」 「いいや……何でもない……何でも……」  いや……思い出せない事なんてめずらしくない……。  だから、思い出せなくて〈良〉《い》い……忘れてしまって良いんだ……。 「んでなんでボクが頭をぶつけるんだ?」 「そのぐらい機嫌良く踊ってました……もうガンガンぶっ倒れながら……」 「マジで?」 「はい……だいたいマジで……」 「そうか……その後、寝てたの?」 「いいえ、何度か起きてました。なんか色々やってました」 「色々?」 「はい、なんか寝るのは断続的な感じで……あんなので睡眠とれてるんですか?」 「それを確認しているお前は寝てるのか?」 「いいえ、全然。私も猫目錠を飲んでますから」 「猫目錠なんて無い……あれは〈聖薬〉《エリクサー》だ」 「はい、猫目聖錠ですね」  こいつ人の話聞いてるのか? 「はぁ……まだクスリ効いてるのかお前?」 「わりかし……全然眠くないんで……」  くそ……クスリでラリってるからこんな無礼なのか……まぁ、そんな事をいちいち言っても仕方がないけど……。 「それで? ボクは起きて主に何をしてた?」 「〈主〉《おも》にですか? 主にですねぇお出かけしてましたよ。校舎とかガンガンに……学校じゃ指名手配なのに……良くもまぁ捕まりませんねぇ……」 「捕まりませんねぇ……って、ボクは救世主であってな……」 「そうか、救世主ダッシュってヤツですね」 「だから、前提が違うんだよ。救世主は逃げも隠れもする必要がないんだよ」 「救世主ダッシュが速すぎるからですか?」 「違うっっ。聖なる存在だからだ!」 「なるほど……そういう人なんですね」 「人とかの問題じゃない! 救世主だからだバカもん!」 「そうか……救世主は人じゃないですもんね」 「ああ、救世主は人ではない……」 「なるほど……人でなし……と……」 「お、お前なぁ……いい加減にしないと……」 「あ、そうそう、救世主様お出かけの時に清川先生とか連れてましたよ」 「へ? 清川? なんで清川を連れて行ったんだ?」 「なんかですね。お前に悪魔を見せてやる! とか凄んで、清川先生の髪引っ張って出て行かれましたよ……」 「いや……いくら何でも、ボクはそんな鬼畜じゃないだろ……」 「あ、分かりました? 脚色してたの?」 「分かるというか……そんな性格じゃないだろボクは……だいたい救世主がなんでそんな野蛮な事しなければいけないんだ」 「肉体言語なんて、知性がない者が使うもんだ」 「肉奴隷?」 「もう……それ全然合ってないだろ……肉体言語だ肉体言語!肉しかあってないだろ」 「それぐらい私だって知ってます。肉体言語。暴力です。ゲパルト!」 「なら、いちいちつまらないボケするな」 「つまらないとかじゃなくて少し下品な事言ってみたかったんですよ」 「なんで……下品な事を言いたくなる……」 「ははは、いや、こう見えても、私は今まで真面目一辺倒でしたからね」 「そうか?」 「そのくせ鬱っぽい人間だったから……」 「そうなのか?」 「はい、だからいじめられた事もあったりしたっつーか入学してから延々といじめられてました」 「そういえばそんな事もあったんだっけ?」  そして高島ざくろを裏切った……。  自らのいじめから逃れるために……。 「……」 「そうですね……今、救世主様が思った通りですよ……」 「なんだお前……」 「あ、いや、私は救世主様とかその他のなんかすごい力の方々みたいに人の心読む能力なんてありませんよ……」 「でも……まぁ、そう思って当然じゃないですか……ね」 「私は裏切り者です……だから……」 「だから……」 「だから?」 「救世主様には感謝しておりますっっ」 「は?」 「最初、疑った事を非常に反省しておりますっっ」 「な、何の話だ?」 「あ、いや、それだけ救世主様が素晴らしいというお話でしてねぇ」 「はぁ……そう……なのか?」  今の流れって……そうなるか?  まったく良く分からん。 「それで? 清川は?」 「清川先生ですね。あっちで“悪魔は救世主様と同じ顔をしている。死ぬるっ”って怯えてますよ……」 「あっち?」  奥で小さくなって震えている人間がいる。  あれは……清川か……。  なんであんな怯えてるのだろう……。 「そういえば悪魔に携帯電話取られたとかも言ってたなぁ……」 「悪魔に?」 「はい、何見せたんですか救世主様? 悪魔とかって何?」 「さぁ……良く覚えてない……なんか見せたんだろ……」 「救世主様は人を怖がらせるのうまいですよね」 「なんだその言い方……人を怖がらせるわけじゃなくて単にボクは奇跡を起こす……みんなそれに〈畏怖〉《いふ》するだけだ」 「まぁ、結果ですよ。結果」 「これをカリスマって言うんでしょうねぇ」 「さすが救世主様っっ」 「お前も少しボクに〈畏怖〉《いふ》しろよ……」 「してますよ……すんげぇ恐い……救世主っっ」 「バカにしてる? 喜んでいる様にしか見えん」 「いいえ、全然、全く、誤解です」 「……でも」 「恐いって言えば恐いですよ……救世主様は……」 「恐怖って心が動く事……心動かすのうまいですよね……私も心は動きますから……」 「何言ってるんだ?」 「さぁ、何言ってるんでしょうね? 妄言じゃないですか?」 「さてと……ここは適当に仕切っておきますよ……救世主様疲れたでしょ?」 「まぁ……そうだが……だが」 「私は救世主様の〈下部〉《しもべ》です……使ってやってください……」 「うむ……」 「裏切るとか、勝手な事して邪魔するとか考えてますか? 救世主様?」 「そんな事はないが……」 「そうですよね、救世主様は裏切ったらその瞬間に人を殺せるんですから」 「なんか不穏な事があったらすぐに殺害してください」 「いや、別にお前が裏切るとか思ってないけど……」 「ふふふふ……分かりませんよ……」 「だって、私は最初、救世主様を殺そうとしたんですからねぇ」 「……目つきがやばかったが……そんな事考えてたのか?」  やはりあの時、右手にナイフを隠していたのか……ボクの直感あたっていたのか……。  その後のこいつの態度で油断してたが……危なかったな。 「ふふふ……私はかなりヤンデレですよ……メンヘラーで鬱でKYですからねぇ……」 「〈伊達〉《だて》に、ざくろより先にいじめられてたわけじゃないですよ」 「ふん……呪いから救ってやった人間に対して殺意はない……バカかお前は……」 「あはははは……だから最初は勘違いしてたんですよ……すっごく勘違いしてた……」 「でも、完全に私は間違ってました。救世主様は私の味方だ! ってね」 「お前の味方などではない……人類の救世主だ」 「はいっっ、それも肝に銘じておりますっっ」 「だから、最後の日まで……身体大事にしてください……救世主様」 「うむ……そうだな……」 「えっと……一日に三度」 「箱舟には聖水を気化させたものを充満させておけ!……空腹は〈聖薬〉《エリクサー》でしのげ!」 「いや……なんかお前の言い方語弊がある……聖水は少量を互いに掛け合って身を清める。〈聖薬〉《エリクサー》はパンの代わりになるからそれを少量舐めろ……」 「あいあいさーっ」  後は……。  そんなところだな……。 「ボクは少し瞑想してくる……」  ボクは一人……自分の場所に戻る。  自分の部屋に……。  橘に言って買ってこさせたポスターの前に立つ。  魔法少女リルルの〈聖像〉《イコン》。  昨夜これで……たしかにリルルちゃんと会って……その後……。  父なる神と遭遇した……。  したはずなのだけど……。  正直覚えていない……。  なぜか……歌が……神が歌った様な気がする……。  神は旋律……。  世界は言葉……。  そう言えば……そんな詩を昔聞いた事がある様な気がする……。  何となく覚えている……。  あれは誰の詩だったのだろう……。  なぜボクはその詩を覚えているのだろう……。 「頭と空が同じ……頭と海が同じ……」 「ぼくらの頭は神様と同じ重さ……」  そういう詩だ。  なぜ今になってその詩がやたら鮮明に思い出されるのだろう……。  いつ聞いた詩なのだろうか……そして誰の詩なのであろうか……。 「救世主脳も……完全というわけじゃないな……」 「ふぅ……まぁそうだよな……」  ボクは魔法少女リルルの〈聖像〉《イコン》の前でため息をつく……。  神の歌の事は良く覚えてないけど……ちゃんと覚えている事は沢山ある。  城山の〈躯〉《むくろ》が相変わらず歩き回ってた事……。  それどころか高島さんの〈躯〉《むくろ》まで校内を〈彷徨〉《うろつ》いてた事……。  さらにその魂が机に宿って、これまた校内を自分の〈躯〉《からだ》を求めて〈彷徨〉《さまよ》っていた事……。  さらに一番最後に……。 「ふぅ……リルルちゃん……君はひどいよ……」 「昨日はひどいなんてもんじゃないよ……」 「高島さんの〈躯〉《むくろ》に宿るなんて……いくらボクでも……あんなの見せられたら驚くよ……」 「大変だった……高島さんの〈躯〉《むくろ》も死後だいぶ経ってるから完全に腐っちゃってて、腐乱臭がひどい事ひどい事……」 「まぁ、とは言っても……そのおかげでボクはリルルちゃんと肉体接触出来たわけだから……まぁ〈良〉《い》いか」 「……」 「今日はどうなんだろう? また誰か居るのかなぁ?」 「……」 「今日も屋上に行ってみるかな……また誰かいるかもしれないし」  今日は、校内からではなく直接屋上まで登る……。  この新校舎の土台はそのまま新校舎の屋上につながる鉄梯子がついている。  新校舎の屋上とはつまりあのC棟……。  冷たい風……それは昨日と同じ……。  ここはA棟よりもさらに空が近い。  この学内でもっとも高い場所だ……。  ……誰もいない……。  今日は本当に……何も感じない。  何もない……のか?  ……もう神との対面は終わったのだから……。 「っ?!」 「だ、誰だ!」  なんで人の気配?  C棟は完全に封鎖されているハズだ……。  誰も入ってこれないハズだ……。  誰かが後を?  あの箱舟から……。  だったら何のために? 「おい……出てこいよ……」 「いるんだろ……」 「隠れてるのは分かってるっ」  この感覚……知ってる……。  これは黒電波の感覚。  黒リルルの電波だ……。  という事は……。 「黒リルルだな!」 「残念賞……」 「……音無?」 「こんにちは……卓司くん……わたしは、音無彩名という女の子です。あなたは誰ですか? 間宮卓司くんですか?」  なんで、音無がいるんだ……。  いや……こいつはリルルちゃんの影……澱……という事はつまりこいつは黒リルルだ。  こいつは悪魔そのものだ。  気ヲ付ケロ……。 「音無彩名……またの名を黒リルル」 「なにそれ……私の新しいあだ名?」 「お前……ここに来た理由……ボクに抱かれにきたのだろう?」 「なんでそうなるの?」 「ふふふ……ボクが昨日、白リルルちゃんと肉体接触して君は焦っているんだ……ボクがあちら側に取られてしまうのが怖ろしいんだ」 「そうなんだ……でも、私は卓司くんと肉体接触したいとは思わない」 「たしかに……音無彩名自身は、ボクを嫌ってすらいるだろうな……互いに波動の周波数がいちいちかち合うし……だけど」 「お前は、ボクに抱かれるためにここに来た……このC棟の屋上……箱舟の舳先に……」 「なんで……そんなこと……言っ……のぉ…… くっ」 「やっぱりな……お前もか……」 「くくく……ほらはじまった……」 「あ、あう……な、なんで? なんでこれ?」  音無彩名のスカートからは……、  昨日のリルルちゃんとまったく同じように女の子にはあってはならないモノが覗いている。 「い、いやぁ、な、なんで私っ、こ、こんなっ」 「くくくくく……なんだよ……そんなにやりたいか?」  彼女はスカートから覗いたそれを懸命に隠そうとする……だけど、怒張したものは彼女の意志に反した動きをし、容易に隠す事が出来ないでいる。 「い、いやぁ、だ、だめぇ」 「ふふふ余裕がある様な素振りで……なんだよそ〈の様〉《  ざま》は……」 「いやぁ……見ないで……こ、こんなのおかしい……おかしいよぉ……」 「まるで誘っているかの様じゃないか……」 「そ、そんな事……ない……」 「いいや、お前は誘ってるんだよ。白リルルちゃんがした様に、自分の中でボクに射精をしてもらいたいし、ボクの中に自分のモノで射精したいんだよ!」 「そんな事……ありえな……くぅっ」  怒張したそれはスカートを押し上げる……押し上げられたスカートの〈所為〉《せい》で下着の部分が露出している。  それにしてもスカートから見える彼女の下着……なんてヤツだ、縞々パンツとか狙ってるのか? どんだけ狙ってるんだ?  まぁ、こいつはボクを誘うために作られているのだから……ボクの趣味に合わせて作られているのだろう……。  だが……君達、黒勢力が思うようにはいかないよ……。  この儀式は、ボクが相手の中で射精し、相手のリルルがボクの中で射精しなければならない。  互いの精液を、互いの中に出さなければならないのだ。  だからボクは、ボクの精液だけをこいつにぶちまけてやる。ボクの聖精液でこいつの内部を洗浄してやる。  そしてこいつの精液、黒リルル精液は、その辺りにばらまいてやる。  まったく無駄な射精をさせ続け……一滴も残さず、地に撒いてやる……。  くくく……覚悟すると〈良〉《い》い。 「白リルルちゃんがそうであったから……黒リルルであるお前もそうだと思ったが……本当にふたなり欲情変態女だったとは……」 「ち、違っ、欲情なんて、それに変態なんかじゃ……」 「変態さ…大いに変態…そうだ……お前の今までの態度……どこか孤高で他人を拒絶する態度……そういったものもその変態性がばれる恐怖の裏返し……」 「そ、そんな事……無い、あり得ないっっ」 「リルルちゃんの影ゆえに特殊能力を持ち……その能力ゆえ他の人間を一段低いものとして見る……がその実、単に変態おち○ちん女である事がばれる事にいつもドキドキしていた……」 「くくく……この事を知ったらみんなどう思うのかねぇ……音無さん?」 「えっ!?」  音無の顔が一瞬にして恐怖で引きつる。 「そ、それって……」 「君は成績優秀だろ? 頭が良いんだろう? だったら分かるだろうボクが言わんとする事が……」 「あ、そ、それだけは許して……み、みんなに言わないでください……」 「それはどうかなぁ、だってさぁ、こんな愉快痛快な話なんだよ? みんなに知らせないって〈何〉《なん》て〈勿体〉《もったい》ない話だろう?」 「優等生の音無彩名は、実はふたなりち○ちん女で…… 深夜の学校の屋上で押っ立ててる…なんてねぇ……」 「いやぁ……い、言わないで……」 「おいおい……もう少し骨があるところを見せてくれよ……いきなり〈懇願〉《こんがん》からか? 一応はお前だって天使の端くれなんだろ? 黒い天使ではあるが……」 「……っ」 「まあ、〈良〉《い》いや……とりあえず見せてよ」 「え?」 「二回は言わない……お前のみっともない〈醜悪〉《しゅうあく》ち○こ良く見せてみろよ……」 「そ、そんな事……」 「なに? 逆らうの? それでいいの?」 「……っ」 「逆らったらどうなるか……もういい加減理解した方が〈良〉《い》いんじゃないのかな?」  観念したのか……音無はゆっくりと隠していた手を後ろにまわす。 「……こ、これで……許して……ください」  手のガードは無くなったけど……まぁ、消極的な見え方にすぎない……ボクは良く見せろと言ったんだけどなぁ。 「ちゃんと見せてよ……手どかしただけじゃないか」 「こ、これで……許して」 「何度も言わすな……二度目はない!」 「……はぅ」  普段表情をめったに変えない音無がすでに涙を流している。くやしいのだろう。つらいのだろう。 「くくくくく、〈良〉《い》い〈様〉《ざま》だな……いつも人を見下したような態度なくせに……なんだい今の君の姿? それじゃぁまるで従順な欲情牝犬じゃないか」  音無はゆっくりとスカートをめくる……。  音無のおち○ちんの先が顔を出す……。  音無のはリルルちゃんのとまったく同じだった。  白くて、皮かぶりで……先っぽがピンク色……。  ピンク色の先……その先が少しだけ泣いている……。  〈濡〉《ぬ》れて、光ってて、まるでこれもあの時のリルルちゃんの様に……まるでピンク色の風船ゼリー……。 「ああ、そんなに見ないで……そんなに見られると…わ、わたし……」 「見られるとどうなるんだ?」 「……っく」 「くくく、どうした?」 「……だめ……だめですぅ」 「どうした? 言ってみろ! 早く言ってみろよ!」 「お、大きくなりますぅ……」 「どこが?」 「おち○ちんです……おち○ちんが大きくなりますぅ……ううう……」 「ははははは、そうか、この変態ち○こ女! 感じるか! 感じて女のくせにち○こビンビンなのか?」 「……あ、あああ……」  絶望の顔……顔は真っ青だ……下半身のそれは真っ赤なのに……血液全部、怒張に取られてるのか? 「答えろ……早く! 答えろ! どうなんだ!」 「は、はいぃ……そうです……そうなんです……だから……だからもう許してくださいぃ……」 「くくくく……」 「もう、見ないで下さいぃ……これ以上見られると……私、私ぃ」 「これ以上見られるとどうなるんだよ」 「……っ」 「答えろよ」 「そ、そんな事……言えない……言えません……許してください……」 「うるさい……黙れ……そんな言い訳聞きたくない……言え……答えろ……早くしろ早く早く!」 「ひっ」  完全に〈怯〉《おび》えている……なんだこいつも、箱舟に群がる連中と変わらない……何も変わらない……。 「あ、あのですね……こ、このまま見られると私の、おちん……」 「聞こえない! はっきり言え! やり直せ!」 「は、はい」 「このまま見られてると、おち○ちんが大きくなって皮がめくれて……彩名の恥ずかしい〈処〉《ところ》もすべて見えてしまいます」 「だ、だから……許して…下さい……く」 「嫌だね……」 「そ、そんなぁ……」 「はぁう……」  そう言った直後に……音無のおち○ちんはさらに怒張し……皮の先がぷるりとめくれる……。 「いやぁあああっ全部……全部見えちゃうよぉ」  音無は急いで出てきたものを手で隠そうとする……だが。 「動くな!」  当然ボクは彼女を怒鳴りつける。  音無はボクの大声に身体をこわばらせた。 「誰が隠して〈良〉《い》いと言ったんだ? そのまま、そのままにしていろ……」 「そ、そんなぁ……」 「ほら……変態め、もっと、お前の恥ずかしいモノを前に突き出してみるがいい……さぁ!」 「あ、ああ……」  音無は申しわけ程度に腰を前につきだす。  音無のおち○ちんが外気にさらされる。  たぶん彼女が生まれてきて、今の今まで人に見せる事こそが、最大のタブーであったろう。  それが今……深夜の屋上という異質の場所で、ボクにまじまじと観察されているのだ。  音無は涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。 「この変態……お前は露出狂だ……」 「そ、そんな事……あり得ません」 「だったらなぜ、ボクに見つめられた瞬間におち○ちんを反応させたのだい?」 「……あ、あう……」 「答えろ!」 「そ、そんなひどい……ひどいですぅ……」 「うるさい!」 「答えろ!」 「は……はい……その通りです……その通りなんです……私、私……見られて興奮しました……変態です…音無彩名は変態なんです……」 「それで? 〈何処〉《どこ》を見られて興奮したんだい?」 「……え?」 「答えろ……さぁ答えろ!」 「あ、あの……ちん……」 「聞こえないなぁ……全然聞こえないぞ〈良〉《い》いのかなぁ。そんな非協力的でさぁ……ボクを不機嫌にさせて……本当に良いの?」  音無は観念した様に少しだけうな〈垂〉《だ》れて口をひらいた……。 「おち○ちんです……彩名のおち○ちんです」 「お前は深夜の屋上でち○ちんを他人に見られて興奮している変態フタナリ女なんだな?」 「どうなんだ!言ってみろよ! 〈黙〉《だんま》りなど許さないからな!」 「……は、はい……」 「はいじゃないだろ……ちゃんと言え、ちゃんと説明しろ……」 「は、はい……わ、わたしは……深夜の屋上でおち○ちんを他人に見られて興奮している変態フタナリ女です……くぅ」  そう言った〈端〉《はし》から音無のおち○ちんからはダラダラと雫が〈垂〉《た》れ続ける……。 「お前……本当に露出狂なんだな……変態ち○こ女めが……」 「いや……い、言わないで……わ、わたしそんなんじゃ……そんなんじゃないよぉ……」  そう言い訳をするたびに、なぜか音無のち○この先からは新たなる雫が落ちていく。 「どの口が言う?」  ボクは音無をいきなり押し倒す。 「な、なにぃ、ひぃぃいいいっっ」  ボクは音無のおち○ちんを思いっきり握る。  リルルちゃんの時の様な〈気遣〉《きづか》いなどない。とりあえず思いっきり。思いっきりだ。  爪で傷ついても構わない、知ったことではない。 「そ、そんな、強く……ひいいいぃぃい」  彼女の〈懇願〉《こんがん》など聞いていられない……ボクはとりあえず一心不乱に音無のち○ちんをしごく。とりあえずしごいてみる。 「ひい、やめて!そんな!わたし!ひい!」  音無の敏感な部分を思いっきり握り、  そしてしごく……その繰り返し……。 「そんな、だめ、優しく……やさっ、くぅっ」 「うるさい! これだけ濡れているんなら、いきなりでも大丈夫だ! むしろお前みたいな変態はこれで十分だ!」 「そ、そんなぁ! ひっ! ぐふぅ! はう!」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  徐々に泡だった液体でおち○ちんの姿が隠れていく……あまりの体液の量は……すでに射精したのではないかと勘ぐるぐらいだ。  それは音無が感じているものが苦痛から快楽に、完全に変化していった事を表してる。 「ひいっっやめてぇぇわたしっっ」 「どうしたんだ……ん? よもや、感じすぎて恐いとか言うのではないのだろうなぁ?」 「か、感じてなんかいない…わたし感じてなんか……ひい」 「なら、なんでこんな濡れてるんだい? お前の女性器も男性器もごらんの有様だ!」 「どうだ? このまま射精するか? 果ててみるか?」 「そ、そんな事……」  爆発寸前なのは、彼女のおち○ちんを手にしているボク自身が良く分かっている。もう後などない。  射精まで時間の問題。  とは言っても、音無にとって、耐えられる様な羞恥ではない……こんな場所で、女性である彼女が男性器で果ててしまうなど……。 「はははは、そのまま〈逝〉《い》くか?逝くんだな?」 「あ、あうっひぃ、ひぃ……〈逝〉《い》きたくない、逝きたくないのにぃ」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「あひ、あひぃ、あひぃぃ、だ、だめいきたくないいきたくないぃぃい」 「うるさい! 逝け! このまま逝け! 逝けイケいけイケ逝けイケ!!このまま射精しろ!」 「わ、わたしぃ……そ、そんな事しないぃ……ならな……いぃ」 「まだ言うか! ならこれでどうだ! どうだ! どうなんだ!」  さらに激しくする。 「ひぃ!だ、だめぇ、優しく、優しく扱ってぇぇ……じゃないとじゃないと、わたし……わたしぃ」  ぶるぶる震える音無。  まるで白目をむいて懇願している様だ……そうとうつらいのか、言葉の語尾すらもおかしくなっている。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  音が夏の屋上にこだまする。  おち○ちんをしごいているとは思えない音だ……まるでローションで遊んでるみたいな音……。  おち○ちんだけでなく、そこから〈垂〉《た》れた液体で太股すらもぐちょぐちょであった……。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  これだけ濡れたおち○ちんなど、いくら荒くしごいても、快楽しかあたえない。  おもいっきり握りしめるだけで、手からおち○ちんがすり抜けてしまうぐらい……。  抜けてしまった手を、また握りなおす。その繰り返しが、何度もあった。  ボクは音無の女の部分にも手をのばしてみる……案の定そこも大変な事になっていた。  案外、太ももに垂れている液体はこっちの方なのかもしれない。 「あ、ああ、あそ、そごはぁ……はひぃ。い、一緒にさわられると、ひい!ひぃぃい!」  彼女の女の子部分と男の子部分を一斉に責める。  便利な身体だ……。 「はひ、くひぃ、はわぁ、うはぁ、うはぁああっっ」  音無は狂った様にのたうち回る……ぶるぶると痙攣しながら……我を忘れて……。  彼女の脳は、すでにその信号を快楽なのか苦痛なのかまったく判断出来ずにいるのだろう。  ただ、繰り返される強烈な信号。脳を〈痺〉《しび》れさせる信号の連射。連投。  音無の反応は常軌を逸してた……狂ってしまったかの様な反応……でも音無の男性器からこぼれる雫と、女性器から吹き出る露が、彼女が快楽の中にいる事を知らせる。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「もうぅ、もうぅ、だめぇへ、わたしぃもうっっっ」  握る感触から音無がすでに限界なのが〈分〉《わ》かった。 「なんだい? 〈逝〉《い》くのかい? 果てるのかい? 女のくせに射精するのかい? ええ?変態!」 「し、しないぃぃ……か、感じてなんか……なひぃ」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「ひい、そんな、わ、わたしぃ、女の子なのに、女の子なのに精液出ちゃうよぉ、そ、そんなの……だめ、もう、もふぅううう、はひぃぃい!」  ビクン!  音無の身体が大きくはねる。  その瞬間。  握る手におち○ちんの中を何かが通る感触が伝わる。  その瞬間に。  びく、びく、びく……と大きく音無が痙攣する。 「いやぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁああぁぁぁ」  音無から大量の精液が吐き出される。 「で、出てる。出しちゃってるぅよぉ。せ、精子、精液がぁ出てる、出てるよぉおっ出てるっ、くっ」  さらに彼女の身体が痙攣する。 「な、なんだよ……この量……止まらないじゃないか……」 「ひい、そんな、わ、わたしぃ、女の子なのに、女の子なのにぃどんどん精液出ちゃうよぉ、出ちゃうよぉ、女の子なのにこんなに精液ぃぃ、はひぃぃい!」  まったくひどい光景だね……見れたもんじゃない。  なんだこの乱れ様……。 「なんだよこれっひどい有様だな! まったくなんだこれはこれはこれはぁ!」 「あ、あう、あう、もう、もふ手、止めてぇ、止めてぇ、でないと、でないとぉ、わ、わたしぃ、女の子なのに、女の子なのにぃどんどん精液出ちゃうよぉ、出ちゃうよぉ、女の子なのにこんなに精液ぃぃ」 「ひどい精液の量だね……まだ出るのかい?」  人間ではないのは分かってるけど……それにしてもひどいな……これって出し尽くすの大変そうだな。  まぁいいや、出来る限り、手を動かそう、出来る限り出し尽くしてやる。  まだ音無のおち○ちんからは白濁のモノが出続けている。  びくっびくびくっ、びくっびくっびくっびくびくっ、びくっびくっ……。  びくっびくびくっ、びくっびくっ……。  びくっ……。  徐々に痙攣が小さくなっている。  そんな中で、音無は恍惚な顔をしている……。 「わ、わたし……〈逝〉《い》っちゃった……女の子なのに……おち○ちんさわられて……私逝っちゃった……」  目の焦点も合わずに宙を見つめる音無……ぶつぶつとそんな事を口にしていた……。  でも、ボクはこんなことで許さない、許さないのだ。  また手を動かしはじめる。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。 「ひぃぃ! そ、そんなぁぁは、い、今〈逝〉《い》ったばかりなのに……なのにぃ」  そんなの関係ない。別にボクは君を喜ばせるためにやっているわけじゃないのだから……。 「い、〈逝〉《い》ったばかりだからぁあ、ま、まだ、敏感で、ひいぃいい!」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  精液のおかげでさっきよりもいい感じで手が滑る。 「ひぃぃい、そんなぁあ、や、休ませてぇえ、おかしく、わたしぃおかしくなっちゃうよぉお、だめぇえぇえ」 「くくくく……」 「お前嘘をついただろ……感じてない? どこがだ? もうお前の言葉など信じない……何発まで出るか実験だ」 「じ、実験?」  音無の顔が青ざめる。 「そうだ! お前の言葉など無視して、しごき続ける。お前のち○こから精液が出続けるかぎり!」 「そ、そんなぁ、わたしそんなことしたら死んじゃう」 「死ぬ? なら狂い死ねよ! 本当に〈逝〉《い》ってしまえよ!」 「ひぐうぅぅぅっっう、ひぐっ、ひぐぅぅ!」 「くくく……今夜は一滴も残らず搾りだしてやる……覚悟するがいいさ」  何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……いい加減手が疲れてきた。  一万回素振りだってこんなに疲れない。  ボクはどれだけ手を上下し続けたのだろうか……もう手が疲れ切っていた。  それでも気力だけで、彼女のモノを上下させ続ける。  何度も、何度も、何度でも白濁の液が出るたびに、続行を宣言した。  その度に彼女は絶望し、懇願した……何度目か彼女は白目をむいて気絶したけど……それでも音無のをしごき続けた。  射精と共に意識を戻した。  その時の彼女は、すでに日本語とは言えない言葉を出し続けていた。 「もふぅ……もふぅ、もふぅ、ゆるしてぇへ……もふぅ、もふぅ、もふぅ、でないよぉ。ひぃぃぃいぃぃ!!」  また、気絶した……音無はボクの前で気絶している。  もう、身体が痙攣するだけで、彼女が射精する事はない……すべてが尽きたという事だろうか……。  さてと……そろそろ聖精液でこいつの中を洗浄してやろうか……二度と黒波動なんて出せない様に……。  こいつを聖波動で染めてやる……。  ボクは無理矢理音無を引き起こす。 「もふぅ……ゆ、ゆるひてくだはぃ……わ、わたひ、もう、立てません……」 「うるさいっっ。これからお前の中を聖波動子で洗浄してやる! ほら、ケツを向けろ!」  ボクはおもいっきりお尻の肉を鷲掴みにして広げてやる。 「?! い、いやぁはっ、も、もうゆるひてぇぇえ」  いままで男性器ばかり責められていた音無も、責める対象が変更された事に気がついたらしい。  またささやかな抵抗をはじめる。 「いやぁぁあ、ひ、広げないでぇ、広げないでくださいぃぃひぃ」  一生懸命抵抗するが、すでに立つことすらままならない人間に何が出来るのだろうか。  無惨に音無の女性器は広げられる。 「いやぁ、み、見ないでくださいぃぃい」  音無の女性器は何度も〈逝〉《い》った〈所為〉《せい》だろうか? 真っ赤に充血している……。  そしてものすごく濡れて、てかてかに光っている。 「これって入り口がまったく見えないけど……これが処女なのか?」 「!?」 「図星か?」  実際……ボクが広げてみたところで、処女かどうかなど分かるわけがない。  だけど、こんな特異体質の音無が誰かと経験があるとは考えにくい。  そこで適当に言ったまでだが、この反応、図星らしいな……。  ペロ! 「ひぐぅ!」  ボクは音無の充血した女性器をひと舐めしてみた。  音無はその瞬間、その場に膝をついた。  さらに、赤く充血したものを舐め回す。 「ひぃぃ、そんなぁあ、だめです……ぶひぃ!」  いきなりボクは舌を音無のに突っこむ。 「くふふふふ、びっくりしたか? いきなりナニでも入れられたと思ったのかい?」 「……あ、ああぁ……お、お願いです……おち○ちんだけは入れないでください……他の事ならば何でもしますから……」  なるほど……さすが黒リルルの化身……この状態で自らの身体が聖波動液で染められる事がどれだけ危険か知っているのだろう。  それは死んでもなってはならない事……。 「おち○ちんだけは……許してぇえ……」 「そうか……処女だけは守りたいか? なるほど感心、感心、感心だな……」 「!?」  音無の顔が反応する。  その瞬間に音無の女性器にボクの男性器をねじ込む。 「ひぎぃぃ! そ、そんなぁぁあ、ひどい、ひどすぎるぅうう」  濡れていたためか、なんの抵抗もなくボクのち○こは音無の中に入り込んだ。 「い、痛い……い、痛いよぉ」 「なんでぇえ……こんなひどい事を……」 「ふふふ、感じるかい? ボクのモノ……今ゴム無しなんだよ。このままだと、いままでバカにしていた人間に中出しされちゃうんだよ? ねぇ、ねぇ、どんな気持ちなの?」 「……う、うぇ……うぇええん、ひぐ、ひぐぅ……」  さすがの音無も大声で泣き出す。 「どうなんだよ? 泣いてても分からないよ……まぁいいや……このまま中で出しちゃおう……」 「っ?! ひ、ひぃっ」  ボクは腰を大きく動かす。 「な、中出しはだめぇええぇ! それだけは許してぇええ!」  暴れる音無……それでもまったくの無力、無力、無力すぎる存在。  ボクはこんなヤツを恐れていたのか?  救世主であるボクはこんな弱い存在者に……。 「聖波動精液でよがり狂わせてやる……」  ボクは音無の男性器を掴む。 「っえ?!」 「ふふふふ、これをしごいたら……また出たりしてな……」 「……ひ、ひぃ……も、もふ出な……」  音無の顔が恐怖の表情で染まる。 「いくぞ!」  ボクは音無の男性器をしごきながら、思いっきり腰を動かす。 「くっ、ひぃ、はぁっっ、らめぇ、らめぇええ、らめぇだおぉおおおっっひぎぃい」  音無もたまらず声を出しはじめる。 「どうだ! 気持ちいいか? この変態め変態変態変態! 死ね変態! お前などち○ちんとま○こでよがり狂って死んでしまえ!」  腰の速度をあげる。  救世主の腰は通常の数百倍の速度が出ると言われている。  さらに、相手に与える快楽はおよそ数千倍と言われている。  これは天使相手にだって変わらない。  よがり狂え! 黒天使よ! 「〈穢〉《けが》らわしいメス豚だ! こんなもんじゃ許さないぞ!すごく許さないんだからな!」  さらに激しくする。さらに高速化。でもそれは音速圏内一歩手前……これ以上の速度を出すと、その衝撃波でこの建物が壊れてしまう。  音速一歩手前……これが大事なのだ……。  何事も過ぎたるは及ばざるが如しなのだ。 「ひぃ! くはあぁぁあああ! はぁん、くふん、いやぁはぁぁっ、やめてぇ、ゆるしてぇぇえ……」  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  もうぐちゃぐちゃすぎて、どこが何の体液で濡れているのか分からない。  ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。  音無は狂ったようにのたうち回る……。  音無の反応はすでに常軌を逸してる……。  何度も、何度も、何度も強制射精させられたあげくに、今こうやって犯され、さらにまた射精させられそうなのだ。  狂わない人間などいない。  音無の女性器から射精のようなものが吹き出る……これが潮吹きというものか?  それにしてもすごい締め付けだ……これはもう……。 「もうぅ、もうぅ、だめぇへ、ゆるしてぇ、もう、もうゆるしてぇぇええ……」  音無も限界に近い様だ……。  握ったそれが、教えてくれる……。  泣きながら懇願する音無を無視してさらに手を速める。  音速一歩手前拳。  そして腰を動かす。  音速一歩手前腰。  締め付けがさらに強まる……強まるばかりだ……。  負ける要素が見あたらない……。 「ひぃ、はぃ、くひぃ、くっ、ボクも限界だ……限界なのだー!」 「ひぃ!」  音無の身体が大きくうねる。  その瞬間だ、なんと音無はさらに射精した。  あんなに出したのに、  まだ出せたのか……なんてヤツだ……恐るべし黒勢力……。  それに合わせて、ボクも音無の中に射精する。 「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁあっあっっ、な、なかに!なかにぃ出さないでぇぇ」  びゅる、びゅる、びゅる……。  中で出してやった。してやったりだ! 「そんなぁ……な、中で出してるよぉ……中で出されてるよぉ……中で……中でぇ!」  びゅる、びゅる、びゅるびゅる、びゅる、びゅる……。  びゅる、びゅる、びゅる……。  びゅる……。  すべての聖波動液を音無の中に吐き出す。 「う、ひ、ひどい……」 「くくく」 「どうだ聖波動液で満たされる気分は……聖波動液の感触は……中で出される気分はどうだ?」 「くくくく……ふははははははは」 「くす……」 「っ?」 「くす、くす、くす……聖波動液って……おもしろい……くすくすくす……」 「な、なんだと?」 「あと、音速一歩手前って言うのも傑作だと思う……くすくすくす……間宮くんおもしろすぎ……楽しすぎ……」 「なんだと!」 「それが間宮くんが私に望む事なんだ……くすくすくす……」 「っ!?」 「音無……な、なんでそこに? だ、だってお前……」 「あなたに犯されて、精も根も尽き果てているハズ……でも残念賞でした……何も始まってないし終わってもいない……残念すぎる結果……」 「あと……私…そんなの生えてない……くすくす間宮くんにはその証拠は見せたくないから見せないけど」 「残念賞。そんなの生えてないのでとても残念賞です……間宮くん……くすくすくす……」 「えっ!?」  時が進み、日が変わる。  最後の時がすぐそこまでやってくる。 「うへへへへ」 「すげえ格好だなぁ」 「え? 格好…? え!」  手際が良いものだ……あっという間に鏡の手と足はベルトで固定された。  そのため、彼女はかなり無惨な姿をさらす事になる。 「!?」 「な、なに、この格好は?」  スカートが下着を隠してくれてるから〈良〉《い》い様なもので、これはかなり恥ずかしい格好だ…。 「ま、間宮!こ、これは!」 「へへへへへ儀式を円滑にするためだよ……」  俗物達がいやらしい笑いをしている……。  本当にこういう事が好きなんだな……。  まぁいいや……存分にこの女を壊してくれ……。  存分に……。 「あ、あなたたち、こんな事していいと思ってるの? は、はやく、このベルトを外しなさい!」 「お前はバカか? 外すわけねぇだろう……くくくく、これから楽しい時間の始まりだぁ」 「いやぁあああ! やめてぇお姉ちゃん!」 「ははは、お前はそこで姉がどんどん〈穢〉《けが》されていくのをただ見ているが〈良〉《い》い……」 「さぁこれからが本番だぜ……たまんね……くくくなんかびびってるぞコイツ……何されるか分かってきたのかぁ」 「あはははは、普通わかるだろ! 分かるさ! 全然分かって当然だよ!」 「ちょっと、あ、貴方達、な、何を言ってるの…」 「てめぇが想像してることなんかよりずっと凄い事になるんだぜ! 知ってるか! 凄い事なんだぜ!」 「な?! す、すごい事って……」  鏡の質問など無視するように、男子の手がスカートにのびる。 「って、な、何?」 「なんでスカートなんてはいてるか分かんないけど、どうせなら中身を拝ましてもらおうかなぁ」 「い、いやぁぁぁああ、やめてぇえ! いやぁ!」 「くくくパンツみられるぐらいで大騒ぎだな……大ハッスルだ……」  一生懸命抵抗するが、縛られているためたいした抵抗もできない……。  無惨にもスカートはめくられていった……そしてその下にあったのは……。 「な、なにこれ?」 「こいつノーパンじゃん……」 「いつもノーパンで過ごしてた?」 「ち、違うっ今日はたまたまっ」 「たまたまとかあるかよ! 今日たまたまとかねぇよ! なんだよこいつ露出狂なんじゃん!」 「ち、違う……これには理由が……」  なんだあの女……いつもパンツをはいてなかったのか……どんだけ露出狂なんだ……。  黒波動の連中はそんな変態ばかりだな……。 「さわってみるかぁ?」 「さ、触るって……な、何?」 「ひぃ!」 「おおおお、やっぱり太ももは柔らかいぜ! たまんねぇぜ!」 「お、俺も触りてぇ」 「さ、触らないで」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「すげぇ……たまんねぇ……こいつのマ○コ完全にピンク色だぞ……」 「ひ、広げてみせろよ…」 「い、嫌ぁああ! 許して!」 「うっ……すげぇ……なんかこいつのスジ……子供みたいに小さいな……」  いつもなら決して外気に触れることなどない、性器の中が…。今、男達の視線にさらされている。  でもいつもこいつはノーパンなんだから……それを望んでいたんだろう……。 「ここがク○トリスか? んじゃ、ここはなんだ?」 「うっ……許して……もう許して……そんなところ……ダメ……やめて……」 「もっと広げろよ」  解剖されるカエルのように無惨に縛られ、〈良〉《い》いように〈弄〉《いじ》られ視姦されている……。 「だいしょういんの内側がしょういんしんだろ」 「そうだな……んでこの場合は何がどうなってるんだ?」 「いや……詳しい事は良く分からないけど……」 「とりあえずマ○コって柔らかいなぁ……すげぇぜ」  男達は無造作に彼女の性器を触る……そこには優しさの欠片すら無い……ただひたすらの性的興味。 「どうだ感じてきたか? どうなんだよ」 「こいつ何にも喋んないなぁ……反抗的な態度じゃね? 救世主様の前で……」 「おい答えろよ! どうなんだよ?」 「……」 「すんげぇ反抗的だ。もう怒ったね俺は……これじゃ儀式の妨げになるぞ……」 「おい、ナイフ……」 「な、なにする気? や、やめて……」  一人がナイフを太股にぴたぴたとつける……鉄の冷たい感覚が太股を刺激する。 「ふふふふふ……恐いか? 救世主様はお前を壊せと言ったんだよ……この意味分かるか?」 「……こわくなんか……私……恐くなんて……ない」 「くくくく、なんだよちゃんと喋れよ! まったく無言じゃつまんねぇよ!」 「ひぃ」  男は鏡の性器の部分にナイフをあてる。  あそこにナイフのヒヤっとする感触を感じ……どれほどの恐怖だろうか……。  ピタ、ピタ……。  何度かナイフであそこを軽くたたく……ナイフを浮かすたびに、性器が破損するのではないかというぐらいの速さで……。 「恐いか……恐いのか……」 「……」  鏡は男を〈睨〉《にら》む……ただじっと睨む……。 「くくくくっ、ホント無口なお嬢ちゃんだなぁっ」 「?」  男のナイフは彼女の服を裂いていく……どんどん裂いていく……。 「なんでてめぇ……スカートなんてはいてるの? 不自然なんだよ……もうこんなのいらないだろ?」 「パンツもはかないヤツがスカートはくなよ……はははははっ」 「マ○コ舐めてみようぜ」 「そうだなっ。それしかねぇ!」 「ひっ、いやぁ、や、や、やめて……いやぁ」  ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……と下品な音を立てて……男達は〈執拗〉《しつよう》に突起物をせめる。 「起ってきた!起ってきた! 勃起してきたぞ」 「クララ!ちゃんと起てるじゃないの! 不感症じゃないじゃないの! ばかぁ!」 「ぎゃははははははっっっ感じてるのかよ!」 「そ、そんなわけない……感じてなんか……」 「あははははは。もっとやってやれよ!」 「いやぁ……やめてぇ」  ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……なんて下品な音だろう……こちらの気が滅入る……。  ふふふ……でも、鏡の精神的なダメージはそんなレベルではないハズだ……くくくく……。 「しかし絶景だねぁ……大股開きでマ○コ舐められてよがってるんだぜ」 「すげぇなぁ……なんかGスポットってどこなんだよ……それを俺は探す旅をしている……」 「もう……もうやめてぇ」 「濡れてきたぜ……」 「いやそれ……お前の唾液だし」 「いや、濡れてきたよ。絶対、俺は確信した。これは感じてるんだよ!」 「そんなこんなでそろそろ犯しますか……」 「お願い! それだけはゆるして!セックスだけは……」 「そうだよ……お前早すぎだよ……こいつの処女を奪う前にやるべき事は沢山あるぞ」 「あるのか!」 「当たり前だ! あるに決まっている! それが世の中の道理ってもんだ!」  男達はズボンを脱いでゆく……。  そして自ら怒張したそれを主張する。 「??え?ちょ、ちょっと、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「わ、わ、わわわ、わ……」  それを見た妹が見ない様に手で目を覆う。  姉の一大事に……なんて悠長な……。 「舐めるんだ! 段取りとはこの様に行われるべきであったのだ!」 「そ、そんな……」 「出来ないならすぐにでも犯すぞ……すぐにでも犯りまくりの人生だ!」 「あ、あう、ご、ごめんなさいっっ、わ、分かった……分かったやります……やります」  観念した鏡はその戒めを解かれた……。 「ほら舐めろよ……まずは俺のマグナムドライからだ……ドライだぜ!」  男はドライなそれを鏡の口の前に差し出す。 「うっ……」  ここ数日こいつら風呂なんか入ってない上にセックスばかりやっているからな……なんか変な匂いがするんだろう……。 「おい、お前のマグナムドライは〈臭〉《くさ》いみたいだぞ」 「違う〈臭〉《くさ》いんじゃない! これはドライな香りだ! 香りを楽しめ!」 「いや……最近風呂入ってないからなぁ普通に臭いんだよ……だから、きれいにしてもらおうぜ……」 「否!ドライは〈臭〉《くさ》くない! 香りを楽しんでいってください! まずのどごし!」 「んぐっっ」 「まじめにやらないとすぐに犯すからなぁ」 「って、お前……まったく情緒もなにもあったもんじゃないだろ……それ……」 「ち○ちんの作法ってもんはだな……こうやって、ほら、舌でちろちろ……ほらわかるだろ、やってみなさい」 「は、はい……」  渋々とだが……若槻鏡は舐めはじめる。  ぴちゃ……。  舌の先に男のモノの先端が触れるたびに変な味がするのであろう……その音のたびに彼女の顔が歪む。 「おいおい、そんなんじゃ終わらないぞ! ゴールの見えないランナーだ!」 「俺はゴールが見えるランナーだ! おれのマグナムドライをくらえ!」 「むぎゅっう」  もう一人の男が無理矢理鏡の口に自分のものをねじ込ませる……。  鏡も大変だなぁ……。 「うほほほほほ口のなかぁ、あったけぇ……あったかマグナムだ!」 「って……お前なぁ、くわえ込んだままでどうするんだよ……動けよ」 「うっぷ……くっ、うほぅくぅ?? うほくって??」 「何言ってるか分かんないけど、だいたいは顔で判断したわ! お前はほんと受け身なヤツだな……もう仕方がないんだからぁ!!」  男は鏡の頭をつかむ、そしてそのまま……。 「む?むぐ?むにゅ?ふごっ、ふぁっ、んぱっあ、ひぃ、ひっ……ふご、ふぁっ」  頭ごと、そのまま無理矢理上下運動させる。  あれではもう単なるオナホールだ……、ひどいものだ……まったく……。 「ふひぃ、むぐ、むにゅ、ふごっ、ふぁっ、んぱっあ、ひぃ、ひっ……ふご、ひゆ? ふごっ、ふぁっ、」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……息がものすごく苦しいだろうな……あれじゃ顎とかも外れそうだ……。  ははは……そう言えば……口の中も動かす〈所為〉《せい》で変な味が溶けだし充満していくだろう……ち○カスを存分に味わえば〈良〉《い》いさ……。  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「あははははは、なさけねぇ、情けねぇ顔だなぁ!なんだよぐちゃぐちゃじゃないか!」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。  息を吸おうとすると、口の中の変な液を飲み込んでしまうのだろう……少しでも息を止めようとしている……無駄な抵抗を……。 「口の中最高……これマグナムピンチかも……」 「あ、ああ、あっマグナムの最後……マグナムの……最後をぉおお逝きますぅぅうう!」  さらに男は鏡の頭を激しく振る。 「ふひぃ、むぐ、むにゅ、ふごっ、ふぁっ、んぱっあ、ひぃ、ひっ……ふご、ひゆ? ふごっ、ふぁっ、」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「いっ、逝く〜〜。な、中で逝きまするぅ……」 「むっ、むーむぅぅむぅうむぅぅ……むっ……むっんく…んく…んく……」  必死に抵抗していた鏡であるが……まったく引き抜こうとしない男に対してあきらめて喉を鳴らす……。  飲み干さなければ息すら出来ないのだから……。 「……むっ……むっんく…んく…んく……んく……んく……んく……んく……んく……ぶはぁ」  びゅる、びゅる、びゅる……。  どんだけ出るんだこいつ……まだ精液が飛び散っている……。 「さて……そろそろ犯りますかねぇ……もう情緒は充分な感じですし……」 「お願い……セックスだけはゆるしてください」 「いや、それ無いから……さぁ犯りますかぁ!」 「いや……そうだなぁ……」 「お願いです他の事なら耐えます」 「おいおい、もうぱっぱとやってさっさと壊そうよ……ねぇ」 「よし! オナニーしろ」 「え? そ、そんなぁ……そんな事……」 「出来ないのなら犯すまでだ……なぁマグナム」 「マグナム的には……もういいんだけど……」 「……本当に、本当にそれで許してくれるの?」 「さぁ! もうこうなったら見せてみろ! お前が毎日やっている自慰活動をっっ」 「……分かった…分かりました……」  彼女は妹がいる前で全裸にされた……。  くくくこれだけ男達がいる前で……そしてこれから妹が見ている前で自慰行為をさせられるのだ……。  ふふふふ……。  司のやつ……どうやら自慰行為が何なのか分からないようだ……かなりぽかんとした顔をしていやがる……。  さぁ、姉として自慰行為を見せてやるがいい……お前の自慰行為を……。 「もう! もっと人呼ぼうぜ!」 「っ?」 「せっかくのオナニーショーがはじまるんだから、みんなに見せてやらないと悪いだろ」 「マジ? そこまでやるか?」 「人呼ぼうぜ……」  人が徐々に集まる……。  そこにはあの横山やす子の姿もある……。 「……」 「やす子……」 「……あなたが若槻姉妹なんだ……どうでもいいから……はやくはじめなさいよ」 「っ」 「ほら、はやくやれよぉ! みんな暇すぎるって……」 「……はい」  くちゅ……。  観念したのか鏡は自分の性器を触りはじめる。  くちゅ、くちゅ……。 「なんだよ。そんなんじゃ感じねぇよ……真面目にやれよ」 「……真面目にって言っても……」 「真面目にやってるかどうかはすぐわかるわよ……だってあなた女の子なんでしょ? だったら私と同性じゃないの……」 「まじめにやらなきゃ……全員に犯されますよ」 「……」  くちゅ、くちゅ、くちゅ……。 「おお、濡れてきたぜ……」  男達はその姿を見て自分のをしごきはじめている……本当に好きなんだねぇ。 「若槻姉妹さんはク○トリスが感じるようね……ク○トリスばかり触わってる……」 「……っ」 「もっとみんなが満足するように出来ないの?」 「返事も出来ないのかしら? ねぇ!」 「きゃっ」 「いつもオナニーしてるんでしょ?」 「し、してない」 「ひっ」 「言葉遣いに気をつけなさいよ! さぁあなたの一番大切な人の事を考えてやりなさい」 「……一番大切な人……」  ちらりと……司の方を見る鏡……。  こいつの一番大切な人間は……司なのか?  なんだこいつ……シスコンの上にレズなのか……、  どれだけ変態なんだよ……。 「ほらほら、真面目にやらないと犯されるわよ……早く再開しなさいよ……」  くちゅ、くちゅ、くちゅ……。 「えへへへ、こいつマジで感じ始めてるぜ……」 「くぅん、ふうん、、あ、ああ……あぅ……あう……」 「変態だな」 「みんなの前でオナニーなんてしてよ」 「くっ、ふぅ……はぅ……あ、ああ……あう……あう……くっ」 「うっ」  一人の男が射精する……。  一人、  また一人、  自慰行為を行う鏡に射精していく……。  鏡の体中から精液の生臭い匂いが立ちこめる。  それでも彼女は自慰行為を中断する事は許されていない……。 「ふうん、くっ、もう……、もう……そろそろ……あ、そろそろ、あ、もう、もう……あ、いくっ……」  彼女の身体が小刻みに揺れる。  とうとう逝ったか……。  だが、もう、遊びはいい……そろそろ絶望を与えてやるがいい……。  絶望を……。 「はぁはぁ……これで許してくれる」 「……ああ、約束だからな……んじゃこいつをアレにのせるか」 「!? え? あれって? あれって何? まだ、なにかする気なの?」 「ああ、処女膜を破る……ついでにおしりの処女膜も破る……」 「っえ!?」 「こいつ……おしりの処女膜があるの? って顔しているぞ……くくくくバカめ」 「絶対に違う……絶対に……」 「や、約束は?」 「もちろん守るさ。俺達はお前の処女膜は破らない……その代わりにお前の処女をアレが破ってくれる」 「……な、なに? なにそれ?」 「三角木馬さ! 俺が作ったんだ!」 「いやぁぁぁぁぁ約束やぶったのねぇ」 「いつ、お前と三角木馬を作るな……なんて約束したんだ?」 「お前……もう一人漫才やめろよ……もういいからさ……」 「いやぁぁぁぁぁぁぁ許してぇぇぇぇぇぇぇぇ」  彼女の手足は拘束衣で完全に固められている。  そこについたフックから天井に吊されている……。  ここから彼女を吊った縄が長くなっていくたびに……彼女の身体は徐々に降ろされていく……。 「いやああああ、お願い、降ろさないでぇ」 「ふふふふ、無惨だねぇ。あんなに大切にした処女をこんな道具で失うとは……」 「だ、だったら助けて」 「嫌だね。お前は人間以下の存在になんだから当然だろ? これが妥当な相手だ……」 「んじゃ……降ろしてあげて……」 「いやぁぁぁぁぁ」  カラカラとまわる滑車……ロープはどんどん長くなっていく……そして鏡の身体がどんどん木馬に近づく。 「何でもする!」 「何でもするから!! い! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「あはははははは、貫通式だ!」 「痛っ……」 「あははははははははは両方の穴が大貫通だ!」 「ひ、ひどい……」 「さてとこれからが本番だ……色狂いになるまで犯してやるぞ」 「も、もうやめてぇ……」  あれから何時間ぐらい経ったのだろうか……いやもしかしたらそんなに時間は経ってないのかもしれない……。  ボクはつまらないものを見るようにずっと眺めていた。  鏡の穴という穴を犯される姿を……口、性器はもちろん、肛門、尿道までもいたぶられた。  なんども気絶して……。  そのたびに〈聖薬〉《エリクサー》を局部に塗られてた。  あの薬は万能だから、苦痛は快楽に変わっていく……完全なる快楽に変わっていく……。  彼女は今、苦痛などまったく感じてないだろう……。 「イイぃい気持ちイイようぅぅう。ひぐぅ、ひぐぅ、あうっぅうあぅあぅっっ感じるよぉ……」 「奥までかき混ぜられてぇぇえ感じる、中まで感じる感じる感じるよぉお」  ふぅ……あんなに嫌がってたのに……さすが〈聖薬〉《エリクサー》といったところかな……というかノーパンでいる様なヤツだし……こいつが元々淫乱だったのか……。  まぁ……どうでもいいけどさ……これじゃもう他の売女と変わんないな……。  〈所詮〉《しょせん》……女なんてこんなもんか……。 「もっと気持ちよくしてぇ」 「あはははは、とんだ淫乱女だぜ」 「ケツの穴に入れてやれよ」 「お尻に入れる前にクスリ塗って……」 「ケツの穴に塗ってやれよ」 「ケツの穴つーのは粘着質だから吸収がいいんだよ」 「おう」 「ひん」  お尻の穴に指を突っ込まれる……。  喜んでそれを受け入れる鏡……。 「指に吸い付く……中までよく塗ってやるよ」  男の指がア○ルの中をまさぐる。  チュッポン……。 「あん」 「お尻から抜かないで……入れてぇ」 「よしケツの穴に入れてやる」 「ひ!」  お尻の穴にゆっくりと肉棒が入ってくる。  にゅる……。 「ひぃん」 「うわ、マ○コの締め付けがきつくなった」 「締まる……」 「はわっっはわぁぁぁ、おま○ことお尻の穴が……いっぱい……す、凄いよぅ」 「きつぃい」 「動かすぞ」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「ひぃ! い、一緒に動かさないでぇ……」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「一緒に動くと……わ、私……お、おかしくなりそう……ひぃ!」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「マ○コも凄いことになってるぞ」 「ひぃ、大きいよぅ、お尻の、お尻の穴がぁ、めくれちゃうよぅ。ひぃぃぃぃいい」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「イイいぃぃいれてぇおま○こいっぱいお尻の穴がきもちいいです」  ああ……本当に飽きてきたよ……まったく卑猥な言葉だけ……何も詩的で創造的な言葉などありはしない……単調単調とても単調。 「おいおいもうクスリ塗るのやめろよ……オーバード−ズだぜ」 「いいんだよ。どうせ肉体は滅びるんだ、そうだろ兄弟!」 「ひぶぅ! おま○こがイイよう!ナマでいれてぇ」 「あぁ!あっ精子が入ってくる!あついよ!」  びゅる!びゅる!びゅる!びゅるる……! 「あぁ……おま○このナカいろんな人の精子でいっぱいだよ」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「おれも〈逝〉《い》く……」  びゅる!びゅる!びゅる!びゅるる……! 「あっ……ああ……お尻の穴にも感じるよ……私の中に……あついのが……」  始終こんな感じ……完全に暇だ……。  もうどうでもいいや……。  あーあ……飽きたよ……。 「こう言う会話しながら、こうやって指でズボンの上から撫でてOKな感じ?」 「さぁ……知らないけど……そういう手順かね?」 「ふーん……こうかなぁ〜」 「っぅ」 「お……おっ」 「な、なんだよ……」 「良い感じですなぁ……あえぎ声……」 「男のあえぎ声なんて気持ち悪いだろ……」 「全然、私は好きですよ。大歓迎」 「そ、そんなの知らん……男のあえぎ声なんてキモイ……」 「なら我慢してくださいね……別に声出さなくていいですから……」 「うっ……」 「すんげぇですな……本当にズボンの中に棒があるんですね……男の子って……」 「そりゃ……まぁ」 「面白いなぁ……なんでこんな前面に自己主張気味なんですかねぇ……〈撫〉《な》でやすくていいですね……ち○ちんって」 「そんなもんかねぇ……」 「だって、女の子嫌がったら、股閉じたら触れないじゃないですか……でも男の子って、嫌がってるのに敏感な部分丸出しじゃないですか……」 「丸出しって……ズボンはいてるし……」 「ならズボン降ろして〈良〉《い》いですか?」 「たぶんパンツの上からの方が気持ちいいですよ……たぶんですけど……」 「……勝手にしろ……」 「んなら……勝手にして……ファスナーを……おお、黒いビキニ?」 「そんなわけないだろ……ボクサーパンツだよ」 「そうなんだ……なんかパンツから形くっきりして、エロいですねぇ……これはなかなか」 「いちいちお前は解説するな!」 「解説厨!」 「まぁ、そんぐらいさせてくださいよ……だってこれからお口で、きれいにしてあげるんだから」 「なんで救世主と〈下部〉《しもべ》がそんなギブアンドテイクなんだよ」 「でも、こんななってて……舐めてもらいたくないんですか?」 「べ、別に……」 「あははははっ。そんなすねなくても舐めてあげますよ……ちゃんと救世主様のきれいにしますよ……希実香のお口はシャワーがわり……っと」  そう言うとボクのパンツを降ろしてしまう。 「へぇ……あんまりグロテスクじゃないんですねぇ……つーか毛少ねっ」 「なんだよそれっっ」 「救世主様ってハイレグでもはく気なんすか?」 「なんでそうなるんだよ」 「いやだって、もう下の毛の処理でもしないと、こんなにはならないでしょ……という事はハイレグを……」 「なんでそこでハイレグをはく事になるんだよ……」 「ハイレグ救世主……」 「ぱくっ……んんっ……んむっ、ちゅぶ……んん……」 「くっ! ……っ!」  なんか日常の延長上みたいに希実香がボクのをくわえる……その生温かさは凄い衝撃……というよりはぬるい衝撃……みたいな……みたいな……。 「んっ……ちゅっぱ……ちゅ……何を考え事してるんですか?」 「あ、いや……なんか想像してたのと少し違って驚いた……」 「んって事は? あんま気持ちよくない感じですかぁ、んむっ、ちゅぶ……」 「あ、いや……気持ちいいんだけど……口って面白いなぁ……こんな何だ、口でやるって……」 「んんっ……んむっ、面白いって言われるのもどうなんですかねぇ……ちゅぶ……んん……」  希実香の唇がボクのを上下させるたびに、なんかボクの身体に小刻みな痙攣が走るみたいな……。 「んちゅ……だんだん味変わってきたぁ……」 「お前ねぇ……情緒ないなぁ……」 「情緒ですか……えっと……ああん、救世主様の味ぃ……は、初めてなのに……私、救世主様のおち○ちん舐めてるとえっちな気持ちになっちゃぅよぉ……」 「やめれ……」 「どっちやねん……」 「あ、でも、舐めるの楽しいですよ……うん、やっぱり好きみたいです」 「あ、そう……そりゃ良かったね」 「少し、あご疲れるけど……楽しいのは楽しい……んっ……ちゅっぱ……ちゅ……ですよ」 「な、なんか凄いよ……救世主様の……口の中で……びく、びくって跳ねてるのが……伝わるのぉ、ねぇ救世主様、感じるですかぁ? 感じるんですかぁ?」 「なんだそれ……」 「だから実況厨……」 「いろいろいらないから……その芝居もその実況も……」 「そうですか……残念だなぁ……こんなにおち○ちんびきびきで先から沢山出てるのに……」 「い、言うな……」 「実況厨」 「ああ、分かった、分かったからやめてくれ……」 「あははは……割と救世主様はM?」 「そ、そんな事は……少し……ってどうでもいいだろ! アホかお前!」 「お口でイっておきます?」 「……う、うむ……」 「そうだ!」  というと希実香はもっと下に顔を埋める……。 「っっっ、くはっっ」 「……そうなんだ……タマって感じるんだ……んんっ、んぐっ、んむっ、あ…むっ……ちゅぶ……っ」 「や、やめ……それ手でやりながらタマ舐めるの……ちょ、ちょっと……タンマ……はうっ」 「おお、救世主様、タマ舐め好きなんだ」 「そんなの知らないよっっ。んあっ」 「おっ、反応が変わったぞ……うわ、ち○ちんすげぇ濡れてます。なんだこりゃ」 「んっ、くっ、ふぁっ」 「あー、でも救世主様のタマってすべすべしてて、舐めてて気持ちいいなぁ……これいいなぁー、ちゅぶ……っ」 「し、知らないよ、そんな事っっ、うわっっ」 「へへへへ、橘も大変ですね……いろいろ指令をもらったり、時には救世主様のお掃除したり……でも掃除するたびに汚れるのはなぜ?」 「う、うるさいっっ、くっ」 「取り〈敢〉《あ》えず……ラストスパート、んっ……ちゅぶ、んっ、んんっ、んあっ…んぶ…っ…はああっ、んんっ、んっ」  希実香が手の上下を速める……唇の感触が、敏感な箇所へと重なるたび……押さえのきかない〈迸〉《ほとばし》りが、身体の奥底から昇ってきてくる……。 「んんっ、んぐっ、んむっ、あ…むっ……ちゅぶ……っ、ふふふ……気持ちいいですか? うれしいなぁ、救世主様にこんな喜んでいただいて……」  快楽にも……最後がやってくる……腰の奥から上ってくる堪えきれないものがこみ上げる。 「んっ…も、もう限界が…近い…くっ、もう、これ以上は……もう駄目だっ…もうっ」 「はいはい、んちゅ……ちゃんと口で受け止めてあげるから……心配しないでください……」 「くっ、駄目……だっ、も、もう……くぅああああ!」 「ふぐぅ?!……うぐぅ……んく……んく……ふぁ………あ……んく……」  ボクの身体が大きく弓なりになる、普段なら絶対に発しない声。  先からドクドクと体液が流れ出しているのがわかる。  それを希実香は喉を鳴らしながら受け止める……。 「……」  けど、すぐ途中でやめる。 「うげぇー」 「う、うわっ、吐くな!」 「だってぇ……これまずいっていうより、喉にこびり付いて不快ですよぉ……」 「なんだよぉ……味の問題だけかと思ってたのになぁ……これダメですダメ系な人です」 「精液は人じゃないだろう……というか……だとしても、なんかもう少しあるだろティッシュに出すとか……よだれみたいにたらしやがって」 「あ、いや……それ絵的にエロいかなぁって……」 「絵的にはそうかもしれないけど……音的にうげぇーはないだろ……」 「私、炭酸系ダメなんです……これダメです」 「なんで炭酸系……関係ないだろ……」 「いや、なんかこう胃袋と食道に絡まってる感じどうも……まぁ全然似てないですけどね」 「似てないのかよ……」 「でも、その部分が変に刺激されるという意味では近いのかなぁ……まぁカレーとブンターぐらいの違い?」 「対比としては……全然だろ……カレーとたばこじゃ……というかお前人に伝える努力しろよ……」 「お……まだまだ全然いけそうですね……ほらぁ……ここ」 「あ? いや、そ、それはそうだけど……でも少し休ませろ……」 「救世主様……お尻の穴と前の穴どっち入れます?」 「どんな二択だよ……」 「いや、どっちも処女だから…… どっちいただきます? 両方?」 「いや……両方とかはないから……だいたい、三発とかどんだけ絶倫なんだよ」 「そうですか…… ならここで選択肢です。おしりでしますか? 前でしますか?」 「なるほど、さすが変態型救世主ですね」 「お前……殺すぞ……」 「まぁ、まぁ、私もそうは言っても興味ありますから…… えっと……ローションなくても、救世主様のぬちゃぬちゃ液で充分ですねぇ」 「大丈夫なの? 指とかでほぐさなくて?」 「大丈夫じゃないですか? 私オナニーの時、おしり使ったり出来る人なんで」 「なんだそれ? 変態はお前だろ……」 「ああ、そうですね。まぁいいじゃないですか…… さぁ、一丁入れてみますかっ」 「もう少し……情緒……」  希実香はボクの上にまたがり……そのまま腰を下ろしてゆく……。 「そのまま救世主様は座っていてくださいね……狙いは私が定めます……定めてみますんで……」  ゆっくりと腰を下ろしながら、狙いの場所にボクのものをなすりつける。 「本当に大丈夫か?」 「はい、私が全部しますから、私が入れて、私が動きます……あ、そうだ、かゆいところがあったら言って下さい」 「床屋だろ……それは……」 「あはははは」 「んじゃ……おじゃまして……っんん」  先端が接触しただけで、希実香の身体に震えが走る。  ボクのだけではなく希実香の前の部分も相当濡れていた様だった……たしかにローションなんていらないぐらい互いにぬるぬるだ。  粘液に満たされたそこは、希実香の小さな身体全体に、未知の感覚を送り出し続けていた。 「……っ」  押し付けるように、狙いを固定する。  意を決するように、軽く深呼吸をする。  肺の中に吸い込まれた夏の夜の熱を、身体に循環させながら。  ボクのものが希実香の中へとゆっくりと沈んでゆく……。  ……ゆっくりと、緩やかに……熱く包み込む……。 「っ……っ!あっ、んんんっ、くぅ…んんっ! っつぅ! あ……ぐっ!」 「だ、大丈夫?」  まだ、先端部分も入りきっていないというのに……希実香は苦悶の声を漏らしつつ、顔を歪めた。 「あはは……すんません、ご心配かけて……でも今の声は痛さじゃないです……」 「そ、そうなの……」 「あ、あははは……まぁクスリのせいですよ……うん…っく」 「でもスムーズに入るのとは違うだろ……」 「あははは、面目ないです……まぁそれはそれとして動いて〈良〉《い》いですか?」 「う、うむ……大丈夫……大丈夫だ」 「んじゃ……動……あぐっ! っ、つうっ!あっ、んんっ……」 「くっ……これ……すごい……」  先端部分しか侵入していないというのに、少し気を抜いただけで、すぐに果ててしまいそうだ……ありえない締め付け……。  先ほど、一度放出したばかりだというのに、昂ぶりは頂点に向かって走り始めている。 「くぁ……はう……っ」 「いっ……あああっ、ふあああっ!あっ、くっ……うあああ」 「あぐっ……っ、ふうううっ。入っ……た? 救世主様の、全部……入ってるんですか? これ?」 「よ、良く分からないよ……あ、あう……でもすごく温かくて……締め付けて……」 「あ、これやばいです……気持ちいいなんてもんじゃないです……あ、あうっ、くっ」  狭い上に、うねるように熱を放つ、希実香の体内は。えも言われぬ感触がボクをとらえる……。 「あ、これいいですっ、いっ……あああっ、ふあああっ!……救世主様……これ〈良〉《よ》すぎぃ」 「なんか、だめ……め、めくれて……馬鹿になっちゃいそう……っ! んんっ、うあっ…ふあああっ!」  腰を浮かせながら、希実香は〈悶〉《もだ》えの〈吐息〉《といき》を降らせた。 「うっくぅ、んんっ! 救世主様のが動くたびに…痺れる……痺れますっっ」 「もう、ガマン…できないかもしれな……だめぇ……私っ」 「これ以上だと……ホントにダメっ……わ、私ぃ……本当にやばいです……このままだと」 「んくっ、ああっ……んんんんっ! なんか……じんじん、するっ……や、やああっ、身体が…〈痺〉《しび》れるっ、こんな……んんんっ!」 「何か、変ですっっ! 救世主様のが……熱いのが動くたびにっ、私っ、ふあああああっ!」  完全に開き気味になった希実香のそこ……もうボクのを根本まで容易く受け入れている。 「ひゃううぅ!入ってくる、入ってくるよぉ…!奥に入ってくるよぉ……あああっ!……うわぁああ……で、出て……く出てくよ……今度は奥から外にぃぃ」  根元まで打ち込まれたそれが、息を吐く暇もくれず出入りする。 「ああっおしり……救世主様……いいよぉっはぁあっああっああんっっ!感じます……はじめてなのに感じます……ああ……救世主様」 「希実香……すごいよ、あそこみたいにぐちょぐちょになってるのが……分かる……」 「うっ、はぁあんっはぁっあっああんっ! あぅ、んっ……あひっあ、ああっグリグリしますぅ…っはぁっはぁあああっ」  ぬぷっぬぷっぬぷっぬぷっぬちゅぬぷっ……。 「あ、もうダメだ……私……我慢できな……あ、あの…」 「あ、ああ、大丈夫……もうボクはいつでも爆発しちゃうよ……」 「も、もう……い、イク……き、希実香ぁあ……」 「はうぅう、きて……あああっはぁんっんんっ…ああっ……救世主様ぁあ!!」 「あ……あはははは……で、出てる……き……救世主様の……あ、ああ……あああああ。…わ、私も……もう……」 「くっ!!」  ほんの少しの時間差……。  たぶんボクがイクまで我慢していたのだろう……。 「はう……くぅ……くうん……あう……ふあぁ……あぁぁぁ」  痙攣は徐々に小さなものになっていく……。 「そういう事言うと……本当に選択肢見えてくるからやめれ……」 「けけけ……ゲーム脳」 「なるほど、さすが救世主は正統派なのですね」 「なんだその正統派って……」 「……んでは失礼します」  希実香は先端を自分の割れ目へと侵入させていく。 「くうっ…」  彼女の口から息が漏れる。 「大丈夫?」 「あ、はは……は……大丈夫です……あれ? クスリ効いてるはずだけど少し痛いなぁ……」 「でも……たぶんすぐに……くはっっ」  入り口が狭すぎる……というよりは口がしまっている様な感覚……。 「くそぉお……次のターンで終わりにっっ。にょぉおおっっっ」 「だ、大丈夫か?」 「ぁ…かはっ…はぁ…ほぁ…あぁ…っはぁ…大丈夫です……おかげさまで貫通しました……」  一息ついてから、今度はゆっくりと腰を動かし始める。  ボクの先端は、希実香の中をゆっくりと進んでいく。 「あ、あううっう、ふにぃ……あう……」  先端が進むたびに彼女は声を上げた。 「あぅ!…あぅ!…すっ、あぅぅ!…あんっ……」  希実香の喘ぎ声を耳にしながら、ボクの頭は快楽でしびれ始めていた……。  彼女の中はとても温かく、そして狭くて、ぎゅうぎゅうボクのものを締め付ける。 「救世主さま……我慢しなくていいです……あぅ!」 「が、がまんって……」 「へへへ……救世主様、もう限界近いでしょ……ふふふ橘の中にぶちまけてください……あぅぅ!…ほ、ほら……」 「くっ……希実香……」  情けない話だけど……この早さで、もう限界だった。  これ以上は我慢する事は無理そうだった。 「う、うむ……もう……」 「うん……大丈夫……そのまま……そのままイってくださいな……橘のナカで……」 「あ、あう、も、もう……うっ」 「んあぁ? あうっっ、うあっ。ふぁぁああああああああああ!!!」 「お…おお…ナカに出てる……すご……すごい感じ……」 「あ、あう……」 「あははは……ま、まだ出てるんだ……すごい……けっこう出てるの分かるんだなぁ……」 「……そうなのか?」 「出るのが分かるって言うよりも……なんか中でビクビクしてるから……分かる感じでしょうか?」 「なんていいましょうか……こう、橘の中に……救世主様のが満ちてる感じでしょうか……」 「……そうなんだ」 「ふふふ……気持ちよかったですか? 救世主様?」 「ああ……」 「あの……すみませんっっ」 「?」  希実香はいきなりボクにキスをしてきた。 「くちゅ、んあっ、んんっ……んぁあ……ちゅ」 「ちゅ、くちゅ……う」  キスをしながらそのまま希実香は腰を動かし出す。  ボクのは出してしまったけど……まだ余韻で大きさはあった……。 「くちゅ、んあっ、んんっ……んぁあ…んんっ……んぁあ……ちゅ」  絡み合う、口の中で互いの舌が絡み合う。  そして性器も完全に粘液でぐちゃぐちゃになりながら絡み合う。上と下で二人の粘液が絡み合う。  希実香は貪る様に……ボクの口を舐め回し……そして腰を動かした……。 「ご、ごめんなさいっっごめんなさいっ……もう終わったのに……ごめんなさいっっくちゅ、んあっ、んんっ……」 「が、我慢できません……こ、このまま、くちゅ、んあっ、んんっ……んぁあ……ちゅ」  なんかさっきまでふざけてやっていた希実香……何が決壊したのだろう……ボクの身体を求めてくる。 「くっ…くっ…ボクも気持ち良くなってきた……」 「んはっ、ぁん、…っ、はっ、くっ…、くぅぅっ…ごめんなさい……二回もさせて……くっ」  徐々に希実香の締めつけが強くなっていく、でも速度は落ちない……蜜によって出し入れはより激しくなっていく。  二人は激しく抱き合う……肌と肌が密着する……互いの体温が解け合う様に共有される。 「救世主様ぁ…ふぁぁ!…もう……私……もうだめそう……私……」 「あ、ああ……大丈夫……そのまま、そのままイケばいい……」 「い、いいですか……イっていいですか……私、いきます……このままだと……」  希実香の体が硬直した。  同時にボクのモノが膨らみ、また彼女の中に放出する。 「うっ!」 「んぁああ?! い、イク、イきます。私イってしまいますぅ……はふぅぅん、はぁ、はくぅぅぅぅぅんんん!!」 「うっくっ!!!」 「あ、あああっっ、ふあぁ…あぁぁああああああっっっ!!!」  夜空に鐘の音が響く。  まるで星まで共鳴して鈴の音を鳴らしている様……。 「すごいですねっ。夜の学校、屋上なんてっ」 「あ、そうだ……そろそろ、おクスリの時間ですよ……ほら救世主様っ」 「あ、ああ……」  希実香はカプセルをボクに渡す……粉末であった〈聖薬〉《エリクサー》を希実香は一つずつカプセルに詰めていた。 「でもこのカプセルは救世主様と私用なんですよ」 「そうなのか?」 「はい、他のほとんどが〈安息香酸〉《あんそくこうさん》ナトリウムの混ざり物のおクスリでしたから……ああいうのはセックス大好きっ子達用です」 「〈安息香酸〉《あんそくこうさん》ナトリウム?」 「だいたい、売られているクスリには混ぜ物されているんです。〈安息香酸〉《あんそくこうさん》ナトリウムって別名アンナカって言って、覚醒剤に混ぜると性的異常興奮を覚えるんですよ」 「そうなのか……でも、ボクが白波動で分子配列を変えたからどれも同じだと思うけど……」 「まぁ、気分ですよ。気分。このカプセルは私と救世主様だけのもの……二人用のカプセルです」 「二人のカプセルね……」 「はい、んじゃ、水無しでどうぞ」 「持ってこいよ……」 「あはははは、忘れてました」  二人はそれぞれのカプセルを口に入れて……ごくりとのみ込む……。  聖なるクスリ……聖なるカプセル。 「それにしても……お前、いろいろと詳しいな」 「あ、クスリとかですか? 一応科学部部長な上にメンヘラーなんで」 「何? メンヘラーって」 「あ、心がダメっ〈娘〉《こ》な人です。だからいろいろクスリは詳しいんですよ」 「つーても、私は病院で処方されるのばかりですけど……趣味もかねて良く成分とかネットで調べて遊んでるんです……」 「〈根暗〉《ねくら》だな……」 「はい、だからもし、このまま生きていたら、将来の夢は自宅警備員でしたっっ。自宅警備以外の仕事はこれを一切受け付けずっと言ったところでしょうか?」 「それかマッドサイエンティストでしょうか?」 「でしょうか……言われても……知らんがな……」 「それにしても夜空って遠いっすね」 「ああ、そりゃ……ここから見える空は……夜空は基本的にとてつもなく遠い場所からの光だからな……」 「とてつもなく遠い場所からの光か……そう言えば、こうやって見えるのって、すっごく昔に光ったものなんですよね……」 「ああ、そうだ……」 「なんか、うらやましいですね」 「うらやましい?」 「はい、私の声はすぐ近くにしか届きません……というかすぐ近くの人にすら届かない……私の声はどこにも届きません……」 「どうせ、近くの人に届かないなら、もういっその事……ずっとずっと先のずっとずっと遠くの誰か分からない人にだけ届けばいい……」 「ずっと先のずっと遠くの誰かか……」 「はい、そういう意味じゃ、星々ってうらやましいですね」 「星がうらやましいか……なるほど……」 「そうだっっ。救世主様って奇跡のデパートですよねっ」 「なんだお星様にさせてくれとかか?」 「そんな少女趣味な事言いませんよっ。あのですね。ここの屋上を天まで届けてくださいっ」 「屋上を天まで?」 「はいっ。C棟は4階建てです。今私達はその屋上……五階部分に立ってますっ」 「ああ、立っているねぇ……」 「こいつを一階ずつ拡張してゆくのですっっ」 「誰が?」 「救世主様がですっっ」 「あのなぁ……」 「私が、合図しますっ。この特殊警棒で柵を殴りつけますっ」 「って……なんでお前……そんなもん持ってるんだよ……」  こいつナイフとか特殊警棒とか……凶器ばかり隠し持ってるなぁ……。 「あのなぁ……」 「いっくぜー」 「あ……」 「うわ……」  殴られた柵は一本ねじ曲がっていた。  そこから、魔法でも散らばった様に美しい音色と光……。 「救世主様ナイス!」 「え?」  気が付くと、C棟は五階建てに変わっている。  どうやら、希実香の合図で、とっさに奇跡を起こしてしまったみたいだった。 「奇跡すげぇ! さすが私の救世主様だ! んじゃ次行きますよ!」  希実香がまた柵を一本犠牲にする。  そこにつまっていた魔法が砕けて散らばった。  それに合わせて、ボクは奇跡を起こす。 「はっ」 「ただいま六階ですっっ。このまま宇宙の果てまで行きますぞっっ救世主様っ」 「そりゃっ」 「ぬっ」 「はっ」 「とうっ」  希実香が柵をどんどん破壊してゆく。  希実香が殴った柵は、砕けて音になる。  壊れて、すべて音に変わる。 「すごいっっ」 「ふふふ……」 「音です音っっ」 「はははははは……」  壊されていく世界。  希実香が気持ちよく警棒を振り回す。  まるで指揮者みたいに、テンポ良く。  ボクは、それに合わせて奇跡を起こす。  救世主の奇跡。  建物の増築!  希実香が物質を音に!  ボクが音を物質に変えてゆく。  空に伸びてゆくボクたちの屋上。  どんどんどんどん伸びていく。 「これは音楽だっっ」 「ははは……そんな事言ったら音楽やってる人に怒られるぞ……」 「まったく適当じゃないか……」 「適当でもこんなに綺麗な音じゃないですかっ。すんげぇ綺麗な旋律ですっ」 「ああ、そうだな……たしかに……」  希実香が奏でる破壊は……すでに美しい旋律となっていた……。 「きゃははははははっ。旋律ですよー」  そう言って、警棒ともう片手になぜか秤を高く掲げている。 「はははははは……バカかお前っなんで秤なんて持ってるんだよ」 「きゃはははは、神様の重さを量ってるんです! だから秤をもってきました!」  そう言って希実香は秤を大空に掲げる。 「さぁ、神様、天秤の片方にお乗りくださいませっっ。もう片方にはすでに旋律が乗っております」 「旋律ですっっ、私は旋律担当、そして救世主様が奇跡担当ですっ」 「さぁ、神様、ここです。この天秤にお乗り下さいませっっ」 「はははは、どんな組み合わせだよ……なんで奇跡と旋律なんだよ」 「そんな事ありませんよー。神様は旋律ですって!」 「神様は旋律なんですよー」 「私、今分かりました! 神様は旋律ですよー」 「お前なぁ……救世主差し置いて、勝手な事言うな」 「さぁ、もっとどんどん上に登っていきましょうっ」  もう、ボクらは雲の上まで来ていた。  すでに世界に存在するどんな建物よりも高くそびえ立っていた。  これじゃ、まるでバベルの塔。  こんな奇跡の使い方したら、さすがに神様に怒られるんじゃねぇか? とか思った。 「おいおい、これじゃまるでバベルの塔だぞ」 「それか、イカロスですよっ」 「イカロス?」 「はいっ、太陽を目指して蝋で固めた翼で飛び立つ人の話です」 「最後どうなんだよ」 「落下して死亡しますっきゃはははははははっ」 「イカロスバカだから、太陽に近づいたら、蝋の羽根溶けちゃう罠に気が付かなかったんですよー」 「でも、私達は負けねぇぞ! こっちには救世主様もいるしなっ」 「どんどん空目指してゆきますよ!」 「知らんぞ。お前、本当に神様に殺されるぞ」 「殺せるもんならとっとと殺せ! この野郎ぅ!」 「だって、だって、私思うんですよぉ」 「神様がいたとしたら、神様っていつでもお空から私達を見ているんですよっ」 「私達のすべてを見て、すべてを知っている……」 「そして生暖かい目で見下しているヤツなんです。あいつは嫌なヤツですっっ」 「お前、そんな事言ったら洒落にならないって……」 「きゃははははは……」  希実香の警棒もさすがにメキメキに曲がっている。  でもうれしそうに笑っている。  希実香はとてもうれしそうに破壊している。  破壊と旋律。  警棒と音楽。 「これは音楽だっっ」 「あはははははっっ」  もう、希実香の警棒はぶっ壊れて先がない、なのに音は続く。綺麗な旋律は止まない。  ボクらを、この屋上を旋律がつつむ。 「ははははは……」  音を奏でるたびに奇跡が続く。  ボクらはとうとう月の真横まで来てしまった。 「月です。月です。ルナーっっ」 「はははははは……」  無限連鎖の音。  無限連鎖の奇跡。  どんどんボクらは宇宙の果てに近づく……。 「た、大変ですっっ」 「どうした?」 「あんまりすんげぇ高さまで伸びてるので……気が付いたら遠心力ですんげぇ勢いでこの屋上は回転してますっ」 「ああ……地球って自転してるからなぁ……」 「はははははははは……大変だ大変だぁ!」 「楽しそうじゃねぇかよ!」 「超楽しいですよ! 当たり前じゃないですかっ」 「あっ!」  希実香は今までにないほどの奇声を上げる。 「牛ですっっ」 「はぁ?」 「牛いっぱいじゃないですかぁ」 「え?」  そう言われてみると……屋上は沢山の牛で溢れかえっていた」 「な、なんで牛が?」 「なんでじゃないですよー。屋上に牛が沢山いるって言ったの救世主様じゃないですかっっ」 「屋上に牛?!」  牛がモーモー鳴く。  旋律が美しく響く。  ボクたちはすでに地上を遠く離れた宇宙の真ん中だ。 「牛はじめて見ましたーすんげぇ大きいっ、んで踊るんだっ」 「牛が踊る?」  と見た瞬間、たしかに牛は踊っていた。  器用に二足歩行で、踊っている。 「ダンスです。ダンス。ダンス」 「ここは檻の外のダンスですっ」 「檻の外のダンス?」 「はいっ。ここは地球の重力圏内を突破してます……すべてを縛り付ける重力から自由ですっっ」 「世界で最初の檻の外のダンスですっきゃははははははっっ」  檻の外のダンス。  ボクらは、重力のおよぶ遙か彼方……遙か彼方の星空で踊っている。  それは確かに、人類初の無重力ダンスだった。 「無重力ダンスですっっ」  希実香の身体が宙に浮く。  空中で踊り狂う希実香。 「ばか、そんな空飛んで踊ってたらパンツ見えるぞ」 「いいですよっ。見るのは救世主様ぐらいだしっ」 「もっと恥じらいを持てっ」 「きゃははははははっっ。恥じらいありますよ。だって私処女だし、キスもした事ないですもんっっ」 「でもおパンはいいんです。〈所詮〉《しょせん》布です。マ○コ見えるわけじゃないんだからっっ」 「マ○コ言うなぁ!」 「きゃ、きゃ、きゃ、マ○コマ○コマ○コーいくらでも言いますよー全然言いますよーNGワードなんて糞喰らえですっっ」 「んなわけないだろっっ」  無重力のダンス。  牛の群れ……。  輝く星々。  希実香は踊る。  宇宙の真ん中で踊る踊る踊る。  ボクも踊る。  神とか関係ない。  ただ踊る。  気持ちいいから踊る。  楽しいから踊る。 「人生はアンハッピー!! アンハッピーセット大盛りでっ! でもサイコー! 人生サイコー! これ重要!」 「きゃ、きゃ、きゃ、アンハッピーセットのおまけはなんですかぁ? 救世主様ぁ!」 「付かん、そんなものは」 「えーそんな事ありませんよーアンハッピーセットにはおまけが付いているんですよーお子様大興奮のアンハッピーなおまけ付きですっっ」 「お子様が大興奮するアンハッピーなおまけはまずいだろっ」 「さぁ、なんだろ! 開けてみましょうよ! 今日のアンハッピーセットのおまけの中身っっ」 「どこにあるんだそんなのっっ」 「あるじゃないですか、ほらっっ。目の前ですっ」 「あ、本当だ」 「あははははは、救世主様はチルチルミチルの話知らないんだぁーダメな救世主だぞー」 「なんで、チルチルミチルなんだよぉ」 「チルチルミチルは、アンハッピーセットのおまけである青い鳥を探しに世界中を旅するんですっっ。それはもう宇宙の果てまで銀河鉄道に乗ってですっっ」 「ほら車掌が来ましたよっ。私達の切符は天上でもどこまででも行ける切符だって鳥捕りが感心してましたよっ」 「〈鷲〉《わし》の停車場ですよ! ほら〈蠍〉《さそり》の火です! もうケンタウルの村を通過して、とうとう〈南十字〉《サザンクロス》星ですっっ」 「星祭りの夜です! そう星祭りの夜……私と救世主様は天気輪の丘にいるのですっ」 「だって居場所なんてありませんもん。星祭りは人の祭り……そこに居場所はありませんっ」 「だから、青い鳥は銀河に逃げたはずなんです……遠く遠くにっ」 「でも逃げたと思われた青い鳥は……」 「朝マoクのメニューとして並んでいたのです……」 「だから! アンハッピーセットのおまけを開けてくださいっっ」 「意味分からんわっ」 「あははははは……意味なんて無いんですっ。ノリです。音楽です。ほら、おまけ開けてよ」 「救世主様、開けて、開けて、開けてよ。私見たい、救世主様が開けるの見たいっっ」 「ったく……仕方がないなぁ……」  目の前に現れた謎の小包……。  箱にはAmazonuと書かれている。  〈何処〉《どこ》から来たおまけだよ……。  ボクはブツブツ言いながら箱を開ける。  希実香がわくわくしてそれを覗く。  果たしてアンハッピーの中身は? 「うわっ」 「きゃうっ」  アンハッピーは七色の光を放って打ち上がり……そしてボク達の真上で……。  綺麗に爆発する。 「わおぅ」  箱からドンドン打ち上げられる七色の光……それはボクらの頭上で破裂していく。 「あーそうなんだ……」 「どうした?」 「なんか……子供の時の疑問……今解けました……」 「何それ?」 「打ち上げ花火って、下から見たらどんななのかなぁ……って不思議でした」 「平べったいのかなぁ……とか丸いのかなぁとか……下から見た打ち上げ花火……どんななんだろうって……」 「そりゃ……丸いだろ……」 「ブッブー不正解ですっっ」 「下から見た打ち上げ花火はっ、下から見た打ち上げ花火はですねっっ。まんまるなんですっ」 「世界よりっっ」 「宇宙よりっっ」 「まんまるですっっ」  どこまでも続く花火。  どこまでも照らされる光。  世界最後の前夜祭。  希実香は踊る。  ボクも踊った。  牛も世界も神もすべてが踊った。  踊って踊って踊って、前夜祭は終わった。  明日は最後の日。  ボクらは気が付くと宇宙の果てまでやってきた。  世界の果てまでやってきた。 「ここが宇宙の果て……」 「ああ……そうだよ……ここが宇宙の果てだよ……」 「そうなんだ……ここが終点なんだ」 「終点……」  最果ての空の下で、ぽつりと希実香がそう言った。  ボクらはとうとうここまで来た。  世界の限界。  宇宙の果て。  ボクらの限界。  ここが終わりの空なんだ……。  気が付くともう夕方だった……。  一瞬朝かとも思ったけど、どんどん暗くなっていくので分かる。 「あーなんか寝てましたねぇ。私達……」 「真夏にこんな場所で良く寝れたなぁ……」 「あー途中で、私が影になってる場所に救世主様を運びましたよ」 「そうなんだ、全然気が付かなかったよ」 「お互い全然寝てませんでしたからね……爆睡だったんですよ……」 「そうか……」 「ねぇ……救世主様……」 「なんだ?」 「ここって、もう終ノ空なんですか?」 「ああ、そうだね……ここは終ノ空だ……世界最果ての空だよ……」 「そうなんだ……」 「思った通りだな……」 「なんだ?」 「思った通り……最果ての空もいつもの空も変わらないんだ……なぁって……」 「ああ……そうだな……」 「終わりだから特別……なんてないんですよね……」 「そうだな……」 「でも……夕日って……どこの空でも綺麗なんですねぇ……」 「世界の果てで見る夕日も……いつもの帰り道に見た夕日も……どっちも同じ様に綺麗……綺麗なんだなぁ……」 「さぁて……救世主様……」 「なんだ?」 「わすれものなんて……私達にないですよね」 「わすれもの?」 「はい、もう無いですよね。ここですべき事って……」 「わすれもの……」 「お前は何か思い当たるものあるか?」 「いいえ……ずっとこの空見ながら考えてたんですよ……わすれもの無かったかなぁって……」 「それで?」 「わすれたんなら、わすれものじゃないなぁ……って思いました……」 「それはいらないもんなんだって……」 「いらないものか……」 「はい、いらないもの……本当はいらないものなんて…無いんだと思うんです……」 「でも、全部がいらないものなら……全部いるものと同じになっちゃう……」 「だから……どっかで線ひかないと……」 「わすれた何かは……もういいんです……」 「ここでわすれたものはない……」 「わすれもの……か」 「はいっ。すんげぇアンハッピーなものも……そしてハッピーだったものも……全部」 「にははははは……んじゃ行きますか……」 「ああ、そうだな……もう日が暮れる……そしたら……」 「最後の夜です……」 「ああ……」 「最後の夜っっ楽しみましょう!」 「いや……今日のはもっと〈厳〉《おごそ》かにやろうよ……」 「いやです。また楽しく、最後の夜を過ごしましょう……一緒に……最後の夜……過ごしてください……」 「あのさ……希実香…聖水……」 「はいっ、最後に盛大にみんなにLSDの原液を撒くんですよね。あと覚醒剤!」 「だから……あれはLSDだったのをボクが聖水に変えて……覚醒剤だったのを聖薬に変えたんだよ……」 「あ、間違えました! そうです!そうです!」  なんだかな……こいつ……。  こいつの目的って何なんだったんだろうな……。  なんか単に自分の目的のためにボクに付き合ってたみたいな感じもする……。  変な女……。  まぁいいや……どうでも……。 「最後に盛大にばらまきますっっ」 「テンション上がって来ましたっっ」  皆が集まっている。  何人ぐらいいるんだろう……というかいつの間にこんな人数になったんだろう……。  なんだか楽しそうだ……みんな……。  わくわくしている感じ……なんかすごく楽しそう……。  箱舟は楽しかったのかなぁ……。  もっと救済って重々しいものだと思っていた……。  人々を救うってなんだかもっと重々しくて……すごく神聖な感じ……。  でも……実際どうなんだろう……。  元々は恐怖で集めた人間……ここは呪いの恐怖で集まった人間だ……。  死の恐怖から逃れるために集まった人々だ……。  なのに……なんでこんな楽しそうなんだろう。  空に還る……たしかにそれはとても素晴らしい事だけど……でももっと神聖で重厚で……そういったものであるハズだった……。  でもみんな楽しそうだ。  はしゃいでる。  世界最後の日が来る。  みんな大はしゃぎだ。  ボクは言う。  神々が生んだ……三匹の化け物の話を……。  人間の欲望そのものである巨狼フェンリルの話。  人間の死への恐怖そのものである死神ヘル。  そして、世界最後の日に目を覚ます。永遠を意味するヨルムンガンドの話。  みんなわくわくして聞く。  まるで紙芝居か何かを楽しみながら聞く子供の様に……世界最後の日の話を楽しそうに聞いている。  ここには恐怖の代わりに興味が座っている。  ここには戦慄の代わりに笑いが座っている。  ここには絶望の代わりに楽しさが座っている。  すごく楽しそうだ。  すごいテンションだ。  笑いと叫び。  ボクは叫ぶ!  踊れ!  踊れ!  踊れ!  旋律と共に!  踊れ!  世界は言葉!  神は旋律!  我々に世界はいらない。  我々には旋律だけがあればいい。  みんな踊る。  楽しそうに踊る。  狂った様に踊る。  そこに荘厳さも重厚さもない……。  ふと……ボクはやり残した事がないかを確認してみた……。  何もない……。  何もここでする事はないよな……。  忘れ物はないよ……。  もう一人が言う。  旋律があるだろ。  ここには旋律がある。  だから世界はいらない。  言葉はいらない。  忘れたものなんてない……。  だって忘れたんだもの……。  鐘が鳴る。  今日が始まる。 「お前は一体……今、ボクに何をした!」 「さぁ……何にもしてない……私はただ見てただけ……」 「何かしただろ!」 「くすくす、勝手に間宮くんが妄想の中に入っちゃっただけ……私は何もしていない」 「何だと! あれが妄想なわけがないだろう! あんなリアルな妄想があったら、あったら……現実と妄想に区別なんて出来ないじゃないか!」 「そうだ! たしかに、あの時ボクは、お前の肌のぬくもりを感じた! あんな妄想があってたまるか!」 「……ぬくもり……」 「……気持ち悪い……」 「な、何を言ってる!」 「貴様などふたなりの変態女だろ! 射精変態女め!」 「だから……私、ふたなりなんかじゃない……」 「いや、お前はふたなりだった確かめてやる!」  ボクは音無の股間に手をすべりこませる。 「どうだ、やはり……」 「!?」 「……」 「……無い?」 「間宮くん……」 「っぐ……血?」 「間宮くん……イタズラにしては度が過ぎてたので……パーではなくグー……くすくす鼻血出てる……」 「ひっ!」 「ぐわっ……〈痛〉《つう》ぅぅ」 「次に会うときにイタズラするなら…でこピンぐらいにした方が〈良〉《い》いと思う」 「でないと、間宮くんの鼻の骨、また折れる……」 「お、お前……」 「でも……次は無いのか……」 「……」 「くすくすくす……わたしは音無彩名、そう呼ばれてるもの、あなたのリルルちゃんの澱でも影でもない、わたしはあなたの妄想じゃない」 「リルルちゃんは妄想などではない!」 「……そう、あれは妄想じゃないんだ……」 「でもそうなのかもしれない……あれだって自分自身を妄想だと認めないはず……私がそうである様に……あなたがそうである様に……」 「妄想じゃない……目の前のあなたも私も……でも」 「わたしは音無彩名」 「人間……であるという設定……」 「でも……もうあなたは人間ではない……」 「あ、あたりまえだボクは救世主だ!」 「人類を救うべき者だ、ただの人間などであるわけがない!」 「まして、ボクは、間宮卓司などという哀れな魂の所有物などではない!」 「私は世界を空へ還す者! 救世主たる者! 聖波動を操る者!」 「そう……空に……還す……その空の名は……」 「世界の限界……最果ての空……終ノ空」 「そう……終ノ空に至るんだ……」 「無限が有限につながり……有限が無限につながる……ぐるぐるとまわるウロボロス」 「循環性……永劫回帰……永続性……永遠……円運動……死と再生……破壊と創造……宇宙の根源……無限性……不老不死……完全性……全知全能……」 「ふーん……難しそう……」 「ヨルムンガンドの目覚めは近い! 我々ミズガルズを取り巻き……自らの尾をくわえた巨蛇の目覚め!」 「近いんだ!」 「だから空に還らなければならない!」 「くすくすくす……良かったね」 「間宮くんは君なりの存在理由を認められたんだ」 「なにっ」 「そんな低俗な概念ではない」 「ふふふふ、そうだね」 「水上由岐……」 「悠木皆守……」 「っ!?」 「そ、その二人が何なんだ!」 「くす」 「いまだに……この二人の名前には反応するんだね……まだ気になるの……」 「な、なんでボクがあの二人の事なんて気にしなければならないんだ……気になる〈訳〉《わけ》が……」 「あの二人……間宮くんとまったく違う生き方をしている……まったく違ったものを見ている」 「それぞれが違ったものを見て……違った事をして……でもそれは同じものでしかない……」 「その三つはバラバラなのに一つのものでしかない……」 「創造、調和……そして破壊……」 「それぞれが、まったく違った性質を持ちながら……それらはまったく同じものでしかない……」 「名指す者……口にする者……そして消し去る者……」 「悠木皆守くん……彼は言っていた……」 「言っていた? 何を?」 「泣いてる……」 「え?」 「泣いてる赤ん坊の……その声を止める事ができなかった……と」 「そして、出来なかった事が……あるいは人が持つ原罪であり……だからこそそれが善意なんだって……」 「人が生きるという事は……原罪という形の善意なんだって……」 「地獄までの道は善意によって敷き詰められている……」 「だったら地獄までの道は希望で出来てるって……」 「希望……」 「そう、生きるとは希望……」 「でも……」 「もう、間宮くんには必要ないものだね……だって本来なら悠木くんがすべき事を君がやろうとしているんだから……」 「神々の役目は変わる……破壊者が創造者になり……創造者が調和者となる……それぞれの役割は変わっていく……」 「破壊者はもう……破壊する権利を失った……創造者が、すべてを終わらせるんだから……」 「再生の〈後〉《あと》……調和を司るはずだった神は何も出来ない……創造者は、再生者である事を放棄した……」 「自ら作った世界を破壊しようとしている……」 「破壊者が希望を口にして……」 「創造者が絶望を口にする……」 「調停者はとまどい……その場で立ち止まる……」 「立ち止まって……世界の行く末を見つめている……」 「始まってしまった回転……その回転はもう止まらない……」 「人が最後に戸惑うのは……無限と有限……そして回転と停止……」 「うるさい! うるさい! お前のご託など沢山だ!」 「ボクはボクは終ノ空に至る者だ!」 「もう一度言う! ボクは終ノ空に至る者だ!」 「もう一度言う! ボクは終ノ空への予還者だ!」 「もう一度言う! お前の事が大嫌いだ!」  静かな声……。  透き通る様な瞳……。  すべてを知り、すべてを見ているような彼女が……、  ボクは大嫌いだ……。 「ボクは、兆しへの予還者、完全な世界に至るものだ」 「……今日は……もう18日……最後の空まであと少し……」 「そうだ……最果ての空……最後の空……世界の限界が近づく……もう少し……もう少しで世界の限界が見えるんだ……」 「20日まで、あと少し……いや、その前には事を終わらせねばならない……空に全てを還さなきゃいけないんだ……すべてを……」 「箱舟に集まる……すべての者を……還さなきゃいけないんだ……」 「もう……最果てはすぐ〈其処〉《そこ》だ……空の限界はすぐ其処だ……境界線……世界の最後……終ノ空はすぐ其処まで来ている……そうだ……ほら」 「ほら……あんなに大きく見えるだろ……あんなに巨大に見えるだろ……」 「そうだ……見えるんだ……見えるんだ……」 「限界の先…限界は扉……そう…扉だ……扉の向こうは…海なんだ……ものすごく深い海……」 「その海はとてもきれいで明るい青で…そこには世界と世界と世界と世界をつなぐ……送電線が走っている……」 「窓の向こうはやたら明るくて……青くて…碧くて……〈何処〉《どこ》までも蒼くて…うつくしい……」 「ほら、あれが世界の限界……最果ての空……」 「ほんとだ……」 「もう、ここまで終ノ空は来ている……もう世界の果てまであと数㎜なんだ……」 「今すぐでもいい……すぐに飛び出しても構わない…もう手が届くんだ…世界の果てまで手が届く…それを今すぐ〈為〉《な》しえても〈良〉《よ》いのだ……」 「今すぐに……それを成しても〈良〉《よ》いのだ」 「なら……〈何〉《なん》でまだやらないの?」 「……まだやらない……まだやらない……まだやらない……ここですべきことがあるから?」 「ここでやりのこしたこと?」 「このせかいでやりのこしたこと?」 「やり残し……」 「やり……」 「間宮卓司!」 「え? あれ……君は?」 「この声……」 「これって……」 「君は……」 「救世主になって忘れたわけじゃないだろ……」 「間宮卓司!」 「ゆ、悠木皆守……」 「ああ、そうだ悠木だ。お前があれだけ恐怖した……悠木皆守様だ……」 「なんか久しぶりに会ったらキャラ変わってない? もっとクール系DQNだった様な……」 「ああ、実は元々がこういうキャラなんだよ……」 「さぁて……久しぶりに怖ろしい目にあわせにきた……覚悟しておく様に……」 「恐怖? 何を言い出すやら……君がこんなところに来るとは思わなかったよ……とんだミスキャストじゃないか?」 「ミスキャストだと?」 「ああ、そうだよ。そうだよ。だって君はボクが知るかぎり、もっとも低俗でバカで……使える事と言ったら肉体言語だけだろ?」 「ああ、君はバカだから知らないかもしれないけど肉体言語って言うのは暴力の事だからね……」 「こんな認識の極地……終ノ空の下で……なんでボクは君みたいな低俗な人間を相手にしなければならない?」 「今日までボクはここで……白リルル……そして神なる父……黒リルルの化身音無彩名……そういった認識の外なる者……形而上的な存在と出会ってきた……」 「なのになんだい君は?」 「なんで君みたいな形而下な者が……まるで『ニーベルングの指環』に『森の石松』が出てきて突然“寿司食いねぇ”って、言ってるぐらいミスキャストだ……」 「ほう……そうかい……そいつはすまなかったなぁ……せっかくの美しい妄想を汚しちまって……」 「だが俺は言わなかったっけな?」 「俺とお前の戦いというのはどちらかが消滅するまでの戦いだ……」 「あの程度痛めつけただけで終わると思ったか?」 「まぁ、わりかし…」 「ほう……舐められたもんだな……」 「何言ってる……今の今まで、隠れてたヤツにそんな事言われる筋合いはないと思うけど……」 「隠れてた? バカかお前は……」 「何?」 「お前がくだらない救済とか行うのは19日と20日の境目なんだろ……」 「ほう……お前は最後の戦いを……この空の下で行おうと思ったのか?」 「世界の終わりの空……その下で決着を……くくく……形而下のお前にしてはなかなか考えた演出だな……」 「ふっ……なるほど〈何処〉《どこ》までいっても救世主様の脳みそはお〈目出度〉《めでた》いんだな……何が演出だ……」 「何だと……」 「救世主様の脳みそがそんなお花畑なら……それならこっちはその間にコツコツと努力の甲斐があったってもんかもな……」 「努力?」 「ああ……そうだよ…お前の嫌いな努力ってヤツだ」 「何の努力だい?」 「貴様を消すための……努力さ」 「はぁ? ボクを消すための努力だって?」 「ああ、そうだ……救世主様がいらない三大原則」 「……努力、根性、ど根性!」 「……はぁ」 「ほ、ホントキャラ違うねぇ……そんな古典的DQNだったっけ君って? 少し引いたよ……」 「今まで本気を出す事もなかったんでな……地を隠してこれた……だが今回は本気だ。本気でお前を殺しにきた……」 「素朴な疑問なのだが……なぜそこまでして君はボクを消し去ろうとするんだい?」 「くくくく……何故だと? 愚問だろう間宮卓司」 「愚問? それは黒波動に君が犯されているから……そう考えて差し支えないという事なのかな?」 「黒波動? また新しい妄想を手に入れたんだな……前に会った時にはそんな言葉は吐いてなかったが?」 「手に入れた? 君はどれだけ考え無き者なのか……手に入れたのではない。知ったのだ。真実を」 「良くもまぁ、そんなどうでも〈良い〉《い 》妄想を次から次へと信じていくもんだな……」 「妄想? ふふふ……知性の欠片すらない君には全てが妄想に聞こえるのだろう……」 「妄想か……そうだなちょうど、コペルニクスの地動説が妄想と言われた様にか?」 「分かってるじゃないか……」 「太古の昔から……それこそピロラオスが宇宙の中心に中心火があり、地球や太陽を含めてすべての天体がその周りを公転すると考えたにも関わらず……」 「地上を中心にこの空がまわっていると考えた……なぜか分かるか?」 「なに……」 「それは……答え、先にありきだからだ……」 「答えが先にあって……それに現実を合わせてきたから……歪んだ現実認識になる……」 「世界の中心が今〈此処〉《ここ》である」 「これがまず前提……間違っても、自分達の世界が、どっか何かの周りを回転する一個の天体だなんて現実は認めてはいけない……」 「答えありき……答えから無理矢理導き出される現実……そうすれば歪むのは現実認識……」 「欲しい答えが偶然、現実にピッタリはまる事なんてどれだけあるんだろうなぁ……卓司」 「それでも信じたい……世界の中心が自分であり、すべては自分を中心にしてまわっている……世界で自分だけが特別な存在……」 「なぁ、卓司……信じたいんだろ? 認めたくないのだろ……この現実世界を」 「お前は世界の中心でもなければ、特別な存在でもない!」 「……そして母親が期待した様な救世主様でもない!」 「悠木っっ!」  ボクは怒りで我を失った。  救世主にあるまじき行動。  神にすら認められた人間が一時期の感情に流されるとは……。  ボクは悠木に殴りかかっていた。 「っ?」  大空が見える。  暗闇の中で光雲。  やたら鮮明にその姿が目に焼き付く……夜空の空がこんな姿である事を瞬間的に感心していた……その瞬間。 「ぐっ……はぁ」  それまで……経験した事のないほどの衝撃……。  あり得ないほどに世界が揺れる。 「あ……」 「っ……くぁ……」 「どうだ? 全ての技を知っている救世主様なら、知らない技じゃないだろ?」 「な、なんだ今の……」  自らの救世主脳を検索する……今の技は……いや……知っているものだ……なのに何故?  ボクはよろめきながらも立ち上がる……救世主たるものがこんな俗物に負けるわけにはいかないから……。 「努力、根性、ど根性……それが何に対して必要十分条件か知ってるか?」 「な、なんだそれ……」 「ヒーローの条件だよ……」 「……く……あ……あほか……」 「救世主には必要ない条件だろうけどな……」 「あ、当たり前だ……」 「……ふぅ」 「……本気みたいだな……」 「本……気……?」 「ああ……そうだ……」  まったく意味不明な言葉。  本気?  何の事だ?  この愚者は何を言っているんだ? 「お前を消すためだけに生まれてきたと思ってきた……自らを否定し、自らを消し去るための道具として……」 「俺は生み出されたと思っていた」 「な、何を……」 「俺は破壊者……終わらすためだけの存在……秩序ある世界、それを破壊し……新たなる秩序を生み出すための存在……」 「そのためだけに作られた者であったはずだ……」 「?」 「それが怖ろしくなったのか? それを認められなくなったのか?」 「な、何の話だ」 「何の話?」 「バカかお前!   の話に決まってるだろ!」 「な、なんの話だ?」 「ふっ……こんなになっても……もう最後なのにも関わらず、それでも貴様には聞こえないのか……」 「あいつの名前は……ああ、そうだな……貴様は  を忘れ、  を無き者とする事により……あいつの存在を、  を守ろうとした……」 「その事には、ある一定以上の評価をしている……お前がどんなに狂っていても……  の幸せだけは第一義的に考えた事は」 「なんだそれは? 何をお前は言ってるんだ?」 「最後まで届かないんだな……お前にあいつの名は……」 「お前はいつも都合の悪い言葉は歪めるか消し去るかだからな……」 「特に……お前は  に関する認識を出来る限り消去し、大幅に変更して生きてきた……」 「  の存在を……あらゆる手段で消し去り、代行させて、見えない〈振〉《ふ》りをした……それは勇気だよ……お前なりの勇気だったんだろう……」 「な、なんなんだ……お前……さっきから大事な部分だけ言わずに! 言葉を隠すな!」 「隠してきたのはお前だ!」 「でもなぁ、お前が隠した者……  との関わりは、水上由岐でも、お前でもなく、消えていく運命の俺にだけ託されたんだ! 覚えておけ!」  何を言っているんだ……この男……。  なぜこの場に水上由岐が関係する? まったく意味が分からない会話だ。 「貴様……気狂いなのか?」 「気狂い? くくくく……何を今更……〈此処〉《ここ》に、この場に、いや…この世界に気狂いでないものなどいない!」 「知るがいい……お前が住む世界。お前が知る世界。お前が作り出した世界には気狂いしかいない事を!」 「くっ……」  なんなんだこいつは……こいつは〈所詮〉《しょせん》、ボクが救世主になるための、〈試金石〉《しきんせき》にしかすぎないはず……。  ボクが超えるためのハードルにしかすぎない……なのになんなんだこいつ? こいつの存在は?  悠木の攻撃。  ボクはそれを見切っている。  何故ならば、ボクはすべての格闘技を知り尽くし、実践し尽くした人間だから……だから……。 「っあ……」  受け身すらまともにとれない……かろうじて……頭を大きく回転させて、衝撃を分散させる程度……。 「がっ……あぁぁ……」 「どうだ? まともに焦点が合わないだろう……」 「が……あぁっ……」  地面での衝撃はどれほどのものであったのだろう……分からない……まったく理解出来ない……。 「新しく覚えた技なんて一つもない……貴様が妄想ごっこをしている間に、血の小便を出し尽くすぐらいに練習して、体得した新しい技の境地だ……」 「あ……あぅ……」 「ここが妄想の限界だ……」 「お前の妄想は……ここにある現実によって終わらせられる……」 「お、終わ……る」  脳が揺れている……まったく正常に動く事がない。  脳しんとうはかなり深刻なものだ……。  ボクは……フェンスによりかかる……。 「あの時の逆だな……」 「あの時は俺がそこでフェンスにもたれてて……お前が俺を見下していた……」 「それが今じゃ逆だ……血だらけで倒れているのはお前なんだよ……卓司」 「ボクが……倒れてる……」 「そうだ……ここが終わりだ……」 「ここで終わりにしよう……間宮卓司……」 「……何?」 「ここは終ノ空の下なんだろ……ならいいじゃないか……」 「お前が望んだ空の下なら……」 「俺たちの終わりにふさわしいじゃないか……」 「俺たちの? 終わり?」 「ああ……終わりにしよう……ここで……誰かを巻き込む事じゃない……」 「お前のセカイ系ごっこにみんなを付き合わせるな……お前の世界の終わりに付き合うのは俺とあいつでいい……三人で充分だ……」 「ここは、俺とお前にとってだけの、終わりの空だ……」 「ここが終わりの地点なんだ……」 「それで〈良〉《い》いだろ……卓司……」  なんだこいつ……。  なんでこいつはこんな表情をしている……。  なんて顔だ……あれじゃまるで……あれじゃまるで……。  悠木の手に光るもの……刃物だ……。  人を充分に殺せるほどの刃物……。  あいつはあれでボクを殺す気か……。  これは黒波動の攻撃なのか?  こいつは黒波動の……。 「痛みはない……ちゃんと心臓を狙う……」 「もう、お互い、痛い遊びもあきあきだろう……」  悠木はナイフを逆手に持ち直す。  ボクの胸にあれを打ち下ろすために……。  ボクはここで死ぬのか?  こんな俗物に殺されて終わるのか?  そんなラストなのか……。  そんな最後でいいのか!  これではとんだ〈糞現実〉《くそげー》ではないかっ!! 「だめ! 絶対にだめ!」 「っ?」  誰かの声……。  この声には聞き覚えがある……この声は……。 「だ、だめだよ……悠木くん……そんな事しちゃ……」 「司……」 「……なんでついてきた……」 「あなたがちゃんとここの鍵かけてれば司だってここまで来れなかったわよ……」 「鍵のかけ忘れか……」 「だめだよ……悠木くん……私、私、そんなの許さないんだから……」 「そんな事するためだったら……ぐるぐる巻きにして閉じこめておけば良かった……」 「だから……それも一つの手だと言ったハズだ……」  なんだ?  何を言ってるんだこいつら?  こいつら……?  いや……これこそが奇跡だ……。  これこそが……救世主たる〈所以〉《ゆえん》……。  その証拠にボクの絶望的な状況が一変する。  まず……超自然治癒能力……。  悠木にやられた傷はすぐにふさがっていく。  救世主の力によって……自らの身体すら治癒してゆく……。  そして最後に……、  あいつが持っているナイフ……。  あのナイフ……。  あれはあいつが持つべきものではない……。  あのナイフは……。  そうだ……あのナイフは悠木が手にしているのではない……あれは……。  アノナイフハ、ボクガ手ニシテイル。 「っ?!」 「悠木!!」  悠木の手からナイフが消える。  そのナイフはそのままボクの手に……そしてボクは……。 「っ……」 「心臓……ここだよね……心臓って……」 「悠木くんっっ!」 「間宮! あなた!」 「……しくじった……か……」 「しくじった? 何言ってるんだよ……これは必然なんだよ……予定調和なんだよ……」 「予定……調和ねぇ……」 「なるほど……ここで俺は用済みって事か……」 「ああ、そうだ……君は〈所詮〉《しょせん》はボクが救世主になるためにあるハードル……」 「超えるべき存在……たしかにボクは君を甘く見ていた……甘く見すぎていた……それを教えてくれた事には感謝しよう……」 「いつ〈何時〉《なんどき》でも救世主は油断すべきではない……相手がどんなに小さな存在に見えたとしても……油断すべきではない……」 「君はそれをボクに教えてくれた……ありがとう」 「……あのさ……  ……ごめん……」 「俺はどうやら……ここで終わりだわ……」 「ふぅ……何もしてやれなかったな……  には……なぁ……」 「こいつにやられるとはな……どうしようもない……」 「どうしようもない……な……」 「これも現実か……」 「なら受け入れるだけか……」 「ああ、受け入れろ……これが現実だ……」 「ボクが救世主であり、世界を空に還す……それが現実なんだよ……」 「そうか……そりゃご苦労な事だな……」 「はぁ……こんな事なら……最後の時間……もっと他に使えば良かったかな……」 「もっと相手してやれば良かったな……」 「はははは……だめな兄だな……俺も……」 「まったく変わらないな……俺も……」 「さてと……お別れだ……間宮卓司……おめでとう……お前の勝ちだ……」 「そして……俺の負けだ……」 「             」 「              」 「……………………」 「………………」 「…………」 「……」  悠木は何か小さな声で、少しだけ何か話していた……死に際に……何か見ているのだろうか……。  哀れな男だ……。 「つかれた……さすがに……」  ボクは歩き出す……帰るために……、 「箱舟に……」 「っ……な、なんだこれ……」  激痛……それまで感じた事がないほどの痛み……これは?  シャツは血だらけになっていた……それは返り血だとばかり思っていた。  だけど……その血のしみは徐々に広がっている。  どんどん真っ赤にボクのシャツを染めていく……。 「なんだいこれ……救世主にひどいだろ……悠木……なんで相打ちなんだよ……ボクは救世主で……君はハードルだろ?」 「なぁ……悠木……」  振り返ると……そこに悠木の死体はない。  その存在理由を終え……ヤツもまたこの空に還っていったのだろうか……。  ここは終ノ空の下……。  役目を終えた者は……すべてそこに還って〈行〉《ゆ》く……この最果ての空へ……。 「痛っ……くぅ……」  傷は浅くは無い……むしろそれなりに深い……。 「でも……ボクはまだやらなければならない事ばかりだ……」 「くっ……」  傷口を押さえる……早く箱舟に戻って……傷の手当てをしなければならない……。  あそこには〈聖薬〉《エリクサー》がある……あらゆる万能薬もある……大丈夫……ボクはまだ死なない……。  これも一つの試練……。  超えるべきハードル……そうだ……超えるべき壁にすぎない……。  ボクは死なない……救世主だから……。  悠木などと言う小さな存在に殺される事などあり得ない……あり得ない……。 「さぁ……帰ろう……箱舟に……もう最後の日は近い……」  ボクは瞬間接着剤で傷口をふさぐ……大丈夫、これは普通の接着剤じゃない……存分に聖波動を送って作ったものだ……傷はこれで治る……完全に……。 「っく……」  通常なら傷を超自然治癒で治す事が出来るのに……このナイフの傷はまったく治らない……たぶんあのナイフは黒波動物質で作られていたのだろう……。  ボクは〈聖薬〉《エリクサー》を飲む……。  これで問題無いはずだ……問題などあるはずがない……。  ほら傷口がふさがっていく……まったく見えない……元々無かった様に……。  聖薬は少量……あまり多いと今後の判断に支障を来すかもしれない……。  それでも、痛みだってもう無い……まったく痛くない……。  完璧だ……すべては完璧……。  ボクは救世主……この程度の傷でどうにかなるわけではない……。  安心だ……安心……安心……安心……。  〈聖薬〉《エリクサー》の効き目は抜群だった……痛みは本当にどこかに行き……残ったものは多幸感だけ……。  大いなる自信。 「ふふふふ……そうだよな……」 「ボクは救世主なんだから……」 「あんなヤツにやられるわけがない……当たり前な事だ……当たり前当たり前!」 「消えなさい!」 「っ?」 「もう終わりよ……こんな茶番……あなたが消えるべきなのよ! 本来ならあなたが最初に消えるべきなの! なのになぜあなたはまだ残ってるのよ!」 「なんだ……お前……」 「間宮くん……」 「なんだ二人とも……黒波動の発生源が二人してのこのことこの箱舟に乗り込んでくるとはな……」 「なるほど……悠木のあの行動……あの異常な強さ……」 「ははは……そうか……お母さんが設定したハードルにしては高すぎると思ったんだよ……あいつ強すぎだろ……」 「お前達か……お前達黒波動の発生源が、やつに力を貸していたのか……白波動のリルルがボクを助けた様に、なるほど……」 「音無が言っていたのはそういう事か……なるほど……破壊者ねぇ……なるほど……」 「悠木はお前らによって作られた、救世主を破壊する黒波動の闇救世主……人類の救済を妨げる存在……」 「それですべての〈合点〉《がてん》がいく……あれほどの強さ……これほどボクを追い詰めた理由も、合点がいく……」 「だが、残念ながら結果はこれだ」 「闇の救世主は死んだ」 「闇の救世主が消滅し……そして真の救世主であるボクが残った……この地上に……」 「ボクの勝ちだ……そうだ……ボクの勝ち……」 「闇と光の戦い……白波動と黒波動の戦いは……ボクらの勝利だ……白波動の勝利」 「救世主の……勝利……」  なんだ……傷口は完全に治っているはずなのに……身体が〈気怠〉《けだる》い……まるで痺れてしまっているかの様だ……。  なぜだ……。  なぜ……まだ身体が……完全に治らないんだ……。 「消えなさいよ! 早く消えて! 早く! もうあなたなんか必要ないんでしょ! だから消えて!」 「お、お姉ちゃん……」  こいつらか……。  こいつ……こいつらが黒波動でボクを……。 「消えろ……」 「消えるのはあなたよ!」 「お前こそ消えろ……黒波動を止めろ……」 「うるさい! 早く消えなさい!」 「黒波動を止めないのなら……仕方がない……」 「強制消去だ……」 「人を呼べ!」 「はい? 何ですか?」 「誰でもいい! 男数人をここに呼べ!」  治癒能力の低下……いや、それどころか……どんどん身体が冷たく、動かなくなっていく感じ……。  〈聖薬〉《エリクサー》でなんとかしているけど……この〈怠〉《だる》さ……この冷たさ……黒波動しかあり得ない……。  黒波動で弱ったボクの身体を染めようとしているのか……。  だから直接乗り込んできた……。 「そうなんだろ……」 「バカじゃない……何が黒波動よ……とりあえず早く消えてなくなりなさいよ!」 「バカが……」 「な、なによ……」 「な、なんですか? 救世主様」 「お前ら、ずっとセックスしてるんだろ?」 「あ、いや……ずっとというわけじゃないんスけどね……」 「セックスが好きなんだろう。〈姦淫〉《かんいん》が好きなのであろう!」 「あ、はいっ。大好きです」 「この女を犯せ……」 「え? いいんですか?」 「な、なに言ってるの?」 「マジですか! やった!」 「きゃあ!」 「そっちじゃない!」 「え?」 「そっちの女は、自分の姉が犯され……死んでいく姿を最後まで見せる……その女に手を出すな!」 「ちょっ、それどういう事よ?」 「お前はこれから犯される……死ぬほど犯された後に、殺す……もっとも残酷な殺し方で……」 「ちょ、お姉ちゃんっっ」 「そっちの女を押さえつけろ!」 「あ……はい……わ、分かりました……」 「いやぁ! お姉ちゃん!」 「司!」 「……間宮……本当に司には手を出さないんでしょうね……」 「当たり前だ……本来ならお前達にはどこか消えてもらえば〈良〉《い》いだけだからね……」 「こうなってしまったのもお前がやたら反抗的で、事あるごとにつっかかってきたからだ……司の方は許してやろう」 「お前の妹はお前が消えれば何も出来ないだろう……あいつはただお前の後ろをうろうろしているだけの存在だからな……」 「なんで司はお前なんかの後をついてまわるんだろうなぁ……」 「ついてまわるべき人が……どうしようもないからじゃない?」 「何だ? それ?」 「さぁね……それでどうするの?」 「私を壊すんでしょ……ぼろぼろに……いいじゃない……それもいいじゃない……」 「……」  この挑発的な態度……まったく腹立たしい……。  本当に犯されると思っていないのだろうか?  本当に殺されるとは思ってないのだろうか? 「あなたが作り出したモノよ……存分に〈辱〉《はずかし》めて……壊すがいいわ……その茶番に存分に付き合ってあげるから……私」 「だまれ! そいつを犯せ!」 「お、犯せって……あのこれをですか?」 「大丈夫だ……妹の身を案じているから抵抗はないだろう……怖がる事はない……」 「それとも……ボクの命令が聞けないのか?」 「あ、いや!やります!やらせてください!」 「ほら、お前らもやるぞ……こいつを……」 「え? 俺も?」 「救世主様の命令だ!」 「救世主様! 聖水頂いていいですか!」 「聖水? ああ使えばいい……」  聖水を数滴互いに掛け合う……そして互いにかけ声を掛け合う……。 「よし命令だ! こいつを犯すぞ!」 「おーっっ」 「よーしテンション上がってきたぞぉ!」 「暴れる前に気絶させておけ……」 「気絶? あ、はいっ。とりあえず殴っておきます!」 「よし命令だ! こいつをぶん殴るぞ!」 「おーっっ」 「な、なにをする気……」 「何を今更恐れている……」 「い、いやぁ…なっ、何するのよ? いや、触らないで! いっ、いやぁ!やめてよぉ…!」  良い音だ……素晴らしい音……。  まるでサンドバッグじゃないか……〈良〉《い》いねぇ。  一方的にただ殴られ続けた鏡は、まったく動かなくなる。  ここからが本番だ……。 「うへへへへ」 「すげえ格好だなぁ」 「え? 格好…? え!」  手際が良いものだ……あっという間に鏡の手と足はベルトで固定された。  そのため、彼女はかなり無惨な姿をさらす事になる。 「!?」 「な、なに、この格好は?」  スカートが下着を隠してくれてるから〈良〉《い》い様なもので、これはかなり恥ずかしい格好だ…。 「ま、間宮!こ、これは!」 「へへへへへ儀式を円滑にするためだよ……」  俗物達がいやらしい笑いをしている……。  本当にこういう事が好きなんだな……。  まぁいいや……存分にこの女を壊してくれ……。  存分に……。 「あ、あなたたち、こんな事していいと思ってるの? は、はやく、このベルトを外しなさい!」 「お前はバカか? 外すわけねぇだろう……くくくく、これから楽しい時間の始まりだぁ」 「いやぁあああ! やめてぇお姉ちゃん!」 「ははは、お前はそこで姉がどんどん〈穢〉《けが》されていくのをただ見ているが〈良〉《い》い……」 「さぁこれからが本番だぜ……たまんね……くくくなんかびびってるぞコイツ……何されるか分かってきたのかぁ」 「あはははは、普通わかるだろ! 分かるさ! 全然分かって当然だよ!」 「ちょっと、あ、貴方達、な、何を言ってるの…」 「てめぇが想像してることなんかよりずっと凄い事になるんだぜ! 知ってるか! 凄い事なんだぜ!」 「な?! す、すごい事って……」  鏡の質問など無視するように、男子の手がスカートにのびる。 「って、な、何?」 「なんでスカートなんてはいてるか分かんないけど、どうせなら中身を拝ましてもらおうかなぁ」 「い、いやぁぁぁああ、やめてぇえ! いやぁ!」 「くくくパンツみられるぐらいで大騒ぎだな……大ハッスルだ……」  一生懸命抵抗するが、縛られているためたいした抵抗もできない……。  無惨にもスカートはめくられていった……そしてその下にあったのは……。 「な、なにこれ?」 「こいつノーパンじゃん……」 「いつもノーパンで過ごしてた?」 「ち、違うっ今日はたまたまっ」 「たまたまとかあるかよ! 今日たまたまとかねぇよ! なんだよこいつ露出狂なんじゃん!」 「ち、違う……これには理由が……」  なんだあの女……いつもパンツをはいてなかったのか……どんだけ露出狂なんだ……。  黒波動の連中はそんな変態ばかりだな……。 「さわってみるかぁ?」 「さ、触るって……な、何?」 「ひぃ!」 「おおおお、やっぱり太ももは柔らかいぜ! たまんねぇぜ!」 「お、俺も触りてぇ」 「さ、触らないで」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「すげぇ……たまんねぇ……こいつのマ○コ完全にピンク色だぞ……」 「ひ、広げてみせろよ…」 「い、嫌ぁああ! 許して!」 「うっ……すげぇ……なんかこいつのスジ……子供みたいに小さいな……」  いつもなら決して外気に触れることなどない、性器の中が…。今、男達の視線にさらされている。  でもいつもこいつはノーパンなんだから……それを望んでいたんだろう……。 「ここがク○トリスか? んじゃ、ここはなんだ?」 「うっ……許して……もう許して……そんなところ……ダメ……やめて……」 「もっと広げろよ」  解剖されるカエルのように無惨に縛られ、〈良〉《い》いように〈弄〉《いじ》られ視姦されている……。 「だいしょういんの内側がしょういんしんだろ」 「そうだな……んでこの場合は何がどうなってるんだ?」 「いや……詳しい事は良く分からないけど……」 「とりあえずマ○コって柔らかいなぁ……すげぇぜ」  男達は無造作に彼女の性器を触る……そこには優しさの欠片すら無い……ただひたすらの性的興味。 「どうだ感じてきたか? どうなんだよ」 「こいつ何にも喋んないなぁ……反抗的な態度じゃね? 救世主様の前で……」 「おい答えろよ! どうなんだよ?」 「……」 「すんげぇ反抗的だ。もう怒ったね俺は……これじゃ儀式の妨げになるぞ……」 「おい、ナイフ……」 「な、なにする気? や、やめて……」  一人がナイフを太股にぴたぴたとつける……鉄の冷たい感覚が太股を刺激する。 「ふふふふふ……恐いか? 救世主様はお前を壊せと言ったんだよ……この意味分かるか?」 「……こわくなんか……私……恐くなんて……ない」 「くくくく、なんだよちゃんと喋れよ! まったく無言じゃつまんねぇよ!」 「ひぃ」  男は鏡の性器の部分にナイフをあてる。  あそこにナイフのヒヤっとする感触を感じ……どれほどの恐怖だろうか……。  ピタ、ピタ……。  何度かナイフであそこを軽くたたく……ナイフを浮かすたびに、性器が破損するのではないかというぐらいの速さで……。 「恐いか……恐いのか……」 「……」  鏡は男を〈睨〉《にら》む……ただじっと睨む……。 「くくくくっ、ホント無口なお嬢ちゃんだなぁっ」 「?」  男のナイフは彼女の服を裂いていく……どんどん裂いていく……。 「なんでてめぇ……スカートなんてはいてるの? 不自然なんだよ……もうこんなのいらないだろ?」 「パンツもはかないヤツがスカートはくなよ……はははははっ」 「マ○コ舐めてみようぜ」 「そうだなっ。それしかねぇ!」 「ひっ、いやぁ、や、や、やめて……いやぁ」  ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……と下品な音を立てて……男達は〈執拗〉《しつよう》に突起物をせめる。 「起ってきた!起ってきた! 勃起してきたぞ」 「クララ!ちゃんと起てるじゃないの! 不感症じゃないじゃないの! ばかぁ!」 「ぎゃははははははっっっ感じてるのかよ!」 「そ、そんなわけない……感じてなんか……」 「あははははは。もっとやってやれよ!」 「いやぁ……やめてぇ」  ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……なんて下品な音だろう……こちらの気が滅入る……。  ふふふ……でも、鏡の精神的なダメージはそんなレベルではないハズだ……くくくく……。 「しかし絶景だねぁ……大股開きでマ○コ舐められてよがってるんだぜ」 「すげぇなぁ……なんかGスポットってどこなんだよ……それを俺は探す旅をしている……」 「もう……もうやめてぇ」 「濡れてきたぜ……」 「いやそれ……お前の唾液だし」 「いや、濡れてきたよ。絶対、俺は確信した。これは感じてるんだよ!」 「そんなこんなでそろそろ犯しますか……」 「お願い! それだけはゆるして!セックスだけは……」 「そうだよ……お前早すぎだよ……こいつの処女を奪う前にやるべき事は沢山あるぞ」 「あるのか!」 「当たり前だ! あるに決まっている! それが世の中の道理ってもんだ!」  男達はズボンを脱いでゆく……。  そして自ら怒張したそれを主張する。 「??え?ちょ、ちょっと、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「わ、わ、わわわ、わ……」  それを見た妹が見ない様に手で目を覆う。  姉の一大事に……なんて悠長な……。 「舐めるんだ! 段取りとはこの様に行われるべきであったのだ!」 「そ、そんな……」 「出来ないならすぐにでも犯すぞ……すぐにでも犯りまくりの人生だ!」 「あ、あう、ご、ごめんなさいっっ、わ、分かった……分かったやります……やります」  観念した鏡はその戒めを解かれた……。 「ほら舐めろよ……まずは俺のマグナムドライからだ……ドライだぜ!」  男はドライなそれを鏡の口の前に差し出す。 「うっ……」  ここ数日こいつら風呂なんか入ってない上にセックスばかりやっているからな……なんか変な匂いがするんだろう……。 「おい、お前のマグナムドライは〈臭〉《くさ》いみたいだぞ」 「違う〈臭〉《くさ》いんじゃない! これはドライな香りだ! 香りを楽しめ!」 「いや……最近風呂入ってないからなぁ普通に臭いんだよ……だから、きれいにしてもらおうぜ……」 「否!ドライは〈臭〉《くさ》くない! 香りを楽しんでいってください! まずのどごし!」 「んぐっっ」 「まじめにやらないとすぐに犯すからなぁ」 「って、お前……まったく情緒もなにもあったもんじゃないだろ……それ……」 「ち○ちんの作法ってもんはだな……こうやって、ほら、舌でちろちろ……ほらわかるだろ、やってみなさい」 「は、はい……」  渋々とだが……若槻鏡は舐めはじめる。  ぴちゃ……。  舌の先に男のモノの先端が触れるたびに変な味がするのであろう……その音のたびに彼女の顔が歪む。 「おいおい、そんなんじゃ終わらないぞ! ゴールの見えないランナーだ!」 「俺はゴールが見えるランナーだ! おれのマグナムドライをくらえ!」 「むぎゅっう」  もう一人の男が無理矢理鏡の口に自分のものをねじ込ませる……。  鏡も大変だなぁ……。 「うほほほほほ口のなかぁ、あったけぇ……あったかマグナムだ!」 「って……お前なぁ、くわえ込んだままでどうするんだよ……動けよ」 「うっぷ……くっ、うほぅくぅ?? うほくって??」 「何言ってるか分かんないけど、だいたいは顔で判断したわ! お前はほんと受け身なヤツだな……もう仕方がないんだからぁ!!」  男は鏡の頭をつかむ、そしてそのまま……。 「む?むぐ?むにゅ?ふごっ、ふぁっ、んぱっあ、ひぃ、ひっ……ふご、ふぁっ」  頭ごと、そのまま無理矢理上下運動させる。  あれではもう単なるオナホールだ……、ひどいものだ……まったく……。 「ふひぃ、むぐ、むにゅ、ふごっ、ふぁっ、んぱっあ、ひぃ、ひっ……ふご、ひゆ? ふごっ、ふぁっ、」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……息がものすごく苦しいだろうな……あれじゃ顎とかも外れそうだ……。  ははは……そう言えば……口の中も動かす〈所為〉《せい》で変な味が溶けだし充満していくだろう……ち○カスを存分に味わえば〈良〉《い》いさ……。  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「あははははは、なさけねぇ、情けねぇ顔だなぁ!なんだよぐちゃぐちゃじゃないか!」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。  息を吸おうとすると、口の中の変な液を飲み込んでしまうのだろう……少しでも息を止めようとしている……無駄な抵抗を……。 「口の中最高……これマグナムピンチかも……」 「あ、ああ、あっマグナムの最後……マグナムの……最後をぉおお逝きますぅぅうう!」  さらに男は鏡の頭を激しく振る。 「ふひぃ、むぐ、むにゅ、ふごっ、ふぁっ、んぱっあ、ひぃ、ひっ……ふご、ひゆ? ふごっ、ふぁっ、」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「いっ、逝く〜〜。な、中で逝きまするぅ……」 「むっ、むーむぅぅむぅうむぅぅ……むっ……むっんく…んく…んく……」  必死に抵抗していた鏡であるが……まったく引き抜こうとしない男に対してあきらめて喉を鳴らす……。  飲み干さなければ息すら出来ないのだから……。 「……むっ……むっんく…んく…んく……んく……んく……んく……んく……んく……ぶはぁ」  びゅる、びゅる、びゅる……。  どんだけ出るんだこいつ……まだ精液が飛び散っている……。 「さて……そろそろ犯りますかねぇ……もう情緒は充分な感じですし……」 「お願い……セックスだけはゆるしてください」 「いや、それ無いから……さぁ犯りますかぁ!」 「いや……そうだなぁ……」 「お願いです他の事なら耐えます」 「おいおい、もうぱっぱとやってさっさと壊そうよ……ねぇ」 「よし! オナニーしろ」 「え? そ、そんなぁ……そんな事……」 「出来ないのなら犯すまでだ……なぁマグナム」 「マグナム的には……もういいんだけど……」 「……本当に、本当にそれで許してくれるの?」 「さぁ! もうこうなったら見せてみろ! お前が毎日やっている自慰活動をっっ」 「……分かった…分かりました……」  彼女は妹がいる前で全裸にされた……。  くくくこれだけ男達がいる前で……そしてこれから妹が見ている前で自慰行為をさせられるのだ……。  ふふふふ……。  司のやつ……どうやら自慰行為が何なのか分からないようだ……かなりぽかんとした顔をしていやがる……。  さぁ、姉として自慰行為を見せてやるがいい……お前の自慰行為を……。 「もう! もっと人呼ぼうぜ!」 「っ?」 「せっかくのオナニーショーがはじまるんだから、みんなに見せてやらないと悪いだろ」 「マジ? そこまでやるか?」 「人呼ぼうぜ……」  人が徐々に集まる……。  そこにはあの横山やす子の姿もある……。 「……」 「やす子……」 「……あなたが若槻姉妹なんだ……どうでもいいから……はやくはじめなさいよ」 「っ」 「ほら、はやくやれよぉ! みんな暇すぎるって……」 「……はい」  くちゅ……。  観念したのか鏡は自分の性器を触りはじめる。  くちゅ、くちゅ……。 「なんだよ。そんなんじゃ感じねぇよ……真面目にやれよ」 「……真面目にって言っても……」 「真面目にやってるかどうかはすぐわかるわよ……だってあなた女の子なんでしょ? だったら私と同性じゃないの……」 「まじめにやらなきゃ……全員に犯されますよ」 「……」  くちゅ、くちゅ、くちゅ……。 「おお、濡れてきたぜ……」  男達はその姿を見て自分のをしごきはじめている……本当に好きなんだねぇ。 「若槻姉妹さんはク○トリスが感じるようね……ク○トリスばかり触わってる……」 「……っ」 「もっとみんなが満足するように出来ないの?」 「返事も出来ないのかしら? ねぇ!」 「きゃっ」 「いつもオナニーしてるんでしょ?」 「し、してない」 「ひっ」 「言葉遣いに気をつけなさいよ! さぁあなたの一番大切な人の事を考えてやりなさい」 「……一番大切な人……」  ちらりと……司の方を見る鏡……。  こいつの一番大切な人間は……司なのか?  なんだこいつ……シスコンの上にレズなのか……、  どれだけ変態なんだよ……。 「ほらほら、真面目にやらないと犯されるわよ……早く再開しなさいよ……」  くちゅ、くちゅ、くちゅ……。 「えへへへ、こいつマジで感じ始めてるぜ……」 「くぅん、ふうん、、あ、ああ……あぅ……あう……」 「変態だな」 「みんなの前でオナニーなんてしてよ」 「くっ、ふぅ……はぅ……あ、ああ……あう……あう……くっ」 「うっ」  一人の男が射精する……。  一人、  また一人、  自慰行為を行う鏡に射精していく……。  鏡の体中から精液の生臭い匂いが立ちこめる。  それでも彼女は自慰行為を中断する事は許されていない……。 「ふうん、くっ、もう……、もう……そろそろ……あ、そろそろ、あ、もう、もう……あ、いくっ……」  彼女の身体が小刻みに揺れる。  とうとう逝ったか……。  だが、もう、遊びはいい……そろそろ絶望を与えてやるがいい……。  絶望を……。 「はぁはぁ……これで許してくれる」 「……ああ、約束だからな……んじゃこいつをアレにのせるか」 「!? え? あれって? あれって何? まだ、なにかする気なの?」 「ああ、処女膜を破る……ついでにおしりの処女膜も破る……」 「っえ!?」 「こいつ……おしりの処女膜があるの? って顔しているぞ……くくくくバカめ」 「絶対に違う……絶対に……」 「や、約束は?」 「もちろん守るさ。俺達はお前の処女膜は破らない……その代わりにお前の処女をアレが破ってくれる」 「……な、なに? なにそれ?」 「三角木馬さ! 俺が作ったんだ!」 「いやぁぁぁぁぁ約束やぶったのねぇ」 「いつ、お前と三角木馬を作るな……なんて約束したんだ?」 「お前……もう一人漫才やめろよ……もういいからさ……」 「いやぁぁぁぁぁぁぁ許してぇぇぇぇぇぇぇぇ」  彼女の手足は拘束衣で完全に固められている。  そこについたフックから天井に吊されている……。  ここから彼女を吊った縄が長くなっていくたびに……彼女の身体は徐々に降ろされていく……。 「いやああああ、お願い、降ろさないでぇ」 「ふふふふ、無惨だねぇ。あんなに大切にした処女をこんな道具で失うとは……」 「だ、だったら助けて」 「嫌だね。お前は人間以下の存在になんだから当然だろ? これが妥当な相手だ……」 「んじゃ……降ろしてあげて……」 「いやぁぁぁぁぁ」  カラカラとまわる滑車……ロープはどんどん長くなっていく……そして鏡の身体がどんどん木馬に近づく。 「何でもする!」 「何でもするから!! い! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「あはははははは、貫通式だ!」 「痛っ……」 「あははははははははは両方の穴が大貫通だ!」 「ひ、ひどい……」 「さてとこれからが本番だ……色狂いになるまで犯してやるぞ」 「も、もうやめてぇ……」  あれから何時間ぐらい経ったのだろうか……いやもしかしたらそんなに時間は経ってないのかもしれない……。  ボクはつまらないものを見るようにずっと眺めていた。  鏡の穴という穴を犯される姿を……口、性器はもちろん、肛門、尿道までもいたぶられた。  なんども気絶して……。  そのたびに〈聖薬〉《エリクサー》を局部に塗られてた。  あの薬は万能だから、苦痛は快楽に変わっていく……完全なる快楽に変わっていく……。  彼女は今、苦痛などまったく感じてないだろう……。 「イイぃい気持ちイイようぅぅう。ひぐぅ、ひぐぅ、あうっぅうあぅあぅっっ感じるよぉ……」 「奥までかき混ぜられてぇぇえ感じる、中まで感じる感じる感じるよぉお」  ふぅ……あんなに嫌がってたのに……さすが〈聖薬〉《エリクサー》といったところかな……というかノーパンでいる様なヤツだし……こいつが元々淫乱だったのか……。  まぁ……どうでもいいけどさ……これじゃもう他の売女と変わんないな……。  〈所詮〉《しょせん》……女なんてこんなもんか……。 「もっと気持ちよくしてぇ」 「あはははは、とんだ淫乱女だぜ」 「ケツの穴に入れてやれよ」 「お尻に入れる前にクスリ塗って……」 「ケツの穴に塗ってやれよ」 「ケツの穴つーのは粘着質だから吸収がいいんだよ」 「おう」 「ひん」  お尻の穴に指を突っ込まれる……。  喜んでそれを受け入れる鏡……。 「指に吸い付く……中までよく塗ってやるよ」  男の指がア○ルの中をまさぐる。  チュッポン……。 「あん」 「お尻から抜かないで……入れてぇ」 「よしケツの穴に入れてやる」 「ひ!」  お尻の穴にゆっくりと肉棒が入ってくる。  にゅる……。 「ひぃん」 「うわ、マ○コの締め付けがきつくなった」 「締まる……」 「はわっっはわぁぁぁ、おま○ことお尻の穴が……いっぱい……す、凄いよぅ」 「きつぃい」 「動かすぞ」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「ひぃ! い、一緒に動かさないでぇ……」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「一緒に動くと……わ、私……お、おかしくなりそう……ひぃ!」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「マ○コも凄いことになってるぞ」 「ひぃ、大きいよぅ、お尻の、お尻の穴がぁ、めくれちゃうよぅ。ひぃぃぃぃいい」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「イイいぃぃいれてぇおま○こいっぱいお尻の穴がきもちいいです」  ああ……本当に飽きてきたよ……まったく卑猥な言葉だけ……何も詩的で創造的な言葉などありはしない……単調単調とても単調。 「おいおいもうクスリ塗るのやめろよ……オーバード−ズだぜ」 「いいんだよ。どうせ肉体は滅びるんだ、そうだろ兄弟!」 「ひぶぅ! おま○こがイイよう!ナマでいれてぇ」 「あぁ!あっ精子が入ってくる!あついよ!」  びゅる!びゅる!びゅる!びゅるる……! 「あぁ……おま○このナカいろんな人の精子でいっぱいだよ」  じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……。 「おれも〈逝〉《い》く……」  びゅる!びゅる!びゅる!びゅるる……! 「あっ……ああ……お尻の穴にも感じるよ……私の中に……あついのが……」  始終こんな感じ……完全に暇だ……。  もうどうでもいいや……。  あーあ……飽きたよ……。 「どうだ? どんな感じだ?」 「ひ、ひどい……ひどいよ……なんでこんな事……ひどすぎるよ……」 「ふふふふ……鏡は完全に壊れたよ……」 「なんで、なんでこんな事……私の……私の大切な……大切な……」 「大切なお前の姉は壊れたよ。完膚無きまでにね……」 「ぐすっ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」 「無駄だな……もう壊れてしまっているんだからね……彼女は」 「そんな事ないんじゃない?」 「え?」 「言ったでしょ……あなたの茶番に付き合ってあげるって……どうだった?」   「な、なに……貴様……」 「これじゃ……ただ汚れただけよ……私を洗濯機に突っ込んで柔らか仕上げすれば汚れは落ちるわよ……」 「でも、出来たら……手洗いがいいかな……水温は30度くらい……あまり熱いのも冷たいのもだめ……」 「あまりにもきつい汚れは漂白剤使ってもいいよ……」 「最近の漂白剤は白いものじゃなくても使えるのよ? 知ってた? 汚れだけをちゃんと漂白するの……」 「専用スプレー式シャンプーとかもあるから……まぁこのぐらいの汚れなんて全部落ちるんじゃないかしら?」 「これで終わり?」 「茶番はこれで終わりなの?」 「き、貴様……」 「壊すんでしょ……私を壊すんでしょ……ねぇ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ?」 「壊すの恐いの? ちゃんと壊すのは恐いの? ねぇ恐いの? 恐いの?」 「ちゃんと壊さないと……ダメだよ……ちゃんと私を破壊してよ……ねぇ。破壊してよ私を……ねぇ。破壊してよ私を……ねぇ。破壊してよ私を……ねぇ。ちゃんと破壊してよ……私を」 「壊すんでしょ……私を壊スンでしょ……ねぇ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでショ? 壊すんでしょ? 壊すんでショ?」 「壊すんでしょ……私を壊すんでショ……ねぇ? 壊すんでしょ? 壊スンでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでショ? 壊すんでショ? 壊すんでショ?」 「壊スンでしょ……私を壊すんでショ……ねぇ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ?」 「壊スンデショ……私を壊すんでしょ……ねぇ? 壊すんでしょ? 壊スンデショ? 壊すんでしょ? 壊すんでしょ? 壊スンデショ? 壊スンデショ? 壊スンデショ?」 「チャント破壊シテヨ、ネェ、コンナノジャ壊レナイヨ……私……私洗濯スレバ全テ元通リ……何モ変ワラナイ……何モ変ワラナイ……」 「ホラ破壊シテ壊シテ破壊シテ壊シテ破壊シテ壊シテ破壊シテ壊シテ破壊シテ壊シテ……」 「私ヲ破壊シテアゲテ……ネェ」 「壊してやる……完全に壊す……お前を完全に壊す……」 「舐めやがって……ボクを舐めやがって……」 「誰か! ハンマーを持て! 誰か! 梯子だ! 鉄杭を持て!」 「〈磔〉《はりつけ》だ……磔にしてやる……」 「え? な、何で?何で?」 「うるさい! あんな挑発されて黙ってられるか! 本当に壊してやる……このウサギ野郎を!」 「いや、やめてぇ!」 「あのコンクリートの柱……あの柱に〈磔〉《はりつけ》ろ……高く……ここより遙かに高い場所に……磔ろ……」  最初の一撃。  手の平。  鉄杭にハンマーが打ち下ろされる。  肉が裂け、骨が砕け、  簡単にコンクリートまで到達する。  だけど……そこからが長い……コンクリートはなかなか鉄杭を受け付けない。  その度にハンマーが打ち下ろされる。  そのたびに鉄杭が傷口を引きちぎる。  それでもコンクリートにめり込まない。  たまに杭からはずれたハンマーが鏡の手の甲を潰す……。  指が一撃でぐちゃぐちゃになる。  原型をとどめないほどに……コンクリートにぺったんこに張り付く指……。  手のひらに……足に……それぞれ鉄の杭を打ち込む。  鋼鉄のハンマーでコンクリートに打ち込んでいく。  司が泣き叫ぶ……だが鏡は笑う。ボクをあざ笑う。  手足を完全にコンクリートに打ち込んでやる。 「……どうだ……どうだ……壊されていく感覚はどうなんだ? なぁ鏡!」 「……」  何も答えない……苦痛を楽しんでいるのか?  そうか……そんなに破壊されたいのか……苦痛を楽しみたいのか……。 「も、もう許して……お姉ちゃんを降ろしてあげてください……もうこれ以上は……」 「もう……私……これ以上失っていくの嫌です……もう失いたくないんです……もう一人にしないでください……助けて……助けて……とも兄さん……」  とも兄さん?  何を言ってる……姉に向かって……頭がとうとうおかしくなったか? 「まぁいいや……そろそろ鏡……降ろしてやろう……」 「……」  鏡はもう終わりなの? と本当に疑問そうだった……だよねわかるよ……これで終わりとか無い……。  約束だ……お前を完全に壊してやるよ。  破壊し尽くしてやる……。  安心しろ……。 「お、降ろしてくれるの? お姉ちゃん助けてくれるの? 壊さないでくれるの?」 「……用意したものを出せ」  ボクは司の言葉に返事はしない。  降ろしてやる事は約束する……だがほかの一切は約束はしない……破るから……必ず、絶対に、その約束をボクは破る事になるから……。 「はい……」 「な、何それ……」 「高枝切りバサミだよ……高い場所のものを切断するものだよ……」 「え? な、何する気なんですか……お姉ちゃんに何する気なんですかっっねぇ!」 「だから降ろしてあげるんだよ……高い場所から……もうお仕置きもこれで終わりにしてあげるんだよ……」 「う、嘘……嘘ですよね……」 「本当だよ……これで切断して……下まで真っ逆さまに降ろしてあげるんだよ……」 「いやぁあああああ!」 「さてと……」  最初は脚からだろうな……、本当は太ももが切りたいんだけど……太すぎるかな?  でも……挑戦して見るかな……。 「っぐぁあっ」  さすがに声を出したか……そうだよね……そりゃそうだ……でも太ももの肉をすこし削っただけだな……もっとちゃんとやらないと……。 「ぎゃぐぁあっっ」 「ぐぎぃぃくっ」 「あぐぅ……」 「ぎゃあっっああああああああああああっ」  なかなか切断出来ないんだな……やっぱり一人だと大変だな……。  ボクはみんなに命令する。  これなら早く済みそうだね……。  すごいすごいすごい速さで肉が切り裂かれていく……鏡も完全に白目をむいてるよ……くすくす……。  やった……太ももが切断された……もう片方もだいぶ進んでるこれなら大丈夫だよ……。  なんだこれ? 雨?  いや違う、  涙だ。  白目が涙で濡れる。  うふふふふふふ、  その涙の量の何倍も、ボクは泣いてきたんだ。  ザマァないね。  誰も君に同情しないよ。  それは、今まで誰もボクに同情なんてしなかった様に……誰も君になんか同情はしない。  死刑はまだまだ続くよ。  四肢切断はまだ終わらないよ……。  でも……四肢って馬をもってしても切断は容易ではないみたいだから……高枝切りバサミでどれだけかかるか……良く分からないけど。  壊してやった……。  それがあいつの望みだったから……だから壊してやった。  結構な時間、結構な人数で、彼女の両太もも……両腕を丁寧に切り刻んでいった。  特に骨が硬くて硬くて……仕方がないから露出した骨の部分を鉄杭とハンマーで砕く一幕もあった。  けど、最後には四肢はちゃんと切断されて、支えるものが無くなった鏡はそのまま地面に落下……。  高さ的にはそんなに高くはなかったけど、まぁ顔面から落ちれば死ねるに充分な高さだった。  手とか足とか無かったからね……頭から落ちるしかないよね……もう。  彼女は最後、土台のコンクリートに頭蓋骨を強く打ち付けられて死んだ。  完全に壊れてしまった。  壊れる最後に彼女は笑った。  断末魔の代わりに彼女は笑った。  ボクをあざ笑い、世界をあざ笑い。  でも司だけには微笑んでいた。  その死体の横で、ずっと司が泣いていた。  その処分をどうするか尋ねられたが……答えは“放っておけ……”もう何をする時間もない。  もう、最果ての空は我々の頭上まで来ている……あとは還るだけだ……。  我々がこの箱舟から一歩踏み出せば終わる……。  もう、黒波動に何も出来ない……。  世界はその限界……その果てに……最果てに立った我々は……その先を歩き始める……。  そう……もうここに用はない……。  歩き出すだけだ……。 「ふぅ……疲れた……」 「救世主様?」  誰か呼んでいる。  誰だろう……。 「どうした?」 「あの……若槻姉妹の女の子の方が逃げちゃったんですけどぉ……」 「女の子のほう? ああ……司か……」 「〈良〉《い》いんですか?」 「なんで?」 「あ、いや、 殺した方がいいのかなぁって……」 「問題はないよ……」 「そうですか……ここの事全部知ってる人間なんですけどねぇ……」 「ボクが問題ないって言ってるんだから問題ないんだよ!」 「くすくす……そんな恐い声ださないでくださいよ……聞いてみただけなんですから……」 「ああ……そうだ……」  問題ない……。  もう……何も……。  すべては終わった……。 「そろそろ終わりですか?」 「ああ……そろそろ世界は終わる」 「あ、そう言えば、世界の果ての空っていつ来るんですか?」 「もう、来てるよ……もう世界の果ては真上だよ……」 「あ、そうなんだ…… もう世界の果てなんだ……」 「ああ……そうだ……〈此処〉《ここ》は世界の果てだ……」 「そうなんだ……世界の果て……思えば遠くに来たものですねぇ……」 「そうだな……」 「んじゃ、もうそろそろ空に還ってもいいんですよね……」 「ああ……そんなにお前は空に還りたいのか?」 「あははは……そうですね……わりかし……だいぶ昔から……」 「昔から?」 「あ、いや、何て言うか…… 空とか良いじゃないですか……」 「なんだそりゃ……」 「なんでしょうね……」 「……」 「だから救世主様には感謝しているんですよ……」 「?」 「空に還る日ですか……いいですね……とってもいいフレーズだと思います」 「なんだフレーズって? これは真理の言葉だぞ」 「あ、いや、ごめんなさいっ。 それは分かってます。ごめんなさい……あはははは……」 「なんだお前……」 「なんでしょね? あははは……」  橘希実香……思えば……おかしな女だったな……。  こいつは他の連中と異質だった……。  ここに集まる他の連中とは……。  何かが違っていた……。  こいつは高島をいじめていた……そして高島の呪いが恐くて……ここに来た……。  死にたくないからここに来た……それは赤坂めぐや北見聡子……そして他の多くの連中と同じ様に……。  だけどこいつの目……。  冗談っぽく、ボクを殺しに来たと言っていた……でもそれは冗談だったのだろうか……。  最初に会った時の目……そして、瀬名川を監視させていた時の声……。  まったく動じる事なく、瀬名川の死まで導いた……。  考えてみれば、あんな茶番でこいつを〈騙〉《だま》せたのだろうか?  赤坂や北見は……ボクの予言を信じるに充分なほどの演出をした……。  でもこいつは、どちらかといえば……最初っからボクの手の内を教えていた様なもの……。  あれが呪いではなく……ボク自身が瀬名川を誘導していった事をただ一人感付く事が出来る……。  にも関わらず……。  なぜこいつは、もっとも忠実に、もっとも献身的に、ボクを助けようとするのだろうか……。 「ふふふふふ……まぁ〈良〉《い》いか……」 「はい、まぁ〈良〉《い》いのです」 「そうだな……〈今更〉《いまさら》だ……もう……」 「はい、もう〈今更〉《いまさら》なんですよ……」  最後の空……終ノ空が来ている……。  あとは最後の一歩を踏み出すだけだ……。  そう……最後の一歩を……。 「なんか……顔色悪いですね……だいぶ……」 「ああ……そうか? 大丈夫だ……」 「上でなんかあったんですか?」 「上? ああ……屋上か……まぁあったといえばあったな……」 「あったといえばあった……ってレベルで大流血ですか……」 「……なんだ知ってたのか?」 「服捨ててあったから……血だらけの……」 「良くボクのものだと分かったね……」 「私は救世主様の事を良く観察してますからね……」 「ほう……そうか……」 「すんげぇ観察眼ですよ……私」 「そうか……すんげぇ観察眼か……」 「ふぅ……そうだ……橘ってさ……」 「はい」 「なんで他の連中とセックスしないの?」 「え?」 「なんで?」 「そ、それなら救世主様だって……参加されないじゃないですか……」 「ボクは人じゃないから……人じゃないものとはやることはやってるよ」 「人とはやられないのですか……」 「ああ……まぁそうかなぁ……」 「そうなんですか……」 「なんでだよ……」 「あ、いえ…… なんでもありません」 「お前処女なの?」 「え?  ま、まぁ、そうですけど」 「キスの経験は?」 「ありえませんよ…… 何でですか?」 「やる?」 「え?」 「セックス」 「あ、あの……」 「別に嫌ならいいけど……」 「嫌なわけはありませんっっ」 「……なんで力説するの?」 「……さぁ……力説したい年頃なんですよ……たぶん……」 「そうか……嫌ならいいよ……別に」 「……、あ、あのですね……」 「何?」 「命令……してくださいませんか?」 「はぁ? 何それ?」 「命令していただけると助かります……私〈諸事情〉《しょじじょう》によって……救世主様とは出来ません……」 「何それ? そんなに嫌なの?」 「だから! 嫌なんて言ってないじゃないですか!」 「わけ分からん……」 「す、すみません……わけ分からなくて……」 「ただ、〈諸事情〉《しょじじょう》で救世主様とは出来ません……でも計画成功のために仕方が無く……というのであれば折り合いもつくかと……」 「計画成功?」 「あ、な、なんでもありませんっっ」 「ふーん……まぁいいや……」 「橘は好きな人とかいるの?」 「人ですか?  人かぁ……そうですね……うーん難しいなぁ……人じゃない設定なんで……」 「何それ? 二次元?」 「あははははは、私はたしかにオタですけど……そういうのとは違います……少し……」 「なら、何なんだよ……それは?」 「まぁ、いいじゃないですか……誰だって、うん」 「と、とりあえず命令してください」 「何を?」 「な、何をって…… 今言ったじゃないですか……」 「何言ったっけ?」 「や、やらせろっ……」 「ならいいよ……希実香やらせてよ」 「……」 「どうしたの?」 「あ、いや……だ、大丈夫です……」 「でも私……やり方とか全然ですよ」 「まぁボクも……全然だけどね……」 「ははは…… ならとりあえず……どうしましょうか?」 「どうするの?」 「なんか色々しないとダメなんだろ? ああいうのって……濡れないと痛いみたいだし」 「あ、 少しお待ち下さい……」 「……ふむ」 「今の一連の会話で結構、下はスタンバイOKです」 「そ、そんなものなのか?」 「あ、あはははは。 こういうのはですね……気分の方がくるものなんです……」 「気分ねぇ……雰囲気とか全然じゃないか?」 「あ、いや……なんかこの……こんな自然にやろうか……なんて言われたら……逆にきゅんとします……」 「きゅんと……するのそれ?」 「まぁ……私的にはですけど……」 「そんなもんかねぇ……」 「そんなもんですよ」 「なんか前戯とかしたほうが〈良〉《い》い?」 「微妙ですね……お互い風呂入ってないでしょ」 「まぁ、そうだけど」 「あと、あんま見られるのはNGかな」 「手ならいいんじゃない?」 「手臭くなりますよ」 「お前……そういう事言うなよ……」 「でも、本当のところ…どうだろ……たぶん必要ないと思いますよ……〈前戯〉《ぜんぎ》云々で痛くなくなるほど処女膜は甘くないですよ」 「ならやめる?」 「はぁ、そう言う知識に〈疎〉《うと》いんですね」 「何が?」 「あの〈猫目聖錠〉《ねこめせいじょう》って……処女だろうが、ア○ル裂けて流血だろうが全然痛くないんですよ……」 「だから〈猫目聖錠〉《ねこめせいじょう》じゃないって……〈聖薬〉《エリクサー》だよ」 「まぁ〈良〉《い》いじゃないですか……このまま入れてくださいよ……ちゃっちゃと……」 「ちゃっちゃっとねぇ……情緒とかさ……」 「そうですか? これはこれで私的には情緒がある感じですけどね……」 「気の迷いで……なんか救世主が、一般女性とやろうか? って誘うとかなんか少しシビれません?」 「毛沢○とか、すんげぇ、モテモテだったらしいですよ。アイドルと寝るのより全然すんげぇ事だったって」 「毛沢○って……自主規制のつもり? まぁいいけど……それってこっちのテンション下がるたとえ話だな」 「あ、私がするのはアリですよ」 「何を?」 「救世主様のテンション下がった場所をどうにかする感じですか?」 「いや……ボクも風呂入ってないし……」 「いいんじゃないですか? どっかの狂信主義団体とか、教祖のお風呂の水飲んだって話だし」 「いや……それはそうかもしれないけどさ……」 「あーいいんですよ……元々私は自暴自棄な人間ですし、別に私がやってもいいって言ってるんだから……」 「それこそ希実香の手が臭くなるよ」 「あれ? 私、舌使う気ですけど?」 「そうなの?」 「つーか私、セックス自体あんまり興味ないって言うのあるんですよ」 「それで何に興味あるの?」 「一度ち○ちん舐めてみたい感じ?」 「そうなの? そんなもんなの? 女の人ってち○ちん舐めるの嫌いかと思ってた……」 「そんなの人それぞれですよ。他の女の事なんて知りませんし、そんな事どうでもいいじゃないですか……私はむしろち○ちん舐めるだけでも〈良〉《い》いですよ」 「いや、だからさ……ボクはやらせろって言ってるんでさ……」 「ああ、別にセックスもいいですよ……クスリが効いてる今がチャンスだろうし」 「何、そのチャンスって?」 「あ、いやですね。 普通にあんな場所に指三本とか入るとは思えないんで……つーかそんなの考えただけで死ぬる感じです」 「なんだよ、その三本って……」 「あ、いや、だいたい指三本がち○ちんの太さと聞いた事があるんで……」 「そうなの? でも人によって指の太さ違うじゃん」 「それ言ったらち○こだって大きさ違うんですよね」 「まぁ、そうなるのかなぁ……」 「そんな感じです」 「そんな感じね……」 「こう言う会話しながら、こうやって指でズボンの上から撫でてOKな感じ?」 「さぁ……知らないけど……そういう手順かね?」 「ふーん……こうかなぁ〜」 「っぅ」 「お……おっ」 「な、なんだよ……」 「良い感じですなぁ……あえぎ声……」 「男のあえぎ声なんて気持ち悪いだろ……」 「全然、私は好きですよ。大歓迎」 「そ、そんなの知らん……男のあえぎ声なんてキモイ……」 「なら我慢してくださいね……別に声出さなくていいですから……」 「うっ……」 「すんげぇですな……本当にズボンの中に棒があるんですね……男の子って……」 「そりゃ……まぁ」 「面白いなぁ……なんでこんな前面に自己主張気味なんですかねぇ……〈撫〉《な》でやすくていいですね……ち○ちんって」 「そんなもんかねぇ……」 「だって、女の子嫌がったら、股閉じたら触れないじゃないですか……でも男の子って、嫌がってるのに敏感な部分丸出しじゃないですか……」 「丸出しって……ズボンはいてるし……」 「ならズボン降ろして〈良〉《い》いですか?」 「たぶんパンツの上からの方が気持ちいいですよ……たぶんですけど……」 「……勝手にしろ……」 「んなら……勝手にして……ファスナーを……おお、黒いビキニ?」 「そんなわけないだろ……ボクサーパンツだよ」 「そうなんだ……なんかパンツから形くっきりして、エロいですねぇ……これはなかなか」 「いちいちお前は解説するな!」 「解説厨!」 「まぁ、そんぐらいさせてくださいよ……だってこれからお口で、きれいにしてあげるんだから」 「なんで救世主と〈下部〉《しもべ》がそんなギブアンドテイクなんだよ」 「でも、こんななってて……舐めてもらいたくないんですか?」 「べ、別に……」 「あははははっ。そんなすねなくても舐めてあげますよ……ちゃんと救世主様のきれいにしますよ……希実香のお口はシャワーがわり……っと」  そう言うとボクのパンツを降ろしてしまう。 「へぇ……あんまりグロテスクじゃないんですねぇ……つーか毛少ねっ」 「なんだよそれっっ」 「救世主様ってハイレグでもはく気なんすか?」 「なんでそうなるんだよ」 「いやだって、もう下の毛の処理でもしないと、こんなにはならないでしょ……という事はハイレグを……」 「なんでそこでハイレグをはく事になるんだよ……」 「ハイレグ救世主……」 「ぱくっ……んんっ……んむっ、ちゅぶ……んん……」 「くっ! ……っ!」  なんか日常の延長上みたいに希実香がボクのをくわえる……その生温かさは凄い衝撃……というよりはぬるい衝撃……みたいな……みたいな……。 「んっ……ちゅっぱ……ちゅ……何を考え事してるんですか?」 「あ、いや……なんか想像してたのと少し違って驚いた……」 「んって事は? あんま気持ちよくない感じですかぁ、んむっ、ちゅぶ……」 「あ、いや……気持ちいいんだけど……口って面白いなぁ……こんな何だ、口でやるって……」 「んんっ……んむっ、面白いって言われるのもどうなんですかねぇ……ちゅぶ……んん……」  希実香の唇がボクのを上下させるたびに、なんかボクの身体に小刻みな痙攣が走るみたいな……。 「んちゅ……だんだん味変わってきたぁ……」 「お前ねぇ……情緒ないなぁ……」 「情緒ですか……えっと……ああん、救世主様の味ぃ……は、初めてなのに……私、救世主様のおち○ちん舐めてるとえっちな気持ちになっちゃぅよぉ……」 「やめれ……」 「どっちやねん……」 「あ、でも、舐めるの楽しいですよ……うん、やっぱり好きみたいです」 「あ、そう……そりゃ良かったね」 「少し、あご疲れるけど……楽しいのは楽しい……んっ……ちゅっぱ……ちゅ……ですよ」 「な、なんか凄いよ……救世主様の……口の中で……びく、びくって跳ねてるのが……伝わるのぉ、ねぇ救世主様、感じるですかぁ? 感じるんですかぁ?」 「なんだそれ……」 「だから実況厨……」 「いろいろいらないから……その芝居もその実況も……」 「そうですか……残念だなぁ……こんなにおち○ちんびきびきで先から沢山出てるのに……」 「い、言うな……」 「実況厨」 「ああ、分かった、分かったからやめてくれ……」 「あははは……割と救世主様はM?」 「そ、そんな事は……少し……ってどうでもいいだろ! アホかお前!」 「お口でイっておきます?」 「……う、うむ……」 「そうだ!」  というと希実香はもっと下に顔を埋める……。 「っっっ、くはっっ」 「……そうなんだ……タマって感じるんだ……んんっ、んぐっ、んむっ、あ…むっ……ちゅぶ……っ」 「や、やめ……それ手でやりながらタマ舐めるの……ちょ、ちょっと……タンマ……はうっ」 「おお、救世主様、タマ舐め好きなんだ」 「そんなの知らないよっっ。んあっ」 「おっ、反応が変わったぞ……うわ、ち○ちんすげぇ濡れてます。なんだこりゃ」 「んっ、くっ、ふぁっ」 「あー、でも救世主様のタマってすべすべしてて、舐めてて気持ちいいなぁ……これいいなぁー、ちゅぶ……っ」 「し、知らないよ、そんな事っっ、うわっっ」 「へへへへ、橘も大変ですね……いろいろ指令をもらったり、時には救世主様のお掃除したり……でも掃除するたびに汚れるのはなぜ?」 「う、うるさいっっ、くっ」 「取り〈敢〉《あ》えず……ラストスパート、んっ……ちゅぶ、んっ、んんっ、んあっ…んぶ…っ…はああっ、んんっ、んっ」  希実香が手の上下を速める……唇の感触が、敏感な箇所へと重なるたび……押さえのきかない〈迸〉《ほとばし》りが、身体の奥底から昇ってきてくる……。 「んんっ、んぐっ、んむっ、あ…むっ……ちゅぶ……っ、ふふふ……気持ちいいですか? うれしいなぁ、救世主様にこんな喜んでいただいて……」  快楽にも……最後がやってくる……腰の奥から上ってくる堪えきれないものがこみ上げる。 「んっ…も、もう限界が…近い…くっ、もう、これ以上は……もう駄目だっ…もうっ」 「はいはい、んちゅ……ちゃんと口で受け止めてあげるから……心配しないでください……」 「くっ、駄目……だっ、も、もう……くぅああああ!」 「ふぐぅ?!……うぐぅ……んく……んく……ふぁ………あ……んく……」  ボクの身体が大きく弓なりになる、普段なら絶対に発しない声。  先からドクドクと体液が流れ出しているのがわかる。  それを希実香は喉を鳴らしながら受け止める……。 「……」  けど、すぐ途中でやめる。 「うげぇー」 「う、うわっ、吐くな!」 「だってぇ……これまずいっていうより、喉にこびり付いて不快ですよぉ……」 「なんだよぉ……味の問題だけかと思ってたのになぁ……これダメですダメ系な人です」 「精液は人じゃないだろう……というか……だとしても、なんかもう少しあるだろティッシュに出すとか……よだれみたいにたらしやがって」 「あ、いや……それ絵的にエロいかなぁって……」 「絵的にはそうかもしれないけど……音的にうげぇーはないだろ……」 「私、炭酸系ダメなんです……これダメです」 「なんで炭酸系……関係ないだろ……」 「いや、なんかこう胃袋と食道に絡まってる感じどうも……まぁ全然似てないですけどね」 「似てないのかよ……」 「でも、その部分が変に刺激されるという意味では近いのかなぁ……まぁカレーとブンターぐらいの違い?」 「対比としては……全然だろ……カレーとたばこじゃ……というかお前人に伝える努力しろよ……」 「お……まだまだ全然いけそうですね……ほらぁ……ここ」 「あ? いや、そ、それはそうだけど……でも少し休ませろ……」 「救世主様……お尻の穴と前の穴どっち入れます?」 「どんな二択だよ……」 「いや、どっちも処女だから…… どっちいただきます? 両方?」 「いや……両方とかはないから……だいたい、三発とかどんだけ絶倫なんだよ」 「そうですか…… ならここで選択肢です。おしりでしますか? 前でしますか?」 「そういう事言うと……本当に選択肢見えてくるからやめれ……」 「けけけ……ゲーム脳」 「なるほど、さすが変態型救世主ですね」 「お前……殺すぞ……」 「まぁ、まぁ、私もそうは言っても興味ありますから…… えっと……ローションなくても、救世主様のぬちゃぬちゃ液で充分ですねぇ」 「大丈夫なの? 指とかでほぐさなくて?」 「大丈夫じゃないですか? 私オナニーの時、おしり使ったり出来る人なんで」 「なんだそれ? 変態はお前だろ……」 「ああ、そうですね。まぁいいじゃないですか…… さぁ、一丁入れてみますかっ」 「もう少し……情緒……」  希実香はボクの上にまたがり……そのまま腰を下ろしてゆく……。 「そのまま救世主様は座っていてくださいね……狙いは私が定めます……定めてみますんで……」  ゆっくりと腰を下ろしながら、狙いの場所にボクのものをなすりつける。 「本当に大丈夫か?」 「はい、私が全部しますから、私が入れて、私が動きます……あ、そうだ、かゆいところがあったら言って下さい」 「床屋だろ……それは……」 「あはははは」 「んじゃ……おじゃまして……っんん」  先端が接触しただけで、希実香の身体に震えが走る。  ボクのだけではなく希実香の前の部分も相当濡れていた様だった……たしかにローションなんていらないぐらい互いにぬるぬるだ。  粘液に満たされたそこは、希実香の小さな身体全体に、未知の感覚を送り出し続けていた。 「……っ」  押し付けるように、狙いを固定する。  意を決するように、軽く深呼吸をする。  肺の中に吸い込まれた夏の夜の熱を、身体に循環させながら。  ボクのものが希実香の中へとゆっくりと沈んでゆく……。  ……ゆっくりと、緩やかに……熱く包み込む……。 「っ……っ!あっ、んんんっ、くぅ…んんっ! っつぅ! あ……ぐっ!」 「だ、大丈夫?」  まだ、先端部分も入りきっていないというのに……希実香は苦悶の声を漏らしつつ、顔を歪めた。 「あはは……すんません、ご心配かけて……でも今の声は痛さじゃないです……」 「そ、そうなの……」 「あ、あははは……まぁクスリのせいですよ……うん…っく」 「でもスムーズに入るのとは違うだろ……」 「あははは、面目ないです……まぁそれはそれとして動いて〈良〉《い》いですか?」 「う、うむ……大丈夫……大丈夫だ」 「んじゃ……動……あぐっ! っ、つうっ!あっ、んんっ……」 「くっ……これ……すごい……」  先端部分しか侵入していないというのに、少し気を抜いただけで、すぐに果ててしまいそうだ……ありえない締め付け……。  先ほど、一度放出したばかりだというのに、昂ぶりは頂点に向かって走り始めている。 「くぁ……はう……っ」 「いっ……あああっ、ふあああっ!あっ、くっ……うあああ」 「あぐっ……っ、ふうううっ。入っ……た? 救世主様の、全部……入ってるんですか? これ?」 「よ、良く分からないよ……あ、あう……でもすごく温かくて……締め付けて……」 「あ、これやばいです……気持ちいいなんてもんじゃないです……あ、あうっ、くっ」  狭い上に、うねるように熱を放つ、希実香の体内は。えも言われぬ感触がボクをとらえる……。 「あ、これいいですっ、いっ……あああっ、ふあああっ!……救世主様……これ〈良〉《よ》すぎぃ」 「なんか、だめ……め、めくれて……馬鹿になっちゃいそう……っ! んんっ、うあっ…ふあああっ!」  腰を浮かせながら、希実香は〈悶〉《もだ》えの〈吐息〉《といき》を降らせた。 「うっくぅ、んんっ! 救世主様のが動くたびに…痺れる……痺れますっっ」 「もう、ガマン…できないかもしれな……だめぇ……私っ」 「これ以上だと……ホントにダメっ……わ、私ぃ……本当にやばいです……このままだと」 「んくっ、ああっ……んんんんっ! なんか……じんじん、するっ……や、やああっ、身体が…〈痺〉《しび》れるっ、こんな……んんんっ!」 「何か、変ですっっ! 救世主様のが……熱いのが動くたびにっ、私っ、ふあああああっ!」  完全に開き気味になった希実香のそこ……もうボクのを根本まで容易く受け入れている。 「ひゃううぅ!入ってくる、入ってくるよぉ…!奥に入ってくるよぉ……あああっ!……うわぁああ……で、出て……く出てくよ……今度は奥から外にぃぃ」  根元まで打ち込まれたそれが、息を吐く暇もくれず出入りする。 「ああっおしり……救世主様……いいよぉっはぁあっああっああんっっ!感じます……はじめてなのに感じます……ああ……救世主様」 「希実香……すごいよ、あそこみたいにぐちょぐちょになってるのが……分かる……」 「うっ、はぁあんっはぁっあっああんっ! あぅ、んっ……あひっあ、ああっグリグリしますぅ…っはぁっはぁあああっ」  ぬぷっぬぷっぬぷっぬぷっぬちゅぬぷっ……。 「あ、もうダメだ……私……我慢できな……あ、あの…」 「あ、ああ、大丈夫……もうボクはいつでも爆発しちゃうよ……」 「も、もう……い、イク……き、希実香ぁあ……」 「はうぅう、きて……あああっはぁんっんんっ…ああっ……救世主様ぁあ!!」 「あ……あはははは……で、出てる……き……救世主様の……あ、ああ……あああああ。…わ、私も……もう……」 「くっ!!」  ほんの少しの時間差……。  たぶんボクがイクまで我慢していたのだろう……。 「はう……くぅ……くうん……あう……ふあぁ……あぁぁぁ」  痙攣は徐々に小さなものになっていく……。 「そういう事言うと……本当に選択肢見えてくるからやめれ……」 「けけけ……ゲーム脳」 「なるほど、さすが救世主は正統派なのですね」 「なんだその正統派って……」 「……んでは失礼します」  希実香は先端を自分の割れ目へと侵入させていく。 「くうっ…」  彼女の口から息が漏れる。 「大丈夫?」 「あ、はは……は……大丈夫です……あれ? クスリ効いてるはずだけど少し痛いなぁ……」 「でも……たぶんすぐに……くはっっ」  入り口が狭すぎる……というよりは口がしまっている様な感覚……。 「くそぉお……次のターンで終わりにっっ。にょぉおおっっっ」 「だ、大丈夫か?」 「ぁ…かはっ…はぁ…ほぁ…あぁ…っはぁ…大丈夫です……おかげさまで貫通しました……」  一息ついてから、今度はゆっくりと腰を動かし始める。  ボクの先端は、希実香の中をゆっくりと進んでいく。 「あ、あううっう、ふにぃ……あう……」  先端が進むたびに彼女は声を上げた。 「あぅ!…あぅ!…すっ、あぅぅ!…あんっ……」  希実香の喘ぎ声を耳にしながら、ボクの頭は快楽でしびれ始めていた……。  彼女の中はとても温かく、そして狭くて、ぎゅうぎゅうボクのものを締め付ける。 「救世主さま……我慢しなくていいです……あぅ!」 「が、がまんって……」 「へへへ……救世主様、もう限界近いでしょ……ふふふ橘の中にぶちまけてください……あぅぅ!…ほ、ほら……」 「くっ……希実香……」  情けない話だけど……この早さで、もう限界だった。  これ以上は我慢する事は無理そうだった。 「う、うむ……もう……」 「うん……大丈夫……そのまま……そのままイってくださいな……橘のナカで……」 「あ、あう、も、もう……うっ」 「んあぁ? あうっっ、うあっ。ふぁぁああああああああああ!!!」 「お…おお…ナカに出てる……すご……すごい感じ……」 「あ、あう……」 「あははは……ま、まだ出てるんだ……すごい……けっこう出てるの分かるんだなぁ……」 「……そうなのか?」 「出るのが分かるって言うよりも……なんか中でビクビクしてるから……分かる感じでしょうか?」 「なんていいましょうか……こう、橘の中に……救世主様のが満ちてる感じでしょうか……」 「……そうなんだ」 「ふふふ……気持ちよかったですか? 救世主様?」 「ああ……」 「あの……すみませんっっ」 「?」  希実香はいきなりボクにキスをしてきた。 「くちゅ、んあっ、んんっ……んぁあ……ちゅ」 「ちゅ、くちゅ……う」  キスをしながらそのまま希実香は腰を動かし出す。  ボクのは出してしまったけど……まだ余韻で大きさはあった……。 「くちゅ、んあっ、んんっ……んぁあ…んんっ……んぁあ……ちゅ」  絡み合う、口の中で互いの舌が絡み合う。  そして性器も完全に粘液でぐちゃぐちゃになりながら絡み合う。上と下で二人の粘液が絡み合う。  希実香は貪る様に……ボクの口を舐め回し……そして腰を動かした……。 「ご、ごめんなさいっっごめんなさいっ……もう終わったのに……ごめんなさいっっくちゅ、んあっ、んんっ……」 「が、我慢できません……こ、このまま、くちゅ、んあっ、んんっ……んぁあ……ちゅ」  なんかさっきまでふざけてやっていた希実香……何が決壊したのだろう……ボクの身体を求めてくる。 「くっ…くっ…ボクも気持ち良くなってきた……」 「んはっ、ぁん、…っ、はっ、くっ…、くぅぅっ…ごめんなさい……二回もさせて……くっ」  徐々に希実香の締めつけが強くなっていく、でも速度は落ちない……蜜によって出し入れはより激しくなっていく。  二人は激しく抱き合う……肌と肌が密着する……互いの体温が解け合う様に共有される。 「救世主様ぁ…ふぁぁ!…もう……私……もうだめそう……私……」 「あ、ああ……大丈夫……そのまま、そのままイケばいい……」 「い、いいですか……イっていいですか……私、いきます……このままだと……」  希実香の体が硬直した。  同時にボクのモノが膨らみ、また彼女の中に放出する。 「うっ!」 「んぁああ?! い、イク、イきます。私イってしまいますぅ……はふぅぅん、はぁ、はくぅぅぅぅぅんんん!!」 「うっくっ!!!」 「あ、あああっっ、ふあぁ…あぁぁああああああっっっ!!!」 「はははは……少しまずったな……」 「何が?」 「あ、いえ…… こっちの話です……ただですね……まぁ、なんですかね……」 「なんだよ……」 「でも、まぁ……ご褒美って事で……いいんじゃないかと」 「ご褒美? お前がボクにか?」 「あ、いや、それは違います。 私にご褒美です。何というかがんばった自分自身にご褒美的な……」 「そんなものか……」 「はい……まぁ、これで呪いも成就しますし……」 「呪い?」 「あ、いえ……こっちの話ですよ…… あははは……」 「まったく変なヤツだな……」 「はい……そうですね……変なヤツですね……私……」 「ふぅ……」 「どうしましたため息なんてついて?」 「私とやって疲れました?」 「うん、まぁ疲れたけど……そうじゃなくて……えっと……考え事してた……」 「考え事ですか?」 「ああ……地上でやる事……もう無かったかなぁって……忘れ物したらもう二度と取りに来れないからさ」 「まぁ、そうですね……ここにいる人間以外すべて終わってしまうのですから……」 「だからさ……なんか忘れ物……忘れ物なかったかなぁ……って考えてた……」 「それで、何かありましたか? 忘れ物?」 「何だろ……あんま思い出せない……」 「なら、もう無いんじゃないですか……忘れ物……」 「そうか……忘れ物はないか……」 「もうここでやる事はないのか……」 「はい……もうありませんね……ここでやるべき事……しなきゃいけない事……」 「そうか……もう終わりにして〈良〉《い》いわけか……」 「はい……もう終わりにしても〈良〉《い》いと思います……」 「やり残した事は…… 特に私はありませんっ」 「……いや……お前の事はどうでも〈良〉《い》いんだけど……」 「そうですねっ」 「なんで元気なの?」 「ふぅ……終わりか……これで……全部やり終わった……」 「忘れ物はありません」 「ありません」 「という事は……これで救世主様のお仕事も終わりってわけだな……」 「お疲れ様でした……大変でしたね」 「ああ……なんか大変だった……すっごく……」 「んで? 今何時?」 「今……18日の23:00ですよ……もう1時間で19日になります」 「そりゃ大変だ……19日になったらすぐに行かないと……空へ……」 「あ、そうなんですか……んじゃ…… そろそろ行きますか?」 「あ、うん……そろそろ行こうか……」 「あっ……」  ボクは希実香に肩を貸してもらう……。  悠木にやられた傷はやっぱり完治していない様だ……。  もう少し薬を使えば良かったかな?  いや……あれは使いすぎるとあまりまともな判断が出来なくなる……少量に止めておかないと、空に還るタイミングを逸してしまうかもしれない……。  だからあの量で良かったんだ……。 「あのさ……希実香…聖水……」 「はいっ、最後に盛大にみんなにLSDの原液を撒くんですよね。あと覚醒剤!」 「だから……あれはLSDだったのをボクが聖水に変えて……覚醒剤だったのを〈聖薬〉《エリクサー》に変えたんだよ……」 「あ、間違えました! そうです!そうです!」  なんだかな……こいつ……。  こいつの目的って何なんだったんだろうな……。  なんか単に自分の目的のためにボクに付き合ってたみたいな感じもする……。  変な女……。  まぁいいや……どうでも……。 「最後に盛大にばらまきますっっ」 「ん〜! テンション上がって来ましたっっ」  皆が集まっている。  何人ぐらいいるのだろう……というかいつの間にこんな人数になったんだろう……。  なんだか楽しそうだ……みんな……。  わくわくしている感じ……なんかすごく楽しそう……。  箱舟は楽しかったのかなぁ……。  もっと救済って重々しいものだと思っていた……。  人々を救うってなんだかもっと重々しくて……すごく神聖な感じ……。  でも……実際どうなんだろう……。  元々は恐怖で集めた人間……ここは呪いの恐怖で集まった人間だ……。  死の恐怖から逃れるために集まった人々だ……。  なのに……なんでこんな楽しそうなんだろう。  空に還る……たしかにそれはとても素晴らしい事だけど……でももっと神聖で重厚で……そういったものであるハズだった……。  でもみんな楽しそうだ。  はしゃいでる。  世界最後の日が来る。  みんな大はしゃぎだ。  ボクは言う。  神々が生んだ……三匹の化け物の話を……。  人間の欲望そのものである巨狼フェンリルの話。  人間の死への恐怖そのものである死神ヘル。  そして、世界最後の日に目を覚ます。永遠を意味するヨルムンガンドの話。  みんなわくわくして聞く。  まるで紙芝居か何かを楽しみながら聞く子供の様に……世界最後の日の話を楽しそうに聞いている。  ここには恐怖の代わりに興味が座っている。  ここには戦慄の代わりに笑いが座っている。  ここには絶望の代わりに楽しさが座っている。  すごく楽しそうだ。  すごいテンションだ。  笑いと叫び。  ボクは叫ぶ!  踊れ!  踊れ!  踊れ!  旋律と共に!  踊れ!  世界は言葉!  神は旋律!  我々に世界はいらない。  我々には旋律だけがあればいい。  我々は神と共に!  みんな踊る。  楽しそうに踊る。  狂った様に踊る。  そこに荘厳さも重厚さもない……。  ふと……ボクはやり残した事がないかを確認してみた……。  何もない……。  何もここでする事はないよな……。  忘れ物はないよ……。  もう一人が言う。  旋律があるだろ。  ここには旋律がある。  だから世界はいらない。  言葉はいらない。  忘れたものなんてない……。  だって忘れたんだもの……。  鐘が鳴る。  今日が始まる。 「……あれ、みんなにもあれが見えるのかなぁ……」 「ああ……見えるんだろ……だからみんなはしゃいでる……そういう事だ」  ボクらは最後の空の下にいる。  それはもう、手が届く様な場所だ。  あと数㎜で宇宙の果てに手が届く……そんな場所にボクらは来ていた。  だから、みんな半端なくはしゃいでる。  屋上を跳ね回っている。  世界最後の夜に大喜びだ……。  世界が終わる。  だからみんなで空に還る。  世界最後の空に還るんだ……。  満天の星空の光が降り注ぐ……何億、何十億、何百億の昔に放たれた光は……今ボクらを照らしている。  ボクらを照らすために、その光は大昔に発生した。そうこの舞台を照らすために、わざわざ何百億年もかけて届けてくれたのだ。  そりゃ、みんなもはしゃぐわなぁ……。  最後の空。  ここは最果ての宇宙。  終ノ空と呼ばれる……場所だ。 「ねーねー、あれってみんな同じ物が見えるんですかぁ? それとも違うんですか? 終ノ空ってみんなにどう見えるんですか?」 「ちなみにお前には、何が見える?」 「なんか打ち上げ花火」 「なんだそりゃ? それ昨日見たアンハッピーセットのおまけじゃないか」 「そうなんですよー。だから終ノ空って、大層な名前の分際で、マoクのメニューのおまけ程度の存在なんですか? 安っ!」 「そりゃお前が安い女だからそんな安い終ノ空が見えるんだよ」 「うわ、ひどいっ、最後に救世主様がひどい事言う」 「まぁ、でも花火なんて綺麗で〈良い〉《い 》じゃんか……良かったな希実香」 「はい! 〈良〉《よ》かったです! アンハッピーセットに大感謝ですよ」 「ねーみんなぁー!!」  希実香がみんなに叫ぶ。  みんなが希実香を見る。 「君達に、この終ノ空が見えるかー! 見えるのかー?」 「そしてそこに行きたいかぁ!」 「うはっ! すんげぇ盛り上がってる……」 「んじゃ、橘希実香から君達に最後の質問だぁ! 君達には終ノ空がどう見えるんだーい」  みんな叫びすぎで全然分からない。  もう何がなにやらだ……。  もう次から次へと自分の終ノ空が語られる。叫ばれる。 「あはははははは、そうか! そうか! 全然分かんないけど君達の叫びは分かったっ。この橘希実香、良く分かったぞぉ」 「さぁ、ここが最後の空だー!」  希実香が叫ぶ。  ボクの横で……楽しそうに……。 「よぉし! あのフェンスを壊すぞぉー!」  希実香はハンマーを手にする。  すると数人がハンマーを振りかざす。  ってこのバカ女……ハンマーまで持ってきたのか……持ってこさせたのか?  と言うか良く見たら……ハンマーで殴られてすでに倒れてるやつもいるぞ……。  流血の大惨事だ……。  なんて……デタラメな儀式なんだ……。 「お、お前っボクは今回は〈厳〉《おごそ》かにって……」 「ははははははっやったもん勝ちですよ救世主様っっ」 「ったく……またこんなどんちゃん騒ぎ……」 「いいじゃないですか……ほらみんなあんな楽しそうですよ……」 「ああ……まぁ楽しそうだな……」 「どうでもいいけど……お前……救世主の仕事取りすぎ……返せよ……」 「大丈夫ですよ。最後の締めは救世主様にお任せする予定ですから……」 「す、すごい……」 「ものすごく大きい十字架……」 「私には……すごく大きな扉に見える……」 「俺は鍵と鍵穴が……」  それぞれが最果ての空に向かってあらゆる言葉で説明しようとする。  世界最後の空……それはみんなにどう見えているのだろう。  世界の最後の風景。  世界最後の言葉。  踊る人。  暴れる人。  笑う人。  空の下で元気よく校舎を破壊する者。  すでに血だらけな者。  空が覆い被さる。  どこまでも光の失った蒼い……どこまでも深く真っ暗な蒼いだけの空……。  きれいな夜空。  誰かが花火を発火させる。  なぜかその火花で、地面から大きな炎が立ち上る。  誰か……ガソリン持ち込んだヤツがいるな……。  たぶん箱舟の発電機用のガソリンをここに持ってきたんだな……バカなヤツだ……。  屋上の真ん中で大きな炎の柱が立つ。  巨大な炎の柱。  何人か巻き込まれて火だるまになっている。  いくらクスリ付けだからってあれはさすがに熱いだろう……全身火だるまだ……。  もう、端から見たら地獄だよな……この光景。  でも、なんでこの地獄をそんなに楽しそうにみんなはしゃいでるんだ?  ここは最後の空。  終わりの空。  この最果ての空は……どうみんなにうつるのだろうか?  打ち上げ花火。  希実香はそう言った……打ち上げ花火か……なかなか〈良〉《い》い事言う……。  たしかに、この空はまるで打ち上げ花火の様だ……。  輝く星空。  まるでそれは砕け散った火の欠片だ……。  ここは最果て。  すべての対が終える空……。  そして花火みたいな空……それをボクらは下から見ている。 「さて……宴もたけなわですっっ。ここで最後に救世主様からお話がありまーす」 「みんなのアイドル救世主様のお話だ! これは最後なんだからー心して話を聴く様にっっ」  って……お前が一番聞いてないじゃんかよ。 「……ふぅ」 「なんだか……不思議な夜だ……」 「まるでいつもの夜の様な……また全然違う様な……そんな夜」 「でも、ここが間違いなく最後の地点なんだ……」 「ボク達が今いる場所は……最後の場所……」 「だから、ここから先は簡単だ……簡単に行ける……」 「簡単に行く事が出来るんだ……」 「……そう……歩きだそう…ここから…最後の空から」 「歩き出すんだぁ!」 「んじゃ! 救世主様……これで……」 「希実香?」  希実香が飛ぼうとする……その腕をボクは掴む。 「お前は最後……」 「っ?!」 「ちょっ……あの……」 「ちょっ、ちょっと、橘の分際で私の先行くとかねぇだろ!」 「わ、私が最初だっ」  空を飛ぶ人々。  空に還る人々。  この世界の果てで……人々は空に向かう。  両手を広げて……まるで世界をつかまえる様に……大きく大きく手を広げて。  人々が空に向かう。  いちいちボクに挨拶して空へ向かう者もいた。  でも大半は勢いで、ただわけも分からず叫びながら空に飛んだ。  ただ叫ぶ。  意味もない言葉……。  ほんとうに意味のない言葉。  今日は特に気持ちよい……特に心地がよい。  涼しい風……。  きれいな青。  光世界。  死ぬのにはいい日だよ。  そう誰かが言った。  すごい数が破壊されたフェンスから空に飛び立つ。  数人は大怪我したり大火傷したりして動けなかったけど、それも何人かがちゃんと空に放り投げた。  彼らも空に吸い込まれていった。  気が付くと……あれだけの喧噪は消えていた。  あれほどの大騒ぎは完全な静寂に変わっていた。  気が付くと……そこにはボクと希実香だけが立っていた。  誰もいない屋上でボクは希実香を抱きしめていた。 「あはははは……最後に手つないでもらえるなんてハッピーだなぁ……」 「でも、これはまずいですよ……」 「何が?」 「私にはハッピーが与えられちゃいけないんですよ」 「私にはアンハッピーだけが与えられるべきなんです……でも……でも……私……」  希実香はボクの手を振り払う。 「救世主様はここまでです……」 「何?」 「ここからは……最後の一人は私で終わりです……」 「ど、どういう事だ……」 「私ですね……最初、救世主様の計画を知らなくて……この大がかりな計画を止めようとしたんですよ……」 「計画?」 「そうです……まったく理解してなくて……ごめんなさい」 「どういう事だ?」 「私ですね……救世主様……」 「……絶対に死ぬべき人間なんです」 「高いところから落ちて……ぐちゃぐちゃになって……死ななければならないんです」 「そうなんです……私は死ななければならなかった……絶対に死ななければならない……もちろん自らの手で、自らの命を絶たなければならない……」 「……自らの手で」 「はいっ。だって私裏切りました。ざくろを裏切ったんです」 「彼女は私に話しかけてきてくれたのに、私は彼女を裏切りました」 「ああ……それは知っている」 「でも、正直、裏切った私を、彼女が……〈何故〉《なぜ》か彼女がいつまでも恨まない事……それが実は許せませんでした」 「いじめてた人と同じぐらい……いやそれ以上に……なぜかそれがとても許せなかった……」 「なんで、この人は私を恨まないんだろう……なんで私に復讐しないんだろう……」 「なんだろ、なんでだろう、なんで? なんで恨まないの? なんで罵らないの?なんで私に微笑むの?」 「……そう考えるともう居てもたっても居られないぐらいイライラして、イライラして、イライラして……ざくろにイライラして……イライラしました」 「めぐとか聡子とかどうでも良かったんです……本当にどうでも良かった……」 「私にとっては、ざくろだけが……大きな存在でした。ざくろ、ずっと私を恨まず……ずっと私に微笑みかけてて……それが私には許せなくて……苦しかった」 「殺してやりたかった……」 「だから、彼女が死んで……呪いが発生した時に……すごく喜んだんです」 「すごく、嬉しかったんです」 「ああ、やっとざくろ怒ったんだ……恨んでくれたんだ……」 「やっとちゃんと私を見てくれるんだ……って」 「やっと、人として見てくれるんだって……」 「高みから見下ろすのではなく……ちゃんと同じ目線に立ってくれたんだって……」  見てくれる……。  そう……そうなんだ……。  高島ざくろはたしかに橘希実香をいじめから救った……。  身代わりになっていじめられたって聞いてる……。  でも違う……違うんだ希実香にとっては……。  ずっと無視され続けた希実香にとっては……、裏切った自分を許す行為自体……。  自分の存在を無視すると同義……。  自分と向き合わない高島ざくろは……橘にとってはやはり……友達なんかではなかった……。  彼女にとっては……高島の怒り、彼女からの恨みこそが……対等な人間関係だった。  高島さんの善意は……彼女にとっては悪意以上に重いものだったに違いない……。  時に、善意の方が、はるかに悪意よりも悪質である……地獄までの道……悪意ではなく……善意によって敷き詰められている……。  高島さんの善意は……彼女には高見から見下しながらの哀れや情けにしかうつらなかったのだろう……。 「私ですね……子供の時からずっと謎だったんです」 「ずっと、ずっと、全然理解出来なかった事があるんですよ」 「良く言うじゃないですか、罪を負った人間が死ぬのは、逃げでしかないって……ちゃんと生きて償えって……」  空を見つめながら吐き捨てる様につぶやく。 「何ですか? それ?」 「私、全然理解出来ないんです……生きて償え? 相手が死んでるのにですか?」 「相手は死んでるんですよ? 生きてて何をどうやって死者に償いが出来るというのですか?」 「償いって向き合う事ですよね。生きてる人間がどうやって死者と向き合うんですか? そんなの自己満足ですよ。生きてる人間が勝手にそう思ってるだけですよ」 「死者に対する償いは……死者じゃなきゃ出来ない……当たり前の事なんです……」 「昔は……仇討ちは美徳とされてたじゃないですか……当たり前ですよね……殺された者の恨みは、相手を殺す事でしか解決なんてするわけないんです……」 「それは当たり前の事なんです……」 「救世主様が言うところの、嘘吐き達が隠して、みんなにその真実を言わないだけなんです」 「死は死によってしか償われないのです」 「だから……」 「だから……ざくろが死んだ日から……償い方法は一つしかないんです……」 「死です」 「いじめた人間……いいえ、それ以外にだって、見て見ぬふりした大勢……そいつら全員の死」 「それだけが、正しい償い方法なんです」 「くすくす〈可笑〉《おか》しいじゃないですか……生きてる人間……償いって何ですか?」 「心入れ替えた? 詫びる? 再発を防ぐ? くすくす……罪を問われれば、いじめてた人間はそんな事簡単に誓いますよ」 「ずるいからいじめたりするんですもん。いろいろ恐いからいじめたりするんですもん」 「だから、彼女たちは簡単に誓います。もうしません。許してください。こんな事が二度と起こらない様にしますっ」 「くすくす、嘘、嘘、大嘘ですってば……」 「死だけなんですよ。当たり前じゃないですか、死に対するそれ相応の対価は死だけなんです……」 「私も、他の連中も……全部死ななければならなかったんです……」 「彼女と同じか……それ以上に惨たらしい死に方で……」 「だからですね……」 「だから、最初にネットであなたの存在を知った時……私は頭真っ白になりました」 「なんだこいつ? 何様だこいつ? 救世主?」 「そんで会ってみたら、赤坂めぐと北見聡子の呪いを止める?  ふざけるなっ……て」 「こいつは敵だ……ざくろの思いを消し去ろうとする悪魔なんだ……」 「だから、こいつを止めなければいけない……こいつを殺さなければならない……」 「ざくろの呪いは正当なものです。彼女は私達すべてを呪う権利があります。それを止める事は神であっても私は許さない……」 「だから、私はあなたに近づいた」 「ざくろの呪いを止めるあなたを殺すために……」 「でも違った……全然違った……」 「初日に全部知ってたんですよ……あの日」 「救世主様を見張って……あの基地を見つけて……パソコン全部見たんです」 「驚きました……すげぇや……この人」 「救世主様は……私なんか比べものにならない数の人を殺そうとしていた……自分だけでなく多くの人間を空に還そうとしていた……」 「空……ざくろがいる場所……彼女の魂を鎮めるために……多くの命をそこに還そうとしている……」 「それはたぶん、救世主様自身のご都合だとは思いました……」 「でも私は……この人も同じ様な理由で……自分と自分以外の大勢を殺さなければいけないんだって……」 「だから、この人は多くの人を殺そうとしている……空に還そうとしている……」 「ああ……そうなんだ……私と同じなんだ……そしてこの人はざくろの味方なんだって……」 「希実香……」 「ざくろの携帯を救世主様が持っていたのも、すぐに気が付きました。だって瀬名川の監視って……報告したら、すぐに瀬名川の携帯が鳴るんですもん……」 「バカでも、救世主様が出している事は分かりますよ……」 「でも、救世主様はどうも抜けてるから……たまにメールを出し忘れたりする……」 「なんか一人でただぼんやりしてたり、独り言を延々と喋っていたり……めんどくさいから救世主様の指示無しで、途中からは全部私一人でやりました」 「瀬名川を心の奥底まで恐怖させ……殺してやりました」 「正直すごい方法だと思いました。私じゃ考えられない素晴らしい方法だ……」 「この人は、少し〈抜〉《ぬ》けてるけど、やっぱり本当に救世主様なんだと思いました……他の人にとってはどうか知らないですけど、私にとっては間違いなく救世主様です」 「実は瀬名川唯の事……たぶんざくろ本人よりも、私が憎んでいたんだと思います……」 「ざくろが誰を一番恨んでたかは本当のところ良く分からないのですけど……」 「でも救世主様が、ざくろが一番恨んでいるのは瀬名川だと仰った時は……それはもう心が躍りました」 「すごい、この人すごい、分かってる。すごく真実を言い当ててる」 「ざくろは知らないけど、少なくても私自身はあいつが一番許せなかった……一番酷い死に方をさせたかった……」 「だからあの方法は感動しました……」 「本当は、赤坂めぐも北見聡子も…… 瀬名川みたいに恐怖の中で殺してやりたかったんです」 「だから私は私なりに考えたんですよ……色々と……」 「でも、最後に出た結論は、救世主様に任せるのが一番だな……って」 「ざくろの呪いを具現化させたのはこの人だもの……私の願いを最後まで具現化させられるのもやはりこの人しかいない……」 「救世主様は……あなたなんだ……私の救世主は……」 「誰も私を見てくれなかった……ずっと私を見てくれなかった……ざくろだって私を見ていてくれたわけじゃない……」 「彼女はただ良い子なだけ……すごく優しくて、心が綺麗…だから私に接してきただけ……」 「私をちゃんと見てくれたのは救世主様だけだった……ちゃんと話をして、ちゃんと目をみて、ちゃんと怒ったり、笑ったり、困ったり……いろいろな感情を見せてくれて……」 「男の人なのに……全然セックスに興味も示さないし…… あ、でもオナニーは良くやってるみたいですね」 「なんだそれ?」 「あ、でも私もやりましたよ…… たまにですけど……」 「神の歌を聞きに屋上に出ましたよね……」 「私完全に、ラリってたから牛が、牛が、とか言ってましたけど……くすくす」 「でも、あの時、たしかに神様の歌を聞きました」 「世界と神様の差って……言葉と音楽の差なんだって知りました……」 「本当に実感出来ました」 「そんな事誰も教えない……誰も知らない……教師とか親とか評論家とか政治家とかほんとくだらない事ばかり教えるのに……」 「救世主様はいろいろな事を私に教えてくださいました……」 「世界は残酷だけど……世界は汚いけど…… でも美しいんだって……」 「あの夜……歌って、踊って、叫んで、ふらふらになって……星が全部降ってきて……私達のためにすべてが輝いて……」 「ああ、そうなんだ……そういう事なんだ……って思いました」 「救世主様は〈仰〉《おっしゃ》いました。世界の価値は時間では測れない……意味では測れないって……」 「あの時、私……世界の重さを測ってみたんです。持って行った秤で……」 「そしたら、世界の重さって神様の重さと同じだったんですよ!」 「あの瞬間、あの瞬間で、世界と神様の重さが同じになったんです……」 「ダンス……ダンス……歌と踊り……」 「救世主とダンス……宇宙でダンス……」 「檻の外のダンス……」 「世界で初めての……檻の外でのダンス……」 「だから……もう終わりです」 「これで終わりなんです……」 「でも……私……こうやって、これだけの人間を殺してはじめて分かったんです……」 「生きて〈償〉《つぐな》って……って言葉の意味を……」 「わがままなのは分かってます! で、でも……」 「救世主様は……あなたは……あなただけは……生きていてください……」 「あなただけは……生きて〈償〉《つぐな》ってください……」 「最後の死は私が受け入れます」 「ざくろに捧げるための最後の死は私で終わりです」 「もしかしたら……これが……本当に呪いだったのかなぁ……とか思うんです……」 「ずっと、死ぬ事なんて恐くなかったのに……」 「この世に未練なんて何もなかったから……」 「それが最後の最後で未練が出来るなんてなぁ……」 「あははは……最後に好きな人が出来るなんて……」 「一度でいいから抱かれたいなんて思うなんて……」 「人生に未練が残りました……」 「希実香……」 「でも…だめ! ……それは絶対だめなんです……」 「すべてを満たしてしまったら……〈償〉《つぐな》いにならない」 「私は彼女に〈償〉《つぐな》わなければならない……」 「彼女の呪いを成就させたんだから……だから救世主様と、神様とのダンスは……あれはご褒美……」 「私の世界の価値はあのご褒美だけで充分……あのご褒美だけで世界は意味に満ちている……」 「残っているものは、もう〈償〉《つぐな》いだけです……」 「だから……救世主様はここに残ってください……」  そのまま……彼女の姿は、ただそのままなのに……、  世界が斜めになっていく……、  希実香の体と世界は平行を失う。  絶対に交わる事のない平行から垂直落下の世界へ……。  彼女は吸い込まれていく。  彼女は言った。  〈償〉《つぐな》いだと。  彼女は言った。  充分だと。  彼女は言った。  それが、私の世界の価値であったと。  ボクは思う。  そんなの糞喰らえだと。  世界がなんだ。  〈償〉《つぐな》いがなんだ。  高島がなんだ。  呪いがなんだ。  死がなんだ。  ボクは彼女を抱きしめたい。  ただ抱きしめたい。  これ以上生きなくても〈良〉《い》い。  誰も生きなくて〈良〉《い》い。  世界も、  ボクも、  希実香も、  何も残らなくて〈良〉《い》い。  すべて消えて〈良〉《い》い。  ただボクは、  ただボクは彼女を、  抱きしめたかった。  死の直前だろうが、  それが、瞬時の世界の事であろうが、  ボクは彼女の生きたぬくもりを感じたかった。  だからボクは飛んだ。 「っ」 「希実香っ!」  完全な自由落下。  自分自身が助かるつもりなどない、  希実香を助けるつもりは……、  いや、本当は生きてほしかった。  ボクが死んだとしても……彼女には生きて〈欲〉《ほ》しかった……。  でも……、  でもそれは〈叶〉《かな》わぬのだろう……。  〈叶〉《かな》わぬ夢であろう……。  数秒もせずに、彼女とボクはコンクリートの上ではぜる。  ただの〈肉片〉《にくへん》と化すだろう……。  だけど……、  それでも……、  ボクは希実香を抱きしめる。  ぎゅっと抱きしめる。  自由落下の中……ボクはただ抱きしめる。  彼女のぬくもりを感じるために……、  それを見て、そんなボクの姿を見て、希実香は泣きながら言った。 「バカ……」  泣いてるのに〈嬉〉《うれ》しそうだ。  悲しそうなのに〈嬉〉《うれ》しそうだ。  色々な感情が混ざっているけど……      その全てよりも嬉しい気持ちが大きいのだろう。  彼女は嬉しそうにボクを抱きしめる。  ぎゅっと抱きしめる。  もう〈離〉《はな》しませんからね……。  ずっとこうしてみたかったんです……。  彼女は言葉より遙かに速い速度で、それをボクに伝えた。  言葉より速く伝わるものもある。  言葉より正しく伝わるものもある。  世界はどんな短い時間でも意味を持つ。  意義を持つ。  もう終わりが近づく。  最後の瞬間。  ああ……、  遠くのサイレンの音。  黒い空。  月が笑う。  大地が濡れる。  星々が踊る。  空気が涼しい。  ボクの中にある暖かいもの、  橘希実香……。  彼女はボクの腕の中で……静かに目をつぶった。  そしてまたボクも……、  静かに目をつぶった。  あるいは……それは最後の空。  あるいは……世界の限界。  最果ての空。  終ノ空。  世界の果て……ここが最後の地点……。  宇宙で一番大きな巨蛇が、自分の尾っぽにはじめて会った場所……。 「救世主様っ」 「うん……あれ、みんなにもあれが見えるのかな……」  みんなはしゃいでる。  散歩に連れて行ってもらう前の犬みたいに……ワンワンワンワン。  屋上をはね回る。  どんな世界の最後だか……。  世界が終わる。  だからみんな空に還る。  まるではじめて見る雪にはしゃぐ子供みたいに、ワンワンワンワン……そりゃ犬だ。  世界最後の空。  雪の代わりに満天の星空。  世界最後の夜は星が落ちてくる。  黙示録にある恐怖の時。  でも、はしゃぐバカ達……ワンワンワンワン……。  星が落ちてきても、雪が落ちてきても、あんまり変わらない。 「見えるんじゃないですか……ちなみに私にはばっちり見えますよ……」 「何が見える?」 「なんかセロハンテープではめてる境目の場所?」 「なんだそりゃ?」 「あ、いや……だって……世界の終わりと始まりって〈繋〉《つな》がってるって言われたんで……こう紙みたいなものをくるっとまわして両方をセロハンテープでとめてるみたいな」 「お前にはそんなものが見えるのか?」 「はい、ばっちりですっ」 「それがお前の終ノ空か……」 「はい、セロハンテープで貼り付けた終わりと始まりが私の終ノ空ですっ」 「そんな場所行きたいの? お前?」 「超!行きたいですっ」 「ねーみんなぁー!!」  希実香がみんなに叫ぶ。  みんな希実香を見る。 「君達は終ノ空に行きたいかー」 「ほらー救世主様ーみんな超ー行きたいって!」 「君達には終ノ空がどう見えるんだーい」  みんな叫びすぎで全然分からない。  もう少し落ち着け……信者。  もう次から次へと自分の終ノ空が語られる。叫ばれる。 「そうか! そうか! 全然聞こえないや……まぁいいや、ここが、最果ての空なんだぜー」  希実香が叫ぶ。  ボクの横で……楽しそうに……。 「よぉし! あのフェンスを壊すぞぉー!」  希実香はハンマーを手にする。  すると数人がハンマーを振りかざす。  ってこのバカ女……ハンマーまで持ってきたのか……持ってこさせたのか?  と言うか良く見たら……ハンマーで殴られてすでに倒れてるやつもいるぞ……。  流血の大惨事だ……。  なんて……デタラメな儀式なんだ……。 「おいおい……希実香……お前もう少し落ち着いてやれよ……儀式が台無しだよ……」 「そっすか? 儀式なんてお祭りじゃないですか! これって最後の祭りですよね。救世主様」 「まぁ……そうだけどさ……」 「ほらー、どんどんフェンスを壊してゆけー! それが君達の前に立ちふさがる障害なんだー!」 「障害を砕け! 障害を砕いて! 空へ還るんだー!」 「ベルリンの壁だ! 民主主義の勝利だ! そんなの誰が信じるんだバカ! とりあえず壊したいだけなんだよ!」 「壊せ! 壊せ! ぶち壊せ! ハンマーだ! ヘヴィメタルだ! マ○ウォーだ! ハ○マーブロスだ!」 「やれハ○マーブロス! マ○オを倒せ! マ○オを倒せ! マ○オ様の偉業を否定する精神科医をぶっ倒せ! ぶっ壊すんだぁぁああ!」 「希実香……意味分からん……全然意味分かんないから……」 「あはははノリっすよ。ノリが大事なんですこういうのはっっ」 「どうでもいいけど……お前……救世主の仕事取るなよ……」 「えへへへ……まぁいいじゃないですか……救世主様、もうそんな大きな声でないでしょ? 傷……かなり〈酷〉《ひど》そうだし……」 「ああ……まぁそうなんだけど……」 「顔色悪いですもん……」 「ああ……血足りないかも……」 「私の血飲みます?」 「救世主は吸血鬼とは違うんで、そういうのでは治んないよ……」 「そうですか、微妙に不便ですね……」 「ああ……そうかもな……」 「す、すごい……」 「ものすごく大きい十字架……」 「私には……すごく大きな扉に見える……」 「俺は鍵と鍵穴が……」  それぞれが最果ての空に向かってあらゆる言葉で説明しようとする。  世界最後の空……それはみんなにどう見えているのだろう。  世界の最後の風景。  世界最後の言葉。  踊る人。  暴れる人。  笑う人。  空の下で元気よく校舎を破壊する者。  すでに血だらけな者。  最果ての空の下。  どこまでも蒼い……どこまでも深く真っ暗な蒼い空から星々が落ちてくる……。  きれいな夜空。  誰かが花火を発火させる。  なぜかその火花で、地面から大きな炎が立ち上る。  誰か……ガソリン持ち込んだヤツがいるな……。  たぶん箱舟の発電機用のガソリンをここに持ってきたんだな……バカなヤツだ……。  屋上の真ん中で大きな炎の柱が立つ。  巨大な炎の柱。  何人か巻き込まれて火だるまになっている。  いくらクスリ付けだからってあれはさすがに熱いだろう……全身火だるまだ……。  もう、端から見たら地獄だよな……この光景。  でも、なんでこの地獄をそんなに楽しそうにみんなはしゃいでるんだ?  終ノ空の下……ボクは戸惑っている。  世界の果てでボクは狼狽している。  ここにある快楽に……ここにある心地よさに……。  なんでこんなに輝いてるんだ?  なんでこんなにみんな輝いてるんだ?  みんな輝いてる。  みんなの生がまるで光に照らされている様に……輝いている。  最果ての空が人々の生をこれ以上ないほどにうつしだす。その命の意義をこれ以上にないほど美しく光らせる。  そうだ輝け!  最果てよ、我々の生を照らせ!  突如、記憶に浮かび上がる言葉。  時は第一次世界大戦! その戦場に立った、若き日の20世紀最大の哲学者。  その飛び交う弾丸の中で、自らの生が輝くのを見いだした。  いつ死ぬとも分からない世界でこそ、彼は生が輝く事を書き留めた。 「神よ我の生を照らし出せ!」  彼の名はヴィトゲンシュタイン。 「伝えてくださいな」 「俺の人生が最高すぎだったってさ!」 「俺、すんげぇ最高すぎな人生を生きてやったって、友達共には伝えておいてくださいな!」  彼は死ぬ瞬間にそう言って息絶えた。  誰が見ても不幸な人生。  誰が見ても大変すぎる人。  弟子の人はその言葉に困惑したって言う。  お前の人生のどこが最高すぎだったんだよーってね。  とってもキレやすい男で、人としては大変すぎな人だ。  どんな本読んでも彼がどんだけめんどくさい人間だったかが載ってる。  すんげぇめんどくさい人。  デタラメでわがままで、そんで、そんで……すんげぇ天才。  あれ? でもなんでボクはそんな人の名前を知ってるんだろう……。  そういう難しい本が大嫌いなのにさ。  でもヴィトゲンシュタインは自殺を否定してたな。  まぁ、彼自身がとんでもないぐらいの自殺志願者だったから……。  日記を暗号で書くぐらいの厨ニ病。  天才的邪鬼眼。  彼は言う。 「幸福に生きよ!」  誰が見ても不幸だった人が言うなよ!  でも、今なら分かる……。  世界の限界が……〈此処〉《ここ》であるなら……。  世界の果てが〈此処〉《ここ》であるならば……。  世界は器でしかない……。  誰かが言う……人生は空虚だ……。  当たり前だ……世界は器でしかないのだから、〈其処〉《そこ》に何か満ちてるわけがない。  その器を満たすモノは何か……。  金か? 夢か? 名声か? 女か? エロゲか?  馬鹿馬鹿しい……それも器にしかすぎない。  それらは世界の一部だ。  記述可能なすべて……言葉に出来るすべて……それは世界でしかない。  世界を満たすものは、世界の外にあるもの。 「主体(ボクとか君そのものぐらいの意味だよ)は、世界に属さない……それは世界の限界である」 「世界の意義は世界の外になければならない、世界の中ではすべてはあるようにあり、すべては起こるように起こる」 「世界の中には価値が存在しない」  自分の人生が最高だったって伝えてくれって言った大哲学者の言葉。  何となく……その意味がボクには分かる……。  〈何処〉《どこ》か遠くの時代の、何処か遠くの場所で生きていた大哲学者の言葉がボクに響く……。  さぁ、器を満たそう!  我々の生を照らしだそう!  制御するな……死を制御するな!  制御の外にあるから生は輝く!  この空は、我々の生を照らす。  青く、青白い光で我々の生を照らす。  でも本当に光ってるのはボク達だ!  この青い光の世界でこそそれが分かる。  ここは最後の空。  終わりの空。  この最果ての空は……どうみんなにうつるのだろうか?  セロハンテープで貼り付けられた空の境界線。  巨大な十字架。  白い部屋からのぞく青い海。  どこまでもつづく送電線。  まるでロザリオの教会に書かれた光だけで着色された聖母マリア。  ここは最果て。  すべての対が終える空……。  輝く月。  空の満天の星……。  地上に広がる……人々の生活の光。  まるでパーティー。  儀式を超えて……単なるパーティー。  世界最後のパーティー。  世界で最初で最後の生きている瞬間。 「さて……最後に救世主様からお話がありまーす」 「心して救世主様の話を聴く様にっっ」  って……お前が一番雰囲気をぶちこわしてるんだよ……。 「……ここが」 「ここが……空の最後だ」 「ここが世界の限界……」 「ボク達は最果ての空の下に立っている……」 「ここから先は簡単だ……簡単にいける……」 「まったく、苦もなく……届く……空へ……」 「……空へ還ろう……」 「んじゃ! 救世主様……これで……」 「希実香?」 「こういうのは勢いが必要なんですよ……私いきますから……〈後〉《あと》よろしく……」 「この数日……すんげー楽しかったす」 「え?」 「みんなーこの世界でやり残した事あるー?」  ボクの疑問は、希実香の叫びによってかき消される。 「みんなーこの世界でやらなきゃいけない事あるー?」 「つーか、この世でやらなきゃいけない事ってなに?」 「寝る! 食べる! オナニー! だいたいそんなんでしょ? あんたらなんて!」 「私もだいたい同じー! 寝るか! 食べるか! オナニーだ!」 「でももう無いんだわ……うん、やることもう全部やった感じ」 「だからさ! 空に還るんだよ!」 「元気よく! ほら! 私に続けぇ!」  壊されたフェンス。  空とボク達を〈分〉《わ》かつ物はすでにない。  ただ一歩を踏み出すだけ……ただ飛ぶだけ。  それだけだ。  希実香は笑いながら、叫ぶ。 「ほら飛べ! 最果ての空へ!」  希実香が飛ぶ。  希実香が落ちてくる星々を逆走してゆく。  希実香が空にのぼっていく……ぐんぐん上昇していく……。  その速度はどんどん速まり、その声が遠ざかる。  その声に感化され……。 「ちょっ、ちょっと、橘の分際で私の先行くとかねぇだろ!」 「わ、私もっ」  空に駆け上がる希実香……それを追う二人。  空を飛ぶ人々。  空に還る人々。  この世界の果てで……人々は空に向かう。  両手を広げて……まるで世界をつかまえる様に……大きく大きく手を広げて。  人々が空に向かう。 「いっしょに行こう」 「うん」 「また、完全な世界でもいっしょだよ」 「うん」 「じゃあ」 「救世主様、ありがとうございました」  いちいち確認して空へ向かう者もいた。  でも大半は勢いで、ただわけも分からず叫びながら空に飛んだ。  ただ叫ぶ。  意味もない言葉……。  ほんとうに意味のない言葉。  今日は特に気持ちよい……特に心地がよい。  涼しい風……。  きれいな青。  光世界。  死ぬのにはいい日だよ。  そう誰かが言った。  すごい数の人々が、破壊されたフェンスを超えて、その境界線を踏み出す。  数人は大怪我したり大火傷したりして動けなかったけど、それも何人かがちゃんと空に放り投げた。  彼らも空に吸い込まれていった。  気が付くと……あれだけの喧噪は消えていた。  あれほどの大騒ぎは完全な静寂に変わっていた。  気が付くと……そこにはボクだけが立っていた。  ただ一人……ボクは、屋上で立ちつくしている。  ふふふ、もう誰もいない……。  ボクだけだ……。  本当に終わりだ……。  遠くでサイレンの音がし始める。  当たり前だ……こんな大騒ぎして警察に連絡入れないわけがない。  真夜中に学校の屋上で踊りながらフェンスを破壊して……空へ……だなんて……。  ……。  これで……。  これで終わる……。  ボクの、  最高の人生が……終わる。  そうだ……最初っからこうすべきだったんだ……。  最初っから?  あれ……なんでボクはこんな事をはじめたんだろう……。  なんか大切な事を……思い出せない様な気がする。  ボクがこうしなければいけなかった……理由……なんだっけ?  そういえば……悠木……。  悠木皆守は……最後に何で謝っていたのだろう……。  あいつは……誰に謝っていたのだろう……。  何に謝っていたんだろう……。  誰を守ろうとしていたんだろう……。 「ふふふふ……」 「もういいさ……もういいんだ……」 「ここに、もうやるべき事はない……」 「ここに忘れものなんてない……」 「そうだ……忘れたもの……忘れてしまったもの……」 「それはもう忘れものじゃない……いらないものだ」 「いらない言葉だ」 「間宮卓司!」  あれ?  聞いた事ある声だ……。  これって……この内から聞こえる声は……ああ彼女だ……。  その後の世界を調和させるための……彼女だ……。 「間宮あんたぁ!」 「?」 「おや」 「水上由岐さん……」 「あなた……」 「まだ君はそんな所に居たんだね……ボクはたった今みんなを救済したところだよ」 「救済……これが救済?」 「そうだよ……」 「バカか……あんた」 「救済か……救済ね……」  ボクは全然関係ない事を考えてた。  まったく脈絡もない事。  水上さんは今回の事件の真相をどんどん解いていった。  彼女は名探偵だ。  だからボクはそれに合わせて、追い詰められた犯人みたいに振る舞う。 「くくく……素晴らしい推理だね……水上さん……ほぼ大正解だよ」  狂信の教祖みたいに大見得をきる。  微妙に楽しい。  まっ、  そんな事より、考えてた事。  飛び降りるんなら……水ぐらい浴びておけば良かった……シャツも変えてないし……。  だいたい希実香とセックスしたあとち○ちんも洗ってないや……ティッシュで拭いただけだ……。  そういえば希実香も水浴びてないな……浴びろよ……女の子なんだからさ……。  中出ししたままだぞ……いいのかそれで?希実香? 「すべては……超常現象でも神でも幽霊でもなんでもなく……一個人のあなたが仕組んだもの……」 「私の部屋に侵入して高島さんの携帯を置いたのも……それに鏡と司っ……」 「あれはなんなの?」 「鏡と司はどうやって……」 「彼女達は……彼女達は……」 「あなたは私にいったい何をしたの!」 「それを教えなさい!」 「……」 「ボクは君に何もしていないよ……」 「そ、そんなわけないじゃない……」 「いいや……何もしてないさ……」 「嘘だ! そんなわけない! 何もしてないなんて事、あるわけない!」 「いいや……ボクは君には何も出来ない……」 「なら、私が見たものはなんなんだ! いったいこれはなんなんだ!」  ああ……もうサイレンが近い。  もう彼女に付き合ってあげる時間もないな……。  あはははは……。  そうだ……。  最後にこんな事言ったら驚くかな? 「ボクは君が好きだったんだがね……」  なんてね。  んじゃ。  絶対に交わる事のない平行から垂直落下の世界へ……。  ボクは吸い込まれていく。  完全な自由落下。  最後の瞬間。  ああ……、  遠くのサイレンの音。  蒼い空。  月が笑う。  大地が回る。  星々が踊る。  空気が涼しい。  音楽と神様。  心地よく。  光り出す。 著 ルイス・キャロル 「鏡の国のアリス」より 「そして……あなたが今すぐにいい子にならないのなら……」 「私はあなたを、あちら側の……鏡の世界に入れてしまうわ」 「それでもいいのかしら? 子猫ちゃん?」 「ちゃんと聴いてる?」 「ねぇ子猫ちゃん……あなたがおしゃべりしないでちゃんと最後まで私の話を聴いていられたら……」 「私は鏡の世界について……私の頭に浮かんだすべての事を教えてあげられる……」 「ほら……あそこに鏡ごしに見える部屋があるでしょ……」 「――あれはうちの書斎とまるっきり同じだけど、でもなんでも逆になっているの……椅子に登ったら全部見えるのに――」 「そうは言っても、暖炉の向こうは見ることが出来ないのだけど……」 「ああ……、でも……あっちの向こう側も見られたらいいのに……」 「向こうにも冬には火が入ってるのか……私はすっごく知りたい……」 「だって絶対に分からないのですもの……」 「ただし、こっちの火が煙をたてたら……向こうの部屋でも煙があがるけれども……でもそれって、ふりをしてるだけかもしれないわ」 「それは、火があるように見せかけてるだけで……ああ、それとね」 「本はこっちの本と似てるけど、でもことばが逆向きになってるの」 「それは知ってるんだ……だってね私、本を一冊鏡に向けてみたら、向こうでも一冊こっちに向けるんだもの。くすくす……」  鏡の世界には美しいものがあるのかしら……。  鏡の世界には楽しいものがあるのかしら……。  鏡の世界の私は、まるでこの私の様につまらない顔をしている……。  つまらない世界にいるこの私と同じ顔をしている。  なぜアリスは鏡の世界は此処とは違うと思ったのかしら?  いいえね……そりゃ鏡の世界は逆に見えたし、暖炉の煙は本当の火かどうかは気になるかもしれない。  でも、鏡の世界の私だってつまらない顔をしているのだから……あっちはあっちでつまらないのかもしれない。  私ならそう考えてしまう。  鏡の世界だって、〈此処〉《ここ》と同じ……。  でもアリスには……鏡の世界は素晴らしくうつった……。 「ねぇ子猫ちゃん、あなたは鏡の世界のおうちに住んでみたいかしら?」 「あっちだとミルクがもらえるかしら? ああ、でも鏡の世界のミルクはあんまりおいしくないかもしれないわ」 「でも、あれ? なんかちょうど廊下のとこまでやってきたみたい……」 「鏡の世界のおうちでは、ほんのちょっとだけ廊下をのぞけるの……書斎のドアを思いっきり開いておくと」 「それでね……見える場所はこっちの廊下とそっくりなんだけど……でもその向こうは全然違う世界なのかもしれない……」 「鏡の国のおうちのほうに、ぬけられたら楽しいのに……」 「ねぇ、子猫ちゃん」  「もう絶対にぜったい!          すっごくきれいなものがあると思う!」  とある日曜の昼。  デパートの屋上。  私はたまたま知ってる子を見つけた……。  その子はいつもとは違う顔をしていた……。 「ま、間宮くん……」 「……」 「君は誰?」 「あ……あの……」  未成年のくせに喫煙をしている……。  たしか間宮くんは不良というのとも違った様な気がするけど……。 「こ、こんなところで奇遇ですね……」 「奇遇……まぁそうなのかな……」  素っ気ない返事が返ってくる……。  なんだろ……思いの外取っつきにくいのかな……この人……。  でも不思議だ……。  私は人見知りが激しい……。  それ以上に……不良が大っ嫌いだ……。  こんな時間に……こんな場所でたばこを吸っているこの子は……もしかしたら私に危害をくわえる様な人間かもしれないのに……。  でも、なぜか私は……彼に話しかけていた。 「間宮くんって……」 「?」 「不良?」 「……」 「……違うと思う」 「でも……たばこ……」 「……そうだね……」 「ついでに学校の成績も悪いし……授業もよくサボってる……」 「なら……不良?」 「不良ならいじめられてなんかいないし……みんなからキモがられたりしてないんじゃない?」 「キモい?」  キモいって……気持ち悪いって事……かな?  でも間宮くんって……。 「きれいな顔立ちしてると思うけど……」 「だからキモいんじゃない? ……細くて……小さくて……白くて……バカで……あといろいろ……」 「キモい……んだ……」  間宮くんっていじめられてるって言うのかな……。  なんかそんな時期もあったみたいだけど……でも今では大半の人が間宮くんを怖がってる……。  恐れ故に避ける事があったとして……いじめなどする人間などいるはずもない……。  それに……、  私と違って……間宮くんはいろいろなものを持ってる。  たとえば……、 「間宮くんはナイフとか持ってるんでしょ……それって不良だからじゃないの?」 「……オタクだから」 「へ?」 「オタクだからサバイバルナイフを持ってるんだよ……」 「そうなの?」 「そうだよ……今時オタクじゃなきゃナイフなんて持ってないよ……」 「……」  そういうものなんだろうか……。 「ナイフ持ってる不良なんかいないよ……バタフライナイフを忍ばせるなんて……だいぶ前の不良だよ」 「今はオタクしか持たない……キモくて、ぶつぶつ独り言言うヤツしかナイフなんて持たない……」 「だからさ……街を歩くと……黒いリュックを持った……霜降りジーンズのネルシャツだけが警察に持ち物検査されるんだよ……」 「デブか……ボクみたいに極端に痩せた眼鏡……」 「間宮くん眼鏡じゃないよ……」 「イジメで良く殴られたから……ベコベコになっちゃったからつけてない……」 「それって見えるの?」 「見えないよ……」 「良く見えないから……ボクは人の顔を覚えないし……黒板も見えない……だから成績だって悪い……」 「それって不便じゃ……」 「見えない方がいい人間だっているよ……」 「別に……ボクは目が良くなんかなりたくない……」 「……」  なんだか……分かった気がした。  私が彼に声をかけた理由……。  オタクだから少年はナイフを持つ……。  見たくないから眼鏡を壊れたままにしておく……。  私は彼を知っている……。  いいえ……私は彼の世界を知っている。  それはまるで鏡の世界。  あなたの世界は……私の世界。  きれいにうつる……その世界は私をうつしている。  つまらなそうな私の顔……。  鏡の世界にうつる私もまた……、  つまらなそう……。  間宮くんはつまらなそうに笑った。 「死ぬまで……なるべく少ない風景を見た方が楽じゃない?」 「だってさ……生きてて目に見えるものなんかボクにとっては大半が不愉快なもんだもんね」 「……」 「ほら……あの……カップル……」 「なんか微妙に美人じゃね? でも男もイケメンだし」 「ああいうの見ると……なんかさ」 「みんな、もっとも痛い死に方すればいいとか思うよね……」 「なんかあの顔とか硫酸で溶けちゃったりさ……もうどろどろのびちゃびちゃで痛い痛いってさ……あははははは」 「……」  そうかな……。  私は今……なんとなく……そうは思わない……。  私はなんとなく……。  幸せな男女が……そのまま永遠に幸せなら……いいのに……。  そんな事を……、  間宮くんと話してて……思ったんだ。  世界が幸せである様に……。  君に幸ある様に……。  私はそう祈りたくなった……。  ぼんやりと外を眺める。  あれって……。  誰かが校庭の端っこを歩いている。  なんであんな場所を歩いてるんだろう……。 「あれって……」  間宮くんだ。  彼は校庭の〈端〉《はし》……塀で影になった場所を神経質に歩いている。  その姿はまるで、影踏みをしているみたいだ。 「何やってるんだろ……」  彼はそのまま校庭の左端の方に歩いていく。 「間宮くん……裏庭に行くのかな?」  というか……あれって……古い方のプールの方……。  彼はどうやら数冊の本を小脇に抱えている様だった。 「授業中なのに……どこ行くんだろう……」  私は教室の時計を見る。  授業が始まって10分ぐらいか。 「授業さぼってるのかな……」  間宮くんは良く授業をさぼるらしい……。  と言っても私は彼と同じクラスじゃないから、彼がどの程度授業をさぼるかは知らない……。  “学校の成績も悪いし……授業もよくサボってる……”  彼がそう言っていた。  それがソース。  成績が悪いって……どれぐらいなんだろう……。まぁ、ああやって授業を当たり前の様に休んでたら、あまり成績は良くはならないだろうなぁ……。  そんな事を考えていると……彼がまた戻ってきた。  時間にして10分ぐらい?  彼は消えた場所から再び現れると、さっきと同じように、影の中を足早に歩いていく……。  2分たらずで、そのまま校庭を突っ切って、今度は反対側に消えていった。 「……」  何やってるんだろう……。  私は窓の外を見続ける。  〈硝子〉《ガラス》に遮断された、外の世界はとても暑そうに思えた……。  数分経つと彼はまた本を数冊抱えて、影の中を歩く。 「影の中じゃないとだめなのか……」  たしかに真夏の白い校庭のど真ん中を歩いてたら、その姿は目立ってしまうけど……、そうは言っても、影の中を歩いたって、その姿をごまかせるわけじゃないと思う……。 「なんで影の中なんだろう……」  なんて事考えてたら、また彼は裏庭の方に消えていく……。 「反対側って……何があったっけ……」  裏庭の反対側は正門。  正門と裏庭を行き来してるのだろうか……。 「そういえば……」  正門を越えた場所には駐輪場がある。  そう考えてみると、彼の姿が校庭から消えて、また現れる時間は正門では遅すぎる。  どちらかと言えば駐輪場あたりがあやしい。  という事は……。 「あれってもしかして駐輪場から何か運んでるのかなぁ……」  もしかしたら自宅から自転車で本を持ってきてて、それをどこかに運んでるのかもしれない……。 「でもどこに運んでるんだろう……」 「本を置くような場所なんてあんな場所にないはずだけど……」  裏庭には古い方のプールが残っている。  今年の春に室内のプールが出来たので、このプールは取り壊されるらしいけど……。  裏庭には他にこれといってなんにもないはずだ……。 「倉庫とか書庫とか……そんなものないと思うけど……」  彼は何をしているんだろう……。 「んじゃ、ここは良く覚えておく様にな。テストに出るから」 「えーマジでぇ……」 「ああ、マジだ……だから良く復習しておけよ」 「起立っ」  授業が終わる。  一斉に教室が騒がしくなる。  そこで私ははじめて授業が終わった事に気がつく。  わ……やば……。  全然聞いてなかった……。  気がつくと数学のノートに漫画を描いていた。 「またつまらぬモノを描いてしまった……」  でも外をずっと見ていたら……なんか描いていた。 「はははは……こんなんだから私はキモがられたのに……」  学ばないな……私は。  校庭を行き来していた間宮くんは授業が終わる時間になると姿を消した。  休み時間なのだから、彼のさぼりも休み時間なんだろうか……。  なんてくだらない事を考えながら、私は数学のノートを机に押し込む。 「こんなにらくがきしてたら、数学のノートとして使えないや……これは廃棄して新しいの買わないとね」 「高島!」 「え? あ、はい」 「何、ぼーってしているのよ」 「あ、うん……ごめん」 「高島ってさ、手に入れた?」 「え? 何を?」  赤坂さんはやさしく私に微笑む。  でも……この笑みがすごく怖い。  だから精一杯の笑顔で赤坂さんに答える。 「だからさ今度、杉ノ宮〈雷華〉《ライカ》でインストあるじゃん。それのチケット手に入れた?」 「杉ノ宮〈雷華〉《ライカ》? あ……うん……CD屋でやるイベントのやつ……持ってるよ」 「そうなんだぁ。私さCD買いに行くの遅かったからチケット手に入らなかったんだ」 「そうなの?」 「そうだよ。一昨日買いに行ったらもうなかった」 「き、昨日……〈雷華〉《ライカ》に行ってきたけど……チケットまだあったと思う……」 「えー無かったよ」 「でも……」 「見間違いでしょ? 私が行った時無かったもん」 「あ、うん……」 「あーあ、なんで高島は手に入れたのにー」 「う、うん……」 「赤坂さん……インストアのチケット……ほしい?」 「うん、ほしい」 「うん……なら……あげるよ……明日持ってくるから」 「マジで、それ超うれしい」 「うん……」 「ありがと、私ら超親友だね」 「あ、う、うん……」  返事が少し遅れた……なんか一瞬赤坂さんの顔が怖くなった様な気がした。  でもすぐに赤坂さんは笑顔だ。  だからたぶんセーフだったんだと思う……。 「トイレ行かね?」 「あ、うん……」  赤坂さんはトイレに私を誘ってくれる。  そういう時はだいたい上機嫌だ……。  チケットがうれしかったんだろう……。 「あーめぐもトイレ?」 「わたしらも行く、行くよな橘も」 「ん? 私?」 「あ、ざくろ……私はざくろ行くんならついて行く……」  ……。  希実香もついてくる……希実香はいつも私に意地悪するけど……本当は優しい。  みんな全然知らないみたいだけど……希実香は優しいし……絶対に自分の意志を曲げない強い人だ……。  でもだいたい……冷たいんだけど……。  でも、赤坂めぐと北見聡子、この二人は少し苦手だ……。  だから……とても気をつかう……凄く気をつかう……。 「そしたら、私とかにそのおやじがいきなり声かけてきてさ」 「三万円でどうか? とか聞くわけ」 「それって、超ありえなくない?」 「……そ、それって売春しないかって聞かれた……って事?」 「……」 「でさぁ。ムカツクからさぁ」 「あ……」  私を無視して赤坂さんは横にいた北見さんに話を続ける。  なんか私の言葉が空気読めてないから少しムカつかれたのかもしれない。  軽く地雷を踏んだみたい……。 「金だけもらってぶっちすればいいじゃん」 「嫌だよ。キモイ」 「……きもいよね」  小さな声でなんとか赤坂さんにあわせる。  聞こえるとも聞こえないともつかないぐらい……なんか冷や汗が出る。 「キモイ、キモイ」  赤坂さんが私の方に顔を向けた。  焦りながらも、私は一生懸命に相づちをうつ。 「おっさんとかいきなり話しかけてくるから怖いよ」 「こえぇ。こえぇ。なんかあいつら見境無いから怖いよね」 「特攻しすぎなんだよ。おっさんとか」 「そ、そうだね……」 「……あのさぁ……さっきから適当な相づちをうってるけど……ざくろそんな変態おじさんに話しかけられた事あるの?」 「え?」 「あ、あの……」 「何? ざくろ……また適当に合わせてただけなの?」 「いや、あれだよ。結構、高島みたいなのが〈通〉《つう》にはたまらねぇんじゃね?」 「〈通〉《つう》って何だよwww」 「高島とかおっさんウケいいだろどう考えても。なんか、ドドンキイに売ってる変な衣装とか着てくれそうじゃん。メードとかバニーさんとかさ」 「ああ、分かる分かる。コスプレだろ。あのコスっちゃうやつ」 「なんだよ、そのコスっちゃうってのはwww」 「言うんだよ。アキバ系はそう言うんだって、なぁ、橘」 「さぁ……良く分からないけど? ざくろは聞いた事あるの?」 「あ、う、うん……」  あんまり聞いた事ないけど……。  まぁ、コスプレとは言う……。 「ふーん、そう、言うんだ…… だから、ざくろとか気ままにコスっちゃったりするの? 人前とか……自宅で一人とかで?」 「自宅で? 相手がいないのに? マジでそれ少し変態入ってないの?」 「わ、私は……コスプレとかあまり……」 「しないのかよwww」 「超ウケるwww」 「あは、あははは……」 「くすくす……」  ここは笑うところなんだ……。私はなんだか分からないけど必死で笑顔を作る。  そんな私を見て、何故か希実香は苦笑する。  また失敗だったんだろうか……。  学校では、あらゆる言葉が地雷で……冷や汗が止まらない。  もちろん沈黙も同じ……こんな場所で沈黙なんて空気が読めてなさすぎ……。  私は早くチャイムが鳴らないか祈りながらこの場にいる。 「でも漫画とかは描くんだwww」 「ざくろ……授業中とかも描いてるよね」 「あ、いや……その」 「何? また夏のアキバ系イベント?」 「何? そのアキバ系イベントって? 橘とか知ってるんだろ?」 「有明で毎年やってるやつでしょ。オタが集まって、なんか何十万人も集まって大変な事態になるんだよ」 「マジで?  それ集まりすぎだろww何やってるんだよ集団でwwww」 「それってやっぱり臭いんだろwwwwwだってアキバ系が大集団になるんだろwwww」 「知らねーよwwでも臭いんだろwwwwなぁ高島?」 「え? あ、うん……」  まぁ……男性向けは臭い事が多い……。女性向けもたまに臭い人がいる……。 「なんで、そんな臭いやつらが集まるんだよwww集団になって何やんの?」 「なんかアニメキャラクターのエロ本作って売るみたいだよwwwwあとアニメのキャラクターになりきったりするんだよwww」 「意味不明www。 だいたいさ。なんで高島はエロ漫画なんて描いてるわけ?」 「あ、あの私は……一応……創作系で……そういうのは……」 「なんかアニメのキャラクターの男同士がHするヤツ描くみたいだよ」 「わ、私は……」 「男同士で? マジ?  それ人としてやばくない?」 「あ、あの……」 「あ、やべぇ、もう次の授業の鐘だ」 「次の授業ってリーダーじゃねぇ?」 「そ、そうだね……」 「やべぇええっ」 「どうしたの?」 「今日さ私、訳が絶対に当たる日なんだった」 「そういえばこの前は、聡子の目の前までだったもんね。今日もやってないわけ?」 「でも……ざくろも当たる日じゃないの?」 「うん……たぶん……良く分からないけど、たぶん当たると思う……」 「やってきた?」 「うん……まぁ、やってきたけど……」 「ノート貸してよ」 「え? でも……」 「私さ、推薦狙ってるから、マジでやばいのよ。成績が下がるのさ」 「でも……ノート渡したら……」 「コピーとる時間もないしさ、マジで貸してよ」 「いいんじゃね? 高島授業休めばいいじゃん。気分が悪いって言えば問題ないんじゃない?」 「そうしてもらえると助かる。ホント、ノート必要なんだわ」 「……うん……」 「マジで?」 「分かった……ノート……貸すよ……」 「超助かるっ。 私達、ちゃんと先生に説明すっからさ」 「うん……」 「やっぱ、持つべき者は友達だよね。あはははは」 「……」  この程度の事で彼女たちの機嫌を損ねるのは得策じゃない……。  私の一年生の時から続く皆勤賞は無くなるけど……それでも、あんな事に比べれば、それも大した事じゃない。  だから……、  仕方がない……。 「……本当に優しいんだね……ざくろ、ふーん」 「痛っ……」  と言って、なぜか希実香は私の腕をつねった。  なんか希実香が不機嫌になった……。 「……授業さぼっちゃった……」  私はひとり廊下に立つ。  授業なんてさぼった事ないから……どうしていいのか分からない。  保健室に行かなきゃいけないんだよね……。  そう言われた。  気分が悪くなったと言って保健室で休めって……。  でも仮病なんてすぐに先生に見破られてしまわないかな……。  別に私、どこも悪いわけじゃないから……。 「どうしよう……」  静かな廊下……これといって何をする……というより何も出来ない。 「そうか……せめてノートと鉛筆でもあれば出来る事も多かったかも……」  しまった……別に手ぶらじゃなくても良かった……どうせ保健室なんか行けないんだから……。  正直、最初っから保健室なんか行く気なんかしなかった……。  見破られそうというのもあったけど……それ以上に、本当はどこも悪くないのに保健室なんか使えないと思ったから……。 「こういう時ってどうしたらいいんだろう……」  ぼんやりと一人、廊下で考える。 「あっ……」  私は人影を見つけてすぐに女子トイレに隠れる。 「だからさ、マジでそれはないって」 「いや、ないとかないでしょ。それ、絶対にないでしょ」 「いや、マジでマジでマジで」 「またまた隠しちゃって、武勇伝隠しちゃってぇ」 「……」  私は女子トイレのドアにはりつく。 「あれって……不良の……」  なんかガラの悪い人達……ほとんど授業もさぼっている人達だ……。  そ、そうだよね……こういう人達がウロウロしてるんだよね……。  これって……ずっとトイレの中から出られないのかな? 「どうしよう……一時間も一人で女子トイレにいるなんて少し……」  かと言って……あの人達がいない様な場所で……先生とかにも見つからない場所って……。  やっぱりトイレだけかな……。 「そういえば……」  間宮くんもこの時間さぼってるのかな? 「間宮くんなら……不良にも先生にも見つからない場所とか知ってるかな?」  彼は……古いプールの方に消えていった……。 「行ってみようかな……」  どうせこの一時間……やることがないんだし……。 「誰もいない……」  たしかに間宮くんはこっちに消えたと思うけど……でもいないみたいだった。 「それとも、この時間は授業に出てるのかな?」  そうかもしれないな。別に連続でさぼるとは限らないんだし……。 「あれ?」 「なんかあれ……炭?」  プールサイドの脇のコンクリが少し黒くなってる。  よく見ると、その下には何か燃えかすがあった。 「これって……」  漫画? 「な、何やってるの?」 「え? あ?」  後ろから声が突然する、振り向くと間宮くんが立っていた。  さっきまでいなかったのに……。 「あ、あの……何か燃えてて……」 「そ、そんなわけないよ。そんなに大きな火じゃなかったんだからさっ」 「そ、そうじゃなくて……あの……炭があったから」 「だから何?」 「ご、ごめんなさい……」 「……君は?」 「あの……高島ざくろ……間宮くんの隣のクラスのっ」 「隣のクラス?」 「何?さぼり? 君ってたしか真面目な生徒じゃなかったっけ?」 「なんか諸事情があって……」 「諸事情? 何それ?」 「ま、間宮くんは?」 「はぁ?」 「間宮くんは何をしてたの?」 「ぼ、ボクは……べ、別に……」 「本燃えてた……もしかして燃やされてたとか?」 「……違うよ……」 「たださ……この漫画のヒロインが処女じゃなかったからむかついて燃やして、それを動画にアップしてやろうかと思って……」 「ま、漫画のヒロインが?」 「そ、そうだよ……別にいじめられてたからじゃない……ただボクは、それが許せなかったから……だからこれを燃やして……」 「その漫画知ってるよ……」 「え? 知ってるの?」 「あ、うん……私、漫画好きだから……」 「……そう」  一瞬だけ顔がほころんだ様に見えたけど、すぐに間宮くんは素っ気ない返事を返した。  なんだか、いかにも「興味ありません」という感じで……。 「漫画好きね……そうなんだ……」 「うん……だいたい少女漫画とかだけど……でも少年誌とかも読むんだ……」 「そう……どうせ腐女子とかでしょ? そう言うとオタの男にちやほやされるの?」 「ち、違っ。私はそんなんじゃ」 「そう……どうでもいいけど……そんな事……」 「……」  なんか気まずい空気が流れる……。  こんなところでも私は地雷を踏んじゃったのかな? 「間宮くんは漫画好きなの?」 「キモオタはだいたい漫画好きなんじゃない」 「それで間宮くんは?」 「はぁ? だったら好きに決まってるじゃない?!」 「ご、ごめん……」 「あのさ……いなくなってくれない?」 「え? あの……」 「こんなところに突っ立ってたらさ……悠木とかに見つかって、またボコボコにされるからさ」  悠木? あ、ああ……そういう不良の人がいるんだ……。 「あ、あの……私も……」 「あのさ。君がいるとボク帰れないんだよ。それだと困るんだよ」  帰る?  なんで私がいると……間宮くん帰れないんだろう……。 「何度も言わせないでよっ」 「ご、ごめんなさい……」 「謝るのはいいからさ……いなくなってよ。んじゃないとさ……あ!」  間宮くんの顔が恐怖に歪む。  その視線の先には……、 「さっきの人達……」 「ちぃっ」 「え?」 「きゃっ」  間宮くんは私の首をつかんでそのまま押し倒す。 「あ、あの……」 「なんか、今さ女子の悲鳴聞こえなかった?」 「それって城山、たまりすぎでしょ……」 「違くてさ、マジで!」 「あ、あの……」 「ああ……なんでこんな事に……ちきしょう。どうしたらいいんだよ……もうあんな近くじゃないか」 「あ、あのなぁ……これから見る事を言うなよ!」 「え? 何を?」 「〈良〉《い》いんだよっっ。とりあえず約束しろよ。絶対に言うなよ」 「あ、うん……」 「こっちだってさ。こっちで誰か青姦やってるんじゃねぇ?」 「ちょ、待てよ」 「……」 「ほら……」 「え?」  間宮くんは私の手を強く引っ張る。  開け放たれたマンホールに……。 「何やってるの、早く入れよ! そのハシゴを下りて」 「あ、うん……」  私がマンホールに入るとすぐに間宮くんが入ってきて蓋をしめた。  中は真っ暗になった。 「あ、あの……」 「黙って……あと、このハシゴ結構高いから気をつけろよ……怪我するから」 「あ、うん……」 「あれぇええ?」 「ほら、誰もいないでしょ?」 「おかしいなぁ……声したんだけど……」 「いないじゃん」 「たしかに声したんだけどなぁ……」 「たばこある?」 「ああ、あるよ……」 「ブンターですか……」 「ブンターの何が悪いんだよ」 「いや……なんかおっさん臭いじゃん……ブンターとかってさ……」 「はぁ? そんな事言うやつはハッカ味の1ミリでも吸ってろよ」  ……。 「あ、あいつら……上でたばこ吸いはじめた……」 「ま、間宮くん……」 「あん?」 「あ、あの……」  さすがに手がしびれてくる……。 「……」 「ちっ……しょうがないなぁ……そのまま下におりて……」 「下?」 「そう! 下まで行ったら明かりつけるから、とりあえず下降りてっ」 「う、うん……」  「その穴がとっても深かったのか……」  「それとも……アリスの落ちるのがゆっくりだったかも」  「だってアリスは落ちている最中でも、まわりを見まわして『これからどうなっちゃうんだろう……』と考えるだけの時間がたっぷりあったからです」 「まるで……アリスが落ちたウサギの穴みたい……」 「……」 「っと……」 「わぁ……」 「ここからさ、あっち行ってよ。あっち行くとさ用水路から出られるからさ……」 「あっち?」 「ほら、あっちの深くなってる方……」 「あっちって……靴汚れちゃうよ……」 「はぁ? そんな事知らないよ!」 「なんか聞こえたって! マジで!」 「またぁ?」 「いやマジで、女と男の声するって!」 「っ!!」 「あ、あんまり大声出すと……」 「わ、わかってるよ……」 「だからさ、絶対たまってるから」 「違ぇよ」 「……」 「……」 「……絶対に言うなよ……」 「何を?」 「……言えないから、聞いてるんでしょ!」 「あ、うん……」 「ったく……君の弱みでも握らないと教えられないんだけど……」 「弱み?」 「な、なんでもないよ! いちいちうるさいよ!」 「ご、ごめん……」  なんか……間宮くんって不思議だ……。  こうやっていきなりおどおどしたり……余裕があったり……そして……怖かったり……。 「ったくさ……弱みとかさ……言えないよ……ったく……………………」 「……」  なんか良く聞き取れないけど……何か独り言を言ってる……。  間宮くんって……こうやって独り言ばかり言ったり……。  なんか変な人……。 「っ」 「うわぁ……ここ……」 「さ、触るなよ……その辺にあるもんに触るなよ」 「あ、うん……」 「ここって間宮くんの隠れ家なの?」 「隠れ家? なんだよそれ……なんか大人の隠れ家みたいでかっこ悪いじゃないか……」 「ご、ごめん……」  そうなんだ……大人の隠れ家ってかっこ悪いんだ……良く分からないけど、格好いいもんだと思ってた……。 「ああいうマスゴミに踊らされた言葉なんか………気持ちが悪いとか思わないの?」 「……マスゴミって……?」 「ボクはね。マスゴミとか大っ嫌いなんだよ……。テレビとか新聞とか読んでるヤツはバカだよ」  マスゴミって……マスコミの事かな……、そういう言葉があるのかな……。 「そ、そうなの……?」  テレビはそんな感じするけど……新聞とかって頭が良い人が読むんじゃないのかな……。 「そうだよ。マスゴミに踊らされる人間は低脳で低俗なんだよっ」 「あ……うん……」  聞き取れるかどうかという音で、チャイムの音が聞こえる。  さすがに地下だから音が果てしなく遠い……。 「ほら、もう帰れよ……もう休み時間だしさ」  間宮くんは貯水タンクの奥にあったはしごに手をかける。 「チャイムが鳴ったんだから、もう出て行ってよ。それとこの場所の事は……」 「……この場所の事言うなよ! つーか不公平じゃん!」 「え? あの……」 「なんでボクだけ秘密教えなきゃいけないんだよ……ったくすごく不愉快だよ……」 「あ、あの……それって、私…なんか人に言えないものあれば……いいのかな?」 「え? あえ? な、なにそれ?」 「あ、あの……要は間宮くんの内緒事だけ私が知ってるからだめという事なんだよね……」 「え、ま、まぁそういう事かな……」 「少しだけ待ってくれたら持ってくるから……」 「え? な、なにを……」 「間宮くんにとってのこの場所と同じ価値のもの……かどうか分からないけど」  私はすぐに走り出す。  遠くで間宮くんが……。 「こ、ここに入る時に誰かに見られない様にしてよ!」 「あ、高島、ノートありがと」 「あ、うん……」  私は北見さんからノートを手にして……すぐに自分の机に入れてしまう。  そしてもう一冊のノートを取り出す。 「……」 「これはさすがに恥ずかしいかな……」 「っ……」  でも、そういうものじゃないと私の秘密を知るとは言わないよね……。  さっきの間宮くんを見つめながら描いた漫画……。  別に間宮くんの事を描いたつもりではないんだけど……でもさすがに見せるのは恥ずかしい……。  というかこんなもの親にだって見せられない。  本当なら棺桶まで持って行くか、それか燃やしてしまうか……もちろんどっちにしろ記憶は棺桶まで持って行くけど……。 「でも……あの場所って……間宮くんの秘密の場所だから……」 「……」  私はそのノートをシャツのお腹の中に入れて走り出す。  そうだ……このぐらいのもんじゃないとダメだよね。 「はぁ……はぁ……はぁ……」  たしかこのマンホールだったよね……。 「んっ……お、重っ……」 「あ……っく……」  あ……だめ……これ全然……。 「え?」 「な、何やってるんだよっっ。だ、誰かと思ったよっ」 「あ……ごめんなさい……」 「あぁ……あの……さっき間宮くんが言ってたから……」 「はぁ? 何を?」 「あ、あの……私の弱みが必要だって……」 「え? そ、それって……もしかして下…………」 「は?」 「あ、いや……な、なんでもない……って言うか? 何?」 「あいや……だから……私の弱みを……」 「……」 「弱み?」 「うん……間宮くんだけって……フェアじゃないと思うから……だから……」 「あ、あの……それって……」 「だから……」 「え、ええ? いや、本気で?」 「これをっっ」 「……」 「何これ?」 「ノ、ノートですっっ」 「……いや……それぐらい分かるけど……」 「あの……これが私の弱みですっっ。弱みなんです……」 「……はぁ……そう」  間宮くんはなんだか分からないという感じで私のノートを開く。  さすがに恥ずかしい……。 「……漫画……なの」 「は、はい……」 「まぁ……うまいんじゃないの?」 「え?」 「何? 漫画家とか目指してるの?」 「あ、いや……そういう事ではないんだけど……」 「そう……まぁ漫画とか描いたの人に見せるのは恥ずかしいかもしれないけど……でもそんなのって弱みになるの?」 「よ、弱みにならないの?」 「さぁ……だいたい全然うれしくないし……」 「あ、あの……だったら何がっ」 「だ、だからっっ。そ、そんなの言えないでしょ!」 「そ、そうなの?」 「も、もういいよ…… ったく……」  間宮くんがまたマンホールに入っていく。 「あ……」 「って!  なんで入ってくるの!」 「あ、いや……」 「……」 「ふん……ま、まぁ……もう今更かもしれないから……いいけど……」 「ここにいつもいるの?」 「ここに?  こんな湿気の多いところにいたら病気になるよ……それにここって蒸し暑いでしょ」 「うん……」  地下と言っても、密閉された空間……やはり夏は結構蒸し暑い……。 「少しならあまり気にならないんだけど……長い時間いると少し……」 「つらいでしょ? 温度はたいしたことはないんだけど、やっぱり湿度が高いから」  そうなんだ……。  という事は、ここにいつもいるわけではないんだ……。  ちょうど避難場所みたいなものなのかな……。 「何やってるの?」 「へ?」 「ここにずっと留まっていたいならいいけど……」 「あ……」  間宮くんはさらに奥にあったハッチの様なものを開けた。 「それって出口?」 「……」  間宮くんは何も言わず梯子をあがっていく。 「あ……あの……」  すぐに間宮くんの姿は見えなくなる。  ついて行って〈良〉《い》いんだよね……。 「ここ……」  ひんやりと涼しい……。  ここって……。  とてつもない広い空間が姿をあらわす。  何本ものコンクリの柱が延々と続いている様であった。 「ここって外じゃないよね……まだ昼間だから……」  こんなあたりが薄暗いわけがない……。  でもこんな広い空間って……。 「ここは新校舎の土台。この真上には新プールがある」 「だから、ここは涼しい。あと上の階がクーラー効き始めるとこっちも涼しくなる」 「最近は良くできてるもんで、腐らない様に、土台と言えどもけっこう換気がしっかりしているんだ」 「旧プールの排水タンクが被さった形で建てられていたんだ……」 「まぁ、新プールの排水にも旧プールの排水タンクも使用される可能性を考慮して残されたのかもね……どっちにしろこっちには都合のいい話だけど」 「良くこんな場所見つけられたね……」 「土台に降りる階段が何個かあるから、上から降りてくる事は出来るみたいだけど……当たり前だけどその扉は閉まってる」 「ボクの知る限り開いたことなんてない。言ってみればボクたちが出入り出来るのは今の通路だけだ」 「誰も来ない……って事だ……」 「プールに異常でもあったら業者が来るんじゃない? 排水パイプとかあるから……」 「でも不良とか……先生とかは来ない……そういう事?」 「そういう事じゃない?」  間宮くんはどんどん奥に歩いていく。  私は急いでその後を追っていく。  それにしても天井が高い。  傾斜している場所に建てられた建物だからそれも理解は出来るけど……それにしても……。 「なんでこんな天井が高いんだろう……」 「何か作る気だったのかもね。途中で金がなくなったんじゃないの?」 「何か?」 「もう一階分のフロアは入りそうだから、そう思っただけ、別になんの根拠もないよ」 「そうなんだ……」 「着いた」 「着いた?」  間宮くんはいきなり壁を押す。  するとその壁がひらりとへこんだ。 「これって布?」 「布にエアスプレーで砂利を吹き付けたんだ。暗闇じゃどう見ても行き止まりだよ」 「すごい……まるで家みたいに明るい」 「発電機があるからね。ここなら読書だってゲームだって出来る。かなり重いけどネットもなんとか出来るよ」 「ネットまで?」 「と言ってもモバイルだから、すっごく重いよ」 「地下なのに……」 「たぶんこの建物内はアンテナが立つ様に工夫されてるんじゃないのかな?」 「それ以外だと……食器棚があるだけかな……」 「本……」  どこかで見たことがある本棚……たぶんこれって学校の本棚だよね……。  それにしてもかなりの数の本だ……。 「これって間宮くんの本?」 「ボクのもあるけど……ボクのものじゃないのもあるよ」 「なんか……難しそうな本が沢山……」 「そういうのはボクのじゃないんじゃないの? ボクは漫画ぐらいしか読まないよ」 「戯曲とかいっぱい」 「それはボクのじゃないね。家から持ってきたんだ」 「自宅から?」 「ボクは読む気なんかないけどね……」 「読まないのに持ってきてるんだ……」 「まぁいいじゃん……」 「哲学書……」 「そんなの読まないよ」 「世界文学……」 「興味ないね……」 「古典文学……」 「そんなの誰が読むんだよ……」 「ライトノベル……」 「それ、すごい数でしょ。全部ボクのだよ」 「ライトノベル好きなんだ」 「だいたい古い本なんかから学ぶ事なんてないよ。本なんてライトノベルだけ読んでればいいんだよ」 「そ、そういうものなのかな……」 「はぁ? なら古い本から学べる事なんてあるの? そういうのを読むのが老害なんだよ」 「老害……」  違うと思うけど……使い方……。  まぁ……そんな事はいいや……。  でも……やっぱり、違うんだ……。  ここはたぶん違う……。  私は食器棚から何かの瓶を手にとってみる。  どうやら瓶詰みたいだった……。 「マーマレードの空き瓶じゃないよね……」 「何?」 「なんでもない……」  アリスは……、  まずは下をながめて、どこに向かおうとしているのかを見きわめようとしました。  でも暗すぎてなにも見えません。  それから穴の横のかべを見てみました。  するとそこは、食器だなと本だなだらけでした。  あちこちに、地図や絵がとめ金に引っかけてあります。  アリスは通りすがりに、棚の一つから〈瓶〉《びん》を手にとってみました。  「マーマレード」というラベルがはってありましたが、空っぽでした。とてもがっかりです。  アリスは、下にいる人を殺したくはなかったので、〈瓶〉《びん》を落とすのはいやでした。  だから落ちる通りすがりに、なんとか別の食器棚にそれを置きました。  アリスが不思議の国に通じる穴に落ちた時の一節だ。  そうなんだ……。  ここは不思議な国に通じるウサギの穴でもなんでもないんだ……。  でも、何だか私には最初間宮くんが不思議に見えた。  何か惹かれるものがある様な気がして……〈此処〉《ここ》に来てしまった。  〈此処〉《ここ》じゃない何か……。  私がいる〈此処〉《ここ》じゃない〈何処〉《どこ》か……。  鏡の世界……不思議の世界……。  そんなものがないのは分かっていたけど……それでも今と違う何かを持っている様な気がした……。  間宮くんはとても謎めいてる様に見えたけど……。  でもそんな事もないんだ……。  なんか……知ってみたらつまらないもの。  とてもつまらないものだった……。 「ん? どうしたの?」 「私そろそろ帰る」 「え? もう?」 「あ……うん……」 「あ、あのさ……」  私は逃げる様にその場から立ち去る。  後ろで間宮くんが……、 「い、いつでもここに来ていいからっ」 「あ、あの高島さんっ!」  さっきまでまったくそんな事なかったのに……、  なんか突然彼の声が〈煩〉《わずら》わしく感じる……。  まとわりつくような声が気持ち悪い……。 「あー」  なんか……あんまり面白い事ないな……。  そんなの当たり前なんだけど……。  そんなに面白い事なんかしょっちゅうあったらすぐにあきちゃうよね……。  人生とか……。 「ふぅ……」  間宮くんか……。  正直がっかりだった……。 「がっかりか……」  何を期待してるんだか……。  日が傾きだす。  毎日ごとに空の色は変わらないけど、それでも時間ごとには空はその色を変えていく。  空は徐々に黄色がかっていき……建物を紫に染めていく。  夕焼けは憂鬱……。  だって、この風景に染まる頃には、私は疲れてきているから……。  身体もだるいし、なんか心もだるい。  にも関わらず、今日という一日は単なる穴ぼこみたいに何もない……。  穴ぼこの一日に残るのは、身体のだるさと心のだるさ。  ついでに残るのは……後悔みたいな変な焦り。  後悔みたいと言ったところで……別に反省する事なんかない。  当たり前。  今日という日の選択肢を大々的に私は何も誤っていない。  穴ぼこだらけの日常が、いっぱいの花束の様な人生に変わる様なタイミングなどなかった。  だいたい、そんな大々的に失敗したり成功したりする様な選択肢なんて、日常にありえないし……。  それに、単なる穴ぼこに、突然いっぱいの花束がつまったら相当悲劇だ……だってそんなの数日で腐敗するに決まってるから……。  根っこのない花なんて……すぐに生ゴミに変わる。  だからすごく憂鬱な夕焼け。  憂鬱すぎる風景。  でも、この憂鬱すぎる風景はまた――  そういった一切合切の終わりの風景。  この心のだるさも、身体のだるさも――これで終わり。  そう考えると少しうれしくもなる。  車窓からは、憂鬱な風景が右から左、右から左と流れていく。  どんどん流れていく。  そして流れていくたびに、その風景は紫の色合いを強めていく……。 「ふぅ……」  食卓でご飯を食べてから部屋に戻る。  これといってやる事もなく、こんな携帯電話でネットを見る。  と言っても……それも別に楽しい事じゃない。  SNSからのメールはよく知らない男の人からの承認申請が来ている……。  その人は30歳のサラリーマンで、コミュニティの趣味が私と同じで、そんで私の日記を見てたらファンになったという……。  「若いのにしっかりしてるね」  「ああ、今時の娘でも、ちゃんと考えて生きてるんだって感心する」  だそうです……。  「アリスとか好きなんだね。チェシャ猫ちゃんってヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』は見たの?」  ちなみにチェシャ猫が私の〈HN〉《ハンドルネーム》。  「少し芸術性が高い映画だけど、チェシャ猫ちゃんは聡明だし感受性が高いから気に入ると思うよ」  残念ながら、私は聡明でも感受性が高いわけでもありません。  「今度、ジャバウォッキーの謎を解くコミュのオフ会があるじゃない? チェシャ猫ちゃんはそれに参加するのかな? するんだったらDVDを持って行くよ」  残念ながら……行きません(というかそんなコミュ入ってないし……)。  などと毒づいた返レスでも返したいけど……まぁ出来るわけもなく……、  気分が乗らないので、そのままにしておく……。 「はぁ……」  私は適当にネットを見ていく……。 「そういえば……もういいかげん私の悪口とか消えてるよね……」  北校SAWAYAKA掲示板……。  いわゆる学校の裏掲示板というやつ……、半年ぐらいまではここで私はさんざんな事を言われていた。 「キモイ……」 「ウザイ……」 「ブス……」 「無駄に巨乳……」  すみませんね……ブスのくせに胸だけ大きくて……。  ここ最近は私に関して新しい書き込みはない。  ちょうどイジメがなくなったあたりから。 「イジメ……か」  その当時見ていた、イジメ相談関係の匿名掲示板を見てみる。  私の相談したスレは残っている……。  なんか、がんばれとか負けるなとか……書かれている。  がんばってとか負けるなとか……実は結構つらい返答だった。  でもいろいろと解決策を教えてくれた人も多かった。  それはとてもうれしかった。  でも、その中の一人の28歳の人がだんだんストーカー化して怖かった。 「ああいうのは絶対にメールアドレスとか教えちゃだめなんだな……」  最初は、いじめ相談所の電話番号とかメールアドレスとか教えてくれてとても親切な人だなぁ……と思っていたんだけど……。  この人に携帯の番号を教えてからは……毎晩の様に電話がかかってきて……。  「今なにしてるの」とか。  「今度遊びにいかない?」とか。  まったく関係ない話題ばかりになってきて……怖かったんで携帯を新しく変えた。  でも良かった事も多かった。  特に、女の人とか普通にやさしくて良かった……。  とても親切だったし……なんと言ってもあの28歳みたいな下心がないのが安心出来た。  でもある日、なんの前触れもなく私に対するイジメは終わった。  私が大けがしたおかげで……。  あれは痛かったけど……今考えると不幸中の幸いだったので……ここにはそのまま来なくなった。 226:イジメダメ成人:2012/01/15(水) 11:26:15 ID:KAERA 新学期はじまったけど、チェシャ猫ちゃんは大丈夫だった?  ちなみにこのイジメダメ成人というのがその28歳ストーカー男。  イジメはダメでもストーカーはOKなのだろうか……。 228:三月ウサギ:2012/01/25(水) 11:30:20 ID:inkin 書き込みがないんだから大丈夫なんですよね。 229:三月ウサギ:2012/05/09(木) 11:35:40 ID:ADAMO あれからだいぶ経ちましたが、何もありませんか。 あなたが健やかに生活できる様に祈ってます。 「三月ウサギさん……」  これはとてもやさしかった女の人……。  彼女には、その後の事を教えてあげたかった……。  でも、ストーカー化した人がめんどくさかったので、ここではもう書き込みは出来ない……。  今は本当にいじめはなくなった。  この三月ウサギって人……良く「祈ってます」って言葉があったな……。  言葉遣いも丁寧で……親切で……いい人だった……。  この人にはその後の事説明したかったな……。  いじめがなくなった事とか……。  伝えられたら良かった……。 「ふぅ……疲れたな……」  時計を見る。  知らない間に12時を回っていた。 「あちゃ……もう寝ないと……」  その夜……夢を見た。  はじめて見る夢……。  でも何度も見た様な夢……。  もしかしたら……大昔に見たのかも……。  夢は私を憂鬱にして……、  そして消えていった……。 「さすがに暑いなぁ……」  屋上の夏の日差しはやはりつらい。 「こんな場所来るべきじゃないのかも……」  なんだか今日も授業をさぼった。  と言っても今日は、誰かに無理矢理というわけではなかった……。  ただなんとなく……、  別に皆勤賞を狙っていたわけじゃないけど、一度でもパーフェクトが崩れてしまえば、何となくさぼろうと言う気にもなる。 「今まで全然さぼった事なんてなかったしね……」  たまにさぼったって許されても良さそう……。 「でも、やっぱり慣れない事はするものじゃないな……」  人があまり来なさそうな場所を求めて屋上に来たけど……こんな場所たしかに誰も来ないだろう。 「日差しが強すぎて、人が入れる様な場所じゃないよ……」 「ふぅ……」  一時間どうやって時間すごそうかな……。 「こんな事なら、真面目に授業出てれば良かったかな……」  私は屋上の手すりを伝って歩いていく。  結構この学校複雑な構造している……だから屋上の形も普通ではない……。  A棟の屋上はまるで十字架の様な形をしている……。  歩くたびに風景が変わっていく……。  B棟やC棟は立ち入り禁止。  ……。 「あれって……」  間宮くん?  なんで?  あれってB棟の屋上だから立ち入り禁止はなずじゃ……なんであんな場所に間宮くんが……。 「あれ?」  よく見ると柵の向こう側に階段がある。 「B棟につながってるんだ……ここ……」  A棟より一階分少ないからその階段は降りる形になっている。  だからまったく目立たないけど……気がつくと結構大きい……。 「たぶん立ち入り禁止なんだろうけど……」 「君は?」 「あ、あの……」  昨日の事なのに……この人忘れてるのかな……。 「わ、私は隣のクラスの高島ざくろ」 「高島……ざくろ……そうなんだ」  そうなんだって……。 「ごめん……ボクは結構人覚えるの苦手なんだよね……」 「そうなんだ……」  それにしたって……昨日の事じゃない……。  なんかどうでもいい人だったけど……覚えられてないと思うとなんとなくムッとする……。 「君はこんなところで何をやってるの?」 「あ、いや……別にこれと言って……」 「もしかしてさぼり?」 「ま、まぁ……そんなところかな……」 「そうなんだ……あんま良くないよ……そういうの」 「ま、間宮くんだってさぼってるじゃない」 「ボクはいいんだよ……」 「なんで……」 「さぼりの常連だからね」 「り、理由になってない……」 「まぁ、理由なんていいじゃん。でも、あんまりさぼるのは良くないよ」 「君ってたしか真面目じゃなかったっけ?」 「ま、真面目なわけじゃないけど……」 「そう……まぁどうでもいいや……」 「……」  なんだろ……。  昨日別れた時は、あんなに〈煩〉《わずら》わしい声だったのに……今は間宮くんの声が違って聞こえる……。  同じ声なのに……。 「ここって結構涼しくない?」 「え?」  そう言われてみれば……。  間宮くんに気をとられてたから気がつかなかった。  ここ……結構涼しい……。 「影になってるから……それと……」 「学校裏の用水路の森から涼しい風が来るんだよ」 「A棟の屋上って夏場はとんでもなく暑いからさ、さぼりの生徒も、それを見張る教師も来ないんだよね」 「B棟の屋上はこんなに涼しいんだけどね……」 「さぼるには最適というわけなんだ……」 「まぁ、そういう事かな」 「……」 「間宮くんはここで何をやってるの?」 「何をやっている様に見える?」 「読書かな?」 「ご名答」 「ラノベ読んでるの?」 「ラノベ好きなの?」 「そういうわけじゃないけど……」 「これは……」  間宮くんは読んでる本のカバーを外す。 「……シラノ・ド・ベルジュラック?」 「フランスでもっとも人気の戯曲だってさ……」 「フランスで人気? それって最近のもの?」 「19世紀に書かれたもんだから……最近とは言わないよね……」 「面白いの?」 「すごく出来の良い演劇……だが取り立てて論じるに値せず……と当時は言われたそうだよ」 「どういう事?」 「まぁ言ってみれば、あくまでも商業演劇。当時にしては、恐ろしく古くさくて新鮮味に欠けた作品だったみたいだよ」 「そうなんだ……でも、難しそう……」 「ごく最近の翻訳だからそんなに難しくないよ。まぁ普通に義務教育を終えた人なら読めるんじゃないの……」 「君はちゃんと義務教育を終えた?」 「あ、一応……ってそれって当たり前じゃない」 「そうか、なら読めると思うよ」 「どんなお話?」 「詩人!」 「剣客!」 「理学者で……」 「かつ音楽家!」 「17世紀に実在したそんな人物の物語だよ」 「実話?」 「いいや、戯曲だよ。あくまでもね」 「ぶ男の片思いの純愛を書いた」 「ぶ男の片思い?」 「私は女の優しさというものを知らずに来た……」 「え?」 「母親は私を醜い子だと思った……妹もいなかったし……成人してからは……ずっと女達の嘲りの目が怖かった……」 「そんな人の片思いの純愛劇……」 「片思いの……純愛……」 「そういう本」 「面白い?」 「ああ、もちろん。ボクはとても好きだよ」 「……」  間宮くんが柔らかく笑う。 「なにか本でも読む?」 「え?」 「暇じゃない? さぼってる時間って結構さ。ボク、何冊か本あるよ。何か読んでみたら?」 「あ、うん……」 「ラノベがいい?」 「あ……なんか間宮くんのおすすめあるかな?」 「ラノベの?」 「あ、いや、それ限定じゃなくて」 「どんなのが好みなの?」 「あんまり詳しくないから分からないんだけど……アリスとか好きかな……不思議の国とか鏡の国とかの……」 「アリス! ルイス・キャロルね……ならこんなのどうかな?」  間宮くんは鞄の中をごそごそとあさり、一冊の文庫本を取り出した。 「何これ?」  なんか可愛らしい絵の表紙……でもそれ以上に……、 「猫と共に去りぬ……って何これっ」  思わず笑ってしまう題名……。猫と何処にいく気なんだろう……。 「読んでみたらどう?」  そう言って差し出された本を受け取ると彼と目が合う。  間宮くんは少しだけ微笑んだ。 「あ、ありがと……」 「ボクが読んでる文庫と同じシリーズなんだけど、文字が大きめだし紙も厚くて裏移りしてないから読みやすいよ」 「うん……」 「ラノベもいいけど、たまにはこういうのもいいんじゃないかな?」 「で、でも……私はラノベはあまり読まないから……」 「そうなの? なんか最初にラノベとか言ってたから好きなんだと思った」 「間宮くんはラノベ好きなんだよね」 「ボクは本だったらだいたい好きだよ。だってさ」 「だって?」 「電源を使わずに、心の中に引きこもるなら本が一番でしょ?」 「電源を使わず?」 「屋上にはさ……残念ながらコンセントも電話線もない。だからインターネットも出来ないし、ゲームだって出来ない」 「くす、くす……たしかに」 「携帯で遊ぶのも充電っていうのが煩わしいんだよね……ボクってものぐさだからさ。持ち歩いたものの充電忘れて、使い物にならなくなるんだ」 「ものぐさだから、ゲームでも携帯電話でもなく本を読むんだ」 「そんな感じー。もう少し真面目だったらゲームとか携帯で遊ぶんだけどねー」 「くす、くす……真面目だったらまず授業さぼっちゃだめだよ」 「なるほど……それは見識」  なんだか不思議な人だ……。  本を開いてみると……でも……間宮くんが気になってあまり良く読めない。  本の中の人達……たとえば年金生活の老人の話よりも、三十本の毛と三十代の車を持っている経営者の話よりも……今は、横にいる人が気になってしまう……。 「間宮くんは読書とか好きなの……ですか?」 「え? さっき言わなかったっけ?」 「あ、そうだ、そうだよね……あはははは」 「まぁ、基本引きこもり体質だからさ、読書とかは好きなんだよ」 「ひきこもりなんだ……」 「わりかしね……」 「鐘の音……」 「授業が終わったよ」 「あ、うん……」 「あ……」 「?」 「兄さん……」 「兄……さん?」 「どうしたの? めずらしい。二人して屋上なんか来て」 「……」  二人?  何が二人なんだろう……、  私には、どう見ても一人にしか見えないけど……。  間宮くんの前に立つ少女を見つめる。  違う学校なのか……制服が違う……。  というよりも、もっと若い感じがする。  やっぱり妹さんなんだろう……。  それはそれとして……、  二人の意味はやっぱり分からない……。 「……お友達?」 「あ、ああ…… たまたま一緒になったんだけどね……隣のクラスの……」 「高島ざくろ……あなたは?」 「羽咲……間宮羽咲です」 「間宮くんの妹さん?」 「はい……」 「そうなんだ……」  なんか可愛い子だな……。  二人を邪魔するのも悪そうだ。  わざわざ妹さんが兄を訪ねてきてるんだから……。 「それじゃ……私これで」 「あ、うん」 「さようなら、羽咲さん」 「はい」 「あ、そういえば本?」 「まだ読み終わってないんでしょ?」 「あ、うん……よ、読むの遅いから……」 「良かったら読んでみなよ」 「ファンタジーの文法という本を書いた人の児童文学だから、単なる子供向けとは思えない楽しさがあると思う。たぶん気に入ってもらえると思うよ」 「う、うん……」  なんだか私は〈踵〉《きびす》を返して走り出してしまう。  なんだろう……恥ずかしい様な……うれしい様な……いてもたってもいられない様な感じがして、おもわず走ってしまう……。 「ざくろだ? あれ? またさぼったんだ」 「あ、うん……」 「ふーん、そうなんだ……めずらしいねぇ」  希実香は少し笑う。  希実香が笑う時はだいたい怒っている時だけど……今のは違う様に思えた……。 「高島ー。メシ食べようよ」 「あ、うん……」 「私も……」 「金ねー」 「何んだよそれ……いきなりだなぁ」 「〈金欠〉《きんけつ》なんだよ……あー金ほしい」 「なんでそんな金ないんだよ」 「知らないよ。月末が近づくと無くなるんだよ」 「まだ全然月末じゃねーし……」 「とは言っても、バイト代が出るの25日だし、小遣いが出るの30日だし……今時期ってつらいよね」 「なんか簡単に金が儲かる方法とかない?」 「知らねぇよ。そんなの私が聞きたいぐらいだし」 「あんたん〈家〉《ち》、めちゃくちゃ金持ちじゃん」 「ったて、私が金持ちなわけじゃねーじゃん。月の小遣い30万円とか死ぬって」 「だから、それすんげぇ収入源だから」 「どこがだよ。あれだよ。お嬢大だと100万円ぐらいもらってるヤツざらだよ?」 「だから、それは桁違いだからっ」 「でも私も金ねーよ。つーかあんたらにいつもおごってるからだけどさぁ」 「サーセン感謝してますっ」 「金かぁー。 貰うと楽だけど、稼ぐのってすんげぇめんどくさいよなぁ」 「ウリはまずいしねぇ」 「瓜?」 「ざくろ……天然狙ってるの? 少しイラついた……」 「そ、そんな事ないけど……」 「バカ、エンコーの事だよ援助交際の事」 「エンコーとかめんどくさい事になるだろ」 「なんかもっとクリエーティブに稼ぐ方法とか無いの?」 「クリエーティブって……」 「なんか無いの? あれでしょ? ブロガーとかで儲かったりするんでしょ?」 「ブログとかで儲かるん?」 「そんな話、テレビで見た」 「んじゃ、ブログでもはじめたら?」 「どうやって?」 「いや…そんな事言われても……分からんがなぁ」  ブログが儲かるって……いつの話なんだか……。  だいたいネット初心者の様な、特別な情報もない人のブログなんて誰も見もしないし……。 「なんか無いかなぁ……てっとり早くお金が儲かる方法って……」 「てっとり早くって……あんまり無いんじゃないのかな」 「高島って漫画とか描いてるんでしょ?」 「あ、うん……」 「それでお金とか儲けらんないかなぁ?」 「そんな上手くないし……お金にはならないと思う……」 「赤坂さん……小説とか書いてみたら?」 「小説?」 「なんか募集してるよ。携帯で書けるやつ……」 「携帯小説か!」 「ああ、あれなら映画化決定したり、ドラマ化決定したり、賞金がすげぇもらえたりするよね」 「それしかねぇ!」 「小説とか書けるの?」 「やってみなきゃわかんない」 「とりあえず次の授業中に書いてみようか」 「そんな事より…いい加減にご飯食べない? 時間なくなるよ……」 「それだ!」 「いや…そんな元気に言われても……困るけど……」  携帯小説ねぇ……。  前に少し読んだことあるけど……すごい文体だった。  なんか言葉が良く分からない人が書いた文章の様な……そういえばあんな文章の始まりの小説を読んだ事があったなぁ……。  なんか最初はすごくバカそうな……知恵が足りなさそうな文章なんだけど……主人公の頭がどんどん良くなっていく過程で、文章がどんどんうまくなっていく感じの小説……。  携帯小説は最後まで同じ様な文章だったけど……。  あれ、なんて小説だったかなぁ……。  ……。  間宮くんなら持ってるかな……。  彼の秘密の部屋にはたくさんの本があったから……。  もしかしたらあるかも……。  小説か……。 「これ借りちゃった……」  『猫と共に去りぬ』  『風と共に去りぬ』なら聞いた事あるけど、こんなへんてこりんな題名は聞いた事がない。  もくじをめくると、表題の他にもいくつかの短編が入っている。  一個一個は短いんだ……まぁ児童文学だからあんまり長いと疲れちゃうよね……子供は……。  なんて事を考えながら、表題の猫と共に去りぬを読み始めると……、  あれ……このおじいちゃん……。  居場所がないからって……猫になっちゃったよ。  主人公の老人は……物語早々にして猫になって、猫達についていってしまう……。  くす、くす……なんて突拍子もないんだろ……。  たしかに、私好みのお話だ……。  面白い……。  作者はジャンニ・ロダーリ……まったく聞いた事がない名前……。  こんな事知ってるんだね……彼は……。  本のソムリエって聞いた事があるけど……それって間宮くんみたいな人を言うのかな?  ソムリエって、お客さんにあわせてワインを選ぶんだよね……だったら間宮くんはまるでそれだ。  間宮くんの貸してくれた本は……とっても私好み。  なんか本をわたしてくれる時も……なんとなくソムリエぽかった……。  なんて言ってもソムリエなんて良く知らないんだけど……でもそんなイメージ。  そんな事を考えながら、ぼんやりと外を眺める。 「そういえば間宮くん……この時間なら秘密の部屋にいるかなぁ」 「そうだ……あとで行ってみよう……」 「間宮くん……いつでもここに来ていいからって言ってたよね……」 「お、怒られないかな……」 「……」 「まったくの暗闇って少し怖いなぁ……」  目が慣れるまで……少しの間待つ……。 「ライターとか持ってないと不便だな……」 「真っ暗だ……」  私は壁伝いに歩いていく。  あれ? 「これ……」  暗闇の中で……うっすら赤い文字が浮かんでいる。  稚拙な文字で書き殴られた文字は……。 「なんで処女じゃないんだよ……」 「ビッチは死ね……」  ……良く見ると、貯水タンクの壁のあらゆるところに落書きがされている。  そのすべてが……。 「なんか……」 「少し……怖いかな……」  ……。  私はすぐに貯水タンクを出る……。  なんで……。  さっきはあんなに聡明だったのに……。  なんであんな不気味な落書きを……。 「あ、高島さんっ」 「ど、どうしたのこんなところに? もしかしてボクの秘密の部屋に?」 「……」 「お、おいっっ」 「どうしたんだよ!」  私はその場から逃げる。  なんかここは怖い……。  この場所にいる間宮くんはまるで別人みたいだ……。 「ん?」  これと言って会話もないご飯を食べてから部屋に戻る。  これといってやる事もないので、いつも通り携帯電話でネットを見ようとすると……。 「またSNSからのメールか……」  どうせ、また男の人からメールだろう……。  私は憂鬱な気持ちでメッセージ箱を見てみる。 「う……昨日の人だ……」  「承認がまだされてないんだけど、なんか気に障ったかな?」  「もし気に障った様な事があったら謝るよ」  ……いや別に……そういうわけじゃないんだけど……。 「ふぅ……」  私はすぐにこの人を承認する。  あんまり知らない人を承認なんてしたくないんだけど……仕方がない……。 「……あれ?」  まだメッセージがある……全部で二件あったの?  私はもう一件のメッセージを確認する。 ―――――――――――――――――――――――――― 2012/7/03 22:01 from  宇佐美 subject ようやく連絡をつけられます ―――――――――――――――――――――――――― はじめまして……と言った方がいいでしょうか? 「石の塔での戦い」 この言葉に何か引っかかる事がある時は返事をください。 それと、たぶんあなたに大きな変化があると思います。 それはたぶん良い事です。 「……」 「なに……これ……」  石の塔での戦い……。  何かのRPGだろうか……それとも小説? 漫画かもしれないけど……。  ひっかかるも何も……聞いたこともない……。 「はぁ……」  なんか私はこういう変な人をひきつける様な何かがあるんだろうか……。  暗いからかなぁ……。  そういう雰囲気がSNSの日記まで現れてるのかもしれない……。 「ああ……最悪……」  もう寝る……よ……。  ばふっ。  という気持ち良さそうな音がなる。  布団が気持ちいい……。  今日はご飯を食べる間に布団乾燥機をかけておいたのだ……。  大きな変化……。  それはたぶん良い事……。 「昨日まで湿気っぽかった布団が……今日はフカフカ……」  私にとっての大きな変化なんてそのぐらいしかない……。  それが良い事となればなおさら。 「悪い方なら大きな変化とかあるけど……」  まぁいいや……。  もう寝よう……。  あ……。  歯を磨いて……。  顔を洗わないと……。  ……。  空を覆う……黒い影……。  どこまでも続く憂鬱な黒い影……。  まるで世界の黄昏……。  憂鬱の風景……。  はじめて見る夢……。  でも何度も見た様な夢……。  もしかしたら……大昔に見たのかも……。  夢は私を憂鬱にして……、  そして消えていった……。  今日は土曜日……すぐに授業が終わる日……。  それなのに私は何となく居ても立ってもいられなくなって、一時限目で授業をさぼってしまう。  今までさぼるなんて考えた事もなかったのに……、  二時限目の授業のチャイムと共に私は階段を上っていく。  自分がいなければいけない場所よりも、ずっとずっと上の階にあがっていく。  そこには期待してた姿がある。  彼のきれいな髪の毛が風にそよぐ。  細い直毛の長めの髪。  きれいな瞳……。  たぶん神様だってその姿を見たら……ずっと見ていたいと願うと思う……。  だから……。 「ん?」 「あっ、お、おはようっっ」 「……あれ? 君は……」  優しい笑顔で間宮くんが答える……。 「お、覚えて下さいよ。私は隣のクラスの高島ざくろです」 「高島……ざくろ……。あ、ああ……昨日の授業さぼっていた……というか今は?」 「授業さぼってしまいました」 「そうなの?」 「そうですっ」  と言って、私は間宮くんの横に座る。  少し、近すぎたかも……。 「あ、これっ」  借りていた本を渡す。 「あ、ロダーリだね。面白かった?」 「うん、すごく面白かったよ」 「それはそれは、こちらも貸した甲斐があったというもんだね」 「……」 「この本ってどこの国の人なの?」 「どこの人だと思う? ヒントは物語の中に出てきた場所や建物……さぁ思い出してごらん」 「えっと、物語の中で古代ローマの遺跡がいっぱい出てきた……」 「アルジェンティーナ広場」 「そう、その他も……ヴェネツィアとかガリバルディ橋とかピサの斜塔……、それってイタリア?」 「ご名答。ジャンニ・ロダーリはイタリアの児童文学作家だ」 「間宮くんって……そういうの詳しいんですね」 「詳しいって事もないさ。ただ好きな作家なら覚えるでしょ?」 「うん……」 「間宮くん今日は何の本?」 「あ、いや…昨日と同じものを読んでるんだけどね……」 「昨日と同じ本?」 「表紙が違うし……大きさも全然違う……」 「少し気になってね……を……」 「?」  間宮くんが手にしている本には見慣れぬ言葉がおどっている。  横にはノートそして……。 「フランス語辞典……。ふ、フランス語?!」 「あ、いや…そんなちゃんと読んでるわけじゃないよ。ただ、少し気になるじゃない……いろいろと」 「間宮くんって……フランス語読めるのですか?」 「読めないよ。読めるわけないでしょ。ただ少し勉強してるぐらい……」 「でもノートに訳文が……」 「いやぁ…そりゃ何度も読んでる本だからさぁ。みて辞書みれば、まぁ訳文らしいものがでっち上げられるよね」 「ってか、まぁいいじゃん」  というと間宮くんはその本を隠してしまう。  ……。 「シラノ……ド……」 「シラノ・ド・ベルジュラック?」 「うん……私でも読めるかな?」 「フランス語読めるの?」 「あ、違う。前に間宮くんが読んでたやつ」 「あ、ああ、だからあれは義務教育を終えてたら読めるよ。終えてるの君?」 「当たり前ですっっ」 「読みたいの?」 「はい……」 「そう、んじゃ……これ」  間宮くんは昨日の本を渡してくれる。 「シラノ・ド・ベルジュラック……」 「とてもテンポが良くて気持ちいい翻訳だよ」 「ありがとう……」 「そんな気になってたの?」  そりゃ、あなたがそんなに真剣に読んでる本だから……、  なんて事は言えない……。 「昨日あらすじ聞いてたら面白そうだなぁ……って」 「たしかに面白い本だよ」 「うん……」 「この本……何度も間宮くん読んだんだ……」 「まぁ、戯曲だからさ、本の厚さに対してそんな長くないでしょ。だからなんとなく繰り返し読んじゃうんだよね」 「特別好きとかじゃないの?」 「……どうだろう……。良くわかんないけど……たしかにボクは原文なんてめったな事じゃ読まないね……」 「たまに読むの?」 「って言っても数ページだよ。いつもすぐに挫折しちゃう」 「そういった意味じゃ…一応ノート数冊分も訳しながら読んでるんだから……特別好きと言えるかもね」 「そうなんだ……」  ぶ男の話だって言ってた……なんで間宮くんはこの本に魅せられるんだろう……。  そういえば片思いの純愛の小説だとも言ってた……。  だとしたら……。 「間宮くん……片思いとかした事あるの?」 「……なんだいそりゃ?」 「あ、いや……ごめん……」 「もしかしてボクがこの本を好きな理由?」 「あ、いや……あの……」  なんか直接的すぎたかも……まるで私バカな子だ……。  片思いの小説が好きだからって……それじゃそのまんまだよ……バカすぎ……。  真っ赤になっているだろう私を見て、間宮くんは「くすり…」と笑う……そして。 「そりゃ人間だからさ、片思いぐらいした事があるよ……うん」 「こちらだけ愛してるのに……相手にはその思いが届かない……とか、そういう経験はあるよね……」 「……」  なんか……、  その言葉にズキン……ときた。 「まぁ、まぁ、そういう核心めいた話とかやめようよ。恥ずかしいじゃんか」 「あ、うん……ごめん…なさい」  恥ずかしいって……そんなになんだ……。 「その言い方だと……何? 君は片思いだからこの本に興味があるの?」 「え? は、はいっ」  って、私ったらなんでそんな事を大声で返事してる? アホか? 「そうなんだ。それはつらいだろうし……また楽しいんだろうね」 「はいっ……」  っ……。  なんか、あからさまにうれしそうな返事になってしまった……。  ああ、もうなんだかっ。  なんだろ……本当に……。  今日も間宮くんから本を借りた……。  でも昨日とは違って……間宮くんの思い入れがある戯曲……。 「これで少しは……間宮くんに近づけるかな……」  なんてねっ。  さぁっ、授業中に読んでしまおうっ。  古文の先生はずっと黒板に向かってぼそぼそしゃべってるだけだからね。  読んでたって絶対に気がつかれないっっ。 「……うん……面白い……」  なんか古くさい感じがしない……。  発表された当時に古くさいって言われてたのに……なんで今読んで古くさくないんだろう……。  主人公のシラノって……間宮くんみたい……、  って言っても、間宮くんはシラノみたいに不細工じゃなくて、どっちかというと、美少年クリスチャンみたいな顔をしている(つーても文字だからクリスチャンの顔は良く分からないけど)。  主人公のシラノはとても不細工で……知的で頼もしい……。  間宮くんは、すごく知的で……頼もしくて……、そして美しい顔をしている。 「言葉遣いがいちいちうまいんだよねぇ……」  シラノも間宮くんも……、 「ヒロインの美少女ロクサーヌは、シラノの声にうっとりするんだけど……」  知的な人のしゃべり方って……うっとりするよね……。  間宮くんのしゃべり方もうっとりする……時がある……。  でも……。 「たださ……この漫画のヒロインが処女じゃなかったからむかついて燃やして、それを動画にアップしてやろうかと思って……」  なんて時もある……。  ああ言う時には、あの声がかわいそう……。  あんなきれいな声なのに……あんな言葉……。  とてもじゃないけど同一人物とは思えない……。 「なんで間宮くん……あんな態度取ったんだろう……あんな汚らしい言葉……」 「処女じゃなかったから……むかついて燃やしたとか……ひどい言葉……」  あれって、まだそんなに言葉を交わしてない時期だよね……。  という事は……もしかして偽ってるとか……。  わざとあんな変な態度をとってたとか……。  あ……そう言えば……。 「さぁ、君、取りたまえ……この偽りを」 「なんてセリフが、シラノ・ド・ベルジュラックにはあった……」 「このセリフってシラノがクリスチャンの言葉になる事を提案する時のセリフ……」  主人公シラノ……希代の天才でありながら、希代の不細工な男……。  彼は、才女である美少女ロクサーヌに恋をする……。  だが、美少女と不細工では、あまりに釣り合わぬ恋……。  絶対にかなわぬ恋……。  彼はそう考える……。  その時……ただ美男子であるだけの青年クリスチャンと出会う。  彼もまた、ロクサーヌに恋をする……だがただの美少年でしかない彼もまた、類い希な才女である彼女とはつりあいがとれぬ……。  そこでシラノは提案する。  彼女に伝える言葉だけは彼の口から……そしてその唇はクリスチャンが……。  その提案の時に彼が言う言葉……。 「さぁ、君、取りたまえ……この偽りを」  だったら……あのおかしな間宮くんは……。  偽りの自分……。  と言うことは……私に受け取れと……。 「あはははは……さすがに勝手な解釈だね」  だいたいその後のセリフが……“そして真実に変えるのは君だ”だから、受け取ったら、変な方の間宮くんが真実になっちゃうし。 「それは困る……」  間宮くんが好きなシラノ・ド・ベルジュラック……。  それは……醜い天才と美しいバカが、一人の女を落とす話……。  シラノがその魂の部分を受け持って、クリスチャンが外見とか肉体的なものを受け持つ……。  ちなみにクリスチャンは、好きな女の前では混乱して訳わかんなくなってまともにしゃべる事も出来ない様な……まぁ今でも本当にいそうなバカな美男子だ。  そう言った意味では……シラノの心が入ったクリスチャンと、入ってない時のバカなクリスチャン……、  まるで、かっこいい間宮くんと、変な間宮くんみたい。  え?  間宮くんって、もしかして……二人いるとか?  顔がいいだけの間宮くん以外に、実は不細工で頭がいい間宮くんがいるとか? 「なんてねぇ……」  シラノ・ド・ベルジュラックだと、シラノが言葉を発する時に、クリスチャンの声は変わってしまう。  まぁ当たり前で、吹き替えみたいな感じになるからだ。  でも間宮くんの声は変わらなかった……。  普通にどっちも間宮くんの声。  同じ声なのに、語られる言葉によってあんなに違う……。  全然違う……。  ……。 「というか私……」 「なんで間宮くんの事ばかり考えてるんだろう……」 「あはははは……っ」  まったく恋だね。  これじゃ完全に片思いだよ。  うんっっ。  ……。  うん……そうだ……。  完全に片思いだ……。  一方的な……。 「それこそ……」  私と彼とでは釣り合いがとれない……。  どちらかと言えば、美貌と才能と教養をかねそなえた間宮くんは美少女ロクサーヌの方……。 「だとしたら私は……」  知識も無く……たいした美貌もない……。  シラノでもクリスチャンでもない……何もない人……。  それこそ……、 「実るわけがない恋は私のもの……」 「そうだよね……」  私なんて……みんなからキモがられて……。  半年前までいじめられていた。  今はそのいじめは突如として止んだけど……理由は分からない。  なんかすごくいじめられて……ある日を境にいじめられなくなって……それでいつもビクビクして生きてる。  またあの地獄の日々が始まるんじゃないかって……。  みんなの顔色だけを窺って生きてる……。  みんなの気分を悪くしない様に……ちゃんと空気を読める様に……。  私はそんな事ばかり考えて生きている……。 「あははは……私ってばこれじゃまるでストーカーだよ……」  屋上で一人本を読んでいる間宮くんの姿を見たら……思わず写メを撮ってしまった……。 「バレたら嫌われるかな……さすがに」 「でも……」  なんであそこにいる時の間宮くんはあんなにかっこいいんだろう……なんか他で見る間宮くんとは全然違う……。 「なんで間宮くんはあんなに知的でかっこいいんだろう……あははは」  なんだか知らないけど思わず私は、間宮くんの写メが入った携帯を抱きしめながら布団の中でごろごろしてしまった。 「まぁ、こんなストーカーみたいなのはいけない事だけど……明日は日曜だし……いいよね」  まったく意味不明。  それは分かっている。  でもさ……明日は間宮くんを見ることが出来ない。もちろんお話だって出来ない。  間宮くんの本はここにあるけどね。 「はっ?」  そうだ……これって……間宮くんの本なんだよね……。  って事は間宮くんが触ったものなんだ……。 「た、大変だっっ」 「お風呂入っても……手だけは洗えないかも……」  なんて事自体が……どれだけストーカーなんだか……。 「あはははは。もちろん冗談。冗談だよ。だいたいこの前知り合ったばかりの人なんて、そんな簡単に好きになったりしないよ」 「うん、ただなんとなく気になるだけだよ」 「そんな私が簡単にリア充(リアル生活が充実しているの略らしい)みたいな事になるわけないしね」  ……。  そうだよ……。  今までだって、そんな気持ちになってろくな事なんてなかったんだからさ……。  なんかこうやって一人で部屋の中で勝手に盛り上がって楽しんでるぐらいがいいんだ……。  こうやってギャグにして……一人で楽しむ……それがいいよね……。  日曜日……私はこれといって用事もなかったけど……なんとなく電車に揺られていた。  それはこれと言ってめずらしい事ではなかった……本当に……。  ただ一つ私には、体温が十度ぐらいあがるほどのサプライズが現在進行中なのだ。  なんでこんな事になったんだろうか?  いや……別に大した理由なんてないと思う。  ただ私は、大好きな声優のCDを買いに行くため電車に乗って……開いてた席に座った。  そうしたら……。 「……」 「……」 「えっと……君は……」 「……」 「あ……」  屋上の時の間宮くんとまったく同じ反応。  私は顔が真っ赤になってその場で「きゃー」とか言って間宮くんを押し倒してそのまま逃げそうだったけど(なぜ押し倒してから逃げる自分?)  大きく息を吸って、ごく自然に……。 「あ……あら……間宮くんじゃありませんか?」←超不自然!  と言葉に出した。 「あははは……君は何しているの?」  次の言葉は、さっきより自然に出す事が出来た……だって間宮くんと会ったときの恒例になっているから……。 「わ、私は……高島ざくろです……君じゃありません」 「あははは、そ、そうだね。ごめん」 「高島さんどこ行くの?」 「間宮くんはどこに行かれるのですか?」 「ボク? あははは……実はまったく決まってないんだよね」 「あははは……そうなんですか? わ、私もです」  ナイス私。そんな嘘をさらりと言えるなんて……今日の私は冴えてるかも。  好きな声優には申し訳ないけど……明日ちゃんと買いに行きますから……。 「なんかさ天気がいいし……このまま電車に乗りながらどこ行くか考えようかなぁ……とか思ってたんだ」 「そ、そうなんですか……」  わ、私もなんですよっっ。  よ、よかったら、このまま一緒にどこか行きません?  とか言いたいところだった……。  むしろ、心の中では言ってた……。  なのに現実の私は……。 「あはははは……」  間宮くん相手に、外国人の対処に困った外国語の喋れない日本人みたいな笑顔を振りまいてるだけ……。  なんとかしないと……。 「あれ? ここで降りないの? 杉ノ宮だよ?」 「あ、はい……といいますか間宮くんは?」 「だから、ボクはどこに行く当てもないからさ……別に降りても〈良〉《い》いんだけど……降りなくても良いみたいな……そんな感じかな」 「そうなんだ……」 「君も本当に目的無しなんだね」 「はい……それと出来たら君じゃなくて……ざくろって呼んでもらえませんか?」 「え? なんで?」 「たぶん名前で呼んでくれないから覚えてもらえないと思うんですよ……」 「あははは、別にボクに覚えてもらわなくても〈良〉《い》いんじゃないのかな?」 「あのですね……それが〈良〉《い》いのか悪いのかは、相手が決める問題だと思いますよ」 「あはははは……そっか」 「あ、ごめんなさいっ……なんか生意気言いました……」 「いや、そんな事ないよ。君の言う通りさ」 「……ならざくろと呼んでくださいっ」 「あっ……」 「なかなかそういうの慣れないよね……」 「もう何度も会ってるのに……」  なんて思ってるのは私の方だけなんだろうな……。  なんか間宮くんの感じを見ると……私なんて学校で挨拶かわす程度の知人って感じ……。  せめてもう少しいっぱい話が出来ればいいのにな……。  そうすれば……もう少しぐらい彼に覚えてもらえるかもしれないのに……。  なんてね……。  なんて考える事自体がおこがましいんだ。 「なんかさ、高島さんって本良く読むの?」 「え? はい、少しですけど……」 「ルイス・キャロル以外とかも読むの?」 「読書ってほどでもないですよ。簡単なものばかりです。ショートショートとか好きですけど」 「え? どんなの?」 「〈阿刀田〉《あとうだ》とか……もちろん筒井康隆とかも好きです。あと星新一とか……」 「そうなんだ。ボクも小学生の時に読んだよ。すっごく筒井康隆が好きだったなぁ。もちろん星新一も阿刀田高も」 「そ、そうなんですか?」 「〈阿刀田〉《あとうだ》はさ、小学生には少し刺激的な話が多いんだけど、それが良かったんだよね。小学生だったのにお布団の中で興奮して読んだ思い出がある」 「あははは……お布団で……」  私は少し赤くなる……そうだ……〈阿刀田〉《あとうだ》の作品は他の作家よりもすこし性的な描写が多い様な気がする。  あんな話を子供の間宮くんが興奮しながら読んでたと思うと……少し面白い……。 「うん。ボクは今でも短編好きだよ。あ、そうだ。今度また高島さん好みの小説を貸すよ」 「え、どんなのですか?」 「今度もまたイタリアの作家なんだけど、ブッツァーティって人の短編集でね。この前読んですっごく面白かったからさ」 「イタリアって……この前貸してくれた猫のお話と同じ国の作家だ。間宮くんはよくイタリアの作家まで知ってるね」 「あ、いや、たまたま最近読んでただけなんだよね。時期が違ったら違う本を薦めてたかもしれないよ。あははははは……」 「マルケスとか?」 「ガルシア=マルケスとか知ってるの?」 「あはははは、なんか間宮くんとか好きそうだなぁって思った。お父さんが薦めてくれて読んだ本なんだけどね」 「眠れない日があって、リビングに出たらお父さんがいて、寝れないんだよって言ったら貸してくれたのが『予告された殺人の記録』でね」 「それで?」 「あまりに面白いから全然寝られなかったっ」 「あはははたしかに、でもすごく短い本じゃなかった?」 「それでも、読後感がすごかったんだもん」 「それは分かる」 「くすくす……」  なんて違うんだろう……。  全然違う。  今まで過ごした時間と……全然。  こんな時間……どこにも見たことがない。  こんなキラキラした時間を私は知らない。  間宮くんと話しているこの時が……永遠に続けばいいのに……そう思ってしまう。  こんなに楽しくて……ドキドキしてキラキラしている時間なんて……もう一生ないかもしれない……。  だから“この瞬間よ永遠に!”  なんて事はなく……。 「あ……次……」 「次?」 「次の駅で終点だ……」 「そうか……もう終点なんだ」  ……。  もう終わり……。  こんな楽しかった時間なのに……。  もう終わり……。 「最後の駅ってどこ?」 「遊園地前だって……」 「遊園地か……そんな場所に用はないから、このまま乗って引き返しになるのかなぁ……」 「……」 「んじゃ、ここで……って?」  私は無言で間宮くんの手を握っていた。  大胆……というよりは、単に混乱してただけ。  もう電車のドアが閉まってしまうと思った時には、彼の手を握って、私はその駅に降りていた。  この時間をこんな中途半端で終わらせたくなかったから……だから……。  ザクザク……、  ザクザク……、 「夏だねぇ……かき氷とは……」 「すみませんでした……」 「え? 何が?」 「いや……無理矢理こんな場所に降ろしてしまって……」 「そう? 別にボクは用事がなかったからいいよ。なんかかき氷もおごってもらっちゃったしさ」 「はぁ……ごめんなさい……」 「……だからあやまらなくていいってば」 「そうですか……」 「それにしてもさ、さすがに休日だから結構人が沢山いるんだねぇ……こんなぼろい遊園地なのに」 「そんな事言ってはだめですよ……」 「いやさ、今は地方の小さな遊園地とかは全滅だって聞くよ。良くこれだけのお客さんが集まってるもんだよ」 「なら、それなりに楽しい遊園地だって事じゃないですか?」 「そうなのかねぇ」 「私がおごりますから、いろいろ楽しみませんか?」 「おごらなくてもいいよ。まぁせっかくだしいろいろ楽しもうよ……ボクも遊園地なんて数年ぶりだしさ」 「はいっ」  あはははは。  もう絶対変な娘だよね。  何やってるんだろ。  昨晩、別に間宮くんとの事は一人で楽しもうって誓ったのになぁ……。  なんか彼を無理矢理デートに誘っちゃったし……。  ってっっっ。 「で、デート?!」 「ん?」 「あ、なななななんでもありませんっっ」 「そう? なんかさ今思ったんだけど、こうやって休日に二人でなんてデートみたいでおもしろいね」 「っ!」 「あれ? こんな言い方……不愉快だったかな?」 「め、めっそうもございませんっっ。そう言っていただけるだけでざくろは光栄でございますっっ」 「あははは……なんだよそれ……」  ってぇえええ! だから私は何でそうやってすぐにテンパっちゃうのよょよ!  おかしな〈娘〉《こ》って思われる! 変な娘って思われる! 変態だと思われる! 「なんか思ったより高島さんって変わってるんだね」 「っっ」  しまった!  ほら、いい感じだったのにぃ。悟られたじゃないっっ。私が変だってっっ。  もう、彼の見る目が変わっちゃう……なんかキモイものを見る目に……。 「だからかな……」 「あうっ……」  だから……、 「だから人嫌いなボクでも落ち着くのかな……」  ほらきた……キモイ…………って?  へ? へ? へ? お、落ち着く? 「変わり者だからさ……どうもみんなといると疲れるんだよね……でもなんか高島さんといると落ち着くね……」 「え……」 「ん?」 「あ……ああ……」 「どうしたの? なんかずっと黙って……あと顔赤いけど……もしかして体調が悪いとか?」  心配そうに…私のおでこに間宮くんの手が……つーか手が!? 「ち、ちがいまっ」  って、思わず手を振り払っちゃったよっっ。 「あ、うん……」  あああ、ごめんなさい間宮くんっっ。本当はその手で顔とか触ってもらいたかったんだけど……思わず思わず……。  なんか気まずくなったよ……。  私が間宮くんの手を払ったりしたから……、  ああ、どうしよう。なんか思い切ってその手を私の服の中にでも押し込めばいいのか?  って、それ私がうれしいだけで間宮くんは全然うれしくないっっ。つーかそれやったら本当の変態だって!  あ、ああ……混乱する……。  あ……あの……。 「あ、あの……」 「どうしたの?」 「ご、ごめんね……熱とかあるわけじゃないんだよ……うん……」 「た、ただ、こうやって人と一緒に出歩くことが無くて……緊張しちゃって……」 「人と出歩く事がない? あはははは引きこもりなんだ」  違うっっ。間違いだっっ。本当は男の人とだったー!! 「それもボクと一緒だね」 「え? でも間宮くん……こうやって外出てるし……」 「ボクはさ、ただ誰とも会いたくないからこうやって休みの日は外に出てるだけさ。たしかに引きこもってはいないけど……同じ様なもんだと思うよ」 「そうなんですか……」 「うん、そうだよ」 「だいたい本当に読書が好きな奴は人間嫌いだよ。人間好きな読書好きなんて、スポーツマンで勉強が出来てすごく優しい人間ぐらい気味が悪いよ」 「それ……とっても偉い人じゃないですか」 「そうだね。ボクはそういう偉い人が気持ち悪い人種なんだよ」 「……」  私はたまらずに間宮くんの手を握ってしまう。  さすがにその行動に間宮くんは驚いたみたいだったけど……私はすかさず。 「ほら間宮くんっ。あれ楽しそうですよ!」  と言ってごまかした。  なんだか……私は自分を抑えられないぐらい……この人が……。 「なるほど……君は絶叫系が大好きだったんだ」 「あ、あは、あは……」  実は大嫌いです。  なんか適当に指さしたものが絶叫系でしたというオチです。  でも、思わず手を握ってしまった事をごまかすために、苦手な絶叫系に挑戦してみました。  そして今……吐きそう……。 「だ、大丈夫? なんか顔色悪いよ」 「あははは……なんかはしゃぎすぎたみたいですね」 「なんかもっと落ち着いたものがいいんじゃないの?」 「落ち着いたものですか?」 「うん、あれとか……」 「っててて! お化け屋敷じゃないですかっ。どこが落ち着いてるんですかっっ」 「あ、いや、自分の足で歩くから比較的落ち着いてるかなぁ……と、暗いしね」 「暗いから血圧が上がるんですっっ」 「そんなの嘘だよー。だったら夜になったらみんな血圧上がるじゃん」  上がるでしょーベッドの上でー!!  とか少し下品な事を思ったけど……さすがに自粛……。  ああダメだ……あんまり下品な同人誌読むのやめよう……自分内のギャグが下品すぎていけない……。 「そうですね……」 「なら、何がいいの?」 「少しこのまま歩きませんか?」 「あ、うん……全然いいけどさ」 「あ……」 「どったの?」 「あ……そういえば……ここボートがあったなぁ……って思って……」 「ボート? ああそうか……それならおとなしいって言えるかな?」 「え? もしかしていいんですか?」 「え? 何が?」  何がも何も……ボート二人っきりって……それって初めてのデートの王道的な締めくくりじゃないですか……。 「もしかして、オールを〈漕〉《こ》ぐ事すらボクには出来ないとか思ってないよね……」 「そ、そんなわけありませんよ……でもいいんですか?」 「高島さんが嫌でなければボクは是非とも……」 「……」  と言って王子様みたいな手で間宮くんが私を誘う。  この人はなんて女の子の気持ちが分かっているのだろうか……という事は……たぶんこの人相当な女ったらししかありえない……。  だってこんなに女の子の扱いがうまい男の子なんて見たことない……。  相当な女ったらしか……実は女かしかありえない。  でも……、  彼が女ったらしだろうが女そのものだろうが関係ない。 「の、乗りますっ」  キィコ……キィコ……、  キィコ……キィコ……、 「上手なんですね……」 「そう? そんな事ないと思うけどね」 「女の子を良く乗せてるとか?」 「なんでやねん……だいたいこういうものにうまいヘタはないよ……」 「そうかな……」  でも女の子の扱いにはうまいとかヘタとかあると思うけど……。 「大丈夫? 酔わない?」 「あ、全然大丈夫です。全然元気です」 「そう、良かった」 「……さすがに水際だから……気持ちいいですね」 「そうだね……木陰の中なら夏である事すら忘れるよ……」  そう言って吹き抜けていくそよ風で耳元にかかった髪を間宮くんはかきあげる。  その仕草がとてつもなく優雅で……白い首筋に惹きつけられる。 「す、すみません。〈漕〉《こ》がせてしまって」 「わ、わわ、いいって、つーか危ないよっっ」  いてもたってもいられなくて思わず、間宮くんのオールを奪おうとする。  大きく舟が揺らいで、間宮くんに怒られてしまう。  なんだか……板を挟んで水の上を浮かぶという感覚は……プカプカと何処か現実味を帯びないものだ。  まあ実際、地に足がついていないわけだから、そういうものなのかもしれない。  そんでもって前に座る人がまた……あの間宮くんなのだ……。  心がわさわさしてしまう……。 「こ、心地よいのだけど、なんとなく心もとないですね……水の上ってのは……」 「なぜ?」  なぜという事はなかった……ただなんとなく言っただけだし……主に私の心という意味だったから……だけど……。 「なんだか、水面がまるで鏡の世界の空みたいだから……なんだか心もとないかも……」 「そう言われてみれば……だけどボクはなんだか空の上を歩いてるみたいでとても気分が〈良〉《い》いけど……」  そう言って間宮くんは水面の空にふれる。  彼が水面の空をかき混ぜるたびに……空は大きく歪んでいく……。 「空の上を歩くのは気持ちが〈良〉《い》いんでしょうか……」 「さぁ、ボクは空を歩いた事がないから分からないよ。ただ今は気持ちが〈良〉《い》い……ただそれだけだよ」 「そうなんだ……」  私もふれようと身体を動かすが……安定が悪いと気が付きすぐにやめた。 「とはいえ、水面に映る空は、空自体ではないのでしょうけど……でも、本当の空は遠すぎるかもしれません」 「本当の空? くす……本当の空ってなんだい?」 「え? いや……ただ水面に映ってる空と、この大空という意味ですけど……」 「そうなんだ……でもさ、ボクらが見ている空もまた、ただ目に映っている空だ……」 「水の中の空が偽物で……本当の空が遠すぎるって……一概には言えないかもしれないよ?」 「遠い空だと思っているのは、ボクらの目に映る空なんだからさ」 「……」 「空が遠すぎるのは……ボクらがそう思うからだ……でなければ、すべては遠い……絶対に手が届かない存在にすぎなくなる……」  間宮くんが言った言葉は……難しすぎて……その本当の意図を汲み取る事が出来なかった。  けど……なんかその言葉に少しだけ勇気づけられた。  キィコ……キィコ……、  キィコ……キィコ……、 「……」 「……」 「くす」 「ん? どったの?」 「あ、いえ……間宮くんなら、空に手が届くのかも、って」 「はい? 何故に?」 「さぁ……今の言葉を私はそう理解したまでです」 「空に手が届くか……そうだね……」 「こうやってさ」  間宮くんは大空に手を広げる。 「これって空に届いてるかな? それとも届いてないかな?」 「くす、くす。どうだろう?」 「そういうのってさ、青い鳥と同じなんだと思うよ」 「青い鳥?」 「そう、幻の青い鳥……絶対に捕まえる事が出来ない青い鳥……でもさ、捕まえるのは容易なんだと思う」 「……」  そう言って、間宮くんは少年らしく笑った。  その顔を見て私は……。  あ……これはダメだ……。  と思った。  …………。  ……。 「……♪」 「……」  帰りの電車の中。  心地よい気だるさと、座席の揺れ。  そして、  音楽。  間宮くんの持っていた音楽を聴かせてもらう。  何曲か私に聴かせてから、私の表情を見てジャンルを固定する。  私が好きそうな音楽を選んでくれた……。  聴いた事があるような無いようなクラシック……。  明るく楽しい音楽。  それは毎年外国で行われるニューイヤーコンサートでの演奏である事を教えてもらった。  天才と言われた指揮者。そして世界でもっとも有名なフィルハーモニー。  ワルツ。  ポルカ。  行進曲。  踊る旋律。  一定のテンポで揺れる車内はまるで、そのリズムを取っている様で……。  音楽データが入ったプレイヤーに置かれた彼の手に私は無言で自分の手を重ねていた。  曲はちょうどポルカ観光列車――と画面に題名が出ていただけなんだけど――  私達が乗るのは単なる鈍行電車だけど……私の気分は音楽と同じ様に軽やか……景色は輝いて見える。  音にあわせてほんの少し震える間宮くんの手と、私の手。  重ねた手と手の温もりを感じるその瞬間に、音楽はまた軽快さを増していく。 「本当にいろいろ知ってるんですね……」 「あー。昔ね母親が厳しかったからさ、ピアノとかまで習わせたんだよね」 「ピアノ弾けるんですか?」 「あー、少しだよ。本当に少しね」 「どんなの弾かれるのですか?」 「どんなだろ……よく分からないけど……最後に弾いた曲はリストだったかな……もうめちゃくちゃ難しくてさ」 「今度弾いてください」 「いや、さすがにリストはもう弾けないよ。それ以外だったらまぁ……どんな曲が好み?」 「え? クラッシックとか良く分からないんで……良く分からないのですけど……そうだラ・カンパ……」 「いや……ラ・カンパネッラのピアノバージョンがリストだから……もともとあれだって超絶技巧練習曲だし」 「そ、そうなんですか?」 「なんかさ、もう少し簡単なの……そうだキラキラ星とか?」 「あ、それいいですね」 「あ、いや……今のは、なんでそんな簡単な曲なんだーってつっこむところで……」 「だから分からないんですって」 「そうか……うーん何がいいかなぁ……」 「まぁ、いいや、気が向いたらなんか頼んでくれるかな」 「くす、くす……そうですね……それが良いかもしれませんね」  ……。 「今日はありがとうございましたっ」 「へ?  なんでお礼言われるの?」 「あ、いや……遊園地で無理矢理降ろしたの私ですし……」 「だから、別に用事もなかったしいいよそれは。楽しかったしね」 「え? 今なんて?」 「だから楽しかったって」 「ほ、本当ですか?」 「本当だって、そうじゃなかったら最後まで一緒にいないってばさ、こう見えてもボクは人見知りする人間なんだからさ」 「そ、そうなんですか……それはよかったです……本当に……」 「うん、だからボクの方こそありがとう」 「あ、あのお店……」 「ん? どったの?」 「ぁ、…え、あ、なんでもないですっ」 「あ、そうか…… ご飯とか一緒に食べていこうか?」 「い、いいんですか?」 「もちろん。ここまで一緒だったんだからさ」 「なら私がお金出します」 「いや、さすがに次はボクがおごるよ。 さてと……何が食べたい? 和食?中華?イタリアン?牛丼?フレンチは高いからダメだよ」 「フレンチなんて食べたことないからいいですよ」 「なら逆にフレンチ食べに行く?」 「逆ってなんですか、くすくす……いいですよ」 「なら普通に行きつけの店でいいかな?」 「行きつけの店ですか?」 「うん、和食、中華、イタリアン、牛丼何でもある店なんだよ」 「定食屋なんですか?」 「それは見てのお楽しみかな? さぁ遠慮してちゃ損だよ。行こっ」 「あ、はいっ」 「ぁ……、……」 「どう?」 「……え? なんかここお酒とか呑む店じゃ……」 「そんな事は気にしない気にしない、さぁこの席に座ってよ」 「あ……ピアノがある……」 「そうだよ……ここはピアノがある店なんだ」 「へぇ……」 「実はさ……この店でピアノ弾くバイトしているんだよ」 「そ、そうなんですか?」 「うん……この店のマスターには小さいときからお世話になっててね……」 「それより何がいい?  って、高島さん何を弾いてもらいたいか決めてなかったっけ?」 「いいえ、決めました」 「え? 決まったの?」 「はい、それはですねっ」 「それは?」 「今、間宮くんの頭の中で“あれか?”“これか?”と出てきた曲全部弾いてくださいっ」 「なんですとっっ」 「あ、ゆ……じゃなくて、間宮ちゃんじゃないの」 「あ…… どうも……」 「今日はピアノのバイトは無かったけど? もしかしてお客?」 「もしかしなくてもお客です」 「でもピアノ弾いてくれるんですよね」 「うげぇ……そうなるの……」 「そうなの?  なに彼女とデートの帰りに自分のかっこいいところ見せに来たの?」 「店に見せになーんて(笑)」 「なに……その寒いギャグは……」 「あら今日は強気ねぇ、彼女の前だから?」 「あ、あの、その、あの」  あ、ああ……さっきから彼女とか……恐れ多い……。 「あのね彼女は、今日たまたま会った学校の友達です。彼女じゃありません!」 「っ」  あ……あはは……。  そうですよね……。  でもあなたにそうやって断定されると……チト…つらいかもしれません……間宮くん……。 「あ……は、はい……私は単に間宮くんと同じ学校に通っているだけの人間でして……」 「そうなの? こんな綺麗な娘さんなのに?」 「そ、そんな綺麗なんてっ……私ブスだっていつも言われてるし……あ、そうか。マスターのそれはお世辞だ」 「何言ってるの、この〈娘〉《こ》バカね、なんで私が女相手にお世辞言わなきゃいけないのよ」 「なんか、人付き合いが苦手みたいだからあんまりいじめないでよマスター」 「あら、人付き合いが苦手なんて、まるであんたみたいじゃないのさ」 「そうなんですか? そう見えないですけど……」 「そうよ。この男ったらいつもムスってしてピアノ弾いてるのよ。まったく愛嬌のかけらもない」 「そうかなぁ? さすがに愛嬌のかけらは沢山あると思うけどな……」 「まぁ、そういう時もあるけどね……そんな事より何食べるの?」 「あ、メニューは?」 「メニューなんて無いわよ。言われれば何でも作るわよ。そういう店なんだからさ」 「バーのご飯って結構おいしいんだよ。特にこの店は、マスターがオカマでキモイけど、それ以外はとっても良い店だよ」 「なにそれ……褒めるか貶すかどっちかにしてくんないと対応に困るわ……」 「とりあえず、ボクはチキラー卵入りと、セロリの浅漬けね。あとピアノの鍵だな」 「はいはい……」  マスターはそう言うとポケットから取り出した鍵を間宮くんに投げる。 「暗い曲はダメだかんね」 「あ、大丈夫。そんな気分じゃないから」 「……」  なんかバーのピアノの前の間宮くん……とてつもなくかっこいい……。 「まあ……んじゃ、先ずは簡単なやつを」  ゆっくりと鍵盤の上に手を広げる。  少しだけ目をつぶったのち……。  間宮くんは指を踊らせる。  鍵盤を叩くと共に流れ出す幾層もの音色で、  一枚の楽しげな模様を織り上げる。  それはとても楽しげなテンポ、  明るく、  華やかで、  それでいてなんか懐かしい。  素朴な感じがする……。 「この曲聴いた事があります」 「さて誰のなんて曲でしょうか? 当たったらもう一曲プレゼントです」 「えーっと……」 「サティじゃない……ピカデリーでしょ」 「貴様が答えるなっっ」 「わーいもう一曲」 「高島さん答えてないじゃん……」 「すみません……」 「ケチらないでもう一曲つけてあげなさいよ」 「あんたが言うなよ」 「だめでしょうか……」 「いや……だめじゃないけどさ……」 「あんたのメシ〈只〉《ただ》にしてあげるからさ、もう一曲やってあげなさいよ……」 「まじで?メシ〈只〉《ただ》なの?」 「だから、なんかやってあげなさい。それとさ、もっとムードのあるやつやってあげなさいよ。ムーディなヤツをさぁ」 「ムーディって陰湿なとか意味の単語だよ……」 「またそうやって知識をひけらかして可愛くない子ねぇ。みんな使ってるし意味も通るからいいのよ」 「赤信号みんなで渡れば怖くないってヤツですよそれ……」 「何? 何がいいたいの?」 「あ、いや……まぁそれはそれとして、うーんそれらしい曲ねぇ……」 「高島さんの……」 「え?」  そう言って間宮くんは私を見つめる。 「そうだ……高島さんらしい曲を弾いてあげよう」 「私らしい曲?」 「うん、ボクが君に抱いたイメージ……そんな曲だよ」 「はいっ……」 「それでは……」  またピアノの前で間宮くんが目をつぶる。  そしてゆっくりと広げた手を……、  音楽が始まる……。  なんだろう……この曲……私は聴いた事がない……。  まるで……空……いや海だろうか……わからない……でもなにか透き通ったものを突き進む感じ……。  この旋律……不思議な感覚……間宮くんが鍵盤でなぞる輪郭……いや形にならない輪郭はまるで感触。  それはまるで空想の様な……また夢の様な……。  手に触れる感触は……青……すごくつめたく気持ちが良い青……。  青い感触が自分の身体を満たしていく、鍵盤の音が感触に変わり、音色が透き通った色に変わる。  どこまでも、どこまでも続く青はいつか朱色と溶けて……紫に変わり……碧に変わっていく空。  間宮くんの音が色に変わっていく。  色が海に変わり、そして空に変わり、そしてまた海に変わっていく。  そして空はもっと大きな、大きな天球に変わっていく。  天球の音色。  それを聴くのは耳ではなく全身。  まるで水の中の生き物の様に……それを全身で受け止める。  天球の中の世界。  すべてがそれにおさまりながら、それは永遠の様な広がりをみせる。  青い空。  青い海。  白い雲。  白い波。  それはまるで世界。  それはまるで……夢。  それはまるで……。 「どうだった?」 「……」 「え? だ、ダメだった?」 「あ……ごめんなさいっ……あ、あの凄く感動して……」 「気にいってくれたかな?」  その曲がなんなのか最後まで教えてもらえなかったけど……でも間宮くんは自分の好きな曲を私のために演奏してくれたのだけは分かった……。  ただ最後に……。 「なんだよ! 〈只〉《ただ》じゃないのかよ!」 「だからーチキラーと浅漬けは〈只〉《ただ》よ」 「ちょ、本当にボクのだけですかっっ」 「そうよ。チキラーだって高いんだから我慢しなさいよ」 「袋ラーメンなんて60円もしないって」 「うるさいわねー、さぁマルゲリータピザとシーザーサラダとロシアンティーの金を払いなさいよ」 「あ、あのそれは私が」 「うるさいわね。ここは男が払うって決めたんだから男に払わせておきなさいよ」 「は、はい……ごめんなさい……」 「それとね……そうやってすぐにあやまるのやめなさい」 「あんたが本当に自分の事ブスって思ってるってにわかに信じられないけど、もし本当なら言っておくわよ」 「ガキって言うのはね、少しでも違う娘。あんたみたいに美人でそんなナイスバディな娘を嫌うのよ」 「大人になれば、みんなあんたの事ちやほやするんだからさ、自分の事ブスなんて信じちゃだめだからね」 「は、はい……」 「それと、あんたは早く金を出しなさい」 「うへぇ……」 「ぁ……間宮くん」 「あ……どうも」 「今日も時間つぶしですか?」 「まあ、そんなところだけど……えっと……」 「はい、はい、私は高島ざくろです」 「あははは、いや、でもさすがに覚えてたよ」 「そうなんですか?」 「今日はどうしたのかな? ってただそれを聞こうと思ってただけだよ。なんか大きな荷物だからさ」 「あ、これですか……これはですね……」 「ん? お弁当……?」 「はい、よろしければご一緒にどうでしょうか? さすがにまだお昼すませてませんよね」 「そりゃ、まだ昼休み前じゃない」 「もしかしてご用意とかありましたか?」 「いや、今日も売店でパンを買う予定だったぐらいかな…… でも悪くない?」 「口に合わなかったらいくらでも残して下さって結構ですから……」 「お? なんか豪勢だね……お弁当というか……おせちみたいだよ……」 「そうですか? 問題なさそうですか?」 「問題もなにもすごいよ。これで味が良かったら……だけど?」 「さぁ、それは分かりません。だから試していただけますか?」 「んじゃ、お言葉に甘えて……」  THE試練。  料理はわりかし自信があるんだ……といってもお母さんとお父さんぐらいしか口にした事がない。  みんなおいしいって言ってくれるけど……実は高島家だけ味覚が破壊されているって事だって考えられる。  他の人が食べてみたら……地獄風味だったとか……なんか漫画とかで良くありそうだし……。  間宮くんは最初に揚げ物に箸をつける。  しまったっ!  そうだ、揚げ物が時間経ってからどんな味になるか味見してなかったっっ。  揚げたての味しか確認してないっっ、それ言ったら春巻きだってそうだ……。  もしかして冷めたらあの春巻きの具材はとてつもなくまずくなるとかあるかもしれないっっ。  あー。  生春巻きにしてたら味そのままだったのにぃ。あ、でも、でも夏で生春巻きとか傷みそう……えっと私どうしたら……。  アッー。  間宮くんが私のお弁当口に入れるっっ入れちゃうよぉっっ。  混乱しすぎ、私! だいたい今の言葉とかエロゲとかの文章っぽいぞ、私! しかもそれも今は関係ないぞ!私! 「……」 「あ……あの?」 「うん……ぱくっ。うん……もぐもぐ」 「あ……」  なんか無言で食べてる……。  これって問題ないのかな?  いや!  結構嫌いなものを食べる時に、私なんか満腹中枢が反応する前に、むしろ味覚が脳に伝わる前に胃袋につめこんでしまう。  そんな感じとか?  だったら……。 「あ、あは……無理しなくていいからね……」 「え? 何が?」 「あ、いや……口に合わなかったりした場合などは……無理して食べる事はないのではないかと……」 「そう見えるの?」 「あ、いや……良く分からないんだけど……どうかな?」 「いや正直驚いたよ……こんなちゃんと作れるなんて、お店の味みたいだ」 「え? ほ、本当ですか?」 「うん、驚いた。なんか結構いろいろなおいしい味がする」 「そうなんだ……良かった」 「春巻きとかすげぇおいしい。なんかチーズ入ってるんだねこれ」 「冷めておいしくなくなったらどうしようとか思ったけど、どうかな?」 「いや……かなりおいしいよ……」 「それカマンベールチーズなんだよ。なんだかお父さんとかにいつも好評なんだけどね……」 「お父さん? あ、そういえばマルケスとかすすめた小説好きなお父さんか」 「うん、お父さんは結構読書家みたい……なんか主にSFとかミステリー好きみたいだけど」 「SFとミステリーか良い趣味だね。本棚とか見てみたいかも」 「あ、なんか間宮くんの本棚に似てたよ」  ラノベとマンガ以外だけど……。 「え?ボクの本棚?」 「なんでボクの本棚知ってるの?」 「え? あの……あの秘密の地下室の……」 「秘密の地下室?」 「あ……な、なんでもないっ」 「えっと……それって……」  なんだろう……、間宮くん……。  あんなつい最近の事も覚えてないのかな……とてもじゃないけど、とぼけている様には見えなかった……。  なんかまるで本当に知らないかの様な反応……。 「あ、それより」  なんか空気が重い……話題変えないと……、 「弾いてくれた曲なんですけど、あれなんなんですか?」 「だから、それは答える事は出来ないよ、それが設問だったんだからさ」 「そ、そうだよね……」  実際……間宮くんと話していて……疑問しかない。  彼の話しぶり、知性……性格……あまりに時によってかけ離れている……。  これが果たして、気分の変動や……あるいは、個人の芝居によるものだと……言えるのだろうか……。  実際……たまに彼の関わる奇妙な噂なども耳にする。  そのすべてが同一の人物であるのが信じられないぐらいに……その噂は多様だ……。  元々は私の様にいじめられていたのはたしかだけど……今では彼をいじめる様な人はいないはずだ……。  少なくとも私が知っている事実としては、有名な傷害事件がある。  それは、この学校の生徒も含め他校の不良生徒を巻き込んだもので、彼がその中心だった……。  彼と多人数相手だったので、一応は正当防衛という形で補導は免れた。  ただ、その時の相手の状況はひどいものであったらしい。  どう見ても彼らが加害者ではなく被害者にしか見えない……そういったものだったらしい。  彼はこの学校では、基本的に、もっとも凶暴で危険な人物だと思われている。  すべての生徒に恐れられている……。  にも関わらず……。  なんで今。この人はこんなに爽やかなんだろう……。  屋上でフランス語の原文で戯曲を読み……夜バーでピアニストのバイトをしている。  どこまでも知的で……どこまでも優しくて……、もし仮にこの世の中に女の子が憧れる夢の王子様がいるとしたら……それは彼の様な人間なんだと思う。  でも……、  彼は、  時に……異常なほどの弱虫で…人の悪口ばかり……すごくおどおどして……まるで私みたい。  地下室の壁の落書きはまるで怨念みたいなものすら感じる……恐いし……正直気持ち悪い……。  また違う時には……全校生徒が恐れる様な凶悪な生徒……。  彼の本当の姿って……どれなんだろう。 「ん? どったの?」 「あ、ご、ごめんなさいっっ」  彼の本当の姿がどれかなんか関係ない……。  私は少しでも今の彼と一緒にいたい……ただそれだけだ……。  彼に少しでも近づきたい……ただそれだけだ……。  間宮くんはおいしそうにすべてを平らげてくれた。  本当にやさしい人……。  あんな人に私は生まれたかった……。 「あ……希実香……」 「ざくろ……あれって……間宮卓司?」 「あ、うん……」 「間宮卓司か……何? 最近はあいつと仲が〈良〉《い》いの?」 「あ、そんなでもないけど……」 「そんなでもない人に……ざくろは重箱のお弁当なんて作るんだ……」 「……えっと」 「……まぁ、どうでも〈良〉《い》いけど……でも気をつけた方が良いかも……彼は」 「……うん、それは分かる……」 「ふーん……鈍くさいざくろでも分かる事があるんだ……」 「なっ?」 「まぁ、噂だけどね……だいたい私は彼の事なんて知らないし……」  それだけ言うと希実香は歩き出してしまう。  なんとも淡泊な会話……。  橘希実香。  変な人だ。  彼女とは小学校の時に同級だった。  でも私が途中で転校してしまい……まったくその後に付き合いはない。  その後、何度かの転校後に、この北校に入学してたまたま同じクラスになった。  そのうれしさから、私は彼女と仲良くしようとした。  その事がまずかったのだろうか……何故かそれ以来、私もついでにこのクラスでいじめられた。  何でも元々は希実香がいじめられていたらしく……もっと空気が読めない私が新たなる標的になったとの事だ……。  こうやって希実香と二人っきりで話をするのも久しぶりな気もする……どうしよう……このままでいいのかな?  彼女が何を考えてるか良く分からない……。  今も、いかにも“ついて来るな!”的な感じで彼女は〈踵〉《きびす》を返していた。  なんか少し怒ってる感じ?  あ、そう言えば、希実香がいじめられてた時……私が話しかけると彼女はいつも怒ってた。  その事を当時の私は理解出来なかった。  そういう鈍くさい私にイライラしていたんだろうなぁ……。希実香は……。 「えっと……忘れ物……」 「え? だ、誰かいるの?」 「……」 「あ、あの……今移動教室中では?」  私は音の方にゆっくり近づく。 「近づかないで……」 「え? その声……」 「今……一人でいたいの……だから」 「ど、どうしたの? ねぇ?」 「だ、だからっ」  教室の端でうずくまる希実香……。  びしょ濡れの彼女……〈何故〉《なぜ》か服は着ていない……。  なんでこんな場所で……彼女はこんな姿になっているんだろう……。 「私に関わらないで……ざくろには関係ないから……」 「か、関係ないって……そんなどうしたの?」 「……雨が降ってきて、服を乾かしてたら、風が出てきて……どこかに飛ばされた……」 「って……そんなわけないよ。だって今日雨なんて降ってなかったし……」 「降ってたの、私だけ…それでいいでしょ……だから〈放〉《ほう》っておいて……くちゅん」 「だ、だめだよ。くしゃみ、風邪引くよ」 「いいから……〈放〉《ほう》っておいて……もう少し全裸でいたいから……」 「え? なんで?」 「さぁ……私って変態だからじゃないかな? 露出狂なんだよたぶん……ばれるかばれないかのぎりぎりを楽しんでる……」 「でも私にばれてる……」 「んじゃ、忘れて、無かった事に、最初っからやり直すから……」 「というか……なんで頭から水かぶってるの? 変態さんはそんな事しないと思う……」 「そ、それは……濡れてるといやらしい感じするからじゃない?」 「でも〈埃〉《ほこり》とか付いてるよ……その水ってバケツの水だと思う……どう考えても」 「うるさいっうるさいっ。ざくろだまれっっ」 「え? はい……」 「あのね……ざくろ、何度も言ってるけど、私に関わるとろくな事にならないから……近づかないで」 「そういう問題じゃないよ……えっと服は……」  私は希実香の服を探す。  教室の何処にもない……って当たり前か、教室にあったら希実香だっていつまでも全裸でいる必要はない。 「えっと……あっ」  希実香がうずくまっていた窓側の方は水浸しだった……バケツの水はここでかけられたものだと思う。  という事は……。 「えっと……えっと……」  私は窓から校庭を見渡す……たぶんここから服を投げ落とされた可能性が高い……。 「……ざくろ、もういいから……」 「あ、あったっっ」  少し風に飛ばされていたけど、彼女の制服は校庭の花壇に引っかかっていた。 「ざくろ……優しさも度が過ぎると嫌味だよ……」  何か希実香が言ってたけど……私は急いで服を取りに行く。  早くしないとさらに風で飛ばされちゃう……。 「服は濡れてなかったんだね……」 「服脱がされてからバケツの水かけられたから……」 「良かった……」 「良くない……」 「え?」 「これ繰り返していったら……どうなるか……何で分からないの?」 「繰り返し?」 「クラス中で私を無視している……なのに転校してきたばかりの空気が読めない女……つまりあんたがその〈禁〉《きん》を破り続ける」 「どうなるのかな?」 「間違いなくざくろもいじめられる」 「……そうなるの?」 「そうよ……私はこの教室では虫けらだから……」 「でも、私には希実香が虫けらには見えないから……」 「……」 「バカ……」 「……罪悪感」 「え?」 「そういう事考えられないのよね……ざくろはバカだから……」 「もし、あなたがいじめられたら私は罪悪感で……」 「……死ぬ」 「え? どういう事?」 「冗談だけど…… まぁ、優しさは……時にいじめよりもつらいって事…覚えておくように……」 「う、うん……」 「私みたいに…優しさとか……そういうものに慣れてない人間は……特に……つらいんだ……」 「だからこれ以上関わらないで……」 「あ、うん……」  結果はごらんの有様。  まんま彼女の予言通りでした。  私は希実香のオマケとしていじめられる様になった。  ほとんどいつもセットでいじめられていた。  それでも私のいじめは希実香のオマケ程度のもの……私に過度に危害が加えられない様に希実香は、わざとみんなを怒らせる様な行動をしていた。  注意が全部自分に向くように……、  それに対して希実香はいつも怒っていた。  まぁ、そりゃそうだ……希実香に対するいじめは軽減するどころか、私の〈所為〉《せい》でひどくなったんだから……。  そう言えば……あの時も……。  希実香がプレゼントしてくれた人形を赤坂さんたちが捨てようとした時……あの時もずっと怒ってた……私に……。 「ほらー早くーそれ捨てちゃえよ」 「こ、これはダメ……これは……」 「だってそれ、橘とのお揃いだったんだろ?」 「え? 違う……」 「そうだろ! だってコレって前まで橘が付けてたじゃねーかよ!」 「お前が付け始めたら外したけどなぁー橘は」  な、何か勘違いしている……これ、希実香がくれたもので……希実香がそれまで付けてたもの……。  レアなバージョンで、私が羨ましがったらくれただけで……彼女は黙って私の鞄にねじ込んだ。  なぜかパンダなのに全部黒いヤツ……まるでマジックで塗りつぶしたみたいで少しかわいいヤツ。 「お前は本当にひどいヤツだなぁー橘っ」  希実香が踏みつぶされる。  だいたい、赤坂さんのいじめは私よりも希実香の方にひどい……。 「っ……くすくす……そうだよ……私はひどいヤツだよ、そんなの〈今更〉《いまさら》じゃない……ねぇざくろ」 「え? ち、違……」 「こんな人形なんて付けてるからさぁ、それが原因でこいつまでクラス中から無視される事になったんだよね……バカだよね高島は」 「そんな事ないよ……ざくろはバカじゃなくてやさしいんだよ……」 「はぁん?」  希実香は私と違ってまったく心が折れない……いじめられても意見を変えない……。  もしかしたら、私がいじめられ始めた時に、一緒に私のいじめに荷担してれば自分は解放されたかもしれないのに……まったく態度を変えなかった。  とは言っても……私にも希実香は態度がきついんだけど……。  あの時も…なんやかんや言って希実香がいじめられたおかげで人形は捨てられなかった。  赤坂さんの中では、人形を希実香が黒く塗ってやった事になってた……最初っから黒かったのに、本当に記憶力が悪い人なんだと思う。  その後も何度かあの人形が話題に上って、最後は赤坂さんに屋上から捨てられてしまう。  いきなり引きちぎられて、そのままポイっ。  あまりに自然にやられたので、私があわてて取ろうとして、屋上から真っ逆さま……。  全治二ヶ月の大けが。  痛かったなぁ……骨折って……病院暇だったし、大変な事しか無かった……。  でもそのおかげで……イジメも終わった。  あの人形はいろいろと縁が深い。  今はあんな事にならない様に部屋に置いてある。  人形は健在だ。  入院中……あの人形を探してきて届けにきてくれたのも希実香だった……。  希実香はいつも私に怒ってるけど……だいたいいつも優しい……。  冷たいけど……だいたい優しい。  彼女だけはずっと態度を変えない……。  彼女はいじわるだけど……私は大好きだ。 「あ、あのさ……希実香」 「ついてくんな……」 「で、でも……」 「……そうだ、ついでだから忠告しておこう」  振り向きもせずに希実香は言葉を続ける。 「私とざくろ、あんまり二人っきりでいると良くない……当分は自重した方がいい」 「え? 何で?」 「やっぱり鈍感…… クズ、クズ、クズざくろ……くすくす」 「なんでそういう事言うのっっ」 「……最近の赤坂めぐと北見聡子……何かまた企んでると思う」 「あいつらに二人っきりでいるところ見られると……変に勘ぐられる可能性大……」 「え? そうなの?」 「気をつけた方が〈良〉《い》いかもね…… まぁ、と言ってもざくろは鈍くさいから言っても無駄か……」 「ど、鈍くさくなんてっっ」 「あるよ……超、超、超、鈍くさいまぬけ娘」 「ひ、ひどい……」 「超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超鈍くさ娘」 「そ、そんな超入れなくてもっっ」 「ふふふふふ……超×1000+鈍くさい=ざくろ」 「なんで希実香はそういう事言うの……」 「さぁ、ざくろが嫌いだからじゃないかな?」 「意地悪……」 「だと思うなら…… ついてくんな……」 「ふんっ……もういいもん……」 「言ったはず……前にざくろに」 「前に?」 「罪悪感……それを植え付けるのは、いじめよりひどいって……それをざくろは私にやった」 「あはははは……でもあれ、希実香が言う通りになっちゃったね……」 「別に、それで希実香へのいじめが緩和するわけでも無く、ただ私もついでにいじめられるだけ」 「うん、単にめんどくさい事が増えただけだった」 「めんどくさい?」 「自分だけじゃなくて、ざくろの事まで考えていじめられるのは大変なわけですよ」 「ご、ごめん……」  たしかに……希実香はいつも私に対する被害が最小限ですむ様に、行動してくれた……いつも自分は〈酷〉《ひど》い目にあってるのに……。 「ふふふ……土下座して謝っても〈良〉《い》いよ」 「そ、それ、希実香がしろって言うなら……」 「ざくろそればっかり…… 少しは自分の意志で動いたらどうだろう?」 「でも……希実香には本当に悪いなぁ……って」 「なら、土下座して、私の靴舐めてよ」 「え? えええっっ、本気で?」 「嘘」 「そ、そうなんだ……良かった……」 「……なんでそんな事信じるの? ざくろの脳って蛆沸いてる?」 「沸いてないよ……そんなの沸いてたら死んじゃうし……」 「沸いてても死なないんじゃないかな?」 「え? なんで?」 「ざくろバカだから」 「そ、そんなひどい……」 「沸いても問題ないぐらいすでに脳に問題があるという事」 「そ、そんな説明しなくていいっっ」 「そうやって流されてばかりじゃダメだよ。自分の意志で、ちゃんと逃げないと……本当に大変な事になる」 「え……うん……」 「まぁ、どうでもいいや…… なんかざくろリア充っぽくなってきたから」 「リ、リア充って?」 「リアルワールドで充実しているって意味。なんかざくろ幸せそう」 「いや、意味は知ってるけど、な、何が?」 「うるさい……しっ、しっ、こっちくんな幸福顔」 「幸福顔って? ちょっと希実香っ」 「……ここんところざくろずっとにやけて……すんげぇキモイ……」 「え? ホント? 私、そんなにやけてた?」 「うん……リア充の顔でキモ顔だよ毎日」 「キモ顔……それは生まれつきだから……」 「くすくす……そうやって空気読めない発言するからいじめられるんだよ……ざくろ」 「な、何がだよぅ……」 「知らないの? ざくろがいじめられた本当の理由って、あんたが可愛いからだよ」 「へ? 何それ?」 「最初は私だったけどね」 「どういう事?」 「城山翼って男知ってる?」 「えっと……不良の人だよね……すんごく恐いって噂の……」 「城山と赤坂めぐは付き合ってるんだよ」 「あ、そうなんだ……んで、それが?」 「城山翼が、最初は私の事……次にあんたの事を、めぐの前で“かわいい”って言ったんだってさ……」 「え? そ、そうなの……でも何でそれがいじめに?」 「嫉妬深いんじゃないのかね?  まぁどっちにしろ赤坂めぐは金持ちだし、北見聡子は女とは思えないほど凶暴だからねぇ……その親友二人組に目を付けられたら最後」 「つーても、私も空気読めない読まない読む気なんかねーよ的な人だし、ざくろは天然くずリア充だし……まぁ自業自得じゃないのかね……」 「リア充関係ないっっ」 「まぁ、いいや… …ざくろさ」 「ん?」 「そのままリア充になって、私のところに戻ってくんな……」 「戻る?」 「もう、あの二人に目をつけられる事ない様に気をつけなよ……」 「うん。ざくろ、あんたは幸せになるんだよ」 「そうしたら、私の罪悪感は消えるから……」 「罪悪感って……私はっ」 「C棟から落下させたのは私の責任……だいたい私に関わらせなかったら、こんな事にはならなかった……」 「でもあれは……」 「うるさいだまれ、この話終わり」 「は、はい……」 「なるべく私が率先して隙を作るから、ざくろは逃げるんだよ」 「そ、そんな事」 「うるさいだまれ、このボケ野郎」 「ひ、ひどい……そんな言い方……」 「それはざくろがうるさいからだよ……私的には“バカはしゃべるな私の言う事を聞いてろボケ”……て言いたいわけよ……」 「さ、さっき、人に流されるなって言ってたのに……希実香の言う事を聞けって……」 「めずらしく、 まともな反論するね。ざくろ」 「痛っっ、な、なぜ?」 「ったく、いつもそうやってちゃんと人に流されずに自分の意見言わなきゃ……」 「それはそれとしてなんで叩くの?」 「だって、他の人には逆らわないのに私だけに逆らったから……」 「そ、そんなむちゃくちゃな……」 「そんな事ないよぉ……男と付き合うとだいたいそういう事になるらしいよ……いつもバンバン殴られるらしいよぉ」 「それ……どこソース? 希実香の情報は偏ってるよ……」 「だ○○ずウォーカー!」 「だから、それが偏ってるんだよ」 「ざくろのコ○○ト文庫の恋愛観よりマシ……」 「う、うるさいっっ。もう」 「……」 「あう……」  突然私は希実香に蹴られる……そしてよろよろと空き教室に押し込まれる。 「き、希実香ひど……」  と言いかけて、口を閉じる。  希実香がいつもの恐い目で「しゃべるな」と言ってる。  私はその空き教室で口に手を当てて黙る。 「なんだ橘ー、探したんだぜー」 「こんなところにいたのかよ」 「うん、こんなところにいたよ」 「これからサボるんだけど、橘も付き合うよね」 「うん、私も行くよ……」  また希実香……私を……。  なんであの人は、私をああやって守ろうとしてくれるんだろう……。  不思議な人だ……。  私はそのまま教室に戻る……。  今日も間宮くんと沢山話せて幸せだ。  こんな日々がずっと続けばいいのに……。  そんな風に思った……。 「あー高島っ」 「え? なに?」 「今日放課後、カラオケ行こうよって話になってるんだけどさぁ」 「あ……うん……」 「新曲、はやくカラオケに入らないのかねぇ」 「あ、うん……でもこの前新譜出たばっかりだから、まだ出ないんじゃないかなぁ……」 「あ、そうそう、そういえばこの前言ってたインストのチケット!」 「あ……うん……これだよね」 「わぁ、ありがとう」 「ううん……どういたしまして」 「そんな事よりもさ、めぐの携帯小説は?」 「やめたよ。私文章の才能ないもん。考えてみればさ国語の成績なんて良かったためしないもんねぇ」 「文章って……むずかしいよね」 「文章以外でも自己表現があれば〈良〉《い》いんでない」 「そう、ずばりそれよ!」 「何がずばりだか……」  虫けらの日々……。  それが突然に無くなった。  あの日……あの事故を境に一応は虫けらの日々は終わった。  今はこうやってみんな、私と話してくれるし、カラオケやファーストフードにも連れて行ってもらえる。  彼女たちと一緒にいる事を許される。  でも……だからこそ……今の方が、あの時よりも怖い。  いつでも私は彼女たちの顔色をうかがっている。  私は彼女たちの輪の中で精一杯明るく振る舞っているんだ……。 「新しいケータイ買ったんだ、めぐ」 「そうそう可愛いでしょ」 「結構動画綺麗なヤツらしいよ」 「携帯って……この前変えてなかったっけ?」 「なんだよ文句あんのかっ」 「別に……可愛いと思うし……」 「いいでしょ。そうだ橘、写真とってあげるぜ」 「写真?」 「ほら、写メとってあげるから笑え」 「はぁ……」 「ちゃんと笑えよ!」 「笑う……笑う……こ、こう?」 「いいねぇ。うんかわいい」 「そうそう、笑って笑って希実香」 「あ……」  写メで希実香の写真をとっている赤坂さんの後ろで、なぜか北見さんはハンディーカムのビデオカメラで私を撮影している。 「……」  何をしているのだろう……。  でも……聞けない。  ここで彼女達に……「それは?」なんて聞けない……。  聞いたら、たぶん……。 「お、いいね。希実香ちゃん」 「あ、あのさ……」 「何よ?」 「なんでビデオ撮ってるのかな?」 「別にいいじゃん」 「あ……あのさ……」 「いいから笑えよ」 「……」  希実香は一瞬だけ私の方を見る。 「さぁーてと……スカートの中はどうなってますかねぇ……」 「……ス、スカートですか?」 「希実香ちゃん、どんなパンツはいてるの?」 「え……あの……普通の……」 「普通って何よ?」 「あ……えっと……」 「さぁ、スカート少しめっくてもらえるかなぁ?」 「え? あの……こ、ここで?」 「大丈夫、大丈夫、ここお店の奥だからさ、誰も見ないってば」 「……」  奥って言ったって……この時間……店内はお客さんだらけだ……。  一体何をする気なんだろう……。  なんか雰囲気が私がいじめられてた時に近い……。  これって……。 「あ、あの……これって……」 「おい橘っ」 「え?」 「ちょっと……」  赤坂さんが希実香の耳元に口を近づける。  そしてなにやらひそひそと話し始める。 「高島、ハンバーガー食べないの?」 「あ、うん……」 「顔……うつさないんだよね」 「当たり前じゃん」 「……」 「だからさー考えすぎだってぇ橘はさぁ。ねぇ聡子ー」 「えー何?」  今度は赤坂さんが北見さんをハンディーカムで撮影する。 「聡子いいかんじー」 「いえーい」 「サービスしてよ」 「ちょっとだけよー。ちらりー」 「おっ、ナイス太もも」 「そんなんならカメラ貸してよー」 「お?」 「おおお?」  北見さんは赤坂さんからカメラを奪って、そのまま股間にねじ込む。 「痛い、痛い、痛いってば、それ、あははははは」 「スカートの中ですー」 「あははははは……そんなんじゃ真っ暗だってばっ」 「ったくよ。返せよ!」 「あらら……」 「聡子少しスカートめくってよ」 「えー。こんな感じぃ?」 「おっ、いいねぇ」 「もう少しめくれー」 「いやーん」  何この雰囲気……。  なんかおかしい……。  なんかこれって……。  身体が震える……。  彼女達に逆らうという事は……。  希実香がちらちらと私の方を見る。  それは彼女が目で私に合図しているんだ……。  強い目線で私に“逃げろ”と言ってる。  でもその不自然な態度がばれない様に、すぐに希実香は赤坂さん達のカメラに向かって笑顔を作る。 「ほら橘ー」 「えーと、こうかなぁ?」 「おお、色っぽいじゃーん」 「あは……そうかな? 恥ずかしいなぁ」 「ほらーもう少しぃ」 「……」  希実香の表情が固まる。 「あははは……ちょっとだけだよ……」  けどすぐに笑顔に戻る。  いつもの希実香らしくない行動……彼女がそんな簡単に屈するわけがない……。 「なるべく私が率先して隙を作るから、ざくろは逃げるんだよ」  私を逃がすためにこんな事をしている……。  私どうしたら……。  でも希実香をそのままなんて出来ない……だいたい一人で逃げるとか無理……。  でもこのままだったら……。 「……」  流されたらダメだ……。  このままじゃ……あの頃に戻ってしまう……。  いいえ、違う。  このままみんなに流されれば……あの頃みたいにいじめられる事はない。  みんなが望む様に演じれば……あの頃みたいな目にはあわない……。  虫けらの様に、蔑まれたり、踏みつぶされたり、殺されたりはしない。  だけど……。  それは……虫けらの心。  あの日々の私。  虫けらの日々……。  流されたら……、  私は虫けらに戻る……。  私……また虫けらに戻る気?  鏡の奥の世界でうようよしていた……虫けら……。  私ではない……どこか遠くの虫けら……。  でも本当は違う……。  鏡の奥の虫けらは……私。  いいえ鏡の奥なんか無い……鏡はただ私の姿をうつしていただけ……。  それは私の姿。 「だから……」  鏡にうつる……私の姿。  虫けらの心……。  私は虫けら……。  虫……。  でも……。  我は……剣士……我は詩人……我は哲学者……我は……我は……我は……。  私は虫けらじゃない……。  ……。  私は変わる……。  だって……。 「なんだと……」 「無駄な努力だ!?」 「は?」 「?」 「何事?」 「百も承知……」 「だけど……勝つ望みがある時ばかり……戦うのと訳が違うぞ……」 「そうとも……負けると知って戦うのが、遙かに美しいのだ……」 「なんだよ高島?」 「何? いきなり独り言、キモイんだけど……」 「うようよと群がりやがって……こいつらに見覚えがある……そうさ……どいつもこいつも古馴染みの敵ばかり……」 「うようよと群がる?」 「な、なにこいつ?」 「これは“虚偽”という名の亡者!」 「どうだ、これでも喰らえっ。“妥協”“偏見”“卑怯”“未練”の亡者……なに? 和解だと? 私が?」 「まっぴら。まっぴら御免だ! ああ、貴様……そこにいくのは“痴愚”の亡者!」 「まじキモイからやめろよ……」 「なんだこいつ……」 「最後に倒れるのは私、承知の上……それがどうした! 戦う! 戦う! 私は戦う!」 「高島!」 「ごめんっ。私用事思い出したから! あと希実香に話がある!」 「へ?」 「はぁ?」 「んじゃ!」 「ちょ、待てよ!」  私は無理矢理希実香の腕を取るとそのまま走り出す。  希実香は転びそうになったけど、なんとか持ち直してた……走りながら希実香は何かを怒鳴っていたけど、聞こえなかった。  私はただ無我夢中だった。  私は間宮くんから借りた戯曲のセリフを暗唱していた。  何かに〈祈〉《いの》る様な気持ちで……繰り返し繰り返し。  繰り返しつぶやきながら走った。  それは間宮くんが好きな戯曲……。  間宮くんの……。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……あ、あのね……」 「あはははは……逃げられたね」 「っ」 「バカっ。何てことしたのよ!」  左頬が熱くなる。あ、これ叩かれたんだ……って事は……あれ? なんか希実香怒ってる。  なんか今までに見せたことない表情……怒ってるというよりは……泣いてる?  あははははは……そうか……私は、また希実香を怒らせるような、空気読めない事しでかしたんだね……。  希実香は、自分が身代わりになっている間に、私一人だけ逃げてほしかったんだもんね……。  自分だけがひどい目にあえば良かったんだもんね……。  でも……。  でも違うよ……希実香……。 「自分の意志だよ……希実香」 「っ」 「流されないで考えた結果があれだったんだよ」 「だ、だとしてもっ」 「頭が悪い私でも分かるよ……赤坂さん達、私達でいかがわしいビデオを撮って売るつもりだったんだよ」 「そんな事分かってるわよ……だから私が」 「何言ってるんだよ……希実香……希実香こそバカみたいだよ」 「そんなの私嫌だもん……希実香がそんな目に合ってまで私助かりたくないもん」 「ざ、ざくろ……」 「たぶん、明日から昔みたいにまたいじめられるだろうけど……私その方がまだマシだと思った」 「だって、希実香言ってたじゃない」 「罪悪感……罪悪感はいじめられる事よりつらいって……希実香を犠牲にしてまで、私助かろうなんて思わない……思えない」 「もし、そんな事で助かってたら、死ぬほど後悔してた……いじめなんかよりもっと苦しかったと思う……」 「……バカざくろ」 「明日から地獄だよ……」 「うん、大丈夫だよ」 「ふぅ……これだからリア充は……」 「……」 「……ざくろ変わった」 「……本当にここ数日で変わった」 「子供の時はもちろん……北校で再会してからも基本的には人に流されるだけだったのに……あんな事するなんて……」 「そ、そんな変わったかな?」 「そんで……あの、いきなり叫んだ意味不明な言葉は何? なんかのオカルト的なおまじない?」 「オカルトじゃないよぉ……あれはね。シラノ・ド・ベルジュラックって戯作のセリフでね」 「戯作?……  ああ、なるほど、やっぱり間宮卓司なのね」 「え? う、うん……」 「まぁ、いいや…… とりあえず気をつけて……と言っても無駄だけど……」 「うん、希実香こそ……」 「ふぅ……」  希実香はぷいっと向こうを向いてしまう。  そのまま立ち去る……と思ったら……。 「ありがとう……助けてくれて……」  とだけ言い残して消えた。  水曜日の夜……。  繁華街はまだ人があふれている。  私と希実香はそこで別れた。  明日から地獄だよ。  希実香はそう言った。  けど……私は恐くない。  そう思えた。  本当は少し恐かったんだけど……でもその後……本当にたまたま……。  何となく私はデパートの屋上にのぼった。  何となく空を見てみたかったのかもしれない……いや……この人混みに耐えられなかったのかもしれない。  少しだけ静かな場所に行きたかったのかもしれない。  良く分からない。  もしかしたら、期待したのかもしれない……。  彼と会った場所だから……、  屋上をのぼり、その空の下に立った時に私は確信した。  恐くなんてない。  恐いわけなんてない。 「あっ……」 「……」 「間宮くん……」 「えっと……」 「また……忘れてる……」 「あははは……そんな事ないよ……本貸してた人だ」 「名前……」 「えっと……」 「高島ざくろです」 「それ!」 「それじゃないですよ……いいかげん覚えて下さい……」 「あはははは……喉乾かない?」 「へ?」 「これ飲む?」 「あ……」  そう言うと間宮くんのラムネを私に差し出す。 「なんか汗かいて暑そうだよ……水分補給とかいいんじゃない?」 「あ、うん……」  私は間宮くんの持っていたラムネを手にする。  これって……間接……。 「こんな時間にどうしたの? マラソン?」 「あ、え? マラソンなんて制服姿でしないですよ……」 「でも走ってた」 「うん……まぁいいじゃないですか」 「……なんかさ」 「はい?」 「君って、同じ学年だよね」 「はい」 「なんでタメ口じゃないの?」 「さぁ? なんででしょうね……」 「……最初っから敬語だっけ?」 「くす……思い出してくださいよ……」 「あ、そんな事より……またたばこ」 「あ、うん……そうだね」 「身体に悪いです」 「いいや、違うね。たばこは頭にも悪い」 「全然だめじゃないですか……」 「でも精神にはいい」 「そうなんですか? たばこって精神にも悪そう……」 「なら言い直すよ。悪い精神には、たばこは〈良〉《い》い……そういう事」 「なんですかそれ……」 「なんですかね……」 「あの……あの戯曲……」 「ああ、シラノね」 「うん……すごく楽しかった」 「もう読んだの? 早いね」 「あははは……すぐに読めるから何度も読んじゃうって言ってたの間宮くんじゃないですか」 「気に入ったんだ」 「はい、楽しいし……勇気をもらいました……」 「勇気?」 「はい……」 「勇気か……」 「あ、あははは……そういうの変ですよね」 「なんで?」 「え……その……」 「あ、いや……そういうのって“イタイ娘”とか思われるかなぁ……って」 「イタイ? ははははは……そうだね」 「痛くない人間なんていない。みんな軽傷のふりをしてるだけだ……」 「だ、誰の言葉ですか?」 「ボクの言葉だよ」 「あ、あはははっ」 「君がイタイ人間なら、ボクもイタイ人間だ。恥ずかしい人間と言ってもいいかもね」 「間宮くんはそんな事……あ……でも」 「でもなに?」 「間宮くんですらそうなら……イタくない人間ってどんな人なんですか?」 「いい質問だ……その答えは……」 「その答えは……」 「そんな人間見たことないから、ボクは知らないね」 「ぷっ……」 「そんな人どこにいるんだろうね。でも世の中にはそういう素晴らしい人がいるんだろうね」 「……はい」 「シラノの言葉……なんかスイングする感じ……」 「はい」 「まともな精神の持ち主なら、彼のパナッシュに勇気をもらわないわけないよ」 「パナッシュ?」 「ああ、そう、シラノが亡者に連れて行かれる最後のシーンで、シラノは“心意気!”て叫ぶでしょ」 「はい……“そうだ貴様らは、俺からすべてを奪おうとする”」 「“……さあ、取れ、取るがいい! だがな、貴様達がいくら騒いでも、あの世へ、俺が持って行くものが一つある!”」 「“神の懐へ入るときにはな、俺はこう挨拶をして、青空の門を広々と掃き清めて、貴様らがなんと言おうと持って行くのだ! 皺一つ、染み一つつけないままで!”」 「“それはな、わたしの……心意気だ!”」 「良く覚えてるねぇ」 「なんか……何度も読み返してたら……」 「ちなみに、彼が最後に持って行こうとしたのはね。〈Mon panache〉《モン・パナッシュ》……つまりは羽根飾りなんだよ」 「羽根飾り?」 「そう、彼の帽子についてた羽根飾り」 「そうなんですか?」 「それが転じて“伊達な心意気”って言う意味になったらしいよ」 「だからね。他の訳だとちゃんと羽根飾りって“こころいき”ってルビをふってるらしい」 「そうなんだ」 「すべてを奪う死を目の前にして、シラノの最後の言葉はカッコイイよね」 「特に〈Mon panache〉《モン・パナッシュ》!って三音節を、空中に放り投げる様に言って死ぬなんて……しびれるね」 「こういう心意気に……何も感じない人、こういう行動をイタイって片づけてしまう様な人……」 「そういうのがイタくない人って言うんなら、ボクはイタイ人間でいた方がましだと思うよ」 「……うん……」 「あ、あの……間宮くん……」 「何?」 「も、もう少し……借りてていいですか?」 「え? 別にいいけど……なんで?」 「もう少し……読んでいたいんです……」 「……そうだね」 「ところどころ暗唱出来るんですよ」 「うん、さっきしてたしね。そんな読んだんだ」 「あははは……なんか印象的で……」 「でも文章は美しいよね。シラノが詩人だからなんだろうけど……」 「いちいち言葉の遣い方がカッコイイですよね」 「ははは……そうだね。いちいちカッコイイよね」 「……」 「そういえば……間宮くんはどうしてこんな場所に?」 「え? 別に理由なんてないけど……」 「なんか良く屋上にいますね」 「そう言われると、そうかなぁ……なんか建物とか狭い場所にずっといると息が詰まりそうじゃない?」 「息が詰まりそう……」 「ああ、天井は高ければ高いほどいい……」 「高ければ高いほど……」 「そう、天井は高ければ高いほど……それこそ無限な高さなら気持ちがいいよね」 「無限な高さ……か」 「何? 呆れた?」 「い、いや別にそういうわけじゃ……」 「元々は無限な空って嫌いだったんだけどね……人間の趣味って変わっていくよね……」 「前は嫌いだったんですか?」 「うん、前は雨が好きだった。雨雲大好きだったよ……」 「そうなんですか? なんでそれが無限に続く空好きに変わったんですか?」 「さぁねぇ……そう言えば、良く知り合いに言われるんだよね……ボクはくだらない事ばかり言うってさ……だから良く呆れられる」 「そんな事ないですよ……無限な高さなんて、なんかいいですよ……」 「ははは……そう言ってもらえると助かるよ……」 「こういうばかばかしい事を本人はたまに本気で言ってるからね……」 「間宮くん……」  私は間宮くんからもらったラムネに口をつける。  ぱっと口にラムネの甘さが、パチパチという炭酸と共にひろがる。  私は……あの場から逃れてきた……。  そして、ここに立っている……。  ここで間宮くんと永遠の空を見ている。  こんな夜空を……二人で……。  私は間宮くんの顔を見る。  夜空を見上げている。  すべてを失うかもしれないけど……。  私も……私の〈panache〉《パナッシュ》を最後の瞬間まで持って行けたら……。 「……」 「どうしたの?」 「え? あ……」 「泣いてた?」 「あ、いや……そんな事ないよ……」 「そんな事……」  逃げてきた……。  あの人達から……、  あの場所から……。  明日から……どうかなってしまうかもしれない……。  それでも……。 「っっーー!!」  この場から立ち去りたいけど……。  でも……。  身体が固まったまま……震えている……。  彼女達に逆らうという事は……。  希実香がちらちらと私の方を見る。  何か言いたげだけど……良く分からない。  それどころか、私はどうする事も出来ずに固まっている。  そんな私の姿を見た希実香は、大きくため息をつくと……赤坂さん達のカメラに向かって不自然な笑顔を作った。 「ほら橘ー」 「あ、こうかな?」 「おお、色っぽいじゃーん」 「あは……そうかな?」 「ほらーもう少しぃ」 「え……こ……こう?」 「おっ。すげぇ……下着何色?」 「それ、どこの親父ですか的な質問だね」 「かわいい下着じゃん」 「まぁまぁ高いかも」 「そうか、ならもう少しサービス!」 「えー、なら赤坂さんと北見さんの姿も映してよ」 「いいよ別に、ほら」 「すげぇ……少しですねぇ……」 「お、いいねぇ。すげぇいい絵だ」 「いいねぇ……ビデオズームにしちゃおうね……」 「うっ……そ、そんなぁ」 「これがおパンでーす」 「こんなアップにしてー」 「大丈夫、大丈夫、きれいなもんだよーおパン、買ったばっかり?」 「そ、そうだねぇ……」  なんか……どんどんまずい方向になってる……。  これなんかおかしい……。 「そういえばーざくろちゃんはーどんなパンツはいてるの?」 「パンツー。何はいてるのー」 「え?」 「ねぇ、ざくろー」 「わ、私は……その……」 「おーすげぇなぁ橘っ、どんだけ股開いてるんだよ」  希実香がさっきまでの遠慮しがちなものではなく股を開いて自らの下着をビデオカメラの前に晒す。  これって……希実香、私を守るために?  昔、私がいじめられてた時と同じだ……私に興味の対象がうつりそうになると、自ら率先していじめの対象になる……。  彼女は一生懸命、私を逃そうとしてくれているんだ……。  なのに……。  私恐くて……何も出来ない……。  動く事すら出来ない……。  私どうしたら……。 「くっ…あ、あの……これは何かな?」 「どう? 携帯肩もみなんだけどさ」 「そ、そうなんだ……だったらこんな場所に使うものじゃないよね……」 「良いんだよ。マッサージ用なんだからどこに使ったってさぁ」 「何それ?」 「簡易肩もみ器、ドドンキイで買った」 「いや、これどう見てもエロおもちゃじゃん」 「知らないよー。少なくとも肩もみ器としては使えないからこうやって使うのはどうかなぁって」 「あ、あの……これ少しつらいんだけど……あ、あうっ」 「なんか声が色っぽい事になってるんだけど」 「いや、そうじゃなくてさっ、これ…こそばゆいだけだからっ、んっ、ひぃ」 「こそばゆい声じゃないだろ」 「ちょ、ちょっと待ってくれないっ、くっくぅ!!」 「声出したらバレるよ……」 「え?」 「ほら、あんまり橘が暴れるからあっちのリーマンこっち見てるし」 「え? あうっ」 「なんかすげぇ色っぽいぞ……」 「ち、違っ……」 「ほら、普通にしてろよ」 「別に普通だよ……」 「高島ー」 「え?」 「ビックリマッグ三つ買ってきてよ」 「え?」 「早くしろよ」 「あ、うん……」  なんだろういきなり。  まったく理解出来なかったけど、私は言われたとおりにする。  それにしてもなんでビックリマッグなんて手間のかかるものを三つも買うんだろう。  当たり前の様に札を渡される。  作るのに時間がかかるから席で待ってくれという事だ。 「お、高島っ」 「番号札もらってきた……」 「そうなんだー。その場で待ってなかったんだぁ」 「?」 「っ……くっ……」 「耐えるのでいっぱいいっぱいだよ。橘」 「これ少しやばいんじゃない?」 「あ……」 「店員が来たよ」 「うっ……」 「そのまま何もないふり」 「っ」 「74番の名札の方」 「っっ……」 「あ、ここです」 「ビックリマッグ三つでよろしかったでしょうか?」 「あ、うん」 「はい」 「……」  店員が真横に立っている間も、希実香の股間には強く肩もみの機械が押さえつけられている。  希実香は小さく震えながらも、何事もないように耐えている。  ビックリマッグ三つってこれが狙いだったんだ……。  そんなの絶対にすぐに出てくるわけがない……番号札を渡されて……当然、店員がこの席まで来る事になる。  そうなったら私も共犯者。  希実香はばれない様にするために静かにしなければならない……そうなれば赤坂さん達のイタズラのし放題……。  希実香はただみんなに気がつかれない様に耐え続けなければならない……。 「店員さんさー」 「はい?」 「水ほしいんだけどー」 「水ですか?」 「うん、なんかビックリマッグ三つも買っちゃって金なくなっちゃったんだー」 「三つも買われたんですね」 「あーなんかお腹へっちゃってーねぇ橘」 「あ……あ……はひぃ……」 「?」 「何まぬけな声出してるのよ橘」 「ほら橘」 「あ、う……うん……くっ」 「ぐ、具合悪そうじゃないですか?」 「え?」 「その娘……顔真っ赤ですよ」 「あ、これねー我慢大会してるのー」 「っ?!」 「我慢大会?」 「そう、我慢大会してるのー」 「何の?」 「あ、あかさかさっっくぅんっっ」 「声で分からない? こんな色っぽい声出してるんだぜ? 何我慢してるか分かるでしょ?」 「って……何?」 「も、もしかして?」 「あははははは、何想像してるんだよー。単にこいつ生理でお腹痛いんだよー」 「生理?」 「はははは……今クスリ飲むからさ、早く水持ってきてよ」 「あ、はい……」 「あ、あう……」 「ほら安心するの早いよ……あの店員が水持ってくるからさ……それまでに最後までやってよ」 「最後までって……」 「そのままの意味だから、ハリーハリーっ」 「こ、こんなところで最後までとか無理だよ……」 「そう? 出来るかどうかはやってみなきゃ分かんないじゃん?」 「とりあえず早く終わらせないと、私は何度も繰り返すよー。さっきだって店員に怪しまれてたから、何度もやったらそのうちバレるんじゃない?」 「それってウチらもやばくない?」 「だから早く早くっ」 「あ、あう……」 「あと胸もこうやってさ……パンツとかずらせよ……こっちの画も撮らせろよ」 「あ……」  希実香は諦めたように股間にバイブを伝わせた。 「っっ〜」  ただ置いただけなのに、振動音にまぎれてクチュクチュと粘った音が聞こえてくる。 「なんだ、ちゃんともう濡れてるじゃない。その肩もみ器がそんなに気に入ったの?」 「ああっ……ふううぅ……そんな事……ないっ……ひんっ……」  気に入ったわけではないと思う……ただ普通にやらなければ許してもらえない。  その事を希実香は理解している……だからまじめに自慰をしているんだ……こんな場所で……。  希実香の手は股間だけでなく乳房にも伸び、コロコロと乳首をこね回し始めている。  片手は秘裂をクパッと押し開き、赤く充血した媚肉が顔を覗かせている。  早く終わらせるために必死だ……。 「うわぁ……橘ってば……すごいオナニーするんだねぇ。腰をそんなに突き出して……みんなによっぽど見せたかったのか?」 「やあっ……違っ……違うっ……あああああ!」  希実香の股間からは透明な汁が噴き出し、指を秘裂から抜き差しする度に飛沫が飛び散って床を濡らす。  床はいつしか希実香が放つ淫らな匂いで満たされていた。 「うわ……なんか他の連中がすげぇ見てる……まずくね? なんかバレバレっぽくね?」 「な、なら……はぅぅうっ」 「だめー。早く終わらせてよ。別にあいつらから大事な場所が見えるわけじゃないんだからいいでしょ?」 「そ、そんなぁ……くっ、ふぁあっ」 「なんかすげぇ私ら見られてるよ……」 「違うんだよ。ほら聡子見てみなよ」 「ん?」 「実はさ、何やってるか分かった連中はこっち見ないんだよ……」 「そうなの?」 「ほら見てみなよ……何やってるか分からない連中がじろじろ見てるんだよ。分かった連中は逆に恥ずかしくて目伏せてるだろ?」 「……あ」  たしかに……気が付いてない人間はいかにも怪訝そうな顔で私達を見つめている……だけど、何が行われたか分かった人間はこちらを直視する事が出来ない……。  わざとらしく視線を外して、なんとなくこちらをうかがっているにすぎない。 「気が付いた人間は、そっちの浪人生風の男とあっちのリーマンだけだよ。他はウチらが何やってるのか分かってないって」 「本当だ……」 「だからさ、そういった意味でも早くイケよ橘」 「っっ〜」 「って心配もないかな? なんか橘のここまで匂ってくる感じだよ。店舗内全部にそのうちこの匂いが充満するんじゃねぇの?」 「ひぅううう! やああ! そんなの、そんなの嫌っ……そ、そういうのはだめ……」 「知らないよ。早くイってよ。そうじゃないとさ、あんたを裸のままここに置き去りにするよ。それがイヤなら早いところイってよ」 「はああっ……うぅうう……はぐっ、ひぃ」  赤坂さんは携帯電話の時計を希実香に指し示した。  時間は、残酷なくらい的確に時を刻み続けている。 「もう一分たったよー。そろそろ店員がきちゃうよー」 「ああっ、やっ……いやあっ! ふあああ! ああ! うああああ!」  希実香はパニックのあまり我を失い、動物のように喚きながらひたすらに指を動かし続けた。  腰はガクガクと激しいリズムを刻み、それにあわせて椅子がカタカタと鳴り響く……。 「まだイカないのー? もうそろそろ来るんじゃないの?」 「ああああ! いやああああ! もういやああああああ!」  動揺させる様な事を赤坂さんは言い続ける……希実香は発狂したように激しい指使いで秘裂をかき回し、ク○トリスをつねりあげた。 「あ……やべぇ階段あがってきてね?」 「あひぃいいいい! うあああっ! いやあああ! だめ! だめぇえええええええ!」 「うわぁ……このままだとバレるんじゃね?」 「はあああっ! うあっ、いやっ……」 「そしたら、店員とセックスさせて口止めすればいいんじゃね? 店員も〈所詮〉《しょせん》男だし」 「いやぁ、そんなのいやぁ、あうっひぃ」  グチュグチュと愛液が泡立ち、バイブだけでなく指にべっとりと貼り付いている。  もういい加減イってもいい頃なのに、焦っているせいかなかなか絶頂へ到達できないらしい。 「うあああっ、イカなくちゃ、早くイカなくちゃっ……あああああ、うああっ! ひううう!」  希実香はブルブルと震えながら腰をくねらせ、全身に愛液をなすり付ける。  そのせいで、机の周りに漂う淫臭はより濃密なものへと変化してゆく。 「もうさすがにやばくない?」 「そうねぇ……このままイケないと、希実香ちゃんは店員とセックスする事になるのかなぁ……」 「あああああ! うあっ! も、もうすぐっ……もうすぐっ、キますっ……」  希実香はブルッと全身を痙攣させた……ようやく快感を掴む事が出来たらしい。 「うわぁ……すぐそこまで来てる……店員が階段を登り切ったし……」 「あはあぁ、あっ、あっ、あっ! イクっ、もうイキますぅうう! ひああっ、あっ、ぁあああっ!」 「あと五メートル……四メートル……あと……」  めぐのカウントダウンに合わせて、希実香が腰をグネグネとうねらせる。  希実香の口からはだらしなくヨダレが垂れ、胸の間を伝い落ちていた。 「ひゃああああ! 来るっ、来ちゃうっうう!」 「あと三メートル……」 「ああああ! やああ! はああっ……んんっ……」 「っ! っ! っ! っっっっ――っ!!」  希実香が口を押さえたままで痙攣する。その真横に店員が立つ。 「あ、お水でよろしいんですよね」 「……っ、あっ……はあっ……はひぃ……」 「だ、大丈夫ですか?」 「は、はひぃ……だいじょうぶれす……」 「それでは……」 「すげーセーフじゃん」 「すげぇ良くやった。橘すげぇ偉い!」 「え、偉いとか……じゃなくて……」 「こっちがドキドキしたよ」 「なら、当然あなたたちもやるんだよね……」 「えー私はさーカメラマンだしさ」 「監督じゃん、私」 「な、なんの監督……」 「……」  このままだと……。 「んじゃ次は?」 「とりあえず場所変えない?」 「ここまずいでしょ……これ以上はさ……」 「……」 「んでどこ行く?」 「というかカラオケでしょ?」 「ふぅ……なんでカラオケ行く前にあんな事私がさせられたんでしょうか……」 「えーなんて言うかなぁ……」 「この企画は一体何?」 「だからさー昨日言ってたじゃん」 「何を?」 「なんかもっとクリエィティブに稼ぐ方法ってヤツよ」 「クリエィティブ?」 「そう、そう、もう少しで私の芸術家としてのスパークなのよ」 「はぁ……その芸術家としてのスパークというのがあれなの……」 「なんかさ、私、家にあったハンディーカムのビデオ持った瞬間に悟ったのよ」 「何を?」 「己の才能をだよ」 「そんで映画撮りたいんだってさ」 「映画……そうなの……映画ねぇ」 「そうなのよ」 「それで? その映画はどんな内容なの?」 「よく分からないわよ。脚本の才能はないわけよ。あくまでも私は映像の才能なのね」 「脚本は私だよ」 「それで、どんな脚本なの……」 「なんかねー、体中が歯車とゼンマイ仕掛けになってしまう博士がね、もっとも深き森の底で、その最後の時を妖精と共に過ごすと言う筋書きなんだよ」  何か……わけ分かんないけど……聞いた事ある…………どっかのマンガでネタとして書かれていた様な……。  希実香も呆れている。 「少し今風にね……ヴィジュアル系のテイストを入れたジュブナイルでね。アイディアは少女漫画読んでたらあった」  それって丸パクリ……って言うんじゃ……。 「なるほど……それで? 今撮影している部分のどこにあたるのかな……」 「映像はめぐが担当しているから分からない」 「だから高島が一生懸命やれば自ずと分かってくるんだよ。ストーリーは」 「あ……あの……」 「あっ。思いついたっっ」 「何を……」 「赤いマニキュアだっ」 「はぁ? 赤いマニキュア?」 「ここは赤いマニキュアしかない」 「何……それ」 「高島の黒い髪の毛でね……その白い肌……そんで赤いマニキュアなの」 「それで?」 「そして…… オナニーとか?」 「なんだそりゃ」 「え? あの……」 「インモラルな感じ?」 「なんだそりゃ……」 「だからさ、いまピピーンってきたわけよ。白い手に赤いマニキュアって」 「それ、どこでやらせる気なの……カラオケボックス?」 「いやさ……この夕日ってなんかそそるよね。映像美ってやつじゃね?」 「ぶっ、なんだそりゃw」 「あ、あの……私」 「ざくろ……帰ろう……」 「え?」 「おい! 何言ってるんだよ? 橘ぁ」 「あれだけ撮れれば十分じゃないのかな? 小遣い稼ぎなら?」 「んだと……」 「あれ、どっかのショップに売る気なんでしょ? 学生モノの盗撮は高く売れるからね……だから学校でもずっと隠しながらカメラまわしてたでしょ」 「え? そ、そうなの?」 「店行くまでの一部始終を撮ってたよ、たぶん……赤坂さんの鞄の動きが不自然だったんで気になってたけど……」 「だったら何なんだよ」 「ちげぇよ……何マジなってんの? 単なるお遊びだって、盗撮じゃなくてドキュメンタリーって言ってほしいわな」 「どっちにしろ、ざくろまで巻き込む事はないでしょ……もう私でさんざん遊んだんだから……」 「っんだから、てめぇが決める事じゃねぇだろ!」 「ならざくろはどうなの? 私がされた様な事、されても〈良〉《い》いわけ?」 「そ、それは……」 「ざくろぉ、ダメとか無いよねぇ。あたしら友達じゃん?」 「ふぅ……だから言ったじゃん……橘と一緒だとめんどくさいって……まぁ、いいや橘のヤツは撮れたんだしさ……」 「だったら帰らせてもらうから……ざくろ行くよ」 「あ……痛っ」 「っ!」  希実香が私の手を引っ張ろうとするとその逆の腕を強く掴み北見さんが私を引き留める。 「何言ってるの? あんたの役目が終わったって言ってるだけだよ……さっさと消えな」 「……あれだけの事故を起こして、まだ懲りないとは……」 「事故? 懲りる? 何の事だよ?」 「喉元過ぎれば……とは〈良〉《よ》く言ったものね…… こういうあんた達の馬鹿馬鹿しい企画とやらでざくろC棟から転落して大怪我したんでしょうが……」 「はぁ? 何言ってるの? あれは事故でしょ? 高島の自業自得じゃん」 「何をとぼけて……あんた達のいじめが原因でしょう」 「何言ってるんだよ。そんなわけねぇだろ。いじめなんてねぇよ」 「いじめが無い?」 「遊びだろ? 遊び? だいたい高島だってお前だって全部合意してたろ?」 「合意? あれが?」 「ああ、もう良いよ。めんどくさい……聡子ボコっちゃってよ……」 「ああ……分かってる……マジでむかついたわ……友達もいねぇおまえらを同情して遊んでやってたのによぉ……」 「とりあえず、ボコるわ」 「ぎゃっ……」 「え?」 「?!」 「〈窮鼠〉《きゅうそ》猫を噛むって言葉知らない?」 「て、てめぇ……」 「あ、あがぁ……」  信じられない光景だった……あの北見聡子が……希実香の前でくの字になって倒れている。 「ざくろが怪我した時から決めてた……今度こういう事になるんなら、あんたらを殺してでも止めようって……」 「警戒して持ってきて良かった。4140ハイカーボンスティールの31インチ特殊警棒……殴られたらただじゃすまない……」  一瞬何が何だか分からなかった。  今まで何もなかったはずの希実香の手元には、かなり長い鉄の棒が握られている。 「さ、聡子?」 「ち、ちきしょう……」  どうやら伸縮性のある鉄の棒らしく、北見さんが襲いかかった瞬間に振り払う形で、伸びた様だった。 「ちっ……伸ばした時の衝撃だったから……軽傷か……あばらを壊す気だったんだけど……」 「どっちにしろ……二人ともざくろが味わったぐらいの痛みは味わってもらうつもりだから……」 「くっ……」  北見さんは喧嘩が強いらしい……お金持ちの赤坂さんのボディーガード的な存在だ。  と言っても、あんな長さの鉄の棒を持たれたら、さすがの二人でも為す術などないだろう。  どう考えても、希実香が手にしているものは、おもちゃの類には見えない……完全に人を殺傷する事が可能な武器だ……。  「なんだよ……何でこんな事になってるの?」 「つ、翼!」 「し、城山………」 「何やってるんだよめぐ……面白い事やるってこんな事だったんか?」 「遅せぇよ、ボケ!」 「んだとぉ」 「橘が武器持って反抗したんだよ……」 「武器? お、何あれ? かっこいいじゃん」 「ち、近づくな!」 「へへへ……なんだよ……橘、そんなもん振り回されたら、俺たちお前に何やっても問題ねぇ事になんじゃんかよ……」 「ど、どういう理屈っ」 「正当防衛だよ! そ、そうだよ正当防衛なんだから! 翼、この女ボコボコにしてよ!」 「女ボコボコ? マジで? あんま趣味じゃないんだけどさぁ」 「あ、後で〈良〉《い》いことしてあげるからっ」 「〈良〉《い》いことって何だよ?」 「駅前のカラオケボックス来れば分かるから、カウンターには赤坂って伝えておくから」 「それって、あれの事? いいのかよ? お前、俺が高島に興味示してて嫉妬してたじゃねーかよ」 「う、うるさいわね。とりあえず今日だけ許すから、その女ボコボコにして、当分学校に来れないぐらいに」 「んでも、あの棒、マジで痛そうなんですけど……一度でも当たったら死ぬがな」 「あ、あんた達にも高島とやらせてあげるから!」 「え? マジ? でもレ○プとかダメだろ」 「大丈夫! 合意の下になる様に私が何とかするから」  え? な、何の話?  さ、さっきからなんで私の名前が出てきてるの?  合意って何?  何の合意? 「まじ合意で出来るの! それイイ! やった初セックスだ!」 「そうか西村ちゃん童貞だっけ?」 「ああ、そうだ、でも俺は高島とセックスして童貞を捨てるっっ」 「させるか! そんな事!」 「うっせぇな。てめぇは関係ないだろぉ!」 「ぎゃぁっ!」  安易に近づいた男は希実香の一撃によって倒される。  希実香は躊躇なくその男の首もとを狙った。いやもしかしたら頭を狙っていたのかもしれない……。  彼女は本気だ……。 「あらら……西村ちゃんやられちゃいましたよ……これどうすんの?」 「鞄盾にしろよ……沼田……んで同時に突っ込む……」 「あ、なるほどね」 「めぐ、約束だからな……覚えておけよ」 「あ、ああ……でも、今回だけだからね!」 「一度やればいいよ……なぁ沼田」 「あ、いや、俺は出来るかぎりやらせてほしいけどさ……可能なの?」 「知らないわよ。あんたは好きなだけやればいいんじゃないの? 高島もどうせ同意してくれるわよ」 「あ、あの……私、そ、そんな事……」 「いいから、 高島は私達と来るんだよ」 「い、いやぁ……」 「ざ、ざくろ!」  私が連れ去られそうになった時に一瞬の隙が希実香に出来た……。 「おらぁあああああああああ!」 「ひっ」 「希実香ぁ!」  希実香が押し倒される。 「んぎゃっ」  でもその状態から希実香は必死に抵抗する。 「くそ! この警棒あぶねぇなぁ」 「早く片付けないと、こんな場所でいつまでも大騒ぎしていると通報されるからね! ちゃっちゃっとボコボコにしなさいよ!」 「あと、間違ってもそいつをそこでレ○プとかすんなよ。やるんならどっかホテルとか自宅とか連れて行けよ!」 「こんな女どうやってホテルとか自宅に連れ込むんだよ」 「ボコボコにして意識不明にしてじゃね?」 「俺あんまり、顔をボコボコにした女とかやんの趣味じゃないけどね……」 「だからとっとと終わらせて高島を頂くんだろ! だろ、めぐ!」 「分かってるわよ! 高島は何とかするから!」 「っ!  させるかぁ!」 「分かった……とりあえず、この危ない警棒女どうにかしてから行くわ……」 「うん、期待してるわ」 「すんげぇ痛いんですけどあれ!」 「ふっかーつっ!」 「西村ちゃん、死んだと思ったよ……全然動かないから……」 「ちきしょう! 橘! 俺の夢を打ち砕く巨悪め! 俺の童貞脱出作戦の野望を打ち砕くヤツは殺す!」 「西村復活したけど、大丈夫なのかよ、高島に3Pとかさせる気か?」 「ああ、大丈夫だよ。何とかなるから、とりあえずそいつどうにかしておいてね」 「ざくろっっ」  多勢に無勢。  徐々に希実香の動きは見きられていく。  空を斬るか鞄で避けられるかの数が増えていく。 「き、希実香っ」 「ざくろ!」  私は赤坂さんと北見さんに連れて行かれる。  抵抗したつもりだったけど、全然身体が動かない……私は為す術もなく、ただ二人に連れて行かれる。 「あ、あの、希実香が……」 「あれは自業自得だろう……だって突然、警棒持って暴れ出したのはあいつなんだからさぁ」 「そうだよ、ウチらは楽しくやろうって思ってるだけなのにさぁ」 「で、でも……」 「んならさぁ、とっとと撮影に協力してよ……」 「撮影?」 「だから言ってるじゃん、映画撮るってさぁ。そのメインキャストは高島なんだから」 「そうだよ。撮影が早く終われば、橘だってあんま殴られないかもしれないよ」 「あ、それはあるかもね。さすがに撮影が全部終わって暴れる事はないだろうし」 「そ、そうなの?」 「そうなんじゃねぇの?」 「で、でも撮影って……」 「あ、さっきの冗談だからね。あいつらと何かさせる気とか全然ないからさ、うん大丈夫」 「うん、それは大丈夫。別にAV撮るわけじゃないんだよ。今あるじゃん、着エロってヤツ?」 「着エロ?」 「そうそう、服着たまんまで、少しだけエロティックなイメージビデオ撮るヤツ。芸能人とかやってるじゃん」 「そ、そうなの?」 「やってるやってる、全然やってるからさ、問題ないってさ」 「AVとか撮るわけじゃないからさ、なんか男と犯るとか無いから大丈夫」 「で、でもその撮影って……」 「さっき言ってた通りだよ……つーかその前にこのクスリ飲んでよ」 「クスリ?」 「少し特殊なんだけど、このストローで鼻から吸引してほしいんだわ」 「何のクスリ?」 「え? 知らないの?  これ今流行ってる、美白のクスリだよ。血流の関係で肌が白く美しく撮れるんだよ」 「その辺、私らもクリエーターだからさぁ。その辺も気にして撮すからさぁ、安心しなよ」 「う、うん……分かった……早く終わったら、希実香のこと助けてくれるんだよね」 「もちろんだよ。つーか高島がOK出してくれるなら、今電話して橘が怪我しない様に頼んでおくわ」 「希実香怪我しないの?」 「ああ、なんだったら今電話かけるわ……えっと……」 「もし、もし、あ、翼? あのね頼みがあるんだわ」 「ほら、ああやってめぐもがんばってるんだからさぁ。高島も誠意見せろよ」 「あ、うん……希実香が助かるんなら……」  希実香がさせられてた事……私がやればいいだけなんだ……。  いつでも彼女だけ〈酷〉《ひど》い目にあわせるなんてできない……私、希実香のために……。 「あ、これすんげぇ高いクスリなんで一回でいいからね、吸引は」 「あ、うん……」  私は赤坂さんが手にしていた小さな瓶の中の粉をストローで鼻から吸引する。  こんなクスリの飲み方があったなんて知らなかった。 「さぁーて! そんじゃ元気にいってみよーかねぇ」 「あ、はい……」  何?  何か……おかしい様な……、  気のせいかなぁ……何か……、  少し、光が強く感じられる様な……、  何か、街全体が輝いてる様な……、 「そんじゃ場所を変えようかね。もっと雰囲気のある場所にさ」 「だね! まぁここも人目が多くてそれなりに刺激的ではあるけどさ」 「ああ、それは次の予定に入ってるから」 「はぁ、そうなんだぁ……くくく……まぁいいやその辺りは聡子に任せるよ」  ……口の両端をつり上げた赤坂さんが、得意気な北見さんの肩を楽しげにバンバンと叩いている。 「ふっふっふ。まぁ、面白い事にはなるよ」  何か身体が変だ……。  汗すごい……。  そんなに熱いわけじゃないと思うけど……。  あと、何か鼓動がいつもより早い様な気が……する……。 「そうそう、ジュース飲んでおけよ高島」 「え? ジュース?」 「ああ、あのクスリやるとさ、すんげぇ喉渇くんだよ」 「あ、うん……」  たしかに……、 喉が渇く……。  さっきのクスリ……やっぱり良くないものだったのかな……さっきのクスリ……。  えっと……何でこんなに汗かくんだろう……。  動悸もはやくて……何か……やたら眩しく感じて……、 えっと……、  考える事が上滑りする……回転が悪いわけじゃない……けど何か思考がどんどん上滑りしていく感じ……。 「ほら行くよ、高島。あんたが主演なんだからしっかりね」 「あ、はい……」  赤坂さんが強く私の手を引っ張り、同時に北見さんが私の背中を突き飛ばすように押す。 「ほらほら、さっさと歩け!」 「あ、はい……」  えっと……あのクスリはたぶんダメなもので、なのに私はそれを吸ってしまって……だからこんなに街が眩しくて……動悸がはやくて……、  それで……何だっけ?  私、何でこんな事になったんだっけ……えっと。  そうだ、希実香を助けるために……それで、えっと……それで……それで……、  そうだ! 希実香を助けるためにはビデオを撮るんだ……。  これから私のイメージビデオを撮るんだ……どっちかが監督で、どっちかがカメラマン……なら脚本は誰?  えっと……脚本も必要だし……他に必要なものって……もっとあった様な気がする……。  それが無いとダメだ……希実香助けられないんだよね……。  必要なもの?  えっと……、  思考だけがやたらとはやく回転する。でも回転する割に何も答えが出ない。  私のすべき事……、 しなきゃいけない事……、  汗が止まらない……、 思考が止まらない……、 すべき事……。 「あ、そうそう! これ先に渡しとくね」  赤坂さんが屈託の無い笑顔で、強引にこちらの手へ何かを押し付ける……。 「……?」  えっと……これって、さっきまで希実香を辱めていた変な棒だ……。  肩もみ器なんて言ってたけど……、 これが渡されたという事は、これを使えという事。  肩もみ器なんだから肩を……いや、違う、希実香はそういう使い方はしてなかった。  希実香と同じ使い方をしなきゃいけないんだ……。  そうだ……私がすべき事……、 希実香と同じ事をする。  希実香だけ酷い目なんてあわせられない……私は希実香のためにしなきゃいけないんだ。 「おい……これ大丈夫か? 初心者には量多すぎだったんじゃねぇ? なんかこいつ頭ん中ぐちゃぐちゃになってんぞ……」 「あんたが吸わしたんだろうが」 「まぁ、ヨレ玉じゃないハズだから倒れたりしねぇだろうけど……」 「でも下ネタなんだろ……」 「当たり前じゃん。下ネタじゃなきゃ意味ねぇだろ? これからあり得ない事させるんだからさぁ」 「下ネタは効くからねぇ……一度入ったら、何でもするだろ」  二人が何か話してる……ヨレ玉とか下ネタとか……聞いたことのない言葉が沢山だ……。 「ほら、高島行くぞ!」 「え? あ、あいっです」 「くはは、“あいっです”てなんだよwwこいつまじでラリってるなぁ」 「この手のやつはさ、クスリ入れると何かと合理的に合理的にとか頭で考えて行動すっから、頭の中がパンク状態になるんだよ」 「そうなんだぁ」 「これでもさぁ、本人はまともなつもりなんだぜww目の瞳孔とかすんげぇ開いて恐いぐらいなのにさぁ……」 「ブツブツ独り言もすげぇしなぁ……」 「よし、ここがいいな」  ふらふらしている私が二人に連れ込まれたのは、駅前ロータリーの隅にある、周りからはちょっと死角になっている空間。  でも、本当にこんな場所で撮影するんだ……、  たしかに、ここなら上手くやれば、行き交う人々の目に入らないかもしれないけど……、  でも、しなきゃいけないんだ……私は希実香のためにしなきゃ……。  言われた事をちゃんと、全部やり通すんだ……私。 「はいはい、それじゃカメラまわすよー」 「ざくろちゃーん、ゆっくりとスカートを捲り上げてねー」 「す、スカートですか……えっと、えっと……」  ビデオカメラのレンズが私の下腹部に狙いを定め、私は命令されたとおりにスカートをあげる。 「いいね、いいね! その焦らすような手付きがいいよ!」  私がスカートをめくり、パンツが露出していくにつれて、ビデオカメラのレンズが伸びてズームインしていく。 「ふむ……普段は大人しいふりして、実はすごくアダルトでエッチな下着を好むとかだと意外性があって良かったのにな」 「次はウチらが下着も用意してやるかい?」 「つーかさ、めぐって“どう見ても下着の機能を果たしてないパンツ”をいくつか持ってるじゃん」 「あのほとんどヒモなやつ。あれでいいよ」 「あれは男をヤル気にさせるためのパンツなんだから、ちゃんと深い意味があるんだよ。バカにすんな」 「なるほど、そう言われると納得だな」 「あれって効果抜群なんだぜ〜、あははっ!」  二人が何か話しているけど……それも、駅中の声が聞こえすぎて良く理解出来ない。  なんでこんなに人の声が聞こえるんだろう……いろいろな人の声とか足音とか……直接脳に響く感じ……。  聞こえすぎる……なにもかもが……。 「おっと、ごめん、ここから盛り上がっていくからねぇ、そのつもりでがんばって」 「そうそう! 捲り上げたスカートの端っこを咥えて、両手を自由にしな」 「えっと……それは……」 「……こふれふか?」  私は指示どおりにスカートの端を咥え、これで両手を使うことなくパンツが隅々まで露となる。 「いいんじゃないんですかぁ〜」 「くははは……すげぇシュールな光景だなぁ」 「ほら、そんな事よりもさぁ」 「ああ、そうそう、次にさっき渡した肩もみ器のスイッチを入れてよ」  肩もみ器が振動しはじめる。  その音がやたら脳みそに響く。 「何やってるんだよ、スイッチ入れるだけじゃだめだろう……ほらさっき橘がやってたみたいにやるんだよ」  希実香がやってた事……。  私は思わずスイッチを切ってしまう。 「何切ってるんだよ高島!」 「おいおい橘がどうなっても知らないぞぉ……」  そ、そうだ……希実香と同じ事しないといけないんだ……、  私は、希実香と同じ事して彼女を救わなきゃいけないんだ……。 「はぁぁ……」  思わず溜息をつきながら“肩もみ器”のスイッチを入れると、即座に細長い楕円形のモノがぶるると震え始めた。 「よーし、小道具の準備も完了」 「ここからは特にどうこう演技指導は無いから、高島がいつもやってるように、自分なりにオナってみせな」 「……ぁぅ」  いつもやってるって……、  いつもとかしてないし…本当に時々しかしないやってないのに……。 「ちゃーんと可愛いところ完璧に撮ってやるからさ! 遠慮すんなよ」 「……ふぁいぃ…………」  これは希実香のため……希実香のため……希実香のため……希実香のため……希実香が助かるために……希実香が助かるために……希実香が助かるために……。  希実香が助かるために……希実香が助かるために……希実香が助かるために……。 「なーんかブツブツうるさいなぁ……」 「仕方ないだろう……クスリ初心者なんだからさ……まぁ、一度スイッチ入れば、こんなのも無くなるよ」 「ああ、なんか独り言とかさぁ、病気の人みたいで絵的にキモイから、はやくエロエロモードにしちゃおうぜ」  私が頑張らなくちゃ……?? 「ふぅんっ、んん……っあ、ふぅんんんっ、んんっ……」  ブルブル振動するオモチャを下着の上から割目にあてがうと、これまで経験したことのない刺激が全身に走って思わず脚が震えた。 「いい反応じゃね?」 「うん……なかなかいいんじゃね?」  私はスカートの端を咥えているから……この最低な状況にあって幸いにも、大きくエッチな声を洩らすことはなさそうだ……。 「んふぁ……あふっ、ぅうっ、くぅうんんっ……」  終わった後にはパンツが濡れて気持ち悪くなりそうだけど、平然を装って足早に去れば誰にも気付かれないはずだし問題ないと思う問題なんてないと思うぅおもぅぅ。  あうぅ……ともあれ、できるだけ濡らさずに早くイってしまおう……そうすれれれば、きみかがぁぁぁ……? 「ふぁ、ああっ……んん゛ぅっ、んんうぅ〜〜〜〜ッ!?」  なにこれこわい……、  なんでこここんななってるのの?  あ、だめ……まともに考えがかんがえがけあがえかがんがぇぇええええ、うぇ、、うぇ……あうぇう。  なんで?なんで?なんで?オモチャでアソコを軽く振動させているだけなのになのになのになのにビクンビクンするビクンビクンするビクンビクンするビクンビクンするぅぅぅ。 「っふぁ……ぁあっ……あふぅ、うぅん、くふぅっ……」  ……ご、ごごんなのって……本当に初めてのけ、け、経験……。 「ふくぅっ、う゛ぅっ……ぁあんん……ぁあんん……うぐぅ……」 「うわぁ……何だよはじまった瞬間これかよ」 「あんまり私らがしらふの時に、他人がクスリ入れてるのとか見たことないからなぁ」 「だいたい他のヤツがクスリ食ってる時は、自分らも当然の様にキメてるからなぁ……あんま冷静にこういうの見たことなかったわ……」 「ふふふ、これはまだ序の口だからね――もっと刺激的にいくよ」 「ぅふぅっ……んぅっ、んんっ……ぁはあぁっ……」 「高島ぁ、いい感じのところでパンツを下げてくんない?」 「ふぁうっ、ふぁふぁふぁぁあぁ……」  何か言われた。  反応出来ない。  脳全体が快楽に奪われて……何も……、 「ほら! さっさとおろせよ!」 「は、はひぃっ」  私は瞬間的に下着をおろす。  下着は地面までおちてしまった。 「ふひぃ、ふひひひっ……ふひぃぃ、ひぃ。ひぃい、ひぃっっ」  目がチカチカする。  直接ってこんなに違うんだ……違う……違いすぎる……。  あ、そんな事よりもよりも……少し冷静にならなきゃだめいけないだめいけないだめいけないだめいけな……。  あれ?  えっと……?  私何やってるの? こんな場所で?  いくらなんでもまずいよ……、  こんな事まずすぎるよ……ありえない。 「ありえなぎぃ……ありえなひぃ……ひっ……ふぅうぅ〜……あはぁ、あぁあっ…………」  なんで赤坂さんの言うとおりなんかしたの?? 下着は着たままって約束だったはずだし……ああ……もう何? 「なぎぃ? なぎぃ? うばぁあああっ」  こんな場所でこんなところを露出させて……なんでだらしない笑みを浮かべているの?  私……こんな事あり得ない……目がチカチカして……汗すごい……あ、何かすごい汗……だけじゃなくて……。  身体の体液が全部流れ出すみたいな……、 「おぉ、スゲエよ高島……お前、やればできる子じゃん!」 「あ、ありがどうごござぃぃ……はひぃ、あうっ」 「何だこれ?」 「褒められて喜んでるんだよ。褒められて伸びるタイプなんだよ高島は」 「そっかぁ……」  悔しい? でも褒められて嬉しい??  うれしい? 何で? こんあ場所、ダメ、うれしい? ダメ、見られたら? 誰か知らない人とか? え? 見られる? 何を? 今の状況? 今? 「高島うれしいか?」 「はひぃ……っくぅっ、んんっ、んう゛ぅぅっ……んああ゛っ!」  振動するオモチャを直にあてがうと……らめぇ……な、何このびりびり感、頭破裂する感じが、ダメ、誰かに見られる。私声とか出してるし、ダメ。 「んう゛っ、う、うう゛っっ――う゛ぁ、ああぁっ!」  汗がすごい……でもそれ以上に太股どころか足下まで愛液でぐちゃぐちゃになっている……ちゃんとオモチャを掴んでいないと滑って手から落としそうなほど……、  もう、何が何だか分からない……どうしよう? 頭壊れた? こんな場所で? こんな事? こんなの? え? こんな? 「んぐっ、うう、ぁあうう゛っ……ふぅうんっ、んん゛ぅっ……」 「あははっ、マジで良い画が撮れてるよ」 「こっちまで雌の臭いが届いて来るもんな。いや〜、大したもんだよ」 「この下ネタすげぇなぁ……」 「まぁ、速いのは、アンナカとかの混ぜモノ豊富な方が、気持ち良くなれるからなぁ……」 「でも、これやばすぎだろ……」 「あはは……なんかさ……ちらほら、こっち見てる連中がいるんだけど……通報とかされないだろうなぁ……」 「その時はダッシュで逃げるだろ……」 「ああ、そうだね……」 「はふう゛っ……んふ、んふふふふっ……」  ……ねえねぇきき希実香……わわ私ははだ大丈夫だよ……。  だ、だだだ、だ大丈夫だよぉ……希実香ぁ……もうすぐだからねぇ……。 「よーし、高島がここまで頑張っているんだ。ならばウチらがもっと盛り立ててやるべきじゃね?」 「異議なーし! 聡子、サクッとやって」 「あいよ」  私が押し寄せる快楽に意識を失いそうになりつつ、勃ってきたク○トリスにオモチャを押し当てているところで、  カメラを回し続ける赤坂さんの指示に従い、北見さんが私のすぐ側に歩み寄って手を伸ばした。 「ひあぅぅ……あ゛ぁっ、あふぁっ??」  北見さんは素早く私のスカートのサイドホックを外し、そのまま勢いよく引き下げ、 「ほら、交互に足をあげろよ。パンツとスカートを脱がせられないだろ」 「うぁ、はいっ……」  不意の仕打ちに混乱する私は、脅すような口調の北見さんに気圧されて作業を手伝う。  でも私の頭の中は快楽でぐちゃぐちゃになってまともな思考なんて出来ない。  だ、ダメ、ダメだよ……そんなことしたら……わたし……私ダメ……それは……、 「ほーら、これでどうよ?」 「ああ、もうバッチリ!」  北見さんは私の服を持って、ウキウキしながら赤坂さんの隣へと戻っていく。  今の状況を冷静に判断しようとする。  下着もスカートも上着も……何も無い……誰が見ても何も着てない状態。  あ、あああ、らめ、らめ、らめ、こ、これダメだよ。何でこんな事させるの? これ? 犯罪だよ。だって見えちゃうし?見える?誰に?何が? 「あ、ああ、らめ、らめ、らめぇぇえ、ふぅうっ……んぐうぅっ、んんっ、ぅうんんっ、らめぇ……」  取り返さなきゃ、取り返さなきゃ……なのになのにやめられない……。見られるかもしれないのに、もしかしたら警察に捕まっちゃうかもしれないのに……。 「らめ、見られる、見られちゃう、らめ、らめ、それらめだから……あうっはふぅ、うふぅ、あぁあぅっ〜〜」  何? もう訳が分からない……見られたら大変だ……たぶん通報される。通報されて警察に捕まる。捕まったらニュースに出ちゃう。だめ、お母さんが悲しむしお父さんが悲しむし……あぅぅぅうっ。  いやらしく震えるローターの先で膣口を撫で回してから、その染み入る響きを感じつつ隆起したク○トリスにじわじわと近付ける。  虚ろな目をしてよだれを垂らす私のすべてを、赤坂さんのカメラが容赦なく映し撮っている……。  あは?……これ、なんかいいらも…………。 「口も自由になったことだし、素直に今の気持ちを声に出してみろ」  え?口で?素直に?素直に?えっと?感想?感想?えっと?ああ気持ちいいもうどうでもいいし?でも感想言わないといけないし? 「ほら、なんでもいいから言ってみろよ……こんな場所でこんな事やるのどう思う?」 「ら、らめですぅぅ。こんな場所でこんな事しちゃいけらいのおもいますぅ」 「でもやってるじゃん」 「は、はひぃ……やってますぅ。こんな場所でやってますぅ」 「これ犯罪だよね?」 「犯罪らめ、絶対らめ、しちゃいけなぃぃぃひぃ。ダメこんな事ぉ……」 「でもやってるじゃん」 「違う、違うぅぅ、これ違ぅぅうぅ」 「見られるかもしれないと興奮すっか?」 「そんなことらい、そんなわけらいんだからぁ……ふぁぁあ、らめぇ……」 「でもやってるじゃんかよぉ……どこが一番気持ちいいのよ?」 「あひっ……やや、ややっぱりぃ……くりぃぃぃ……」 「あれ? カメラのマイクが壊れたかな。ちゃんと聞き取れなかったぞ」 「こら高島、ちゃんと正確にしゃべれ!」 「ふぁいっ! ク○トリスがぁ……すっごくいひ……ですぅ? はぁああんんっ……」  そう赤裸々に告白してしまうと、無意識のうちに手が動いてオモチャの先端を腫れたクリの上に押し付けていた。 「ひゃはあぁあぅっ! はあぁうぁ、うひょぁ、ああぁあぅぅ〜〜」  さらには女性器全体をオモチャでぐりぐりと弄くり回して淫らに腰を振る。 「うへぇ、マジ淫乱でえげつないんですけど」 「はふぁ、ぁああぅ、うう゛う゛うっ、ひぃああぁっ……」 「ひゃふっ、ふふう゛っ、ううっ……あひっ、ひふううぅ……」 「さあさあ、盛り上がってまいりました!」 「こりゃあヌケるでしょ! 普段の大人しい様子も撮して編集すれば、そのギャップに興奮した野郎どもが射精しまくりですよ」 「はふぅっ、うう゛っ、あぁあっ……ひゃっ……くふぅうう゛っ」  ふと気付けば、私はオモチャの先端をお尻の穴にまで這いまわしていた。 「すごぃ、すごぃ、すごぃぃぃい、あふっ、あぁっ、あふんっ、ん、んん゛ぅぅっ」 「血出てるじゃん……ローションつけないで入れた?おしりのバイブ?」 「あ〜大丈夫だよ、血が出るぐらいの方が気持ちいいからさ」 「まぁ、たしかにクスリやってると痛いのとかも全部快感だからなぁ……」 「なんだよ、あれ……」 「おい、とりあえず写メ!」 「うおッ!?」 「――なんだっ!!」  まさに青天の霹靂。  こちらの死角になっていた場所から、急に若い男性が私たちを見て驚愕の声を上げた。  多分、押し殺せなくなった私の嬌声を耳にし、不審に感じて来たのだろう。 「――っあ、……はふぁぁ……んっくう゛ぅ……ふひゃあぁぁ……」 「おい……何コレ? AVの撮影? 全裸じゃん」 「まじで? 本当にこんなのやってるんだ。外で」  唖然とする彼の顔が、いつの間にか溢れそうになっていた涙に歪んで見える。  なのに、私の手はもう止まらない……。 「うっせえな黙れよ! でなくちゃお前がコイツを犯したことにすんぞ」 「な、なんでそうなるんだよぉ……」 「まぁ、まぁ、聡子さん……ギャラリーとかいた方が臨場感あるだろ?」 「でも、ウゼェし……なんかこいつらキモオタっぽくねぇ?」 「だから良いんじゃないですかぁ……」 「おまえら、人をキモオタとか失礼だなぁ」 「何言ってるの? そんな口利いたら見せてやんないよぉ」 「あ、見たい見たい」 「んじゃ、近くで鑑賞してくださいなぁ」 「まじで? うれしいぃ」 「らめ、なんで? 見ないでぇ、らめぇぇうはっひぃああっ、あふぅ、ううんんっ……っあ! ああぁっ、ふあああぁっ!」 「すげぇなぁ……何こいつ見られるの好きなの?」 「知ってる。露出狂って言うんだぜ」 「ち、ちがぅ、ちがぅぅぅ、わたしぃわたしぃぃぃぃいひぎぃ、あうっ」  まだ誰にも見せたことの無い場所を……見ず知らずの人に鑑賞される。  なんでこんな事になってるんだろう……。  意味が分からない……ただ私は……。 「見ないでぇ、見ないでぇ! らめぇ、違ぅぅのぉ、らめぇ、ひぐぅ」 「どこ見たらダメなんだよ? 言ってよ?」  どこ?そんなの決まってる、人に見せちゃいけない場所なんて決まってる……。 「だから、どこだよ! 早く言えよ!」 「あ、あそこですぅぅぅ、あそこ見ないでぇ、あそこ見られたらわたしぃぃ、らめぇ……」 「あそこってどこだよ? その部分をちゃんと突き出して名前言ってよ。んじゃなきゃ分かんないよ」 「何この天才ww」 「すげぇ……天才現るwww」 「こ、ここれす!ここ見ないでくださいぃ。名前はおマ○コれす、おマ○コ見ないでくらさいぃぃぃ、見られたら私、わたしぃ」 「見られたらどうなるの?」 「お嫁にいけませんっっ、こんなのダメですぅぅ……あふぅんっ、んんっ、だめぇええっ、こんなのッ……やあぁっ」 「だめぇ……見ちゃ、ダメ……ひゃあんっ、ああっ、あふぅうっ……っくぅ!」 「くぅんっ、うんっ、あはぁあっ、気持ちいいッ、びりびりくるよぅ〜〜」 「んうっ、ん、んんぅっ、あっあぁ、ああっ、うぅう゛う゛っ〜〜」  だけど、彼のズボンの前がしっかり膨らんでいるのが見えた。 「くぅあぁっ、ああぁ、ひゃんっ、うんんっ、くふぅうんんっ……」  あれあれ? どうして見ず知らずの男の人に見られて昂っちゃってるの??  ねえ高島ざくろちゃん……あなたはぁ、そんな淫乱な子じゃないはずでしょう? 「ひゃふぅっ、きもちいいっ――おま○こビリビリしてますぅぅっ!」 「その調子だよ高島! いい画が撮れてるから、もっと頑張れ」 「ひゃいっ……がんばひまふぅ……んふぅうっ、あう、っふああぅ〜〜」  再びカメラのレンズが伸びてきて……だらしなく口を開けた私の顔を撮影している。  すごく情けない顔だろうけど……もう隠しても遅い……。 「えっとぉ……なあ高島ぁ、そろそろイッてくれないかな? カメラのバッテリーがもう切れそうなんだわ」 「はひっ……いふ、いひまふぅぅ〜〜!」  いちいち……命令されなくても……あはは……うふふふふっ……、 「きちゃふ、うん、うんん゛っ、もうだめっ、ぃやあああっ――」  ……ほらね……全身がすーっと軽くなってきたでしょ……。 「ひゃっ、はぁああ゛――いくぅううぅぅ〜〜〜〜っ!」 「……ぁ……ふぅぁ……あはあぁんん……」 「イッたな、イッちゃったよな?」 「はあぁっ……ふあぁっ……」  うふふ……こんなの驚きだよ……すごすぎ……。 「よしっ、ちゃんと撮り終えたな」 「これはいい作品になるぜ。なんてタイトルにしようか?」 「そうだなぁ……えっと『天空の雫……駅に舞い降りた機械天使』とか!」 「全然意味わかんないわ……」  ……ふぅ。 「はあぁっ……はぁぁっ……ひっ……ふぁあ……はあぁ……」  …………これで……希実香は助かるのよね…………。 「ふあぁ……っくぅ……はあぁ……はあぁぁぁ…………」  ……やだぁ……まだお腹の中に響いているよぅ…………。 「さてと、予備のバッテリーに換えてっと……」 「はあぁ……ふぁぁ……」  私……何を……人が見てる前で……私……えっと……、 「……はふぁ……ふぁぁ……あはぁぁぁ〜〜…………」  あ、やばい……なんか……視界が白く……。 「…………ぁぅ」  ……体中から、全ての力が抜けた…………。 「ちょっと高島! 大丈夫かよ? まずくないかこれ?」 「ちょっとまって……」 「…………」 「心臓は動いてるから大丈夫、オーバードーズじゃないと思う。とりあえずカラオケボックスに運んで寝かせた方がいいなこれ……」 「これってヤバイ方向じゃなくて、多分マジでイッたせいだと思うわ」 「そう、だな……焦らせんじゃねえよボケ! マジで青ざめた」 「まぁ、心臓に負担はかかってるだろうから、少し休ませた方がいいだろうね……」  ………………。  …………。  ……。  ずっと意識はあった……けど身体は動かなかった。  あと時間が過ぎるのが早かった。  空の太陽がいつもよりもすごい速度で動いていた。  目には光、耳には音。  世界のすべてがとても高速に思えた……。  カラオケボックスで横になっていくうちに心臓の鼓動も落ち着いてきた。  その間中、二人は楽しそうに歌っていた。  なんだか二人が楽しそうなのを見て、私までうれしくなってきた……。  なんでだろう……。 「おっ! やっと起きたな」 「おい、めぐ! 歌うの中止ッ!! 高島が起きたよ」 「あによ、せっかくノッてきたのに……空気読めよ」  なんだか赤坂さんが恐い顔で私を見て、それから近くのリモコンを操作して演奏中の曲を止めた。  不意に室内は静まり返り、遠くから……別の部屋から洩れるかすかな雑音と振動だけが私に届く。 「んじゃ次は高島に歌ってもらおうぜ!」 「おーいぇー!!」 「……私?」 「つーことで歌え、踊れ!」 「そのためにここへ来たんだぞ」 「楽しくやろうぜ!」 「楽しく……」  楽しく……と言われた瞬間、なぜか言葉がそのまま感情になったみたいな感じがした。  楽しく……楽しく……。 「そうそう、楽しく楽しく!」 「楽しく……楽しく……」  なんだろう……なんか楽しくなってきた……なんか楽しい……。 「なんか……楽しい……」 「だろ! 楽しいだろ! すんげぇ幸せだろ!」 「うん……幸せ……」 「おーいぇー盛り上がろうぜ!」 「ほら、ガンガンにいけよ! 歌って踊れよ!」 「あ、うん……」 「ささっ、高島はソファーの上に立って」 「え? なんで?」 「あんたがヒロインだからだろ! ほらアイドルなんだぜ!」 「私が……アイドル……」 「歌う……アイドル」  私は靴を脱いでソファーの上に立ち、無造作に渡されたマイクを両手に持って唾を飲み込む。  なんかわくわくする。  なんか楽しい。  ――そしてイントロが滑らかに奏で始められ…………、 「あ! この曲知ってますよ」 「ほら! もっとノリノリになって!」 「は、はいっ」 「ほら、アイドルならイエーイとか言えよ」 「イエーイっ」 「そうそう、ほらハッピーだろぅ?」  ――――♪♪  ――♪♪ 「……見上げた青ー空ー♪ いつもの道にー♪」 「咲いてたー♪ 夏の向日葵がー……♪」  以前、落ち込んでいた時に……この曲を知らず知らずのうちに聴いていることが多かった。  だからこの曲はとても好き……大好き幸せ幸せ幸せ……すごいハッピー……ああ……何か……、  何か……また頭が……幸せすぎて……、 「あの日ー♪ 見ーてた景色ー♪」 「まぶーたにうかぶよー……っ!?」  ついモニターに見入って歌っていたら、いつの間にか北見さんがすぐ側に来ていて、 「ぬっふっふー……」  私のスカートの端をつまんで楽しげに笑っていた。 「なにげないーひととき、宝物さー♪」  そして私が身動きしないのをいいことに、チラチラと何度もスカートを捲り上げてパンツを丸出しにする。 「すれちがう時間は……♪」 「誰にでも……あ、――あのっ!?」 「気にすんな、続けてよ」 「あぅ、――君と同じー道を歩いていきたいんだ……♪」  不意の悪戯に混乱しつつも、私は止むを得ず歌唱を再開する……。 「ずっと……♪ 今でも……♪」 「手をつないでー♪ 笑いあいなーがらー♪」  こうしている最中も、北見さんはリズムに合わせノリノリで私のスカートを捲る。 「君とー♪ 歩幅あわ、――ひゃんっ!?」  さらに彼女の悪ノリは進み、その手がスカートのホックへと伸びていき、 「陽のーあたーるー♪ この道を……、ちょっとダメですっ!」  サビの部分が終わったところで、私のスカートは足元にふわりと落とされた。  その瞬間、赤坂さんのカメラのレンズが私の股間に向かって伸びる……。 「お前は可愛く歌うことだけ専念すればいいんだ」 「あとはウチらが最高に演出してやるからな」 「……っぅ」  ……あはは……やっぱりこうなるんだよね…………。  でも……、  既に恥ずかしすぎるところを撮られたせいもあるのかなぁ……なんかどうでも良い感じがしてきた……。  ――♪♪ 「……気が付けば夕ー日ー♪ ぼくらの道をー♪」  なんかもぅ、開き直って歌っちゃおう……。 「照らすよー♪ 朱く美しくー♪」  それがいいよ……彼女らの言うとおり、私は大好きな曲を歌うことに専念しよう……なんか幸せすぎて……そんな事しか思わない……。 「あの日ー♪ 見ーてた景色ー♪」 「思いー出ーに変わるー……♪」  しゅるりと脚を何かが擦る感じがして、不意にお腹の締め付け感が消える。  モニターから一瞬だけ目を外して横を見ると、北見さんが私のパンツを人さし指にかけてクルクル回していた……。 「“また明日”手を振る、ぼくらは過去さー♪」 「にぎりあう温度は確かなーー♪ 証…ぃ〜♪」  もう……どうしてこの人たちは、いつもこうなのかなぁ……? 「いつも同じー時をー刻んでいきたいんだ――ぁんんんっ!」  ……2番目のサビに来た時、北見さんが私の胸を上着の上から揉んだ。 「おう、色っぽいね!」 「ずっと……♪ これから……♪」 「はなれないでー♪ 語り合いなーがらー♪」 「ずっろ……これから……♪」 「はなれないでー♪ 語り合ひなーがら……」 「君のー♪ 瞳みつめれー……」  北見さんは少しも遠慮することなく、歌っている私の体を検査するように撫で回す。 「さあ皆さんお待ちかね! ここからお楽しみタイムに突入だよ〜」 「バッチリ撮すからよろしく〜」 「I'm walking with you……っ!」  懸命に歌う私の上着を北見さんが――歌う邪魔にならないよう丁寧に脱がしていく……。 「ブラも取っちゃっていいからね〜」 「――I think of you……♪」 「了解……って、こいつ本当に胸デカいなー」 「Your smile is my ……ひゃあっ!!」  わっ、わわっ! 北見さんは脱がした私の上着を赤坂さんの方へ投げ捨てて―― 「You give me water It's makes me――やぁんんっ」 「おぉう、ぶるんぶるんしてやがる!」  ついに私のブラに手をかけ、ぐいっと引っ張りながらホックを外す……。 「I'll try everything for our life ……♪」  間奏に入り、すぐさまモニターから目を外して我が身を見やると、  私は靴下だけしか着けていない、あられもない姿へと変えられていた。 「乳首まで綺麗なピンク色してやがる……くそっ」 「やあっ、ゆるしてくださぃ……」 「こらっ、手で隠すな!」 「そうだよ、女の私らが見てもすっごく綺麗な身体してんだからさー」 「でも……れもぉっ!」 「ここからはモザイク入れてやるから大丈夫だって」 「そうそう! 肝心なところは隠してやるから、もっと弾けていこう!」 「……ひっ……あ、ぁぁ……」  時は容赦なしに、もうすぐ間奏を終わらせようとする……。  えっと……ええっとぉ……??  そうだよ、アソコにモザイク入るもんね??  ……それに……懸命に歌ったせいで身体が熱くなっていたから……、  すっぱり全部脱いじゃうと…………、  涼しくて気持ちいい……よ??  ――♪♪ 「君ろ同じーみひをー歩いていひらいんだぁ〜♪」  あへ? 身体を締め付けるものがなくて……すっごく歌いやすいかも……。 「いいぞ高島! もっと胸を揺らして歌え!!」 「ずっひょ……今でもぅぅ……♪」  カメラを構える赤坂さんが、私の媚びた動作に手を振って大喜びしてくれてる……。  なんか北見さん。気が付いたら私の写メを使っている。 「微妙に高島の写メって解像度高いな……結構きれいにうつるわ……」 「それあんたの携帯が古すぎるだけだから……」 「そうかなぁ……」 「手ろつなひでぃ〜ひいあいにゃーがらぁ〜♪」  なんだか舌の回りも滑らかになってきたし……えへへっ、これいいね! 「お待たせしました、ご注文のチョコワッフルとジンジャーエールをお持ちしました……」 「君ろーほひゃばあわへてぇーぃ♪」 「それでは、しつれぃ――わああっ!!?」 「くりーかえーふーこの想ひぃぃ……♪」  とても愉快なことに、顔を上げた直後の店員さんが、アイドル気取りで歌う私を見て素っ頓狂な声を上げていた。 「ぇ……ぅえぇっ!??」  ――♪♪……。 「ふへへへ〜〜」  やったぁ〜、頑張って一曲歌いきったよ希実香〜! 「こここここ、これはいったい!??」 「ごめんね兄ちゃん。この子、ノッてくるといつもこうなんだー」 「しかし度が過ぎて――」 「アンタの顔も撮したからな、ウチらと共犯だぞ〜」 「つーことでさ、きちんとドア閉めてこっちにおいで」 「……それは脅迫ですか?」 「あはは〜〜〜」 「この子ね、知らない人に見られるとエキサイトするタイプなんだわ」 「アンタも撮影に協力してくれなきゃ、個室でこの子をレ○プしたって言いふらすよ」 「なんだと!」 「まぁそんなに焦りなさんなって! 黙って見物してりゃいいだけのことだよ」 「そうそう! それに見なよ、この子すげー良いカラダしてんだろ」 「ふぁぁ〜〜〜?」 「……ま、まあね」 「ということで、次の曲イクよ!」 「準備はいいか、高島ー!」 「うぃっすー」 「……う〜ん…………こりゃ参ったなぁ……」  なんてぼやきつつも、赤坂さんの隣に腰を下ろす若い男性の店員ひゃん。  ……ま、もう誰が増えても気にしらいもんね〜。 「次の曲入れたぞー」 「高島、そこで可愛いポーズ!」 「ひやぁいっ!」  片手で適当なサインを作り、ニコッと笑って決めポーズ……私、完璧! 「……やれやれ、もう……ったく……」  ――――♪♪  ――♪♪ 「……あへーかーらーーいくつもにょ時ら過ぎーー♪」 「色ーんにゃー思いへをー作ったぁ……♪」  らっきー! 今度もよく知っている大好きな歌だよ。 「その時ぃー紡られた言葉らねー♪」 「ほひゃぁーいまー聞こえてきらよー♪」  私も頑張るからね……希実香も無事でいるんにゃよ……。 「くそ、マジで綺麗な身体してやがんなー。毎日なに食ってんだよ?」 「今歩いてくーこにょ砂浜をー♪」 「肌も白くてツルツルのすべすべだぜ。兄ちゃんもゾクゾクしてきたろ?」 「いや、――まあ、そうだな……」 「照りゃすひーかーりぃぃー♪」 「ねえ兄ちゃん、ちょっとテーブルの下を掃除してくんない?」 「この子が調子に乗ってお菓子を食べ散らかしちゃったんだわ。マジお願い!」 「あーおーぞりゃーあーりがとうぅぅ♪」 「それにさ、あの位置からだとアソコが丸見えで素晴らしいよん!」 「いーきてイークー♪」 「まだ処女の生マ○コだよ! 血気盛んな男なら見なきゃ損だっての」 「そにょ暗闇のー中でぃさーえぇー♪」 「……もぉ、仕方ないなぁ、こんなに散らかして…………」 「君はおーにゃーじー♪」 「店としては困るんだけどね……こんなに汚されちゃ」 「あはは、まだそんなこと言ってー!」  ……店員さんには……部屋を綺麗にする義務があるから……。 「時をー共にしへいたぁ〜♪」 「……ぅ……おぉっ……」  何度もチラチラ私を見上げながら、テーブルの下を小さなモップで掃除し始めた……。 「あぁ〜〜♪」 「よし高島、真面目な店員さんを励ますために頑張れ」 「何を“頑張る”かは言うまでもないな?」  ――その時、カラオケの大音量とは別に、店員さんが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。 「だひゃらぁー♪」  ……私は空いた手を股間の縦溝へ伸ばす。 「ごーらーんひょーー道がひかりらっ、すぅーよぉ〜♪」  閉じたアソコに中指をめり込ませ、大胆に激しく前後させ始める……。 「っ! ……すげぇ……」  あはぁ……さっきもそうだったけど……、  今日の私は……すごく感度がいい……。 「ははは、全く兄ちゃんはいい時に来たぜ」 「ほーひゃねっ♪ 確かぁん、にぃ……」  股間を弄くる心地良さに笑みが零れ、ますます気分がのってくる。  その証拠に割目を擦る指にはヌルリと愛液が付着し、歌いながらも淫らな水音を聞き取れるようになってきた。 「二人にょーあしーーあろ……♪」  ……あれ? なんで頬が濡れて……?  楽しんでいる私……悲しくなんてないよ……?? 「高島、アソコを指で開いて見せるサービスをしてやれ」 「こぼーれーらー涙の理由を、ひゃあぁぅっ!」  言われるまま……いえ、自ら望んで熱くなったアソコを指で開く。  せき止められていた愛液が、太股を伝い落ちていくのが見なくても感覚で分かる……。 「ふるーえーるう゛ぅ〜指先れーぬぐっひゃあ〜♪」  びりっと来る刺激が気持ち良すぎて身体がよじれ、それに合わせて歌詞も滑稽に乱れてしまう。  あはぁ〜、お腹の奥から温かいのがずんずん響いてくるよぅ〜〜。 「あーおーいッ空ぁ〜今みーあーへーたらー♪」  こんなに感じるなんて……私、本当に見られていると興奮しちゃうタイプなのかな……あはぁ、うん、そうなんだろうなぁぁ〜〜?? 「過ーぎてイークぅー♪」  指先で触れるク○トリスがとっても大きく出ていて、回すように弄ると頭の中が白く染まってよだれが零れちゃう。  店員さん……ものすごく見てる……私のおしっこが出るところ、すっごく見てる……。 「らり気ない時にょ中でーもー♪」  中指をちょっとだけ膣に入れ、昔読んだエッチな女性誌に書いてあったとおりにぶるぶると前後に震わせてみる。 「君とおーなーでぃ夢ひょー♪」  あっはぁ〜〜! これイイっ、すごく気持ちよくて嬉しくなっちゃう……。  ここに男の人の太いのが出たり入ったり……いやぁん〜、どんなことになるんだろう?? 「歩いてぃーひゃねー♪」  にゃははは〜、ここに希実香が居ないのが実に残念だなぁ〜〜! 「I love you……」  はい……大好きです……間宮くん…………。  間宮くん……あなたが……大好きなの…………。 「I have a dream……、ひゃうぅっ、もうらめぇ〜〜っ!!」  快楽が過ぎて立っていられなくなり、私は荒く息をしながらソファーの上に崩れ落ちた。 「はぁん……ああぁっ、あんっ、ああんっ……」  だけど股間を弄くる指は少しも動きを止めず、空いた方の手で火照る胸を揉み上げ、同時に指先で硬くなった乳首をこねくる。 「あふっ、ああっ、あううっ、あぁああんっ、あんっ、あんんっ――!」  ふはぁ……もうなんだっていいよ……。  ソファーの上がベタベタする……あとで拭きますから……今はゆるして……。 「ひゃあぅっ……きもちいぃ〜……あっふぅ、うぅううんんっ……」 「いいぞいいぞ、その調子で頑張れ!」 「ふへへへぇ〜、……っああ、あっ、ひゃうっ、うぅぅ、んふぅっ……」  つい膣の奥へ指を入れたい衝動に駆られるけど、そこは歯を喰いしばって我慢……。  その代わりに、たぷたぷ揺れている胸を……このエッチな手が“男の人の手”だと思いつつ……。  あふぅんんっ……まだ出ない母乳を搾るように可愛がってあげる……。 「ひぁっ、ああっ、アソコが熱いですぅ……ひゃぁぅ、こんなの、良くないことでっ……」 「あはぁああ゛っ、あんんっ、あんっ……息が苦しぃ……死んじゃうよぅぅ〜〜」  校庭を全力疾走した後みたいに――ふよふよと撫で揉む胸の下で、私の心臓がバクバクと猛烈な脈動を繰り返す。  でも……それでも頭に血が昇ってこないのかな……周りが一瞬暗くなった後で、宝石の煌くような光が部屋のあちこちに見えるよ……。 「んふぅっ……あふぅうっ……オマ○コ、熱い……きゃふっ、ううっ、あはぁあんんっ!」 「うっ……おぉぉ……」 「へっへっへ、たまんねぇだろ兄ちゃん!」 「あぁ……こんなに可愛い子が何で? ……信じられねぇ……」 「きゃうぅっ、うぅんっ……ふへへっ、ありがとう……ございますぅぅ」  そんな……男の人から、私が可愛いだなんて……嬉しすぎて、エッチな熱とは別の温かさが胸の中に湧き上がる……。  これが間宮くんの台詞なら……あぁっ、アソコの奥がきゅんってきて切ないよぅ……。 「ねえ高島ー。夢中なところに水を注して悪いんだけど、そろそろタイミング的にイってくれない?」 「あれ? バッテリーの残量ないの?」 「いや、そうじゃなくてね、この作品を二部作にしたいってことよ。だからこの辺りで前半のハイライトにしたくてさ」 「あーはいはい、なるほどね〜」 「つーわけでざくろちゃん、派手にイッちゃいなさい」 「ひゃっ、はふぅ、ひぃぃ、いひまふぅ、ううぅっ……」  はぁい、わかりました……。 「ふぅんっ、んっ、――あはっ、ああっ、あはぁんんんっ、んぅっ――」  もう本当に限界……ここで……イカせてもらいます…………。 「ふっあ、はぁっ――あはぁあっ、あっくぅ、んんう゛ぅ〜〜」  リクエストに応えるため、私は強めにク○トリスと胸を同時に可愛がって身体の芯を温め、  信じられないほど感度の増した私の深部は、すぐさま嬉しい熱波動をどくどくと返してきた。 「きゃうっ――いくぅ、イキまふぅうう゛ぅっ――」  あーきたきた……落ちそう……もう、落ちちゃうよぉ……―― 「ん゛うぅぁああ゛ぁ〜〜〜〜っっっ!!!」  自分の身体とは思えないほど、激しく痙攣して絶頂を受け止める……。  私の中で大きな泡が弾け……脳が湯だって身体から力が抜けていく……。 「オッケー! いい画が撮れた」  見るモノ全てがぐにゃりと形を変え、頑張った私を褒め称えるように拍手してくれる……。 「はひぅ……ふふっ……うふふふ…………」  ……まるで不思議な国の夢みたい……。  あはは……わたしって、その気になればこんなにすごいんだ……、 「ふぅ……はふぅ……ふふふっ……あふぅ……」  それなら……もっと、してみたいな…………。 「よし、ここで兄ちゃんの出番だ! その子とねっとりぐっちょり抱き合っちゃいな!」 「んなっ!? それは流石にマズいだろ……」 「だって早くサッパリさせてやんないとさ、もっと部屋が汚れてアンタの仕事が増えるよ?」 「はふぅ、ううっ、んんぅっ……あはぁっ、あんっ、ああぁ〜〜……」  全身を伝う快感の波が収まらず、私は濡れてヌルヌルする縦溝と、乳首の隆起した胸を刺激して再び求め始める……。 「……ごくっ」  ズボンの前をはっきりと膨らませた店員さんが無言で私を見下ろす……。  このままだと、わたし……この人とセックスしちゃいそうかも…………。 「うふぅ、うぅ……あはぁあっ……ぁあぅ……」  ……まあ……もうそれでもいいかな――  ――初体験なんて……案外あっけないね……。  “XXX なんで処女じゃないんだ! XXX”  ――えっ!??  “XXX ビッチは死ね!! XXX” 「――ひぃいいっ!!?」  そうだった――間宮くんにとって貞操を守らない女は消去すべき最低の汚物なんだ―― 「……ぅあ、……あぁ……あああ……」 「あれ? 急に高島が震え出したよ??」  ここでセックスしちゃう―― 「あ……なんか精神に来たか……速いのは多幸感が強いんだけど、終わった後の揺り返しも強いんだよねぇ」 「クスリが切れた?」 「いやぁ……時間的には早いんだけどねぇ……」  誰とも知らない人に処女を捧げちゃう―― 「まあ大丈夫だよ、これくらいで死にゃしない」  もう永遠に間宮くんから求められることは無くなる――!!!!! 「イヤです――イヤイヤ! それはイヤです!」 「ごめんなさいゴメンナサイ御免なさい!!」 「はい? 唐突になんだよ……」  私は股間を弄くる淫らな遊びを止め、両肩を抱き締めるように小さくなって怯えながら訴えた。 「……ふむ、このM気質も捨て難いね」 「コイツは虐められて喜ぶタイプだもんな」 「ごめんなさいゴメンナサイ、どうかそれだけは赦してくださいッ!」 「他のことなら何でもしますから、どうか――!」 「あんな、いい加減学習しろよ。お前に選択権はねぇってさ」 「こっちとしちゃ男優選ぶ手間がはぶけたんだ、言うとおりにしろ」  だけど――だけどこれだけは――!! 「ごめんなさいゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイッ!」  私はまだ裸のまま、床に土下座して頭を擦り付けながら赦しを請う。 「ごめんなさいゴメンナサイ、もっと他のことで頑張りますからっ、チケットも必ずとってきますからッ!!」 「靴を舐めろと仰るならそうします、パンツを売ってこいと仰るならそうします!」  ――これで赦してもらえるなら、私のプライドなんてどうなってもいい。 「へぇ〜、あんたにしちゃ珍しく積極的だね」  だって大好きな彼と出逢って――私が守るべきものを見つけたから! 「ごめんなさいゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイっっっ!!」 「あ、あのさぁ……こういうのマズいと思うんだけど……」 「んあ? 何がマズいっての」  私が必死に頭を下げ続ける最中、上の方から店員さんの気弱な声と、それを跳ね返すような北見さんの荒い声が聞こえた。 「この事は学校とかには内緒にするからさ……」 「はぁ? 今さら説教かよ」 「アンタこの子とやりたくないの? あたしらが言うのもアレだけど、こいつマジで天然モノだよ?」 「いや……そりゃぁ本音としてはね……」 「だったらウジウジしてんじゃねぇ、やっちまえ」 「ひっ! ……っうぅぅ……」 「あのさ……俺、ここのバイトをクビになったら本気で困るんだわ。不景気で他に働くところ無いし……」  二人の野卑な少女に気圧され、おどおどしながら言葉を続ける店員さん。  その口調と内容からして、私のことを気遣ってではないのは明白。 「あとね、これまでのデータはこの場で消去しようよ。ホント、これはマジで危ないって」  だけど――今はそれでもありがたい―― 「……ふん」 「けっ、意気地のねえヤツだな」 「ははっ……あはは……」 「あー、なんかすっげぇしらけた」 「マジしらけた。後味悪すぎだろ、クソッ」  渋々ながら、赤坂さんはビデオカメラをバッグに仕舞う。  バッグの留め金がパチンと音を立てた瞬間――私の胸中にバラ色の涼風が駆け抜けた。  良かった……本当に良かった…………。 「ひっく……うぅ……ぁうっ……うくっ……」  ……私の純潔……守れたよ、間宮くん……。  ……褒めてくれるよね……間宮くん…………。 「コラ、いつまで泣いてんだよ!」 「だって、だってぇ……うくぅっ……んん゛ぅっ……」  不機嫌な赤坂さんが拳骨で私の頭を小突く。 「こいつ……うぜぇ」 「うぜぇ……ほんと、まじうぜぇ……」 「そそ、そういうことで――俺はここで!」  気まずい雰囲気から逃げるように店員さんは素早くドアを開けて出て行った。 「……どうする、これから?」 「気分悪いからゲーセンでも行かね」 「そだね、新しいプライズ入ってるかもしれないし」 「おい高島、さっさと服着ろよ」 「……あ、はいっ……」  私は素早くティッシュを数枚とって股間を拭うと、二人をこれ以上怒らせないためにも必死で素早く制服をまとった。 「ここの料金はウチらが払ってやる」 「感謝しろよ、安くないんだからな」 「…………ぅ」 「ちゃんと着たな? 行くぞ」 「まったく、この役立たずが……」  冷徹な目で二人は私を見据えながら吐き捨て、くるりと踵を返して退出し始めてしまう。 「あぁっ、待ってください――!」  ……ここに一人残されることが恐くて……、  …………彼女たちなんて大嫌いなはずなのに……、  ………………弱虫の私は二人の背中を追って駆け出していた。  …………。  ……。 「それにしても……翼達どうなったんだろ?」 「電話無いの?」 「うん……連絡ない」 「橘が勝ったとか?」 「いや、だったら、橘がカラオケボックスに乗り込んで来るだろ……」 「どうなってるんだ?」 「うーん、少し電話してみるわ……」 「まぁ、いいや……それと高島」 「え?」 「今日の事って、合意だよな」 「え、あの……」 「だってさ、私、そんな強い口調とかで命令してないじゃん? けっこう率先してやってたし……」 「すんげぇ濡れてたしね」 「そ、それは……」 「あんまバカな事考えるなよ……一応、顔無しのヤツで編集してやるけど、バカな事考えたら……分かってるよね」 「あ、うん……」 「さてと……まぁいいや、とりあえず今日は解散かね」 「映画製作に協力ありがとうね」 「え、映画……あ、あれが?」 「そうだよ。一応イメージビデオつーのは映画監督の登竜門だからね」 「そうそう、これってちゃんと創作としてのビデオだから、そこんとこよろしくね……」 「あ……うん……」  あれが映画?  あれがイメージビデオ?  バカな私だって分かる……そんなん大嘘だ。  あれは、どこかの業者に売るためのビデオだ……。  たしかに顔はなるべく撮さない様にしてたし……陰湿な感じにならない様にしていた……。  なぜか分からないけど、あのクスリを飲んだ後、私自身、まったくまともな判断も出来ず……ハイテンションになっていた……。  あのビデオ見たら……たぶん……無理矢理と言う感じには見えないだろう……。  あのクスリ何だったんだろう……。  それと希実香はどうなったんだろう……。  さっきから何度も希実香に電話を入れている。  彼女からまったく連絡が付かない。  一体どうなっているんだろう……。  ふと時計を見る。 「そういえば……」  なんとなく前にきてたメッセージを見る。 ―――――――――――――――――――――――― 2012/7/03 22:01 from  宇佐美 subject ようやく連絡をつけられます ―――――――――――――――――――――――― はじめまして……と言った方がいいでしょうか? 「石の塔での戦い」 この言葉に何か引っかかる事がある時は返事をください。 それと、たぶんあなたに大きな変化があると思います。 それはたぶん良い事です。  ……。  何が良い事なんだ。  大きな変化はたしかにあった……。  いじめが再発したという意味において……。  最悪な事はたしかにあった。  いや……たぶん彼女たちにとっていじめなどではなく、単に金を稼ぐための手段だったんだろう……。  でも彼女たちを最終的には怒らせた……。 「明日からどうなるんだろう……」 「こんな変なメールが来るから……こんな事に……」 ―――――――――――――――――――――――― 2012/7/08 23:10 to   チェシャ猫 subject Re:ようやく連絡をつけられます ―――――――――――――――――――――――― はじめまして、私はチェシャ猫です。 メッセージ読ませていただいたのですが、石の塔の戦いという言葉にまったくの身に覚えがありません。 申し訳ありません。  少し気になったんですが……私に起こる大きな変化とはなんでしょうか?  良い事とかいてあったのですが、少し気になります。  >はじめまして……と言った方がいいでしょうか?  >「石の塔での戦い」  >この言葉に何か引っかかる事がある時は返事をください。  >それと、たぶんあなたに大きな変化があると思います。  >それはたぶん良い事です。  こんな人に八つ当たりしても……。 「もうだめだ……」  今日の事がすべて夢で……明日になったら元に戻ってれば良いのに……。  もう……嫌……。  ………。  ……。  空を覆う……黒い影……。  どこまでも続く憂鬱な黒い影……。  まるで世界の黄昏……。  憂鬱の風景……。  はじめて見る夢……。  でも何度も見た様な夢……。  もしかしたら……大昔に見たのかも……。  夢は私を憂鬱にして……、  そして消えていった……。  この場から立ち去りたいけど……。  でも……。  身体が固まったまま……震えている……。  彼女達に逆らうという事は……。  希実香がちらちらと私の方を見る。  何か言いたげだけど……良く分からない。  それどころか、私はどうする事も出来ずに固まっている。  そんな私の姿を見た希実香は、大きくため息をつくと……赤坂さん達のカメラに向かって不自然な笑顔を作った。 「ほら橘ー」 「あ、こうかな?」 「おお、色っぽいじゃーん」 「あは……そうかな?」 「ほらーもう少しぃ」 「え……こ……こう?」 「おっ。すげぇ……下着何色?」 「それ、どこの親父ですか的な質問だね」 「かわいい下着じゃん」 「まぁまぁ高いかも」 「そうか、ならもう少しサービス!」 「えー、なら赤坂さんと北見さんの姿も映してよ」 「いいよ別に、ほら」 「すげぇ……少しですねぇ……」 「お、いいねぇ。すげぇいい絵だ」 「いいねぇ……ビデオズームにしちゃおうね……」 「うっ……そ、そんなぁ」 「これがおパンでーす」 「こんなアップにしてー」 「大丈夫、大丈夫、きれいなもんだよーおパン、買ったばっかり?」 「そ、そうだねぇ……」  なんか……どんどんまずい方向になってる……。  これなんかおかしい……。 「そういえばーざくろちゃんはーどんなパンツはいてるの?」 「パンツー。何はいてるのー」 「え?」 「ねぇ、ざくろー」 「わ、私は……その……」 「おーすげぇなぁ橘っ、どんだけ股開いてるんだよ」  希実香がさっきまでの遠慮しがちなものではなく股を開いて自らの下着をビデオカメラの前に晒す。  これって……希実香、私を守るために?  昔、私がいじめられてた時と同じだ……私に興味の対象がうつりそうになると、自ら率先していじめの対象になる……。  彼女は一生懸命、私を逃そうとしてくれているんだ……。  なのに……。  私恐くて……何も出来ない……。  動く事すら出来ない……。  私どうしたら……。 「くっ…あ、あの……これは何かな?」 「どう? 携帯肩もみなんだけどさ」 「そ、そうなんだ……だったらこんな場所に使うものじゃないよね……」 「良いんだよ。マッサージ用なんだからどこに使ったってさぁ」 「何それ?」 「簡易肩もみ器、ドドンキイで買った」 「いや、これどう見てもエロおもちゃじゃん」 「知らないよー。少なくとも肩もみ器としては使えないからこうやって使うのはどうかなぁって」 「あ、あの……これ少しつらいんだけど……あ、あうっ」 「なんか声が色っぽい事になってるんだけど」 「いや、そうじゃなくてさっ、これ…こそばゆいだけだからっ、んっ、ひぃ」 「こそばゆい声じゃないだろ」 「ちょ、ちょっと待ってくれないっ、くっくぅ!!」 「声出したらバレるよ……」 「え?」 「ほら、あんまり橘が暴れるからあっちのリーマンこっち見てるし」 「え? あうっ」 「なんかすげぇ色っぽいぞ……」 「ち、違っ……」 「ほら、普通にしてろよ」 「別に普通だよ……」 「高島ー」 「え?」 「ビックリマッグ三つ買ってきてよ」 「え?」 「早くしろよ」 「あ、うん……」  なんだろういきなり。  まったく理解出来なかったけど、私は言われたとおりにする。  それにしてもなんでビックリマッグなんて手間のかかるものを三つも買うんだろう。  当たり前の様に札を渡される。  作るのに時間がかかるから席で待ってくれという事だ。 「お、高島っ」 「番号札もらってきた……」 「そうなんだー。その場で待ってなかったんだぁ」 「?」 「っ……くっ……」 「耐えるのでいっぱいいっぱいだよ。橘」 「これ少しやばいんじゃない?」 「あ……」 「店員が来たよ」 「うっ……」 「そのまま何もないふり」 「っ」 「74番の名札の方」 「っっ……」 「あ、ここです」 「ビックリマッグ三つでよろしかったでしょうか?」 「あ、うん」 「はい」 「……」  店員が真横に立っている間も、希実香の股間には強く肩もみの機械が押さえつけられている。  希実香は小さく震えながらも、何事もないように耐えている。  ビックリマッグ三つってこれが狙いだったんだ……。  そんなの絶対にすぐに出てくるわけがない……番号札を渡されて……当然、店員がこの席まで来る事になる。  そうなったら私も共犯者。  希実香はばれない様にするために静かにしなければならない……そうなれば赤坂さん達のイタズラのし放題……。  希実香はただみんなに気がつかれない様に耐え続けなければならない……。 「店員さんさー」 「はい?」 「水ほしいんだけどー」 「水ですか?」 「うん、なんかビックリマッグ三つも買っちゃって金なくなっちゃったんだー」 「三つも買われたんですね」 「あーなんかお腹へっちゃってーねぇ橘」 「あ……あ……はひぃ……」 「?」 「何まぬけな声出してるのよ橘」 「ほら橘」 「あ、う……うん……くっ」 「ぐ、具合悪そうじゃないですか?」 「え?」 「その娘……顔真っ赤ですよ」 「あ、これねー我慢大会してるのー」 「っ?!」 「我慢大会?」 「そう、我慢大会してるのー」 「何の?」 「あ、あかさかさっっくぅんっっ」 「声で分からない? こんな色っぽい声出してるんだぜ? 何我慢してるか分かるでしょ?」 「って……何?」 「も、もしかして?」 「あははははは、何想像してるんだよー。単にこいつ生理でお腹痛いんだよー」 「生理?」 「はははは……今クスリ飲むからさ、早く水持ってきてよ」 「あ、はい……」 「あ、あう……」 「ほら安心するの早いよ……あの店員が水持ってくるからさ……それまでに最後までやってよ」 「最後までって……」 「そのままの意味だから、ハリーハリーっ」 「こ、こんなところで最後までとか無理だよ……」 「そう? 出来るかどうかはやってみなきゃ分かんないじゃん?」 「とりあえず早く終わらせないと、私は何度も繰り返すよー。さっきだって店員に怪しまれてたから、何度もやったらそのうちバレるんじゃない?」 「それってウチらもやばくない?」 「だから早く早くっ」 「あ、あう……」 「あと胸もこうやってさ……パンツとかずらせよ……こっちの画も撮らせろよ」 「あ……」  希実香は諦めたように股間にバイブを伝わせた。 「っっ〜」  ただ置いただけなのに、振動音にまぎれてクチュクチュと粘った音が聞こえてくる。 「なんだ、ちゃんともう濡れてるじゃない。その肩もみ器がそんなに気に入ったの?」 「ああっ……ふううぅ……そんな事……ないっ……ひんっ……」  気に入ったわけではないと思う……ただ普通にやらなければ許してもらえない。  その事を希実香は理解している……だからまじめに自慰をしているんだ……こんな場所で……。  希実香の手は股間だけでなく乳房にも伸び、コロコロと乳首をこね回し始めている。  片手は秘裂をクパッと押し開き、赤く充血した媚肉が顔を覗かせている。  早く終わらせるために必死だ……。 「うわぁ……橘ってば……すごいオナニーするんだねぇ。腰をそんなに突き出して……みんなによっぽど見せたかったのか?」 「やあっ……違っ……違うっ……あああああ!」  希実香の股間からは透明な汁が噴き出し、指を秘裂から抜き差しする度に飛沫が飛び散って床を濡らす。  床はいつしか希実香が放つ淫らな匂いで満たされていた。 「うわ……なんか他の連中がすげぇ見てる……まずくね? なんかバレバレっぽくね?」 「な、なら……はぅぅうっ」 「だめー。早く終わらせてよ。別にあいつらから大事な場所が見えるわけじゃないんだからいいでしょ?」 「そ、そんなぁ……くっ、ふぁあっ」 「なんかすげぇ私ら見られてるよ……」 「違うんだよ。ほら聡子見てみなよ」 「ん?」 「実はさ、何やってるか分かった連中はこっち見ないんだよ……」 「そうなの?」 「ほら見てみなよ……何やってるか分からない連中がじろじろ見てるんだよ。分かった連中は逆に恥ずかしくて目伏せてるだろ?」 「……あ」  たしかに……気が付いてない人間はいかにも怪訝そうな顔で私達を見つめている……だけど、何が行われたか分かった人間はこちらを直視する事が出来ない……。  わざとらしく視線を外して、なんとなくこちらをうかがっているにすぎない。 「気が付いた人間は、そっちの浪人生風の男とあっちのリーマンだけだよ。他はウチらが何やってるのか分かってないって」 「本当だ……」 「だからさ、そういった意味でも早くイケよ橘」 「っっ〜」 「って心配もないかな? なんか橘のここまで匂ってくる感じだよ。店舗内全部にそのうちこの匂いが充満するんじゃねぇの?」 「ひぅううう! やああ! そんなの、そんなの嫌っ……そ、そういうのはだめ……」 「知らないよ。早くイってよ。そうじゃないとさ、あんたを裸のままここに置き去りにするよ。それがイヤなら早いところイってよ」 「はああっ……うぅうう……はぐっ、ひぃ」  赤坂さんは携帯電話の時計を希実香に指し示した。  時間は、残酷なくらい的確に時を刻み続けている。 「もう一分たったよー。そろそろ店員がきちゃうよー」 「ああっ、やっ……いやあっ! ふあああ! ああ! うああああ!」  希実香はパニックのあまり我を失い、動物のように喚きながらひたすらに指を動かし続けた。  腰はガクガクと激しいリズムを刻み、それにあわせて椅子がカタカタと鳴り響く……。 「まだイカないのー? もうそろそろ来るんじゃないの?」 「ああああ! いやああああ! もういやああああああ!」  動揺させる様な事を赤坂さんは言い続ける……希実香は発狂したように激しい指使いで秘裂をかき回し、ク○トリスをつねりあげた。 「あ……やべぇ階段あがってきてね?」 「あひぃいいいい! うあああっ! いやあああ! だめ! だめぇえええええええ!」 「うわぁ……このままだとバレるんじゃね?」 「はあああっ! うあっ、いやっ……」 「そしたら、店員とセックスさせて口止めすればいいんじゃね? 店員も〈所詮〉《しょせん》男だし」 「いやぁ、そんなのいやぁ、あうっひぃ」  グチュグチュと愛液が泡立ち、バイブだけでなく指にべっとりと貼り付いている。  もういい加減イってもいい頃なのに、焦っているせいかなかなか絶頂へ到達できないらしい。 「うあああっ、イカなくちゃ、早くイカなくちゃっ……あああああ、うああっ! ひううう!」  希実香はブルブルと震えながら腰をくねらせ、全身に愛液をなすり付ける。  そのせいで、机の周りに漂う淫臭はより濃密なものへと変化してゆく。 「もうさすがにやばくない?」 「そうねぇ……このままイケないと、希実香ちゃんは店員とセックスする事になるのかなぁ……」 「あああああ! うあっ! も、もうすぐっ……もうすぐっ、キますっ……」  希実香はブルッと全身を痙攣させた……ようやく快感を掴む事が出来たらしい。 「うわぁ……すぐそこまで来てる……店員が階段を登り切ったし……」 「あはあぁ、あっ、あっ、あっ! イクっ、もうイキますぅうう! ひああっ、あっ、ぁあああっ!」 「あと五メートル……四メートル……あと……」  めぐのカウントダウンに合わせて、希実香が腰をグネグネとうねらせる。  希実香の口からはだらしなくヨダレが垂れ、胸の間を伝い落ちていた。 「ひゃああああ! 来るっ、来ちゃうっうう!」 「あと三メートル……」 「ああああ! やああ! はああっ……んんっ……」 「っ! っ! っ! っっっっ――っ!!」  希実香が口を押さえたままで痙攣する。その真横に店員が立つ。 「あ、お水でよろしいんですよね」 「……っ、あっ……はあっ……はひぃ……」 「だ、大丈夫ですか?」 「は、はひぃ……だいじょうぶれす……」 「それでは……」 「すげーセーフじゃん」 「すげぇ良くやった。橘すげぇ偉い!」 「え、偉いとか……じゃなくて……」 「こっちがドキドキしたよ」 「なら、当然あなたたちもやるんだよね……」 「えー私はさーカメラマンだしさ」 「監督じゃん、私」 「な、なんの監督……」 「……」  このままだと……。 「んじゃ次は?」 「とりあえず場所変えない?」 「ここまずいでしょ……これ以上はさ……」 「……」  なんかわくわくする。  なんか楽しい。  ――そしてイントロが滑らかに奏で始められ…………、 「あ! この曲知ってますよ」 「ほら! もっとノリノリになって!」 「は、はいっ」 「ほら、アイドルならイエーイとか言えよ」 「イエーイっ」 「そうそう、ほらハッピーだろぅ?」  ――――♪♪  ――♪♪ 「……見上げた青ー空ー♪ いつもの道にー♪」 「咲いてたー♪ 夏の向日葵がー……♪」  以前、落ち込んでいた時に……この曲を知らず知らずのうちに聴いていることが多かった。  だからこの曲はとても好き……大好き幸せ幸せ幸せ……すごいハッピー……ああ……何か……、  何か……また頭が……幸せすぎて……、 「あの日ー♪ 見ーてた景色ー♪」 「まぶーたにうかぶよー……っ!?」  ついモニターに見入って歌っていたら、いつの間にか北見さんがすぐ側に来ていて、 「ぬっふっふー……」  私のスカートの端をつまんで楽しげに笑っていた。 「なにげないーひととき、宝物さー♪」  そして私が身動きしないのをいいことに、チラチラと何度もスカートを捲り上げてパンツを丸出しにする。 「すれちがう時間は……♪」 「誰にでも……あ、――あのっ!?」 「気にすんな、続けてよ」 「あぅ、――君と同じー道を歩いていきたいんだ……♪」  不意の悪戯に混乱しつつも、私は止むを得ず歌唱を再開する……。 「ずっと……♪ 今でも……♪」 「手をつないでー♪ 笑いあいなーがらー♪」  こうしている最中も、北見さんはリズムに合わせノリノリで私のスカートを捲る。 「君とー♪ 歩幅あわ、――ひゃんっ!?」  さらに彼女の悪ノリは進み、その手がスカートのホックへと伸びていき、 「陽のーあたーるー♪ この道を……、ちょっとダメですっ!」  サビの部分が終わったところで、私のスカートは足元にふわりと落とされた。  その瞬間、赤坂さんのカメラのレンズが私の股間に向かって伸びる……。 「お前は可愛く歌うことだけ専念すればいいんだ」 「あとはウチらが最高に演出してやるからな」 「……っぅ」  ……あはは……やっぱりこうなるんだよね…………。  でも……、  既に恥ずかしすぎるところを撮られたせいもあるのかなぁ……なんかどうでも良い感じがしてきた……。  ――♪♪ 「……気が付けば夕ー日ー♪ ぼくらの道をー♪」  なんかもぅ、開き直って歌っちゃおう……。 「照らすよー♪ 朱く美しくー♪」  それがいいよ……彼女らの言うとおり、私は大好きな曲を歌うことに専念しよう……なんか幸せすぎて……そんな事しか思わない……。 「あの日ー♪ 見ーてた景色ー♪」 「思いー出ーに変わるー……♪」  しゅるりと脚を何かが擦る感じがして、不意にお腹の締め付け感が消える。  モニターから一瞬だけ目を外して横を見ると、北見さんが私のパンツを人さし指にかけてクルクル回していた……。 「“また明日”手を振る、ぼくらは過去さー♪」 「にぎりあう温度は確かなーー♪ 証…ぃ〜♪」  もう……どうしてこの人たちは、いつもこうなのかなぁ……? 「いつも同じー時をー刻んでいきたいんだ――ぁんんんっ!」  ……2番目のサビに来た時、北見さんが私の胸を上着の上から揉んだ。 「おう、色っぽいね!」 「ずっと……♪ これから……♪」 「はなれないでー♪ 語り合いなーがらー♪」 「ずっろ……これから……♪」 「はなれないでー♪ 語り合ひなーがら……」 「君のー♪ 瞳みつめれー……」  北見さんは少しも遠慮することなく、歌っている私の体を検査するように撫で回す。 「さあ皆さんお待ちかね! ここからお楽しみタイムに突入だよ〜」 「バッチリ撮すからよろしく〜」 「I'm walking with you……っ!」  懸命に歌う私の上着を北見さんが――歌う邪魔にならないよう丁寧に脱がしていく……。 「ブラも取っちゃっていいからね〜」 「――I think of you……♪」 「了解……って、こいつ本当に胸デカいなー」 「Your smile is my ……ひゃあっ!!」  わっ、わわっ! 北見さんは脱がした私の上着を赤坂さんの方へ投げ捨てて―― 「You give me water It's makes me――やぁんんっ」 「おぉう、ぶるんぶるんしてやがる!」  ついに私のブラに手をかけ、ぐいっと引っ張りながらホックを外す……。 「I'll try everything for our life ……♪」  間奏に入り、すぐさまモニターから目を外して我が身を見やると、  私は靴下だけしか着けていない、あられもない姿へと変えられていた。 「乳首まで綺麗なピンク色してやがる……くそっ」 「やあっ、ゆるしてくださぃ……」 「こらっ、手で隠すな!」 「そうだよ、女の私らが見てもすっごく綺麗な身体してんだからさー」 「でも……れもぉっ!」 「ここからはモザイク入れてやるから大丈夫だって」 「そうそう! 肝心なところは隠してやるから、もっと弾けていこう!」 「……ひっ……あ、ぁぁ……」  時は容赦なしに、もうすぐ間奏を終わらせようとする……。  えっと……ええっとぉ……??  そうだよ、アソコにモザイク入るもんね??  ……それに……懸命に歌ったせいで身体が熱くなっていたから……、  すっぱり全部脱いじゃうと…………、  涼しくて気持ちいい……よ??  ――♪♪ 「君ろ同じーみひをー歩いていひらいんだぁ〜♪」  あへ? 身体を締め付けるものがなくて……すっごく歌いやすいかも……。 「いいぞ高島! もっと胸を揺らして歌え!!」 「ずっひょ……今でもぅぅ……♪」  カメラを構える赤坂さんが、私の媚びた動作に手を振って大喜びしてくれてる……。  なんか北見さん。気が付いたら私の写メを使っている。 「微妙に高島の写メって解像度高いな……結構きれいにうつるわ……」 「それあんたの携帯が古すぎるだけだから……」 「そうかなぁ……」 「手ろつなひでぃ〜ひいあいにゃーがらぁ〜♪」  なんだか舌の回りも滑らかになってきたし……えへへっ、これいいね! 「お待たせしました、ご注文のチョコワッフルとジンジャーエールをお持ちしました……」 「君ろーほひゃばあわへてぇーぃ♪」 「それでは、しつれぃ――わああっ!!?」 「くりーかえーふーこの想ひぃぃ……♪」  とても愉快なことに、顔を上げた直後の店員さんが、アイドル気取りで歌う私を見て素っ頓狂な声を上げていた。 「ぇ……ぅえぇっ!??」  ――♪♪……。 「ふへへへ〜〜」  やったぁ〜、頑張って一曲歌いきったよ希実香〜! 「こここここ、これはいったい!??」 「ごめんね兄ちゃん。この子、ノッてくるといつもこうなんだー」 「しかし度が過ぎて――」 「アンタの顔も撮したからな、ウチらと共犯だぞ〜」 「つーことでさ、きちんとドア閉めてこっちにおいで」 「……それは脅迫ですか?」 「あはは〜〜〜」 「この子ね、知らない人に見られるとエキサイトするタイプなんだわ」 「アンタも撮影に協力してくれなきゃ、個室でこの子をレ○プしたって言いふらすよ」 「なんだと!」 「まぁそんなに焦りなさんなって! 黙って見物してりゃいいだけのことだよ」 「そうそう! それに見なよ、この子すげー良いカラダしてんだろ」 「ふぁぁ〜〜〜?」 「……ま、まあね」 「ということで、次の曲イクよ!」 「準備はいいか、高島ー!」 「うぃっすー」 「……う〜ん…………こりゃ参ったなぁ……」  なんてぼやきつつも、赤坂さんの隣に腰を下ろす若い男性の店員ひゃん。  ……ま、もう誰が増えても気にしらいもんね〜。 「次の曲入れたぞー」 「高島、そこで可愛いポーズ!」 「ひやぁいっ!」  片手で適当なサインを作り、ニコッと笑って決めポーズ……私、完璧! 「……やれやれ、もう……ったく……」  ――――♪♪  ――♪♪ 「……あへーかーらーーいくつもにょ時ら過ぎーー♪」 「色ーんにゃー思いへをー作ったぁ……♪」  らっきー! 今度もよく知っている大好きな歌だよ。 「その時ぃー紡られた言葉らねー♪」 「ほひゃぁーいまー聞こえてきらよー♪」  私も頑張るからね……希実香も無事でいるんにゃよ……。 「くそ、マジで綺麗な身体してやがんなー。毎日なに食ってんだよ?」 「今歩いてくーこにょ砂浜をー♪」 「肌も白くてツルツルのすべすべだぜ。兄ちゃんもゾクゾクしてきたろ?」 「いや、――まあ、そうだな……」 「照りゃすひーかーりぃぃー♪」 「ねえ兄ちゃん、ちょっとテーブルの下を掃除してくんない?」 「この子が調子に乗ってお菓子を食べ散らかしちゃったんだわ。マジお願い!」 「あーおーぞりゃーあーりがとうぅぅ♪」 「それにさ、あの位置からだとアソコが丸見えで素晴らしいよん!」 「いーきてイークー♪」 「まだ処女の生マ○コだよ! 血気盛んな男なら見なきゃ損だっての」 「そにょ暗闇のー中でぃさーえぇー♪」 「……もぉ、仕方ないなぁ、こんなに散らかして…………」 「君はおーにゃーじー♪」 「店としては困るんだけどね……こんなに汚されちゃ」 「あはは、まだそんなこと言ってー!」  ……店員さんには……部屋を綺麗にする義務があるから……。 「時をー共にしへいたぁ〜♪」 「……ぅ……おぉっ……」  何度もチラチラ私を見上げながら、テーブルの下を小さなモップで掃除し始めた……。 「あぁ〜〜♪」 「よし高島、真面目な店員さんを励ますために頑張れ」 「何を“頑張る”かは言うまでもないな?」  ――その時、カラオケの大音量とは別に、店員さんが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。 「だひゃらぁー♪」  ……私は空いた手を股間の縦溝へ伸ばす。 「ごーらーんひょーー道がひかりらっ、すぅーよぉ〜♪」  閉じたアソコに中指をめり込ませ、大胆に激しく前後させ始める……。 「っ! ……すげぇ……」  あはぁ……さっきもそうだったけど……、  今日の私は……すごく感度がいい……。 「ははは、全く兄ちゃんはいい時に来たぜ」 「ほーひゃねっ♪ 確かぁん、にぃ……」  股間を弄くる心地良さに笑みが零れ、ますます気分がのってくる。  その証拠に割目を擦る指にはヌルリと愛液が付着し、歌いながらも淫らな水音を聞き取れるようになってきた。 「二人にょーあしーーあろ……♪」  ……あれ? なんで頬が濡れて……?  楽しんでいる私……悲しくなんてないよ……?? 「高島、アソコを指で開いて見せるサービスをしてやれ」 「こぼーれーらー涙の理由を、ひゃあぁぅっ!」  言われるまま……いえ、自ら望んで熱くなったアソコを指で開く。  せき止められていた愛液が、太股を伝い落ちていくのが見なくても感覚で分かる……。 「ふるーえーるう゛ぅ〜指先れーぬぐっひゃあ〜♪」  びりっと来る刺激が気持ち良すぎて身体がよじれ、それに合わせて歌詞も滑稽に乱れてしまう。  あはぁ〜、お腹の奥から温かいのがずんずん響いてくるよぅ〜〜。 「あーおーいッ空ぁ〜今みーあーへーたらー♪」  こんなに感じるなんて……私、本当に見られていると興奮しちゃうタイプなのかな……あはぁ、うん、そうなんだろうなぁぁ〜〜?? 「過ーぎてイークぅー♪」  指先で触れるク○トリスがとっても大きく出ていて、回すように弄ると頭の中が白く染まってよだれが零れちゃう。  店員さん……ものすごく見てる……私のおしっこが出るところ、すっごく見てる……。 「らり気ない時にょ中でーもー♪」  中指をちょっとだけ膣に入れ、昔読んだエッチな女性誌に書いてあったとおりにぶるぶると前後に震わせてみる。 「君とおーなーでぃ夢ひょー♪」  あっはぁ〜〜! これイイっ、すごく気持ちよくて嬉しくなっちゃう……。  ここに男の人の太いのが出たり入ったり……いやぁん〜、どんなことになるんだろう?? 「歩いてぃーひゃねー♪」  にゃははは〜、ここに希実香が居ないのが実に残念だなぁ〜〜! 「I love you……」  はい……大好きです……間宮くん…………。  間宮くん……あなたが……大好きなの…………。 「I have a dream……、ひゃうぅっ、もうらめぇ〜〜っ!!」  快楽が過ぎて立っていられなくなり、私は荒く息をしながらソファーの上に崩れ落ちた。 「はぁん……ああぁっ、あんっ、ああんっ……」  だけど股間を弄くる指は少しも動きを止めず、空いた方の手で火照る胸を揉み上げ、同時に指先で硬くなった乳首をこねくる。 「あふっ、ああっ、あううっ、あぁああんっ、あんっ、あんんっ――!」  ふはぁ……もうなんだっていいよ……。  ソファーの上がベタベタする……あとで拭きますから……今はゆるして……。 「ひゃあぅっ……きもちいぃ〜……あっふぅ、うぅううんんっ……」 「いいぞいいぞ、その調子で頑張れ!」 「ふへへへぇ〜、……っああ、あっ、ひゃうっ、うぅぅ、んふぅっ……」  つい膣の奥へ指を入れたい衝動に駆られるけど、そこは歯を喰いしばって我慢……。  その代わりに、たぷたぷ揺れている胸を……このエッチな手が“男の人の手”だと思いつつ……。  あふぅんんっ……まだ出ない母乳を搾るように可愛がってあげる……。 「ひぁっ、ああっ、アソコが熱いですぅ……ひゃぁぅ、こんなの、良くないことでっ……」 「あはぁああ゛っ、あんんっ、あんっ……息が苦しぃ……死んじゃうよぅぅ〜〜」  校庭を全力疾走した後みたいに――ふよふよと撫で揉む胸の下で、私の心臓がバクバクと猛烈な脈動を繰り返す。  でも……それでも頭に血が昇ってこないのかな……周りが一瞬暗くなった後で、宝石の煌くような光が部屋のあちこちに見えるよ……。 「んふぅっ……あふぅうっ……オマ○コ、熱い……きゃふっ、ううっ、あはぁあんんっ!」 「うっ……おぉぉ……」 「へっへっへ、たまんねぇだろ兄ちゃん!」 「あぁ……こんなに可愛い子が何で? ……信じられねぇ……」 「きゃうぅっ、うぅんっ……ふへへっ、ありがとう……ございますぅぅ」  そんな……男の人から、私が可愛いだなんて……嬉しすぎて、エッチな熱とは別の温かさが胸の中に湧き上がる……。  これが間宮くんの台詞なら……あぁっ、アソコの奥がきゅんってきて切ないよぅ……。 「ねえ高島ー。夢中なところに水を注して悪いんだけど、そろそろタイミング的にイってくれない?」 「あれ? バッテリーの残量ないの?」 「いや、そうじゃなくてね、この作品を二部作にしたいってことよ。だからこの辺りで前半のハイライトにしたくてさ」 「あーはいはい、なるほどね〜」 「つーわけでざくろちゃん、派手にイッちゃいなさい」 「ひゃっ、はふぅ、ひぃぃ、いひまふぅ、ううぅっ……」  はぁい、わかりました……。 「ふぅんっ、んっ、――あはっ、ああっ、あはぁんんんっ、んぅっ――」  もう本当に限界……ここで……イカせてもらいます…………。 「ふっあ、はぁっ――あはぁあっ、あっくぅ、んんう゛ぅ〜〜」  リクエストに応えるため、私は強めにク○トリスと胸を同時に可愛がって身体の芯を温め、  信じられないほど感度の増した私の深部は、すぐさま嬉しい熱波動をどくどくと返してきた。 「きゃうっ――いくぅ、イキまふぅうう゛ぅっ――」  あーきたきた……落ちそう……もう、落ちちゃうよぉ……―― 「ん゛うぅぁああ゛ぁ〜〜〜〜っっっ!!!」  自分の身体とは思えないほど、激しく痙攣して絶頂を受け止める……。  私の中で大きな泡が弾け……脳が湯だって身体から力が抜けていく……。 「オッケー! いい画が撮れた」  見るモノ全てがぐにゃりと形を変え、頑張った私を褒め称えるように拍手してくれる……。 「はひぅ……ふふっ……うふふふ…………」  ……まるで不思議な国の夢みたい……。  あはは……わたしって、その気になればこんなにすごいんだ……、 「ふぅ……はふぅ……ふふふっ……あふぅ……」  それなら……もっと、してみたいな…………。 「よし、ここがいいな」  ふらふらしている私が二人に連れ込まれたのは、駅前ロータリーの隅にある、周りからはちょっと死角になっている空間。  でも、本当にこんな場所で撮影するんだ……、  たしかに、ここなら上手くやれば、行き交う人々の目に入らないかもしれないけど……、  でも、しなきゃいけないんだ……私は希実香のためにしなきゃ……。  言われた事をちゃんと、全部やり通すんだ……私。 「はいはい、それじゃカメラまわすよー」 「ざくろちゃーん、ゆっくりとスカートを捲り上げてねー」 「す、スカートですか……えっと、えっと……」  ビデオカメラのレンズが私の下腹部に狙いを定め、私は命令されたとおりにスカートをあげる。 「いいね、いいね! その焦らすような手付きがいいよ!」  私がスカートをめくり、パンツが露出していくにつれて、ビデオカメラのレンズが伸びてズームインしていく。 「ふむ……普段は大人しいふりして、実はすごくアダルトでエッチな下着を好むとかだと意外性があって良かったのにな」 「次はウチらが下着も用意してやるかい?」 「つーかさ、めぐって“どう見ても下着の機能を果たしてないパンツ”をいくつか持ってるじゃん」 「あのほとんどヒモなやつ。あれでいいよ」 「あれは男をヤル気にさせるためのパンツなんだから、ちゃんと深い意味があるんだよ。バカにすんな」 「なるほど、そう言われると納得だな」 「あれって効果抜群なんだぜ〜、あははっ!」  二人が何か話しているけど……それも、駅中の声が聞こえすぎて良く理解出来ない。  なんでこんなに人の声が聞こえるんだろう……いろいろな人の声とか足音とか……直接脳に響く感じ……。  聞こえすぎる……なにもかもが……。 「おっと、ごめん、ここから盛り上がっていくからねぇ、そのつもりでがんばって」 「そうそう! 捲り上げたスカートの端っこを咥えて、両手を自由にしな」 「えっと……それは……」 「……こふれふか?」  私は指示どおりにスカートの端を咥え、これで両手を使うことなくパンツが隅々まで露となる。 「いいんじゃないんですかぁ〜」 「くははは……すげぇシュールな光景だなぁ」 「ほら、そんな事よりもさぁ」 「ああ、そうそう、次にさっき渡した肩もみ器のスイッチを入れてよ」  肩もみ器が振動しはじめる。  その音がやたら脳みそに響く。 「何やってるんだよ、スイッチ入れるだけじゃだめだろう……ほらさっき橘がやってたみたいにやるんだよ」  希実香がやってた事……。  私は思わずスイッチを切ってしまう。 「何切ってるんだよ高島!」 「おいおい橘がどうなっても知らないぞぉ……」  そ、そうだ……希実香と同じ事しないといけないんだ……、  私は、希実香と同じ事して彼女を救わなきゃいけないんだ……。 「はぁぁ……」  思わず溜息をつきながら“肩もみ器”のスイッチを入れると、即座に細長い楕円形のモノがぶるると震え始めた。 「よーし、小道具の準備も完了」 「ここからは特にどうこう演技指導は無いから、高島がいつもやってるように、自分なりにオナってみせな」 「……ぁぅ」  いつもやってるって……、  いつもとかしてないし…本当に時々しかしないやってないのに……。 「ちゃーんと可愛いところ完璧に撮ってやるからさ! 遠慮すんなよ」 「……ふぁいぃ…………」  これは希実香のため……希実香のため……希実香のため……希実香のため……希実香が助かるために……希実香が助かるために……希実香が助かるために……。  希実香が助かるために……希実香が助かるために……希実香が助かるために……。 「なーんかブツブツうるさいなぁ……」 「仕方ないだろう……クスリ初心者なんだからさ……まぁ、一度スイッチ入れば、こんなのも無くなるよ」 「ああ、なんか独り言とかさぁ、病気の人みたいで絵的にキモイから、はやくエロエロモードにしちゃおうぜ」  私が頑張らなくちゃ……?? 「ふぅんっ、んん……っあ、ふぅんんんっ、んんっ……」  ブルブル振動するオモチャを下着の上から割目にあてがうと、これまで経験したことのない刺激が全身に走って思わず脚が震えた。 「いい反応じゃね?」 「うん……なかなかいいんじゃね?」  私はスカートの端を咥えているから……この最低な状況にあって幸いにも、大きくエッチな声を洩らすことはなさそうだ……。 「んふぁ……あふっ、ぅうっ、くぅうんんっ……」  終わった後にはパンツが濡れて気持ち悪くなりそうだけど、平然を装って足早に去れば誰にも気付かれないはずだし問題ないと思う問題なんてないと思うぅおもぅぅ。  あうぅ……ともあれ、できるだけ濡らさずに早くイってしまおう……そうすれれれば、きみかがぁぁぁ……? 「ふぁ、ああっ……んん゛ぅっ、んんうぅ〜〜〜〜ッ!?」  なにこれこわい……、  なんでこここんななってるのの?  あ、だめ……まともに考えがかんがえがけあがえかがんがぇぇええええ、うぇ、、うぇ……あうぇう。  なんで?なんで?なんで?オモチャでアソコを軽く振動させているだけなのになのになのになのにビクンビクンするビクンビクンするビクンビクンするビクンビクンするぅぅぅ。 「っふぁ……ぁあっ……あふぅ、うぅん、くふぅっ……」  ……ご、ごごんなのって……本当に初めてのけ、け、経験……。 「ふくぅっ、う゛ぅっ……ぁあんん……ぁあんん……うぐぅ……」 「うわぁ……何だよはじまった瞬間これかよ」 「あんまり私らがしらふの時に、他人がクスリ入れてるのとか見たことないからなぁ」 「だいたい他のヤツがクスリ食ってる時は、自分らも当然の様にキメてるからなぁ……あんま冷静にこういうの見たことなかったわ……」 「ふふふ、これはまだ序の口だからね――もっと刺激的にいくよ」 「ぅふぅっ……んぅっ、んんっ……ぁはあぁっ……」 「高島ぁ、いい感じのところでパンツを下げてくんない?」 「ふぁうっ、ふぁふぁふぁぁあぁ……」  何か言われた。  反応出来ない。  脳全体が快楽に奪われて……何も……、 「ほら! さっさとおろせよ!」 「は、はひぃっ」  私は瞬間的に下着をおろす。  下着は地面までおちてしまった。 「ふひぃ、ふひひひっ……ふひぃぃ、ひぃ。ひぃい、ひぃっっ」  目がチカチカする。  直接ってこんなに違うんだ……違う……違いすぎる……。  あ、そんな事よりもよりも……少し冷静にならなきゃだめいけないだめいけないだめいけないだめいけな……。  あれ?  えっと……?  私何やってるの? こんな場所で?  いくらなんでもまずいよ……、  こんな事まずすぎるよ……ありえない。 「ありえなぎぃ……ありえなひぃ……ひっ……ふぅうぅ〜……あはぁ、あぁあっ…………」  なんでめぐの言うとおりなんかしたの?? 下着は着たままって約束だったはずだし……ああ……もう何? 「なぎぃ? なぎぃ? うばぁあああっ」  こんな場所でこんなところを露出させて……なんでだらしない笑みを浮かべているの?  私……こんな事あり得ない……目がチカチカして……汗すごい……あ、何かすごい汗……だけじゃなくて……。  身体の体液が全部流れ出すみたいな……、 「おぉ、スゲエよ高島……お前、やればできる子じゃん!」 「あ、ありがどうごござぃぃ……はひぃ、あうっ」 「何だこれ?」 「褒められて喜んでるんだよ。褒められて伸びるタイプなんだよ高島は」 「そっかぁ……」  悔しい? でも褒められて嬉しい??  うれしい? 何で? こんあ場所、ダメ、うれしい? ダメ、見られたら? 誰か知らない人とか? え? 見られる? 何を? 今の状況? 今? 「高島うれしいか?」 「はひぃ……っくぅっ、んんっ、んう゛ぅぅっ……んああ゛っ!」  振動するオモチャを直にあてがうと……らめぇ……な、何このびりびり感、頭破裂する感じが、ダメ、誰かに見られる。私声とか出してるし、ダメ。 「んう゛っ、う、うう゛っっ――う゛ぁ、ああぁっ!」  汗がすごい……でもそれ以上に太股どころか足下まで愛液でぐちゃぐちゃになっている……ちゃんとオモチャを掴んでいないと滑って手から落としそうなほど……、  もう、何が何だか分からない……どうしよう? 頭壊れた? こんな場所で? こんな事? こんなの? え? こんな? 「んぐっ、うう、ぁあうう゛っ……ふぅうんっ、んん゛ぅっ……」 「あははっ、マジで良い画が撮れてるよ」 「こっちまで雌の臭いが届いて来るもんな。いや〜、大したもんだよ」 「この下ネタすげぇなぁ……」 「まぁ、速いのは、アンナカとかの混ぜモノ豊富な方が、気持ち良くなれるからなぁ……」 「でも、これやばすぎだろ……」 「あはは……なんかさ……ちらほら、こっち見てる連中がいるんだけど……通報とかされないだろうなぁ……」 「その時はダッシュで逃げるだろ……」 「ああ、そうだね……」 「はふう゛っ……んふ、んふふふふっ……」  ……ねえねぇきき希実香……わわ私ははだ大丈夫だよ……。  だ、だだだ、だ大丈夫だよぉ……希実香ぁ……もうすぐだからねぇ……。 「よーし、高島がここまで頑張っているんだ。ならばウチらがもっと盛り立ててやるべきじゃね?」 「異議なーし! 聡子、サクッとやって」 「あいよ」  私が押し寄せる快楽に意識を失いそうになりつつ、勃ってきたク○トリスにオモチャを押し当てているところで、  カメラを回し続ける赤坂さんの指示に従い、北見さんが私のすぐ側に歩み寄って手を伸ばした。 「ひあぅぅ……あ゛ぁっ、あふぁっ??」  北見さんは素早く私のスカートのサイドホックを外し、そのまま勢いよく引き下げ、 「ほら、交互に足をあげろよ。パンツとスカートを脱がせられないだろ」 「うぁ、はいっ……」  不意の仕打ちに混乱する私は、脅すような口調の北見さんに気圧されて作業を手伝う。  でも私の頭の中は快楽でぐちゃぐちゃになってまともな思考なんて出来ない。  だ、ダメ、ダメだよ……そんなことしたら……わたし……私ダメ……それは……、 「ほーら、これでどうよ?」 「ああ、もうバッチリ!」  北見さんは私の服を持って、ウキウキしながら赤坂さんの隣へと戻っていく。  今の状況を冷静に判断しようとする。  下着もスカートも上着も……何も無い……誰が見ても何も着てない状態。  あ、あああ、らめ、らめ、らめ、こ、これダメだよ。何でこんな事させるの? これ? 犯罪だよ。だって見えちゃうし?見える?誰に?何が? 「あ、ああ、らめ、らめ、らめぇぇえ、ふぅうっ……んぐうぅっ、んんっ、ぅうんんっ、らめぇ……」  取り返さなきゃ、取り返さなきゃ……なのになのにやめられない……。見られるかもしれないのに、もしかしたら警察に捕まっちゃうかもしれないのに……。 「らめ、見られる、見られちゃう、らめ、らめ、それらめだから……あうっはふぅ、うふぅ、あぁあぅっ〜〜」  何? もう訳が分からない……見られたら大変だ……たぶん通報される。通報されて警察に捕まる。捕まったらニュースに出ちゃう。だめ、お母さんが悲しむしお父さんが悲しむし……あぅぅぅうっ。  いやらしく震えるローターの先で膣口を撫で回してから、その染み入る響きを感じつつ隆起したク○トリスにじわじわと近付ける。  虚ろな目をしてよだれを垂らす私のすべてを、赤坂さんのカメラが容赦なく映し撮っている……。  あは?……これ、なんかいいらも…………。 「口も自由になったことだし、素直に今の気持ちを声に出してみろ」  え?口で?素直に?素直に?えっと?感想?感想?えっと?ああ気持ちいいもうどうでもいいし?でも感想言わないといけないし? 「ほら、なんでもいいから言ってみろよ……こんな場所でこんな事やるのどう思う?」 「ら、らめですぅぅ。こんな場所でこんな事しちゃいけらいのおもいますぅ」 「でもやってるじゃん」 「は、はひぃ……やってますぅ。こんな場所でやってますぅ」 「これ犯罪だよね?」 「犯罪らめ、絶対らめ、しちゃいけなぃぃぃひぃ。ダメこんな事ぉ……」 「でもやってるじゃん」 「違う、違うぅぅ、これ違ぅぅうぅ」 「見られるかもしれないと興奮すっか?」 「そんなことらい、そんなわけらいんだからぁ……ふぁぁあ、らめぇ……」 「でもやってるじゃんかよぉ……どこが一番気持ちいいのよ?」 「あひっ……やや、ややっぱりぃ……くりぃぃぃ……」 「あれ? カメラのマイクが壊れたかな。ちゃんと聞き取れなかったぞ」 「こら高島、ちゃんと正確にしゃべれ!」 「ふぁいっ! ク○トリスがぁ……すっごくいひ……ですぅ? はぁああんんっ……」  そう赤裸々に告白してしまうと、無意識のうちに手が動いてオモチャの先端を腫れたクリの上に押し付けていた。 「ひゃはあぁあぅっ! はあぁうぁ、うひょぁ、ああぁあぅぅ〜〜」  さらには女性器全体をオモチャでぐりぐりと弄くり回して淫らに腰を振る。 「うへぇ、マジ淫乱でえげつないんですけど」 「はふぁ、ぁああぅ、うう゛う゛うっ、ひぃああぁっ……」 「ひゃふっ、ふふう゛っ、ううっ……あひっ、ひふううぅ……」 「さあさあ、盛り上がってまいりました!」 「こりゃあヌケるでしょ! 普段の大人しい様子も撮して編集すれば、そのギャップに興奮した野郎どもが射精しまくりですよ」 「はふぅっ、うう゛っ、あぁあっ……ひゃっ……くふぅうう゛っ」  ふと気付けば、私はオモチャの先端をお尻の穴にまで這いまわしていた。 「すごぃ、すごぃ、すごぃぃぃい、あふっ、あぁっ、あふんっ、ん、んん゛ぅぅっ」 「血出てるじゃん……ローションつけないで入れた?おしりのバイブ?」 「あ〜大丈夫だよ、血が出るぐらいの方が気持ちいいからさ」 「まぁ、たしかにクスリやってると痛いのとかも全部快感だからなぁ……」 「なんだよ、あれ……」 「おい、とりあえず写メ!」 「うおッ!?」 「――なんだっ!!」  まさに青天の霹靂。  こちらの死角になっていた場所から、急に若い男性が私たちを見て驚愕の声を上げた。  多分、押し殺せなくなった私の嬌声を耳にし、不審に感じて来たのだろう。 「――っあ、……はふぁぁ……んっくう゛ぅ……ふひゃあぁぁ……」 「おい……何コレ? AVの撮影? 全裸じゃん」 「まじで? 本当にこんなのやってるんだ。外で」  唖然とする彼の顔が、いつの間にか溢れそうになっていた涙に歪んで見える。  なのに、私の手はもう止まらない……。 「うっせえな黙れよ! でなくちゃお前がコイツを犯したことにすんぞ」 「な、なんでそうなるんだよぉ……」 「まぁ、まぁ、聡子さん……ギャラリーとかいた方が臨場感あるだろ?」 「でも、ウゼェし……なんかこいつらキモオタっぽくねぇ?」 「だから良いんじゃないですかぁ……」 「おまえら、人をキモオタとか失礼だなぁ」 「何言ってるの? そんな口利いたら見せてやんないよぉ」 「あ、見たい見たい」 「んじゃ、近くで鑑賞してくださいなぁ」 「まじで? うれしいぃ」 「らめ、なんで? 見ないでぇ、らめぇぇうはっひぃああっ、あふぅ、ううんんっ……っあ! ああぁっ、ふあああぁっ!」 「すげぇなぁ……何こいつ見られるの好きなの?」 「知ってる。露出狂って言うんだぜ」 「ち、ちがぅ、ちがぅぅぅ、わたしぃわたしぃぃぃぃいひぎぃ、あうっ」  まだ誰にも見せたことの無い場所を……見ず知らずの人に鑑賞される。  なんでこんな事になってるんだろう……。  意味が分からない……ただ私は……。 「見ないでぇ、見ないでぇ! らめぇ、違ぅぅのぉ、らめぇ、ひぐぅ」 「どこ見たらダメなんだよ? 言ってよ?」  どこ?そんなの決まってる、人に見せちゃいけない場所なんて決まってる……。 「だから、どこだよ! 早く言えよ!」 「あ、あそこですぅぅぅ、あそこ見ないでぇ、あそこ見られたらわたしぃぃ、らめぇ……」 「あそこってどこだよ? その部分をちゃんと突き出して名前言ってよ。んじゃなきゃ分かんないよ」 「何この天才ww」 「すげぇ……天才現るwww」 「こ、ここれす!ここ見ないでくださいぃ。名前はおマ○コれす、おマ○コ見ないでくらさいぃぃぃ、見られたら私、わたしぃ」 「見られたらどうなるの?」 「お嫁にいけませんっっ、こんなのダメですぅぅ……あふぅんっ、んんっ、だめぇええっ、こんなのッ……やあぁっ」 「だめぇ……見ちゃ、ダメ……ひゃあんっ、ああっ、あふぅうっ……っくぅ!」 「くぅんっ、うんっ、あはぁあっ、気持ちいいッ、びりびりくるよぅ〜〜」 「んうっ、ん、んんぅっ、あっあぁ、ああっ、うぅう゛う゛っ〜〜」  だけど、彼のズボンの前がしっかり膨らんでいるのが見えた。 「くぅあぁっ、ああぁ、ひゃんっ、うんんっ、くふぅうんんっ……」  あれあれ? どうして見ず知らずの男の人に見られて昂っちゃってるの??  ねえ高島ざくろちゃん……あなたはぁ、そんな淫乱な子じゃないはずでしょう? 「ひゃふぅっ、きもちいいっ――おま○こビリビリしてますぅぅっ!」 「その調子だよ高島! いい画が撮れてるから、もっと頑張れ」 「ひゃいっ……がんばひまふぅ……んふぅうっ、あう、っふああぅ〜〜」  再びカメラのレンズが伸びてきて……だらしなく口を開けた私の顔を撮影している。  すごく情けない顔だろうけど……もう隠しても遅い……。 「えっとぉ……なあ高島ぁ、そろそろイッてくれないかな? カメラのバッテリーがもう切れそうなんだわ」 「はひっ……いふ、いひまふぅぅ〜〜!」  いちいち……命令されなくても……あはは……うふふふふっ……、 「きちゃふ、うん、うんん゛っ、もうだめっ、ぃやあああっ――」  ……ほらね……全身がすーっと軽くなってきたでしょ……。 「ひゃっ、はぁああ゛――いくぅううぅぅ〜〜〜〜っ!」 「……ぁ……ふぅぁ……あはあぁんん……」 「イッたな、イッちゃったよな?」 「はあぁっ……ふあぁっ……」  うふふ……こんなの驚きだよ……すごすぎ……。 「よしっ、ちゃんと撮り終えたな」 「これはいい作品になるぜ。なんてタイトルにしようか?」 「そうだなぁ……えっと『天空の雫……駅に舞い降りた機械天使』とか!」 「全然意味わかんないわ……」  ……ふぅ。 「はあぁっ……はぁぁっ……ひっ……ふぁあ……はあぁ……」  …………これで……希実香は助かるのよね…………。 「ふあぁ……っくぅ……はあぁ……はあぁぁぁ…………」  ……やだぁ……まだお腹の中に響いているよぅ…………。 「さてと、予備のバッテリーに換えてっと……」 「はあぁ……ふぁぁ……」  私……何を……人が見てる前で……私……えっと……、 「……はふぁ……ふぁぁ……あはぁぁぁ〜〜…………」  あ、やばい……なんか……視界が白く……。 「…………ぁぅ」  ……体中から、全ての力が抜けた…………。 「ちょっと高島! 大丈夫かよ? まずくないかこれ?」 「ちょっとまって……」 「…………」 「心臓は動いてるから大丈夫、オーバードーズじゃないと思う。とりあえずカラオケボックスに運んで寝かせた方がいいなこれ……」 「これってヤバイ方向じゃなくて、多分マジでイッたせいだと思うわ」 「そう、だな……焦らせんじゃねえよボケ! マジで青ざめた」 「まぁ、心臓に負担はかかってるだろうから、少し休ませた方がいいだろうね……」  ………………。  …………。  ……。  ずっと意識はあった……けど身体は動かなかった。  あと時間が過ぎるのが早かった。  空の太陽がいつもよりもすごい速度で動いていた。  目には光、耳には音。  世界のすべてがとても高速に思えた……。 「ふぅ……まんま……と言ったところかしら……」 「……机に花瓶」 「古典的というか……ひねりがないというか……ざくろ気にする事ないよ……」 「う、うん……」  昨日とはまったく違った目線。  私達が入ってきた瞬間に、教室の空気は変わる。  その奥で、ニヤニヤと赤坂さんと北見さんが笑っている……。  この二人に逆らう人達なんていない……。  女子はもちろん、男子だって彼女を怒らせるのは恐いはずだ……。  だって北見さんは女子とは思えない強さで……さらに赤坂さんは金持ち…その上彼氏はもの凄い不良という噂だ。  名前はたしか城山翼……他にもいつも三人ぐらいでつるんでいる。  それなりに偏差値の高いこの学校では、その様な存在は完全なる異質。  誰も彼らの事を良くなど思っていない、それでも彼らに逆らう者もいない。  ここでは彼らには関わらぬ事……それがここで平穏を手に入れるためのもっとも確かで確実な方法。 「よう……橘」 「おはよう。北見さん、元気そうですね。いつも」 「ん……だと?」 「っく……」 「誰が……元気だけが取り柄の脳天気バカだって?」  北見さんは希実香のむなぐらを掴む……女子にしては身長が高い北見さんに対して比較的小柄な希実香はつま先立ちになる……。 「あのさぁ、みんなぁ、今、たしかに橘から喧嘩売ってきたよなぁ……」 「うん、たしかに売ってきたよ……だよねぇみんなぁ」  「……」  当然の様に誰も答えない。答えられるはずがない。 「これって言葉の暴力だよなぁ」  まったく意味分からない……ただ希実香は挨拶しただけ……なのに何故それが喧嘩を売る事になるんだろう……。  でも希実香はにっこり笑っていう。 「挨拶しただけだよ? 何言いがかりしてるのかな? 北見さん」 「んだとぉ!」 「くくくく……おいおい…なんか長い間優しくされてて勘違いし始めたか? 聡子怒らせて……どうなるか分かってるの?」  希実香は陸上部に属している。  だから彼女の運動能力は……と言いたいところだけど事実は真逆。  彼女が陸上部に所属している理由は運動神経があまりに悪いからそれを直すために入っているらしい。  彼女の運動神経は正直……私よりも悪いかもしれない……。  それに対して、北見さんは身長も高い上に、幼い頃から空手をやっていたらしい。  今はまったくやっていないらしいけど……。  そう言えば、この学校の前は、服装なども時代錯誤なバリバリな暴走族、つまりはレディースだったらしい。  北校入学、特に赤坂めぐと出会ってから変わった。  お嬢である赤坂めぐによって垢抜けて完全にギャル系に変わった。  とはいってもその本質は変わらない。  希実香が真剣に彼女とやり合ったら、数分も保てずに怪我をしてしまうだろう……。  特にレディース時代の北見さんはかなりの非道であったという噂を聞く。  タイマン勝負では負け知らず。負けないから、負けた相手に対する制裁は凄惨を極めた。  すでにボコボコに腫れ上がった戦意喪失の彼女達の特攻服はまずその場で燃やされる。その場でそのチームの女子は全裸にさせられる。  頭とかバリカンで丸坊主なんて普通。  バットやコーラの瓶を性器に無理矢理突っ込むなんて事も日常茶飯事。  乳首をナイフで切り取ったという話もある。  一度、赤坂さんが彼女に“なぜそんな事するん?”って聞いた事があった……その答えは驚くべきものだった。 「絶対に負けねぇから、負けた人間の気持ちなんて想像する〈理由〉《わけ》ないじゃん。あははははは」  なんて、考え方なんだろう……そのあまりの自信過剰は、たしかに嫌悪感と恐怖を感じたけど…でもすがすがしさすら感じた。  なんて自信なんだろう……彼女に恐怖なんてあるのだろうか?  でもそんな北見聡子相手に、あの希実香が一歩も引かない。  不気味な余裕すら見せる。 「顔まずいよね……授業前だしさ」 「っ!」  突然希実香の身体が宙に舞う。北見さんの一撃が炸裂したと理解するのに数秒の時間がかかった……。  あまりに希実香の身体が宙を浮き、机をなぎ倒したから……。 「さてと、もう少し階段から落ちてもらって、保健室で休んでもらおうか……」  階段から?  教師から問われたらそんな低レベルの嘘で切り抜ける気でいるのだろうか……彼女は……。 「……」 「き、希実香っっ」  北見さんが倒れている希実香にゆっくり近づく。 「さてと……腹がよじれて内容物がダンスするぐらいに殴ってやるよ……」 「バカ……殴った感じで気がつけよ……これだから〈DQN〉《ドキュン》は……」 「ぎゃぁっっ」  不自然な音。聞いたことない奇妙な音。 「90万Vスタンガン……小型のわりには洒落にならない電力だから……痛いでしょ」 「そ、それって? スタンガン?」 「そうそうスタンガン。それにしても…… 打撃にも有効だってネットで書いてたけど……この防刃チョッキ殴られると結構痛いなぁ……」 「ぼ、ぼうじん?」 「防刃だよ防刃……あんたらが刃物出しても大丈夫なように買っておいたんだよ……ナイフでも槍でもハンマーでも大丈夫だってうたい文句のヤツ」 「そ、それで殴ったときに変な感触がしたのか……」 「だろうね……手痛かったんじゃないの? でも、情報弱者な上に、今まで負けたことがない〈DQN〉《ドキュン》だから、慢心する。その結果がごらんの有様だ……油断しすぎだよ」 「くっ……」 「私、北見さんと違って弱いからさ……身守るために、必死だよ……」 「あんまりにも必死なんで…… 北見さんとか殺しちゃうかも……」 「た、橘っ!」 「おっと…… お嬢はそこから動かないでね……金持ちのお嬢さんを傷つけたとあったらめんどくさいじゃないですか……」  教室が静まりかえる。  とても〈HR〉《ホームルーム》前とは思えない……。声を発する者どころかみんな身動き一つとれないでいる……。 「っ……」 「希実香っ!」 「や、やばっ……」  希実香は急いでスタンガンを鞄の中に隠す。 「ちっ……」 「……」  二人も急いで自分の席に戻る。 「おはようございます」 「今日の〈HR〉《ホームルーム》ですが……」 「あのぉ……先生」 「え? 赤坂さん? ど、どうしました?」 「学校になんか危ないもの持ってきてる人がいるんですけどぉ……」 「……」 「危ない物?」 「はい、何か電気ビリビリするヤツです」 「ふぅ、誰ですか……そんなおもちゃ持ってきた人は……」 「いや、おもちゃじゃなくて……本当の凶器ですよ」 「凶器?」 「え? 何の音?」 「あ、すみません……筆箱落としました……」 「ち、違ぇだろ! 今壊したんだろ!」 「え? 何を?」 「先生! あいつがスタンガン持ってきてたんです! そんな凶器持ってくるの退学もんじゃないですかっ」 「ス、スタンガン?」 「そうです、あの鞄見てください!」 「橘さん……鞄の中身見せてもらえるかしら?」 「は、はい……」  先生が希実香の鞄の中身を外に出す……すると電子部品とプラスチックの破片が出てくる。 「これ…… 橘さん何ですか?」 「すみません……携帯電話です……」 「携帯電話?」 「すみません……学校で禁止されているのに持ってきてしまいました……でも壊れてるから……」 「なぜ壊れている携帯電話を?」 「あ、科学部に〈半田〉《はんだ》ごてがあるんで、それ使って……とか考えて持ってきてしまいました……自宅にそんなものないので……」 「でも……バラバラじゃない?」 「はい……だから持ってきても問題ないかなぁ……って思いまして……」 「て、てめぇ嘘だろ!」 「え? なんでですか?」 「携帯なわけねーだろっっ! それスタンガンだろ!」 「くすくす……何でですか?  だいたい私がスタン何とかって言う危険なものを学校に持って来る理由って……何ですか?」 「ぐっ……」 「なんで学校にそんな護身用の道具持って来なきゃ行けないんだろう……」 「っく…… し、知らねぇよ」 「なら適当な事言わないでくださいよ……濡れ衣です」 「な、なにっ!?」  うまいかわし方だ……“何で?”と聞かれれば答えなんて一つしかない。  “いじめられて暴力をふるわれる可能性があるから”  それは赤坂さんにとって、都合の良くない事実だ。  彼女が希実香の問いに答える事は出来ない。  二人はにらみ合ったまま沈黙する。 「……ふぅ、先生良く分からないんだけど…… とりあえず、携帯電話だろうがスタンガンだろうが、これは没収します……」 「すみません……」 「とりあえず……あんまり問題を起こさないで頂戴よ…… 本当にもう……」  そのまま〈HR〉《ホームルーム》は続けられる……非日常と思われた一瞬はすぐに日常に塗り替えられる。  ただし、うわべだけ……。  〈HR〉《ホームルーム》の間もずっと赤坂さんと北見さんは希実香をにらみつけている……その瞳は憎悪で燃え上がっているかの様だった……。  希実香…大丈夫なんだろうか……。  どっちにしろ、今ので唯一の武器であったスタンガンを失ってしまった。  次に二人に絡まれたら、希実香に抵抗する術はない……。  どうする気なのだろう……。 「き、希実香っ」 「ん?  何ざくろ?」 「あ、あの……大丈夫なの?」 「何が?」 「だってもうスタンガンなくなっちゃったし……あんな事して……」 「あ、あれ…… これ渡しておく……」 「え? これって?」 「さっきのよりは威力弱いけど、小さいからポケットにも忍ばせられるよ……」 「何これ?」 「催涙スプレーだよ……結構強力だよ」 「ま、まだ持ってたんだ……」 「当たり前だよ。あいつらとやり合うんだから……半端な準備だったら殺されるよ……」 「やり合うって……」 「……戦争って事」 「戦争?」 「そう……あいつらにとっては遊びかもしれないけど……遊ばれる虫けらからしたら……これは戦争……」 「うん、でもなるべくざくろを巻き込まない様にしたいからさ。だからあまり私の近くにいないでね……」 「そ、そんな。私も戦うよ」 「そういうのは、何かしらの備えがある人間が言う事だよ…… 大丈夫、ありとあらゆる場所に身を守るための道具を隠し持っているからさ……」 「おい……橘」 「あ、どうも……元気でしたか?」 「なんだと! なめてんのか!」 「くすくす…… なめてなんかいませんよ……だからちゃんと準備してきたんじゃないですか……」 「そんな事よりも、いつもみたいにいきなり襟元掴むとか無いんですねぇ……恐いんですか?」 「なんだとっ」 「やめなよ……聡子……」 「つーかさぁ…… 橘も、もうやめようぜ……危ないからさぁ」 「やめる…… 何をですか?」 「まだ、いろいろ持ってるんだろ? その様子だと?」 「さぁ、どうでしょうか?」 「もう、ウチらもちょっかいとか出さないからさぁ、やめね? こういうのさぁ」 「やめるも何も……私から何かする事はありませんよ…… あなたたちが何かしなければ……ですけど」 「だからさぁ、何にもしないからさぁ」 「何もしないからなんですか?」 「危ない物持ち歩くのやめようよ……」 「別に…… 何も持ってませんよ……」 「本当かなぁ……」 「さぁ、本当じゃないですか?」 「てめぇ! さっきから」 「吼えるな……三下……」 「な、何?」 「元ヤンか何か知らないけど、吼えすぎなんだよ……犬かよあんたは……」  北見さんの頭の中……怒りで真っ白になるのが見て分かる。  だけど……。 「聡子黙って!」 「め、めぐ……」 「何隠し持ってるんだよ橘……」 「さてと何でしょうね……」 「隠してるんだろ……さっきからずっとポケットの中…手突っ込んでるじゃん……今にも何か出しそうな勢いで……」 「まぁ、いいじゃないですか……」 「まぁ、いいじゃないですか……か」 「〈良〉《い》いわけねぇだろ……あんま調子乗ってるんじゃねぇぞ……」 「どんな用意してっか知んないけどさぁ……〈只〉《ただ》で済むと思ってんなよ……」 「そうですねぇ…… 只じゃ済まなそうですねぇ」 「ふーん……分かってるんだ…… 分かってやってるってわけだねぇ」 「うん、伊達に延々とあんたらにいじめられて来たわけじゃないからさ……あんたら……というか赤坂めぐがどんな力を持ってて、何が出来るかは一応理解しているつもり……」 「分かったわ……良く分かった。まぁ、これも遊びだと思って……楽しむわ」 「うん、楽しんでね…… 私は命がけだけどね」 「当たり前じゃん…… お前は虫けらなんだからさ」 「そうだね……虫けらだね……でも知ってる?」 「何がだよ?」 「世界で一番人を殺してる動物って何か?」 「何だよ……それ?」 「蚊なんだよ」 「蚊?」 「伝染病の有力な媒介者なんだよ…… もう伝染病のデパート……マラリア、フィラリア、黄熱病、デング熱、脳炎、ウエストナイル熱、チクングンヤ熱、あと日本脳炎とかね……」 「はっ! お前は蚊かよ」 「虫けらですからなぁ…… まぁスズメバチでもいいんですけど」 「まぁ、どうでもいいや……せいぜい気張ってなよ…… マジで地獄見せるからさ」 「はい、まぁ、気張って見せます」 「ちっ……」 「き、希実香……」 「お……お……おお……」 「へ?」 「や、やばかったぁ……すんげぇやばかったぜ」 「え?」 「あははは、 実はさ……今丸腰だったんだわさ……」 「そ、そうなの?」 「ざくろに催涙スプレーを渡しちゃったから、何も無かったんだよ……恐かった」 「そ、そうだったの?」 「ブラフってやつ……もう心臓がばくばくだよ……」 「ばくばくしてたんだ……全然分からなかった……」 「メインの武器が壊れたから、サブだけだと心許ないから新しいの取りに行こうとしてた矢先だったからさ」 「サブの武器って……この催涙スプレーが?」 「そういう事……あははははは、私も北見の事言えないねぇ……一度優位に立ったぐらいで慢心して……」 「でも、やり通せた……すごい……」 「ブラフなんて苦肉の策だけどねぇ…… まぁ成功したからいいんですかねぇ……」  その後、陸上部の部室ロッカーから希実香はあやしげなものをいくつか持ち帰る。  それが武器であるかどうかすら私には分からないものばかりだった。 「このプチプチで包まれているものって液体だよね……」 「うん……割れると大変だからね」 「なんなの?」 「武器だよ……」 「液体とか武器になるの?」 「液体を舐めちゃいけないぜぇ……液体の方が刃物とか木刀よりよっぽど危険なものが多いんだぞ」 「これ……シャーレだよね……」 「あ、それは培養しているんだ」 「培養? え? これも武器なの?」 「当たり前だよ……生物兵器は基本だよ。モノによっては核ミサイルよりも強力なんだからさぁ」 「え? 核ミサイル? そ、そんな危険なものを?」 「まさかぁ……〈炭疽菌〉《たんそきん》とかそんなもん持ち歩けないよ……」 「でもね。人工的に作られたあらゆる人工毒よりも自然毒、特に細菌の毒がダントツなんだよ、ボツリヌス菌とかさ」 「そ、そんなものを?」 「まさかぁ……そんなの培養してたら普通に警察に捕まるよ……」 「ならどんな?」 「臭い系だよ……あと痒い系とかさ……まぁいろいろだよいろいろ……」 「そ、そうなんだ……」 「そうそう、いろいろなわけだよ」  教室に帰る……入った瞬間に静まり、さっきと同じ視線に〈晒〉《さら》される……。 「え?」  希実香に手をつかまれる……自分の席に戻ろうとした瞬間。 「えっとねぇ……」  なぜか希実香は私の椅子に足を乗っける。 「え? な?」 「へ? へ? な、何これ?」 「椅子のボルトゆるめてた……つーよりボルト抜いて、針金か何か入れてるだけやね」 「そんなこんなで……」  希実香は私の机の中を見る。 「ふーん……なるほど……」  中には何の異常もないのか、希実香は机の中に手を突っ込んで教科書を何冊か取り出す。 「え? 何? これ……」 「見ての通り……教科書ぐちゃぐちゃにされてるね……まぁ、移動する時にそのまま放置したざくろが鈍くさいんだけどね……」 「あ……」  そういえば、希実香は教室から出る時に鞄ごともって移動していた。あれは単純に武器を取りにいくためだけのものだと思っていたけど……持ち物を守るという意味もあったのか……。 「赤坂さーん」 「なんだよ……橘? 何か用?」 「ううん、別に…… でもさ、こういうのやっても、あんたの家金持ちだからどうにかなると思ってるんでしょ」 「なんだよ……それ、私に対する因縁なわけ?」 「ううん? 別に……でもさぁ、お父さんがこの学校の理事とかやってるからって、何でも自分の意志通りになると思ったら大間違いだよ」 「はぁ? だから何だよ、その言い方は?」 「別に……たださぁ。こういうのがマスコミとかに流れたら……あんたらの親ごとやばいんじゃないのかな?」 「な、なんだそれ?」 「んー、写真なんだけど…… これどう思う?」 「あ?」  希実香から赤坂さんに写真(というかデジカメの出力画像)が手渡される。 「なっ!?」 「どうなんだかねぇ……」  その写真を手にした赤坂さんの顔色がどんどん変わっていく……何の写真なんだろう……。 「こういうやり方……たぶん、あんまり頭の良いやり方じゃないよ。学校側はかならず自分たちを守ってくれると思っているのかもしれないけど……」 「あんたの親程度の名士なんて、簡単なスキャンダルで全部失うんじゃない?」 「て、てめぇ……脅迫する気か……」 「脅迫?  まさかぁ……何でそんな事するんですか? 私が言いたい事は、あんたなんか特別な存在でも何でもないって言いたいだけ……」 「何かやりたいなら、もっと考えないと……くすくす……自爆するよ」 「ほら何やってる授業始まるぞ」 「あ、椅子壊れてしまいましたぁ」 「椅子?」 「はい、ほらこの通りですよ……ちなみに私の椅子とか触っていただけません?」 「はぁ? 椅子を触る?」 「はい、これを手で……」 「なんだ……それ……って、うわぁ!」 「な、なんだこれ!」 「見たまんまですよ」 「お、お前のイタズラか!」 「お? 先生なんでそう考えますか? どこの世界に自分の椅子に細工して壊すバカがいるんでしょうか?」 「先生にイタズラしたいのなら、もっと他の方法があると思いますけど……」 「そ、そりゃ……そうかもしれんが……な、ならこれは何だ!」 「見たまんまだと思いますけど……」 「見たまんま?」 「椅子が座ると壊れる様になっている……ただそれだけの事ですよ……意味分かりません?」 「……えっと……それは……つまり」 「くすくす……」 「そ、そうか? あれだな、痛んでたって事だな?」 「くすくす……まぁ先生がそう判断されるのなら、そうじゃないですか?」 「そんなこんなで空き教室から椅子持ってきて良いでしょうか?」 「あ、まぁ、かまわんぞ……なるべく早く帰ってくるんだぞ……」 「はい、あ、それと、遅刻とか欠席扱いとかやめてくださいね」 「だ、だったら早くとってこい」 「はい。 ざくろ行くよ……」 「あ、うん……」 「希実香……〈良〉《よ》くわかったね」 「あ、なんか細工される可能性を考えて、あんたのと私の机にうっすら炭酸カルシウムを振っておいたんだ」 「炭酸カルシウム?」 「あーチョークとかの成分の一種だよ…… 教室内だとあまりに普通のもんだからうっすら振っておいても気が付かないんだなぁ……バカは」 「んで思いっきり手形があったから、誰か触ったんだなぁ……ってね」 「そんな事、あの短期間でしてたんだ……」 「あ、これ噴霧器なんだ……香水みたいにうっすら出てくるの」 「き、希実香って本当にすごいんだね……なんで今まで一方的にいじめられてたの?」 「だから、一方的にいじめられてたから、いろいろな事妄想したり、ずっと調べたりしてたんだよ……実際使う気なんて無かったんだけど……」 「だったらなぜ?」 「ざくろだよ」 「え? 私?」 「あんたを巻き込んだからっていうのがまず最初……」 「人間って面白いものでさぁ……自分でやられてる事って、段々麻痺してきて、これがひどい事なのか普通の事なのか、段々分からなくなってくるんだよ」 「ざくろを巻き込んでから、はじめて自分の状況を理解したんだ…… ざくろを見て自分の姿を鏡ではじめて見た感じ?」 「そ、そういうものなんだ……」 「さぁね……他の人は知らないけど、私はそうだ。自分が置かれてる状況って、何か良く分からないんだよね。怒るべきなのか、そうでないのか……全然」 「それと、あんたのあの言葉……」 「言葉?」 「何か言ってたじゃん、戯曲だっけ?」 「シラノ?」 「そうそう、あんたはあの言葉で彼女たちに宣戦布告した……だったら参加しないわけにはいかないでしょ?」 「そ、そうなんだ……」  な、なんか私が巻き込んだんだ……。 「私が巻き込んだとかそういう事考えてるんだったら、そういうの無しね」 「え?」 「この戦いはいつか始めなきゃいけなかった事……だから巻き込まれたんじゃない……」 「……希実香」 「そういう意味ではざくろに感謝すらしてるよ……」 「そ、そうなんだ……」 「あ……そういえば、赤坂さんに見せた写真って何?」 「あ、ああ、あれね……これよ」  画像データはかなりポンボケ……ただ夜中の公園で赤坂さんが外国人に何か渡されている写真だ。 「な、何これ?」 「金渡して鍵もらってるのよ……」 「なんで?」 「その後、指定の場所に彼女がいって、そこでクスリをもらう……それが次の写真」 「コインロッカー?」 「うん、小分けされたものがロッカーに入ってるわけよ……まぁ昔みたいに気軽に売り買いが出来ないからねぇ」 「あいつが薬物に手出しているって噂があったから数日張ってたんだわ」 「そ、そんな事してたんだ」 「このデータを警察にたれこむって手もあるんだけどねぇ……」 「あるんだけど?」 「ここから芋ずる式で全員捕まればいいけど……数人でも逮捕されなかったら……」 「されなかったら?」 「殺す勢いで復讐されるだろうね……その時点で、もう私の切り札は無いわけだから」 「噂だと、麻薬に手出してるの赤坂の彼氏の城山と沼田、あと西村と飯沼……それと間宮卓司」 「え? 間宮くんが?」 「そういう事……だからあいつには気をつけな……あれはあいつらの仲間だよ……というか親玉」 「親玉? 間宮くんが彼らの?」 「うん、まぁ、あくまでも噂だけどね……実際、私も彼らと間宮卓司の関係は良く分からない……いじめられてるって話もあるし……」 「彼らの親玉だったりいじめられたりって……まったく真逆じゃない?」 「だから、謎なんだよ間宮卓司は……とりあえず注意した方がいいよ……」 「最終的に私達の敵って彼かもしれないんだからさ……」 「だいたいこの学校は内部事情を隠す体質があるからなぁ……見たでしょあの教師の対応」 「教師って……さっきの物理の……」 「暗にこっちは“いじめ”の存在をアピールしているのにまったく気が付かないふり……まぁめんどくさいんだろうね……そんな事実」 「そ、そうなんだ……」 「だから、基本的に教師なんて当てにならないよ。瀬名川なんて今までのいじめの事全部知ってたんだよ……」 「なんで?」 「私が〈直〉《じか》に言ったから」 「そ、そうなんだ、瀬名川先生に言ってたんだ」 「赤坂と北見が私をいじめてます。ってね。そしたらどうなったと思う?」 「さぁ……どうなったの?」 「赤坂さんと北見さんに確認したところ、その様な事実はありませんでした。だってさぁ……ホントあの女だけは殺してやりたいと思ったよ」 「加害者に聞いて、事実が確認されなかったって……本当にバカじゃねぇのかってさ」 「そ、そんな事あったんだ……」 「その後のいじめのエスカレートと言ったら無かったねぇ……もう、本気で死ぬ方が〈良〉《い》いんじゃないかって思ったよ、あれは」 「でもしなかったんだ」 「あんたが、いじめられたおかげで、自分が死ぬのが馬鹿馬鹿しくなったんだよ」 「どういう事?」 「客観的に見てさ……なんで、苦しめられてる人間が死んで、あいつらがのうのうと生きてるんだか、まったく納得出来なくなったっつー事」 「あーなるほど……」 「だいたいさぁ、法律が守ってくれるでしょ? 私達みたいに若い人間はさ」 「だから、殺されるぐらいなら、相手を殺す……そういう考えに至った」 「そ、そうなんだ……希実香が今までそんなこと考えてたなんて知らなかった」 「だって言ってないじゃん……」 「でも……そんな覚悟だったなんて……それに引き替え私なんて……」 「ああ、ざくろは〈良〉《い》いんだよ。そういうキャラクターなんだからさ、ほわわんって馬鹿面で生きてれば良いよ」 「馬鹿面とかひどいっっ」 「だって、いつも〈惚〉《ほう》けた顔して……特に最近ねぇ」 「そ、それは……」 「まぁそれはそれとして、 この画像データは最後の切り札なんだよね……だから、出来たらこれでビビって沈静化してくれると良いんだけど……」 「そうなるんじゃないかな?」 「いや、それは望み薄かなぁ……赤坂とかはプライド高いからねぇ……このままってわけじゃいかないだろうなぁ……」 「そ、そうか……」 「っ!」 「え? どうしたの?」 「しまった……これ罠か……」 「あっ!」 「お、いたいた……こんな場所にいたよ」 「へぇ、本当に授業中に廊下出歩いてるんだなぁ……」 「な、なんですか……」 「なんだよ……高島ざくろに橘希実香じゃん……いいねぇいいよねぇ」 「な、何の用かな?」 「いやさぁ、少し話あるんだわ……ちょっと付き合ってくんねー?」 「用? ここですませられないのかしら?」 「ああ、そうだな……」 「ふーん……どんな用なのそれ?」 「来れば分かるからさ……」 「そう……んじゃ……」 「お?」  何故か希実香は私の目を手で覆う。  次の瞬間。 「ぎゃっ」 「なっ、なんだっ」 「目、目がぁっ」 「ざくろ!」 「え? あ、うん……」  希実香が私の手を引いて走り出す。 「て、てめぇ、待て!」 「あ、あれ何?」 「フラッシュライトだよキセノン球の!」 「な、何それ?」 「まぁ、強力な懐中電灯のたぐいだと思えばいいよ。失明する様な事はないけど、直視したら瞬間的に視力が奪われるんで逃げるには最適なわけ」 「てめぇ!」 「うわっ。瞬間的だからもう復活してるしっ」  希実香は私の手を引きながら走る。 「これでも喰らえっっ」  希実香がぷちぷちで包まれていた試験管みたいなものを投げつける。  試験管に見えたその容器は相当薄いのか、相手に当たると簡単に砕けてしまった。 「な、なんだこれっっってーか臭せぇえええええ!」 「う、うわぁ……なんだよこの臭い……つーか納豆か?」 「な、納豆!? く、臭すぎてわけ分かんねーよっっ」 「たぶん納豆だな……納豆をすんげぇ臭くした感じ?」 「あ、あれ何? だ、大丈夫なの?」 「大丈夫、大丈夫、死ぬ事は絶対無いから」 「で、でも大騒ぎしてた……あれって毒とかなんでしょ?」 「毒じゃないよ。単なる納豆菌だよ」 「納豆?」 「そう、単純に納豆菌を培養したネバネバ液体だよ。 でも納豆菌はすんげぇんだよ。耐熱性、耐塩性、耐薬性にすぐれてるの!」 「そ、それってどういう事?」 「服とかについたら最後、100℃で沸騰した熱湯に二時間浸してても死なない。紫外線でも死なない。 そして塩化ベンザルコニウムの消毒液でも死なないのだ!」  なんか本当に希実香はいろいろな事詳しいんだな……良く分からない言葉が頻出する……。 「と、とりあえず……凄いって事なんだね……」 「そうそう、割れやすい素材蛍光灯のガラス部分ね。あれに切れ目を入れて熱して……」  希実香は、その後も楽しそうに説明しながら走った。  だからだろうか……。 「ぜぇ、ぜぇ……す、少し休まない? ざくろ?」 「あ、うん……」  彼女は校門を越えたあたりで力尽きてしまった。 「ぜぇ、ぜぇ……ざくろって、結構足速いんだねぇ……陸上部に入ったら?」 「そ、そうかなぁ?」  そんな事ないんだけど……私クラスで後ろから四番目に足が遅いはずだから……。 「ふー疲れた…… あ、でもざくろの荷物持ってきてなかった!」 「大丈夫だよ……教科書とかすでにビリビリに破られてたから……さすがにロッカーのものは鍵かかってるから大丈夫だと思うけど……」 「学校のロッカーなんて私なら数秒で開けられるよ? あんなの鍵じゃないし……」 「でも、それは希実香だから開けられるんであって、彼女達じゃ無理だよ」 「バールでこじ開ければ一発だよ。金庫だってバールで余裕でこじ開けられるらしいしさ」 「そうなんだ……でもいいよ……今から戻ったら大変だよ……」 「でも明日からどうするの? 今戻っても明日戻っても大変は変わらないよ」 「いや……さすがに今はまずいでしょ……廊下凄い臭いなんじゃないかな?」 「まぁ、そうだろうねぇ……」 「うろうろしてたら先生にバレちゃうよ」 「まぁ、そうだけど……」 「とりあえず、教科書のコピー取らせてくれるかな? 教科書無きゃ授業自体受けられないし……」 「そんな事ならお安いご用だけど……ロッカーのもの取りに行かなくて本当に良いの?」 「うん、購買部でたしか教科書とか頼めるはずだから……」 「そっか……分かったよ……」 「あ!」 「へ?」 「間宮くん!」 「……誰だ?」 「ま、また忘れたんですか……高島です高島ざくろっっ」 「高島ざくろ……ざくろ……」 「あ、あの……本当に覚えてません? 本とかお借りして……」 「本? 本と言うと…… ああ、なるほど……思い出したというか理解した」 「高島ざくろ……一度俺が服盗んだのを返しにいった事があるヤツか……」 「えっっ、あ、あの……」 「間宮……卓司君だっけ?」 「……」 「服盗んだって……何ですか?」 「何って……何が聞きたい?」 「それって、やっぱりあなたもざくろをいじめているって事?」 「あ、そ、それは違くてっっあの希実香」 「くくくく……どうでもいいけど、なんだか沢山持ってるんだなぁ……」 「ぬっ…… な、何を?」 「鞄から引き抜くのなら鞄を持つ手と、得物を持つ手を考えて選択した方がいい……」 「ぬぅ!」 「ま、間宮くん!」  横に一閃。  でも、それを間宮くんは易々と〈避〉《よ》ける。 「特殊警棒を伸ばすのと一緒に攻撃か、考えたな……まぁ素人相手なら間合いは計られないだろうけど……」 「ちっ!」 「き、希実香何やってるの! 間宮くんは敵じゃないんだよ!」 「今、服盗んだって言ってたじゃない! こいつもグルなんでしょ! 城山達の!」 「めんどくせぇなぁ……」 「あっ」 「く、くぅ……は、離せ!」 「だ、だめ間宮くんっっ希実香も悪気があってやったわけじゃないからっっ」 「悪気が無く、いきなり警棒で殴りかかってくるヤツはいないだろう……」 「へ、変なところ触るなっっ」 「へ、変なところ!?」 「はぁ? この無い胸の事か?」 「胸無いとか無い!! 普通だ!」 「そうなのか? 普通もっとあるんじゃないのか? なんか雑誌とかグラビアの……」 「アホかっっあれは全部フォトショで加工しているんだ! 現実にそんな人間なんて存在しない!」 「いや……それは言いすぎだよ……希実香」 「まぁ、いいや……」 「っく……」 「んで……何用? なんでオマエらいきなり俺を襲ってくるんだ?」 「え? そ、そんなぁ。いきなり襲ったとか誤解ですっっ」 「お前がざくろを〈誑〉《たぶら》かすからだ!」 「〈誑〉《たぶら》かす?」 「そうだ、お前……城山達の仲間のくせに、ざくろに優しいこと言って……何が目的だ?」 「ざくろって……このお前より胸でかい女?」 「な、 なんですとーっっ」 「あ、あ、あわ、ま、間宮くんっっ、そんな事言っちゃだめですっっ」 「殺す! 海より深く殺す!」 「き、希実香! そ、それナイフっっ」 「なんだこいつ…… おい、高島……なんなんだこれ?」 「え? あの、誤解なんですっっ、やめて希実香!」 「お前、こいつの仲間じゃないのか」 「ええい! ちょこまかと! この! この!」 「どうでもイイけど、お前良いナイフ持ってるなぁ……何それ?」 「名刀エストレイマ・ラティオ・BF2・タクティカル・タントーだ! 以後お見知りおきをしておけぇえ!」 「ふーん」 「痛っ」 「へぇ……かっこいいなこれ……」 「え? あ、ナイフ?」 「これ、お前には危ないからもらっておいてやるよ……」 「な、何ぃぃい! そ、それ私がお小遣いためて買ったのにぃ!」 「そうなんだ……変な女だなぁ……なんでナイフとか買ってるの?」 「あ、あんたになんか関係ないでしょ!」 「なら返さねぇよ……」 「そ、そんなご無体なぁ……」 「いくらぐらいしたの?」 「20kオーバーもしたっ」 「そうか…… なら俺がもらう」 「そ、そんなご無体なっ、 つーか」 「取られてたまるかー」 「そんなごそごそしてから催涙ガス出して当たるバカがいると思うの?」 「後ろ?」 「なんか知らないけど……今日はこのナイフで許してやるから、帰れよ」 「帰れるかっっ私のエストレイマ・ラティオっっ」 「ふぅ……はいはい、 あのさぁ、高島からも言ってあげてくださいよ……」 「え? わ、私が何をですか?」 「女の子がこんなの持ってたら危ないでしょ? それにこんなすぐに攻撃してくる人が持ってたら、けが人が出るかもしれないじゃないですか?」 「あ、あのこれには訳がありまして……」 「いや、そりゃ、人にはそれぞれ言い分があると思うけど、だからって、ほぼ初対面の相手に刃物で切りつけて〈良〉《い》いわけじゃないですよね」 「あ、それはもちろんなんですけどっっ」  な、なんだろ、今日の間宮くん……またいつもと全然違う……。  爽やかさからほど遠いけど……あの地下室の間宮くんとも雰囲気が違う……。 「間宮卓司っっやっぱりお前は敵だっ」 「敵?  なんだそりゃ……」 「ほら! これがこいつの本当の正体なんだよざくろっっ! 私のナイフを奪う様な悪人なんだよっっ」 「あ、いや……でもあの場合……希実香がいきなりナイフで切りつけたわけだし……」 「貧乳言われたっっ」 「そ、そこまで言ってないよ……間宮くんは……」 「いや、むしろ貧乳と言っていいだろ?」 「なんですとーっっ」 「ブラとか付ける意味ないじゃん、そんな大きさなら……そうでしょ? それってバンソウコーとかで十分な大きさなんじゃないの?」 「な、な、な、なぁ!  乙女の胸に触れておきながらなんたる言いぐさっっ許さない! 絶対に許さないっっ」 「なっ!?」  さっきまで余裕だった間宮くんが少し驚く、次に希実香が出したのは、なんと拳銃だったのだ。 「死ねぇ!!」 「ば、バカ、痛てぇよっっ」 「アホかてめぇ!」 「きゃんっっ」 「よもや……エアーガンまで持ってるとは思わなかった……また催涙ガスの類だと思ったんで油断した……」 「エアーガン?」 「間合いがあまりに遠いんで少し不思議だったんだが……こんなものまで持ち歩いてるとは……これも没収だな……」 「ひぃいぃいい。 そ、それだけはっっ。それ一部パーツが本物なんですっっ」 「知らんがな……まぁいいや…… このナイフとエアーガンは慰謝料だ……もらっておく……」 「あ、あの……」 「なんだ? 不服?」 「あ、いいえ……常識から考えれば、希実香がナイフで襲ったんですから……警察沙汰にならないだけでも……」 「そ、それより……」 「それより?」 「な、何か……今日の間宮くん……いつもと違う雰囲気で……」 「いつもの?  ああ……なるほどね……学校では猫かぶってるから……だから雰囲気違うんじゃない?」 「そ、そうなんだ……」  でもこの前……外で会った時もこんなんじゃなかったけど……。 「……あれか……良く本読んでる時の俺か?」 「あ、はいっ」 「なら安心しろ……あと少しすれば、その間宮卓司にしか会えなくなるからさ……」 「え? そ、それどういう意味?」 「意味? 別に意味なんか無いさ…… 言うなれば、性格改造みたいなもの……今後もう少し真面目な少年になろうかなぁ……と」 「あ、そ、それで学校の屋上ではあんな感じだったんですか?」 「そうそう」 「でも……おかしいです」 「おかしい? 何が?」 「だって……屋上でサボってるのはどっちにしても真面目な少年とは言いません」 「……そういえばそうだなぁ…… まぁどうでもいいよそんな事は」 「あ、あのっっ、シラノ・ド・ベルジュラックありがとうございましたっ」 「シラノ? ああ、戯曲ねぇ」  あ、普通に知ってる……。  なんだ……やっぱりいつもの屋上で会う間宮くんと同じ……なの? 「なにお前、ああいうハイソなのが好きなの?」 「へ?」 「敗訴?」 「あ、ハイソサエティーの事だよ…… 高級志向的というか上流社会的というか……そんな感じ」 「って! シラノは間宮くんが薦めて下さったんじゃないですかっっ」 「たしかに、俺が薦めたかもしれないが、気に入ったんだろ? なら好きなわけだ」 「ま、間宮くんも好きだって言ってましたっっ」 「だから猫かぶってた時だろ……」 「な、なら嫌いなんですか?」 「さぁね…… だいたいお前は何でそんな事気にするんだよ?」 「え?」 「人が好きだって言うから、お前は何かを好きになるのか?」 「そ、それは……」 「俺がシラノを好きかどうか何てどうでも良い事だろ……」 「そうですけど……でも」 「そんな事より私の大切な武器返せ!」 「嫌だね……返さない……」 「ぬぬぬ……」 「だ、だめだよ。これ以上やったらさらに武器取り上げられるよ……」 「そうだな……高島の言う通りだ。それ以上やっても無駄だ……」 「や、やってみないと!」 「バカか…… お前そういうの嫌いなタイプじゃないのか?」 「な、何が?」 「やってみないと……なんて行き当たりばったりで戦うタイプじゃないだろ……お前」 「だいたい女にしてもお前は腕力が弱すぎるし、反応速度も遅すぎる……」 「そ、それはっ、 つーか何でタイプとかわかるんだ!」 「分かるだろ、簡単な推測だ。そんだけ弱くて〈尚〉《なお》かつそれだけ戦いの準備をしてるなら、まず間違いなく戦略を重んじるタイプだ」 「それか戦略を重んじすぎて行動にうつせないタイプか……だが、どうやらお前は行動は出来るタイプであるみたいだからな……」 「なんと言っても……この俺に喧嘩売ってきたんだからな……」 「……傲慢な考え、まるで自分の武勇伝を誰もが知っているかの様な言いぐさ……」 「そこまでは…… でも俺がどんな人間かは知っているのだろ……城山の仲間だとか言ってたしな……」 「あんたが城山とか沼田を操ってるんでしょ? 裏で……」 「さぁな…それはどうだか……まぁいいや、 今日はこれで許してやる。 次に何かあったらまた没収するからな!」  笑いながらおもむろに背を向けて歩き出す。  まったくの余裕だ……。 「次があったら、お前が死んでる時だ!」 「はははは……楽しみにしてるさ……」  間宮くんは何でいつもあれほど性格が違うんだろう……。  間宮くんが言う通り、屋上の彼は演技なんだろうか……。  だとしたら、あの地下室の間宮くんは何を演じているんだろうか……。  間宮くんの事を知れば知るほど……私は彼が何だか分からなくなる……。  「お前も中で出しちゃえよ!」  「あははは、すげぇなぁ」  遠くで声がする。  いつから私はこんな感じだったんだろう……なんか体中がただじんじんして……気持ちいい……。  思考もまとまらない……。  なにやら、延々と同じ事を繰り返されているのだけは……分かった。 「さぁ、ざくろちゃん。今の君の中はどんな具合なのかな〜?」  沼田と場所を入れ替わった城山は、息を荒らげる私の顔を見て満足そうに微笑んでいる。  ぼんやりと自分の下半身を見てみると……すでにそこは血だらけとなっていた。  ああ……そうか……。  ただそんな事だけを思った。 「高島の両手が遊んでるな……これでも握らせておこうか」 「ほ〜らざくろちゃん、これがオチ○チンですよ〜」  左右から強引に二人のものを握らされる……抵抗する気力も無い……。  身体が痺れて浮いたような感覚になり、不安定も恐さも無い……ただ身体がしびれた様にじんじんしていた……。 「あははぁ〜! ざくろちゃんが俺のチ○ポ握り締めて嬉しそうにしてやがらぁ!」 「それじゃ、さらに気持ちよくなるように先生がおクスリを塗ってあげるからねぇ……」  城山は小さなビニールパックを取り出し、その中に人差し指を入れて白い粉をまぶす。 「いいねぇ、さっきまで完全に閉じていたのに、もう全然俺らのものが入るようになってる……」  そして白く染まった指先を……私の下半身に塗りつける……。  瞬時頭の中が真っ白になる。  彼が白い粉を私のアソコへ塗ると、一切の苦痛は取り払われ快感の波だけが強く全身を駆けめぐる。 「それじゃ、いくぞ……」  抗おうとする声も弱々しい中、私の濡れた陰唇に熱い先が押し付けられる。 「――――――――――――――――――――――――――――――――――――」  私は叫んでいた。  でもその叫びは聞こえない……でもそれは苦痛や悲しみや怒りの声では無かった……。  ただ身体に対して声帯が発しただけの音……。  私の魂など関係ない……身体はバカ正直にただクスリによって作られた快楽に反応している様だった……。 「すげぇ……よがってるなぁ」 「だから言っただろう……これ使えばどんな女だってよがりまくるんだってっ」 「――――――――」 「おいおい、そんな気持ちいいのかよ……ほら、言ってみろよマ○コ気持ちいいですって」 「――――――――――――――――――――」 「ぎゃはははは、すげぇ、こいつバカみたいな顔してるぜ!」 「――――――――――――――――――――――――――――」 「こいつバカの一つ覚えみたいに同じ事しか言ってないじゃんかよぉ……きゃははは」  男の腰が前へ突き出されると同時に、私のお腹に焼けるような熱さの固まりが流れこむ……中で男のものが瞬間に膨張したが、その膨張で脳内は焼き切れんばかりの快楽で染まる。 「――――――――」 「何発目だよ?」 「しらねぇよ……」 「あははは、西村バカだよなぁ……こんなチャンス逃すとかさぁ」 「しゃーねーじゃん。あいつ家から車持ち出したのバレてぶん殴られてるらしいしっ」 「だから、車なんて戻しにいかなきゃいいのにさぁ、何で戻しにいったの?」 「はやく戻せば、親にばれないって思ったらしいぜ、あいつ携帯電話で号泣してたぞ」 「今回、一番の功労者だったのになぁっっ」 「しゃーねぇだろ、運命、運命!」  運命……これも運命……。  もし神がいるとしたら……これはすでに定められた運命……。  神は万能……すべてを知っている。  神は全てを知り、なお私にこの様な悲劇を与えている。  なぜならば……私は糞虫だから……。  神にとっては、炎天下の道ばたで干からびて死んでいるミミズ以下の存在……。  糞を食ってくらす虫以下の存在……。 「んくぅっ……んうう゛っ、うあ゛ぁ……」 「――――――――――――――――」 「ふぅ……前の穴はだいぶこなれてきたな……」 「なんか前とかゆるゆるじゃない?」 「そうだ……良い事を考えた……」 「高島は俺が手を離したらそのまま沼田に抱きつくんだぞ、いいな?」 「―――――」 「あはは、良い子だ……よーし、それじゃ沼田はチ○コの先を高島のマ○コへあてがえ」 「おうよ!」 「――――――――――――――――」 「それでは、沼田がイカないうちに、こっちも遊ばせてもらうかな……」 「なにそれ? ローション? お前、そっちに挿れる気まんまんじゃねえの」 「当たり前じゃん。俺はこっちの方が燃えるんだよ……あ、さっきの粉を少し分けてもらっていい?」 「オーバードーズするからもう良いって」 「なんだよケチだなぁ……」 「ケチとかじゃねぇよ……死んだらしゃれにならないだろ……」 「――――――――――――――――――――――――」 「んぅあ゛〜……こりゃ上玉だぜ……っくうぉ、おおっ……」 「――――――――――――――――――――――――――――――――」 「ん゛っぁ……、へへへ、奥まで入ったぞ……中で沼田のと当たってやがらぁ」 「――――――――――――――――――――――――――――――――」 「わーぉ、マジで薄皮の向こうに何かカタイの感じるんですけど!」 「それじゃ俺が腰を前後させるから、沼田はチ○ポが抜けないよう、タイミングよく高島を突き上げろよ」 「了解であります。では、――どうぞ!」 「――――――――――――――――――――――――――――――」 「いいねぇ、そのスケベ臭ぇ顔……普段が大人しくてHに無縁そうだから、余計にそそられるぜ……」 「―――――――――――――――――――――――――――」 「二本挿入されるのがそんなにいいかい?」 「――――――――――――――――――――――――――――――――」 「―――――――――――――――――――――――――――」 「あれま、もう沼田ちゃんイッちゃいましたよ」 「つーか俺の方が先に入れてたじゃん」 「まーまー、こっちの予想よりは持ったしな……構わず続けるぜ」 「う゛あっ、ああっ、ちょっと今は――おぉう、コレもいいっ! あ゛〜、俺も出そう……もう我慢するのムリ」  魂は無い。  あそこにあるのは醜い肉体だけ……、  あんなの私なわけがない……、  私はそこにいない……、  私は……、  私……、  目覚める瞬間。  時が動く瞬間。  すべてが遠く感じる。  誰もがそうなのだろうか?  私だけがそうなのだろうか?  目覚める時、最初に視界に入るものは何だったか……。  それをいつも私は忘れてしまう。  遠くで雫が落ちる。  〈何処〉《どこ》か遠くで、雫が砕ける音……。  砕けたものは、地を〈潤〉《うるお》す。  砕けたからこそ、恵みを与える。  砕けた恵みは大地に染み渡る事が出来るから……。  ぼんやりとした風景。  ぼんやりとした感触。  ぼんやりとした記憶。  すべてがぼんやりしている中で……たった一つだけ分かる事がある。  ただやたら、心が落ち着いて、  やたら、すべての〈事象〉《じしょう》を平坦に見つめている事……。  ぼんやりとした世界の中で、不自然なほど落ち着いた心だけははっきりとしている。 「…………」  かすかな寒気を覚えて、私はゆっくりと目を開ける……、  見たことも無い天井……、  私の部屋じゃない……、 「……ベッド」 「お金……」 「五千円札が一枚……」 「千円札が二枚……」 「500円玉がひとつに」 「100円玉がみっつ……」  合わせて7,800円。  お金の下にはここのパンフレットが置いてあり、それには「お泊り7,800円から」と記載してある。  ホテル一泊代ちょうどのお金が変なリアルさを持っていた。 「…………全部の出来事が事実……」  冷静にそんな事を思った。  それから私はシャワーを浴びた。  もうどうでも良かったけど……何となく水でも浴びたい気分だった……。  喉の奥の臭さはいくら水で洗い流しても落ちなかった。  臭いはいくら洗っても消える事はなさそうだった……。  ……はぁ。  ……いつも朝は気が重い。  ……しかも今朝は格別に、重い。  一晩経つと、昨日の事が夢である様に思える……それぐらい現実味などない……。  今まで誰とも付き合った事すらない……Hな事はもちろん、キスだってしたこともない……。  にもかかわらず昨日……、 「っっ……」  夢であって欲しい……嘘であって欲しい……、  あんな事を自分がしたなんて……信じたくない……。 「どうか……どうか今日一日、穏やかな日であってください……」  私は誰とも顔を合わせないよう、周囲を何度も見回しながら自分の教室へ静かに移動する。  このまま消えて無くなりたい……。 「あ、ちょっと高島さん!」 「ひゃっ!」  小動物のように驚く私へ声をかけてきたのは、隣のクラスの担任の清川先生だった。 「え? ど、どうしたの? そんなに驚いて……」 「あっ、いいえ……大丈夫です……すみません」  しまった……あまりに不用意な声をあげてしまった……。 「あ、あの……何でしょうか?」 「あのね、瀬名川先生が高島さんを呼んでいたわよ」 「え? 瀬名川先生が……?」  瀬名川先生は……私のクラスの担任……なんで私が呼び出されるんだろう……。  …………まさか、昨日のことが……??? 「彼女ちょっと怒ってたみたいだから、早く行った方が良いわよ」 「え? お、怒っていた?」 「貴女が何をしたかは知らないけど、素直に謝れば唯の事だもの、きっと快くゆるしてくれるわ……ほら、行ってきなさい」 「あ……は、はい……」  清川先生は穏やかならぬ私の胸中とは裏腹に、ニコッと優しく微笑んで隣を過ぎて行った。  怒っていた?  担任の呼び出し?  それって……、  もしかして昨日の事が……、  駅前やカラオケボックスでの事が学校に知れたとか……、 「……ど、どうしよう……」  あんな事、もしバレてたら退学は免れない……。  ああ……どうしよう。  最悪なんてレベルじゃない……もうおしまいだ……。  …………。  ……。 「あの……瀬名川先生……」 「ああ、高島さん。おはよう」 「お、おはよう……ございます」  清川先生が言ってたとおり、私を見る瀬名川先生は少々険しい面持ちでいた。 「いつも品行方正な貴女がしたとは思えないんだけど……でも見たという証人が複数いるからねぇ……」 「――っ!」  やっぱり昨日の事……。  誰かに見られてたんだ……。  でも当たり前だよね……だってあんな場所で裸になってたんだから……私……。  夢であってほしかったけど……すべては現実。  もう終わりだ……すべて……。 「あの……私……その……」 「ふぅ……何の事かは分かっているみたいね……」 「はい……すみませんでした……」 「それで? どうして古い方のプールに赤インクを撒き散らすようなことをしたの?」 「それは……あの………って、はいっ? インク??」  インク?  インクって何? 「ふぅ……今朝出勤してみたら、旧プールが赤インクで大変なことになってるって用務員さんに言われたのよ」 「え? そ、そうなんですか……」 「ひどいイタズラする子がいるわねと呆れていたら……」 「複数の子が昨日の夕方、貴女が気でも狂ったかのようにプールへ赤インクを撒いていたって証言してきてね」 「そ、そんな――昨日は、私は……」 「昨日どうしたの?」 「っ」  言えるわけない……、  昨日の夕方……私が何をしていたかなんか……。 「あの……証言って……」 「赤坂さんと北見さんよ……でも他にも複数の男子が目撃したって言うから……」 「私としてもおとなしいあなたがあんな事したとは考えたくないけどね、複数の人間が見たとなれば……まぁ仕方ないでしょ」 「……は、はい……」 「あなたがやったのよね……」 「あの……私……」  誤解を解こうとした私を、瀬名川先生は困ったような顔をしつつ、目だけは鋭く私を見据えている。  昨日の夕方に私が何をしていたのか……誰がプールを汚したかなんて知らない私は……ただその場で固まる事しか出来ない。  そんな私を、無言でずっと先生が睨む……。  ……、  無言の時間……、 弱い私はその空気に耐えることが出来なかった……。  その無言から逃れるために……今この場の居心地の悪さから逃れるために……私は安易な言葉を選択する。 「ご、ごめんなさい……私がやりました……」  簡単に折れる心……、  気が付けば……あの頃の自分に戻っていた……。  ついこの間まで……間宮くんとのふれあいの中で、自分も強くなれる様な気がしていた……。  でも現実は……違った。  前の自分と変わらない。  何も成長してない……。  すぐ流されて、すべてを受け入れて……戦う事も出来ない……。 「でも、本心を言えば、貴女がしたとは、どうにも信じられないんだけどね……」  瀬名川先生は苦笑気味に「信じられない」と言っていた。  さっきまで私が犯人と確信した目で「私がやりました」と言えと無言で私に迫っていたのに……、  でも、だいたい大人はこんなものだ……、 知っているよ。  私は何度も経験している。  現実世界だけじゃないネットの世界でも何度も経験している……。  大人達は自分の都合の良い解釈を事実として、私に押しつけてくる……。  大人というのは、自分より弱い相手に対して自分の都合の良い正義を押しつける生き物だ……。  彼女、彼らの正義とは……私にとっては弱き者に下される鉄槌でしかない……。  教師だって同じ……いや、私にとっては教師こそがもっともそれを体現した生き物……。 「まあ、水性の赤インクらしいから落とすのは簡単みたいよ」 「はい……ありがとうございます……」  私は心なくお礼を言う。 これも長い間に培われた反応だ……。  謝るかお礼を言えば良い……そうしておけばとりあえず問題は無い……。 「まだ一時間目まで時間があるから、早くホースで水を撒いて綺麗にしてきなさい。ホームルームには出なくても良いわ」 「……わかりました」 「ほら、早く行きなさい」  “なぜ私がインクを撒いたのか”を少しも問うことなく、手をささっと振って退出を促がす。  面倒ごとが嫌いなんだろう……。  いや、私の事を嫌っているというのもあるのかもしれない……。 前から瀬名川先生は私に対してはかなりぞんざいな態度だ……。  私は先生が私の事を嫌いな事……薄々ながら感じています。 たぶん、あなたが私と同級生だったら、たぶん私の事をいじめますよね……。  こういう自信にあふれた行動力ある人からすると、私みたいにウジウジしている人間はウザイんだと思う……。  嫌われる事に慣れている私は、生理的嫌悪という感情が大人も子供と変わらない事を知っている……。  ウザイヤツはウザイ……、 社会に出てもイジメはあるらしい……、 職場イジメなんて、今の世の中めずらしくないと聞く……。  たぶん、この人達……、 教師間にだってイジメはあるんだろう……。  だから、先生が私を嫌うのだって……それほど不思議な事じゃない……。 「……何これ?」  濡れてもいいように水着へ着替えた私は、眼前の光景に呆然としてつぶやいた。  瀬名川先生が言ったとおり、旧プールの底は赤く染まっていてひどい有様。 「まるで血みたい……」  人が空から落ちてきて…はぜたら……こんな風に血が飛び散るのかなぁ……。  たとえばあの屋上からこのプールに向かって飛び降りたら……。 「でも……あそこからじゃ、このプールまでは届かないよね……あそこの植木あたりに落ちて骨折するのが関の山かな……」  でも、真下に落ちればコンクリートだし、落ちる場所さえちゃんとすればきれいにはぜるかも……。  なんてどうでもいい事を考えてしまう……。 「なんか……すごいネガティブになってる……」  あんな事があったんだから当たり前なんだけど……、  でもそれじゃ……ダメ。 「ほ、本当に油性のペンキとかじゃなくて良かったよ……」  なるべく元気なふりをする……良いところ探し……それで心を保つんだ……。  かなり重いリールから清掃用のホースを伸ばしつつ、何とか気持ちだけでも前向きであるよう努めてみる。  次にリール側の口を水道の元栓につなぎ、 「朝からいい運動になって良かったよね……」  しっかり締め込まれた金属製のノブを全力で開けようとして――  「……ここを指定するとは、よく分かってるじゃねえか……」  「……今朝が待ちきれなくて、ろくに寝られなかったぜ……」 「え!?」  見上げると男の人達が立っている……しかもその人達は……。  なんでこの人達が? 「おはよう高島ざくろ……なんつーか気持ちのいい朝だなぁ!」 「ぉ、……おはよう、ございます……」  こ、この人達って……希実香を囲んでた人達……たしか赤坂さんとかの知り合いの……。 「何これ……すげぇ汚れてるじゃん……」 「何で掃除させられてるの?」  何言ってるの……沢山の目撃者ってどうせ、赤坂さん達の仲間のあなた達なくせに……。 「あ、あの……何か用ですか?」 「ふへへ……高島の水着姿……くくくっ……」 「きゃっ」 「おいおい西村、そういう女の子が引く事言っちゃだめだろぅ」 「そうそう、女の子はやさしくだよ。基本やさしく……くくく」 「あ、あのっ」 「何?」 「希実香は……昨日希実香はどうしたんですか!」 「希実香? ああ暴力女か……」 「昨夜何度か電話したけどつながらなくて、それでっ」 「ほら、見てよ、この傷ぅ……ひどいんだぜあいつ……」 「俺も何度も殺されそうになった」 「んじゃ、希実香は?」 「さぁねぇ……俺たちやさしいからさぁ、大丈夫なんじゃねーの?」 「大丈夫じゃねぇのって……どういう意味ですか?」 「そんな事よりさぁ、高島ってさぁマジで胸でかいよねぇ……うひゃひゃ」 「ぅ!? ――あ、いやっ!」  露骨に野卑な下心全開で見つめられ、私は素早く水着で包まれた胸を両手で隠す。 「だからさぁ、思ってること口に出しすぎよ。キミのせいで優等生の高島さんが怯えてるじゃないかぁ……」 「そうそう、基本女子にはやさしくだぜ…… やさしく」 「っ……」  ニコニコ微笑みながら私との距離を詰めてくる三人。  私は後ずさりする……。 「なんか怖がってる? 心外だなぁ……俺たちやさしいのにさぁ」 「君もさぁ一服どう? たばこあげるよ」 「いえ、遠慮しておきます……」 「そう? おいしいよヤニは……」  愛想笑いしながらたばこの小箱を勧めてきて、私がすぐ断ると笑いながらたばこをポケットに戻した。 「しかし高島も災難だなぁ……朝っぱらからプール掃除とはよ」 「は、はぁ……」 「たばこはさすがにアレだからよ、代わりにこれ飲んで頑張りなよ」  城山君はポケットから錠剤を取り出す。 「……な、なんですかそれ……」 「これ元気になるクスリだよ……すごく元気になるんだぜ……」 「そんなクスリいりません……」 「あ? 何、危険なクスリだと思ってるの? 大丈夫だよちゃんとお医者さんで処方される薬だからさぁ」  たしかに見た目は、お医者さんで処方される錠剤と同じ様に包装されている。 「いひひひ……」  なんでこの人笑ってるんだろう……恐い……。 「………」 「そんなに警戒しなくていいだろっ! おい、聞いてるのかよ!」 「ひっ……」 「なんだよ、俺らの好意を受け取れねえっての? それってどういう意味かなぁ? ねぇ? なにそれ?」  あからさまに声質にいらだちが感じられる。  顔は笑っているけど……数秒後には拳を振り下ろしててもおかしくない様な状況だ……。 「あっ、いえ、そうではなくて……」 「そんじゃ飲めよ。本当に元気になれるからさ」 「……っ」 「ほら、ぐいっといけ」  錠剤はいわゆるPTP包装といわれるものに包まれている。  医者で処方される薬が包まれているよく見るあの包みだ……。  そう言った意味では、この薬はたぶん、何かしらの方法であれお医者さんから処方されたもの……覚醒剤などの麻薬では無いのだろう……。  でも……クスリでは昨日も酷い目に遭っている。  赤坂さんが“美白用のクスリ”と〈騙〉《だま》して鼻から吸引させた……あれは、まるで自分が自分ではなくなるような恐ろしいまでの高揚感があった……。  いくら、見た目がお医者さんで処方される様な薬でも……恐ろしい……。  この人達がくれる様なものがろくなものであるわけがない……。  とは言っても…もう逃げるのは不可能そう……走ったところですぐに追いつかれるだろうし……。 「……っ!」  ……。  あそこなら……。  ふと視界の端に、あのマンホールが目に入った。  足の速さでは絶対に勝てない……でもあそこに入る事が出来れば……逃げる事は可能……、  そうだ……落ち着け……落ち着くんだ……私。  平静を装えば問題無い……大丈夫……。 「あ、あのですね……と、とにかくこの赤インクを早く流さないといけないんですよ……そうしないとまた先生に呼び出されて怒られてしまいますからっ」 「お願いですから水を流す間だけ少し待って下さいませんか? それはもうすぐに、あっと言う間にテキパキと済ませますからっ」 「それに今のままでも十分元気ですからっ、疲労回復ならお掃除が終わった後でも良いと思うのですっ! ですよね!」  私は肺の奥から息を絞って訴え、びくびく震えながら相手の様子を窺う。 「まぁ……掃除が長引いて先公に様子を見に来られるとマズいし……」 「人目に付くって良くないやね……」 「仕方ねえな、きっちり3分で済ませろよ!」 「わかりました!」  元栓に手をかけると、少しイライラし始めていた彼らはポケットからたばこを取り出してこちらに背を向けた。  私は走りながら丸まったホースを遠くまで延ばし、  それが必要な行動であることを装い、白い煙をふかし始めた彼らから迅速に離れていく――。 「……っと」  あの地下に通じるマンホール。  一人で開けるのはかなり困難だけど……そんな悠長な事なんて言ってられない……。 「んん゛っ……んう゛っ……」  私は出来るかぎりの力でマンホールをこじ開ける……。  歯を喰いしばって力をこめ、内側からピタリと閉じてしまう。  梯子にしがみ付く私、完全にマンホールが閉じた地下には光が一切ない。 「…………んぁ? おい、高島がいねえぞ!?」 「え? 嘘? マジ?」 「おいおい、いつの間に隠れたんだよ? でもあいつって水着だろ? そのままじゃ校舎へ戻れねぇんじゃないのかよ……」 「ちっ、とりあえず捜すぞ! 飛び込み台の裏からフェンスの陰まで全部だ」  かなり怒っているであろう声が、鉄のフタを通じてぼやけつつも鋭く私の耳に突き刺さる。 「……っっ」 「おおーぃ、高島ぁ――!!」 「バカ、でかい声出すんじゃねえよ。先公が来るだろ……」 「だってよぅ、初めてコンドームも買ってきたのに……」 「あんなぁ、お前が欲望むき出しにするから警戒されたんだぞ……」 「だいたいコンドームなんていらないじゃん、中出ししちゃえばいいし」 「コ、コンドームって……避妊具だよね……だったらあの人達の目的って……」  そういえば昨日、希実香が反撃を受けている最中に、赤坂さんが彼らへ“私がなんとかするから”と言っていた……。  間違いなく、やっぱりあの人達の目的って……。 「じょ、冗談じゃない……」  昨日、あれだけ酷い目にあったんだ……これ以上の辱めなんて耐えられない……。 「そっちはどうだ?」 「いないねぇ……煙みたいに消えちゃったよ……」  早く私のことは諦めてここから出て行って……お願い……、 「……っう……いたたっ……」  足の裏に細い鉄棒が食い込んで痛いし、腕も疲れてぷるぷるし始めている。 「やっぱ、いねえよ」 「うそ、まじで? ありえない展開なんですけど……」 「ったく、どうなってんだ? あんな鈍臭そうな女に逃げられちまうなんて……」 「……っう……ぅぅ……」  早く帰ってくれないかな……もう手が限界だよ……。 「……まぁ、いいや……とりあえず他行くぞ、このまま捜して先公が来たら、今度は俺らがプールの掃除をさせられちまうかもしれない……」 「うは……それは勘弁願いたいね……」 「え? もしかしてあきらめるの……?」 「まぁ、そんなガッカリすんなって……だいたいめぐは嘘吐くヤツじゃねーから安心しろよ……」  それってどういう意味……。  …………。  ……。 「はあっ、はあっ、はあぁっ、はあっ――!」  脚の力も使ってマンホールのフタを押し上げ、何とかずらして私は日の当たるコンクリートの上に出た。 「はぁ、はあぁぁ……よかった、帰ってくれたんだ……」 「た、助かった……本当に……」  安心感に体中から力が抜け、私はまだ冷たいコンクリートに寝そべった。  頬と太股に伝う、ザラリとした冷たさが心地良い……。 「あ、あぶなかったけど……間宮くんのおかげで助かった……」  あのマンホールが無ければ、彼らから逃れる事は不可能であっただろう……。 「あっ、ホームルームが始まる音だ……」  でも瀬名川先生自身がホームルームに出なくていいって言ったんだった……。 「掃除……終わらせなきゃ……」  手早く水道の元栓を緩め、ホースの先から迸る水流でもってプールの底にたまったインクを洗い流していく。  先生が言ったとおり、水性の赤インクはホースの水流だけで綺麗に流されていった。 「早く着替えて授業に出なきゃ……」 「あれ? あれれ??」  女子更衣室へ戻り、水着を脱ぎ始めたのはいいけれど……、 「下着がない?」  これからはく下着だけが、どこにも見当たらない。 「な、なんで……こんな事に……」  だ、誰がこんな事を……。  赤坂さんと北見さん?  もしかしたらあの不良生徒達かもしれない……。 「なんで、こんな事を……」  まぁ……いいか……。  仕方がない、ロッカーに予備の体操着が上下そろっているから、今日はブルマをパンツの代わりにはけばいいし……。 「ロッカーまではノーパンになるけど……」  そんなここから距離があるわけじゃないし……問題ないよね……。  さすがに下着無しだと……やけに涼しくてイヤな感じがする……。  でもまぁ、スカートが捲り上げられなければ誰にも気付かれないわけだし……。 「……うそ……なんで? どうして??」  ちょっとだけ快方に向かっていた心に陰りがさす。 「なんで体操着が上下とも無いの? ……私が持ってくるのを忘れてた?」  そんなわけ無い……たしかに体操着はロッカーの中に入っていたハズだ……。  でも、狭いロッカーの中を探しつくしても、私の体操着は影も形も無い。  おかしいなぁ……いつも予備すら置いているはずなのに。 「どうしよう……これじゃパンツはかずに授業受けなくちゃいけない事になる……」  今から下に水着とか着てる時間無いし……。  それにおかしな点がもう一つ。  私のロッカーにはソーイングセット……携帯用裁縫セットが常備されているはずなのに、それも全く見当たらない……。  これって、体操着ならともかく――用途は想像したくないけど――誰が盗んで嬉しがるものだろうか? 「……あまり深く考えるのよそう……」  考えてどうにかなる問題とは思えないし……。  言葉とは裏腹に重い足取りで、私は更衣室へと戻る。  置きっぱなしにしていた水着を手にしたところで……、 「あっ! 授業が始まっちゃう……」  教室まで走らなきゃ!  私はスカートを押さえて走る。  ………………。  …………。  ……。 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは……」 「……」  先生が『方丈記』の有名な出だしを読んでいる最中も、私は女の子の大切な部位に木製の座面が触れる不快感を我慢している。  最初は冷たくて嫌だったけど、段々私の体温で座面が温まり、次第に違和感が薄れていくのも別の意味で嫌だ……。 「お前らでもこの学校へ入学できたわけだから、これが誰の作品かは言うまでもないな……そこのお前!」 「え? あの……たしか手塚治……」 「お前……ギャグで言ってるのか?」 「作品名は『方丈記』で、作者は鴨長明。鎌倉時代に書かれた随筆の名作で、世の無常をうたった自伝的人生論だ……」  最初は緊張していたけど……授業はいたって平凡だった……。  ずっと座っていると自分が下着をはいてない事すら忘れてしまうぐらい平凡……。  普通に座ってて見えるとかまず考えられないし……、  あーあ……これってやっぱり赤坂さんと北見さんの嫌がらせなのかなぁ……。  そのあたりの真意を確かめたいという衝動はあったけど……やっぱり昨日の事があったから、あまり彼女達と目を合わせたくはない……。  やはり彼女達は恐い……。  ――じょぎじょぎりっ。 「……ぇ!?」  ――じょぎっ、じょぎり、じょぎりっ。  一瞬、肌に冷たい感触がした後に不気味な音がスカートから響く。  後ろを向こうとすると低い笑い声がする。  私の後ろの席には、私ほどではないけど大人しくて口数の少ない小島さんが座っているはず。 「……あ、あれ?」  少し斜めに向いたところで、私の目は「いつもと違う席で授業を受けている小島さん」の姿を捉えた。  それなら……?  ――じょぎりっ、じょぎっ、じゃぎっ。  私の後ろで……おそらく私のスカートにハサミを入れているであろう人は……? 「……っ」  その時に、小島さんが授業を受けている席が、普段赤坂さんが座っている席である事に気が付く……。 「ぷっ……くくっ……」  不愉快な笑い声が小さく耳へ届くのと同時に、私のお尻にも奇妙な冷気が舞い込んでくる。  彼女が私のスカートをハサミで切り裂き、そして左右に広げて私の剥き出しなお尻を眺めて楽しんでいるということだ。  なんて人達なんだろう……。  昨日は結果として怒らせてしまったけど、私は十分に彼女達の期待に応えたハズなのに……それなのに、何故まだこんな仕打ちをするのだろうか。 「…………ぅ」  だけど言い返せない……声を荒らげて注意することも出来ない。  声を出したら、晒し者になるのは私だ。  後の仕返しだって恐い……。 「……うう」  次の授業になれば小島さんが自分の席へ戻ってくる……。  だから……それまで我慢…がまん……。  ここで下手に抵抗するともっとひどい目に遭うのは、今日までの経験で学習済み。  だから今は赤坂さんの好きにさせて被害を最小限に食い止め、この授業が終わったらロッカーにある裁縫セットで――!? 「あぁ、だから……」  この屈辱のために、前もって私の裁縫セットを盗んでおいたのか……。 「ふふっ……ぷくくっ……」  彼女は私の心を見透かした様に笑う。  私をあざ笑う……。 「このように、硫化水素はとても危険な気体であり……」  前の授業が終るとすぐ、私は椅子に座ったままスカートを120度回した……左太股の少し横のあたりだ……。  今は左手で裂け目を摘まんで何とか周囲の目から隠している。  ……こういう日に限って安全ピンとか、ヘアピンの類を持っていない事を恨む……。  私にはどれだけ運が無いのだろう……。  そして小島さんがいた席には、憎らしい赤坂さんが嬉しそうな顔をして戻っていた。 「卵が腐ったような臭いがしますから、これに気付いたらすぐに換気を……」  なんだかもう、悔しさと悲しさで授業が少しも頭に入らない。  体操着を上下とも隠されてしまったのも、当然私を着替えさせないため……。  どこまでも最悪な人達だ……。  ――じょぎっ、じょぎっ、じょぎっ。 「ひっ――!?」  再びスカートが後ろに引っ張られ、無慈悲な振動と切断音が届いてくる。  ――じょぎっ、じょぎりっ! 「ぁ……ぁぁ……」  やめて、本当にお願いだからやめて――!  思わず私はこの卑劣な作戦の指揮をしているであろう赤坂さんに目をやり、  その近くにまた小島さんが自分のではない席で授業を受けているのに気付いて言葉を失った。  ……あの席は北見さんの席だ。  この時間、小島さんは北見さんの席に移っていた。  ならば……、  ――じょぎっ、じょぎっ、じゃぎっ! 「……よし、良い出来だ」  …………。  ……。 「まるで出来損ないのチャイナドレス……」  私はスカートをさらに120度回し、ちっとも嬉しくないスリットを左右の太股に乗るよう調整してお尻を隠した。  そして二つになった切れ目を両手でつかみ、力なく机にうなだれて呆然としている。  もう今が何の授業中かも分からないし、そんなのどうでもいい……。  とにかく昼休みになればスカートの裂け目を隠しつつ職員室へ行き、瀬名川先生か清川先生に裁縫道具を借りて縫い直すことにしよう。  たぶん裂け目の理由を聞かれないだろう……だって、この学校に「いじめは存在しない」はずだから……。  先生も自分で墓穴を掘りたくないよね……。  ――じょぎっ、じょぎっ……じょぎっ。  さらにハサミが入れられる……もうどこに回しても、切れ目がどこかしらの場所に当たってしまう……。 「それでは高島さん、174ページの3行目から訳して!」 「…………」 「高島さん! ちゃんと聞いてますか!?」 「あっ! はいっ――え、ええっと、174ページの3行目ですね」  いきなり先生に当てられて、全然心の用意をしていなかった私は心臓に冷水を浴びせられたように青ざめる。 「えぇっと……“サムは沼地へ行こうとする客人たちを呼び止めて――”」 「高島さん、ちゃんと立って訳して下さい」 「あ、あのぅ……それは……」  ここで立ってみんなの注目を浴びては、無様に切り裂かれたスカートを隠し通すことは不可能だ……。 「どうしました、立って話せない理由でもあるのですか?」  先生はヒステリックに声を荒らげて私を厳しく見据えてくる。  ああ……もうダメだ……もうなるようになれ。 「続けます……“サムは沼地へ行こうとする客人たちを呼び止めて、お客様がた、あそこには獰猛で大きなワニがおります……”」 「“悪いことは申しません、興味本位で近付くべきではありませんよと親切に注意したのですが、都会育ちで野生の恐ろしさを知らぬ客人たちは……”」 「……ねぇ、ちょっとあれ……」 「おいおぃ、まじかよ……」 「……どういう趣味? 常識を疑うわ……」  案の定、教室のあちこちから小さなヒソヒソ声が聞こえてきた。  涙が出てきそうだった……。  でも、こんな場所で泣くことは出来ない……。  私は鼻声になりながらも……訳を続けていく……。 「“サムを見下して笑いました。俺たちは銃を持っている。この世界に恐いものなどあるものか!と”」 「“愚かな人々よ。そんなピストルが役に立つのは、せいぜい水辺のガチョウくらいでしょうに”……」 「はい、そこまで。よく出来ましたね、ダックとグースを混同しなかったのは流石です」  私は崩れるように椅子へ腰を落とし、広げたノートの上に頬を載せて目を閉じると、周りから寄せてくる不愉快な声を意識しないよう心に壁を築く。 「くそっ、もう少し長く訳させろよ……」  やっぱり見られた……。  みんな私がこんな変なスリットを自分で入れたとでも思ってるのかな……。  そんな馬鹿げた事する人間なんているわけないのに……。 「ちょっとみんな、ざわざわとうるさいですよ!」 「……」  どうやら先生の目線では私のスカートは見えなかったらしい……まぁ、先生にバレて大騒ぎにならなくて良かったけど……。  またお尻が涼しくなる……。  もう、こうなっては昼休みなんて待ってはいられない。  この授業が終わったら、両手でスカートを押さえながら職員室へ走ろう。  それしか無い……。 「それでは今日はここまで……」  すぐに……、  早足で歩き出す……男子達の視線が気になったけど……私は出来る限りスカートを押さえて歩く。 「ちょっと待てよ!!」 「っ!?」  廊下を出た直後に、私は後ろから手をつかまれて急停止させられてしまう。  振り向くと赤坂さんと北見さんが笑顔で立っている。  彼女達は私の行動を予測していたらしい……私が立ち上がった瞬間に追いかけてきたみたいだった……。 「あのさぁ……高島、昨日は本当にゴメンなっ、あれやり過ぎたなぁ……って思っててさぁ」 「え、……どういうこと……あっ!」 「とりあえず、教室に戻ろうよ……な、高島」 「い、嫌っ!」 「おい……あのビデオ、あんたの顔映ってんだからな……ネットで流したらどうなるか……分かってるの?」 「え?」 「悪い様にしないからさぁ……とりあえず、こっち来いよ……」 「なんかさぁ、高島ってクラシックバレエ習ってたじゃない?」 「あ、はい……」  私はただ心なく答える……。  もう蛇に睨まれた蛙の様だ……。 「めぐがさダンスやってるんだけど、分からない事があるって……」 「そうなんだよー、ダンスの基本はDVDでマスターしたんだけどさぁ」 「やっぱ私も伝統的な技術を見直すべき時がキターと思ったんだ」 「はぁ……」 「そこでクラシックバレエ経験者である高島の出番ですよ!」 「え?」 「クラシックバレエといえば白鳥のように華麗なスピンでしょ! なんていうか、こうクルリっとね!!」 「あーはいはい、あれは美しいよねー」 「……っ」  この三つに裂けたスカートでバレエのスピンを踊れば、周りからどう見えるかなんて誰だって分かる。  それを喜色満面の笑顔で要求してくるなんて……この人達……。 「良いよね、高島?」 「そ、そんな事出来ません!」 「何言ってるの? 友達だろ、私ら」  何が友達だ……この人達は最低だ。 「ふーん、んじゃあのビデオ……ネットで流しても良いんだねぇ」 「……くっ」 「ここで恥ずかしい思いをしても一生じゃないけど、ネットで広がった映像は永遠に消えないって話だぜ……」 「ひ、卑怯者っ」 「何その反抗的な態度? 別に私らはネットで流しても良いんだよ」 「そ、それは……」 「めんどくさいから流したら? 写メなら簡単にあげられるだろ?」 「良いねぇ……出会い系とかに貼るか?」 「ご、ごめんなさいっ。や、やります」 「そう? 別に私ら無理強いとかしたくないし、あんたがやりたくないなら別に良いけど?」  最低な人間……でも、もう私にこの人達に反抗する気力は無い……。 「いいえ……やりたいんです……やらせてください……」 「そう? まぁ高島がそこまで言うなら仕方がないかなぁ……ねぇ聡子」 「ちょっと待ってね、すぐ場所を空けるからさぁ」 「んっしょ、うぃしょ!」  無情にも助けを求められぬまま昼休みとなり、北見さんは机を動かして私が踊るためのスペースを作り始めた。  周りの生徒達は私のスカートがどんな状態であるかなんて、とっくに気付いている……。  苦笑いする人……目を背ける人……。  男子はおしなべて興味がある様だったけど……いじめに荷担したく無いのだろう……いかにも知らぬ振りという感じでこちらの様子を窺っている。 「主にターンの技を見せてよね、クルクル回るやつだよ」 「はい……分かっています」 「これで良いかな、高島?」 「はい……十分だと思います……」 「おいおい、何か乗り気じゃねえな〜。私らが無理強いさせてるみたいで気分悪ぃぞ〜」 「いえ……そうではありません」 「んじゃ、自分でやりたくて踊るってみんなに言えよ……」  最低……本当にこの人……最低だ……。 「自分でやりたくて……やります……」 「なんだよ、そんなんじゃ聞こえねぇよ! ちゃんと言えよ! “高島ざくろはこれからバレエを踊ります! 皆さんしっかり見て下さい!”って!」  ……絶望。  どこまでも続く絶望……そうとしか言いようが無かった。  前の時のイジメも酷かったけど……今回みたいな性的なイジメは無かった……。  あのビデオが原因だろうか……、  あのビデオを断固拒否していれば……まだ昔みたいに無視とか暴力とかのイジメですんだのだろうか……。  さすがにこれならそちらの方がマシだ……。  でも、あのビデオを撮られた今となっては、私にはどうする事も出来ない……。  私は絶望の空気を吸い込む……そして、 「高島ざくろはこれからバレエを踊ります! 皆さんしっかり見て下さい!」  教室は静まりかえる……ただみんな私に注目する。  誰も助けてくれる人はいない……。  そういえば希実香……どうしたんだろう……。  私の努力で彼女は怪我をしなかったのだろうか……。  でも怪我をしなかったのなら、何故学校に来ないのだろうか……。  答えは簡単。  すべては無駄。  私の努力など、この人達を楽しませるためのスパイスでしかない……。  あきらめよう……私は…、  ――虫けらだ―― 「それじゃ高島、ひとつ軽快に頼むわ」 「はい……それでは基本的なターンを……」  私は自分が誰もいない真っ白な世界にいるのだと考え、周囲を気にしないことにしてアン・ドゥオール(外旋)の基本姿勢をとる。  バレエにはたくさんの動作があり、それぞれに専門的な名前が付いているけど、私はそれらをかなり忘れてしまったし、この二人に教えても意味は無いと思う。  そして片脚を軸にし、両手をゆるやかに開いてバランスをとりつつ、もう片方の脚をフラミンゴのように曲げた姿勢でクルリと回る―― 「いかがでしょうか……」 「いや、回り続けてくんないと分かんないよ」 「……」  さすがに涙が出てくる……。 逃げ出したい……もう……。  なのに私は逃げ出す事すら出来ない……この人達の言いなり……。  私には勇気が無い……、 だから、ずるずるとこんな事になったんだ……。  私に勇気があれば……少しでも勇気が……、 「早くしろよ!」 「は、はいっ」 「おぉぅ、ちょっと予想以上なんですけどコレ」 「だろ? 高島をなめんなよ」  トウシューズをはいていないから何度も素早く旋回し続けるのは無理だけど……出来る限り回らされる。 「アン・ドゥ・トロワ! ――アン・ドゥ・トロワ!」 「…………」  北見さんの拍子に合わせて回り続け、時折アクセント的な動きを取り入れて姿勢を崩さないようにする。  私はしっかりと両目を開いているけど、それは単に身体のバランスを取るため。  開いているけど、何も見ていない……見たくない……だから見えない。 「アン・ドゥ・トロワ! ――アン・ドゥ・トロワ!」 「……くすくす」 「すげぇ……バカ……」  北見さんの元気な張りのある声へ、ノイズのように小さな笑い声がいろんな方向から混ざる。  当たり前だ……こうして回っている最中も、裂かれたスカートが遠心力で大きく広げられているのが見なくても分かる……。 「アン・ドゥ・トロワ! ――アン・ドゥ・トロワ!」  しかもその下には何もはいておらず、すべてが露になっているのだから。 「……おぃ、あれってモロじゃねぇ?」 「気持ちはわかるけどさ、女子のイジメは陰湿だから見ない方が良いぞ」 「そうそう、俺らも共犯にされるからな……さっさと飯食って外行こうぜ」  素直に嬉しい気持ちを声に出した男子が、他の子にたしなめられて沈黙した。  私は最初から、彼らにこの喜劇を止めてもらおうなんて期待はしていない……。 「アン・ドゥ・トロワ! ――はいここでストップ!!」 「――ぇ!?」  いきなり北見さんがリズムを中断して停止の命令を告げ、その唐突さに私は転ばないよう片脚を大きく上げなければならなくなった。  「……ぷぷっ……あっはっはっはっは!!!!」  派手に開脚したまま固まる私を見て、同性のギャラリー達が拍手しながら大喜びして大爆笑。 「いやぁ、実に美しいねぇ」 「ホント、感動もんだぜ」  そして赤坂さんと北見さんは腰を落として視線を低くし、這うようにこちらへ近寄ると、そのまま私の隠せなくなった女性器をじっくりと見上げる。 「……っ、ぅ……」  これまで何とか耐えてきたけど、さすがにこの仕打ちには恥ずかしくて顔があっという間に赤く熱を帯びてきた。 「あっはっはっ! もうサイコー!!」 「…………」  人というのは同性の方により残酷になれると聞いたけれど、どうやらそれは本当らしく、  女子達は私を見て大笑いしているのに、男子達は(本当は見たくてたまらないくせに)私のことを見て見ぬふりをしている。  まあ、ここまでくれば五十歩百歩なんだけど……。 「はい、もう脚を下ろして良いよ」 「これで…………参考になったんですか……」 「あぁもうバッチリ! ありがとな、高島」 「やっぱ本物はスゲーな、マジで尊敬するぜ」 「そう……ですか」 「……」 「それは良かった…………です」  ………………、  ………… くっ。  ……。  屈辱の舞踊が終わってすぐ、私はやむを得ず机からセロハンテープを取り出してスカートに貼り、そのまま教室を出て女子トイレの個室にこもった。  もう放課後までずっとトイレにこもっていたかったけど、それはかえって赤坂さんと北見さんの嗜虐心を煽ることになるだろうと思えた……。  いや、それ以上にもうどうでも良くなっていたのかもしれない……あんな事されて……、 「……くすくすくす」 「……ぇ??」  うなだれた私が教室へ足を踏み入れた瞬間、まるでスイッチを押したがごとく押し殺した笑い声が教室に満ちた。  ……何?  私を見て先ほどの光景を思い出し、つい笑ってしまうのは理解できるけど、それにしては反応が大きい気がする。  この人たちの心は分からない。  ただ私と黒板を交互に見ながら笑い……――あぁっ!? 「なっ!!」  呆気にとられつつ黒板を見た私は一切を理解し、 「っ!!」  ジャンプして黒板の上にかけてある白い布きれを掴む。 「……っ……ひどい……」  そして白い布きれ――私のパンツをすぐにポケットへしまい、慌てて黒板消しへ手を伸ばす。  黒板にはとても大きく、  【脱ぎたての下着です☆ 買ってね!】  と書かれていた……。 「……くすくすくす」  私は下を向いたまま嘲笑の中を進み、誰とも目を合わせずに自分の椅子に腰を下ろす。  そしてもう半ばヤケクソな気分で――見たければ見なさいよという気迫でパンツをはこうとし、 「っ!」  何これ……普通……ここまでするものなの?  人間って……こんなに残酷になれるものなのかしら……そう冷静に思ってしまった。  なんて回りくどく……執拗で……粘着ないじめだろうか……。  私の下着のクロッチ部分には何度も縦にハサミを入れられていた。 「……死ね…糞虫ども……」  私は小さく呟いて奥歯を噛み締め、椅子に座ったまま穴の空いたパンツをはいた。 「……くすくす……」 「よーし、授業を始める……ん、何笑ってるんだ?」  私の下腹部に懐かしい密着感が戻ってすぐ、中年の先生が教室へ入ってきて女子たちの低い笑い声にキョトンとした。 「なんだ? どうしたんだ? 先生の顔に何かついているのか??」 「……くすくすくす……」 「なんでもありません。授業はじめてくださーい」 「時間がもったいないから、早く授業をお願いしまーす」 「なに? お前らがそんなことを言うなんて今日は祝日だったのか!?」 「それなら家に帰らなくちゃならんが、みんな来てるもんな……アハハ!」 「せんせー、それつまんなーい」 「はははっ、それではお望みの授業を始めよう。教科書の85ページを……」 「…………」  何……こいつら?  ここは何? 前に突っ立ってる笑っているあの男は何?  ここに座って……うれしそうにはしゃいでる奴らは何? ここはどこなの?  ここにいる者は……人なんかじゃない……。  それだけは分かる……。  ………………。  …………。  ……。 「……」  足早に教室を出て行く生徒たちを見やって……歯ぎしりをする。  みんなさっさと出て行け……この糞虫ども……。  みんな死ねばいいのに……。  死ね。  ……長く重かった今日が終わろうとしている。  まったく今日は朝からロクなものではなかった……。  午後の授業中はずっと下をむいて早く時が過ぎていくのを祈りつつ、普段とは違う帰り道を何度も頭の中でシミュレートしていた。  いつもの帰り道は危険だ。  これからしばらくの間、何があっても奴らと出くわさないよう注意しなくてはならない。  その意味において教室は安全地帯だと思えた……。 「……誰もいなくなった……」  今の内に走って帰る……。 「あれ? 高島のスカートやぶけてるじゃん?」 「……っ」  鞄を持って立ち上がると、横から北見が「今になって気付きました」と言わんばかりに驚いた声をかけてきた。 「こりゃ酷いねー、落ち着いて授業受けられなかったでしょ?」 「……」 「ありゃりゃ、これはダメだわ〜」 「うぉー、こりゃあ酷すぎる。可哀想で見てられねえ」 「こんなの風が吹いたらすぐ剥がれちまうぞ」  北見は白々しく近寄ってきて、私の無惨にセロハンテープ留めされたスカートに手を伸ばす。 「さあさぁ、脱いで脱いで――!」 「っ!?」  悲嘆にくれて緩んだ心の隙をつき、北見の指が素早く私のスカートのホックを外してしまった。 「ちょっと、かえしてっ」 「まあまあ、高島のスカートは私らで直してやるから安心しなよ」 「そんなッ――!」  北見は私の背後に組み付き、力の強い彼女はそのまま私を持ち上げてスカートの脱衣を容易にした。 「おおっ! なんてこった、パンツまで切れてるじゃん」 「あちゃー、それは悲惨だわ。 パンツも直してあげるから脱いで!」 「あ、やぁっ――」  私は北見に身体の自由を奪われ、赤坂の指によって脱がされていく。 「やめろ! やめろバカ! 死ね! 死んじゃえ!」 「こら、そんなに暴れんなよぉ……あと、死ねとか言うなよ、友達だろ?」 「おまえらなんか友達じゃない! 離せバカ! 触るな!」 「あははは……そう吼えるなよぉ…… 明日までに完璧に直してやるからさ、楽しみにしてろよっ」 「死ね! 死ね! 死ね! おまえらなんて大嫌いだ! 死んじゃえ!」  私は全力で抵抗する……だけど北見の腕力の前にはまったくの無力だった。  私はそれこそ命がけで暴れて、相手を罵倒する……だけどそんなものは彼女たちにとっては、うれしい演出にすぎない……。  私の無力さを存分に楽しむ……。 「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!しねしねしね……しね……」  私は声がかれるぐらい叫ぶ……。  笑う大きな影……、  大きな耳……、  黒き肉球……、  まるで、けだものに引き裂かれる小動物。 罵倒は絶命の叫び。  けだものにとっては……その声は……、 食事を楽しむワルツのごとき……、  絶望は旋律。  引きちぎられる言葉……。 食い散らかされる心。  二ひきのケダモノが笑う。 うれしそうに……、  その果実を引き裂く……。 「それじゃ高島、また明日な!」 「……糞虫…死ね……」 「あははは、元気だせよ! んじゃなぁ」  もはや私の下半身を覆うものは何もない。  それらを取り返す術もない……。 「そんなに気落ちすんなよ。私ら友達だろ……な?」 「……」  …………。  ……。 「…………」 「……」 「……あぁ」  しばらく呆然としていた私だけど、このままの状態でいることの危険性に気付くまでには回復し、人目を恐れつつ鞄で下腹部を隠して女子トイレに移動した。 「……最悪」  個室に入ってドアを閉め、しっかり鍵をかけてから便座に腰を下ろして頭を抱える。  そしたら……涙が堰を切ったように流れ出した。  自分の嗚咽の破裂音だけが脳に響く……。  ただの地獄……ここはただの地獄だ……。  救いなんて無い……あるのは絶望だけ……、  私は一人、トイレの個室で号泣する。 「……はぁ」  すっかり太陽が沈み、先生たちも大多数が帰宅したであろう時刻になった頃……少しだけ心も落ち着いた……。 「とりあえず……帰ろう……」  私は人の気配が失せた教室へ戻り、暗闇の中で目をこらし、できるだけ綺麗な雑巾を数枚ほど選び出した。  実に悲しいけど……とりあえずこれらをセロハンテープでつなぎ合わせ、スカート状にして着用するしかないのだ。 「本当ならカーテンの方がいいんだけど……」  こんな事になっても、カーテンを外してスカートにする勇気がない……。  雑巾なら、ここで数枚無くなっていても話題になりにくい……でもカーテンが無くなったら、誰の目にも明らかだ……。  雑巾は臭かったし……湿っていた……だけど贅沢は言っていられなかった……。  私は選んだ中からさらに良いものを嗅覚も使って選りすぐり、何とかウエストの長さに足りるだけの枚数を確保した。 「最悪……」  私はかすかに嫌な臭いのする即席スカートをまとい、外に出る。 「……人少なくて良かった……」  数時間待った甲斐があった……いつもの通学路に人影は無い……。  自宅まで人とすれ違わない様に……、  自宅までは歩いて十数分……いつもならそれほど長い道のりでは無いけど……今はそれが永遠の長さと思える……。 「また外れた……」  雑巾は起毛のタオル生地で出来ているから、元々セロハンテープで固定するのに向いていないし、まだ何枚かはうっすら湿った状態でもあったので、  本当に何も無いよりはマシという程度だった。  雑巾スカートは校門程度までしか持たず、通学路に出た途端、地球の引力によって分解し始めた。 「もうウエストに付いていることさえ無理……」  はぁ、これではもうスカートとは言えない。 「前は鞄で隠して、後ろを雑巾の束で隠して……」  もはや感情の起伏すら無かった。  ただ、誰かに見つかって通報される様な事がないように……ただそれだけだった……。 「あ、高島みーつけたっ!」 「っ!?」  かすかに表情を緩めた刹那、背後から大声で自分の名前を呼ばれて竦みあがった。 「こんなところにいたんだねぇ……あちこち捜したんだぞぉ」  私は鞄と雑巾で下腹部の前後を隠したまま、素早く振り返って視界に歩み寄ってくる二人の姿を捉えた。 「ど、どうして……あんた達がここに?」 「何が?」 「何がじゃないわよ! どこまで私をいじめれば気がすむのよ!」 「え? 何が?」 「何って……あんた達……」 「おいおい、何勘違いしてるんだよぉ」 「約束したじゃん」 「約束?」 「そう、高島のスカート破れてたの直してやるってさ……」 「あっ……」  赤坂はヒラヒラと私のスカートを掲げる。  ハサミで切られた箇所が全て縫い直してある。 「約束だろう……直してやるってさぁ」 「直ったから教室に戻ったのにいなくなったからびっくりしたよ」 「き、教室に戻った……?」 「そうそう、今回はマジでやりすぎたかなぁ……って反省してるんだよ……まさか、スカート無しで外出るとは思わなかった……ごめん」 「マジごめん……いや、そこまで追い詰められてたとは思わなくてさぁ」 「返してください……そんな事より……」 「ああ、もちろん」  私は赤坂からスカートを奪い返すと、鞄と雑巾を放り出してすぐに着用した。 「夏とはいえ、そんな格好で歩いたんだからお腹冷えたでしょ? ほら、このクスリを飲めよ」 「……何?」 「何? じゃねーよ飲めって言ってるんだよ!」 「……これって!?」  今朝、あいつらが私に飲ませようとしてきたものと全く同じ物が赤坂の手にあったから……。 「……ふざけるな! そんな手にのるか!」 「そんな馬鹿げた手にのるか!バカ!」 「……っ」 「……もう回りくどい事やめない?」 「なんだよぉ……この策士赤坂様の作戦に文句か? 聡子ぉ」 「だって、全然引っかかってないじゃん」 「おっかしいなぁ……ここで高島は泣いて感謝して、このクスリを飲むはずなんだけどさぁ……」 「いいよ、もう……」 「っ、あ――痛っ!?」  北見が私の髪の毛を掴む。 「ぐっ……」  私が暴れようとしたらいきなり膝で太股の辺りを蹴り上げられる。  「なんだよ……最終的にはそれかよ」 「あ、あんた達ぃ……」 「うっせえな! それより早く車にっ」 「分かってるよぉ」 「く、車って? っ!? ぐっ――」  私が声を出せないように布を猿ぐつわの様にしてきつく縛る。 「っ――っっ〜」  声が出せない私は無残に引きずられていく……その先には白いバンが止めてあった。 「早くしろよ!」 「っ――っっ――た、たす――」 「ほら、お姫様、お乗りくださいませ……」 「パーティー会場まで一直線だぜ!」 「っ――っっ〜」  バンのドアが無情にも閉じられる。  中はやたら脂臭かった。  私は車内で暴れるが、手足がいろいろなものにぶつかり痛いだけだった……。 「早くしろ!」 「ああっ、とりあえず気絶させろ……」  暗闇の中で私は男達に殴られ続ける。  どうやら……気絶させたいらしい……。  私はただ苦痛から逃れたくて……いっその事、このまま死ねれば良いのに……と思った……。  けど、気絶するまでには……私は殴られる相当な痛みに耐えなければならなかった……。  ――――――  ――――  ――  「お前も中で出しちゃえよ!」  「あははは、すげぇなぁ」  遠くで声がする。  いつから私はこんな感じだったんだろう……なんか体中がただじんじんして……気持ちいい……。  思考もまとまらない……。  なにやら、延々と同じ事を繰り返されているのだけは……分かった。 「さぁ、ざくろちゃん。今の君の中はどんな具合なのかな〜?」  沼田と場所を入れ替わった城山は、息を荒らげる私の顔を見て満足そうに微笑んでいる。  ぼんやりと自分の下半身を見てみると……すでにそこは血だらけとなっていた。  ああ……そうか……。  ただそんな事だけを思った。 「高島の両手が遊んでるな……これでも握らせておこうか」 「ほ〜らざくろちゃん、これがオチ○チンですよ〜」  左右から強引に二人のものを握らされる……抵抗する気力も無い……。  身体が痺れて浮いたような感覚になり、不安定も恐さも無い……ただ身体がしびれた様にじんじんしていた……。 「あははぁ〜! ざくろちゃんが俺のチ○ポ握り締めて嬉しそうにしてやがらぁ!」 「それじゃ、さらに気持ちよくなるように先生がおクスリを塗ってあげるからねぇ……」  城山は小さなビニールパックを取り出し、その中に人差し指を入れて白い粉をまぶす。 「いいねぇ、さっきまで完全に閉じていたのに、もう全然俺らのものが入るようになってる……」  そして白く染まった指先を……私の下半身に塗りつける……。  瞬時頭の中が真っ白になる。  彼が白い粉を私のアソコへ塗ると、一切の苦痛は取り払われ快感の波だけが強く全身を駆けめぐる。 「それじゃ、いくぞ……」  抗おうとする声も弱々しい中、私の濡れた陰唇に熱い先が押し付けられる。 「――――――――――――――――――――――――――――――――――――」  私は叫んでいた。  でもその叫びは聞こえない……でもそれは苦痛や悲しみや怒りの声では無かった……。  ただ身体に対して声帯が発しただけの音……。  私の魂など関係ない……身体はバカ正直にただクスリによって作られた快楽に反応している様だった……。 「すげぇ……よがってるなぁ」 「だから言っただろう……これ使えばどんな女だってよがりまくるんだってっ」 「――――――――」 「おいおい、そんな気持ちいいのかよ……ほら、言ってみろよマ○コ気持ちいいですって」 「――――――――――――――――――――」 「ぎゃはははは、すげぇ、こいつバカみたいな顔してるぜ!」 「――――――――――――――――――――――――――――」 「こいつバカの一つ覚えみたいに同じ事しか言ってないじゃんかよぉ……きゃははは」  男の腰が前へ突き出されると同時に、私のお腹に焼けるような熱さの固まりが流れこむ……中で男のものが瞬間に膨張したが、その膨張で脳内は焼き切れんばかりの快楽で染まる。 「――――――――」 「何発目だよ?」 「しらねぇよ……」 「あははは、西村バカだよなぁ……こんなチャンス逃すとかさぁ」 「しゃーねーじゃん。あいつ家から車持ち出したのバレてぶん殴られてるらしいしっ」 「だから、車なんて戻しにいかなきゃいいのにさぁ、何で戻しにいったの?」 「はやく戻せば、親にばれないって思ったらしいぜ、あいつ携帯電話で号泣してたぞ」 「今回、一番の功労者だったのになぁっっ」 「しゃーねぇだろ、運命、運命!」  運命……これも運命……。  もし神がいるとしたら……これはすでに定められた運命……。  神は万能……すべてを知っている。  神は全てを知り、なお私にこの様な悲劇を与えている。  なぜならば……私は糞虫だから……。  神にとっては、炎天下の道ばたで干からびて死んでいるミミズ以下の存在……。  糞を食ってくらす虫以下の存在……。 「んくぅっ……んうう゛っ、うあ゛ぁ……」 「――――――――――――――――」 「ふぅ……前の穴はだいぶこなれてきたな……」 「なんか前とかゆるゆるじゃない?」 「そうだ……良い事を考えた……」 「高島は俺が手を離したらそのまま沼田に抱きつくんだぞ、いいな?」 「―――――」 「あはは、良い子だ……よーし、それじゃ沼田はチ○コの先を高島のマ○コへあてがえ」 「おうよ!」 「――――――――――――――――」 「それでは、沼田がイカないうちに、こっちも遊ばせてもらうかな……」 「なにそれ? ローション? お前、そっちに挿れる気まんまんじゃねえの」 「当たり前じゃん。俺はこっちの方が燃えるんだよ……あ、さっきの粉を少し分けてもらっていい?」 「オーバードーズするからもう良いって」 「なんだよケチだなぁ……」 「ケチとかじゃねぇよ……死んだらしゃれにならないだろ……」 「――――――――――――――――――――――――」 「んぅあ゛〜……こりゃ上玉だぜ……っくうぉ、おおっ……」 「――――――――――――――――――――――――――――――――」 「ん゛っぁ……、へへへ、奥まで入ったぞ……中で沼田のと当たってやがらぁ」 「――――――――――――――――――――――――――――――――」 「わーぉ、マジで薄皮の向こうに何かカタイの感じるんですけど!」 「それじゃ俺が腰を前後させるから、沼田はチ○ポが抜けないよう、タイミングよく高島を突き上げろよ」 「了解であります。では、――どうぞ!」 「――――――――――――――――――――――――――――――」 「いいねぇ、そのスケベ臭ぇ顔……普段が大人しくてHに無縁そうだから、余計にそそられるぜ……」 「―――――――――――――――――――――――――――」 「二本挿入されるのがそんなにいいかい?」 「――――――――――――――――――――――――――――――――」 「―――――――――――――――――――――――――――」 「あれま、もう沼田ちゃんイッちゃいましたよ」 「つーか俺の方が先に入れてたじゃん」 「まーまー、こっちの予想よりは持ったしな……構わず続けるぜ」 「う゛あっ、ああっ、ちょっと今は――おぉう、コレもいいっ! あ゛〜、俺も出そう……もう我慢するのムリ」  魂は無い。  あそこにあるのは醜い肉体だけ……、  あんなの私なわけがない……、  私はそこにいない……、  私は……、  私……、  目覚める瞬間。  時が動く瞬間。  すべてが遠く感じる。  誰もがそうなのだろうか?  私だけがそうなのだろうか?  目覚める時、最初に視界に入るものは何だったか……。  それをいつも私は忘れてしまう。  遠くで雫が落ちる。  〈何処〉《どこ》か遠くで、雫が砕ける音……。  砕けたものは、地を〈潤〉《うるお》す。  砕けたからこそ、恵みを与える。  砕けた恵みは大地に染み渡る事が出来るから……。  ぼんやりとした風景。  ぼんやりとした感触。  ぼんやりとした記憶。  すべてがぼんやりしている中で……たった一つだけ分かる事がある。  ただやたら、心が落ち着いて、  やたら、すべての〈事象〉《じしょう》を平坦に見つめている事……。  ぼんやりとした世界の中で、不自然なほど落ち着いた心だけははっきりとしている。 「…………」  かすかな寒気を覚えて、私はゆっくりと目を開ける……、  見たことも無い天井……、  私の部屋じゃない……、 「……ベッド」 「お金……」 「五千円札が一枚……」 「千円札が二枚……」 「500円玉がひとつに」 「100円玉がみっつ……」  合わせて7,800円。  お金の下にはここのパンフレットが置いてあり、それには「お泊り7,800円から」と記載してある。  ホテル一泊代ちょうどのお金が変なリアルさを持っていた。 「…………全部の出来事が事実……」  冷静にそんな事を思った。  それから私はシャワーを浴びた。  もうどうでも良かったけど……何となく水でも浴びたい気分だった……。  喉の奥の臭さはいくら水で洗い流しても落ちなかった。  臭いはいくら洗っても消える事はなさそうだった……。  建物から出ると……そこは見慣れた風景。 「杉ノ宮のラブホテルだったんだ……」  いつもの見慣れた風景に戻ると……何だか心が落ち着いた……。  どんな世界も日常……そんな言葉が頭をよぎった。 「いつもの風景?」  私は何かに問いかける様に、そう呟く……。  その瞬間……。 「――っ」 「……うっぷ」 「……うっ……うぇ……うぇぇええ……」  嘔吐がこみ上げ、私はその場で反吐をぶちまける。 「うおう゛ぅぅっ……んう゛っ、んん゛ぅっ……」  いきなり胃が痙攣して締め付けられ、あまりの苦しさで路上へ崩れるように倒れこんでしまう。 「うあ゛っ……んぅあ゛ぁっ……ん゛っ、くぅう゛っ……」  だけど腹筋がどんなに胃を絞ってもわずかにしか内容物は出てこない。  それがとても苦しくて……歪む頬の上を、何度も涙が伝い落ちていった。 「うくう゛っ……っうぅ……うあっ、あぁあっ……」 「うわあぁああああああぁあ゛ぁあああ――――――ッッ!!」  ………………。  …………。  ……。  どこかでメールを受信する音……。  というか……私のか……。  メール?  何それ……。  こんな時ぐらい一人に……。  どうせ気色の悪い男からのメールだ。  糞虫が……、  もう私の事は放っておけよ。  もう……。  ……。  …………。 「……」  私は起き上がると携帯電話をとりだす。  そう言えば……一つだけ、ばかばかしい事が気になった。  もう今更なほどばかばかしい事。 「なにが……良い事だ……なにが変化だ……バカ……」  案の定、SNSのメッセージにあいつのメッセージを受信している。 「さてと……彼女が言う“良い事”と“大きな変化”とやらを見てみますか……」 「……」 「何が……」 「何が……良い事だ……何が……大きな変化だ……」  何もない……。  私に大きな変化も、良い事もあり得ない。  私はずっとここで虫けらだったし……これからもここでずっと虫けらとして生きていく……。  あんな目にあっても、死ぬ事も……あまつさえ……警察に言う度胸も……親に相談する事すら出来ない……。 「……」 ――――――――――――――――――――――――― 2012/7/09 23:01 from  宇佐美 subject お返事ありがとうございました。 ――――――――――――――――――――――――― お返事ありがとうございました。 メッセージを受け取って確信しましたが、間違いなくあなたは私達の仲間です。 「石の塔での戦い」 この言葉には身に覚えがないと言うお話ですが、それでも問題ありません。 それと、私達が予言した「あなたに大きな変化」ですが、一つが認識の変化。 そして「良い事」の方ですが、それは人の死です。 近いうちにあなたを悩ましていた問題が一つ消え去ります。 「……」 「なにこれ?」 「バカじゃないの? 何これ?」 「大きな変化は認識の変化? 良い事は誰かの死? バカじゃない?」 「何が誰かの死よ……」  一人が死んだって何も変わらないわよ……。  私を犯した全員が死んで……さらにあの女達全部が死ぬか……。 「ああ……そうか……そういう事か……」 「一つの死って……私が死ぬのか……」 「たしかに……私が死ねば解決するしね……」 「そうか……私死ぬんだ……もちろん自殺だよね……」 「だって……」 「あははははは……」 「何が変化だ!」 「虫けらのくせに!」 「踏みつぶされるだけなくせに!」 「つぶされろ、踏みつぶされろ、つぶされろつぶされろつぶされろ……」 「あはははははは……」 「虫けらなんて踏みつぶして、コンクリートになすりつけられるだけでしょ?」 「だってそうでしょ!」 「だって!だって!だって! 好きな人と最初ぐらいはっっ」 「……あははははは……」 「私だって最初ぐらい……好きな人に……優しくキスしてもらったり……やさしく抱いてもらったり……したかったよ……」 「ロマンチックな場所じゃなくていいよ……ただごく普通にさ……ごく普通に最初は好きな人に抱いてもらいたかった……」 「間宮くんに……間宮くんにさ……」 「私……私!」 「それがいきなりレ○プだよ……レ○プ!強姦!強姦強姦強姦強姦っっ」 「なんだよこの有様は!」 「スカートも下着も破られてさ、血だらけだよ! なんだよそれ!」 「少しぐらい夢見ただけでこれだよ!」 「これって神さま的にはどうなの?!」 「虫けらに与える恵みすらないの?」 「虫けらは夢見るだけでも罪なの?」 「ははははは……分かります……」 「だよねー。私みたいなブスでバカが夢見るだけでもおこがましいよね!」 「分かるよ! 分かる! むかついたんだよね! ウザかったんだよね!」 「私みたいなブスが笑わせるなよって言いたかったんだよね! 神様!」 「そうだよね。私みたいなブスにはレ○プがお似合いだ……レ○プされてればいいんだよね……」 「そうか……少し生意気だったよね……今までみたいに、ただ毎日おどおど暮らしてれば良かったんだよね」 「虫けらは虫けららしくさ……人間に怯えて暮らせば良かったんだよね」 「きゃははははははは……それが道理、それが真理、それが神様の御心っっ」 「ふざけるな!」 「ふざけないでよ……」 「私……人間でいたいよ……私死にたくなんてない……」 「なんで……誰にも迷惑かけないからさ……もう恋なんてしないからさ……だからこれ以上ひどい事しないで……」 「もう十分だよ……分かったよ……私がなんなのか……だからもうゆるして……」 「私……死にたくなんてないんだよ……」  …………。 「おはよう、ざくろ!」 「ひぁっ!?」  不意に視界の外から呼びかけられてビクッとしてしまう私。 「き、希実香か……驚いたよ」 「何でそんな驚くのよ…… 待ち合わせしてたんだからさぁ、そんな驚く事ないでしょう……」 「き、昨日いろいろあったから……」 「でも全部大丈夫だったじゃん。ビクビクする事ないよ……」 「希実香は強いからそう言えるけど……」 「なら、その強い希実香ちゃんがざくろも守ってあげるからさ! 安心しなざくろ」 「っわ」  そう言って希実香は私を抱きしめる。 「な、何、そんな強く抱きしめたら痛いよぉ」 「あはは、ごめんね。なんかざくろって守ってあげたくなるオーラだしてるからさぁ、思わず抱きしめたくなっちゃうんだよねっ」 「え?」 「ん? 何で赤くなってるの?」 「あ、いや……何でもない……」 「?」  な、なんだ今の……。  なんか少し……ドキッってした……。  えっと……でもそれって……。 「き、急に背後から声をかけてくるなんて驚いたよ……驚きすぎて胸がバクバク言ってるよ……ほら」  そう言って希実香の手を私の胸に置かせる。 「……はーん胸ねぇ……」 「な、何よ……」  何故かいきなり不機嫌そうに吐き捨てる。 「いやさぁ、そんな胸を強調して…… あれですかね? 私は同性が羨むほど立派な胸をお持ちですという自己主張かな?」 「……なんでそうなるの!」 「だって胸、胸うるさいんだもん……どいつもこいつも」 「あ……もしかして、昨日間宮くんに言われたこと、根に持っているの?」 「な、何故そうなる!」 「だって、私、胸なんて一回しか言ってないし、どいつもこいつもって言ってたから……」 「〜〜っ」  希実香はなぜか真っ赤になってうつむいてしまう。 「あ、あれ? もしかして……怒った?」 「ほ、ほう……なんで私があんな男の言う事なんて気にしなければならないのかしら…… そんな事を言うのはこの口かしらぁ?」 「ひゃっ」 「ひ、ひぃ、口裂けちゃうっっ。つねらなひで、つねらなひで……」  冗談っぽく笑いながら、わりかし本気で痛いぐらいに希実香がつねってくる。 「ひどいよ。本当に痛いっ」 「ざくろがいらない事言うからでしょう……」 「……ったくさ、あとこのいらない脂肪!」 「ひゃんっ」 「何この胸? こんな脂肪いらないでしょ! 何でこんな脂肪が蓄えられてるわけ? あれか砂漠でも大丈夫とか言う例のアレか?」 「な、何よ、それ! それ駱駝のこぶの事?」 「そういう特別な理由も無しに蓄えるな! こんなもん!」 「そ、そんな事言われてもっっ」 「ったく! 民主主義的に言えば、この国は平等なんだろう! ならある意味、私の胸へ回されるはずだった養分はここに吸い取られていたとも言えるんだからっっせめて半分は返せ!」 「何言ってるのよっ、ちょ希実香っ、あ、あんっ、あうっ」 「あっ……」  突然希実香が胸を揉むのをやめる。  何か突然我に返った様に……、 「ど、どうしたの?」 「あ、あははは……いやねぇ……緊張をほぐそうかなぁ……ってやったんだけど……もう効果あったよね」 「そ、そんな緊張のほぐし方しなくてもいい!」 「あはは……胸ほぐしたつー言い方の方が適切だった?」 「ったく……朝から希実香、どっかのおっさんみたいだよ……」 「あはは……品性下劣ですからなぁ……私は」 「まぁ、いいや。そろそろ学校へ行きますかね」 「うん……そだね……」  本当は学校なんて行きたくない……。  まるで戦場の様な教室……思い出してみれば、ずっと教室は戦場みたいだった……。  言ってはいけない地雷の数々……それを注意して選ばなければならない。  その場の空気を読む……。  読めない人間は、地雷を踏んでしまう。  私達はそんな教室でずっと生きてきた様な気がする……。  今は地雷ではなく実弾が飛び交う様な状態……本当に戦争の様……。  今日一日、無事でいられる保証なんてどこにもない。  だから逃げ出してしまいたい……本当は……。  でも……。 「私はもう……逃げない……」 「だけど……“勝つ望みがある時ばかり……戦うのと訳が違うぞ……”」 「“そうとも……負けると知って戦うのが、遙かに美しいのだ……”」 「また、シラノ何とか? 好きだねぇ……」  あきれ顔で希実香が言う。 「文学じゃ敵は倒せないよ……敵を倒す学問は化学と物理のみ!」 「くす、くす、でも文学は負けないよ」 「負けない?」 「文学は勝つための学問じゃなくて……負けないための学問だよ……」 「だから、私は戦えるんだよ……」 「……」  希実香は何故か私をぽかーんと見つめている。  心なしか……頬が赤くなっている様にも見える……。 「ど、どうしたの? なんで黙ってるの?」 「あ、いや…… 何にも戦ってないくせに……何言ってるのかな……こいつって……思っただけ……」 「あはは……そうだよね……実際私は希実香に守られていただけ……偉そうな事言えないよね……」 「でも……」 「でも?」 「私の戦いを決意させたのはざくろ……」 「あの時、ざくろが私の手を引いて走らなければ……私は戦う事も出来なかった……」 「希実香……」 「だから……あんたの言う通りだ……」 「私は文学とか詩とか、そういう回りくどそうで高尚なものは嫌いだけど……でも、ざくろの口から出たあの言葉は格好良かった……」 「“だけど……勝つ望みがある時ばかり……戦うのと訳が違うぞ……そうとも……負けると知って戦うのが、遙かに美しいのだ……”」 「え? 希実香も覚えたの?」 「あ、いや、 この部分だけね……興味がてら図書館でパラパラめくってみただけ……」 「あんたがご執心の文学……いや間宮卓司が選んだ本って気になったからさ……」 「希実香は間宮くんの事、いまだに疑ってるの?」 「疑うも何も……あれは私の敵だ……」 「でも……」 「でも、なんか無い……あれは敵……だから私はあいつとも戦う……」 「希実香……」  …………。  ……。  希実香は歩き始めてしばらくすると顔つきが強ばり、少し俯いて何かを必死に考え始めたので、私は前を見ない彼女が転倒しないよう手を引いて導く。 「昨夜、今日のことをいろいろシミュレートしてみたけど、たぶん教師が生徒の持ち物検査をすると思う……」  しばし無言だった彼女は顔を上げ、明るさの感じられない硬い表情で言った。 「それって、昨日の騒ぎがあったから?」 「うん。瀬名川が私の壊れたスタンガンを没収したでしょ?」 「私は携帯電話だと言ったけど、ちょっと知識のある教師があのジャンクを見ればすぐに何であるか分かるはずだよ」 「そうか……そうなんだ……」 「だから武器は校門からは持ち込めないよ……」 「うん……分かった……」  希実香が考えていたとおりに、いつもは通り過ぎるだけの校門の前で、今朝は数名の教師が登校した生徒たちの鞄やポケットの中をあらためていた。 「それはそうと、希実香は大丈夫なの?」 「こうなることは想定済みだから、使用目的が露骨な物は今は持って来てないよ。ざくろは?」 「私? 今の私が持っている武器になりそうなものは……30cmのアクリル製定規くらいかな?」 「そう、良かった、過剰防衛策とか取ってたらどうしようかと思ったよ」  案の定、私たちが校門に近付くと教師達の表情が引き締まり、何人かは目で合図しながら私と希実香を少し離してから身体検査を始めた。 「ふむ……特に変わった持ち物は無さそうだな、行って良し」 「ありがとうございます」  私は自分から鞄を開いて中を見せ、ポケットも内側を出して何も入れてないことを明確にすると、思いのほか簡単に校門を通過することができた。  問題は複数の教師に囲まれている希実香だ……。  赤坂さんと北見さんの凶暴さをよく理解している彼女だから、まさか丸腰で登校してきたとは考え難い。  今朝の持ち物検査を予期していたそうだけど……本当に大丈夫なのだろうか? 「これで全部ですよ。なんなら私のスカートのポケットに手を入れてみます?」 「いや、そこまではしないが……先生、鞄の方はどうです?」 「持ち込み禁止になりそうな物は見当たりませんね……う〜ん」  まるで最初っから希実香をねらい打ちしていたかの様な対応……証拠物を見つけられなくて残念という有様で気分が悪い。 「それじゃ、もう行っていいですよね?」 「ああ、面倒なことはするなよ」  晴れて解放された希実香が薄く笑みを湛えながら私へ駆け寄って来る。  彼女の唇は「ざまあみろ」と形を変え、声を出すことなく私に勝利報告をした。 「全く、平和ボケしてる連中はちょろいね」 「でも希実香……無事に通過できたってことは、何も対抗手段を持っていないということじゃないの?」 「大丈夫だって。ちゃんと考えてあるからざくろは安心していいよ」 「それより見なよ、あれ」  希実香が険しい表情になって校舎を見上げ、私もすぐに彼女の視線を目で追う。 「……あっ」  希実香の見つめる先には……私たちを見下ろしている赤坂さんと北見さんの姿があった。 「……そうやって見下ろしていられるのもいつまでか……思い知るがいいさ……」  彼女たちの眼は無慈悲で冷たいが、その口元はこれから始まる宴を期待しているのか、薄く綻んでいてすごく嫌味。 「……っ!」  でも私も負けずに睨み返す。  私はあんな人達に負けない……戦うんだ……。 「あはは…… そんな恐い顔で睨むざくろはじめて見たよ……そんな表情も出来るんだ」 「当たり前だよ……私だって人間だよ、怒りって感情だってちゃんとあるよ」 「……そだね」  希実香はうれしそうに微笑む。  私達が教室に入った瞬間……、  たわいのない会話で溢れていた教室はピタリと静まり返る。  そして……刺々しい視線が私達に向けられていた……。  昨日となんて比べものにならない……なんて居心地の悪い空気……。  ここが戦場である事は比喩でも何でもなく……事実だ。  だから――全く意識しなかったと言えば嘘になるが――私は黙ったまま表情も変えずに自分の席へつこうとする。 「あ、ちょっと待って」 「はい?」  机から椅子を引いて腰掛けようとした時、希実香は私を制止して机の中と椅子を調べ始めてくれた。 「うん、異常は無さそうだね」 「ありがとう」  そんな優しい希実香は私がちゃんと座るのを見届けた上で、次に自分の机と椅子を確かめてからおもむろに腰を下ろした。  …………。 「ねえねえ、みんなー、ちょっと変な臭いがしなくねー?」 「ホントだー、マジくせぇわー」 「あー、くせぇくせえ。どこから臭ってくるのかなー?」 「どこかなどこかなー? 臭いモノにはフタをしなくちゃなー」  他の生徒が石像のように動かない中を、めぐと聡子はわざとらしくおどけながら鼻をひくつかせて歩き回る。 「ひぇぇー、マジでくせえなぁー、洒落になんねえなー」 「これは完全に腐ってやがるな……うぇっ、鼻が曲がるぜ」 「誰か机の中でパンでも腐らせてんじゃねぇの〜〜?」 「…………」 「…………」  二人は豚のように鼻をひくつかせ教室内をうろつきまわり……やがて最初から意図していたようにじわじわと私たちの席へ近付いて来る。 「ああ…ごめん……もしかしてその臭いってこれかもねぇ……」  張り詰めた空気の中、緊張感の無い希実香の声が響く。  笑いながら、希実香は席を立って鞄から試験管を一本取り出す。 「――っ!」  その刹那、浮かれたようにこちらを煽っていためぐと聡子の動きが止まった。 「そ、それ……何だよ……おいっ」  希実香が掲げている試験管からは何の臭いもしない……当然だ、臭いがするなんて言いがかりなんだから……でも……、  二人の顔は見る見る青ざめていく……。 「さぁ…何だろうねぇ……既に城山から聞いてるんじゃないの?」 「ぁ……もしかすると、それって……」 「ご明察!  さすがは彼女だけあって、彼氏の体臭には敏感なようですね」 「う゛っ……」  めぐは瞬時に逆上して希実香へ駆け寄ろうとしたけど、あの試験管の威力を知っているせいか、すぐに悔しそうな表情で接近を中止する。 「いやいや申し訳ない。これの臭いは実際かなりキツイから、昨夜は彼氏と抱き合ってキスすることも出来なかったでしょうね……くすくすゴメンねぇ」 「今頃、彼氏は欲求不満でイライラしまくっているのかなぁ……おー怖い怖い」 「おい、調子に乗ってんじゃ――」 「止めなよ聡子、あれをくらったらマジ悲惨だからさ」 「ぬぅう゛〜〜」  仲間を罵倒されて頭にきた聡子が希実香に掴みかかろうとするも、すぐに隣のめぐに止められて屈辱の面持ちを露にする。 「今朝、校門で一斉持ち物検査してたのに……なんで持ち込めてるんだよ?」 「あれまぁ、これまで随分と長く同じ時を共有してきたのに、私のことについてほとんど知らずにいらしたとは 残念至極ですわぁ……」 「あのですね、私は陸上部に所属していますけど、それ以外も廃部寸前の部の部長をやってます」  あ……そう言えば……、  あまり活動を聞かないから忘れてたけど……希実香は部を掛け持ちしてたんだっけ……部長だったとは知らなかったけど……。 「な、なんだそれ……」 「北校第39代科学部部長橘希実香……以後お見知りおきを…… くすくす」 「科学部だぁ?」 「科学部が試験管持ってて何が不思議かしら? 特にタンパク質を、脱炭酸反応・脱アミノ反応・還元したものが持ち物検査で引っかかると思う?」 「な、なんだそりゃ?」 「腐敗アミン……って言えばわかりやすいかしら?」 「ふ、腐敗?」 「硫酸や塩酸ならまだしも……腐敗アミンなんか没収対象になるわけも無し……まぁ臭いは強烈だけどねぇ……いわゆる腐敗臭だから……」 「…………くっ」  悔しそうに顔を歪めて立ち尽くす二人。 「さて……ここにも持ち物検査をパスしたブツがあります……」 「見た目は……布製品などに使う消臭スプレーの除菌プラスにしか見えません!」 「まぁ持ち運びは簡単だし、噴霧口がオンオフ切り替えになっており内容物もこぼれにくい……」 「でも、たとえばさ…… これの内容物が強アルカリ性の水酸化ナトリウムだった場合……」 「水酸化ナトリウム?」 「うん、基本的に水酸化ナトリウムはプラスチック製容器に密閉して保存……それは固体でも溶液でも同じなんだなぁ。ガラス瓶を使わず、プラスチックかゴム等を用いる」 「つまり、この消臭スプレーの容器に水酸化ナトリウムを入れる事は可能なわけよ……」 「それがどうしたんだよ……」 「さて、この水酸化ナトリウムをもし噴霧した場合どんな事が起こるでしょう……」 「大事な指輪とかネックレスとかに噴霧した場合……金属製品は簡単に腐食してしまいます」 「でも、本当に大変なのは人間に対して噴霧した場合でして…… さてどうなると思いますか?」 「ど、どうなるんだよ……」  不意に笑みを消した希実香に訊ねられ、哀れなめぐは強がろうとして声が上擦った。 「まずは上履きなんかに噴霧した場合……気が付かずに履いた人は、初期段階ではぬるぬるとした感触を感じるでしょう」 「それは次第にかゆみに変わり……そしてその後激痛となる」 「これは水酸化ナトリウムにより溶解した角質が初期段階ではぬるぬると感じるものであり、最終的には痛覚に届くぐらい皮膚を溶解し……全体にべろり……と」 「っく……」 「次は単純に顔に噴霧した場合……角膜上皮に付着した場合……適切な処置が遅れると十分に失明の可能性があります……」 「まぁ要するに、こいつが付着すると肌の細胞がドロドロ、ベチョベチョのぐっちょんになるわけです…… 怖いですねぇ。素人にはお勧めしません」 「……」  嫌味っぽく嬉しそうに解説する希実香には、あの陰湿な二人も言葉を失って彼女の様子を窺うのが精一杯みたいであり、  ふと気付けば、私たちへ向けられていたクラスメイトたちの圧力が弱まっているようにも感じられた。  皆も本音ではめぐと聡子に良い感情を抱いてないのだから、彼女らがやりこめられている〈様〉《さま》に心の中でほくそ笑んでいるのかもしれない。  希実香は鞄から別の試験管を取り上げて見せる。  その試験管はこれまでの物とは異なり、なぜか中央に仕切りを立ててあって、その両側に謎の白い粉末が詰められていた。 「この二つの粉……なんで二つにわけられていると思いますか?」 「な、なんだよ……二つの粉が混ざったらまずいとかかよ……」 「まずいものねぇ……二種類の物質が混ざっただけで危険なものってそんなに簡単に手に入るかなぁ……」  と言い終えた直後、希実香はほとんど聞こえないほど小さく笑みを漏らした……。 「あ、でも……たとえば次亜塩素酸カルシウム……あ、わかりやすく言うとさらし粉の事ですね」 「……これはプールの水を消毒するためなどに普通に学校で転がっているレベルだなぁ……」 「それに塩化アンモニウムかぁ……つい最近まで普通に買えたんだけど……今は免許無しだと買えないのかぁ……でも最近まで売ってたから、まぁ持っている人もいるかもねぇ……」 「塩化アンモニウムは肥料、食品添加物、染色、用途は沢山あるから持っている人はいるかも……あ、そうそう火薬の原料でもあるんだなぁ……これ」 「次亜塩素酸カルシウムと混合させると非常に不安定な物質となり……少しの衝撃で…… ドカン!」 「ひっ」 「まぁ、スタンガンとは比べものにならないだろうなぁ……なんたってその二つの粉の混合体は一般に火薬と言われてるものなんですからなぁ」 「そうだ他に……塩化カリウムも入手が比較的楽かなぁ、これにバッテリーを煮詰めて作った硫酸を混合させると……ああ、これまた不思議な事に大爆発するんだなぁ……」 「そ、そんなもの学校に持ってきてるのか……お前……」 「え? 持ってきてませんよ…… ただ混ぜると危険な物質の話をしてるだけだしぃ……」 「よろしければ試してみます? これ投げつけると瓶の中身は混ざってその衝撃で……」 「ドカンっ!」 「――ぃっ!」  怪談をする噺家のような希実香の口調に、めぐは思わず年齢不相応な化粧をした顔を引きつらせた。 「ちくしょう、バカ教師どもは何やってたんだよ……あんな危険物を……」 「まぁお父様が理事長ですからねぇ……何か仕掛けてくるとしたら持ち物検査は基本かなぁ……とは思ってました。そういう意味では、まぁ、想定内ですなぁ」  教室は静寂に包まれる。  ただ目は希実香が手にする薬品に注がれる。  もし仮に、それが本当に火薬なら……ここにいる生徒全員が危険な場所にいる事を意味しているのだから……。  その静寂を、一つの無骨な声が引き裂く。 「オラァッ!! 橘ぁいるかぁあ゛ッ!?」 「あらら……もう登場かよ……」 「っ翼??」  滅多に教室へ近寄らない男子が怒気を露に乱入してきて、その気迫には彼女であるめぐでさえも怯んでしまう。 「てめえ、昨日のことを忘れたとは言わねえだろうなァ、あ゛ぁ!?」 「何言ってるんですかぁ……忘れやしませんよ……私にとっては貞操の危機だったんですからねぇ」  “我関せず”と傍観していた生徒たちが息を呑むほど城山は激昂している……でも希実香はそれも平然と受け流す。 「女だからって甘くしてりゃあイイ気になりやがって! てめぇ、血を吐くまで謝罪させてやる!!」  目を三角につり上げた城山は、今にも希実香の胸元を掴んで殴りつけそうな様子であった。 「ふんっ、男が女に優しくするのは当然ですよ……ジェントルマンじゃありませんなぁ……城山くん」 「それよりコレ、新作なんだけど一つ試してみる? 結構刺激的だよん」  希実香は仕切り板の入った試験管を目の高さに掲げ、挑発するような面持ちで小さく揺らして見せる。 「だからなんだってんだァ! 昨日は不意を衝かれただけで、また当たると思うなよ!!」 「――っ!」  城山は希実香を威嚇する目的なのか、隣の机を生徒がいるにも関わらず力任せにひっくり返した。  それを見て希実香はさらに微笑む……。 「何吼えてるんだよ……吼えるぐらいなら殴りかかってくればいいじゃん? 何机にあたってんのさ、ダサっ」 「てめぇ!」 「ちょっ、待ってよ翼!」 「邪魔すんなよコラ、こいつの顎を割らなきゃ気が済まねぇんだよっ!」 「分かってる、分かってるからっ――」  城山は抱きつくめぐを振り払おうとして暴れ、さらに近くの机を蹴飛ばして教室内を騒然とさせる。 「こいつのせいで俺が昨日どんだけひでぇ目に遭ったか、お前だって知ってるだろ!」 「ああそうかもしんない――でも今は我慢しろよっ!」  城山はめぐさえも殴りそうな勢いで抗うけれど、彼女もしっかりと抱きついて希実香へ近寄ることを許さない。 「あの試験管、昨日のとは違うんだってば!」 「黙れ、そんなの関係ねぇ!」 「関係あるよっ! あれが割れると爆発するかもしれねぇんだって!!」 「そしたら昨日程度じゃ済まなくなるよ、あんたそれでもいいの? シャツに穴が空くだけじゃ済まないかもよっ!?」 「……ぁんだと?」  叫ぶように告げられためぐの忠告に、荒くれだっていた城山も表情だけは険しいまま、すっと身体の力を抜いて彼女の顔を見やった。 「橘を見なよ……これだけ脅しをかけてるのに全然平気じゃないか。嘘っぱちな代物ならこうも余裕かます根拠にならないって!」 「あんたの身体も心配だけど、もし教室内で爆発したら下手すると警察沙汰じゃん。そうなるといくら私でもかばいきれないよ、ちゃんと分かってんの?」 「……っく」  たしかに警察沙汰になれば――もちろん希実香と私の人生にも汚点がつくけど、これまで色々悪行を重ねてきたであろう城山の方が圧倒的に不利となるはず。  ゆえに降参したわけではないけど、城山は忌々しげに希実香を睨みすえたまま、めぐから解放されてもその場に立ち止まっている。 「くくくくく……」  この緊迫した教室にあって、小柄で華奢な希実香だけがほくそ笑んでいた。 「バーカ、バーカ、あはははは……」 「なっ」 「いいから! とりあえず、もうHR始まるからさ、教室から出たほうがいいって!」 「け、けど、あの女……」 「後で何とでもなるだろっ? ここで暴れたらアンタの方が不味い立場になるっての」 「…………ち、ちきしょう……俺をここまでコケにしやがって……憶えてろよクソが……絶対殺してやるからな!」  目的を成し遂げられず、不完全燃焼で機嫌の悪い城山がブツブツ小言を呟きながら退出していく様はすごく愉快。 「…………きゃはははは」  静まりかえった教室で、希実香の笑いだけがこだまする。  今までこの教室で、誰よりも弱かった人間に……すべての人間が畏怖していた……。  …………。  ……。 「……さて、マルティン・ルターは強大な権力に真っ向から立ち向かった宗教改革者であり……」  昨日のうちに希実香の教科書をコピーさせてもらった私は、ごく普段通りに授業を受けているのだけど―― 「…………」  あれからずっと私と希実香を射殺すような目で睨みつけてきている。 「彼は多くの賛美歌をつくり、ラテン語で記されていた新約聖書をドイツ語に訳すなどの功績も残した……」  それでも希実香は悪意の視線などどこ吹く風という感じで熱心に授業を受けており、教科書の要点に黄色の蛍光ペンで線を引いている。  “何があっても動揺を見せるな”  “演技で良いから、絶対に弱味を見せるな”  校門をくぐる前に希実香に何度も言われたけど……希実香みたいにあんな普通でいられない……。  やっぱり希実香はすごい……。  午前の授業が終わった途端にめぐと聡子は教室から出て行き、他の生徒たちは仲の良い者同士でお弁当を食べようとして席を組み替える。  もちろん……と言うと少々空しいけど、彼らは私と希実香に背を向けて机をつなぎ合わせ、こちらを無視して他愛のない会話を楽しみつつ昼食をとり始めた。  ガラガラと自分の机を持って希実香が私の席に近づいてくる。 「なんとか午前中はクリアだねぇ……」 「うん、そうだね……」 「しっかし……あれだけ楽しい見せ物だったのに、相変わらず陰気なクラスだねぇ……」 「しょうがないよ……みんな赤坂さんとか城山くんとかの事恐いし……」 「だから我関せずか……まったく気概が無い連中だ……」  気概って言ったって……誰もあんな希実香みたいな事なんて出来ないよ……。  暴力に対して、あんな殺傷能力のあるものばかり用意するなんて事……。 「ねぇ、せっかくだから、他の場所でお弁当にしない? ここはあまり居心地が良くなくて……」 「うん、まぁそれも良いかもねぇ……キモイ連中も何だか私の事睨んでるしー」 「っんだとぉ!」 「何?」 「やめなよ……聡子……」 「希実香!」 「あ、ごめん、ごめん……今のはさすがにいらない挑発だったよね……あはは……」 「んじゃ、行こうか?」  希実香は丸っこい表情で同意してくれると、非力な腕で自分の机を元の位置へ戻す。 「で、どこに行こうか?」 「他に誰もいなくて、どこまでも開放的で狭苦しくないところ……」 「グラウンド?」 「あ、いや……屋上に行こうかなぁ……って」 「あ、そうか屋上か……私はざくろが良いって言う場所ならどこでも良いよ」 「何それ……変な希実香、でも希実香が良いのなら屋上へ行こうよ」  私は声を出さずに笑いながら頷き、希実香と一緒に途中の自動販売機で牛乳を買ってから屋上へと移動した。  …………。 「……うわ、熱っ」  やはり日中のA棟の屋上は私の考えを上回る灼熱地帯と化していた。 「これダメじゃない? ざくろ……ここにいると女生徒の干物が二つできるだけだわ……」 「うん、だから誰も来ないんだよ…………」 「知ってたのかよっ」 「〈良〉《い》いから良いから…とりあえず行こう……」 「行く? あ、どこに……」 「そっか……、B棟屋上はこんな涼しいんだ……」 「日差しと風の関係……それでここはこんなに涼しいんだってさ……」 「……またお前か…………」 「あはは……すみません……」  間宮くんは私たちを見てウンザリしたような表情となり、何かを否定するように無言で顔を左右に揺らす。 「んで……あんた何でここにいるの?」 「それは俺の台詞だ……何でおまえらがここにいる」 「あ、あのね……ごめん、私達にもここ使わせてくれないかな……」 「ふーん、んでそっちのは? あれが人にモノを頼む態度なのか?」 「ここは、私とざくろが使うの……今すぐ出て行きなさい……」 「何で、俺が出て行かなきゃいけない……先にここにいたのは俺だ……」 「そうね……だったら、〈退〉《ど》いてもらおうかしら? この前のお礼もしてないし……」 「……またいろいろと仕込んでるみたいだな……」 「うん、あんた相手にするのに警棒とか催涙スプレーじゃ全然ダメだって分かったから……」 「き、希実香! あ、あの間宮くんごめんなさいっっ」 「何でざくろが謝るのよ!」 「あ、いや……あのね常識的に、今謝るの私達の方だから……」 「ざくろはそうやってすぐ、こいつに騙される!」 「ふぅ……ここは誰の場所でも無い…… いたいのならいればいい、俺と喧嘩したいのならいくらでも買ってやる……」 「ふふふ……言ったわね……」 「希実香!」 「うっ」 「謝って!」 「え? で、でも……あの……」 「ダメ! 悪いのは希実香! 謝りなさい!」 「そ、そんなぁ……わ、私……」 「間宮くんごめんなさい……ほら希実香……」 「なんでそうなるんだよぉ……わ、私はざくろの事思って……」 「って」  いきなり半泣きになる希実香……めぐとか聡子とあんな強気でやり合っていたのに……。 「そんなに、そいつが良いのか!」 「へ?」 「ざくろは、私よりそいつを選ぶのか!」 「あ、あの……希実香」 「うわーん! 私だってこんながんばってるのにぃ」 「……うるさくて敵わん……」 「うるさい! 何余裕かましてるんだボケ! 勝負だ! 勝負しろ!」 「勝負したいなら、お前から手を出せばいい……貴様ごとき素人に遅れを取る様な俺じゃない……」 「にゃ、にゃ、にゃんだとぉ!  生意気なぁ!」 「だ、だめっ、な、何そんな危険物を! それさっき爆発するって言ってたヤツじゃないっっ」 「止めるなぁざくろっっ、私はこいつを殺す!」 「ふぅ……お前さぁ…… そういう物腰だから、あんな胸小さいんじゃねーの?」 「な、な、なんですとーっっ」 「そっちの高島みたいに、少しは女の子らしく振る舞えば乳も大きくなるんじゃないのかって言ってるんだよ」 「そんな汚い言葉ばかりつかってるから女性ホルモンが少なくて胸が無くなるんだよ……」 「なんだそのオカルト! この文系脳がっっ。んな学説どこにあるんだよ! ソース示せ! データ示せ! 参考論文示せ!」 「あ、あのね……希実香落ち着こうよ」 「だって、だって、ざくろがっっ」 「ふぅ……」 「え?」  私はやさしく希実香を抱いてあげる。  とりあえず、興奮してる姿が……、  子犬みたいだったから……。  同じ様に抱いたら落ち着くかと思って……。 「あ、あの……ざ、ざくろ……」 「大丈夫だよ……希実香より間宮くんが大事とかそういうの無いから……」 「んなら、私の方が好きって事?」 「い、いや……そういう問題では無く……」 「なんだおまえら……こんな場所でコントの練習か? 卒業後はそれで食っていく気か?」 「んで、あんたみたいなバカにそんな事いわれなきゃいけないのよ!  私は一流大学行くわい! そんで将来はマッドサイエンティストだ! それがダメならニートだ!」 「……それも馬鹿な夢だな」 「んだと!  マッドサイエンティストバカにするか!」 「ニートはダメだろ!」 「んだと! ニートバカにすんなっ」 「もう……希実香ぁ……ご飯食べようよぉ……こんな事やってたら昼休み終わっちゃうよぉ」 「はっ、そう言われてみれば……」 「ちっ…… まぁいいわ。間宮卓司。今はざくろとの大切な時間だから、あんたの命は延長してあげる」 「そうか……それは良かったな」  私の言葉を待たずに腰を下ろし、鞄からお弁当を取り出し始める希実香。  彼女に続く前に、ちらっと間宮くんを見やると、彼は別に不平を言うでもなく、こちらを睨むでもなくマイペースでそっぽを向いていた。 「ねえねえ、今日もそっちの卵焼きと私のハンバーグを交換してよ」 「いいよ、希実香のハンバーグは美味しいからね」 「くくく……」  私たちが弁当箱を開け、箸でおかずを交換しようとした時、不意に間宮くんが苦笑した。 「あんだよ、お前にはゴマの一粒もやらんぞ」 「いらねぇよ……くくく……」 「何がおかしい!」 「いや……お前みたいなヤツが作る弁当ってドカ弁みたいなもんだと思ってたから……案外ちっこい可愛らしいの作ってて笑えた……」 「そんな事で笑えるか! ボケ!」 「もう……希実香……」 「間宮くんもそんな事言ってはだめですよ。希実香はけっこう料理が上手なんですから」 「へぇ、それでそれ食えるのか? 爆弾でも入ってそうだな……」 「あんたにだったらいくらでも爆弾食わしてやるけどなぁ……」 「希実香っ」 「あのぉ……お昼まだでしたら、少し召し上がります?」 「いや、俺は――」 「ダメダメッ、 野良犬に餌を与えちゃだめって子供の頃に習ったでしょ!!」 「だから、希実香……そういう言い方はね」  希実香の言葉など我関せずと言った感じで、自分のポケットを探りはじめる。 「……っと」  そして残念な顔をする。 「ちっ……全部吸い終わってるし……くそ、あれ俺が買ったヤツなのに……絶対に由岐のバカだな……」 「何かお探しなのですか?」  彼の動きが次第にせわしなくなるのを見て、私は思わず箸を止めて声をかけた。 「いや、たばこが切れてたから………」 「たばこっ!? だだ、ダメですよ! 身体に悪いですよっ」 「あ、そう……良かったね」 「良くないですよ……」 「なに? たばこが欲しいの?  それなら、はいっ」  希実香はモグモグと口を動かしながら、引き寄せた鞄から白い小箱を取り出す。 「えっ……ええぇっ!?」  考えもしなかった所からたばこが出てきて驚きでひっくり返りそうになる。 「何でそんなもの持ってるの? ちょっと希実香、たばことか吸わないよね?」 「まぁ、いいじゃん…… それよりいるの?」  私の質問をさらりと受け流してから、女性向けのデザインが施されたたばこの小箱を間宮くんに差し出す希実香。 「ハッカ入りとかあまり好きじゃない……」 「んじゃいらないのね……」 「いらないとは言ってない……」 「何よ欲しいの? ならあげるわよ……はいっ」  間宮くんは小箱からたばこを一本抜き取り、口に咥えてから金属製のいかついライターで火をつけようとする。  ――しゅぼっ。 「……ふぅ」  彼は満足そうに柔和な顔で白い煙を吐き、 「さすがバカね……そんな身体に悪いもの吸って……」 「……持ってたのお前だろ」 「私は吸わないわよ……そんな毒」 「なら何で持ってるの?」 「たばこの葉から抽出したニコチンはいろいろな事に使えるのよ……」 「へぇ……どんな事に使うの?」 「机に塗ったり、ドアノブに塗ったり……使い方次第で誰でも混迷状態にする事が可能……」 「い、いろいろな事って主に混迷状態だけ……」  ――ばちばちバチバチばちぃぃぃっ!! 「んおう゛っ!??」 「きゃあぁっ!」  炎を取り込んだたばこはいきなり激しく燃焼し始め、ありえないことにバチバチと派手な火花さえも撒き散らしてすごい光景となってしまう。 「う゛おっ――おぶっ、ぅっ――!!」 「……きゃはははは」 「おわっ――あぢっ、――んあ゛、あう゛ぅ!?」 「たっ、大変だわっ!?」 「ぺっ! ……あちちちちっ! なんだよコレはっ!??」  いつもはクールな間宮くんもさすがに動揺したようで、すぐに吐き出せばよいものを、しばらく咥えたままその熱さに苦しんでじたばたしていた。 「ひっかかったなバカめ!」 「て、てめぇのイタズラか……」 「そのたばこ、中を丁寧に繰り抜いて途中からニトロセルロースに詰め直したのよ」 「あとマグネシウムの粉によってフラッシュ効果を増量しておいた」 「なるほど……メンソール入りなのは薬品の臭いを誤魔化すためか……考えたもんだな……」  間宮くんは心底呆れきった表情で、希実香から受け取ったたばこの小箱を力一杯握りつぶす。 「大丈夫ですか? 火傷とか…してません……?」 「……まぁ、この程度の危険察知出来ない俺が悪い……」 「んで、ご丁寧にこんな下らないものを何で用意したんだ?」 「あんた用に決まってるでしょ……こんなもん城山なんかに使ってどうするのよ」 「それで目的は?」 「言うまでもなく復讐だ!」 「何の復讐だよ……」 「うがーっっ “何の復讐だよ?” とかどの口が言うかっ。私がどんだけあんたに酷い目にあったかっっ!」 「酷い目って、だから何がだよ……」 「とにかく私のエストレイマ・ラティオ・BF2・タクティカル・タントーをすぐに返せ!」 「返さねえよ」 「なにゆえっ!?」 「だからよ、あれは慰謝料だって言ってるだろ? いきなり襲ってきたのはお前なんだから……」 「なら、コルトガバメントM1911A1を返せ!」 「あれも慰謝料だ」 「はあぁぁ?  どこの世界にエストレイマとガバメントを慰謝料にとる人間がいる!?」 「すぐ目の前にいるだろ……」 「きいぃぃぃぃぃっ!!  ああ言えばこう言うぅぅっ!」  素早く回復した希実香は怒りに身体をガクガク震わせ、私より一歩前に進み出てギロリと間宮くんを睨みつける。 「まぁこのナイフ……折りたたみ式にしては強固な作りで、厚いブレードの長さも十分にあって良い感じだ……」  そう言って間宮くんは希実香のナイフを取り出す。 「当然だろ、私が厳選したんだからなっ」 「ブレードの材質は何だ?」 「N690コバルトステンレスだぞ」 「なんだよ、ATS-34じゃねえのか……」 「黙れ成金野郎! あれは金持ちが眺めるナイフに使う材質だ」 「そっちの方がいいだろ、高価なんだから」 「良くないっっ実用美こそ正義!」 「……はぃ???」  なに? なんなの、二人は何の会話しているのかしら??  急に私だけが取り残されたようで、なんだか寂しい。 「あのガバはノバクタイプのリアサイト、レバーを延長したマニュアルセフティ、ストレートなグリップエンドに改造してあるな」 「そうだ、いろいろ金かけてんだぞ! あとグリップセフティはビーバーテイルにしてある」 「ふーん、なるほど……たしかに要点を押さえた実用的な改造だ…… 褒めてやる」 「褒められても、 あげないぞっ」 「なんせ私もシューター歴長いからなー、ガバについてはうるさいんだぁ〜」 「やっぱガバはシングルカラムの薄いフレームのやつに限るんだなぁ……」  さっきまでエアーガンを褒められて子供のように嬉しがっていたくせに、希実香はすぐに無愛想な表情に戻って間宮くんに毒づく。 「どうでもいいから頼むから返せ! それどれだけお小遣い注ぎ込んだと思ってんだっ」 「ああ、大変だったんだな……だから俺が大切に使ってやるよ……」 「ふざけんなタコっ!!  私は銃とナイフを枕元に置かないと落ち着いて眠れないんだ!」 「そうか……変わりに宇津○命丸かヴィックスベ○ラップでもおいておけよ……」 「私はどこの赤ちゃんだぁぁあああっ。夜泣きで寝れない大人がいるかぁぁああ!」 「ま、まあまぁ……落ちつこうよ……希実香」  私たちがはしゃぎすぎたのが気に入らなかったのか、間宮くんはおもむろに腰を上げて踵を返そうとする。  せっかく三人で――まだ仲良くは無理っぽいけど――楽しく昼休みを満喫できると考えていたのに、とても残念でならない。 「あ? なんだよ逃げるのか?」 「ああ……そうだな……」 「認めるのかよ! この玉無し!」 「ふぅ……お前、 その下品なの直した方が良いぞ……婚活の時絶対困るぞ……」 「なんで私が婚活なんてしなきゃいけないんだよ!」 「いや……お前は絶対、三十過ぎても結婚出来なさそうだから……」 「なんだと!  お前どこまでも失礼だな!」 「まぁ……どうでも良いけど……」  そして間宮くんはたばこの箱を蹴り飛ばし、ゆっくりと階段の方へ歩き出す……。 「こっ、こんにちは」 「……っ」 「あら、羽咲ちゃん」 「どっ、どうも……」  礼儀正しい羽咲ちゃんは私を見てお辞儀すると、次に間宮くんの行く手を阻むようにして立ち塞がる。 「やっぱりここだったんだとも兄さん……」 「ふぅ……誰がとも兄さんだ?」 「あ……兄さん……」  何故か羽咲ちゃんは私達を見て言い直す……でも考えて見れば、なんで間宮卓司くんなのに“とも兄さん”になるのだろう……。 「はい、お弁当」 「……」  間宮くんが渋い表情になる前で、羽咲ちゃんは大きな風呂敷包みをずいっと差し出す。 「今は食べたくない。持って帰れ」 「何故?」 「だ、ダイエット中だ……」 「あれだよね……人がいるからだよね」 「な、何がだっ」 「兄さん、キャラ作り一生懸命だから……妹のお弁当食べる姿なんて見せられないんだよね……」 「なっ」 「ぷっ、そうなんだ?」 「そんなわけあるかっっ」 「ならなんで? ご飯まだ食べてないよね」 「いや、食べた」 「食べてませんよ」 「て、てめぇ、高島っ」 「やっぱり……そうですか……」 「はいはい……兄さんせっかく私が作ってきたんだから、食べてください……」 「っく……」 「そんな小さな妹に諭されてやんのっ」 「うるせぇ!」 「へぇ……これ羽咲ちゃんが全部作ったんだ?」 「はい……味にはあまり自信がないのですけど……」  希実香が驚くのも当然なほど、羽咲ちゃんが持って来たお弁当は重箱に収められた豪華なもので、これに比べると私たちの弁当はかなり見劣りがする。 「よろしければ皆さんも……」 「こいつらに餌与えるな」 「んだと!」 「お前がさっき言った事だろう……」 「う……うう……私もダメでしょうか……」 「別に兄さんの許可なんていりません……だいたい食べないとか言ってた人ですから」 「だ、だからそれは……」 「はい、はい……皆さんも食べて下さい」 「……どんだけ兄妹でスペックが違うんだよ…… なんでこんなクズにこんな素晴らしい妹さんが……」  青空の下で久々の賑やかな昼食を楽しんだあと、私と希実香は愉快な余韻に浸りきることなく気持ちを切り替え、硬い面持ちで教室へ足を踏み入れた。 「…………」 「……」  やはりと言うか、それまで騒いでいた級友たちは私たちの姿を瞳に映した途端、即座にお喋りを止めて曇った表情になってしまう。 「………」 「……」  私は息を呑んで自分の席に歩み寄ると、希実香の忠告に従って机と椅子に何かされていないか確認する。  問題ない……。  何をされるか気が気でなかったけど……さすがに授業中に何かしてくるという事はなかった。  ただ二人は始終私達を睨んでいた様ではあったけど……。  希実香はあくびなんかしながら授業を受けていた……まぁあれはブラフなのだろう……とか思ってたら……。 「むにゃむにゃ……」 「っ」  本当に寝てるし!  などと驚いているうちに午後の授業もすべて終了する。 「さぁてと……帰りますか……」 「うん……」 「あのさ……」 「あー分かってる分かってる……」  今日仕掛けてくるのなら、放課後……帰り道が一番危ない……。  待ち伏せする場所は多数だし……なんと言ってもこれから徐々に日が沈み暗くなりはじめる……。 「まぁ……校門までは何もないとは思うけどね……」 「そ、そうだよね……」  校内で仕掛けてくるのなら、もう十分すぎるほどのチャンスがあった……。  彼女、彼らが私達を狙うのなら校門を過ぎた後からだろう……。 「てな事で……校門抜けてから気を抜かないでね……」 「も、もちろん……」 「よし、んじゃ……気をつけて帰ろう」  ――ぐちゃっ。 「…………でもないか……」 「……みたいだね…………」  校舎を出てすぐ、妙な風切り音がしたかと思った直後、私たちの頭に卵が炸裂していた。 「油断したなぁ……」 「これ、腐った卵だね……私達が出てくるの上でずっと待ってたんだろうねぇ……」 「まぁ……煉瓦とか花瓶とかじゃないだけマシか……」  卵がふってきた校舎を見つめるが、もうそれらしい影は無い……。 「くそ……古典的な技を使うなぁ……」  この純白の制服、結構いい値段するからダメージ大きいなぁ……。 「とりあえず水道で頭と顔を洗ってから、体育更衣室へ行って着替えようよ。このままじゃ家に帰ることもできないし……」 「着替えとか、ある?」 「まぁ、体操着とか……」  ……私たちは周囲から奇異の眼で見られつつ、校庭の端にある水道で石鹸を使って顔と頭を洗い、すぐに更衣室へと移動した。 「わっ!? 私のロッカーの扉が変形してる??」  一目ですぐに分かるほど、私のロッカーはいびつな平行四辺形に歪まされていた。 「油断しすぎだったかぁ……朝のトラブルから何も無かったから、隙が出来てたんだろうね……」 「うん……でも上から卵ふってくるとかあんまり思わないよ……」 「予測出来ないじゃ、すまないんだけどね……私だけの問題じゃないんだから……」 「ざくろを守るって決めたんだから……ミスでしたすみませんじゃ、すまないんだよね……」 「そ、そんなぁ、私は守られてばかりで……」 「バーカ、一番最初に私を救ってくれたのは……あなたでしょ……」 「希実香……」 「クラス中にいじめられてた私を救ったのはあなた、そんで私はあなたに何にも恩返し出来てない……」 「だから、何があっても今度は守り通す……」 「希実香……」  ちゃんと鍵をしていた希実香のロッカーは何とか無事だったけど、まさかここまで襲われるとは考えておらずに施錠していなかった私のロッカーは失笑しちゃうほどに荒らされていた。  しかしまぁ、親切というか意地悪というか、ロッカーの中にはかろうじてスクール水着だけは残されていた。  私が水着で帰路につく屈辱を楽しもうとしている人間でもいるのだろうか……。 「スク水だけ……」 「ナイスバディなんだからそれ着て帰ったら?」 「なんでそうなるっ」 「冗談……仕方ない……ある程度制服が乾くまで待とう……たぶん、それが狙いだろうから……」 「狙い?」 「夜なら何してもばれない……そう思ってるんでしょう……」 「だったら、今すぐにでも帰らないと……」 「夜の〈帳〉《とばり》って言うのは、何もあっちにだけ味方するわけじゃないから……夜なら夜の戦い方って言うのがあるんだよ……」 「…………そうなの?」 「うん……だから制服乾くまで待ってよう……それに、この時間でいろいろ出来るから……」 「いろいろ?」 「そう……私のロッカーは伊達に堅くないんだよねぇ……」  そう言って開いたロッカーの中には……その大きさとほぼおなじ大きさの……、 「な、何これ? なんでロッカーの中に金庫が?」 「外側はたんなる薄っぺらいスチール材だけど、中は頑丈な金庫なわけよ……」 「んで、入ってるものが……」  その中から沢山の薬品が出てくる……。  この人……体操着とかはどこにあるんだろう……。  と少し疑問だったけど……。  …………。  ……。 「すっかり夜だね……」 「でも結構乾いたよ……」 「ふぅ……そうだね……」  身を潜めながら制服が乾くのを待っていたら、すっかり日が暮れていた。 「っ」 「え?」 「ふぅ……いちいち待ってたんだ……暇なんだね」  「いやぁ……外はすっかり真っ暗だよ……」 「何やってるの? こんな時間まで学校に残ってちゃだめでしょう……もうすっかり真っ暗だよ……」 「夜は恐い人ばかりだよ……まったくあぶないなぁ……」 「……ふーん、まぁ言い得て妙ってところかしらね……まぁ、想定内……と言うより……」 「えっ、希実香……?」  私は彼女の行動――制服の下に手を入れてウエストの辺りをもぞもぞし始めたことに困惑する。 「何? ここで自分から服を脱いで侘びを請うってのか?」 「どこまでお目出度いんだか……あんたらは……」 「ぎゃっ、痛てぇ、マジ痛ぇぇ」 「痛いでしょうね……」 「本物のウィップ……肉が裂けるほど痛いらしいよ……」  それは動物に指示を出したり、曲芸に用いるのとは明らかに異なる、最初から攻撃用の道具として作られた凶悪な鞭だった。  希実香はベルトのようにお腹に巻いて、上着の下に隠していたのだ……。 「これなら複数でかかって来ても一度に相手してあげられるよ……」 「こ、これは……少しまずくない?」 「攻撃用の鞭ってビールの缶を楽々切断しちゃうらしいぜ」 「痛てぇよぉ……痛てぇ……」 「まぁ、これ見ると……あながち嘘じゃなさそうだよね……すんごい痛そう……」 「そだね……凄く痛そうだねっ!」  希実香の気迫は鞭の恐ろしい風切り音で倍増され、さっきまでニタニタとだらしなく笑っていた不良たちの表情を引き締めた。 「確かにそれは怖ぇーけどよ……まぁ所詮は女二人なわけじゃん」 「おもしれぇや、どこまで遊べるかやってみようじゃねぇの!」 「……このっ」  怯まないで突っ込んで来る城山……希実香はそれを鞭で振り下ろす。 「ぎゃっ」  服が裂け、血が出る……。 「た、たいして痛くねぇ……全員だ、この人数全員で飛びかかれば楽勝だ!」 「うわ……説得力無いな……血出てるじゃん」 「ちきしょう……ここまでやってくれたんだ……絶対犯す!」 「本当にそればっかりだねぇ……西村ちゃんは……」 「鞄で防御して一気にかかれば、たしかに一瞬で終わる……少し傷つくぐらいだ……死にはしない……」 「っく!」 「ぎゃっ」 「ざくろ! 走るよ!」 「う、うん!」  鞭の音を合図に私が駆け出す……それに合わせて彼女も走り出す。 「てめえ、逃げられると思ってんじゃねぇぞ!!」  …………。  ……。 「はあっ、はあぁっ――」 「まっすぐ校門まで突っ切って!」 「はひっ、――はあっ、はぁぁっ――」 「しつこい男は嫌われるんだぞっ」  校門を駆け抜けた時、背後で希実香の鞭が唸る音を聞いた。  健気な彼女は必死に逃走しながら、時折振り向いて暴漢たちを威嚇してくれている。 「っはぁ――、はあっ、はあぁっ――」  でも希実香はあまり持久力が無いことを私は知っていて、この状況が長く続くと彼女は呼吸が追いつかなくなり倒れてしまうだろう。 「ふあぁっ、はあっ、はあっ――!」  私は希実香の片手を握り、彼女を引っ張りながら夜の通学路を疾走する。  住宅街……すれ違う人は少ない……。 「はあっ、はふぁっ――まだ付いて来る――」  あれから何度も鞭が空気を切り裂く音を聞いたけれど、まったく状況は好転していない。  どうしよう、どこへ向かって逃げれば……。 「はあ゛っ、はあ゛ぁっ――なんか人数増えてないか?」 「なんであんな人が追いかけてくるの……はあっ、はふぁっ」 「どうせ……はあっ、はふぁっ、んはっ、赤坂達が集めたんだと思う……」  状況はますます悪くなる一方の様だった。 「はぁ、はぁっ――んぁっ!!?」 「きゃっ、希実香っ!!」  体力の限界に近付いていた希実香は小さな段差に足をとられて転倒してしまい、私もつられて地面の上を数回転した。 「ふあっ、はあぁ〜……やっと追い詰めたぜ……しかし、都合の良いところに逃げ込んだなぁ」 「はぁ、はぁ……どうかしらね……ここならどんな音が出ても問題ないんじゃない?」 「そうだな……おまえらがどんな悲鳴を上げようと……問題なさそうだな……」  私は今になって追跡して来た者たちを視界に捉え、その人数と手にする武器の禍々しさに血の気が失せてしまう。  荒れた呼吸を整えながらニタニタ笑う城山の手には黒光りする木刀……。  他の男たちの手には、大きなナイフや金属バットはもちろん、先端を斜めに切り落とした鉄パイプのような物まである。  どれも致命傷を負わせるには十分な内容…………。 「ふぅ……どうやら血みないと気が済まないみたいね……」 「あっ、希実香!」  茫然とする私の前に息も絶え絶えな希実香がよろよろと立ちはだかり、薄笑いしてこちらを見やる男たちを見つめる……。  もう彼女は立つことさえ苦しくてたまらないはずなのに……。  鞄の中から特製の試験管を何本か取り出す。 「さてと……本当にこれを使うとは思わなかった……」 「くくく……そんなもん手に持って大丈夫なの?」 「何?」 「き、希実香……」  よく見ると、数人の男子がエアーガンを希実香に向けている……。 「お前がそれを投げるのと……エアーガンがそれにあたってお前の手元で破裂するのどっちが早い?」 「ぐっ……」 「それがどのくらいの威力か知らねぇけど……その位置だとお前だけじゃすまないかもな……」 「割れたガラスが高島に突き刺さるぐらいあるんだろう……」 「くっ……」 「ざくろ! ここからすぐに立ち去って!」 「え?」 「あんた達は動くな……動いたら有無も言わさずこれを投げつける……だけど、もしざくろを逃がしてくれるんなら……」 「だったら?」 「私を煮るなり焼くなり好きにすればいいわ……」 「ふぁははは! マジかよそれ! すげぇ友愛精神だなぁ……」 「どうする? ざくろの身の安全が保証されないのなら、これを投げつける……直撃した人間はただで済むと思うな!」 「おう、恐い恐い……なるほどねぇ……それほどの覚悟というわけですか……」 「さぁ、どうする!」 「分かった……高島には手を出すな」 「希実香!」 「ふぅ……そういう事…… さぁ逃げて……ざくろ」 「逃げられるわけないじゃないっっ」 「ざくろ……困らせないで…… っく!」 「希実香!」 「へっへっへ……油断しすぎ……」  後ろの茂みから突然出てきた男達に希実香は取り押さえられる。 「バーカ……んなの聞くわけねーだろ……こっちが絶対に有利なんだからよぉ」 「ぐぬぅっ……」 「さてと……んじゃ、ここにいる人間全員と遊ぼうか? 二人で?」 「きゃっ!」 「黙ってりゃ可愛い顔してんだからよ、大人しく俺らのオモチャになってりゃ良かったんだ……なぁ?」 「くっ……ぐ、ぬぅうぅっ……」  城山は下卑た笑みを浮かべつつ、引き寄せた希実香の髪を掴んで行動の自由を奪うと、互いの唇が触れ合いそうな距離にまで顔を近づけた。 「さんざん手こずらせやが ……って!!」  城山は希実香を地面へと放り投げるように倒すと、その背中を足で踏みつけた。 「希実香から足をどけなさいっ!」  ――ぽかぽか。  我を忘れて両手で城山の胸板を殴りつける―― 「はぁ? なにこれ」 「もう止めてっ、酷いことしないでっ!」  ――ぽかぽか。 「うぅっ…このやろう……このやろう……」 「おい、今のって攻撃? はぁ? マッサージにもなんねえよ?」 「っ、うぅ……」 「なあ沼田、もうこれじゃ正当防衛だよなぁ?」 「だね、殴られちゃったし」 「なら仕方ねえな――、 えいさっ!」 「っく!」  城山がニタリと笑った直後、私のお腹に強烈な圧力がかかり、視界が真っ暗になって平衡感覚が失われた。 「……っっ」  息が出来ない。  体中が硬直して動かせない。  世界が斜めに傾いて見える―― 「ぅっ……ばかぁっ……」  少し離れた地面に横たわる希実香が私を見て泣いている。  私の見る角度と希実香のそれは同じなので……どうやら私も地面に横たわっているようだ。 「ふぅ……手こずったわねぇ……」 「ったく……どんだけ人の手をわずらわせるんだよ……」  憎らしい、忌々しい、忘れえぬ声が聞こえる。  死にものぐるいで逃げ惑う私たちをずっと安全な場所から見てほくそ笑んでいたのだろう……。  私たちを見て大笑いしている。  愚かで無謀なバカだと見下して楽しんでいる。  だけど……、 「ひゃははっ、惨めったらないねぇー!」 「っく……」 「おや、まだ立てるみたいだぞ?」  私は気力を振り絞り、おぼつかない両脚を踏ん張って身体を起こす。  頭はぐらぐらしているし、胃は痙攣寸前で吐きそうだけど、この目はまっすぐに一人の姿を捉えていた。 「なによ、今さら謝ったって遅いわよ」 「……あかさか、めぐ」 「うわっとぉぉ! いきなり何よコイツ!?」  蓄積された恨みに憑依されたかのように――  私は手首の痛みも忘れて一心にめぐに殴りかかるが、無念にも容易くかわされた。 「……避けるなっ、このっこのっ」 「へえっ!?  どうしたのよ、頭イカれちゃったんじゃないの??」  めぐは明らかに声のトーンを落とし、目を丸くして驚いていた。  私のことを“羊みたいに大人しくて、自分の意思など持たぬ女”だと決め付けていたのなら、それも無理はないだろう。  それなら尚のこと、彼女の頬を張り倒す必要が―― 「てやっ!」 「きゃっ……」  先ほどより強烈な一撃が腹に決まり、私は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちるしかない。 「何こいつ……弱っ……」 「…………っ」 「なんだ! ほら!  もっと戦えよ!  ほら!  ほら! 」  聡子の攻撃は城山と違って容赦なかった。  争いごとになると異性より同性の方が残酷というのは、本当かも……。  倒れた私を何度も起こして、聡子は私を殴り続けた。 「あははは……面白い見せ物だったぁ……」 「あぁ、そういうの良いねぇ……」 「――!?」 「たしかに……面白い見せ物だったわ……」  不意に暗闇から感心したような声が聞こえ、それは大きくなる足音を伴って近付いて来る。 「すごいですね……大人数で……いや本当にすごいと思います……」 「ま、間宮……卓司……」 「ところで皆さん、誰の許しを得て俺の女に手出してるんです? ねえ??」 「なっ!?」 「え?」 「えっ? こいつらって、間宮さんのモノなんですか?」  先ほどまで威勢の良かった男子が急に媚びた口調に変わり、間宮くんの機嫌を窺うように薄笑いして訊ねた。 「ええ、二人とも俺の玩具です……」 「あっ、いえ、なんでもありませんです……」  沼田は間宮くんに見据えられると困惑したように頭をかき、バツが悪そうに「へへっ」と笑ってから目を逸らした。 「あんた、どうしてここが分かったんだよ!?」  沼田の低姿勢に腹が立ったのか、いきなりめぐが声を荒らげて訊ねた。 「まぁ……なんとなく、ですかね」 「ともあれ、自分の玩具なんだから、いなくなったら捜すのが当たり前でしょ? 違いますか?」 「……けっ、いけ好かねえ野郎だ」 「それはお互い様……」  両目をつり上げて睨むめぐだが、間宮くんは全く怯まず冷静な姿勢を崩さない。  確かにこういうタイプ、根拠の曖昧なプライドの高いめぐには大嫌いな人種だろう。 「てな事で、二度と手出さないでくれますか?」 「なにぃ?」 「だからさぁ……とにかく皆さんウゼぇから消えてくださいって言ってるの……」 「……こいつ……あの間宮卓司か……」 「ああ……そうだ……俺たちが十数人で襲って返り討ちにあった……」 「強いのか? そう見えないが……」 「デタラメだ……普通じゃない……」 「バカ間宮っ、どさくさに紛れて調子こくのもいい加減にしろっ!」 「……はぁ?」 「いつ私があんたの玩具に成り下がった? お前あれか、もうボケが始まってんのか、人生を前衛的に生きすぎちまったのかよ!?」 「何言ってるの……お前なんて玩具だよ」 「んなななななぁっ!  キサマぶっ殺スっっ!」 「ぁ……ぁわゎっ……ゎゎっ……」 「ま、間宮ぁぁあ……」 「……お、ひさしぶりじゃないですか……君が俺を呼び捨てにしてくれるのなんか……」 「おいっ、城山、いい加減学べよ……何度やられてると思ってんだよ」 「な、なにビビってるんだよ! 翼! 相手丸腰じゃねぇか! それに一人だろ! 何人集めてるんだよ……今日はすげぇ数じゃねぇーか……」 「そ、そうだよ! こんなヤツにビビってんじゃねぇよ!」 「そ、そうだよな……ちきしょう! ま、間宮ぁ! 丸腰で吼えてるんじゃねぇぞ!」 「丸腰?」 「ああ、そうだ……こっちは15人……しかも武器ありだ!」 「ぁ……あれ? 11人しかいなくね?」 「あらあら本当だ……11人しかいないよ」  揃ったメンバーの顔を数えて足りないことに気付き、理由が分からず急に慌て始める。 「……あのさ、俺ね……この辺りの人間片っ端からシメてるんだよ……俺の顔みたら即刻逃げる人間だって多いんじゃない?」 「るせえよテメエらっ! ちょっと人数が減ったくらいなんだ、こっちには武器があって有利なことに違いはねえだろ」 「ああ、武器って……たとえばこれとか?」  さりげなく間宮くんはポケットからナイフを取り出し、慣れた手つきで素早く刃を起こす。 「それっ、私のエストレイマ」 「ナイフはキモオタの大事なアイテムなんですよ…城山君……」 「ち、ちぃ……」 「なあ、やばいって……間宮くんに逆らうとやばいって……絶対に……」 「ふぅ……なんですか、城山君だけですか……他は戦意喪失? そんな、つまらなすぎるでしょ……」 「では、これならどうです?」 「なっ、どうして!?」  間宮くんはせっかく手にした唯一の武器を、ためらうことなく背後の暗闇へ放り捨ててしまう。 「はあ゛っ! てめぇどこまで舐めてるんだよ!」  案の定、この挑発に城山は両目をつり上げて怒りまくり、火に油を注ぐ結果となる。 「間宮……無謀すぎるっ……」  呆然としながら呟いた希実香と同じく……私も間宮くんの考えていることが分からない。 「はっ、これならいけるんじゃね?」 「だったら早くやっちゃいな! こんなひょろっちいヤツ余裕だろ」 「そうだよ、どう見ても強そうじゃないじゃんか」 「いや……あんたらは、あの人が暴れてる姿見たことないからそんな事言えるんであってね……だいたい自信あるから捨てたんだろ……ナイフだってさぁ」 「いや、ここでやらないと、お前だっていつまでも間宮にぶん殴られ続けるぞ!」 「そうなんだけどさぁ……うーん」 「敵を目の前に作戦会議とかやめません? やるかやらないかはっきりしてくださいよ……」 「情けねえぞお前ら、ここで男を見せろよっ! さっきから舐められっぱなしじゃねえか」 「ほら、翼も黙ってんじゃねーよッ!!」 「お、おお! 間宮てめぇ!」 「さあ早くしろよ……、俺も今日あたりが限界なんだわ……明日になったら、もう少し穏和なヤツが死ぬまで間宮卓司の担当になるらしいんでなぁ……」  限界? 担当? 穏和? 彼は声を低くして何を言ってるんだろう……。 「さぁ……おまえらを苦しめてきた俺に復讐するならこれが最後のチャンスだ……」 「ああ、やってやるよ! ここでてめぇをボコボコにしてやんよ!」 「だから座敷犬みたいに吼えるなっての……とりあえず全力でかかって――」 「うりゃあああああ!」  すると城山は間宮くんの言葉が終らぬうちに木刀をふりかざし、 「間宮くんっっ!!」 「っ!」 「ふぅ……」 「――う゛ぁ」  縦一閃に振り下ろされた木刀はそのまま振り下ろされ、地面にめりこむほど激しく叩きつけられた。  いかにも派手な攻撃であったが、その動きは絶望的なほどの隙を意味する。  身体を斜めにするという最小限の動きで間合いを詰めた間宮くんの手が相手に触れる。 「がぁっ」 「木刀の素振りからやり直した方が良いですよ……力一杯振り下ろすなんてどんだけ素人ですか……」 「う、嘘……」 「す、すごい……」 「歩けば即武道……覚えておいて損は無いと思いますよ……」  のど仏に指が突き刺さる……急所を突かれた城山はその場に崩れ落ちる……。 「あ、あがぁが……ぁ……ぐぅぁっ……ぅ……おぉぅ……」 「これは演武などでは無いので……触れるだけで終わる場所しか狙わないですよ……」 「ほらね……やっぱり間宮くんに勝てるわけないんだからさぁ……」 「ちきしょう! 複数で同時に行けば問題ないんだよ!」 「俺パスな……間宮くん、俺は最初っから逆らってないからね」 「ああ、分かった……んで飯沼と横山は?」  間宮くんはちょっと残念そうな表情で――それでいて悪魔のような威圧感に満ちた低い声で問い質す。 「ぉぉ、おいっ、飯沼! 潔! お前ら男だろ!」 「え? ま、まぁそうだけど……」 「なあ、同時なら問題ないだろ……いくら間宮でも……」 「そうそう、同時で来るといい……そんだけ得物があれば恐くないでしょ? ほら、俺は丸腰ですよ?」 「それじゃ、お望みどおりボコボコにしてやるぜ!」  若干怯えていた不良達は気を取り直し、互いに目で合図をしながら今にも間宮くんに飛びかかろうとする―― 「ぐぅああぁっ!!」 「……あれって、希実香の……?」  間宮くんは襲われそうになった直前、背後から取り出したフラッシュライトを点けて敵の視力を奪っていた。 「俺が丸腰だなんて、バカですね君たち……ケンカに嘘は付き物ですよ」 「ぐぅっ……くっそぉ見えねえ……――あぐぅあ゛ッ……」  音を立てて、間宮くんから最も近い位置にいた西村が呆気なく倒れて苦悶の声を洩らしている。 「えぇっ? あんな簡単に……??」  間宮くんは西村の手を軽く捻っただけなのに、敵対者の身体は大げさに宙を舞って強く叩き落とされたのだ。  しかも西村だけではなく、まだ視力が回復せずに両手を振り回しているだけの者たちが次々となぎ倒され、嫌な音を立てて地面に転がっていく。 「相変わらずだね……間宮くんのって古武道って言うの?」 「そうですね……そんなもんです……」  さらに獲物たちを軽々と地面へ叩きつけていく最中も、すごく落ち着いた声で答える余裕ぶりには心底驚かされる。 「……さて、残った連中の視力も回復してきたようだし……」 「げぇっ!?」  飯沼が絶望的な声を吐いたのも無理はない。  間宮くんは視力を回復した敵たちに対抗するため、どこからか日本刀を取り出して隙の無い構えを披露したのだ。 「ちょ、ちょっとそれ……本物? マジ洒落にならないでしょ……」 「安心しな、本物ではあるけど刃は削り落としてあるから切れねえよ」 「……ぐぁ」 「ほら、痛くなかっただろ?」  すっかり怖気付いて戦意を喪失していた飯沼へ、間宮くんは刃を潰したらしい刀を斜めに振り落とし、一言話す暇も与えずその場へ容赦なく崩れさせてしまう。  いくら切れなくしてあるとはいえ、鍛えられた鋼の塊を高速で叩きつけられたら半端ではない破壊力を発揮するはずだ。  もしかすると、飯沼の鎖骨は砕けたかもしれない……。 「さあ、残りの人も遠慮せずにいらっしゃい……」  間宮くんがほくそ笑みながら手招きすると、武器を手にした男たちがプライドを傷付けられて次々に挑みかかっていく。  ………………。  私は目前の恐ろしい光景を見ていられなくなり、思わず目を背けて沈黙する。  …………。  まだ人体を破壊する無慈悲な音が聞えてくる……。  ……。 「ん? もう終わりか……威勢だけのヤツらだったな」  ふと暴力の音楽が鳴り止み、間宮くんの物足りないような声がしてから、私はやっと前を向いて周りを見た。 「っ……」 「こ、これ……」 「城山だけは特別扱いだが、他の奴らはいくらか手加減してやった」 「でも……みんな血だらけじゃないですか……」 「そだね……でもこれぐらいやらないとねぇ……」  そう言うと間宮くんはニヤリと笑う……。  私はその笑みにぞっとした……。 「ぁゎゎ……わっ……ゎゎっ…………」 「これで残りはお前ら二人だけ」  間宮くんは、怯えて腰を抜かしためぐと聡子へ大股に歩み寄って行く。  その表情は相変わらず冷静なままなので、野生的な粗雑さを少しも感じられないのがかえって怖ろしい。 「どうしようかなぁ……この娘達……」  鈍く光る日本刀を背負い悠然と立つ間宮くんは、すっかり血の気が失せためぐと聡子を鋭く一瞥すると、一仕事終えた満足そうな顔で私たちに問いかけた。 「いつぞやの城山みたいに刃物で腕を貫通させるか、それとも鼻と口に枝をつめて何度もぶん殴るか……」 「両耳に枝突っ込んで殴るのもいいかも……倒れた方向の鼓膜がやぶける感じ?」 「――っ!??」 「なかなか機会が無かったけど、昔から一度やってみたかったんですよねぇ……そういうゲーム」 「…………」  ……なんだろう、冷静だったはずの間宮くんの表情が複雑に変化しているように見える。  敵対する相手をとことん傷つけ、心さえも破壊して楽しむようでありながら、その裏で自分を“ろくでなし”と責めているような脆さを感じてしまう。  見ているこちらが……苦しくて息が詰まりそうになる。 「いえ、もう十分ですから」 「……高島」 「もう十分です……これ以上傷つける必要は無いと思います」 「……必要ねぇ……ですか」 「ならさ…質問なんだけど……人が人を傷つけるのに、理由なんてあるのか?」 「え?」 「いじめられ続けたあんたが一番知ってる事じゃないのか……それと橘……」 「……間宮」 「ふっ……少し頭に血がのぼってたな……」 「まぁ……いいや、あんたらがそれでいいのなら、もういいさ……あぁ、そうそう――」  間宮くんは思い出したように後ろへ向くと、何か小さな物を蹴って希実香の手前まで転がした。 「……私のエストレイマ…………」  間違いなく、それは希実香から奪っていた無骨な折りたたみ式のナイフ。  しかも投げ捨てた時には刃が出ていたのに、――きっとその刹那に片手で折りたたんだのだろう、鋭い刃は見事に柄の中へ収められていた。 「俺とお前の指紋が付いているからな、ここにあると良くないだろ」 「……あ、うん」  希実香はゆっくりと手を伸ばしてナイフを取り、見定めることもなくそのままポケットにしまう。 「じゃあな」  すでに私たちへ背を向け、歩き出してから別れの言葉を告げる間宮くん。 「……」 「……」  私たちは挨拶を返すべきなのに、なぜか……別れを言葉に出すのがためらわれたのか……失礼と思いつつも、無言で彼が闇に消えていく相を見送った。 「ぅぁ……ぁあっ……ぁぁぁ……」 「ひぁっ……ぅぁ……ぁ…………」  地面にぺたりと腰を下ろしためぐと聡子は、絶えず私たちに目をやりながら言葉にならぬ声を小さく洩らし続けている。  彼女たち自身は無傷であるにも関わらず、頼りにしていた多数の男たちが人形のように破壊されていく様を見て肝を潰したのだ。 「どう希実香、立てる?」 「……大丈夫……」 「分かった、家まで一緒に帰ろうね……」  私はダメージの蓄積が大きくてフラフラしている希実香に寄り添うと、そっと彼女の腕をとって肩に回し、 「……っぅ……私……無力だった……」 「何言ってるのよ」 「最終的に私はざくろを守る事が出来なかった……私は何も……」 「そんな事ないよ……そんな事……」  悔しそうに俯いてすすり泣く親友に心からの賞賛を与え、強く抱き締めてあげたい衝動を必死に堪える。  なぜ? 彼女の身体は傷ついているから抱き締めると痛むだろうし、何より気高い人だから、そんなことをすれば余計に自分を責めてしまうだろう。  これまでの私は毎日を生き地獄のように感じ、慢性化した恐怖に押し潰されそうだったけど、こんなに素晴らしい友人と巡り会えて考えが大きく変わった。  ………………。  …………。  ……。 「私……人間……私……人間……」 「ごめんなさい……ごめんなさい……神様……」 「めざわりだから……めだたない様にするから……だから……」 「なに? これ? 壊れたごっこ?」 「うわ……まんまじゃん」 「あ……ごめんなさい……ごめんなさい……私……何もしないから……」 「でもさ……まずくない……これ……」 「何が?」 「いや、この状態ってさ……まずいでしょ」 「だから何がだよ!」 「昨日のって……ばれたら完全に犯罪だよね」 「何が? 私ら何もやってないじゃん。あれやったのって翼達だし、それにどう見ても両者合意だったろ、あれはさ」 「……まぁ、たしかに感じてたらしいけど……でもクスリ飲ましたのばれたら、もっとまずいんじゃねぇの?」 「ごめんなさい……ごめんなさい……私は……」 「大丈夫だよ。ちゃんとこいつも学校来てるじゃん」 「まぁ、そうだけどさ……こいつは風邪でも学校来るだろ……親厳しいんじゃね?」 「って事は風邪みたいなもんって事でしょ? 親の判断的にはさ」 「親の判断を信じようよ。たぶん明日になれば徐々に回復するでしょ。あれだよ人間の心って結構頑丈なんだよ」 「頑丈ねぇ」 「そうそう、私なんかもさ、すげぇ鬱な時とかあって、もうズドーンと来ると動けないのよ。マジ死ぬしかないぐらいの勢いで」 「でもさ、数日耐えれば、がんばれば超えられるからさ」 「クラブとか行ったりして遊べばいいんじゃね?」 「そうだよ。私だって初体験とか全然わけわかんない男だったけど、こうやって生きてるじゃん」 「ああ、そういえばめぐってクラブで犯られたんだよね」 「そうそう、私なんか数人相手だよ。処女なのにさ」 「もう……何も望みませんから……何も……」  何も……。  何も望まないから……。  もう……。  ああ……間宮くん……。  間宮くん……。  私……。  処女じゃない様な私なんか何の価値もないよね……。  もう私は望めない……。  何も望めない。  虫けらがおこがましい、  何も望まない。  汚い虫なんか……糞溜めの穴……。  単なる穴だから犯されて当然……、  間宮くんになんて触ってももらえない……。  汚いから、  汚れてるから、  臭いから、  売女だから、  病気もちだから、  虫だから、  恋なんかおこがましい、  レ○プされてればいい、  どっかの男の性処理でもしてればいい、  死ねばいい。  無惨に死ねばいい。  蛆がわいて、  肉が腐ってはじけて、  異臭を放って……、  死ねばいい。  糞穴……。  死ね……。 「いや……死にたくない……」  生きる価値なし。死ね。 「ごめんなさい……ごめんなさい……死にたくない……死にたくない……死にたくない……」  何言ってるの?  きめぇ。  穴のくせに。  死ねよ。  死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ。 「死にたくないよ……なんで私……」  虫だから、  糞穴だから、  ブスだから、  虫だから糞穴だからブスだから虫だから糞穴だからブスだから虫だから糞穴だからブスだから虫だから糞穴だからブスだから虫だから糞穴だからブスだから虫だから糞穴だからブスだから虫だから糞穴だからブスだから虫だから糞穴だからブスだから。  生きる価値がないから、          きめぇから、               人間じゃないから、 「私人間……私人間……わたしにんげんわたしにんげんわたしにんげんわたしにんげんわたしわたしわたしわたし……」  うぜぇ。  きめぇ。  きめぇ売女。  ブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブス。  ブス(笑)           非処女(笑)                    肉の穴(笑) 「ごめんなさい……ごめんなさい……わたし……ごめんなさい……わたしわたし……」 「神さま……」 「何?」 「私は私は……」 「くせぇー」 「なんかお前臭くない?」 「うはっ」 「私……私……私……わたしわたし」 「私は神様です」 「神様は全知全能ですごい事になりました」 「君の疑問難問を答えてコペルニクス」 「わたしもう……何も望みませんから……わたしわたし……」 「そうですか! 何も望まないですか!」 「だから……だから……だから……」 「ならまずあなたは息を吸うのをやめてしまいまショウぺん はうわー」 「はうわー」 「死にたくないです。死にたくない……死にたくない……私望みませんから死にたくない……」 「はうわー」 「うそだよ〜ん。へろんへろ〜」 「どうしたの? 高島ざくろちゃん? そんな泣いてたら分からない事がアッター! ルッター! 宗教革命!」 「30円になります……」 「わ、わたし……わたし……」 「30円払うと、救われます」 「す、救われる?」 「30円でスムーズに救われ隊!」 「30円で魂を売れ!」 「どうせ身体は売ったんだ!」 「売ってない……わたし身体を売ったわけじゃ……わたし……」 「この淫売!」 「違うんです……違うんです……わたし……わたしは……違うんです」 「はい、違いますね」 「神様は分かって合点ですよ」 「合点と合体は似ています」 「合体とはつまりSEXの隠喩!」 「SEXとはファックのメタファー!」 「ファック! こら! てめぇ! ファック好きよ! ファック好きよぉおお! ファック好きぃぃいいい!って叫べぇええ!」 「わたしそんなのいや……そんなの嫌いです……わたしそんなの嫌なんです……」 「分かります」 「でも間宮くんにはHしてもらいたかったんだよねー」 「そ、そんなHなんて……私っ……」 「嘘つけ!」 「てめぇ! マ○コ濡れ濡れだろ!」 「そんな事ないっ。私は間宮くんの事をただ好きなだけです。私は私は」 「安心安心」 「大丈夫だよ。その清らかな心を神様は知っています」 「神様はすべてを知っています。ざくろちゃんのマ○コが臭い事もお見通しです」 「ひどい……もうひどい事いわないで……もうわたし……」 「気にしなくていいんじゃない? 臭いのはしょうがないよ」 「そんなわたし臭くなんてないのに……そんなんじゃないのに……」 「知らない人のチ○コ入れたり出したりあれだけされれば、臭くもなるよ! このクソバカま○こ!」 「っ?!」 「マ○コが臭くない清らかな君は昨晩終了しましたので、今日からはマ○コが臭いざくろをお送りします」 「新番組! マ○コが臭い高島ざくれろ!」 「うそだよ〜ん。へろんへろ〜」 「あははははははははははははははっっ」  もうすべてが……。  私には何も残っていない……。  だからもう……私には……私には……。 「そんな事ないっ」 「君には無限の可能性が残っているのだよ」 「神が言う」 「無限の可能性は君の手に!」 「30円!」  頭が割れそう……。  寝てないから……寝てないから……寝てないから……こんな……こんな……。  別におかしくなったわけじゃない……。  頭が……。  頭が……あたま……あたま……。 「頭が30円! 身体は3万円! これ売春の常識っ」 「物価が高い! 誰が政治をしとるっっ」 「でも君の身体はホテル一泊代! 安い! 今こそ買いだ!」 「ファック好きよ!」 「言ってごらん? ウールだよ」 「ファックなんて好きじゃない……ファックなんて好きじゃない……ファックなんて好きじゃない……」 「マックとかおしゃれ〜。おしゃれ手帳に書き込みを了解しましたぎゃははははははははははははははははっはははははははははははははははははははははははは」 「屋上に…… キター!」 「空が高い! たばこがうまい! 禁煙特急中!」 「あっ。間宮くんっっ」  私は隣の棟に駆け寄る。 「……あれ? 君は……」  優しい笑顔で間宮くんが答える……。 「……高島ざくろですっっ、好きです間宮くん!」 「でも非処女でしょ?」 「え?」 「中古物件にはお答え出来ません」 「中古物件を排除しろー」 「ニコイチ!」 「あ、あのですね……シラノの……」 「あー貸してた本が臭くなったよーなんだよー臭い臭い臭い臭い臭い、売女の臭いじゃん」 「そ、そんな、ちゃんと何度もお風呂入ったし、なんども洗ったし……間宮くん」 「それはそれは、こちらも貸した甲斐があったというもんだね」 「言ってごらん……シラノのセリフを……」 「あ、あの……詩人!」 「売女!」 「淫売!」 「虫けらで……」 「かつ……糞穴……」 「神様だよ」 「あ……ああ……あ……」 「神様はお見通しだ!」 「シラノ・ド・ベルジュラックとか気取ってんじゃないよ! お前なんて携帯のエロサイトでも読んでますか!」 「とてもテンポが良くて気持ちいい翻訳だからマ○コも濡れますか!」 「違う……違う……わたし……わたしは……もう……わたしは……」 「そんな事ないそんな事ないそんな事ない……ひどい事いわないでひどい事いわないで……」 「い、いや……いやぁああああああああああああ」  「よぉ、間宮ぁあ」  「し、城山くん……」  「なぁに、ビビってんだぁ?」  「いや、そ、その……」 「……」  あれは間宮くん……。  誰かにひどい目にあわされているんだ……。  「オレとオマエは友達だろぅ?」  「だからよぉ、友達のよしみで金貸せや……」  「そ、そんなぁ……昨日も貸して……」  「いやぁ……昨日は惜しかったんだよぉ……」  「もー少しで、4−5だったのに、途中で落馬しやがってよぉ……ありゃぁ絶対に八百長だぜぇ。オマエもそー思うだろ?」  「あ、うん……」  「八百長ぢゃなかったら、絶対に来てたんだぁ……てぇ訳で貸せや」  「そ、そんな事言われても……」  何も不良に言い返せないんだ……。  何も出来ない……。  なんかへらへらしてるだけ……。  なんか私みたい……。  「友達が金に困ってんだぜ……少しくらい都合してくれても良いだろ?」  「……」  「穴に入りゃぁ一気に返せんだ……オマエ、知らねぇなぁ? ウチの○レックスもそれで買ったんだぜ……」  「なにが言いたいんだよ?」  「いやぁ……城山くん……かなり前からその話してるから……」  「あああん? なんだと」  「いや、ごめん、ごめんなさい、なんでもありません……」  「うだうだ言ってねーで、とっとと出せばいいんだよぉ……」  「あのさ……あっちにいる女もお金持ってるんじゃない? あれって高島ざくろだっけ?」  「なんか無駄に巨乳だよね」  「あいつは肉便器専用なんだよ。おまえは俺の財布なんだよ」  「あ、ごめん……」  最低……。  こいつも同じだ……。  他の連中と……。  そうなんだ……。  私が好きな人なんて……こんなんだ……。  あれなんだ……。  嘘は……あのかっこいい間宮くんだったんだ……。  私はあの嘘の間宮くんを本物に出来なかったんだ……。  ああやって弱い人間は、踏みつぶされて生きていく……。  最低……。  ここは最低な事ばかり……。  「そうやって落ちていけば楽?」 「……」  「でも……ちゃんと目を開いた方がいい……」 「……うるさい」  「目の前……ちゃんと目を開けば分かる……」 「……」  「じゃないと……」 「……ほうっておいて……もう」 「もう……いい……どうでも……」  「死ぬ……」 「いやぁあああああ!」 「目開いてる?」 「あなたは……」 「音無彩名……」 「どうして……」 「もしかして……私今まで夢を……」 「そ、そうだよね……今までのは夢だよね……だってさっ」 「そいつを刺せ!」 「っ」 「耳を貸す必要はない……あれに何の力もない……」 「力ありすぎ。だって神様登場」 「何も出来ないから、ああやって人の心に忍び寄る……無力なもの……」 「あ、あなたは……」 「音無彩名……」 「これって……何なの? 私は狂ってるの? なにあの巨大なおじさんの顔? どのビルよりも大きいじゃない! あんなのあるの?」 「さぁ? 私はお医者さんじゃないから、そんな事知らない……」 「でも……私に見えるものが分かるんでしょ……」 「なら答えは簡単……」 「①……あなたも私も狂ってない」 「②……あなたも私もくるくる狂ってる……」 「どっちがお好み?」 「ふざけないで!」 「そうだ! そいつを刺せ! ざくろカッターだ!」 「あ、ポッケに入ってるからね」 「……」  ポケットを探ると、中からカッターナイフが出てくる。 「そうだ! ざくろカッターは紙をも切り裂く! あ、ちなみに今のは神と紙をかけた! グッドラック!」 「カッターナイフじゃ……人は殺せない……」 「そんな事聞いてない……」 「目を狙え! 目超弱点!」 「答えて!」 「なんで私ばっかりこんな目にあうの! なんで! なんで!」 「よし、ここでざくろイヤーだ!」 「ざくろイヤーでありもしない情報を全部聞き出せ!」 「ざくろイヤー……?」 「なんで私はこんな目にあうの!」 「それは……メール受信ですっ」 「え?」 「メール……」 「……見たら?」  ……。 ――――――――――――――――――――――― 2012/7/10 12:52 from  宇佐美 subject 追記 ――――――――――――――――――――――― たぶんあなたはずっと苦しんでいると思います。 でも、あなたが苦しいのは、あなたの存在が正しいからにすぎません。 正しいからこそあなたは苦しむ事になってしまいます。 でも、あなたを苦しめる正しくない者は死にます。 近いうちにあなたを悩ましていた問題が一つ消え去ります。 「これ……」 「ぼくもそう思います」 「正しいから死なない!」 「悪は滅びる死」 「……わたしを苦しめるのは……」 「私を苦しめるのは」 「やっぱり……」 「おまえらが間違っているから!」 「おまえら全員がっ」 「赤坂も北見も…希実香も……間宮くんだって……そして……」 「音無彩名! あなたが私を苦しめる元凶なのか!」 「なぜそう思うの?」 「あなたと話していると……私、気が狂いそうなぐらい、苦しい」 「でも、それは私と会う前からそうなはずよ」 「っ」 「知らない男に犯されてからじゃない?」 「え?」 「レ○プされてからじゃないの?」 「……おか……され……」 「わた……し……」 「人形みたいに無惨に……男のなすがまま……」 「あ……ああ……」 「今だ! 目を狙え!」 「いやぁあああああああああああああああああ!」 「わたし、わたし、わたし、わたし……」 「そうだ……犯されたんだ……男に男に男に……わたしわたしわたし……」 「よごされたよごされたよごされたよごされたよごされた……よごされたよごされた……」 「汚い汚い汚い汚い汚いきたない汚い汚い汚いきたない汚い……」 「私は……わたしわぁ……」 「!?」 「何?」 「コレは何なの?」 「なにこの禍々しいものは……」 「これって……」 「……窓を良く見てごらん……」 「ほら……窓から外を……」 「……これって……」  空を覆う……黒い影……。  どこまでも続く憂鬱な黒い影……。  まるで世界の黄昏……。  憂鬱の風景……。 「見たことある……」 「いつかの夢で……」 「それか……」 「もっと遠くのどこかで……」 「終ノ空」  影がふってくる。  人の形。  人の形の影が……空からふってきて……そのまま。  はぜた……。  ひどい音……。  糞しかつまっていないんじゃないかしら……。  そんな音。 「キャァァァァァ!」 「誰か飛び降りたぞ!!」 「飛び降り……なんだ……」 「人がふってきて……はぜて」 「空から……地面にはりついて……」 「ほんとかよ!?」 「ホントウよ……だって見たから……」 「えっ? どうしたんだよ?」 「えっ、マジ!?」 「どこどこどこ?」 「みんな窓際に群がっている……」 「まるで腐臭に群がる蠅みたい……」 「うれしそう……」 「腐った臭いが大好きだから……」 「みんな頭がおかしいから……みんなすごく汚くて……みんなすごく虫けら様だから……」 「だから……みんな楽しそう……」 「糞虫だから……」 「私を苦しめる……糞虫どもだから……」 「あれって……」 「あれってさ……三組の城山じゃない?」 「そうだ! あいつ、城山だぜ!」 「何で? 何で飛び降りたの?」 「んなの知るかよ!」 「城山?」 「あー、赤坂めぐの彼氏か……」 「あいつ死んだんだ……」 「そうなんだ……」 「そうだよね……当たり前だよね……」 「だって私を犯したヤツでしょ?」 「私を踏みにじったヤツでしょ?」 「私が正しいから……」 「糞虫だから……それがゆるせなくて……」 「なら、他も死ぬの?」 「城山と一緒にいた……あの沼田とかいうヤツは? もちろん赤坂めぐと北見聡子……」 「死ぬんでしょ?」 「ふふ……、ふふふふふ……、死ね……死ね……」 「はぜて死ね……砕けて死ね…どうせ糞虫に相応しいちっぽけな脳味噌しか入ってないでしょ……」 「糞虫にふさわしい糞しかつまってない内臓でしょ……」 「そんなのいらない……臭いし……」  “あなたを取り巻く不幸の1つは明日解決します”  私を取り巻く不幸の一つ……。  これが一つの不幸……。  でも足りない……。  私の不幸は一つじゃない……。  私の不幸はもっと沢山……。  もっと沢山死なないと……いけない。  虫けらがもっと死なないといけない……。 「あ……返事かかないと……」 「えっと……あ……これだ。宇佐美さんのメッセージ……」 「えっと……」 「ありがとうございます……おかげさまで私を取り巻く不幸の1つは解決しました」 「でも、私にはまだまだ沢山の不幸があります。それは解決しないのでしょうか?」 「それが解決しないと、狂ってしまいそうです」 「お返事お待ちしてます……」 「えへへへ……」 「高島さん……」 「……?」 「あなたは……音無彩名……さん」 「高島さん。そっちに行ってしまうの?」 「そっちってどこかしら?」 「間違った道」 「あら? なんの事かしら……だいたいいきなり、人の事を間違ってるなんて……」 「城山くんの死は、高島さんが考えてるような事じゃない……」 「ならなんなのよ?」 「いつも屋上で懸垂ごっこしてたから……沼田くんと城山くん」 「懸垂ごっこ……ふーんそうだったんだ……」 「そうだとして……私の考えている様なって何の事かしら?」 「あれは単純な事故……そう考えた方がいい」 「世の中に単純な事故なんてあるの? 一つの事故に至るまでの説明なんていくらでも難しく出来るんじゃなくて?」 「……ここで止まらないと……すべてが動き始める」 「動き始める?」 「たぶん、高島さんの選択……もの凄く危険」 「危険?」 「そう……その選択が沢山の人間の運命を左右する」 「そうなんだ……やっぱり私が人の運命を左右するんだ……」 「そうだよね。私は他の糞虫とは違うから」 「違う……」 「違わないわ」 「……」 「私は正しいの!」 「だからあいつは死んだ!」 「そうよ! だから死んだの!」  私は正しい。  私は間違ってなんかいない。  虫けらの世界で私だけが人間だから……、  私は苦しむんだ。  だから、虫けらなんて死ねばいい。  無惨に死ねば……、 「メール……」 「SNSのメッセージ……」 「あっ」  私は急いで携帯電話を取り出す。  さっきの返事がもう返ってきたんだ……。 「えっと……あ、やっぱり宇佐美さんからだ……」 「……」 「何これ……」 「高島さんは間違ってます……」 「っ」  またこんな……。  こいつらも……やっぱり。  ……。 「……」  そのままメールを流し読みする。  ……。 「え?」 「私の間違いって……こういう事……」 「私は……」  そうなんだ……。  私が間違っていたのは……そういう事なんだ……。  会わなきゃ……、  私は……仲間と会わなきゃ……。  そうしないといけない、  会わないと……いけない。  私の間違いの本当の理由を知るためにも……。 「なんか注目されてるねぇ……」 「……あはは、そだね……」  教室の雰囲気はいつもと変わらず、あまり良いものでは無かった……。  ただ、そこにはかつての様な嫌悪は無く、ただ困惑からのよそよそしさがあるだけだった。  もちろんその困惑は昨晩の事が原因であろう。  あれだけの事件を起こしたのだ……私達が生きてここにいられるのも、警察沙汰にならなかったのも幸運としか言いようが無い……。 「なんか今までとは違うけど……これはこれで居心地が良いもんじゃないね……」 「あははは……たしかにそうかも……」  イジメとは無縁になった感じだけど……今度は赤坂さんや北見さんみたいに、怖がられる形での異質の存在になっている様だった……。  互いに机と椅子の安全を確かめ終えた時に、希実香は私の耳に顔を近づけて囁いた。 「聡子もめぐも今日は来てないみたいだね……」 「本当だ……まだ来てないのかな?」 「まだなのかなぁ……当分来ないんじゃないの?」 「あの二人は怪我とかしてないハズだけど……」 「怪我は無いけど……精神的には相当なダメージでしょ? あれほどの人数を集めて、たった一人の人間に勝つことが出来なかったんだからさ……」 「そうだね……」 「しかし、間宮卓司って、本当に強かったんだねぇ……噂では聞いてたけど……」 「うん……でも、間宮くんって前はいじめられてたとも聞いてたけど……」 「さぁ、実際のところどうなのかね……あの強さはちょっと武術習いましたってレベルでは無かったけどね……昔から相当やりこんでる感じだった」 「そうなんだ……」 「うん……合気道とかに近い武術だったけど、たしか合気道って50年やって強くなれるかなれないかと言ったレベルのもんだからさ」 「50年?」 「そうそう、どんな才能があったって数年で実戦に使える様なもんじゃないみたい……」 「んじゃ、間宮くんは?」 「かなり幼い頃からやってないとあのレベルにはならないし……あと見た感じ相当喧嘩慣れしてたみたい……」 「どっちにしろ、あれがいじめられてたなんてあり得ないと思うけどね……私が思うに、不良の黒幕である事を隠すために自ら流した噂じゃない?」 「自分で流した噂……」  そうなのかな……たしかに昨晩の間宮くんは強かったけど……私が何度か見た間宮くんはそういう感じがする人では無かった……。  なんかうまく言えないけど……。 「……ふぅ、今朝からずっと間宮卓司の事考えてるね……」 「え?」 「まぁ、しょうがないか……実際、ざくろを助けたのはあいつだからさ……ざくろがあいつの事ばかり考えるのも……」  なぜか希実香は悲しそうな顔をする……。  やはり、希実香は間宮くんの事が嫌いなのだろうか……。 「でも良い人じゃない間宮くんって……希実香のナイフも返してくれたし」 「うん……まぁ、そうだけど……」 「希実香が言う様な悪い人では無かったと思うけど……」 「……分かってるよ……分かってる……そんな事はさ……ああ、ごめん、何か私変な事言ったんだね……」  私達を助けてくれた、間宮くんに対して希実香は相変わらず良い印象を持っていない様だった……それどころか、さらに嫌っている様にすら感じた。 「まだ、間宮くんの事を嫌ってるの?」 「嫌ってるか…… いや、相変わらず好きではないよ……助けてもらっておきながらこんな事言うのも変だけどさ……でもそれよりも……」 「それよりも?」 「自分の無力さに腹が立つ……」 「あ、いや……別に……何でもない……何でも…… そんな事よりも、あの男、私やざくろの事を玩具呼ばわりしてたじゃん、最悪だ」 「あ、いや……あれはたぶん言葉の綾で……」 「だとしても許せないよ……ったくやっぱり男って下品な生き物だよ、間宮だけじゃなくて、昨夜の事でそれを痛感したよ」 「ふぅ……」  何で希実香はこんなに間宮くんの事を毛嫌いするんだろう……何度か話している感じを見ると、結構仲がよさそうなのになぁ……。  そういえば間宮くん……今日は学校来ているのかなぁ?  昨晩はあんな事あったけど、間宮くん自身は無傷だったし……学校休む理由なんて無いよね……。  ただ、彼は少し気になる事を言っていた……。 「さあ早くしろよ……、俺も今日あたりが限界なんだわ……明日になったら、もう少し穏和なヤツが死ぬまで間宮卓司の担当になるらしいんでなぁ……」 「さぁ……おまえらを苦しめてきた俺に復讐するならこれが最後のチャンスだ……」  あれ……どういう意味なんだろう……。  あの場では不自然な言葉だった。  最後のチャンスって言うのも分からない……。 「……」 「そんなに気になるなら……間宮卓司のところ見に行ってきたら?」 「え?」 「たぶん、あいつなら屋上にいるんじゃないの?」 「聞きたい事……話したい事……沢山あるんでしょ……あいつと……」  希実香は優しく微笑む。 「うん……そうだねありがとう……」  だけど、何故なのだろう……何で希実香はどんどん悲しそうな表情をするのだろう……。 「う、うん……」 「あいつが昨夜最後のチャンスだとか限界だとか言ってたのが気になるんでしょう」 「そうだね……気になる……」 「あはは……正直なんだね……ざくろ」 「だったら、すぐにでも聞いた方がいいんじゃない? 世の中には手遅れになる事だって沢山あるじゃん。今やらないと今言わないといけない事って沢山あるじゃん」 「たぶんさ……今言わないと手遅れになるかもしれない言葉って沢山あると思う……」 「……」 「あはは……なんだよ神妙な顔して私見てさ、今のは一般論だよ一般論として……そういう事ってあるんじゃないかなぁ……って思っただけでさ」 「とりあえず……行ってきなよ……行っていろいろと話してくると良いよ……」 「それにさ……」 「ざくろを守れるのはあいつだけだから……これからまだ、赤坂達の復讐が続かないとも限らないわけだし……」 「でも、それだったら……希実香だって間宮くんに……」 「私はあいつに助けられるなんて御免被る! 私は私でどうにかしてやるっ」 「っ……」 「あ、ごめん…… なんだろ、なんで私、今大声出したんだろう……昨日の今日だからまだ気が立ってるのかな……もしかして……」 「希実香……」 「とりあえずさ……行きなよ……次は昼休みだしさ……なんだったら五時限目の授業は保健室に行ったって先生に言っておくし……」  希実香はそう言うと……その後、私と目を合わせる事はなかった……。  なんでだろう……。  せっかく私達はいじめから自由になれたのに……なんで希実香はイライラしているのだろう……。  私は少しだけ戸惑った……。  赤坂さんも北見さんも午前中に登校してくる事はなかった……なんでも昨夜間宮くんにやられた生徒のほとんどが休みらしい。  何人かは入院したという噂を聞いた……。  昼休み……希実香は私と一言も言葉を交わさずに、パンを買いに行ってしまった。  取り残された私は希実香の提案通りに屋上に行くことにした……。 「……」  間宮くんはいつも通りに本を読んでいる。 「こんにちは……」  これまでは怯え調子だった挨拶も、今回はクリアな明るい声で出来た。 「……ふぅ、またお前か……」  相変わらず面倒臭そうにこちらを見やる間宮くん……この間宮くんは昨晩の間宮くんと同じ雰囲気をしている……。 「今日は猫をかぶってないバージョンなんですか?」 「……何用だ?」 「何用という事もないのですが……昨夜のお礼を……」 「そんなものはいらない……あれは遊びだ……趣味みたいなもんだ……」 「あれが……趣味…ですか?」 「ああ……俺はああやって人を傷つけるのが趣味なんだ……」 「そうなんですか?」 「ああ、そうだ……」 「でも、私は傷つけられるどころか、守っていただきました……」 「お前みたいに無力な人間など傷つけたって面白くないからな……人を壊すならなるべく頑丈な方がいい……ただそれだけだ……」  私は間宮くんが読んでいる本を見る……。  毎度のことながら、間宮くんが手にしている本はなにやら難しそうだ……。 「今日は何を読んでるんですか?」 「さぁな……そんな事お前には関係ないだろ……」 「えっと……学識ある無知について……って書いてあります」 「ふぅ……ああ、そうだニコラウス・クザーヌスだ……」 「学識についての本?」 「神学の本だ……」 「神学って……キリスト教とかですか?」 「ああ……キリスト教とかだ」 「えっと、間宮くんってキリスト教徒だったんですか?」 「んなわけないだろ……俺は宗教が嫌いだ……」  今まで感情の起伏らしいものを出さずに喋っていた間宮くんが、何故か“宗教”の一言にだけ声を荒げていた。  間宮くんは宗教が嫌いなんだろうか……。 「き、嫌いなんですか……あはは、ごめんなさい……好きだから読んでるのかと……」 「宗教が好きじゃないと、神学の本を読んではいけないという理由でもあるのか?」 「あ、いいえ、そんな事はないと思いますけど……お、面白いんですか嫌いなものを読んで?」 「全然」 「面白くないんですか?」 「高尚すぎて意味が分からん……」 「高尚すぎて……でも読むんですか間宮くんは」 「ああ……」 「どんな本なんですか?」 「題名まんまな本……」 「んじゃ、学識がある無知の話なんですね……」 「そうだ……」 「そうなんですか……」  全然会話が成立しないなぁ……。  会話はすぐに分断されてしまう……本当に以前この場所で会った間宮くんとは全然違う……。  私はとりあえず、どうやったら会話になるんだろう……と考える。お話するにも会話にならなければどうにもならない……。  ……そうだ、質問しまくれば会話になるんじゃないかな? 「えっと……主にどういうところが分からないんでしょうか?」 「だいたい〈万遍〉《まんべん》なくおしなべて意味が分からん……」 「そ、そうなんですか……あ、でも具体的に……」 「……」  間宮くんは私をにらみつける。  し、しまった……いくら何でもしつこかったっ。 「たとえば……ある画面に円が映っているとする……」 「はい……」 「その円の円周のどこでもいいから点を決めて、その点を中心にどんどん大きくしていく……そうするとどうなる?」 「はみ出してしまいます……」 「そう……はみ出した部分は曲線となって見えるだろう……だが、この曲線がもし無限の大きさを持つ円だったら、どうなる?」 「え? 無限の円ですか? えっと……どんどん曲線は緩くなっていくんですよね……」 「ああ、そうだ……円が大きくなればなるほど、曲線はかぎりなく直線に近づいていく……」 「だが、これが無限だったらどうなると思う?」 「どうなるんですか?」 「クザーヌスは、それは直線になると言っている」 「なるんですか?」 「ああ、数学上はどう考えても直線になるな……円に任意の点ABをつけて円周ABの中心点をC、さらにABを結んだ直線の中心点Dとして考え……曲線ABが無限に緩やかになっていくのを考えれば分かりやすい……」 「そ、そうなんですか?」 「数学の授業で循環小数の時に習わなかっただろう……」 「えっと……そうでしたっけ?」 「まぁ……循環小数0.999...が1と等しいという事を理解出来ない……その事実に拒否反応をしめす学生は多いらしく、教えるのがやっかいらしいと教育現場では嘆かれる事も多い……」 「循環小数0.999...って要は無限に9が続く数字ですよね、これって1と等しいんですか?」 「実解析は複雑だけど……分数を使って考えれば比較的理解は容易だ……たとえば、1/3=0.333...だよな」 「はい」 「それなら、2/3=当然0.666...となる」 「だったら1/3の両辺を3倍にしたとしたら、3/3=0.999...となると考えられる」 「え、えええ? たしかにそうですけど、変ですよそれ……だって3/3=1だから……」 「だったら、どこからおかしいか考えてみればいい……」 「どこからおかしくなったんだろう……えっと……」 「考えても無駄だ……どこも間違い」 「1/3=0.333...これを受け入れるのならば、必然として3/3=0.999...を受け入れなければならない……」 「だとしたら、3/3=1である事実と3/3=0.999...が無矛盾になるためには、たった一つの事実を受け入れれば問題ない、それこそ“循環小数0.999...は1と等しい”」 「つまり循環小数0.999...は1よりほんの少し小さい何物かでは無く、1そのものだ……無限をとらえるという事はそういうものだ……」 「さっきのクザーヌスの無限の円の曲線は直線になるって言うのも、円周ABの中心点をCと直線ABの中心点D、その距離CDで考えれば、まったく同じ構造になる……」 「そ、そうなんだ……」  う……全然分からない……って言うか……間宮くんって成績良くないって聞いてたけど……やっぱり頭良いんだ。  というかそれ以前に……。 「今の話聞くかぎり、ちゃんとその本を理解しているじゃないですか……理解してないとそんな説明出来ませんよね?」 「ああ……そうだな……」 「な、何が分からないのですか?」 「まぁ、そういう話は面白いと思う……さすがは後生の哲学者に多大な影響を与えた、数学者であり哲学者であると言われた枢機卿だ……」 「彼の主張には、無限という領域内においては、今言った“無限の円の曲線は直線になる”ような、我々有限世界における正反対がすべて一致すると言う」 「無限の前では、世界にあるすべての矛盾は、矛盾たり得ない……」 「無限の中では、世界にあるすべての矛盾が矛盾では無くなる……」 「さて、ならば問題だ……彼はなぜそんな無限にこだわると思うか? 彼の言いたい無限とは何だ?」 「……えっと神学者なのですよ。という事は、その無限って言うのは神様なんですか?」 「そういう事だ……この本はつまるところ“最大者は一者である”……無限であり単一である者……つまり神の無限性を証明するために行われた試論だ……」 「ちょうど0.999...が1である様に、神は一であり全である……」  そ、そうなんだ……良く分からないけど……。 「えっと……私には難しくて良く分からないのですけど……間宮くんは全然理解してるじゃないですか?」 「いや、まったく理解出来ない……」 「?」 「たとえば、クザーヌスは言う“無限は一つである”と……だがそれは嘘だ」 「嘘なんですか?」 「ああ、無限には異なる種類がある……クザーヌスから400年後にゲオルク・カントールにより発見されている」 「無限には濃度がある……それは対角線論法によって証明される……」 「クザーヌスは言う……無限なる神は一つである……だが実際は無限には異なる種類がある……」 「それ以前に……彼の試論自体が、神の存在証明などにはならない」 「彼が言う“無限の前ではあらゆる矛盾が矛盾で無くなるという証明”と“神の存在証明”はまったく別物だ……」 「もっと言えば、三位一体説の正当性を証明するために三角形を……」  えっと……えっと……理解が追いつかない……。  まずクザーヌスって人は神学者で数学者で……数学で神の証明をしようとした……で良いのかな?  だったら、いきなり出てきたカントールって何?  落ち着いて……落ち着いて理解するんだ……。  とりあえず……、 「あ、えっと……カントールって何ですか? 何かソフトとか? あ、それはインストールか……」 「ふぅ……」  あ、やば……また嫌な顔をされた……。 「何の用だ? 俺はおまえを避けるために、いかにもお前が好まなそうな話を延々とした……」 「にもかかわらず、何でお前は無理してまで話しを続けようとするんだ?」 「あの……横に座っても良いですか?」 「ダメだ」  う……いきなり拒否された……でもそんな事であきらめない……。 「それなら正面は……」 「正面もダメだ」 「だったら背後なら……どうでしょうか?」 「背後から見つめ続ける気かお前……まるで幽霊だな」 「はい? それはアリですか?」 「無いだろうな……今までで一番……」 「あの……そんなに私と話するの嫌ですか?」 「……ふぅ、本当にしつこい女だな」 「すみません……私、間宮くんの事を知りたくて……」 「俺を知ってどうするんだ?」 「知る事に理由なんて無いはずです……そうじゃないですか?」 「だってそれ言ったら何で間宮くんは面白くない本なんて読むんですか!」 「俺は面白く無い本など読まない……」 「嘘です! さっき言ってました! 私が“その本面白いですか?”って聞いたら、“全然”って!」  私の今までにない強い口調に間宮くんは少しだけ驚いた顔をした後、苦笑した……。 「くくく……変な女だな……何を真面目にそんな事を……」  間宮くんは空を見つめる……。 「……そうだな。最後に……他の人間に話すのも良いかもしれないな……」 「さ、最後にって……何ですか? 間宮くん転校とかしちゃうとかですか?」 「いや、転校なんてしないさ……」 「じ、じゃ……」  最後なんてまともな言葉じゃない……病気、自殺……他いろいろ考えられるけど……でもまともな言葉としては理解出来ない。 「安心しろ……間宮卓司は死にはしない……たぶんお前が会いたいと思えばいつでも会えると思うし……今の俺より、ずっと優しいだろう……」 「だから基本的には、悪いことは何もないさ……」 「そ、それ意味が分かりません……というか」 「間宮くんは分からない事だらけですっ」 「俺は、分からない事だらけか……」 「はい、なんか会うたびに印象が違いすぎます……」 「印象が違うか……そうだな」 「はい、いくらなんでもその時々によって性格や趣味、行動……考えられるかぎりのすべてが違いすぎます」 「……そうだな」 「そう言えば……ロクサーヌが知っていたクリスチャンは、一人に見せかけて実際は、姿はクリスチャン、知性はシラノ……」 「彼は一人では無く……二人の人間によって演じられていました……」 「知性をかねそなえた絶世の美女であるロクサーヌには、美貌だけのクリスチャンだけでも、知性だけのシラノだけでも、その恋を成就させる事は不可能だった……」 「シラノ・ド・ベルジュラックか……」 「ボクたちは、ただ名ばかりでシャボン玉の様にふくらんでしまった、そんな空想の恋人に恋いこがれている……」 「さぁ、君、受け取りたまえ」 「この空想を、そして本物に変えるのは君だ」 「ボクは恋の嘆きとか書き散らかしたけど、〈彷徨〉《さまよ》う鳥の留まるのを君は見る事が出来る人なんだ」 「さあ、取りたまえ。実はないだけ雄弁だと」 「君にも分かる日が来るから……」 「暗唱まで出来るぐらい読み込んだのか……」 「はい、何度も読みました」 「何でそれほど同じ本を読み込んだんだ……」 「間宮くんだって……何度も読んだんでしょ?」 「……」 「だから私……間宮くんが何を思って、この本を好きだと言ってたか知りたくて……」 「なるほど、間宮卓司が何を思ってシラノ・ド・ベルジュラックを読んだのか知りたくて……自分も何度も読み直したというわけか……」 「それで? お前はシラノを読んで……何を思った?」 「いろいろな事を思いました……でも、何だかすごく間宮くんに当てはまる事……というか重なる部分がありました」 「重なる部分か……なるほど、それはどんな事だ?」 「空想を形にしたのは……二人の男の子……ロクサーヌが愛したのはその空想の一人の男の子……」 「それがどの様に間宮卓司という存在と重なった?」 「あ、あの、もしかして間宮くんって、双子さんだったりするんですか?」 「双子?」 「ま、漫画とかであるじゃないですか……影武者みたいな人がいて……実は双子だったり、そっくりさんだったりとか……」 「ふ、ふふふふ……なるほどね、双子か……間宮卓司は双子である説か……」 「あ、でも……」  あの地下で会った間宮くん、あの時も全然違った。あの時の間宮くんも含めれば、全部で三つ……。 「すみませんっ訂正します」 「どんな訂正だ?」 「三つ子ですか? それか本物一人に影武者さんが二人いるとか……」 「……」 「なるほどね……三つ子で影武者か……そうすれば結構学校休んだり出来て便利だな」 「その言い方……もしかして、全然間違ってますか? 私……」 「どうだろう、わりかし〈良〉《い》い線いってるんじゃないか……」 「なるほど……美女であるロクサーヌに近づくためには……二つの人格が必要だった……美貌と知性……」 「そうか……なんかお前に言われて、何となく納得した……なぜあいつがシラノを好んで読んでいたのか……俺にも分かった様な気がする」 「あいつ?」 「そうだな……俺もあいつも……そして間宮卓司も……何かを成し遂げるために必要だったのかもしれない……」 「何かを成し遂げる? ですか?」  成し遂げる……間宮くんは何かを成し遂げるために、シラノみたいな影武者がいるという事……。  つまり……、間宮くんは一人じゃない……。  やっぱりそういう事なんだ……。 「あの……間宮くんって、それぞれ名前とか違うんですか?」 「……」  間宮くんは何も答えない。ただ私の顔を見つめている……。 「今日の間宮くんのお名前教えていただけませんか?」 「それは出来ない相談だな……」 「何故ですか? 私は今の間宮くんの本当の名前が知りたいです」 「本当の名か……」 「暗唱出来るまで読み込んだ高島に聞きたいが、たとえばクリスチャンの知性を演じていたシラノは自らが何であるかロクサーヌが知る事を望んだか?」 「え?」 「シラノの死の瞬間にロクサーヌはシラノがクリスチャンの知性を演じていた事を知る……ただそれは突発的なもの……事故の様なものだ……」 「死の瞬間までそれを隠し通したシラノは、果たして自らの存在を彼女に知られたいと思ったのだろうか?」  シラノが? それを望んでいたか?  ……。  私はゆっくりと、シラノのあらすじを思い出す。  ロクサーヌに恋した、クリスチャン、そしてシラノは二人で一人を演じる事によりロクサーヌの心を奪う事が出来る。  だけど、それはあくまでもロクサーヌが外見を受け持ったクリスチャンに恋するという事……。  当たり前といえば当たり前……知性は形が無くとも、外見は形を持つ。  人は形無きものではなく、形あるものに恋する。  ロクサーヌはシラノの形無き知性を恋する事は出来ない。クリスチャンという外見を以てして、はじめてシラノの知性、彼の内面に恋する事が出来るのだ……。  シラノは形無き者……だからこそ、ロクサーヌはシラノにでは無く、形ある者としてのクリスチャンに恋する。  だからシラノはロクサーヌの前では道化でなければならない……。  彼がロクサーヌの前で、彼女のための何かであってはならない。  それは、その後におきるクリスチャンの死という事態であったとしても……。  彼は、いつまでも彼女の前では道化でなければならない……。  “ボクは恋の嘆きとか書き散らかしたけど、〈彷徨〉《さまよ》う鳥の〈留〉《と》まるのを君は見る事が出来る人なんだ”  その言葉の意味は重い。  空想する者と、実現する者。  空想は実現する事により終わりを告げる。  それは、実現しないからこそ、空想たりえる。  ただ名ばかりでシャボン玉の様にふくらんでしまった……そんな空想の恋人に恋いこがれている……。  シラノの恋は実現しないからこそ、空想たりえる……。  それはクリスチャンの死など関係ない。 「シラノはクリスチャンが死んだ後も、ずっと自分がクリスチャンの知性の人格を受け持っていた事をロクサーヌには伝えなかった……」 「でも、それも、クリスチャンが最初に読み上げた恋文――実際は最初にシラノが読み上げた恋文――を彼女の目の前で読み上げた時にばれてしまう……」 「ロクサーヌはその時の恋文を読み上げる声をちゃんと覚えていた……」 「でも……シラノは自らの存在を否定した……自分がクリスチャンの知性であった事を……」 「そうだ……高島はそれをどう考える?」 「……」  シラノの気持ち……彼は果たして、本当にロクサーヌに知られたくなかったんだろうか……。  でも、知られない様にしていたのはたしか……。  彼は、ずっと、ずっとロクサーヌにその事を隠し続けた……。  間宮くんがその事を引き合いに出す……その意味は一つしかあり得ない。 「……分かりました。とりあえず聞きません」 「ただし、今はです」 「ふっ……今はね……」 「はい、今はです」 「くくく……」 「な、何がおかしいんですか!」 「いや笑うだろ……俺の知っている高島はそんなでは無かった……変わったなお前」 「そ、そんな変わりましたか?」 「ああ、前と全然違う……おどおどしていたあの頃の高島からじゃ、想像も出来ない……」 「そうかもしれませんね……でも間宮くんに会う時はおどおどだけではありませんでした……」 「おどおどだけじゃなかった?」 「はい……ドキドキもしてました……」 「くくく……なんだそりゃ……」 「はい、私はいつでもここに来るの楽しみにしてましたよ。間宮くんに会えるんですから」 「なるほど……それは良かったな」 「なんですか、それ、私は間宮くんに言ってるんですよ!」 「そうだな……そうなるんだろうな」 「だから、今は聞きませんけど……いつか教えて下さい」 「……いつかか……なるほど……」 「なるほどじゃなくて……教えてください」 「……」  そのまま間宮くんは黙ってしまう。 「そういえば……何かを成し遂げるって言ってましたよね……間宮くん」 「ああ、そうだ……」 「それってどういう意味なんですか?」 「一人では成し遂げられないから……いくつもの姿を持つ……そういう事だ」 「シラノの話ですか?」 「いいや……神様の話さ」 「神?」 「神は三位一体の形を取る……クザーヌスはそれを三角形がもっとも小さい最小の多角形だからであると言う」 「クザーヌスって……さっき間宮くんが読んでた本ですよね」 「そうだ……彼は三角形とはあらゆる多角形の要素となりうる最小のもの……つまり一であると考える」 「神が三位一体となるのはそれが最小であるからであり、彼の説をとるならば最小とはすなわち無限の意味」 「神ですら何かを為しえるのに三つの姿を必要としたんだ……人間が何か為しえるのなら……言わずもがな」 「創造……調和……再生……人もまたそれぞれの姿を必要とする……」 「それってキリスト教の神様ですか?」 「いや……これは個人的な事だ……キリスト教の神にそんな〈位格〉《いかく》はない」 「威嚇?」 「位格だ……まぁどうでもいい事だが……」 「あ……」 「ほら、昼休みも終わりだ……」 「本当だ……」 「メシ食べられなかったな……」 「はい……なんかずっと話していたら終わってました……」 「ほらよ……」 「あっ……」  間宮くんはパンを私に放り投げた。 「やるよ……」 「あ、でも……」 「いいから、取っておけよ……」 「はい……」 「あ、あの……」 「なんだ?」 「あの……最後って言葉の意味……」 「意味なんてない……忘れろ……」 「明日も同じ……普通の、平穏な日常だ……んじゃな……高島ざくろ……」 「あ……うん……」  平穏な日常……普通の日常……なんだかずっと遠い言葉となっていた。  当たり前が当たり前じゃない日常……それが私達の日常であり続けていたのだから……。 「あのさ! 間宮くん!」 「なんだ?」 「平穏な日常になっても仲良くしてくれる?」 「……」  何故か、少しだけ困った顔をした後に、間宮くんは言ってくれた。 「当たり前だ……気が向いたらいつでもここに来ればいいさ……――――――……」  最後の言葉は遠すぎて聞き取れなかった……。  でも、いつでも相手をしてくれると言ったと思う……。  亜由美さんが私の手を握る。  その瞬間、 「こ、これは……」  亜由美さんの記憶が私の中に流れ込んでくる……。 「ほら、オナニーしなさいよ」 「そ、そんなこと……」 「はやくぅしろよー」 「う、ううう」 「あんたねぇ」 「あんま、あたしら怒らすとひどいよ」 「マ○毛燃やして、下半身まるだしで表へ出すよ」 「ひっ」 「ほら、はやくしなさいよ」 「う、うう」  くちゅ……。 「ちょっと、もっとマジにやんなよ」 「画にならないじゃんかー」 「画?」 「いいから、はやくやんなよ」 「……」  くちゅ、くちゅ……。 「声出せよ」 「はい……」 「くうん」 「ぎやははははは」 「くうんっだってよお」 「なんだよその声!」 「……」 「ほら休むなよ」 「はい……」 「くう」  くちゅ、くちゅ……。 「うく」 「!?」 「そ、それ私の携帯……」 「な、なんでそれを……」 「あん、写メとってるんだよ」 「写メ??」 「そ、それで携帯電話ごとネットで売るんだよ。すげぇ高く売れるんだぜ」 「そ、そんなぁ……」 「あ、安心してよ」 「わたしらの電話番号は削除しておくからさ」 「そ、それは……」 「うるさいなぁ……」 「無理矢理やっちまおうよ」 「うん」 「いやぁぁぁぁぁぁ」 「なんだよ濡れてんじゃんかよ」 「いやあああああぁあ」 「もう、もうゆるしてぇ」 「うるせーなぁ」 「この!」 「ひぃ」 「少し黙ってろよ」 「い、痛いっ……」 「だからー」 「いいんじゃない? なんかSMっぽいよ」 「あ、そうかもしんないねー。なら……」  ぎゅー。 「いやぁあああああ」 「お?」  じょろじょろじょろ……。 「な、なんだコイツ……」 「マ○コ踏んだらしょんべんもらしやがった」 「はやくはやく、写真撮ってよ」 「ああ、マニアに受けそう」 「う、ううう」  じょろじょろじょろ……。 「写真撮れた?」 「ばっちり」 「あははははは」 「すげー亜由美、マニアで大人気のアイドルだよ。最高にマニアアイドルっっ」 「ヒューヒュー」 「……」 「次なに撮る?」 「うーん」 「そうだ!」 「亜由美ちゃんの処女喪失! これで良くね?」 「!?」 「そ、それだけは」 「ひぃ」 「うるせぇんだよー」 「あんたはだまって犯されればいいんだよ。いちいちウザイんだよー」 「う、うううお願い……ゆるして……ゆるしてください……」 「んでさ、何で犯すの?」 「これ……」 「何これ?」 「用務員が飼ってる犬」 「な、なんでこんなモン連れてきてるの?」 「へへへへへへ」 「いやぁぁぁぁぁぁぁ」 「痛いよぉぉぉぉぉ」 「あははははははは」 「すっごい無惨ー」 「すごいすごい!」 「い、いたいよぉ」 「も、もうゆるしてよぉ……」 「写真撮れよ」 「あ、うん」  カシャ、カシャ……。  ……。  …………。  メールに書いてあった待ち合わせ場所……ここでいいんだよね……。  私はまわりを見渡す……。 「それらしい人は……まだ来ていないみたい……」  早かったのかな……すこし……。  それとも……、 「……騙された」  また虫けらどもに……。  私をからかうために……。 「いいえ……」  それは違う……。  この文章からは気品があふれている……。  普通の虫けらどもの文章とは少し違う……。  それを見極めないとだめ……。  そうでなければ……私は苦しめられてばかりになる……。  はははは……そうなの……私は誰かにからかわれた……。  あのメールは……単なる悪戯……。  そうなの……。  そんな……。 「不幸を一つ取り除く……」  私がそう思いたいから……たまたま……。 「でも……ここに来た……」 「……あなた……」 「音無……彩名さん」 「こんばんわ……」 「なんの用かしら……」 「別に……」 「……」  なんでこんな場所でばかり会うの……この人に……。  なんかこの人……いつも変な時にいる……。  そう言えば……。  あの時も立っていた……。  私があいつらにさらわれる直前も……。  そして……あの男の死を目撃したあの時も……。  そして今……。  なんでいつもこの人が目の前にいるの……。 「あなたにはいつでも悪魔が囁きかけます……」 「注意してください……」 「導かれる者は……かならず悪魔の妨害にあいます……」 「その言葉に耳を傾けてはいけません……」 「……そうだ」  ……この人が……。 「っく!」  頭が痛い……。  あの映像がまた……。  あの時も見た映像……。  これはやっぱり……。  あの手紙が言っていた……前世の記憶?  まさか……そんなものがあるわけない……。  あれはただの……。  あれはただの……何なの?  あれが前世の記憶でないとしたら……。  いつも私の目の前に立つ……この人は……。 「あなたは何なの?」 「音無……彩名」 「……何者……」 「音無……彩名」 「っ」  これは前世の記憶?!  なんでこの人はいつでも私の前に……。 「っっ」 「頭痛い……頭が……」 「音無……彩名」 「あなた何者なのっっ」 「音無……彩名」 「違う! そんな事聞いてないっ」 「音無……彩名」 「違う!」 「音無……彩名」 「違う! あなたは!」 「音無……彩名」 「あなたなんかっっ」 「音無……彩名」 「悪魔……」  こいつは……。  悪魔?  そういう事?  という事は……ちゃんと彼女達はいる……。  悪魔の妨害があるという事は……彼女達が実在している証拠……。  彼女達は……ちゃんと来てくれる?  彼女達……私の仲間……。  前世で世界を救った……私の仲間が……実在している。  ならば……この女は……。 「あなたは……」 「音無……彩名」 「あなた……ここで何をしているの?」 「あなたは?」 「私は……あなたに今質問しているのっ。答えなさい!」 「私は……あなたを見ている……あなたの姿を見ている……」 「私の姿を……見ている……」 「そう、 あなたを見ている……」 「はぁ? 何それ? 面白い? それって面白いの? もしかして今まであまりに不幸だった私を見るのが面白かったのかしら?」 「なら残念ね。もう私の不幸は終わりよ」 「そう……」 「そうよ」 「それで……高島さんはここで何をしているの?」 「何だっていいじゃない! あなたには関係の無い事でしょ!」 「関係無い事……」 「そう……だからあっち行ってよ!」 「くす……なら、私がここにいるのも、あなたには関係の無い事かも……」 「っ」  この悪魔……。  やっぱり悪魔なんだ……だから私を挑発している……。  だったら……答えは……答えは決まっている……。  この挑発にのってはだめ……。  この悪魔を無視しないとだめ……。  この悪魔の声を……。 「……」 「もう……決めたのかしら?」 「……」 「世界とあなたの関わり方……」 「……」 「くす……そうだね」 「消えて……」 「悪魔……」  私は目を閉じる。 「悪魔の声はもう……私には届かない……」 「あの……」 「悪魔の言葉は届かない……」 「あのっ!」 「?」  あれ?  目を開けると、音無彩名の姿はすでに無かった。 「高島……ざくろさんですか?」 「っ?」 「た、高島ざくろさんでしょ?」 「は、はい……そうですけど……あなたは?」 「はじめまして、私、築川宇佐美と言います」 「あなたがメールをくれた……人ですか?」 「はい」  この人があのメールをくれた……。  私の前世の仲間だという……だけどどう見ても普通の人なんだけど……。 「うふふ、普通の人でがっかりしました?」 「っ」  い、今のって……もしかして……。 「心を読まれたと思いましたか?」 「も、もしかしてあなた……本当に私の心を読んで?」 「違いますよ。前世の記憶が戻っただけで、力はちゃんとは戻っていませんから……」 「そ、そうなんだ……」 「うふふ、今のはあなたの顔に書いてありましたから」  そうなんだ……。  そんなに私って顔に出るのかなぁ……。  ちょっと恥ずかしい……。  でも……、  この人は私の表情から読み取っただけで、心を読んでいる訳じゃないと正直に言った。  もし騙すんなら……超能力で心を読み取ったって言えばいいのに……嘘はつかないんだ……。  信用出来るのかな……。 「ここに来てくれたという事は、あなたも前世の記憶を取り戻したという事でしょ?」 「あ、いや……そういうのではなく、ただメールを見て気になって来ただけで……」 「まだ記憶が戻っていない?」 「はい……というか……」 「まだ、半信半疑ってわけですね」 「そんな事は……」 「いいえ、少し信じられない……ですよね」 「……すみません」 「でも、気になって来てしまった……」 「あ、あの……メールもらってからいろいろあって」 「あなたを取り巻く不幸は、一つ消えたみたいですね」 「消えたという意味では……たしかに……」 「そう、その他には?」 「そ、その……」 「何か見えたのですね?」 「え?」 「何か見えたから気になってここに来た……違いますか?」 「なんでそれが……」 「力をあのメールに込めました」 「力を? メールに?」 「はい。だから、もし高島さんが私達の仲間ならば、何か変化があるはずです」 「……」  変化……。  変化というか分からないけど……おかしな事は沢山あった……。  あの男が死んだり……変な映像を見たり……あと……音無彩名……。 「何を見ましたか? 夢ですか?」 「はい……何度か夢に見たみたいで……たぶん……覚えていないんですが……」 「なぜ、それなのに夢で見た様な気がしたんですか?」 「あ、あの……学校で事故があって……人が屋上から落ちてしまったんですが……それを見た瞬間に、いきなり夢で見た映像が……」 「その映像を見た瞬間に、私はこれを夢で……いいえ、もしかしたら夢じゃなくて……もっと遠くのどこかの場所で見たことがあるんじゃないかって……」 「どんな映像ですか?」 「あの……何か空から大きなモノが降ってきて……なんとなくそれが……」 「邪悪なものに思えた……」 「それって……」 「……ハル・メキド」 「え?」 「あ、あなたは?」 「あっ、亜由美ちゃん」 「あの宇佐美さん……この人は?」 「ごめんなさい……紹介します。この方は、瑞緒亜由美ちゃん」 「……」 「あ、あの……はじめまして、私は高島ざくろと言います……」 「あう……こんにちわ……」  瑞緒さんは頬を赤らめて……もじもじしている。 「亜由美ちゃんは口ベタだから、ごめんね」 「口ベタ……」 「ごめん……なさい……」 「あ、いいえ……私もあんまり変わらないから」 「う、うん……」 「ところで、さっき亜由美さんが言ってたハル・メキドって何ですか?」 「……」 「亜由美ちゃん、ざくろさんは、まだ完全にはアタマリバースをしていない様なの」 「……」 「あ、アタマリバース?」 「あ、あの……それって何ですか?」 「そうね…… 亜由美ちゃん……どうしたら良いと思う?」 「……」  亜由美さんはゆっくりとどこか指さした。 「そうね……そこが良いわね」 「ざくろさん、場所変えませんか?」 「あ、問題ありません……」 「こんな所で立ち話するのもなんですし……時間が時間だからね」 「そ、そうですね……」 「あ、あの……ここって……」 「うん……こんな時間だからこんな場所でしかお話出来ないの……」 「お、お酒とか飲む場所ですよね……」 「うん、まぁそうなんだけど、一応カフェって名前だからコーヒーとか紅茶もあるのよ」 「あ……はい……」 「何か食べる?」 「あ、いや……別に……」  こんな時間にこんな場所……。  バレたら大変だろうな……お母さんにも学校にも……。 「……」  何が大変なんだか……。  何もしてくれない……助けてもくれない様な人達にバレて……。  考えてみれば馬鹿馬鹿しい……。 「あの……これ……」  私は携帯電話を取り出す。 「正直……文章の意味は分かりません……宇佐美さんのメール」 「意味が分からないのに、良くここに来たね」 「よ、予言があたったから……」 「予言というか……必然なんだけどね……」 「必然……」 「そう……あなたが悪魔……封印されたアザの物理特化符虫によって操られた人間に苦しめられていたんだから」 「そのアザって……それと物理特化符虫って……」 「……そうね……その前に……ここ」  宇佐美さんは自分の携帯で、ある場所の写真を映し出す。 「っ」 「な、なんでこの場所……」 「この場所……どう思う……」 「嫌です……」 「うん、ここはざくろさんにとってはとっても嫌な場所でしょうね……」 「なんで分かるんですか……」 「私は……私達はあなたの事だったらだいたい全て知っています」  私の事をだいたい……。 「っ?」  あの事を知っている……。  私がここであいつらに汚されていた事を……。  だからこの写真……。 「そんなに怯えないで下さい……」 「私達はあなたに危害を加えようとは思っていません」 「ただ、あなたに思い出して欲しいだけです」 「そして協力して欲しいだけなんです」 「……協力? 何を……私が何をすれば……」 「メールに書いた通り、あなたと私達は前世で世界の危機を救う為に戦った仲間だったんです」 「っ?!」 「あ、あの……それって……」 「信じられませんよね……」 「……」 「いいえ……そうでもありません」 「え?」 「私、あの後に色々とありました。あいつが死んだ後も……私のまわりに神と悪魔が現れて……」 「神と悪魔?」 「はい……神は中年ぐらいの男で半裸でした……大きさが普通の人間ぐらいから数百キロメートルぐらい……」 「お、大きい……」 「悪魔は……私の学校の女生徒になりすまして、私を惑わします……」 「……うん」 「宇佐美さんのメールに書いてありましたよね。悪魔が私を惑わすって、悪魔が私の心をかき乱すって、それが本当に起きて……」 「あの男の死……そしてたまにフラッシュバックみたいに脳裏をよぎる……憂鬱な空……」 「これだけの事があって……もし逆に宇佐美さんのメールがなかったら……」 「なかったら……」 「完全に私壊れてました。だって訳わかんない事ばかりで……誰もこんな事説明出来ないだろうし……私……私……」 「結界内……東京23区の物理特化符虫は対消滅させた報復に出たのね……一番弱いざくろさんに……」 「その物理特化符虫って何なんですか?」 「その前に……もっともっと最初からお話をしなければならないわ……」 「最初っから?」 「私達は昔、もう1つの宇宙、アウタースペースにある……ネブラ星雲のエロヒムロという星の住人だったの」 「アウタースペース……」 「うん、外宇宙と言われる場所……そこはこの宇宙と違ってすごく平和だった」 「特に私達エロヒムロはとっても平和を愛する宇宙人だった……」 「だったのに、平和なあまりに人々は堕落していき、その心に悪しき心が宿り、大いなる災いを呼び寄せてしまったんです」 「大いなる……災い……」 「アザース……」 「あざーす?」 「万物の王……無限の中核に棲む原初の混沌……形なく、知られざるもの……暗愚の実体……沸騰する混沌の核……あれをさす言葉は数知れない……」 「人々の堕落が窮極の混沌の中心に幽閉されているとされていたあれを目覚めさせた……」 「あれが完全に目覚めると世界は終わる……あれが夢を見ている時だけ世界は存在を許される」 「夢を見ている時だけ……世界は存在を許される……」 「そう、あれの夢の終わりは世界の終わりなの……」 「にもかかわらず、平和に慣れてしまったエロヒムロの者達は何もしようとしなかった……」 「世界の終わりが近づいているのに……」 「それって……まるで……」 「そう、今の世界と同じ……」 「その時に立ち上がったのが、私達3人……」 「それぞれが戦士としての能力を持ち、称号を与えられた少女達……」 「エンジェルリムーバー、エンジェルナイト、そして……」 「そして?」 「紅の超空間……エンジェルアドバイズ……それがあなたなのです!」 「私が……エンジェルアドバイズ……」 「はい……あなたの能力は素晴らしいもので、私も何度も助けられました」 「私も……です」 「私は黄金の光エンジェルリムーバー、そして亜由美ちゃんが蒼き閃光エンジェルナイト」  私はエンジェルアドバイズ……。  亜由美さんを……、  エンジェルナイトを助けた……。 「危ない!エンジェルナイト!」 「くぅっ!」  エンジェルナイトを庇い、私は傷ついた。 「エンジェルアドバイズ!!」 「っく……け、ケガはなかった? エンジェルナイト」 「バカぁ! どうして私を庇って飛び出したりしたの!?」 「だって……だって私達は仲間じゃないの」 「エンジェルアドバイズ……」 「大丈夫……私は平気だから……早くあいつを……」 「わかったわ……」 「ブギュブギュブギュゥ〜次はお前らの番だ」 「私の大切な……大切な仲間を傷つけるなんて絶対に許さないんだから!」 「世界の平和を守る為にも……あなたを倒す!」 「いくわよ! 黄金の光エンジェルリムーバー!」 「うん! 蒼き閃光エンジェルナイト!」 「え……」  何故?  何故なの?  私の知らない過去の記憶のハズなのに……、  今まで忘れていた記憶のハズなのに……、  まるで私が昨日経験した事の様に憶えている……。  あの時の痛みも……。  あの時の喜びも……。 「あれ……?」 「何だろう?」  これって……、  涙?  もしかして……私、泣いているの?  なんか……なんか……涙が出てくる。  なんだろう……涙が出て来て止まらないよ。 「そうなんだ……あの時、2人共本気で私の事を心配してくれたっけ……」 「ざくろさん? 思い出してくれたんですか?」 「少し……ホンの少しだけど……」 「2人が傷ついた私をすごく心配してくれて……」 「石の塔の戦い……」 「そうなんだ、あれが石の塔の戦いだった。たしかに奥に石の塔が見えてた……」 「少しづつ、封印が解けはじめているのよ!」 「……封印?」 「そう、私達に世界の滅亡を食い止められた大いなる災いは、転生した時の私達の力を恐れて私達に封印をかけたの」 「なぜ封印を?」 「それは……」 「ふたたび、ハル・メキドが……」 「ハル・メキド!?」 「そう、最終戦争……メキドの丘の戦い」 「私達は世界の滅亡を食い止める為に戦った……それは長い戦いで、苦難の連続だったの……」 「そしてついに、終末の時……ハル・メキドを向かえてしまった……」 「終末の……時、ハル……メキド」 「私達は戦った。何度も傷つき、倒れながら、何度も何度も何度もっ」 「そして、そのハル・メキドから世界を救ったの……」 「私達が……救った……」 「でも……大いなる災いの力は強力で倒すまでには至らなかった」 「大いなる災いは、時空を超越した窮極の混沌の中心に幽閉されていたけど……でも」 「大いなる災いはいつか必ず復活する……」 「そう考えた私達は更なる力を得る為に転生の道を選んだんだけど……」 「復活する時に立ち塞がるであろうと考えた大いなる災いは、私達に封印の呪いをかけたの……」 「封印の……呪い……」 「そう……転生しても無力なただの女の子になってしまう様に……」  そうなんだ……今まで前世を思い出せなかったのは、そんな強い封印があったからなんだ……。 「でも……どうやったら記憶を」 「……それが……アタマリバース」 「頭リバース……」 「ああ、ごめんね。私達が過去の記憶を取り戻す事をそう呼んでいるんだけどね……でも、アタマリバースが完全では無いのは、そこに理由があるの」 「でも……記憶が無いといろいろと問題が……再びハル・メキドが起きるという事は……大いなる災いがよみがえるって事でしょ!?」  私の問いに宇佐美さんと亜由美さんは何も言わず頷いた。 「だったらどうにかしないと……!」  って……だからって、今の私に何が出来るの?  記憶もちゃんと戻っていないし、そんな世界を救う力なんてないし……。 「私達もずっとその事を考えているの……だって、実は私達も力は蘇っていないんだから……」 「え!?」 「私も亜由美ちゃんもほんの少しの力は戻っているの……だからざくろさんを見つけられた……でも、世界を救えるだけの力は無いの……」 「だって私達は更なる力を得る為に転生したんじゃ……」 「そう……その通りよ……」 「だけどハル・メキドは封印以外の手も打ってきたの」 「私達がアタマリバースしても、世界を救う為の力まで取り戻さない様にする為に、大いなる災いは先兵を送ったの……」 「先兵?」 「先兵は人に取り憑いて私達に近づき、私達に悪しき考えを植え付けようとしていたの……」 「悪しき考え?」 「ざくろさんは何度か考えなかった? 世界が滅んでしまえば良いとか、自分自身が消えてしまえば良いとか……」 「っ!?」 「そうだ……何度も考えた事がある……」 「ううん、つい昨日までそう考えていたし、私自身が滅ぼしたいとまで考えた事がある……」 「それはざくろさんだけの事じゃないの。私も亜由美ちゃんも記憶が戻るまではそう考えていたの……」 「そ、そうなの……」 「うん……」  そうだったんだ……。  私が不幸だったのは大いなる災いのせいだったんだ……! 「大いなる災いアザースは、封印だけでは不安だったの……」 「アタマリバースが起きる可能性を抑える事が出来ても、私達が生きているかぎりその可能性はゼロじゃない……」 「そう考えた大いなる災いは次の手段を打ったの……」 「……」 「ざくろさん……心当たりは無い?」 「……心当たり……?」  ……。  …………。 「いやぁあああ!」 「そう……ざくろさんが最も思い出したくない不幸……それだったの」  そうだったんだ……。  あいつは大いなる災いの手先だったんだ……。  悔しい……!  私はそんなヤツに汚されていたんだ……。 「……ざくろちゃんの気持ち、解る……」 「!?」 「私と……亜由美ちゃんも……大いなる災いの手先に……」  宇佐美さんと亜由美さんも……、  私と同じ様に……汚されていたんだ……。 「……」 「……」 「……」  亜由美さんが私の手を握る。  その瞬間、 「こ、これは……」  亜由美さんの記憶が私の中に流れ込んでくる……。 「ほら、オナニーしなさいよ」 「そ、そんなこと……」 「はやくぅしろよー」 「う、ううう」 「あんたねぇ」 「あんま、あたしら怒らすとひどいよ」 「マ○毛燃やして、下半身まるだしで表へ出すよ」 「ひっ」 「ほら、はやくしなさいよ」 「う、うう」  くちゅ……。 「ちょっと、もっとマジにやんなよ」 「画にならないじゃんかー」 「画?」 「いいから、はやくやんなよ」 「……」  くちゅ、くちゅ……。 「声出せよ」 「はい……」 「くうん」 「ぎやははははは」 「くうんっだってよお」 「なんだよその声!」 「……」 「ほら休むなよ」 「はい……」 「くう」  くちゅ、くちゅ……。 「うく」 「!?」 「そ、それ私の携帯……」 「な、なんでそれを……」 「あん、写メとってるんだよ」 「写メ??」 「そ、それで携帯電話ごとネットで売るんだよ。すげぇ高く売れるんだぜ」 「そ、そんなぁ……」 「あ、安心してよ」 「わたしらの電話番号は削除しておくからさ」 「そ、それは……」 「うるさいなぁ……」 「無理矢理やっちまおうよ」 「うん」 「いやぁぁぁぁぁぁ」 「なんだよ濡れてんじゃんかよ」 「いやあああああぁあ」 「もう、もうゆるしてぇ」 「うるせーなぁ」 「この!」 「ひぃ」 「少し黙ってろよ」 「い、痛いっ……」 「だからー」 「いいんじゃない? なんかSMっぽいよ」 「あ、そうかもしんないねー。なら……」  ぎゅー。 「いやぁあああああ」 「お?」  じょろじょろじょろ……。 「な、なんだコイツ……」 「マ○コ踏んだらしょんべんもらしやがった」 「はやくはやく、写真撮ってよ」 「ああ、マニアに受けそう」 「う、ううう」  じょろじょろじょろ……。 「写真撮れた?」 「ばっちり」 「あははははは」 「すげー亜由美、マニアで大人気のアイドルだよ。最高にマニアアイドルっっ」 「ヒューヒュー」 「……」 「次なに撮る?」 「うーん」 「そうだ!」 「亜由美ちゃんの処女喪失! これで良くね?」 「!?」 「そ、それだけは」 「ひぃ」 「うるせぇんだよー」 「あんたはだまって犯されればいいんだよ。いちいちウザイんだよー」 「う、うううお願い……ゆるして……ゆるしてください……」 「んでさ、何で犯すの?」 「これ……」 「何これ?」 「用務員が飼ってる犬」 「な、なんでこんなモン連れてきてるの?」 「へへへへへへ」 「いやぁぁぁぁぁぁぁ」 「痛いよぉぉぉぉぉ」 「あははははははは」 「すっごい無惨ー」 「すごいすごい!」 「い、いたいよぉ」 「も、もうゆるしてよぉ……」 「写真撮れよ」 「あ、うん」  カシャ、カシャ……。  ……。  …………。 「……ひどい」  私だけじゃなかったんだ……。  不幸だったのは私だけじゃなかったんだ……。  私達はみんな同じ不幸を背負って来ているんだ……。  それなのに私は……、  私は自分ばっか不幸だと思っていた……。 「……ごめんなさい」 「みんな……私……今日まで私だけが孤独で……私だけが不幸だと思っていた……思っていたの……」 「……ううん……悪いのはざくろさんじゃない……悪いのは……大いなる災いよ……」  そう……、  そうだ……、  全ては世界の滅亡を願う大いなる災い……。  それが元凶なんだ……。 「……大いなる災いは、私達が力まで取り戻すのを防ぐ為に、力そのものを封印する事にしたの。それが私達の身体に悪しき精を流す事だったの……」 「確かにそれによって力を封印する事は出来たけど、逆にそれによって私達は記憶を取り戻す事が出来たの……もっともざくろさんはまだ完全では無いけど、それも時間の問題……大いなる災いにとっては皮肉な事ね」 「……おかげで……ざくろちゃんに会えた……」 「……うん」  この人達は私の仲間……、  ううん、本当の友達よ!  本当の友達に出会えるなんて……、  嬉しい!  こんなに嬉しい事なんて今までに1度も無かった!  そう……、  私はこの時……、  この時の為に生まれて来たんだ! 「……宇佐美ちゃん……亜由美ちゃん……」 「……うん」 「……」  私達は抱き合って泣いた。  嬉しさと喜びの涙はなかなか止まらなかった。 「……ところで、もう一つの話の協力って……」 「……うん」  宇佐美ちゃんは涙を拭くと、話し始めた。 「さっき大いなる災いが復活してハル・メキドが近付いているって言ったでしょ?」 「うん」 「それを止めたいの……世界を救いたいの!」 「世界を救いたい?」 「そうなの……私は確かに悪しき心にとらわれて、何度も世界が滅んでしまえば良いと考えたわ……でもこの世界にも罪の無い人間はいっぱいいるの……優しい人間はいっぱいいるのよ!」  優しい人間……。  そんな人……。 「間宮くん……」 「私は……私はそういう人達を救いたいの!」 「……す……くい……たい……」 「……そうね……そうよね……それが私達の使命よね!」 「そうよ! そういう人達を救うのが私達の使命!」  そうだ……、  私は世界を救う戦士だったんだ……!  私が救わないで誰が世界を救うというの! 「それに悪しき者に取り憑かれた人達も元は人間……私達が大いなる災いを倒せば元に戻るわ!」  そうなんだ……、  私が世界を救えば、みんな優しい人間に戻るんだ……。  だったら何故あいつは死んだの?  あいつは悪しき者に取り憑かれただけの人間だったハズ……。  だったら別に死ななくても、世界が救われれば優しい人間になれるハズだったのに……。  何故?  どうして? 「悪しき者とは……物理特化符虫……」 「物理特化符虫?」 「物理法則から自由な物質……物理特化……それによって作られた符虫……」 「人の頭に取り憑いて、思考や、記憶、さらに感情を食べる虫よ」 「人の頭に……」 「そう、虫に取り憑かれた人間はまるで虫けらの様に……」 「虫けら……そうなんだ……やっぱり……そうなんだ……」 「だから私……」 「うん、そしてエンジェル戦士を負的衝動エナジーダウン現象化させ、骨抜きにするためにあなたの身の回りの人間にも物理特化符虫を忍ばせた」 「それが……私をいじめたあいつら……」 「そうよ……」 「物理特化符虫が長時間入り込むと、人間の脳みそはほとんど無くなってしまうの……」 「昨日、私とエンジェルナイトの力によって、東京23区に結界をはり、物理特化符虫は対消滅させたの」 「……」 「だから、脳がほとんど喰われている人間は、物理特化符虫が消える事により狂ってしまう」 「ざくろちゃんを苦しめた奴は自滅したのよ……」 「自滅?」 「うん、だから、その事に悩まなくていいんだよ」 「でも……あいつ……あいつらは悪しき者に取り憑かれただけで、元々は……」 「そう……確かに元は人間」 「でもね……悪しき者は悪しき心を持った人間とは相性が良くて、取り憑いたのが悪しき心を持った人間だったらどんどん同化していってしまうのよ」 「相性……」 「元々悪しき心の持ち主だったから物理特化符虫との相性が良かった……」 「脳がほとんど喰われるぐらいまで同化しているという事は元々が邪悪だった証拠なのよ」 「そう言った意味では、その人の死は当然の報い」 「物理特化符虫に喰われてなくても、絶対にろくでもない犯罪を犯していたわ」 「それに……私達を汚しておいて只ですむわけがない……報いは受けるべき……」 「報いは受けるべき……」  そ、そうよ……。  そうよね……そうよ……あいつは報いを受けたんだ……。 「あいつは当然の報いを受けた……」 「元々が救い様の無い位に悪しき心の持ち主だったんだから……」 「そう、これは天罰よ……。仕方の無い事」 「そういえば……私達は力を封印されているんじゃ……?」  そうよ……。  世界を救うのが使命であっても力が無いんじゃ、どうにもならないじゃない……。 「……力を戻す方法、あるよ」 「えっ?」 「亜由美ちゃんの言う通り、力……次世代超能力という力を取り戻す方法はあるの……」 「その為にはスパイラルマタイという儀式が必要なの……」 「スパイラルマタイ?」 「そう……スパイラルマタイ……」 「この儀式を行えば、私達は次世代超能力を取り戻せるわ……」 「でもこの儀式には勇気が必要なの……」 「勇気?」 「私達は更なる力を得る為、次世代超能力を得る為に転生したのよ……という事はもう一度、転生に似た状態にならなければならない……」 「転生に似た状態って……」 「それは……死ぬ寸前の状態になる事……その状態からもう一度帰ってこれれば次世代超能力を取り戻せるの……」 「……死ぬ寸前の状態……」 「そう……それが、スパイラルマタイ……」 「……」 「……」 「本当だったら、ざくろちゃんが完全に記憶を取り戻してからにしたかったんだけど……」 「でも世界の滅亡の時、ビックハザードは刻一刻と迫っているの……」 「7…月…20日……」 「えっ?」  今、亜由美ちゃんは7月20日って言ったよね……?  7月20日って……、  あと9日しか無いじゃない! 「そんな……!?」 「……」 「……」 「そんなのって……」 「そうなのよ……7月20日がハル・メキドの時……」 「聖書に書かれているアルマゲドン、ノストラダムスの予言で言われている7の月……」 「それが7月20日なの……」  あと9日後に滅亡……。  そんなのやだ……。  折角、本当の友達と出会えたのに……、  このままだと、あと9日で……。 「……いつやるの?」 「ざくろちゃん……?」 「やりましょ……スパイラルマタイ」 「いいのざくろちゃん……?」 「だってやらないと次世代超能力を取り戻せないじゃない……!」  それに……。 「それに……力を取り戻さないと、世界が滅んじゃうんだよ……」 「もし……」 「もし滅んじゃったら……」 「みんなと……みんなと会えなくなっちゃう!」 「ざくろちゃん……」 「……」 「覚悟は出来ているわ……」 「みんなと一緒だったら、どんな事だってやり遂げられる!」 「私達は……私達はどんな時にでも助け合う仲間……!」 「そして本当の友達よ!」 「……ざ……くろ……ちゃん……」 「そうよね……私達は本当の友達よね……!」 「決行の日はいつにするの?」 「亜由美ちゃん、いつにした方がいい?」 「……」  亜由美ちゃんは目を閉じて何事かを考えている。 「亜由美ちゃんは星を読む事が出来るの。ざくろちゃんを見つけられたのも、この亜由美ちゃんの能力のおかげよ」 「それって能力じゃ……」 「実はね……亜由美ちゃんって数ヶ月前に車にはねられたのよ」 「車に?」 「うん……今は髪の毛に隠れてるけど、頭にすごい傷跡があるんだよ……」 「そ、そうなんだ……」 「その時に力の一部を取り戻したの」 「だから、今力を持っているのは彼女だけ、それでも一部だけどね」 「でも……その一部の力で23区に結界をはったり……私を捜し出したり……」  すごい……もしこれで本当の力が帰ってきたら……。 「……ガンジーマ……の星……ビル……マンデの星……に……近……付く時……ザロボイ……の星……隠れ……エロヒムロの……力……強い……」 「?」 「……そう……そんなに早く……」  亜由美ちゃんは何も言わず頷いた。 「……明日の午後……6時42分にエロヒムロのエネルギーを強く受けられるの……」 「……その時にこの地で……」 「この地?」 「このビルの屋上ぐらい……」 「少し……右側……となりのマンションが……いい」 「うん、そこがポジションとなる」 「そのポジションでスパイラルマタイを行う……」 「……」 「……そう……」 「明日の6時42分にここで……」  その時……、  私に世界を救う力が戻る……! 「……ざくろちゃんは怖くないの?」 「怖い? どうして?」 「だって死ぬ寸前の状態になるのよ……」 「確かに怖いよ……でも、そうしないと世界は救えないんでしょ……」 「それにみんなと一緒だから……」 「みんなと一緒だったら何があっても大丈夫!」 「……ざ……くろ……ちゃん……」 「ざくろちゃん……」 「それじゃあ、明日の6時30分にここで……」  何も言わず、宇佐美ちゃんと亜由美ちゃんは頷いた。 「私達は本当の友達……何があっても一緒よ……」  そうだ……。  私は間違っていない!  間違っているのは……、  間違っているのは!  私が何で生まれて来たか……、  私が何で存在しているか……、  それが今日分かった……。  そう……、  私は世界を救う戦士だったのよ!  仲間と共に……。  仲間……。  友達……。  本当の友達……。  宇佐美ちゃん……、黄金の光エンジェルリムーバー。  亜由美ちゃん……、蒼き閃光エンジェルナイト。  私は本当の友達に出会えたんだ……。  こんな嬉しい事なんて無いよ……。  私は今幸せの絶頂にいる……。  こんな幸せな気分、他の人は味わった事が無いんじゃないかしら?  この幸せをみんなに分けて上げたい……。  そんな風に思ってしまうくらいに幸せ……。 「っ」  今……はっきりと見えた……。  世界の終わりの時を……。  あと9日後に世界は終わってしまう……。  そんなのやだ……。  折角、本当の友達と出会えたのに……、  この幸せをこんな形で終わらせたくない……。  空を覆う……黒い影……。  どこまでも続く憂鬱な黒い影……。  まるで世界の黄昏……。  憂鬱の風景……。 「……スパイラルマタイ……」  スパイラルマタイ……。  そう、スパイラルマタイを行えば、私の次世代超能力が戻る!  そうすれば……、  そうすれば世界が救えるし、この幸せがいつまでも続く! 「私は……」 「私は世界を救わなきゃいけない!」  それにしても私の次世代超能力ってどんなのかしら? 「掌からピンク色の光線が出るのかな?」 「びびびびび……って……?」 「あはははは……」  そんなので世界が救えるのかしら?  いや、違うわ……。  もっと凄い力のハズよ……。  そんな在り来たりのものでは無いハズだ……、  その力を得たら、みんなを救える……。  そしてみんな優しい人になるのよ……。  お母さんも、クラスのみんなも……そしてあの間宮くんも……。  彼が地下室でいつもおかしかったのは物理特化符虫のせいに違いない……。  世界が救われれば、あの優しくて知的な間宮くんだけが残るはず……。  そうしたら……。 「……」 「きゃっうっっ」  二人は結ばれる事になるかも……。  そういえば……言ってたな……宇佐美ちゃん。 「汚された記憶……それは消せないわ……」 「でもね……汚された身体は、ちゃんと清められるの」 「どういう事?」 「スパイラルマタイは、肉体超越の業……人間的なあまりに人間的で不完全なこの肉体を消滅させて、再度、戦士として再構築させる業なの」 「って事は……」 「そうよ。汚された肉体はすべて元にもどるの。犯された事実は、私達の心の中だけのものになる」 「その痛みだけを私達は知って……新しい自分に生まれ変わるの……」 「生まれ変わる……」 「うん」 「そうなんだ……」 「そうだ。ざくろちゃんって好きな人がいるでしょ?」 「え? な、なんで?」 「だって……さっきいろいろな人がまた優しくなるって言ってた時に……一瞬だけ止まったから」 「ああ、この人……好きな人の事を思い出しているんだなぁ……って思った」 「そ、そんなぁ……あの」 「えへへへ……それが普通だよね」 「宇佐美ちゃん……」 「私も好きな人がいるの……本当はその人と私は結ばれる運命なはずなんだけど……」 「結ばれる運命?」 「あはははは、前世でね。彼とは婚約者だったのよ」 「婚約者?」 「うん、彼とは前世で結婚するはずだったんだよ……」 「でも……」 「私は大いなる災いの戦いに巻き込まれ……彼と結ばれる前に……最後の戦いで世界の運命と引き替えに……その命を落とした」 「彼はその後……私の魂を追って、数千年……数億年……数兆年の時を転生し続けた……」 「数兆年……」  それって宇宙の歴史よりも長い時間……。 「うん……そしてやっとここで出会えたのに……悪しき者によって引き裂かれた……」 「悪しき者……」 「うん……隆信くんは騙されてるの……あの悪しき女に! あいつはとても邪悪なの! すごく狡猾でっ」 「そうだったんだ……」 「だから……この戦いが終わったら……彼はすべてを思い出して……」 「うん。その時は、結婚式に呼んでね」 「うん」 「数兆年も待たされた結婚式なんだから……絶対に今度こそかなえないと!」 「うんっ」 「そうなんだ……この戦いが終わったら……すべてが平和になって……そして私達も……」 「本来の姿に戻って……大好きな人のところに帰る事が出来る……」 「……う…ん」 「私達の汚された身体もきれいになる……」 「うん、だから」 「がんばりましょう」  私も……間宮くんの元に……。  帰る事が出来る……。  チュン…チュンチュン……。  鳥の…音……。  う…うん……。  朝…?  …もう朝なの?  そうか……昨晩は夜遅く……というか朝方まで学校の裏掲示板でみんなに警告してあげてたんだ……。 「って言っても……誰も真実に耳を傾けてくれなかったけどね……」 「まぁ仕方がないよね……」 「うっ……」  眩しい……!  もう朝だ……。  そう、今日は私が力を取り戻す日……。  私が生まれ変わる日なんだ……。 「うーん……」  こんな清々しい気持ちって久しぶり……。  ずーっと感じた事が無かった。  朝ってこんなに気持ち良かったんだ……。  気持ちいいよ……。  この気持ちをずっと感じる為に……、  この世界を守る為に……、 「私は今日生まれ変わるんだ……」  学校……。  ここではいろいろあったな……。  約束の時間までだいぶあったので、私は学校を少しうろついていた。 「さすがに日曜日だから……人が少ない……」  私はぶらぶらと校舎に入っていった。 「いろいろ嫌な事があったこの場所も……大いなる災い以後はまた新しく生まれ変わる……」 「みんなやさしい世界に……」  そう思うと……あんなに嫌だった学校が少しいとおしく見えるから不思議だ……。  ここから外を見た時……。  ……。  彼ももう少しやさしい心を持っていたら……物理特化符虫に食い尽くされる事もなかっただろうに……。  かわいそう……。  彼が新しいやさしい世界で生きる事はない……。  ……。  ここは一番思い入れがある場所……。  間宮くんとの思い出の場所……。 「……くす」 「さすがに間宮くんはいないよね……」  当たり前だ……今日は日曜日なんだから……。  でも……。 「少し期待してたのかな……」  もし二人の運命が強力ならば……会う事だって十分ありえると思ったから……。 「くすくす……戦いの前に色ボケしてる場合じゃないよね……」  私はこれから生まれ変わり……そして世界のために戦う。  昔好きだった人の事をウジウジと考えている場合じゃない。 「でも……」 「すべてが終わったら……間宮くん……」  私……あなたのところに会いにいける……。  すべてが終わったら……。 「そしたら……」  二人で……新しい世界で……。 「……うん」  ……。  そうだね……。 「っ?」  変な気配……。  前ならこんな感覚はなかった……。  私にも少し力が? 「あれ……」 「あなた……音無彩名」 「……」 「なんで音無彩名がここに……」  なんで音無さんが…?  もしかしたら…、 「大いなる災いの先兵は人に取り憑いて私達に近づき、私達の邪魔をしてくるの……」  ……。  という事は……音無さんは、私達のスパイラルマタイを邪魔する為に…。  そうだわ…。  そうに違いない! 「何をするつもりなの?」 「あなたの企みなんかわかっているんだから!」 「スパイラルマタイを邪魔するつもりでしょ?」 「高島さんが選択した運命……それはもう…変えられない」 「あ、当たり前よ……あなたみたいに邪悪な者に邪魔なんてさせないわ」 「邪魔なんかしない……」 「何であれ……偶然であるか必然であるかなんか……人に正しく判別など出来ない……」 「すべての白鳥は白い……それは真理であった」 「一羽の黒い白鳥が見つかるまで……」 「ブラックスワン……たった一つの事実が……それまで強固であった定理を覆す事だってある……」 「日没のたびに、太陽が死にたえると考える部族……彼らは毎日かかさずに、日没のたびに祈りをささげる」 「新たなる太陽……日の出のために……」 「誰も、彼らが祈っているから朝が来る事を否定出来ない……」 「彼らがその〈行〉《おこな》いを続けるかぎり……」 「だから……高島さんが見つけた解答は……誰も否定出来ない……」 「そうやって、わけの分からない事言っても無駄なんだから…」 「そう……でも一つ言いたい事がある……」 「何?」 「がんばってね……スパイラルマタイ」 「うるさい!」 「あなたなんかに言われたくない!」 「……」  やっぱり学校なんて来なきゃ良かった……。  あんな人と会うなんて……ついてない。  あれだけ晴れやかな気持ちが台無しだ。 「ふぅ……まだ時間がある……」 「どうしようかな……」 「あれ?」  あの姿……。  見覚えがある……。  なんか声がした様な気がして……そちらに振り向いた……。  ああ……。  たぶんこれが運命なんだろう。  最後の時に……こんな場所で会うなんて……。 「間宮くん……」  なんか……とても懐かしい感じがする。  最後に会ったのはつい数日なのに……もうこんな遠くなってしまったのか……。  いいえ……もしかしたら……元々彼とは、悠久の時の果てにまた出会ったのかも……。  宇佐美ちゃんがそうであった様に……私もまた間宮くんと……。  あまりに見つめていたから間宮くんが気がつく……。  やさしい笑顔……間違いなくいつもの彼だ……。 「高島……ざくろさんでしたっけ?」 「はい、こんにちわ」 「あ、どうも……」 「今日はなぜこんな場所に?」 「あ、いや……別にこれといって理由はないんですけど……あれっすかねぇ……買い物してその後、意味もなく歩いてた系みたいな……」 「というか……この沿線に住んでたら、手っ取り早く買い物するなら杉ノ宮じゃない? 遠出するなら新宿まで出る事もあるけど……」 「そうですか……良かったです」 「良かったですか?」 「はい、あなたに会えて良かったです」 「はぁ……そ、そんなもんでしょうか……」 「はい、これも導きかも……」 「導き?」 「えっと……高島さんとあまり言葉を交わした記憶もないけど……」 「え?」 「え? あるっけ?」  これってもしかして……。  物理特化符虫。  たぶん間違い無い……あれは人の頭にとりついて、思考や、記憶、さらに感情を食べる虫なのだから……。  ちきしょう……あんな楽しかった間宮くんとの記憶を虫どもが食ったんだ……。  許さない。  大いなる災い……許さない! 「あ、あの……どうしたのかな?」 「あ、いや……そうですね……そうかも……でも、私はあなたの事を良く知ってましたよ」 「そ、そうなん?」 「なんかボク、またしでかしましたか?」 「なぜですか?」 「いや、だってボク本人が記憶に薄い人間が、ボクの事を良く覚えているなんて……そういうのってだいたい怨恨の線じゃない?」  記憶を食べられてしまっているのに……それでも間宮くんのやさしさは変わらない……。  本当にやさしい……。 「私があなたに恨み? くすくす……ないですよ」 「そうですか……そりゃ良かった」 「私はあなたに悪い印象なんて持ってません」 「そりゃ……良かった」 「それどころか……」 「それどころか?」 「……」 「あ……友愛内閣……」 「へ?」 「へ?」 「?!」 「……んっ」  必ず帰ってきます……私の好きな人……。  必ず帰って……、  今度は、ちゃんと告白します。  新しい私になって……、  私はあなたの元に戻ってきます。  間宮くん……。  だから……。 「なっ……」 「力……わけておきます……あなたには……」 「力? な、なにそれ?」 「これからすごい事が起きますからね……」 「す、すごい事??」 「貝合わせとかっすか?」 「貝合わせ?」 「あははは……なんでもないです。 そんで高島さんが言うところのすごい事って……何?」 「うん……あのですね」 「空はいっぱいいっぱい」 「空が何でいっぱいいっぱいなの?」 「不安な言葉」 「……」 「空いっぱいの不安な言葉……」  ……。  私はあの風景の話をする……。  憂鬱に満ちた空……。  世界の黄昏……。  いっぱいに満ちた……憂鬱……。 「えっと? 不安とかじゃなくて……不安な言葉ですか?」 「なんかかっこいい表現すね」 「くす、くす、別に比喩ではないのだけど……」 「んで、それがどったの?」 「それを受け入れつつあるから……」 「誰が受け入れたん?」 「世界が……」 「ワンジュク系!」 「?」 「〈V〉《ぶい》系だ!」 「な、なにが?」 「う゛ぃじゅある系だ!」 「はぁ……言い直さなくても……分かりますけど……」 「あ、いやね。そういうのを好きなんかなぁーって」 「……」 「不安な言葉……そしてそれを受け入れた世界……」 「それが何と同じか分かる?」 「……えっと、分かりかねます」 「これから死ぬ人間の心……」 「だから……世界は」 「終わる……」 「……」 「えー」 「……」 「あ、あのさ……」 「ごめんね。ごめんこんな話……信じられないと思うけどね……でも守るから……」 「ざくろちゃん!」 「この人は……」 「部外者に何をしているの……」 「ごめん……でもこの人は大丈夫……」 「あまり感心しない……」 「うん……分かってる」 「もう少し自覚を持ってほしいわ……ざくろちゃん」 「うん……ごめん」 「あはははは、そんなこんなでボクはこのあたりで……」 「ねぇっ」 「はいっ」 「世界は私が守るから……」 「……」 「はい?」 「失敗しないはずだから……ちゃんと出来るから」 「ざくろ!」 「うん……」  その時が近づく。  現在6時30分前……、  私達は急いでマンションの前に立つ。  このマンションがもっともエロヒムロエネルギーを受け取れる場所なのだ。  そのスパイラルマタイの時、  それは刻々と迫る。 「さてと…とうとうだね……」 「……ま、まぁね……」 「…あ……あう……」 「ん?」  どうしたんだろう?  亜由美ちゃんはともかくとして、宇佐美ちゃんまで黙っているなんて…? 「どうしたの……宇佐美ちゃん? なんか……」 「……」  どうしたの?  彼女震えてない?  なんで? 「今日は私達が世界を救う力を取り戻す日でしょ」 「……」 「え?」  聞き取れない声……すごく小さくて……。 「どうしたの? 宇佐美ちゃん」 「……わ、わたし……こわい…」 「え?」 「こわいの……」  宇佐美ちゃんは怖がって泣き出してしまった。  何で怯えるの?  何で泣くの? 「……何を言っているの? あの…宇佐美ちゃん?」 「だって死んじゃうかもしれないのよ!」 「!?」  死ぬ?  今、宇佐美ちゃんは死ぬって言ったの?  どうして私達が死ぬの?  どういう事なの? 「どういう事なの? 宇佐美ちゃん!?」  宇佐美ちゃんは泣き続け、返事をしてくれない。 「…ス…パイラ…ルマ…タイ…」 「スパイラルマタイ?」  スパイラルマタイ…。  次世代超能力を取り戻す儀式って聞いていたけど……。  死のすれすれを体験するって聞いていたけど……。  それって……一体どういう儀式なんだろう……考えてみれば詳しく聞いてなかった。 「宇佐美ちゃん…スパイラルマタイってどういう儀式なの?」  宇佐美ちゃんは相変わらず、怯えて泣いている。 「泣いてないで教えなさい!」 「……私達の次世代超能力を取り戻す為には、死すれすれの体験をしなければならない…だから……」 「だから?」 「…だから…このマンションの屋上から飛び降りるの……」 「っ!」  何……。  今…宇佐美ちゃん、何て言ったの……。  今……たしかに飛び降りるって……。  飛び降りる?  このマンションから?  これって少なくとも14階はあるよね……。  こんなところから飛び降りたら……。 「っ!」  あんな感じに……、  あんな感じに醜く身体がはぜて……。  いいえ……あいつが落ちた高さの三倍はあるから……それどころじゃない……。  たぶんもっとむごい事に……。 「そ、そんな事したら……間違いなく……」 「いいえ……そうすると、地面に着く瞬間に力が目覚めるはずなの……」 「……目覚める?」 「うん…絶対の死に直面しないかぎり力はよみがえらないのよ……」 「絶対の死に直面……」 「……で、でも…でも怖いの……怖いのよ私っ」  怖い……。  このマンションから飛び降りるのが……。  怖い……。  ここから飛び降りる……。  ふふ…、  ふふふふふ…。 「ふふふふふ…」 「……ざくろちゃん…?」  私は宇佐美ちゃんと亜由美ちゃんの腕をつかむ。 「あ、あう……」  私はそのままマンションのエレベーターに二人を連れ込む。  二人はいよいよ涙を流して泣き出した。 「いやぁああああ死にたくないぃい!」 「大丈夫よ…宇佐美ちゃん……なんで私達が怯える必要があるの?」 「……ぅ」 「私達があいつみたく、醜く死ぬ訳無いじゃない……」 「私達は世界を救う為の宿命の戦士よ!」 「何を怯える事があるの?」 「絶対に死んだりなんかしないって」 「だって私達は正しいから死なないんだよ!」 「でも……」 「いい? 宇佐美ちゃん……いま世界は滅亡の危機に瀕しているの」 「私達が今立ち上がらないで誰がこの危機を救えると言うの?」 「…でも……」 「あの時の様に……」 「私達が立ち上がらないと世界が滅んじゃうの……」 「解る? 宇佐美ちゃん……」 「終末の時は近付いているのよ…」 「見なさい宇佐美ちゃん!」 「ほら…見えるでしょ?」 「大いなる災いが降りて来ようとしているのが…」 「あの時もそうだった…」 「あの時…」 「私達3人は言ったわ…」 「“私達は負けない!”」 「“私達3人が力を合わせる限り、どんな不可能も可能にしてみせる”って…」 「忘れたの? 宇佐美ちゃん…」 「今ここで立ち上がらないと世界は滅んでしまうのよ!」 「見えないよ…見えないよ、大いなる災いなんて…!」 「ちゃんと見なさい!」 「いやぁああ、いやぁ!」 「宇佐美っ!」 「ひぃ」 「いい? 宇佐美ちゃん!」 「〈怯〉《おび》えは形の無い怪物なの!」 「心を〈惑〉《まど》わして、悪い結果を呼び込むのよ!」 「ここでもし〈怯〉《ひる》んだら……」 「世界は破滅してしまうのよ!」 「いいの?」 「宇佐美ちゃん!」 「いい!」 「な、何言って?」 「世界なんて滅んじゃってもいい!」 「私は死にたくない!」 「っ……」  思わず、私は宇佐美ちゃんを叩いてしまった。 「ごめんね……」 「でも、もう時間が無いの…」 「亜由美ちゃん。今何時?」 「……あ、あう……」  亜由美ちゃんは何も言わず後ずさる。 「今何時なの!」  亜由美ちゃんを引き寄せる為に手首を掴んだ。  亜由美ちゃんは震えていた。  そう…亜由美ちゃんも怖いんだ…。  みんな怯えている……。  ここで私がしっかりしないと……、  私がしっかりしないと世界は救えない! 「…何時なの?」 「…6…時……40…分…」 「時間がないわ!みんな!」 「ほら、勇気を出してよ!」 「勇気なんていらないっ」 「宇佐美ちゃんの バカっ。 バカ、 バカ、 バカっっ」 「あなたの強い心を見せなさいよ!」 「そう、あなたの〈panache〉《パナッシュ》!」 「あなたの心にある勇気の紋章……羽の髪飾り!」 「さぁ、ル・ブレよ! 今日こそ私は、皓々たる月の世界へ行こう」 「え? なに?」 「機械の助けなんぞいらぬ。それこそここからひとっ飛びだ」 「な、何言ってるの? 何?」 「そうだとも! あの月の世界こそっ」 「私のためにあつらえた世界なのだっ」 「あそこには、私の気に入った魂が幾人もいて……そして待っている」 「ソクラテス! ガリレー!」 「物質の基本の要素をなす魂とはっっ」 「これは……いや問題だ……コペルニクスは言って曰く!」 「そうだとも、一体全体、どうして魔がさしたんだ?」 「一体全体、どうして魔がさして、ガレー船なんぞに、乗ったんだ?」 「哲学者なり!」 「理学者」 「詩人」 「剣客」 「音楽家」 「はたまた天空を行く旅行者」 「その毒舌は打てば響く」 「彼はすべてなりき」 「至高にして……また」 「空なりき……」 「だけど……もう行かなければ……そう待たせてはおけない」 「見てくれ……月の光がむかえに来た……」 「いやぁあああああああああ!」 「……ひぃぃ……」  2人共、いやいやと身体を振って逃れようとした。  でも私が2人の手首を掴んでいるので、逃げれない。  そうよ…、  ここで逃げちゃダメ…。  今しかチャンスは無いんだから…! 「2人共、怯えないで…」 「私がついているわ…」 「大丈夫…」 「安心して…」 「私達3人で、どんな危機も乗り越えてきたじゃない…?」 「だから…」 「だから絶対に死なないわ!」  私は2人を連れて、手摺りを乗り越えた。  空が近い。  天空に手が届きそう……。 「……そうだ貴様らは、私からすべてを奪おうとする」 「……さあ、取れ、取るがいい……」 「だがな……貴様達がいくら騒いでも、新しい世界へ、俺が持って行くものが一つある!」 「Mon panache!」  私は空に一歩踏み出す。  2人が懸命に地面に留まろうとする。  でも私は空に一歩を踏み出す。  そうだ。  私は新しい世界のために、空を舞おう。  新しい力のため、  新しい真実のため、  私はこの一歩を踏み出すのだ。  2人の手から震えが伝わる。  大丈夫……、  私がついている! 「空へ!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「!っぁ!!!っ!!!!!!!!!!!」  私はすべてを空にあずける。  私の身体は瞬時で空と地面の間を駆け下りる。  しっかりと掴まれた腕で、2人も、その底に吸い寄せられている。  2人の顔が見える……。  泣いてるけど笑っている……。  怖いけど……うれしい……。  そんな顔。  あ……。  なんだ……翔ぶって気持ちいいんだ。  なんだか天使になったような気分かも……。  すごい速度……。  すごい風……。  でも音は感じない。  静かに世界が回転する。  もう、すぐに地面だ……。  空気力学のパイオニア……。  すべては回転する空と、  そして私を包み込む大地が知っている。  世界まであと少し……。  大地まであと少し……、  近づく影。  私の影が地面に映る。  間宮くんの言う通り、次の日も平穏な日常、そしてその次もその次もずっとずっと……平穏な日々だった。  あの日を境に、私達に対するいじめはぱったりと止んだ……。  赤坂さんと北見さんはもちろん、クラスのみんなが私達を冷たい目で見る事もなくなった……。  もちろん、赤坂さんと北見さんは私達を避けているみたいではあったけど……、  間宮くんも以前と同じ様に普通に接してくれた……。  ただ気になったのは……、  まさに、間宮くんは以前の間宮くんであって、あの時の間宮くん――私達を守ってくれた時の間宮くん――では無かった。  やさしく、社交性があり……輝く様な人だった……。  あの夜に彼が見せた表情を見せる事はまったく無くなった……。  そういえば……こんな事もあった……、 「あ、これ……借りてた本です。ありがとうございました。長い間……」 「え? あ、そうだっけ?」 「え?」 「あ、いやごめんごめん……貸してたの忘れてたみたいだ……あはは……手元に無いなぁ……とは思ってたんだけどさ……」 「そうなんですか……」 「あはは……ごめんね、ボクって物覚え悪いからさ……すぐに忘れるんだよね……」 「……またボクなんですね?」 「へ?」 「あ、いや……ボクって言う時は猫かぶってるって……」 「へ? 何それ?」 「あ……いや……何でもないです……」 「あ、そういえば他の方々……三つ子の兄弟さん達はお元気ですか?」 「三つ子?」 「三つ子なんて知り合いにいないけど……あの双子姉妹なら元気だけど……」  双子姉妹?  なんだろう……、  間宮くんの周りに双子の姉妹なんていなかった様な気がするけど……、 「……何かだいぶ雰囲気変わりましたね」 「そう?」 「はい……」  夏休み前……最後に屋上で会った間宮くんとも、  地下室の間宮くんとも……、  そして最初にこの屋上であった間宮くんとも……違う。  これから続く平和な日常……、もしかしたら間宮くんはそのためにあの時の事を無い事としてくれてるのかもしれない……とも考えた。  だから、あの時の間宮くんの姿を見せないのかもしれないと……。  私と希実香が赤坂さん達と戦ったあの日々……そして、それを終わらせた公園での夜……。  たしかに、平和な日常には必要の無い過去の様に思えた……。  それは間宮くんにとってもそうなのだろう……。  悪い噂しかなかった彼の評価は何故か日増しに変わっていった……明るくなり、成績も良く……人々から愛される様になった……。  その過程で、間宮くんと仲が良かった私や希実香も底上げされて……人から愛される様になった。  人間嫌いの希実香は、正直迷惑そうだったけど……、  でも……希実香のそう言った人を寄せ付けない様な態度が、逆に好印象となったのは不思議なものだ……。  でも考えてみれば、希実香は顔も可愛かったし……スポーツは出来なかったけど、頭は良かった。  みんなから嫌われる要素なんて最初っから無かったのだ。  いじめなんてものはそんなものだ……。  大した理由なんていらない……逆に好かれる程度に目立っている事……それがタイミング次第でいじめにも愛される事にもなる。  ただ、間宮くんの印象が変わっていくに従って私達の印象が良くなり……。  そしていつか、人気者の間宮くんとも疎遠になっていった。  平和な日常。  平穏であり続ける日常……。 「また、間宮卓司の事考えてた?」 「あ……」 「最近、間宮卓司と会ってないみたいじゃん……」 「あ、うん……って言うかさ…今の彼は人気者だから、会える雰囲気じゃないよ……」 「何だろうね……あいつ……あんな人付き合いが苦手そうだったのに……いきなり雰囲気変わったなぁ……」 「うん……そうかもね……」 「ざくろ、あいつの事好きなんだろう……」 「あはは……まだそんな事言ってる……」 「だ、だって……」 「ばか……」  私は希実香の手を取る。 「サボっちゃおうか?」 「え?」 「サボっちゃおうよ……」 「で、でも……」 「でも、何?」 「な、なんか……ざくろ……」  希実香は真っ赤になる……。  私は気にせずに、彼女の手を引っ張る……。 「ちょ、あの……ざくろ……そんな堂々と……」  私は鞄を持って希実香の手を引く……。 「あ、私も鞄持って帰らないと……」 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……ざ、ざくろっ」 「くすくす、先生追いかけて来たね」 「だって、ざくろ堂々と校門から出て行こうとするしっ」 「えー、でもさ、前は赤坂さんとか城山くんとかもやってた事じゃない……」 「で、でもあんたは優等生でしょ!」 「そんな事ないよ……私は単純に自分で何も決められなかっただけだよ……」 「決まり事は……人が決めてくれた事だから決められたとおりにやってただけ……でもさ」 「っっ」  間宮くんが変わった様に……私の中でもいろいろなものが変わった……。  まず、自分の中でもっとも大事なものが入れ替わっていた……。  人を不愉快にさせない様に生きる事が一番大事だった私は、まったく知らない間に消えていた。  それはいつからだったのだろう……やはり間宮くんを好きになってからだろうか?  間宮くんはたしかに私を変えてくれた。  間宮くんは私に自ら先に進む勇気を与えてくれた……。  でも、面白い事に歩き出してみれば……あんなに輝いていた遠くの景色はまったく違って見える。  私の中で一番だった間宮くんの姿は、歩いた先から見たら……そうでも無くなっていた。  ……なんて言い方失礼だけど……でも私にとって一番大切にするべきものであるとは思えなかった。  だって、彼は一人で十分に輝き、一人ですべてを得ていたから……、  そんな彼に、私は何も感じなくなっていた。 「っっ〜〜」 「何怖がってるのかな?」 「ざくろっ、こ、こんな人の往来がある場所で……」 「別に気にする事ないでしょ……んっん…ちゃ…ぴちゃ」 「ん…ちゃ…ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」  歩き出すと風景が変わる……。  今まで普通じゃなかった事が普通になり、普通だった事が普通じゃなくなる……。 「いきなり何するんだよぉ」  涙目で希実香が訴える。  希実香はいつもこんな感じだ……、 「なら、いちいち確認してからやればよかったかな?」 「そ、そういう問題じゃなくっっ」 「ったく……ざくろはもっといじめられっ娘で、受け専門だと思ってたのに……」 「だから、私はいじめられっ娘じゃなくなったんだよ」 「そういう話じゃなくてっっ」 「う〜、なんかもっとMっぽいと思ってたのに……どっちかと言えばSだった……」 「くすくす……そんなの良く分からないよ……」 「だいたい、あの日……いきなり襲ってきたのは希実香じゃない」 「あ、あの時はっっ」 「私が間宮くんに取られるのが悔しかった?」 「そ、それは……その……」 「ったく……いきなり私の貞操奪っておいて……こんな場所でのキスぐらいでおどおどされてもなぁ……」 「あ、あの時は……あの、私…なんか必死で……」 「必死で?」 「あの……ただ引き留めたかっただけだったんだけど……なんか……勢い余って……」 「勢い余って……しちゃったんだ」 「〜〜っ」  希実香は真っ赤になってうつむく。 「そうなんでしょ?」 「……ごめんなさい」 「って! なんだよぉ!  今度は言葉プレイか!?」 「そんな事ないよ……私はただ希実香に質問してるだけだよ?」 「う、うう…… なんかざくろ……すごくいじわるだ……」 「いじわるなんてしてないのに……そんな事言うのなら、もうキスは永遠に無しが〈良〉《い》い?」 「そ、それはっっ」 「それは?」 「〜〜っっ」  あ……やば……このパターン……。 「もう! ざくろなんて嫌いだ! 死んじゃえ! うんこったれ!」  ああ……やっちゃった……最近の希実香は何か可愛くて……ついいじめたくなっちゃうんだよね……。 「あ、ごめんっ希実香!」  あはは……、まるで前とは逆の関係……、  人間って面白いなぁ……、 「はぁ、はぁ、はぁ……希実香っ」 「はぁ、はぁ、はぁ……あ、相変わらず足速いのね……」 「あ、いや……私が速いんじゃなくてね……それよりごめんっ」 「……ざくろ」 「って、このパターン何度も繰り返してきた!」 「あはは……だって希実香可愛いから、ついいじめたくなっちゃうんだもん」 「その言い訳も何度も聞いた……」 「あはは……ごめんね……」 「……なら、約束して……」 「何を?」 「……も、もうキスしないとかいじわる言わないって……」 「……っっ」 「うわっ、抱きつくなぁ」 「うん、うん、約束するよ、希実香っ」 「うわん、うわん、何だよそれっ、胸がでかいって自慢か?」  あれからいろいろなものが変わった……。  変わってばかりの毎日だった。  そう言えば……、  最後にこんな事があった……。  あれはたしか7月の19日……夏休み直前だった。  一学期最後……間宮くんに会いに屋上に行った。  そこで……、  あ……。 「高島……ざくろさん?」 「あなたは……たしか……」 「音無彩名……」  そう言えば……見たことがある様な気がする……。 「今日は間宮卓司くんに会いに来たの?」 「あ、うん……そうなんだけど……」  何でそんな事をこの人は知っているのだろうか……。 「間宮くん……今日は学校に来ない……」 「そうなんですか? えっと風邪?」 「風邪とは違う……今日は20日の前日だから……」 「20日の前日だから?」 「そう……だから、二人の最後の戦いが行われる……」 「二人の最後の戦い?」 「そう……本当は、地下室の間宮くんが優勢になるハズの戦いだったけど……今回はあなたの選択で、魂の行方が変わった……」 「魂の行方?」 「そう……魂の世界……魂の繰り返し……」 「この魂の糸は……回転する世界模型からちぎれて……その先に進む運命となった……」 「あの……それってどういう……」 「くすくす、あなたが正しい選択をしたというだけの話……」 「すべては望んだ通りに……創造主であった間宮卓司は、破壊者であった間宮卓司と共に死に……調和者であった間宮卓司だけが残った……」 「すべては彼が望んだ通り……」 「……皆守くんが」 「皆守……くん?」 「くすくす……魂は輪廻する……同じ世界に何度でも……だから私はここにいる」 「さぁ……あなたは先に進みなさい……それこそが約束された地、素晴らしき日々のはじまり……」 「あ、あの……もしかして、あなたは間宮くんの秘密をすべて知っているのですか?」 「秘密?」 「今、言ってました。創造主の間宮くんと破壊者の間宮くん、そして調和者としての間宮くん」 「それって!」 「くすくす……そう……でもその答えはあなたのものじゃない……」 「あなたは素晴らしき日々を手に入れて、そしてそれ以外のものを失った……」 「だから、あなたはその質問の答えを得る事は出来ない……それとも」  彩名さんがにやりと笑う。  私は何故かその瞬間に背筋が凍る様な思いがした。 「今をすべて捨ててみる?」 「そして違う魂の行方を見てみたい?」 「……」 「わ、私は……」  私は決めたんだ……。 「今なんて捨てません。私はちゃんと今ここで生きる事を誓ったんだから!」 「うん……」  彩名さんはうっすらと笑うと、空を見つめる。 「あの空はもうここには無い……」 「失われた空……一人の魂がつくる世界は、あの空を消した……」 「今を捨てないという少女は……そして素晴らしき日々を手に入れる……」  あの言葉の意味……いまだに分からない。  その後、彩名さんを見かける事は無かった。  転校したとも退学したとも聞いたけど……詳しいところは分からない。  実際……私には無縁の事だと思えた。  あの日、彩名さんに尋ねた言葉……。  その答えも……今では私に無縁な、どうでも良い疑問と思えた……。 「あのさ……ざくろっ」 「え?」 「どったの?」 「あ、ごめんごめん……」 「また考え事……ったく、ざくろそればっかり……」 「あはは……そんな事ないよ……」 「それよりさ……もう夏も終わるね……」 「うん……風がだいぶ涼しくなってきた……」 「夏が終わり……秋になり、冬が来て……そしてまた暖かい春に変わる……」 「そだね……」  私達は涼しくなりはじめた公園を歩き出す。  その先に進むために……。 「……」 「え? どうしたの?」 「あ、いや……何でもない……」  なんだろ……今の感覚……。  なんか不安の様な不快の様な違和感の様な……とりあえず変な感じは……、 「どったの行こうよ」 「……いこう……」  行こうよ……。  希実香のその言葉で私は理解した。  なるほどね……そういう事か……、  たぶんその感覚は……私が生まれて最初に歩いた……その一歩目と同じ感覚なのだろう……。  それを今まで忘れていただけ……。  私の最初の一歩は……たぶんこんな気持ちだった……。  私だけじゃない……たぶん世界で最初の人間だって……最初に陸にあがった動物だって……、  最初の一歩に不安を感じた。  そうに違いない。  だってそれは最初の一歩……、  違う風景のはじまりだから……、  けど、その一歩もやがて……、  日常になる。  恐ろしげな明日への一歩だったそれは……、  ありふれた風景。  日常になる。  当たり前の……ごく普通の事になってしまう。 「ど、どったの?」 「ううん……あのさ、希実香っ」 「な、何?」 「ありがとう!」 「へ?」 「私と歩いてくれてありがとう! この一歩を歩いてくれてありがとう!」 「え? あの……」  希実香は戸惑った……当たり前だ……少し唐突すぎる……もともと思考が唐突だったけど、最近はそれがそのまま外に言葉として出てしまう。  だから希実香が戸惑っ………て? 「うん……」  何故か希実香はうれしそうに笑って答える。 「私こそ……ありがとう」 「一緒に歩いてくれて!」  あの日。  希実香が言うあの日……。  それの正確な日は分かってない……というのも嘘なんだけどね……。  いつの何時に起きた事かすらしっかり覚えている。  でも忘れた事にしている。  たまにとぼけたりして、希実香を〈弄〉《もてあそ》ぶため……。  希実香には死ぬまで私に負い目を感じてほしい。  そして、死ぬまで私を捨てないでほしい……。  最後まで……一緒にいてほしい……。  とまぁ、そんな事はどうでも良いか……、  それは私……高島ざくろの視点……。  私達にとって大切な……、 「あ……ざくろ……」 「希実香……探したよ……」 「探した?  私は部活だよ…部室に来てくれれば良かったのに……」 「でも……希実香掛け持ちでどっち行けば会えるのか分からないよ……」 「そう、そんな事より……ざくろは今まで何してたの? 部活とか入ってないでしょ……」 「私……私はえっとね……」  と私は適当に笑ってごまかした……。  とは言っても、隠すことでも無いのだけど……、 「また屋上か……」 「屋上?」  屋上って……そっか、私が間宮くんと会ってたと思ってたのか……。 「……」  なんだかなぁ……希実香は良く分からない……。  最初は良く間宮くんに会いに行け会いに行けうるさかったのに……。  なんか夏休み明けてからは、私と間宮くんが会っている事を知るとすごく不機嫌になる。  どっちやねん……って感じだ。  まったくさぁ……今日はわざわざ……、 「どうしたの? 機嫌悪い?」 「別にっ」  あ、あら……何か本当に不機嫌になっちゃったなぁ……。  もう、希実香は…何がなにやら……、 「怒ってないけどさ……何というか、夏休み終わって久しぶりに会えるのに……なんかさぁ、ざくろ……」 「間宮くんとばかり会ってて不満なの?」 「そ、そんな事ないけど、そ、そりゃ…ざくろの気持ちは知ってるし…優先事項としてはあっちが先だけどさ……」  何を勘違いしているのか……どうやら希実香は私と間宮くんの仲が夏休みの間にどうにかなってしまったとでも思ってるのだろうか……。  別に、そんな事まったく無く普通の夏休みを過ごしていたのに……、  間宮くんと特別会う事も無く……普通に最後の夏休みを勉強に費やしてました。 「……そんなに希実香が会いたかったのなら、電話してくれたら良かったのに……夏休み」 「……そうかもしれないけど…… わ、私だって私なりに気を遣って……だから……」  というか……もう、私は間宮くんの事なんて何とも思ってないのになぁ……。  なんでそんな気の遣い方するかなぁ……。 「希実香は夏休み何やってたの?」 「別に……夏の講習でたり、家で勉強したりかな」 「そうなんだ……まぁそうだよね卒業近いし……それにしても勉強好きだね希実香は」 「べ、別に好きじゃないわよ。 それにやらないよりはやった方がいいでしょ……特に理系知識はいろいろと役に立つからねぇ……」 「あはは……それは見せつけられたよ……」 「まぁ、文系なんて何の役にも立たないけどね、社会に出てからもクズだし」 「何それ……文系バカにしてるの?」 「うん、わりかし、 間宮だってどうせ文系でしょ?」 「あの人、数学とか得意みたいだよ……」 「得意ったって、あいつ成績全然悪いじゃん(※)」  (※)新学期がはじまった時点では、間宮くんの成績はたしかに悪かった。 けど、その後の試験で数学をはじめとするあらゆる教科で希実香は惨敗する事になりました。 「そりゃ……希実香は成績良いけど……」 「何よ……」 「そうやって人をバカにするところ…少し希実香嫌い……」 「な、何よ…… 別にざくろの事バカにしてるわけじゃないんだから良いじゃない……」 「そういう問題じゃないし……」 「……あ…そうか…間宮の悪口言われたら、面白くないよね……」 「違うよ……他の誰のだってダメ……希実香が悪口言うの嫌……」 「何で……」 「だって……希実香優しいのに、そうやって言葉悪いから……すぐ悪い人だとみんなに勘違いされる……」 「別に良いじゃん……他人がどう思ってるかなんて知らないもん」 「そうなんだ……それって私も他人って事?」 「な、なんでそうなるんだよ……」 「だって、それって私に嫌われたって〈良〉《い》いって事なんでしょ」 「そ、それは困るよ……私は」 「私は?」 「っっ」 「と、とりあえず! 他人の事は知らないわよ。でもざくろは他人じゃないっっ」 「なら私は?」 「え?  あ、あの……」  な、なんで希実香……ここで赤くなるんだろう……。 「私達……友達では?」 「あ、そ、そうだ、それ!  友達だ! だから他人の悪口はいいの! というか私が口が悪いのはしょうがない! これはサガだ!」 「しょうがないとか無いよ……悪い癖は直そうとしないと直らないよ……」 「うっ……」 「だから、そういうのも直そうよ……」 「……分かったよ……ざくろがそこまで言うなら気をつける……」 「なんで……そんなにぶっきらぼうなのかなぁ……なんか本当に機嫌悪いんだね……」 「何で私が機嫌悪いんだよ!」 「いや……あからさまに悪いし……」 「だってさ……ひさしぶりなのに……」 「ひさしぶりなのに、私が誰かと会ってたから不機嫌なのかな?」 「だ、誰かと会ってたっっ!?」 「……そ、そうなんだ……やっぱり二人でいたんだ……あいつと……」  いや……別に彼といたわけじゃなくて……希実香がそう思ってるの? って聞きたかっただけだし……。 「……ふぅ、それで?  どんな感じなの?」 「何が?」 「そんなの間宮とに決まってるじゃない」 「いや……別に何も?」 「な、何で? もうキスぐらい終わったでしょ?」  本当に勘違いしてるんだ……。  彼の事なんて別に何とも思ってないのに……、 「あのね……何度か言ったけど私は別に……」 「だから、そうやってごまかす癖やめなよ……進めない自分に対する言い訳だよ」  な、なんだ……こいつは……そんな癖なんか無いし……というか何を勘違いしてるんだ。  なんかだんだんイライラして来た……。  少しいじわるしてやる……。 「だって……私はキスなんてやった事も無いし、やり方だって分からないし……」 「そんなのただ唇合わせればいいだけじゃん……簡単じゃん!」 「ほう……んじゃ、希実香はやった事あるわけだ?」 「え? わ、私?」 「そう、希実香……そんな事言うんならもちろんやった事あるんでしょ? キス」 「え、あの……えっと……」 「あれ? もしかして、無いくせにそんな偉そうな事言ってたのかな?」 「ば、バカにするなっ。 私だってキスの1回や0.5回ぐらい……」  キスの0.5回ってどんなだ……焦りすぎだよ希実香……。 「へぇ……やった事あるんだ……」 「あ、あるわよ……うん」 「なら見せてよ……」 「へ?」 「キスしてるところ見せて」 「そんなの見せられるかっっ」 「だいたい今は一身上の都合でフリーだ」 「そうなんだ……でも本当なのかなぁ、そういえば今まで希実香の彼氏の話とか聞いた事ないなぁ……過去も含めてだけど……」 「ギク……」 「どんな人と付き合ってたのかなぁ……キスの経験があるのなら言えるハズだよね……」 「うっ……。い、言えるよ……」 「へぇ……どんな人とキスした事あるの?」 「なんか……なんか人だよ……男の人!  っていいじゃん! 何でざくろにそんな事言わなきゃいけないのよ!」 「だってぇ…なんか嘘っぽいなぁ……って」 「そ、そんな事ないっっ、つーか嘘とか失礼だ!」 「ふーん、そうなんだ……分かった。うん理解した」 「って、その言い方っっ信じてないのかよぉ!」 「別に……ただ証明出来ないんだよね。だからもういいよ……うん」 「希実香って、理系理系って言うわりに証明出来ない事簡単に言うんだぁ……って分かったから」 「んだと! んじゃ反証実験するか!!」 「はんしょう? 実験?」 「……あ」 「あ、いや、いや……何でもない……今の無しっ」  何故か突然希実香が赤くなる。 「ん? 何?」 「あ、いや……何でもない…… 何でもないからさ……あはは」  なんか目そらした。  何考えてるんだ?  って……。  そ、そうか……実験ってそういう事か……、 「あ、あの……ごめん……言い過ぎた……」  私も恥ずかしくなって目をそらす……、  すると希実香は……、 「あのさ……ざくろ、キスの実験と言うか練習と言うか……そんな感じのものをしなくていいの?」 「へ?」 「あ、いや…… なんか実験とかなったからさ、思わず聞いてみただけだから……あはは……気にしないで……」 「キスの実験……」  キスの練習……いや、別に本番があるわけじゃないから、それは練習などでは無い……。  希実香はどうか知らないけど、私は最初のキスなんだ……練習とか少しひどい……。  そんな気軽な言い方……、 「わ、分かった……んじゃ、見せてよ」 「え? ざ、ざくろに?」 「それとも他の人で見せてくれるの?」 「そんなの絶対嫌っ」 「ざ、ざくろになら……」 「私になら出来るの?」 「う、うん……」  どうせ、出来るわけない……女の子同士だし……希実香は意地になって言ってるだけだ……。 「ほ、本当に良いの?」 「え?」 「だ、だから、ざくろにキスしても良いの?」 「あ、べ、別に……」  あれ……冗談じゃなかったのかな?  それともまだ意地張ってるのかな? 「あ、あのさ……」 「え、な、何?」  っ……。  なんでこんなに希実香……目が潤んでるの? えっと……もしかして……、  本当に私にキスする気? とかじゃないよね……。 「あ、あのさ……本気で言ってるのかな?」 「え? あ、その……」  あ、え、えっと……、 な、なんだ……なんでこんな話になったんだ?  えっと、えっと……、 練習だか実験だか……そんな話から、どうせできっこないからって、私がけしかけたら……、  な、なんか私までドキドキしてきた……なんでだろう? た、単なる冗談じゃん。  だ、だいたい相手は、親友の女の子で……一緒にいじめと戦ってきた仲間で……えっと……、  別にドキドキする事なんて無い……。  でもキスって……、 「えっとさ……実験って、私でするって意味?」 「あ、いや、 たとえばだよ。たとえば……練習なら親しい友人とかかなぁ……ってさあはは……」 「あ、 なんかそういう話とかあるじゃん、雑誌とかでさ、女の子同士でキスの練習しちゃいましたーなんてね、あはは、そんな軽いノリでね……」 「ま、まぁ……見るけど……ああ言うのって本当なのかなぁ……」 「さ、さぁ……私も良く分からないけどさ……どうなんだろうねぇ……」 「そうなんだ……」  まぁ、たしかに雑誌なんかでは見た事がある……。  女の子同士でキスの練習しちゃった……みたいな事が書いてある投稿ページ……。  って事は、そんなめずらしい事でも無いのかなぁ……。  たしかに、私にとって希実香は唯一の親友だし……そのぐらいの事があっても冗談程度の事なのかもしれない……。  にも関わらず……。 「え、えっと……あのっ」  なんか目が回るほど、心臓がバクバクする……なんだ、なんなんだこの感覚? 「ごめん……気持ち悪いよね……」 「え? そ、そんな事ないっ」 「え?」 「あ……」  二人しかいない夕方の教室……私の大声が廊下にまで響く……。 「あ、いや、希実香の事好きだから、別にそんなの気持ち悪いわけないよ……だって友達じゃん」 「あ、あはは…… そ、そうだよね……友達だよね」 「だ、だいたい私から言い出した事だし……」 「えっと…… それってOKって理解していいのかな?」  なんか……希実香の鼓動が聞こえてきそうだった。  希実香の顔……まるで数百メートルを全速力で走った後みたいだ……。  もしかして、私もあんな顔になっているのだろうか……、 「たぶん……」 「って、単なる実験でしょ?」 「あ、そ、そうだよね。 単なる実験だし……そんな改まって聞く事じゃないよね……」 「あ、うん……」 「あ、あのさ…… んじゃ……やっていいのかな?」 「うん……」 「んじゃ……実験はじめるよ」 「あ、う、うん……」  希実香の手が私の手に触れる……その手は小さく震えていて……汗ばんでいた……。  私と希実香は見つめ合う。 「あ、あのさ……目つぶってくれないかな……」 「え?」 「こんな見つめ合ってたら……キス出来ない…と思う……」 「あ、そ、そっか……」  キスの時って目つぶるんだよね……思わずガン見しちゃった……。 「あ、あはは……なんかこんな近い位置で希実香の顔見るのはじめてだなぁ……」 「う、うん……私もこんな近くでざくろの顔見たこと……無いや……」  近くで見ると……やっぱり希実香は可愛いんだなぁ……って思う。  この人の場合、可愛かったから赤坂さんのイジメの対象になったらしいけど……それも頷ける……。 「あ、あのさ……目、つぶってくれるかなぁ?」 「あ、お、OK……」  私は言われるままに目をつぶる。  希実香の指が私の手に食い込む……。  息の音をすぐ近くに感じる……人の息をこんなに近くで聞いたのって初めてじゃないだろうか……。  緊張して私の歯は少しカタカタと鳴り始める。 「ん…ちゅ」 「あ……ちゅ……」 「あ、あのさ……ざくろ?」 「な、何?」 「く、口……そんなきつく閉じてたら……キス出来ない……」 「口……開けた方がいいかな?」 「いや、開けなくてもいいけど、もう少し唇を緩めてくれないかなぁ……たぶんそっちの方が好ましい様な気がする……」 「あ、うん……分かった」  そうか……そっちの方が好ましいのか……。  私はゆっくりと…唇を緩める。 「んっ……ちゃ…ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っ……ぴちゃ……んっ……んくっ……」  希実香の舌が私の中に入ってくる……。  初めての感触……今まで感じた事ない……キスってこんなに気持ちいいもんなんだ……希実香の舌は暖かくて、柔らかくて……。 「っんくふぅっ……」 「ど、どうかなぁ……」 「え? あ、あの……」  もう終わり? 「ま……まだ良く分からないかな……」 「そうなの?」 「うん……気持ちいいのは分かったけど……どうやってキスするか分からないかも……」 「そ、そっか……今は私からだもんね……んじゃさ……今度はざくろからキスしてきてよ……」 「私……から……」 「うん……そう、ざくろから……」 「う、うん……」  私はゆっくりと希実香に顔を近づける。  希実香は目を閉じる……。  ここで目を閉じなきゃいけないのかもしれないけど……慣れないから……目をつぶったら互いの鼻とかぶつけてしまいそうだ……。  私はぎりぎりまで希実香の顔を見つめる。  柔らかい肌……その唇はとても綺麗で……もっと口づけをしたい……。  ぴちゃり…と音を立てて、再び……触れ合う唇。  やわらかい感触が唇を湿らせる。  抱き寄せ合う二人の身体。  触れ合う唇と、寄せ合う身体は互いの温度をひとつにとかしていくよう……。  私の舌の動きに絡み合う様に希実香の舌が踊る……互いの舌を通して、互いの唾液が触れ合う音。 「んあっ……ちゅっ…あうっ……ぴちゃ…ぴちゃり……」  唇の感触を味わいながら、希実香は舌を私の口内へと侵入させる。  希実香の唇は私の唇からまったく離れる事が無い……。  それどころか互いに求め合う様に……さらに激しく、さらに密着させようとする。  もっと希実香を感じたい……もっと一緒になりたい……ただ衝動的にそう思っていた。  少なくとも……その時私は、希実香が好きだとかそうでないとか言う感情は分からなかった……。  ただ、本能が……希実香ともっと交わりたいと、もっと希実香と唇を合わせたい……と言っていた。 「んっ……んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んん…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」  二人はずっとずっとそこでキスをしていた……。 「ざ、ざくろ……もう……」 「え?」 「あ、ちょ、ちょっと……」 「ご、ごめん……ごめん……我慢出来ない……」 「え?が、我慢って?」 「わ、私……今まで我慢してたから、本当はこんな事したらダメだって分かってたんだけど……もう止められないよ……」 「ちょ、ま、待って希実香っぁっ」 「ごめん、ざくろには間宮がいるのに……私分かってるのに…ごめんよ……ごめん、でも、でも私ずっとざくろの事……」 「あ、あの……そ、そういう問題じゃなくて……」 「私……ごめんねぇ……こんな事、私の事嫌いになるよね……ざくろぉ……でも私……我慢出来ないの……」 「んん!?……んんん…ちゅ…ぴちゃ……んっ」 「ぴちゃ…んっ…ざくろ大好き……大好きなの……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……私、私ごめん……ぴちゃり……」  非力で小さな希実香だったけど、上から押さえつけられる形で私は抵抗が出来ない……。  希実香……泣いてる……なんで泣きながらこんな事するんだろう……。  泣く事なんて無いのに……、  希実香……我慢してたって言ってた……何を?  何を我慢してたのだろう?  私は、そう希実香に聞きたかった……けど、希実香の唇はずっと私の唇をとらえて……離さない……。  質問すらさせてくれなかった。  希実香……泣く必要なんて無いのに……良く分からないけど……希実香が我慢してた事……私で出来るなら何でもするよ……。  だって希実香は私の……一番大切な友達だから……。  長いキス……私の頬にずっと希実香の涙が落ちてくる……。  私はただ目をつぶって、希実香のやりたい事をさせてあげるだけだった……。  希実香は私の上着に手をかける。  ずっと胸を触っている。  あんなにいつも嫌味を言っている私の胸をずっと、ずっと触っている……。 「ざくろ……ごめんね……」  希実香が私の制服の上着のボタンをはずしはじめる……そしてもう片方で私の太股をなで回す。  希実香は私の太股からゆっくりと撫でていく……下着までいたらぬぎりぎりまで……スカートをめくりあげる……。  希実香……私の身体触りたいんだ……。  でも……私も希実香ともっと一緒になりたいと思った……もっともっと多くの場所で触れあいたいと思った……。  希実香の手は太股から、下着の下のラインまでをゆっくりと丹念に触れた。  まるで私の身体の感触を何度も何度も確かめる様に……ずっと触っていた。 「やっぱり……ざくろの胸……大きいなぁ……」  希実香は私の胸に顔を埋める……。 「私……間宮なんかに渡したくないよ……ざくろをあんなヤツなんかに……」 「たしかに、私の方が強くないけど……それもいつか、あいつよりも強くなって……ざくろを守れる様になるから……だから……ちゅ」 「あ、あうっ」  希実香が私の乳首に唇を重ねる……。 「んん…ちゅ…ああ…ざくろの胸……柔らかい……大きくて……ふわふわで……いい香り……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……」 「あ、あん……だ、だめだよ……希実香……そ、そんなぁ……」 「だめ……もう止まらないよ……私、ざくろのすべてが欲しいよ……胸だけじゃなくて……ここだって」 「ひっ!」  希実香の手が下着の中心に触れる。  今まで感じたことの無い感覚が脳の中で反響し続ける……。 「あ、ああ……」 「太股の肌感触から下着の感触……あり得ないぐらいに柔らかくて……暖かいよ……大好きざくろ……誰にもこの身体を渡したくない……」  希実香は乳房に顔を寄せ、舌でなぞり続ける……。 「ぁ…あう……あ、ああ……だめだよ……」  彼女の舌の感覚は本当に気持ちいい……彼女の舌は本当に柔らかく、暖かくて……、 「ぁっ…はぁ、ん……」  乳首がその輪郭をはっきりさせ立たせていくの自分でも分かる……。 「はぁッ…ぁ…ああ……はぁ…ぁぁ…ん…はぁっ…ぁぁ…はぁ…ん…ん…ぁぁ…」  すでに私の身体はただ快感に素直に反応するだけ……その熱い吐息まじりの呼び声に、希実香の身体も芯から熱くなっていくのが分かる……。  希実香は空いていた私の手を、そっと自分の太股へと伸ばす。  手のひらに太股のすべすべとした感触を感じる。  彼女の太股はしっとりしている様に思われたが……手をその内側に伸ばすと、信じられないほど内股は熱く火照っていた……。  そして……。  彼女は何の躊躇もなく自分の下着に私の指を滑り込ませた……。  希実香の手に誘われるままに……下着の脇から指を滑り込ませる……。  そこは信じられないぐらい濡れていて……ぬるぬるになった指は簡単に中心部に吸い込まれていった……。  指先が希実香の敏感な先端に触れた……。 「んっっはぁあっ!」  大きく希実香の身体が震える。 「ほら……もうこんなにだよ……自分でも信じられないぐらい……」  自分の手が入っている場所を見ると……希実香の太股はすでにお漏らしでもしたかのように濡れていた……。 「ごめん……こんな変態で……迷惑だよね、友達がこんなんじゃ……ごめん……」 「ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ごめん……ぴちゃり……」  私に一切答えさせてくれない……私、全然嫌じゃないのに……そんなに泣かないでって言いたいのに……なのに……。  唇を絡めるたびに、彼女のなかからは熱い愛液が溢れ出してくる様だった……。  希実香は私の手を掴んだまま、自分の場所に押しつけていた……。  ただ、私の指には絡みつく彼女の愛液と暖かい敏感な場所の感触だけを感じた。 「ちゅ……くっ……ふぁあっ!…ああっ!…あぁっ!…ぁああっ!」  キスをして離さない希実香……私達は互いの上と下の粘膜でつながっていた……。 「あっ…あうあうあうっっ…だ、ダメ……ダメかもっっ……もう、あう……ダメそう……」  涙に潤んだ彼女の瞳が私を見つめる。  自分で私の指を操作している希実香……だけど触りはじめてすぐなのに……もう果てそうになっているみたいだった……。 「あ、ダメ……イキそう……あ、ごめん……本当にごめんね……こんな友達で……」 「……バカ……」  唇が離れた瞬間に私はやっと言葉を出せる。 「……ざくろ」 「一人で勝手に納得して進めて……ほら……」  私はやさしく希実香のを触ってあげる。 「う、うそ……ざくろの指が……指が私のを触ってる……触ってくれてる……あうっ」  こうしたかったんだ……最初っから言ってくれればいいのに……バカな希実香……本当に……、 「あ、ごめんね……あ、ざくろ、こんな事させて……本当にごめん……あ、ダメダメ……ホントにいきそう……いきそう……ですっっ」 「っはぁあああっ!、あぁあんあんあああああーー!!」  希実香が波打つ様に痙攣する……その直後……彼女の身体が電流が流れたように緊張した。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ……くっ……はぁっ…はぁっ…はぁっ……っっっっくっ」 「今度は私が……」 「あ、良いって……希実香……あ、ダメっ」  希実香は私の下着に手をかける……その瞬間……。  恥ずかしい……自分でも分かる……下着が吸い込んでくれなかったものが太股から机に垂れていく……。 「何これ……私よりも濡れてる……じゃない?」 「……し、知らないっっ」 「ああ……ざくろ……ざくろ……ざくろの……」 「あっ? ……な、なに?」 「こ、こんなに濡らして……こんなに……真っ赤に……ざくろ……」 「?!」 「ん……くちゅ……くちゅ……んあ……」 「はうぅぁあ……あう……な、なに? 希実香? な、何してるの? だ、だめだよ……そんな事しちゃ……希実香? それ洒落にならない……」  それまで無かった快感が私を襲う。  それは今まで口や胸にあった、暖かく柔らかく湿った感触……。  やさしく私の芽の部分をむき出して希実香は舐めあげていた。 「だ、だめだよぉ! 希実香! だめぇ……希実香……そんな場所、そんなぁ場所、舐めちゃだめだよぉ!」 「ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ……ざくろ……こんなにして、いやらしく…濡れてて…ちゅ…無理だよ……私、ざくろの感じたい……もっと……もっと」 「だけど、だめ……だめだよぉ女の子がそんな場所舐めちゃ……女の子がそんな場所……」 「はぁ……はぁ……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ごめん、ごめんね……でもざくろがこんなに濡らしてるから……私…ちゅ…ぴちゃ…我慢なんてちゅ…ぴちゃ…出来るわけないよ……ごめん……」 「いや……そ、そんな事言わないで……うぁああああ……だめむいちゃだめ……あああ……だめ希実香……本当にそれだめだよ……本当に冗談じゃなくなってるよぉ……」 「も、もう……ここまで来たら……私……戻る気なんてない……私……ざくろのすべてを感じたい…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……もう止める事なんて出来ないよぉ」 「あう……私……ざくろの大事なところ舐めてるんだ……ひゃああん…あう、あああ、ごめんねこんな変態で…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃり…女の子好きになっちゃう様な変態で……ごめん……」 「あ、ああ……もう希実香のバカ、バカ、バカ、バカっっ」 「ざくろ……おいしいよぉ……ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……ざくろの感じられてうれしいよぉ……」 「だめ、だめ……本当に……希実香……もうだめなんだよ……私……もう……」 「希実香……だめだよ……そんな私の舐めちゃだめだよ……もう取り返しがつかないよ……」 「取り返しなんてもう付くはず無いよ……だって私だって……さっきいったばっかりなのに……こここんなひくひくして……まだ奥からどんどん出てきて……こんななってるの……私……」 「あ……希実香……あ……希実香のなんでこんなになってるの……」 「ざくろの事好きだから……ざくろ感じられるから……だからうれしくて私……私……」 「希実香……のバカ……希実香の変態……」 「ごめんね……ごめん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃり……でも私……ざくろの舐めてたらうれしくて……くちゅ……じゅる……」 「そ、そんなぁ……だめ……そんな吸ったぁあ……あう……」 「ざくろぉ…ちゅ…ぴちゃ…ざくろぉ…ぴちゃ…ざくろぉ……ちゅ…ぴちゃ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ……」 「変態! 変態! 変態! あうっっあうっ」 「変態! 私のばっかりじゃなくて希実香のも見せなさいよ!」 「え?」 「……希実香ばっかりやってて…ずるいよ……私だって、希実香の事感じたいし……」 「ざくろ……」 「だからっ」 「で、でも……そんな事させるわけにいかないよ…私は好きでしてるんだから……こんな場所……ざくろに舐めてもらうなんて」 「変態! 舐めてほしいんでしょ! 希実香の変態! 変態!」 「あ、あう……ざくろ……」 「希実香のすごい……舐めてるだけなのにこんなに……」 「だって、だって……私、ずっと我慢してて……本当はずっとこうしたくて……したくてたまらなくて……だから……」 「だったら頼めば良かったのに……くちゅ…ん……くちゅ……」 「んぁっ!な、なに? こ、これ……もしかしてざくろが本当に? 本当に私の?」 「変態! 変態! こんななっちゃって! ……訳わかんないよ!」 「だからこんな事やめなきゃいけなかったのに……でも希実香が舐めてくれて……それなのに私は何もしなくてじゃ……いつまでも同じじゃない……」 「ざくろぉ……あうっ……ふぁ……だ、だめ……ざくろの……ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」  私と希実香は夕方の教室で互いのものを舐め合う。  こんなところ見つかったら停学なんかじゃすまない……間違いなく退学だ……。  それ以前に女の子同士でこんな事……誰かに見られたら……どうなってしまうのだろう……。  そんな事が少しだけ頭をよぎったけど……そんな事はどうでも良い事の様に感じられた……。  もう頭が芯までしびれてしまって……思考らしい思考が出来ない……。  ただ身体の中を反響し合う様に快楽の波だけが私を支配した……。  私と希実香は抱き合う。  出来るだけ多くの肌と肌を合わせる……出来るだけ多くの部分を重ね合う……。  人間の身体ってこんなに暖かくて気持ちよいんだ……と感じた……。  人間もほ乳類なんだなぁ……なんてどうでも良いことを思った……。  だからこんなに他人の体温がいとおしいのかもしれない……。  私は希実香の体温がいとおしい……ただいとおしい……もっと、一緒に、もっと重なり合って……一つになりたい……。  ただそう思った……。 「ふぁあ……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…そ、そんなぁ……ざくろが……ざくろ、私の舐めてるの……そ、そんな……ざくろが……あう、あうっ」 「ん……くぅ……くちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……こんななって希実香の暖かいよぉ……」 「う……うわぁ……は、ざくろの口……やわらかい……うわぁ……あう……」 「ちゅ…あ、あう……希実香、希実香、希実香……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……希実香の身体、もっと欲しい……欲しいよぉ……」 「はぁ……はぁ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……私も私もざくろの欲しい……もっと身体をつなぎ合わせたいよぉ……」 「うん……もっと体温ほしい……もっと希実香の体温感じていたい……感じてたいよぉ……」 「あう……ちゅ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……もっと重ねよう……身体をもっと……」  希実香の身体が弓なりになる。  おしっこを漏らしたかのように愛液が噴出している。  それが私の顔に大量にかかっていたけど……麻痺しているのか……嫌悪感がまったくわかなかった……。  でも、もしかしたら……好きな人のだから嫌悪感なんてなかったのかもしれない……。 「はぁっはぁ、ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり…はげしいよぉっはぁっはぁっ……希実香……すごい……」 「私も……激しくて、すごいよぉ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり………うわぁあああ……ざくろとこんな事出来るなんて……私…私……」 「変態……希実香の変態!」 「うぁわあああ……だ、だめ……わたし……もうイキそう……わたし……ざくろ、どうしよう?」 「私もそろそろ……だから」 「あ、あ、あ……どれくらい……あっ我慢出来ないよぉ……あんっっちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」 「我慢出来ないばっかりじゃないっっ」 「い、いやぁああ……ひゃううぅ! も、もうダメ……ざくろの気持ちいい……」 「あ、もうダメ……我慢できない……ざくろ……あうイイっああ…はぁん!はぁっああっああああっ!」 「あ、大丈夫……わ、私も……もう……だめ……私も……あ……あう…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ……」 「あぅう!すご…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり…ああっはぁあああっああっ…イ、イっちゃう…! もうだめぇええ」 「はうぅう、イっちゃう!あああっはぁんっんんっ…ああっはぁはぁはぁああああっんぁああー!!」 「あ……あう……希実香……あ、ああ……あああああ。…わ、私も……もう……だめ……私も……ああ、希実香……あ」 「あうぅ!!」  少し遅れて、私の身体が痙攣する。  ガタガタ身体が揺れる。  何が起きたのかよく分からない。  いったみたいだった……痙攣するたびに、すごい快感が私の全身に広がる。  ……。  数分ぐらい……裸で抱き合ってた……けど、廊下から人の声が聞こえてやっと冷静さを取り戻した。 「き、希実香っ、ふ、服っ」 「え? あ、ああっ」 「こ、こんなの見られたら退学じゃすまないよっ」 「あ、わ、分かってるっ」 「あはは……」 「何……笑ってるのかしら? 希実香……」 「あはは……ごめんなさい……」 「たしか……これ最初はキス! の練習だよね……」 「は、はい……」 「なんでキスの練習なのに……こんな事になってるのかな?」 「め、面目ない……」 「面目ないじゃないよっ」 「……うう……ごめん……」 「希実香……謝ったってゆるさないんだからね」 「あ、あの……どうしたら? やっぱり強制わいせつ罪で起訴という流れでしょうか?」 「あ、そうか……そういう事も出来るのか……」 「って、するんですか!?」 「それは嫌?」 「そ、そりゃ……この歳で刑務所送りは少し……」 「そう……ならどう責任取ってくれるのかな?」 「……へ?」 「責任?」 「そう、責任」 「刑罰とかじゃなく?」 「そう、責任だよ、さてどう取ってくれるのかな?」 「せ、責任って……あのどういう意味で言ってるのか……」 「勝手に私と間宮くんとの関係を疑って……こんな事したんだからさ」 「あ、いや…… それは疑うも何も……」 「何も無いの」 「へ?」 「私と間宮くんは別に何も無いの……だって夏休みの間一度も会ってないし」 「そ、そうなの?」 「そうだよ。だいたい私と彼が会う理由なんてないし」 「え? でも……」 「……でもじゃない! はい責任!」 「あ、はいっ」 「私は間宮くんに特別な感情を抱いてなんか無いよ……」 「そ、それって……」 「そういう事……」  なんて言うのが事の顛末。  というよりははじまりなのかな?  あれから一ヶ月……時間がどんどん過ぎていき……もう夏も終わる。  季節が動く。  夏から秋、  秋から冬。  冬から春……。 「あ、あのさ……」 「何?」 「何、さっきからブツブツ言ってるの?」 「あ、ごめん、ごめん、少し考え事」 「考え事?」 「そうそう……」  てな感じで今度こそ私こと、高島ざくろから見える風景は終わります。  とは言っても、私達はこのままずっと幸せに生きていくわけですが……、  それでもここで終わりです。  さよならなのです。  過ぎ去った日々よ。さらば。  そして、まだ見ぬ未来。  これからの私達。  はじめまして。  私は言われるままに目をつぶる。  希実香の指が私の手に食い込む……。  息の音をすぐ近くに感じる……人の息をこんなに近くで聞いたのって初めてじゃないだろうか……。  緊張して私の歯は少しカタカタと鳴り始める。 「ん…ちゅ」 「あ……ちゅ……」 「あ、あのさ……ざくろ?」 「な、何?」 「く、口……そんなきつく閉じてたら……キス出来ない……」 「口……開けた方がいいかな?」 「いや、開けなくてもいいけど、もう少し唇を緩めてくれないかなぁ……たぶんそっちの方が好ましい様な気がする……」 「あ、うん……分かった」  そうか……そっちの方が好ましいのか……。  私はゆっくりと…唇を緩める。 「んっ……ちゃ…ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っ……ぴちゃ……んっ……んくっ……」  希実香の舌が私の中に入ってくる……。  初めての感触……今まで感じた事ない……キスってこんなに気持ちいいもんなんだ……希実香の舌は暖かくて、柔らかくて……。 「っんくふぅっ……」 「ど、どうかなぁ……」 「え? あ、あの……」  もう終わり? 「ま……まだ良く分からないかな……」 「そうなの?」 「うん……気持ちいいのは分かったけど……どうやってキスするか分からないかも……」 「そ、そっか……今は私からだもんね……んじゃさ……今度はざくろからキスしてきてよ……」 「私……から……」 「うん……そう、ざくろから……」 「う、うん……」  私はゆっくりと希実香に顔を近づける。  希実香は目を閉じる……。  ここで目を閉じなきゃいけないのかもしれないけど……慣れないから……目をつぶったら互いの鼻とかぶつけてしまいそうだ……。  私はぎりぎりまで希実香の顔を見つめる。  柔らかい肌……その唇はとても綺麗で……もっと口づけをしたい……。  ぴちゃり…と音を立てて、再び……触れ合う唇。  やわらかい感触が唇を湿らせる。  抱き寄せ合う二人の身体。  触れ合う唇と、寄せ合う身体は互いの温度をひとつにとかしていくよう……。  私の舌の動きに絡み合う様に希実香の舌が踊る……互いの舌を通して、互いの唾液が触れ合う音。 「んあっ……ちゅっ…あうっ……ぴちゃ…ぴちゃり……」  唇の感触を味わいながら、希実香は舌を私の口内へと侵入させる。  希実香の唇は私の唇からまったく離れる事が無い……。  それどころか互いに求め合う様に……さらに激しく、さらに密着させようとする。  もっと希実香を感じたい……もっと一緒になりたい……ただ衝動的にそう思っていた。  少なくとも……その時私は、希実香が好きだとかそうでないとか言う感情は分からなかった……。  ただ、本能が……希実香ともっと交わりたいと、もっと希実香と唇を合わせたい……と言っていた。 「んっ……んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ちゃ…ぴちゃり……んっ」 「んん…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」  二人はずっとずっとそこでキスをしていた……。 「ざ、ざくろ……もう……」 「え?」 「あ、ちょ、ちょっと……」 「ご、ごめん……ごめん……我慢出来ない……」 「え?が、我慢って?」 「わ、私……今まで我慢してたから、本当はこんな事したらダメだって分かってたんだけど……もう止められないよ……」 「ちょ、ま、待って希実香っぁっ」 「ごめん、ざくろには間宮がいるのに……私分かってるのに…ごめんよ……ごめん、でも、でも私ずっとざくろの事……」 「あ、あの……そ、そういう問題じゃなくて……」 「私……ごめんねぇ……こんな事、私の事嫌いになるよね……ざくろぉ……でも私……我慢出来ないの……」 「んん!?……んんん…ちゅ…ぴちゃ……んっ」 「ぴちゃ…んっ…ざくろ大好き……大好きなの……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……私、私ごめん……ぴちゃり……」  非力で小さな希実香だったけど、上から押さえつけられる形で私は抵抗が出来ない……。  希実香……泣いてる……なんで泣きながらこんな事するんだろう……。  泣く事なんて無いのに……、  希実香……我慢してたって言ってた……何を?  何を我慢してたのだろう?  私は、そう希実香に聞きたかった……けど、希実香の唇はずっと私の唇をとらえて……離さない……。  質問すらさせてくれなかった。  希実香……泣く必要なんて無いのに……良く分からないけど……希実香が我慢してた事……私で出来るなら何でもするよ……。  だって希実香は私の……一番大切な友達だから……。  長いキス……私の頬にずっと希実香の涙が落ちてくる……。  私はただ目をつぶって、希実香のやりたい事をさせてあげるだけだった……。  希実香は私の上着に手をかける。  ずっと胸を触っている。  あんなにいつも嫌味を言っている私の胸をずっと、ずっと触っている……。 「ざくろ……ごめんね……」  希実香が私の制服の上着のボタンをはずしはじめる……そしてもう片方で私の太股をなで回す。  希実香は私の太股からゆっくりと撫でていく……下着までいたらぬぎりぎりまで……スカートをめくりあげる……。  希実香……私の身体触りたいんだ……。  でも……私も希実香ともっと一緒になりたいと思った……もっともっと多くの場所で触れあいたいと思った……。  希実香の手は太股から、下着の下のラインまでをゆっくりと丹念に触れた。  まるで私の身体の感触を何度も何度も確かめる様に……ずっと触っていた。 「やっぱり……ざくろの胸……大きいなぁ……」  希実香は私の胸に顔を埋める……。 「私……間宮なんかに渡したくないよ……ざくろをあんなヤツなんかに……」 「たしかに、私の方が強くないけど……それもいつか、あいつよりも強くなって……ざくろを守れる様になるから……だから……ちゅ」 「あ、あうっ」  希実香が私の乳首に唇を重ねる……。 「んん…ちゅ…ああ…ざくろの胸……柔らかい……大きくて……ふわふわで……いい香り……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……」 「あ、あん……だ、だめだよ……希実香……そ、そんなぁ……」 「だめ……もう止まらないよ……私、ざくろのすべてが欲しいよ……胸だけじゃなくて……ここだって」 「ひっ!」  希実香の手が下着の中心に触れる。  今まで感じたことの無い感覚が脳の中で反響し続ける……。 「あ、ああ……」 「太股の肌感触から下着の感触……あり得ないぐらいに柔らかくて……暖かいよ……大好きざくろ……誰にもこの身体を渡したくない……」  希実香は乳房に顔を寄せ、舌でなぞり続ける……。 「ぁ…あう……あ、ああ……だめだよ……」  彼女の舌の感覚は本当に気持ちいい……彼女の舌は本当に柔らかく、暖かくて……、 「ぁっ…はぁ、ん……」  乳首がその輪郭をはっきりさせ立たせていくの自分でも分かる……。 「はぁッ…ぁ…ああ……はぁ…ぁぁ…ん…はぁっ…ぁぁ…はぁ…ん…ん…ぁぁ…」  すでに私の身体はただ快感に素直に反応するだけ……その熱い吐息まじりの呼び声に、希実香の身体も芯から熱くなっていくのが分かる……。  希実香は空いていた私の手を、そっと自分の太股へと伸ばす。  手のひらに太股のすべすべとした感触を感じる。  彼女の太股はしっとりしている様に思われたが……手をその内側に伸ばすと、信じられないほど内股は熱く火照っていた……。  そして……。  彼女は何の躊躇もなく自分の下着に私の指を滑り込ませた……。  希実香の手に誘われるままに……下着の脇から指を滑り込ませる……。  そこは信じられないぐらい濡れていて……ぬるぬるになった指は簡単に中心部に吸い込まれていった……。  指先が希実香の敏感な先端に触れた……。 「んっっはぁあっ!」  大きく希実香の身体が震える。 「ほら……もうこんなにだよ……自分でも信じられないぐらい……」  自分の手が入っている場所を見ると……希実香の太股はすでにお漏らしでもしたかのように濡れていた……。 「ごめん……こんな変態で……迷惑だよね、友達がこんなんじゃ……ごめん……」 「ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ごめん……ぴちゃり……」  私に一切答えさせてくれない……私、全然嫌じゃないのに……そんなに泣かないでって言いたいのに……なのに……。  唇を絡めるたびに、彼女のなかからは熱い愛液が溢れ出してくる様だった……。  希実香は私の手を掴んだまま、自分の場所に押しつけていた……。  ただ、私の指には絡みつく彼女の愛液と暖かい敏感な場所の感触だけを感じた。 「ちゅ……くっ……ふぁあっ!…ああっ!…あぁっ!…ぁああっ!」  キスをして離さない希実香……私達は互いの上と下の粘膜でつながっていた……。 「あっ…あうあうあうっっ…だ、ダメ……ダメかもっっ……もう、あう……ダメそう……」  涙に潤んだ彼女の瞳が私を見つめる。  自分で私の指を操作している希実香……だけど触りはじめてすぐなのに……もう果てそうになっているみたいだった……。 「あ、ダメ……イキそう……あ、ごめん……本当にごめんね……こんな友達で……」 「……バカ……」  唇が離れた瞬間に私はやっと言葉を出せる。 「……ざくろ」 「一人で勝手に納得して進めて……ほら……」  私はやさしく希実香のを触ってあげる。 「う、うそ……ざくろの指が……指が私のを触ってる……触ってくれてる……あうっ」  こうしたかったんだ……最初っから言ってくれればいいのに……バカな希実香……本当に……、 「あ、ごめんね……あ、ざくろ、こんな事させて……本当にごめん……あ、ダメダメ……ホントにいきそう……いきそう……ですっっ」 「っはぁあああっ!、あぁあんあんあああああーー!!」  希実香が波打つ様に痙攣する……その直後……彼女の身体が電流が流れたように緊張した。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ……くっ……はぁっ…はぁっ…はぁっ……っっっっくっ」 「今度は私が……」 「あ、良いって……希実香……あ、ダメっ」  希実香は私の下着に手をかける……その瞬間……。  恥ずかしい……自分でも分かる……下着が吸い込んでくれなかったものが太股から机に垂れていく……。 「何これ……私よりも濡れてる……じゃない?」 「……し、知らないっっ」 「ああ……ざくろ……ざくろ……ざくろの……」 「あっ? ……な、なに?」 「こ、こんなに濡らして……こんなに……真っ赤に……ざくろ……」 「?!」 「ん……くちゅ……くちゅ……んあ……」 「はうぅぁあ……あう……な、なに? 希実香? な、何してるの? だ、だめだよ……そんな事しちゃ……希実香? それ洒落にならない……」  それまで無かった快感が私を襲う。  それは今まで口や胸にあった、暖かく柔らかく湿った感触……。  やさしく私の芽の部分をむき出して希実香は舐めあげていた。 「だ、だめだよぉ! 希実香! だめぇ……希実香……そんな場所、そんなぁ場所、舐めちゃだめだよぉ!」 「ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ……ざくろ……こんなにして、いやらしく…濡れてて…ちゅ…無理だよ……私、ざくろの感じたい……もっと……もっと」 「だけど、だめ……だめだよぉ女の子がそんな場所舐めちゃ……女の子がそんな場所……」 「はぁ……はぁ……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ごめん、ごめんね……でもざくろがこんなに濡らしてるから……私…ちゅ…ぴちゃ…我慢なんてちゅ…ぴちゃ…出来るわけないよ……ごめん……」 「いや……そ、そんな事言わないで……うぁああああ……だめむいちゃだめ……あああ……だめ希実香……本当にそれだめだよ……本当に冗談じゃなくなってるよぉ……」 「も、もう……ここまで来たら……私……戻る気なんてない……私……ざくろのすべてを感じたい…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……もう止める事なんて出来ないよぉ」 「あう……私……ざくろの大事なところ舐めてるんだ……ひゃああん…あう、あああ、ごめんねこんな変態で…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃり…女の子好きになっちゃう様な変態で……ごめん……」 「あ、ああ……もう希実香のバカ、バカ、バカ、バカっっ」 「ざくろ……おいしいよぉ……ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……ざくろの感じられてうれしいよぉ……」 「だめ、だめ……本当に……希実香……もうだめなんだよ……私……もう……」 「希実香……だめだよ……そんな私の舐めちゃだめだよ……もう取り返しがつかないよ……」 「取り返しなんてもう付くはず無いよ……だって私だって……さっきいったばっかりなのに……こここんなひくひくして……まだ奥からどんどん出てきて……こんななってるの……私……」 「あ……希実香……あ……希実香のなんでこんなになってるの……」 「ざくろの事好きだから……ざくろ感じられるから……だからうれしくて私……私……」 「希実香……のバカ……希実香の変態……」 「ごめんね……ごめん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃり……でも私……ざくろの舐めてたらうれしくて……くちゅ……じゅる……」 「そ、そんなぁ……だめ……そんな吸ったぁあ……あう……」 「ざくろぉ…ちゅ…ぴちゃ…ざくろぉ…ぴちゃ…ざくろぉ……ちゅ…ぴちゃ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ……」 「変態! 変態! 変態! あうっっあうっ」 「変態! 私のばっかりじゃなくて希実香のも見せなさいよ!」 「え?」 「……希実香ばっかりやってて…ずるいよ……私だって、希実香の事感じたいし……」 「ざくろ……」 「だからっ」 「で、でも……そんな事させるわけにいかないよ…私は好きでしてるんだから……こんな場所……ざくろに舐めてもらうなんて」 「変態! 舐めてほしいんでしょ! 希実香の変態! 変態!」 「あ、あう……ざくろ……」 「希実香のすごい……舐めてるだけなのにこんなに……」 「だって、だって……私、ずっと我慢してて……本当はずっとこうしたくて……したくてたまらなくて……だから……」 「だったら頼めば良かったのに……くちゅ…ん……くちゅ……」 「んぁっ!な、なに? こ、これ……もしかしてざくろが本当に? 本当に私の?」 「変態! 変態! こんななっちゃって! ……訳わかんないよ!」 「だからこんな事やめなきゃいけなかったのに……でも希実香が舐めてくれて……それなのに私は何もしなくてじゃ……いつまでも同じじゃない……」 「ざくろぉ……あうっ……ふぁ……だ、だめ……ざくろの……ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」  私と希実香は夕方の教室で互いのものを舐め合う。  こんなところ見つかったら停学なんかじゃすまない……間違いなく退学だ……。  それ以前に女の子同士でこんな事……誰かに見られたら……どうなってしまうのだろう……。  そんな事が少しだけ頭をよぎったけど……そんな事はどうでも良い事の様に感じられた……。  もう頭が芯までしびれてしまって……思考らしい思考が出来ない……。  ただ身体の中を反響し合う様に快楽の波だけが私を支配した……。  私と希実香は抱き合う。  出来るだけ多くの肌と肌を合わせる……出来るだけ多くの部分を重ね合う……。  人間の身体ってこんなに暖かくて気持ちよいんだ……と感じた……。  人間もほ乳類なんだなぁ……なんてどうでも良いことを思った……。  だからこんなに他人の体温がいとおしいのかもしれない……。  私は希実香の体温がいとおしい……ただいとおしい……もっと、一緒に、もっと重なり合って……一つになりたい……。  ただそう思った……。 「ふぁあ……ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…そ、そんなぁ……ざくろが……ざくろ、私の舐めてるの……そ、そんな……ざくろが……あう、あうっ」 「ん……くぅ……くちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……こんななって希実香の暖かいよぉ……」 「う……うわぁ……は、ざくろの口……やわらかい……うわぁ……あう……」 「ちゅ…あ、あう……希実香、希実香、希実香……ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……希実香の身体、もっと欲しい……欲しいよぉ……」 「はぁ……はぁ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……私も私もざくろの欲しい……もっと身体をつなぎ合わせたいよぉ……」 「うん……もっと体温ほしい……もっと希実香の体温感じていたい……感じてたいよぉ……」 「あう……ちゅ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……もっと重ねよう……身体をもっと……」  希実香の身体が弓なりになる。  おしっこを漏らしたかのように愛液が噴出している。  それが私の顔に大量にかかっていたけど……麻痺しているのか……嫌悪感がまったくわかなかった……。  でも、もしかしたら……好きな人のだから嫌悪感なんてなかったのかもしれない……。 「はぁっはぁ、ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり…はげしいよぉっはぁっはぁっ……希実香……すごい……」 「私も……激しくて、すごいよぉ…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり………うわぁあああ……ざくろとこんな事出来るなんて……私…私……」 「変態……希実香の変態!」 「うぁわあああ……だ、だめ……わたし……もうイキそう……わたし……ざくろ、どうしよう?」 「私もそろそろ……だから」 「あ、あ、あ……どれくらい……あっ我慢出来ないよぉ……あんっっちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……ぴちゃり……」 「我慢出来ないばっかりじゃないっっ」 「い、いやぁああ……ひゃううぅ! も、もうダメ……ざくろの気持ちいい……」 「あ、もうダメ……我慢できない……ざくろ……あうイイっああ…はぁん!はぁっああっああああっ!」 「あ、大丈夫……わ、私も……もう……だめ……私も……あ……あう…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ……」 「あぅう!すご…ちゅ…ぴちゃ…んっ…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり…ああっはぁあああっああっ…イ、イっちゃう…! もうだめぇええ」 「はうぅう、イっちゃう!あああっはぁんっんんっ…ああっはぁはぁはぁああああっんぁああー!!」 「あ……あう……希実香……あ、ああ……あああああ。…わ、私も……もう……だめ……私も……ああ、希実香……あ」 「あうぅ!!」  少し遅れて、私の身体が痙攣する。  ガタガタ身体が揺れる。  何が起きたのかよく分からない。  いったみたいだった……痙攣するたびに、すごい快感が私の全身に広がる。  ……。  〈夕火〉《あぶり》の刻、〈粘滑〉《ねばらか》なるトーヴ〈遥場〉《はるば》にありて〈回儀〉《まわりふるま》い〈錐穿〉《きりうが》つ。  総て弱ぼらしきはボロゴーヴ、  かくて郷遠しラースのうずめき叫ばん。 『我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ!  喰らいつく顎、 引き掴む鈎爪!  ジャブジャブ鳥にも心配るべし、 そして努  燻り狂えるバンダースナッチの傍に寄るべからず!』  ヴォーパルの〈剣〉《つるぎ》ぞ手に取りて〈尾揃〉《おそろ》しき物探すこと 永きに渉れり憩う傍らにあるはタムタムの樹、 物想いに耽りて足を休めぬ。  かくて〈暴〉《ぼう》なる想いに立ち止まりしその折、 両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック、 そよそよとタルジイの森移ろい抜けて、 怒めきずりつつもそこに迫り来たらん!  一、二!  一、二!  貫きて尚も貫く、ヴォーパルの剣が刻み刈り獲らん!  ジャバウォックからは命を、 勇士へは首を。  彼は意気踏々たる凱旋のギャロップを踏む。 『さてもジャバウォックの討ち倒されしは〈真〉《まこと》なりや?  我が腕に来たれ、赤射の男子よ!  おお芳晴らしき日よ!  花柳かな!  華麗かな!』  父は喜びにクスクスと鼻を鳴らせり。  総て弱ぼらしきはボロゴーヴ、  かくて郷遠しラースのうずめき叫ば、  夕火の刻、 粘滑なるトーヴ、  遥場にありて回儀い錐穿つ。  〈総〉《すべ》て弱ぼらしきはボロゴーヴ、  かくて郷遠しラースのうずめき叫ばん。  「ジャバウォックの詩」  ルイス・キャロル作  (沢崎順之介訳)  ジャバウォックと呼ばれる正体不明の怪物……。  この化け物は名前の無い者によって打ち倒される。  名も無き者はなぜ、正体不明であるジャバウォックを倒さなければならなかったのであろうか?  ルイス・キャロルによって作成されたかばん語……ナンセンス詩の最高峰は、叙事詩のパロディとして語られる。  正体不明の怪物。  名を持たぬ英雄。  世界にそれまで存在しなかった言葉の数々。  叙事詩のパロディ。  それはまるで俺の存在の様……。  日が傾き始めた街を歩く。  夕日に沈む街。  空は徐々に黄色がかっていき……建物を紫に染めていく。  世界が闇に沈む頃……街に灯りがともる。  人々の生活の灯が灯る。 「あら、今日は早いのね……えっとその感じだと〈皆守〉《ともさね》?」 「あ、はい皆守です……あと、どうでも〈良〉《い》いですけど早くないですよ。もう六時半過ぎてますし」 「あら本当だ、〈皆〉《とも》ちゃんだわ」 「それやめてもらえません……皆守って呼んで下さい。それか悠木か……」 「そろそろ七時なのねぇ……もうだいぶ日が長くなったわねぇ……まだ全然明るいわ」  ふぅ…無視か……このマスターと来た日には……。 「……七月二日ですからね……でも、これから日も短くなっていきますよ」 「そうなの?」 「六月下旬が一番日が長いんですよ……七月に入ればどんどん短くなっていきます。だいたい夏至って六月下旬頃じゃないですか……」 「そうなんだ……気分的には七月とか八月の方が日が長く感じるけどねぇ?」 「でも八月中旬ぐらいと夏至時期だと日の出ている時間に一時間ぐらい差があるんですよ……」 「マジで? そんな差があるの? なんでそうなる? どう考えても六月の方が日が短いような気がするけど……」 「さぁ詳しい事は良く分かりませんが、たぶん六月の方が早く暗くなる様に感じるのは、単に雲が厚いからだと思います」 「雲が厚い? ああ、なるほど天気が悪いから日の入りが早く感じるのねぇ」 「たぶんそうでしょう……この街の六月の空は、天気な時ですら靄がかかった様な微妙な明るさの中にありますからね……」  六月の空はいつだって暗い。  毎日暇をもてあまし、やることがなく空ばかり見上げている人間ならよく知っている事だ。  六月と完全な青空とは無縁なものであるとすら思える……。  そういえば、〈五月晴〉《さつきば》れという言葉があるが、あれは旧暦なのだから、新暦で言うところの六月にあたる。  旧暦の言葉としての〈五月雨〉《さみだれ》とだいたい同じだ。  〈〈五月〉《ごがつ》晴〉《さつきば》れは五月の晴天の意味では無い。  〈五月晴〉《さつきば》れというのは雨季である六月ではめずらしい青空をさす。  そのぐらい六月の澄んだ青空は貴重だという事だ。  そういえば……六月の空が好きだと言ってたバカな女がいたな……。  いつもの場所。  あのバカはだいたいそこにいる。  この街で一番空に近いから……そんな事を言っていた。  デパートの上が一番空に近いなんて、なんともしょぼい了見だ……。  だいたい向かいのマンションの方が大きいぐらいだ……。 「雨降ってるだろ……なんで屋上いるんだよ……」 「え? 雨良いじゃん。私大好きだよ」 「だからって……こんな場所いたら濡れて風邪ひく……」 「皆守は嫌いなの? 雨とか」 「ああ、好きな奴がいるという事実を知って今驚愕しているくらいだ……こんな〈陰鬱〉《いんうつ》な空が好きとか信じられない……」 「〈陰鬱〉《いんうつ》な空かぁ……そんな言い方もあるんだ」 「六月の空なんて〈陰鬱〉《いんうつ》だろ……」 「そうかねぇ……私は〈皐月〉《さつき》の空好きだよ……」 「〈皐月〉《さつき》ねぇ……旧暦で言えば、少しは風情も感じるが……それでも陰鬱である事は変わらない……」 「だってさ……六月の空はこの街に覆い被さるものを隠してくれるからさ」 「覆い被さるものを隠す? 何言ってるんだ……覆い被さってるのはこの陰鬱な雲だろ」 「主観の相違。私にはさぁ、このアホみたいにどこまで続くか分からない青空こそ、陰鬱そのものなんだな……」 「アホみたいにどこまでも続く空が嫌いか……詩人きどりの中二病か?」 「なんでもかんでもそうやって中二病とか言ってるとバカみたいだよ皆守」 「なっ」 「て、てめぇが良く言う事だろ! 俺に!」 「はははは、まぁいいじゃん。たとえばさ想像してごらんよ。私達の上に覆い被さる無限の青空が隠れるだけで、どれだけ気が楽になるかさ」 「……別に、普通に曇り空の方が陰鬱だ」 「そう言うお前も想像してみろよ……洗濯物が生乾きで困っている羽咲の事を」 「六月! 洗濯物から夏コ○の臭いがするよね!」 「はぁ?」 「生乾きってさ、たまにクーラーとかからもするよね……なんかクーラーの中に小さなコ○ックマー○ットが開催されてるんじゃないかと思うよ」 「なんだそのコミック何とかって……」 「知らない? 日本中の特殊な趣味の特殊な体型の特殊な眼鏡の特殊なお兄さん達が特殊なしゃべり方でハァハァしているサバトみたいなヤツっ」 「知らん、というかなんだよサバトって……まぁ、マンガのお祭りみたいなもんなんだろ」 「そうそう。ヤツが良く行くみたいなんだよぉ。そんでたまに会場で私いきなりタッチされたりして、大変だよぉ」 「ふーん……俺は経験ないな……」 「そりゃ運が〈良〉《い》いよ。あれ地獄だよ。冬寒いし夏暑いし臭いし」 「そうか……それは大変だな……」 「他人事だなぁ……そのウチあんたがそういう目にあうかもしれないのにぃ」 「俺がそんな場面に出くわしたら何をしでかすか分からんから、そんな事にはならんだろう……その辺は良く出来ている……」 「うへぇ……なら私なら問題無いとの判断なのかね?」 「さぁな……知らんが……」  と言う感じでとんでもない方向に話がずれていったな……まぁあいつとの会話はいつでもそんな感じだが……。  などとどうでも〈良〉《い》い事を思い出しながら、鍵を取り出して鍵盤に指をおく。  鍵盤の音……調律したのか……なかなか良い感じに仕上がってる……。 「……」 「ピアノどう? 今日の昼間調律終わったんだけど」 「……さぁ」 「さぁじゃないでしょ……あんたが音ずれて気持ち悪いって言ってたんでしょうが」 「なら、いいんじゃ?……別に気持ち悪くありませんから……」 「なにそれ……」 「たぶん、それ言ったの俺じゃなくて由岐ですよ」 「あら、そうだっけ?」 「記憶ありませんから……だいたい、ピアノの調律なんか細かく気にするの由岐でしょう」 「あ、そうか……そういえばそんな気もした、あの〈娘〉《こ》って昔からそういう事にこだわりがあったから……」 「由岐はピアノうるさいですからね……それよりマスター、羽咲来ましたか?」 「うん? なんか夜にまた来るって言ってたわよ。お母さんのところ寄ってから」 「母親? またか……アイツ」 「まぁいいや……とりあえず羽咲は夜来るんですね……ならその前に帰ります」 「帰りますじゃないでしょ……バイトなんだからちゃんとやんなさいよ」 「……こんにちは」 「……」 「あら? お帰りなさい」 「……」 「あらなに? 別に嘘ついてないわよ。今だって十分夜じゃないの」  時刻は18:58……日が完全に落ちる直前ぐらい……それをもってして充分な夜とか言う?  などとも思ったが……そんな事マスターに言っても仕方がない……。  それより目の前の羽咲……。 「また帰ろうとした……」 「……ああ、そうだ」 「なんでそうなるの……」 「お前が来るからだ」 「……っ」  わかりやすい性格だ……。不機嫌な顔でキッチンの奥に消えていく。  間宮羽咲……。  間宮卓司の実の妹……。  当然、間宮卓司と肉体を共有する俺にとっても、物理的には妹……となる。  だが、それは物理的な意味においてのみ……。  間宮という名字から最初っから切り離された俺に、羽咲は赤の他人以外の何者でもない。  だから俺……“悠木皆守”は必要以上に彼女には干渉しない様にしている……。 「あんまり羽咲ちゃん怒らせないでよ……」 「何がですか?」 「何がってさぁ、少し可哀想じゃない?」 「可哀想ですか……」 「そうよ」 「なら、マスターが可愛がってやってください」 「あんたねー、またそう言う事を……」 「だいたいねー。あんまりあんたが怒らすと……」 「あ……」 「ほら……ああやって手元が狂って仕事になんないんだからさぁ……」 「あ、あのマスターごめんなさい……お皿が」 「音聞けばわかるわよ……怪我しないようにね」 「……羽咲の事頼みます……それじゃ、俺そろそろ」 「はぁ? そろそろ仕事でしょ」 「帰ります」 「帰るってあんたねぇ……」 「すみません……いきなり頭が痛くなりました……たぶんインフルエンザとかです」 「マスターや羽咲にウイルスがうつると大変ですし、それ以上にここは飲食店なんですから」 「ふふふふ……」 「んぐっ」  瞬間に後ろを取られる。  ありえない速度で……、 「あら、全然熱ないみたいだけど?」 「そ、それはこれから朝にかけてトチ狂った様に熱が上がる予定でして……」 「なら朝まで大丈夫じゃないのかしら?」 「い、いや……その……」 「それにさぁ……皿割れたお代があるでしょうが……」 「そ、それは……羽咲が……」 「あんたが動揺させて割らせたんでしょうが……」 「あ、あの……それ以上締めると……落ち……」 「あら、一度落としてから好き勝手にさせてもらおうかしら?」 「ちょっ、あ、あのマスターぐぅ」  ここのオカマは武道経験者などというレベルではない……間宮の祖父の古流柔術道場の師範代だった人だ……。  オカマになる様な人間だから人としてはアレだが……強さだけは普通ではない……。 「はぁ……はぁ…はぁ」 「あんま舐めてるんじゃないわよ。ちゃんと働きなさいよ」  それにしても、やっぱりうまいな……。  その辺にいる連中とは全然違う。  腕取られただけでこれだもんな……。 「ふっ……」 「何笑ってるのよ。とっとと着替えなさいよ」 「兄さん」 「兄さんじゃない……今は悠木だ、悠木皆守」 「だから皆守兄さん……」 「あのな……名字が違う人間を兄さんと呼ぶな、羽咲」 「何言ってるのよ? 血つながってなくてもお兄ちゃんって呼ぶじゃない?」 「それに一応は、血はつながってるじゃないの、〈皆〉《とも》ちゃんも羽咲ちゃんも」 「……そういう事じゃ……あと〈皆〉《とも》ちゃんはマジでやめてください」 「うっさいわね。何小さな事気にしてるんだか……」 「小さな事じゃないですよ……本当に不愉快です」 「だからここも小さいんじゃないのかしら?」 「なっ?!」 「ほらほら、こんなに小さい」 「つ、つーか……つ、潰れる……やめれっっ」 「あははは、あんたが隙だらけなのが悪いのよ。“日常、それ即ち武道”の言葉の意味をかみしめるのね」 「いや別に俺は武術家でもなんでもないし……」 「そうねぇ。素人相手に喧嘩していい気になってるガキだからねぇ……」 「そ、それは……」 「だから、そんな生意気な事言うけど、いつまでたってもここは子供だわよ。ねぇ羽咲ちゃん」  羽咲はただ、 知らない知らない、 といった感じで首を横に振る。  いきなり話を振られても困るだろう……そんな事。  自分が好きな曲を弾く。  ……夢見る魚。  フランス作曲家のエリック・サティの曲だ。  とは言っても、基本的に耳コピなのでオリジナルと少し変わっている……。  調性音楽の対極……。  伝統的な和声進行を無視……さらに並行音程・並行和音などの対位法における違反進行もが平然と書かれた楽譜。  家具の音楽という特殊な音楽の趣向性。  実際、鍵盤を叩き、サティが作った曲を弾いてみると……その意図が分かる部分もあり、まったく理解出来ない部分もある。  音楽というのは不思議なものだ……。  どこか遠くの誰かの頭に浮かんだ旋律……それが今自分の手によって演奏される。  そのどこか遠くの誰かの旋律は、たぶん本人が否定しようがしまいが、彼の多くの思想。多くの生活。多くの感情によって作られている。  その一部は今、俺によって再現され……その一部はまったく欠落してしまうのであろう……。  彼が見た旋律とは、俺が聴いているこの旋律と同じであろうか……。  自ら奏でる音と……サティの見た風景を重ねる事がどれほど出来るのだろうか……。  色のある音。  風景となる旋律。  それは日常にとけ込む音楽になりうるだろうか……。  鍵盤を叩きながら、そんなどうでも良いことを考えていた。 「……」  悪い癖だ……そういう時に俺は客が見えてない。  一応は客どもに聴かせるために演奏して……金をいただいてる身なのだ。  音楽に集中しなくてはいけないな……。  とは言っても……。 「きゃー、マジ皆くんかっこいいわー」 「すごいっっ。色男っっ」  おっさんどもが黄色い声で〈囃〉《はや》したてる……音楽なんぞ聴いていない……。  ただ騒いでるだけ……。  いや……それこそ、この音楽を作った人間が意図したところであろう……か。  サティ自身の音楽趣向性をそのまんま題名にした様な“家具の音楽”という曲が存在する。  この音楽が演奏されたコンサートのプログラムには「休憩時に演奏されている音楽をどうぞ聴いてくれませぬようにお願いします」と書かれていたらしい。  当然と言えば当然だが、休憩時に演奏が始まると客はちゃんと静かにその旋律を聴き取ろうとした。  それに対してサティは“おしゃべりを続けてください!”と言ったらしい……。  だったら、この状況こそが……サティが望んだ状況か? 「もう皆くんすんごぃ可愛い、全部可愛いっ」 「もちろん股間も可愛いっっ」 「あそこも可愛いのかなぁ」 「可愛いに決まってるっっ」 「皆くんの可愛いのしゃぶらせてーっっ」 「っ!」  絶対に違うっ。 「きゃんっっ。痛いわぁ」 「きゃー私も殴ってっ殴って皆くーんっっ」 「こ、このオカマどもっっ群がるなっっ、ピアノ弾けねぇだろうがっっ」 「ほらほら、踊り子に触れない触れない。それと踊り子は殴らない蹴らない」 「俺は踊り子じゃないっっ」 「ふぅ……」 「お疲れー。次は二時間後……10時ぐらいからよろしくねぇ」 「ピアノを弾くのは構いません……だけどあのオカマどもどうにかなりませんかねぇ……マジでキモイです」 「あらー、大事なお客様にそんな事言ってはだめよ」 「客だろうがなんだろうがキモイものはキモイ、カマはキモイ」 「あらぁ、そんな私まで否定する事言うと大変よ。私はノンケでも構わず食っちまうオカマなのよ」 「……ど、どういう意味ですかそれ……」 「可愛いのなめちゃおうかなぁ……って」 「……」 「あらさぶいぼだらけ……ウブなのねぇ」 「ウブとかの問題じゃない……あんたらみたいな化け物にそんな事言われたら普通凍るわ」 「そうなんだー。難しい年頃なのねぇ。舐めるか舐めないかでそんな顔色を変えるなんて……」 「いや……年齢関係ないんで……」 「なら何が?」 「相手がおっさんだから……だろ」 「おっさんなんてひどい、ひどすぎるわ皆ちゃんっっ」 「……どうでもいいんですけど」 「ほら……あれ……また皿割りますよ」 「あら? ごめんなさい……羽咲ちゃんには少し早いわよねぇ。男同士で可愛い場所を舐め合うとか」 「か、可愛い場所!?」 「うん、ここのね」 「やめれっっ」 「だ、大丈夫ですっっ。わ、私全然動揺してませんっっ、会話を続けてくださいっっ」 「あとな……マスター、同性で舐め合う事に早いとか遅いとか無いですから……普通にあってはいけない事なんで」 「あらよくある事よぉ……なんなら」 「や、やめれっ、ちょマジでチャック下ろすなっっ」 「へへへ……俺はノンケでも構わず食っちまう男なんだぜ」 「だ、だめですだめですっだめですっっ」 「とも兄さんのとかダメですダメなんですからっっ」  羽咲は半泣きで止めに入る。 のは……いいけど……。 「だめですっっマスターは他の人のでも舐めててくださいっっ」 「えー、だいたい舐め飽きたのよねー」 「知りませんっ知らないです、だったら自分のでも舐めてくださいっっ」 「えーそんなに身体柔らかくないわよー」 「知りませんっっとりあえずとも兄さんのだけは絶対に禁止ですっっ舐めるの禁止なんだからっ」  羽咲、半泣きしながらとんでもない事を口走っているが……大丈夫か? 「でもさぁ……いつか誰か舐めてあげなきゃだめでしょ?」 「そ、そんな心配はご無用ですっっそういうのは家族内で相談して解決しますからっっ」  いや……羽咲……そういうのは家族で解決しちゃダメな問題だからな……。 「その前にな……マスター……いつか誰か舐めなきゃいけないとか無いからな……」 「あ、あ、あうっっっ……」  羽咲が今まで何を口走っていたのかやっと理解したらしく、真っ赤な顔がどんどん青に変わっていく。 「羽咲ちゃん……信号機みたい……」 「あんたの〈所為〉《せい》だろうが……」  馬鹿馬鹿しい日常。  あきれかえるほどに……。  残念ながらこの日常は悪くない。  堪能してはいけない日常であるにもかかわらず……こういった日々は悪くない。  だけど、忘れてはならない。  俺にとってのこの日常は砂上の〈楼閣〉《ろうかく》。  不安定な……すぐにも崩れて姿を消してしまう場所に建っている。  見た目が普通の、ごく普通のものであっても……俺のそれは他の人間の日常とは違う。  いずれ……いや…すぐにでも消えて無くなる。  そういうものなのだ……。  だから、この悪くない日々からいつでも切り離される様に覚悟していなければならない。  ここに留まる事が出来ないのだから……ここからいつでも消え去る準備をしておかなければならない。  “持ち物を増やしてはならない。いつ何が起きるか分からない”  共産圏、レニングラード・フィルの常任指揮者であり続けた天才の言葉。  その名声とは裏腹に、その天才の私生活は極めて質素であり、自然と文学や芸術を愛するつつましい生活を送っていたと言われている……。  持ち物を増やしてはならない……。  それは物だけではなく心だってそうだ……。  俺は、この世界に多くを持ってはいけない。  俺は屋上にいた。  屋上B棟。  A棟屋上から渡って入る事が出来るこの場所は一人になるには最高の穴場だ。  というよりも、俺がいるから他の不良連中は寄りつかないといった感じもする……。  どちらにしろ、ここで誰かに会う事はない。  基本的に間宮卓司は当然だが、他の誰かと会うのも好ましくない。  だから人がいない場所を俺は好む。 とは言ってもやはり屋上……少しばかり暑いが……。  いつもの通り……空は晴れ渡っている。 夏の快晴は、猛暑と同義。  特に屋上の様なコンクリートは、焼き付く太陽でカリカリに熱せられている。  もし日陰の無いA棟なら、ものの数分でみごとな〈土方〉《どかた》焼け(服を着た状態で露出している部分のみ日焼けする事)となるだろう。  そう言った意味でもここは穴場だ。  B棟は他の棟より低く影になりやすい。なおかつ森林を有した用水路から風が流れてくる。  クーラーがある室内ほどとは言わないが、それでも野外としてはそれなりに快適な温度である。  まぁ、そうは言っても暑いが……。 「……」  音の様な……あるいは痛みの様な……そんな独特の感触。  それは外から得られたものではない……自分の中で起きた変化の合図。 「この感触……間宮卓司じゃない……か」  それぞれに感覚がある。  微妙だが、あいつらが現れるにはそれぞれ違った感触があるのだ……。 「はぁい」 「ひさしぶり……と言うのか?」 「そうなんじゃない?」 「由岐……」 「ひさしぶりなんでしょ? 良く分かんないけどさ……つーか今日って何年の何月の何日なの?」 「ポケットに携帯が入ってるだろ……それ見ればいい……」 「あ、そっか……そうやねぇ…………って!  げげぇー、もうそんな時期なんだぁ……暑いはずだわねぇ」 「ああ、暑いなぁ……」 「あ、そうそう、たばこ頂戴よ……」 「嫌だね……」 「あらケチだなぁ……お姉さんに向かって……」 「俺が吸ってるんだ……だったらお前の口だってくわえてるはずだろ……」 「ん?」 「あらほんと……Never Knows Bestが口に!?」 「何を〈今更〉《いまさら》……当たり前の事だろ……」 「当たり前の事か……まぁ、そうだよね。あ、私の大好きなたばこにしてくれてるんだ」 「こんなマイナーなたばことかいちいち買ってくれるつか、お姉さん思いな子だねぇ皆守はぁ」 「お前の趣味じゃない……あと、お姉さんって何だ?」 「あら反応遅っ……でも、わりかし正解じゃない? 私の方があんたより生まれたの先なんだからさ」 「先に生まれたら、何でも姉か? ならレジ打ってるおばさんも、信号で旗振ってるおばさんも、全部姉になるな……」 「血だってつながってるじゃん」 「ああ、そうだな……ついでに血管も筋肉も贅肉も脳も全部つながってるがな……」 「あら、素晴らしい、んじゃ姉以上じゃん……私達恋人にでもなる?」 「冗談でもお断りだ……それに俺は、そんなナルシストじゃない……」 「あら、自分嫌いな人?」 「いや……好きでも嫌いでもない……」 「そうなんだ……私はわりかし自分好きだよ……良くできてるなぁ……って思う」 「そりゃそうだ……お前は間宮卓司がもっともなりたかった自分だ……それが自分嫌いじゃ意味がないだろ」 「ふーん……そんなもんかねぇ……」 「それで? なんだ?」 「別に……ただ〈何〉《なん》か気が付いたら〈此処〉《ここ》にいただけだよ」 「というよりも、あんたの方こそ、何でこんな暑い場所に〈居〉《い》んのよ……こんな晴天下で」 「残念だったな……俺はお前と違って青空の方が好きなんだよ……」 「何だよそれ……別に私だって青空嫌いじゃないよぉ」 「何言ってんだ……。お前〈何時〉《いつ》だか言ってただろ……永遠に続く青空を隠してくれるから雨雲が好きだって……」 「そうそう、私は雨好きだよ。うん、大好きだねぇ雨雲ってばさ……」 「でもさぁ雨降っと……たばこの火消えちゃうんだよねぇ……それはそれで悲しいお知らせだ……」 「ちゃんと吸ってれば消えねぇだろ……」 「そう? 気が付くと消えちゃうもんだよ……たばこの火なんてさ……」 「だから! 青空も良いんじゃね?」 「知らねぇよ……お前の好みなんかは……」 「でも暑すぎじゃね? こんな日差しの下にいたら? 死なね?」 「死なねぇよ……それと、〈此処〉《ここ》はそれほど暑くもないさ……日陰になってるからな……」 「あらほんとうだ……日陰だと涼しいなぁ……結構屋上だと風があるからねぇ……涼しいや……」  そう言うと由岐は俺の横に座る。 「……横座るな。実在しないとしても暑苦しい……」 「そういう意見はお姉さん感心しないなー。二次元の女の子でも〈蹂躙〉《じゅうりん》されていたら人権侵害だ! とか言うのと変わらないぞ」 「だいぶ違う……あとお前は俺の姉などではない」 「あらら……冷たい事……」  不思議なものだ……横にいるはずの由岐は実在しない……、逆に言えば、彼女からすれば俺が実在しない事になるはずだ……。  にも関わらず、横に座る彼女……彼女の肌の温度、彼女の肌の感触がはっきりとする……。  という事はつまり……。 「横座るな! お前実在しないくせにやっぱり暑苦しい!」 「実在しない言うな! ほんと失礼なヤツだなっっ。だいたいそれはお互い様だろうっ」 「とりあえず、横座るのやめてくれ……ウザイ」 「命令しないでくれる? ウザイわぁ」 「んだっと!」 「はぁ……あんた、すぐにそのクール系設定が壊れるねぇ……もう少しキャラの安定を重視してだねぇ……」 「何だそりゃ……」 「つーか眼鏡してるんだねぇ……という事は……お、何か読んでる……何これ?」 「本だ」 「そんな事聞いてないよ、本の題名……ってか何これ?  うわSFとか暗っ、しかも『リス〈檻〉《おり》』かよ! どんだけ暗いんだよ……」 「ああ、うぜぇな……触るなバカ」 「なんだよーケチぃ」 「ケチとかねぇよ! 何なんだよお前は!」 「何を〈今更〉《いまさら》ぁ、水上由岐だよ、あんたの名字と名前を逆さにしたら」 「なんねぇよ……」 「そうでもないぞ、〈皆守で〉《ともさね  》〈皆守と〉《みなかみ  》〈水上…〉《みなかみ  》…それと〈悠木〉《ゆうき》と〈由岐…〉《ゆき 》…ほら! 水上由岐まんまじゃん!」 「暴走族の当て字並な適当さだな……」 「ああ、そうね……この適当さは〈堪〉《たま》んないわ」 「適当だな……本当に……」 「……」 「あと、何回か……だと思う」 「唐突だな……〈何〉《なん》の話だ?」 「最近、記憶がかなり断片化してきたんだわ……あと、羽咲ちゃんもあんまり見えない」 「そういえば……前言ってたな……羽咲の持ってる人形が人間に見えるって……」 「あの人形……特に見たくないんだろうね……あの人にとっては……」 「見たくないか……自らの優しさの結晶だろうに……」 「優しさの結晶ねぇ……」 「そうだろ……」 「そうかもね……兄の妹に対する優しさの結晶だからこそ見たくないのかもね……間宮卓司くんは……」 「兄の妹に対する優しさね……」 「……」 「……」 「それがさぁ、凄くて羽咲ちゃんの人形の名前が鏡って言うんだよ。これもこれですんごい適当な名前だよねぇ」 「そうなのか?」 「だってさ、羽咲ちゃんは司なんだよ。司と鏡って、それってヤツが好きなアニメの双子の名前でしょ?」 「そうか……と言われても知らないが……。そんな事より羽咲とあの人形が双子に見えるのか?」 「ははははは、そうなんだよ。羽咲ちゃんとあのうさぎの人形が双子に見えるのね……あの男はどこまでも脳天気な幻想を見るんだなぁ……」 「そうそう、何か見た目とかもどっかのゲームのキャラクターの姉妹にそっくりだし」 「なるほど……ヤツらしいと言えば…ヤツらしい自虐的な幻想だな……」 「自虐的な幻想か……、脳天気さはそのまま自虐だ」 「……そうね……私とあんた……まったく脳天気で自虐的な幻想の産物……」 「あいつなりの誠意なんだろ……これも」 「そうなんだろうかねぇ……良く分からないけど…私には……」 「……」 「……次、もう会えないかもね」 「いきなりだな……」 「うん……」 「……」 「そうか……なら、達者でな……」 「いや、まだ会えるかもっ」 「どっちだよ……」 「どっちだろぅ?」 「いや……俺が聞いてるんだが?」 「何だよ、少しは残念がれよー。会えないかもしれないんだよ! この水上由岐ちゃんにぃ、私に会えないとかすんげぇ悲しいだろ! おい!」 「全然」 「全然じゃねーよ! すんげぇ悲しいぞ!」 「……」 「……少なくとも、私は悲しい…ぞ」 「何が?」 「あんたに会えなくなる事……」 「はぁ?」 「そんな不思議そうな顔すんなよー。女の子がこんな事言ってやってるんだからさぁ」 「女つーてもなぁ」 「なんだよ? 試してみるか?」 「な、や、やめっっ」 「ほら、ほら、胸の感触あるでしょ」 「や、やめろ、お前は痴女か!」 「なんだよ、自分の身体だから〈良〉《い》いじゃん。触っておけー」 「いらんわっ」 「なんで、いちいちお前には感触とか温度とかあるんだよ! 気色悪い!」 「体感幻覚って言うらしいよ……人間の脳って不思議だねぇ」 「不思議というよりは不具合だろ……常識から言って……」 「不具合で、女体を触り放題とか最高じゃん。ほらほら私の胸を堪能すると〈良〉《よ》いぞ」 「だからやめろばかっ」 「おろ? 何だよ……下の方がいいの?」 「ば、バカスカートめくるな! アホ!」 「何だよぉ。たかだか幻覚相手に、動揺すんなよぉ……けけけけけ……」 「けけけけ……じゃねぇよ……もう少し、羞恥心というのを持ってくれ……」 「羞恥心? あるよ」 「あるヤツがスカートをめくるなこんな場所でっ」 「だって、あんた以外に私ってば見えないじゃん」 「俺に見えるだろ!」 「いいじゃん別に」 「俺が良くないから言ってるんだっ。ったく……そういうのやめろ……不愉快だ……」 「なんだか、皆守には私は不評だなぁ」 「〈所詮〉《しょせん》は間宮卓司が望んだ人格だ……俺はお前みたいな人間はノーサンキュだ」 「あははは……そんな事言われると普通に傷つくぞ」 「あほか……」 「……」 「それで? 何で会えないと思うんだ?」 「ああ、それね……うん、あんたの事……羽咲ちゃんの事……その一切の事を忘れてる時間が長くなった……」 「今までだって何度かそういう事はあっただろう」 「頻度の問題、前と全然違う」 「比べものにならないって事か……今までのものと……」 「うん……全然比べものにならない……それと同時に人の名前とか人の顔とかも異常に覚えられなくなってる……」 「まぁ、ぬいぐるみが人間に見えたりしてるんなら……人の顔覚えるのも苦労するだろう……」 「本格的に切り離されるんかねぇ……」 「切り離される…か」 「なら、そろそろ俺の仕事も終わりか……とっとと始末しないとな……」 「……」 「皆守さぁ」 「なんだよ……」 「あのさ…皆守……」  いつもふざけておちゃらけている由岐が…… えらく真面目な顔で俺を見つめる。  こういう時こいつはろくな事を言わない……。 「あんまり…自分が何で存在するかなんて考えない方が〈良〉《い》いよ……」 「間宮卓司を消し去るためだけに自分が作られたなんて……」 「考えたからじゃない……それが事実だからだ」 「そんな事実あるわけないじゃん」 「あるんだよ……あるからこそ、俺は作られたんだ……」 「……間宮卓司は別に神じゃない……彼がそれを望んだからって、あんたの存在理由が確定されてるわけないじゃん」 「ならお前はどうなんだよ……」 「お前は、間宮卓司が望んだ人格だ……間宮卓司は俺に自らの存在を完全に消され、殺される……そして残るのはお前と言う人格だけだ……」 「だから、そんなの決まってないじゃん」 「決まってないか……」 「ならお前は、一人の人間の中に三つも人格が存在し続けるとでも思っているのか?」 「そんな不自然な事を、お前は可能だと思っているのか?」 「そ、それは……」 「お前が間宮卓司となるのが一番自然なんだよ……他は全部ノイズにしか過ぎない……」 「それがおかしいって! だいたい私女なんだよ! 羽咲ちゃんの事も双子に見えるし! 自然でも何でもないじゃん!」 「あれだ……上下左右逆転する眼鏡って知ってるか?」 「何の話だ? ……つーか真面目な話してるんだからさぁ……はぐらかさないでよ……」 「はぐらかしてなんかいないよ……お前の疑問に答えただけだよ……」 「疑問に答える?」 「ああ……上下左右逆転する眼鏡って、付けた瞬間はすんげぇ違和感あるんだそうだ……」 「そりゃそうだろうね……それがどうしたのよ」 「だが面白いもんでな……一日もすれば完全に慣れるらしい……」 「慣れる?」 「ああ、そうだ……でも考えてみればその通りなんだよ……たとえば、何かを掴もうとしたら、その手すら上下左右反転しているわけだ」 「慣れてしまえば、そのすべてが逆転した世界が、普通の世界になる……」 「何でそれが私の疑問の答えになるのよ……」 「自分が人とまったく違う世界を見ていたとしても……行動が他の人間と違和感が無ければ、非合理などないって事さ……」 「お前が、自らを女として振る舞っているつもりでも……端から見れば、普通の男の行動に見えている……」 「そうなの?」 「ああ……そうだな……お前、自分での一人称が何か知ってるか?」 「え? “私”って言ってるけど……」 「普通のヤツには“ボク”と聞こえてるはずだ?」 「ま、マジで? ボクっ〈娘〉《こ》とかキモいわ」 「いや……だからな……俺と間宮卓司以外にはお前は男にしか見えないんだって……」 「なにそれこわい」 「あほか……今更だろ、俺たちの認知がそれぞれにずれているのは……」 「他人が俺たちの事を“間宮卓司”と呼んでも、それぞれの人格によって脳は勝手にそれを“悠木皆守”、“水上由岐”と変換してしまう」 「その他も、多くの言葉が都合の良い様に勝手に変換されている……」 「俺たちそれぞれがどう認知しているかなんて関係ない、相手には不都合が無い様に処理されているんだからな……」 「うー、私はこんなに女の子女の子しているのに……〈酷〉《ひど》い話だ……」 「たまに、どうあっても整合性がとれない言葉や、もっとも聞きたくない言葉は、音としてすら認識されないらしい……」 「らしいですか……まぁ、ちゃんと確認は出来ないけどね……。でも、私も経験上そうなっているんだろうと理解はしてるよ……」 「認識のズレの影はつきまとう……」 「それぞれの人格がある内はな……でもそれも人格が統一されれば問題なくなる」 「だから、皆守……そう思い込む事が――」 「誰か来る……来る……」 「え?」 「お前が相手しろ」 「え? なんで?」 「俺はあの女苦手だ……」 「え? どの女よ?」  屋上のドアを少女が開ける。  たしか高島ざくろとか言ってたっけな……。一度だけ話した事がある……あの手のタイプは苦手だ……。  まるで間宮卓司を見ている様な嫌悪感がある……。  あるいは、それは近親憎悪なのかもな……。  まぁどっちにしろ、俺が相手するよりもよっぽどうまくやってくれるだろう……由岐は……。  あいつは、コミュニケーション能力に長けているからな……。 「えっと……君は誰?」 「あ、あの……わ、私は隣のクラスの高島ざくろですっっ」 「高島……ざくろ?」 「ああ……そうだよ……隣のクラスにいるだろ?」 「だからさ……私は結構最近記憶の混乱が凄くて、良く分からないんだってっっ」 「え? あの……ど、どうされました?」 「あ、いや…… 何でもない、あはははは、ご、ごめん……私は結構人覚えるの苦手なんだよね……」 「そうなんだ……」 「君はこんなところで何をやってるの?」 「あ、いや……別にこれと言って……」 「もしかしてサボり?」 「ま、まぁ……そんなところかな……」  ……さすがだ……。  間宮卓司が望んだ人格だけはある……コミュニケーション能力が高い……俺とは段違いだな……。  すでにこの女の緊張がとけ始めている……。  俺がこの女と会話したら、数秒で顔が引きつるだろう。たぶん恐怖か何かで……。  だから、こいつに任せておけば問題ないだろう……。  こういう事はだいたいにおいて……。 「っ!?」 「へ、部屋?」  瞬きをした瞬間に目の前の風景は一変する。  時も場所も先ほどまでいたものではない。 「ここは……間宮卓司の……いや……」  俺はベッド側を見る……部屋は少しだけ間仕切りされておりあたかも二つの部屋にも見えるが一つの大きな部屋だ。 「水上由岐の部屋……でもあるな……」  卓司か由岐か……どちらかが部屋まで帰ってきたのだろう……。 「ふぅ……こいつはいくら〈経〉《た》っても慣れないな……まるで時間と空間が一切削り取られたみたいだ……」  知らぬ間に人格が完全に入れ替わっていたのだろう……そして俺の意識は深層の奥底に……。 「夢遊病だってここまで極端じゃないだろ……本当にデタラメだ……」  この異様な時間と空間の跳躍……卓司だってこの感覚を味わっているだろうに……自分の異変に気が付かないんだろうか……。 「そういえば、由岐がいつか言ってたっけな……まったくその不自然さに気が付くことすらないって……」  由岐も以前までは、ほぼ俺と同じ様に時間の跳躍と場所の突然移動を認識していた。  いや、俺よりも遙か以前に発生していた“水上由岐”の人格は、この異常事態を最初に経験した人格だ。  正直、俺自身は彼女から多くの事を学び、自分がどの様なものであるかを理解したと言った方がいい……。  だがそんな水上由岐も“自分が間宮卓司の中に宿る人格の一つである”という事実から切り離されていく過程で、徐々にその不整合を感じ取れなくなっていったらしい。  感じ取れないというのは、主にその記憶の欠如に不思議さを感じない事、その欠如自体に気が付かない事。  希に、不都合な部分は勝手に記憶が〈改竄〉《かいざん》された形跡を感じるとも言っていた。  もしそれが事実ならば、間宮卓司自身の行動や俺の行動を、そのまま自分に当てはめて、書き換えられるのであろうか?  それどころか、まったく無い事実すら捏造される可能性だってあるかもしれない……。  いや……どうかな……。  由岐の言う事だ……実際はそんな事実があるかどうかなんて分からない。  記憶の不連続、その不整合すら感じられない由岐に、それを確かめる術も感じる事も出来ないだろう。  彼女が単にそんな気がするだけかもしれない。  認識の迷路に迷い込んだ時……どの事実すらも信じられなくなっていく……。  今の由岐はそんな中にあるのだろう……。  どっちにしろ俺は彼女の世界を知る事は出来ない。  同じ眼球を共有し、同じ耳を共有し、同じ脳を共有して世界を感じているにもかかわらず……正直、俺には彼女が何をどう見ているのか分からない……。  俺は、時間や場所を瞬き一つで失う。  それが俺の世界。  彼女の様に補完されてまで守るべき記憶も無く……ただ瞬間、瞬間を失うだけだった。  デタラメ……不連続な世界。  俺だけが不連続な世界で間宮卓司の中に存在する……。 「不連続な世界か……まぁ妥当だろうな……そんな立ち位置が……」  妥当。そうとしか言いようがない。  間宮卓司は、自らの現実から逃げるために、俺たちを生みだした……だからあいつは現実を都合良く変更してゆく。  水上由岐は、間宮卓司が望んだ人格。彼が最終的に手に入れる人格。  だから、今行われている事実など知る必要がない。むしろ不必要。忘れるべき事実の総体。  消えゆく記憶は、いらぬもの……だから、彼女の新しい人生には、今そのものがノイズでしかない。  だから未来を生きるために、無理矢理整合性をつけている。  それが、今水上由岐がおかれている状況だ。  水上由岐は新しく生まれ変わる。  今までの記憶をすべて失った、間宮卓司が望んだ、もっとも素晴らしき人格として……、  だが俺はどうだ?  すべての不整合を残し、すべての不協和を記憶として残している。  だから俺は……〈瞬〉《まばた》きと瞬きの間の〈瞬間〉《しゅんかん》の記憶。その一切を失い続ける。  だがそれこそが俺の正しい姿。  それは俺が破壊者であり、創造者でも調和者でもないからにすぎない……。  破壊者は、自らの破壊によってその命を終える。新しい世界のために……。  ただそれでしかない……。  だから得る必要などない……特に記憶などというものは……。  不連続な存在であっても問題などない。 「得るべきものなんて無いからな……」 「でも、ご飯は食べた方がいいよ……」 「……」 「……」 「いつからそこにいた?」 「隠れてた……」 「隠れてた?」 「うん……誰だか良く分からなかったから……」 「そうか……んで誰か分かったのか?」 「皆守兄さん……」 「それやめろ……皆守さんと呼べ……」 「お帰り……ご飯出来てるから……勝手に食べて……」 「人の話を聞け……」 「だって、皆守兄さんは禁止事項ばっかりで覚えきれない」 「そんな多くもない……だいたい俺はお前の兄ではない」 「でも兄の姿をした人で、今……私とお話が出来るのはとも兄さんだけだ……」 「って、さっきより呼び方が悪化してるだろっ」 「とも兄さんの方が本当は呼びやすい……」 「そんなのダメに決まってるだろ」 「なら妥協して皆守兄さんで落ち着ければいい……それでいいよ」 「いや……お前が勝手に決めるな……」 「だいたい、俺しか話が出来ないわけではないだろ、水上由岐だって話は出来るだろ?」 「うん……でもどんどん遠くに行っちゃう……もう……だいぶちゃんと会ってない」 「ちゃんと?」 「会うには会ってるんだけど……毎日由岐さんとも会うんだけど……でもあの由岐さんは、私の事なんか見えてない……」 「羽咲の事が見えてない……か」  切り離されはじめた由岐には羽咲と羽咲の人形が双子の姉妹に見えるらしい……。  それでも由岐の行動に不自然さや不整合は無い……その様に認識と行動はうまくずれる様に出来ている。  にも関わらず……羽咲には分かるのだろう。  その時の水上由岐にはすでに羽咲本人が見えてない事を……。 「だから、とも兄さんだけが話し相手と言ってもいいすぎじゃない……」 「そうか……それはそうと呼び方がひどい方に戻っている……」 「優しくしてやれよー」 「っ?!」 「ど、どうしたの?」 「い、いや何でもない……つーかお前、今日出てきたばっかりじゃないか?」 「なんだよ、お姉さんが一日何度も出てくるとなんか不服なの?」 「不服とかの問題ではなく」 「だ、誰と話してるの?」 「ちわー、おひさだねー羽咲ちゃん」 「あ、由岐さん?」 「そうそう、いつもごめんねー。ちゃんと対応してあげられなくて……」 「あ、いいえ……という事はとも兄さんと入れ替わったんですか?」 「いや……同時だ……幻覚と現実の人間が並んで見えて不気味以外の何物でもない……」 「そりゃ、お互い様だってばさ……」 「由岐さん……私のこと分かるんですか?」 「うん、もう数週間ぶりみたいだね……こうやってちゃんとお話出来るのって?」 「……はい」 「あははは……やっぱりそうなんだ……まぁ、自覚は無いんだけどね……とりあえず日にちが飛んだ感覚しか無いんだよねぇ……」 「どういう事だ……お前……最近徐々にすべてを忘れている時間が長くなったと言っていただろ……」 「うん、そうだね……長くなってる」 「なら何故、一日に二度も?」 「だからさ、あれだよ。電球って切れる瞬間が一番明るいって言うじゃん」 「切れる瞬間が明るく……なるほど……お前が切り離される間近だからこそ、これだけ連続的に存在出来るという事か……」 「だからそう言ってるじゃん」 「あの、今のお話だと由岐さんは、もう私を見ること無くなるという事でしょうか……あの双子の……」 「ああ、若槻鏡と若槻司ね…… あははははは……いや、正直ごめん……努力はしてるんだけどね、思い出せない事の方が多いんだ最近……」 「せめて、切り離された後の私が羽咲ちゃんを騙しきれるほどに完璧だったら良かったんだけどね……」 「騙しきれず……羽咲には分かってしまう……」 「他の人間はそうでもないみたいなんだけどね……やっぱり親しい人には分かるよね……私が全然違うものを見てしまってる事……」 「……いいえ……でも久しぶりにお話出来てうれしいです……由岐さん」 「おい……羽咲」 「はい?」 「なんで由岐は、由岐さんなんだ? お前の理屈から言ったら由岐姉さんか由岐兄さんじゃないか?」 「由岐さんは由岐さん……だって由岐さんだから……」 「お前……説明努力を放棄してるだろ……」 「しゃーないじゃん。中身女だけど外見男の人間なんて兄さんとも姉さんとも呼べないでしょ?」 「外見……か」  そうか……羽咲にはそう見えるのか……。  俺からは羽咲の横に由岐が立っている様に見える。  もちろんその由岐は幻覚……いや脳内で作られたイメージでしかない……。  でもその脳内の彼女……苦笑いしながら羽咲に話しかけている彼女の姿は、どう見ても本当に実在するかの様であった。  だが羽咲には……俺が見えるハズの由岐なんて女は存在せず……ただ間宮卓司の口から、水上由岐……そして俺の声が聞こえるだけなんだ……。 「とは言っても……それが俺を兄と呼ぶ理由にはならないだろ……」 「嫌だねぇ……なんでそう頭固いの? お姉さん悲しいなぁ」 「ちなみにお前はもっと俺の姉なんかじゃない!」 「なら、恋人同士にでもなる?」 「それはダメですっ」 「お?」 「あ、あの……その」 「とも兄さんから見える由岐さんって美人なんですよね……」 「誰がそんな事言っていたっっ」 「私だよ」 「勝手に言うな! 俺がどう見えているかなんてお前になんか分からんだろ!」 「えー、でもさぁ。間宮卓司が望んだ女だぜ? 美人じゃないわけないだろ?」 「だからそれは間宮卓司の趣味だ! 俺はお前みたいな女はタイプじゃないっ」 「なんだよー、んじゃ羽咲ちゃんみたいなロリタイプが好みか?」 「え? あ、あのっ」 「バカかっ。羽咲は妹だろっ」 「おや?」 「あ……」 「なんだよ妹って認めてるのかよー」 「ち、違う、肉体的……妹であってだな」 「肉体的に兄妹? なにそれエロいっ」 「ち、違うっっ。遺伝子的だ! 遺伝子的に妹なだけであって、人格的には妹ではない!」 「……」 「都合が良いんですね……」 「はぁ?」 「……つまり悠木皆守さんの都合の良い時だけ私って妹だったり他人だったりするんだ……」  な、なんだ? 何故か今までにないぐらい羽咲が不機嫌になってるぞ。 「他人なら……ご飯とか自分の分ぐらい自分で作ってよね……悠木さんっっ」  羽咲はいきなり踵を返し部屋から出て行こうとする。 「ほらさ……皆守ぇ、少しは優しくしてやれよー」 「わっっ!?」 「って!」  由岐は羽咲を俺に押しつける。  押された羽咲は俺の胸に倒れ込んでくる。 「あ、あの、あの、あののの……」 「ち、違うっっ」  現実にはたぶん俺がいきなり羽咲を後ろから抱きしめた事になっているんだろう。 「こ、これは由岐が!」 「あ、あ、あのの……でもこんなに強く抱きしめられると……苦しいかもしれな……いぃ」 「ほらさぁ、たまには抱いてやれよー。兄妹なんだからこんな事だってあるだろ?」 「ねーよ! どこの世界に兄妹で夜抱き合ってるヤツがいるんだよ!」 「ゆ、由岐さんなんですか?」 「うん、だいたい私が皆守に羽咲ちゃんを押さえつけてる感じかな?」 「な、何させるんだお前!」 「仲良くしてくれよぉ……兄妹でさぁ……じゃなきゃお姉さん悲しいぞ」 「だからてめぇは姉なんかじゃないだろっっ」 「……でもさ……羽咲ちゃんに優しくしてあげられるの……もうあんただけなんだからさ……」 「……いや、それは違う……違うだろ由岐」 「違くない!」  いつでも飄々としている由岐がいきなり俺に怒鳴りかける。  今の声は羽咲には聞こえない声だったのか……羽咲はただずっと俺の顔を見上げている。 「あんただけが羽咲ちゃんを守れるんだから……」 「なんでそれが分からない……」 「それはお前がそう思い込みたいからだろ……」 「なんでそうなるんだよ!」 「実際、お前は切り離されていっている……それが何故か、お前が一番分かっているはずだ」 「俺たちの存在は……羽咲を守るために作られたものだ……羽咲のために、それぞれがそれぞれの役割を演じる……」 「何も持たない羽咲を守るために、間宮卓司という存在を殺し……新たなる人格として水上由岐を作り上げる」 「だから、そんなの決まってないよ! すべてから切り離された私が羽咲ちゃんを守れるわけないでしょ!」 「守れるはずだ……若槻鏡や司という形をとっていても、水上由岐は、羽咲である司を守る事を大前提に動く……そうなっているはずだ」 「そんなの羽咲ちゃんを守ってる事になんかならない!」 「なるかならないかなんてどうでも〈〈良〉《い》〉《い》いんだ。ただ結果として羽咲をお前が守り続ければ、それで良い」 「羽咲ちゃんの心は? 羽咲ちゃんの心を守れない様な切り離された私が、結果としてだって守る事なんて出来ない!」 「だからって、どうなるんだ!」 「だから、羽咲ちゃんに優しくしろって言ってんだよ!」 「俺は消えていく存在だ。羽咲を守るのがお前の役目……俺の役目は間宮卓司という人格を消す事だ」 「それこそあんたの思い込みだよっ」 「バカか……何が思い込みだ……それが定められた事であるぐらいお前にだってわかるだろ」 「俺は間宮卓司を殺し、そして俺は消える……その汚い事実から切り離されたお前が羽咲を守る……」 「……何も分かってないね……あんたも卓司と変わらず……ガキだよ」 「人にとって必要なものって……事実や結果だけだと思ってるんだからさ」 「ガキはお前だろ! 意味不明な事ばかり」 「……」  由岐は一瞬だけ何かを言いかけたけど……すぐにいつもの苦笑に変わった。 「ふぅ……分かった分かった……最後のは言い過ぎたよ……謝る」 「でもさ……羽咲ちゃん自身の心を分かってやれなきゃ、彼女を守るとは言わないと思うよ……」 「もし、あんたが消えるとしても……今、羽咲ちゃんと心から話し合えるのはあんただけなんだからさ……」 「だからさ……もう少し優しくしてあげなよ……」  まさに幻が消える様に由岐の姿が消える。  その瞬間に羽咲は俺から離れる。 「あ、あの……由岐さんっっ」 「ああ……由岐ならもういないよ……」 「え? そうなの?」 「ああ……少し喧嘩になってな……へそ曲げたのか知らんが消えた……」 「そうなんだ……」 「あのちゃんとした由岐さんと……ちゃんとまた会えるかな……」 「……ああ、あいつはあれで責任感が強い人間だ…… あんな中途半端な最後なんて許さないはずだ……だからまた会える」 「……うん」 「あ、それより夕ご飯……冷めちゃったんじゃないかな……」 「そうだな……」 「温め直すから十分ぐらい待っててくれるかな……ごめんっ」  そう言うと羽咲は逃げる様に部屋から出て行った。 「ふぅ……」  由岐は何が言いたかったんだろう……。  最後に何かをのみ込んでいた……。  同じ人間なのにも関わらず……俺にはあいつが何を考えてるか分からない……。  まぁそれ言ったら……俺は自分の事だって良く分からない……。  自分について知ってる事なんてそう多くはない……。  自分の存在を知ったのは痛みからだった。  鼻の奥で鉄が腐った臭いがする。  朽ち果てた建造物……廃墟……そんなものが鼻の奥にあった様な……そんな臭い……。  痛っ……。  口の中でジャリジャリとした痛みが走る。  鉄の香りと……この痛み……。  俺は口の中に画鋲でも入れてたんだろうか……。  いや……違う……。  そうじゃない……。 「なんだ……これ」 「なんだこいつ? 気絶してたのか?」 「ははは、間宮ぁ、格闘の世界だとゼロコンマの奪い合いなんだぜ」 「格闘……」  見慣れぬ男が二人……俺のワイシャツの胸ぐらをつかんでいる。  それを見て……俺のシャツ相当汚れているなぁ……と思った。  シャツのボタンは外れて……よだれで薄まった茶色の血が染みついている。  相手の男のシャツには汚れ一つない。  一方的だったという事……。  こいつはそんなに強いのだろうか……。  だとしても……。 「関係ねぇよ……」 「はぁ?」 「なぁ……」  受けの手首を取る。  そして、相手の手首を左手で胸に押しつけ……右腕で下から握り込んでいくようにつかみ、ひねりあげる……。  身体に染みついた通りに身体が動く。 「あがっ?!」  手首を完全に決められた男は、なすすべもなくうつぶせに固められる。 「……」  まったく強くもなんともない……。 「なんだ……こいつ……」 「ぎゃああっっ」 「あっけないな……」  こんなに簡単に手首をとらせるとは……なぜ今まで好き勝手やられてたんだか……。 「て、てめぇ」 「……」 「うっっ」  簡単に膝から崩れる。  倒れた顔面を踏みつぶす。  次の〈当身〉《あてみ》入れる前に、敵は気絶していた様だったが、さらに顔面を踏みつぶす。 「ひっ」  相方の惨状を見て、腕をへし折った方が悲鳴をあげる。  戦意喪失というやつだろうか……。  体重をのせた直蹴りで相手の顔面を踏みつぶす。  瞬時、片腕で身を守ろうとしたが間に合わずにそのまま後ろに倒れ込む。  そこに馬乗りになり。 「腕程度で……終わりだと思ったか?」 「手が開かないな……」  拳はべっとりと血まみれになっていた。  気がつくと、返り血だけでなく、拳には十数センチにもおよぶ裂傷が何カ所かついている。  ぱっくりと割れた場所から肉がはみ出している。 「歯で切れたのか……」  相手をただ倒すのであれば、もっと効率的なやり方もあった様な気もする……。  少なくとも、拳で顔面を無造作に殴りつける事はなかった。  少し頭に血が上ったか……。 「さてと……仕上げを……」 「や、やめっ」 「ゆ、ゆるしっ」 「あ、あがぁ……」 「ひっ」  鼻と口に枝を詰めたまま殴る。 血が派手に飛び散る。  血で顔面がどういう状況になっているか分からないが……たぶん口元を縫う程度には裂けているだろう。 「や、やめて……その」 「今まで相手がそう言って、やめた事なんてないんだろ……」 「それにしても……」  なんか足がスースーするな……。  ある程度動きやすかったが……この感じ少し袴に似ている……。 「なんで俺は袴なんてはいてるんだ?」  これは果たし合いか何かだったのか……。だから武道着を……。 「……」 「っ!」 「な、なんだこれ?!」  足がスースーしたのは袴をはいていたからではなく……そのまんま……スカートを着ていた。 「な、なんで俺がスカートはいてる?!」 「て、てめぇら、これは一体どういう事だ!」 「ご、ごめんなさいっっ」 「ひぃっ」 「ごめんなさいじゃねぇだろ!」  なんでこんな格好させられてるんだ? 俺は?  これって女子の制服だよな。なんで俺が女子の制服着てなきゃならん?? 「な、なめやがってっっ」 「ひ、ひぃ」 「だ、だめですよ! 死んじゃいますよっ」 「っく」  俺は、おそるおそる……下着を確認する。  下着は……。  つるつるしてて……肌に食い込んでいる……。  ところどころざらざらとした感触は……たぶんレースか何かだろうか……。  こんな肌触りのもの……男が着るもので記憶にない……。 「お、おまえら……俺に何をさせたんだ……」 「ひぃ」  もう怒りを通り越して……ほぼ絶望……。  なんでこの俺が……、  この俺がこんな事を……、  一体今まで何をやっていたんだろう……。  女の服なんか着て……。  さらになぜか女物の下着をはかされて……どういうわけだか、その下着の中はびちょびちょ。 「お、オマエら……」 「ひっぃ」  死なない程度に、出来る限り二人を痛めつける。  特に顔以外の場所は重点的に痛めつけた。  当分鉛筆も持てないかもな……。  俺は、痛めつけた一人から制服を奪う。  少しサイズは大きかったが、まぁないよりはマシだろう。  下着はさすがにどうにもならないので、何もはかない。  まぁ、男のノーパンなど別に恥ずかしくもなんともない。 「ふぅ……」 「なんてこった……」  自分に記憶がなかったとしても……こんな事をさせられていたとは……こんな屈辱……自害して果てたいぐらいだ……。 「おぞましい……」  今の今までなにがあったのかは……さすがに恐ろしくて聞けない……。  聞いたら、間違いなくこいつらを殺してしまうだろう。 「ウェットティッシュで拭いたが……」  どう考えても、身体にこびりついていたあのベタベタの液体は精液だろう……。  まぁ、おしりの穴は痛くないので、最悪な事態はなかった……と信じておきたい。 「つーか掘られるのが最悪かよ……」  それ以前の事なら、あってもおかしくないのだろうか……そう考えると……かなり憂鬱であった……。 「つーか何させられたんだか……」  一応うがいもしておこう……もう何がなんだか分からんが……。 「まぁ、いいや……この連中を今後、死ぬほどいたぶってやれば……」 「ひぃ……」 「ごめんなさいごめんなさい……」 「しくしく……」 「ん?」 「しくしく……」  なんだ?  これ……こいつらじゃない……。  この声……、  脱ぎ捨てた服から声がする。 「これって……」  この弱々しい声……何度も聞いた事がある……。 それは俺が存在する前から……ずっと聞いてた声……。  脱ぎ捨てた女子の制服がむくむくとふくれあがる。  ふくれあがった後に……。 「しくしく……もうやめて……もう暴力は嫌だよ……」 「……間宮……卓司……」  さきほどまで、脱ぎ捨てた制服だったもの……それが間宮卓司になる。  間宮卓司は、女子の制服を着ながら丸まって泣いていた。 「ふぅ……」  俺は、その時に、なぜかすべてを理解していた。  自分がどこにいて……自分がどこに向かうべきなのか……。  自分がなんなのであるか。自分の存在理由がなんであるかを、〈悉〉《つぶさ》に……、 「ある意味恵まれているかもな……」  これほど明確に人は意味を持って生まれてくるだろうか?  いや、それが無いからこそ人は苦しむ……。  だったら俺は恵まれていた。 その存在理由がどんなものであったとしても存在意義を持って作り出された者なのだから……。 「おいっ」 「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」 「何やってるの?」 「ごめんなさいっごめんなさいっ、もう殴らないで……」 「ひぃっ」 「あのさ……ごめんなさいじゃなくて……何してるんですか?」 「ひっ、ひぃ、ごめんなさいっ」 「なんであんた女の服なんて着てるの?」 「あ、あのこれは……」 「キモイですよね……そういうの流行ってるんですか?」  こいつを殴るたびに……ちゃんと自分にも痛みがはしる。  他の連中を殴っている時とは全然違う……。  俺は、この気持ち悪いヤツと身体を共有している。  この気持ち悪い人間の中で生まれた人格だ……。  そして俺の存在理由は……。 「あのさ……ちゃんと説明してくださいよ……」 「ひぃっ」  この男を……間宮卓司を消し去る事……。  この人格を破壊しつくし……この肉体から消滅させる事……。  俺は、こいつにそうやって望まれた。  こいつが自分を破壊するために作り出した。  だから……、 「ほらっ!」  殴るたびに激痛が走る……殴るたびに脳内が痛みの信号だけで染まる。  なかなか良い〈当身〉《あてみ》をするんだな……。  我ながら感心する……これほど軽い肉体で、これほどの苦痛を相手に与えられるとは……、 「女の服着て、何喜んでるんだよ! キモイな!」 「よ、喜んでなんか……ひぃ」 「喜んでるだろ!」  自分が存在を感じたのは痛みからだった。  痛みは光に……そして視界に……。  世界の姿を結ぶ……。  だが、世界は光ではない。  世界は視界ではない。  実感としてそう思えた。  存在は視界で確保されるものだけではない……。  ならば、それは五感によって確保されるもの?  “視覚”や“聴覚”や“触覚”や“味覚”や“嗅覚”……そういった、自分で感じられるものこそが、世界そのものであろうか?  世界は見るだけで十分だっただろうか?  世界は聴くだけで十分だっただろうか?  世界の感触、  世界を舐めてみる。  たとえば、それは土の味。  草の香り。  風の感触。  遠くで木々がなる音。  そして、目の前に広がる青空。  恐ろしいほどの青空を白い雲が〈奔〉《はし》っていくのを目で見、音を聴き、風を感じ、唾液の味を感じる。  それこそが世界。  そこに感じられるものこそが世界。  今、自分に与えられたすべてが世界。  ほとんどの人間がそう理解するであろう。  だが、本当にそうであろうか?  ……違う。  そんな感じは、一瞬たりとも受けなかった。  瞬時に存在した俺は、世界が“今感じているものすべてである”などと〈嘯〉《うそぶ》く事を許さない。  自分が感じる事が出来るすべて、それは、決して“世界”でもなければ“世界の限界”でもない。  それを俺は知っていた。  俺は、見る事もなく、聴く事もなく、触れる事も、味わう事もなく、世界を知る。  世界の先の先……生涯見る事も触れる事も……感じる可能性がないものすら知っている。  それは単純な事。  俺は今生まれた。  今、ここで感じたものしか知らぬはず。  あらゆるものを知らない。  にも関わらず、目の前に見える建物……その裏側が見えなくても、裏側を知っている。  壁の向こうが想像出来る……空の先が想像出来る……。  それどころか、あらゆる経験不可なものの意味を知る。  それはごく当然の事……。  たとえば――誰だっていい――毎朝の登校路にある家。  変哲もない普通の家。  そこに毎朝見える扉。  気にとめる必要もない扉。  なぜその扉の先に(我々は)恐怖しないのだろうか?  その扉の先が…… そう、たとえば世界の果てであるかもしれない。  少なくとも、見たことはないのだから、 その扉の向こうが世界の限界である可能性は否定出来ない。  にも関わらず。  “我々”は知っている。  その扉の先には我々が知っている風景しかない事を……。  その扉の先が……世界の果てであるわけがない事を……。  少なくとも、はじめて通る曲がり角を、恐怖して曲がる事が出来ぬ様な特異な者でないかぎり……。  我々は生涯見る事もない風景も含めて……それが世界である事を、知っている。  “視界”が“世界”ではない。  “聴覚”が“世界”ではない。  “触覚”でも“味覚”でも“嗅覚”でもない……。  それらを極限に感じる“痛覚”ですらあり得ない。  ならば世界は?  答えはそう難しくない……。  世界とは……言葉になるすべて……。  意味になるすべて……世界。  事実……そして非事実。 そう言った違いはある……。  だが事はそう難しくはない……。 難しいそぶりをする必要などない……。  いたずらに深淵にとらえる必要は無い。 「うっ……うう……」  ……。 「手……開かないな……」  殴りすぎた……この短時間で三人をボコボコにしたんだからな……。  本気でこの三人を壊す気なら……この十分の一以下で十分なんだが……痛めつける事が目的だからな……。  必要以上に拳を多用した……。 「キモイから……それ脱いでください」 「え?」 「え? じゃねぇだろ……」 「すぐに脱げよ!」 「下着も?」 「当たり前だ! 女ものの服なんて脱げよ!」 「ひっ」  卓司から、制服を取り上げる。  名札を見たら、高島ざくろと書いてある。 「ふぅ……」  俺は、汚れた下着を水道で洗い、制服の汚れもウェットティッシュで拭き取る。 「この女子はえらい迷惑だな……」  本当はクリーニングにでも出せばいいのかもしれないけど……たぶん彼女は制服がなくて困ってるだろうしな……。  俺は適当な袋に服を詰めると彼女の教室に向かった。  ……。  あれか……。  一人だけ体操着でうつむいている生徒がいる。  いかにもいじめられて制服を隠された……といった感じだ……。 「ふぅ……まったくくだらない事をするな……どいつもこいつも……」  この制服を盗ませたあいつらにしても、実際に盗んできた卓司にしろ……本当にろくなものじゃない……。  俺は、とりあえずふさぎ込んでいる女生徒の前まで来る。 「え?」 「だ、誰?」 「盗まれたんだろ?」 「へ?」 「制服……こん中に入ってるから……」 「あ、あなたは?」 「俺か……俺は……」  悠木皆守……と言いそうになったが……やめる。  そんな名の人間なんか存在していない。 「間宮卓司だ……隣のクラスの」 「ど、どうして?」 「さぁな……とりあえず返しておく……」 「あ、あの……」 「なんだ?」 「あの……すごい傷だらけです……」 「ん? そうか?」  手で自分の顔をふれてみる。  たしかに、顔中傷だらけみたいだった。 「あ、あの……取り返してくれたのですか?」 「いや……そうじゃない……」 「でも傷だらけです」 「ふぅ……脅されて、俺が盗んだんだよ。それを返しに来た」 「え?」 「そういう事だから……」 「あ、あの……」  俺はそれ以上の事は言わずにすぐにその場を去る。  間宮と直接関係ない人間とあまり関わりを持ちたくないというのはあった……。  いや、それ以上に俺はこの手の女が苦手なんだろう……。 「ふぅ……どうしたもんか……」  時間は放課後……日もだいぶ傾いている。  廊下で一人、俺は途方に暮れる……。  人は産まれ出でた瞬間は、何も知らない。  それどころか産まれたばかりの赤児は、世界を見ることすら出来ないと言う……。  産まれた瞬間、人の目に入る風景はただの光の束に過ぎない。  意味を与えられていない視覚には、形や色を認識する事すら出来ないらしい。  俺は、ついさっき……一時間ほど前から世界に産まれ出でた……。  にも関わらず、色の識別、物体の識別は当然、(赤児と比べものにならない)高度な言語機能……(ここが何処であるかなどの判断が出来る程度の)一般常識……さらに、武道の様な特殊技能……。  産まれたばかりの赤児とは比べものにならない知識、知性、技能を有している。  だが、その反面知らない事もいくつかある。  たとえば自分が誰であるのか……。  いや、名を“悠木皆守”だと言う事は知っている。  特殊な精神状況であった間宮卓司が生み出した別人格である事も理解している。  だが、その他……たとえば間宮卓司の家族構成、学年、交友関係……その他一切を知らない。  さらに言うと間宮卓司の自宅の場所すら知らない。 「さてと……」  これからどうしたもんか……。  知ってる事も多いが……知らない事も多い……。 「……これからどうするか……」 「……どうすんの?」  それはまったく知らない感覚。  いや……近い瞬間を知っている……。  自分が産まれ出でる瞬間に近い……音に似た……痛み……。 「誰だ!」  俺は声がした方向を振り向く……だがそこには誰もいない……。 「っ……」  痛み……いやこれは声か?  頭の中で声が響いている……。 「なんだよ……全然ダメだなぁ……」 「だ、誰だっ、くっ……」  先ほどと同じ声……。  声のたびに痛みに近い感覚が脳を走り抜ける……。 「くそ……」  声の主を捜す……。  廊下を見渡す。それらしい人の影はない。  イラつく……なんだこれ……。 「っく……なんだこの感覚……」 「ちゃんとこっち見なよ……悠木皆守くん」 「な……なんだと……」  今……俺の事を呼んだ……。  なぜ、俺の名を知っている人間が存在する? 「あれ? 名前間違ってたっけ? でも悠木皆守でいいんだよねぇ……間宮皆守……とかじゃないよねぇ」 「お前……誰だ……」  焦点が合わない……。  微妙にチューニングが合ってないラジオを聴いている様な……そんな奇妙な感覚。 「あー、下手くそだねぇ……しゃーないな……」 「ぐぁ……」  胸に強い衝撃、俺の身体は何者かによって吹き飛ばされる……。 「くっ……」  過去にも同じ様な感触を味わった様な気がした……だがそんなのは気のせいだ……。  俺は先ほどこの世界に発生したばかり、自分自身に関わる記憶など持ち合わせてない。  ならば、間宮卓司自身の過去の記憶?  間宮卓司が攻撃を受けた事がある相手?  いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。  攻撃の方向。  打撃の加わった線上に構える。  間違いなく何者かが攻撃してきた。それだけだ。  物理的攻撃を与えるものが、見えない事などあり得ない……。  姿を何かしらの方法で隠しているにすぎない……。 「っ……」  感覚を研ぎ澄ませる……。 「よしよし……戦いの中でこそ感覚を研ぎ澄ませるタイプか……私〈好〉《ごの》みの子だね、やっぱり皆守は……」  声の方向を振り向く。  先ほどまで無かった姿……。  最初っからそこに居たかの様に悠然と構えている、その姿に驚く。 「だ、誰だお前……」 「さぁて……誰でしょう……」  身長は低い。  身体も細い。  それ以前にこいつ……男ではない。  この女が、今の一撃を?  信じがたい事実……。  そんな事より……何故こいつは俺に攻撃してくる?  理由などいくつも見当たらない。  たぶん、こいつの打撃に身に覚えがあるのも、間宮卓司が経験した攻撃だったからだろう……。  だとしたら……。 「お前もさっきの連中の仲間か?」 「さっきの連中? ああ……なるほどねぇ、あいつらの事か……城山とか沼田とか西村とか」 「やはりな……なんだお前、手下がやられたからお礼参りってわけか?」 「……なんだそりゃ。はぁ、お姉さん、皆守のバカさに少しがっかりだわ……まぁ、いいけど……」 「!?」 「っく」 「わっ、おっ」 「おお、恐い恐い……やっぱり速いなぁ……」  どういう事だ……こいつかなり強い……さっきの連中とは比べものにならない……。  こんな女が、俺を圧倒するなんて……、 「あら、あら、信じられないって顔ねぇ。世の中広いんだから、あんたより強い人間がいたって不思議じゃないわよ……それが女でもね」 「ふん、世の中広いって、自分が通っていた学校内の話だろ……」  どういう事だ……。  素人相手なら数人がかりだって負ける気などしない……にもかかわらず、今、俺はこの女に……、  ……こいつは強い……もしかしたら俺よりも……。 「まぁいいや……〈構〉《かま》えたままで悪いけど、自己紹介しておくわ。私は水上由岐。あんたのお姉さん」 「姉?」 「隙ありっっ」 「くっ」 「ぐはっ」 「あははははは、甘いぞ皆守! 隙があってから〈三手〉《さんて》まで〈捌〉《さば》いたのは褒めてやるけどな」 「き、汚ねぇぞ!」 「えーだってぇ。すんげぇまぬけな顔だったから思わず一撃入れてみた」 「どこが一撃だ! ちゃっかり〈四手〉《よんて》まで入れてきただろうが、うぜぇ野郎だ!」 「野郎じゃないよ。女の子だってばさ」 「うるせぇ!」 「はぁ、はぁ、はぁ……」  なんだこいつ……全部手の内を知られている様な……。 「てめぇは何者だ!」 「だからお姉さんだってば」 「名字が全然違うだろ!」 「えー、名字が違う姉だっているかもしれないじゃん」 「ほう……なら義姉か……」 「違うよぉ」 「なら、なんだ」 「皆守のお姉さんだってばさ」 「って、おちょくりやがってっっ」 「おちょくってないよー。皆守は疑い深いなぁ」 「うるせぇ! 疑い深いも何もいきなり攻撃してくるわ、戯れ言を吐いてまで虚をついて攻撃してくるわ、どこでお前を信用するんだ!」 「なんだよー、こんな優しそうなお姉さんなんだから、疑うとかやめろよっ」 「くっ、優しそうなお姉さんが攻撃してくんなっ」 「ぐっ……」 「だってぇ……皆守が信用しないからさぁ……」 「何が信用だ……最初に手だしてきたのお前だろぉ!」 「えー、でも私女の子だよぉ。そのぐらいのハンデ……」 「ハンデつけてだろうが、いきなり攻撃してくる姉なんかいてたまるか!」 「そんな事ないよ。いるじゃん」 「だからてめぇなんぞ。俺の姉でもなんでもない!」 「だいたい俺は! 間宮卓司の中にだけ存在すっ!?……って」 「お、やっと分かった?」 「お前……もしかして……」 「そういう事……あんたより先に生まれた、言ってみれば先輩、つーかお姉さんの水上由岐」 「俺の先に?」 「そうそう、間宮卓司の身体を共有する魂」 「他の人格……」 「そうそう、まぁ一つの身体に三つも魂があるんだから、まぁ幽霊が取り憑いてる様なもんだな」 「違うだろ……単に多重人格だろ」 「多重人格……なるほど解離性同一性障害の〈賜〉《たまもの》ってわけだな我らの魂は」 「どうでもいいけどさ、少し自分の身体見てごらん?」 「身体?」 「なっ? アザが?」  今さっきこの女に殴られた部分のアザが消えていく……それ以前の傷はそのままに……。 「な、なぜ?」 「今のは、実際に殴り合ってたわけじゃないんだよ……あ、つーか自分で自分を殴ってたわけじゃーないって事ね」 「今のは模擬戦なんだよ……まぁ互いに本気で攻撃し合う事も出来るけど、あんま意味ないよね。その場合は自分も痛くなるから」 「自分が痛くならない場合もあるのか?」 「そうねぇ。他人から見たら自分で自分を傷つけてる感じに見えるみたいだよ……」 「ちなみに今の私らは他人から見たら、ただ一人で考え事している様にしか見えない……つーかボーっと突っ立ってる感じ?」 「あ、ちなみに今の会話もね」 「会話も……」 「そうそう、電話で考えたら内線と外線みたいなもん? いやLANとネットの関係に近いのか?」 「なるほど……とりあえず、今までの事はすべて脳内だけの出来事……」 「だからこんな事も出来る……」 「っ……」  先ほどまでと同じ様な会話…… だが、微妙だが少し違う……。 「気が付いた? ちゃんと」 「これは……」 「身体を使ってちゃんと音声を出している状態……これはこれでいいんだけど、少しお勧めしない……だって他人が見たら……」 「独り言……って事か……」 「まぁ、そういう事かねぇ……まぁ、二人っきりならいいんじゃね?」 「そういう事……そんなこんなで、改めまして、あんたの姉の水上由岐だよ」 「……いや、だから何で姉になる」 「だって作り手が同じで、私の方が先なんだから、お姉さんでしょ」 「違うだろ」 「以後、由岐姉と呼びなさい」 「言うわけがないだろ……」 「お、さっきより良い動きになってきた……」 「お前が手の内明かしてくれれば、出来る事、考える事、分かる事、いくらでも生まれてくる……」 「あら……私の戦い方ばれた?」 「ああ、肉体が一緒だからな……攻撃の前に瞬時にその反応が自分の身体にも感じられる」 「その反応に反射的に身体を合わせられれば、目で追うよりも遙かに先に反応出来る」 「ご名答、まぁ、対私か間宮戦でしか使えないけどねぇ」 「それと……反応に対して反射と簡単に言うほどはうまくは出来ない……俺も、そしてお前も……」 「そだね……脳が一瞬、肉体反応に対して処理をしちゃうんだよね……それがタイムラグになる」 「ふん……それでお前は何なんだ……」 「さっきも言ったでしょぉ水上由岐……あんたより先に作られた人格」 「間宮卓司によってか?」 「そういう事になるのかしらね……まぁ、本人自覚してないだろうから、正しく彼によって作られたと言う言い方が適切かどうかわからないけど……」 「んで……なんで攻撃をやめない……」 「へへへ……なんか皆守は生意気そうだからねぇ。お姉さんとして上下関係をはっきりさせておこうかなぁ……ってさ」 「ふん……もうお前の手の内は分かっている」 「ふふふーん、バカだなぁ……お姉さんの年の功を見せてあげよう」 「なっ」 「ぐっ……」 「どうだ!」 「どうだじゃないっっ。アホかお前! 何パンツ丸出しで上段蹴りとか出してんだよっっ」 「でも当たったじゃん」 「アホか、そりゃ驚くから当たりもするわ!」 「えー何? 私の下着とか気になっちゃう系?」 「んなわけ」 「へ?」  蹴りの状態のまま、由岐は俺の腕を掴む。 「なっ」 「寝技ぁ……」 「ば、バカ……お前……足丸出しで……うぐっ」 「基本技ぁ〜」 「ぐっ」  あのバカは……上段蹴りと見せかけて、そのまま腕ひしぎに持ってきたのだ……。  廊下みたいな場所で……なんて危険な……。  しかもパンツ丸出しで……。  由岐曰く。 「だって、皆守しか見えないからいいじゃん」 「俺に見えてるだろっっ」 「えー、姉弟なんだから下着ぐらい構わないじゃん。まぁその下のもんがダイレクトに見えたらまずいけどさぁ」 「当たり前だ!」  水上由岐はこの様に、とんでもない女であったが、まぁ、彼女がいろいろな事を教えてくれたのもたしかだった。  この最初の戦いで、身体の使い方をかなり知った。  特に認識のチャンネルの合わせ方。  間宮卓司や水上由岐に会う方法。(ただし同時に存在している時に限られる)  逆に間宮と同時間に存在していても、会わないですむ方法。(ただし由岐に対しては無効だ……相手もチャンネルを合わせる事が出来るのだから)  それから由岐にはいろいろな事を教わった。  間宮卓司の事。  妹の羽咲の事。  間宮家の事。  若槻家の事。  Bar白州峡のマスターの事。  その他にもいろいろ……。  ただあいつは、俺の存在意義。  自分の存在意義だけは絶対に口にしなかった。  その事になると必ずお茶を濁した。 「認められないのか……由岐は」 「とも兄さーん。ご飯また温め直したよー」  階段の下から羽咲の声……。 「……ふぅ」 「だから! とも兄さんって呼び方やめろって言ってんだろ!」  そう階段にむかって叫ぶ。 「……あ」  空……。  気が付くと空だった。  空を見ながらまずしなければならない事……。  記憶の整理をする。  こんな特異体質だと嫌でもそんな癖がつく……。 「お目覚めかい?」 「由岐か……」 「安心しなよ、ここまで来たのは私だよ」 「そうか……」 「どうでもいいけど最近は毎日だなぁ……お前が出てくるのも」 「そうだねぇ。数週間とかあんたと会えなかったのに……まぁ、切り離される直前だからかな……それはそれとして感謝出来るかなぁ……」 「俺は迷惑な話だがな……」  嫌味すら意に介さないのか、由岐は微笑みながら俺の顔を見つめる。 「何、ニヤニヤと人の顔見てるんだよ……気持ち悪いヤツだな……」 「いやー、別にー」  由岐はにっこりと笑ってから空を見る。  なんだこいつ……。 「なんかさぁ皆守ぇ」 「なんだ?」 「青空も〈良〉《よ》いもんだねぇ」 「……はぁ? なんだそりゃ?」 「どこまでも続く青空が見えるって言うのもなかなか〈良〉《よ》いわ……」 「なんだ突然……」 「突然か……。でもさ、お姉さんはあんたが知らない間にいろいろと考えたり、いろいろと経験したりしてるんだぜ」 「まぁ、そうかもしれないが……」 「いやぁ……こうやって皆守のバカ面見ながら青空の下で二人っきりっていうのも悪くないねぇ」 「バカ面だと……てめぇ」 「怒るなよ……だってあんた出現してるのに、真横でずっと寝てるんだもん」 「出現? 寝てた? そ、そういう事もあるのか?」  通常なら、寝ている状態……端的に言えば意識がない状態を互いに見る事は出来ない。  意識が無い事=存在しない事。  のハズである……。 「いや、私もはじめて見たよ……今までだと眠っている時は人格が消えてる状態だから、姿だって見えないハズなんだけどねぇ……」 「これも……大きな変化の前触れの一つなのかもね……」 「大きな前触れ……か」 「まぁ、そんなこんなで私ぁーあんたの寝顔を堪能してたよ」 「趣味の悪いヤツだな……人の寝顔見て楽しむなんて」 「でも楽しかったよ。皆守の寝顔とかはじめて見れて……お姉さんは大満足でした」 「とりあえず二度とそんな事すんなよ……」 「さてね……約束出来るかねぇそんな事……」 「うるせぇ! 次同じ事あったら絶対に起こせ!」 「あはははは……もったいない話だね」 「なんだそりゃ?」 「……」  由岐が少し困った様に……笑う。 「……」  あまり見ない表情。  俺はその表情に少しだけ困惑する。 「な、何笑ってるんだよ……」 「むふふ……別にぃ……」 「まぁ、なんだぁ。しっかし、記憶が欠如しまくると大変だよね……まるで寝てる間に〈何処〉《どこ》か知らない場所に運ばれたみたいな感じ……」 「ああ……夢遊病はこんな感じかもしれないな……」 「夢遊病なんてレベルじゃないと思うけどさ……自分が知らない間に、自分の身体を誰かが操作してるんだよ」 「ああ……たまに行動時間がかぶったりするけどな、今みたいに……それで? 屋上で何やってたんだお前?」 「あーなんかねぇ……昨日屋上に来た〈娘〉《こ》いたじゃん」 「昨日……ああ、隣のクラスの高島か?」 「うん、その〈娘〉《こ》がなんかまた来てたよ、ここに」 「ふーん、そうか……まぁどうでもいい話だな……」 「あんたが聞いたんだろうが、そのどうでもいい話をっ」 「アレとお前は仲が〈良〉《い》いのか? あの暗そうな女と……」 「いや別に? 私は昨日はじめて会ったんだけどねぇ……だいたい名前だって覚えてないしさ」 「名前覚えてないのはお前の不具合だろう……まぁそれはそれとして、高島と二日連続で屋上でエンカウントか……それってどういう意味だ?」 「たまたまじゃね?」 「いやそれは違うな。ここは俺がだいぶ前から陣取っているが、俺があの女と会った事はない」 「そうなんだ……ならなんだろうなぁ……」  答えなんて簡単だろう……あの女、由岐が気になるのだろう……当然異性として……。  あの手の女が好きになりそうなタイプだからな……水上由岐という人格は……。 「あら? 羽咲ちゃん」 「……」  羽咲はじっとこちらを見つめる。 「あ…あの……もしかして由岐さん?」 「あ、うん……ごめん邪魔だったかな? 消えるよ……」 「自分の意志で消えるとか、そんな便利機能あるのか? お前は?」 「あはははは……実はまったくありませんなぁ」 「あ、とも兄さんもいたんだ……」 「悪いか?」 「そんな事ない……だってとも兄さんに会いに来たんだから……」 「そうなんだ、なら私は邪魔だったかな?」 「あ、そんな事ない、 由岐さんにこんな頻度で会えるなんて久しぶりでうれしいぐらいです」 「そう? そう言ってもらえるとうれしいけどさ…… でも皆守と二人っきりの方が良かったんじゃない?」 「そ、そんな事ありませんありえませんっっ」 「そうなんだぁ……んで? お弁当?」 「あ、そうそう、とも兄さんお弁当届けに来た」 「何度も言うが、俺は昼飯はパンを買うから弁当はいらない……それに今日は土曜日だ、あと俺の事をとも兄さんと呼ぶな!」 「土曜日だからって関係ない。今日は私が家にいないんだからお昼ご飯は必要」 「それにパンとか全然栄養価とか考えてない……あんなの炭水化物と油分と砂糖と塩と……」 「そうだぞ。ほら〈皆〉《とも》ぞう、〈愛妹〉《あいまい》が作ってくれたんだからちゃんと喜べ」 「なんだその〈皆〉《とも》ぞうって言うのは……」 「愛称だって。いちいち目くじら立てなさんなって……」 「変な愛称作るな……ったく」  くそ……こいつは……ただで無くても羽咲が俺のことを“とも兄さん”なんて意味不明な呼び方してくるのに……、 「ん? なんだこれ? ……なんで弁当二つなんだ?」 「あ、今日、私白州のバイト夜までだから、とも兄さんにご飯作ってあげられないかもしれない……」 「白州? 今日、羽咲は遅いのか?」 「うん、まぁ良く分からないけど、マスターが少し時間がかかるって言ってた」 「なんだそりゃ……俺にはそんな話なかったが……」 「とも兄さんは呼ばれてないの?」 「ああ今日はバイト無しだ……しかし、人手が足りないのなら真っ先に俺が呼ばれるハズだが……」 「さぁ? とも兄さんじゃ出来ない仕事でもあるんじゃないかな?」  羽咲に出来て、俺に出来ない仕事?  ……そんなのあるか?  まぁ、いいか……どちらにしても羽咲は今日は家に帰るのが遅い……と。  なるほど……。  そうか、そうか……いないのか……。 「……」 「へ?」  な、なんだ? 羽咲が睨んでる……。 「今、何かうれしそうだった……」 「な、何で?」 「何か隠してる……」 「な、なんだそれ言いがかりだろ……」 「言いがかりねぇ……」 「なんだてめぇ由岐」 「ふぅ……どうせ私が家に居ないのがうれしいんですよね……」 「べ、別にそんな事は……」 「そ、それより、羽咲もあんまり学校の中うろうろするなよ……お前は一応部外者なんだからさ……」 「ごまかした……」 「一人で家で何する気なのかなぁ〜皆守くんはぁー」 「な、なんだその言い方っ」 「別にぃー、でもなんでいちいち過剰反応してるんだか……」 「してねぇだろ」 「嘘だね。脈拍上がってるし。なんで脈拍上がるのかなぁ?」 「い、いや、それは……」 「ふーん、私が居ないから何か一人でする気なんですか……」 「し、しねぇよ……つーか由岐も適当な事言うなっ」 「そ、そんな事より、さっきの話だ。あんまり校内うろつくなよ」 「また、話題をずらした……」 「いや、マジな話だ」 「それなら大丈夫だよ。あんまり目立たない様にしているから……」 「目立たない様にって……お前そんなうさぎ持ち歩いてだなぁ……」 「ちゃんと隠してる」 「隠せる様な大きさじゃないし……」 「まぁ、いいじゃん。どっちにしても今まで問題になった事ないんだからさ」 「いや……それは俺が問題児で、羽咲はその関係者だから、誰も見て見ぬふりをしているだけで……」 「つまり問題ないって事でしょ?」 「問題なくはないだろう……」 「そうそう、そういえばさうさぎさんだいぶ傷ついてきたねぇ……」 「あ、うん……」 「貸して……よいしょっと……」 「あ、皆守ー、私の鞄の中から裁縫セット取ってよ」 「お前が取っても俺が取っても同じだろっ」 「気分気分……ほらその小さいジッパーの中に入ってるでしょ?」 「お前……こんなもの持ち歩いてるのか?」 「まぁいいじゃない……白い糸は……これこれっと」  由岐は羽咲の人形の糸のほつれを直していく……なんて手際だ……見事なものだとしか言いようがない……。 「お前、裁縫とかまで得意だったのか?」 「やらないだけで皆守も出来るはずだよ……元々はこの肉体が持っていた技能だからさ」 「……うん…兄さんはそういうのも出来た……」 「そういえば……その人形……間宮卓司が羽咲に作ってやったって言ってたな……」 「間宮卓司……くんね……」 「ん? どうした?」 「あ、いや、まぁそうだね……この肉体の持ち主が作ってあげたんだよ、このぬいぐるみはさぁ……」 「あはは……買う金が無いから、代わりに店に毎日通って寸法測って自作したんだよねぇ……何度も失敗してさぁ……」 「うさぎって白いからさぁ……作り方失敗するとイカみたいになるんだぜ……耳も手も足も触手に見えるのなぁ……あはは」 「あの頃……私が、すごくその人形をほしがってたから……」 「今の間宮卓司じゃ考えられないな……」 「間宮卓司くんねぇ……」 「まぁ、仕方ないよこの肉体の元々の魂は……万能すぎる自分の所為で羽咲ちゃん、そして母親である琴美さんを傷つけたって信じてるんだからさ……」 「母親? あれがすべての元凶って話じゃねぇか……」 「ああ……琴美さんが元凶というのは……まぁそうかもしれないけど……」 「でも……お兄さんが万能すぎて……起こしてしまった事件でもあるからさ……」 「ふん……それにしてもあの間宮卓司が万能だったって言うのは〈俄〉《にわか》には信じられないな……」 「卓司兄さんはたしかに……勉強だけじゃなくて、読書、美術、音楽……すべて出来た…… でも……」 「でも?」 「まぁさ……兄が万能すぎて、すべてを壊してしまったというのは事実でさ……琴美さんがすべての元凶であるとは言い切れないよ……」 「元凶となる事件は……誰かひとりのせいで起きるとは限らない……」 「あらゆる要素があってはじめて起きる……」 「由岐……」  元凶となる事件……。  最後はそこに行き着くのか……、  あの母親が、今では、ああやっていつでも空中を見つめているだけの存在になってしまった理由。  万能だった間宮卓司が、今の様なひねくれた弱い人間になってしまった理由。  そして間宮卓司が、俺や由岐の様な他人格を自らの肉体に作ってしまった理由。  それはある事件をきっかけにしてであるらしい……。  らしいというのは……情けない話だが、 実は俺自身はその事件を良く知らない。  もちろん羽咲はすべて知っているのだろう……だが、その事件に関して俺が羽咲から聞く事は出来ない。  その事件こそがすべての元凶。  この狂った状態を生みだしたものであり……そして彼女にとっては思い出すのすらつらい記憶である。  間宮やあの母親だけでなく、その事件後……かなり長い時間、羽咲の心にも大きな傷を残したらしい……。  いや……心のみならず身体にすら傷を残した……。  羽咲はその事件後、長く入院していた。 数ヶ月は外科……その後は精神科……。  大きな傷を彼女に残した。  そんな大事件……果たして俺なんかにその全容を知る権利があるのだろうか……。  事実、俺は、その事件の遙か後に発生し……一切関わっていない……。  羽咲のもっともつらい記憶……そんなものを俺が知る権利があるのだろうか……。  俺は消えていく者…… まるで通りすがりの人間の様な存在。  この悠木皆守という人格などが……そんなものを知る権利などあるのだろうか?  由岐はある程度知っているそぶりではあるが……それもどの程度知っているのか分からない……。  こいつだって事件後に発生した人格である事は間違いないのだから……。  つまり事実は藪の中……。  ただ分かる事は、今ある状況には一つの大きな原因たる事件があった。  その事件以後、間宮琴美は狂い、間宮卓司の精神は異常をきたし……そして俺たちは作られた。  大きな傷を負った羽咲 そんな羽咲を守るために 新しい間宮卓司創世のために……、  俺は存在している。 「なんだよ……ずっと深刻な顔して……考え事か?」 「ああ……そうだな……いろいろ……」 「ふぅ……ま、さぁ、だから少し過去の自分に感謝した方が良いよ……あんたがやたら喧嘩強いのだって、元々の肉体が身につけたものでね」 「俺は、その後だってずっと鍛錬を続けてる……間宮卓司ががんばったからではない」 「あ、それはそうだね……まぁ〈所詮〉《しょせん》筋が〈良〉《い》いって言ってもガキのソレだからねぇ……」 「その後も、あんたがあのオカママスターに延々と稽古つけてもらってるのは知ってるよ……私が強いって言うのはほぼあんたのおかげだよ」 「当たり前だ……何でもかんでもあいつが作り出したものじゃない……」 「はははは……皆守は本当に間宮卓司が嫌いなんだねぇ」 「そう作らなければ、殺そうと思わないだろ……俺はあいつによって作られた自らを殺す刃物だ……」 「俺はあいつによって作られた自らを殺す刃物だ……って、暗っ……なんか少し自分に酔ってない? 皆守って?」 「……お前……本当にウザイな……」 「だってぇーなんか無理してクール系気取ってる皆守見ていると痛々しくてねぇ」 「俺は無理にクール系など気取ってない!」 「まぁ、まぁいいじゃん……たまにはこの肉体に感謝したってさ、こうやってたまにこのうさぎちゃんを直せるのも、彼のおかげなんだからさ……」 「ふん……すべての迷惑なこの状況だってあいつが作り出したものだろう……」 「まぁ、それはあるけど……私なんか本来世の中にいて〈良〉《い》いもんじゃないしねぇ」 「病院とか行くと、一人ずつ消されるらしいぞ……カウンセラーとかいう職業の人に……」 「何それ?恐いっっ」 「解離性同一性障害って、人格を消していく治療法があるらしいからな……」 「まぁ、それぐらい俺たちの存在は世の中に不必要だって事だよ……」 「それは否定出来ないかもねぇ……」 「違う」 「へ?」 「何?」 「兄さんが、由岐さんやとも兄さんを作ってくれたから……私は二人に会うことが出来た……」 「もし卓司兄さんが二人の存在を許さなかったら……私は本当に孤独だった……」 「だから、迷惑とか言われると……なんだか……」 「って、おい……な、泣くなよ……」 「うわぁ……妹泣かせるなよ……」 「お前だって同意してただろ! 迷惑だって部分は!」 「さぁねぇ……」 「だ、だとしても……俺は、あのバカ母親に見切りをつけなかった間宮卓司を許すことが出来ない……」 「まぁ、そうかもしれないけどさ……だから彼は根本的に優しいんだよ。だって元々は世界を救う救世主様になる予定だったんだからさ」 「あ、あの……もうこの話はそろそろ……」 「羽咲……」 「うん、もう〈良〉《い》いから…… 人の悪口とかあんまり〈良〉《よ》くない……」 「一番の被害者がこれとはな……」 「ふぅ……優しいのは兄だけじゃないって事だね……これって血筋だろうね」 「間宮〈方〉《がた》のだろう……脳天気なほど優しいのは」 「あはははは、たしかにお父さんは優しかった……かな」 「ま、そんな事言ってる間に出来たよ羽咲ちゃん」 「あ、ありがとうっ」 「あ……なんか消えそうだ……」 「消えそう?」 「由岐の人格が消えそうなんだよ……どうでもいいけどお前そういう前兆とか分かるんだな……」 「皆守って分からないんだ……そりゃまだまだって事だよたぶん……」 「何がまだまだ何だよ……」 「由岐……」 「とも兄さん……由岐さん?」 「ああ、消えた……」 「……」 「って、別に永久に消えるわけじゃない……だろうから……そんな顔するな」 「で、でもいつかは……」 「……辛気くさい顔するな……羽咲」 「うん……ごめん」  やっとの事で授業消化……。  今回、授業を受けるのは俺の役割だったみたいだ……。  どうせなら授業とか下らないものは全部他が受け持てば良さそうなものだが……。  特に俺なんか消える運命なんだから授業なんぞ受けたくない……。  とは言っても土曜日なんで午後からの授業は無しだからまだマシか……。  ついでに、昼飯用に羽咲が持ってきた弁当も授業中に消化した。  どうやら朝を抜かしていたらしく(間宮卓司か由岐か知らんが)、気が付いたら二つとも消失していた。 「うむ……羽咲が作る弁当が小さすぎるというのもあるんだが……」 「まだ一時前か……」  時計を見る。  結構時間は早い。  こりゃ夕食前には腹が減りそうだな……。  夕食分の弁当も食べてしまったからな……。 「そういえば羽咲は今日は遅いって言ってたな……」  白州で羽咲だけが呼ばれるってめずらしいな……。  だいたい皿洗いだろうが、店内清掃だろうが、俺か由岐が呼ばれるのにな……。  まぁいい……どっちにしても羽咲の帰宅は遅い……。 「……ひさしぶりに出来る……」  相当やってないからたまってた……。  今日がひさしぶりのチャンス……。 「……」 「……あの声」  校舎を出たあたりで、あいつらの話し声が聞こえた。  場所はちょうど裏庭……。  単語数個……“キめる”と“行く”という言葉だけ聞こえたが、それであいつらが何をしようとしているのかはすぐ分かる。 「ふぅ……無視して家帰りたいところだが……」  俺は塀を飛び越える。 「よぉ……」 「え?」 「うそ……」 「ま、間宮……くん」  俺には由岐や卓司の様な認識のズレは生じない……。  こいつらの言葉は俺にそのまま“間宮”と届く。“悠木”でも“皆守”でも無い。  俺には認識による無駄な隠し事などする必要はないという事だろう。  まぁ、回りくどくなくていい……。 「ど、どうしたの?」  すんげぇ動揺……。 まぁ、この動揺はビンゴって事だな……。  隠れてコソコソと……大変な連中だ……。 「いやぁ、別に用事なんてないですよ。逆に用事がなきゃいけません? 今から作りましょうか?」 「あ、いや」 「今……みんなで〈何処〉《どこ》か行くって話してましたよねぇ……」 「あ、いやそんな事」 「ぐ、ぐぁ……」 「っ」 「ひっ……」 「あと、“キめる”とか言ってましたよねぇ……」  西村が殴られた瞬間。他の二人の顔が恐怖で引きつる。  あれだけ間宮卓司をいじめておきながら、何度か俺にボコボコにされただけで負け犬根性が染みついている……。  弱い連中……としか言いようがない。 「んで? そんな事なんだって?」 「ご、ごめんねっ。あ、あのさ、探してたんだよぉ。間宮くんの事」 「ふーん、俺のことをねぇ」 「あのね。上物が入ったからさぁ……あのね。間宮くんも一緒にと思ってさ」 「上物……?」 「そうそう、冷たいヤツだよ」 「なるほど……冷たいのねぇ……」 「高かったんだよ。ほとんど真っ白な結晶でね」 「真っ白い結晶ですか……」  “冷たいの”というのは覚醒剤の隠語である。  他に“速いの”やら“S”やら“アイス”やら……まぁいろいろある。  知りたくも無いが、こいつらと付き合ってるとそういう下らない知識が増えていく……。  覚醒剤を白い粉というが……本当に白い粉というものは滅多にない……というか俺は見たことが無い。  純度が高いとメタンフェタミンは無色透明である(らしい)。だけど街に出回るヤツは、だいたい混ぜ物をするため色が白くない。  黄色やピンク……混ぜる物によって色はまちまちだ。  大抵の薬物は、個別の売人の手元に届く前にかなりの段階を経る。その過程で様々な混ぜ物がされているらしい。  それをさらに水増しするために末端の売人は混ぜ物をする。  これといった化学的知識があるわけではない彼らは、身近にあるとりあえず白いものを何でも混ぜるらしい。  砂糖、塩……時にチョークすら混ぜると聞く。  砂糖を混ぜると炙った時にものすごく焦げるらしい。  炙ってる途中に覚醒剤がはぜて目に入って大変な事になった話を聞いた事があるが……この場合の混ぜモノは間違いなく塩なんだろう……。  たまに毒が混ざっている事もあるらしい。  致死性の毒が混ざったものをテロ玉。  副作用がでる程度の毒が混ぜられているものをヨレ玉などと言う。  と言っても、覚醒剤にその様な毒が混ざる事は少ないらしい。  なんでも、覚醒剤はそのスジの方々の大切な商売道具だから、業界の品質管理のため、あまりにひどい混ぜモノをすると“指導”されるらしい……。  スジの方の“指導”があるから高品質。  なんだか良い話なんだか悪い話なんだか分からない……。  そういった知識もこいつらと連む様になってから知った。 「なるほどねぇ……上物のアイスですか……」 「う、うん」 「……全部出してくださいよ……」 「え?」 「本当は、俺抜きでやる気だったんでしょ……クスリ全部出せって言ってるんです……聞こえなかったぁ?」 「そ、そんな事っ」 「はうっ……」 「お、おい……」 「ん? 何?……城山ぁ」 「……」 「あ……いや……別に」  城山の目に一瞬だけ反抗の火が灯った様に見えた…… が俺と目が合った瞬間にそんなものは消え失せる……。  この連中の中では一番骨があったが……今ではごらんの有様だ……。 「何ですか……城山……言いたい事あるなら目そらさないでくださいよ……」 「い、言いたい事なんて……」  まぁ、あれほど痛めつければ……仕方がないか……。  こいつは最初出会った時からあれだけボコしたが……その後も何度となく半殺しにしている。  というのも、城山は何度も俺にお礼参りやらを試みたからだ。  と言っても、どれも中途半端だったわけだが……、  裏道で闇討ちされた事もあった。  と言っても……素人だって、日常で闇討ち出来る隙なんてそう多くはない。人は本能的に暗闇や人通りの少ない場所では警戒して歩く。  酒でも入ってれば別だが……暗闇の中で後からついてくる足音を気にしない輩もいないだろう。  特に俺は暗闇の他人の足音には人一倍気を配る。  こちらが緩急をつけると不自然になる足音……それだけで闇討ちなど不可能だ。  飛び道具でもあれば別だが……ああいう場合にスタンガンとか問題外……。  城山だと確認もせずに足をへし折った思い出がある。  深夜に多人数で囲まれた時もあった。  とは言っても十人届かない数だった。  武器はナイフやスタンガン。  まぁ、ここまではなかなかの作戦だ。バカでも思いつくけど……。  当然俺は全速力で逃げた……まともに戦うなんてアホの極み。  脚力にも自信はあった。というか俺の喧嘩の強さは腕ではなく下半身の強さだ。  だんだんバラバラになっていく……俺を追い詰めてる気でいるから自らが集団を為していないのに気が付かない。  とりあえず、一番前の男を振り向き様に〈屠〉《ほふ》る。  全体重をのせて突っ込んでくるのだから、楽に一撃で失神する。  そいつの得物はナイフ、それを拾って次の相手に投げた。  投げてくるとは思わなかったんだろう。 そいつはその場で尻込みする。  良い位置にある顔面にそのまま直蹴りをかます。 踵に歯が砕ける独特の感覚が伝わる。  そいつの得物は鉄パイプ。  実際、ナイフやスタンガン、そのすべてより鉄パイプは武器として勝っている。  得物の長さは、武器そのものの殺傷能力よりも重要だ。  これを手にして追いかけてくる連中を逆に一人ずつしとめていく。  最後は四対一……武器が無くても素人相手に負ける気などしない……。  結果は一方的、いつもよりも凄惨な虐待で終わった。  この時、戒めとして城山の右手をナイフで貫いた。  逃げようとした沼田はケツを刺してやった。  あれが最後だな……城山が俺に反抗したのは……。  その後はただ俺の存在に怯えるだけの男に成り下がった。  まぁ、しつこく俺が彼らを痛ぶるのもあるが……そんなものも自業自得だ。  あの時点の人格が間宮であったにしても、俺の〈身体〉《からだ》に〈穢〉《けが》らわしい事をしたのだから……いじめてもいじめたりない。 「これで全部?」 「う、うん……」  こいつから出てきたのは1パケ分のクスリ。  こいつら全員でやるには微妙に足りないぐらいの量だったはずだ……。  一応ポケットなどを裏返させ、持ち物を全部調べるが出てこない……。 「ふーん」 「んじゃ……これでいいかな?」 「……ああ」  沼田は逃げる様に踵を返す。 「……っ?」 「おい! 沼田」 「え?」 「お前……靴脱いでみろよ……」 「え?」 「早くしろ!」  その場で靴を脱がせる。  歩き方がどう考えてもおかしい。  何かを〈庇〉《かば》っている様な歩き方だ。  靴を調べる……靴には何もない……。 「な、何もないでしょ?」 「……」  俺は沼田のズボンの裾をまくりあげた。 「あ……」  片足の靴下が不自然に盛り上がっている。 「……なんですか? これ?」  手が痛くならない程度に殴り。  沼田の靴下から三つもパケを手に入れた。  三つのパケには白い粉……まぁ、当たり前の様にクスリだろう。 「結構な量持ってるねぇ」 「あははは……結構奮発したんだよねぇ」  力なく沼田が笑う。  鼻血がツーと垂れてくる。  奮発ねぇ……この粉に……。 「んじゃ……これ没収しますんで……」 「え? あ、あの?」  沼田が何か言いかけたが、そのまま俺はそこから立ち去る。  今の相場だと末端価格でパケ0.3gで一万円と少し……これだけで三万円を軽く超えるだろう……。  カツアゲの値段としては申し分ない……。  俺は臭い便所の個室で水を流す。  汚水の中に白い粉の入ったパケは押し流されていく。  未開封のパケは空気を含んでいるので流れづらい。  トイレットペーパーと共に流すとその重みでようやく流れてくれるといった感じだ。 「ふぅ……公衆便所はいつも臭くて不愉快だ……」  沼田達から奪った麻薬は、すぐ近くの便所に廃棄する。  当たり前だ。  こんなもん持って職質でもされたらたまったものではない。  手に入れ次第、速攻で捨てる様にしている。  俺は奴らをいたぶるためにカツアゲしているだけ……自分で使用するためではない。  当然、自ら使いたいなどと毛頭思わない。  だいたい、こんな脳に欠陥があるとしか思えない間宮卓司の身体で麻薬など使ったら何が起きるかわからない。  昔は捨てるタイミングを逸して自宅のゴミ箱まで持って行ってしまう事もあったが、最近はかなり前段階で処分している。  とりあえず、俺はあいつらをネチネチといじめる様にしている。  俺が消えるまでのせめてもの復讐だ。 「……ん?」  気のせい……か?  ……。  まぁいい……。  とりあえずここから動くか……。  ……。  やはりな……。  素人ではなさそうだ……。  ちょっとした違和感……それが杉ノ宮の駅に入る辺りで確信に変わっていった。 「……杉ノ宮の駅前に人が多くて油断したか」  これも城山どもに何度か襲われた経験故だろうか……。  見つめられる事に対する感知能力……これも慣れと言うのだろうか。  俺は早足で横道に入る。まるで逃げる様に……、  そしてすぐにその場で立ち止まる。  すると……。 「あっ……」  不自然なほど早足で男が横道に入ってくる。  大通りから少しだけそれた道、人通りはまったくない。  路地に初対面の男が二人、完全に見つめ合う状況になった。  一瞬だけハッとした顔した追尾者だが、すぐに目線をそらす。  警察ではないみたいだな……。  まぁ警察なら、尾行なんて回りくどい事しないだろう……。  公園のトイレに入る前か、出てきた直後に職質するだろう……。 「……」  追尾者はあまりにも陳腐なほどの平静の装い方でその場から立ち去ろうとする。  だが……。 「おい……逃げられると思ったのか?」 「え? あの何の事かな?」 「ふぅ……」 「ひっ、ひぃ、な、ナイフ?」 「ご名答……」 「あ……」  男の鞄の底を切り裂く、そこからカメラが地面に落ちる。 「なんだ……このごっついカメラは? こんな街中でバードウォッチングも無いだろう……」 「あ、いや……ボクはアイドルファンでして……そのアイドルのライブの帰りでして……」 「んじゃ、その胡散臭いサングラスでやるのは盗撮か?」 「うっ……」  長髪で分かりづらいが、男のサングラスの横のフレームが不自然にふくれている。  ビデオカメラ内蔵のサングラス……興信所やら探偵やらが使ってるヤツだ……。 「なんだお前……探偵? 誰に雇われたんだ?」 「はははは……えっと」 「っえ?」 「ぐわっ」 「逃げられるとでも思ったのか?」  俺は腕をとり押さえそのまま地面に押しつける。  数㎝分だけ体重をのせて曲げればこいつの腕は完全に破壊される。 「い、痛い痛い痛いっっ」 「なんだお前……何で俺をつけ回してるんだよ」 「ご、ごめんっっ、カメラマンなんだよ……主に風景をねってぇえええ痛い痛い痛い痛いっ」 「風景なんて撮ってないだろ……俺の姿を追ってただろ……」 「あ、あははははは……」  男の持ち物を他に調べる。 「……」  ノートが出てくる。  最初この男を、興信所か何かの者かと思ったが……そのノートを見て違うと確信した。 「〈聞屋〉《ぶんや》ってヤツか? 新聞? いや雑誌だな社員証に書いてある……名前は木村信勝さんねぇ……」 「あ、あはははは……」 「んで? 何探ってたんだ木村さん?」 「あ、いや……最近の若者の風俗を……」 「麻薬汚染取材……ってところか?」 「うっ……えっと……」 「図星か……」 「あ、あははははは……あのー」 「カメラは没収な」 「そ、そんなぁ……せ、せめてデータ消去って事にしません?」 「データなんて復元出来るだろう」 「わ、分かりましたっっ。せめてメモリーカードでっ」 「ふん……まぁ、いいや……」  俺は、その男の締めを解く……。 「ふぅ……君の周辺をあさってて、強そうなのは知ってたけど……すんげぇなぁ……武道経験者なんだろうねぇ」 「ほう……なんだ……データ失って……次はインタビューか?」 「はははは、そう言うなよ。君は取材しててすんごく個人的に気になっててね」 「ほう……それで機嫌取ってるつもりなのか? 逆に不機嫌になると思わないのか?」 「ち、ちょっと待ってよ。ごめんごめん」 「いやさ……本当だって、君の行動はいちいち不思議だ……」 「死にたい?」 「ま、待って! んじゃこれだけ言わせてよ」 「何だ……」 「なんでカツアゲした麻薬……捨ててるの?」 「っ!」 「て、てめぇ、何でそんな事っっ」 「あ、いや、ちょ、怒らないでよ……でも、君に不利な事ではないでしょ?」 「はぁ?」 「君って一度も使った事ないよね」 「破られて空になったパケなんて一つも無かった。全部麻薬は袋に入ったまま、そのまま厳重にくるんで捨ててた……」 「……てめぇ、いつから俺をつけてる?」 「あ、いや……たまたま」 「たまたま、人の家のゴミをあさったりしたのか?」 「あとトイレって流したつもりでも最後まで流れきってなかったりするんだよ。特に空気が入ってるパケって沈まないから実は流れづらいんだよ」 「トイレまで?」 「ああ、麻薬を手に入れてすぐトイレに入る……最初は使用するためだとばかり思っていたが、一度だけ流れきらずにいたのを発見してね」 「それ以来、トイレ詰まり用のポンプで必ず何を流したか調べた」 「結構な回数で回収出来たよ」 「ふぅ、そうかい……」 「ああ、だから気になった。なぜ入手困難で高価な麻薬なのに、そんな事をするのか……」 「なるほどね……分かった」 「分かってくれたかい?」 「ああ、どうやら貴様は知りすぎてしまったみたいだな……」 「あ、あれ? ちょ? 待ってよ……もしかしてダメだったかな?」 「ああ、ダメだ……ダメすぎだな……」 「あ、あの顔恐いけど……ボクを殺す気とかじゃないよね……?」 「いや、殺すよ……」 「ひっ」 「あああ!! ボクの一眼レフっっ」 「それと……そのダサイ……」 「あ……」 「ボクのビデオカメラ付きのサングラスっっ」 「あぅ……」 「二度とつきまとうな……」 「う、うう……君は容赦ないなぁ……」 「ああ、それと次に会ったら、殺すから」 「そうか……分かったよ」  木村の腕時計部分がフラッシュライトの様に強く光る。 「っ」  目に緑色の様な焼き付きが残る……。 「ち……まだカメラ持ってたのか……」  なかなか抜けた顔して……伊達にああいう仕事してるってわけじゃなさそうだな……。 「木村信勝か……今後気をつけた方がいいな……あれは危険だ……」  由岐とかに会うことがあったら伝えておいた方がいいかもな……。 「あと間宮……いや、それは放っておこう……」  一番危ないところではあるが……俺がいちいちあいつに忠告するとかあり得ない。 「どちらにしても……あいつらからカツアゲするのは今後、金だけにした方がいいかもな……」  薬物の方が、手に入れるリスクの分、カツアゲされた時の精神的なダメージが大きいのだが……まぁ仕方がない。 「俺個人は捕まろうが死のうが関係ないが……由岐まで一蓮托生だからな……」  由岐まで捕まったら、羽咲が悲しむ。 それだけは避けなければならない……。 「ぷはぁ……」  俺は自分を落ち着かせるために冷蔵庫に入っている麦茶を一杯飲む。  冷たいお茶は喉を刺激してそのまま頭痛になる。  だがその頭痛ですら今は心地よい……。 「ふぅ……少しは興奮したこの気持ちも抑えられたか……」 「ひさしぶりだからな……」  俺はまずカップラーメンの口を開け、具と粉スープを入れる。  いろいろと下らない事があったので帰宅まで思いの外時間をくった。  日が傾きはじめている……夕飯までは時間があったが、何となくラーメンでも作ってみた。  味は塩。  まぁ味なんてどうでもいい事だ……。 「あ、沸騰した……」  俺はキッチンに戻りやかんを手にし、カップラーメンにお湯を注ぐ。  時計を見る。  時刻は5時すぎ……。  羽咲は当分帰ってこない……。  今日は白州で夜遅くまでバイトらしい。だいたい羽咲の白州でのバイトは10時頃に終わる。  羽咲が帰る時間も含めれば、ゆうに5時間はある。 「……ふっ」  小さな笑いがこぼれた……。  当分この家には誰も帰ってこない……。  この家は俺一人……。 「……ひさしぶりだな」  ひさしぶりに出来るのか……。  羽咲が帰ってくるまで……。 「出来る……」  俺は買ってきたロムを入れる。  心拍数があがってく……る。 「……ふっ……俺らしくもないな」 「……」  ゲームが起動する。 ゲームが出来る。 一人で心おきなくゲームが出来るのだ。 「ふっ……ふふふっっ」 「ひさしぶりだ……この音が聴けるのは……」  俺は由岐みたいに、帰ってきて早々読書などする様なインテリ野郎ではない。  暇つぶしで仕方なしに本を読むだけだ。  本の数倍もゲーム! むしろ学校でも携帯ゲームを持ち歩きたいぐらいだ。  というか何度か携帯ゲームを持って行った。  だけどいざゲームをやろうとすると、必ず――  充電が切れている。 「たぶん……いや、間違いなく、間宮がゲームを見つけてやり尽くすのであろう……」 「何十回も繰り返したが……一度たりとも俺はプレイ出来た事はない……くそぉぉ」  あの野郎は……人が充電してゲームを持って行くたびに、やり尽くしてやり尽くしてやり尽くして、必ず〈空〉《から》にしておく……。  あれに関しては……あのバカは分かっててやってるんじゃないかと思えるほどだ。  いつも、充電が終わり、わくわくして鞄にゲームを詰め込んだ瞬間に意識が無くなり……。 「気が付くと充電は〈空〉《から》!」 「あれだけでも俺の殺意を充分満タンにさせる……あの絶望感を味わえば……」  やはり俺は間宮卓司を根本的に憎む様に定められているのだろう……。  ついでに、間宮卓司は大量のゲームを所有している様だが、当然の様に大半の趣味が合わない。  だいたいがギャルゲーと呼ばれるもので、俺の興味の対象外だ。  まぁ一部はもちろん俺とかぶる部分はある。  だがあいつの所有しているゲームをやる気にはなれない。  なるわけがない……。  ヤツはだいたいゲームは買わずにネットから落としてくる。  そういうのは好きになれない……というよりむしろムカツク、殺したくなる……。  まぁ、俺みたいな人間がそんなモラルめいたものを言うのも〈甚〉《はなは》だ見当違いだが……。  生理的に嫌いなだけだ……。 「それにしても、俺はあいつの行動のすべてがムカツク仕様になっているらしいな……いちいち腹立たしい」  由岐は間宮の事、嫌いではないみたいだが……俺には理解出来ない。  あんなヤツ、本当に死ねば〈良〉《い》い。  あれだけ俺から忌み嫌われる存在もめずらしい。  まったく擁護する部分などあるわけがない……。  そんなこんなで俺は学校では出来ない。  それと同じ様に家ではゲームが出来ない……。  特にテレビを使うコンシューマーゲームは出来ないのだ……。 「……今日は羽咲が〈白州峡〉《はくしゅうきょう》のバイトで遅い……シフトが夜までなはずだ……」  だから……今日は心おきなくゲームが出来る……。  羽咲は俺がリビングで何かをしているとすぐに興味を示す……。  必要以上に関わってくる……。  だからあいつがいると俺はゲームが出来ないのだ。 「まぁいい……堪能させてもらおうか……ひさしぶりに」 「ただいまぁ……」 「……」 「なぜ?」 「あ、とも兄さん、部屋に居たんだ。いくら呼んでも返事ないからいないと思ったよ」 「……」  なぜだ……。  なぜ羽咲がこんなに早く帰ってくるんだ……。  今日は遅いのではなかったのか……。  それはそれとしても……俺がゲームを起動した瞬間に帰ってくるとは……。 「ゲーム?」 「あ、ああ……」 「めずらしいね……」 「羽咲……白州のバイト遅いんじゃなかったのか?」 「あ、ああ……なんかねぇ……なんか特殊な仕事だったんで時間はかれなかったんだってさ……思いの外早く終わっちゃった」  特殊な仕事?  まぁ、今はそんなもんどうでもいい……。 「それより何でそんなもの食べてるの……」  不機嫌そうに羽咲は俺の真後ろに座る。 「お弁当は?」 「ああ……ちゃんと食べた……それでも小腹が空いたからな……」 「急いで帰ってきてせっかく料理の材料買ってきたのに……」 「いや……それはお前が夕食まで帰れないと……」 「帰れないかもと言いました。帰れないとは言ってません……いくらなんでもこの時間にカップラーメンとか早すぎない?」 「それは小腹が空いたから……」 「ふーん……そう……」  ああ……めんどくさい……。  俺の口数はどんどん少なくなり、ほとんど羽咲の事を無視してゲームに集中する。 「それで……どんなゲームしてるの?」  いつまで居つく気なのだろうか……。  いい加減、会話もとぎれた事だし自分の部屋にでも行かないのだろうか……。  いっその事、ゲームをやめれば……。  いや、それはそれでたぶん嫌味を言われるだろう……。  くそ……わざわざ羽咲と関わらない様にするために、大好きなゲームをこいつがいる時にやらない様にしているのに……、  なぜわざわざ居座るなどという嫌がらせを……、  ……ふむ。  ……。  どうしたものだろうか……。  ……。  口で出て行けと言えば羽咲は間違いなく反発する。  俺の頭ごなしの命令など羽咲は絶対に聞かない。むしろ逆効果になる……。  だったらこんな時、由岐ならどうするだろうか……。  ……うーん。  由岐なら羽咲と仲良くゲームでもなんでもするなぁ……。  他……。  次に、俺の一番嫌いな人間の事が思い浮かぶ。  間宮卓司……。  あいつは、自分で意図しなくとも他人が嫌悪する様な行動をする……。  羽咲が嫌がる様な行動をすれば、あるいは部屋から出て行くかもしれない……。  だとしたらここは……間宮卓司の行動を見習え……という事になるのか……、  あれだ……強風を吹いた風は人のコートを脱がすのに失敗したが、暖めただけの太陽は簡単に成功させた。  つまり出て行かせたいのなら、そう思わせる様に仕向ければいい……。  つまり……羽咲がどん引きする事を言えば〈良〉《い》い……。  〈良〉《い》いんだ……。  ……。  羽咲が嫌がるような事ってなんだろうか……。  まぁ、女だったら大半セクハラ発言は嫌だろう。  ゲームを絡ませてのセクハラ発言か……。  だとしたら答えは一つか……。 「とも兄さん……無視ですか? 何のゲームやってるんですか?」 「ああ、エロゲだ……」 「ふーん、エロゲ……っっって!」 「何を驚いてる? これがエロゲだ」 「あ、いや、そのエ、エロゲって?? その……」 「そうだよ。お前が想像した通りのものだ」 「え、えっと……そのとも兄さんがやってる……そのエロゲってどんな内容なのかな?」 「ああ……忍者になって妹を一日中監視するという妄想に取り付かれた患者と同じ病室になった精神疾患の女スパイがそいつに犯された合間に見た夢……さてそれはどんな夢でしょう? というゲームだ……」  適当にその場で取り繕ったからデタラメになった……。  まぁ内容なんてどうでもいいだろう。 「そ、そうなんだ……へぇー……ストーリーとか複雑で良く分からないけど……面白そうなんだね……」 「い、今はどんなシーンなのかな?」  すぐさま、居なくなると思ったが……なぜか羽咲はそのまま居座る。  どういう事だ……今時、羽咲程度の年代でもこの程度のセクハラ発言では驚かないというのだろうか……。  羽咲はこの手の会話が苦手だと思っていたが……ウザイな……。  とりあえず適当な説明を続ける……。 「女スパイが飼っている鳥レッドバロンがレシプロ戦闘機で敵の基地に爆弾を落とすというシーンだ」 「そ、そうなんだ……こ、これがエロゲってやつなんだ……」  もう、ほとんど羽咲を無視して俺はひたすらショットを撃ち続ける。  このゲームは普通、右から左へスクロールする事の多い横スクロール型ショットゲームにおいて、まったく逆の左から右へスクロールするというシューティングゲームだ。  ちなみにエロゲでは無い。  当たり前だが……。 「な、なんか絵とか可愛いのにね……」  鳥が飛行機に乗るようなゲームだからな……絵は可愛らしいだろう……。  羽咲を追っ払うためにエロゲと言ったのだが……なんでこいつそのままここにいるんだ……。 「と、とも兄さんってさ……てさ……そ、そういうのやる人だったんだね……」 「ああ……そうだ……」 「あ、あの……忍者になって妹を一日中監視するって……シーンは終わったのかな?」 「はぁ?」 「あ、いや……あの……今の画面からじゃ、想像も出来ないから……少し聞いてみただけ……」  まぁ想像も出来ないだろうなぁ……このシューティングゲームからエロゲなんて……だって嘘だし。 「想像出来ないか……」  俺もあまり想像出来ない……。  エロゲか……えっと……。  やったことがないから良く分からん……。  とっさに嫌がらせで妹とか言ったが……妹?  なんで妹が出てくるんだ? 妹なんかに欲情する様な変態が世の中にいるわけないだろう……だって妹だぞ。  いや……でもたしか間宮卓司の所有物の中に“妹”と言う文字が入ったゲームがいくつもあった……。  妹監禁ゲーム……通称『イモかん』とか……『妹ノ空』とか……なんかいろいろあったな……。  という事はそれを買う人間……需要があるという事か?  つまり……妹に欲情する様な変態が世の中にはいる……。 「なんて絶望的な世界なんだ……」 「え? ど、どうしたの?」 「あ、いや……何でもない……」  どうでもいいが〈何故〉《なぜ》こいつはまだここに〈留〉《とど》まっている……。 「とも兄さんはそういうの良くやるの?」  やっているわけねーだろっっ。  と叫びたいが……。 「ああ、お前に隠れて毎日やってる……さ」  ……。  なんか……屈辱的……、  まぁ気にするな……これも羽咲との距離を取るためだ……。  こいつは俺とはある程度距離が必要だ。  俺は消えるべき存在。  こいつにとっての俺の存在が大きくなれば、それを失った時のダメージは大きくなる。  嫌われるのはお手の物だ……俺はあらゆる人間から忌み嫌われている。  羽咲にだってそれは可能だ。  由岐の切り離しが早まっているのなら、俺が消えるのだってそんな遠い話ではない。  羽咲は俺を忘れ……俺のいない世界で生きていかなければならない。  そんな彼女に、良い思い出など不要だ。  彼女が悲しまないためにも、悠木皆守はなるべく最悪な人間であるべきなのだ……。 「ま、毎日?!」 「ああ、毎日毎日やってるさ……いわゆる鬼畜ゲーってヤツだ……」 「鬼畜?」  完全なる疑問形。  まぁ、鬼畜とか言っても羽咲には分からんだろう……家畜の類だと思ってるのだろうなぁ……。 「妹を調教するゲームだよ……」 「調教?」  これも疑問形。  そうだな……調教って普通のごく一般社会に生きてる人間にとっては、動物とかに使う言葉だよな……。 「妹に芸とか仕込むって意味?」  まぁある意味では……芸かもな……。  いや、そんな事じゃない……そんな事では……。 「いや……違う……何度も言う……これはエロゲだ!」 「エロゲ……」 「って……ゲって何?」 「ゲームの略だよ……」 「あ、そうか……そういう事だよね…」  んじゃ、今までお前はエロゲのゲは何のゲだと思ってたんだよ……。 「あ、いや……言われてみればそうなんだけど…… その妹さんってどんな事されるの?」  羽咲はあからさまに動揺している。  これはチャンスだろう……このままこいつがドン引きする事を言い続ければ……。 「……」  ぬう……。  と思ってみても……いざとなると敷居が高い。  だいたい、細かい事は良く俺も知らない……一番分かりやすく言えばエロなんだから、セックスだろうけど……それが調教と言えるのかも良く分からん。 「あの……とも兄さん?」 「エロなんだからエロだ……」 「それって……Hな事とか……するゲームなの?」 「そうだ変態な事をする!」 「へ、変態?」 「そうだ、変態だ。だいたいHは変態の頭文字じゃないか……」 「そ、そうなの?」  ナイスフォローだ羽咲……って羽咲がフォローしてどうするんだ? 「……」  羽咲は真っ赤になってうつむいている。  うつむくのはいいが……早くいなくならないのだろうか……だんだんこの空気に耐えられなくなってきた。 「そろそろエロシーンだ……」 「えっ?」 「そろそろエロシーンなので席を外せ……」 「あ、あの、そ、それって……」 「皆まで言うな……」 「って言うかっ、そんなの自分の部屋でやってください!」 「俺の部屋にゲーム機はないだろうが……」 「そ、そうだけど……」 「てな事で出て行け……」 「あ、あ、あの……」 「なんだ?」 「え? あの……そのこれからHなシーンなんだよね……」 「ああ、そうだ」 「出来たら……そのシーン見たいかなぁ……」 「……」 「はぁ!?」 「あ、いや……その、そういうゲームって見たことないし……とも兄さんが好きだったら、私も見てみたい……」 「あ、そのね。変な意味じゃないんだよ。と、とも兄さんって自分の事全然話さないから、どんな趣味があるんだろうっていつも思ってて……」 「少しは、私だってとも兄さんの事理解したいって思っててね……それで、こんな風に一生懸命何かをやるとも兄さん見たのはじめてだから……」  なんだ……これ?  なんか当初思い描いていたものと違う事になってる……。  計画では羽咲が“きゃー皆守さんのヘンタイ! 嫌い!”とか、白い目で“それじゃ、私はこれで……”とかを期待していたのだが……。  なんでこいつ……こんななってるんだ……。 「あ、あのとも兄さん……な、なんで黙ってるのかな……そ、その……」  ふぅ……。  俺は振り返り羽咲を見つめる。 「わっ」  なんでこいつ顔真っ赤なんだ……なんか目潤んでるし……。  そんな嫌なら、出て行けばいいものを……。 「あのな……羽咲」 「は、は、はいっ」 「何を勘違いしている?」 「へ? な、何が? 私間違ってた?」  間違っているも何もないだろう……こいつ何を想像しているんだ?  だんだんすべてがめんどくさくなってきた……。 「ただエロシーンだから席を外せと言ってるんじゃない。事を起こすから外せと言っているんだ」 「事?」 「……ぬぅ」  くそ……どこまで鈍感なんだこいつは……。 「で、でも大丈夫だよ。何があっても……うん」  何がだ?  何こいつ……真っ赤になりながら余裕を見せようとしているんだか……。 「あのな羽咲……」 「だ、だいたいリビングなんだから私がここにいるのは私の勝手だもん」 「ガキにそんなシーン見せられるか……」 「わ、私はガキじゃない! もう大人だもんっ」 「何を基準にそんな事を言ってるんだか……」 「基準とか関係ないっ。とも兄さんはいつまでも私を子供扱いするから嫌」 「嫌なら、いなくなればいいだろ……ここにいる事はない」 「別にそれは私の勝手……そんな事指図されたくない。と、とりあえず……そのまま続けてればいいじゃない……別に私は気にしないから……」  ふぅ……。  なんだかこいつ意地になり始めてるな……もうこのネタで引っ張るのも無理みたいだな……。  どうあってもここに居座る気か……。 「で、でも……Hなゲームってテレビゲームでもあるんだね……」 「無い」 「へ?」 「これはテレビだ……そして……これはコンシューマーゲーム機だ……エロゲがあるのはPCゲームだ」 「エロゲなんて販売されているわけがなかろう……」 「なっ?」 「お前がウザイから、ただセクハラ発言をしただけだ……」 「……」 「……またそんな事言う……」 「分かったっ。とも兄さんはそんなに私といるのが嫌なんだね」 「わりかし」 「……」 「とも兄さんのばかぁああああ!」  羽咲は出来る限り高く手を振りかざす。  そしてそれを一気に振り下ろし……。 「ああああああああああああっっ」 「てめぇ! 何リセットボタンをっっ」 「バカっっ」 「うわぁああ、シューティングはセーブとかねぇんだぞぉおおお……」  “殴られる”とかそういう程度のものを期待していたのに……よりによってリセットボタンとか……。  なんて鬱なんだ……。  聞き慣れた音楽……でも少しだけ俺のそれとは癖が違う。  同じ曲でも弾く者によってこれほど違う……いや、他の連中には同じに聞こえるかもしれないけど……。  由岐……。  いつもの場所……いつものピアノ……でも弾いてるのは由岐……。  気が付くと俺は由岐の真横に立っていた。  目をつぶりながら弾く由岐……でも俺の存在にすぐに気が付いたのか口元で少しだけ笑う。  それにしても……今日はバイトは無かったと思ったが……。なんで由岐はここでピアノを弾いてるんだ……。  店内を見渡す。  いつも通りのホモどもの群れ……。  毎度思うんだが……ここって別にホモBarではないんだよな……。  一応は只のBarのはずだが……マスターの人徳というヤツか……。  ……あれ?  ……。  あれは……高島ざくろ……。  なんであいつがここに? 「デートして来たんだよ。彼女とさ」  目をつぶったまま由岐が俺にだけ話しかけてくる。  もちろん口元は動いていない。 「デートって何だ?」 「うん、なんかたまたま電車で会ってね」 「電車で会ってねぇ……」 「何を考えてるんだ……一応はお前ら同性だろうが……」 「見た目は男なんでしょ? 私ってば」 「だとしてもだなぁ……」 「なんか不機嫌じゃん。何? 嫉妬」 「何でお前に嫉妬しなきゃならないんだ……」  笑顔でピアノを弾く由岐。  さっきより音が踊っている。  端からみれば黙って弾いているのだろうけど……演奏中に口数が多いヤツだ……。 「ひさしぶりだなぁ……白州のピアノ弾くの……」 「由岐が調律頼んでたんだろ? どうだ調子は?」 「ああ、すんげぇ〈良〉《い》い感じだよ。でもさぁ私がそれマスターに言ったのって一ヶ月前だよ」 「終わったの四日ぐらい前だ……」 「あ、なんかそれ微妙、でもマスターが一ヶ月もほったらかしにしたからこんな音良いんだ」 「そうだな……そのおかげでタイミングがあった感じか……」 「……それも微妙な話だなぁ」  演奏が終わる。  高島ざくろは相当、由岐の演奏に感動したらしい……そのほめ方など……分かりやすく俺が苦手なタイプだ……。  俺とじゃうまくいかない……まぁ、もし俺の人格の時だったら、この女はたぶん近寄りもしないだろうな。  由岐と高島のやりとりを見ながら俺はそんな事を思った。  由岐は高島とうまくやっている。というよりも誰とでもうまくやっていける。  俺や間宮卓司と違う。  俺にも、あれぐらいコミュニケーション能力があれば――  なんて事はまったく思わない。  そう言った意味では由岐は偉いと思う。  コミュニケーション能力なんて……単にめんどくさい……。  俺は、なるべく人と接したくない。喋りたくない。近づきたくない。  特に女はめんどくさい。泣くとか行動の中に選択肢として普通にある生き物となんざ、めんどくさすぎる。  どう接して良いのか分からない。  そう言った意味では、男はぶん殴っても問題ないからわりかしどうでも良い。  特に女はめんどくさい……。  わりかし……というよりは一人でいるのが性に合っている。 「私も人間嫌いだねぇ」 「……へ?」  今のは由岐にすら聞こえない心の声だった。  まさに心の声……にもかかわらず―― 「……なぜ分かった? 俺が考えてる事が……」 「何となくだったんだけどね……当たったんだ」 「ああ……会話として成り立ってた……」 「そうか……なんか、あんたの心の声まで最近は聞こえる様な気がしてたんだけど……」 「とは言っても……今の私たちの会話だって他の連中からしたら心の中の声なんだけどね……」 「ああ、他の連中には聞こえない……とは言っても俺たちは俺たちだけの会話が出来る」 「脳って不思議だねぇ」 「不思議って言うよりは不具合だろ……いつも言ってるが……」 「そんな事よりさぁ、皆守は人嫌いとか言うけど、私だって人は嫌いだよ」 「まったく説得力を感じないが……」 「なんでだよ。私だって一人でいるの大好きだよ。一人上手なんだな」 「一人上手って何だよ……」 「なぁに……なんかエッチな事でも想像した?」 「しないから安心しろ……」 「なんだよ……少しは妄想しても〈良〉《よ》いぞぉ」 「なんでお前で妄想しなきゃいけないんだよ……アホらしい……」 「なら皆守は何で妄想すんのさ?」 「しねぇよ……うるせぇな……」 「想像派ではなく実写派か……そのわりにエロ本とかあんまり無いねぇ…… あ! 分かった! 2D専門か!」 「でもエロ漫画とかもないな……2Dデータ派か……」 「めんどくさいからツッコミすら入れないとデタラメし続けるなぁお前……」 「でもするんでしょ?」 「しねぇよ」 「嘘だぁー。健全な男子がまったく抜かなかったら、汗から精子が垂れてくるだろぅ」 「垂れねぇよ……だいたいどんなだよ、お前の考える健全な男子って生き物は……」 「優しさと半分の精子で出来てる」 「お前……全国の健全な男子をバカにしてるだろ……」 「いや、半分優しさなら褒めてるだろ」 「残り全部精子だろう」 「事実だろ?」 「事実じゃねぇし事実だったら恐ろしいわ!」 「だ、だから男子は恐ろしいんだよっ」 「そんな理不尽な理由で怖がるな!」 「ふぅ……んで? もしそれが事実だったら、お前からも垂れてるだろ……そのいかがわしい液体が……身体は共有なんだからな……」 「嘘マジヤバイ! 皆守の子供妊娠しちゃうっっ」 「いや待て……いろいろ間違っている」 「でも、皆守の精子が汗に混じってるでしょ?」 「殺すぞ」 「お、なんだ、ひさしぶりにやるのかー、三秒反則しないルールな!」 「って、お前なぁ。何でノリノリで構えるんだよ……それより、俺の汗に精子は混ざってねぇよ!」 「いやいや……」 「いやいや……じゃねぇよ……何苦笑しながら否定してるんだ……」 「でも全然抜いてないでしょ? なら皆守の汗なんか精子混ざりつーより精液そのものだろ」 「お前なぁ……お前、あのなぁ……分かった、もうそれは〈良〉《い》い、その会話はそれで良い」 「んなら、皆守の汗は精液な!」 「んなわけねぇだろ!」 「認めただろ!」 「違うわ! 認めたんじゃなくてだな、会話が進まないんだよ! だいたい汗にそんなもんが混じったとしても何でお前が妊娠するんだよ!」 「そんなのー女子に言わせるなよー」 「お前沸いてるだろ……頭」 「なんでだよーあんた少し女の子に対してデリカシー無いぞ。頭沸いてるとか女に言うなよ」 「いろいろとツッコミどころしか無いんだが……精子精子言ってるお前のどこにデリカシーとか言う言葉が当てはまるんだ!」 「えー、なんか雰囲気つーか、私って清楚じゃない? 可愛いしさぁ」 「全然」 「いや、そんな事ないし、皆守バカじゃねぇの?」 「平然と人の意見を否定したあげくバカとか言うな……」 「んで? 真面目な話さぁ。皆守ってそういうの興味ないの?」 「いや、この会話自体が真面目な話でも何でもないからな……単なる〈猥談〉《わいだん》だ」 「でもさぁ、若い男の子だったらムラムラとかするだろ?」 「しない……」 「その歳で〈ED〉《インポテンツ》か!」 「違う!」 「なら何よ」 「ふぅ……あれだ……たぶん間宮卓司がそういう事大好きなんだろう……」 「間宮卓司が……好き?」 「そうだよ……あの一人でやるやつ……」 「あ、ああ、そうか……間宮卓司か……」 「日に何度もしてるんじゃねーのか……おかげでまったく性欲なんかわかない……」 「そうか……なら私が妊娠する心配はないのか、安心したよっ」 「それは最初っから無いだろ……」 「無いのかよ!?」 「なんで〈感嘆符〉《かんたんふ》〈疑問符〉《ぎもんふ》なんだよ……」 「だいたい……お前は俺たちと身体を共有してる事から理解しような……」 「身体の共有なんて……エロイ言い方だね。わくわくするかも」 「しねぇだろ……」 「ふーん、でも何か理解できたわ。皆守に性欲が薄いのは……」 「ああ、そういう事だ」 「だからこんな可愛いお姉さんがいても欲情しなかったんだぁ……」 「はぁ?」 「羽咲ちゃんといい私といい……もう普通ならレ○ププレイされてる可能性すらあるもんね」 「意味分からん……」 「あ、あの……」 「え?」 「やべぇ……高島さんの事忘れてた……」 「高島と会ってるんだろう……」 「す、すみません……私といるとつまらないですよね……」 「あ、そ、そんな事無くて……ご、ごめん、なんつーか自分会議してて……」 「自分会議?」 「良くやらない? 自分の中でいろいろな自分が会議するのよ……今日の晩ご飯はどうするかとかさ」 「あ、分かります。それ、私も良くありますよ」 「あははは、良くあるよね自分会議ってさ」 「はい、この前も一人で下校してる途中、頭の中で――」 「高島車長! 昼より行動を継続し続けているためにそろそろ給油が必要であります! よしあの2時の方向にマクードを発見した! 高島操縦手200m先右折!」 「店内進入しました! よし!高島装填手! 小銭装填用意! 狙いを定めて……高島砲手! 今だ! 100円ファイアー! どーんっっ」 「シェイクをゲットいたしました!  みたいな感じですよね、あはははははっ」 「あははははは……そ、そういう事かなぁ?」  ……。  なんだそりゃ……そんな事より自分会議とか俺はそんな扱いか?  ったく……。 「それで……何を自分会議にかけていたのですか?」 「えっと……」 「男子の半分が精子とやさしさで出来ている……だろ」 「そんな事言えるか!」 「でも事実じゃねーか……」 「……」 「えっと……男の子の心の中ってさ……二つの〈相反〉《あいはん》する心が同居するんだなぁ……って考えてたんだ」 「……二つの〈相反〉《あいはん》する心……ですか?」 「そうだね……男の子は二つの相反するものを持つ……」 「それはどんなものなんでしょうか?」 「まず一つは……欲望」 「欲望……ですか?」 「うん……いろいろな欲望……何かを自分のものにしたいとか……たとえば好きな女の子とか……」 「え……あの……」 「男の子の半分はいつでもそんな欲望が渦巻いてる……」 「あ、あの……そ、そうなんですか……、なら後の半分は何で出来てるのですか?」 「あと半分はねぇ……それは優しさ」 「優しさ?」 「そう……自分の欲望で、相手を傷つけたりしない様に……いつでも気遣っている……そういう優しさで男の子は出来てるんだよ……」 「どうだ!」 「何がだよ……」 「今のうまくね? 嘘は付いてないよね! 私ってばすんげぇとんちづいてる!」 「とんちづくって……まぁどうでも〈良〉《い》いが…見ろよ……」 「真っ赤だぞ……」 「あら本当だ」 「今の言葉で真っ赤になったんだよ……この女」 「マジやべ! 実はセクハラ発言だってすでに感づいてる!? どうしよう皆守ぇ。私のとんちが破れた!」 「いや……それは無い……」 「無いのなら何故?」 「ふぅ……この女も、今の言葉の真の意味が“男子は精子と優しさで出来てる”とは思ってないんだろうな……」 「あら? でも意味は同じだよ」 「ならセクハラ発言でOKじゃないか……」 「あ……たしかにそうなるのか……」 「あちゃ、一本とられた。こりゃとんち番長の座はいよいよ皆守に譲らないといけないのか……」 「いらねぇよ! だいたいお前はいつからとんち番長とかだったんだよ」 「お前が生まれる遙か以前から現役だったわいっ」 「……お前……やっぱり沸いてるだろ……」  この後もこんな調子で、由岐は俺との会話と高島との会話を両立させていた。  本当に器用なヤツなんだな……由岐は……。 「さてと……今日はもう〈店仕舞〉《みせじま》いかしらねぇ」 「ふぅ……なんで最後まで働かされてるんだか……」 「そうだ、そうだ」 「な、なんか二人同時に存在ってめずらしいわねぇ。まぁいいわ、羽咲ちゃん」 「あれ? 羽咲ちゃんいたんだ?」 「……たしか今日もバイトだとは記憶しているが……なぜ姿をあらわさなかった」 「悪いのかなぁ……と思って」 「ち、違うんだよ! あの娘は私と一緒にいただけであって皆守は」 「なんでお前がいきなり俺のフォローしてるんだよ……」 「あ、違うんです……由岐さんだった事は分かってました。別にそういう事じゃなくて……」 「そうなの、ならなんで?」 「……何か…とも兄さんは私が嫌いみたいなんで……少しでも近くにいる時間を少なくしたいみたいだから……」 「なぬぅ?」 「また意地悪してたの……」 「あ、いや……」 「妹が家にいるのが嫌なんで、リビングでエロゲをやるんです……」 「ちょ、何それ?」 「なんだよそれ! お前さっきオナヌ−はしないって言ってただろ!」 「へっ?!」 「お、お前、何こんな場所でっ」 「あ、あのオナヌーって……」 「あ、なんだろ……シロクマだよ……うん、なんか映画になったやつ……お、ナヌーみたいなぁ?」 「無理あるでしょ……それで? なんでその若さで皆ちゃんは自慰行為しないとか言ってるの?」 「じ、じぃ?!」 「ま、待て! 本当に待て! おまえらなぁ! 羽咲がいるんだぞ」 「あ、だ、大丈夫、大丈夫……あの、由岐ささん、そそうなんですか?」  充分動揺してるだろ……羽咲。 「うん、だからさぁ。私とか羽咲ちゃんとか私とか可愛い娘が周りにいても、俺レベルからすっと1㎜も欲情なんかしないって〈嘯〉《うそぶ》いてたよ」 「なんでそんな事で〈嘯〉《うそぶ》くんだよっ」 「へぇ……1㎜も欲情しない…わけ」 「なんでそこでお前は少し不機嫌になる!」 「とも兄さん……自意識過剰……私がいつ不機嫌になってるのかなぁ……」  青筋立ててるだろ……普通に……。 「ど、どっちにしろ間違いが無いんだから良いだろ」 「そうね。素晴らしいですね。まぁ私なんかじゃ間違いが起きなくて当然なんだろうけど……」 「だからなんで怒ってるんだよ!」 「だから自意識過剰! なんで私がここで怒る必要がある?」 「うう……でもお姉さんにも何も感じないんだって……姉キャラも妹キャラもダメとか」 「なら私も?」 「あんた論外だろ!」 「私が論外とか論外でしょ!」 「どういう事よ! 姉萌えも妹萌えもおっさん萌えも無いとか! どんな相手もダメって言ってる様なもんじゃない!」  いや……最後のは普通ならダメだろ……。 「おっさん萌えなら私は一回は通る道よ。極めて王道的な萌え要素なのに!」 「オマエの世界の王道を一般人に押しつけるな!」 「なら、近親相姦は一般的とでも言う気なの?」 「だからそれも無いって言ってるだろ!」 「なら……とも兄さんは何萌えなの?」 「は、はぁ? 何萌え?」 「そうだなそれは知りたい」 「何萌えとか無い……というか萌えって何だよ。間宮じゃあるまいし……」 「言い方まずいなら属性よ。あんただって好きなタイプぐらいいるでしょ?」 「知るかよ。そんな事考えた事ねぇよ!」 「やっぱりえっちゃん?」 「えっちゃんって誰……」 「なんでそこで睨むっっ」 「誰よ……それ……」 「えっちゃんって本名〈越前康介〉《えちぜんこうすけ》って言うおっさんだ! 元自衛官のオカマだ!」 「あらあの〈娘〉《こ》は自衛官じゃなくて傭兵よ。傭兵とは思えない甲高い声がたまらないじゃない」 「あの〈娘〉《こ》の声で“せっかくだから俺は皆守の真っ赤な扉を選ぶぜっ”とか言われたらぁ、そりゃ私でも〈堕〉《お》ちるわよ」 「とも兄さんの真っ赤な扉って…な、何?」 「実際には赤くないかもしれないけど、扉よ扉っ、それをせっかくだから開けちゃうのっっ」 「“せっかくだから”とかどうでも〈良〉《い》い理由で人のモノを開けるなよ……」 「だからそのモノって……」 「知るか!」 「なら誰なんだよ!」 「分かった! 〈和〉《かず》ちゃんだ!」 「誰? 〈和〉《かず》ちゃんって……」 「いちいち睨むな! おっさんとかのレベルじゃなく今度はジジィだ。ジジィのオカマだ! 本名なんか〈兵藤和尊〉《ひょうどうかずたか》だぞ」 「でも〈和〉《かず》ちゃんのドSっぷりとか皆ちゃん好きそうじゃない、それに金持ちだし……なんでも…“大きな声では言えんが100億はくだらぬ預金を持っているわ”……って〈嘯〉《うそぶ》いてたわよ」 「それ〈嘯〉《うそぶ》くというか嘘だろ……そんなヤツがこんな場所に来ないし……」 「あらぁ、そんな事ないわよ。この店って結構な有名人が出入りするのよ……。この業界の有名人と言えば……たとえば阿部さん?」 「単なるガチホモだろ!」 「さっきからとも兄さん……噂の相手が男の人ばっかり……」 「だから、私にも羽咲ちゃんにも欲情しないんだ……そんなに噂の相手がいるから……お姉さんは悲しいよ、しくしく」 「そんな誰でもほいほいついて行ったらノンケでもすぐに喰われちゃうわよ」 「噂じゃねぇだろ! 捏造なだけだろ! あと何で俺がガチホモ共にほいほいついて行かなきゃなんねぇんだよ!」 「なら誰なのよ? あんたが好きな人はぁ」 「知らねぇよ!」  って……なんか話がすり替わってないか?  なんで俺が好きな人になってるんだ……この会話……。 「本命ねぇ……他にウチの客で怪しいのは……」 「だからあんたの店の客で怪しい人間なんかいないって……」 「あ、あの……やっぱり……さっきの人」 「さっきの?」 「えっと……高島ざくろか……」  そりゃ無い……。  と言いたいところだが……。  そうとでも言ってた方が羽咲を遠ざけるのに〈良〉《い》いんじゃないか……。 「へ、へぇ……そこまで私をとも兄さんは遠ざけたいんだ……」 「って! 何で俺の考えてた事が!?」 「私が教えた」 「って、てめぇ、つーか何でいきなりお前人の心読める様になってるんだよ」 「って言う事は……本当にそんな事考えたんだ……私を遠ざけるために……」 「い、いや……悪い意味では無くだな……」 「つーか俺に好きな人間などいない! 人間嫌いだ!」 「えー何それー、人間嫌いとかで逃げ切れるとでも思ってるの?」 「逃げるも何も、何で俺が誰か好きだとか前提になってるんだよ。俺は誰にも好意など持ってない」 「そうなんだぁ人間嫌いかぁ……そんなに自分が好きか?」 「何でそうなる……」 「自分 マイ ラブゥだから他人なんて愛せない。 BY 皆守」 「ふぅ……」  なんか馬鹿馬鹿しくなってきた……こいつと話していると無限ループに陥っている気になってくる……。 「だいたい……若い男なら誰でも年中発情しているという考え方が間違いだろ」 「俺の場合、この身体自体が他の人間と共有されてる……誰かがアホみたいにその発情とやらを発散してるんだろ……」 「なんだそりゃ! 私がド淫乱とでも言いたいのか!」 「違うわ! アホかお前は! 間宮だ間宮卓司だ!」 「卓司……兄さん……」 「そういう事だ……だから俺は発情なんぞしない……それは別に羽咲や由岐が悪いわけじゃない」 「そうよね。私が悪いわけじゃないのよね。驚いたわよ私みたいなイイ男に欲情しないなんて……」 「あんたは論外だ!」 「こうやって三人で帰るのってはじめてじゃない?」 「まぁ、端から見れば二人だがな……羽咲にも」 「ううん……そんな事ないよ……」 「羽咲……」 「なんか、私……本当に二人の姿が見えてくる様な気がする」 「お姉さんみたいな由岐さん……それと…どうしようもないぐらい意地悪で性格の悪いとも兄さん……」 「羽咲ちゃんっっ」 「わっ」 「って抱きつくなよ……俺まで羽咲に抱きついてるじゃないか……」 「……何それ…いちいちそういう言い方だね…とも兄さんは……」 「だからこいつさ……恥ずかしがり屋なんだよ……本当は優しくしたいんだけどさ」 「そりゃお前の妄想だ……」 「私の妄想……ねぇ」 「何だよ……」 「別に……」  別に……か。  羽咲に冷たくあたる本当の理由を由岐は良く分かっている。  そしてその事もあえて羽咲には説明していない。  由岐が完全に切り離された時……それが俺と間宮卓司という人格の消滅の瞬間である事。  羽咲は知らない。  由岐だけ残れば……問題ないと思う。  由岐は人間性に優れ、なんといっても頭が良い。  ほぼ全盛期の間宮卓司の能力をそのまま受け継いでいる。  俺みたいに歪んでない。  だけど、もし羽咲が、俺や間宮卓司の消滅を知ったら……だから由岐はギリギリなところでおちゃらけるだけで真実は口にしない。  その真実が語られる時……逆に由岐にまったくふざけたところは無くなる。  かなり強い口調で、俺達の運命を否定する。  俺の消滅は定められたものだという考えを否定する。  由岐にしてはめずらしく、論拠らしい論拠も、証拠もない……ただ感情にまかせて否定する。  そういえばついこないだも口論になったが……羽咲に聞こえない形での会話であった。  由岐も羽咲を愛している。  羽咲を守ろうとしている。  ただ、由岐は定められたそれと違った方向を模索している様だった……。  それもかなりの焦りをもって……。  たしかに、俺に対して元々口数は多い方だったが、最近のそれは多いというレベルではない。  互いにすれ違い……もう交わる事がない人格。  その運命に懸命にあらがうかの様に……何かを模索している様にもみえる。  由岐のはしゃぎが、たまに痛々しさすら感じる事がある……。  何かをごまかそうとしている……そんな感じにすら……。 「そんな感じに見えるんだ……」 「また人の心の中をのぞき見してたのか……趣味悪いぞ……」 「あはははは……ごめん」 「はしゃぎすぎて痛々しいか……あんたにそんな事思われてたなんてな」 「……ああ、でも時間が経つたびに、その時が近づくにつれて、お前は自分の無力さを感じはじめているのだろう」 「笑止……。別に気がつき始めてるわけじゃないよ……最初っから私は無力だった……」 「何も出来てないぞ! ブイ!」 「ブイじゃねぇだろ……出来てないなら……」 「そうかな? あはははは……」  由岐は笑っている。 最近良く笑う。  でもその笑顔を見るのが、俺にはつらかった。  こいつの顔……笑顔というよりは泣いてる顔の様に見える事すらあった……。 「今日は一段と長い時間、存在を維持しているな……」 「うん、最近、消えない努力とかしてるからね……」 「消えない努力?」 「そうだよ」 「そんな事出来るのか?」 「うん、努力している……。意識が途切れない様に……あと事実の一つずつを明確に記憶する様に……」 「意識が途切れない様に?」 「皆守なら分かるでしょ。寝ない様にするのに似てる感じ? 意識を保つのってさ」 「たしかに睡眠と似てると言えば似てるが……俺の場合は一瞬に消えるから、気絶に近い感じもする」 「意識は分かるにしても、なぜ記憶を?」 「あ、そうか皆守は実感ないだろうね、そっちに関しては……」 「記憶の連続性を保つ必要ないからなぁ……皆守は」 「私はね。記憶をね。本当に一つ一つ大切に忘れない様に意識してる感じ……意識下に落ちると、戻って来れない事が多いからね……」 「戻ってこれない?」 「そうそう、何度か一瞬で記憶の連続性を失った事もあるみたいだしさ……」 「あるみたいって……なぜ伝聞形なんだ?」 「悲しいかな、私自身は分からないんだよね。まぁ当たり前か、記憶の連続性を失うんだから、その時の記憶自体が欠落するって事だもんね……」 「ああいう経験すると本心から思うよ……人が人たらしめているものって何であるか……」 「人を人たらしめている?」 「うん……人が人であるために必要な事……自分が自分であるために必要な事」 「それが……記憶の連続性か……」 「そうだね……まさにそう、自分が自分たらしめているのって記憶だよ……」 「記憶が失われるって自分では無くなる事だよ……まさに……」 「やたらリアリティのある言い方だな……」 「そう、羽咲ちゃんが何度か、その瞬間に当たっちゃったんだってさ……」 「羽咲と会っている間?」 「うん、ほんの少し前まで、ちゃんと羽咲ちゃんを羽咲ちゃんとして見てたのに……次の瞬間から若槻司という架空の人間として認識してしまう……」 「その時の話は、後から聞いたんだ……羽咲ちゃんああいう性格だからなかなかその時の事説明してくれなかった……」 「そうか……それで連続性を保つ努力をはじめたわけか……」 「そうだね……」 「疲れそうだな……」 「うん、まぁ疲れるよ……でもまぁ自分が好きでやってる事だからねぇ」 「記憶が自分を自分とさせているか……」 「自分が自分である事……私は私なんだなぁって思う事って……どれだけ記憶が大事かって再認識するよ」 「記憶がそのたびに塗り替えられたら、自分が自分である保証なんて無いに等しいよ……マジで」 「……」 「関係ないだろ……」 「何が?」 「記憶……認識……それが無くなっても、それでもお前はお前だ……」 「どうかなぁ、だいたいあんた新しい私と会った事ないじゃん」 「そうだな会った事ないな……」 「そう、記憶だけじゃなくて認識すらズレてる……羽咲ちゃんを架空の若槻司と認識して、うさぎのぬいぐるみを若槻鏡と感じる……」 「その時……皆守とかの事を私はどう認識するんだろう……」 「その他大勢だろ……」 「どうかな……良く分からないけど……私が私であるなら、あんたの事をその他大勢としては見れない気もするけど……」 「……それは思い込みだ……単なる素行の悪い男子校生A、その他大勢であるのは間違いないだろ……」 「そうか……そんな私なら、もう皆守は私と話してくれないだろうね……」 「その時のお前が俺を嫌うだろうから……なるべく無視してやるよ……」 「そうか……新しい私はあんたに嫌われるわけか……」 「別に嫌うわけじゃないだろ……」 「でもそんな私を好きにはなってくれないよね……」 「そんな事は分からん……」 「……私が私じゃなくなっても、ちゃんと好きでいてくれるって事かな……今まで通りに愛してくれる……そう信じて〈良〉《い》いの?」 「……」 「っていうか! 今の今までだって俺はお前の事なんて特別な感情を抱いてないだろ!」 「あはははは……ひっかかった」 「それ以前に……たぶん話す事すら出来ないだろう……」 「お前が完全に、切り離された時は……すでに俺と間宮は消滅している。会う必要性の問題以前に、会う事なんて不可能だ」 「また、そういう事言うし……」 「私はさ……会う事出来なくても、あんたにはずっとずっと存在してもらいたい……」 「何言ってる、完全に切り離されれば、そんな思いだって無くなるだろう」 「たしかに、その時は無くなってるかもしれないけど……でも今はそう思う」 「その時の私がどうかなんて知ったこっちゃないよ……今、私はそう思ってる」 「なんだよそれ……」 「……ふぅ、まぁそう思うって事だけが言いたいんだよ……」 「そうだ! 羽咲ちゃん!」  突然由岐が声をあげる。  俺たち以外にも伝わる言葉……声帯を鳴らして伝える言葉……。 「羽咲ちゃん、たまには私と一緒に寝ない?」 「ぶっ!」 「へ?」 「私は見た目は男だけどさ、中身は女の子だから危ない事ないよ」 「俺は中身も外見も男だ!」 「……でも、とも兄さんは、私なんかに欲情しないんでしょ……なら問題ないじゃない」 「ってお前までっっ」 「別に私は〈良〉《い》いですよ…… 由岐さんとなるべく多くの時間過ごしたいし……」 「ま、待て! 俺がダメだ!」 「なんで?」 「だ、ダメだろ! お前、男と女が一つの布団に入るなんて問題がないわけないだろ!」 「なんだよぉ、やっぱり欲情しちゃうのか?」 「そ、そんなわけないだろ!」 「なら〈良〉《い》いじゃない……別に、だいたい私はとも兄さんと寝たいんじゃなくて由岐さんと寝たいんだもん」 「だから、同じ事だろ! 身体が一つなんだから!」 「だからって問題ないってあんた自身が言ってるんでしょ? 羽咲ちゃんにも私にも欲情しないってさぁ」 「り、倫理上の問題だ!」 「倫理上、兄妹で一緒の布団に寝るのが問題あるか?」 「何もないなら問題ないと思う……」 「あ、あの、あれだ! 途中で間宮卓司が出てきたら」 「そりゃ無いよ。基本的にあの人自体の世界に不整合が起こる様なものは認識しないはずだからさ、途中で間宮卓司が出てくる事はない」 「わ、分からないだろ。あいつはロリでペドで変態だから、たまらず……」 「そうしたら私がどうにかするから問題ない」 「そ、だね。だいたい間宮卓司って女の子より弱い設定でしょ? 羽咲ちゃんを襲えるほどの腕力も無いよ」 「羽咲以下とか……どんなだよ……」 「んで?」 「寝るぞ!」 「おー!」 「おー! じゃねぇだろっ」 「何でだよ……もう寝る時間だろ」 「だからなんで俺の部屋で寝るんだよ! あとなんで羽咲はパジャマなんだよ」 「寝るからだよ」 「いや、そうじゃなくて……何で俺の部屋で……」 「何言ってるのよ。それ言ったら私の方が先に占有してたんだから私の部屋だ!」 「んじゃなくて……えっと、分かったお前は〈良〉《い》い、もうどうでも良い……」 「羽咲は出て行け!」 「なんで由岐さんは良くて私はダメになるの?」 「なるに決まってるだろっ」 「理由になってない……なぜ由岐さんは良くて私がダメかを聞いてる……」 「理由も何も、こいつは俺と別行動とれないだろ!」 「そうでもないよ? ギリギリで保ってるからいつでも消える事出来るよ」 「消える事出来るのかよ!」 「だからさーもうすんげぇ気失いそうなんだわー。お布団で寝かせてよー」 「だったらその場で消えろ!」 「嫌だよー。ここまでがんばったんだからお布団で寝かせてくれよぉ。だいたいだなぁあんたは我慢し続けた事ないくせに、このつらさが分かるかっっ」 「徹夜の次の日の次の日の次の日を過ごすぐらい、意識失いそうになるんだからなっ」 「だったら今すぐ消えろっっ」 「ここまで我慢して、なんでお布団で寝れないんだよっっ逆にあんたが消えればいいじゃない!」 「そんな便利な機能があるなら俺が消えてるわ! 俺にはそれが出来ないから言ってるんだろうが!」 「だったら出来る努力してから言え!  さぁお布団入るわよ!」 「やめろばかっ……って……」 「痛っ……何するんだよ!」 「俺の台詞だ!」 「あ……」 「ん? って?」 「……なんでこんな事になってる」 「何を冷静に……この状況で……」 「お前が倒したんだろうがっ」 「〈違〉《ちげ》ぇよ! あんたが倒れ込んできたんだ!」  今ほど羽咲に見えなくて良かったと思ったことはない……何でこんな事になってるんだ……意味が分からん。  俺は由岐の上からのしかかっている様な状態になっている。 「つーか、考え事の前にどいてくんないかな?」 「何が?」 「いやさ……どうでもいいけど下着が丸見えなんだよね……」 「なっ?」 「つーか倒れ込んだ時にわざとめくった?」 「んなわけねーだろ」 「そう? まぁ見たければいつでも言っておくれよ……童貞弟にはサービスしなきゃいけないしな、お姉さんとして……」 「お前……本当に殺すぞ……」 「どうしたの? 由岐さん?」 「あ、いや、羽咲ちゃんもベッド入ってきなよっ」 「何言ってるんだっ」 「おー!」 「おー! じゃねっ、ってうわ!」 「うわーお布団冷たくて気持ちいいー」 「って、なんで三人で布団入ってるんだよ!」 「ふわふわ……」 「羽咲! 出ろ!」 「嫌、とも兄さん命令ばかりだから嫌い」 「由岐!」 「楽しいねぇ」 「楽しくねぇよ!」 「楽しい」 「ほら、羽咲ちゃんは素直、多数決で楽しいに決定しました!」 「楽しいかどうかを多数決で決めるな!」 「あー、そうだ皆守、今度お風呂とか一緒に入ろうか?」 「入るか!」 「でもさ、人格がかぶってる時でどうしてもお風呂入らなきゃいけない時とかどうするのよ」 「い、今まで無かっただろ、そんな事」 「それは、私が存在をコントロール出来なかっただけであってだなぁ。今ならその状況を作り出すのも可能だよ」 「だったらお前の意志じゃねぇか!」 「だとしても可能だぜ。それとも何日も風呂入らないとか? 真夏にそんなの地獄だぞ」 「知るか! とりあえず風呂とか一緒に入るとか無い!」 「水着でも着ればいいんじゃ?」 「それだ!」 「それじゃない!」 「水着なら、その時私も入れる」 「入れないだろ!」 「なぜ?」 「いや、だって兄妹で水着でお風呂とか……ダメだろ」 「そうかな?」 「いや別に、それは問題ないんじゃない?」 「って言うかさぁ……それはいやらしい目で見てるからそうなるんじゃないのかな?」 「な、なわけないだろっっ」 「だいたい水着なんて、海やらプールやらで見せ合うもんだろうが、何でそんなに過剰反応する! どう思う羽咲ちゃんっっ」 「たぶん、私達に欲情するからだと思う……」 「しねぇ! って言ってるだろ!」 「ほう……」 「痛ててててっっ、ってなんで羽咲つねるんだ!」 「そりゃ、つねられても仕方がないよ……女として欲情しないってそこまで断言されたら」 「しないだろ? 兄妹だぞ? そんなの変態だろ?」 「へぇ……そうなんだ……ならこんな事しても問題ないよねぇ」 「な、何やってるっっおい由岐っっ」 「な、何やってるんですか由岐さん?」 「胸を押し当ててるんだよ……別に問題ないっつーからさぁ」 「押しつけるな!」 「つーか狭いから仕方ない部分もあるじゃん。布団からはみ出しちゃうし」 「真夏に布団からはみ出しても問題ないだろうっ」 「風邪ひくよぉ……ねぇ羽咲ちゃん」 「うん」 「なんでそうなる?」 「羽咲ちゃんはだいたい27℃設定でクーラーを微妙につけてお布団ちゃんとかぶって寝るんだよ」 「そうじゃないと寝れない……」 「今回は、三人で寝るという水冷をつけてないエンジン大回転みたいな状況だからクーラー設定は25℃なんだわ」 「だからはみ出すと風邪ひくよ」 「まてまて、意味分からない。せめて別々の布団で寝るとか無いのか?」 「羽咲ちゃんはどう? 私はこのままで〈良〉《よ》い感じだわ」 「私もこれで〈良〉《い》い」 「っっ」  正面の羽咲が俺の胸にもぐり込んでくる。  なんだこいつの感触……どんだけ細くて小さいんだ……。 「……なんだよ……」 「うおっ、ってなんでまた胸押しつける!」 「あんた羽咲ちゃんの身体が小さくて気持ちよいとか思ったでしょ……」 「え?」 「ち、違うっ」 「違くないだろ。最近の私はあんたの内面の声だって聞こえるんだからさぁ……ごまかしとか無駄だよぉ」 「だ、だからそれは……ど、動物的なかわいさで……妹だろ。妹ってそういうかわいさだろ……」 「……」 「あら、そんなかわいさでも羽咲ちゃんはうれしいんだ」 「……ま、まぁ……まったく興味無いと言われるよりは……」 「でもね羽咲ちゃん、ここだけの話ね。こいつ性的に反応してたよ」 「え?」 「まて! それはさすがに嘘だ! なんでそんな事お前に分かるんだよ! てめぇ人の心が読めるだけだろ!」 「ふーん……ならそれは無いんだ……」 「無い!」 「……無い……断定……」 「あーなんかさぁ……熱いかなぁ……」 「なら布団から出ろよ」 「それは少し寒いかなぁ……そうだ服着っぱなしだったから……とりあえず脱ごうかなぁ……」 「とりあえずとか言って脱ぐな!」 「別にいいじゃん……私なんてあんたの脳内の生き物なんだしさ……服を脱ぐよ……」 「ま、待てっっ」 「え? ぬ、脱いだんですか?」 「あ、私だけだよ。皆守は脱いでないから大丈夫だからね……」 「なんかお前……最近いろいろと器用なまねが出来る様になってるなぁ……」 「あんたと違って、長いしね……それに認識って特訓すればそれなりに操作は可能な気はするかな……」 「脳の不具合をうまく使いすぎだろ……」 「不具合なのかね……これ、これって特殊能力かもしれないとか思うけどね……何事も気の持ちようだよ」 「あの……私も熱かったので……」 「ま、待て! お前はダメだ!」 「もうパジャマの下……おろした……」 「はけ!」 「なんで……とも兄さんにとって私なんか、動物と同じでしょ? 動物がズボンはいてないととも兄さんはどうにかなっちゃうの? 犬さんとか猫さんとかズボンはいてないの見てどうにかなっちゃうの?」 「いや、そんな事でどうにもならないが……その、あのお前が動物的なかわいさだとしても兄妹だからな……まず」 「別に下着なんて布だから大丈夫だよ……だいたい由岐さんがすでにその状況なんでしょ……」 「あら……なんか羽咲ちゃん、少し恐い声だった……」 「あ、いいえ……今のは軽い嫉妬です……由岐さんって美人だって聞いてるんで……」 「だからそれは自己申告だろ!」 「どう考えても〈良〉《い》い女だろ!」 「どう考えてもって……どういう基準なんだよ……」 「まぁ良いじゃん……寝ようよ……」 「太もも絡ませるなっっ」 「なんだよ……ふともも絡ませるなとか、胸押し当てるなとか、注文多いなぁ……」 「普通の、ごく普通の注文だ!」 「あと羽咲! その華奢な身体で俺の腕の中にすっぽり収まろうとするな!」 「でもすっぽりおさまるから……」 「すっぽりおさまる場所があるからって無差別におさめてたら、普通は違法だぞ……」 「レ○プ的に?」 「そ、そそ、そんなハードな話してない! 路駐とか! 違法投棄とかいろいろあるだろ!」 「それって……私の存在は路駐か……それどころか違法投棄の扱い……とか言う意味?」  ああ、なんか羽咲の機嫌が悪くなる……どんどん悪くなるじゃないか……。何この状況。  それにしても……羽咲の身体……こんなだったんだな……前々から細くて小さいとは思っていたが……。  俺の手にすっぽりはまるんだな……。 「背中の私の胸はどうだ?」 「下品だな……」 「何それ? やっぱり、お前はロリでペドで貧乳好きか!」 「あ、あの……由岐さん……私、そこまで貧乳じゃありません……少しはあります……」 「そうなの?」 「一応は……Aでは無く……Bなんで……すこしスカスカと言えばスカスカなんですけど……」 「それって貧乳とは言わないレベルなのか?」 「私の年齢ならおかしくないもんっっ。そりゃ小さい方であるのはたしかだけど、でもAAとかAAAより大きいもん。Aもたまに小さすぎて入らない事だってあるもん」 「Aでも入らない事があるのか……」 「でも成績でもBって普通、もっとも普通な成績に出るし……そんな小さいわけじゃない……」 「羽咲ちゃんブラはつけてるの?」 「あ、まぁ一応……」 「寝ている時ぐらい外したら?」 「え? そ、そんな……」 「そんなまねしなくて良い! というかもう寝ろ!」  ……。  めずらしいな……。 「すーすーすー」  由岐の寝顔をはじめて見た……よもや俺まで由岐の寝顔を見る事が出来るなんて……、  いままでこんな事なんて無かった……。 「それが、大きな変化の前触れという事なのか……」 「とも兄さん……」 「なんだ羽咲起きてたのか?」 「うん、少しだけ……」 「なんか……由岐さん大変そうだね……」 「あ、ああ……」  羽咲には、由岐が引き離されるという意味をちゃんと教えていない。  まぁ、何となくでは分かっているのだろうけど……。 「このまま……ずっと三人で生きていけたら良いのに……」  ……。  答えに窮する……いや、軽く相づちでもしておくのが良いんだろう……。  だが、俺は寂しそうな羽咲を目の前にして、かけてやる言葉も無かった……。 「三人か……どうだろうな……」  未来など分からない。  未来を知るという行為は神に等しい偉業だ……。  それでも羽咲はそれを望んでいる。  強く、今までの人生を……。  この下らない……暇な日常の繰り返しのこの人生を……こいつは望んでいる。  それすら俺はかなえてやれないのか……。 「すー」 「由岐の寝息が聞こえる……徐々に羽咲からも……」 「二人とも安心しているのか……」 「ふぅ……でも……」  彼女達はこんな場所を素晴らしい日々としてはいけない……彼女達は、新しい世界でつかむ新しいなにかでなければならない……。  だから俺は少しだけ物思いにふけった後に……めずらしく自分でやってみたい様な衝動を我慢しながら睡眠を取る事にした。  今日も暇な授業を受けている……。  暇だな……。  教室を見渡す……知らない顔ばかりだ。  まったく覚える気がないからな……。  由岐はクラスでそれなりに知り合いが多いみたいだな……。 「あれ? そういえば……」  切り離された由岐は、羽咲を双子の姉妹として認識すると言っていたな。  しかもその幻覚の双子は同じクラスだと言うが……羽咲が教室にいるわけでもあるまいし、何故そんなものが見えるのだろうか。  それとも元など関係なく見ている幻覚なんだろうか?  幻覚など、元があろうが無かろうが関係ない……と言えばまぁ、そうなんだが……。 「だが、そうなんだろうか……」  アイツが作り出す幻覚の世界には、裏にそれなりの整合性を持っている。  たとえば人格の数。間宮卓司、水上由岐、そして俺がいるのは偶然ではない。それぞれに創造、調和、破壊、の意味を持たせている。  名前の付け方も、水上由岐の名字と名前を逆にし、読みを変える事によって作られた。悠木皆守。  だから羽咲に関する事も、まったく整合性を持たない恣意的な幻覚などではない……。  その証拠に、羽咲という一人の妹を双子として認識する裏には、幾つかの意味が存在する。  まず、羽咲にとってあのぬいぐるみはただのぬいぐるみではない……。  間宮卓司によってプレゼントされたもの…… ヤツがまだまともだった(らしい)時期……その時に彼が妹のために作ったものであるらしい。  らしいというのはもちろん、俺自身はその事に関する記憶など一切ないからだ。  すべては由岐から聞いた話だ。  あのぬいぐるみを卓司からプレゼントされた時期……それが羽咲にとって最良の時であった。  その後に例の事件が起こる。  すべての元凶になったといわれる事件……。  羽咲の心と体を傷つけたという大きな事件。  彼女から幸福だった時間をすべて奪い去った事件。  あの事件後…… 羽咲にとっては成長する自分はフェイクであり……、  兄からもらった人形こそが自分自身であったと認識していたと言う。  最良の時で自らの身体の成長が止まる様……彼女は、成長する自分をフェイクとして……あくまでもぬいぐるみを自分だと信じ続けていた。  もちろん、今でもそんな事を羽咲が信じているわけは無いだろうけど……。  一時期は間違いなく、彼女がそう信じなければならないほどの大きな傷であったらしい。  羽咲がいまだにあの人形を持ち続ける理由は……もちろんその痕跡……、  完全に吹っ切れたというわけでは無い。  あのぬいぐるみは…… 最良の“時”が形となったもの……彼女の“記憶”そのもの……、  彼女にとっては、あのぬいぐるみはそういうものだ。  だからこそ間宮卓司は羽咲を双子として認識する。  成長してしまう羽咲……そして止まった時であるうさぎ。  成長してしまう存在を妹、止まる時を姉ととらえたのは不思議とも思えるが……、  それもまぁ……羽咲を見るかぎり、あれを姉と〈捉〉《とら》える方が難しいだろう。  消去法的に元のイメージが無いうさぎが姉になったのだろう……。  双子の名前。  これの由来については俺は詳しいところは分からない。  名前はアニメだかの双子からとったものらしい……そのアニメがどんなものであるかまで知らないが……、  見た目もゲームだかアニメだかのイメージを〈踏襲〉《とうしゅう》しているらしい……。  アニメやゲームの双子の性格と幻覚として作られた存在の性格にどの程度の類似性があるかなどの関係性は良く分からないし……あまり重要では無いのだろう……。  名字が若槻という事に関してはまったく分からない。  まぁ、卓司の事だ……それもアニメだかゲームだか……またどうでも良い理由なんだろう。  とまぁ……この様に……あいつの妄想にはそれなり以上の合理性と整合性を有する。  いや、だからこそ現実世界とほんの少しのズレが生じる……。  そのズレが認識そのものを歪ませるという事態を引き起こす。  特に由岐や間宮卓司は、この認識のズレの影響を強く受けるらしい。  不思議な事に俺だけほとんど認識のズレは生じない。  由岐ですら、“私”という発言が“ボク”に変換されるなどのズレを生じさせているのに……俺に関わる部分ではそれはまったくない。  人は俺の事を“間宮卓司”と呼ぶし、俺はそれをそのまま“間宮卓司”として理解する。  由岐が見える事や間宮が見えるなどの幻覚に似た作用はあるが……整合性をとるための努力は一切放棄されている。  それこそ……消えていく者の証明といったところだろう……。  消えていく人格に整合性など必要ない。  デタラメな時間飛躍……デタラメな認識。 そんなものだって放っておいて差し支えない。  なぜなら、消える存在にしかすぎないのだから……、 「とも兄さん……」 「ん?」 「って、おいっっ」 「ふぅ……どうした間宮?」 「あ、いや……何でもないです……」 「何でもないなら……いちいち大声出すなぁ……まったく……」 「お、おい……お前……」 「お弁当持ってきた……」 「ってお前なぁ……」 「だって、とも兄さん、必ず私が作ったお弁当持って行かないんだもん」 「違う、今朝は俺じゃない」 「どちらにしても、お弁当だから」 「ま、まずいだろ……せめて授業中はやめろ……」 「休み時間の方が、生徒のみんなが出てて目立つよ」 「そ、そうだとしても……」 「あはははは、ちゃんと受け取りなよ」 「なんだお前?」 「なんだは無いでしょう……同じクラスなんだからさ」  誰だっけ……こいつ。 「ったく、誰だっけこいつみたいな顔しない……」 「美羽さんがいつもドア開けて、私がここまで届けられる様に手助けしているんだよ」 「何?」  そう言えば前にも何度か授業中に羽咲は弁当を持ってきたが……。 「だってさ、いつも羽咲ちゃん。とも兄さんはどこにいますか? って聞きにくるからさ」 「あ、そういえば、間宮くんって下の名前って“とも”だったっけ?」 「いや……卓司だが……」 「だったらなんで羽咲ちゃんってとも兄さんって呼ぶのかな?」 「あ、それはですね……」 「あ、いや、友達みたいな兄さんという意味でな……まぁ、深い詮索をしないでくれ……」  適当な嘘。  そんな事より……知らない間に羽咲はウチの学校に知り合いを作っていたのか……。 「今日はちゃんとお夕飯作るからね。どっかでカップラーメンとか食べてきたらダメなんだからね」 「学校終わったら直接、白州峡に行くつもりだったが」 「ダメ。ちゃんと家でご飯食べてからバイトに行って! とも兄さんがご飯食べないと余っちゃう」 「冷凍でもすればいいだろ……」 「出来たてを食べてほしい」 「なんだそりゃ?」 「間宮ぁ!」 「あ、はいっ」 「耳が悪い儂でもうるさくてかなわん……もう少し小さな声で話をしなさい……」 「あ、は、はい……」  というか小さければ話してもいいのかよ……。 「まったく……いつもいつも妹さんのお弁当持って行かないからそんな事になるんだろうが……学ばないバカなんじゃから……」 「は、はい……っていうか……へ?」  なんだそれ……。  妹って……。 「儂は耳が悪いから気が付かないのであってなぁ……他の先生なら大目玉なんじゃからな……」 「は、はぁ……」 「す、すみません……」 「まぁ、良い……でも授業中は少し問題もあるから、なるべく次からは休み時間にしなさい……」 「あ、はい……ありがとうございます」 「というか……儂は気が付いてないハズだから……今のは独り言じゃの……」  って……いつから羽咲の事って学校でバレてるんだ? 「あはは、何驚いてるの間宮くん」 「あ、いや……羽咲の事バレてるとは思わなかったから……」 「なんでそんな風に考えられるかなぁ、いつも妹さん学校中ウロウロしてるじゃない」 「一部じゃ有名だよ。いつも兄のためにお弁当を届けてくれる健気な妹さんとして」 「健気な妹とかうらやましいよねぇ……間宮くんとかさぁ」 「私もあんな妹さん欲しいなぁ……」 「は、はぁ……」  なんだこれ……いつの間にこいつらこんな馴れ馴れしくなってるんだ……。 「ふぅ、それでは終わり……」 「ごめんなさい……」 「いいんだよ。だってお兄さんがお弁当忘れるのが悪いんじゃない」 「ま、そのおかげで羽咲ちゃんと会えるからいいけどね」  たしかに何度か羽咲が授業中に弁当を届けに来た事はあったが……こんな事になっていたとは……。 「由岐……」  たぶん由岐人格の時の影響だろう……このクラスの雰囲気……。  由岐本人は自らを人間嫌いと言っているが、ヤツのコミュニケーション能力を考えれば、そつなく付き合う事により、クラスの連中との仲もある程度良好に保てるハズ……。  まったく俺の与り知らないところで……迷惑な話ではあるが……。 「やっぱり……怒ってる?」 「あ、いや……何でもない」 「間宮くんって、可愛い妹さんいるんだねぇ」 「羽咲ちゃんって言うんだぜ」 「へぇ……羽咲ちゃんって、学校は?」  気軽に話しかけられてる……。  元々の間宮卓司はウザキャラ……そして俺が登場してからは、恐怖の対象キャラだったハズだが……、  なんか結構お気楽に話せる存在に変わっているらしい……知らない間に……、  なんて迷惑な……。 「あ、私、学校とか行ってないんです……」 「あ? 通信とか?」 「つーか、いちいちうるさいよ。詮索とか野暮な事言うなよ」 「あはははは」  もしかしたら……さっきの疑問。  引き離された由岐人格が若槻姉妹という幻覚を見るのも、単純に校内に羽咲がウロウロしているとかじゃないだろうなぁ……。  そんな風に思えてしまうぐらいに、このクラスで羽咲の存在はオープンなものになっていた。 「まぁ、古文の泉田先生以外はまずいから気をつけなさいね……数学の瀬名川とかに見つかったら間違いなく羽咲ちゃん〈出禁〉《できん》だからね」 「そうか……」  羽咲がより過ごしやすい様な環境……これも由岐のはからいというヤツだろうか……。  しかし無理をする。  それこそ、学校側が問題にするレベルになったら元も子もない。間違いなく羽咲は出禁になる。  とは言っても……羽咲が出禁になった方が俺は好ましいのだがな……こういうめんどくさい事がなくなって……。  すべての授業が終わる。  意識も途切れる事なく、最後まで授業を受ける形となった。  正直めんどくさかったが、ノートを取り、教師の話を聞き、いらない事なども考えつつ、それなりにまともに授業を受けた。  最近はこういうのも悪くない……とすら思えてきたぐらいだ……。 「さてと……バイトでも行くか」 「あら? 間宮くん、一度家に帰れって妹さんに言われてるんじゃない?」  クラスの女が俺の前に立つ……たしか羽咲を教室に入れた、ドア側の席の女。 「ふぅ……人の家の家庭事情だ……あまり詮索しないでくれ……」 「家庭事情って……そういう問題なのかなぁ……」 「まぁ、人それぞれって事だ……」 「ふーん」 「それより、お前はいつから羽咲の存在に気が付いたんだ?」 「お前って……私は岩田美羽って名前があるんだから、名前呼んでよ」 「ああ、すまない……岩田はいつ羽咲に気が付いた?」 「いつからも何も最初っから分かるでしょう。授業中にいきなり教室に入ってくるんだからさぁ。廊下側の一番後ろの私ならすぐ分かるでしょ」 「時期は?」 「時期?  そんなの詳しくは覚えてないけど……この学年になった時ぐらいかな? だから四月の中旬あたりからかなぁ?」  四月って……まさに新学期早々じゃないか……。 「うん、なるべく授業中は古文とかじいさん先生の授業が良いって教えてから、泉田先生のタイミングに合わせる事が多くなったかなぁ……」 「そうか……でも泉田は知ってたみたいだな……」 「まぁ、定年間近だからじゃないの? なんか枯れてるというか……結構放任主義な教師だからねぇ」 「それにそれぞれの家庭事情があるのを考慮してだと思うよ」 「それぞれの家庭事情ねぇ……」  学校側からしたら、ある程度は間宮の家の複雑さも理解はしているかもな……。 「まぁ、とは言っても、私なんか良く分からないんだけど、とりあえず羽咲ちゃん可愛いから良いかなぁ……とか思ってるわけ」  ……お前の判断なんて誰も聞いてないんだが……。 「そんなこんなで、少しは優しくしてあげなよ。あんな可愛らしい妹さんなんだからさ」  んな事……てめぇに関係ない……。  とか……怒鳴ってやりたいぐらいだが……、 「可愛らしい妹ねぇ……」 「そうそう、間宮くんってばさ、結構そういう可愛いものに囲まれててうらやましいよね」 「囲まれて?」 「間宮くんの携帯電話のストラップとか……可愛いじゃん。それって妹さんからのプレゼントでしょ?」 「携帯?」  ほとんど使われてない……というかいつから持っているのか分からないぐらい古い機種……、バッテリーが古くなりすぎて……ほとんど使う事など出来ない。  なぜか間宮卓司はそんな使い物にならない様な携帯電話を持ち歩いている。  その携帯電話には、これまた古いストラップがつけられている。 「羽咲ちゃんが持ってくるうさぎと同じだもんね……その双子のうさぎ」 「あ、まぁ……そうなんだろうな……」  事実は良く知らない……。  とりあえず岩田が言う通り……携帯には双子のうさぎのストラップがつけられている。 「良い妹さんだね」 「ああ……」  ふぅ……めんどくさい女だな、知らぬ間にこんな馴れ馴れしいヤツが関係者として出来ているとは……。  〈無碍〉《むげ》に扱いたいところではあるが……今後、新しい由岐が間宮卓司として長い時間をやっていく事になる。  その場の感情でやっと作り上げられた新しい人間関係を壊すこともないだろう……。  半年も経たずこんな事になっているのは驚いたが……まぁこういうのも、間宮卓司が生まれ変わるための布石なんだろう。 「……ふーん」  岩田とか言う女は、立ち去らずにそのまま俺の事を見つめている……。 「なんだ、まだ用か?」 「あ、いや、そんな事はないけど……」 「なんか間宮くんっていつも雰囲気が少しだけ変わる感じがするんだよねぇ……」  少しだけ変わる……ねぇ。  “少し”とこいつらが認識してくれてる程度には、認識のズレによる整合性はうまくいっているという事だな。  なんといってもこれだけ性格の違う三人が一つの肉体を共有しているんだからな……。 「なんだ、それで今の俺は接しづらいか?」 「あ、いや、どうだろう……」  岩田は苦笑する。  まぁ、面と向かって接しづらいとなんて言いづらいだろうからな……“今のあなたは接しづらい”なんて……、  だったら、いちいちそんな指摘などしなければ良いのにとかも思うが……。 「接しやすいって事はないけど……なんかいつも以上に優しそうだったからさ」 「……いつも以上に? 優しそう?」 「あ、なんかね。間宮くんって本当に妹さん愛してるんだなぁ……ってね」 「はぁ? なんで今日のあれでそう思うんだ?」 「いや、逆に今日の姿見たらそう思ったよ。厳しい口調とかも多いけど、本当に妹さんの事思ってるんだなぁ……って」 「まぁ、いいや、んじゃね」  なんだそりゃ?  ……人の評価は当てにならないというか……意味不明というか……。 「意味不明だな……まぁいい」  時計を見る。  バイトの時間までそこまで無い。 「一度、家に帰ってからまた戻るのもめんどくさいな……」  やはりそのまま白州峡に行くか……。 「そうそう、あれだよ間宮くん」 「なんだ……まだ居たのか?」 「家、ちゃんと帰らないと夕食作ってる羽咲ちゃん悲しむと思うよ」 「……ああ」 「どうだか……今、めんどくさいと言ってたし……」 「ふぅ……あまり関わらないでくれるか? 正直ウザイ……」 「あははは、ウザがられたか。まぁそうは言ってもクラスメイトの助言もたまには聞いていいんじゃないの、んじゃね」 「……クラスメイトの助言ね」  たまに聞くも何も、言われた事が生まれて初めてだがな……。 「さてと……」  とりあえず杉ノ宮まで歩いてから決めるか……。 「……」  なんだ……またつけられてる……。  城山達?  いや、まだ日が落ちきってない時間に闇討ちとか無いだろう……城山達じゃない……。  というより……尾行……数はたぶん一人……。  こいつは例のヤツだな。  ふぅ……一人ならまったく同じ手で問題ないか……。 「あ、あれ?」 「よう」 「な、なんでバレたの?」  この前とまったく同じパターン。  速度を速めて、路地裏に入り、尾行者を待つ。  さすがに今日は駐車場に身を潜めて、木村の登場を待っていたわけだが……。  しっかし、この前といい……なんで尾行するのにこの男はこんなバカでかいカメラを持ち歩くんだろうか……。 「まだつけてたんだな……」 「あ、いや……ボクはアイドルの追っかけしてて……」 「木村信勝……ジャーナリスト……それともアイドルの追っかけのジャーナリスト?」 「あはははは、そう」 「って! 嘘っ! 殴らないでっ」 「殴られたくないならつまらない事言うな……」 「あ、あの……今日はどの様なご用件で……」 「そりゃ、こっちの話だ。まだ尾行なんてしてやがって……言ったはずだ只じゃ済まないって」 「あ、いや……尾行するには〈訳〉《わけ》があるんだよ」 「お前の都合だろう……」 「いや、ボクの都合以外にもね……」 「ほう……お前の都合以外ねぇ……またつまらない事言ったら……どうなるか分かってるんだろうな」 「いや、君って、あの宗教法人、白蓮華教会の教祖の隠し子なんだってね」 「あああーカメラぁあ」 「てめぇ……何調べてるんだよ……」 「ひ、ひどいよ! これF2 Photomicだよ! 今手に入らない様な貴重種なんだよ!」 「知るか……つーかなんでそんな古いカメラ使ってるんだお前……」 「君が一昨日、ボクの戦え!デジイチD3破壊したんだろうがっっ」 「なんだそりゃ……戦えデジイチって……」 「デジタル一眼レフだよ! F2 Photomicがメカニカル一眼レフの最高峰なら、D3はデジタル一眼レフは現在の王者なんだよ!」  何こいつは熱く語ってるんだか……カメラマニアなのか? まぁ仕事柄そういう事もあるかもしれんが……。 「元々は戦艦大和とかの目作ってたんだからな日本光学は!」 「ああ、分かった分かった……んじゃカメラじゃなくてお前の身体の一部でも破壊した方が良かったんだなぁ……腕か? いや、当分歩けない様に足か?」 「あ、いや……申し訳ないです……」 「そんで? あと何調べたんだ……お前」 「あ、いや……別にこれといって……」 「ほう……カメラの次は、足だっけ? あー思い切って、目玉とかにしておくか? それならカメラ持つ事も無くなるだろうしなぁ」 「いや、そ、そんなの困るって、つーか本当、本当だよ。あとはまだ分からない事ばかりだって」 「ふーん……なるほど、まぁいいやそれはそれとして、仏の顔も二度までと言うしな……」 「いや……三度だよ」 「何? サンドバック? それになりたいの?」 「あ、いや……何でもありません……」 「どうやったらあんたを〈諦〉《あきら》めさせる事が出来るんだ?」 「〈諦〉《あきら》めたよ」 「ほう……最初の取材内容から一変、俺の身辺調査に切り替えたあげく、“まだ分からない事ばかり”とか抜かしてるヤツがねぇ……」 「あはははは……、いやぁ、君に関しては興味深い事ばかりだったからね」 「父親は一応間宮浩夫という事になっているけど、間宮卓司という子は間違いなく母、間宮琴美と白蓮華協会の白連太郎の隠し子だ」 「政党すら支配下にしているあの新興宗教の教祖の隠し子の存在がこんな取材から明らかになるなんて、いやぁ……驚いたよ正直」 「……俺は、馬鹿正直にそんな事を話してしまう、あんたの脳天気さに驚くよ……」 「いやぁ……そうでも無いよ……」 「あ……いけない……こんなところで立ち話しているから……警察がこっち見てる……」 「警察?」 「ほら……君から見えないだろうけど……」  俺は少しだけ振り返る。  そこには警察どころか人影一つ無い……。 「なにが警察だ……っ!?」 「っち……」  視界の中心部が焼き付く。  俺とした事が……同じ手に二度も引っかかるとは……。  いや……あいつ、なかなか抜かりがない……。  俺を振り向かせて、ただ逃げてたら……つかまえる事は簡単だった。  また、逃げながらフラッシュライトを構えたとしても、結果は同じ。  俺が振り向く間に、少しでも足を動かしていたら、次の瞬間には俺の身体は反応出来ていた。  俺がまともにあのフラッシュライトをくらったのは、振り返る瞬間まで、ヤツが一切足を動かさずに、ただ腕に装着されていたフラッシュライトを俺の目の位置まであわせた事……。  この最小限の動き以外は一切しなかった事。  それが俺の反応を狂わせた。 「あの芝居もなかなかだった……」  バカでかいカメラ持ち歩いて、尾行は下手くそだが……それ以外の腕はなかなかみたいだな……あの男。  修羅場を何度かくぐってこないとああにはならない……。 「ふぅ……それにしても」  携帯の電話を見る。  あの木村とか言うジャーナリストの〈所為〉《せい》で、少し時間くったな……。  家に帰ってからメシ食って白州だと遅刻コースだなこれ……。  羽咲には悪いが……やはりそのまま白州峡に行くか……。 「……やっぱり」 「……あれ?」 「やっぱり家に帰らず直接こっち来たんだ」 「というか……なんで羽咲が? 今日、お前バイトじゃないだろ?」 「美羽さんからメールもらった……家帰らない可能性があるよって……」 「美羽? って岩田か!」  なんだあいつ……そんなお節介な……。 「今日は夕食、家で食べるって言ってた」 「野暮用に巻き込まれてな……最初っから家に帰らない気だったわけじゃない」 「どうだか……」 「ふぅ……」  くそ……なんかあの女お節介なヤツだな……。 それにしても羽咲にメールか……。  羽咲が他の誰かとメール交換をしたという事か…… なんだかそれも不思議な感じがする……。  羽咲は俺以上に人間嫌いだった様な気がするが…… これも由岐の影響なのだろうか……。 「とりあえず、店開くまでテーブル使って〈良〉《い》いって言うからこっちで作ったよ」 「こっちで?」 「うん、夕食」 「ああ、そうか……」  羽咲の料理はいつも通りだった。  正直ここのオカママスターの方が味は上だが、まぁ、それでも自分より幼い人間が作ってるんだ。感謝した方がいい。  たとえ、オクラとか切りきれておらずにつながったまんまでも。  味噌汁の出汁の〈鰹節〉《かつおぶし》が、荒削りじゃなくて〈花鰹〉《はながつお》だからすくい取りきれずに結構残ってしまっているとしても……。 「とも兄さんは、人の料理食べながら苦笑いばかりだね……」 「へ? 俺苦笑いしてたか?」 「うん、まぁ口で言わなくても行動でだいたい言いたい事は分かる……次回からは気をつける」 「オクラが切れてない事と、あとダシの鰹節ちゃんともっと取る……注意して見る」 「あ、いや……ダシの鰹は荒削りにすれば比較的楽に全部とれるんで……そんながんばらなくてもいいと思う」 「あ、そうなんだ……」 「ん?」 「まだ開店じゃないよな……」 「うん……まだ開店じゃないけど……」 「外でオカマどもが大暴れしている様に聞こえるが……」 「あ、そうか、暴れてるって言うよりも、今日マスターの誕生日だから」 「そうなのか?」 「うん、だから一昨日は急遽私、今日のパーティーの用意にかり出されてたんだ」 「あ、あの予定より早く帰ってきたヤツか」 「うん、思いの外すぐ終わっちゃったけど」 「ふーん、そうか……」  それで一昨日の悲劇が起きたわけか……悪い事の原因はだいたいマスターにいきつくのだな……。 「マスターの誕生日ねぇ……なるほど、それで外でクリーチャーどもが騒いでいるわけか」 「クリーチャーどもって……」 「まぁいい……」  俺は扉の鍵を開けて、一気に開く。 「てめぇらうるせぇ! まだ開店じゃっ」 「あら?」 「あれ? とも君じゃない?」 「おい……なんだこれ……」 「シャンパンシャワーに決まってるじゃない」 「何で俺がそれをかぶってるんだ……」 「だってーマスターが出てくると思ったからー」 「確認してからかけろっっ!」 「それでこれはどういう事だ……なんで俺の着替えが全部女物になっているんだ!」 「あははは、大成功だった」 「貴様の策略か……」 「だってさぁーせっかくの私の誕生日だったからねぇ、ここはあんたにきゃわいいドレスを着てもらいたかったのね」 「可愛いドレス……ふーん」  可愛いドレスねぇ……たしかにやたらヒラヒラしているが……。 「うん、羽咲ちゃんにね。あんたの身体の寸法調べてもらったのよ」 「俺の寸法?」 「学校、入る時に制服作った寸法が残ってたから……」 「お前なぁ……」 「ごめん……」 「あら、羽咲ちゃんは悪くないわよ。何に使うとか言ってなかったから」 「私とお揃いにするって言ってたんだけど……タキシードでも作ると思ってた……ごめんなさい」  ……まぁ、普通兄妹お揃い……といえば妹はドレスに兄はタキシードとか考えるだろう……どこの世界に兄も妹も同じ女物の服を作るバカがいるだろうか……。 「まぁ、いいじゃない、私のめでたい誕生の日なんだからさぁ」 「あんたみたいなのが発生した日などめでたくない……素直に……」 「ったく、相変わらず可愛くないわねぇ……自分の武道の先生に対して……」 「それにしても、マスターは策士だよねぇ。私達に入り口でシャンパンかけて祝ってくれなんて頼んでいながら、本人居ないなんてさぁ」 「どんだけ回りくどいんだよ」 「あははは……それは実は策士でも何でもなく、単に寝過ごしたんだけどね」 「でも、そのおかげで皆守も着てくれたし」 「着てくれたじゃないだろ! お前が俺の服全部取り上げたんだろうがっ」 「だからー、いまコインランドリーで洗ってるわよ。乾燥もちゃんとしておくから」 「まぁ、全裸か? 女装か? の二択だったらさすがにともちゃんでも、そりゃ女装取るわよねぇ……」 「ああ……全裸でエプロンでも良いわよとか言われれば、こんな服でも着る気にもなる……」 「あら結構うれしいんじゃない?」 「うれしいわけないだろ! このカマ野郎!」 「あら、本当口が悪いわねぇ……」 「ぐっ……」 「だめじゃない? そんなにスカートの裾なんか気にしてたらー私に勝てるわけないじゃない……そうだ……」 「な、貴様っっ。殺すっっ」 「ほほほ、この可愛いおしりをいつか思う存分触ってみたかったのよね」 「殺す! 絶対に殺す!」 「あら、あら? 怖い怖い……このまま犯しちゃおうかしら……」 「っっ」 「あ、あら……羽咲ちゃん……そんな熱湯が入ってるヤカンなんて……」 「ちょ、ま、待って、羽咲ちゃん、これ冗談っっ」 「熱ちゃちゃああああっっ」 「まったく……冗談が通じない兄妹ね……」 「あんたが冗談じゃない事するからだろ……」 「そういえば下着は?」 「濡れてたがそのままトランクスだ……あんなもんはけるか……」 「何よーせっかくだから下着もはきなさいよぉ。ガーターもあったでしょ?」 「何がせっかくなんだよ……」 「あら? 今度こそ犯してあげましょうか?」 「そういう事言ってると……また羽咲に熱湯かけられますよ……」 「あらそうだわ……でも実際どうかしら?」 「何がですか?」 「下着とかの趣味はどうかしらねぇ。この際、羽咲ちゃんに決めてもらいましょうよ」 「羽咲が? 何を?」 「だからさぁ、皆守の下着がトランクスか女性モノの下着か……ちなみに下着もお揃いなんだからね」 「ま、マスターっっ」 「でも可愛いって言ってたじゃない」 「そ、そりゃ、下着は可愛かったですもん……」 「そんなこんなで、羽咲ちゃんが皆守の下着を決めるってどうよ」 「なんでそうなるんだよ……だいたい羽咲は、女物の下着をつける様な変態兄など欲していないだろ……」 「……え ……その……」 「……ってなんで赤くなるんだ……お前……」 「ち、違うっ。ただお揃いだからっ」 「いや……下着までお揃いとか無いわ……」 「そ、そうなんだけど……」 「どうなのよ? そんで」 「あ、いや、このままでいいです。とも兄さんにそんな事させるのさすがに……」 「さすがにって……本当はあっちの下着の方がいいんじゃない?」 「あ、いや、そんな事ないですよ……ただ全部お揃いってなんか……」 「取り押さえろ……」 「なっ」 「お、て、てめぇら! ホモどもどけぇ!」 「ふふふ……その二人のガチホモはあんたと同門で兄弟子よ……」 「な、兄弟子までホモなのか?」 「あ、でも東京に出てきてからの弟子だけどね。元々は柔道やってたんだってさ15年間、インターハイも出たんだって、凄いわねぇ」 「ちょ、そんなヤツが何で俺を……」 「だって暴れるでしょ?」 「何が?」 「無理矢理これに履き替えさせようとしたら……」 「!?」 「ぎゃーマジでやめろぉ! やめてくれぇ!!」 「う……うう……〈穢〉《けが》された……」 「はいはい、そんな感じで、今日一日はその格好で仕事しなさいよ」 「あんたは鬼だ! 悪魔だ!」 「何、マジ泣きしてるのよぉ……そのぐらい文化祭とかでやるでしょう」 「文化祭でこんな事やるのが決まったら……クラスの連中を全員殺してでも止めてやる……うう……」 「さぁ、ほらほらそろそろ本格的に開店よ。さぁーパーティーよぉ、今夜の売り上げで先月の赤字を埋め合わすのよ!」 「……いつか殺してやる……」 「くすくす、ならもっと強くならないとねぇ」  このオカマは俺が……いや間宮卓司が生まれるよりも遙か以前から武道をやっている……なおかつ……喧嘩慣れも俺の比じゃない……。  俺はこのオカマがや○ざ相手に、いきなりガラス製の巨大な灰皿を投げたり、ビール瓶を割って突き刺したりしたのを見た事がある……。  俺の喧嘩なんか……こいつのものに比べればお遊びみたいなもんだ……。 「マスターなんで女の子なんていれてるのよー。私はともくんが大好きだったのにー」 「あらよく見なさいよ。私は女の子なんていれた記憶はないわよ」 「えー……って? あらぁー」 「……近づくな……オカマども……」 「きゃーこの毒舌ってまさしくともくーん」 「すごいすごい、どうしたのともくん」 「うるさいっ。貴様らは黙って酒でも呑んでろっ」 「すっごーい。なにこの足? 毛の処理とかは?」 「うるさいっうるさいっ。そんなもんするわけないだろ!」 「すっごーいすべすべ、でも、結構筋肉質なのが萌えるわー」 「てめぇ……気楽に触るな……血見るぞ……」 「す、すでに……流血しているし……」 「ほらほら、踊り子にはふれないでよ」 「いつから俺が踊り子だっっ」 「ったくー。由岐ちゃんの時はやさしいのに」 「知るか、そういうのは由岐の時に言え」 「そうねー。由岐の時の方がなんぼか扱いやすいわ……」 「でもさ、皆守の音楽の方が私は好きよ」 「陰気くさいけどねぇ……この子のピアノは」 「うん、たしかに由岐ちゃんの方が明るくて気持ちいい演奏だけどさ、私達みたいな人間にはすこし眩しすぎる演奏って感じもするわ」 「なるほど、オマエラみたいなオカマどもには、俺みたいな陰気くさい音楽がお似合いってか」 「そうねーギャハハハ」 「ギャハハハじゃねぇだろ……脳天気みたいなしゃべりしかしない分際で……何を言ってるか……」 「あら、世の中なんてつらい事ばかりなんだから、脳天気に笑ってなきゃやってらんないわよ」 「そうそう、つらい事なんて言うのはね、少ない人間ほど深刻そうな顔をするのよ」 「ああいうのはね趣味なのよ。深刻そうに振る舞うのが好きなのよ。だから趣味ね」 「ふん……」  ったく……こいつらは……。  なかなか派手などんちゃん騒ぎだった。  俺は女装でピアノを弾かされ、羽咲に至っては歌わされていた。  兄妹で羞恥プレイ……。  人権団体に訴えたら勝てるんじゃないのか?  とか思うぐらいひどい話だ。  いつもより少し遅く解放された後、俺たちは自宅に帰った。 「とも兄さーん、お風呂沸いてるから入ってー」  下から声がする。 「……今日はシャンパンとかかぶったからベトベトだ……」  お手ふきで拭き取った程度なんで髪とかベタベタする。 「それにしても……羽咲は、とも兄さんがもうデフォか……まったくどうなってるんだか……」  最近の由岐の影響か……なんだか押しが強くなったな……。 「由岐が最近いろいろとおかしいからな……」  アイツらしくない……焦っているんだろう……。ここのところいつも妙にはしゃいでる感じだ。  俺たちの運命に抗おうとしているのだろうか……。  クラスの連中との件も含めて……由岐の思惑なんだろう……。  由岐は切り離されつつある。  由岐という人格に間宮卓司という人物が統一されるために……。  だから、俺も俺の仕事をしなきゃいけない……。  間宮の消滅という仕事……。  それはそれなりに達成されつつある……。  だが……、 「何か違和感を感じる……」  最近間宮卓司と会う機会が減っている。  たしかに、由岐が切り離されていくのならば、間宮卓司の人格はどんどん薄くなっていくという事だ。  ならば会う回数が減っていくのは頷ける。  だけど……、  果たしてそうなのだろうか……。  間宮卓司の人格は薄まっていっているのだろうか……。  俺の存在意義はあいつの人格の破壊。  自己否定の果ての消滅。  それが俺に課された使命。  それは間違いない……にもかかわらず……。 「なぜか間宮卓司の存在感が日増しに強くなっていく様な感じがする……」  特に今月に入ってから、より強く……アイツを感じる。  存在の希薄さどころか……俺や由岐に対する根源的な支配力を強めている感じすらする……。  どういう事だ……。 「もしかして……」  由岐はそれを感じているのか?  この違和感を由岐も感じてるから……。 「違和感……」 「たとえばさぁ、胸の感触とか?」 「胸の……かんしょ……ってわぁ!」 「って、なんだお前!」 「ハロ〜皆守ぇ」 「ば、バカっ、お前なんで風呂一緒に入ってるんだよ!」 「んー。今回は不可抗力……なんか気が付いたらここだった」 「だ、だからって風呂でなんか、き、消えろっ」 「どうだろうねぇー。あんたが私を呼んだんじゃないの?」 「俺が? お前を?」 「うん……強い疑問を感じたんでしょ……私に聞きたい事があるから……」 「……そんな事でお前は出てこれるのか?」 「さぁ、そんな気がしただけ、まぁ、何度も言うけど、切り離しはたしかに進行してるんだよ」 「でも、面白い事に、その過程で私の自由度がかなり増してるみたい……」 「自由度」 「うん、あんたが考える事がある程度分かる様になったっていうのは言ったよねぇ」 「そんな事言ってたな……」 「そうそう、あの自分会議で使う声じゃなくて、本当に内面とかの声が聞こえる感じかな……」 「それが、私の無意識状態でも分かる様になったんだよ」 「無意識の状態で?」 「うん、私が存在しない状況化、あんたとかの行動、言葉、そして内面まで分かる様になった」 「でも無意識状態なんだろ?」 「あ、だからね。夢に似てるかな」 「でも、今は俺の心の声に感化されて、ここに出てきたと言ってたなぁ……」 「うん、どうやら私の心と強く共鳴する様な事だと、私も目覚めるみたい」 「なるほど……だから……ここに?」 「うん……そんな感じであんた以外……もう一人の心の内が読み取れる様になったんだわさ……」 「もう一人? それって間宮卓司か?」 「そうだね……あの人の考えも聞こえる事がある……私が無意識にいる時……人格として存在しない時……皆守とか間宮卓司の心の声が聞こえる……」 「それで……ヤツはどんな事を?」 「あ、いや、下らない事しか考えてないよ。彼は基本」 「下らない?」 「そうそう、パンチラがこのアニメは無いとか、脚本がクソだからこのアニメはダメだとか……」 「そ、それは……本当に下らないな……」 「そう、本当に下らない……でも」 「……でも?」 「あ、何でもない……ただ、間宮卓司が本当にオナヌーばかりしてるんだなぁって分かったよ」 「そんなの心の中が読めなくたって分かるだろう……」 「そうなの?」 「あのバカの地下室は怪しげなものと怪しげなティッシュだらけだろうが……」 「地下室って彼の秘密基地か、あそこって行った事ある?」 「行くも何も、何度かあそこでアイツと入れ替わった事がある」 「ふーん……そうなんだ……」 「何だ? どうした?」 「私行ったこと無いんだよね……」 「そうなのか?」 「うん……あそこ行った事ない……つーか良く知らんかった」 「知らない?」 「うん、皆守もあそこの話なんてしなかったからさ」 「あ、いや……普通に知っているかと思ってた……」 「最近、彼の声が聞こえる様になって、あそこの存在を知った……」 「そこってどうなってるの?」 「どうなってるか? 気になるのなら行ってみればいいだろう。場所は知ってるんだろう?」 「あははは……なんか無理くさい」 「無理くさい?」 「ためしにさ、何度かあの地下室に行こうとしたんだわ……そしたら」 「シャットダウン……意識が消えてた」 「なんだそりゃ……」 「たぶん私に見せたくないんだと思う……」 「なぜ?」 「……まぁいろいろ考えられるけどね……」  いろいろ……か。 「そう、いろいろだよ……」 「ふぅ……気味悪いヤツだな……人の心読むな……」 「あははは、これ別に制御しているわけじゃなく、なんとなくそんな気がする程度なんだけどね……」 「それで? 俺の疑問……お前に聞こえたんだろ?」 「……間宮卓司の存在感……あんたが感じてる不安」 「ああ、そうだ……」 「……そうねぇ……」 「お前が切り離されはじめている……にもかかわらず、アイツの存在は弱まるどころか……」 「その存在感を強めている……って言いたいわけね」 「そうだ」 「気のせいじゃないの?」 「そんなわけないだろ。だいたいお前だって」 「今日と昨日、この二日間で彼が人格として存在した時間は0分」 「そ、そんな事、分かるのか?」 「わりかしね……あんたの場合、昨日は20:32から寝る24:35まで存在……今日は16:00から今に至るまで連続的に存在」 「ど、どういう能力なんだ……それ」 「だからさ、私の意識が無い時も、すべての意識にチャンネルが開かれてる様な感じなんだよ」 「それって、いつからなんだ?」 「さぁ……詳しく分かったのはホント最近、一昨日とかそのぐらい、もしかしたら、長らく出てこれなかった時にすでに得てた能力かもしれないけど……よく分からん」 「とりあえず、あんたが言う、間宮の存在感が強まっているって言うのは正しいとは言えない……」 「……“正しいとは言えない”とは相当回りくどい言い方だな……」 「うん……まぁねぇ。あんたが感じてる何かは……たしかに私も感じてる……」 「でも、それが何なのかは私にも分からない」 「なるほど……」 「ただ、今現在は、彼の精神活動はかなり微弱になってるのはたしかだよ」 「そうか……」 「へ?」 「お?」 「やっぱり二人で入ってたんだ……」 「な、ななななんで羽咲が!?」 「別にー、水着着てるんだから問題ないでしょ……」 「お、俺は裸だ!」 「……なら由岐さんは?」 「へ?」 「由岐さんいるんですよね」 「は、はい……」 「由岐さんは水着なんですか?」 「あのすみません……全裸です……」 「ま、待て、違うんだ羽咲っ」 「何がですか? 別に問題ないじゃないですか」 「私は水着だし、それに私にも由岐さんにも欲情しないんだもんねぇ」 「そ、そうだが……」 「あ、あの……もしかして羽咲ちゃん……怒ってるのかなぁ……」 「そんな事ありません……でも三人で入るって昨夜約束したじゃないですか……」 「私だけ仲間はずれなんてひどいです……由岐さん」 「あははははは……そうかも……」 「って、お前がバカな事言うからっっ」 「子供の私が真に受けて、こんな事……とか言いたいんですか? とも兄さん……」 「え? あ、うん、そうだ。由岐がバカな事言うから……」 「なら聞きますけど、この行動の何がバカなんですか?」 「き、兄妹で一緒に風呂なんて……だいたいこの歳で」 「私は水着着てる……」 「俺が全裸だ!」 「み、見ないもんっっ……べ、別に……」 「そういう問題じゃないだろ」 「ならどういう問題?」 「あ、いや……その、なんだ……あれだよ……なぁ由岐」 「別にいいんじゃねーの? だいたいあんたは私にも羽咲ちゃんにも欲情しないんでしょ?」 「そういう問題じゃないだろっっ」 「そう? そういう問題でしょ? 別に羽咲ちゃんはあんたのモノ見ても問題ないって言ってるし、あんたも欲情しないんなら問題ないじゃん」 「あ、いや……見ない様にするんで、見えるのは少し……」 「そっか」 「そっかじゃねーだろっっ。どういう〈落〉《お》とし〈所〉《どころ》なんだよっ」 「えー? なら何の問題があるんだよぉ。もしあんたが羽咲ちゃん見て暴走したら、私が無意識下に沈めてやるから安心しなよ」 「そんな事あるか……バカ」 「なんだよぉ。ならいいじゃん。私に欲情したら、まぁ許してやるよ。それどころか何かやってやらない事もないぞ」 「ふざけるな!」 「うん……少し由岐さん調子に乗りすぎ……」 「あう、羽咲ちゃんまで……いきなり総攻撃だ……」 「と言っても……別に何も思わないんだもんね……とも兄さんは……」 「そうだ……てな事でそろそろ上がる」 「まだ身体洗ってないじゃんかよぉ」 「うっさいっっ」 「うるさくないよぉ。身体を共有してる者としてあんまり不潔にされるの嫌だなぁー」 「とも兄さん……ちゃんと身体洗ってくれないかなぁ……そのためにお風呂沸かしてるんだから……」 「う……」  なんだこのカオス空間……。 「それはそれとして、なんであんた私の方全然見ないの?」 「見るわけないだろ!」 「なんでだよ。せっかくタダで見れるのにさ」 「いや……タダでも見る気なんてしない……」 「いちいちムカツク言い方だなぁ……」 「由岐さんって胸大きいんですか?」 「さぁどうだろう? どうなの皆守」 「知らねぇよ!」 「知らないってさ、私個人は良く分からん」 「ふーん……由岐さんって卓司兄さんの願望なんですよね」 「まぁ真実はどうだかって感じだけど設定的にはそうなんだろうねぇ……ところで何故?」 「由岐さん……とも兄さんの好みってどんななんですか?」 「って何で由岐に聞く!」 「だって、とも兄さん教えてくれないじゃないですか……」 「だとしても、由岐に聞いて分かるわけじゃないだろ……」 「そう? 私の最近獲得した能力忘れたの皆守? 今さっき教えたじゃないのよ」 「なっ」 「能力?」 「あ、いや、何でもないぞ……うん、羽咲、今日も良い天気だな」 「今、夜だし……」 「あ、そうだけど……夜空がな……」 「お風呂場から別に見えないよ……それより能力って何ですか由岐さん」 「うん、あのね……」 「うるさい! うるさい! もうこの話は禁止だ!」 「なんでです。私とも兄さんに聞いてません!」 「だとしても、俺に関わる個人情報だろうが!」 「だってとも兄さん、教えてくれないんだもん」 「なんでそんな事知りたがるんだよ……兄妹でそんな事知る必要ない」 「そんな事ないもん! 兄妹だからこそ、そういう事に対してオープンだっていいんだよ」 「ほう、ならお前のタイプはどんななんだ?」 「え?」 「ほら、答えられないだろう……だからな」 「…………人……」 「はぁ?」 「意地悪な人!! わ、私が好きな人は……」 「意地悪な人が好き? なんだその趣味の悪さは……」 「〈良〉《い》いの! その方が優しさが目立つから、好きになったりするんですっっ」 「ふーん……」  そんなもんかねぇ……女心というのは良く理解出来ないな……。 「い、言いましたっっ。次、とも兄さんの番ですっ」 「え? 何それ?」 「ほら、言っちゃいなさいよー。約束なんだからさぁ」 「約束なんてしてないだろ?」 「した! だから私の好きなタイプ言ったの!」 「んなアホな……」 「アホなじゃないよ……アホはあんたなんだからさぁ……」 「何、貴様、さっきからニヤニヤしてる……」 「いやぁねぇ……なんかお姉さん的にいろいろ楽しいなぁ……って思っててねぇ」 「早く言って! 約束なんだからっ」 「お、俺の?」 「そうだよ……皆守の好きなタイプ言ってみてよ」 「ならお前はどうなんだよ! 由岐は!」 「私? 私は皆守の事好きだよ」 「へ?」 「むぅ……」 「な、何をお前……」 「……なんかとも兄さんうれしそう……」 「な、何見てるんだ! どこがうれしそうな顔なんだよ!」 「顔笑ってる……」 「引きつってるんだ!」 「由岐さん……とも兄さん好きなんですか?」 「うん、皆守はイイヤツだよ。他の人間あんまり知らないつーのあるけど、皆守ほどの魅力は感じないかなぁ……」  何があまり知らないだ……クラスの連中と仲良くやってるじゃないか……。 「わ、わりかし……正直なんですね……」 「うん、まぁ、片思いだけどね」 「え? そ、そうなんですか?」 「うん、そうだよ。だって皆守の心の中ってたった一人の女の子で埋まってるもの」 「たった一人の女の子?」 「ってぇ! 何貴様ら勝手な話してるっっ。当事者の目の前で当事者抜かして、勝手に話し進めるなぁ!」 「やっぱり、とも兄さん好きな人とかいるんですか?」 「いるわけないだろっ」 「ふふふ……大丈夫だよ。羽咲ちゃん。こいつが羽咲ちゃんの事以外考えるなんて無いからさ」 「……」 「で、でもそれって……」 「それって妹として……ですよね」  何言ってるんだこいつ……。妹以外って……。  とは言っても……妹としてしか見えないとか言うから、意地になっている部分があるのもたしかだし……。  あえて、違うとでも言っておくという手もあるのか……、まぁその場合の答え方も気をつけないといけないけどな……。 「当たり前だろ!」 「……そうなんだ……」 「くすくす……さぁね……どうだろうね……まぁいいじゃん。皆守が他のどっかの女の事なんて考えてないのはたしかなんだからさ……」 「……」 「くすくす……いいじゃん羽咲ちゃん。だってさ、羽咲ちゃんが好きな人って意地悪なんでしょ?」 「……うっ」 「だったら、簡単に素直にならない方がそれらしくて良いんじゃないのぉ?」 「……そんな事ありません」 「由岐さんって、何で好きな人の前でそんな態度でいられるんですか?」 「へ?」 「だ、だからさぁ、これはこいつの冗談でだな……羽咲」 「そんな態度ってどんな感じ?」 「今、裸なんですよね……」 「うん……まぁ、皆守も見ないって言ってるし、見る甲斐性もないからねぇ」 「……そうなんだ」 「そんな感じぃー」 「そうですよね……どうせ、とも兄さんなんて甲斐性なしですもんね……」 「お?」 「羽咲?」 「あら? 羽咲ちゃん出て行っちゃったよ……」 「ふぅ……」 「何、安心しきった顔してるんだよ皆守」 「当たり前だ。お前だけでも大変なのに、妹まで風呂に入られたら気が散ってたまらん」 「妹って……こういう時だけは羽咲ちゃんは妹になるんだねぇ……」 「そうですね……こういう時は妹……」 「あれ? 羽咲ちゃん? 脱衣場に居たの?」 「はい……居ましたよ……だって……」 「へ?」 「っ!?」 「まだ身体洗ってませんもの……」 「ば、バカっ、羽咲お前、水着っっ」 「水着じゃ身体洗えないし……」 「ば、バカ、そういう問題じゃないだろっ」 「ならどういう問題? だいたい私はとも兄さんの妹なんだから問題ないんじゃ?」 「ば、バカかっ。ガキじゃあるまいしっ」 「本当にとも兄さんは都合の良い時だけ、私は子供だったり大人だったりするんですね……」 「そ、そういう問題じゃなくて……」 「どっちにしろ、由岐さんは裸なんでしょ?」 「ゆ、由岐は所詮脳内の存在だろ!」 「でも、とも兄さんには実在するのと変わらない」 「いや、だからと言って……」 「問題ないと思います。こっち見なければいいだけの話だし……」 「お、おいっっ由岐っっ」 「わ、私かよっ」 「お前が下らない事言うから、羽咲がっ」 「そうか? この場合は原因はあんただと思うけど?」 「いつまで身体洗ってるんですか? とも兄さんも湯船につかればいいと思う」 「はぁ? そんな小さい湯船に二人とか入れるか!」 「ふーん、やっぱり欲情しそうで恐いんですね」 「な、なわけあるかっ」 「なら問題ないじゃないですか……」 「ま、まだ身体洗うからいいんだよ……」 「ふーん、そうですか……」 「って、お前っっ」 「どいてください。私も身体洗うから」 「あ、いや……椅子一つしか……」 「地面に座るから問題ないもん」  な、なんだこの状況……。 「お、俺……そろそろ上がろうかなぁ……」 「全然、身体洗ってないじゃないですか……」 「あ、いや、俺、カラスの行水タイプだから」 「私は長湯のタイプだよ」 「ほら」 「由岐、てめぇ、いらない事っっ」 「良いじゃん。あんた妹には欲情しないんでしょ?」 「欲情するとかしないとかの問題じゃねぇっ」 「なら、どんな問題?」 「もう、いいからさぁ、ちゃっちゃと身体洗おうよぉ……頭も洗ってないしさぁ」  ったく……由岐は女だから良いかもしれんが……。 「何? 実は目の前に座られるとたまったもんじゃないって?」 「ゆ、由岐っ」 「本当は、羽咲ちゃんの事、妹なんて割り切ってないんでしょう?」 「そんなわけあるかっ」 「そう?」 「ホント、羽咲ちゃんが言う通りに都合の良い時だけ妹なんだねぇ……」 「うるさいっ」 「……またとも兄さんは、由岐さんと内緒話ですか?」 「な、内緒話って、そ、そんな大層なもんじゃないっ」 「そう? あんたが羽咲ちゃんの事どう思ってるか、とか大層な話でもないの?」 「……へぇ、それはたしかにとも兄さんにとってはどうでも良さそうですね……」 「そ、そういう意味ではなくて……」 「あら、あら、また羽咲ちゃんを不機嫌にさせてからに……もう皆守は」 「お前が原因だろっっ」 「ふぅ……もう、どうでもいいです」 「んじゃ、そろそろ俺上がるからっ」 「ちょ、待ってよ。コンディショナーとトリートメントつけてないしっ」 「なんじゃそりゃ?」 「あ、これ由岐さんのだったんですか?」 「そだよ」 「そのメーカーの良いですか?」 「どうだろうねぇ、ネットでは評判良かったよ」 「値段高いですよねぇ……」 「使う?」 「え? いいんですか?」 「いいよ別に」 「そんな事どうでもいいから上がらせろ!」 「どうでも良くない。とも兄さんは黙ってて」 「これってどのくらいつけるもんなんですか? 特にこのトリートメントがチューブ状になってるんで」 「つけてあげようか?」 「え?」 「アホかお前……羽咲には俺とお前が同じに見えるんだから、OKなんて出すわけないだろ」 「……由岐さん、頼んでも良いですか?」 「うん、良いよ」 「って無視の上に、OKなのかよっ」 「さっきからとも兄さんうるさい。会話に関係無い事ばかり言わないでください」  由岐は羽咲の後ろ側に回る。  まぁ、後ろの方がいろいろと見える心配が無くて良いと言えば良いが……。 「このコンディショナーはねぇ……羽咲ちゃんの髪の毛だとだいたいこのぐらいかなぁ」 「あ、だいたいシャンプーとかと同じなんですね」 「うん、まぁ液体の粘度も同じぐらいだからねぇ」 「んじゃ、お願いできますか?」 「うん」 「っ!? な、なんだ??」  由岐が羽咲の頭に触れると……何故か俺の指が羽咲の頭を撫でていた。 「ゆ、由岐てめぇっ」 「まぁ、まぁ、たまには兄妹で仲良くやってよ。ついでにトリートメントの方は中指の第一関節の大きさぐらい出して、まんべんなく塗るのね……」 「って、どういう事だ」 「おやすみ……なんか眠いから落ちるわ……」 「落ちるってお前……そんなログアウトみたいに……気楽に」 「おいっ」 「え?」 「あ、あの……」 「はい?」 「由岐が消えた……」 「え?」 「あ、いやいつものヤツなんだけど……」 「という事は……今」 「完全な二人っきりなのな……」 「二人っきりっっ」  その言葉を聞いて突然、羽咲が真っ赤になる。  いや……それも少しおかしいだろ。お前から見たら最初っから二人っきりなんだし……。  などと言うツッコミも入れられないぐらい……なぜか俺は動揺していた。 「あ、あのさ……トリートメントとか分からないから……あがっていいか?」 「……」 「あ、あのさぁ。由岐がいるとノリみたいな感じもあるけど、やっぱりまずいんでな……」  いや、正直由岐がいたってまずいんだが……なんかあのバカの悪ノリと羽咲の意地でこんななっちまったわけで……。 「あははは……あがるわ」  と立ち上がろうとした俺の腕を羽咲がつかむ。 「へ?」 「ここまでやったんだったら、最後までやって」  ここまでやったんだったら、最後まで……。 「って、意味分からんっっ」 「あのね……一度目つぶっちゃったから、開けられないの……」  一度目をつぶったから開けられない……分かる様な分からない様な……。  たしかにシャンプー中に一度目をつぶった後に開くとしみる事が多い様な気もする……。  なんだが……。 「いや……だが……」 「わ、私は所詮は妹なんだから、問題ないんでしょ。それに……裸だってもうさっきからだし……」 「あ、いや……一応、見ないように最善の努力は払ってましたが……」 「な、ならそのまま最善の努力で続行してくれてもいい」  いや“いい”とかじゃないし……。  うむ……何だか訳の分からない事になったぞ……なんで俺は羽咲と二人っきりで風呂入って、さらに頭まで洗わなきゃいけないんだろう……。  つーか……。  本心……いくら何でも、羽咲と二人っきりとかまずい……。  いくら相手が妹と言っても……この歳で互いに全裸とかありえない……。 「とも兄さんっ」 「う、うむ……」  何だか羽咲に気圧される形で、頭にコンディショナーとやらをなじませる作業を続ける事になる……。  これが、残念な事にやってみると、由岐の経験がそのまま身体に残っているらしく、自分でも信じられないぐらいうまい具合に出来てしまう。 「あははは……とも兄さんかなりうまいですね……って、もしかして由岐さんの頭を?」 「違う……そんな事断じてない。アイツと俺は身体を共有しているせいで、身体で覚えた経験とかスキルはだいたい他のヤツも使えるんだ……」 「そうなんだ」 「ああ、だから、あの間宮卓司だって、本来俺たちが出来る事ならすべて出来る」 「ふーん……んじゃトリートメントの使い方分かるんだ」 「ってお前!」 「トリートメントの方もお願いしますね」 「あ、あのな」 「っ!?」  羽咲が俺の手を握る。  その手は小さく柔らかく……暖かかった……。  そして……、  震えていた……。  ……。 「……どうした羽咲」 「う、ううん……」  羽咲が泣いてるのはすぐに分かった……。  声が出ていたわけじゃない。  もちろん、後ろにいるんだから羽咲の顔が見えるわけじゃない……。  でも羽咲が泣いていたのはすぐに分かった。 「とも兄さんが、何故私を避けようとするのか……だいたい理由は分かる……」 「でも……そんなの勝手だよ……」 「避ければ避けるほど……絆が深くならないなんて……そんなのとも兄さんの勝手な思い込みだよ……」  直接的には言わなかった。  でも、暗に羽咲は俺を責めていた……。  俺という存在が消える事そのものでは無く……俺が消える存在だから、彼女との絆を深めない様にしていた事を……。  いや、深めない様にしているつもりで……羽咲との絆を強めていた事を……か。 「私……とも兄さんのこれからの事も……由岐さんのこれからの事も……詳しくは知らない……」 「だって知っても……私にはどうにもならないから……」 「でも、知らなくても分かる事だってある……」 「羽咲……」 「だから……」 「トリートメントっっ」 「はぁ?」 「そのぐらいしてっ、わ、私だってこんなの恥ずかしいんだからっ」 「へ? は、恥ずかしいのか?」 「あ、当たり前でしょっっ」 「だ、だって……お前から風呂入ってきて……水着脱いでおきながら……」 「そ、それは……ああ、うるさいっ。恥ずかしくても、なんかやっちゃう事だってあるの! 女の子は!」  威勢良く飛び出した言葉。  女の子は恥ずかしくてもやっちゃう事がある……そういうものなんだろうか……。  なんだか、良く分からんが……俺は何となく納得する事にした。 「……ど、どこの世界に裸見られて恥ずかしくない人がいるんですか……」 「いや、露出狂とか?」 「私をそんなもんと一緒にしないでくださいっっ」 「あ、いや……すまん」  えっと……なんかどうも調子が狂う。 「私が恥ずかしくもなくこんな事やってると思ってるんですか?」 「いや……ならなんでこんな事……」 「だ、だからそういう事だってたまにあるんですっ。あれです。あの……絶対に事故を起こさない原発だって事故が起こるのと同じ、そうそれと同じなのっ」  いや……そんなもんと同じではないだろう……。 「とりあえずそろそろコンディショナーを流してください……」 「あ、分かった……」 「ぷはっ……、すっきり……わぁ、すごい髪の毛さらさらだぁ」 「うむ……」  コンディショナーをつけている時から滑り心地は良かったが、その滑り心地は水で流すとさわり心地の良いさらさらに変わっていた。  うっ……確実に男の髪の毛のさわり心地と違う……いや、こいつが幼すぎるからか?  こいつ年齢よりも遙かに幼く見えるからな……。  そういうところは間宮の血か……。 「次もやって」 「わ、分かった……」  もう流れ的に抵抗する雰囲気でもない……俺は素直に、由岐に教わった分量を羽咲の髪の毛に塗りつけていく。  なんだかトリートメントというのは、シャンプーやリンスよりも粘度が高く、何というか糊とかの感触に近い……。 「あ……なんだか面白い感覚だ……」 「これって髪の毛につけるもんなんだな……なんか形状が他の何かみたいだ……」 「ああ、なんかチューブ状だからね。シャンプーとかリンスとは違うね」 「羽咲は今まで何を使ってたんだ?」 「ん? たぶんとも兄さんと同じだよ。シャンプーとリンス……前から、この二つの容器は気になってたんだけど……特にトリートメントの方が使い方分からなくて……」  確かに、使ってみれば、他と同じなのだが……知らないと顔に塗るものに見えたりもする……化粧落としとかたしかこんな形だった様な気もするし……。 「流すぞ……」 「え? もう?」 「ああ、これはすぐに流すんだよ……」  トリートメントを軽く流す。  ほんの簡単に流すだけでも良いらしいが、肌が弱かったりするとかぶれたりするので、羽咲には念入りに水で落としておいた。  それでも、さすがリンスと比べものにならないくらい髪の毛がさらさらになった。 「ぷはぁ……わぁすごいすごいっ」 「ふぅ……良かったな」 「うんっ」  と元気よく羽咲はこちらを振り向く。  位置的に振り向いた場所は俺の……、 「……き」  悲鳴を出すか、下手したら、急所を殴られる事を警戒したが……。 「きゅぅ……」 「は、羽咲っっ」  羽咲はそのまま倒れ込んでしまう。 「は、羽咲っ」 「って、お前!」 「……って、あれ?」 「ふぅ……目覚めたか……」 「あれ、私……お風呂……」 「そうだよ。風呂場で茹だったんだよ……」 「あ、そうか……」 「そうか、じゃないだろ……ったく」 「……」 「何だ?」 「あ、いや……その倒れたって事は……」 「ああ……あのな、見てないからな……少ししか……」 「これ……とも兄さんのパジャマ……」 「下着とか分からなかったし……それ以前にあんなもの目つぶってはかせられないから、俺のパジャマにした……」 「あ、本当だ……下着無いや……」 「ち、ちゃんと洗濯したもんだから、直接肌に触れても汚くはない……と思う……」 「なんで、とも兄さんのパジャマを汚いとかなるのかなぁ……」 「いや、着替えてなきゃ汚いだろ」 「そうじゃなくて、今、汚いの前提みたいな話し方だった……」 「あ、いや……兄のパジャマなんか着たくないかもしれないと……思って……」 「……」  また俺の発言に何かしらかみついてくると思ったが……羽咲はにっこり笑って。 「そんな事ないよ。とも兄さんのにおいがして幸せだよ」 「……」 「って何だそりゃ」 「そのままの意味……」 「ふぅ……んじゃ、お前はこのまま俺の布団で寝てろよ……」 「あ、そういえば……とも兄さんの部屋だ……」 「お前の部屋なんて入れないだろ……というか、俺も焦ってたし、とりあえず勝手の分かる自分の部屋に運んだんだ」 「そうか……」 「あ、動くなよ。たぶん茹だったというより貧血みたいなもんだから、動かないで休んでろ」 「え? とも兄さんは?」 「俺はソファーで寝る」 「……あれだよとも兄さん……」 「なんだよ」 「もしかしたら、この後、気持ち悪くなるかもしれないよ……頭の血管が切れたりしてると後から症状が出るんだよ……」 「ふぅ……ウチの家系で〈脳溢血〉《のういっけつ》で死んだヤツはいないと思うが?」 「その最初が私になるかも……」 「それで? どうしてほしいんだ?」 「一緒に寝よ」 「あのな……」  といつも通り文句を言ってやろうと思ったが…… 何となくやめた。  何となく、羽咲の言葉が心に突き刺さっていたのかもしれない……。 「避ければ避けるほど……絆が深くならないなんて……そんなの勝手な思い込みか……」 「あ……」 「何でもない……まぁ、良いだろう……たしかに、お前がおねしょとかしたら大変だからな」 「ちょ、おねしょなんてしない……というかおねしょとかとも兄さんがどうする事も出来ないじゃないっ」 「そうか? みんなにバレないように干す方法とか考えてやるぞ」 「そんなの自分で考えるし……っていうかおねしょなんかしないし!」 「そうか……まぁいいや」  その日、羽咲と俺は同じ布団で寝た。  何か、それは懐かしい感覚だった。  たぶん、俺の知らない記憶……間宮の記憶の中にそういうものがあったんだろう……。  そんな気がする……。 「それだけじゃない……」 「そ、それだけじゃないって……どういう」 「妹であり、そして守らなきゃいけない人間だ」 「……守らなきゃ?」 「そうだ……由岐もそうだけど、俺もお前をちゃんと守らなきゃいけない……兄として、いやそれ以上、お前の兄であり父親でなければならない」 「それが俺たちの存在意義だからな……」 「なるほど、その場合は私は姉でありお母さんという事か……」 「見た目は男だけどな」 「そんな事ないぞ。こんなボインだぞっ」 「うるさいすりつけるなバカ!」 「何やってるんですか……由岐さん……」 「あ、あははは、ごめんね」 「でも……とも兄さんの言う事は正しいんだろうと思う……けど何かその答え、喜べないかも」 「なぜだ?」 「あ、いや何でも……でもとも兄さんは私の事をちゃんと考えてくれてるんだよね……それは分かる……それは分かってる……」 「けど……」 「けど?」 「皆守にしてはまともな答えで、逆に羽咲ちゃんが困ってるんだよ……」 「でも、それが本心だ……父親が死に、母親があんな事になってしまった今、誰が羽咲を守る?」 「俺は、由岐の言う通りに羽咲の事を考えてる……でも、そうでもしなきゃ、羽咲を守れない……」  本心ではあった……。  たしかに……これは羽咲との距離を取るために選んだ発言でもあるけど……でも本心だ。 「はははは……こんな時にそんな台詞……ホント…………………」 「ん?」 「何でもない……何でも……本当……私の趣味ってやっかいだな……」 「なんだそりゃ?」 「んじゃ、そろそろ私あがるよ……どっちにしても水着じゃ、身体洗えないからな……」 「さすがに兄の前といえども水着を脱ぐのは問題だからね……」 「んじゃ、俺あがる、そろそろ……」 「え? ゆっくりしていきなよ」 「いや、身体は洗ったし……なぁ由岐」 「……んまぁ……いいか……」 「本当はもう少し洗いたいけど……」 「え?」 「あ、なんでもない、なんでも……」 「んじゃな……ゆっくり……」 「う、うん……」 「あんな事あんたが言うと思わなかった……」 「嘘はついてなかっただろ……」 「まぁね……彼女と距離をとるためって言うのはあるけど……本心ではあるか……」 「ああ……本心だよ」 「まぁ、たしかに羽咲ちゃんを守っていきたいって気持ちは分かるよ……」 「俺にはその時間はあまり無いけどな……」 「またそういう事言う……」 「実際、本当の事だ……」 「何を持って本当なのよっっ」 「そんな事よりな……由岐」 「何?」 「目のやり場に困るから、服着てくれ……」 「えー、私結構風呂上がりは全裸好きなんだよねぇ……」 「好きとかそういう問題じゃねぇ! ウザイから服着ろ!」 「なんだよサービスでもあるのに……」 「そういうのを、ありがた迷惑って言うんだよっ」 「ったく……まぁいいや……どっちにしろ、限界だったんだわ」 「限界?」 「あ、ごめん……話途中だけど……」 「由岐……?」  由岐は突然消えてしまう。  まるで限界値を超えて電池がきれたディスプレイの様に突然見えなくなる……。 「無理しているんだろうな……アイツなりに……」 「どうでも良い……そんな事……」 「ど、どうでも良いって……とも兄さんっっ」 「つーか出るぞ由岐」 「へ? まだ頭とか洗って……」 「うるさいっっ」  俺は急いで風呂場を出る。  俺が出た瞬間振り返ると、すでに由岐の姿はなかった。 「無理してたのか……なんでこんな事のために無理をするんだ……あいつ……」 「って、お前っっ」 「どいてください。私も身体洗うから」 「あ、いや……椅子一つしか……」 「地面に座るから問題ないもん」  な、なんだこの状況……。 「お、俺……そろそろ上がろうかなぁ……」 「全然、身体洗ってないじゃないですか……」 「あ、いや、俺、カラスの行水タイプだから」 「私は長湯のタイプだよ」 「ほら」 「由岐、てめぇ、いらない事っっ」 「良いじゃん。あんた妹には欲情しないんでしょ?」 「欲情するとかしないとかの問題じゃねぇっ」 「なら、どんな問題?」 「もう、いいからさぁ、ちゃっちゃと身体洗おうよぉ……頭も洗ってないしさぁ」  ったく……由岐は女だから良いかもしれんが……。 「何? 実は目の前に座られるとたまったもんじゃないって?」 「ゆ、由岐っ」 「本当は、羽咲ちゃんの事、妹なんて割り切ってないんでしょう?」 「そんなわけあるかっ」 「そう?」 「ホント、羽咲ちゃんが言う通りに都合の良い時だけ妹なんだねぇ……」 「うるさいっ」 「……またとも兄さんは、由岐さんと内緒話ですか?」 「な、内緒話って、そ、そんな大層なもんじゃないっ」 「そう? あんたが羽咲ちゃんの事どう思ってるか、とか大層な話でもないの?」 「……へぇ、それはたしかにとも兄さんにとってはどうでも良さそうですね……」 「そ、そういう意味ではなくて……」 「あら、あら、また羽咲ちゃんを不機嫌にさせてからに……もう皆守は」 「お前が原因だろっっ」 「ふぅ……もう、どうでもいいです」 「んじゃ、そろそろ俺上がるからっ」 「ちょ、待ってよ。コンディショナーとトリートメントつけてないしっ」 「なんじゃそりゃ?」 「あ、これ由岐さんのだったんですか?」 「そだよ」 「そのメーカーの良いですか?」 「どうだろうねぇ、ネットでは評判良かったよ」 「値段高いですよねぇ……」 「使う?」 「え? いいんですか?」 「いいよ別に」 「そんな事どうでもいいから上がらせろ!」 「どうでも良くない。とも兄さんは黙ってて」 「これってどのくらいつけるもんなんですか? 特にこのトリートメントがチューブ状になってるんで」 「つけてあげようか?」 「え?」 「アホかお前……羽咲には俺とお前が同じに見えるんだから、OKなんて出すわけないだろ」 「……由岐さん、頼んでも良いですか?」 「うん、良いよ」 「って無視の上に、OKなのかよっ」 「さっきからとも兄さんうるさい。会話に関係無い事ばかり言わないでください」  由岐は羽咲の後ろ側に回る。  まぁ、後ろの方がいろいろと見える心配が無くて良いと言えば良いが……。 「このコンディショナーはねぇ……羽咲ちゃんの髪の毛だとだいたいこのぐらいかなぁ」 「あ、だいたいシャンプーとかと同じなんですね」 「うん、まぁ液体の粘度も同じぐらいだからねぇ」 「んじゃ、お願いできますか?」 「うん」 「っ!? な、なんだ??」  由岐が羽咲の頭に触れると……何故か俺の指が羽咲の頭を撫でていた。 「ゆ、由岐てめぇっ」 「まぁ、まぁ、たまには兄妹で仲良くやってよ。ついでにトリートメントの方は中指の第一関節の大きさぐらい出して、まんべんなく塗るのね……」 「って、どういう事だ」 「おやすみ……なんか眠いから落ちるわ……」 「落ちるってお前……そんなログアウトみたいに……気楽に」 「おいっ」 「え?」 「あ、あの……」 「はい?」 「由岐が消えた……」 「え?」 「あ、いやいつものヤツなんだけど……」 「という事は……今」 「完全な二人っきりなのな……」 「二人っきりっっ」  その言葉を聞いて突然、羽咲が真っ赤になる。  いや……それも少しおかしいだろ。お前から見たら最初っから二人っきりなんだし……。  などと言うツッコミも入れられないぐらい……なぜか俺は動揺していた。 「あ、あのさ……トリートメントとか分からないから……あがっていいか?」 「……」 「あ、あのさぁ。由岐がいるとノリみたいな感じもあるけど、やっぱりまずいんでな……」  いや、正直由岐がいたってまずいんだが……なんかあのバカの悪ノリと羽咲の意地でこんななっちまったわけで……。 「あははは……あがるわ」  と立ち上がろうとした俺の腕を羽咲がつかむ。 「へ?」 「ここまでやったんだったら、最後までやって」  ここまでやったんだったら、最後まで……。 「って、意味分からんっっ」 「あのね……一度目つぶっちゃったから、開けられないの……」  一度目をつぶったから開けられない……分かる様な分からない様な……。  たしかにシャンプー中に一度目をつぶった後に開くとしみる事が多い様な気もする……。  なんだが……。 「いや……だが……」 「わ、私は所詮は妹なんだから、問題ないんでしょ。それに……裸だってもうさっきからだし……」 「あ、いや……一応、見ないように最善の努力は払ってましたが……」 「な、ならそのまま最善の努力で続行してくれてもいい」  いや“いい”とかじゃないし……。  うむ……何だか訳の分からない事になったぞ……なんで俺は羽咲と二人っきりで風呂入って、さらに頭まで洗わなきゃいけないんだろう……。  つーか……。  本心……いくら何でも、羽咲と二人っきりとかまずい……。  いくら相手が妹と言っても……この歳で互いに全裸とかありえない……。 「とも兄さんっ」 「う、うむ……」  何だか羽咲に気圧される形で、頭にコンディショナーとやらをなじませる作業を続ける事になる……。  これが、残念な事にやってみると、由岐の経験がそのまま身体に残っているらしく、自分でも信じられないぐらいうまい具合に出来てしまう。 「あははは……とも兄さんかなりうまいですね……って、もしかして由岐さんの頭を?」 「違う……そんな事断じてない。アイツと俺は身体を共有しているせいで、身体で覚えた経験とかスキルはだいたい他のヤツも使えるんだ……」 「そうなんだ」 「ああ、だから、あの間宮卓司だって、本来俺たちが出来る事ならすべて出来る」 「ふーん……んじゃトリートメントの使い方分かるんだ」 「ってお前!」 「トリートメントの方もお願いしますね」 「あ、あのな」 「っ!?」  羽咲が俺の手を握る。  その手は小さく柔らかく……暖かかった……。  そして……、  震えていた……。  ……。 「……どうした羽咲」 「う、ううん……」  羽咲が泣いてるのはすぐに分かった……。  声が出ていたわけじゃない。  もちろん、後ろにいるんだから羽咲の顔が見えるわけじゃない……。  でも羽咲が泣いていたのはすぐに分かった。 「とも兄さんが、何故私を避けようとするのか……だいたい理由は分かる……」 「でも……そんなの勝手だよ……」 「避ければ避けるほど……絆が深くならないなんて……そんなのとも兄さんの勝手な思い込みだよ……」  直接的には言わなかった。  でも、暗に羽咲は俺を責めていた……。  俺という存在が消える事そのものでは無く……俺が消える存在だから、彼女との絆を深めない様にしていた事を……。  いや、深めない様にしているつもりで……羽咲との絆を強めていた事を……か。 「私……とも兄さんのこれからの事も……由岐さんのこれからの事も……詳しくは知らない……」 「だって知っても……私にはどうにもならないから……」 「でも、知らなくても分かる事だってある……」 「羽咲……」 「だから……」 「トリートメントっっ」 「はぁ?」 「そのぐらいしてっ、わ、私だってこんなの恥ずかしいんだからっ」 「へ? は、恥ずかしいのか?」 「あ、当たり前でしょっっ」 「だ、だって……お前から風呂入ってきて……水着脱いでおきながら……」 「そ、それは……ああ、うるさいっ。恥ずかしくても、なんかやっちゃう事だってあるの! 女の子は!」  威勢良く飛び出した言葉。  女の子は恥ずかしくてもやっちゃう事がある……そういうものなんだろうか……。  なんだか、良く分からんが……俺は何となく納得する事にした。 「……ど、どこの世界に裸見られて恥ずかしくない人がいるんですか……」 「いや、露出狂とか?」 「私をそんなもんと一緒にしないでくださいっっ」 「あ、いや……すまん」  えっと……なんかどうも調子が狂う。 「私が恥ずかしくもなくこんな事やってると思ってるんですか?」 「いや……ならなんでこんな事……」 「だ、だからそういう事だってたまにあるんですっ。あれです。あの……絶対に事故を起こさない原発だって事故が起こるのと同じ、そうそれと同じなのっ」  いや……そんなもんと同じではないだろう……。 「とりあえずそろそろコンディショナーを流してください……」 「あ、分かった……」 「ぷはっ……、すっきり……わぁ、すごい髪の毛さらさらだぁ」 「うむ……」  コンディショナーをつけている時から滑り心地は良かったが、その滑り心地は水で流すとさわり心地の良いさらさらに変わっていた。  うっ……確実に男の髪の毛のさわり心地と違う……いや、こいつが幼すぎるからか?  こいつ年齢よりも遙かに幼く見えるからな……。  そういうところは間宮の血か……。 「次もやって」 「わ、分かった……」  もう流れ的に抵抗する雰囲気でもない……俺は素直に、由岐に教わった分量を羽咲の髪の毛に塗りつけていく。  なんだかトリートメントというのは、シャンプーやリンスよりも粘度が高く、何というか糊とかの感触に近い……。 「あ……なんだか面白い感覚だ……」 「これって髪の毛につけるもんなんだな……なんか形状が他の何かみたいだ……」 「ああ、なんかチューブ状だからね。シャンプーとかリンスとは違うね」 「羽咲は今まで何を使ってたんだ?」 「ん? たぶんとも兄さんと同じだよ。シャンプーとリンス……前から、この二つの容器は気になってたんだけど……特にトリートメントの方が使い方分からなくて……」  確かに、使ってみれば、他と同じなのだが……知らないと顔に塗るものに見えたりもする……化粧落としとかたしかこんな形だった様な気もするし……。 「流すぞ……」 「え? もう?」 「ああ、これはすぐに流すんだよ……」  トリートメントを軽く流す。  ほんの簡単に流すだけでも良いらしいが、肌が弱かったりするとかぶれたりするので、羽咲には念入りに水で落としておいた。  それでも、さすがリンスと比べものにならないくらい髪の毛がさらさらになった。 「ぷはぁ……わぁすごいすごいっ」 「ふぅ……良かったな」 「うんっ」  と元気よく羽咲はこちらを振り向く。  位置的に振り向いた場所は俺の……、 「……き」  悲鳴を出すか、下手したら、急所を殴られる事を警戒したが……。 「きゅぅ……」 「は、羽咲っっ」  羽咲はそのまま倒れ込んでしまう。  ………………。  …………。  ……。 「……」 「……っ?」 「……空?」 「ここは?」 「B棟? 時間は昼?」 「おれは……」  どうしたんだ……。  意識が混乱している……。  こんな事……しばらく無かった。 「……どうやら今回のは結構長そうだな……」  感覚的にだが……瞬時に分かった。 非常に長い時間……自分の意識が無かった事……。  長くなればなるほど……意識が戻る時の反動が大きい。この感じなら相当な時間が流れていたのだろう。  だが、手に取った携帯電話の時間を見て、単なる驚きは恐怖をともなったものに変わった……。 「7月10日金曜日……12:05だと……」  これほどの長い時間の跳躍は久しぶり……いやさすがに初めてだ。  記憶をゆっくりたどってみる……最後の記憶……。  ……。  一番最後の記憶はたしか、風呂場の一件があった、あの日だろう……。  日付は7月6日……だとしたらあれからおよそ4日間……。  こんな長期間の時間跳躍を体験した事はない……。 「なんでこんな長時間、意識が表に出なかったんだろうか……」 「驚愕……というより……正直に恐怖だな……」 「時間跳躍は、今まで何度も経験していた事だが……時間の長さが違うとこれほど精神的なショックは大きいものなのか……」 「由岐は、こんな気持ちだったんだろうか……」  あいつは、まるで他人事みたいにただ驚いていただけだった……。  よくもあれだけの時間の跳躍を経験して、あんな態度をとれるな……。  本当に大した女だ……。  ここまで、意識が無い状態が続くと……まるで強制的に追いやられているみたいな感じだ……。  強制的に追いやられる……。  意識が無い状態からの目覚めは……まるで長い夢でも見た後の様に……強い虚脱がある。  由岐はそれ以上だっただろう……。  それ以上……、  それ以上って……どんなだ?  俺はたかだか4日消えていただけ……由岐みたいに数週間も意識を失っていたわけじゃない。  4日間でこれほどの虚脱感があるならば……数週間ならばどんな事になるだろう……。  想像すら出来ない。  その状況からでも、意識を再構築する事は可能なのだろうか?  意識が拡散したまま戻る事など簡単に出来るのだろうか?  今日の時間の跳躍を経験して思う事は…… その状況は、停止ではなく消去に近い。  意識上に浮き上がってこられる方が不思議なくらいの感覚……そのぐらいの強制力……。  だとしたら……その強制力は……、 「意識を抑える力と言うよりは……消し去るための強制力……」 「……」  そうだ……、 「そうなのか……由岐……お前……」  なんてまぬけなんだ……俺は……まったくその事実に気が付かなかった……。  考えてみれば当然だ。  あれは意識停止なんてものではない……。 「由岐はすでに……消去されかかっていた……」  たまたま長期間ヤツの人格が活動を停止していたなんて事はあり得ない。  すでに由岐の存在は消去されかかっていた。  だから切り離された新しい人格“水上由岐”が発生していた。  羽咲を架空の姉妹と認識する新しい人格“水上由岐”は、由岐が消去させられたからこそ、形成され、意識上にのぼってきた。  だとするならば、由岐はすでにいらないもの……新しき人格の形成においては邪魔以外の何物でもない。  だから、あいつがやたら何かを焦っていた……。 「由岐……あいつ……」  あいつは、無理して意識をつなぎ止めようとしていると言っていた。  その発言を俺は何の疑問も無く受け入れていた……。  今までと同じ事の延長線上で理解していた……。 「違う……今までの延長線なんかじゃない……」  そうだ……、 「すでに本来の由岐の活動は……間宮卓司によって終わらせられている……」  あれは長期活動停止などではない……。 間宮卓司による強制消滅……、  つまり……由岐の人格消滅を意味していた……。  いや逆だ。本来はあれは長期停止ではなく、消滅から逃れた由岐がここ数日を何とか生きのびて意識上に浮上しただけ……。  彼女は、なんとか意識をつなぎ止めて、存在し続けてきた……。  だから由岐は…… あのバカ……俺と羽咲の関係を心配して……か。 「なんで言わないんだ……」 「あいつはすでに消されかかっていた……」 「意識を無理矢理つなぎ止めて……消滅を長引かせていたにすぎない……」  なぜあいつはそこまでして長引かせた? 「くそ……由岐……」  たしかに俺からしたら“由岐”がこの世界に残り“俺”は消える存在となる。  でも、その気持ちはたぶんアイツも同じだったんだろう……。  新しい“水上由岐”は残る。  だが俺の知っている由岐は消される。 あいつは消されるんだ。  それは、この俺よりも先に…… だから、少しでも後に残る俺に羽咲を託したいと思った……。  自分が知らない、自分と同じでありながらまったく違う“水上由岐”では無く……自分が知る、“悠木皆守”という人格……。  俺に託したいと考えた。  そのためにこそあいつはこの数日、自我を無理矢理つなぎ止めていた……。  あの由岐は、間宮卓司が望むべき正しき“水上由岐”が登場した今となっては無用の存在。  むしろ、正しき“水上由岐”を活動させるためには邪魔な存在。  同時に存在させる意味などない。  むしろ、新たなる“水上由岐”の登場と共に古い由岐は消滅するのが自然。 「だったら……俺は?」  今回の俺の長期――いや由岐に比べれば中期だが――意識活動の停止は? 「っ……」  間宮卓司の存在感。  おかしい……アイツは俺に消される運命のハズ……にもかかわらず。  あいつの存在感はより強固になりはじめている……。  それに比べて……俺は自身の存在感が弱っていく様に感じている……。 「っ!」  俺は携帯を再び確認する。 「今日はっ」  そうだ……、  確認して思い出す。 すでに間宮卓司と約束の日を過ぎている……。  あの男との約束の日……。 「っ!」 「あいつを消し去らなきゃ……」  何故か悪い予感がしていた。  良く分からない。  なぜそんな思いにとらわれるのか…… ただ心が不安にだけ染められていく……。 「はぁ、はぁ……」  間宮の存在にチャンネルを合わせる。  場所は高島ざくろの教室の前。  理屈では無く、ここでチャンネルを合わせれば間宮に会える予感がする。  いや予感なんてオカルトめいたものではない。  間宮の意識はこの場で立ち現れる。  だからその瞬間を逃さない……。  立ち替わりにならない様に……俺も自分の意識を強くつなぎ止める。  もし俺の仮説が正しければ、俺は間宮に会えずに、強制的に無意識下に沈められる可能性だってあり得る……。 「……」  間宮の姿がうっすらと見えてくる……廊下側から教室を覗いている……。  たしかここは隣のクラス……高島ざくろがいたクラスだ……。  由岐だけではなく、間宮卓司も高島ざくろと接点を持っているのだろうか……。  いや……そんな事は今はどうでも良い……。  見えてきた……。 「探したよ……」 「    」  意識のチャンネルが合わない……もう少し……。 「あ、あの……」  ……。  会えた……。  少し拍子抜けした……。  会えないと思っていた……。 「五万円持ってくるって約束しましたよね……」  一週間前の約束……俺はこいつに五万円持ってくる様に命令した。  今回の俺の長期意識沈下が、由岐と同じように、俺を消滅させるために間宮卓司が行ったものであったら……、  そんな不安がよぎった。  〈所詮〉《しょせん》、由岐も、そして俺も……こいつの意志通りに存在するしかない……。  この男は弱き者に見せかけた……絶対的強者……すべてを創造した人間。  破壊すべき俺も、調和すべき由岐も、すべてはこの男の意志から生成されたものにすぎない。  だとするならば……こいつの心変わり――たとえば自分が消滅するのが恐ろしくなった――によって俺が強制的に消滅させられるという筋書きだって考えられた。  だから、この瞬間まで心が凍り付いていた。  間宮卓司は俺の目の前で怯えている。  だが、目の前で震えている男を、本心から恐怖しているのは俺の方だ……、  こいつの心変わり一つで簡単に消え去るのは、俺かもしれないのだから……。 「はやく……お金ですよ。お金」 「あ、あの……その……」 「財布ないとか嘘はきかないですよ……後ろのポケット、ふくらんでますよね」 「え? あ、あの……」 「ぎゃっ」  最初の一撃の時に身構える。  この一撃で自分の存在が消されてしまわないか……。  だが、それも〈杞憂〉《きゆう》に終わったみたいだ……。  間宮卓司はそれまでと変わらず、俺の一撃で簡単にひっくり返る。  いつもと変わらない……何も……、  だったら……。  俺は今ここで、間宮卓司の存在を消滅させるほど痛めつけようと思った。  あれが杞憂でないとしても……こいつを早く消滅させなければならない。  それが俺の役目なのだから……。 「とりあえず、それ渡してください」 「あ、あの……はい……」 「……何これ?」 「え? な、何がですか?」 「二万七千五百七十一円しかない……」 「あ、あの……」 「痛っ……」 「あの……じゃなくてさ、約束守ってもらえないとつらいんですよ……二万円以上足りないじゃないですか……」 「ご、ごめんなさい……」 「あ、いや……」 「ひ、ひぃ」 「謝るとかいいです……たださ、金がないんで……ホントそれが困るだけなんで……」  消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!  俺は殴りながら祈っていた……。  殴りながら何か気が付いていた……殴りながら……何かがおかしい事を……、  消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 「っっ」  間宮の目が光った様な気がした……。  いや……気のせいだ……いつもの怯えた間宮卓司の目だ……変わりなんて無い……。  でも俺は思わず手を引っ込めてしまう……。 「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」 「ちっ……」  何故か全身にべっとりとした汗をかいていた。  足下では間宮卓司が半べそで懇願している……にもかかわらず……恐怖で心が凍り付いていたのは……、 「くそ……俺の方だ……」 「あっ……」 「あ……間宮くん」 「こんちわー」 「……」 「ひぃっ」 「何で?」  何でなんて理由は無い……本当に今のは八つ当たりだ……。  間宮卓司に恐怖した自分に対する怒り……。 「今……しまったって顔したよね。俺に会ってしまったって顔」 「そ、そんな事……」 「意味わかんないんだけどさ……言い訳とかあり得ないのね」 「ま、間宮くん……城山もそういう意味じゃないと思うんだよ……」 「何? 飯沼? 口答え?」 「そ、そういうわけじゃないけどさ……」 「あのさ、反抗したいんならさ、俺相手の場合は殺す気でやらなきゃだめだよ。だって知ってるでしょ?」 「は、はい……それは……」 「まあいいんだけどさ……何でも……」 「そういえばさ、沼田の知り合いの大学生でさ葉っぱ栽培してたヤツいたじゃん」 「そ、それ……この前に警察に捕まって……」 「マジで? 捕まったの?」 「はい、それで……その人、結構仲間の名前をゲロってて……」 「沼田も捕まるって事?」 「いや……たぶん俺は大丈夫だと思うんですけど……」 「そう、とりあえずお前が捕まっても俺の事は言わないでね。言ったらとりあえず戻ってきた時に必ず殺すから」 「言わないっすよ。つーか俺は捕まらないですよ……たぶん……」 「ふーん、まぁいいやがんばってね」  こんな会話どうでも良い……。  完全に俺は間宮卓司から逃げていた……今、城山達などどうでも良い事……。  こいつらなど関係ない。  間宮卓司の消滅……それこそが俺の存在理由……。  にも関わらず……。 「あとさ、間宮さ、来週まで待ってあげるから……残りちゃんと用意しておくんだよ」 「用意してないと、すごく痛い事になっちゃうだけじゃすまないよ」 「は……はい……」  微妙に声が震えている……間宮の声ではなく……もちろん俺の声が……。 「まぁいいや……誰かさぁ、たばこある?」 「あ、ブンターなら」 「ブンター? 何それ、あれうんこの香りしない?」 「そうっすよね」 「え? そうかなぁ……ブンターうまいじゃないですか」 「まぁ、ブンターでいいや」 「間宮くんっていつもマイナーなたばこですよね……何でしたっけ銘柄ネバー……ネバーランド?」 「あんな不吉な名前のたばこ好きこのんで吸わねぇよ……いつもポッケに入ってるから吸ってるだけだ……」 「なんですかそれ、間宮くんのポッケは四次元ポケットですか?」 「そうならいいんだけど……出てきてクソたばこ止まりだよね。百万円ぐらい出てくればいいのにな」 「それはそうですね」  たばこを吸っても……震えが止まらない。  完全に間宮卓司という存在に喰われている……。  どうしたんだ……。  はやく間宮卓司を…… それが俺の役目なハズだ……。 「っ」 「あれ? 帰るんですか?」 「とりあえず駅の方行こうかなぁ……って思った」 「午後の授業はふける感じですか?」 「知んない……とりあえず駅前のぷらんたんコーヒーでコーヒー飲みたい」 「あはははは、いってらっしゃい……」 「……っ」  立ち眩む……世界が歪んで見えた。 意識が混濁する……。 「何やってるんだ……俺は」  俺はあいつを……。 間宮卓司を……。 「また、殺す気なの?」 「え?」  誰かの声が聞こえた気がした……。  でもその声の主を調べる事もなく……フェードアウト。  俺は強制的に意識を切られる。  創造主、間宮卓司によって……、  目覚める瞬間。  時が動く瞬間。  すべてが遠く感じる。  誰もがそうなのだろうか?  俺だけがそうなのだろうか?  目覚める時、最初に視界に入るものは〈何〉《なん》だったか……。  それをいつも俺は思い出そうとする。  目覚めはどんな〈景色〉《ちゃくしょく》をしているのか……。  俺はそれを思い出そうとしている。  そして次に俺が誰であったか……思い出そうとしている。  俺の名……俺の性別……俺の家族構成……俺の……。  それが一気につながる……。  遠くで雫が落ちる。  〈何処〉《どこ》か遠くで、雫が砕ける音……。  砕けたものは、地を〈潤〉《うるお》す。  砕けたからこそ、恵みを与える。  砕けた恵みは大地に染み渡る事が出来るから……。  〈此処〉《ここ》は〈何処〉《どこ》なんだろう……。  目覚めた後の混乱。  誰も感じないのだろうか?  俺だけが感じる混乱なのだろうか? 「痛っ……」 「ここ……」 「間宮卓司の隠れ家……っ」  くっ……立ちくらみ……頭が痛い……。  この感覚……またか……。  俺は携帯電話をポケットから取り出す。 「……やっぱり」  また……いや前回ほどの長い跳躍ではない……それにしても……。丸二日……。 「7月12日……22:30……」 「くそ……」  あの時、アイツを俺が恐れたから、こんな結果になったんだ……。  前回は四日……今回は二日……。  その間に存在した時間は一時間足らず……今まで経験した事がないほどの時間跳躍……。 「っく……」  頭痛が俺を襲う……。 「くそ……」  コンクリートで横になっていたから?  いや……そうじゃない……この頭痛は意識の混濁が原因だ……。  消去に近い強制力の執行。  由岐が体験したものと同じ……。  いや……由岐のものよりかなり弱い。  由岐と違って、俺だったら簡単にそのまま消し去る事が可能だろう……。  自分にあいつほどの強い意志があるとは思えない……。  という事は……、  まだ間宮卓司は俺を本気で消し去る気ではないという事か……。 「どちらにしても……〈所詮〉《しょせん》はヤツの手のひらの上」  〈弄〉《もてあそ》ばれている虫けらと変わらないな……。 「とりあえず……」  見渡す……いつ見ても陰気な場所だ……。  あの男の精神状態と同じで陰鬱で……その暗闇の奥が知れない……。 「まる二日か……」 「不連続さもここまで来ると……恐怖だな……」  恐怖……いや孤独に似ている……。 「なるほどね……」  孤独に似た恐怖って……そのまま死に対する感情だな……。 「俺は……死を……自分の消滅を……恐れているのか……」 「……うっ」  夜風に吹かれて、自分の身体が疲れ切っているのに気が付いた。  どこか走り回っていたのだろうか……足が異常にだるい。 「ん?」  今までなぜ気が付かなかったんだろうか……手には紙袋が握られている。  紙袋の中はたぶんCDか何か……。  それにしても……なぜ今まで気が付かなかったんだろうか?  地下の梯子を登る時にあからさまに邪魔だったハズだ……。  なのに俺はここまでこの袋を大事に持ってきた。  意識の混濁……あるいは混乱がそうさせたのだろうか?  あるいは間宮卓司が強制力を以て、俺にそう仕向けたのだろうか? 「っ!」  俺はその袋を投げ捨てようとした……、  だが……、 「いや……間宮卓司の強制力なら、こんな中途半端な場所で気が付いたりしないだろう……」  ここまで、この袋を持ってこさせたのは、もっと弱い強制力……。  すぐに消え失せてしまう程度の力……。 「由岐の力……」  それか単なる、意識の混乱が引き起こした偶然……。 「このCD……由岐か間宮が買ったのだろうか……」  もし由岐が買ったものなら……、 無碍に捨てるのも……考え物だ。 「ふぅ……俺も由岐みたいに、無意識下で間宮の行動や考えている事が分かれば……」  などと無いものを期待しても仕方がない……。 「努力でどうにかなれば……まだしも……」  努力するにも、それがどんなものなのか……その感覚がどんなものか理解出来ない。 「近い状況と言えば……寝ている時に、周りの状況をすべて意識的に把握し続ける様なものか……」  残念ながら今の俺には理解しがたい心境……。  消去から逃れるほどの強い意志が為しえた能力なのであろう……。 「強い意志……」  本当に……今なら思う……、 「まったく何も出来てない……まったくダメだ……由岐と比べることすら出来ぬくらい役立たず……」  頭痛はかなり良くなってきた。 思考もある程度のまとまりをみせている。 「とりあえず家に帰るか……」  間宮の家の前……。  なぜか懐かしい感じすらする。  たかだか六日間ではあるが、それでもちょっとした浦島太郎の気分だ……。 「羽咲……家にいないのか……」  灯りはついていない……今日は羽咲は店だろうか……。 「羽咲……」  羽咲を見たいと思った。 羽咲に会いたいと思った。 羽咲が家にいない事を残念だと思った。 「どうした……皆守……」 「たいそう……女々しい感情じゃないか……」  不安……今まで感じたことのない不安が、俺の頭をもたげる……。  羽咲……由岐……いや他の誰でも良い……誰か俺を知っている人間……たとえば白州峡に行ってみれば……、  そんな気にすらさせる。  用事もないのに白州峡に……、  四日の跳躍……その後に二日……。  羽咲は六日間……ほぼ一週間近くの時間、俺と会っていない。  たぶんアイツは俺の事を心配しているだろう……だったら、羽咲に顔を見せた方が良い。  せめて安心させる事だけは出来るのだから……。 「……」  いや……。  ……まずそれよりもやらなきゃいけない事がある……。  空白の時間の確認……自分自身の身辺の確認。  家……自分の部屋で得られる情報だけは手に入れておきたい……。  当然の様に誰もいない……。  そして大きな変化もない。  たかだか六日間……されど六日間。  それだけあればどんな大きな事だって起こりうるし、何も変わらない時だってある。  俺は荷物の紙袋をソファーに投げ置き、リビングの灯りをつける。 「っ?」  今の……由岐……。  茶の間の電気を入れた瞬間に由岐が目の前に現れて……そして階段を上がっていった。  歩く……というよりは……まるで滑っていくかの様に……。 「由岐……」 「……」  真っ暗な部屋……目から光を失った由岐がそこに立っている……。  視線は定まらず……ただ宙を見つめている……。 「由岐……」  少し強めに呼びかける……だが返事は無い。  全身が泡立つのを感じる。  俺が今、感じている……もの…… それは完全な恐怖。  恐い? この俺が……?  由岐は空中に吊された人形の様に力なく……立っている。  ただの立像……いや壁面に映り込んだ影の立像の様にすら見えた……。  存在感なく……ただそこに映し出された立像。 「由岐っ」  電気の明かりをつける。 部屋が蛍光灯の青白い光で包まれる。  そこで由岐は……まるで亡霊の様にうっすらと立ちつくしていた……。 「おい……」  彼女に手をかけようとした……すると……、 「え?」  俺の手は由岐の身体をすり抜けてしまう…… まるで、そこには最初っから何も無いかの様に……、 「見えるだけ? 幻体が無い……」 「ふぅ……今日は疲れたわぁ……」 「ゆ、由岐っ」 「あれ?」 「お、驚いたぞ……今、お前の身体をすり抜けちまって……まるで幽霊かなんかみたいに……」 「買ってきたCDの袋ってどこにやったっけ? えっと……まず帰ってきてから……」 「そうそう、下の部屋のソファーに置いてきちゃったんだ……」  ……。 「……これが」  そうか……これが……。  さっきまで感じていた恐怖……これか…… 俺は……この事を恐れていたのだ……。  だから今、さっきまであった恐怖は無い。  恐怖はすべて……今では 絶望と変わった。  そして絶望は……、 「なるほどね……そうか……これが……」  悲しみと変わった。  階段を登る音。  その階段を登りきる前に 俺は心の整理をつける。  あの足音がこの部屋に入る前までには……俺は心を強く保つ。  彼女の顔を次に見た時には……今わき上がっている感情を完全に消去している。  悲しみを消す。 そんな感傷に浸っている場合ではない。  由岐がそうであった様に……俺は俺が今できる事をしなければならない。  由岐の足音。 俺はもう一度、由岐を見るのが恐かった。  それほど、新しい“水上由岐”の姿は俺の心を強く押しつぶした。  それでも俺はそんなものに……押しつぶされている場合じゃない……。 「事実を受け入れろ……すべての事実を……」  こうなる事は分かっていた。 すべては定められた通りにしか動いてない。 「つーか、なんでリビングにCD置いてくるかなぁ……自分のもんなんだから部屋に持ってくればいいのに、なんか私抜けてるぞ……」 「……」  彼女の声を聴いて押しつぶされそうになる。  同じ姿。同じ声……にもかかわらず。  目の前の彼女は、もうあの由岐では無い。  それどころか、彼女の世界が俺と交差する事すらない……。 「誓っただろ……この女が部屋に入ってきたら……もう流されないって……」 「事実を受け止めるって……」  なんて弱さだ……自分ですら驚く……。  それでも……、 「っつーか、鏡と司と一緒に帰るなんて久しぶりだなぁ……なんであんな場所に居たんだろう……」  ……。 「今……この女は……一緒に帰ると言っていた……」  俺は現状を正しく認識する事だけに努力した。  感情を殺し、  ただ今起きている事を把握するためだけに集中した……。 「鏡と司と言っていた……それはたしか、この女から見える羽咲の事……」  だとしたらこの女は今まで羽咲と共に過ごしていたのだろうか?  いや、それは無い……この家まで間違いなく移動したのは俺だ……。  俺は間宮卓司の隠れ家から、一人でこの家まで帰ってきた……。  羽咲とは会っていない。 「さぁてと……買ってきたもの〜」  俺はゆっくりとベッドの上に座る。  そして目の前の女の行動を観察する。  初めて見る、新しい“水上由岐”だ。 「さて、さて……今日は……」  女は紙袋を破り中からCDを取り出した。 「中身はCDか……」 「……」 「あれ?」  何故か目の前の女は自分で取り出したCDに驚いている。 「なんだこのCD? つーかアニメソングだっ」 「アニメソング?」  アニメの歌か…… という事はあのCDは卓司の買い物か……。  だから、自らの袋から出てきたものに驚いているのか……でもそれじゃ……、 「お?」  女はCDを確認している……相当腑に落ちない様子であった……。 「人気声優……ファーストアルバム……」 「もしかしてこれが……」  記憶の捏造……。  由岐が以前言っていた……他の人格の経験をあたかも自分がやった様に記憶を書き換えてる可能性があると……。  あのCDがアニメのCDであるならば、それは水上由岐自身が購入したものでは無い。  購入者は間宮卓司……。  という事は今日一日の記憶を(その全てか一部かは分からないが)“水上由岐”は自分のものとして捏造した……。  そう言えば……アイツが見えてから数分ぐらい何の反応も無かった……。 「まるで吊された人形の様に……」  たぶんあの時に記憶の捏造が行われた。  意識下から意識上に浮上する直前に記憶を改変していた……。  あたかも、あの短期間で他人格の経験をなぞり、自らの経験として書き換えた。  いや……他人格なんて回りくどい言い方でなくて良い。  間宮卓司の経験を改変して自らの記憶とした。 「しかし……だとしたら疑問が残る……」  何故、CDを買うなんて不整合を及ぼす様な記憶まで生成した?  間宮卓司が購入したのはアニメのCDだった。  その事実は、記憶を改変しても変わる事はない。  だが“水上由岐”はいちいち買ってきたCDを確認した。  買ってきたものなど、元々無かった事にすれば、今のような不整合は起きない。  なぜいちいち不整合を起こす様な記憶まで生成したんだ……。 「……いや……もしかして……」 「鏡の嫌がらせとか……ゆるせんっっ」  水上由岐は、鏡とか言う架空の人物に電話をかけている……。  その先には誰もいない……。  にも関わらず、誰もいない電話の奥に話しかけている。 「ふぅ……」  考えても、今の疑問に答えは出なかった。  俺はそのままベッドで横になる。 「かなりの率で役立たずだな……」  何も解決出来ない……。  ……。  自分の部屋の天井…… いつも通りの風景。  少し前までは、目の前の由岐がウザイぐらい俺に付きまとっていた……。  それが今では、彼女には俺がまったく見えないらしい。 「ふふふ……笑えるな……」  あんなに嫌がっていたのにな……。 「こうなると……結構孤独なもんだな……なんか意外だったな……由岐が俺に気が付かないって寂しいもんなんだな……」  目をつぶる……。 「くそっ」  なんでだよ……〈女々〉《めめ》しい……。  こんな事で……。  目をつぶると、頬を涙が伝った。  たぶん〈溢〉《あふ》れていたものが、閉じられてこぼれ落ちたのだろう……。  最悪だ……こういうのは性に合わない……。 「分かっていたハズだし……それが悲しくない様にしてきたハズだ……」  にも関わらず……。 涙が止まらない。  悲しいハズなんて無いのに……つらいハズなんて無いのに……それなのに……、  自分がこんな女々しい人間だとは思わなかった……こんな涙があふれてくるなんて思わなかった。  分かりきっていた事なのに……割り切っていた事なのに……、  涙は一向に止まらない……。 「くそ……まぁ、いいか……別に誰にバレるわけでもないし……」 「声出して泣くわけじゃないし……涙ぐらい……」  静かにこちらに足音が近づいてくる。  そろそろ寝る気か……なら俺は退いてやらないとな……。 「いや……その必要も無いのか……」  どうせ、さっきみたいに由岐は俺をすり抜ける……もう彼女には俺は存在しないもの……。  彼女は、俺に重なる様な、幻視も幻体も無い……。  だから……。  ぎゅっ……。 「え?」  抱きしめられた……誰に? 「バカ……そんなに泣いてたら……私にバレるよ……」 「ゆ、由岐?」 「バカ……私が他の誰に見えるんだよ……皆守……」 「だ、だってお前……」 「何言ってるのよ……皆守は知ってるでしょ……私はしつこいんだよ……簡単にあきらめないし……空気だって読まない……」 「そういう問題じゃ……」 「そういう問題……」 「実は、CDの記憶は無理矢理にねじ込んでおいたんだ……意識上に浮き上がる瞬間に……不整合を起こす様に……間宮が買った記憶を失わない様に……」 「買った記憶さえ残しておけば、絶対に不整合が起こる……そうすれば存在に亀裂が入る……それに賭けて、CDの記憶をねじ込んだ……」 「いや、でも、あのCD、俺がたまたまここに持って帰って来たから……」 「知ってるよ。もしかしたら、私に関連あるものかもしれないって、持って帰って来てくれたんだよね」 「でもそれはたまたま……そんな可能性に賭けたのか?」 「そんな可能性しか残せないんだよ……もう、間宮卓司の意識の支配が強すぎて……」 「間宮卓司の支配……」 「さっきまでの私……見てたでしょ……」 「ああ……」 「あれが新しい私……間宮卓司が望む“水上由岐”……」 「俺が完全に見えない様だな……」 「……ごめん……ずっと皆守が横に居たのに……それなのに私……気がつかなくて……」 「気が付いたじゃないか……」 「あははは……あんなに時間かかったけどね……」 「何言ってるんだ……俺たちを作り出した存在に抵抗して、俺を見つけたんだ……たいしたもんだ……」 「えへへへ……めずらしく褒められたねぇ……いつもそういうのウザイウザイ言うのに……」 「バカか……お前が、すでに存在を消されつつあるのに抵抗してたなんて今まで知らなかったんだよ……」 「お前がこの数日間……どんな思いで過ごしていたのか、まったく理解してなかった……」 「へへへへ……それで、あんたにウザイ事ばかりした……」 「いや……それだって俺の想像力不足だ……」 「俺は、新しい“水上由岐”もお前も……同じ“由岐”でしかないと思っていた……だから、羽咲を託そうと思った……」 「んで、どうだった新しい私? やっぱり綺麗だった?」 「バカか……こんな時に……」 「こんな時だから言うんじゃないの……」 「姿形は今のお前と同じだよ……声だって……」 「そうなんだ……なら、皆守は私が消えても大丈夫だね……」 「アホ……」 「大丈夫だったら……大丈夫だったら……何で俺は泣いてるんだよ……」 「私のために泣いてくれた?」 「うるせぇ……お前のためなんかに誰が泣くか……」 「なんだよ……だったら何で泣いてるんだよ……皆守……」 「うるせぇ……俺が泣いているのは……ただ悲しかったから……」 「お前がいなくなって……ただ悲しかったからだ……」 「なんだよ……らしくない事言うなよ……私まで泣けてくるじゃん……」 「うるせぇ……知るか……」  いつでも意地を張っていた。  いつでも、大丈夫な様に振る舞っていた……。  俺は、間宮が望む様な……冷酷非道で……心の無い、ただ暴力だけを信じる人間……。  人の痛みを理解せず……人と分かち合おうとせず……ただ自分の欲望のためだけに、他人を利用する……。  俺はそんな人間になるはずだったし……なろうとしていた……。  冷酷さを演出するために……わざと敬語で凄んでみたり……人を遠ざける様な態度をとったり……。  由岐の前……羽咲の前……。  俺は、すべてを遠ざけようとしていた……。  理由は簡単だ……。  俺は弱くて……女々しくて……運命など受け入れる覚悟なんてなくて……すべてが恐かった。  恐かったからこそ……失うのが恐かったからこそ……俺は由岐や羽咲を遠ざけようとした……。  俺が本当に強かったら……あんな態度では無かっただろう……。 「俺は……弱い人間だ……何が破壊者だ……俺は単なる役立たずだ……」 「運命を受け入れる事も出来ず……だからあの時、間宮卓司を消し去る事をためらった……」 「バカ……あんたが弱かったら……世の中の誰が強いんだよ……」 「少なくとも……お前の方が俺より強い……女に負けるなんてとんだ役立たずだ……」 「くす、くす、当たり前じゃん……私はあんたのお姉さんなんだからさ……あんたより弱かったら、姉の意味なんて無いじゃん……」 「あんたは強いよ……この世界で……私が知る限り一番強い……だから安心しなよ……」 「この世界で俺が一番なら……お前は何なんだよ……」 「そんなの当たり前じゃん。私は宇宙一強いんだよ……」 「アホか……フ○ーザに殺されるぞ……」 「なんで私が冷凍庫にやられるんだよ……」 「〈違〉《ちげ》ぇよ」 「違わないって……」  笑いながら由岐は俺を抱きしめる。 「あと……何回だろう……」 「いや……もうこれが最後なのかな……」 「最後なのか?」 「いや、まだ会えるかもね……」 「バカ……どっちだよ」 「どっちだろう?」 「ふふふ……こんなやりとりもしたな……」 「そうだね……こんなやりとりもした……なんかいろいろとあったよ……」 「短い様で長い……長い様で短い……」 「でも……出来なかった事も多いか……」 「出来なかった事か……」  このまま由岐を感じていたかった……。  最後かもしれない時間……それをもっと二人で分かち合いたかった……。  でも……俺はそうしなかった。  今は未来のために……、  未来を変えるために……今を捨てる……。  俺は出来る限りの事を知らなければならない……今を慈しむ余裕など無い……。 「うん……皆守と合体とかもしなかったね……」 「アホか! そんなのするか!」 「しないの?」 「するわけないだろ……」 「あらら……素直じゃないんだぁ……舐めるぐらいならしてやるぞ」 「いらんわ」 「なんだよ……そんなはっきり断られると、何かむかつくぞ……」 「って何やってるんだよっお前!」 「いや……チャックをな……」 「マジやめろっ、洒落にならんっっ」 「はははは、大丈夫でしょ? あんた別に私に欲情しないって……て……て?」 「ば、バカっ」  由岐の手がファスナーをおろすと……硬くなったものが勢いよく出てしまう……トランクス越しだが、それが由岐の手に触れてしまう。 「っ離れろっっ」 「って何だよぉこれっ」 「やめれっ」 「あら?」 「う゛っ……」 「なんかこの状態も微妙に懐かしい感じだな……」 「お、お前がいるとホントろくな事ないな」 「何言ってるんだよ……皆守が押し倒したんだろ?」 「ち、違う……お前が変な事するから……」 「変な事?」 「そ、そうだ……」 「変な事ねぇ……どうでもいいけどさぁ……また下着が丸見えなんだよね……」 「うっ」 「なんだよ、やっぱり倒れ込んだ時にわざとめくったんじゃないの?」 「ち、違うっ」 「ふふふ……スカートなんて布団で暴れれば簡単にめくれるよ……冗談」 「こんな時に変な冗談言うな……」 「でもさ……下着丸見えなのは冗談じゃないよ? ほら丸見え……」 「か、隠せよっ」 「皆守はHな事嫌い?」 「な、何言ってるんだよ」 「そのまま、Hな事したくないの?」 「そ、それは、というかっ」 「私はしたいな……皆守と……Hな事……」 「っ」 「ん…ちゃ…ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っっ……っっ……」 「ぷはっ……Hな事……」 「お、お前っ」 「皆守は嫌い?」 「き、嫌いとか……」 「ふーん……ならさ、皆守もちゃんと舌絡ませてよ……嫌じゃなかったらさ……」 「お、おい……由岐っっ」 「ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っ……ぴちゃ……んっ……んくっ……」  由岐の舌が俺の口内、歯、歯茎を念入りになめあげる……その感触は思っていたものと違っていた……。  由岐の舌は温かくて、柔らかくて……とても気持ちが良かった……。 「っくっ……」 「むふ……皆守可愛いねぇ……少し喘ぎ声我慢した? 気持ちいいの?」 「ち、違っ」 「違うの? 私は気持ちいいのに……」  そう言ってまた由岐は舌を絡めてくる……。  ぴちゃり……。  触れ合う唇。 やわらかい感触が唇を湿らせる。  俺は由岐の背中に手をまわし、もう片方の手で彼女の頭を強く抱く。  由岐も両手を俺の背中に回して、応えるように俺の身体を抱きしめた。  抱き寄せられた互いの身体。  触れ合う唇と、寄せ合う身体は互いの温度をひとつに溶かしていくようだ。  互いの舌を通して、互いの唾液が触れ合う音。 「んあっ……ちゅっ…あうっ……ぴちゃ…ぴちゃり……」  唇の感触を味わいながら、由岐は舌を俺の口内へと侵入させる。  由岐は俺の唇から唇を離す。  絡み合っていた舌が離され……互いの舌先からは銀色の糸が引かれる。  舌でからめとった唾液を飲み込んで、彼女は小さく熱い息をもらした……。  そして……、 「っぷはぁ……うむ美味かったぜ」 「美味くは無いだろ……」 「気持ち、気持ち、でも気持ちよかったよ」 「あ、まぁ……それは……俺も……」 「えへへへへ、てぃ」  笑いながら由岐は俺を抱きしめて軽くキスをした。 「……どうする?」 「どうするって……何だよ」 「なんかここ熱くなってるみたいだよ……」 「っく……ば、バカそんなところ……」 「なんだよぉ……どんなところだよ……言ってみなよ……」 「アホか、お前っっ」 「何? 責められるのはお嫌い?」 「そ、そういう問題じゃなくて……」 「なら、責める感じが好き?」 「だから……」 「そう……ほらさわってごらん……」 「っ」  由岐は俺の手をふとももからゆっくりと、自分の部分……下着をなぞる様に動かす。 「っん……えへへへ、どう?」 「ど、どうって……」  太ももの肌の感触から下着の感触……あり得ないぐらいに柔らかくて……温かい……。 「服、脱がせてみる?」 「そんなの聞くなよ……」 「それとも着たままがご趣味?」 「違うが……」 「なら、脱がして〈良〉《い》いよ……ブラのホックは外しておいたからさ……」 「……」  なぜかのどがカラカラになった様な気がして、俺は思わず唾を飲み込んだ……。  彼女の上着に手をかけた。思いの外簡単に、するりと肩から抜けた……。  洋服の下のブラは、由岐の言う通りにすでにホックが外されて……ブラは簡単にとれた……。 「肩紐無しのブラは無防備だね……ホックとったら、ただ胸の上にのってるだけだ……」  冗談ぽく言う由岐の顔は朱色に染まり……瞳も潤んでいた……。  由岐の胸は……白く艶のある肌……均整のとれたものであった。 「……」 「……どう? 大きいでしょ?」 「知らん……普通じゃないのか?」 「これだから童貞は……普通よりかなり大きいんだよ。グラビアに出てくる女どもの胸を平均だと思うなよ」 「あ、いや……そういうわけでは……」  無いと言いたいところだったが……実際、由岐の言ってる通りな気がした。  胸の大きさなんてグラビアとか雑誌に載っている様なものでしか認識した事がない……。 「柔らかいぞぉ……」 「……」  いちいち悪ふざけな茶々を入れる由岐を無視して、俺は由岐の胸を唇で撫でる。 「んっっ」  声をこらえる由岐……悪ふざけでも入れてなければ、いつもの自分らしくなんていられないんだろう……。 「とか考えただろ……」 「人の心を読むな……」 「だって、そんな顔するんだもんっっ」 「だって本当だろ?」 「そんな事は……ないんじゃない? っきゃ」  俺は由岐の言葉など最後まで聞かず、乳房に顔を寄せ、舌でなぞった……。 「ちゅっ…」 「ぁ…あう……」  突然の俺の愛撫に、彼女は小さく声を漏らした。 「ぁ…ぁん…ん…ぁ…」  俺は舌で由岐の乳房をなめまわす。舌につく感覚は今までに無い感触……彼女の乳房は柔らかく、温かく、心地がよい……。 「ぁっ…はぁ、ん……」  伸ばした手のひらに感じる彼女の乳房の感触。  柔らかいそれは俺の手によってぐにぐにと形を変え、 みずみずしいそれは手のひらに吸い付いてくるようだ。 「ぁ…はぁっ…ぁぁ…」  舌で胸の先をなぞり……手のひらで乳房を〈弄〉《もてあそ》ぶ……。 「はぁっ…あぁ……ふぅ……皆守……」  先端が徐々にその硬さを増していき、乳首はその輪郭をはっきりさせ、立たせていく……。  それをまた、俺は唇で吸って、なめてを繰り返す。 「はぁッ…ぁ…ああ……はぁ…ぁぁ…ん…はぁっ…ぁぁ…はぁ…ん…ん…ぁぁ…」  乳首はほどよい弾力をもっていて、吸うたびにぷる、ぷるりと口の中で転がった。 「ぁ…あん…皆守ぇ…くっぁ…はぁ…あん…ぁ…」  彼女は切なげに声を漏らす……いつものおちゃらけた感じは無い……ただ快感に素直に反応するだけ……その熱い吐息まじりの呼び声に、俺の身体も芯から熱くなっていく。 「ねぇ……皆守……そろそろ」  由岐は空いていた俺の手を、そっと自分の太股へと伸ばす。  手のひらに太股のすべすべとした感触を感じる。  彼女の太股はしっとりしている様に思われたが……手をその内側に伸ばすと、信じられないほど内ももは熱く火照っていた……。 「なんだよ……内側だけやたら熱いじゃないか……」 「あははは……汗かくとね……外気ふれてるところはすぐ冷えるけど……内側の熱はこもるんだよね……」 「だから、たぶん、私の内側とかもっと熱持ってるんじゃないかな……」  そう言うと由岐は俺の手をさらに奥……太股の付け根に押し当てる……。 「下着の中……触っても良いよ……」  由岐の手に誘われるままに……俺は下着の脇から指を滑り込ませる……。  下着の中はさらに熱っぽく……ねとねとに濡れていた。  彼女の中心……その少しわきはぷっくりとしていて、やわらかくふくらんでいる……。  そこのさわり心地はおどろくほどよかった……。 「っく……こそばゆいって……くすくす……そ、そこ性器じゃないよ……でもその部分ってぷにぷにしてて気持ちいいよね……」  笑いながら由岐は俺の手をさらに押し込んだ。  ぬるぬるの山の谷間に……さらに熱い場所がある。 「んっ……そ、そう……それだよ……」  柔らかくふくらんだぷにぷにの谷間に、中指が吸い込まれていく……。  彼女の下着の中に侵入させた俺の手は、温かい小さなふくらみにふれる。  指先が何か蕾の様なものをなぞった。 「んっっはぁあっ!」  大きく由岐の身体が震える。 「……っ」  俺は指の動きを止めた……すると由岐は苦笑いして、 「ぁ…あはは……大丈夫だよ……痛かったわけじゃないんだからさ……」 「なんかお預けされてたから……少しビリってきた感じ?」 「なんだよお預けって……始めてからそんなに時間経ってないだろ……」 「バカ……私にとってはあんたと会った時からずっとお預けだったんだよ……」  俺は由岐の意味不明な恥ずかしい台詞を無視して、指をかけると彼女の下着をずり下ろした。 「きゃっ」  さすがに虚をつかれたのか、由岐が声をあげる。 「ちょっと……恥ずかしいかなぁ……せめて電気消さない?」 「……消したって見えるだろ」 「バカそういう問題じゃないよ……気分の問題」  俺は由岐を無視して、舌で軽く彼女の乳首を転がす。 「っ……で、電気ぃ……」  舌で乳首を少しいじったあと、また彼女の太股の付け根に指をはわせる。 「っく!…ぁぁっ!…も、もぅ皆守……あうっ」  由岐でも恥ずかしい事は恥ずかしいんだな……となんだか意味もなく感心させられた。 「ぁ…そ、そこは……くっ!…ぁっ…はぁあっ……つーかそんな事……うくっ……冷静に考えるなぁ……ばかぁ!!」 「ちゅ……んぱっ……ぬぷっ……」  由岐は俺を抱きしめてキスをする。  口をからめるたびに、彼女のなかからは熱い愛液が溢れ出してくる様だった……。  指に絡みつく彼女の愛液が侵入をよりスムーズにしてくれる……指を出し入れする速度を速めても抵抗が無くなっていく。 「ちゅ……くっ……ふぁあっ!…ああっ!…あぁっ!…ぁああっ!」  キスをして離さない由岐……俺はそのまま下半身をさわり続ける……。 「っくぅ……いや……あうっ……あ……」  突然、くねくねと身をよじり、いやいやと首を振る由岐。  俺から唇を離し……口をぱくぱくさせている。 「あ、あう……だめ……皆守に触ってもらえるだけで……こんなに……くっ」 「……あはは……恥ずかしいぐらい気持ちいいや……っく、あうっ……はぅ……」  こんな表情の由岐を見たことが無かった……由岐のそんな姿は扇情的で俺の中の欲望をよりいっそう掻きたてていく……。  ぐちゅぷ、ちゅぷ…ちゅぷぷ…ぐちゅぷ、ちゅぷぷ、ぐちゅぐ、ぐ……。  とめどなく溢れ出す愛液は指にからみつき……愛撫を加速させる。 「あっ…あうあうあうっっ…だ、ダメ……ダメかもっっ……もう、あう……ダメそう……」  涙に潤んだ彼女の瞳が俺を見つめる。  興奮のために指にこつこつと当たるほどになった彼女の陰核を、俺は引き抜いた人差し指と親指できゅっと摘んだ。 「あ、ダメ……イキそう……あ、ごめん……我慢出来なさそう……」 「良いよ……そのまま……」 「あ、ダメダメダメ……ホントにイクっ……あ、あ、ああっ、ダメ、ダメ、あ、本当にっっっくっ」 「っはぁああっ! あぁあんああああああーー!!」  由岐が波打つ様に痙攣する……その直後……彼女の身体は電流が流れたように緊張し、ふわりとそのまま布団に倒れこんだ……。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ……くっ……はぁっ…はぁっ…はぁっ……っっっっくっ」  由岐は手で顔を隠す。 「うわんっっ、なんで電気消さないっっ」 「知るか……途中で中断して消すとか興ざめだ……」 「自分だけイった後だと……微妙に恥ずかしいっっ」 「そうか?」 「だってっっ……どう考えても……皆守と私……テンションに開きがある事に気が付く……」  やれやれ……そんな事いちいち気が付かなくて良いと思うんだが……、  目尻に浮かんだ涙をかざした腕でふきながら、ぷんぷんとふくれる由岐。 「テンションの開きか……そんな違うか?」 「だって……私大声出して……あんたそんな冷静な顔だし……うわんっっ。なんか嫌っっ」 「テンションの開きねぇ……」  俺は由岐の手を自分の方に寄せる。 「っ?」 「全然冷静じゃないって……」 「何これ……トランクスビッショリじゃない……男の子でもこんな濡れるんだ……あははは……これ羽咲ちゃんに怒られるよ……」 「そうかもな……」 「これって射精とは違うんだよね……」 「ああ、違う……」 「ふーん、そうなんだ……」  由岐は俺の方に身を起こすと、  ジッパーが下りているズボンの裾をひっぱる……。 「ほら……下まで脱いでよ……」  ズボンを最後まで下ろすとトランクスに手をかける。 「あははは……なんだか……これはこれで恥ずかしいねぇ……」  そのままトランクスを下げると、先ほどの行為で体液でびしょびしょなものが勢いよく飛び出した……。 「……おっ」  由岐は俺のものを見ながらぱちくりさせている。 「自分で下ろしておきながら……どんな反応だ」 「あ、いや……なんかもっと恐ろしげなものだと思ってたから……思いの外、かわいいんだなぁ……と」 「……それ遠回しに俺を〈貶〉《けな》してるだろ……」 「あ、いや、違う。そういう意味じゃなくて……なんつーか雰囲気? もっと蛇みたいなもんだと思ってた……鱗とか生えて……」 「鱗なんて生えてたら恐いわ」 「だから恐いものだなぁ……とか」  どんな間違った知識なんだか……。  怒張した俺のものは由岐に握られて、より硬く張っていく……。 「おっ、またビクン言うた…………なんか元気な子だなぁ……」  はぁっと感嘆まじりのその声が俺の分身の先端に触れて、なんともいえない甘い刺激が俺の背筋を襲う。 「……あははは……でもこれが入るとなると少し大きすぎだな……」  彼女の手がまた俺のものを強く握る。  びくん!  その手の温度と感触に反応して勢いよくはねる。 「これ……入れるものとしては少し凶暴すぎだね……中に入ってる時もビクンビクンするのかね?」 「さぁ……試してみればいいんじゃないか?」 「いやん、さりげなくセックス誘われてる?」 「この状況でさりげなく誘うとかも無いと思うが……」  添えられた手をゆっくりと由岐は微妙に動かしはじめた……今まで感じた事がない快感が下腹部へと伝わる。 「うぁ……くっ……」 「あれ? 苦しそうだにゃ……皆守くん痛かったかなぁ?」 「いや、痛いとかない……まったくその逆だ……って分かるだろっ」 「まったく逆とは? なんぞ?」 「……お、お前なぁ……」 「おっと……ストップ ザ ネイティブボーイ……」 「どこのネイティブなんだよ……俺は……」 「分からないのならやめてしまうぞ……」 「くっ……お前……」 「ほれほれ、お姉さんに言ってみなよ……皆守」  こ、こいつ……いきなり調子乗りやがって……。 「……ふーん」 「なっ……」  俺の気持ちを悟ったのか……由岐は手を離してしまう。 「どうだったか言ってくれないとやってやらないぞぉ……」 「っっっ」 「や、やってもらわなくて結構だっ」 「おろ?」 「なんだよぉ……なんか本気で怒っちゃったぞぉ……」 「う、うるせぇ……」 「でもさぁ……本当に気持ちいいのか分からないよぉ……私にはこんなに腫らして少し痛そうに見えるし……」 「知るか……くっ」  ……そえられた由岐のやわらかい手が絶妙な圧力で俺のものをあたたかく包む……。 「あら、また声……そして先っぽから、何か出てきた……」 「……」 「ならさ……私から頼み事言っていいかな?」 「お前から頼み事?」 「うん……そう」 「何だそれ?」 「あのさ……皆守のチ○チン……口に入れていいかな?」 「へ?」 「なんだかね……本当は私……皆守の舐めたくなってきた……この味も嫌いじゃないし……ぺちゃ……」  由岐はいやらしく……自分の手についた液を舌で舐めとる。 「んちゅ……それに……なんだかかわいらしいしな……」 「うっ……」 「ねぇいい? 皆守のち○ちん舐めても?」 「ち、直接的だな……恥ずかしくないのかよ……」 「恥ずかしいよぉ……でも皆守の恥ずかしそうな顔見てたら、もったいなくて自分からねだってみた……」 「っっ……勝手にしろっ」 「へへへ……なら舐めてみるよ……くちゅ……」 「っっ!?」 「……んぶっ……ちゅば…んんっ、んむっ……ちゅ。んむぅ」 「んっくっ……」  熱いもので包まれる……柔らかくねっとりした……ものは……それは今まで経験した事ない熱さだったし……やわらかさだった……。  由岐は、おもむろに顔を接近させると……その小さな唇で唾液をからませながら……愛撫しはじめた……。 「くっ! ……っ!」 「んむっ……ちゅ。んむぅ……んぶっ……ちゅば…」 「んあっ」  口をいっぱいに開けて、先端部を含むように竿の部分をくわえる……。  熱いそれに包まれて……上下するたびに、頭がしびれてしまう様な快感がつきあげてくる……。 「んんっ……んむっ、ちゅぶ……んん……皆守……」  由岐の唇が滑りゆくたびに身体に小刻みな痙攣の様な快楽が走る。  急速に立ち上ってくる快楽の波は、身体の中を容赦なく反復する。 「んちゅ……あう……あ、味が沢山してきた……たくさんいやらしい液が出てるんだね……」 「うっ……うわっ」 「な、なんか凄い……皆守の……口の中で……びく、びくって跳ねてるのが……伝わるの」 「あ……くぅ……うっ……ゆ、由岐……」 「へへへ……ありがとう……皆守、ちゃんと私の口で感じてくれてるんだね……んっ……ちゅぶ、んっ、んんっ、んあっ…んぶ…っ…はああっ」  由岐が手を上下に動かすたび、唇の感触が、敏感な箇所へと重なるたびに……抑えきれない〈迸〉《ほとばし》りが身体の奥底から昇ってくる。 「あ…むっ……ちゅぶ……んぐっ、んむっ、皆守のチ○チンが、お口の中で……ん……わ、私も……あ……あう……」  由岐の口の周りは唾液やその他の粘液でべとべとに光っている。  ねちょねちょの液にくるまれて屹立した昂ぶりは卑猥な光を放つ。 「んっ、ゆ、由岐……もうダメだ……由岐……」  腰の奥から上ってくる堪えきれない衝動。  下半身が決壊してしまいそうな……身体の芯を震わすような感触……。 「も、もう…出る…す、すぐに…くっ、由岐、もう、これ以上は……もう駄目だっ……」 「んちゅ……っ…いいよ……皆守……このままで口に出しても……」 「くっ、あっ……本当に出る……くっ……由岐っ!」 「……うん」 「くっっ!」 「っう……」  射精感に任せて不規則にはねたものが、由岐の顔を白濁液で汚していく。 「はぁっ……はぁっ…はぁっ……」 「あー、あんまり派手にはねるから飲めなかったよ……顔にかかっちゃったよ……」  顔に吐きかけられたそれを彼女は指ですくってつぶやく。 「ふはぁ……すんごい出したんだねぇ……気持ちよかった?」 「すまん……飲ませるのは悪いと思ったんだが…我慢できずに……」 「あ、いいよ。顔射とか興味があったから……」  由岐は枕元に置いてあったティッシュケースからティッシュを抜き取りながらにこにこして答える。 「これ髪の毛に付くとつらいね」 「取れないのか?」 「なんか髪とかについたヤツをティッシュでふくとね……なんか水分抜けて、さらにへばりついて取れん」 「そうか……」 「あ、そうだ……えっと…れろ…」 「……はぁ?」  由岐は顔につき、ネバネバと垂れている白濁液を指ですくうとひとつひとつ自らの口の中に運んでいった。 「ごくり……」 「……ふむ」 「何飲んでるんだ?」 「良く言うと……〈痰〉《たん》の味?」 「身も蓋も無い……」 「悪く言うと……濃い〈痰〉《たん》?」 「どっちにしても痰か……」 「うーん……何というか例えるものが無いなぁ……まぁ、噂通りのまずさではあるねぇ……」 「はぁ…それにしても、皆守たくさん出たねぇ……」 「やっぱりたまってたんじゃん?」 「うるさい……」 「しっかし……これで証明されたねぇ……」 「証明? 何だそりゃ?」 「やっぱりこの量ためこんでるお前の汗は、精子が混ざってる!」 「そんなわけないだろっ」 「……んじゃ、そろそろ入れる?」  由岐は大きく股を開いて局部を広げる……。 「っっ……」  俺は思わずそこに釘付けになってしまいそうになるが、視線を感じて目をそらす。 「あははは……恥ずかしさを殺してやった甲斐があったよ……やっぱり、こういうところに興味あるんだね」 「あ、当たり前だろ……」 「んじゃ、入れてみようか……」 「出来るのか? 俺もお前も初めてだろ?」 「まぁ……試してみようよ……」 「っく」  由岐は俺の身体を抱きしめ……その硬いモノを由岐の蜜に濡れた花唇へこすりつけた……。  どちらもびしょびしょに濡れていたため、動くたびに激しい粘着音が響く……。 「くっ……あは……こうやって互いのをすりつけると……凄い音だね……」 「くっ……すごい……」  互いの性器をすりつけ合う……抱き合う様に、強く……。 「うっ……これ……すごく気持ちいいかも……すごい…なんだか恥ずかしい音だね……」 「ねぇ……皆守……キス」 「ん……ちゅ……」 「ちゅ……くちゅ。くぅん……んぶっ……ちゅば……ちゅ……」  由岐の内側のやわらかく温かい感触……それを両方で感じる……。 「すごい……これ……すこしえろいかも……口も下も……べちょべちょ……なんかどっちからも垂れてるし……」  由岐の顔からよだれが頬に流れ出している……二人とも顔はべちょべちょ……下は太股までが濡れていた。 「あう……ひゃん……あう……れろ…ちゅ……くちゅ。くぅん……」  由岐は腰を前後に動かしながら……なすり付けてくる……べちょべちょすぎて……すりつけている場所のどこが性器なのかすら感覚では分からない……。  ただ、二人の上と下は体液でべちょべちょになっていた……。 「ねぇ……ほしくなっちゃった……」 「……大丈夫か?」 「知らないよ、そんな事……ただ、ほしい……皆守が……」 「……そうだな……」  由岐は潤んだ瞳で俺を見上げ、小さく頷く。  俺は由岐の膝を曲げさせ、モノを花唇へあてがうと、一気に埋め込もうとする……。  が……。 「んっっ」 「っ……」  思いの外入り口は堅い……というか正直、どこが入り口なのかさえ分からない……。 「落ち着いて……もう少し下……そう……もう少し……」  指で誘導する……。 「……なんて言っても、自分でも良く分からないんだけどねぇ……たぶんここだと思う……」  ここと言われた場所は他の場所より少しくぼみになっている様な気がした……。  俺はそこに力を入れようとする……。 「ま、待った待った、ずれたずれてるっっ。そこ後ろの穴っっ」 「そ、そうなのか?」 「違くて……ここ……こっちだって……」 「なんかぬめぬめしすぎて分からん……」 「半分はお前のだっ」  先からの感触では……ここが由岐のどの場所かどうかさえ分からない……ただ今度は慎重に……ゆっくりと……力を入れてみる。 「んっ……」  今までと違う感触……何か奥に入る様な……。 「痛っ痛っ痛たたっっ……」 「痛いか?」 「み、見たまんまかなっ?」 「やめるか?」 「い、今やめたら……お前を呪い殺すわ……」 「なんでだよ……」 「あたりまえじゃん……」 「っ!?」  由岐はそのまま俺を強く抱きしめる……そしてそのまま俺のものは由岐の中に沈んでいった。 「っっっ!」 「と、とと皆守の入れたかったんだもん……っっっっくっ」 「やっっとっっ……一緒になれたんだもんっっっんぐっ」  普通なら感動的なシーンなんだろう……。  由岐は半泣きというかマジ泣きで、引きつりながら、かわいらしい事を言う……。  でも……、 「かわいいけど……今のお前……ギャグだぞ」 「言うなっっ」 「痛いか?」 「痛い……痛いが……それがいい……いや、たぶんそれが良くなっていく予感……」  そりゃ……願望だろ。 「と、とりあえず……動いてみない?」 「大丈夫か?」 「あ、あは、は、は……だ、だから痛いのが気持ちよくなっていくんだって……」 「答えになってないし……俺は今、大丈夫か聞いてるんだよ」 「動いてみないと分からないなぁ……」 「そうか……」  俺はゆっくりと動かしはじめる。 「つっ…」 「う……うは……うわっ……はぁ…はぁ…はぁ…皆守のががが……」 「……お前……声固まってるから……」 「あ、あ、あ、あ、あ、あ……つーか痛い……」 「やめるか?」 「やめるわけないだろうっっ。ちゃっちゃと私の〈膣〉《なか》で射精しろっっ」 「ちゃっちゃとか言うなよ……ふぅ」  俺が抜こうとすると由岐はがっしりと俺の身体をつかまえる。 「あのさ……ごめん……」 「何が?」 「ごめん……もしかしたら興ざめかもしんないよね……でも……痛いのはたしかだし、演技とか出来ないのもたしかなんだけど……」 「皆守にちゃんと入れて欲しいし……ちゃんと〈膣〉《なか》で出して欲しいのもホントなんだ……だから……」 「抜くな……って言いたいわけか……」 「うん、我慢してるとかじゃなくて……本当に私のお願いとして……最後まで……お願い……」  ……。  俺は由岐の頭を軽く撫でてから、腰をゆっくりと動かす。  由岐の花芯は俺のモノにぴったりと絡みつき、蜜液が溢れる。 「はっ、ぅぅん、ぅふっ…ん、はぅぅん、んくっ…、はっ…んっ…、ふぁ…」  俺はスライドさせながら由岐の頬にキスをする。  唇が頬に触れると由岐は顔を動かして、唇に唇を合わす。  自然と舌が絡み合った。 「んんっ…、んっ…、んくっ…」  軽く指で芽を撫でる。 「く…ひっ、ぁっ……皆守……くはっ……」  相変わらず痛いんだろう……。  そのまま腰を動かし、自分のものも刺激する。早く射精するために……。 「ふっ…くっ…由岐の中気持ちいい……」 「んはっ、ぁん、…っ、はっ、くっ…、くぅぅっ…」 「皆守……もっと……皆守……私の身体を使って気持ちよくなって……それが私の望みだから……」 「皆守……皆守……好き……」  徐々に締めつけが強くなっていく。  二人は激しく抱き合う。  肌と肌が密着する。  互いの体温が溶け合う様に共有される。  肌の感触が愛おしい。  ……全身で互いを感じ合う。 「そ、そろそろ……」 「あ、皆守……私……皆守……かけて……その部分に……」 「う…くっ…どこ……どこだ……」 「その……先っぽが当たっている部分……一番奥の部分に……」 「分かった……このまま……このまま出す……」 「お願い……そこに……そこにぃいぃいい」 「う……あ、そろそろ……ん……ああ……出る……あ……出る……」  由岐が俺の身体を強く抱きしめる。  その瞬間……俺のモノからドッと溢れんばかりの精液が由岐の中に解放された。 「っっ!!」 「?! はふぅぅん、はぁ、はくぅぅぅぅぅんんん!! あ……で出てる……出てる……皆守の……」 「うっくっ!!!」 「くっっっ……」 「いっぱい出したねぇ……」 「う、うるせぇ……というか……とうとうお前とやっちまった……」 「何後悔してるんだよー。終わった後に後悔するとか女の子に失礼だぞー」 「お前いつもお姉さんって言ってるじゃんか……それだと近親相姦になるだろ」 「え? でもさぁ、それ以上の関係だからいいんじゃない? 前言ったでしょ。私達はすべてがつながってるって」 「血だけじゃなくて血管から脳から……身体すべてがつながってるってヤツだろう……」 「何言ってるの……それだけじゃないじゃん」 「それ以上何があるんだ……」 「心がつながってるじゃん」 「……」 「っっ……」 「何真っ赤になってるんだよ! そんな反応されると私まで恥ずかしいだろう」 「てめぇが恥ずかしい事言ったんだよ! 自覚持てバカ!」 「でも本当の事じゃんかー」 「でも、そんな事、堂々と言うな!」 「なんだよ皆守は恥ずかしがり屋だなぁ……」 「お前の羞恥心の無さに問題があるんだよ!」 「羞恥心? そういうプレイが好み? 何? 露出とかすればいいの?」 「んなわけないだろっっ」 「あははは……まぁ恥ずかしいんだったら。オナニーだと思えばいいじゃん」 「そ、それはそれで……身も蓋もなさ過ぎる……」 「なんだよぉ……可愛いこと言ってくれるじゃんかよぉ」 「う、うるせぇバカっ、調子乗りすぎなんだアホ!」 「だから、あんたいつも言ってたじゃない。私が空気読めない子だってさ」 「開き直るなアホ……」  由岐との会話……。  この当たり前が……これほどいとおしいと思った事は無かった……。  出来たら何事も無く……このまま無意味な会話を続けていたかった……。 「持ち物を増やしてはならない。いつ何が起きるか分からない……」 「レニングラード・フィルの常任指揮者のムラヴィンスキーはそういつも言ってた……」 「ソ連の粛正を知っていた彼は、いつ自分が国家から用無しになり逃亡しなければならないかもしれない事を知っていたから……」 「でもさ、彼は、心の持ち物まで増やしてはいけないとは言ってないよ……」 「それどころか、熱心なギリシャ正教の信者である彼は、心の宝は、天国まで持って行けると考えてたはず……」 「だから……」  だからの言葉の次……、  心の宝は、天国まで持って行ける……だから……、  “今を宝に……”  となる……。  だけど……それではダメだ……、  今を慈しむ時間よりも……未来を変えていくための時間……。  由岐をもっと感じていたかったが……、  だけど、今は未来のため……、  心の宝よりも未来を手に入れるために……、  このまま由岐を感じていたかった……。  でもそれは出来なかった……。  自分が為すこととは何か…… それが強く頭をもたげていた。 「今日の間宮卓司の行動、そして心の動き……把握出来たか?」  俺は、今の時間よりも……その先の可能性を選んだ。  由岐はそんな俺を見て、少し苦笑した後……。 「実は全部は把握出来ないんだよね」 「全部は把握出来ない?」 「うん……ある時点の記憶が強烈な意志によって、その存在を否定されている……」 「記憶を否定?」 「うん、たぶん、今日、間宮卓司にとって絶対に認めたくない事実があったんだと思う」 「絶対に認めたくない事実?」 「……その記憶の部分だけ全然見えない。相当認めたくないんだろうね……完全に欠落している」 「これって、私だけじゃなくて、それを経験した間宮卓司自体も事実として認識してないと思う」 「そんな強烈な改変を?」 「それが何なのか分からないけど……でも……」 「でも?」 「皆守……気をつけて……たぶんこれから私達が予期しない事……まったく想像もしない事が起きる」 「想像もしない事?」 「うん……たぶん、私が調停者であなたが破壊者……なんてルールは無効になってる……」 「無効? 何故そんな事が?」 「皆守も……感覚では感じてるんでしょ……」 「……っ」  感覚で……もちろん感じてきた……そしてそれが今日さらなる確信に変わっている。 「ああ……」 「今日、何か強烈な、私達の世界そのものが変わる様な経験を間宮卓司はした……」 「私も、皆守とか羽咲ちゃんとかからその存在が切り離されたとしても……一連の事件を解明する努力はする」 「切り離された状況で、そんな事が出来るのか?」 「それはいろいろと工夫しておく……出来るかぎり……」 「……そうか、まぁお前が自分の考えで動くならば、それはそれで心強い……問題は……」 「互いに、情報交換をする事が出来ないかもしれない……その一点につきるか……」 「なるべく、互いの情報は自室のノートに保管しておこう……と言っても、切り離されたお前はそんな事覚えてない可能性が高いが……」 「いや、習慣づければ……あるいは……」 「習慣か……そんなものがこんな短期間で身につくのか?」 「あはははは……残念ながら、自信を持っては言えないけど……努力してみる……」  記憶の改変……、  それがまったく創作では無く、間宮の経験の一部を生かしながら、由岐の記憶に脚色を与える……。  正直、この俺だって、ヤツの記憶操作の影響を受けてないとは限らない……。 「なるべく……メモをこまめに取る訓練か……」 「うん……そうだね」 「……」  それにしても、なぜこの短期間にここまで状況が変わってしまったのだろうか……。  間宮卓司にそれだけの影響を与える事件……。  その手がかりはどこにあるのだろう……。  気が付くと由岐は消えている。  いつもみたいに前触れなんかなかった……突然消えて……そして次の瞬間には……。 「うん……皆守と合体とかもしなかったね……」 「アホか! そんなのするか!」 「しないの?」 「するわけないだろ……」 「あらら……素直じゃないんだぁ……舐めるぐらいならしてやるぞ」 「いらんわ」 「なんだよ……そんなはっきり断られると、何かむかつくぞ……」 「って何やってるんだよっお前!」 「いや……チャックをな……」 「マジやめろっ、洒落にならんっっ」 「はははは、大丈夫でしょ? あんた別に私に欲情しないって……て……て?」 「ば、バカっ」  由岐の手がファスナーをおろすと……硬くなったものが勢いよく出てしまう……トランクス越しだが、それが由岐の手に触れてしまう。 「っ離れろっっ」 「って何だよぉこれっ」 「やめれっ」 「あら?」 「う゛っ……」 「なんかこの状態も微妙に懐かしい感じだな……」 「お、お前がいるとホントろくな事ないな」 「何言ってるんだよ……皆守が押し倒したんだろ?」 「ち、違う……お前が変な事するから……」 「変な事?」 「そ、そうだ……」 「変な事ねぇ……どうでもいいけどさぁ……また下着が丸見えなんだよね……」 「うっ」 「なんだよ、やっぱり倒れ込んだ時にわざとめくったんじゃないの?」 「ち、違うっ」 「ふふふ……スカートなんて布団で暴れれば簡単にめくれるよ……冗談」 「こんな時に変な冗談言うな……」 「でもさ……下着丸見えなのは冗談じゃないよ? ほら丸見え……」 「か、隠せよっ」 「皆守はHな事嫌い?」 「な、何言ってるんだよ」 「そのまま、Hな事したくないの?」 「そ、それは、というかっ」 「私はしたいな……皆守と……Hな事……」 「っ」 「ん…ちゃ…ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っっ……っっ……」 「ぷはっ……Hな事……」 「お、お前っ」 「皆守は嫌い?」 「き、嫌いとか……」 「ふーん……ならさ、皆守もちゃんと舌絡ませてよ……嫌じゃなかったらさ……」 「お、おい……由岐っっ」 「ちゃ…んっ、ぴちゃ…んん…ちゅ…ぴちゃ…ぴちゃり……んっ」 「っ……ぴちゃ……んっ……んくっ……」  由岐の舌が俺の口内、歯、歯茎を念入りになめあげる……その感触は思っていたものと違っていた……。  由岐の舌は温かくて、柔らかくて……とても気持ちが良かった……。 「っくっ……」 「むふ……皆守可愛いねぇ……少し喘ぎ声我慢した? 気持ちいいの?」 「ち、違っ」 「違うの? 私は気持ちいいのに……」  そう言ってまた由岐は舌を絡めてくる……。  ぴちゃり……。  触れ合う唇。 やわらかい感触が唇を湿らせる。  俺は由岐の背中に手をまわし、もう片方の手で彼女の頭を強く抱く。  由岐も両手を俺の背中に回して、応えるように俺の身体を抱きしめた。  抱き寄せられた互いの身体。  触れ合う唇と、寄せ合う身体は互いの温度をひとつに溶かしていくようだ。  互いの舌を通して、互いの唾液が触れ合う音。 「んあっ……ちゅっ…あうっ……ぴちゃ…ぴちゃり……」  唇の感触を味わいながら、由岐は舌を俺の口内へと侵入させる。  由岐は俺の唇から唇を離す。  絡み合っていた舌が離され……互いの舌先からは銀色の糸が引かれる。  舌でからめとった唾液を飲み込んで、彼女は小さく熱い息をもらした……。  そして……、 「っぷはぁ……うむ美味かったぜ」 「美味くは無いだろ……」 「気持ち、気持ち、でも気持ちよかったよ」 「あ、まぁ……それは……俺も……」 「えへへへへ、てぃ」  笑いながら由岐は俺を抱きしめて軽くキスをした。 「……どうする?」 「どうするって……何だよ」 「なんかここ熱くなってるみたいだよ……」 「っく……ば、バカそんなところ……」 「なんだよぉ……どんなところだよ……言ってみなよ……」 「アホか、お前っっ」 「何? 責められるのはお嫌い?」 「そ、そういう問題じゃなくて……」 「なら、責める感じが好き?」 「だから……」 「そう……ほらさわってごらん……」 「っ」  由岐は俺の手をふとももからゆっくりと、自分の部分……下着をなぞる様に動かす。 「っん……えへへへ、どう?」 「ど、どうって……」  太ももの肌の感触から下着の感触……あり得ないぐらいに柔らかくて……温かい……。 「服、脱がせてみる?」 「そんなの聞くなよ……」 「それとも着たままがご趣味?」 「違うが……」 「なら、脱がして〈良〉《い》いよ……ブラのホックは外しておいたからさ……」 「……」  なぜかのどがカラカラになった様な気がして、俺は思わず唾を飲み込んだ……。  彼女の上着に手をかけた。思いの外簡単に、するりと肩から抜けた……。  洋服の下のブラは、由岐の言う通りにすでにホックが外されて……ブラは簡単にとれた……。 「肩紐無しのブラは無防備だね……ホックとったら、ただ胸の上にのってるだけだ……」  冗談ぽく言う由岐の顔は朱色に染まり……瞳も潤んでいた……。  由岐の胸は……白く艶のある肌……均整のとれたものであった。 「……」 「……どう? 大きいでしょ?」 「知らん……普通じゃないのか?」 「これだから童貞は……普通よりかなり大きいんだよ。グラビアに出てくる女どもの胸を平均だと思うなよ」 「あ、いや……そういうわけでは……」  無いと言いたいところだったが……実際、由岐の言ってる通りな気がした。  胸の大きさなんてグラビアとか雑誌に載っている様なものでしか認識した事がない……。 「柔らかいぞぉ……」 「……」  いちいち悪ふざけな茶々を入れる由岐を無視して、俺は由岐の胸を唇で撫でる。 「んっっ」  声をこらえる由岐……悪ふざけでも入れてなければ、いつもの自分らしくなんていられないんだろう……。 「とか考えただろ……」 「人の心を読むな……」 「だって、そんな顔するんだもんっっ」 「だって本当だろ?」 「そんな事は……ないんじゃない? っきゃ」  俺は由岐の言葉など最後まで聞かず、乳房に顔を寄せ、舌でなぞった……。 「ちゅっ…」 「ぁ…あう……」  突然の俺の愛撫に、彼女は小さく声を漏らした。 「ぁ…ぁん…ん…ぁ…」  俺は舌で由岐の乳房をなめまわす。舌につく感覚は今までに無い感触……彼女の乳房は柔らかく、温かく、心地がよい……。 「ぁっ…はぁ、ん……」  伸ばした手のひらに感じる彼女の乳房の感触。  柔らかいそれは俺の手によってぐにぐにと形を変え、 みずみずしいそれは手のひらに吸い付いてくるようだ。 「ぁ…はぁっ…ぁぁ…」  舌で胸の先をなぞり……手のひらで乳房を〈弄〉《もてあそ》ぶ……。 「はぁっ…あぁ……ふぅ……皆守……」  先端が徐々にその硬さを増していき、乳首はその輪郭をはっきりさせ、立たせていく……。  それをまた、俺は唇で吸って、なめてを繰り返す。 「はぁッ…ぁ…ああ……はぁ…ぁぁ…ん…はぁっ…ぁぁ…はぁ…ん…ん…ぁぁ…」  乳首はほどよい弾力をもっていて、吸うたびにぷる、ぷるりと口の中で転がった。 「ぁ…あん…皆守ぇ…くっぁ…はぁ…あん…ぁ…」  彼女は切なげに声を漏らす……いつものおちゃらけた感じは無い……ただ快感に素直に反応するだけ……その熱い吐息まじりの呼び声に、俺の身体も芯から熱くなっていく。 「ねぇ……皆守……そろそろ」  由岐は空いていた俺の手を、そっと自分の太股へと伸ばす。  手のひらに太股のすべすべとした感触を感じる。  彼女の太股はしっとりしている様に思われたが……手をその内側に伸ばすと、信じられないほど内ももは熱く火照っていた……。 「なんだよ……内側だけやたら熱いじゃないか……」 「あははは……汗かくとね……外気ふれてるところはすぐ冷えるけど……内側の熱はこもるんだよね……」 「だから、たぶん、私の内側とかもっと熱持ってるんじゃないかな……」  そう言うと由岐は俺の手をさらに奥……太股の付け根に押し当てる……。 「下着の中……触っても良いよ……」  由岐の手に誘われるままに……俺は下着の脇から指を滑り込ませる……。  下着の中はさらに熱っぽく……ねとねとに濡れていた。  彼女の中心……その少しわきはぷっくりとしていて、やわらかくふくらんでいる……。  そこのさわり心地はおどろくほどよかった……。 「っく……こそばゆいって……くすくす……そ、そこ性器じゃないよ……でもその部分ってぷにぷにしてて気持ちいいよね……」  笑いながら由岐は俺の手をさらに押し込んだ。  ぬるぬるの山の谷間に……さらに熱い場所がある。 「んっ……そ、そう……それだよ……」  柔らかくふくらんだぷにぷにの谷間に、中指が吸い込まれていく……。  彼女の下着の中に侵入させた俺の手は、温かい小さなふくらみにふれる。  指先が何か蕾の様なものをなぞった。 「んっっはぁあっ!」  大きく由岐の身体が震える。 「……っ」  俺は指の動きを止めた……すると由岐は苦笑いして、 「ぁ…あはは……大丈夫だよ……痛かったわけじゃないんだからさ……」 「なんかお預けされてたから……少しビリってきた感じ?」 「なんだよお預けって……始めてからそんなに時間経ってないだろ……」 「バカ……私にとってはあんたと会った時からずっとお預けだったんだよ……」  俺は由岐の意味不明な恥ずかしい台詞を無視して、指をかけると彼女の下着をずり下ろした。 「きゃっ」  さすがに虚をつかれたのか、由岐が声をあげる。 「ちょっと……恥ずかしいかなぁ……せめて電気消さない?」 「……消したって見えるだろ」 「バカそういう問題じゃないよ……気分の問題」  俺は由岐を無視して、舌で軽く彼女の乳首を転がす。 「っ……で、電気ぃ……」  舌で乳首を少しいじったあと、また彼女の太股の付け根に指をはわせる。 「っく!…ぁぁっ!…も、もぅ皆守……あうっ」  由岐でも恥ずかしい事は恥ずかしいんだな……となんだか意味もなく感心させられた。 「ぁ…そ、そこは……くっ!…ぁっ…はぁあっ……つーかそんな事……うくっ……冷静に考えるなぁ……ばかぁ!!」 「ちゅ……んぱっ……ぬぷっ……」  由岐は俺を抱きしめてキスをする。  口をからめるたびに、彼女のなかからは熱い愛液が溢れ出してくる様だった……。  指に絡みつく彼女の愛液が侵入をよりスムーズにしてくれる……指を出し入れする速度を速めても抵抗が無くなっていく。 「ちゅ……くっ……ふぁあっ!…ああっ!…あぁっ!…ぁああっ!」  キスをして離さない由岐……俺はそのまま下半身をさわり続ける……。 「っくぅ……いや……あうっ……あ……」  突然、くねくねと身をよじり、いやいやと首を振る由岐。  俺から唇を離し……口をぱくぱくさせている。 「あ、あう……だめ……皆守に触ってもらえるだけで……こんなに……くっ」 「……あはは……恥ずかしいぐらい気持ちいいや……っく、あうっ……はぅ……」  こんな表情の由岐を見たことが無かった……由岐のそんな姿は扇情的で俺の中の欲望をよりいっそう掻きたてていく……。  ぐちゅぷ、ちゅぷ…ちゅぷぷ…ぐちゅぷ、ちゅぷぷ、ぐちゅぐ、ぐ……。  とめどなく溢れ出す愛液は指にからみつき……愛撫を加速させる。 「あっ…あうあうあうっっ…だ、ダメ……ダメかもっっ……もう、あう……ダメそう……」  涙に潤んだ彼女の瞳が俺を見つめる。  興奮のために指にこつこつと当たるほどになった彼女の陰核を、俺は引き抜いた人差し指と親指できゅっと摘んだ。 「あ、ダメ……イキそう……あ、ごめん……我慢出来なさそう……」 「良いよ……そのまま……」 「あ、ダメダメダメ……ホントにイクっ……あ、あ、ああっ、ダメ、ダメ、あ、本当にっっっくっ」 「っはぁああっ! あぁあんああああああーー!!」  由岐が波打つ様に痙攣する……その直後……彼女の身体は電流が流れたように緊張し、ふわりとそのまま布団に倒れこんだ……。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ……くっ……はぁっ…はぁっ…はぁっ……っっっっくっ」  由岐は手で顔を隠す。 「うわんっっ、なんで電気消さないっっ」 「知るか……途中で中断して消すとか興ざめだ……」 「自分だけイった後だと……微妙に恥ずかしいっっ」 「そうか?」 「だってっっ……どう考えても……皆守と私……テンションに開きがある事に気が付く……」  やれやれ……そんな事いちいち気が付かなくて良いと思うんだが……、  目尻に浮かんだ涙をかざした腕でふきながら、ぷんぷんとふくれる由岐。 「テンションの開きか……そんな違うか?」 「だって……私大声出して……あんたそんな冷静な顔だし……うわんっっ。なんか嫌っっ」 「テンションの開きねぇ……」  俺は由岐の手を自分の方に寄せる。 「っ?」 「全然冷静じゃないって……」 「何これ……トランクスビッショリじゃない……男の子でもこんな濡れるんだ……あははは……これ羽咲ちゃんに怒られるよ……」 「そうかもな……」 「これって射精とは違うんだよね……」 「ああ、違う……」 「ふーん、そうなんだ……」  由岐は俺の方に身を起こすと、  ジッパーが下りているズボンの裾をひっぱる……。 「ほら……下まで脱いでよ……」  ズボンを最後まで下ろすとトランクスに手をかける。 「あははは……なんだか……これはこれで恥ずかしいねぇ……」  そのままトランクスを下げると、先ほどの行為で体液でびしょびしょなものが勢いよく飛び出した……。 「……おっ」  由岐は俺のものを見ながらぱちくりさせている。 「自分で下ろしておきながら……どんな反応だ」 「あ、いや……なんかもっと恐ろしげなものだと思ってたから……思いの外、かわいいんだなぁ……と」 「……それ遠回しに俺を〈貶〉《けな》してるだろ……」 「あ、いや、違う。そういう意味じゃなくて……なんつーか雰囲気? もっと蛇みたいなもんだと思ってた……鱗とか生えて……」 「鱗なんて生えてたら恐いわ」 「だから恐いものだなぁ……とか」  どんな間違った知識なんだか……。  怒張した俺のものは由岐に握られて、より硬く張っていく……。 「おっ、またビクン言うた…………なんか元気な子だなぁ……」  はぁっと感嘆まじりのその声が俺の分身の先端に触れて、なんともいえない甘い刺激が俺の背筋を襲う。 「……あははは……でもこれが入るとなると少し大きすぎだな……」  彼女の手がまた俺のものを強く握る。  びくん!  その手の温度と感触に反応して勢いよくはねる。 「これ……入れるものとしては少し凶暴すぎだね……中に入ってる時もビクンビクンするのかね?」 「さぁ……試してみればいいんじゃないか?」 「いやん、さりげなくセックス誘われてる?」 「この状況でさりげなく誘うとかも無いと思うが……」  添えられた手をゆっくりと由岐は微妙に動かしはじめた……今まで感じた事がない快感が下腹部へと伝わる。 「うぁ……くっ……」 「あれ? 苦しそうだにゃ……皆守くん痛かったかなぁ?」 「いや、痛いとかない……まったくその逆だ……って分かるだろっ」 「まったく逆とは? なんぞ?」 「……お、お前なぁ……」 「おっと……ストップ ザ ネイティブボーイ……」 「どこのネイティブなんだよ……俺は……」 「分からないのならやめてしまうぞ……」 「くっ……お前……」 「ほれほれ、お姉さんに言ってみなよ……皆守」  こ、こいつ……いきなり調子乗りやがって……。 「……ふーん」 「なっ……」  俺の気持ちを悟ったのか……由岐は手を離してしまう。 「どうだったか言ってくれないとやってやらないぞぉ……」 「っっっ」 「や、やってもらわなくて結構だっ」 「おろ?」 「なんだよぉ……なんか本気で怒っちゃったぞぉ……」 「う、うるせぇ……」 「でもさぁ……本当に気持ちいいのか分からないよぉ……私にはこんなに腫らして少し痛そうに見えるし……」 「知るか……くっ」  ……そえられた由岐のやわらかい手が絶妙な圧力で俺のものをあたたかく包む……。 「あら、また声……そして先っぽから、何か出てきた……」 「……」 「ならさ……私から頼み事言っていいかな?」 「お前から頼み事?」 「うん……そう」 「何だそれ?」 「あのさ……皆守のチ○チン……口に入れていいかな?」 「へ?」 「なんだかね……本当は私……皆守の舐めたくなってきた……この味も嫌いじゃないし……ぺちゃ……」  由岐はいやらしく……自分の手についた液を舌で舐めとる。 「んちゅ……それに……なんだかかわいらしいしな……」 「うっ……」 「ねぇいい? 皆守のち○ちん舐めても?」 「ち、直接的だな……恥ずかしくないのかよ……」 「恥ずかしいよぉ……でも皆守の恥ずかしそうな顔見てたら、もったいなくて自分からねだってみた……」 「っっ……勝手にしろっ」 「へへへ……なら舐めてみるよ……くちゅ……」 「っっ!?」 「……んぶっ……ちゅば…んんっ、んむっ……ちゅ。んむぅ」 「んっくっ……」  熱いもので包まれる……柔らかくねっとりした……ものは……それは今まで経験した事ない熱さだったし……やわらかさだった……。  由岐は、おもむろに顔を接近させると……その小さな唇で唾液をからませながら……愛撫しはじめた……。 「くっ! ……っ!」 「んむっ……ちゅ。んむぅ……んぶっ……ちゅば…」 「んあっ」  口をいっぱいに開けて、先端部を含むように竿の部分をくわえる……。  熱いそれに包まれて……上下するたびに、頭がしびれてしまう様な快感がつきあげてくる……。 「んんっ……んむっ、ちゅぶ……んん……皆守……」  由岐の唇が滑りゆくたびに身体に小刻みな痙攣の様な快楽が走る。  急速に立ち上ってくる快楽の波は、身体の中を容赦なく反復する。 「んちゅ……あう……あ、味が沢山してきた……たくさんいやらしい液が出てるんだね……」 「うっ……うわっ」 「な、なんか凄い……皆守の……口の中で……びく、びくって跳ねてるのが……伝わるの」 「あ……くぅ……うっ……ゆ、由岐……」 「へへへ……ありがとう……皆守、ちゃんと私の口で感じてくれてるんだね……んっ……ちゅぶ、んっ、んんっ、んあっ…んぶ…っ…はああっ」  由岐が手を上下に動かすたび、唇の感触が、敏感な箇所へと重なるたびに……抑えきれない〈迸〉《ほとばし》りが身体の奥底から昇ってくる。 「あ…むっ……ちゅぶ……んぐっ、んむっ、皆守のチ○チンが、お口の中で……ん……わ、私も……あ……あう……」  由岐の口の周りは唾液やその他の粘液でべとべとに光っている。  ねちょねちょの液にくるまれて屹立した昂ぶりは卑猥な光を放つ。 「んっ、ゆ、由岐……もうダメだ……由岐……」  腰の奥から上ってくる堪えきれない衝動。  下半身が決壊してしまいそうな……身体の芯を震わすような感触……。 「も、もう…出る…す、すぐに…くっ、由岐、もう、これ以上は……もう駄目だっ……」 「んちゅ……っ…いいよ……皆守……このままで口に出しても……」 「くっ、あっ……本当に出る……くっ……由岐っ!」 「……うん」 「くっっ!」 「っう……」  射精感に任せて不規則にはねたものが、由岐の顔を白濁液で汚していく。 「はぁっ……はぁっ…はぁっ……」 「あー、あんまり派手にはねるから飲めなかったよ……顔にかかっちゃったよ……」  顔に吐きかけられたそれを彼女は指ですくってつぶやく。 「ふはぁ……すんごい出したんだねぇ……気持ちよかった?」 「すまん……飲ませるのは悪いと思ったんだが…我慢できずに……」 「あ、いいよ。顔射とか興味があったから……」  由岐は枕元に置いてあったティッシュケースからティッシュを抜き取りながらにこにこして答える。 「これ髪の毛に付くとつらいね」 「取れないのか?」 「なんか髪とかについたヤツをティッシュでふくとね……なんか水分抜けて、さらにへばりついて取れん」 「そうか……」 「あ、そうだ……えっと…れろ…」 「……はぁ?」  由岐は顔につき、ネバネバと垂れている白濁液を指ですくうとひとつひとつ自らの口の中に運んでいった。 「ごくり……」 「……ふむ」 「何飲んでるんだ?」 「良く言うと……〈痰〉《たん》の味?」 「身も蓋も無い……」 「悪く言うと……濃い〈痰〉《たん》?」 「どっちにしても痰か……」 「うーん……何というか例えるものが無いなぁ……まぁ、噂通りのまずさではあるねぇ……」 「はぁ…それにしても、皆守たくさん出たねぇ……」 「やっぱりたまってたんじゃん?」 「うるさい……」 「しっかし……これで証明されたねぇ……」 「証明? 何だそりゃ?」 「やっぱりこの量ためこんでるお前の汗は、精子が混ざってる!」 「そんなわけないだろっ」 「……んじゃ、そろそろ入れる?」  由岐は大きく股を開いて局部を広げる……。 「っっ……」  俺は思わずそこに釘付けになってしまいそうになるが、視線を感じて目をそらす。 「あははは……恥ずかしさを殺してやった甲斐があったよ……やっぱり、こういうところに興味あるんだね」 「あ、当たり前だろ……」 「んじゃ、入れてみようか……」 「出来るのか? 俺もお前も初めてだろ?」 「まぁ……試してみようよ……」 「っく」  由岐は俺の身体を抱きしめ……その硬いモノを由岐の蜜に濡れた花唇へこすりつけた……。  どちらもびしょびしょに濡れていたため、動くたびに激しい粘着音が響く……。 「くっ……あは……こうやって互いのをすりつけると……凄い音だね……」 「くっ……すごい……」  互いの性器をすりつけ合う……抱き合う様に、強く……。 「うっ……これ……すごく気持ちいいかも……すごい…なんだか恥ずかしい音だね……」 「ねぇ……皆守……キス」 「ん……ちゅ……」 「ちゅ……くちゅ。くぅん……んぶっ……ちゅば……ちゅ……」  由岐の内側のやわらかく温かい感触……それを両方で感じる……。 「すごい……これ……すこしえろいかも……口も下も……べちょべちょ……なんかどっちからも垂れてるし……」  由岐の顔からよだれが頬に流れ出している……二人とも顔はべちょべちょ……下は太股までが濡れていた。 「あう……ひゃん……あう……れろ…ちゅ……くちゅ。くぅん……」  由岐は腰を前後に動かしながら……なすり付けてくる……べちょべちょすぎて……すりつけている場所のどこが性器なのかすら感覚では分からない……。  ただ、二人の上と下は体液でべちょべちょになっていた……。 「ねぇ……ほしくなっちゃった……」 「……大丈夫か?」 「知らないよ、そんな事……ただ、ほしい……皆守が……」 「……そうだな……」  由岐は潤んだ瞳で俺を見上げ、小さく頷く。  俺は由岐の膝を曲げさせ、モノを花唇へあてがうと、一気に埋め込もうとする……。  が……。 「んっっ」 「っ……」  思いの外入り口は堅い……というか正直、どこが入り口なのかさえ分からない……。 「落ち着いて……もう少し下……そう……もう少し……」  指で誘導する……。 「……なんて言っても、自分でも良く分からないんだけどねぇ……たぶんここだと思う……」  ここと言われた場所は他の場所より少しくぼみになっている様な気がした……。  俺はそこに力を入れようとする……。 「ま、待った待った、ずれたずれてるっっ。そこ後ろの穴っっ」 「そ、そうなのか?」 「違くて……ここ……こっちだって……」 「なんかぬめぬめしすぎて分からん……」 「半分はお前のだっ」  先からの感触では……ここが由岐のどの場所かどうかさえ分からない……ただ今度は慎重に……ゆっくりと……力を入れてみる。 「んっ……」  今までと違う感触……何か奥に入る様な……。 「痛っ痛っ痛たたっっ……」 「痛いか?」 「み、見たまんまかなっ?」 「やめるか?」 「い、今やめたら……お前を呪い殺すわ……」 「なんでだよ……」 「あたりまえじゃん……」 「っ!?」  由岐はそのまま俺を強く抱きしめる……そしてそのまま俺のものは由岐の中に沈んでいった。 「っっっ!」 「と、とと皆守の入れたかったんだもん……っっっっくっ」 「やっっとっっ……一緒になれたんだもんっっっんぐっ」  普通なら感動的なシーンなんだろう……。  由岐は半泣きというかマジ泣きで、引きつりながら、かわいらしい事を言う……。  でも……、 「かわいいけど……今のお前……ギャグだぞ」 「言うなっっ」 「痛いか?」 「痛い……痛いが……それがいい……いや、たぶんそれが良くなっていく予感……」  そりゃ……願望だろ。 「と、とりあえず……動いてみない?」 「大丈夫か?」 「あ、あは、は、は……だ、だから痛いのが気持ちよくなっていくんだって……」 「答えになってないし……俺は今、大丈夫か聞いてるんだよ」 「動いてみないと分からないなぁ……」 「そうか……」  俺はゆっくりと動かしはじめる。 「つっ…」 「う……うは……うわっ……はぁ…はぁ…はぁ…皆守のががが……」 「……お前……声固まってるから……」 「あ、あ、あ、あ、あ、あ……つーか痛い……」 「やめるか?」 「やめるわけないだろうっっ。ちゃっちゃと私の〈膣〉《なか》で射精しろっっ」 「ちゃっちゃとか言うなよ……ふぅ」  俺が抜こうとすると由岐はがっしりと俺の身体をつかまえる。 「あのさ……ごめん……」 「何が?」 「ごめん……もしかしたら興ざめかもしんないよね……でも……痛いのはたしかだし、演技とか出来ないのもたしかなんだけど……」 「皆守にちゃんと入れて欲しいし……ちゃんと〈膣〉《なか》で出して欲しいのもホントなんだ……だから……」 「抜くな……って言いたいわけか……」 「うん、我慢してるとかじゃなくて……本当に私のお願いとして……最後まで……お願い……」  ……。  俺は由岐の頭を軽く撫でてから、腰をゆっくりと動かす。  由岐の花芯は俺のモノにぴったりと絡みつき、蜜液が溢れる。 「はっ、ぅぅん、ぅふっ…ん、はぅぅん、んくっ…、はっ…んっ…、ふぁ…」  俺はスライドさせながら由岐の頬にキスをする。  唇が頬に触れると由岐は顔を動かして、唇に唇を合わす。  自然と舌が絡み合った。 「んんっ…、んっ…、んくっ…」  軽く指で芽を撫でる。 「く…ひっ、ぁっ……皆守……くはっ……」  相変わらず痛いんだろう……。  そのまま腰を動かし、自分のものも刺激する。早く射精するために……。 「ふっ…くっ…由岐の中気持ちいい……」 「んはっ、ぁん、…っ、はっ、くっ…、くぅぅっ…」 「皆守……もっと……皆守……私の身体を使って気持ちよくなって……それが私の望みだから……」 「皆守……皆守……好き……」  徐々に締めつけが強くなっていく。  二人は激しく抱き合う。  肌と肌が密着する。  互いの体温が溶け合う様に共有される。  肌の感触が愛おしい。  ……全身で互いを感じ合う。 「そ、そろそろ……」 「あ、皆守……私……皆守……かけて……その部分に……」 「う…くっ…どこ……どこだ……」 「その……先っぽが当たっている部分……一番奥の部分に……」 「分かった……このまま……このまま出す……」 「お願い……そこに……そこにぃいぃいい」 「う……あ、そろそろ……ん……ああ……出る……あ……出る……」  由岐が俺の身体を強く抱きしめる。  その瞬間……俺のモノからドッと溢れんばかりの精液が由岐の中に解放された。 「っっ!!」 「?! はふぅぅん、はぁ、はくぅぅぅぅぅんんん!! あ……で出てる……出てる……皆守の……」 「うっくっ!!!」 「くっっっ……」 「いっぱい出したねぇ……」 「……」 「  さん……」  誰……。  この声……。  これって……。  そうか……  は……。 「羽咲……か」 「え? と、とも兄さん?」 「あ、ああ……」 「とも兄さんっ……」 「は、羽咲……な、何だ?」 「何だじゃないよぉ」 「もう……一週間も……全然会えなくて……消えちゃったんじゃないかと思ってた……」 「一週間? ちょうどか?」 「そうだよ……」 「という事は今日は7月13日か?」 「うん、そうだよ……ひっく、ぐす……」  そうか……昨日から引き続きか……、  次の日を連続して迎えられる……誰でも当たり前の事なのに、その事すら今の俺には奇跡の様に思えてしまう……。 「とも兄さんっとも兄さんっっうわーんっとも兄さんっ」 「ああ……すまない……」  泣きながら抱きつく羽咲。  俺は羽咲の頭を撫でてやる。  ……。  正直つらいな……。  羽咲がこんなに泣いてる姿を見るの……、  やはり、俺がいなくなったら……本当に泣かせてしまう事になるのだろうか……。  由岐がいるから大丈夫……そう言い聞かせてきた……そう思い込もうとしていた……。  だが昨晩の“水上由岐”を見て…その考えは無くなった……。  あれは“水上由岐”であって由岐ではない……。  彼女は由岐とは違う、まるで遠い存在……。  完全に切り離された存在。  たしかに彼女は羽咲を守るだろう。  偽りの姿の羽咲を……、  それでも羽咲を守ってくれるんであれば……と思っていた。  だが……、 「……羽咲」 「何?」 「すまん……出て行ってくれるか?」 「……え?」  羽咲がさらに悲しそうな顔をする。  俺は彼女にこんな顔をさせたくはない…… なのだが……。 「いや、違うんだ……意地悪とかでは無くてな……」 「意地悪じゃないんなら……なんで?」 「あの……着替えるにあたってな……」 「うん……」 「うん、じゃなくてな……着替えるんだよ」 「うん、だから起きられる様にどいたよ」  いや……そこじゃないんだ……本当は……、 「とりあえず……部屋出て行ってくれ……」 「ひさしぶりに会えたのに……なんで、とも兄さん布団に隠れて……」  だから察してくれっ。  朝はまずいんだ……朝はいろいろと男の子は……。 「やっぱり……私の事……避けて……」 「一週間前に私が一緒に寝たの、そんなに嫌だったの?」 「ち、違うっ」  別にお前の事を避けてるわけじゃないっ。 「とも兄さんが嫌ならああいうのやめるから……もう避けるのとかやめてほしい……」  くそ……この前まで下らない事で、羽咲を遠ざけようとしていたからな……信用してもらえない。  どうやら、羽咲はこの一週間、俺が羽咲を避けて会えなかったと勘違いしているらしい……。  たしかに一週間前にあんな感じで最後だったから……羽咲に勘ぐられてもおかしくはない……。  二人の距離が縮まって、いきなり会えないなんて……作為的に思われても仕方がない。  だが羽咲……違うんだ……。 「ち、違うんだ……そんな顔するな……」 「ううん……でもこうやってわがまま言うからとも兄さん嫌なんだもんね……出て行く……」 「ち、違う! 妹よ! 断じて違うぞ! とも兄さんは、あのその一身上の都合により、下半身関係の血流の偏りによりご都合が悪い状態なだけなんだ!」 「俺は羽咲を遠ざけようなんて思ってないんだ!」 「……」 「あ……」  しまった……俺は思わず何を口走ってるんだ……。  ここのところいろいろありすぎて……いやいやそれにしたって……今の……。 「とも兄さんっっ」 「良かった……もしかしてとも兄さんに嫌われたんじゃないかって……」 「ずっと会えなかったから……私……私……」  また泣かしてしまった……。  いや……というよりも……また振り出しに戻ってるし……。 「ご飯食べていく? 作ってあるけど……」 「ああ、シャワー浴びてから食べる」 「シャワー浴びてからだと遅刻しちゃうよ……」 「いいんだよ遅刻しておけば……」 「それ、困るよ……」 「あ、そうだ……とも兄さんはシャワー浴びてて、良い事考えたからっ」 「あ、ああ……」 「どうかな?」 「サンドイッチか……まぁたしかにこれなら食べながら歩けるが……」 「うん」  なんでこいつは……お盆とお皿とコップを持ち歩いてるんだ? 「オレンジジュースもちゃんと飲むんだよ。ビタミンCはいろいろと大切なんだから」 「う、うむ……」  まぁ……ビタミンCが大切なのは分かるが……わざわざお盆にのせて運ばなくても……というか……。 「お前、重いだろ?」 「ううん、全然大丈夫だよ」 「そ、そうか?」  重いだろうし……俺的には少し視線も気になる……。  たしかに一週間放置されたというのはあるんだろうけど……それにしても……。  なんかずっと泣きそうな顔して困るな……羽咲。  なんでこいつは俺なんかに懐いてるんだろう……。  だいたい元々の兄は間宮卓司なはず……俺は、ほんの数年前に作られただけの人格。  なぜそんな俺を羽咲は追いかけるのだろう……。  まだ、こいつにそこまで懐かれてなければ……未練も無いのだろうけど……。  消える事なんて恐くないと思っていた……。  なのに、いざその時が近づくと……自分の中に恐怖が残っていた事に気が付かされる。  いや……残っているなんてものじゃない。  俺の心は恐怖で満ちていた。 心残り……未練……。  せめてそんなものだけは俺が生きてる間に断ち切らなければ……、  俺にあとどれほどの時間が残っているか分からないが……それでも……。 「お前なぁ……こんな場所まで……」 「学校まで来ちゃったね」 「ああ、お盆を駅のコインロッカーに入れてまで、電車を一緒に乗ってな……」 「へへへへ……んじゃ帰るね」 「ああ……」 「……これで終わりとか無いんだよね」 「……」 「これで、もう会えなくなるとか……無いよね」 「ああ……大丈夫だ……」 「本当?」 「もちろんだ……俺が嘘言った事あるか?」 「わりかし……」 「でも、この約束は絶対だ」 「……」 「どうした?」 「あ、いや……変わらないんだな……って」 「変わらない?」 「う、ううんっ。んじゃがんばってね。とも兄さん」 「がんばるってほどじゃないけどな……」  羽咲と別れを告げて校門をくぐろうとする。  その瞬間。 「っ!?」  なんだこれ……。  ほんの少しだけど……感じた……、  今、何かに引っ張られる様な……そんな不気味な感触が……。  意識を失う前兆? 「っ……」  意識が大きく引っ張られる……気絶する感じに近い感覚だ……。  今までこんな感触は無かった……。 「これが、由岐が言ってたヤツか……」 「っ……」  前兆を感じなければ、間違いなく、そのまま引っ張られていた……。  そう、いつもの通りに……。 「なるほど……少しは俺にも由岐の力が宿ったという事か……」  意識が引っ張られる前兆さえ感じれば、ある程度は耐える事が出来る……。  ただ、相当な精神力が必要だ。  すぐに意識下に引き込まれる。 「っく……」 「何だあれ……」  目の前にそれまで無かった影が突然現れる。 「っ……」  北校女子の制服……。  なら、あれは由岐か?  いや……違う……影は二つだ……。 「あれ……」 「どしたのお姉ちゃん……」  お姉ちゃん?  なるほど……これが……。  あの二人か……。  若槻司と鏡……これが由岐が見る羽咲の姿……。  いや……すでに羽咲とは別れた……。  ならばこれは、由岐が見る羽咲の〈残滓〉《ざんし》の様なものなのか? 「あ、いやね……」 「ん?」 「はぁ? なんで私が朝っぱらから校舎にそんな事しなきゃいけないのよ」 「そ、そんなすごい目つきじゃないよ……たぶん……」 「あ、な、なんでもない……」  途切れ途切れの会話が聞こえる……。  会話の一部が欠落しているのだろう……。  これって……もしかして既に俺は意識を失いかけているのか? 「っ……」 「くそ……どうなってるんだ……」  こんな事は今までに無かった……。 「間宮卓司……お前は何をしようとしてるんだ……」  ザワザワ……。  ザワザワザワザワ……。  ザワザワ……ザワザワ。  ザワザワ……ザワザワ。  ザワザワザワザワザワザワ。  ザワ。  教室のドアを開ける。  教室は極度に彩度を失っていた。  俺は意識を失っているのか、それともまだ失っていないのかさえ分からなかった。  ただ、この状況を他の人格も見ている感覚だけはあった。  この状況……教室はやたらざわついていた。 「何だこれ……」  いつもの同じ顔ぶれ……。  にもかかわらず違っていた。  教室はやたらざわついていた。 「やっぱり3組の……らしいよ」 「なんか聞いたんだけど、他の学校のヤツと一緒にだったみたいだよ」 「マジで? マジでそんな事あるの?」 「超こえぇ」 「んで、っで誰?」 「知らない? いるじゃん……あのさ……すげぇ目立たねぇ」 「なんか髪がすげぇ長くて黒い女」 「黒い?」 「お菊人形みたいなヤツだよ……」 「3組と合同授業になるとさ、いるじゃん、長い髪でおかっぱの……」 「無駄に巨乳の呪怨みたいな雰囲気の……」 「そう、そう、呪怨みたいな感じの少しやばそうな……無駄に巨乳のあれだよ」 「いつも一人でいた……」 「ああ、いた、いた……」 「でもさ……、3組の城山くんに続いてじゃない……なんか怖いよね……」 「でも、あれは事故じゃない…」 「でもさ、あれってばついこないだじゃん。怖いよね。こんな短期間にこんな事ばかり起こるなんてさぁ……」 「……」 「あの……お姉ちゃん……」 「うん……」 「あ、お、おはよう……鏡と司……あ、あのさ……」 「ん? どったの美羽」 「なんでそんな青ざめてるの?」  おかしい……俺まで認識がねじ曲がっている。  岩田美羽にあの双子が見えるわけがない……。  ここには羽咲はいないハズだ……。  認識が大きくねじ曲げられている……。  正しくは……。 「あ、お、おはよう……間宮くん……あ、あのさ……」 「ねーね。間宮くんっ。隣のクラスに高島っていたじゃない」 「高島?」  高島……隣のクラスの……高島ざくろ……。  水上由岐に懐いていた……あれか……。  間宮卓司とも接点があった様だが……。 「高島が自殺したんだよ」 「っっ」 昨日会ったばかりの……高島さんが……自殺?高島さんって……隣のクラスの高島ざくろさん……そうそう、少しくらい感じのする娘いたじゃないおかっぱの黒髪の……あの娘、昨日の夕方、駅近くのマンションの屋上から飛び降りたらしいよ……12階のマンションから飛び降りたから、すごかったみたいだよ……他の学校の生徒二人と……昨日の夕方って……あの時だ……他の学校の生徒二人って…………高島さんと一緒にいたあの二人が……って事は?……高島さん達はあそこに自殺するために集まっていたという事……冷たい汗が流れる……気が付くと手の平が痛くなっていた。緊張で強く握っていた様だ……ゆっくりと開くとじっとりと手のひらはびっしょりになっていた。「なるほど……」……動揺しているんだ……私。思いの外……動揺するんだ……こういう事って……。あまりくわしくないから知らなかったけど……。遠い 親戚のおじさんが癌で死んだ時に立ち会ったのとは全然違うんだな……。同じ程度に知っている人の死なのに……。それが自殺だからかな?同級だから?そんな訳の分からない事を考えながら……、私は目をつぶり息を大きく吸い込む。「……んっ」まず整理だ……。彼女とはそれほど面識がない。そんな自殺寸前の彼女と私は会ってしまった。だから、その部分に得体のしれない感情に襲われた。たしかに、それは特異な経験だから動揺する事もあるだろうけど……、でも、必要以上にその事実に感化される必要はない。ただ……。この不穏な感じを完全に否定は出来ない。接吻をされた……。これから屋上から飛び降りようとする女子に、私は接吻をされた……。その時の彼女の台詞……。「力……わけておきます……あなたには……」それはどういう意味だろう……。死ぬ人間が、その最後に私にあたえた接吻の意味。それが間違いな く私をもっとも不安にさせているんだろう。一番不気味に思えてしまうのは……その事だと思う……。「私があなたに恨み? くすくす……ないですよ」「私はあなたに悪い印象なんて持ってません」その言葉も少なからず……私を動揺させる。彼女の自殺の前の最後の行動……。私にした事の意味はなんなんだろう。「冷静に……」「あまり深くは考えずに……」そうだ……、自殺する前に人間の行動……そういったものの意味を深く考えるのは……いらぬ憶測をよぶだけ。自殺前の情緒不安定の彼女が、最後に目についた隣クラスの子、その子と最後のふれあいを持ちたかった。特に彼女はいじめられていたみたいだから……それに一切関与していない私に必要以上に好意を持ってしまった。あくまでも消去法的な選択。自分の最後の会話を、そんな私としてみたかった。それ以上でもそれ以下でもない……。そう考えるのが自然だ……。 「落ち着け……」 「意識を……保て……」  高島の死を知らされた瞬間に一気に由岐の世界の言葉が逆流してくる。  その情報量に俺の意識は吹き飛びそうになった。  由岐の世界も現在進行中という事か……俺の脳内で……少なくとも二つの世界が同時進行しているらしい……。  今でも……もう一つの世界にのみ込まれそうだった……。 「とりあえず……出来る限り意識を保ち……正確な情報を収集出来る様に……」 「間宮くんとか高島さんにたまに話しかけられてたよね」 「……俺が?」 「あれ? 違ったっけ?」  そうか……由岐と間宮卓司と接点があった以上は、そういう風に見えたのだろう……。  俺個人はあの女と接点などほとんど無いが……。 「だけどショックだよね……だって、城山くんに続いてだから……」 「城山? それって城山翼か?」 「え? そうだよ。ほらこの前屋上から転落して……大騒ぎになったじゃない」 「城山が転落して? どうなったんだ?」 「え……あの」 「死んだのか?」 「もしかして、間宮くん知らないの?」 「それっていつだ?」 「えっと……三日ぐらい前? たしか7月10日だった様な……」  四日目に意識をひさしぶりに戻した日……あの日か……。 「それは事故か?」 「分からない……たぶん事故じゃないかって言われてる……」  屋上から転落……たぶん奴らの事だから薬物による事故だろう……。 「それで高島ざくろの方は?」 「さぁ……自殺じゃないかって噂もあるけど、正しくは良く分からない。逆に間宮くんは聞いてないの?」 「いや、俺はまったく……」 「話だと昨日……夕方六時すぎぐらいだって言ってた。あ、場所は杉ノ宮の近くのマンションだって」  杉ノ宮のマンションか……。 「はい、はい、皆さん座ってください!!」  ざわついた空気が担任教師の登場によって瞬時に打ち消される。  もちろん、それは教師の威光などというものではない。  ただ、そのざわつきの原因である疑問に対する解答を、その教師が持っていると、そこにいたすべての人間が信じていたからに過ぎない……。  ざわついた空気の原因……。  噂の解。 つまり……。  本当に高島ざくろが死んだのか?  どういった理由でその命を終えたか……、  まぁ、そういったもろもろの疑問の答え……。  教師が教壇に立つ。  そこにあるすべての視線が其処に集まる。 「知っている人もいるかもしれませんが……昨日、隣のクラスの高島ざくろさんがお亡くなりになりました」 「本当に残念な事ですが……」  担任は少し涙目になっている。  それに合わせて、なぜか教室中が騒がしくなる。  教師は彼女の死の核心にはふれない。  だけどそれが噂の信憑性を高める。  噂通りに高島さんの死が自殺であったとして、そんな事をあえて学校側から公表はしないだろう。  だいたい、自殺と事故など第三者からでは判断しづらい。  あくまでも警察、そして親族や関係者だけが真実を知っている。  ならばそんな事を公言などしたくないだろう。  自殺などと広まってしまったら、その原因追及に多くの人の興味が向くだろう。  つまり……イジメとの事実関係。  だけど……はたして黙る事は学校として正しい判断となるのだろうか……。  少なくとも、この学校ではつい最近に城山翼の転落事故死を経験している……立て続けの生徒の死となればネットでも盛り上がるだろう。  そうすれば、万年ネタ不足で悩んでいるマスコミが興味をしめしかねない。  事実を隠蔽しようとする事は、あえて事態を悪化させる事にならないだろうか……。  いかにもマスコミが好みそうな状況になるんじゃないのだろうか……。  ザワザワ……。  ザワザワザワザワ……。  ザワザワ……。  ザワザワ……。  ザワザワザワザワ……。  ザワザワ……。  なんだ……。  またか……。  意識が……。  ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。 ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。 ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。  ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。 ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……ザワザワ……ザワザワザワザワザワザワ……。 「っっ」 やっぱりボクの事を話しているのか?こいつら、もしかしてボクがそこまで追い詰められればいいとでも思ってるとか……そうなのか?こいつらのざわざわは……やっぱりボクに対しての事なのか?そうだ、そうに違いない!だから、ボクの事をジロジロ見ている……なんてやつらだ、この最低人間ども!ちきしょう。ちきしょう。ああ、頭がかゆくなる。毛穴が痛い。         くそ、なんでこんな気持ちに!こいつら、こいつらがいけない。そうだ、こいつらのせいなんだ。ああ、かゆい。           ボクは頭と腕をかきむしる。痛がゆくて仕方がない。くそ、こいつらめ……。そうだ!もし――ボクが総理大臣になったら――総理大臣になったら!おまえらを……殺してやる……そう、みんな死刑にしてやる。        「敗者の死」 「売女の死」            「痴呆の死」    「ビッチの死」             「生徒の死」    「貴様の死」             「愚民の死」                                                                                                「喜ばしき死」                        死刑……そうだ、 死刑。 とっても、普通の死に方なんてさせない……。 もっと屈辱的で……もっと苦痛にみちたもの……。ああ、そうそう、泣き叫んでも許してはやらないよ。まずは、公衆の面前で、裸にむき縛り上げる。これはもちろん、男も女も、そして灼熱に焼いた鋏で、右足のふくらはぎを……つぎに腿を、右の腕を……最後に胸をくり抜く……女子は乳房までくり抜かれて肉からは骨が見える。このくりぬかれたそれぞれの穴に……鉄のひしゃくで煮えたぎるどろどろの鉛を流し込む。ふくらはぎに……腿に……腕に……当然胸のくりぬかれた穴にも……。まるで焼き肉みたいな臭いがあたりに立ちこめる。どろどろの鉛は内部から君たちの肉を焼いていくんだ。ポタ、ポタ……。?なんだこれ?雨?いや違う、涙だ。白目 が涙でぬれる。うふふふふふふ、その涙の量の何倍も、ボクは泣いてきたんだ。ザマァないね。誰も君に同情しないよ。それは、今までだれもボクに同情なんてしなかった様に……誰も君になんか同情はしない死刑はまだまだ続くよ。次に、繋駕用の綱を馬と……君たちの腿と脚と腕に沿って四肢と……それぞれに結びつけて……。一気に曳かせる……。でも聞いた話によると、馬をもってしても四肢の切断は容易ではないみたいだよ。何度も何度も馬に曳かせる。そのたびに君たちは名状しがたい苦しみの声をあげるだろう。四頭では足りず……六頭にする。それでも切り落とす事は出来ない……。四半時間……馬が君たちを曳き裂こうとするけど……いっこうに四肢は切断されない。仕方がない……ボクの指示で死刑人がそれぞれの四肢に短刀で切り込みを入れる。その切り込みは骨にまで達するものだ。そうでもしないと馬で切断する 事は出来ないというからね……この状態で馬が全力をあげて曳くと、肉が派手にはじける音。骨が砕かれる音。とうとう四肢は切断される。でもね、人間はそんなになっても死なないらしいよ。そんな状態なのにもがき苦しむらしい。あたかも話でもしている様に、下のあごが上下している……総理大臣のボクは、その光景を見ながら、最後の命令をする。「薪の山の中に放り込め!」ちぎられた手足……そして最後に胴体……バラバラにされながらも、死ねない。ただ、生きながらにして燃やされる。 ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくりゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくりゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくりゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり。。 ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくりしていってね。。。 ゆっくりしていってねねね ゆっくりした結果がこれだ ごらん ごらんの有様だよ ゆっくりしていってね 敗者ども  ども痴呆どもビッチども生徒ども貴様ども 愚民ども芸者ども政治家ども  ども売女ども痴呆どもビッチども生徒ども貴様ども 愚民ども芸者ども政治家ども敗者ども売女ども痴呆どもビッチども生徒ども  ども 愚民ども芸者ども  ども敗者ども  ども痴呆どもビッチども生徒ども貴様ども 愚民ども芸者ども政治家ども  っ……これ……。  また逆流だ……、  他の誰かの世界があふれ出してくる……。  だがこれは先ほどのものではない……。  この不愉快さ……、  水上由岐が見る世界の姿ではない……。  〈憎悪〉《ぞうお》。  〈怨嗟〉《おんさ》。  〈妬心〉《としん》。  あらゆる負の言葉で埋め尽くされた世界……こんな世界を見る男など一人しかいない。  間宮卓司……。  世界の交差。  あいつが近くに来ている事を意味する。 「あいつを……間宮卓司をつかまえなければ……」  あいつをつかまえて、俺はやらなければならない。 「間宮卓司を今度こそ消し去る……」  ……。  意識を集中する。  あいつの世界と俺の世界を交わらせるために……意識をチューニングしてゆく……。  間宮卓司の世界……。  あいつが認識している世界……。 「っ……」  うっすらとあいつの背中が見える。 「間宮卓司……」  その小さな背中に恐怖すら感じる。  いつから、こいつをこれほど恐ろしいと感じ始めたのだろう……。  いや……今ならそんな時点など存在しなかった様な気がする。  俺がこの男に感じていた不快感とは……元から恐怖だったのではないだろうか……。  俺はこの男……間宮卓司が恐ろしい……。  だとして……、 「っく」 「うっ」  足の感触が間宮に届く……透けるなどという事は無い様だった……。  今、間宮の世界と俺の世界は完全に交差している。  もうチャンスは何度もないかもしれない。  これで終わりかもしれない。 「俺は……こいつを消し去る……」  こいつを消し去らなければ……。 「っく……」  なんだ今の……、  今の記憶……、  いや、そんな事よりも、今は間宮に集中するんだ。 「……無視ですか?」 「あ……」 「さっきから呼んでるんだけど……」 「ゆ、悠木……くん?」 「無視とか……いい度胸だね……」 「な、なんで悠木くんが? さっきまでいなかった……」 「なんですか? ボクがいるとまずいんですか?」 「そ、そんな事は……」 「……高島ざくろ……自殺しましたね」 「君は死なないのかなぁ?」 「え? な、何を?」 「何をじゃないでしょ……君こそ死なないのですか?」 「君がそうやって生きてて……誰がそれを望んでるんですか?」 「……」 「ひぃ」 「どんな悲鳴の上げ方だか……情けない……」 「まぁ、いいや……」 「高島ざくろ……死にましたねぇ……」 「……」 「死ぬとは思わなかった……」 「え?」 「君は死なないでくださいね……君まで死なれたら、さすがに警察に捕まってしまうんで……」  意味深な言葉……何でも良い……ただこいつを恐れさせれば……それで良い……。  自己否定の先の消滅……それを導くのが俺の存在意義……。  だから……なんだってする。 「ぎゃっ」 「もう一発いくか?」 「ひぃ」 「せーの」 「!?」  強制的に世界を閉じられる。  もがくが……まるで重りをつけられた様に……深い意識の底に沈んでゆく。 「       」  何かを叫んだが……形にすらならない。  ただ、水の中に溶け出しながら沈む角砂糖の様に……自我が輪郭を失い……底に底に沈んでいく。  這い上がろうとする自我。  自分が自分であるという連続体……。  溶けてバラバラになっていく意識……。  あがく手を失い、  あがく腕を失い、  底へ、  底へ、  沈んでいく。  意識の底。  沈みゆく自我……。  消えゆく世界が……、  世界を見る。  失われた……世界を……。    が空に還ればボクは   になる事が出来るっ  ふざけるな! お前は   なんかじゃないっ  うるさい! うるさい! ボクは   だ! そう生まれたんだ! こいつの所為でボクは   じゃ無くなったんだ!  うえーんっっ、由岐さんっっ、由岐さんっ!  う、嘘だろ……なんで きてる……。  ……そんな……由岐姉……。  卓司ぃぃ!てめぇえ!        うるさいうるさい!お前みたいな一般人に何が分かるんだっっ   由岐の血がゆっくりと冷たいコンクリートに広がっていく   胸に抱かれた  がゆっくりとはい出してくる     なるべく生まれたボクを  が邪魔をした!  が生まれてこなければボクはこの世界を救ったんだ!              だから予言者は言う空に世界を還すここが最果てなんだ   死ねば        が空に還れば!           由岐姉っ、死んじゃ嫌だよっ ねぇっ     卓司ぃ!          皆守 さんボクが恐いのか?   ボクが恐ろしいのか?          でもそれは正しいよ!               ボクはすべての者達に審判を下す者なんだから!        兄さんは凡人だからね     凡人と天才                救世主   世界              終ノ空            空への扉  死ぬのはお前だ!           ボクは死なない        死なない   呪ってやる            皆守   を呪う  呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪  呪う呪う呪う呪う呪う           呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う  呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う       呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う  呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う    呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う     ボクは死なない  死なない         死ぬのは羽咲だ          羽咲が死ねば                 間宮                     皆                     守        水上                          由              岐                 間宮羽咲           意識下の言語化                 記                 憶                 配                 列          意志   ト           様           相            可能性               ト鏡           終          終ノ空           空          間宮   卓司ノ        呪い          皆守……あんたが守るんだよ……            羽咲ちゃんを…       ここから先にいくのはあんただよ……皆守……。 「……あ」 「ここは?」 「そうだ……俺は間宮卓司をけっ飛ばそうとした瞬間に気を失って……」 「休み時間? あれからどれだけ時間が?」  急いで俺は携帯をのぞき込む。 「あれから2時間……? ち、違う」  すでに日にちが変わっている。  あれから丸々一日が過ぎている。 「なんだこれ……」  連続性の崩壊がひどくなってきている。  気を抜くとすぐに意識を持っていかれる……。 「意識……」  そういえば……前回の意識が飛ばされる前に何か見た様な気がする……。  何か……たぶん俺が知らない何か……、  それが意味するところは分からない……。 「っく」  またあの感触……この感触は……。  こいつ……。  日々……強くなる存在感。  俺なんか簡単にのみ込んでしまう様な強さ……。 「そんな事関係ない……」  俺は目の前の影を手でつかまえる。  その瞬間。  2012    年      7月       20       日    佐     奈実        琴        美     白      蓮    華          協会     教      祖       ノ予言        空へ        還る      双子ノ過チ      救世主           ハ    引キ裂カレタ 「っ……」  なんだ今の言葉……。  いくつかは知っている言葉だった……。  ただ知らない言葉も多い……。  予言? 2012年7月20日?  双子の……、  引き裂かれる……。  だが、考え事はすぐに中断される。 「悠木皆守くん……」  間宮卓司が振り向く。  忌々しい存在。  その忌々しさは今までと比較にならない……。  なんだこいつ……あからさまに何かが違う……何かあったのか?  自信?  なぜ一日でこれほどの変化が? 「どうしたんだい?」 「……」 「なんか……間宮お前……」 「あれ? 間宮くんどうしたの?」  邪魔者が入る……。  だが俺は無視する。 「……間宮」 「間宮くん?」 「なんで、バカタクの分際で……そんなにウキウキしてるんだ……お前」 「ウキウキ? ははは……そう見えるのかい?」 「なんだその口の利き方は……」 「……口の利き方が悪かったのなら謝るよ……ごめん」 「謝る? 何言ってるんだ……ちゃんとした謝り方があるんじゃねぇか……」 「ちゃんとした謝り方?」  空気があからさまに違う。  服従の態度などまったく見えない……。  それどころか……。  俺は……この間宮卓司を知ってる……。  俺は、どこかでこの間宮卓司と……会っている……。  遠い過去……。  そして俺は……、   その時も           卓司に恐怖した。 「慰謝料だ……この前足りなかった分も含めて20万円持ってこい」  虚勢としか感じられなかった。  自らの声が滑稽だとすら思えた。  それでも……自分の知っている間宮と俺の関係、今までと変わらない結果になると信じていた。  この男は泣くだけで何も出来ない。  いや……信じたいと思っていた。 「慰謝料ねぇ……それで? いつまでだい?」 「なんだよ今回は期限はいらないのか?」 「そうだね。別にあっても無くても……といった感じかな?」 「何それ? 金の〈当〉《あ》てでもあんのか?」 「ん、まぁそうかもね。それでさぁなんで20万円なの?」 「なんだと……」 「どうせなら、そこにいる沼田くんと西村くんと君に20万円ずつがいいんじゃないのかい?」 「何?」 「え? マジで? 金くれるんスか?」 「宝くじでも当たったんスか?」 「ふふふふ、そうかもしれない」 「本当? マジでいいんスか? やっと今までのおクスリ代を払ってくれる気になったんですね」 「もう100万円にはなっているって言ってたもんね」 「黙れ!」 「え?」 「今のは無しだ……」 「え? でも今たしかに……あの……クスリ代が100万円ぐらいしているのは本当だから……出来たら……」 「払うなんて……誰もそんな事は言ってない」 「でも……宝くじ当たったんだよね……」 「だとしても……てめぇら……消えろ……」 「え?」 「何度も言わない……消えろ」 「ひっ」  二人は俺の形相を見て恐れおののいて消えた。  まぁ、あいつからしたら、俺が“20万円をやろう”と言った後“今のは無しだ”といきなり凄みだした様なものだからな……。 「……すごいね」 「ああ?」 「あれほど人を恐怖させ、屈服させる力を持つ悠木くんは本当にすごいね」 「てめぇ……」 「話がしたいんだろ? ここじゃない方がいい」 「なんだと?」 「屋上でも行こうか……」 「……」  屋上でも行こう……。  なぜかその言葉に鼓動が速くなるのを感じる……。  屋上……。  間宮卓司……そして屋上……。  まるで、わずかに異なった周波数……そんな2つの言葉が……得体の知れない不協和音となって俺の心を揺らしている様だった……。 「はいっっっ。間宮卓司くんっっっ。ボクねぇ、ボクはさぁ、今日は と て も 傷 つ き ま し た」 「……」 「あんなに教育してきた君が、いきなり 反 抗 的 な態度をとったからです」 「……」 「ここは屋上です」 「しかも……」 「たった今、授業が始まりました」 「ここには誰もいません」 「誰 も 助 け に き ま せ ん」 「君が死んだとしても 誰 も 気 が つ き ま せ ん」  自分を奮い立たせるために、わざと大見得を切った……心は大きくざわつき……おさまる事を知らないかの様だ。  卓司の大きな目が俺をとらえる。  俺はその黒い目にあたかも奈落の底を見ている様な錯覚を覚える。  黒い瞳。  奈落。  屋上。  転落。  ナイフ。  血。 「っ……」  なぜか頭の中に言葉が自動的にあふれていく。  身に覚えのない連想。  言葉のつながり。  不安定な周波数。  ざわつく心。 「間宮くん? 何か言いたい事あるかい?」 「どうせ、アニメでも見て、勘違いしちゃったんだよね。そんで今だんだん冷静になって現状を理解し始めている……」  先制攻撃。  間宮が避ける可能性も考えて体重はのせなかった。  拳が高速で軽くふれ、間宮の鼻から鮮血が飛び出る。 「っ……」 「その痛み、思い出したか?」 「てめぇなんざ、〈所詮〉《しょせん》なんだよ。所詮そんなもんなんだよ」 「お前は一生誰か強い者にイジメられ続けて生きていくんだ」 「お前に逃げ場はない」 「逃げ場は死ぬ事……そして」 「ほら、泣けよ」 「いつもみたいに」 「泣けよ……」 「……」 「ふふふふふ……」 「っ!」 「くくく、痛いなぁ……」 「……卓司」 「痛いなぁ……また鼻血が出ちゃったよ」 「君に昔、鼻の骨を折られて以来、鼻血が出やすくなってるんだよ」 「……」 「君も、城山の様になりたいのかい?」 「殴った分だけ、惨たらしい死を用意してあげるから」 「……」 「ふ……何を言い出すかと思えば……」 「なんだ間宮? てめぇのその強気さは、どっかのオカルト雑誌で読んだ呪いの方法が城山に的中したからか?」 「くくくくく……なんだそりゃ、お前、本当にバカだな」 「俺がそんな事でいちいちビビるとでも思ってるのか?」 「呪い?」 「あれは呪いではないよ。あれは必然」 「はぁ? なんだそりゃ?」 「彼が死に、高島さんが死に、そして君がボクを痛めつける」 「それは、すべて母によってプログラムされた事なんだよ」    佐     奈実        琴        美  今のは?  母親の名?  たしか佐奈実は旧姓……。  いや……そんな事はどうでもいい……。  意識が混乱している。  落ち着け……今は目の前の人間に集中しろ……。 「は、はぁ? 何? お前、何言ってるんだ??」  間宮卓司に何かしらの変化があったのはたしかだが……それでも……認めるわけにはいかない。 「ママが? お前のママが、城山を殺して、高島を殺して? んで、俺に頼んでお前をいじめてるとか言いたいのか?」 「ふふふ……君に何を言っても分からないだろう。でもね。これだけは言えるんだよ」 「なに?」 「君の役目は終わった」 「俺の役目が終わった?」 「そうだよ……終わったんだ」 「ど、どういう事だ……お前……」 「ボクの精神を鍛錬するために存在していた君は、その役目を今日で〈終〉《つい》えるんだよ」 「? はあ? なにそれ?」 「お前の? 精神? 鍛錬? ぶははははははっ。お前バカだろ」 「どんだけ終わってるんだよ。お前の頭っ中は」 「まぁ、前からぶっ壊れてたとは思っていたが、そこまで狂っていたとはな」 「何を言い出すかと思えば……」 「さぁてと……今日は、今までにないぐらいやりますよ」 「ボコボコにぶん殴った後に、鼓膜に鉛筆つきさして殴ってやるよ。痛いなんてもんじゃねぇぜ。たぶん……」 「もう、今すぐ自殺したくなるぐらい、お前を痛めつけてやるよ……」 「さぁてと……」 「?!」  油断していたわけでは無い……分かっている。  由岐と戦う時以上に注意していた……にもかかわらず……俺の出した突きは絡め取られていた。  関節を固められたまま、コンクリートに落とされる。  そのままならば頭蓋骨を直接打ち付ける事になる……俺は固められた関節を犠牲にする。 「ぐっ……」 「っく!」 「っ……」 「ほう……」  すぐに次の一撃に備える。  腕に激痛が走ったが……万全で受け身をとったため、他の部位に損傷は無い。  それ以上に、この戦い。  すべては脳内で行われているもの……。  間宮卓司が同じ様に傷つかないかぎりにおいて……痛みにさえ、耐えれば……腕はほんの数分で完治するだろう……。 「て、てめぇ……」  ただし脳へのダメージは避ける。  脳のダメージはそのまま意識を飛ばさせる。  ここで飛ばされて……次のチャンスがあるとも限らない。  特に今のこいつは、元々に自らが望んだ結果――消滅――をすでに望んでいる様には見えない。  自らが残るために……俺を消し去る気だ……。 「ふふふふ……すごいね……君」 「勝負は一瞬につくと思ったけど……君は本当に強いんだね……」 「な、なんだと……」 「だって、ボクは世界でもっとも強い人間なんだよ?」 「……なんだそりゃ?」 「今のボクは……歴史上存在したどんな達人よりも強い……そういう事なんだよ」 「……ど、どんな妄想だ……お前……本当に気が狂ったのか?」 「んじゃ、ボクから……」  間宮卓司の攻撃。  先ほどに比べれば油断だらけ……慢心?  だが好都合。  俺は間宮に背を向けて大きく身体を回転させる。  背を向けた瞬間に視界から敵は消えるが……そのぐらいのリスクを負わなければ、間宮を倒す事は出来なかった。 「え?」  裏拳は間宮にクリーンヒットする。 「く……くぅ……」 「バカが……少しぐらい古武術を使える様になった程度で、何を達人ぶっていやがる……」 「十万年早ぇんだよ……」 「これは……」  今の一撃は運をともなったもの……この一撃を急所に入れることが出来ていれば俺は勝てたかもしれない。  だが、結果は狙った顎の先から、10㎝以上打撃場所がズレ、頬あたりを直撃したに留まった。  もう少し下……顎に当てる事が出来ていたら結果も変わったかもしれない……。  間宮卓司から戦意は消えていない。  俺はほぼ絶望しながら吐き捨てる。 「来いよ……お前がどの程度か教えてやるからよ……」 「っ!」  不安はそのまま的中した……。  こうなる前にこいつを消し去るべきだったのだろう……。  気が付いた時には遅すぎた……。 「なんて男だ……」 「このボクがここまで……」 「最初に腕の骨抜かれてなきゃ……てめぇなんかにやられねぇよ……」 「っ」  意識が飛びそうになる。  口の中でジャリジャリと歯が砕ける音がする。  顔面を蹴られたのだろう……。  目の前がチカチカする……。  意識は保てた……なんとか……。  ただ、もう為す術も無い……。 「……っぺ!」 「何が最強だ……妄想もいい加減にする事だな……そんな蹴りじゃ……俺は殺せねぇよ……」 「……」 「卓司……覚えておけよ……」 「ここで俺を殺さないと……次に俺はお前を確実に殺す……」 「俺と貴様が向き合うというのは……そういう事なんだ……」 「間宮卓司!」 「……悠木」 「てめぇの妄想ごっこは終わるんだよ……」 「妄想ごっこ?」 「そうだ……お前の妄想の世界……いやお前の世界そのものが終わるんだよ……」 「ボクの……世界そのもの?」 「そうだ……」 「……」 「なるほど……わかったぞ」 「……何がだ……」 「まだまだボクの救世主としての修行は終わったわけではないというわけか……」 「……なんだそりゃ?」 「君がそれほど強いのは、そういう事なんだね」 「はぁ? だから……どういう事なんだ……」 「君はいつでもボクに戦いを挑んでくると〈良〉《い》いだろう」 「そのたびにボクは君を地に伏せさせるだろう」 「そしていつの日にか、ボクは君の身体だけではなく、心も地に伏せさせるであろう」 「このボクの存在の前に……」 「こ、この……電波野郎……」 「くくくくく……そうやって〈吼〉《ほ》えているがいいさ……いつでもかかってくるといい」 「君の存在は、ボクが真の救世主に至るための〈布石〉《ふせき》にしかすぎない」 「あるいは、君との闘争こそが、〈試金石〉《しきんせき》となるのかもしれない……」 「そのため、母親が君にそんな桁違いの力を与えたのであろう……」 「お前の母親が? こいつ……どこまで……狂っていやがる……」 「くくくく……まぁ、今日は良く休んだらいいさ。さすがにその怪我じゃ、再戦というわけにはいかないだろうからね……」 「ははははははははは……」  間宮卓司はまるで勝ちどきでもあげるかの様に笑いながら屋上を去っていく。  意識を失いながら俺は……ただ。  夜でも無く……、  ナイフも無く……、  羽咲もいなかった……、  なぜかその事だけを感謝していた。  完全な敗北。  その事実だけ分かれば、あとの結論は簡単だ。  俺の存在に必要性などない……。  間宮卓司を消し去るために、作られた人格が、間宮卓司本人に負ける……。  これほど分かりやすい無用な存在もないだろう。 「んで? このまま消える気なの?」 「……誰だ……」 「誰って事ないでしょうが……」 「由岐か……」 「そう言う事……何しけた〈面〉《つら》してるのよ……」 「しけた面か……という事はお前には俺が見えるという事か?」 「当たり前でしょうが……」 「もう会えないかと思ってた……」 「もう会えないか……前もそんな事言ってたなぁ……」 「前? 前そんな事を俺は言ってたか?」 「ああ、もっと前の話ね……まぁいいじゃん……」  肌のぬくもり……。  彼女の香り……。 「そうそう、私の感触……あるんでしょ?」 「ああ……」 「ならさ、意識を浮上させてみなよ……」 「意識の浮上……」 「今なら間宮は熟睡中だからさ……簡単に出来るよ……」 「間宮が熟睡中……」  風が駈け抜けた……。  こんな涼しい風をこの時期に感じた事などない……。 「ここは?」  木々が風で揺れる音……遠くでは川のせせらぎがする。 「なんかやけに涼しいな……もう秋なのか?」 「何それ?」 「いや……俺はかなり長い時間……数ヶ月とか意識を失っていたかと思って……」 「そんな長く失ってたら、もう元には戻らないよ……」 「なら何でこんな涼しいんだ?」 「それになんか……水の音? これって小川のせせらぎ……」 「目開けてみなよ……」 「目?」  そうか……目を開けてなかったのか……だからここは暗闇だった……。 「……」 「見えた?」 「目が開かない……」 「あら? そうなんだ……でも大丈夫だよ。音を聞いたり……風を感じたりは出来たんでしょ?」 「ああ……それは……だが……」  目の開け方を忘れてしまったのか……目がうまく開けられない……。 「あはははは……人って呼吸の仕方を忘れる事あるらしいね……寝てる時とかさ……でも落ち着きなよ」 「落ち着いて……目を開いてごらん……見えるからさ」 「……落ち着いて……」 「なんだ……これ」 「おんぶだよ」 「見りゃ分かるわ……何で俺はおんぶされてる」 「だってボロボロにやられたんでしょ?」 「だとしても、実際に肉体には傷ついてないはずだろ。じゃなきゃ、間宮卓司の身体にも傷が出来る」 「だから?」 「だからじゃないだろ、大丈夫だから降ろせ」 「そう? 身体動かないんじゃないの?」 「!?」  言われてみれば、ほとんど身体を動かす事すら出来ない……。 「なんだこれ?」 「だからさ、ボロボロにやられたからだよ」 「でも、それは脳内の……」 「何言ってるの、それ言ったらその怪我だけじゃなくて、あんただって私だって脳内だけの存在じゃないの?」 「そういう問題じゃなくて……」 「脳内だけの怪我なんて無いんだよ……痛みは痛み。架空の痛みなんて無い」 「たまにいるらしいけどねぇ。お医者さんとかで“あなたがその場所が痛いなんてあるわけないんですっ”とか言う人……バカだねぇ」 「痛みに幻覚なんて無いよ……痛みは痛みだ……あんたが受けたものは幻覚でも何でもないんだよ……」 「だからそういうややこしい話じゃなくて……」 「マジレスするとね。あんたを無理矢理意識上に引き上げた……だからあんたはうまく身体が動かせない」 「なんだそれ? 意識を無理矢理? そんな事出来るのか?」 「まぁ、それ相応のリスクもあるけどね……」 「リスク?」 「まぁ、良いじゃん……ほら着いたよ……」 「着いた?」 「なんだここ……」 「道場裏じゃない……良く練習したでしょ?」 「いや……知らない……というか、ここ何処なんだ?」 「間宮の道場だよ、懐かしいでしょ?」 「間宮の道場? それって父方の田舎……沢衣村にある、あの古武道の道場か?」 「うん、それだよ」 「懐かしいとかいう問題より……なんでそんな場所に……だってここってたしか……」 「東京から何時間かかるんだ? って感じ?」 「ああ、気軽に来れる場所じゃないだろ……なんでいきなり……」 「そうだねぇ……さて、何ででしょうか?」 「俺の意識が無い間に? 今度はどれぐらいの時間を?」 「どのくらいだと思う?」 「いや……良く分からないが……そんな長い時間の様な感じはしなかったな……」 「ほうほう……それってどのくらい?」 「一晩……というには長すぎる……でも丸一日、時間的にはそんな感じがする」 「にもかかわらず、自分を取り巻く状況が一変しているので驚いている……」 「ああ、そうだ……どういう事だ?」 「さて、どういう事でしょうか?」 「それよりさ、身体どう? ちゃんと動く?」 「身体? ああ……そういえば……」  さっきまで身体をうまく動かす事が出来なかったが、今は普通通りに動かせる様になっている……。  身体の動かし方を忘れたというか……何か鉛のようなものがまとわりついている様な……あの感覚……。  あの感覚はまるで……、 「まるで? 何? まるで何みたいなの?」  そうだ……この独特の現実感の無さ……、 「一日か二日……細かい事は良く分からないがその程度の時間で、こんな場所に立っている可能性よりもむしろ……」 「夢……ここは夢の中か?」 「ふふふ……正解ぃ……冴えてるねぇ」 「たしかに……この独特の身体感覚のおかしさは夢のそれだ……だが」 「何? 何かおかしい?」  何がおかしい?  いや、そんな事を聞かれて冷静に答えられる事こそおかしい……。 「夢にしては……意識がはっきりしすぎてる……まるで目覚めている様な……いや、それ以前に、夢の中ではっきりと夢であるとここまで意識した事なんか無い……」 「そうだねぇ……夢ってもう少し不条理だよね。自分の思考も、見える風景も……まぁ、ここで私が素っ裸だったりしたらそれっぽいかな?」 「いや……その程度なら……」 「んなわけないだろっ」 「何言ってる……他人に見えないからってスカートめくってたヤツが」 「パンツとすっぽんぽんは全然違うわ。パンツなんて単なる布じゃん」 「そんな事はどうでもいい! それよりここはもしかして……」 「……〈明晰夢〉《めいせきむ》か?」 「お、ご名答〜良く知ってるねぇ」 「いや、詳しくは知らない……ただ聞いた事がある程度だ……」 「そうなんだ説明は?」 「参考程度に聞いておこうか……」 「そうだね。どういう事で起きているか知っておくのは重要かもね……あんたがやる気ならば……」 「やる気?」 「まぁ、いいや、明晰夢はねぇ……簡単に言えば、コントロール可能な夢、意識された夢」 「脳みその前頭葉と海馬……まぁ思考とか意識とか長期記憶を司る場所やね」 「起きていた時に見たり聞いた情報を整理する前段階……まぁつまるところ夢見てる時に、前頭葉を半覚醒状態にさせ海馬と連携させる事によって夢をある程度コントロール可能にさせる状態の事」 「前頭葉を半覚醒……まぁ理屈では分かるが、そんな事が出来るのか?」 「訓練によってある程度なら出来る様になるという感じ?」 「訓練? という事はこれは訓練によって作られた世界なのか?」 「まぁ、そうやね」 「偶然の産物……という事では無いという事か……」 「まぁコツも必要だよね。たとえば夢見てる時に前頭葉が半覚醒状態になるとだいたいみんな混乱しちゃうからね」 「なるほど……混乱か……分かるような気もする。半覚醒といえば金縛りを想像するぐらいだからな」 「うん、夢を意識すると、半覚醒状態で自分の身体が動かない様な錯覚におちいるんだよね」 「いつもの身体感覚と夢の身体感覚の差……その違和感がさらに加速して、海馬の記憶が勝手に自分が寝ている状況を作り出しちゃう」 「目が覚めてないにも関わらず、作り上げられた状況が勝手に覚醒状況を幻視させる」 「そうすると心拍数とかあがって、息苦しくなって……まぁ、最終的には目が覚めちゃうわけよ」 「さっきまで俺を襲っていた身体が動かない様な感触は、半覚醒状態独特のもの……」 「うん、夢の中なのに現実の身体を動かそうとしちゃうんだよね……」 「だが、俺は目を覚まさなかった……それはお前の能力のためか?」 「さぁ……どうだろうね」 「俺は、夢を自由にあやつる事なんて出来ない。お前の能力以外では考えられない、訓練したと言ってたじゃないか……」 「まぁたしかに、夢を自覚する訓練っていろいろあるんだけどねぇ……何でも、マレー半島の人達で昔から独自の方法で明晰夢を見てたって話もあるし」 「間宮卓司による消滅を逃れた手段……意識を封じ込まれた状態でありながら、最小限の意識活動が必須」 「だとしたら、お前のこの能力……明晰夢はもっとも現実的な能力」 「まぁ、たしかに、そうとも言えるね」 「ここはお前の夢の中……という事か……」 「そうか?」 「いや……なんで疑問形?」 「いやだってさ、これが私の夢とか断言するのって、それおかしくない?」 「はぁ? 何が? おかしいも何もこれはお前が訓練して手に入れた能力なんだろ?」 「うん、そうだとしても少しおかしな話だろ?」 「何が?」 「んじゃ、たとえばここに羽咲ちゃんがいたら、それって本物の羽咲ちゃん自身かい?」 「なんだそりゃ? そんなわけないだろう……だいたいこんな場所に羽咲は出てこない」 「いや、夢の中に羽咲ちゃんが出てきてもおかしくないだろう」 「だから、それは夢の産物だろう。羽咲自身が夢に現れる事なんてありえない」 「だったらさぁ……この夢が私の夢ならさ、そこに存在するあんたは私が作り出した夢の産物になるよね……あんたは私が作り出した幻か?」 「いや、待て、俺は幻じゃない……」 「なら逆かも、これはあんたの夢で私は存在しない」 「いや、待て……俺はこんなに夢を自由にする能力なんてない……」 「それに、俺たちみたいに同じ身体を共有している人間に由岐の言う事は当てはまらないだろ……」 「そう? それってそんな単純なものかな?」 「何が?」 「もし仮にだよ。これを解離性同一性障害……通称多重人格では無いとするよ」 「はぁ? なんだそりゃ?」 「まぁ、まぁ、いいから話を聞きなさい……たとえばここに一つの肉体があるとします」 「この一つの肉体になぜか三つの魂が宿ってたと仮定してみてね……その一つの魂が夢を見るわけよ」 「その時、夢に登場する人物が、肉体を共有してない者……他の肉体にある魂の場合は、夢の創作であると断定して」 「肉体を共有している魂の場合は、それは創作ではないとする……」 「なんかおかしくない?」 「いや……話が単にややこしくなって分かりづらいが……まず、魂なんて無い、俺たちのは単なる病気だ」 「なるほど……魂なんて無いか……まぁ、そうしましょうか」 「でもさ……これがどちらかの夢で、どちらかが実在なんてしてない可能性は残るよね……」 「何が言いたいんだお前……」 「さぁてね……たださ、この世界が誰かの夢だって話なんかしたら、現実だってそんな事になっちゃう」 「そんな事はない。夢は覚める。覚めない夢ならそれは現実だ」 「なるほど……覚めない夢は現実か、この夢も覚める事前提みたいだけど……まぁいいわ」 「それで……なんでこんな場所なんだ?」 「何が? 間宮の古武道場が不満?」 「いや……不満とか無いが……この古武道の道場って、俺は元より、お前だって実際に見たことあるわけじゃないんだろう?」 「そうなるのかなぁ……たしかに多重人格化したのって、沢衣村に間宮卓司が来ただいぶ後だもんねぇ」 「なぜ、間宮卓司しか知らない場所を?」 「ふーん……そうか……夢の中でもあんたは此処に見覚えが無いか……」 「当たり前だろう……俺が存在し始めたのってほんの二年前だぞ。間宮卓司がここに居たのって十年近く前の話だろう」 「うん……まぁ、そうともいえるけど、別にあんたにも記憶があってもおかしくはないでしょ? 記憶の共有はかなりの率であったでしょ?」 「……記憶の共有」 「特に、場所に関わる記憶は共有する事多いでしょう。学校の構造とか、自宅までの道とかさ、共有してなきゃ大変な事ばかりじゃない」  そう言えば……そうか……。  場所の記憶はその多くが共有されている……。  いや、それ以外、言語だってそうだし、生活に必要な知識から、一般教養……ごく平均的な学力……、多くの記憶が共有されている。  だったら……この土地に関わる記憶だってあって良いはず……。 「けど、皆守はまったくこの場所を覚えていない……」 「ああ、まったく無いな……」 「なるほどねぇ……まったく見覚えが無いのか……なるほど、なるほど」 「何を納得している?」 「さぁね……さてと、そんな事よりここで重要な質問があります」 「質問?」 「というか確認しておきたい事かな? 確認しなきゃいけない事だな」 「確認?」 「そう、確認。えっと……これが私の夢であれ、あなたの夢であれ、この状況を誰かが望まないと起きないのはたしかなの」 「誰かが望む?」 「そう、この場合、あんたか私。どちらかが望んだから明晰夢を見ている。ただの夢ならそんな事ないけど、明晰夢って言うのはそういうものなの」 「まぁ、そうなんだろうな……お前が言うのであれば……」 「次の私の質問にちゃんと答えてよ」 「質問に?」 「そう、大事な事だから……分かった?」 「ああ……分かった」 「ごほん……まずですなぁ。 明晰夢って言うのは、見るのは大変なんだけど、目覚めるのは簡単」 「と言うか、その夢を見続ける事も覚める事も、どちらでも出来るのね。つまり、ここから君は現実に帰る事だって出来るわけだ」 「現実に?」 「そう……今の状態で夢から覚醒すれば、皆守の人格は現実世界に戻る事が出来る」 「そうすれば現実世界で、本物の羽咲ちゃんや、Bar白州峡のマスターや、他のいろいろな人に会う事が出来る」 「その言い方……意味ありげだな」 「そうね……意味ありげよ……だから大事な事だって言ってるでしょ」 「ならば俺から尋ねるが……もし、この夢から覚醒しなければどうなる?」 「たぶん……いや間違いなく、次、あなたが目覚める場所は……間宮卓司との最後の戦いの場所になるわね……」 「最後の戦いの場所?」 「簡単に言えば、次が間宮卓司と悠木皆守の最終決戦」 「んで、それがどんな結果だとしても“悠木皆守”としての最後の目覚めになるでしょうね」 「“悠木皆守”としての……最後の目覚め?」 「今、覚醒すれば……目覚める事が出来れば、皆守には現実世界でいろいろな事をする時間が残ってる」 「さっきの時間感覚はだいたい正解。現在は15日、あんたが意識失ってからだいたい丸一日ってところ」 「今、目覚めればたっぷりとは言わないけど、ある程度の時間は残っている」 「目覚めなければ?」 「次のチャンスは無いわね」 「最後の戦いと言うわけか……」 「そうね……理由は分からないけど、彼……何か明確な目的を得たみたいでね……」 「ああ、そうみたいだな。あいつにやられた時に奇妙な事を言っていた……」 「うん、だから、間宮卓司にとって、皆守はまったく不必要な人間になったみたい……このまま彼の意志が固まっていけば、それは顕著になる」 「明晰夢なんて作り出せる事自体、これが最後のチャンス……もしかしたら、この夢が終わったら、最後まで目覚めるチャンスすら無いかもしれない」 「なら、なぜ次の目覚めが最後の戦いになるって言えるんだ?」 「まぁ、予想の範囲は超えない部分もあるんだけどね……前回の戦いで皆守にとどめ刺さなかったでしょ。彼」 「ああ、そうだな」 「とどめを刺さないのなら、次もあるのかなぁ……ってだけなんだけどね」 「だから、あくまでも、その戦いがあるかどうかすら分からない」 「今、ここで目覚めようが、目覚めないで明晰夢の中で留まっていようが、これが最後の時間かもしれない」 「これが最後……」 「あなたもこれぐらいは知ってるんじゃないかしら? 2012年7月20日」 「……予言」 「今から数十年前……間宮卓司すら生まれる前の事……とある教祖によって予言された世界滅亡の日」 「白蓮華協会……」 「その辺りの事は知ってるんだ?」 「知っているわけじゃない……たまたま、教室で間宮卓司にふれた瞬間に脳に入ってきた……あれはあいつ個人が持っている記憶だったんだろう……」 「とりあえず、間宮卓司は2012年7月20日に世界が滅びると信じてる」 「そして、その日の境目……19日に空にすべてを還さなければいけないと考えてる」 「空に還すって何だ……」 「……皆守は知ってるよ。その意味」 「っ?」  なんだ今の……。 「空に還すはそのままの意味……空に還す。まぁ鳥みたいに飛べれば、空にも届くかもしれないけど……」 「転落して……」 「死ぬ」 「すべてをって言ってたが、すべてって?」 「予言だと多くの人って話だけど……多くって主観だからね。まぁとりあえず出来る限りの人間を空へ還す気なのはたしかだな」 「その多くの人間って羽咲は含まれてないんだよな」 「さぁ」 「さぁって……間宮卓司は羽咲を守るためにお前を作り……」 「でもさ……そんな法則はもう壊れちゃったんじゃないの?」 「っ……」 「その法則だったら、あんたが間宮卓司にとどめを刺してなきゃいけないんだからさ……」 「だったら羽咲は? 間宮卓司にとって一番身近な人間は羽咲だ、すべての人間を空に還す気ならまず……」 「羽咲ちゃんが心配なの?」 「当たり前だろ! お前はどうなんだ!」 「私の話なんてどうでもいいよ……あんたの意志を聞いてるのよ。羽咲ちゃんを守りたいの?」 「当たり前だ。羽咲に何かあったら……」 「そう……なら羽咲ちゃんを守りなさい」 「守る……俺が?」 「そうね……正直言えば……間宮卓司が羽咲ちゃんを殺そうとする可能性はゼロじゃないわ……」 「それどころか、殺そうとすると考えた方が道理が通るかも……」 「なんだと! 何を悠長に!」 「でもまともに考えてみなよ。彼が空に還す事を殺すんじゃなくて、より良い世界に導く方法だと信じてたら……って」 「カルトには良くあるじゃない。昔、そういう事件があったらしいじゃん。人を殺すのを“ポワ”だと言って悪いことじゃないって考えてたつーてた」 「なら羽咲は」 「まぁ、もう既に終わった事だから、彼も満足してるかもしれないけど……」 「すでに終わった? なんだそりゃ?」 「さぁね……どういう意味だろ。とりあえずどっちにしろ、羽咲ちゃんを守るのは皆守。あんたの役目」 「由岐お前は……」 「甘えるんじゃない! いつまでも私を頼るなっつーの……」 「甘え……」 「そうだよ。あんたが羽咲ちゃんを守りたいと思うなら、あんた自身で守るのよ」 「だって、そうでしょ? あんたがこだわってた、破壊者役やら調停者役やらのルールごとは消え去ったんだからさぁ」 「……っ」 「とりあえず、守ると言った意味では、今、現実世界に戻るという方法はありかもね」 「今現実に戻るという手も?」 「うん、たとえば羽咲ちゃんを間宮卓司の手の届かない安全な場所に逃がすとかさ」 「まぁ、遠くの場所まで行かなくても、白州峡のマスターに保護してもらってたら問題ないんじゃない?」 「保護……マスターに……」 「うん、それが望みなら今すぐに現実に帰ればいいさ……羽咲ちゃんとも会えるし……彼女を守るだけならそれの方が確実だ」 「……だが、それは一つの選択肢にすぎない……そうなんだろう?」 「そうだね……」 「さっき言ったな由岐……どちらかが望んだから、俺たちはこの世界にいる。明晰夢という世界に」 「そうだよ」  ここは由岐か俺が望んだからこそ現れた世界。  だったら、これは“お前の望んだ事ではないのか?”……そう由岐に問いたい衝動にかられた。  だが……それは出来ない。  その言葉こそ……由岐の言う甘えに違いないのだから……。  そうだ……この世界を望んだのは……確かに……、 「俺が望んだ……だからここに俺はいる」 「……うん、良い答えだ」  ならば、なぜ俺はこの夢を望んだのか?  ……明晰夢というコントロール可能な世界を……、  俺が望んだ事……。  今、この場から現実世界に帰り……羽咲と最後の時を過ごす……。  羽咲の命を守り、俺は間宮卓司の運命と共にする……。  空に還る……つまり死ぬ。  もう一つは……。 「由岐……夢を操作出来るって……どういう事だ?」 「ふふふーん。一応は明晰夢の構造と、簡単なやり方は教えたけど?」 「いや、違う……脳のどの様な働きが明晰夢を生むかじゃなくて、明晰夢の操作……やり方だ」 「たとえば、剣豪……伊東一刀斎がその妙技、〈払捨刀〉《ほっしゃとう》……その開眼の逸話」 「一刀斎は自らに怨みを持つ女とそれとは知らずに一夜を共にしてしまう……」 「彼が寝静まったのを確認して彼女は一刀斎の枕元の刀を隠し、十数人にもおよぶ刺客を部屋に招き入れる」 「絶体絶命の一刀斎……だがこの状況下で眠りの中で敵の攻撃を避け、気が付くとこの妙技に開眼していたと言う……」 「眉唾だけどねぇ……」 「だが、一刀斎には他に夢想剣という秘太刀もある……これは無意識に敵を斬るというもの……」 「明晰夢……無意識化で脳の一部だけを覚醒させ、夢を操作する。大昔の剣豪の境地、その影を明晰夢に見いだす……ってわけかい?」 「ああ……あくまでも直感だが……」 「うはははは……皆守。良い答えだ」 「なるほど、あんたは、夢の中でしか得られない境地……明晰夢の中に自らの活路を見いだすわけか……」 「ああ、お前いつか言ってただろ……意識下にありながら、間宮卓司や俺の行動を感じる事が出来るって……」 「意識下にありながら、起きている時と同じように……世界の動きを知る……」 「そうだ……」 「……っぷ、ぷぷぷ……」 「な、なんだ、何がおかしい」 「いや、だってさ、常識から考えたら、私の明晰夢がそんな大剣豪と同じ境地なわけないじゃん。伊東一刀斎って戦国時代なんて物騒な時代で、真剣でばんばん斬り合って一度も負けなかった人だぜ?」 「それはそうなんだが……」 「だいたいさぁ、私の能力なんて、肉体を共有している他の人間の意識を探るって程度のもんだし」 「だとしても、それが難しい……俺にはまったく理解出来ない」 「それに、俺が戦うのは、剣豪でも、剣聖でも、達人でもない」 「俺が戦うのは間宮卓司。お前が言うところの肉体を共有している他の意識だ」 「そいつにだけ有効であるなら、他の連中に意味が無くても、手に入れる価値がある境地だ」 「ふふふ……まぁ、マジレスすると、明晰夢に限らず、夢の時間感覚はデタラメ……夢の中で感じる一時間が、現実の数分にあたったりする……」 「大剣豪様と同じ境地とはいかないけど……事、自分と肉体を共有している人間に対しては、明確に現実の体感時間を変化させる事は出来る」 「という事は」 「ちゃんと、その境地に至ることが出来れば……あるいは間宮卓司を倒す事も出来るかもしれない」 「勝てるのか……」 「ちゃんと会得できたらだよ? でもそんな簡単なもんじゃないよ」 「分かっている……簡単でない事は……」 「なるほどね……変わってないんだね……あんたは……」 「変わってない?」 「あ、いや、単なる独り言さ……さてと……これが由岐姉の最後の教授だ……」 「あんたが、すべてを乗り越えるため……、最後の最後であんたが勝つため……」 「手合いをしてやんよ」 「私でも出来なかった……あの最後の時のため……」  今……由岐が何か言った様な……。 「っっ??!」 「どった? 驚いた顔して?」  な、なんだ今の……見えないなんてもんじゃなかった……。 「何、今ので驚いてるの?」 「驚いてるも何も……今の一撃……」 「何予測が出来なかった?」 「ああ……いつもみたいな感じがまったく無かった……」 「何言ってるの当たり前じゃん。ここは夢の中だよ?」 「肉体を共有している同士での見切りは、筋肉に伝達された電気信号のタイムラグで反応するって事でしょ?」 「ああ……」 「肉体に伝達する必要なんて無いんだからタイムラグなんてあるわけないじゃん」 「つまり……タイムラグによる攻撃回避は不可能……」 「ふふふ……どうだろうねぇ……まぁ、あんたから攻撃してみなよ」 「……」 「くっ」 「ぐぁ……」 「不思議だね。タイムラグが無いのだから、攻撃の先読みは無いはず……つまり当たるハズ」 「……くっ」 「にも関わらず、あんたの攻撃は当たらない。でも私からの攻撃は避けられない……」 「ぐっ……」 「ふふふふ……おかしいねぇ……なぜか攻撃は当たらない……防御も出来ない」  なんだこれ……見切られてるなんてものじゃない……ほぼ、すべての攻撃を予測している……。 「さてと……実際に身体で覚えなきゃね……これからが本格的な試練だよ……」 「ぬっ……」 「はぁ……はぁ……」 「何疲れてるのよ? 夢の中で疲れるわけないでしょ?」 「うるせぇ……」  ちきしょう……由岐の言う通りだ……。 なんで夢の中で息が上がってるんだ……俺。 「なんだよ……全然、ダメだなぁ……由岐姉はがっかりだぞ……」  考えてみれば…… ……なんで由岐がこんなに強いんだ……。  こいつは、俺と同じ程度の強さだったハズだ……。  夢だから?  いや……それを言い出したら……、 「何、雑念出してるんだよ……ダメだなぁ」 「何だよ雑だなぁ……二手で攻撃喰らってるじゃんかよぉ……ダメになってるじゃん」 「くそぉっ」  俺の攻撃はまったく当たらない……由岐に難なく避けられてしまう。  なぜだ?  肉体が存在しない夢の世界での戦いである以上……脳と筋肉に命令が行くタイムラグなどない……。  ここには肉体なんて無いのだから……、 「くっ」  なぜ夢の中で痛みを感じる?  たしか本で読んだ事がある……夢の中で、聴覚、触覚、味覚、嗅覚……そんなものまで感じる事が出来る。  にも関わらず、痛覚に関しては……夢の中ではほとんど体験する事が出来ない……という……。  なぜ俺は痛みを感じてる……。  痛みって……何だ? 「くっ……」  俺はその場に崩れ落ちる……。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  夢の中なのに息が苦しい……体中が痛い……。  なぜだ……。 「そんな鈍感だっけねぇ……皆守って……」 「これじゃ……このまま時間切れになるよ……」  時間切れ……、  このまま時間切れって何だ……、  ここで意識を失って……下手したら……二度と意識を取り戻す事がない……。  今見ている明晰夢が終わる時……もう、終わりしか無い……。  羽咲を守る事も出来ない……。 「うっ……うぉぉぉおおおおおお!」 「ぐぁあ……」 「そんながむしゃらにやっても仕方がないよ。ここが現実世界なら、肉体をいじめて得ることだって多いだろうけど?」 「意識の中での戦いで、その事に何の意味があるの?」 「……意識だけの……戦い……」  意識だけの戦い……。  そうか……こんなにつらいのに……ここは現実の世界じゃないんだ……。  すべては意識だけの世界……。  今感じてる痛みは……意識が生み出しているだけのもの……。  意識だけ……。 「それだけ肉体を酷使したんだから……そろそろ分かるんじゃないの? それともそれに気が付かずに終わるの? 皆守?」  肉体を酷使したから……分かる?  いや……実際は肉体など酷使していない……。  なら、なんで身体がこんなに……、 「こんなに……?」  まだ、息が苦しい。  なんで息が苦しいんだ? 「息の……苦しさ?」 「……」 「……」  なぜか由岐が笑う。  なんでだろう……。  ……。  今のが答えだから?  息の苦しさ……それが答え? 「夢の中で息が苦しいのは……」  半覚醒の状況で……身体が寝ていながら、心が起きていると勘違いするから……。  つまり金縛りと同じ事……。 「金縛り……」 「夢の中にあるのは主観時間だけ……もし仮に、あんたが私の攻撃を恐ろしく速く感じているなら……」  由岐の攻撃を速く感じる。  速いなんてものじゃない……まったく避けられない。  まるで……俺の身体が鉛になった様な……。 「鉛になった……様な……」 「主観時間だけの意識の世界……もう一度、明晰夢の意味を考えなよっ」  由岐の恐ろしいほど速い攻撃……、  その攻撃はえらく速いはずなのに……なぜか、今、俺はその攻撃を目でとらえている。  だが……、  その攻撃を避ける事は出来ずに……由岐の拳が俺の胸を突き刺した……。  鈍い痛みが胸を刺す……。 「ぐっ……」  攻撃の衝撃で、そのまま数歩、俺は後退する。 「次!」  由岐の直突き……もっとも短い距離の攻撃のため避けづらい……。  だが、その軌跡を目で追う事が普通に出来る……。  そこではじめて俺は気が付いた……。  空気を斬る音がやたら引き延ばされていて、すべてがスローモーションみたいになってしまっている事を……、  由岐の攻撃が速いのでは無く……自分の動きが遅い事を……、  また避けられずに直撃を受ける。  鈍痛が走る。  その痛みの広がりも……まるで遅い事に気が付く……。  すべてが遅い事に……、  そう、由岐が速いのでは無く……自分自身が遅い事にようやく気が付く。 「っく!」  攻撃の後、また時間の速さが戻る。  由岐の攻撃の瞬間……いや、自分の攻撃をしている時も、まるで水中の中にいるみたいに重く、スローモーションの様であった。  それはまるで……、 「夢……そのもの……」 「そう……ここは夢なんだから……」  ここは夢?  夢だから自分が遅く感じる。  相手は普通の速度なのに……まるで自分の身体が動かない。  ありふれた事。  そのありふれた事をまるで俺は、逆転してとらえていた。  俺が遅いのではなく。  由岐が速いのだと。  だが事実は違う。  夢で良くおこる事態。 「そう夢でよく起こる事態……ならどうする?」  由岐が攻撃してくる。  拳が前に出ると攻撃の音がゆっくりと伝わる。  由岐が速いのではなく……俺が遅い……。  そんな事が分かったところで対処のしようがない……。  たしかに事実は真逆だが、結果は同じになる。  由岐の攻撃は当たり……俺の攻撃は外れる……。  いくらがんばって身体を速く動かそうとしても……身体は速く動いてはくれない……。  それどころか……意識すればするほど……身体は遅くなっていく……。  今度は顔面に入る。  そこでふと考えた……。  果たして……殴られて痛いのだろうか……。  鈍い痛みが広がりそうになる。  そう思った瞬間に……、  それは、広がりそうになったまま止まった……。 「……明晰夢、それをあんたは極めたいんでしょ?」  明晰夢を?  そうか……俺は明晰夢を由岐に教わろうとしたんだ……。  別に格闘のやり方を教わりに来たんじゃない。  由岐から格闘を教わるほど、俺はサボっていたわけじゃない。  もちろん、間宮卓司なんかに遅れを取る事なんかもあり得ない……。 「……明晰夢……そうか、そういう事か……」  ある簡単な答えが見つかる。  至極当然の答え。 「これは明晰夢なんかじゃない……」 「これは……ただの夢だ」 「いや、中途半端に覚醒した状態……どちらかと言えば、金縛りの状況に近い……」 「なぜならば……」  由岐が攻撃してくる。  俺はその攻撃を避けない。  逃げない。  真っ向からその拳に当たりに行く。  明晰夢とは、別に夢を夢として自覚するだけの事を言うのでは無い。  夢を夢として自覚して……それを完全にコントロールする事を言う。  自分が望んだ様に夢を改変する事を言う。  東南アジアのどこかの民族が明晰夢を操る訓練を古くからしていたと言われている。  その方法は、夢を夢だと気が付く方法の模索。  たとえば、起きている時に、その部族内で、夢の話を語り合う。  語り合う事により、夢は言語化され、意識されやすいものへと変形してゆく。  そして、夢を意識出来た時にすべき事。  それは“逃げない”事。  明晰夢は、ほぼ悪夢から生まれる。  悪夢とは、人が作り出す不安が具現化したもの。  だから、人はその悪夢に恐怖する。  いや、正しくは、悪夢の中に出てくる、恐怖の対象を恐れる。  夢であるから恐れる必要は無い。  にも関わらず、恐怖から自由ではない。  それは夢が夢であると自覚出来ないから……、  夢が夢であると自覚する。  それだけでは明晰夢とはならない。  明晰夢は、自らの心の奥底にある恐怖の具現化から逃れない事。  恐怖を克服する事こそが重要なのだ。  恐怖に打ち勝てば……、  夢で恐怖する事さえなければ……、 「あちゃ……」  由岐の攻撃は、俺をそのまますり抜けて、空を斬る。  俺は由岐に攻撃を仕掛ける。  拳を握り。  迷いを無くす。  「当たらないかも」  「自分が無力かも」  「勝てないかも」  一切の迷いを無くす。  ただ思う事は、 「この攻撃は絶対に当たる」 「うわっ」  由岐の頬に俺の拳が入る。  拳に痛みは無い。  由岐はそのまま吹き飛ばされる。 「由岐っ」 「痛っっ……おいおい 手加減しろよ……」 「す、すまない……」 「ったく……」  そう言って、頬を軽くこすると、裂けていた口元は元に戻る。 「って事」 「なるほど……俺は今の今まで明晰夢を見ているつもりだったわけか……」 「そういう事だ」 「だったら……これまでの夢は?」 「もちろん、あんたの夢だよ。でももちろん私の夢でもある……」 「私達が、意識上で出会った時に行っている事を無意識下……夢の中でやっただけだよ」 「夢の中でやっただけ?」 「そういう事……私達が現実世界で出会う時……もちろんそれは現実でも何でもない……この世界と同じ」 「意識の世界の事でしかない……」 「すべての脳が動いている状況だから、それをどうしてもたかだか“意識の中の戦い”だと認識出来ない」 「でも実際は、同じなんだよ」 「私達の世界はね。“強く思った”方がそのイニシアチブをとる」 「あんたは、間宮卓司が、この意識世界のゲームマスターで、私達はプレイヤーに過ぎないとか考えてるみたいだけど、大間違い」 「実際は、誰がこの意識を支配するゲームマスターかなんて決まっていない」 「強く思った方に現実が傾くにすぎない」 「だから、あんたは明晰夢を望んだ」 「間宮卓司をゲームマスターの座から引き下ろすために……」 「まて……なら、なぜ明晰夢を使えるお前は間宮卓司を抑えられないんだ?」 「だからさ、今やって分かったでしょ。明晰夢ってさ、強く思う事……恐怖に打ち勝つこと」 「私はね。夢や意識の世界は操作出来るけど、現実世界までも自分で操作出来るとは思ってない」 「現実世界すら操作出来る?」 「今、間宮卓司は、確実に自分の意志で世界すら動くと信じてる……だって彼は、自分が神の化身だと思っているから……」 「神の化身?」 「そう、彼は、ある地点から、意識世界どころか、世界すべてが自分の意志に従うと感じてる」 「そんな人間に私の意志なんて敵うわけないでしょ?」 「そうなのか……でも……」 「でもなに? 勝てないと思うなら止めておきなよ。断言するけど、そんな心が少しでもあるんなら絶対に勝てないよ」 「絶対に勝てない……」 「うん……」 「……」 「お前言ってたよな」 「何が?」 「あいつの力が強まっているから、これが最後だって……」 「うん、そうだよ」 「それ当たらないわ」 「へ?」 「俺……間宮との戦いの前に、羽咲に会いに行く」 「って……それ無理だって……だってそろそろ……」  由岐の言ってる事は分かった……。  この明晰夢は消える。  由岐が作った明晰夢はここで終わる。  由岐は無意識の世界ですら、この先、自分自身の意識を自由に出来る時間は存在しないと感じていたのだろう……。  だからこれが最後だと言った。  それは分かる……。  分かりながらなお……。 「……浮上する瞬間」  それを予感した……。  いや確信した。  俺が信じる未来は間違いなく、信じる通りになる。  あいつが世界を救う……神の子。 救世主であるならば……、  俺はそれを打ち砕く……。 英雄となる。  それはノイズ。  それは邪魔なもの。  必要無き存在。  取り除くべきもの。  である。  が、  立ち位置が変われば、それも、  一変する。  主観の相違。  誰かにとってのノイズは、誰かにとってのチャンスとなる……。  1964年……通信実験をしていた二人の研究所職員は、とあるノイズに出会う。  説明のつかないノイズに二人は困惑し、二人は考えられるすべてのノイズの原因を取り除こうとした。  大都市からのノイズ……アンテナにこびり付いた鳩の糞……考えられるすべての干渉源。  それらすべてを取り除いてもノイズは消えなかった。  後に、この時観測されたノイズこそが、宇宙発生の起源。  ビックバンの名残の電波である事が明らかになる。  彼らはこの発見でノーベル賞を手にする。  ノイズが生みだした栄光。  ノイズに気が付いたからこそ人類が手に入れた新たな知識。  立場が変われば、  見る者が変われば、  ノイズは、新たなる世界獲得の契機となる。 「なるほど……そうなんだ……」 「魂の所在……無限回廊の世界模型」 「この廻天の影絵の中で……交わる影三つ……」 「……お前は」 「お前なんて名前無い……」 「違う……お前は誰だ?」 「誰?」 「誰なんだ?」 「私は誰でもない……ただ終わらない天球儀を見つめてるだけ……」 「終わらない天球儀?」 「時間模型……面白い……その中で遊ぶ玩具と魂……」 「お前は……その声……」 「こんにちは……間宮くん……わたしは、彩名……あなたは誰?」 「俺は間宮卓司だ」 「間宮卓司? 嘘……間宮くんなら今はおねんね中……ここにはいない……」  ……。  奇異な答え。  普通の人間には、俺は間宮卓司に見える。  今目の前に立つ人間が間宮卓司では無いなどとは気が付かない。  それ以前に、今おねんねって……表現。  ただ者ではない……。 「俺は悠木皆守だ……それで……お前たしか……」  この学校の……どこかのクラスにいた……誰か……。  良く知らないが……、 「水上由岐の知り合い……」  直接の知識は無い……由岐の意識時に彼女の事が海馬に刻まれている……。 「うん、他にも間宮くんも知ってるし……あと……知ってるのは……」  そういって俺を指さす。 「今会って……いきなり知り合いか……そんな事より、なんでこんな時間にこんな場所で?」 「くす、間宮くんに呼び止められた……」 「呼び止められた?」 「うん、屋上の給水タンクで遊んでたら、間宮くんに呼び止められた……だからここにいる」  こんな時間になんで給水タンクで遊ぶんだ?という疑問も無くは無いが、そんな事は今はそれほど重要では無い。 「呼び止められて……それで?」 「お話してた……間宮くん……私の魂に触れようとしたから、ひび割れた……」  ……。  さらに奇異な答え。  通常なら、単なる不思議ちゃん女と思うだけ…… だが……、  この女に普通では無い空気を感じていた。  いや……だからこそ……。 「なるほど……お前の魂に触れようとしたから、ヤツの意識に隙が出来た……それでその後間宮卓司はどうした?」 「間宮卓司くんはいつでも君と共にあるんでしょ?」 「……だとしても、今は俺の目の前にいない」 「それは、君が強い意志を持ってここに来たから……違う?」  強い意志で……ここに……。  それは俺が? 「ひび割れたと言っていたが……それは間宮卓司の意識がひび割れたと言う意味で理解して問題ないか?」 「うん、間宮くんの同一性にほんの少しのひび割れが入った……そのひび割れから君が彼を押しのけてここに来た……」 「……俺がヤツの意識を押しのけて……」 「うん、でもそれは少し驚き……君が今宿っている、その肉体の支配権は現在ほぼ間宮くんが握ってたから……」 「なるほど、その中から俺が出てきたのが意外というわけか……」  意外と言えば意外だが…… だけど……俺はこの事実を、意外だとあまり思っていない。  そうだ……俺はこれを予感していた……。  次目覚める時……それは、俺と間宮卓司の最後の戦い……その瞬間まで、俺がこの世界で意識を持つ事は出来ない……。  そう由岐に断言されていた。 でも……、 「予感があった……」 「……ああ」  なぜだか……もう一度目覚められる様な予感がした……。  なぜだ……、 「語り得ぬものには沈黙を……奈落は覗くべきじゃない、あえて奈落を覗く事を勇気とは言わない……」 「なんだ……それ」 「そんな事よりも……大事な事があるはず……それが君の意識を世界につなぎ止めた……」 「あ……」  そうだ……そんな事どうだって良い……。 それより……全然重要な事……、  俺が、この瞬間を得ようとしていた理由……。 「くす、くす……君は素直だ……良い子だね」 「とりあえず、彩名って言ったっけ? 感謝しておく」 「なぜ?」 「お前のおかげなんだろ……良く分からんが……」 「私も良く分からん……」  ……。  理由は分からない……。  ただ、間宮卓司が、こいつと何かしらの接触をして意識を失ったのはたしかだ……。  いろいろな疑問はある……、  こいつの言う通りに、魂の接触によって間宮卓司の魂にひびが入ったのなら……、  こいつも、我々と同じ様に魂を接触出来るという事になる……。  それは肉体を共にする者という意味……だが……。 「肉体を共有はしていない……」 「ああ……」  俺の心も簡単に読む……。  だが今は……、 「間宮卓司の魂が、いつごろ帰ってくるか……」  そして帰ってきた時に、俺はどうなるか……。 「それなら安心、間宮くんなら当分出てこない……たぶん夜が明ける直前ぐらいまでは……」 「夜が明ける直前?」 「うん、それまでは帰って来ない……日が昇る前……この空が紫に染まるまでは君がその身体の支配者……でも」 「紫に染まりはじめたら、ヤツは帰ってくる……」  そうか…… 俺は時計を見る。  日にちは17日……時刻は22:30。  羽咲は家に帰ってる時刻……。  今は日の出は4時半すぎ……それまでに帰ってくれば問題ない……。  急げば間に合う……。 「うわっ」 「何?」 「な、なんでお前が?」 「私も帰るところだから……帰り道お揃い……」 「お揃いも何も……屋上からの道なんて……」 「あ、でも……帰り道には、気をつけた方がいい」 「帰り道?」  帰り道……、  そうだな……、  俺の意識が無い間に何かあった事は知っている……。  明晰夢を扱える様になって……間宮の意識した事の一部を認識出来る。  由岐ほどではないから詳細までは分からないが……だが、俺の立場がまずい事ぐらいは分かる……。  詳細までは分からないが……今の俺が(少なくとも学校内では)お尋ね者であるのはたしかだろう。  だったら、帰り道は気をつけた方がいい……。  そうだな……。 「忠告ありがとう……分かった……って、あれ?」  ……。  ほんの少し、考え事をして視線を外した刹那。  再び視線を戻すと、其処には……誰もいない……。 「……彩名」  足音すら気が付かなかった……。  ほとんど、その場で存在が消え失せた様な……、  いや……そんな事よりも今は、やらなきゃいけない事がある。 「はぁ、はぁ、はぁ……っくぅ」  旧プール脇から、下水道に出る。  プールの貯水タンクの中に、人の気配を感じたが……そいつらに気が付かれない様に注意した……。  今は、とりあえず一度家に帰る事……。  下水路から用水路へ……外された柵の間を抜けて外に出る。  三階から非常階段、そこから中庭、さらにマンホールから下水、そしてこの用水路。  帰り道……少なくとも、校内を堂々と正面から出て行く事は出来ない。 「これでもお尋ね者なんでな……裏門からってわけだな……」  用水路の梯子から通学路に出る。  さすがに誰かがこのルートを監視などはしていない様だった。  視線などは感じない……。 「まだ、電車は動いている時間だな……」  家に帰るには充分すぎる……。  羽咲……。  俺は走り出す。  杉ノ宮まで走って電車に乗れば、羽咲が就寝する前には家に帰る事が出来る。  俺の最後の戦いは明日の夜明け前……、  日が昇る前までに、彼女に会わなければならない。  やらなきゃいけない事がある。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  何で電気がついてない……も、もう寝てる? 「っ」 「羽咲!」  返事は無い。  それどころか、反響音すら感じない。  まるで、俺の呼び声は暗闇の部屋の中に吸い込まれていく様だった……。 「羽咲! 羽咲居ないのか!」  何度か叫ぶ。  反応は無い。 「居ない……? 羽咲っ」  俺は家中探す。  羽咲の部屋はもちろん、それ以外……自分の部屋、書斎、いくつもの空き部屋。  トイレ……風呂……もし入ってたら大事だが……それどころでは無かった……。 「羽咲!」  羽咲は居ない……。  何処にも彼女は居ない。  おかしい……何で自宅にいない……。  母親のアパートにでもいるのだろうか?  いや、さすがにこの時間にあれと一緒にいるなんて考えられない……。 「羽咲!」  なんでだ?  どうして羽咲がいない?  もしかして間宮卓司が? 「いや……たぶん……」  違う……。  というか違うと信じたい……。  もし間宮卓司が羽咲に何かやろうとしたら、さすがに強い意識の揺れ……波動の様な揺れがあるハズだ……。  由岐との訓練後、少しではあるが、無意識下の世界で間宮の認識の片鱗を感じとる事は出来る……。  もし羽咲と何かあれば、それを感じられないはずがない……。  間宮卓司が羽咲に何かをしたという事はない……。  と思う……が、 「なら……なぜ……羽咲が居ない……居ないんだ……」 「あれ? もしかして皆守くん?」 「っ」  俺は後方の声に素早く反応する。  というよりも、自宅だからって油断しすぎだ……俺。  この状況で、誰かに背後を取られるなんて……相手が声を出してなかったらやられていた……。 「誰だ! てめぇ!」 「わ、わわ、たんま、たんまっっ」 「あはははは、こんばんはー」 「き、貴様っ」 「えっと……今は悠木皆守くんだよね」 「なんでお前が俺の名前を……それより、なんで家に!」 「わ、ま、待ってよ。あれでしょ? 羽咲ちゃん探してるんだよね」 「貴様が羽咲を!」 「な、なんでそうなるんだよぉ……ちょ、ちょっと待、あ、ああ……」 「言え! 貴様羽咲をどうした!」 「あ、あ……ああ……」 「……って、おいっ」 「……お、お花畑がぁ……」 「ひ、ひどいよ……死ぬって」 「す、すまない……お前がいきなり背後に立つから……というよりも不法侵入で正当防衛だろ普通に……」 「いやさ……そうとも言えるけど、一応は許可とってるんだよ。ほら鍵」 「なんでお前がウチの鍵を……まさかっ」 「違う違う。羽咲ちゃんに頼まれてたんだよ。もし家に皆守くんが帰ってきたら知らせてくれってさ」 「家に俺が?」 「うん、なんかねぇ、羽咲ちゃん、この家に帰りたくないんだってさぁ」 「帰りたくない? 羽咲が?」 「うん、まぁ簡単に言えばさ“もう……この家に私を知っている人はいない”……って事らしいよ」 「木村……どうやら俺の、いや俺たちの秘密を知っているらしいな」 「うん、君ら多重人格なんだってね。最初はにわかに信じられなかったけどさぁ。ああいうのって狂言の類だと思ってたからさぁ」 「それで……羽咲は今どこにいるんだ?」 「Bar白州峡だよ。羽咲ちゃんがバイトしている先のさ」 「白州峡?」 「うん、そこで最近は寝泊まりしているよ。あそこのマスターが彼女を保護してる」 「マスターが?」 「うん、あの人って君の師匠だろ? 古武術の師範代って話だよね……だったらあの人の元が一番安心じゃないの? 判断的には正しいんじゃない」 「そうか……店にいたのか……」 「彼女、落ち込んでたよ……何でも、今は、新しい人格と間宮卓司って人格しか居ないんでしょ?」 「新しい人格……水上由岐さんだっけね?」 「……そうか」 「……と言うか……なんでお前そこまで知ってるんだ?」 「羽咲ちゃんに信用されてるからさ」 「羽咲め……こんな怪しい聞屋なんて……」 「なんでだよ。ボクの何処が怪しいんだよ」 「怪しいだろ……お前の姿を見るたびに、良く職質に遭わないか不思議だ……」 「ああ、良く職質に遭うよ」  遭うのかよ……それで良くもそんな職業が出来るもんだなぁ……。 「だからさぁ。ボクは悪い人じゃないんだよ? 白州峡のマスターだってボクを褒めてくれるよ“あんたは真なるジャーナリストだ”ってさ」 「そりゃ、カマを掘られるフラグだ」 「え? マジで?」 「それか、気分良くさせてBarに金を落とさせるための方便だ……」 「あ、それあるかもしれないな」 「ふぅ……取材対象自体に接触しまくりだな……もう少し隠れて出来ないのか?」 「取材対象は間宮卓司だよ。ボクは間宮卓司にはバレて無いはずだよ」 「間宮卓司が取材対象?」 「ああ、ボクはね。皆守くんでも水上由岐さんでも無く、あの間宮卓司に興味がある」 「なぜだ……」 「やっぱり知らないんだ? なるほど、他人格が支配している時の事は知らないって本当なんだなぁ」 「いや……少しは知っている。間宮卓司はインターネットを使って、恐怖を作り出し……人を集めている……」 「あれ? 知ってるの? たしか意識が無い時の事は知らないって?」 「前まではな……事情が変わって、少しならアイツがやっている事が分かる様になった」 「マジで? だ、だったらいろいろ聞きたい事があるんだよ。例えばさ15日の夜中に、赤坂めぐと北見聡子を自殺現場に呼んだよね」 「だから言ってるだろ……少しだ。詳細まで分からない……大まかな事実しか分からない……」 「そうか……それは残念だ……」 「そんな事より……相変わらず俺に張り付いてたんだなぁ……」 「当たり前じゃん。“若者の薬物汚染”を取材してたら、その取材対象の一人が事故死、その後に同じ学校の女子が他校の生徒と共に飛び降り自殺……」 「さらに、教師がまた転落死! こんなの取材しないヤツなんてジャーナリストじゃないよ」 「ジャーナリストねぇ……三流紙だろ?」 「ジャーナリズムは反骨精神だよ。三流なんじゃない、あえて主流派で無いだけっ」 「そうか、そりゃ〈高邁〉《こうまい》で素晴らしい思想だな……どうでもいいが……」 「そんな感じでさ、間宮卓司くん本人には会えないんだけど、他の人格……新しい人には会ったよ……」 「つーか見たって言った方が正しいかな? 水上由岐さんという方……」 「由岐に会ったって……お前から見たら全部一緒だろ……」 「うん、たしかに違いはかなり微妙だね。前知識がなきゃ、多重人格だなんて分からないよ。良くもまぁ三つもある人格をうまくカモフラージュしているよね」 「最初、ボクのイメージだと、人格変化って声とか態度とか一人称とかも変わると思ってたよ」 「一人称はころころ変わるだろ」 「そうだね、それ言ったらボク自身だって時には“俺”って言うし“ボク”とも言う……時と場合によっては“私”なんて言ったりもする」 「あと、性格だってそれなりにムラがある。機嫌が良い時、悪い時、はしゃいでる時、落ち込んだ時、考えてみれば不思議な話だよね」 「何が?」 「いやさ、君達見てて思ったよ。言われてみれば多重人格だってさ……でもその違いを考えると、ごく普通の我々だって当てはまるんだよね」 「なんでボクらは、知っている誰か、見ている一つの肉体の中がいつでも同じだなんて信じるんだろう」 「同じ肉体だからって、同じ魂なんて限らない……だってさ、一つの肉体がその時々で信じられないぐらい違う様に見える事があるでしょ?」 「だから……“そんな人だと思わなかった”って言葉があるんだろう……あと“人が変わってしまった”とか……」 「そうそう、“そんな人だと思わなかった!”とか言うよね。でも、その言葉だって相手を同一な者として認識してるからだよ」 「……あのな……お前と無駄な話している時間なんて無いんだよ……俺は羽咲と大事な用事がある」 「情報を与えてくれた事には感謝するが……これで無駄話は終わりだ……」  俺はすぐに玄関まで走る。 「ま、待ってよ……」 「うるさい、お前と無駄話なんてしている時間など無いんだ……もうすぐ終電だ」 「終電? ここから走ったって間に合わないよ……」 「間に合わないじゃ済まないんだよ! 邪魔だ!」 「ま、待ってよ!」 「うるせぇ! 俺には時間が無いんだ!」 「だからさ、ボク、車だからさ、杉ノ宮の白州峡まで送っていくって」 「車?」 「うん、どっちにしろ、君が家に着いたら連れて行く様に言われてるんだよ……だから急いで電車に乗る必要も無いよ」 「あ、ああ……そうか……」  ……なんだこれ、  まったく想定外……、  この怪しいジャーナリスト木村の車に乗っている。  どうやら、この木村と羽咲やマスターはかなりの顔見知り……になっていた様だ……。  まったく知らない間に……何がなにやら……。  だが、考えてみれば……当たり前か……。  間宮卓司……あと水上由岐の経験した事をうっすら認識出来るとしても、他の事は一切知る事は出来ない……。  羽咲が何をしているか……、  でも良かった…… 羽咲……お前は無事なんだな……。  Bar特有の重いドアを開ける。  どのくらいぶりだろう…… そんな長い時間では無い……。  でも……まるで数ヶ月ぶりな感じすらしてしまう……それぐらい懐かしい。 「こんにちは……羽咲いますか?」 「あ、あら?」 「どうも……木村です」 「あ、ああ……という事は……」 「と、とも兄さん?」 「……ああ、そうだ……皆守だ」 「うわぁあああああん!」 「お、おいっ羽咲」 「もう、会えないって思ってた、思ってたよぉ……なんか卓司兄さんがどんどんすごい事になって……」 「すごい事か……たしかに……」 「とも兄さんは記憶が無いから知らないと思うけど、人が死んだり、多くの人が行方不明になったり……」 「いや……微妙な記憶はたどれる……一応、あの男とは脳を共有しているからな……」 「あら? そんな事出来た?」 「ここ最近で手にしました……訓練で……」 「ふーんそれにしても、なんか少し大人っぽくなったわねぇ。何か変わったわね、何かあったの?」 「あ、いや……これといって……、強いて言えば間宮卓司にボコボコにされて、その後、夢の中を〈彷徨〉《さまよ》ってました……」 「夢の中?」 「ああ……少し由岐に会いまして……」 「由岐に? あ、そう……ふーん」 「?」  何かマスターは意味ありげに微笑む。 「ふふふふ……少しあの子の面影があるわね……」 「あの子?」 「あ、いや、こっちの話よ……こっちの話……それより、羽咲ちゃんに大事な話あるんじゃない?」 「はい……」 「急いでたじゃない……早くしてあげなさいよ」 「……はい」 「ん?」 「その前に……マスター!」 「何?」 「表出て下さい!」 「表? 何二人っきりの話?」 「違います。俺と二人で、外に出て下さい!」 「え?」 「青姦!?」 「違うわ! 表出ろって言ってるんだ!」 「ふふふ……どうしたの? めずらしい」 「めずらしいって言うよりも、初めてですよ……師範代に表出ろなんて自殺行為です」 「でも、表出ろなんでしょ?」 「はい……お願いします」 「良いわよ」 「え? とも兄さん?」 「本当は、お前に一言だけ伝えるために帰ってきただけだ……だけど、その一言の前に確かめたい事がある」 「あ、あのとも兄さん……」 「俺は……夢を見た……」 「……夢」 「そう言ってたわね。由岐に会ったって」 「はい、由岐に会いました。そしてそこで俺は夢の扱い方を教わりました」 「……夢の扱いねぇ……明晰夢ってやつ?」 「知ってるのですか?」 「うん、あれは武道の世界に通じる境地だからね」 「そうなんですか……だったらなおさら、表に出て下さい」 「……何よ。表出ろ出ろって〈盛〉《さか》っちゃって」 「……そういう言い方はキモイのでやめてください……」 「え? な、何?」 「マスター? とも兄さん?」 「少し……席外す」 「そ、そんな、せっかくひさしぶりに会えたのに……」 「ああ、大丈夫だ……すぐに戻る……」  場所は……Barが入っているビルの屋上。  それほどは広く無い。  だが、道場などに比べれば遙かに広い……。  だが、学校の屋上よりは遙かに狭い。 「まず、私からの質問、あんたは武術を何故習った?」 「……さぁ、正直良く分かりません……間宮卓司が習ってて……そのまま師範代に会って……」 「そうじゃなくて、何故、その後も続けた?」 「少なくとも、由岐もそして卓司くんも続けなかった。あんただけが私の元で修行を続けた」 「……それも良く分かりません」 「なら、質問を変えるわ……なぜ、あなたは私の前に立っている?」 「最後の時間なんでしょ? なんで羽咲ちゃんと共に過ごしてあげないの……」 「……それは……」  最後の時間……。  誰かから聞いたとかでは無いだろう……俺の様子を察して、師範代は言っているのだろう……。  何故、最後の時間を少しでも長く羽咲と共に過ごさないか……。 「理由の一つは……師範代を越えさせていただきます……」 「ふふふふ……言うわねぇ。あんただってどれだけ実力差があるか分かってるんでしょ?」 「はい、たぶん100回戦って、一度勝てるか勝てないか……たぶんそんなものだと思います」 「力は俺より遙かに上です……技も遙かに上です……経験など比べものになりません」 「でも、私を越える……と」 「はい……それがまず一つの目的です」 「それは何故?」 「羽咲とこれからずっといるためです……」 「これから羽咲を守っていくためです」 「……これから? ずっと?」 「はい、ずっとです」 「だから、これから俺は不可能を可能にしなければなりません……ほぼ勝ち目の無い戦いをしなければなりません」 「ほぼ勝ち目の無い戦い……ねぇ」  間宮卓司との戦い。  間違い無く……勝ち目は無い。  由岐との明晰夢での修行で分かった事は……、  俺たちの戦いにおいて雌雄を決するのは意志の強さ。  いや、意志の強さというよりは……自分の勝利を信じる事……。  もしその力が間宮卓司に俺が勝っていたら、今日の今日まで、意識を封じ込まれはしなかった。  意識を封じ込められていた以上は、間宮卓司の方が今の俺より遙かに強いと言う事。 「あんたが戦おうとしている相手ってそんなに強いの? 私より?」 「マスターより力が強いという事はありません……マスターと戦えば、マスターは簡単に勝つと思います」 「でも、この肉体を共有する者同士の戦いはそういうものではありません」 「肉体的な戦いでは無く、意識で決着がつきます」 「そして、その力は彼と俺とでは雲泥の差です」 「だから技体、その両方で遙かに上な師範代と戦わせてください」 「なるほど……技と身体、その両方で遙か上である私に勝てるとしたら……それは心……つまり、今より遙かに強い精神力」 「はい……手抜きはいりません。もし仮に、ここで師範代に身体をぶっ壊されれば、間宮卓司のやろうとしているくだらない犯罪を止める事になる」 「つまり、最悪、病院送りにしてくれと……」 「はい、ボクも師範代を病院送りにする気でいきます……」 「ふーん……」 「餓鬼が言うじゃないか……どの口がそんな事言える様になったんだ?」  空気が変わる。  濃度が違う。  これが、師範代……水上敏夫の力……。  道場において……長く師範代を務めた……。  今まで人生において、ほぼ負けなし。  その唯一の黒星は間宮流古武術道場主との戦いにおいてのみ……。  その道場主とは……父方の祖父。  古神道の流れを受け継ぐ、間宮流。  祖父との立ち会いに負けたのが人生のたった一度の負けであったらしい……。  当時はマスター……水上敏夫は二十歳前後……祖父は初老であったという……。  身長体重共に、子供と大人……。  だが、マスターは祖父に指一本触れること無く完敗したという……。  間宮流は、古武術の中でもかなり特殊なものであるらしい……。  宗教的な側面が強く……、その〈主〉《あるじ》は〈神主〉《かんぬし》としての意味合いも強い。  祖父は、武術家と言うよりも……霊能力者の様な存在だったと聞いている。 「んじゃ……」 「っ!?」  速いとか速くないとかの問題じゃない……足のモーションが無い……足が動くと言うより、床がそのまま縮み、間合いが詰まる感じ……。 「っく?」  当て身は簡単に〈搦〉《から》め手が変わる。  相手の手のひらに自分の手首が張り付き、勝手に固められる様な……そんな瞬間。 「ぐわぁっっ!」  俺は、身体を大きくひねり、地面にその身体を叩き付ける。  もちろん自らだ……そうしなければ手首は完全に破壊されていた……。  本来なら、それでも受け身がとれる。  だが、急所を守るのが精一杯で、俺の身体の大半がコンクリートに打ちつけられる。  痛い……という問題ではない。  感覚が一切失せる。  何処がどれだけ破壊されたのか、それとも単なる打ち身であったのか……瞬間では分からない。 「きぇええええっ!」  踏みつけ……。  俺は顔数㎝でそれを避ける。  直撃を受けていれば、後頭部はコンクリートに強く打ち付けられて……頭蓋骨は地面と綺麗に平行になっていただろう……。 「っ!」  すぐに構える。  顔が目の前。  容赦無い。  俺は直感で耳を守る。  親指を折り曲げた大きな拳がこめかみをプレスするのをなんとか避ける……。  避けた腕は粉砕されたんじゃないかという錯覚すらする……。  これまともに受けてたら……下手したら死んでる。 「っく」 「何? 皆守……全然ねぇ……まだ私、本気なんて出してないのよ?」 「分かってます……」 「そう、安心した」 「ぐっ……」  〈捌〉《さば》いた腕は打撲。  避けた場所は血がにじむ……。  一切が、まともに防御出来てない……。 「くぅ……」  土台、師範代は俺が生まれる以前からずっと武道をやってきた人だ……。  素地が違う……。  それに……噂では、このBarをする前にや○ざの用心棒もやっていたらしい……、  というか、そういう金を貯めて作ったのが今の店らしい……。  彼の武道は、スポーツみたいな……単なる試合のためのものではない……。 「まぁ、Barでやらなかった事を感謝するのねぇ……」 「分かってます……でもそれで困るのは師範代では?」 「そうね……いろいろ壊れちゃうからねぇ」  古武道……そして用心棒、そんな経験をしてきたマスターの凶器は肉体だけではない……。  彼の一番の武器は地面。壁。さらに瓶や、包丁……椅子……彼の武術はそういったものだ……。  凶器になるものに囲まれたBarで戦わなかったのは、親心という事か……。  でも……誘ったのは俺か……、  良い判断だったかな……。 「とも兄さんっっ!」 「は、羽咲?」 「あははは、どうしてもって言うからさ……止めきれなくて……」 「マスターもうやめて! とも兄さんそんなボロボロになって……」 「うるせぇ! 羽咲は黙ってろ!」  思わず声を出してしまう。  くそう……こんな事になるから、この場に来てほしくなかった……。 「っ」 「あら……そんな事言っていいの?」 「……」 「うるさいじゃないよ! 私が、私がどんな思いで……」 「分かってる……」 「分かってないよ! 分かってないからそんな事言うんだ! とも兄さんは!」 「違う!」 「分かってないからじゃない……分かってるから言うんだ……」 「……とも兄さん」 「俺は、お前に一言伝えるためだけに、帰ってきた……」 「この一言だけ伝えれば……後は問題ない……」 「だから、そういうのが分かってないんだよ! 一言なんかいらない! 私はもっと沢山の時間、出来るかぎり長い時間とも兄さんと話していたい!」 「なのにとも兄さんはいつでも、自分で勝手に納得して、自分で勝手に決めて……」 「ああ、そうだ……羽咲の言う通りだ……俺はいつでも勝手に納得して……勝手に決めていた……」 「なら、なんで一言だけなんて言えるの? 一言なんかじゃ足りない! 私は、私はまだ沢山とも兄さんと話したい! もっといっぱい言葉を交わしたい」 「羽咲……それがいくつなら満足なんだ? その言葉が一つじゃ足りないなら……いくつならお前は満足するんだ?」 「そんなの知らないよ……私はただもっと沢山、もっと、もっと沢山とも兄さんと話したい……ただそれだけだよ……」 「俺もだ……」 「え?」 「俺も羽咲と話がしたい! 一言なんてじゃない! いくらでも話をしたい!」 「だから! 俺は今夜は一言だけをお前に伝えるために、お前に会いに来たんだ!」 「え……それって……」 「俺は消えない! 俺は間宮卓司に勝って! そして、これからお前を守り続ける!」 「と、とも兄さん……」 「羽咲を守るのは、由岐でも、そしてマスターでもない……お前を守るのは俺だ!」 「羽咲! 俺は帰ってくる! 必ず帰る」 「だから、安心しろ!」 「と、とも兄さん……」 「このカマを倒して! そして俺は間宮卓司を倒す!」 「このカマって……あんた師範代に大層な口の利き方ねぇ……しかもそんなボロボロなくせに……」 「マスターすみません……今のは口が過ぎました……でも」 「俺はあんたを倒す!」 「……足ガクガク震えてるのに?」 「……武者震い!」 「……あんたキャラ変わってるわよ……」 「俺、いっぱいいっぱいなんで、クール系とかやってるわけにもいかないんですよ……」 「いっぱい、いっぱいならそれらしくしないと……」  足の震えは単純に、身体のダメージ的なものだ……、  もう殴られすぎて手も足も感覚が無い……。  アザだらけで血だらけ……、  誰だって分かる、絶対的な力量差……。  絶望的な状況。  そんな事はじめっから分かっていた。  師範代と俺が戦えば、こうなる……。  にもかかわらず、俺は……師範代との果たし合いを望んだ……。  何故だ……。  ……それは。 「師範代……道場主には敵わなかったんですよね……ウチの爺さん」 「そりゃ、あんなのに勝てるわけないわよ」 「戦国時代から続く……この古武術は、ほんの数百種類の基本技しかない……」 「それの組み合わせが数万という数になる……」 「でも、あの人は、そういう問題じゃなかった……動物的感というか……まぁ、あの道場は宗教的なもの……歴代が霊能力者の様な力を持っていた……」 「その血……たぶん、俺は、それを感じてるんだと思います……」 「……さぁ、整いました……」 「これから……俺の番です」 「あんたの……番?」 「夢を扱う事……その意味……この現実の世界で、師範代の目の前に立って認識しました……」 「……ぬぅ」 「とも兄さんっっ」  マスターの当て身……。  速いなんてものじゃない……。  今までと比べものにならない……。  やっぱりこの人、手を抜いてたんだなぁ……。  なんて事を思いながら、俺はある事を思いだしていた……。  それはとある合気道の達人の話。  時代は昭和初期。  戦前の話だ。  達人が旧日本陸軍の鉄砲の検査官を訪れた時の話……。  その達人は、その射撃練習を見て、その兵に向かって言い放った。  “儂に……その鉄砲は当たらんな……”  その言葉が引き金となり、達人はその言葉を射撃場で試すことになった。  しかも、一人ではなく六人……用いた銃は拳銃。  その有効射程距離は25メートル。  射撃場では人形の代わりにその達人が的の位置に立つ。  射撃の前の秒読み。  ひとつ、  ふたつ、  みっつ……。  六つの銃口が一斉に火を吹く……砂ぼこりがもうもうと舞い上がった。  何かが投げ飛ばされる音。  その場にいた者達は我が目を疑った……次の瞬間、六人のうち一人が投げ飛ばされて……地面に伏せていた。  この達人は言った。  敵の銃弾より先に赤い光が飛んでくる……それを避けるだけなのだ。  また剣を相手にしたとき、まず白いモノが振り下ろされ、それを避けると必ずそのあとに本物の剣が振り下ろされるだけ……、  故に、避ける事は容易。  そうこの達人は言ったとされる。  彼の高弟であり自身も合気道の達人と言われた〈塩田〉《しおだ》〈剛三〉《ごうぞう》は、 達人〈植芝〉《うえしば》〈盛平〉《もりへい》について“霊能力な物”と語っている。  技などの〈研鑽〉《けんさん》による域では無く、それは超能力、何か得体の知れない力であったと……。  実際、植芝盛平は宗教色が強いと言われる。  それならば間宮流も同じ事。  間宮流の師範代……祖父を見た者は、その技に大したキレなど見えなかったという。  どちらかと言えば、相手がわざと当ててないだけの様な……その様な感じに見えたという……。  もし、それが単なるインチキなら……、  俺は、師範代の攻撃をもろに受けるだろう。  だが、俺はその攻撃を避けない。  これは血……。  明晰夢でつかんだ……この感覚……。  俺はそれが現実に通用するか……試したかった。  そしてそれが必ず有効である直感すらあった。 「……あら?」  マスターの攻撃は、俺をそのまますり抜けて、空を斬る。  拳は俺の耳をかすめ……耳を引き裂く……でもそれで良い。  師範代への攻撃はそれほど近づかなければ……反撃など出来ない……。  拳を握り。  迷いを無くす。  「当たらないかも」  「自分が無力かも」  「勝てないかも」  先ほどの達人の話には続きがある。  その噂を聞きつけた……またぎ……野生動物相手に狩猟で生計を立ててる者が再び、その銃口を向けた。  その時に達人が言った言葉は……。  「この勝負……終わりだ」  「なぜならばお前の弾は当たる」  何故か?  陸軍の兵隊の拳銃は、人を狙っていた。  だが達人はまたぎに言った。  お前は弾を狙っていない。  当たるとしか思っていない。  眉唾な噂かもしれない……だが、その境地が少しだけ分かる様な気がする。  弾丸より遙かに遅い……師範代の突き。  それを避け、なおかつ……無心で一撃を放つ。  どこを狙うかではない。  当たるものを打ち込む。  一切の迷いを無くす。  ただ思う事は、 「この攻撃は絶対に当たる」 「ぐっ」  師範代のみぞおちに俺の拳が入る。 「ちょ……少し……手加減……」  その場にマスターは崩れ落ちる。 「……やったぁあああああ!」 「とも兄さんっっ、もうこんな傷だらけで……」 「すげぇ……勝ったんだ……」 「ちょ……私の心配も……」 「痛くない?」 「痛くないと言えば……嘘になる……」  屋上で二人っきり……。  マスターが気をきかせてくれた……。  そうは言っても別に、こんな場所に薬箱持ってきて治療しなくても……。 「アザだらけだよ……」 「そりゃ、あの人と戦ったんだから……当たり前だ……」 「なんで、こんな無茶を……もう……本当にとも兄さんは……」 「だから言ってるだろ……お前を守るためだって……」 「でも……」 「これから一緒にいるためだ……」 「これから……一緒?」 「ああ、そうだ……」 「とも兄さん……どこにも行かないの?」 「ああ、そうだ……何処にもいかない……だからいくらでも言葉を交わせる……」 「本当に?」 「ああ……そうだ……」 「でも……とも兄さんはそうやって何度も嘘ついてきた……」 「ふっ……そうかもな……」 「だから、本当はガムテープでぐるぐる巻きにして、何処にも行けないようにしたい……」 「それも手かもな……」 「うん……でも」 「とも兄さんを信じる……私」 「何度も裏切られてるけど……私はとも兄さんを信じる……」 「なんでだよ……こんなダメな兄を……」 「だって、とも兄さんは私のヒーローだから……」 「ヒーロー?」 「そうだよ……ヒーローは救世主より強いんだよ」 「なんだよそれ……デタラメな理屈だなぁ……」 「でもそうなんだもん」 「ああそうだ……」 「俺はあいつより強い……」 「絶対に負けない……」  膝枕していた羽咲が顔を近づける……。 「とも兄さん……」 「っ!?」  一瞬何が起きているのか分からなかった。  気が付いた時には…… 羽咲の唇と俺の唇が重なっていた……。  先程よりも、朱色に染まった羽咲の唇は……ほんのり湿り気を帯びていた。 「は、羽咲!?」 「あ……ごめん……なさい……つい」 「つ、ついって……お前……」 「だ、だからごめんなさいっごめんなさいっごめんなさいっっ」 「あう……」  真っ赤になった羽咲は目をそらす。  俺もまともに羽咲を見つめる事は出来ない……。 「羽咲……」 「ごめん……」 「でも……別に戯れとかじゃないから……」 「あははは……戯れじゃないとか……そっちの方がまずいのか……」 「でもずっと……だったから……」 「私にはとも兄さんだけだったから……」 「そりゃ……兄だから……」 「そうやって都合の良い時だけお兄さんで……都合が悪くなると他人……」 「羽咲……」 「でも……それは私も同じだった……」 「ずっと一緒にいられるって意味じゃ……兄妹である事に感謝した……けど……それ以上の関係になっちゃダメだって事じゃ、兄妹で無ければ……と思ってた……」 「羽咲……」 「だから……私も都合が良い時だけ……心の中で使い分けてたのかも……ごめん……」  ぽたぽたと涙が俺の頬に落ちてくる。  なんで羽咲は泣いているんだろう……。  なにを羽咲は悲しんでいるんだろう……。 「羽咲……」  俺は泣いている羽咲の頬に触れる。 とても暖かく……そして柔らかい……。 「とも兄さんっっ……私、私……」  涙がさらに落ちてくる。  ぼろぼろと俺の顔に羽咲の涙が落ちてくる。 「本当に、とも兄さんが……悠木って名字の人で……本当に赤の他人だったら良かった……」 「それじゃ、今みたいな生活は出来ないぞ……」 「だから、昨日まで間宮で……今日から悠木……それだったら私……私は……」  俺が守りたかった少女。  俺はこいつの事だけを考えて生きてきた。  由岐も言っていた……俺の心の中は羽咲だけだって……、  それは言い過ぎかもしれない……と思った。  けど……今なら言える……。 「ああ……俺も羽咲と同じ事をずっと考えてたよ……」 「とも…兄さん……」 「バカ……だからお前を避けてたんだろ……」 「俺は、お前の事が大好きでさ……いつからか妹以上の存在に心の中でなっていた……」 「俺はその事を分かっていたから……お前を避けていた……」 「俺は、俺の気持ちに気が付くのが恐くて……お前を避けていた……」 「だからさ……羽咲……泣くことは無いよ……」 「とも兄さん……」  また二人は唇を重ねる。  いつからか……そんな事すら思い出せない……。  俺はずっと昔から羽咲に家族という意識ではおさまらない感情を抱いていた。  それは、自分が存在した瞬間からとさえ思えた……。  俺は自分が存在する前……遙か以前から、羽咲の事を愛していたのでは無いか……。  そう思っていた……。  俺はゆっくりと羽咲の服のボタンを外し、緩めていく。  ブラウスを開くと、呼吸に合わせてブラジャーに包まれた小さな胸が上下していた……、  白い肌が桜色に染まる…… 甘い香りの様に感じた……。  指でそっと下着の上から壊れてしまいそうな羽咲の身体を抱きしめる。 「とも兄さん……」  抱きしめあいながら……また唇を重ねる。  小さな身体の羽咲……俺が守りたいと思い続けた少女……。 「〈良〉《い》いの?」 「バカか……何に対してだよ……」 「あ……いや……その、いろいろと……」  誰が誰を愛するか……誰がその事に罰を与えるのだろうか……。  それは神だろうか?  俺は端から神など信じてないが……そんな神など糞喰らえだ……。  世界にどんな災いが満ちていても何もせずに……こんな時だけ俺たちに罰を与える者が神であるならば……、  俺はそんなヤツぶん殴ってやる。  愛に制限なんて糞喰らえだ……。  人を好きになるのにルールなんて糞喰らえだ。  俺は羽咲を抱きしめる。  愛の刻印……。  消えぬ様に…… 二人の絆を刻むために……、  羽咲は言った。 「このまま最後まで……お願い……」  ブラのホックを外すと、小さな乳房がかすかにプルンと揺れる。  ほんとうにかすかに……、  その瞬間に羽咲が睨む……。 「とも兄さん……考えてる事が顔に出すぎ……」 「お、お前も……人の表情見過ぎだ……」  双丘の先でピンク色の蕾が震えている。  俺は柔らかい弾力を持つ桜色の肌を、まるですぐに壊れてしまう氷細工を扱うように、優しく優しく触れる。 「くっ…あ……とも兄さん……」  羽咲は口から小さな喘ぎを漏らしながら、指の動きに敏感に反応している。  俺は首筋にキスをして、舌を這わした。  脇の愛撫を双房へ移動させて、硬くなった突起に触れる……。 「くっ……はひぃ!」  羽咲の体が小さく跳ね上がる。  俺の指先に微かなぬめりを感じる。羽咲の肌がしっとりと濡れている。  羽咲の柔らかな腹部をなでながら下りていく。 身体がビクリとする。 「あ……とも兄さん……」 「ん? どうした?」 「あ、あの……」  羽咲がうつむく……そして小さな声で……、 「よ、よろしくお願いします……」  よろしくお願いします……か。 どんなだよ……。 「っっっ〜〜」  指に柔らかな部分が吸い付く。  そこには産毛すら無かった……。  まぁ……外見通りといった感じだろうか……。  すでに羽咲からもちゅくちゅくと僅かながら水音が聞こえる。  やさしくその部分を愛撫する……。 「っっっ……と、とも兄さん……っっつ〜〜」 「どうした……そんな口を押さえて……」 「あの……あのね……声出ちゃいそうだから口押さえないと……」 「出せばいいじゃん」 「白州峡のビルだよ……出せるわけないじゃない……下に聞こえちゃうわよ……」 「うにゅ?!」  羽咲は自分の口を押さえて、声がもれない様にする。 「はう……うにゃああああ! はう……にゅ……はわ」 「うにぃぃいい! きゃう! ぬぅうぅ……あう……あう……にゃん!」  だけどあまり意味もない……押さえた手がたまにはずれて普通に声がもれている……。 「はぁ……はぁ……」 「おいおい……なんか顔色が悪くなったぞ羽咲……」 「あ、あのね……口押さえると……酸素が足りなくなるみたい……」 「だろうな……無理すんなよ……」  俺は羽咲に軽くキスしてやる。  双房の先へ舌を絡めた。 舌全体で舐め上げて、舌先で弾くように舐める。  羽咲は相変わらず口を押さえて耐えている。 額に玉の汗が浮かんでいる。  舌で突起をしごきながら、ピンクに熟した花弁の間をなぞりながら、皮を被った芽にそっと触れる。 「ひぅん!!」  よく濡らした指で芽を包皮の上からやさしくしごく。  羽咲の体がヒクヒクと痙攣し、花弁が指を奥へ導こうと動き始めた。 「あう……声が……」 「気にするなよ……」 「はぁはぁ……で、でも…声……マスターとか木村さんにバレたら大変だよ……」 「別に問題ないだろ……」 「きゃん!」  親指で芽を転がす。  芽を転がすように動かしていた指に少し力を入れると包皮は簡単に剥け、赤く充血した芽が剥き出しになった。 「くっっうっっっ!!!」  大きな快感に羽咲は声をあげて、体をピーンと反らすとぐったりとなった……。 「羽咲……〈良〉《い》いか?」 「な、なんで私に聞くかなぁ……」 「ああそうだな……ごめん……」  羽咲は潤んだ瞳で俺を見上げている。  俺は羽咲の膝を曲げさせ、モノを花唇へあてがうと、一気に埋め込んだ。 「っっっ……」  かなりの抵抗があった……、  羽咲の苦痛の表情を見た瞬間に……思わず腰を引っ込めてしまうぐらい……。  だが、それを羽咲は許さなかった。 羽咲は俺の腰に手を回すと力強くそれを自らの身体に押しつけた……。 「っく、くっ……」  羽咲の中にうずまっていく……。  最後まで沈んだ時……やっと羽咲の表情が和らいだ……。 「つらいか?」 「ううん……つらくないよ……それどころかうれしい……だって……これで……」 「一緒になれたんだから……」 「くっ…」 「あ…とも兄さん……動いていいよ」 「でもつらいだろ?」 「だから何度も言ってるじゃない……つらくなんてない……うれしいんだって……」  羽咲の頭を撫でながら、腰をゆっくりと動かす。  羽咲の花芯からは血が流れている……。 「くっ、っっ…ん、んくっ…、くっ…んっ…」  俺はスライドさせながら羽咲の頬にキスをする。  唇が頬に触れると羽咲は顔を動かして、唇に唇を合わす。  自然と舌が絡み合った。 「んんっ…、んっ…、んくっ…」  二人は激しく抱き合う。  肌と肌が密着する。  互いの体温が溶け合う様に共有される。  肌の感触が愛おしい。  羽咲も俺の背中に傷がつくぐらいに抱きしめる……。  無意識だろう……だが、その痛みがせめてもの救いだった。  こんな苦痛の中にいる羽咲に対して……自分だけが快楽のみ感じているのは……本当につらかった。  “最後まで……”  それは羽咲の願いでもある。 「くっ……羽咲そろそろ……」 「あっ……そのまま……お願い……とも兄さん……お願い……」 「ああ……分かった……このまま……このまま出す……」 「お願い……とも兄さん……」 「っっくぅ……」  俺のモノが膨らみ、ドッと精を溢れんばかりに奥へ解き放った。 「うう!!」 「っっっっくぅ……」 「うっくっ!!!」  大空の下で結ばれあった。  あまり多い時間とは言えなかったけど……それでも兄妹以外ではじめての時間を二人で過ごした。  この空の下…… 羽咲と俺は結ばれた……。  また二人は唇を重ねる。  いつからか……そんな事すら思い出せない……。  俺はずっと昔から羽咲に家族という意識ではおさまらない感情を抱いていた。  それは、自分が存在した瞬間からとさえ思えた……。  俺は自分が存在する前……遙か以前から、羽咲の事を愛していたのでは無いか……。  そう思っていた……。  俺はゆっくりと羽咲の服のボタンを外し、緩めていく。  ブラウスを開くと、呼吸に合わせてブラジャーに包まれた小さな胸が上下していた……、  白い肌が桜色に染まる…… 甘い香りの様に感じた……。  指でそっと下着の上から壊れてしまいそうな羽咲の身体を抱きしめる。 「とも兄さん……」  抱きしめあいながら……また唇を重ねる。  小さな身体の羽咲……俺が守りたいと思い続けた少女……。 「〈良〉《い》いの?」 「バカか……何に対してだよ……」 「あ……いや……その、いろいろと……」  誰が誰を愛するか……誰がその事に罰を与えるのだろうか……。  それは神だろうか?  俺は端から神など信じてないが……そんな神など糞喰らえだ……。  世界にどんな災いが満ちていても何もせずに……こんな時だけ俺たちに罰を与える者が神であるならば……、  俺はそんなヤツぶん殴ってやる。  愛に制限なんて糞喰らえだ……。  人を好きになるのにルールなんて糞喰らえだ。  俺は羽咲を抱きしめる。  愛の刻印……。  消えぬ様に…… 二人の絆を刻むために……、  羽咲は言った。 「このまま最後まで……お願い……」  ブラのホックを外すと、小さな乳房がかすかにプルンと揺れる。  ほんとうにかすかに……、  その瞬間に羽咲が睨む……。 「とも兄さん……考えてる事が顔に出すぎ……」 「お、お前も……人の表情見過ぎだ……」  双丘の先でピンク色の蕾が震えている。  俺は柔らかい弾力を持つ桜色の肌を、まるですぐに壊れてしまう氷細工を扱うように、優しく優しく触れる。 「くっ…あ……とも兄さん……」  羽咲は口から小さな喘ぎを漏らしながら、指の動きに敏感に反応している。  俺は首筋にキスをして、舌を這わした。  脇の愛撫を双房へ移動させて、硬くなった突起に触れる……。 「くっ……はひぃ!」  羽咲の体が小さく跳ね上がる。  俺の指先に微かなぬめりを感じる。羽咲の肌がしっとりと濡れている。  羽咲の柔らかな腹部をなでながら下りていく。 身体がビクリとする。 「あ……とも兄さん……」 「ん? どうした?」 「あ、あの……」  羽咲がうつむく……そして小さな声で……、 「よ、よろしくお願いします……」  よろしくお願いします……か。 どんなだよ……。 「っっっ〜〜」  指に柔らかな部分が吸い付く。  そこには産毛すら無かった……。  まぁ……外見通りといった感じだろうか……。  すでに羽咲からもちゅくちゅくと僅かながら水音が聞こえる。  やさしくその部分を愛撫する……。 「っっっ……と、とも兄さん……っっつ〜〜」 「どうした……そんな口を押さえて……」 「あの……あのね……声出ちゃいそうだから口押さえないと……」 「出せばいいじゃん」 「白州峡のビルだよ……出せるわけないじゃない……下に聞こえちゃうわよ……」 「うにゅ?!」  羽咲は自分の口を押さえて、声がもれない様にする。 「はう……うにゃああああ! はう……にゅ……はわ」 「うにぃぃいい! きゃう! ぬぅうぅ……あう……あう……にゃん!」  だけどあまり意味もない……押さえた手がたまにはずれて普通に声がもれている……。 「はぁ……はぁ……」 「おいおい……なんか顔色が悪くなったぞ羽咲……」 「あ、あのね……口押さえると……酸素が足りなくなるみたい……」 「だろうな……無理すんなよ……」  俺は羽咲に軽くキスしてやる。  双房の先へ舌を絡めた。 舌全体で舐め上げて、舌先で弾くように舐める。  羽咲は相変わらず口を押さえて耐えている。 額に玉の汗が浮かんでいる。  舌で突起をしごきながら、ピンクに熟した花弁の間をなぞりながら、皮を被った芽にそっと触れる。 「ひぅん!!」  よく濡らした指で芽を包皮の上からやさしくしごく。  羽咲の体がヒクヒクと痙攣し、花弁が指を奥へ導こうと動き始めた。 「あう……声が……」 「気にするなよ……」 「はぁはぁ……で、でも…声……マスターとか木村さんにバレたら大変だよ……」 「別に問題ないだろ……」 「きゃん!」  親指で芽を転がす。  芽を転がすように動かしていた指に少し力を入れると包皮は簡単に剥け、赤く充血した芽が剥き出しになった。 「くっっうっっっ!!!」  大きな快感に羽咲は声をあげて、体をピーンと反らすとぐったりとなった……。 「羽咲……〈良〉《い》いか?」 「な、なんで私に聞くかなぁ……」 「ああそうだな……ごめん……」  羽咲は潤んだ瞳で俺を見上げている。  俺は羽咲の膝を曲げさせ、モノを花唇へあてがうと、一気に埋め込んだ。 「っっっ……」  かなりの抵抗があった……、  羽咲の苦痛の表情を見た瞬間に……思わず腰を引っ込めてしまうぐらい……。  だが、それを羽咲は許さなかった。 羽咲は俺の腰に手を回すと力強くそれを自らの身体に押しつけた……。 「っく、くっ……」  羽咲の中にうずまっていく……。  最後まで沈んだ時……やっと羽咲の表情が和らいだ……。 「つらいか?」 「ううん……つらくないよ……それどころかうれしい……だって……これで……」 「一緒になれたんだから……」 「くっ…」 「あ…とも兄さん……動いていいよ」 「でもつらいだろ?」 「だから何度も言ってるじゃない……つらくなんてない……うれしいんだって……」  羽咲の頭を撫でながら、腰をゆっくりと動かす。  羽咲の花芯からは血が流れている……。 「くっ、っっ…ん、んくっ…、くっ…んっ…」  俺はスライドさせながら羽咲の頬にキスをする。  唇が頬に触れると羽咲は顔を動かして、唇に唇を合わす。  自然と舌が絡み合った。 「んんっ…、んっ…、んくっ…」  二人は激しく抱き合う。  肌と肌が密着する。  互いの体温が溶け合う様に共有される。  肌の感触が愛おしい。  羽咲も俺の背中に傷がつくぐらいに抱きしめる……。  無意識だろう……だが、その痛みがせめてもの救いだった。  こんな苦痛の中にいる羽咲に対して……自分だけが快楽のみ感じているのは……本当につらかった。  “最後まで……”  それは羽咲の願いでもある。 「くっ……羽咲そろそろ……」 「あっ……そのまま……お願い……とも兄さん……お願い……」 「ああ……分かった……このまま……このまま出す……」 「お願い……とも兄さん……」 「っっくぅ……」  俺のモノが膨らみ、ドッと精を溢れんばかりに奥へ解き放った。 「うう!!」 「っっっっくぅ……」 「うっくっ!!!」  大空の下で結ばれあった。  あまり多い時間とは言えなかったけど……それでも兄妹以外ではじめての時間を二人で過ごした。  この空の下…… 羽咲と俺は結ばれた……。  羽咲が安心して寝静まった頃……俺はゆっくりとそのそばから離れる。  大丈夫だ羽咲……俺は嘘なんかつかない。  かならず帰ってくる……。  そして、もっともっと言葉を交わそう。 俺はお前を守り続ける……。  ちゃんと……、 「さてと……」  夜明けまでまだ少しだけ時間がある。 「とは言っても……夜明け前ってどのくらいなのか分からない……これが4:30までとかなら分かりやすいんだがな……」  夜明け前なら時間的にはそれぐらいだ……だけど、時間通りにヤツが戻ってくるとは限らない。  あいつの人格がこんな場所で帰って来られたら大変だ。 「さてと……人がいない、誰も巻き込まない場所にいかないとな……」  つーてもあの屋上だろうな……。  あの屋上から出てくる時、鍵締めなかったから空きっぱなしだろうし……好都合だ。 「行くのかい?」 「ふう……そういう事は鋭いんだな」 「間宮卓司と戦うのか?」 「さぁね……」 「さぁ、て事ないだろ。じゃなきゃあのマスターと戦う理由が無い」 「羽咲には言うなよ」 「羽咲ちゃんには内緒なのかい?」 「言う必要は無い……帰ってくるんだから」 「なるほど……」 「どこでやるの?」 「どこだっていいだろ?」 「そうか……分かった」 「……あのさ」 「あの……もし、俺になにかあったら……」 「羽咲の事……頼みます……お願いします」 「……」 「あはは……突然敬語なんだ」 「人に物を頼む態度ってあるでしょ……それに、俺はあんたを少し勘違いしてたかもしれない……」 「俺のいない間に、いろいろやってくれたみたいだし」 「それはさ、単にボクに都合が良かっただけかもしれないじゃん……」 「ならあんたの都合が、羽咲を守ってやったんだ……感謝しないといけない……」 「おや? 素直だね、なんか拍子抜けだよ」 「まぁ、感謝してます……」 「だから、もしなにかあったら……お願いします」 「分かったよ。でも何もないんでしょ? 君が勝ってすべてを終わらせる」 「はい、木村さんの取材もこれで終わりになるでしょう……俺が終わらせるから……」 「本当に?」 「ああ、終わらせるさ……」  夜が明ける前に……俺は屋上に戻る。  最後の時間を与えてくれたこの場所。 「いや、最後の時間にしないためだったか……」  俺は、羽咲に一つの言葉を伝えるためだけに、この時間を欲した。  正直、約束が守れるかどうかなんて分からなかった……。  いや、守れない可能性は高い。  たしかに俺はマスターに勝つことが出来た……。 だが、間宮卓司との戦いは、そういった次元の話では無い……。 「……彩名」 「ここに戻ってきたの……」 「ああ……どこでも良かったんだが……」 「でもここを選んだ……」 「ああ……ここが最適だと思った……。それより間宮卓司は?」 「まだ……少しある……」 「そうか……」 「お前は、あの男が何をする気か知ってるのか?」 「空に還そうとしている……」 「ああ、そうだな……」 「終ノ空に……」 「終ノ空……それって何なんだ?」 「さぁ、それはただの名前……何も語ってない……」 「そうか……ただの名前か……」 「うん」 「……そうか……なら質問次いでに……お前は何者なんだ?」 「私? 私は音無彩名と呼ばれてる……」 「それはただの名前だろ……そんなもの何にも説明してないだろ……」 「くす、くす、じゃ、君は何?」 「俺か……俺は……悠木皆守で……それで……」  何かを語ろうとした…… だが、その言葉は口で詰まってしまう。  自分の事を語ろうとして……詰まってしまう。 はははは……そうだな。  そんなもんだ。 自分の説明って……履歴書程度の事しか言えない……。  目の前の女は、俺が通う学校の制服を着ている……。  ラインの色から同じ学年だと分かる。  性別は女子……、俺は男子……。  考えてみれば、この場所で見つめ合っている以上の情報なんて……何を語るべきなのだろう……。  何者なんて……漠然とした質問……何の意味もない……。 「そうだな……俺は悠木皆守だ……それ以上でもそれ以外でもない……」 「そう……なら、今度は私から質問……」 「質問?」 「うん……間宮くんにした質問、そして水上さんにもした質問」 「どんな質問だ?」 「皆守くんって、死ぬのが恐い?」 「死ぬのが? なんだそりゃ……やたら直接的な質問だな」 「とは言っても……ここ一週間ちょっとで人が数人死んでる。この学校だけで三人……」 「死の香りがやたらする一週間……多くの生徒の失踪だって、それらが引き金になっている……」 「そして、その引き金をひいたのは……間宮卓司」 「間宮くんは高島さんの……そしてお母さんの予言に怯えていた……」 「みたいだな……高島の予言は良く知らないが、あいつの母親の予言は知っている……あいつの脳みその中に強く刻みつけられていたから……」 「世界は滅亡する。すべての存在が死に絶え世界は消滅する……」 「間宮卓司が恐れていたのは……母親の予言……さらに言えば死そのものだ」 「……予言の恐怖とは……死の恐怖、予測された消滅への恐怖……」 「それは君でも恐いの?」 「くくくく……俺か? 俺か……前ならこう言っただろうなぁ……」 「どう答えた?」 「死ぬの何か恐くない……消える事は〈定〉《さだ》めだから」 「〈定〉《さだ》め……」 「俺は、間宮卓司を消すために生まれた人格だ……ったというべきか?」 「創造者としての間宮くん。調和者としての水上さん……そして破壊者としての皆守くん」  この女は……何でも知ってるんだな……。 さすがに少し驚かされる……。  ここまで俺らに関わる事を知っているって……まるで魂がつながっているかの様だ……、  だが、こいつは俺達とは違う……この肉体に宿る人格の一つではない……。  なら何者なんだ……、  普通の人間……ではないのはたしかだ。  この女も俺たちと違った意味でのイレギュラーな存在……という事か……。 「どうしたの?」 「いや……何でもない」 「さっきの話……創造者と調和者、そして破壊者の話……それがヤツが取り決めた俺たちの〈理〉《ことわり》だった」 「だが、結果はこれだ。破壊者が創造者に破壊されようとしている……」 「消滅という自らの運命を受け入れる事が間宮卓司には出来なかった……」 「いや、違うな……単純に役者不足、間宮卓司側から俺は破壊者の任を解かれただけとも言える……」 「そして、自分の運命を失った……」 「失った後は?」 「あとは、創造者に破壊され消滅するのを待つのみ……それが間宮卓司が描いた新しいシナリオ」 「自分が消滅するのは恐くないの?」 「消滅するのが恐くないわけないさ……消滅の恐怖、痛覚の恐怖……どちらにしても恐ろしいだろう……死は恐ろしいものだ……」 「そう、なら死にたくないの?」 「死にたくない? どうだろうな……俺にはその質問の意味が良く分からない……」 「でも死は恐怖である……」 「ああ、そうだな……でもどうかな、“されたくない”“なりたくない”“したくない”って、死以外だと必ず経験出来る事に限られる……」 「“されたくない”……“なりたくない”……“したくない”……」 「ああそうだ。たとえば大半の人間が拷問とかはされたくないよな……相当なマゾなら違うかもしれんが……」 「他にも破産とかしたくない……ホームレスにもなりたくない……」 「でも、そういう事は経験可能だから、“されたくない”“なりたくない”“したくない”と言える……」 「だが、死は経験しようがない」 「死はそこかしらに転がっている。近所の墓地にでもいけば死んだ人間だらけだ……でも経験した人間は皆無だ」 「死はまず経験不可能な事……それが大前提」 「経験不可能な事に対して、まるで経験できる事と同列で語るのは、一種、倒錯の様に思える……」 「経験不可能は、経験可能なもののごとくには語れない……」 「ああ、そうだ……でも人は死を経験できるあらゆる事と同列で語る……何故だ?」 「何故?」 「さぁな、実際俺には良く分からない……ただもしかしたら、倒錯だからこそ死を思う事に意味があるのかもしれない……」 「倒錯だからこそ死を思う事に意味がある……」 「ああ……倒錯ってそういうものだろ?」 「性交渉なんて本来ならただの生殖行為だ……だがいろいろな倒錯した思いが、人にあらゆる事を思わせ、あらゆる事を作らせ、あらゆる行為をさせてきた」 「変態性癖……とかだけじゃなくて、恋愛だってそうだろう……肉欲と愛欲は切り離せない……」 「それで? この質問間宮卓司にも聞いたんだろ? ヤツの答えは?」 「怒ってた……死が恐いって認める事が許せなかった……」 「なるほど……由岐は?」 「だいたい君と同じ……死は誰にも経験出来ない。死を体感する事は出来ない」 「“死は恐れずに値せず……もし消滅するなら何も感じないし、どこか遠くに魂が移動するならば、本質的には今と変わらない”」 「ソクラテスか……あいつらしいな……」 「そして、ソクラテスは最後にこう締めくくった」 「“もう行かなければならないのです。私は死ぬために、そしてあなた方は生きるために……”」 「“しかし思うのです。我々が行く手に持っているものはどちらが果たして良いものなのか?”」 「“それは誰にも分かりようが無い事なのです……語りえず、そして神のみが知る事です……”」 「そして、大哲学者は毒杯を口にした」 「なるほど……でも俺は不思議だよ。古代の大哲学者のこの言葉は……果たしてそれほど高尚な答えなんだろうか、と思うよ」 「そんな事は誰でも知っている」 「誰でも?」 「ソクラテスの言葉……現代人にとってはある意味当たり前すぎるほど当たり前だ」 「今この瞬間も人が死んでいる」 「過去から……今まで……とてつもない数の人が死んでいる……」 「特にこの国では、別に死後の世界の事なんて考えずに死ぬヤツ多数……」 「死を来世への道ではなく、単なる消滅ととらえていながら、毎日の様に人が死ぬ」 「考えてみれば不思議なものだ……“死”はあらゆるものの中でもっとも恐ろしいものであり、自らに降り掛かる災厄の中でもっとも大きなものと考えられる……」 「それでも毎日人は死ぬ……淡々と人は死んでいく」 「もし“死”がそれほどの恐怖だったら、死の恐ろしさから暴動なりが毎日起きてもおかしくないはずだ……」 「でも、事実は違う。大半の人間が、死ぬ間際に死を恐れて暴れる事も泣き叫ぶ事も無く、死ぬ」 「まぁ、死を宣告された時に後悔やら悲しみやらはあるだろうけど……でも死の直前そのものでは落ち着いたものだ……」 「つまり……死は嘆く対象じゃない事は、誰でも知っている、当たり前な事だ……」 「死を思う事は……倒錯した衝動だろう……」 「なら、君は死ぬの恐くない?」 「いや恐いよ……当たり前だ……でもそれは誰でも感じる程度の恐怖だ」 「誰でも感じる程度?」 「ああ……生まれたての子供が泣くのと同じ理由だろう」 「生まれたての子供の泣く理由……」 「存在以前なる者が……存在したら、人が死を恨む様に、存在を恨むかもしれない……」 「だとしたら、生まれたての子供が泣くのは、自らの生に対する呪いだ……」 「実は……俺は何度かそんな感じの夢をみたんだ……」 「夢?」 「そう……夢だ。それは、予感でしかないんだけど……」 「だけど確実な……予感としての夢……だ」 「どんな、予感の夢?」 「赤ん坊が生まれるんだよ」 「誰の?」 「知らない」 「知らないけど……」 「赤ん坊が生まれるんだよ」 「そう……その赤ん坊は泣くんだよ」 「おぎゃ、おぎゃ、ってさ……」 「その声を聞いてみんな笑うんだよ」 「みんな祝福してるんだよ」 「お母さんも……」 「お父さんも……」 「そして、その他の人も……」 「その赤ん坊の生を……」 「祝福するんだ」 「世界は生の祝福で満たされる」 「でも」 「でも、違うんだ」 「そこで」 「俺は」 「俺は一人そこで恐怖するんだ……」 「恐怖を……」 「なぜなら……」 「それは、世界を呪っているんだ」 「確実に……」 「世界を呪っているんだ。その生まれたての赤ん坊は」 「生まれた事を呪っているんだよ」 「俺は」 「俺はその場で氷りつく」 「みんな、笑っている中」 「祝福の中で」 「一人で……」 「俺はさ……」 「俺は、よろけながら……」 「その赤ん坊に近づくんだ」 「そして、その赤ん坊の泣き声を止めようとするんだ」 「そして、そうしなければならないと思うんだ」 「なぜ?」 「分かんないけど……」 「それがさ」 「それが、生まれてしまって」 「無惨に生き続けてしまってる俺の」 「俺の」 「唯一の」 「唯一の償いだと思うんだ」 「誰に対して?」 「たぶん」 「その赤ん坊に対して……」 「そして」 「それ以外のなにかに対して……」 「だと思う……」 「俺は、生まれたての赤ん坊の首を絞めて……その人生をそこまでで終わらせようとする」 「終わらせるために……」 「祝福の笑いの中」 「俺は……俺は、赤ん坊の首を絞めようと……」 「しかし……」 「出来ないんだよ」 「おぎゃ、おぎゃ、って泣いている赤ん坊の首を」 「俺は」 「俺は絞められないんだ」 「なんで?」 「なんでなんだ?」 「これが、唯一できる償いなのにもかかわらず」 「泣き声を終わらせなければいけないのに」 「出来ないんだ」 「その赤ん坊に、何一つ、意味を与えられない」 「何一つ、可能性をやれない俺が」 「しなければならない唯一の方法なのに……」 「出来ないんだ……」 「俺はその場で倒れ込むんだ……」 「その場で……」 「それで、泣き出すんだよ」 「俺、うわんうわん泣き出すんだよ」 「情けないよな……」 「夢といえども」 「何もできないで」 「うわん、うわん泣くんだぜ」 「大の男が……」 「……情けないよ……」 「……」 「そのうち……」 「赤ん坊の泣き声が……」 「普通に」 「普通にさ……普通になるんだよ」 「それで」 「普通に……おぎゃ、おぎゃって泣くんだよ」 「その声を聞きながら」 「俺は泣きながら」 「よかった、と思うんだ……」 「よかった、と……」 「何を?」 「よくわからないけど……」 「よかった、と……」 「何も解決してないし」 「なにも変わらないけど……」 「ただ」 「ただよかったと」 「俺は泣きながら」 「思うんだよ……」 「俺が生まれて……今も生きているという事は……たぶん」 「たぶん、そういう事だと思うんだ」 「そう……」 「そして、これが」 「これが、予感なんだと……」 「思うんだよ」 「俺の生きている。予感だと」 「……最初の質問……死が恐いかどうかだよな」 「死は恐いさ……でも死は誰にも訪れない……それは事実だが、そう分かっていても恐い……」 「死の恐怖は……自らが祝福されている事と……呪われていると思う事から始まる……」 「もし、祝福も、呪いもなければ人は死を恐怖しないだろう……それは動物がそうである様に……」 「祝福が人を苦しめ、呪いが人を苦しめる」 「そして祝福が人を救い、呪いが人を救う」 「答えになってないか……」 「ううん……全然……ちゃんとした答え」 「彩名……ついのそらだっけ」 「終ノ空」 「俺にも見えるか?」 「うん」 「見えるのかよ……」 「見えるよ……ただ、最後の空は君のものじゃない……」 「最後の空は俺のものじゃない?」 「ああ、そろそろ来る……私を犯し終わったみたい……」 「お前を犯してる? 間宮卓司の妄想か?」 「うん……だから、ほら……」 「え?」  影?  いや違う……これはいつもだ……。  今まで無かった影……それが俺の目の前で形になっていく……。  その影は彩名と俺の中間地点で人の形となる。 「間宮……卓司……」 「お前は一体……今、ボクに何をした!」 「さぁ……何にもしてない……私はただ見てただけ……」 「何かしただろ!」 「くすくす、勝手に間宮くんが妄想の中に入っちゃっただけ……私は何もしていない」 「なんだと! あれが妄想なわけがないだろう! あんなリアルな妄想があったら、あったら……現実と妄想に区別なんて出来ないじゃないか!」 「そうだ! たしかに、あの時ボクは、お前の肌のぬくもりを感じた! あんな妄想があってたまるか!」 「……ぬくもり……」 「……気持ち悪い……」 「な、何を言ってる!」 「貴様などふたなりの変態女だろ! 射精変態女め!」 「だから……私、ふたなりなんかじゃない……」 「いや、お前はふたなりだった確かめてやる!」 「どうだ、やはり……」 「!?」 「……」 「……無い?」 「間宮くん……」 「っぐ……血?」 「間宮くん……イタズラにしては度が過ぎてたので……パーではなくグー……くすくす鼻血出てる……」 「ひっ!」 「ぐわっ……〈痛〉《つ》ぅぅ」 「次に会うときにイタズラするなら…でこピンぐらいにした方が〈良〉《い》いと思う」 「でないと、間宮くんの鼻の骨、また折れる……」 「お、お前……」 「でも……次は無いのか……」 「……」 「くすくすくす……わたしは音無彩名、そう呼ばれてるもの、あなたのリルルちゃんの澱でも影でもない、わたしはあなたの妄想じゃない」 「リルルちゃんは妄想などではない!」 「……そう、あれは妄想じゃないんだ……」 「でもそうなのかもしれない……あれだって自分自身を妄想だと認めないはず……私がそうである様に……あなたがそうである様に……」 「妄想じゃない……目の前のあなたも私も……でも」 「わたしは音無彩名」 「人間……であるという設定……」 「でも……もうあなたは人間ではない……」 「あ、当たり前だボクは救世主だ!」 「人類を救うべき者だ、ただの人間などであるわけがない!」 「まして、ボクは、間宮卓司などという哀れな魂の所有物などではない!」 「ボクは世界を空へ還す者! 救世主たる者! 聖波動を操る者!」 「そう……空に……還す……その空の名は……」 「世界の限界……最果ての空……終ノ空」 「そう……終ノ空に至るんだ……」 「無限が有限につながり……有限が無限につながる……ぐるぐるとまわるウロボロス」 「循環性……永劫回帰……永続性……永遠……円運動……死と再生……破壊と創造……宇宙の根源……無限性……不老不死……完全性……全知全能……」 「ふーん……難しそう……」 「ヨルムンガンドの目覚めは近い! 我々ミズガルズを取り巻き……自らの尾をくわえた巨蛇の目覚め!」 「近いんだ!」 「だから空に還らなければならない!」 「くすくすくす……良かったね」 「間宮くんは君なりの存在理由を認められたんだ」 「なにっ」 「そんな、低俗な概念ではない」 「ふふふふ、そうだね」 「水上由岐……」 「悠木皆守……」 「っ!?」 「そ、その二人が何なんだ!」 「くす」 「いまだに……この二人の名前には反応するんだね……まだ気になるの……」 「な、なんでボクがあの二人の事なんて気にしなければならないんだ……気になる〈訳〉《わけ》が……」 「あの二人……間宮くんとまったく違う生き方をしている……まったく違ったものを見ている」 「それぞれが違ったものを見て……違った事をして……でもそれは同じものでしかない……」 「その三つはバラバラなのに一つのものでしかない……」 「創造、調和……そして破壊……」 「それぞれが、まったく違った性質を持ちながら……それらはまったく同じものでしかない……」 「名指す者……口にする者……そして消し去る者……」 「悠木皆守くん……彼は言っていた……」 「言っていた? な、何を?」 「泣いてる……」 「え?」 「泣いてる赤ん坊の……その声を止める事ができなかった……と」 「そして、出来なかった事が……あるいは人が持つ原罪であり……だからこそそれが善意なんだって……」 「人が生きるという事は……原罪という形の善意なんだって……」 「地獄までの道は善意によって敷き詰められている……」 「だったら地獄までの道は希望で出来てるって……」 「希望……」 「そう、生きるとは希望……」 「でも……」 「もう、間宮くんには必要ないものだね……だって本来なら悠木くんがすべき事を君がやろうとしているんだから……」 「神々の役目は変わる……破壊者が創造者になり……創造者が調和者となる……それぞれの役割は変わっていく……」 「破壊者はもう……破壊する権利を失った……創造者が、すべてを終わらせるんだから……」 「再生の〈後〉《あと》……調和を司るはずだった神は何も出来ない……創造者は、再生者である事を放棄した……」 「自ら作った世界を破壊しようとしている……」 「破壊者が希望を口にして……」 「創造者が絶望を口にする……」 「調停者はとまどい……その場で立ち止まる……」 「立ち止まって……世界の行く末を見つめている……」 「始まってしまった回転……その回転はもう止まらない……」 「人が最後に戸惑うのは……無限と有限……そして回転と停止……」 「うるさい! うるさい! お前のご託など沢山だ!」 「ボクはボクは終ノ空に至る者だ!」 「もう一度言う! ボクは終ノ空に至る者だ!」 「もう一度言う! ボクは終ノ空への予還者だ!」 「もう一度言う! お前の事が大嫌いだ!」 「ボクは、兆しへの予還者、完全な世界に至るものだ」 「……今日は……もう18日……最後の空まであと少し……」 「そうだ……最果ての空……最後の空……世界の限界が近づく……もう少し……もう少しで世界の限界が見えるんだ……」 「20日まで、あと少し……いや、その前には事を終わらせねばならない……空に全てを還さなきゃいけないんだ……すべてを……」 「箱舟に集まる……すべての者を……還さなきゃいけないんだ……」 「もう……最果てはすぐ〈其処〉《そこ》だ……空の限界はすぐ其処だ……境界線……世界の最後……終ノ空はすぐ其処まで来ている……そうだ……ほら」 「ほら……あんなに大きく見えるだろ……あんなに巨大に見えるだろ……」 「っ!?」  なんだあれ……。  空が……変に見える……。  これが……間宮卓司が言う……。 「そうだ限界の先……限界は扉……そう……扉だ……扉の向こうは…海なんだ……ものすごく深い海……」 「ほら、あれが世界の限界……最果ての空……」 「ほんとだ……」 「もう、ここまで終ノ空は来ている……もう世界の果てまであと数㎜なんだ……」 「今すぐでもいい……すぐに飛び出しても構わない……」 「なら……〈何〉《なん》でまだやらないの?」 「……まだやらない……まだやらない……まだやらない……ここですべきことがあるから?」 「っ!」  そうだ……やらなければならない事……ここで俺が……そして間宮卓司が……。  そう……これこそがその答え……。  俺は胸いっぱいに空気を吸い込む……そして叫ぶ。 「間宮卓司!」 「え? この声?? っ……」 「君……いつからそこに……」 「ずっといたさ……さっきからずっと……ここに……別にお前も救世主になって俺の事を忘れたわけじゃないだろ……」 「悠木皆守……」 「ああ、そうだ悠木だ。お前があれだけ恐怖した……悠木皆守様だよ……」 「……ふぅ……なんだそりゃ? 久しぶりに会ったらキャラ変わってるねぇ……もっと落ち着いた感じのDQNかと思った……」 「そうだな……まぁ諸事情があってな……元々がこういうキャラだったの我慢してたんだよ……」 「それで、君がボクに何の用だい?」 「何言ってる、俺にとどめを刺さなかったんだから、お前だって薄々は感じていたのだろう?」 「薄々感じる? 何を?」 「俺に、消し去られる運命をだよ……」 「……っぷ!?」 「何を言い出すやら……消し去る? 救世主のボクを一介のDQNの君が?」 「あははは……そりゃとんだミスキャストじゃないか?」 「ミスキャスト?」 「ああ、そうだよ。そうだよ。だって君はボクが知るかぎり、もっとも低俗でバカで……使える事と言ったら肉体言語だけだろ?」 「ああ、君はバカだから知らないかもしれないけど肉体言語って言うのは暴力の事だからね……」 「こんな認識の極地……終ノ空の下で……なんでボクは君みたいな低俗な人間を相手にしなければならない?」 「今日までボクはここで……白リルル……そして神なる父……黒リルルの化身音無彩名……そういった認識の外なる者……形而上的な存在と出会ってきた……」 「なのになんだい君は?」 「なんで君みたいな形而下な者が……まるで『ニーベルングの指環』に『森の石松』が出てきて突然“寿司食いねぇ”って、言ってるぐらいミスキャストだ……」 「ほう……そうかい、だけど俺は言わなかったっけな?」 「俺とお前の戦いというのはどちらかが消滅するまでの戦いだ……あの程度痛めつけただけで終わると思ったか?」 「まぁ、わりかし……」 「ほう……舐められたもんだな……」 「今の今まで、隠れてたヤツにそんな事言われる筋合いはないと思うけど……」 「隠れてた? バカじゃねぇのか……」  てめぇが俺を消し去ってたんだろうが……。  なんて説明しても無駄だが……。 「まぁ、なんだギリギリまで待っていたと言う事かな? 修行でもしてたの?」 「そうだな……」 「さぁ……最後の舞台にふさわしい演出のつもりかい?」 「ああ……そうだよ……努力だよ」 「努力? 何の努力だい?」 「貴様を消すための……努力さ」 「ボクを消すための努力?」 「ああ、そうだ……救世主様がいらない三大原則だよ……努力、根性、ど根性」 「ホントキャラ違うねぇ……そんな古典的DQNだったっけ君って?」 「まぁ、今まで本気出す事もなかったんでな……地を隠してこれた……だが今回は本気だ。本気でお前を殺しにきた……」 「素朴な疑問なのだが……なぜそこまでして君はボクを消し去ろうとするんだい?」 「くくくく……何故だと? 愚問だろう間宮卓司」 「愚問? それは黒波動に君が犯されているから……そう考えて差し支えないという事なのかな?」 「黒波動? また新しい妄想を手に入れたんだな……前に会った時にはそんな言葉は吐いてなかったが?」 「手に入れた? 君はどれだけ考え無き者なのか……手に入れたのではない。知ったのだ。真実を」 「よくもまぁ、そんなどうでも〈良〉《い》い妄想を次から次へと知っていくんだな……」 「妄想? ふふふ……知性の欠片すらない君には全てが妄想に聞こえるのだろう……」 「妄想か……そうだなちょうど、コペルニクスの地動説が妄想と言われた様にか?」 「分かってるじゃないか……」 「太古の昔から……それこそピロラオスが宇宙の中心に中心火があり、地球や太陽を含めてすべての天体がその周りを公転すると考えたにも関わらず……」 「地上を中心にこの空がまわっていると考えた……なぜか分かるか?」 「なに……」 「答えが先にありきだからだよ……。答えが先にあってそれに現実を合わせてきたからだ……」 「世界の中心が今〈此処〉《ここ》である。これがまず前提……間違っても、我々の世界が、どっか何かの周りを回転する一個の天体だなんて現実は認めてはいけない……」 「答えありき……答えから無理矢理導き出される現実……そりゃ現実は歪むわな……」 「欲しい答えが、現実に合う事なんてどれだけあるんだろうなぁ……」 「でも信じたい……世界の中心が自分であり、すべては自分を中心してまわっている……世界で自分だけが特別な存在……」 「なぁ、間宮……信じたいんだろ? 決められた答え……そして、認めたくないんだろ……この現実を……」 「お前が、世界の中心でも、救世主でも、特別な存在でも、母親が期待した様な人間でもない事を」 「悠木っっ!」  真っ正面の直突き……、  その軌道は完全に見切っている。  特に、ヤツの怒り……そして油断がその軌跡の先を像として結ぶ。  攻撃が見えれば……問題は無い。  後は強く心を持つ事。 「っ?」  相手の顔と真横近くまで交差する。  だが、俺の腕はすでに間宮をつかまえている。  このまま、一気に腰を下げる。  そのまま下に……完全な垂直に……。  次の瞬間。  大きく相手の身体が浮き上がる。 「ぐっ……はぁ」  有効打。  腕が決められた状況で、腕の関節の破壊と共にコンクリートに打ちつけた。 「あ……脱臼?」 「どうだ? 全ての技を知っている救世主様なら、知らない技じゃないだろ?」 「な、なんだ今の……すべての武道を知り尽くしたボクが全く知らない技……」 「知らないなんてねぇよ……忘れてるだけだ……」 「……く……あ……」 「……本気みたいだな……」 「本……気……?」 「ああ……そうだ……」 「お前を消すためだけに生まれてきたと思ってきた……自らを否定し、自らを消し去るための道具として……」 「俺は生み出されたと思っていた」 「な、何を……」 「俺は破壊者……終わらすためだけの存在……秩序ある世界、それを破壊し……新たなる秩序を生み出すための存在……」 「そのためだけに作られた者であったはずだ……」 「?」 「それが怖ろしくなったのか? それを認められなくなったのか?」 「な、何の話だ」 「何の話?」 「バカかお前! 羽咲の話に決まってるだろ!」 「な、なんの話だ?」 「ふっ……こんなになっても……もう最後なのにも関わらず、それでも貴様には聞こえないのか……」 「あいつの名前は……ああ、そうだな……貴様は羽咲を忘れ羽咲を無き者とする事により……あいつの存在を、羽咲を守ろうとした……」 「その事には、ある一定以上の評価をしている……お前がどんなに狂っていても……羽咲の幸せだけは第一義的に考えた事は」 「なんだそれは? 何をお前は言ってるんだ?」 「最後まで届かないんだな……お前にあいつの名は……」 「お前はいつも都合の悪い言葉は歪めるか消し去るかだからな……」 「特に……お前は羽咲に関する認識を出来る限り消去し、大幅に変更して生きてきた……」 「羽咲の存在を……あらゆる手段で消し去り、代行させて、見えない〈振〉《ふ》りをした……それは勇気だよ……お前なりの勇気だったんだろう……」 「な、なんなんだ……お前……さっきから大事な部分だけ言わずに! 言葉を隠すな!」 「隠してきたのはお前だ!」 「でもなぁ、お前が隠した者……羽咲との関わりは、水上由岐でも、お前でもなく、消えていく運命の俺にだけ託されたんだ! 覚えておけ!」 「貴様……気狂いなのか?」 「気狂い? くくくく……何を今更……〈此処〉《ここ》に、この場に、否、この世界に気狂いでないものなどいない!」 「知るがいい……お前が住む世界。お前が知る世界。お前が作り出した世界には気狂いしかいない事を!」 「くっ……」 「っあ……」  受け身すらまともにとれない……かろうじて……頭を大きく回転させて、間宮は衝撃を分散させる事に成功した…。  なかなかしぶとい……。 「がっ……あぁぁ……」 「どうだ? まともに焦点が合わないだろう……」 「が……あぁっ……」 「新しく覚えた技なんて一つもない……貴様が妄想ごっこをしている間に、血の小便を出し尽くすぐらいに練習して、体得した新しい技の境地だ……」 「あ……あぅ……」 「ここが妄想の限界だ……」 「お前の妄想は……ここにある現実によって終わらせられる……」 「お、終わ……る」 「あの時の逆だな……」 「あの時は俺がそこでフェンスにもたれてて……お前が俺を見下していた……」 「それが今じゃ逆だ……血だらけで倒れているのはお前なんだよ……間宮」 「ボクが……倒れてる……」 「そうだよ……ここが終わりだ……」 「ここで終わりにしよう……間宮卓司……」 「……何?」 「ここは終ノ空の下なんだろ……ならいいじゃないか……」 「俺たちの終わりにふさわしいじゃないか……」 「俺たちの? 終わり?」 「ああ……終わりにしよう……ここで……誰かを巻き込む事じゃない……」 「お前のセカイ系ごっこにみんなを付き合わせるな……お前の世界の終わりに付き合うのは俺とあいつでいい……三人で充分だ……」 「ここは、俺とお前にとってだけの、終わりの空だ……」 「ここが終わりの地点なんだ……」 「それで〈良〉《い》いだろ……卓司……」  このナイフ……なぜかいつも手にしていた。  これがなぜいつもポケットに入っていたのか理由を知らない……。  いつから、誰が持ち始めたのか……知らない。  ただ、このナイフで最後は終わらせなければならない……そんな感じがしていた。 「痛みはない……ちゃんと心臓を狙う……」 「もう、お互い、痛い遊びもあきあきだろう……」 「だめ! 絶対にだめ!」 「っ?」  誰かの声……。  この声には聞き覚えがある……この声は……。 「だ、だめだよ……とも兄さん……そんな事しちゃ……」 「……なんでついてきたんだ……」 「あははは……ごめんねぇ……」 「木村……てめぇ……」 「ちっ……鍵のかけ忘れか……鍵を閉めておけばつけられていたとしても入れなかったのにな……」 「だめだよ……とも兄さん……私、私、そんなの許さないんだから……」 「羽咲……」  羽咲には俺が自らの胸にナイフを突き立てている様に見えるだろう……。  事実、俺は今から自らの身を刺そうとしている。 「そんな事するためだったら……ぐるぐる巻きにして閉じ込めておけば良かった……」 「だから……それも一つの手だと言ったハズだ……」 「っ?!」 「悠木!!」  その変化は羽咲には見えない。  だが、ナイフは俺の手から間宮卓司の手に移っていた。  そのナイフは間宮卓司の意志によって握られていた……。  しまった……。  この刃は間宮卓司の物である。  そう認識してしまった……瞬間。 「っ……」 「心臓……ここだよね……心臓って……」 「いやぁぁぁあああああああああああ!」 「いやぁ、とも兄さん!! いやぁぁぁぁあああ!」 「……最後の最後でしくじったな……」 「しくじった? 何言ってるんだよ……これは必然なんだよ……予定調和なんだよ……」  ナイフは間違いなく、肉体そのもの……つまり間宮卓司にも俺にも……そのどちらにも突き立っている。  この感触だと……俺だけではなく間宮卓司すら無事ではないかもしれない……。  それほど、ナイフは深く、この肉体に刺さっていた。 「予定……調和か……」 「なるほど……どうあってもお前にとって……俺は用済みって事なのか……」 「ああ、そうだ……君は〈所詮〉《しょせん》はボクが救世主になるためにあるハードル……」 「超えるべき存在……たしかにボクは君を甘く見ていた……甘く見すぎていた……それを教えてくれた事には感謝しよう……」 「いつ〈何時〉《なんどき》でも救世主は油断すべきではない……相手がどんなに小さな存在に見えたとしても……油断すべきではない……」 「君はそれをボクに教えてくれた……ありがとう」 「……あのさ……羽咲……ごめん……」 「俺はどうやら……約束守れなかったみたいだ……ここで終わりだ……」 「ふぅ……何もしてやれなかったな……羽咲には……なぁ……」 「とも兄さん……」 「そんな事ない……そんな事……だからとも兄さん……」 「こいつにやられるとはな……どうしようもない……」 「どうしようもない……な……」 「これも現実か……」 「なら受け入れるだけか……」 「ああ、受け入れろ……これが現実だ……」 「ボクが救世主であり、世界を空に還す……それが現実なんだよ……」 「そうか……そりゃご苦労な事だな……」 「はぁ……こんな事なら……最後の時間……もっと他に使えば良かったかな……」 「もっと相手してやれば良かったな……」 「はははは……だめな兄だな……俺も……」 「まったく変わらないな……俺も……」 「さてと……お別れだ……間宮卓司……おめでとう……お前の勝ちだ……」 「そして……俺の負けだ……」 「…………っ…………っ………」 「とも兄さん……いかないで……」 「バカ……俺に近づくな……あぶないぞ……」 「この肉体は間宮卓司のものに変わる……俺は消える……」 「とも兄さんが消えるなんてありえないよ! だって」 「そうだな……消えたくないな……」 「もっと羽咲と一緒にいたかった……」 「そうだよ……だからとも兄さんっ。一緒に、一緒に帰ろう。もう家に帰ろうよ……」 「そうだな……それが約束だったな……」 「うん、そうだよ……」 「一緒に、これからずっと一緒に……沢山言葉を……交わし……」 「うん……もっと、もっと沢山の言葉を交わすって……約束した……私、まだまだ全然足りないよ……とも兄さんと話すの……」 「話すの……足りないか……」  そうだな……もっと、もっと話せばよかった……。  くだらないものばかり見て……大切なものが見えなかった……。  消えるから、俺は消えていくから、羽咲との思い出を作らない様にしていた……。  考えてみれば……なんて幼稚な考え方だったんだろうか……。  人はいつか消える……それは別に俺に限った事ではない……。  いつか消えるとしても……大切じゃない思い出なんて無い……。  だから……、 「話……をしよう……」 「うん、わ、私ね。昨夜ね。大きな向日葵見たんだよ」 「夏の夜空に大きなね……黄色い向日葵が……すごく綺麗で、大きくて……」 「向日葵……」  何故か……夜空に伸びる向日葵を俺は見た……。  一瞬だけ……、  あの向日葵……、  いつか何処かで……、 「うん、もう夏なんだね……すっかり夏なんだよ……」 「学校もそろそろ夏休みだし……私、今年はとも兄さんとどっか行けたらいいなぁ……って思って……」 「夏か……」 「うん……ずっと、どこにも行かなかったから……今年の夏はどっか行きたいって……」 「今年の夏はとも兄さんとまた仲良くなれたから……」 「だから、夏休み……一緒にあの村に帰ろうよ……」 「あの村?」 「そうだよ……あの村だよ……兄さんと一緒に過ごした……」 「あの……」  向日葵……。  羽咲と……。  そうだな……。  俺は兄なんだから……。  そういう事……もっとやってやれば良かったな……。  あれ……、  今の……、  あれって……あの風景……、  そうか……あの風景……、  俺も知っていたんだ……、  坂道の途中の向日葵……。 「なんで忘れてたんだろう……そうか……一緒に過ごしたな……」 「うん、夏休み……またあの村に行こうよ……」 「夏……休み……か」 「うん、とも兄さんっ」 「ああ……そうだな……」 「夏……休み……か」  青空と向日葵。  大きな雲が流れていく……、  羽咲は大きな帽子をかぶり……、  そして、俺と歩く……、  ずっと、ずっと……、  二人で……、  あの坂道を……、  登り切るために……、  あの坂の先には……あのきれいな 景色があるから……。  双子の兄が死んでから、どのくらい経つのだろう……。  あれから、私の時はすべて止まっていた。  だから、私はあのぬいぐるみを持っている。  あれ以降の私は影で……このぬいぐるみが私であれば…… それで良いと思っていた。  今の私は無くなって良いと思っていた……。  そんな私をあの二人が救ってくれた。  一人は由岐さん……。  彼女はまた私のところに来てくれた……。  とも兄さんを連れて……私達のもとに戻ってきてくれた……。  水上由岐さん……やさしいお姉さん。  とも兄さんが大好きだった人……、 「あら? 早いのね」 「あ、おはようございます」 「今日はあの子は?」 「朝はとも兄さんでした」 「そう皆守だったんだ……」 「はい、相変わらず冷たいです」 「まったくあの子もねぇ……昔っからそんなところあったけどね……」 「はい、まぁとも兄さんらしいと言えばとも兄さんらしいです」 「ふぅ……あの子……まだ治らないのかしら……」 「あはは……病院では……」 「あの子のは病気なんかじゃないわよ……」 「だから由岐が来てくれた……由岐が皆守を助けるために……」 「マスター……」 「呪い……あれは呪いよ……」 「あの子がPTSDなんかで心神喪失なんてなるわけないじゃない……」 「あれは私の弟子の中でだって一番……」 「強い心を持っていた……あんな事件があったとしたって……羽咲ちゃんを残していくわけがない……逃げたりなんかしない……」 「呪い……ですか……」 「だから……由岐が来た……」 「あの娘なら……皆守と共に戦う事が出来るから……」 「呪いに……ですか……」 「それが死人帰りの里の巫女の呪いであれ……救世主の呪いであれ……二人ならそれに打ち勝つことが出来る……」 「……はい」  呪い。 死人帰りの里の呪い。  沢衣村……特に間宮道場の人間はそう信じている。  お医者さんは、心的外傷後ストレス障害……いわゆるPTSDだと言っている。  あの事件によって起こった心的外傷……。  それが、兄さんが狂ってしまった理由……。  死者の呪いであるか。 心的外傷後ストレス障害か。  私には真相は分からない……。  けど私が思う事は一つ……。 「とも兄さん……戻ってきてくれますよね」 「当たり前よ……んじゃなきゃ、私は神様とかいうヤツに会ったらたぶんぶん殴っちゃうわ」 「あははは……はい」  神様……、  世界を六日間で作りあげた神。  最後の日は休息……。  なぜ、神はその一日でこの世界にある苦悩を取り去らなかったんだろう……。  なぜ、神は兄に過酷な運命を与えたのだろう……。  とも兄さんがいなくなってからどのくらい経つんだろう……。  最後に会ったのが一昨日か……。  あの時、もっとわがままを言えば良かったのかも……。  だってまた会えなくなるかもしれなかったんだから……。 「ふぅ……」  私は北校にまた来ている。  もしかしたらとも兄さんと会えるかもしれないとか思って……、  でも学校で見る兄さんは……卓司兄さんだったり私の知らない由岐さんだったり……、  同じ姿をしているのに別人……。  人間は慣れすぎる生き物だって聞いた事がある……。  悪い事も良い事も、それが続いていけば、日常となれば……当たり前の事となってしまう。  だからだろう……私は何の保証もなく…… このまま、またずっといられる様な気になっていた。 「あははは……そんな保証なんて何処にもないのに……」  これからもずっと……とか思ってた。 「部外者だからあんまり……出入りするなって言われてるんだよね……」 「だったら入ってみようかなぁ……」  とも兄さんがダメだって言った事をやったら…とも兄さんと会えるんじゃないか……、  とかバカな事を考えてしまう。  今日は、由岐さんコンビニでお弁当買ったから、何も届け物もないんだよなぁ……。 「用事無し……どうしたもんだろう」  私はうさぎを抱きしめる。 抱きしめられたうさぎは力なく首をかしげる……。  兄さんにもらった時には、私の身長よりも大きかったうさぎのぬいぐるみもすっかり小さくなってしまった。  だから……なんだかこのうさぎだけが小さかったあの頃の時間を生きている気がしてならない……。  私は、この人形が見ている夢……あの頃の私が見ている夢……そんな感じがしてしまう。  それが、一種妄想である事ぐらい、バカな私でも分かる。  でも……理解と感覚は必ずしも一致なんてしない……。  うさぎは首をかしげたまま……まるで私に何か尋ねているみたい……。  でも、その声を私は聞く事は出来ない……。  この子は、いつでも私の話を聞いてくれたのに……、 「っ!?」  なんだ……何か気配がした…… というか……小さな音……。  ほとんど聞こえない音……音というよりは空気が動く様な感覚……。 「っ」 「へ?」 「誰ですか……あなたは……」 「あ、いや……そのなんと言いますか……」 「大きなカメラですね」 「あ、いや……その風景カメラマンでね……」 「そうですか……」 「えっと……んじゃこれで……」 「っ……」 「へ?」 「ぎゃああああっっ」 「写真撮ってましたよね……」 「痛い痛いっっ。き、君まで武術使うのかよっっ。どんな兄妹だよっっ」 「君まで? それってどういう事ですか?」 「痛痛っっ。ほ、骨がぁああ」 「あなた……もしかしてとも兄さんまで?」 「とも兄さん?」 「あ、いや……卓司兄さんです」 「あ、あはは……なんで君の兄さんの写真を撮ってたとか思うの?  ぎゃぁあああああ痛い痛いっ」 「あのですね……兄妹とか口を滑らせておいて、逃れられる言い訳だとは思いませんが……」 「ひ、ひぃ……ごめん、あの……でもその技ゆるめてくれないかな?」 「嫌です……兄さんを嗅ぎ回っているのですよね……そんな人……腕の一本でも壊しておかないと恐いです」 「ちょ、そんな事言う君の方が恐いわっっ」 「なぜ、あなたは兄さんを?」 「いや……あのね……ボクは風景写真家でね…… ぎぁわわわわ痛い痛いっっ」 「あと数㎝分……体重をかけてたら、自分の腕がどうなるか分かりますよね」 「き、君……可愛い顔して恐ろしいね……さすがに卓司くんの妹さんだ……」 「無駄口はいいです……兄さんの事を嗅ぎ回っている理由を教えてください」 「あ、あのねっ。最初は、若者の麻薬汚染を取材していたんだけど……」 「麻薬汚染?」 「うん、今じゃ大学生が気軽に大麻とか栽培してるじゃない……それでね。クライアントからそういう取材まとめてくれないかってね」 「なぜ……兄さんが?」 「いやさ……この辺りじゃ有名みたいだよ。この界隈で取材してたら何度も名前出てきてたよ」 「だから……なんでそこで兄さんの名が?」 「君の兄さんは麻薬をカツアゲしてるって言うんで……なんでも本職にまで目をつけられてるって言うじゃない?」 「まぁ、本職つっても麻薬はや○ざの大きな組織でも一応御法度じゃない? そういう部分ではチンピラレベルに狙われてるって感じだけど……」 「兄さんは何をやったんですか?」 「いや……さっき言った通りに、麻薬ユーザーから麻薬をカツアゲするんだってさ」 「え? なら兄さんが麻薬を?」 「あはは……ボクも最初そうだと思ってたんだよ……凄い量カツアゲしていくから、どんな常習者だよってね……」 「でもそのウチ気が付いたんだよ……これって個人で使用出来る量じゃないなぁ……もしかして売買でもしてるのかなぁって……」 「そこから、君の兄さんをずっとつけ回してたんだよ。カツアゲした麻薬を売買してるなんて、センセーショナルな記事になるからさぁ」 「それで……兄さんは?」 「それが、もくろみは大はずれ……売買するどころか、彼ってば、カツアゲした麻薬をかたっぱしから捨ててたよ」 「そうなんだ……」 「うん……なんであんな事するんだろうねぇ……リスクが多いばかりで馬鹿馬鹿しい事だと思うけどさ」 「……」 「それで……いろいろ調べてたんだよ……間宮卓司の過去に関わる事を……」 「そしたら……面白い事が沢山出てきた……白蓮華協会……お母さんそこに所属してたよね……」 「はぁ、そこまで調べていたんですか……」 「うん……昔の記事を調べてたらね、白蓮華協会教祖の女関係って記事で君らのお母さんの名前が出てね……」 「一応……骨、抜いておきます……」 「ま、まってっっ。って言うか、なんで君ら兄妹は二人とも同じ反応なのよっっ。暴力反対! ダメ!」 「私達兄妹は……自分たちで自分たちの事を守らなきゃいけなかったからです……だから災いは消し去っていきます……」 「いやいや……待ってよお嬢ちゃん……世の中ってそんな簡単なものじゃないと思うんだけど……」 「何がですか?」 「いや、だからねぇ。君の言い方だと、世の中にはさ、自分の害を及ぼす悪意のある人間か、善意があって接しているか、みたいな感じじゃない?」 「そこまで極端じゃないですけど……」 「いやいや、落ち着いてよ……たしかにボクはこんなカメラ持ってあやしいけどさ……でも必ずしも災いをもたらす者かな? 必ず敵なのかな?」 「味方とは思えません……」 「ぎゃわぁ……ち、違うっ。世の中にはねぇ。敵と味方なんて簡単なもんじゃないんだよぉ」 「何が言いたいのですか?」 「今、この学校ではおかしな事ばかり起こっている……君のお兄さんを中心にして……」 「え? 学校で?」 「ああ……そうだ。君は知らないのかい? ここ数日でこの学校の生徒が二人も死んでいる……」 「二人……死んでる?」 「うん、そう……この短期間で二人も死者を出している……」 「一人は城山翼……北校の三年生男子生徒。取材中に何度か街で薬物売買の現場で見かけた……夜遊びも好きみたいで、クラブなんかに入り浸っていたなぁ……」 「その方がどうかなされたのですか?」 「その彼がねぇ。死んだんだよ。ちょうど五日前かな? たぶん麻薬中の事故だと思うけどね。なんでも屋上で懸垂してて落ちたらしいからね」 「もう一人は?」 「高島ざくろ」 「え? た、高島ざくろさんってあの……」 「そう、君の兄さんとは面識があったみたいだね……何度か一緒にいるところを確認させていただいたよ」 「高島さんは何故? 事故ですか?」 「いいや違うよ。君はニュースとか見ていないんだ?」 「テレビとかはあまり……」 「結構センセーショナルな事件だったからテレビとかでもやってるよ……他の学校の生徒と一緒に杉ノ宮駅近くの高層マンションから飛び降りたらしい……」 「他の学校の生徒? それは自殺という事ですか?」 「さぁねぇ、まだ正式発表はされてないけど、十中八九は自殺だろうねぇ……テレビではネットの自殺志願者サイトじゃないかって言われてるけど……」 「自殺志願者サイト?」 「あ、いや、彼女達、それまでほとんど面識が無かったからね。そういうものじゃないかって憶測だよ」 「ボクが調べた限りでは、彼女たちがどこかしらの自殺志願者サイトで書き込みしてた形跡は無いけどね」 「たぶん……自殺志願とかそういうものでは無いと思うけど……ボクは……」 「なら、あなたはどう考えてるんですか?」 「ボクだけじゃないんだけどね……一部のネット住民などは感づいてるよ……高島さん達の死が単なる自殺志願者の集まりでは無い事を……」 「一部のネット住民?」 「ああ……それでも確証を持つ事は出来ないみたいだけど……いろいろとスネークしている連中は多いよ」 「スネーク?」 「ああ、暇なネット住民が今回の事件に関して、調べているって事だよ……」 「でも、スネークしている連中が行き詰まっている。とある部分で調べきれずにいる……」 「とある部分って何ですか?」 「一つのサイトをめぐって憶測が飛び交っている……」 「いわゆる学校の裏掲示板ってヤツだよ」 「裏掲示板?」 「うん……まぁ、学校非公認のネット掲示板ってぐらいの意味なんだけどね……」 「話題になっている北校の裏掲示板が会員制なんで気軽に見れないんだよ」 「あの……インターネットの事良く分からないので、意味が分からないのですが……」 「掲示板そのものが、管理者の認証を必要としててね……この管理人がなかなかガードが堅いみたいなんだよねぇ」 「まず、部外者がこのサイトを覗くのが一苦労、さらに入った後も、管理人の厳重な監視下に置かれてるから不穏な動きを見せれば速アク禁……」 「実際、巨大掲示板の住人が、内部のスレを覗いた人間がコピペしたり魚拓とったりしてはいるんだけど……」 「あ、あの……専門用語が良く分からないのですが……」 「あ、ごめん。専門用語って言うよりはネット用語なんだけどね……とりあえず、一部ネットでは盛り上がってる……なんかこれは大事件に発展するんじゃないか……ってね」 「大事件に発展……ですか……」 「うん、北校の城山翼の死……そして高島ざくろ、海老須川校の築川宇佐美、聖ノ川女子瑞緒亜由美の三人の死、これははじまりに過ぎないんじゃないかってね……」 「はじまり……それで……」 「その中心には間違いなく君の兄さんがいるハズだ……」 「……」 「今年の夏、君は一つの予言を知っているんじゃないか?」 「……」 「世界の最後の日が訪れる……すべてが空に還る日……」 「なんでもマヤの遺跡に刻まれていた日付が2012年頃にあたるらしいね……まぁあれは12月らしいけど」 「だけど今年の7月20日と予言した者も何人かいた……」 「その一人が、新興宗教白蓮華協会の教祖」 「でも、その教祖は自らの予言は覆しました……なんでも自分の奇跡でこの災いを回避したと……」 「くくく……よく知ってるねぇ……白蓮華協会の教祖は事実上予言を撤回している……今から七年ほど前の話だけどね……」 「でも、その予言を根強く信じている人もいる……」 「……何が言いたいんですか?」 「君のお母さん……いや、元お母さんか? 離婚してたんだっけ? 旧姓はたしか佐奈実さん」 「……母は離婚してません! 父と死別です! まだ間宮琴美です!」 「あ、そうなんだ……」 「でも……お母さんはいまだに信じている……ネットでもう一つ話題になっているサイトがあるんだよ」 「……母が作ったサイトですね……」 「そう、Web Bot Projectによる予言……そこではいまだに世界の終わりは2012年7月20日とされている」 「白蓮華協会はすでに否定しているのに、いまだに彼女は世界の終わりを信じている」 「ふぅ……良く調べてますねぇっ」 「痛っ痛いっっ」 「ちょ、待ってよ。今ボクを叩きのめしても、いつか誰かがその真実を突き止める」 「もうネットの住民とかだけじゃなくて、ボクみたいなジャーナリストだって動いてる……」 「警察だって、次に何かあったら間違いなく動きはじめるはずだ」 「Web Bot Projectによる予言サイトを運営しているのが、元白蓮華協会教祖の愛人!」 「そしてその子供、間宮卓司が今回の事件の中心人物である可能性が高いんだからっ」 「げふっ……」 「え?」 「……ったく、マスコミって本当に下品極まりないわねぇ……」 「マスター……」 「大丈夫よ……殺してないわよ。ただ少し眠ってもらっただけ……、こんな場所で話してるのもなんだから、ウチの店つれていきましょう」 「は、はぁ……」  マスターは自称ジャーナリストという人をおぶるとそのまま運びはじめた……。 「んで……何この子?」 「ジャーナリストらしいです」 「ジャーナリストねぇ……さてと……どうするかしら?」 「マスターとかとも兄さんにセクハラばかりするから……代わりにこの人で欲求不満をはらすとか……」 「え? ええ? ちょ? 何それ?」 「そのままの意味です」  気絶していたジャーナリストをマスターは店につくなり蘇生させる……本当に自由自在なんだな……この人……。 「うーん……あんまりタイプじゃないけど…… ただ私童貞キラーだから少しそそるかも……」 「あ、いや……ボク童貞じゃないです……一応……玄人としかやってないですけど……」 「あははは……何言ってるのよぉ」 「あはは、そ、そうですよねぇ」 「私はおしりの処女膜の事言ってるのよ……ノンケの筆おろしが好きなのよ」 「ちょ、ま、まってくださいっっ。ぼくお店で指とか入れてもらった事あるんで処女ではっっ」 「あははは、女子の指なんか入れられたって処女よ。おしりにナニを入れてはじめて成立するんだからー」 「ひ、ひぃぃぃいいいっっ」 「あ、あの……す、少し下品すぎだと思います」 「あらごめんなさいねぇ…… んで? 木村さんは聞屋なのねぇ」 「え? な、何で名前を?」 「名前どころか住所、電話番号も知ってるわよ。あんたの持ち物全部調べたんだから」 「そ、そんなぁ……」 「……どうでもいいけど、なんでこんな大きなカメラ持ってるのよ……目立ちすぎでしょうが……」 「あ、それダメです。修理から帰ってきたばかりなんですっ」 「ふーん……それでさっきの話だけど」 「さっきの話といいますと?」 「北校で起きている事件がいろいろな場所で騒がれはじめてるって話よ」 「そりゃまぁ、あれだけいろいろ起きたら」 「いろいろねぇ……」 「何か、兄さんの知り合いが二人も亡くなったって……」 「それと……お母さんのサイト……」 「お母さんのって……あんなの全然更新されてないんじゃないの?」 「うん、お母さんはあの日からずっとパソコンの前に座っているだけ……更新自体はされていないハズだけど……」 「それっていつから? たしかにネットで噂になってるのはあのサイトはもうかなり昔から更新されてないって」 「なんでそれが噂になるのよ」 「なんでも、自動で動いているみたいだって……そしてちゃんと予言を当ててるって……」 「そうなの?」 「いや……そうなのかなぁ、あれって……たしかにプログラムらしいけど……」 「え? やっぱりプログラムで当ててるの?」 「当ててるって言うか……」 「あれってプログラムがあの予言を書いてるんでしょ?」 「あ、いや……なんか由岐さんの話によると、インターネット上で大騒ぎになった言葉を、後からシレっと予言として書き込んでるって……」 「へ? それってどういう事?」 「後出しで予言を書き込んでるらしいですよ」 「全然ダメじゃんっ」 「今はベータ版とか言うやつらしくて……インターネットで“話題の言葉”をとりあえず予言として書き込む段階らしいです」 「それ全然予言じゃないしっ」 「えっと……話によると……インターネットで騒がれたから、予言を書き込む時間をどんどん短縮させていって……最終的には騒がれる前に書き込める様になれるって言ってました……」 「なれるわけないじゃんっ」 「そうなんですか……でも、最初は数日かかってましたけど、今は数秒で予言を書き込むらしいですよ」 「だから、あともう少しで未来を越えるって言ってました」 「越えないし……」 「それなりにすごいシステムなんじゃないの?」 「はい、由岐さんが暇つぶしにどんどんいじってましたから……だから、あと少しで未来を越えるらしいです」 「だからね……そういう問題じゃないから……」 「Web Bot Projectってネットで調べたけど、もっと凄いもののハズだよ」 「ああ、なんか由岐さん言ってました」 「Web Bot Projectなんてオカルトだって、んな事可能なわけがない」 「技術の問題では無く、それは絶対に不可能な理論……間違った理論……つまりオカルトだって……」 「ふぅ……あの娘らしいわねぇ……」 「そういうのをバカにしてるくせに、おもしろ半分で触ったりして……」 「んじゃ……今回の事件って由岐が原因の一端作ってるじゃないの……」 「あはは……そうなりますね……今から消した方がいいのかなぁ……」 「いや、それは消さない方が良いと思うよ……消されたら“予言は当たっていた”って事実だけが残る」 「後出しの予言ならインチキがバレるのも時間の問題だから……」 「なるほどね……たしかに今あれを消してしまったら、インチキである事自体の証明が出来なくなる……」 「ネット世論は……問題になっている事例の真偽に対して、一度決定的な証拠さえ出れば簡単に定着するんですけど……」 「逆に、確証が持てない様な事例は、水掛け論になる……」 「もちろん、ネットでは大半の人間がおもしろ半分ですし、予言なんて信じてはいないんですけどね……」 「ただ、ここ数日は例のWeb Bot Projectがまったく動いて無いんで……」 「むしろ……Web Bot Projectから派生した噂が、ネットを駆けめぐってるわけですから……もしそのシステムが“話題の言葉”を予言として書き込むというのなら……」 「新しい予言を書き加える必要が無い……」 「他の何か話題性がある事件でも起きれば、また違うのかもしれないんだけど……」 「それはそれとして……オカルトって何ですか? 実はあまり良く分からないのですけど……」 「それはね……」 「え? そ、そんなぁ、で、でも……」 「何、おっさんめちゃくちゃ教えてるんだ……オカルト教えて、女の子がそんな真っ赤になるわけないでしょっっ」 「何よ、何でめちゃくちゃだって分かるのよぉ……それともあんた口をめちゃくちゃにしてやろうかしら……」 「あ、いや、嘘です。あははは」 「どっちにしろ、今はまだ予言は出来ない状態だって由岐さん言ってました」 「しかし……一応バレてないのはすごいね……数秒で予言を書き込むって眉唾な感じするけどね……」 「ふーん、それはそれとして、ネット中ではここ最近の北校関連の事件はどんな噂になってるの?」 「Web Bot Projectが今年の7月20日を惨事のピークとしてて……その災いから逃れるために北校の少女達が自殺したって……」 「逃れるために自殺されたのですか?」 「どっちにしろ死ぬんだったら、自殺する事ないんじゃないの?」 「さぁ……その辺りの事は……ただその少女達が7月20日の世界滅亡に言及してたって」 「そうなんですか……あの人が……」 「その自殺した女の子って……羽咲ちゃん知ってるの?」 「あ、いいえ……知っているってほどじゃないですけど……一度とも兄さんと由岐さんと会っているのを……」 「……何度か出てるけど、そのとも兄さんって誰?」 「うるさいわねぇ……あんたに質問する権利なんてないのよ……」 「君の兄さんって卓司くんだけじゃ……」 「……兄さんは別に卓司兄さんだけじゃないです……」 「それって……どういう事?」 「うるさいって……」 「ぎゃっ」 「それで、インターネットでは兄さん自身とかも話題になってるんでしょうか?」 「うーん……名前までは出てないけど……北校でなにやら大変な事が起きているという噂にはなってる……」 「とある男子生徒を中心として……という認識かなぁ……どっちにしてもボクも含めて、噂の震源地の北校の裏掲示板を見る事が出来ないからねぇ……」 「それが……卓司兄さん……」 「……」 「どのくらいで身元がわれる?」 「さぁ……、ただボクが気が付いたぐらいだから、いつか誰か勘の良いヤツは気が付くと思う……」 「聞いた話だと、ネットの世界って名前が分かったりしただけで住所なんかも特定するって……」 「まぁ、そうなるのかなぁ? 必ずとは言えないけど、でも住所や電話番号がネット世界でさらされる可能性はあると思うけど……」 「今は大丈夫なの?」 「現状は……大丈夫って言うよりも、あまり騒がないで情報を調べてる段階だから……いろいろな事が分かり次第、〈電凸〉《でんとつ》とかはじまるかもしれないですね」 「でんとつ? 電線の煙突か何かでしょうか?」 「あ、ネット用語でね。電話突撃の略。企業とか学校とかに電話かけたりするんだよ」 「何のためですか?」 「まぁ、一応は電話突撃取材って言われるぐらいだから問い合わせだったりするんだけど、単純に嫌がらせと考えた方がいいかな?」 「無言電話が沢山きたりするとか?」 「ああ、そういう古典的な嫌がらせとはちょっと違うんですよね。取材中の言葉を録音したりしてネットにあげたりするんです」 「はぁ……暇人ねぇ」 「まぁ、暇つぶしですからなぁ」 「暇つぶしでそんな嫌がらせするなんて……この国もどうしようもない人間ばかりになったものねぇ……」 「まぁ、〈公憤〉《こうふん》とか〈義憤〉《ぎふん》とも言えますけどねぇ……」 「でもウチ電話無いですよ。ネット配線だけなハズですけど……」 「電凸は基本的に自宅より学校とかにやるんじゃないかなぁ……」 「なら、今すぐ出来るんじゃ? 北校である事は分かってるんでしょ?」 「だから今は、様子見なんですよ。スネーク中って言うんですけど、いろいろ調べてるはずです」 「なら、間宮の家の場所がわれるのも時間の問題ってわけね……」 「でしょうねぇ……」 「なるほど…… なら羽咲ちゃん」 「はい」 「今日から、ここ泊まりだから」 「へ? で、でも」 「必要なものを書き出しなさい」 「それが良いかもしれないねぇ……これからあの家の周りは少し騒がしくなるかもしれない……」 「そうそう、んでこの木村ってヤツに持って来させなさい」 「ボクですか?」 「そうねぇ。このカメラの命が惜しくなかったら……いいけど?」 「それボクの戦う正義のニ○ンデジイチD3っっ」 「あらこのカメラ戦うんだ? なら試割で使ってみるのも良いかも」 「ちょ、そんな、それボクの魂なんスよ心なんスよ」 「ならその心……私が打ち抜いてあげるわ……この10cmの爆弾と呼ばれた拳で……」 「そんなあんたどこの傭兵ボクサーですか?」 「洋平はボクさー?」 「あ、いや、今のはおっさんしか分からないギャグでね……今の一連のギャグのどこが面白いかと言うと……」 「おっさんじゃないっお姉さんだっっ」 「ぐぎゃっ」 「そ、そこなんですか?」 「あと、最後のも成原博士のパロディね」 「ま、マニア……すね……がくり……」 「ひぃ……た、ただいまでございます……」 「時間かかりすぎよ……」 「引っ越しかよってレベルの荷物じゃないスか」 「女の子が泊まるんだから、当たり前でしょうが……」 「女の子が泊まるのに、なんでタンスごと必要になるんですかっっ」 「当たり前でしょっっ。女の子の下着とかあんたみたいな男に触らせられないでしょっ」 「うはぁ……それでタンスごとなんだぁー」 「当たり前だっ」 「あはは……すみません……」 「んじゃ、上の部屋空いてるから」 「空いてないじゃないですか、マスターの部屋しかありません」 「だからその部屋で寝泊まりしなさいよ」 「マスターは?」 「愛人とこでも泊まるわよ」 「あはは……なんか愛人とかリアルすぎてキモイですね」 「ぐぎゃっ」 「あの、マスター……もし良かったら、お店で寝泊まりしたいんですけど……」 「ちょ、それダメよ。女の子こんな場所じゃ寝かせられないわよ」 「そうですか? 奥のソファーなら私は充分寝れます」 「何言ってるのよ……疲れとれないでしょ」 「そんな事ありませんよ。あれぐらいの大きさなら寝ててまったく気が付きません……それに」 「それに?」 「もし、とも兄さんか、前の由岐さんが来た時……私が最初に会いたいから……」 「羽咲ちゃん……」 「本当は、あのまま間宮の家に居たいんですけど……でも正直、あんな由岐さんをずっと見ているのはつらい……」 「だからですね……実は、ここに泊めていただけるってマスターに聞いた時は正直、助かったと思いました……」 「なによ……ならそう最初っから言ってくれれば」 「ごめんなさい……でもさすがにわがままかなぁ……っておもって……」 「バカ……」 「あ……」  マスターは、私を優しく抱きしめてくれる……。 「あんたはあの子が命がけで守った〈娘〉《こ》なんだから……私の子なんだよ……」 「皆守だってそう……今だって、あの子が守ってくれている……私はそう信じてる……」 「医者は絶対違うと言うと思う……たぶん大半の人達だって違うって言う……」 「でもね……私は信じてる。あの時、羽咲ちゃんを守ったあの子は……今でも皆守の事を守っているって……」 「すべての呪縛……すべての亡霊から……」 「……はい」  私はマスターに抱きつく……。  父が死に……母があんな事になり……それからずっと、父親として母親として私達兄妹を見守ってくれたのは、水上マスターだ……。  これは甘えだ……。  でも、私は……マスターの胸の中で泣いた。 なんだかわからず……ただ泣いていた。  まぶたが開いてるのか、閉じているのか分からない…… 光が無い世界……。  …… 光が無いわけじゃない……。  次第に焦点が合ってくると……微妙な明るさの中にいる事が分かる。 「……これ……いつもと…違う天井」 「あ……」  私は飛び起きてまわりを確認する。  あ……そうか……これで〈良〉《い》いんだ……。  昨日から店に泊まってるんだもんね……。 「今何時だろう……」  いつもなら、日差しの加減で時間なんてだいたい分かるけど……これだけ暗いと全然分からない。  店の時計を確認する。時間は午前9時少しすぎ……。  Barの店内は朝でもほとんど日が入らずに薄暗い。  何でもマスターの話だと、ギャングが来ても大丈夫な様に壁も扉も厚いらしい……、  昔、ギャング同士が集まるBarは、その襲撃に備えて店に似つかわしくないほど重い扉と壁……で作られていた。  もちろん外国の話らしいけど……、  そう言った意味でも……Barは自宅に比べればたしかに安全な場所……、  鍵をかければ、まず誰も侵入して来れないし……外から中の様子を窺う事も出来ない。 「ふぅ……」 「あれ?」  今、入り口から音がした様な……ノック?  こんな時間からお客さんなんて事は無いと思うけど……、 「起きたー?」 「……あ」  私は大きなドアの前に立つ。  私は少し大きな声で答える。 「木村さんですか?」 「うん、木村、鬼の木村、ジャーナリストオブザイヤー木村」 「なんですかそれ……」 「あれからいろいろ動きあったよ。新重大情報もつかんだんだよ」 「あの後も調べてたんですか?」 「うん、全然寝てないんだよ! すごいでしょ! 入れてよ!」  どうしようかなぁ……マスターが来るまで誰も入れるな、って言われてるんだけど……。 「まぁ、いいか……」 「おはよう羽咲ちゃん」 「元気ですね……」 「寝てないからねっ」 「あ、お酒頂戴よ。ウィスキー!」 「まだ、営業時間じゃないのに……」  仕方なしに私はカウンターに立つ。いつも裏側の厨房にしか居ないんだけど……。 「ご飯は食べたのですか?」 「食べてない! っていうか羽咲ちゃん料理出来るの?」 「まぁ、お店の手伝い程度でしかやった事ありませんが……」 「わぁい」 「何にします? これがメニューです」 「えっと……セロリの浅漬けと、ペンネアラビアータと、マルガリータピザと……」 「えっと、セロリの浅漬けは切らしてます。まだ仕入れにいっていないので……」 「ならウィスキー、アドーヴィックのね…… えっと1000年!」 「そんなウィスキーありません……」 「なら10年でいいや」 「ぷはぁ、羽咲ちゃん料理うまいねっ。すごくおいしいよ」 「ありがとうございます」 「あと、お酒おかわり。ぐれんふぁーくらす一億年!」 「大丈夫ですか? 真っ赤ですよ」 「君に恋してるのかなぁ?」 「……はぁ」 「あはははは、何、ボクの言葉にドキドキした? 大人の〈魅力〉《みりき》に酔いしれたかなぁ?」 「酔ってるのは木村さんだと思いますが……あの、後ろ」 「後ろ?」 「なんで木村なんか入れてるのよ……」 「なんか、いろいろと新情報調べたからって言われたから……」 「そんなのに釣られないでよ……まったく不用心ねぇ……」 「えっと……」 「何やってるんですか? ごそごそと……」 「え? 財布からお金抜いてるのよ。その後、外に捨てて置かなきゃいけないから……」 「そんなぼったくりBarみたいな事ダメですっっ」 「それで? 木村の新重大情報って?」 「すごいですよ。ボクの事を本物のジャーナリストだって見直しますよぉ」 「ああ、そんなもんなくても……あなたは典型的なマスコミよ……大丈夫……真のジャーナリストだから……悪い意味で……」 「真のジャーナリスト、そうですよねぇ。マスターもそう思いますよね?」 「ああ、分かったから、その新情報って?」 「えっとですね……昨日ネットに張り付いてたら、杉ノ宮駅周辺で何かあるらしいって書き込みがあったんで杉ノ宮に行ったんですよ」 「それで?」 「杉ノ宮だったら、例の飛び降りがあったマンションじゃないかって、張ってたんですけど……二人の女子が来たんですよ」 「ふーん、んで?」 「何か拾って帰ったんですよっっ」 「……それのどこが新情報なのよ」 「まずですね……その女の子二人が、北校の生徒だったんですよ」 「だから……それのどこが重大情報なのよ……」 「その二人……赤坂めぐと北見聡子って娘なんですよ」 「んで?」 「この二人って、自殺した高島ざくろをいじめていた学生なんです」 「何の確証があって言ってるの?」 「えっとですね。実は元々ボクは、麻薬汚染の取材してたんですよ。その過程で数人の北校の学生の名前が出てきたんです」 「この二人の女子生徒は関係者として何度も名前が出てきたので、前から調べていたんです」 「以前に、いじめが原因と思われる事故が、北校C棟であった事も突き止めています」 「ふーん……それがどういう意味があるの?」 「すごい!」 「何が……」 「ここまで調べ上げたボク、すごいっっ」 「すごく無いわよ……何も分からないじゃないの」 「何言ってるんですか! 謎は一気になんか解けませんよ! 徐々に解けていくものです!」 「なら、全部解いてから言いなさいよ……途中経過なんていらないわよ……」 「そ、そんなぁ! ここまで情報集めるのだって大変なんですよ」 「それがあんたの仕事でしょうが……」 「仕事だとしても、全然寝てないんですよ! 残業で言えば24時間働いてる計算ですっ」 「寝てない自慢とか……どれだけウザイのあんた……モテないでしょ?」 「何故そうなるっっ」 「寝てない自慢はウザイって有名な話よ。女の子にモテる子ならそんなこと言わないわよ」 「ボクは例外ですっっ」 「……どんな例外だよ……」 「木村さんは、彼女さんいるんですか?」 「あはは……羽咲ちゃんとボクは付き合うために今まで素人童貞だったんだよ」 「痛いです……」 「あんた、たぶん30過ぎても素人童貞よ……」 「なんで! ボクみたいな仕事が出来て、優しくて、ユーモアもある完璧な男が!」 「なら、なんでその歳まで素人童貞なのよ……」 「それはもう、羽咲ちゃん……君に出会うこの時を待っていたんだよ」 「風俗に行く人間が言うな……」 「あの……マスター、いちいち殴るの止めません……ユーモアなんですから……」 「ユーモアって顔じゃないでしょ……」 「ひどい……」 「羽咲ちゃんはどう思う?」 「な、何がですか?」 「ボクの事、ボクのユーモアっ」 「はぁ……大変だなぁ……と」 「え? 何が?」 「あ、いや……そんないつもユーモアを連発されててさぞお疲れになるんじゃないかなぁ……って」 「そう? そうだよねぇ。ボクって人に気を遣ってどんどん疲れていくタイプだからさぁ、 あはははは」 「た、大変ですね……」 「そんなボクをどう思う? もちろん異性としてだよ」 「はぁ……大変な人だなぁ……と」 「いや、ボクが大変なのは良く分かってるんだよ。ボクはいつでも大変さ!」 「……あんた大変の意味取り違えてるでしょうが……」 「大変って凄いって意味でしょ? それよりボクの事どう思う? 好きとかない?」 「好きってほど知り合ってないですし……」 「ならこれから知り合っていく感じかな?」 「だめよ……この羽咲ちゃんには好きな人がいるんだから……」 「え?」 「え? マジで? そいつ誰?」 「それはねぇ」 「わ、わ、わわわっっ! そうだ! 今日の買い出し行って下さいマスターっっ」 「えー、そんなの夕方からで良いわよ」 「えっと、その、木村さんっ」 「え? 何?」 「もう閉店ですっっ! 帰ってくださいっっ」 「まだ開店もしてないし……」 「はいはい! 外に出て行ってくださいっっ」 「わ、わわ、わわわ……」 「マスターっっ」 「あはは、ごめんごめん」 「もう、変な事言わないでくださいっ」 「あら、単なる冗談じゃない。それともマジでそういう人いるの?」 「そ、そんな事……ありません」 「もう、わ、私っ買い出しに行ってきますっっ」 「え? まだ……お店……」 「行ってきますっっ」 「はぁ、はぁ、はぁ……」  もう朝からなんでこんな事になってるんだろう……。 「ふぅ……」  時計を見てみる……時間は11時前ぐらい……。  買い出しに行ってくるって……考えてみれば、買い出しするお店って12時からだった……。 「どうしよう……」  とっさにお店のお財布持ってきちゃったし……お買い物しないで帰ったら……何かバカみたい。 「ふぅ……」  仕方がないな……、  ここ数日、見に行って無いし……様子見ておいた方がいいよね……。  白蓮華アパート……。  ここにあまり来たいとは思わない。  親族からは、あまり近寄らない方が良いとさえ言われている……。  でも、私は数日に一回はこのアパートに来る様にしている……。  私を捨てた人…… 私の存在を否定した人……。  このアパートにはそんな人がいる。  だから……私はその人を捨てない……。  もちろんそれは、家族愛でも博愛からのものでも無い……。  私を捨てた人……、  その人が無力になり、そして私がその人を捨てたら……それは同じ人間でしかない……、  私はその人が嫌いだ…… でも私にはその人の血が流れている……、  だから私は、その人と同じ行動は取りたくなかった。  私は彼女を捨てない…… 彼女が私を捨てたけど……私は捨てない。  だって……。 「とも兄さんが……そうだったから……」  とも兄さんはお母さんをもっとも憎んでいた……。  私を守るために……、  でもそのとも兄さんも……最後はお母さんを憎みきれなかった。  捨て去る事が出来なかった……。  だから……あんな事になってしまった……。  そして今だって……、 「ははは……とも兄さんは卑怯だ……」 「あれだけあんな女斬り捨てろ……って言ってたのに、それなのに最後はお母さんを捨てる事が出来なかった……」 「とも兄さんがそんなんじゃ……私だって同じだよ……」 「とも兄さん……」 「んで? とも兄さんって誰なの?」 「って? ひゃぁっっ」 「羽咲ちゃんが好きな相手って、そのとも兄さんって人なの? なに幼馴染みのお兄さんみたいな感じかな?」 「それって、羽咲ちゃん、ちょっと大人なお兄さんに憧れちゃったって事だよね?」 「何でこんなところにいるんですか!?」 「心配だからさぁ…羽咲ちゃんの事追いかけてきたんだよぉ」 「〈尾行〉《つけ》てきたの間違いでは?」 「何言ってるんだよ……何があるか分からないだろ? 羽咲ちゃんみたいなか弱き娘にはボクみたいなお兄さん肌のボディーガードが必要なんだよぉ」 「そうなんですか……木村さんは私のボディーガードをしてくださるんですね……」 「もちろんっ」 「手だしてください」 「え? 何? 手つないで歩きたいの? それとも手相? ボク見れるよ」  私は木村さんの手を握る。 「ぎょっっ、ぎゃぁっ」 「さぁ……この手を振りほどいてください」 「い、痛い痛い……む、無理っっ……痛いよ! 外してよっ」  私はため息をついて腕を外す。 「私みたいな非力な人間につかまれただけで、自力で外せない人に私を守る事は出来ないと思います……」 「い、いやぁ……ボク文化系だからさぁ、そういう身体使うの苦手なんだよね。あ、でも寝ないのとか得意だよ」 「はぁ……」  なんだかなぁ……この人は……、  私はもう一度、木村さんの顔を見る。 木村さんは満面の笑みを浮かべる。  ………… でも、まぁ……悪い人ではないんだろうなぁ……。  自分が集めた情報をすぐに教えてくれるし……たしかに、ああいった情報を集めるのは大変な作業だったと思う……。  私達に近づいて、情報を得たいって言うのはあるんだろうけど……でもその割には教えなくても良い事まで教えてくれる……。  今だって、最後まで尾行してれば良かったのに、最終的には出てくるし……、  それになんと言っても……、 「マスターにそれなりに気に入られてるみたいですしね……」 「マスター? え? ボクそういう趣味ないから、羽咲ちゃん一筋だよ」  人の話聞いてないというか……読解力の問題なのだろうか……。  でもこの人って記者さんだったと思う…読解力が低いのは問題だと思うけど……。 「ふぅ……とりあえず、内緒であと尾行するのとかやめてください」 「あははは……ごめんね」 「ふぅ……ここまで来たついでですし……昨晩私が話していたWeb Bot Project……そのプログラムとか見ていきます?」 「え? あるの?」 「はい……ここお母さんのアパートですから」 「そうなんだ……名前すごいね……そのまんまじゃん」 「はい……でも白蓮華協会からは、名前を勝手に使うなとかなんとか……内容証明とか言う文章が来た事がありますけど……」 「あ、んじゃ白蓮華協会とは関係ないの?」 「関係ありませんよ……ただ名前が残ってるだけです。今じゃ、ここはお母さんが住んでるのと、一日に何度か顔を出すホームヘルパーだけしか来ません」 「君は来てるんだね」 「一応、娘ですから……どんな形であれ……」 「どうぞ」 「あはは、どうも、どうも……」 「うわぁっ」 「……」 「あ、それお母さんです……」 「あ、羽咲ちゃんのお母さんですか? あのボク木村と言いましてっ」 「無駄ですよ……今のお母さんに何言っても聞こえません……」 「聞こえない?」 「はい……」  木村さんはお母さんの顔をのぞき込む……。  見知らぬ人間にのぞき込まれているのに、母は何の反応も示さない……。  木村さんは母の前で、なんとも言えないパフォーマンスをし続けた後……やっと納得したようだった。 「七年前からずっとこんな感じで……」 「七年前……」 「お茶飲みますか木村さん?」 「あ、お構いなくっ」 「えっと、冷たいウーロン茶と温かい緑茶どちらがいいですか?」 「あ、楽な方で……いいから」 「メモ取ってるんですか?」 「ああ、そりゃね。それでさ、その七年前に何かあったの?」 「教えません」 「え? 何で?」 「メモ取ってるって事は記事にするって事ですよね?」 「そんな事ないよ。そういうのは親族の心情を〈鑑〉《かんが》みてだねぇ」 「どっちにしても……人に言う気なんてありません……知りたければ、勝手に調べてください」 「あはは、手厳しいなぁ。まぁ当然と言えば当然か……」 「木村さんは、兄さん……卓司兄さんを取材してたのですよね……」 「うん、まぁ元々は成り行きだけどね、でも後半はほとんどそっちに興味が行ってたなぁ」 「木村さんから卓司兄さんは……どう見えましたか?」 「どうって?」 「質問を質問で返さないでください……そのままの意味です……」 「うーん……どうかなぁ……。一言では言いがたいよね……何度か話した事があって、二回もカメラ壊された……」 「正直、今回の事件で中心的な人物である感じがしない……というよりは信じたくない……かな?」 「ボクが会った間宮卓司は……凶暴だし、冷酷な感じも受けたけど……でも実際は……」 「実際は?」 「……このアパートって来客ってあるの?」 「え? いや、あまり無いですけど……いきなりどうしたんですか?」 「微妙だけど……家が振動してる……この数値は誰かが階段とか上がった音だと思う」 「階段を上がった音?」  木村さんはそう言うと変な機械を指さした。  小さな機械にコードがついていて、その先が床に張り付いてる。 「何ですかそれ?」 「振動監視センサー……通常は機械の故障とか調べる機械なんだけどね……数値変動の独特な動きで、人が建物内に侵入した時とか分かるんだよ」 「そんな高性能なんですか?」 「まぁ、建物の構造に寄りけりなんだけど……こういう軽量鉄骨のアパートメントだとわりかし正確に判別がつくよ……」 「便利なものを持ってるのですねぇ……」 「もう一度聞くけど、ここって来客は?」 「ホームヘルパーの方が一日一回来られますが……」 「それって時間は?」 「夕方からですけど……」 「この時間に来客予定は?」 「ありません……」 「可能性は?」 「親戚が……でも皆さんお仕事がありますし、こんな平日の時間に来られる事は無いかと……」 「……同業者の尾行……それかネット住人のスネーク?」 「どうしましょうか?」 「ボクが出てみるよ……」 「それ困ります。もし親戚の方だったらなんて説明して良いやら」 「でも、もし危ないヤツだったら」 「……木村さんにどうにか出来るんですか?」 「ああ……羽咲ちゃんのためなら、不可能を可能にするさ!」 「……隠れていてください」 「え? なんで? 今の流れからなんでそうなる?」 「どっちにしろ、木村さんの方がいろいろと危なっかしいです……とりあえず隠れててください。この包丁をお渡ししておきますっ」 「わぉ……柳刃包丁だねぇ……刺したら先端が体内に残っちゃうヤツだ」 「とりあえず隠れててください……私が出ますから」 「ちょ、わっ」  私はとりあえず木村さんを押し入れに押し込む。 「えっと……」  とりあえず……様子を…… 私はドアの覗き穴から外の様子を見る。  どうやら、ドアの前に立っているわけではない様で、姿は見えない。  というか、それ以前に木村さんの言う通り、アパートの階段を本当に上がってきたかどうかも怪しいけど……。  仕方なしに、ドアチェーンをつけて、ドアを少しだけ開けて外の様子を見る。 「……え?」  私はすぐにドアチェーンを外してしまう……。 「あ……」 「……」  そこには兄さんの姿があった……。  この白蓮華アパートは、とも兄さんか、前の由岐さんしか知らない。  ここに来たという事はそのどちらかと言う事だと、とっさに思ってしまった……。 「あ……あの……」 「な、なんでここに……」  うれしさのあまり出てしまう言葉…… でも、次の瞬間に冷静さを取り戻す……。  今…目の前の人が、そのどちらかである確証なんて無い……。  私はすぐにドアを閉めた…… ほぼとっさに……。 「ご、ごめんなさい……け、決してあやしい者じゃ……あ、あの……」 「い、今……誰ですかっ」 「へっ?」 「誰ですかっ」 「あ、あの水上と言うものでして……その……」 「水上……由岐……」  由岐さん……、  でもこの言い方は……あの由岐さんでは無い…… 私を知らない由岐さんだろう……。  けど、あの由岐さんはたしか、私を鏡と司というキャラクターに置き換えてると聞いている。  あの由岐さんは、私を私としては認識しないはず……。  どういう事だろう……。 「あ、あははは……あの水上由岐って……北校の水上由岐さんですよね」 「は、はぁ……ってなんで知ってるの?」  やはり、この由岐さんは……私が知っている由岐さんじゃない……。  でもだったら、何故私を双子の姉妹として認識しないのだろうか……。 「あ、あの……ご用件は? なぜ由岐さんが?」 「あ、いや……あの……」 「……」  答えに窮してる……とりあえず、今目の前の由岐さんが私の知らない由岐さんである事は間違いない……。 「あがりますか?」 「え?」 「家に……あがります?」  部屋にはお母さんと木村さんがいる。  木村さんは隠れてるから問題ない。  お母さんの姿を隠す必要もない……それどころか、その姿を見た反応で、目の前の人がどの様な存在か分かるかもしれない……。 「なら、少しおじゃましていいかな?」 「はい……」  兄さんは、アパートの部屋に足を踏み入れる。  とも兄さんはこのアパートに足を踏み入れる時はいつも不機嫌になっていた。  そして、すこし距離をおいて、お母さんを見つめていた。  由岐さんは、お母さんの姿を確認したのち、なぜか必ず私の頭を撫でてくれた。  この人はどんな反応をするんだろう……。 「飲み物は何がいいですか?」 「あ、お気遣いなく……」 「ウーロン茶大丈夫ですか……」 「あ……大丈夫……」  私は兄さんにウーロン茶を用意する。  こんな他人行儀に兄さんと接するのは初めてだ。  卓司兄さんは私が見えないし……前の由岐さんととも兄さんは普通に接してくれた。  新しい由岐さんはいつでも私を私の知らない双子として認識していた……。  だからこんなケースなんて初めてだった。 「そ、その前に……なんで君、ボクの名前とか知ってるのか聞いていいかな?」 「ごめんなさい……そうですよね……少し不気味でしたよね……」 「あ、いや、そうではなく……」 「私……間宮羽咲って言いまして……」 「間宮羽咲……え? 間宮?」 「はい……由岐さんのクラスの……」 「間宮……卓司……」 「卓司は父です」 「へ?」  どこまで知ってるか分からないので、とりあえず逸脱した答えをぶつける……。  でもこれも由岐さんが教えてくれたやり方だ……。  相手から質問された場合、ある程度逸脱した答えを出してみる……その反応速度でどれだけ相手が自分を知っているか理解出来る。  そのおかしな答えに対する反応速度が遅ければ遅いほど、相手は自分の事を知らない。  由岐さんから教わった事……由岐さんに試さなきゃいけないなんて……複雑だ……。 「それって……」 「冗談です」 「ですよねーって、冗談かよっ」 「卓司は私の夫です」 「っ?!」 「冗談です」 「いや……もういいから……」 「すみません……」 「……少し打ち解けられたらと思って……」 「いや……まぁ……なんというか……そんなお気遣いとかなくても……」 「すみません……」  由岐さんとかが言いそうな冗談だったけど……今の由岐さんには不評の様だ……。  彼女は、やっぱり私の知る由岐さんでは無いんだと痛感する……。 「本当は……私は間宮卓司の妹です」 「妹さん?」 「……はい」  私を認識しながら……妹である事すら知らない……。  目の前の由岐さんは、新しい由岐さんなのか……それともさらに新しく作られた由岐さんなのか……。  判断がつかない。  そんな事を思っていたら、隣の部屋からコップが倒れる音がした……。  たぶん木村さんに出したウーロン茶をお母さんが倒してしまったのだろう……。 「あ……お母さん……」  母がこぼしてしまったウーロン茶をティッシュで拭き取る。  木村さんにコップもちゃんと押し入れに持って行ってもらえば良かったかな……。  でもそうしたら、片手に柳刃包丁、片手にウーロン茶……なんだかおかしな風景だ……。  隣の部屋から由岐さんが覗いていたのが分かった。  母を見ても、まったくはじめて見る他人の様な表情……。 「あ、すみませんでした……母が少し」 「お母さんって……」 「はい、見た感じで分かると思いますけど、うちのお母さんは少し……」  ……。 「……ご病気なの?」 「はい……」 「それより……なぜ由岐さんがこの家に? 兄さんだってまったくこの家には近づかないのに……」 「あ、ごめん……実はこれを見てきただけだから……」  そう言って私にパソコンでプリントアウトしたものを見せてきた……。  その瞬間になるほど……と思った。  たぶん北校で起きている事件をこの由岐さんは調べているのだろう……。  そしてその過程でこの家に行き着いた……。  その後……由岐さんといろいろな話をした。  それで徐々に分かったのは……、  たぶん、つじつまを合わせるために、この場では私を間宮卓司の妹として認識したのであろう……。  逆に、こんな場所で例の双子が出てくる方が問題ある。  だから、とりあえずは間宮羽咲としては認識してくれた……。  ただし、それはあくまでも赤の他人……間宮卓司の妹としての私……。  その事実はたしかに悲しかったけど……それでも由岐さんとお話出来るのはうれしかった。  話している感じは……やっぱりいつもの由岐さんだった……。  今の由岐さんは由岐さんなりに、この事件を解決させようとしているのだろう……。  皮肉なものだ……、  自らと肉体を共有している者が起こしている事件を、自ら解き明かさなければならないのだから……。 「ごめんね……時間取らせちゃって……」 「あ、いいえ……とんでもないです……」 「それじゃ……」 「あ、あの……」 「はい?」 「あ……すみません……なんでもないです……」 「?」 「なんか困った事あったら……いつでもここに来て下さい……」 「あ、うん」 「あと、もし兄さんに会ったら……たまにここに来てくれと……妹が言っていたと伝えて下さい……みんな待っているから……と」 「羽咲ちゃんはお兄さんとは会ってないの?」 「……そうですね……兄さんとは会えないみたいなんで……」 「たぶん……そういう呪いだから……」 「呪い?」 「あ、何でもありません……」 「とりあえず、会ったら伝えておくよ……」 「でもさ……無責任かもしれないけど、そんな事ないと思うよ」 「?」 「だって、羽咲ちゃんみたいなかわいい妹、認めたくないなんて考えられないもん……だからお兄さんだって別に認めたくないわけじゃないと思う」 「……」 「あ、あの……」 「はい?」 「由岐さんには、幼馴染みさんがいるんですよね……お二人……」 「あ、うん……若槻姉妹ね」 「……彼女達の事……好きですか?」 「へ? 何を突然?」 「あ、いいえ……あの……」 「……」 「好きだよ……だって大切な幼馴染みだもん」 「……はい」 「ありがとうございました」 「うん、じゃあ」 「はい」  すべてを、今の由岐さんに話せたら…… そんな事、意味がないのは良く分かっている……。  元々、すべてを知っていた由岐さんを消し去り……今の由岐さんが作られたのだから……、  もし、今の由岐さんにすべてを教えたとして……由岐さんがすべてを理解してくれたとしても……結果は同じ。  その由岐さんも消え去ってしまうだけ……。 「今の、間宮卓司だよね」 「はい……」 「ふーん……」  質問攻めにされると思ったけど……何故か木村さんは一人で苦い顔をして外を見つめた。  押し入れの中から、私達のやりとりは聞こえたのだろうけど……何も質問はして来なかった。  ただ一言……。 「何か大きな事件があったとしても……君が信じるお兄さんには罪は無いと思う……」 「ボクはそう思うし……君もそう信じてるんだろう……」  とだけ言っていた。  会話の内容から、いくらでもおかしな部分があっただろう……それには一切触れなかった。 「大きな事件、ですか……」  気を遣ってくれている木村さん…… それでも……何か大きな事件の予感を否定はしない……。  まるでそれが起こる事は大前提の様に…… だとしたら……。 「兄さんが関係するんですよね……」 「……」  木村さんは答えに窮している…… 彼は何も答える事が出来ない……。  そうなんだ……また何か起きるんだ… 私を残して……すべてが回っていく……。  そしたら……その時も私は何も出来ないのだろうか……、  ただ守られるだけで……何も解決出来ない……。  あれから七年も経ったのに……私はこの運命を変える事すら出来ないのだろうか……。 「何か出来ないか……考えてるのかい?」 「……」  不意に木村さんが私の顔を見て尋ねた。  私は何も答えられない……、  心なく、苦笑いするしか無かった……。 「ボクはさぁ、君の兄さんに技を二回もかけられたんだよ。すんげぇ強くて驚いた」 「彼って細身なのにさぁ、まるで力の流れでも見えるみたいに、ボクの抵抗をあっという間に無力化するのね」 「ああ、すげぇなこの小僧って思った……」 「でもさ、彼って、ぎりぎりで人を傷つけないんだよね……関節とか壊れるんじゃないかってぐらい痛くするんだけど、その後数分で痛みは無くなる……」 「強さは優しさだなぁ……と思うし、それはやせ我慢なんだなぁ、って実感したんだ」 「優しさが、やせ我慢?」 「あはは……強さが優しさって言葉は陳腐だけどさ、さすがに優しさがやせ我慢だって言葉は聞いた事ないよね」 「はい……」 「優しさってさ、一過性……たとえば瞬間に見せるものなんて優しさでも何でもないんだよ。それは同情って言うんだよ」 「瞬間に見せるものは……同情?」 「そう、一過性の優しさなんて、辛さも苦しさも……あとリスクだって無い」 「その場だけじゃなくて……長い目で見ても、自らに不利益になりうる事……そうなったとしても突き通せるもの……それこそが優しさだ」 「突き通せるものが……それこそが優しさ……」 「その場で適当に優しい事言うなんて簡単だよ。それで〈良〉《い》い人だと思われるのだって簡単さ」 「でも、そういうヤツこそ優しさともっとも縁遠い人間なんだよ……」 「〈巧言令色〉《こうげんれいしょく》、少なし〈仁〉《じん》……口当たりの良い適当な発言ばかりしているヤツほどどうしようもない……」 「自分の痛みを天秤にかけても……それでも相手のために突き通す……それこそが優しさだよ」 「君の兄さんに技かけられてさ……彼はボクに対してもっと酷いことも出来たし、もっと利用する事だって出来た……」 「でも、後遺症すら残さない様に気を遣ったし……何よりも、ボクに人として接した」 「マスコミやジャーナリストではなく……木村としてボクを扱っていた……それはさぁ、あまり得策では無いよね……」 「君の兄さんは……優しい人間だよ」 「いちいちリスクを取ってまで、麻薬を一つでも多く排除しようとした……」 「それは、自分の力に対する絶対の自信だし……何よりも、自分の痛みよりも他人の痛みを重要視する人だったからだ……」 「誰にも感謝されず……ただ良かれと思う事だけをやる」 「それを支えるのは単なる意地だ」 「人の優しさを支えるのは意地だよ」 「それを突き通そうとする意志だ……」 「……何が言いたいのか良く分かりません……」 「ボクは君にも技をかけられた……その瞬間思ったのは、君達は兄妹なんだなぁ……って事」 「君の兄さんが強くて……そして彼が優しい様に……君もまた強く…そして優しい」 「……そんなの買いかぶりすぎです……私は強くありませんし……優しくなんてありません……」 「うん……そうかも……だって、今揺れてるから」 「揺れてる?」 「突き通そうとする意志を消し去ろうとしてる……」 「突き通そうとする……意志?」 「君は、この数年間……何か大きな転換があった七年前から……何かを思ってきたのだろう?」 「君は何かを為そうとしてきたんだろう?」 「な、なぜ……そんな事……」 「いや……あくまでも勘だけどさ……でもそんな感じがした……」 「七年前に何かあったんだろう……君のお母さんがこうなってしまった理由が……」 「そして、君は何かを成し遂げようとしている……」 「私が……あの時から為そうとしてきた……事」 「あるんだろう……、でもその事に揺れている……」 「……」 「この事件……君には悪い知らせだけど、たぶん放っておけば……最悪な状況になるだろう……」 「最悪な状況?」 「ああ、もちろん世界滅亡なんて非現実的な話じゃない……でも、考えられるかぎり最悪な結果だ」 「……」 「ボクはこの事件を調べてる……そりゃ大きな事件になれば大スクープだ」 「でも出来る限り、最悪な事態は避けたいと思ってる」 「……ありがとうございます」 「あの……何故学校に?」 「北校の謎は北校に……とりあえず虎穴に入らずんば 虎児を得ず!」 「はぁ……あの全然関係ないのですが、お聞きして良いですか?」 「何でもっ」 「“虎穴に入らずんば”ってことわざは何でいちいち虎の子供を取らなきゃいけないんでしょうか? 虎を飼いたかったのですか?」 「さぁ、でも虎の毛皮は高価なものだったからじゃないかな?」 「そんな理由で虎盗むとか……悪い人ですね……」 「でもボクは悪人じゃないよ!」 「いや……別に木村さんの事言ってるわけじゃないですよ……」 「でも、いくらなんでも木村さんみたいな人が校内に入ったら通報されるんじゃ?」 「大丈夫だよ」  そう言うと木村さんは校内に入って行く。 「あ、あの……」 「うぉぉおお!」 「お前、ちょっと待て!」 「あ、あやしい者じゃないですっっ」 「あはは……全然ダメじゃないですか……」 「こら! 待て!」 「木村さんは何がしたいんだか……」 「木村さーん」 「お、驚いたよ。問答無用で職員室まで連れて行かれるところだった」 「だから……木村さんみたいな人がいきなり校内うろついてたら当たり前ですよ……」 「なんで? ボクって結構若く見えるじゃない」 「そういう問題では……だいたいそんな大きなカメラ持ち歩いてる人なんて怪しいですよ」 「制服着れば良かったのかなぁ……」 「いや……そういう問題だけでもないと思いますよ……」 「というよりも……何が調べたいんですか?」 「いやね……例の裏掲示板さ、君の兄さんが学校にいる時の方が頻繁に動きがあるみたいなんだよね」 「逆に、君のお兄さんが家にいる時にはほとんど動きがないみたいなんだよ」 「つまり……木村さんは兄さんがその裏掲示板に関係していると考えてるんですね……」 「う、うん……まぁ……そうかなぁ」 「確証があるんですよね……」 「うん……まぁ……ね」 「教えて下さいっ……私に気を遣っているのなら……」 「もし、これから起こる災いをとめるのであれば、すべての事実を知っておかなければならないと思います」 「……すべて……うーん」  木村さんは少しだけ考え込んだ後に……口を開く。 「昨日の話……杉ノ宮駅近くのマンションで、赤坂めぐと北見聡子が何か拾ったって言ったじゃない……」 「はい、何か起こるってネットで書き込まれているのを見て杉ノ宮駅のマンションの前ではっていたって話ですよね……」 「うん……実はね、その前に君のお兄さんをはってたんだよ……」 「何か拾ったって言ったけどさ……実はその何かって、君のお兄さんが、その直前に道に置いたものなんだよね……」 「……なるほど、そこまで聞くとたしかに重大情報ですね……」 「うん……ただ、君に話して良いものかどうか分からなくてね……その部分だけふせてたんだよ」 「一連の事件が起こる前から君の兄さんをつけてたから……本当にそれを見たのもたまたまなんだけどね」 「さすがに、この情報はネット中も含めて、ボクしか知らない事実だと思う」 「兄さんの意志によって……何か引き起こされようとしている……そう木村さんは考えてるんですね」 「うん……悪いけど……実はそう考えてる。彼を中心にしてでは無く、彼によって何かが起ころうとしている」 「すべては彼の意志によって……」 「木村さん……兄さんのパソコンを調べてみてください……」 「パソコン? 間宮の家の?」 「いいえ、そのパソコンには何も無いと思います……兄さんの隠れ家にあるもう一つのパソコンです」 「そんなのあるの?」 「木村さんが良く言われている北校の学校裏掲示板の管理者って、たぶん卓司兄さんです」 「……そうなんだ」 「やっぱり驚かないんですね。目星はつけていたんですね」 「まぁ、ずっと彼を見てたからね……でも、そのパソコンってどこにあるのか知ってるの?」 「はい……行ったことはないのですけど……だいたい場所は……」 「なら、今晩そこに潜入だ」 「今晩まで待つ必要はないですよ。今すぐで問題ないと思います」 「いやぁ……そうしたいのは山々なんだけど……あの学校の防犯システムはかなりのもので……」  防犯システムの問題ではないと思うけど……、 「その場所に行くのに、校舎を経由しなくても大丈夫だと思います……」 「え? そうなの?」 「ほ、本当にこの先にあるの?」 「はい……この先なはずです……」 「でもここってさ……」 「下水道だよねぇ……」 「はい……そうです……あ、そこです」 「そこ?」 「何これ? 部屋?」 「プールの貯水タンクらしいです」 「プールの貯水タンク? 全然水無いんだね……」 「もう使われてない旧プールの貯水タンクらしいんですよ……さてと……」 「あ、羽咲ちゃんっ」 「な、何? これ?」 「何に見えます?」 「土台……なんでこんなに大きな土台が……」 「はい……私も驚いてます……こんな大きな土台があるなんて……」 「羽咲ちゃんも初めて見たんだ、というか……何で知ってるんだい?」 「とも兄さ……あ、兄さんから聞いた事があって……」 「……なるほどね」 「お、これって発電機じゃない。 なるほどねぇ……良く出来た秘密基地だ」 「電気つきました……」 「……あっちの方……特に明るい」  木村さんが指さした方向がうっすらと明るくなっている……。 「って!?」 「わ、な、何っ」  木村さんを掴んで柱の裏に隠す。 「な、何、二人っきりだからって?」 「兄さんがいます」 「兄さん?」  土台の中央……天井を見上げる様に一つの人影が立っている。  顔まで見えないけど……あれは兄さんでしかあり得ない。 「あ、本当だ……まずいなぁ……電気つけちゃったよ……さすがに気が付かれたよなぁ……」 「いや……大丈夫だと思います……」 「大丈夫? だっていきなり暗闇で電気がついたら、誰だって気が付くんじゃない?」 「でも……見て下さい。兄さんまったく動きません……」  兄さんは最初に見たときとまったく同じ姿勢で天井を見上げている……。 「何度かあの状況を見た事があります……たぶん今の兄さんは外部からの情報を一切受け取りません」 「外部からの情報を一切受け取らない?」 「はい……だから、大丈夫だと思います」 「大丈夫? で、でも……」 「とりあえず、あっちに行きましょう……あのあかりの灯っている場所に行きましょう」 「あ、羽咲ちゃん……」 「す、すごい……何ここ?」 「たぶん、ここが兄さんの秘密基地だと思います」 「秘密基地か……すごいなぁ……あ、パソコン」 「たぶん、そこからインターネットをやっていると思います。兄は自宅ではあまりパソコンを触らないので……」 「……お、ラッキー……パスワード無くても大丈夫そうだ……えっと、羽咲ちゃん少し待ってね……」  木村さんはハードディスクを取り出しUSB端子に取り付ける。 「少し待ってて……それらしいファイルをコピーするから……」  木村さんは兄さんのパソコンにへばりつく……。  私は……はじめてくる兄さんの秘密の部屋を見て回る……。 「本だ……沢山……」  埃だらけの棚……そこには難しそうな本が沢山入ってる……。  これって……由岐さんとかとも兄さんの本だ……なんでここに集められてるんだろう……。  あ、そう言えば……読み途中で良く本が無くなるって怒ってたなぁ……。 「なんだかなぁ……」  卓司兄さんはこういう難しい本嫌いだからこんな場所に隠してたのかなぁ……。  あの二人も良い迷惑だ……。  他の棚も見て回る……綺麗に整頓されている棚にはライトノベルやマンガが沢山入っていた……。  これってたぶん卓司兄さんのものなんだろうなぁ……。 「あの人だって昔は難しい本ばかり読んでたのに……」  反動だろうか……昔はつらかったのかもしれない……。  逆にとも兄さんの方が難しい本なんて無縁だったのに…… ……それってやっぱり由岐さんの影響なのかな……。  とも兄さんは由岐さんの事好きだったからな……。 「!?」 「携帯電話? えっと……」 「違います……たぶん、この着信音は兄さんの……」 「君の兄さんの?」 「出ましょう……たぶん、もう兄さん目覚めます」 「ちょ、マジで? えっと……」  木村さんはパソコンをシャットダウンして、UBSケーブルを引き抜く。 「早くっ」 「う、うん……」  人影は携帯電話を確認している様だった。  今なら気が付かれずに逃げる事が出来る。 「木村さん……早く……」 「あ、ああ……」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「こんな場所に出るんだ……すごい……」 「木村さん隠れましょう……ここ校内ですから……まずいですっ」 「あ、ああ……」  私は木村さんと草陰に隠れる。  この植え込み沿いに逃げれば、学校の裏側の塀までたどり着ける……。 「木村さん……早くっ」 「ちょっと待って!」 「えっ?」 「マンホールから君の兄さんが出てきた」 「兄さんが?」  兄さんも地下の秘密の部屋から出てきた。  何か焦っている様にも見える。  何かあったのだろうか? 「何か焦ってない? 彼?」 「あっ」 「誰か来ました……」  私達は息を潜める。  兄さんの周りにかなりの数の生徒が集まってきた。  その光景に兄さんは驚いている様だ……。 「君の兄さん囲まれてるよ……あれって何かな?」 「あれ、赤坂めぐと北見聡子だ……あとあれって……たしか橘希実香……」 「良く知ってますね……」 「いろいろと調べたからね……この学校の生徒はかなり顔と名前を覚えたよ……」 「あ、あの……間宮様……」 「……」 「み、見ました……」 「ち、違っ……こ、これは……」 「本当に瀬名川先生は死にました! 橘希実香感動しました! 救世主様の力にっっ」 「あ、あのだな……」 「……」 「間宮様の指示通りに……中庭で待っていたら……本当に瀬名川先生が落ちて来て……もうぐっちゃんぐっちゃんになりました」 「な、なに?」 「四階の屋上……五階部分からだから、必ず死ぬとは限らない高さなのに……それはもう見事にはぜてました」 「はい、私に時刻と場所を指定してくださったじゃないですか……」 「そ、そうなの?」  私と木村さんは言葉を失う……。  また新たな死者が出た……この学校で……、 「こ、これまずいよ……早く学校から逃げないと……」 「え? あ、はい……」  混乱してまともに答える事すら出来なかった。  また一人死んだ……。  しかも今の話しぶりだと……その一人の死を兄さんが予言していた……。  という事は……、 「羽咲ちゃんっっ、動揺するの分かるけど、とりあえずこの場から離れようっ」 「今しがた人が死んだんだ。こんな場所うろうろしてたら、犯人にされちゃうかもしれない」 「ほらっ」  木村さんは私の手を引いて、学校の裏側の塀まで行く……そこから先に塀をよじ登る……。 「羽咲ちゃんも早くっ」 「は、はい……」  私も塀を登る。  そして学校の裏の通りに出た瞬間。 「おまえら! なんでそんなところから出てきてるんだ!」 「ひぃ」 「お前さっきの不審者!」 「に、逃げるよっ……」 「は、はいっ……」 「んで?」 「顔見られてしまいました……」 「まぬけね……」 「話を総合するに……学校と警察が一番怪しいって考えてるのあんたになるわね」 「ぼ、ボク何もやってないですっっ」 「そんな事警察で言いなさいよ」 「言えるわけないじゃないですかっ」 「大丈夫よ……数日取り調べして終わりでしょうが……」 「マスターは知らないからそんな事言うんですよ。犯人だと一度思われた取り調べがどれだけ恐ろしいかっ」 「そんなの知らないわよ。あんたがまぬけだからそんな事になるんでしょうが……」 「あわわ……明日になったら指名手配とか無いかな? 似顔絵書かれたりして」 「……まぁ、その人が他殺だって決まったわけじゃないんでしょ、あんたはただ死んだって聞いてるだけって」 「そうなんですけど……」 「だいたいニュースでやってないわよ。他殺の可能性が高いならニュースになってるでしょ?」 「そ、そうなんですけど……」 「ふぅ……しかし、また新たに犠牲者が出るとはねぇ……」 「はい……何が起きてるんでしょう……」 「兄さんのパソコンデータどのくらいコピー出来たんですか?」 「中身見てみないと分からない……一応、パスワードを集めたテキストとか……掲示板の作業データとかは全部コピーした……」 「ほとんどがいらない動画だったから、作業データ自体見つけるのは楽だった……」 「あの、これ……」  私は鍵を木村さんに渡す。 「これは?」 「自宅の鍵です……スペアですけど……」 「どうしてこれを?」 「自宅にもパソコンがあります……それも出来たら調べてみてください……」 「え? ボクに? 良いの?」 「〈良〉《い》いも何も……もう、あんたが裏切るとか無いでしょう……立場的にあんたが一番まずいんだから」 「それに、私はそういうものを見ても全然分かりません。もし木村さんが分かるのであれば……」 「あ、いや、助かるよ。ありがとうっ」 「あと……木村さん」 「何?」 「……あの」  言葉が口から出ない……。  でも……そんな事隠してても、もう仕方がない……。 「どうしたの?」 「もし兄さんが家に帰って……その人が皆守と名乗ったら……」 「ああ……分かったよ。皆守と名乗ったら……ここに連れてくるんだろ?」 「え?」 「……半信半疑だったけど、だいたい事情は飲み込めてきたよ……」 「君が好きな兄さんは……その皆守って子なんだろ?」 「あの少し凶暴で生意気な……少年だろ」 「は、はい……」 「分かったよ……彼がもし帰ってきたら、ここに必ず連れて帰ってくる」 「ありがとうございます」 「ふーん」 「何ですか? 笑いながら?」 「結構良い男なんだって……」 「ボクがですか?  いやだなぁ……当たり前な事言わないでくださいよぉ」 「食いたくなったわ……あんたの事っっ」 「それやめてっっ」  その日、私が目覚めたのは夕方ぐらいだった。  昨日の事があって朝まで寝れなかった。  気をきかせてマスターはお店を休みにしてくれて、そのままこの時間まで寝てしまっていた。 「で、電話……木村さんからっ」 「木村さんですか?」 「ああ、木村だよ」 「どうですか?」 「いやさ、昨日の事故は一応、自殺扱いになったみたいで、ボクが殺人犯だと疑われるって事は無いみたい……」 「そうですか、良かった」 「それがさぁ……殺人犯とは思われてないんだけど、一連の事件に関与している人物としてボクを警察は捜査しているみたいなんだよ……」 「そ、そうなんですか?」 「何でもね……昨晩、〈薬〉《やく》の売人が若者に襲われたらしいんだわさ……」 「薬の売人って? あの……」 「非合法の薬ね。なんかその件で一部暴力団が動き出して……その関連で警察も動き出してて……」 「いやぁ……社内の人間に聞いたら、木村さん出頭した方がいいですよ。警察に捕まるならまだ生きてられますけど、暴力団に捕まったら殺されますよってさ」 「だ、大丈夫なんですか?」 「一応、麻薬取材してたから、まったく〈伝手〉《つて》が無いわけじゃないんで……知り合いから誤解を解いてもらってる」 「その関係で、いろいろな人に会ってて、今日はあんまり情報集められなかったんだよね……申し訳ない」 「そんな事ありませんよ……そんな。木村さん大変だったんじゃないですか」 「大変だったねぇ……まぁ、まだ完全に疑いがはれたわけじゃないんで、過去形じゃないんだけどね……」 「事件の真相を明らかに出来れば、疑いもはれてその〈筋〉《すじ》の方々からは狙われなくはなるんだけど……現状は、裏と表の両方から指名手配中状態」 「警察も……一連の事故が、他殺では無いにしても薬物汚染によるものだと断定して捜査をはじめているみたい……」 「薬物汚染……」 「うん……まぁ元々、ボクが取材をはじめたぐらいだから、この街での薬物汚染は有名だったんだよね……」 「兄さんは?」 「一応、君の兄さんはマークされてないみたいだね……ちょうどボクがすべての注目を集めている形なんでさ」 「それも時間の問題だとは思うよ……」 「警察は現在、売人と頻繁に接触していた生徒数人の名前は突き止めているみたいだから……」 「兄さんは売人の方々と知り合いだったのですか?」 「いや、売人から直接名前は出ないと思う……ボクの知るかぎり、売人と接触している姿は見たことがないから……」 「ただ、もし薬物に手を出していた生徒が捕まった場合、そこから名前が出てくる可能性は高いよね」 「君の兄さんが彼らから麻薬をカツアゲしてたのはたしかだからさ……」 「……そうですか……」 「あと、北校で起きた事……たとえば君のお兄さんが教師に怪我させたとか……」 「そんな事があったんですか?」 「なんでも授業中に、花瓶で教師の頭をなぐりつけたらしい……」 「この事は、現状では学校側は警察には伏せてるみたいだけど……それだって時間の問題だろう……」 「そういった異常行動から、薬物の関係性を疑われるかもしれない……」 「そうですか……」 「まぁ、幸か不幸か、現状では、瀬名川教師が校舎の屋上から転落した際、校内をうろついていた不審者であるボクの足取りを追っているから、それほど注目はされてないみたい……」 「すみません……なんだか、ご迷惑ばかりかけてしまって……」 「何言ってるんだよ。これはボクの仕事で、好きで巻き込まれてるんだからさ……やっぱり事件の中心にいると臨場感は違うよね」 「ははは……そんな悠長な事言ってないで気をつけてくださいね……これで木村さんに何かあったら」 「あったら? え? 心配してくれる?」 「当たり前です……心配はします」 「それってさ、ボクの大人の〈魅力〉《みりき》に」 「そういうのはありません」 「あら、即答だ……」 「そうだ……あともう一点、これって君に話すべきかどうか分からなかったんだけど……」 「どうしましたか?」 「君の兄さん……家に帰ってる」 「え?」 「それが、君の言う皆守くんであるかどうか分からないけど……」 「とりあえず、ボクは別件で行かなきゃいけないところがあるから……」 「あ、あのっ、木村さん……」 「切れた……」  家に兄さんか……。  たぶん、新しい由岐さんだと思う。  だいたいいつも家で見るのはそうだから……、  でも仮にとも兄さんだったら……、 「とも兄さんが帰っても……私がここにいる事知らないんだったな……」  それを伝える手段を考えてなかった……。  もし木村さんが出会ったら……って話だけど……木村さんだってウチに張り付いているわけじゃない。  もし誰もいない時にとも兄さんが帰ってきたら……、 「とも兄さんに誰も伝える事が出来ない……」 「今家にいるのが……誰なのかは分からないけれど……」  それでも……もしとも兄さんなら……、  逆に違ったとしても、他の二人は私を認識する事は出来ない……。  教室とかで会うなら、例の双子として認識されるけど……家だと不整合を起こす認識だから削除されてしまうハズだ……。 「だったら……」  もしとも兄さんが帰ってきた時のために、私がBar白州峡にいる事をメモで伝えておこう……。 「危険はないよね……」  都合の良い言い訳なのは自分で良く分かった。  理由は何であれ……確かめたかった。  全然とも兄さんと会ってないから……会いたかった。  その可能性が少しでもあるのなら……私は兄さんに会いに行きたい……。  杉ノ宮から家の方向の電車に乗る。  そんな距離があるわけではない。  いつもすぐに感じられる……路線が、すごく長く感じた……。 「ふぅ……」  流れる風景をずっと見つめながら…… 私は私なりに、いろいろな事を考えた……。  今の事。 過去の事。  とも兄さんと卓司兄さんの関係……そして私を守ってくれた由岐さんの事……。  そして、その後……二人で生きてきた日々。  いや……二人と生きてきた日々じゃない……。  それは……とも兄さんと由岐さん……そして卓司兄さんと生きてきた時間。  私の人生をすべて変えてしまい……私達家族のすべてを変えてしまった……あの事件。  あの時から……今、この場まで……。  とも兄さんの優しさ……、  卓司兄さんの呪い……、  そして由岐さんの……、 「あっ」  考え事をしていたら、降りる駅の看板が目に入ってくる。  ホームに入った電車は減速してゆく。  ここに立ち止まるために……。  家には明かりが灯っていた……。  兄さんが帰っているのはたしかなんだろう……。 「誰なんだろう……」  リビングには明かりがついている。  二階……兄さんの部屋に誰かいる。  私は静かに階段を登っていく……。  部屋の真ん中で兄さんは携帯電話をいじっている。  あの機種は兄さんのものでは無い……。  どの兄さんにしたって、熱心に携帯をいじっている姿をあまり見ない。  誰なのだろうか……。 「削除したのは昨日だから……重要なメールはすべて再受信出来るはず……」 「たしか……高島メールの一覧があったはず……」  ノートパソコンを横目に……ずっと携帯をいじっている。  何か調べ物なのだろう……。 「うわぁ……すげぇ出てきたよ……」  あれは誰の携帯なんだろう……。 「これって……幽霊かどうか別にしても……瀬名川先生を誘導してる様にしか見えないな……」  瀬名川先生……たしか昨日事故で亡くなった方だ。  瀬名川先生の死について調べているのだろうか……だとするならば……。 「由岐さんか……もしかして、とも兄さん……」  どちらだろう……。  言葉数が少ないのでどちらか分からない……。  私がこの場に出て行けば……由岐さんには認識出来ず、とも兄さんなら気が付いてくれるはずだ……。  だったらいっそ……。 「……少し興味があるかな……」  兄さんは手にした携帯でどこかに電話しはじめた……。  すると……、 「っ?!」  室内で小さな振動音が鳴っている。  今、兄さんがかけた電話は、この場にあるらしい……、 「……」  何故かその事に兄さんは驚いている。  まるで信じられないという感じだった。 「なんで……高島さんの携帯電話をかけたら……この部屋で?」  高島さんの電話に?  んじゃあの呼び出し音は……高島さんの携帯電話? 「っ!」  兄さんは音が聞こえてくる机の引き出しをひっくり返す。  すると……、 「これって……」  あの携帯電話……。  あれって……たしか数日前に卓司兄さんが家に持って帰ってきた携帯電話だ……。  ぶつぶつ言いながら、触っていたのを覚えてる……。  やたら壊れて不気味だった記憶がある。  あれって……高島さんの携帯電話だったんだ……。  でもなんで卓司兄さんがそんなものを? 「高島……ざくろの携帯電話?」  恐る恐る兄さんはその携帯を手に取る。  たぶん、それが卓司兄さんによって持ち込まれた事を知らないのだろう……。  だとしたら、あの人は新しい由岐さんだろうか? 「う、嘘……ま、待って……落ち着いて……とりあえず……」  携帯電話をのぞき込んだ後に兄さんは椅子に倒れ込む。 「な、何やってるんだよ……けふっ……これって……」  座った拍子に白い粉末を飛び散らせる…… なんだろう……あの粉末……。 「な、何やってるんだか……」  兄さんは窓を開けてその粉を外に逃がそうとしている……だけど、風にまかれて余計にその粉末は飛び散る。 「ああ、何やってるんだか……」 「あれ……」  自分が手にしている柱を見ると……なぜか指紋が浮き出している。 「これって……探偵ドラマとかで使ってる……」  指紋を浮き上がらせる、ポンポンって言う粉か…… 兄さんそんなもの持ってたんだ……。 「へ? なんだこれ……」  何故か……兄さんが絶望的な声を出す……。 「これって……」  飛び散った粉末は部屋中の指紋を浮き上がらせる……机の上……引き出しの取っ手……クローゼット……。  そしてその指紋を見つめて、兄さんはガクガク震えている……。 「た、高島さんの席にあったやつと同じ……なんで?」 「な、なんで……ボクの部屋に彼女の携帯電話があって……さらに彼女の机にあった指紋があるの……」 「ねぇ……なんで?」  あれは新しい由岐さんだ…… そして由岐さんはとてつもない勘違いをしている……。  自分の指紋……、  その指紋を他人のものだと認識してしまっているのだ……たぶんそれは、今の由岐さんが追っている犯人の指紋。  すなわち卓司兄さんの指紋。  たぶん、由岐さんは卓司兄さんの指紋が部屋中にあるのを見て恐怖しているのだろう……。  でも、そんなの当たり前だ……。  だって、由岐さんと卓司兄さんは同一人物なのだから……指紋が一致して当然。  そして、その指紋が部屋中にある事は、別に驚くべき事でも無い……。 「これって……」  ガタガタ震える由岐さん……私はそれを見て思わず部屋に飛び出してしまう……。 「え?」  私の姿を見た瞬間……由岐さんの表情が固まる……。  しまった……と思った。  ただ私は由岐さんを心配して……、 「あ、あの、由岐さんっ、あのね」 「落ち着いて、違うの、怖がる必要なんて無いんだから」 「ひっ……」  だ、だめだ……たぶん……認識しないとかでは無く……認識を拒否しているんだ……。  拒否の認識は必ず恐怖という形で認識される。  だから今、私の姿は……。 「ごめん……由岐さん」 「あの……」 「ぎゃぁああああああああああああっ」 「由岐さんっ」 「……っく」  何やってるんだ私……、  こんな状況下で……由岐さんを混乱させるだけの行動なんて……本当に最低だ……。 「ふぅ……」  とりあえず、散らかったものをかたづける。  部屋中に散った、粉末も綺麗に落としておく……。  すると……、 「羽咲ちゃん、家に戻ってたんだ」 「あ、はい……」  私の表情を見て察したのか木村さんは謝る。 「やはり教えない方が良かったみたいだね……違ったんだ……」 「はい……」 「そうか……ごめん、いらない情報だったね……」 「この家を張らしてる部下……って言ってもバイトだけどさ、彼から連絡が来たんで急いで帰ってきたんだよ」 「木村さんの方のお仕事は?」 「うん、だいたい終わったよ」 「さすがに警察までには手が回らないけど、〈筋〉《すじ》関係の方々にはなんとか誤解がとけたみたい」 「良かったですね……」 「あと、その後、ボクの方でいろいろ調べさせてもらったよ……」 「羽咲ちゃん、七年前って言ってたから、七年前の新聞を全部調べた、全国紙から地方紙までそれこそ全部……」 「そしたら……沢衣村って場所である事件を見つけたよ……」 「関わっていた人間が、すべて未成年だったから名前が出てなかった……それも当時取材した人間をつかまえて、名前を吐かせたよ……」 「あの事件から……この悲劇は始まった……」 「そうなんだろう……」 「……はい」 「もし間違っていたら、言ってくれ……いや、言いたくないのなら言わなくても良い……これはボクの独り言だ……」 「ただ、その推理が正しいのであれば……ボクは君が探している皆守くんを突き止めやすくなる」 「……」 「……今の間宮卓司くんは……本当の間宮卓司くんではない」 「……」 「今、間宮卓司と呼ばれている人物は、戸籍上は間宮卓司ではない」 「間宮卓司は戸籍上はすでに鬼籍……」 「すでに実在しない人物……」 「戸籍上は……現在、生きている君の兄さんは一人だけ……間宮家の長男……間宮皆守」 「君が“とも兄さん”と呼ぶ人物だ」 「これは正しい推理かい?」 「……」 「……はい」 「間宮皆守くんは七年前に起きたある事故で……間宮卓司くんを殺してしまった……」 「……っ」 「違う……そんなの」 「……とも兄さんは殺してなんていない……」 「とも兄さんは悪くない! だってとも兄さんはっ」 「……分かってる……当時の事件の詳細は調べさせてもらったから……」 「皆守くんは完全な被害者だ。彼は悪くない……」 「事件は完全な正当防衛……間宮卓司くんに非があった」 「皆守くんはあくまでも刃物を持った卓司くんから君を守るために、もみ合って殺してしまった」 「完全な事故」 「誰も皆守くんを責める理由なんてない……」 「警察だってそう判断した……」 「でも、そうは考えなかった人間もいた」 「一人は君のお母さん……そしてもう一人は……」 「皆守くん自身だ……」 「自分の弟……間宮卓司を殺してしまった罪悪感から、彼は自らの人格を否定してしまう……」 「卓司くんを失って、大きなショックを与えてしまった、間宮琴美さんのために……あたかも卓司くんが乗り移った様な人格になってしまった……」 「医者の診断は心的外傷後ストレス障害における二次解離……離人症や解離性遁走の一種と考えられる人格誤認……」 「体験している自己と観察している自我が解離する症状……その解離が、死んだ間宮卓司という形をとったのはめずらしい症状だったみたいだけど……」 「まぁ簡単に言えば……自らを他の誰かと勘違いしてしまう病気……そう診断された……」 「当時診断した医者にも会ったよ……」 「本来なら、教えてもらえないらしいけど……今回の事件に皆守くんが関わっている可能性を示唆したらいろいろと教えてくれたよ……」 「だけど担当医は大半の事は知らなかった……」 「退院後、三次解離まで進んでた事を聞いて驚いてたよ……」 「三次解離……つまり解離性同一性障害……いわゆる多重人格だ……」 「これは退院後に発症したものらしい……」 「聞いた話だと、母親の一方的な判断で治療は中止されたらしいからね……」 「だから何故、水上由岐という人格……そして元々の人格であった皆守くんの人格が再度現れたのかは謎のままだ……」 「いや……担当医は言ってたよ……正直、医学上は、何故皆守くんは、自らを“間宮皆守”では無く“悠木皆守”と認識したか良く分からない……」 「あくまでも症例として、その様な結果になったにすぎないって……ね」 「退院後、君の母親……間宮琴美さんは皆守くんを卓司くんとして育てた……」 「学校での書類などの名前が間宮卓司となっているのはそのためだ……」 「戸籍まであたれば、当然、不整合も出てくるけど……さすがに学校もそこまではしなかった……」 「もちろん、琴美さんによる一部私文書偽造もあっただろう……でなければ説明出来ない事が多い……」 「それが意識的なのか……あるいは狂気故のものかまでは分からないけど……」 「今回の事件は、七年前の悲劇のねじれが生みだしている……さらなる悲劇だ」 「それは違います……」 「……」 「七年前がすべての原因では無いんです……」 「すべての原因は……私が生まれてしまった事」 「私がこの世に生まれた瞬間から、はじまってしまった悲劇なんです」 「……それは違う」 「いいえ……そうです。私の生が、私の呪われた生こそがみんなを不幸にした」 「卓司兄さんを殺し……その呪いをとも兄さんにかぶせてしまった……」 「そしてまったく関係ない……由岐さんまで巻き込んでしまった……」 「すべては私が生まれた所為で起きてしまった悲劇なんです」 「違う! それは違う!」 「そんな言い方はダメだ!」 「あの時……君の命を救った女性……彼女がそんなの聞いたらどう思う?」 「君を守った水上マスターの娘さん……」 「水上由岐さんが……そんな悲しい言葉を聞いたら……どう思う?」 「由岐さん……」 「水上由岐さんは……白州峡のマスター水上さんのご息女だ……」 「水上マスターは……自分の娘が命をかけて守った子供達だから……君達と我が子の様に接してきた……」 「武人として生きる事をあきらめ……君達と共に生きる事を選んだ……」 「……はい」 「この事件は……君が生まれたのが原因なんかじゃない……」 「羽咲ちゃんが悪いわけじゃない。ましてや皆守くんが悪いわけでもない……」 「だから……」 「だから、間宮卓司をとめなきゃいけない……」 「ボクたちは、彼の怨霊を断ち切らなければならない……」 「……木村さん」 「ボクたちって……木村さんは関係ないじゃないですか……だいたい木村さんにだってこんな迷惑かけて……」 「何言ってるんだよ。ボクが好きで乗りかかった船だ。最後まで、君達と共に歩くよ」 「木村さん……」 「なんて事言っちゃうと、ボクの大人の〈魅力〉《みりき》にメロメロになっちゃうかな?かな?」 「バカですか……木村さん……」 「私は、私は……とも兄さんだけが好きなんです……」 「ははは……知ってるよ……」 「ボクは伊達にずっと素人童貞じゃないからね」 「ボクは知ってる……」 「ボクが好きになる素晴らしい女性にはかならず、好きな男がいるってね」 「ボクはフられるの慣れてるからさ……」 「だからさ、思いっきり泣いていいんだぜ」 「俺の胸で」 「……木村さん」 「……木村さん……本気で私の事口説いてたんですか……」 「え? 冗談だと思ったの?」 「だって……木村さんと私じゃ……いくらなんでも……」 「ま、ですよねーあははは……」  そう言って木村さんは頭を撫でてくれる。 「冗談、冗談、君がどれだけ皆守兄さんの事を愛してるか知ってるよ」 「だいたい俺みたいなおじさんを好きになるわけないじゃん……」 「……とも兄さんがいなかったら……考えたかもしれません」 「え?」 「でも……とも兄さんがいるからダメです……」 「ですよねぇ……」  私は木村さんの車で送られて、白州峡に帰った。  帰り道…… いつも通らない坂道……。  その坂道を登る途中で…… 夜の太陽を見た。  すぐ近所なのに、今まで知らなかった大きな向日葵。  夜露でその産毛が白く光っている。  碧い月明かりと黄色い向日葵…… まるで太陽と月の立場が逆転してしまったかの様……。  あれほど強かった太陽が地に、そして影で輝くしか出来なかった月が天に……。  黄色い向日葵は碧に染められている。  その姿は美しかったけれど……、  力強く咲く向日葵が、まるでか弱い存在の様に見えた。  夜に天に伸びる向日葵……、  車の中からその姿を目で追った…… 夜の月明かりに照らされた太陽。  碧く染められた太陽…… その姿を……私はずっと目で追っていた……。  マスターに連絡しておかなかったので、すごく怒られた。  あまり怒られてしまったので泣いてしまったぐらいだ……。  でも、マスターが本気で怒ってるのを見て……木村さんが言った事を理解した様な気がした……。  マスターは……由岐さんのお父さんは……私達を愛してくれている。  由岐さんが守ってくれた……私達を……。  木村さんは私をBarに送り、すぐにまた間宮の家の方に戻った。 「まだ調べなきゃいけない事が多いからさ……」 「次、彼を見つけた時は、ちゃんと確認して連れてくるよ……」 「それが君の“とも兄さん”であるかどうかを確認して」  …………………。 …………。 ……。  日が変わりそうな時間……Barの重たいドアが開く……、  そこに取り付けられていた鐘が小さな音を立てる……。  今日はClosedの看板が出てたはずだけど……、  マスターが入ってきたお客さんに“今日はやってない”と告げようとして……、  そのまま固まっていた。  ドアには見慣れた姿があった……。  ほんの数時間前も見た姿…… でもそれは少しだけ違う……。 「あ、あら?」 「どうも……木村です」 「あ、ああ……という事は……」  木村さんは連れて参りました……というポーズを取る。  木村さんが連れてくる人…… それは一人しかいない……。  それは他の誰でもない。  私は口がかたかたと震えてしまう。 言葉が形にならない。  言葉をはきだす事が出来ない……。  ただの小さな言葉……、  兄さんの名前にすぎないのに……、  勇気を出して……、  言葉をはきだせ……、 「と、とも兄さん?」  目の前の男の人は少しだけ苦笑いする。 そして、あの表情で答える。 「……ああ、そうだ……皆守だ」 「うわぁあああああん!」 「お、おいっ羽咲」  私の抱きつきに耐えられず、とも兄さんがドアに倒れ込む……でも、自重なんて出来ない。  一度堰を切った言葉は止まる事が出来ない。  ここにいるのはとも兄さんなんだ。  私が大好きな皆守兄さん。  ずっと、ずっと一緒だった人なんだ……。  そんな私を見て、とも兄さんは照れくさそうに笑う。  この笑顔は、卓司兄さんも由岐さんもしない。  私に、こんな表情を向けてくれる人は世界に一人しかいない。  だから……、  だから私は……、 「もう、会えないって思ってた、思ってたよぉ……なんか卓司兄さんがどんどんすごい事になって……」 「すごい事か……たしかに……」 「とも兄さんは記憶が無いから知らないと思うけど、人が死んだり、多くの人が行方不明になったり……」 「いや……微妙な記憶はたどれる……一応、あの男とは脳を共有しているからな……」 「あら? そんな事出来た?」 「ここ最近で手にしました……訓練で……」 「ふーんそれにしても、なんか少し大人っぽくなったわねぇ。何か変わったわね、何かあったの?」 「あ、いや……これといって……、 強いて言えば間宮卓司にボコボコにされて、その後、夢の中に彷徨ってました……」 「夢の中?」 「ああ……少し由岐に会いまして……」 「由岐に? あ、そう……ふーん」 「?」  マスターがうれしそうな顔をする。  マスターは、由岐さんの人格の時に、一度も、自分が父親である事にはふれなかった。  由岐さんもまた、自分が生前マスターの娘である事を語らなかった。  人は由岐さんの人格をただの病気だと考える。  それはとも兄さんが作り出した……幻想であると……、  でもマスターはずっと信じていた。  目の前にいる由岐さんは、本当の自分の娘で……とも兄さんを救うために、この肉体に宿ったんだと……、  卓司兄さんの呪いを断ち切るために……由岐さんがとも兄さんを助けるために……ここにいるんだと……、  解離性同一性障害。  その言葉でかたづけるのは簡単だ……でも人の心はもっと複雑だ。  そこに宿る魂はもっと複雑だ。 「ふふふふ……少しあの子の面影があるわね……」 「あの子?」 「あ、いや、こっちの話よ……こっちの話……それより、羽咲ちゃんに大事な話あるんじゃない?」 「はい……」 「急いでたじゃない……はやくしてあげなさいよ」 「……はい」  と言いながら私をとも兄さんは少しだけ遠ざける。  私が悲しそうな顔をしたら、とも兄さんは指で“ちょっとだから”と言う。  そのちょっとだって惜しいのに……。 「ん?」 「その前に……マスター!」 「何?」 「表出て下さい!」 「表? 何二人っきりの話?」 「違います。俺と二人で、外に出て下さい!」 「え?」 「青姦?」 「違うわ! 表出ろって言ってるんだ!」 「ふふふ……どうしたの? めずらしい」 「めずらしいって言うよりも、初めてですよ……師範代に表出ろなんて自殺行為です」 「でも、表出ろなんでしょ?」 「はい……お願いします」 「良いわよ」 「え? とも兄さん?」 「本当は、お前に一言だけ伝えるために帰ってきただけだ……だけど、その一言の前にたしかめたい事がある」 「あ、あの、とも兄さん……」 「俺は……夢を見た……」 「……夢」 「そう言ってたわね。由岐に会ったって」 「はい、由岐に会いました。そしてそこで俺は夢の扱い方を教わりました」 「……夢の扱いねぇ…… 明晰夢ってやつ?」 「知ってるのですか?」 「うん、あれは武道の世界に通じる境地だからね」 「そうなんですか……だったらなおさら、表に出て下さい」 「……何よ。表出ろ出ろって〈盛〉《さか》っちゃって」 「……そういう言い方はキモイのでやめてください……」 「え? な、何?」 「マスター? とも兄さん?」 「少し……席外す」 「そ、そんな、せっかくひさしぶりに会えたのに……」 「ああ、大丈夫だ……すぐに戻る……」 「とも兄さんっっ」  私はその後を追いかけようとする。  その手を木村さんが止める。 「木村さんっ」 「落ち着いてよ……たぶん、屋上だから……」 「屋上?」 「うん、武術の練習は主にこのビルの屋上でやるって言ってたから」 「なんで武術の練習?」 「……いや、練習のためじゃないよ……」 「な、何の話ですか!」 「皆守くんは……水上さんを越えようとしている……」 「え? マスターを?」 「うん……そうだ」 「な、なんで?」 「その答えは、皆守くんから聞くべきだと思うよ……」 「っく」 「とも兄さんっ」 「やっと会えたのにっ、とも兄さんっっ」 「とも兄さんっっ!」 「は、羽咲?」 「あははは、 どうしてもって言うからさ……とめきれなくて……」 「マスターもうやめて! とも兄さんそんなボロボロになって……」 「うるせぇ! 羽咲は黙ってろ!」 「っ」   「あら……そんな事言っていいの?」 「……」 「うるさいじゃないよ! 私が、私がどんな思いで……」 「分かってる……」 「分かってないよ! 分かってないからそんな事言うんだ! とも兄さんは!」 「違う!」 「分かってないからじゃない……分かってるから言うんだ……」 「……とも兄さん」 「俺は、お前に一言伝えるためだけに、帰ってきた……」 「この一言だけ伝えれば……後は問題ない……」 「だから、そういうのが分かってないんだよ! 一言なんかいらない! 私はもっと沢山の時間、出来るかぎり長い時間とも兄さんと話していたい!」 「なのにとも兄さんはいつでも、自分で勝手に納得して、自分で勝手に決めて……」 「ああ、そうだ……羽咲の言う通りだ……俺はいつでも勝手に納得して……勝手に決めていた……」 「なら、なんで一言だけなんて言えるの? 一言なんかじゃ足りない! 私は、私はまだ沢山とも兄さんと話したい! もっといっぱい言葉を交わしたい」 「羽咲……それがいくつなら満足なんだ? その言葉が一つじゃ足りないなら……いくつならお前は満足するんだ?」 「そんなの知らないよ……私はただもっと沢山、もっと、もっと沢山とも兄さんと話したい……ただそれだけだよ……」 「俺もだ……」 「え?」 「俺も羽咲と話がしたい! 一言なんかじゃない! いくらでも話をしたい!」 「だから! 俺は今夜は一言だけをお前に伝えるために、お前に会いに来たんだ!」 「え……それって……」 「俺は消えない! 俺は間宮卓司に勝って! そして、これからお前を守り続ける!」 「と、とも兄さん……」 「羽咲を守るのは、由岐でも、そしてマスターでもない……お前を守るのは俺だ!」 「羽咲! 俺は帰ってくる! 必ず帰る」 「だから、安心しろ!」 「と、とも兄さん……」 「このカマを倒して! そして俺は間宮卓司を倒す!」 「このカマって……あんた師範代に大層な口の利き方ねぇ……しかもそんなボロボロなくせに……」 「マスターすみません……今のは口が過ぎました……でも」 「俺はあんたを倒す!」 「……足ガクガク震えてるのに?」 「……武者震い!」 「……あんたキャラ変わってるわよ……」 「俺、いっぱいいっぱいなんで、クール系とかやってるわけにもいかないんですよ……」 「いっぱい、いっぱいなら、それらしくしないと……」  すでにボロボロのとも兄さん…… 相当マスターに殴られたんだろう……。  アザだらけで血だらけ…… 誰だって分かるの、絶対的な力量差……。  絶望的な状況。 なのにとも兄さんは……、 「師範代……道場主には敵わなかったんですよね……ウチのじいさん」 「そりゃ、あんなのに勝てるわけないわよ」 「戦国時代から続く……この古武術は、ほんの数百種類の基本技しかない……」 「それの組み合わせが数万という数になる……」 「でも、あの人は、そういう問題じゃなかった……動物的感というか……まぁ、あの道場は歴代、宗教的なもの……歴代が霊能力者の様な力を持っていた……」 「そして、その血……たぶん、俺は、それを感じてるんだと思います……」 「……さぁ、整いました……」 「これから……俺の番です」 「あんたの……番?」 「夢を扱う事……その意味……この現実の世界で、師範代の目の前に立って認識しました……」 「……ぬぅ」 「とも兄さんっっ」  一瞬、時が止まった様に感じた……。  時間が過去にも未来にも動かず……、  ただそこにあるだけの様な……、  それが永遠に続くと思われた次の瞬間に……、  二人の影は動き出した。 「ぐっ」 「ちょ……少し……手加減……」 「……やったぁあああああ!」   「とも兄さんっっ、もうこんな傷だらけで……」 「すげぇ……勝ったんだ……」 「ちょ……私の心配も……」 「痛くない?」 「痛くないと言えば……嘘になる……」  薬箱を持ってきた。  なんでこの人は帰ってきて早々こんな傷だらけになってしまうんだろう……。  昔から全然変わらない……、  とも兄さんは私のところに帰ってくる時はいつでも……、 「アザだらけだよ……」 「そりゃ、あの人と戦ったんだから……当たり前だ……」  それ以外の時だって…… そう言いかけたけど……やめた……。  とも兄さんには昔の記憶が無い。  自分は間宮卓司であり、卓司兄さんが作り出した人格が自分だと思い込んでいる。  だから……とも兄さんは自分の記憶のすべてを捨てている。  あの幸せだった沢衣村の事も……。 「なんで、こんな無茶を……もう……本当にとも兄さんは……」 「だから言ってるだろ……お前を守るためだって……」 「でも……」 「これから一緒にいるためだ……」 「これから……一緒?」 「ああ、そうだ……」 「とも兄さん……何処にも行かないの?」 「ああ、そうだ……何処にも行かない……だからいくらでも言葉を交わせる……」 「本当に?」 「ああ……そうだ……」 「でも……とも兄さんはそうやって何度も嘘ついてきた……」 「ふっ……そうかもな……」 「だから、本当はガムテープでぐるぐる巻きにして、何処にも行けない様にしたい……」 「それも手かもな……」 「うん……でも」 「とも兄さんを信じる……私」 「何度も裏切られてるけど……私はとも兄さんを信じる……」 「なんでだよ……こんなダメな兄を……」 「だって、とも兄さんは私のヒーローだから……」 「ヒーロー?」 「そうだよ……ヒーローは救世主より強いんだよ」 「なんだよそれ……デタラメな理屈だなぁ……」 「でもそうなんだもん」 「ああそうだ……」 「俺はあいつより強い……」 「絶対に負けない……」  とも兄さんとの約束……。  前は破られちゃったけど……、  でも私は信じる……。  だってとも兄さんは私のお兄さんで……そしてヒーローだから……。  だから私はとも兄さんを信じる……。  ……。  風の音がしない……。  さっきまで聞こえていた風の音……。  なんで風が吹かなくなったんだろう……風……。 「っ!?」 「店内?」 「な、なんでたしか私屋上に……」 「皆守くんが運んできたんだよ……」 「とも兄さんが?」 「そ、それで、とも兄さんは?」 「えっと……」 「木村さんっ」 「く、口どめされてるんだよねぇ……」 「木村さん!」 「は、はい……えっと…… いや、これは男と男の約束だから……うん」 「男と男の約束?」 「そう、戦うために旅立った男を引き留めるなんて出来やしない……」 「戦うために……分かりました。ありがとうございますっっ」 「へ?」 「ちょっと! なんで走り出すのっ」 「とも兄さんが、戦うために行く場所なんて一つしかありませんっ」 「え? なんで?」 「卓司兄さんと戦うためならば北校以外にありませんっ」 「で、でも北校のどこにいるかまでは?」 「そんなの行ってみないと分かりませんっ」 「とも兄さんっ」 「んで……どこにいるの?」 「って木村さんは聞いてないんですか?」 「うん、どこに行くか聞いてないなぁ……」 「なら口止めとかじゃなくて、知らないだけじゃないですか……」 「いやぁ……そうなるかなぁ……」 「っ!? あれ人影?」 「え? ど、どこ?」  月明かりに照らされた屋上に…… 一つの影……。  たった一つの影なのに…… まるで……何かと対峙するかの様に……。 「とも兄さんっ」  月の下の立像。  一つの影。  胸元が風に光る。  胸に当てられた手には……あの時のナイフ。  七年前と同じ姿。  ただ、違うのは、そこにある影が一つである事。  あのナイフは、自らに突き立てられようとしている。 「だめ! 絶対にだめ!」 「っ?」  影から表情がのぞく……それが誰なのか…私にはすぐに分かる。  あの……困ったような優しい笑顔をしてくれる人は、世界に一人しかいない。 「だ、だめだよ……とも兄さん……そんな事しちゃ……」 「……なんでついてきたんだ……」 「あははは……ごめんねぇ……」 「木村……てめぇ……」 「ちっ……鍵のかけ忘れか……鍵を閉めておけばつけられていたとしても入れなかったのにな……」 「だめだよ……とも兄さん……私、私、そんなの許さないんだから……」 「羽咲……」 「そんな事するためだったら……ぐるぐる巻きにして閉じこめておけば良かった……」 「だから……それも一つの手だと言ったハズだ……」  とも兄さんが私に気を取られているその瞬間、  とも兄さんの顔つきが一瞬だけ変わる。  一瞬だけ……違う人になった。  私は叫ぼうとした。  だけど、空気を吐き出す前には、終わっていた。  それは終わっていた……。  鋼に裂ける繊維……そして血、肉……。  暗闇で音だけが響く。  終わりの奏で……。  最後だと私に知らせる調べ……。 「っ?!」  暗闇に光る鋼。  その美しい表面を踊る様に流れる真っ赤な血。  漆黒に限りない空。  その漆黒を青く照らす月。  光る鋼。  流れる赤い血。  真っ白になる……。  頭の中が……、  真っ白に……。  はき出せなかった言葉……、  とめる事が出来なかった言葉……、  言葉にならなかった息が……悲鳴に変わる。 「いやぁぁぁあああああああああああ!」 「いやぁ、とも兄さん!! いやぁぁぁぁあああ!」  ただ叫ぶ。  私は泣きながら、ただ叫ぶ……。 「……最後の最後でしくじったな……」 「予定……調和か……」 「なるほど……どうあってもお前にとって……俺は用済みって事なのか……」  独り言の様につぶやく……とも兄さん……。  相手は……卓司兄さんなのだろう……。  二人に何があったのか分からない。  ただ、分かる事は兄さんは自らの胸に刃物を突き立てたという事……。  その行為は……誰も勝者とならない。  彼らの肉体の滅びは……、  三人の魂の滅び……。  何故……こんな事になったんだろう……。  私は、その場で崩れ落ちる……。  声にならない……。  ただ、涙が止まらず。  ふるえが止まらない。 「……あのさ……羽咲……ごめん……」 「俺はどうやら……約束守れなかったみたいだ……ここで終わりだ……」 「ふぅ……何もしてやれなかったな……羽咲には……なぁ……」 「とも兄さん……」 「そんな事ない……そんな事……だからとも兄さん……」 「こいつにやられるとはな……どうしようもない……」 「どうしようもない……な……」 「これも現実か……」 「なら、受け入れるだけか……」 「…………っ…………っ………」 「はぁ……こんな事なら……最後の時間……もっと他に使えば良かったかな……」 「もっと相手してやれば良かったな……」 「はははは……だめな兄だな……俺も……」 「まったく変わらないな……俺も……」 「さてと……お別れだ……間宮卓司……おめでとう……お前の勝ちだ……」 「そして……俺の、負けだ……」  私はとも兄さんの元に駆け寄る。  そしてとも兄さんを抱きしめる。 「とも兄さん……いかないで……」 「バカ……俺に近づくな……あぶないぞ……」 「この肉体は間宮卓司のものに変わる……俺は消える……」 「とも兄さんが消えるなんてありえないよ! だって」 「そうだな……消えたくないな……」 「もっと羽咲と一緒にいたかった……」 「そうだよ……だからとも兄さんっ。一緒に、一緒に帰ろう。もう家に帰ろうよ……」 「そうだな……それが約束だったな……」 「うん、そうだよ……」 「一緒に、これからずっと一緒に……沢山言葉を……交わし……」 「うん……もっと、もっと沢山の言葉を交わすって……約束した……私、まだまだ全然足りないよ……とも兄さんと話すの……」 「話すの……足りないか……」 「話……をしよう……」 「うん、わ、私ね。昨晩ね。大きな向日葵見たんだよ」  坂道で見た夜の向日葵。  いつも通らない坂道の途中で見た……夜の太陽……。  碧が支配する世界で……黄色く光ろうとする向日葵。  私は、向日葵の話をする。  坂道の向日葵。 「夏の夜空に……大きなね、黄色い向日葵が……すごく綺麗で、大きくて……」 「向日葵……」 「うん、もう夏なんだね……すっかり夏なんだよ……」  私はあの夜の太陽を知っている…… あの坂道で私達は同じ太陽を見たのだから……。 「学校もそろそろ夏休みだし……私、今年はとも兄さんとどっか行けたらいいなぁ……って思って……」 「夏か……」 「うん……ずっと、どこにも行かなかったから……今年の夏はどっか行きたいって……」 「今年の夏はとも兄さんとまた仲良くなれたから……」 「だから、夏休み……いっしょにあの村に帰ろうよ……」 「あの村?」 「そうだよ……あの村だよ……兄さんと一緒に過ごした……」 「あの……」  とも兄さんはゆっくりと笑う。 「なんで忘れてたんだろう……そうか……一緒に過ごしたな……」 「うん、夏休み……またあの村に行こうよ……」 「夏……休み……か」 「うん、とも兄さんっ」 「ああ……そうだな……」 「夏……休み……か」 「木村さん、救急車を!」 「なんだっ!」 「っく」  私を振りほどいて、兄さんが立ち上がる。 「うわ、なんだこれっ」 「痛っ……くぅ……」 「兄さん動かないで!」  私は兄さんをとめようとする……でもその手を振りほどく……。 「に、兄さん……」 「あ、あれが……」  さっきまでの顔とは違う……。  声が違う……。  同じ形なのに……まるで別人の様……。  月明かりに立ち上がる……その姿は、まるで幽鬼の様……。 「羽咲ちゃん、危ない!」 「兄さん!」 「ダメだ! あれは皆守くんじゃない! 君を殺そうとした男だ!」 「兄さん! 兄さん!」 「危険だ! ダメだ! 君が一番知っているだろう! どれだけ間宮卓司が危険な人物であるか!」 「今、彼の下には百数十人もの信者がいる!」 「兄さん! 兄さん! ダメ! 戻ってきて!」 「危険だ! とりあえず君は戻るんだ! ボクが警察と病院に連絡しておく!」 「でも……ボクはまだ、やらなければならない事ばかりだ……」 「くっ……」 「さぁ……帰ろう……箱舟に……もう最後の日は近い……」  傷口を押さえながら……兄さんは建物の陰に消えていく……。 「羽咲ちゃんっ」 「ごめんなさいっ」 「うごっ……」 「木村さん……ごめん……でも……」  私は兄さんの後を追いかける……。  兄さんが消えた場所には小さなドアがあり……そこに鉄梯子がかかっていた……。 「……」  暗闇の地下に延々と続くような梯子……。  恐怖が無かったわけじゃない……。  だけど……私は……。  そこは人で埋め尽くされていた。  沢山の人で……、  これだけの人間が、こんな場所で……、 「兄さん……」  私はその大人数の中から兄さんを捜そうとする……。  兄さんを……。 「……あれ?」  私を見て、一人が声をかけてくる。 「何であなたが?」 「え?」 「あ、そうか……そっちは私の事なんて知らないよね……」 「私が救世主様の身辺調査をしてて知ってるだけなんだから……」 「兄さんとお知り合いですか?」 「うん、まぁ、そうですかねぇ……」 「兄さんどこにいますか? 兄さん大変なんです!」 「……」  女の人は考え込む…… そして苦笑いする。 「そうだよね……あの人は、私達の救世主様だけど……あなたの兄さんでもあるんだもんね……」 「計画に邪魔な者は消す……」 「……っ」 「って言う心構えだったけど……、でもこれはさすがに……どうにもならないかな……」 「救世主様は奥の部屋にいるよ……」 「あなたが降りてきた梯子のすぐ横の壁……」 「あ、ありがとうございます……」 「……まぁ、どう転ぶかは神のみぞ知るかな」 「神のみぞ知る?」 「うん?  君のお兄さんが私達の救世主である事を取るか、あなたのお兄さんである事を取るか……」 「それは神様に決めてもらった方が良いって事……」 「……」  そこは……兄さんの秘密の部屋だった……。  前に、木村さんと来た事がある……。  あの時は、たまたまなのか布が上がっていたから、壁には見えなかった……。 「兄さん……」 「…………」 「兄さん!」 「…………………」  兄さん……。  卓司兄さんはブツブツと何か喋っている……。  この人に私の言葉は届かない……。  卓司兄さんは私を嫌っていたから……私が消えればいいと思った人だから……、  だから私の事なんて見えるわけがない……。  分かっている。  でも……。 「もう、許して! とも兄さんをゆるしてあげてください! もう! 消えて下さいっっ」 「消えて!」 「なんだ……お前?」 「若槻姉妹?」 「違う! 私は、私は、あなたが憎んだ羽咲! 間宮羽咲だよ!」 「双子の姉妹か……」 「違う! 双子なのは、ぬいぐるみと私なんかじゃない!」 「双子だったのは、あなたと私!」 「卓司兄さんと私なのっ!」 「このうさぎのぬいぐるみなんかじゃない!」 「双子なのは、私と卓司兄さん!」 「……」  兄さんはただ私を見つめる……。  憎しみを持った視線で……、  あの時の様に……、 「なんだ二人とも……黒波動の発生源が二人してのこのことこの箱舟に乗り込んでくるとはな……」 「兄さん……」 「なんで……なんで卓司兄さんは……とも兄さんを……そうやって……」 「なるほど……悠木のあの行動……あの異常な強さ……」 「ははは……そうか……お母さんが設定したハードルにしては高すぎると思ったんだよ……あいつ強すぎだろ……」 「お前達か……お前達黒波動の発生源が、やつに力を貸していたのか……白波動のリルルがボクを助けた様に、なるほど……」 「音無が言っていたのはそういう事か……なるほど……破壊者ねぇ……なるほど……」 「悠木はお前らによって作られた、救世主を破壊する黒波動の闇救世主……人類の救済を妨げる存在……」 「それですべての〈合点〉《がてん》がいく……あれほどの強さ……これほどボクを追い詰めた理由も、合点がいく……」 「だが、残念ながら結果はこれだ」 「闇の救世主は死んだ」 「闇の救世主が消滅し……そして真の救世主であるボクが残った……この地上に……」 「ボクの勝ちだ……そうだ……ボクの勝ち……」 「闇と光の戦い……白波動と黒波動の戦いは……ボクらの勝利だ……白波動の勝利」 「救世主の……勝利……」 「なんで……届かないの……なんで……」 「もう、気が済んだでしょ……卓司兄さん……もう……」 「消えろ……」 「消えて……お願い……」 「お前こそ消えろ……黒波動を止めろ……」 「卓司兄さん……なんで……なんで……」 「黒波動を止めないのなら……仕方がない……」 「強制消去だ……」 「人を呼べ!」 「はい? 何ですか?」 「誰でもいい! 男数人をここに呼べ!」  奥から沢山の人が入ってくる。  みんなが私を睨んでいる。 「な、なんですか? 救世主様」 「お前ら、ずっとセックスしてるんだろ?」 「あ、いや……ずっとというわけじゃないんスけどね……」 「セックスが好きなんだろう。〈姦淫〉《かんいん》が好きなのであろう!」 「あ、はいっ。大好きです」 「この女を犯せ……」 「え? いいんですか?」 「マジですか! やった!」 「きゃあ!」 「そっちじゃない!」 「え? こっちじゃないって? 一人しか?」 「そっちの女は、自分の姉が犯され……死んでいく姿を最後まで見せる……その女に手を出すな!」 「あ、あの……どういう事ですか? 自分の姉って?」 「そっちの長い耳をした女だ……その赤い目をした女だ……その全身が布で出来た女だ!」 「え? そ、それって?」 「ま、まじかよ……ぬいぐるみの事じゃねーの? もしかして?」 「そうだ……その布で出来た……女は死ぬほど犯された後に、殺す……もっとも残酷な殺し方で……」 「な、何を?」 「そっちの女を押さえつけろ!」 「あ……はい……わ、分かりました……」 「いやぁ! これはとも兄さんが、とも兄さんが作ってくれた人形っっ」 「妹に? ああ、分かった。妹には手を出さないでいてやろう……本来ならお前達にはどこかに消えてもらえば〈良〉《い》いだけだからね……」 「こうなってしまったのもお前がやたら反抗的で、事あるごとにつっかかってきたからだ……司の方は許してやろう」 「お前の妹はお前が消えれば何も出来ないだろう……あいつはただお前の後ろをうろうろしているだけの存在だからな……」 「兄さん! とも兄さん聞こえないの! お願い! とも兄さん!」 「とも兄さんが作ってくれた人形壊されちゃうよ!」 「だまれ! そいつを犯せ!」 「お、犯せって……あのこれをですか?」 「大丈夫だ……妹の身を案じているから抵抗はないだろう……怖がる事はない……」 「身を案じるって……このぬいぐるみがですか?」 「つーか、この娘って救世主様の妹じゃなかったっけ?」 「だから犯しちゃいけないんだろ?」 「なんだおまえら……ボクの命令が聞けないのか?」 「あ、いや!やります!やらせてください!」 「ほら、お前らもやるぞ……こいつを……」 「え? 俺も?」 「救世主様の命令だ!」 「おーっっ」 「よーしテンション上がってきたぞぉ!」 「暴れる前に気絶させておけ……」 「気絶? あ、はいっ。とりあえず殴っておきます!」 「よし命令だ! こいつをぶん殴るぞ!」 「おーっっ」  男の人達がよってたかってとも兄さんが作ってくれた人形を叩く。  この前、由岐さんが直してくれてた場所がまたほつれてしまう……。 「っ、やめてぇぇーーっ」 「うへへへへ……すげえ格好だなぁ」 「へへへへへ儀式を円滑にするためだよぉ……お前はぁ…バカかぁ……外すわけねぇだろう……くくくく…これから楽しい時間の始まりだぁ……」  この人達……誰と話しているんだろう……。  なんか……ブツブツとぬいぐるみに話しかけている……目の焦点も合っていない……。  何か聞こえない声でも聞いているのだろうか……。  私はその恐ろしさに声を出す事が出来ない……。  ただガタガタと震えている……その姿を見て、兄さんがうれしそうに笑う……。 「ははは、お前はそこで姉がどんどん〈穢〉《けが》されていくのをただ見ているが〈良〉《い》い……」 「さぁぁ……これからがぁ……本番だぜぇ……たまんね……ふひひなんかびびってる…ぞぉ…コイツ……何されるか分かってきたのかぁ……」 「はははは……普通わかるだろ…分かるさぁ……全然分かって当然だよぉ……」 「なぁにぃこれ……?」 「こいつ……ノーパンじゃん……」 「いつもノーパンで過ごしてたぁ……」 「……」  ぬいぐるみのスカートをめくって何かブツブツと言っている……意味が良くくみ取れない……。  ぬいぐるみが下着を着てないと不満なのだろうか……良く分からない。 「あ、あああう……やっぱり太ももは柔らかいぜぇ……たまんねぇぜぇ……」 「お…俺も…触わりてぇ」 「すげぇ……たまんねぇ……こいつのマ○コ完全にピンク色だぞぉ……」 「ひ、広げてみせろよ……」 「うっ……すげぇ……なんかこいつのスジ……子供みたいに小さいな……」  うさぎの人形の足下の縫い目を荒く広げようとしている……あんな事したら人形が壊れてしまう……。  もうかなり古い人形だから……。 「もっとぉ……広げろよょ……」 「だ、だだだいしょういんののの……内側がしょういんしんだろ……」 「そ、そそそうだな……んでこの場合は何がどうなってるんだ……」  さらに彼らの言葉は聞き取れなくなっていく。 「く、くく詳しくななな……あば、あばば、あばばばば……」 「と、と、とり……会えず……あば、あばば、あばばばばば……」 「ど、どど、どう?うぅだ? どうなんだよ」 「あいぼ、あい、あいあい、あいぼぼぼ……ぼぼぼ……」 「おい答えろよ! どうなんだよ?」 「ごめんっ、どど、どならないでどどどなるどどどど……ど、どな、どなな……」 「ななな……なにぃ……する気なんですか? や、やめて……こわいデス……」 「ふふふふふ……コワイか? コワイかきゅう選手さまは……おま、オマ、おまへ……恐いか……恐いのか……」 「……こ、こここ、コワイコワイコワイ……ひ、ひひ光って……コワイ……こわ……」 「やったゆうしょうか……」 「そうだ……それしかねぇ……ゆうしょう……」 「だだだ……だめ…コワイコワイコワイ……ひ、ひひひ……」 「立ってきた……立ってきた……立った……クララの重病患者が立ちあがり……窓が窓にななな……」 「クララ……ちゃんと起てるじゃないの……ばば、ばば……ばば……ばばばばばばばば……」 「こわいこわいこわいっっっこわい亀ナリ!」 「あははははは。もっとやってやって、こねて、こねて、こねて……」 「そう……それでカメNA☆RI☆をこねて……作ったパンを食べさせてあげて……」 「あははは、それはすげぇすげぇもしかして頭痛治ったのかぁ……」 「カメなリカメ…カメな……カメなリ……万能でござるなぁ……カメ……カかかカカか……カメありなりあり」 「きゃっ」  男の人達は意味不明な言葉を発しながら、突然ズボンを脱いでゆく……。  私は目を覆う……。 「舐めるんだぁ! カメナリを! な、ナメっナメナナメ……」 「カメナリサイコウーサイコウーウヒヒヒヒヒ……」 「だ、だめ……お口いっぱいいっぱい……カメカメカメアリナリ……カカカカ……カメ……」 「お、おおいおおいおおい……か、カメアリカメ……カメありあり……」 「な、中身は? 中身ばばば……あば、あばば……中身はカス、カスタードドドド……カス……カスじ……カス自……」 「あばばば……あば、あばばば……お口、お口、イースト菌と仲良しなななな……な」 「あ…ああ……あっマグナム……ゆうしょう……」 「あ…あああ……射精の瞬間……優勝…けってい……」 「射精のしゅんかんだけ……優勝! イグッ!」 「あ、ゆうしょうする……あ、ゆうしょうKA・ME・NA・RI! イグぅ……」 「しゃせいのしゅんかんだけ……ゆ……う…しょ……イグゥ」 「も、もも……もっと人呼ぼうぜ! あ、あっちでやろう……」 「さ、ささ賛成……人のいっぱいいる方で……ゆ、ゆんゆん……ゆうしょうしよう……」 「え?こわい……ゆうしょうこわいデス……ゆうしょう……」 「あ、ダメ……」  男の人達がぬいぐるみを隣の大きな場所に持って行ってしまう……。 「だめ! ひどいことしないで!」 「……な、なんですか……これ?」 「な、何か、何か一言お願いします……ゆうしょうについて一言……」 「……ひ、一言? こ、このぬいぐるみに?」 「いい、いそいで……ゆうしょうするから、ああ、半身がゆうしょうしちゃう……」 「ふぅ……ほら、一言言いなさいよ……」 「た、橘先輩……」 「目の前の女の子が若槻姉妹の姉なんだからさ」 「え? これが?」 「そうだよぉ……ノリ悪いなぁ……そんなんじゃ至れないよぉ?」 「そ、そんなぁ……えっと……あ、あなたが若槻姉妹なんだ……どうでもいいからさ……はやくはじめなさいよ!」 「は、ははは、はやくはやく、はははヤク……」 「何はじめる気なんですか?」 「これからオナニーさせるんだってさ……」 「え? このぬいぐるみにですか?」 「はぁ……。ほら、救世主様のお薬……そんなんだから脳みそが至ってないんだよ……じゃんじゃん吸いなさい」 「は、はい……ありがとうございます……」  大勢が、うさぎのぬいぐるみを見つめる……。  動かないぬいぐるみをみんなが見つめる……。  何が見えているのか……おおはしゃぎする人達も大勢いる。  何が起きているのか分からない人も多数……。  何故か……ぬいぐるみを恐れる人もいる……。  この人達には何が見えているのだろう……。 「全然動かない……」 「ま、まじめにやらなきゃ……全員に犯されますよ!」 「くくく……やす子ちゃん……真面目なんだにゃ……」 「いつもオナニーしてるんでしょ? さぁあなたの一番大切な人の事を考えてやりなさい」 「あ…ああ……またゆうしょうするしそうしちゃうかも……あ…あああ……ゆうしょうするする……」 「しゅんかんだけ……しゃせい優勝っっイグッ!」 「あ、ゆうしょうする……あ、ゆうしょう! イグぅ……」 「……イグゥ」  穢されていく……、  私のぬいぐるみ……、  あの時の私が……穢されていく……、  私の止まっている……大切な時間が……穢されていく……、  私の記憶……、  あの時代の私が……、  知らない人達の手によって……、  穢されていく……。  記憶が穢されていく……、  止まった時がぐちゃぐちゃにされていく……、 「どうだ? どんな感じだ?」 「ひ、ひどい……ひどいよ……なんでこんな事……ひどすぎるよ……」 「ふふふふ……鏡は完全に壊れたよ……」 「なんで、なんでこんな事……私の……私の大切な……大切な……」 「大切なお前の姉は壊れたよ。完膚無きまでにね……あ?」 「え?」 「あ? ああ? あばば……あばばば?」 「に、兄さん?」  突然……兄さんが白目になり……顎をガチガチと痙攣させる……。 「あ、あのっ」 「こ、ここ壊してやる……かか完全に壊す……お前を完全に壊す……」 「な、なな舐めやがって……ボクを舐めやがって……」 「だれか! ハンマーを持て! 誰か! 梯子だ! 鉄杭を持て! 磔だ……磔にしてやる……磔だ磔だ磔だ磔だ磔だ磔だ磔だ……」 「え? な、何で?何で?」 「うるさい! あんな挑発されて黙ってられるか! 本当に壊してやる……このウサギ野郎を!」 「いや、やめてぇ!」 「あのコンクリートの柱……あの柱に〈磔〉《はりつけ》ろ……高く……ここより遙かに高い場所に……磔ろ……磔るんだ磔るんだ磔るんだ磔るんだ……」  あれだけ騒がしかった、声が……一つずつ消えていく……。  声が少なくなり……、  やがて、すべては静寂に包まれる。  誰もいない……。  広い空間で……ただ私は泣いていた……。  私はただ泣いていた……。 「司……」  私を司と呼ぶ……人。  私は……そんな人に会いたくない……。 「これ……これ……鏡だよね……」 「違うよ……この子は……そんな名前じゃないよ……」 「なんでこんな事に……なんで……」 「何でなんて事ないじゃない……兄さんがやった事でしょ……」 「ひどい……なんでこんなひどい事を……」 「……兄さん」  私は兄さんを見つめる……。  その姿はとも兄さんだ……、  でも……魂は違う……。  私が会いたい人じゃない……、 「そうなんだ……」 「鏡……家に帰ろう……」  兄さんは、ぬいぐるみを抱き上げる……。 「帰ろう……家に……」 「……」  二人で夜の街を歩いていく……。  もう電車は無い時間だった……、  自宅までは一時間ぐらいかかる……、  無言でただ二人は歩いていった……、  そしたら……、 「昔もこうやって……おんぶして帰った事あったよね……」 「あの時はさ……がんばりすぎて……ランニングの時に肉離れ起こしちゃって……」 「……それ」 「司から連絡きてすぐに行ったんだよ……」 「そしたら……鏡こう言ったよね……」 「違う……」 「それ……私だよ……」 「あの……坂の話だよ……」 「向日葵を二人で見つけた……あの坂道……」 「……あの坂道を登って……私がお父さんの魂を探しに行くって……言って……」 「あの坂道の先まで行けば……お父さんの魂を取り返す事が出来て……お父さんが生き返るって……」 「取り返すって……どんなんだい」 「あの時どこに行こうと思ったの?」 「そんなの……わかんない……」 「ただ……あの向日葵の先……あの向日葵のお花畑を越えた先……いつもその先を越えられなくて……」 「向日葵の道……向日葵が向く空に伸びる……あの大きな坂道を越えれば……たぶん、お父さんの魂があるって……」 「大きな坂?」 「お父さんの田舎の……大きな坂……」 「あれって、そんなに大きかったかねぇ?」 「たぶん今はそうでもないと思う……でもあの時は……子供の時はものすごく大きく感じた」 「これは世界の果ての壁なんだって思ってた……」 「この坂を登りきったら……それが世界の限界だと思ってた」 「でも、違った……」 「その坂を登りきったら、その丘を越えたら……」 「その先にも……街があったんだよ……」 「その先にも坂があって、その先にも……」 「永遠に街が続いてた……」 「世界に果てはないんだって、その時気が付いたの……」 「そういえばあそこで、泣いてた」 「うん……」 「だって、もうお父さんの魂は帰ってこないってわかったから……そしたら悲しくなって」 「……もう戻ってこないものがあるって知ったから……」 「そしたら、とも兄さんが来てくれた……いつだってそうだった」 「とも兄さんは……わたしが泣いてると来てくれた」 「わたし、今も昔も……泣いてばっかりだから……いつもなにも出来ないから……」 「強くなりたかった……強く……」 「だからって……がんばりすぎなんだよ……」 「……全然ダメだよ……私……何もがんばれてない……」 「そんな事ないよ……そんなにがんばってるんだもん……」 「……とも兄さん……」  兄さんは私を見る事が出来ない……。  誰か他の人の魂に乗っ取られ……私を見る事が出来ない……。  だけど……私ととも兄さんしか知らない話をしてくれる……。  もう、兄さんは私を見る事が出来ないけど……でもやはり……この人はとも兄さんなんだ……。 「とも兄さん……」  私は静かに兄さんに抱きつく…… 兄さんはそのまま歩くのを止める……。 「鏡……家についたよ……」  知らない家の前で兄さんは突然立ち止まる……。 「鏡こんななっちゃったから……おばさんとおじさん……すごく悲しむだろうけど……」 「でも鏡は帰って来たかったんだよね……」 「鏡……」 「はーい」 「……」 「あ、あの……」 「……」 「すみません……ボク……ボク、鏡を守れなかった……」 「鏡をこんな姿にしてしまってっっ」 「ごめんなさいっっ」 「あの……」 「あなた誰?」 「……え?」 「その人形が……どうかしたのかしら?」 「え?」 「何これ?」 「あ、あの……あなた一体……」 「違うんです。さっきまでこれ鏡で……若槻鏡さんで」 「そういう名前なの? そのお人形さんは?」 「そうじゃなくて、だって若槻鏡はこの家の娘で」 「あのね……もう夜もおそいから……こんな場所でお話するのも問題あると思うのね……」 「でも、若槻のおばさん」 「あ、あのね……ウチは長谷川だから……若槻って家ではないんだからね……」 「え?」 「あのね……これ以上いると……警察よばなきゃいけないからね……」 「なんだこれ……何が起きてるんだ? ボク……」 「司!」 「もう……いい加減にして……」 「もう! 誰だか分からないけど! とも兄さんを返して!」 「ひっ」 「ぎゃぁぁぁぁあああああああああああ」    深夜でも学校はチャイムが鳴るのだろうか……。  暗闇の中で音が響く……。  気が付くと……私は北校に戻ってきていた。  今までずっと抱きしめてきた人形は無い……。  私は、あれから……はじめて……一人で立っている。  何も無く……ただ……。 「とも兄さん……」  やっぱり……あの時に私が死ねば良かったんだと思った。  あの時に、私が死ななかったから……こんな事になったんだ……。  とも兄さんに取り憑いたのは卓司兄さんの怨念だ……。  呪いだったんだ……。  当たり前の事……、  あれは精神病なんかじゃない……。  あれは呪い……。  残された、私達にかけられた……呪い……。  もしかしたら、卓司兄さんだけでなく……由岐さんも呪っているのかもしれない……。  だから、こんな結果になった……。  兄さんは自らの胸を刺し……、  私の半身を壊した……。  そして……さらに大勢の人を空に還そうとしている……。  空に還る日。  魂を返す日。  あの日、卓司兄さんが私にした事。  由岐さんを殺した……あの行為を……、  また行おうとしている……。  今度は……大勢の人と共に……、 「兄さん……」 「おはよう……」 「え?」  どこからか……声がした。 「こっち……」 「え? ど、どこですか?」 「場所じゃない……チューニング……」 「チューニング?」 「そう……間宮の家は古神道の家……心の周波数を……合わせる伎を持っている……そして佐奈実の血もまた同じ……」 「だからゆっくりと周波数を合わせれば……」 「あ……」 「ほら……会えた……」 「あなたは……誰……」 「彩名……あなたは……間宮羽咲さん」 「は、はい……」  誰だろう……会ったことない。  この学校の生徒なんだろう……制服着ているし……でも……、 「あなたは誰ですか……」 「だから彩名……」 「……人じゃないんですか?」 「……人じゃないなら何?」 「……分からない」 「くすくす……」 「見に行くんでしょ」 「何をですか?」 「終ノ空」 「ついのそら?」 「そう……」 「お母さんが予言した空ですか……」 「そう……あなたのお母さんが恋いこがれた空……」 「この世界の臨界点……」 「魂が、何度もやり直すための……地点……」 「出口を見つけないかぎり……何度でもやり直す……」 「やり直す? 少なくとも、そんな空今まで来たことありません」 「今まで? あなたの言う“今”はどこ?」 「……そんな話してません……」 「さぁ……この先を見るのでしょう?」 「この先」 「そう……終ノ空の先……」 「終ノ空の先?」 「魂の〈廻天〉《かいてん》の終わり……」 「何ですか……それ……」 「先の空……羽咲ちゃんは見る事が出来るのかしら?」 「だから、何ですか、その先の空って!」 「くす、くす、くす……魂の廻天……無限回廊……時間模型……」 「天球儀の先……廻天の影絵の先……」 「我は門……」 「門にして鍵」 「全にして一、一にして全なる者……」 「原初の言葉の外的表れ」 「外なる知性」 「……あなたは」 「音無彩名」 「誰も形にした事がなくとも……誰でも理解出来……誰でも知っている……」 「世界に一度も無かった風景だとしても……それは驚くような景色ではない……」 「ありふれた世界」 「ありふれた世界?」 「そう、この世界の先に……ありふれた世界がある……」 「……それは?」 「……素晴らしき日々」 「素晴らしき日々?」 「そう……永遠の相の下に……」 「この空の先……それを見るの?」 「……私……」  私は歩き出す……。  校舎に一歩踏み出す。  一人で……、 「……誰もいない」 「ここにはいない……」 「だって……ここは空じゃないから……」  姿は見えない……。  ただ声がする。 「ここは空ではない……」 「最後の空には一本の道……」 「この箱舟から……続く一本の道……」 「それはあなたが登れなかった……あの坂道よりも長く……天に伸びている……」 「あなた、一体!」 「私は音無彩名……それ以上でもそれ以下でも無い……」 「……あの鉄梯子……ですか?」  ……、  延々と続く梯子……。  それはまるで静寂の永遠の中をさまよう様な幻覚にとらわれる……。 「……」 「風だ……」  遠くで風の音が聞こえる。  遠く……先、先……。  階段の先から……風の音が聞こえる……。  あんなに遠くに感じられた風の音が……徐々に大きくなっていく……。  風の音が……。 「……」 「……もう時間だよ……」 「どうやら……羽咲はこの時間に永遠にとどまる気だね……」 「ボクは先に行くよ……この廻天の世界で……」 「また、新たなる肉体に宿る魂として……」  兄さんの身体が宙に浮く……。  私は無言で飛び出す。  ああ……そうなんだ…… 由岐さんもこういう気持ちだったんだ……。  理屈ではなく…… 好きな人が空に飛び降りるんだから……。  私はその身体を掴もうとする……。  私は――  夏のある日。  俺は道を歩いていた。  夏の日差し……、  青い空……、  大きな雲。  緑の木々……、  そんな風景の中を歩いていた。  風が吹くたびに草の香りがした……。  川のせせらぎ……、  土の香り……、  ここは父親の生まれ故郷……、  名前は沢衣村と言う……。  といっても……ここが日本地図のどこにあるのかすら良く知らなかった。  ただ、この村の夏は東京より涼しく、冬は寒い。  幼い俺にはその程度の事しか分からなかった……。 「えっと……羽咲が来るのってこの時間だよなぁ……」  時間を確かめる。  この村ではあまり時間を気にする事がないので、家から目覚まし時計を持ってきている。  もう約束の時間はとうにすぎている。  その証拠にアラームは、だいぶ前に鳴り終わっている。  こんな場所で一人でアラームを鳴らしているのもむなしい話だけど……。 「たしかに午後三時に来るって言ってたくせに……ったく」  羽咲が沢衣村に来る……。  父親が入院するにあたり、あのくそババァから逃れるためだ。 「たく……父さんもとっととあんなババァと別れればいいのに……」 「ははは……そんな事言ってはいけないよ……」 「って? うわぁ!」 「お? と、父さん?」 「皆守くん、元気だった?」 「なんだよ、いきなり」 「ごめん、ごめん……バスの駅から結構歩くんだねぇ……この村」 「ああ……んで? 羽咲は?」 「ん? あれ?」 「っ!」    父さんの足下で何かがビクッと隠れる。  小さい身体だけど、でもさすがに足に隠れる事など出来ない……。 「……ったく、また隠れてんのかよ……」 「あはは、ほら、大丈夫だよ……羽咲さん」 「ったく……何隠れてるんだよ羽咲……俺の事を忘れたのか? たかだか三年ぐらいで?」 「そう言うなよ……皆守くんが東京にいた頃は、まだ羽咲さんは小さいんだから……」 「って事は、俺の事覚えてないの?」 「まぁ、わりかしそうなんじゃないかな?」 「あ、あの……兄さんですか?」 「ああ、そうだよっ。皆守だよ。お前の兄!」 「あうっ」 「なんでそこで隠れるんだよ!」 「おいおい、ダメだよ、そんな大きな声出しては……羽咲さんは兄さんが恐いんだからさ……」 「恐い兄って、それって卓司だろ……」 「う、うん……まぁ、そうだけど……」 「卓司は相変わらずなのかよ?」 「まぁ、そうだねぇ……」 「まだ、羽咲虐待とかしてんのか?」 「いや、虐待って事はないんだけどね……」 「虐待だろ。あの母親といい……とっとと羽咲をこっちに連れて来れば良かったんだよ」 「ははは……君は本当にお母さんが嫌いなんだね」 「当たり前だろ! 父さんや俺を裏切ったんだ! 俺はあいつを許さない!」 「いや、それは父さんが不甲斐ないからね……まぁ、恨むんなら父さんを恨んでくれよ」 「何で父さんはすぐそうなるんだよ!」 「卓司といい、あの女といい、なんで殴らないんだよ!」 「いや、暴力はいかんだろ」 「でも、卓司は羽咲に暴力ふるうんだろ?」 「うむ……注意はしているんだけどね……」 「ったく……あの女が恐いんだろ?」 「……皆守くん……お母さんの事をあの女呼ばわりするなんて良くないよ」 「俺は、あの女を母親なんて認めてない。だいたい何度も言うが、先に俺たちを裏切ったのはあいつだ」 「うむ……皆守くんがそう言いたい気持ちも分かるが……」 「父さんがあの女と別れないから俺はこの村にいるんだよ……」 「……すまんな」 「……ったく、なんでそこで謝るんだよ……謝るぐらいなら別れてくれよ……」 「あの女は、卓司さえいればいいんだろう?」 「そんな事ないよ、彼女は皆守くんの事も、もちろん羽咲さんの事だって愛してるよ……」 「そんなわけないだろ!」 「……」 「ほら、そんなに声を荒らげると、羽咲さんが怯えるよ」 「知らねぇよ!」 「は、はう……」 「はうじゃねぇよ!」 「あ、あう、あう……」 「煮え切らない態度だなぁ!」 「おい、おい、そんな怖がらせるなよ」 「ふん……」 「父さん、明日には帰らなきゃいけないんだからさ……」 「明日? そんなに早いのか?」 「明日から入院する事になったんだよ」 「明日? 入院ってもっと後かと思ってた。そんなに早いんだ……」 「ああ、でも検査入院だから大した事はないよ。数日で退院するからさ」 「当たり前だ、これで父さんに何かあったら、間宮家はどうするんだよ。とっとと身体治してくれよ」 「あはは、皆守くんらしい言い方だね」 「ああ、すまないね。素直な息子じゃなくてさ……」 「お父さん……早く帰ってきてね……」 「ああ、大丈夫だよ」 「じゃないと……この恐いお兄さんに……」 「って、俺かよ!」 「そうみたいだねぇ……」 「俺恐くないだろっっ」 「はぅっ」 「はうじゃないっ」 「ったく……こんな弱々しいヤツが俺の妹なんて……」 「いや……羽咲さんは女の子なんだから、それでいいじゃないか……」 「いや、妹も強い方がいい!」 「なんでそうなるんだか……女の子なんだから」 「由岐姉とかすんげぇ強いよ」 「由岐姉? 誰だい、それは?」 「道場の師範代の由岐姉だよ。あの暴力女」 「道場の師範代って……水上さん……ああそうか水上さんところの由岐さんか……あの娘はたしかに昔っから勝ち気だったねぇ」 「そうだよ。由岐姉とか道場でも勝てるヤツ少ねぇもん……だからさ、女だから弱いとか父さん古いんだよ。だいたいあんたの嫁だってあんたより強いだろ」 「そ、そうだけど……でも……」 「だから羽咲!」 「あう……」 「あうじゃねぇ! “はい”だ!」 「はうぃ」 「どっちだよ……それ」 「お前はこっちで強くなるんだぞ」 「つ、強く?」 「ああ、そうだ、強くだ」 「そんな事しなくても……」 「だめだろ、それじゃ! だいたい卓司にいじめられてるんだろ?」 「だ、だからって暴力で……」 「父さんがそんなんだからダメなんだよ……ったく」 「卓司強くなったか? 羽咲?」 「え?」 「昔、あいつ生意気だったから、しょっちゅう喧嘩してたんだけど、あれから少しは強くなったのか?」 「いや……喧嘩って言うか一方的だっただろ……」 「そうそう、そしたらそのたびにあのバカ女が俺を殴るんだよ。なんで子供の喧嘩に親が出てくるんだよ」 「それ止めてるんだろう……お母さんは」 「止めてないよ。いつでも卓司の味方ばかりだった、あのくそ女は……まぁ、最終的にはあのバカ女も殴ってやったけどな」 「君がそんなだから……この村に預けられたんだろうが……」 「ったく……その年齢で家庭内暴力なんて……君は……」 「何度も言う。あの女を俺は親だとは認めない。本当は、そんな女を許してしまっている父さんだって許せない……」 「……皆守くん」 「でも、俺には父さんを憎む事なんて出来ないよ……だから、とりあえず入院先で良く休んでよ」 「……ははは、ありがとう……」 「とりあえず、羽咲も夏休み中だけじゃなくて、ずっとこっちにいればいいんだよ」 「え?」 「こっちには、あの女も卓司もいないんだからさ、平和なもんだぞ」 「で、でも……ここ……お父さんいない……」 「あはは、それも時間の問題だよ。父さんも羽咲がこっちに来れば、あきらめてこの村に帰ってくるだろ」 「え? そうなのお父さん?」 「って、何を君は勝手な話してるんだよっっ」 「まぁ、だけど羽咲」 「は、はい……」 「卓司とかいじめてるんだろお前の事?」 「う、うん……」 「あの……羽咲のせいで卓司兄さんは救世主として中途半端になっちゃったから……」 「父さん…… この考え方正させろよ!」 「ボクも言ってるんだけどね、そんな事ないって……」 「でも、卓司とあの女はまだそんな事言ってるのか……ったく」 「うん……お母さんにも何度も言ってるんだけどね」 「あの女は、父さんの言う事は聞かないだろ……そんな性格ならあんな事しないって……」 「まぁ、いいや、 羽咲!」 「は、はいっ」 「お前、相も変わらず卓司にいじめられてるんだろ?」 「う、うん……」 「叩かれたり、つねられたりしてるんだろ」 「うん……」 「って事はお前は、痛めつけられる側の気持ちは良く分かるって事だな」 「そ、そうかな……」 「だったら、逆も理解すべきだ」 「逆?」 「そうだ……殴られてばかりじゃ、分からない事ばかりだぞ。殴ってこそ分かる世界もあるんだ」 「殴ってこそ?」 「へ、変な事教えるなよ……皆守くん」 「男は殴って、殴られて……そしてお互いを理解してゆくんだよ……」 「あ、あの……羽咲……女の子……」 「女の子でもそうなんだぞ! 羽咲」 「そんなのダメ! 女の子なんだからっ」 「だから、そういう草食系おっさんの甘い考えダメなの!」 「こっちで、俺が卓司と一万回戦って、一万回勝つ方法を教えてやろう……」 「もう……君は……」  夏のある日……、  俺と羽咲は数年ぶりに再会した。  と言っても、その再会は羽咲が俺を覚えていない……まるで初対面の様なものであった……。  それを父さんは羽咲が幼かったからと説明したが、正直、昔の羽咲がそれほど幼かったという記憶は無い……。  どちらかと言えば、羽咲は、東京でのほとんどの日常を消し去っていた……そんな気がしていた。  俺が東京の間宮の家にいた時も、いつも荒れていた……得体の知れない宗教にはまる母親……。  その救世主となると信じていた卓司……。  そして、その卓司と母親に虐待されていた羽咲。  異常な家庭状況。  父親だけが平和的な解決を模索していた。  だけど、幼い俺には、そんな解決策など歯がゆさ以外の何物でも無かった。  だからって、俺が何か解決出来たわけじゃなかった……。  俺はただ暴れた。  羽咲を虐待している形跡があれば、母親だろうと卓司だろうと暴力をふるった。  その事はいまだに後悔はしていない……。  ただ、それがエスカレートして、刀傷事件までに発展してしまった……。  ちなみに怪我したのは母親、刃物を持ってたのも母親……。  刃物を出したので、反撃したら母親が怪我をした。  それで俺はめでたく父親の実家があるこの沢衣村に引き取られたというわけだ……。 「でも皆守くんも元気みたいだね」 「ああ、俺は元気だよ」 「うん」  そう言って、笑いながら小さな俺の頭をくしゃくしゃする……。  なんだか、その顔が寂しそうに見えたけど……その意味が俺には分からなかった。  背伸びをしていたけど、まだまだ全然ガキだったから……。  だから、父さんの最後の笑顔の意味を理解出来なかった。  いつでも心と体を酷使していた……。  ガキの俺なんかじゃ想像も出来ないほどの苦労をしてきたんだろう……。  家族全員の幸せのために……、  その日を最後に―― 笑う父さんの顔を二度と見る事は無かった……。  昨日から羽咲がこの村に来ている。  夏休みの間だけらしいけど……それでも、いろいろとこの村での楽しい事を教えてやる時間には充分だ。  たしか、羽咲がこの村に来るのは生まれて初めてのはず……東京には無いものがこの村には沢山ある……。  朝練を終えた俺は、台所に直行、とりあえず朝飯が出来ているか確認する。  そろそろ出来るという言葉を聞いて、その足でまだ寝ている羽咲を起こしに行くことにした。  道場を横切ろうとする……朝練を終えた練習生が涼んでいた。  そのまま走り去ろうとした時、あの忌まわしい名前が聞こえてきた……。 「なんでも佐奈実の子が間宮の家にいるって話……」 「……っ」 「それ皆守だろ? 何を今更……」 「違ぇよ……皆守は、佐奈実の子である以上に、間宮の子だろ」 「ああ、皆守は間宮流道場主の人間だ……まず目が違う」 「ガキ連中では飛び抜けて強いしなぁ……さすがは間宮の血筋と思うよ……」 「水上師範代も気に入ってるしな……皆守の事」 「まぁ、あれだけ良い筋してればなぁ……」 「皆守って、母親を嫌ってるんだろ? 佐奈実の母親」 「そうなの?」 「だから、この村に預けられてるって聞いてるけど?」 「へぇ……」 「ああ、何でも母親と〈刃傷沙汰〉《にんじょうざた》になったらしいぞ」 「え? 皆守が刃物を?」 「まさか……母親だよ。母親が実の息子に刃物を向けたんだってさ……」 「実の子に?」 「さすが佐奈実の人間だな……」 「まぁ……俺もあの佐奈実の女見たことあるけど……そういう様な事しそうな気性の荒い女だよ……」 「それで? だったら誰だよ、佐奈実の子って?」 「え? 皆守以外に佐奈実の子なんていないだろ」 「知らないのかよ……佐奈実の女って、有名な新興宗教の教祖との間に子供作ったんだよ」 「え? 浩夫さんと離婚してたっけ?」 「してないよ」 「おかしくない? だってそれだったらなんで新興宗教の教祖との間に子供なんているんだよ?」 「違ぇよ……だからさ……」 「……」 「ほら! そこ! 掃除も終わらず、道場で井戸端会議してるんじゃない!」 「え?」  気が付くと俺の真後ろに由岐姉が立っていた。 「う、うわ由岐姉っ」 「ほら! ほら! とっとと掃除して帰らなきゃ師範代に言いつけるよ!」 「ちょ、それは勘弁っっ」 「師範代に殴られるぞ……」 「ひぃっ」 「由岐姉か……」 「お? 元気だなぁ皆守ぇ」 「元気に見えるのか? どんな目してるんだよ……お前……」 「こんなん?」 「うわ、何だ?」  突然、目の前がまっくらになる。  まるで、世界が暗闇に包まれた……と言うよりも、黒い布で包まれた様な……。 「って、何やってるんだよっっ由岐姉っ」 「由岐姉さんのスカートの中だよぉ」 「す、スカートの中? 何?」 「そうだよぉ、どうだい? お姉さんのスカートの中は心地良いかい?」 「ば、バカか、この野郎っっ」 「おお、あんま暴れるなよっ、お? おう? おっ?」 「だ、出せっっ、この羞恥心ゼロ女っ」 「あ、あははは、暴れるなっっ。ちょ洒落にならんぞ皆守、うははははははっ、あんっ」 「うわん、うわん、外に出せっ」 「うははははははっっあん、あうっ、あ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんなんだよ……」 「皆守、元気じゃん」 「元気とかじゃない、驚いたんだ! お、お前なっ。スカートん中に人とか入れるなっっ」 「なんだよ皆守ぇ。お姉さんのスカートん中興奮したのか?」 「するわけないだろっっ。お前少しは羞恥心って言うのをだなっっ」 「ガキ相手に羞恥心もへったくれもないでしょう」 「が、ガキじゃないっっ」 「ガキだろぅ」 「な、なんだよ……その微妙な視線は……」 「いやねぇ……ガキだなぁって……」 「なんだと! だから俺はガキなんかじゃないっっ」 「なんだ? それってお姉さんにガキじゃないところでも見せてくれるって事かな?」 「な、お、おいっ、ってかやめれっっ」 「なんだよガキじゃない部分見せてくれるんじゃないのかよ?」 「なんで、そうなるとズボン脱がすんだよぉっっ」 「ふはは、さすがにガキには分からないギャグだったか」 「そういう問題じゃないっっ」 「おっ?」  俺は由岐姉の腕から逃れて、すぐに構える。 「ガキ、ガキ、バカにしやがってっっ! ちきしょう! 今すぐ勝負しろっっ由岐姉!」 「勝負? 皆守とか?」 「そうだっ」 「ふーん……勝負ねぇ……こういう事か?」 「っ」    由岐姉の姿が一瞬視界から消える……、  タックルの衝撃に備えようとした……んだけど……、 「う、うわっ、うわっ、ってやめれっっ、 ズボン脱がすなぁっっ」 「ははは、武道家たる者、日常、それ即ち武道っ“はい! これから戦いましょう!”なんてあると思うなよっっ」 「お前の戦いってズボン脱がす事かっ」 「それもあるっ」 「無ぇ! どこまでもバカにしやがってっっ」   「おっ?」 「なめやがって……この暴力女っっ」 「暴力って……暴力ふるってるの皆守じゃん」 「うるさいっ!」 「お? いやだなぁ、お子様は論破されるとすぐキレるしねぇ」 「おう、恐い、恐い、皆守、うまくなったわねぇ……速い速い…… っお?」 「ってか、速いな、皆守」 「どうだっ! 日々〈研鑽〉《けんさん》の技っ」 「日々〈研鑽〉《けんさん》なんて難しい言葉知ってるなぁ、おっ、わっ」   「どうだ! どうだ! どうだ!」 「なーんてねぇ」 「うぉ?」    由岐姉は軽く俺の腕をひねりあげる。  もうそれは簡単に……、 「速くはなったけどさぁ……ボクシングじゃあるまいし……そんなフックばっかり撃ってたらダメだろう」 「ぐっ、ぐぁ」 「基本、直突きだよぉ。直線が一番相手までの距離が短いんだからさぁ……つーか当て身ばっかりで単調だぞ」  苦笑したあと由岐姉は俺を解放してくれる。 「まぁ、子供にしては良い腕だとほめてあげよう」 「子供言うなっ」 「何言ってるのよ皆守が子供じゃなかったら私はどうなるのよ……」 「おばさん……」 「なんだよぉ……皆守は年増好きか?」 「なんでそうなるんだよっっ」 「だって、皆守私の事大好きじゃん」 「ち、違っ」 「あははは、何赤くなってるんだよぉ……皆守はぁ」 「な、ま、また俺の事からかったのか?」 「別にからかったわけじゃないよ。でも皆守、私の事大好きだろ」 「んなわけあるかっ」 「そうなの?」 「お前は敵だ! 敵なんか好きになるか!」 「敵だと好きにならないのか? 皆守は」 「当たり前だ!」 「そんな考え方じゃ、武道は強くならないなぁ……武術の技って何だか知ってるか?」 「究極の技?」 「それは“自分を殺しに来た相手とメル友になる事”」 「な、なんだその舐めた答え、そんなわけあるかっ」 「ふふふ……甘いなぁ……この言葉は現代に生きる達人と言われた武術家の言葉だぞぅ」 「だ、誰だ?」 「現代に生きる達人……水上由岐」   「由岐姉より師範代の方が強いじゃねーかよ」 「まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ」 「後ろの子とメル友になりたいぞ」 「後ろの子?」  俺は後ろを振り返る……するとそこには……、 「羽咲? いつからここに?」 「あ、あの……」 「メル友になろうよ」 「そ、それって……羽咲の敵って事なんでしょうか……」 「へ? 何で?」 「今、由岐姉が敵とメル友になるのが究極の武道だとか言ってただろうが……」 「あ、違う、違う、敵はこいつだ」  そう言って由岐姉は俺を指さす。 なんてヤツだ……、 「やっぱり……兄さんは羽咲の敵なの?」 「そうだ、こいつを倒そう」 「って、さっきと言ってる事が全然違うし……由岐姉は敵とメル友になるとかなんか非暴力的な事言ってたんじゃないのかよ……」 「あははは、そうそう、武術とは是、友愛なり……」  適当だな…… どんな武術論だよ……。 「それよりさ? 羽咲ちゃんは皆守の妹さんなの?」 「あの……なんであなたは羽咲の名前を?」 「名乗ったよ今」 「え? そうでしたか??」 「いや……そんな不安そうな顔で俺にふられても困るが……」 「皆守の妹可愛いなぁ……お前にはもったいないなぁ」   「うるせぇ……」 「よろしく、羽咲ちゃん。私は水上由岐、この道場の師範代やってるおっさんの娘」 「由岐さん?」 「そう、由岐姉とか呼んでよ」 「……由岐さん」 「あはは……いきなり由岐姉は敷居高いか……」   「東京から来たの?」 「は、はい……東京から……」 「そっか、そっか、夏休みだしね。うん、ここは良いところだよ」 「空気うまいしね」 「良いところだよ……って言って最初に出てくるのそれかよ……」 「他、どこ褒めればいいんだよ。この村!」   「知るかっ」 「あと、星がきれいだとか……」 「それも、空気がきれいとほぼ同義語だろ……」 「それだけ光が少ないっっ」 「それだけ田舎だって事だろ……」 「なんだよぉ! どうやってこの村を褒めればいいんだよ!」 「いや、そんな事尋ねられても……」 「まぁいいや……とりあえずなかなか良い村だよ。この村はさぁ」 「はい……」 「そう言えば、そろそろご飯の時間でしょ」 「あ、そう言えば……」 「ご飯食べた後とかどうするの?」 「別に、何も予定なんてないけど……」 「海行こうぜっ」 「な、なんでだよ」 「だって東京って海ないでしょ?」 「いや……無いわけじゃないけど……泳げるような場所じゃないし……」 「沢衣の海は良いぜ。まるでカリブの海みたいだってみんな言ってるしな」 「うわぁ……本当ですか?」 「うん、言ってる言ってる」 「言ってねぇだろ……」 「何だよ、皆守いきなり全否定かよ……なら沢衣の海のどこがカリブの海と違うって言うんだよ」 「その前に、この村にカリブなんて行ったことあるヤツいないだろ……」 「そんなの分かんないじゃん、私とかうっかりカリブの海とか行ったことあるかもしれないじゃん」 「あるのかよ」 「無いけど」 「無いのかよ……」 「でも、沢衣の海は行ったことあるぜ!」 「そりゃ……生まれも育ちも沢衣なんだからなぁ由岐姉は……」 「まぁ、いいや、皆守! 行こうぜ!」 「俺?」 「そうだよ、あと羽咲ちゃんっ」 「は、羽咲……あの……水着が……」 「水着とか持って来なかったのか?」 「うん……海あるとか知らなかったから……」 「知らなかったのかよ……」  なんだよ父さんそれぐらい説明しておけよ…… だいたいこの村なんて、山と海ぐらいしか無いんだからさぁ……。 「そういえば……結構荷物少なかったな……羽咲」 「うん……なんかいきなりこっちに来る事が決まったから……」 「いきなり?」 「うん……なんかすごく急ぎで……」  そうなんだ……たしかに俺が聞いた翌日にはこっち来てたからなぁ……。  単に俺が知ったのが遅かっただけだと思ってたら、いきなり決まってたんだ……。 「お父さん……急用出来たからって……言われた……」  急用……、それって入院の事だよなぁ。  父さんの入院って検査入院のはずなのに……なんでそんな急ぎで決まったんだろう……。 「……」 「そうか……なら今日は予定を変更しまして、隣町まで羽咲ちゃんの水着を買いに行こうか」 「何だよそれ……勝手に決めるな」 「羽咲ちゃん嫌?」 「み、水着ほしい……けど」 「あははは、金なら心配しなさんなって、それぐらいお姉さんが出してやっからさ」 「え? ほ、本当に?」 「ああ、任せなさいっっ」 「で、でも……」 「知らない人にもの買って貰ったらダメとか?」 「あ、いや……由岐さんがお父さんと知り合いなのは知ってる……」 「間宮の家には、由岐さんって言うお姉さんがいるから、その人の言うことを良く聞くんだよ……って言われてるから……」 「なら問題ないじゃん」 「あ……で、でも……兄さんが……とも兄さんが行くの嫌だったら……」 「なんだよ! お前か原因は!」 「な、何でだよ。俺は嫌とか言ってねぇだろ」 「あ、あの……なんか嫌そうなのかなぁって……」 「嫌なのかよぉ! 皆守っ」 「なんで俺が嫌がるんだよ……」 「な、なら良いの?」 「ふぅ……というか……なんでいちいち俺の許可が必要なんだよ……」 「お父さんがとも兄さんの言う事も良く聞けって……」 「と、父さんが?」  なんだあの人……俺とかの言う事羽咲が良く聞いてたらダメだろ……。  だいたい、俺の発言と行動を〈諫〉《いさ》めてたのは父さんじゃないか……。  なのに俺の言う事を良く聞けなんて……、 「あはは、さすがだな浩夫さんは」 「な、なんだよそれ?」 「あはは、分からないの? 皆守?」 「だ、だからどういう意味だよ」 「だからさ、あんたみたいな子は、そういう言い方が一番効くって事よ」 「効く?」 「そういう事、あんたみたいなのは“兄さんの言う事をちゃんと聞け”とか言われたら、ちゃんとしなきゃいけないって思うでしょ……」 「う……」  そ、そういう事か……、 「まぁ、たしかにこの村じゃ、あんたは羽咲ちゃんの保護者なんだから、しっかりしなさいよ」 「いつまでもガキみたいな事言ってるんじゃないよっ」 「んじゃねぇ、後で向かえに来るからねぇ!」 「由岐……さん」 「ああ、あれが由岐姉だ……すんげぇ凶暴だから気をつけろよ……」 「良い人……」 「って、お前っっ人の話聞けぇ!」 「ひっ……や、やっぱり……とも兄さんは恐い人?」 「な、なんでそうなるんだ……」  別に反対する理由も無かったので、  メシを食べた後、由岐姉と羽咲の水着を買いに行くことになった。  といっても沢衣村にそんなものを売っている場所なんて無い……。  コンビニも無いようなど田舎だからなぁ……。  沢衣村からバスで1時間弱……、  俺たちは隣町に向かう事にした。  山三つぐらい超えた隣町は、ジャスーコという巨大なショッピングセンターがあるぐらいの都会――  であると沢衣村の連中は考えてる。  東京人からしたら、そんなものがある時点で田舎な感じもするんだけど……。  ここの人間には隣町は大都会だ。  たしかにそんな場所でも行くのは一苦労だし……。 「さて、何が良い?」 「え〜っと、え〜っと……あのぉ……」 「ああ、そんな急ぐ事はないよ……ゆっくり選びなよ……時間はたっぷりあるんだからさ」 「う、うんっ……」 「ほら、こんなのどうかな? 羽咲ちゃん」 「あ、うん……」 「……」 「うわ、何これ? なんか私とかこんな食い込んだの着たら、少しそそるんじゃねぇ?」 「……」 「あ、こっちのとか、どうよ皆守、羽咲ちゃんとか可愛いんじゃね?」 「……」 「って、あんたも会話に入りなさいよ皆守っ」 「って、女用の水着売り場で会話に入れるかよっ」 「はぁ……ガキだなぁ……もう少し大人になろうよ皆守」 「大人関係ないだろ……」 「大人関係あるだろ、こういう時こそ大人の対応ってヤツだよっ」 「んで……大人ならどんな風に対応するんだよ……」 「そうだねぇ……“こ、こんなの似合うよ羽咲ちゃん……いやこっちの方がキュートかな? はぁ、はぁ、はぁ、お、お兄さんはスク水を羽咲ちゃんに着て欲しいかなぁ”みたいなっ感じか?」 「それ違うだろ……」 「何が違うんだよ?」 「それ大人じゃないだろ……良く分かんないけど……」 「大人だよ。大人だからこういう発言すると問題なんだよ! 良く覚えておけよ!」 「って、大人っつーても問題ある大人じゃんかよ」 「は、羽咲……スクール水着とか欲しくない……」 「あ〜、こんなの買わなくて良いよ。これは皆守が変態だから言ってるだけでね」 「なんで俺のせいになってるんだよっっ」 「え? とも兄さんは羽咲がこういうのを着た方が良いの?」 「いいわけないだろっ。だいたい俺は言ってないし、それが良いなんて……」 「ならさ……皆守が羽咲ちゃんになんか選んでおやりよ」 「俺が?」 「それとも、皆守は私の水着とか選ぶ? ほらこんな布が小さいのとかあるぞ!?」 「どう思うほら……胸当ててみても、乳首しか隠れないぞこれ……下乳とか出放題だよぉ」 「し、ししし知らないよっっ、つーか、な、なな、なんで俺が由岐姉の水着なんて選ばなきゃいけないんだよっっ」 「何赤くなってるんだよぉ……なんだ? 私がこの小さい布の水着を着たのを想像したか?」 「ち、違っっ」 「うー……」 「痛っ、痛っ、な、なんで羽咲が俺をつねるんだよっ」 「羽咲のは選んでくれないのに……由岐さんのは選びたいんだね……」 「そ、そんな事ない。由岐姉の水着なんてどうでも良いよっ」 「でもうれしそうだった……すごく、今の顔……」 「な、なわけ無いだろ……ほ、ほら、あっち見てみようぜ。羽咲に似合うのあるかもしれないしさっ」 「さぁて……羽咲に似合うのってどんなのかなぁ?」  って……なんで俺がそんな言い訳がましい事言わなきゃいけないんだよ……。  くそ……由岐姉が変な事ばかり言うから……、  俺は仕方なく、ショッピングセンターの水着コーナーで羽咲に似合うような水着を探す。  とは言っても……羽咲に何が似合うかなんてまったく分からない……。  選べ言われても……困るとしか言いようがない……。 「……えっと……お前、うさぎ好きだったよな」 「え?」 「え? 違った?」 「ううん、ううん、は、羽咲うさぎ好きだよ」 「ならなんでそんな驚いた顔してるんだよ……一瞬間違ったと思ったぞ……」 「だ、だって……なんで会った事もないとも兄さんが、羽咲が好きな物を知ってるんだろう……って」 「だから! 何度も言うけど、お前は覚えてないかもしれないけど、三年前まで俺はお前と一緒に暮らしてたんだよ!」 「はぅっ」 「そこで、また怖がるなっ」 「そんな大声で言ったら怖がるだろう……でも感心だなぁ」 「感心? 何がだ?」 「いやさ、あんたみたいなガキでも、女心って分かるもんなんだなぁ……っな?」 「女心?」 「ほら、見てみなよ……」 「見る?」 「げ、泣いとるっ」 「あんたが泣かしたんだぜ」 「ど、怒鳴ったからか? ご、ごめん、たのむ、こんな場所で泣かないでくれ……羽咲」 「と、とも兄さん……」 「あ、あう、由岐姉! どうにか助けてくれっ」 「えー、今は私の出る幕じゃないよぉ……」 「へ?」  なぜか羽咲が泣きながら俺に抱きついてきた。  なんでだ? 「ありがとう、とも兄さんっっ。羽咲の事良く覚えていてくれてっっ」 「え? あ、あの……」 「よ、色男……なかなかやるねぇ……男なんて女の趣味とか誕生日とか何でもすぐに忘れるもんなのにぃ」 「こ、これはたまたま……つーか妹の好きなもんぐらい覚えてて普通だろっ」 「って、言うか……」  なんかみんな見てるぞ……。  お、俺が泣かしたと思われてるのか?  ち、違う……。 「ははは……まったく、そういうところはガキだな……」  うろたえてる俺を見て、由岐姉は大笑いしていた。 こっちはそれどころじゃないのに……、  ったく由岐姉は……、  …………………。  …………。  ……。 「んで?」 「これなんてどうなんだ? うさぎがプリントしてるぞ」 「でも……このうさぎ……なんか人喰ってるぞ……」 「かっこいいじゃん」 「かっこいい?」 「ああ、うさぎなのに人喰うとか強いんだろ? このうさぎってさ」 「あ、ああ……そうか……」 「そんなこと屈託もなく言えるとは思わなかったわ……」 「これ……これがいいのかな?」 「ど、どうかなぁ? こういうのたしかに流行ってるんだけどさ、キモカワとか言うヤツ? なんか可愛いのに残虐みたいな?」 「でも、羽咲ちゃんはもう少し可愛いのがいいよね……なんか人喰ってるうさぎとかイメージじゃないし……」 「ううん、これで良い、これが良いっ」 「そ、そうなの?」 「うん、かわいぃ〜」 「あはは……そっか……」 「こういうのって……キャラクター商品だから微妙に値段高いんだよねぇ……」 「何か言ったか」 「いや、何でもない、何でもない、あははは……これ買おう、うん、これしか無いねっ」 「ジャスーコ楽しかったね。さすが何でもそろうね」 「うん、東京にもあんなの無いよ」  東京にもあるけどな……特に田舎くさい場所に…… 俺たちが住んでた場所には無かったけど……。  でもそれはあそこが都会だという事であって……、 「あはは、急がないとバス乗り遅れるぞ」 「ああ、沢衣村は極端な田舎だからな……日が暮れたらもうバスは無くなる……」 「そしたら、山三つ越えないといけないぞ」 「や、山三つも?」 「ああ、残念ながら誇張でも何でもなく山三つだ……ヘタしたら日にちが変わるぐらい歩く事になる……」 「な、なら、急がないと……」 「んな感じで、急ぐぞぉ……」 「あ……」  走りだそうとしたら、羽咲が突然足を止める。 「ん?」  羽咲が見つめる先……、  小さなぬいぐるみ屋……そこのショーウインドウに大きなうさぎの人形が置かれていた。 「……」 「……羽咲」  本当にこいつはうさぎが好きなんだな……。  そういえば、東京にいた頃……こいつは覚えてないだろうけど……あの時にも同じ様な事があったな……。  大きなうさぎの人形の前で立ち止まっていた。 「どうした? 羽咲?」 「あ、な、何でもないよ……」 「何でもないねぇ……」  羽咲は昔っからそうだった。  自らは絶対に、何かを望む事は無い。  それこそ、よちよち歩きの頃から、俺の記憶のもっとも古い時から我慢してばかりの妹だった。 「なんで羽咲はうさぎが好きなんだ?」 「え? えっとね……うさぎが好きというか……」 「うさぎは寂しいと死んじゃうから……せめて羽咲ぐらいはうさぎのそばにいてあげたいって……」 「なんで、せめてお前なんだよ」 「えっと……羽咲は役に立たない子だから……だからそれぐらいなら出来るのかなぁ……って小さい時から思ってた……」 「……」 「おーいっ! マジバス着てるぞぉ!」 「あ、羽咲、帰らないと……ここから歩いて帰らなきゃいけなくなるぞ」 「あ、うん……」  羽咲とうさぎ……。  寂しいと死んでしまう生き物。  そしていつも一人だった少女……。  だから、彼女達は双子になった……。  いつでも一緒にいられる様に……、  今だったら、その事が良く分かるのに……、 「よし完了かっ」 「完了ー」 「皆守はどうだ?」 「あ、ああ……まぁ」 「バカーっ」 「痛って、て、なんでいきなり攻撃してくんだよ!」 「そんな気の抜けた返事で皆守は海を舐めてるのかっ!」 「いや……なんでそうなるんだよ? だいたいまだ家の前だろ……」 「備えあれば! そこに地蔵!」 「分かるな!」 「全然分からんわ……」 「バカーっ」 「いちいち攻撃してくるな!」 「なんだよ、いつもは“もっとまじめに攻撃してこい”とか言うくせに……複雑なヤツだなぁ……」 「まず、お供えがあれば、そこに地蔵があるってことだ、民俗学的には基本だぞ! 覚えておけ! “供え=地蔵”つまり供えガイだ!」 「意味分かんないけど……たぶんそれ“備え”って字“供え”って字に変わってるだろ……」 「とりあえずだ。海を舐めるヤツは大変だ。大変!」 「大変はお前だろ……」 「羽咲ちゃん、どう思う? この海を舐めた男を」 「う、海とか油断すると大変だと思う」 「ほら! やっぱり大変は皆守だろ」 「いや……別に俺は海を舐めているわけじゃなくて……」 「んじゃ、やり直しだ! 完了か?」 「完了ー!」 「皆守はどうだ?」 「ああ、完了だ」 「そうか! なら出発だっ」 「つーか……なんでそんな大荷物なんだよ……」 「海は恐いからなっ」 「そうか……」  もう突っ込むのも馬鹿馬鹿しい…… 由岐姉は自転車に荷台をつけてペダルをこぎ始める。  それ、行きは良いけど……帰りは……、 「いやぁ、沢衣村の海岸は……いつでも貸し切りのプライベートビーチ状態だねぇ」 「田舎だから誰もこないんだろう」 「まぁ、海なんてそこいらにあるからね……この辺りじゃ……」 「それより……由岐姉、どこで着替えるの?」 「へへへ……これを見ろっ」   「って、バカっ……こんなところでっ」 「って驚いたか?」 「へ?」 「下は水着だ」 「はぁ……だからってそんなペロンペロンスカートめくるなよ……」 「なんだよぉ。水着だから良いじゃんかよ」 「羽咲は?」 「着替えないと……」 「ほれ、ポンチョ持ってきたよ」 「ポンチョ? 何それ?」 「ほら、中南米とかの人が着てるでしょ。一枚の布で頭を通す場所があるやつ。あれ水着の着替え用に売ってるんだよ」 「へぇ……」 「まぁ、皆守はふりちんで着替えだからいらないけどな」 「んな、わけねぇだろ……」 「じゃじゃーん。 どうだ?」 「どうだって言われても……」 「はぁ〜……張り合いがないなぁ……。今年おろしたての水着なんだぞっ」 「あんた…………何を期待してるんだよ……」 「お、羽咲ちゃんも着替えた?」 「あ、うん……」 「ど、どうかなぁ……」 「どうって言われてもなぁ……」 「だ、ダメだったかな?」 「スカターンっ」 「な、なんだよっ」 「お前なぁ……兄としてどうなの? ひさしぶりなんだろ? こういうのってさ?」 「あ、ああ……」 「もっと、なんか気のきいた事言えないのかよぉ皆守はぁ」 「だから、過剰期待なんだよ」 「バカ、羽咲ちゃんはあんたより年下だろ? んじゃ、そんな言葉通用しないよ」 「そ、そんなもんか?」 「皆守はお兄さんなんだし、それに、あんたが選んだ水着だろ」 「私に〈大枚はたいて〉《●●●●●●》買わせた!」  なんだよそれ……俺が無理矢理買わせたみたいじゃねーかよ……。  ったくやっぱり値段高かったの気にしてるのかよ……由岐姉は……、 「何か言ったか?」 「な、何も言ってねぇよっ」 「顔が言ってた……」  って……どんだけ鋭い女なんだ……こいつ……。 「あ、あのとも兄さん……」 「ああ、ウザイな。ウザイぞ羽咲っ」 「あ、あう……」 「だいたい、それは俺がお前に似合っていると思って選んだ水着だろ! いちいち聞くな!」 「あ、あの……」 「に、似合ってるから……大丈夫だ!」 「ほ、本当?」 「ああ、本当だって、いちいちそんな事聞くなっ」 「うん、ありがとうとも兄さんっ」 「私は?」 「知らねぇよ……」 「うわ、姉には冷たっ」 「まぁ、いいや、良かったね羽咲ちゃん」 「うん、由岐さんもありがとうっ」 「そうだね。私にも感謝してね。それ結構高かったんだから……」   「あ、あう……ありがとう……」  結構、小さいな……由岐姉……。  こんな幼い娘に金の事言うなんて……、 「さて! それでは海だ! 諸君!」   「何言ってるんだよ……さっきからずっと海だよ……」 「バカーっ」 「って、なんでまた攻撃してくんだよ!」 「そんな気の抜けた事言ってると死ぬぞ! 皆守!」 「いや……なんで死ぬんだよ……」 「羽咲ちゃんは皆守が死んだら悲しいよね」 「え? とも兄さんが? え?……ええ?……」   「ほら見ろ! 羽咲ちゃん泣いちゃったじゃないかっ」 「お前だろ……泣かしたの……」 「バカーっ」 「いちいち叩くなっ」 「避けろよ……一応、さっきから試してるんだぞ? いつも戦え戦えうるさいから、その資格があるかどうか……」 「う……」 「とりあえず、海に入る前には準備体操だ。準備体操!」 「準備体操?」 「そうそう、準備体操だよ。さぁ、由岐姉さんをお手本に踊るんだ」 「踊るのかよ……」 「まず、手はこう!」 「手? こう?」 「そう、手のひらを下に向けて、だいたい顎のあたりに来るぐらい……そして両方とも右に向ける」 「は、はぁ……」 「出来たよっ」 「はい、では、行きまーす」 「つーい、 つーい、 出ってくーる」 「次の空ぁ〜」 「なんじゃそりゃ」 「うるさい、ちゃんとやれ!」 「はい、 つーい、 つーい、 出ってくーる、 次の空〜」 「つーい、 つーい、 出てくる、 次の空〜」 「つ、つーい、つーい、出てくる、次の空〜」 「ここで大きく左右に腰を振って!」 「右か?」   「左か?」   「生きるか?」 「死ぬか?」 「明日があるのか?」   「あそーれ」   「あそーれ」   「そーれ、 そーれ」   「つーい、 つーい、 出ってくーる〜」 「こんなのやってられるか!  もっと普通の準備体操にしろよ!」 「なんだよぉ……往年のファンが喜ぶネタを仕込んできたのにぃ……」 「なんだよ……その往年のファンって……」 「つーい、 つー、 出てくるぅ、 次の空〜」 「いや……羽咲も覚えなくていいから……こんな意味不明な踊り……」 「楽しいぞぉ……これが分かるのは10年モノの連中だけだからな」 「だから、その10年モノってなんだよ……なんの話なんだよ……」 「んじゃ、泳ぐかぁ!」 「……なんだよその板?」 「お? サーフボードだよ?」 「いや、そんな事聞いてない……なんで、そんなもの持ってるんだよっ」 「これから由岐姉は、ちょっくら沖までいってくるから、羽咲ちゃんを頼んだよ」 「って、あんた保護者じゃないのかよ!」 「うん、今はな。だけどこれから沖行くから、今後、羽咲ちゃんの保護責任は皆守! 君にあるんだぞ!」   「……って、海は恐ろしい所だってあんだけ言っておきながら……子供放置かよ」 「あははは、なんだよこんな時だけ子供扱いしてほしいのか?  あんたは大人じゃないのか?」 「なっ」 「セット波って言うのがあるから気をつけろよぉ……小さい波だと思ってたらいきなり大きなヤツが連続で来るヤツな」 「わ、分かったけど……でも」 「なんだよ皆守? ちゃんと羽咲ちゃんを見守ってあげられるだろ……だって皆守は大人なんだからさ」 「……ったくこういう時だけ」 「……まぁいいや、とりあえずもっと声かけてやりなよ……羽咲ちゃん、もっとあんたと話したいハズだからさ」 「由岐姉……」 「んじゃな、少年よ。大使を抱け! 主にマグマとか聖徳とかな……」 「由岐姉……」  ……。  たく……由岐姉……、  マグマは合ってるけど、聖徳は“太子”だぞ……。  なんかいろいろ違いすぎて……つっこみもいれられない……由岐姉……。 「とも兄さん……」 「……」 「羽咲は何がやりたい、せっかく海来たんだからさ、遊ぼうぜ……今日は俺が付き合ってやるよ」   「うん、あのね羽咲ね。とも兄さんといっぱいいっぱいやりたい事があるっ」 「ああ……分かった、付き合ってやるよ……」 「あ、あう……だ、だめだよ……とも兄さん……」 「大丈夫だよ……ほら、もうこんなに広がってるし……」 「あ、あん……そんなにさわったら壊れちゃうよぉ……」 「うわ……びちょびちょだなぁ……」 「うわーん……だって、だってとも兄さんが急かすからだよぅ……」 「んじゃ……もう少し奥に……」 「だ、だめだよぉ。とも兄さんっ、あっあうっ」 「くっ……なかなか通らないな……」 「だ、だめだよ……そんな無理したら壊れちゃうよぉ……」 「大丈夫、大丈夫、兄さんに任せておけって……」 「あう……」 「あ、あああああー」 「あ……」 「崩れちゃったよぉ……」 「あ、あれぇ? 崩れたなぁ……」 「とも兄さんが急いで掘るからだよぉ。トンネルはもう少しゆっくり作らないと……」 「いやぁ……潮が満ちてきたから、はやく作らないと波で壊れるかなぁって思った……」 「たしかに、さっきまで全然だったのに、もう足下びちょびちょだね……掘ってたら水しみ出してきてたよ……」 「まぁ、それも場所を俺が早々に決めたからなんだけどな……潮の満ち引きとか計算に入れてなかったよ」 「また作ろう……場所少し移動して……」 「そうだな……少しだけ移動して……」 「今度は大きなの作るぞ」 「うん」  こいつ……海来て早々にやる事が……泳ぐことじゃなくて、砂遊びなんて……公園の砂場で遊ぶのと変わらないな……。  東京にいた頃も一度だけ、砂場で遊んでやった事があったな……羽咲と……、  あの時は今よりもっと小さかった……。 「……羽咲、ずっと会えなかったけど、その間元気にしてたのか?」 「う、うん……まぁ……」  歯切れの悪い言葉……、 「あの女、まだ生きてるのか?」 「あの女とか言っちゃダメだよ……あの人は羽咲達のお母さんなんだから……」 「……そうだな」  そうだな……、  俺にとって、あの女が裏切り者だとしても……羽咲にとっては母親だ。  それがどんな異常な女だとしても……、 「卓司元気か?」 「……」 「あ、いや……話したくないなら話さなくても……」 「卓司兄さんは……いつも勉強してるよ……スポーツもがんばってる……」 「そうか……相変わらずだな……」 「羽咲が生まれたから……卓司兄さんは死ぬほど努力しなきゃいけないって……」 「だから、それは違う!」 「っ」 「あ、ごめん……今怒鳴ったのは、羽咲に対してじゃないからな……ごめん……」 「……ありがとう」 「……何か、羽咲いろいろと忘れてたけど……だんだん思い出してきたよ……とも兄さんがどういう人だったか……」 「あはは、そうか、俺があの頃、乱暴者だったのを思い出したか?」 「ううん、そんな記憶無いよ」 「とも兄さんは、唯一、羽咲だけの味方をしてくれた人だ……」 「へ? そ、そうだっけ?」 「うん……」 「で、でも父さんがいるじゃん」 「父さんは別に羽咲だけの味方じゃない……たしかに優しいけど……」 「ま、まぁ……そうだな……でも俺だってお前だけの味方とかじゃないぞ」 「そうなの?」 「ああ、そうだ。俺はただ自分の心に正直なだけだ」 「自分の心に正直?」 「ああ、俺は、ムカツク事はムカツク、それが親だろうが誰であろうが、納得出来なければ、納得出来るまでぶつかる……ただそれだけだ」 「そ、そうなの?」 「ああ、そうだ、だから羽咲の味方なんかじゃない、単にわがままな兄だ」 「……わがままな兄……」 「そうだ。俺は、あのバカ女がはまっている宗教が大嫌いだ。何が世界が滅亡だ……馬鹿馬鹿しい」 「2012年だっけ?」 「そうだな……ついこの前に世界が滅亡するって騒がれてたばかりなのに……」 「ついこの間?」 「ああ、そうだ……羽咲が生まれたぐらいだったかな?」 「そうなんだ……そんな事あったんだ」 「ああ、そんな事が昔あったんだよ……実際は何も無かったけどな……」 「そうなんだ……」 「ああ、世界滅亡なんて大昔から何度も予言されて、一度も当たった事なんて無いんだよ……」 「……だから、あんな予言は嘘だし、卓司がお前のせいで救世主になれなかったなんて大嘘だ」 「……うん」 「……なんだよ、信じてないのかよ?」 「あ、ううん。し、信じてるよ……とも兄さんが言う事……」 「なら、なんでそんな歯切れが悪いんだよ」 「あ、うん……えっと……なんでだろう……」  なんでだろう……なんて事はないんだと思う。  だって、羽咲は生まれた時から、それを言われ続けてきたんだから……、  今更、そんなの嘘だって言われたって……喜んでその事実を受け入れられるわけがない……。  どちらにしても、羽咲は自分が生まれた事で、母親や卓司を不幸にしたと考えてるんだから……、 「んじゃさ、羽咲、こう考えろ」 「?」 「あいつが救世主なら、俺はヒーローだ」 「ヒーロー?」 「そうだ。あいつは世界を救うかもしれない……んなわけないけどな」 「あはは……」 「でも、もしあいつが世界を救うなら、俺はお前を守るヒーローになってやる」 「とも兄さんが? 羽咲のヒーロー?」 「ああ、もっと言えば変身ヒーローだな」 「変身するの?」 「ああ、俺は変身するぞ、ガ○ガルでもアトラ○ジャーでもシャイ○ードでも……」 「プリッキュ○ーには?」 「それは無い」 「そうなんだ……」 「いや、お、お前が望むんなら……そんなものにでもなろう……」 「ブルセラムーンは?」 「あ、ああ……そ、それにもなると思うよ……兄さんは……羽咲のためなら……なんとか……がんばってだな……」 「本当?」 「ああ、本当だ」 「覚えておけ……卓司が救世主なら俺はヒーローだ」 「お前を守るためにどんなピンチな時でも立ち上がる」 「逆に、ピンチの時は演出だと思ってくれよ」 「演出?」 「ああ、そうだ、演出だ。ピンチをチャンスに変えてこそ、ヒーローだからな」 「ピンチをチャンスに変えてこそ……ヒーロー……」 「そうだ、俺はお前のヒーローだ。世界がどうなろうと、俺はお前だけを守ってやるぜ! ブイ!」 「と、とも兄さん……かっこいい……」 「そうだ、とも兄さんはかっこいいんだよ」 「分かった。羽咲、とも兄さんを信じるよ。とも兄さんはどんなピンチの時でも、羽咲を守るために復活するんだね」 「ああ、だいたいは演出上の問題だからさ」 「その方が、エンディングは感動的だろ?」 「うん、そうだねっ」 「だからな、どんなつらい事があっても大丈夫だ。最後に笑うのはお前だ」 「だって、お前にはヒーローがついてるんだからなっ」 「皆守ぇー」 「へ?」 「ってわぁ!」   「な、なんで由岐姉頭に昆布のせてるんだよ……つーか水着は?」 「一張羅流されたんだよぉ……ビキニなんかでサーフィンするもんじゃないよーぉ」 「……そ、そうなの?」 「うわーん。いつもこの時期ならシーガルとか着てやるんだけど、今日は皆守と一緒だから、がんばって水着着たら流されたよぉ」 「……つーか、ならサーフィンとかやってないで、俺たちと遊べよ……」 「なんだよぉ。これでも少しお姉さん的には気を遣ったんだぞぉ……ひさしぶりの兄妹の時間だしさ……」 「本当は私だって沖で一人でパドリングなんてしたくなかったんだよぉ。羽咲ちゃんとかと遊びたかったんだよぉ……」 「うそつけ……嬉々として波乗りしてたじゃないか」 「そうそう、今日風が無いからさ、崩れかたがすげぇ綺麗でね。こうボトムで綺麗なターンしたらリップでうまいことローラーコースターが決まってね」 「やっぱり楽しかったんじゃないか……つーかそんな専門的な事言われても分かんねーよ」 「うえーん、でも一張羅流されて、一気にテンション下がったよぉ……」 「知らないよ……つーかシャツでも着てろよ……」 「うえーん、とりあえずそうしておくよ」 「んで……なんで入ってきてるんだよ」 「なんだよ。私にも作らせろよぉ」 「ったく何作る気なんだよ」 「シンデレラ城」 「そんなの作れるかっ」 「なら皆守は何作ろうとしてたんだよぉ」 「お台場にあった様なかっこいいガン○ム!」 「はぅ……そ、そんなの作ろうとしたんだ……」 「え? 違うの?」 「は、羽咲は……お城を……」 「ほら、見ろ!」 「そ、そうなのか……」  さっき、あんなにヒーローの話で盛り上がったから、羽咲も変身ヒーローに目覚めたと思ったのに……、  ちきしょう……ダメだったのか……。 「んじゃ、城作ろうぜ。私は生コン担当な」 「なんだよ生コンって……」 「いいからいいから、ほら羽咲ちゃんもがんばるがんばる」 「う、うん……」 「んで?どこのお城作る?」 「悪魔城じゃないの? ドラキュラ」 「んなの知らんわ……シンデレラ城で良い?」 「うん……シンデレラ城がいい」 「シンデレラ城ってどんなだっけ?」 「なんかいっぱい塔みたいなのが立ってるの……」 「塔が沢山?」  まぁ、〈鉄〉《くろがね》の城とか言うからなぁ……とりあえずは、あんな感じなんだろうなぁ……。 「よーし、んじゃ各自それぞれの面を担当だ」 「うん」 「がんばるぞぉ」 「〈鉄〉《くろがね》の城、鉄の城……えっと……」 「出来たーって!?」 「っ」 「なんだその頭頂部は?」 「いや……これが俺なりの城の解釈で……」 「……どんなやねん」 「とりあえず……目線だけはいれておかないといけないレベルだな……」 「さてと帰るかぁ……忘れ物ないよね」 「うん、無いよ」 「ああ、んじゃ帰ろうか……」 「うん、海は帰るまでが海だから、気を抜くなよぉ」 「そりゃ、普通に大変だな……」  帰るまで海とか……、  村水没するがな……。  普通に一大事だろ……。  由岐姉は荷台がついた自転車のペダルを踏む。  荷物だけじゃなくて、羽咲の自転車や羽咲まで乗せて…… 結構な坂道なのに……、  少し驚いた…… 別に苦もなく由岐姉は自転車を漕いでいく。  行きは下り坂だけど……帰りは上り坂だ……。  でもそんなの由岐姉には関係ない様だった……。 「よいしょっと…… あははは羽咲ちゃん寝ちゃったね……」 「うん、こいつ、こんな遊んだの初めてじゃないかな?」 「そうなの?」 「……由岐姉もこの道場にいるんなら、ウチの家庭事情って知ってるだろ?」 「あ、まぁ……噂程度にはねぇ……」 「特に、佐奈実琴美さん……あ、ごめん旧姓だなそれって、今は間宮琴美さんだった」 「彼女はこの村じゃ有名人だったからねぇ……」 「あの女……俺の母親って、何なの? 何でみんなあんなに気にしてるの?」 「いや、何なのって事ないんだけどさ……」 「私が生まれる前ぐらいだったか……近隣で一つの村が廃村になったんだよ」 「村?」 「うん、単純に過疎でね……ただその村って言うのがこの辺りでは有名な村でさ」 「有名な村?」 「そこにある神社がね……佐奈伎神社って言うらしいんだけどさ……」 「まぁ古い伝承だから良く分からないけど、この辺りでは死んだ人間の霊は全部その神社に集まるって言われてるんだよ」 「へぇ……」 「なんでも、その神社の下には巨大な穴があって……その穴に霊界への道があるとか無いとか」 「本当なのか、それ?」 「そんなの嘘だろ?」 「だろうなぁ……」 「だからさ……古い迷信なんだよ……」 「んな馬鹿馬鹿しい事なんて無い……」 「琴美さんってさ、そこの神社の娘だったらしいんだよね……」 「ああ……聞いた事ある……何かオカルト話みたいな神社なんだとか……」 「オカルトか……まぁ、本当にそうだよね……」 「そこの神社の娘は人の死を操るって、このあたりの村じゃ信じられてたって言うし」 「それって本当なのか?」 「んじゃ逆に聞くけどさ……皆守はお母さんが死者を操ってるの見た事あるの?」 「いや、全然」 「まぁ、そうだろう……」 「だから単なる迷信なんだよ……」 「たぶん事実は琴美さんにそんな特殊な力なんて無いって事なんだろうけど……この村も古い伝承とかに弱いからねぇ」 「それをみんな信じてる……」 「どうかねぇ……村の人達全員がどう考えてるかなんて知らないけどさ……まぁ、気味が悪いって言うのはあるのかもしれない……」 「実際、彼女が沢衣村の神道系古流柔術の流れをくむ間宮の家に引き取られたのは偶然ではないみたいだからさ」 「そうなのか?」 「皆守って間宮の爺さん知ってるでしょ? 一昨年亡くなった」 「うん、まぁ俺がこっちに来てまもなく死んだから良くは知らないけど……一番道場で強いって話は聞いたことある」 「ああ、すんげぇ強いよ。一度演武とか見たけど、ウチの親父なんてボコボコだよ。数秒で……」 「え? 演武で水上師範代が?」 「もう、全然、桁違いだよ強さ……」 「でも、演武だったんだろ?」 「……演武じゃなきゃ、あの爺さんが立ち会う時って、殺し合いだけらしいからさ……」 「殺し合い?」 「親父バカだからさ、若い頃、道場破りに来たらしいよ……」 「それ以来……親父は演武以外であの爺さんと手合わせなんて二度と無いって思ったってさ……」 「そんな恐ろしかったんだ……あの爺さん」 「戦前生まれでしょ? あの人……戦時中とか大陸に渡ってたって、殺し合いという意味の仕合を何度もした事あるらしいよ……」 「あの爺さん、あんなに身体小さいのに……」 「何でも、向かい合った瞬間にすべて分かるらしいよ……」 「すべて分かる?」 「次にどんな攻撃があるか、相手がどんな事考えてるか……」 「なんだよそれ……オカルトじゃん」 「まぁねぇ……オカルトだよな……でもマジらしいよ」 「昔さ、うちの親父が内弟子で道場に寝泊まりしてた時にね」 「夜中突然、怒鳴られて起きたんだってさ」 「それが、すごくてさ“おまえら何やってるんだ! 道場の神棚の餅をねずみが食べてるじゃないか!”って怒ってたんだって」 「耳がいいんだ……」 「良いなんてもんじゃないよ。あの爺さん離れの部屋で寝てたんだからさ……道場から数軒離れてるんだよ」 「そ、それマジで?」 「マジらしいよ……他にも似たような話いっぱい聞いた」 「……あの爺さんってマジでそんなに強かったんだ……」  ただよろよろしてるだけのイメージしか無かった……。 「まぁ、古流武術ってだいたい古神道に通じるからねぇ……特に、間宮家の武術って言うのはそういう神通力みたいな要素が強いみたい」 「神通力って要は超能力みたいなもん?」 「まぁ、簡単に言えばそうなんじゃないの? 超自然的な力とか言うヤツ?」 「触らずに敵を投げ飛ばしたり?」 「あ、いや、そういうのは無かったってさ、ただ人の心が全部分かったらしいよ」 「本当かよ……」 「さぁ、本当だったんじゃないの? 少なくとも親父は二度と立ち会いなんてしたくないって言ってた」 「そうだったんだ……知らなかった」 「近隣の村でさ、佐奈伎神社の巫女……佐奈実の血……あんたのお母さんを引き取る様な場所はこの間宮だけだったってわけよ……」 「間宮はもう数百年も古武術を通じて、神通力の様なものを研鑽していった一族だからさ……」 「そうなんだ……そんな事があったんだ……」 「だからさぁ、あんたも母親の事、あんまり怒らせてると、〈死人〉《しびと》返しとかやられるよ」 「なんだよ、〈死人〉《しびと》返しって……」 「知らん……言ってみただけ」 「だ、大丈夫だよ。あの女にそんな特殊能力あるわけないんだからさぁ」 「まぁ、そうだね……」 「でも、そんな感じでさ、この村の人達は佐奈実琴美さんに畏怖してたんだよ」 「畏怖って?」 「あ、恐怖してたって感じかな? まぁ、それがただの恐怖ならいいんだけどさ……恐怖心ってそのまま攻撃に変わったりするじゃない?」 「攻撃に変わるって……どういう事?」 「人はさ、しばしば、恐ろしいモノを、恐ろしいが故に攻撃するんだよ」 「攻撃?」 「つまりは、差別するって事だ」 「差別って……イジメみたいなヤツだっけ?」 「うん……そんな感じだね。要は大人ぐるみのイジメが差別だよ」 「大人ぐるみのイジメか……すごいな」 「うん、もう、それは性格がひんまがるぐらい酷いイジメも受けたってさ……特に学校とかで……」 「そうなんだ……」 「その時に、彼女を支えたのが君のお父さんなんだよ……」 「……父さん」 「君の父さんは優しかったからねぇ……そういう古い因習による差別が許せなかったんだと思うよ」 「だからって」 「いや、いや、そりゃ最初は優しさからだっただろうけど、やっぱり最終的には二人は愛し合ってたんだよ」 「だから村の迫害から逃れるために、二人は駆け落ちをした……その先で生まれたのがあんたってわけさ」 「なるほど……母親が村人に嫌われていた……だから二人は東京に逃げてきた」 「それでこの村の人達は何となく俺に対する態度が微妙なのか……」 「ここいらじゃ間宮家って由緒正しき家だし、村人から尊敬されているよ。さらに浩夫さんは優しかったし頭も良かったから、その息子の皆守をみんなが悪く思ったりしないよ」 「ふーん……そうか、でも……俺の中には、村から嫌われた血と、村から愛された血が流れているって言うのはたしかなんだ……」 「でも……羽咲は違う……羽咲には間宮の血は流れていない……」 「ふぅ……だから、この村の人間が羽咲ちゃんを差別する……って言いたいわけ?」 「違うのかよ?」 「そんな古い因習にいつまでも人間囚われるかしらねぇ……」 「でも、昨日の朝、練習生達が話してた。羽咲は佐奈実の人間だって……」 「まぁ、単なるうわさ話程度でしょ? 井戸端会議よ」 「だとしても、羽咲に対して特別な感情を持っているのはたしかだ……」 「ふぅ……分かった。分かった。それは否定しないよ」 「古い因習って言っても……この村自体が時代から取り残されてる部分もあるからねぇ……」 「ケーブルテレビとか通してる家少ないから、だから私もチャリンコで一時間かけて隣村の公民館まで走るぐらいだからねぇ」 「ケーブルテレビでしかやってない、ディスカバリーとかヒストリーとかのためにさぁ……あそこしかケーブルテレビ通してないからさぁ……」 「……」  そこが基準なのか? 「だとして、何か問題なの?」 「も、問題だろ。それとも由岐姉まで佐奈実の血が流れている人間なんてイジメられて当然とか思ってるのかよ!」 「全然、そんな事ないよ。私羽咲ちゃん好きだし」 「だったら」 「だったら何よ? 問題無いでしょ?」 「何が問題ないんだよ! 問題大ありだろ!」 「問題無いでしょ? だってさ、あの子にはヒーローがいるんだからさ」 「へ?」 「なんでも伝え聞く話によると……変身するヒーローが羽咲ちゃんにはいるらしくてねぇ……皆守くんはご存じ無いのかにゃ?」 「て、てめぇ聞いてたのか!」 「うん、わりかし聞いてた」 「ゆ、由岐姉! 立ち聞きとか趣味悪いんだぞ!」 「えー話しかけても良かったんだけどさぁ、なんか大事な話だったしぃ……二人の会話の腰を折るのも気が引けたんだよねぇ」 「ゆ、由岐姉……貴様ぁ……」 「あははは、まぁでもそうなんでしょ?  村でどんな事があっても彼女にはヒーローがついてるんなら大丈夫なんだろ?」 「まぁでもさ杞憂に終わるよ。沢衣の人間が今更羽咲ちゃんに何かするとか無いから安心しなよ、そりゃうわさ話ぐらいはされるかもしれないけどさ」 「ジャスーコでお買い物出来る時代だぜ? んなオカルトめいた迷信で村ぐるみで幼い少女なんて差別しないってば」 「それに、私だけじゃなくて、親父だって味方になってくれる、もちろん間宮の家だってさ」 「……うん」 「だから、安心しなよ」 「あとは、あんたがちゃんと羽咲ちゃんを見てあげられるかだけだからさ……」 「……分かった」 「よし、良い返事だ、んじゃねぇ、皆守っ」 「……」  ……なんか、やっぱり由岐姉は大人なんだな……。  いつか…… いつか、そんな由岐姉を……、 「やっつけたい……」  あれだな……ヒーローが越えるためのライバルみたいなもんだな……由岐姉は……。  海に行って疲れているのに、微妙に寝付けない。  といっても、俺はずっと海岸で砂山作ってただけだからな……それほど疲れるわけないか……。  時計を見る……時間は10時前……。  田舎の夜は早い。  東京じゃ、まだ電気が〈皓々〉《こうこう》と灯っている時間帯だけど……この村ではすべてが暗闇に沈む。 「母親か……」  あのババァの話なんてほとんど聞いた事がなかった。  子供の時に間宮の家に預けられていたのは聞いた事がある。そしてそのまま間宮の長男であった父親と結婚したという事も……、  でも、何故、母親が間宮に預けられていたのかという事までは知らなかった。  母の旧姓が佐奈実だという事は知っていたが、あまり詳しくは聞いた事がなかった。  ただオカルトめいた噂があったのは聞いていた。  白蓮華協会の糞野郎と母親の関係も、そこから発展していったらしい……。 「死者があつまる神社の巫女の〈末裔〉《まつえい》か……」  たしかに雰囲気……あの陰気な感じがする女にはお似合いと言う感じはした……。 「何でも、その巫女は死者を操るって話だけど……」  それは眉唾だな……。  母親にそんな力があるんだったら、俺や羽咲なんて真っ先に殺されると思う。  特に、俺なんか母親に刃物まで出されてる。  あのババァにそんな力があるのなら、刃物なんて出す必然性が無い。  その特殊な能力で呪い殺せばいいし……、 「……」  俺は天井を見つめる……。  古い家の天井の木目は、まるで人の顔みたいに見える。  何となく……母親を思い出して……嫌な気持ちになった。 「とも兄さん?」 「ん?」 「あれ? 羽咲、どうした?」 「あのね……一緒に寝ても良いかな?」 「あ、いや……別に良いけど」 「あのね……離れで一人で寝るの……恐い」 「あれ? ばあさんと寝てたんじゃ?」 「うん……でもとも兄さんの方が良い……」 「なんだそりゃ?」 「だ、だって……とも兄さんは……羽咲のヒーローだから……」 「……そっか、そうだなヒーローじゃしょうがないよなぁ」 「んじゃ、布団取ってくるよ」 「とも兄さんのお布団で寝たい」 「俺の布団?」 「ダメかな?」 「いや、ダメとか無いけど……いいのか? 一人で布団一つの方が広いぞ」 「広いの嫌……」 「んだよ……わけ分からないなぁ……まぁ、いいや布団入れよ」 「うん……」  小さな羽咲はもぞもぞと俺の布団の中に入ってくる。 「ん? なんだそりゃ?」  良く見ると、羽咲は何かを握ってる。 「あ、これ……うさぎの人形……双子なの」  羽咲は手を開く、するとその小さな手におさまるぐらいの二つのうさぎの人形が姿をあらわした。 「人形つーかストラップだな……つーかお前、もしかしていつも持ってるのか?」 「うん、いつもぽっけに入れてるよ」  どおりで……真っ黒だ……。 「お父さんが買ってくれたの……」 「へぇ……父さんがねぇ」 「本当はね、卓司兄さんと羽咲に一つずつ買ってくれたんだけどね……」 「卓司兄さんは、羽咲とお揃いの玩具なんていらないって捨てちゃったから、羽咲もらっちゃった」 「……卓司らしい反応だなぁ……あいかわらずムカツク」  俺がその場にいたらぶん殴ってるのに……、 「ううん。でもそのおかげで羽咲のうさぎは双子になったからうれしいの……」 「まぁ……羽咲が良かったんなら……」  二つの人形……、  双子の兄妹である卓司と羽咲に与える。  いかにも父さんが考えそうな事だな……。  でも、卓司はその人形を拒否する。  当たり前だ……あいつは、羽咲と双子の兄妹である事実を憎んでいるのだから……、  あいつがこの人形を捨てるのは当然の事……、 「どうしたの?」 「あ、いや……何でもない」 「今日、楽しかった」 「そうか良かったな」 「うん、由岐さんも優しかった」 「ああ、由岐姉は優しいよ……凶暴だけど……」 「ううん。とも兄さんそう言ってたけど、全然凶暴じゃないよ。すごく優しい」 「いや、それは羽咲が由岐姉を知らないだけでな。あの女は優しいけど凶暴なんだよ」 「うー由岐さん優しいのに……」  羽咲との田舎での生活……。  それは夏休みまでの予定だった。  夏休みが終われば、羽咲は東京に帰る。  父さんが退院し、また元の生活に戻る。  そういう予定であった……。  あの知らせが届くまでは……。  夏の終わり。  俺と羽咲は東京の病院に呼ばれた。  検査入院であったはずの父さんは、すっかりやせこけて小さくなっていた。  羽咲はその手を握って泣き叫んだ。  俺はその場で立ちつくした……。  卓司と母親は無表情でその光景を見ていた。  夏の終わり、それでもまだ日差しの強い青い空の下。  白い病室で父さんは永眠した。  父さんは知っていたのだろうか…… こうなる事をすでに……。  だから、羽咲を自分の実家にあずけたのだろうか……、  遺言を聞かされた。  財産分与とか良く分からない言葉がいくつか続いた……俺はほとんど受け流していた。  ただ父さんの俺に託した事で理解出来たのは、  「羽咲を守ってやってくれ」  という一言だけだった。  夏の終わり。  それでも、太陽は空に高く輝き……、  青空の遙か遠くには入道雲がわき上がっていた。  その雲は、たぶん潤いの雨を降らしているのだろう……。  無機質な白い部屋で動かない父さんを見ながら、そんな訳の分からない事を考えていた。  羽咲は泣き続けた。  俺はその横でずっと立っていた。  窓から入る光が赤色に変わっていく頃……、  振り向くと、すでに卓司と母親の姿は無かった。  代わりに祖母が立っていた。  祖母に、葬式は間宮の実家……つまり沢衣村で行う趣旨を告げられた。  何でも、母親の強い願いらしい……。  どういう女なんだ……。  自分の夫が死んだのに……葬式は自分の住む東京では無く、実家でやるなんて……。  喪主放棄とは……どこまでふざけた女なんだ……。  そういう感情だけやたら強く浮き出た。  他のあらゆる事に関して恐ろしいほどに心が平坦だったのにも関わらず。  祖母を残し、俺と羽咲は用意した車で先に沢衣に戻る様に言われた。  羽咲は嫌がったが……、  祖母は優しく……言った。  「お父さんの魂はここにはもう無いから」  「あなた達と一緒に沢衣に帰るんだから」  「お父さん帰りたがってるのに、羽咲ちゃんが帰らないとお父さんも帰れないわよ」  そう言って納得させていた。  俺は、父さんの魂はここに無いとしても、  たぶん、俺たちと一緒に沢衣に帰るなんて思えなかった。  そんな風には思えなかった。  そしたら祖母は優しく……。  「あなたにも分かる日が来るわよ」  と言った。 「おかえり……皆守……羽咲ちゃん」 「う、うぇ、うぇ……ゆ、由岐さん……う、うぇ」 「うぇーん、うぇーん……お父さんが、お父さんがぁ……」 「……」  羽咲が由岐姉の胸で泣いている……。  俺はただ立っている。  由岐姉がこちらを見て優しく微笑む……、  俺の底から突然わき上がる。  俺はそれを抑える事が出来なかった。 「――っ」  自分の嗚咽で自分の声すら聞こえない。  声をつまらせ、しゃくりあげるように激しく泣いていたのだろう……だけど、ただ自らの嗚咽しか聞こえなかった。  由岐姉の胸で泣いた。  あんなに平坦だった心が……割れるように……、  ただ泣いた。  そんな俺たちを由岐姉はやさしく撫でてくれた。  何が何だか分からなかった。  ただ泣いた。  由岐姉はただ俺たちを優しく抱きしめてくれた。  顔をくしゃくしゃにして泣いた……。  二人ともただ……泣いた……。  夏の終わり……、  昼間の焼けるような日差しが嘘の様に……、  涼しい風が吹いていた。  その夜。  布団の中で泣きやまない羽咲は、  何度も父さんが何処にいってしまったのか尋ねてきた。  ばあちゃんは一緒にいると答えていたのに、全然会えないと何度も何度も繰り返した。  俺は、父さんは空に還るんだ……と答えた。  たぶん、この空の先には天国って場所があって……父さんはそこに旅立ったんだ……と答えた。  羽咲はずっと泣いていた。  ずっと……。  俺は〈玉串奉奠〉《たまぐしほうてん》と言う仏式の焼香にあたる、神道の通夜独特のものを終わらせる。  俺はそこではじめて羽咲がいない事に気が付いた。 「あのさ……由岐姉?」 「ん? どったの?」 「羽咲見なかった?」 「え? いないの?」 「いや……さっきまでいたはずなんだけど……〈玉串奉奠〉《たまぐしほうてん》の順番になった時にはいなかったんだ」 「トイレとか?」 「一応、家とかのトイレは見てみたんだけど、いないみたいなんだよ」 「なんだよ、それっ」  由岐姉は急いで、家の周りを探し始める。  俺も考えられる範囲で家周辺を探す。 「居た?」 「いいや、居ない……みんなにも聞いたんだけど……」 「皆守、羽咲ちゃんがいないんだって?」 「師範代! えっと、家には居ないと思う、押し入れとかまで探したから」 「周辺は探した、少なくとも家の周りにはいない」 「なんでこんな時間に?」 「分からない。俺が〈玉串奉奠〉《たまぐしほうてん》するまではいたと思うんだけど……気が付いたら……」 「とりあえず、練習生とかにも探させてお父さん」 「ああ、分かった……とりあえず、手の空いてる人間すべてに頼む」 「とりあえず、皆守行くよ。まずは水際を探すわよ」 「水際?」 「一番危ないでしょ、何かあったら取り返しがつかないっ」 「俺は海側を探してくる」 「うん、さすがにあの年齢じゃ、海までたどり着けるとは思えないから安心だけど、一応……」 「んじゃ、私と皆守は用水路見てくる」 「ああ、頼んだぞ」 「はぁ、はぁ、用水路にはいない……みたいね」 「この先にため池ってあったわよね……」 「……」 「どうしたの皆守?」 「あ、いや……そう言えば、羽咲のやつ変な事言ってたの思い出した」 「変な事?」 「あ、あのさ、学校の裏山の道あるじゃん」 「あ、うん」 「あの先って何があるのって聞かれた事があったんだよ」 「坂の先?」 「坂の途中に向日葵畑があるだろ、羽咲の足だとあの辺りまで登るのが精一杯なんだよ」 「それでいつも羽咲はこの向日葵畑の先が何処につながっているのか聞いてきてた」 「何かこの先にあるんじゃないかって……勝手な想像してて……」 「あの先って……単に山奥じゃないの……」 「ああ、だから……まずいかもしれない。この時間じゃ……」 「皆守急ぐわよ!」 「羽咲!」 「羽咲ちゃん!」  俺と由岐姉は向日葵畑を探す。 「向日葵って身長高いから全然分かんない」 「もしかしたら、この先の道いったかもしれない」 「分かった、私あの道の先を探すから、皆守はここで待ってて」 「何で?」 「馬鹿、夜の山道なんて子供歩かせられないでしょ!」 「子供じゃねーよ、俺は」 「うるさい! とりあえず、ここで待ってなさいよ!」 「あ、由岐姉っ」  由岐姉はそのまま坂道の先を走り出す。 「ちきしょう……」  由岐姉の足には正直敵わない……今から走っても追いつけないだろう……。  仕方なく、俺は向日葵畑の周りを探す。 「羽咲ー!」  俺よりも身長の高い向日葵畑は、叫び声を簡単にかき消してしまう。  叫んでも叫んでも、言葉はすぐに向日葵達に吸い込まれてしまう。 「ちきしょう……あんまり声が通らないんだな……」  向日葵畑で叫び続けたが……埒が明かないので……とりあえず高台を探す。  高台に登れば、もう少し声も通るだろう……。  俺は向日葵畑を見渡せるぐらいの場所に立ち、羽咲の名を呼ぼうとした……。 「あれ?」  向日葵畑を一望出来る場所に立って初めて気が付く……。 「あれって……道?」  向日葵畑を抜けた場所に道があった。  その道は、山道へと続いている様であった……。 「向日葵の高さで気が付かなかったけど……あんな場所に道があったんだ……」 「……」  由岐姉はここで待っていろと言ったけど……そんな約束など守れない。  由岐姉が登った以外の道がある。  羽咲がこの道の先をいった可能性は十分にあり得る。  だから俺は…… 向日葵畑をぬけて、その坂道を走った。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」  その道がどこに続くかは分からなかった。  けど、向日葵が咲き乱れる場所の先……まるで暗闇に続く坂道は、まるでこの世のものとは思えなかった。  もし羽咲が……俺の言葉を真に受けたとしたら……、  父さんの魂が空遠く……天国という場所に旅立ったと信じたなら……、  あいつは、この坂道を登るだろう。  まるで、生と死を分かつ道の様に見える、向日葵が咲き誇る先にある暗闇の坂道。  羽咲はこの坂道の先に父さんの魂があると考えるだろう。  だから俺は走った。  坂道をただひたすらに……、  暗闇を走ると……その先に光が見え始める。  まるで、世界の外側が近づいた様な錯覚。  深い蒼に見える世界。  そこで、強く輝く星々。  俺はこんな夜空を見た事がなかった。  それはまるで空が落ちてくる様であった。 「なんだこれ……」  あまりの星の多さに戸惑う。  たしかにこの村の夜空はすごい星空ではあった。  けど、三年ぐらいこの村で暮らしてきたけど……こんな星空を見たことは無い……まるでそれは……、 「魂が飛んでるんだよね……」 「羽咲っ」 「とも兄さん……っ」 「っ」  羽咲が倒れるのを寸前で受け止める。  羽咲は体中が泥だらけだった……、  たぶん、何度も坂道の途中で転んだんだろう……。  立つことすらやっとなぐらいへとへとになっていた……。 「ねぇ……このどれかがお父さんの魂なんだよね……」 「でも……羽咲の身長じゃ、お父さんの魂に届かないよ……」 「馬鹿か……お前じゃなくても……父さんの魂には、もう誰も手なんか届かないよ……」 「こんな近くまで来たのに……」 「それでも、届かないんだよ……父さんの魂には……」 「世界の果てまで来たのに……」  まるで星が降っている様な空……。  羽咲が世界の果てだと信じたのも仕方がなかったのかもしれない……。  ここが世界の果てだと……、  にも関わらず……羽咲は泣き出して……、 「ここは世界の果てじゃないんだよね……とも兄さんっっ……」 「お父さんの魂はここには無いんだよね……」  羽咲は俺の胸で泣き出す。  俺は優しく羽咲を抱いてやる。 「世界の果ては無いんだよね……だって……」  羽咲は指さす。  沢衣村と違う方向を……、  そこには、沢衣村と同じように人々の生活の光が灯っていた。  村の先には村があって……さらに先には街があって……その先にいくつもの村や街があって……。  そのいくら先を進もうとも、死んだ父さんの魂と会う事は出来ない。  その事を羽咲は初めて悟ったのだろう……。  父の死を……。  死という事の意味を……、  俺は羽咲を抱きしめる。 「帰ろう……みんなが心配してるぞ」 「みんなが……」 「ああ、そうだ……たぶん村中が大騒ぎになってるぞ……お前が居なくなったって……」 「大騒ぎ……」 「ああ、こんな時間に外出歩くなんて、父さんが知ったら怒られるぞ」 「ごめんなさい……」 「ばか……二度とするなよ……」 「ほら……」  俺は屈んで、羽咲に背を向ける。 「おんぶ……もう歩けないだろ?」 「そ、そんな事……」 「無いんだったら倒れるなよ……ほら、乗れ」 「……う、うん……」 「ごめんなさい……」 「何が?」 「心配させて……」 「ああ、本当だ……」 「でも……何でとも兄さん、羽咲のいる場所分かったの?」 「なんで? 馬鹿かお前?」 「え? なんで?」 「お前のヒーローだって言ってるだろ……お前がピンチな場所に駆けつけないで何がヒーローだよ」 「とも兄さん……」 「ヒーローって言うのはそういう都合で作られてるんだよ」 「そうなんだ……」 「そうなんだよ……」 「あのさ……とも兄さん……これ」 「なんだ? これうさぎの人形じゃないか」 「うん、片方あげる」 「良いのか? 一匹じゃ寂しがるんじゃないのか?」 「この子には羽咲がいるから大丈夫」 「あはは……なんだそりゃ……」 「そうだ……ならさ、あの店のうさぎあるじゃん。あれ買ってやるよ」 「え? あの店って?」 「ほら、由岐姉とジャスーコ行った帰りにお前見てただろ……あの大きなうさぎ」 「若槻商店のうさぎのぬいぐるみ?」 「店名まで覚えてたのかよっ」 「うん、若槻商店の子だった、あのうさぎは……」 「そうか……なら、その若槻商店のうさぎをお前に買ってやるよ……」 「でも、高いよ……」 「馬鹿か? 俺の貯金残高は国家予算並なんだぞ」 「本当?」 「ああ、本当だ……だから安心しろ」 「……もし、本当だったら……こっちのうさぎもとも兄さんにあげる……」 「へ? 両方?」 「うん、そしたら、寂しがらないよ。その子も……」 「なんだそりゃ……」 「羽咲……とも兄さんがくれた子と双子になる」 「だから、このうさぎの双子はとも兄さんが預かってて……」 「なんだそりゃ……」 「……」  そのまま羽咲は黙り込んでしまう。  と思ったら……寝息を立て始める……。  疲れたんだろう。 「それにしても……」  ヒーローだとか言ったけど……本当にたまたまだったな……羽咲見つけられたのは……。  それこそ、もしかしたら父さんが導いてくれたのかもしれないな……。  通夜とかは、まだ人の魂はその土地に残っていると言うからな……。 「だったら……父さん聞けよ……」 「俺さ……俺、父さんを恨んでるんだぜ……」 「だってさ……父さんって誰にでも優しすぎだろ……だからこんな事になったんだよ……」 「だからさ、死んだ後は……羽咲だけを見ててくれよ」 「羽咲だけを守ってくれよ……」 「他は望まない……」 「こいつの幸せだけを見ててくれ……」 「頼んだよ……」  星が落ちてくる様な空。  俺はそんな空に向かって、父さんに最後の言葉を語りかけた……。  羽咲に買ってやると言った人形。  国家予算並の俺の貯金をもってしても、買える様な値段では無かった。  俺は、由岐姉の協力を得て、自作という手段を取った。  何度か店に通い写メを取って、由岐姉とその構造を分析した。  俺と由岐姉は何度も挑戦してうさぎを作ろうとしたが、何故かそれはイカになってしまったり大王イカになってしまったりスルメイカになってしまった。  それでも俺たちは何とかそれを完成させようと思った。  空が高くなりはじめた頃……、  秋は渓谷の木々が美しく朱く染まる。  由岐姉と共に羽咲を連れてその紅葉の中を歩いた。  まだ、村の事をあまり知らない羽咲は、その風景に驚いていた。  俺達なんかにとっては、当たり前になっていた風景……そんなものですら、羽咲には新鮮だった。  朱く染まる木々を見て、羽咲は驚嘆していた。  その顔が面白かった。  冬になると沢衣村は雪に閉ざされる。  それほど長い時間ではないけど……でも東京では考えられないぐらいの積雪だ。  羽咲と俺は雪の中で何度も遊んだ。  その頃になると、羽咲にも友達が出来ていた。  俺や、その友達と一緒に雪の中を遊んだ。  雪合戦をした。  雪だるまも作った。  かまくらだって作った。  羽咲にとってかまくらなど絵本だけの話であったらしく、その時の喜びようは無かった。  真っ白い世界で顔を真っ赤にさせて羽咲ははしゃいでいた。  こんな笑顔の羽咲を俺はそれまで見た事がなかった。  その時俺は、羽咲がこの村に来て本当に良かったと思った。  この村には、あんな変な予言は無い。  あの変な母親も卓司も……羽咲をいじめる一切のものが無い。  羽咲は雪の中で笑う。  ほっぺを真っ赤にさせて……、  雪の中で遊んだ。  東京では騒がしく飾り立てられるクリスマスも、この村では大したイベントでは無かった。  隣町のショッピングセンターはそれなりに飾り立てられていたけど……沢衣ではこれといったイベントは無かった。  この年……羽咲は間宮の掘りごたつで正月を迎えた。  クリスマスと違って、間宮の正月は豪勢なものであった……。  まぁなんと言っても神道であるのだから当然と言えば当然か……、  由岐姉からお年玉を貰った。  俺の袋の中には五円が入っていた。  どんなギャグかと思って怒ろうとしたら、羽咲のには1万円入っていた。  由岐姉は笑いながら言った。 「二人で使ってよ……」  由岐姉は、年末は隣町でバイトしたから金が有り余っているから……って言ってたけど……、  基本学生の由岐姉に金が有り余る事があるとは思えなかった。  とりあえず感謝した。  そしたら由岐姉は、 「たまにはちゃんとお姉さんらしい事しなきゃな」  苦笑した由岐姉。  何言ってるんだか…… 由岐姉がお姉さんらしく無かった事なんて無かった……。  由岐姉はいつでも俺たちの事を考えてくれるお姉さんだった。  そしてさらに季節はすぎて……、  春を迎えた。  ずっと作り続けた例のうさぎの数はすでに結構な数になっていた。  白っぽくて、耳と手足が長いそれは、どうあってもイカの触手の様な奇妙なものになってしまった。  そんな事を何度かやっているウチに、店のおばさんがうさぎのぬいぐるみの寸法を測ってくれ、ぬいぐるみの台紙まで作ってくれた。  そして、数体の試作を経て、やっと真性うさぎが完成した。  気が付いた時には、もう秋も冬も越えて春になっていた……。  うさぎの人形を受け取った頃には、もう羽咲もすっかり沢衣村になじんでいた。  当初心配した様なイジメも無かった。  羽咲は友達にも恵まれたし……生活も幸せそのものだった……。  春の雪。  桜が舞う季節。  羽咲と俺は一学年上に上がった。  もちろん由岐姉も……、  また新しい一年が始まるんだ……と思った。  夏が近づく頃……、  俺はあの日の事を思いだしていた。  羽咲がこの村に最初に来た日。  父さんの笑顔を見た最後の日。  あの夏の日。  やたら日差しが強く……大地を照りつけていた。  一年しか経ってないのに……やたら遠い過去の様に思えた……。  いろいろな季節を羽咲と共に過ごし……そしてまた夏が来る。  沢衣は緑に包まれる……青い空。  そして太陽。  あの坂には向日葵が沢山咲き誇りはじめていた……。  夏の終わり。  それでも、太陽は空に高く輝き……、  青空の遙か遠くには入道雲がわき上がっていた。  その雲は、たぶん潤いの雨を降らしていたのだろう……。  季節の終わり……、  父さんが死んだあの日がやってきた……。  一年経っても、悲しいものは悲しい……。  楽しいいろいろな事があったけど……父の一年祭の前夜、羽咲は泣いた。  羽咲が泣いたのは久しぶり……というよりまる一年ぶりではないだろうか……。  あれから一年……、  そんな風に考えに耽っていたら……、  すべてをぶち壊す事が起きた。  父の一年祭……何故か神葬祭すら出なかった、あの女。  母親と卓司が沢衣村に来たのだ……。 「……何であんたが来てるんだよ」 「……」  あの女はただ俺を見つめる。  その母親の前に、卓司が立つ。 「お母さんに対して、相変わらずの口の利き方だね……兄さん」 「ふん……俺はこの女を母親なんかと思ってねぇよ」 「と、とも兄さん」 「羽咲……ひさしぶりだねぇ……くくく」 「ひっ……」 「何、不気味な声で笑ってるんだよ……羽咲怖がってるだろ……」 「不気味とは失礼だな……久しぶりに妹に会ったんだからさ……今のは笑顔だよ」 「笑顔? たいそう不気味な笑顔なんだな……」 「相変わらずだなぁ……兄さんは……」 「御母様は?」 「婆ちゃんなら母屋にいるよ……」 「そう……卓司、行くわよ……」 「……なんであいつら沢衣村に?」 「お父さんの一年祭に出るためかな?」 「一年祭に? 神葬祭すら出なかったヤツが?」 「うん……良く分からないけど……」 「卓司のヤツ……相変わらずだったな」 「卓司兄さんは……お母さんの言う事を良く聞くから……」 「あのマザコンが!」 「あんたなんか、シスコンじゃん」   「な、なんだと!」 「由岐姉……」 「何、今の皆守の弟さん?」 「ああ、羽咲の双子の兄だ」 「双子なんだ……へぇ」 「あいつは羽咲に暴力をふるうようなろくでもないヤツだ……」 「暴力? 兄妹喧嘩って事じゃなくて?」 「羽咲がそんな事するわけないだろ……ほぼ一方的だよ……」 「ふーん、そうなんだ……」 「お、相変わらず、羽咲ちゃんはいつでもその人形持ってるんだねぇ」 「うん……」  羽咲はうさぎの人形を抱きしめる。  俺と由岐姉が三つの季節をまたいで作ったうさぎ。  売り物にくらべれば不格好ではあったけど……でも羽咲はえらくこの人形を気に入ってくれた。 「ふーん、皆守も羽咲ちゃんにもらった双子のうさぎはちゃんと持ってるの?」 「部屋にある」 「馬鹿かお前は、携帯電話とかにつけろ! 肌身離すんじゃないっ」 「お、男があんなもんつけられるかよっ」 「だ、だめだったかな?」 「ばかもーんっ」 「痛てぇ……だからいちいち殴るな馬鹿」 「馬鹿はお前だ!」 「ったく、羽咲ちゃんの大切な宝物をなんたる言いぐさだお前は」 「そうかもしれないけど……でもさぁ……あんなうさぎのストラップなんて付けられないだろ……」 「うっさいっっ、ちゃんと肌身離さずに持ってろ、ばかもんっっ」 「う……まぁ、分かった……」   「それで、どう調子は? その人形」 「たまにほつれたらとも兄さんが直してくれる」 「そうなんだ……」 「おかげさまで、あれだけ作り直したからな……裁縫まで出来る様になった」 「皆守何でも出来るなぁ」 「うん、学校でもすごいんだよ。とも兄さん成績も良いしスポーツも凄いし」 「いや……成績はさ、この村のレベルが低いというか……」 「でも、東京でも成績良かったって聞いてるよ」 「まぁ、一応は勉強してたからな、あの糞卓司にすべてにおいて負けるの嫌だからさ」 「あはは……弟さん本当に嫌いなんだ」 「嫌いなんてもんじゃねーよ。あいつにはすべてにおいて勝たないとな」 「でも、とも兄さんが居なくなった後、卓司兄さんすごい成績だったみたいだよ」 「全国の模試で……名前がのったって……」 「え? マジで?」 「うん」 「おや、おや、いきなり負けてるじゃん」 「い、良いんだよ! 男は成績なんて小さな事で勝負が決まるわけじゃないっ」 「なら何で決まるの?」 「そりゃ、男なら拳だ」 「……アホか」 「とりあえず、羽咲、卓司が何かやってきたらすぐに叫ぶんだぞ」 「あ、うん……」 「あいつ何考えてるか分からないから……」 「……」  由岐姉は微妙な表情であった。  たぶん、もっと仲良く……とか言いたかったんだろう。  けど、由岐姉も俺たち家族がそんな単純な関係にあるわけではない事を理解していた。  だからただ表情を曇らせるだけであった。 「なんだ兄さん……」 「お前ら……何しにここに来た?」 「何しに? 当たり前だろ、今日は父さんの一年祭じゃないか……」 「何言ってやがる……父さんの神葬祭すら出なかったおまえらが……」 「それは、あまりにも母さんが悲しんで行けなかったんだよ……母さんは父さんを愛していたからね」 「愛していた? 馬鹿じゃねぇか? 愛してたんなら、なんであの女は、父さんを裏切ったんだよ!」 「母さんが父さんを裏切った? それって……ボクと羽咲が生まれた事…… そう理解して構わないのかな?」 「な、何……」 「羽咲とボクは間宮の子供じゃないからね……半分は母親、佐奈実の血……そしてもう半分は白蓮華教会の教祖の血……」 「それが意味する事は……ボクみたいなガキでも分かるよ……ボクらはコウノトリが運んだものでもキャベツから生まれたものでもない……」 「原因と結果……兄さんは原因を裏切りと言うのだろう……」 「けれども、それが裏切りだと言うのならば……その結果生まれたのがボクと羽咲では無いのかい?」 「そんなへりくつ言ってるんじゃないっ」 「へりくつなもんかい……事実だよ事実」 「兄さんが母さんを裏切り者と言うのならば、その罵倒は羽咲にも浴びせるべきじゃないか……」 「なんでそうなる! 羽咲は何も悪くない、あいつは何も悪い事なんてしてない、そんな羽咲を誰が罵倒なんて出来る?」 「出来るわけないだろ! そんな事……俺が許さない、絶対に許さない……」 「兄さんは相変わらず論理的じゃないなぁ……ボクにはまったく理解出来ないよ……」 「母さんが裏切り者なら、ボクも羽咲も裏切りの産物、倫理的に望まれず生まれ堕ちた裏切りの象徴だ……それが論理的推論ってやつじゃないのかい?」 「くっ……」  気味の悪いヤツだ……前からそうだったが……さらに磨きがかかっている……。  得体の知れない言葉ばかり使いやがって……、 「羽咲が裏切りの象徴なわけないだろ、お前はいつだって言葉を弄んで、適当な言い訳をさぞもっともらしく……」 「父さんを裏切り、他の男と寝たあの女は裏切り者だ。それだけが事実だ」 「だからといって羽咲に罪はない。羽咲に罪があるわけがない。誰がなんと言おうと羽咲に罪なんてない!」 「ふぅ……何でそこまで羽咲を擁護したがるんだい? 兄さんは?」 「当たり前だ、羽咲は俺の妹だ!」 「裏切り者の血と、姦淫した者の血で生まれた者だけどね……」 「血なんて関係ない。何が裏切り者の血だ!姦淫した者の血だ! 馬鹿じゃねぇのか、羽咲は俺の妹、それ以外の何者でもない!」 「くくく……兄さんはもう少し頭が良いと思ってたけど、全然議論にならないよ……」 「お前みたいな人間と議論なんてする気なんか無い……」 「何故そうなるんだよ……羽咲が妹ならば、ボクだって兄さんの弟じゃないか?」 「ああ、そうだな……そう思えると信じていた時期もあった……けどな羽咲の死を望む様な人間を俺は弟なんて認めない」 「またそれか……いつボクが羽咲の死を望んだんだよ……」 「いつでもだ!」 「お前達はいつでも、羽咲がいなければ……羽咲がこの世界から消えてしまえば良いと考えていた……」 「お前とあの女がそれを何度も口にしていたのを聞いてる」 「ふぅ……それは勘違いだよ」 「勘違いなものか、おまえらはまだあの得体の知れない予言とやらを信じているのだろう?」 「得体の知れないか……なるほど兄さんが言ってるのは、白蓮華協会の教祖の予言の事だよね?」 「ああ、お前も、あの女もそれを信じてるからこそ、羽咲を憎むんだろう」 「ははは……そんな事ないよ。ボクは羽咲を憎んでなんていないよ」 「とぼけるな……卓司」 「分かった。分かった。んじゃ半分ゆずって、昔はそんな事を少し思ってた時期もあるかもしれない……」 「だとしても、いまだにボクが羽咲を嫌っているわけが無いじゃないか、ボクにとっても羽咲は大切な双子の妹だ」 「大切な? 大切なのはおまえらが信じてる救世主の血とか言うやつじゃないのか?」 「……白蓮華協会の予言……あれをまだボクらが信じてると思ってるのかい?」 「ああ、そう思っている」 「あれは過去の話だよ。だいたいもうお母さんは白蓮華協会を脱退しているだろう」 「……」 「もうそろそろ、母さんとボクを信じてくれても良いんじゃないかい? きっと父さんだってそれを望んでいるハズだしね……」 「と、父さん……」  たしかに……父さんはそう望んでいた……。  互いが憎み合うのでは無く、家族として一緒に暮らしていく道を……、  だが……、 「とりあえず、羽咲に変な事したらただじゃすまないからな……あの女にも伝えておけよ」 「あの女とか……また兄さんは母さんに酷い事を言う……いい加減その言い方も直したらどうなんだい?」 「お前になんと言われようと、俺はあの女を許さない」 「理由が何であれ、父さんや俺を裏切った事には変わりない……」 「……ふーん、久しぶりにあったけど、幻滅したよ兄さん……」 「何?」 「だって、全然兄さんは子供だ……さっきから話しててまるで駄々っ子だ」 「なんだと……卓司」 「ふふふ……そう言えば、兄さんはそうとう強くなったみたいだね」 「……ああ、そうだ」 「兄さんは昔っから強かった……でも今はあの時なんて比べものにならない……」 「前置きはいい……喧嘩売ってるんなら買ってやる……はやくかかってこいよ」 「ふぅ、嫌だ嫌だ……何を勘違いしてるんだか……ボクはそういうの全然ダメなんだからさ」 「何だと……」 「ボクだっていつまでもガキじゃない……兄さんに敵わないもので、特に無価値なものに対して執着なんてしない……」 「無価値だと?」 「あ、ごめんごめん、誤解しないでよ……ボクが兄さんに喧嘩売るような事はしないって意味なんだからさ、単純に……」 「……敵わない相手につっかかったりしないってだけの意味だよ……」 「……」  卓司は不気味に笑う。  その笑顔の目は……笑っている様には見えなかった。  一年祭は日が落ちる前には終了した。  俺は後片付けを手伝おうとしたけど、由岐姉にそれは止められた。 「そういうのはさ……道場の練習生とかやるから良いよ……それよりさ……」  そう言って、俺の手を取った由岐姉。  もう片方には羽咲の手が握られていた。  歩き出してすぐに日が傾きはじめる。  夜の帳がおちる頃……俺と羽咲……そして由岐姉はあの坂道を歩いていた。 「いつ見ても、すんげぇ向日葵だなぁ……」 「ああ……こんだけ数があると壮観、というよりやや不気味なくらいだ……」 「そんな事ないよ……向日葵、すごく綺麗だし……」 「羽咲ちゃんは向日葵好き?」 「うん、由岐さんは?」 「私かぁ……まぁ普通に好きなぐらいかなぁ……」 「そうなんだ、私は大好き!」 「お、おい……あんまり走るな! 去年みたいにこけるぞ!」 「まぁいいじゃんかよ……向日葵なんて年がら年中見られるもんじゃ無し……少しははしゃがしてあげなよ」 「……まぁ、そうかもしれないけど」 「それに羽咲ちゃんだってこの一年で大きくなったんだ……そんな簡単にこけたりしないよ」 「ああ……」  たしかにこの一年で羽咲も変わった。  あんな頼りなかった足取りが、今では踊るように大地を蹴っている。 「皆守はどうなの? 向日葵?」 「向日葵の印象か……なんか本で調べたら、向日葵ってキク科の植物なんだってな……」 「そうみたいだね……」 「だから、少し似てるのかな……」 「似てる? 何に?」 「そのまま菊だよ……」 「そうか? まず大きさが違く見えるけど?」 「ああ……大きさも形も違う……けどさ、似てるよ……向日葵と菊は」 「……どんなところが似てるの?」 「……陰気くさい……」 「……そうなんだ」  由岐姉は何となく俺の答えに納得した様に向日葵を見上げる……。 「でもさ。向日葵ってさ、良くお日様の方向を向いて咲き続けるって言うじゃない?」 「夏のお日様に向かって咲き続けるなんて、まるで明るさの象徴みたいだけどね……」 「向日葵は太陽に向かって咲かないよ……」 「え? そうなの?」 「ああ……向日葵が太陽を追っているのはつぼみが付く前だ……」 「一度咲いてしまった向日葵は太陽を追いかけない……」 「へぇ……そうだったんだ……」 「なんかそういうところも陰気くさい……」 「何でそうなるんだよ……」 「……まぁ、向日葵を陰気だと言うヤツがあまりいるとは俺も思わないけど……」 「けどさ……この花はまるで、俺には……」  俺には…… まるで……。 「葬式の花に見えちまう……」 「たぶん……あの日の印象が強いんだろうけどさ……羽咲を追いかけて、この坂を登った時の記憶……」 「なるほど……坂道の向日葵は……故人を送る花のようか……」 「うん……まぁそんな感じなんだろうなぁ……」  向日葵の道を越えると……あの暗闇の坂道が姿をあらわす……。  去年と同じように……まるでそれは霊界に続く坂道の様だ。  去年は知らなかったけど……実際に、坂道を霊界との境界線だと考える人は多かったらしい。  古い本にはそういう記述が何個もある事に後から気が付いた。  でも実際、坂道は霊界との境界線でも何でもない……。  この坂を登り切ったところで、天国も、黄泉も、新しい世界も何もない。  ただ、ありふれた風景がそこにはあるだけだ……。 「羽咲ちゃん、大丈夫? 結構な坂道だけど」 「うん……だ、大丈夫……」 「由岐姉、心配するなよ、何度も丘まで坂道を歩いたよ……だいたい“あれから一年経ってるんだよ”って言ったのは由岐姉だろ」 「うん……大丈夫だよ……あの時とは違うから私……」 「あはは……そだね。だいぶ羽咲ちゃん、この一年で大人になったね」   「そんな簡単に大人になんねぇだろ……たかだか一年で……」 「見る目ないねぇ……羽咲ちゃんは確実に大人になってるよ……」 「具体的にどこがだよ」 「そだね……たとえば身長」 「そりゃ、そうだけど……そんなのまだまだチビじゃんかよ……」 「他はね……一人称が“羽咲”から“私”に変わったりね……」 「あ、そう言えば……前は羽咲って自分の事を“羽咲”って言ってたよな……なんで変えたの?」 「変えた? 私って……自分の事を“羽咲”って言ってたっけ?」 「今もたまに言うよ……でもだいたい“私”になってるよ……」 「そうなんだ……自分でも気が付かなかった……」 「まぁ、自分の呼び方なんてその時で変わるんだけどね……でも、確実に変わってるよ……」 「……良く気が付くなぁ」 「気が付きますよ……あんただってだいぶ男っぽくなってきた」 「俺は元から男だ」 「違うよ。成長したって事」 「そうか?」 「あんたら自分たちが成長期だからいろいろ分からないんだよ……」 「まぁ、そういうのってあるよね……自分では変わってないはずなのに……変わってる事って……」 「登れないと思い続けてた……遠く霞む坂道とかさ……知らないうちに日常で使う坂道になっている」 「時がすぎて、変わるのは景色なのか自分なのか……自分自身じゃ良く分からないよね……」 「由岐姉とかもそうなのか?」 「どうだろうね……皆守的に見てどうなのよ、私は?」 「あんまり変わらない……つーか全然」 「そっか……そうだよね……」  闇を抜けると……またあの丘に出る。  透き通る様な空で、星々が煌めく……。 「うわぁ……すごい……」 「やっぱり今日は星が綺麗だねぇ」 「今日は下弦の月……」 「下弦?」 「そう、下弦の月……そしてそれがまだ姿を見せてないんだよ……」 「月明かりが無いから、それだけで星は良く見えるんだよ……」 「それで、こんな星が綺麗なんだっ」 「うん、そうだね」 「ねぇ、遊んでいい?」 「うん、でもこっちから先いっちゃだめだよ」 「何で?」 「この丘って崖になってる場所があるんだよ……」 「崖……」 「うん……だからこっち側にいっちゃダメだよ」 「分かった……」 「皆守は?」 「俺が何?」 「遊んでこないの?」 「何で?」 「遊びたいだろ?」 「別に……ガキじゃあるまいし……」 「……ガキのくせに……」 「ふん……このやりとりも飽きた」 「そうかもね……だから……」 「だから?」 「早く大人になってよ」 「へ?」 「な、なんだよそれ、またガキ扱いか?」 「違う、違う、早く、男になってくれって言ってるのよ……」   「だから俺は男だ」 「ああ、ったく回りくどい言い方するとすぐこれだ……」 「だったら回りくどく言うなよ」 「ああ、分かったよ」 「皆守さ、早く大人になって私にプロポーズしてよ」 「はぁ? な、なんだそりゃ?」 「あはは、何赤くなってるのよっ、くははは」 「な、なんだ、からかったのか?」 「あはは……だって真っ赤な顔だし……」 「なんだとこのぉ」   「や、やめろって……うわっ」 「痛たた……って」 「っ!?」 「あんたさぁ……前より身体大きくなってるんだからさぁ、気をつけてよ……支えきれないってば」 「ご、ごめんっ」 「何赤くなってるの?」 「あ、いや……」 「あれ……ってスカートっっ」 「見た?」 「あ、いや……少し……」 「……っ」 「あ、いや……ごめん」 「っぷ、 はははははははっ」 「な、何だよ」 「あ、いやさ……下着見えたりするの気にするとかお互いにそんな年齢になったんだなぁってさ……」 「なんだそれ?」 「分かんないか? まぁそうかもね……でも前だったら、皆守の事ガキだとしか思ってなかったから下着ぐらいなんて事無かったんだけどね……」 「あははは……なのに私も赤くなって、あんたまで赤くなって……」 「あ、当たり前だろっ」 「そうだね……そうだ……そうだね。はははは……」  由岐姉は大笑いしていた。  俺には由岐姉の大笑いの意味が分からなかった。  ただ、何か良く分からないけど……その笑いは馬鹿にされている様な感じがしなかった……。 「いやぁ……すんげぇ星空だ。まるで星がおちてくるみたいだ……」 「でも星なんかおちてこないけどな」 「そだね……星はおちてこない……おちてくるのは遙か先の世界で星が発した光だけ……」 「世界って面白いな……」 「何が?」 「いや、だってさ……あんな遙か遠くの世界の光だって見えるんだよ……」 「それのどこが不思議なんだよ?」 「ぼくたちの頭ん中ってどのくらい?」 「なにそれ?」 「詩だよ……世界で私が好きな詩……」 「ぼくたちの頭はこの空よりも広い……」 「ほら、二つを並べてごらん……ぼくたちの頭は空をやすやすと容れてしまう……」 「そして……あなたまでをも……」 「ぼくたちの頭は海よりも深い……」 「ほら、二つの青と青を重ねてごらん……」 「ぼくたちの頭は海を吸い取ってしまう」 「スポンジが、バケツの水をすくうように……」 「ぼくたちの頭はちょうど神様と同じ重さ」 「ほら、二つを正確に測ってごらん……」 「ちがうとすれば、それは……」 「言葉と音のちがいほど……」 「言葉と……音……」 「そう……」 「……そんなの間違いだ」 「何で?」 「神様なんかいない」 「神様はいない……世界には……なるほど」 「ああ、いるわけが無い……」  いたら……なんで神は俺たち家族をこんな風にしたんだ……。  何故、父さんを殺したんだ……。 「神様って人はさ……」 「人じゃないし」 「んじゃ、神様ってさ、いたとしても無能で無力などうしようもないヤツだ」 「何もしないどうしようもないヤツ?」 「あ、でもさ……それ私も思った事あるよ」 「神様が一週間で世界作った言うじゃん」 「そんなのデタラメだよ」 「だってさ、もし神様が世界を作った様なヤツなら、絶対こう言ってるぜ」 「こんなものは私が作る物ではなかった……」 「それか」 「ちょ、まだ出来てないんだよっ」 「ああ……そう思う。……地上にどれだけ悲しい目にあってるヤツがいても無視する様な最低野郎だ」 「くくく……もし神様が人みたいなもんならそんな事言われても仕方ないよね」 「たしかに最低なヤツだ」 「万能なくせに何にもしないんだからな……」 「でもさ、皆守はこんな話聞いた事ある?」 「話?」 「うん、砂浜の足跡……」 「何だそれ?」 「神は我々と共に歩む……だから、死後、自分が歩いた道を見ると……必ず寄り添う足跡がもう一つ見つかる」 「人生は、寄り添う力で支えられてる……」 「でもさ……一番つらい時、悲しい時に、足跡は一つになってるんだってさ……」 「一番つらい時に……そばにいないのかよ……でも、それが神様ってヤツだよな」 「違うよ……」 「その時……神は、立ち止まって動けない人の足そのものになってくれるんだってさ……」 「自分の足そのもの?」 「そう……立ち止まっていると思えた道も……かならず先に進んでいる……」 「まるで、羽咲ちゃんが登れないと思った、あの坂道みたいに……」 「人は先に進む……その歩みを止める事はない」 「たった一つの思いを心に刻み込まれて」 「たった一つの思いを刻み込まれる?」 「そう、命令にした刻印……すべての人……いや、すべての生命がその刻印に命じられて生きている」 「全ての生命を命じる刻印……」 「そうね……その刻印には、ただこう刻まれている」 「幸福に生きよ!」 「猫よ。犬よ。シマウマよ。虎さんよ。セミさんよ。そして人よ」 「等しく、幸福に生きよ!」 「何だそれ……」 「幸福を願わない生き物はいない……すべての生き物が自らの幸福を願う……」 「そう命じられてるから……」 「それって命令なのか?」 「さぁね……ただ、実際そうでしょ?」 「人もまた……いいや、人は動物なんかと比べものにならないぐらいに幸福に生きようとし」 「そして絶望する」 「なんでそうなるの?」 「幸福は、それを望まなければ絶望なんて無い」 「あれだよ、動物が絶望しないと同じだな」 「でも、動物も幸福に生きようとするだろ?」 「そうだよ」 「なら、なんで動物は絶望しないんだよ」 「そんなの当たり前じゃん。動物は幸福に生きてるからだよ」 「なんだよそれ……幸福じゃない動物だっているだろ」 「いないよ。動物はいつだって幸福なんだよ」 「死ぬその瞬間まで、すべての生き物は等しく永遠に幸福だ」 「なんでだよ」 「なんでだろうね」 「分からないのかよ」 「あはは、そんな事ないよ答えは簡単だよ」 「死を知らない……」 「動物は永遠の相を生きている……」 「だから、幸福に生きようとする動物は、いつだって幸福なんだよ……」 「動物って死を知らないのか?」 「当たり前じゃない?」 「なんで?」 「だってさ、本当は誰も死なんて知らないんだからさ」 「誰も?」 「そう、誰も死なんて知らない……死を体験した人なんかいないんだからさ……」 「死は想像……いつまで経っても行き着くことの出来ない……」 「人は死を知らず……にも関わらず人は死を知り、そしてそれが故に幸福の中で溺れる事を覚えた……」 「絶望とは……幸福の中で溺れる事が出来る人にだけ与えられた特権だな」 「特権って……どう考えても悪いもんじゃん」 「そうだね……でも、だからこそ人は、言葉を手に入れた……」 「空を美しいと感じた……」 「良き世界になれと祈る様になった……」 「言葉と美しさと祈り……」 「三つの力と共に……素晴らしい日々を手にした」 「人よ、幸福たれ!」 「幸福に溺れる事なく……この世界に絶望する事なく……」 「ただ幸福に生きよ、みたいな」 「ただ幸福に生きよ……か」 「いや、少しカッコつけすぎか……」 「あははは…… でも凄いな」 「何が?」 「いや、あらためて空見るとさ、やっぱり星空はすげぇなぁってね」 「あははは……」  由岐姉が笑いながら両手を広げる。 「これだけの空……これだけの宇宙が、全部頭の中にあるんだよ……すごいすごい」 「全部……頭の中に……」  そう言われて見上げる空。  この美しい風景は……俺の頭の中の世界……。  当たり前と言えば当たり前だ……、  でも、そう考えた瞬間その感覚は戦慄に変わる……。  すべてが自分の世界……。  そんな事考えて、この満天の空を見つめれば、誰だって目眩に似た感じを覚える……。 「今言った事さ、全部、今考えた事なんだよ」 「そうなの?」 「うん、そう、今この空見てて思った」 「もちろん、ずっと、ずっと疑問には思ってた……皆守と同じ様に……」 「神様なんて世界にいない」 「それどころか、この世界に生まれるのは呪いに似たものだって……」 「だってさ、死んじゃうんだからさ」 「どんな幸せな時間も終わる」 「どんな楽しい時間も終わる」 「どんなに人を愛しても……どんなに世界を愛しても……」 「それは終わる」 「死という名の終止符を打たれて……」 「だから、この世界に生まれ落ちるって事は呪いに似たものだと思ってた……」 「だって、幸福は終わりを告げてしまうのだから……」 「それが原因なのかさ……何度か同じ様な夢見てたんだよ……」 「同じ様な夢」 「そう、夢……赤ちゃんの夢」 「赤ちゃんの夢が恐いのかよ」 「うん、恐いね……私が泣き出すぐらいに……恐い夢……」 「生まれたての赤ん坊がいるんだよ……誰が生んだのか知らない……」 「いや……もしかしたら、私が生んだのかもしれない……」 「だから、私はうれしかったんだと思う」 「うれしかったの?」 「うん、うれしかった……」 「それでさ……その赤ん坊は泣くんだね……おぎゃ、おぎゃ、ってさ……」 「うれしくて、私とかも笑うんだよ……周りのみんなも一緒に……」 「それは祝福なんだよ」 「生命に対する……祝福」 「だってさ、単純にうれしいからさ……赤ちゃんがこの世界に出てきてくれて……ありがとうって……」 「だから世界は生の祝福で満たされる……」 「でもさ……でも私は気がついちゃうんだよね……」 「あ……違うって……」 「その時、私は一人で恐怖するんだよ……すべての笑顔の中で私だけが恐怖するの……」 「だってさ……気が付いちゃうんだもん……その子は世界を呪っているんだってさ……」 「生まれた事を呪っている事に……」 「みんなの笑顔の中で、私だけ凍り付く……祝福に包まれた世界で……一人……」 「その時、私は思うんだ……その赤ん坊の泣き声を止めなきゃいけないって……私は、生まれたての赤ん坊の首を絞めて……その人生をそこまでで終わらせなきゃいけないってさ……」 「だって、生まれるって呪いだもん……」 「少なくとも生まれたばかりの子供はそう考えてる……だから……」 「その呪われた生を終わらせるために……」 「でもさ……当たり前だけど……出来ないんだよね」 「おぎゃ、おぎゃ、って泣いている赤ん坊の首を締めるなんて出来ないよ……」 「なんでだろう……赤ん坊は生を呪っているのに……でも私はその生を断ち切る事が出来ない」 「しなきゃいけないのに……出来ない……」 「んでさ……私さ、うわん、うわん泣いちゃうんだよ……そんな事現実では全然ないのにさ……」 「そのうち……赤ん坊の泣き声がね……普通に」 「普通になっているのに気が付くのね……」 「普通に……おぎゃ、おぎゃって泣いてるんだよ……」 「その声を聞きながらさ…私は良かった、と思うんだ……」 「そして、祈るんだよ……この命に幸いあれ……って」 「その意味が今日すべて明かされた」 「そうなのか?」 「まぁ、皆守にはまだ分からないだろうね」 「でも、私はこの星空を見て、その答えが分かった」 「何故、生まれた赤ん坊の泣き声を止めてはいけないか……」 「何故、人は自分以外の死を悼むのか……」 「そして、その悼みは……決して過ちではなく……」 「正しき祈りなんだってさ……」 「世界を愛する事……」 「世界のすべてが愛で満ちている事……」 「それは祈り……」 「自分が見上げたこの夜空が……祝福されている事……」 「それは祈り……」 「世界は祝福で満ちている……」 「だから人は永遠の相に生きる事が出来る……」 「出来るんだ……」 「由岐姉……」 「すげぇな! 孔子先生はさ、朝に真理を知る事が出来るのなら、その日の夕方には死んでも構わないって言ってるんだぞ」 「私、死ぬのか?」 「……その孔子って人が求めた真理を由岐姉は知ったの?」 「知らないけどね」  由岐姉は笑う。  この後に起こる自らの死を納得させるかの様に……、  最後の夜を祝福する。  異変に気が付いたのは、その数分後だった。  今まで無い気配を背後に感じて……俺と由岐はその異常に気が付いた。 「こ、琴美さん……」 「な、なんでお前がこんな場所にいるんだよ」 「由岐ちゃん……大きくなったのね……前はあんなに小さかったのに……」 「ちょうど……今の羽咲ぐらい……人って成長するのね……」 「おい! 質問に答えろ! 何でお前がここにいるんだよ!」 「後をつけてきたんですか……」 「いいえ……そんな事ありませんよ」 「なら、なぜここに?」 「そう決められていたからです……」 「決められていた?」 「はい……すべては予言によって決められていたからです……」 「予言、やっぱり、まだお前あんな予言を!」 「あんな予言? 予定調和の法を知る言葉をあんなもの呼ばわりするなんて……皆守は相変わらずダメな子ですね」 「よ、予言って何?」 「世界の破滅までの道のりがすべて決まっているとか考えてるんだ……この女」 「……世界…破滅」 「卓司が、もうお前があの予言を信じてないって言ってたぞ!」 「それは当然ですよ……あの子は頭が良い……皆守と違って、目的のためならば手段を選ばない……」 「も、目的だと?」 「その目的って……」 「おまえら……まだ羽咲を殺そうと……」 「羽咲ちゃんを殺す?」 「殺す? 何言ってるの……元あるべき場所に還すだけです」 「まだそんな妄想を……」 「嫌だぁー」   「は、羽咲!?」 「ちょ、ま、待って皆守」  俺は羽咲の悲鳴が聞こえた方に走る。 「と、皆守! そっち崖があるから気をつけて! 足下暗いからね!」 「羽咲!」  自らの判断を呪った。  少しでも、あいつらを信じた自分を……、  あいつらは何も変わってない。  卓司は羽咲を殺して、奪われたと信じている、力を取り戻そうとしている。 「卓司てめぇ!」 「さすが早いね……兄さん」 「てめぇ、昼に言った事……嘘だったのか?」 「昼に言った事?」 「ああ、言っただろ! 羽咲を消そうなんて考えてないって!」 「ああ、たしかに言ったよ……だけどそれが何か?」 「なら、その刃物は何だ……」 「これかい? これはナイフだよ」 「なぜそのナイフが羽咲に向けられてる……」 「羽咲が言う事を聞いてくれなくてねぇ……ボクもこんな手荒な事はしたくないんだけど……」 「言う事って……お前、羽咲に何をさせる気だ……」 「何をそんなに怒ってるんだい兄さんは?」 「これは必然なんだよ」 「必然なわけあるか! 何をさせる気だ!」 「空に還すの……」 「っ」 「こ、琴美さん……」 「おまえら……まだそんな事……」 「すべては……これは世界が神によって創造された時から決められた事」 「これは〈天地開闢〉《てんちかいびゃく》より定められた……予定調和」 「何が予定調和だ! その予言が正しいのならお前があの教祖と生む子供は一人の男だろう!」 「あの教祖と生む子供って……」 「由岐姉だって噂ぐらい聞いてるだろ。羽咲と卓司が間宮の血をひいてない事」 「その血が、新興宗教白蓮華協会の教祖との間に儲けられたものである事……」 「てめぇは! 父親を裏切って! ペテン師の宗教野郎と子供を作った!」 「その子供は、世界滅亡を救う救世主になると吹き込まれて!」 「そうだ……ボクは本来、救世主として生まれるべき存在だった」 「白蓮華協会の教祖の血、そして古来から続く巫女の佐奈実の血、この二つの血の結合により、新世界に人々を導く救世主となるハズだった!」 「でも現実は違う! 現実はお前なんか救世主でも何でもない!」 「違う! それは、本来一つの血となるべきものが、二つに別れたからだ!」 「そ、それって……」 「そうなんだよ……由岐姉……こいつら羽咲が生まれた所為で、卓司が救世主になれなかったと信じているんだ」 「信じるという問題じゃない。それは確定的に明らかな真実!」 「本来、二つの異能の血が凝結する事によって為される、救世主生誕を……こいつが妨げた」 「一つになるべき魂が二つに別たれた」 「そんなわけないだろ! お前は救世主でも何でもない! 実際、おまえらが白蓮華協会の教祖から見捨てられたのは、飽きられたからだ」 「救世主を生むなんて方便だ!」 「その事は死んだ父さんが調べ尽くしただろう! あの教祖が手を出した女すべてに言ってた言葉である事を!」 「ふん……所詮ジャーナリストなんて下賤な輩に、何が分かる……表層ばかり追いかけて……」 「父さんはそれを調べるために、ジャーナリストなんかに転職したんだろうが!」 「おまえらに真実を知ってもらうために!」 「何が真実だ……真実など一つに過ぎない……」 「世界は終わる……そしてその日までにボクは救世主として地上に君臨しなければならない……」 「そんな日なんて来ねぇよ! お前は凡人だ! 羽咲が生まれようと生まれなかろうと関係ない!」 「ボクは兄さんに凡人呼ばわりされるいわれはない! たしかに、前まで兄さんはすべてにおいて万能だったけど、今じゃボクの方がすべてにおいて上だ!」 「なら、そのナイフ置いて勝負しろよ……男なら拳一つで勝負しろ!」 「皆守の言う事なんて聞く必要ないわよ……卓司」 「てめぇ!」 「皆守の血も、佐奈実と間宮の混血……常人でないのは当然……」 「でも、それも救世主として生まれるべき運命の卓司にとっては越えるべきハードル程度の意味合い」 「今は、兄さんに勝てなくても大丈夫……卓司、あなたはやがて世界すべてを救う人間なんだから……」 「んなわけないだろ! ふざけるな!」 「おまえらの妄想ごっこに羽咲を巻き込むな! おまえらが勝手にやってれば良いことだろ!」 「羽咲を返せ!」 「ふぅ……本当に兄さんとは議論がかみ合わないな……」 「俗人の言葉に耳を傾けてはいけませんよ……卓司」 「うん、分かってるよ……羽咲はもともとボクの一部……それを空に還す事により……再びボクの元にその力を還す……」 「そうよ……そうすれば、すべては救われる。さぁ、卓司……羽咲の魂を再び空へ」 「そうすれば……あなたの失われた魂の欠片は、再びあなたの元に戻る……」 「そうすれば……」 「 「 ボ 卓 ク 司 は は 救 救 世 世 主 主 に に な な る る 」 」 「そんなわけねぇだろ!!」  確信があったわけでは無かった…… だからそれは軽率な行動であったかもしれない……。  俺は瞬時に飛び出す。  卓司に向かって……、  だけど、由岐姉は俺と違う方向に走った。 「っ」 「!?」  刹那……、  そう呼ぶにふさわしいほどの短い時間。  羽咲を崖方向に突き飛ばす。  小さな羽咲は、思いの外勢いよく崖に飛び出す。  俺は焦って、崖側に走ろうとする。  だけど、飛び出してしまった方向を容易に変更は出来ない。  俺はバランスを崩しその場に倒れる。  ただ目線だけはずっと羽咲を追っていた。  崖に飛び出す羽咲。  身体が宙に浮いている。  次の瞬間には自然落下の法則にまかせて……切り立った崖に吸い込まれていくのだろう。 「は…さ……きぃ……」  自分の言葉が遅く感じる。  限りない鈍足。  何も出来ない自分を痛感する事しか出来ない。  にもかかわらず、俺の視界から信じられない光景が見える。  崖から飛び出した羽咲を由岐姉が受け止めていた。  手を差し出すとかのレベルでは無い。  由岐姉は……自らの身体ごと空に投げ出し、羽咲を受け止めていた。  その刹那が視界に見えた後は……まさに一瞬だった。 「羽咲ぃぃい! 由岐姉ぇぇええ!」  二人の姿は崖の暗闇に吸い込まれる様に消えていった。  聞きたくない音。  まったく耳障り……、  不愉快きわまりない音。  ただ、聞きたくない音。 「羽咲ぃぃい! 由岐姉ぇぇええ!」 「ふ、ふふふふ……ふはははは!」 「やった、やった……ついにやった……」 「今まで散々あの父親面した男に邪魔され続けていたからな……」 「やっと、戻った……ボクにあったはずの力……羽咲となってしまった力の欠片が……空に……」 「良くやりましたね……」 「はい、ボクはやりましたよ! お母さん! とうとう救世主に……」 「……」 「これで、ボクは世界を救う事が出来る……」 「世界を空に還す事が……」 「……」 「これで、予定調和の動きは神が定めた状態に戻ったはずです……すべては予言通りに進行する……」 「な、わけないだろ!」 「兄さん……」 「ふぅ……兄さんは凡人だから分からないかもしれないけど……これは悲しむ事ではないんだよ」 「羽咲も殺したわけじゃなくて、空に還しただけだから……」 「そう……たしかに空高く吸い込まれる姿を私は見ました……」 「おまえらどこまで馬鹿なんだ!」 「……」 「え……この声……」 「え?」 「っ……」 「羽咲! 羽咲か!」 「とも兄さん……とも兄さん……」 「羽咲無事か!」 「うん……私は大丈夫だけど……だけど……」 「どうした!」 「由岐さんが由岐さんが……いっぱい血出して……全然動かなくて……」 「由岐姉が?」 「由岐姉がどうしたっ」 「私を守って……私を守ってくれて……」 「私をずっと抱きしめてくれて……最後まで……ここに落ちる最後まで……」 「何度も崖にぶつかったのに……由岐さん…由岐さん……」 「ゆ、由岐姉……」 「そこを動くなっ」 「今から行く」 「あ、あの女っ……」 「卓司! 今だけです! 下弦の月が天に昇る前までに……羽咲を空に還すのです! 皆守より先にっっ」 「は、はいっ」 「させるか!」 「っ!?」 「っぐぁ」 「これ以上させるか! させるか! させるか!」 「ぐっ……がっ……ぐっ……」 「てめぇ、由岐姉を……さらに羽咲まで殺させるか!」 「ち、ちきしょう!」 「っ」 「はぁ、はぁ……すごいね……今のナイフの一撃をかわすなんて……」 「てめぇ……」 「ここで終わりにしてやる……卓司……」 「……終わり?」 「ああ、もう怯まない……お前の妄想はお前を完全に叩きのめさないかぎり終わらない」 「俺は……ここでお前を完膚無きまでに倒す」 「ふふふ……素手でかい? こちらには刃物があるんだよ……」 「ああ、ちょうど良いぐらいのハンデだ……問題ない……」 「……ふん、兄さんのその余裕はどこから出てくるのか不思議だね……」 「お前と違って、毎日研鑽してるからだ……」 「何を……まるで自分だけが努力して来たような言い方だな……」 「ボクは、この数年間、兄さんがいなくなってから死ぬほど努力した」 「兄さんを越えるために、あんたなんて〈所詮〉《しょせん》、ボクが越えるべきハードルにすぎないという事を思い知らせるために……」 「その結果がこれかよ?」 「ああ……そうだよ……でもまだ終わりじゃない。兄さんも空に還して……その後に羽咲を還す……」 「そして、ボクは救世主となる……」 「なれるわきゃ無いだろ!」 「なれるさ! ボクはあんたとは違う! ボクは選ばれた人間だ!」 「何が違うんだ! お前なんて母さんが他の男に弄ばれたあげくに生まれた子だろうが!」 「言うなぁ!」 「っ……」  頬が熱くなる。  触ると、その部分は大きく裂けていた。  ただ致命傷とは到底いえない程度の傷。  俺は、すぐに次の攻撃に備え、構えを取り直す……。  が……、 「な、なんだよこれ……」 「……?」 「なんだこれ!」 「た、卓司……」 「お、おい……冗談はよしてくれよ……なんだよこれ……」  何がどうなってかは分からない……。  ただ事実として、卓司の胸には、先ほどこいつが手にしていたナイフが突き立てられていた。 「た、卓司……お前……」 「どうなってるんだよ……ボクは世界を救う救世主なんだろ……なのに……」 「卓司!」  俺は卓司のナイフを抜こうとする。 「だ、ダメっ……」  後ろでそれを止めようとする声が聞こえたが……動揺してそれどころじゃなかった。  俺はそのまま卓司の胸のナイフを引き抜く。  自分のとった行動が……最悪であった事をその瞬間に悟る。  いや、どちらにしても、こんな山奥でこんな深さの傷なんて致命傷以外の何物でもない……。  それでも、ナイフを抜かなければ、その命が残り数分なんて事にはならなかっただろう……。  だけど俺は……それを抜いてしまった。 「あ、あれ……どうしたんだ……いきなり……真っ白に……」 「卓司! しっかりしろ!」 「なんだ……兄さん……光の中に逃げやがって……汚ないぞ……」 「卓司! おい!」 「あれ? おかしいな……なんで、ボクの身体が動かなくなっていく……んだ?」 「気をしっかりもて!」 「あれ? なんで兄さんが?」 「もしかして……負けたの……ボクなのか?」 「負けとかねぇ! 卓司! 気をしっかり持て!」 「そうなんだ……負けたんだ……ボク……だからだんだん身体が冷たく……動かなく……」 「ふふふ……でも、ボクは死なないよ……絶対に……」 「だって……ボクのお母さんは死人を還す巫女の末裔……だから……」 「卓司!」 「……そう、絶対に……死なない……」 「ボクは……どんな手段を使ってでも生き残る……」 「ああ、分かった。とりあえず、意識だけ保てよ!」  俺は自分のシャツを破り、卓司の胸にまく。  だけど、全然傷口から血は止まらない。 「卓司! しっかりしろ!」 「ボク……なら……だいじょう……ぶ……もう安心だ……」 「安心……あ……んしん……」 「死なない……絶対に……」 「ああ、死なない! 大丈夫だ!」 「そう……だよ……ね」 「身体……壊れ……ても」 「卓司」 「兄さんの使えばいいんだからね」 「っっ」 「た、卓司……」 「ボクは死なない……死なない……」  卓司の指が俺のこめかみに突き刺さる。  激痛……なんてものじゃない……。 「っっ……」  こ、こいつ……なんて力だ……。 「そのまま潰してしまいなさい……」 「つ、潰す?」 「そう……卓司……あなたなら出来るはず……皆守の脳を壊して……しまいなさい……」 「ぐ、ぐぁぁ……」  切れ長の瞳……俺の目を見つめる。 「ボクは……兄さんの脳を貰うよ……」 「ぐっ……ぐぁ……」  これは幻覚なのか……現実なのか……、 「あ、あがぁ……」  卓司の指先が頭蓋骨を突き破る……。  そんな事あり得ない……人の握力で頭蓋骨を突き破るなんて……、  これは間違いなく幻覚……現実などであるわけがない……。  その事は武術をやってきた俺が一番知っている…… そんな事ありえない事……。  にも関わらず…… 意識が朦朧とする……。  この世界につなぎ止めておく事が出来ないでいる……。 「ボクは……皆守兄さんの身体を……いただくよ……」 「だから……」 「サヨウナラ」  そこは見慣れた風景。  今まで見ていた風景よりも見慣れた。  知っている風景……。 「この風景の方がしっくりくる?」 「ああ……そりゃ……あの村の記憶なんて今の今まで忘れてたんだからな……」 「そうだね……」 「あれから俺は間宮卓司になったのか?」 「さぁね……少なくとも、見た目はあんたはあんたのままだったけど……」 「でも……俺は間宮卓司として生きる事になった」 「病院の先生の話曰く……心的外傷後ストレス障害……いわゆるPTSDだって診察したけどね」 「だけど、村人は間宮卓司の呪い……あるいは佐奈実琴美の力だと考えた」 「琴美さん死人還り出来るって噂だったからねぇ……」 「それで……真相はどうだったんだ?」 「真相? そんなの分かるわけないだろ……、あんたに間宮卓司が取り憑いた事を否定する材料なんてないし」 「もちろんPTSDによって作り出された人格だって否定も出来ない」 「どっちだって説明方法としてはどっこいどっこいだよ……」 「ただ、事実として、それ以後あんたは、自らを“間宮皆守”と認識せずに“間宮卓司”と認識した」 「それはたしかみたいだな……」 「それで此処は?」 「何処だと思う?」 「屋上……C棟か?」 「ご名答……」 「そうか……だったら今までの夢……過去の記憶……そういう事か?」 「うん……そうなるね……」 「俺は死んだんじゃないのか?」 「死んでたら……ここに立ってないでしょ……ここは霊界でも天界でも何でもないんだから……」 「でもこのC棟だって現実のC棟ではない……由岐が作り出したものか?」 「どうなんだろうね……私も良く分からないよ……」 「ただ分かる事はさ……ここに無いもの……それが重要なんじゃないの?」 「ここに無いもの?」 「!?」 「今の……」 「そうだよ……やるべき事……自らがしなければならない事……思い出したかい?」 「おれは……おれは……」 「さぁ……行きなよ……皆守……羽咲ちゃんを守ってやるんだろ。何があっても……」 「そうだ……俺は何があっても……羽咲を……」 「うん……良い答えだ……」 「……ご名答じゃねぇだろ……今までの夢、過去の記憶……あれは由岐姉の仕業か?」 「由岐姉……なんかその名前で呼ばれるのうれしいねぇ……なんかうれしいや……」 「なんだよ……由岐姉……」  由岐姉は笑いながら泣いていた。 「なんかさぁ……本当に大人になったんだね……皆守……」 「あの頃と全然違う……ほら……」  由岐姉は俺の腕を掴む。 「あんなに細かった腕もさぁ……私より全然太いじゃん……」 「ああ……そうだな……あれからずいぶん経つからな……」 「あの時の私と同じ歳なんだぜ……皆守ってさ」 「そうだったのか……」 「そうそう、あんたは私の事なんてあんま気にしてなかったから分かんないか……」 「ガキには、大人は大人にしか見えないんだよ……」 「あははは……そんなもんかね……」 「ああ……あの時は由岐姉の手がこんなに小さいって知らなかったよ……」 「あはは……そうか……私の手……小さいか……」   「ああ……こんなに小さかったんだな……由岐姉の手……俺の手ですべて包み込めるぐらい……」 「ガキの時はさ……由岐姉は大きな存在だったから……」 「でも胸は結構でかいんだぞ……」 「でも……それでも俺の胸囲より小さいだろ……身体だって俺より全然小さい……」 「皆守だって男にしてはだいぶチビだけどな……」 「でも由岐姉よりは大きいよ……」 「そうだね……私よりもう全然大きいよ……皆守……」 「由岐姉は……ずっと知っていたのか?」 「何を?」 「俺たちの過去だよ……」 「いや……残念ながら……事実をすべて知ったのはだいぶ後だよ……」 「この肉体の無意識下を見ることが出来る様になってからだね……」 「明晰夢によって……か」 「そういう事……」 「ここもまた……C棟の屋上を模して作られた明晰夢」 「そうだね……」 「そして、俺が今まで見ていたのも……過去にあった記憶……」 「そうだね……あんたがつらくて封印した記憶だよ……」 「……弱い人間だな……俺って……」 「そんな事ないよ……もしかしたら、本当に呪いかもしれないしさ……」 「それでも、その呪いに負けたんだろ……俺」 「何言ってるんだよ……あんたがいつ負けたんだよ」 「負けてばかりだろ……」 「あの日だって、羽咲を守ったのは由岐姉だ……」 「俺は羽咲を守るって約束したのに……全然守る事が出来なかった……」 「その上、卓司に頭を乗っ取られて……」 「でも、またちゃんと卓司くんに立ちふさがったじゃない……」 「そうだな……また立ちふさがって……完敗した」 「なんて無様なんだか……」 「何言ってるんだよ……それで良いんだろ?」 「何がだよ……良いわけ無いだろ……」 「こんなのさ……演出なんだろ?」 「演出?」 「ああ、そう……ヒーロー登場ってそういうもんなんだろ?」 「ヒーロー?」 「あんたはヒーローなんだろ? 変身ヒーロー……」 「羽咲ちゃんにはさ、つらい思いさせたけどさ…… こんなのだって、これから続く幸せの日々へのちょっとしたスパイスになるんだろ?」 「由岐姉……」 「約束したんだろ……羽咲ちゃんと」 「あの海岸でさ……」 「……卓司が救世主なら俺はヒーローだ……」 「お前を守るためにどんなピンチな時でも立ち上がる……」 「逆に、ピンチの時は演出だと思ってくれよ……だってピンチをチャンスに変えてこそ、ヒーローだからさ……」 「羽咲ちゃんは最後まで信じてるぞ……」 「あんたがヒーローである事を……」 「由岐姉……」 「もちろん私だってさ……」 「皆守は……最後の最後まで負けない」 「どんな事があっても負けない……」 「だってさ……ヒーローってそういうもんなんだろ?」 「私だって信じてるんだよ……」 「皆守はヒーローでさ……最後にすべてを解決してくれるってさ……」 「何言ってるんだよ……だったら由岐姉を守れなかった時点で……」 「バカ……だからお前は羽咲ちゃん専用のヒーローなんだろ……」 「由岐姉だって信じてるって言ってたじゃないか……」 「ああ、信じてるよ……」  由岐は顔をくしゃくしゃにして笑った。 まるでそれは泣いてるのをごまかしている様だった。 「私が連れて行くからさ……あなたは行きなさいよ……」 「連れて行く?」 「卓司くん……あの電波坊やは私が連れて行ってやるからさ……」 「あんたは先に進みなさいよ……」 「先?」 「ああ、そうだよ……この先だよ……」 「向日葵の咲く丘の先……」 「登れない坂道の先……」 「あんたはそこまで、また羽咲ちゃんを迎えに行かなきゃいけないんだよ……」 「登れない坂道……」 「ほら、しゃんとしろよ……皆守」 「ここでお別れなんだから……」 「お別れ?」 「そうだよ……お別れだ……私が歩けるのはここまでだ……」 「この空の下で……皆守とは……もうお別れだ……」 「長い長い空の下……ここまで一緒に歩いてきたけど……もうおしまい」 「ここから先……あんたのそばを歩くのは私じゃない……」 「皆守と一緒の道を歩くのは私じゃない……」 「さぁ……行けよ……ヒーロー」 「私の……ヒーロー……」 「そして……」 「羽咲ちゃんのスーパーヒーローっ」 「ここでお別れなんだから……」 「お別れ?」 「そうだよ……とりあえずお別れだ……」 「私は彼をちゃんと届けないとダメだからね……」 「由岐姉……」 「そんな顔するなよ……皆守……」 「ほら……私の存在……感じるだろ」  由岐姉は俺の手を握りしめる。 その手はとても細くて……とても柔らかかった。 「私は、いつでもあんたのそばにいるよ……」 「私は行かなきゃいけないけどさ……それでもちゃんと皆守のそばにいつでもいるから……」  由岐姉はゆっくりと俺の手を離す。  そして……一歩下がって叫ぶ。 「さぁ……行きなさい!」 「ヒーローが最後にヒロイン守れないでどうすんのさ!」 「そうでしょ……皆守……」 「!?」 「今の……」 「羽咲ちゃんが信じ……私が信じた……皆守」 「勝つんだろ」 「運命に!」 「兄さん!」 「は、羽咲?!」  羽咲が屋上から飛び降りた俺の足を掴んでいる。  だけど……非力な羽咲の身体はどんどん空の方にずり下がっていく。 「羽咲! 手を離せ!」 「え?」 「バカか! お前! 今すぐ手を離せ!」  羽咲の顔色が変わる。 「あ、今の声……」 「早くしろ! このままだとお前まで落ちる! 手を離せ!」 「と、とも兄さん……とも兄さん……生きてたんだ……消えて無かったんだ……私、私……っっ」  羽咲の足の踏ん張りが一瞬抜ける……身体がさらに屋上からずり落ちる。  にもかかわらず。 「良かった……良かった……あの時、もうとも兄さん消えちゃったと思ったから……私、私……」 「分かった! そんな事より離せ! 手を!」 「……」  ぼろぼろと泣き出す羽咲。  泣きながら羽咲は何か言葉にならない言葉をつぶやいた。  彼女が泣くほどに彼女の力が徐々に弱まっていく。  身体がどんどん空の方にずり下がっていく。  にも関わらず、羽咲が俺を掴む腕の力はまったく弱まらない。  それどころか、その小さな手は、もっと強く、決して離れない様に、俺の身体を掴んでいる。 「何やってるんだ! 羽咲!」 「……嫌だよ……」  今までうつむいていた羽咲が顔をあげる。  完全に泣いていると思った彼女は、泣きながら笑っていた。 「な、何言ってる……」 「嫌だよ……って言ったんだよ……私」 「バカか! このままじゃお前まで!」 「そんなの関係ない!」 「関係ないわけないだろ! 俺はお前を守るために!」 「そんなの知らない! 知らないよ!」 「は、羽咲……」  今まで……こんな大声を出す羽咲を見たことがない。  こんな感情をあらわにして、自分の意志をしめした事などない。 「私、私は、守られるだけの私じゃない……私は私は……とも兄さんが好きなの!」 「とも兄さんが死んだと思って悲しかった……もうどうでも良いと思った……」 「だから……本当は、卓司兄さんなんて助けたいなんて思わなかった……とも兄さんを殺した人だから……」 「でも……でも……卓司兄さんは卓司兄さんは……その姿はとも兄さんだったから……」 「私は助けたいと思ったっ」 「そうだよ……なんで?」 「なんで私がとも兄さんを助けちゃいけないの? なんで、私だけ守られてなきゃいけないの?」 「とも兄さんが生きてるなら、とも兄さんがそこにいるなら私、絶対にこの手を離さない!」 「絶対に! 絶対に! 死んだって離さない!」 「バカ野郎!」 「なんでお前が俺を助けちゃいけないかなんて当たり前の答えだろ!」 「俺がお前を守るからだ!」 「俺はお前を守るためだけのヒーローだからだろ!」 「っ」  ふわりとした感触。  瞬時、空気の冷たさが変わった様な気がした。  砂と塵が月に照らされた蒼い空に舞う。  絶対に交わる事のない平行から垂直落下の世界へ……。  羽咲と俺は吸い込まれていく。  羽咲の全身が月明かりでシルエットで見えた。  接地面はない。  まるで空を飛んでいるかの様に……、  遠くにサイレンの音。  蒼く照らされた空に反響しているかの様。  俺は無限の空を見上げながら落下している。  頭上にいる羽咲を見逃さない様に……。  月が笑う。  神が笑う。  この滑稽な姿を、  この喜劇の様な悲劇を、  星々は回る。  まるでダンス。  夜空が……神が俺たちを〈嘲弄〉《ちょうろう》する、  空の器を床に投げ落とす無邪気な子供の様に……、  世界は空っぽになる。  だが俺は言う。 「くそくらえだ!」  神なんて関係ねぇ。  運命なんて関係ねぇ。  俺は、皆守だ。  間宮皆守。  俺は約束した。  羽咲を守ると、  羽咲を守るヒーローであると、  だから、俺は怯まない。  誰が相手だって怯まない。  天国で神と会えば、そいつを殴る。  地獄で鬼に会ったら、そいつを殴る。  俺は、俺自身の手で、運命を切り開く。  喜劇も悲劇もくそくらえだ! 「羽咲っっ」  俺は精一杯手を伸ばす。 「……」  答えはない。  いや、俺だって声を出していたのかどうか分からない。  この場所から地面までなど言葉にならないほどの一瞬であるハズだから……。  でも俺は叫ぶ。  羽咲!  先ほどまで涼しかった空気がいっきに熱くなる。  月の光が弱く感じた。  星はその回転により目を回し沈黙する。  俺は空を走る。  神々の意志に反して……俺は走る。  そしてその手が羽咲を掴む。 「とも兄さんっ」  自由落下……重力という運命により、俺たちは地面に吸い込まれる……。  空を飛ぶことが出来ない人間は、  空の上から地に落ちる事しか出来ない。  でも、俺は認めない。  絶望なんてここには無い。  あるべきはすべき事だけ、  この瞬間にすべき事だけ、  今を生き。  そして明日を生きるためにすべき事だけ、  重力が俺たちを殺そうとする。  地面に叩き付けて、すべてを終わらせようとする。 「うぉおおおおおお!!」  空でもがく。  無駄だ、空で人は無力だ。  どんな抵抗も出来ない。  重力に人はまったく為す術もない。  だけど俺は空でもがく、  無力な者は巨大なものの前でただもがく。  どんな無様でも良い。  生きるためなら、俺はどんな無様な姿でもさらす。 「っ!」  蹴った足が建物のガラスをぶち破る。 「ぐぁっ」  ガラスをぶち破り、バランスを崩した俺は校舎のひさしに激突する。  全身が砕ける様な激痛が走る。  だけど俺は羽咲を抱きしめる。  痛みなど関係ない。  俺は羽咲を抱きしめる。  傷一つつけさせない。  ひさしは俺を受け止めるわけではなくそのまま二人を空に放り出す。  同じ様な衝撃。  でもすでに自分が何に激突しているのかなど分からない。  バランスを崩した俺は、あらゆる場所に激突しながら校舎を落ちていっている。  そんなところだろう。  何度目かの激突……耳がキーンとする。  歪んだ音。  痛みは無い。  光も無い。  ただ、腕の中の羽咲の暖かさだけ分かる。  月が笑う。  月が笑う。  月が笑う。まるで何も知らない様に。  この世にあるすべての、不浄。汚きもの、穢れたもの、悪しきもの、を知らないかの様に。  美しい光を放ちながら、  世界を蒼く染めてただ笑う。  月は笑う。  俺は、その笑いの下をただぶつかりながら、ボロボロになりながら、落ちていった。  為す術なく落ちていった。  最後に月が視線に入る。  それはあざ笑いではなく。  悲しそうに見えた。  泣いてるように見えた。 「なんだよ……てめぇ……」 「俺をあざ笑ってたんじゃないのか……」 「俺を見て、泣いてたのかよ……」  弱々しいながら自らの声が出た……。  なんだ声出るじゃねぇか……と思ったけど……本当に声が出てるかどうかなんて分からなかった。  良く考えてみたら……完全に静寂だった。  さっきまで聞こえていた風の音。  サイレンの音。  あといろいろな場所に激突した音。  その一切は世界から消えていた。  完全な静寂。  ああ……こりゃ……ダメだな……と何となく思った。  今まで生きてて、こんな静寂なんて聞いた事なかったから……。  これはあり得ない静寂だと思った……。  だからもう終わりなんだと思った。  ここでもう終わり……。 「とも兄さんっっ」 「っっ……」 「羽咲……」 「とも兄さん……とも兄さん……」 「ははは……無事だったのか……」 「うん……とも兄さんが私を守ってくれたから……だから私……」 「やぶってばかりだったからな……やっとこれで約束を果たせた……」 「うん……ありがとうとも兄さん……」 「んじゃ……これでやっと終われるのか……」 「嘘つき……」 「嘘つき……?」 「また約束やぶる気なの?」 「約束?」 「そうだよ……約束した……」 「今年の夏は……あの村に帰ろうって……」 「あの村……」 「そうだよ……沢衣村……また二人で行くんだよ……」 「そしてまた二人で登るんだよ……あの坂道」 「向日葵が咲いたあの坂道を二人で……」 「あの坂道……か……」 「そうだよ……小さな私が越えられなかったあの坂道……」 「そして、お父さんが死んだあの日……とも兄さんが私を見つけてくれたあの坂の上……」 「坂の上……」 「うん……」 「それ……ヒーローがする約束じゃないな……」 「だけど約束は約束だよっ」  約束は約束か……、  羽咲がこんなわがまま言うなんてめずらしいな……。  それにしても疲れたな……。  ここまで……歩くの……、  だからさ……、  由岐姉……。 「こんな山道歩くんですか? 村までバス無いんですか?」 「ったく、何言ってるのよ……そんなたいした距離じゃないわよ……だいたい誰もあんたの事なんて呼んでないでしょ」 「羽咲ちゃん大丈夫なの? こんな山道」 「全然平気ですよ……」  夏のある日。  私達は道を歩いていた。  夏の日差し……、  青い空……、  大きな雲。  緑の木々……、  そんな風景の中を歩いていた。  風が吹くたびに草の香りがした……。  川のせせらぎ……、  土の香り……、  ここは父親の生まれ故郷……、  名前は沢衣村と言う……。  私はこの村のいろいろな事を知っている。  たとえば……秋。  沢衣の渓谷は、それは見事に美しく朱く染まる。  生まれて初めて朱く染まる木々を見て、私は驚嘆していたものだ……。  そんな私を見てとも兄さんと由岐さんは笑っていた。  たとえば……冬。  この村の冬は東京より寒い。  海から入ってきた雲は、この地に多くの雪を降らせる。  冬の間、雪に囲まれたこの村で子供達はおおはしゃぎする。  雪合戦に、雪だるま、そしてかまくらだって作れるのだ……。  それは子供達にとっては至福の時間。  幼い私がもっとも楽しかった時間の一つだ。  たとえば……春。  沢衣の春はすべての風景が変わる。  白い風景は一気に緑に覆われ……桜が春の雪を降らせる。  桜が舞う季節。  生命の息吹を感じる季節。  そして新緑……。  私は桜も好きだけど……沢衣のけやきの新緑も好きだ。  新緑の木漏れ日の美しさは……何にも代え難い……。  けやきの若々しい緑が……濃い緑に変わる頃……、  夏が来る。  沢衣の夏は暑い。  日差しは世界すべてに照りつける様だ……。  でも木陰は東京と比べものにならないぐらい涼しい。  ここはそういう村だ……。 「いやぁ……なんでこんな村に戻ってきたんでしょうかねぇ……」 「まぁ、たしかに保釈中ですし……行動は分かるんですけど……こっちとしては迷惑な話ですねぇ」  山道を久しぶりに満喫していた私の気分を木村さんの言葉がぶちこわす。 「……気分ぶちこわしです……」 「え? なんでボクがいると気分ぶちこわしなの?」 「そりゃそうでしょう……ひさしぶりの田舎なんだから……だいたい迷惑とか、誰もあんたなんか呼んでないわよ……勝手についてきてさぁ」 「う……まぁそうなんですけど……これも仕事なんでねぇ……」 「ったく……もうほとんど無罪確定なんだから、ついて来たっておもしろい記事なんて書けないわよ……」 「まぁ、世間的にはまだ気になる事が多いんですよ……」 「だから言葉分からない人ねぇ……この村に関わる事なんて記事にしたら……普通に殺すわよ」   「ひ、ひぃ」 「静かな村なんだから、かき回さないでよ……」 「はい……善処します……」  夏の終わり……、  あの事件から一ヶ月……、  その年は何故か父の御霊祭を執り行う事になった。  だから私達はこの道をまた歩いている。  お父さんと歩いた道……、  お父さんと一緒に……はじめて沢衣村に来た道……。 「あっ」  約束の場所……。  あの夏がそうであった様に…… 今もその場所に立つとドキドキしてしまう。  あの時はお父さんがいた。 それでもドキドキだった。  はじめて見る兄さん。(本当はその三年前に一緒に暮らしていたんだけど……)  その人がどんな人か分からず…… 私はただドキドキしていた……。 「とも兄さーん」 「……羽咲」  振り返る……兄。  あの時と変わらない。  恐そうに見えて……とても優しい……兄。 「とも兄さん待った?」 「ああ、すげぇ待った……ほら見ろよこんな時間だぞ」 「って……なんであんた目覚まし時計持ってきてるのよ……」 「この村じゃあんまり時間気にしないからな……腕時計とか持ってないんだよ」 「へ? 携帯電話とかは?」 「バカか……アンテナ立ってるわきゃないだろ……」 「なんですとーっっ」 「そ、それ困るよ。だ、だってさ会社から緊急の連絡とか来たらさ」 「だからさぁ……誰もあんたの事なんて呼んでないんだから帰ればいいでしょうに……」 「逆に、なんで来たんですか? 木村さん」 「取材だよ」 「へぇ……仕事熱心なんですね……でも、この村での出来事とか書いたら……普通に殺しますよ」 「ひっ」   「だめっっ、そう言ってぼくのD3とか狙わないでっっ」 「ったく……何なんだかこの男は……」 「普通に保釈されたねぇ……」 「何でも社会復帰を阻害することになりかねないとか何とか……」 「まぁ、あれだけ多重人格の証拠があればねぇ……」 「特に君の場合はあの事件を刺されてまで止めようとした事実もあるし……」 「でも病院にも入れられませんでしたけどね……」 「だって……もういないんだろ。間宮卓司くんは……」 「そうですね……」  間宮卓司の人格はあの日を境にまったく現れる事も無かった……。  というよりも……もう俺が誰かの人格と入れ替わるなんて事も無く……。  俺は朝起きて、夜寝るまで……まったくの非連続も無く、ごく普通に暮らしている。  解離性同一性障害における症状はすべて完治した。 「まぁ、間宮卓司くんは目的を果たしたんだろうから……もう現れる必然も無いよね」 「さぁ……間宮の家まで歩くわよ」 「え? まだ歩くんですか?」 「当たり前です……というか本当に木村さん帰った方がいいですよ……」 「そんな事言わないでよ……冷たいなぁ……」 「ただいま……」 「お……皆守、早いねぇ……」 「あ……由岐さんですね」 「うん……由岐姉だよ……ひさしぶり羽咲ちゃん」 「……」 「へ? ど、どうしたんですか? 早く家の中に入りましょうよ……」 「そうねぇ……」  俺は保釈後、すぐにこの村に預けられた。  まぁマスコミ避けという意味合いも大きかったけど、たぶんそれ以上に……医者もこの村で過ごすのが最良だと思ったんだろう……。  だから毎週一度は隣町の精神科医に行くことが義務づけられている。 「んで、どうだったひさしぶりの山道はさぁ」 「由岐さんはどうでした?」 「私は元々がこの村の生まれだから、あんまり気にならないよ……」 「何言ってるんだよ……ネットが使えねぇとか最初騒いでたじゃねーかよ」 「だってさぁ、アンサイク○ペディアとかで調べ物出来ないんだよっっ、世の中知らない事ばかりなのにっっ」 「いや……どこの世界にアンサイク○ペディアで調べ物するヤツがいるんだよ……せめてウィ○ペディアにしておけよ……」 「アンサイク○ペディアを舐めるなよっっ」 「いや……そんな事力説されても……」 「でも結構早く着きました」 「そうだねぇ……もっと遅くなると思ったよ」 「いや……それでも15分ぐらい遅刻だからな……待たされる身にもなってくれ……」  夏の終わり。  それでも、太陽は空に高く輝き……、  青空の遙か遠くには入道雲がわき上がっていた。  その雲は、たぶん潤いの雨を降らしていたのだろう……。  季節の終わり……、  父さんが死んだあの日がやってきた……。  あれから八年……、  俺たちは、あの村に帰ってきた。  沢衣村……俺や羽咲……そして由岐やマスターと出会った場所。  まぁ、羽咲とはその前に暮らしてたんだけど(本人が覚えてない……)  明日は父さんの法要だか御霊祭だ……。  とは言っても……今年は父が死んでからどの年の御霊祭にもあたらない。  一番近くて十年祭だが……それでも年が少しばかり足りない。  でも間宮の祖母のはからいで「んじゃ七回忌という事でいいんじゃないかしら」という事になった。  もちろん俺は「いや……父親死んだの八年前だから七回忌ですら無いし……」と言った。  とは言っても……もちろんそれは俺の事を思っての選択だ……、  ひさしぶりに帰ってきた村。 御霊祭だか法要だかなんだかわからないが、とりあえず何かすれば、昔なじみも多く戻ってくる。  そういう事なんだろう。  神道の家に坊さんが来る。  坊さんはなんかお経を上げていた。  俺はぼんやりそのお経を聞きながら……、  「早く終わらないかなぁ……」  とか考えていた……。  まったく祖母がいろいろ気を遣ってくれての事なのに……俺ときた日には……。  窓から外を見上げる。  外は相変わらず強い日差しで照らされている。 「空……青いねぇ」 「坊さんがお経読んでる時にしゃべるなよ……」 「青い空っていいよね……」 「お前嫌いだって言ってただろう……」 「なんだよ、その後にちゃんと青空も好きだって言っただろう」 「それは煙草の火が消えないからとか理由だろ」 「なんだよ、そんな事で好きになったらダメなのかよ……」 「由岐さんって青空嫌いだったんですか?」 「あ、まぁね……、なんだろ空が恐いんじゃね?」 「空が恐い……」 「だってさ、私ってば空から落ちてるし……」 「あ、それ言ったら私なんか二回も落ちてます」 「でもさ、ちゃんと生きてるじゃん」 「一回目は私……二回目は皆守が守ってくれたからさ……」 「ああ……俺はちゃんと生きて帰ってきたがな……」 「あははは……そりゃお前がヒーローだからだろ……ヒーローは死なないだろ……」 「ヒーローは死なない、か……」 「法要が終わったらさ……またあの向日葵見に行こうよ……」 「あ、いいですね……」 「行こうぜっ」 「羽咲大丈夫なのか? 遠いぞ」 「大丈夫に決まってるよ、だって小さいときに登れたもんっ」 「でもあの頃はこの土地に慣れてただろ……今じゃずっと都会暮らしだ」 「もし歩けなくなったら皆守がおぶっていくから問題ないだろ」 「勝手に決めるなっ」 「なんだよ……ヒーローなんだろ?」 「なんでヒーローがそんな何でも屋みたいな事になってるんだよっ」 「うわぁ……すごい……」 「向日葵だらけだな……」 「私らも今年見るのはじめてだな」 「そうなの?」 「うん」 「羽咲ちゃん来るから、その時に一緒に見ようって決めてたんだよ……」  決めていた……。  別にそんな事も無かったけど……その辺は暗黙の了解といったところだろうか……。  どうせ見るのなら羽咲が帰ってきてから……この景色を見れば良い。  この坂道はそういう場所なんだから……。 「なんか向日葵ってこんな大きかったんだ……」 「そうだね……」 「あはは……私あれから大きくなったからあの時よりも向日葵が小さく見えると思ってたよ……」 「どっちにしても向日葵は人間より大きいからねぇ……逆にさ、花の部分に近づいた分、大きく見えるのかもね」 「あ、そうか……あの頃は小さすぎて、そのてっぺんが良く見えなかったから……」 「そういう事だね……まぁ世の中には自分が大きくなっても、大きいまんまなものもあるって事だよ」 「そうですね……向日葵はずっと、ずっと大きかった」 「なんだよ……さっきから黙って」 「あ、ああ……」 「何? 相変わらず向日葵は陰気くさいってか? 死人に手向けられる花みたいだって……」 「いや……あんまりそうとは思わないけどな……」 「そうか……それは良かった……」 「そうなのか……」 「だってさ……もう死人に花を手向ける必要は無いだろ……」 「死人に手向ける花は……無い……か」 「そういう事……」 「ねー坂登ろうよー」 「うんっ」  俺たちはあの坂道を登っていく。  羽咲ははしゃぎながら登る。  幼い頃は……あれほど苦労した坂道……。  登れないと思い続けた……あの遠く霞む坂道も 今では散歩道程度……。  時がすぎて変わるもの……その風景……。 「うわぁっ」 「すごいきれいっっ」 「すごい、すごい、空がこんなに大きいっっ」 「こんなだったんだな……この丘の風景って……」 「……そうだな」  記憶でも美しかった……この丘の風景。  でもその記憶に劣らず……今、この瞬間も美しい。  ありふれた景色。  ありふれた世界。  たぶんずっと、ずっと変わらない風景。  それがとても美しい。 「……由岐」 「ん?」 「いつまで……なんだ?」 「何が?」 「いつまでもこのまま……ってわけにはいかないんだろ……」 「……」 「空きれいだね……」 「ああ……」 「エロゲとかだとさ……実は生き霊で、由岐さんは実は生きてましたーとかあるんだけどね……」 「お前の墓はちゃんとあるよ……」 「そうそう、だいぶ前に私の身体は燃やされて灰になっちまってるんだよねぇ……」  俺が沢衣村に来たその夜。  由岐が俺のところへ戻ってきた。  ただ、前みたいに人格が入れ替わる事は無い。  普通に……それこそ幽霊のように俺のまわりをうろうろしていた。 「お前って……幽霊なのか?」 「さぁ……脳の不具合じゃないの?」 「なら、幻覚か?」 「そうじゃないの?」 「だってそうじゃないと……」 「そうじゃないと?」 「由岐さーんっっクローバーがありますよー」 「マジでっっ、んじゃ四つ葉もあるかもよっ」  由岐は笑いながら羽咲のもとに走る。  幻覚か……、  幻覚なら、羽咲にまでその幻覚が見えるという事……、  青空を見上げる。  空は……人が見ることが出来る、もっとも遠い世界だ。  無限とも思える遠い遠い世界。  我々の頭上にはそんなものが広がっている。  考えてみれば不思議なものだ……、  我々はこの地上で有限なもの……小さなもの……変わりゆくもの……そういったものに囲まれて暮らして、  それをありふれた日常として生きている。  けど、その真上には、人が決して到達出来ない……人がその限界を知る事すら出来ない……無限が広がっているんだ。  ありふれた風景の上に……あたりまえのように広がる無限……。  我々はそんな世界で……生きている。 「神秘とは……世界がいかにあるかではなく、世界があるというそのことである……」 「限界づけられた全体として世界を感じること、これが神秘なのだ……かい?」 「ああ……そうだな……」 「どうだ四つ葉のクローバーは見つかったか?」 「全然、見つからないよ……」 「そうか……」  二人は一生懸命に四つ葉のクローバーを見つけようとする。  なんで二人はそんなものを探さなければならないのだろうか……、  子供の時に四つ葉のクローバーを探した事があった。  だけど、それを見つける事は出来なかった。  四つ葉のクローバー……。  なぜかそれは俺の記憶では金のエンジェルと重なる。  金のエンジェル一枚でおもちゃの缶詰。  ちなみに銀のエンジェル五枚でもおもちゃの缶詰はもらえる。  ただ、いつでも見つける事が出来ない四つ葉のクローバーは俺にとっては、一枚でおもちゃの缶詰を手に入れられる金のエンジェルの様な存在だった。  その話を羽咲に話したら……。 「金のエンジェルは出ないけど、銀のエンジェルは結構出るんだよ……私は何度も出た事があったもん……」  ならお前はおもちゃの缶詰をもらえたのか? 「あははは……四枚ぐらいまで集まるんだけどさ……最後の一枚が全然でなくて……そのうち忘れちゃって……」 「最後の一枚が出た時に思い出すんだよね……あ〜、四枚まで集めてたのに……」  四枚まで集めてた銀のエンジェルはどこかにいってしまう。  大切に集めていたものも……いつしか興味が無くなり……そして忘れていく。  最後の一枚が出た時……その事をまた思い出す。 「うーん……四つ葉のクローバー見つからないなぁ……」  見つからなければ……また探せばいい。  見つからないかぎり……探し続ければ良い。  でももし、それが見つかってしまったら。  由岐か羽咲が……この丘で、幸福の四つ葉を手に入れてしまったら……、  だから……最後の一枚は手に入らない方が良い……。  幸福の最後はとっておいた方が……、  ………………。  …………。  ……。 「あ! 見つけたっっ」  由岐が叫ぶ。 「幸福の四つ葉討ち取ったりっっ」 「あ……本当だ……」  由岐は四つ葉のクローバーを手にする。  幸福の象徴。  一枚でおもちゃの缶詰が手に入る金の天使。  由岐は四つ葉のクローバーを笑いながら空に掲げた。 「あはは……見つかると思わなかった……」 「結構簡単に見つかるんだねぇ……」 「……お前が見つけようとするからだ」 「だって見つけたくなるじゃん……」 「見つけたくなる……か」 「うん……幸福を呼ぶといわれる葉があったとしたら、人はそれを探すだろ……」 「人ってそういうもんだよ……」 「でも……その葉が見つかってしまえば……」 「そうだね……その葉が見つかってしまったら……この遊びは終わりになるね……」 「なんでそうなるんだよ……」 「だってさ……遊びには終わりがあるから……遊びなんだよ……」 「そんな事ない……」 「そんな事あるだろ……夕方になってさ……帰りのチャイムが鳴ったら帰らなきゃならないんだよ……」 「それが、遊びの終わりの知らせ……」 「だったら……帰りのチャイムを壊せばいい」 「まためちゃくちゃな……それ単純なテロじゃん」 「チャイムがなきゃ……夕方は夜になってさ……どっちにしても、もう遊ぶ事は出来ないよ……」 「暗闇の中では……影踏みも……砂遊びも……石蹴りも出来ない……」 「日が沈めば……終わらなきゃいけない……」 「終わらないと……」 「由岐っ」 「由岐さん……」 「これからさ……ちゃんと幸せになるんだよ……二人とも……」 「……ふざけるな……そんな身勝手な事言うな……」 「身勝手かな?」 「当たり前だ……勝手に消えて……勝手にいなくなるヤツにそんな事言う権利があんのかよ……」 「勝手に消えていくヤツか……あんただって長らく消えてたじゃん……」 「でも、ちゃんと俺は戻ってきた、俺はちゃんとここに戻ってきた」 「だからさぁ……それはヒーローだからさ……そういうのヒーロー特権って言うんだぜ……」 「私はヒーローじゃない……だからさ……」 「ほら……見なよ……」 「もう日が暮れる……」 「お遊びの時間は終わりだよ……」 「由岐……お前……」 「終わり……遊びの時間はもう……」 「あ……そろそろ……」  由岐は目をつぶる。  俺はその姿を見て何もする事が出来ない。  ここまで一緒に歩き続けた由岐。  この丘まで一緒に歩き続けた由岐。  ここから先…… この丘から先は……もう。 「そろそろ……お腹減らない?」 「……へ?」 「うん、お腹減った」 「そろそろ、遊びの時間も終わりにしてメシ食いに帰ろうぜ」 「うんっ」 「え? あの……由岐?」 「なに? 皆守?」 「あの……このまま家に帰るの?」 「なんで? 当たり前じゃん」 「つーか腹減るの?」 「だから仏壇にはご飯が置かれてるんだろうが……」 「あ、いや……そういう問題じゃなくて……」 「ほら、帰ろうぜ」 「うん、帰ろうっ」  そう言って由岐が走り始める。  その後を羽咲が追いかける。  俺は少し呆然としながらその後を歩き始める。  三人は丘を下り始める。 空に一番近い……この丘から……、  三人であの坂道を下る。 「ったく、遅いぞ皆守っっ、ほら急ぐっっ」 「あ、ダメですよっっ。由岐さんっっとも兄さん抱きしめすぎですっっ」 「お? 分かった?」 「分かりますよ……見えてないとでも思ってるんですか?」 「なんだよぉ……見えるのかよ」 「当たり前じゃないですか……私は佐奈実の血を引く人間ですよ」 「そんなのオカルトじゃん」 「オカルトかどうかなんて知りませんっっ、ていうか、由岐さん胸押しつけるのやめてくださいっっ」 「って言いながら羽咲何お前抱きついてるんだよっっ」 「私は兄妹だからいいんだもんっ」 「なんだよぉ、羽咲ちゃん独り占めは良くないなぁ」 「独り占めも何もありませんっっ」 「だいたい由岐さんなんて祟りみたいなもんなんだから、あんまりとも兄さんに近づくと体調悪くなるかもしれないですっっ」 「うわ、ひどい、それ幽霊差別発言だぞっっ」 「知りません……だいたい……私知ってるんです……」 「痛っっっ」 「とも兄さぁ〜ん……由岐さんとエッチな事しましたよねぇ〜」 「へ?」 「な、なななっ」 「佐奈実の血舐めないでください……ったく、由岐さんいい加減成仏してください」 「それこそ佐奈実関係ないじゃん……つーか最終的に佐奈実に何の力も無かったじゃん」 「それでも私にはあるんですっっ、といいますか幽霊なんだからとも兄さんに取り憑かないでくださいっっ」 「そんなつれないなぁ……」 「いろいろ感謝してますけど……私はとも兄さんを寝取る様な幽霊は嫌いです」 「寝取るも何も……皆守は誰のものでもないがなぁ……」 「いいえ! とも兄さんは私のものですっっ」 「なんだよぉそれ……インモラルだなぁ……」 「幽霊とエッチな事するよりマシですっっ」 「あ、あのさ……これって……」 「何ですか?」 「いや……なんでお前が由岐と会話してるの?」 「由岐さんが見えるからだよ」 「何で見えるの?」 「さぁ……見えるものは見えるんだもん」 「なんだ? 羽咲ちゃんまで脳の不具合かぁ?」 「知りませんっっ。とりあえず、由岐さん今度とも兄さんとエッチな事したら殺しますからね」 「死んでるがな……」 「二度殺しますっっ」 「007だがな……」 「って、痛ててててて、やめろ羽咲っっ」 「なんだよぉ、ここまで助けてやったのにぃ、羽咲ちゃんひどいぞぉ」 「って、由岐もひっぱるな!」  羽咲と由岐は笑いながら……俺をひっぱる。  片方は妹……、  片方は幽霊……いや幻覚?  意味が分からん。  由岐は言う。 「脳内彼女とかすげぇじゃん。年取らないんだよ。いつまでも可愛い由岐ちゃんなんだよぉ」 「うるさいですっっ。幽霊のくせに」 「幽霊だって人権はあるんだぞ」 「そんなのあるわけありませんっっ、そんなの二次元に人権があるって言ってるのと変わりませんっっ」 「何をぉ……」  日が沈み……遙か遠い空の先で下弦の月がのぼる。  ありふれた世界……、  ありふれた日常……、  こんな訳の分からないものですらそう呼ぶ事が出来るのだろうか……。 「羽咲ちゃん……いい加減彼氏とか作りなよぉ……そんなブラコンじゃ不健全だよぉ」 「幽霊の人に言われたくは無いです……」 「幽霊の方が不健全ではないよ」 「それは非常識ですっっ」 「牡丹灯籠の話とかあるじゃないですか、だいたい死者との恋愛なんて上手くいくわけがありませんっっ」 「あれはねぇ古い時代だからさぁ……今だと事情も変わるんだよぉ……」 「そんな理由で変わられても困りますっっ、あんまり由岐さんが近づくととも兄さんの生命力が衰えますっっ」 「なんだよぉ……世の中には守護霊とかいるじゃん」 「そんなものはオカルトですっっ」  いや……それ言い出したら……幽霊とかすでにオカルトだし……。 「だいたい、遠距離恋愛は長続きしないってネット知恵袋に書いてありました……」 「はぁ……ゆとり世代はこれだから……」 「論語の中で……孔子先生も言ってたよ。本当に好き合っていたら距離なんて気にならないって……」 「死者と生きてる人間じゃ距離ありすぎますっっ」 「愛はその距離すら超えるんだよぉ」 「非常識ですっっ」  それはお前もだ……。  父の御霊祭が終わった後も由岐の姿が消える事は無かった。  とは言っても、彼女の姿が見えるのは俺と羽咲だけだったが……、  羽咲は病院に連れて行かれてないが、たぶん医者が診察したら、飛び降りによる脳障害か、お決まりの心的外傷後ストレス障害という説明で終わるのだろう。  羽咲と俺に由岐が見える理由は本当のところ分からない。  彼女が幽霊なのか……それとも幻覚なのか……、  ただ、俺たちはそんな由岐と話したり、じゃれ合ったり、笑ったりしている。  それが何処まで続くかは分からない。  この幸福な時間は、明日にでも無くなってしまうかもしれない……。  けど、それはすべてに当てはまる事だ……。  目の前の由岐の姿がいつか消えてしまう……という不安は、すべての存在に当てはまってしまう。  だから俺は、もう考えない。  どこまでも続く坂道……。  遠く霞む坂道……。  まるで……そんな世界を俺たちは歩いている……。  その坂道の先を気にしても仕方がない。  俺たちはその道を楽しみながら歩いた。  夏の終わり。  それでも、太陽は空に高く輝き……、  青空の遙か遠くには入道雲がわき上がっていた。  俺はひさしぶりに羽咲とあのアパートに来ていた。  佐奈実の女…… そうあの村で呼ばれ続けた母親。  俺の姿を見て、母親は少しだけ表情を動かす。 「た……卓司?」 「……」  俺は首を横に振る。 「俺は、皆守だ……間宮皆守」 「とも……さね……」 「そうだ、あんたと浩夫の息子の皆守だ。卓司は死んだよ」 「卓司が……死んだ……」 「そうだよ……覚えてるだろ……」 「卓司は……死……」  母親は心無くそう呟くと……また壁を見つめて動かなくなった。 「……相変わらずだな」 「全然、相変わらずなんかじゃないよ」 「そうなのか?」 「うん、去年の7月20日すぎたあたりから、段々普通になってきたよ……そうやって他人と会話出来る事自体が奇跡みたいなもんなんだから……」 「そうか……」 「うん、でもこういう時期が一番危ないからね……良く見ておいてあげないと……」 「一番危ない時期?」 「壁に向かって話しかけてるんなら自殺する心配がないけど、人と話せる程度に意志を持つって事は、何かをしようとする意志を持てるって事だから……」 「意志が持てる……つまり自殺する事も可能だって事か……」 「そういう事……だからこれからは間宮の家に連れて行って、ちゃんと面倒みてあげないと、お母さん」 「……羽咲」 「ん? 何?」 「俺はさ……俺はこの女の事を殺したいぐらい嫌いだ。すべてはこいつの〈所為〉《せい》で起きた悲劇だ」 「うん……まぁ、そうかもしれないね……」 「むしろ俺なんかよりも、お前の方がこの女を憎んでるハズだ……なぜ、こいつを看病するんだ?」 「お母さんだからね」 「お前がそう思っていても……こいつはお前を捨てた」 「……それはさ、とも兄さんがお母さんを知らないからだよ……」 「お母さんを知らない?」 「お母さん……お父さんを愛してなかったから、不倫して、私達を生んだんじゃないんだよ?」 「……」  さすがにその言葉に絶句した。  どんな思考をするとそんな結論に達するのかまったく理解出来ない。 「あのな……羽咲、優しさもそこまでになると……」 「ううん……それは本当の事だよ……考え方の問題とかじゃなくて、それが事実なんだよ」 「事実?」 「お母さんはお父さんを愛してたし、卓司兄さん、とも兄さん、そして私をちゃんと愛してたんだよ」 「そんなバカな話があるか!」 「お父さん……若くして死んだじゃない……あれって、前から長くないって言われてたんだよ」 「前から?」 「うん……持病が酷くてね……特にとも兄さんが田舎帰ってからは結構人工透析とか欠かすとすぐにでも死んじゃうぐらいだったんだよ……」 「でも父さんは癌で……」 「うん……それもそうなんだけど……どっちにしろあまり長くは生きられなかったんだってさ……」 「とも兄さんは知らないと思うけど……あとから病院の先生に聞いたんだよ……」 「持病が無ければまったく問題無く治る程度の癌だったって……」 「そうだったのか……」 「お母さんはさ、あの村で、迫害を受けた中で、自分をただ一人守ってくれた人を救いたかったんだよ……」 「ただ、お父さんを救いたかった……」 「だから、宗教なんかに手を染めて……あの新興宗教の教祖にころって騙されちゃったんだね」 「白蓮華協会……」 「うん、お母さん美人だったし……なんと言っても、佐奈伎神社の巫女の血筋を引いてたからね……」 「宗教業界だと、そういう古の伝承を持つ巫女の血って、単純に商品価値があるんだよ」 「商品価値?」 「うん、教祖と陸の孤島……古より伝わる秘術を伝承した巫女との間に生まれた子供……」 「佐奈実の力なんて本当に存在するかどうかなんて分からないけど……そういう意味づけは欲しかった」 「宗教団体からしたら、次期教祖としては申し分ないでしょ?」 「そんな理由で?」 「うん、でもお母さんは単純に、自分の血から救世主が生まれれば、お父さんを救う事が出来ると思った」 「それだけじゃない。自分を迫害した村の人々とだって和解出来ると信じてた……」 「そ、そんな馬鹿な……」 「本当だよ……お母さんが一生懸命だったのは、お父さんを救って、そして自分と駆け落ちした所為で戻れなくなった沢衣の人達と和解するためだったんだよ……」 「そんな……そんな馬鹿すぎだろ……」 「お母さんは馬鹿なんだよ……本当に純粋で、純粋故に、好きでもない男と寝て、子供を儲けた……」 「世界を救う救世主を作るために……」 「でも……それは幸か不幸か……双子だった」 「たぶん、私が思うに……その教祖様ってお母さんを女として飽きてたんだと思う」 「教祖様なんて女の人よりどりみどりだしね……だから、双子が生まれたから、救世主の資格を卓司兄さんが失ったなんて言いがかりつけて捨てたんだよ……」 「ただ飽きられたから、お母さんは捨てられた……」 「でも、お母さんは卓司兄さんを救世主として育てようとしたし…それが可能だと信じた……」 「私に対して、たしかにお母さんと卓司兄さんは冷たかったけど……でも私以上にお母さんたちは大変だった……だって人では為しえない事をまじめに為そうとしてたんだから……」 「だからね……お父さんが死んだ日。お母さんは完全に壊れてしまったんだよ」 「お母さんはお父さんを救うために、救世主である息子を生んだのに……その実を結ぶこと無く、お父さんは亡くなってしまったんだから……」 「んじゃ、あの事件は……」 「救世主として卓司兄さんが覚醒すれば、死と生の境を越えられると本気で信じたみたい……」 「私を殺して、もともとあった卓司兄さんの力を返す事が出来たら、お父さんはもちろん、一度死んだ私も生き返らせる事が可能だと信じた……」 「なんだそれ?」 「私が死んで、卓司兄さんの力が戻れば、私も生き返るし、お父さんも生き返るって事だよ」 「そんなデタラメ……」 「うん……デタラメだね……」 「でもさ……私にも分かるよ……」 「お母さんって……あの村でいじめられてたって言うよね……」 「私はいじめられたりしなかったけど、家でも学校でも、本当に空気みたいな存在だったから……お母さんの気持ち分からないでもないんだよ……」 「自分なんて必要の無い人間……有っても無くてもどちらでも良い様な人間……もし、そんな風に考えていたら」 「そんな自分を、世界ではじめて見つけてくれる人がいたら……」 「その人のために何だってすると思うよ……」 「必要とされなかった自分……そんな自分を愛してくれた人のためだったら、どんな事だってする……」 「だって私がそうだもの……」 「羽咲……」 「私、とも兄さんを救うためだったら、何でもする……」 「死んでとも兄さんが救われるなら死ぬし、身体を穢されるとしても、それでとも兄さんが救われるなら、いくらでも身体だって穢すと思う……」 「そういうところは……やっぱり親子なんだなって思う……よ」 「でも、たぶん、私は心が弱いから、穢された身体が必要無くなったら、すぐにでも死ぬと思うけど……」 「でも、お母さんはお父さんを助けたい一心だったんだよ……ただそれだけのために、お父さんを裏切った」 「はははは……バカだよね……お母さんは……」 「羽咲……」  言葉を失った……。  今の今まで、母親をただ憎んでいれば良い人生だった。  でも今は、単純な意味でこの女を憎む事は出来なかった。  このバカは、バカなりに愛した人間の幸福を考えた結果がこれだったのだから……。  それでもやはり俺は……、 「この女は馬鹿だよ……本当に馬鹿だ……」 「うん……そして娘の私もまた……」 「ああ……」  すべての元凶だと思われた人間すらも……そんなに分かりやすく悪の根源とはなってくれなかった。  もちろん罪が無いわけじゃない。  こいつの罪は、無知と無能と馬鹿正直だった事……。  馬鹿が馬鹿なりにがんばった結果がこれだったのだ……。  けど、それで、母親だけを責める事が出来るだろうか……、  父さんの選択は正しかったのだろうか…… その選択は愚行では無かっただろうか……。  羽咲の選択は? そして俺の選択は?  死んだ卓司。  そして由岐姉……。  それらは、どこまで正しく、どこまで信念を持っていたのだろうか……。  それぞれが正しいと思い、信念を持った結果がこれだったのかもしれない。  人は、何かの問題に安易な原因を作る。  でも、悲劇の原因はただ一つの事実によってなど決定しない。  正しい選択の積み重ねが時に大きな悲劇だって生む。  そう言った意味でも、  “地獄への道は善意で敷き詰められている”のだろう。  人はよかれと思い……地獄への道を歩いて行く……。 「どうしたの? とも兄さん?」 「いや……何でもない……何でも……」  母親は相変わらず壁を見つめている。  その先に何を見るのだろう……、  ふと、その行為と俺たち、生きているすべての人間の行為との差が分からなくなった。  だから俺はある哲学者の言葉を口にする。  世界一気むずかしい哲学者の言葉……、 「私という魂は世界に属さない……それは世界の限界である」 「世界の意義は世界の外になければならない、世界の中ではすべてはあるようにあり、すべては起こるように起こる」 「だから……世界の中には価値が存在しない」  世界の中に価値は存在しない。   金も、        名誉も、                女も、                        夢も、   人権も、        民主主義も、               ミサイルも、                        政治も、   宗教も、         神も、               信念も、                      思想も、   哲学も、        科学も、                家族も、                         愛も、  当然あらゆる物語だって世界の一部でしか無い。  それらすべては世界の限界でも外でもない。  世界…… それは言ってしまえば器だ。  世界は器でしかありえない……。  器は、器によって満たされる事などありえない。  世界にある、ありとあらゆる構成要素によってなど俺たちは満たされる事はない。  だから俺は言う。  その器を何で満たすか、そんなもん誰かが決める事じゃない。 「それって……何かな?」 「あ? 独り言だ気にするな……」 「むー」 「な、なんだ?」 「とも兄さんとか由岐さんとか勝手に難しい言葉を一人で言って、一人で納得してる……なんかそれずるい」 「いや、ずるくないだろ……って大した事言ってないし……」 「でも、私には難しかった」 「難しかったって……別に大層な事じゃない……」 「誰でも知ってる事だよ……それこそ近所の八百屋の親父でも、スーパーのレジ打ってるおばさんでも、タクシーの運ちゃんでも……」 「今のとも兄さんの言葉の意味を?」 「ああ……」 「ど、どういう事?」 「人よ、幸福に生きろ!」 「そういう事だ……」 「うー分からないよぉ……」 「深く考えるな……ただ、最後が命令形だって事が大事なだけだ」 「命令形?」 「ああ……どんな不幸だと思っても、そんなものの大半が泣き言だ……どんな不幸だと思われる人生だって幸福に生きろ!」 「ただ、それだけだ……」 「そして……」 「わっ」  俺は羽咲の頭をわしづかみにする。 「お前は、そう生きているさ……だから大丈夫だ」  俺は世界一気むずかしい、天才の言葉を反芻していた。  それは単純だし、誰もが知っている答えでありながら、到達する事はやっかいきわまりない……。  何故ならば……この言葉には、かならず神がいるからだ。  “神を信じるとは、生の意義に関する問いを理解することである”  “神を信じるとは、世界の事実によって問題が片付く訳ではないことを見てとることである”  “神を信じるとは、生が意義を持つことを見てとることである”  その神は奇跡も起こさず。  世界を一週間で作る事も無い。  基本何もせずに……、  それでも無責任に……、  我々に“幸福に生きよ”といつでも耳元で囁くだけだ。  そして、すべての調和を誰のためでも無く作り上げるだけの存在だ。  それが神と呼ばれる者の正体だ……。  神は、嘘も不正も、まがい物も卑しさも、汚さも……それらすべてのものの存在を許している。  どんな不条理が俺たちの人生に降り掛かろうと、それでも神は我々に言うであろう。  “幸福に生きよ”  俺は戯れに、帰り際に母親に声をかける。 「幸福に生きよ……そう神様は言ってるぜ」 「……」  死んだ目で俺を見る母親。  俺はそんな彼女に、 「すべては救われてるんだからさ……俺も、羽咲も……あんたも、もちろん卓司も父さんも……」 「絶望に溺れるなよ……それは幸福に酔いしれるための酒にしかすぎないのだから……」 「器を満たすのは、酒じゃだめだろ……」 「俺たちが満たさなきゃいけないものって、何だ?」  母親に問いかけた言葉。  それは自問自答……、  俺はアパートを後にした。 「私、このままお店行くよ」 「ああ……俺は家帰って寝るわ」 「何言ってるんだよ……夜からとも兄さんもシフト入ってるでしょ……」 「そうだっけ?」 「そうだよ〜…… バイト、サボっちゃだめだからねっ」 「ああ……分かった……」  俺と羽咲はそこで別れた。  羽咲はそのまま駅に向かったが……俺はそのまま歩く事にした……。  見慣れぬ街を越えると……河川に出た。  これを下っていけば杉ノ宮の近くに出るなぁ……。  などと考えながら河川敷を一人で歩く……。 「よう、少年A! ひさしぶり!」 「……」  またいらない人間と出くわした……。  というよりこいつの場合は、後をつけてきたという方が可能性は高いか……。 「裁判終わったねぇ……おめでとう」 「ってもさ、無罪になったとは言っても、こんな悠長に出歩いて大丈夫なの?」 「ネットじゃ、君の顔写真から名前まで全部出てるんだぜ……あの判決を不服とする義憤にかられた人々によってさ」 「そうらしいですねぇ……」 「そうだよ……そんな悠長に散歩とかしてて大丈夫なのかい?」 「あの事件からまる一年以上経ってるが……何も無いから大丈夫なんじゃないの?」 「いや、いや、なんかいろいろと大変とかじゃないの?」 「何が? 別に大変な事なんてないですよ……普通に暮らしてるし……」 「そう? 知らない人が騒いでるの恐くないの?」 「知らない人間に何思われても恐くなんかないだろ……知らないヤツなんだから……」 「おや、おや……さすがお強い……」 「義憤だか何だか知らないが……やりたいのであれば直接やればいい……」 「直接って……君に喧嘩売って勝てる人間なんかいないだろ……」 「数人来たけど……」 「来たの?」 「なんか喧嘩自慢の不良だかギャングだか暴走族だか知らないけど……何度か来てた」 「あはは……そうなんだ。で、どうだった?」 「別に……今までその辺にいる連中と変わりませんでしたよ……由岐やマスター……そして卓司ほどの相手なんているわけも無し……」 「なんか最近の不良の喧嘩はそうみたいだね……いちいちSNSとかに自分の紹介文をあげて、喧嘩買ってもらうみたいな……」 「そういうサイトにも写真と住所が貼られているのかな?」 「さぁ……興味ありません」 「なんだよぉ……相変わらずクールだねぇ……少しぐらい動揺してくれたって良いのに……」 「今さら取材ですか?」 「取材……ったら嘘になるわな」 「もう、君の事なんて週刊誌が追いかけるほどの価値はない」 「なら、なんでこんな場所に?」 「個人的趣味……と言えばいいかな」 「ふっ……そんな事に俺が付き合うと思ってるんですか?」 「さぁね……」  木村は……俺の後をゆっくりとついてくる。  別に俺も逃げる必要もないので……二人は、まるで一緒にどこかに行くかの様に歩き出した。 「あの事件ってなんだったんだろうなぁ……」 「……」 「なんであんな馬鹿げた事になったんだろう……」 「それを取材するのがあんたの仕事だろ……」 「そう、そう、それが俺の仕事」 「でも、その仕事は終わったんじゃなかったのか?」 「ああ、俺にとってはさ、趣味も仕事の延長上だからさ、まぁ、それはいいんだよ」 「勝手な……」  どうでもいい理屈をこねられて追い回される身にもなってほしいが……、 「思うんだけどさぁ……なんであんな茶番劇に付き合った連中がいたんだろうねぇ」 「あんな茶番劇……普通なら付き合わないだろう」 「何が世界の終わりだ……だいたい世界が終わるから先に死ぬって言うのも意味が分からない」 「死ぬんじゃないでしょ……彼ら的には“空に還る”だったわけだし……」 「そういえばさ……あの集団自殺……かなりの数で北校の生徒でない人間が混じっていたんだよねぇ……」 「……」 「北校のOBですらない様な、本当に関係ない人間もかなりの数混じってたんだって……」 「集団ヒステリー……そうほとんどの週刊誌や新聞では書かれていた……」 「でもさ……なんで、そんなんなら北校と関係ない人間まで死んだんだろうなぁ……」 「集団であるから起こるヒステリーだろ……全然関係ないバラバラな場所にいた人間も集まってきたんだぜ、あの場所に」 「良く分からないけど……そういうのも含めての集団ヒステリーと言うんじゃ?」 「さぁね……それをそう呼ぶのかもしれないけど……それって何の説明になるのかね?」 「北校と関係ない人間は、あの裏掲示板にすら登録してなかったらしいよ……」 「どういう経由で集まったか分からないけど……それぞれがそれぞれ別々の方法であそこに集まったらしい……」 「なんか噂だとセックスが出来るらしいって集まった人間もいたらしいけどな……」 「そう、そう……でもさ……セックスと自分の死を天秤にかけても参加とか凄くない?」 「まぁ、そうですね……」 「でもさ……ずっとさネットやってると……なんかそういうのも不思議じゃなくなってくるんだよね……」 「セックスするために死ぬのが?」 「いや、それもまぁ……そうだけど……なんて言うか違くてさ……」 「何て言うか……これってごくありふれた風景なんじゃないかって……そう思えてしまうんだよ」 「ごくありふれた風景?」 「うん……今回みたいなのがさ……ごく自然に起きても良いような……そんな錯覚におちいるんだよ……」 「いや……こんな事件がそんな自然に起きても……」 「もちろんさ……本当に起こるわけじゃないんだよ……でも何て言うか…………たまにあるんだよな……」 「たまにある?」 「隣国からミサイルが飛んでくるって噂が出たりさ……新型ウイルスが世界的に猛威をふるうって言われたり……大型の災害が予言されたりするたびにさ……」 「何度も見るんだよ……」 「何を?」 「やっと来たか……って言葉」 「やっと来た?」 「そういえばさ“希望は戦争”なんて事言って、一躍有名になったフリーターもいたな」 「戦争が起きれば、今の閉鎖的な状況だけは変わる……だから戦争が起きればいい……」 「まぁ、それはそれで合理的な考えだよな……」 「でもさ、そうじゃないんだよ」 「そういう災害の予測が立つたびに、こういう言葉が聞かれる」 これでやっと死ねる――                              ――これでやっと終わる。                              「ふん……死にたいのであれば、勝手に死ねばいい……」 「あ、いや、本当にそうなんだよ。そりゃそうだ」 「死にたいなら死ねばいい。なんでいちいち災害まで待って死ななきゃいけないんだってね」 「そうだよな……」 「でもさ……なんかあるたびに……自分はやっと死ねる……ってさ、言葉をネットで見るんだよ……」 「世界の終わりってほどじゃなくてもいい……ただ大規模な災害……それだけでいい」 「そんなものでも“やっと終われる”ってさ」 「何で彼らは……終わる理由をほしがるんだろう……」 「理由……」 「そう……死ぬための理由」 「……」 「なるほど……それでジャーナリストとしては何が言いたいのですか?」 「“時代の閉塞感こそが、今回の事件を生みだした”とでも言いたいのですか?」 「お、それいいねぇ。時代の閉塞感……若者に広がる閉塞感こそ、この事件の本質である! ってね」 「はははは、皆守くん才能あるねぇ。ライターでもはじめる? 記者は無理だけどライターの仕事なら空いてるんだよ」 「はぁ……本当に何しに来たんですか……あんた」 「はははは……時代の閉塞感か…… まぁ、この国はいつからかそんな空気に支配されてるよな……」 「この街並み……」 「ここってさ……昔はニュータウンって言われてたんだぜ」 「俺が生まれる前だ。本当に大昔に作られた新しい街」 「俺たちが知る前からある新しい街」 「俺たちが生まれる前からあふれている新しいもの」 「新しさだけの世界……」 「すべてが新しく……そして完成された世界……」 「ふぅ……一つだけ言っていいですか……」 「大昔から閉塞感を感じてる人間なんていくらでもいたんじゃないですか?」 「別に今の時代だけじゃない……いつだって」 「おっ、それならこれはどうだ!」 「〈悠々〉《ゆうゆう》たる〈哉〉《かな》〈天壊〉《てんかい》……〈遼々〉《りょうりょう》たる哉古今……五尺の〈小躯〉《しょうく》を以て〈此大〉《このだい》をはからむとす」 「ホレーショの哲学〈竟〉《つい》に何等のオーソリチィーを値するものぞ」 「〈萬有〉《ばんゆう》の真相は唯一言にして……〈悉〉《つく》す」 「曰く『不可解』」 「我この恨を懐いて〈煩悶〉《はんもん》終に死を決するに至る」 「既に〈巌頭〉《がんとう》に立つに及んで胸中〈何等〉《なんら》の不安あるなし。始めて知る大なる悲観は大いなる楽観に一致するを……」 「〈藤村〉《ふじむら》〈操〉《みさお》ですか……」 「おっ、さすが皆守くん学があるねぇ。 そう、今のは“〈巌頭之感〉《がんとうのかん》”だよ」 「よく知りませんけど……明治時代に〈華厳〉《けごん》の滝で自殺した旧制一高の学生の遺書ですよね」 「そうそう……」 「あれも後追い自殺が多発したといいますね……」 「そういう事だよ。君の言う通り……そんな人生の閉塞感はいつの時代だってある」 「自らの人生が、この宇宙の中で、この世界の中ではなんら価値がない……」 「今の時代に限った事ではないさ……」 「なら……」 「だから……どうなる?」 「……」 「今の時代に限った事ではない……今だけではない……」 「でも……我々は、その他ならぬ今を生きている」 「我々は、〈藤村〉《ふじむら》〈操〉《みさお》……夏目漱石やら〈尾崎〉《おざき》〈放哉〉《ほうさい》やらが生きていた時代に生きているわけじゃない」 「我々の苦痛は、今、そこにある我々の苦痛だ」 「誰か遠くの苦痛ではない」 「今感じてる痛み……それは誰のものでもない……だからこそ大事なんだ……」 「……ふぅ」 「大丈夫ですか? 木村さん? なんか間宮卓司にかぶれたんじゃないですか?」 「あ、いや、いや、ははははは……いや…なんか少し熱入っちゃったなぁ」 「……」 「なるほど……今の我々の痛みは……他の誰の痛みでもない……ですか……」 「まぁ……正直くだらない議論だと思います」 「あら?」 「だいたい、我々って……自分の痛みとか言ってるのに……主語がめちゃくちゃじゃないですか……」 「あらら、ごもっとも……」 「ふぅ……」 「でも……その気持ちは分かります……」 「他の誰の痛みでもない……と言いたくなるその気持ちは……」  俺と木村は河原の土手を延々と歩いていた。  延々と延々と……。 「〈所詮〉《しょせん》は行き着く先は……“私の存在意義”につきるという事か……」 「存在意義?」 「人生って何だろう?って事だよ」 「はぁ……」 「人生の意味……」 「まぁ、思春期の延長上の悩み……誰もがそう思いながら、そう信じながらも……誰も答える事が出来ない究極の問い」 「それに、取り憑かれているだけか……」 「そんなものでしょうか……」 「そんなもんじゃないの?」 「まぁ多かれ少なかれ、分量の問題はあるだろうけどさ……」 「人間無力感を感じた時には誰だって一度ぐらいは自分の存在意義に疑問を持つだろ?」 「私に、ボクに、俺に……人間に……存在意義なんて果たしてあるのだろうか? 我々の存在に意味があるのだろうか? ってね」 「……なるほど」 「最後はそこに行き着くさ……金があろうと無かろうと…… まぁ、金はあった方がいいけどねぇ」 「いつでも人は、何かしらの存在意義の不安に〈苛〉《さいな》まれている……我々が何であるかという疑問……」 「D'ou venons-nous? Que Sommes-nous? Ou allons-nous?」 「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか……」 「そう。フランスの画家ポール・ゴーギャンが自殺する直前に……名付けた遺作の題名だ……」 「正しくは自殺未遂ですけどね……」 「はははは、そだね」 「月という夢……六ペンスという現実……我々は何処からきて、何処へゆくんだろうな……」 「ゆりかごから墓場までじゃないんですか?」 「はははは、なんだよそりゃ? 福祉の対象内となるのが人生かよ」 「だいたいそんなもんでしょ……人生なんて……」 「……」 「そうかもな……」 「そういうものかもしれない……俺達の人生なんて……」 「特に……すべてが出来上がっちゃった後の世界に生まれた俺たちにとってはさ……ある意味酷な話じゃないか?」 「ふふふ……今度は世代間批判ですか?」 「あははは、そうなっちゃうなぁ。そう聞こえても仕方がないよねぇ、あはは」 「……」  いつまで俺たちは歩いていたんだろうか……、  いつの間にか土手から見える水の流れが黄色い光を反射させている。  二人でならぶ俺たちの影も少しだけ濃くなりはじめていた。 「ジグソーパズル……のピースに意味はあるんでしょうか?」 「はぁ? なんだそれ?」 「ジグソーパズルのピースは……その一片ではなんら意味がない……」 「ただ一つ、そこに〈在〉《あ》るだけではまったく無意味な〈存在〉《そんざい》だ……」 「木村さんの言い方なら……人間はジグソーパズルの一片に等しい存在だ」 「ジグソーパズルの一片に等しい存在……」 「そう……そこにはまる場所がなければ……自分に合う場所がなければ……その一片には意味がない」 「……」 「たった一つのジグソーパズル……たった一片の歪な形の欠片……」 「どこかにはまらなければ……ただの無意味で……醜悪な存在……」 「……それが…」 「でも人生って、ジグソーパズルの一片なんでしょうかねぇ……」 「我々はパズルの一片なんでしょうか……」 「……」 「パズルの一片って……その外側があるから……はまる場所があるんですよね」 「外側があるから?」 「そう、外枠があるからこそ、ピースはうまくその場所にはまる……」 「外枠……」 「そう……外枠……」 「極論……俺の……そしてあんたの世界の外側ってどこにあるんですかね?」 「俺の……世界の外側……」 「そうそう、あんたの世界がはまるべき世界ってどこにあるんですか?」 「俺の世界がはまるべき場所……まるでジグソーパズルの一片の様にはまる場所……そんなもっと大きな世界なんて本当にあるんですか?」 「俺はね……思うんですよ……」 「俺たちに外側なんてない……」 「俺の世界に外側なんてない……」 「この世界、あんたも、そしてこの河も、あの太陽も……そしてこの………………真っ赤な空も」 「外側でもなんでもなく……」 「全部が世界でしかない……ってね」 「全部、俺の世界でしかないってね」 「それって〈独我論〉《どくがろん》かい?」 「世界が自分の脳みそだけ……自分の存在そのものが世界だって言う……」 「さぁね……そういうものかどうかは知らないさ……」 「俺は別に世界に俺一人だなんて感じちゃいない」 「間違いなく、目の前にいるあんたはいるし、もっと言えば、あんたらにとっては存在してなかった水上由岐やら若槻鏡やら司やらだって存在していた」 「でもさ……それでも、俺の世界は、俺の世界の限界でしかない」 「俺は、俺の世界の限界しか知らない……知る事が出来ない……」 「だから……俺は俺でしかない……」 「一つの肉体を何人もで共有してた俺が言うのもなんだけど……いや、だからこそ、俺は俺でしかありえないと思える……」 「俺は、この腕でも、この脚でも、この心臓でも、この肉体でも、脳でもない」 「当然、俺はこの道でも、この河でも、この空でもない」 「俺は……俺だ……」 「そして……俺の世界が世界であり……それに外側なんてありはしない」 「だから、意味なんていらない……」 「俺の世界に付け加えなければならない言葉なんてない……」 「世界はジグソーパズルの一片なんかじゃないんだからな……」 「だって……俺たちの世界はこんなに広い……永遠の広がりを見せている……時も空間も……すべてが……」 「時も……空間も?」 「ぼくたちの頭ん中ってどのくらい?」 「ぼくたちの頭はこの空よりも広い……」 「ほら、二つを並べてごらん……ぼくたちの頭は空をやすやすと容れてしまう……」 「そして……あなたまでをも……」 「ぼくたちの頭は海よりも深い……」 「ほら、二つの青と青を重ねてごらん……」 「ぼくたちの頭は海を吸い取ってしまう」 「スポンジが、バケツの水をすくうように……」 「ぼくたちの頭はちょうど神様と同じ重さ」 「ほら、二つを正確に測ってごらん……」 「ちがうとすれば、それは……」 「言葉と音のちがいほど……」 「ってね……」 「……それは?」 「エミリ・ディキンスンですよ……」 「ああ……ディキンスンか……アメリカの詩人だ、君はその年齢で良くそんな詩人なんて知ってるねぇ」 「人生の意味なんて……問う必要はない」 「人生が不可解であると戸惑う必要はない」 「この世界も、この宇宙も、この空、この河、この道……そのすべての不可解さに戸惑う必要なんてない……」 「人が生きるという事は、それ自体をものみ込んでしまう広さだから……」 「それは神と同じ大きさ……」 「神と同じ重さ……」 「それは美しい旋律と美しい言葉……」 「……」  木村が笑う。  少しムカツク顔で……、 「語るねぇ、君も結構語るじゃない」 「なっ……」 「くくくく……なんだよなんだよ、すっごくクール系で、何にも熱くならない様な素振りしてさぁ」 「そ、そんな素振り……した記憶は……ない」 「なんだよ、なんだよ、恥ずかしがるなよぉ」 「う、うるさいっ」 「なるほど……でも面白かったよ……」 「ボクたちに外側なんてない……」 「なるほどね……」 「たしかにそんなものがあったとしたら、それはまた我々の知る世界にしかすぎない……」 「そうだな……もしかしたら……いつからか……ボクたちは、ありもしない外側……見えもしない風景を見ようとしてたのかもしれない……」 「ありもしない風景……」 「そうだ……」 「〈彼岸〉《ひがん》……〈彼方〉《かなた》……外側の世界……神々の世界……まぁ、なんでもいいや……そういったすべてのもの」 「だから絶望する」 「人生の意味に、世界の意味に、自分の意味に」 「絶望というのは、ありもしない風景を見る事なのかもしれない……」 「ありもしない風景を、見る事ねぇ……」 「そうだよ! ありもしない風景の先で、我々の言葉は、〈絡〉《から》まって、ごちゃごちゃになって、説明不能になって、ただ立ちつくす……」 「そう考えれば……ありもしない外側を見つめる事……絶望を感じる事って言うのは……片思いなんだな」 「はぁ? 絶望が?片思い? なんだそりゃ?」 「なんで人は……ありもしない外側を見つめようとするんだい?」 「そりゃ、憧れだからだ!」 「人は憧れがあるから外に向かう……誰もいないかもしれない……何もないかもしれない……いやそれどころか最初っから無いかもしれない外に向かう」 「それはなんでだ?」 「ふぅ……それが憧れか?」 「そうだよ。絶望は憧れさ」 「そしてそれは片思いに似ている」 「……はぁ」 「全然……そう思わないけど……」 「そう? そんな事ないと思うぜ」 「絶望は憧れ、そしてそれは……片思いか……」 「なんか童貞野郎に全員死ねって言ってるみたいだな……」 「ん?」 「?」 「んんー?」 「な、なんだよ」 「あれー?」 「な、なんだその含み笑いは」 「悠木くんは童貞じゃなかったのかな?」 「なっ、そ、そんな事は……」 「ふふふふ……俺はねぇ。こう見えて君の近辺をかなり洗ったんだよぉ」 「君はいろいろと悪い噂ばかりあったみたいだけど……でも実際は、女性経験は無いはず……」 「な、なに調べてるんだお前っ」 「えーだってそういうのが仕事だもんー」 「だ、だったら……童貞なんだろ……俺は……」 「ふふふふ……法律上は結婚は許されてないからね」 「なっ」 「倫理上もだけどさ」 「き、木村! お前なにっ」 「はははは、別に愛に法律なんて関係ないだろ。愛があれば罰せられたって人は愛し合うもんだ」 「ロミオとジュリエット!」 「いや……それ別に近親相姦の話じゃないから……」 「おや? やっぱり妹さん?」 「っなぁ!」 「おっと、んじゃこれでっ」 「木村てめぇ、少し待て!」 「嫌だよ……君と喧嘩したら怪我するの俺だもの……」 「んじゃ、避妊だけはするんだよぉ。まっ、しなくてもいいんだけどねぇ」 「木村!!」  木村は走って土手を降りていく。  そして街の中に消えていった。  夕日に沈む街。  空は徐々に黄色がかっていき……建物を紫に染めていく。  世界が闇に沈む頃……街に灯りがともる。  人々の生活の灯りがともる。 「さてと……今日も夜からだな……」  今日もバイトをいれている。  あの店でピアノを弾く。  好き勝手に、いや、たまに客のリクエストに応えて……俺はピアノを弾く。  「……」  「…………」  「透明な……」  「透明な白?」  「……」  「いや……違う」  「透明な白なんかない……」  「白なら透明ではない……それでは…半透明だ……」  「しかし……これは……半透明ではない……」  「これを……唯一、表現できるとしたら」  「それは……」  「透明な白……」  「これは……あれだ……これは」 “光”                             「光」  「光?」  「これは」  「単なる光」  「そうだ……そうなんだ……」  「これは――」  「――光」 「セミの声……」 「ここは……屋上?」  あたりを見渡す……そこは見慣れた風景……A棟の屋上であった。 「なんで……なんでここに……」  間宮皆守は羽咲を守るために飛び降りて……そして……、  そして……、  どうなったんだろう? 「今日は何日? えっと今は……」  時計を確認する。 日にちは2012年7月20日。 「あれから……丸一日……」  間宮皆守はたしかに屋上から落ちた……さらにその前にはナイフで腹部にかなりの裂傷を負っていた。  彼の肉体が今どのような状況にあるか分からないけど……それでも病院を抜け出せる状態ではない。  ここに私自身が立っている事はどう考えても不自然な事と思われた……。 「どうなったんだろう……」  間宮皆守は助かったのだろうか…… いや、私がこんな不自然な場所に立っている以上は……死んでしまったと考えるべきか……。  それか……ここもまた夢の世界……。  あるいは明晰夢か……。  ためしにほっぺたをつねってみる……。 「っ、痛いや……」  夢……それが明晰夢であっても痛みを感じる事は少ないと言う……。  ほっぺをつねって痛いのならば、ここにある風景は本物であるという事だろうか……、 「音無彩名……さん」 「……ひさしぶり」 「ひさしぶりって……そうなの?」 「何が?」 「だってさ……一応は最後の日から一日しか経ってないじゃん……」 「……そう」 「……あのさ」 「何?」 「間宮皆守はどうなったのかな?」 「何故……そんな事聞くの?」 「そ、そりゃ気になるでしょ……だいたい私は彼が作り出した人格なんだから……」 「なら生きてるんじゃない?」 「何……それ」 「仮定1……もしあなたが……間宮皆守が作り出した人格の一つなら、あなたが存在する事こそ、間宮皆守の肉体が存在する理由……」 「で、でも……おかしいでしょ」 「何が?」 「だってさ……あれだけの傷を負ってたんだよ。一日でこんな場所に来てるわけないじゃん」 「そう……」 「私が出てくるとしても、病院のベッドとかだし」 「なら仮定2……あなたの存在が解離性同一障害によって引き起こされたもので無い……」 「あなたの存在はまさに過去実在した人物。水上由岐の魂である。その魂が間宮皆守に宿ったとしたならば……あなたがここにいる理由とはすなわち……」 「間宮皆守の死を意味する……」 「そ、そんな……」 「さらに仮定3……もしこれがあなたが見ている夢であるならば……」 「目の前にいる私は……夢の産物……その仮定も十分に説得力を持つ……」 「さて……そのどれが現状説明として水上由岐さんはお気に入り?」 「お気に入りとか……そういう問題じゃないと思うけど……」 「仮定4……あなたは私が見ている幻覚……私が作り出した幻……つまりあなたは存在していない」 「あははは……んじゃ、今こうやって考えてる私って何になるのよ?」 「考えてる私は存在してるじゃん」 「私の脳活動……その一部が、他人格として認識しているにすぎない……」 「つまりは“あなたが考えてる”事は、あなたの存在証明にはならない……」 「今、存在している水上由岐は……私が作り上げた別人格であるという可能性はまったく否定出来ない」 「それは、一つの肉体に三つの人格を作り上げたあなたが一番理解している事……」 「自分が思考している事……それが自己の存在証明などにならない……」 「あのさ……私は知りたいの」 「何を?」 「だから、あの後どうなったか?」 「それを望むならたしかめればいい……屋上のドアを開けて、外の世界に飛び出せばいい……ただそれだけ」 「……」  音無彩名さんの言う通りだった。  もしそんなに気になるのなら……私はここから出れば良い。  この屋上から飛び出して、外の世界を見に行けば良い。  そうすれば、私が望む通り……すべての結果が分かるはずだった。  だけど……、 「外に出れば……か」 「うん……」 「それもそれとして手だけど……聞いていいかな?」 「何を?」 「今日は何日?」 「2012年7月20日……」 「明日から夏休み……って事?」 「そう……明日から夏休み……」  昨日……集団自殺があったはずだ。  夏休みどころの騒ぎじゃない。  にも関わらず……屋上から見る風景は…… 日常そのものであった……。  廊下を歩く生徒。  教室で談話する生徒。  生徒を呼び出している教師。  何も変わらない日常。  あんな事件があった直後とはとてもではないが思えない……。 「どうしたの?」 「……彩名さんの仮定って……それで終わり?」 「仮定……まだ欲しい?」 「説明ならいくらでもつけられる……この世界に注釈を……それは人が望んだ数だけ増やす事が可能」 「それがお望みであるならば……いくらでも……」 「卓司くんが言ってた“終ノ空”って何?」 「あれってさ……琴美さんの予言にも、白蓮華協会の予言にも無い言葉だよね……」 「終ノ空……そのまま“終わりの空”……」 「あの名前って……誰がいつつけたんだろう……」 「記憶……」 「記憶?」 「幽霊部屋……終の空……」 「っ」 「くすくす……覚えてる……」 「覚えてるとか……そんなの記憶違いでしょ……」 「そうなの?」 「だ、だって、あれ……おかしいでしょ?」 「何が?」 「だってさ……あれって……私が高島さんの自殺に巻き込まれた時に見た夢でしょ?」 「だったらおかしいじゃん」 「何がおかしいの?」 「だってさ……もしあの時、高島さんの自殺に巻き込まれてたら……時間軸がめちゃくちゃだよ……その後、また私は高島さんの自殺を経験するんだから」 「仮定5……いまだに、あの夢から覚めていない……」 「あの夢?」 「高島ざくろの自殺に巻き込まれた水上由岐……彼女が見た夢の続きが今この瞬間」 「ゆ、夢? これが? いや……どう考えても夢って言うには……」 「そう……なら仮定6……“幽霊部屋…終の空”の記憶は誤った記憶……」 「度重なる、人格の入れ替えによって起きた記憶混乱がみせた夢……」 「飛び降りる高島ざくろが水上由岐に激突した事実は無い……単なる記憶の混乱」 「っ、なら、なんで卓司くんとか、夢の中で出てきた“終の空”なんて言葉使ってたのよ!」 「脳を共有する者同士……それは不思議でも何でも無い……」 「だ、だとして……」 「最後に見た風景……あの空の存在が気になる?」 「っく」  最後に見た……あの空……。  間宮卓司くんが飛び降りる刹那に見たあの風景。  私は何故かその風景を知っている様な気すらした……。 「繰り返される世界……ある地点から……」 「っっ」 「確認していい?」 「な、何を?」 「あなたは、水上由岐さん……で良いの?」 「な、何をいまさら……だってそういう風に呼んでたじゃん……」 「由岐さん……水上由岐さんって誰?」 「へ?」 「由岐さんは……過去に実在した人物、間宮羽咲を助ける事によって、死亡……その後、間宮皆守の肉体に発生した人格としても実在する……」 「ならば……今ある、由岐さんは誰? 死んだ由岐さん? それとも間宮皆守が作り出した人格としての由岐さん?」 「そ、そんな事言われても……分からない……」 「分からないから……私に尋ねている……」 「最後の注釈……」 「由岐さんに質問です……」 「この世界にはいくつの由岐さんが存在しますか?」 「へ?」 「一人は、沢衣村で生まれ……沢衣村で死んだ水上由岐さん……もう一人は間宮皆守が作り出した人格としての水上由岐さん……そして私と話している今この場に存在する水上由岐さん」 「さて問題です……あなたは何人目の水上由岐さん?」 「そ、そんなの知らないよ……っていうか私は私だ、そんな何人もいないっ」 「沢衣村で死んだ由岐さんも、皆守くんの中の由岐さんも、今いる由岐さんも同じ……」 「だったら、他に存在するかもしれない由岐さんは?」 「他に存在するかもしれない私?」 「そう……他の人格で発生した由岐さん……それもまた由岐さん?」 「そんなの知らない……というか私がそんなに存在してたまるかっ」 「でも事実として一人では無い……」 「高島ざくろさんの自殺に巻き込まれた由岐さん、沢衣村で死んだ由岐さん、皆守くんが生みだした由岐さん……そしてここにいる由岐さん……」 「っ、そんなの知らない……私は私だ……」 「“幽霊部屋…終の空”で見た風景……それはいつの風景?」 「風景?」 「っ」  何故かその時に……私はそのアトラクションにあったポテチの袋の賞味期限を思い出していた……。  そこに飾られていたカレンダーの日にちを思い出していた……。  それが何であるかまったく分からないけど…… 何となく……その日にちの事を思い出していた。  その言葉に意味があるかどうかすら分からない。  ただ、その日付を思い出していた……。 「最後に付け加えられる注釈……」 「仮定7……すべての存在は一つの魂によって作り出された……」 「な、なんだよそれ……」 「くすくす……沢山存在した由岐さん……そのすべてが由岐さんならば……世界に必要な魂の数なんて多くなくて良い……」 「一つの魂が、すべての視点を持てば良い……」 「っ、それ意味分からない……それって……」 「高島ざくろも間宮皆守も間宮卓司も……間宮羽咲も若槻鏡も司も……一つの魂が見た風景……」 「それおかしいだろ……時間がかぶってるし……」 「それを言ったら、高島ざくろさんの自殺に巻き込まれた由岐さんと、巻き込まれなかった由岐さんは同時間に存在している事になる……」 「〈偏在転生〉《へんざいてんしょう》……」 「〈偏在転生〉《へんざいてんしょう》?」 「たった一つの魂の……無限の輪廻転生……」 「時間、空間を超越した……無限の輪廻転生……もしそれが可能なら世界に魂なんていくつもいらない」 「世界はたった一つの魂の輪廻によって作り上げられた世界……」 「逆に、生物の数だけ魂がある方が不自然……生物はその時々で数が違う……数の上下が起こるたびに、世界に魂は溢れたり、不足したりしてしまう……」 「だったら……魂の数は一つこそ……輪廻にはふさわしい……」 「たった一つの魂がすべての生命に宿れば問題ない……」 「そんな……馬鹿馬鹿しい……」 「そう?」 「この説明こそ……世界の謎を多く解き明かすとも言える……」 「たとえばどんな?」 「なぜ人は他人を理解出来るのか……」 「それぞれが違う存在……それぞれが違う視点……それぞれが違う世界を持ちながら……何故人は、他人を理解出来るのか……」 「説明する事は出来ない……」 「同じ赤色を見たとして……何故それが同じ赤に見えていると考えられるのか……」 「皆守くんが言った思考実験……上下左右反転する眼鏡の世界……」 「ただ、それが整合性がとれていると言う理由だけで、私は、他人が私と同じ世界を感じていると理解する」 「でもその理解はどこから生まれるのか?」 「私が感じる……視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚はなぜ他人の感じる“それ”と同じであると言えるのか……」 「たとえば……“痛み”」 「私は、何故他の人の“痛み”を理解出来るか?」 「それは表情、ふるまい……その他発せられた言葉で理解する……」 「というのは説明にならない……その場合に私が知る“痛み”と他人が感じている“痛み”は別物かもしれない」 「それは想像力……」 「想像力……つまり私が感じている“痛み”をそのまま他人に置き換えて、私達は他人の“痛み”を感じる」 「なら……まず私はこの腕が“痛い”とする……その“痛さ”を今度は自分のつま先に移動させる……」 「つま先の“痛み”をそれが接している地面に移動させる……ならば今この場で、私は“痛み”を地面で感じている……そして地面からの“痛み”を由岐さんの足にうつす……」 「私は自分の感じている“痛み”をそうやって他人に移動させて感じている……」 「“他人の痛みを想像”する行為とは、その様なものでしかあり得ない」 「その“痛み”は地面にも、服にも、なんだったら本だって机だって……想像によって移動された痛みとはその様な意味でしかありえない……」 「……私は私が感じるものとしての痛みに基づいて、私が感じるのではないものとしての痛みを想像しなければならない……」 「その議論……哲学者ヴィトゲンシュタインのものだよね……」 「他人の痛みを感じるとは、想像力で自分の痛みを移動させる様な行為では無い……」 「くすくす……由岐さんは知ってるのにとぼける……」 「何故……自分と他人とで“痛み”は同じ意味を持つのか……」 「なるほど……それはすべては“私”であるから……と言いたいわけか……」 「そう……それが仮定7」 「すべては“私”……醜いあの娘も……きれいなあの子も……」 「いじめられているあの惨めな少年も……いじめている少年も……」 「惨めなあれも、汚いあれも、美しいあれも、誇らしいあれも、すべてが“私”……」 「世界は“私”だけで出来ている……だから、私はあなたを理解する」 「あなたの痛みを理解する……あなたの悲しみを理解する……あなたの喜びを理解する……」 「世界は無数の“私”があるだけ……」 「グロテスクな推論だね……」 「でも……仮定7ならすべてに説明は付く……あなたが感じた、この不可解な世界すべてに……」 「説明が付くなら何だってそうだよ……いくらでも説明なんてつけられる……」 「神様が五分前に世界を作った……火星人が来て全人類の記憶をおかしくさせた……どんな馬鹿馬鹿しい説明だって出来てしまう……」 「でも……それらは……」 「語り得ないもの……」 「ふぅ……それで? 仮定7だとしたら、どういう事なの? それって世界最初の生物が発生した瞬間……この世界に魂がやどった瞬間から始まっているの?」 「それとも……何処か特殊な時間的な位置……何かそういった地点から発生しているのかしら?」 「くすくす……それだって、どの地点からだって言える……」 「たとえば……高島ざくろさんが自殺した瞬間から始まった……魂の偏在転生……」 「同じ世界を何度も違う“私”としてのやり直し……彼女は違った未来を模索した……ってか?」 「あるいは……あの夏の日……沢衣村での由岐さんが死んだ瞬間から始まった魂の偏在転生……」 「あるいは……由岐さんがもう覚えてない……謎の地点……たとえば、終ノ空が現れたある地点から続く……魂の偏在転生……」 「終ノ空が現れた?」 「何それ? そんな地点があるの?」 「あくまでも仮定……そう想像する事も出来る……」 「ある地点……世界の終わりと言われた日……そこで世界が終わっていたにも関わらず……魂は延々とその世界をループさせ……あたかも存在するかの様に振る舞った」 「どんな仮定だか……」 「あくまでも注釈……増やしてみた説明の一種」 「それを由岐さんが気に入るかどうかは知らない……」 「私が……気に入る……か……」 「ふぅ……」  私は目をつぶる……。  ……。  もしかしたら……世界はとっくの昔に終わっているかもしれない……。  私という魂は……こんな事を何億回……何兆回もやったような気もする。  あらゆる魂を演じてきたのかもしれない……。   ある時は水上由岐、     ある時は間宮卓司、        ある時は悠木皆守、           ある時は高島ざくろ、              ある時は間宮羽咲、                  ある時は若槻鏡、                     ある時は若槻司。   ある時は水上由岐、     ある時は間宮卓司、        ある時は悠木皆守、           ある時は高島ざくろ、              ある時は間宮羽咲、                  ある時は若槻鏡、                     ある時は若槻司。   そして、              また、   初めてやるような気もする。       まあ、             どちらでもいい。                     もう、      そう……。             空、     空だ……。             空がみえる……。   空は何故……、     何故空は青いんだろう……。   そして……何故……       私達はそれを青と感じたのだろうか……。       どこまでも続く空……、           その青さは……、            たぶん――               ――だ。  空は、どこに続いているのだろうか……。  たぶん、  世界中の空とつながっているんだろう……、  だとしたら……この空と――  ――終ノ空。  つながってはいない。  ……、  なぜなら、  それは、  あってはいけないものだから――  けど――  それは本当だったのだろうか?  「――――」  どこかで私を呼ぶ声がする。  私を呼ぶクラスメイトの声……。  だから私は振り返る……。 「音無彩名さーん」 「はい……」 「はぁ、はぁ……ったく探したよぉ」 「ったくどうしたのよ一人でこんな場所で? 終業式始まっちゃうよ……」 「始まる……」 「そうだよ……始まっちゃうよ……」 「くすくす……」 「ど、どうしたの?」 「終わったばかりなのに……もう始まりなんて……」 「え?」 「いいえ……行きましょう……」 「その始まりの地点へ……」  風が少しだけ冷たい。  その冷たさの中で私達は手をとりあって歩き出す……。  日常の一歩。  ただ、変哲もない一歩を……踏み出す。  その事に感謝しつつ……、  私達は生きていく……。  二人で笑いながら……生きていこう。  私は強くそう心に誓った。  多くの生命がそうであった様に……、  私も最初の一歩を踏み出す。  ここから先にあるのは、  たぶん、  素晴らしき日常 くすくすくす……わたしは音無彩名、そう呼ばれてるもの ……ここは境界…… そして……魂が、何度もやり直すための……地点…… あなたの選択で……世界は……変わる…… 私から質問…… 水上由岐さん……間宮羽咲さん……そして……終ノ空…… あるいは……あの夢から覚めていない…… あなたの言う“今”はどこ? くす、くす…… これから見える世界もまた……あなたの世界…… 行きましょう……その始まりの地点へ……