けれど、俺のキスをかわした先輩は、逃げるようにシャワーを浴びると出て行ってしまった。 もちろん、使い方を教えてから戻って来たのだが……俺は自分の行動を悔いていた。 「これじゃ、ただ先輩と恋仲になりたいだけの男だと 思われても仕方ないよな……」 先輩が始めて見せてくれた弱さを、癒してあげたいと言う一方的な押し付けるような愛情でキスを迫るなんて…… 「先輩が俺の事を好きなら、それでもいいかもしれねえ けど……現状でするのは、よろしくなかったよな」 はぁ、と大きな溜め息をつきながら、また一歩、先輩に認められる日が遠ざかったであろう事を悟る。 「……え?」 パチンと言う音と共に、不意に部屋の照明が落ちる。 「天野くん……」 「その声は……先輩?」 一瞬、停電かとも思ったそれは、先輩の手によるものであった事に気づく。 「どうしたんですか? いきなり電気なんて消して……」 「…………」 当然とも言える俺の問いに、なぜか無言を貫く先輩。 「だって……」 「恥ずかしい、じゃないですか……」 「なっ……!?」 慣れてきた目で先輩の姿を把握すると、そのあまりの予想外な格好に、思わず絶句してしまう。 「ななな、なんて格好してるんすか、先輩っ!」 「なんて格好、って……見ての通りですけど」 「あっ、そ、そうか、着る物が無かったんですね!? じゃあ俺のシャツでも……」 「天野くんは、着たまま《す:・》《る:・》のがお好きなんですか?」 「ええっ!? す、するって、何がですか!?」 「……それを、私の口から言わせたいなんて……天野くんは やっぱりエッチですね」 俺をからかうような笑みを浮かべ、先輩がそんな反則級の素振りを見せ付ける。 「それじゃあ、改めて言いますね」 「え?」 あまりに突然の展開に戸惑っている俺を無視して先輩が畳み掛けるように口を開く。 「天野くん―――」 「私を……抱いてください」 「せ、先輩……」 「もう、ほんとダメですね、天野くんは……」 「こう言う時くらい、名前で呼んで欲しいです」 「ちょっ……本気ですか!?」 「言ったはずです。辛い時には、誰にでも身体を許しちゃう ような……そんな女なんだって」 「それでも、私を支えてくれるって言うんなら……抱いて くれたって、いいじゃないですか」 「…………」 必死に自分を穢すような発言を繰り返しながら……それでも、俺を求めてくる先輩。 素直に俺へ寄りかかるには、きっともう少しだけ時間がかかるから、こうして先ほどの『嘘』に頼るのだろう。 そうまでして、俺と繋がりたいと思ってくれる先輩の気持ちが嬉しかった。 「わかった。先輩がそれを望むなら、喜んで」 「……で、では、お言葉に甘えて……」 俺に拒まれなかった事を嬉しく思ったのか、心なしか声を弾ませて、先輩が俺のいるベッドへと近づく。 俺もすぐに着ていた衣服を脱ぎ去り、先輩をベッドへと優しく押し倒した。 「それじゃ、先輩……遠慮なく、抱かせて貰います」 「は、はい……お好きなように、どうぞ」 先ほどまで、あれほど経験者ぶっていた先輩の、何とも情けない言葉を聞いて、思わず笑みが零れてしまう。 もしかしたら本当に……とも思っていたが、緊張から汗ばむ身体、そして震えている様子からして、初体験である事は容易に推測できた。 「どうしたんだ、先輩? ちょっと震えてるみたいだけど」 先輩の『初めての男』になれる嬉しさで、俺も初めてにも関わらず、この状況を楽しむ余裕すら生まれていた。 「そ、それは……久しぶりだから、その……嬉しくて 思わず震えてるんです」 「そ、そうなんだ……くくっ……」 「な、何がおかしいんですか?」 「いや、別に……」 「い、いいから早く始めてください……じらすなんて ケダモノな天野くんには似合いません」 「それじゃ、遠慮なく」 誤魔化すように急かす先輩に合わせて、俺はそのふくよかな胸への愛撫を開始する。 「んっ……はぁっ……んんっ……」 「やっ……んっ……んんぅ……ふぁっ……」 「どうかな、先輩。今までの男と比べて」 「えっ? そ、そんなの……えっと……まだまだ、へたっぴ すぎます」 「そっか……嫉妬しちゃうな。とんだプレイボーイに 抱かれて来たんだな、先輩も」 「あ、当たり前です。経験豊富な、大人の付き合い でしたから」 「ふーん……じゃ、今までどんな事してきたの?」 「ええっ!? そ、それはその……色々です」 「そっか……例えば、こう言った事とか?」 「え……?」 「ひゃんっ!?」 ただ柔らかさを堪能するような愛撫から、先輩の方を刺激するような、乳首を重点的に攻め立てる動きへとシフトする。 「ちょ、ちょっと……んんっ! そ、それ……あんっ! や、やめ……」 「何? もしかして、いきなりだから敏感に反応しすぎて 困っちゃったかな……」 「あ、当たり前ですっ! 女の子の身体なんですから もっと優しく扱って下さいっ!!」 「悪い悪い、こう言うのには慣れてると思ったからさ」 「うっ……も、もちろん慣れてますけど……久々なので ちょっと驚いてしまっただけです!」 あくまでも経験豊富のお姉さんと言うポジションでいたいのか、先輩は未だに意地を張り続けていた。 まだバレていないと思っている先輩が慌てふためく姿が可愛いすぎて、つい、いじわるをしたい衝動に駆られる。 「先輩の身体、すげー綺麗だよ……」 「は、恥ずかしい事を囁かないで下さい……」 「なんで? こんなの、ベッドの上で聞きなれてる はずだろ?」 「ほら、先輩。乳首立って来たよ? コリコリしてる。 感じて来たんだな……」 「ううっ……み、みんな言う事は同じなんですね」 当たり障りの無い事を言って、誤魔化そうとしているのがバレバレだった。 「先輩……それじゃ、触るよ?」 「え……? ひゃうんっ!?」 ずっとこうして可愛いらしい先輩をいじめていたかった気持ちもあるのだが、俺の方も我慢出来なくなって来たので、本番を始めるために、秘所へと指を当てる。 「あっ、やっ、んっ……んんっ……はぁんっ!」 「んんっ……こ、擦らないで……んっ……下さいっ!」 「そこ、いじられるとっ……私っ……せつなくてっ…… あああぁっ!!」 「すごいぜ、先輩……ほら、こんなにグチョグチョだ」 「や、やあぁっ……音っ、鳴らさないでっ……んんっ! はっ、恥ずかしい、ですからっ!!」 ぐちゅぐちゅと、わざといやらしい音が鳴るように攻め立てると、先輩が恥ずかしそうな悲鳴を漏らす。 「何人もの男に聞かせて来たんだろ? 俺にも、この いやらしい先輩のアソコの音、聞かせてくれたって いいじゃないですか」 「んんっ……ひ、卑怯ですっ! 昔の話ばっかり…… 今は天野くんに抱かれてるわけですから、過去とか 関係ないじゃないですかっ」 「天野くんとは、初めてだから……恥ずかしいんです」 「先輩……」 ぐっと来るセリフを言われて、実は気づいていながらいじめているのが可哀想に思えてくる。 もっと素直に、先輩との初体験を楽しむべきかもしれない。 「ごめん、先輩。それじゃ、初体験のように……優しく するよ」 「はい。お願い……します……」 安心したような表情を見せる先輩に、愛おしさを感じて今度は優しく、秘所への愛撫を再開させる。 「んっ……ふあぁっ……んんぅっ……はぁん!」 「はぁ……はぁっ……やっ……んんっ! んはぁっ!!」 くちゅり、くちゅりと、丁寧に、優しくなぞるように濡れそぼった先輩の秘所に指を往復させる。 「あぁっ……あんっ、んんぅ、あぁんっ……んああっ! あんっ! やっ……んんっ、はぁんっ!!」 「な、何だか……今度は、ゆっくりすぎて……切なくて…… どうにか、なっちゃいそうですっ……あぁんっ!」 先ほどと対照的な愛撫で、結果的に緩急をつけられ先輩の気分も、否応無しに高まっていた。 偶然の産物とは言え、すでに先輩の身体からは、初体験の緊張は消え去っているようだった。 「先輩……ごめんな? 初めてなのに、ちょっと無茶させ ちゃったかな?」 「んっ……初めてじゃ、無いんですからねっ!?」 「そんな、無理に経験者ぶらなくっても……」 「無理じゃないです! ほ、本当なんですからね!?」 「でも……」 「こう見えても、経験豊富なんですから……天野くんは お姉さんの言う事、黙って聞いてれば良いんです!」 「のわっ!?」 このままだとバレると思ったのか、先輩が攻めに転じるために、無理やり体勢をひっくり返してくる。 「え、えいっ!!」 「うぷっ!?」 そのままぐるりと一回転され、ぴちゃりと、熱く濡れた人肌を顔面に密着される。 「こ、これでどうですかっ!?」 「経験豊富な私が、天野くんを気持ちよくさせて あげますからっ!!」 俺の股間の方から聞こえてくる声で、ようやく顔に当たっているのが、先輩の秘所だと気づく。 俗に言う、シックスナインの形になっているのだろう。 「ぷはぁっ!」 「ひゃあっ!?」 「い、いきなり変な息をかけないで下さいっ!!」 「だって先輩がいきなりマ○コを押し付けて来るから 息が出来なかったんですよ」 「なななっ……」 「不慣れっぽいのがバレバレな……」 「勢い余っただけです!」 「へいへい、そうっすか」 喋るたびにかかる息にもどかしさを感じながらも俺は目の前に広がる絶景に感動を覚えていた。 「……うっ……」 「どうしたんですか、先輩?」 勢いよく俺のペニスを握ったまでは良かったが、そこで完全に硬直している先輩に、声をかける。 「もちろん、触り慣れているんですが……その……久々に 触ると、何だか……怖いですね」 「え? 怖い?」 「いえいえ! その……美味しそうですね!!」 「(それは無いだろ、先輩……)」 いくら誤魔化すためとは言え、さすがにそれは淫乱すぎる発言だった。 「硬くて、熱くて……ビクンビクンってしてて……嘘…… す、すごく大きい……」 「あの、先輩……美味しそうなら、そのまま召し上がって くれると嬉しいんですけど」 「ええっ!?」 またとないチャンスに、このまま先輩が意地を張って色々と許してくれそうな状況へと誘導してみる。 普通に頼んだら無理そうな要求であろうとも、今ならば演技のために、どんなエロイ行為でも認めてくれるかもしれない。 「そ、そうですね……ふぇ、ふぇら○おをして…… 天野くんを、気持ちよくさせるんでした……」 「俺も頑張りますから、シックスナインですけどね」 「う、嬉しそうですね……」 「そりゃ、憧れの先輩が、超絶テクで俺を気持ち良くして くれるなんて、夢のようですからね!」 「ううっ……どんどんハードルが……」 今更、嘘だったとも言えないのか、自分が未経験者だとバレないのか不安がる声が漏れていた。 もうバレていると教えても良いのだが、普段とは逆の立場でいられるのは貴重な経験なので、もう少しだけ楽しむ事にする。 「で、では、行きます……」 「ああ」 あれほどエッチを否定していたあの先輩が自分のモノを咥えてくれる事実に興奮して、股間がさらに怒張する。 「んっ……はむ……じゅっ……」 「っ……!」 一人でする手淫では味わった事の無い、独特の温かな感触に包まれ、大きな快感の波に襲われる。 先輩の口の中は、想像に違わぬ気持ち良さと心地よさを感じられるものだった。 「んむっ……んっ……ちゅ、ちゅぱっ……ちゅっ……」 「ちゅむっ、ちゅくっ……ちゅぱ……んっ……じゅるっ」 とは言え、そのストロークは非常にゆっくりで、射精を促すような動きとは程遠いものだった。 「ふぅっ……んん……ちゅ……ちゅ、ちゅぱっ…… ちゅくっ……んむっ……ちゅばっ……」 「ちゅぷっ……ちゅ、んむっ……じゅるっ……」 丁寧に、ゆっくり、恐る恐るでありながらも、しっかりと俺のモノを丹念に舐めながらのストロークを繰り返す。 「じゅぷっ……ちゅ、ちゅぱっ……じゅるっ…… くちゅ、ちゅぱっ……んっ……んちゅ……」 「ちゅ、ちゅぱっ……こ、こんな感じで、どうですか? んむっ……ちゅ、ちゅぱっ……んむぅぅっ」 「……あぁ、すげぇ気持ちいいっす」 だんだんペニスへの恐れも消えて来たのか、少しずつペースも速まり、素直に大きな快感を得る前戯だった。 「んむっ……ぷぁ……良かった、です……はむっ…… ちゅ、くちゅ……んむぅっ」 「ちゅぱっ……じゅるるっ……ちゅ、んちゅ…… ちゅぽっ……ちゅ、ふぅっ……」 単純に一生懸命なだけなのだろうが、先輩のフェラは経験者のそれにもきっと負けないくらいに気持ち良く思えた。 「ちゅぱ……ちゅ、じゅる……ちゅぽっ……んんっ」 「口のなかで……ふるえて……ちゅぶ……ちゅぶっ」 「ッ……!」 軽く立てていた歯がカリに引っかかり、強烈な快感が目の前で白く弾ける。 「んっ……んむっ……ちゅ、ちゅぱっ……い、まの…… きもちよかったん……ですか……んむっ」 「あんな感じで……いいんれふね……ちゅぱっ、ちゅぅ」 口内でのペニスの反応をつぶさに読み取っているのか同じような責めを繰り返される。 そのあまりに強烈な刺激に、あっというまに限界へと上り詰めそうになる。 「舐めるたびに……大きくなって、まふ……じゅるっ ちゅ、ちゅううぅぅっ」 「ちゅばっ……ぢゅるるっ……ちゅ、んちゅ…… ちゅぼっ……んんっ!? ふぁっ!?」 「あ、んんっ……はぁっ、んあああぁっ……あんっ!! やあっ、ああっ……あ、天野、くんっ……んんぅっ!」 先輩のフェラ○オに負けじと、目の前にある秘所へむさぼりつくすように舌を這わせる。 「やめっ……汚い、ですからっ……あぁんっ!! ちょっ、そんな……はあぁんっ!」 「汚くなんか、無いですよ。先輩のココ……すげえエロくて 興奮するよ」 「天野……くん、ひゃあぁっ!? そこ、ダメッ!! そんなの、んんぁっ!!」 「どうしたんですか、先輩……動き、止まってますよ?」 いきなりの激しい攻めに、完全に動きが止まってしまう先輩に、行為の続きを促す。 「んんっ……すふぉし、休憩……しへた、だけれすっ! じゅっ……んんっ! んっ……ちゅぷっ、ちゅぱ……」 再開されたフェラチオで蘇る射精感に比例するように俺も先輩の秘所をひたすらに愛し続ける。 「ぢゅぷ、ちゅぱっ……くぷっ、ちゅ、んむぅっ…… んんっ、んぅ……はぁっ、じゅぷっ、ちゅうぅっ」 「んうぅっ、んっ、ちゅうっ……んむっ……じゅるっ…… ちゅぶっ、ぢゅぼっ……ちゅううぅっ、ちゅぱっ……」 「ちゅっ、ちゅぷ、ちゅぱっ……んんぅ……んんっ!! ちゅ……ちゅちゅっ、ちゅぱ……じゅぷっ!」 互いに高まる感情をぶつけるように、激しい愛撫をがむしゃらに繰り返す。 すでに射精感は限界まで高まり、いやらしい匂いと音も手伝い、快感で頭が真っ白になって来る。 「先輩ッ……俺、もうっ!」 「んむっ、んっ、ちゅうぅっ、じゅぷっ……ちゅぱっ! くぷっ、んむっ、んんんんぅっ!!」 「ちゅぶ、ちゅば、じゅるるっ……ちゅ、ん、ふむぅっ ぷぁっ、こ、このままっ……だし、てっ……んんぅ! い、いいですよっ……んんっ!!」 「受け止めて、あげまふ、からっ……そのまま…… ちゅ、じゅるっ……らして、くださいっ」 俺の限界を知って、ラストスパートと言わんばかりに先輩が、さらにストロークのペースを上げてくる。 「ぐちゅっ、ちゅ、くぷっ、んむぅぅっ……ん、んんっ ん、ふむぅっ、んむっ、じゅるっ、ちゅうぅぅっ」 「んん、ちゅ、ちゅぷっ……じゅるるっ、ぷぁっ んんぅっ、んぢゅっ、ふむぅっ」 爆発寸前のペニスへ続く執拗なフェラ○オで、俺は今まで味わった事のないような快感が背中を駆け昇り、これ以上耐えられないと悟る。 「じゅぷっ、ぢゅるるっ、んぢゅぅっ……ん、んんっ んちゅうぅっ、ぷぁっ、んっ、ぢゅうううぅぅっ!」 「んっ、んっ、んんんんんんんんぅ〜〜〜〜〜〜っ!?」 かつて経験した事が無いくらいの勢いで脈打ち、物凄い勢いで先輩の口を穢し、ただひたすらに快感を放出する。 「んんっ!! んぅ……んくっ、んくっ……んんぅっ!」 どくん、どくんと、果てなく続くように襲い掛かる射精を先輩が苦しそうに喉を鳴らし、飲み込んでいく。 「先輩、無理するなっ!!」 「んんっ……ぷはぁっ!!」 「ああっ! ま、まだっ……けほっ!! んんぅ……」 未だに射精を続ける俺のペニスから口を離すも、勢いの止まらぬ白濁液によって、その顔を穢してしまう。 「す、すごすぎ、ます……んんっ!! こ、これが…… 男の人の……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 やっと収まった射精と共に、一気に脱力感が襲ってくる。 「ふふっ……久しぶりの味と、匂いですね……」 「こんなに、出るなんて……ちょっと想像以上でした」 「俺も、ここまで出したのは、初めてだよ……」 「そ、そうなんですか?」 「ああ。先輩のフェラ○オが、すげー気持ち良かった からかな……」 「ふふっ……そこまで言ってくれると、嬉しいですね。 頑張った甲斐がありました」 「先輩……」 「ほんと、天野くんはエッチな子ですね……あんなに たくさん出したのに、ココ……まだ硬いですよ?」 俺をイかせて自信が付いたのか、まるで本当の経験者のような妖艶さを纏った雰囲気で、愛おしそうに撫でる。 その仕草に反応する自分の息子を見て、俺はこのまま本番へと行ける事を確認する。 「先輩……いいか?」 「もちろんです。私も、たっぷりと、このおちん○んを 愉しみたいですし……ふふっ」 「それじゃ、行くよ、先輩……」 「はい……来て、下さい……」 ノリノリな先輩と再び体勢を入れ替え、正常位の形でそのまま一気に秘所へと挿入する。 「んああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 ずぶりと、挿入自体は比較的スムーズに行ったもののやはり先輩は、激しい痛みに顔を歪めていた。 「ぐっ……大丈夫か、先輩っ!?」 「はっ……い……っ!!」 口では頷こうとしているものの、破瓜の痛みで満足に呼吸も出来ていないのが、滴る血からも見て取れる。 かく言う俺も、先ほどのシックスナインが無ければ果ててしまったかもしれない、口の中とはまた違う絡みつくような膣内独特の快感に襲われていた。 「いっ……んんっ……くうぅっ……」 「はぁっ……ん、くふぅぅっ……んんんぅっ!」 先輩の身体は想像以上に強張り、その痛烈な痛みを俺へ分け与えるように、苦しみの表情を浮かべる。 「天野っ……くんっ! う、動いて……下さいっ!!」 「せ、先輩……痛いなら、あまり無理しない方が…… ほら、久々なんだし、やっぱり痛いだろ?」 「……です」 「え……?」 「嫌です……」 先輩が頷いてくれるよう誘導してみるも、その口から出た言葉は、予想していたものではなかった。 「で、でも……」 「灯って……呼んで、下さい……」 「っ……!」 初めてを奪う相手に、名前で呼んで欲しい……そんな当たり前の願いを口にさせてしまった事を悔いる。 俺は軽く深呼吸をしながら、愛おしい人の名前をその耳元で囁く。 「灯……それじゃ、俺の事も名前で呼んでくれよ」 「はい……翔……さんっ!!」 互いに聞きなれぬ呼称で呼び合い、二人の関係が変わったと言う事を自覚する。 そこには先輩も後輩もなく、ただの男と女として対等なパートナーであるのだと感じさせるものだった。 「灯……しばらく、このまま黙ってるから……少しずつ 慣らして行こう」 「んっ……大、丈夫……だから……このまま…… 私を、抱いて下さいっ!」 「私っ……ちゃんと、気持ち良いですから……翔さんの 好きなように、動いちゃって下さい……」 「……灯……」 痛さで震えながらも、懸命に平気だとアピールする灯の覚悟をこれ以上、侮辱するわけにも行かず、俺も覚悟を決める。 「俺は……違うからな」 「え……?」 「今まで抱いてきた男のように、灯を捨てたりなんか しないから……」 「灯が俺を求める限り、俺は……ずっとそばにいるよ」 「翔、さん……」 こそばゆい敬称で呼ばれ、俺を『男』として扱ってくれる灯に、今までに無いほどの充足感を覚える。 「はい……私は、今まで多くの男性に身体を捧げて 来ましたけど―――」 「『心』を捧げるのは、翔さんが、初めて……です」 「そっか……」 「はい。信じて、いいんですよね……?」 「私、ずっとずっと……翔さんを求めますから…… いつまでも、一緒にいてくれるって―――」 「ああ。約束する。何があっても、一緒にいるって」 「それじゃあ……寄りかかっても、いいんですか?」 「ああ」 「私、いじっぱりだけど……本当は、弱いんですよ?」 「何なら、24時間、ずっとだって構わないよ」 「嘘です……そんなロマンチックな事、言って…… こんな時だから、優しくしているだけです」 「違うって。誓うよ……」 「別人みたいに……誠実な大人の男性の言葉ですね……」 「当たり前だろ。もう、ただの先輩と後輩じゃなくて…… 恋人同士、なんだからな」 「あ……」 身体だけではなく、心も繋がる関係でありたい―――それはつまり、恋人としての営みを意味していた。 「嬉しい、です……翔さん……」 「行くぞ、灯……俺の気持ちを、刻むから……痛いかも しれないけど、受け入れてくれるか?」 「はい……一生忘れられないくらいに、私の身体へ…… 翔さんを、刻み付けて下さいっ!!」 俺とのセックスを心から受け入れるその言葉を表すように灯の膣が、蠢きながらペニスを強く締め付ける。 それと同時に、今まで味わった事のない大きな快感が脈動する膣内から伝わって、背筋を駆け抜けた。 「つっ……んんっ……ああああああぁっ!!」 「んんんっ……はぁっ、んあああっ!」 「いっ……んん、ああっ……くふぅっ……はああぁっ!」 会話している間に多少なりとも痛みが治まったのかずちゅずちゅと挿入を繰り返し始めるも、強張っていた身体から力が抜け去っていた。 「はぁっ……んんぅ、んんっ……あぁんっ! はぁ…… んああぁっ! んうぅ、んはあぁっ、はぁんっ!!」 「んはうぅっ……んっ、んっ、んんっ……あぁんっ! はぁっ……ああ、あんっ、んんぅ……んっ……」 別の意志を持つ生き物のように俺のイチモツへと吸い付いてくる灯の膣に酔いしれ、俺は遠慮なく思うがままに挿入を繰り返す。 「そう、ですっ……そのまま……んんっ……あ、んんぅっ ……はあぁっ……もっと、突いて、下さいっ!!」 「んうっ……ああっ……ん、んんっ……んぅっ…… んはぁっ……はぁっ……んあぁっ!」 「んんっ……くふぅっ……あああっ……ああぁんっ!! 気持ち、良いっ……ですっ! んああぁっ!!」 痛みを堪える灯に求められるままに、その気持ちを汲んでずちゅりずちゅりと叩き突けるように腰を振る。 「はぁっ……もっと、激しくても……いいんですよっ?」 「私の身体を、めいっぱい……その、一番奥まで…… 味わって、欲しいですからっ!!」 額にじんわりと汗を浮かべながら、灯は俺を誘惑するような言葉を投げかけ続ける。 「もっと……気持ち良く、なってくださいっ……!! そうすれば、んんっ……はぁっ……私もっ……!!」 「もっとっ……気持ち良く、なれます……からぁっ!」 「ああっ、んっ……ふぁあっ……ん、ああっ!!」 少しでも多く、1秒でも長く、全てを捧げる灯の膣内を感じていたくて、こみ上げて来る2度目の射精感を堪えペースを落としながらストロークする。 「あぁんっ……はぁっ、はぁっ……急に、ゆっくり……」 「これ、じゅぷじゅぷって……翔さんのが、うごいて るのが……分かって、あぁんっ……あ、はぁっ…… 凄い、感じ……ちゃいますっ!」 「あああぁっ……んんっ、はぁ……あぁっ……んぅっ! ああっ……くうぅっ……はああぁんっ!!」 行為自体に身体が慣れて来たのか、膣内の動きがほどよくスムーズになる。 挿入時には最奥へと俺を導き、引き抜く時にはそれを名残惜しむような吸い付きで、射精を煽って来る。 「あああぁっ、んんっ、ああっ……はぅ……あんっ! んんっ……んああっ……!!」 「んんっ、あぁぁっ……あ、んんっ……すごく…… えっちな、音……です……ああぁんっ!」 次第に大きくなっていく粘り気のある音に、灯がそんな艶のある声を漏らす。 もしかしたら、次第に演技ではなく、行為による快感も覚えて来たのかもしれない。 「灯って、淫乱なんだな」 「え……?」 そんな灯の変化に、嬉しくなってつい先ほどのいじわるを再開してしまう。 「だってさ、普段は俺にエッチはいけないなんて言って…… でも、本当はしょっちゅうセックスしてたんだろ?」 「んっ、あああっ……そ、それは……ああぁっ!!」 「こうして、気持ち良さそうによがってたら……みんな 寝させてくれなかったんじゃないか?」 「こんな美人で、可愛くて、エロい灯の姿を見たら…… 誰だって、自分の色に染め上げたくなるからな……!」 「ちがっ……! こ、こんなになってるのは……翔さんが あぁっ……んんっ、ふぁあっ……えっちなコトばかりっ するから、ですっ……んんぅっ!!」 「それじゃ、今まではこんなにエロく求めては無かった ってワケ?」 「そ、そうです……っ! こ、心から好きな人とだから…… その、感じちゃってる、だけですっ!!」 「好きな人となら……えっちなコトも……あぁっ!! いいん、ですからっ……ふあぁっ、ああぁんっ!!」 「そっか……それは嬉しいな……じゃあ、その分いっぱい 愛してやらないとな」 「ふああぁっ……ん、ああああっ……翔さんっ……! お願い、します……私を、もっと気持ちよく…… 感じさせて、下さいっ!!」 余裕が無くなって来たのか、そんなお願いをしてくる。 かく言う俺も、すでに限界が訪れそうである事を悟る。 「行くぞ、灯……!」 「は、はい……んああぁっ!!」 「ああっ、んあああっ……はぁっ、んんぅ…… あ、ああっ……くぅぅっ……ああぁん……!」 「あああああっ、んっ、んはぁぁっ……あ、あぁん」 「ふぁあっ……はぁっ……かける、さんっ……はげし……っ ……んああああああっ!」 もっと灯と繋がりたい、灯と一つになりたい。 そんな想いをぶつけるように、思いきり腰を突き動かして限界までストロークのギアをかち上げる。 「ああぁぁっ、んんんぅぅっ……は、はあぁんっ! あ、ふぁぁっ……あ、ああっ、あああああっ!!」 「はあっ、んああああっ……あああっ、んんぅっ…… あ、あ、あああっ……はぁああっ……んああっ!!」 突然の激しいピストンに驚き、乱れる灯を抱きしめて膣内に擦りつけるように、ひたすらペニスを突き出す。 「ああああっ、ん、はぁっ……やぁ……そこはっ…… はあああぁぁっ、んああっ……ああぁぁん!」 「つよ、すぎてっ……こわれちゃい……ますっ…… ああぁ、あああっ……んんうぅぅっ!」 あまりの激しい抽送に、いつの間にか溢れていた愛液が飛び散り、俺の体やベッドはびしょびしょになっていた。 「はぁっ、ん、ああぁんっ……くぅっ、んんぅっ…… ふぁああぁぁぁあっ……あああぁぁぁん!」 「あああぁぁっ、んああぁっ……あ、あふぁ…… んん、ああ、はあああぁぁんっ!」 「かける、さんっ……私もうっ……からだ、熱くてっ ああぁっ、んんっ……はああぁぁっ!!」 「きもち、よくてっ……ああぁああぁぁっ!」 灯の嬌声が耳に心地よく響く。 俺自身にも強い快感の波が押し寄せ、そろそろ限界が訪れようとしていた。 「ああああっ、はぁっ、あぁん、んんぅぅっ……あぁっ! は、ああぁっ……はああぁっ、んあああっ……!!」 「ああっ、んんっ……はあぁっん! も、もうっ…… 私っ、変に……変になっちゃいそうでぇっ……!」 「だから……もっと、もっと強くっ……んあああっ!」 さらなる快楽を求めるその声を聞き、絶頂へ向けて俺はラストスパートへ向けて、ピッチをさらに速める。 「あああぁっっ! あ、ん、んぅ、ああああぁぁっ!」 「ああぁっ、はぁ、んんっ……ふぁあぁっ、ああっ!」 「灯っ、俺……もう、我慢できない!」 「んっ……は、はいっ……いつでも、出してください!」 「私もっ……翔さんのが……欲しいですっ!」 その言葉に誘われるように、背筋が凍るのにも似た快感が全身を駆け巡り、視界がグラグラと揺れる。 「あああっ、はあっ、あぁ、んああああぁぁぁっ!」 マグマのように熱い脈動が下半身に迸り、破裂する寸前だと悟る。 「ッ……出すぞ、灯っ!」 「はいっ……んんぅっ、ああっ、あああぁぁぁっ!」 「ああぁっ、んぁ、ふぁっ、ああぁ……んんぅっ! んあああああああああああぁぁっ!!」 「あぁっ……んんっ、はぁっ……はぁ……はぁ……」 びゅくびゅくと、止まる事を知らない精液が勢いよく灯の身体を真っ白に満たしていく。 息を荒げて身体を震わせながらも、灯は黙ってそれを受け入れてくれた。 「んっ……はあっ……」 灯の身体に自分の精を放ち、しなやかな肢体を俺色に染め上げる。 その得も知れない独占欲を満たす光景に、俺は感動で打ち震えていた。 「ふふっ……身体中が、火傷するくらいに……熱いです」 くすぐったいのか、灯が身体をよじると、お腹へかかった精液が脇腹へ、どろりと流れた。 「……ふふっ、また、こんなに……たくさん出して くれたんですね……」 「んっ……すごい―――べとべとに穢されちゃいました」 そう言いながら、灯は精液をすくい上げ、指で感触を確かめるように、それを弄り始める。 「あは……身体中、翔さんの精液まみれですね」 ねちゃりと、独特の粘っこい音が聞こえてくる指に満足したのか、嬉しそうな表情を浮かべていた。 「どうです……気持ち良かったですか?」 「ああ、すごく気持ち良かったよ。……灯は?」 「ふふっ……私も、翔さんが頑張って気持ちよくして くれましたから」 「今までの人の中で、一番をあげちゃいます」 「そりゃまた、光栄です」 「ふふふっ……」 心底嬉しそうな笑顔を覗かせ、灯が俺の手を握ってくる。 「翔さん……」 「ん?」 「大好き、です……」 「ああ。俺も、大好きだよ……灯」 俺達は再び互いの素直な気持ちを確認するようにそう囁き合いながら、そっと微笑み合うのだった。 ……………… ………… …… 「ぶぅ。何で笑うんですか……? 聴いてみると、意外と 面白いんですよ!?」 「いや、別にそれを否定してるわけじゃなくてさ」 「ただ、灯がアニメのドラマCDを聞くってのが…… くくっ……ちょっと意外だっただけだよ」 二人で仲良くシャワーを浴びて、ベッドへと戻って来た俺達は、ピロートークに花を咲かせていた。 「かりんなら分かるんだけど、何だか先輩ってそう言う オタク的な趣味は無さそうな印象だったからさ」 「そんな事言われましても……面白い物は面白いわけ ですから、そう言った偏見は心外です」 「それもそうだな……」 アニメのドラマCDをよく聴くと言う意外な趣味を知ったものの、少し考えれば納得がいく。 灯の娯楽は、俺達よりも限られたものであり……それを楽しむのは、普通の事なのだから。 「こうして話してると、恋人になる前の俺って…… 全然、灯のこと知らなかったんだな、って思うよ」 「本当の私を知って、幻滅しちゃいましたか?」 「いや……俺だけの秘密の姿みたいで、嬉しいよ」 「は、恥ずかしいこと言うの、禁止です」 「なんだよ、それ……」 「……私も、天野くんの男らしい一面を初めて見れて その……とっても新鮮でした」 「はは……これからは、いつでも見られるって」 「むぅぅ……」 「どうしたんだよ、唸ったりなんかして?」 「……あぁっ! それです!」 「へ? 何が?」 「敬語じゃありませんっ!」 「ええっ!? 何を今更っ!?」 行為中に、灯から求めてきた恋人としての《距離:スタンス》をいきなり真っ向から否定され、顔をしかめる。 「恋人とは言え、年上の女性なんですから……やっぱり 敬語がしっくり来ます」 「いや、でもそれはさっき灯が……」 「そ、それがダメなんて言ってません!」 「……あっ、やっぱりダメです!」 どっちなんだ…… 「その……特別な時は、灯って呼んでくれても良いですけど みんなの前では『先輩』意外ダメです」 「なんで? 別にいいじゃん」 「よくないです! あと、その言葉遣いも禁止ですよ!」 「えぇっ!?」 「当り前です! みんなの前では先輩・後輩の間柄なんです からっ!!」 やっと俺の前で女の子な姿を見せてくれたと思ったらみんなの前で甘えるのは嫌だと言うのだろうか…… どうやら、灯が俺にベタベタと甘えてくれる日々はもう少し先の事になりそうだった。 「……って言うかさ、先輩、ひょっとして照れてる?」 「天野くんこそ、けじめって言葉、知ってます?」 「……ごめんなさい」 単純に恥ずかしがって言っているだけかと思いからかったのだけど、どうやらちゃんと節度を持てと言いたかったらしい。 「さっきも言いましたけど、二人きりの時は好きにして いいんですから……」 「私も、その……甘えたい時は、『翔さん』って呼ばせて もらっちゃいます」 「そうですか……」 どうやら、灯の『翔さん』を引っ張り出すには、相応の時間と雰囲気が必要なようだった。 「……なあ、先輩」 「はい?」 「一つ、提案があるんだけど……」 もうしばらく、こうして甘い一時を灯と楽しみたかったけれど、俺は思いきって、切り出す事にする。 「今度さ……俺と、デートしようよ」 「恋人なんだから、そんな真剣にならなくても…… 断ったりするはず、無いじゃ無いですか」 至って真面目な口調で切り出した俺の真意が測れず少し戸惑うような声を上げる灯。 「……遊園地へ行こう」 「え……?」 灯が、あんな嘘までついて俺と深く関わらないようにした理由―――それは、過去のトラウマに関係するのだろう。 見知らぬ場所や、人ごみを恐れるパートナー……その相手と一生を共にする。 時を重ねるにつれ、それは重荷となり、やがて心までもが自分から離れていく――― 心を寄せた相手が、自分のトラウマのせいで失うのが怖くて……灯は、独りである事を選ぼうとしたのだ。 「最初は、怖いかもしれない。不安かもしれない。 また、倒れちまうかもしれない……」 「でも、少しずつでいいんだ。俺が、一緒に……先輩を 支えるから」 「だからさ……乗り越えて行こう。一人でじゃなく、二人で 一緒にさ……」 「天野くん……」 「どんなに時間がかかっても、俺……諦めないから。 先輩が求め続ける限り―――支え続けるよ」 「はい……お願い、します」 俺の真剣な誘いを、優しい笑みで受け入れてくれる灯。 トラウマと戦っていく事が、どれほどの辛い日々か知っていながら……俺を信じて、頷いてくれた。 「灯―――」 「翔、さん―――」 互いに寄り添い合うように、優しく口づけを交わす。 それは、恋人同士としての誓いのようなキスだった。 「私、貴方となら、きっと……」 安心したような、安らかな表情を浮かべる灯。 俺の想いが、少しでも彼女の支えになるのならば――― 俺はこれからも灯の事を好きでい続ける事を、強く心に誓うのだった。 ……………… ………… …… 「さて、と……それじゃ、次は何に乗ろうか?」 小休憩を挟んで復活した俺は、繋いだ手を軽く引いて次なる目的地を相談する。 「そうですね……少し、人のいない所へ行きたいです」 「ん……人がいない所か……」 思考を巡らせ、休憩できるスペースには人が溢れていたことを思い出し、頭を抱えてしまう。 「もうしばらくしたらパレードが始まるらしいから そうすれば、休憩スペースも少しは静かになると 思うけど……まだ難しそうだよなぁ……」 「そうですか……」 少し元気が無くなってしまう灯を見て、なんとしてでも人気の無い場所を見つけてやりたくなる。 「……そうだ!」 「どこか、見つかったんですか?」 「ああ、あったぜ。とっておきの、恋人同士に相応しい ロマンチックな場所が」 「あ……」 そう言うと、灯も同じ場所をイメージしたのか、すぐに理解したような表情を浮かべる。 「そうですね。デートの締めくくりには、うってつけの 場所ですね」 「だろ?」 俺は微笑みながらエスコートするように、優しく彼女へスッと手を差し出す。 「それじゃあ、行こうか」 「はい」 その手を取る笑顔の灯と共に、俺は観覧車へと向けて歩き出すのだった。 ……………… ………… …… 「…………」 「…………」 眩しいほどの夕日に照らされながら、俺達は二人静寂の中に身を置いていた。 ただ無言で窓の外を向いている灯に倣うように俺もまた、夕日に染まる街並みを眺めていた。 沈みかける太陽の赤い光が、西の雲をオレンジ色に描き出す。 遥か上空から見るその光景は、言葉では例えようもなく美しいと感じていた。 「今日は、願い事がいっぺんに叶っちゃいました」 「願い事?」 「はい。本当に、ささやかな夢だったんです」 「いつか、私の全てを受け入れてくれるような人が現れて ……私もその人を、本気で好きになって……」 「それで、デートに行くんです。楽しくって、嬉しくて ……すごく、ドキドキして」 「…………」 「最後に、ロマンチックな夕焼けや夜景を、こうして ……一緒に見るんです」 無感情にそう告げた灯の表情は、決して曇っていないにも関わらず、なぜか俺には悲しそうに見えてしまった。 「なあ、先輩……」 「……なんでしょうか?」 「……先輩の目は、もう……二度と治らないのか?」 だから俺は、以前から抱いていた疑問を灯に投げかける。 灯の夢を叶えるため……二人でこの景色を見ること。 それは、俺のささやかな願いであり、願望だった。 「……お医者様の先生からは、一度……手術を勧められた ことがあるんです」 「今の最先端の技術を使えば、可能性はやや低いものの やってみる価値はある、って……」 「それじゃあ……!!」 「けど、手術を受けるには、とてもお金がかかるんです。 成功率よりも失敗する確率の方が高いんですよ……? そんなの、簡単には受けられません」 「……そっか……」 「けど……それも全部、言い訳に過ぎないんです」 「え……?」 「本当は、そんなの言い訳で……怖いんです、私」 「手術が失敗するんじゃないか、って……」 「…………」 「きっと私は、一生手術は受けないで生きていくと…… そう思っていたんです。でも……」 「学園を卒業したら……手術、受けてみたいと思います。 ……天野くんと一緒に、この空を見てみたいですから」 「先輩……」 「だから、私がずっとそう思っていられるように…… 勇気をくれますか?」 「……ああ。先輩が望むなら」 「ふふっ……頼りにしちゃってます」 「……っ」 その灯の笑顔が可愛くて、思わずドキリとしてしまう。 「……ふふっ。天野くんがドキドキしてるのが、よく 判ります」 「うっ……」 「(そっか、この距離で小さなゴンドラの中に入ってたら  バレバレなのか……)」 「あら? ひょっとして、ドキドキしてるのがバレて 照れちゃってるんですか?」 「む……」 からかうような灯の口調に、頬が熱くなる。 「ふふっ、やっぱり。天野くんの可愛いところ発見です」 「か、可愛くなんてねーだろ! 頼れる男と言ってくれ」 「そんな事無いです。可愛い弟くんみたいなものですし」 「俺が弟じゃなくて『男』だって、もう一度思い出させて やろうか?」 「え……?」 照れ隠しにからかい返したくて、俺はわざと灯が動揺するようなセリフを選ぶ。 「それじゃ、私も思い出させてあげます」 「思い出すって、何を……っ!?」 「私が、そんな子供だましのセリフじゃ動揺しない 経験豊富な『先輩』だってことです」 「ちょっ……せ、先輩っ!?」 灯が、ボケっと座っている俺の足下へ移動してズボンのチャックを開き、おもむろにペニスを取り出して来た。 「ふふっ……ほら、やっぱり可愛いじゃないですか」 愛おしそうに俺の息子を握り、頭を撫でるような手つきで優しく触ってくる。 「可愛いってのは男としてのプライドが傷つくんですが」 「でも、ビクビクって期待で震えて、可愛いです」 「う……」 たしかに、現金にも俺はこれ以上の行為を期待していた。 「それじゃ、可愛い天野くんをリードしちゃいますね?」 「……よろしくお願いします」 「はい、お願いされちゃいます」 灯に続きをして欲しい一心で、不本意ながらも俺は素直に頷いておく。 「それじゃ、たっぷり可愛がってあげます」 「(この前はあんだけビビってたクセに……)」 余裕で俺の息子を握る灯を見て、思わずそんな考えが脳裏を過ぎる。 「んっ……ちゅ……んふぁっ……くちゅっ……」 「っ……」 そんな事を考えていると、灯が俺のモノを咥える。 「ちゅぷっ……んっ……んふぁ……れるっ……んんっ…… くちゅっ……んちゅっ……」 「ちゅっ、ちゅぱっ……じゅるっ、ちゅううぅっ…… くちゃ、くちゅ、ちゅ……ちゅぷ……」 まだ少し不慣れな感じで、必死にフェラチオをする灯。 あの時のシックスナインと言い、経験者を装うために平然とペニスを咥える灯に、軽い興奮を覚える。 「先輩……気持ち良いんだけど、もう少し強く握って…… 口に合わせて、手でも上下に扱いてみてくれないか?」 「わ、わかってまふよ……これから、しようと思って…… ちゅぷっ……たんれすっ……んんっ……」 灯の知識不足をフォローしつつ、より気持ち良くなるよう先導する。 「んっ……んむっ、ちゅばっ……ちゅぶっ、ちゅるっ…… んちゅっ……ちゅるっ……」 「どう、れふか……? ちゅぱっ、ちゅむ……こんな…… じゅぷ、じゅっ……感じで……んんっ……」 「あ、ああ……さすがだな、先輩……っ!」 途端に倍増する快感に、思わず声が漏れそうになる。 多少の恥じらいが感じ取れつつも積極的な灯のフェラに俺のイチモツが、さらに怒張する。 「ふあっ……すごい、れふっ……じゅぷっ……天野くんの ……お口に、入りきらなっ……んっ……」 「でも、頑張って……ちゅぷっ……気持ち良く、して ……んぅ……あげますねっ……ちゅぱっ……」 「んちゅっ……ん……ぴちゃっ、ちゅっ、くちゅっ……」 「んっ……ぴちゅっ、ちゅぷ……くちゅっ……ちゅぱっ ……んん……ちゅっ、ちゅむっ……」 「ぐっ……」 必死に口で奉仕してくれる灯のフェラチオの快感で思わず腰を引いてしまう。 「んぷっ……ちゅっ……にげちゃ、らめれすっ……」 ペニスを口に含んだまま、逃がすまいとする灯が俺の性器を奥深くまでくわえ込む。 「ちゅぷっ……ん……んふぁ……れるっ……んんっ…… くちゅっ……んぅ……じゅるっ……」 「くちゃ、れるっ……ん……ぷちゅっ……んっ…… んちゅ……ちゅっ……んん……ぷぁっ」 そして、快感で震える俺を弄ぶように、灯がフェラのストロークを早めてくる。 「どう、れふか……? じゅっ……じゅるっ……ちゅぱっ ……気持ち、良いですか……? んっ……んちゅ……」 俺はその問いに答える余裕は無く、ただ荒い息を吐き出すことしかできなかった。 そんな俺の様子を察してか、灯は嬉しそうにクスリと笑い裏筋を舐めるように舌で弄んで来る。 「ぐぁっ……」 「ふふっ……やっぱり、んっ……ちゅっ……《コ:・》《コ:・》が 気持ち良い……みたい、れすね……じゅうっ……」 敏感な部分を、手淫では味わえない刺激を与えられてその初めての快感に、思わず声を漏らしてしまう。 「んぐっ……ん……んちゅっ……れるっ……んむっ……」 「ちゅぷっ、ちゅるっ、んちゅっ……じゅぱっ、ちゅ…… んんっ、ふぅっ……ん、んぅ、んふぁっ……」 舌で裏筋への刺激を与えながら、先ほどより更に深く俺の亀頭を呑み込むようなストロークを繰り返す。 ディープ・スロートに近いその行為の気持ち良さは本当に経験者のそれを思わせるほどだった。 「ぴちゃっ……ちゅ、ん……んんっ……んむっ…… ちゅっ、んんぅ……んふぁっ……」 「ふぁっ……んっ……ちゅっ、ちゅぶっ、ちゅぱっ…… じゅるっ、んっ、んぅ、ふっ、じゅちゅっ……」 唾液が灯の顎を伝い落ち、床に小さな水溜りを作る。 しかし灯はそれをぬぐおうともせず、一心不乱に頭を動かし、俺のモノを舐めしゃぶっていた。 「ぷちゅっ……ん、ふぁっ……あむっ……くちゅ…… んぅっ……くちゅっ、ちゅっ……ん、ちゅるっ」 「んちゅっ、ちゅっ……んんっ……ちゅぷっ…… ずちゅっ、じゅっ……ちゅぱ、ちゅうぅっ……」 「ちゅるるっ、ちゅっ……じゅっ、ずちゅ……ちゅぱっ ……んんっ、んっ、ん……んむっ……」 ひたすら繰り返される口内への挿入と、精液を導くような両手の扱きで、激しい射精感がこみ上げて来る。 前回のフェラは、憧れの先輩がしてくれると言う状況での快感と言う割合が大きかったが、すでに別物と言っていいほどのものだった。 「先輩っ! それ、やばいっ……!!」 「ちゅぷっ、くちゅっ……ふぁ……んっ……れるっ…… ちゅるっ……んっ……ちゅっ……」 「ん……んちゅっ……んふぁ……はぁ……んっ…… くちゅっ……れるっ……んふっ……」 少しつらそうな表情を浮かべながら、それでも灯は俺の性器を放そうとはしなかった。 「んっ……すごい……くちの中で……びくんびくんって ……はねて、まふっ……んっ……くちゅっ……」 間も無く爆発するであろう脈動を感じながら、限界までそれを抑え込み、溢れるほどの快感に溺れる。 「んちゅっ、ちゅぅっ……あむっ……ぢゅるっ…… ちゅるっ……んっ……んふっ……」 「ちゅむっ、れるっ……んぷっ、んぷっ、んぷっ…… ずるっ……んぁ……ん、ん、ん、んっ……」 「んぷっ……ちゅっ、ちゅぱっ……ぴちゃっ、んちゅっ ……あむ、ん……くちゅるっ……んふ……」 射精を催促するかのように、灯の舌が激しく俺の性器を搾り上げる。 「うあっ……せ、先輩……俺、もう……」 「んふぁっ……いいんですよ、天野、くん……ちゅぷ…… 我慢しなくても……ちゅっ、ちゅぱっ……」 「お姉さんが、全部……んむ……受け止めて……んっ…… あげますから……じゅるっ、ちゅううっ……」 「んふぁ……ちゅる、くちゅっ……ちゅっ、ちゅっ ちゅるっ……んちゅっ、ちゅぷ、ちゅるっ……」 「ちゅぷっ、ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ…… ん……はぁっ……ちゅぷっちゅぱっちゅむっ……」 俺の限界が目前まで来ている事を察して、灯が全てを受け入れるように、ラストスパートをかける。 「だめだ、先輩っ! もう出るっ!!」 「じゅるっ、んぅ……ちゅっ、んっ、んふぁっ!」 「くちゅっ、くちゅっ、ちゅるっ、ちゅっ、ちゅっ!!」 「んっ……ちゅうううぅぅぅぅぅぅっ」 両手での激しい前後のストロークと、俺の精液を搾り出すような吸引に導かれ、限界まで溜めた精液を、一気に爆発させる。 「んちゅっ、ちゅううぅっ……じゅるっ……じゅっ!」 「んぁっ……きゃあっ!?」 俺の激しい射精の量に驚いて、灯がその口を離す。 「んっ……すごっ……飛び散って……んふぁあっ!?」 しかしそれを逃がさないと言わんばかりに、扱き続ける手の動きに合わせて勢いよく精液が飛び出し、灯の顔を直撃する。 「んんんぅっ……あはっ……んぁっ……ま、まだ出て…… んんっ……はぁんっ……」 ドクドクと発射し続ける精液を、笑顔で受け入れる灯。 その口を精液が満たしていく様は、あまりにも淫猥でクラリと来るほどの光景だった。 「んっ……ちゅっ……天野くんの精液で、口の中…… いっぱいです」 「ほんと、すごい量です……顔にかかっただけじゃなくて ……口の中まで、んふぁ……いっぱいです……」 「はぁ、はぁ……だって、先輩が上手すぎたから……」 「ふふっ……嬉しいです……んくっ、んくっ……」 「せ、先輩っ!?」 恍惚の笑顔を覗かせた灯が、嬉しそうに口の中へと飛び込んだ精液を嚥下する。 「ん……くちゅ……ずっ……じゅるっ……ちゅぷ……」 指についた精液さえ、先輩は満足げにしゃぶってくれた。 「嬉しいこと言ってくれた、お礼です」 「ホントは飲んだりしないんですけど……特別ですよ?」 「先輩……」 小さな口から唾液と精液が入り混じった筋を垂らしながら妖艶に微笑む灯を見て、俺は再び下半身を反応させる。 「もう、信じられないです……これだけいっぱい出して まだ満足してないなんて……」 「先輩のそんな姿を見たら……誰だって反応しますよ」 「ふふっ……それじゃ、私の方も準備出来てますから…… 天野くんの好きなように、抱いて下さい」 そう言うと灯は、いつの間にかずらしていたパンツをぱさりと床へ落として、濡れそぼった秘所を俺の方へ向けてきた。 「行くよ、先輩……」 「はい。来て下さい、天野くん……」 「んああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」 ぐっしょりと濡れた柔肉を押し広げ、硬く張った俺のモノが、灯の膣内にズブズブと埋もれていく。 ゴンドラの窓に身体を押し付けた灯の背中が、快感で弓なりに反り返る。 「んぁっ……あ、天野くんの、すごい……んんっ! わ、私の中に、全部はいって……んっ!」 「んんっ! あっ、ん……ふぁっ! あん……んっ!」 「あっ……あ、んぁっ、ん、ふっ……あ、あまのくん ……いいです……もっと、つ、ついてえぇっ……」 切なげにねだる灯の膣内を、下からえぐるように突き立てる。 「んぁんっ! ん、はっ……あ、あぁぁっ……」 「やっ……は、はげし……んぁっ、あっ、うあっ」 「天野くん……あ……んぁっ! んあぁぁぁっ!」 俺が腰を突き出すたびに、夕日を受けて輝く汗や愛液が珠のように飛び散る。 その淫靡にして幻想的な光景が、俺の興奮をさらにかき立ててゆく。 「んっ……あくっ! うぅんっ、んっ、あ、あぁっ…… あああ……んぐっ、んっ、んぁっ」 「んふぁっ……や、あ……ひぅっ! だ、だめです…… ぬいちゃ……んんんっ!!」 うねるように膣壁をぬめらせつつ、灯が必死に俺のモノを離すまいと求めてくる。 「ん、くっ……わ、わがままなお姉ちゃんだなぁ……」 「だ、だって……ん、あんっ! あ、天野くんだって ……さ、さっき出したくせに……もう、こんな…… が、ガチガチに……んっ、ひぁんっ!」 「しょうがないだろ……先輩の中、ぐちゃぐちゃで…… さっきから、すげーエロいんだからっ!」 「い、いじわるなこと……んんっ! い、いわないで ください……あっ、んぁっ……あはっ!!」 すでに狭いゴンドラの中は、俺の出した精液と先輩から溢れる愛液……そして二人の汗の匂いでいっぱいだった。 息を吸うたびに肺を満たすそれは、まるで媚薬のように俺たちをさらなる快楽の世界へと誘う。 「あぁ……うぁんっ! あ、あまのくん……んっ…… い、いいです、これっ……んああぁっ!!」 「わたし、気持ち、よくてぇ……んぁあぁぁぁっ! どうにか、なっちゃい……そうですっ……!!」 じゅぷじゅぷと言ういやらしい音を立てる接合部をひたすら前後へストロークさせる。 「ぐっ……。先輩の膣内も、あったかくて……すげえ 気持ちいい……っ!!」 「んんっ! ほ、本当ですか……? うれし……んっ!」 「んあっ……はぁっ、ん、んぁっ……んぅ……んあぁっ! 好きぃ……天野くん……だいすき、です……っ!!」 「俺も、好きだ……先輩の顔も、声も、身体も、心も…… 全部、大好きだっ!!」 灯の想いに応えるように言葉をぶつけ、腰を掴んで張りのあるヒップに、下腹部を勢いよく叩きつけた。 「やあっ……こんなのっ……すごっ……んんっ!!」 「はぁんっ……気持ち、いいっ……んはぁっ!!」 「先輩……ここ、ガラス張りだから……外から丸見え…… なんだよなっ……」 「んああぁっ!? そ、そんな……それっ……あぁんっ! も、もっと早く……言って、くださっ……はぁん!!」 「天野くん、以外に……こんなところっ……んあぁっ!! 見られるの、嫌……なのにぃっ!!」 徐々に下へと降り始めるゴンドラに、誰かが気づいてしまうかもしれないと言うスリルで、俺はより興奮を覚えていた。 「そっか……それじゃあ、ここで止めるか?」 「えっ……?」 痺れるほどの快感を感じつつ、灯の膣を思いきり突き上げながら、心にも無い提案をしてみる。 「やあぁっ……そ、そんなの……も、もっと……」 「ん? なんだって?」 「も、もっとぉ……して、くださいっ……! んぅっ!! あ、天野くんの……欲しい、ですっ!!」 「でも、ほら……もう大分高度も下がってきたし、誰かに 見つかっちゃうかもしれないぜ?」 「んんぅっ……いじわる、言わないで……くださいっ! わ、私……もう、気持ちよくて……腰、止まらな…… いんです、からぁっ!!」 誰かに見られてしまうかもしれない禁忌が、灯の感情を昂らせているのか、秘所を締め付けながら自分から腰を振り始める。 「ん、や……あんっ……ひっ、あんっ! ん、ふぅ…… だ、だめ……んんんっ! ん……ふぁ、んんぅっ!」 「こんなの……わたし、どうにかなっちゃい、そうで…… くうううぅぅぅん……はぁんっ、んはあぁんっ!!」 「ふあぁっ……んっ! 天野くん、もっと、んぁっ…… お、奥まで……はあぁんっ!!」 「ああ! これで……どうだっ……!!」 「ふあぁぁっ! あ、天野くん……それぇ……っ! あぁ、はぁんっ! 気持ち、いいです……!!」 「先輩の方こそ……反則だっての……!!」 灯の子宮口が、まるでフェラ○オの続きをするかのように俺の亀頭に、キュウキュウと吸い付いてくるような動きに思わず腰砕けになる。 「いいですよ……はぁっ……出して、ください……っ! 天野くんの、熱いの……今度は私のお腹にください!」 俺から残り全ての精液を搾り取ろうとせんばかりに灯が腰を振って、俺に膣内射精をねだる。 「ダメだ、先輩……それじゃ、また俺だけ気持ちよく…… 俺だって、先輩のこと、最高に気持ち良くしたい!」 「んっ、あんっ、んあぁぁっ! あ、天野くん……」 灯の膣へと全てをぶちまけたい衝動に駆られつつも俺は自分の意志を示す。 「だから、先輩をイカせたいんだ……」 「俺、先輩と一緒にイキたい……」 「あまの、くん……」 高まる射精感を誤魔化すように、俺は下腹部に力を入れ暴発しないよう、慎重に腰を動かし始める。 「んっ……あぁっ……やっ、これ……んんぅっ!!」 今までとは違うゆったりとしたストロークに、灯が音色の違う甘い声を上げる。 「天野くん、きゅ、急に優しく……うんっ、んん…… はぁっ……ん、あぁっ……やああぁっ……」 ゆっくりと、しかし灯の膣全体を擦りつけるように深いストロークを、何度も繰り返す。 「あぁんっ……んっ、ふぅっ……んぁ……やぁっ…… あ、あまのくん……こんなの、わたし……」 「……気持ちよくない?」 俺の問いに、灯はふるふると首を横に振る。 「ぎゃ、逆です……お腹の奥が痺れて……あったかくて…… 私、とけちゃいそうです……んはあぁっ!!」 口の端から涎を流し、カクカクと膝を震わせて快感の波に耐えているようだった。 「俺も、こうしてると、先輩に包まれてる感じがして ……すごく気持ちいいんだ……」 「んんっ、あぁん……嬉しっ……んああぁっ……! はぁっ……んっ、んんぅ……も、もっとたくさん ……気持ちよく、なってください……はぁん!」 その言葉に応えるように、俺は角度をつけた大きなグラインドで、腰を前後へとピストンさせる。 「はぁっ、あっ、あ、ぅんっ! んっ、んっ、んんっ…… あぁんっ、んはぁっ……やぁ、あ、あまのく……」 「んっ、あぁぁぁん! んくっ、は、んああぁっ…… やぁ……んっ……はぁ、あっ、んああぁっ!!」 緩急をつけるように、様々な角度から深い突きと浅い突きを繰り返す。 膣壁をしつこくねぶるような不規則な刺激に合わせ灯が艶やかな声を上げる。 「はぁ、はぁ……くっ……先輩……」 「あ、あまのくん……ん、んぁっ!」 「い、いまは……あ、あかりって呼んでください……」 感極まった灯が、両目に涙を浮かべながらそんなお願いをしてくる。 「あかり……灯……灯っ!!」 「んぅぅ……か、かけるさん……翔さん……翔さんっ!」 狭いゴンドラの中で、すがるように名前を呼び合い俺たちは互いに高め合っていく。 「んんぅっ!! はあぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「はああぁっ……も、だめぇっ……気持ち、いいっ…… あはぁんっ! やああぁっ! すごっ……あぁん!」 胸が張り裂けるほどの愛おしさを抱え、俺はただ二人の快感のためだけに、獣のように腰を動かし続ける。 「んぁぁぁっ……んっ、ひぅんっ……す、すごい……」 「まだだ、灯……もっと深く……灯の一番奥まで…… 俺のモノにしたいんだっ!」 「はいっ……好きなように、抱いてください……んぁ! 私は……わたしは、翔さんになら、ぜんぶ……んっ! 捧げます、から……ふあぁぁぁっ……!」 互いの体液で出来た水溜りで灯が滑らないよう、俺はがっしりと彼女の細いウェストを抱える。 狂ったように腰を打ち付けるたび、スレンダーな灯の身体が激しく前後に揺れる。 「翔さん……翔さんっ……もっと、抱きしめてください ……私が、どこにも行かないように……っ!!」 「ああ!! 灯は俺がしっかり支えてるから……だから どこにも行かせない……!!」 灯の望むまま、俺は抱きしめるように彼女の身体を包み込み、ただがむしゃらに全てを求める。 「翔さんっ! あぁっ……すきっ……大好き、ですっ!」 「灯っ! 俺も……灯の事が、好きだ……愛してる!」 「ん……んぅっ! う、うれし……んぁぁぁぁぁっ!」 俺の言葉に応えるように、灯の膣内がビクビクと痙攣し絶頂が近いことを物語る。 「翔さんっ! わたし、もう……っ、んううぅっ!!」 「あ、灯、俺も……一緒にっ!!」 「んあぁ……翔さん……かける、さん……っ! 中っ…… 私の《膣内:なか》に、かけるさんの、全部くださいっ!!」 「ああっ! 行くぞ、灯っ!!」 「い、いく……イクッ! かける、さん……わたしっ! もお、イッちゃいますっ……んああぁぁぁっ!!」 「んぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 これ以上入らないというところまで腰を押し付けて灯の子宮に、大量の精液を注ぎ込む。 「んぅっ、はぁっ……あああぁ……」 「翔さんの精液が……子宮に注がれてるの……ふぁ…… お腹の中で、感じて……んんんっ!!」 いまだ絶頂の中にいるらしく、尿道に残った精液を吸い尽くそうとするかのように、灯の膣壁が、俺のモノを絞り上げるための痙攣を繰り返す。 「……あ、灯っ……」 「はぁっ……はぁっ……んんっ……あふぅ……」 ドクドクと、その欲望全てを吐き出した達成感でようやく正常な思考が戻って来る。 灯の方も少し落ち着いたのか、息を整えながら二人の結合部に手をやり、溢れる精液を指で確認していた。 「す、すごい。こんなに、出してくれたんですね……」 「ああ……灯の膣内、すごく気持ちよかったからな」 「ふふっ……これじゃ、妊娠してもおかしくないです。 もちろん、セキニン、取ってくれるんですよね?」 「いっ!?」 試すような口調で尋ねる灯の衝撃的な発言に、思わず動揺してしまう。 「そ、そんなの……当たり前だろ」 気恥ずかしくなり、そっぽを向いて答えた俺の言葉に灯は一瞬目を丸くし、微笑んだ。 「……ふふっ……よかったです……」 「それじゃあ、一生、大事にしてくださいね?」 そう言って目を瞑る灯に、そっと優しく口付けをする。 俺は、あの先輩が心から寄り添ってくれた事が嬉しくてただひたすらに、淡いキスを繰り返すのだった。 ………………… ………… …… ―――その後、俺達は行為の余韻を味わう間も無く大慌てで後始末を終え、逃げるようにして観覧車を後にした。 さすがに匂いまでは消すことができなかったのだが……これは後から乗った人達には心の中で謝るしかないだろう。 「…………ひぅっ!?」 突然、隣を歩いていた灯が、お尻を押さえて足を止める。 「どうしたんだ、先輩?」 「あ……天野くん、その……ちょっと先に行ってて もらえませんか?」 引きつった笑顔で、灯がそんな事を言う。 呼び方は、すでに普段と同じに戻っていた。 「どうしたの?」 「お、お手洗いです! いいから先に行っててください」 顔を真っ赤にして、灯が怒鳴り声を上げる。 「ト、トイレに行くのに、なんでそんな……って、あ!」 「お、大きい声を上げないでください!!」 半分泣きそうになりながら、灯が俺の言葉を遮り早歩きで立ち去ってしまう。 「そっか……そっちの後始末が残ってたか……」 「(いっぱい、中に出したもんなぁ……)」 小さくなっていく灯の可愛いらしい背中を眺めて、俺は思わず苦笑するのだった。 ……………… ………… …… 「はあぁぁぁぁ〜〜〜……気持ちよかったぁ……」 喉の奥から恍惚とした息を吐き、手にしたバスタオルで乱暴に髪の毛をかき回す。 「……言っとくけど、風呂に入っていただけだからな」 ……念のため、補足してみた。 「お先に風呂いただいたぞ」 冷蔵庫を開き、ペタリと尻をついて床に座っている花蓮の背中に声をかける。 「お前も、お湯が冷めないうちに入ってこいよ。 温め直すのも、もったいないしな」 ゴクゴクとコップに注いだ牛乳を飲み干し、一息。 「……っかぁ〜〜〜〜〜〜!」 口の周りに白い輪を作り、両目を矢印にして俺は奇声を上げた。 「ハハハ……誰がおっさんやっちゅーねん」 「…………」 「…………」 俺の一人ボケツッコミを華麗にスルーしつつ、花蓮は依然として、こちらに背を向けたまま動かない。 表情の読めない角度で俯いたまま、並んだ布団の前で黙々と何かを読みふけっているようだ。 「……なあ、つっこんでくれねーの? あんまり 無反応なのも寂しいんだけど……」 まるで俺の声など聞こえていないかのような花蓮に近づこうとした時だった。 「……ええ、そうでしょうともねぇ……」 「確かに、こっちのシュミは『おっさん』のよう ですわねぇ」 俺の歩みは、かつてないほどの冷たさと迫力を孕んだ花蓮の声に押し止められた。 「えっ? な、何だよ……?」 ―――ゆらり、と幽鬼のように立ち上がり、花蓮が静かにこちらを振り返る。 「…………ヒッ!?」 花蓮は思わずたじろくような《見下:みくだ》すような冷たい視線を俺に投げかけてきた。 「(……か、花蓮のくせに、なんか怖ぇ!)」 「た……確かに今の一連の行動はおっさん臭かったけど それはお前のツッコミを期待してだな……」 「……? 何の話ですの?」 「なんだよ、聞いてなかったのか?」 必死に弁解する俺の言葉に、花蓮は一瞬キョトンとした表情を見せる。 俺は肩の位置まで上げていた両手をひとまず下ろして花蓮の様子をうかがうことにした。 「そんなことは、どうでもいいですわ」 「それより、これは何なんですの!?」 「お前のほうこそ、何の話なんだよ……」 「とぼけないでくださいまし! これですわっ!!」 花蓮は床から本を拾い上げ、俺の眼前に突きつける。 ……真っ黒だった。 「えーと……近すぎて何も見えねーんだけど……」 「まだおとぼけになるつもりですの……!?」 「いや、だから近すぎて逆に見づらいんだって……」 言いながら、俺は少しずつ頭を引いていく。 「ん……?」 距離を取るにつれ、徐々に明らかになっていく色彩。 妙にテカテカとした光沢を放つ質感。 そしてページの大半を肌色が占める、それは――― 「……!? あ、ああっ……!!」 「……ようやく自分の犯した罪に気づきましたのね」 「テ、テメエ……何でこれを……」 震える指先で、ツルツルとした表面をなぞる。 花蓮が俺に突きつけたもの…… それは、学園で麻衣子に渡された『餞別』代わりのエロ本だった。 「当然ですわ! どこの世界に、女性の布団の中に こんな本を隠す人がいますの!?」 「チィッ! あえて敵の近くに隠すことにより 盲点をつこうと思ったのに!!」 「普通、めくった時に気づきますわ!!」 顔を真っ赤にして怒る花蓮。 視線をエロ本に戻し、ジト目で俺の顔と見比べる。 「ふぅん……翔さんって、こういう女性が好み なんですのね……」 「ぐおぉぉぉ……目の前で読まないでくれ…… は、恥ずかしすぎる……」 俺に見せつけるように、花蓮が俺の目の前でぷらぷらと本を揺らす。 そこにはスーツ姿の女性に、ソックスを履いた両足で男の股間をいじっている姿――― いわゆる『足コキ』をしている写真が、見開きで掲載されていた。 「……もういいだろ、返せよ」 「ちょっと声に出して読んでくださいませんこと?」 「ふ、ふざけんな! 誰がそんな情けないマネ―――」 「読んでくださいませんこと?」 「『キレイでイヤラシイお姉さん! そんな目をして  シゴかれたら、ボクはもう……!』」 「…………」 「…………」 「……………………」 「キャァァーーーーーッ! イヤァァァーーーーーッ! そんな目で見んといてえぇぇぇーーーーーっ!!」 煽り文を読んだ俺を蔑むように見つめる花蓮の視線に俺は手で顔を覆って、もんどりうつ。 「ゼェ、ゼェ、ゼェ……こ、これはいかん…… 風呂上りなのに、変な汗がこんなに!!」 「まったく……翔さんがこんな願望を持っていた なんて……」 「ち、違うぞ花蓮!?」 「いつも鳥っちさんをいじめてるから、てっきり ドSな殿方だと思ってましたけど……」 「お、俺はこんなジャンルも問題なくいただけるという だけで、別にこう言った趣味があるわけじゃ……」 「翔さんって、実はMだったんですのね」 「…………!!」 翔さんって、実はMだったんですのね――― 実はMだったんですのね――― Mだったんですのね――― ―――パキッ 俺は産まれて初めて、それまで築き上げてきた自分の威厳が崩壊する音を聞いた。 「う……うおおぉおぉぉぉぉぉぉ……」 「な、何もそんなに泣かなくてもよろしいんじゃ ありませんこと?」 崩れ落ちた俺を哀れむような花蓮の声が聞こえる。 「うるせー……お前にゃわかんねーだろうよぉ……」 「た、確かに殿方がそう言った……その、しょ、処理を 定期的にしなくてはいけないことは知っていますわ」 「けど、だからって、本を取り上げたくらいでそこまで 落ち込まなくったって……」 「そっちじゃねえよぅ……」 「そ……それにしたって、同棲している女性がいるのに 本なんかで済ませようなんて非生産的ですわ!」 「……あー?」 「溜まっているなら溜まっているって言って頂ければ その……わ、私だって……」 俺がいじけていると、花蓮がモジモジと胸の前で自分の指をいじり始めた。 「襲いかかってきたりするなら判り易いんですけれど あまりにもいつも通りにしているんですもの……」 「て、てっきり私、あなたはそう言うことは平気な 殿方だとばかり思っていましたわ!」 照れながらも一気にまくし立てる花蓮。 ……ダメだ、今後はこいつがぶっ壊れた。 「殿方がそういうものを長く我慢できないものだと 言う話は、本当だったんですのね……」 「今まで私、そこまで気が回りませんでしたわ…… 姫野王寺花蓮、一生の不覚ですわ」 「……よくわからんけど、そんなに気を回したいなら とりあえずその本返してくれよ」 「ダメですわ」 「なんでだよっ!」 ケロリと表情を戻し、花蓮は冷静な顔ではねつける。 「じゃあそのまま持っててくれ。網膜に焼き付けて 後で脳内再生するから」 「ダメですわ」 「携帯のカメラ機能で撮るから」 「ダメですわ」 「……模写するから」 「それもダメですわ」 「があああああああぁっ! どうしろっつーんだよ! それじゃあお前がしてくれんのかよ!!」 「ええ、かまいませんわ」 「だったら大人しくその本を返しえぇぇえええッ!?」 本日一番の絶叫に、花蓮が俺から顔を遠ざける。 「今日はよく叫ぶ日ですのね……」 「いや……あまりにも平然と言うから、普通に流す ところだった……っていうか、むしろひくわ」 「そりゃあ、ひきますわよ」 「いや、ひくのは俺のほうなんだけど……」 「お前ってたまに信じられないこと言うよな」 ……いや、たまにでもないんだけど、今回のは別格だ。 「何かおっしゃいまして?」 「いやぁ……お前も言うようになったな、って」 「そ、それは……私だって女の子ですのよ……?」 「その……そう言う行為に興味くらいありますわ」 「…………」 まるで自分が風呂上りかのように、頬を赤く染めてうつむく花蓮。 「しかも、好きな殿方とずっと一緒に暮らしていれば ……私だって、そんな気持ちにもなりますわ」 それは普段の無意味に勝気な姿からはとても想像できるようなものではなく…… 「な、なんですの? ボケッとして……」 「かっ……可愛いだなんて思ってないんだからね!!」 「な、なんで怒ってるんですの……」 いかん、今度は俺が赤くなる番のようだ…… 「ほ、本気なのかよ……?」 「い、嫌なら忘れていただいて構いませんわ」 「バ、バカ……お前、そんな……」 「嫌とか、そういうんじゃ、ねーよ……」 顔が熱くなり、思考がおろそかになる。 さっきまであんなに言い合っていたのに、今は彼女が愛しくてたまらない。 気がつけば俺は、こんなにも花蓮を女の子として意識していたのか、と自分でも少し驚いてしまう。 「翔さん……」 「花蓮……いいんだな?」 花蓮がコクリと、うなずく。 その姿を見てフラフラと、まるで花に誘われる蝶のように、花蓮へと近づく。 「花蓮……」 そして、その小さな肩を包み込むように抱きしめ――― ……ようとした時だった。 「…………ナゴヤッ!?」 メリッ……という殺人的な音が、俺の身体に響いたような気がした。 花蓮を抱きしめようと一歩踏み出した俺の下半身…… ありていに言えば俺の股ぐらに、花蓮の細い足がカウンター気味にヒットしていたのだ。 「あ……あら? だ、大丈夫ですの!?」 「〜〜〜っ! 〜〜〜〜〜〜ッッッ!?」 ブンブンと首を横に振り、否定の意思表示をする。 思わずその場にうずくまった俺の腹の底から、内臓がせり上がってくるような感覚が襲ってくる。 痛みのあまり、吐き気をもよおすほどだ。 「あ……あ……」 「な……なにすんだよ、このバカ!!」 引きつる筋肉を動員し、ようやく抗議の声を上げる。 ……ていうか声も出ないほどの痛みって、ものすごく危険だったんじゃないのか? 「ち、力加減を間違えましたわ!」 「ち……力加減だぁ……?」 花蓮が何を言っているのかわからず、俺は思考を巡らせる…… 「……! ちょ、お前まさか……!」 ……思い当たるフシは、すぐに見つかった。 「その本に書いてあるような行為を、翔さんはお望み なんですわよね?」 「違うっつってんだろがぁぁぁぁあぁあああああ!!」 「あら、別に恥ずかしがらなくてもいいですわ」 「翔さんにこんな趣味があるなんて事は、私の胸の中に しまっておきますから……安心してくださいませ」 「テメ……何、上から目線で言って……や、やめろ! ズボンを下ろすなぁぁあああああああ!!」 動けないのをいいことに、戻ってきた花蓮は俺のズボンをスルスルと器用に下ろしていく。 同じように腰までパンツを下ろされ、俺の性器は花蓮の眼下に晒されることになった。 「……! こ、これが殿方の……」 「こ、こんな大きいなんて……え、えぇっと……」 動揺しながらも興味を隠せない様子で、花蓮が俺のモノをまじまじと見下ろす。 たしかに、ローアングルからタイツに包まれた花蓮の脚を見つめていたため、俺の性器にはわずかに血液が集まっていた。 「そりゃ、オメーが蹴ったからだ」 素直に認めるのも悔しかったので、悪態をついておく。 「そ、そうですの……?」 「そ、それでしたら、責任を取って差し上げないと いけませんわね……」 「はぁっ!?」 そう言ってしゃがみこむと、花蓮は《躊躇:ためら》うことなく上着を脱ぎ、俺の性器に足を這わせた。 「待てよ、お前本気で……うぐっ」 スベスベしたタイツの感触が敏感な部分から伝わり俺は思わずうめき声を上げてしまう。 「今の声……ふふっ、気持ちよかったんですの?」 「……バカ。いきなりだから、少し驚いただけだっての」 「そ、そうですの……だったら、今度はゆっくり……」 ギュッギュッと、花蓮がサオを踏む足に力を込める。 しかし男性器の構造などまるでわかってないのだろう。体重を乗せた《踵:かかと》で、容赦なく俺の性器を踏み潰す。 「イテッ! あだだだだだだだだ!!」 「い、痛いんですの?」 俺の声に反応して、慌てて花蓮がそこから足を離す。 「そこは大事な部分なんだから……どうせやるなら もっと優しく扱えってんだよ」 「い、意外と可愛いこと言いますのね……」 おずおずといった感じで、花蓮は再び俺の性器に足を伸ばす。 そこは(情けないのだが)花蓮に刺激されたことにより先ほどよりも輪をかけて硬度を増していた。 「さ、さっきより、ずっと大きくなってますわ…… それに、すごく熱い……」 タイツ越しにもその熱が伝わったのだろう。 花蓮はうっとりとした表情で、ため息をついていた。 「はぁっ……んっ……」 気分を盛り上げるためか、俺のサオをいじりながら、自らの胸をいじり始める花蓮。 不覚にも、その姿に俺のイチモツが反応してしまう。 「あ、またビクッって……か、感じているんですの?」 「……お前、本当は自分が興味津々なだけだろ」 「そ、そんなことありませんわっ!」 怒った表情を浮かべながら、脚に体重を乗せる花蓮。 しかし今度は土踏まずに俺のサオをうまくフィットさせていて、先ほどのような痛みはない。 むしろ、これは…… 「うぅっ……バカ、お前…………」 「い、痛いんですの?」 「い、いや、そりゃ少しは痛いけど……でも……」 「じゃ、じゃあ……」 「…………」 「気持ち、いいん……ですのね?」 「…………」 素直に首を縦に振るつもりは、なかった。 しかし、その無言の間では肯定の意思は隠し切れなかったようで、たちまち花蓮の表情に笑みが浮かぶ。 「ふ、ふふ……ふふふふっ……」 「…………?」 「女の子に踏まれて気持ちよくなるなんて……翔さん やっぱりMだったんですのね!?」 「お前は本当にバカか!!」 「今さら隠さなくてもよろしいんですわよ?」 「例えどんな性癖を持っていようと、翔さんは翔さんで あることに違いありませんわ」 「私、その程度のことであなたを軽蔑するほど狭量な 女性じゃありませんことよ?」 「だぁ〜かぁ〜らぁぁぁ〜〜〜〜〜……」 完全に俺より優位に立ったと判断したのだろう。花蓮は、尊大ともいえる態度で俺を責め続ける。 「ほらほら、口ではそんなことを仰っていても、身体の ほうは正直ですわよ?」 「お前はいつからそんなわかりやすいSキャラに…… ぐぅぉぉぉぉぉ……」 何か変なスイッチが入ったしまったのか、それとも単にやってるうちに、だんだん楽しくなってきたのか…… 俺が口を開こうとするたびに、変にノリノリな花蓮が絶妙な力加減で執拗にアソコを責めてくる。 「S……なんかじゃ、ありませんでしてよ……?」 「もしSなら、自分の胸元なんて晒しませんわ」 そう言って少し恥ずかしそうに、花蓮が俺を覗き込む。 その視線にドキリとして、思わずごくりと生唾を飲んでしまう。 「翔さんに気持ちよくなってもらいたい一心で 自分の胸をさらけ出す健気な乙女がSのはず ありませんでしょう?」 「…………」 「はぁ……んっ……ふっ、んぁ……」 「ふ、ふふっ……だんだんコツがつかめてきましたわ」 足でシゴくというより、上へ下へと力をかける場所を変えることで、花蓮は俺の性器全体を刺激する。 ソックス越しに、柔らかい足の裏の感触が伝わってきて背筋がゾクゾクするような快感が身体を支配する。 「(や、やべえ……こんな屈辱的なコトされてるのに  なんで、こんなに……)」 もしかしたら、花蓮が言うように俺はMなのか……? 自己嫌悪に陥りそうな自問にブンブンと首を横に振り必死にそれを否定する。 「いつまで意地を張ってるんですの? 気持ちいいなら 気持ちいいと、認めてしまえば楽になりますのに」 「バッ、バカ……んなワケねーだろうが……」 もはや折れていないのは、口だけだった。 性器から伝わる痛気持ちよさに、俺はすでに抗う術を失っていた。 「それじゃ、こんなのはいかがですの……?」 動きを止めた花蓮が、何かを探るようにモゾモゾと足の指を動かし始めた。 素足の時に比べて感覚も鈍っているであろう。 しかしその指は正確に亀頭の裏側……カリ首の部分を捉える。 「あ……またびくん、って震えてますわ……」 「ふふっ、期待してますの? 期待しちゃってるん ですの?」 完全に女王様モードに突入した花蓮が尋ねてくる。 「あ、ああ? か、かもな……」 知らず知らずのうちに半開きになっていた口元を引き締め俺は答える。 「まあ、思ってたよりは……いいんじゃねーかな……」 「ふふ……やっぱり本なんか見てるより、私とこうしていた ほうが、よっぽど生産的ですわ」 そう言って花蓮は、満足げに頷く。 俺がエロ本を隠し持っていたことは、そこまでこいつのプライドを傷つけたのだろうか。 「んっ……はぁ……ふふっ……」 「…………あぐっ……!!」 「ここが良いんですわね……?」 苦しげにうめき声を上げる俺を花蓮が心配することはもうなかった。 俺の声の正体が、快感からくるものだということに彼女はすでに気づいているのだろう。 「(なんでこんな……こいつ、大して上手いわけじゃ  ねーのに……)」 乏しい知識に、雑誌の見よう見まねの性技…… しかし俺を見下ろし、それを行っているのは、他ならぬあの花蓮なのだ。 そんな非日常的な光景に、俺の正常な思考能力はすっかり狂わされていた。 「うんっ……ふぁ……んっ……」 「……あ、あら? な、なんですの?」 「…………?」 不意に、花蓮が素っ頓狂な声を上げる。 「何か、ぬるぬるしたものが出てきましたわ」 亀頭から花蓮が指を離すと、にちゃりとした粘着性の液体が糸を引く。 見ると、花蓮のタイツは俺の先走りの汁で濡れ、その色を変えていた。 「……これが『しゃせい』ですの?」 「(ちげーっての……)」 興味があると言っていた割には、その知識の無さは相当のものだった。 「で、でも、全然小さくなりませんのね……」 「(当たり前だろ……)」 「……こうなったら、乗りかかった船ですわ……」 「翔さんが満足するまで、何度でもしてあげますわ!」 「バカ……か、花蓮……ぐあっ!」 瞳に闘志をたぎらせた花蓮が、足の動きを再開する。 「なんだか、このヌルヌルのおかげで滑りが良くなって きましたわね……」 不思議そうな表情の中に、花蓮はどこか楽しげな色を浮かべていた。 「んっ……はぁっ……ん、うぅんっ……こう言うのは…… どう、ですの……?」 「……ぐっ!!」 必死に快感に耐える俺を屈服させたかったのか、花蓮が両足を使って、より積極的な動きで俺のサオを扱き出す。 「んんっ……んっ……ふふっ……どう、ですのっ? 翔さんの……すっごく、ガチガチですわ……」 「やっぱり、気持ち良いん……ですのね?」 「……っ……」 「ふふっ……強情、ですわね……」 「『しゃせい』しておいて、まだ認めないなんて…… 筋金入りの頑固者……ですわっ」 「だから……ちげーっての……」 口では必死に否定するものの、激しくなった足の動きに射精感が高まっているのもまた、事実だった。 「無理しないで、降参しないと……ずっとこうして 翔さんのココ、いじめちゃいますわよ?」 「ほら、またじゅくじゅくって……いやらしい音を立てて 『しゃせい』してますわ……」 「……して、ねーって……」 「……ほんとに、強情……ですのねっ……いいですわ。 それなら、私にだって……考えが、ありましてよっ」 いつまでも『気持ち良い』と口にしない俺に業を煮やした花蓮が、何かを思いついたような笑みを浮かべる。 とは言え、所詮は花蓮の浅知恵だ。何をするつもりかは知らないが、その程度で俺が折れるはずは――― 「翔さん……どうですの? 私の足……気持ち…… 良いですの?」 「私……翔さんに気持ち良いって言ってもらえるように ……一生懸命、ご奉仕させて頂きますわ」 「なっ……」 「私のココ、見てくださいまし……翔さんのことを…… 想っていただけで……こんなになってしまっているん ですのよ?」 急に甘い声を出しながら、花蓮はこれ見よがしに自分の秘所へと視線を誘導させて来る。 そこは確かに、ここからでも分かるほどに濡れていた。 「本当は、恥ずかしくて死にそうなんですのよ……? でも……翔さんが、望むなら……」 「……っ」 意地になっているのか、普段では絶対に聞けないような甘ったるい声で俺を誘う花蓮に、思わずクラリと来る。 「私……ずっと、翔さんになら、捧げても良いって…… 思ってましたのよ?」 「なのに……酷いですわ。私の気持ちに、気づいてて…… 応えて、くれないん……ですのっ?」 「か、花蓮……」 必死に足コキを続けながらの告白に、俺の下らないプライドも、すでに崩壊寸前だった。 「翔さんが望むなら、私……なんだってしますわ。 だから、こうして……んっ……頑張ってますの」 「なのに、翔さんが『気持ち良い』って言ってくれない なんて……寂しい、ですわっ……」 「……いい」 「え? なんですの?」 「気持ち、いいよ……」 「気持ち……なんですの?」 「お前に足でされて、気持ち良いって言ってんだよ!」 「ふふっ……やっと、その言葉が聞けましたわ」 その満足そうな笑顔を見て、花蓮に主導権を握られてしまった事に気づき、急に悔しさが沸き立ってくる。 「けど、まだまだ下手くそなんだから、俺をイカせ たかったら、もっと気合入れないと無理だぞ?」 「こんなにたくさん『しゃせい』して、説得力の無い 負け惜しみですわね……」 「俺はまだ、射精してないって言ってるだろ!」 「そんな嘘に騙されるほど、子供じゃありませんわ!」 「ふふっ……だって、翔さんのがタイツの中に染み込んで 来ていますわ」 「私の足を穢して、それでもまだぐちゅぐちゅになって こんなに逞しく自己主張しておりますのよ?」 上気した『女』の顔で、男を悦ばせている自信満々な満足そうな笑顔に、不覚にも背筋が震える。 「んっ……ふふっ……これが、前戯と言うものですのね…… 興奮、しますわね……んんっ……」 何も知らない女の子である花蓮が、初めて見る『男』を感じて、悦に入り自らを慰める…… その姿は、知識の無さから来る無垢な少女性と、妖艶な女性的な一面を併せ持った、独特の色香を放っていた。 「うぅんっ……あ、はぁっ……私も……気持ち良く…… なって、来ましたわ……っ!」 「それに、ますます気持ちよさそうにしてくれて…… 嬉しいですわ……はぁっ……んぅっ!」 タイツはすでに、俺の濡れた性器を弄り回していたせいで足の裏部分全体にカウパーがにじんでいた。 最初のスベスベ感はすでになくなっているが、それと引き換えに得たヌチャヌチャとした感覚が俺の性器を舐めるように蹂躙する。 「はぁ……んっ……ふふっ……すごい顔ですわね」 「…………」 もはや、何も言い返すことが出来ない。 何も知らぬまま行為に耽る花蓮の妖艶さにあてられ同時に、その無垢な少女を穢したい想いが募る。 「ほら……我慢なんかしないで、もっともっと出して いいんですのよ?」 「翔さんが、望むだけ……何度でも、付き合って…… 差し上げますわ……ふふっ……」 熱に浮かれたように息を弾ませながら、花蓮は小刻みに足を動かす。 その断続的な振動が、ダイレクトに俺の性器に伝わる。 「んっ……な、何ですの……? すごい……翔さんの まだ大きく、なってますわ……」 「気持ち、良いんですのね? ふふっ……嬉しいですわ。 もっと私の足で感じて……たくさん『しゃせい』して 下さいましっ」 これから起こるであろう、本物の『射精』を知らぬままさらに足の動きを早める花蓮。 「すごい……このまま、爆発してしまいそうなくらい…… 脈打ってるのが、分かりますわ……っ!!」 「花蓮っ……もうダメだ、出るっ!!」 「え? 出るって……何がですの? さっきからもう とっくに出ているじゃありませんの……」 「それは、違うって……言ってるだろうが!」 「違うって……いったい、何のことですの?」 「だから……俺が、本物の『射精』を教えてやるって…… 言ってるんだよっ!!」 「……えっ? ほ、本物のって……それじゃあ今までのは まだ、『しゃせい』じゃなかったんですの!?」 「行くぞ、花蓮っ!!」 戸惑いながらも必死に足を動かす花蓮に、限界まで溜めた想いをぶちまけるように、俺は全ての欲望がペ○スの先端まで湧き上がってくるのを感じる。 「ちょ、ちょっと待って下さいましっ! いきなりそんな こと言われても、まだ心の準備が―――」 「きゃぁあぁああああぁぁぁっ!?」 栓が抜けたかのように、下腹部で渦を巻いていた快感が解き放たれた。 シャンプーのポンプのように、俺の性器が断続的な脈動を繰り返し、爆発するかのように飛び散る。 「なっ……え、えっ……えぇぇえぇえぇぇえええっ!?」 開放された精液が、見る見るうちに花蓮の脚と身体を真っ白に穢していく。 「んなっ、なななっ、なんですの!? これはっ!!?」 その突然襲い掛かってきた『本物』の精液に、花蓮は本気でうろたえていた。 「どぴゅ、どぴゅ、って……な、何なんですのっ!? すごい勢いで、こんな……」 「はぁっ、はぁっ……これが、本物の……射精だ」 「こ、これが……本物の『しゃせい』……なんですの?」 「……ああ」 ……十数秒ほど快感の波間を漂っていただろうか。俺は荒い息を整え、心を落ち着かせてから答える。 「え……? だ、だって、これを……女性のココに、注ぐん ですのよ!?」 「こ、こんなドロドロで、すごい量のモノなんて…… 絶対、入りきらないですわっ!!」 「そんなの、やってみなくちゃわかんねーだろ? って言うか、溢れても問題ねーし」 「溢れてもって……お腹いっぱいになっちゃいそう ですわ……」 「で? じゃあ俺に、最後までヤらせないってのか?」 「さささささ、最後……ですのっ!?」 「そ、それってつまり……せ、性交ですの?」 「ああ。セックスだよ。変態とかののしりながらも ちゃっかり濡らしてるお前のソコに、俺のモノを ぶち込むって意味だ」 「そ、そんな事わざわざ説明されなくても解ってますわ」 「とにかく、あれだけ挑発しておいて捧げると言って おきながら、お預けしようってのか?」 「わ、私だって気持ちの上では初めてを捧げるつもり でしたわ……でも、その……色々と予想以上で……」 「ええいっ、いいからヤらせろっ!!」 「きゃあっ!?」 もじもじと煮え切らない花蓮に耐え切れず、強引に押し倒しながら、タイツと勝負下着を脱がして行く。 「い、いきなり何するんですの!?」 当然のように抗議の声を上げる花蓮の眼前に、キスでもせんとばかりに顔を近づける。 「お前の意志を尊重してたら、百年経ってもこれ以上 進展しそうにないから、強引にヤる事にしただけだ」 「えぇっ!? こ、こんな時に限って男らしいところを 見せつけられても困りますわっ!!」 口では否定しながらも、間近で見つめる俺の視線にあてられ花蓮の頬がポーッと染まっていく。 「本気で嫌なら、抵抗してくれ。俺の自制心じゃもう 止められねーからな」 「そ、そんな事いわれましても、困りますわっ…… きゃあっ!?」 さきほどまで女王様モードだった花蓮が、急にへたれてしまい、先ほどのお返しと言わんばかりに、俺は花蓮へ自らの欲望を叩きつけた。 「そんなっ、ご、強引に……あぁんっ!」 抑えきれない愛しさを籠めて、半ば強引に花蓮の処女を奪い去る。 「……っ、はぁっ……んんっ……」 亀頭の先端に感じた抵抗を突き抜け、初めて『男』を受け入れる膣内へとペニスを埋める。 「―――っっっ……!!」 「……ぐっ……」 幾度も想像を巡らせたそこへと到達し、完全に挿入した性器を包み込む快感に、大きな感動を覚える。 「翔、さぁん……んああっ!!」 膣内の動きから、花蓮の呼吸が伝わってくるようで俺は深いつながりを感じていた。 「ひっ……うぁっ、あんっ……ほ、本当に入って……」 花蓮が二人の結合部に目を移し、信じられないものを見ているかのような顔をする。 「嫌がってた割には、すんなり入ったじゃないか」 「こ、このバカぁ〜〜〜…………」 目尻からポロポロと涙を流し、抗議の声を上げる花蓮。 「誰がバカだ、こんなに濡らしやがって」 「人のモノ足で扱きながら、本当は期待してたんじゃ ないのか?」 「そ、そんなこと……ありませんわっ!」 「そもそも、勝負下着なんか着て……やる気マンマン だったじゃねーかよ」 「だ、だってそれは翔さんが……んあぁっ!?」 まだ素直にならない花蓮を、最奥へ挿入したまま動かして黙らせる。 俺のモノを咥えた膣内の襞へと刺激を与えたそれは大きな効果が見て取れた。 「……動くぞ、花蓮」 俺は早く腰を動かしたい一心で、最後の警告を告げる。 「はぁっ……んんっ……来て、くださいましっ!!」 挿入された事で覚悟を決めたのか、やっとの事で花蓮からGOサインが出される。 「ふああぁ……んんっ、んぅ……あぁっ……あんっ……」 「うっ、んんんっ……ぅ、あぁっ……うんっ……」 「く、ううっ……あ、あっ、く……ふぅっ……」 普段から痛い事に慣れている花蓮の表情には、処女喪失から来る苦痛は、大きいものでは無いように思えた。 「大丈夫か、花蓮っ!?」 「い、痛いですわ……」 「でも、初めてですから……それは仕方が無いですわ」 人によって個人差はあると聞くが、その声を聞く限り話に聞いていたほどの激痛では無いようだった。 「わ、私の事は気にしなくて良いですわ。ですから 翔さんの好きなように、抱いて下さいまし……」 「私、黙って……翔さんの想いを、受け止めますわ」 潤んだ瞳で、健気に俺へ尽くしてくれる花蓮の想いにさらにペニスが怒張する。 「ああ、わかった!」 「んああぁっ!! あんっ、んんっ……んはあぁっ!!」 「ぐっ……」 女性的な柔らかさがあまり感じられない分、無駄のない肉付きの足を抱きながら、ひたすら挿入を繰り返す。 「だめ、ですわ……まだっ、そんな、強く動いたら…… あっ、やぁっ……んんぅ……」 不躾な侵入者を捕まえるかのように、花蓮の膣内がぐいぐいと俺の性器を締め付けてくる。 「あっ、ああっ! うっ……いっ、うぅんっ……」 「はふっ……ぅ、はぁっ! あっ、ん、んんぁっ!! か、翔さん……もっと、優しく……うぁぁっ!」 浅い突きを数回繰り返し、時折せまい膣内を押し広げるような深い突きを加えていく。 不定のリズムで刻まれるその動きに、花蓮は完全に翻弄されていた。 「ん……やぁっ……ん、うぁ……うっ、あはぁ……」 「んぁ……か、かけ……んっ、あ……あ、うぅんっ!」 大した抵抗も見せずに、むしろ俺を受け入れるようにされるがままになっている花蓮。 「花蓮……気持ち、いいかっ……?」 無粋と解っていながらも、恥ずかしそうに声を上げる花蓮をいじめたい気持ちが勝って、思わず問いかける。 「ふぁ、んんっ……わっ、わかりませんわ……」 「わっ、私、こんなの……は、初めてですもの…… んぅ、んっ……はぁあぁっ!」 戸惑いながらも、恥ずかしそうにしながら俺の野暮な質問に答える花蓮。 律儀と言うか健気と言うか……普段覗くことのできないそんなピュアな一面を見せる、乙女のような花蓮の姿に俺の感情はより一層、《昂:たかぶ》って来る。 「……なんか、さっきまでのお前の気持ちがわかった ような気がするな……」 大好きな相手が、大人しくその想いに応えてくれる姿は言いようもない充実感と、至福を得られるものだった。 「は、あっ……ふぁっ……なん……ですの?」 「……なんでもねーよ」 少し照れるような気持ちをごまかすため、花蓮の膣壁にペニスをこすりつけるようにして、腰の動きを早める。 「ふゃぁっ!? そ、そんな急に……ふぁ、うんっ…… あっ、や……あんっ、あぁぁあっ……」 「んうぅ……んっ……あぁぁ……あ、あっ……んあぁ…… な、なんですのぉ、これっ……ふあぁっ……」 挿入を繰り返していると、花蓮の声に少しずつ甘い響きが混じってきた。 「(……だいぶ、ほぐれてきたか……?)」 ジュクジュクといやらしい音が聞こえてくる結合部の水音がわずかに強まっている事に気づく。 「花蓮……」 「ふぁっ、あ……うっ、あ……んぁっ、あ……えっ?」 「……少し、我慢してくれよ」 「翔さん、な、何を……ふぁぁあぁあああああっ!?」 それまで直線的に突いているだけだった動きに大きな回転を加え、花蓮の膣内をえぐるようにかき回す。 「だめっ……うぁっ……あ、ふっ……うんっ、あっ!」 「そ、それぇ……こ……こすれて……あぁんっ!」 「痛くないか?」 「へ……平気ですわっ……それより、お腹の辺りが…… あ、熱くて……」 「あぁっ……ふぅんっ! は、はじめて、ですのに…… こんなの、激しすぎますわっ……んんっ!」 「さ、さっきから……ああっ! んうぅ……やんっ!」 「すっ……少しは私にも……んっ、んんっ……しゃ…… 喋らせてっ、欲しいですわ……んああぁぁぁっ!」 「……悪いな。今は俺の好きにさせてくれ」 「……んぅっ……はぁっ……あぅ、うっ、ふぅんっ…… も、もうっ……好きに、してくださいまし……」 「その代わり……私の身体で、最高に気持ち良くなって…… 満足してくれないと、嫌ですわ……んあぁっ!」 観念したかのように降伏しながら、言われるまでもない条件を出され、それに応えるようにストロークの速度を上げる。 「ひゃ……あぁっ……あんっ……くぅっ、んん……」 「はぁんっ……はぁっ……んぅっ……あっ、んぁっ…… んんっ……んっ、ふぁ、あぁ……あぁんっ……」 夢中で腰を打ちつける俺の下で、ただ黙って俺のペニスを受け入れ、切なげに喘ぐ花蓮。 その仕草は、見知らぬ路地に迷い込んで、どうしたらいいのかわからずに戸惑う少女そのものだった。 「っはぁ……あぁ、うぅん……んぅっ、ふああぁっ……」 「花蓮、お前も動いてみろよ」 「あぁっ……う、動いてって……あんっ! ……はぁ…… ど、どうすればいいのか、わからないですわっ」 「こう……俺の動きに合わせるみたいに―――」 「んっ……ふあぁっ……こ、こうですの……?」 俺の言葉に従って、花蓮が不器用に腰を動かす。 「ん……んんっ……ふぅ……あ、はぁっ……はあぁ……」 「んっ……く……はぁっ……ん……うんっ……んあぁっ」 「か、翔さん……私……ど、どうしたらいいのか……」 涙声で弱音を吐き、花蓮が上目遣いで俺を見つめる。 コイツにこんなしおらしい顔をされてしまっては、俺も優しく花蓮が気持ちよくなれるよう協力してやりたくもなると言うものだ。 「俺も手伝ってやるから……お前も、素直に感じた場所を 教えてくれ」 「翔さん……? なにを……んあっ……ひゃあぁっ!?」 花蓮の言葉に答えずに、下からすくい上げるようにゆっくりと腰を動かし、膣内で縦に円を描く。 「あぁっ、はぁんんぅ、うあぁっ……んやぁあっ!?」 「お、お待ちにっ……な、あぁんっ!! こ、こんな…… ふぁっ……あっ、あんっ、はぁっ……やあぁっ!」 唐突に変化したピストンの動きに戸惑いの声を上げる花蓮を無視して、ひたすらに角度をつけて膣へ挿入を繰り返す。 「はあぁんっ、やっ、そ、そんな……んああぁっ!? や、やめてくださいましぃ〜……んんぅっ……」 俺は花蓮の感じるポイントを探すため、上下だけでなく前後左右に、見境なく腰を突き動かす。 「ひゃあぁっ……! くぅっ、うぅぅうんっ!!」 「はぁ……はっ、あぅぅぅぅっ……うぁ、あぁっ……!」 動きが激しさを増すにつれ、花蓮の膣内もどんどん熱くなっていくのがわかる。 「ぐっ……」 際限なく熱を帯び蠢きまわる秘所の締め付けに、早くも射精感がこみ上がって来てしまう。 このままでは、花蓮が気持ちよくなる前に俺のほうが先に果ててしまいそうだ。 「あっ……うっ、んんん……あっ……んああぁっ!!」 「……はぁっ、はぁっ……ぐぅっ……!」 焦りを感じて、ピストンを止めようとした時だった。 「あぁ……んっ……はぁっ……んああああぁぁぁっ!?」 「……っ!?」 固定していた花蓮の脚が汗で滑り、花蓮の右側面をえぐるような角度で最奥へと挿入すると、膣壁からの締め付けが強まり、激しい反応を見せた。 「(……ここか……っ!)」 艶の混じった声をもう一度聞きたくて、俺は同じ角度のまま、亀頭で花蓮の天井を擦るように腰を前後させる。 「はぁ……はぁ……やっ……んああぁぁあぁっ……! か、翔さん……なんですの、これぇ……?」 「なんだか、今までと違って……お腹の奥が、しびれて いるみたいですわ……んんっ!」 「たぶん、それが『感じてる』ってことだろ」 「かんじるって……ああっ、うぅん……あああぁっ!!」 「はあああぁんっ! あぁっ……んんっ……はぁっ! んあぁっ……んんぅ……ああっ、あんっ!!」 一瞬だけとろんとした表情になった花蓮だが、それは彼女自らの嬌声によってかき消された。 「素敵な言葉ですわ……か、感じるって……あんっ!」 身体をこちらへ向けながら、甘えるような、すがるような表情で俺の顔を見つめる花蓮。 その瞳には、たしかな幸福感が宿っていた。 「翔さんが、私を見てるのを感じますわ……んんっ!」 「……ああ」 「はぁ……んんっ……声も、息遣いも……本当はこうして いる今も、私のこと、気遣ってくれているのも……」 「私のことを愛しく想ってくれている気持ちも……中で 動いてる、熱い部分も……んっ!! ぜんぶ……全部 感じますわ……っ!」 嬉しそうに、息も絶え絶えになりながら、快感を得られるセックスに身を委ねる花蓮が、そんな言葉を漏らす。 「翔さんも……んっ、はぁっ……感じてますの……?」 「…………」 恐ろしいほど純粋な瞳で、花蓮が俺の顔を覗き込む。 全てを見透かすようなその視線の前では、俺はどんなごまかしも通用しないと観念した。 「……ああ、感じてる」 「……よ、よかった……んぁっ……ああぁぁんっ!!」 その言葉を証明すべく、俺は全身をバネのようにして花蓮の膣内をかき回す。 「ひっ……あああああっ!! うぅっ……な、なんで そんな……同じとこ、ばっかり……」 亀頭で弱い部分をこするたび、花蓮が身体を震わせる。 それと同時に痙攣するような膣内の感触に病み付きになり俺はしつこいくらいに、その部分を責め続けた。 「はっ……あっ……ん、うぅんっ……! やぁっ…… うううぅぅぅ……っ、はぁ、んぁぁっ!!」 足コキの時とはまるで違う、全体を包み込むような快感に俺は一切の手加減を忘れて、花蓮を貪り続ける。 「だめ、ですわっ……はっ、はげし……んああぁっ!! あっ、ふああぁぁああぁっ!!!」 「こ、こんなの……あっ、あんっ! ん……ああっ! ど……どうにかなってしまいますわ……」 「そうかよ……ははっ!!」 よがって快感に顔を歪めている花蓮を見て、思わず笑みが漏れてしまう。 「な……あっ、な、何がおかしいんですの……っ」 「おかしいんじゃねーよ……ただお前が、素直に俺を 受け入れてくれてるのが、嬉しくってさ……」 「な……何を当たり前のこと、言ってるんですの……? んっ……あっ、あふぁぁっ!!」 「そ、そんなの……当然の、ことですわ……」 「私のはじめてを……力尽くで奪ったのですのよ……? ちゃんと見ててくれなきゃ……いやですわっ……!」 「……っ……」 あまりにも不意打ちなその言葉に、俺はハンマーで殴られたような衝撃を覚える。 「こっ、こんな強引に、しなくても……っ!! 最初から、私のはじめては、翔さんにあげる つもりでしたのに……」 「…………!」 急に動きを止めた俺を、花蓮が訝しげな顔で見やる。 「……翔さん? どうしたんですの……?」 「このバカ……可愛いすぎるだろうがっ……!!」 「え……? い、今……ひあああぁぁぁっ!?」 自分でも乱暴と思えるほど、花蓮の下腹部に股間を叩きつける。 肉と肉をぶつけ合う音が、小ぢんまりとした部屋中に響き渡る。 「ここで、そんな健気なこと言われちまったら…… もっと火がついちまうだろうがっ!!」 「うぁんっ! あっ、あぁっ、あん……はぁぁぁっ!!」 「あんっ……だ、ダメですわ……はげしすぎて…… やぁっ……はぁっ、あぁんっ!」 肌と肌が密着するたび、俺の先端が花蓮の一番深い所を刺激する。 「あぁっ……うっ、あん……はぁっ、やぁ……」 「お……奥に……あ、当たってますわ……ゴツゴツって…… はぁっ……んんぅっ……んああぁっ!!」 「やぁっ……う、うぁ……すごっ……深っ……んんっ!! はぁ、んぁっ、ああっ……気持ち良い……ですわっ!」 秘所へとペニスを突き立てる度に、少しずつ前へと身体をずらしながら、快感を享受する花蓮。 俺の方もまた、下半身から湧き上がる射精感に、いよいよ我慢の限界がきていた。 「あぁっ……はぁんっ……か、翔さん……そんなにっ 乱暴にしたら……んぁっ、あぁっ、ああぁんっ!!」 「私……もう……っ!」 花蓮はつま先を伸ばし、小刻みにその身体を震わせる。 「あんっ……わ、私、もう、わけがわかりませんわっ!」 感極まり訴える花蓮の膣内が、キュウキュウと締め付けをひた繰り返す。 「かけるさっ……んんっ……んあぁっ……私、もぅっ…… ダメっ、ですわぁっ……はああぁぁんっ!!」 「……わかった……ラストスパート行くぞ!」 「んはぁっ!! ふあぁっ、あああぁぁぁんっ!!」 「あぁっ、やあぁっ、はあぁっ……んあああぁっ!!」 昂っている花蓮に合わせて果てるために、まるで獣のように滅茶苦茶に腰を突き動かす。 「あっ……あんっ、あぁんっ、んあぁっ! はぁっ…… あんっ……んぅ、ふあぁっ……ああぁんっ!!」 「んんんぅぅぅっ……! か、かける、さんっ……!! わたくし……私、もうっ!!」 「待ってろっ……俺も、もうすぐだから……!」 「そんなのっ……はぁっ、んんっ……無理、ですわっ!」 汗と涙で濡れた、感極まった表情を覗かせる花蓮が本当に余裕が無いのか、そんな弱気な発言をする。 そしてその瞬間、膣内が俺のモノを咥えこむかのごとく凝縮し、搾り取るようにペニスを締め付けてきた。 「ぐっ……! か、花蓮……出すぞ……!!」 「あっ、あっ、あんっ、んっ……んんぅっ!!」 快感に溺れながら、どうにかその言葉に頷く花蓮の返事が最後の引き鉄になった。 「ああぁっ、んああぁっ、はああぁっ……んんっ!!」 「んぁっ……ああぁっ、ふぁあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 直接子宮に流し込んでいるのではないかと思うほど花蓮の一番奥へと挿入し、膣内へ精液を叩きつける。 「んはあああぁっ!! すご……っ! な、中に…… ドクドクって……んんっ……で、出てますわっ」 「……んっ、はぁっ、はぁっ……まだ、出て……ふぁ…… す、すごく……熱いですわ……」 小さな痙攣を続けていた秘所に、ありったけの精液を注ぎ込んだ後、名残惜しさを感じながらも、引き抜く。 行為の前に言っていた通り、花蓮の膣内には収まりきらなかった精液が、結合部から溢れてくる。 「んあぁっ……翔さんの……たくさん、注がれてしまい ましたわ……」 花蓮は恍惚とした表情を浮かべながらそう呟き、しばらくその光景を、ぼんやりと眺めているのだった。 ……………… ………… …… 「…………」 行為の後、風呂場へ行ってしまった花蓮をよそに、俺は一人、布団に座り込んでいた。 「(……やっ……)」 「(……やっちまった……!)」 だらだらと脂汗をかきながら、俺は今日起きた出来事を改めて反芻する。 学園で麻衣子にもらったエロ本が見つかり、挑発されるがままに、足で射精させられ…… 一人で盛り上って、戸惑う花蓮を布団に押し倒してから半ば無理やり、処女を奪って…… そして、初体験の勢いに任せて、中で出してしまった。 「ぎゃあああああああああぁぁぁっ!!」 己のあまりの最低っぷりに、その場で悶えながら、激しくのたうち回る。 「ぐあああぁぁぁーーーーーーッ! バカバカバカ! 俺のバカァァァーーーーーーッ!!」 「な、何を暴れてるんですの……?」 風呂場から出てきたであろう花蓮の声を聞き、ピタリとその動きを止めてしまう。 「い、いや、その……なんて謝ったらいいのか……」 怖くて花蓮の方を向けずに、たどたどしく謝る。 正直、どんな責め苦でも受け入れる覚悟だった。 「そんな端っこで背中を向けてないで、こっちを向いて 下さいませ」 「い、今はちょっと合わせる顔が……」 「何を言ってるんですの、翔さんは……」 呆れた様子で、花蓮がため息をついたのが気配でわかった。 「もう……そんなこと言う人は、こうですわっ」 「……命だけは……ッ!」 「えいっ!」 「へ……?」 ビクビクしていた俺をあざ笑うかのように、花蓮は隣へ座って、甘えるような仕草で抱きついてきた。 「ふふっ……翔さんの身体、あったかいですわ」 「花蓮……お前、なんで……?」 戸惑う俺に対して、見ているこっちまで笑顔になってしまうような、幸せそうな表情を浮かべる花蓮。 そこには、戸惑いや不満、怒りの色は見えなかった。 「……お、怒ってないのか?」 「え……? なんで私が怒るんですの?」 「だって、俺……その……無理やり……」 「たしかにちょっぴり強引でしたけれど……殿方らしくて ドキドキしてしまいましたわ」 「(な……何だよ、それ……)」 それまで後悔と自責の念に押しつぶされそうになっていた自分が、急にアホらしくなってしまった。 「しかしだなぁ、俺は戸惑うお前を―――」 「初めに誘ったのは私ですし、ずっとずっとこうして 一緒になりたいと思ってましたわ」 「花蓮……」 「やっと私を恋人として……女の子として見てくれた って自覚できて―――とても幸せですのよ?」 「そうか……」 「ええ、そうですわ」 つまるところ俺は、結局こいつの気持ちに鈍感で……やっと念願の一線を越えられたと言うことなのだろう。 思えば、まがいなりにも同棲生活していたようなものだったワケだし……戸惑いながらも、花蓮は当時からこう言う関係も想定していたのだろうか。 「少し暑いですけど……今はもう少しだけ、こうして 寄り添っていたい気分ですわ……」 うっとりと、俺の身体に体重をかけ、甘えてくる花蓮。 「そうだな……俺も、こうしていたい」 夜とは言え、ロクに冷房設備の無い部屋には、嫌な熱気が籠もっていたが、不思議とこうしているのも悪くないと思えた。 「んふっ……ふふふっ……」 「今夜はこのまま、離しませんことよ?」 今までの分いちゃいちゃしたいのか、ベタベタと俺に擦り寄ってくる花蓮。 「おいおい、俺もシャワー浴びせてくれよ」 「い・や・ですわっ♪」 「だって、もう一時も離れたくありませんもの」 「でも、せっかく風呂入って綺麗になったのに 俺がこれじゃあ意味ないだろ?」 「それじゃ、私も一緒に入りますわ」 「お前はさっき入ったんだろ?」 「それでも、一緒にいたいんですの」 「あのなぁ……」 なんとしても俺を逃がすまいとする上機嫌な花蓮に俺は思わず、溜め息をついてしまう。 「一緒に風呂なんて入ったら、また襲っちまうかも しれねーぞ?」 「ふふっ……まだちょっとズキズキしてますけど…… 翔さんが望むなら、それでも構いませんわ」 「うっ……」 その健気な花蓮に、本当に少し下半身が反応してしまうものの、それ以上に愛しさがこみ上げてきた。 あの粗暴だった花蓮の乙女な姿をこれから毎日見続けられるのだと思うだけで、感動と同時に得も知れぬ満足感に包まれていた。 「……もう寝ろよ、疲れたろ?」 「お前が眠るまで、俺はずっとここにいてやるから。 その後に一人でシャワー浴びて、戻って来るよ」 第2ラウンドへ行きたい感情を抑え、初めての行為で疲れているであろう花蓮を労わりたく思い、紳士的な妥協案を投じてみる。 ……一緒に風呂など入ろうものなら、若さに任せて暴走しそうなこと請け合いだからだ。 「ん……そうですわね。それなら、いいですわ」 「その代わり、すぐに戻ってきて、ぎゅーって抱きしめて くださいましっ」 「ああ、わかったよ。この暑苦しい中、汗びっしょりに なっても構わず、抱きしめてやるからな」 「ふふっ、そしたら、今度こそ一緒にお風呂ですわね」 「そうだな。ひたすらイチャイチャするか」 「ええ。ですから、一緒の布団で寝て下さいましっ」 そう言って、花蓮は俺の手を引いて布団にもぐりこんだ。 綺麗な髪の毛に鼻をあて、匂いを嗅いでるうちに俺もだんだん眠くなってくる。 俺の、胸の中の眠り姫。 ……俺に、初めてを奪われた少女。 今はこの可愛らしい恋人との幸せを甘受しよう。 幸せそうに瞳を閉じる少女を見ながら、俺はそんなことを思うのだった。 ……………… ………… …… 「私だって、貴方といる道を選びたいですわ……」 「……ああ」 「けれど、きっとお父様は手段を選ばずに、私が 頷かざるを得ない状況を作りますわ」 「私の意志なんかに関係なく……それでも、私の意志で 姫野王寺家のお嬢様としての道を選んでしまうような 状況を……」 「お父様はそれが出来る……そして、周りにそれを 認めさせる力を持った人ですもの……」 「花蓮……」 花蓮はうつむき、小さな肩を抱く。 「……怖いですわ、お父様が……」 「そして、そのお父様に従う道を選んでしまいそうな 私自身が……」 花蓮がスッと顔を起こし、震える唇で呟いた。 「だから……私に勇気をくださいませ」 「勇気……」 「どんな時でも諦めずに、翔さんと一緒の道を歩めるような 勇気を……」 「もっともっと、貴方と深く繋がりたいんですの。 その繋がりを感じていたい……」 「そうすれば……私は……!」 すがるように、花蓮が俺の目を見つめている。 そして俺は…… 「当たり前だ……お前が、そう望むなら」 花蓮の肩を引き寄せる。 「お前が望むだけ……繋がりを感じさせてやるから」 そう言って、花蓮の頭を腕の中に埋めたのだった。 ……………… ………… …… 「あっ……うっ、うぅぅっ……あんっ、うぁっ! はっ、はぁ……はぁ……んっ……くっ……」 「うんっ……ん……んっ……うぅん……んはっ…… ふぅ……ふ、ふぁっ……んぁぁあっ!」 「やぁっ……あっ……んっ、ふぁっ……あぁぁぁぁっ! んっ、くぅ……はぁ……んはぁっ……」 「あんっ、んんっ……あん、あぁんっ、ああぁんっ!!」 暗がりの部屋に、ただ花蓮の喘ぎ声だけが響き渡る。 幾度も身体を交わらせ、すでに時間の感覚も無く本能のまま、性交を繰り返す。 倒れるまで続けると誓い、俺はひたすら花蓮の膣内を蹂躙していた。 「大丈夫、かっ?」 俺が突くたびに、先ほど膣内へ出した精液が溢れ出し花蓮の秘所をひくつかせる。 「へ、平気ですわ……あんっ……一秒でも長く、貴方と 繋がっていたいんですもの……うぅんっ!」 「翔さんの想い、ぜんぶ注いでくださるまでは…… 何度でも、受け入れて見せますわ」 「花蓮……」 「だから翔さん……もっともっと……一生忘れられない くらい、私の中へ翔さんを刻み込んで下さいましっ!」 奥へ入れるたび痙攣を繰り返し、引き抜こうとするたびカリを絞りとるように吸い付いき、絡まってくる膣内に俺は2度目の射精感を覚える。 「あ、はぁっ……やぁ……翔さんの、熱くて……んっ!」 「そ、それに、ごりごりって、《子宮口:おく》を擦ってますの…… んっ、んあぁっ、んぁあああぁぁぁぁっ!!」 「ぐっ……お前だって、ギュウギュウ締め付けてくるぞ」 「はぁんっ! だ、だってぇ……翔さんのが、ビクビクって 大きくなって……奥を突いて来るからぁ……」 「しゃ、射精……んああぁっ! しそうなんですのね!? 良いですわっ……はぁっ、また、奥に……中にたくさん 注いで下さいましっ!!」 「でも……」 「んっ……私、赤ちゃんが欲しいですわ……翔さんの…… 赤ちゃんが、欲しいですわっ!」 「っ……」 「だから、翔さんの精を……私のココに、たくさん注いでっ ……妊娠させて欲しいんですのっ!」 熱に浮かれたように膣内射精を求めてくる花蓮の中が初めから俺のために作られたかのように、ぴったりと俺のペニスに吸いつき、膣壁が精を求めて《蠢:うごめ》き回る。 「子供が大好きな私に……プレゼントして欲しいん ですのっ!!」 「だから、たくさん……翔さんの子供が欲しいですわ!」 「ぐっ……花蓮、また中に出すぞっ!!」 「来て下さいましっ! 翔さんと愛し合った証を…… もっともっと、いっぱい欲しいですわっ!!」 「んああぁっ! んあああああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 どくん、どくんと、2度目の射精を花蓮の最奥へと放つ。 「出てますわっ! 翔さんの精液……私の奥に、また…… たくさん出てっ……あああぁっ! ふああぁぁっ!!」 そして、その射精と同時に、俺の精を搾り取ろうとするかのように、花蓮の膣が痙攣し、俺のペニスを包み込む。 「はぁっ、はぁっ……すご……い、ですわ……んっ…… 私も、一緒にイってしまいましたわ……」 一緒にオーガニズムを達せられた幸福感と、以前の経験で俺の限界を悟り、満足そうな顔を見せる花蓮。 「これできっと、私の赤ちゃんが……あんっ!?」 「んぅっ! ふっ、ふぁっ……!」 「んっ……あ、ふぁんっ……や……ふぁぁぁぁっ! はっ……んぁ……か、かけるさ……!?」 しかし、俺の昂りはまだ収まっておらず、絶えず痙攣を繰り返す花蓮の膣内を、再び蹂躙する。 「だ、だめっ……こんなの……んぁぁぁぁぁっ!」 「翔さん、やめっ……私、さっきイッたばっかりで…… ああぁんっ! はぁっ、んああっ、やああぁっ!!」 シーツをつかみ逃れようとする花蓮だが、力が入らずその抵抗も、無駄に終わる。 しかし絶頂で敏感になっているところへの挿入で花蓮は上手く動くこともままならないようだった。 「やぁっ、ま、また……またイッちゃいますわっ!! お願い翔さん、少し、休ませて……んはああぁっ!」 「ぐっ……か、花蓮、悪いが、諦めてくれっ!!」 休憩を願い出る花蓮を目の当たりにして、俺はうわ言のように、その提案を却下する。。 「お前の中が良すぎて……もう、お前を逃がす気なんか ねえっ……!」 「ば……ばかぁっ!」 恥ずかしそうに叫ぶ花蓮。 しかし、そんな罵倒も、今の俺には上の空だ。 AVではなかなか味わえない、本気の膣内射精を懇願されそのまま達する事の快感を覚えた俺は、男の本能で、腰を振り続ける。 「ぅんっ……あっ、あぁっ……あんっ、やっ、うぁっ! はぁ……は……んぁぁぁっ!!」 「んぁっ……んっ、うんっ……あぁ、ふああぁ……!!」 観念したのか、花蓮の方もかつてない未知の快楽へと受け入れるがままに、堕ちて行く。 「すっ、すご……んぁっ! 一回うごくたびに…… ぜ、ぜんぶ、感じて……うぅんっ!」 「はぁ、はぁ……花蓮……俺も……」 「あっ……あは……か、かけるさんも……ですの……? ……んっ! うぅんっ!」 「はっ……や、あぁぁっ! う、うれし……あんっ!」 途切れ途切れに言葉をつむぎながら、花蓮が鼻にかかった嬌声を上げる。 「んっ……ふ、深……っ、んぁっ……あんっ!」 「ふぁぁぁぁっ……ぅぁ……やぁ……こ、こんな……」 「まだだ……もっと、気持ちよくなっていいんだぞ」 「やあぁっ……すごっ……私、また……んあああぁっ! も、もう、ずっと……達しているみたいっ、んんっ! ですわ……ああぁんっ!!」 じゅぷじゅぷと結合部を鳴らしながら、パンパンと互いのぶつかり合う音が響き渡る。 そして、その音を掻き消さんばかりの嬌声を出しながら痙攣するような絶頂を繰り返す花蓮。 その中でペニスを動かす俺も、すでに快感の渦へと飲み込まれ、常に絶頂を迎えている錯覚すら覚える。 「んっ……ぅんっ! はぁ……うぁっ……あぁぁっ…… うゃっ……んふぁ……ん、あぁん……!!」 「は、うぅん……んぁっ……あぁ……あっ……んっ! や……あっ……んぅぅっ……!!」 「もっ……もう、きもち、よすぎて……ダメですわっ! んぁっ! ふぁ……ぅんっ……んんんっ……!!」 「じ……自分の、身体なのに……ぜんぜん、言う事を きいてくれな……あぅっ……うぅぅんっ!」 怪しくなってきた呂律で、必死に快感を訴える花蓮が何度目かの絶頂を迎え、余裕の無い表情を覗かせる。 「ぅんっ! はぁっ……んっ、ふっ……や、やぁ…… そ、そこ……ん、んぅぅぅっ!」 「んはっ……ぅぁ……は……んっ、うぅぅぅんっ! はぁ……は……ん、うぅんっ!」 「やぁ……いろんなところに……あたって……あぁんっ! は……ぁぅぅぅっ……うんんっ、んああぁっ!!」 がむしゃらに腰を振りながら、一突きごとに角度を少しずつずらすようにして、ピストンを繰り返す。 俺のモノをキツく締め付けながらも、花蓮の中は柔軟にその形を変えていく。 「い、イクっ! またイッちゃ……やああぁっ!! だめだめ、だめぇ〜っ! ダメなんですのぉ!」 必死に理性を保とうとする花蓮をあざ笑うかのようにとめどなく溢れる快感に、涎を垂らしながら絶頂して潮を吹く花蓮。 その淫らに崩れ落ちる彼女の姿は、俺の脳をショートさせるほどの淫猥な魅力に満ちていた。 「やああぁ……み、見ないでくださいまし……」 だらしなく緩みきった顔を見られるのが恥ずかしいのか花蓮は俺から目を逸らした。 「俺の前でなら、いくら乱れたって構わないぞ……?」 「でもぉ、でもぉ……こんなのっダメですわぁっ…… んっ、んんっ、あっ、はあぁんっ! やあぁっ……」 激しい絶頂を繰り返す花蓮を見て、なおも挿入を続けるペニスに悶えながら、イヤイヤを繰り返す花蓮。 すでに俺の射精感も限界へ達し、かつてない量が上りつめている予感を抱いていた。 「行くぞ花蓮! 望み通り、妊娠するくらいお前の膣内へ 注いでやるっ!!」 「はぁっ……んんっ! お、お願いしますわっ!! もう私、頭の中が、真っ白で……んあぁっ!!」 俺は射精に向けて、ラストスパートをかける。 「はあぁぁっ! あっ、あっ、あっ、んぁっ…… やっ……か、かけ……っ、はあああぁんっ!!」 花蓮の柔肉に、この上なく乱暴に腰を叩きつける。 「うぅんっ! んっ……ぁぁ……ふぁっ……はぁ…… んっ……ぅん……あん……あはぁ……」 「んぁっ……ん、ぅんっ……あぁ……んふぁっ!」 「花蓮……出るっ!!」 「え、ええっ! 構いませんわ……イって下さいましっ! いっぱい、中に出してっ!!」 「わたくしの中に……か……かけるさんのを…… ……いっぱいっ……!!」 「……くっ!」 「んぁっ! そう、そこっ……!」 「わたくしの、一番奥にっ……そ、ソコに、ぜんぶ…… んぅっ……くっ……くださいませっ!!」 「ひぅっ! あっ、あ……は……んぁあああぁぁっ!!」 「あ……あぁ……はぁっ……あ、熱、ぃ……」 「んっ……ど、どろどろしたのが……私のなかに……」 「いちばん奥に……あ、当たってますわ……んっ……」 ビュクビュクと精液を子宮に注がれながら、恍惚の表情を浮かべる花蓮。 「あ、すごいですわ……こんなにたくさん……」 いまだに、小刻みに膣壁の脈動を繰り返す花蓮が、興味深そうに秘所からあふれ出る精液を見ていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 全ての精を出しつくして、俺は力尽きるように仰向けになって、花蓮の隣へと倒れこむ。 何年分もの射精を、全て花蓮に注ぎ込んだ気分になるほど俺は疲れて果てていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ふぅっ……」 激しく乱れる呼吸を落ち着けるように深呼吸をする花蓮。 「それじゃ、第2ラウンド、開始ですわ」 「は……?」 呼吸を整えたかと思うと、花蓮は自分の秘所をいじりながら理解できない単語を俺に言い放ってくる。 「ちょ、ちょっと待て! もう無理―――」 「ねぇ、かけるさん……」 「もっと……もっとしてくださいませ……」 「うっ……」 潤んだ瞳で俺のペニスを秘所へと宛がい、流れ落ちる汗を拭うこともせず、俺へ向けて《お:・》《ね:・》《だ:・》《り:・》をしてくる。 「まだ、この前と合わせて4人分しか、精液を注いで もらってませんわ……」 「私、自分の子供達でサッカーチームを作るのが夢 なんですの」 「ちょっ……」 「だから……まだまだ、翔さんの精液が欲しいですわ」 「私のココに、もっともっといっぱい射精して…… 夢を叶えるくらい、たくさん妊娠させて欲しいん ですのっ」 「はぁっ!? お前っ……それは違っ……」 たしかに、子供を作る方法は理解しているようだが……何度性交しようと、それがストックとして残り、妊娠を繰り返すわけではない。 そんな性の知識の甘さから、花蓮は無茶苦茶な要求を俺へ突きつけてくる。 「落ち着け、無理だって! だから今日はとりあえず この辺でだな……」 「え……? 嫌……なんですの?」 「うっ……」 ペニスの先端を膣の入り口へと擦りながら、残念そうな表情を見せる反則級の可愛さに、思わず死にかける。 「私……欲しいですわ……」 「翔さんの、おちん○んで……もっとたくさん愛されて…… 私の中に、い〜っぱい、注いで欲しいですわ……」 「翔さんの赤ちゃん……子供が、たくさん欲しいですわ」 「でも、もう身体が限界なんだよ……」 「そんな事、無いですわ」 「きっと翔さんのココも、私を本当に想ってくれているなら ……また元気になって、子種を注いでくれますわ」 「お願いですわ……翔さん……」 「っ……」 無理だと思っていた俺とは裏腹に、再び固くなって来たペニスに、自分で驚きを隠せない。 「ふふっ……嬉しいですわ……翔さんのも、たくさん 赤ちゃんが欲しいって、言ってますわ」 「はぁっ……解ったよ、こうなりゃ、意識がぶっ飛ぶまで お前の膣を犯し続けてやるから、覚悟しろよ?」 「んっ……お願いしますわ。いっぱい、いっぱい…… 死ぬほど愛して下さいまし」 そう言って、ずぷぷぷと俺のペニスを埋めていく花蓮をこちらから不意打ちのように、思いきり腰を叩きつける。 「ひぁっ!? うぅんっ……はあああぁぁぁんっ!!」 「あぁんっ! ふぅんっ、んああぁっ……すごっ…… 深、くてっ……気持ち良い、ですわぁっ……!!」 及ばない腰つきで、花蓮は身体を上下に揺する。 温かく濡れた膣全体で、性器を柔らかくしゃぶられているような感覚に、俺のペニスは再び元気を取り戻しつつあった。 「ふっ……んふっ……うぅん……んっ……!!」 「い……いかがですの、翔さん? んっ……んぁっ!」 「な、中でどんどん……大きくなってますわ……っ! き……気持ちいいんですの?」 「あ、ああ……」 「花蓮の中……吸い付いてくるみたいで……す、すげえ 気持ちいい……っ!!」 額に汗を浮かべ、髪や胸を揺らして俺の上で喘ぐ花蓮を見て興奮しないわけがなかった。 「そ……そうですの……んっ!」 「な、なら……も、もっとして差し上げますわ…… んぅっ……あ……あんっ……ふぁぁぁっ!」 「だ……だからもっと……もっともっと……はぁ…… き、きもちよくなって……くださいませ……んっ!」 花蓮が腰を浮かせ、再び飲み込むように俺のペニスを包みながら、ゆっくりと抜き差しを繰り返す。 「んぁっ! はっ……んっ……んぅぅっ……」 「はぁ……んふぁっ……んっ、んっ……やぁ…… ひ……ひっかかって……」 互いに本能の赴くまま、相手へ向けて淫らに腰を振りその愉悦へと堕ちていく。 花蓮が腰を持ち上げるたび、膣ごとめくり上げてしまいそうな感覚が、独特の快感を生み、背骨を駆け上がる。 「んぁっ! はぁぁぁ……ぅんっ……ふぁぁぁ…… やっ……んふっ……はっ……はぁぁっ……」 「な、なかなかっ、思った通りに、動けませんわ…… んぅぅぅ……くぁっ……あああぁっ……あんっ!」 「ま……待っていてくださいまし……もっとしっかりと…… んっ……あ、は……やんっ!」 もどかしそうに口を開くたび、快感に負けた花蓮がへなへなと腰を落とす。 しかし、一定しない上下運動のリズムが、逆に俺の快感を強いものにしていく。 「あぁんっ……ふぅっ……ん……んむっ……」 「うぅぅぅんっ……んぁ……んっ……んぁ…… くっ……ぅん……あぁっ……も、もう……」 自由にならない身体が恨めしいのか、花蓮が目の端に涙を浮かべてむくれる。 「む……無理するなよ、花蓮」 「俺は今のままでも……十分気持ちいいから……」 「ぐすっ……そ、そうはいきませんわ……」 花蓮が俺を見下ろし、気丈に言った。 「私は翔さんに、もっともっと……もっともっともっと きもちよくなって……もらいたいんですの」 「なんで、そんなに……俺は満足だって言ってるのに」 「だ、だって……どんな時でも、強引に主導権を握って…… 私は、振り回されて、ばっかりですわ……」 「うっ……わ、悪い……」 「違うんですのっ! んっ……いつも、そうして…… 私を幸せにしてくれる、から……っ!!」 「だから、私も……あぁんっ! もっともっと、翔さんを ……んんっ! 幸せに、したいんですっ」 「花蓮……」 「だから、いつもしてもらうだけじゃ……イヤですの!」 「…………」 「いつまでも甘えてばかりじゃ……貴方と同じ場所に…… スタートラインに、立てませんもの……んあぁっ!」 「だからせめて……エ、エッチの時くらいは私にも…… んっ……んぅぅぅ……」 照れ隠しのように、花蓮がストロークを速める。 しかし、やはり身体のコントロールがうまく出来ないようでその上下運動は少々不安になる動きだった。 「うぅん……くっ……んん……ふあああぁぁぁっ……」 「(しょうがねえな……!)」 「ふぇ……? んっ……ひあぁぁぁんっ!?」 不意に、花蓮が驚いたような嬌声を上げる。 予告もせず、俺が全力で腰を振り、花蓮の身体を突き上げ始めたのだ。 「ちょ……んぁっ! か、かけるさ……そんな急に…… んっ、や……やぁっ!」 「んっ! んぁっ! うっ……ふっ……あ、あ、あっ! うぅんっ……ん……はぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!」 「ひ、ひどいですわ、翔さんっ……! こんな、いきなり ……ふぁぁっ……ん、うぅんぁっ!」 振り落とされないように必死でバランスを取りながら花蓮が涙目で俺を睨む。 「バカ……気持ちよくなって欲しいと思ってるのは お前だけじゃないんだよ……」 「だっ……だから、いまは私がっ……んあああぁっ!」 反論のスキを与えぬよう、一定の間隔で花蓮を膣ごと突き上げる。 「二人で、同じスタートラインに立つんだろ……っ?」 「そっ……それはそうですけどっ……んんっ!!」 「だったら気持ちよくなる時だって……一緒の方がいいに 決まってんだろ……っ!」 「ん……んぁっ! ひ、人の話を聞いてませんの!?」 「そっ、そのために私が、翔さんを気持ちよく…… んふっ……んあああぁっ!!」 とっくに理性の箍が外れていた俺は、昂る気持ちに従いただひたすらに、その身体を貪った。 「わりぃ……代わりに、いっぱいよくしてやるから……」 「んぅっ、んんっ……あぁぁっ! ば、ばかぁっ……」 花蓮の喚きに耳を貸さず、俺は夢中で腰を上下させる。 「んはっ……あぁ……んっ、んっ! んふぁぁぁ……」 「ぁん……ま、また、私ばっかり……んっ……あぁん!」 「そ……そんなの、だめですわ……一緒に……いっ…… 一緒じゃないと……嫌ですわっ!!」 気丈にも背筋を伸ばし直し、花蓮が俺の動きに合わせるようにストロークのスピードを上げ、必死に腰を振る。 「んぁっ……はぁ……んっ、ふっ! ふぁぁぁっ…… うぅんっ……んゃっ……はぁぁ……」 「ふぅっ……ん……んっ、んぁっ……はぅっ……! あっ……んぅぅ……はぁんっ!」 「やっ……あ……んんっ! そ、そんなに……ずんずん 突き上げられたら……んぁぁぁぁぁっ!」 だらしなく口を開き、花蓮が泣きそうな声で訴える。 「んっ……ふぅんっ! ……あっ、あっ、んぁぁぁっ! ふぅっ……ん、ん……ああぁっ!」 「ぃやぁ……か……からだ……浮いちゃいますわ……」 がむしゃらで無軌道な俺に対して、花蓮は懸命にリズムよく腰を動かして、タイミングを合わせようとする。 「は、はっ……んぁぁ……んふっ……ふ……あぁっ! う……んっ……んっ……うぅんっ……!!」 「ぅんっ……んぁ……はふっ……ん、んっ、んっ!! はぁっ、はぁっ……んあぁっ! はあああぁっ!!」 花蓮のお陰で、徐々に二人の動きがシンクロしていく。 途端に、そのピストンから得る快感が何倍にも膨れ上がったような錯覚に陥った。 「はぁっ、はぁっ……んっ……ふぁぁぁぁぁ……んんっ…… はぁっ……ん、うぅん……」 「んっ……ふぅんっ……ぅん、うああぁっ……!! んああぁ……はっ……んっ……ああぁんっ!」 「か……花蓮……すげー、気持ち、いいぞっ!」 「まっ……まだまだ、ですわ……んっ、あぁぁぁぁ……」 「ま、まだまだって……くっ!」 「んっ……やっと、コツがつかめてきましたの…… あぁぁっ……んっ……ふぁっ!」 「だ、だから、かけるさんには、これからもっと…… き……きもちよくなっていただきますわ……」 おぼつかない口ぶりだが、どこか嬉しそうに花蓮が呟く。 「ま、マジかよ……そいつはなんとも……」 「(……嬉しい宣戦布告だな……)」 興奮と熱気に酔った頭で、思わず笑みがこぼれる。 「ふふ……か……覚悟してくださいまし……んぁっ…… ふっ……んぅっ……はぁ……ああぁんっ!!」 「うぅん……ぁっ! はっ、んっ、んっ、ぁんっ! んぁぁぁぁっ……んっ、あはぁっ!」 ピストンする二人のリズムは、完全に一致していた。 俺が突き上げる瞬間に花蓮は腰を下ろし、最奥をノックすると再び素早く腰を引いて、もう一度、体重を乗せて濡れそぼった女性器が、俺のペニスを深くまで呑み込む。 「んあぁっ! あぁん……うぅん……ふあああぁっ!! か、カ……カケル、さぁん……んああぁっ……」 「もっと……もっと突いてくださいまし……んぁっ! し……下から、ずんずんって……あぁんっ!!」 浮き上がるほど力強く、花蓮の身体を押し上げる。 しかし、どれだけ突き上げても花蓮の膣口は俺のモノをしっかりと咥え込み、一向に離す気配がない。 やっとの思いで引き抜けるかと思うと、膣内全体を使い全ての《襞:ひだ》で俺のペニスを擦りつけ、激しい快感を与える。 「あは……ん……んぁぁぁぁぁっ! は……んふぁ…… はぅっ……ぅんっ……んっ……んふぅっ!」 「あぁん……か、カケルさぁん……かけっ……んあぁ!」 「もっと、奥まで……ぇっ! ん……んぅっ……! は……はいってきて、くださいませ……」 汗を飛び散らせながら、なおも恍惚とした表情で花蓮がさらなる繋がりをねだる。 「んぁっ! はっ……はっ……んっ……んぅぅぅっ! ふぁぁん……んぅ……うぅっ……うぅんっ」 「あんっ、んぅ……はぁぁんっ! うんっ、んっ…… ぐすっ……んぁっ……ん、あぁぁぁぁぁっ!」 「……花蓮……っ?」 「やぁっ……んっ……だめ……私、ヘンですわ……」 「ひっ……うっ……ぅあっ、んっ……だ、だめっ…… こっ、こんなの……きもちよすぎてっ……」 嗚咽のようにしゃくりあげ、花蓮がぽろぽろと涙を流す。 「だ……だめですの……んあぁっ! ど、どんどん 気持ちよく、なっていって……」 「こ、このままじゃ私……どうにかなっちゃいそうで…… んぅっ! んぁっ、ふああぁっ!」 動きを止められないまま、戸惑うように花蓮が叫ぶ。 「……ぐぅっ……花蓮っ!」 俺も感極まり、愛しい人の名前を叫ぶ。 「はあああぁぁっ……翔さん、かけるさぁんっ……」 すっかり出来上がった花蓮が、甘い声を響かせながら激しく俺を求め、腰を振る。 「すき……好きですわ……っ……か、カケルさん…… もっと……もっとくださいませ……っ!!」 「あなたので……もっと、わたくしを、気持ちよくして くださいませっ……んああぁっ!」 熱すぎるほどの快感を感じる膣内のひくつきに、俺は花蓮の絶頂が近い事を悟る。 「か……かけるさん……私、もう……」 涙声で訴える花蓮を見ながら、すでに俺の方も射精感が限界に来ているのを自覚する。 「俺もだ、花蓮……! 行くぞっ!!」 「んっ……そ……それじゃあ……っ!」 「そうだな……くっ……ま、また……一緒にな」 「え、ええ……ぅんっ……はぁっ……あああぁっ!! んっ! んぁっ! ん、あああぁぁぁっ!」 体力の限界までストロークを繰り返した俺達は、今度こそ最後と言わんばかりのスパートをかける。 「んふぁっ、はぁ、あああぁ……! ん、んぅ……! はぁっ、はっ……あん、はぁんっ、あぁんっ!!」 「うぅぅぅんっ……んぁぁぁっ……くぅ……んっ…… も、もっと、突き上げてくださいまし……っ!」 「わ……私の《膣内:なか》が……かたち、変わるまで……ぇっ!」 「ぐぁっ……あ、あぁ……っ!」 子宮口を貫いてしまうのではないかと思うほど、花蓮の天井に亀頭を押し付け、花蓮の身体を引き寄せる。 「そっ……そのまま出してくださいましっ……!」 「赤ちゃんのお部屋を……かけるさんの熱いので いっぱいにしてくださいませ……っ!」 「花蓮……花蓮……花蓮ッ!!」 「ひぅっ……んあああぁぁぁぁぁあ〜〜〜〜〜っ!!」 どこにこれだけ残っていたのと思わせるほど大量の精を花蓮の子宮に大量に撃ちつける。 その精液を一滴たりとも残すまいというかのように花蓮の膣壁が《蠕動:ぜんどう》する。 「あ……あぁっ……す、すご……んああぁぁっ!?」 だが、想像以上の射精にバランスを崩した花蓮の膣から勢いよくペニスが飛び出し、精液を撒き散らす。 「んっ……はぁっ、はぁっ……」 互いに絶頂の余韻を残し、無言で息を荒げる。 いくらか外に出てしまった精液をぼんやりと眺めながら花蓮がしょんぼりとした姿を見せていた。 その無垢な妖艶さと可愛さのバランスに、愛おしさを感じクラリと来るが、さすがに俺の下半身は反応しなかった。 「どうだ、花蓮……満足したか?」 「ん……そうですわね……」 数瞬の思考を巡らす沈黙に、俺は危機感すら覚える。 「(まさか、ここまでして、まだ足りないとか言うんじゃ  ねーだろうな……)」 普段から見せる不死身のようなタフネスぶりを思い出し冷や汗をかく。 「このまま、第3ラウンドに行くのも捨てがたいですけど ……今は少しだけ、翔さんの胸の中で休みたいですわ」 そう言って俺の胸へと倒れこんで来る花蓮に、俺は内心ホッとするのだった。 ……………… ………… …… 「んふ……かけるさん……ふふっ、ふふふ……」 仮眠を取った後、自然と目を覚ました俺達は、風呂にも入らないまま、互いの体温を楽しんでいた。 「……なんだよ、機嫌よさそうだな」 「だって……ふふふっ♪」 「もったいつけてないで、早く言えよ」 「ふふっ。翔さんにあれだけ出してもらったんですもの。 絶対に赤ちゃん、出来ましたわ♪」 「(……だよなぁ……)」 ほのかな危機感を感じる俺と対称に、花蓮は心の底から嬉しそうにしていた。 「もしそうなったら私……お母さんになるんですのね?」 のん気に目を輝かせて、俺の顔を覗きこんでくる。 「でも、学園はどうするんだよ……」 「そうなったら、学園を辞めて一緒に働きますわ」 「マジかよ……」 「当たり前ですわっ♪」 花蓮の中では、すでに新しい家族を加えた新生活の光景が浮かんでいるようだ。 「うふふっ……私と翔さんの赤ちゃんなら、き〜っと 可愛い子が生まれますわよ?」 「そうだ、名前は、どっちが決めますの?」 「あっ……その前に、男の子か女の子かですわね」 「…………」 「(……ま、それも悪くないか)」 はしゃぐ花蓮の横顔を見て、俺はそんな事を思ってため息をついた。 「私はやっぱり、最初は女の子がいいですわ」 「私に似た可愛い女の子を、私のような立派なレディに 育てるんですの♪」 「……生まれてくる子は、どうかお父さん似であります ように……」 芽吹いたかもしれない新しい生命に、俺はそんな願いを託さずにはいられないのだった。 「ほれ」 大して意味は無いくらいお互いにずぶ濡れだったが気休めの意味も込めて、かりんにタオルを投げる。 「あぅ。……ありがとうございます」 「夏とはいえ、いつまでもこんなびしょ濡れじゃ風邪引く から、さっさと風呂入って来いよ」 「あぅ……でも、翔さんもずぶ濡れです」 「そう思うなら、いいからさっさと入って来い。 じゃなきゃ俺が入れないだろ」 「……二人くらいなら、お風呂も入れると思います」 「物量的な事を言ってるんじゃねぇよ!」 「あぅ……でも、翔さんが風邪引いちゃいます」 「…………」 あの丘からの帰り道、お互いに一言も喋らずに家まで帰って来たので、どうにもやり辛い。 その場の流れとはいえ告白してしまったって言うのにかりんの口から、その答えは返って来なかった。 「翔さんのタオル、良い匂いがします」 「アホな事言ってないで、さっさと行ってこい」 「はい。そうですね、そうします」 「…………」 好きとは言われなかったけど、常に感じていた好意。気持ちをぶつけても逸らされてしまう、もどかしさ。色んな感情がない交ぜになり、ワケがわからない。 こっちから聞き返すのも情けないし、かと言ってこのままモヤモヤしているのも辛い心境だった。 「……一緒にお風呂、入りますか?」 「お前な、意味わかって言ってるのか?」 「あぅ?」 「お前の事が好きな男に、一緒に風呂入ろうって誘う…… その意味だよ」 「あぅ……それは困ります」 「ですので、エッチなしで一緒に入りましょう」 「む、無茶言うなよ……」 「スキンシップだけを求めちゃ……ダメですか?」 「ダメだっつーの。……保障できねーし」 「えへへ。ダメなお兄ちゃんです」 「うっせ」 一応俺だって、健全な年頃の男なワケであって、しかも最近の同居生活で結構溜まっているのだ。 好きな女と一緒に風呂に入って何もするな、なんて言うのは、拷問以外の何物でもない。 「ふぅ。しょうがないので一人で入ってきます」 「最初からそうしてくれ……」 「では、風邪を引かないで待ってて下さい」 かりんは妙に照れながら、難しい命令を残して、さっさと風呂場に消えていく。 「待てよ……? エッチは困るって事はつまり俺は 男としては見れないって事か?」 自惚れでなければ、多少なりとも好意は持たれていると思っていたのだが、どうにも煮え切らない状況だ。 まさに、餌のお預けを喰らった犬の気分である。 「この前の『好き』は、どんな意味だったんだよ……」 本当にただ兄のように慕っていてくれただけなのか……それでも時折感じる想いは、たぶん恋焦がれるモノで。 そんな瞳が、言動が、余計に俺を惑わしていた。 「ちくしょう、かりんのクセに……」 メガネを外して髪を下ろして、深空の姿をしてくれればここまでいらつきはしないんだが……あのへっぽこ状態かりんに、いいようにかき回されるのはシャクだった。 「一緒に風呂入りたいけどエッチな事は困る、だ? 何なんだよ……どう言う事かさっぱりわからん」 こう言う時ほど、ヤツのおとぼけ平和思考が恨めしい。 「ちくしょう、告白の返事くらい言えってんだ! ふおおおおおおおおおおぉぉぉ〜〜〜っ!!」 ぐるぐると思考の迷路に迷い込み、のた打ち回る。 「一体なんなんだっつーの! わっかんねーよ!! ちくしょう……」 このまま無かった事にされそうな予感に苛まれて、俺は情けなく地べたを転がりまわるのだった。 ……………… ………… …… 「ふぅ……」 風呂から上がり、濡れた髪をバスタオルで拭きながらかりんの部屋の前を通る。 電気が消えているので、恐らく風呂から上がってすぐに泣き疲れて寝てしまったのだろう。 「かりん……」 風呂に入ってだいぶ落ち着いたせいか、少し冷静に頭が回転し始める。 普段からエロ娘を気取っているとは言え、相手はあの純真無垢な深空……のはずなのだ。 なんだかんだと言って、いきなり身体を求めるのは焦りすぎたのかもしれない。 もっとじっくりとあいつの本当の気持ちを量りつつ初々しい恋人同士から始めるべきなのだろう。 「くそっ……しゃーねーから、今日は一人で慰めて、一度 冷静になるしかねぇな……」 ボリボリと頭を掻きながら、夜這いしたい衝動を抑えて大人しく自分の部屋へと戻る。 「んっ……はぁっ……うぅんっ」 「あん?」 自分の部屋の前まで来ると、そこに誰かがいる事を主張しているかのように、点けた覚えの無い電灯の光が廊下まで射し込まれていた。 「はぁ、うんっ、ふぁっ……ぁぅ……」 「(か、かりん!?)」 今この家には俺とかりんしかいないのは解っていたのに目の前に飛び込んできた官能的な光景に、思わず驚いて固唾を呑んで立ち尽くしてしまう。 「ふぅ、あっ……はぁっ……んんっ」 もじもじと切なそうに太ももをすり合わせながら露出させた自分の大きな胸を、手馴れた手つきでいやらしく揉みしだいていた。 「んぁっ、くぅ、んっ……はぁうぅっ!」 「あぅ、んっ……いい、んぅっ」 はぁはぁと息を荒げながら、執拗に胸ばかりを責め立てその度に切なそうに股を摺り寄せている。 「んうぅ、はぁっ……くぅ、はうぅっ」 うごめく両手に導かれて、次第に声に熱が帯び始め徐々にその声が艶めいた音程を奏で出す。 「あんっ! いい、うぁっ……んふっ、ふぅあっ!」 まだ直接弄ってもいないはずのそこから、くちゅり、と湿り気を帯びた嫌らしい水音が聞こえ始める。 「はぁ、うぅんっ……おっぱい、気持ち、いいっ」 自分の胸をいじりながら、切なそうにもじもじと両足を動かしているだけの、もどかしい愛撫。 見ているこっちが疼きたくなるほどの欲求を感じて自然と俺の視線はかりんの秘所へと向けられていた。 「んぅっ……いいよぉ、はぁっ、う、んっ!」 「ひ、人のベッドで何してんだよ、アイツ……」 解りきった答えを保留するかのように、一人呟く。 かりんが一人で慰めている事に関しては、さしておかしいことじゃないとは思う。 しかし、自分の部屋を用意されているにも関わらずこの部屋のベッドでその行為をしていると言う事に俺は少なからず動揺していた。 真意が解らぬ俺の理性をさらに崩していくような甘い誘惑と言えるかりんの自慰に、いつしか俺は魅入られるように無言で覗き込んでしまっていた。 「はぁっ、はぁっ……んんぅ、ふぁ、あぅ、んっ!」 いつだってふざけ合って来て、それでいて妹のように俺を慕っていた女性が、目の前で切なげに喘いでいる。 血が繋がっているわけでもなく、ただの他人なのに俺の事を何でも知っているかのように振舞っていたそんな女の子だからこそ抱く、得も知れぬ背徳感。 「はぁんっ、んあぁっ、あうぅっ……うぅんっ!」 妹のようで、恋人でもなく……つかず離れずのままの関係を築き上げてきた相手との距離を、壊してしまう。 そう理解しているからこそ、俺は一歩もその場を動く事が出来なかった。 「んあああぁっ! せつ、ないよぉっ……おね、が……ぃ あぁんっ!!」 「おっぱい、だけじゃっ……せつ、なくてっ…… し、んじゃう、からぁっ!」 「だから、おねがい……ですっ……っ!」 下半身からじゅくじゅくといやらしい水音を立てながら両手で自分の胸をまさぐり続ける。 自らの快感を次のステップへと移行させるための手段を知りつつも、敢えて『それ』だけを繰り返していた。 「はぁっ、くう、あっ、うぅ……くうぅんっ」 お預けされた犬のような声を上げながら、ひたすら自分をいじめるように、執拗にうごめく。 その行為自体は間違いなくオナニーだと言うのにかりんの手の動きはただ快感を求めているだけの単純なものではなかった。 「いじ……わる、しないでぇっ、んんぅっ!」 欲望のままに指を動かすのではなく、追い詰めるように誰かの動きをシュミレートさせ、トレースしていた。 「おねがいっ、ここも……ここもっ、いじって…… 欲しい、ですっ」 そう言って、そっと自分の手を秘所にあてがう。 「やあぁんっ……はうぅ、んんっ!!」 ゆっくりと、しかし躊躇いなく、つぷっ、と、すでにずぶ濡れになった秘所へ指を入れる。 「あっ、はぁっ、あぅっ、ああっ、ふぁっ」 緩急をつけ、自分が一番感じるであろう場所を探すかのような手つきで、指を往復させて行く。 「やぁ、だめ、だめですぅ〜っ……そんなとこっ、汚い ……ああぁんっ!!」 その叫び声と同時に、片手で胸をまさぐりながらちゅくちゅくと右手で秘所を激しく弄りだす。 それは、今までのセーブしていた愛撫から一転、単純に快感の頂へと上り詰めるためだけの動きだった。 「はぁんっ、だめっ……ですっ、だめだって、ばぁっ! そ、そんなの……気持ち、よすぎてっ」 「もっと……んんぅっ、もっと、優しく、してぇっ!」 「(うっ……)」 その懇願したセリフが、とろけた表情が、潤んだ瞳が全て俺に向けられているような気がして、ドキリ、と心臓が破裂しそうになるほどの衝撃を受ける。 行為に夢中でこちらに気付いていないのは解っていてもそのセリフが自分に向けられているように思えてしまうのは、ただ単に俺の都合のいい妄想なのだろうか? 「はぁんっ、んぅ〜……き、気持ち、いいよぉっ」 つんと尖った乳首をコリコリといじりながら、息も荒く悩ましい吐息を吐き出し続ける。 「ずっと……ずっと、したかったっ」 「ホントは、ずっとしたかったん、ですぅっ!! ああんっ、で、でも、だめ、ダメっ……んぅっ」 足を震わせながら、自分の手を太ももで挟み込みけれどそれでも指は止めることなく、ひたすらに独白しながら、自慰行為を繰り返す。 その言葉が誰に向けられていて、何の意味を持つのか。 そんな事を考えている余裕は、すでに無くなっていた。 「か、りん……」 自然と、口から言葉が漏れる。 「いいっ、いいっ、あぁんっ! も、もっと……だめっ! もっといじって欲しい、よぉっ!!」 「でも、だめなのっ、だめっ! ダメなんで、んぅっ! ダメなのにぃ〜……気持ち、いい、よぉっ!!」 矛盾する2つの言葉をかけながら、その『誰か』にいじられ、高みに上り詰めていくかりん。 「お願い、もっと……もっと、してっ、下さいっ!」 それを求めているのは、自分になのか、それとも…… 「もうだめ、いく、いっちゃいますっ……んぅっ! はぁっ、はぁっ……んんぅ〜〜〜っ!!」 言葉通り絶頂が近いのか、一気に手の動きを早め、自らを至高の絶頂へと導いていく。 「っ!!」 しかし、あと少しで達せたであろうそこで、自らの指をピタリと止めてしまう、かりん。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「そんなっ、いじわるですっ……んんぅっ!」 「いつも、そうやって、いじわるして……っ! 私のこと いっつも、困らせて……」 「…………」 「でも、好き……大好き、ですっ」 「……っ」 保留された、告白の返事。 兄と慕われた想いへの、応え。 それでも愛しく思う気持ちが募る、かりんへの気持ち。 それら全てがない交ぜになり、襲ってしまいたい衝動に駆られながらも、寸での所で、その足を止めてしまう。 「(かりん……)」 『誰』を想っているのか、それに自信が持てなくて……ただ何も出来ず、その場に立ち尽くしている自分自身が無性に悔しかった。 「……さん」 「え……?」 「……る、さん」 「翔、さん……大好きっ、ですっ」 「〜〜〜〜っ!!」 どくん、と。 今まで抑えてきた色んな物が、音を立てて崩れ去る。 「お願いしますっ……そんな、いじわるしないで…… わたし、好きだからっ……だからっ!!」 「どうなってもいいからぁっ……私のこと、抱いて…… 抱いて、下さいっ」 「お願い……しますっ!」 「私、翔さんに、めちゃくちゃにっ……抱かれたいっ ですっ」 「だから、だからぁっ……なんでもしますからっ いじめないで、翔さんの、下さい……っ!」 「何もかも忘れられるくらい、愛して下さいっ」 そう言って、再び愛撫を再開しようとするかりん。 「ああ、わかったよ、かりん」 けれど、それをただ見ているだけなんて言うのは俺にはもう、出来なかった。 「えへへ……嬉しいっ、ですっ……」 「来て下さいっ、翔さんっ、きてぇっ!」 「あ、ああ」 勇気を振り絞って発した声を、あまりにもあっさりと受け入れられてしまい、肩透かしを食らってしまう。 「あんっ、んぅっ、そう……あ、いやっ、翔さぁんっ」 しかし、そんな俺の事など意にも介さずに、かりんは再び自分で愛撫を再開してしまう。 「はぁんっ、切ないよぉっ、んんぅっ……だめぇっ! そろそろっ、翔さんが、帰って来ちゃう、のにっ! や、やめられない、よぉっ」 「あぅ、あぅっ……んんぅ、気持ちいいっ……気持ち いいよぉ、翔さんっ!!」 「翔さんの、おっきくて、熱くて、私っ、だけのっ!」 「……えーと」 部屋に入ってみても、まるで俺が夢の中の登場人物かのように、かりんは行為に夢中になっていた。 「かりん……その、どうせなら一緒にやらないか? っつーか、やらせろ」 「はぁん、んぅ……えっ?」 「な、何言ってるんですかっ、翔さんっ……? 翔さんと、私はぁっ、もう、繋がってるじゃ ない、ですかぁっ!! はあぁうっ!!」 「いや、それ俺じゃないから。影武者だから」 「……え?」 ぴたりと、不意にかりんの指が止まる。 「……あれっ?」 「お前一人で、何勝手に盛り上がってんだよ」 「あぅ……?」 現状を理解できないのか、ぽかんとした表情でぐしょぐしょに濡れている秘所から、指を離す。 「お前が痴女だってのは知ってたけど、ほんと想像以上の エロ娘だな」 「ほん、もの……だったり、しますか?」 「一応襲わないでやっている、クールで紳士なあたり どう見ても本物だと思わないか?」 「ひっ」 「ひ?」 ヒエラルキー坂田? 「ひゃああああああああ〜〜〜〜っ!!!」 耳を《劈:つんざ》くほどの大声で叫ばれ、反射的に両耳を思いきり塞いでしまう。 もう少し耳を塞ぐのが遅れていたら、鼓膜がどうにかなっていたんじゃ無いかと言う大音量だった。 「みっ、みっ、みみみみみ、見てたんですかっ!?」 「ああ、まぁ……そりゃあな。見るだろ、普通」 「そんなそんなそんな、しししし、死ねますっ!!」 「だってお前、俺の部屋でしてるんだもんな」 「そそそそそ、それはそれはっ、えっと……そのっ!」 本当は俺も冷静じゃなかったはずなんだけどあんまりにも焦っているかりんを見ていたら不思議と落ち着いてしまっていた。 ……もっとも、股間の方は落ち着いていないけどな。 「ひゃうっ!?」 そのまま寝転んでいるかりんの逃げ道を塞ぐような形でベッドに体重を預け、真上へと移動する。 「かりん、好きだ。やらせろ」 「あぅ!? い、いきなりストレートすぎますっ! せめて、もうちょっとムード作ってくださいっ!」 「黙れ。さっきまで盛ってたクセに」 「あぅ……うぅっ」 図星をつかれて、照れて黙り込んでしまうかりん。 「とにかく、一時の気の迷いじゃねーからな。 ……さっきも言ったとおり、大マジだ」 「そ、それは死ねるほど嬉しい言葉なんですけど…… で、でもでも、そのっ、んんっ!!」 必死に取り繕ってこの場を収めようとしているかりんの口をキスすることで、強引に塞ぐ。 「んっ……んっ……ちゅっ、ちゅぱっ……」 「かりんとエッチしたい」 軽いキス一発で、とろんとした表情を見せるかりんにもう一度真面目な顔で、承諾を求める。 押せば倒れるかもしれないが、それでも同意の上でちゃんと愛し合いたいと思ってのことだった。 「だっ、駄目ですっ! そんなことしたら死にますっ!」 数瞬の間を空けて、我に返ったように俺を拒絶する。 「なんでだよ。さっきあれだけ欲しい欲しいって言ってた じゃんかよ」 「そっ、それは……ぶっちゃけ欲しいですけどっ!」 正直者のエロ娘だった!! 「でもでも、ダメなんですっ。どうしても無理ですっ」 「……女の子の日なのか?」 「あぅ! で、デリカシーに欠けますっ!!」 「ゴムつけるから」 今は持って無いけど、この際細かいことは気にしない。 「お、女の子の日じゃないですっ」 「じゃあ、なんなんだよ?」 「それは、その……ヒミツです」 「なんでやねん! もう俺、我慢の限界やねん!! ヤりたい言うてたやんけっ!!」 我慢できず、思わずエセ関西弁でまくし立ててしまう。 「俺のこと、好きじゃないのか?」 「……実は、好きですっ」 実はもクソも無い気がするが……ドサクサに紛れて告白の返事が貰えたような気もするので、結果的にかなりの成果とも言える。 「じゃあ、いいじゃん」 「ダメですっ」 「だから、何でだよ?」 「そ、その……で、デレツン!」 「は?」 「わ、私、実はデレツンなんですっ!!」 「普段はデレデレしてるんですけど、いざエッチの時に なると、恥ずかしくてツンツンしちゃうんですっ」 「何、その嫌がらせ」 時流に逆らう、萌え度皆無の新属性だった。 「俺のこと嫌いなら嫌いって言ってくれよ。そしたら 諦めもつくしさ」 「嫌いなわけ、無いです……」 「じゃあなんで……」 「もぅ、翔さんなんて知りませんっ!!」 「翔さんは乙女心が解らなさすぎですっ」 「んなこと言われてもさぁ」 「ばかばかばかばかっ! 翔さんのばかっ!」 「いててっ」 マウントポジションにいるにも関わらず、いいようにかりんにぽかぽかと叩かれてしまう。 「もう、我慢なんか出来ません……っ! ……好きですっ! 大好きなんですっ!!」 「私はいつだって、翔さんが大好きで……ずっとずっと 四六時中、翔さんのことしか考えてなくって……」 「だからぁっ……えぐっ、ひっく……」 「かりん……」 俺には解ってやれなかった葛藤を吐き出して、かりんの我慢していたメッキがぽろぽろと剥がれ落ちていく。 そこには、俺への想いで溢れ出してしまった涙がぼろぼろと流れ落ちていく泣き顔があった。 「ごめんな、今まで気付いてやれなくて」 「隠して、たんですからぁっ……ひっく……なのに 翔さんが私の気持ちも知らずに、好き、だって」 「たしかに俺はダメダメだったかもしれないな。 けど、だからこそ俺は今……かりんと一つに なりたいんだ」 「大好きだって言う、かりんの気持ちに応えたいんだ」 「で、でも、私、メガネ……外せませんよ? まだ どうしても……無理なんですっ」 「翔さん、メガネで、トロい人は嫌いだって……」 「自分でもわからんが、お前だけは、なんかその……特別 なんだよ」 恥ずかしかったのでそっぽを向いて言ってみたが顔が真っ赤になっているとバレないか心配だった。 「だから、その……メガネっ子は嫌いなんだが…… お前のことは、好きなんだ」 「お前だけは、俺の嫌いな要素が全部詰め込まれていようが 何しようが、とにかく好きなんだよ」 「ひ、卑怯です……そんな事言われたら、私……んっ」 かりんが怯んだ隙に、もう一度、その唇を奪う。 「ちゅ……んぁ……翔……さんっ……」 「かりん……」 観念したのか、二度目のキスを合図に、かりんのガードがほぼ無防備なほどに甘くなる。 俺は、すでにぐしょぐしょに濡れていたかりんの秘所にそっと手を伸ばして…… 「だっ、駄目ですっ!! やっぱりタンマですっ!」 「タンマなど存在しないっ!」 「じゃあ、ゴールデンなハンマーです!」 「スーパーなひ○し君人形でもダメだ」 っつーか、どっちも関係ないだろ。 「とにかくダメなんですっ……その、どうしてもって 言うなら、来月まで待ってくださいっ」 「来月まで?」 「その、来月なら……いくらでもしてもらって…… 構いませんから」 「(ぐはっ……なんてセリフを言いやがるこの女!)」 相手がメガネ娘でなければ死んでいたかもしれない殺し文句を言われてしまい、収まりがつくどころかむしろ焼け石に灼熱の炎と言った状態だった。 「お前、超痴女だな」 「な、なんでですかぁ〜っ!!」 「後学のために教えておくが、好きな女にそこまで言われて 襲わないで引き下がる男などいない」 「ぎゃ、逆効果ですかっ!?」 「うむ。とにかく、もう収まりつかんし」 「あ……ぅ……」 その言葉につられて視線が下に降りたかりんの顔がさらに真っ赤に染まる。 「へっへっへ、欲しいんだろぉ〜お譲ちゃ〜ん……さっき 欲しいって言ってたよねぇ〜、うん?」 いやらしいオヤジのような口調で、さっきのかりんがオナニーをしていた件に突っ込んでみる。 「それはっ……そのっ……」 「とにかくダメだ。やる。絶対やる。許可出してくんなきゃ 吐くまでマヨネーズ食わせるぞコラ!」 ついカッとなって普段のメガネっ子掃討モードにスイッチが入ってしまう。 「なんでマヨネーズなんですかっ! 嫌ですよぅ」 「なんでだよ! マヨラーになれよっ!!」 「マヨラーでも、吐くまでは食べませんよぅ〜」 段々論点がずれてきたので、ここいらでもう少し真面目に迫ってみることにする。 「なあ、マジでダメなのか? どうしてもダメだって 言うなら、俺だって無理矢理なんてのは出来ないし ……諦めて一人で慰めるけどさ」 「…………」 数秒のためらいの後、観念するようにため息をつくとかりんは、少し困ったような笑顔で口を開いた。 「そんな言い方されたら、ダメだなんて言えません。 ……本当は私も、ずっと、したかったんですから」 「か、かりん……」 いつもと少し違う口調のかりんにドキッとしつつも抑えていた感情を爆発させないように冷静に努める。 「本当にいいのか? 押し倒しといて言うのも何だけど 出来れば、ちゃんと両想いだって確信したいっつーか その場の勢いで、後で後悔させたくないって言うか」 「むっ……ここまでさせておいてそれを言いますかっ」 「うっ」 「あぅ……ちょっと私の容姿が変わるだけで、ここまで ムード作りが下手になっちゃうなんて……」 「ん? なんか言ったか?」 「な、なんでもないです」 「そ、それじゃ……いいのか?」 「はい。……好きにしてください」 そう言うとかりんは大胆にも俺の手を取り、自分の胸へと押し当てるように誘導してきた。 「か、かりん!?」 「ふふふっ、どうしたんですか? 翔さん…… もっと積極的に襲ってくれないと、拒んでる 女の子はその気になってくれませんよ?」 「わ、わかってるよ。んじゃ、遠慮なく好きに抱かせて もらうからな」 「はい。望むところです♪」 何かの《箍:たが》が外れたのか、いきなりの積極的なアプローチに一瞬ひるんでしまう。 「私だってずっと我慢してご無沙汰だったんですから…… 思いっきり、楽しませてもらいますっ♪」 そう言うや否や、かりんの方から積極的に唇を重ねようと俺に身を寄せてくる。 「んっ……ちゅっ……ちゅぱっ……はぁっ」 「翔、さんっ……あむっ……ん……んむっ……」 「かりんっ……」 かりんからの情熱的なディープキスの嵐を受け流しその唇を離して、そっと相手の名前を呟く。 「んっ、あっ……あぁんっ!!」 欲望に身を任せて、その犯罪的な膨らみに手をかけ乱暴に揉みしだく。 「気持ち、いい、ですよっ、翔……さぁんっ!!」 相手への配慮など飛んでしまっている俺の愛撫へとちゃんとついて来て共に快感を高めていくかりんに手馴れたものを感じ、思わず動きを緩めてしまう。 「あっ……どうかしたんですか?」 愛撫が弱まった事に敏感に反応し、俺の顔色を伺うように潤んだ瞳をこちらへと向ける。 さっきの自慰行為の時に薄々感づいていたのだが『ご無沙汰』と言う単語から察しても、かりんはすでに処女じゃないのだろう。 正直、こいつは口だけでそう言うのにかなり疎そうだと勝手に思い込んでいただけに、複雑な心境だった。 「(うっわ、俺、人間ちっちぇな……)」 想像も出来ない相手の男に嫉妬しているなんて馬鹿な考えを捨て、目の前のかりんに集中する事にする。 「すまん、何でもない。続き……するぞ」 「……翔さん」 「ん?」 「私の、はじめて……貰ってください」 「え……?」 まるで俺の心を読んだように、優しさに満ち溢れた微笑みでそんな言葉を口にするかりん。 「私……はじめて、ですから」 「……そっか」 「ほ、ホントですよっ?」 「サンキュな。俺は平気だから。ネチネチ気にするから 毎日じわじわとそのネタでいたぶってやるよ」 「あぅ……ホントなのに信じてない上に、全然平気そうじゃ ない内容の発言ですっ」 「バカ、冗談だっての」 「……はいっ」 健気なかりんの気遣いでヤる気を取り戻した俺は、仕切り直しとばかりに、もう一度軽いキスをする。 「覚悟しろよ。今までで一番感じさせてやる」 何だかんだで相手の男への対抗意識を燃やしつつ、決死の覚悟で挑む心意気を見せ付けてみる。 「ふふっ、チェリーボーイなのに大きく出ますね♪」 「(ぎくっ!)」 が、しかし……そんな俺の心境など知ったこっちゃ無いと言わんばかりの鋭い指摘が俺の胸を抉る。 「なんでそんなのわかるんだよ?」 「翔さんのことなら、何だってお見通しですから」 「かりんのクセに生意気なっ」 「あっ、んっ……ふぁっ……ちゅっ、ちゅぱっ……」 最初はそっと、次第に貪るようにキスを交わす。 「ちゅ……ちゅ、ちゅっ……ちゅぱっ、んんっ……」 互いの舌が絡み合う感触に、俺はしばし夢中になってその行為をひた繰り返していた。 「んふぁっ、はぁっ、ちゅぷっ、ちゅむっ……」 「んっ……80点って、ところですねっ」 「なんだよその点数は」 「キスのぉ点数にぃ、決まってるじゃないですかぁ〜」 「それって、結構高得点なのか?」 「得点自体は、高得点ですけど、キス自体はぁっ、んっ…… 全然ダメダメですねっ」 「はぁっ?」 「だからぁ、キスは20点くらいなんですけどぉっ ……翔さんのキスだから、オマケで+60点…… んっ、なんです、よぉっ」 「……そっかよ」 「んふふふふっ、そうれすっ……んっ、ふぁっ……」 「んっ……んぷっ!?」 ただ成すがままにキスされていたかりんが、急に積極的に舌を入れて、攻めに転じ始める。 「んぁっ、んぷ、んっ……ちゅむっ、ちゅぱっ」 「……っ」 「はぁっ、んぷっ……はむ、ちゅぷっ……」 「ぷあっ、ちょ、ちょっとタンマ!」 激しく求められたキスに呼吸のタイミングが掴めず、咄嗟に待ったをかけてしまう。 「ふふふっ、もう降参ですか?」 「うるせー、んなワケあるかよ」 「まぁ、良いですけど。私も手ほどきしてあげますから その意気込みで頑張ってくださいね?」 「は、はい……」 な、なんかマジでかりんの性格変わってないか?と言うか痴女なお姉さんって感じなんですがっ! 急に立場が逆転した気がして、ちょっと弱気になって腰が引けてしまう。 「やばい、俺の知ってるかりんじゃない」 「私、こう見えても翔さんよりも年上ですよ? こう言う時くらい頼りにして下さい。ふふっ」 「ま、マジで?」 マジでも何も、冷静に考えれば深空が同い年なワケだから年上なのは当たり前なんだけど…… あまりにも性能がへっぽこすぎて、年下なイメージしか持てていなかっただけだ。 「ははっ、年上の妹がいるのは、世界広しと言えど 俺だけのような気がするぞ」 「ふふっ、それもそうですね」 「それじゃあ経験豊富なお姉さんに、主導権を譲って貰える ように頑張らないとな」 年上のお姉さんに筆下ろしされるってのも悪くないが相手がかりんとなっては、何故だか無性に悔しいのでここはプライドに賭けて攻めの姿勢を示しておく。 「はい……でも、これだけは言っておきます」 「お、おう」 「その……『かりん』のはじめては、翔さんですから。 『私』のはじめては……全部、翔さんのものです」 「うっ……」 自分の嫉妬心を見透かされたのと同時に、そんな嬉しいお言葉がもらえるとは思ってなかったので股間のモノがさらに元気になってしまう。 「うわ……すごい……ですっ」 「お前がエロすぎるからだ」 「す、すみません」 「……でも、それこそ翔さんが悪いんですよっ」 「そ、そうなのか?」 「はいっ、そうなんです」 思わぬお姉さんぶりを披露されてしまい、ついつい気持ちの上での攻守が逆転してしまう。 「(落ち着け、俺……相手はあのへっぽこかりんだぞ?)」 自分の方が強いんだと暗示をかけると、イニシアチブを取るために、ひとまずメガネを外そうと手を伸ばす。 「あっ……ダメですっ!」 しかし、何故か必死になって拒否されてしまう。 「何で? 絶対メガネ取った方が可愛いって。っつーか お前がメガネ取ったらマジ最強」 「気持ちは凄く嬉しいんですけどっ……その、今日は まだ、ダメです」 「…………」 さっきから絶妙なじらし作戦をされている気がするのは気のせいなのだろうか……? 「詳しくは言えないんですが、『かりん』にとって このメガネは、最後の一線なんです」 「このメガネを外す時は、もう決めてるから……だから 私の決意を鈍らせないで下さい」 「わかったよ。ったく、ホントお前、頑固だよな」 「あぅ……すみません。こんな私でも、いっぱい愛して くれますか?」 「当たり前だろ、バカ」 その一途な気持ちに応えるように、出来るだけ優しく胸への愛撫を再開する。 「私は、どんなことされても感じちゃいますから…… 遠慮しないで、翔さんの好きなように、抱いて…… んっ、ふぁっ……ください、ね?」 「お前、なんだかんだでドM娘だな」 「ふふふっ、そうなんです。いじめられると、いっぱい 感じちゃう、エッチな娘なんですっ」 「だって、いつもいつも翔さんがいじめて来るから…… 私が翔さんとのつながりを感じられるのは、いっつも いじめられている時だけだったんですっ」 「なんだよ、Mになったのは俺のせいだっての?」 「そうです。Sな翔さんに合わせてMになったんです」 「じゃあ、遠慮なく好きなようにさせてもらうぞ?」 「はいっ」 火照った笑顔を覗かせているかりんのはだけた胸を勢いよく両手で鷲掴みにする。 「んっ、あ、はあぁっ……」 さきほどのかりんの自慰行為を思い出しながらこいつの描いている自分をトレースするように少し強めに、乱暴に揉みしだく。 「んぁっ……気持ち、いいっ、です……ひゃあっ!? す、すごい、ですっ、んはぁっ!」 ツン、と存在を主張している乳首をコリコリと擦りながら同時に舌で責め立てる。 「っあぅんッ!! それっ……すごっ、すごいっ…… はぁぁんっ! だめ、あぁんっ!!」 「胸がキュンって、締め付けられてぇ……っ! わた、わたひっ……だめぇっ」 今までよりも一層強い快感に襲われているのか、呂律が上手く回らないまま言葉を紡いでいた。 「お前、胸でかいくせに感度も良いんだな」 「やあぁっ……そんなことぉ、言わないで、下さいっ」 つぷりと秘所に入れた指が、きゅううっと強く俺を求めるように締め付けてくる。 「いつもこうやって心の中で俺に責められたんだろ?」 「んんぅ〜〜〜っ!」 イヤイヤと首を振って否定するが、先ほどまでの余裕が消え去り、完全に受けに回っている事から図星だったのだと伺える。 抱き方に加え、言葉責めにも手ごたえを感じる。 「だいたい深空は、こんなにふしだらでも無ければ 胸もでかくなかったよな?」 「お前、俺のこと想って毎日慰めてたのか? 清楚な子だと思ってたけど、とんでもない 淫乱娘だったんだな」 「ちがっ……ひゃあぁんっ!!」 かりんが否定の言葉を否定しようとした瞬間愛撫の必要が無いくらいに濡れそぼっている秘所に入れた指を上下に動かす。 「わたしっ、ちがっ、ああぁんっ!! はぁっ…… いじわる、言わないでぇっ……翔、さぁんっ」 じゅぷじゅぷとかりんの中を弄び、初めて肌で感じる女性のソコを堪能する。 「私の身体はっ、いじめても、いいですからぁっ…… 言葉だけは、優しく、して、欲しいですっ!」 「ああ。お前が望むんなら、そうしてやるよ」 「はぁっ、嬉しいっ。翔さんは、いつもっ…… いじわるだけど、ホントはすごく優しくてっ だから、大好きですぅ……んぅっ!!」 キスを求めてくるかりんの唇に、そっと顔を近づける。 「んゅっ……ちゅぷ、ちゅぱっ……んぷっ」 「はぁっ……翔、さん」 「……ちっ」 顔を近づけていると、無意識に視線がメガネを追いかけて集中しきれていない自分に、いらつきを覚える。 「……すみません」 「え?」 「メガネ……外しますか?」 「いや……メガネごときに負けるのは気に食わない。 俺達の前に障害なんて何一つ置きたくないし」 「嬉しいです。私の全部、受け取ってくれるんですね」 「ああ。お前の全部を受け入れるよ」 「それじゃあ……」 「んっ……よいしょ、っと」 「えっ?」 そう呟くとかりんは、立ち上がってベッドに手をつき形の良いお尻をこちらに突き出すような姿勢になった。 「これならきっと、あまりメガネを意識しないで 思いっきりえっちする事が出来ると思います」 「うっ……か、かりん……」 挑発するように自らの手で秘所を広げ膝立ちするかりんはチェリーボーイな俺には少々刺激が強すぎてクラクラするくらいに扇情的な光景だった。 「だから翔さん……私のぜんぶ、貰ってください。 私の身体、好きにして……ください」 「……かりん」 「ほら翔さん、見て下さい……私のココ、さっきから もうずっとグチョグチョで、翔さんのが欲しいって 疼いてるんですよ? えへへっ」 言葉の通りグチョグチョに濡れて光っている秘所をぱっくりと思いきり広げて見せる。 そのかりんの表情は、どこか妖艶さを放ちつつも悪戯をする子供のような無邪気さが同居していた。 「……いくぞ」 「はいっ」 その誘惑に導かれるままに自分のモノを宛がうと、かりんの膣に狙いを定めて、一気に挿入を…… 「え?」 しようとした瞬間、かりんの左手がその侵入を防いだ。 「私のココに、いれたいですか?」 「あ、当たり前だろ」 すでに爆発しそうなくらい誇張してしまったモノを見れば解るだろうに、かりんはなぜかここまで来て再びお姉さんモードにスイッチしていた。 「私、翔さんが『かりん』の事をそう言う目で見るより ずっとずっと前から、いつだって大好きでした」 「私はもっともっと、いっぱい我慢して来たんです」 「だから、まだダメです。何となく悔しいので、そんな 簡単には入れさせてあげません」 「なっ……」 「だから……もっともっと、私を懇願させるくらいに 気持ち良くしてもらってからじゃないとイヤです」 「私がよがって懇願するくらいに、まずは指で…… いじって欲しい、です」 「さっきまでよがってたじゃねぇかよ!」 「ふふっ。翔さんだって、私に負けずにえっちです。 そんなにココに入れたいんですか?」 「あ、ああ、そうだよ。悪いか」 何となくバツが悪くなったので、照れながらそっぽを向いて答える。 「ふふっ、翔さんったら可愛いんですね…… そんなにガッカリされちゃうと、許したく なっちゃいますけど……」 どうやら、どうあってもお預けする方向らしい。 「(ちくしょう、入れたい……早くかりんの中にぶち込んで  滅茶苦茶にしたい……っ!!)」 普段の立場なら強引に行けるのだが、何故か今のお姉さんモードのかりんの前では、強く出れない。 「焦らなくても、これからはずっと、かりんは翔さんだけの モノですから……」 「私の身体、じっくりと味わって欲しいんです。まずは 指で……可愛がってください」 その言葉に従っていれば最高の時間が味わえる……かりんの言葉は、そんな甘美な雰囲気を持っていた。 「ほら、早く……私のアソコを翔さんの指でぐちゅぐちゅに 弄り倒してください」 その命令が、まるで甘ったるい蜂蜜のように感じて気がつけば俺は、かりんのワレメに指を当てていた。 「そう、そのまま……ゆっくりと擦ってください」 「ああ」 言われた通りに、ゆっくりとワレメに沿って、しゅっしゅと上下に指を動かす。 「あぁんっ! そう……そのままっ……はぁんっ!」 「んっ……もっと、緩急もつけてみて下さ……あぅっ!」 指を中に入れずに往復させているだけなのにじゅぷっじゅぷっといやらしい音を響かせるそこに誘われて、思わず視線が釘付けになる。 「わたしのココ、どうですかっ?」 「ぐちょぐちょで、指に吸い付くような感じで……すげぇ エロい」 「ふふっ……かける、さんに見られてると思うと…… いつもよりも、すっごく燃えちゃいますっ」 「一人で楽しんでるんじゃねえよ、このヤロウ」 「はぁんっ!!」 だんだんムカついて来たので、少し乱暴に指をぐちゃぐちゃと激しく動かす。 「はぁっ……はぁっ……んんっ、ひさっ……りの翔さんの 指っ……指でぇ、わたしぃっ!!」 「んっ、ダメぇッ! わ、私っ、えっちな汁が…… とまらなっ……ひゃあんっ!!」 ぐちょぐちょと音を立てて俺の指を誘惑するワレメの間をただひたすらに擦り続ける。 「はぁんっ……かける、さんっ……気持ち、いいよぉ」 不意に見せた、可愛らしい見た目相応な嬌声に、思わずドキッとする。 俺がいじるたびにどんどんいやらしく、そして可愛くなっていくかりんを見ていると、じらされているこの状態も悪くないかと、不覚にも思ってしまう。 「っ……てめぇ、さっさとイキやがれっ!」 先ほどからお姉さんぶられて見事にM男ぶりを披露してしまっているコトに気づき、主導権を握るために、俺はさらに愛撫を激しくする。 「あんっ……かけ、る……さぁんっ!!」 「はぁっ、あんっ、あっ、んぅ、うんッ……!」 がくがくと膝を揺らして、ぼたぼたと愛液を垂らし始め床に水溜りが出来るほど感じているようだった。 「んぁっ……ふわぁっ……んんっ……気持ち、いいっ」 「どうだ? 気持ちいいか?」 とろんとした瞳で前戯に溺れているかりんを前に意地悪く笑みを作って、仕返しにそう訊いてやる。 「んふふっ……まだまだです」 しかし、それが逆にかりんに正気を取り戻させたのか素人の俺には負けないぞと言わんばかりのしたり顔でニヤリといやらしく笑う。 「翔さんの愛撫が物足りないから、いつものように自分で やっちゃいます……んっ」 そう言うと、かりんは自分で胸を揉みながら秘所に指を当てて、クリトリスをいじり始めた。 「あんっ……翔さんっ……かけるさぁんっ!!」 先ほどは見られたのを恥ずかしがっていたかりんが今は逆に、俺に見られているのを楽しんでいるのか自ら積極的に自慰行為を始める。 「はぁんっ……こうしてっ、いじられるのを……ずっと 待ち望んでいたんですっ!!」 「『かりん』はエッチな子だからっ……毎日翔さんのことを 思い出して、一人で慰めてたんですっ!!」 「ホントはかけるさんと、エッチしたかったから!! ずっとずっと……こんな日を待ってたんですっ!」 聞いてるこっちが恥ずかしくなるような告白をしながらこれでもかと言わんばかりに俺を挑発してくるかりん。 「はぁっ……だから、私が溜めた想いのぶん……いっぱい いっぱい、愛して欲しいんです」 「あぁんっ! もっと……好きにして、いいんですよ? 私のおっぱいも、お○んこも、全部全部……翔さんの モノなんですからっ!!」 「かりんっ……かりんっ! 俺、お前が欲しい!! かりんのことっ、めちゃくちゃにしたいっ!」 我慢の限界が来て、俺は犯すかのようにかりんへと飛び掛り後ろから思いきり秘所を弄り倒す。 「はぁんっ!! そ、それっ……ダメっ、ダメですっ!! 感じちゃうっ……感じすぎておかしくなっちゃっ……!」 「〜〜〜ッ!!!」 中指と人差し指で秘所の肉襞を擦り回し、溢れ出す愛液を舐めとると、そのまま下へとスライドさせてかりんの一番敏感な突起への刺激を与え続ける。 「はあっ、うぅんーーーっ!! だ、ダメですっ!! か、翔さん……そ、そんなにされたら私……っ!! あうぅ〜っ……いっちゃっ、イッちゃいますっ!」 「かりん、俺、もう……」 先ほどから限界まで膨張している自分のソレを取り出し許しを請うように、その意思を確認する。 「わ、私も、限界ですっ……」 「も、もう……翔さんのおちん○んが欲しくてっ 死んじゃいそうですっ!!」 「私のおま○こが、翔さんのが欲しいって、疼いて…… もう他の事なんて、何も、考えられませんっ!」 「かりんっ……いくぞっ!」 「あっ……」 ぐちょぐちょに濡れた指を引き抜いて、俺のモノを受け入れるために自分で秘所を開くかりんの膣口に爆発寸前まで怒張した陰茎を宛がう。 入れようと力む前に、ひくひくと俺のモノを誘うようにかりんの膣の襞が喰いついて来る。 「わたし、処女膜は無いですけど……っ! それでも! 『かりん』にとってのはじめては、翔さんなんです! 信じて―――欲しいですっ!」 「いつだって私の『はじめて』を奪うのは翔さんで…… 後にも先にも、翔さんだけなんですっ!」 「だから、私はずっと翔さんだけのモノですっ!! 翔さん以外の人なんて、誰も考えられませんっ!」 「かりん……っ!」 その真っ直ぐな言葉に導かれるように、俺はかりんの膣へといきり立ったペニスを、思いきり突き入れた。 「んんんんんんんぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!!」 「ぐあっ!?」 初めて味わう快感と、想像以上にきつく締め上げ搾るように纏わりつくかりんの膣内からの刺激に油断した俺は、入れると同時に射精してしまった。 「(やべっ……)」 何とも情けないと思うのと同時に、不可抗力とは言え思いっきり中だしをしてしまった事に危機感を覚える。 「はぁっ……翔さんの、せーえき……あったかいです」 気を遣ってくれたのか、そんな事は気にしていないのかかりんの方はケロっとした表情でフォローをしてくれた。 「す、すまん」 「ほんと、初めてとは言え早すぎです。ソーローです」 「うっ……」 「えへへ、冗談ですよっ」 「え?」 「初めてだったのに、じらしすぎちゃいましたからね。 しょうがないです。ドンマイです、翔さんっ」 「かりん……てめぇ……」 おちょくられた事に少し腹を立てつつも、未だに押し寄せている快感に押されて力が出なかった。 「私もイッちゃいましたし、おあいこです」 「それに、これからいっぱい気持ち良くさせてくれれば 全然おっけーですから」 エロい笑顔を覗かせて、期待のまなざしで俺の顔を覗き込んでくるかりん。 まさか、これで終わりじゃないですよね?と挑発されている気がして、俺のS男魂に再び火がついた。 「これで終わりなわけ……ねえだろうがっ!!」 まだまだ衰えていないビンビンのソレをさらに怒張させ思いきり、かりんの膣に叩きつける。 「はぁんっ!!」 軽口を叩く暇さえ与えないくらいの快感を与えてやると決意して、一度出したのをいい事にペース配分を考えず一気に限界までストロークの速さをかち上げる。 「ひゃうぅ……っ、しゅごっ、すごいぃ……っ!! ばっ、バックでっ、こんなにっ……深くまでっ! ……奥に、届いてっ、ひゃあぁんっ!!」 「あの時もぉっ……こぉしてぇっ……んはぁっ! すきぃっ……大好きですぅっ、翔さんっ!!」 「だからぁ、もっと……奥までぇっ! いっぱぁ…… いっぱいぃ〜〜〜っ……突いてぇっ、くらさいぃ! ふああぁ〜〜っ! んあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「ぐっ!」 かりんの膣の締まりがさらにきつくなり、思わず快感で腰の動きが怯みそうになるが、気合でカバーする。 中だしをしたまま突き動かしているせいも手伝って室内には強烈ないやらしい匂いが充満していた。 「あんっ、あんっ、んぅっ……す、すご、い、ですっ! 翔さんのがっ、私の子宮を、コツン、コツン、って 突いているのがっ……わかりますっ!!」 「あうぅぅぅっ! もっとぉっ、もっとくらさいぃっ! かける、さんのっ、もっと、もっとぉっ!!」 「ぐっ!」 「かける、さぁんっ、わた、私の中っ……わたしのこと いっぱい! いっぱい感じて、くださいっ!!」 「ああ。すげぇ気持ち良いよ、かりん!!」 「あぁんっ! やぁっ、はうぅ、ひんっ、ひゃあぁん! すごっ、いっ……はぁっ、はああぁぁぁぁんっ!!」 俺がその気持ちに応えるため、さらに速度を上げるとかりんもその動きに合わせて軽く腰を動かし始めた。 「い、いいっ! すごぃ、いいっ……ですっ!! 翔さんのがっ、わたっ、わたひのっ中でっ!!」 「はうっ、うあぁっ、すご、すごいぃ……っ!! またイッちゃう、イッちゃいますうぅっ!!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」 「んんっ……んぁっ! んはぁっ!! あっ……あぅっ! だめ、だぁめぇっ! まだっだめぇ!!」 きゅうううぅ、と継続的なしめつけを繰り返しながら《襞:ひだ》の一つ一つが、精液を絞るように求めてくる。 「だめぇっ、だぁめぇっ、いま、イッてっ……はぁんっ! ちょっ、止めっ、んぅ〜〜〜っ!!」 「ぐぁっ!」 制止の声を聞きながら、早く上り詰めたい感情といつまでもこの中にいたい感情がない交ぜになり脳からの信号をシャットアウトし始める。 「だめだ、かりんっ! 止められ、ないっ!!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 がくがくと膝を揺らしながら、次々に襲い来る快感の波を必死に受け入れているかりんの尻を両手で掴んで崩れ落ちないように支えこむ。 「だめっ、だめですっ、も、もうっ……わ、わたしっ! 変になるっ! ヘンに、なっちゃいますぅっ!!」 「かりんっ、かりんっ!!」 むせ返る淫らな匂いの中、ただひたすらにかりんの名を連呼して、ぐちゅぐちゅといやらしい水音を立てながらがむしゃらにピストンを繰り返す。 「ふぁ、ひっ、んっ、んんぅっ、あぅ……もう、あつくてぇ なにが、なんだか、わからにゃっ……んはぁっ!!」 「おかしくなるっ、おかしくなっちゃうっ……だめ、んぅ! ああっ、来る……っ、よぉっ!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 がくん、と完全にかりんの膝が落ちて、全体重を支える状態になって初めて、腰の動きを止める事に成功する。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「だ、大丈夫か?」 動きを止めても、きゅうきゅうと愛しそうに俺のモノを断続的に締め付けてくるかりんにやっとの事で声をかける。 「し、死ぬかと思いました……」 「少し休むか?」 「いえ。大丈夫です」 はぁはぁと息を切らせながらも、強気な答えで続きを促すように、俺の肉棒を触ってくる。 「出来れば、もうちょっと右の方を突いてみて下さい」 何も考えられずただ腰を振っているだけの俺に、自分の感じる場所の的確な指示を出す。 「わかった。じゃあ、続けるぞ」 「はいっ。望むところですっ」 俺はもっともっと感じているかりんの声を聞きたくて言われた通りに、少し角度を変えて挿入を再開する。 「あぁ〜〜っ!! そ、そこっ! ……ダメっ! きちゃっ……すごっ、いっ……!!」 「んんんんんぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」 どうやら、かりんが一番感じるであろう場所にピンポイントで直撃させられた効果も相まってまた軽くイッてしまったようだった。 「はぁっ……はぁっ……そこ、ダメッ!! だめっ! また来ちゃうっ! すぐ、来ちゃいますっ!!」 「俺もそろそろ限界かもしれねーから……ラストスパート 行くぞっ!!」 「はいっ、きて、くらさいっ! かけるさんの、ずっと このまま、中でっ、いっぱい感じさせて下さいっ!」 「ああ、かりんっ!!」 「ああああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!」 かりんが教えてくれた角度で、さらにピストンの速度を限界まで引き上げる。 「はぅっ、はぁっ、ふぅんっ、ああっ、だぁめっ……! イッちゃっ……だめッ、だぁめぇ〜〜〜っ!!」 開け放しになっている口から、唾液を垂れ流しながら言葉にならない嬌声を上げて俺に快感を訴えてくる。 「ぐああぁっ!!」 さらに締め付けが強くなり、一気に射精感が高まるのを必死に押しとどめてひたすらピストンを繰り返す。 「ひゃうぅっ! も、もうだめぇっ、イク、イクッ! はうぅんっ……んはぁっ、はぁっ、ああぁんっ!!」 「だぁめぇっ……な、なんかっ、来てっ……るぅっ! んぁっ、んんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 その叫び声と同時に、きゅうぅっと、さらに強くかりんの膣に締め付けられる。 「かりん、ダメだっ! もう出るっ!!」 自分の限界を察して、思わずそう叫ぶ。 「はいっ! いつでも、かけるさんの好きな時にっ! 好きなところにっ……出して、くださいっ!!」 「中にっ……中に出すぞっ!!」 「はいっ! わたっ、私の中にぃ……くださいっ!! 私の膣に、ぜんぶっ、出して、下さいっ!」 「わたし、受け止めますからっ……翔さんの、全部っ! ぜんぶっ、受け止めますからぁ〜〜〜っ!!」 「くっ……かりんっ、かりんっ!!」 「あぁうぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 ドクン、ドクン、ドクンッ!! その言葉を合図に、思いきり深くまで突き刺して、かりんの最奥へと俺の欲望の塊をぶちまけた。 最初の量とは比べものにならないほどの大量の精液を溢れてしまわないように、一滴でも多く収めていたいと言わんばかりに、かりんの膣が搾り上げてくる。 「ふぁあああぁっ……すごい、あったかい……まだ どくん、どくんって……出て、ますっ」 「お腹、いっぱい……嬉しいっ……」 「くっ……」 いつまでも入っていたいほど暖かく気持ちの良いかりんの膣から、俺のモノを引き抜く。 「は――あっ――翔さんのせーえき、いっぱいで…… わたしの中から、溢れちゃいますっ……」 「かりん――」 言葉通りに、引き抜いた途端にしたたり落ちる精液をかりんは勿体無いと言わんばかりにその手に掬い上げ自らの秘所に宛がい、その手で蓋をする。 「勿体無いから―――蓋、しちゃいますね」 そう言うと、かりんはそのまま垂れ落ちてきそうな精液をこれ以上零さないように、そのままの状態でぐちゅっと音を立てながら、手で秘所を覆う。 「かりん……お前、可愛いすぎ」 「ん……っ」 そんなかりんをどうしようも無く愛しく感じた俺は恋人同士に相応しい、触れるだけの軽いキスをする。 「だって、私は翔さんのお嫁さんですからっ」 「ああ、そうだな……」 「だから……」 「ふえぇ……っ!」 「か、かりん!?」 急に泣きながら抱きつかれてしまい、何がなんだかわからずに戸惑ってしまう。 「なんだよ、どうしたんだよ、急に……」 「ずっとずっと、こうして抱きつきたかったんですっ。 こうやって、いっぱいいっぱい、愛して欲しかった」 「それがっ、叶って……うれしっ、ですっ」 「バカ……だからって、泣くヤツがあるか」 「えぐっ……で、でもでもっ!!」 「ほんとはいけなくて、でも、好きだから……っ! ごめんなさい、翔さんっ……でもっ!!」 「かりん?」 俺はかりんを受け入れたと言うのに、まるでそれが禁忌かのように、ただ抱きついて泣き続けるかりん。 思えば、ずっと好意を抱いてくれていたにも関わらずこいつは俺に嫌われるような変装をして、告白してもすぐには受け入れてくれなかった。 そこには、俺には言えない『決意』があったのだろう。 俺が知ることの出来なかった、かりんに秘められた大きな決意と、ひ弱な彼女には重すぎる宿命。 それが何なのか、今はまだ解らないけれど…… 「かりん……よく、頑張ったな」 「かけるっ、さん……っ!」 「今まで一人で背負わせちまって、ごめんな? けど、今からは……俺も背負ってやるから」 俺はそっと優しく、かりんを抱きしめる。 かりんも、それに応えるように、さらに強く俺に抱きついてくる。 「翔さんが、死んじゃったらっ……私は一生、独り身に なっちゃうんですっ」 「今の私にとって、翔さんが全てでっ……だからっ! 結婚したい……ずっとずっと一緒にいたいっ!」 「かりん……」 ぽろぽろと涙を流しながら、縁起でもないことをとつとつと語るかりん。 「だから私のこと、貰ってくれないと……死にますっ」 それは脅迫にも近いプロポーズのような言葉で……けれど真実に限りなく近いような、一言。 もし俺がこの先、かりんと結ばれなければ―――きっとこいつはまた、過去へと旅立つのだ。 そうして奪われていく輝かしい『未来』は、あとどれだけ残されていると言うのか…… 「安心しろ。お前は、俺が守ってやるから。ずっとだ」 「責任持って、お前をお嫁に貰ってやるからさ。だから 泣き止めよ」 「俺は……死んだりしないから」 不安に押しつぶされそうなかりんを励ますように、そっと優しく髪を《梳:す》きながら、頬をなでる。 「……はいっ」 ぎゅうっと、ひ弱なはずのかりんに、苦しいくらいに強く強く抱きしめられる。 「約束、ですよ?」 「ああ、約束だ」 「ぜったい、ぜったい……ですっ」 やっとの事で笑顔を見せてくれたかりんに安堵してこちらも笑顔を覗かせる。 しかし、その心の奥底で、俺はかりんの不安の正体をおぼろげな形ながらも、掴み始めていた。 俺達は一つとなり、支えあうパートナーとなった。 そう遠くない未来に、俺も知る事になるのだろう。かりんが抱えてきたものを……そして、運命を。 「かりん……」 「翔、さん」 たとえどんな残酷な事実が待ち受けているとしても必ず二人で乗り越えてみせる。 そう強く決意して、愛しい人と口付けを交わす。 夜明けは、すぐそこまで迫っていた。 ……………… ………… …… 「あれ? みんなは?」 放課後、いつものように深空に会うために教室へ行くと先ほどまで騒いでいた麻衣子達の姿が消えていた。 「……みんな、もう帰っちゃいました」 「帰った? 麻衣子もか?」 「はい。残ってるのは、私達だけです」 夕陽と角度のせいか、いやに顔を真っ赤にしたように見える深空が、ぽつりとそんな言葉を口にする。 「ふーん。珍しい事もあるもんだな」 「珍しくなんて無いです。だって……私がこれを使って みなさんを帰したんですから」 そう言って、かりんは俺に変な道具を見せてくる。 「なんだこれ?」 「あぅ。以前お話した事があったと思います」 「俺に説明した事があって、見たことの無い機械……?」 「はい。『空間認識阻害装置』です」 「ああ、そう言えばそんな事言ってたっけか」 たしかこれを学園全体に展開しているお陰で、俺達8人以外には無意識下で学園の存在を認知できない、と言う近未来的でヤバげな道具だったか。 「これの設定をいじって、今この教室は私達3人以外 誰も『認知』できないようにしました」 「しましたって、お前……なんでまたそんな事を?」 気がつけばこれまた夕焼けの影響なのか、心なしかかりんの顔も火照り、熱を持っているように見えた。 「もしかして、ヒミツの相談でもあるのか?」 「はい。とっても真剣なお願いです」 「……はい」 「……?」 二人にじりじりと近づかれ、何となく距離を取って同じ幅だけ後ろに下がってしまう。 「えっとですね、翔さん……」 「な、なんだよ」 「私たち二人を、抱いて欲しいんです」 「なっ……!?」 「私は大丈夫ですから。だから翔さん、深空ちゃんを…… 私だと思って、いっぱい愛してあげて下さい」 「で、でもお前っ!」 「翔さん」 焦りまくっていると、かりんはいたって冷静な落ち着いた口調と瞳で俺を見据えて来た。 「あの時は信じてもらえませんでしたけど……今なら きっと信じてくれると思います」 「私の『はじめて』は……」 『私の『はじめて』は、いつだって翔さんのものです』 初めて結ばれた時、経験済みだったかりんが言った俺への『気遣い』の言葉を思い出す。 いや、その言葉は気遣いではなく本当だったのだと目の前の少女は今、証明しようとしてくれていた。 「翔さん。私の言葉を、ホンモノにして下さい」 「かりん……」 「か、翔さん」 「深空……?」 「翔さん……私、翔さんのことが、好きですっ」 顔を真っ赤にしながら、溢れ出すほどの好意を俺へと告げるように、告白の言葉を口にする深空。 俺とかりんの関係に薄々感づいているであろう深空に他人の恋を乱すような大胆さがあるようには思えない。 本来なら諦めるはずの、隠しておくつもりだった想いをなぜか止める事ができないからなのだろう。 「ほ、ほんとは分かってるんです」 「翔さんは、かりんちゃんのことが……だから、ずっと 諦めるつもりでした」 そう、それはまるで――― 「でも、何故だか私、どうしてもこの気持ちを抑えられ なくって!」 「かりんちゃんと翔さんが仲良くなればなるほど、私の 中にあった、翔さんへの気持ちも募っていって……」 それがいけない事なのではなく、むしろ《そ:・》《う:・》《あ:・》《る:・》《べ:・》《き:・》行動なのだと思わせる『何か』が、あるかのように。 「深空……」 「翔さんっ!」 これ以上この子を不安にさせないで欲しい、と言う目で俺に『深空を抱け』と訴えてくる、かりん。 「私、本当の好きって、その人の全部を愛してくれること だって……そう思ってますから」 「……わかった」 かりんが目の前にいるからと言って、過去のかりんを否定してしまうのは違うことに気付かされて…… 俺は、かりんの全てを受け入れる事を決意した。 「深空、その……俺もお前の事が好きなんだ」 「えっ……?」 「深空もかりんも、好きで……俺の中ではおんなじで。 だから、こんなの嫌かもしれないけど……好きだ」 「どちらかが一番じゃなく、どっちも一番好きなんだ」 「かける……さん」 かりんの正体に気付いていない深空に告げるのは酷だがこれが今の俺が言える、精一杯の愛情表現だった。 「私も、深空ちゃんなら、重婚だって許しちゃいます」 「重婚ってお前……」 「本当に、良いんですか?」 「ああ。深空が良いなら、だけどな」 「良いに決まってます。ベタ惚れですっ」 「ちょ、ちょっと、かりんちゃんっ!」 「恥ずかしがってちゃダメです。好きって気持ちは ……ちゃんと言葉にしないと、伝わりませんから」 少し寂しそうに紡ぐその言葉は、反論を許さないほどの重みがあって……何がかりんの言葉を重くしているのか分からないままに、俺達は黙り込んでしまう。 「だから、ね? 深空ちゃんの口から、伝えて下さい」 「……うん」 深空はかりんの手をぎゅっと握り、見つめ合うと、くるりとこちらを向き、正面から見据えてきた。 「翔さん。私の『はじめて』を……貰ってください」 「ああ。喜んで」 「エッチでケダモノな翔さんなら、据え膳は食べまくり っぽいですしねっ」 「せ、節操くらいあるっての!!」 「でも、普通、こんな……さ、三人でなんて……」 「そ、それは……ぐっ!」 真っ赤になってツッコミを入れる深空の言葉に言い訳したいのをぐっと堪えて、黙り込む。 「ふふふっ。エロエロカップルなので、細かい事は 気にしないんです、私たち」 また変に誤解されそうなフォローを入れつつ、かりんがいやらしそうな笑顔を見せる。 「たしかに、翔さんの周りは可愛い子ばかりですから…… しょうがないのかもしれないですけど」 「ちょっ……」 ちょっと複雑そうな顔をしつつ、そんなかりんの言葉をあっさりと信じ込んでしまう深空。 「それじゃ、他の娘たちとエッチ出来ないように これからは私たちで頑張っちゃいましょう!」 「ええっ!?」 「浮気対策ですっ。二人いれば、いくら絶倫な翔さんでも きっと浮気する気力も残らないですっ♪」 「おまっ、だから浮気なんてしねーっての!!」 「えいっ!!」 深空に変な勘違いをされないように慌ててフォローしようと近づくと、問答無用でズボンを下ろされていきなり股間を晒してしまう。 「早業っ!?」 「きゃっ……」 「んふふふふふぅ〜……ココをこんなにしながらそんな事 言っても、説得力に欠けますっ」 「ぐっ」 びん、といきり立つ俺の股間を握られてしまうと、まさにぐうの音も出ない。 「深空ちゃん、こっちこっち」 「う、うん」 「ちょっ……まっ……」 戸惑っている俺をよそに、素早く深空と自分の制服をずらしご自慢のふくよかな胸を顕にさせる。 「これは、私も『はじめて』なんですけど……んっ」 「こ、こうですか?」 「おぁっ!?」 いきり立つ俺の息子を二人の胸で挟むような形でぎゅうっと抱きつくように強く、くっついて来る。 柔らかすぎる二人の胸の感触が、腰と股間を包み込み俺はかつて得たどの種類の快感とも一味違った気持ち良さを、その身で感じていた。 「えへへ、だぶるパイズリですっ」 「や、やっぱり恥ずかしいよ、かりんちゃん……」 「好きな人を喜ばせるためだから我慢ですっ」 「う、うん……そうだね。私、がんばる!」 何かふっ切れたのか、深空の方も覚悟を決めて、さらに強く俺の腰に自分の胸を押し付けてきた。 「どうですか、翔さん? おっぱいが好きな翔さんには もってこいかなと思うんですけど」 即座に最高だ、と言いたくなったが、すんでの所で恥ずかしくなり、適当に誤魔化しておく。 「……ま、まぁ斬新ではあるかな」 「深空ちゃんの前だからカッコつけてるだけなんですよ。 こうやって目線を左に逸らすからバレバレですっ」 「ふふふっ、そうなんだ……」 「いらん事を教えるなっ!!」 「照れないで素直に気持ち良いって言ってくれた方が 嬉しいです。ねっ、深空ちゃん?」 「う、うん」 「……わかったよ、俺も恥は捨てればいいんだろ」 「そうして下さい。一緒に楽しみましょう♪」 「このドエロ娘め」 「ふふふっ。ぜ〜んぶ翔さんのせいですけどねっ」 「あぅ……」 何かよからぬ想像をしたのか、深空が顔を真っ赤にして俯いてしまう。 「それじゃあ深空ちゃん、そろそろ始めましょう」 「え?」 「こうして、胸をお互いに押し付けあいながら上下に 動かして行くんですっ」 そう言って、かりんがおもむろに俺のふとももから腹にかけて、押し付けるように胸をスライドさせていく。 「ぐあっ……」 まだ深空の方は動いていないにも関わらず、すでに俺の股間には、物凄い快感が《奔:はし》っていた。 「ちゃんと、翔さんがどんな性癖を持ってても 応えられる身体になれるように、色々と練習 して来たんですよ?」 「ですので、今日はその努力の成果を披露したいと 思います」 その言葉の通りに、どこか不慣れながらも手馴れたように感じさせる動きで、かりんの方はスムーズに俺の股間へ刺激を与えながらストロークして来た。 「わ、私は、その……見よう見真似で頑張ります」 おずおずと、けれども決して退かない意志を覗かせつつ深空の方も負けじと動き始める。 「んっ……ふぅっ……ふぁっ……はぁっ、んぅっ……」 「はぁ、んっ、んぅっ……ふぁっ、んんっ、ふぁ……」 「ふぅ、んん……はぁっ……んっ、あ、んっ……」 「んぅ、んんんっ、んぅっ……はぁっ……ふあぁぁっ」 最初はバラバラに動いていた二人だったが、すぐに呼吸を合わせて、リズミカルに動き始めた。 さすがは同一人物、と言ったところなのか……それともただ単に親友同士だからなのか、息はピッタリだった。 「ふっ、んっ……はぁっ、んぅっ……どう、ですか? 翔さん、気持ち、んっ……良いですか?」 「んっ……ふぁっ……んんっ……ちゃ、ちゃんと…… 気持ちよくなってれば、良いんです、けどっ」 「(こ、これは……ヤバイかもしれねーな)」 恥ずかしそうにこちらを見上げながら奉仕してくれる深空と、懸命に俺を悦ばせようと尽くすかりんと言うまさに反則級のコンビ――― その二人が上目遣いで精一杯、俺の股間を挟みながら胸を擦り付けて、刺激を与えてくれているのだ。 二人にここまでされて、気持ち良くないはずがない。 「ふふっ。気持ち、んっ……良さそう、ですねっ」 「あ、ああ」 2対1だと言うせいもあって完全に主導権を握られた今俺に出来る事と言えば、快感で腰砕けになりそうなのを我慢して、倒れないように立っている事だけだった。 「はぁっ、んぅっ、ふぅ……っ、んっ……はぁっ……」 「んっ、ふぅっ……はぁんっ、んんっ……んぅっ……」 この淫らな行為自体に興奮しているのか、俺が弄っているわけでもないのに、深空の口からは甘く切なそうな吐息が漏れ始めていた。 「ん、はぁっ……ふふっ。んっ、違いますよ、翔さん」 「え?」 「もちろん、行為自体にも、そのっ……興奮して 感じちゃって、ます……けど……」 「私たちの方も、気持ち良いん……ですよっ?」 そんな考えを見透かされたのか、かりんにズバリ抱いていた疑問の答えを言い当てられる。 「深空ちゃんの胸と、擦り合って……ん、ふぅっ…… おっぱいが……気持ち、いいんですっ」 「は、はいっ……な、なんだか私も、気持ち良くてっ」 俺だけが奉仕されているように思えたが、実際はお互いに敏感な部分を擦り付けているわけなので二人にとっても快感なのだろう。 「んっ……そろそろ慣れて来ましたから、色々と試して みますね?」 「え……?」 そのままでも十分気持ちいい状態だと言うのに、かりんはさらに、何かを思いついたようだった。 「ん……こうひて、つばを溜めてから……垂らせば…… もっと、ねちょねちょして、えっちぃかもです」 「っ!?」 「きゃっ!? び、びくんって反応しました」 熱を帯びていたそこに、生暖かい液を落とされてその不意打ちで思わずペニスが反応してしまった。 「ふふっ、気持ちよかったですか? 深空ちゃんもやって みて下さい」 「え、えっと……ん……こ、こうれふか?」 ぴちゃりと、再び俺の一番敏感な箇所に生暖かい水気のある感触が伝う。 「こうして、たまに、つばを垂らしながら、動くと…… すっごくいやらしい感じに、なると思います」 「んっ……こ、これ……すごく恥ずかしいですっ」 深空とかりんが動くたび、俺の肉棒が水気を帯びてくちゅくちゅといやらしい音を奏で始める。 その音も然ることながら、濡れたことで見た目の方もより性器を強調するようなテカリを放っていた。 「んっ、ふぁっ、んぅ……ふふふっ……思ったとおり…… 良い具合、ですねっ……」 「あ、あうぅ……すごい、えっちです……」 何だかんだで興味津々だったのか、深空は真っ赤になりながらも俺の息子から目が離せないようだった。 「おっきくて、硬くて、あったかくて……こんなに えっちなものを、二人で弄ってるんですよ……?」 「ふ、二人で、こんな……いやらしすぎて、私……」 恥ずかしそうに動く深空の乳首は完全に勃っていてその柔らかそうな太ももに、一筋の液が垂れていた。 「はぁっ、はぁ……んっ、んんぅっ……はぁんっ! き、気持ち……いいですっ」 「やんっ! み、深空ちゃん……おっぱい、擦れて……」 「ご、ごめんね……で、でも、気持ちよくて……」 この特殊な《状況:シチュエーション》と、道具のお陰で誰にも気づかれないと言う空間だからこそ感覚が麻痺してきたのだろうか深空がまるでスイッチが入ったように、大胆になる。 「ふふふっ……やっぱり深空ちゃんって、むっつりエッチな 女の子です」 「だ、だってぇ」 俺の事を忘れ去っているような仲《睦:むつ》まじい二人の会話に少しだけ寂しさを覚える。 「ほら、深空ちゃん。自分だけじゃなくって、ちゃんと 翔さんも気持ちよくしてあげないとダメです」 「う、うん……」 頷く深空を見ると、満足そうな笑顔を覗かせて、再びかりんが俺の方へ意識をシフトしてくれる。 「やっと深空ちゃんも素直になって来ましたし…… もっともっと頑張って、皆でいっぱい気持ち良く なっちゃいましょう……えへへ……」 その笑顔が深空の笑顔と重なり、不意にドキリとする。 「わ、私も……かりんちゃんに比べたら経験も無いですし あまり気持ちよく出来ないかもしれませんけど……」 「精一杯頑張りますから、何でも言って欲しいです」 「ああ……わかった」 「それじゃあ、次は……こっちで気持ち良くして あげますね」 「んっ……ちゅっ、ちゅぱっ……ちゅるるるっ……」 「……っ!」 ぐちゃぐちゃになっていた胸でのストロークを緩めたかと思うと、かりんは俺のペニスの先端を舐め始めた。 「深空ひゃんも、こうして……たくさん、翔さんの おちん○んを……舐めてあげて、くらさい……」 「う、うん……やってみるね……」 「ちゅっ……ちゅぱっ……ん……ちゅ、ちゅっ……」 恐る恐る、と言った感じで、二人の唾液でテカテカに光っている俺のイチモツを舐める深空。 「こうれ、しょうか……? ちゅっ……ちゅぱっ……」 「私も、負けません……ちゅっ……ちゅるっ……」 「ぐっ……」 おずおずとしながらも、しっかりペニスを舐めてくれる深空と、美味しそうに嘗め回してくれるかりんの口淫に耐え切れず、思わず声を漏らしてしまう。 「気持ち、良いんですね……? ちゅ、ちゅぅっ…… ふぁ……んっ、ちゅっ……んんっ……ちゅぱっ……」 「ちゅぱ、ちゅぷっ、ちゅぅっ……ふぁっ……んっ…… 翔さん、私、もう……我慢、できないです……」 「私も、準備……出来てますから……」 「あ、ああ」 どうにか返事をするものの、二人の愛撫が緩んだことで本能的に残念そうなニュアンスが声に混じってしまう。 「翔さん……?」 「ふふっ……このまま、私たちのおっぱいとお口で イきたいんですよね?」 言わずとも俺の意図を察したのか、かりんがもう一度胸をストロークさせ、肉棒への刺激を強めてくれる。 「で、でしたら、私も頑張りますから……好きなだけ…… 出して……下さいっ……んんぅっ」 愛液を滴らせ、もじもじと太ももを擦り合わせながらそれでも俺の快感を優先させてくれるいじらしすぎる深空の姿を見て、一気に限界が近づいてくるのを悟る。 「ふぁっ、はぁっ、んんぅっ……ちゅっ、ちゅぱっ…… ちゅうううぅぅぅっ、ちゅぱっ、ちゅぷっ……」 「んっ、んむっ……ちゅっ、ちゅうぅっ……ちゅぷ…… ちゅぱっ……んちゅっ、ちゅるっ……」 竿部分は深空に任せると言わんばかりに、《執拗:しつよう》に口で亀頭を攻め立てるかりん。 「んっ、はぁっ、んんっ、んっ……ふあぁっ!! んんぅっ、んっ……はあぁんっ!」 「んぁっ、んんっ……はあぁんっ! んんぅっ…… はぁっ、あぁんっ……んっ、ふああぁっ……!!」 そして、まるでそれを察したかのように深空が俺の息子を挟み込み、フェラをしているかりんの胸に擦りつけながらパイズリで肉棒を上下に扱き出す。 「ぐっ……ダメだ、出るっ……!」 「ちゅっ……んんっ、はぁ……我慢せずに、いっぱい…… 私たちに、かけて下さいっ!!」 「翔さんっ……出ちゃうんですか? ん……はぁっ…… せ、せーえき……たくさん、出ちゃうんですか?」 「あぁんっ……翔さんっ! 出して……下さいっ!! ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅうううぅぅぅっ!」 「きゃあぁっ!?」 「あぅ……んんっ!」 限界まで溜め込んだ精液が爆発するように天を衝き無垢な深空や、かりんの顔を汚すように降り注いだ。 「あはっ……《顔射:がんしゃ》、されちゃいました」 「び、びっくりしました……男の人って、こんなに…… その……すごいんですね」 大量の精液を浴びた深空が、ぼんやりとした表情で射精したばかりのペニスを眺める。 「わ、私たちのおっぱいで……気持ちよくなってくれたん ですよね……?」 「でも、こっちはまだまだ物足りないです」 そう言って、せがむような顔でこちらをじっと見つめてくるかりん。 「わ、私も……もっともっと、翔さんと一緒に気持ちよく なりたいです」 そして深空もかりんと同じ心境なのか、とろんとした表情のまま、俺にそんな事を懇願して来た。 「ですので、今度は……二人いっしょに、愛して下さい」 そう言うとかりんは、そのまま倒れこむように深空の上へまたがり、局部をこちらへ向けて来た。 「翔……さん……」 潤んだ瞳をこちらに向けて、既に十分すぎるほどに濡れている秘所をひくつかせる深空。 緊張しながらも大胆に両足を広げるポーズのギャップは無意識のうちに男性を誘う、強力な色香を漂わせていた。 「最初は、深空ちゃんに……」 真っ先に求めてきそうなイメージがあったかりんが深空の方を優先してくれと提案して来たのは、少々意外だった。 だがすぐに、それがただの性交以上の意味を持つからなのだと悟る。 「わかった。深空……心の準備はいいか?」 「ま、まだですけど……このドキドキは、翔さんに抱かれて いる間は、収まりそうもありません……」 「……っ」 その可愛らしい発言に、再び俺の息子が怒張する。 「わ、私……頑張りますから、優しく……して下さい」 「ああ。……行くぞ」 「はい……来て、下さい……」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 じゅぷりと音を立てて、少しの抵抗はあったのだが《躊躇:ためら》わず、一気に深空の処女を奪う。 「っ!!」 かりんと同じはずなのに、その膣はまるで別人のそれかのように、痛いほどにイチモツを締め付けて来る。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んんぅっ……」 予想以上の破瓜の痛みに耐えられないのか、深空が大きくその表情を崩す。 「翔さん……」 「ああ、解ってる」 かりんの目配せに頷くと、俺は一度深空の膣から自分のモノを引き抜いた。 「すみま……せん……わ、私……痛くて……」 「こっちこそ、ごめんな。無理しなくていいから」 「いいんです。ゆっくり、慣らしていきましょう?」 「……うん」 「焦ることなんてないです。今日、この学園は……私たちの 貸切ですから」 「貸切……」 何を想像したのか、そう呟いたかと思うと、深空が真っ赤になってしまう。 「しばらく、深空ちゃんは休憩してて下さい。その間は…… 私が、何とかしますから」 「は、はい……」 深空は素直にコクリと頷くと、息を整えるように身体から力を抜く。 「翔さん……今日も、いっぱい……愛して下さい」 その言葉に頷き、俺はかりんの秘所へと自分のモノをあてがい、誘われるがままに肉棒を挿入する。 「ああぁんっ!!」 よほど待ちわびていたのか、嬉し涙を流していたかりんの秘所は、ご馳走を頬張るように、貪欲に俺のペニスを飲み込んで行った。 「あん、あぁん、はあぁんっ、んんぅっ!」 「んっ、あんっ、んんぅっ、はあぁんっ……あぁっ!」 「気持ち、いい……ですっ! 翔、さん……!!」 強く締め付けて来ながら《蠢:うごめ》き回り、決して苦痛も退屈も感じさせないかりんの膣内を、何の遠慮もせず、快感に任せ、獣のように乱暴に往復させる。 「んんぅっ! は、はげしっ……い、ですっ!! いきなり、そんなの……やあぁっ!!」 「あんっ! あんっ! んんっ……ふああぁっ!! んんぅ、んあああぁぁぁっ、はあああぁぁんっ!」 「あんっ……すごっ……んんっ!」 激しく動くかりんの胸が、直接深空の乳首を刺激しナチュラルに愛撫と同じ快感を生み出しているのかかりんが動くたびに、《艶:いろ》のある声を漏らしていた。 「はっ、やあぁっ、来ちゃう……来ちゃいますっ! おっきぃの、来るぅ……んんぅっ!!」 「んっ……か、翔さん……わ、私も……私の事も、愛して 下さいっ!!」 かりんの痴態を見てジェラシーを感じたのか、深空にしては珍しく、熱烈な《自己主張:アピール》をして来る。 「じゃあ、一緒に……交互に突いて下さいっ!!」 「ぐっ……無茶言うなっ!」 早くもこみ上げて来る射精感を抑えるのに手一杯で、そんな器用な真似が出来るほどの余裕は無かった。 「あんっ! や、やぁっ!! んんんんんぅ〜〜〜!」 「ああぁんっ! んっ……はあぁんっ!!」 かりんを愛してやっているはずなのに、なぜか深空も性交での快感を得ているような嬌声を上げる。 「な、何だか、ヘンな感じなんです……わ、私…… さっきまで、すごく、痛かったはずなのに……」 「わ、私は何もされてないのに……その……とっても 気持ち、いいんです……っ!!」 「感じ、ちゃうんですね……深空ちゃんもっ……! あぁんっ! んっ……はああぁんっ!!」 「う、うんっ……二人を、見てる……だけでっ……! 私のココがっ、じんじん、して来てぇ……っ!!」 「お、おかしいよね……こんなの……っ!」 「おかしく、なんて……無い、ですっ!」 「翔さん……深空ちゃんに、入れてあげて……下さい! もしかしたら、もう……痛くない、かもです……」 「ああ……深空、いいか?」 「は、はい……さっきまで、痛くて感覚も無かったですけど ……今なら、平気な気がします」 その言葉を聞いて、俺はかりんの膣から引き抜いたペニスをすぐに深空の膣へと誘導させる。 「んんんんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 感情が昂っていただけで先ほどの発言に根拠は無かったのか深空へ挿入した途端、その表情が苦痛に歪む。 「やっぱり、もう暫く休んでた方がいいんじゃないか?」 「へ、平気です……動いて、みてくださいっ」 「……ああ、わかった」 先ほどよりは幾らか表情を緩める余裕がある深空を見て俺はその望み通り、ゆっくりとストロークを始める。 「んあぁっ……はあぁん……あぁんっ……んんぅっ!」 「んっ、んんぅっ、んふぅ……んんっ……ふぁっ…… ああぁんっ!!」 まだ時折、その苦痛に顔を歪めてはいるものの、最初のような痛いほどの抵抗を受ける事は無く、深空の膣内に強い快感を覚える。 「どう、ですか……? 深空ちゃん……」 「んっ……はぁっ……んんぅっ……ま、まだ……ちょっと 痛い……けどっ……」 「で、でも……何だか、ヘンな感じ……なのっ!!」 演技では無いのか、たしかに先ほどまでは隠せないほど力んでいた身体が、女性的な柔らかさを取り戻していた。 「大丈夫、なのか……?」 「はぁっ、はい……もっと、翔さんのお好きなように…… 動いていただいて、構いません、からっ……」 「だから、たくさん……私で、気持ちよくなって…… いっぱい、愛して欲しいです……っ!!」 「深空……っ!!」 「かける、さんっ……んんぅ!」 深空の想いに応えるために、ピストンのスピードを上げて思いの丈をぶつけるように腰を振る。 「あんっ! はぁんっ、あぁん、んんぅ……っ!! やあぁんっ、あん、んぅっ、んっ、んはあぁっ!」 「かけ、るさっ……ああぁんッ! はぁっ、んはぁっ! あんっ……んんっ、くうぅんっ、んああぁぁっ!」 「んんぅっ! んあああぁぁっ!! やあああぁっ!! はあぁんっ、んんぅっ、きゃうぅんっ!!」 「んぅ……二人とも、ずるい……ですっ! んんっ…… ひゃんっ! あうぅっ……!!」 俺達を静観していたかりんが、痺れを切らせて切なそうなそれでいて気持ち良さそうな声を上げ始める。 どうやら、さきほど深空が体験したような、まるで自分が愛されているかのような錯覚に陥っているのだろう。 「やあぁっ……物足りないのに、満たされてて…… お○んこが疼くのにっ、翔さんの、おちん○んを な、《膣:なか》でっ……感じ、ます……っ!!」 二人の心と身体が限りなく近づいているせいで、互いの境界線が曖昧になっているのだろうか。 どちらにせよ、二人は同じ感覚を共有し始めているようだった。 「かりんちゃんも、切ないのがっ……解るよっ……」 「か、かける……さぁん……」 「一緒に……一緒に、愛して欲しいですっ!!」 お互いにもどかしいのか、入れられても、入れられなくてもすぐに我慢できなくなるようだった。 「私達の間に……入れて、下さいっ!!」 「ああ……行くぞ!!」 俺は懇願する二人を同時に愛すために、二人が密着させた秘所と秘所の間へ、ぬぷりとペニスを挿入する。 「あぁんっ!!」 「あうぅっ!!」 ぐちゅっ、と二人の間を擦るように差し入れると濡れそぼった温かな秘所の感触に挟まれた亀頭が二人のクリトリスを擦りながら通過したのが解る。 「い、今の……すごい、ですっ……!!」 「気持ち、良すぎて……一瞬、頭の中が真っ白に なっちゃいました」 「これで、二人で一緒に気持ちよくなれるだろ?」 「はい……最高、です……早く、もっとたくさん…… 翔さんのおちん○んで、突いて下さいっ……!!」 「……わ、私も……これなら、痛くないですから……もっと もっと、いっぱいえっちなコト、したいです」 感覚の共有をしている二人が同時に快感を得ると言うことは単純に、二倍の快感を覚えているはずだ。 この状態なら本気で挿入を繰り返しても、破瓜の痛みを忘れるほどの快感を深空に与えてやれるかもしれない。 そう思い至ると、俺は純粋に上り詰めるための動きへとシフトさせる事にした。 「少し荒々しくなるかもしれないから、痛かったら遠慮なく 言ってくれ」 「はい……大丈夫だと思いますから……翔さんの好きな ように、動いて……下さい……っ!」 その言葉を引き《鉄:がね》に、かりんの秘所を深空の秘所へ押し付けるようにしながら、その間を狙って激しくピストンさせる形で、思いきり腰を動かし始める。 「あうぅ、あううぅんっ、はあぁん、んんぅっ! やっ、やあぁっ、んあぁっ、くううぅんっ!!」 「あうぅんっ、んあああぁっ、ふああぁぁぁ〜っ!! やめぇっ、んんっ!? にゃ、っあぅんッ!!」 「はあぁんっ! 気持ち、いい、ですっ……! 何、これぇっ!? んあああぁぁぁっ!?」 「んっ、んっ、んんぅっ、んはぁっ! あぁんっ! はあぁん、だ、だめっ……あううぅぅぅ〜っ!」 ぐちょぐちょに濡れた二人の秘所に挟まれているせいで本当に挿入しているかのような錯覚に陥るほどの熱さと言い表せぬ快感の波に襲われる。 「だめぇっ、ダメですっ! これぇっ……やぁっ!! 感じ、すぎて……イッちゃっ……ふあぁぅっ!!」 「か、ける、さんっ……かける、さぁんっ!! わ、私、もう……だめ、ですっ……んあぁ!」 「だぁめぇっ、こわ、くて……何か、来ちゃっ……! 来ちゃいますぅっ!!」 「(俺もっ……長くは、もたないぞ、これ……っ!!)」 ピストンの速度を少しでも変えたら、その刺激だけで爆発しそうなほどの、限界ギリギリの射精感を堪えてただひたすらに腰を動かす。 もう俺達に許されたのは、ただひたすらに上へ上へと上り詰めることだけだった。 「んんぅっ、やぁん、あんっ、はうぅっ……はあぁん! しゅごっ……もっ……だめえぇ〜っ……んああぁっ!」 「ふわあぁっ、あうぅっ、ううぅんっ……ああぁんっ! はぁっ……こ、こんな凄いの、はじめて……です!! わ、私、ひゃうぅ……っ、死んじゃひまうぅ〜っ!!」 「ふああぁあぁっ……だめっ、だめぇっ……だめ、です! こ、これ以上……我慢、できな……ひゃあぁんっ!!」 「うあああぁっ、あぁんっ、やあぁんっ、はあぁん! 私の、敏感な、ところ……たくさん、擦れてぇ…… もっ、だめっ……ダメですぅ〜〜〜っ!!」 「深空、ちゃっ……イッちゃうん、れすねっ……? わ、私、もっ……もぉっ……イッちゃいますっ!」 「かける、さぁんっ……もう、わたひ、たちっ……! 限界、れすっ……気持ち、よふぎてぇっ!!」 本気で呂律が回らないほどの刺激を受けているのかことエッチに関して貪欲なかりんが、ギブアップを告げるほどの快感の波に襲われているようだった。 「俺も、もう……限界だ!」 「もうだぁめえぇっ、私もぉ、ダメ、れすっ……! だめ、だぁめぇっ、イッちゃい、ますぅっ!!」 「いっしょにっ……翔さっ……三人、でっ……あぁん! いっしょに、イきた、いっ、ですぅ……はあぁんっ!」 「私も、一緒に……かけ、るさんっ! いっしょにっ…… 来て、くださいぃ〜〜〜っ!!」 渦巻く快感で何も考えられないくらい蕩けた脳内でもうこれ以上は無理だと悟り、さらなる快感を求めラストスパートのようにピストンのギアを上げる。 「んあぁっ、ああぁんっ、はあああぁんっ、だめぇっ! わた、わたひ、イきますっ! イきますぅっ!!」 「んはあぁっ、やあああぁぁぁっ! 来ちゃうぅっ!! 私も、だめぇっ……おま○こ、来ちゃいますっ!!」 「はぁっ、んぅっ、んっ、んんっ、あうぅんっ…… ひゃあぁんっ、ああぁんっ、んはあぁっ!!」 「ぐっ……ダメだっ、もう……出るっ!!」 「かけるさっ……わた、私の《膣:なか》に、出してぇっ! くらさっ……くださいっ!!」 「かりんっ! 出すぞっ!!」 「かける、さんっ……来てぇ……《膣:なか》にいっぱい……っ! 来て下さいいいぃ〜〜〜っ!!」 その言葉に応えるように、限界寸前までピストンの速度を上げると、爆発直前にスライドさせるようにかりんの膣内へと勢い良くペニスを挿入させる。 「あうううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「んあああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 かりんの秘所へ挿入するのと同時に、一気に射精する。 ドクッドクッと、信じられない量の精液を思いきりかりんの膣内へと注ぎ込むと、それと同時に二人が《絶頂:エクスタシー》を迎えたようだった。 「はあぁっ……あうぅ……す、ごぃ……です……3人一緒に ……イッちゃいました……」 「わたしも、まるで……中で出されたみたいな……感覚が します……えへへ……」 「子宮、いっぱいに……翔さんの、せーえき…… 注ぎこまれちゃいました」 うっとり行為の余韻に浸る二人の姿を見て、すでに二発も出した後だと言うのに、再び俺のイチモツが反応してしまう。 「ま、また……おっきくなっちゃいました」 「あぅ……私達のおま○こ、思い出しただけで勃っちゃう くらい、気持ちよかったですか?」 「ああ……まぁな」 バツが悪いので、目線を左に泳がせながら、素っ気無くその問いに答える。 「でも、これじゃ……まだまだ翔さんの、元気です」 「それじゃあ……えっと……」 「二人で、何度でも……翔さんが倒れちゃうまで、たくさん 愛してもらっちゃいましょう」 「じゃ、じゃあ今度は、その……私にも……たくさん せーえき、欲しいです……」 「今日は、学園も私たちも、翔さんの貸切ですから…… めいっぱい、愛して下さい」 「ああ……そこまで言うなら、そうさせてもらうからな。 後で謝ってもしらねーぞ?」 「えへへ……はい。たくさん、愛して下さいね」 「でもきっと、先に翔さんの方が参っちゃうはずです」 「なめんなよ……今日こそは、ぜってーお前に勝ってやる からな」 「快感が、2倍でも……こっちは二人だから、結局 変わらないです。ふふふっ」 俺は本来の目的を完全に忘れたまま、その誘惑に抗う事無く《深空:ふたり》を抱く決意を固める。 少しでも、深い繋がりが本当の絆になると信じて……俺はただ、ひたすらに彼女達を愛し続けるのだった。 ……………… ………… …… 「それで、ですねっ」 「かりんちゃんったら、面白いんですよ」 「私が止めた方がいいって言ったのにですねっ……」 夕暮れに染まる教室で、俺たちはいつものように二人居残って絵本作りをしていた。 「そしたら、案の定かりんちゃんがお餅をのどに 詰まらせちゃって……」 けれどいつしか深空は会話に夢中になって絵本を描く手を止め、机の上に座る俺の隣で世間話をしていた。 「それでそれで、私が慌ててかりんちゃんの背中を叩いて ですね……ほんとに危なかったんですよ」 「…………」 どんなことよりも絵本作りを優先してきた深空が、今は俺と話すことに夢中になってくれている。 「えへへ……ほんと、おかしかったです」 「…………」 そして俺は、隣で夕日を浴びながら笑顔を見せる彼女にただただ見惚れていた。 「だから今後は、お餅は控えめにしようと思うんです。 それで……」 「深空」 「は、はい……」 もう迷わないと決めた俺の気迫に押されて、少し緊張したような様子で黙り込んでしまう深空。 「な、何でしょうか……」 「好きだ」 「え……?」 「好きって……なにが、ですか?」 「深空が」 「えっ? え、えっと……それって……」 「他の誰でもない、目の前にいる女の子が好きだって…… そう言ってるんだよ、俺は」 「あ……ぅ……」 「明るくて真っ直ぐで、母親に憧れていて、絵本作家を 目指していて、いつだって頑張ってて……」 「ちょっと頑固で、だけど誰にでも優しくて、なのに 自分に自信がなくて、どこか危なっかしくて……」 「お節介な男に絡まれてて、それでもそいつに懐いて くれる、雲呑 深空って女の子が好きなんだ」 「あ、あの……わ、私……」 「私……は……」 ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえ、恥ずかしそうではあるが、深空もまた真っ直ぐに俺を見つめ返す。 そしてすぅ、と小さく息を吸うと、一度軽く口をつぐみ少しの間をおきながら、ゆっくりと口を開いた。 「私も……好きです」 「え……?」 「私も、翔さんのこと……好きです」 「強引で、私と同じくらい頑固で、でもロマンチストで ……そして、すごく優しくて」 「翔さんと一緒にいると、とってもあったかい気持ちに なれて……ただ傍にいてくれるだけで、嬉しくて…… なんだか楽しくって、ドキドキして……」 「もう自分の気持ちが隠せないくらい……翔さんのこと 好きになってしまいました」 「深空……」 「かける、さん……」 俺たちは互いの言葉を確かめ合うように、どちらからともなく、そっと唇を重ねた。 「んっ……」 それはただ唇を重ねただけの、つたないもので…… けれど、とても心を満たすファーストキスだった。 「ふぁっ……んんっ……」 空気を求めて唇を離す深空を追いかけるように、もう一度その唇を奪う。 「んんっ……んっ……」 淡いキスを何度か繰り返し、そのまま俺は深空の胸へと触れてみる。 「ん……」 少しだけ反応されるも特に抵抗は無かったので、軽く胸を《弄:もてあそ》びながらキスを続ける。 「んっ……ふぅっ……はぁんっ……んんっ……」 少し緊張しているのか、深空は身体が強張っていた。 その緊張を和らげるため、俺は優しいキスを繰り返す。 「ん……はぁっ……ちゅむっ……んっ……」 その効果があってか、深空の方からもキスを求めてくるようになり、少しリラックスできたのが判る。 「んぅっ……んふっ……ふあぁっ……んんぅっ」 俺はそのままキスを繰り返しつつ、徐々に触れ合うだけだったキスから、大人のキスへと変えていく。 「んむっ!? んっ……んぁっ……」 いきなり入ってきた舌に一瞬戸惑うも、深空の方も素直にその要求に応えて、積極的に唇を貪って来てくれる。 俺は今までのもどかしさを晴らすように、貪欲に深空の唇を《冒:おか》した。 「んっ……はむっ……ちゅぷっ……ふあぁっ……」 「はんっ……んんぅ……んっ……んぁ……」 「はぁっ……翔、さん……ふぁっ……んむっ……」 「深空っ……」 互いをより強く求めるように、ただひたすらに奪い合うように唾液の交換をする。 「ふあっ……キスって……こんなにエッチなんですね」 「すごく頭がぼーっとしてきて……なんだかもう翔さん 以外のこと、何も考えられません」 「俺も……今は深空と、ずっとこうしていることしか 考えられねーよ」 「私も……ずっとこうしていたいです。んっ……」 言葉通りぼんやりと俺を見ている深空へ、再びキスをしながら、さらに胸の愛撫を続ける。 「んっ……んんっ……ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅむ……」 「深空……俺……」 「かける、さん……」 火照った頬と潤んだ瞳で、無言の俺の求めを受け入れるように、深空はコクリと照れながら小さく頷いた。 俺は深空の覚悟を感じて、再びディープキスを交わしながら嘗め回すようにひたすら胸を愛してやる。 「んんぅっ……はぁっ……ちゅっ、ちゅぱ……んむっ」 「んぁっ……気持ち、いいです……んんっ……」 俺の愛撫を感じるままに受け入れてくれるのに、二人の間を隔てる制服をもどかしく感じて脱がせようとするとイヤイヤとするように、手で止められてしまう。 「やぁっ……は、恥ずかしいですっ」 「すっげー可愛くてエロい身体してるのに、いったい何を 恥ずかしがる必要があるんだよ」 「でもでもっ……んんっ」 照れている深空の唇を塞いで、その言葉を遮る。 「これからもっとすごいコトするのに、このくらいで 恥ずかしがってたら大変だぞ?」 「あぅ……はい。頑張ります」 脱げかけだった深空の制服のリボンが完全にほどけてその胸を露にするが、今度は隠そうとしなかった。 「うぅっ……あんまり、見ないでください」 「深空、綺麗だ……」 「あぅ……」 俺の褒め言葉を受けて照れている深空の顔を見ながらもう一度、口と胸を同時に責める。 「んっ……ふあっ……あぁんっ……ちゅぷっ……」 「ふぅんっ……んんっ……んっ……」 俺は直に胸を触りながらその柔らかさを堪能すると深空が気持ちよくなれるように愛撫を再開させる。 「んんぅっ……おっぱい、気持ちいい……ですっ」 「でも、私だって負けません……んんっ……ちゅっ」 「(なっ……!?)」 キスしながらもじもじと太ももを摺り寄せていた深空が対抗するように俺の怒張している息子を恥ずかしそうに弄り始める。 その予想外の大胆な行動に不意打ちを喰らい、思わずビクリと、モノを反応させてしまう。 「わ。すごい、今、ここからでも判るくらい、びくんって 反応しました」 「うっ……」 「こんなに張り詰めて……苦しそうです」 すっかり俺の唾液でべたべたになった唇を妖しく動かしながら、完全に出来上がっている深空が、俺のズボンのチャックを下ろし始めた。 「あの、私こう言うのって初めてですので、その…… 上手に出来るかわかりませんが……」 「初めてって、深空……のわっ!?」 俺の息子を取り出すと、何のためらいも無く深空はそのイチモツを握ってきた。 「わっ……えっと……すごい、です」 俺の羞恥心などお構い無しに、じろじろと物珍しげな顔でペニスを凝視する深空が、思わず一人ごつる。 「ななな、なんだか思ったより硬くないって言うか…… 硬いのにすごく温かくて、不思議な感触です」 何もかもが想像以上だったのか、深空がなんとも言えない感想を漏らす。 「ま、まあな。人体の一部だし、そう言うもんなんだ」 「それに、想像していたのよりも……ずっと…… おっきいです」 見たままで素直な考えを述べる深空。 そして、聞きかじった知識とリアルを繋げるようにつたない手を恐る恐ると動かしながら触り始める。 「本当にあったかい……びくん、びくん、って動いて まるで生きているみたいです」 深空には自覚が無いのだろうが、まるで実況するような口ぶりが言葉攻めされているように感じて、恥ずかしくなってしまう。 「あの……翔さんに気持ちよくなってもらうには どうすれば……いいですか?」 潤んだ熱を持つ瞳で見つめられ、そんな健気な疑問を投げかけられてしまうと、自制できなくなってしまう。 「その……口でしてくれないか?」 「お口で……?」 「ああ。咥えて欲しいんだ」 「これを……私の、お口で……」 「あ、ああ……」 思わず言ってしまったが、初体験も済ませていない状況でいきなりフェラチオを要求してしまったのは少し考えなしだったかもしれない。 あまり無理をさせるわけにはいかないし、やはりここは前言撤回して、軽く手で…… 「あむっ……んっ……ふぁっ……」 「っ!?」 諦めて油断していたところへ不意打ち気味に、独特の温かい感触が下半身に《奔:はし》り、思わず腰が砕ける。 「ん……ちゅっ……ちゅぷ、ちゅぱっ……」 「ちゅむっ……ちゅ、ちゅぱっ……ちゅっ……」 すんなりと躊躇う事無く俺のモノを口に咥え込んだ深空はどうするのか迷っているような間を置いて舌でペロペロと舐めて、刺激を与えてきた。 「んっ……はむ……んんっ……じゅるっ、ちゅぷ……」 「んふっ……ふぅっ……あむっ、んんっ……ちゅぱっ」 「ちゅっ、ちゅぷっ……んんぅっ……ちゅちゅっ……」 「(なんだこれ、すげー気持ち良い……っ!)」 口に咥えられながら、その中で舌を縦横無尽に動かすような深空の独特の愛撫に、かつてない種類の快感を覚えてしまう。 不規則なリズムでいて、かつ俺の知るフェラチオとは違う舌を押し付けながら扱く、個性的な前戯だった。 「んむっ……んふっ……はぁっ、ちゅっ……」 「ふあっ……んちゅっ……ちゅ、ちゅぱっ……」 「すげー、いいけど……そのまま舐めたり吸ったり しながら上下に動かしてみてくれないか?」 俺はさらなる快感を得るために、深空に具体的な指示を投げてみる。 「はい……ちゅむっ……わかり、ました……あむっ」 「ちゅ、ちゅるっ……ちゅううぅぅっ、ちゅぱっ……」 「あと、できるだけ歯を立てないようにしてくれ……」 「んむっ……んっ、んふ……ちゅぅ、んぅ……」 「こんな感じで、しょうか……はむっ……んっ…… はぁ、んんぅっ……ちゅぱ、ちゅぷっ……」 「んっ……ふぁっ……ちゅ、うぅ……んっ…… ふぁ、ちゅっ……ん、くちゅ、ちゅっ……」 深空は文句の一つも言わずに、ただ言われた通りに緩急をつけながら、様々なアクションで、俺の息子を懸命に扱き出してくれた。 「んっ、んっ、んふっ、ちゅぷっ、ちゅぱっ……」 「ふぁっ……んんっ……んぅ、ちゅっ……ちゅぷ……」 「はぁっ、ん、ふぁ、ふちゅっ……んふぅ、ちゅっ…… ん、んぅ、んちゅう、んんっ……」 モノを咥えながら、つたない動きで色々と試しつつ懸命に頑張ってくれる。 「はぁっ……上手く呼吸が出来るようになれば…… んちゅっ、もっと……色々と出来そうです……」 俺のモノを半分加えながら至近距離で苦しそうに吐くその息がかかるだけでも、快感が襲ってくる。 すでに俺の興奮はかなり高まっており、深空の行動すべてが気持ち良くしてくれる愛撫だと感じていた。 「これくらいでも、痛くないですか?」 「ああ。もっと強く握ってくれても大丈夫だ」 「わかりました。こ、こんな感じでしょうか」 先の部分を舐めながら、俺の息子を強く握って、上下に擦りつけてくれる。 「んっ、ちゅっ、ちゅうううぅっ、ちゅるっ……ちゅぱっ ちゅっ……んぅ、んっ……」 「っ!」 行為にも扱いにも慣れてきたのか、徐々に大胆になりかつ快感の強い方法で、動くペースを速めてくる。 「んっ、んっ、んむっ、はむっ、ちゅぱっ……じゅぷっ ちゅぷっ、ちゅぷっ……」 「(だんだん、上手くなってるのか……?)」 先ほどまでのフェラでも十分に強い快感を感じていたがそれを上回る気持ちよさが襲い掛かってくる。 見ると、さっきまで必死に俺のモノを咥えていただけの深空が、俺の顔色を《窺:うかが》いながらストロークをしていた。 「こう……れふかっ? んんっ……じゅるっ……んぅっ ちゅっ……ちゅぱ、ちゅぷっ……」 「んっ……ちゅっ、ちゅぷっ……はむっ……んむっ…… ふぁっ、んんぅっ、んくっ……」 「こっちの方が、気持ち良い、みたいれすねっ…… んっ、ちゅ、ちゅううぅぅぅっ、ちゅぱっ……」 「ぐっ……」 あまりの快感に、思わず声が漏れてしまう。 一つ一つ、何がより感じるのかを探るように色んな動きを試して、反応が強い動きに厳選していき、洗練していく。 その行動全てが、勉強熱心で一途な深空らしい方法の愛情表現だった。 「もっと、私のお口で……んちゅっ、気持ちよく…… なって欲しい……ですっ」 「んっ……ちゅっ……ちゅぱっ……ちゅむっ、ちゅ…… んんぅ、んんっ、んっ……はぅっ、ちゅぱっ……」 「むぁ……んむっ、んっ、んぅ……んくっ……はぁ、はぁ ……はむっ、んんっ……ちゅぱっ」 「ぐあぁっ……」 歯を食いしばって、今まで感じたことのない快感を必死に受け入れる。 今までの快感は、純粋無垢な深空にフェラをしてもらう背徳感のようなものでの快感も強かったのだが…… すでに今は、より直感的な……テクニックや刺激による強烈な快感を強く得られるようになっていた。 「んっ、ふぁっ、ちゅふっ、んんっ……ちゅうぅ…… はん、んうっ、んちゅっ……ちゅうぅっ!」 「んちゅ、んっ、ちゅふっ……むぁ……ぷはぁっ! はぁ、はぁ……えへへ、どうれすか?」 「今の、気持ちよかった、れすか? んんっ……ちゅっ ……ちゅううぅっ、んむっ、むぁっ……」 「あ、ああ」 コツを掴んだのか、最初の《拙:つたな》さはすでに消え去っておりまるで熟練者のそれを思わせる卑猥な手つきで動きつつストロークのフェラをしながら話しかけてくる。 会話が出来るほどに余裕が出てきた深空と反比例するように、俺の方は徐々に会話もままならくなっていた。 「ん、むぅっ……はむっ、んぅっ……あはっ…… 今、びくんって、すごい反応しましたっ」 「んんっ、ちゅむっ……ちゅううぅぅっ、ちゅむ…… 気持ちよかったんですよね? ふふふっ……」 「私なんかの、お口で……ちゅむ、ちゅぱっ……翔さんが 気持ちよくなってくれる、なんて……なんだか、幸せな 気分です……」 「ちゅむ、んんぅ、ちゅふ、ふぁ、はむっ……じゅるるっ ちゅうぅ、んむっ……」 喋っているせいか、唾液が多くなり自然と口内の温かさが増して来る。 「んくっ、んんっ、ちゅぱ、ちゅむっ……」 溜まっている唾液を飲み込んではいるものの、決してフェラチオをやめないため、上手く唾を飲み込めずにほとんどが唇からこぼれて行く。 それでも構う事無く、まるでご馳走のように俺のモノを懸命にしゃぶり続ける深空が健気すぎて、一層愛おしく感じてしまう。 「かける、さんっ……んむっ、んんっ……ちゅうっ!」 「深空っ……!!」 徐々に迫り来る射精感を拒む意味を籠めて、俺は必死に深空の名前を叫ぶ。 「んぁ、翔、さん……もっと、もっと呼んで下さい…… 私は、翔さんのこと……んむっ、ちゅぱっ、んっ!」 「名前、呼ばれるたびにっ……んんっ、んむっ…… しゅごく、感じてっ……嬉しくなって……っ!!」 「だから、いっぱい……名前、呼んで下さいっ!! むぁ、はむっ、んんぅっ……ちゅぷっ……」 「深空……深空っ!!」 「かける、さんっ……んんっ、翔さんの全部が…… ちゅぷっ、ちゅっ……大好きですっ!」 「だから、いっぱい愛ひたくて……愛されたくて…… 私、きっと、なんだってできちゃいまふっ……んっ」 「翔さんに、気持ちよくなってもらうためなら……ずっと こうしてたって、平気ですっ……んんっ!」 ぼたぼたと《涎:よだれ》を垂らしながら、上目遣いで必死に告白の続きを始める深空。 今まで言えなかった言葉が、エッチという恥ずかしい行為をすることで後押しされて、勢いで言えるようになったのだろう。 俺はその気持ちに応えるように、懸命にそのフェラの快感を受け入れていた。 「んむっ、んんぅっ、はぁっ……ちゅむっ、ちゅっ…… ちゅううぅっ、ちゅるっ……ふぁ、ふぅっ……」 「ちゅぷ、ちゅぱっ、んむ……はむ、んぷっ…… んんぅっ、ん、んんっ……ちゅ、ちゅうぅっ!」 「むぁ、んっ……はむっ、ちゅっ、ちゅぱ……んちゅっ ……あむっ、ちゅうっ、んぅ……」 「深空、もういい……そろそろ出そうだっ」 俺は自分の限界を感じて、降参の合図を出す。 「んっ、んぅっ、んっ、んんっ、ふぁっ、んんぅっ!」 「っ!? ちょ、深空っ!?」 しかし深空は、俺の制止の声を嘲笑うかのように、逆に思いきりペースを速めてきた。 「ぐっ、ぁっ……! だ、ダメだって!」 「ん、ふぁっ、でそう、なんれふよねっ?」 「んぷっ、ちゅぱっ、ちゅぷっ……じゅるるるぅっ! いいれふよ……らして、くださいっ!」 「私、覚悟……してますからっ……ちゅぱ、ちゅぷ…… いつでも、んんぅっ……好きな、時にっ……!」 「いっぱい、出して……んっ、くださいっ!」 「み、深空っ!!」 止める気が無い深空のその意図を察して、俺は我慢せずに高みへと行くため、深空のフェラへと意識を集中させる。 「んんっ! んはぁっ、んぶっ、んちゅっ、ちゅぱっ…… ちゅるっ、ちゅぶっ、ちゅっ……」 「んっ、ふぁっ、んんっ、ちゅむっ、ちゅっ……はぁっ ちゅっ……ちゅぱっ……ちゅうぅっ!」 「くっ!」 「らしてくださいっ! 私で、いっぱい気持ちよく なったって、感じさせて、くらさいっ!!」 「んぅっ、ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅううぅっ!! ちゅむっ、ちゅっ、ちゅうううううぅぅっ!!」 「んんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 どくん、どくんっ!! 「んくっ、んくっ……ちゅううっ、ちゅるぅっ!!」 俺が限界まで溜めた欲望を一気に深空の口内へと吐き出すと、まるでそれを知っていたかのようにちゅうっと中の精全てを吸い出そうとする。 「んんぅ……んくっ、んくっ……んんっ!?」 それがあまりにも気持ちよくて、どくっ、どくっと留まることを知らない大量の精液を、全て口の中へと吐き出す。 「んく……んむっ……ちゅくっ……」 少し辛そうな顔をしながら、それを必死に飲み込もうと努力する深空。 「初めてなんだから、そんなに無理しなくていいぞ?」 「ん……んぁっ……けほっ!」 俺の許しを聞いて、申し訳なさそうに飲みきれなかった精液を、ぼたぼたと口から自分の両手へと垂らす。 「すみません……飲んであげた方が喜ぶって聞いていたん ですけど、思ったよりもすごい量で……」 「熱くて、ノドに絡んじゃって……けほっ!!」 「大丈夫か?」 「はい、大丈夫です。ちょっとムセちゃっただけです」 「それになんだか、ノドもお腹もすごく熱くって……」 「翔さんが私のこと想ってくれたのかなって思うと すごく嬉しくて、幸せな気持ちになるんです」 「えへへ……だから、へっちゃらです」 「深空……」 どこか夢心地のような火照った頬で、俺の精液を口から垂らしている深空の姿があまりにも扇情的で…… 気がつけば俺のイチモツは、さっきあれだけ出したにも関わらず、再びむくりと起き上がり天を仰いでしまう。 「んぁ……すごい、です……」 俺の再び大きく反り上がったモノを、焦点の定まらない瞳で眺めながら、深空は自分で自らの股間を弄っていた。 「これが、ここに……んっ……」 「深空……」 「……はい。私、その……翔さんの、欲しいです」 俺の精液がたっぷりとついたその手でひたすら自分の秘所を弄りながら、深空が《お:・》《ね:・》《だ:・》《り:・》をしてくる。 「私、もう……我慢できませんっ!」 切なそうな表情でそう訴えてくる深空。 俺だけ欲求を満たしてしまったが、どうやら深空の方もすっかり出来上がっており、準備も万端のようだ。 「いいんだな?」 「はい。私の初めては、翔さんに貰ってほしいんです」 「……わかった。お前の白馬の王子様になるよ」 「えへへ……それじゃあ私、お姫様ですか?」 「ああ。当たり前だろ」 「私がお姫様になれるなんて……夢みたいです」 「夢じゃない。ただし、俺だけのお姫様だけどな」 「じゃあ翔さんも、私だけの王子様ですっ」 「いくぞ、深空」 「はい……お願い、します」 会話したお陰で少しは緊張が解けたのか、強張っていた足の力が抜けて、俺を受け入れる体勢を取ってくれる。 「それじゃあ深空、こっちに来て」 「え? ここですか……?」 「そう。それで、こうして……」 「こ、これって……」 俺は机の上に乗ると、さらにその上へ深空を誘導していわゆる騎乗位の形へと持っていく。 「これなら痛くてもすぐに自分で抜けるし、スピードも 自分で調節できるだろ」 「は、はい……んっ……痛っ!!」 「って、ちょっと待った!」 恐る恐る、いきなり突き刺そうとする深空を見て、慌てて止めてしまう。 「は、はい……?」 「その、さっき少し弄ってたけど、もっとたくさん 濡らしておかないと、かなり痛いと思うぞ?」 「あぅ……そ、そうですよね……」 「だから、最初は無理に入れないで、軽く準備運動と 練習を兼ねて、密着させるところから行くか」 「入れないで……密着……」 今から本番をすると言うのに、そんな単語だけで真っ赤になって照れてしまう深空。 「で、では……失礼します」 妙にかしこまったまま、ぺたりと俺の息子の上に馬乗りで座り、おずおずと秘所をくっつけてくる。 「それで、動かしながら少しずつ慣らして行こうか」 「は、はいっ」 俺の提案を受け入れて、深空がそのままスマタの要領でずちゅっずちゅっ、とつたなく腰を前後させる。 「んっ……な、なんだかこれ、すごくエッチですっ」 「ま、まあな……お互いの大事なところが直接、擦れ 合ってるんだからな……」 「それに、すごく……気持ち、いいですっ」 「俺もだ……すげー良いよ」 積極的に秘所を俺の息子に擦り合わせて快感を得る深空を眺められる状況は、かなり心地よかった。 「翔さん……んっ、んぁっ、んふぅっ……ああっ!」 「ぐちょぐちょって、すごい音、んっ、してますっ!! あぁん、はぁっ……んんぅ、はぁんっ!」 「気持ち、いいっ……翔さんと、一緒に……わたしっ! えっちなこと、しちゃって、んっ……ま、ますっ!!」 「えへへっ……しかも、教室でっ……こんなにエッチな ことを、自分の机の上でしちゃってますっ……!!」 ガタガタと動くたびに少し揺れるこの不安定な場所で神聖なる学び舎の机を穢す行為に、スリルと背徳感を覚えているようだ。 「んんぅ、あぁんっ、んふぅっ……ごめんなさいっ 私、気持ちよくて、やめられなっ……んっ!!」 「はぁっ、はぁっ、んっ……翔さんのが、擦れて…… 気持ち良い、よおっ!!」 「深空っ!」 「翔さん、翔さん、かけるさぁんっ!!」 俺の声に応えるように、大きなグラインドで動いて必死に快感を得ようとする深空。 しかしその口ぶりからして、行為自体と言うよりも、俺と一緒にその行為をしている事実に感じてるように思えた。 「んっ……翔さん、すきぃ、大好きですっ……もう、私 翔さんのことしかっ……んんぅっ!!」 「ああ、俺も深空が好きだっ!」 「嬉しいですっ! ずっと……ずっと好きでいて くださいっ!! わ、私もっ……ずっとぉっ!」 「んっ、好き、すきですっ、かける、さんっ……はぁっ はあぁぁっ、んはぁっ、あんっ!」 ひたすら『好き』を繰り返しながらガタガタと机を揺らし俺の身体を激しく求めてくる。 温かく濡れている秘所を擦りつけられ、恍惚の表情でスマタされている内に、本当にセックスをしていると言う錯覚さえしてくるほどに気持ちがよかった。 「ふぅっ、んっ、ん、んんっ、んぅ、はぁっ……はぁん ああぁんっ、ふぁ、んあぅっ!」 「気持ち、いいっ……んっ、ふぅ、あんっ……はぁっ んんっ、んぁっ! んはぁっ!」 積極的に腰を振る深空を見ながらの擬似セックスはこれから先の、お互いに快感を得るであろう未来の行為を連想させて、ひどく扇情的だった。 「んぅ、はぁっ、はぁんっ、ふぅんっ……んあぁっ! はぁっ、はぁっ、ん、んんっ、ひあああぁっ!!」 そのふくよかな胸を淫らに揺らしながら、ひたすらに俺の名前を叫んで行為に耽る深空が、腰を砕けさせて抱きつきながら倒れてくる。 それでも快感を得たいがために、さきほどよりも動き辛いその体勢から構わずに秘所を擦りつけ、上下にグラインドさせて来る。 「はぁ、はぁ……んっ……んふぅ、はぁんっ……」 「んっ、んっ……んんぅ、んんっ……はぁっ、んぅっ」 「んぅ、はあぁんっ、はぅんっ……んんっ、あうぅっ」 もう十分すぎるほどに濡れているのが、教室に充満する愛液の匂いと、いやらしい水音で把握できる。 しかし処女喪失の痛みを考えると、《無碍:むげ》にこのまま挿入へ導く気にはなれなかった。 何より俺もすでに十分に気持ち良いし、今回はこのままお互いにマスターベーションまで行ければいいだろう。 「すごぃ、ですっ……なんか、きちゃっ……わ、私! こんなの、初めてでっ……翔さんもっ、気持ちいい ですかっ?」 「ああ。もう少しでまたいけそうなんだが……ちゃんと 深空がイクまでは我慢するよ」 少し角度を変えるだけで簡単に深空の処女を奪ってしまいそうな体勢なので、《挿:い》れてしまわないように気をつけながらスパートをかけることにする。 「えっ……?」 「今回は俺も十分気持ちよかったしさ。無理して痛い思い することもないだろ」 「だから、ここから先はまた今度にしよう」 「ん〜〜〜〜〜〜っ!!」 感極まっているのか、うまく呂律が廻らなかったようで首をぶんぶんと横に振ることで意思表示をしてくる。 「……私とエッチするの、嫌なんですか?」 「ばか、んなワケあるかっ! ただ、俺も初めてだし…… その、お前は大切にしたいって言うか……」 「じゃあ、ちゃんと最後まで抱いてくださいっ!! 少し怖いですけど……でも、最後までしたいです」 「けど、たぶんかなり痛いぞ?」 「ここまでしてお預けだなんて……そんなの嫌です! 女の子に恥をかかせないで下さい!」 「ん……そう、だな。悪い」 「はい。ちゃんと……翔さんのお姫様だって証を…… 私の身体に刻んでください」 「ああ、わかった」 決意を固めた深空が、挿入しやすい体勢になるため、一度息を落ち着かせてから、再び俺の上に座る。 ぐちょぐちょになった今の秘所ならば、ある程度の痛みは緩和しつつ入れられるかもしれない。 「あの……大丈夫なんですけど、ちょっと怖いから…… だから、私が腰を下ろすのを手伝ってください」 俺のイチモツを見ながら自分の膣に宛がうも、なかなか最後のふんぎりがつかないのだろうか、深空が控えめにそんなお願いをしてくる。 その提案にコクリと頷くと、俺は深空の足に両手を添えてゆっくりと標準を定める。 「行くぞ」 「はいっ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「ッ!!!」 予想に反してずぷりと、抵抗を受けながらも、一気に処女膜を破り、かなり奥まで挿入してしまう。 深空は痛みに耐えるように歯を食いしばり、俺は想像より遥かに気持ち良い膣内の締め付けに、いきなり射精しないように食いしばっていた。 一回射精してなければかなり危険だったかもしれないと思いつつ、たとえこのまま動かないとしても、そう長くは持たないかもしれないと言う思考がよぎる。 「はぁっ……っ……」 深空は痛みを懸命に堪えるように膝を震わせながらもけれど決して俺のモノを抜かずに、そのままの状態でじっと動きを止めていた。 「しばらく、黙ってるから……」 「んぁ……だ、大丈夫ですっ……」 口では平気だと言うも、少しも動けるような気配は無く何もしてやれない自分の無力さを歯がゆく感じる。 「ごめんな、深空……痛い思いをさせちまって」 「謝られても……困りますっ……」 「私が望んで、してもらったんですからっ」 「……っ」 その言葉を聞いて、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。 こんなだから俺はいつも女心が判らぬダメ男の烙印を押されてしまうのだろう。 俺は改めて言うべき言葉を考えて、口にしてみた。 「ありがとな、俺を選んでくれて」 「あ……は、はいっ」 「それと、深空だけが望んだわけじゃないんだからな。 これは……俺がしたかったからやってるんだ」 「お互いに今よりも、もっと愛し合いたくて……相手の 全部を知りたくて、繋がったんだろ?」 「そう……ですね」 「ああ。だから、ただエッチしたいとか、そんな理由でも ないし、深空に頼まれたからでもない」 「俺は雲呑 深空と言う女の子の、全てが知りたい」 「そして俺のことを知ってほしいから、求めるんだ」 「はい……はいっ!」 処女を喪失した痛みからか、それとも別の理由なのか深空は、ぽろぽろと涙を流していた。 俺はその涙を手で拭うと、愛おしさを籠めてからぎゅっと深空の手を強く握った。 「翔さん……来てください。私に、翔さんと繋がれる その幸せを……感じさせてくださいっ」 「ああ……わかった。いくぞ、深空っ」 俺はもう迷わず、ゆっくりと動き始めた。 「んんっ、んああぁっ! ふぅんっ、はぁっ…… くうぅんっ、ああぅっ……!!」 切なそうに喘ぎながら、その痛みを受け入れてくれる。 しかし痛みからまだ自分では動けないのか、ただ突かれるがままに揺さぶられているため、すでに騎乗位にした意味は薄れていた。 だからこそ俺は、無理をさせすぎないように気をつけながら、出来る限りゆっくりと腰を突き出して一定のリズムで上下に動く。 「んぁあぁっ! くふぅんっ……んっ、あぅっ……!」 「はあぁっ、んっ、んぅ、うああぁっ……くぅんっ!」 「っ……はっ、はぁっ、んんっ……んああぁぁっ!!」 「っ!!」 思わず全力で深空の奥まで突き続けたい衝動を堪えて必死に、できる限り優しく動くように心がける。 「(深空は激痛を我慢しているってのに、俺が欲望や快感  なんかに流されてちゃ、世話ないぜっ!!)」 俺は深空への想いを確かめるように、腕の力を使いつつ深空への負担を減らしながら行為を続ける。 「んんっ、んぅっ……はああぁぁぁんっ! んあぁっ…… はぁっ、ふうぅんっ、ん、んんぅ……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あんっ、あぁんっ! あぁっ、ああんっ、はぁうっ……」 「ああぁん、ひゃううぅぅっ……んんぅ、あうぅっ! あんっ、あんっ、あぅんっ!!」 「くっ……」 深空を突く度に膣がきゅうきゅうと締め付け、まるで離れ離れになるのを拒むかのように、俺のモノへ強く吸い付きながら咥え込んで来る。 そのまま飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥り、それに抗うように、俺は必死に腰を動かした。 「やあっ、んんぅっ、はあぁんっ、んはぁっ、はぁっ! あんっ、ああぁんっ、んううぅっ! やっ……」 「だめですっ! ちょっと……痛っ……んんぅっ! はげしっ……ちょっとだけっ! やめっ……」 深空の制止の声を聞き、理性を総動員して、どうにかその動きを止める。 自分ではセーブしているつもりでも、やはり深空にはかなりの負担をかけてしまっていたのだろう。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 動きを止めた途端、荒い息を吐きながらぺたりと俺の胸にへたり込む。 汗ばみながらも柔らかくて『女の子』を感じさせる深空の身体の感触が、無性に気持ちよかった。 「ご、ごめんなさい。ワガママ、言っちゃって……」 「こっちこそ、ごめん……しばらく休憩するか?」 「いえ……平気です。ちょっとだけ、勢いを緩めて いただければ……動いても、大丈夫、ですっ」 「それに、痛いんですけど……だんだん、痛いだけじゃ なくって、変な感じになって来たんです」 「少し慣れてきた、みたいで……もしかしたら、私…… 気持ちよくなってきてるのかも知れません」 「……そっか」 それが気を遣ってのセリフではないのか、深空の瞳から恐怖や苦痛の感情が薄れて行っているのを感じる。 「……それに、こうしているだけで心が満たされて すごくあたたかな気持ちになれるんです」 「とくん、とくんって……私の《膣:なか》でも、胸の奥でも いっぱい翔さんの鼓動を感じることが出来て…… 幸せなんです」 「深空……」 「えへへっ……だから、私がもっともっと痛さを 忘れられるように……優しくキスして下さい」 ここに来て甘えるようにキスをせがむ深空に、精一杯の想いを籠めて優しくキスをする。 「んっ……翔、さん……」 「深空……」 「もう、へっちゃらです。翔さんからいっぱい幸せを 貰いましたから……」 「だから今度は、翔さんが私の《膣:なか》で、いっぱい幸せを 感じてくれると嬉しいです」 「ああ……わかった!」 深空の健気なその想いに応えるように、俺は再びストロークを再開する。 「あんっ、きゃんっ、んんぅっ、はあぁんっ!」 「んっ、んんっ、んんぅっ、んあっ……あんっ!!」 「あぁんっ、はぁうんっ、あんっ……はぁんっ!! あん、んぅ、んんっ、んんぅっ、ひゃあうっ!」 「あうぅ、あうぅっ、あうぅんっ、んんぅっ……! んあぁ、はぁんっ、んんぅっ、くふぅんっ!!」 「深空っ! 深空ぁっ!!」 「あんっ、あんっ、んぅ、んんっ、んぁうっ……! か、かけるっ……さああぁぁんっ!!」 「すごっ……痛い、けど……気持ちっ、いいっ!! なんか変な感じ、でっ……ああぁんっ!」 今までの苦痛を耐える喘ぎ声に、少しずつではあるが女性独特の艶が入り始める。 「んぅっ、はあぁんっ、あんっ、あん、ああぁんっ!! なに、これっ……んんぅっ! わわっ、んうぅっ!」 かつて感じたことのない類の快感を得たのか、声に僅かな動揺が混じっていた。 「これが、セックスッ……なんですかっ!?」 「んんっ、嘘っ……何なのか、わからないですけどっ…… すごいぃっ! 変なんですぅっ!!」 「痛いのにっ……気持ちよくてっ……幸せすぎて…… 私なのに、私じゃなくって……ああぁんっ!」 自分の言葉が暗示のようにスイッチを入れたのか、本当に動きに《躊躇:ためら》いが無くなっていく。 「翔、さんっ……! だいすきっ……大好きですっ!」 「あんっ! んんぅっ、はああぁんっ! ああぁんっ! だ、だぁめぇっ……んんぅ、あううぅっ!!」 ただひたすらに腰を振る俺のリズムに合わせて、自分も腰を動かし始める。 その表情にも本格的に《艶:なまめ》かしい色が見え隠れし始める。 恐らく深空には、会話によって自分にスイッチを入れて快感に酔いしれるような性癖があるのだろう。 「深空っ! 俺もだっ!!」 俺は深空に少しでも気持ちよくなってもらうため、自分の感情を口にする。 「俺も、深空が好きだ!」 「深空の心も、身体も……どっちもたまんねぇくらい 最高に良いし、大好きだっ!!」 「深空の《膣:なか》、すっげえ気持ち良いっ!!」 「嬉しっ……うれしいですっ!! かけるさぁんっ! 私っ……すっごく幸せですっ!!!」 「ぐぅっ……」 その気持ちを俺に伝えるように、きゅううぅ、と一際強く俺のペニスを締め付けてくる。 「もっともっと、私っ……気持ちよくなってから…… 翔さんも気持ちよくなれるように、頑張りたいです」 「深空っ!」 「ん、んっ、んぅっ、んああぁっ!! か、翔さん!」 じゅぷじゅぷといやらしい音を立てながら、愛液と血が混ざって泡立っている秘所にも構わずに、ただひたすら積極的に腰を振り始める深空。 そのせいで一定のリズムが崩れ、大きく歪んだピストン運動になり不意をつかれた俺は、想定外の緩急をつけた快感の波に襲われる。 「ぐああぁっ! これっ、やばいっ!!」 「はぁっ、はあぁっ! き、気持ちいいですかっ!? 私の身体、気持ちいいですかっ!?」 自らの価値を認めて欲しいと言わんばかりの必死な訴えをしてくる深空の不安をかき消すため、俺はハッキリ深空を認めるようなセリフを口にする。 「ああっ! 最高だ、深空っ!!」 「ああぁんっ! か、かけ、翔さぁんっ!!」 「深空ぁっ!!」 もう配慮も何も無く、ただ獣のように腰を動かし合う。 頭がショートしそうなほどの快感に襲われながら、少しでも長く深空の《膣内:なか》に入り続けていられるよう、必死に射精を我慢することしか考えられなかった。 「あぁぅっ! かけるさっ、わた、私っ……だめぇっ! こんなの、ダメッ! きちゃうっ……よおっ!!」 「もう、痛いのかっ、気持ちいいのか、判らなっ…… くってぇっ! だ、だめぇっ! だめえぇっ!!」 「だめ、だめ、だめぇっ、来ちゃう、何か来るっ!! わた、わたしっ、ダメになっちゃいますぅっ!」 「ぐあっ……深空ぁっ!!」 互いに本能でピストンの意思疎通がなされ、気がつけば最高に感じるであろう位置とタイミングで、激しく膣の肉襞を攻めるように、ひたすら上下運動を繰り返す。 「くううぅぅ〜んっ……も、もおっ! だめれすっ!! はぁっ、はぁっ、はあぁんっ! んああぁっ!!」 「んうぅっ……あううううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!!」 深空の方も限界が近いのか、もはや言葉ではない言葉を漏らしながら、ただひたすらに俺のピストンを受け入れ思い出したように腰を動かすだけになっていた。 「も、だめっ……もうダメですっ! わ、私っ……」 「ああっ! 深空……俺も、もう限界だっ!!」 「翔さん、翔さん、かけるさんっ、かける、さんっ!」 繋いでいる手に一層力が入り、その想いに応えるように俺もラストスパートをかけ、全力で腰を振る。 「んっ、んっ、んぅ、んんぅっ、んんぅぅ〜〜〜っ!」 深空は俺の全てを受け入れるように、ただ可愛らしく喘ぎながら、俺が達するのを待っていた。 「深空、外に出すぞっ!!」 「はいっ! 好きな時に、翔さんの好きなところへっ! 私にいっぱい、かけてくださいっ!!」 「んあああああぁぁぁぁっ!!!」 深空の懇願を最後の引き金に、びゅくん、びゅくん、と凄まじい勢いで射精し、その身体に精液を撒き散らす。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「んぁ……すご……い……です」 身体中を俺の精液で《穢:けが》された深空が、熱にうなされたような声をあげる。 「あったかくて、気持ち良いです……」 息を切らしながら、胸やお腹についている精液を愛おしそうに指で弄る。 「えへへ……これが、翔さんのせーえきなんですね」 「ああ」 「さっきは……あんまり見てませんでしたけど……すごく 覚えやすい味と、匂いです……」 ぺろぺろと俺の精液を舐めながら、それを記憶するように観察する。 「わたし、今、かけるさんでいっぱいです……」 「私の身体で気持ちよくなってくれたんですよね?」 「ああ」 「えへへ……こんなにたくさん出してくれて……なんだか すごい充実感です」 「ずっと、こうして……翔さんのせーえきを浴びたままで いたいくらい、です」 「そうすればきっと、翔さんの匂いで満たされて…… いつでも翔さんを感じることができますから」 「ばか、帰ったら真っ先にシャワー浴びろって」 「でも、そうしたら匂いが消えちゃいます」 「……大丈夫だっての。その……お前が望むんなら いつだって相手になるんだからな」 「あ……」 「これからは、ずっと一緒だって言ってるんだよ。お前が 望む事ならなんだってするし、その……俺だって深空と したくなるっつーの」 「えへへ……そうですね。嬉しいですっ」 精液を弄りながら心底嬉しそうな笑顔を見せる深空の想いに応えるように、俺は優しく彼女を抱きしめるのだった。 「深空、中に出すぞっ!!」 「はいっ! 大丈夫ですからっ!! 私の《膣:なか》にっ!! 翔さんの想いを、いっぱい注ぎ込んで下さいっ!」 「んんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 深空の言葉と同時に一際強く膣に締め付けられてその最奥へと、思いきり膣内射精する。 「あああああぁぁぁぁっ!!!」 どくん、どくんと脈打ちながら、限界まで溜めた欲望をひたすらに吐き出し続ける。 その精液全てをご馳走だと言わんばかりに、吸い出すように深空の膣が俺のモノを絞り上げてきた。 「すごいっ……判りますっ! 私の中でっ、翔さんが 脈打ってるのが、わかりますっ!!」 「まだ出てるっ……すごい、です……んんぅっ!!」 「はぁ、はぁ、はぁ……あったかい、です……」 子宮に全ての精を注ぎ込むと、糸が切れたように深空の身体からも力が抜けていく。 「(だってのに、中の方はまだまだ元気なのな……)」 すでに全てを射精し尽したにも関わらず、深空の膣内は物足りなさそうに締め付け、訴えてくる。 まるで自らの意思を持っているかのような深空の膣が精液を求めるように、きゅうきゅうと断続的に肉棒を包み込んでいるのが判った。 「あは……どくん、どくんって……すごかった、です。 ……翔さんの、とても熱くて、いっぱいで……」 「私のお腹の中に、翔さんのせーえき……いっぱい射精 されちゃいました」 「ああ……いっぱい出しちゃったな」 「はい。えへへ……初めての人には、たくさん愛して 欲しかったから、すごく嬉しいです」 「俺も、すげー幸せだよ……」 「翔さん……」 「深空……」 「好きです……大好き、です……」 俺たちは繋がったまま、溢れそうな互いの気持ちを伝えるように、そっと優しくキスを交わすのだった。 ……………… ………… …… 「ふぅ……」 濡らしてきたハンカチで、汗を拭きつつ汚れを落として乱れていた服装を正す。 「ううううぅぅぅ〜〜〜……」 「ん?」 俺の精液を勿体無いと言いながら拭こうとしない深空を帰る時に臭いでバレるからと《宥:なだ》めて、何とかその身体を綺麗にしてあげたはずなのだが…… 何故か、懸命にごしごしと拭いているようだった。 「どうした? まだ身体に精液が付いてたのか?」 「ち、違うんです……身体は拭いてもらいましたので 大丈夫なんですけど……ううううぅぅぅ〜〜〜」 「?」 「はうぅぅ〜〜〜……机のシミが、取れないんですっ」 何かと思って近づくと、深空は雑巾で自分の机に出来たシミを懸命にごしごしと拭いていた。 「別にいいじゃん。処女喪失の記念ってことで」 「卑猥すぎますっ!」 「そ、そうなのか?」 さっきまであんなにノリノリだったのに、自分の机にその痕跡が残るのは恥ずかしいようだ。 「(わからん……服や身体にこびりついて取れないって  言うんなら、その気持ちも解るんだが……)」 「はうううぅぅぅぅ〜〜〜……ごしごし……ううっ 落ちませえぇ〜〜〜〜ん……」 「あぅ……初体験はデートの後に夜景を見てから ファーストキスをして、それで翔さんの部屋で ロマンチックにしたかったのに……」 「気がつけば教室でしちゃうなんて……はううぅっ! 恥ずかしすぎですっ! エッチすぎますっ!!」 謎の自己嫌悪に囚われつつ、あぅあぅ言いながら机をふきふきする深空。 よくわからんが何となく愛おしさが募りまくったので後ろから抱きしめてみる。 「うおーっ、好きだぁーっ! 2回戦行くぞぉーっ!」 「あううううぅ〜っ! 机を拭き終わってからにして くださいぃ〜っ!」 いいのかよ! 「でも、とりあえず大丈夫だって。今はメンバー以外は 誰も教室に入ってこれないだろ」 「でもみなさんにはバレちゃうじゃないですかっ!!」 「平気平気。普段は俺のクラスに集まってるじゃん」 「けど、ここに来たらばれちゃうかもしれませんっ!」 「そん時はそん時っつーことで」 「あぅあぅあぅあぅっ!」 首をぶんぶんと横に振りながら、否定しているつもりなのか、わけのわからない叫び(?)声を上げる深空。 「お前、ほんと可愛いな」 「えぅ……ありがとうございます。えへへ」 「じゃなくて、拭かないとっ!!」 「もう手遅れだって。大人しくスパッと諦めて、もっと イチャつこうぜ」 「ダメですぅ〜っ!!」 ついつい背中から意地悪してしまう俺を振り払えば良いものを、大人しく、されるがままでいる深空が愛しすぎて、余計にイチャついてみる。 深空は嬉しそうなようでいて困ったような、複雑な顔で真っ赤になりながら俺の抱きつき攻撃を受け入れていた。 「でも……」 「ん?」 「いつかはちゃんと翔さんの部屋で愛して欲しいです」 「うっ……」 「えへへ……乙女のどりーむですっ」 その不意打ちなセリフに胸を撃ち抜かれて、思わず死にそうになってしまう。 「わ、わかったよ……いつか、すげー良いムードの時に 最高にロマンチックな思い出のHをしてやるよ」 「ほんとですかっ」 「ああ、約束する」 「えへへっ……それじゃあ、今年のクリスマスは翔さんを 貸切で予約しちゃいますっ」 「ああ。俺もお前を貸切で予約するから、誰にも売ったり するんじゃねーぞ」 「はいっ」 元気良く頷きながら笑顔を覗かせる深空と、何度目かのキスを交わす。 「そうだ、一つだけ大事なことを言い忘れてた」 「え?」 「俺と付き合ってくれ」 今更すぎる言葉だったが、うやむやなままでなくハッキリと俺の口から伝えたかったので、改めて深空の答えを訊ねる。 「……はい。私なんかでよければ、喜んで」 「馬鹿。お前じゃなきゃ嫌だって言ってんだよ」 「はい……はいっ!」 本当に嬉しそうな笑顔で、俺の胸へ身体を預ける深空。 俺はその愛しい人を抱きしめながら、二度と離さないでずっと大事にして行こうと、密かに決意するのだった。 「翔さん……」 「深空……どうしたんだ、こんなところに呼び出して」 放課後、深空に人気の無い学園裏まで連れてこられる。 「えっと……その……」 「(うっ……可愛い……)」 用件を切り出しにくいのか、恥ずかしそうにモジモジとする深空が初々しくて、思わずドキリとしてしまう。 こう言う体育館裏みたいな場所って言ったら、大抵はいじめの呼び出しとか、もしくは――― 「(乙女の愛の告白なシチュエーションだが……)」 そう、恥らう乙女と学園裏、それ即ち愛の告白。 単純な図式ではあるのだが、すでにお互いの気持ちを知っており付き合っているこの場合は、理解に苦しむシチュエーションだった。 「昨日はその、すごく嬉しかったです」 「あん?」 「みんなの前で付き合ってる事を報告して……ハッキリと 私を選んでくださいました」 「ああ、当たり前だろ、そんなの」 「それに、絵本作りだって支えてくれるって……約束も してくれました」 「おう。俺が手伝えることなら何でもするぞ」 「それって……本当ですか?」 「え? あ、ああ……」 念を押されてしまい、思わず少し後ずさりそうになるがどうにか踏みとどまって答える。 俺にわざわざ念を押すなんて、深空はそんな物騒な事をお願いしようと思っているのだろうか……? 「実は、それで……翔さんにお願いしたいことが あるんです」 「ま、任せろ。俺が何だってしてやるよ」 「いえ、その……逆なんです」 「え?」 「私……気になる事があって、絵本作りに手がつけられ なくって……集中できないんです」 「好きだって言ってもらってるのに……その言葉だけじゃ 不安に押しつぶされそうになるんですっ」 「深空……」 「翔さんが私の事、好きだって言ってくれるのはすごく 嬉しいし、信じてるんです。でも……」 「今は私の事を好きでいてくれても……こうしてずっと 恋人らしい事が何も出来なかったら、きっと翔さんは 他の人の事を好きになるんじゃないかって……」 「私に愛想を尽かしてしまうんじゃないかって思うと 不安で不安で、たまらなくなるんですっ!!」 そうまくし立てながら、俺に思いきり抱きついて来る。 俺も両想いになれただけで浮かれてしまい、その辺のコミュニケーションを取らなかった事を後悔する。 「馬鹿、んなワケないだろ」 「だって、翔さんの周りにはすごく可愛くって 私なんかより魅力的な人たちばっかりで…… だからきっと私なんて、振られちゃいますっ」 「ずっと好きでいてもらえる自信、無くて……」 「ごめんな、そんなに不安がってる事に気づいて やれなくってさ」 俺は今までの謝罪の意味も籠めて、ぎゅっと強く深空のことを抱きしめて、そっと頭を撫でてやる。 「翔さん、私の事……好きでいてくれますか?」 「ああ。大丈夫だって」 「学園を卒業したら、真っ先にプロポーズしてやるよ」 「……嘘です。まだ1年以上も先の話だし、きっと他にも いっぱい素敵な女性が現れて……私から翔さんを奪って 行っちゃうんです」 「おいおい……」 「言葉だけじゃ、不安なんですっ」 「だから……私を、安心させて下さい」 「深空……」 「本当は翔さんだって、デートとか色々と恋人らしいこと ……したいはずです……」 「そりゃ、したくないって言ったら嘘になるけどさ」 「……だから、私なりに考えたんです」 「どうすれば恋人らしくなれるか、って……」 「え?」 そう言うと深空は、俺の手を引いて学園の裏にある雑木林の中へと誘い込んできた。 「私を恋人として見てもらうには、その……んっ」 ぽかんと突っ立っている俺の前で屈むと、いきなりズボンのチャックを下ろし、ペニスを顕にさせる。 「ちょっ……深空っ!?」 あまりに唐突で大胆な深空の行動に、思わず一瞬、我が目を疑ってしまう。 「あの、まだお昼ですし、学園ですから……こんな ところじゃ……本番は無理ですけど……んっ…… これなら、いいですから」 そう言って俺に背を向け、自らのパンツを少しだけずらし露出した秘所と自分のふとももで、挟むように俺の肉棒を締め付けてくる。 「私、翔さんのためなら……どんなエッチな事だって 平気ですから……だから、私を恋人として見ていて 欲しいんです」 「深空……」 「こ、これなら私も気持ちよくって、翔さんだって いっぱい気持ちよくなってもらえると思います」 「(たしかに、これは……こうしてるだけでも、すげー  気持ちいいけど……)」 嫌になる日差しの中、汗で濡れそぼった秘所同士を密着させてふとももに挟まれているせいで、やたら熱く感じて、まるで膣に入れているようだった。 「私、頑張りますから……私のお《股:また》で、たくさん気持ち よくなってください」 「ま、待ってくださいね……今、元気にして……んっ…… あげ、ますからっ」 パンツの上から手を押し付けてきて、深空が自らの秘所へと押し込むようにして肉棒を擦りつけて来る。 「いいか、深空……お前は根本的に間違ってるんだよ」 「え……?」 「俺はずっとお前一筋だし……そんな事しなくっても 好きな女にそこまで尽くされちゃ、勝手に《勃:た》つって 言ってるんだよ!!」 俺は有限実行と言わんばかりに、半勃ちだった息子を元気いっぱいに反応させて見せ付ける。 「きゃっ!?」 「すごい、です……翔さんの、おっきくて硬くって…… それに、あったかくてびくんびくんってしてます」 「いいか……俺はお前をずっと彼女として見ているし 他の誰ともこんな事をするつもりはない」 「でも、これで深空が安心するって言うんなら……いくら だって、何度でも抱いてやる」 「他の女と何も出来ないくらい、お前を愛してやるから ……だから、いらない心配するな」 「はい……そうしたら、きっと安心できますから…… だから、いっぱい……気持ちよくしてあげたいです」 俺を覗き込むような媚びた瞳で、そのままゆっくりと股で俺のモノを挟みながら動き出す。 「ん……んっ……んぅっ……はぁんっ……んんっ!!」 「かける、さぁんっ……んっ、はぁっ……好きぃっ」 「俺も好きだ、深空っ……お前だけだからなっ!! お前の王子様になってやるって決めたんだ!」 「だから、俺を……信じろ」 「はいっ……んっ……はあぁんっ! し、信じますっ」 「だから、もっと……んんっ! 私のこと……たくさん 愛してくださいっ!!」 「私が、翔さんの一番なんだって思えるくらいに…… いっぱい、いっぱい抱きしめてくださいっ!」 その言葉に応えるように、俺は深空を抱きしめながら健気に腰を動かすその艶かしい身体を愛撫する。 「んんっ、いい……気持ち、いいですっ……んぅっ!」 「あぁんっ! んんぅっ……んっ、はあぁんっ!」 下で愛してもらっている分、上を重点的に攻め立てる。 「おっぱい、気持ちいいっ……ですっ! んんぅっ!」 「はぁっ、はぁっ……ん、んぅっ……ああぁんっ!」 緩急をつけて、時に優しく、時に荒々しく揉みながら合間に勃ちはじめている乳首もいじってやる。 それに感じてくれているのか、深空は腰を動かすのを忘れるほどに、俺の愛撫を味わってくれていた。 「あんっ! 翔……さんっ……んぅっ!」 「わ、私のこと、もっともっと……たくさん、いじめて ……いじって、くださいっ!!」 「私の身体ぜんぶが、翔さんのことを忘れられなくなる くらいに……いっぱい弄ってくださいっ!」 甘い声で夢中になって俺におねだりしてくる深空の言葉に応えるべく、両手で胸を弄りながら体中を嘗め回すように観察する。 「やあぁっ……く、くすぐったいぃ……」 「んんっ……きゃんっ! やっ……はうぅっ!!」 「気持ち……んっ、いい、よぉっ!」 数瞬考えた後、そっとうなじを舐めながらお腹をさすってみたり、耳たぶを甘噛みしてみたりと深空の性感帯を探しながら、身体全体を愛撫する。 「んっ……ふぁっ……はああぁぁんっ……あぁん!」 「す、ご……ぃ……んんぅ……んああぁぁぁっ!」 「翔さんが、私の身体を触ってくれるだけで……どんな ことでも、気持ちよく感じちゃいますっ」 その言葉に嘘偽りが無いことを証明するかのように俺を挟んでいる深空の秘所が吸い付くように濡れて熟れるような熱さを増していた。 「動くぞっ!」 「だめぇっ……おちん○んは、私が気持ちよく……して あげたいんですっ!!」 全身が性感帯になって腰砕けの深空が、イヤイヤと首を振りながら、懸命にストロークを再開する。 「んううぅぅっ! だぁめぇ……気持ち、よすぎて…… こ、腰に力が……入らない、ですぅっ!!」 早くも限界なのか、ガクガクと揺れながらも諦めずに腰を動かす深空。 その動きは、よりぎこちなくなってきて、ぐちゃぐちゃといやらしい水音を立てながらの再開となった。 「深空……お前、こんなにエッチだったんだな」 「ちがっ……だ、だって……だってぇっ!!」 もう否定するのも無理なのか、俺の素直な感想に観念したかのように、本音を漏らし始める。 「あんっ、はぁんっ、んぅっ……ご、ごめんなさいっ」 「わ、私……本当は、エッチな娘……なんですっ!!」 「自分でもビックリするくらい……えっちな女の子 だったんですっ!」 自分の秘所へと肉棒を擦りつけるように、しゅっしゅと積極的に腰を振りながら、切なそうな瞳で俺を見つめるその姿は、どうしようもないほど妖艶で魅力的だった。 「わ、私……翔さんに抱いてもらったあの日から…… ずっと、いつも一人になると、翔さんの事が恋しく なって……その……んんっ」 「毎日……んんっ! ひ、一人で……思い出しながら…… な、慰めてたんですっ」 「っ!!」 あまりにも予想外で大胆すぎるその告白に、俺は思わずクラっと来てしまう。 それは夏の日差しの下で聞いて良い言葉ではなく、本気で倒れてしまいそうなほどの破壊力を持って俺の胸へと突き刺さってきた。 「だけど……んっ……いつも終わってから……虚しく なって、それで……またその寂しさを埋めるために ……私っ……」 「最初はっ……はぁっ、指とか、入れてもっ……痛いだけ だったんですけど……んっ」 「でも、その痛さで……翔さんと繋がった時のことを 思い出せるから……はぁんっ……だ、だから……」 「それでずっといじってたら、なんだか、ぼーっとなって 来ちゃって……んんぅっ!!」 「はぁ、はぁ……それで、それで私……っ」 「それで、俺の事を想って毎日一人で慰めてたんだ」 「は、はいっ……そしたら、オナニーするたびに…… どんどん気持ちよくなっちゃって……も、もう…… が、我慢出来なくってぇ!!」 「だ、だから私っ、本当はすごく……エッチな娘っ…… だったんです……っ!」 口を開いたせいで、止まらない想いが溢れ出したように恥ずかしい告白をしながら、行為を続ける深空。 慣れてきたのか、上手く俺に体重を預けながら腰を振るテクニックで徐々にピストン運動をスムーズにし、その激しさを増して行く。 「でもぉ、翔さんにも、気持ちよくなって欲しくって ……気持ちよくて、上手く出来ないかも、しれない けどっ……んっ……が、頑張りますからぁっ!」 「だからぁ……翔さんも、気持ちよくなってっ…… くださいっ!」 「っ……深空!!」 柔らかいふとももで、俺の肉棒を力いっぱい挟み込み秘所とパンツで包み込みながらのグラインドを強めたスマタに、声が漏れそうなほどの快感を覚える。 「ふあぁっ……か、翔さぁんっ……おっぱい、気持ちっ いいですっ」 「翔さんもっ……おちん○ん、気持ちいいですかっ? 私のおま○こと擦れあって、気持ちいいですか!?」 「ああっ! 気持ち良いぞ! 最高に……気持ち良い! まるで《膣:なか》に入れているみたいに、すげーあったかくて 溶けそうなくらいだ!」 「あはっ……良かった……んんぅっ! わ、私も…… わたしもぉ、すごく……あぁんっ! 気持ちいい! ですっ!! はあぁぁんっ!!」 じゅぷじゅぷといやらしい音を立てながら、必死に腰を振り続ける深空を眺めながら、その痴態を愉しむように彼女の身体を弄ぶ。 「おっぱい気持ちいいっ、ですっ……だぁめぇっ!! そ、そこ……んんぅっ! いじらないでぇっ!」 「どうして?」 「だ、だってぇ……それ、気持ち、よすぎてぇ…… い、イっちゃいそう……だからぁ……」 深空が口を開くたびに、ペニスに愛液がしたたり落ちてローションのようにベトベトにして来るのが判る。 やはり深空は、自分で恥ずかしい事を告白することで特別な快感を得るようなタイプだと確信する。 「で、でもでもぉっ! 翔さんと、会うまではぁっ…… んんっ、こんなにエッチじゃ無かったんですよっ?」 「だ、だからぁ……はしたない女の子だなんて……んっ! 思わないで、欲しいんですっ!」 「ほんとは、ちがくてっ……だから、嫌いにならないで ……くださいっ」 とんでもなくエッチな女の子だとばれてしまったのが怖かったのか、すがるような目で俺を見つめてくる。 たしかに清純無垢そうな深空が今みたいに乱れるなんて付き合う前は想像もつかなかったのだが……そんな事は大した問題には思えなかった。 「不安な気持ちをそう言う行為で慰めていただけで、俺が 深空の事を嫌いになるわけないだろ?」 「俺の事を想ってしてくれてたんなら、嬉しいって」 「ほんとっ……ですかぁっ!?」 「ああ。めちゃくちゃ嬉しいし、可愛いよ」 「はぁんっ! うれ……しいっ! わ、私っ……こんなに エッチなのにっ……んんっ!!」 「許して、くれるんですかっ?」 「当たり前だろ」 むしろ、ここまで自分を想ってくれる彼女を見て、燃えて来ない男はいないってもんだ。 「私、こう言う事、すごく気持ちよくてっ……まだ 1回しかエッチしてないのに、大好きでっ……! あうぅっ……ほんとに、気持ち良いんですっ!」 「わ、私、変な子なんでしょうか? こ、こんなに…… エッチな気分になっちゃうなんて……自分から誘って こんなっ……こと、しちゃうなんてっ!!」 「変じゃないさ。俺は深空がどんなに感じていても 嫌いになんてならないから、安心しろ」 「はいっ! 私、わたし……っ!!」 「何も気にしなくて良いから、深空の感じるままに全てを さらけ出したっていいんだっ!!」 「きゃああぁぁんっ!!」 今までは深空の好きにさせていたが、我慢できずに俺の方からも積極的に腰を動かし始める。 「深空っ!」 「あぁんっ! や、やあああぁっ……」 やはり腰に来てるのか、膝をガクガクと震わせる深空。 それでも必死にふとももで挟んで秘所に擦りつけて来るその感触は、通常のセックスとは違う快感を生み出してかつて味わったことのない刺激を与えてくれていた。 「翔さんっ、翔さんっ……んんっ、んぁっ、はぁっ!」 「気持ち、いいっ……ふああぁっ……も、もっと私を 気持ちよく……させて、くださいっ……!!」 「私に、エッチなこと……いっぱい教えてくださいっ! もっともっと、私をエッチな娘にしてくださいっ!」 「ああ……お前が望むんなら、いくらだってやって やるよっ!!」 辛うじて腰を振るだけの深空の欲求を満たすために俺の方から積極的に、激しく秘部を擦りつける。 「はあぁんっ! すごっ……んんっ!! はぁっ…… あぅっ……ううぅんっ!!」 「はぁっ、これ、しゅごっ……いっ、ですぅっ……!! もっ……だめっ……あうううぅぅぅぅっ!!」 「まだまだ! 何も考えられなくなるくらいに気持ち よくさせてやるからなっ!!」 「わ、私も……翔さんに、気持ちよくなって……んっ も、もらえるように……はあぁぁんっ!!」 「が、がんばりますからぁ……んんぅっ!」 お互いに喋りながらも、決してその動きを緩めずにひたすら前後運動を繰り返す。 挿入をしているわけでもないのに、すでに俺たちの股間は互いにぶつかり合うだけで、水気のある音を辺りに響かせていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んっ、んぅっ」 「あうぅっ、んんぅ、はぁううぅっ……あぁんっ!」 厳しい暑さの中、汗だくになりながらも、めげることなく必死に腰を動かす深空。 深空のパンツの方は、汗と愛液で完全にべったりとくっつくほど濡れていた。 「(ぐっ……なんだ、これっ……!?)」 そのぐちゃぐちゃのパンツと秘所の間でぐちゅぐちゅといやらしい音を立てながら、ペニスの挿入を繰り返す。 あまりの熱さと気持ちよさに、自分の腰が本当に在るのかさえ曖昧な感覚になってくる。 「はあぁんっ! 気持ちい……きもち、いい……ですっ」 お互いに汗だくになって必死に腰を振り、本当に挿入しているような錯覚に囚われながら、深空の《膣:なか》とは違う快感に俺はクラクラしていた。 「え、エッチな娘で、ごめんなさいっ……で、でもっ でも……気持ち、良いんですっ! んんぅっ!!」 「俺もだ……すげー気持ち良い、ぞっ!!」 「翔さんっ、かける、さぁんっ!」 火照った頬と潤んだ瞳で見つめながら、甘えた声で切なそうに俺の名前を呼んでくる。 その姿があまりにも可愛すぎて、めちゃくちゃに犯してやりたい衝動に駆られてしまう。 「腰、うごかすのぉ、あぁっ、やめられないんですぅっ! ごめんなさい、ごめっ……なさいぃ!!」 「はしたない娘で、ごめんなさいっ……嫌いにならないで ……んんぅ、欲しいですっ!!」 呂律が上手く廻らなくなり、思考もぼやけて来たのか自分への戒めのように、溺れている自分を嫌わないでと、うわ言のように呟き始める。 俺は快感に溺れながらも本能で再び不安げに謝ってくる深空のいじらしさが愛しくて、胸を弄りながらの優しく甘いキスでその不安を消そうと試みる。 「んっ……んぁっ……ちゅっ……ちゅぱっ……」 「んん……かけう……ちゅ……さぁんっ……ちゅぷっ」 「深空……」 そっと唇を離しながら、汗だくの深空の額を拭って微笑みかけて応えてやる。 「俺の前だけでなら、どんなに乱れたって良いんだぞ? 俺は……どんな深空だって受け入れるから、な」 「かける、さん……」 「だから、思いっきり快感に溺れて良いんだっ! 別に不安がる必要も無いし、もっともっと…… 好きなだけよがっていいんだよっ!!」 「はあああぁぁぁぁぁぁんぅっ!!」 ありったけの言葉と共に、思いきりグラインドの速度と角度を変えながら突き上げる。 ともすれば挿入してしまいそうなギリギリの角度でクリト○スに亀頭が当たるような動きで攻め立てる。 「んぅっ……やああぁぁぁっ! な、なにそれぇっ! やだ、やだっ、すごっ……んんんんんんぅぅっ!!」 「はぁっ、んんぅっ! だ、だめぇっ……ひゃあぅんっ! ふああぁっ……やっ、やあぁっ、ああぁぁんっ!!」 ビクリと、過剰なまでのリアクションを示しながら明らかに深空の余裕が奪われているのが判る。 「だめ、だぁめえぇっ! そんなっ……はああぁんっ!」 「翔さんっ、翔さんっ、翔、さぁんっ! あはぁっ…… あうぅっ、も、もうダメ、ダメですぅっ……!!」 「私、来ちゃいますっ! すごいのぉ……す、ごいの きちゃっ……来ちゃいますぅっ!」 「俺も……っ、俺も、そろそろっ!」 「翔さん、わたっ、私っ! ダメですっ!! こんなの ……んんっ、こ、こんなっ……来ちゃうううぅっ!」 「一緒にっ……一緒にイクぞっ!!」 「はいっ、はいっ! あっ、あっ、あぅ、あんっ!! はぁっ、はぁっ、んぁっ、んんぅぅ〜〜〜っ!!」 「んあああああああぁぁぁぁっ!!」 深空はびくんびくんと身体を反応させ、がくがくと膝を揺らしながら、快感の波に呑まれて動きを止める。 俺の方も、ラストスパートにと腰をぶつけながら限界まで溜めた欲望を放出させた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 ぐたりと息を切らせながら、俺の方へと全体重を預けて寄りかかってくる深空。 恐らく、初めての大きなエクスタシーのせいで、足腰が立たなくなってしまったのだろう。 お互いにすごい量の汗でびっしょりだったが、ここまで来ると気持ち悪さを通り越して、逆に心地よかった。 「大丈夫か?」 「は、はい……ちょっと、気絶しそうでした」 よろよろとふらつきながらも、どうにか自分の足で身体を支え始める。 「どうだった? 気持ちよかったか?」 「はい。ほんとに……すごかった……です」 上手く言葉では表現できないのか、初めての絶頂の感想をぼんやりとしながら俺に告げる。 「初めて一緒にイけたな」 「はい、イけました。えへへ……」 はにかむ笑顔を見せる深空に、もう一度キスをする。 「んっ……んむっ……ちゅっ……ちゅぷ、ちゅぱ……」 だだ漏れの愛液を浴びたまま、もじもじと動かれて未だに熱い秘所の《襞:ひだ》がくっつき、その気持ちよさに再び俺のペニスが元気を取り戻してしまう。 「わっ……えへへ、私もえっちですけど……翔さんも えっちです」 「ダメか?」 「いえ……実は、私も……もっとしたいなって思って たんです」 そう言いながら深空はパンツをさらにずらして、そのふくよかなお尻を、きゅっとくっつけて来る。 「お願いします。翔さんので、私のいやらしい《コ:・》《コ:・》を…… たくさん、いじめちゃってください」 「ああ……いくぞ、深空っ!」 「ああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 イッたばかりで敏感になっているところへ一気に挿入したせいで、切なそうな声をあげる深空。 「大丈夫か?」 「は、いっ……ちょっと驚いただけですので…… 平気、ですっ」 汗と愛液のお陰なのか、深空の自慰行為の賜物なのかまだ2回目だと言うのに、挿入はスムーズに行えた。 とは言え、その膣内は相変わらず凄い締めつけで、俺の肉棒を求めて来る。 「動くぞっ」 「はいっ! 大丈夫ですから、お願いしますっ」 じゅぷ、じゅぷっと泡だった音を立てながら、ゆっくりと前後にストロークを開始する。 「んあああぁっ!! はあぁっ、んっ、んぅっ……」 「はああぁんっ、あん、あぁん、あうううぅぅぅん!」 「かけ、るさんっ……ああぁんっ! はぁん、んぅ! きもちっ……気持ち、良いですっ!」 演技では到底出来ないであろう、とろんとした表情で見つめられて、思わずドキッとする。 AVでは拝めないであろうそのリアルな光景に、おのずと俺の息子も、さらに怒張し始めた。 「おっきいぃ……んんぅっ! だ、だめですっ!! なんか、さっきまでより、敏感、で……っ!!」 「少し、ペース上げるぞ」 ゆっくりと出し入れしていたペースをやや速めて、普通のストロークのスピードへとギアを上げる。 お互いに前戯で相当濡れていたせいもあり、パンパンと根元まで突き刺すたびに、いやらしい音がたつ。 「やあぁっ! こ、これっ……深いっ!! ですっ!」 「辛いなら、体位、変えるか?」 「だ、だいじょぶっ……ですっ! んっ……こ、これだと ……翔さんにすごく愛されてるって……感じがしてっ! ……あんっ! い、いいんですっ!!」 「そ、そうか……」 お互いの顔がよく見えないのは不安かと思うも、逆にその強引にされている感じが、俺に求められているのだと強く実感できるのだろう。 「んっ、んっ、んんっ……はあぁんっ……やあぁっ!」 「あぅ、んぅっ、んはぁっ……んんんんぅぅぅっ!!」 「んんぅ、んあぁっ、はうぅっ、うううぅぅぅんっ!」 「(ぐっ……すっげ……)」 まだ本格的に動き出して間もないと言うのに、膣内がきゅうきゅうと締めつけてくる。 「やっ、やあぁっ、んっ、んんっ、んぅっ、あんっ!」 「きちゃっ、んぅっ、はあぁんっ! んああぁぁっ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ぐっ!!」 構わずに挿入を続けていると、膣内が再び違う生き物のように痙攣を起こして、何かを求めるように蠢き廻っているのをペニスで感じ取り、その快感に必死に耐える。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「もしかして、また軽くイッたのか?」 「は、はい……だ、だってぇ、気持ちよくってぇっ! こんなの、しょうがないですよぉ〜っ」 「ホントにエロ娘だな、お前」 「ふぇっ……んぅ〜……翔さん、いじわるです」 恥ずかしがっていそうな声を出しながら拗ねている深空を見て、思わずクスリと笑ってしまう。 そのエロ娘っぷりが、まるでかりんみたいだ、なんて一瞬思ったのだが、さすがに口にはしなかった。 あろう事か行為中に他の娘の名前を口に出したら非常にマズイので、ツッコミを入れたい本能を押さえ込む。 「俺も相当エロイつもりだけど、お前は格別だよな。 なんつーか、まだ2回目なのに、早くも遠慮とか 恥じらいが無いっつー感じ?」 もちろん嬉しいことなのだが、ツッコミを入れられなかった分を、意地悪する事で解消しようとする。 「だ、だって、早く翔さんと一緒に気持ちよく なりたくて……」 「お、女の子って、そう言うのが難しい人もいるって 聞いたから……」 「だ、だから私、少しでも慣れるようにって思って…… 自分で色々試していじってたら、慣れてきて……」 「もしかしてお前、最近眠そうだったのって……」 「ううううぅ〜〜っ……ご、ごめんなさい、わ、私っ」 「何で謝ってるんだよ。俺のために、俺の事を想って 一人で慰めてたんだろ?」 「だったら、すげー嬉しいって」 「んぅ……」 「たとえ、清楚な感じの彼女がエロくなったって、な」 「あううううぅぅぅぅ……っ」 俺が意地悪してやると、恥ずかしそうに口ごもってうつむいてしまう深空。 きっと深空は今、まともに顔を見せられないくらい真っ赤になっている事だろう。 「それじゃあ、もう少し強めに動いてみてもいいか?」 「は、はいっ……私はぁ、大丈夫ですからっ……翔さんの 好きに動いてみてくださいっ!」 「えっちな私に、いっぱいおしおきしてくださいっ!」 恥ずかしい告白をする事で感覚が麻痺してきたのかそれともただ単に吹っ切れたのか、俺にいやらしいお願いをしてくる。 「ああ、いいぜ。エッチな深空には、たっぷりと おしおきをしてやるよ」 「はいっ、お願いしますっ!」 「……お前って、実は結構Mなのな」 学園の、しかも外でやろうと誘ってきた事といい、案外いじめられるのが好きなのかもしれない。 最初はそんな事はなかったのだが、どうやら俺が軽くマゾに目覚めさせてしまったようだ。 「だ、だって……構ってくれると、嬉しいですっ」 「私、翔さんに激しく求められないと不安で……っ! 翔さんの周りには、静香さんみたいにすごく可愛い 女の子がいっぱい……ひゃうんっ!?」 また弱気モードになってしまった深空の口を、腰を動かすことで、強引に塞いでみせる。 「馬鹿、俺にはお前だけだっつーの」 「は、はいっ……嬉しい、ですっ! んっ!!」 それが功を奏したのか、再び行為の方に意識を戻して集中してくれる。 「……他の女の子とは、こういう、ことっ……しちゃ だめですっ!」 「しないよ、絶対。約束する」 独占欲が強いタイプなのであろう深空を安心させるよう出来るだけ真面目に、ストレートに答えを返す。 「そ、その代わりに……私には、好きなだけ、しても いいですからっ」 「だ、だからっ……いっぱい、いっぱい、私を愛して 欲しいですっ!!」 「ああ!」 その気持ちに応えるように、俺はストロークを強めて深空にその思いの丈をぶつける。 「うあぁっ、あんっ、はあぁんっ! かっ、翔さんっ! すごっ、すごいぃ……ふか、深いですっ!!」 「子宮が、ノックされてるのがっ……わかっ……んっ! ああっ! だ、だめですっ! 気持ち、いいっ!!」 「深くてっ、めくれちゃっ……んんんんぅぅぅっ!!」 「深空、深空っ、深空ぁっ!!」 「翔、さんっ……んっ、んぅっ、んああぁぁっ!」 「はあぁっ、はぁ、はぁ、んんぅっ、ふああぁんっ!」 「き、もちっ……いい、ですっ!!」 「っ!!」 深空の言葉に応えようとするも、腰を動かすのと再び湧き上がってきた射精感を堪えるのに必死でその余裕が無くなっていた。 「かけっ、るさん、もっ! きっ、気持ち、良い…… ですかぁっ?」 俺の快感を堪える表情が見えないせいか、不安げな声で自分の具合を確かめてくる深空。 「ああ、最高に気持ちいいぞ! すげー締め付けで…… お前の《膣:なか》に、夢中になっちまってたよ!!」 「はぁっ! 嬉しいっ、嬉しいよぉっ!!」 「翔さん、好きっ! 好き、好き、すきぃ〜っ!!」 「深空ぁっ!!」 その甘く響く嬌声に反応して、さらに壊れるほどにがむしゃらにペースを上げて、深空を攻め立てる。 「あんっ、あんっ、あぁんっ……はああぁぁんっ!!」 「はぁっ、んんぅっ、んんっ、んっ、ん……んぁっ!」 「あううぅっ……やっ……きもっ、ち、いいぃっ!!」 「ぐっ!」 自分の限界が近いことを悟りながらも、あまりの快感に勢いを緩めるどころかさらにスピードアップさせて腰をストロークさせてしまう。 「んんんんんんぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「だぁっ、めえぇっ! やぁっ……あうううぅぅぅっ!」 「ふあああぁっ!! んあああぁぁっ! んうぅっ!」 ぼたぼたと汗と涎を垂らしているのが、後ろからでも解るくらいに乱れながら、俺の無茶なペースに合わせその快感を享受する深空。 もはやお互いに暑さと快感でとうに頭の中は真っ白になっており、ただひたすら、溶け合うように愛し合う。 「やあぁっ! だめぇっ! もうだぁめえええぇぇっ!」 「来ちゃうっ、来ちゃうううううぅぅぅぅっ!!」 「深空ぁっ!!」 「やああああぁぁっ!! かけっ、翔、さあぁんっ!」 「あっ、あっ、あぅっ、あううぅんっ、んんんぅっ!」 「だぁめえええええええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 一際大きい声を上げながら、俺の精液を一滴残らず搾り取るかのように、きゅうううぅぅぅっと膣内を締め付けて来る深空。 「ぐあっ!!」 そのあまりの気持ち良さに、抜く間もなく思いきり深空の最奥で、ドクッドクッと中出しをしてしまう。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 深空は声にならない声をあげて、その《膣内射精:なかだし》を大人しく受け入れていた。 「はぁっ……すご、い……」 抜く前からぼたぼたと溢れかえってしまうほどの量の精液を子宮へ注がれ、恍惚の表情で呟く深空。 「いっぱい中だし、されちゃいました……」 「わ、悪い……つい、勢い余って……」 「えへへっ……大丈夫です」 「そ、そうか?」 「はい……」 自分から誘ってきたのだから、恐らく既に避妊薬を飲んだり、何かしらの対策は取ってあるのだろう。 もしかしたら安全日なのかもしれないが……ひとまず無計画すぎるのも危険なので、今後は常にコンドームなどを持ち歩く事にしようと決意する。 「ひとつだけ……問題があるとすれば、ですね……」 「な、なんだ?」 どんな問題かとヒヤヒヤしながら訊ねてみると、まだぼーっとしている深空が、お腹をさすりながら何やら照れるように口を開いた。 「翔さんとのエッチも、子宮の中で、その……たくさん 出して貰うのも、ちょっと病みつきになっちゃいそう だって言うことくらいです。えへへ……」 「っ……ばっ、な、何言ってんだよ!」 言われたこっちの方が恥ずかしくなってしまって、思わず照れてしまう。 「えへへっ……照れちゃって、可愛いですっ♪」 「にゃろう……可愛いのはお前だっつーの」 俺は恥ずかしそうに照れている深空を、後ろから思いきり抱きしめてやる。 「もうお前、はしたなすぎて、とてもお嫁にいけないな」 「別にいいです。えっちな私を許してくれるような…… そんな私だけの白馬の王子様が、求婚してくれたから ……だから、いいんです」 嬉しそうにそう言いながら、上目遣いで俺の方へと振り向いてはにかむ。 俺は、そんな愛しい深空にもう一度キスをしながら二度目のセックスの余韻に浸るのだった。 ……………… ………… …… 「お邪魔します……」 この時期に俺の両親がいない事は静香も知っているはずなのに、律儀に呟いてからリビングへと入る。 お互いに口にしたわけではないが、気がつけば自然と俺は静香を自分の家へと上げていた。 「…………」 「…………」 互いに無言で、その場に突っ立ってしまう。 「静香、その……部屋で待ってろよ」 「え……?」 「俺、シャワー浴びてくるからさ」 「……っ……」 俺のシャワーと言う言葉に反応して、真っ赤になる静香。 「あ……うん。……じゃあ、待ってるから」 これからするであろう行為を確認できなかった空気を破り口にしたそのセリフを、受け入れるように頷く。 そしてそのまま、静香は俺の部屋へと向かって、消えて行ってしまう。 「……待ってるって、俺のことだよな?」 というか、他に誰がいるのか。 「くそっ……マジで緊張してきちまった」 直接的な答えを聞いたわけではないが、ほぼ間違いなく静香も理解しているはずだろう。 静香に恋人がいたと言う話は聞いたことが無い。恐らくは俺と同じく、初めて同士なのだ。 こう言う時こそ、男である俺がビシっとリードして行くべきなのだが…… 「ヤバイな……なんで俺、こんなに心臓バクバク言って るんだよ」 静香も今頃、俺の部屋で緊張しながら待っているのだろうか……? 「とりあえず俺の後に、静香もシャワーを浴びたいって 言うはずだよな……女の子なんだし」 「あれ? っつー事は、先に浴びてもらった方が良かった のか……? いや、むしろ一緒に……」 「……って、少し落ち着け、俺。相手はあの静香だぞ? 今さら緊張することなんて何もないはずだろ」 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように独りごちる。 だが、長年そう言う対象として見る事から逃げて来たからこそ、余計に女性として強く意識してしまうゆえここまで緊張しているのでは無いだろうか? 「やばっ……」 ……そんな事を考えていたら、早くも下半身が大変な事態になってきていた。 「と、とりあえずシャワー浴びて落ち着くか……」 このままではすぐにでも襲ってしまいそうだったので理性を保つため、一人、浴室へと向かうのだった。 ……………… ………… …… 人肌よりも少し温いくらいの湯が、俺の身体を打つ。 静香を部屋に待たせて、シャワーを浴びたのまではいいのだが、その場の勢いにまかせてこんな状況になってしまったため、何の準備もしていなかった。 「…………」 俺は目を閉じたまま、悶々と考え込む。 「カケル、ちょっといい……?」 まず、必要なものは揃っていたか……? 布団のシーツは、今朝洗濯した時に変えてあるから問題ないはずだ。これは運が良かった。 「……そういえば、ゴムの用意してねぇじゃねーか……」 こういう時、自分自身の男としての準備の悪さに嫌気が差す。 「あの……その……私も一緒に入って、いい?」 やっぱり必要だよな、最低限のマナーだと思うし…… もっと早く思い出していれば、シャワーを浴びる前に買いに行ったのだが……これは失敗だ。 「やっぱり、先に静香にシャワーを浴びてもらうべき だったか……?」 部屋を見渡されて、そう言う準備が出来ていないと悟られてしまったら、色々と不安がらせちまうかもしれないし…… 「……カケル、聞いてる?」 「くそっ……行為の準備どころか、心の準備すら満足に 出来てねーぞ……」 やっぱりこういう時に大切なのは、ムードだろう。 俺がいかに準備不足を補って静香を安心させてやれるかどうかが大事なような気もする。 「(今更、準備できてねーから、とか言っても空気が  悪くなるだけだし……何か良い案ねーかな……)」 「んもぅ! ……返事しないと勝手に入っちゃうよ?」 「いや、静香にシャワーを浴びてもらっている間に ダッシュで買ってくればいいのか!」 アホか俺は……こんなシンプルな解決法に頭が回らないほどに、緊張しちまってるのか……? 「無視しないでよ……入っちゃうからね!?」 「へ……?」 俺がそんな事を考えていると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきたような気がした。 「それっ!」 「おわっ!?」 ちょうど洗顔の途中で目が塞がっていた俺に向かって何やら温かくて柔らかい衝撃が走った。 「えっと……私が洗ってあげるね?」 「は……?」 聞きなれた声の主にマウントポジションを取られたまま何やら俺の思考を放置して、勝手に話が進んでいた。 「って、その声は……もしかしなくても、静香か!?」 「う、うん。そっか、顔洗ってた途中だったんだね」 「ぶっ!?」 油断していた俺の顔面に、熱いシャワーが容赦なく叩きつけられる。 「どう? 見えるようになった?」 「静香……お前、いきなり何……を……」 ようやく現状を理解しかけた俺の脳を、目の前の非現実的な光景が、再びストップさせてしまう。 「カケル、ごめんね……もしかして熱かった?」 一糸纏わぬ姿で心配そうに口を開く静香の手にはいつの間にかスポンジが握られ、泡立てた身体を俺に押し付けるように密着していた。 「おまっ……ななななな、何してんだよ!?」 「その……待ちきれなかったから、来ちゃった」 そう言って、静香は恥ずかしそうに顔を伏せる。 「いや、来てくれた事自体は嬉しいんだが……今はちょっと 都合が悪いと言うか……」 俺はチラチラと自分の下半身を覗き見る。 ただでさえさっきまで元気だった男根が、静香と言う突然の乱入者のせいで、更に大きく張りつめていた。 「え? ……きゃっ!?」 元気に反り返る俺の《逸物:いちもつ》の挨拶を股間で受けた静香が小さな悲鳴を漏らす。 「あ、あの、カケル……これって……」 「……だから今はまずいって言ってんだよ」 俺の考えを見透かされたようで、居心地が悪くなって思わず静香から視線を逸らしてしまう。 「あの……その……」 ちょうど静香の股間に当たっている《そ:・》《れ:・》に驚いたのか真っ赤になって照れながら、あたふたと慌てる。 「えっと……見てみてもいい?」 「は、恥ずかしいから出来ればやめてくれ」 「ひ、卑怯よ……カケル、私の裸見てるじゃない」 「静香は別にいいだろ。だって、その……」 「え?」 「綺麗、だしな」 「な、何よそれ……恥ずかしいこと言わないでよ」 「率直な感想だっての」 「ん……あ、ありがと」 「静香……」 「あっ……」 照れながらも喜んでくれる静香が可愛く感じて、そっと頭を撫でてやる。 「んぅ……あ……」 とろんとした顔で甘い声を出す静香を見ているとさっきまでの緊張が嘘のように和らいだ。 「(本当に、静香……なんだよな)」 普段は意識していなかった女性としての静香の肢体は今まで気づかなかったのが不思議なくらいに、とても魅力的に見えた。 「……恥ずかしいから、じろじろ見ないでよ」 「何言ってんだよ。飛び込んできたのはそっちだろ」 「うぅ……そうだけど……」 そう言って、バツが悪そうに口をつぐんでしまう。 泡にまみれた静香の体はどこか淫靡で、しなやかに伸びた手足は、まるで造り物のように美しかった。 「か、翔だけ、ずるいわよっ」 「わ、わかったよ。じゃあ、見てもいいぞ」 「え?」 「だからその、俺の……それを」 たしかに静香だけに恥ずかしい思いをさせるのもおかしな気がして、さきほどの提案を受け入れる。 「…………」 「? どうしたんだ? 見ないのか?」 「……や、やっぱりいいよ」 「お、お前が見たいって言ったんだろうが」 「だ、だって、やっぱり怖いし……」 「あのなぁ……」 思いっきり肩透かしをくらって、顔をしかめてしまう。 「そ、それより、さっきの続き、するね?」 「さっきの続き?」 「ん……」 恥ずかしそうにそう頷くと、静香は誤魔化すように胸を擦り付けながら、上下にストロークを始めた。 「なっ……!?」 「わ……私が、カケルの身体、洗ってあげるって…… 言った、じゃない……んっ……」 「っ……!!」 女性独特の柔らかさを感じて、思わず息を呑んでしまう。 「男の子は、みんな……んっ……こう言うの、好き なんでしょ……?」 「そ、そりゃあそうだけど……何もここまで無理してやって くれなくったって……」 「……私の身体じゃ、気持ちよくない?」 「え? な、なんでそんな事言うんだよ」 「だって、私……その……胸、小さいから」 「カケル、おっきな胸の人が好きみたいだし……でも、私 ……スタイル良くないから」 「静香……」 普段から気にしているのであろうコンプレックスを俺に打ち明けるように、その不安を言葉にする静香。 「たしかに私は鳥井さんみたいに胸はおっきくないけど…… でも、気持ちの大きさなら、負けないんだよ?」 自分の方がより俺を気持ちよくできると言わんばかりに静香が、必死にその身体を擦りつけて来る。 「ちょ、ちょっと待て! なんでそこでかりんの名前が 出て来るんだよ!?」 「だって、あんな突然やってきた女の子と、すぐに 打ち解けて、仲良くじゃれあってるし……」 「メガネかけた女の子に、こんなに心を開いた事なんて 今まで一度も無かったじゃない」 泣きそうにも見えるくらい不安げな瞳で、抱きついてくるように、強く、俺の身体にくっつく静香。 「そりゃあ俺にしては珍しいかもしれねーけど…… だからって、それとこれとは別だろ」 「だから私、胸おっきいし、本当は鳥井さんのこと 好きになったんじゃないかな、って……」 「…………」 あいつが来て以来、どうにも静香の様子がどこかおかしかったのは全てそのヤキモチが原因だったようだ。 「それに、ナンパするって言って雲呑さんと知り合いに なってたし、花蓮ちゃんとだって仲よくなって……」 「それって胸の大きい順だよな……」 麻衣子はともかくとして、名前が挙がらなかった先輩が少し哀れだった。 「いくら俺でも、そこまで露骨に胸だけで相手を見てるわけ ねえだろ……?」 「ほんとに……? だって、私、胸ぺったんこだし…… あの子達に比べて、魅力なんて無いのに……」 「んなことねーだろ。静香には静香の良いところだって たくさんあるって」 「……例えば?」 「料理が上手いとか、本当はピュアで優しいとか、いっつも 俺の世話を焼いてくれるところとか……」 「それと、こんな俺を好きでいてくれるトコとかな」 「カケル……」 「それにだな、貧乳ってのも別に嫌いなワケじゃないぞ? 貧乳には貧乳の良さってもんが……」 「……そんなに貧乳貧乳って言わないでよ」 「わ、悪い……」 俺としては完璧な慰め方のつもりだったのだが、静香は不満そうに口を尖らせてしまった。 「とにかく、大事なのは胸の大きさとかじゃねーよ。 俺が一番好きなのは、その……静香なんだから」 「え……?」 「だから、お前が気にしてるほどスタイル悪くなんてねー って言ってるんだよ」 「好きなヤツの裸なんだから……一番興奮するし、綺麗だ って思うのも、自然な事だろ」 「……うれしい」 そう言って安心して見せた静香の蕩けたような表情がこれ以上ないほどに扇情的で、俺を興奮させる。 「カケル……私も、大好きだよ」 「静香……」 俺は静香の顔を引き寄せ、それを証明させるかのように唇を重ねた。 「ん……」 唇と唇を重ねるだけの、淡いキス。 「んぅ……ん……」 静香の唇は柔らかくて、こうしているだけで俺の頭はどうにかなりそうだった。 「んっ……んんぅ……ぷはぁっ」 たっぷりと静香の唇を堪能してから、俺はゆっくりとその唇から離れる。 「……いきなりなんて、卑怯よ」 「でも、こうでもしないと納得しないだろ?」 「……初めてだったから、もっと素敵な場所がよかったな」 「彼氏の風呂場じゃダメだったか?」 「素敵な場所で、って言ってるじゃない。んっ……」 そう言うと、静香は再び身体全体で奉仕するように俺を洗い始めた。 「翔が大好きって言ってくれた身体で……たくさんお礼して あげるね?」 「そりゃ、男冥利に尽きるな」 「大好きなカケルのためだったら、私……んんっ…… どんな事だって出来ちゃうんだからっ」 「静香……」 「胸もないし……すぐに泣くし……わがままだけど…… それでも、カケルが望む事なら何だってできるよ?」 再びボディーソープを自分の身体に塗り、静香が愛しそうに肌を重ねてくる。 その瞬間、ねちゃりと、粘液のいやらしい音が聞こえてきた。 「今日はたくさん優しくしてもらったから……今度は、私が いっぱい頑張るね」 静香が大きく身体を動かして肌を擦り合わせると、途端にボディーソープが泡立ち始める。 「んっ……ふぅ……はぁっ……んんっ」 最初は胸だけの動きだった静香が、気づけばお腹や《腿:もも》を使って、全身で奉仕していた。 「ふふっ……なんか、すごくエッチだね」 「そりゃ、そうだろ」 「それに、その……カケルのが私に当たってるから…… 本当にエッチしてるみたい」 完全に反り返った逸物を押さえ込むようにして、泡をローション代わりに擦り付けているせいか、下半身がぐちゅぐちゅと音を立て、確かにそう錯覚させていた。 「すごく熱いし……私が動くたびに、動いてるし……」 「ふぅっ…………んぅ……あぁんっ!」 「っ……」 静香自身も擦り付けることで快感を覚えているのか下半身にも力を入れて、ストロークを強めて来る。 その蕩けそうな独特の感触と、熱すぎるくらいの人肌に思わず声が漏れそうになってしまう。 「はぁ……んんぅ……あんっ……ふあぁっ……」 「んっ……あっ……ふぅ……んんっ……やぁ……っ」 声に熱が入り始めた静香を見ながら、俺はその変化に気がついて、ある事を思いつく。 「静香、胸のあたりとか、もうちょっと強めで」 「胸……? んんっ……こんな感じ?」 静香が胸を押しつけてくると、乳首が先ほどより明らかに固くなっている事を確信する。 「そのまま、全身を擦り付けるように動いてくれ」 「うん……ふぅっ……んっ……はぁっ……んんっ」 「あっ…………んぅ……ふあぁっ……んあぁっ…… な、なにっ、これ……んんっ……あぁんっ!」 俺の予想通り、敏感な部分を擦り付けている快感と興奮で静香の表情が官能的な色に染まって行く。 「ひゃ……ふぁっ…………んんぅ……っ」 「ふぅっ……あ……んっ……んあぁっ……はぁんっ!」 「ぐっ……」 直接的な快感と目の前で繰り広げられる淫事に、俺のペニスは完全に反り立っていた。 「んぁっ…………あっ……はぅっ」 「んぁっ……ふぅ……はぁんっ……んんっ……!」 「静香、気持ちいいか……?」 「うん……気持ち、いいよっ……」 「カケル、は……っ? 気持ちいい?」 「あぁ、俺も気持ちいいよ」 「良かった……ん、んぁっ……」 静香の動きに合わせ、静香の秘所へ擦りつけるように《腿:もも》を押し上げる。 「ひゃぅっ!? ……カ、カケル……?」 「俺のことは気にしなくていいから、そのまま続けてくれ」 「続けてくれって言われても……ふあっ……んあぁっ!」 「ああっ……ん、ふぁっ……んんぅ」 初めは吐息のようだった静香のそれは、もはや殆ど嬌声と呼べるものになっていた。 「ふぁぁっ……ひゃんっ…………あぅっ」 「んんっ……あ、ふぁぁ……はあぁんっ!」 調子に乗った俺は、腿をぐりぐりと押し当てて、静香により強い刺激を与えてやる。 「ひゃあっ……ふぁ……ん、あぁぁっ」 「ん……あぁっ……あぅ、んんぅ」 俺が腿を動かすたびに、それに負けじと静香も懸命に身体を擦りつけてくる。 「ひゃうっ…………んあぁっ……あ、んぅぅ」 「うぅんっ……カケル……動かしすぎ……だよぉ」 「いいじゃん、この方がお互いに気持ちいいだろ?」 「そう、だけどっ……んんっ」 「じゃあこのままってことで」 「でも……んぁっ……ひゃぁんっ!」 そうこうしているうちに、泡が流れていってしまう。 俺は迷うことなくボディーソープを継ぎ足した。 「ひゃうん!」 ボディーソープの冷たさに驚いたのか、静香が可愛い悲鳴を上げた。 「んんっ……ふぁっ……んぅ……カ、カケル……?」 「泡が流れちゃったら続けられないだろ?」 腿をより強く押しつけながら、俺はしれっと言い放つ。 「だけど……ん、ひゃぅ……はっ……」 「ふぁぁ……あ……っ……んんっ、んあぁっ!!」 すでに静香の秘所からは愛液が溢れ出ていて、股伝いに俺の体へと垂れてきているのが判った。 「ん……ふぅっ……んぁ……はあぁんっ、んんぅっ……」 「あぁんっ……ん……はぅっ……んあぁっ、んうぅ……」 「静香……俺、もう我慢出来そうにない」 身体を洗うと言う目的から大きく逸脱し、すでに快楽の虜となっていた俺は、次のステップを促し足を動かすのを止めてそっと静香に呟いた。 「静香が……欲しい」 「えっ……?」 その身体を抱きよせて、耳元でささやく。 「カケル……」 「私も……カケルのことが欲しいよ……」 「じゃあ、いいか……?」 「あ……でも、ここじゃ……ベッドへ行こ?」 ……考えてみれば、風呂場でそのままするっていうのは抵抗があって当然だ。 だが…… 「もう我慢できないって言ったろ……」 「え……?」 「もう1秒も待てねーんだ……今すぐ静香が欲しい」 「ん…………」 俺の言葉に、静香はうつむいて黙りこくってしまった。 「静香……」 「そんな風に言われたら……断れないよ……」 「……さんきゅ、静香」 はにかみながら微笑む静香を座らせ、俺はペニスを彼女の秘所にあてがう。 「じゃあ、行くぞ……」 「うん……来て……」 静香の肩が小刻みに震えているのが判る。 どう言葉で取り繕おうが、初めての行為に恐怖を感じているのが、すぐに理解できた。 「大丈夫か……?」 それが無粋すぎる質問だとしても、不安に耐える静香を見ていたら、尋ねざるを得なかった。 「心配しないで……カケルだったら、大丈夫だから」 そうして笑みを浮かべるが、やはり無理をしているのか静香のその笑顔は、どこかぎこちない。 「私、ちゃんと……受け止めるから……」 その言葉が、俺の中で引鉄になった。 怖くてどうしようもないはずなのに、それでも静香は迷う事無く、俺を受け止めてくれる意志を示す。 そんな彼女が、たまらなく愛おしいと感じた。 「……静香、好きだ」 「うん。私も……大好きだよ……」 「っ……!」 秘所にペニスをあてがい、ゆっくりと挿入すると、すぐに静香の顔がこわばる。 「大丈夫か……?」 「気にしないで……平気だから」 「ああ、行くぞ……」 俺は、ぴったりと閉じたそこを掻き分けるようにして自らの剛直を押し進める。 「ん……つっ……んんっ!」 まだ先端を挿入しただけなのに、静香はその痛みに顔を歪めていた。 「は……っ……あっ……」 「…………」 静香の呻きを聞いてると、このまま腰を進める事を躊躇してしまう。 「っ……んんっ……はぁっ…………カケル?」 躊躇っている俺の心境に気づいたのか、静香が優しく微笑みながら話しかけてくる。 「ありがと。……でも大丈夫だから。ね?」 「けど……」 「カケルに、挿れて……ほしいの……」 「……本当に、いいのか?」 「うん。初めては、カケルにって……ずっとずっと前から 夢見てたんだから」 「静香……」 「だから……一気に……奪って欲しいの」 強がり、笑顔を見せる静香を見て、俺は決意を固めた。 「…………行くぞ」 「うん……」 「んっ……んあああああぁぁぁぁ〜〜〜っ!」 今までとは比べものにならないほどの痛みだったのか静香の悲鳴が浴室に響き渡る。 同時に、破瓜の証である赤い筋が垂れてくるのが見えた。 「だ、大丈夫か?」 「はぁ……はぁ……っ…………うん、平気だよ」 俺を心配させまいとしてか、優しく微笑むように静香が笑顔を見せる。 「すげぇ……静香の《膣:なか》……熱い」 静香の膣内が俺のペニスを締め付け、腰が抜けそうなほどの快感が、全身に駆け巡る。 「んんっ……はぁ、はんっ……んぅっ……」 「……っ……」 思わず腰を動かしたい衝動に駆られるが、苦痛に歪む静香の顔を見て、どうにか思い留まった。 「ふぁっ……ん……すご、い……カケルのが、私の中に…… 入ってるんだね……」 「ああ……」 「お腹の中……っ……痺れたみたいに……」 「……私……私っ……んぅっ……ぐすっ……」 「静香、どうした……?」 俺が必死に挿入の快感に耐えていると、静香が突然泣き出してしまう。 「ご、ゴメンな……? もっと優しくできれば良かったん だけど……」 「ううん、違うの……っ」 「え?」 「こうして、カケルと一つになれて……私、嬉しいの」 「ずっと、ずっと……好きだったから……」 「大好きだった人と結ばれたのが嬉しくって……胸が いっぱいになって、それで私―――」 「静香……」 破瓜の痛みでそれどころじゃないはずなのに、それでも静香は、俺のことを想ってくれていた。 その事実に、胸が張り裂けんばかりの愛おしさがこみ上げてくる。 「ん……」 吸い寄せられるように、俺は静香と唇を重ねた。 「……んっ……んん……くちゅ……」 俺は貪るように静香を求め、半ば強引に舌をねじ込む。 「ちゅっ、んんっ……ちゅぱ……んぅっ」 怯えるように引っ込んだ静香の舌に、俺の舌を絡めて優しく愛撫する。 「んむぅ……ちゅ、くちゅ……んんっ」 「ふぁっ……んむっ、んちゅ……っ……ぷはっ」 唇を離すと、静香は恍惚とした表情を作った。 「んぁ……カケルぅ……」 「ゴメンな、静香……今まで、ずっと待たせて……」 頬を伝う涙を指でぬぐい、俺は再び唇を貪る。 「んむっ……ちゅ、ちゅぷっ……くちゅ……んんぅ」 「くちゅ、ちゅむっ……んむ……ちゅ……ちゅぱっ」 静香の舌の動きはさっきよりも大胆で、求められるがままに俺も舌をなぞらせた。 「ちゅ……んちゅ、ちゅぱっ……んんっ」 「ふぁ……カケルぅ……もっと、もっとして……?」 「ああ」 一度離れても、俺達はすぐにまた互いを求めあう。 「んんっ……んむぅ……ちゅっ、くちゅ……」 「ちゅっ、くちゅっ……んんぅ……ちゅぱ……んくっ」 静香の唾液が、甘い麻薬のように俺の頭を痺れさせる。 「んん……んちゅ、ちゅぷ……くちゅっ」 「はぁ……っ……んむっ……ふぁぁ、んあっ……」 唇を甘噛みして舌を這わせると、静香は甘い声を漏らしその声が俺をさらに狂わせた。 「ん……あんっ……ちゅ、くちゅっ……んぷぅ」 「ふぁっ……んむっ……んくっ……ぷぁっ」 唾液が糸を引いて、てらてらと、いやらしく光る。 その官能的な光景が、俺の劣情を掻き立てていた。 「んっ……もう……動いて、いいよ」 「いいのか? ……無理するなよ」 「キスしてたら……痛いの、気にならなくなっちゃった。 ……だから、いいよ」 「静香……」 「んっ……ちゅ……」 俺はもう一度静香にキスをしてから、ゆっくりと腰を引いた。 「っ……あっ……んんぅ!」 ピストン運動を開始する事で強い快感を得る俺に反して静香の方は快感とは程遠く、激痛に汗を浮かべていた。 「はぁっ……んっ……はぁ、はぁ……んくぅ!」 「あ……っ……くぅっ……んんっ……んはあっ!!」 最初に入れた時に比べれば幾分か楽そうだが、どうしても気が引けてしまい、俺は腰の動きを緩めてしまう。 「んっ……はぁ、はぁ……だい、じょうぶ……だよ?」 「受け止めるって……ちゃんと……受け止めるって 決めてたんだから……だから、動いて……?」 「ああ……行くぞ、静香」 その言葉を聞いて、俺は再びストロークを始める。 「いっ……はぁ……んぁっ……んんぅっ!!」 抜ける直前まで引いてから、今度はそれを深くまで一気に挿入する。 「んんっ……っ……あっ……ふぁっ!」 静香の膣は俺のペニスをきつく締め付け、ゆっくりと抽送させているだけでも、電気のような刺激が背筋を駆け抜けていく。 「つっ……ん、あっ……くふぅ……」 「はぁ、はぁ……んぅ……あぅっ……」 弾けるような快楽に翻弄される俺と違って、静香の方は変わらず苦悶の表情を浮かべていた。 「静香……」 少しでも気が紛れるようにと、俺はその可愛らしい胸を指で優しく愛撫する。 「ひゃぅ! んぅっ……はぁっ……あんっ!!」 「カ、カケル……そこ……は……んひゃぁ!」 小さいと感度がいい、なんて話はよく聞くが、実際に静香は胸が弱いようだった。 「ふぁ……ん、あっ……あ……んんぅ」 「あっ、ひゃぅっ……ふぁ……ひゃぁっ!」 乳房の先端を転がすようにいじると、静香の嬌声が心地よく耳に響いてくる。 「あ、あっ……ふぁんぅ……ふああっ!」 「そん、な……胸……ばっかりぃ……んんんぅぅ!」 静香がそちらに気を取られている間も、少しずつゆっくりとだが、ペニスを出し入れする。 「ふぁっ……ん、ひゃぅ……んああっ」 「だ……めぇ……あぁ、んんっ……」 愛液と血が混ざりあい、潤滑油となって、静香の秘所はだんだんと具合が良くなって来ていた。 「んひゃぁ……やぁ……ぁふ……」 「あぁっ……ふぁ……あっ、んああっ」 それに合わせて、静香の身体の緊張も次第に解け、声にも快感の艶が混ざり始める。 その静香の気持ちに呼応するように、俺もまた抽送の速度を徐々にスピードアップさせる。 「んぁ、あっ……あんっ……ああぁっ……」 「んんっ、ふあぁっ……ひゃう……あんっ……」 固くなった乳首をいじりながら、ひたすらに静香の膣へ挿入を繰り返す。 「んあああぁっ! やぁ、やだっ、だめ……んぁ あぁんっ……」 「ひゃん! ああぁんっ……んんんぅっ!」 それに反応するように静香の身体がびくびくと震え、膣内も同じように《蠢:うごめ》きまわる。 「むね……ばっかりっ……ひゃぁっ、んあぁっ!」 「だ、めぇ……おかしく……なっちゃ……くぅっ……」 「けど気持ちいいんだろ?」 「んんっ……でも……でもぉ……んあぁっ」 「ふあぁっ……ん、あぅっ……んんんぅっ!!」 余裕ぶってそんな事を訊いてみたりするが、俺自身も下半身から流れ込む快感に、射精感がこみ上げていた。 「あんっ……んんぅ……っ……ひゃぁっ!」 「くふぅ……はっ……あん、あっ……んああっ」 結合部からは水気のある音が響き、先走り汁と愛液が混ざりあい、お互いの身体を濡らす。 「あぁっ……ん、ふぁぁっ……んんぅっ……」 「あ、んぁ、ひゃっ……んんっ……はぁっ」 「あん、んぅっ……ふぁっ……ふあぁっ!!」 静香の表情からだいぶ苦痛の色が消えて来た事を悟りストロークのペースを上げる。 「んあぁっ! んっ、あぁんっ……やああぁっ!」 「ふぁぁっ……んんぅ……あんっ、んんっ……はぁん!」 ただ前後に動かすだけでなく、膣内全体にペニスを擦りつけるように、緩急をつけての挿入を試みる。 「うぁっ……んんっ……あん、んぅっ、ああぁっ!」 「んぅ……ふぁぁっ……んあ、ひゃぅ……っ!!」 「んああっ……カ、カケルぅ……はげし、んんぅっ!」 「静香っ……静香っ……!!」 会話する余裕もなく、ただがむしゃらに腰を動かす。 「んんぅっ! あんっ、んんぅっ……あああぁぁっ!」 「ふああぁっ……んんぅ、あううぅっ……んんんぅ〜っ」 感極まって、静香が再びキスを求めてくる。 「んむううぅっ……んっ、ちゅぱっ……ふぁぁっ」 「ん、ん……くちゅ、んふぅ……ぷぁっ、んんぅ」 まるで獣のように激しく互いを求め合い、ただただ貪欲に舌を這わせる。 「ん、んふぁ……んむうぅっ……ちゅ、くちゅ……」 「ちゅ、ちゅぱっ……んちゅ、んむっ……じゅるっ」 上下から来る激悦に、目の前がちかちかと光る。 「くちゅ、じゅるっ……ん、んぁ……や、やあぁっ」 「だめぇ……変に、変になっひゃ……んああぁっ!」 愛液が飛び散るほどに激しく抽送すると、静香は悶えるようにかぶりを振った。 「ああぁんっ……翔っ……カケルぅっ……」 「ん、んんっ……は、あぁっ……カケル、カケルぅっ…… すきぃ、大好きぃっ……はあぁぁんっ!!」 感極まって俺の名前を連呼する静香に応えるようにひたすらストロークを繰り返す。 「んああぁっ……はぁんっ、んっ、気持ち、良いよ…… かけるぅ……んはぁっ、やあぁっ……ひゃあぁっ!!」 静香も相当感じてくれているようだったが、俺の方もすでに限界が迫っていた。 「んああぁっ、ひゃうっ……ん、ん、あああぁっ!」 「うぁ、あぁっ……あんっ……んんんんんっ!!」 「ぐっ……」 もうそう長い間我慢できそうにない事を悟り、俺はさらにテンポを上げて腰を突き動かす。 「ふあぁっ、んんぅっ……んあぁぁっ!」 さらに、静香も絶頂に導くため、今まで触れていなかったクリトリスに手を伸ばした。 「んんんぅっ! そ、そこはぁ……あああぁぁっ!」 「ひゃあぁぁっ、あ、ああぁぁっ……だめ、だめぇ!」 突然の刺激に驚いたのか、静香が今までにないほどの嬌声を上げた。 「あっ、あぁ、んあぁっ……ふぁぁ、んああぁぁっ!」 「そこっ……んあぁっ! そこ、はぁ……ひあぁっ!!」 上下の突起を弄るたびに、静香の膣はびくびくと収縮し俺の剛直にいやらしく絡みついてきた。 「んぅぅっ……あ、あああぁぁんっ、んんんぅっ!」 「ひゃああっ、だめぇっ……わたし、わたしぃっ……!」 「静香……俺も、もう……っ!」 「あんっ、んんっ、やあぁっ……な、中にぃっ……っ!」 限界を感じペニスを引き抜こうとすると、まるでそれを拒むかのような絶妙なタイミングで、静香が俺の背中に両足を回して、その動きを阻む。 「し、静香!?」 「おねがいっ、カケル……この、ままで……んんっ! 中に……出して、欲しいの……っ!!」 「けど、お前……」 「だめ? 私、欲しいよっ……カケルの、いっぱい…… 中に欲しいよっ!!」 「いいのっ、カケルならぁ……ううんっ、カケルのが 欲しいのっ! だからお願いっ、カケルぅ〜っ!」 「っ……行くぞ、静香……!」 一瞬だけ躊躇したが、静香の言葉に俺は覚悟を決めてラストスパートをかける。 「んんっ、あ、ひゃうっ……んんんっ!」 「あ、あっ、んんあっ……きちゃうぅ、きちゃうよぉ!」 がくがくと快感に震える腰を、思いきり打ちつける。 「あああぁぁっ、や、やぁっ……もう、んんんぅっ! かけるっ、かけるっ、かけるぅ〜〜〜っ!!」 堪え切れない射精感に、目の前が真っ白になる。 そして、ついに臨界点が訪れた。 「くっ……出すぞ、静香!」 「ふああっ、ん、ああっ……来てっ! カケルぅっ!! いっぱい……来てえええぇぇぇっ!!」 「私、受け止めるからぁ! なかっ、《膣:なか》で、いっぱい…… カケルのこと、受け止めるからあぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「んああああああああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!」 「ぐぅっ……」 静香の膣が思いきりペニスを締め付け、俺はその最奥へ勢いよく欲望を解き放つ。 「んんっ……はあぁっ……んんぅっ……」 「ふぁ……んっ……はぅ……」 息を荒げながらも満足そうな声を漏らして、静香がうっとりとした表情を見せる。 「静香……大丈夫だったか?」 汗まみれの静香の髪を、そっと撫でてやる。 「ふぁ……んっ……うん……」 心ここにあらずと言ったとろんとした表情で、ぽんやりと俺の問いに答える。 「……すごい……カケルの、あったかい……」 お腹のあたりをさすりながら、静香が目を細めて呟く。 「……悪い。最後、加減できなかった」 「大丈夫だよ……ちゃんと、気持ち良かったから」 「それに、その……」 言葉を濁すと、静香は恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。 「……どうしたんだよ?」 「とっても幸せな気分で、胸がいっぱいだから……」 「……そっか」 「うん」 少しでも近くで静香を感じたくて、俺はその身体をもう一度強く抱き寄せる。 「ね、カケル……」 「ん?」 「もう少し、このままでいさせて……?」 「ああ」 その願いを受け入れるように、そのまま優しく静香を抱きしめる。 「ん……」 行為の余韻を感じながら抱き合っていると、静香がそっと瞳を瞑る。 「……んっ……」 キスを求める静香に応えるように、優しく口づける。 「んっ……んふぁ…………ねぇ、もっとぉ……」 「ん、あぁ……」 一度口を離しても、すぐにまた求められ、キスをする。 「んっ……ちゅ……んぁっ……やぁ、やめないで…… もっと……してほしいの」 「なんだよ……そんなにキスばっかりしてると 飽きちまうぞ?」 「だって……今までずっと待たされてたんだよ?」 「こんなんじゃ、全然足りないくらいに……何年もずっと 待ってたんだから」 「……わかったよ」 そのいじらしい想いを汲んで、俺は求められるがままに何度もキスを交わす。 「んっ……んふぁ……」 「身体……洗い直さないとな」 二人の身体―――特に下半身を見て、俺は小さく呟く。 「後でいいよ……もう少し、こうしてたいの……ね?」 「静香……」 「もう少しだけでいいから……このままでいさせて?」 「……ダメだなんて言うわけないだろ」 「ありがと……んっ……」 唇を重ねるたびに、胸に愛おしさがこみ上げて来て溢れそうになる。 「カケルぅ……ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅむっ……んぁっ…… すきぃっ……大好きだよ……? ちゅっ……」 それは静香も同じようで、ただひたすら俺との甘いキスに溺れていた。 「……私、もう一人じゃないんだよね」 「ああ……静香は、一人じゃない」 そう――― 今まで静香は、一人で悲しみに打ちひしがれてきた。 ただの幼馴染だった俺は、近くにいながらただそれを見ていることしかできなかった。 けど……今日からは違う。 「今日からはずっと、俺がそばにいるから……」 「もう静香を、一人にはさせないよ」 「カケル……」 ただ近くにいただけの日々と、俺は決別したのだから。 どんなに悲しい事があっても、辛い事があっても……静香と二人なら、きっと乗り越えられる。 これからは俺が静香を支えてみせると、強く心に誓った。 「うん……ありがと……」 そう言って、幾度目かのキスを求められる。 「大好きだよ……カケル……」 「あぁ、俺もだ……」 その気持ちを確かめ、契りを交わすように、俺達は、ただひたすらに唇を重ね合うのだった。 ……………… ………… …… 「……ふむ」 櫻井のことはさておき、俺は今、ある大きな問題を抱えていた。 「(……我ながら、元気になったなぁ)」 実は少し前から下半身が大変なことになっているのだ。 原因は恐らく、先ほどからぴったりとくっついている静香の熱烈なラブ光線と、予想してなかった身も心も捧げた、と言う爆弾発言によるものだろう。 「(……考えてみりゃ、結局昨夜は一回しかやらなかった  からなぁ)」 なんだかんだ言っても、俺も性欲あふれる年頃な訳で。 あのツンケンしていた静香がこうも俺にベタベタしてくれているともなれば、今までの反動と言うわけじゃないが、反応してしまうのも無理は無いだろう。 ……と言うことにして、自分の欲情を正当化してみる。 「翔、どうしたの……?」 「ん……?」 「ボーっとしてたから。何か考えごと?」 「あ、いや……何でもねーよ」 「そう? ならいいけど」 「…………」 実は静香に欲情してました。 ……なんて言えるわけもなく、俺は適当にごまかす。 それにしても食事を済ませた直後にエロ思考になるなんて我ながら情けないというか単純と言うか…… 「……でも、気持ち良かったしなぁ」 「ん、何か言った?」 「へ!? あ、いや、何でもねえって!」 「? ……ならいいんだけど」 「(……あぁ、やばいな)」 無意識のうちに独り言まで漏らしていたのだから重症である。 ……こうなったら、いっそのこと開き直ったほうがいいのかもしれない。 「それじゃ、私も手伝おっ……ひゃっっ!?」 立ち上がろうとした静香のスカートに、俺は手を突っ込んで太股を揉みしだいた。 「ん? 何じゃシズカ、変な声など上げおって?」 「な、何でもないの……気にしないで」 「ふむ。秀一、そこのスパナを取ってくれんかの?」 「スパナ……これでいいか?」 「うむ、恩にきるのじゃ」 一瞬ヒヤリとしたが、どうやら麻衣子と櫻井はそのまま何事もなかったかのように作業へと戻って行った。 「ちょっと翔! いきなり何するのよ!?」 静香が小声でボソボソと話しかけてくる。 麻衣子と櫻井には聞かれたくないからだろう。 「こんなところで、いきなり……そんな……」 言葉尻を濁しながらも、俺のセクハラに抗議する静香。 俺はそれをスルーし、静香の内股を撫で上げる。 「あっ……んんっ……か、翔っ!」 「スマン、静香。俺もう我慢できないわ」 「は、はぁっ!?」 突っ込んだ手をモゾモゾと動かし、徐々に秘所へと近づけていく。 「ひゃっ……んっ……ちょっ、ダメだって!」 静香がスカートの中で蠢く手を止めようとするが、俺は構わずに指を動かす。 「わ、わかったから……んんっ……せめて、外で……」 その手をやや強引に掴まれ、スカートの外に引きずり出される。 「今二人でどこかに行ったりしたら、逆に怪しまれると 思うぜ?」 静香の言うことはもっともだったが、俺の思考はもう完全に切り替わっていて、一刻たりとも我慢できない状態だった。 「でも……」 麻衣子と櫻井をちらりと一瞥する。 トリ太を下ろし白衣を着てすでに戦闘態勢の麻衣子を見るにどうやら教室で作業を開始するようだった。 「ここでしたって絶対バレるわよ?」 「大丈夫、手はある!」 「大丈夫って……さすがにこんなところじゃ……」 「だから手があるって言ってるだろ?」 「手って……?」 「だから、『手』があるだろ」 俺は静香の前で手をひらひらと振る。 「………………」 しばし考えてから、バッと顔を上げた。 「はぁ……!? か、翔、本気で言ってるの!?」 「本気だよ」 「…………ん」 逡巡しているのか、俯いて黙り込む静香。 「……信じられない、どれだけアブノーマルなのよ…… 変態すぎるわ……」 ブツブツと聞こえてくるのは恨み言。 いくら長い付き合いとはいえ、そういう関係になった次の日に頼むにしては、あまりにハードルが高い要求だったのかもしれない。 「大丈夫、バレないって。二人からは机の陰になってて 見えないから」 「……はぁ」 よほど呆れているのか、深いため息をつく。 「ま、マーコ達に見つかったらどうするのよ……」 「我慢できねーんだよ。お前とベタベタしてたら こうなっちまったんだから、しゃーねーだろ」 「ん……それは、嬉しいような気がするけど……」 恥ずかしそうに麻衣子と櫻井の方を何度も覗き、しばし思考をめぐらせてから、静香が意を決したように呟く。 「んもぅ、今回だけだからね……?」 仕方ない、と言った感じで顔を上げる静香。 その表情は、呆れていながらもどこかうっとりとしたものだった。 「じゃ……行くよ?」 静香の手が俺のズボンへと伸びる。 「あぁ、頼むわ……」 ジッパーを下ろすと、既に勃起していたペニスが勢いよく飛び出してきた。 「わっ……」 「……すごい……もうこんなになってる……」 それを見た静香が、艶を孕んだ声をあげる。 「ずっと静香の隣にいたからな」 「え? じゃあ私、翔といる時いつもこうやって 反応させてたってこと?」 「いや、だからその……恋人としてイチャついてりゃ 嫌でもこうなるって言うか……昨日の事思い出して つい元気になっちまったって言うかだな」 「そ、そっか……」 静香も昨日の行為を思い出しているのか、真っ赤になって数瞬の間、黙り込んでしまう。 「その……こういうの、初めてだから。痛かったら 言ってね……?」 「たぶん平気だろ。恋人の静香にされるんだったら 何だって気持ちいいって」 「……バカ」 調子の良い俺の言葉にそれなりに嬉しそうな軽口を返すと、静香はおずおずと指で性器に触れ、突然の刺激に反応したペニスがビクンと震える。 「ひゃっ! ……本当に大丈夫なの? 痛くない?」 「あぁ、大丈夫だからそのまま続けてくれ」 「うん」 竿の部分を軽く握り、そのまま上下に指を這わせると何とも言えない刺激が下半身に広がった。 「ビクビクってなってる……それに……熱い……」 その動きはソフトなもので、文字通り撫でるような愛撫だった。 「これくらいで、いいかな……?」 普段の自慰とは比べ物にならないソフトな動きでも静香にされていると言う事実が上乗せされることでじわじわとした快感が昇ってくる。 「もうちょっと強く握って、やってみてくれ」 「ん……このくらい、かな?」 指先にぎゅっと力が込められ、瞬間、腰が浮きそうになるほどの快感が生まれた。 「すごい……また大きくなってる……気持ちいい?」 「あぁ、そのまま……続けてくれ」 強くなった刺激に反応して、ペニスがさらに大きくなっていく。 「あっ……またビクン、って動いたよ……?」 麻衣子たちが目の前にいるこの日常の空間でこんな淫靡な行為に耽っているという事実がより強い刺激となって、俺を狂わせる。 「すごい……こんな大きいのが、私の中に……」 昨夜のことを思い出しているのか、うっとりとした声を漏らす。 「昨夜……気持ち良かった?」 「あぁ……どうしたんだよ、そんな……?」 「ふふっ……じゃあ、もっと気持ち良くしてあげるね」 静香も気分が乗ってきたのか、段々と責め方が大胆になってくる。 「こういうのとか……どう?」 「っ……」 竿を扱いていた指が亀頭の方へ移動し、裏筋を引っ掻くような動きに変わった。 強烈な快感が背筋を駆け上り、目の前がチカチカと光る。 「ふふっ……んっ……私だって、色々知ってるんだから」 そんな俺の反応に気を良くしたのか、静香が淫靡な笑みを浮かべた。 「静香……お前、本当に初めてなのか……?」 「当り前でしょ……なんでそんなこと訊くのよ?」 「上手すぎるんだよ……すげぇ……」 「もしかしたら、才能とかあるのかな……やだ……」 「俺は嬉しいけど?」 「なら、私も……はぁっ、嬉しい……かも」 本当に嬉しそうな笑みを浮かべて、より一層、激しく上下に竿をストロークさせてくる。 そのまま裏筋を弄られると、我慢していたこともありすぐに先走りの汁が溢れてきた。 「あっ……なにか……出てきたよ」 透明なそれを指先で《掬:すく》い取り、亀頭に塗りたくる。 「んっ……なんか、ぬるぬるしてる……これでもっと扱き やすくなるね……」 すべりが良くなった亀頭を擦られると、下半身から来る快感が爆ぜた。 「ふぅっ……んんっ……どう、気持ちいい?」 うっとりとした、艶っぽい声。 それを聞いているだけで、俺の剛直はどんどん充血していき腫れ上がったかのように硬さを増していく。 「はぁ……あはっ……すごい……」 新しいおもちゃを与えられた子供のように、ペニスを弄ぶ静香。 カタカタと微かに揺れる椅子の音で麻衣子達に感づかれないかという不安を覚えるも、この快感を緩めるような言葉を口にするなんて、すでに出来なくなっていた。 「んふっ……ん……ふふふっ……」 「もっともっと……気持ち良くしてあげるんだから」 煽情的ながらも無邪気な表情と艶かしい水音のギャップが俺の欲望をより大きくしていく。 「翔……私も……変な気分になってきちゃった」 「ごめんね、さっきは酷いこと言って……これじゃ私も 他人のコト言えないね……」 恥じらうように笑うが、その瞳は《淫蕩:いんとう》な色に染まってさながら淫魔のようだった。 「ふふっ……んっ……あは……」 「くっ……静香……」 こみ上げてくる射精感を抑えつつ、それを誤魔化すように静香のスカートに手を忍ばせる。 「ひゃ……か、翔?」 「こういうのはさ……お互い気持ち良くなった方が いいだろ?」 「わ、私はっ……んっ……あ、ひゃうっ……」 完全に静香への愛撫が止まっていたことを今更ながら思い出し、秘所を包む柔布に指を這わすと、湿っぽい感触が指先に残った。 どうやら静香の方も、このシチュエーションに相当性的な興奮を覚えていたようだ。 「んんっ……あぁ……っ……ふぁっ……んぅっ」 「あひっ……ふぁ……ああんっ……ふうぅっ」 俺は下着をずらし、指を震わせるようにしながら直接静香の秘所をなぞる。 「んんっ……くぅ……ひゃああぁっ!」 いきなりの快感に驚いたのか、嬌声を上げてしまう。どうやらそれは麻衣子の耳にも届いたようだ。 「? シズカ、今何か言ったかの?」 「なん、でも……ないからっ……」 麻衣子と喋っている間も、俺は小刻みに指を動かす。 「気にせずに……んんっ……続けて……っ」 「ならいいのじゃが。秀一、そこのバナナもどきを取って くれんかの?」 「これでいいか?」 「それじゃそれじゃっ」 バレるかと思ったが、何事も無かったかのように作業へ戻る二人。 感づかれるかと冷や冷やしたが、どうやら大丈夫だったようだ。 「危なかったな」 「翔ぅ……ゆ、指ぃ……動かさないでぇっ……」 「ふぁっ……くぅ……んあぁぁぁっ」 「あんまり声を出すと二人に見つかるぞ?」 「だ、って……翔っ……が……変なところ……っ」 我慢できなくなったのか、右手で自らの口を塞ぎ、漏れる声をなんとか抑えようとする。 「んんっ……んあっ……んんんぅぅぅ」 「うぅぅっ……ん、んぅっ…………んむぅぅ」 その快感に悶えながらも必死に押し隠そうとする反応が面白かったので、そのままびしょ濡れの膣内に指を挿入していく。 「むぅぅ……うぁっ、ん、ん……んぁぁぁっ」 「あふぁっ……んんっ……ん、んむううっ」 そこはもう完全に濡れそぼっており、少し指を動かすだけでくちゅくちゅと言う水音が聞こえてきて、俺の嗜虐心を煽ってくる。 「んんぅっ、あぁん……んんぅっ……んひゃぁ」 「ふぁっ……あ、あ、んぁぁぁっ……だめぇ……も、もう ……我慢、できな……うぅぅ」 軽く前後に出し入れするだけで、静香の足はがくがくと震えていた。 「んんっ、あっ、ふぁっ……う、動かさな……んぁっ」 「動かすなって言われると、逆にもっと動かしたくなるもん だよな」 「んぁっ……あっ……これ以上されたら……ひゃぅっ」 浅いところで震えさせていただけの指を、膣肉を掻き分け深いところまで突き入れる。 「んひぃぃっ……ん、ああぁっ……ぬ、ぬいてぇっ」 「だ……めぇっ……おかしく、なっひゃ……あぁっ」 静香の中は《蕩:とろ》けるような熱さで、いやらしく指に絡んできた。 「んああっ……ん、あ、ひゃぁっ……やぁっ……」 「も、もうっ……んんんぅっ、んああっ……あふぁ…… ひゃ、あああぁぁっ!」 「シズカ、どうしたのじゃ? 具合でも悪いなら、保健室に 行って横になった方が良いと思うぞ?」 再び漏らしてしまった大きな嬌声に、麻衣子が怪訝な表情で振り向いた。 「ただの……んぁっ……ひと、り……ごとだからっ」 「ホント、にっ……なんでもないからぁ……んんっ」 「……ならいいんじゃが。秀一、今度はそこの火炎放射機を とってくれんかの?」 「これか?」 「おぉ、すまんすまん、感謝するぞ」 腑に落ちない、といった感じの表情を浮かべるものの特に追及することもなく、作業に戻っていく麻衣子。 「口抑えとかないと聞こえるぜ?」 「あふぅぅっ……んんあぁ……あ、ひゃうっ……んんぅ…… あ、ふぁぁ」 「はぁ……はぁ……それはっ、翔がぁ……んひゃぁっ」 中指を深くまで挿し、ぐいっと捻る。 「んぁぁ! おね、がいっ、あぁっ……もう、やめっ…… てぇっ……」 「こえぇ……あ、ああぁぁっ……でひゃ、ぅ……あぁっ…… ふああぁっ……ひゃうぅっ」 かなり感じているのだろうか、出し入れしている指への締め付けが強くなっていく。 使い慣れていないせいか、その中は昨日俺のペニスが入った場所とは思えないほどに狭く、指を締め付けて来ていた。 「んんっ……ひゃっ……んむぅっ……ん、ん、んぁっ」 「むううっ……あ、あぁっ……んむぅっ……ん、あぁっ ああんっ……んむぁぁっ」 俺への奉仕などもはや頭に無いのか、全身に走る快楽に翻弄され、声を漏らさないよう必死になっていた。 「お願いぃ……指っ……とめっ……んむぅぅぅぅっ」 それを聞いて、俺は素直に指を引き抜く。 「はぁ……んっ……えっ?」 本当に止めるとは思ってなかったのだろう。俺を見つめる静香の瞳に疑問符が浮かぶのが分かった。 「静香」 「んっ……あ……はぁ……な、何?」 「口、しっかりと抑えた方がいいぞ」 「ふぇ……?」 俺は一言だけ告げて、指先をそのまま上になぞらせる。 指先はすぐにクリトリスに辿り着き、俺はそれを爪の先で思いきり弾く。 「ひゃぁっ! ん、んぅっ、んむぅぅぅっ!」 「んんんんんんっ、んあぁあぁぁっ……ああぁっ!!」 電気でも駆け抜けたかのように、静香の体が跳ねる。 「だめっ、それ……んはっぁっ、あっ、んんっ…… ふぅぅっ、んんっ、あああぁぁっ」 「マーコに、バレちゃ……んんぅぅっ、んん、ああっ」 二本の指でそれを摘みあげると、膣口から愛液があふれ出した。 「んんっ、んぅ、むぁっ、んんぅぅっ……んんんぅっ! ん、んふぁっ……ああっ、あっ、あんっ、んんっ!」 「ふぅっ、んむぅっ……むぅぅっ、んむぅぅっ…… ん、あ、あ、はあぁっ……」 溢れ出した愛液が太股を伝い、椅子にぽたぽたと零れる。 「んぁっ……んむぅっ、はぁっ、んひぁっ……あぁっ あぁ、ああぁぁっ……んああぁっ」 「あ、あっ、あああっ……んふぅっ、んむぅっ…… むううぅっ、んんんぅぅっ!」 腰を揺らしていた静香が、俺の手を強く太ももで締め付けもはや全身をガクガクと震わせて悶え乱れている。 「ひゃぁっ、んひぃぃっ、あああっ……ん、んんぅっ くふぅっ……ああ、あっ、あああぁぁっ」 そんな静香を見て、放置されていたはずの俺の剛直は萎えるどころかより硬くなっていた。 「だ……めぇっ、声が、出ちゃ、んんんっっ!」 漏れる声を少しでも抑えようと、口を塞ぐ右手に力を込める。 「むぅっ……ん、むぅぅっ……ん、んむっ、んんっ…… んんっ、んん、んんんぅぅぅっ!」 「静香……指、止めてほしいか?」 「んふぁ、んんぅっ………んんんぅっ!」 懇願するようにな瞳を俺に向け、静香は首を縦に振った。 「そうか……」 麻衣子たちの方を見てみると、何やら真剣に話し合っているようで、俺達の事など全く目に入ってないようだ。 多分……結局は静香次第だが、これなら大丈夫だろう。 「残念だけど、却下だ」 俺は笑顔のまま残酷に言い放った。 「んんぅっ!?」 そして今までにないほどの激しさで指を抽送する。 「んんぃぃぃっ! んん、んぁっ、んんむぅぅぅっ! ふぁぁ、あ、あああぁぁっ」 「んむっ、むぅぅっ、んみゃぁ……ん、んんぅっ…… んあぁぁぁっ、むあぁっ……んんんぅっ!」 指を思いきり奥まで突っ込み、挟み込むようにしてクリトリスに強い刺激を与える。 「んんぅっ、んんむぅぅぅっ、んああぁぁっ! んあああああぁぁぁっっ!!」 静香の膣がキュンと収縮し、指を捻じ切られるのではないかと思ってしまうほどに、強く締め付けられる。 抑えきれなかった一際大きな喘ぎ声に、麻衣子が何事かと振りかえって来た。 「な、何じゃ!?」 「んんぅ……はぁ……んっ……っ……」 「どうしたんじゃ、シズカ?」 「あ、あぁ、虫だよ虫。静香の膝に飛んできてさ…… びっくりして悲鳴あげちゃったみたいで……」 息も絶え絶えの静香に代わって、かなり苦しい言い訳をする。 「んっ……う、んっ……虫……虫なの……」 「……ふむ」 「殺虫剤がその辺に転がっているから、必要なら適当に 使ってくれ」 「あ、おう……サンキュー」 「…………」 「な、何だよ?」 「いや、何でもないぞ。気にしないでくれ」 《訝:いぶか》しがるような視線を向けられるが、それっきり何も言わずに、麻衣子は作業を再開する。 かなり怪しまれた気がしたが、なんとか乗り切れたようだった。 「言っただろ、口抑えてろって」 「だってぇ……翔が……」 俺はその言葉を遮るように、指を再び動かす。 「んんんっっ! か、翔っ……ま、まだなの……!?」 「いや、俺まだイってないし」 静香の媚態を見ていたせいで萎える事こそなかったが相変わらず俺のペニスは放置されたままだった。 「んあぁっ、あっ、あああぁっ……だめぇっ…… イったばっかり……だからっ……んんぅぅっ!」 「もう、もうぅっ……んんんああぁっ、んひぃぃっ ん、んんぅ、ふゃあぁっ」 すがるように、伸ばしていた左手が、再び俺のペニスを強く握りこんだ。 「んんんぅぅっ……んむぅっ、んん、んんぁぁぁ!」 「……くっ」 どれだけの力を込めたのだろうか、掴まれた瞬間、ご無沙汰だった突然の快感に呻いてしまう。 「はぁ……んんっ、ふぅっ……くぅっ」 あまりの激悦に、一瞬、指の動きを止めてしまう。 それを見計らって、逆襲とばかりに静香が力任せにペニスを扱き始めた。 「んんっ……ふゃっ……くふぅっ……んんっ!」 「んっ、んんっ……はぁっ、んぁ、んふぅっ……っ!」 ぐじゅ、ぢゅくっ、と水気のある音がいやらしく響く。 「はっ……あっ、んんぅっ……んくぅぅっ……」 それに負けじと指を動かし、再び静香の秘所を責める。 「ふぅぅっ、くああぁぁぁっ……んむっ、んんああぁ ひゃぁっ、んひぃぃっ……」 「んむぅぅっ、あぅっ……むぁっ、んんっ、あうぅぅっ ふぁあ……ひゃうぅっ」 もういつ果ててもおかしくないほどの快感が全身に駆け巡り頭が《蕩:とろ》けそうになる。 「ああぁっ、んあぁっ、んんむぅっ……んんぅっ…… んむぅぅっ、あっ、あひぃぃっ」 「ひゃうんっ……んんぅぅっ、あああぁぁっ……だめぇっ ……また、またイっちゃうぅっ……」 再び絶頂を迎えようとしている静香。 俺も同じように、もうすぐそこまで限界が来ていた。 「だめ……だめぇっ……んふぁああっ、んむぅぅっ むぅぅっ……んああぁっ……」 「あああぁぁっ、んむっ、んむぅぅっ……わたしぃ…… わたしっ……もうっ……んひゃああっ」 「俺も、もう……出すぞ、静香……」 「むぅっ、んむぅぅっ……んふぁぁ、ひゃぅ……んむっ んっ、んんああぁっ」 「もう……イっちゃ……やぁ、あ、あっ、んんぅぅっ んうううぅぅぅぅっっ!!」 「っ……くぅっ……!」 そのまま静香の手に、容赦無しに精を解き放つ。 「んんっ……んふぅ……あ、ふぁ……」 連続の絶頂で疲れ果てたのか、がくりと静香の体から全身の力が抜けていくのが解る。 「はぁ……ふぅ……大丈夫か、静香?」 「ふぁ……ん……よく……言えるわね」 ようやく俺の愛撫から解放され、呼吸を落ち着けて冷静さを取り戻した静香が、抗議の声を上げる。 「あー……やっぱやり過ぎだったか?」 「見て分かるでしょ……ひゃっ!?」 「……どうしたんだよ?」 「手……手に出しちゃったの!?」 静香は自分の左手を見て、あたふたと慌てふためいた。 「そりゃ手でしてもらってたんだからな」 「わ、私ちょっとトイレ行ってくる!」 「おい、今は立たない方が……」 「え? ……ひゃうっ!」 立ち上がってトイレに向かおうとするのだが、案の定足腰に力が入らないのか、その場で、尻もちをついてしまう。 「……言わんこっちゃねぇ」 「んもぅ……翔のせいでしょ!」 「いいじゃん、気持ち良かったろ?」 「そういう問題じゃ……と、とにかくトイレに行ってくる から!!」 静香は何とか立ち上がるが、足がガクガクと震えているのが見えた。 「肩、貸そうか?」 「行き先、女子トイレよ?」 「トイレの前までだったら関係ないだろ?」 「……トイレの中で変なコトされそうだから、遠慮して おくわ」 「……何も言い返せないな」 少なくともこんな事をした後では、何を言っても説得力がないのは間違いないだろう。 「じゃあ、ちょっと行ってくるから」 「おう」 そのままふらふらとした足取りで、静香は左手を隠すように庇いながら、女子トイレへと向かって行く。 「ふぅ……ん?」 そんな静香を見送っていると、妙な視線を感じたので俺は反射的にそちらを振り向く。 「……どうしたんだよ、麻衣子?」 「…………」 無表情で表情でこちらを見ている麻衣子と目が合う。 「……若いって言うのは、いい事じゃのう」 「なっ……!?」 「さて、そんなことより作業再開じゃ」 「ちょ、ちょっと待て、麻衣子!! 今のは一体…… ま、麻衣子!? マーコさんっ!?」 それっきりなにも言わずに、麻衣子は作業に戻ってしまう。 結局、麻衣子の意味深な言葉の真意はわからず、その後は何事も無く、いつも通りの一日だった。 ……………… ………… …… 「…………」 一向に熱が下がらず寝たきりの静香を、懸命に看病し続ける。 その苦労も報われず、しかし病状が不安定な姿を見ていると、たしかに『病気』とは思えなかった。 「いったい、なんだってんだよ……静香が何をしたって 言うんだよ、ちくしょう……っ!!」 自分のしている事が全くの無意味なのかもしれないと知って、より一層、自らの無力さを噛み締める。 「俺は結局、静香のために何も出来なくて……麻衣子に 頼るしかねえのかよ……」 「……そんな事、無いよ」 「え……?」 俺の独り言を聞いていたのか、優しい口調で静香がその呟きに応える。 「お前、起きてたのか……?」 「翔のお陰で、だいぶ落ち着いたから……」 額に手を当てると、先ほどまでの熱が嘘のように消え去っていた。 「でも、これは俺の看病が役に立ったわけじゃねーんだよ きっと……」 「今までずっと、こうした不安定な状態を繰り返して いただけで―――」 「でも、私一人だったら……今頃、とっくに潰れてた」 「不安に押し潰されて……泣いてばかりいたと思うの」 「…………」 「カケルは、何も出来ないんじゃないよ?」 「翔はいつだって、私の事を支えてくれてたんだから」 「いつだって……?」 「うん」 「今日だけじゃなくて、私が寝込んでる時はいつも お見舞いに来て、看病してくれたよね……」 「それは……」 昔、身体が弱かった静香は、普通の人より多く体調を崩しがちだった。 その度に俺はこいつの見舞いへ行き、治るまで一緒に過ごしたのだ。 「いつも無茶言って、困らされてたのに……私が病気に なったら、優しくしてくれた」 「だから私、翔のこと……」 「静香……」 「私にとって翔が側にいてくれるのは、何よりも安心できて ……特別なことなんだよ?」 「カケルは、いつだって私を支えてくれてた…… たくさんの幸せを、与えてくれたんだよ?」 「お前……朝の独り言、聞いてたのか?」 「うん。だから、どうしても言っておきたくて…… 私にとって翔がどれほど大切で、心の支えなのか ってことを」 そう言うと静香は、ゆっくりとベッドから起き上がり再びその上へと寝そべるように身体を預ける。 「静香……?」 「ね、翔……私、翔の事が欲しい」 「え……?」 「翔と、エッチしたい」 「なっ……」 そう言いながら静香は、自らブラウスのボタンを外してしっとりと汗ばんだ、赤く火照った肌を露わにする。 そのあまりのストレートなお願いに、思わず唖然としてしまう。 「1回だけじゃ、ヤだよ……」 「もっともっと、たくさん翔と繋がりたいし、いっぱい 愛して欲しいの」 「私の心だけじゃなくって、私の身体も……」 「…………」 まだあまり経験の無い静香にとって、性交による快楽は少ないはずだ。 それでも俺との行為を求めてくるのは、恐らく『俺と繋がる』と言う事自体に、特別な意味を見出しているのだろう。 それは、静香にとって俺が特別な存在だと言う事を証明するような言動だった。 「翔に愛されたって実感できれば……きっと私、もっと 元気になれると思うの」 「私を見てくれてるんだって思えれば、きっと強くなれる から……お願い、カケル」 「けど、麻衣子が持って行っちまったから、その……今は 持ってねーんだ」 「だから、今すぐってワケには……」 「いいよ。私……このままで」 「静香……」 静香は、少しも躊躇う事無く俺を求めてくる。 初めての時も、単に感極まったわけではなく、恐らく『全て』を覚悟していたのだろう。 『じゃからお主は、シズカを……あやつの心を支えて やってくれ』 「…………」 今の静香の身体を思い、一瞬躊躇ったものの、俺は麻衣子の言葉を思い出す。 俺にしか出来ず、静香の支えとなるのなら―――そこに戸惑う理由は存在しなかった。 「わかった。俺も覚悟、決めるよ」 「うん」 どうやら、覚悟が無かったのは俺だけで……今後何があろうとも共にいる証を示すため、その願いに頷く。 「静香―――俺も、お前の全てが欲しい」 そう。 俺に出来る事は、静香の一番になってやることだけなのだから…… パジャマの下を脱がし、素朴で可愛らしいピンク色のショーツが顔を出す。 見慣れたはずの幼馴染の見知らぬ姿に、俺は自らの感情の昂りを感じていた。 「やだ……カケル、なんだか手つきがエッチいよ」 「これからエロい事すんだから当り前だろ?」 「お前の不安が全部無くなるくらい、愛し合ってやるん だからな」 「うん。お願い、カケル……」 悪戯っぽく笑う静香の可愛らしさと、俺を誘う扇情的な言動に、思わずクラっとしてしまう。 「んっ……ちゅっ……やぁっ……」 「どうした?」 「何だか、いざエッチするって思うと、急に恥ずかしく なって緊張しちゃって……」 「なんだよ、別に初めてってワケじゃねーだろ」 「でも、初めての時はお風呂だったし、必死だったから…… それに、翔に下着姿見られるのも初めてだし……」 「そう言えばそうだな……」 言われて初めてその事に気づき、改めて静香の下着姿を堪能する。 「ば、馬鹿……そんなにじろじろ見ないでよ」 「それにしてもお前、ピンク好きだよな」 「いいじゃない、別に……」 「非難してるわけじゃねーって。可愛いよ」 「んもぅ、馬鹿……」 「んっ……ちゅっ……ちゅぱっ……」 拗ねてしまった静香の機嫌を取るように、優しくキスを繰り返す。 「んっ……」 胸を覆っていたブラを外すと、静香の表情がさらに紅潮し恥ずかしそうに視線を背ける。 「なぁ……そこまで恥ずかしがられると、こっちとしても やりにくいんだが……」 「だって……その……」 「お風呂とか教室とか、いつも変なところばっかりで…… 翔の部屋でって言うのは、これが初めてだから……」 「まぁ、若さと勢いに任せてたところはあったけどな」 静香の好意に甘えて、無茶ばかり言ってきたと実感してしまう。 「だから、いざちゃんとするってなると、何だか 照れちゃって……」 「そうか……じゃあ、優しくリードしてやらないとな」 モジモジと恥らいながら呟く静香を見て、ドキドキしながらも、精一杯カッコつけてみせる。 「カケル……」 静香の頬をそっと撫で、ゆっくりと唇を重ねる。 「んっ……ちゅ……」 「ちゅ……んんっ……ちゅぷっ……」 唇をノックするように舌でつつくと、静香も舌でそれに応えてくれた。 「ちゅっ……んちゅっ……んぅ……」 「ちゅぷ……ちゅ、ちゅうぅっ……んちゅ……」 「んんっ……カケルぅ……ちゅっぱ……ちゅぷっ」 取りつかれた様に、甘美な大人のキスに溺れる。 「ん、んちゅ……ちゅ……ちゅぷっ……」 「ちゅっ……んっ……ちゅ、ぷぁっ……んんっ」 「ふぁっ……んぅっ……ちゅぷ、ちゅぱっ……」 次第に、お互い相手を想うキスから、相手を求めるキスへと変わっていく。 「あ……んんっ……はぁんっ……」 唇だけではなく、首筋や肩などにも舌を這わせながらショーツの方へと手を伸ばす。 「ふぁっ……あぁっ……やぁっ……」 俺がショーツを下ろすと、恥ずかしそうに足を動かし秘所を隠すような体勢になってしまう。 「やっぱり恥ずかしいよ……」 たしかに、こうしてじっくり見れる体勢での行為は初めてだったが、そう言われて大人しく引き下がるワケにはいかない。 「それじゃ、いつまで経っても愛してやれないだろ?」 「ん……そうだけどぉ……恥ずかしいの……ふぁっ!?」 もじもじとしている静香のガードを緩めるために、そっと秘所へと指を伸ばし、優しく愛撫してやる。 「んぁっ……はぁっ……んんっ……」 「あぁん、はぁっ、んっ……んんぅ……やあぁっ」 静香の《そ:・》《こ:・》はすぐに湿り気を帯びて、次第にちゅくちゅくといやらしい音を立て始めた。 「き、聞いちゃダメぇ……」 「恥ずかしがる事無いだろ? 俺の指で気持ち良くなって 来てくれているんなら、嬉しいって」 「でもぉ、恥ずかし……んんっ、はぁんっ!」 「やっ……やだ、そんなの……んあぁっ……」 「俺は、もっと静香のこと、知りたいんだ……それに たくさん気持ちよくなって欲しい」 「だから……静香のここ、見たいんだ」 「ん……でも……」 「ダメか?」 「……そんな頼み方されたら、断れないよ……」 少しためらった後、意を決したように静香が折れる。 秘所を見られまいと、もじもじと抵抗していた足の力を緩めて、控えめながらも、自ら開いてみせる。 「ど、どう……? ヘンじゃないかな?」 「ヘンじゃねーよ。すごくエロくて、ドキドキする」 「うぅ……私も、すごくドキドキしてるよ……」 「んっ……ちゅっ、ちゅ、ちゅぱっ……」 そのお詫びと言うように、静香に淡いキスをする。 それだけでも、少しだけリラックスできたようだった。 「ふあぁっ!? んっ……んぁ……あぁんっ!」 「んんぅ……んぁ、はぁん……あん、んんっ……」 ハッキリと視認できるようになり、より的確で大きな動きで静香の秘所を愛撫してやる。 「やっ、やぁっ……気持ち、いい、よぉ……んぅっ!!」 「すげぇ……もう、ぐちゃぐちゃだな」 擦るように上下に撫でてやるだけで、静香の秘所が物欲しそうに俺の指を濡らして来る。 「んぅ、だって……カケルにされたら、私……我慢できない よぉ……」 潤んだ瞳で俺の愛撫を受け入れている静香を見ていると胸に熱いモノがこみ上げてくる。 俺はもっと静香に気持ちよくなってもらうため、さらに愛撫を繰り返す。 「ふあぁっ……ん、んぅ……あ、あぁんっ……」 「あぁっ、んんっ……あ、あああっ……」 膣に浅く指を出し入れするだけで、静香の身体は小さく震えより官能的な声が響いてきた。 「あ、あ、ああっ……んんっ……ふぁああん……」 「んんっ……だめぇ……気持ち、いいよぉっ……わたし すごい……んあぁっ……」 指を動かすたびに滲み出てくる愛液で、気がつけば俺の手までもが濡れていた。 「ああんっ……ん、ふわぁっ……んんんんっ……」 「あ、あぁっ……んんっ、んぅぅっ……あああっ」 秘所への愛撫はそのままに、桜色の乳首へと舌を伸ばす。 「ふあぁっ……か、カケル……? そこは……んっ!」 「気持ち良かったか?」 「……うん……その、すごく……気持ち良かったの。 ……だから……」 「……もっとして欲しいのか?」 「……ん……」 はっきりと頷いたわけではなかったが、それが肯定の言葉であることは容易に理解できた。 「相変わらず弱いんだな、胸……」 「んぁっ! はぁっ……んんっ……あぁんっ!」 「あん、んぅ……はぁん……ひゃうぅっ!!」 静香に似て可愛らしい控えめな胸に顔を寄せて、その先端にある乳首を、優しく甘噛みする。 「んんっ……あぁっ、あんっ……はぁんっ……!」 「ひゃっ……やあぁっ……ち、乳首……コリコリって…… 噛んじゃ、だめぇ……っ!!」 ビクビクと反応する静香のリアクションを見ながら痛くならないように意識しながら、舌と歯を使って乳首をむさぼる。 「ふぁっ……んんっ、ああっ……んああぁっ……」 「だ、だめぇ……そんな、の……っ! 気持ちよすぎて…… わ、私……ひゃうっ!?」 手持ち無沙汰だった手を使い、もう片方の胸も執拗に弄り倒す。 「あぁっ……ああぁっ……んんっ……はあぁんっ!! や、やだぁっ……んはぁっ! あぁんっ!!」 「んんぅっ……だ、だめだよ、カケルぅ〜っ!! そんなの、だめぇ〜っ!!」 ひたすら上半身を愛されて、切なそうな声を上げる静香。 どうやら、羞恥心の方はだいぶ薄れてきたようだった。 「胸ばっかり、だめ……なんだからぁ……」 「でも、気持ち良いんだろ?」 「ん……それは、そう……なんだけど……でも……」 「じゃあ、何も問題無いだろ?」 「ずるいよ、そんなの……」 「胸も気持ち良いけど、ちゃんとこっちも、弄って 欲しいよ……」 そう呟いて、静香が下半身の方へと手を伸ばす。 お預けされていたようで、じれったかったのだろう。 「やあぁっ!? ちょ、ちょっ……んんぅっ!! やめっ……だめだったらぁっ!」 その静香のお願いを無視するように、俺はひたすら胸を愛撫し続ける。 「お願い、カケルぅ……胸は、もう……ひゃあぁっ!?」 「俺もやめたいんだけどな。静香の胸が可愛いのが悪い」 「バカぁ……」 拗ねたように泣きそうな甘い声で、俺の行動を非難する。 「んっ……んぁ……んあぁっ……はあぁんっ!!」 「んん……ん、んぁ……ふあぁっ……んんぅっ!!」 観念したのか、大人しく胸を愛撫される快感を享受する静香を見て、その動きをより激しくする。 「だ、だめぇ……も、もうだめっ……お願い、カケルぅ…… 胸が、熱くてっ……わ、私、もう……っ!!」 「切なくて、もどかしくてっ……んんっ、んあぁっ! だ、だから……カケルぅ……」 息も荒く俺を求めて訴える姿を見て、俺の方も我慢の限界を感じる。 「わかった。静香……行くぞ?」 「うん」 しばらくお預けしていた静香の秘所へと手を伸ばすといやらしい水音と共に、愛液がしたたり落ちてきた。 これだけ濡れていれば、挿れても大丈夫だろう。 「ん……」 期待を孕んだ声を漏らし、静香が秘所へと宛がわれたペ○スに視線を向ける。 「来て、カケル……ッ!!」 その言葉に応えるように、一呼吸置いてからゆっくりと静香の《膣:なか》へと腰を進める。 「んっ、んんぅっ……ふぁ、あああぁぁぁ〜〜〜っ!」 「ッ……!」 挿入した途端、絡みつく膣の刺激に電流が駆け抜け、腰が砕けそうになる。 「ふああぁっ、ん、ああぁんっ……んんっ」 「すごいっ……翔のが、はいって……来てるっ…… んんんっ……ああぁぁっ……」 一回目の時ほどではないにせよ、未だキツく締め付ける膣内を、掻き分けるようにペ○スを押し進める。 「あああっ、んんっ……くふぅっ……んんぅっ……」 「はぁっ……んぅ、ああっ……ああぁん……あああっ!」 「ぐっ……」 静香と交わる喜びと、膣内からの刺激が俺の感情を《昂:たか》ぶらせすぐにでも射精してしまいそうだった。 「ああっ、んんっ……はぁ……んっ、ふあぁっ!」 「は、んんっ……ああっ、はぁっ……ああぁんっ!!」 爆発しそうになるのを必死に堪えつつ、最奥まで突き入れたところで、ゆっくりと腰を引く。 「はぁ、ふぁっ……んっ……んあぁっ!!」 「あっ、んんっ……中で……翔のが、動いてるのが…… わかる、よぉっ……」 まだゆっくりした動きなのにも関わらず、俺の全てを求めてくるように蠢く静香の膣に、強い快感を覚える。 「んんっ、ふぁああっ……ああ、んんぅっ……」 「んっ……あぁっ、はぁっ……んんっ、ああぁんっ!」 静香もまた快感で腰を震わせ、その瞳を濡らしていた。 「はぁっ、んんぅっ……あぁん、んんっ……はぁんっ!」 「あ、んんっ……もっと……もっと、動いてぇっ……!」 静香の言葉に合わせるように、少しずつ腰を動かすピッチを早めていく。 「んんんぅっ……ああぁっ、はああぁんっ!」 「やぁっ……すごっ……なかっ……こす、れてぇっ! 気持ち、いいよぉっ……!!」 「ぐっ……」 ストロークのスピードを上げた途端、静香の膣の締まりが強まり、そのあまりの快感に、腰が砕けそうになる。 「んんっ……はぁっ……ど、どうかな? カケル…… 気持ち、良い?」 「あ、ああ……すげぇ、気持ち良いよ」 「そっか……良かった……んっ……じゃあ、もっと頑張って みるね?」 自分の膣で俺を気持ち良くさせる事に快感を覚えているかのように、俺へ奉仕しようとする静香。 「翔は、好きに動いていいよ? 私は……それに合わせて 翔が気持ち良くなれるように、頑張るから」 「静香……」 「カケル……あんっ! んんっ……んぅっ!!」 「はぁっ……ああんっ! はぁっ……ん、んぅ……!」 静香の言葉に従い、再び自分のペースで膣内へのストロークを再開する。 「あぁんっ……んんぅっ……あぁっ、はあぁんっ……」 「んんぅっ……んっ、んんっ、あぁっ、はぁ、んんっ!」 限界まで怒張したペニスを静香の最奥まで入れると同時に肉襞がいやらしく絡みつくように俺を締め付けてくる。 その意志を持つようなリズムから、静香が自らお腹へ力を入れているのだと気づく。 「カケル、カケルぅっ! んんっ……はぁんっ!! ひゃうっ、んんぅっ……はあぁっ、あぁんっ!!」 「ぐっ……静香っ!!」 ただでさえ気持ちの良い膣内が、静香の圧迫によりさらに快感が倍増していた。 きゅうきゅうと精を求めるように吸い付いてくる膣に少しでも気を緩めると、一気に射精感が襲って来る。 「ひゃうぅっ、んんっ!! あぁっ……はぁんっ!! やぁっ、気持ち、良い……よぉっ!」 「んああっ、んんっ……ああっ……あ、あぁんっ!! カケルも、気持ち良い? 私の中、気持ち良いっ?」 静香の問いに答える余裕もなく、ただひたすらに射精を堪えて、腰を振る。 お互いの結合部からは愛液が溢れ、静香の太腿を伝いシーツへ大きな染みを作っていた。 「ああっ、ふぁあっ……だめっ、もう……頭が…… 真っ白になって、んんぅっ……!!」 「カケル、カケルぅっ! わ、私、もう……だめぇ!!」 限界が近いのか、静香の膣を締めるリズムが徐々に単調になって来る。 「静香ッ! もう少しだけ我慢してくれ……!!」 「うんっ! い、一緒にぃ……んはぁっ!!」 静香の膣を締め付けるタイミングに合わせて、大きなストロークで、ひたすらその最奥をノックする。 「はあああぁぁぁんっ!! カケルっ……んんぅっ!!」 「それ、だめぇっ……んんっ! あぁんっ!!」 「んんっ、ちゅ、ちゅぷっ……ちゅぱっ……」 感極まって余裕が無い静香の意識を保つために、俺は本能でその唇を貪る。 「ちゅううっ、んちゅ、ちゅぷっ……んんんっ!」 「んんむっ……ちゅ、ちゅぷっ……ちゅるっ…… ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅうぅっ、んむっ……」 それは恋人同士の優しいキスではなく、獣のように激しく互いを求めあう、荒々しいものだった。 「ちゅ、くちゅ……んんっ……んふぁ、好き……」 「好き、だよ……カケル……んっ……ちゅ、ちゅぷっ」 舌を絡ませ、歯茎を撫ぜ、唇を吸い、お互いの全てを味わうように、がむしゃらにキスを繰り返す。 静香に、俺を感じてほしい。 そして俺も、もっと静香の事を感じていたい。 そんな想いを込めて、突き上げるように思いきりペ○スを動かした。 「カケルぅ……んんむっ、ちゅ、ちゅむっ……! あぁんっ、ちゅっ……んんぅっ、はあぁっ!!」 「カケルっ、カケルぅ……んんぅ〜〜〜っ……んあぁ!」 「静香……静香っ!!」 ラストスパートと言わんばかりにピッチを上げて、もう自分の限界がすぐそこまで来ているのを感じていた。 「んんっ、カケルっ……出ちゃうの? もう……んんっ! 出ちゃいそう、なのっ……?」 「良い、よ……っ! 私の中で、いっぱい……っ!! ……出して、良いよっ!!」 絶頂へ向け、俺の全てを受け入れる静香の《お:・》《ね:・》《だ:・》《り:・》に応えるように、ただがむしゃらに腰を振る。 「んんんぅっ! はあぁんっ! カケルぅ〜〜〜っ!!」 「もう、私もだめっ、だめぇ、ダメだよぉっ!! んんっ、ふあぁっ、ああああぁんっ!!」 「限界だっ……出すぞ、静香っ!」 「うんっ……来て、カケル……ッ! 来てえぇっ!!」 「んんっ……あぁっ! ふぁああぁぁああっ!!」 「あぁっ、んんっ……ふあぁっ」 「んっ……すごい……まだ出てる、よ……」 いつまでも止まる事を知らずに脈動するペ○スが、静香の膣の最奥へと、自分でも驚くほどの量を吐き出していた。 「はぁっ……お腹の中、すっごく熱い……カケルので いっぱいになっちゃった……」 名残惜しさを感じながらも、膣からペニスを抜くと中に出した精液が溢れて来る。 「たくさん、出たね」 「ああ。その……最近、溜まってたからな」 「ごめんね、我慢させちゃって……」 「馬鹿、時と場合ってのがあるだろ。お前が気にする 必要なんて、ねえっての」 「うん。ありがと、カケル……」 そう言って微笑む静香と、もう一度、恋人同士の優しいキスを交わす。 「やっぱり、私は翔がいないとダメだな……」 「え?」 「いつも辛い時は、こうして支えてくれて……勇気を もらえるから」 「そっか。もし本当にそうなら嬉しいんだけどな」 俺がちゃんと静香の支えになっている……その言葉がたまらなく幸せだった。 「ねぇ、翔……」 「どうした?」 「私、もう弱音吐かないよ」 「……ああ。一緒に、頑張ろうな」 「うん」 「ずっとずっと一緒にいたいから……私、頑張るね」 そうして微笑んだ静香の瞳には、今までに無い決意のような強さを感じた。 俺は静香の髪を梳きながら、より深い絆を得た事を実感するのだった。 ……………… ………… …… すろっと1からきた。 すろっと2からきた。 すろっと3からきた。 すろっと4からきた。 すろっと5からきた。 ↓すたっふろーりんぐ↓ ↓すたっふろーりんぐ↓ ↓すたっふろーりんぐ↓ ↓すたっふろーりんぐ↓ <『お姉さん』> 「落盤から何とかシズカを庇うことに成功した私じゃが トリ太がクッションになってくれなかったら、一緒に ペシャンコになっていたのじゃ……」 「最後の最後まで、トリ太には助けられっぱなしじゃ」 「私は泣いているシズカをどうにか《宥:なだ》め、その場所から 逃がすことに成功したのじゃが……」 「その代償として、私はその場で力尽きてしまった のじゃ……」 「すまん、カケル……約束は、果たせそうも無い……」 「シズカ……さよならなのじゃ……」 「……ん……」 落盤に巻き込まれたと思ったシズカは、目を瞑ったままガタガタと震えていた。 突然天井が崩れて来たのじゃから……無理も無い。 じゃから私は―――できる限り優しい声で、シズカへと語りかけた。 「シズカ……安心するのじゃ。もう、大丈夫じゃぞ」 「え……?」 「お主……は……」 「お主は―――お姉さんが、必ず守ってやるからの」 「う……そ……」 ようやく見開いてくれたその目は、悲しみと驚きを携えていた。 「嘘ではないぞ。シズカは、私が守るから……じゃから 安心していいのじゃ」 「何も恐れる事は無い。お姉さんは、正義の味方…… じゃからな……」 「で、でも、お姉ちゃん、血だらけだよっ!?」 全身の激しい痛みと、軋むような重みだけが……辛うじて私の意識を繋ぎ止めてくれる。 「誰かを助ける時には―――無限のパワーが湧き上がり 必ず守ってやれるのが……正義の味方、なんじゃ」 「じゃから、大船に乗った気で、おるのじゃな……」 「ど、どうしよう……私……わたしっ……」 突然の出来事に軽いパニック状態になってしまったのかオロオロとその瞳に涙を溜めてしまう、シズカ…… 「落ち着くのじゃ。この位で、正義の味方は死にはせん」 「でもっ……でもっ……」 「私も大丈夫じゃし、カケルはもう、ここにはおらん。 じゃから、安心して―――このビルから出るのじゃ」 「早くせんと……お主も、危ないからの」 「そんな……でも、それじゃあお姉ちゃんが……!!」 「私の事は、気にするでない……」 「ごめ……ごめん、なさい……私、私がっ……言う事を 聞いて、すぐに逃げてれば……っ!」 「私のせいで、お姉ちゃんがっ……!!」 「優しいんじゃな、シズカは……見ず知らずのお姉さんの ために―――涙を流してくれるのか?」 「私なんかより、早くお姉ちゃんを助けないと、ひっく…… お姉ちゃん、死んじゃうよぉっ!!」 「こんなビルの中で、一人きりになってしまって 怖かったじゃろう……不安だったじゃろう……」 「こうしておる今も、ビルが崩れ落ちる恐怖に晒されて ……幼いのに、辛いじゃろうな」 「じゃが、もう平気じゃ……例え離れ離れになっても…… お姉さんはお主を見守っておるかの……にしし……」 「じゃから安心して、一人で……このビルを出るのじゃ」 「やだ! お姉ちゃんも一緒に行かないと、やだよっ!」 「私は、後から行くのじゃ……ワガママ言わんで、今は お姉さんの言う事を聞いてくれんかの?」 「なんでっ? なんで、こんな……私なんかのために…… こんなこと、してくれるのっ?」 「このままじゃ……お姉ちゃん、死んじゃうよっ!? そんなの、やだよ……やだよぉっ!!」 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、シズカが私の胸にすがりついて来る。 悲しみに溢れたその泣き顔を……私は消し去りたかった。 「頼むから……泣かないでくれ、シズカ……」 彼女の全てを、守ってやりたかった。 「私が世界で一番嫌いなのは……シズカが悲しむ姿…… なんじゃからな……」 だって…… 「なんでなの、お姉ちゃん! どうして、そんなに……」 だって、シズカは――― 「それはの……」 「シズカは……私の、大切な『妹』だからじゃ」 シズカは……私の、大切な『妹』だから――― じゃから、私は全てを懸けて、守るのじゃ…… 「お姉……ちゃん……」 「ぐうっ……!」 軋む腕を支えるのも、そろそろ限界が近づいてきた。 そして、このビルの寿命も―――もう間も無く尽きようとしていた。 「お姉ちゃんっ、お姉ちゃんっ!!」 「もう時間がない……早くしないとここは完全に 潰れてしまうんじゃ。私を置いて、すぐに…… 逃げるんじゃ……!!」 「やだっ! 一緒じゃなきゃ、いやだよ!!」 「くっ……」 このままでは、シズカまで崩落に巻き込んでしまう…… ならば――― 「そう……じゃな……私も、一緒に行きたいと思う」 「それじゃ、今助けるから……!!」 「無理じゃろうな……非力なお主の力では、この瓦礫を どけることなど、出来ぬじゃろう」 「じゃ、じゃあどうすればいいの……!?」 「……助けを、呼んできて欲しいのじゃ」 「え……?」 「このビルを抜け出して街まで行って、大人を連れて来て 瓦礫をどかして欲しいのじゃ」 「でも……」 「お願い、できるかの……? もうしばらくは平気じゃが 早く行って来てもらわんと、私も辛いのじゃが……」 「…………」 「お主がこのビルから抜け出して、街へ行く事だけが…… 私を救える、たった一つの方法なのじゃ」 「頼んだぞ、シズカ……!!」 「うんっ! わかった……私、頑張るから……だから お姉ちゃんも、死なないでねっ!!」 「ああ。約束じゃ」 「私は、必ず―――もう一度、お主の前に現れると」 「それじゃ、待っててね! 今すぐ、大人の人を呼んで くるから!!」 「うむ。頼んだぞ……」 私の言葉を背中で受けて、どうにかシズカは下の階へと走り去ってくれる。 「少しだけ、心配じゃが……これできっと……大丈夫 じゃろう……」 「マイコ……」 「トリ太……」 背中から、ボロボロになっているであろう、相棒の声が聞こえる。 「助かったのじゃ、トリ太……きっとお主がおらねば 私も……すぐに潰れていたじゃろうからな……」 「…………」 「お陰で、シズカを助ける事が出来たのじゃ……」 「ぐぅっ……」 電気が奔るような鋭い激痛が、背筋を襲う。 「っ……どうやら、もう……限界のようじゃな……」 相棒がクッションになり、衝撃を緩和してくれたお陰で出来た、奇跡のような時間…… 精一杯、私は笑顔でいられたのじゃろうか―――? シズカの『姉』として、恥ずかしくない姿を……見せられたじゃろうか―――? 「……シズカ……」 「すまない、カケル……」 最後の一瞬、カケルと交わした誓いを思い出す。 必ず、生きて―――戻ると。 そう約束しておったのに――― 「約束……守れなかった……のじゃ……」 ならば、せめて……シズカと交わした、最後の約束。 それだけは…… ―――必ずもう一度、お主の元へ……――― ……………… ………… …… <『お姉さん』と静香> 「6年前、私を助けたせいで死んでしまった、名前も 知らない『お姉さん』……」 「あの時は気が動転していたから、未だに顔も 満足に思い出せないけど、私はその人の事が 大好きで……そして、尊敬しているの」 「私のことを、命がけで助けてくれた『お姉さん』…… もしあの人が助けてくれなかったら、私、死んでたわ」 「だから私は、今でも『お姉さん』のことを尊敬して 本当のお姉さんのように思ってるの」 「ねえ、カケル……6年前のこと、覚えてる?」 「……マーコと会った時の事か?」 6年前と聞いて、俺は真っ先に以前聞いたマーコとの出会いを想い浮かべたのだが…… 静香はゆっくりと左右に首を振り、俺の言葉を否定した。 「あの時の、事故のこと」 「…………」 「あの頃、この先にある廃ビルは……私達の遊び場だった よね」 「ああ。よく二人でかくれんぼしてたな」 「秘密基地だって言って……そこが危ない建物だって 理解してなかった」 「……そうだな」 その言葉を聞いて、自然と握りこぶしに力が入る。 そう―――かつての俺は、呆れるほど無知で……どうしようもなく無力だった。 「あの日も、私……廃ビルへ行ったの」 「翔はたまたま用事があって、来てなかったのに…… 私、カケルがいじわるして隠れてると思ったの」 当時よく、かくれんぼをして静香を泣かせていた俺は急に隠れたりして、コイツを困らせていたのだ。 「それで、上の階まで行って……」 「その時……なんだな?」 「うん」 6年前のある日、新聞の片隅にある記事が載った。 それは―――『廃ビル崩落事故』…… 長年放置されていたらしい廃ビルが崩れ落ちたと言う……ただ、それだけの事故のはずだった。 「そこでね、会ったんだ……『お姉さん』に」 「…………」 「危ないって言われてたんだけど、翔がいると思って 忠告も聞かずに、結局……」 当時の事を思い出しているのか、静香の言葉が詰まる。 「でも、そんなバカな私を『お姉さん』は追いかけて来て ……庇ってくれたの」 「……きっと『お姉さん』は、放っておけなかったん だろうな」 俺も、噂だけは聞いた事があった。 勇敢な少女が、子供を助けて瓦礫の下敷きになり―――死んでしまったのだと。 「私なんかのせいで、瓦礫の下敷きになって……すぐに 助けを呼べば、助かったかも、しれないのに……っ!」 「私、泣いてばっかりで……でもね、その『お姉さん』は 怒るわけでも、叱るわけでもなくって……」 「怯えていた私に、もう大丈夫だからって……優しい笑顔を 見せてくれたの……っ!!」 「そうか……」 見ず知らずの子供を助けるために、全てを投げ打って救ってくれた、心優しい女性なのだと……痛いほどに理解する。 「自分が死んじゃうかもしれない怪我をしたのに――― ただ、私を助ける事しか考えて無かったんだよ?」 「すごいな」 「……うん」 胸に両手をあて、ぎゅっと握り締める静香。 その胸には、俺の計り知れぬ想いが在るのだろう。 「名前も知らない、『お姉さん』―――病院に行っても 教えてくれなかったわ」 「だけど、私……どうしても、お墓参りに行きたくて」 「それで、この墓を作ったのか」 当時からずっと、この日になると静香はお墓を訪れ理由も言わずに、ただ泣いていた。 俺にも麻衣子にも……その理由は解らず、黙って静香が泣き止むのを待っているしかなかった。 「ずっと疑問だったけど……やっと解ったよ」 「お前を助けてくれた『お姉さん』の墓だったんだな」 「……うん」 「私が尊敬する、大好きな『お姉さん』のお墓なの」 「静香……」 「それにね、ただ尊敬してるだけじゃなくて……あの時 はじめて会っただけだけど、私―――」 「たしかに……『お姉さん』のこと、大好きだったんだ」 「そうか……」 「理屈とかじゃなくてね……心で理解してるの」 「例え一時だけの出会いかもしれないけど……私にとって それは、永遠よりも大切な時間だった」 大切な娘を愛でるような優しい手つきで、静香の指先が小さな墓標に触れる。 その仕草で、静香がどれだけ『お姉さん』を大切に想っているのかが、痛いほどに伝わってきた。 <『お母さん』> 「私のお母さんは、有名な絵本作家でした」 「お母さんは、優しくて、すごくて、綺麗で、面白くって とってもあったかくって……私の理想なんです」 「でも、お母さんは、私のせいで……」 「お父さんの誕生日に、大好きだったカレーを作って 食べさせてあげたくって……」 「でも、お母さんは何でもお父さんに喋っちゃうから 相談したら、ビックリしてもらえなくなるからって ……一人でこっそりと作ろうと思ったんです」 「それで、私、失敗して、お家を火事にしちゃって…… お母さんは私を助けるために、死んじゃったんです」 「深空ちゃん……」 「私は大好きなお母さんを自分のせいで失った悲しみで ずっとずっと、引きこもって泣いてばかりいました」 「それで、ひとしきり泣いた後、もう死のう、って 思ったんです」 「あの時は、償いのつもりだったんですけど……でも 本当はただ、お母さんのところに行きたかっただけ なんだと思います」 「……あぅ……」 「でも、その時に見つけた本が、お母さんの描いた 絵本だったんです」 「お母さんのことを思い出した私は、その本を読んで もう流し尽くしたと思っていた涙が溢れてきました」 「それは悲し涙じゃなくて、感動の涙だったんです」 「感動の……涙……」 「うん。絵本に出てくる母親のクマさんは、自分が 死んじゃったのに、娘のクマさんのことばっかり 気にしてたんです」 「娘のクマさんが悲しんでいるのを見て、がんばれ がんばれって、ずっと励ましてくれるんです」 「自分はもうすぐ消えてしまう存在なのに、そのことを 悲しんだり泣いたりせずに、子供を応援するんです」 「私がいなくっても、がんばれ、負けるなって…… その続きは、涙で読めなくって……やめました」 「その絵本に感動したから、深空ちゃんも、お母さんの ような素敵な絵本作家を目指してるんですねっ」 「うん。お母さんに比べたら、絵もお話も、まだまだ 全然ダメダメなんだけどね……えへへ」 「そんな事無いですっ! 私、絵が下手だから…… それで、深空ちゃんの絵を見て、思ったんです! 素敵な絵本だな、って……」 「も、持ち上げすぎだよ……あぅ、恥ずかしいよ〜っ」 私のお母さんは、とても有名な絵本作家でした。 なので、物心がついた頃から……私は絵本に囲まれて過ごしたんです。 お母さんの買ってくれる絵本は、いつだって夢が溢れてすごくドキドキワクワクして…… 私は、そんな素敵な絵本を読んでくれるお母さんが大好きでした。 「ねえねえ、お母さんっ! なんでお母さんはいつも 絵本を描いてるの?」 「ええっ? そうねぇ……う〜んとね……」 「絵本はね、コミュニケーションの手段なのよ」 「こみゅにけーしょん?」 「そう。絵本に限らず、芸術っていうのはみんなそう いったものなんだって、お母さんは思ってるの」 「世間に認めて欲しい、有名になりたい、ただ物を創る って言うのが楽しくて、その気持ちを分けてあげたい」 「そうやって色んな人が違う想いを籠めて様々な物を 創っているんだけどね……その根っこはみんな同じ。 ―――ひとつだけなのよ」 「ひとつ?」 「ええ、そうよ」 「身近にいる大切な人や、今まで出逢った多くの人たち ……そして自分の作品を見てくれる、見知らぬ人たち」 「そんな素敵な人たちと、おんなじ気持ちを抱きたい。 みんなで、共感したい」 「みんなと繋がっていたい、誰かと触れ合いたい。 そんな気持ちの結晶なの」 「うーん……」 「そうねえ……お母さんは、頑張れ頑張れ〜って 励ましの気持ちをいっぱい籠めて絵本を描くの」 「もしこれを読んでくれた人たちが、少しだけでも いいから、勇気づけられてくれたら―――」 「『ああ、ここに励ましてくれる人がいるから頑張ろう』 って思ってくれたら、素敵だと思わない?」 「うーん……」 「そうやってね? どこかの誰かと繋がれて……そして その人の背中を、ほんの少しだけ支えてあげることが できれば、これに《勝:まさ》る喜びはないと思うの」 「普通に暮らしていたら、とても出会えないくらいの たくさんの人たちと『お話』が出来るのよ?」 「色んな人たちと繋がることの出来る可能性を秘めた 素敵な方法―――それが私にとっての絵本作りなの」 「だから私にとって絵本は、深空との会話とおんなじ。 コミュニケーションの一つでしかないのよ」 「よくわかんないよ〜」 「ふふふっ。きっと深空も、もう少し大きくなったら 解るんじゃないかな」 そう言ってお母さんは、私に微笑んでくれました。 今でも忘れられないんです……その時にお母さんが見せてくれた、優しい笑顔が…… 「そうして、ずっとお母さんとお父さんと三人で一緒に 幸せに暮らしていけるはずだったのに……」 「でも、お母さんは、私のせいで……」 「え?」 幸せそうな過去を語っていた深空が、不意に言葉を詰まらせ悲しそうな表情で俯いてしまう。 そうしてただただ沈黙していた深空は、幸せだった日々がずっと続くと信じて疑わなかった過去を悔やむ様な表情でゆっくりと口を開いた。 「……今から十年以上も昔の話です」 その日は、お父さんの誕生日でした…… 「それじゃ深空、お母さんちょっと買い物に行ってくる から、お留守番頼めるかしら?」 「うん、わかった!」 「お母さんが帰ってくるまでに、お父さんのプレゼント 何が良いか考えておいてね」 「うん!」 元気な返事と一緒に笑顔で頷くと、お母さんは買い物に出かけてしまいました。 「うーん……何がいいかな……」 私は一人でお留守番をしながら、お父さんへの誕生日プレゼントを考えていました。 テーブルに頬杖をつきながら、ぶらぶらと足を揺らして色んなプレゼントを想像しました。 「お家は高いし、お車も無理だし、ネクタイはたくさん 持ってるし……」 「でも、お父さんの好きなものをプレゼントした方が きっといっぱい喜んでくれるよね」 「お父さんの、好きなもの、すきなもの……」 「あっ! そうだっ!!」 その時、私はお母さん特製の手作りカレーを美味しそうに食べるお父さんの顔が浮かびました。 「手作りのカレーがいいかもっ!!」 「でも、お母さんに言ったら、きっとすぐにお父さんに ケータイで言いふらしちゃうだろうし……」 お母さんは何かあると包み隠さず、すぐにお父さんへメールで報告してしまうような人でした。 どんな些細な情報であろうと、共有したいって言う性格だから、隠しごとは下手だったんです。 お母さんに手伝ってもらったら、きっとお父さんを驚かせることが出来なくなってしまうと思いました。 「どうしよう……」 「うーん、うーん……」 「よし、決めたっ!!」 ひとしきり頭を悩ませた私は、結局お母さんにも内緒で手作りのカレーをお父さんにプレゼントしようと決めて買い物に出かけました。 何度かお母さんが作ってるのを見たことがあったし初めての料理だったけど、それでも私はどうしても手作りのカレーで驚かせたかったんです。 「ただいまー」 「こら深空っ! お留守番はどうしたの?」 買い物から戻ってくるなり、お母さんに怒られてしまいました。 「えへへ……ごめんなさい」 私は大きな買い物袋を隠すように背中に回して苦笑いでお茶を濁しました。 「まあいいわ。その素直さに免じて、今回は特別に許して あげちゃう」 そう言ってお母さんは微笑んでくれましたけど、本当はいつだって、謝ったら必ず許してもらえるんです。 そんな優しいお母さんの笑顔を見て、私も自然と満面の笑顔になりました。 「それで、プレゼント考えてくれた? 今から一緒に 二人で買いに行きましょ」 「えっとね、あのね……」 「ちなみに、私が買える範囲の物じゃないとダメよ? お家とかお車とかは無理だからね!」 「そ、そんなの言わないよ〜っ」 「ほんとかしら……去年は言ってた気がするけど」 「え、えっと……そうだ!」 どう誤魔化そうかと迷っていた私は、とっさに閃いたその言葉を口にしていました。 「絵本っ!!」 「え?」 「お母さんが作った絵本をあげれば、喜ぶと思うよっ」 「む、無理よ。今から作っても間に合わないわ」 「つい最近まで作ってたのがあるじゃん!」 「それって、私がついこの間完成させた絵本のこと? あれはまだ入稿したばかりで、出版されてないのよ」 「だから、それを見せてあげたらお父さん喜ぶよっ」 「は、恥ずかしいからだ〜め。大体あの人、絵本なんて メルヘンなガラじゃないしね」 「ええ〜っ」 「だから、ね? それ以外の物にしましょ」 「う〜……」 「……見たい」 「え?」 「私、お母さんの作った絵本が見てみたい!」 「深空……」 「私が見たいから、取ってきて欲しいの!」 「もぉ、無茶言わないで。お母さんの手元には無いのよ」 「みたい、みたい、みたい、みたいのぉ〜っ!!」 「……深空……」 ……私がこんなにもお母さんの絵本に強い関心を示したのはこれが初めてだったから、お母さんも嬉しかったんだと思います。 無言で考え込んだ後、携帯でどこかに電話してからぺこぺこと謝っているみたいに喋っていました。 「特別にコピーしたものだったら持ってこれそうだけど ……それでもいい?」 「うんっ!」 携帯をパチンと閉じた後、少しだけ申し訳無さそうに訊ねてくるお母さんに、私は笑顔で返事をしました。 絵本が見たいと言うのは、ただの口実で……この時の私にとって大事だったのは、お父さんのために秘密の手料理カレーを披露することだったからです…… 「それじゃ、今から取りに行くから……お買い物は あと1時間くらい後にしてくれる?」 「ちょっとギリギリになっちゃうけどね」 「へーきだよ。お父さんが帰ってくる前にちゃんと プレゼント、間に合うと思うよ!!」 「それじゃ、深空。お母さん行ってくるけど、今度こそ ちゃんとお留守番してるのよ?」 「うん!」 「ふふっ……ほんと、返事だけは元気いっぱい なんだから」 お母さんはそう言うと、いそいそと絵本を取りに出かけて行きました。 「よーし、がんばるぞーっ!!」 そして私は…… 一人で、慣れない手料理をしようと台所に立って…… 大火事を、起こしてしまったんです。 あの燃え盛る炎に囲まれて、混濁した意識の中で私はお母さんのぬくもりを、たしかに感じました。 『大丈夫、私が絶対―――助けてあげるからね』 そんな言葉を、聞いたような気がします。 でも、私は意識を失っていて…… 気がついた時には、真っ白な天井を眺めていました。 その後お医者さんがやって来て、そこが病院だと初めて気づきました。 そして、私が火事を起こしてしまったのだと知りました。 レスキューが来た時には、隣の家にまで燃え移って中に入ることが難しい状況だったそうです。 けれど家に戻ってきたお母さんは、その身を挺して炎の中に飛び込んで――― 私を、命がけで……守ってくれたんです。 消火活動が終わった時、生存者がいる可能性は絶望的だと誰もが思ったそうです。 そんな中で、誰かに包み込むようにして守られた一人の女の子が発見されました。 大人たちが言うには、あの火事で骨折と軽い火傷だけで済んだのは奇跡みたいなものなんだそうです。 でも……違うんです。 これは『奇跡』なんかじゃ、ないんです。 そんな言葉で、片付けて欲しくないんです…… だって…… お母さんが必死に守ってくれたから―――だから私は助かったんですから。 「あの、すみません……お母さんはどこですか?」 「君のお母さんは―――別の部屋で寝ているんだよ」 「そうなんですか……」 「……ああ」 それは、お医者さんが幼い私を気遣って言った、優しくて―――でも、とても残酷な、嘘でした。 怪我が治って退院した私に待っていた真実は、とても過酷なもので…… お母さんにお礼を言うことも出来なくなってしまったことを知って、私は毎日ひたすら泣き続けていました。 「お母さんは……自業自得の私なんかを助けたせいで 死んじゃったんです」 「深空……」 「私のせいで……大好きだった、お母さんは…… 死んじゃったんです」 深空はその瞳に涙を溜めて、こぼれ落ちないようにゆっくりと、窓の外に映る夕焼け空を見上げる。 俺も、そんな深空の顔を見ているのが辛くなって……つられるように視線を移していた。 「その後はずっとずっと、引きこもって泣いてばかり いました」 「そしてひとしきり泣いた後、もう死のうって…… 自然とそう思ったんです」 「深空……」 大好きな人が自分のせいで死んでしまったと言う自責の念は、真っ直ぐな深空にとって、耐え難い心の傷となったのか…… その純粋すぎるゆえの苦しみや悲しみは、無神経で無粋な俺には到底想像できないものだったのだろう。 「でも、その時……お父さんが、渡してくれたんです」 「渡してくれた?」 「はい。あの時、お母さんが取りに行ってくれた…… お母さんの絵本を」 「深空。これは母さんが―――水穂が、お前と共に 命がけで守ったものだ」 「私と……いっしょに?」 そう言ってお父さんが渡してくれたのは、とても綺麗にラッピングされた袋でした。 「お前宛だ……だからソレは、深空が持っておけ」 そう言うと、お父さんは仕事に出かけて行きました。 もう涙も枯れ果てた私は、ただ無気力にその袋を開けたんです。 そこには絵本と、1枚のカードが入っていました。 私は『深空へ』と書いてあるそのカードを、ぺラリとひっくり返しました。 「あ……」 それを見たとき、思わず私は呟いていました。 そのカードに書かれていたのは、たったの3行で…… でも、私の心を大きく動かした言葉でした。 『ちょっと恥ずかしいけど、読んでみてね 少しでも気に入ってもらえたら嬉しいな     あなたを世界一大好きな お母さんより』 「そして私は……気がついた時には、お母さんの絵本を 開いていました」 「……見たのか、その絵本を」 「はい」 「その絵本は子供のクマさんが主人公で……母親の クマさんが、車に轢かれて死んじゃうお話でした」 「…………」 「母親のクマさんは、天国に行く前にほんの少しだけ 自由になれる時間を神様から貰うんですけど……」 「悲しくて泣いている子供のクマさんのところへ行って ……がんばれ、がんばれって、聞こえるはず無いのに 必死で応援するんです」 「自分はもう死んじゃったのに、それを嘆いたり 悲しんだりせずに、一生懸命に励ますんです」 「私がいなくなったからって泣かないで、がんばれ 負けるなって……応援してくれて……」 「……それで深空も励まされたんだな」 「はい。その絵本を前にして、もう枯れてしまったと 思ってた涙が溢れてきて……」 「もう涙で前が見えなくなって、そこから先は読めません でした」 「だから私は今もまだ、お母さんの絵本の続きを 知らないんです」 「ぎゅって抱きしめるだけで、心が落ち着くし…… それに、開いたって結局おんなじなんです」 「同じ?」 「はい」 「きっとまた、泣いちゃって……続きは読めないと 思いますから」 そう言うと深空は少しだけ悲しそうな顔を覗かせる。 それは、今もまだ母を失ったショックによる心の傷は完全に癒えていないのだと言うことを物語っていた。 「……そのお母さんの絵本に感動して、憧れて…… だから今も絵本作家を目指してるんですか?」 「はい。いつかきっと……お母さんみたいに、誰かを 支えられるような……そんな絵本を作るのが、私の 夢であり、目標なんです」 「そうだったのか……」 俺はその絵本の内容を聞いたとき、鮮明にその話がイメージとして蘇ってきた。 そう―――俺はその絵本のことを知っているのだ。 それは俺が子供の頃、母親に買ってきて貰ったなつかしの絵本と同じものだった。 「俺も……その人の『想い』に、支えられてたんだな」 子供の頃、辛い時はよくあの絵本を読んで励まされ元気を出したものだ。 あの当時の記憶なんて殆ど残っちゃいないが、俺は泣きそうになるとその絵本を開いていたと言う記憶だけは、今でも鮮明に思い出せる。 見知らぬ俺にも、深空の母親の想いは届いていたのだ。 「……それがお前に届かないわけないもんな」 命をかけて守り抜いた最愛の娘の死を、彼女はその絵本一つで、再び救い出していたのだ。 「わ。な、何ですか、翔さん。くすぐったいですっ」 子供をあやすように頭を優しく撫でてやると、深空は恥ずかしそうにその身を縮めてしまった。 「い、今はもう平気なんですから、止めてくださいっ」 「泣きそうになってたじゃんかよ」 「そ、それは……うう〜っ、かりんちゃぁ〜んっ!」 「そんな羨ましいことされてる人は助けませんっ」 「そ、そんなぁ〜っ」 孤立無援となって焦りながらも俺の手をどけようとしないあたりが、いかにも控えめな深空らしくって可愛かった。 <『仲間』> 「無理がたたって倒れてしまった翔を見つけた私は 休んで欲しいって懇願したの」 「翔は、そんなフラフラな状態だって言うのに、先輩には 俺が必要なんだって、無理に病院に行こうとして……」 「だから私は、泣きながら翔をその場に引き止めたの」 「鈴白先輩は私達にとっても大切な仲間だって、必死に 訴えたわ……」 「誰かが辛い時は、他のみんなで支えていける…… そうやって協力し合っていくものなんだって…… 私はそう思っていたから」 「……そう、翔に教わったから……だから、私……」 「それに、鈴白先輩だけじゃなくって、翔だって私の…… 私達の大切な仲間なんだよっ!?」 「鈴白先輩が倒れちゃって翔が悲しんでいるように ……翔が倒れちゃったら、同じくらい悲しむ人が ……いるんだからっ……」 「そんな簡単な事も分からないなんて、翔ってホントに ……とことん鈍すぎなのよ、バカっ」 「……もう解散しちゃったかもしれないけど、私達 一度は同じ空を飛ぼうとした仲間でしょ?」 「みんなで鈴白先輩を支えて見せるから……だから 何でも一人で背負い込もうとしないでよっ」 「そんな想いをぶつけたら、やっと私達に任せて 大人しく帰宅して休んでくれるって言ったの」 「今は安心して休んでてね、翔……カケルがいない間は 必ずみんなで鈴白先輩を支えてみせるんだから!」 「翔……カケルッ!?」 「……んんっ……」 遠くから聞こえて来る俺を呼ぶ声に、失っていた意識を引き戻される。 「カケルッ! しっかりしてっ!!」 「……静、香……?」 聞き慣れた声に導かれ、重いまぶたを持ち上げるとそこには心配そうな静香の顔が在った。 「なんで、ここに……?」 「翔、来るって言ってたのに、遅かったから……だから 私……何となく心配になって―――」 「それで……俺の家に……?」 「うん。そしたら、ここで翔が倒れてるのを見つけたの」 「そっか……さんきゅーな、静香……」 心優しい幼馴染に助けられ、また少し元気を取り戻した俺は、気合を入れなおして立ち上がる。 「ちょ、ちょっと翔……? どこ行くのよ!?」 「ああ、もちろん……病院だよ。先輩のお見舞いに 行かないといけないからな」 「何言ってるのよっ!! ついさっきまで、ここで 倒れてたんだよ!?」 「でも、お陰で少し回復したから、平気だ」 「無茶言わないでよっ! 鈴白先輩には、私達がしっかり ついてるから……」 「ね、翔、帰ろ? 私、家まで送ってあげるから…… 大人しく寝ておいた方が良いよ」 「悪いけど、そんな案は却下だ……」 「先輩が辛い時に……みんなで一丸となって支えなくちゃ いけないって時に……寝てなんていられねーよ」 「翔……」 クラクラする頭を抱えながら、立ち止まっている静香を背に、再び病院へ向かって歩き出す。 「……てよ……」 「もう、やめてよっ!!」 「静香……?」 静香を無視して歩き出した俺へ投げかけられた叫びに思わず振り返ってしまう。 「もうやめてよ、カケル……フラフラじゃないっ!」 「俺なんかより、先輩の方が……灯の方が苦しいんだよ。 だから、行かなくちゃダメなんだ……」 「灯には、俺が必要なんだから……」 その瞳に涙を溜める静香に、どうにか理解してもらうため必死に俺の想いを語りかける。 「……いや……」 「え……?」 しかし俺は、涙目を浮かべたまま抱きついてきた静香に戸惑い、足を止められてしまう。 「やだよ……」 「そんなボロボロになった翔を見続けるなんて、私…… 嫌だよっ!!」 「静香……」 ボロボロと涙を流しながら、必死に訴えてくる静香。 「もういいから……翔の気持ちはわかったから…… だから、もう休んで……?」 「じゃないと、今度は翔が……倒れちゃうよっ!!」 俺の胸に顔を埋めて、強く抱きしめられる。 その腕の力が、静香の想いの強さを物語っていた。 「バカ……なんでお前が泣いてんだよ……」 「だって……カケルが無理し続けるのを見るのなんて…… 耐えられないよっ!!」 「翔が鈴白先輩を心配するのと同じくらい……私だって カケルの事が心配なんだよ?」 「……っ」 「翔も、鈴白先輩も……私達にとっては、同じくらい 大切な仲間なんだよっ!!」 「だから、無理しないで……? もっと私達を信じて 頼って欲しいのっ!」 「!!」 「全部、自分ひとりで抱え込もうとしないでよ…… 私達だって、鈴白先輩のために、何かしたい」 「みんなみんな、そう思ってるんだよ?」 「…………」 「知ってる? 櫻井くんなんか、翔が休めるように 力を尽くすって張り切っちゃって……」 「マーコや私達はもちろんだけど……本人が一番 驚いてたんだよ? 他人に対してこんな感情を 抱いたのは初めてだって……」 「花蓮ちゃんだって、口には出さないけど……二人の事が 大好きなんだから……」 「雲呑さんだって、いつもみんなを支えてくれた鈴白 先輩と翔のために、何か出来ないかって思ってる」 「……そうか……」 その言葉を聞いて、ロクに働いていなかった頭が回り静香の教えてくれた事実を悟る。 そう……俺だけじゃなく、みんなだって……同じ思いを抱いていたのだ。 「もう解散しちゃったかもしれないけど、一度は同じ空を 飛ぼうとした仲間でしょ?」 「みんなで鈴白先輩を支えて見せるから……だから何でも 一人で背負い込もうとしないでっ!」 静香はそう言いながら、俺を抱きしめる力を強める。 「……放してくれよ」 「いやっ!」 俺を放すまいと、静香は抱きしめる腕に、なおも力をこめる。 「安心しろよ、別に逃げる訳じゃねーから」 「……本当?」 「ああ」 俺が頷くと、不安そうな表情のまま、静香がゆっくりとその身を離した。 「悪い……俺、先輩の事しか見えてなかった」 「……翔……」 「俺の体調が回復するまで……先輩の事、みんなに 任せても良いか?」 「あ……う、うんっ!!」 俺の答えを聞いて、嬉しそうに頷く静香。 そう……俺達が過ごした日々は、決して長い年月では無いけれど、それでも――― 灯にとって、みんなの存在は、心の支えに足るものだと信じたかった。 「じゃあ、俺は戻るから……」 「ま、待ってっ!!」 きびすを返した俺に、寄り添うように静香が駆け寄る。 「そんな身体で無理しないでよ……私がちゃんと家まで 送っていくから」 「ん……そっか、悪いな」 「……それじゃ、いこ?」 「ああ」 静香の前で格好つけてもしょうがないので、俺は素直にその厚意へ甘える事にして、肩を借りる。 そして俺は、静香に支えられながら、ゆっくりと帰路へ就くのだった。 ……………… ………… …… <『先輩』の威厳> 「上位種である我輩の威光に当てられ、いつものように 皆ひれ伏したのだが……一人なかなか骨のある人間が いたのだ」 「鈴白さんの事かな……だよね」 「うむ。あのアカリとやら、人間にしてはなかなかの モノを持っているぞ」 「わ、私はどうかな?」 「聞きたいか?」 「ふぇ?」 「本当に、聞きたいのか?」 「ふええぇぇ……や、やっぱりいいですぅ〜」 「と、とにかく、鈴白さんはみんなから一目置かれる 大器な先輩なのは、早くも天野くん達にもわかった みたいでしたっ」 「まあ、マイコが苦手な教科はこっそりと我輩が 手を貸して、代わりに解いてやっているのだ」 「トリ太がいなければ、飛び級は愚か留年じゃしな」 「それってつまり、いつもお二人で問題を解いている ……と言う事ですか?」 「うむ。そうなるな」 「相棒じゃからな。どんな時でも一心同体じゃ」 「いけません!」 「ほぇ?」 「相楽さん、それってズルじゃないですか!」 「テストは普段の勉学と知識を計るためにする物です。 ですから、卑怯な事はよくないと思います」 「む、むぅ……それはそうなのじゃが……」 「何より、卑怯な行為はその人の品性を下げますから」 毅然とした態度でキッパリとそう言い放つ先輩は圧倒的な正しさを放ったオーラを身に纏っており非常に優雅な気品が漂っていた。 「しかし、それではマイコが……」 「トリ太さんは相楽さんに甘すぎるんじゃないですか? 甘やかせていては、良いパートナーになれませんよ」 「お互いに助け合うのは素晴らしいことですが、片方が 相手にのしかかりすぎるのはよろしくないと思います」 「なるほど……ふむ。一理あるな」 「助言、心痛み入るぞ」 「なっ……」 《S:40》ざわ・・        ざわ・・《S:0》 先輩の無謀とも言える発言にも驚いたが、何よりその助言を素直に受けたトリ太の言動にも驚きを隠せない。 見るからにショボそうでただの猫っぽいトリ太だがこう見えても人間よりも上の存在、上位種だ。 他人に意見をしようとも、決してこちらの言い分など耳を貸さないのが常なのだ。 いや、それ以前に怒ったトリ太が放つ物凄い威光には本能が屈服する威圧感と圧倒的正義を感じてしまう。 それこそがトリ太を上位種たらしめる所以でもあり上位種と信じられる唯一の特徴だったのだが…… 「あの上位種モードのトリ太に、臆せずに意見を 言うなんて……俄かには信じられないわ」 「し、しかもトリ太が麻衣子以外の人間の事を 認めるなんて、初めてじゃないか?」 トリ太は決して威厳を崩さない男(?)であって麻衣子以外に、対等に近い態度を取ったことなどかつて一度たりとも無かったのだ。 「よく分からないけど、すごいですわ」 「猛者だな」 「なぁ、あの先輩って何者なんだ?」 「私が知るわけないでしょ?」 「えーっと……何先輩だったっけ?」 彼女の名前をど忘れしてしまったので、こっそりと静香に先輩の名前を再確認しようと小声で呟く。 「聞こえてますよ、天野くん」 「うっ……」 にっこりと笑顔でそんなセリフを返されてしまってはさすがの俺も罪悪感を禁じえない。 「でも、酷いです。私はずっと天野くんの事……」 「え?」 「忘れちゃったんですね、私の事」 「いや、ちょっと名前をど忘れって言うか…… と言うよりも、この前会ったばっかりなのに 忘れるわけ無いじゃないですか」 「やっぱり忘れてるんですね」 「7年前……雪が降りしきるクリスマスの夜にした 結婚の約束まで忘れちゃうなんて……酷すぎです」 「なっ……」 「なんとっ!!」 「はぁっ!?」 見に覚えの無い出来事を告げられ、かなり焦る。 同時に、7年前の思い出を高速でひっぱり出して該当する記憶を探すために脳をフル稼働させる。 「私の知らないところで、いつの間に……」 「7年ぶりの再会です」 「え? な、名前は?」 「やっぱり忘れてる……」 「ほら、昔よく遊んだじゃないですか」 「中でも天野くんが一番好きだったのは、二人だけの 《オトナの:・   ・   ・   ・》『お医者さんごっこ』でしたよね」 「おっ……お医者さん……?」 「マニアックだな、天野」 「嫌がる私を無理やり裸にして……検査だって言って とても口では言えないような事をいっぱい……」 「…………」 「ちょ、ちょっと待て静香!」 あまりに衝撃の事実発覚に、怒りと失望とその他俺にはよう解らん何かが混ざり合った恐ろしい沈黙をしている静香を見て、俺は激しく命の危険を感じていた。 「……カケルぅ……」 「落ち着け、誤解だ!」 「あの時決めたんです。もうお嫁に行けない身体にした 天野くんと、大人になったら結婚するって」 「ちょっ……」 「変態じゃな……」 「メタモルフォーシス・ドクター天野と呼ばせてくれ」 それは変態違いだ、櫻井。 「とにかく全部デタラメだって!」 7年前の婚約とかは俺が覚えていない可能性もあるがそんなオイシイ事までしていたら覚えているはず…… 「じょ、ジョークっすよね?」 「はい、もちろん」 俺が困り果ててダメもとで助け舟を出すと、先輩は意外にもあっさりと折れてくれた。 「……本当に?」 「当たり前だっ!!」 「なんじゃ、つまらんのう」 「ドロドロした三角関係には発展せず、か」 「ドクター・メタモルフォーシス天野でどうだ?」 倒置法を使っても変態の意味が違うんだよ、櫻井…… 「改めまして、鈴白 灯と申します」 未だに女性陣から疑いの白い目で見られている俺に灯先輩がスッと手を差し出してきた。 「気軽に灯、と呼んで下さいね♪」 「はぁ……酷いですよ、灯『先輩』」 せめてもの抵抗として、敢えて先輩を強調する。 「ふふっ、私の自己紹介を忘れたお返しです」 「お陰さまで、バッチリ覚えさせていただきました」 漂う気品や先ほどのトリ太を言いくるめた事と言いどう転んでも先輩には一生勝てそうに無い事を悟る。 <『弟と妹』> 「例えプロポーズが冗談でも、私が天野くんにどこか 惹かれているものがあることは事実ですわ」 「この人になら、話しても……」 「……いいえ、聞いて欲しいんですの。私の…… 本当の気持ちを」 「ちょうど天野くんも、どうして私がこんなにまで 子供が好きなのか知りたがってるようですし……」 「……それじゃあ、少しだけお話させてもらいますわ。 本当は産まれてくるはずだった……弟と妹のことを」 私がまだ、お父様とお母様……そしてお姉さまと四人で暮らしていた頃のお話ですわ。 まだ私が小さい頃……お母様は双子の赤ちゃんを身ごもっていましたの。 しかも、病院の検査で男の子と女の子の双子だという事がわかりましたわ。 子供だった私は、弟と妹が一度に出来ることにそれはもう大喜びでしたわ…… ……でも…… 『おとうさま……あかちゃんに会えないかもしれない しれないって、どういうことですの?』 それは、母体の安全を優先した苦渋の決断でしたわ。 もともと体力のなかったお母様に、双子を産む事は難しい……それがお医者様の判断でしたの。 それでもお母様は最後まで赤ちゃんを産むと言い張りお父様やお医者様たちの反対を押し切って、出産へと踏み切る決意をしましたわ。 そして、分娩室に入る前…… 『花蓮……生まれてくる弟と妹たちを、立派な…… そして、優しい子に育ててね……』 『やくそくですわ、おかあさま……わたくし りっぱなお姉さまになってみせますわ』 『だから、おかあさまも早くげんきなあかちゃんを つれてきてくださいませ!』 『ええ、約束ね……指切りをしましょう』 『ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーら はーりせーんぼんのーます……』 『ゆーびきった♪』 ……………… ………… …… 結局、お母様はなんとか一命を取り留めたものの双子の赤ちゃんが私たちの家に帰ってくることはありませんでしたわ。 産まれてくるはずだった弟と妹は、突然私の前からいなくなってしまったんですの。 あの頃の私には、すぐには理解できませんでしたわ。 でも、周りの大人の人たちの言葉を聞いてるうちに次第にお母様とあの子たちに何があったかが解っていきましたの。 ……それからは大変でしたわ。 『お母さまのうそつき! やくそくしたじゃ ございませんの!』 幼かった私は、なぜそんな事になったのかも理解できずそれはもう泣き喚いて周りの人たちを困らせましたわ。 お母様の気持ちも考えず、ただ罵ってばかり…… お姉さまはそんな私を叱りもせず、ただそばで見守っていてくれていましたわ。 とても頭のいい方ですもの……きっと、あの時にはもうどうにもならない事だとわかっていたんですわね…… お母様は悲しそうな顔をして、小さい子供だった私にただただ謝ってばかりでしたわ。 残ったのは、『立派なお姉さまになる』という約束だけ…… 「……今思えば、私が子供たちを好きになったのは あの子たちのお陰なのかもしれませんわね」 「手が焼ける子たちや、素直な子たちを見るたびに…… 私の心が満たされていくのを感じるんですの」 「…………」 「生まれてこれなかった弟や妹の分も、あの子たちには いっぱい幸せになってほしいんですの」 全て話し終えた花蓮は、遊び道具の片づけをしている子供たちを見つめて、悲しくもどこか優しい微笑みを浮かべていた。 <『親友』> 「私が一番好きなのは、笑っているシズカじゃっ!」 「マーコっ!!」 「カケルと約束しておったからな。必ず生きてここに 帰ってくる、と」 「マーコぉっ……ほんとに心配ばっかりかけて…… いつも私が、どれだけっ……!!」 「こらこら、抱きつくでないっ!! それは私の 専売特許じゃっ!」 「こっちは、6年も……待ったのじゃぞっ!?」 「ずっとずっと、会いたかったのじゃ……」 「お陰で今は、正真正銘、年上の『お姉さん』になって しまったんじゃからな」 「うん……麻衣子お姉ちゃん、だねっ」 「うむ! 心配させてしまったが……もう平気じゃっ! これからは、ずっとずっと一緒じゃからなっ!!」 「うんっ!」 「やれやれ……大馬鹿ヤロウとは、心外じゃな」 「え……?」 すぐ近くからした聞き馴染んだ声に、俺達は素早く視線を移す。 「まったく、相変わらず泣き虫じゃな、シズカは……」 「マー……コ……?」 「何……で……?」 そこには―――俺達が待ち望んだ姿が、存在していた。 「こんな体たらくでは、おちおち死んでもおられんし まだ、シズカをカケルのお嫁にはやれんな」 「……マーコ……?」 「二人して辛気臭い顔をしおって! 言ったじゃろう? 私が世界で一番嫌いなのは、シズカの悲しむ姿を見る ことじゃとなっ!」 「おまっ……お前……本物なのか!?」 「両足で立っている私が、幽霊のワケあるまい!!」 「じゃあ一体、今まで何をしてたってんだよ!?」 「万が一にも、《過:・》《去:・》《の:・》《私:・》と会うわけにはいかなかった からのう……戻って来るかどうか様子を見ておった と言うワケじゃ」 「過去の、麻衣子……?」 「うむ。タイムマシンをもう一度作っても、上手く この時代へ戻ってこれる保障は無かったのじゃが ……何より、副作用が嫌だったんでの」 「仕方が無いので、《6:・》《年:・》《前:・》《の:・》《私:・》《た:・》《ち:・》に会わないように ひっそりと生活をしていたのじゃ」 「ま、まさかお前……6年間ずっとこの世界で暮らして 来たのか!?」 「そうじゃぞ? もう実年齢も1歳ほど年上なのじゃし お姉さんと呼ぶが良い。にっしっし」 「なっ……じゃあ、何で俺たちに今回の事を教えて くれなかったんだよ!!」 「じゃから言っておるじゃろう? もしも過去の私に 会ったら、この世界そのものが崩壊を……」 「知るか、馬鹿ヤロウッ! 俺たちがどれだけ悲しんだと 思ってるんだよ、お前はっ!!」 「くそっ……死んだと思って、心配して損したぞっ!!」 軽口を叩きながら、自分の目頭が熱くなってくるのを感じる。 「損なワケあるまい! 一度は瓦礫に潰れてしもうて 死にかけたのじゃぞっ!?」 「かなり長い間、リハビリ生活で発明品も作れぬ日々は 地獄そのものじゃったしのう……」 「リハビリって、お前……大丈夫だったのかよ!?」 「何年前の事故だと思っておるのじゃ、お主は……? 壮絶なリハビリ生活を経て、今では完全復活じゃ!」 「これもすべて、吾輩が麻衣子の身を守った功績があって こそだろう」 「その分、トリ太の発掘と治療にも、かなり苦労したん じゃがの」 「持ちつ持たれつ、それが正しい相棒の在り方だろう?」 「はぁ……なんだかお前を見てたら、もう細かい事は どうでも良くなって来たぞ」 「うむ! 素直に喜んでくれぃ!」 「……って、さっきからどうしたんだよ、静香? 麻衣子が戻って来たんだから、もっと喜べよ」 「…………」 「ま、まさか怒っておるのかのう……? 今回ばかりは ちぃと無茶しすぎてしまったしの……」 「……マーコ……」 「マーコぉっ!!」 「のぁっ!?」 「バカバカバカぁっ!!」 「な、何じゃいきなり!?」 「バカバカバカッ! マーコの馬鹿ぁ〜っ!!」 「……すまなかったの、シズカ……」 「私がどれだけ寂しかったか解ってるの!? どれだけ 辛かったか……解ってるのっ!?」 「私だって……6年も、お主らに会えなかったのじゃぞ?」 「もう、会えないと思ってたんだから……」 「私のために死んじゃったって……思って……」 「私はシズカの『お姉さん』じゃからな……大切な妹を 置いて、いなくなるわけあるまい?」 「……うんっ! うんっ!!」 ただひたすら泣きながら、麻衣子にしがみつく静香。 その名を呼び合い、互いを支え合う二人――― その姿は、たとえ血が繋がっていなくとも、間違いなく本物の『姉妹』だと思える光景だった。 視界の隅で、二羽の鳥が大空へ羽ばたいた。 それに釣られるように俺は、ふと大空を見上げる。 そこには、眩しく光り輝く最高に晴れ渡った青空がどこまでも広がっていた。 それはまるで、何よりも強い絆で結ばれた二人の再会を祝福しているかのようだった。 <あいつが教えてくれたこと> 「私と灯さんが商店街でお買い物をしていたら 元気の無い翔さんに出会いました」 「灯さんが話を聞くと、花蓮さんの大好きな保育園が 大人の都合で潰れるかもしれないという事で…… ひどすぎます!」 「でも翔さんは『花蓮さんだけの問題だ』って言うし 灯さんは『私たちが口を出すべきじゃない』って 言うし……」 「お二人とも、本当に大丈夫なんでしょうか……」 別人のように意気消沈してしまった花蓮を部屋に残し、俺は駅前のまえ買出しに来ていた。 できることなら花蓮のそばにいてやりたかったのだが今のあいつはすっかり塞ぎこみ、まるで俺のことまで拒絶しているように思えた。 「豚肉は買った……パン粉はまだ残ってる……後は卵か」 「……って、ここまできてカツ丼しか作れないなんて 俺もよくよく芸の無い男だな……」 夕日に照らされて長細く伸びた影が、俺のため息に合わせるようにガクリと肩を落とす。 しかし、それは料理のレパートリーが少ない自分の不甲斐なさからではなく…… 「明日……明日か……」 俺は田中さんの言葉を思い出していた。 このまま放っておけば、保育園は間違いなく明日のうちに取り壊される。 それを防ぐために、俺たちに何ができるのか。 ……何もできない。 そう、何もできないのだ。 『権力』という絶対的な力を持つ姫野王寺 賢剛の前にただの学生である俺の存在はあまりにも無力だった。 ―――好きな女の居場所も守れない。 その事実が、自分自身を矮小な人間に思わせ俺はますます卑屈な気持ちに…… 「何が、明日なんですか?」 「ぅわっふるうっ!?」 突然、後ろから誰かに肩を叩かれて、俺は買い物袋をぶら下げたまま飛び上がった。 「ふふ、やっぱり天野くんでしたね」 「せ……先輩!?」 そこに立っていたのは、特別編成クラスの解散以来三日ぶりに姿を見せる、灯先輩だった。 「灯さ〜ん。どうしたんですか、急にいなくなったり して……って、翔さん?」 先輩の後ろから、パタパタと後を追うように深空がこちらに走り寄ってきた。 「深空まで……どうしたんすか? なかなか見ない 組み合わせだけど……」 「今日は雲呑さんとデートしてたんです」 「ええっ!?」 「ちちち違いますよっ! 信じないでください!」 「い、いや……先輩のことだから、まんざら嘘じゃない 可能性があったもんだから……」 「灯さ〜ん!!」 うろたえる俺と深空の横で、先輩がクスクスと笑う。 「冗談です。本当は、雲呑さんに商店街の『穴場』を 教えてあげていたんです」 「穴場?」 「はい。駅前の大きなスーパーでは買えないような 安くておいしいお肉屋さんや青果店を」 「な、なるほど……」 「も、もう! 灯さんも、変な誤解を招くような事 言わないでくださいっ!」 「ごめんなさい。天野くんがあまりにも深刻そうな 顔をしてると思ったから……」 「え……」 先輩の言葉に、一瞬ドキリとした。 「気のせいでしたか? なんだか、いつもの天野くんと 違うよう感じましたけど……」 「え?」 「あ、それは……その……」 俺はしどろもどろになりながら言い訳を探す。 しかし、人の心の機微に《聡:・》い先輩が、そんな俺の狼狽を見逃すはずもなく…… 「……何かあったんですね?」 「…………ちょっとだけ」 この人には、一生隠し事なんてできないと思った。 ……………… ………… …… 「そんなことがあったんですか……」 「はい……」 全てを話し終えた時には、すでに街頭に灯りがともる時刻になっていた。 「ひ、ひどすぎます! それじゃ、花蓮さんが あんまりです……」 珍しく声を荒げて、深空が憤りの感情をあらわにする。 すでに解散したとはいえ、一時は志を同じくした仲間に対する理不尽な仕打ちが許せないのだろう。 「それで……天野くんはどうするつもりなんですか?」 「いや、それが何とも……」 俺はため息をつき、肩をすくめた。 「何もしないうちから、あきらめるんですか?」 「そんな訳ないだろ。ただな……」 苦々しく反論を試みるも、すぐに言葉に詰まる。 俺一人の力に対して、事態はあまりにも大きすぎるのだ。 「何か方法は無いんですか? 学園のみんなで力を 合わせたら……」 深空が早口で提案するが、俺は静かに首を横に振る。 「取り壊しは明日だぞ? 間に合う訳ない……それに」 「それに……なんですか?」 しばしの沈黙。 なんだかこれを言ったら、これまで共に歩んできたみんなの事を否定するような気がした。 先輩も深空も、黙って俺の言葉を待ってくれている。 そんな二人の想いに応えるように、俺はゆっくりと重い口を開いた。 「……それに、これは花蓮の問題だ。あいつが一人で 解決しなくちゃ意味がない」 「本当なら、俺だって力を貸すべきじゃないの かもしれないんだ……」 握った拳に、爪が食い込んだ。 「翔さん……」 深空が泣きそうな顔で俺の顔を見つめる。 「……わかりました」 「え……?」 「天野くんがそこまで言うなら、姫野王寺さんの ことはお任せします」 「はい、すいません……」 「灯さん……い、いいんですか?」 思いのほかあっけらかんとした先輩の言葉に深空があわてて口を挟む。 「雲呑さん。天野くんが必要としていないなら 私たちは口を出すべきではないですよ」 「で、でも……!」 「いいんだ、深空。きっと、俺たちだけで何とか してみせるから」 「…………はい」 釈然としない表情で、深空が引き下がる。 その顔は、自分の非力さと俺への申し訳なさで塗りつぶされていた。 「悪いな、深空」 「いえ、いいんです。私、お二人のこと信じてますから」 「……ありがと」 「それでは天野くん、私たちはこれで失礼しますね」 「はい、いろいろとすいません。心配かけちゃって……」 「私たちのことより、今は姫野王寺さんのことを 気にかけてあげてください」 「いま誰よりも天野くんが必要なのは、彼女の はずですから」 「俺に何ができるかわからないけど……やれるだけの ことはやってみます」 「その意気です」 そういって、先輩はどこか寂しそうな表情を浮かべる。 「こういう時、《あ:・》《の:・》《娘:・》の行動力が羨ましいです」 「……あの娘?」 先輩の言葉に、この夏、俺たちをドタバタの渦中に巻き込んだ少女の顔を思い浮かべた。 こんな時、あいつならどうしただろう…… 「…………」 「それじゃあ翔さん、おやすみなさい……」 「あ、ああ」 そう言ってペコリと頭を下げ、深空と灯先輩が去って行こうとする。 「あ……先輩、深空」 「はい?」 「その……ありがとう、何かわかった気がするよ」 「そうですか……よかったです」 「頑張ってください、翔さん」 「花蓮さんと翔さんなら、きっとうまくいきます!」 「ああ!」 そう言って、俺は二人の前から走り去った。 あいつに……かりんに初めて会った日の事を思い出す。 あの時、なぜ俺たちは初対面の、得体の知れない少女のことを信じる気になったのだろう。 見返りがあると思ったから? 必死になるあいつを見て、可哀想に思ったから? 人を信じるというのは、損得勘定だけじゃない。 もっと深い……理屈じゃない部分を超えて初めて人は他人を信じられる。 俺はかりんを見て、そう感じた。 だったら、俺と花蓮のやるべきことは決まっている。 田中さんは、花蓮が父親の元へ帰る際の障害は俺だと言っていた。 どんな時でも花蓮の事を一番に考え、その花蓮を俺に託してくれた最高の執事…… ならば俺はその期待に応えたい。その覚悟はできている。 「(だから花蓮……今度はお前の番だ)」 後は花蓮が立ち上がるだけ……俺はその助けになりたい。 「(俺は信じてるからな……花蓮)」 そのためには、俺は裏方でかまわない。 ―――それが例え、花蓮に嫌われることであろうとも。 <あたたかい応援> 「私、もうダメだって思ってました……」 「眠くて、辛くて、腕が全然思うように動かなくって ……絶対間に合わないって、心が折れてました」 「でも、違ったんです。本当は、まだ頑張れるって 気づけたんです」 「ううん、違う……私一人じゃ、きっとダメでした。 でも、みんなが……みんながいたから……」 「ちっぽけでダメダメな私を、みんなが支えて くれたから……だから私、頑張れたんです」 「翔さん……」 「かりんちゃん……」 「静香さん……」 「麻衣子さん……」 「花蓮さん……」 「灯さん……」 「櫻井さん……」 「トリ太さん……」 「それに、翔さんのクラスメイトの鈴木さんや木下さん 渡辺さんや、同じクラスで友達の佐藤さんまで……」 「みんなみんな、私のために来てくれて……本当に…… 本当に、ありがとうございますっ!!」 「わたし、今、とっても幸せを感じています……」 「私が怖がっていた、誰かとの『繋がり』は…… こんなにもあったかくて、優しくて……」 「みなさん……本当に……ありがとう、ございますっ」 「それに、翔さんのクラスメイトの渡辺さんや 同じクラスで友達の佐藤さんまで……」 「みんなみんな、私のために来てくれて……本当に…… 本当に、ありがとうございますっ!!」 「わたし、今、とっても幸せを感じています……」 「私が怖がっていた、誰かとの『繋がり』は…… こんなにもあったかくて、優しくて……」 「みなさん……本当に……ありがとう、ございますっ」 「…………」 独りきりになった教室で、私は絵本とにらめっこをしていました。 もう、寝てもいいはずなのに……もう、諦めてもいいはずなのに……なぜかフエルトペンを手放せませんでした。 「あはは……なにやってんだろ、わたし……」 しゅっ、しゅと、私の意に反して無意識のうちに手がペンを動かします。 身体はとっくに限界を訴えていて、心の方もボロボロで……なのに、私の手だけはまだ諦めていませんでした。 「翔さんも、いないし……どうせもう、間に合わないって 言うのに……なんで私、描いてるんだろう……」 自問自答するように、呟きます。 現実を受け入れられず、それを認めるのが嫌で、きっと手が勝手に動いてるんです。 そう……私の脳は、たぶん理解しているんです。 この手を止めてしまった時……諦めてしまった時、私がどうなってしまうのかを。 ボロボロだった心を限界まですり減らしてやって来た絵本作りを止めてしまうと言うことの、意味を。 「私……もう、ダメ……なのかな……」 ずっとずっと独りきりで生きてきて…… お母さんを私の不注意で殺してしまい、そのせいでお父さんには今でも迷惑をかけ続けて生きている。 そんな私に、生きている意味なんて、無くって…… 「お母さん……翔さん……ごめん、なさい……」 心も、身体も、もう生きることに限界で…… 私は、何もかもを捨ててしまいたい衝動に駆られる。 「でも……最後まで」 「せめて、この手が止まるまでは、私……」 心も身体も止まり、そして、腕も止まったら……きっと私はもう二度と歩けなくなってしまう。 けれど――― だからこそ私は、独りで最後の悪あがきをする。 「がん、ばる……」 もう無理なのかもしれないけど……本当の限界まで絵本を描き続けていたい。 その腕が止まるまで、この運命に《抗:あらが》ってみたい。 最後にそう決めて、私はもう一度だけ自分の意志でその手を動かして絵本を描き始めます。 ……………… ………… …… 「んぅっ……」 けれどその手は、あまりにも《脆:もろ》く、儚くて…… 私の頑張りなんて、意味が無いと理解しているから……だからすぐに、その手は止まろうとしていました。 「はぁ、はぁ……うぅっ……」 ぼんやりと、視界がぼやけてくる。 眠気が酷すぎて、頭痛さえしてくる。 くらくらして、何も考えられなくなる。 体調が悪くて、吐き気を《催:もよお》す。 その吐き気だけが、最後の最後でどうにか私の意識を繋ぎとめていました。 「かける、さん……」 けれど、それももう限界で…… 「この手を止めたら……楽に、なれるのかな……」 そう―――きっと、楽になれる。 自分と言う人間に、まだ生きるべき価値があると信じたいから……だから、足掻いているんだ。 それを止めたら……それはとても悲しいことかもしれないけど……でもきっと、楽になる。 もう、独りで《不味:まず》いご飯を食べなくていいんだ。 もう、独りで悲しそうな目をするお父さんを見なくて済むんだ。 もう、独りでテレビを見て、笑わなくてもいいんだ。 もう、独りで……泣かなくてもいいんだ。 「ははっ……もう、限界……」 そう口にしてしまった時、ぷつりと、自分の中の何かが致命的なまでに事切れてしまったのを実感する。 「もう、だめ……」 その言葉を最後に、私はその腕を―――止めた。 「もうだめ、じゃありませんっ!」 そう――― 「え……?」 「そうですわっ! 何を弱気なことを仰ってますの?」 腕を、止めたはずだったんです。 「その程度のことで《音:ね》を上げるとは、情けないぞっ!」 「よく言うわよ、昨日は自分も泣いてたクセに」 「これシズカッ!! 余計なことは言うでないっ!」 「み、みんな……?」 「様子を見に来た」 「カケルに頼まれたのでな」 「みんなで、応援に来てみました」 「……深空ちゃん」 「かりん、ちゃん……」 「たしかに、独りなら何も出来ないかもしれません。 何もできないように思えるかもしれません」 「でも、深空ちゃんには……私たちがついてます」 「みんな一緒なら……きっと、どんな奇跡だって現実に 変えてしまう力があると思うんです」 「奇跡を……現実に、変える……力?」 「そうです」 「そして人々は、その力に名前をつけたんです」 「そう―――『《絆:きずな》』、と」 「絆……」 「だから、深空ちゃん! 最後の最後まで……諦めないで 頑張って下さいっ!!」 「深空ちゃんなら、きっと出来ますっ!! 私はそう信じて ますっ!」 「楽勝ですわっ!」 「がんばってください!」 「ファイト!」 「勝利は目前だ」 「今までの努力と比べれば、この程度の苦難など容易い ことだろう?」 「がんばれ、ミソラッ!!」 「みな、さん……」 「わ、私……わたし、もう……」 「頑張れ、深空ぁっ!!」 「!!」 その声がした方を反射的に振り向くと、そこには息を切らせた翔さんの姿がありました。 「かける……さん……」 「頑張れ、深空! お前は……お前は独りなんかじゃ ないんだよっ!!」 「今までは独りだったのかもしれねえよ……けどな もう違う! 俺たちがいる!!」 「だから、諦めんな! 俺たちがついてるんだっ!! いつだってお前を支えてやるから……」 「だから描けっ!! 深空なら絵本を完成させられる! 絶対にだっ!!!」 「天野の言葉を信じてやってくれないか」 「俺たちをこの短時間で説得して連れてくるほど アンタのことが好きみたいだしな」 「天野くんに事情を聞いて、私たちも応援に来ました」 「え……?」 「詳しいことはわからねえけど……可愛いお嬢さんが ピンチと聞いたんで、やって来ました」 「天野の彼女と言うことは、俺たちとも無関係じゃない からな」 「私はおまけなんですけど、お友達を連れてきました。 えっとえっと、雲呑さんと同じクラスの……」 「雲呑さん、頑張ってください」 「え……?」 「俺のクラスメイトの渡辺さんだよ。事情を話して 応援に来てもらったんだ。彼女を連れて、ね」 「佐藤さん……!?」 私の驚く声に応えるように、佐藤さんは優しく微笑んでくれました。 「ちょうど渡辺さんに話してたらさ、一緒にいた佐藤さんも 応援に来たいって言ってさ」 クラスでは友達なんていないって思ってた私なんかの為に……何の理由も解らずに駆けつけてくれたのです。 「酷いんだぜ、深空のやつ……きっとアンタのこと 友達じゃなくて、ただのクラスメイトだくらいに しか思ってなかったみたいだぜ?」 翔さんの言葉に、クスリと笑みを浮かべる佐藤さん。 その瞳には、みんなと同じ優しさを感じられました。 「気づいてなかったのは、私だけ……だったんですね」 「ああ。深空はいつも俯いていたから、こんな当然で 簡単なことに気づかなかっただけなんだよ」 「お前が前を向けば、俺たちはいつだってお前のそばに いるんだってことにさ」 「そう……だったんですね……」 「ああ。みんな、お前のことを心配してるし……そして 友達だと思ってるんだよ」 「みなさん……」 温かい声援を受けながら、私はぽろぽろと大粒の涙を流してしまいました。 「私……わたしっ……」 そう、翔さんは私に教えてくれました。 「深空。お前は……」 ずっとずっと、教えてくれていたんです。 「もう、独りなんかじゃないんだ」 クマさんには……森の仲間達がいたことを。 独りじゃ生きていけないと泣いていたクマさんをずっと応援してくれて――― 仲間がいれば、きっと大丈夫なのだと……優しく教えてくれていたんです。 「わ、私……がんばりますっ」 「どこまで出来るか、わからないけど……」 「間に合わないかもしれないけど、でもっ!!」 「ああ。頑張れ、深空っ!!」 だって、ほら――― 「頑張ってくださいましっ!」 「花蓮さん……はい!」 私はまだ、こんなに元気がある…… 「がんばってください、雲呑さんっ!」 「灯、さん……ありがとうございます!」 私はまだ、こんなに手が動く…… 「がんばってーっ!」 「静香さん……私、がんばりますっ!」 私にはまだ、こんなに支えてくれている人たちがいる。 「気合じゃっ!!」 「はいっ! 麻衣子さんから……元気もらいましたっ」 だから……絶対、平気なんだ。 「この世に、不可能など無い!」 「そう……ですよねっ!」 私は……まだ頑張れるっ!! 「前へ進む者に用意されているのは、成功だと知れ!」 「はい……ありがとう、ございますっ!」 私が立ち止まりそうな時は、みんなが背中を押してくれる…… 「深空ちゃん……」 「かりんちゃん……」 私が泣きそうな時は、みんなが励ましてくれる…… 「ふぁいとですっ!」 「うんっ!」 私が辛い時は、みんなが元気をくれる…… もうダメだと思っていた私の限界は……本当はまだ限界なんかじゃなくって。 「はぁ、はぁ……」 一人では無理だと思っていた『そこ』は、たしかにわたし独りなら、辿りつけないけれど…… 「深空……」 きっとみんなと一緒なら、たどり着ける場所だったのだ。 「がんばれ」 「はい―――」 「私、がんばります」 もう私は、倒れない。 そう、最高のハッピーエンドへ向かって…… 「私は、負けない……」 必ず絵本を完成させてみせる!! 「負けないっ!」 今の私には、再びそんな闘志が湧き上がっていました。 そして―――運命の日が、訪れた。 ……………… ………… …… <あの人が恋しくて……> 「翔さんに告白されてしまった私は、もう好きと言う 感情が抑えられなくて、いつもよりも大胆に自分を 慰めていました」 「でも、まさかそれが翔さんに見られていたなんて…… すごく恥ずかしいですっ!」 「ほれ」 大して意味は無いくらいお互いにずぶ濡れだったが気休めの意味も込めて、かりんにタオルを投げる。 「あぅ。……ありがとうございます」 「夏とはいえ、いつまでもこんなびしょ濡れじゃ風邪引く から、さっさと風呂入って来いよ」 「あぅ……でも、翔さんもずぶ濡れです」 「そう思うなら、いいからさっさと入って来い。 じゃなきゃ俺が入れないだろ」 「……二人くらいなら、お風呂も入れると思います」 「物量的な事を言ってるんじゃねぇよ!」 「あぅ……でも、翔さんが風邪引いちゃいます」 「…………」 あの丘からの帰り道、お互いに一言も喋らずに家まで帰って来たので、どうにもやり辛い。 その場の流れとはいえ告白してしまったって言うのにかりんの口から、その答えは返って来なかった。 「翔さんのタオル、良い匂いがします」 「アホな事言ってないで、さっさと行ってこい」 「はい。そうですね、そうします」 「…………」 好きとは言われなかったけど、常に感じていた好意。気持ちをぶつけても逸らされてしまう、もどかしさ。色んな感情がない交ぜになり、ワケがわからない。 こっちから聞き返すのも情けないし、かと言ってこのままモヤモヤしているのも辛い心境だった。 「……一緒にお風呂、入りますか?」 「お前な、意味わかって言ってるのか?」 「あぅ?」 「お前の事が好きな男に、一緒に風呂入ろうって誘う…… その意味だよ」 「あぅ……それは困ります」 「ですので、エッチなしで一緒に入りましょう」 「む、無茶言うなよ……」 「スキンシップだけを求めちゃ……ダメですか?」 「ダメだっつーの。……保障できねーし」 「えへへ。ダメなお兄ちゃんです」 「うっせ」 一応俺だって、健全な年頃の男なワケであって、しかも最近の同居生活で結構溜まっているのだ。 好きな女と一緒に風呂に入って何もするな、なんて言うのは、拷問以外の何物でもない。 「ふぅ。しょうがないので一人で入ってきます」 「最初からそうしてくれ……」 「では、風邪を引かないで待ってて下さい」 かりんは妙に照れながら、難しい命令を残して、さっさと風呂場に消えていく。 「待てよ……? エッチは困るって事はつまり俺は 男としては見れないって事か?」 自惚れでなければ、多少なりとも好意は持たれていると思っていたのだが、どうにも煮え切らない状況だ。 まさに、餌のお預けを喰らった犬の気分である。 「この前の『好き』は、どんな意味だったんだよ……」 本当にただ兄のように慕っていてくれただけなのか……それでも時折感じる想いは、たぶん恋焦がれるモノで。 そんな瞳が、言動が、余計に俺を惑わしていた。 「ちくしょう、かりんのクセに……」 メガネを外して髪を下ろして、深空の姿をしてくれればここまでいらつきはしないんだが……あのへっぽこ状態かりんに、いいようにかき回されるのはシャクだった。 「一緒に風呂入りたいけどエッチな事は困る、だ? 何なんだよ……どう言う事かさっぱりわからん」 こう言う時ほど、ヤツのおとぼけ平和思考が恨めしい。 「ちくしょう、告白の返事くらい言えってんだ! ふおおおおおおおおおおぉぉぉ〜〜〜っ!!」 ぐるぐると思考の迷路に迷い込み、のた打ち回る。 「一体なんなんだっつーの! わっかんねーよ!! ちくしょう……」 このまま無かった事にされそうな予感に苛まれて、俺は情けなく地べたを転がりまわるのだった。 ……………… ………… …… 「ふぅ……」 風呂から上がり、濡れた髪をバスタオルで拭きながらかりんの部屋の前を通る。 電気が消えているので、恐らく風呂から上がってすぐに泣き疲れて寝てしまったのだろう。 「かりん……」 風呂に入ってだいぶ落ち着いたせいか、少し冷静に頭が回転し始める。 普段からエロ娘を気取っているとは言え、相手はあの純真無垢な深空……のはずなのだ。 なんだかんだと言って、いきなり身体を求めるのは焦りすぎたのかもしれない。 もっとじっくりとあいつの本当の気持ちを量りつつ初々しい恋人同士から始めるべきなのだろう。 「くそっ……しゃーねーから、今日は一人で慰めて、一度 冷静になるしかねぇな……」 ボリボリと頭を掻きながら、夜這いしたい衝動を抑えて大人しく自分の部屋へと戻る。 「んっ……はぁっ……うぅんっ」 「あん?」 自分の部屋の前まで来ると、そこに誰かがいる事を主張しているかのように、点けた覚えの無い電灯の光が廊下まで射し込まれていた。 「はぁ、うんっ、ふぁっ……ぁぅ……」 「(か、かりん!?)」 今この家には俺とかりんしかいないのは解っていたのに目の前に飛び込んできた官能的な光景に、思わず驚いて固唾を呑んで立ち尽くしてしまう。 「ふぅ、あっ……はぁっ……んんっ」 もじもじと切なそうに太ももをすり合わせながら露出させた自分の大きな胸を、手馴れた手つきでいやらしく揉みしだいていた。 「んぁっ、くぅ、んっ……はぁうぅっ!」 「あぅ、んっ……いい、んぅっ」 はぁはぁと息を荒げながら、執拗に胸ばかりを責め立てその度に切なそうに股を摺り寄せている。 「んうぅ、はぁっ……くぅ、はうぅっ」 うごめく両手に導かれて、次第に声に熱が帯び始め徐々にその声が艶めいた音程を奏で出す。 「あんっ! いい、うぁっ……んふっ、ふぅあっ!」 まだ直接弄ってもいないはずのそこから、くちゅり、と湿り気を帯びた嫌らしい水音が聞こえ始める。 「はぁ、うぅんっ……おっぱい、気持ち、いいっ」 自分の胸をいじりながら、切なそうにもじもじと両足を動かしているだけの、もどかしい愛撫。 見ているこっちが疼きたくなるほどの欲求を感じて自然と俺の視線はかりんの秘所へと向けられていた。 「んぅっ……いいよぉ、はぁっ、う、んっ!」 「ひ、人のベッドで何してんだよ、アイツ……」 解りきった答えを保留するかのように、一人呟く。 かりんが一人で慰めている事に関しては、さしておかしいことじゃないとは思う。 しかし、自分の部屋を用意されているにも関わらずこの部屋のベッドでその行為をしていると言う事に俺は少なからず動揺していた。 真意が解らぬ俺の理性をさらに崩していくような甘い誘惑と言えるかりんの自慰に、いつしか俺は魅入られるように無言で覗き込んでしまっていた。 「はぁっ、はぁっ……んんぅ、ふぁ、あぅ、んっ!」 いつだってふざけ合って来て、それでいて妹のように俺を慕っていた女性が、目の前で切なげに喘いでいる。 血が繋がっているわけでもなく、ただの他人なのに俺の事を何でも知っているかのように振舞っていたそんな女の子だからこそ抱く、得も知れぬ背徳感。 「はぁんっ、んあぁっ、あうぅっ……うぅんっ!」 妹のようで、恋人でもなく……つかず離れずのままの関係を築き上げてきた相手との距離を、壊してしまう。 そう理解しているからこそ、俺は一歩もその場を動く事が出来なかった。 「んあああぁっ! せつ、ないよぉっ……おね、が……ぃ あぁんっ!!」 「おっぱい、だけじゃっ……せつ、なくてっ…… し、んじゃう、からぁっ!」 「だから、おねがい……ですっ……っ!」 下半身からじゅくじゅくといやらしい水音を立てながら両手で自分の胸をまさぐり続ける。 自らの快感を次のステップへと移行させるための手段を知りつつも、敢えて『それ』だけを繰り返していた。 「はぁっ、くう、あっ、うぅ……くうぅんっ」 お預けされた犬のような声を上げながら、ひたすら自分をいじめるように、執拗にうごめく。 その行為自体は間違いなくオナニーだと言うのにかりんの手の動きはただ快感を求めているだけの単純なものではなかった。 「いじ……わる、しないでぇっ、んんぅっ!」 欲望のままに指を動かすのではなく、追い詰めるように誰かの動きをシュミレートさせ、トレースしていた。 「おねがいっ、ここも……ここもっ、いじって…… 欲しい、ですっ」 そう言って、そっと自分の手を秘所にあてがう。 「やあぁんっ……はうぅ、んんっ!!」 ゆっくりと、しかし躊躇いなく、つぷっ、と、すでにずぶ濡れになった秘所へ指を入れる。 「あっ、はぁっ、あぅっ、ああっ、ふぁっ」 緩急をつけ、自分が一番感じるであろう場所を探すかのような手つきで、指を往復させて行く。 「やぁ、だめ、だめですぅ〜っ……そんなとこっ、汚い ……ああぁんっ!!」 その叫び声と同時に、片手で胸をまさぐりながらちゅくちゅくと右手で秘所を激しく弄りだす。 それは、今までのセーブしていた愛撫から一転、単純に快感の頂へと上り詰めるためだけの動きだった。 「はぁんっ、だめっ……ですっ、だめだって、ばぁっ! そ、そんなの……気持ち、よすぎてっ」 「もっと……んんぅっ、もっと、優しく、してぇっ!」 「(うっ……)」 その懇願したセリフが、とろけた表情が、潤んだ瞳が全て俺に向けられているような気がして、ドキリ、と心臓が破裂しそうになるほどの衝撃を受ける。 行為に夢中でこちらに気付いていないのは解っていてもそのセリフが自分に向けられているように思えてしまうのは、ただ単に俺の都合のいい妄想なのだろうか? 「はぁんっ、んぅ〜……き、気持ち、いいよぉっ」 つんと尖った乳首をコリコリといじりながら、息も荒く悩ましい吐息を吐き出し続ける。 「ずっと……ずっと、したかったっ」 「ホントは、ずっとしたかったん、ですぅっ!! ああんっ、で、でも、だめ、ダメっ……んぅっ」 足を震わせながら、自分の手を太ももで挟み込みけれどそれでも指は止めることなく、ひたすらに独白しながら、自慰行為を繰り返す。 その言葉が誰に向けられていて、何の意味を持つのか。 そんな事を考えている余裕は、すでに無くなっていた。 「か、りん……」 自然と、口から言葉が漏れる。 「いいっ、いいっ、あぁんっ! も、もっと……だめっ! もっといじって欲しい、よぉっ!!」 「でも、だめなのっ、だめっ! ダメなんで、んぅっ! ダメなのにぃ〜……気持ち、いい、よぉっ!!」 矛盾する2つの言葉をかけながら、その『誰か』にいじられ、高みに上り詰めていくかりん。 「お願い、もっと……もっと、してっ、下さいっ!」 それを求めているのは、自分になのか、それとも…… 「もうだめ、いく、いっちゃいますっ……んぅっ! はぁっ、はぁっ……んんぅ〜〜〜っ!!」 言葉通り絶頂が近いのか、一気に手の動きを早め、自らを至高の絶頂へと導いていく。 「っ!!」 しかし、あと少しで達せたであろうそこで、自らの指をピタリと止めてしまう、かりん。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「そんなっ、いじわるですっ……んんぅっ!」 「いつも、そうやって、いじわるして……っ! 私のこと いっつも、困らせて……」 「…………」 「でも、好き……大好き、ですっ」 「……っ」 保留された、告白の返事。 兄と慕われた想いへの、応え。 それでも愛しく思う気持ちが募る、かりんへの気持ち。 それら全てがない交ぜになり、襲ってしまいたい衝動に駆られながらも、寸での所で、その足を止めてしまう。 「(かりん……)」 『誰』を想っているのか、それに自信が持てなくて……ただ何も出来ず、その場に立ち尽くしている自分自身が無性に悔しかった。 「……さん」 「え……?」 「……る、さん」 「翔、さん……大好きっ、ですっ」 「〜〜〜〜っ!!」 どくん、と。 今まで抑えてきた色んな物が、音を立てて崩れ去る。 「お願いしますっ……そんな、いじわるしないで…… わたし、好きだからっ……だからっ!!」 「どうなってもいいからぁっ……私のこと、抱いて…… 抱いて、下さいっ」 「お願い……しますっ!」 「私、翔さんに、めちゃくちゃにっ……抱かれたいっ ですっ」 「だから、だからぁっ……なんでもしますからっ いじめないで、翔さんの、下さい……っ!」 「何もかも忘れられるくらい、愛して下さいっ」 そう言って、再び愛撫を再開しようとするかりん。 「ああ、わかったよ、かりん」 けれど、それをただ見ているだけなんて言うのは俺にはもう、出来なかった。 「えへへ……嬉しいっ、ですっ……」 「来て下さいっ、翔さんっ、きてぇっ!」 「あ、ああ」 勇気を振り絞って発した声を、あまりにもあっさりと受け入れられてしまい、肩透かしを食らってしまう。 「あんっ、んぅっ、そう……あ、いやっ、翔さぁんっ」 しかし、そんな俺の事など意にも介さずに、かりんは再び自分で愛撫を再開してしまう。 「はぁんっ、切ないよぉっ、んんぅっ……だめぇっ! そろそろっ、翔さんが、帰って来ちゃう、のにっ! や、やめられない、よぉっ」 「あぅ、あぅっ……んんぅ、気持ちいいっ……気持ち いいよぉ、翔さんっ!!」 「翔さんの、おっきくて、熱くて、私っ、だけのっ!」 「……えーと」 部屋に入ってみても、まるで俺が夢の中の登場人物かのように、かりんは行為に夢中になっていた。 「かりん……その、どうせなら一緒にやらないか? っつーか、やらせろ」 「はぁん、んぅ……えっ?」 「な、何言ってるんですかっ、翔さんっ……? 翔さんと、私はぁっ、もう、繋がってるじゃ ない、ですかぁっ!! はあぁうっ!!」 「いや、それ俺じゃないから。影武者だから」 「……え?」 ぴたりと、不意にかりんの指が止まる。 「……あれっ?」 「お前一人で、何勝手に盛り上がってんだよ」 「あぅ……?」 現状を理解できないのか、ぽかんとした表情でぐしょぐしょに濡れている秘所から、指を離す。 「お前が痴女だってのは知ってたけど、ほんと想像以上の エロ娘だな」 「ほん、もの……だったり、しますか?」 「一応襲わないでやっている、クールで紳士なあたり どう見ても本物だと思わないか?」 「ひっ」 「ひ?」 ヒエラルキー坂田? <いいじゃないか、同居人だもの> 「夕べ、なぜか壊れてしまった電子レンジの代わりを 取りに、二人で天野くんの家へ行きましたの」 「その帰り道、偶然にもシズっちさんと出くわしたの ですけれど……」 「親しげに名前で呼び合うお二人に、何かこう…… 胸にもやもやっとしたものを感じましたわ」 「釈然としないような、私だけ置き去りにされたかの ような……」 「あ、天野くん! 貴方はシズっちさんの幼馴染という だけではなく、私の同居人でもあるんですのよ!?」 「そういう態度を取るのなら、今度から私も貴方の事を 名前で呼んで差し上げますわ」 「ど、同居人をいつまでも苗字で呼ぶのも、他人行儀 ですものね!」 「ぐぉおぉぉぉぉぉ……お、重い……」 「ほらほら、頑張ってくださいまし」 「つーか、お前が持てばいいだろ! 絶対俺より 力あるんだから!」 「レディに力仕事をさせようだなんて、紳士の 風上にもおけませんわね」 「紳士じゃなくていいけどな……ぐ、ぐぉぉぉ……」 「……あれ? 翔……に、花蓮ちゃん?」 「あら、静っちさん」 「し、静香か……」 俺が自宅の前で苦悶の声を上げている、という奇異な状況を発見したのか、静香が訝しげな表情を浮かべて声をかけてきた。 「何してるの、こんなところで……電子レンジなんか 抱えちゃって……?」 「いや、ちょっとこいつの家のレンジが壊れちゃってな ……うちのを貸してやることにしたんだ」 「そうですの。なぜかいきなり大爆発を起こして…… ほんと、不思議ですわね」 「(……殺すっ!)」 「ふ、ふぅ〜ん……」 しれっとそんな事を言ってのける花蓮に、俺が心の中で殺気立っていると、急に静香がモジモジし始めた。 「でも、家からレンジが無くなったら、今度は 翔が食事に困るでしょ?」 「も、もし言ってくれれば、私が暇な時だったら 作りに行ってあげるけど……」 「しばらくはその心配は無いと思うけどな……」 「……?」 俺が花蓮のアパートで共同生活を送っているという事を知らない静香が、顔中に?マークを浮かべる。 「なんでもねえよ、ありがとな」 「うん……」 「それじゃ、私はマーコと約束があるから……」 「おう」 「翔、花蓮ちゃんに迷惑かけないようにね?」 「わかってるよ、それじゃな」 「花蓮ちゃん、翔なんかでよかったら、またいつでも 使っていいからね」 「は、はいですわ……」 急に話を振られて驚いたのか、妙に静かだった花蓮が素っ頓狂な声で返事をする。 「それじゃ、またね」 そう告げて、静香は颯爽と俺たちの前から去っていった。 「何が『いつでも使っていい』だよ。俺は便利屋か……」 「…………」 「ん、どうした花蓮? 急に静かになっちゃって」 「別に、なんでもありませんわ」 「さ、いつまでこんな所で油を売ってるつもりですの? 帰りますわよ、翔さん」 「へーへー、わかったよっ、と」 花蓮に促され、俺は気合を入れて重い電子レンジを抱えなおした。 「…………」 「…………」 「……ん?」 そのまま数メートル歩いたところで、俺はふとした違和感を覚えて足を止める。 「どうしましたの、翔さん?」 「いや、お前、いま俺のこと名前で……」 「お、おかしいですの?」 「おかしいっていうか……どういう風の吹き回しかと」 「これから一緒に暮らす人を、いつまでも苗字で 呼ぶのも他人行儀かと思っただけですわ」 「そ、そうなのか? なんかくすぐったいな……」 「……静っちさんの時はそんなこと言わないくせに……」 「ん? 静香がどうしたって?」 「なんでもありませんわ。さ、帰りますわよ翔さん」 「あ、なあなあ。もう一回呼んでみてくれよ」 「えっ!?」 「や、なんかいきなりだから新鮮でさ。珍しいから もう一回!」 「み、見世物じゃございませんことよ!」 「そんなこと言わずにさ……な!」 「しょ、しょうがありませんわねぇ……」 「……………………かけるさん」 恥ずかしそうにそっぽを向いた花蓮が、ボソボソと呟くそうに口の中で俺の名を呼んだ。 「え、何?」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「じょ、冗談だ。重いもの持ってんだから、今は 殴らないでくれ」 わざとらしく聞こえないふりをした俺に、花蓮が拳を振り上げて迫ってきた。 「もう……くだらないことを言ってないで、さっさと うちに帰りますわよ!」 「そ、そんなに急かすなよ」 「わかったら急いでくださいまし……翔さん!」 「お……おう!」 不意打ちで名前を呼ばれ、俺の両腕に思わず力がこもる。 「……うふふっ」 「(急に黙ったり、急に機嫌がよくなったり……  年頃の女の子はわからん……)」 心の中で首をかしげながら、電子レンジの重さを両腕で噛み締めつつ、俺はまるで忠実な従者であるかのように前を歩く花蓮に付き従うのであった。 ……………… ………… …… <いつもの対応> 「私と天野くんとの距離が、日に日に縮まっていく ような気がしますわ」 「根は悪い人じゃないですし、お友達ができるのは いいことですけれど……」 「どうせ本当のことを知ったら、すぐ私の前から 去ってしまうに決まってますわ」 「だから私、帰りに天野くんを家に呼びましたの」 「いつもの対応で、私に付きまとっても無駄だと いうことをわかってもらうために……」 「もう10日かぁ……早いもんだな」 前代未聞の珍事……というか、突然降って沸いて俺たちを巻き込んだこの騒動。 相変わらず決定的な打開策も見出せないまま学園はその日も放課後を迎えていた…… 「歯がゆいな……花蓮となら、なんとかなると 思ったんだけど……」 「情けないですわね。それに、独り言はもう少し 小さい声で言うものですわよ」 玄関を出て、靴を履きなおしながらひとりごちていた俺の背後から声がかけられる。 どうやら、聞かれていたようだ。 「それに、私を指名したのは貴方ですわよ。もっと 責任感を持ってほしいものですわ」 「わかってるよ」 花蓮はスタスタと俺の横をすり抜けていく。 「あ、ちょっと待てよ」 「なんですの?」 「今日も行くんだろ、保育園?」 「もちろん行きますけど……まさか、今日もついてくる つもりですの?」 「今さら仲間はずれもないだろ? どうせ帰ったって 暇だしな」 「それにガキ共の顔見てたら、何か思いつくかも しれないだろ。空を飛ぶ方法」 「もっともらしいことを言いますわね」 「そう言うなって。これでも七割は本気なんだぜ? なんせ、子供の発想は予測不能だからな」 笑いながらそう言い、俺は花蓮の横につけようとする。 「ダメだと言ったって、どうせ後ろからこっそり つけてくるんでしょう?」 「こっそりとだなんて」 「……本当ですの?」 「場所はもう知ってるからな。お前を出し抜いてでも 正面から堂々と行ってやるさ」 「なお悪いですわ!!」 「それが嫌なら、一緒に連れて行ってくれよ」 訳のわからない俺の脅迫に、花蓮はため息をついた。 「まるで子供ですわね……」 「お前、子供好きじゃん」 「こんな可愛くない子供はいませんわ!」 「そんなに怒鳴るなよ。別に、ガキ共と遊ぶのを 邪魔しようって訳じゃないんだから」 「それならかまいませんけど……」 「決まりだ、行こうぜ」 そう言って、俺は一歩足を踏み出した。 しかし、花蓮が歩き出す気配が無い。 「…………」 「花蓮?」 俺は覗き込むように花蓮の顔を見た。 花蓮はうつむいたまま押し黙っている。 ……やがて…… 「その前に、お連れしたい場所がありますの」 そう言って、決心したかのように顔を上げた。 「どこかに寄るのか? ……あ、そうか、ガキどもに おみやげでも……」 「そんなことじゃありませんわ」 俺と視線を合わせずに、花蓮が言った。 「? なんだよ、それじゃどこに……」 「私の家ですわ」 人通りのまばらな商店街を、妙に目立つ風体の女の子に付き従い歩く…… ここ数日こいつと過ごしたせいで、そんな非日常的な行動にすっかり慣れてしまった俺がいる。 ……しかし。 「なあ花蓮、まだ着かないのか?」 「もうすぐですわ」 ………… 「でも驚いたよな。お前が自分から俺を家に 誘うなんて」 「一度見たいとは思ってたんだ。執事がいる家っての」 「…………」 ……ずっとこんな調子だ。 むっつりと黙り込んで、スタスタ歩いていく花蓮。 この重苦しい空気に耐えられず、俺がいくら話を振っても返ってくるのは一言二言か、さもなくば無言の返答だけ。 おまけに駅に程近い住宅街からはどんどん離れていき入り組んだ迷路のような小道に入り込む。 見回しても、年季の入った古めかしい家屋ばかりが立ち並んでいるばかり。 おおよそ、こいつのようなお嬢様が住まう豪邸があるようにはとても思えない。 「なあ……お前もしかして、こんな手の込んだことを してまで俺を陥れるつもりじゃ……」 いよいよおかしいと思い始めた俺が、一定のペースで前へと進むその小さな背中に声を投げかけた時だ。 「着きましたわ」 「……へ?」 急に足を止めた花蓮に、状況を呑み込めない俺がぶつかりそうになる。 「着いたって……どこに?」 「……何をいってるんですの、貴方は……」 「え、着いたって……ここ?」 「『家に連れていく』という名目で案内して、私が 着いたって言うのだから、ここに決まってますわ」 妙に理屈っぽく返される。 《煤:すす》が付いているのではと思うくらいに黒く薄汚れた壁。 左右の端と端で、明らかに高さが変わっている屋根。 その軒下にある、無人のツバメの巣が目に染みる。 傾いて字が消えかかっている看板には、確かに『メゾン』の文字が…… 何度目を凝らしても、花蓮が示しているのはその今にも崩れ落ちそうなオンボロアパートだったのだ。 「……驚きまして?」 「……正直」 俺は親指と人差し指で輪を作り、わずかに隙間を空けて『ちょっと……』というジェスチャーを作る。 尊大な物言い態度、身につけた高級品の数々。 そして田中さんと言う執事の存在…… 普段からのこいつの立ち振る舞いと、このあばら家……もといアパートは、俺の貧困な想像力では、とても結び付けられるものではなかった。 「で、でも別に―――」 家が古かろうが新しかろうが、お前はお前じゃないか。 そう言おうと口を開きかけた時だった。 「そうですのね……やっぱり、思った通り」 『わかっていた』という表情を浮かべ、花蓮が達観した大人のようにため息をついた。 「やっぱりって……?」 「見ての通り、私はお金持ちなんかじゃありませんの」 「ですから、そういう……金品の類を目当てに私に 付きまとっても、その……無駄ですわよ」 「……は?」 出会った頃に戻ったかのように、ツンとした態度で横を向く花蓮。 その言葉を聞いて、俺は顔を凍らせた。 <おしえて! 灯先生!> 「そうそう灯さん、一つお聞きしたい事が……わっ。 なんですか、これ? かりんちゃんみたいですっ」 「あらっ、雲呑さんじゃないですか」 「メガネをかけて、どうしたんですか?」 「ふふっ……実は、たまに天野くんをこらしめるために メガネをかけたりするんです」 「ほえぇ……でも、すっごい似合ってて綺麗ですっ」 「ありがとうございます」 「たしかにそれなら、翔さんも手を出せないかも しれませんねっ」 「ええ。だから、まさに良い薬だと思いまして……」 「私なんて、きっとメガネをつけたって、かりんちゃん みたいにいじめられちゃうのがオチですし……」 「翔さんに嫌われないメガネっ子なんて、すごいです」 「以前の決闘で負けた天野くんに、罰ゲームとして 彼の部屋で、この姿のままお勉強講座をした事が あったんですよ」 「そうなんですか」 「はい。それ以来、たまにおしおきの手段として 味を占めてしまいまして……ふふふっ」 「メガネ嫌いの翔さんにとって、なんて恐ろしい相手…… あうぅっ……天敵誕生の瞬間ですね」 「天敵じゃなくって、指導者と言って欲しいです。 だから雲呑さんも遠慮せずに私の事を『灯先生』 って呼んでもいいんですよ?」 「は、はぁ……」 「…………」 「あ、灯先生〜……」 「……はいっ♪」 「す、すごく嬉しそうです……」 「ちょっと待て……なんだ、この展開は……?」 一人部屋で正座しながら、俺は足りない頭脳をフル回転させて、現状の把握に努める。 「今までと違う活動をする事になって……それで…… 集合場所が、俺の家になったワケでして……」 「それでいて、二人きりの活動なんだよな、うん」 「…………」 わけがわからなかった!! 「まてまてまてまて……」 「先日から、嫌われてもおかしくない衝突を繰り返して 来たワケで……どう考えても、こんなオイシイ状況に なるような展開は異常だよな……」 考えれば考えるほど、雨は降っても地は固まらないような気がしてならないのだが…… 「まぁ、何はともあれ、これで念願の先輩と二人きりの 甘い放課後が繰り広げられるワケかっ!!」 「昨日は昨日で二人きりだったけど、怪我もしてたし 掃除ばっかりで、雰囲気も何も無かったからなぁ」 とにかく、どんな活動にせよ、俺の部屋であの先輩と二人きりになれるのだ。 いつの間にか茶道部員扱いされているのを差し引いてもこれは嬉しい誤算以外の何物でもなかった。 「……にしても、遅いな先輩……」 時計を見ると、すでに告げられていた時間は過ぎていた。 「って言うか、大人しく待ってないで迎えに行くべき だったかな、やっぱり……」 「そうですね。いい心がけかと思います」 「ですよね。それじゃ俺、先輩を迎えに行ってきます」 「うんうん、やっと少しはレディの扱いと言うのが 分かって来たようですね」 「…………」 「…………」 「って、先輩!?」 あまりにも当然かのように俺の部屋にいる先輩の対応を思わず素でスルーしかけてしまう。 「いつの間に……って言うか、どうやってここに!?」 「嵩立さんに今日の件をお話しましたら、是非とも お願いしますと、合鍵の場所を教えて貰って……」 「な、なるほど……」 「お待たせしましてすみませんでした。ちょっと、アレの 用意に時間がかかってしまいまして……」 「あ、アレ……?」 年頃の男と女が二人きりで、しかも部屋でする特別な活動に必要な、アレ……? 「も、もしかしてそれって、身体につけるアレですか?」 「えっ……やだ、もしかして解っちゃいましたか?」 俺の勘違いかとも思ったが、これは……ほぼ確定と思っても良さそうだった!! 「(しかし、デートをぶっ飛ばして、いきなり最初から  クライマックスとは……)」 「なんか改めて天野くんの部屋で、って言うのも…… ちょっと恥ずかしい気もしますけど」 「そ、そりゃあ恥ずかしいモンですよ、普通……」 「にしても、なんでまたいきなり……?」 「……やっぱり、嫌ですか?」 「い、いや! ただ、いきなりだからビックリしただけ っすよ……嫌なワケねーですよ!!」 「なら、良かったです。でも、こっちから言う前に 分かっちゃうなんて……さすがに露骨すぎちゃい ましたか?」 「ふふっ……本当はコレをヒミツにして、ビックリさせ たかったんですけど」 「な、なんと……」 いきなりナマで……それでいて、ヤバイって時にソレを装着して、安心プレイだと言うんですか、先輩っ!? 「(やばいぜ……これは、エロすぎる……)」 俺の想像を上回る超展開に、思わず鼻血が出てきてしまうと言うものだ。 まさか、先輩がここまで大胆だったとは…… 「ハッ!?」 そう言えば、昨日たしかに『男の事を理解する』と宣言していたような……!! 「(だ、だからいきなり実践を……!?)」 「いきなりこんな事、やっぱり強引すぎましたか?」 「んな事ねーっすよ! むしろ、大歓迎です!!」 「そうですかっ! 良かったです、天野くんがそこまで やる気を出してくれるなんて……」 「先輩と出来るなんて、光栄ですよ! って言うか俺…… 望んでましたし……」 「天野くん……嬉しいです……」 「それじゃ、さっそく用意してきたアレを出しますから ちょっと待ってて下さいね」 「は、はい。って言うか、俺がつけますから、下さいよ」 「え? でも、天野くんが付けたら、意味が無いじゃない ですか」 「はい?」 よく意味の分からない単語が聞こえて来て、思わず首を傾げてしまう。 普通は俺につけるワケで…… 「(いや、待てよ……これはもしや、先輩が年上として  優しくリードしてくれると言うことかっ!?)」 男が主導権を握って、自分から脱がせたいと思うように先輩もまた、そう言ったこだわりを持っていると言う事なのかっ!? 「それって、まさか……先輩がつけてくれるんですか?」 「はい。ちょっと恥ずかしいですけど、天野くんのために 一肌脱ごうかと思います」 「マジすかっ!?」 その爆弾発言に、思わずテンションが振り切れんばかりにヒートアップする。 「もも、もしかして、口でつけてくれるんスかっ!?」 「く、口で……?」 「(やばい、思いっきり顔をしかめてるぞ……!?)」 いきなり手加減無しの要求で、さすがの先輩も少し引いているように《窺:うかが》える。 このままでは、せっかくのつけてくれると言うシチュがお流れになりかねない……!! 「いや、冗談っすよ、冗談! ハッハッハ!!」 「は、はあ……よく解らないですけど、そうですよね。 お口でつけるって言うのは、さすがにちょっと……」 「ですよねー! ここは普通に、手を使ってつけるのが 基本ですよねー!!」 「もう、天野くんったら……いいから、目を瞑って後ろを 向いて下さい」 「りょ、了解です!!」 俺は期待に色んな物を膨らませながら、背中を向いて後ろを向き、《戦闘準備:スタンバイ》をする。 「はい、つけましたよ♪」 「え……? もう……?」 特に俺へ何かをされたようには思えなかったのだが……どんな早業なのだろうか? 「もう準備完了なので、こちらを向いちゃって下さい」 「お、おーし! パパ頑張っちゃうぞーっ!!」 良く分からないものの、そのまま暴走寸前のテンションで俺は勢いよく準備万端の先輩へ振り向き―――!! 「さあ、一緒にバリバリ勉強しちゃいましょう!」 振り向き…… 「なあああああああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!?」 その予想外の光景に、思わず絶叫してしまうのだった…… 「せ、先輩、そそっ、それは……ナンナンデショウカ?」 「何って、お察しの通り、メガネです」 察してません! そんなの察してませんからっ!! 「お母様にお願いして、貸して貰って来たんですよ?」 「な、何でまた、そんな嫌がらせを……?」 「ぶぅ。嫌がらせとは心外です。私は天野くんの弱点を 同時に克服させてあげようと思っただけです」 「メガネをかけた女の子が嫌いなんて言う大人気ない レッテルを剥がすのと同時に、勉強もすれば――― ほら、一石二鳥じゃないですか!」 「一石二鳥じゃねーっす……泣きっ面に蜂ッス……」 「も、もう……私だって、慣れない格好を晒すなんて 恥ずかしいんですからね?」 「え……?」 「似合わないだろうメガネ姿なんて……本来、誰にも 見せたくないのに……」 誰にも見せた事のない先輩の姿……その言葉に俺は素晴らしきリビドーを感じる。 「(ちくしょう、先輩、可愛いぜ……)」 が、しかし……!! 「ぐおおおおおおおぉぉぉっ!!」 メガネが視界に入るたびに、深い精神的ダメージを負ってしまう。 憧れの私服の先輩と一緒に個人レッスンと言うシチュにメガネと言う凶器が加わるだけで、そこは天国から一転修羅場へと変貌する…… そう、例えるなら、可愛い女の子とキモいオッサンをパノラマのように交互に見せられるが如くの責め苦! 「め、メガネ取りませんか、先輩……お、俺には少々荷が 重過ぎると言うか……」 「ぶぅ。そんな情けない案は却下です。大体、さっきまで あんなに乗り気だったじゃないですか」 「そ、それは……そうですけど……」 「まさか天野くん……変な勘違いを……?」 「してませんぜ! 断じてNOだ、先輩っ!!」 「本当ですか? 怪しいものですね……」 「はぁはぁ……と、とにかくメガネを……ぐはっ……」 「ダメです。これは、先日の決闘で負けた天野くんへの おしおきの罰ゲームでもあるんですから」 「な、なんだってぇーーーっ!?」 「天野くんは、人を見かけで判断しすぎているから 精神的に成熟出来ないんだと思います」 「そう言ったメガネ嫌いとか、子供っぽい弱点を克服 していけば、えっちぃ思考も消え去ってですね……」 「容赦……無しっすか……」 「もちのろんです。今日と言う今日は、たっぷりと 勉強してもらっちゃいますからね!」 「ぐはっ……」 勉強とは言え、たっぷりと先輩との甘い一時を過ごせる至福と、メガネの拷問を同時に受け、俺の脳はショート寸前の状態になる。 「ささっ、一晩中付き合ってあげますから、みっちり 弱点を克服して行きましょう」 「(へへっ……俺の人生も、ここまで……だぜ……)」 やる気満々の先輩を前に、俺は死を覚悟して、机へと向かうのだった。 ……………… ………… …… 「あ、天野くん。そこ、間違ってますよ」 「うぁ……は、はい……」 俺はグチャグチャになったノートに、震える指で消しゴムをかけた。 「もう……しっかりしてくださいね?」 「あ、あの……先輩……俺もう、限界……」 「『先生』……です」 「へ?」 「この格好をしてる時は、『灯先生』って呼んで下さい」 「は、はぁ……?」 よくわからないが、俺の中のちっちゃい俺が、今は逆らってはいけないと警告している。 ここは大人しく従っておこう。 「じゃ、じゃあ、あかり……先生……?」 「……はいっ♪ なんでしょう、天野くん」 メチャクチャ嬉しそうだった! 「俺、もう限界なんで……今日はこの辺でお開きにして もっと素敵な話題に花を咲かせませんか?」 「まだ授業を始めて1時間も経ってないじゃないですか」 「いや、でも本当に無理っす……せめてメガネを……」 「さあさあ、弱音ばっかり吐いてないで、精一杯 頑張りましょうね、天野くん」 「せ、先生の好意的な笑顔がこんなに辛いと思ったのは 初めてだっ!!」 ……………… ………… …… 「―――ではおさらいです」 「植物が光合成を行うのに必要なものはなんでしょう」 「日光、水、二酸化炭素!」 「正解です」 「ふぅ……」 「では植物に含まれる、光合成を行うための細胞は?」 「ええっ!?」 「10……9……8……7……」 「ちょ、ちょっと待ってっ!」 「しょうがないですね……それじゃあ、ヒントです。 これがあるから、植物は緑色に見えるんです」 「み、緑ペンキ!?」 「失笑ものです」 「ぐああぁぁーーーーーっ!」 ……………… ………… …… こんな感じで、『灯先生のお勉強会』が始まってからかれこれ2時間以上が経過しようとしていた。 システムは単純明快。灯先生が出す問題を、俺が一問間違えるごとに勉強時間が10分延びていくのだ。 おかげで、本当なら30分で終わるはずだった勉強が今では2時間にまで膨れ上がっていた。 「ほらほら、早く正解しないと今日中に終わらなくなって しまいますよ?」 「だ、だから、そのメガネのせいで集中力が……」 「いつもと変わらないはずです。何なら、キスとかだって 受け付けちゃいますよ?」 「やめてーーー! 顔、近づけないでーーーーーっ!」 「ぶぅ……キスを迫って嫌がられてしまうとは、先生 とってもショックで傷つきました」 「いや、キスしたくないワケじゃなくって……メガネッ! メガネさえ無ければっ……!!」 「それじゃ、私自体を拒んだわけじゃないんですね? それなら、女としてのプライドも守られました」 「それで、次の問題なんですけど……」 「もうダメ、いっちゃう! カケルイッちゃうぅ〜っ!」 「へ、変な声を出して、ごまかさないでください!」 「らめええええええええええええええっ!!」 念願の先輩とのプライベートタイムを過ごす喜びとメガネ&勉強という苦悩のダブル攻撃…… 少し手を伸ばせば先輩を抱きしめられるこの状況がもはや嬉しいのか悲しいのかわからずに、俺の頭は完全にショートしていた。 「しょうがないですねぇ……じゃあこの辺で休憩にして おやつにしましょうか」 「た、助かった……」 「じゃん。今日のおやつはお饅頭です」 「で、できれば休憩中くらい、メガネを外してもらえると 助かるんですけど……」 「問題です。お饅頭の材料といえば?」 「ええっ!? 習ったっけ、そんな事!?」 「10……9……8……」 「ちょ、ちょっと待ってくれよ……頭が働かな……」 「5……4……3……」 「ダッ、ダンボール!」 「ちゃんちゃらおかしいです」 「ひぎいいいいいいいいいいいっ!」 こうして、日が沈む頃になってようやく開放された俺は真っ白に燃えつきた灰と化してしまったのだった…… ……………… ………… …… <お付き合い報告、かりんの笑顔> 「私たちが恋人だって言うのは、みんな知らなくって ……翔さんは、みんなに好かれています」 「それに、私、恋人らしいこと何もできなくって…… きっとすごくつまらない女です」 「だから他の女の子と仲良くしていると、やっぱり 私は翔さんに相応しくない気がして……」 「あぅ! もっと自信を持ってくださいっ!! 翔さんは、きっと深空ちゃん一筋です!!」 「うん。ありがと、かりんちゃん」 「翔さんも、不安がっていた私を見て、みんなの前で 堂々と私と付き合っていることを告げてくれました」 「まるで私の心を見透かしたみたいに、その不安を 拭い去ってくれる一言がすごくあたたかくて…… 優しさと思いやりを感じることができました」 「だから、ちょっと恥ずかしかったですけど、嬉しくて とっても幸せでしたっ」 「私も、ついニヤニヤが止まらなくて、翔さんに ちょっといじめられちゃいました」 「大胆なことをやったり、照れたり、気まぐれな 猫みたいな人です」 「えへへ。そうですねっ」 「それに、私のことを……仲間だと認めてくれました」 「……せっかくみんなの団結が高まったのに 私は、その中には入れませんでした」 「そんな資格が、私には無かったんです」 「深空ちゃん……」 「……つまりじゃな、その理論を応用して人間の身体に 一時的に重力を無視できる効果を与えるのじゃ」 「つまり、反重力発生装置みたいなもんか?」 「うむ。そう思ってもらって差し支え無いのう」 「ほう……何やらすごそうだな」 「それでしたら、直接的に機械を使ってませんね」 「けど、そんなものが本当に実現できるんですの?」 「うっ……か、科学に不可能は無いのじゃっ!!」 「しかし、残された日数でそれを完成させるのは 難しいのもまた事実だぞ」 「たしかにギリギリじゃが……間に合わせてみせる!」 「頑張ってくださいっ! 私もお手伝いできることが あれば、精一杯やりますから」 「うむ、助かるぞ!」 「けど、けっこう賭けに近いよな、それって」 期限の今月末に間に合うかどうかギリギリの発明と言う事は、裏を返せば失敗すると後が無いと言う事と同義だろう。 しかも、間に合わないと言う可能性もあるようだ。 「どんなに旗色が悪かろうと、もはやこの手しか残って おらんのじゃっ!」 「ふぁいとですっ!」 「それじゃあ、いつものようにお弁当の差し入れを持って 行きますね」 「うむ。いつもすまんの、あかりん!」 「いえいえ。私には、これくらいしか出来ませんし」 「何を言うかっ! いつもあかりんが健康の管理をして くれているからこそ、倒れずに作業を続けていけるん じゃからなっ」 「ふふっ。私よりも嵩立さんの方が、いつだって気遣って くれているじゃないですか」 「む、むぅ……それはそれ、これはこれじゃ」 「そう言えば、今日は静っちさんが来てませんわね。 お休みなんですの?」 「まあ、の……今日は少々特別な日なのじゃ」 「…………」 そうか、最近深空と付き合い始めて浮かれていたからすっかり忘れていたが、もうこんな日が来たのか…… 例年通りなら、俺と麻衣子も付き添いで行くところだが今年はこの活動があるからな……静香も俺達に遠慮して一人で行ったのだろう。 「あぅ! 静香さんの事を考えてましたねっ!!」 「黙れ、このドリルメガネッ!!」 「あぅ〜! どのへんがドリルなんですかっ!?」 「無理を通して道理を蹴っ飛ばすんだよっ!!」 「考えるんじゃない……感じるんだ!」 「考えるんじゃなくて……感じるんですかぁっ!?」 「卑猥すぎますっ!!」 「なんでだよっ!?」 「あぅあぅあぅあぅっ!」 「ハレンチメガネトーストかお前はっ!!」 「意味がわからないこと言ってメガネを外そうとしないで くださいぃ〜っ!!」 「オラオラオラオラアアアアアァァァァーーーッ!!」 「まったく……ケンカするほど仲が良いというか」 「夫婦喧嘩は犬も食わないって感じですね」 「…………」 「ほんと、仲が宜しいですわよね」 「付き合っていてもおかしくないイチャつきっぷり じゃのう」 「!」 「…………」 ついつい本能でいつも通りにかりんをいじっているといらぬ誤解を受けてしまったようだ。 「みんな……聞いて欲しい事がある」 そして深空もまた、みんなの言葉で表情を曇らせていた。 「ん? どうしたんじゃ、カケル?」 いつだって弱気で、俺なんかを好きで、そして自分が信じられなくて……些細なことで不安を募らせる少女。 「俺、深空と付き合ってるんだ」 「あ……」 だったら、何も隠す必要なんてない。 俺の手で深空の不安を少しでも取り除ける可能性があるなら、たとえそれが自惚れでも何でも構わない。 とにかくみんなに、その事実を伝えたかったのだ。 「そ、そうじゃったのか」 「ああ。だから残念ながら、こんなメガネ娘は論外だ」 「あぅっ! 論外はひどいですっ!!」 「うっせー、俺は深空一筋って決めてんだよ」 見せびらかすように深空の肩を抱いて、俺は自分の彼女を思いきり抱き寄せる。 「あぅっ……か、翔さん……」 「あんだよ? 嫌なのか?」 「いえ……嬉しいです」 「あぅ! のろけですっ! デストロイですっ!!」 「みんなの前で、はしたないカップルです」 「いちゃつくのは結構ですけど、時と場所を考えてからに して欲しいですわね」 「なんだ、この湧き上がる感情は……これが殺意か!」 「うるせえぞ愚民どもっ! 俺たちは相思相愛なんだ! だから、俺らの間に入るヤツは許さねえんだよ!」 「えへへ……」 「なんでお前がニヤケながら喜んでるんだっ!!」 「気にしないで下さい。ニヤニヤ」 「やめろっ! 俺たちを見てニヤニヤするなっ!!」 「なるほど、その手があったか」 「にやにやにやにや」 「ぎゃあぁーーーっ!! やめろぉ〜〜〜っ!!」 「恥ずかしくて死にそうですっ!」 「私たちの前でいちゃついた、せめてもの報いです!」 復讐です、と言わんばかりのポーズで、けしからん胸を突き出してえばる、へっぽこメガネ娘。 しかしその様はどこか上機嫌で、嬉しそうにも見えた。 「とにかく、俺たちは付き合ってんの! 他の女と変な 勘違いされても困るっつってんだよ」 「……かけるさん」 「だから、お前みたいなメガネ娘は……」 「……メガネ娘は?」 「ただの……」 「ただの、仲間だよ」 「仲間以外の何者でもねーんだよ」 「翔さん……」 「あんだよ、クセーとか言うんじゃないだろうな。 悪かったな、ロマンチスト野郎でよ」 「いえ……残念ながら、私もロマンチストなんです」 「なんだそれ、初耳だぞ」 たしかに空を飛ぶなんて言うヤツは、ロマンチストか頭のネジがぶっ飛んでるヤツだろうが…… 「ですから、嬉しいんです。本来嫌いであるはずの 私のような人間を……仲間だって、言ってくれて」 「不思議じゃのう……まだみんなと一緒にいるのはほんの 数週間じゃと言うのに……」 「まるで、ずっと一緒に騒いできたような感覚ですわ」 「私も、理屈じゃなくそう感じます」 「フッ……そうだな」 そう……俺達はまるで何年も一緒の日々を過ごしてきた仲間であると言う感覚を『共感』していたのだ。 それは、学園が閉鎖された瞬間から、ずっと同じで…… そして、その中心にはいつも……このメガネ娘がいて。 なぜかこいつと一緒にいると俺たちは、みんなで楽しく笑い合えるのだ。 「……あと数日かもしれませんけど」 「みなさん……宜しくお願いします」 「うむ! もちろんじゃっ!!」 「絶対に……空へ連れてってやるよ! 俺たちが!!」 「仲間として……」 「いいえ、友達として、ですわっ!」 「みなさん……」 俺たちは再び、出会ったあの日のように円陣を組んで団結を確かめ合った。 ここにいない静香もきっと、惜しみなく俺たちに協力してくれるはずだ。 これだけの想いが、空へと向いている今なら……俺たちはきっと、飛べる。 みんなといると、不思議とそう確信できるのだった。 「何だって出来るよな、俺たちなら」 「当然じゃっ! 私がおる限り、失敗などと言う結末で 終わらせはせんっ!!」 「我輩もいるぞ」 「……私も……私、は……」 しかし、意気揚々と円陣を組む俺たちの輪の中に……深空の姿はなかった。 「それでは、今日はこの辺で解散にしましょう!」 深空に気を遣ったのか、変な空気になる前に、素早く今日の活動を打ち切るかりん。 こいつにそんな気配りが出来るとは思えないのだが偶然にしては絶妙すぎるタイミングだった。 「そうじゃな。私もラストスパートをかけるために 徹夜で作業に入り込むのじゃっ!!」 「仕方がありませんわね。お手伝いさせて頂きますわ」 「私も、話し相手くらいにはなれますので」 「うむ! 心強いこと、この上ないぞっ」 「へっ……」 何だかんだで静香がいない寂しさを紛らわすために麻衣子に気を遣っているのが解ってしまい、思わずにんまりとニヤけてしまう。 先輩も花蓮も、みんな……馬鹿がつくほどのお人よしだった。 <お別れの言葉> 「もう自分は必要ないと知った翔は、不器用な自分が いると、いつか鈴白先輩の重荷になると思って…… 鈴白先輩に別れを告げたの」 「もし引き止めてくれるなら、思いとどまろうと 翔は必死に自分の気持ちを語りかけたの……」 「でも、そんな言葉も想いも伝わらずに、ただ笑顔を 浮かべる鈴白先輩……」 「こんなのって、無いよね……」 「なんで、こうなっちゃったんだろう……どうして こんな結末になっちゃったのかな……?」 「お別れの言葉すら伝えられないなんて……こんなの あんまりにも……酷いよ……」 「カケル……」 「…………」 「『大好き』ですか? えぇと……き……切り株!」 「…………」 「『部活動』……う……? う……上履き!」 「…………」 「『肝試し』……う〜ん、今度は『し』ですか……」 しりとりをやりたいと言ってきた灯に付き合い、俺はずっと一人で相手をしていた。 「シイタケ……さあ、今度は『け』ですよ天野くん!」 「…………」 この笑顔は、きっともう俺へ向けられているものではなくて――― 「先輩、俺さ……」 「むむむ……『決闘』と来ましたか……」 一瞬、言葉にするのを躊躇って……けれど心を決めていた俺は、迷わずお別れの言葉を口にした。 「俺、この街を出ようかと思うんだ」 「う……打ち上げ花火!」 「しばらくは生活できるくらい金はあるし……それに きっと親父達も解ってくれると思うんだ」 「だから……学園も辞めて、引っ越して……他の学園へ 編入して、やり直そうかなって考えてるんだ……」 「ふふっ、『ビーチバレー』ですか……中々やりますね」 「……だから、先輩のところへは、もう来れない」 「レッカー! レッカー車の、レッカーですよ」 「……俺、いっちゃうんだぜ? なあ、先輩……」 「どうしたんですか、天野くん。もう降参ですか?」 「止めてくれよ、先輩……俺が好きだからいかないでって ……言ってくれよ、灯っ!!」 「痛っ……もう、思いつかないからって、手を握りしめて 八つ当たりしないで下さい」 「灯……応えてくれよっ……俺達は、どんな困難にも 決して負けない、絆があるんだって……!!」 「あ……『観覧車』ですか? や……やは難しいですね」 「……そっか……そうだよな……」 「もう、俺は……必要ないんだよな……ははっ」 「俺がいなくても、静香や櫻井……それに、みんなが ついてるもんな……」 「ちょ、ちょっと待ってくださいね! や……や……」 「俺がいなくても……あいつらとなら、元気にやって いけるよな……」 目の前が滲んで、灯の手のひらがぼやけていく。 「えっと……焼き団子!!」 「……ごめんな、先輩……最後まで、ダメな彼氏で……」 「『ごめん』? 『ん』ですよ……? 私の勝ちですね」 嬉しそうに、ガッツポーズをする灯。 ……これでいい。 偽りの『俺』を支えにするには、これから先、この人にいま俺が考えてる事を知らせてはいけないのだから。 「はぁ……喜んだら、なんだかお腹空いちゃいました」 「……何か買ってきましょうか?」 「え……? そんな、悪いです」 「……実は、出かけなきゃいけない用事があって…… 午後には帰ってくるんですけど」 「そうですか……じゃあ、お願いしちゃいます」 「あ……でも、すぐ帰ってきてくださいね。久しぶりの 二人きりの時間ですし」 「……ああ。それで、リクエストは?」 「それじゃ、その……しりとりで出てきたからじゃ ないですけど……お団子を……」 「……了解」 恥ずかしそうにする灯を見て、涙で濡れた頬が思わず笑みでつり上がる。 最後の最後まで、彼女は……俺に笑顔をくれる人だった。 「いってらっしゃい、天野くん」 「ああ」 手の甲で涙を拭いさり、俺は最後に灯の手のひらに『またね』とだけ、小さく書いた。 自動ドアをくぐり、最後に俺は病院を見上げる。 そして、最愛の人がいるその場所へ向けて、呟いた。 「……さよなら、灯」 ……………… ………… …… 「さて、と……」 荷物を詰めた旅行鞄をポンと叩き、俺はポケットから携帯を取り出した。 ―――ピッ 『もしもし、天野か?』 「ああ、櫻井。俺だ」 『どうしたんだ、携帯なんかかけてきて……』 「ああ、ちょっと頼みたい事があってさ……」 『……頼みたい事?』 「実は、ちょっとヤボ用があって午後は先輩の所に 行けないんだ」 『ふむ……』 「だから、代わりにお前が会いに行ってくれないか?」 『…………』 「…………」 『天野……』 「な、何だよ……?」 『俺はお前の代わりを演じるが……お前本人になれる わけじゃない』 「…………」 『本物の恋人でもないし、そこまでなりきるのは 不可能だ』 『本当の意味で、鈴白の支えになってやれるのは――― 天野。この世界で、お前一人だけだ』 「……わかってるよ、そんな事は」 少しドキリとしながらも、反射的にそう答える。 『ふむ……なら、いい』 『では、今日は俺が代わりに鈴白の見舞いへ行こう』 「ああ……悪いな」 『いや、かまわん』 「ああ、それから……」 『なんだ?』 「……焼き団子を買って行って欲しいんだ」 『団子?』 「ああ。午前中に、せがまれてさ……」 『わかった。では、買って行こう』 「頼む……」 最後にいろんな意味を籠めて櫻井へそう言い放ち電源を切ると、俺はベッドへ携帯を放り投げる。 「……行くか……」 窓の外をぼんやりと眺めた後、俺は旅行鞄を手に持ち慣れ親しんだ家に、別れを告げるのだった。 ……………… ………… …… <お墓参り> 「私は、町外れの丘にある『お姉さん』のお墓の前に 立っていたの」 「あの時、私が作った……手作りの、お墓……」 「そう、この日は『お姉さん』の命日だから……」 街が一望できる高台。 かつて深空に教えてもらったヒミツの丘の対になる方角に存在する林を抜けて、ひた歩いた場所に……開けた草原が広がっている。 「…………」 ほぼ間違いなく、静香はその場所にいるだろう。 なぜなら、何があろうとも……毎年この日になるとアイツはそこへ行くのだ。 かつて、その先に在った場所と共に―――《そ:・》《こ:・》は、あの頃の俺達の遊び場だったのだ。 ほとんど人が寄り付かない、俺達だけの秘密基地。 その草原には、人知れずひっそりと建つ小さなお墓があった。 実際はお墓と呼べるような大層なものではない、木を重ねただけの、手作りの小さなお墓。 それは、かつて幼かった静香が作ったものだった。 「…………」 そして――― そこには、何年も変わらない少女の姿があった。 いつだって、こうして……ここで涙を流す少女。それは、何年も変わらずに――― いつだってここでは、静香はあの時の少女のままなのだ。 「…………」 南風が頬を撫で、草木をざわめかせる。 そんな中で少女は何を想うのか、ただ祈るようにその場へ立ち尽くしていた。 「…………」 俺はゆっくりと、その横に立つ。 「ねぇ、カケル……」 「ん……?」 「今日は、鳥井さんのところへ行かなくていいの?」 「いや。もう行って来たし、抜け出してきた」 「……今の俺にとって、ここに来る事は―――何よりも 大事なことだったからな」 「……そっか」 「ああ。他の誰のためでもなく……俺が来たいから、ここへ 来たんだ」 「……うん」 「ありがと……カケル」 俺の飾らない、ありのままの言葉に、お礼を告げる静香。 それは、普段の気丈な静香からは信じられないほどに弱々しく儚げなものだった。 <お嫁さんと子供と> 「うぅっ……もう、お嫁に行けませんわ……」 「そんなことを思っていたら、今度は何を思ったか 『その時は責任を取る』なんて仰い始めましたわ」 「こ、これってプロポーズの言葉と受け取っても 構わないんですの……?」 「で、でも、そんな突然言われましても困りますわ!」 「まままっ、まだ私たち、出会って日も浅いですし 正式なお付き合いもしておりませんのに……」 「あ、天野くんの言うことは、どこまでが本気なのか 全然わかりませんわっ!!」 「イツツツ……こ、ここまでやるか、普通……」 「自業自得にも程がありますわ!」 塗れたタオルを顔の腫れに当て、俺はボソボソと恨み言を呟いていた。 「よりによって子供たちの前で……生きてる事に 感謝してくださいませ!」 つい調子に乗って暴走してしまった俺を止めようとした花蓮が、すっころんでパンツ丸見えになってしまい…… 恥ずかしがる花蓮をガキどもと一緒になって、さんざんからかったのだが…… 「(だからって、こんなに殴らなくても良いだろ……)」 「とにかく、これに懲りたら、もう少し大人の対応と 言う物を身につけてくださいまし」 「自分だってモロにお子チャマなクセに……」 「遺書の準備はよろしくて?」 「じょ、冗談だ。構えるのはやめてくれ」 頭上に振りかぶった日傘を下ろしながら、花蓮が大げさに泣き崩れた。 「うぅ……私、もうお嫁に行けませんわ」 「……ドンマイ!」 「誰のせいだと思ってますのっ!?」 親指を立て爽やかな笑顔を浮かべるも、今の花蓮には通じないようだ。 「あー、わかったわかった……」 「そん時は、俺が責任とってやるから安心しろ」 頭をかきながら、冗談めかして言った。 ここで怒ってツッコミを入れてくればいつもの花蓮だ。 しかし…… 「…………え……?」 「……え!?」 花蓮がポッと頬を染め、俺の顔を見た。 「(真に受けられてる!?)」 こうなるとすぐに否定するのも気が引ける。 「(な、なんだよ……こんな反応、予想して  なかったぞ……)」 妙に気恥かしい気持ちになり、必死で話題を変えようと頭をひねる。 「あ、あーっ、そうだ……」 「な、なんですの……?」 「お前さ、なんでそんなに子供が好きなんだ?」 「え?」 「学園の帰りに毎日保育園に通うなんてさ、よっぽど 好きじゃないと出来ないことだろ?」 「それはもちろん……」 「……おおっ?」 「可愛いからに決まってますわぁ〜〜〜♪」 「ああ、やっぱりね……」 聞いてるこっちが恥ずかしくなるほど、デレデレした顔になる花蓮。 やってられないと思い、俺が踵を返そうとした時だ。 「……でも」 ……ふと、花蓮が遠くを見つめた。 「私が子供を好きになったのは、兄妹がいたから…… なのかも知れませんわ」 「兄妹……? この間話してた、お姉さんの事か?」 「違いますわ。私の弟と妹の事ですの」 「そうか……お前、下にも兄妹がいるんだな」 「…………」 花蓮が一歩、二歩と俺に背を向けて歩き出す。 「そうですわね……何故か、私も話したい気分ですわ」 やがて、花蓮は砂場までたどり着いた。 「聞いてくださいます? ……私の『弟と妹』の話……」 鉄棒を背もたれに振り返った花蓮は、別人かと疑うほど柔らかい表情を浮かべていた。 「ああ。お前が話したいんなら、聞くぞ」 「それじゃあ、聞いてもらう事にしますわ」 そう言ってふふっと微笑むと、花蓮は優しい瞳で夕焼け空へと視線を移した。 <お料理を上手に!> 「あの時の事故以来ずっと治らない、拒絶反応の 手の震えを克服して、絶対に手料理で翔さんに 『美味しい』って言わせてみせますっ!」 「お料理の特訓ですねっ!」 「うん。だから、翔さんに朝ごはんを作りに行って 良いかを尋ねてみたんです」 「夫のための花嫁修業……妬けちゃいますっ!!」 「お、お嫁さんだなんて、そんな……と、とにかく 許しをもらえたから、これから毎朝、がんばって 翔さんの朝ごはんを作りに行きますっ♪」 「特別にって、翔さんのお家の合鍵も貰いましたし…… 明日から精一杯、お料理を頑張りますっ!!」 「そ、そうだっ!」 場を取り繕うように深空が俺の胸から離れると、何かを思いついたように、ぽんと手を合わせる。 「あのですね……さきほど、迷惑をかけてもいいって 言ってもらえましたので、一つお願いがあるんです」 「あ、ああ。俺に出来ることなら何でも協力するぞ」 「そ、それじゃあ……朝ごはんでっ!」 「ん?」 「あ、朝ごはんを作らせてくださいっ!!」 「えーと……それは、プロポーズ的な意味で? それとも 性的な意味で?」 「せ、性的な意味ってなんですかっ!」 「プロポーズ的な意味でも無くて、現実的な意味です」 「と、言うと?」 「だから、その……毎朝、翔さんのお家にお邪魔して 朝ごはんを作りに行きたいんです」 「歪んだ愛情表現か?」 「ひどいですっ! ぜんぜん歪んでませんっ!! むしろ ど真ん中ストレートですっ!!」 「悪い、冗談だ」 俺は苦笑しながら、ぷんぷんと怒っている深空を宥める。 「もちろんいいぞ。どんなにマズくったって、彼女が 俺に朝ごはんを作ってくれるなんて、大歓迎だよ」 「ううっ……すごくストレートですっ」 「とにかく、翔さんに美味しいって言ってもらうために 毎日お料理をたくさん作って、がんばりますからっ」 「……ああ。期待してるよ」 「きゅ、急に優しくならないでくださいっ!! 照れちゃいますっ」 「彼女が俺のために頑張ってくれるんだからな。 期待しないわけにもいかねーだろ」 「そうだ、それじゃあ深空にコレを渡そう」 「鍵……ですか?」 「ああ。俺の家の合鍵だよ。それがあれば、好きな時に 押しかけて来れるだろ」 「い、いいんですか?」 「良いも悪いも無いって。……持ってて欲しいんだ」 「は、はい」 少し照れながらも、深空は素直にその合鍵を受け取ってくれる。 「私、頑張りますっ!」 「けど、無理するなよ? ひとまず絵本が出来上がる までは、そっちの方が最優先なんだからさ」 「はい。どっちも頑張りますっ♪」 照れながらも嬉しそうに笑う深空を見ながら、つられて俺の方も微笑んでしまう。 これから毎朝、起きる楽しみが出来たと思いながら俺は早くも明日を待ち遠しく感じてしまうのだった。 <お料理葬送曲> 「買出しに行ったおかげで、今夜は普段とは一味違った お料理が作れるようになりましたわ」 「天野くんがお手本としてサラダを作ってくれることに なって、私は玉子をゆでるように言われましたの」 「そこで文明の利器、電子レンジを使うことに したのですけれど……」 「ま、まさか電子レンジがあんなに危険な兵器だとは 思いませんでしたわ……」 「こうしてレタスを一枚ずつ適当にちぎってだな……」 「あら、器用ですのね」 「サラダ作るのに、器用も不器用もないっつーの」 かろうじて掃除を終えた台所に立つ俺の姿を、横から興味深そうに花蓮が眺めていた。 まだ充実したとは言えないが、さっきよりかはいくらかマシになった冷蔵庫からドレッシングを取り出す。 「でも、天野くんが料理をするなんて驚きですわ」 「うちは両親が留守にしがちだからな……」 「静香が作りに来てくれることもあるけど、ほとんどの 場合は自分で何とかしなくちゃいけないんだよ」 「へ、へえ……?」 「お前も、いつまでもカップ麺やコッペパンだけの 生活を続けてると身体に毒だぞ?」 「その点、サラダなら簡単で栄養豊富。さらに値段も 安いときたもんだ」 「一人暮らしには、まさにうってつけだぜ?」 「さすがですわ、天野くん。一人暮らしの先輩と 言うだけのことはありますわね」 「ふっふっふ、そうだろそうだろ」 こうして後輩に素直に褒められると、年上として悪い気はしない。 「……さて、後はスライスしたゆで卵をこの上に 乗っけるだけだけど……」 「花蓮、卵をゆでるのはお前に任せておいたよな。 まだできないのか?」 「今、温めてるところですわ」 花蓮の言葉に従い、俺はコンロに乗せていた手鍋に視線を移す。 「あれ? でも、鍋は水のまま……」 「ああ、それだったら機械のほうが早いかと思って 後ろの電子レンジに……」 「ば、バカッ!! 早く止め―――」 ……………… ………… …… <お約束Karen!> 「すごいタイミングで通りかかった花蓮さんの登場で 慌てて距離を離すお二人……あぅ! 残念ですっ」 「きっとあのまま黙っていれば、二人はめくるめく 官能の世界へ、すきゅーばーだいびんぐっ!! あうあうあぅっ! って感じだったはずです」 「そんなわけないよっ! こ、こんな往来の真ん中で エッチなことなんて、するはずないってばっ」 「そんな願望、二人には無い……そう思っていた時期が かりんにもありました。あぅ……」 「かかかっ、勘違いされそうなナレーションは やめてよぉ〜っ!」 「でも、邪魔されたのに、やぶさかじゃない雰囲気 だったりしますっ」 「あはは……だ、だって、悪気は無いんだし……それに 友達を煙たがったりするわけないよ」 「あう! 花蓮さんは友達……ですか?」 「この時はまだ、友達になれればいいな……なんて 思ってたけど、それは私だけだったんだよね」 「だって花蓮さんにとって、私は……とっくに 友達のはずだったから」 「あぅ!」 「それに私、実は花蓮さんに憧れてるんです」 「私はどうですかっ?」 「え? かりんちゃんは……お、お友達?」 「あうっ! 激しくショックですっ!!」 「ご、ごめん。でも、なんていうか、かりんちゃんは 気兼ねなく話せる、一番仲の良いお友達って言うか ……だ、だから……」 「親友ですっ!」 「親友、かぁ……うん。そうだね!」 「あぅ。自分で言ってて、すごく恥ずかしかったです」 「あはは……かりんちゃんや花蓮さんのような 『飾らない明るさ』って言うのに、私すごく 憧れるんです」 「私は作り物の笑顔ばっかりだったから……だから 花蓮さんみたいに自然とみんなに好かれるような 人には、憧れちゃいます」 「いつか私も、お母さんみたいな……明るくて素敵な 大人の女性になりたいです」 「お二人ともこんな公衆の面前で何をしておりますの?」 「お、お前こそ、なんでこんなトコにいるんだよっ!」 物凄いシーンを目撃されてしまい、真っ赤になって俯いてしまった深空の代わりに突っ込んでおく。 「わ、私は……ただの散歩ですわ」 「散歩だあ?」 「そ、それよりも一体何をなさっていたんですの? もしかして不純異性交ゆ……」 「パウッ!!」 「きゃふっ!?」 通常の打撃攻撃が効きそうにない花蓮の言動を妨害すべく特殊な呼吸法をしながら小指で《鳩尾:みぞおち》付近を思いきり突く! 「(効果アリかッ!?)」 「な、何をするんですの?」 「いいから黙って立ち去れ、この外道がっ!!」 「声をかけただけで酷い言われようですわっ!」 「《山吹色の波紋○走:サンライトイエローオー○ードライブ》を喰らいたくなければ立ち去れ!」 「まったく、なんなんですの……?」 「それと、今日ここで見たことは全部忘れろ」 「言ってることがさっきから無茶苦茶ですけど…… わかりましたわ」 「え?」 「この場は大人しく立ち去ることにしますわ」 「バカな……花蓮が空気を読むだとぉっ!?」 「失礼で御座いますわね! 天野くんは私のことを いったいどんな風に思ってるんですの?」 「テラコッペパン?」 「てら……なんですの?」 「気にするな、なんでもない」 「私だって、相思相愛なお二人の邪魔はしませんわ」 「そっ……」 「はじけてまざれっ!!」 「そ、そんなに恥ずかしがらなくったって……」 「それじゃあお二人とも、また明日ですわ」 俺たちの言い分を聞く間も無く、スタスタと公園から立ち去ってしまう花蓮。 なぜかその花蓮の後姿に、さっき騒いでいた子供達が手を振っていた。 「…………」 「…………」 邪魔者が去ったとは言え、今更仕切りなおせるような雰囲気でもなく、気まずい沈黙が場を支配してしまう。 「そ、そう言えばですねっ」 「お、おう」 「さっき見てて改めて思ったんですけど、やっぱり 花蓮さんって素敵な方ですよね」 「はあ? あいつがか?」 あまりにも予想外な発言すぎて、思わず声が裏返ってしまう。 「はい。実はお会いした時から密かに憧れてたんです」 「花蓮をか? あの花蓮をか?」 「は、はい。変でしょうか……」 「変だな。明らかに異常だ」 先輩に憧れるなら解るが、あのお馬鹿コッペパン女の花蓮に憧れるなんて……俄かには信じがたい話だ。 「あぅ……何もそこまで言わなくても……」 「いくら積まれたんだ?」 「買収とかされてませんからっ」 「マジなのか……」 「花蓮さんは翔さんが思っているよりずっとしっかりと してますし……」 「何より、かりんちゃんや花蓮さんのような自然な 『飾らない明るさ』みたいなのに憧れるんです」 「ふーん……」 言われて初めて気づいたのだが、たしかにあの二人は紛らわしい名前も含めて、何かと似ている気がする。 俺はメガネの有り無しでしか違いを判断してなかったが雰囲気が似てるのは、深空が言うところのナチュラルな明るさのせいなのだろうか。 たしかに、あの二人のような『ラフさ』みたいなものは深空には無いスキルだとは思うが…… 「(教養の差みたいなもんだと思うんだがなぁ)」 「実はかりんちゃんが来る前にも、花蓮さんとは一度だけ お会いしたことがあるんです」 「へえ、それは初耳だな」 「お会いしたと言っても、見かけただけでお話とかは したことがありませんでしたので……」 「なるほどね」 「その時に、お友達に囲まれている花蓮さんを見て みんなに慕われているのが羨ましくって、憧れを 抱いたんです」 「いつか機会があればお知り合いになりたいと思ってて ……だから今、とても嬉しいんです」 「ふむ……」 そうは言いつつも、なかなか自分から話しかけられないあたり、相変わらず友達を作るのに臆病なんだよな…… 「でもまぁ、俺はもう少し大人しい女の子の方が良いと 思うけどな」 「深空くらいにお淑やかな方が可愛げがあるしな」 「……そ、それって、その……翔さんは大人しい子が好み だと言うことなのでしょうか?」 「ん? あ、ああ……まあな」 「そ、そうなんですか……」 「おう」 「…………」 妙に恥ずかしそうな感じでそのまま黙り込まれてしまったせいで、こっちまで恥ずかしくなって来る。 「あ、あの、私そろそろ帰りますねっ」 「あ、ああ」 「すみません。明日は海ですので、色々と用意とかしたい ですし……」 「それもそうだな。俺も、さっさと家に帰ってから体力を 温存しておくことにするよ」 「あはは、そうですね。明日いっぱい遊べなくなっちゃい ますからね」 「ま、そう言うことだ」 「その……今日は本当にありがとうございました。お陰で バッチリ気分転換できました」 「そっか。気分転換できて何よりだよ」 「はいっ! それでは、また明日です」 元気いっぱいな笑顔を覗かせる深空を見送りながら今日こそはしっかりとサポートできたと実感する。 「……って、結局それも建前なのかもな」 さっきだって、決してその場の雰囲気に流されたわけではなく、自然と湧き出てきた気持ちで…… 俺はもう自分を誤魔化すことが出来なくなるくらいに深空をただの『友達』として見れなくなっていた。 「近いうちに、今度こそちゃんと伝えなきゃな……」 そう思いながら俺は、ぼんやりと公園から見える景色を眺め、明日の海へと想いを馳せるのだった。 <お調子者> 「特徴的な口調と性格の姫野王寺さんを改めて見て 面白いヤツだよな、と自己流で褒める天野くん」 「最初は謙遜していた姫野王寺さんも、そのまま おだて続けたらすぐに高飛車な感じでノリノリ になって行ったみたいだよ」 「特注の英和辞典なんかも見せて、天野くんに上機嫌で 話しかける、姫野王寺さん」 「はわわっ、そんな上機嫌の姫野王寺さんのところに 危険な実験台の人材をさがし歩いている相楽さんが やって来たよ〜」 「相楽さんの、見るからに怪しい実験の申し出を あっさり快諾しちゃう姫野王寺さん」 「ふえぇ……すっごく怪しすぎるから、私だったら 絶対に断っちゃうよ〜」 「天野くんも、そんなノリノリの姫野王寺さんを見て 今時、貴重なくらいに扱いやすい単純な性格だな〜 とか思ったみたいだよ〜」 「あれれ……? もしかして姫野王寺さん、この前 強引に押し倒した人が天野くんだって、気づいて ないのかな?」 「おっ、いたいた……おーい、花蓮!」 廊下で花蓮を見つけ、俺は早足で歩み寄る。 「あら、天野くんじゃありませんの」 「なんだ、もう帰るのか?」 「ええ、そうですわね」 「ずいぶん早いんだな。もっとこう、みんなと 親睦を深めようとは思わないのか?」 「そうしたいのは山々ですけど……私にも、しなくては いけない用事がありますの」 「さ、道を開けてくださいまし」 急いでいるのか、シッシと俺を追っ払おうとする花蓮。 いい気はしないのだが、ここは一つ我慢の子だ。 「そう言うなよ。同じ『気』を操るもの同士なんだし いわば仲間みたいなモンだろ?」 「あら、よく私が『気』を扱えるって判りましたわね」 「そりゃ、お前のその細腕であの馬鹿力を考えたら もう『気』以外に何があるってんだよ」 「思ったよりも鋭いところもあるんですのね。 まあ私も、本格的な修行はしていませんし 『気』に関しては初心者同然ですわ」 「あれで初心者なのかよ……」 なんとも末恐ろしい世界だった。 「でもお前、すげーんだな。そのうち本当に 空だって飛べそうに思えてくるよ」 「え? ほ、本当にそう思いますの?」 「ああ。なんか、何でも出来そうな感じするよ」 「と、当然ですわ。なんと言ってもエリートですもの! そこいらの凡人とは出来が違いますわっ」 見え透いたお世辞に、あっさり機嫌を持ち直す花蓮。どうやら、かなり単純な思考構造の持ち主のようだ。 「やっぱ、お前と話してると面白いな」 「え……?」 俺の言葉が予想外だったのだろうか、花蓮が驚いた表情を見せて、かすかに表情を赤くする。 「なんだよ、照れるようなこと言ってないだろ」 「ほ、褒めたって何も出ませんことよ?」 「謙遜することないだろ。それも一種の才能だって」 「ふ、ふふふ……よ、よくわかってるじゃありませんの 天野くん」 ……よし、なんだか知らんがメチャクチャ嬉しそうだ。 「その辞典だって、すごい物なんだろ?」 「さすが天野くんですわ、目の付け所が違いますわね」 そう言うと、先ほどから大事そうに持っている無駄に豪華な英和辞典を俺に見せびらかす。 「そうか? お前に褒められるなんて、光栄だな」 「ふふっ、もっと自分に自信を持ってよろしくてよ?」 「私ほどではないにしろ、天野くんは人を見る目が おありのようでございますし」 「そうかそうか、ハッハッハ……」 「うふふふ……」 「ハッハッハ……」 「…………」 「(調子乗るの早っ!!)」 思わず噴き出しそうになり、慌てて口を押さえる。 「どうかしまして? 天野くん」 「いや、なんでもない。気にしないでくれ」 「……? そうですの?」 「(あぶねぇあぶねぇ……怒らせないように  しとかないと、命の保障は無いしな)」 俺はあの恐ろしいパワーを思い出して、慌てて平静を取り繕う。 「それで、この英和辞典ですけど……これは何を隠そう 私の尊敬するお姉さまが、わざわざ私のために……」 「おっ、何を楽しそうにしておるのじゃ、ご両人」 すこぶる上機嫌な様子で花蓮が英和辞典を開いた時廊下の向こうから麻衣子が歩いてきた。 何やら、実験に使う道具を運んでいるようだが…… 「あら、マーコさん」 「ちょっと花蓮と雑談してただけだ」 「ほほぉ〜」 途端に、いやらしい目つきになる麻衣子。 「……なんだよ」 「ま、シズカが《妬:や》かん程度にな」 「ん? ああ、わかったよ」 静香のヤツ、ああ見えてそんなに花蓮と仲良くなりたがっていたとは……少し意外だった。 「それより、何の話で盛り上がっていたんじゃ? カレンがずいぶんご機嫌なようじゃが」 「花蓮のすごさと、その才能について語り合って いたんだ」 「ほほう?」 「いやですわ天野くん……いくら本当の事だからって そこまでハッキリと言われたら照れてしまいますわ」 「ついに謙遜する事まで止めやがったか……」 「え? 何か仰いまして?」 「なんでもないって。どうしたらお前みたいな エリートになれるか、考えてたところだ」 「そうですわね……普通の方が私と同じ次元に 到達できるとは思えませんけど……」 「(シバキ倒してぇ……)」 「まずは自分が理想のエリートになった姿を、一日 10分、欠かさずイメージトレーニングすること ですわ!」 「妄想じゃねえか!」 「も、妄想とは心外ですわね……」 「アレですわ、アレ……ボブラレーショニング効果を 狙った画期的なトレーニング方法でしてよ?」 「ボ、ボブ……何?」 「だからブラボキシジェンデストロイヤー効果ですわ! 信じれば願いは叶うという、アレですわ!」 「なんだ、その放射能怪獣でも倒せそうな効果は!」 「ひょっとして、プラシーボ効果の事かの?」 「そう、それですわ!」 「それにしても、信じれば願いが叶うと言うのは 少々《語弊:ごへい》があるがのう……」 なんか、アタマ痛くなってきた…… 「天野くんも『出来る』と強く信じれば、私のように さらなる高みを目指すことが出来ますわ」 「本当かよ……それで簡単に飛べるようにでもなれば 世話は無いんだけどな」 「自分を信じれば、きっと飛べますわっ!」 「《鰯:いわし》の頭も信心からと言うヤツですわ〜〜〜っ!」 「全っ然、意味違うからな」 「まあまあ。カレンの言うことも極端じゃが、たしかに 『信じる』ということは大切じゃぞ」 「航空科学の基礎を築いてきた偉人たちも、人間が 空を飛べるという事を頑なに信じてきたからこそ 成功を収めたわけじゃしのう」 「う〜ん……まぁ、ひとまず信じてみる事にするか」 何事も最初から諦めていたらダメだ、と言うのは理解できるので、ここは花蓮に合わせておく。 「必ず私が空を飛んで、鳥っちさんを助けまくって ご覧にお見せしますわぁ〜〜〜っ!!」 瞳に決意の炎を宿らせ、花蓮が俺をビシッと指差す。 「そして、天野くんに私のすごさを、改めて 教えて差し上げますですわっ!」 「ほう……?」 「頑張るのはいいけど、あんまり無理するなよ……? 本当に『気』の力なんかで飛べるわけないしな」 「ど、どんな手を使ってでも飛んでみせますわ! 私の英和辞書に不可能という文字は無いと何度 言わせる気ですの!?」 「だからなんで英和なんだよ! ご丁寧に特注だし!」 先ほどの英和辞典を頭上高く掲げた花蓮に、思わずツッコミを入れてしまった時だった。 「うむっ! よく言ったぞ、カレン!」 「へ?」 「えっ?」 意外な声が、意外な方向から聞こえてきた。 「お主の決意、私にはしかと伝わってきおった……」 「正直、私も迷っておったのじゃが……これで 決心が固まったぞ」 「決心って……何のことですの?」 「うむうむっ。アレは少々危険な実験じゃが、やはり お主に頼むとしよう」 「(すでに人の話、聞いちゃいねぇし……)」 ウキウキとした表情で、勝手に話を進める麻衣子。 頷きながら一人で盛り上がる彼女に、俺と花蓮は完全に置いてけぼりを食らっていた。 「マーコさん、実験って何のことですの……?」 「そうだよ、それに危険って……」 「おお、言い忘れておったな」 視線を上げ、麻衣子が先ほどから持っていた物を俺たちの目の前に掲げる。 「まだ未完成なのじゃがな。空を飛ぶための装置に 取り付ける部品の一部じゃ」 「空を? こんなモンが?」 それは二本の、紐のような長細い物体だった。 例えるなら、ランドセルやリュックを背負うためのベルトのような…… 「おっと、今日はここまでじゃ」 そう言って、伸ばしていた手をサッと引いてしまう。 「なんだよ、もっと見せてくれたっていいだろ」 「本番までのお楽しみじゃ」 「本番って……まだ花蓮が受けるって決まった ワケじゃないだろ」 「ダメかのう? こんなことを頼めるのは、エリートの お主しかいないと思っておるのじゃが……」 「喜んでお受けしますわ!」 「えええぇっ!?」 麻衣子の怪しげな申し出に、意気揚々と快諾する花蓮。 まさかここまで扱いやすいヤツが現実にいるとは…… 「ふっふっふ。決まりじゃの」 「私に任せてくれれば、何の心配もいりませんわ。 エリートと凡人の違いはお見せしましてよ!」 「うむっ、心強いのう」 麻衣子と花蓮が、熱い握手を交わす。 「それじゃあ作業があるので、私はこれでな」 「ええ、がんばって下さいまし」 「さらばじゃっ」 「…………」 スキップをするようにトリ太を揺らしながら上機嫌に去っていく麻衣子。 体のいい実験台が見つかったのが、そんなに嬉しいのだろうか……? 「ふふっ、マーコさんったら、あんなに喜んじゃって」 「素晴らしい実験に参加することが出来るみたいで 私も鼻が高いと言うものですわ♪」 「……ああ、がんばってくれよ。お前なら出来るさ」 「必ず期待に応えて見せますわっ♪」 俺は上機嫌の花蓮を見ながら、近いうちに何やらとんでもなく面白い何かが見れそうな……そんな予感を、肌で感じ取っていた。 <お風呂で御奉仕> 「恋人になった私を、自分の家に招いたカケル……」 「今、翔のご両親は、この家にいなくって……当然 私はそのことを知っていたわけで……」 「だから、カケルがどう言うつもりで私を家に 上げたのかも、わかっていて……」 「だから私、恥ずかしかったけど思いきって、翔が シャワーを浴びているお風呂場に乗り込んだの!」 「私がどれだけ翔を一人の男性として好きなのかを たっぷり教えてあげるんだからっ!」 「……って思って、勢いで突撃しちゃったけど…… 今思えば、大人しく待っていた方が、大人の女性 っぽい対応だよね」 「私も恋人になったばっかりで、かなりテンパってた みたいね……は、恥ずかしいわ」 「お邪魔します……」 この時期に俺の両親がいない事は静香も知っているはずなのに、律儀に呟いてからリビングへと入る。 お互いに口にしたわけではないが、気がつけば自然と俺は静香を自分の家へと上げていた。 「…………」 「…………」 互いに無言で、その場に突っ立ってしまう。 「静香、その……部屋で待ってろよ」 「え……?」 「俺、シャワー浴びてくるからさ」 「……っ……」 俺のシャワーと言う言葉に反応して、真っ赤になる静香。 「あ……うん。……じゃあ、待ってるから」 これからするであろう行為を確認できなかった空気を破り口にしたそのセリフを、受け入れるように頷く。 そしてそのまま、静香は俺の部屋へと向かって、消えて行ってしまう。 「……待ってるって、俺のことだよな?」 というか、他に誰がいるのか。 「くそっ……マジで緊張してきちまった」 直接的な答えを聞いたわけではないが、ほぼ間違いなく静香も理解しているはずだろう。 静香に恋人がいたと言う話は聞いたことが無い。恐らくは俺と同じく、初めて同士なのだ。 こう言う時こそ、男である俺がビシっとリードして行くべきなのだが…… 「ヤバイな……なんで俺、こんなに心臓バクバク言って るんだよ」 静香も今頃、俺の部屋で緊張しながら待っているのだろうか……? 「とりあえず俺の後に、静香もシャワーを浴びたいって 言うはずだよな……女の子なんだし」 「あれ? っつー事は、先に浴びてもらった方が良かった のか……? いや、むしろ一緒に……」 「……って、少し落ち着け、俺。相手はあの静香だぞ? 今さら緊張することなんて何もないはずだろ」 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように独りごちる。 だが、長年そう言う対象として見る事から逃げて来たからこそ、余計に女性として強く意識してしまうゆえここまで緊張しているのでは無いだろうか? 「やばっ……」 ……そんな事を考えていたら、早くも下半身が大変な事態になってきていた。 「と、とりあえずシャワー浴びて落ち着くか……」 このままではすぐにでも襲ってしまいそうだったので理性を保つため、一人、浴室へと向かうのだった。 ……………… ………… …… 人肌よりも少し温いくらいの湯が、俺の身体を打つ。 静香を部屋に待たせて、シャワーを浴びたのまではいいのだが、その場の勢いにまかせてこんな状況になってしまったため、何の準備もしていなかった。 「…………」 俺は目を閉じたまま、悶々と考え込む。 「カケル、ちょっといい……?」 まず、必要なものは揃っていたか……? 布団のシーツは、今朝洗濯した時に変えてあるから問題ないはずだ。これは運が良かった。 「……そういえば、ゴムの用意してねぇじゃねーか……」 こういう時、自分自身の男としての準備の悪さに嫌気が差す。 「あの……その……私も一緒に入って、いい?」 やっぱり必要だよな、最低限のマナーだと思うし…… もっと早く思い出していれば、シャワーを浴びる前に買いに行ったのだが……これは失敗だ。 「やっぱり、先に静香にシャワーを浴びてもらうべき だったか……?」 部屋を見渡されて、そう言う準備が出来ていないと悟られてしまったら、色々と不安がらせちまうかもしれないし…… 「……カケル、聞いてる?」 「くそっ……行為の準備どころか、心の準備すら満足に 出来てねーぞ……」 やっぱりこういう時に大切なのは、ムードだろう。 俺がいかに準備不足を補って静香を安心させてやれるかどうかが大事なような気もする。 「(今更、準備できてねーから、とか言っても空気が  悪くなるだけだし……何か良い案ねーかな……)」 「んもぅ! ……返事しないと勝手に入っちゃうよ?」 「いや、静香にシャワーを浴びてもらっている間に ダッシュで買ってくればいいのか!」 アホか俺は……こんなシンプルな解決法に頭が回らないほどに、緊張しちまってるのか……? 「無視しないでよ……入っちゃうからね!?」 「へ……?」 俺がそんな事を考えていると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきたような気がした。 「それっ!」 「おわっ!?」 ちょうど洗顔の途中で目が塞がっていた俺に向かって何やら温かくて柔らかい衝撃が走った。 「えっと……私が洗ってあげるね?」 「は……?」 聞きなれた声の主にマウントポジションを取られたまま何やら俺の思考を放置して、勝手に話が進んでいた。 「って、その声は……もしかしなくても、静香か!?」 「う、うん。そっか、顔洗ってた途中だったんだね」 「ぶっ!?」 油断していた俺の顔面に、熱いシャワーが容赦なく叩きつけられる。 「どう? 見えるようになった?」 「静香……お前、いきなり何……を……」 ようやく現状を理解しかけた俺の脳を、目の前の非現実的な光景が、再びストップさせてしまう。 「カケル、ごめんね……もしかして熱かった?」 一糸纏わぬ姿で心配そうに口を開く静香の手にはいつの間にかスポンジが握られ、泡立てた身体を俺に押し付けるように密着していた。 「おまっ……ななななな、何してんだよ!?」 「その……待ちきれなかったから、来ちゃった」 そう言って、静香は恥ずかしそうに顔を伏せる。 「いや、来てくれた事自体は嬉しいんだが……今はちょっと 都合が悪いと言うか……」 俺はチラチラと自分の下半身を覗き見る。 ただでさえさっきまで元気だった男根が、静香と言う突然の乱入者のせいで、更に大きく張りつめていた。 「え? ……きゃっ!?」 元気に反り返る俺の《逸物:いちもつ》の挨拶を股間で受けた静香が小さな悲鳴を漏らす。 「あ、あの、カケル……これって……」 「……だから今はまずいって言ってんだよ」 俺の考えを見透かされたようで、居心地が悪くなって思わず静香から視線を逸らしてしまう。 「あの……その……」 ちょうど静香の股間に当たっている《そ:・》《れ:・》に驚いたのか真っ赤になって照れながら、あたふたと慌てる。 「えっと……見てみてもいい?」 「は、恥ずかしいから出来ればやめてくれ」 「ひ、卑怯よ……カケル、私の裸見てるじゃない」 「静香は別にいいだろ。だって、その……」 「え?」 「綺麗、だしな」 「な、何よそれ……恥ずかしいこと言わないでよ」 「率直な感想だっての」 「ん……あ、ありがと」 「静香……」 「あっ……」 照れながらも喜んでくれる静香が可愛く感じて、そっと頭を撫でてやる。 「んぅ……あ……」 とろんとした顔で甘い声を出す静香を見ているとさっきまでの緊張が嘘のように和らいだ。 「(本当に、静香……なんだよな)」 普段は意識していなかった女性としての静香の肢体は今まで気づかなかったのが不思議なくらいに、とても魅力的に見えた。 「……恥ずかしいから、じろじろ見ないでよ」 「何言ってんだよ。飛び込んできたのはそっちだろ」 「うぅ……そうだけど……」 そう言って、バツが悪そうに口をつぐんでしまう。 泡にまみれた静香の体はどこか淫靡で、しなやかに伸びた手足は、まるで造り物のように美しかった。 「か、翔だけ、ずるいわよっ」 「わ、わかったよ。じゃあ、見てもいいぞ」 「え?」 「だからその、俺の……それを」 たしかに静香だけに恥ずかしい思いをさせるのもおかしな気がして、さきほどの提案を受け入れる。 「…………」 「? どうしたんだ? 見ないのか?」 「……や、やっぱりいいよ」 「お、お前が見たいって言ったんだろうが」 「だ、だって、やっぱり怖いし……」 「あのなぁ……」 思いっきり肩透かしをくらって、顔をしかめてしまう。 「そ、それより、さっきの続き、するね?」 「さっきの続き?」 「ん……」 恥ずかしそうにそう頷くと、静香は誤魔化すように胸を擦り付けながら、上下にストロークを始めた。 「なっ……!?」 「わ……私が、カケルの身体、洗ってあげるって…… 言った、じゃない……んっ……」 「っ……!!」 女性独特の柔らかさを感じて、思わず息を呑んでしまう。 「男の子は、みんな……んっ……こう言うの、好き なんでしょ……?」 「そ、そりゃあそうだけど……何もここまで無理してやって くれなくったって……」 「……私の身体じゃ、気持ちよくない?」 「え? な、なんでそんな事言うんだよ」 「だって、私……その……胸、小さいから」 「カケル、おっきな胸の人が好きみたいだし……でも、私 ……スタイル良くないから」 「静香……」 普段から気にしているのであろうコンプレックスを俺に打ち明けるように、その不安を言葉にする静香。 「たしかに私は鳥井さんみたいに胸はおっきくないけど…… でも、気持ちの大きさなら、負けないんだよ?」 自分の方がより俺を気持ちよくできると言わんばかりに静香が、必死にその身体を擦りつけて来る。 「ちょ、ちょっと待て! なんでそこでかりんの名前が 出て来るんだよ!?」 「だって、あんな突然やってきた女の子と、すぐに 打ち解けて、仲良くじゃれあってるし……」 「メガネかけた女の子に、こんなに心を開いた事なんて 今まで一度も無かったじゃない」 泣きそうにも見えるくらい不安げな瞳で、抱きついてくるように、強く、俺の身体にくっつく静香。 「そりゃあ俺にしては珍しいかもしれねーけど…… だからって、それとこれとは別だろ」 「だから私、胸おっきいし、本当は鳥井さんのこと 好きになったんじゃないかな、って……」 「…………」 あいつが来て以来、どうにも静香の様子がどこかおかしかったのは全てそのヤキモチが原因だったようだ。 「それに、ナンパするって言って雲呑さんと知り合いに なってたし、花蓮ちゃんとだって仲よくなって……」 「それって胸の大きい順だよな……」 麻衣子はともかくとして、名前が挙がらなかった先輩が少し哀れだった。 「いくら俺でも、そこまで露骨に胸だけで相手を見てるわけ ねえだろ……?」 「ほんとに……? だって、私、胸ぺったんこだし…… あの子達に比べて、魅力なんて無いのに……」 「んなことねーだろ。静香には静香の良いところだって たくさんあるって」 「……例えば?」 「料理が上手いとか、本当はピュアで優しいとか、いっつも 俺の世話を焼いてくれるところとか……」 「それと、こんな俺を好きでいてくれるトコとかな」 「カケル……」 「それにだな、貧乳ってのも別に嫌いなワケじゃないぞ? 貧乳には貧乳の良さってもんが……」 「……そんなに貧乳貧乳って言わないでよ」 「わ、悪い……」 俺としては完璧な慰め方のつもりだったのだが、静香は不満そうに口を尖らせてしまった。 「とにかく、大事なのは胸の大きさとかじゃねーよ。 俺が一番好きなのは、その……静香なんだから」 「え……?」 「だから、お前が気にしてるほどスタイル悪くなんてねー って言ってるんだよ」 「好きなヤツの裸なんだから……一番興奮するし、綺麗だ って思うのも、自然な事だろ」 「……うれしい」 そう言って安心して見せた静香の蕩けたような表情がこれ以上ないほどに扇情的で、俺を興奮させる。 「カケル……私も、大好きだよ」 「静香……」 俺は静香の顔を引き寄せ、それを証明させるかのように唇を重ねた。 「ん……」 唇と唇を重ねるだけの、淡いキス。 「んぅ……ん……」 静香の唇は柔らかくて、こうしているだけで俺の頭はどうにかなりそうだった。 「んっ……んんぅ……ぷはぁっ」 たっぷりと静香の唇を堪能してから、俺はゆっくりとその唇から離れる。 「……いきなりなんて、卑怯よ」 「でも、こうでもしないと納得しないだろ?」 「……初めてだったから、もっと素敵な場所がよかったな」 「彼氏の風呂場じゃダメだったか?」 「素敵な場所で、って言ってるじゃない。んっ……」 そう言うと、静香は再び身体全体で奉仕するように俺を洗い始めた。 「翔が大好きって言ってくれた身体で……たくさんお礼して あげるね?」 「そりゃ、男冥利に尽きるな」 「大好きなカケルのためだったら、私……んんっ…… どんな事だって出来ちゃうんだからっ」 「静香……」 「胸もないし……すぐに泣くし……わがままだけど…… それでも、カケルが望む事なら何だってできるよ?」 再びボディーソープを自分の身体に塗り、静香が愛しそうに肌を重ねてくる。 その瞬間、ねちゃりと、粘液のいやらしい音が聞こえてきた。 「今日はたくさん優しくしてもらったから……今度は、私が いっぱい頑張るね」 静香が大きく身体を動かして肌を擦り合わせると、途端にボディーソープが泡立ち始める。 「んっ……ふぅ……はぁっ……んんっ」 最初は胸だけの動きだった静香が、気づけばお腹や《腿:もも》を使って、全身で奉仕していた。 「ふふっ……なんか、すごくエッチだね」 「そりゃ、そうだろ」 「それに、その……カケルのが私に当たってるから…… 本当にエッチしてるみたい」 完全に反り返った逸物を押さえ込むようにして、泡をローション代わりに擦り付けているせいか、下半身がぐちゅぐちゅと音を立て、確かにそう錯覚させていた。 「すごく熱いし……私が動くたびに、動いてるし……」 「ふぅっ…………んぅ……あぁんっ!」 「っ……」 静香自身も擦り付けることで快感を覚えているのか下半身にも力を入れて、ストロークを強めて来る。 その蕩けそうな独特の感触と、熱すぎるくらいの人肌に思わず声が漏れそうになってしまう。 「はぁ……んんぅ……あんっ……ふあぁっ……」 「んっ……あっ……ふぅ……んんっ……やぁ……っ」 声に熱が入り始めた静香を見ながら、俺はその変化に気がついて、ある事を思いつく。 「静香、胸のあたりとか、もうちょっと強めで」 「胸……? んんっ……こんな感じ?」 静香が胸を押しつけてくると、乳首が先ほどより明らかに固くなっている事を確信する。 「そのまま、全身を擦り付けるように動いてくれ」 「うん……ふぅっ……んっ……はぁっ……んんっ」 「あっ…………んぅ……ふあぁっ……んあぁっ…… な、なにっ、これ……んんっ……あぁんっ!」 俺の予想通り、敏感な部分を擦り付けている快感と興奮で静香の表情が官能的な色に染まって行く。 「ひゃ……ふぁっ…………んんぅ……っ」 「ふぅっ……あ……んっ……んあぁっ……はぁんっ!」 「ぐっ……」 直接的な快感と目の前で繰り広げられる淫事に、俺のペニスは完全に反り立っていた。 「んぁっ…………あっ……はぅっ」 「んぁっ……ふぅ……はぁんっ……んんっ……!」 「静香、気持ちいいか……?」 「うん……気持ち、いいよっ……」 「カケル、は……っ? 気持ちいい?」 「あぁ、俺も気持ちいいよ」 「良かった……ん、んぁっ……」 静香の動きに合わせ、静香の秘所へ擦りつけるように《腿:もも》を押し上げる。 「ひゃぅっ!? ……カ、カケル……?」 「俺のことは気にしなくていいから、そのまま続けてくれ」 「続けてくれって言われても……ふあっ……んあぁっ!」 「ああっ……ん、ふぁっ……んんぅ」 初めは吐息のようだった静香のそれは、もはや殆ど嬌声と呼べるものになっていた。 「ふぁぁっ……ひゃんっ…………あぅっ」 「んんっ……あ、ふぁぁ……はあぁんっ!」 調子に乗った俺は、腿をぐりぐりと押し当てて、静香により強い刺激を与えてやる。 「ひゃあっ……ふぁ……ん、あぁぁっ」 「ん……あぁっ……あぅ、んんぅ」 俺が腿を動かすたびに、それに負けじと静香も懸命に身体を擦りつけてくる。 「ひゃうっ…………んあぁっ……あ、んぅぅ」 「うぅんっ……カケル……動かしすぎ……だよぉ」 「いいじゃん、この方がお互いに気持ちいいだろ?」 「そう、だけどっ……んんっ」 「じゃあこのままってことで」 「でも……んぁっ……ひゃぁんっ!」 そうこうしているうちに、泡が流れていってしまう。 俺は迷うことなくボディーソープを継ぎ足した。 「ひゃうん!」 ボディーソープの冷たさに驚いたのか、静香が可愛い悲鳴を上げた。 「んんっ……ふぁっ……んぅ……カ、カケル……?」 「泡が流れちゃったら続けられないだろ?」 腿をより強く押しつけながら、俺はしれっと言い放つ。 「だけど……ん、ひゃぅ……はっ……」 「ふぁぁ……あ……っ……んんっ、んあぁっ!!」 すでに静香の秘所からは愛液が溢れ出ていて、股伝いに俺の体へと垂れてきているのが判った。 「ん……ふぅっ……んぁ……はあぁんっ、んんぅっ……」 「あぁんっ……ん……はぅっ……んあぁっ、んうぅ……」 「静香……俺、もう我慢出来そうにない」 身体を洗うと言う目的から大きく逸脱し、すでに快楽の虜となっていた俺は、次のステップを促し足を動かすのを止めてそっと静香に呟いた。 <かつての3人へ> 「3人で作業してると、昔を思い出すな」 「あの頃は私と翔の間に壁なんかなくて、いつも 3人で仲良く遊んでたっけ……」 「そうじゃのう。と言っても、私にとってはそんなに 昔のことでもないのじゃがな」 「……今思うと、ずいぶん馬鹿な事もしてたしね」 「おっ! 今の笑顔は、なかなかポイントが高かった ようじゃのう」 「……? なんのポイントのこと?」 「ふっふっふ、内緒じゃ」 「んもぅ、教えてくれたって良いじゃない!」 他のメンバーの様子を見てくると言い、かりんが化学室を後にしてから、三十分ほどが経とうとしていた。 新たな案も発明品の改善案も思いつかなかったので結局、麻衣子のネタ帳にあった他の発明品を造ろうと言う話になったのだが…… 「お料理だって発明みたいなものじゃない?」 「そうかのう」 「そうよ。だからマーコも、以外にハマるんじゃない? 今度、私のお家に来なさいよ。教えてあげるから」 「う〜む……一考の余地アリじゃな」 俺と櫻井が無言で作業する中、先ほどの話題の続きで楽しそうに料理の話を謳歌する二人。 何だかんだで、久しぶりに料理の腕を褒められて、静香も嬉しかったのだろう。 「美味しい料理が出来れば、きっと良いアイデアだって たくさん出てくるようになるわよ」 「マーコみたいに質素で決まったメニューばっかり 食べてたら、新たな発見なんて無いじゃない」 「な、なるほど……たしかに、食べ物で冒険する発想は 無かったの」 「でしょ? だから、食べ物も色々作れるように チャレンジしないとね」 「……なら試しに簡単なものから始めてみるかの」 「そうそう、その意気よ」 「……それにしても、やけに上機嫌だな」 自然体で楽しそうにする静香を見るのは久しぶりで思わずそんな言葉が漏れてしまう。 「え? 私?」 「ああ。最近、静香が妙に機嫌がいいからさ」 俺の前だとぎこちなかったはずの静香が、昔のように自然な姿を見せてくれている事に、驚いていた。 「ん……機嫌が良いって言うのは、ちょっと違うかな」 「ただね……」 「ただ?」 「こうしてマーコや翔と作業してると、昔のことを 思い出すのよ」 目を細め、柔らかい笑みを浮かべながら語る静香。 「ほう? 何か思い出すようなことなどあったかの」 「俺達が覚えてないだけで、何かすげぇ事件でも起こして たんじゃないか……?」 「別に何かあったとか、そう言う事じゃないけどね。 昔はこうやって、三人でよく遊んでたじゃない?」 その頃を思い返しているのか、語る口調もだんだんと優しいものになっていった。 「……そうだなぁ。なんだかんだで、毎日お前らと 遊んでたしな」 その中には、当然ハチャメチャな発明をしたり実験をしたりと言ったものも含まれていた。 俺達の中では、こうしたみんなでの実験は久しぶりのことだったのだ。 最近はそうでもなかったが、ほんの少し前まで俺達はいつも三人一緒、何をするにも行動を共にしていた。 「ほらほら、どうした麻衣子? 遅いぞー!」 「むぅぅ、もう少しゆっくり歩いてくれてもいいでは ないか!」 「そうだよ翔。もう少し合わせてあげようよ?」 「そんなぬいぐるみなんか背負ってるから遅いんだろ?」 「小僧! 貴様、吾輩がぬいぐるみでないと何度言ったら わかるのだ!」 「……いつ見てもすごいよな、麻衣子の腹話術は」 「カケル、これは腹話術ではないぞ!」 「そうだよ、そんなこと言ったらトリ太が可哀想だよ」 「だってどう見てもただのぬいぐるみじゃねーか。 それに、どうせならもっとクールでカッコイイ ヤツを持ち歩けよ」 「ほう、つまり吾輩は不細工でカッコ悪いぬいぐるみだと 言うのだな?」 「貴様、吾輩をそこまで愚弄したのだからそれ相応の覚悟は 出来ているのだろうな!」 「うっ……」 「あぁ……トリ太を怒らせてしまったの。これで カケルは死ぬまでトリ太のクチバシでつつかれ 続けるんじゃな。可哀そうに……」 「えぇっ!? か、翔……死んじゃうの?」 「じ、冗談だろ? あはは……」 「さぁ、貴様の覚悟は完了したか?」 「うっ、うううう嘘だろ? だってトリ太はぬいぐるみ なんだから、そんなこと出来るはず……!?」 「言いたいことはそれだけか? ならばもう思い残すことは 何もあるまい!」 「う、うわ……ご、ごめんなさいっ!」 「今更申し開きをしたところで、後の祭りである! さぁ、その無能な頭を差し出すがいい!」 「ごめんなさい、ごめんなさい! もう二度とぬいぐるみだ なんて言いませんから!」 「……トリ太、そろそろ許してやるのじゃ。カケルが 本気で怖がっておるぞ?」 「ふむ。マイコがそう言うのなら、この者をもう少し 生かしておいてやろうではないか。感謝するがいい」 「うぅぅ……ありがとうございます」 「翔……大丈夫だった? 怖くない?」 「ぬいぐるみ……ぬいぐるみに頭を下げるなんて……」 「今何か言ったか? 人間よ?」 「いいえ! 何も言ってません!」 「ふむ。ならばいいだろう」 「翔……」 「うぅっ……何も言うなよっ!」 ……………… ………… …… 「くっ、なんてこった……! あの頃から俺はトリ太に 屈伏していたってのか……!!」 不意に思い出したかつての自分に、思わず涙が溢れる。 「昔のカケルは、まさに悪ガキだったからのう」 「マーコだって似たようなものだったじゃない」 「……ほんと、変わってないわよね、二人とも」 静香もその時の出来事を思い出したのか、まるで昔に戻ったかのような、真っ直ぐな笑顔を見せる。 「……っ……」 その笑顔に、不意にドキリとする。 無邪気な本来の静香の表情を見て、最近感じていた壁はもう無くなっているのだと感じる。 「(いや、それどころか、俺は……)」 「何をボーっとシズカを眺めておるのじゃ?」 「え? ……べ、別に何でもねーよ」 麻衣子に指摘されて、慌てて静香から目を逸らす。 「ほほ〜う……ならいいんじゃがの」 そうは言うものの、その表情は相変わらず薄笑いを作っており、何もかも見透かされているようだった。 「何だよ……」 「いや、お主らは変なところで似ていて面白いと思った だけじゃよ」 「はぁ?」 「え?」 「なに、こっちの話じゃよ。さて、そろそろ作業に戻る かのう」 「……何かあったの?」 「さぁな……」 静香の問いから逃れるように、俺は視線を逸らしてそっぽを向く。 「気になるなぁ……まぁ、いいけど」 暫く無視して作業をしていると、やがて観念したのかその手伝いに戻る静香。 上手く誤魔化せたのはいいが、なんて事は無い静香の仕草一つ一つが、無性に気になって俺はすぐに作業へ集中できなくなっていた。 「(ちくしょう、何を動揺してるんだよ、俺は……)」 訳の解らぬ自分の感情にドギマギしながら、俺はそれを誤魔化すように、ひたすら作業をこなすのだった。 <かりんいじり> 「はわわっ! 天野くんが、暇つぶしに鳥井さんへ セクハラまがいのえっちな攻撃を〜っ!?」 「鳥井さんもノリノリだし、えっちすぎるよぉ〜っ!」 「でもでも、雲呑さんに卑猥です、と咎められてから さすがに悪乗りすぎたって反省したみたいだよ〜」 「ふええぇぇぇん……良かったよ〜」 「えっちな天野くんと、それを平然と受け入れちゃう 鳥井さんの組み合わせは、危険だよぉ〜……」 「天野くんも、苦手なタイプと言いつつも、二人とも すごく自然体な気がするよ……なんでだろ?」 「やっぱり、鳥井さんの返し方が自然だからかなぁ」 「う〜ん……ちょっとだけ嫉妬だよ〜っ」 「でもでも、こんなに天野くんと自然体でいられる 鳥井さんって、いったい何者なのぉ〜っ?」 「(……とは言え、話しかけられそうなヤツは  誰もいないしなぁ……)」 「(今から麻衣子の手伝いに行くか……?)」 「(でも、呼ばれてないのに後から行くってのも  カッコわりぃしなぁ……)」 「(どこかに暇つぶしのネタになりそうなモノでも  転がってねーかな)」 「…………」 さっきからちらちらと俺の視界に入るのは、深空と楽しげに話しているかりんの姿だった。 「…………」 「(……この際、暇が潰せればなんでもいいか)」 俺は一万歩譲って、メガネ娘をいじって時間を無駄に浪費する事に決め、かりんに声をかける。 「おい、かりん! ちょっち来い!!」 「あぅっ?」 「カマン!」 手首だけ動かして、かりんを招きよせるポーズを取る。 「ごめんなさい、行ってきますね」 「はい。それじゃ、また後で」 「(アホ面して、のこのこやって来やがった)」 「なんですかぁ、翔さん?」 腑抜けた間延びした声を出して、かりんがぽてぽてとこちらに歩いてくる。 「いいか、かりん。実はお前にお願いがあるんだ」 「あぅ?」 「揉め」 俺はシャツのボタンを開き、肩をぽんぽんと叩いて凝っている事をアピールする。 「こんなとこで大胆すぎます……でも、興奮します!」 「待てやボケェーッ!!」 「あぅ! 痛いですっ!!」 「おまっ、どこ触ろうとしてんだよ!!」 あまりにもナチュラルに下半身に向かって手を伸ばすかりんに、素早くツッコミを入れる。 「いえ、凝っているのかな、と思いまして」 「凝ってねぇよ! ってか、肩凝ってるって アピールしただろうが!!」 「上半身をはだけさせていましたので、私てっきり そう言ったセクハラを強要しているのかと……」 「するかボケッ!!」 「あぅ! みなさんの前でしたから、薄々変だとは 思ってました!!」 お前の中では、薄々違うレベルなのか…… 「では、失礼して……」 「おう」 何だかんだで、何の疑問にも思わず俺の言うままに肩揉みを開始するかりん。 「もみもみ……こうでしょうか?」 「ん、もうちょっと右だ……」 「んしょ、んしょ……どうですか?」 「イマイチだな」 「あぅ……難しいです」 「ちょっと代わってみ? 俺が手本を見せてやるよ」 「はいっ! お願いします」 俺は椅子から立ち上がり、入れ替わるようにかりんをそこに座らせる。 「ほら、肩揉みってのはこうやるんだよ」 「あうぅ〜……気持ちいいですぅ〜〜〜〜〜〜っ……」 俺が強めに肩を揉んでやると、かりんは大げさに恍惚とした声を出す。 「ずいぶん凝ってたみたいだな」 「あぅ〜〜〜〜〜……」 肯定とばかりに、かりんが情けない声を漏らす。 「…………」 ついつい、その無駄にでかい胸に目を落としてしまう。 前々から巨乳だとは思っていたが、上から見るとまた一段と迫力が違った。 「そりゃ凝るはずだよな。そんなもんぶら下げて 毎日生活してりゃ……」 「あぅ……やっぱりセクハラです」 「セクハラじゃねぇ。他に褒めるところが無いから しょうがなく言ってるコミュニケーションだろ」 「それは酷いです……」 「しっかし、胸がでかいから肩が凝るだなんて贅沢な 悩みだよな。静香が聞いたら、泣いて悔しがるぞ」 「そんなこと言っちゃダメです。どんなサイズでも 胸には乙女のハートが詰まってるんです!」 「ほう、強者ゆえの余裕の発言か?」 「ち、違いますっ! 女の子を胸で判断するのは 間違っていると言いたいだけですっ!!」 「んだよ、メガネ娘のクセに生意気な……じゃあその 無駄にデカイ胸、もぎ取っちまうぞ」 ふざけながら、かりんの胸を後ろから鷲づかみにするようなフリをする。 「あぅっ! ホンモノなので、取れません!!」 「じゃあ俺がホンモノかどうか事実確認してやる」 「揉むんですかっ!? あの日みたいにいっぱい 揉みしだくんですかっ!?」 「なんの話だっ!!」 ……それにしてもこの女、セクハラを受けているのにノリノリである。 「とにかく、半分くらいもぎ取って静香にプレゼント してやるんだ」 「そんな純粋な子供のような目をしても、取れない モノは取れませんっ!!」 「黙れおっぱいメガネッ!」 「あぅ〜っ! 意味わかりません〜〜〜っ!!」 「ふ、二人とも、何やってるんですかっ!?」 「み、深空!?」 「あぅっ?」 さっきまで教室の隅で何かの作業をしながら、ちらちらこちらの様子を窺っていた深空が、真っ赤になって俺とかりんの間に割って入ってきた。 「お、お二人とも卑猥すぎますっ!!」 「す、すまん」 ブラックなジョークのつもりだったのだが、真面目な深空には見るに耐えなかったのか、怒られてしまった。 「か、かりんちゃんもかりんちゃんですっ!! 女の子なんですから、もっと慎ましく……」 「あぅ。ヤキモチさんです」 「や、ヤキモチじゃないですっ!!」 「あぅ……乙女心は複雑怪奇です」 「……わ、私、別にお二人がそう言った関係みたい だからヤキモチで止めたとかじゃないですよ?」 「わあってるって。こっちこそ、調子に乗っちまって 悪かったな」 「い、いえ……それじゃ、私たちは作業がありますので これで失礼しますっ」 「あぅ? 私は別に……」 「がう〜〜〜っ!!」 「あぅ!? わ、わかりましたっ」 「行ってしまった……」 深空に引っ張られて、かりんがずるずると去っていく。 「ここは大人しく、麻衣子の手伝いにでも行くか……」 結局、ようやく見つけた遊び相手を失ってしまったので静香たちを手伝いに、化学室へと足を運ぶのだった。 <かりんとお友達に> 「それから暫くして、数日ぶりに顔を見せたシズカ」 「かりんに対してここ最近の態度を謝るのと同時に 本音を語って、仲直りしたみたいじゃな」 「うん……その頃は、翔とあまり上手くいってないのに 急に横からきた鳥井さんに翔達を取られたような 気がしてたから……」 「それに加えて現実味の無い無理難題を言われてしまい イマイチ本気で手伝えなかったんじゃな?」 「うん。……ホントは私にも、わかってたのよ。 そんなの、ただの浅ましい嫉妬なんだって」 「本当は、素直に鳥井さんを応援できない私自身が 嫌で、塞ぎ込んでいたくらいなんだから……」 「そんな自分のダメさ加減をわかってて、翔には慰めて 欲しいだなんて……ただのワガママよね」 「……そこまでちゃんと解っておるのなら、もう私から 言うことは、何もあるまい」 「翔との関係も……急に翔の周りに女の子が増えたから 柄にも無く、少し焦ってたみたい」 「だから、もうちょっとゆっくり構えることにしたの」 「そうじゃな。急いては事を仕損じるしのう」 「うん。私は私のペースで付き合っていく事にしたわ」 「むぅ、今日は随分と作業が早いの?」 俺の手元を見て、その驚異的なスピードに麻衣子が感嘆の声を漏らした。 「まぁな。静香とも仲直り出来たし、やる気も上がるって モンだぜ」 「はぁ、何とも現金な……」 「よし、来い天野! 今のお前の熱き魂の咆哮を、この俺に ぶつけてみろっ!!」 「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉーーーっ!! 上等だコラァあああああああぁぁぁーーーっ!!」 俺はテンションのギアを上げたまま、ひたすら櫻井の両手にラッシュをかます。 「甘い! ねじり込むようにして打つべしッ!」 「いい度胸だコラァ!」 「無駄にハイテンションだな」 「二人とも、埃が立つからほどほどにのう」 俺と櫻井がドタバタと騒いでいると、ドアの開く音と共に見慣れた制服姿が現れた。 「…………」 「静香……」 「…………」 「…………」 「あ……あの……」 「その、ごめんなさい、勝手に休んだりして……」 「シズカ……」 その声を聞いて、誰よりも早く動いたのは麻衣子だった。 「マーコ……」 「何を謝っておるのじゃ、お主は……」 「え……?」 「私もかりんも、強制した覚えは無いんじゃがの?」 「で、でも……」 「遊ぶ時には遊ぶ、休みたい時には休む……そして 手伝いたい時は、手伝う」 「思ったままに行動するのが、良い発明の第一歩じゃ」 「人間、休むのも立派な仕事のうちと言うことだ」 「心も身体も、休息を入れねば効率が悪いのが、人間と言う 生き物だろう?」 「じゃから、カケルもシズカも小難しく考えるのは やめてくれんかの。それでは、出る案も出ぬぞ?」 「……のう、かりん」 「―――はい」 「鳥井さん……」 「かりん……」 麻衣子の言葉で、かりんがいつの間にか俺達を見守るように佇んでいた事に気づく。 「あぅ! 何やら楽しげなスメルが立ちこめていたので 匂いに釣られて、ついフラフラっと来てしまいました」 「楽しげなスメルって何だよ……あとメガネ取らせろ!」 「あぅぅぅ! 止めてくださいっ! 後半の流れは 明らかに無理がありますっ!」 ついメガネの存在にイラっと来て、ツッコミの途中で暴走する俺から必死に逃げ回る、かりん。 「うるせぇ! 早くメガネ取らねーと、油性マジックで メガネに渦巻き描くぞ!!」 「あぅぅっ! そんな事されたら、死ねますっ!」 「落ち着かんかっ!!」 「ぐはっ!?」 久々にアロマ配合ハリセンで叩かれて、正気に戻る。 「せっかく、かりんが来てくれたと言うのに、これでは話が 進まんじゃろうが」 「え? 何でだよ」 「はぁ……話があるから来たに決まっておるじゃろ」 「……そうなのか?」 「はい。実は、静香さんに用があって来たんです」 「え……私に?」 「はい。先ほど廊下で静香さんをちらっと見かけたので もしかしたらマーコさんのところにいるのかと思って 来てみたんです!」 「マジでか……」 「今回の一件を気にしていたのは、何も天野だけでは 無いと言うことだ」 「空気が読めぬヤツじゃのう」 「……うっ」 麻衣子の一言が、俺の心にグサリと刺さった。 「その……静香さん、ありがとうございますっ!」 「え……?」 どう接していいか解らずに戸惑っている静香に、突然かりんがお礼を告げる。 「ご迷惑をお掛けしているのに、また手伝いに来て頂いて ……感謝しても、しきれません」 「本当に、ありがとうございます」 「かりん……」 何故かは分らないが、かりんは俺と静香の間に起きた出来事を知っていたのだろう。 そしてその上で、静香がこの場にいることに感謝の言葉を述べているのだ。 「……ごめんなさい」 「いえ、静香さんが謝ることなんて何もないですっ!」 かりんの言葉を聞いて、静香がゆっくりと首を横に振る。 「違うの、鳥井さん……私には、鳥井さんに感謝される 資格なんて無いのよ」 「私は、マーコと翔と一緒にいたくて……二人が手伝って いるから、ここにいたの」 「…………」 「きっと二人がいなかったら、私は―――」 「手伝ってただろうな」 「え……?」 「じゃな」 「何だかんだ言って、お前は手伝ってたよ。きっとな」 「そ、そんな事……解らないわよ」 「たしかに、お主にとって理解できぬふざけた理由かも しれんが……それでも、本気で困っていたなら……」 「そんな仮の話、無意味よ! 現に私はこうして 鳥井さんとの約束を放り出したのよ!?」 「でも、現にこうして、戻ってきてくれました」 「そ、それは……」 「もしも本当に嫌なら、とっくに止めてると思います。 だから私は、感謝したいんです」 「……それじゃ、ダメでしょうか?」 「……私より、よっぽど大人なのね、鳥井さんは」 「あぅ。それほどでもありません! 照れますっ!!」 「どう見ても最底辺だろ……」 「お主は黙っておれ」 「…………」 「あのね、鳥井さん。お願いがあるの」 しばしの沈黙の後、静香が真剣な表情でかりんを見つめながら切り出す。 「はい、なんでしょうか?」 「こんな私で良かったら……鳥井さんの夢を叶える お手伝いをさせて欲しいの」 「ですから、別に―――」 「そうじゃないの」 「あぅ?」 「今までは、たしかに鳥井さんを助けたい気持ちも あったけど……やっぱり、本気じゃなかったわ」 「心のどこかで、空なんて飛べるわけないって…… 理由も解らないし、鳥井さんも本気じゃないかも って―――そんな風に考えてたのかもしれない」 「……はい」 「それに、私……最近は翔とうまく行ってなかったから」 「(なんで、そこで俺の名前が出て来るんだ……?)」 「どうすればいいのか悩んでた時に、鳥井さん達が 現れて……」 「急に私達の前に現れたと思ったら、翔やマーコとすぐに 仲良くなって……」 「翔がメガネの女の子と仲良くなるのなんて初めてで…… だから、私……」 「マーコさんも翔さんも、奪われちゃったように、感じたん ですね?」 かりんは柔和な表情を崩さずに、あくまで優しい口調で静香の気持ちを汲んでいた。 「……自分でも、つまらない嫉妬だって解ってたのよ」 「悪いのは私だって解ってたのに、子供みたいに拗ねて 上手く行ってないのを、鳥井さんのせいにして……」 「だから私、もう一度やり直したいの。今度は、マーコや 翔とは関係なく……純粋に、鳥井さんを手伝いたいの」 「静香さん……」 「それに、その……友達として、もう一度しっかりと 鳥井さんとの関係を築いて行きたいの」 「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!!」 静香の本気の言葉に、満面の笑顔で応える、かりん。 次第に大きく育っていた、かりんへのわだかまりは完全に解消されたようだった。 「よし! では改めて、今日から頑張ろうではないか!」 「うん!」 「あぅっ!」 「尽力しよう」 「何かあったら相談するがよい。吾輩の知恵をいつでも 貸してやろうではないか」 「よし、んじゃ、いっちょやりますか!!」 こうして俺達は決意新たに、空を飛ぶという目標へ向かって再スタートを切るのだった。 ……………… ………… …… <かりんとして得た、絆と言う名の強さ> 「翔さんと一緒に、私は今まで過ごしてきた世界で得た 全ての想いを深空ちゃんにぶつけました」 「過去の自分へ、愛する人を失って初めて気づいた 想いや自分の命の価値、支えてくれた仲間たちの 大切さ……みんなとの、繋がりを伝えました」 「深空ちゃんは決して独りなんかじゃなくって…… だから死にたくなるほど辛い時は、その悲しみを みんなで分かち合っていけば良いんだ、って……」 「私はそんな当たり前の事に気づけなかったせいで 色んなものを失ったけれど、深空ちゃんは、まだ 間に合うから……」 「だから、それに気づいて欲しいんですっ!!」 「大丈夫、深空ちゃんなら、きっと気づけます」 「だって……私が気づくことができたんですからっ!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「深空、ちゃん……」 二人で息を切らせながら、最後の気力を振り絞って深空が行ったであろう屋上へと向かう。 「あと、少し……!!」 俺はかりんと支え合うように最後の階段を上り、屋上へと続く重い扉を、ゆっくりと開いた。 「……かりんちゃん……かける、さん……」 「深空―――」 「深空ちゃん……」 目の前に広がったのは、絶望を映した瞳で屋上の端に立つ泣いている深空の姿だった。 「ごめんなさい、翔さん……私、もう―――」 「疲れちゃいました……」 「疲れ、ちゃったんです……」 「……深空ちゃん……」 「深空……」 嫌な予感が的中した事を悟った俺は、思わずかりんと顔を見合わせてしまう。 《鬱:うつ》状態での作業を続けて、徹夜での思考能力の低下に加えどうにか絵本を完成させた事による一時的な《躁:そう》状態―――そしてまた、どん底へと揺り動かされたのだ。 「なあ、深空……今日はもう何も考えずに休もうぜ? 明日また、みんなで考えるんだ」 「…………」 今の深空には下手な思考や刺激は逆効果だと感づき咄嗟に、マニュアル通りの言葉を返す。 「もう、無理です……」 「え……?」 「だって私は……お父さんの言う通りで……お母さんが 救う価値なんて無い、取るに足らない存在なんです」 「無価値なわけあるかよ……! 何よりも俺がっ!! お前を……お姫様を求めてるんだよっ!!」 「……翔さんのお姫様なら、ちゃんと隣にいるじゃ ないですか」 「翔さんは、優しいから……かりんちゃんに相談されて 私を好きだって言う事にしたんですよね?」 「なっ……それのどこが優しいって言うんだ馬鹿っ!」 「本当に俺はお前を求めてるんだ……だから、頼むから 自分を無価値だなんて言わないでくれ……!!」 「……それでも、やっぱり、ダメなんです……」 「私なんかじゃ、世界中のみんなを絵本で幸せにしていた お母さんの代わりになんて、なれるわけないんです!」 「だから、私……」 「……だから、死ぬんですか?」 「え……?」 「だから勝手に、死ぬって言うんですかっ!?」 先ほどから沈黙を通していたかりんが、深空がひるむほどの叫びで、その静寂を破った。 「そうやって勝手に自分は誰にも愛されていないって 思い込んで……大事に想ってくれている人たちから 目を背けて……」 「死んだ後に残された人の気持ちを、知らないはず ないのに―――っ!!」 「……かりん、ちゃん……」 「深空ちゃんが死んだら悲しむ人は、ここにいます! なのに、私たちの気持ちは無視ですかっ!?」 「で、でも……」 「お母さんの代わりになれないからって、死んで…… それで、誰が救われるって言うんですかっ!!」 「お父さんへの負担を減らしたかったら、一度ダメだった くらいで諦めずに、絵本を描き続ければ良いんです!」 「絵心なんて、無くてもいいです……私は―――絶対に 誰もが笑顔になれるような、そんな絵本作家になって みせます」 「私より全然、絵が上手い深空ちゃんが諦めたとしても 努力して、必ずその夢を叶えて見せます!!」 「…………」 「深空―――」 「もし今はまだ母親の代わりになれないなら…… 頑張って、いつか母親以上の絵本作家になれば いいだろ」 「母親に助けてもらった命で、精一杯輝けるように、一緒に 頑張っていけばいいんだよ」 「かける、さん……」 「たしかに、これから先も深空は苦しむのかもしれない。 時には挫折したくなる事だってあるはずだ」 「けど、その時は……俺を頼れよ」 「俺や、かりんや……みんなを頼ってくれよ」 「みん……な……」 「もしかしたら、深空の力になれないかもしれない」 「けど、それでも一緒に考える事はできる」 「深空を……支える事ができる」 「一人じゃ辛い時はさ……背負わせてくれよ。俺たちにも ……その悲しみを」 「翔、さん……」 「深空ちゃん……!」 「かりんちゃん……」 「私たちは―――仲間、なんです」 警戒心が緩んだ深空を見て、俺の言葉を継ぐようにかりんが強く真っ直ぐな意志で、その言葉を紡ぐ。 「私は、どんな事よりも……みなさんと紡いだこの絆を 信じているんです」 「私たちは、一人じゃないんです!」 「一人じゃ、ない……」 「お母さんを失って……大切な人を失って……そうして私も 初めて解ったんです」 「私は、こうしてみなさんと会う度に―――多くのものを 失い続けて来ました」 「かりん……ちゃん……」 「いつも失敗ばっかりで、自分の無力さを思い知って…… 自分の心一つ、動かすことも出来ませんでした」 「そうして失敗を繰り返して、気がつけば私が持っていた ほとんどのものを失ってしまいました」 「けど、それでも……私は、少しも後悔していません!」 「だって―――その代わりに私は、本当に大切な仲間を 得ることが出来たんですっ!!」 仲間……それは、他人が言葉にすると薄っぺらいものに感じてしまうかもしれない。 けれど、かりんが口にするそれは、何よりも強い繋がりを感じることができた。 俺たちは仲間なのだと―――いつだって感じることができたのだ。 「いつだって、不安でした……今度は私を受け入れて くれないんじゃないかって―――そう思いました」 「でも、違ったんですっ!」 「みなさんは、一度だって……たったの一度も、私を 拒んだりはしなかったんです!!」 「……一度、も……」 「幾度と無く繰り返される出逢いの数だけ、色んなことが ありました」 「でも! 変わり行く未来の中で、たった一つだけ――― 絶対に変わらないものがあったんです!!」 「絶対に、変わらないもの……?」 「はい」 「幾年も繰り返された日々で、ただ一つ変わらないもの ―――それが、みなさんと過ごした、この1ヵ月です」 「だから私は、たとえ全てを失ったとしても……こうして 立っていられるって確信があるんです!」 「そ、それは、かりんちゃんが強いから……っ!!」 「私は―――強くなんて、ありません」 「もし『強い』ように見えるとしたら、それは…… 私が、大切なものを知っているからです」 「私は一人ぼっちなんかじゃないんだって…… 辛い時には、支えてくれるみんながいるって 気づいたからなんですっ!」 「かりん……」 過去に戻るたび、『未来』と言う名のあらゆる可能性を失ってきた少女は、それでもなお、力強く立っていた。 その姿は力強く、その言葉は魔法のように訴えかけそして、尊い輝きを感じるものだった。 「どんなにか細い道だって……みんなと一緒なら、きっと ……辿り着けるんです」 「ひとりじゃ、怖くて歩けない道でも……手を繋げば 前へ進んでいけるんです……っ!」 「だから、深空ちゃん―――」 「私たちと一緒に……誰もが笑顔になれる、最高の ハッピーエンドへ行きましょう!」 「かりん、ちゃん……」 「……………………」 長い、沈黙があった。 「深空」 その迷いを断ち切るように、俺が救いの手を伸ばす。 「かける、さん……」 そして、ゆっくりと近づき、俺は――― その手を、掴んだ。 <かりんとのお別れ(静香編)> 「本当に楽しくて……鳥井さんのお別れパーティーは あっと言う間に終わっちゃったわね」 「かりん……力になってやれないまま別れなくては ならんとは、何と酷な話なのじゃ……」 「マーコはいつも頑張ってたじゃない。それに彼女にも 色々な事情があるのよ、きっと」 「……うむ……そう、じゃな」 「鳥井さん、最後に翔と何か話してたけど…… 何だったのかしら」 「翔、すごく動揺してたわ」 「動揺?」 「ええ。もう、二度と鳥井さんとは会えないんじゃ ないかって……」 「……もしかして翔、鳥井さんのこと……」 「何言ってるんじゃ、シズカ。あのカケルに二股なんて 器用な真似が出来るわけなかろう」 「そうよね。それは、そうなんだけど……」 「むぅ。あの二人には、言葉では言い表せない 『何か』があるのかもしれんのう」 ―――そうして、かりんのお別れパーティーはつつがなく終わりの《刻:とき》を迎えた。 最後に学園の前でみんなとのお別れをしたいと言うかりんに、その前に二人で話をしたいと呼び出され俺は屋上へとやって来ていた。 そこには、俺達が追いかけていた青空が広がっており……悲しいくらい優しい景色として二人を迎えてくれた。 「…………」 「…………」 万感の想いが入り混じり、無言で青空を見つめる。 口に出してしまえば、どんな謝罪も感謝の言葉も無価値なモノに成り下がってしまいそうに感じて俺はただ黙って空に想いを馳せるしかなかった。 「今日は、とても良いお天気ですね」 「……良すぎて、ちょっと暑いくらいだけどな」 そんな沈黙を破ったかりんの言葉に、素っ気無く返事を返す。 「快晴と言うやつでしょうか……見ていてとても 気持ち良いお天気です」 「そうだな……これで爽やかな風でも吹いてくれれば 気持ち良いかもな」 「……そうだ、良いこと思いつきました」 「ん?」 パタパタと走り去ると、かりんは貯水タンク横にある階段から、さらに上の方へと登っていた。 「どうでしょうか? こうすると、翔さんから見て、まるで 空の中にいるように見えませんか〜っ?」 「ん……そうだな。お前が青空の中にいて……飛んでいる ようにも、見えるかもな」 「あぅ! 我ながら天才的なアイデアでしたっ!!」 「お前な……」 こんな最後の最後まで、そうやって無邪気にはしゃぐ馬鹿なかりんを、俺は苦笑しながら見上げる。 「空なんて飛ばなくても……人は生きていく事が出来るん ですよね」 「まあ、そりゃあな」 「それでも私は……人々は、空を目指すんです」 「……そうだな」 「何でだと、思いますか?」 それはかりんにとって、なんてことは無い質問で……けれど俺には答えられない哲学のような疑問だった。 「……何でなんだ?」 「あぅ! そんなの、簡単です」 かりんはそう言って空を見上げると、再びくるりとこちらを向きながら答えた。 「そこに、幸せがあるからです」 そう―――あまりにもシンプルすぎるその答えは、されど真理のように俺の心へと響くものだった。 「なるほどな……生きていくために必要じゃないものを 求めるのは―――幸せになりたいから、か」 「はい。結局は、そう言う事だからだと思います」 「でも、私は……それだけじゃなくって」 「約束、したんです」 「約束?」 「はい」 「だから私は、いつか交わしたその約束を果たすために…… これからも、空を目指し続けるんです」 「それが、私の出した『答え』ですから」 「そうか……それじゃあ、しょうがねぇな」 「はい。しょうがねーです」 その決意が譲れぬものであるのなら……俺の言葉など意味を成さないのだろう。 「短い間でしたけど……色んな事がありました」 「そうだな」 「初めは、ロケットで飛ぼうとしたり……いっつも、無茶 ばかりしていました」 「んな事もあったな」 「どんなに行き詰ってしまっても、みんな諦めずに 必死に私を助けようとしてくれました」 「……ああ」 「それが私、すごく嬉しくて……みなさんに出会えた事を 誇りに思います」 「ははっ……大げさだな」 「大げさなんかじゃ、ありません」 「私にとっては、本当に……かけがえの無い仲間です」 「そう言ってくれると、少しは救われるんだけどな」 「とても言葉には出来ないくらい、感謝してて…… こんな日々をずっと続けて行きたいと思いました」 「夏だけじゃなくて、秋も、冬も、そして春も……」 「でも、それも、もう……おしまいです」 「……そう、だな」 どんな尊い日常よりも大切な、たった一つの約束。 かりんとってそれは、自分の幸福な日常よりも重く譲れないものなのだろう。 「けど……」 だからこそ俺は、そんな少女への手向けとして、どうしてもこの言葉を伝えておきたかったのだ。 「けど、俺達の絆が無くなるわけじゃない」 「例えどんなに離れていても―――お互いが望めば…… 心はいつだって繋がっていられる」 「『仲間』って言う間柄に……距離なんてモノは関係ないん だから、さ」 「翔さん……」 「それに、さよならって言っても、今生の別れってワケでも 無いだろ」 「お前が本当に望むなら、どんな遠くへ行ったって 俺達は駆けつけてみせるからさ」 「だから、いつかまた……会いに行くよ」 「……はい」 「そう……ですねっ……!」 俺の言葉を聞いて、大粒の涙を流すかりん。 しかしその涙は……悲しさに溢れたものだった。 「かりん……」 本能で《そ:・》《れ:・》を悟った俺は、動揺して、意味も無くかりんの名前を呟いてしまう。 「嘘……だろ……?」 いかにさっきの自分の発言が的外れのものだったかを自覚させられるほど、決定的な『別れ』なのだと……かりんの表情を見て、理解してしまったのだ。 「翔さん……今まで、ありがとうございました」 「え……?」 「私……みなさんには、感謝してもしきれません」 「なに、言ってんだよ……かりん……」 「…………」 かりんとは、もう――― 「ま、待てよ……」 二度と、会えないのだと…… 「行くな……」 理屈じゃなく、『理解』してしまったのだ。 「行くな、かりんっ!」 だから俺は、気がつけば子供のように叫んでいた。 「……ごめんなさい、翔さん」 「―――っ」 そんな言葉で繋ぎとめていられるはずはないと知りつつも俺は必死に引き止めていた。 「お、俺……俺、は……」 理由も解らず、気がつけば俺は涙を流していた。 「その涙と、お言葉だけ―――受け取っておきます」 「でも、それ以上は言っちゃダメです」 「今の翔さんには……大切な人がいるはずですから」 「…………」 「だから、私は……祝福しなければなりません」 「お二人で一緒に、幸せに過ごせるのなら、それは…… きっと、かけがえの無い幸福な世界なんですから」 そう言うとかりんは、優しい笑顔を覗かせてくれた。 「ですので、私はそのお言葉だけで、へっちゃらです」 「かりん……」 その時のかりんの姿は、間違いなく空に限りなく近いような存在だと……そう感じていた。 空に祝福された少女は、今にも消えてしまいそうな危うさと美しさを放っていて…… 地上にいる俺には、もはや触れる事さえできなかった。 「さよなら、翔さん……」 「……さようなら……私の―――」 俺へのお別れの言葉をつむぐ、かりんを見て…… どうしようもないほどに、俺にとってその少女が大切な存在であったのだと……今更、理解した。 「じゃあな……かりん」 そしてそれが、俺がかりんへ手向けた最後の言葉だった。 ……………… ………… …… <かりんとのお別れ(灯編)> 「鳥井さんとの『永遠の』別れを感じて、戸惑う 天野くん」 「その姿は、まるで……」 「私の事を好きだという言葉は本当だと信じていますが ……少し、妬いてしまいます」 ―――そうして、かりんのお別れパーティーはつつがなく終わりの《刻:とき》を迎えた。 最後に学園の前でみんなとのお別れをしたいと言うかりんに、その前に二人で話をしたいと呼び出され俺は屋上へとやって来ていた。 そこには、俺達が追いかけていた青空が広がっており……悲しいくらい優しい景色として二人を迎えてくれた。 「…………」 「…………」 万感の想いが入り混じり、無言で青空を見つめる。 口に出してしまえば、どんな謝罪も感謝の言葉も無価値なモノに成り下がってしまいそうに感じて俺はただ黙って空に想いを馳せるしかなかった。 「今日は、とても良いお天気ですね」 「……良すぎて、ちょっと暑いくらいだけどな」 そんな沈黙を破ったかりんの言葉に、素っ気無く返事を返す。 「快晴と言うやつでしょうか……見ていてとても 気持ち良いお天気です」 「そうだな……これで爽やかな風でも吹いてくれれば 気持ち良いかもな」 「……そうだ、良いこと思いつきました」 「ん?」 パタパタと走り去ると、かりんは貯水タンク横にある階段から、さらに上の方へと登っていた。 「どうでしょうか? こうすると、翔さんから見て、まるで 空の中にいるように見えませんか〜っ?」 「ん……そうだな。お前が青空の中にいて……飛んでいる ようにも、見えるかもな」 「あぅ! 我ながら天才的なアイデアでしたっ!!」 「お前な……」 こんな最後の最後まで、そうやって無邪気にはしゃぐ馬鹿なかりんを、俺は苦笑しながら見上げる。 「空なんて飛ばなくても……人は生きていく事が出来るん ですよね」 「まあ、そりゃあな」 「それでも私は……人々は、空を目指すんです」 「……そうだな」 「何でだと、思いますか?」 それはかりんにとって、なんてことは無い質問で……けれど俺には答えられない哲学のような疑問だった。 「……何でなんだ?」 「あぅ! そんなの、簡単です」 かりんはそう言って空を見上げると、再びくるりとこちらを向きながら答えた。 「そこに、幸せがあるからです」 そう―――あまりにもシンプルすぎるその答えは、されど真理のように俺の心へと響くものだった。 「なるほどな……生きていくために必要じゃないものを 求めるのは―――幸せになりたいから、か」 「はい。結局は、そう言う事だからだと思います」 「でも、私は……それだけじゃなくって」 「約束、したんです」 「約束?」 「はい」 「だから私は、いつか交わしたその約束を果たすために…… これからも、空を目指し続けるんです」 「それが、私の出した『答え』ですから」 「そうか……それじゃあ、しょうがねぇな」 「はい。しょうがねーです」 その決意が譲れぬものであるのなら……俺の言葉など意味を成さないのだろう。 「短い間でしたけど……色んな事がありました」 「そうだな」 「初めは、ロケットで飛ぼうとしたり……いっつも、無茶 ばかりしていました」 「んな事もあったな」 「どんなに行き詰ってしまっても、みんな諦めずに 必死に私を助けてくれようとしてくれました」 「……ああ」 「それが私、すごく嬉しくて……みなさんに出会えた事を 誇りに思います」 「ははっ……大げさだな」 「大げさなんかじゃ、ありません」 「私にとっては、本当に……かけがえの無い仲間です」 「そう言ってくれると、少しは救われるんだけどな」 「とても言葉には出来ないくらい、感謝してて…… こんな日々をずっと続けて行きたいと思いました」 「夏だけじゃなくて、秋も、冬も、そして春も……」 「でも、それも、もう……おしまいです」 「……そう、だな」 どんな尊い日常よりも大切な、たった一つの約束。 かりんとってそれは、自分の幸福な日常よりも重く譲れないものなのだろう。 「けど……」 だからこそ俺は、そんな少女への手向けとして、どうしてもこの言葉を伝えておきたかったのだ。 「けど、俺達の絆が無くなるわけじゃない」 「例えどんなに離れていても―――お互いが望めば…… 心はいつだって繋がっていられる」 「『仲間』って言う間柄に……距離なんてモノは関係ないん だから、さ」 「翔さん……」 「それに、さよならって言っても、今生の別れってワケでも 無いだろ」 「お前が本当に望むなら、どんな遠くへ行ったって 俺達は駆けつけてみせるからさ」 「だから、いつかまた……会いに行くよ」 「……はい」 「そう……ですねっ……!」 俺の言葉を聞いて、大粒の涙を流すかりん。 しかしその涙は……悲しさに溢れたものだった。 「かりん……」 本能で《そ:・》《れ:・》を悟った俺は、動揺して、意味も無くかりんの名前を呟いてしまう。 「嘘……だろ……?」 いかにさっきの自分の発言が的外れのものだったかを自覚させられるほど、決定的な『別れ』なのだと……かりんの表情を見て、理解してしまったのだ。 「翔さん……今まで、ありがとうございました」 「え……?」 「私……みなさんには、感謝してもしきれません」 「なに、言ってんだよ……かりん……」 「…………」 かりんとは、もう――― 「ま、待てよ……」 二度と、会えないのだと…… 「行くな……」 理屈じゃなく、『理解』してしまったのだ。 「行くな、かりんっ!」 だから俺は、気がつけば子供のように叫んでいた。 「……ごめんなさい、翔さん」 「―――っ」 そんな言葉で繋ぎとめていられるはずはないと知りつつも俺は必死に引き止めていた。 「お、俺……俺、は……」 理由も解らず、気がつけば俺は涙を流していた。 「その涙と、お言葉だけ―――受け取っておきます」 「でも、それ以上は言っちゃダメです」 「今の翔さんには……大切な人がいるはずですから」 「…………」 「だから、私は……祝福しなければなりません」 「お二人で一緒に、幸せに過ごせるのなら、それは…… きっと、かけがえの無い幸福な世界なんですから」 そう言うとかりんは、優しい笑顔を覗かせてくれた。 「ですので、私はそのお言葉だけで、へっちゃらです」 「かりん……」 その時のかりんの姿は、間違いなく空に限りなく近いような存在だと……そう感じていた。 空に祝福された少女は、今にも消えてしまいそうな危うさと美しさを放っていて…… 地上にいる俺には、もはや触れる事さえできなかった。 「さよなら、翔さん……」 「……さようなら……私の―――」 俺へのお別れの言葉をつむぐ、かりんを見て…… どうしようもないほどに、俺にとってその少女が大切な存在であったのだと……今更、理解した。 「じゃあな……かりん」 そしてそれが、俺がかりんへ手向けた最後の言葉だった。 ……………… ………… …… <かりんとのお別れ(花蓮編)> 「パーティもつつが無く終わり、別れ際に二人きりに なった翔さんと鳥っちさん……」 「ま、まあ、こんな日くらいは許してあげますわ」 「『これが今生の別れではない』と言った翔さんに 鳥っちさんが見せた複雑な表情……」 「……その日が、私達が鳥っちさんを見た最後の日に なりましたわ」 「結局、私では……力不足だったと言うことですわね」 「鳥っちさん……それでも私、諦めませんわ」 「いつかまたお会いした時は、今度こそ……次こそは 必ず、空を飛ぶ方法をみつけて見せますわっ!!」 ―――そうして、かりんのお別れパーティーはつつがなく終わりの《刻:とき》を迎えた。 最後に学園の前でみんなとのお別れをしたいと言うかりんに、その前に二人で話をしたいと呼び出され俺は屋上へとやって来ていた。 そこには、俺達が追いかけていた青空が広がっており……悲しいくらい優しい景色として二人を迎えてくれた。 「…………」 「…………」 万感の想いが入り混じり、無言で青空を見つめる。 口に出してしまえば、どんな謝罪も感謝の言葉も無価値なモノに成り下がってしまいそうに感じて俺はただ黙って空に想いを馳せるしかなかった。 「今日は、とても良いお天気ですね」 「……良すぎて、ちょっと暑いくらいだけどな」 そんな沈黙を破ったかりんの言葉に、素っ気無く返事を返す。 「快晴と言うやつでしょうか……見ていてとても 気持ち良いお天気です」 「そうだな……これで爽やかな風でも吹いてくれれば 気持ち良いかもな」 「……そうだ、良いこと思いつきました」 「ん?」 パタパタと走り去ると、かりんは貯水タンク横にある階段から、さらに上の方へと登っていた。 「どうでしょうか? こうすると、翔さんから見て、まるで 空の中にいるように見えませんか〜っ?」 「ん……そうだな。お前が青空の中にいて……飛んでいる ようにも、見えるかもな」 「あぅ! 我ながら天才的なアイデアでしたっ!!」 「お前な……」 こんな最後の最後まで、そうやって無邪気にはしゃぐ馬鹿なかりんを、俺は苦笑しながら見上げる。 「空なんて飛ばなくても……人は生きていく事が出来るん ですよね」 「まあ、そりゃあな」 「それでも私は……人々は、空を目指すんです」 「……そうだな」 「何でだと、思いますか?」 それはかりんにとって、なんてことは無い質問で……けれど俺には答えられない哲学のような疑問だった。 「……何でなんだ?」 「あぅ! そんなの、簡単です」 かりんはそう言って空を見上げると、再びくるりとこちらを向きながら答えた。 「そこに、幸せがあるからです」 そう―――あまりにもシンプルすぎるその答えは、されど真理のように俺の心へと響くものだった。 「なるほどな……生きていくために必要じゃないものを 求めるのは―――幸せになりたいから、か」 「はい。結局は、そう言う事だからだと思います」 「でも、私は……それだけじゃなくって」 「約束、したんです」 「約束?」 「はい」 「だから私は、いつか交わしたその約束を果たすために…… これからも、空を目指し続けるんです」 「それが、私の出した『答え』ですから」 「そうか……それじゃあ、しょうがねぇな」 「はい。しょうがねーです」 その決意が譲れぬものであるのなら……俺の言葉など意味を成さないのだろう。 「短い間でしたけど……色んな事がありました」 「そうだな」 「初めは、ロケットで飛ぼうとしたり……いっつも、無茶 ばかりしていました」 「んな事もあったな」 「どんなに行き詰ってしまっても、みんな諦めずに 必死に私を助けてくれようとしてくれました」 「……ああ」 「それが私、すごく嬉しくて……みなさんに出会えた事を 誇りに思います」 「ははっ……大げさだな」 「大げさなんかじゃ、ありません」 「私にとっては、本当に……かけがえの無い仲間です」 「そう言ってくれると、少しは救われるんだけどな」 「とても言葉には出来ないくらい、感謝してて…… こんな日々をずっと続けて行きたいと思いました」 「夏だけじゃなくて、秋も、冬も、そして春も……」 「でも、それも、もう……おしまいです」 「……そう、だな」 どんな尊い日常よりも大切な、たった一つの約束。 かりんとってそれは、自分の幸福な日常よりも重く譲れないものなのだろう。 「けど……」 だからこそ俺は、そんな少女への手向けとして、どうしてもこの言葉を伝えておきたかったのだ。 「けど、俺達の絆が無くなるわけじゃない」 「例えどんなに離れていても―――お互いが望めば…… 心はいつだって繋がっていられる」 「『仲間』って言う間柄に……距離なんてモノは関係ないん だから、さ」 「翔さん……」 「それに、さよならって言っても、今生の別れってワケでも 無いだろ」 「お前が本当に望むなら、どんな遠くへ行ったって 俺達は駆けつけてみせるからさ」 「だから、いつかまた……会いに行くよ」 「……はい」 「そう……ですねっ……!」 俺の言葉を聞いて、大粒の涙を流すかりん。 しかしその涙は……悲しさに溢れたものだった。 「かりん……」 本能で《そ:・》《れ:・》を悟った俺は、動揺して、意味も無くかりんの名前を呟いてしまう。 「嘘……だろ……?」 いかにさっきの自分の発言が的外れのものだったかを自覚させられるほど、決定的な『別れ』なのだと……かりんの表情を見て、理解してしまったのだ。 「翔さん……今まで、ありがとうございました」 「え……?」 「私……みなさんには、感謝してもしきれません」 「なに、言ってんだよ……かりん……」 「…………」 かりんとは、もう――― 「ま、待てよ……」 二度と、会えないのだと…… 「行くな……」 理屈じゃなく、『理解』してしまったのだ。 「行くな、かりんっ!」 だから俺は、気がつけば子供のように叫んでいた。 「……ごめんなさい、翔さん」 「―――っ」 そんな言葉で繋ぎとめていられるはずはないと知りつつも俺は必死に引き止めていた。 「お、俺……俺、は……」 理由も解らず、気がつけば俺は涙を流していた。 「その涙と、お言葉だけ―――受け取っておきます」 「でも、それ以上は言っちゃダメです」 「今の翔さんには……大切な人がいるはずですから」 「…………」 「だから、私は……祝福しなければなりません」 「お二人で一緒に、幸せに過ごせるのなら、それは…… きっと、かけがえの無い幸福な世界なんですから」 そう言うとかりんは、優しい笑顔を覗かせてくれた。 「ですので、私はそのお言葉だけで、へっちゃらです」 「かりん……」 その時のかりんの姿は、間違いなく空に限りなく近いような存在だと……そう感じていた。 空に祝福された少女は、今にも消えてしまいそうな危うさと美しさを放っていて…… 地上にいる俺には、もはや触れる事さえできなかった。 「さよなら、翔さん……」 「……さようなら……私の―――」 俺へのお別れの言葉をつむぐ、かりんを見て…… どうしようもないほどに、俺にとってその少女が大切な存在であったのだと……今更、理解した。 「じゃあな……かりん」 そしてそれが、俺がかりんへ手向けた最後の言葉だった。 ……………… ………… …… <かりんの“クセ”> 「私が大量のアイスを食べていると、翔さんが何かを 考え始めて黙り込んでしまいました」 「今思えば、この時に私の正体に感づき始めたんだと 思います……」 「あぅ……今日は厄日です。死ぬかと思いました」 「お、もう平気なのか?」 リビングでアイスを食べていると、大きな袋を持ったかりんが話しかけてくる。 「私の方は辛うじて生きてますが……ご、ごっきは どうなったんでしょうか?」 「ああ、安心しろ。大自然へと還しておいた」 「そ、それじゃまたやって来てしまいますっ!!」 「まあ、できる限り台所を綺麗にしておくしかねーだろ」 「あぅ……後でピッカピカにしておきます」 「……って、ちょっと待て」 「あぅ? なんでしょうか?」 「その大きな袋に入った大量のアイスは何だよ?」 てっきり買い置きかと思っていた大量のアイスを袋ごと抱えて俺の隣に座るかりんに、とりあえずツッコミを入れておく。 「まさかそれ、全部食うとか言わないよな?」 「もちろん全部食べるつもりですっ!!」 「アホかおのれはっ!」 「あぅ! 翔さん、痛いです」 「んな大量のアイス食ったらお腹壊すだろうが…… あと、太るぞ?」 「そ、そんな事言っても、しょうがないんですっ!! 翔さんが悪いですっ!」 「はぁ? 何で俺のせいにしてるんだよ?」 「だ、だって……私のクセみたいなものなんです」 「クセ?」 「はい。熱いモノを食べた日は、プルプル震えながら アイスをたくさん食べないと、落ち着かなくて……」 「もし食べなかったら、舌が気になって寝れないんです」 「え……?」 その言葉に、本能的にドキリとする。 自分でも一瞬、なぜそこまで動揺したのか理解が出来なかったが、すぐに脳の思考が追いつく。 「……それが、お前の『クセ』なのか?」 「あぅ……そうです。どうせ私は変人さんです。 馬鹿にして笑われても甘んじて受け入れます」 「い、いや。別に笑わねーよ」 「あぅ! それはそれで釈然としませんっ!!」 「どんだけMなんだよ、お前は……」 「あぅ」 「…………」 そんな変なクセを持っているヤツが、この世にそうそういるわけが無い。 以前から何かと共通点があった、似ている二人でも……クセまで似るなど、《あ:・》《り:・》《え:・》《る:・》《は:・》《ず:・》《が:・》《無:・》《い:・》。 「(まさか、こいつの正体って―――)」 脳内ではありえないと思いながら、本能は『《あ:・》《る:・》《推:・》《測:・》』をはじき出していた。 深空と、かりん。 どこか似ていて、気が合う二人。 帰る場所の無い、まるで未来道具のような発明品をたくさん持っている少女…… そして、かりんを特別視すればするほどに揺れる俺の深空への想い――― 「どうかしたんですか?」 「いや……なんでもねーよ」 俺はなぜかその疑惑をかりんに尋ねる気にはなれず誤魔化すようにアイスを口に含む。 「?」 「(でも、それじゃ説明がつかない事も多いし、な)」 《そ:・》《の:・》《推:・》《測:・》をかりんに伝えれば笑い話で終わるはずなのに……それをこの場で口にしてしまってはいけない――― 「あうううううううううううううぅぅぅ……」 俺はぷるぷる震えながらアイスを食べているかりんを見ながら、ぼんやりとそんな事を考えるのだった。 <かりんのポシェットは……?> 「かりんちゃんがいつも持ち歩いている不思議な ポシェットが気になるみたいな、翔さん」 「そう言えば、あそこから道具を取り出していたり してるけど、何が入ってるの?」 「あぅ。別に普通です。女の子な小物も入ってます」 「へぇ……そうなんだ」 「はい」 「可愛いポシェットだって言ったら、かりんちゃんが 私にプレゼントしてくれたんだよねっ」 「それはもう、私には必要が無いものですから……」 「そして、深空ちゃんにとっても、いらないものに なればいいなと……思ってます」 「えっ? どう言うこと?」 「いえ。気にしないで下さい」 「それより、約束……忘れないでくれると助かります」 「うん。本当にどうしようもなく困った時だけ このポシェットを開けていいんだよね?」 「だから、そうならないように、二人で……じゃなくて みんなで頑張っていこう、って約束だよね」 「あう! その通りですっ」 「そう言えば前々から気になっていたんですけれど 鳥っちさんが道具を出す時に使うポシェットって 普段はいったいどこに仕舞っているんですの?」 「あぅ。それは企業秘密です」 そう言うとかりんは、いつの間にかどこかから取り出した例のポシェットを手に持つ。 「でも、このように肌身離さず持っています」 「不可思議ですわ……目の前で見ていましたのに、まるで 手品みたいに現れたように感じましたわ」 「いつもそのポシェットから色んな道具とかを 取り出してるよね」 「ヘンテコな道具ばっかり入ってるのか?」 「いえ。ちゃんと女の子な小物も入ってます」 「ふーん……」 っつーか、それだけの量のアイテムが入るような構造じゃないだろ、常識的に考えて…… 「4次元?」 「あぅ?」 「まさか……16次元かっ!?」 「意味がわかりません」 「たしかに、そのポケットの中がどうなっているのかも 想像をかき立てられて、気になりますわね」 「あぅ! 乙女の秘密ですっ」 「都合の良い言葉として乱用するな。価値が薄れるぞ」 「あらあら、でも女の子は秘密を着飾って綺麗になって 行くものですよ?」 「その辺りを解ってくれる包容力が無いと、立派な 男の子にはなれませんし」 「そんなもんっすか」 「はい。そんなもんっす」 「いつも思ってたけど、そのポシェットすっごく 可愛いよね。私も、同じものが欲しい……」 「……それでは、これは深空ちゃんに差し上げます」 「え?」 「え、えらくあっさりとしてるんだな」 今まで大事に持っていたそれを、他人にあっさりと譲ってしまったのには驚きを隠せない。 いくら友人だとは言え、そうおいそれと譲れるような軽い物には見えなかったのだが…… 「私からのプレゼントです。大事に使ってくださいね」 「そ、そんなっ。もらえないよっ」 「あぅ! 深空ちゃんだから、あげるんです」 「……でも……」 「もらってやれよ」 「翔さん……」 戸惑っている深空に話しかけて、背中を押してやる。 「かりんが大切にしていた物を、くれるって言うんだ。 それなりの想いがあっての事だろ」 「だから、ここは大人しく受け取ってやれよ」 「翔さん……結婚して下さいっ!!」 「調子に乗んな、誰がするかボケっ!!」 「あぅっ! 痛いですっ!!」 「ほ、本当にいいの……?」 「はい。私にはもう、必要が無いもの……ですから」 「いえ……必要なくなるように、するんです」 「…………」 その言葉には、何かの大きな決意が秘められていた。 「それじゃ、受け取るね」 「はい。ただし、一つだけ約束して欲しいんです」 「え?」 「それは、深空ちゃんが本当にどうしようもなく…… 生涯で一番困った時にだけ、開いてください」 「……いちばん、こまったとき……」 「あぅ。それまでは、大切にとっておいて欲しいです」 「……うん。わかったよ、かりんちゃん」 「ふむ……安易に道具には頼ろうとするなって事か?」 「まあ、そんなところです」 「えへへ……これ、一生の宝物にするねっ」 「んな、大げさな」 「あぅ! 大げさじゃないですっ!!」 「きっとそれは、深空ちゃんにとって……想い出深い 大切なものになる日が来ると思いますので」 「だから、家宝としてあがめてくださいっ!」 「たかが便利道具を渡したくらいで偉そうにするな! この破廉恥メガネ青狸ドラ太郎がっ!」 「おっぱいはっ! おっぱいはやめてくださいっ!!」 「いじってねえだろっ!!」 「あうぅ〜っ! 私のメガネは、もはやおっぱいレベル なんですっ!!」 「意味がわからん事を言うなっ!!」 「相変わらず健全じゃないお二人ですね」 「はぁ……ほんと、バカね」 天敵同士の俺とかりんは、溜め息を吐く静香たちの前でいつものようにドタバタと暴れまわるのだった。 ……………… ………… …… <かりんの告白・かりんの価値> 「好きでもない男にこんなことするなって怒られて しまいました……」 「本当は頷かないとダメなのは解ってるんですけど…… でも、翔さんへの想いにだけは嘘をつきたくないから ……好きですって、言ってしまいました」 「だ、黙り込まれるとリアクションに困ってしまいます」 「とりあえずご飯にしますか? それとも……」 「……っ!」 ごくりと唾を飲み、思わず『お前が欲しい』と言いかけていた事に気づき、慌てて口を塞ぐ。 気がつけば俺の余裕は完全に無くなり、かりんの事をどうしようもないほどに異性として意識してしまっているのだと悟る。 「お、お風呂とかですかね? やっぱり……」 「…………」 「わ、私……って言ってくれたら、嬉しいです……」 「なっ……」 「お前、いい加減にしろよ!」 「えっ……?」 「やっていい冗談と、悪い冗談があるだろうがっ!! 俺がいくらお前を女扱いしてねーからってなぁ!」 「……そんな事されたら、襲っちまうかもしれねーだろ」 「あぅ……」 「だから、後悔したくなかったら、好きでもない男に そう言った事、するんじゃねーよ……」 「…………」 「わかったか? わかったら、さっさと―――」 「好きですから」 「え? 何がだよ?」 「だって私、翔さんの事、好きですから」 「なっ……!?」 冗談のようにあっさりと、なのに真剣そのものな口調で自らの想いを口にする、かりん。 その『好き』が、果たしてどんな意味のものなのか……今の俺には、計りかねていた。 「かりん、お前……」 「あ、あぅ! そんな事より、早く食べてくださいっ! せっかく作ったお料理が冷めちゃいます」 「……ああ、そうだな」 急に恥ずかしそうに料理を出す裸エプロンのかりんに戸惑いながらも、ひとまず席に座る。 照れ隠しのように明るく接しようとする姿に内心ドキドキしながら、俺はなんとも言えぬぎこちない食事を済ませるのだった。 ……………… ………… …… <かりんの婚約者は……?> 「あんまりにもだらしない鳥井さんを見て、思わず モテなさそうだな、って突っ込みを入れてしまう 乙女心がわからない天野くん……」 「ふえぇ……私だったら、そんなこと言われたら すっごくショックだよぉ〜……」 「あれっ? でも、鳥井さんはあんまり気にしなかった みたいで、そもそも婚約者がいるって……」 「こ、婚約者って……えうぅっ……や、やっぱり私が 遅れてるのかなぁ……?」 「その婚約者は、天野くんだそうです」 「って、えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 「あ、なっ、なんだ、驚いたよぉ〜……鳥井さんの 冗談だったみたいだよぉ」 「本当の婚約者は『名探偵コバンくん』に出てくる コバンくんなんだって」 「婚約者がアニメキャラだなんて、冗談だと思うけど ……でも、目がマジだったみたいだよ〜」 「はわ……鳥井さんの冗談は全部本気っぽくて 判断つけ辛いよ〜」 「こう言うのもポーカーフェイスって言うのかな?」 「えっと……それでそれで、なんだか雲呑さんも そのアニメが大好きみたい」 「そんなに面白いのかな……?」 「意外な共通点で意気投合したお二人は、早くも《篤:あつ》い 友情を育む気が満々みたいだよ。あははっ」 「やっぱり、趣味が同じ人だと仲良くなり易いよね〜」 「はぁ……ゲストさん、来ないかなぁ……」 「で、結局今日はどうしますの?」 「学園に閉じ込められている私たちが出来ることって 結構限定されてるわよね」 「まったりお茶でも飲んで考えましょう」 「と言うより、まずはここを片付けないか?」 昨日の宴会状態の騒ぎで散らかっている教室を指してひとまずの掃除を提案してみる。 「そうね。いくら私たちだけしか入れないからって この有様はさすがにちょっと、ね……」 「んじゃ、ちゃっちゃと片付けるか」 「面倒ですけど、しょうがありませんわね」 概ね意見が一致したところで、ひとまず俺たちは昨日の後片付けを開始するのだった。 「しっかしお前、そんなんじゃモテないだろ」 「え……?」 ぼさぼさ頭でまだ眠そうな顔をしながら掃除をしているかりんに向けて、率直な意見を言ってみる。 「せっかく大人しくしてりゃ外見は悪くなさそうなのに その自堕落で適当な性格のせいで損してるだろ?」 「そうでしょうか」 「まぁ、そう見えるけど」 メガネを外して全うな性格をしていれば、もっと自然と男が寄ってきそうな容姿をしているように見えるのだがこいつからは、モテなさそうなオーラが充満していた。 「……いいんです。私には婚約者はいますから」 「なぬっ!? お前、恋人いるのか!?」 「はい」 「へぇ、その歳で結婚を考えているなんてすごいわね」 「そんな誠実なお付き合いなら、好感が持てます」 「……婚約者なんて、ロクなもんじゃありませんわ」 「で、どんなヤツなんだ? そいつは」 「とてもカッコよくて、優しくて、素敵な人です」 「わぁ……どんな人か気になりますっ」 「その人の写真とかは持っていないんですか?」 「写真と言うか……みなさんの目の前にいます」 「え?」 「この人です」 「ん?」 「まい・ふぃあんせです」 そう言ってかりんが、ぽぽっと頬を赤らめながら俺の方を指差す。 「なっ……」 「ちょっ、ちょっと待て! いつ俺がお前と婚約なんて したって言うんだよ!!」 「とぼけるなんて酷いです。ショックです」 「ふ、ふーん……カケル、婚約者なんていたのね。 どおりで昨日からこの子に優しかったワケだわ」 「ま、待て静香! 激しく誤解だっ!!」 と言うか、昨日も同じ展開があったような気がするのは俺の《気のせい:デジャヴ》なのだろうか……? 「でも、実は翔さんの下にもいます」 「はぁ?」 反射的に地面を見てみると、そこには例の変なアニメの動物キャラが描かれてあった。 「ズバリ、コバンくんですっ!」 「…………」 「二次元に恋、ですか……」 「深いな……」 いや、深くないだろ。 「悪い事は言わないから、せめて人間にしておけ。 っつーか何だよ、このヘンテコなキャラは」 「コバンくんを知らないんですかっ!?」 「あー……たしか子供向けのアニメだったわよね? ほら、毎年映画もやってるやつ」 「子供向けじゃありませんっ!!」 「うおっ!?」 唐突に、隣にいた深空がこの話に食いついてきた。 「名探偵コバンくんは、大人も子供も楽しめる、まさに 国民的人気アニメなんですっ!」 「ですですっ!」 「日本の誇るべき、国宝級のキャラクターですっ!」 「あぅあぅ!」 「意気投合してるし……」 「と言うことで、コバンくんは私の夫です」 どう言うことかは解らないが、それはさておきいつの間にか婚約者から既婚者になっていた! 「ダメですっ! コバンくんは私の恋人ですっ」 「じゃあ、コバンくん似の人が夫です」 「それなら安心です」 それでいいのかよ…… 「なんだか、かりんちゃんとは心の友になれそうな 気がしますっ!!」 「コバンくん好きはみんな友達ですっ!」 「そんな面白いアニメなのか?」 二人の世界を作り出している深空とかりんをよそに静香の方にこっそりと耳打ちして訊いてみる。 「さぁ……? 私も見たこと無いから、知らないわよ」 他のみんなの表情を見てみると、そのアニメに精通している人物はいないようだった。 しかし、静香も知っていて映画化もされているようだし何よりかりん一人だけでなく、深空までもヒートアップしているのだ。 それなりに有名なアニメなのだろう。 普段そう言う類の物は見ないので、俺が疎いだけでもしかしたら普通に流行っているのかもしれない。 「そうだ! かりんちゃん、今日はウチへお泊りに 来ませんかっ?」 「私の家、DVD−BOX全巻揃ってるんですよ! 今までは誰も見ている友達っていなくって…… だから友達と一緒に見るのが夢だったんです!」 「はいっ! 是非っ!!」 「今日は二人で、名探偵コバンくんについて一晩中 語り明かしちゃいましょう!」 俺らを置いてけぼりのハイテンションで意気投合する意外な共通点を持つ、深空とかりん。 かりんは何となく分かるが、深空までこのヘンテコなアニメが好きだと言うのは意外だった。 <かりんの家出宣言> 「翔さんたちを心配させないように、明日からは 自分のお家に帰ります、って嘘をつきました」 「これでもう、へっちゃら大丈夫ですっ」 「えへへ。翔さんも優しく励ましてくれましたし…… 野宿だって、ぜんぜん、へっちゃら……です」 「いえ……全ては私が《蒔:ま》いた種です」 「だからって、なにも……っ!!」 「ダメです。バレてしまった以上、ちゃんと罪滅ぼし と言いますか、責任は取るべきだと思いますので」 「責任……?」 「ちゃんと秀忠さんに謝って……深空ちゃんのお家から 出て行こうと思うんです」 「でも、せめて今日だけは……最後に深空ちゃんと 一緒に過ごしたいです」 「さ、最後だなんて……」 「もう、決めたことなんだろ?」 「はい。今日を最後に、ちゃんと―――自分のお家に 帰ることにします」 「だって今までが、私の無茶なお願いを 叶えてもらっていただけで……」 「感謝こそすれ、これ以上あそこに居座るなんて 恩知らずなこと、出来るわけないです」 「……そう、だな」 「はい。深空ちゃん、今まで長い間お家に泊めて いただいて、本当にありがとうございました」 「……やだ」 「えっ?」 「やだよ、そんなのっ!!」 「深空……」 深空と出会ってから常に感じていた、決して誰にも必要以上に近づかない、越えられない他者との壁。 相手のどんなわがままにだって、笑顔で対応する深空が初めて踏み込み、明確に自らの意思表示をしていた。 「せっかくお友達になったのに……私、かりんちゃんと 本当の姉妹みたいだなって思ってて……だから……」 「まだまだ、これから、ずっと一緒に……」 「深空ちゃん……」 「深空……」 初めて見る、理論的でないワガママを言う深空の姿。 それは、不思議な絆で結ばれているように見えた微笑ましい二人を知っている俺にとって、かなり複雑なものだった。 「深空ちゃんの気持ちは嬉しいですけど、やっぱり これ以上ご迷惑をかけるのは無理です」 「迷惑なんて……っ!!」 「……せっかくお父さんと仲直りしようとしているのに ゴタゴタを増やしてしまうわけには行きませんから」 「あ……」 「深空ちゃんのお友達としての決断なんです。だから ……わかってください」 「私だって……お別れは、悲しいです」 「わ、わかってるけど……でもっ!!」 「深空」 「翔さん……」 深空の気持ちを深く理解しつつ、俺は宥めるようにゆっくりと首を横に振った。 「かりんが我慢してお前に告げた、友達としての……いや 『親友』としての気持ちを、深空は否定するのか?」 「そ、それは……」 「別れが来てしまったことを嘆くより、自分にとって そのくらい大切な友人が出来たことを喜ぼうぜ?」 「そうです。それに、私たちが今生のお別れをするって 言うわけじゃ無いんですから」 「だな。別に明日からだって、学園にさえ来れば、毎日 会えるんだ」 「それに、家へ遊びに行く程度なら、毎日だって許される かもしれないし、な?」 「はいっ! 普通のお友達と一緒で、夜になる前に お別れすれば、毎日だって遊べるはずですっ」 「ま、遊んでばっかりで二人とも目的が達成できない とかなったら本末転倒だから、あくまでほどほどに しなくちゃならねーけどな」 「あぅ……翔さん、手厳しいです」 「はははっ」 「えへへ」 「……そう、ですよね」 「かりんちゃんとは学園で会えるのに、私のワガママで お父さんにもかりんちゃんにも迷惑をかけるわけには いかないですよね……」 「たとえ、どんなに離れ離れになったとしても…… 深空ちゃんと過ごした日々は、私の胸に《在:あ》ります」 「それに、何があっても、いつまでもお友達ですから」 「かりんちゃん……うんっ! そうだよね!」 やっと納得してくれた深空の微笑みを見て、思わず安堵の溜め息を漏らしてしまう。 一時はどうなるかと思ったが、かりんの言葉のお陰で気持ちの整理がついたようだ。 「(にしても、親父さんに怒られたんだよな……?  それならこっちの方も捨てたもんじゃねーな)」 娘の非行を心配して厳しく言いつけたということは逆に言えば大切に想っていることの表れでもある。 「(今は0パーセントに見えるかもしれないけど……  きっと、100パーセントになるさ)」 俺は、表面上の親子関係は上手く行っていなくともきっと深空の絵本をきっかけに修復できる関係だと確信して、優しく微笑むのだった。 ……………… ………… …… <かりんの料理の腕前は?〜ついでに晩飯も頼む〜> 「いつか翔さんにお手製の晩御飯を作りたいと 思っていたんですけど……」 「まさか、翔さんの方からお願いしてくるだなんて 夢にも思いませんでしたっ!」 「深空ちゃん相手ですら遠慮していたのに…… それを、苦手なはずの私に頼むだなんて……」 「翔さんにとって今回の私は、今まで以上に近くて ……妹のような気楽な存在になってくれてるので しょうか?」 「晩御飯が美味しかったら私のお料理の腕前を認めて くれるそうですので、精一杯の愛情と手間をかけて ご馳走を作ろうと思います♪」 「愛情いっぱいの本格的な手料理で、翔さんのはーとを イチコロですっ! あぅ!!」 「……って、はーとを射止めたらダメなんでした…… で、でも、精一杯がんばってお料理しますっ!」 「あぅ……やっぱりダメだったです」 結局アホ二人ではロクな案が浮かばずに、そのまま一緒に帰宅する事になった通学路で、かりんが早速ぶつくさと文句を垂れていた。 「あのな、まだ始めたばっかりだろうが」 「でも、ぜったい深空ちゃんとお二人の方が色々と都合が 良いと思います」 「なんでやねん……」 ここまでしつこいと、こいつは俺と深空に何か変な気を回しているんじゃないかとさえ疑ってしまう。 「(まぁ、こいつにそんな甲斐性は無さそうだが)」 「だいたい翔さんも、私みたいな馬鹿な子に無理して ここまでたくさん付き合うこと無いです」 「あのな……無理なんてしてねえっての」 「え……?」 「そりゃあ俺からしたらお前はトロいしアホだし 見ててイライラするしメガネだし、無駄に胸が でかい以外はダメダメだけどさ……」 「あぅ!? 私の価値はおっぱいだけですかっ!?」 「でも、無理なんてしてねえって。仲間なんだし」 「あぅ……」 「それに、お前だって良いところの一つや二つくらい あるだろ」 「ほ、ほんとですか?」 「ああ。例えば……えーと、ほら、アレだ」 「やっぱり思いついてないですっ!!」 「うなじ付近に星型のアザがあるところ、とか?」 「ありませんっ!」 「あぅ……翔さん、ひどいです。こんな私にだって 取り得の一つくらいあります」 「例えば?」 「お料理ですっ!!」 「ええええええええぇぇぇ……」 「あぅ!? なぜかバッシングされました!!」 「そりゃあ今日の朝食はちょっとビックリしたけど 別に長所って言うほどの腕前じゃねえだろ」 「そ、そんな事ないです! きっと翔さんに食べさせる ためのお料理だけなら、誰にも負けませんっ!!」 「ほう……吠えるじゃんか」 「がうあぅがううぅ〜っ!!」 「そうだ、そこまで言うなら明日にでも俺の家に来て 手料理で晩御飯をご馳走してくれよ」 「あぅ……?」 「だから、簡単な朝御飯くらい作れてもすごくねーけど 晩飯が美味かったら認めてやるって言ってるんだよ」 「あぅ?」 「あぅ?」 「あぅ?」 「あぅ?」 「え? それって、翔さんのお家に上がりこんでから 晩御飯を作ってご馳走してくれ、って意味ですか?」 「おう」 「…………」 「え、ええええええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!?!?」 「な、なんだよ、大きい声出しやがって」 「ま、まるで翔さんを攻略中みたいな展開ですっ!! 私、知らぬ間にフラグ立てちゃいましたか!?」 「よく言っている意味がわからんが、ダメなのか?」 「い、いえ! よ、喜んで作らせていただきますっ」 俺の問いに、ものすごい勢いで食いついてくるかりんにたじろぎながらも、少し呆れてしまう。 「で、でもでも、本当に平気なんですか!?」 「何がだよ?」 「だだだ、だってこれって、翔さんが私の作った晩御飯を 食べてくれるって事ですよね!?」 「あ、ああ。っつーか当たり前だろ」 「しかもしかも、翔さんのお家に行ってお料理を作って いいって事ですよね……?」 「良いも何も、しょっちゅう来てるだろ、俺の家に。 今更なに言ってんだよ」 「でもそれは、私が無理やり潜入するから仕方なく 許可してもらっているワケで……翔さんの方から 私にお願いするなんて、ヘンですっ!!」 「わ、悪いのかよ?」 「い、いえっ!! そんな事ないです!!!」 「あぅ……ど、どうしたら良いんでしょうか…… わ、私、お誘い頂けるなんて完全に予想外です」 「ああっ! でも、そんな事してたら深空ちゃんが…… でもでも、この機会を逃すと……ぶつぶつ……」 「なんか知らんが、嫌なら無理に作らなくていいぞ?」 「いえいえいえいえっ! 明日は必ず最高の晩御飯を 作りますので、ぜひ私にやらせてくださいっ!!」 「お、おう」 「あうあうあぅ〜っ! 私、がんばりますっ!!」 「(……ったく、期待していいんだか悪いんだか)」 俺は元気いっぱいにドタバタはしゃぐかりんを見ながら溜め息をつく。 しかし同時に、明日を楽しみにしている自分がいる事に気づくのだった。 <かりんの朝食> 「何度、合鍵を奪っても入ってくる私に、呆れながらも 観念する翔さん♪」 「そして、先日の約束どおり朝食を披露しました」 「あまり期待はしてくれていなかったみたいですけど その分、予想外の料理に驚いて、唸ってました♪」 「上機嫌な私を見て、朝食なんて簡単だから 美味く作れて当然だって言ってました」 「あぅ。素直じゃないです、翔さん」 「でもでも、してやったり! って感じですっ♪」 「美味しいって言ってもらえて、最高に嬉しいです!」 「今度は是非、いつの日か、本格的な晩御飯も 披露したいと思います。えへへっ」 「あぅ……翔さん、起きてくださいっ!」 ゆっさゆっさ。 「う〜ん……起きないです……」 ゆっさゆっさ。 「お兄ちゃん、朝ですっ! 起きてくださ〜い!!」 「んん……」 「あ、やっと起きました。おはようございます」 「何だよ、またお前か……」 「あぅ!? いつもより、リアクションが薄いですっ」 「そりゃ、何度か起こされてりゃ少しは慣れるっての。 朝っぱらから無駄な討論してもしょうがねぇしな」 「でも、《今:・》《ま:・》《で:・》はそんなこと……」 「今まで?」 「いえ! な、何でもないですっ」 「?」 「そんな事より、今日は先日の約束通りに、ちゃんと 朝ごはんの方を用意させていただきました」 「あ、ああ」 ここ数日は色々あったし、実行されていなかったせいでかりんお得意の妙な冗談だったのかと思っていたが……どうやら本気だったようだ。 「昨日はドタバタしたまま学園へ行ってしまいましたし 朝食を披露する機会がありませんでしたので、今日は その『りべんじ』ですっ」 「……それは、殺意とか復讐的な意味か?」 「違います! 性的な意味です!!」 「エロいのっ!?」 「間違えました。見返します的な意味です」 「よく解らんが、毒は盛ってないんだな?」 「当たり前ですっ!」 「ふむ……」 一応、結果的に毒のような働きをする可能性はあるが好意のような方向で朝食を作ってくれたのはたしかなようだった。 「(となると、《無碍:むげ》に断るのも悪いしな……)」 そもそも自分から言い出した事なので、ここは一つ腹をくくってご馳走になるしかないだろう。 「よし、じゃあ行くか」 「あぅ! では下で最後の準備をしてきますっ」 「おう。サンキュー」 「い、いえ。当然のつとめですから」 何が嬉しかったのか、かりんはそんな事を言って、照れながら部屋を出て行ってしまう。 「さて、どんな光景が待ってるのやら……」 俺は期待と不安を半分ずつ抱きながら、下へ降りる準備をするため、制服へと手を伸ばすのだった。 「おっ、良い匂いじゃん」 かりんが待っているであろうリビングへ赴くと、すぐに香ばしいパンやコーヒーの香りがした。 「えへへ……どうぞっ」 じゃーん、と言う効果音を引っさげているかのように両腕を広げながら自分の作った朝食を披露するかりん。 それは特に目立つほど豪華でもなければ、変な風貌をしているわけでもない、至って普通の朝食だった。 色とりどりの様々な具の入ったトーストサンドイッチにコーヒー、そしてポテトサラダ。 「ふむ……こいつはなかなか……」 「ささ、遠慮しないで食べてください♪」 悔しいことに普通に美味しそうで、とにかくそつなく良い感じの朝食を披露されて、リアクションに困る。 「んじゃ、遠慮なく……いただきます」 もしゃもしゃと咀嚼する俺を、ニコニコと笑顔で頬杖をつきながら見守るかりん。 「どうですか? 美味しいですかっ?」 「…………」 「非常に悔しいんだが……」 「はい」 「……うまい」 「あぅ!! してやったり、ですっ♪」 俺が素直に味を認めると、かりんは勝ち誇ったようにその喜びを全身で表現していた。 「ま、待て! 美味いって言っても普通だ普通っ!! パンなんて、誰でも焼けば美味く作れるっての!」 「あぅ……そんな事ないです」 「とにかく、朝食レベルだったら美味く作れるのは 当然だし、料理が出来るって事にはならねーだろ」 「うう〜……翔さん、素直じゃないです」 「……まぁ、でも美味い事は認めるけどな」 「あう〜っ♪」 俺はそのサンドイッチを頬張りながら、かりんの意外な一面を垣間見たような感覚に陥っていた。 平たく言うと、少し見直したって話なんだが…… 「あうあうあう〜♪」 「(しかし、なんだろう、この敗北感は……)」 このメガネ娘の能天気ぶりを見ていると、やっぱりどうしても気が抜けてしまうのだった。 <かりんの画力は……?> 「深空ちゃんが絵本を作っている横で、私も楽しく お絵かきですっ」 「今では下手の横好きになってしまいましたけど…… 相変わらず翔さんの意見はストレートで《辛辣:しんらつ》ですっ」 「でも、落ち込んだ私に、下手糞だけど不思議と愛着が ある絵だってフォローしてくれました」 「その言葉には嘘なんか無いって感じられたので 私は自然と笑顔になることが出来ました」 「やっぱり翔さん、すごく優しいです」 「大好きで、大好きで、大好きで……貴方以外の人を 好きになるなんて、私……考えられません」 「諦めることなんて、絶対に無理です……」 「好きです、翔さん……」 「〜♪」 「あう、あう、あうぅ〜〜〜♪」 結局、放課後が楽しみで浮ついて集中出来ないと言うことで、今日はいつもより早めに切り上げてそれぞれ自由時間になったのだが…… 「(みんなで落書き、か……)」 どうせならもっと違った遊びでもしたいところだが深空だけは恐らく何か理由があっての絵本作りだと思うので、無理強いはしたくなかった。 「まぁ、深空はいいとして、だ……おい、メガネ娘」 「あぅ? なんでしょうか」 「昨日から続けて、ロクに空を飛ぶ方法を考えてない現状で のん気に落書きしてていいのかよ?」 「あぅ……切羽詰っても、きっと良いアイデアなんて 生まれて来ないと思います」 「そりゃそうかもしれねぇけどさ……」 「それに、こう言うのも大事なことだと思います」 「大事?」 「はい。とっても大切なことです」 「この落書きの時間がか?」 「違いますっ!」 「こうしてみなさんと一緒に過ごす時間が、です」 「コミュニケーションの時間、ってことか?」 「はい」 「そりゃ、大切だけどさ……目的を達成するための 努力からだって絆は生まれると思うんだけどな」 「のんのん、私のもう一つの目的のためには、やっぱり こう言う時間が大事なんです」 「もう一つの目的? そんなモンがあるのか?」 「はい。お二人をくっつ……あぅ! 無いです!!」 「?」 「と、とにかく、これでいいんです」 「まぁ、お前がいいって言うんならいいけどな」 「はいっ」 「(……なんだかんだ言いつつ、けっきょくコイツが  落書きしていたいだけなんじゃねーのか……?)」 上機嫌に深空から借りたフェルトペンをすらすらと動かしているかりんを見て、思わず溜め息を吐く。 「あう〜♪ やっぱりお絵かきは楽しいですっ」 「ほう。もしかして、お前も絵を描いたりするのか?」 「え、えっと、それはその……」 「どれどれ、俺が見てしんぜよう」 「あうぅ〜っ! だ、ダメですっ!!」 「隠すなっ!!」 「あぅっ!?」 じたばたと暴れるかりんの持っていた画用紙を強引に奪って、その実力のほどを見てやる。 「これは……」 俺はかりんの絵に驚いて、思わずゴクリと喉を鳴らす。 この、かりんの絵を一言で表すならば、そう――― とても……下手な絵だった。 「なるほど、な……」 「あぅ……」 なまじ上手すぎる深空の絵を見た直後だったのも手伝ってお世辞を言う余裕すら生まれなかった。 逆に言うならば、それほどまでに深空の絵がすごいと言うことなのだろう。 一般人の絵と並べると、そのすごさが際立ってしまう。 「(かりんの方は、お世辞にも上手いとは言えないか。  正直、幼子の落書きレベルの画力だな……)」 まぁ、落書きをしていたのだから適当な絵なのは当然なのだが、それにしても下手すぎと言うレベルだろう。 ズバリ言うならば、努力でどうこうなる問題じゃないくらいに『才能』を感じないと言うか…… 才能眩い深空とは、コントラストが際立つ絵だった。 「私の絵……どう、ですか?」 「うむ……お前ほど下手の横好きという言葉が似合う ヤツも珍しいぞ」 「あうっ!?」 「こりゃ、深空の爪の垢でも貰って、煎じて飲んだ方が 良いんじゃないか?」 「あうあうっ!?」 「ははっ、まぁお前は深空と違ってプロを目指している ワケでも無いんだし、気にすること無いだろ」 「……はい。そうですね」 「……かりん?」 俺なりに励ましたつもりだったのだが、不意にかりんが覗かせた悲しそうな顔に、チクリと胸の痛みを覚える。 「……でも」 「え……?」 「でもまぁ、絶望的にヘタクソな絵だけどさ…… なんつーか、こう、味があるよな」 「あじ……?」 「不思議と嫌いになれない愛着があるって言うか…… 絵を描くのが好きだって伝わってくる、あったかい イラストだと思う」 「かけるさん……」 「まっ、それが子供のらくがき以下のレベルだから かなり伝わり辛かったけどな」 「あうぅ〜っ! それ、褒めてないですっ!!」 「んなこたぁねーって」 「嘘ですっ! うそうそさんですぅ〜〜〜っ!!」 「ほんとだっての!!」 「あうううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「いてぇっての!」 「あははっ、お二人とも、やっぱり仲良しさんです」 「あうううぅぅぅ〜〜〜っ!」 俺は、ぽかぽかと叩いてきながらも、落ち込んだ様子が消えているかりんを見て、思わず笑みを零してしまう。 <かりんの解散宣言(灯編)> 「私たちが付き合いだした翌日……鳥井さんが、突然の 解散宣言をしました」 「あの時から、ずっと見守っていた鳥井さんの想いは…… きっと成就できなかったんだと思います」 「願わくば、いつか……私たちを出会わせてくれた 最高の友人に、幸せが訪れますように―――」 「私は、そう強く祈るのでした」 「……なぁ、今日くらいもう少し遅れて来ても良かったん じゃないか?」 「何言ってるんですか! 昨日の今日だからこそ 早く来て皆さんに顔を見せないと」 「いや、けどさ……」 そもそも、なんでこの人はこんなに元気なのだろうか? 同じ時間に寝たはずなのに、人類が目覚めるような時間とは思えないほどの早起きして、まだ夢の中にいた俺を叩き起こして来たのだ。 その後よく分からないまま口の中に朝飯を放り込まれ制服を取りに自宅へ戻った灯と門の前で再び合流して今に至る。 「それよりも、ちゃんと敬語を使ってください! 一応もう学園なんですから!」 「はいはい……」 意外……と言うほどでもないが、灯には体育会系の血でも流れているんじゃないかと、思わず邪推してしまう。 そうこう考えているうちに、やがて見なれた教室へ辿り着いた。 「うぃーっす」 ガラガラと扉を開けると、中にいたメンバーの視線が一斉にこちらに集中した。 「鈴白先輩!?」 「ええ!?」 「あかりんじゃとっ!?」 「も、もう大丈夫なんですの!?」 「はい、おかげ様でこの通りです」 「皆さんには色々とご迷惑をおかけしたみたいで…… 本当に申し訳ありませんでした」 教室に入った途端、灯が深々と頭を下げる。 「そんな、迷惑だなんてとんでもないですっ!」 「そうですよ。誰もそんな風には思ってないですから」 深空と静香の言葉に、残るメンバーも頷く。 迷惑だなんて、本当に誰一人として思っていないようだった。 「……俺は?」 俺の存在など誰一人として目に入っていないのかみんなが灯の方に駆け寄って行く。 「おはよう、天野っ!」 「……やめてくれ、余計悲しくなる」 まぁ、灯には昨日のこともあるし……これは仕方がないことなのだろう。 そう割り切ることにした。 「それよりも、珍しいな? こんな時間からみんな 集まってるなんて……」 なんだかんだで最近はバラバラに活動していることが多かったし、こうしてメンバーが勢揃いしているのは珍しい光景だった。 「あぁ。昨日の別れ際、鳥井から大事な話があると 聞かされていたのでな」 「大事な話? なんだよそれ?」 「わからんな」 どうやらそれ以外は特に何も聞いていないらしく櫻井は肩をすくめて首を横に振った。 「……んで、肝心のかりんはどこにいるんだ?」 適当な席に腰掛けながら訊ねてみると、先程の櫻井と同じように、みんな首を横に振り、誰一人としてその行方を知る者はいなかった。 と言うか俺に気付いてたんなら挨拶くらいしてほしかった…… 「まぁいい……ってことは寝坊か?」 時計に目をやると、9時を少し過ぎたところだった。 遅刻と呼ぶにはまだ早い時間かもしれないが、みんながこうして揃っている以上、アウトと言わざるを得ない。 「さては道端に落ちてたメガネでも食ってるな?」 「そんなわけないでしょ」 「今日は私よりも早くお家を出ていたので、遅刻と 言う事はないと思うのですが……」 「むぅ……」 かりん・失踪!! つまりこれは、そう言う事なのだろう! 「何やら事件の匂いがしますわね」 「…………」 「どうしたんですの、天野くん? 私の顔に何かついて ますの?」 「いや、なんでもねぇ……」 「?」 花蓮と同レベルの発想しか出来なかった…… その事実が、俺の肩に重くのしかかる。 「フッ……哀れだな」 「うるせぇ! お前に俺の哀愁がわかってたまるか!」 「その程度の発想レベルで感じる哀愁か…… 理解はできても、わかりたくはないな」 「今日はやけに突っかかるじゃねえか? バレーで お前も叩き潰しておくべきだったか……?」 「フッ、天野程度の腕じゃ無理な相談だな」 「……ッ!」 「屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ」 バチバチと火花を散らす俺と櫻井の間に、サッと人影が割り込む。 「これこれ、二人ともその辺にせんか!」 「そうですよ、喧嘩はよくありません!」 俺たちに割って入ったのは、灯と麻衣子だった。 「何で俺が怒られなきゃ……」 元をたどれば、櫻井の軽口が原因のはずだ。 「いいじゃないか? 二人でこってり絞られるのも 悪くないものだぞ?」 「元はと言えばお前のせいだろ!」 「天野くんっ!!」 「……ごめんなさい」 「相変わらず鈴白には頭が上がらないんだな」 「ッ……」 喉元まで出かかった罵声を慌てて飲み込む。 ここでまた突っかかったりしたら、灯に怒られて櫻井にからかわれ、以下無限ループの繰り返しだ。 「秀一もその辺にせんか。カケルいじりも程ほどにの」 「ふむ……そうだな」 「うむ、それで良しじゃ!」 「(そもそも、カケルいじりって何だよ……)」 聞いたところでロクな答えが返ってこないことはわかっていたので、敢えて口にはしないが…… ガックリと項垂れていると、教室の扉が開き、待ち人であったかりんが姿を現した。 「かりんちゃん!」 「あぅ、すみません、お待たせしちゃいました」 「別にいいわよ。ついさっき、鈴白先輩と翔も 来たところだから」 「あぅ!? 灯さん、お体はもう大丈夫なんですか!?」 「はい、おかげ様で。昨日はごめんなさい」 「あぅぅ〜〜っ! 大丈夫です、灯さんの健康が 第一ですから!」 「……そう、それ! 俺に対しても何かリアクション くれないか?」 「あぅ、翔さん。おはようございます」 「…………」 俺と灯の、この扱いの差は何なんだろうか…… 「あぅ! 冗談ですよっ!」 「メガネの分際で俺に冗談とは百年早いわッ!」 眼潰しでもしてやろうかと思ったがメガネが邪魔で届かないので、仕方無くレンズにぐりぐりと指紋をつけてやる。 「あぅぅぅぅぅ〜〜〜!?」 「眼鏡拭きでも一生取れないくらいに汚してやるぜ!」 「やめんかっ!」 「ソロモンッ!?」 スパァンと勢い良く飛んできたハリセンが、こめかみにジャストミートする。 「あぅぅ……指紋で前が見えないです……」 「あはは……」 「いっつぅ……」 「自業自得じゃ! 大人しく座っておれ!」 「わぁったよ」 こめかみをさすりながら、大人しく自分の席へ戻る。 「…………」 何故だろうか、妙に胸がざわめいた。 違和感……とでも言うのだろうか、微かに引っ掛かるものがあった。 いつもと変わらないやり取りなのに、今日は……何かが違う。 「あぅぅ……やっと拭きとれました」 「掛けたまま眼鏡を拭くなんて……器用ね」 「もう慣れましたので」 苦笑いしながら、かりんは壇上へと向かっていく。 「……?」 その様子を眺めていたら、一瞬だが、かりんがその表情を変えた。 何か悲しい、辛いことでも思いだしたかのような暗い表情…… だがそれはすぐに影をひそめ、いつもの笑顔に戻っていた。 「(何だ……?)」 普段のかりんが見せることのないその表情が妙に引っ掛かった。 先ほど覚えた違和感と、その表情に何か関係があるのだろうか? 「今日は、みなさんに大事なお話があるんです」 そんな事を考えていたら、いつの間にか壇上に立ったかりんがこちらを向き直っていた。 「ふむ、どうしたんじゃ? そんなに改まって」 「あぅ……実はですね……」 「今日で、終わりにしようかと思っているんです」 「何がだ? コンタクトにでも変えるのか?」 「…………」 普段ならここで言葉を返すかりんが、ただ黙って俯く。 「……かりん?」 そのただならぬ様子に、皆が訝しがるような視線を向ける中、かりんがゆっくりと口を開いた。 「本日を持ちまして―――」 「私達、特別編成クラスの活動を終了し、解散しようと ……思います」 「……え?」 言葉の意味が、理解できなかった。 あまりにも意味不明なその言葉に、耳が壊れたのかと思うくらいに…… 「な、なぁかりん……うまく聞こえなかったんだ…… その……冗談、だよな……?」 「あぅ……せっかく協力して頂いたのに、本当に 申し訳ないのですが…… 「今日で……終わり、なんです」 「なんで……」 何も考えられず、精一杯に漏らしたの言葉は、実に単純なものだった。 「皆さんのせいじゃないんです。今回の事は全て私の 取り越し苦労のようですから……」 「な、何言ってんだよ? まだ時間なら幾らでも……」 「カケルの言う通りじゃ! まだ2週間も残っておる じゃろう!? それだけあれば、空だって……」 「違うんです」 麻衣子の提案にも、かりんは静かに首を振った。 「もう、皆さんが空を飛ぶ必要はなくなったんです」 「必要が無くなったって……どういうことなの!?」 「失敗した、と言う事なのか……?」 失敗…… それの意味するところはつまり、かりんの言っていた危機というものが現実になると言うことだった。 「いいえ、そう言う訳ではないんです」 「けれど……これもまた、決して悪い事態では無いのだと 思います」 「私が危惧していた危機は回避されましたので……もう 皆さんは、安全だと言う事ですから」 そう言って微笑むかりんは、どこか悲しげながらもその言葉には偽りを感じさせない優しさが在った。 「私のワガママですみませんが……」 「ちょ、ちょっと待てよ……ワケわかんねーよ!」 「勝手に集めて、勝手に解散しろって言うのかよ!? 何も言わずに……もう終わりだって言うのか!?」 「天野くん……」 「……はい、そう言う事です」 「なっ……」 悪びれずに、けれどハッキリと『これ以上は説明しない』と言う意志を表す言葉を告げる、かりん。 そこには、俺の理解を超える『決意』が存在していた。 「頑張っていただいた皆さんには肩透かしなので 怒られてしまうかもしれませんが……」 「私の取り越し苦労で、皆さんに大事が無かったのは 本当に良かったと……思います」 「鳥井さん……」 人一倍、他人の感情の動きに敏感な灯が、慰めるようにぎゅっと優しくかりんの手を握る。 「灯さん、ありがとうございます……」 「たとえ、みんなには言えない想いがあったとしても ……こうしているだけで独りで塞ぎこんでいるより ずっと良いと思います」 「辛い時は、無理せず私達に寄りかかっていただければ 少しは楽になると思いますよ」 「はい。そうですね」 「皆さんがこうして過ごせるだけで、幸せなのに…… 私は、欲張りさんですので」 「自分の望む最高の結末にならなかった事に落胆している って事なのか……?」 「はいっ」 俺の言葉を過剰に肯定するように、空元気で頷いてみせるかりん。 その言葉には、どれほどの想いが隠されておりどれくらいの重みを持っているのか……俺には計り知ることすら出来なかった。 「そして……」 口籠るように俯いて、かりんはしばらく無言のままだった。 そしてゆっくりと顔を上げると、今にも崩れそうな笑みを浮かべながら、口を開く…… 「今日で、皆さんとお別れしなくてはいけないんです」 カラン、と遠くから空き缶の転がる音が聞こえた。 車の音、飛行機の音、ざわめく木々、照りつける日差し。 世界はいつも通りに動いているはずなのに、この教室内の時間だけが取り残されて止まったかのように静かだった。 「……なぁ、いくらなんでもそれは―――」 「嘘ですっ!」 それまでただ黙っていた深空が、ガタンと大きな音と共に立ちあがった。 「か、かりんちゃん……冗談、なんでしょ?」 「お別れだなんて、そんなの……嘘だよね?」 「これで終わりだなんて……そんな、こと……」 「深空……」 一番仲の良さそうだった深空が、突然のお別れに動揺して、必死にその事実を否定する。 「だって……だって、まだ……私、かりんちゃんに 何もしてあげてないよ……?」 「なのに……お別れだなんて……」 「…………」 かりんの言葉が嘘じゃないと、もうみんな解っていた。 どんな理由かは知らないけれど、この日々が終わるということは、もう変えようがない事実なのだろう。 「ごめんなさい、深空ちゃん」 「かりん、ちゃん……」 「とても……とても遠いところに、行かなくちゃ ならないんです」 「私が私であるために―――」 「私が望む、あの空へ届くために」 「…………」 もうこれ以上引き留めるなんて、誰にも出来ない。 それを感じさせる決意が、かりんの瞳に浮かんでいた。 「これで終わりだと思うと……寂しくなりますわね」 「喜べない夏休みって言うのも……初めてです」 「ごめんね、力になれなくて」 「役立たずかもしれんが……私はいつだってお主の 味方じゃからなっ!!」 「……かりん……」 「……翔、さん……」 俺達を仲間と言ってくれた少女……そんな大馬鹿娘が例え誰に見損なわれようとも、選んだ道なのだ。 それを認めずに、これ以上騒ぎ立てる気は……すでに起こらなかった。 「お前がどこへ行ったって、俺達はずっと仲間だ。 だから、独りで辛くなったら帰って来いよ」 「そんときゃ、今度こそ俺達がお前の望む結末へ 行ってみせるからさ」 「うむ! 約束じゃっ!!」 「短い間だったが……中々愉しませてもらったぞ」 「あぅ……みなさん……」 みんなの声援を受け潤んでいるかりんを見て、俺の中にある一つの提案が浮かんだ。 「なぁ、パーティーしないか?」 「パーティー……?」 「翔、こんな時に何言ってるのよ……」 「こんな時だから、だろ? みんなでやろうぜ! かりんの送別会をさ!!」 俺が高らかにそう宣言すると、それまで沈んでいたメンバーも、一気に活気を取り戻した。 「なるほど、それはいいアイディアですわね!」 「カケルにしてはなかなか気が利くの」 案の定だが、異論を唱える者は一人もいなかった。 ただ一人、深空を除いて…… 「深空……」 「……はいっ、やりましょう!」 浮かべた涙をぬぐって、深空が笑顔でうなずく。 みんなが、その言葉を待っていた。 「じゃあ、さっそく準備に取り掛かりましょうか」 「了解ですわっ!!」 灯の指示の下、みんなが準備のために散って行く。 「翔さん……ありがとうございます」 「ん、気にすんなって。それよりも、最後くらいは 俺達らしく、パーっと盛大にはしゃごうぜ!」 涙目になっていたかりんを励ますように、肩を叩く。 「はい……ありがとうございます!」 「だから気にすんなっての。よし、俺達もやるか!」 買い出しや飾り付けなど、やるべきことは山ほどある。 俺は準備に奔走するメンバーの中に加わり、かりんに最高の想い出を作ってやろうと意気込むのだった。 ……………… ………… …… 「ふっふっふ……さて、どうするのじゃ?」 「あぅぅ……」 トランプを挟んで、麻衣子とかりんが睨みあう。 傍目で見ていると、どうやらポーカーをプレイしているようだった。 「う、受けます! 2枚乗せて……コールですっ!」 「むむ、強気ですわね、鳥っちさん」 「マーコの方もそうとうみたいだしね……面白く なってきたわね」 掛け金が割りに配られたポテトチップスが、二人の目の前に山のように積んであった。 お互い手札に自信があるのか……それとも退くに退けなくなったか…… どちらにせよ、負けた方の痛手は想像を絶するようなモノに違いない。 「コールか……ふふふ、受けて立とうではないかっ!」 「あっ! オープン、フルハウスですっ!」 「オープン! フォーカードじゃ!」 「ふぉああああああっ!?」 かりんの絶叫が、教室内に木霊した。 「あぁ、惜しい!?」 「あららー……」 「そんな……わ、私のぽてち30枚がっ……」 「ぬふふ、私の方が一枚上手のようじゃな!」 勝ち誇った笑みを浮かべながら、かりんのチップを没収する麻衣子。 その様子を見て、更に外野がヒートアップしていく。 「いいねぇ、女性陣は楽しそうで……」 「なんとなく、こんな予感はしてたんだよな……」 「何だ? 俺とトリ太だけでは不満なのか?」 「つまらぬというのなら吾輩が何か身になる話を してやろうではないか」 「いえ、結構です……」 黄色い声ではしゃぐ女性陣と比べて、こちらの雰囲気は淀んだ……なんというか鼠色の様な空気だった。 「……そ、そんなに不満なら、あっちに行けば いいじゃない!」 「キモいわっ!」 「そうか? 残念だ」 俯きながらため息をついて、茶色い液体と入ったグラスをカランと鳴らす。 妙に様になっているのが癪だった。 「ていうかそれ酒か!?」 「だとしたらどうする?」 「いやいやいやいや、どうするじゃねえだろ!?」 「……むしろ俺にもくれ」 この淋しさを紛らわしてくれるのは、もはや酒の力だけだった。 「残念だったな。これはただの烏龍茶だ」 「ですよねー……」 「酒の力に逃げようとするとは、まだまだ若いな カケルよ」 「……ごもっともです」 「あぅぅ……翔さん、慰めてくださいぃ〜」 「ちょっと負けたくらいでクヨクヨすんなよ…… 俺とお前とじゃ哀しみのレベルが違うんだ」 「あぅ? どうしたんですか、翔さん?」 「気にすんな……男ってのは相容れない生き物だって 分かっただけさ」 「はぁ……」 とりあえず納得しておこうと言った感じの気の抜けた返事を返してくるかりん。 いつもならここで俺が手を出して、あうあう言わせて気分を晴らすのだが、さすがにそんな気にはなれないシチュエーションだった。 「……なあ、もう戻ってこないのか?」 「……あぅ」 「…………」 ずっと引っかかっていた事を訊ねてみると、かりんは困ったような表情を覗かせるだけで、それ以上は何も言わなかった。 「多分、お前がいないと駄目なんだよ……俺達は」 「翔さん……」 「こうやって俺達が仲良くなれたのだってさ、全部 かりんのお陰だろ」 「だからお前には感謝してんだよ……サンキューな」 「あぅ……」 俺にお礼を言われる事なんて初めてだったからかかりんは少し照れながらそっぽを向いてしまう。 「(そう……こいつが、俺達の事を引き合わせて  くれたんだよな……)」 かりんがいたから、俺はこうして皆とここにいる。 かりんがいたから、俺はかけがえのない仲間を手に入れることができたのだ。 「とにかく、駄目なんだよ。おまえがいないとさ」 「そうね。鳥井さんがいなかったら、きっと今頃 私達はこんなに仲良くなってなかっただろうし」 「うむ、そうじゃな!」 「静香さん……麻衣子さん……」 「あぁ、おかげで実に充実した日々を過ごせた」 「吾輩もこの体験を後世まで語り継ごうではないか」 「櫻井さん……トリ太さん……」 ふと気付けば、かりんの周りを取り囲むようにみんなが集まっていた。 「そうですわ! 今回は飛べませんでしたけど、今度 鳥っちさんが戻ってきた暁には、必ず私が大空へと 舞いあがって差し上げますわっ!!」 「私も、飛んでいる花蓮さんにしがみつきながら 空を飛んで見せちゃいます」 「自力で飛んでくださいませっ!!」 「ぶぅ。いいじゃないですか。えいっ!」 「引っ付かれても困りますわぁ〜っ!!」 花蓮にしがみついている先輩をひっぺがそうとドタバタと駆け回る、天然馬鹿な金髪娘。 なんだかんだと言いながら、良いコンビだった。 「と、とにかく……再会をお待ちしておりますわ!」 「いつでも歓迎しますから。また……お会いできる日を 心待ちにしていますね」 「花蓮さん……灯さん……」 「だから……絶対戻ってきてね、かりんちゃん。 私たち、ずっと待ってるから」 短い言葉ながらも、みんなそれぞれの想いを口にしてかりんへと、その想いを伝える。 「深空……ちゃん……」 「オラオラ、最後くらいメガネ外せっての」 せっかくの送別会がしみったれたものになりそうで俺はそれを誤魔化すように、かりんに突っかかる。 「だ、だめですぅ〜っ!!」 「真実はいつも残酷っ!!」 「コバンくんの決めゼリフを言われてもダメですっ!」 「あははははっ」 「ホント、最後の最後まで馬鹿なんだから」 死にます死にます、と逃げ回るかりんを追いかける俺を見て、みんなが笑いながらそれぞれの声援を送る。 その光景はいつまでも忘れられないくらい楽しくて……だから俺達は、最後まで笑い続けていた。 かりんにとっても……そんな最高の一日として共に過ごせたのだと信じたかった。 「…………」 俺達と別れ、かりんはまた空を飛ぶための永遠にも思える答えの出ない日々を過ごすのだろうか。 もしそうなのだとしても、願わくば―――いつの日かこの不器用で真っ直ぐで誰よりも純粋な少女の想いが……その願いが、あの空へ届きますように。 そんな事を思いながら俺は、みんなで目指し続けたあの大空を眺めるのだった。 ……………… ………… …… <かりんの解散宣言(花蓮編)> 「鳥っちさんが突然、特別編成クラスを解散すると 言い出しましたわ」 「その上、お別れしなくてはいけないだなんて……」 「まったく……いきなり現れて、私達をこんな騒動に 巻き込んだくせに、今度は一方的に解散を宣言して いなくなるんて、身勝手もいいとこですわ!」 「本当に……身勝手すぎますわっ! なんで、急に…… そんな、お別れだなんて、私っ……!!」 「……その後、翔さんの提案でお別れ会を催すことに なりましたわ」 「私はそんな結末、認めたくなんてありませんけど…… 最後だなんて信じませんけど、その……参加くらいは 致しますわ」 「だって私には……あれ程までに他人から必要と された事が、それまで無かったんですから……」 「それなのに、何も力になってあげられないなんて…… そんなの、絶対に認められませんわっ!!」 「……あれ?」 その日、俺が朝一で化学室に寄ってみると、そこには麻衣子どころか誰の姿もなかった。 「おかしいな、今日が休みなんて連絡はもらって なかったけど……」 俺が一人で首をかしげている時った。 「おお、カケル……やはりここにいたか」 「よお麻衣子、いま来たのか?」 「お前にしちゃ珍しく、遅……」 「愚か者。我輩たちなら、貴様がノコノコ現れるより ずっと前から学園にいたのだ」 「そ、そうなのか?」 相変わらず謎の迫力を醸し出すトリ太に、少しひるむ。 「それより、早く教室に来るんじゃ!」 そう言って麻衣子が無理やり俺の手を引こうとする。 「ど、どうしたんだよ」 「かりんじゃ! かりんが何日ぶりかに、顔を 出したんじゃ!」 「かりんが? 何だよあいつ、心配かけやがって」 俺は軽口を叩きつつも、内心でホッとため息をつく。 「じゃが、どこか様子がおかしくてな……」 「思いつめた表情で、私たちに教室に集まれと 言うんじゃ」 「思いつめた表情……?」 「うむ。すでにメンバーは全員教室に集まっておる。 後はお主だけじゃ」 「そうか……わかった」 大きくうなずいて、俺は麻衣子に導かれるまま化学室を後にする。 「(なんだよ、かりんのヤツ……)」 「(ずっと姿を見せないで、やっと現れたと思ったら  様子がおかしいなんて……何考えてんだよ)」 はやる気持ちを抑えて、俺は教室へと走った。 麻衣子の言ったとおり、教室には俺以外のメンバーが集結し、一堂に会していた。 「連れてきたぞ」 「マーコ、ご苦労様」 「翔さん……」 「遅かったですわね。どこで油を売ってたんですの?」 「悪い……こんな事になってるとは知らなかったんで 化学室に寄ってたんだ」 「まあまあ……こうして無事に全員集まったんだから いいじゃありませんか」 「そうだな。俺としても、早く話を聞きたいものだ」 いつになく真面目なトーンで櫻井が黒板を見やる。 そこには…… 「…………」 悲しそうにうつむくかりんの姿があった。 「かりん……」 心配したんだぞ――― ガラにもなく、そう声をかけようと一歩近づいた時だった。 「あぅ……今日はみなさんに、大切なお話があります」 「……え?」 「大切な話……?」 「はい」 そう言うとかりんは、静かに黙祷をするかのように目を瞑り、しばらく沈黙した後に、ゆっくりとその瞳を開き俺たちを見据えながら口を開いた。 「本日を持ちまして―――」 「私たち、特別編成クラスの空を飛ぶ活動を…… 終了しようかと思います」 「え……?」 その言葉が理解出来なくて、一瞬、我が耳を疑った。 「か、かりんちゃん……どういう事なの?」 互いに目を見合わせ、かりんの次の言葉を待つ。 「実は……今日でみなさんと、お別れしなくては いけなくなっていしまいました」 「な……」 あまりにも突然すぎるお別れの言葉に、俺たちは戸惑い何も言えずに黙り込んでしまう。 「ですので、本日限りでこの特別クラスを…… 解散にしようと思うんです」 ―――解散。 かりんの口から出たその言葉に、俺たちは一様にして息を呑む。 「そうか、解散ときたか……」 「ふむ……」 「な、何落ち着いてるのよ二人とも!」 「落ち着いてなど、おりはせん」 「ただ……あまりに想定外な事態に頭が追いついてきて おらんだけじゃ……」 自分たちがかりんを助けてやれなかったと言う結果を突きつけられている事に気づいて、苦虫を噛み潰すように表情を曇らせる麻衣子。 「鳥井さん、突然どうしたんですか?」 「そ、そうですわ! いくらなんでも急過ぎますわ!」 「かりんちゃん……や、やっぱり、いつまで経っても 私たちが空を飛ぶ方法を思いつかなかったから……」 「…………」 おどおどとしている深空の肩に手を置き、かりんの目を正面から見据える。 「理由くらい……説明してくれるんだよな?」 「そ、それは……」 そんな俺からかりんは目を逸らし、言いづらそうに言葉を濁す。 「は、はっきりおっしゃってくださいませ!」 「よせよ、花蓮……」 飛び掛らんばかりの勢いで一歩前に出る花蓮の肩をつかむ。 「だ、だってこんな結果……納得いきませんわ!」 「そうね……花蓮ちゃんの言う通りよ」 「静香、お前まで……」 「だって私たち……鳥井さんのために、まだ何も 出来てないのよ!?」 「そうですわ! なのに、こんな形で一方的に 終わりだなんて許せませんわっ!」 「…………」 花蓮と静香は悔しそうに唇を噛み、足元を睨んでいた。 「それに初めて出会った時、貴様は言っていただろう」 「うむ。一ヶ月以内に空を飛べなかった場合――― とんでもない事が起こる……とな」 「……その心配は、もうありません」 「どういう事だ」 「…………」 黙ってうつむいてしまうかりん。 そんな彼女をあやすかのように、灯先輩が優しく笑いかける。 「わかりました……」 「鳥井さんがどうしても話せないって言うのなら 私たちも無理に聞き出そうなんてしません」 「……ごめんなさい」 「でも……これだけは覚えておいて欲しいです」 「私たちの中に、『飛行候補生』から解放されて 喜んでる人なんて一人もいない、って……」 「鳥井さんと同じ空を目指していたその気持ちは みんな一緒ですから」 「……灯、さん……」 両目一杯に涙をたたえ、かりんが申し訳なさそうにうつむく。 「かりんちゃん……」 「深空ちゃん……」 深空はかりんと視線を交わし、ただただ涙ぐんで肩を震わせている。 なんだかんだ言って、かりんと一番仲が良かったのは深空だったのだろう。 ある日突然現れた親友が、ある日突然、自分の前から姿を消してしまう…… そんな深空の心細さは、俺に推し量れるようなものではない。 教室には二人の鼻をすする音だけが支配し、しばしその場が湿っぽい雰囲気に包まれる。 「…………」 「……パーティー、やろうぜ」 気がつけばそんな言葉が、俺の口をついて出ていた。 「……ふぇっ?」 「ぱー……てぃ?」 「ちょ、ちょっと……こんな時に何を……」 花蓮が珍しく、俺をたしなめるように言った。 「『こんな時』だからやろうって言ってんだよ」 「え……? ど、どう言うことですの?」 「だからパーティーだよ、パーティー。かりんの送別会。 お別れパーティーってヤツだよ」 「俺たちが初めて会った時のヤツくらい、盛大にな!」 「盛大に、って……?」 「確か、あの時はコンビニのお菓子が並んでたくらい だったと思うけど……」 「バーロー、こういうのは心意気だぜ」 「例え、高級フランス料理のフルコースだろうが 乾き物の詰め合わせだろうが、盛大に祝うって 気持ちがあればそれでいいんだよ」 「安上がりなヤツじゃのう」 「うっせ」 見透かしたかのような麻衣子に唾を吐く。 「ふむ……パーティか」 「なるほど……出会ったときと同じように、かりんを 送り出してやろうという考えか」 「カケルよ。貴様、ただの凡人かと思っていれば なかなか洒落た事を考えるではないか」 「はは……どーも」 ひょんな事から、トリ太の高感度が上がったようだ。 「うん……いいじゃない。やりましょ、パーティ!」 「そうですね……この前は鳥井さんに迎えてもらったし 今回は私たちが鳥井さんを見送りましょう」 「そうと決まれば善は急げじゃな」 「さっそく買出しじゃっ!」 「ぐすっ……はいっ!」 涙を拭い、深空が笑顔で返した。 「そういう事だけど……いいよな、花蓮?」 「え、ええっ? わ、私ですの!?」 「いや、なんか気が進まなそうだったから」 「そっ、そんな事……」 全員の視線が、いっせいに花蓮に注がれる。 「わ……わかりましたわっ!」 「貴方たちがどうしてもパーティを開きたいと言うなら 付き合ってあげてもよろしくってよ!」 花蓮が真っ赤になって言い放つ。 まったく、素直じゃないお嬢様だ。 「翔さん……みなさん……」 「花蓮さんも……ありがとうございますっ」 「お、お礼なら私以外に言ってくださいませんこと?」 「はい……みなさん、本当にありがとうございます!」 「お礼はまだ早いですよ、鳥井さん」 「そうよ。パーティは、これからなんだから」 「いっぱい、いっぱい……楽しんでね」 「……はいっ!」 みんなのあたたかな笑顔に囲まれて、かりんはいつものように、元気いっぱいの笑顔を見せたのだった。 ……………… ………… …… 「……結局、その給食を食べてお腹を壊さなかったのは 私だけでしたわ」 「あはははっ、運が良かったんですねぇ」 「え……それって、運が良かったって言うか……」 「嵩立さん、野暮なツッコミは厳禁ですよ」 「いやぁ……しかし、すべらないもんじゃのう」 「それじゃ、サイコロ振りますね」 ………… 「ま、また私ですのぉ〜〜〜〜〜っ!?」 「これで6回連続じゃの……」 「ちょっと雲っちさん! 何かサイコロに細工を しているんじゃありませんこと!?」 「そっ、そんな事してませんよぉっ!」 「あはははっ♪ 花蓮さん、がんばってくださいっ!」 ……………… ………… …… 「………………」 「………………」 「なあ、櫻井……」 「……なんだ?」 「……確か、前にもこんな事が無かったか?」 「……そうだったかな」 「おっかしいなぁ……確か、このパーティしようって 言い出したの、俺だったよな?」 「そうだな」 「だったらなんで……」 「お前と二人っきりでコップ片手にイカなんぞ 食わなきゃいけねえんだぁぁぁぁぁぁ!!」 あまりにも激しい既視感に、俺はたまらず絶叫した。 「やかましいぞ、人間! 酒くらい静かに飲めんのか」 「すみませんでしたっ!!」 怒られた。 「でもこれ、酒じゃないっす! ウーロン茶っす!」 「コップ持ちながら土下座なんて、相変わらず 器用な事できるわね……」 「翔さんも櫻井さんも、そんな所で飲んでないで こっちに来てお話しましょう!」 平謝りに謝罪する俺に、女性陣からお誘いの声がかかっていた。 「だ、そうだ。よかったな」 「え、ええっ? しょ、しょうがねえなぁ……」 しぶしぶといった風を装って、俺たちはその輪に入り込む。 「はっ、はじめまして、天野 翔です」 「人見知りはするけどいいヤツなんだ。よろしく頼む」 「なんで合コンのノリなのよ」 「さあさあお二人さんっ! ここに来たからには 何か面白い話をしてもらっちゃいますっ」 そう言うとかりんは、俺へ向かってサイコロを放り投げてくる。 「ええぇっ!?」 「すっ、すみません!」 「私がサイコロ振ると、なぜか花蓮さんばっかり 出てしまって……全然公平じゃないんですっ!」 「やっぱり細工がしてあるとしか思えませんわ……」 「雲っちさん、ちょっとそのサイコロ貸して いただけませんこと?」 「かっ、噛んだらダメですよぉっ!!」 「な、なんでそこまでサイコロにこだわるんだ……」 「うふふふ……逃がしませんよぉ?」 「ちなみに、面白くなかった時の罰ゲームはこれよ」 「うむっ、その名も『アフリカゾウの《燻製:くんせい》も黒こげ♪ ビリビリマシーン君・ACT3』じゃっ」 「なんつー危ない遊びをしてるんだお前らはっ!!」 「大丈夫ですっ。今のところ、花蓮さんにしか 使ってませんから♪」 「でも、意外と大したことなかったですわ。 欠陥品ですわよ、それ」 「頼むからこいつを基準にモノを考えないでくれ……」 そうして俺と櫻井は、電極をちらつかされながら延々とすべらない話をさせられたのだった…… <かりんの解散宣言(静香編)> 「私たちが学園へ着くと、久しぶりに鳥井さんに 呼び出されたんだけど……」 「私たちの活動は終わりだって、解散宣言をされて…… もう、どこかへ行かなくちゃならないんだって言って お別れを告げられちゃったわね」 「いきなり、じゃったな……」 「……そうね。何を思ってのことなのかはわからないけど 結局、私たちの力不足で、鳥井さんの力になれなかった って事よね」 「口惜しいのう……もう、手遅れじゃったと言うこと なのじゃろうか」 「マーコ……」 「でも、私は今までの日々が全て無駄だとは思わん。 いや、無駄になんて絶対にさせないつもりじゃっ」 「カケルも同じ想いだったのじゃろうな。じゃから、 お別れパーティーを開いて笑顔で見送って あげる事に決めたのじゃ」 「せめて今までの日々が、かりんにとって意義のある 大切なモノになるように、の……」 「……そうね。今の私たちに出来ることは、いつまでも 鳥井さんの事を応援して、友達でいることくらいよね」 「うむ! 残された僅かな時間を、精一杯面白おかしく 過ごすことにするぞっ!!」 「うぃーっす……って、あれ? 珍しいな、マーコが 朝からこっちにいるなんて」 教室のドアを開くと、視界の隅で麻衣子の白衣が翻るのが見えた。 「む。なんじゃ、カケルか」 「どうしたんだ?」 「うむ。ちょっと呼び出しを受けてな」 「呼び出し?」 「鳥井さんが、私達に大事なお話があると言って みなさんに召集をかけたんですよ」 静香の疑問に、すぐ横にいた灯先輩が代わりに答える。 「大事な話って……何かあったんですか?」 「それが、私も詳しいことはさっぱり……」 肩をすくめる先輩に続いて、他のみんなも首を傾げる。どうやら、他のメンバーにも伝えられていないようだ。 「……で、当のかりんはどこにいるんだ?」 「さっきまでここにいたんですけど、フラッと どこかへ行ってしまいました……」 「そうか……じゃ、かりんが来るのを待つかな」 「そうね」 立ちっぱなしで待つのもなんだし、と思って席に着こうとした時だった。 「あぅ。みなさん、もう揃ってたんですね」 聞きなれた音と共に、かりんが教室に姿を現す。 「おぉ、かりん。やっと来たか!」 「すみません、お待たせしました」 「ううん、私と翔も今来たばっかりだから」 「あぅ! ではでわ、ぎりぎりセーフでしたっ!」 「相変わらず切り替えが早いと言いますか…… 現金ですのね」 「あははっ、たしかに、そうかもです」 「あぅ〜っ!!」 「…………」 みんなの言葉に能天気な返事をするかりんだったが俺は何か妙な違和感を覚えていた。 一見、いつものように元気な様子を振舞っているがその影に隠しきれない悲しみが混じっているような……そんな気がしていた。 「……どうしたんだよ、改まって」 「あぅ……はい」 ドタバタと騒いでいたかりんが動きを止め、しおらしくぽつりと呟くように言葉を紡ぎ始める。 「実は、みなさんにお話がありましてお呼びしました」 「お話……ですの?」 「はい」 そう言うとかりんは、静かに黙祷をするかのように目を瞑り、しばらく沈黙した後に、ゆっくりとその瞳を開き俺達を見据えながら口を開いた。 「本日を持ちまして―――」 「私達、特別編成クラスの活動を終了し、解散しようと ……思います」 「え……?」 その言葉が理解出来なくて、一瞬、我が耳を疑った。 「それはつまり―――失敗した、って事か?」 「……みなさんの協力は、私にとってかけがえのない 財産であり、大切な思い出です」 「ちょ、ちょっと待つのじゃっ! まだ一ヶ月までは 日が残っておるはずじゃ!!」 「すみません、マーコさん……それでも、もう 解散しなければならないんです」 「そ、そんな……急すぎるっ!! も、もう少しだけ 待つ事はできんのかっ!?」 「……すみません」 その表情は曇っており、もう覆せない事実だと言う事をハッキリと物語っていた。 「どうしても……ダメなのか?」 「はい」 「けれど……これもまた、決して悪い事態では 無いのだと思います」 「私が危惧していた危機は回避されましたので…… もう、皆さんは安全だと言う事ですから」 そう言って微笑むかりんは、どこか悲しげながらもその言葉には偽りを感じさせない優しさが在った。 「頑張っていただいた皆さんには肩透かしなので 怒られてしまうかもしれませんが……」 「私の取り越し苦労で、皆さんに大事が無かったのは 本当に良かったと……思います」 「鳥井さん……」 人一倍、他人の感情の動きに敏感な先輩が慰めるようにぎゅっと優しくかりんの手を握る。 「灯さん、ありがとうございます……」 「辛い時は、無理せず私達に寄りかかっていただければ 少しは楽になると思いますよ」 「たとえ、みんなには言えない想いがあったとしても ……こうしているだけで独りで塞ぎこんでいるより ずっと良いと思います」 「はい。そうですね」 「皆さんがこうして過ごせるだけで、幸せなのに…… 私は、欲張りさんですので」 「自分の望む最高の結末にならなかった事に 落胆しているって事か」 「はいっ」 俺の言葉を過剰に肯定するように、空元気で頷いてみせるかりん。 その言葉には、どれほどの想いが隠されておりどれくらいの重みを持っているのか……俺には計り知ることすら出来なかった。 「ですので私、そろそろ、みなさんとお別れしなければ ならないんです」 「え……?」 「もう、ここで私に出来る事は、何もありませんから」 「かりんちゃん……」 「ごめんなさい……とても遠くに行かなくっちゃ ならないんです」 「私が私であるために―――」 「私が望む、あの空へ届くために」 そう言いながら空へ向かって手を伸ばすかりんの瞳には誰にも止められないほどの、強い決意が宿っていた。 「遠くって……? 本当にお別れなんですかっ?」 「……ごめんなさい」 行き先を教えたくないのか、何かの理由で言えないのかかりんは深空の問いに、ただ黙って謝るだけだった。 「もう……止められないのじゃな?」 「はい。もう、決めた事なんです」 「これで終わりだと思うと……寂しくなりますわね」 「喜べない夏休みって言うのも……初めてです」 「ごめんね、力になれなくて」 「役立たずかもしれんが……私はいつだってお主の 味方じゃからなっ!!」 「お前がどこへ行ったって、俺達はずっと仲間だ。 だから、独りで辛くなったら帰って来いよ」 「そんときゃ、今度こそ俺達がお前の望む結末へ 行ってみせるからさ」 「うむ! 約束じゃっ!!」 「短い間だったが……中々愉しませてもらったぞ」 「あぅ……みなさん……」 みんなの声援を受け潤んでいるかりんを見て、俺の中にある一つの提案が浮かんだ。 「なぁ、パーティーしないか?」 「翔、こんな時に何言ってるのよ……」 「こんな時だから、だろ? みんなでやろうぜ! かりんの送別会をさ!!」 俺が高らかにそう宣言すると、それまで沈んでいたメンバーも、一気に活気を取り戻した。 「なるほど、それはいいアイディアですわね!」 「はいっ! とっても素敵です!」 「カケルにしてはなかなか気が利くの」 案の定だが、異論を唱える者は一人もいなかった。 「じゃあ、さっそく準備に取り掛かりましょうか」 「了解ですわっ!!」 先輩の指示の下、みんなが準備のために散って行く。 「翔さん……ありがとうございます」 「ん、気にすんなって。それよりも、最後くらいは 俺達らしく、パーっと盛大にはしゃごうぜ!」 涙目になっていたかりんを励ますように、肩を叩く。 「はい……ありがとうございます」 「だから気にすんなっての。よし、俺達もやるか!」 買い出しや飾り付けなど、やるべきことは山ほどある。 俺は準備に奔走するメンバーの中に加わり、かりんに最高の想い出を作ってやろうと意気込むのだった。 ……………… ………… …… 「例えば、アクセサリーとかだったらこうして 組み合わせを変えるだけで、ガラリと印象が 違って見えるのよ」 「なるほど……さすが静香さんですっ!!」 「そんな大げさな事じゃないって」 「いえ、目から鱗とはまさにこの事ですわ…… 何かコツのようなものがあるんですの?」 「コツって言うか、普段から気を遣ってるだけかな」 「なるほどですっ」 「後は好きな人がいたりすれば、それだけで意識とかも 変わってくると思うし……」 「なんじゃなんじゃ、さっそく惚気話か?」 「えっ? あ……そ、そんなつもりで言ったんじゃ ないわよ!」 「ふふふ……恋バナですか? いいですねぇ〜、青春 って感じがして大好きです」 「と言う事で、ここはその辺りを詳しく聞いちゃったり しちゃいましょう」 「賛成ですわぁ〜っ!!」 「す、鈴白先輩まで、なに言ってるんですか!?」 ……聞こえてくるのは、女性陣の楽しそうな声。 どう考えても男子禁制のオシャレやら恋愛話に花を咲かせているようだ。 そんな黄色い空間に溶け込めるわけもなく、俺は一人寂しく飲み物片手に、レジャーシートの隅にいた。 「……何でこういう時に限って櫻井はいないんだよ」 海の向こうに消えた同志(性別的な意味で)へと想いを馳せ、ため息を吐く。 「孤高の鳥と言うのもまた良いものだ。カケルよ 男として成長したいのであれば孤独を《識:し》るのも また一つの道だぞ?」 「俺、トリ太さんに一生ついて行きます……」 トリ太の言葉に涙していると、それを見兼ねたのかかりんがこちらへ寄ってきた。 「翔さん……どうしたんですか? そんな隅っこで」 「構わないでくれ。俺は孤高のロンリーバードなんだ」 「あぅ……よく分からないけど、そうなんですか?」 「あぁ……今ならどこまででも飛べそうだぜ」 「はあ……」 とりあえず納得しておこうと言った感じの気の抜けた返事を返してくるかりん。 いつもならここで俺が手を出して、あうあう言わせて気分を晴らすのだが、さすがにそんな気にはなれないシチュエーションだった。 「……なあ、もう戻ってこないのか?」 「……あぅ」 「…………」 ずっと引っかかっていた事を訊ねてみると、かりんは困ったような表情を覗かせるだけで、それ以上は何も言わなかった。 「多分、お前がいないと駄目なんだよ……俺達は」 「翔さん……」 「こうやって俺達が仲良くなれたのだってさ、全部 かりんのお陰だろ」 「だからお前には感謝してんだよ……サンキューな」 「あぅ……」 俺にお礼を言われる事なんて初めてだったからかかりんは少し照れながらそっぽを向いてしまう。 「(そう……こいつが、俺達の事を引き合わせて  くれたんだよな……)」 かりんがいたから、俺はこうして皆とここにいる。 かりんがいたから、俺はかけがえのない仲間を手に入れることができたのだ。 「とにかく、駄目なんだよ。おまえがいないとさ」 「そうね。鳥井さんがいなかったら、きっと今頃 私達はこんなに仲良くなってなかっただろうし」 「うむ、そうじゃな!」 「静香さん……マーコさん……」 ふと気付けば、かりんの周りを取り囲むようにみんなが集まっていた。 「そうですわ! 今回は飛べませんでしたけど、今度 鳥っちさんが戻ってきた暁には、必ず私が大空へと 舞いあがって差し上げますわっ!!」 「私も、飛んでいる姫野王寺さんにしがみつきながら 空を飛んで見せちゃいます」 「自力で飛んでくださいませっ!!」 「ぶぅ。いいじゃないですか。えいっ!」 「引っ付かれても困りますわぁ〜っ!!」 花蓮にしがみついている先輩をひっぺがそうとドタバタと駆け回る天然馬鹿な金髪娘。 なんだかんだと言いながら、良いコンビだった。 「と、とにかく……再会をお待ちしておりますわ!」 「いつでも歓迎しますから。また……お会いできる日を 心待ちにしていますね」 「花蓮さん……灯さん……」 「だから……絶対戻ってきてね、かりんちゃん。 私たち、ずっと待ってるから」 短い言葉ながらも、みんなそれぞれの想いを口にしてかりんへと、その想いを伝える。 「深空……ちゃん……」 「オラオラ、最後くらいメガネ外せっての」 せっかくの送別会がしみったれたものになりそうで俺はそれを誤魔化すように、かりんに突っかかる。 「だ、だめですぅ〜っ!!」 「真実はいつも残酷っ!!」 「コバンくんの決めゼリフを言われてもダメですっ!」 「あははははっ」 「ホント、最後の最後まで馬鹿なんだから」 死にます死にます、と逃げ回るかりんを追いかける俺を見て、みんなが笑いながらそれぞれの声援を送る。 その光景はいつまでも忘れられないくらい楽しくて……だから俺達は、最後まで笑い続けていた。 かりんにとっても……そんな最高の一日として共に過ごせたのだと信じたかった。 「…………」 俺達と別れ、かりんはまた空を飛ぶための永遠にも思える答えの出ない日々を過ごすのだろうか。 もしそうなのだとしても、願わくば―――いつの日かこの不器用で真っ直ぐで誰よりも純粋な少女の想いが……その願いが、あの空へ届きますように。 そんな事を思いながら俺は、みんなで目指し続けたあの大空を眺めるのだった。 <かりんの迷い> 「もう、これが最後のチャンスだって思うと、途端に 怖くなってしまいました」 「不安に駆られた私は、最悪の展開だけを避けるなら いっそのこと深空ちゃんの絵本を破いてしまおうと 思いつきました」 「だって、もし失敗したら、今度こそ本当に翔さんが 死んじゃうんなら……そうした方が確実なんです」 「だから、私は……」 「いよいよ……あと、6日……です」 寝ている二人を教室へ残したまま、一人、屋上へと来た私は、万感の想いを抱いてこの青空を眺めていました。 運命の日まで、あと、たったの6日…… 泣いても笑っても、私にとっての最後のチャンスで……翔さんの『運命』が、決まってしまう日。 かつての私……深空ちゃんは、いつも一人だけでは絵本を完成させる事が出来ませんでした。 けれど、翔さんと一緒の時は、いつだって成功して……私には翔さんこそが本物の魔法使いだと、思えました。 「深空ちゃんにとって必ず必要な、絶対的な心の支え…… 翔さんとの繋がりは、どうにか作れました」 「歴史的にも、たぶんこれで問題無いはずです」 「残るは―――」 私はこっそり持ってきた、深空ちゃんの作りかけの絵本を眺めます。 「これさえ、破いてしまえば……」 もしこの絵本が完成して、お父さんに渡せば……あの時の私には、耐えられない傷を負ってしまいどうあっても自殺は止められないのです。 それは、かつてそうだった自分が、嫌と言うほど理解している一つの『真理』でした。 この絵本があると、私は……深空ちゃんの自殺は止められない。 どんなに説得しても、言葉が頭に入って来ないほど心を閉ざしてしまう自分を、救えた事なんて一度も無かったんです。 だから――― 「私が、これを破けば……翔さんが、救われるんです」 今の私にとって何よりも大事なのは、翔さんの命そのものです。 絵本がある事で、その命が消えてしまうのなら……いっそ、私の手で…… 「そうすればきっと、深空ちゃんは泣いてしまいます けど……翔さんが慰めてくれるはずです」 「私が二人に嫌われるだけで……それで、翔さんの命が 助かるんなら、わたし……っ!!」 気がつけば、自然と絵本を持つ手に力を籠めていました。 本当に最後の世界なんだから……これを、破けば……翔さんを、確実に救えるんです……!! 「……っ」 絵本を破こうとした瞬間、お父さんと深空ちゃんの顔が浮かんでしまい、私はその手を止めてしまいました。 <かりんは未来からの使者?> 「寝ている私を横目に、私の正体に感づき始めてしまう 鋭い翔さん……あぅ、困りました」 「しかもしかも、どうやら私が深空ちゃんと同一人物 じゃないかって言うところまで疑ってるみたいです」 「あう〜……もう、誤魔化せないんでしょうか……」 「…………」 気持ち良さそうに膝の上で横になるかりんを見ながら俺は先日から抱き始めた疑問について思考を巡らせる。 あの科学力と、不思議な説得力を持った瞳や言葉……そして、たしかに感じる信頼と言う名の『絆』――― どれも俺たちの知り合いが未来からやってきたと考えると《辻褄:つじつま》が合うのだ。 「非現実的だって言う一点を除けば、だけどな……」 最初は無意識のうちにその考えを打ち消していたはずが気がつけば俺は、本気でそう思うようになっていた。 さらに踏み込んで言うならば、俺は――― 「……深空……なのか?」 姉妹がいたと言う話も聞かない深空と、ただならぬ『繋がり』を持つ少女。 似通った趣味、クセ、口調……よくよく考えれば、二人が似ていたのは一緒に暮らし始めてからではなく、最初からだったように思える。 それは、ただの家族と言うより、《さ:・》《ら:・》《に:・》《密:・》《接:・》《な:・》《関:・》《係:・》だと感じていたのだ。 「………………」 俺はモヤモヤとした気持ちのまま、答えの出ない疑問に一人、頭を悩ませるのだった。 <かりんへの恋心、そしてかりんの正体> 「翔さんが私を意識してくれるのは、すごく嬉しくて ……でも、私にはその想いに応えることができない 理由があって……」 「お互いに好き同士なのに、触れ合えないなんて…… こんなの、辛すぎますっ!」 「でも、翔さんはそれだけが悩みじゃないみたいで 私を好きになればなるほど、深空ちゃんのことも 好きになっていってしまうらしいです」 「たぶん、私を好きになるって言うのは、その『過去』 である深空ちゃんを好きになるのと同じ意味で…… だから、やましい気持ちなんかじゃないんです」 「でも、一途な翔さんは、そんなタイムパラドックスの 修復効果で抱いている想いにも悩んでるみたいです」 「それでも、私はまだ……」 「あぅ……かける、さん……」 「…………」 そわそわしていたかりんとの食事を終え、一人自分の部屋へと戻り、ベッドで横になる。 思い浮かぶのは、さっきの魅惑的なかりんの姿だった。 「意外と俺も、情けねーんだよな……」 何度も襲ってやろうかと思ったクセに、かりんの無邪気な笑顔を見ていると、躊躇ってしまったのだ。 「(けど、つまりは、そう言う事なんだよな……)」 そう……襲わなかった理由は、もう下手な自分の嘘では隠せないほどに、かりんに惚れてしまった――― それを自覚するのに、十分すぎる意味を持っていた。 俺は―――かりんを大切にしてやりたいと、本気で考えていたのだから。 「かりん……」 目を瞑り、好きになってしまったそいつの顔を浮かべる。 しかし、かりんを好きになればなるほど、深空に対しても特別な想いを抱くようになっていた。 誰かを好きになればなるほど、同時に他の相手を好きになってしまう。 もしその想いが、不純なものでないとしたら…… 「それはつまり、かりんを好きになる事は、同時に 深空を好きになるのと《同:・》《じ:・》《意:・》《味:・》なんだよな……」 俺は自分の感情が単なる浮ついた気持ちでないと確信する事で、その推測をより強固なものとする。 「(そうなると、答えは一つ、だな……)」 後は、どうやってこれが事実かを確かめるだけだが…… 「やっぱり、あいつしかいねーよな」 恐らく、かりん以外でこの疑問への答えを持つであろう唯一の人物。 そして、未来のそいつこそがこの騒動の首謀者なのか……少なくとも、協力者である事は間違いないだろう。 「明日、麻衣子に訊いてみるしか無いな……」 俺たちの周りで唯一、その超科学を現実のものと出来る可能性のある人物―――すなわち麻衣子に尋ねれば、何かが解るはずだ。 「(全ては、明日……か)」 俺は自分が見つけ出した真実を確信へと変えるために麻衣子と話し合う事に決め、眠りにつくのだった。 <かりんへの気持ち> 「翔さんも、デートのつもりで誘ってくれていたのかも なんて言う自惚れた疑問が脳裏を過ぎりました」 「少し迷いましたけど、思いきって翔さんにそのことを 尋ねてみました」 「最初は驚いていたみたいですけど、暫く黙った後に そうかもな、って言ってくれました」 「ちゃんとしたデートに誘ってもらえたのなんて 初めてで、すごく嬉しかったですっ。えへへっ」 二人で日が暮れるまで色んな場所を回り、いつもと違う道を通って、俺の家へと帰る。 初めはあれほど俺の心を乱していたコイツと共に歩く《河川敷:かせんしき》は、不思議と落ち着ける、心地よいものだった。 「……あぅ……」 「?」 両手に買い物袋を持ちながら、かりんの方を振り返る。 「なんか言ったか?」 「い、いえ。べべべ、別になんでもないです……」 「あからさまに動揺してるだろ」 「してません、してませんっ!!」 「…………」 「…………」 「だあぁっ! こっち見んな!! なんなんだよ!? 黙ってたってわかんねーんだから、言いたいことが あるんならハッキリ言えっての!!」 「あぅ……」 じれったいかりんの態度に俺が苛立って言及してみるも言い辛そうに、もごもごと口ごもってしまう。 そのくせチラチラと俺の様子を窺っているあたりどうしても切り出したいのだが、尋ね辛いような用件なのだろう。 「……なんだよ。怒らないから言ってみろ」 「……その、あの……うぅ〜……」 「…………」 「…………」 これ以上急かしても逆効果だと思い、かりんが自発的に口を開くのを待って黙り込む。 「…………」 「あ、あのですね……」 しばらく待っていると、かりんが恐る恐るやっとのことで重たい口を開く。 「翔さん、二人で一緒にお出かけして……こうして 色々と連れまわしてくれました」 「とても楽しくて、まるで恋人同士みたいだな ……って思っちゃって……」 「…………」 「それで、気づいたんですけど……」 「こうして私をお出かけに誘ってくれたのは…… デートのお誘い、だったのでしょうか……?」 「!!」 おずおずと尋ねてくるかりんのその言葉は、俺にとって完全に予想外のものだった。 そして、それと同時に、俺は自分の無意識な行動の理由を突きつけられたような気がした。 「(そうか……たしかに、そうだよな……)」 今までかりん一人が行っていた晩御飯の買出しに付き添おうと考えていただけのつもりだった。 しかしあの時、俺は自然と『かりんと一緒に商店街をぶらつきたい』と考えて誘っていたのだ。 それはどう言いくるめようと、デートの誘いと同義で…… そして同時に、俺がかりんに対してそう言う感情を無意識のうちに抱いていたと言うことに他ならない。 「(俺は、かりんのことを……?)」 自分の本当の感情に気づいて、ぐらりと景色が歪む。 「かける……さん?」 「いや……ただの妹とのスキンシップだ」 しかし俺は、その恋愛感情を否定したくて、かりんにハッキリと否定の言葉を告げていた。 脳裏に浮かぶのは、あの時の深空の泣き顔で……たしかに俺は、深空を好きなはずなのだから。 「あ……」 「そう、ですよね……兄妹、ですもんね」 「えへへ、馬鹿なこと言ってごめんなさいでした」 「……ああ」 俺は落胆を隠しきれないかりんの胸の内に気づいていたたまれない気持ちになり、思わず視線を逸らす。 「そうだな」 そう呟いて見上げた空には、どこまでも続くかのような綺麗で悲しい夕焼けが広がっていた。 <かりんも考えろ> 「私は様子を見ようと、翔さんと深空ちゃんに 近寄って、話しかけてみました」 「そしたら、お前だけぼけっとしてないで一緒に考えろ って強引に私を巻き込んで、しばらく一緒に行動する ことになってしまいました……」 「あぅ……自分の気持ちを隠し通せる自信が無いから 今まで、出来るだけ距離を置いてきたのに……」 「困りましたけど、でも……そんな嬉しい申し出を 本気で断れるわけ……ないです」 「だから今日から私は、翔さんと一緒に空を飛ぶ方法を 考えていくことになりました」 「あぅ……翔さん……私と一緒に居てくれるなんて 本当に今まで一度だって無かったのに……なんか 今回は、今までとは少し違う気がします」 「それが良いことなのか、悪いことなのか…… 嬉しさ半分、怖さ半分です」 「あのな、お前もボケっと見てるだけじゃなくて俺たちと 一緒に考えろっての」 「え……?」 「そうですね、それ、いいかもです!」 「だろ? こいつだけいつも気がついたら消え去って 何してるんだかわからんしな」 「二人よりも三人で考えた方が、きっと良い案が 浮かびますっ」 「む、無理ですっ! 私、頭脳労働は専門外です!!」 「そんな根性じゃ、どうやっても空は飛べねーだろ!」 「そ、そんなことないですっ!」 「いや、ダメだ。許さん。言いだしっぺのお前だけ 頭脳労働しないなんてのはダメだ!!」 「死にますっ!!」 「死なん!」 「いいか? レッスン1だ。『《空:・》《に:・》《敬:・》《意:・》《を:・》《払:・》《え:・》』ッ!」 「意味がわかりませんっ!」 「とにかくお前は、俺たちと一緒に空を飛ぶ方法を考えて 行くぞ」 「あうううぅぅぅ……」 「あの、それは明日からでも良いでしょうか?」 「ん? ああ、いつからでも良いけど」 「これから私、少し用事がありますので……」 「そうか。それじゃ、俺はかりんと一緒に適当に空を飛ぶ 方法を考えてみるよ」 「ええ〜っ!? か、翔さんは深空ちゃんの傍に……」 「口答えするな! 空を飛びたいんだろ?」 「……はい」 「んじゃ、苦手だろうがなんだろうが克服してから 空を飛ぶ努力をしなきゃダメだろ」 「それは、そうなんですけど……でも、もし私が翔さんと 一緒にいたら、お二人が……」 「問答無用!!」 「あぅっ!?」 俺はぶつぶつ何かを言っているかりんの首根っこを掴んで有無を言わさず持ち上げる。 「それじゃ、また明日な」 「はい。お二人とも頑張ってください」 「あううううううぅぅぅぅ……」 じたばたと暴れるかりんを持ちながら、俺はそのまま二人で教室を後にするのだった。 ……………… ………… …… <かりんを褒めてあげて> 「私は慣れっこなので平気ですけど、深空ちゃんが 自分ばかり《贔屓:ひいき》されるので、気が引けて翔さんに 何かフォローしてくれるように頼んだみたいです」 「どきどき。もしかして、翔さんが私のことを 褒めてくれるんでしょうか?」 「あぅ。褒めてくれる場所を探しているのか、なんだか 慎重に言葉を選んでいるみたいです」 「どきどき……」 「なんだかよく解らなかったですけど、たぶん 翔さんなりに褒めてくれたんだと思います」 「しどろもどろで褒めてくれた翔さんも、何だか斬新で とっても可愛かったです。あぅ!」 「結局、照れ隠しでいつもみたいにエッチな感じで いじめられちゃいました」 「深空ちゃんが慌てて止めてくれなかったら、思わず 本気でヘンな気分になるところでした……」 「できましたっ」 「わ。とっても美味しそうです」 「くっそー、未だに信じられん……これ、本当にお前が 作ったのか?」 「あぅ! さっきからずっと私の近くに座ってたじゃ ないですかっ!!」 「幻覚かなぁ、と」 「あぅ!? 私のお料理が成功するのは、唐突に幻覚を 見る確率よりも低いんですかっ!?」 「冗談だっての」 「あぅ……翔さん、ひどいです」 「……むむむむむむむ……」 「ちょっと、翔さんっ!!」 「ん……? どうした?」 俺がかりんと話していると、何やら思うところがあったのか、深空がひそひそと話しかけてくる。 「どうした、じゃないですっ」 「翔さん、私の時とかりんちゃんの時で、あまりにも 扱いに差がありすぎる気がします」 「うっ……でもそれは自業自得っつーか、日ごろの キャライメージの問題っつーか……メガネ?」 「め、メガネで女の子を判断するのはダメですっ!」 「そ、そりゃそうかもしれねーけどさ……」 「とにかく、かりんちゃんだってこんなに頑張って 私たちのためにお料理を作ってくれたんですよ? だから、翔さんからも褒めてあげるべきです」 「(うーん、褒めるっつってもなぁ……)」 たしかに、唯一の特技である料理を披露してくれた今こそこの能天気メガネ娘を褒められる唯一のチャンスだと言う気がしないでもない。 「そうだな、ここは―――」 「いっちょ、褒めてみるか」 「ですですっ♪」 俺の決断に満足なのか、深空が笑顔で頷いてくる。 「あぅ……? さっきからどうしたんですか? お二人で愛の言葉を囁き合ってるんですか?」 「あー、かりん」 「はい、なんでしょう」 「えーとだな……その……」 普段から褒め慣れていないせいで、どうにも言葉に詰まってしまう。 「かりん……以前から思ってたんだが……」 「は、はい」 普段お茶らけている俺が改まっているせいでなぜか緊張するように身体を硬直させてから次の言葉を待つかりん。 「お前って……」 「どきどき……」 「…………」 褒めようと口を動かすも、再び言葉に詰まってしまう。 いざ褒めると考えると、加減がわからないのだが……どのくらいの勢いで好意を表せばいいんだろうか? 「(よし、コイツを口説くレベルで褒めてみるか)」 俺は褒める方向性を大まかに決めると、咄嗟に思いついたそれっぽい言葉をかりんに告げる。 「お前ってさ、アレだよね……」 「なんか蛇口の付け根にある変な丸いのに似てるよね」 「あぅ。ワケがわかりません……と言いますか、それが 一体なんなのかすらもわかりません」 「解れよっ!!」 「あうぅ〜っ!!」 「(ハッ!? しまった、逆にいじめてしまった)」 あまりにも褒める箇所が無かったため、ついつい変な箇所をおだててしまったようだ。 「(よし、ここは無難に褒めてみるか)」 俺は特に深く考えずに、見たままのかりんの長所をとりあえず褒めてみることにした。 「お前ってさ……ローリエがよく似合うよね」 「あぅ?」 「月桂樹の葉を乾燥させた香辛料のことだっての! カレーとか、煮込む料理によく使うヤツだよ!!」 「意味がわかりませんっ!」 「とにかく、今後お前の事はローリエと呼ぶことに したから」 「っつーか、ロリーエでいいや」 「あぅ……なにがなんだかさっぱりですが、たぶん いじめられちゃってます」 「褒めてるんだよっ!!」 「ぜんぜん嬉しくありませんっ」 「はぁ……」 「うっ……」 深空の深い溜め息で、どうやら俺の褒め言葉は全く機能していないのは愚か、逆効果だったと悟る。 「(しかし、素直に料理が上手いと褒めるってのも  シャクだしな……遠まわしに言ってみるか)」 俺は遠まわしに褒めていると悟られる感じの言葉で褒めてみることにする。 「お前って、別に可愛くなんて無いんだからね! もしもおっぱいが小さかったら、存在価値すら 無いんだからねっ!!」 「あぅ! ひどすぎますっ!!」 ツンデレが通用しなかった!! 「(しかたない、ここまで来たら気づいてもらうまで  ツンデレするしかない……!!)」 半ば意地になって、このままツンデレっぽく褒めて気づいてもらえるように努力してみる。 「少しくらい料理が出来るからってあまり調子に 乗らないでよねっ!」 「ううっ、すみません……」 「で、でもまぁ、味だけは認めてあげてもいいかしら」 「ほんとですかっ!?」 「え、ええ。でも勘違いしないでよっ!? 別にアンタ なんて役に立たないことに変わりは無いんだから!」 「そうなんですか……手厳しいですっ」 「そうね、アンタの価値なんてウンウンオクチウム くらいしか無いんじゃない?」 「翔さん、不潔ですっ! スカトロですっ!!」 俺のツン具合は、全く伝わっていなかった!! 「なんでやねん! ただの元素だろうが!!」 「嘘ですっ! 信じませんっ!! えっちです!」 「だいたい、ウンウンをお口に生むだなんて、すごく 変態すぎますっ!!」 「お前のその発想が激しく変態なだけだろうが!」 「お、お食事中の会話じゃないです……」 「まったくです。翔さん、でりかしーに欠けます」 「俺なのかよ……俺のせいなのかよチクショウ……」 なにやらよくわからないまま、かりんは不機嫌になってしまい、深空には不快感を与えてしまったようだ。 「いっちょ、舐めてみるか」 「舐め……?」 かりんに褒める箇所など見当たらないことを悟り俺はあえて舐めてみることに決める。 「やーいやーい、かりんのメガネ〜っ!!」 「ええっ!? なぜか翔さんが子供みたいな口調で かりんちゃんを挑発し始めてしまいました!?」 「あうぅっ! 精神的大だめーじですっ!!」 「そしてこんな子供騙しの言葉にしっかりと精神的 ダメージを受けちゃってます!?」 「か、翔さんの……あぅ〜〜〜っ!!」 「悪口を言おうとしたのに、何も思いつかなかった っぽいリアクションです!!」 「ぐっ……痛いところを突きやがるぜ……」 「もはや、さっぱり理解できません……」 「翔さんのあうであうであうううぅ〜〜〜〜っ!!」 「黙れっ! ブロッコリーとカリフラワーの違いも 理解できねークセに!!」 「あぅ、そのくらい簡単に理解できますっ!!」 「うっ……解らないかもしれません……」 「なんでだよ! んな違いを理解するんなよっ! そこが萌えるポイントだろうがっ!!」 俺は萌え要素を理解していないかりんに、制裁の意味を籠めて自らのポケットからおしおき用のアイテムを選び取り出してぶちかましてやる。 「喰らえっ! この練乳をぶっかけてやる!!」 「あうううぅぅぅっ! や、やめてくださいっ!! お洋服が白いのでべとべとになっちゃいますっ!」 「あわわわわわわ……」 「問答無用! ぶっかけまくってやるっ!!」 「あぅ……髪も顔もべとべとになってしまいました」 「まだだ! ちゃんと顔についた練乳も舐めろ!!」 「あ、なんだか甘くて美味しいです」 「どうだ、俺特製の手作り練乳だ。美味いだろ?」 「はい……やみつきになっちゃいそうな味です」 「それじゃ、このくらいでカンベンしてやるか」 「えっ……」 「ん? どうしたんだ?」 「あぅ……その……」 「もしかして、もっと欲しいのか? ん?」 「あうぅっ……」 「欲しいんなら、ちゃんとおねだりしてみな」 「もっと……ください」 「あん? 声が小さくて聞こえないぞ?」 「私に、もっとたくさん白いのかけてくださいっ!!」 「へっ、このド変態がっ! お望みどおりその口に 溢れるくらい注いでやるよ!!」 「あうぅ〜〜〜っ!!」 「だ、ダメすぎます〜〜〜〜〜っ!!!」 甘い練乳をかりんに食べさせてやろうとするとなぜか深空が俺を必死になって止めてきた。 「なんだよ、これ、普通の練乳だぞ?」 「で、でも絵面がえっちぃすぎるのでダメですっ!」 「ひ、卑猥すぎますっ!!」 「そうか……なら止めるか」 「あうぅっ!?」 「お二人とも、恋人でもないんですからもう少し そう言う勘違いされるような遊びは控えるべき だと思います」 「わ、悪かったよ」 深空にはちょっと刺激が強すぎたのか、結果的には二人の機嫌を損ねてしまったようだ。 「(ちっ……作戦失敗か)」 どうやら、もう少しひねらずにストレートに女の子を喜ばせるようなセリフを言うべきだったようだ。 とは言え、そんな言葉がスラスラ出るようなら、今頃とっくに彼女の一人でもいるのだが…… 「翔さん、思ったよりも不器用さんです」 「面目ない。女の子を褒めるなんて慣れてないんでな」 「え? でも、私の絵本のこと、褒めてくれて……」 「それは思ったことをそのまま言ってるから、別に 何も考えちゃいない部分だろ」 「男とか女とか関係なく、俺があの絵に惹かれたって 言うだけの話だ」 「……あぅ……」 何が恥ずかしかったのか、深空の方が照れて黙り込んでしまっているようだった。 特に褒めていない深空に成功して、褒めようとしたかりんには失敗するとは、やはり女心は複雑すぎる。 「(まだまだ、今の俺には理解できそうにねーな)」 俺はもう少し女心を勉強しなければと思いつつかりんにお礼一つできない、自分の不器用さを呪ってしまう。 <かりんルート バッドエンド1> 「結局、俺たちは空を飛ぶ事が出来なかった」 「そして俺は、消えてしまったかりんを想い、理由も わからぬ涙を流したんだ……」 「そこにどんな想いや決意が籠められていたのかも 知らずに……俺は今も、日々を生きていた」 空を、飛びたい。 そんな夢物語から始まった俺達の一ヶ月は―――少女の悲しそうな笑顔で、幕を閉じた。 ……結局、俺達は空を飛ぶ事が出来なかったのだ。 けれど少女の予言のように死ぬことはなく、みんなそれぞれの日常へと戻って行った。 そう。ただ一人――― どこかへ消えてしまった少女、鳥井 かりんを除いて。 「だいぶ涼しくなってきたわね」 「そうだな」 「もうすぐ夏も終わり、かぁ……」 「…………」 「今年の夏は……いろいろ、あったわね」 「そう、だな―――」 しみじみと呟きながら空を眺める静香に釣られて俺も、眩しいくらいに輝いている青空を見上げた。 『たとえ私一人でもがんばりますけど……でもきっと 一人だけじゃ、絶対に私の夢は成し遂げられなくて』 『けれどみなさんが協力してくれるなら、どんな事でも 何とかなっちゃいそうな予感がして……』 『だから、ここにいるみなさんが一人でも欠けたなら それは実現できないんじゃないかって。なんとなく 私は、そう思っています』 その大空を見て、俺はいなくなってしまったあいつの言葉を思い出していた。 「…………」 俺は―――あいつが告げた言葉の本当の意味を……何一つとして理解していなかったのだ。 「飛べるはず、無いよな……こんなんじゃ」 「カケル……?」 一人でどうにかなる問題などでは無かったのに……俺は行き詰まった時、かりんと協力しようとせずにただがむしゃらなだけの日々を過ごしてしまった。 「俺さ……本当は、助けたかったんだよ、あいつを」 「……カケル……」 そして心の底では、ずっと後悔していたのだ。 俺の手は空を目指すあまり、あいつの手を掴もうとはしなかったのではないか、と。 そんな俺の些細なミスで、一人の少女を助ける事が出来なかったのではないか、と。 「ははっ……カッコわりぃな、俺」 「…………」 あの時たしかに感じていた強い結束は、かりんが消えた今初めから存在しなかったかのように消え去ってしまった。 残ったのは、あの日俺達が集う前に在った日常で……誰一人として、またみんなで集まろうとはしなかった。 一つは、かりんの願いを叶えてやれなかった自分達のふがいなさから…… そしてもう一つは、真の意味で互いに歩み寄ることが俺達には出来なかったからだ。 「……行こ?」 「ああ……そうだな」 結局、あの楽しかった日々は幻だったのではないかと思えてしまう。 みんなが不幸になるなんて言うのは、ただの夢物語で……かりんの《杞憂:きゆう》、いや、予感でしかなかったのだ、と。 「お、天野じゃねえか」 「今日は珍しく、嵩立と一緒か」 「おはよ〜っ!」 「みんな……」 「おはよ」 「なんだなんだ、お前らってそんな仲良かったっけ? ……ハッ!? もしやひと夏のアバンチュール!?」 「夏は男女をおかしくすると言うからな……開放的な 気分の二人が、一気に大人の階段を駆け上がっても おかしくは無いだろ」 「なっ、何言ってるのよ二人ともっ!!」 「はわわわわ〜〜〜〜っ! あば、あばんっ…… ふええええぇぇぇぇ〜〜〜んっ!!」 「ちょっ……渡辺さん、勘違いよっ!!」 「不純異性交遊だよおおおぉぉぉ〜〜〜〜〜っ!!」 「俺も不純な異性との交遊がしてええええぇぇぇっ!」 「そんな事を公衆の面前で叫んでいる間は、無理だな」 「…………」 そう。 かりんは結局、人騒がせなだけの少女で……きっと本当は困ってなどいなかったのだ。 「か、翔もこの馬鹿達に何か言って……カケル?」 だって、こんなにも、いつも通りの日々なのだから。 「お前、どうして泣いてるんだよ?」 「え……?」 だと言うのに、気が付けば俺は、涙を流していた。 「なんでもないっての」 慌ててその涙を拭って、出来る限りの平静を装う。 「あっそ」 「ああ。なんでも……ねえよ……」 その涙の真の意味もわからず、俺は――― この日常を、生きていく。 <かりんルート バッドエンド2> 「俺のせいで深空は死に、かりんは消えてしまった」 「俺は後悔してもしきれないくらいの過ちを犯して しまったんだ……」 「かりん……深空……」 「お前達を助けられなかった俺には、泣く資格さえ 無いのかもしれないけど……それでも、俺は……」 「その失意の涙を止めることは出来なかった」 そうして、かりんは俺たちの前から姿を消してしまった。 その悲しみに打ちひしがれた俺は、失意に沈む深空を助けてやる事もできず、独りぼっちにしてしまった。 だから―――俺は大切な人を、失ってしまったのだ。 俺のせいで深空は孤独と絶望を抱きながら、この世を去ってしまい……かりんもまた、消えてしまったのだ。 俺は、後悔してもしきれないほど大きな過ちを犯してしまったのだと、今更ながらに気づく。 「かりん……深空……」 二人を救ってやる事が出来なかった俺には、その資格さえ無いのかもしれないけれど…… それでも俺は、二人を想い、涙を流し続けた。 いつまでも、いつまでも――― ……………… ………… …… <かりん唯一の特技> 「私、色々とへっぽこですが、料理だけは自信がある 唯一の特技でしたから、翔さんに認めて貰えたのは 本当に嬉しかったです」 「……他には……何も得意なことなんて無いですけど それでも料理だけは、毎日、たくさんたくさん勉強 して練習してきました」 「なかなか上達しなかったですけど、それでもめげずに 精一杯、毎日少しずつでも上達できるように……」 「その努力の結果を、大好きな翔さんに認めてもらえた なんて……まるで夢みたいですっ」 「すみません、ついつい愚痴を言ってしまいました。 そんな事より、どんどん食べちゃってください」 「おう、そうだな。すげー美味いし」 「て、照れるので何度も褒めないでくださいっ」 普段から《辛辣:しんらつ》にいじめすぎているせいか、どうやらかりんは褒められるのに慣れていないようだった。 「すげー美味い。ビミ。うまうま」 「あ、あうううぅぅぅ〜〜〜」 「じ、実を言うとですねっ、お料理は私にとって、唯一の 特技なんです! あぅ!!」 「だろうな」 「はいっ! えへへ……」 「お、こっちのヤツも美味いな」 「あ、こっちのもオススメです♪」 「はい翔さん、あーんしてください」 「あ、あーん……って、あんまり調子のんなっ!! んなの、はずいだろ!! 却下だ却下!」 「あぅ、もう少しだったのに、残念です」 そう言うと、かりんは一瞬、本当に残念そうな表情を見せて黙り込んでしまうが、すぐにまた明るい笑顔を覗かせた。 「……ずっと……お兄ちゃんに食べてもらいたかったから 頑張って練習したんですよ?」 「え? お前、お兄ちゃんとかいたの?」 「むぅ……います。鈍感なのが、一人」 そう言いながら、かりんが俺の方を睨みつけてくる。 「ああ、もしかして俺のことか?」 「あぅ! 当たり前ですっ!!」 「(当たり前なのかよ……)」 「……私、何にも出来ないへっぽこな妹ですけど 翔さんにおいしい、って言ってもらえるように お料理だけは毎日頑張って練習したんです」 「そ、そうなんだ……」 「はいっ! そうなんです!!」 「(うっ……)」 笑顔で答えられてしまい、不覚にもメガネ娘などにドキリとしてしまう。 油断していたとは言え、メガネをかけた女性を可愛いと思ったのは、初めての経験だった。 「(でも、そうだよな……俺のこの体質のせいで  コイツには大分キツイ仕打ちして来たよな)」 俺は今までの自分の態度を反省しつつ、出来る限り素直な言葉をかけてみようと思いなおす。 「えっと、その……マジで美味いと思う」 「え?」 「俺のためにここまでしてくれて嬉しかったし こんな美味しい料理作ってくれてサンキュな」 「あ……ぅ……」 「努力した結果をこうやって証明して見せたってのに ただ食ってやるだけじゃ、さすがに可哀想だからな」 「なんて言うか、お礼だよ、お礼」 「も、もう一度言ってくださいっ!!」 俺のあまりにも珍しすぎる褒め言葉に、思わず呆気にとらわれていたのか、かりんは我に返ったように再び俺へつっかかってくる。 「は、恥ずいからダメだ!」 「あぅあぅ! も、もう一度言ってくださいっ!! 今携帯で録音しますので、もう一度だけっ!!」 「録音なんてすんなボケッ! なんの嫌がらせだ!! 脅しの材料にでもする気かっ!!」 「あうぅ〜っ! 目覚ましボイスにしますっ!!」 「するなっ!!」 「えへへへへ。照れちゃってる翔さん、かわいいです」 「か、勘違いしないでよねっ! べっ、別に本当に料理が 美味しいんじゃ無かったんだからっ!」 「あぅあぅ♪ わかってますよぅ〜♪」 ツンデレで誤魔化してみたが、どうやら効果は無かったようで、かりんは心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。 「これでまた一つ、夫婦の絆が深まりました」 「兄妹じゃなかったのかよ!!」 「あぅ。兄妹であり、夫婦なんです」 「設定詰め込みすぎだからな」 「じゃあ〜、やっぱり夫婦でっ!!」 「却下だっつーの! オラオラオラオラッ!!」 「あうあうあうあうううぅぅぅ〜〜〜……」 俺は照れ隠しに、上機嫌に暴れまわっているかりんをいじめながら、慌しく食事の一時を終えるのだった。 <くじけぬ意思で> 「翔さんと合流した私は、ついにお父様が雇った 解体業者の方々と《相対:あいたい》しましたわ」 「非道なる業者達に翔さんが倒され、その暴力の矛先は 私に向けられましたの……」 「それでも、私は負けるわけにはいきませんでしたわ」 「私の後ろには、守るべき大切なあの子たちが いるんですもの……」 「だから私は、あなた方の理不尽な暴力になんて 絶対に屈しませんわ!」 「この子たちの居場所は、絶対に私が守り通して 見せますわっ!!」 「翔さん!」 保育園に着くと、保母さんと共に子供達をあやしていた花蓮が真っ先に俺のもとへと駆け寄ってきた。 「遅いですわよ! いったいどこで油を売って……」 「悪い悪い。ヤボ用が少し長引いてな……」 ズズズィと迫ってくる花蓮を、両手で押し止める。 「ガキどもは?」 「今のところ元気ですわ。でも……」 チラリと、花蓮が子供たちの一団に目をやった。 「やっぱり、不安な様子は隠しきれないみたいですわ」 「そうか……そうだろうな」 「園長先生は、今も方々に頭を下げに回ってますわ」 「絶対に立ち退きなんかしないって……他の先生たちも 同じ気持ちですわ」 「だから、今日はいつも通り保育園は運営されて いましたの」 「よかった。誰も諦めてなんかないんだな……」 こんな状況だ、大人の士気が高いというのは何よりも心強い。 「お父様……どうしてこんなひどい事が平気で 出来るんですの……?」 「…………」 花蓮が悲しそうに爪を噛む。 「ま……アイツはアイツなりに、お前の事を 心配してるんだろーさ」 「だ、だからって……」 一転して父親を擁護するようなことを言う俺に花蓮が反論しようとした時だ。 「花蓮おねえちゃん……」 いつの間に子供たちの集団から抜け出してきたのか花蓮に特に懐いている女の子が、彼女の手を引っ張った。 「え……? ど、どうしましたの?」 優しく微笑んだ花蓮が、不安で今にも泣き出しそうな女の子の前に跪いて目線を合わせる。 「あのね……? ほいくえん……なくなっちゃうの?」 「え……」 女の子の問いかけに、花蓮の表情が強張った。 「だ、誰がそんな事を……?」 「あ、あの……ぼ、ぼくが……」 消え入りそうな声で、いつもこの子と遊んでいた少年がおずおずと前に出てきた。 「お母さんたちが話してるの、きいて……さいしょは うそだと思ってたんだけど……」 大人たちの態度を見ているうちに、予感は確信に変わっていった……という事のようだ。 「(マズイな……)」 この話が、こいつらの間だけで留まっているとは考えにくい。 このままでは噂が噂を呼び、子供たちの間にどんどん不安感が伝染していってしまう。 花蓮もそれを思ったのか、何とか事態を収拾しようと四苦八苦していた。 「花蓮おねえちゃん……わたし、そんなのいやだよぉ」 「だ……大丈夫ですわよ! きっと何とかなりますわ」 「なんとかって……どうなるの?」 「え……」 「わたし、みんなとお別れしたくないよぉ……」 「そ、それは……」 答えることができず、花蓮が口をつぐんでしまった。 子供たちの目を、正面から見ることが出来ない。 「花蓮お姉ちゃん……」 「おねえちゃん……」 すがるように花蓮を見つめる子供たち。 『どうなるかはわからない』と言ってしまえたらどんなに楽だろう。 しかし、花蓮はこの子たちを守っていくと決めたのだ。 その相手にそんな無責任な事、言えるはずもなかった。 「……あ、あのですわね、みんな……?」 花蓮が頼りなげに口を開こうとした、その時だった。 「そんなことねーよ!!」 「…………え?」 重苦しい空気を吹き飛ばす声が、意外な方向……子供たちの集団の中から聞こえてきた。 「おまえら、なにヨワキなこといってんだよ!」 それは花蓮の事が好きだったあの少年…… ことあるごとに俺に突っかかってくる、生意気なガキ大将だった。 ガキ大将はズカズカとこちらに歩いてきて、乱暴に二人の手をつかんで言った。 「そんなもん、花蓮ねーちゃんがなんとかしてくれるに きまってんだろ!!」 「…………!」 さも当然であるかのように、不安な顔を浮かべる二人の友人に向けて言い放った。 「ぐすっ……ほんとう?」 「とうぜんだろ! 花蓮ねーちゃんのエイワジテンに フカノウのもじはないんだよ!!」 「あ……」 花蓮が息を呑んだ。 彼の言葉は、本当にまっすぐな…… 心の底から惚れ込んだ相手を無条件に信じる掛け値なしの叫びだった。 「そうか……そうだよね!」 「花蓮お姉ちゃん、いつだってそう言ってたもんね!」 「じゃあわたしたち……まだいっしょにいられるの?」 「あたりまえだろ!」 「おれたちと花蓮ねーちゃんは、大人になっても ずっといっしょにいるんだ!」 「みんな……」 花蓮が声を詰まらせる。 「おーおーこのガキ。俺は数に入れてくれねーのか?」 俺の事などまったく眼中に入っていないようなガキ大将の前に、一歩踏み出す。 「一応、俺もなんとかしてやるつもりなんだけど?」 「うるさいな! お前はひっこんでろよ!」 「え゛」 「お前のたすけなんかなくても、花蓮ねーちゃんなら ぜったいなんとかしてくれるんだからな!!」 普通にヘコみたくなるほど、思いっきり否定される。 ……なんだか、今にもぶん殴ってきそうな勢いだ。 「わかったわかった、わーかったよ」 両手で『降参』のポーズを取りながら、俺はガキ大将から離れた。 「俺さぁ、お前はすごーく大物になるなって思うんだ」 「うるさい、バカ! どっかいけ!」 「へーへーへー」 これ以上刺激しないよう、スゴスゴと退散する。 「こ、こらっ! ダメじゃないですの、そんな事 言ったりしたら……」 「あーあー、いいんだいいんだ」 「……俺、そいつから嫌われてもしょうがないから」 「(何せ、大好きな花蓮ねーちゃんを取っちゃったん  だからな……)」 「よ、よくわからないけど、そうなんですの?」 キョトンとする花蓮に向き直り、俺はそのままの調子で言った。 「なあ花蓮、さっきの続きだ」 まだ鼻をすすっている女の子の両脇に手を入れその小さな身体を抱き上げる。 「ぐすっ……おにいちゃん?」 「……続き?」 「お前の親父さんは、なんだかんだでやっぱり お前の事を想ってるんだよ」 俺の言葉に、花蓮が気色ばむ。 「そ、それはわかっていますわ……」 「でも、こんな勝手なやり方……!」 「もちろん、納得してやる気なんかないけどな」 「…………」 「親父さんに親父さんなりの正義があるって言うんなら こっちにだって相応の言い分はあるんだ」 「そして今回の場合、正しいのは絶対に俺たちだ…… 少なくとも、俺はそう信じてる」 「それを力で押さえつけようって言うんなら 望む所だ。とことん抵抗してやろうぜ」 「翔、さん……」 片手でハンカチを取り出し、女の子の鼻を拭いてやる。 「ぐしゅっ……えへへ」 「ありがとう、おにいちゃん」 俺の腕の中で、満開の笑顔が咲いた。 「ったく。ヤ〇ザ相手に、冷や汗かいてる場合じゃ ねえっつーの……なぁ?」 「?」 「どういう意味ですの?」 「……なんでもねーよ」 女の子を静かに地面に下ろし、俺は花蓮に向き直る。 「とにかく、俺は最後まで戦うからな。お前は……」 「……って、聞くまでもないか」 「言わずもがな、ですわ」 「この子たちにここまで言わせておいて一人で逃げる なんて、この私の名が廃るというものですわ」 「それでこそ」 不敵な笑みを浮かべて、花蓮が頷いた。 今朝までの弱気の虫に取り付かれた花蓮などもうどこにもいなかった。 「私たちも、戦います」 「こんな無法で、この子たちの居場所を失わせる訳には いきませんもの……」 子供たちをまとめていた保母さんが、俺たちに言った。 「……すいません。俺たちのせいで、こんな事に なってしまって……」 『気にしないで』と微笑みながら、保母さんが首を横に振ってくれたのが救いだった。 「……さて」 「後はもうすぐやってくるだろう業者相手に 俺たちだけでどう戦うかだけど……」 「私にいい考えがありますわ」 ぴょこんと元気よく片手を挙げ、花蓮が切り出した。 「聞こうか」 「今こそ、みんなで祈るのですわ!!」 「やがて子供たちの祈りが天に届いた時、空の果てから 唸りを上げて飛んでくるカメのオバケが……」 「却下だ」 「問答無用ですの!?」 「なんでこの期に及んで、カメの大怪獣に助けを 求めにゃならんのだ」 「いつか誰かが言ってただろ。もっとオリジナリティの ある事を考えろよ」 「オリジナリティ……私たちにしか出来ない事……」 神妙な顔をして、花蓮が考え込む。 ……………… ………… …… 「となると、やっぱり実力行使しかありませんわね」 長考の末《捻:ひね》り出されたアイデアに、俺は思わず脱力する。 「おいおい、子供たちだっているんだぞ? あんまり 危ないことさせるわけには……」 「い、いくらなんでも、私だってそれくらいのことは 考えて喋っていますわ!」 「悪かった、聞かせてくれ」 「私が言ってるのは専守防衛……」 「園内にバリケードを張って、悪漢どもの侵入を 防ぐということですの」 「なるほど……」 花蓮にしては、まともな事を言っている。 「そしてこの保育園の必要性を涙ながらに訴えて…… 後は野となれ山となれですわ」 「ダメじゃねえか」 (心の中で)少し褒めたらこれだ。 こいつに作戦の立案なぞ期待した俺がバカだった。 「ま、確かに立てこもりってのも有効かな」 「もっとも、それが実力行使って言えるのかは 疑問だけど……」 「何を言ってますの!」 「子供たちの溢れんばかりの愛らしさ、という名の 実力をもって卑劣な略奪者たちに訴えかける……」 「これこそ、立派な実力行使ではありませんこと!?」 「お前が言うなら、そういう事でいいや」 「なんで投げやりなんですの!!」 「よーし、お前ら聞いたな? みんなで協力し合って 教室にある机や椅子を扉の前に集めるんだ」 「私を無視しないでくださいまし!」 子供たちに大声で呼びかける俺の背中に、花蓮の怒鳴り声が浴びせかけられる。 「それに今回の場合、私が陣頭指揮を執るのが スジってもんじゃありませんこと!?」 「お、言ったな?」 「……うっ!?」 ニヤリと振り向いた俺に、花蓮がたじろいた。 「それじゃ一つ、ビシッと決めてもらおうかな」 そう言いながら、花蓮の背中を押して子供たちの前に立たせる。 「な、なんだかうまく乗せられた気がしますわ……」 「気のせいだ……まさか、今さら怖気づいたなんて 言わないだろうな?」 「当然ですわ!」 花蓮は一つ咳払いをし、子供たちに向き直った。 「みんな……」 これまでとは打って変わって、真面目な顔つきになる。 「まずは、すいませんでしたわ」 「(ええっ!?)」 そして、真っ先に頭を下げた。 「こんな事になったのは、全て私のせいですの」 「おい、花蓮……」 子供たちの間に、動揺の色が見え隠れする。 しかし、小さくたしなめる俺の声など聞こえないように花蓮は続ける。 「みんなに囲まれて、幸せに浸りきって油断していた 私が招いた結果ですわ」 「これだけはどんなに取り繕っても、隠し通せる事では ありませんもの……」 「……でも」 花蓮が顔を上げて、まっすぐに子供たちを見据える。 その両目には、先ほどまで抱いていた一切の迷いなど微塵も感じられなかった。 「こうなった以上、責任は必ず私が取ってみせますわ ……あなたたちの保育園は、私が守りますわ!」 「…………!」 「だから、お願いですわ……みんなの力を私に 貸してくださいませ」 「みんなの力が一つになれば、絶対にこの保育園は 取り壊されたりしませんわ!」 花蓮の叫びが、《空中:そらじゅう》に響き渡った。 遊具場を支配する、一瞬の静寂。 ……そして。 「おぉぉぉぉおおっ! やるぜ、花蓮ねーちゃんっ!」 「やっぱり花蓮お姉ちゃんだ! お姉ちゃんなら ぜったいにうまくいくよ!」 「おねえちゃん、かっこいい!」 子供たちから上がる、天まで届く歓声。 興奮は次々と伝播していき、やがて園内を巻き込む渦になった。 「なんだよ、心配する必要なんてなかったじゃねえか」 「なんですの?」 やり遂げたという笑顔で、花蓮が言った。 「いや……お前もよくよく物好きなヤツだと思ってな」 「どういう意味ですの?」 「財閥の令嬢って肩書きまで捨てて、ガキどものために あんな親父さんに歯向かうなんてさ……」 「普通はしねえぞ、こんな無茶な事」 「今さら何を言ってますの?」 俺の言葉に、花蓮が首をかしげる。 「貴方が照らしてくれた道ですもの、もう迷いませんわ」 「あぁ、そっか……」 眩しくて、俺は目を細めて空を見上げた。 「(どうだ、見てみろよオッサン……)」 「(これが花蓮が選んだ……アンタが否定した  『力』なんだ)」 「(アンタから見たら、まだまだ取るに足らないような  小さな『力』かもしれない……)」 「(でも……ようやく芽吹いた花蓮の可能性を力ずくで  摘み取ろうっていうのなら、俺はとことんあがいて  アンタの邪魔をしてやるよ)」 「(それが、花蓮を選んだ……花蓮が選んだ俺に出来る  アンタへの精一杯の抵抗だ)」 熱気渦巻く遊技場で、満足げに微笑む花蓮の隣に陣取って……俺はそんな事を思っていた。 ……………… ………… …… 「……来たか」 腹の底をビリビリと震わせる重低音を響かせて解体業者の車が遊技場に乗り入れられる。 初めは小型のトラックだけかと思ったが、そうではない。 シャベルカーはもちろん、何に使うか想像しただけで恐ろしい、物騒な鉄球が突いたクレーン車を載せたトラックが続いている。 「うっわぁ……たかだか保育園ひとつ壊すのに ここまでやるもんかね……」 思わず戦略的撤退を試みてしまいそうな足をなんとか踏み止めて、俺はトラックから降りてきた中年男と対峙した。 「あんた、保育園の人かい?」 「厳密には違うけど……まあ、そんな所かな」 訝しげに首をかしげ、男は書面に目を落としながら不思議そうに言った。 「おかしいな……今日、この保育園の取り壊しの依頼が 正式に来てるんだけど……」 「なんかの、間違いじゃないっすかね」 「いや、そんなはずないよ……ほら」 男が俺に書面を突きつけてくる。 そこには確かに、役所の捺印がしてあった。 「それに……中に人、いるよね?」 教室を指差して、男が言った。 ガラス戸からは幾重にも積み重ねられた机や椅子…… そして、俺が『絶対に出てくるな』と言い聞かせた子供たちがこちらを伺っている様子が見て取れる。 「……はぁ……たまにいるんだよなぁ、あんたたち みたいな人が」 「…………」 うんざり、といった感じで、男がため息をついた。 「なんでもごねれば通ると思っちゃって、ヒステリー 起こして暴れ回って……」 「冗談じゃないんだよ。こっちは正式に依頼を受けて 金までもらってんだ」 「それともあんた……うちのモンとその家族を 飢え死にさせる気かい?」 トラックや重機から、筋肉質の屈強な男たちがゾロゾロと降りてくる。 皆一様に背が高く、骨張った《厳:いか》つい強面をしている。 「なあ、兄ちゃん。あんたからも言ってやってくれよ」 「いつまでも立てこもってないで、大人しく 出て来いってさ」 「イヤ、だね」 「…………」 イラついたように舌を打ち、男がガリガリと頭をかく。 「あのなぁ、兄ちゃん。俺たちも、仕事なんだよ」 「あんたは知らないだろうけど、ものすごいお偉方の 頼みで、役所からも許可が下りてるんだ」 「あんたらがどれだけ意地になっても、こっちは 強制的に立ち退かせることが出来るんだよ?」 「それでも、諦めてくれ」 「なんだとぉ……?」 男のこめかみに、青スジが立ったのが見て取れる。 「頼むよ……この保育園は、まだ必要としてる 子供たちがいるんだ」 「子供だけじゃない……ここで働く先生たちだって みんなと離れたくないんだ」 「…………」 「なあ、あんたたちにも家族がいるって言ってたよな」 「ここのみんなも、家族同然なんだ……それに免じて なんとか見逃してやってくれないか?」 我ながら、古臭い手だった。 案の定、男たちは鼻で笑って相手にしない。 「みんなそう言うんだよ……『家族はいないのか』 『人の心はないのか』……ってな」 「無理を言ってるのははわかる……でもっ……!」 「どうしても立ち退かないっていうなら、力づくでも 引っ張り出すしかねえな」 「待ってくれ……!」 「おい、始めるぞ」 男が合図すると、皆それぞれの重機に戻っていく。 「……おい、待てよ!」 大型トラックの扉を開けた男の肩を、強引につかもうとする。 しかし…… 「―――ウグッ!?」 振り向きざまに放たれた拳が、みぞおちを直撃する。 内臓を吐き出してしまうのではないかと思う痛みに俺はたまらず膝を折ってしまう。 「グッ……うっ……ゥェェッ……」 「ちっ……人が大人しく言ってるうちに聞かないから こういう事になるんだ」 拳をぷるぷると払いながら、面倒くさそうに男が吐き捨てた。 「急ぐぞ。日が沈む前に終わらせないと」 そう言って、男が再びトラックに乗ろうする。 「……くっ、そぉ……」 「……ま、待てっつってんだろうがぁぁああぁあぁ!!」 「うわぁっ!?」 男の腰に体当たりをし、そのまましがみつく。 「こっ、このガキ……! 放せっ!」 「…………! …………ッ!!」 背中や後頭部に、拳の雨が降り注ぐ。 別の重機に乗り込もうとしていた男の仲間が駆けつけて俺を引き剥がすのを手伝っている。 頭を殴られ続けるうちに、視界がグワングワンと揺らいできた。 罵倒しながら俺を殴り続ける男たちの声も、だんだん遠くなっていく。 「(チクショウ……ぜってー放さねえ……)」 殴れらながら、俺はただ花蓮のことを考えていた。 ここで俺が倒れたら、女子供の力で組み上げられたバリケードなど簡単に突破されてしまうだろう。 もしそうなったら、花蓮のヤツ…… 「……ふふっ……くっくっくっくっ……」 思わず肩を震わせて、俺は笑い声を漏らす。 「(無茶、するんだろうなぁ……)」 熱を帯びてきた頭の中で、そんなことを考えた。 「ハァ……ハァ……ハァ……」 「クソッ……しぶといガキだったぜ……」 「翔さんっ!!」 「……ん?」 「翔さん、翔さんっ! 大丈夫ですの!?」 「なんだよ、あんたも……その兄ちゃんの仲間か?」 「なんてひどい事……!」 「大の男が寄ってたかって……アナタたち、恥ずかしく ありませんの!」 「おいおい……先に手を出してきたのはこいつだぜ?」 「今すぐ、放してくださいまし!」 「そうはいかない……また暴れられでもしたら 面倒だからな」 「なんて卑劣な……!」 「そう睨むなよ……あんただって、この兄ちゃんみたく 痛い目に遭いたくないだろ?」 「……アナタたちのような人間に屈するより はるかにマシですわ」 「……いい度胸だな」 「それ以上近寄ったら、タダじゃ済みませんことよ」 「だったら望み通りに……ん?」 「……え?」 「…………」 「なんだ、お前……この保育園のガキか……? おい、どいて……!」 「…………」 「…………」 「み、みんな……大人しく中で待っていないとダメじゃ ありませんの!」 「ちっ……何人いるか知らねえが、ガキが集まった ところで何ができる!」 「お前ら、一人ずつつまみ出せ!」 「…………」 「そこをどけ!! お前もそこの男みたいに なりたいのか!?」 「……絶対に、どく訳にはいかなくなりましたわ」 「なにぃっ?」 「この子たちに指一本、その汚い手で触らせるわけには いきませんもの」 「……このガキ……ッ!」 ……………… ………… …… 「…………」 「…………っ!?」 後頭部に一際強い衝撃を感じてから、どれくらい気を失っていたのだろう。 「……花蓮!?」 グラグラと揺れる視界を無理やり広げ、俺は顔を上げる。 花蓮は無茶をしていないか……ガキどもが危ない目に遭っていないか……それだけを思いながら。 ―――そして、俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。 「お前ら……花蓮!?」 そこには何人もの子供たち…… そして、そんな彼らを守るように両手を広げ仁王立ちになっている花蓮の姿があった。 「あら、翔さん。遅いお目覚めですのね」 「何やってんだよ! 絶対に出てくるなって 言っただろ!」 それも、子供たちまで一緒に…… 「おい兄ちゃん。このお嬢ちゃんに、ケガしないうちに どくように言ってやってくれ」 花蓮の目の前では、男が今にも殴りかかりそうな顔をして立っている。 「やめろテメエ! お前の相手はこの俺だろうが!!」 「ちっ……静かにさせておけ」 「グッ……あぁぁあぁあぁぁぁぁっ!」 俺を押さえつけている男の力が強くなった。 「なあ、あんな風になりたくないだろ?」 「…………」 「この仕事はな、お前らなんかよりず〜っと偉い人から 来た依頼なんだ」 「お前らみたいな貧乏人がどうあがいたって どうにかなるようなものじゃないんだよ」 「…………」 花蓮は何も答えず、無言で男を睨んでいる。 「何を意地になってるか知らねえが……その綺麗な顔に 傷がついてからじゃ遅いんだぞ?」 「な……っ!? テメエ、ふざけんな!!」 「こっちとしても、なるべく穏便にコトを運びたい ものなんだけどな」 下卑た笑いが、男たちの中からもれた。 「……これ以上手荒な事なんて、ありませんわ」 「…………っ!」 「てっ……めええええええええええええええっ!!」 ついに、男の腕が振るわれた。 平手で花蓮の顔面を捉え、その頬を赤く腫れさせる。 「あんまり、俺たちを怒らせるんじゃねえぞ」 「こっちも少しくらい乱暴な事をしてもかまわないって 言われてるんだ。女だからって容赦はしねえからな」 「どこが『少しくらい乱暴な事』だ、クズ野郎!! オラ、かかってこいよ!!」 俺の挑発に耳も貸さず、男は花蓮を睨み続ける。 「お前らも、何やってんだよ!」 「花蓮ねえちゃんを連れて、さっさと教室に 逃げるんだよ!」 今後は花蓮の後ろで、花蓮と一緒に立ちはだかる子供たちに叫んだ。 しかし、丸い瞳で男たちを毅然とした態度で睨むその姿は、花蓮と共に戦う決意を決めたことを雄弁に物語っている。 「気味の悪いガキどもだな……オラ、どけよ!」 「……っ! …………っ!!」 「やめろおおおぉぉおおおおおおおおおおっ!!」 男の平手が、何度も何度も振り下ろされる。 「ど、どうだ? これでも、まだ……」 「…………」 それでも、花蓮は男を睨み続ける。 頬は腫れ、髪も乱れ、たたらを踏んでも……決して花蓮の瞳に敗北の色は映らなかった。 「絶対に、どきませんわ……」 「…………ッ! この……!!」 その迫力に気圧されたのか、男が初めて後ずさる。 「この子たちの保育園を、アナタたちの自由にさせたり しませんわ……」 「それくらい出来なくて……この子たちの立派な お姉さまになんか、なれませんもの!!」 ボロボロになりながら、一歩も引かずに花蓮が叫んだ。 背中に守った子供たちへ聞かせるように。 遠い地で自分を見守る姉と母に届けるように。 そして、生まれてくるはずだった弟と妹に誇るように。 「(そうだ……お前はもう、胸を張っていいんだ)」 「(お前は立派に、そいつらの『お姉ちゃん』に  なれたよ……)」 「くそぉっ……いつまで意地張って……!」 「諦めろよ。お前と花蓮じゃ役者が違うぜ」 「うるせえ! お前ら、早くそいつを黙らせろ!!」 「くくっ……あ、あっはっはっはっはっは……」 男たちにボコボコ殴られながらも、笑いと共に痛みではない涙がこみ上げてくる。 「平気ですの、翔さん? なんだか、危ない人に 見えますわよ」 「安心しろよ。知っての通り、俺はMじゃねーからさ。 それより、そっちはどうだ?」 「そうですわね、所詮は下賎な烏合の衆……」 「この程度の暴力……マーコさんの発明品のほうが よっぽど骨身に染みますわ」 「ははっ……ちげーねえ」 こんな状況にも関わらず軽口を叩き合う俺たちについに男がその怒りを爆発させる。 「てめえら……何ヘラヘラしてやがんだ!!」 しかし、今となっては子供たちですら、その怒声に尻込みする者はいない。 「もう何を言っても無駄ですわ……」 「この子たちの居場所は、絶対に私が守って 見せますもの!!」 子供たちの中から、ワッと歓声が上がる。 「……ッ! この……っ!!」 男が拳を握り、頭上高くそれを掲げた。 もはや完全に理性を失った男の蛮行を、止められる者はいなかった。 <この想い、あの子がいる空まで届け> 「その日、私と天野くんは、瑞鳳学園の屋上に忍び込んで いました」 「二人とも、瑞鳳学園は卒業しちゃいましたけど 私達はどうしてもこの場所で果たさなくちゃ いけない目的があったんです」 「それは、今こうして笑いあえる日々と言う奇跡を くれた、ある一人の少女へ向けた、感謝と応援の メッセージ……」 「その想いを綴った紙で作った紙飛行機に乗せて かつての仲間に届けると言う事です」 「あの子は今も、きっとこの世界のどこかにある同じ 空の下で、今も空を飛ぼうと頑張っているんだって 不思議とそう思えたから……」 「鳥井さん……いいえ、かりんちゃん。ありがとう…… そして、頑張ってください」 「私達もここで、ずっとずっと応援しているから。 だから、挫けないで頑張って!!」 「私……今、どうしようもないくらいに、幸せです」 「はは、そっか」 「はい。みんなに支えられ、諦めずに努力して…… それが報われたんですから」 「……ああ。そうだな」 「だから私、どうしても……あの子に、今の気持ちを 伝えたかったんです」 そう言いながら、灯は用意していた手紙を取り出す。 「かりん……」 俺達が残した、最後の心残り……それは、共に協力して空を目指した少女の行く末だった。 手がかりも無く、消えてしまった少女へ……俺達が得た全ての想いを届けるために……灯は手紙を書いたのだ。 「ここなら、きっと……あの子が目指した『空』に近い この場所なら―――」 「届くような気がするんです」 すでに学園を卒業した俺達が、屋上へ忍び込んだ理由はただ一つ。 2年前のあの日……俺達を巡り合わせてくれたアイツへ……大切な仲間へと、メッセージを届けるためだった。 「それじゃ、行くぞ……」 「はい」 今こうして笑い合えるのも、きっと……あいつがくれた魔法のようなプレゼントだから――― 「それっ!」 だから俺達は、彼女に向けたメッセージを書いた手紙を紙飛行機にして、空へと飛ばした。 それは、かつて起きた奇跡のように……想い続ければきっと相手へ届くのだと信じて…… 「おーおー、飛ぶ飛ぶ」 春の風に乗り、紙飛行機は緩やかに飛んでいく。 「……あいつのところへ、届くといいな」 「届きますよ。だって……」 柔らかく微笑んだ灯が、俺の肩に頭を乗せる。 「今はもうどこにいるのか、分からないけれど……」 「あの娘は今も同じ空の下で、きっと空を飛ぼうと 頑張っているはずですから」 「……ああ。そうだな」 願わくば、彼女にも……たくさんの幸せを。 この世には時として、暗く冷たく、絶望を感じる出来事があるかも知れない。 けれど、それでも……きっとどこかに、希望はある。 辛い現実を吹き飛ばすような、最高の瞬間を……きっとアイツなら、描き出せるはずだ。 「ん……」 そして俺達は、みんなで作り出した最高の希望を胸に灯し決して消さないと誓いながら、唇を合わせる。 それが、あの時俺が交わした……永久に続く盟約だった。 もう決して逃げず、立ち向かい……生涯をかけて灯を幸せにすると言う―――誓いのような、決意で…… 「翔さん……これからも、ずっとずっと……私と一緒に いてくださいね」 「ああ。喜んで」 夢のような幸せが醒めぬように、俺達は互いの身体を寄せ合う。 柔らかな春の風に揺られながら…… いつまでも、いつまでも――― 俺達は、口づけを交わし続けるのだった。 <じゃれあうほどに仲が良い> 「ところで、二人ともどうしてここに?」 「ああ、それなんじゃが……」 「今回からここは、私たちが担当することに なったらしいの」 「ふ、ふぇっ!?」 「そ、それじゃあ私、お払い箱ってことですかぁ!?」 「言い方は悪いが、そんなところじゃのう」 「いや、そういう事でもないと思うんだけど……」 「や……やだもん! 私、ここくらいしかろくな出番が ないのに……」 「そ、そんなこと言ったって……」 「ふ、ふぇぇぇ……」 「ああ、泣かないの泣かないの……」 「仕方ないのう……」 「シズカ、目をつむっておれ」 「え……? う、うん……」 「ナベちーナベちー……ほれ、これを見るんじゃ」 「ふぇぇ……」 「何? その棒みたいなの……」 「よいからよいから……」 「この先端を、よ〜く見ておくのじゃ」 「う、うん……」 「あれ? でも、どうして二人とも目を閉じて……」 「………………」 「…………」 「……」 「ふぇっ?」 「あれれ〜っ? 私、なんでこんな所にいるの〜?」 「ええっ!?」 「あ、相楽さんに嵩立さん。お久しぶりだよ〜っ」 「気分は悪くないか、ナベちー?」 「うん、平気だよ〜」 「でも私、こんな所で何してたんだろう……」 「しっかりするんじゃ、ナベちー」 「ナベちーは家に帰ると言っていたではないか」 「お家に帰る〜……?」 「…………」 「……」 「だよね〜」 「…………」 「大丈夫か? 一人で帰れるか?」 「うん、平気〜」 「じゃあね、二人とも。ばいば〜い」 「うむっ、気をつけて帰るのじゃぞ」 「…………」 「…………」 「……ふう、成功じゃ」 「ま、マーコっ!! 今のってまさか……」 「安心せい。ナベちーには、ここ最近の記憶を少々 忘れてもらっただけじゃ」 「……大丈夫なの? それ……」 「心配するな、後遺症は残らないはずじゃ」 「そうじゃなくて……お、怒られないの?」 「むっ? なにがじゃ?」 「んもぅ、マーコったら相変わらず危なっかしくて 見てられないわね……」 「むぅ。シズカが細かいことを気にしすぎる だけじゃろ」 「マーコがゆるすぎるだけでしょっ!!」 「そうして、マーコは泣いてた私を励ましてから 『お姉さん』になってくれたのよ」 「へぇー……そんな美談があったのか」 「だから二人は仲が良いのだな」 そう言えば、あの頃から自然と俺をお兄ちゃん呼ばわりしなくなったような気がする。 その裏には、麻衣子と言う『お姉さん』が現れたことも少なからず影響しているのだろう。 「そ、そうじゃったかのう……」 「そうだったわよ」 「むむむむむむむ……」 「まぁ、今ではすっかり『お姉さん』じゃなくって 手のかかる妹みたいになっちゃったけどね」 「むむむっ、失礼な!」 「だってそうじゃない。いつも厄介事に首を突っ込むし すぐに危ない事をしようとするし」 「さっきの爆弾なんて、まさにいい例よ! 一歩間違えたら 怪我じゃ済まないんだからね?」 「じゃから、科学に危険は付き物だと言うておるじゃろ。 こればっかりはどうしようもないのじゃ!」 「そんな事いって、毎回毎回トラブルメーカーなのは ドコのどなただったかしら?」 「むぅ……毎度毎度、手厳しいのう。もう少し大目に 見てくれても良いと思うのじゃが」 「大目に見たら大怪我しそうだから言ってるのよ」 「つまり、なんだかんだ言っても、結局お前らは仲良し 姉妹ってワケだな」 「ちょっと! 勝手に決め付けないでよっ!!」 「むぅ……違うのか?」 「え?」 「やっ、ち、違うの……今のは、その……」 「シズカぁ……私の事なんて、嫌いなのか?」 「そ、そんな事あるわけないでしょっ!?」 「その……好きに決まってるじゃない」 「むおおおぉ〜〜〜っ! シィ〜〜〜ズカ〜〜〜ッ!!」 「きゃあ!? ちょ、ちょっと、マーコ!?」 静香をからかっていたのか、その返事を聞いて、ここぞとばかりに麻衣子が嬉しそうにその胸へとダイブする。 「なるほど。喧嘩するほど仲が良い……とはよく言った ものだな」 「当然じゃ! 私とシズカは、無敵の友情で結ばれて おるのじゃからなっ!」 「だ、だからって、なんで急にくっついて来るのよ!?」 「むふふ。無論、愛情表現に決まっておるじゃろう!」 「ご、誤解されそうなこと言わないでったら!」 静香に抱きついて、至福の表情で頬ずりする麻衣子。 見慣れた光景だが、二人の馴れ初め話のお陰か、今日はいつもに増して微笑ましいものを感じていた。 「にっしっし。照れるな照れるな!」 「照れてないわよっ!」 「シズカ〜ッ! 愛しておるぞぉ〜っ!!」 「んもぅ、やめてったら!」 「やはり仲がいいな。あの二人は」 「あぁ。そうだな。っつーか、百合臭がするな」 「か、勘違いしないでよね! 別に私、マーコの事を そう言った目で見たりなんて、してないんだから」 「むほっ! ツンデレじゃな!? ツンデレと言うヤツ なんじゃなぁ〜〜〜っ!!」 「んもぅ! 違うって言ってるでしょ!? マーコも 悪ノリしないでよ! 勘違いされちゃうじゃない!」 「ははは……こりゃ、本物だな」 「そうだな」 静香との付き合いだけなら俺の方が長いが、ああして二人が一緒にいるのを見ると、麻衣子には敵わないと改めて思い知らされる。 「ったく……二人のいちゃつきっぷりには敵わねーな」 「ならば見せつけてやるか、俺達も?」 「……本気で言ってるなら潰すぞ?」 「安心しろ。俺はちょっとやそっとじゃ倒れん」 「逆に不安だっての……」 「冗談だ」 「ん……? そういや、今日はやけにトリ太が静かだな」 もともと口数が多いほうではないのだが、それにしたって今日のトリ太の気配の無さは異常だった。 「もしかして、そこでボロ雑巾のように投げ捨てられて いるのがトリ太ではないのか?」 「何っ!?」 櫻井が示す先には、たしかにボロボロになったトリ太と思わしき物体が放置してあった。 「トリ太!? トリ太ぁぁぁっ!?」 ……………… ………… …… その日、麻衣子が発明した爆弾はたしかに人体には何の影響も及ぼさないが、その以外の物に対しては普通の爆弾となんら変わらないらしい。 勿論トリ太は人間じゃないから、効果は抜群な訳で…… 結局その日の作業は、被爆したトリ太の介抱だけで終わってしまうのだった。 <すっかり打ち解けて> 「あれから一週間以上、何回も会議を重ねてきたけど 目立った進展は無し……」 「力になれないのが、歯がゆかったな……」 「ほほぉ〜う」 「な、何よ」 「そんな風に思っておったと言うことは、どうやら かりんとはだいぶ打ち解けていたようじゃな」 「……まあね」 「鳥井さん、あんなに良い子なのに……なんで私は 一歩引いて見ていたんだろう……」 「自分のちっぽけな心が、今思うと恥ずかしいな……」 「ほっほーう……かりんにベタ惚れのようじゃな?」 「なに? もしかして嫉妬した?」 「いやいや、シズカは私一筋じゃと信じておるからのう。 この程度では、微塵も動じんの」 「私とシズカの間に割って入るんなら、かりんには もう少し頑張ってもらわねばいかんかのう」 「……そ、そうね……」 「……自分から振っておいて、照れるヤツがおるかっ」 「だって、マーコがバカなこと言うんだもん……」 俺と静香の騒動も一段落し、同時に、かりんとの確執も消えたことで、俺達は今まで以上に空を飛ぶために奔走していた。 だが、結果は失敗の連続で…… 麻衣子の指示の下、様々な発明や実験を行ったもののそのどれもが失敗に終わった。 そして、目立った進展もないまま、十日余りの時が経とうとしていた。 「じゃから、理論上は恐らく平気だと言っておるのじゃ」 「だからそう言う問題じゃないでしょ? もし失敗したら 大怪我しちゃうものなんて、危険だって言ってるのよ」 「そんな事を言っておっては、いつまで経っても消極的な 案しか試せんではないか!」 「あぅ……たしかに、危ないのはダメだと思います。 もし誰かが怪我してしまいましたら、悲しいです」 「さすが鳥井さんね。話がわかるわ」 「むぅ……最近、二対一で分が悪いの」 「いつも危険な実験をしようとするマーコが悪いのよ」 「あぅあぅ」 「では、こんなものはどうだ?」 「俺らが徹夜して作ったんだぜ!!」 「はぁ……何よこれ? 自転車?」 「うむ。名づけて、空を飛ぶ自転車だ」 「ほら、これ、漕ぐと浮くんだぜ?」 「んもぅ、道具を使っちゃダメだって忘れたの? それじゃ 意味無いでしょ」 「でも、ほら……浮くんだぜ?」 俺は自転車を漕ぎながら浮かんで見せるも、静香には至ってクールに、バッサリと切り返される。 「俺らの努力は何だったんだ……」 「せっかくのマーコのアドバイスを応用して作った 自転車ですらお話にならない、か……」 二人で自転車を漕いで辺りを浮遊しながら、しょんぼりとしょぼくれる。 「ほれ、いつまでも浮かんでおらんで、降りてこんか。 第一、こんな狭い場所で飛ばれても迷惑じゃ」 「ちっ……わかったよ」 「と言う事で、今度はこれを試す方向でいいかの?」 「ダメに決まってるでしょ。誤魔化そうとしてもダメよ。 とにかくそれは却下。鳥井さんもそれでいい?」 「あぅ!? は、はい」 「そんな事では期限内に飛ぶなぞ、夢のまた夢じゃぞ?」 「あぅ……それは困りますっ」 「なら決定じゃな」 「決定じゃないわよ!」 「かりん、実験決行じゃろ?」 「もちろん中止よね?」 「あぅぅ……あぅぅぅぅ……」 白熱している二人に挟まれて、困惑しているかりんが哀れだった。 「その辺にしとけって。かりんが困ってるだろ?」 「では、カケルが決めてくれ!」 「はぁ!? な、なんで俺なんだよ……」 「何よ、それじゃ翔は会議に参加しないって言うわけ?」 「んなことねーけど……ここは、かりんの意見を尊重する べきじゃねーのかな」 「あぅっ!? ず、ずるいです翔さんっ!!」 「黙れ! お前は生贄だっ!!」 「さぁ、かりんはどっちが良いと思うのじゃ!?」 「あぅ、あぅぅぅっ! 翔さん、助けてくださいっ! 死にますっ! ホントに死にますっ!」 「無理っす」 「あぅぅぅぅぅ!」 「無理っす」 「わ、私がこれだけ助けを求めてもですか……?」 「無理っす」 「あうあうあうあうあうぅ〜〜〜っ!!」 「無理っす」 「……その辺にしておけ。これでは話し合いが進まん」 さすがにこの状況を見かねたのか、それまで無言だった櫻井が、ポンと麻衣子の頭に手を置き、声を上げた。 「むぅ……しかしじゃな……」 「嵩立すらも納得する完成度の発明品を作ればいい」 「そ、それはそうなんじゃが……」 「問題ない。マーコなら出来るさ」 「気楽に言ってくれるの」 「科学に不可能は無いからな」 「む……そうじゃったな」 「あぅ? あぅ?」 「ああ。では、もう少し改良案を練ろう」 「うむ! そうじゃな」 「それが賢明よ。今のままじゃ無謀なんだから」 「あぅ……あっさり場がおさまってしまいました」 「……もしかして、櫻井って俺らよりすごい?」 「今更、何判りきった事を言ってるのよ」 「ショックだ……」 「あぅ〜……」 役立たず印のハンコを押されてしまい、二人してしょげ……っと《萎:しな》びてしまう。 「では、何か改善案が浮かぶ者はおるかの?」 「無ければ、新しい案でも構わないのだが」 「……難しいわね」 「むぅぅぅ……」 考えてみれば、この一週間こうやって会議を続けて使えそうな案はどんどん実践したので、ここにきて新しいアイディアが出るとは思えない。 ……早い話が、行き詰っているのだ。 「あぅ、頭の中がパンパンです……」 「お前の頭ん中なんて、どうせピンクでエロい話題しか 詰まってないんだろ」 「あぅ! 心外です、メガネ差別ですっ! えっちな話題 なんて、せいぜい7割くらいです!!」 ほとんどがエロティックな煩悩だった! 「こういう時は、甘いものを補給して頭の回転を早くする ことが大事だと思うの」 「あぅ! 賛成ですっ!!」 「というわけで、これは私からの差し入れ。休憩にして みんなで食べましょ?」 言って、机の下に置いてあったでかいバスケットを差し出してきた。 「お、なんだそれ?」 「ガトーショコラ。先輩達の分は別に取っておいてあるから 全部食べちゃっていいわよ」 「おおおぉぉぉ! なんて気が利くのじゃお主は…… シズカ、愛しておるぞっ!!」 バスケットから取り出したお菓子を見て、麻衣子が声を漏らす。 「手作りのお菓子くらいで告白されちゃたまらないわよ」 「だよな。思わず俺も告白しそうになったが……」 「ええっ!?」 「あうぅっ!?」 俺の発言に、二人が機敏に反応する。 「い、いや……本能的なモンだけどな」 「え、えっと……まぁ、告白されても悪い気はしない けどね」 「シズカLOVEじゃっ!!」 「はぁ……ありがと」 「わ、私だってお料理は得意ですっ!!」 「あん? なに静香に対抗意識を燃やしてんだよ」 珍しく、嘘を言ってでも静香には負けないと言った姿勢を見せてくる、かりん。 何か負けたくない理由でもあるのだろうか、一方的に火花を散らしているようだった。 「い、妹としてのプライドです」 「え? エロイド?」 「違いますっ! プライドですっ!!」 「(お前にプライドなんかあったのか……)」 「とにかく、お料理なら、お菓子も含めて、負けません」 「はいはい、そうだな。良かったな」 「あうぅ〜っ! 軽く流されてますっ!?」 「それじゃ、遠慮なくどうぞ」 どことなく上機嫌の静香が、それぞれの分を配って椅子に座る。 「ほう、見事な出来だな」 「とっても美味しそうです……じゅるっ」 「《涎:よだれ》が止まらんのじゃあぁ……」 「静香のガトーショコラか……初めて食べるから 楽しみだぜ……!」 「そんなに期待しないでよ? 作り慣れてるわけじゃ ないから……」 「おう、んじゃいただきます!」 もともと食べやすい大きさにカットしてあったのでそのまま口に放り込む。 「……すげぇ」 要するに、めちゃくちゃ美味い。 「ん〜、いつ食べても静香のお菓子は最高じゃ!」 「……なるほど、これは同意せざるを得んな」 甘すぎず苦すぎずの程よい甘さで、口の中に広がったココアの香りが、一段と味を惹き立てている。 「あぅ……悔しいですが、とっても美味しいです」 「(まだ言ってるよ、コイツ……)」 「気に入って貰えて良かったわ」 「ふむ。これは実に美味であるぞ」 「って、トリ太も食ったのか!?」 「何だ、吾輩が甘味を摂ってはいかんと言うのか!」 「いえ……滅相もないです」 「これは……レモンかなにかですか?」 「……かりん、お前、味覚障害まであるのか? どう見ても チョコレートのお菓子だろ?」 チョコを食ってレモンだなんて、いよいよこいつは末期なのかもしれない…… 「すごい、よく判ったわね。隠し味にレモンの果汁が 入ってるの」 「なるほど……やっぱりそうでしたか」 「…………」 「無様だな」 「うるせぇ!」 まさか隠し味のことだったとは…… 「むしろ、何で判るんだ? 全然レモンの味なんか しねえぞ……?」 試しにもう一つ食べてみるが、レモンが入っていると言われても、全く判らなかった。 「鳥井さんが料理得意って、本当みたいね」 「あぅ。当然です! 唯一の特技ですので!!」 えっへん、とけしからん胸を見せつけながら、自信満々と言わんばかりのポーズを取る、かりん。 「かりんの料理ねぇ……」 ブタの丸焼とかドドメ色の唐揚げとか、一言で言えばゲテモノ料理しか作れないイメージしか湧いてこない。 「甘いな天野。ブタの丸焼はあれでも高等な技術がいる 料理、なのだぞ」 「人の思考にまでいちいち突っ込むなよ!」 「あ、あの……静香さん、もしよかったらレシピを教えて いただけませんかっ!」 「レシピだなんて……そんなに美味しかった?」 「あぅ! これは永久保存すべきですっ!!」 「んもぅ、鳥井さん、大げさよ」 かりんの直球ストレートな褒め方に、流石の静香も照れを隠しきれないようだった。 「マーコ、メモとペンある?」 「その辺にあるのを適当に使っていいぞ」 「うん、ありがと」 その辺に転がっていた紙とペンを使って、サラサラとレシピを書いていく静香。 「あぅあぅ、ふむふむ、なるほど……」 その横にピッタリくっついて、頷きながらレシピに目を通すかりん。 「…………」 こうして見ていると、本当に仲良くなったものだと実感してしまう。 「一時はどうなることかと思ったけどな……」 静香とかりんはもう心配いらないし、空を飛ぶというのも順調とは言えないが確実にいい方向に向かっている。 残された時間は少ないが、きっと上手く行く。 確信にも似た予感が、俺の胸に広がっていたのだった。 ……………… ………… …… <すれ違う想い> 「どこかで、翔なら私の誘いを受け入れてくれるって ……そんな確信めいた期待をしてたから……」 「だから翔に断られたのは、ショックだったわ」 「私はただ、翔と一緒に……出掛けたかっただけなのに」 「……カケルの、バカ」 『科学とは、人が歩いてきた『歴史』そのものなのじゃ。 言うなれば『人の可能性』そのものといえるじゃろ?』 『じゃから私は、科学に不可能はないと信じたいのじゃ』 『私は人の可能性の塊である科学で、みんなに希望を 見せてやりたいのじゃ!』 「…………」 「カケル? どうしたの?」 「悪い、静香。俺は行かない」 「え……?」 「…………」 「わ、私が本気で頼んでるのに……ダメなの?」 「ああ。俺は……遊びになんて行きたくねーんだよ」 「え……?」 「悪いけど、どうしても行きたいんなら静香一人で行って 来てくれ」 「俺は、このまま化学室へ行くから」 「な、何よ……そんなに化学室へ行きたいわけ?」 「ああ」 俺は、麻衣子との約束を思い出していた。 麻衣子の科学に対する本気の想いに、少しでも応えてやりたいと―――そう考えていたから。 だからこそ、俺は……初めて、幼馴染の誘いを断った。 「翔にとって、私と二人で遊ぶより、鳥井さん達と一緒に 作業する方が良いってわけ?」 「そうだな」 「……っ!!」 「な、何よそれ……意味わかんないんだけど」 「言葉通りの意味だよ。とにかく、俺は遊びになんて 行かないから」 「空を飛ぶ糸口も見えない上に、まだ麻衣子だって 足掻いてるんじゃねーか。こんな時に、のん気に 遊びになんて行けねぇよ」 「だからって、私達に出来る事なんて、たかが知れてる じゃない!!」 「けど、かりん達だけなら、もっと困るはずだろ。 だから、みんなで協力しようって言ってんだよ」 「何で、いきなり出てきた鳥井さんに、そこまで…… 私、わかんないよっ!!」 「……麻衣子のためにも、かりんのためにも、俺が出来る 限りの事はやりてーんだよ」 「たとえ、ほとんど役に立たなくっても、な」 「鳥井さん、鳥井さんって……マーコも翔も、なんで そんなに……」 「静香だって、同じはずだろ?」 「私は……」 「かりんを助けてやりたくて、こうして集まったんだ。 だったら……悔いが残らないようにしたいんだ」 「……で、でも……私だって、翔のこと……」 「とにかく、どうしてもプールへ遊びに行きたいんなら 静香が一人で行ってくれ」 「……な、何よそれ……」 「みんなの作業に迷惑かけないようにするのは当然だろ」 「私は、遊びたくて……誘ったんじゃないわよ!!」 「え?」 「わかったわよ! 行けばいいんでしょ、行けばっ!!」 「翔はせいぜい、鳥井さんと仲良くやってれば!?」 「静香……」 静香は、半泣きになりながら怒鳴ってそのまま階段を下りて行ってしまう。 「なんだよ、アイツ……ワケわかんねぇよ……」 たしかに、最初はかりんのお願いに戸惑っていた。 支離滅裂な願いに、冷静な静香は困っていたのかもしれない。 けど……それでも、しっかりと協力してくれる。 「お前は、そう言うお人好しじゃなかったのかよ……」 本当は優しくて、真っ直ぐで――― そんな、誇れる幼馴染で。 「……なんなんだよ……」 きっと最後まで協力してくれると信じていた幼馴染は……ただ怒りに任せ、立ち去ってしまった。 「ちくしょう……なんなんだよっ!!」 何でも分かり合えていると思っていた相手の気持ちが理解できない自分に腹が立ち、歯軋りする。 「バカヤロウ……」 校門へと向かって走る静香をガラス越しに眺めながら俺は、やり場の無い憤りを抱くのだった。 <そして、あの日の出逢いへと> 「そうして、過去と現在の歴史は繋がったわ」 「全てが繋がっていたんだよね、きっと……」 「そう、あの事故の後から今まで、全部……」 「6年前の私は『お姉さん』を失って、ただただ 泣きじゃくっていたけど……」 「そんな私のところへやって来たのが、こーんな ちっこかった、マーコだったわね」 「そうして出会った私たちは……本当の姉妹のように ずっと一緒に暮らしてきたっけ」 「それはきっと、あの時マーコが私の『お姉さん』に なってくれるって言ってくれたからで……」 「そして、本当の『お姉さん』になってくれたから 私の命は救われたのね……」 「マーコ……私、ずっとあなたに支えられてきたわ」 「辛い時も、悲しい時も、嬉しい時も、いつだって 一緒に分かち合って、過ごしてきた」 「マーコは私のこと親友だと思ってたのかもしれない けど……本当は私、それ以上の……『家族』だって 思ってたわ」 「マーコ……私、待ってるからね?」 「ずっとずっと、待ってるから……」 「麻衣子……お姉ちゃん……」 誰かの声が、聞こえた気がした。 強い想いに惹かれるように……今まで一度として来た事の無い場所へと、足を運ぶ。 そこには何も無いはずなのに―――私は、大切な誰かとの出会いの予感がしていた。 直感は、私の全てと言える。 その直感が、告げたのだ。 まるで、遠い未来からの……メッセージのように。 「何をしておるのじゃ?」 「……え?」 私は―――この少女と、会わなければならないのだと。 「こんなヘンピなところで、何をしておるのじゃ?」 「……ぅ……ぐすっ」 「泣いておってはわからんぞ? どうしたのじゃ?」 見たところ、年上のお姉さんのようだったけれど……なぜか私には、年下の少女のようだと感じられた。 「何があったかはしらぬが、泣いてばかりではミイラに なってしまうぞ?」 「……だって……いなくなっちゃったんだもん」 「いなくなった?」 「うん」 「『お姉さん』が……私のせいでいなくなっちゃったの」 「むぅ……そうか……」 大切な『姉』を失う悲しみ……その感情は、痛いほどに理解できる。 だからこそ、私は―――彼女を助けてあげたいと思った。 「『お姉さん』がいないと、私……ダメなの」 「お礼も言えないままなんて……嫌、なのに――― いなく、なっちゃったの……」 「…………」 彼女を、全ての悲しみから……守りたい。 「ではお主は『お姉さん』がいれば泣き止むのじゃな?」 「……うん」 「う〜む……」 もしも、大切な人を失ってしまったのならば……私はその穴を埋めたいと思った。 私なんかで、その代わりになるのかは解らなかったけど……不思議と確信めいたものがあった。 「そうじゃ! なら、私が代わりにお主の『お姉さん』に なってやるのじゃ」 「え……?」 「そうすれば、何の問題もあるまい! にっしっし。 これで、ばんじかいけつじゃっ!」 「……でもあなた、私よりちっちゃいし……」 「それに、『お姉さん』は『お姉さん』だよ……? 代わりなんて、いないよ……」 「ええい、細かいことを気にするな! ほれっ!」 私なら、その人の代わりになれる。 私なら、きっとまた、彼女を笑わせる事が出来る。 「どうじゃ! こうしてトリ太を合わせれば、私の方が 身長も上じゃろっ?」 「……うん……でも、あまり関係ないよ」 「関係ならあるぞ! 私とトリ太は一心同体じゃっ!! つまり、私たちは二人で一つなのじゃ」 「だから、これでお主よりも身長が高い、ないすばでーの 『お姉さん』と言えるじゃろ」 「あはは、何それ……変なの」 だから―――私は、自ら願ったのだ。 彼女の『姉』として、生きていく事を。 「とにかく、今日から私はお主の『お姉さん』じゃ!」 「……うん」 「じゃから、私たちは姉妹になるのじゃっ」 「しまい……?」 「うむ。いつもいっしょにいる、仲良し姉妹じゃ!」 「泣きたくなったら、二人でおもしろい話をするのじゃ」 「辛くなったら、二人でたのしいことをするのじゃ」 「そうすればきっと、どんなことが起きてもへっちゃら だと思うのじゃ!!」 「……ほんとに……?」 「もちろんじゃ。『お姉さん』が、妹に嘘をつくはず あるまい!」 例えこの先に待っているのが、どんな未来でも、私は……必ず、彼女を守ってみせる。 そんな誓いを籠めて、私は彼女にこの手を差し出した。 「……うんっ!」 そうして交わされる、盟約の握手。 「よろしくなのじゃ!」 願わくば―――彼女には、永久の笑顔を。 そして私には―――彼女と過ごせる、幸せを。 「よろしくね……お姉ちゃんっ!!」 <そして物語は始まる> 「翔さんと言う、かけがえの無い大きな代償を払って 大切なことに気づいた私」 「全ては、一人で抱え込んでしまった私のせいで……」 「お父さんとの壁なんて、きっと本当は無かったのに 私が罪悪感から勝手に距離を感じて、自分からその 『壁』を作り出してしまって……」 「そして、その事実から目を背けて、お母さんが 救ってくれたこの命さえも、《蔑:ないがし》ろにして……」 「もう一度、人生をやり直したい……そうすればきっと 間違える事無く、真っ直ぐに進むことが出来るから」 「そのためなら、たとえどんな代償だって払ってみせる」 「そう思っていた私に、麻衣子さんは、覚悟があるなら たった一つだけ手がある、と教えてくれました」 「そして、それを聞いた瞬間、私の中で過去と現在…… その『全て』が、一本の線となって繋がりました」 「私は『鳥井かりん』と言う架空の人物に変装して 翔さんを救い、結婚の約束を果たすまで……」 「そのハッピーエンドを迎えるまで、たとえ何があっても 二度と挫けずに、決して諦めないことを決意しました」 「待っていて下さい、翔さん。メガネ型タイムマシンを 使って、今、助けに行きますっ!!」 「必ず助け出して……そして、今度こそ果たせなく なってしまった結婚の約束を果たしますっ!!」 「これで、よしっと……」 私は、かりんちゃんから託されたポシェットを持って全ての準備を終わらせていました。 「本当に行くのじゃな……?」 こっちを見据えて、麻衣子さんは私の決意を試すようにもう一度その問いを投げかけて来ます。 「その答えが変わらない事は……《歴:・》《史:・》《が:・》《証:・》《明:・》《し:・》《て:・》《ま:・》《す:・》」 「そうか……じゃが、お主は……」 「麻衣子さん……いいえ、マーコさん」 私は、心配してくれるかけがえのない仲間であるマーコさんに、親愛の情を籠めて、できる限りの優しい微笑みを見せます。 「―――私、やっと気づくことが出来たんです。 ……本当に、大切なことに」 「そうか……変わったの、お主」 「はい。私はもう、迷いません」 私は真っ直ぐな瞳で、マーコさんを見つめます。 そう……絵本を作っていた時から、ずっと自分を想って支えてくれた大切な人、そして素晴らしい仲間たち。 自分ひとりで抱え込んで、潰れてしまって……迷惑をかけ続けてしまった人たち。 父親との壁を作っていたのは、他でもない自分自身だと言う事実から目を逸らし、お母さんが救ってくれたこの命すらも散らせようとしていた……愚かな『娘』。 その降り積もる雪のような過ちを犯し続けた日々の代償が今、この状況を作り出し、大きな罰となって、最愛の人の死と言う現実として降りかかって来ていたのです。 「私はもう、二度と過ちは犯しません」 「《そ:・》《れ:・》の代償として、いつまで続くかも分からない過酷な 日々が続くとしても……行くと言うのか?」 「はい。それに、全然過酷なんかじゃないですから」 「だって、私には……かけがえのない、仲間がいます。 辛い時に支えてくれる―――大切な人たちがいます」 「だから、へっちゃらです」 「……うむ、そうじゃったな。私たちがついておるか」 「はい」 そう言って私は、もう一度めいっぱいの信頼の笑みをマーコさんに見せつけました。 ……今度はもう、独りで頑張ろうとなんてしない。 辛い時には、いつだってみんなが支えてくれるから……だから、私は――― 「よいか? 最後に、これだけは言っておくぞ」 「はい」 「この世界が《正:・》《史:・》であるのは、疑いようも無い事実じゃ。 ゆえに、かりんは空を飛ぼうとしていた」 「かりんが《こ:・》《の:・》《世:・》《界:・》からいなくなるまでは正体を明かせない その理由も、今ならよく解るしの」 そう、それは《過:・》《去:・》《と:・》《未:・》《来:・》《を:・》《繋:・》《げ:・》《な:・》《い:・》《た:・》《め:・》の予防策――― 翔さんが死ぬその瞬間まで、かりんちゃん自らは手を《出:・》《せ:・》《な:・》《か:・》《っ:・》《た:・》のです。 「それでは、行ってきます」 「うむ。あの最高の日々を再び取り戻せるよう、成功を 祈っておるぞ、ミソラ」 「―――いや―――」 「鳥井―――かりん」 「ミソラ……」 「麻衣子……さんっ……」 翔さんが落ちてしまったショックで、その場を一歩も動けずにただ泣き崩れていた私の下へ、麻衣子さんがやって来ました。 「かりんが張ってくれた認識阻害フィールドのお陰で カケルが死んだ事実を知っておるのは、今、世界で ミソラと私だけじゃ……」 「かりんはこれを私に預けて……旅立ったようじゃ」 そう言うと麻衣子さんは、以前かりんちゃんから貰った例のポシェットを私に手渡してくれました。 「これは……」 それを見た瞬間、私はあの時の事を思い出しました。 本当にどうしようもなく困った時にだけ開けていい……親友であるかりんちゃんの、大切なポシェット。 「そこに何が入っておるかは判らんが……私にはもう大体の 見当はついておる」 「今更、これを開いても……意味なんて、無いです」 「私の一番大切な人は、もう―――いなくなってしまい ましたから」 「ミソラ……」 「もし……」 それが現実逃避だと解っていても、私は叫ばずにはいられませんでした。 「もしも、人生をもう一度やり直せるなら……」 「たとえどんな代償を払ってでも構いません……もしも もう一度過去に戻れるなら、私……今度こそ迷わずに 真っ直ぐ生きて行って見せます」 「翔さんを信じて、仲間を信じて……絶対にめげずに たとえ独りきりでも、みんなとの絆を信じて――― そうやって歩いて行って見せますっ!!」 「…………」 「だから、私……やり直したい、です……」 後悔を懺悔するように、泣きながら叶わぬ願いを訴えてただひたすらに私は涙を流していました。 「……あるのか?」 「え……?」 「本当に、全てを捨ててでも……たった一人のために人生を やり直す決意が、本当にあるのか?」 「……はい」 真剣な表情で問う麻衣子さんの目を見据えて、私はしっかりと迷いの無い返事を返しました。 もしも本当にその願いが叶うのなら、私は―――何もかも全てを捨てられると思いました。 「……一つだけ、手はある」 「え……?」 「私がちょうど学園が閉鎖される直前に作っていた発明 ―――あれは、試作型のタイムマシンだったのじゃ」 「タイム……マシーン!?」 あまりにも現実離れしながらも、誰もが知っているその単語を聞いて、思わず聞き返してしまいました。 「とは言え、重大な欠陥がある失敗作なんじゃが…… 今の状況なら、それを使えば、あるいは―――」 「救い出せるかもしれんのじゃ。カケルを」 そうして『希望』を得た私は、かりんちゃんのポシェットを開き、私へ宛てた手紙を見てから全てを理解したのです。 これから行おうとしている事の『意味』と、あちらへ行った時、私と言う存在がどうなってしまうのかを。 そして――― 「よいか、ミソラ。そのメガネ型タイムマシンは、不完全な 代物じゃ」 「しかも、絶対に《時:・》《が:・》《来:・》《る:・》までは、外してはならん」 「はい。解ってます」 マーコさんの説明とかりんちゃんの手紙を見て、すでに覚悟が決まっていた私は、迷わずに頷きその意志を示しました。 「正体も明かせず、目的も明かせず……独りきりに思える 辛い日々が続くかもしれん」 「じゃが―――」 「解ってます。心はいつも、みなさんと一緒に―――」 「うむ。いつだって、たとえ過去であろうと、私たちは お主を支えてみせる。じゃから、信じるのじゃ!」 「はいっ!」 「私は誓います。翔さんを救うまで……婚約を果たす そのハッピーエンドまで、決して諦めません!!」 「ふふっ……あの弱々しかったミソラが、見違えたの」 そう言うと、ニヤリと笑ってマーコさんが私を覗き込むように見てきました。 「ふむふむ……なるほどのう。真相を知って改めて見れば なかなかどうして、よく出来た変装じゃ」 「そ、そうでしょうか……?」 この変装が完璧である事は理解しているつもりでも本当にかりんちゃんとしてやって行けるのか不安があったので、ついつい訊き返してしまいます。 「うむ。変装とは基本的に、凝れば凝るほど長期間に わたって隠し通すのが難しくなるものじゃ」 「違和感が出ず最低限の変装となると、髪の毛を染めて カラーコンタクトをつけ、小型ボイスチェンジャーで 声を変え、そしてメガネをかける程度が限界……」 「いつも身につけておかねばならんタイムマシンを メガネ型にしてしまえば、まさに一石二鳥の変装 と言えるじゃろう」 「たしかに、一見安直に見えますけど……実像に近い シンプルな変装だからこそ、気づかれなかった時の 効果も大きいって事なんですね?」 「うむ。つまりはそう言う事じゃな。極めつけに とっておきの仕掛けがこしらえてあるしのう」 「ん……特別な事はしてないと思うんですけど……」 「何を言っておる。ソレじゃよ、ソレ」 そう言うとニヤリと笑みを浮かべながら、マーコさんは私のメガネを指差しました。 「そいつは、主にカケルには《効果覿面:こうかてきめん》と言うヤツじゃから のう……」 「メガネをかけておる娘っ子の顔は、カケルの性格的に じろじろ見られない上に、マイナスの印象を与える」 「ゆえに深入りされずに自由に動く事ができ、カケルの 極端な行動で、ミソラとの対応に如実な違いが現れて 結果、大きな印象の違いを生む」 「それを見ておる事で、私たちの深層意識にハッキリと 二人は別人だ、という認識を刷り込む事になる」 「……まったく、見事に騙されたものじゃのう」 「はい。私もまさか自分自身が、かりんちゃんの正体だ なんて、夢にも思いませんでした」 「私のアイデアなのか、ミソラのアイデアなのかは 判らんが……現状で思いつく最善の変装と言って 過言ではないと思うぞ」 「はい……そうですね」 今思えば、私がかりんちゃんに憧れたのも当然です。 翔さんが大好きで、翔さんのお陰で理想の女の子に近づけた私自身なんですから――― それに、翔さんとすんなり結ばれたのも、全てあの子のフォローがあったからだと考える事もできます。 「マーコさん、本当にお世話になりました」 「礼なら、無事にカケルを助け出してココの世界に戻って きた時に聞く事にするのじゃ」 「……はい!!」 私はメガネに想いを抱きながら、精一杯の感謝を籠めて返事をしました。 そうして、私の空を飛ぶための長い長い旅が、今―――始まったのでした。 ……翔さん、待っていてください! 必ず……必ず助けてみせますっ!! 「それでは、鳥井 かりん―――行って来ますっ!」 <たしかに繋がっていた『絆』> 「空を見上げていたその背後からする雑踏のざわめきが 気になって、後ろを振り向くカケル」 「そこには、絶対にいるはずが無い人の姿があったの」 「そう、ボロボロの今にも倒れそうな格好で、けれど 真っ直ぐに翔の下へ歩いてくる、鈴白先輩の姿が」 「例え見えなくても、何も聞こえなくても、たしかに 感じることのできる、お互いの『絆』……」 「こんなにも美しい事を、奇跡だなんて安っぽい言葉で 括ってしまうと、穢してしまうみたいで《憚:はばか》られるわ」 「翔が思っていたよりも、ずっとずっと……二人は強い 想いで結ばれていたって事よね」 「カケルさん、見つけたっ」 倒れ込む最愛の女性を……俺は抱きかかえるようにしてその身体を支えた。 「灯……灯っ!!」 「あったかくて、優しくて……」 「私の大好きな、お日様の匂い……」 「見えなくても、解ります……」 神様なんて、いない…… 奇跡なんて、起きはしない…… 「聞こえなくても、解ります……」 この現実を突きつけられ、俺はずっとそう思ってきた。 「あなたが……私の愛する人だって」 けれど、人の描く強き想いは―――時として、悲劇をも超える『力』がある。 「ごめん、灯……俺……俺は……っ!!」 「私……たしかに感じるんです」 「あったかい光のような……翔さんの存在を」 そして、その想いの『力』は……たしかな絆となってそこに存在していた。 「とくん、とくん、って……胸の鼓動を感じてます」 「……っ……」 「この世界の、どんなものも……もう私には解らないかも しれないけど……翔さんだけは、解るんです」 俺の想いは―――たしかに、灯へ届いていたのだ。 「翔さんが、私と『世界』を繋ぐ……架け橋だから……」 「だから私は……これからも、歩いて行けるんです」 灯の想いは―――たしかに、俺へと向けられていたのだ。 「ずっとずっと……あなたと一緒なら、どこまでも」 「……灯……」 <たった一つの恋心> 「三人で愛し合っているのに、そこにはたった一人 だけの愛しい人を感じて、不思議な感情を抱いて 私たちは、溶け合うように愛し合いました」 「ですので、今度は……二人いっしょに、愛して下さい」 そう言うとかりんは、そのまま倒れこむように深空の上へまたがり、局部をこちらへ向けて来た。 「翔……さん……」 潤んだ瞳をこちらに向けて、既に十分すぎるほどに濡れている秘所をひくつかせる深空。 緊張しながらも大胆に両足を広げるポーズのギャップは無意識のうちに男性を誘う、強力な色香を漂わせていた。 「最初は、深空ちゃんに……」 真っ先に求めてきそうなイメージがあったかりんが深空の方を優先してくれと提案して来たのは、少々意外だった。 だがすぐに、それがただの性交以上の意味を持つからなのだと悟る。 「わかった。深空……心の準備はいいか?」 「ま、まだですけど……このドキドキは、翔さんに抱かれて いる間は、収まりそうもありません……」 「……っ」 その可愛らしい発言に、再び俺の息子が怒張する。 「わ、私……頑張りますから、優しく……して下さい」 「ああ。……行くぞ」 「はい……来て、下さい……」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 じゅぷりと音を立てて、少しの抵抗はあったのだが《躊躇:ためら》わず、一気に深空の処女を奪う。 「っ!!」 かりんと同じはずなのに、その膣はまるで別人のそれかのように、痛いほどにイチモツを締め付けて来る。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んんぅっ……」 予想以上の破瓜の痛みに耐えられないのか、深空が大きくその表情を崩す。 「翔さん……」 「ああ、解ってる」 かりんの目配せに頷くと、俺は一度深空の膣から自分のモノを引き抜いた。 「すみま……せん……わ、私……痛くて……」 「こっちこそ、ごめんな。無理しなくていいから」 「いいんです。ゆっくり、慣らしていきましょう?」 「……うん」 「焦ることなんてないです。今日、この学園は……私たちの 貸切ですから」 「貸切……」 何を想像したのか、そう呟いたかと思うと、深空が真っ赤になってしまう。 「しばらく、深空ちゃんは休憩してて下さい。その間は…… 私が、何とかしますから」 「は、はい……」 深空は素直にコクリと頷くと、息を整えるように身体から力を抜く。 「翔さん……今日も、いっぱい……愛して下さい」 その言葉に頷き、俺はかりんの秘所へと自分のモノをあてがい、誘われるがままに肉棒を挿入する。 「ああぁんっ!!」 よほど待ちわびていたのか、嬉し涙を流していたかりんの秘所は、ご馳走を頬張るように、貪欲に俺のペニスを飲み込んで行った。 「あん、あぁん、はあぁんっ、んんぅっ!」 「んっ、あんっ、んんぅっ、はあぁんっ……あぁっ!」 「気持ち、いい……ですっ! 翔、さん……!!」 強く締め付けて来ながら《蠢:うごめ》き回り、決して苦痛も退屈も感じさせないかりんの膣内を、何の遠慮もせず、快感に任せ、獣のように乱暴に往復させる。 「んんぅっ! は、はげしっ……い、ですっ!! いきなり、そんなの……やあぁっ!!」 「あんっ! あんっ! んんっ……ふああぁっ!! んんぅ、んあああぁぁぁっ、はあああぁぁんっ!」 「あんっ……すごっ……んんっ!」 激しく動くかりんの胸が、直接深空の乳首を刺激しナチュラルに愛撫と同じ快感を生み出しているのかかりんが動くたびに、《艶:いろ》のある声を漏らしていた。 「はっ、やあぁっ、来ちゃう……来ちゃいますっ! おっきぃの、来るぅ……んんぅっ!!」 「んっ……か、翔さん……わ、私も……私の事も、愛して 下さいっ!!」 かりんの痴態を見てジェラシーを感じたのか、深空にしては珍しく、熱烈な《自己主張:アピール》をして来る。 「じゃあ、一緒に……交互に突いて下さいっ!!」 「ぐっ……無茶言うなっ!」 早くもこみ上げて来る射精感を抑えるのに手一杯で、そんな器用な真似が出来るほどの余裕は無かった。 「あんっ! や、やぁっ!! んんんんんぅ〜〜〜!」 「ああぁんっ! んっ……はあぁんっ!!」 かりんを愛してやっているはずなのに、なぜか深空も性交での快感を得ているような嬌声を上げる。 「な、何だか、ヘンな感じなんです……わ、私…… さっきまで、すごく、痛かったはずなのに……」 「わ、私は何もされてないのに……その……とっても 気持ち、いいんです……っ!!」 「感じ、ちゃうんですね……深空ちゃんもっ……! あぁんっ! んっ……はああぁんっ!!」 「う、うんっ……二人を、見てる……だけでっ……! 私のココがっ、じんじん、して来てぇ……っ!!」 「お、おかしいよね……こんなの……っ!」 「おかしく、なんて……無い、ですっ!」 「翔さん……深空ちゃんに、入れてあげて……下さい! もしかしたら、もう……痛くない、かもです……」 「ああ……深空、いいか?」 「は、はい……さっきまで、痛くて感覚も無かったですけど ……今なら、平気な気がします」 その言葉を聞いて、俺はかりんの膣から引き抜いたペニスをすぐに深空の膣へと誘導させる。 「んんんんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 感情が昂っていただけで先ほどの発言に根拠は無かったのか深空へ挿入した途端、その表情が苦痛に歪む。 「やっぱり、もう暫く休んでた方がいいんじゃないか?」 「へ、平気です……動いて、みてくださいっ」 「……ああ、わかった」 先ほどよりは幾らか表情を緩める余裕がある深空を見て俺はその望み通り、ゆっくりとストロークを始める。 「んあぁっ……はあぁん……あぁんっ……んんぅっ!」 「んっ、んんぅっ、んふぅ……んんっ……ふぁっ…… ああぁんっ!!」 まだ時折、その苦痛に顔を歪めてはいるものの、最初のような痛いほどの抵抗を受ける事は無く、深空の膣内に強い快感を覚える。 「どう、ですか……? 深空ちゃん……」 「んっ……はぁっ……んんぅっ……ま、まだ……ちょっと 痛い……けどっ……」 「で、でも……何だか、ヘンな感じ……なのっ!!」 演技では無いのか、たしかに先ほどまでは隠せないほど力んでいた身体が、女性的な柔らかさを取り戻していた。 「大丈夫、なのか……?」 「はぁっ、はい……もっと、翔さんのお好きなように…… 動いていただいて、構いません、からっ……」 「だから、たくさん……私で、気持ちよくなって…… いっぱい、愛して欲しいです……っ!!」 「深空……っ!!」 「かける、さんっ……んんぅ!」 深空の想いに応えるために、ピストンのスピードを上げて思いの丈をぶつけるように腰を振る。 「あんっ! はぁんっ、あぁん、んんぅ……っ!! やあぁんっ、あん、んぅっ、んっ、んはあぁっ!」 「かけ、るさっ……ああぁんッ! はぁっ、んはぁっ! あんっ……んんっ、くうぅんっ、んああぁぁっ!」 「んんぅっ! んあああぁぁっ!! やあああぁっ!! はあぁんっ、んんぅっ、きゃうぅんっ!!」 「んぅ……二人とも、ずるい……ですっ! んんっ…… ひゃんっ! あうぅっ……!!」 俺達を静観していたかりんが、痺れを切らせて切なそうなそれでいて気持ち良さそうな声を上げ始める。 どうやら、さきほど深空が体験したような、まるで自分が愛されているかのような錯覚に陥っているのだろう。 「やあぁっ……物足りないのに、満たされてて…… お○んこが疼くのにっ、翔さんの、おちん○んを な、《膣:なか》でっ……感じ、ます……っ!!」 二人の心と身体が限りなく近づいているせいで、互いの境界線が曖昧になっているのだろうか。 どちらにせよ、二人は同じ感覚を共有し始めているようだった。 「かりんちゃんも、切ないのがっ……解るよっ……」 「か、かける……さぁん……」 「一緒に……一緒に、愛して欲しいですっ!!」 お互いにもどかしいのか、入れられても、入れられなくてもすぐに我慢できなくなるようだった。 「私達の間に……入れて、下さいっ!!」 「ああ……行くぞ!!」 俺は懇願する二人を同時に愛すために、二人が密着させた秘所と秘所の間へ、ぬぷりとペニスを挿入する。 「あぁんっ!!」 「あうぅっ!!」 ぐちゅっ、と二人の間を擦るように差し入れると濡れそぼった温かな秘所の感触に挟まれた亀頭が二人のクリトリスを擦りながら通過したのが解る。 「い、今の……すごい、ですっ……!!」 「気持ち、良すぎて……一瞬、頭の中が真っ白に なっちゃいました」 「これで、二人で一緒に気持ちよくなれるだろ?」 「はい……最高、です……早く、もっとたくさん…… 翔さんのおちん○んで、突いて下さいっ……!!」 「……わ、私も……これなら、痛くないですから……もっと もっと、いっぱいえっちなコト、したいです」 感覚の共有をしている二人が同時に快感を得ると言うことは単純に、二倍の快感を覚えているはずだ。 この状態なら本気で挿入を繰り返しても、破瓜の痛みを忘れるほどの快感を深空に与えてやれるかもしれない。 そう思い至ると、俺は純粋に上り詰めるための動きへとシフトさせる事にした。 「少し荒々しくなるかもしれないから、痛かったら遠慮なく 言ってくれ」 「はい……大丈夫だと思いますから……翔さんの好きな ように、動いて……下さい……っ!」 その言葉を引き《鉄:がね》に、かりんの秘所を深空の秘所へ押し付けるようにしながら、その間を狙って激しくピストンさせる形で、思いきり腰を動かし始める。 「あうぅ、あううぅんっ、はあぁん、んんぅっ! やっ、やあぁっ、んあぁっ、くううぅんっ!!」 「あうぅんっ、んあああぁっ、ふああぁぁぁ〜っ!! やめぇっ、んんっ!? にゃ、っあぅんッ!!」 「はあぁんっ! 気持ち、いい、ですっ……! 何、これぇっ!? んあああぁぁぁっ!?」 「んっ、んっ、んんぅっ、んはぁっ! あぁんっ! はあぁん、だ、だめっ……あううぅぅぅ〜っ!」 ぐちょぐちょに濡れた二人の秘所に挟まれているせいで本当に挿入しているかのような錯覚に陥るほどの熱さと言い表せぬ快感の波に襲われる。 「だめぇっ、ダメですっ! これぇっ……やぁっ!! 感じ、すぎて……イッちゃっ……ふあぁぅっ!!」 「か、ける、さんっ……かける、さぁんっ!! わ、私、もう……だめ、ですっ……んあぁ!」 「だぁめぇっ、こわ、くて……何か、来ちゃっ……! 来ちゃいますぅっ!!」 「(俺もっ……長くは、もたないぞ、これ……っ!!)」 ピストンの速度を少しでも変えたら、その刺激だけで爆発しそうなほどの、限界ギリギリの射精感を堪えてただひたすらに腰を動かす。 もう俺達に許されたのは、ただひたすらに上へ上へと上り詰めることだけだった。 「んんぅっ、やぁん、あんっ、はうぅっ……はあぁん! しゅごっ……もっ……だめえぇ〜っ……んああぁっ!」 「ふわあぁっ、あうぅっ、ううぅんっ……ああぁんっ! はぁっ……こ、こんな凄いの、はじめて……です!! わ、私、ひゃうぅ……っ、死んじゃひまうぅ〜っ!!」 「ふああぁあぁっ……だめっ、だめぇっ……だめ、です! こ、これ以上……我慢、できな……ひゃあぁんっ!!」 「うあああぁっ、あぁんっ、やあぁんっ、はあぁん! 私の、敏感な、ところ……たくさん、擦れてぇ…… もっ、だめっ……ダメですぅ〜〜〜っ!!」 「深空、ちゃっ……イッちゃうん、れすねっ……? わ、私、もっ……もぉっ……イッちゃいますっ!」 「かける、さぁんっ……もう、わたひ、たちっ……! 限界、れすっ……気持ち、よふぎてぇっ!!」 本気で呂律が回らないほどの刺激を受けているのかことエッチに関して貪欲なかりんが、ギブアップを告げるほどの快感の波に襲われているようだった。 「俺も、もう……限界だ!」 「もうだぁめえぇっ、私もぉ、ダメ、れすっ……! だめ、だぁめぇっ、イッちゃい、ますぅっ!!」 「いっしょにっ……翔さっ……三人、でっ……あぁん! いっしょに、イきた、いっ、ですぅ……はあぁんっ!」 「私も、一緒に……かけ、るさんっ! いっしょにっ…… 来て、くださいぃ〜〜〜っ!!」 渦巻く快感で何も考えられないくらい蕩けた脳内でもうこれ以上は無理だと悟り、さらなる快感を求めラストスパートのようにピストンのギアを上げる。 「んあぁっ、ああぁんっ、はあああぁんっ、だめぇっ! わた、わたひ、イきますっ! イきますぅっ!!」 「んはあぁっ、やあああぁぁぁっ! 来ちゃうぅっ!! 私も、だめぇっ……おま○こ、来ちゃいますっ!!」 「はぁっ、んぅっ、んっ、んんっ、あうぅんっ…… ひゃあぁんっ、ああぁんっ、んはあぁっ!!」 「ぐっ……ダメだっ、もう……出るっ!!」 「かけるさっ……わた、私の《膣:なか》に、出してぇっ! くらさっ……くださいっ!!」 「かりんっ! 出すぞっ!!」 「かける、さんっ……来てぇ……《膣:なか》にいっぱい……っ! 来て下さいいいぃ〜〜〜っ!!」 その言葉に応えるように、限界寸前までピストンの速度を上げると、爆発直前にスライドさせるようにかりんの膣内へと勢い良くペニスを挿入させる。 「あうううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「んあああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 かりんの秘所へ挿入するのと同時に、一気に射精する。 ドクッドクッと、信じられない量の精液を思いきりかりんの膣内へと注ぎ込むと、それと同時に二人が《絶頂:エクスタシー》を迎えたようだった。 「はあぁっ……あうぅ……す、ごぃ……です……3人一緒に ……イッちゃいました……」 「わたしも、まるで……中で出されたみたいな……感覚が します……えへへ……」 「子宮、いっぱいに……翔さんの、せーえき…… 注ぎこまれちゃいました」 うっとり行為の余韻に浸る二人の姿を見て、すでに二発も出した後だと言うのに、再び俺のイチモツが反応してしまう。 「ま、また……おっきくなっちゃいました」 「あぅ……私達のおま○こ、思い出しただけで勃っちゃう くらい、気持ちよかったですか?」 「ああ……まぁな」 バツが悪いので、目線を左に泳がせながら、素っ気無くその問いに答える。 「でも、これじゃ……まだまだ翔さんの、元気です」 「それじゃあ……えっと……」 「二人で、何度でも……翔さんが倒れちゃうまで、たくさん 愛してもらっちゃいましょう」 「じゃ、じゃあ今度は、その……私にも……たくさん せーえき、欲しいです……」 「今日は、学園も私たちも、翔さんの貸切ですから…… めいっぱい、愛して下さい」 「ああ……そこまで言うなら、そうさせてもらうからな。 後で謝ってもしらねーぞ?」 「えへへ……はい。たくさん、愛して下さいね」 「でもきっと、先に翔さんの方が参っちゃうはずです」 「なめんなよ……今日こそは、ぜってーお前に勝ってやる からな」 「快感が、2倍でも……こっちは二人だから、結局 変わらないです。ふふふっ」 俺は本来の目的を完全に忘れたまま、その誘惑に抗う事無く《深空:ふたり》を抱く決意を固める。 少しでも、深い繋がりが本当の絆になると信じて……俺はただ、ひたすらに彼女達を愛し続けるのだった。 ……………… ………… …… <ついカッとなってやった、今では後悔している?> 「つい成り行きで私との同棲を提案してしまったことに 動揺して、一人でごろごろとのたうち回る翔さん」 「あぅっ! 可愛いです……ぽっ」 「結局、私を異性だと思ってないから平気だって言う 結論に達して、他の人に変な勘違いをされない様に 隠すつもりみたいです」 「えへへ。異性だと思わないって言っているのに なんだか落ち着かないみたいです」 「翔さん、私が寝ているときに、いったいどうして いたんでしょうか?」 「あぅ!? わ、私を相手にエッチな妄想をして 一人で盛り上がっていたみたいですっ!!」 「あう……そんな衝撃的な事実、とても冷静には 受け止められませんっ!!」 「でもでも、せっかく気分が盛り上がったところで メガネを想像して、萎えてしまったみたいです」 「ホッとしたような、悔しいような、残念なような…… なんだか複雑な気分ですっ」 「翔さんは気晴らしに、自作のラジオ体操をして 気分を落ち着けていたみたいです」 「あぅ……どうりで何か騒がしいと思いました」 「ラジオ体操が盛り上がってきて、最高潮の ハイテンションポーズをしていた翔さんを ちょうど起きてきた私が見かけて……」 「その、あれはなんと言いますか……下品な話ですが すごく……興奮して、しまいました……」 「私も変態な自覚はありましたけど、翔さんも 負けず劣らずの性癖を持っているみたいです」 「あぅ……でも、どんなヒミツを抱えていても、翔さんが 好きなら、受け入れます」 「変態夫婦……じゃなくって、変態兄妹です」 「ふぅ……今日も清々しい、良い天気だな」 眩しいほどに健康的な日差しを浴びて、俺は思いきり背伸びをする。 時計を見ると、久しぶりに早朝と言える時間だった。 「よしっ! ……困ったぞ……」 脳みそが回ってきたところで、冷静に昨日俺が勢いでやってしまった事に頭を悩ませる。 「やべーよ……なんだよこのありえねぇ超展開は……」 つい場の雰囲気に流されてしまったとは言え、あんな好みでもないメガネ娘を、あろう事か自分の家に誘いあまつさえ同棲しようと誘ってしまったのだ。 「恋人でも無い女と、一つ屋根の下なんて……少なくとも 色々と誤解されるだろうな」 他にも色々と倫理的な問題も含めてヤバイ事だらけなのだが、現状で帰る場所が無いであろうかりんをこのまま野に放つのも忍びない。 そもそも、深空からかりんを頼まれたワケで……いやいや、それ以前に仲間だから助けたいし…… 「くそったれ……あの馬鹿メガネ娘が男なら、こんな事で 悩む必要も無いのに……どこまではた迷惑な女だよ」 そもそも、同じ年頃の男女がたった一つの壁を隔てて二人きりで寝泊りを一緒にしているのだ。 勘違いも何も、普通に考えてアウトだろう。 「ぐああああああああああああぁぁぁ〜〜〜〜っ!! あのメガネ娘だって、勘違いしてそうだろおぉっ!」 思えば昨日の発言は、俺のプロポーズのようにも捉えられなくも無いし、しかもくっついて来たし……勘違いされた可能性は十二分にあるだろう。 「待てよ……? と言うことはアイツ、俺を受け入れて この家に来たってことか?」 「…………」 壁の向こうで寝ているであろうかりんを想像して思わず生唾を飲んでしまう。 「……って、俺はアンチメガネ娘だっつーのっ!! ちょっと《巨乳:でかぱい》なくらいで、釣られてたまるかっ!」 「いや、待てよ天野 翔……あの犯罪チックな巨乳に罪は ねえだろ……天が与えた大いなる果実だぞ?」 「問題は、あの馬鹿がメガネをかけているアホ娘と言う ことでだな……女らしさが足りないっつーか……」 「ハッ!?」 すでに徐々に言い訳っぽい思考になっている時点で自分が、かなり動揺していることに気がつく。 ただの仲間だったはずのかりんの意外な弱さを知っていつの間にか情が移ってガードが甘くなっていたのか普通に『女の子』として意識してしまっていた。 「落ち着け俺、相手はあのアホメガネ娘だぞ……? どうにか気分転換して、冷静にならねーと……」 俺はひとまず、このヘンな意識を霧散させるように何かしらのアクションを起こすことに決める。 「そうだな、とりあえず―――」 「気晴らしに外にでも出てみるか」 春や秋に比べれば気分転換にはならないが、こんなジメジメとした暑い部屋で悶々としているよりかはかなり健全な気分になれる気がする。 「おし、決定! 早朝の散歩だ!!」 俺はこれ以上モヤモヤとした心境でいると危険だと判断して、素早く支度を整えると、逃げ出すように家を飛び出すのだった。 「逆に考えるんだ……むしろ一回かりんで思いっきり ふしだらな妄想をしてしまう、と考えるんだ」 俺は吹っ切れて、一度かりんで溜まったモヤモヤを(あくまで妄想の中の)かりんで晴らすことにする。 「かりん! エッチしようぜ!!」 「あぅ!? そんな、まるで野球でもするかのように 爽やかに、かつ軽やかに誘わないでくださいっ!」 「ええやんか! 別に妄想なんやからええやんか!!」 「それは、そうですけど……」 「さあさあさあさあ!!」 「あうぅ……じゃ、じゃあ私のこと、いっぱい《弄:いじ》って くださいっ!!」 「ある意味でいつも弄っているが……いいだろう!」 「それじゃ、まずはこのメガネをいっぱい弄って 欲しいですっ!!」 「おっけー! もうバッキバキに割れるくらいに 弄り倒してやんよ!!」 「バッキバキにしてくれるんですかっ!?」 「おう! バッキバキにしてやんよっ!」 「あうぅ〜〜〜っ♪」 「……って、何でやねーーーーーんっ!!」 俺はメガネのせいで、せっかく盛り上がっていた気持ちが一瞬にして萎えてしまう。 「なんでメガネやねん……って言うか、なんでメガネを 壊されて喜ぶねん……どんな性癖の持ち主だよっ!!」 俺は妄想上のかりんに突っ込みを入れながら、急激に脱力してしまうのだった。 「気晴らしに運動でもしてみるか」 悶々とした気分は爽やかな運動の汗を流すことで洗い落とせると踏んだ俺は、部屋でも出来そうなスポーツを脳内検索する。 「うし、我が自作のレイディオ体操をするか!!」 俺は、子供の頃に毎朝ラジオ体操をしながら考えていたとっておきのオリジナル・レイディオ体操をやってみることに決める。 「ワン・ツー、ワン・ツー・スリー・フォー!!」 「カケルヘイヘーーーイッ!!」 「AMANO! KAKERU!! AMANO! KA・KE・RU! HEY! YO!!」 「You can fly?」 「Yes,I can!!」 「俺のパトスはあああぁぁぁ、ハンハンハハーンッ!! 歌詞忘れたっぜえええぇぇぇ、フンフフフフーン!!」 「あっついこん棒! お取り寄せぇーーーっ!!」 「セリフ『天野 翔の翔って字、あるだろ? あの ごちゃごちゃしたところ画数多くてすごんだぜ?』」 「すごいぜヤバイぜカケルくんっ!!」 「あぅ……おはようござ……」 「板に吊るしてギリギリ太るカレーセェーーット!!」 「…………」 「…………」 「……あぅ……」 「……センキュー……」 「わ、私、何も見てませんからっ!!」 どう考えてもモロに見られていた!! 「い、今のはだな……何と言うか、その…… 俺が子供の頃に考えたオリジナルの体操で」 「あぅ〜っ! 何も見てませんっ!!」 「いや、だからだな……魔が差したんだよ、マジで。 普段からこんな変人チックなことをしているわけ じゃねーんだよ、ほんとに」 「あうううぅっ……言い訳されるほどに隠されていた 事実が浮き彫りになって、興奮して来ましたっ!」 「ぐあっ……違うんだ、それは大きな勘違いだ!! 誤解だぞ、かりん! ってか興奮ってなんだ!?」 「あうううううぅぅぅ〜〜〜〜っ!! も、もう辛抱 たまりませんっ! ちょっとおなにーして来ます!」 「ま、待てっ! 人として色々と待てっ!!」 「あううううううぅぅぅぅぅぅ……」 俺は異様な性癖を持つ暴走したエロ娘を止めるべく必死に逃げるかりんを追いかけるのだった。 「ふぅ……」 気分転換しなかった方が良かったのでは無いのかと思うくらい、精神的に疲弊した気もするが…… 「(それでもまぁ、だいぶ落ち着けたかな……)」 自分なりに足掻いた効果があったのか、どうにかいつものクールな思考を取り戻す。 これであの馬鹿娘に欲情することも無いだろう。 「そうだよ、俺はあんなヤツ女とは思ってねえんだ」 「だから家に置いてやってるわけで……勘違いされると 俺が困るんだよな」 「ここは、かりんに釘を刺して、みんなには秘密にさせて おかないとな……うん、それで解決だろ」 かりんとの同棲問題にひとまずの結論をつけると再び急激に眠気が襲ってきた。 「ふああぁぁ……もう一度寝るか」 人の気も知らずに爆睡しているかりんに軽く腹を立てながら、寝直すことにする。 俺はボリボリと頭を掻きながら、再び自分の部屋へ足を運ぶのだった。 <とっても幸せな結末> 「翔さんに背中を押されて、私は、お父さんと 家族の絆を取り戻すことが出来ました」 「いつだって支えてくれた、私の大切な人……」 「そして、今まで迷惑ばかりかけて来てしまった 大好きなお父さん……」 「今のこの幸せは、二人や……そしてみんなのお陰で 得ることが出来た、奇跡のようなものです」 「だから私は、決めたんです」 「どれだけ時間がかかるか判らないですけど…… 必ず、みんなに同じくらいの幸せを与えられる ような、素敵な女性になってみせる、って」 「だから、こんな弱くてダメダメな私ですけど…… これからも、見守っていて欲しいんです」 「今までご迷惑をおかけした分、精一杯頑張って……」 「世界中のみんなを幸せに出来るような、お母さんと 同じくらい素敵な絵本作家になってみせますっ!」 「あ……」 ボロボロになったプレゼントを抱きながら、ボロボロの姿のまま、家路に就いた深空。 「…………」 その先には、仕事へ行ったはずの深空の父親が、何を言うでもなく、無言で立ち尽くしていた。 「へっ……」 その不器用さがあまりにもおかしくて、俺はついにやけてしまう。 本当に雲呑一家は……どこまでも不器用で、けれど憎めなくて、こんなにも真っ直ぐなのだろうか。 「行けよ、深空」 「で、でも……」 ドンと背中を押してやるが、つい数十分前にあんな事があったせいで、踏ん切りがつかないみたいだった。 「やっと喧嘩できる関係に、なれたんだろ?」 物理的に背中を押しても足が動かない深空を見て、俺は精神的にも後押しをしてやる事にした。 「え……?」 「今までずっと会話すら交わせずに過ごして来た親娘が 言い合えるようになったんなら……それだけで、もう 十分、進展してるだろ」 「……そう……ですね」 「だったら、怒られても良いじゃねーか。好きなだけお前の 気持ち、ぶつけて来いよ」 「……はいっ!!」 俺の後押しが効いたのか、決意の炎をその瞳に宿し再びプレゼントを握り締めると、深空は父親の方へ向かって、歩き始めた。 「あ、あの……お父さんっ!!」 「……深空か」 「その……」 「どうした?」 「私……お父さんに伝えたいことがあるのっ!!」 「…………」 「お父さんは、私のことが嫌いかもしれないけど……」 「でも、私は……お父さんのことが大好きで……いつも 私なんかのために、泊り込みで働いてくれて……」 「…………」 「だから、私、ずっと感謝しててっ!」 「誕生日のプレゼントにって……秘密にするために、毎日 夜遅くまで学園に残って作った絵本なの」 「だから有り難く受け取れ、と?」 「うん」 以前ならこの皮肉で弱腰になり、うじうじして、自分の我を通す事など考えられなかった深空。 その少女が今、生まれて初めて父親へワガママを言っていた。 「……ほう」 「一生懸命、お父さんに見てもらいたくて作ったの。 だから……受け取って、読んでほしい」 「お母さんのお墓参りには、この後だって行けるし…… だから、今はお父さんをお祝いしたいの」 「仲直りのためなんかじゃ無くって……ただ純粋に お父さんの誕生日を祝いたいから、渡すの」 「そうか……お前がそこまで言うなら、受け取ろう」 「え……?」 あの天邪鬼だと思っていた深空の父親は、あまりにもあっけなく、その『お願い』を聞いていた。 そう―――何も難しい事は無いのだ。 無理だと思って、諦め、前を向かずにいたからこそ……それは不可能のように思えただけだったのだ。 「お父……さん……」 「勘違いするなよ、深空。私はお前を赦した訳ではない。 お前を赦せるのは―――お前の心だけだ」 「……うん」 そして深空は、ゆっくりと手に持っていたプレゼントを父親へと渡すべく、差し出した。 「お父さん……今まで私のせいで、いっぱい迷惑かけ ちゃって、ごめんなさい……」 それは何年も思い続けて、ずっと口にできなかった一言で――― 「本当に救いようの無い馬鹿娘だな、お前は」 「……ごめ……」 「子供は、親に迷惑をかけるものだろう?」 ゆえにこの人は、その間違いを正す一言を返す事ができなかったのだ。 「あ……」 「そんな当たり前の事を本気で気に《病:や》むヤツがあるか」 「お父さんっ……!」 「お前の考えは、どれも極端に後ろ向き過ぎて……間違い だらけなのだよ」 「いいか、深空。逆だよ」 「逆……?」 「親は子供の『迷惑』を背負う事で、それに支えられて 強く生きていくものなのだ」 「たとえどんな迷惑をかけられようとも……それでも 子のために頑張りたいと思えるからこそ、親はみな 頑張る事が出来るのだ」 「後ろを向いて生きる子に、価値などない。だから…… お前は、今のように前を向いて生きろ」 「……はい」 「それだけで、親は幸せになれるんだ」 「そうして生きてくれれば、支えになる」 「そうやって互いに迷惑をかけあい、支えあっていく。 それが―――家族と言うものなのだから」 「うん……そう、だよね……」 そう言って笑顔を見せた深空の頬には、綺麗な一筋の涙が流れていた。 何度も見慣れたはずの、深空の涙。 けれどそれは、今まで見たどんな涙とも違って――― 例えようのない、美しい輝きを放っていた。 「お父さん……お誕生日、おめでとう」 <なぜか元気の無い灯?> 「みんなでワイワイと騒いでいた中、静かにパラソルで 休んでいた、灯さん」 「様子を見に来た翔さんたちに、自分を気にせず海を 楽しんできて下さい、と言ってました」 「でも翔さん、気を遣って深空ちゃんを傍に置いて 少しでも灯さんに海を楽しんでもらおうとして いましたっ!」 「やっぱり、落ち込んでいる時に独りでいると、余計に 辛いと思いますから……私も大賛成です!」 「それで、ずっと灯さんの傍にいた私にも気を遣って 一緒に遊ぼうと連れ出してくれました」 「あぅ……やっぱり翔さん、優しくって大好きです」 「よう」 「あ、翔さんっ!」 「様子を見に来ました」 「その声は……雲呑さんですか?」 「え? あ、はい」 「花蓮から調子悪そうだって聞いたんだが、どうなんだ? 先輩の様子は……」 「それは―――」 「鳥井さんが一緒にいて看病してくださったお陰で 大分、落ち着いて来ました」 「灯さん……」 「ですので、私のことは気にせずに、みんなで海を 楽しんできちゃってください」 「って言ってもなぁ……先輩を置いて、はしゃぐってのも ちょっと―――ん?」 「…………」 くいくいと腕を引かれ、じっとかりんに無言で訴えられるように見つめられてしまう。 その表情を見て、俺の気遣いが先輩の負担になっていることを伝えたいのだと悟る。 「……それじゃ、俺たちは遠慮なく遊ぶ事にするよ」 「はい。ふふふっ……あの天野くんがここまで気が利く 発言をするなんて、ちょっと見直しました」 「あぅあぅ!」 「まだまだっすけどね」 時として気遣いが相手の重荷になってしまう―――そんな事すら、かりんの感情を何となく読んでからやっと気づけたのだ。 正直、まだまだ先輩に褒められるような気遣いある男にはなれていないだろう。 「ただし、先輩一人でぼーっとしてるのは却下だからな」 「え?」 「ですです。私でよろしければ、お話相手になります」 「あぅ……それじゃ、私がここに残りますので お二人で―――」 「お前もずっと座ってるだけじゃねーか。いいから 遠慮しないで、来いよ」 「ですが……」 「かりんちゃん! みんなで一緒に楽しまないと 気分転換にならないよ?」 「あぅ……そう、ですね」 やっと解ってくれたのか、おずおずとかりんが差し出していた俺の手を取る。 「それじゃ翔さん、かりんちゃんをお願いしますね」 「おう。深空こそ、先輩を退屈させるなよ?」 「では、めくるめく蜜月の世界へとお連れしますね♪」 「ええっ!? な、なんでベタベタしてくるんですかぁ」 「お姉さんがたっぷり大人の世界を教えちゃいます」 「よ、よく解らないですけど、貞操の危機を感じます!」 「じゃあ、行くか」 「あぅ!」 「ええっ!? ちょっ……た、助けてくださいぃ〜!」 「きゃっ……あんっ! あ、灯さんっ!?」 「とても振り向きたくなる声が聞こえるんだが…… 深空には悪い事しちゃったかもな」 「あぅ……深空ちゃんが変な道に目覚めないか 心配でなりません」 じゃれあっているだけでも、先輩の気分転換になってちょっとでも海を楽しんでくれれば幸いなのだが…… 「(俺らまで心配ばっかりしてたら、辛気臭くなって  不快だよな、やっぱ……思いきり楽しむか)」 「たっぷりねっちょり雲呑さんをいじくりつくせるなんて ステキな至福空間です……ふふふふふふ……」 「あうぅ〜……も、もうお嫁に行けないですぅ〜……」 「ものすごく楽しんでそうです……」 「だ、だな……」 俺は少しだけ元気を取り戻してくれた先輩に安心しつつかりんを連れて、みんなの元へと駆けるのだった。 <なぜ絵本作りを?> 「スケッチブックにただイラストを描いているだけじゃ なくって、絵本を作っていることを知る天野くん」 「なんで絵本を作っているのか訊くんだけど、曖昧に 誤魔化されちゃって、答えてくれなかったみたい」 「趣味じゃなくって、何か理由があるのかな……?」 「一緒に帰ろうと誘う天野くんをやんわりと拒んで 今日も一人で帰ろうとする雲呑さん」 「けど、またこっそりとストーカーチックに後をつける 天野くん……はわわわわ……」 「今度こそ本物の変質者かもと思って怖がっている 雲呑さんが背後を見ると、そこには謎の影が…… ふええぇぇぇん、雲呑さん、逃げてぇ〜っ!!」 「しかもしかも、その気配は2つに増えているみたい だよ〜っ!? ふええぇぇぇ、怖いよぉ〜っ!!」 「……って、その正体は、天野くんとそのお友達だった みたいだよ〜」 「もぉ、人騒がせにもほどがあるよ〜」 「結局この日も、怖くなっちゃった雲呑さんと一緒に 二人で帰ったみたい」 「ちょっと困ってたみたいだけど、やっぱり雲呑さんも 悪気が無い天野くんのオーラに根負けしちゃったのか そこまで悪い印象は抱かなかったみたいだよ〜」 「少しだけヤキモチ焼いちゃうけど、こういう優しい ところも天野くんの魅力だよね……」 「こんな天野くんを見て、ついニコニコとしちゃう 私って、ヘンな子なのかなぁ……?」 「そろそろ帰るって言う雲呑さんとお別れの挨拶を 交わして、一人教室に残る天野くん」 「今日は焼肉を食べちゃうらしいよ〜」 「いいなぁ〜、焼肉……私のお家では、ほとんど 焼肉なんて食べる機会が無いよ〜」 「じゅるっ……今日、思いきってお母さんに お願いしてみようかな……?」 「それはそれとして、どうして絵本なんだ?」 「え……?」 「いや、趣味で落書きしてるって感じには見えない って言うか……なんか本格的じゃないか?」 ペラペラと勝手にスケッチブックをめくってみると綺麗な絵本として、前のページの続きになっているみたいだった。 その一つ一つが丁寧に作られていて、まるでその辺りで売っているような本と何ら遜色が無いほどにも見えた。 「……それは……」 「何のために絵本作りをしてるんだ?」 「…………」 「もしかして、絵本作家になりたいとか?」 「……はい。実は、お恥ずかしながら……」 「やっぱり、この程度の実力でプロを目指してるなんて ……ヘンでしょうか」 「そんなことないって。深空の実力なら可能だろうし 立派な夢だと思うぜ?」 「あはは、ありがとうございます。お世辞でも、すごく 嬉しいです」 「お世辞じゃないんだが……まあ、いいか」 「まだまだ未熟かもしれませんけど……でも私、絵本が 大好きなんですっ」 「だから……いつか、素敵な絵本作家になれればいいな って思ってます」 「おう、頑張れ。俺も陰ながら応援するよ」 「はいっ♪」 元気の良い返事を返すと、深空は再びフエルトペンで絵本の続きを描き始める。 しかし、その深空とは裏腹に、俺はさっきの会話に微妙な《し:・》《こ:・》《り:・》を感じていた。 「(今の答え……嘘ってわけじゃなさそうだが……)」 半分は本当だけど、まだ何かを隠しているような……そんな違和感が付きまとっていた。 「〜♪」 しかし、さすがに隠したがっている《そ:・》《れ:・》を訊き出すような無粋な真似をする気にはならなかった。 「猫、描いてくれよ。猫」 「にゃ〜ん、ですっ」 「やっべ、和むな、これ……」 「えへへっ、ありがとうございます♪」 「せっかくだから、オオサンショウウオあたりも仲間に 入れてやろうぜ」 「え、ええっ!?」 「んで、次は―――」 「あ、あぅ〜……」 俺は下手な詮索を打ち切り、好き勝手いいながら魔法の絵本を作り出す深空を眺め、居心地の良い一時を過ごすのだった。 ……………… ………… …… 「ふぅ……今日はこのくらいにしておきます」 「そうだな」 深空がペンを置いたのは、もう夜と言える時間ですでに辺りも完全に暗くなっていた。 「すみません、なんだか付きあわせてしまったみたいで」 「いいって。っつーか、俺が好きでココにいたんだし。 むしろ迷惑かけちゃったよな」 「いえ。最初はちょっと恥ずかしかったですけど いい緊張感もありましたし、作業も《捗:はかど》りました」 「そう言ってくれると助かるんだけどな」 「それでは、また明日です」 「え? あ、ちょっと待った!」 「はい?」 「また明日って……一人で帰るのか?」 「はい。この歳にもなってお父さんに迎えに来て もらったりとかは、ちょっと……」 「いや、そう言う意味じゃなくてだな……」 「?」 「昨日も言ったけど、夜の一人歩きは危ないからさ。 今日も俺がボディーガードとして送っていくよ」 「いえいえ、そんなっ」 「翔さんにご迷惑をかけますし、別に良いですよ。 もう怖くないし、へっちゃらです」 「ん……そうか?」 「はい。ただでさえ付き合っていただいたのに これ以上ご迷惑をおかけできません」 「いや、別に迷惑じゃないって。余計なお世話を焼く くらい、なんかやらねーと気持ち悪いっつーか」 「お気持ちだけ受け取っておきますので……」 「そうか」 「はい、すみません。……それでは、また明日です」 「おう。気をつけて帰れよ」 「うぅ……昨日みたいな思いはもうしたくないので 出来る限り、気をつけてみます」 深空はそう言いながらぺこりと行儀よくおじぎをするとてくてくと歩きながら教室を後にする。 「……さて」 とは言え、相も変わらず危機感は薄そうなので心配が付き纏うのが正直なところだ。 ここは多少迷惑であっても、やはり追いかけてから一緒に帰るべきかもしれない。 「古くからしつこい男は嫌われる、とは言うけど…… それでも放っておけねーよな、アイツは」 何かあってからでは遅いわけだし、嫌われるくらいで深空の安全が買えるのであれば安い買い物だろう。 「うし、行くか!」 俺は今日もまたボディーガードを兼ねて、深空の後を追い、勇みよく教室を出るのだった。 ……………… ………… …… てくてくてく。 「……ちらっ」 「…………」 てくてくてく…… 「……ちらちらっ」 「…………」 「あうぅ……なんだか、また誰かにつけられている ような気がします……」 俺の前では強がっていたが、やはりまだ怖いのかビクビクとした様子で背後を窺う深空。 変なトラウマを植えつけてしまったのは少々心が痛むがこれもひとえに深空に危機感を自覚してもらうためだ。 「今度は俺を気遣わずに、ちゃんと逃げてくれよ……」 俺はそう祈りながら、ストーカーのフリをして身を潜めながら追いかける。 「でもでも、もしかして、また翔さんだったりして」 「ちっ……鋭いな」 たしかにその想像は当たりなのだが、もし本当にヤバイ男につけられていたら、そんな甘い考えはかなり危険だと言える。 やはりここは心を鬼にして、深空にさらなる恐怖を覚えさせておくべきだろう。 「(カモン、カイシくんっ!!)」 俺はこんな時のために携帯で呼び出しておいた彼をこの場に召喚する。 「け、気配が二人にっ!?」 「ふっふっふ……これで二人組みの男になったぞ。 まさか俺だとは思うまい」 「しかもなんだか、ざわざわしている気がします……」 ちなみに、彼の名前は《移動:いどう》カイシくん。 俺の旧友で、いつもざわざわしているナイスガイだ。 「あううぅ……こ、怖いよおっ」 逃げ出してくれるかと思ったのだが、あまりの恐怖に深空は震えながらその場にへたり込んでしまう。 「(ダメだ、これじゃ危険すぎるぞ……)」 ここはさらに脅かしてでも走り去るように促したいがさすがに我慢の限界だった。 「深空!」 「きゃああぁっ!?」 飛び跳ねるように驚いた深空の大声に、逆にこっちがビックリさせられてしまう。 「お前の行動を見守らせてもらったが、正直0点だ。 こんなんじゃ、いざと言う時マジでマズいぞ」 「え……? か、翔さんっ!?」 「安心していいぞ。とりあえずさっきのは俺が一芝居 打たせてもらっただけだ」 「ひ、酷いです翔さんっ! わわわ、私、本当に 怖かったですっ!!」 「ああ、そうだな。俺は酷いヤツだよ」 「えっ?」 「けどな、世の中には俺よりも酷い男だっていっぱい いるんだよ」 「どうにも深空はその辺りの認識が甘すぎるからな。 そんな無用心なヤツは、俺みたいなのに絡まれる ってコトだ。……覚えておいた方が良いぞ?」 「……は、はい」 「……とは言え、正直やりすぎたよ。わりぃ」 絶対に嫌われ役に徹してから鬼教官になろうと決意していたにも関わらず、俺はその手を差し出していた。 震えている深空を見て自分の不器用さに嫌気が差して気がつけば許しを請うていたのだ。 「翔さんって、思ってたよりもずっと頑固で…… 意地悪な人だったんですね」 「そりゃ、まあそうかもしれんが……しかしだな……」 俺が言い訳を重ねようとすると、人差し指でその続きを遮られてしまう。 「わかってるつもりです。翔さんなりに、私のことを 心配してくれたんですよね?」 「あ、ああ」 「たしかに私も、少し無用心だったかもしれません」 「すみません、危なっかしくって……昔からどうにも その辺りの認識が薄くって……えへへ」 自分を怯えさせていた相手をあっさりと許して笑顔を覗かせる深空。 不覚にもその笑顔に、俺はドキリとしてしまった。 「それじゃあ、今後は早く家に帰ってくれるんだな?」 「それは……」 「もしくは俺をボディーガードにだな……」 「だ、ダメですっ! 私は翔さんに何もして あげられないのに、そんなこと……」 「そんなの気にしなくて良いって言ってるだろ。 ……意外に頑固なんだな、深空って」 「頑固とか、そう言う問題じゃないです。これは 私のけじめの問題なんですっ」 「わかったよ、今日のところは諦めて帰る事にするよ」 根負けした俺は、潔く引き下がろうと背中を見せる。 「わわわ。ちょ、ちょっと待ってくださいっ」 が、なぜか慌てて止められてしまった。 「その……今日だけ、お願いしてもいいですか?」 「なにを?」 「だ、だからその……ぼ、ぼでぃーがーどです」 「え?」 恥ずかしそうに真っ赤になっての、予想外のお願いをされてしまい、思わず呆けてしまう。 「ほんとは、何もお礼できないのにこんなことを お願いするのはダメだと思うんですけど……」 「で、でも、今日は翔さんに脅かされたから、その…… 怖くて、一人じゃ帰れないです」 「はは、そっか」 「笑わないでくださいっ! も、もとはと言えば 翔さんが脅かしたせいなんですからっ」 「そうだな、ごめんごめん」 「だからこれでお相子と言うことにしてほしいんです」 お相子も何も、俺は元から深空と一緒に帰りたかったワケで、それだけで許してもらえるなら大歓迎だった。 「それじゃあ一緒に帰るか」 「は、はい」 控えめに俺との距離を近づけて歩く深空に苦笑しながらこの誰もかもを許してしまう甘さは治らないのだろうと確信してしまうのだった。 「それでは、お先に失礼します」 「ああ。また明日な」 「はいっ」 別れ際に笑顔を見せて、可愛らしく走り去る深空。 俺はそれを見送ると、大きく背伸びをして一息ついた。 「さて、俺も帰るかな」 すっかり暗くなってしまった夜空を横目に、今晩の献立をどうするか思考を巡らせる。 「よし、今日は贅沢に焼肉にでもするか!」 俺は久しぶりのしっかりした肉を励みに、一人上機嫌に教室を出るのだった。 <なんだかんだで断れない静香> 「なんだか嵩立さんは、空を飛ぶって言う無理難題に あんまり乗り気じゃないみたい」 「そうだよね……できっこないって思っちゃうのは 普通のことだと、私もそう思うよ〜」 「あははっ。でも、ぶつぶつ言いながらもけっきょく 相楽さんの頼みを聞いて手伝っちゃうのがとっても 嵩立さんらしいよ〜」 「やっぱり嵩立さんって、相楽さんに甘いんだよね〜」 「よう静香、何してんだ?」 俺は目の前にいた静香にすかさず声をかけてみる。 「別に何も。手持無沙汰っていうやつかな」 そう言って、小さくため息を漏らす。 解散になって気が抜けたのか、テンションがかなり盛り下がっているのが見て取れた。 「……ねえ、翔?」 「ん? どうした?」 「空なんて……本当に飛べると思う?」 「随分とストレートな質問だな」 「素朴な疑問よ。素朴な、ね」 「飛べると思うぜ。じゃなきゃ命懸けで山篭りして 気の特訓なんかしないさ」 「そう……ね」 「静香はどうなんだよ?」 「……私は……どうなんだろう」 「あんまり乗り気じゃないみたいだな?」 「……そう見える?」 「ハッキリ言ってな。傍から見たら、諦めましたーって 両手上げてるように見えるぜ?」 「だって、空を飛ぶんだよ?」 そう言って、二度目のため息を吐く静香。 「みんな頑張ってるのはわかるけど、現実的に考えて そんなの無理だと思わない?」 同意を求めるような眼差しを向けられるが、俺は安易にその疑問に頷くことはできなかった。 「……言いたいことは解るけどな。もう少し頑張って みようぜ? みんなやる気になってんだからさ」 「うん。……そうよね。ごめん、変なこと言って」 「いや……静香の気持ちもわかるし」 「……でも、ロマンチストな翔は、諦めないのよね?」 「まぁな」 「んもぅ、ほんと、馬鹿なんだから……」 「どうせなら、思いきり足掻くだけ足掻いてみようぜ? ほら、いつもみたいに麻衣子と一緒にさ」 「いつもは……マーコが一人で暴走してるだけでしょ? 私はそれを止めようとしてるだけじゃない」 「んで、麻衣子に巻き込まれて手伝うハメになる、と。 ほら、いつものことじゃねーか」 「はぁ……それもそうね」 そう言って、自嘲気味に大きな溜め息を吐く静香。 どうやら今日は本当にテンションが乗らないようだ。 「もしかして疲れてんのか? なら今日はもう 帰った方がいいぜ?」 「そんなんじゃないわよ。ただ……」 何か思うところでもあるのか、かりんを眺めて複雑な表情を見せる静香。 「う〜む……困ったのう」 俺が静香の様子を眺めていると、勢いよくドアを開き麻衣子が教室の中へと入ってきた。 「あ、麻衣子さん。どうかしたんですか?」 「うむ、ちょっとな。シズカはおるかの?」 開口一番、静香の名を呼んでキョロキョロと辺りを見回す。 「…………」 当の静香は考え事をしているのか、名前を呼ばれてもピクリとも反応をしなかった。 「嵩立さんなら、あちらにいますけど」 「おお、ほんとじゃ! 恩に着るぞ、ミソラッ!」 言うが早いか、バタバタとトリ太を揺らしてこちらへ早歩きで近寄ってくる麻衣子。 「なんじゃ? たそがれておるのか?」 「禁断の恋の病らしい。さっきからかりんの方を見て 溜め息を吐いてるっぽいぞ」 「なんとっ!?」 「一目惚れだったんだろうな」 「いかんぞシズカッ! そっちの道は甘く甘美じゃが 非生産的なイバラの道じゃっ!!」 「…………」 「くっ……まさか胸のぺったんこ具合が悪影響して 男性ホルモンの過剰分泌をっ!?」 「ショックを受けているところ悪いが、それは何気に 酷いこと言ってるぞ、麻衣子……」 「マイコには言われたくないと思うのだが……」 「わ、私はまだまだ若いし、これからじゃっ!! むっちむちのボインボインになるのじゃっ!!」 「無理だろ……」 「つまり私はもういい歳だし、これ以上の成長は 望めないって言いたいわけね?」 「シ、シズカッ!?」 「仲間だと思っていたマーコに、まさかこんな 裏切りを受けるなんてね……」 「も、もしやさっきのを聞いておったのか!?」 「ええ、一文字一句逃さず、よぉ〜く聞いてたわよ」 「ご、誤解じゃ、シズカ……! ほ、ほれ、たとえ 年齢的に難しくとも、カケルにでも揉んで貰えば まだ希望が……」 「ま、マーコッ!!」 「ナイムネ同盟、決裂の危機か?」 「ナイムネって言うなっ!!」 「必死だな」 「そ、そんなことより、私はシズカに用事があって ここに来たのじゃっ!!」 「誤魔化してるのバレバレだけど……ま、いいわ」 「たしかにこんな話題をいつまでも続けたって お互いに不愉快になるだけだしね」 「(頑張れ、ナイムネ同盟……)」 なんとなく俺まで切なくなってきたので、こっそり脳内で応援しておくことにする。 「……で、どうしたの? 何の用だったのよ?」 「うむ……実は明日までに今の発明品を形にしたいん じゃが、二人では少々難しくなってきたのじゃ」 「それで、静香に手伝って欲しいってワケか」 「翔もヒマなんでしょ? なんで傍観者気取りなのよ」 「そうじゃな。二人が手伝ってくれれば、もっと早く 完成に近づくのじゃ!!」 「……んもぅ、しょうがないわね、マーコは」 「俺はもちろんOKだ」 「恩に着るぞ、二人ともっ!!」 「我輩の分まで、マイコをフォローするのだぞ」 「へいへい」 「何してるのよ、二人とも! 早く行くわよ」 教室の出口に立って、俺達二人を急かす静香。 「何だかんだと言っても、結局は嫌々ながらも 手伝ってくれるんだよな、あいつ」 「にしし。そいつがシズカの魅力の一つじゃからな」 「ちげえねぇな」 「?」 俺達はニヤニヤと笑みを浮かべながら、根は昔から変わらずお人好しな静香を眺めるのだった。 <ひとまず解散> 「結局どの実験も上手く行かなくて、困り果ててしまう 飛行候補生のみんな」 「ついに相楽さんも唸り始めてしまって、打つ手なし って感じみたいだよ〜」 「しょうがないので、気分転換に、今後暫くは各自で 自由に行動しつつ良い案を探して行くことになった 天野くんたちだけど……」 「天野くんは、一人で悩んでいてもロクな案が 思いつかないって考えて、とりあえず誰かと 一緒に行動してみようと思ったみたいだよ〜」 「天野くん、真っ先に誰のところに行くんだろ……?」 「う〜〜〜〜〜〜む……」 「う〜〜〜〜〜〜ん……」 あそこまでの大規模な実験をしても失敗してしまいさすがの麻衣子も唸って黙り込んでしまう。 もちろん、俺たちの方もロクな案が浮かばずにただただ沈黙してしまう。 「もう少しで飛べそうな気がしたんですけど…… マイナスイオンでもダメでしたね」 「まさかマイナスイオンですら飛べないだなんて…… 驚きですわ」 「俺は平然とお前が生きてこの場所にいる事の方が 驚きなんだが」 「やはり行き詰ってしまった時は、身を置く環境を 変えたり気分転換が必要だと思います」 「たしかに、大事じゃな」 「はい。ですので、今後暫くは各自で自由行動をして それぞれ何か良い空を飛ぶ方法の案を探してみては いかがでしょうか?」 「っつーと、一時解散って事か?」 「はい。誰かと一緒に考えたい人たちは今までみたいに 集まっていただいても構いませんし……」 「とにかく枠に囚われず、もっと自由に、色々と 試行錯誤して行きましょう」 「そうですわね。こんな教室にみんなで籠もっていても 脳みそが溶けてしまいますわ」 「ふふふっ……姫野王寺さんは、たしかに考える前に 色々と行動しないとダメなタイプそうですよね」 「なんだかバカにされている気がしますわ……」 「いえいえ、そんな。褒め言葉ですよ?」 「ホントかよ……」 「それじゃ、気分転換にどこか出かけてこようかしら」 「ならばちょうど七夕じゃし、神社のお祭りにでも 行ってみてはどうじゃ?」 「やーよ。子供じゃあるまいし……」 「と言いつつ、行くんだろ?」 「行かないわよっ!!」 「行かないんじゃったら、私の作業を手伝って くれんかのう?」 「まぁ、いいわよ別に。暇だしね……」 「それでは、解散しましょう」 「うむ! 名案を閃いたら、またみんなを呼んで 実際に実験してみるのも良いと思うぞっ」 「基本的には学園に来ますので、何かありましたら また集まりましょう」 「そうですねっ」 「また会おう」 「うむ」 それぞれの別れの挨拶を交わしながら、《各々:おのおの》教室を出て行く、みんな。 「翔さんは、どうするんですか?」 「ん? そうだな……」 そのまま考えあぐねていると、気がつけば教室にかりんと二人きりになってしまう。 「(う〜む、どうするかな……)」 俺の場合、このまま一人で考えていても、とても良い案は浮かびそうになかったので、とりあえず誰かと行動を共にしたいところなのだが…… 「あぅ! そんなに見つめられると照れちゃいますっ」 「無いわ……」 こいつのアホ面とメガネを見て、3秒で萎える。 正直かりんと組むのはかなり拷問に近いので、ここは他の誰かのところへ行って、ひとまず様子を見てから決めてみるのが良いだろう。 「うし、とりあえず適当にその辺をぶらついてみるわ」 「はい。いってらっしゃいです」 「……お前はどうするんだ?」 「私は……秘密です」 そう言えばこいつ、いつも見かけないが、いったいどこで何をやっているんだろうか? 「まあいいや。それじゃ、またな」 「はい。……頑張って下さい」 「協力するって約束したからな。期待にそぐえるように ぼちぼち成果を出せるようにやってみるさ」 「あう! 期待してますっ♪」 俺はその笑顔に苦笑で答えながら、かりんを置いて一人教室を去るのだった。 「あぅ……きょ、教室で初体験を済ませたなんて…… すっごく恥ずかしいですっ!」 「私たちが愛し合ったせいで汚してしまった机を ばれないように、必死になって拭きました」 「つい勢いで抱いてもらいましたけど、本当はちゃんと ベッドで愛して欲しかったりもします」 「だから思いきって、いつかちゃんと翔さんの部屋で 愛して欲しいってお願いしちゃいました。えへへっ」 「ふぅ……」 濡らしてきたハンカチで、汗を拭きつつ汚れを落として乱れていた服装を正す。 「ううううぅぅぅ〜〜〜……」 「ん?」 俺の精液を勿体無いと言いながら拭こうとしない深空を帰る時に臭いでバレるからと《宥:なだ》めて、何とかその身体を綺麗にしてあげたはずなのだが…… 何故か、懸命にごしごしと拭いているようだった。 「どうした? まだ身体に精液が付いてたのか?」 「ち、違うんです……身体は拭いてもらいましたので 大丈夫なんですけど……ううううぅぅぅ〜〜〜」 「?」 「はうぅぅ〜〜〜……机のシミが、取れないんですっ」 何かと思って近づくと、深空は雑巾で自分の机に出来たシミを懸命にごしごしと拭いていた。 「別にいいじゃん。処女喪失の記念ってことで」 「卑猥すぎますっ!」 「そ、そうなのか?」 さっきまであんなにノリノリだったのに、自分の机にその痕跡が残るのは恥ずかしいようだ。 「(わからん……服や身体にこびりついて取れないって  言うんなら、その気持ちも解るんだが……)」 「はうううぅぅぅぅ〜〜〜……ごしごし……ううっ 落ちませえぇ〜〜〜〜ん……」 「あぅ……初体験はデートの後に夜景を見てから ファーストキスをして、それで翔さんの部屋で ロマンチックにしたかったのに……」 「気がつけば教室でしちゃうなんて……はううぅっ! 恥ずかしすぎですっ! エッチすぎますっ!!」 謎の自己嫌悪に囚われつつ、あぅあぅ言いながら机をふきふきする深空。 よくわからんが何となく愛おしさが募りまくったので後ろから抱きしめてみる。 「うおーっ、好きだぁーっ! 2回戦行くぞぉーっ!」 「あううううぅ〜っ! 机を拭き終わってからにして くださいぃ〜っ!」 いいのかよ! 「でも、とりあえず大丈夫だって。今はメンバー以外は 誰も教室に入ってこれないだろ」 「でもみなさんにはバレちゃうじゃないですかっ!!」 「平気平気。普段は俺のクラスに集まってるじゃん」 「けど、ここに来たらばれちゃうかもしれませんっ!」 「そん時はそん時っつーことで」 「あぅあぅあぅあぅっ!」 首をぶんぶんと横に振りながら、否定しているつもりなのか、わけのわからない叫び(?)声を上げる深空。 「お前、ほんと可愛いな」 「えぅ……ありがとうございます。えへへ」 「じゃなくて、拭かないとっ!!」 「もう手遅れだって。大人しくスパッと諦めて、もっと イチャつこうぜ」 「ダメですぅ〜っ!!」 ついつい背中から意地悪してしまう俺を振り払えば良いものを、大人しく、されるがままでいる深空が愛しすぎて、余計にイチャついてみる。 深空は嬉しそうなようでいて困ったような、複雑な顔で真っ赤になりながら俺の抱きつき攻撃を受け入れていた。 「でも……」 「ん?」 「いつかはちゃんと翔さんの部屋で愛して欲しいです」 「うっ……」 「えへへ……乙女のどりーむですっ」 その不意打ちなセリフに胸を撃ち抜かれて、思わず死にそうになってしまう。 「わ、わかったよ……いつか、すげー良いムードの時に 最高にロマンチックな思い出のHをしてやるよ」 「ほんとですかっ」 「ああ、約束する」 「えへへっ……それじゃあ、今年のクリスマスは翔さんを 貸切で予約しちゃいますっ」 「ああ。俺もお前を貸切で予約するから、誰にも売ったり するんじゃねーぞ」 「はいっ」 元気良く頷きながら笑顔を覗かせる深空と、何度目かのキスを交わす。 「そうだ、一つだけ大事なことを言い忘れてた」 「え?」 「俺と付き合ってくれ」 今更すぎる言葉だったが、うやむやなままでなくハッキリと俺の口から伝えたかったので、改めて深空の答えを訊ねる。 「……はい。私なんかでよければ、喜んで」 「馬鹿。お前じゃなきゃ嫌だって言ってんだよ」 「はい……はいっ!」 本当に嬉しそうな笑顔で、俺の胸へ身体を預ける深空。 俺はその愛しい人を抱きしめながら、二度と離さないでずっと大事にして行こうと、密かに決意するのだった。 <へたれな足コキ・ノリノリ花蓮お嬢様> 「ふふっ……翔さんったら、本当はあの本に載ってる ようなことを、されてみたかったんですのね?」 「まったく……あ、足でして欲しいなんて、とんだ 変態ですわ」 「口では否定してましたけど、それって私が出来ない とでも思っていたからなんですの?」 「あ、甘く見ないでくださいませ!」 「私にだって、あ、あんなことくらい出来ますわっ!」 「最初は意地でやっていましたけど……この殿方を 服従させているような感じが、案外、病みつきに なりそうで、夢中になってしまいましたわ」 「でも、今思えばこの時、調子に乗りすぎなければ あんな事にはならなかったかもしれませんわね」 「まさかこの直後に、あんな逆襲をされるとは 夢にも思いませんでしたもの……」 「待てよ、お前本気で……うぐっ」 スベスベしたタイツの感触が敏感な部分から伝わり俺は思わずうめき声を上げてしまう。 「今の声……ふふっ、気持ちよかったんですの?」 「……バカ。いきなりだから、少し驚いただけだっての」 「そ、そうですの……だったら、今度はゆっくり……」 ギュッギュッと、花蓮がサオを踏む足に力を込める。 しかし男性器の構造などまるでわかってないのだろう。体重を乗せた《踵:かかと》で、容赦なく俺の性器を踏み潰す。 「イテッ! あだだだだだだだだ!!」 「い、痛いんですの?」 俺の声に反応して、慌てて花蓮がそこから足を離す。 「そこは大事な部分なんだから……どうせやるなら もっと優しく扱えってんだよ」 「い、意外と可愛いこと言いますのね……」 おずおずといった感じで、花蓮は再び俺の性器に足を伸ばす。 そこは(情けないのだが)花蓮に刺激されたことにより先ほどよりも輪をかけて硬度を増していた。 「さ、さっきより、ずっと大きくなってますわ…… それに、すごく熱い……」 タイツ越しにもその熱が伝わったのだろう。 花蓮はうっとりとした表情で、ため息をついていた。 「はぁっ……んっ……」 気分を盛り上げるためか、俺のサオをいじりながら、自らの胸をいじり始める花蓮。 不覚にも、その姿に俺のイチモツが反応してしまう。 「あ、またビクッって……か、感じているんですの?」 「……お前、本当は自分が興味津々なだけだろ」 「そ、そんなことありませんわっ!」 怒った表情を浮かべながら、脚に体重を乗せる花蓮。 しかし今度は土踏まずに俺のサオをうまくフィットさせていて、先ほどのような痛みはない。 むしろ、これは…… 「うぅっ……バカ、お前…………」 「い、痛いんですの?」 「い、いや、そりゃ少しは痛いけど……でも……」 「じゃ、じゃあ……」 「…………」 「気持ち、いいん……ですのね?」 「…………」 素直に首を縦に振るつもりは、なかった。 しかし、その無言の間では肯定の意思は隠し切れなかったようで、たちまち花蓮の表情に笑みが浮かぶ。 「ふ、ふふ……ふふふふっ……」 「…………?」 「女の子に踏まれて気持ちよくなるなんて……翔さん やっぱりMだったんですのね!?」 「お前は本当にバカか!!」 「今さら隠さなくてもよろしいんですわよ?」 「例えどんな性癖を持っていようと、翔さんは翔さんで あることに違いありませんわ」 「私、その程度のことであなたを軽蔑するほど狭量な 女性じゃありませんことよ?」 「だぁ〜かぁ〜らぁぁぁ〜〜〜〜〜……」 完全に俺より優位に立ったと判断したのだろう。花蓮は、尊大ともいえる態度で俺を責め続ける。 「ほらほら、口ではそんなことを仰っていても、身体の ほうは正直ですわよ?」 「お前はいつからそんなわかりやすいSキャラに…… ぐぅぉぉぉぉぉ……」 何か変なスイッチが入ったしまったのか、それとも単にやってるうちに、だんだん楽しくなってきたのか…… 俺が口を開こうとするたびに、変にノリノリな花蓮が絶妙な力加減で執拗にアソコを責めてくる。 「S……なんかじゃ、ありませんでしてよ……?」 「もしSなら、自分の胸元なんて晒しませんわ」 そう言って少し恥ずかしそうに、花蓮が俺を覗き込む。 その視線にドキリとして、思わずごくりと生唾を飲んでしまう。 「翔さんに気持ちよくなってもらいたい一心で 自分の胸をさらけ出す健気な乙女がSのはず ありませんでしょう?」 「…………」 「はぁ……んっ……ふっ、んぁ……」 「ふ、ふふっ……だんだんコツがつかめてきましたわ」 足でシゴくというより、上へ下へと力をかける場所を変えることで、花蓮は俺の性器全体を刺激する。 ソックス越しに、柔らかい足の裏の感触が伝わってきて背筋がゾクゾクするような快感が身体を支配する。 「(や、やべえ……こんな屈辱的なコトされてるのに  なんで、こんなに……)」 もしかしたら、花蓮が言うように俺はMなのか……? 自己嫌悪に陥りそうな自問にブンブンと首を横に振り必死にそれを否定する。 「いつまで意地を張ってるんですの? 気持ちいいなら 気持ちいいと、認めてしまえば楽になりますのに」 「バッ、バカ……んなワケねーだろうが……」 もはや折れていないのは、口だけだった。 性器から伝わる痛気持ちよさに、俺はすでに抗う術を失っていた。 「それじゃ、こんなのはいかがですの……?」 動きを止めた花蓮が、何かを探るようにモゾモゾと足の指を動かし始めた。 素足の時に比べて感覚も鈍っているであろう。 しかしその指は正確に亀頭の裏側……カリ首の部分を捉える。 「あ……またびくん、って震えてますわ……」 「ふふっ、期待してますの? 期待しちゃってるん ですの?」 完全に女王様モードに突入した花蓮が尋ねてくる。 「あ、ああ? か、かもな……」 知らず知らずのうちに半開きになっていた口元を引き締め俺は答える。 「まあ、思ってたよりは……いいんじゃねーかな……」 「ふふ……やっぱり本なんか見てるより、私とこうしていた ほうが、よっぽど生産的ですわ」 そう言って花蓮は、満足げに頷く。 俺がエロ本を隠し持っていたことは、そこまでこいつのプライドを傷つけたのだろうか。 「んっ……はぁ……ふふっ……」 「…………あぐっ……!!」 「ここが良いんですわね……?」 苦しげにうめき声を上げる俺を花蓮が心配することはもうなかった。 俺の声の正体が、快感からくるものだということに彼女はすでに気づいているのだろう。 「(なんでこんな……こいつ、大して上手いわけじゃ  ねーのに……)」 乏しい知識に、雑誌の見よう見まねの性技…… しかし俺を見下ろし、それを行っているのは、他ならぬあの花蓮なのだ。 そんな非日常的な光景に、俺の正常な思考能力はすっかり狂わされていた。 「うんっ……ふぁ……んっ……」 「……あ、あら? な、なんですの?」 「…………?」 不意に、花蓮が素っ頓狂な声を上げる。 「何か、ぬるぬるしたものが出てきましたわ」 亀頭から花蓮が指を離すと、にちゃりとした粘着性の液体が糸を引く。 見ると、花蓮のタイツは俺の先走りの汁で濡れ、その色を変えていた。 「……これが『しゃせい』ですの?」 「(ちげーっての……)」 興味があると言っていた割には、その知識の無さは相当のものだった。 「で、でも、全然小さくなりませんのね……」 「(当たり前だろ……)」 「……こうなったら、乗りかかった船ですわ……」 「翔さんが満足するまで、何度でもしてあげますわ!」 「バカ……か、花蓮……ぐあっ!」 瞳に闘志をたぎらせた花蓮が、足の動きを再開する。 「なんだか、このヌルヌルのおかげで滑りが良くなって きましたわね……」 不思議そうな表情の中に、花蓮はどこか楽しげな色を浮かべていた。 「んっ……はぁっ……ん、うぅんっ……こう言うのは…… どう、ですの……?」 「……ぐっ!!」 必死に快感に耐える俺を屈服させたかったのか、花蓮が両足を使って、より積極的な動きで俺のサオを扱き出す。 「んんっ……んっ……ふふっ……どう、ですのっ? 翔さんの……すっごく、ガチガチですわ……」 「やっぱり、気持ち良いん……ですのね?」 「……っ……」 「ふふっ……強情、ですわね……」 「『しゃせい』しておいて、まだ認めないなんて…… 筋金入りの頑固者……ですわっ」 「だから……ちげーっての……」 口では必死に否定するものの、激しくなった足の動きに射精感が高まっているのもまた、事実だった。 「無理しないで、降参しないと……ずっとこうして 翔さんのココ、いじめちゃいますわよ?」 「ほら、またじゅくじゅくって……いやらしい音を立てて 『しゃせい』してますわ……」 「……して、ねーって……」 「……ほんとに、強情……ですのねっ……いいですわ。 それなら、私にだって……考えが、ありましてよっ」 いつまでも『気持ち良い』と口にしない俺に業を煮やした花蓮が、何かを思いついたような笑みを浮かべる。 とは言え、所詮は花蓮の浅知恵だ。何をするつもりかは知らないが、その程度で俺が折れるはずは――― 「翔さん……どうですの? 私の足……気持ち…… 良いですの?」 「私……翔さんに気持ち良いって言ってもらえるように ……一生懸命、ご奉仕させて頂きますわ」 「なっ……」 「私のココ、見てくださいまし……翔さんのことを…… 想っていただけで……こんなになってしまっているん ですのよ?」 急に甘い声を出しながら、花蓮はこれ見よがしに自分の秘所へと視線を誘導させて来る。 そこは確かに、ここからでも分かるほどに濡れていた。 「本当は、恥ずかしくて死にそうなんですのよ……? でも……翔さんが、望むなら……」 「……っ」 意地になっているのか、普段では絶対に聞けないような甘ったるい声で俺を誘う花蓮に、思わずクラリと来る。 「私……ずっと、翔さんになら、捧げても良いって…… 思ってましたのよ?」 「なのに……酷いですわ。私の気持ちに、気づいてて…… 応えて、くれないん……ですのっ?」 「か、花蓮……」 必死に足コキを続けながらの告白に、俺の下らないプライドも、すでに崩壊寸前だった。 「翔さんが望むなら、私……なんだってしますわ。 だから、こうして……んっ……頑張ってますの」 「なのに、翔さんが『気持ち良い』って言ってくれない なんて……寂しい、ですわっ……」 「……いい」 「え? なんですの?」 「気持ち、いいよ……」 「気持ち……なんですの?」 「お前に足でされて、気持ち良いって言ってんだよ!」 「ふふっ……やっと、その言葉が聞けましたわ」 その満足そうな笑顔を見て、花蓮に主導権を握られてしまった事に気づき、急に悔しさが沸き立ってくる。 「けど、まだまだ下手くそなんだから、俺をイカせ たかったら、もっと気合入れないと無理だぞ?」 「こんなにたくさん『しゃせい』して、説得力の無い 負け惜しみですわね……」 「俺はまだ、射精してないって言ってるだろ!」 「そんな嘘に騙されるほど、子供じゃありませんわ!」 「ふふっ……だって、翔さんのがタイツの中に染み込んで 来ていますわ」 「私の足を穢して、それでもまだぐちゅぐちゅになって こんなに逞しく自己主張しておりますのよ?」 上気した『女』の顔で、男を悦ばせている自信満々な満足そうな笑顔に、不覚にも背筋が震える。 「んっ……ふふっ……これが、前戯と言うものですのね…… 興奮、しますわね……んんっ……」 何も知らない女の子である花蓮が、初めて見る『男』を感じて、悦に入り自らを慰める…… その姿は、知識の無さから来る無垢な少女性と、妖艶な女性的な一面を併せ持った、独特の色香を放っていた。 「うぅんっ……あ、はぁっ……私も……気持ち良く…… なって、来ましたわ……っ!」 「それに、ますます気持ちよさそうにしてくれて…… 嬉しいですわ……はぁっ……んぅっ!」 タイツはすでに、俺の濡れた性器を弄り回していたせいで足の裏部分全体にカウパーがにじんでいた。 最初のスベスベ感はすでになくなっているが、それと引き換えに得たヌチャヌチャとした感覚が俺の性器を舐めるように蹂躙する。 「はぁ……んっ……ふふっ……すごい顔ですわね」 「…………」 もはや、何も言い返すことが出来ない。 何も知らぬまま行為に耽る花蓮の妖艶さにあてられ同時に、その無垢な少女を穢したい想いが募る。 「ほら……我慢なんかしないで、もっともっと出して いいんですのよ?」 「翔さんが、望むだけ……何度でも、付き合って…… 差し上げますわ……ふふっ……」 熱に浮かれたように息を弾ませながら、花蓮は小刻みに足を動かす。 その断続的な振動が、ダイレクトに俺の性器に伝わる。 「んっ……な、何ですの……? すごい……翔さんの まだ大きく、なってますわ……」 「気持ち、良いんですのね? ふふっ……嬉しいですわ。 もっと私の足で感じて……たくさん『しゃせい』して 下さいましっ」 これから起こるであろう、本物の『射精』を知らぬままさらに足の動きを早める花蓮。 「すごい……このまま、爆発してしまいそうなくらい…… 脈打ってるのが、分かりますわ……っ!!」 「花蓮っ……もうダメだ、出るっ!!」 「え? 出るって……何がですの? さっきからもう とっくに出ているじゃありませんの……」 「それは、違うって……言ってるだろうが!」 「違うって……いったい、何のことですの?」 「だから……俺が、本物の『射精』を教えてやるって…… 言ってるんだよっ!!」 「……えっ? ほ、本物のって……それじゃあ今までのは まだ、『しゃせい』じゃなかったんですの!?」 「行くぞ、花蓮っ!!」 戸惑いながらも必死に足を動かす花蓮に、限界まで溜めた想いをぶちまけるように、俺は全ての欲望がペ○スの先端まで湧き上がってくるのを感じる。 「ちょ、ちょっと待って下さいましっ! いきなりそんな こと言われても、まだ心の準備が―――」 「きゃぁあぁああああぁぁぁっ!?」 栓が抜けたかのように、下腹部で渦を巻いていた快感が解き放たれた。 シャンプーのポンプのように、俺の性器が断続的な脈動を繰り返し、爆発するかのように飛び散る。 「なっ……え、えっ……えぇぇえぇえぇぇえええっ!?」 開放された精液が、見る見るうちに花蓮の脚と身体を真っ白に穢していく。 「んなっ、なななっ、なんですの!? これはっ!!?」 その突然襲い掛かってきた『本物』の精液に、花蓮は本気でうろたえていた。 「どぴゅ、どぴゅ、って……な、何なんですのっ!? すごい勢いで、こんな……」 「はぁっ、はぁっ……これが、本物の……射精だ」 「こ、これが……本物の『しゃせい』……なんですの?」 「……ああ」 ……十数秒ほど快感の波間を漂っていただろうか。俺は荒い息を整え、心を落ち着かせてから答える。 「え……? だ、だって、これを……女性のココに、注ぐん ですのよ!?」 「こ、こんなドロドロで、すごい量のモノなんて…… 絶対、入りきらないですわっ!!」 「そんなの、やってみなくちゃわかんねーだろ? って言うか、溢れても問題ねーし」 「溢れてもって……お腹いっぱいになっちゃいそう ですわ……」 「で? じゃあ俺に、最後までヤらせないってのか?」 「さささささ、最後……ですのっ!?」 「そ、それってつまり……せ、性交ですの?」 「ああ。セックスだよ。変態とかののしりながらも ちゃっかり濡らしてるお前のソコに、俺のモノを ぶち込むって意味だ」 「そ、そんな事わざわざ説明されなくても解ってますわ」 「とにかく、あれだけ挑発しておいて捧げると言って おきながら、お預けしようってのか?」 「わ、私だって気持ちの上では初めてを捧げるつもり でしたわ……でも、その……色々と予想以上で……」 「ええいっ、いいからヤらせろっ!!」 「きゃあっ!?」 もじもじと煮え切らない花蓮に耐え切れず、強引に押し倒しながら、タイツと勝負下着を脱がして行く。 「い、いきなり何するんですの!?」 当然のように抗議の声を上げる花蓮の眼前に、キスでもせんとばかりに顔を近づける。 「お前の意志を尊重してたら、百年経ってもこれ以上 進展しそうにないから、強引にヤる事にしただけだ」 「えぇっ!? こ、こんな時に限って男らしいところを 見せつけられても困りますわっ!!」 口では否定しながらも、間近で見つめる俺の視線にあてられ花蓮の頬がポーッと染まっていく。 「本気で嫌なら、抵抗してくれ。俺の自制心じゃもう 止められねーからな」 「そ、そんな事いわれましても、困りますわっ…… きゃあっ!?」 さきほどまで女王様モードだった花蓮が、急にへたれてしまい、先ほどのお返しと言わんばかりに、俺は花蓮へ自らの欲望を叩きつけた。 <へっぽこ妹・爆誕!> 「また実在しない妹の夢を見ている天野くん…… と思ったら、本物の妹が起こしに来たよ〜!?」 「あ、なんだ、妹のフリをしている鳥井さんだった みたいだよ〜」 「なんで起こしに来たのかと訊いたら、天野くんの 妹だからだって……」 「あれれ〜? たしか天野くんって一人っ子だよね…… また、鳥井さん流のジョークなのかな?」 「婚約者扱いしたり、お兄さん扱いしたりして 思わずわざと混乱させてるんじゃないかって 勘ぐっちゃうよ〜」 「なぜか天野くんちの合鍵を持ってるみたいだし…… 鳥井さんのひみつ道具は、何でもありなのかな?」 「う〜ん、ますます何の目的でやって来たのか わからない女の子だよ〜」 「未来の国から、天野くんを助けるために派遣された 国民的人気を誇るタヌキ型ロボだったりして……」 「お兄ちゃん! 起きてくださいっ!! 朝ですっ!」 「んぅ……」 まどろんでいる俺の耳元から、目覚まし代わりの小憎たらしそうな妹の声が飛び込んでくる。 「あぅ! 起きてくださいっ!」 ゆっさゆっさと身体を揺すられる。 「あうぅ〜……遅刻しちゃいますよっ」 何に遅刻するって言うんだ、妹よ……って言うかまたこの夢かよ……早くもネタ切れなのか……? 「妹よ……残念ながらお前は空想上の生物だ。 よって俺には逆らえない。だから寝させろ」 「私はちゃんと実在してますっ! いいから寝言を いってないで起きてくださいっ!」 「う〜ん……じゃあ兄妹で禁断のスキンシップを させてくれるんなら、起きるぞ……」 「ええっ!? だ、ダメですっ! えっちなのは その……よくないと思いますっ!!」 「で、でも、触るぐらいでしたら良いです……あぅ」 「マジで? じゃあ、触るわ……」 ふにょん 「おおっ……夢のくせに、マジで柔らけぇ……」 「やんっ! お兄ちゃん、くすぐったいですっ」 もみもみ…… 「この感触……なんか和むぞ……」 「あうぅっ……お腹を揉まないで下さいっ」 「なんだ、お腹だったのか……お腹……ん?」 なんだかんだで、それなりに目が覚めているのだが……この感触は、現実じゃないかっ!? 「なっ……!?」 慌てて目を開くと、そこには俺の上に馬乗りになるかりんの姿があった。 「あっ、やっと起きました」 「ほらっ、お兄ちゃん! もう朝ですっ!! 眠くても 頑張って起きないとダメですっ」 「お前っ……かっ、かりん!?」 「あぅ? どうしたんですか?」 「どどどっ、どうしたんですかじゃないだろっ!! 何してるんだよ、俺の部屋でっ!」 「何って……お兄ちゃんを起こしに来たに決まってる じゃないですか」 「だだだ、だから何でお前が起こしに来るんだよ!?」 「何でって……私がお兄ちゃんの妹だからです」 「妹っ!?」 「はい。朝にお兄ちゃんを起こすのは、妹として 当然の勤めです」 「そんな事は無いと思うが……いや、大事なのは そこじゃない!」 「あぅ?」 「まず、いつお前が俺の妹になった!!」 「そんなの、私が生まれた時からに決まってるじゃ ないですか」 「違うっ! 俺は一人っ子だっつーの!!」 「じゃあ隠し子で」 「『じゃあ』ってなんだ!!」 「今明かされる衝撃の真実……実は翔さんには 腹違いの妹がいたんです! あぅっ!!」 「があああぁっ! とにかくそこをどけっ!!」 「あぅ? なんでですか?」 「なんでってお前……」 それはまぁ、朝の生理現象が起きているわけで……しかもその俺の上に女の子が馬乗りするなんてのはシャレになってないから、なんだが…… 「黙れメガネっ! いいからどけっ!!」 「そう言えば、お尻に変な感触が……」 「ぎゃああああああああぁぁぁぁっ!!」 「きゃうっ!?」 「あぅ……痛いです」 かりんに気づかれる前に、俺は強引にその場からどかし誤魔化すように剥がされていた布団を被った。 「布団被って寝なおさないで、早く起きてください」 「言われなくても、目が覚めたっての!」 「なら良かったです」 「そんな事よりお前、いったいどうやって俺の家に 入ったんだよ」 「どうやって、って……普通にこの家の合鍵を使って 入って来ました」 じゃじゃーん、と見せびらかすように俺へ向かってその合鍵を突き出してくるかりん。 「お前、人の家の合鍵を勝手に盗むんじゃねえよっ! って言うか、いつ盗んだんだよ!?」 「む。翔さん、失礼です。盗んでなんていないですっ」 「じゃあ、どうやって手に入れたんだよ」 「それは……ぽっ。忘れちゃったんですか?」 「何をだよ」 「これは、私たち二人が結ばれて恋仲になった翌日に どうぞって、翔さんがくれたんじゃないですか」 「忘れたとは言わせません。あぅ〜っ!」 「ありもしない事実を捏造するなボケメガネッ!!」 「あぅ! 私の合鍵が……返してくださいっ!」 「俺のだろうが! ったく……うおっ! もうこんな 時間じゃねぇかっ!!」 「だから起こしにきたんです」 「何時からでも参加していただけるのでしたら それだけで嬉しいんですが、他のみなさんは 普段通りに通学していますので……」 「わかったから、さっさと出て行けっ!」 「はい。それでは、外で待ってます」 「よし、1クリックで用意するぞ」 「遅いっ! さっさと行くぞ!」 「あうっ!? び、びっくりしました……って言うか 何で私より先に外にいるんですかっ!?」 「ちなみに食事も身支度も済ませたぞ」 「謎すぎます……と言うか、早すぎます」 「御託を並べてないで、行くぞっ」 「あぅ!」 そうして俺は、慌しくかりんを引っ張るように学園へ向けて走り出したのだった。 ……………… ………… …… <褒められたのは嬉しいけれど……> 「はわわっ! や、やっぱり姫野王寺さん、あの時の 変質者(誤解だけど)が天野くんだって、気づいて なかったんだっ」 「あの時はきっと恐怖の方が強くって、あんまり 相手の顔を覚えてなかったのかな……?」 「せっかく良い感じで打ち解けてきていたのに 一転してトゲトゲしくなっちゃったよ〜」 「天野くん、誤解されやすい行動が多いからなぁ…… 苦労が絶えなさそうだよ〜……」 「けっきょく、姫野王寺さんと一緒に帰る計画は失敗で 一人で帰っちゃったみたい」 「天野くん、諦めるのかなぁ?」 「はわわっ。天野くん、めげずに姫野王寺さんの 後をつけるみたいだよ〜」 「あれ? てっきりまだ諦めないかと思ったけど 今回は素直に引き下がるんだ……」 「無茶しないで、ゆっくり和解してお友達になって いければ良いしね〜」 「そ、そうすれば私とも、もっと接点が出来たり しちゃったりして……どきどき」 「そう言えばさっき、しなくてはいけない用事が あるとか何とか言ってたけど、いいのか?」 「そうでしたわっ! 天野くん、今何時ですの?」 「えぇーっと……17時ちょいだな」 携帯のディスプレイを見て、現在の時刻を教えてやる。 「もうそんな時間ですの!?」 「天野くん、悪いですけど急ぎの用がございますので 私は一足お先にお《暇:いとま》させてもらいますわ」 「何をそんなに急いでるんだ?」 「そ、それは……秘密ですわ」 ぶつぶつと気まずそうに言いよどみながら花蓮が俺から目を逸らす。 「ほう……秘密ねぇ……」 そう言う面白そうなリアクションをされると、無駄に気になってきてしまうと言うものだ。 「それでは、また明日ですわ」 「なんだよ、水臭せぇな。何か用事があるなら 付き添ってやるから、一緒に帰ろうぜ」 「お、お気持ちは嬉しいんですけれど……」 「ダメなのか? ああ、残念だな……エリートのお前が やっている事にすごく興味があったんだがなぁ……」 「そんな風に言われたら、断りづらいですけれど…… あんな姿、本当にお見せしたくないですし……」 「ああ、でも天野くんほど理解のある人なら もしかして……」 「(おおっ……?)」 カマをかけるつもりで訊いてみたのだが、予想以上に好感触のようだ。 やはり、さっき褒めまくったのが効いているのか……全く持って単純明快なヤツだった。 「んんっ……や、やっぱりダメですわっ! その…… 恥ずかしすぎますわっ」 「む……そうか。そりゃ残念だ」 「ごめんなさいですわ、天野くん」 「でも、これだけは他の人に知られたくなくて……」 急にしおらしくなる花蓮。 どうやら、本当に申し訳ないと思っているようだ。 こうなってくると、俺も悪い気はしないというか……年上の余裕すら出てくる。 「あー、いいんだって。気にするな」 軽い調子で言いながら、花蓮の頭をポンポンと叩いてやる。 「誰にでも知られたくない事ってあるからな」 「天野くん……」 「そんなにしおらしくなるなよ、らしくないぜ」 「……そうですわね」 「ほら、早く行けよ。秘密の用事があるんだろ?」 「ええ、言われなくても行ってきますわ!」 「次は、俺も参加させてくれよな」 「ふふっ……そうですわね。考えておきますわっ」 花蓮が見せる良い感じの笑顔に、近い将来、秘密を共有する良き友人同士になっている俺達二人の姿が目に浮かぶ…… 「言っとくけど、その秘密の用は恥じる事じゃねーぞ? お前も貧乏学生として、苦労してるんだからな」 「……え?」 「安心しろよ、コッペパンをくわえて走り抜けても パンの耳を求めて町中を駆けずり回ったとしても 俺は全然気にしないぞ」 「ちょ、ちょっと、いったい何を……」 「なぁに、大事な後輩のためだ」 「俺も知ってる店やスーパーを当たって、出来るだけ 安く買える場所を探してやるよ」 「なんならこの前みたいに俺がご馳走したっていい。 たまにくらいなら、友達として当然の……」 「ちょ……ちょっと待ってくださいまし」 「ん?」 いい気分でペラペラとしゃべっていた俺の言葉を花蓮が遮ってくる。 何やら、怪訝な顔つきで俺を見つめているが…… 「な、なんでコッペパンの事を知ってるんですの?」 「あれ、違うのか?」 「ははっ、悪い悪い。人に知られたくない用事って 言うから、勝手に決め付けてたよ」 「い、いえ、そう言う意味では無くて……」 俺の憎たらしいまでに爽やかな笑顔も意に介さず花蓮は真顔のまま固まっていた。 「どうして貴方がそんな事を知ってますの……?」 「……は」 「私、天野くんに経済状況のお話を言った事なんて…… そ、それに、この前みたいにご馳走って……」 「ん? ……あぁっ!?」 まずい……調子に乗ってベラベラと喋りすぎた! 「天野くん……まさか、貴方……」 「かっ……ち、違っ……」 「あなた、この間の変質者でしたのねぇ〜〜〜っ!?」 「声がでかい! さらに人聞きが悪いっ!!」 「んっ! んんぅ〜〜〜っ!!」 俺は、大声を出す花蓮の口を慌てて塞ぐ。 ああ……このシチュエーション、前に覚えがあるぞ。 「……ぷはぁっ! は、離してくださいまし!」 花蓮が身をよじらせ、俺の身体を振りほどく。 「そ、その慣れた手つき……貴方、やっぱり!」 「へ、変質者なんかじゃないぞっ! 話せばわかる!」 顔の前で手を振り、まくし立てるが、時すでに遅し。 花蓮の目つきは、もはや完全に不審者を見るそれに変わってしまっていた。 「サ、サイテーですわ、この男……」 「一度ならず二度までも……しかも今度は正体を隠して 私に近づいて、狼藉を働こうだなんて……」 「べ、別に正体を隠そうとした訳でも、狼藉を働こうと したワケでもないからな!」 「ただちょっと、言い出すタイミングが無かった というか……」 「この期に及んで言い訳なんか聞きたくないですわ!」 「言い訳じゃねえよ! そ、それに今さら気づくお前も 相当鈍いんだからな!!」 「な、なんですってえぇ〜〜〜〜〜っ!!」 やばい……ついに本音を言ってしまった。 「天野くんのこと、よぉ〜〜〜く、わかりましたわ」 「ペラペラと私を、心にも無い言葉で褒め称えて…… 調子に乗らせて好意を抱かせようなんて……」 「邪な目的があって、私に近づこうとしたんですのね」 「な、なんでそうなるんだよ!」 ……いかん。 邪な目的かどうかはともかく、面白いもの見たさでおだてまくった手前、強く反論できなかった。 「危ないところでしたわ……私としたことが もう少しで騙されるところでしたわっ!」 そう吐き捨てて、花蓮はスタスタ歩いて行こうとする。 「おい、どこへ……」 「用事があると言ったはずですわっ! ついてこないで くださいまし!!」 「……お、俺も一緒に―――」 「不許可に決まってますわぁ〜〜〜〜〜っ!!」 ぷりぷりと怒りながら、肩をいからせる花蓮の背中がどんどん小さくなっていく。 「(こ、今回ばかりは俺が悪かったかも……)」 調子に乗って、執拗に心無い賛辞を送ったのは無神経で軽率な行動だったかもしれない。 出来ることならもう少し打ち解けてから、少しずつ誤解を解いていくつもりだったのだが…… 「しかし、花蓮の用事が食料調達じゃなかった ってのは意外だったな……」 他人に知られたくないほどの秘密と言うくらいだから間違いないと思ったのだが、どうやら違うようだ。 気になりはするのだが、今さっき仲違いしてしまった直後に後をつけるのも少々戸惑われるところだ。 「さて、どうするかな……」 「…………」 「……はぁ、俺もガキだよなぁ……」 一度なにか気にし出したら、とことん追及しなければ気が済まない好奇心の塊であり、弾丸のような…… 「そう、俺は少年のようにピュアな好奇心を捨てた つまらねぇ大人になりたくないだけなのさ……」 自分で呟いておいて言うのもなんだが、少年らしさの意味を《甚:はなは》だ勘違いしているような気もする。 ……が、この際あまり深く気にしない事にした。 「……一応、謝っておいたほうがいいしな」 同じ空を飛ぶという目標を持った、数少ない飛行候補生メンバーの一員だ。 俺たちのイザコザで、みんなに迷惑をかけるワケにもいかないだろう。 そう考えて、俺は花蓮の後をつけてみることにする。 「…………」 「……やめた」 これ以上つきまとって、本気で怒らせたりするのはこちらとしても本意ではない。 もっと時間をかけて、花蓮の怒りが落ち着いて収まるのを気長に待つしかないだろう。 そう独り《合点:がてん》して、俺は一人、家路につくのだった。 <またもや追跡失敗> 「少しだけ和解できたけど、まだまだ壁は厚いみたいな 天野くんと姫野王寺さん」 「まだ一緒には帰ってくれないし、他の女の子とも 帰らないみたい」 「やっぱり気になる天野くんは、尾行をしてみることに したらしいよ〜」 「でもでも、やっぱりかなり警戒して帰ってるみたいで 尾行の続行はとっても難しそうだよ〜」 「天野くんは、どうするんだろ……?」 「えっと、天野くんの行動は〜……」 「追跡しようか迷っていると、あっさり見つかって さらに嫌われちゃったみたいだよ〜」 「しかも、今後一切、尾行なんて真似はしないでって 釘を刺されちゃったし……」 「はわわわわ……仲直りどころか、泥沼な感じだよ〜」 「はわわっ! 今日こそ秘密を暴く気満々だよ〜!?」 「天野くんと鈴白さんは、なぜかそこにいた鳥井さんと 一緒に、三人組のチームで尾行するつもりみたい」 「相楽さんお手製のマツタケ型トランシーバーを使って フォーメーションを組んでるし、本格的だよ〜」 「でも、なんだかんだで目標を見失っちゃったみたい」 「しょんぼりだね〜……謎は深まるばかりだよ〜」 「姫野王寺さんの警戒が厳しいから、尾行するのは 諦めるみたい」 「ちょっと気になるけど、あんまりズカズカと相手の プライベートを侵すのはよくないし、これで良いと 思うよ〜」 「子供みたいに好奇心の塊だけで行動するのは 微妙だもんね〜」 「ほらほら、それより姫野王寺さんのご機嫌を 戻さないと、またいじめられませんよっ」 「いや、別に俺はあいつをいじめたいワケじゃ 無いんすけど……」 誤魔化すように先輩に背中を押されて、拗ねている花蓮のところへと誘導される。 まぁ、どちらにせよせっかく修復しかけた関係を壊すのも嫌なので、仕方なく先輩の口車に乗って花蓮のご機嫌取りを優先することにした。 「よう、花蓮。一緒に帰ろうぜ!」 「ご遠慮させていただきますわ。私、これから 用事がございますもの」 「つれねーな……まだ怒ってるのかよ?」 「別にもう怒っていませんわ」 「ただ、その……帰りをご一緒するワケには いかない理由があるだけですの」 「誰にも知られたくない『用事』ってヤツか?」 「……まぁ、そうですわね」 「何なんだよ、それは……もしかして、あまりに金欠で 危ないバイトでもやってんじゃねーだろうな?」 「あ、危なくなんて無いですわっ!! むしろ……」 「むしろ?」 「……と、とにかく! 天野くんだけじゃなくて 誰にも秘密なんですのっ!!」 「ぶぅ。残念です」 「それではお二人とも、また明日ですわ」 「ふぅ」 「って、何でお二人ともついて来ておりますのっ!?」 「気づくの遅っ!!」 「ツッコミ待ちだったんですけど……」 「もぅ! からかわないで下さいましっ!!」 「わあったよ」 「それでは、また明日」 「ええ、また明日ですわ」 「…………」 「…………」 キョロキョロと辺りを窺いながら、しきりにこちらを気にしながら立ち去っていく花蓮を見送る俺と先輩。 「(さてと、どうしたもんかな……)」 たしかに知人として花蓮の怪しい行動の正体は突き止めたいのだが、このまま無神経に追跡をしていいものか…… 「う〜む……」 自問自答の末、俺は――― 普通に追いかけてもいいのだが、あの草食動物並の警戒ぶりを見るからに、あっさり看破されてしまい逃げられる可能性は高いだろう。 「(ここはもう一人くらい誰かに応援を頼んで、連携を  取りながら追跡するべきか……?)」 「……って、あれ?」 俺が迷っている間に、いつの間にか俺の目の前から花蓮の姿が消えていた。 どうやら考え事をしてる間に見失ってしまったようだ。 「クソッ、何してんだ俺は……こんな事なら迷わずに 追いかけておくべきだったな」 「天野くん、後ろ後ろ」 「あん?」 「誰を追いかけるんですの?」 「うわぁっ!?」 背筋がゾクリとするような怒りを籠めた声が、不意に背後から聞こえてきて、俺は慌てて後ろを振り返った。 「まったく……もしやと思っていましたら、やっぱり 後をつけようとしていましたのね」 振り返るとそこには、冷ややかに俺を見つめる花蓮の姿があった。 「かれっ……いや、違うんだ、これはっ……!」 「何が違うんですの? 言い訳なんて見苦しいですわ」 「(やべえ、メチャクチャ怒っていらっしゃる……)」 「そうですよ。私みたいに堂々とついて行かないと」 「シロっちさんは逆に《漢:おとこ》らしすぎますわっ!!」 「ぶぅ。乙女の可愛いお茶目心と言って欲しいです」 「(なんだそれ……)」 「とにかく、どうやら天野くんに対する認識を 再び改めないとダメみたいですわね」 「やっぱり貴方は、信用に値しない人ですわ」 「うっ……」 実際に懲りずに尾行しようと思っていた事はたしかなので、何も言い返せない。 「まぁ、うっかり秘密の事をしゃべってしまった私にも 至らないところがあったのかもしれませんけど……」 「……悪い」 「……別にいいですわ……」 ため息を一つ吐き、花蓮は諦めたように俺の顔を見上げた。 「ただし、今度また尾行のような真似なんてしたら 絶対に許しませんことよ?」 「わ、わかった……」 しっかりと釘を刺されてしまった…… 「ふぅ……それじゃ、今度こそここでお別れですわね」 「あ、あぁ……」 「それじゃ、私は姫野王寺さんについて行きますので」 「却下ですわっ!!」 「姫野王寺さん、ドケチです。ドケっち〜さんです」 「なんですの? それは……とにかくダメですわ!」 花蓮はプンプンと肩を怒らせながら、俺に背を向けてスタスタと歩いていってしまう。 さすがに後をつける気にはとてもなれず、俺たちはその背中を見送る事しか出来なかったのだった…… 「それじゃ、追いかけちゃいますか」 迷っている俺の背中を押すように、先輩があっさりと花蓮を追いかけるよう、提案する。 「そうっすね。先輩として、コトと次第によっちゃ 止めないといけませんっすからね」 「本当はデリカシーに欠ける事はしたくないですが…… これもひとえに後輩を愛するがゆえっ!」 「(よく言うよ……)」 「さぁ、行きましょうっ」 「了解ッス!」 結局、自らの探究心に抗う事が出来なかった俺は先輩と一緒に、花蓮の後をつけることに決めた。 「もう足音がかなり遠くまで行ってますね」 「じゃあ、急いで追いかけないと……」 「ですねっ」 「(しかし……)」 「…………(コソコソ)」 「(なんでここまでコソコソする必要があるんだ?)」 「…………(キョロキョロキョロ)」 「(……存外に、疑り深い性格なんだよなぁ)」 「……っ!?」 「……!!」 俺が油断していると、不意に花蓮が振り返った。 「……気のせいですの……?」 しかし、花蓮の位置から建物の陰に隠れていた俺の姿は見えなかったらしく、視線を元に戻し再び歩き出した。 「(ふぅ、危なかったぜ……)」 「もう、天野くん、気をつけて下さい」 「す、すいません」 しかし、こう警戒されいるとこちらも動きようが無い。 実際、もう何分も花蓮の後をつけているのだが俺達の距離は、中々縮まっていなかった。 やはり、普通の尾行では無理なのかもしれない。 「仕方ない……こうなったら、プランF発動だ!」 今思いついた適当な作戦名を口にしながら、俺は携帯電話を取り出す。 「…………」 二人だけでは少々心もとないので、誰かもう一人くらいメンバーを増やしたかったのだが…… 「(麻衣子たちは忙しいだろうし、他に手が空いて  そうなヤツと言ったら……あの馬鹿メガネ娘か)」 かりんに電話をかけようとして、アイツの番号を知らない事に気づく。 と言うより、アイツは放課後にゃ見かけないがいつも何をしているのだろうか……? 「問題は、どうやってかりんを呼び出すか、か……」 「お呼びでしょうか?」 「ああ……って、まだ呼んでねーよ!!」 「その声は……鳥井さんですか?」 「あぅ! 灯さん、こんにちはです」 「お前をどうやって呼び出そうか考えてたところ だったんだが……」 「そんな事もあろうかと、やって来ましたっ!」 「超能力者か、キサマはっ!!」 「まあまあ、ツッコミはそれぐらいにして、そろそろ 追いかけないと見失っちゃいますよ?」 「うおっ!? ほ、ほんとだ……よし、かりん!! 俺たちは後輩である花蓮を正しい道に―――」 「見つからないように追いかけて、危ない事を してないか確かめるんですねっ!」 「理解はやっ!!」 「ふふふっ。頼もしいですね」 「(それはどうだろう……)」 「それで、花蓮さんは……?」 「あ、ああ。ターゲットは前方20メートルくらい先を 妙に警戒しながら不規則な動きで移動している」 反復横飛びのような変な動きをしながら移動する前方の影を指差して、かりんに目標を視認させる。 「あぅ……よくわからないですけど、無駄に辺りを 警戒してます」 「だろ? あれは絶対ヤバイ事に首突っ込んでるぞ」 「よく解らないですけど、怪しさ爆発ですね」 「っつー事で、今からみんなで尾行するワケだが…… せっかく三人もいるのに、固まってたら無意味だ」 「……で、バラけるとなると連絡手段が必要になるな」 「携帯なら持ってますけど……鳥井さんの番号は 知らないですね」 「え、えっと……それは乙女のヒミツですっ!!」 「ええー……」 「あぅ! ありえねーだろと言った感じの《怪訝:けげん》な目で 見つめないで下さいっ!!」 「では、どうやって連絡を取り合いましょうか?」 「何かねーのかよ?」 「あぅ……では、ごそごそ……」 「じゃじゃーん! マツタケ型トランシーバー!」 「なんでマツタケ型やねん……」 「さ、さわり心地がちょっと不快です」 「相手を思い浮かべながら、頭の部分をこすると 通話が可能になります」 「無駄にハイテクだな」 「な、何だか製作者の悪意を感じるんですけど」 「まぁいい。それじゃ、フォーメーションデルタ! ミッションスタートだっ!!」 「あぅ!」 「了解です」 かくして、最新の科学力(?)を導入した我らが即席スパイチーム『TAS』は、俺の合図を皮切りにしてそれぞれの考えでバラバラに散る。 ちなみに『TAS』は、鳥井、天野、鈴白の頭文字を取ったもので、決して人名団体名その他などではない。フィクションである。 「こちらマツタケ2! マツタケ1、聞こえるか?」 無意味に制服の襟を立て、口元を隠すようにしてトランシーバーに向かって喋る。 『あぅ、こちらかりん! 聞こえてます、翔さんっ』 「名前で呼ぶなっ! コードネームで呼び合うんだよ! そうしないと通信を傍受されてたらヤバイだろ!!」 『傍受されてるわけないです』 「いいから呼べ! 雰囲気出ないだろうがっ!!」 「ん……? 今あそこから、天野くんのような声が 聞こえた気がしますわ……誰かいるんですの?」 『天野くん、姫野王寺さんがそちらを気にしてます! 気をつけてくださいっ』 「マツタケ2、了解!」 『シメジさん、頑張って下さい!!』 「マツタケ2だっつーの!」 「やっぱり誰かいますわ!」 「(しまった!!)」 かりんにツッコミを入れたせいで、ターゲットの花蓮に、俺の存在を気づかれてしまう。 「(どうにか誤魔化さねーと……)」 俺は近づいてくる花蓮に対処すべく、思考をフル回転させて最善の『答え』を導き出す。 「……にゃ、ニャ〜オ」 「……なんだ、ただの猫ですの」 「(あっさりと引っかかってるし……)」 かなり危険な橋だったが、アイツがバカなお陰でどうやら間一髪で助かったようだ。 「むむっ!? でも、あちらにも人の気配らしきモノを 察知しましたわっ!!」 「やばい、先輩! じゃなかった、マツタケ3!! そっちにターゲットが接近中ッ!!」 『それじゃあ、とりあえず八つ裂きにしちゃいます』 「ちょっ……マツタケ3ッ! 標的は生きたまま 泳がせろ! ヤツが最後の手がかりなんだぞ!」 『ぶぅ。面倒ですね……どうしましょう?』 『また、その辺りを通りかかった動物のフリをして 難を逃れましょう!』 「そうだな、マツタケ1の指示に従ってくれ!」 『また猫あたりでしょうか?』 『あぅ! それじゃさすがに気づかれますっ!! ここは偶然通りかかった金魚の真似ですっ!!』 『了解ですっ』 「金魚は偶然こんなところを通らねえだろうがっ! ま、待った先輩っ!!」 「さぁ、そんなところに隠れてないで姿を見せたら どうなんですのっ!」 「(やばい、もう作戦を変更する時間がないっ!)」 万事休すだが、先輩のことだ、きっと臨機応変に対応してこの危機を乗りきってくれるはず……! 「きゅっ……きゅぴきゅぴっ!」 「…………」 「なんだ、通りすがりの金魚ですの」 信じていた! 「(もう何でも良いんじゃねーのか……?)」 「はっくちょん!」 「何ですのっ!?」 「(ぎゃあああぁぁぁーっ! あのバカぁ〜っ!!)」 「まさか今度こそ曲者ですのね!」 『あ、あぅ〜……か、翔さん、助けて下さいぃ〜』 「偶然道端に転がっていたおっぱいのフリをしろ!」 『あぅ! わかりましたっ!!』 「(やばい、つい勢いで適当な指示をしてしまった)」 「あううううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「な、なんですのっ!?」 俺が止める間も無く、自ら仰向けのまま道路に飛び出すかりん。 「ぼ、ぼよんぼよん!」 陸に打ち上げられた魚のように、ビチビチと動きながらその胸を揺らす。 「…………」 「ぼ、ぼよよん、ぼよよんっ!!」 「………………」 「なんだ、ただのおっぱいですの」 「よし、成功だっ!!」 どうにか難を逃れたようだった。 「それにしても、こんなところに打ち上げられるなんて ……可哀想だから海へ還して差し上げたいですわ」 「あぅっ!?」 「でも、もう時間が……ごめんなさいですわっ!」 捨てられた子犬を見捨てるような表情をして泣きながら(?)走り去ってしまう花蓮。 「危うく海まで連れて行かれるところでした……」 「ったく、もっと気をつけろっての」 「あの……姫野王寺さん行っちゃいましたけど」 「ぐあっ……しまった……」 「あぅ……すみません」 「残念ですけど、今日は諦めるしかなさそうですね」 「そっすね。走って追いかけたら、さすがの花蓮も 俺たちに気づくだろうし」 「しょぼーん、です」 「しょんぼり」 「はぁ……ミッション失敗か」 肩に重くのしかかる精神的疲労感を覚えながら俺は自分の敗北を悟るのだった。 「追いかけちゃいましょうか」 「いや、止めておいた方がいいかと」 「あら、意外にクールなんですね」 「意外って……まぁ、その通りかもしれませんけど」 「それじゃあ残念ですけど、私も止める事にします」 「後輩の気遣いを無駄にするようじゃ、先輩として 失格ですからね」 「それじゃ、帰りますか」 「はい。それじゃあ、また」 「ういっす」 先輩と別れの挨拶を交わして、大人しく帰る事にする。 たしかに花蓮の用とやらも気になるが、ズカズカとプライベートに踏み込むのも躊躇われるからだ。 「(まぁ、何だかんだで大丈夫だろ)」 いらぬ心配だと好奇心を抑えつけながら、俺は一人我が家への帰路へと就くのだった。 <みんなでレッツフライ!> 「大自然の力を呼び寄せて空を飛ぼうと言う流れに なりましたが、途中から何やら違う儀式になって 危うく変な異星人がやってきそうになりました」 「あぅ……まさに危機一髪でした」 「みんな、よく集まってくれた」 昼過ぎになって、麻衣子がばらばらになっていたメンバーに召集をかけて来た。 今までに無い展開に、俺たちは思わず期待のまなざしで麻衣子を見つめてしまう。 「もしかして、空を飛ぶ方法が見つかったのか?」 「うむ……まだ仮説の段階だがの」 「と言うより、みんなで実践してみなければ、明確な 『《答え:ビジョン》』が見えてこないのだ」 「どう言うことなの?」 「うむ……実は私もよく解っていないのじゃ」 「はぁ?」 「そもそも、今回の発案はカレンのモノなんじゃ」 「花蓮の?」 「そうですわ! 私の天才的な頭脳が生み出した閃きを 実践してみることになったんですの!!」 「帰って寝るか……」 「なんで急にテンション下がってるんですのっ!?」 「だってお前、麻衣子の発案なら期待感あるけどさ…… 花蓮が発案だってんじゃ、ロクなもんじゃ無いだろ」 「馬鹿にしないで欲しいですわぁ〜っ!」 「で、今回はどんな手段を使って空を飛ぶつもりだ?」 ぷんぷんと怒り始める花蓮を無視して、今回の具体的な作戦内容を麻衣子に確認する。 「うむ……ズバリ、人智を超えた力じゃっ!!」 「じ……」 「人智を超えた……」 「力?」 「それってつまり、何なんでしょうか?」 「それは即ち、大自然のパワーじゃっ!!」 「だ、大自然のパワー?」 「そうですわっ! 人間の力だけで空を飛ぼうと 考えるから無理に思えるんですわ!!」 「大自然の驚異に、人間は逆らえないもの……でもっ! もしそれを自由自在に使いこなせたら!?」 「空を飛ぶことだって夢じゃない、と言うことか」 「そりゃ、味方にできりゃ頼もしい力かもしれないけど 何か具体的な方法でもあるのか?」 「マーコが自然を操るような機械を……」 「以前、どでかい扇風機で空を飛ぼうと画策して 止まっている風すらも味方につけられんかった 私への、あてつけのつもりか?」 「そう言えばあったわね、そんな事も……」 「スカートが舞い上がってしまって、大変でした……」 「(マジかよ……ちくしょう、そんな美味しいシーンを  見逃しちまっていたとは……不覚だぜ)」 「ふふ……何か不潔な気配を感じるような気がします」 「き、気のせいでありますっ! サー!!」 「でも、それじゃあどうすれば良いのでしょうか?」 「さぁ……?」 「さぁ、ってお前……」 「わ、私一人ではお手上げでしたから、みなさんの お力添えを借りようとしたんですのよっ!?」 「うむ。その発想を持ってきてくれたカレンには 感謝するぞ」 「まぁ、たしかに何も思いつかない俺よりかはよっぽど 優秀なのかもな」 「あ、当たり前ですわ」 「あぅ……では、どうしましょう?」 「そうじゃな……トリ太はどう思うのじゃ?」 「ふむ……大自然と一体化して、友人になるべきだ。 そして彼らを呼び出すイメージを持てばいい」 「なるほど。具体的で分かり易い案だな」 「うむ! ではみんな、それぞれに瞑想しながら自然と 一体化して、呼び寄せる儀式をするのじゃっ!」 「らじゃーですわっ!!」 「一体化ですか……うふふ、任せてください」 「あぅ!」 「爽やかな秋の草原を想像してみます」 「呼び寄せるって言われても……」 「よし、いっちょやってみるか」 さっそく俺は目を瞑り、麻衣子から差し出された手を握り続いて、反対側にいる静香の手を握る。 そしてみんな自然と隣の相手と手をつなぎ、恐らく今は輪の形になっているのだろう。 「念じるのじゃ……呼び出すのじゃ……」 「来い来い来い来い、来いですわ……」 「あぅ〜……きっとあぅ〜……」 「カバさんカバさん、応答願います……」 「お茶と一体化……それが日本の心です」 「イカのフォルムは、性的に神だと思うんだ」 「涼しくて気持ちいいです」 それぞれの念を送りながら、どうにか大自然と友達になって呼び寄せてみようと試みる。 「カムカムカムカム……」 「あ……なんか来ちゃいますね、これ」 来ちゃうの!? 「なんだか頭上の方が暖かくなって来た気がしますわ」 「ホントだわ」 「優しい光に包まれて、そのまま浮かんで行きそう じゃないか?」 「ほんとだ……って、ちょっと待て」 俺は、非常に某・未確認な飛行する物体的なモノに《アブダクション:誘拐》されているような気がした。 「なんじゃカケル? もう少しで飛べそうな気がすると 言うのに」 「飛ぶだけじゃ済まなくなるから中止だ、中止っ!!」 俺は繋いでいたみんなの手を無理やり解くと、みんなのチャネリングを乱すように叫んだ。 「なんなんですの? せっかくあと一息でしたのに!」 「あぅ……ちょっと飛びかけてたような気がしたので 残念です」 「記憶も飛びそうだったけどな……」 と言うか、記憶だけで済めば御の字かもしれないほど未知すぎるチャレンジだった。 「すごい体験でした」 「惜しかったですね」 「失う代償が未知数なものに賭けるにしては、少々 分が悪すぎるだろ、今のは……」 「はぁ……失敗ですのね」 「っていうか、そもそも大自然の力じゃないしな」 「それもそうじゃのう」 「大自然を敬う心が足り無かったのだろうな」 「深いわね……」 「そうなると人間には無理そうだな、やっぱり」 「そうだな」 俺たちは人類の業の深さを噛み締めながら、今日も成果を上げることが出来なかったのだった。 ……………… ………… …… <みんなで麻衣子を手伝いに> 「私は大抵の場合はお役に立てないので見守るだけ だったんですが、今回は参加する事にしました」 「……だって、殆どの場合に断る花蓮さんまでもが お手伝いするつもりで、みんなが揃ってるなんて ……今まで一度も無かったことだからですっ」 「初めての共同作業は、ワイワイガヤガヤと 賑わいのあるものになりました」 「やっぱり、みんなと一緒なのは最高に楽しくて…… 本当に幸せで胸がいっぱいですっ!!」 「でも一つだけ、ちょっと気になることがあります」 「あぅ……翔さんは、誰を手伝うんでしょうか……?」 「翔さんが私……じゃなくって、深空ちゃんの方を 手伝ってくれました♪」 「やっぱり翔さん、とっても優しいです……」 「あぅ。静香さんのお手伝いをするみたいです」 「そうですよね……長年一緒だった幼馴染だから このくらい、当然です……」 「でも、少しだけ……妬けちゃいます。あぅ」 「これだけの大人数がいれば、明日には早くも披露できそう じゃの」 「骨折り損のくたびれ儲けにならなきゃいいけど」 「人生はいつだって発見の連続だろう」 「……う〜む……」 たしかに普通に考えれば、これだけの大人数で作業を手伝っているわけだから、あの麻衣子の上機嫌ぶりも理解できるのだが…… 「あううぅぅ〜っ! まっつたけえええぇぇぇ〜っ!! まっつたけ、まっつたっけごっはんん〜〜〜っ!!」 「か、かりんちゃん! お、落ち着いてえぇ〜っ!!」 「平和ですねぇ……」 「あ、灯さんもお茶飲んでないで、かりんちゃんを止めて くださいぃ〜〜〜っ!!」 「あうううぅぅぅ! たっくましい、まつたけですっ! おいしくって、高価な、まっつたけですうううぅっ!」 「(ああ……病んでいらっしゃる……)」 この大惨事を見れば、むしろ作業の邪魔にしかなっていないように思えるのは、俺だけなのだろうか……? 「か、花蓮なら……花蓮ならきっと!」 「こ、この鉄アレイのようなモノ、とてつもなく重いです わね……しゃ、洒落になりませんわ」 「…………」 「でも、これを自由自在に振り回せるようになれば 宇宙一のパワーが手に入りそうですわね!!」 「勝手に宇宙一になってくれ……」 結局、まともに麻衣子の指示通りに作業をこなしているのは俺と静香と櫻井の三人だけだった。 「(とは言え、俺も一体なにをしているのか、自分でも  ワケがわからないんだがな……)」 麻衣子に言われたカメレオンっぽい物体の舌をしきりに出し入れしつつ、そんな事を思う。 「(さて、と……一体何をすれば麻衣子のためになるの  やら……)」 俺はカメレオンをいじりながら、どうフォローしたものかと頭を悩ませる。 「(そうだな、ここは―――)」 「(とりあえず、深空を助けるか……)」 俺は深空を手伝う事に決めて、かりんの元へと近づく。 「おい、おたんこメガネ娘。まあ落ち着け」 「おたんこじゃないです! 卑猥ですっ!!」 「いや、意味わからんし」 「あうあうあうあうあうあうあう!!」 「暴れるなこのボケがっ!」 俺はポケットから素早くクールなミントの香りがするステキなガムを取り出して、かりんの口に押し込む。 「あうあうあぅ……くちゃくちゃくちゅくちゅ……」 「あぅ! スッキリ爽やかリフレッシュですっ!!」 「どうだ? 落ち着いたか?」 「はい。ちょっとはしゃぎすぎてしまいました」 「はぁ……翔さん、ありがとうございます」 「うんにゃ、別に気にするな。このくらい朝飯前だ」 「と言うかお主、日に日にかりんの扱いが上手くなって 来ておるの……」 「ほれ、せっかくみんなで手伝いに来たんだから バカやってないで、テキパキ作業しようぜ」 「はい。そうですね!」 「私も、せいいっぱい頑張ります!」 「おう。一緒に手伝って、さっさと終わらせるぞ」 「はいっ」 そうして俺たちは、深空の元気いっぱいの返事を合図に真面目に麻衣子の手伝いをするのだった。 「(静香の方でも手伝うか……)」 深空には悪いが、あれではとてもじゃないが、まともな作業が出来る状況ではないだろう。 ここは静香たちを手伝うのが無難だと考えて、俺は深空を先輩に任せつつ、静香へと視線を向ける。 「ん。翔、どうしたの?」 「いや、お前を手伝おうと思ってな」 「そ、そう? ……何で私なワケ?」 「いや、別に深い意味は無いけどさ……あっちはとてもじゃ ねーけど、まともに作業出来そうも無いからな」 「たしかに、それもそうね……」 俺が暴走しているかりんの方を指差すと、静香は納得と言った表情を見せる。 「それじゃ、遠慮なく手伝ってもらおうかしら」 「おう、任せとけ。バリバリ作業して、少しでも多く 麻衣子の睡眠時間を作ってやろうぜ」 「いいわね、それ」 「んじゃ、いっちょ気合入れてやるか」 「うん」 ……………… ………… …… 「翔、そこにあるスパナ取って」 「ほいよ」 「ありがと」 「静香」 「はい、タオル」 「おう、サンキュ」 長年の付き合いだけあって、阿吽の呼吸の俺たちは巧みなフットワークで着々と作業をこなしていく。 この調子なら、終わりの見えないこの作業も、自然と苦にならないと感じていた。 「よし、完了!」 「次はこれだな。ほい」 足元にあった物体を、静香に向かって放り投げる。 「あ……」 すると、しきりなく動いていた静香の腕がピタリと止まっていた。 「どうしたんだ?」 「なんかこれ、この辺がちょっとカバっぽくない?」 「ん……?」 たしかに、見ようによってはカバに見えなくもない。 「でも、言うほど似てはないと思うけどな」 「そんな事ないよ! すっごいカバさんっぽい!!」 「そうか?」 「そうだよっ!!」 「そ、そうっスか」 急に変なギアが入ってテンションが上がった静香に思わず少し押され気味になってしまう。 「カバさん……カバさん……だお〜」 「(なんかぶつぶつ言ってるし……)」 決してカバの鳴き声ではないと思われる謎の鳴き声でカバさんの真似(?)をしているつもりな静香を見て思わず溜め息をついてしまう。 結局、その後は静香が再起不能になってしまったせいで想定より作業がはかどらず仕舞いとなるだった。 <みんなのお見舞い> 「みんなで鈴白先輩のお見舞いに来たけど…… 大変なのは、先輩だけじゃなかったみたいね」 「うむ、翔もロクに寝てないのじゃろう……ひどい顔を しておったのじゃ」 「そんな翔と先輩を少しでも元気付けるために、私達は プレゼントを用意したの」 「うむ。喜んでもらえて、何よりじゃったな!!」 「ふふっ……それでですね、渡辺さんったらいつまで 経っても、上達してくれないんですよ?」 「部長として、強化合宿をしようとすら思うほどに ミスしてばかりでして……」 「ははっ……でも、それは先輩がからかうからじゃ ないのか?」 「……でもですね、そのうろたえている声が何とも 可愛くって、つい、いじわるしたくなっちゃうん ですから、しょうがないです」 「相変わらず、歪んだ愛情っすね」 「……ぶぅ。そんなこと無いです。可愛い子をいじめたく なるのは、至って正常な感情です」 「そうですか」 「そうです」 ご両親との時間に居座るのも無粋だったので席を外し昼食後に戻ってきて、そろそろ2時間が経過する。 その間、俺は出会う以前の灯が過ごした想い出話を聴く側に回っていた。 コンコン 「あ……誰かが来たから、開けるよ」 「……はい、お願いします」 来客を報せる病室のノックを受けて、俺はドアを開ける。 「…………」 「え……?」 そして、その予想外に見知った人物の姿に、俺の思考は一瞬にして停止してしまう。 「し、静香!? お前、何でここに……?」 「……の、……バカ……」 「え?」 「このバカッ!!」 「なっ……」 「なんでこんな大事なこと、私達に言わなかったのよ!」 「まったくじゃ……少々テンパりすぎじゃの」 「奇妙な縁でしたけど……一緒に苦楽を共にした仲の 私達に、一言も無しだなんて……」 「友人としては、ショックだがな」 「み、みんな……!?」 ぞろぞろと病室へと入ってくるみんなの姿に、俺は思わず驚きを隠せなかった。 「その……お二人の姿を見かけなくなって、それで 心配して……灯さんのお母さんに聞いたんです」 「深空……」 「二人が、いつの間にか……その……付き合ってたのは わかったけど」 「でも、事故のコトを教えてくれないなんて……」 「あ……」 そこまで言われて、俺は改めて自分の視野が狭くなっている事に気づく。 大きな不安に潰されそうな時……俺はその人の支えになろうと思った。 けど、それは驕りでしかなく……個人の出来る事はやはり限られているのだろう。 「例え、かりんがいなくなっても……私達はみんな 仲間では無かったのかのう?」 「無論、鳥井を含めてな」 「……そうだな」 「ごめん、みんな……」 「んもぅ。ほんと、いつまで経っても翔は……」 「私の気持ちなんて、解ってくれないんだから」 「……私達、じゃろ?」 「……そうね」 「……ごめん」 「え、ええっとですねっ! そんなわけで、皆さんで 一緒にお見舞いに来たんですよっ」 少し暗い雰囲気になった俺達を取り繕うように、深空がわざと明るい風に話題を戻してくる。 「あの……天野くん?」 「やば……先輩に伝えないとっ」 俺は慌てて灯の元へと戻ると、急いでその吉報を届ける。 「先輩……みんなが、見舞いに来てくれました」 「みんな……?」 「えっと……雲呑です」 「雲呑さん……それじゃあ、まさか……」 「私もいるのじゃっ!」 「えっと……相楽さん……ですか?」 「嵩立です、先輩」 「嵩立さん……」 「姫野王寺 花蓮様もいますわ!」 「と言うことは……櫻井くん達もいるんですか?」 「なんで私だけ無視なんですのっ!?」 「ははっ……そうだよ、先輩。みんな、いるよ」 ワイワイと集まって、次々に手の平へ挨拶を書き記す。 「私のために……お見舞いに来てくれたんですか?」 「はい。えっと……色々な絵本を買って来たんですよ」 「本当ですかっ?」 「えへへ……はい。後で、翔さんに読んでもらって ください」 「深空……」 「大切な用事があったのに、雲っちさん自らの提案で プレゼントを選んで買って来たんですのよ?」 「さすがに小説や漫画は難しいかもしれんが…… 絵本なら、全て伝えやすいじゃろうからな」 「雲っちさんのオススメなんですわ」 「翔は気が利かないからね。どうせワンパターンな会話 ばっかりしてるだろうし、鈴白先輩が飽きないように 私達からのプレゼントよ」 「みんな……」 「俺からも、プレゼントがある」 そう言うと櫻井は、手に持っていた包みを開く。 「なんですの、それは? 電球みたいな……」 「コンセントを借りるぞ」 「なるほどね」 「あ……」 櫻井がコンセントを差して暫くすると、部屋中にラベンダーの香りが充満する。 「アロマテラピーと言うヤツだ」 「なるほど! これなら、あかりんも楽しめるのう!」 「みんなで一緒にここまで来たのに……いつの間に 買っていたんですか?」 「フッ……手ぶらで来るわけにも行くまい」 「うっ……な、菜っ葉のクセに、やりますわね……」 「ラベンダーのアロマポットだ。これなら、鈴白も 楽しめるだろうと思ってな」 良い香りが漂うベッドで、心地良さそうに目を瞑る灯。 「とても、落ち着く香りです……」 その満ち足りた優しい笑顔は、みんなの来訪を心から喜んでいると伝わってくるものだった。 「私達には、これくらいしか出来ないけど……今よりも もっと元気な姿を見せてくださいね」 「……はい。ありがとう……ございます……」 「……みんな……っ!!」 ただ、そばにいることしか出来なかった。 一緒に悲しみを背負い、遠い未来にしか希望を見出せずその笑顔を見るには、時間を必要とすると感じていた。 けれど、その灯の笑顔は―――今、この場所に在った。 「ありがとう、みんな……っ!!」 俺一人では思いもつかなかった方法で灯を支えようとするみんなの優しさに耐えられず、大粒の涙を流してしまう。 「これこれ、お主が泣いてどうするのじゃっ」 「翔を喜ばせるために買って来たんじゃないんだけど?」 「逆に、ただ突っ立っているだけが『支え』じゃないって 反省して欲しいくらいよ」 「そうじゃな。お主がしっかりせねば、あかりんも 心配で眠れぬかもしれんじゃろうしの」 「ごめん……みんな……」 「まったく、世話が焼ける先輩達ですわね」 やれやれと言った溜め息を吐く仲間達に囲まれて俺は、みんなの優しさを強く感じて、言い知れぬ感謝の想いを抱くのだった。 俺達は、一人じゃない。 たとえ、絶望に思える日々だとしても―――見つければいいのだ。 その絶望に立ち向かえるだけの……ほんの小さな《灯火:ともしび》を。 ……………… ………… …… <みんなの前で、隠れてH> 「私のラブ発言で、昨夜の事を思い出してしまった翔」 「そ、その……そういう風に想ってくれるのは 嬉しいんだけど、隠れながらとは言え、皆の 前でそんなことするなんて……」 「でも、カケルに求められたら私も断れなくって…… 結局、言われるままに手でしちゃったわ」 「こんな変態っぽいことさせて興奮してるなんて ……そりゃ私もドキドキしたけど、でも……」 「か、カケルって、私が思っていたよりもずっと エッチだったのよね……」 「……ふむ」 櫻井のことはさておき、俺は今、ある大きな問題を抱えていた。 「(……我ながら、元気になったなぁ)」 実は少し前から下半身が大変なことになっているのだ。 原因は恐らく、先ほどからぴったりとくっついている静香の熱烈なラブ光線と、予想してなかった身も心も捧げた、と言う爆弾発言によるものだろう。 「(……考えてみりゃ、結局昨夜は一回しかやらなかった  からなぁ)」 なんだかんだ言っても、俺も性欲あふれる年頃な訳で。 あのツンケンしていた静香がこうも俺にベタベタしてくれているともなれば、今までの反動と言うわけじゃないが、反応してしまうのも無理は無いだろう。 ……と言うことにして、自分の欲情を正当化してみる。 「翔、どうしたの……?」 「ん……?」 「ボーっとしてたから。何か考えごと?」 「あ、いや……何でもねーよ」 「そう? ならいいけど」 「…………」 実は静香に欲情してました。 ……なんて言えるわけもなく、俺は適当にごまかす。 それにしても食事を済ませた直後にエロ思考になるなんて我ながら情けないというか単純と言うか…… 「……でも、気持ち良かったしなぁ」 「ん、何か言った?」 「へ!? あ、いや、何でもねえって!」 「? ……ならいいんだけど」 「(……あぁ、やばいな)」 無意識のうちに独り言まで漏らしていたのだから重症である。 ……こうなったら、いっそのこと開き直ったほうがいいのかもしれない。 「それじゃ、私も手伝おっ……ひゃっっ!?」 立ち上がろうとした静香のスカートに、俺は手を突っ込んで太股を揉みしだいた。 「ん? 何じゃシズカ、変な声など上げおって?」 「な、何でもないの……気にしないで」 「ふむ。秀一、そこのスパナを取ってくれんかの?」 「スパナ……これでいいか?」 「うむ、恩にきるのじゃ」 一瞬ヒヤリとしたが、どうやら麻衣子と櫻井はそのまま何事もなかったかのように作業へと戻って行った。 「ちょっと翔! いきなり何するのよ!?」 静香が小声でボソボソと話しかけてくる。 麻衣子と櫻井には聞かれたくないからだろう。 「こんなところで、いきなり……そんな……」 言葉尻を濁しながらも、俺のセクハラに抗議する静香。 俺はそれをスルーし、静香の内股を撫で上げる。 「あっ……んんっ……か、翔っ!」 「スマン、静香。俺もう我慢できないわ」 「は、はぁっ!?」 突っ込んだ手をモゾモゾと動かし、徐々に秘所へと近づけていく。 「ひゃっ……んっ……ちょっ、ダメだって!」 静香がスカートの中で蠢く手を止めようとするが、俺は構わずに指を動かす。 「わ、わかったから……んんっ……せめて、外で……」 その手をやや強引に掴まれ、スカートの外に引きずり出される。 「今二人でどこかに行ったりしたら、逆に怪しまれると 思うぜ?」 静香の言うことはもっともだったが、俺の思考はもう完全に切り替わっていて、一刻たりとも我慢できない状態だった。 「でも……」 麻衣子と櫻井をちらりと一瞥する。 トリ太を下ろし白衣を着てすでに戦闘態勢の麻衣子を見るにどうやら教室で作業を開始するようだった。 「ここでしたって絶対バレるわよ?」 「大丈夫、手はある!」 「大丈夫って……さすがにこんなところじゃ……」 「だから手があるって言ってるだろ?」 「手って……?」 「だから、『手』があるだろ」 俺は静香の前で手をひらひらと振る。 「………………」 しばし考えてから、バッと顔を上げた。 「はぁ……!? か、翔、本気で言ってるの!?」 「本気だよ」 「…………ん」 逡巡しているのか、俯いて黙り込む静香。 「……信じられない、どれだけアブノーマルなのよ…… 変態すぎるわ……」 ブツブツと聞こえてくるのは恨み言。 いくら長い付き合いとはいえ、そういう関係になった次の日に頼むにしては、あまりにハードルが高い要求だったのかもしれない。 「大丈夫、バレないって。二人からは机の陰になってて 見えないから」 「……はぁ」 よほど呆れているのか、深いため息をつく。 「ま、マーコ達に見つかったらどうするのよ……」 「我慢できねーんだよ。お前とベタベタしてたら こうなっちまったんだから、しゃーねーだろ」 「ん……それは、嬉しいような気がするけど……」 恥ずかしそうに麻衣子と櫻井の方を何度も覗き、しばし思考をめぐらせてから、静香が意を決したように呟く。 「んもぅ、今回だけだからね……?」 仕方ない、と言った感じで顔を上げる静香。 その表情は、呆れていながらもどこかうっとりとしたものだった。 「じゃ……行くよ?」 静香の手が俺のズボンへと伸びる。 「あぁ、頼むわ……」 ジッパーを下ろすと、既に勃起していたペニスが勢いよく飛び出してきた。 「わっ……」 「……すごい……もうこんなになってる……」 それを見た静香が、艶を孕んだ声をあげる。 「ずっと静香の隣にいたからな」 「え? じゃあ私、翔といる時いつもこうやって 反応させてたってこと?」 「いや、だからその……恋人としてイチャついてりゃ 嫌でもこうなるって言うか……昨日の事思い出して つい元気になっちまったって言うかだな」 「そ、そっか……」 静香も昨日の行為を思い出しているのか、真っ赤になって数瞬の間、黙り込んでしまう。 「その……こういうの、初めてだから。痛かったら 言ってね……?」 「たぶん平気だろ。恋人の静香にされるんだったら 何だって気持ちいいって」 「……バカ」 調子の良い俺の言葉にそれなりに嬉しそうな軽口を返すと、静香はおずおずと指で性器に触れ、突然の刺激に反応したペニスがビクンと震える。 「ひゃっ! ……本当に大丈夫なの? 痛くない?」 「あぁ、大丈夫だからそのまま続けてくれ」 「うん」 竿の部分を軽く握り、そのまま上下に指を這わせると何とも言えない刺激が下半身に広がった。 「ビクビクってなってる……それに……熱い……」 その動きはソフトなもので、文字通り撫でるような愛撫だった。 「これくらいで、いいかな……?」 普段の自慰とは比べ物にならないソフトな動きでも静香にされていると言う事実が上乗せされることでじわじわとした快感が昇ってくる。 「もうちょっと強く握って、やってみてくれ」 「ん……このくらい、かな?」 指先にぎゅっと力が込められ、瞬間、腰が浮きそうになるほどの快感が生まれた。 「すごい……また大きくなってる……気持ちいい?」 「あぁ、そのまま……続けてくれ」 強くなった刺激に反応して、ペニスがさらに大きくなっていく。 「あっ……またビクン、って動いたよ……?」 麻衣子たちが目の前にいるこの日常の空間でこんな淫靡な行為に耽っているという事実がより強い刺激となって、俺を狂わせる。 「すごい……こんな大きいのが、私の中に……」 昨夜のことを思い出しているのか、うっとりとした声を漏らす。 「昨夜……気持ち良かった?」 「あぁ……どうしたんだよ、そんな……?」 「ふふっ……じゃあ、もっと気持ち良くしてあげるね」 静香も気分が乗ってきたのか、段々と責め方が大胆になってくる。 「こういうのとか……どう?」 「っ……」 竿を扱いていた指が亀頭の方へ移動し、裏筋を引っ掻くような動きに変わった。 強烈な快感が背筋を駆け上り、目の前がチカチカと光る。 「ふふっ……んっ……私だって、色々知ってるんだから」 そんな俺の反応に気を良くしたのか、静香が淫靡な笑みを浮かべた。 「静香……お前、本当に初めてなのか……?」 「当り前でしょ……なんでそんなこと訊くのよ?」 「上手すぎるんだよ……すげぇ……」 「もしかしたら、才能とかあるのかな……やだ……」 「俺は嬉しいけど?」 「なら、私も……はぁっ、嬉しい……かも」 本当に嬉しそうな笑みを浮かべて、より一層、激しく上下に竿をストロークさせてくる。 そのまま裏筋を弄られると、我慢していたこともありすぐに先走りの汁が溢れてきた。 「あっ……なにか……出てきたよ」 透明なそれを指先で《掬:すく》い取り、亀頭に塗りたくる。 「んっ……なんか、ぬるぬるしてる……これでもっと扱き やすくなるね……」 すべりが良くなった亀頭を擦られると、下半身から来る快感が爆ぜた。 「ふぅっ……んんっ……どう、気持ちいい?」 うっとりとした、艶っぽい声。 それを聞いているだけで、俺の剛直はどんどん充血していき腫れ上がったかのように硬さを増していく。 「はぁ……あはっ……すごい……」 新しいおもちゃを与えられた子供のように、ペニスを弄ぶ静香。 カタカタと微かに揺れる椅子の音で麻衣子達に感づかれないかという不安を覚えるも、この快感を緩めるような言葉を口にするなんて、すでに出来なくなっていた。 「んふっ……ん……ふふふっ……」 「もっともっと……気持ち良くしてあげるんだから」 煽情的ながらも無邪気な表情と艶かしい水音のギャップが俺の欲望をより大きくしていく。 「翔……私も……変な気分になってきちゃった」 「ごめんね、さっきは酷いこと言って……これじゃ私も 他人のコト言えないね……」 恥じらうように笑うが、その瞳は《淫蕩:いんとう》な色に染まってさながら淫魔のようだった。 「ふふっ……んっ……あは……」 「くっ……静香……」 こみ上げてくる射精感を抑えつつ、それを誤魔化すように静香のスカートに手を忍ばせる。 「ひゃ……か、翔?」 「こういうのはさ……お互い気持ち良くなった方が いいだろ?」 「わ、私はっ……んっ……あ、ひゃうっ……」 完全に静香への愛撫が止まっていたことを今更ながら思い出し、秘所を包む柔布に指を這わすと、湿っぽい感触が指先に残った。 どうやら静香の方も、このシチュエーションに相当性的な興奮を覚えていたようだ。 「んんっ……あぁ……っ……ふぁっ……んぅっ」 「あひっ……ふぁ……ああんっ……ふうぅっ」 俺は下着をずらし、指を震わせるようにしながら直接静香の秘所をなぞる。 「んんっ……くぅ……ひゃああぁっ!」 いきなりの快感に驚いたのか、嬌声を上げてしまう。どうやらそれは麻衣子の耳にも届いたようだ。 「? シズカ、今何か言ったかの?」 「なん、でも……ないからっ……」 麻衣子と喋っている間も、俺は小刻みに指を動かす。 「気にせずに……んんっ……続けて……っ」 「ならいいのじゃが。秀一、そこのバナナもどきを取って くれんかの?」 「これでいいか?」 「それじゃそれじゃっ」 バレるかと思ったが、何事も無かったかのように作業へ戻る二人。 感づかれるかと冷や冷やしたが、どうやら大丈夫だったようだ。 「危なかったな」 「翔ぅ……ゆ、指ぃ……動かさないでぇっ……」 「ふぁっ……くぅ……んあぁぁぁっ」 「あんまり声を出すと二人に見つかるぞ?」 「だ、って……翔っ……が……変なところ……っ」 我慢できなくなったのか、右手で自らの口を塞ぎ、漏れる声をなんとか抑えようとする。 「んんっ……んあっ……んんんぅぅぅ」 「うぅぅっ……ん、んぅっ…………んむぅぅ」 その快感に悶えながらも必死に押し隠そうとする反応が面白かったので、そのままびしょ濡れの膣内に指を挿入していく。 「むぅぅ……うぁっ、ん、ん……んぁぁぁっ」 「あふぁっ……んんっ……ん、んむううっ」 そこはもう完全に濡れそぼっており、少し指を動かすだけでくちゅくちゅと言う水音が聞こえてきて、俺の嗜虐心を煽ってくる。 「んんぅっ、あぁん……んんぅっ……んひゃぁ」 「ふぁっ……あ、あ、んぁぁぁっ……だめぇ……も、もう ……我慢、できな……うぅぅ」 軽く前後に出し入れするだけで、静香の足はがくがくと震えていた。 「んんっ、あっ、ふぁっ……う、動かさな……んぁっ」 「動かすなって言われると、逆にもっと動かしたくなるもん だよな」 「んぁっ……あっ……これ以上されたら……ひゃぅっ」 浅いところで震えさせていただけの指を、膣肉を掻き分け深いところまで突き入れる。 「んひぃぃっ……ん、ああぁっ……ぬ、ぬいてぇっ」 「だ……めぇっ……おかしく、なっひゃ……あぁっ」 静香の中は《蕩:とろ》けるような熱さで、いやらしく指に絡んできた。 「んああっ……ん、あ、ひゃぁっ……やぁっ……」 「も、もうっ……んんんぅっ、んああっ……あふぁ…… ひゃ、あああぁぁっ!」 「シズカ、どうしたのじゃ? 具合でも悪いなら、保健室に 行って横になった方が良いと思うぞ?」 再び漏らしてしまった大きな嬌声に、麻衣子が怪訝な表情で振り向いた。 「ただの……んぁっ……ひと、り……ごとだからっ」 「ホント、にっ……なんでもないからぁ……んんっ」 「……ならいいんじゃが。秀一、今度はそこの火炎放射機を とってくれんかの?」 「これか?」 「おぉ、すまんすまん、感謝するぞ」 腑に落ちない、といった感じの表情を浮かべるものの特に追及することもなく、作業に戻っていく麻衣子。 「口抑えとかないと聞こえるぜ?」 「あふぅぅっ……んんあぁ……あ、ひゃうっ……んんぅ…… あ、ふぁぁ」 「はぁ……はぁ……それはっ、翔がぁ……んひゃぁっ」 中指を深くまで挿し、ぐいっと捻る。 「んぁぁ! おね、がいっ、あぁっ……もう、やめっ…… てぇっ……」 「こえぇ……あ、ああぁぁっ……でひゃ、ぅ……あぁっ…… ふああぁっ……ひゃうぅっ」 かなり感じているのだろうか、出し入れしている指への締め付けが強くなっていく。 使い慣れていないせいか、その中は昨日俺のペニスが入った場所とは思えないほどに狭く、指を締め付けて来ていた。 「んんっ……ひゃっ……んむぅっ……ん、ん、んぁっ」 「むううっ……あ、あぁっ……んむぅっ……ん、あぁっ ああんっ……んむぁぁっ」 俺への奉仕などもはや頭に無いのか、全身に走る快楽に翻弄され、声を漏らさないよう必死になっていた。 「お願いぃ……指っ……とめっ……んむぅぅぅぅっ」 それを聞いて、俺は素直に指を引き抜く。 「はぁ……んっ……えっ?」 本当に止めるとは思ってなかったのだろう。俺を見つめる静香の瞳に疑問符が浮かぶのが分かった。 「静香」 「んっ……あ……はぁ……な、何?」 「口、しっかりと抑えた方がいいぞ」 「ふぇ……?」 俺は一言だけ告げて、指先をそのまま上になぞらせる。 指先はすぐにクリトリスに辿り着き、俺はそれを爪の先で思いきり弾く。 「ひゃぁっ! ん、んぅっ、んむぅぅぅっ!」 「んんんんんんっ、んあぁあぁぁっ……ああぁっ!!」 電気でも駆け抜けたかのように、静香の体が跳ねる。 「だめっ、それ……んはっぁっ、あっ、んんっ…… ふぅぅっ、んんっ、あああぁぁっ」 「マーコに、バレちゃ……んんぅぅっ、んん、ああっ」 二本の指でそれを摘みあげると、膣口から愛液があふれ出した。 「んんっ、んぅ、むぁっ、んんぅぅっ……んんんぅっ! ん、んふぁっ……ああっ、あっ、あんっ、んんっ!」 「ふぅっ、んむぅっ……むぅぅっ、んむぅぅっ…… ん、あ、あ、はあぁっ……」 溢れ出した愛液が太股を伝い、椅子にぽたぽたと零れる。 「んぁっ……んむぅっ、はぁっ、んひぁっ……あぁっ あぁ、ああぁぁっ……んああぁっ」 「あ、あっ、あああっ……んふぅっ、んむぅっ…… むううぅっ、んんんぅぅっ!」 腰を揺らしていた静香が、俺の手を強く太ももで締め付けもはや全身をガクガクと震わせて悶え乱れている。 「ひゃぁっ、んひぃぃっ、あああっ……ん、んんぅっ くふぅっ……ああ、あっ、あああぁぁっ」 そんな静香を見て、放置されていたはずの俺の剛直は萎えるどころかより硬くなっていた。 「だ……めぇっ、声が、出ちゃ、んんんっっ!」 漏れる声を少しでも抑えようと、口を塞ぐ右手に力を込める。 「むぅっ……ん、むぅぅっ……ん、んむっ、んんっ…… んんっ、んん、んんんぅぅぅっ!」 「静香……指、止めてほしいか?」 「んふぁ、んんぅっ………んんんぅっ!」 懇願するようにな瞳を俺に向け、静香は首を縦に振った。 「そうか……」 麻衣子たちの方を見てみると、何やら真剣に話し合っているようで、俺達の事など全く目に入ってないようだ。 多分……結局は静香次第だが、これなら大丈夫だろう。 「残念だけど、却下だ」 俺は笑顔のまま残酷に言い放った。 「んんぅっ!?」 そして今までにないほどの激しさで指を抽送する。 「んんぃぃぃっ! んん、んぁっ、んんむぅぅぅっ! ふぁぁ、あ、あああぁぁっ」 「んむっ、むぅぅっ、んみゃぁ……ん、んんぅっ…… んあぁぁぁっ、むあぁっ……んんんぅっ!」 指を思いきり奥まで突っ込み、挟み込むようにしてクリトリスに強い刺激を与える。 「んんぅっ、んんむぅぅぅっ、んああぁぁっ! んあああああぁぁぁっっ!!」 静香の膣がキュンと収縮し、指を捻じ切られるのではないかと思ってしまうほどに、強く締め付けられる。 抑えきれなかった一際大きな喘ぎ声に、麻衣子が何事かと振りかえって来た。 「な、何じゃ!?」 「んんぅ……はぁ……んっ……っ……」 「どうしたんじゃ、シズカ?」 「あ、あぁ、虫だよ虫。静香の膝に飛んできてさ…… びっくりして悲鳴あげちゃったみたいで……」 息も絶え絶えの静香に代わって、かなり苦しい言い訳をする。 「んっ……う、んっ……虫……虫なの……」 「……ふむ」 「殺虫剤がその辺に転がっているから、必要なら適当に 使ってくれ」 「あ、おう……サンキュー」 「…………」 「な、何だよ?」 「いや、何でもないぞ。気にしないでくれ」 《訝:いぶか》しがるような視線を向けられるが、それっきり何も言わずに、麻衣子は作業を再開する。 かなり怪しまれた気がしたが、なんとか乗り切れたようだった。 「言っただろ、口抑えてろって」 「だってぇ……翔が……」 俺はその言葉を遮るように、指を再び動かす。 「んんんっっ! か、翔っ……ま、まだなの……!?」 「いや、俺まだイってないし」 静香の媚態を見ていたせいで萎える事こそなかったが相変わらず俺のペニスは放置されたままだった。 「んあぁっ、あっ、あああぁっ……だめぇっ…… イったばっかり……だからっ……んんぅぅっ!」 「もう、もうぅっ……んんんああぁっ、んひぃぃっ ん、んんぅ、ふゃあぁっ」 すがるように、伸ばしていた左手が、再び俺のペニスを強く握りこんだ。 「んんんぅぅっ……んむぅっ、んん、んんぁぁぁ!」 「……くっ」 どれだけの力を込めたのだろうか、掴まれた瞬間、ご無沙汰だった突然の快感に呻いてしまう。 「はぁ……んんっ、ふぅっ……くぅっ」 あまりの激悦に、一瞬、指の動きを止めてしまう。 それを見計らって、逆襲とばかりに静香が力任せにペニスを扱き始めた。 「んんっ……ふゃっ……くふぅっ……んんっ!」 「んっ、んんっ……はぁっ、んぁ、んふぅっ……っ!」 ぐじゅ、ぢゅくっ、と水気のある音がいやらしく響く。 「はっ……あっ、んんぅっ……んくぅぅっ……」 それに負けじと指を動かし、再び静香の秘所を責める。 「ふぅぅっ、くああぁぁぁっ……んむっ、んんああぁ ひゃぁっ、んひぃぃっ……」 「んむぅぅっ、あぅっ……むぁっ、んんっ、あうぅぅっ ふぁあ……ひゃうぅっ」 もういつ果ててもおかしくないほどの快感が全身に駆け巡り頭が《蕩:とろ》けそうになる。 「ああぁっ、んあぁっ、んんむぅっ……んんぅっ…… んむぅぅっ、あっ、あひぃぃっ」 「ひゃうんっ……んんぅぅっ、あああぁぁっ……だめぇっ ……また、またイっちゃうぅっ……」 再び絶頂を迎えようとしている静香。 俺も同じように、もうすぐそこまで限界が来ていた。 「だめ……だめぇっ……んふぁああっ、んむぅぅっ むぅぅっ……んああぁっ……」 「あああぁぁっ、んむっ、んむぅぅっ……わたしぃ…… わたしっ……もうっ……んひゃああっ」 「俺も、もう……出すぞ、静香……」 「むぅっ、んむぅぅっ……んふぁぁ、ひゃぅ……んむっ んっ、んんああぁっ」 「もう……イっちゃ……やぁ、あ、あっ、んんぅぅっ んうううぅぅぅぅっっ!!」 「っ……くぅっ……!」 そのまま静香の手に、容赦無しに精を解き放つ。 「んんっ……んふぅ……あ、ふぁ……」 連続の絶頂で疲れ果てたのか、がくりと静香の体から全身の力が抜けていくのが解る。 「はぁ……ふぅ……大丈夫か、静香?」 「ふぁ……ん……よく……言えるわね」 ようやく俺の愛撫から解放され、呼吸を落ち着けて冷静さを取り戻した静香が、抗議の声を上げる。 「あー……やっぱやり過ぎだったか?」 「見て分かるでしょ……ひゃっ!?」 「……どうしたんだよ?」 「手……手に出しちゃったの!?」 静香は自分の左手を見て、あたふたと慌てふためいた。 「そりゃ手でしてもらってたんだからな」 「わ、私ちょっとトイレ行ってくる!」 「おい、今は立たない方が……」 「え? ……ひゃうっ!」 立ち上がってトイレに向かおうとするのだが、案の定足腰に力が入らないのか、その場で、尻もちをついてしまう。 「……言わんこっちゃねぇ」 「んもぅ……翔のせいでしょ!」 「いいじゃん、気持ち良かったろ?」 「そういう問題じゃ……と、とにかくトイレに行ってくる から!!」 静香は何とか立ち上がるが、足がガクガクと震えているのが見えた。 「肩、貸そうか?」 「行き先、女子トイレよ?」 「トイレの前までだったら関係ないだろ?」 「……トイレの中で変なコトされそうだから、遠慮して おくわ」 「……何も言い返せないな」 少なくともこんな事をした後では、何を言っても説得力がないのは間違いないだろう。 「じゃあ、ちょっと行ってくるから」 「おう」 そのままふらふらとした足取りで、静香は左手を隠すように庇いながら、女子トイレへと向かって行く。 「ふぅ……ん?」 そんな静香を見送っていると、妙な視線を感じたので俺は反射的にそちらを振り向く。 「……どうしたんだよ、麻衣子?」 「…………」 無表情で表情でこちらを見ている麻衣子と目が合う。 「……若いって言うのは、いい事じゃのう」 「なっ……!?」 「さて、そんなことより作業再開じゃ」 「ちょ、ちょっと待て、麻衣子!! 今のは一体…… ま、麻衣子!? マーコさんっ!?」 それっきりなにも言わずに、麻衣子は作業に戻ってしまう。 結局、麻衣子の意味深な言葉の真意はわからず、その後は何事も無く、いつも通りの一日だった。 ……………… ………… …… <やっと甘えられる関係に> 「行為が終わった後、柄にもなく翔にキスを求める私」 「抱いてもらった時くらい、何も考えずに甘えたって いいよね……?」 「そうしたい気分だったし、これまで散々じらされて 来たんだもの。このくらい、ね……?」 「カケル……大好きっ!」 「ん……」 行為の余韻を感じながら抱き合っていると、静香がそっと瞳を瞑る。 「……んっ……」 キスを求める静香に応えるように、優しく口づける。 「んっ……んふぁ…………ねぇ、もっとぉ……」 「ん、あぁ……」 一度口を離しても、すぐにまた求められ、キスをする。 「んっ……ちゅ……んぁっ……やぁ、やめないで…… もっと……してほしいの」 「なんだよ……そんなにキスばっかりしてると 飽きちまうぞ?」 「だって……今までずっと待たされてたんだよ?」 「こんなんじゃ、全然足りないくらいに……何年もずっと 待ってたんだから」 「……わかったよ」 そのいじらしい想いを汲んで、俺は求められるがままに何度もキスを交わす。 「んっ……んふぁ……」 「身体……洗い直さないとな」 二人の身体―――特に下半身を見て、俺は小さく呟く。 「後でいいよ……もう少し、こうしてたいの……ね?」 「静香……」 「もう少しだけでいいから……このままでいさせて?」 「……ダメだなんて言うわけないだろ」 「ありがと……んっ……」 唇を重ねるたびに、胸に愛おしさがこみ上げて来て溢れそうになる。 「カケルぅ……ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅむっ……んぁっ…… すきぃっ……大好きだよ……? ちゅっ……」 それは静香も同じようで、ただひたすら俺との甘いキスに溺れていた。 「……私、もう一人じゃないんだよね」 「ああ……静香は、一人じゃない」 そう――― 今まで静香は、一人で悲しみに打ちひしがれてきた。 ただの幼馴染だった俺は、近くにいながらただそれを見ていることしかできなかった。 けど……今日からは違う。 「今日からはずっと、俺がそばにいるから……」 「もう静香を、一人にはさせないよ」 「カケル……」 ただ近くにいただけの日々と、俺は決別したのだから。 どんなに悲しい事があっても、辛い事があっても……静香と二人なら、きっと乗り越えられる。 これからは俺が静香を支えてみせると、強く心に誓った。 「うん……ありがと……」 そう言って、幾度目かのキスを求められる。 「大好きだよ……カケル……」 「あぁ、俺もだ……」 その気持ちを確かめ、契りを交わすように、俺達は、ただひたすらに唇を重ね合うのだった。 ……………… ………… …… <やっぱりツンデレラ? トゲトゲ花蓮> 「デートの翌日、私はつい翔さんにいつもどおりの ツンツンした態度を取ってしまいましたわ」 「翔さんと普段から恋人らしく振舞うなんて、やっぱり 恥ずかしいんですもの……」 「い、いきなり態度を変えるのも変ですし……」 「でも私達、もう恋人同士なんですわよね……?」 「ああ、もうっ! なんで私がこんなことで 悩まなければいけませんの!」 「そもそも、翔さんのほうから正式に告白して いただければ、私だって遠慮なんかしなくて 済みますのに……」 「ほんと、殿方としての押しが弱いのが翔さんの 欠点ですわね」 「まったく、信じられませんわ!!」 「……面目ねえ」 保育園の帰り道、俺は終始花蓮に怒られっぱなしでいた。 「子供たちと一緒になって大はしゃぎするどころか よりによって園長先生が大事にしてた鉢植えまで 壊してしまうなんて!」 「……まったくもって、面目ねえ」 「今回は許してもらえたからいいものの……もし 次やったら、保育園に出入り禁止ですわよ!」 「心得てます……次からは気をつけます」 「ホントに……返事だけは立派ですのね!」 プンプンと怒って、花蓮は先に歩いていってしまう。 「(あっれぇー……?)」 俺は昨日の花蓮を思い返し、首を捻っていた。 おかしい、昨日の今日でこの態度…… 夕べはお互い意識し合い、疲れていたのに中々寝付けなかったというのに…… 「なあなあ、花蓮さん」 「なんですの?」 「これから二人で、ニャクドにでも行かないか? 俺、おごっちゃうからさ」 「結構ですわ。無駄遣いをしてる余裕なんて翔さんにも ないはずですわ」 「え……は、はい……」 痛い所をズバリ突かれて、俺はすごすごと退却した。 「やっぱり、一晩過ぎればこんなものなのかねえ……」 「何かおっしゃいまして!?」 小声で呟いた俺の声に花蓮が反応する。 「はぁ……昨日はあんなに可愛かったのによー」 「んなっ……!?」 顔を真っ赤にして、花蓮が後ずさる。 「今日くらい、もっとしおらしくしてもいいのによー」 「こ、こんな所で何を言ってるんですの!」 「いや、珍しくしおらしい花蓮もよかったなーって……」 「知りませんわ! 一生言っててくださいまし!」 ついに怒り出した花蓮は、プイッとそっぽを向いて黙り込んでしまった。 「(なんだよ、盛り上がってたのは俺だけだったって  コトかよ……?)」 あの可愛かった乙女チックな花蓮は、夢か幻か…… すっかり気の抜けた俺は、ため息とともに岐路に着くのだった。 ……………… ………… …… <わからない、涙の意味> 「おかしいな……なんで涙が出てくるんだろう?」 「いつも私はここへ来ると、自分でもわからないうちに 泣いていて……」 「ぽっかりと胸に大きな穴が開いたような喪失感を 覚えて……すごく、辛い気持ちになって……」 「本当は『お姉さん』に感謝して、笑って幸せな日々を 報告するようなお墓参りにしなくっちゃいけないって 頭では解っているはずなのに……」 「なんでかな……? 涙が、止まらないよ……」 「だから……かな……」 語るうちに我慢が出来なくなったのか、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。 「本当は……笑わなくちゃ、いけないのに……貴女の お陰で、私は元気ですって……言わなくっちゃ…… いけないのにっ……」 「ダメだよ……私、言えないよっ……」 「笑顔で報告なんて、出来ないよ……っ」 それは、あの時ビルに入らなければ、という後悔か…… それとも『お姉さん』と言う犠牲を払い、自分だけが助かったという罪悪感なのか…… 「私の、心に……ぽっかりと穴が開いてるの……」 「静香……」 あの事故からもう6年も経つというのに、未だ静香の心は『お姉さん』を失った悲しみに囚われたままだった。 「だから……笑えないんだよっ」 「……っ」 彼女が失ったものは、どうしようもないほど大きくて……理由が分かったところで、何も出来なくて…… 俺は、歯を食いしばりながら、ただひたすらに泣き続ける彼女の後姿を見つめるのだった――― ……………… ………… …… <エッチなのはいけません! その1> 「あまりの暑さに、汗びっしょりになる天野くんと 鈴白さん」 「天野くんの目は無意識に、汗でくっつく鈴白さんの 制服の胸元をまじまじと……」 「ふ、ふぇ〜っ……天野くん、え、えっちだよぉ……」 「ぶぅ。天野くんは基本的に好感が持てますけど 少しエッチなのが玉に《瑕:きず》です」 「ふぇっ、ぶ、ぶちょー! いつからそこにっ!?」 「ふふっ、驚かせちゃったかな?」 「なんだか可愛い子の気配がしたので、後ろから こっそりつけてきちゃいました」 「ふえっ!? かっ、可愛いって……」 「……ふ、ふ〜んだ! もう騙されないもん!」 「あら? 冗談じゃないですよ?」 「そ、そんなこと言って、いつも私に意地悪するじゃ ないですかぁ〜っ!」 「それはほら、愛情の裏返しってヤツです」 「ふぇっ!? あ、愛情って……」 「よかったら、これからお茶でもどうですか? 私がご馳走しますよ」 「ふ、ふ、ふぇぇっ…………」 「あなたみたいな可愛い子だったら、い・つ・で・も 大歓迎ですよ? ふふふっ」 「ごっ……ごめんなさいぃっ!」 「ぶ、ぶちょーの気持ちは嬉しいですけど……」 「で、でも私には心に決めた人がいますのでっ!」 「あ、あらっ?」 「しっ、失礼しますぅぅぅっ!!」 ――たったったったったっ…… 「あらあら……行っちゃいました……」 「何か誤解されたみたいでしたけど……少し冗談が 過ぎちゃったかな」 「仕方ないですね。ここからは渡辺さんの代わりに 私がここの担当を務めることにしちゃいます」 「私たちのあらすじだなんて面白そうですし…… それじゃあ、早速始めますね」 「この時、私は天野くんの精神を鍛え直すために しばらく一緒に行動することを決めました」 「まったく……普通にしていればしっかりとした いい子なのに……」 「どうにかして無駄にエッチなところを更正させて あげないと、ですね」 「あぁ〜〜〜、どうすっかなぁ……」 窓枠から半身を投げ出し、俺は天に向かって情けない声を上げていた。 あの後、教室に逃げ帰ってから数時間…… かりんとの約束をどう果たすか頭を捻っていたがついに決定的な答えを出すことは出来なかった。 相談役の櫻井は、麻衣子に呼ばれて科学室に行ってしまった。 こうなると、残された俺はこの問題に一人で立ち向かわない訳にはいかなかった。 「でもなぁ……麻衣子は忙しいだろうし、俺一人じゃ とても無理だろうし……」 ずるずると、うなだれる。 「…………」 「それにしても……」 まとわりつくセミの鳴き声を振り払うように勢いよく顔を上げる。 「こんなに暑くちゃ、いいアイデアなんか浮かぶ訳 ないだろぉぉぉーーーーーーっ!!」 半ば八つ当たり気味に、ジリジリと照りつける太陽に向かって声を上げた。 「ハァ、ハァ、ハァ……」 もちろんその声がお天道様に届くはずも無く降り注ぐ日差しの中、余計に体力を消耗しただけだった。 俺はそのまま全身の力を抜き、さっきと同じように窓枠から垂れ下がる。 「なーんか、メンドくさい事になっちまったなぁ……」 頭が沸騰して、脳が考える事を拒否し始めた時だった。 「荒れてますねぇ……『心頭滅却すれば火もまた涼し』 ですよ?」 「んぁー?」 横から声をかけられ、俺はゆらりと身体を起こした。 そこには暑さと苛立ちで発狂寸前の俺を、いつもののほほんとした表情で眺める先輩の姿があった。 「で、出た、恐怖の大王……」 そんな事を言ってみるが、もはや逃げ出す気力も無い。 「……? なんのことですか?」 「なんでもないっす……それより……」 不埒な呟きをごまかすように、俺は先輩に尋ねた。 「『心頭滅却』……って言ってるけど、先輩は 平気なんですか?」 汗だくの俺に比べて、先輩はあまりにも涼しい顔をしていた。 「いえ、あまりの暑さに汗びっしょりですよ」 ズルリと、窓枠から滑り落ちる。 「さすがに気持ちの力でこの暑さをしのげるほど 私も悟ってません」 「なんですか、そりゃ……」 俺は姿勢を正しながら、先輩を観察する。 なるほど……よく見れば、キレイな長い黒髪が頬に張り付き、いかにも暑そうだ。 他にも、白い制服が汗を吸い込み、先輩の素肌にひっついて…… 「……天野くん? どこを見てるんですか?」 「……え?」 気づいたら、汗で透け掛かってる胸元を凝視していた。 「ご、ごめん、わざとじゃないんだ。無意識なんだ」 「むむむ……なお悪い気がします」 慌てて言い訳をする俺に、先輩が怒ったように言う。 「天野くんは、思考が直情的すぎます。そもそも 人というのは……」 「(よ、余計な事しちまった……)」 人間とは何たるかという壮大なテーマで語り出した先輩を尻目に、俺は短絡的な行動を後悔した。 こうなると、先輩は長い。 「(それにしても、よくこんな暑い時にお説教なんか  する気になるよなぁー……)」 上の空で、俺は妙なところで感心していた。 「……天野くん、わかりましたか?」 「え? も、もちろんっす!」 急に問いかけられて、慌てて返事をした俺に先輩はニッコリと笑って言った。 「よかった……それじゃ、行きましょうか」 「…………え?」 ……………… ………… …… 「さあ、どうぞ」 「…………」 正座で固まる俺の前に、先輩がお茶を差し出す。 「どうしたんですか? 熱いうちに飲まないと おいしくなくなってしまいますよ」 「いえ、それはいいんですけど……」 俺は正座の姿勢を崩さずに、首だけ動かしてグルリと辺りを見回した。 「どうして俺は、こんな所にいるんでしょう……」 訳のわからないまま、先輩に連れてこられた教室…… そこはレジャーシートが敷かれただけの、簡素な『茶道部部室』だった。 「何を言ってるんです」 「天野くんの雑念を無くすため、一緒にお茶を飲んで 心を落ち着けようって話だったじゃないですか」 「そ、そうでしたっけ……?」 「(いかん……全然聞いてなかった……)」 すでに先輩は自分のお茶も用意し、上品かつ優雅にそれを飲んでいる。 それを見よう見まねで、俺も茶碗に口をつけてみる。 「……ズズッ」 程よく泡立てられた抹茶の、柔らかな口当たり…… そして舌の先から口いっぱいに広がる爽やかな苦味…… 「(う〜む、これは……)」 「どうですか?」 「すいません、暑いっす」 顔中に汗を噴き出させ、俺はレジャーシートに手をついて、あっさりと負けを認めた。 「ふふ……天野くんにお茶の心を理解してもらうには まだまだ時間がかかりそうですね」 「そう言われても、こんな暑い日にお茶なんか 飲んだら余計に汗が……」 そう言いながら、またも先輩の制服に目が留まる。 生地が肌に吸い付き、先輩の二の腕が透けて見える。 「……天野くん?」 「だ、だから、わざとじゃないんですって!」 怒り心頭の先輩に、俺はつい反射的に謝ってしまう。 「……どうにも、すぐには直らないみたいですね」 「そんな事言ったって……」 「……わかりました」 「しばらくの間、こうして天野くんに付き合って その性根を叩き直しちゃいます!」 「ええぇーーーっ!?」 「ええーっじゃないです」 「天野くんがステキな男性になるまで、私が責任を持って 監督しますからね!」 「せ、先輩が? ずっと?」 「もちろんです」 力強く頷いた先輩の意思は固いようだ。 俺は夏の間中、先輩にマンツーマンでしごかれる光景を想像する。 「え、ええぇ〜〜〜っ? マジっすかぁ〜〜〜っ!?」 「……何、にやけてるんですか」 「へっ!? 俺、変な顔してました!?」 俺は慌てて、ピシャリと撫で付けるようにして自分の頬をなでる。 「……はぁ。先が思いやられますね」 先輩が困惑の顔を浮かべ、大きなため息をつく。 かくして唐突に、先輩の『天野翔ステキ男子化教育』が幕を開けたのだった。 <エッチなのはいけません! その2> 「煩悩を祓うには、なんといっても茶道が一番です」 「ほら、こうして目を閉じて心を落ち着かせれば 身も心も清らかな気分に……」 「うっ……どうやら天野くんには大して効果が無いのかも しれませんね」 「そんなにすぐに矯正できそうも無いみたいです……」 「こともあろうに茶道具を使って鳥井さんに、せっ…… セクハラまがいな事をしたり、嵩立さんのスカートを 覗きに行ったり……」 「ぜ……全然わかってませんっ!」 「まったく、天野くんも良識ある大人の対応と言うものを 少しは身につけて欲しいです」 「…………」 「…………」 「…………ずずずっ」 「ふぅ……いいお茶ですね、天野くん」 「ええ、本当に……」 「何をくつろいでおるんじゃ、何を」 口から茶碗を離し静かに目を開けると、呆れた顔でこちらを見ている麻衣子と視線が交差した。 「何を……って?」 「お主にしては珍しく、風流な事をしておるのう」 そう言って、麻衣子は俺の手にした茶碗を指差した。 「うむ、よくぞ聞いてくれた。これは茶道と言ってな……」 「そんな事は見ればわかる」 「マイコが言っているのは、なぜこのような場所で 貴様がアカリと茶を《嗜:たしな》んでいるか……という事だ」 「それは話せば長くなるんだが……」 「荒ぶる天野くんが和の心を身につけられるように 今日から特訓をする事にしたんです」 「と、いう訳だ」 「ちっとも長くないではないか」 「要するに、持ち前のスケベ心を茶の湯の精神で 抑え付けようっていう訳ね……」 「そうです! これで天野くんもステキな男性に なってくれるはずです!」 「やっぱり、いくら男の子と言っても度を越して エッチなのはいけませんからね」 「それで茶道、ですか……」 「よりによって、カケルに一番向いてなさそうなものを 選んだのう」 「ぶぅ。二人とも、天野くんのやる気を削ぐような事を 言わないでください」 「現に天野くんも成長して、こうやって心静かに……」 「あぅーっ! みなさん、休憩ですか?」 「お茶だったら、私にも一杯……」 「うるせぇーっ! お前なんかに先輩との時間を 邪魔させてたまるかぁぁぁーーーーーっ!!」 「あぅっ! か、翔さん、《茶筅:ちゃせん》がおっぱいにっ!?」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」 「あぅっ!? ぐっ、グリグリしないでくださいっ!」 「…………」 「むっ!? この大気を震わすエネルギーは……」 「そりゃあ、大事な茶筅であんな事されたら、いくら あかりんでも怒るじゃろう」 「べ、別に怒ってなんかいませんよ……?」 「……まあ、長続きするように祈ってます」 「ありがとうございます」 「よ、よかったら、嵩立さんもいかがですか?」 「私はちょっと、今日みたいな日にお茶は……」 「今だって、下敷きが手放せない訳ですし……」 「なんじゃシズカ、そんな小さな下敷きなんかで パタパタ扇ぎよってからに」 「仕方ないでしょ。暑いんだから」 「どれ、貸してみるのじゃ」 「こういう時は、下から扇いだほうが涼しいぞ」 「ちょ、ちょっと! 何するのよマーコ!」 「ほーれほれ……どうじゃ、涼しいじゃろ?」 「そ、そういう問題じゃないでしょ!」 「や、やめてよ! 見えちゃうってば……って……」 「…………」 「何、フツーに覗きに来てるのよ!」 「急にパンチラが来たので」 「来てないわよ!」 「あ、天野くん……」 「あれ? どうしたんすか先輩、んな怖い顔して……」 ふと、先輩の表情が強張っていることに気づいて顔を覗きこむ。 「よぉ〜くわかりました……天野くん、全然成長して いないようですね……」 「せ、先輩?」 「でも、負けません……天野くんは、絶対に私が 更生させてみせます」 「ええっ、なんで!? 俺、何か悪い事した!?」 「さあ天野くん。今日は素振りを千本してもらいます」 「茶筅で!? 意味あんの!?」 「口答えは許しません!」 「や、やっぱ理不尽だぁ〜〜〜〜〜っ!」 こうして俺は、なぜか急に機嫌を損ねてしまった先輩に手首がクタクタになるまでしごかれたのだった…… ……………… ………… …… <オープンした遊園地> 「なんだか鳥井さんたちが、この辺りに新しく遊園地が オープンしたとかで、《俄:にわ》かに活気づいてました」 「やっぱりジェットコースターは必須よ。これだけは 譲れないわ」 「個人的にはホラーハウスがイチオシですっ!」 「メリーゴーランドも捨てがたいかと……」 「……なんだ?」 教室に着くなり俺の目に飛び込んできたのは、黄色い声をあげて、かしましく騒ぐ一団だった。 別にそれだけならいつものことで済むが、何よりも俺の気を引いたのはそのメンバー構成だ。 深空とかりんがくっついてるのはいつものことだがそこに静香が加わるとなると一気に希少性が上がる。 「何してんだよ、お前ら?」 「あ、翔さん。おはようございますっ」 「おう。……なんだこれ?」 「じゃ〜んっ! なんと、新しくオープンした遊園地の パンフレットですっ!」 「遊園地?」 「結構話題になってるのよ。知らない?」 「初耳だな」 かりんの持っているパンフに目をやると、マスコットと思われるクリーチャーが子供が見たら一生忘れられないような邪悪な笑みを浮かべていた。 「怖っ!?」 「あぅ! とっても可愛いじゃないですか!!」 「そうですよ! 怖いなんて言ったらマーボーくんに 失礼ですっ!」 「名前まで可愛げがねえ……」 「で、もしかしてみんなで行くつもりなのか?」 「行きたいんだけどね……」 「ん? 何か問題でもあんのか?」 かりんがはしゃいでいる時点で、一番の問題は解決出来ているような気がするのだが…… 「みなさん、あまり乗り気じゃないようで……」 「そうなのよ。どうせならみんなで行きたいじゃない」 「まぁ……そうだよな」 教室を見回すと、ここにいる三人以外は興味の無さそうな顔で、それぞれの作業に没頭していた。 「遊園地で遊ぶくらいなら、色々と試したい実験が あるんでの」 「そう言う事だ」 俺達の話を聞いていたのか、麻衣子が気だるそうに答える。 「ストイックだな、お前ら」 まぁ、それだけやる気があるということだろう。 「花蓮はどうなんだよ? こういうの好きそうだろ」 「私は別に……みんなを連れて行くんならまだしも」 「お前が行くんなら、みんなで行く事になるだろ?」 「ここにいるみなさんの事じゃありませんわ」 「?」 ハテナマークを浮かべる俺を尻目に『それ以上聞くな』という表情を作って、顔をそむけてしまった。 「まぁ、こんな有様なワケ」 「なるほど、こりゃキツいわ」 「でもきっと翔さんなら行きたいって言ってくれる はずです!」 「俺もパス」 「あぅ!?」 「青少年の財布事情ナメんな! それだったら他の事に 金使うわ!」 「って言うか、お前は遊んでていいのかよ……」 「あぅ! 何事も、煮詰まっているよりは気分転換で 適度にリフレッシュするのが大事ですっ!!」 「そうっすか」 「……やっぱり、みなさんダメそうですね」 「仕方ないわね。来月にでも行きましょ」 「あぅ、そうですね……」 ガックリと肩を落とす三人を尻目に、俺は先輩の座る隣の席へ腰を落とす。 「やっぱり先輩もああいうのって興味無いんですか?」 「わっ!? あ、天野くんじゃないですか」 「……どうしたんすか?」 「ちょっとボーっとしてただけです」 「ふーん……」 遊園地の事を聞こうと思ったが、この様子だと全く頭に入っていないんだろう。 「(こりゃ確実に興味ナシだな)」 さっさと気持ちを切り替えて、妙案の一つでも出してやろう。 そう思い俺は、早速ノートを広げて、唸りだすのだった。 ……………… ………… …… <キスを邪魔されて……> 「ウィンドウショッピングの間も、私のことを 意識している様子の翔さん」 「それが嬉しくて、私ったら、ついはしゃぎ過ぎて しまいましたの」 「その後、商店街を回って……公園へ行きましたの」 「いつもの子供達と遊んだ後、翔さんといい雰囲気に なったんですの」 「そして、不意に見せた私の不安を消し去るように 翔さんが私の肩を抱いて……」 「あんなに顔と顔が近づいたのは初めてでしたわ……」 「私ともあろうものが、つい場のムードに押されて…… 目を閉じて、翔さんのキスを待ってしまいましたわ」 「男らしい翔さんの行動に、胸が張り裂けそうなほど 緊張して、初めてのキスを待っていましたのに……」 「……なのに……なのにっ……」 「どうしてあなたが出てきますの、田中ぁーーーっ!」 「見てくださいまし、翔さんっ!」 「ん?」 「あのお洋服、とっても綺麗で、素敵ですわぁ……」 「お、おう……」 「あっ、あの水着も可愛くて、いい感じですわっ」 「そ、そうだな……」 「お金を使わなくても、こうして素敵なお洋服を見ている だけで、案外楽しいものですわね」 「……ああ……」 「ふふふっ……これなんかも凄いですわ」 店に入るでもなく、ショーウィンドウを覗きながら一喜一憂する花蓮をぼんやりと眺める。 「(そっか……花蓮も、やっぱり女の子なんだよな)」 最初は、ただの面白いヤツと言う認識で付き合って来て……そして、意外なイイヤツとしての一面を知った。 そのうちに、危なっかしいコイツを支えてやりたいと思いたち、気がつけば同棲までしていて…… 「(俺は、こいつのこと……いつの間にか、特別な  相手として見ていたんだよな)」 「翔さん? どうしたんですの?」 「別に、なんでもねーよ」 「そうですの。なら、いいですわ」 「私てっきり、デート中に他の女性のことでも考えて いるんじゃないかと思いましたわ」 「バーカ、んなわけねーだろ」 「……お前の事を、考えてたんだよ」 「え……?」 「今、なんて……?」 「だから、なんでもねーってば」 嬉しそうに近づいてくる花蓮を、片手で追い払いながら背を向ける。 「そんな照れなくても……せっかくのデートなんだから もっと楽しみたいですわ」 「…………」 我ながら鈍感すぎて嫌になるが、やっと気づいてしまったのだ。 思えば、一緒に住んで鍛えてやりたいと考えた頃から俺は花蓮を『特別視』していたワケで…… 自分の気持ちが男女の《そ:・》《れ:・》であると気づいていなかった だけで……とっくにコイツの事を、好きだったのだ。 「だめですの?」 「……いや」 「そうだな。せっかくのデートだし、楽しまないと 損だよな」 「ですわっ!」 俺の心は、デートと言われて、嬉しいと感じていた。 こいつの笑顔を見ると、ドキドキする。 自分の気持ちを証明する理由なんて……それだけで十分だった。 「行くぞ、花蓮っ! 今日は一日中、ひたすら遊び倒して やろうじゃねーかっ!!」 「ふふっ、望むところですわっ!!」 俺は下らない意地を捨てて純粋に花蓮とのデートを楽しむ事に決めると、繋がれた手を引っぱりながら商店街をかけめぐるのだった。 ……………… ………… …… 「到着ですわ」 「ん……公園か?」 商店街を回るのもほどほどに寄りたいところがあると言う花蓮に連れられてやって来たのは、猫公園だった。 「今日くらいは、全て忘れようと思いましたけど…… どうしても気になって、無理でしたわ」 「え?」 「週に何度か、ここの公園で遊ぶ約束をしてるんですの」 そう言うと花蓮は、遠くの砂場にいる小さな子供達へ視線を移し、少しバツが悪そうに呟く。 「自分からデートに誘っておきながら、あの子達と一緒に 遊びたいだなんて……ワガママなのは解ってますわ」 「でも私……翔さんの前では、自然体でいたいんですの」 「だから、その……」 「…………」 緊張した面持ちで俺の様子を窺う花蓮を見て、沈黙を破るように、ゆっくりと口を開く。 「デートって、互いが楽しく在るためにするものだろ? ……なら、こう言うのもアリだろ」 「翔さん……!」 「デートに決まった形なんてねーんだしな。俺とお前の デートは、そう言ったモンであっても良いと思う」 「俺は気にしないから、行って来いよ」 「ええ! では、少しだけ行ってきますわっ」 笑顔の俺に見送られ、子供達の元へと駆けて行く花蓮。 「俺達だけの、デートの形……か」 どこまでも愚直で不器用な花蓮が、子供達と楽しそうにはしゃいでいる姿を、一人ベンチに座りながら眺める。 心底、花蓮は子供達が大好きで……子供達もまた、花蓮が好きだと言う事が、遠くからでも伝わる。 保育園だけではなく…… そんな笑顔を振りまきながら、あいつは、どこでだって子供達に元気を分け与えているのだ。 「翔さんっ、その子を捕まえて下さいましっ!」 「よくわからんが、了解」 「うわっ! ずりーよ、花蓮ねえちゃんっ!!」 「勝負の世界は非情なんですわっ!」 「そう言う事だ」 「くっそー……それじゃ、アホでとろそうなお兄ちゃんを 捕まえてリベンジしてやるっ!!」 「誰がアホだこのボケっ!!」 「すでにその切り返しがアホだよ」 「んだと、このヤロォーッ!!」 「ほら、捕まえた。鬼に自分から向かって来るなんて アホここに極まれりって感じだよ」 「しまったあああああああぁぁぁっ!!」 「ふふふふっ、ほんと、おバカですわね」 「お前に言われたくねえっての!!」 「そう簡単には捕まりませんことよっ!!」 ……………… ………… …… 「ふぅ……少し汗かいちまったな」 ばいばい、と子供達に手を振る花蓮を横目に、どさりとベンチへ座りながら呟く。 夏真っ盛りな気温だと言うのに、元気爆発な子供達を見て素直に感心してしまう。 「巻き込んでしまって、すみませんでしたわ」 「いいって別に。面白かったしな」 「……ふふっ。やっぱり、子供ですわね」 「うるせー、お前だって同じようなモンだろ」 「ええ。似たもの同士、ですわね」 ぷんすかと怒る俺の隣に、微笑みながら腰掛ける花蓮。 ほのかに香る花蓮の髪が風になびき、ドキリとする。 「やっぱりお前は、どんなにめかしこんでも、花蓮 なんだよな」 「え?」 「お前は、ああして元気にはしゃぎ回ってるのが一番 似合うよ」 「……そう、ですわよね……」 「こんなおめかし、私には似合いませんわ」 「え……?」 「初めて、純粋に私の事を心配して支えてくださる《殿方:ひと》と 出会って……」 「初めて、異性の方に心を寄せて……」 「不器用なりに、頑張ってみたつもりでも……すぐに 地の自分が出てしまうんですもの」 「ふふふっ……本当、らしくない背伸びをしてしまい ましたわ」 「…………」 「どこまでいっても、私は私でしかなくって…… 翔さんにとって、『女の子』じゃないんですわ」 「だから、今日はもう……」 「……ちげーよ……」 背を向けて自虐的に独白する花蓮に苛立って、俺はそう呟いて、ベンチから立ち上がる。 「え……?」 「きゃっ!?」 俺は花蓮の両肩を掴むと、勢いよくこちらを振り向かせ思いきり自分へと近づける。 「か、翔さん……?」 「お前が俺のために、女の子になってくれたんだ…… 嬉しくないわけねーだろ?」 「ドキドキしてないわけ、ねーだろうが……」 「……っ」 「花蓮らしくていいって言うのは……自然体のお前が 一番、魅力的だって意味なんだよ」 「翔……さん……」 「そんなに不安なら、教えてやるよ」 「俺がどんだけ、お前を『女』として見てるのか……」 「あ……」 息がかかるほどの至近距離で本気の俺を見て、ピクリと肩を反応させる。 「花蓮……」 まだ少し戸惑っているような花蓮の肩を強く握り締めそのまま強引に、唇を近づける。 「んっ……」 その流れに乗るように、花蓮も身体をこわばらせながらキスを受け入れるべく、そっと瞳を閉じる。 俺は、衝動に従うようにその唇を奪い…… 「…………」 奪い…… 「……っつーか」 「見てんじゃねえよ!」 ……唇を奪いたかったのだが、先ほどから感じていた至近距離からの刺すような視線に負けて、花蓮を離しその原因を睨みつける。 そう、そこには、この暑い中でも相変わらずバリッとしたスーツを着込んだ田中さんが立っていた。 「どうぞ、私の事はお気になさらずに」 「気にするっての……」 「た、田中!? こんな所で何をしているんですの!?」 「これはこれは、花蓮お嬢様。ご機嫌麗しゅう……」 「(白々しすぎるだろ……)」 あまりにも飄々と言ってのける田中さんを見て、思わず一際大きな溜め息を漏らす。 「田中さん、俺たちの事、つけてきたんすね?」 「滅相もございません」 「たまたまこの近くを通りがかったら、偶然お二人に 出くわした次第でありまして……」 「それはさすがに、私でも簡単に見破れるくらい 白々しい嘘ですわね……」 花蓮が顔を真っ赤にして、田中さんを睨みつける。 ……それはそうだろう。 ある意味、身内の者に見られたら一番キツイ場面をまじまじと観察されていたのだから。 「天野くん、何やってますの! モタモタしないで 下さいまし!」 「お、おう!」 久しぶりに苗字で呼ばれ、一瞬遅れてうなずいた。 さすがに田中さんの前で、俺を下の名前で呼ぶのは恥ずかしかったのだろう。 「私、お腹が空きましたわ」 「そう言えば、もう昼過ぎてるもんな」 「そこで、私が前から行ってみたいお店がありましたの。 天野くん、案内して下さいます?」 「俺が知ってる店なら、いいけど……」 「それじゃ、決まりですわっ!」 「お気をつけて、いってらっしゃいませ」 俺達の会話に割り込み、深々と頭を下げる田中さん。 「いいですわね、田中! もう私達について来ないで 下さいまし!!」 「かしこまりました」 表情を変えないまま、田中さんが淡々と受け答える。 「信用なりませんわね……天野くん、こうなったら 全力ダッシュで撒きますわよっ!」 「は? ちょっと待て……のわぁっ!?」 ぐいぐいと引っ張る花蓮の力強さに負けて、俺も歩く速度を早めて、公園を後にする。 「(……これで、上手く撒けると良いけどな……)」 さっきの位置から微動だにせず立ちつくす田中さんの佇まいに、余裕すら感じて、一抹の不安が過ぎる。 やはり俺は、どうやってもこの人に勝てる気がしない。 そんな漠然とした感情を抱きながら、俺は花蓮に連れられるままに、走って商店街へと向かう事になるのだった。 「お待たせしました、翔さん」 「もう、いいのか?」 「はい。報告は、済ませて来ましたから」 「やっとの事で父親と無事仲直りしたんだから、母親も 喜んでたんじゃないか?」 「むしろ、遅すぎるぞって怒ってたように思えました」 「ははっ、そりゃ手厳しいな」 「でも……最後には、笑顔で微笑んでくれたと思います」 「……そっか」 「はい」 「あ、そうだ。ちゃんと翔さんの事も、お母さんに 報告して来ましたよ?」 「私の……最愛の人です、って」 「恥ずかしい事いってるんじゃねーよ、バカ」 「ええっ!? そんな言い方、ひどいですっ!!」 「……なあ、深空」 「はい? なんでしょうか」 色々と一段落したところで、俺は気になっていた疑問を深空へとぶつけてみようと思いきって、口を開いた。 「実際のところ……お前は、深空なのか?」 「それとも―――かりんなのか?」 「え……?」 「いきなり何言ってるんですか、翔さん……そんなの どっちだって一緒じゃないですか」 「誤魔化すなよ。……全然、違うだろ」 「お前が失ってきたものが……どれほど重いか解ってない わけ無いだろ?」 「…………」 「重くなんて、ないですよ」 「え……?」 「たしかに私は、多くのものを失いましたけど――― それ以上に大切なものを、たくさん得ましたし」 「それに、ですね……実は私、深空でもかりんでも 無いんです」 「深空でも、かりんでも無い……?」 「はい」 「記憶としては、かりんと同じものを引き継いでます。 けど、私が失っていった『未来』は大分戻ってきた みたいなんです」 「本当なのか!?」 「はい。さすがに、昔みたいにはいかないんですけど ……でも『かりん』の時よりも半分くらいは感覚を 取り戻せた感じですね」 「半分、か……」 幸い、費やしてきた全ての『未来』を失う事態は避けられたようだが、それでも大きな損失であることには変わらない。 「翔さんは、細かい事を気にしすぎです」 「細かい事ってお前……絵本作家を目指してたんだろ?」 「もちろんそれは、今でも変わりません!」 「私は、お母さんよりもすごい絵本作家になるのが 目標ですから」 「母親よりも……?」 「はいっ。お母さんよりも、です!」 「才能なんか、少しくらい無くっても―――そんなの 関係ないですから」 「培ってきた才能を失ったんなら、たくさん努力して 新しい才能を見せられるように頑張りますから」 「そんな簡単に達成できる道のりじゃ―――」 深空の楽観的とも言える理想論を否定しようとしてこいつが『かりん』だった頃を思い出す。 「そうか……お前、すごい努力家だったんだよな」 「そうですよ。過去に行くたびにふりだしに戻るくらい 下手になるお料理を、毎日必死に練習したんですよ?」 「その地獄のような日々は、筆舌に尽くしがたいです」 「ほんと、どこまでも真っ直ぐストレートだよな、お前」 センスの欠片も見当たらなかった、唯一の弱点であるはずの手料理を、あそこまで作れるようになったのだ。 たしかに、その努力を絵本に向ければ、才能なんて関係ないのかもしれない。 「たとえ3歩進んで2歩下がっても、1歩ずつ確実に 前へ進んで行けば、どんな願いも実現できますから」 「とにかく、私は絶対にお母さんを超える絵本作家に なってみせますっ!」 「ははっ。まあ、今のお前が言うと説得力あるかもな」 そう。 なにせ人類の誰もが達成できなかった事を、目の前の少女は、あっさりとやってしまったのだから。 「なあ、深空……そう言えば、もう一つ素朴な疑問が あるんだが―――」 「はい?」 「あの時、お前はどうやって空を飛んだんだ?」 俺を助けた時、深空はたしかに空を飛んでいた。 未だに俺は、あの奇跡がどうして起こったのか解らずにいたのだ。 「ふっふっふ……それは私から説明するのじゃっ!」 「マーコさん!?」 「麻衣子……なんでここにいるんだよ」 「それはもちろん、お主たちの恋路をそこはかとなく 妨害しようと言う話になったからじゃの」 「ま、マーコ! 余計な事言わないでよっ!!」 「静香!? お前まで、なんでこんなトコに……」 「うふふっ、私たちもいますよ?」 「ですわね」 「み、みんな一緒かよ……」 どうやら女性陣は勢ぞろいだったようで、ぞろぞろと物陰からみんなが現れる。 「マーコさん、恋路の邪魔ってどう言う事ですか?」 「うむ。つまりじゃな、二人でいい雰囲気になるよう じゃったら、偶然を装って現れようと―――」 「な、なんでそんな嫌がらせしようとしてんだよ!?」 「とぼけないでよ! もとはと言えば、こうなったのも 全部、二人の責任なんだからね!!」 「全くです」 「私たちにも、そのくらいの権利はあるはずですわ」 「ええっ!? さっぱり意味が解りません……」 「つまりじゃな……知っての通り、お主らの今回の騒動で 多くの並行世界が生まれたわけなのじゃが……」 「ああ、そうだな」 「その並行世界が一つになった世界こそが、今の私たちが 暮らしておる『この世界』なワケじゃ」 「それは知ってるっての。現に俺だって記憶が―――」 「…………」 「ぐあああああああぁぁぁっ!?」 「ふふふっ……ようやっと気づいたようじゃの」 「どうやら当事者である私たちも、並行世界の記憶を 受け継いでいるみたいなのよね」 「つまり、ですね―――」 「せ、先日までは気にならなかったですのに…… 今では、その……」 「要はみーんな、お主と付き合っておる世界の事を 諦めきれんワケじゃな」 「や、やっぱりかあああぁぁぁーーーっ!!」 薄々は感づいていながらも、考えないようにしていたとっても《気:・》《ま:・》《ず:・》《い:・》《部:・》《分:・》を突かれて、悶えてしまう。 「歴史の流れがそうしていたとは言え……まさか全員に 手を出した経験があるとはのう」 「人気者は辛いと言うか、まさにハーレム野郎じゃの」 「む〜……はーれむ野郎……」 「へ、変な言い方するんじゃねえっ!!」 実際は深空とかりんとしか結ばれていないはずの俺がまるで浮気者のような扱いをされてしまう。 ……と言いつつも、俺も記憶を引き継いでいるのでとっても謎な罪の意識には《苛:さいな》まれているのだ。 「(ちくしょう……俺は《硬派な紳士:ジェントルメン》のはずなのに……)」 今回の事件で、並行世界の記憶を引き継いだせいでみんなの深い部分や惚れるほどの魅力を知っていて……かつ、その……恋人として過ごしていたのだ。 さらに、かりんと言う名の『深空』が好きなのに深空と一緒に愛してしまったり…… しょうがなかったとは言え、プレイボーイと言われても精神的に否定し辛い状況だった。 「異性として意識してなかったはずの天野くんが 気になるのは、雲っちさん達のせいでもあるん ですのよ!?」 「あの夜は、とっても激しかったです―――ぽっ」 「ぎゃあああああああああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「わ、私の方なんて、子供をたくさん作る約束だって しましたのよ!?」 「やめろおおおおおおおぉぉぉ〜〜〜っ!!」 「わ、私だって……あんな幸せな世界があるんだって 知っちゃったら―――諦めきれないわよっ!!」 「NOぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜っ!!」 俺は何もしていないはずなのに、実際に別世界で起こった事実でもある爆弾発言が、次々と飛び交う。 俺の罪悪感メーターは、すでに振り切れんばかりの勢いだった。 「色んな世界で翔さんの浮気を見ているのは辛かった ですけど……こう言う形でみんなに影響がでるのは 予想外でした」 「まあ、これも時空間を歪めてしまった代償の一つ と言うことじゃの」 「とにかく、この責任を取って天野くん達は、今一度 私たちにもチャンスをくれるべきですわ」 「こうなったら、みんな天野くんの恋人と言うことで♪」 「そんなの納得できるわけないですよっ!!」 「むむむむむ……静香さんはライバルになるような 気がしてましたけど―――まさか他のみなさんも 翔さんを狙ってくるなんて……」 「こ、この世界の俺は、別にお前らと恋仲でもねーし 最初から最後まで深空一筋だっての!!」 「それでも、私のはじめてを奪った責任はちゃんと取って もらうんだからね!」 「奪ってねえだろ、現実にはっ!!」 「でも、心の処女を奪われましたし……」 「ある意味で、究極の洗脳ですわね」 「な、なんだか、だんだん腹が立って来ました……」 「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け深空っ!! 俺はずっとお前一筋だったじゃねーか!」 「それはそうなんですけど……あうぅ……」 「むふふ……これはしばらく荒れそうじゃのう」 「嬉しそうに言ってるんじゃねーよ……」 人の気も知らずに、のん気に笑っている麻衣子へすかさず突っ込んでおく。 「まあ、天野くん争奪戦はまた後程ということで…… さっきの話は、私も興味がありますね」 「さっきのお話って何ですの?」 「ああ、雲呑さんがどうして空を飛んだのかって話?」 「おお、そうじゃったそうじゃった!」 すっかり忘れていたのか、麻衣子は、ぽんと手を打つと普段の科学者モードへスイッチしたようだった。 「詳しいところは私も解らんのじゃが……おおよその 予想はつくので、説明しようかと思っての」 「おお! 是非とも頼む!!」 俺は話題が少しでも逸れてくれる事を望みつつその話へみんなの意識をシフトさせようとする。 「うむ。では、皆に出来るだけ分かりやすく説明する ことにしようかの」 「いよいよ解るんですのね。空を飛ぶ、3つ目の方法が」 「魔法とか、奇跡とか、漫画的な力なんでしょうか?」 「そもそも、飛んだって言うこと自体が信じがたいほど 馬鹿げてるんだけどね」 「そこで皆に質問なんじゃが―――」 「タイム・パラドックスと言う俗説を知っておるかの?」 「菜っ葉の事ですの?」 「裏をかいて、あの人気店『サンライト』特注オーダーの 甘々なクレープかもしれませんね」 「普通に『時間の逆説』のことでしょ……」 「ああ、たしか過去と未来の自分が出会ってしまうと 大爆発が起きて世界が壊れてしまうとか、そう言う ヤツだよな?」 「他にも親殺しのタイム・パラドックスとか、色々と あるわね」 「つまり、歴史の現在と過去が大きく変わるような 出来事を起こしてしまったらどうなるか、と言う 空想理論のうちの一つですね」 「うむ。元々、カケルを助けると言うこと自体が 大きな『歴史の矛盾』を生むのじゃが―――」 「その誤差をより大きくしてしまう行動などは 極力、避けたかったのじゃ」 「だから鳥井さんは正体を隠して、科学の力を使わずに 空を飛ばなくちゃいけなかったのよね?」 「そうじゃな。しかし、この世界のかりんは、あえて 自らその禁忌を犯したのじゃ」 「え? どう言うことですの?」 「過去と現在が繋がりそうになってしまった瞬間 自ら正体を明かして、タイム・パラドックスを 発生させたようなのじゃ」 「なっ―――」 「ふふふっ、鳥井さんもかなりのチャレンジャーですね」 「話を聞くと、どのみちタイム・パラドックスが起きる 寸前だったようじゃしの……結果的には英断だったの じゃがな」 「それで? タイム・パラドックスがどう関係あるのよ」 「おかしいと思わんかの?」 「え? 何がですの?」 「タイム・パラドックスが起こったにも関わらず 地球一つすら壊れておらんのじゃぞ?」 「そう言われてみれば、そうですね―――」 「全宇宙が破壊されてしまうようなエネルギーが その時、たしかに発生したはずなのじゃ」 「けど、こうして宇宙だけじゃなく、当の地球すらも 問題なく存在している……?」 「ならば、その膨大すぎるビッグバン・エネルギーは 一体どこへ行ったのじゃろうな」 「あ……」 「真実は定かではないが、もしそのエネルギーを操る ことが出来たのだとすれば、どうじゃ?」 「まさか……そんなの、ありえないわ」 「と言っても、それ以外に方法は無いと思うがの」 「び、ビッグバン・エネルギー全部を使って、深空は 俺のことを助けたって言うのかよ?」 「世界が崩壊するほどのエネルギーが生じた瞬間に 誰かの強い意志が働いたのじゃからな―――」 「その時にどんな奇跡が起ころうとも、不思議では 無いじゃろう?」 「まあ、たしかにな」 「なるほどですねぇ」 「それが本当なら、とんでもない人ね、雲呑さんって」 人間には到底扱えないほどの力を使うほどの人物に思わず全員の視線が集中する。 「と言う結論になったのじゃが―――どうかのう?」 「ふふふっ……マーコさんも、まだまだですねっ」 自信なさげに感想を求めた麻衣子の予測を、あっさりと笑顔で否定する深空。 その顔は、まるで『答え』をしっているかのようだった。 「なぬっ!? 私の推測が間違っておるのか!?」 「当たり前です。だって、空を飛んだ本人なんですから」 「ではいったい、何だったと言うのじゃ?」 そう尋ねた麻衣子や俺たちに背を向けて、深空は真っ直ぐに歩いていってしまう。 「そうですね―――」 少し考えているような声をあげて、背を向けたまま深空が空を仰ぐ。 「私が、空を飛んだ方法……それは―――」 そして、そのロマンチックな少女は、俺たちへと振り返り―――満面の笑顔で、その口を開いた。 「私たちの絆が生んだ、『想い』の力ですっ!!」 <サブカルチャーダンディ・スパイ翔!> 「どうにかして仲直りをしようと、めげずに 姫野王寺さんの後をつけることを決意した 天野くん」 「全く、いい迷惑ですわ……」 「はわわっ! 姫野王寺さんっ!!」 「ワタベさん、お久しぶりですわね」 「ふええぇぇぇぇん、会いたかったよぉ〜〜〜っ!!」 「ど、どうしたんですの!?」 「やっとお友達がゲストに来てくれて嬉しいんだよ〜」 「あれ? でも、《私:わたくし》が初めてのゲストと言うわけでは 無いんですわよね?」 「そだよ〜、でもでも、ふぇ……ふええぇぇぇん!」 「い、一体何があったんですの……?」 「今まで寂しかったんだから、姫野王寺さんには ずっとレギュラー化して欲しいよ〜」 「私もお手伝をしたいとは思いますけれど…… 残念ながら、今回限りのようですわ」 「うぅ〜……しょんぼりだよ〜」 「そもそも、本編の主人公をあんな変質者の天野くんに 任せているのが間違いでしてよ!」 「私の優雅な生活を中心に描けば、ワタベさんとの コミュニケーションも描かれるはずですわっ」 「あはは、そだね〜。ほとんど毎日お店に通いつめて くれてるもんね〜」 「常連客ですわ」 「いつもありがと〜」 「そんな、いつもおまけしてもらって、お世話になって いるのは私の方でございますわ」 「はわわっ! つい和んじゃったけど、あらすじの方を 進めなくっちゃ」 「それもそうですわね。積もる話は、この収録の後に プライベートでお話することにしますわ」 「うん!」 「……それで? 何でしたっけ……そう、天野くんの 奇行についてでしたわね!!」 「き、奇行って……天野くんもたしかに少し暴走気味で 踏み込んできちゃうこともあるけど、悪気は無いんだ と思うよ〜?」 「……それにしたって、スパイごっこをしながら 人の後をつけるなんて、殿方として褒められた 行動じゃありませんことよ?」 「そ、それはそうだけど……」 「まったく、そんなことをされていたなんて 夢にも思ってませんでしたわ」 「あれれ? でも、上手く撒けたのはなんでなの? 普段から警戒してるってことかな?」 「うっ……そ、それは、その……」 「私も気になってるんだけど、なんで頑なに誘いを 断って、一人で帰ってるの〜?」 「きょろきょろしながら、どこへ行ってるのかな?」 「ど、どこへって……もちろん、お家に帰っているに 決まってますわっ」 「ふえ……そうなんだ」 「そ、そうですわ」 「…………」 「…………」 「あら? も、もうこんな時間ですわっ!」 「ふえ?」 「それじゃあ、また……私はこの辺でお《暇:いとま》しますわ。 大変でしょうけど、頑張ってくださいましっ」 「ふえぇっ!? ひ、姫野王寺さん!? ちょっとぉ! まっ、待ってよぉ〜っ!!」 「たしかあいつ、こっちに向かったよな……」 花蓮が歩いていった方向を確認して、俺は小走りであいつを追いかける。 「けっこう早足で歩いて行ったからな……もしかしたら もうこの辺にはいないかも知れないな」 歩けども歩けども見つからない、花蓮の姿。 「……こうなったら、勘に頼って先回りしかないか」 花蓮の歩いて行った方向から、大体のあたりをつけて町中の裏道を駆け回ることにする。 「……いよいよ本格的にストーカーじみてきたな」 ふと浮かんだ思考を頭から振り払い、俺は深く考えずに本能のまま、花蓮を追うことにした。 ……………… ………… …… 「(ビンゴ……!)」 俺の目論見は、どうやら成功だったらしい。 細い裏道を抜けて駅前の商店街に出てすぐに花蓮の姿を発見する。 なにしろ、あれだけ目立つ容姿だ。 人通りの多い夕方の商店街でも、見つけることはそう難しいものではなかった。 「(さっさと声をかけて、謝っておくか……?)」 これ以上ヘタな言い訳を重ねるより、スパっと素直に謝っておけば、後腐れも少なくて済むだろう。 「おーい、かれ……」 そう思って、花蓮の名を呼ぼうとした時だった。 「…………」 「…………?」 きょろきょろと、花蓮が急に辺りを《窺:うかが》い始める。 どう見ても挙動不審なのだが…… 「(何してるんだ、あいつ……)」 「…………」 「あっ、消えた!?」 俺は慌てて、花蓮が消えたように見えた路地裏の入口まで走り寄る。 「……ここを通り抜けて行ったのか?」 なんでまたこんな不審な動きを…… 「(まさか、俺の尾行がバレたのか……?)」 いや、花蓮からずっと目を離さなかったが、あいつは特に尾行に気づいたような素振りは見せなかった。 つまり、普段から警戒して誰にも見つからないようにその秘密の用事を済ませていると言う事になるのだ。 「……おもしれえ……こうなったら、地獄の底まで 追いかけてやるよ!!」 突如燃え上がった熱き男の血に、俺は当初の目的も忘れとことんまで花蓮を追いかけることを決意するのだった。 「(表の道に出たか……)」 どうにか追いついた俺は、電信柱の影から半身だけ出し様子を窺いながら花蓮の背中を追う。 「(ううむ、なんだか本当にエージェントになって  スパイしてる気分になってきたぞ……!!)」 「…………」 俺はおもむろにポケットから携帯を取り出してかけ慣れた、あいつの番号をコールする。 ――ピッ 『もしもし? どうしたの、カケ……』 「シーチャン支部長か?」 「こちら、捜査官のカケル・アマノウアーだ」 『……はぁ?』 「小声ですまないが、あまり大きな声を出せないんだ。 尾行対象に気づかれる可能性がある」 『な、何なの……? 捜査官とか尾行対象とか……』 「至急、シーチャン支部長に調べて欲しいことがある。 時間が無い、一度しか言わないからよく聞いてくれ」 「対象は商店街を出て、猫公園へ向かって南下してる。 商店街と公園を結ぶ直線の延長上に、何があるのか 教えてくれ」 『えっ!? そ、そんな急に言われても……』 「何、悠長な事を言っているんだ支部長! 何万人もの 市民の命がかかっているんだぞ!!」 『え、ええっ!?』 「……? さきほどから、誰かの話し声が聞こえる 気がしますわ」 「クッ……ダメだ、気づかれた! 一旦切るぞ!」 『えっ!? ちょ、ちょっと待って、今地図を……』 「ダメだ、時間が無い!」 「いいか、30分後に連絡をくれ」 『さ、30分……?』 「そうだ、今からキッカリ30分後だ!」 『わ、わかった……!』 「支部長、最後にこれだけは言わせてくれ……」 「……愛してる」 『……………………』 『えっ』 ―――ツー、ツー、ツー 「……と、妻に伝えてくれ」 「ん? 電波が悪くて途中で途切れたか?」 だが、ほとんど用件は伝えたので、わざわざかけ直すほどの事でも無いので、問題は無いだろう。 「気のせいですの……?」 どうやら、しきりに後ろを警戒していた花蓮を上手くやり過ごす事に成功したようだ。 「(テ、テンション上がってきたぜぇ……っ!!)」 「フッフッフ……こりゃ、いよいよ本物のスパイ らしくなってきたぞ」 「…………」 「…………」 俺がほくそ笑んでいると、怪訝そうな表情をした買い物帰りの主婦と目が合ってしまう。 「……フッ……」 爽やかな笑顔で見なかった事にして、俺はそのまま尾行を続けることにした。 ……………… ………… …… 「(それにしても……)」 「(こいつは本当に、何をコソコソしてるんだ?)」 早足になったかと思えば急停止して辺りを見回したり物陰から物陰へ忍者のように移動したり…… これでは、周りから見たら俺と花蓮のどっちが不審者なのかわからないだろう。 「(と言うか、どっちも不審者すぎる……)」 「…………」 俺が不毛な思考をめぐらせていると、不意に花蓮が動きを止め、何かをジッと見入る。 「(……なんだ?)」 視線を追うと、そこには公園の遊具で仲良く遊んでいる子供たちの姿があった。 「(……まさか、誘拐でも企んでるんじゃ……)」 ……いや、いくら金が無いとはいえ、こいつに限ってそれはないか。 見た目や言動のハチャメチャ具合に反して、意外としっかりとした思考の持ち主のようだとは思う。 なんと言うか、そう……行動が変なのは、ただちょっとお馬鹿なだけなのだ。 「…………」 子供たちを見つめる花蓮の表情は、心なしか緩くなり優しくほころんでいるようにも見えた。 「(なんだよ……俺の前では、あんな嬉しそうな  顔なんて、見せたことねークセに……)」 何となく不満に思い、心の中でそうぼやいた時だった。 「…………」 「なにっ!?」 思わず声を上げてしまった。 何かを思い出したように顔を上げ、立ち止まっていた花蓮が、移動を再開したのだ。 「にゃろう、逃がすかよ!」 俺はあくまでもその背中に付かず離れず、絶妙な間を取りながら後を追う。 ……………… ………… …… 「あっれぇ……?」 「ここ……学園じゃねえか」 どこをどうやって走ったら、ここに着いたのだろうか。 花蓮を追っていたはずの俺は、気づけばいつの間にかスタート地点に戻ってきてしまっていた。 「うおっ!? お、おまけに花蓮もいねえ!!」 しかもどうやら、追跡していた花蓮にも上手く撒かれてしまったみたいだった。 「チクショウ、さんざん引っ掻き回されたのに…… とんだ無駄足だったぜ」 何十分も走りまわされた挙句、このザマだ……もはや俺には花蓮を探しに行く気力は無かった。 「ん……? 着信か?」 突然、ポケットに入れていた携帯が震え出した。 「ったく……誰だ? こんな時に……」 ディスプレイを見てみると、そこには『嵩立 静香』と表示されていた。 ―――ピッ 「静香、どうした? 珍しいな、こんな時間に かけてくるなんて」 『な、何よ……そっちが30分後にかけてこいって 言ったんじゃないの』 「……あー?」 いったい何を言ってるんだろうか、こいつは。 『それで、あれから調べたんだけど、商店街と公園を 繋いだ直線の先にはね……』 「静香……悪いけど疲れてるんだ。遊びなら麻衣子と やってくれ」 『へ?』 「用が無いなら切るぞー」 『ちょ、ちょちょちょちょっと! か、翔が 調べてくれって言ったんじゃない!』 「……? 何の話だ?」 『何の話って……さっき自分で言ってたじゃない。 支部長とか、尾行対象とか……』 「なんだ、探偵ごっこか? 今度俺も誘ってくれな」 『あっ……あ、愛してるって言うのは……?』 「誰が? 誰を?」 『…………』 「……静香?」 ―――ブンッ!! 「うおっ!?」 携帯を投げたようなすごい風切り音の後に、電話が切れてしまった。 「なんなんだよ、一体……静香のヤツも、ときどき ワケわかんない事するよな」 花蓮には逃げられてしまうし、静香からは変な電話がかかってくるし……散々な放課後だ。 「まったく、ついてねぇ一日だったぜ」 俺は、吸えもしない空想上のタバコを持ちながら空を見上げると、ハードボイルドにそう呟くのだった。 <シンデレラな花蓮> 「初めてのデートということもあって、少々おめかしに 時間をかけすぎてしまったかもしれませんわね……」 「私ともあろう者が、翔さんとの約束の時間に 遅れてしまいましたの」 「待ちくたびれてご立腹な様子の翔さんでしたけど 私の姿を見たら押し黙ってしまいましたわ」 「ふふっ……おめかしが効いたみたいですわね」 「普段はあまり女の子として見てもらえてなかったのは ちょっぴり悔しいですけど、見返してやれたみたいで 満足ですわ♪」 「…………」 乾いた脳を侵すような、セミたちの合唱…… さんさんと降り注ぐ日差しの中、俺は駅前の商店街で立ち尽くしていた。 「……あちぃ」 近くの商店から時おり漏れてくる冷房の風だけが、唯一の救いと言ったところか。 それでも、チリチリと肌を焼く太陽光線を我慢できるほどの救いではなかった。 「くそったれ……花蓮のヤツ……」 そもそも、なぜこんな事になったかと言うと…… ―――遡る事、1時間前――― 「はぁ? 待ち合わせぇ〜?」 「そうですわ」 いざ出かけようと言う時になって突然の提案の真意がわからず、思わずマヌケ面で聞き返してしまった。 「なんでイチイチ、んな面倒くさい事するんだよ? 一緒に行きゃいいじゃねーか」 「レディには、いろいろと準備する事がありますのよ!」 「準備って……財布は俺が持ってるぞ?」 「はぁっ……どうせ翔さんなんかには、言ったって わかりっこありませんわ」 「なんか、すごく失礼なことを言われている気が するんだが……」 「はいはい、いいから早く出て行ってくださいまし!」 「うわっ!? お、おい……」 「いいですこと? 今から30分後、商店街で待ち合わせ ですわよ」 「わかったよ、しょうがねえな……」 こうして、訳もわからないまま俺は部屋から追い出されたのだった。 ―――そして、今に至る訳だが…… 「あのバカ、何が30分後だよ……来ねえじゃねーか」 これで都合一時間ほど、炎天下の中、待ちぼうけを食らってることになる。 「(あのアホ娘め……今度はパンツめくり程度じゃ  済まさねーぞ……お仕置き的な意味で……)」 約束の時刻よりも30分以上待たされて、俺の苛立ちはすでに限界いっぱいまで溜まっていた。 花蓮が現れたらどんなお仕置きをしてやろうかと脳内でシミュレートし始めた、まさにその時だった。 「お待たせしましたわっ」 「(来やがったな、このやろおおおぉぉぉっ!!)」 背後からの待ち望んだ声に、俺のフラストレーションが一気に爆発する。 「おうコラ! てめえ、何が30分だこのボケ!」 「この暑い中、さんざん人の事……待た……せて……」 勢いをつけて、俺は般若の形相で振り返りながら花蓮へ浴びせていた言葉は――― 「すみませんでしたわ、翔さん。思ったより時間がかかって しまいましたの」 「……なっ……」 一気に失速し、目の前の光景に思考を停止させてしまう。 「どうしたんですの? 急に黙り込んでしまって……」 「おま……」 そう。その原因は、なんてことはない当然の結果で…… ただ単に、目の前に現れた『女の子』は、どうしようもないほどに……可愛いかったからだ。 「もしかして、本気で怒ってるんですの?」 「それは悪いと思ってますわ。でも、その……翔さんの ために、おめかしをして来たんですのよ?」 「……って、聞いてますの?」 「え? 俺?」 「当たり前ですわ! 他に誰がいるって言いますの?」 「逆ナンとか?」 「なんですの、その変な名前の食べ物は……」 「わかった! そうか、お前が噂の花蓮が言ってた 姉貴だろ?」 「何を言ってますの? この炎天下の中、ずっと 待ち惚けていたせいで、変になってしまったん ですの……?」 「……え、じゃあ、本物の花蓮なのか……?」 「相変わらず、意味が解らない事を言うんですのね」 「だ、だってお前……! お、女の子じゃん!?」 「普段から常に女の子でしたわっ!!」 「い、いや、そうじゃなくてだな……」 「もう、バカも休み休み言ってくださいまし」 この、自然な会話の流れは……やはり中身は花蓮そのものだった。 どうやら俺の勘違いではなく、本物の花蓮らしい。 「マジかよ……」 「な、なんですの? そんなにジロジロ見られると 少し照れくさいですわ」 「わ、悪い……」 つい先ほどまで抱いていた怒りなどすっかり忘れて俺は目の前の女の子に見入ってしまっていた。 「嘘だ……お前が本物の花蓮なわけねーよ……」 「まだ言ってますのね……私のどこが偽者なんですの?」 「だって、こんな……可愛いわけねーじゃん」 「ん……そ、そんなリアクションに困るような事を 言われても、返答に困ってしまいますわ」 「ご、ごめん」 さっきから、どうにもいつものペースになれず、謝ってばかりいる事に気づく。 「失礼な発言に怒りたいところですけど……初めて私を 可愛いって言ってくれましたし、まぁ喜んでおく事に しますわ」 「い、いや、花蓮にしては可愛いって言うだけで…… なんつーかその、女の子ぶりに驚いただけだっての」 「まったく、こんな時まで素直じゃありませんことね」 「うるせー、ほっとけ」 調子を取り戻そうと必死な俺を見て、クスクスと笑いながら、余裕のポーズを見せる花蓮。 その姿に再びドキリとしながら、本当に別人のように変わってしまった花蓮に、動揺を禁じ得なかった。 「……まぁ、馬子にも衣装ってヤツだな」 「レディを褒める時は、もっと素直になるべきでしてよ」 「でも……ふふふっ、翔さんに容姿を褒めてもらって 嬉しいですわ」 「(うぐっ……)」 俺の低レベルな褒め言葉を聞いて素直に喜ぶ花蓮の笑顔を見て、思わずドキリとしてしまう。 「くっそ、なんか卑怯だぞお前……調子狂うじゃねーか。 わざわざそんな気合入れて来るこたぁねーだろ」 たかだか買い物に遅刻するほど気合を入れて来る花蓮の徹底ぶりに、思わずツッコミを入れて照れ隠しする。 「私だって、デートの時くらい可愛く見てもらえるように 頑張っておめかし致しますわ」 「え……?」 「なんですの、その意外そうな顔は……」 「で、デート……? これ、デートなのか?」 「あああああ、当たり前ですわっ!」 「本当に信じられませんわ……先日約束したのに 一体なんだと思ってましたの!?」 「いや、ただの買い物かなぁ、と」 「はぁっ……ほんと、翔さんの鈍さには心底呆れて しまいますわ」 「う……」 「っていうか、デートならデートって言ってくれよな。 俺なんか、滅茶苦茶フツーの私服じゃねーか」 「別に、翔さんにそんな甲斐性を期待していません でしたから……問題ありませんわ」 「なんだよ、それは……」 「……デートで、いいんですのよね?」 勘違いしていた俺の意思を尋ねるように、少し心配そうな顔を覗かせながら、花蓮が上目遣いに訊いてくる。 「あ、ああ。せっかくそこまでしてもらったのに このままただ買い物ってのも悪いしな」 俺はそっぽを向きながら、あくまで主導権は渡さないと言う姿勢を示しつつも、その問いに答えておく。 「ほんと、素直じゃありませんわね……」 「何か言ったか?」 「いえ、なぁんにも言ってませんわ。さあさあ、それじゃ 出発進行ですわっ!」 「おわっ!? ま、待てよ、おいっ!!」 「待ちませんわっ♪」 デートの許しを出した途端、元気ハツラツな様子で引っ張る花蓮に引きずられて、俺は初めてのデートへと繰り出すのだった。 <タイムリミット> 「ついにシズカに残された時間が尽きはじめ、シズカの 存在を維持させるために、自らの命を少しずつ削って 支えていくカケル」 「待っておれ、カケル、シズカ……もう少しの 辛抱じゃっ!」 先日までは、不安定な周期ながらも体調を取り戻す時間帯があったが、今の静香の体調は、常に最悪の状況にあった。 寝ずの看病で必死に熱を抑えようとするも、どうあっても高熱が下がらず、ひどく危険な状態だった。 「静香……頑張れ……!!」 病院へと連れて行ってやりたい衝動を堪え、ただひたすら麻衣子を信じて、待ち続ける。 「(まだなのか、麻衣子……!)」 とっくに朝日は昇っており、俺は焦りを感じていた。 「麻衣子がお前を助ける方法を見つけたんだ……だから もう少しだけ頑張ってくれ、静香!!」 「はぁ……はぁ……」 満足に返事も出来ない静香の額に滴り落ちる、大量の汗をそっと拭き取る。 高熱にうなされる静香をただ見続ける事は、苦痛以外の何物でも無かった。 「何で、変わってやる事ができねーんだよっ……!!」 自らの無力さを憤るが、もう『何も出来ない』などと自分への言い訳をするつもりは無かった。 俺の想いが、静香を救うための鍵になるのなら―――絶対に諦めないと誓ったのだから。 「かけ、る……」 「静香……俺は、ここにいるからな。ずっとずっと 一緒だって―――約束したもんな」 意識が混濁しているであろう静香の頭を、優しく撫でてやる。 静香の体調は悪化する一方だったが、麻衣子の言った兆候というのが未だに現れていないのが救いだった。 だとすれば、タイムリミットまではまだ若干の猶予が残されているのだろう。 「はぁ……はぁ……んんっ……!!」 「静香!?」 気を緩めた瞬間、静香に苦悶の表情が浮かぶ。 そして―――最も考えたくなかった最悪の事態が起ころうとしていた。 「静……っ」 ふと、一瞬、静香の事を忘れ去ってしまいそうな不思議な感覚を覚えてしまう。 誰よりも長い付き合いで、誰よりも一緒にいて……そして誰よりも大好きな静香を――― 俺はこの一瞬、確かに忘れてしまいそうだったのだ。 「ふざっ……ける、なよっ!!」 消えかかっているように錯覚する静香の手を、俺は必死になって握り締める。 「静香……静香っ!!」 「はぁ、はぁ……うぅっ……!!」 苦しむ静香に、必死に声をかける。 自分はどうなってもいい―――だからどうか静香だけは助けてくれ……俺はそう願いながら、手を握り締める。 「ぐっ……」 そしてすぐに、《そ:・》《の:・》《兆:・》《候:・》は現れた。 自分の存在が、この世から消え去ってしまう、感覚。 抗いようが無いと直感で理解できる、破滅的な消失感。 死の恐怖を上回る、自らの全てを否定されるような―――絶対的な絶望が広がる。 それは『死』を超える、圧倒的な『無』と言う現実。 「静―――香―――」 大切な人への想いさえも消え去ってしまう……それが『俺が消える』と言う事の意味だった。 静香が消えてしまわないように、願い続ける事しか出来ない俺から――― 『虚無』は、その想いすら奪い去ろうとしていた。 「こんな……事って……ぐぅっ……」 時空間を歪められた人間には、その人の身に余る行為の代償を受ける。 それを理解していたからこそ、麻衣子は禁忌なのだと―――告げていたのだ。 「し……ず……か……」 消えていく。 ただ、消えていく。 抗う術は無く―――俺は、闇に消えていく。 「……カケ、ル……」 「っ!!」 全てが消え去ろうとする瞬間、俺の大切な人の声がクリアに脳へと響く。 「静香……静香あああぁっ!!」 そう――― これほどまでの絶望を、共に受けているのは誰だ? これほどまでの恐怖を、共に感じているのは誰だ? 「静香あああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!」 それを理解した瞬間、俺の中に在った想いが爆ぜた。 「俺の大切な人に……これ以上、こんな絶望を味わわせて たまるかよ……」 「静香に怖い思いをさせ続けて……たまるかよっ!!」 「俺は―――絶対に《お前:虚無》なんかに、静香を渡さねえっ!」 「俺は……静香を守るんだっ!!」 怒りのような決意をぶつけるように叫ぶと、さきほど感じていた消失感は、消し飛んでいた。 「はぁっ、はぁっ……カケ、ル……」 「静香……お前は、俺が必ず守ってやるからな」 溢れるほどの想いを籠めて、俺は静香の手を握り締める。 俺はもう、恐れない。 俺が恐れていたら、大切な人は守れないのだから。 「カケル……」 「静香……」 ―――ずっと、傍にいると誓った。 どんな時も、俺が静香を支えると約束した。 悲しいことも、辛いことも、二人なら乗り越えられるはずだから…… 「俺だけじゃない―――みんな、一緒だからな」 「みんな……お前が元気になるのを、待ってるから」 「だから―――また、戻るんだ。最高に楽しかった あの日々に……」 だから……この手だけは、離さない。 静香を消えさせなんかしない。 たとえその結果……俺が消えたとしても…… この手だけは、絶対に離さない…… ……………… ………… …… <ツンツン花蓮は、子供好き……?> 「出逢いの印象のせいで、姫野王寺さんにツンツン されちゃってる天野くん」 「どうにか姫野王寺さんとの関係を修繕しようと 頑張って奮闘したみたいだよ〜」 「その熱意に、何でそんなに必死に仲良くなろうと するのかを尋ねる、姫野王寺さん」 「姫野王寺さんって可愛いし、やっぱりいつも 言い寄られてきたイメージあるし……」 「もしかしたら、天野くんも口説いているんじゃ ないかって思ってるのかなぁ?」 「でも、その問いに対する天野くんの答えは、やっぱり 良くも悪くも天野くんらしいものみたいだよ〜」 「姫野王寺さんが『面白いから』なんて言う、ある意味 失礼極まりない答えを平然と言ってのけてるよ〜」 「姫野王寺さんも怒ったり呆れたりするんだろうなぁ ……なんて思ってたけど、違うみたい」 「子供みたいな人だって、苦笑しながら言ってるけど ……あれれ〜? 気のせいなのかなぁ……なんだか 機嫌が良さそうだよ〜?」 「意外なところで思ったよりも好印象を与えたみたいで 今までよりも少しだけ和解できた感じだよ〜っ」 「(……いい加減、怒らせたままなのもまずいしな)」 そんな事をぼんやりと考えながら花蓮の様子を《窺:うかが》うとどうやら、例の純金英和辞典を読みふけっているようだった。 全身から『主に天野とか翔とかは近寄るなオーラ』を出しているのが、ひしひしと感じられるのだが…… 「よう、花蓮」 「近寄らないでくださいます?」 「やっぱりかよ!」 近くの椅子を取り、腰を下ろした途端これだ。 ……まあ仕方ない。 多少なりとも警戒されているのは、わかっていた事だ。 「そう言うなって。別にケンカをしに来たワケじゃ ねーんだからさ……」 「怪しいものですわ。また私に不埒な事をしようと 《企:くわだ》てているのではありませんこと?」 「滅相もありませんぞ、セニョリータ」 片手を胸の前にかざし、俺は椅子に座ったまま《慇懃:いんぎん》に頭を下げる。 「あなたの低姿勢な態度ほど、うさんくさいモノは ございませんでしてよ」 「心外ですな。これは我が国において、最大限の敬意を 相手に払う時のポーズで……」 「誰が、どこの国の人ですの……」 呆れ顔でため息をつき、花蓮が英和辞典を閉じた。 「それで、カメルーン生まれの天野くんは、私に いったい何の用なんですの?」 「カメルーンがどこから出て来たのかは理解に苦しむが 別にお前に何か用があったワケじゃねーよ」 「それじゃあ、私をからかいに来たんですの……?」 「だから聞けって! や、やめろ! まずは落ち着いて その振り上げている英和辞典を下ろせ!!」 「うううぅぅぅ〜っ!!」 「(威嚇されてる!?)」 いかん……やはりこいつの中で、すでに俺の株価は底値を割っているようだ。 「そ、そんなに怒らせるような事、したか?」 「私を馬鹿にするその態度が気に入らないんですわ!」 「誤解だっつーの……ホレ、グミいるか?」 「いりませんわ!」 ご機嫌取りにポケットから出したグミ(オレンジ味)も花蓮の平手で払いのけられる。 「…………」 「…………」 「グレープ味じゃなきゃ嫌か? うまいもんな、あれ」 「でもごめん、あいにく切らしてて……」 「そ、そう言う問題じゃないですわ!」 怒鳴り声と共に花蓮が立ち上がり、俺のズボンに勢いよく人差し指を突き立てた。 「まず、ポケットの中に直でグミを入れている そのセンスが許せませんわ!」 「カリカリすんなよ……卵、剥いてやろうか?」 「だからいりませんわよ! なんでゆで卵まで 入ってるんですの!?」 「し、しかも湯気まで立って……」 「塩派? マヨネーズ派?」 「お醤油派ですわ!」 「お、わかってるじゃないか」 「……だ、だから食べませんわよ!? 何を巧みに 《餌付:えづ》けしようとしてるんですの!」 「果物がよかったか?」 「ちが……って、言ってる傍からそんな爽やかな笑顔で バナナを出さないでくださいませ!」 「フィリピン産、フィリピン産」 「だから食べないって言ってますの!」 「え? た、食べてくれないのか……?」 「エリートとして、情けや施しなどは受けませんわ!」 「そうか……ごめん」 「……って、なんでそんなに悲しそうなんですの!? だ、騙されませんわよ!」 「…………」 「やっぱりグレープ味が無かったから怒って……」 「違いますわぁーーーーーーーーっ!!」 ……………… ………… …… 「…………(モグモグ)」 「…………(モグモグ)」 「…………(モグモグモグ)」 「…………うまいだろ?」 「…………おいしいですわ」 「…………タイ産だからな」 「フィリピン産じゃなかったんですの!?」 あれから数十分……数々の激論の末、ようやく花蓮と一緒にバナナを食べると言う事で決着が付いた。 ここに至るまで、本当に長い道のりだった…… 「好き嫌いが激しいワケじゃなさそうだけどなぁ」 「当たり前ですわ。食べ物を選り好み出来るのは 十分な食費を持つ人の贅沢と言うものですわ」 「そんなに食費に困ってるなら、それとか売れば いいじゃねーか」 そう言って俺は、花蓮が持っている純金製英和辞典をびしりと指差す。 「これは私への誕生日プレゼントにいただいたもの なんですのよ?」 「その方の『好意』を売るなんて、最低の行為ですわ」 「なるほど……たしかに、そりゃそうだわな」 「全くですわ」 花蓮がジト目で俺の方を見ながら、やれやれと言った溜め息を吐く。 しかし、その視線からは先ほどのような敵意は感じられなかった。 「よし、じゃあもっとお食べ」 「施しは受けませんわっ!!」 「なんでやねん……」 俺は取り出したラーメンを、しょんぼりとしながらポケットへとしまい直す。 食費にすら困っていそうなクセに他人の施しは受けない謎のプライドに、一見すると金持ちそうなお嬢様…… つくづく花蓮と言うヤツは、不思議な存在だった。 「それにしても、そのポケット、いったいどうなって いるんですの?」 「ん?」 「さきほどだって、素手でお茶漬けを出した時は 驚きのあまり声も出ませんでしたわ」 「あれ、どうやったんですの?」 「実は俺にもようわからん……」 「変態すぎますわ」 「失礼な……」 「……ほんと、変わり者ですわ……」 「おりゃっ!」 食べ終わったバナナの皮を丸めて、バスケットのようにくずかごへ投げて、3Pシュートを成功させる。 「よっしゃ」 「……ふふっ」 自分のナイスシュートに喜んでガッツポーズをするとそれを見た花蓮が、思わず笑みを零す。 「なんだよ、そんなに変だったか? 俺のフォーム」 「違いますわ」 花蓮の声から刺々しさが無くなっているのを確認して俺は近くの椅子に腰掛ける。 今度は、先ほどのように威嚇されることもなかった。 「天野くんを見てると……なんだか、今まで私がなんで 怒ってたのか忘れてしまいましたわ」 やれやれと言った感じで、諦めたように大きな溜め息をつく花蓮。 「ようわからんが、俺の人畜無害なジェントルメン ぶりを理解してくれたようで何よりだ」 「……はぁ」 再び、ため息。 「よし、それじゃあ和解の証にグミ食おうぜ。 オレンジ味しかねーけどな!」 「……なんでそんなに、私に付きまといますの?」 「ん……?」 「食べ物なんかで釣ろうとして……そこまでして 私と仲良くなって、何か得があるんですの?」 「だって、せっかくこうして集まったんだからさ。 一ヶ月もいがみあってちゃつまんねーだろ?」 「どうせ一緒にいるんなら、仲が良いに越した事 ねーからな」 「……そう、ですけど……」 「まぁでも、結局一番の理由はもっとシンプルな モンだけどな」 「……なんなんですの……?」 「面白れーから」 「え……?」 「だから、お前と一緒にいると、オモロイから」 「…………」 ぽかんとした表情でフリーズした後、柔らかい笑顔と共に、ふっと肩の力を抜く花蓮。 「面白いから、って……子供みたいな人ですのね」 「ピュアなところがな!」 「……そういう図々しいところが、ですわ」 「俺ほど謙虚なヤツは世界にもそうはいないぞ?」 「あと、言動がバカっぽいところも……ですわね」 「お前が言うか……」 「私は天野くんと違って超・エリートですわっ! 一緒にしないで下さいませ」 相変わらず俺の評価や扱いは低いようだが、それでもここ最近感じていた険悪な空気は微塵も無い。 「へいへい、そーっすね」 「相変わらず人をバカにしたような返事ですのね」 「バカにしてねーよ! バーカバーカ!!」 「ムキーッ! 矛盾してますわぁ〜〜〜っ!!」 子供のように、花蓮をからかって逃げ回りながら俺は少しは和解できたであろう事を実感していた。 <デートのお約束> 「翔と新しく出来た遊園地でデートする約束をした 私は、上機嫌で学園に向かったわ」 「相も変わらず、ラブラブじゃのう……」 「せっかく長年待ち望んだ関係になったんだから 思いっきり堪能したいのよ」 「まぁ、私にとっても二人の仲が良いって言うのは 純粋に喜ばしいことじゃがの」 俺は静香と二人、学園に向かうための通学路を歩いていた。 7月も下旬となると、夏真っ盛りなだけはあって歩いているだけで汗が吹き出してくる。 「……あちぃ」 「大丈夫、翔? 何かぐったりしてるけど……」 「この暑さの中ではしゃげるほどの元気はねぇな……」 「それもそうよね……」 「こんなに暑いのなら夏などいらぬっ!」 右手を天高く突き出して、俺は高らかに叫んだ。 「…………元気じゃない」 「……悪い、暑さで頭やられてるんだわ」 しかも無駄に叫んだせいで余計に暑く感じる。 「でも私は嫌だなぁ……」 「嫌って……何が?」 「夏が無くなっちゃったら楽しくないじゃない?」 「そうかぁ?」 このうだるような暑さの中を歩けば誰だって考えることだと思ったけど、静香は違うようだった。 「夏ならではの遊びだって沢山あるじゃない。 それが出来なくなっちゃうのは淋しいかも」 「夏ならではねぇ……海とか?」 「そうそう。海で泳げなくなったら嫌でしょ?」 「それは一向に構わないが、静香の水着が見れなく なるのは痛いな……」 「んもぅ……朝からなに言ってるのよ、ばか」 「……にしても暑いな」 誰にでもなくそうぼやきながら、制服の胸元をパタパタと扇ぐ。 「……そうだ、翔。明日って暇?」 「明日? みんなに訊いてみないと絶対じゃねーけど ……まあ、大丈夫なんじゃないか?」 空を飛ぶ方法を探すのはどこでだって出来るしリフレッシュも大事だと言われていたはずだ。 世間的に見ればもう夏休みだし、かりんに頼んで都合をつければ問題は無いだろう。 「じゃあさ、デートしよ?」 「おう、いいぜ。どこか行きたい所でもあるのか?」 俺がそう答えると、期待通りの返事に静香がにっこりと笑う。 「このあいだ遊園地が新しくオープンしたらしいのよ。 だからそこに行ってみたいかな」 「へぇ、遊園地ね……いいんじゃねえか?」 「それじゃ、決まりね」 上機嫌に微笑む静香を見て、明日が待ち遠しくなる。 「そうだ……翔……」 しばらく歩いていると、静香が何かを思い出したように声を上げた。 「ん、どうしたんだよ?」 「櫻井くんのこと、聞いた?」 「櫻井?」 少し意外な名前が出てきたことに驚いたが特に思い当たる節もなかった。 「……何かあったのか?」 「昨日、あの後ネパールに本当に行っちゃった らしいよ。秘薬がどうとか言って……」 「マジかよ……?」 「マーコから聞いたんだけどね。マジみたい」 「…………」 まさか本当に行くとは……行動力のあるヤツだな…… 予想だにしていなかった展開に、思わず言葉を失ってしまった。 「……さすがに、《弁:わきま》えずに見せつけすぎたか。もう少し 気を遣わないとな」 「そうね……周りに迷惑かけちゃったみたいね」 「ああ。ここであいつの行動を汲み取って自重しないと 櫻井が浮かばれねえしな……」 「いや、死んだわけじゃないけど……とにかく みんなの前では、少し慎まないとね」 「だな」 うんうんと頷きながらも微かな罪悪感を胸に抱きつつ俺達は学園に向かうのだった。 <デートの代わりに……> 「デートが出来なくても、恋人らしいことって…… い、いろいろ考えたんですけど、やっぱり、その ……アレしかなくって」 「あれ?」 「あぅ……か、かりんちゃん、またお買い物を お願いしてもいいかな?」 「わかりました。これを買ってくれば良いんですねっ」 「うぅっ……ごめんね、かりんちゃん」 「えっと……それで、その……さすがにお昼に 本番は出来ないから、違う方法で気持ちよく なってもらおうと思って、呼び出したんです」 「この前かりんちゃんに教えてもらった、お互いに 気持ちよくなれる、その……スマタって言うのを やってみました」 「だってだって、翔さんはいっつも可愛い女の子に 囲まれてるし……翔さんだって、男の子なんだし ……私なんかより、みんなの方が……」 「だから、そんな不安を拭い去りたくて、私…… 翔さんに精一杯アプローチしたんです」 「翔さんっ……大好きです……」 「翔さん……」 「深空……どうしたんだ、こんなところに呼び出して」 放課後、深空に人気の無い学園裏まで連れてこられる。 「えっと……その……」 「(うっ……可愛い……)」 用件を切り出しにくいのか、恥ずかしそうにモジモジとする深空が初々しくて、思わずドキリとしてしまう。 こう言う体育館裏みたいな場所って言ったら、大抵はいじめの呼び出しとか、もしくは――― 「(乙女の愛の告白なシチュエーションだが……)」 そう、恥らう乙女と学園裏、それ即ち愛の告白。 単純な図式ではあるのだが、すでにお互いの気持ちを知っており付き合っているこの場合は、理解に苦しむシチュエーションだった。 「昨日はその、すごく嬉しかったです」 「あん?」 「みんなの前で付き合ってる事を報告して……ハッキリと 私を選んでくださいました」 「ああ、当たり前だろ、そんなの」 「それに、絵本作りだって支えてくれるって……約束も してくれました」 「おう。俺が手伝えることなら何でもするぞ」 「それって……本当ですか?」 「え? あ、ああ……」 念を押されてしまい、思わず少し後ずさりそうになるがどうにか踏みとどまって答える。 俺にわざわざ念を押すなんて、深空はそんな物騒な事をお願いしようと思っているのだろうか……? 「実は、それで……翔さんにお願いしたいことが あるんです」 「ま、任せろ。俺が何だってしてやるよ」 「いえ、その……逆なんです」 「え?」 「私……気になる事があって、絵本作りに手がつけられ なくって……集中できないんです」 「好きだって言ってもらってるのに……その言葉だけじゃ 不安に押しつぶされそうになるんですっ」 「深空……」 「翔さんが私の事、好きだって言ってくれるのはすごく 嬉しいし、信じてるんです。でも……」 「今は私の事を好きでいてくれても……こうしてずっと 恋人らしい事が何も出来なかったら、きっと翔さんは 他の人の事を好きになるんじゃないかって……」 「私に愛想を尽かしてしまうんじゃないかって思うと 不安で不安で、たまらなくなるんですっ!!」 そうまくし立てながら、俺に思いきり抱きついて来る。 俺も両想いになれただけで浮かれてしまい、その辺のコミュニケーションを取らなかった事を後悔する。 「馬鹿、んなワケないだろ」 「だって、翔さんの周りにはすごく可愛くって 私なんかより魅力的な人たちばっかりで…… だからきっと私なんて、振られちゃいますっ」 「ずっと好きでいてもらえる自信、無くて……」 「ごめんな、そんなに不安がってる事に気づいて やれなくってさ」 俺は今までの謝罪の意味も籠めて、ぎゅっと強く深空のことを抱きしめて、そっと頭を撫でてやる。 「翔さん、私の事……好きでいてくれますか?」 「ああ。大丈夫だって」 「学園を卒業したら、真っ先にプロポーズしてやるよ」 「……嘘です。まだ1年以上も先の話だし、きっと他にも いっぱい素敵な女性が現れて……私から翔さんを奪って 行っちゃうんです」 「おいおい……」 「言葉だけじゃ、不安なんですっ」 「だから……私を、安心させて下さい」 「深空……」 「本当は翔さんだって、デートとか色々と恋人らしいこと ……したいはずです……」 「そりゃ、したくないって言ったら嘘になるけどさ」 「……だから、私なりに考えたんです」 「どうすれば恋人らしくなれるか、って……」 「え?」 そう言うと深空は、俺の手を引いて学園の裏にある雑木林の中へと誘い込んできた。 「私を恋人として見てもらうには、その……んっ」 ぽかんと突っ立っている俺の前で屈むと、いきなりズボンのチャックを下ろし、ペニスを顕にさせる。 「ちょっ……深空っ!?」 あまりに唐突で大胆な深空の行動に、思わず一瞬、我が目を疑ってしまう。 「あの、まだお昼ですし、学園ですから……こんな ところじゃ……本番は無理ですけど……んっ…… これなら、いいですから」 そう言って俺に背を向け、自らのパンツを少しだけずらし露出した秘所と自分のふとももで、挟むように俺の肉棒を締め付けてくる。 「私、翔さんのためなら……どんなエッチな事だって 平気ですから……だから、私を恋人として見ていて 欲しいんです」 「深空……」 「こ、これなら私も気持ちよくって、翔さんだって いっぱい気持ちよくなってもらえると思います」 「(たしかに、これは……こうしてるだけでも、すげー  気持ちいいけど……)」 嫌になる日差しの中、汗で濡れそぼった秘所同士を密着させてふとももに挟まれているせいで、やたら熱く感じて、まるで膣に入れているようだった。 「私、頑張りますから……私のお《股:また》で、たくさん気持ち よくなってください」 「ま、待ってくださいね……今、元気にして……んっ…… あげ、ますからっ」 パンツの上から手を押し付けてきて、深空が自らの秘所へと押し込むようにして肉棒を擦りつけて来る。 「いいか、深空……お前は根本的に間違ってるんだよ」 「え……?」 「俺はずっとお前一筋だし……そんな事しなくっても 好きな女にそこまで尽くされちゃ、勝手に《勃:た》つって 言ってるんだよ!!」 俺は有限実行と言わんばかりに、半勃ちだった息子を元気いっぱいに反応させて見せ付ける。 「きゃっ!?」 「すごい、です……翔さんの、おっきくて硬くって…… それに、あったかくてびくんびくんってしてます」 「いいか……俺はお前をずっと彼女として見ているし 他の誰ともこんな事をするつもりはない」 「でも、これで深空が安心するって言うんなら……いくら だって、何度でも抱いてやる」 「他の女と何も出来ないくらい、お前を愛してやるから ……だから、いらない心配するな」 「はい……そうしたら、きっと安心できますから…… だから、いっぱい……気持ちよくしてあげたいです」 俺を覗き込むような媚びた瞳で、そのままゆっくりと股で俺のモノを挟みながら動き出す。 「ん……んっ……んぅっ……はぁんっ……んんっ!!」 「かける、さぁんっ……んっ、はぁっ……好きぃっ」 「俺も好きだ、深空っ……お前だけだからなっ!! お前の王子様になってやるって決めたんだ!」 「だから、俺を……信じろ」 「はいっ……んっ……はあぁんっ! し、信じますっ」 「だから、もっと……んんっ! 私のこと……たくさん 愛してくださいっ!!」 「私が、翔さんの一番なんだって思えるくらいに…… いっぱい、いっぱい抱きしめてくださいっ!」 その言葉に応えるように、俺は深空を抱きしめながら健気に腰を動かすその艶かしい身体を愛撫する。 「んんっ、いい……気持ち、いいですっ……んぅっ!」 「あぁんっ! んんぅっ……んっ、はあぁんっ!」 下で愛してもらっている分、上を重点的に攻め立てる。 「おっぱい、気持ちいいっ……ですっ! んんぅっ!」 「はぁっ、はぁっ……ん、んぅっ……ああぁんっ!」 緩急をつけて、時に優しく、時に荒々しく揉みながら合間に勃ちはじめている乳首もいじってやる。 それに感じてくれているのか、深空は腰を動かすのを忘れるほどに、俺の愛撫を味わってくれていた。 「あんっ! 翔……さんっ……んぅっ!」 「わ、私のこと、もっともっと……たくさん、いじめて ……いじって、くださいっ!!」 「私の身体ぜんぶが、翔さんのことを忘れられなくなる くらいに……いっぱい弄ってくださいっ!」 甘い声で夢中になって俺におねだりしてくる深空の言葉に応えるべく、両手で胸を弄りながら体中を嘗め回すように観察する。 「やあぁっ……く、くすぐったいぃ……」 「んんっ……きゃんっ! やっ……はうぅっ!!」 「気持ち……んっ、いい、よぉっ!」 数瞬考えた後、そっとうなじを舐めながらお腹をさすってみたり、耳たぶを甘噛みしてみたりと深空の性感帯を探しながら、身体全体を愛撫する。 「んっ……ふぁっ……はああぁぁんっ……あぁん!」 「す、ご……ぃ……んんぅ……んああぁぁぁっ!」 「翔さんが、私の身体を触ってくれるだけで……どんな ことでも、気持ちよく感じちゃいますっ」 その言葉に嘘偽りが無いことを証明するかのように俺を挟んでいる深空の秘所が吸い付くように濡れて熟れるような熱さを増していた。 「動くぞっ!」 「だめぇっ……おちん○んは、私が気持ちよく……して あげたいんですっ!!」 全身が性感帯になって腰砕けの深空が、イヤイヤと首を振りながら、懸命にストロークを再開する。 「んううぅぅっ! だぁめぇ……気持ち、よすぎて…… こ、腰に力が……入らない、ですぅっ!!」 早くも限界なのか、ガクガクと揺れながらも諦めずに腰を動かす深空。 その動きは、よりぎこちなくなってきて、ぐちゃぐちゃといやらしい水音を立てながらの再開となった。 <トゥルーエンド―邂逅〜True Tears〜―> 「後日……」 「《躊躇:ためら》って立ち止まってしまう私の背中を押してくれる 翔さんと、見守ってくれる最高の仲間たち」 「一人だったらそのまま立ち止まっていたかも しれませんけど、今は違います」 「私はみんなに支えられて、再び、かつて拒まれた お父さんへの誕生日プレゼントの絵本を渡すため お父さんの前へ歩み出ました」 「いつからかまともに見れなくなっていたお父さんの 瞳を、目を逸らさずにまっすぐと見つめました」 「そして、今まで伝えられなかった長年の想いを 自分の口でゆっくりと、お父さんに伝えました」 「最初は戸惑っていたお父さんも、私の揺るがない 意志を感じ取ってくれて、誕生日プレゼントを 受け取ってもらえました」 「きっともう、私は間違ったりしないから……」 「ううん。間違っても、それを正してくれる人が いるから……だからへっちゃらですっ!」 「きっとお父さんが自慢できるような、最高の娘に 必ず成長して見せるから……だから……」 「今までずっとすれ違っていた分、これからは一緒に 少しずつ家族の絆を取り戻して行こうね、お父さん」 「お父さん……」 プレゼントの絵本を持って、再び父親の前に立つ深空。しかしその足どりは、やはりどこか重そうだった。 「深空……行けよ。行って、今のお前の気持ちを全部 ぶつけて来いよ」 「はい……わかってます。でも……」 「誕生日に渡せなかったのは、受け取ってくれなかったから なんでしょ?」 「そうじゃな。1日遅れでも、気持ちが籠もっておれば 関係ないはずじゃしな」 「みんな……」 「今の雲呑さんなら、きっと大丈夫です」 「雲っちさん、ファイトですわっ!」 「うん!」 みんなに背中を押され、一度目を瞑り大きく深呼吸をすると深空は勢いよく父親の元へ駆け出した。 「お父さんっ!!」 笑顔で父親に語りかける深空の姿に迷いは感じられずその瞳には、たしかな意志が宿っていた。 「水……穂……?」 「深空、だよ」 「本当に……深空なのか?」 「うん。色々あって、ちょっと成長したんだけど…… 正真正銘、お母さんじゃなくって、深空だよ」 「今までの服のサイズじゃ合わなかったから、着てるのは お母さんのお下がりだけどね」 「……冗談では無いようだな……」 「うん。詳しくは、後で話すね」 「だって―――時間は、いっぱいあるんだから」 「……そう……だな」 容姿が大人びた事が功を奏したのか、以前よりも大分父親の反応にトゲが無くなっていた。 「だが、深空……お前が水穂の墓参りに行かなかったと言う 事実に変わりは無いぞ?」 「うん。だから、これから行って、謝ってくるね」 「これから……?」 「そう。これから行って来ようと思うの」 「今までは迷惑ばかりかけて困らせてたけど…… でも今日からはお父さんと一緒に、支え合って 生きていくから……」 「今年は来れなかったけど……来年は必ず、お父さんと 一緒にお墓参りに行くね、って―――報告してくるね」 「…………」 「私がお父さんと仲良く生きて行くために、どうしても この絵本が必要だと思ったから来れなかったんだって 言って謝れば……きっと許してくれるから」 「たしかに……お前に甘い水穂なら、あり得るな」 「えへへ。でしょ?」 「そのためにも私、どうしてもお父さんに言っておきたい ことがあるの」 「言っておきたいこと?」 「うん」 「私は今までずっと、心の中でもお父さんに謝ることしか してなかったから―――だから、こう言いたいの」 「…………」 「お父さん―――」 「今まで、私のことを愛してくれて、ありがとう」 『ありがとう』 それは、母の死を背負い罪悪感を抱き続けてきた深空が生まれて初めて口にした、心からのお礼の言葉だった。 「これは、お父さんに許して欲しくて描いた絵本だけど…… 来年は、もっと良い絵本をプレゼントするね」 「ごめんなさいの気持ちで描いた絵本じゃなくて―――」 「今まで、私を育ててきてくれたお父さんへの…… 感謝の気持ちを籠めた、そんな絵本にするから」 「…………」 「今年はこんな絵本しか用意できなかったけど…… でも、お父さんに受け取って欲しいの」 「私の十年間の想いを、この絵本に籠めたから―――」 「……そうか……」 そう呟くと、深空の父親は、そっとその瞳を閉じた。 「なら、受け取らないわけには行かないな」 「お父さん……!」 不器用な深空の父親は、いつだって逸らされていた瞳がしっかりと自分へ向けられている事を悟ると、あっさりその絵本を受け取る意志を示す。 「お誕生日、おめでとう」 祝福の言葉を乗せて、持っていたプレゼントをゆっくりと父親へ手渡すべく差し出した。 「お前が水穂の墓参りへ行かずに描いただけの価値がある 出来かどうか、読ませてもらうぞ」 「うん。見て欲しいな……私の、本当の気持ちを」 そう言って微笑みあう二人。 それは、二人が何年も待ち望んでいたはずの……不器用な『親娘』が交わした会話だった。 「まったくお前は……誰に似たのか、不器用な娘だな」 「うん……お父さんと、お母さんに似たんだと思う」 「どうやら、そのようだな……」 「娘に笑顔を向けられなければ、こうして話も出来ない…… 不器用すぎる私に、よく似ている」 「……お父さん……」 そう言って笑顔を向ける父親の瞳には、一筋の涙が《零:こぼ》れ落ちていた。 「これからは、私……ずっとずっと、笑顔でいるから」 「だから、少しずつでもいいんだ」 「一緒に、今まですれ違ってきた分の時間を…… 埋めたいんだ」 「そうか……そう、だな」 「うん」 「これからは、私から……いっぱい、話しかけるからっ」 「ああ」 「学園であった事とか、今までの事とか……たくさん 話したいことが、あるんだよ……?」 「お料理だって、上手くなったんだから……お父さんに お弁当だって、作ってあげられるんだよ?」 「そうか……」 「成長したな……深空」 「うん。……本当に―――色々、あったから」 「そうだな……詳しく、聞かせてもらうとしよう」 「でも、言いたい事も聞きたい事も、いっぱいあるよ? 毎日お話しても、足りないくらい……あるんだよ?」 「構わない。ゆっくりで、いいんだ」 「お前の思った事を、全部……教えてくれないか」 「深空が何を想い、何を感じ、何が好きで、何に悲しみを 感じるのかを―――私に教えてくれ」 「……うん……うんっ!!」 そう言って抱きつく深空の瞳には、きらきらと輝く大粒の涙が流れ落ちていた。 それは、何年もすれ違い続けてきた二人の心の壁を溶かすような……本当に美しい涙だった。 「この後のお話をする前に、まだ……語りたい物語が あるんです」 「色んなことがあったから……その宝石のような日々を 知って欲しいと思うんです」 「だから……あと少しだけ、私たちの物語に付き合って ください」 <トランクス派だよカケルさん!> 「今日は私に洗濯を教えると息巻く翔さん……」 「い、いくらなんでもバカにしすぎですわ! 私だって 洗濯機くらいは使えますもの」 「そう言って引き受けたのですけど……不覚でしたわ。 私が洗濯をするということは、殿方の……その…… パ、パンツを洗うということですのよね……」 「だ、だからといって私の下着を翔さんに洗わせる わけにはいきませんわ!」 「これから洗濯の一切合財は、私が引き受けまわすわ! 文句は言わせませんことよ!」 「そろそろ汚れ物もたまってきたし……今日は 洗濯をするぞ!」 「さ、さすがに私だって洗濯機くらいは使えますわよ?」 「ん? そういえばそうだな」 考えてみれば、こいつが汚い服を着て学園に姿を見せたことなど一度もなかった。 「とはいえ、これも特訓ですものね……保母さんになれば いずれたくさんの子供たちの洗濯物を洗うことになる かも知れないですし……」 「お、前向きじゃないか」 「当然ですわ。これも理想のお姉さま像に近づくため ですもの」 花蓮が得意げに胸を張るのが、なぜか誇らしい。 ほころびそうになる口元を引き締め、俺は努めて威厳ある態度で花蓮を促す。 「それじゃ、見ててやるからやってみな」 「ええと、まずは色物を別にして……」 確認するように呟きながら、花蓮が洗濯物の山に手を突っ込む……が。 「……あら?」 シャツやジーンズを選り分けていた花蓮が、大き目のハンカチほどの布を手にして動きを止めた。 「これは……何でございましょう?」 そう言って、布を広げた花蓮の表情が凍りつく。 「こ、これは……翔さんのパ、パパパパパ……」 「ああ、俺のパンツだな」 「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺のトランクスを放り投げ、花蓮が壁際に逃げていった。 「人のパンツを投げるやつがあるか!」 「だ、だって殿方のパンツですのよ!? さ、触って しまいましたわ〜〜〜〜〜〜!!」 やれやれと、俺は床に落ちたトランクスを拾い上げ洗濯物の山に戻す。 「ったく……男物のパンツくらいで大げさなんだよ。 保育園の子供にだって、男はいるんだぞ?」 「こ、子供たちはもっと可愛らしいパンツを 履いていますわ!!」 「(可愛いパンツってなんだよ……)」 そう思ったが、やはりいきなり俺のパンツを洗えというのもハードルが高すぎたか。 「しょうがねえな……今日のところは俺が洗濯を 引き受けるから、しっかり見ておくんだぞ」 「うぅ……面目ありませんわ……」 自らの不甲斐なさに落ち込む花蓮を尻目に、俺は洗濯物の山に手を突っ込んだ。 「……ん? それってつまり……」 と、指先に妙に手触りのいい布の感触を覚えたところで俺はその行動の意味するところに気がついた。 「……え……?」 俺はその布を洗濯物の山から引っ張り出し、顔の前でパラリと広げてみる。 「…………」 「そ、それ、私の……パ、パ、パ……」 「…………」 「可愛いパンツだなっ」 「返してくださいましぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「のわぁっ!?」 弾丸のような勢いで、花蓮が俺の手から《そ:・》《れ:・》を奪っていく。 「や、やっぱり洗濯は私がいたしますわ!!」 「え、でもいいのか? 俺は誰のパンツでも 洗えるけど……」 「私 が い た し ま す わ」 「は、はい……」 花蓮が大きく見えるほどのオーラに気圧されて、俺はすごすごと退散せざるを得なかった…… <トリ太登場> 「相楽さんがいつも背負っている猫のぬいぐるみの ネコ太さんが喋って驚く姫野王寺さんと《鈴白:すずしろ》さん」 「私も初めてみた時は驚いたよぉ〜」 「凄いんだよ、あれ。どうやって喋ってるのかなぁ」 「小娘ッ! 我輩は猫のぬいぐるみでもなければ ネコ太などと言う名前ではないぞッ!!」 「ふええええぇっ!?」 「失礼だぞ、人間。以後、認識を改めるように。 我輩は《鳥類:ちょうるい》だ。名は、トリ太。間違えるな」 「ふええぇぇん……お、驚いたよぉ〜っ」 「こら、どこへ行く人間! せっかく我輩が出向いて 来てやったと言うのにっ!!」 「ふえぇっ! す、すみません〜……」 「まったく。いくら飲めぬからと言って、ここは ゲストに茶の一つも出さないのか」 「ふぇっ? げ、ゲスト……?」 「うむ。突然、我輩のとり頭な頭上をむんずと掴まれて ここまで拉致されて来たのだ」 「せっかくのゲストが人外なんて……お友達のみんなが 来てくれると思ったのにぃ〜……」 「む。人類の上位種である我輩では不服だ、と?」 「ふええぇぇっ!? そそそっ、そんな事無いですっ」 「うう……怖いよぉ……」 「何か言ったか?」 「い、言ってないよぉ〜っ」 「では、少しの間だが宜しく頼むぞ、ワタナベとやら」 「は、はいぃ〜っ……」 俺がぼんやりしているのに気がついたのか、静香達がちらほらとこちらにも話題を振ってくれるようになり何とか仲間はずれにならなくて済んだようだ。 「けど、授業が潰れてラッキーですわぁ」 「同感じゃ!」 「……ん? と言う事は、もしや夏季休講前にある 学期末テストも……」 「そうですね。学園を閉鎖しているワケですから 結果的に無くなったと言う事になります」 「おおっ!」 「でも、夏季休講中や新学期に何らかのペナルティは あるんじゃないか?」 「前代未聞だから断言は出来ないけど、少なくとも 全員追試のような何かはあるでしょうね」 「……喜び損じゃったか」 「いえ、多分大丈夫だと思います」 「え?」 「みなさんにわかり易い形として視覚化してましたけど あの兵隊さんは他の人たちには見えていないんです」 「何じゃとっ!?」 「よく近未来映画とかで出てくるホログラムビジョン みたいな立体映像だったのか?」 「まぁ、そんな感じです」 「見えないんなら、なんでみんな来なかったわけ?」 「厳密には『認識阻害フィールド』を作り出していて 学園に対する興味を無意識下で消しているんです」 「は?」 「わかり易く言いますと、みなさんの深層意識から 学園生活を除外するような装置を使っています」 「ですので、他の学生の方には、すでに夏季休講に 入ったと誤認させている感じだったりします」 「デタラメな超科学ね……」 「ふむ。この一件が終わったら是非ともその装置を この目でじっくりと見てみたいものじゃ」 「……そうですね」 「そんなワケですので、先生方も休暇と言う感覚で 過ごしているはずなので、へっちゃらです」 「しかし、学期末テストを回避するとは、かりんは 私らにとっての救世主じゃな!」 「んもぅ、マーコはテストでも無いと真面目に 勉強しないんだから、喜んでないでちゃんと 自主的にやらないとダメでしょ?」 「むぅ……相変わらず手厳しいの、シズカは」 「学生の本分をすっぽかして変な発明ばっかり やってるから悪いのよ」 「勉強は苦手なんじゃっ」 「なんだ、天才飛び級少女なのに勉強はダメなのか?」 「うむ。マイコは発明にかけては天下一品なのだが こと興味の無い分野に関しては、てんでダメでな」 「黙れトリ太」 「ふむ。失言だったか?」 「きゃっ!? ぬ、ぬいぐるみが喋りましたわ!!」 「うおっ、まぶしっ!!(?)」 唐突に喋りだしたぬいぐるみに驚いたのか、二人とも過剰なリアクションで反応を示す。 櫻井に至っては、何が眩しいのか意味不明だ。 「な、何なんですのこのカワユイぬいぐるみさんはっ」 「おおそうか、そう言えばお主らにはまだちゃんと 紹介しとらんかったな」 「我輩はトリ太だ。マイコの相棒と言ったところか」 「トリちゃん……」 何かウットリしてるし。 「猫なのにトリ太なのか?」 「他人を見かけで判断するとは、愚かしいぞ人間。 我輩はこう見えても立派な鳥だぞ」 「そいつは失礼した」 「うむ。崇めるがよい、人間よ」 「はぁ……」 まだウットリしてるし。 「それにしても驚いたな。喋るぬいぐるみとは」 「上手だろ? まるで本当に生きてるみたいでさ。 マーコの特技なんだよ、腹話術」 「そうだったんですの」 「違うと言うておろうに!」 「我輩はれっきとした感情を持つ一個人だぞカケル。 そこいらのエセ人格と一緒にするでない」 「どう見てもただのぬいぐるみじゃ……」 「黙れコゾウッ! お前に《太陽:SUN》が救えるか!!」 「すみませんでしたっ!!」 よくわからないが、勢いに負けて土下座してしまう俺。 トリ太は上位種であり、下等な『人間』よりもはるかにすごい、高等な存在である(らしいのだ)と言う。 ヒエラルキーの頂点に君臨するモノのみが持つであろうその気高きオーラの前には、ひれ伏す以外の選択肢など俺達人間なぞに、あろうはずもないのだ。 「可愛いすぎますわ……」 「何か言ったか? 人間」 「えっ? ……べ、別に何でもありませんわ」 「(しっかし、改めて考えると謎だなぁ……)」 今まで絶対にただの腹話術だと思っていたのだが言われてみれば、現実にその裏は取れていない。 声質も麻衣子とは全然違うし、とても出せなさそうなモノであることも確かだ。 トリ太と言うUMAは存在するのか、はたまた麻衣子のお茶目なイタズラなのか……発明か? とにかく、謎は深まるばかりだった。 <トレースされた過去> 「翔さんに頼んで、深空ちゃんと共に過ごす日々を 続けてもらいました」 「その甲斐もあってか、深空ちゃんも翔さんのことを どうしようもないくらいに好きになってくれました」 「これで、後は……あぅっ!」 7月、24日。 かりんと結ばれたあの日から、一週間が経過していた。 かりんの言う『運命の日』まで、ちょうどあと一週間。 もう過去へは行けなくなってしまったと告げられた時正直言って、俺は心の中で安堵していた。 これ以上、俺の知らないところで、あいつの未来が失われていくのになんて、耐えられないから…… だからこそ、このラストチャンスに悔いを残さないよう俺も、かりんの言う通りに尽力してきた。 『過去』の私を、愛してください。 その言葉に従って、俺は深空の支えになれるようこの一週間、全力でサポートしてきた。 けれど、いつしかそれは義務なんてものじゃなく、もっと純粋で感情的な気持ちに成り代わり…… 深空にかりんの姿をダブらせながら接している事もあり気がつけば俺は、完全に彼女に惹かれてしまっていた。 多少の後ろめたさを感じつつも、かりんの真剣な願いを叶えるために……そして、彼女の全てを愛するためにも必要な事なのだろう。 そして俺達は、まだ出会って一月も経たないとは思えないほど、親しい関係になっていた。 まるでかりんと言う『結果』の存在に導かれるように……俺たちは自然と、惹かれあってしまったのだ。 自惚れじゃなく、深空は俺に特別な好意を抱いている。理屈ではなく、本能でそう確信していた。 聞けば、かりんが処女じゃなかったのは、俺と初体験を済ませたからなのだと言う。 つまり、かりんの言う未来の分岐点までに俺が深空を抱いていなければ、歴史に『矛盾』が発生してしまい最悪、かりんの存在は消え去ってしまうらしい。 とは言え、絵本作業で切羽詰っている今の深空相手に気分転換にそんな行為を切り出すわけにもいかないし未だに解決できていない問題ではあるのだが…… <ドキドキ花蓮、おとぼけ天野> 「私は改めて、翔さんと恋人同士になったという現実を 思い返していましたわ……」 「ということは、共に夜を過ごすという事の意味は 当然、今までと違うわけでございまして……」 「で、でも、女の私からそういうことを切り出すのは はしたないですし……」 「とは言え、興味が無いと言えば嘘になりますわ……」 「か、翔さんがその気になってくれれば、私はいつでも この身を任せますのに……」 「でも当の本人は一日経ってすっかり気が抜けたのか まるで普段通り……」 「き、昨日のキスはなんだったんですの〜〜〜っ!?」 「こんなにもどかしい気持ちで過ごした夜は 後にも先にもありませんでしたわ……」 夕食を終えて、俺がだらしなく横になり、鼻に人差し指を突っ込んでいる時だった。 「あ、あの……ぁ……その……」 「ぅぅ……で、でもそんな、急に……」 ちらちらとこちらを伺いながら、布団を敷き終えた花蓮が何やらモジモジしているのが目の端に映った。 「ああ……こんな事、女の私から言うことじゃ……」 「で、でも翔さんだって絶対……」 俺に声をかけるのをためらっているようだ。 しかし、胃袋がふくれていい感じに牛になっている俺は花蓮が何を言いたいかわからなかった。 「うん、そうですわ……そうに決まってますわ……」 深呼吸をした後、ついに意を決したのか花蓮が俺に声をかけてくる。 「ね、ねえ、翔さん?」 「…………」 花蓮が頬を赤らめ、妙にうっとりした様子で言う。 「その……遠慮しなくても、私なら、いいですわよ?」 「……んあ?」 「え」 ―――ブッ! 「ええっ!」 「うお……悪い悪い、屁ぶっこいちまった。食った ばっかりの時は気をつけねえとな。ハッハッハ」 「あ、あのでございますわね……」 「うわ……でっけぇ」 「…………」 人差し指を鼻から抜き、俺は戦利品の確認をした。 そして、ティッシュで指を拭い取りゴミ箱に放り投げる。 そんな俺を見下ろして、花蓮はわなわなと拳を震わせていた。 「あっは、すまんすまん。今度はちゃんと聞くからさ」 どっこいしょとあぐらをかいて、俺は花蓮に向き直る。 「で、何?」 「もういいですわっ!!」 「のわあぁっ!?」 部屋全体が震えるような声を出し、花蓮は布団に飛び込んでしまった。 「なんなんだよ、一体……」 いつも通りのトゲトゲ娘に戻ったと思ったら、やはり微妙に様子がおかしいようだ。 「花蓮……? 寝ちゃったのか?」 「…………」 「ごめんな。話ならまた明日、聞いてやるからな」 「…………」 花蓮が不貞寝してしまったのを良い事に、とりあえず優しく謝っておく。 「んじゃ、俺も寝ますかね……」 頭からふとんをかぶる花蓮に声をかけ、俺は電灯の紐を引いたのだった。 <ナンパな出逢い> 「ふえぇ……前回、あらすじが長すぎたとお叱りを 受けてしまいました〜……」 「気を取り直して、今回はしっかりとお仕事を 頑張りたいと思いますっ」 「えっと……」 「鈴木くんの付き合いで、学園の学生をナンパする 事になっちゃった天野くん……はわわっ……」 「何でも噂の先輩で、美人なのに男性経験が無いと言う 究極の高嶺の花を狙う事になったみたいです」 「えっ……? この歳で男性経験が無いのって 普通じゃないのかな……? あれっ?」 「ふぇっ……もしかして、私、行き遅……」 「え、えっと、そんなこんなで、やっぱりナンパなんて 軟派なことは出来ない天野くんがサボろうと別行動を していたんだけど……」 「どうやら、その噂の美人な先輩とぶつかってしまった みたいです」 「あっ、この人なんだ……噂通りすごい綺麗なヒトだし 気品があって優雅でパーフェクトな感じだよ〜」 「その上で『可愛さ』まで兼ね備えているなんて…… うぅ〜ん、羨ましいなぁ」 「って、鈴白さん!?」 「はわわ……同じ茶道部の先輩でぶちょ〜の鈴白さんが 噂の美少女本人だったなんて、びっくり〜」 「たしかに、いつも見とれちゃうくらい綺麗な人だけど ……はわわ、まさに『灯台元暗し』な感じだよぉ」 「はぁ……これでまた一人、天野くんの周りにとっても 可愛い女の子が……ふえぇ……しょんぼりだよ〜」 「うぅ〜……ぶちょーなんて大嫌いだよぉ〜っ!!」 「と言う事で、行くぞ!」 「いや、唐突すぎてわけわからんし」 いつも通りの授業を終え放課後になった途端無駄に元気いっぱいの鈴木がやって来た。 「お前も知っての通り、我が学園の土曜は半ドンだ」 「半ドンって何だ?」 「午前中に授業が終わる事を半ドンって言うんだよ!」 「天野が知らないのも無理ないかな。死語だし」 鈴木が騒いでいると、帰り支度を済ませた木下も俺の席へと集まって来ていた。 「んなこったぁどうでも良いンだよ」 「で?」 「で、だな……午前いっぱいで放課になるにも関わらず ウチの学生は弁当を食って帰るのが主流になっている」 「そうだな。大体の学生はそうしてるな」 「俺らは帰宅派だけどな」 と言うよりも、寄り道して買い食いと言うパターンだ。 「つまり、だ。今なら授業も終わり、明日が休みで 開放的になっている女子が大勢いるわけだ!」 「その発想は無かったわ」 「ただの駅前でのナンパよりも成功率もグーンとUP! さらに同じ学園と言う運命的なロマンスもあるっ!」 「浅はかだが、鈴木にしてはまともな策だな」 「ロマンスの部分には同意しかねるけどな」 「だって同じ学園なら、一緒に学園通ったりとか 帰りにデートとかも出来るだろぉがよぉ〜っ!」 「結局お前はそう言うシチュエーションを楽しみたい ってだけなんだな」 ……以前は静香たちとそんな事をしていた、なんてのはこいつの前では伏せておいた方がいいだろう。 「おし、お前ら。っつー事で行くぞ!」 「どうせ学園で探すなら、まずはウチのクラスで 当たってみた方が手っ取り早くないか?」 少々気まずさはあるが、何の接点も無い女子より多少なりとも鈴木のことを知っている相手の方が成功率は高いと睨んでの発言だ。 まぁ、上手くいけば休日に遊ぶ約束くらいなら取り付けられそうだし。 「う〜ん、ウチっつってもなぁ……」 「……あっ」 「ん?」 きょろきょろと見回していると、一人弁当を食べようと席に座っている渡辺さんと目が合う。 「渡辺さんとかどうなんだ?」 「渡辺?」 「ほら、なんかいつもこっち見てるしさ。もしかしたら 渡辺さんって、鈴木の事好きなんじゃないか?」 「はぁっ……」 俺の提案がよほどダメだったのだろうか、木下が俺に見せ付けるように大きなため息を吐く。 「渡辺も《嵩立:かさだて》も不憫でしょうがないよ、俺は」 「ん? どう言う意味だよ」 「そのままの意味だよ」 「渡辺かぁ〜……たしかに多少地味ではあるが あれはあれでアリだな」 鈴木の方はその気になったのか、何か見定めるようにじろじろと渡辺さんの事を観察していた。 その視線につられて、俺達も渡辺さんに目線をずらす。 「あれれー? 私のお弁当が無いよぉ〜?」 「ふ〜んだ、いいもんっ! 購買でパン買って 来るもん!」 「あ、あれ……?」 「ふえぇぇん……おさいふがないよぉ〜……」 「……天然だな」 「ああ、天然だ」 「それもアリだな」 アリなのかよ。 「しかし! 今日の俺は一味違うぜ!」 「何がどう違うんだよ」 「狙うは大物……それも超大物だっ!」 「何だよ、そんな有名人がこの学園にいたか?」 「もしかしてアレじゃないか? 噂の……」 「ああ、1年に大財閥の令嬢がいるってヤツか? お嬢様の噂はあったけど、最近は聞かないよな」 「結局デマだったんかな?」 「盛り上がってるとこわりぃが残念ながらハズレだぜ。 自慢じゃねえが、俺は年下に興味はねぇっ!」 「本当に自慢じゃねえな……」 「お前のお姉さん好きには感服するよ」 「そうよ、男に生まれたからには一度は抱く夢…… お姉さんに色々と教えてもらう黄金のシチュッ!」 「じゃあ先輩をあたるのか?」 「ああ。3年の先輩にすんげぇ美人がいるらしいんだ。 しかもだ、その人は未だに男性経験ゼロなんだと!」 「なんでそんなコトが判るんだよ」 「明らかに男どもの間で勝手に推測が立って、噂として 流れましたって言うような内容だな」 「チッチッチ、それがそうでも無いんだな」 「ほう。して、その心は?」 「彼女が学園に入りたての頃、男どもは大津波のように 様々なアプローチを仕掛けたらしいんだが、そいつを モーゼのようにズバズバと切り捨てたそうだ」 「意味のわからない例えはやめろ」 「そんくらい色よい返事が一つとして返ってこなかった らしいワケよ」 「イコール今も先輩はフリー&男性経験もナッシング! これを狙わずして、誰を狙うと言うんだっ!!」 「普通に考えて無理だろ……」 「まぁ、どうせ砕けるならそれくらいの伝説を残してる 先輩に当たったほうが良い思い出になるだろ」 「そこっ! 俺を勝手に砕くなっ!!」 「はいはい、悪かったよ」 「くっくっく、貴様らが羨んでヨダレを垂らす姿が 浮かんでくるぜっ」 「どこから来るんだ、お前のその自信は……」 「っつーかヨダレ垂らさないからな」 「よし、行くぞ!」 「ったく、わかったよ」 俺達は燃えている鈴木に押されて仕方なく教室を出る。 「翔っ!」 「おっ、静香」 上級生の教室がある2階へと向かっている最中馴染みの顔に呼び止められてしまう。 「こんなトコにいたのね」 「どうしたんだ?」 「マーコが男手欲しいから手伝ってくれって」 「なんだよ、また変な発明の手伝いか?」 「みたいね。助手が欲しいとかボヤいてたわ」 「う〜ん……悪いけどまた今度にしてくれって 断っておいてくれないか?」 「なに? これから用事でもあるの?」 「ああ。ちょっとこれから皆でナンパしに行くんだよ」 「なっ……」 「ばっ……お前っ!」 「なっ、何だよ木下!? むぐっ」 木下は静香に秘密にしておきたかったのか、なぜか俺の口を塞ごうと必死にアームロックをして来る。 「へ、へぇ〜……ナンパね」 「な、何か怒ってないか?」 「フォローする気も失せるほどの鈍さだな」 「木下くん、変なこと言わないでくれる?」 「うっ……」 「早く行こうぜっ! 桃源郷によぉ〜っ!!」 「どうやらお前らには空気を読む能力ってのは 存在してないらしいな」 「いいんじゃない? お楽しみ、みたいだし…… ちゃんと私からマーコに伝えておくわ」 「おう、サンキュー」 「……もぉっ、知らない!」 静香はこちらを睨むと、不機嫌そうな足音を立ててズカズカと化学室の方へ歩いていってしまう。 「な、なんだアイツ? やっぱり怒ってなかったか?」 「天野、皮肉って言葉知ってるか?」 「知ってるっつーの」 「ふぅ……知らないみたいだな」 「ちくしょーっ! お前だけお呼ばれかよ天野!! この裏切り者めっ!」 「お呼ばれって……別にそう言うんじゃ無いって」 「いいさ、俺には噂の美人な先輩がいるんだ……ケッ! ロリコンの天野はせいぜい相楽とイチャついてろ」 「麻衣子はただの友達だっての!」 「しかし、名前で呼び合ってるのは怪しいな」 「な、何だよ木下まで……」 「あ、あいつがこんなガキの頃から一緒だったから ついクセでそう呼んでるんだよ」 腹の辺りに手を添えて、ガキの頃から一緒だと軽いジェスチャーでアピールする。 「へぇ。幼馴染だとは知らなかったな」 「光源氏計画かよ、この変態めがっ!」 「馬鹿言ってないで行くぞ!」 「へいへい」 俺はこれ以上からかわれないように、先陣を切って廊下を歩き出し、強引に話題を逸らすのだった。 「……全く、鈴木の無計画ぶりには呆れるな」 顔も名前も知らないらしく、早く見つけないと昼食を終わらせてしまうと言う事で手分けしてそれらしい人物を探す事になったのだが…… 「それってかなり無謀っつーか、趣旨違うような」 仮に俺が一人でナンパに成功しても、その後で鈴木を紹介するってのも順序として変な話だ。 そもそも俺個人は別にナンパをしたいワケじゃ無いんだが……どうしたものか。 「まぁいいや。適当に探したフリをしておくか」 鈴木と鉢合わせになるのも面倒なので、小走りで教室をチェックするフリをして、屋上に逃げ込む事にする。 「きゃっ!?」 「うおっ!」 よそ見して走っていたせいでモロにぶつかったらしく先輩と思わしき女性は、屈み込んで涙目になりながら痛そうに鼻をさすっていた。 「たたた……」 「だ、大丈夫ですか?」 リボンをちらりと覗いて見ると、どうやら俺たちの学年ではなく、先輩なのは間違いないようだ。 「こらっ! 廊下は走っちゃダメですよ?」 「すみません」 「私だから良かったものの、女の子を怪我させちゃう なんて言うのは、ダメな子の特徴なんですからね!」 「は、はぁ……」 「歯切れが悪いですね。反省してないでしょう?」 「いや、本当に悪かったと思ってます」 「……みたいですね」 「信じてあげます」 「え?」 「私に嘘は通用しませんから」 「今のキミの言葉には虚偽、偽りは存在していません でしたので、許しちゃう事にしたんです」 「はぁ……」 何かよくわからないが、許して貰えるって言うのなら深く突っ込むのは止めておく事にする。 「ちょっとニブちんだけど、女の子の事を考えて 優しくしてあげられる様な声ですので、キミの 将来に期待するって事で大目に見てあげます」 どんな声なんだ、それ…… 「(にしても、綺麗な人だな……)」 見た目よりも明るい言葉遣いだったので印象がズレたがその物腰は優雅で落ち着きがあり、気品ある佇まいからパーフェクトな雰囲気を感じさせる先輩だった。 「なるほど……これが噂の先輩か」 「はい?」 「いや、なんでもないです」 せっかく許してもらえたのにナンパでもしようものならきついお仕置きを貰いそうな予感がしたので、鈴木には悪いが声はかけないでおく事にする。 「ふふっ、不思議な雰囲気のコですね。何だかキミとは もう一度、近いうちにお会いしそうな気がします」 「ははっ……そうですか」 「はい」 「それじゃ、また縁があったら」 「ええ。それでは、また」 俺は誤魔化すように別れの挨拶を交わすと逃げるように先輩と別れる。 その再会とやらが鈴木と一緒の時じゃない事を祈りつつ俺は急ぎ足でこの場を後にするのだった。 ……………… ………… …… 「ちくしょう……結局、成果無しかよ」 「その先輩の話は眉唾物だったんじゃないの?」 「だな」 あんな事があった後に先輩と鉢合わせするのはマズイので、俺が上手く誘導して避けたのだ。 そのお陰でどうにか無事に事なきを得て、内心一人ホッとしていたりする。 「こうなったら駅前でナンパしまくってやる!」 「アホらし……俺はもう疲れたから帰るわ」 「何だよ天野、付き合い悪いな」 「ここまで付き合っただけで十分だって気もするがな」 「わ、わぁったよ。俺一人で行ってくるっての」 「まぁ、せいぜい頑張ってくれ」 「週明けは俺の甘〜いノロケ話を聞かせてやるから 首を洗って待ってるんだな!」 「来週頭のオチはこれで決まりだな」 「なんでやねんっ!」 「それじゃ、また」 「おう、月曜にな」 「くっくっく、桃源郷が俺を待ってるぜぇ〜っ!」 どこまでもポジティブシンキングな鈴木と呆れ顔を見せる木下と別れ、帰路に就く。 その夜、俺は泣きながら延々と愚痴を語る鈴木に付き合う事となるのだった。 ……………… ………… …… <ニャックで昼食> 「田中を撒いた私達は、昼食を済まそうと思って 商店街にあるニャクドナルドに入りましたの」 「翔さんはもう少し贅沢な昼食をしないかと提案して 来ましたけど、私にとっては最高の贅沢ですわ」 「今までは、ジャンクフードなんて食べたくっても 食べられませんでしたから……」 「なあ、花蓮……」 「なんですの?」 「たしかに、さっきは俺が知ってる店なら案内するって 言ったけどさ……」 「この店は違う気がするぞ……」 息を切らせながら商店街へと戻って来た俺は、花蓮に告げられた店の前に立ちながら、そう訴えてみる。 「え? どうしてですの?」 しかし案の定、花蓮は俺の気も知らずに、平然と笑顔を覗かせていた。 「まぁ、お前らしくて良いのかもしれねーけどさ…… 逆にっぽくないって言うか……」 「……このお店が嫌なんですの?」 「いや、どっちかって言うと好きだ」 「なら問題ないですわね。ふふっ……楽しみですわっ」 どうあっても引く気は無い花蓮を見て軽く苦笑すると俺は通いなれたそのドアを開いた。 ……………… ………… …… 「ほれ、お待たせ」 「お待ちしておりましたわっ!!」 花蓮の分の商品が乗ったトレイを席に届けてやると瞳を輝かせて笑顔を見せる。 「ふふふっ、これこれ、これですのっ!」 「お前、本当にハンバーガー食ったこと無いのか?」 「こう言ったお店の食品を口にした経験はありませんわ」 「変なところでブルジョアだよな、お前って……」 ワクワクしながらニャクドナルドのポテトを摘もうとしている花蓮を見て、溜め息をつく。 「ん〜……このアツアツでいてサクサクな歯ごたえ…… 今まで出会った料理には無い、斬新な美味しさですわ」 「そーっすか」 俺の感想を言ってしまえば台無しになりそうなので自分のハンバーガーを頬張りながら適当に受け答えしておく。 「はふはふ……ふにゃふにゃしたのも、美味しいですわ」 「ほら、翔さんも食べてみると良いですわっ」 「い、いいって……俺は食い慣れてるからさ」 ポテトを口に運ばれて、思わず照れてしまう。 「もう、一緒にこの感動を分かち合おうと言う私の想いを 踏みにじるんですの?」 「んな大げさな……」 「大げさなんかじゃありませんわっ! そう思うんなら 食べてくれたっていいじゃありませんの」 「んじゃ、ほれ……ん、美味い」 「な、なんで私が差し出しているのに、別の場所から 取って食べるんですの!?」 「いいだろ、食べたんだから」 「よくないですわっ! あーんってして、食べさせて あげたいんですの!!」 「こんな人が大勢いる場所でんな恥ずかしい真似が 出来るかっての!!」 「デートなんだから、いいじゃありませんのっ」 「先ほど、変な意地は張らずに二人で純粋にデートを 楽しむって言って下さったのは嘘でしたの?」 「うっ……」 それを言われてしまうと弱いので、どもってしまう。 「……一回だけだぞ?」 「ふふっ、構いませんわ」 「はい、あ〜ん」 「あ、あ〜ん……」 誰にも見られていない事を祈りつつ、どうにか花蓮の手にあるポテトを口に入れる。 「ふふふっ、どうですの?」 「……美味い」 「ですわよねっ!」 俺と同じ感覚を共有できた事がそんなに嬉しいのかただこれだけのやりとりで、嬉しそうな顔を見せる。 この笑顔を見るためなら、少しくらいの茶目ッ気には付き合ってやるのも悪くないと思ってしまう。 「……なぁ、花蓮」 「なんですの? 翔さん」 「本当に、ニャックなんかで良かったのかよ?」 「え?」 「だって、せっかくおめかしまでして来てくれたんだろ? どうせデートするんなら、もっと贅沢に洒落た店とかで 昼食取った方が良かったんじゃねーかって事だよ」 「ふふっ……ホント、翔さんは面白い事を言いますのね」 「何がだよ? 俺は至極真っ当な意見しか言ってないと 思うんだが……」 「デートなんだから、思いきって贅沢な食事を楽しもう って話のどこが変だって言うんだよ?」 「だって、今まさに贅沢な食事を楽しんでいるじゃ ありませんの」 「はぁ? これがか?」 相変わらずの経済観念に、思わず顔をしかめてしまう。 「あのな、花蓮。この世界にはレストランと言うものが あってだな……」 「……もしかして、それはバカにしてるんですの? 私だって、レストランくらい知ってますわっ!!」 「じゃあなんで、ココが贅沢なんだよ?」 「翔さんこそ、贅沢と言うものを何も理解してませんわ」 「高いお金を払って、多少健康的じゃない事を承知で とても美味しい食べ物を食べるんですのよ?」 「これが贅沢でなくて、何が贅沢だって言うんですの?」 「う〜む……」 花蓮のご高説を聞いていると、捉え方ひとつで最高の贅沢をしているような気分になって来るから不思議だ。 「ジャンクにお金を払う……これぞ人間に許された 最高の贅沢ですわっ♪」 「ですから、私にとってニャクドナルドは、レストラン よりもリッチなお店だと言う事を理解して貰えたなら 嬉しいですわね」 「そんなもんかね……」 「そんなもんですわ!」 「なるほどねぇ……まあ、一理あるかもな」 ストローを咥えながら、とりあえず花蓮の意見に賛同を示しておく。 「それにジャンクとは名ばかりの、この美味しい料理の 数々……優良店舗にも程がありますわ!!」 「そいつは褒めすぎだろ……」 そうボヤいて苦笑して見せたものの、俺だって別にニャックが嫌いなワケじゃない。 「ハンバーガーも、想像以上に美味しいですわぁ…… ふふっ、最高ですの♪」 「(ま、こう言うのもいいか……)」 本人がそこまで言うなら、今は素直にこの大量生産のハンバーガーを楽しむとする。 「んん〜っ! 美味ですわぁ〜〜〜っ!!」 ムードあるレストランの食事とは違うものの、花蓮の嬉しそうな笑顔を見て、不思議とデートをしていると言う実感を得るのだった。 <バカップルの末路> 「昨日の無理がたたって、私たちは二人そろって 熱を出してしまいましたわ……」 「私、身体は丈夫なほうでございましたけど…… 新婚さんごっこは私たちの心に計り知れない ダメージを与えてましたのね」 「う、恨みますわよ、シロっちさん!」 「……どうだ、熱のほうは」 「38.2度ですわ……」 「そうか。こっちは37.5……朝よりはマシって ところだな……」 この日、俺たちは朝から熱を出して寝込んでいた。 やはり昨日の《気:・》《分:・》《転:・》《換:・》が、精神的なダメージとなっていたのだろうか。 「慣れないことはするもんじゃねーな……」 「まったくですわ……」 いくら花蓮が頑丈とはいえ、精神的ダメージからくる発熱にはかなわなかったらしい。 「花蓮、何か食べたいものはあるか? 熱もだいぶ 下がったし、近くのコンビニで好きなもの買って きてやるけど」 財布を持ち立ち上がった俺の足に、軽い抵抗を感じる。 足元に目をやると、布団の中から手だけを出した花蓮が俺のズボンの裾を指先だけで弱々しくつまんでいた。 「食欲なんてありませんわ……それよりも、一人だと 心細いから、今はそこにいてくださいまし……」 「わ、わかった」 体力も落ち相当弱っているのか、普段の花蓮らしからぬ弱気なお願いだ。 その拗ねた子犬のような視線に、思わず胸が高鳴ってしまう。 「(落ち着け、俺……なんでこんな俺より強いやつに  ときめかなきゃいけねーんだ!)」 俺は冷蔵庫から氷を取り出し、それを水と一緒にビニール袋に入れて厚手のタオルで包んでやる。 「ほら、即席の氷まくらだ。頭に下に当てておけば 少しは楽になるだろ」 「ありがとうございますですわ……」 花蓮の頭を持ち上げ、その下に氷まくらを滑り込ませる。 「はふぅ……気持ちいいですわぁ」 「別に病気ってわけじゃないから大げさだとは思うけど ……ま、一応な」 俺は敷きっぱなしの布団に腰を下ろし、一息ついた。 「翔さんがいてくれて助かりましたわ……」 「よ、よせよ、らしくないな」 「ふふっ、謙遜しなくてもよろしくてよ……その 奥ゆかしさも、殿方らしくてステキですわ」 「ほ、褒め殺しかよ! やめろよな、いきなり そういうこと言うの!」 いかん、また熱がぶり返してきた。 普段見せない花蓮の殊勝な態度に、熱で弱っている俺のペースはすっかり乱されていた。 「今日は翔さんが、いつもより頼もしく見えますわ……」 「そ、そうか?」 しかし、普段舐めに舐めきられているこいつにここまで露骨に褒められると、正直悪い気はしないこともない。 「お、お前こそ、そうやって静かにしてれば 少しは、その……か、かわ……」 柄にもなく照れながら、お返しをしてやろうと俺は言葉を探していた……が。 「うふふ、そうですわ……今の私たちなら、きっと 空だって飛べちゃいますわ」 「……へ?」 「あはははは……見てくださいませ翔さん! 人がゴミのようですわ〜」 「か、花蓮? お前、いったい何を……」 「お姉さまもいらしてたんですの? 紹介しますわ こちら、翔さん。最近、同居を始めて……」 「しっかりしろ花蓮! お前が視ているものは 幻だぁーーーーーーーっ!!」 結局、花蓮の熱が下がるまで丸一日、俺は看病に追われることになったのだった…… <パンツの力で鬼退治?> 「階段を飛び降りて逃げましたっ!!」 「私もすぐに追いかけたんですけど……思いきって ジャンプしたのが失敗でした」 「こけちゃったんですか?」 「う、うん。でも、結果的には大成功でした」 「何だかんだ言って優しい翔さんが、逃げずに私の ところへ戻ってきて、心配してくれましたし……」 「嬉しかったんですけど、勝負は非情ですので…… その隙に、飛びついて捕まえちゃいましたっ」 「あぅ! そーですっ! 勝負の世界には、血も涙も 容赦もナッシングですっ!」 「なんでここまでするんだって言われて、私、うまく 答えることができませんでした」 「自分でも、なんであんなに一生懸命になってたのか よく解らなくって……」 「でも、翔さんのことを考えると、熱っぽくなって 顔が真っ赤になっちゃうんです」 「どう見ても恋です。本当にありがとうございました」 「はじめはお礼したかっただけだと思ってたんですけど ……でもほんとは、もっと一緒にいたくて……」 「もっと私のことを見て欲しくて、知って欲しくて…… そして私も翔さんのこと、もっともっと知りたくて」 「だから、あんなに必死になっていたんだと思います」 「下だっ! どりゃあああぁぁぁっ!!」 ブォンと言う風切り音を聞きながら、勢い良く階段を飛び越えるようにジャンプする! 「ぐあぁっ……きっくぅ〜っ!」 なんとか無事着地に成功したが、怪我した足を庇うのを失念していたせいで、思わず一瞬《蹲:うずくま》ってしまう。 「わっ。も、もう下にいますっ」 「諦めるんだな! 深空が降りる頃にはとっくに 突き放してるぜ」 「諦めませんっ!」 「ま、待て……まさか飛ぶ気じゃないだろうな」 「いきますっ! えいっ」 「危ないからやめっ……うおおぉっ!? ほ、ほんとに 飛びやがった!!」 俺が止める間も無く、深空は助走しながら思いきりジャンプしてきたっ! 「きゃあっ!?」 ……が、予想通り危険すぎる行為で、踊り場までは《跳躍:ちょうやく》が届かず、階段の途中で着地してしまい、段差で踏み外してバランスを大きく崩してしまう。 「危ねえっ!」 「いっつぅー……」 ほとんど反射神経だけで飛び込んで、どうにか深空の下へクッションとして滑り込むことに成功したのだが…… 深空の方も勢いあまって壁の方へ転がって行ってしまったらしく、すでに俺の上には何の感触も残っていなかった。 「み、深空……大丈夫か?」 「は、はいぃ〜……」 「うわっ!」 目を開いた瞬間、目と鼻の先に深空の顔があった。 「け、怪我は無いか?」 「翔さんのお陰で、たぶん平気です……」 「無茶しすぎなんだよ……たかが俺に晩御飯をご馳走 したいからって、そこまでやる馬鹿があるかよ」 「そう言う翔さんだって、私の御飯が食べたくないから って、意地を張って本気で逃げてるじゃないですか」 「それは……」 嫌なワケじゃなく、かなり嬉しい申し出なのだが……逆に舞い上がってしまいそうだからだとは間違っても言えるはずがない。 「とにかく、もうこんな無茶はするなよ」 「はい……すみません」 「よっと……おわっ!?」 「どうしたんですか? 翔さん」 「い、いや……な、なんでもない」 なんでもないと言いつつも、その視線は不意に無防備で突き出されているお尻……もとい純白のパンツの方へと釘づけとなってしまう。 「(見るな、見たらダメだ……見たら……ええやん)」 誘惑に本能が瞬殺されてしまった俺は、ついついここぞとばかりに、その絶景を堪能してしまう。 「何だか分からないけど、翔さんが動かなくなりました ……千載一遇のチャンスですっ!」 「えいっ!」 「のわっ!?」 俺がお尻に釘づけになっていると、不意にパンツが……ではなく深空が視界から消え去り、何やら妙に柔らかい感触に包まれてしまう。 「きゃあっ!? す、すみません、まだ上手く立てなくて ふらついてしまいましたっ!!」 「あぅ……」 一瞬感じた柔らかい物体が何だったのかを考える前に視界には、俺の腕を掴んだ深空の姿が現れた。 「と、とにかく捕まえましたっ」 もう離さないと言わんばかりに、ぎゅっと腕を捕まれながら、俺はいい加減に覚悟を決める。 これ以上深空に無茶させられないし、何より二人きりでの手料理を、俺がクールに受け流せれば問題無いはずだ。 「わかったよ、ここまでされたら降参だ」 「じいぃーーーっ……本当、ですか?」 「本当だって。お前の熱意には負けたよ」 正確には、見事なまでの素晴らしいパンツに免じて負けを認めると言ったところなのだが…… どちらにせよ、ここまでされて遠慮するってのも失礼な話なので、悔しながら認めざるを得ない。 「えへへ。苦労した甲斐がありました♪」 「ったく、世話焼きにも程があるぞ……」 「そんなこと無いです。今まで良くしていただいた その、ほんのお礼ですから」 「……ああ。ありがとな、深空」 深空の好意を素直に受け取ることに切り替えた俺は出来る限り率直に、今の感情を表現しておく。 「そ、そんなっ……別にお礼を言われるような事じゃない ですよ。私が強引に押し付けた好意と言いますか……」 「ははっ。そりゃ、俺も同じだったんだけどな。 気がつけば立場が逆転してたってワケだ」 「ち、違いますっ! たまたまですっ」 「んじゃ、そう言うことにしておくよ」 「しておくも何も、そう言うことなんです!」 少し拗ねながらも嬉しそうな深空を見て、夕食作りはそこまで負担にならないのかもしれないと感じる。 そう言うことならば、遠慮などせずに最初から素直にこうしていれば良かった気もする。 そんなことを思いながら、上機嫌に俺を引っ張る深空に連れられて、学園を後にすることになるのだった。 「〜♪」 両手いっぱいに買い物袋を持ち、上機嫌に歩く深空。 対照的に俺は、それを苦笑しながら見つめていた。 「……なぁ、深空」 「はい? なんでしょうか、翔さん」 「なんで俺に飯を食わせるためにここまでするんだよ」 「そ、それは……なんで……でしょうか」 「なんだよ、そりゃ」 「そ、それを言ったら翔さんだって、なんで私なんかの お手伝いをしてくれるんですか?」 「他のみなさんと一緒にいる方がきっと楽しいのに…… ずっと私のことを見守ってくれてます」 「……私にとっては、そっちの方が不思議です」 「そりゃ、お前……何となく気になるんだよ」 「そ、それじゃあ私も、翔さんが何となく気になるから 日ごろのお礼を兼ねてですね……」 「……そ、そうかよ……」 「は、はい。そうです……」 「…………」 「…………」 意図がよくわからない、何故か気恥ずかしい空気が流れてお互いに沈黙してしまう。 「あ、そだ」 「ん?」 深空が、その気恥ずかしさを誤魔化すように、笑顔で俺に話しかけてくる。 「翔さんの家ってどの辺りなんでしょうか?」 「ああ、もうすぐそこだよ」 「なるほど……その、男の人の家にあがるのって初めて ですので、緊張してしまいます」 「緊張するも何も、本来そんな簡単に上がり込むもんじゃ ねえぞ。無用心にもほどがある」 「え? なんでですか?」 「だから、襲われても文句言えないぞって話だ」 「大丈夫です。だって、相手が翔さんですから」 「うっ……」 それは一体どう言う意味だと捉えるべきなのか非常に判断に困る発言なのだが…… 悲しい男の《性:さが》と言うべきか、つい自分に都合のいい方向で解釈してしまいそうになる。 「あのな、そう言う無意識に相手を誘うのは危ねーから やめろって」 「さ、誘うってなんですか?」 「言葉通りの意味だよ。男なんてみんな狼なんだから いつでも蹴り倒すくらいの警戒心でいるべきだぞ」 「でも翔さん、優しいです。狼さんじゃありません」 「狼だっての!」 こうも全面的に信頼されて、純粋な好意を抱かれては死んでもやましい気は起こしたくないとは思うが……こんな考えで、よく今まで何事も無かったものだ。 「俺なんて怪物だと思っているくらいでないと我が家では 生き残れないと思ってくれ」 「あはは、平気ですよ〜」 「があああぁぁぁっ! のん気すぎるんだよ!!」 「だって……翔さんは、友達ですから」 「え……?」 「仲の良いお友達を警戒する人なんていません。だから へっちゃらです」 「…………」 多少浮ついていたのは、俺の方だったのかもしれない。 俺は深空にとって初めて出来た、気兼ねなく色んなことを話せる、仲の良い友達なのだ。 その『友達』に料理を振舞ったり遊びに行くのは、深空にとっては当然のことで…… 「そうだな。俺の方がおかしかったのかもな」 「はいっ」 俺と深空の場合だけは、変な意地に囚われない方が一番自然な友達の関係を繋ぎとめておけるのだろう。 「えへへ。頑張っていっぱい作りますから、ちゃんと全部 食べてくださいねっ♪」 「任せろ。空腹の男子の胃袋を舐めてもらっちゃ困る」 「あははっ」 「へへっ」 冗談を交わして二人で笑いあいながら、家路を歩く。 きっとそれは、誰から見ても友達同士の姿だった。 ……………… ………… …… <ビーチバレー対決!> 「みんなに誘われて、私は天野くんとビーチバレーに 参加することになりました」 「お相手は鳥井さん、雲呑さんの仲良しチーム」 「本調子の出ない私と言うハンデを背負いながらも 懸命に勝とうと奮闘する天野くん」 「劣勢に追い込まれてしまっても、何か作戦がある みたいですけど……どうするんでしょうか?」 「鳥井さんを狙い撃ちにする天野くん」 「相手の弱点を攻めるのは兵法の基本ですけど…… 世の中、常に予想外の事態は起こるものです」 「ボールが鳥井さんの胸に当たってから跳ね返って 私達のコートへ戻ってきました……」 「むっ……あんな遅い球をとれないなんておかしいと 思ってましたけど、どうやら天野くんは鳥井さんの 揺れている胸に気をとられていたみたいです」 「その後も、天野くんが懲りずに同じことを続けていた せいで、私達のチームは負けてしまいました」 「……まったくもう……天野くん、相変わらずですね」 「天野くんは、雲呑さんを集中攻撃することに 決めたようです」 「どうやらそれが相手のミスを誘ったみたいで 私達は見事、勝つことができました」 「そして次の相手は相楽さん、嵩立さんの親友コンビ チームでした」 「持ち前の運動能力を発揮する相楽さんの攻撃に 手も足も出ない、天野くんと私」 「そんな、無抵抗にやられるままのらしくない私に喝を 入れるかのように、相楽さんが挑発してきました」 「でも、私は……」 「そう悩みながら未だに普段のようにならない私を見て 天野くんが取った行動は……」 「私に厳しい言葉をぶつける相楽さんに、熱くなった 天野くんが逆に挑発をし返し始めてしまいました」 「けど相楽さんに挑発は通用しなかったみたいで トリ太さんを使った攻撃で、私達はあっけなく 負けちゃいました……」 「な、なぜか天野くんまで一緒になって私を煽り始める なんて……な、何を考えているんですかっ!?」 「あ、天野くん! 貴方はどっちの味方なんですかっ! まったくもう……」 「……でもまぁ、お陰で気がつけばいつもの調子が 出てきたみたいです」 「その後は圧倒的なおしかりパワーで、勝利を収める ことができましたけど……」 「ぶぅ。天野くんのせいで、イマイチ嬉しくないです」 「と言う事で、天野くんをお説教したんですけど やっぱり先輩は怒っている方がいいよ、なんて 失礼なことを言われちゃいました」 「そこは普通笑っていた方がいいって言うのが 正しい女の子への対応だと思うんですが…… その笑顔を見ていたら、怒る気も失せます」 「ふぅ……ほんとに、不器用なんですから……」 「ビーチバレーが終わった後、私はまた一人になって 心を落ち着けるために休んでいました」 「みんなと話してないと、すぐに気分が落ち込んで きて……今思えば、もっとみんなに寄りかかって 頼ってしまえば良かったんだと思います」 「一人で抱え込んでいたって、結局みんなに迷惑を かけるだけだったんですよね……」 「ほんと、バカです……我ながら大失敗でした」 「というわけで、次はこれじゃ!」 どういうわけかは知らないが、麻衣子がオレンジ色のボールを取り出した。 「それ……バレーボールですか?」 「惜しい! ニアピンじゃの」 「ってことは……ビーチバレー?」 「ご名答。これはビーチバレー専用のボールじゃよ」 「何が違うんですの?」 「大きさ……とかかな?」 「そう言えばネットの貸し出しとかしてたな」 「ということで次の種目はビーチバレーじゃ!」 「ふむ……いいんじゃないか?」 「いま、砂浜でもっとも注目されているスポーツが ビーチバレーなんだしな」 「なるほど、鋭い意見じゃ!」 「……そうなの?」 「わ、私は知りませんでした……」 「かりんはどうじゃ?」 「私はむしろ逆で、ビーチバレーより目……」 「私の水着姿を食い入るように見つめる翔さんの目が 今にも私を犯しそうで、ゾクゾクしちゃいました!」 「エクセレントじゃっ!」 「(なんだこいつら……)」 「アマタはどうじゃ?」 「いや、アマノだけど……」 「みんながやるって言うなら、俺は別にかまわないぞ? なんだか面白そうだしな」 「決まりですわね!」 「待ちに待った直接対決系の競技だな」 「ああ。その恐ろしさたるや、スイカ割りの比ではない」 「あぅ! 燃えてきましたっ!」 「では早速チーム分けじゃ!」 赤・青・緑の三色に分けられた割箸を王様ゲームのように引き、色ごとにチームを分けた。 その結果…… 赤・かりん&深空ペア。 緑・麻衣子&静香ペア。 そして残った青が…… 「頑張りましょう、先輩!」 「はい……」 俺と先輩のペアだった。 「……って、私の分のクジはどうしましたの?」 「ああ、お前は見学だ」 「なっ……! なんで私だけ仲間外れなんですの!?」 「仕方ねえだろ……お前のスパイクをマトモに受けて 深空や麻衣子がケガでもしたらどうするんだ?」 「だからって、こんなの納得いきませんわーっ!!」 「落ち着け、姫野王寺」 「菜っ葉……」 「お前は俺と一緒に、あそこに座って実況だ」 「なんの慰めにもなってませんわぁ〜〜〜っ!!」 いつの間にか用意されていた実況席に、花蓮がズルズルと引きずられていった。 「へっ。花蓮がいなくなった今、優勝は俺達のものだぜ」 「頼りにしてるからな、先輩!」 「え……? は、はい……」 「……?」 心なしか元気の無い先輩に疑問を抱く俺をよそに戦いの幕が切って落とされたのだった。 「試合開始だ。両チーム、コートへ」 「まさか、いきなりお前と当たるなんてな……かりん! 手加減はしねえぜ」 「あぅ! 望むところです! 日ごろの行いを悔い改め させてあげますっ!」 「メガネが……しゃらくさいわぁっ!」 「なんですか! 翔さんこそ……翔さんこそ…… えっと……えっと……あぅっ!!」 「かりんちゃん、その辺で……」 「天野くんも程々に……」 お互い、パートナーの言う事に聞く耳をもたずに激しく睨みあう。 コートに立った時点で俺達の勝負は始まっているのだ。 「コートの上に立ったからには真剣勝負ですわ! 手を抜いたら承知しませんことよ!」 「当たり前だ、いつでも来い!」 「はぁ……やるしかないですね……」 「こ、こっちも大丈夫ですっ!」 「…………」 「……? どうしたの、かりんちゃん?」 「な、なんだかコートに立ったら、急に緊張して きちゃいました……あぅぅ……」 「ええっ、あれだけ言ってたのに!?」 「コートの中には魔物が棲むんですよっ!!」 「い、いやな思い出でもあるの!?」 「よろしいですわ。では……ゴー・ファイッですわ!」 「え? か、花蓮さん、ちょっと待ってくだ……」 「開始早々で悪いな……喰らええええぇぇぇっ!」 「ちょ、ちょっと待ってくださいぃぃぃっ!」 「あぅうぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「…………えっ?」 「あ、あぅぅぅ〜〜〜〜〜っ……?」 呆然とした声を漏らして振り返る二人…… そのすぐ後ろには、漂う砂煙と、砂浜を抉ったボールの弾痕だけが残っていた。 「チッ……入らなかったか……」 「た、球が見えませんでした……」 「あ、あぅぅぅ〜〜〜〜〜……」 「カ、カケル! 女の子相手なんだから少しは 手加減しなさいよっ!?」 「外野は黙ってな! 戦場に立ったら女子供だろうと 本気で闘うのが礼儀ってもんだ!」 「んもぅ……どこの戦士よ、アンタは……」 「……秀一、今の球はどうじゃ?」 「B+と言ったところか。俺なら片手で止められる」 「ほう、流石だな」 「ふふふ、遅すぎて止まって見えましたわ」 「そこの格闘マンガ軍団も自重しなさいっ!」 「さぁ、サクッと続けようぜ?」 「天野くん、ぜったい調子に乗りすぎです……」 「だ、だめです……あんな弾まともに受けたら 死んじゃいます……」 「かりんちゃん、二人で協力してがんばらないと……」 「フッ……安心しろ、顔は狙わねえ」 「そんなギラついた目で言われても説得力ないです!」 「悪いな、勝負に情けは禁物なのさ……いくぜぇっ!」 「あうぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!?」 「ひ、酷いですぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」 そして俺のサーブが火を吹いて、何も出来ずに逃げ惑う二人のいるコートを蹂躙した。 ……………… ………… …… 「またまた入りましたわ〜〜〜〜〜っ!」 「これでポイントは17−15……鳥井・雲呑ペアが 着実に追い上げているな」 「や、やった! また入ったよ、かりんちゃん!」 「あ……あぅっ! なんとか追いつけそうですね!」 ネットの向こうには、手を取り合って喜ぶ二人。 それに引き換え、こちら側は…… 「どうしたんですか、天野くん? 動きが、鈍くなってる みたいですけど……」 「そ、そんな事ないっすよ……ええ」 「おっと……天野・鈴白ペア、ここにきて仲間割れか?」 「どうしましたの、天野くん? さっきまでの威勢は どこへ行ったんですの!」 「(ひ、人の気も知らねえで……)」 そう……皆の言うとおり、前半に比べて俺の動きは明らかに悪くなっていた。 それというのも…… 「え……えいっ!」 「来たよ、かりんちゃん!」 「あ、あぅっ……!」 「こ、今度はこっちからいきますよ……えいっ!」 「…………」 「あ、天野くん!?」 「……ハッ!?」 「決まりましたわ〜〜〜〜〜っ!」 「これで17−16……いよいよ後が無くなってきたな」 「く、くそぉっ!」 ……と、言う事である。 ネット越しとはいえ、目の前で揺れるたわわに実った四つの果実…… 健全な男子たる俺の集中力を乱し、動きを封じるには充分なものだろう。 「……なんだか、邪な雑念を感じます」 「き、気のせいですって!」 「……どうやら勝負あったみたいですわね」 「ああ、残念だ。奴らならもう少し出来るものかと 期待していたんだがな」 「うるせーぞ外野ッ!」 と、吠えてみたものの、前かがみのままでは格好がつかない。 それに、あいつらの言う事もまた事実だった。 何かしら作戦を練らないとこのまま差をつけられて敗北するのは目に見えている。 「……ごめんなさい、きっと私が足を引っ張ってるのが いけないんですよね……」 「そんな事ないですって!」 先輩も、さっきからこんな調子だ。 動きも鈍いし、普段と違ってボールをロクに追いかけて行けていないようだった。 「とにかく頑張りましょう! まだ俺達は負けて ないんすから!」 「はい……」 先輩を元気付ける意味でも、この試合…… 「…………負けられるか!」 こうなったら一か八か、俺は最後の作戦に賭けてみることにした。 それは、ずばり――― 「悪いが、穴を狙わせてもらうぜ!」 「あぅぅっ!?」 俺はなんとしても二人にこれ以上追いつかせないためかりんを集中攻撃する事にした。 「……最低ね」 「いくら勝負の世界が非情とは言ってものぉ……」 「そんな姑息な作戦を取るなんて、男らしく ありませんわよ!」 「外道〜〜〜〜〜!!」 「うるせぇーっ! 要は勝てばいいんだよ、勝てば!」 そうとも……俺はこの勝負に勝つ事で、それが正しいと証明してみせるんだ……! それに、こいつらに何を言われようが、チームメイトである先輩にさえわかってもらえれば…… 「あ、天野くん……それはさすがに、ちょっと……」 ひかれていた! 「くそぉ〜っ……今に見てろよ……!」 俺は半分涙目になりながら構える。 「な、なんだかわからないけど、ここまできたら 私も負けられません!」 「さあ来い、深空!」 「えぇ〜〜〜〜〜〜〜いっ!」 爽やかな破裂音を響かせて、深空が打ったボールが俺たちのコートに迫る。 「とぉっ!」 俺は素早くボールの下に回りこみ、それをレシーブで受け止める。 「先輩!」 「は、はいっ!」 そして完璧なタイミングで先輩が上げたトスに合わせるように砂を蹴り…… 「おぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!! 吹き飛べ、かりぃーーーーーーーん!!」 「あうぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 全腕力を込めて、振りかぶった腕でボールを叩き落とす! 「…………!」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 水を打ったかのように静まり返るコート。 そして…… ―――コロコロコロ…… 「…………あれ?」 俺が放った弾丸のようなボールは、果たしてこちら側のコートに転がっていた。 「う、うそぉぉぉぉぉぉぉっ!?」 「…………」 「な、何が起きたんですの?」 「むう、あの技はもしや……」 「し、知っていますの、菜っ葉!?」 「胸だ」 「……胸?」 古代中国の合戦において、水中での戦いは重い鎧を身につける兵士にとって困難を極めるものだった。 そこで編み出されたのが、最も頑丈な鎧の胸部に仕込んだバネに鉄球を当てて、跳弾で敵兵を倒す「《毘射乳躯罵麗:ビイチクバレイ》」と呼ばれる武術である。 その後、水辺に暮らす人々の護身術として伝えられやがて手を使って鉄球の代わりにボールを打ち合うスポーツとしてその形を変えていった。 ちなみに、この球技を行う際に女性が必要以上に乳房を揺らすのは、鉄球を跳ね返すためのバネに見立てたものである。 なお、「毘射乳躯罵麗」が「ビーチバレー」の語源になった事は言うまでも無い。   (民日月書房「乳揺れバレーとその歴史」より) 「つまり、鳥井の胸に当たったスパイクがそのまま 天野たちのコートへと跳ね返ったんだ」 「更にその衝撃でかりんの胸が揺れ、プレイに集中 できなくなったカケルはボールを取りこぼした ……というわけだな」 「まさか鳥井が古代中国武術の使い手だったとは…… 奴を甘く見ると命がいくつあっても足りはせん」 「うむ、まさか我輩が神に感謝する事になるとは…… 奴が敵でなかった事をな」 「……はぁ。そうなんですの」 「……天野くん」 「…………ハッ! お、俺は何を……」 背後から聞こえてくる、責めるような先輩の声に俺は我に返った。 「……いやいや、俺のせいじゃないっすよ!? あんな エロイもの、見ちゃうに決まってるじゃないですか」 なんて事を、今の先輩を前にして言えるはずもなく…… 「あ、その……違うんです、これは!」 「……もう、なんでもいいです……」 「せっ、せんぱーーーい!」 「……あ、あぅぅ?」 「す、すごいよかりんちゃん! あんな隠し玉を 持ってたなんて!」 「え、え、え?」 「どう考えても偶然じゃがの」 「運も実力のうちですっ!」 「何か違う気がするけど……」 「…………」 何故だろうか……周りの視線が突き刺さる気がする。 「さ、さあ先輩! 気を取り直していきましょう!」 「おっぱいバリアーで、どんなアタックも無効化です!」 「偶然の産物のクセに、いきなり調子に乗るんじゃ ねえええええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「あうううううぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!?」 「うっほぉっ!? ナイスPAIPAIッ!?」 俺の意気込みをあざ笑うかのように、かりんを狙った攻撃は、ことごとくそのふくよかな胸に阻まれ、全て跳ね返されてしまうのだった。 ……………… ………… …… 「ゲームセットですわ!」 「21−17で鳥井・雲呑ペアの勝利だな」 「や、やった! 勝ったよ、かりんちゃん!」 「あぅ〜〜〜……し、死ぬかと思いました……」 「ま、負けた……あのへっぽこに……」 「さ、いつまでもうな垂れてないで、コート空けてよね」 「ふっ、ここからは私達の出番じゃな!」 「ショータイムだッ!」 「うぅっ……」 「無様、だな」 「これが、姑息な手段を使ってでも勝とうとした 小悪党の末路ですわ」 「く、くそぉっ……」 「……何も言い返せませんね」 俺は顔を伏せ、そそくさとコートの外へ走っていく。 こいつらの言う通り、ここには敗者の居場所なんてないのだった…… ……………… ………… …… 「勝負だ、深空!」 「え、ええっ!?」 かりんがこんな調子の今、真っ先に切り崩すべきはチームの支えになっている深空だろう。 そう確信した俺は、深空に集中攻撃をかける事にした。 「な、なんだかわからないけど、ここまできたら 私も負けられません!」 「さあ来い、深空!」 「えぇ〜〜〜〜〜〜〜いっ!」 限りなく直線に近い弧を描き、こちら側のコートへ飛んでくるボール…… 「フッ……」 俺はそれにしっかりと照準を合わせ、ネット際で飛び上がり…… 「カウンターだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「えええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?」 力いっぱい腕を振り下ろし、相手のコートへ叩き込んだ。 「ちょ、ちょっと! あんなのアリなの!?」 「た、確かにサーブをスパイクで返してはいけないという ルールは無いがのう……」 「う……はぅっ!」 外野が騒いでる間に、すんでのところで反応した深空がギリギリの所でそのボールを拾い上げる。 「か、かりんちゃん、お願い!」 「あ、あぅぅっ!」 「やるな、深空! だが……」 かりんがなんとか繋げるが、立ち上がったばかりの深空は、満足に構える事ができず、ボールをトスでこちらに返すのがやっとだ。 「サービスボールですよ、先輩!」 「は、はい!」 俺はレシーブでボールを拾い、先輩がそれを上げる。 ……と同時に、俺は砂を蹴り跳び上がった。 「えっ!?」 「甘いぜ、深空!」 「そ、速攻!?」 「やるな天野。あくまでも相手のリズムを崩していこうと いうのか」 「え……えぇいっ!」 「おお、拾ったぞ!」 「あんな球……よく捕れるわね」 「いえ……天野くん、わざと球の威力を抑えてますわ」 「え……?」 「弾道は一直線、捉えられない速さじゃない」 「むしろわざと雲呑に捕球させ、体力を奪っていこう というのだろう」 「いやらしい作戦ね……」 「じゃがその分、効果は絶大じゃな」 「か、かりんちゃん……!」 「は、はいっ!」 「フッ……想像以上に粘るじゃないか……でもな!」 またも深空がやっとの事で返してきたヘロヘロのボールを拾い、先輩に繋げる。 「天野くん!」 「これで最後にしてやるぜ、深空ぁっ!」 そして、先輩が上げたボールを追って跳躍する。 「勝負だ、深空ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「…………くぅっ!!」 俺は全身全霊を込めて、振りかぶった腕を…… 「……と、見せかけてドーーーーーーーンッ!!」 「えええええええええーーーーーーーーーーっ!?」 ……かりんに向けて振り下ろした! 「なんだと!? 今まで雲呑を狙っていたのは、鳥井を 油断させるための布石か!!」 「策士ですわね、天野くん!」 「……とんだ詐欺師ね」 「かりんちゃんっ!」 「あ、あぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!!」 すっかりへっぴり腰になったかりんがあわてて構えを取るが、あまりにも突然の出来事にまともな捕球など出来るはずもなく…… 「あぅっ!?」 唸りを上げるボールが、かりんの腕を弾いた。 「やったぜ! 作戦通り……って、あれ?」 「……え?」 「あ、あぅっ?」 「え、え、え……」 「深空! 避け……!」 「はうぅっ!?」 「深空ぁーーーーーーーーーーーーーーー!!」 なんと、かりんの腕を弾いたボールがあらぬ方向に飛んでいき、横にいた深空の顔面を直撃したのだ! 「みっ、深空ちゃーん!!」 「だっ、大丈夫ですか!?」 「あぅぅぅぅ……い、痛いよぉ……」 「よ、よかった、生きてる……」 俺はホッと胸をなでおろした。 「天野くん?」 「は、はいっ!?」 隣から、少し怒ったような灯先輩の声が聞こえた。 「いくらなんでも、少しやり過ぎですよ。相手は雲呑さんや 鳥井さんなんですから」 「す、すいません……つい先輩や花蓮を相手にしてる つもりになって……」 「どういう意味ですかっ!」 「ち、違います! 決して変な意味ではなく……」 「ぶぅ。私だって、か弱い女の子なんですからねっ」 「(よ、余計な事言っちまったな……)」 すっかりご機嫌斜めになった先輩をなだめつつ俺は座り込む深空に手を伸ばす。 「わ、悪かったな深空……立てるか?」 「はい……でも、もうバレーはこりごりです……」 「うーむ、これ以上試合を続けられそうにないのう」 「では、鳥井・雲呑ペアはこれ以上の試合続行は 不可能とみなし、天野・鈴白ペアの勝利とする」 「いいのかなぁ……」 こうして一人の少女に消えないトラウマを残しつつ俺と先輩のペアは第二回戦に進出するのだった…… ……………… ………… …… 「ふっふっふ……いよいよ真打の登場じゃな」 「ショータイムだッ!」 「んもぅ、マーコ……あくまで遊びなんだから、あまり 無茶はしないでよ?」 「わかっておる。大丈夫じゃっ!」 「出たな、逆グラマーズ」 「マーコ……遊びのつもりで手ぬるいプレイしたら 許さないからね……?」 「もちろんじゃ……ここは戦場じゃからな」 急に本気MAXになってしまった!! 「ちっ……失言だったか。先輩、いけますか?」 「え……? は、はい……」 「…………」 少し目を離すと、先輩は気分が悪そうに黙り込む。やはり本調子では無いようだ。 いったい、どうしたというんだろうか…… 「さぁー始まりましたわね、事実上の決勝戦が!」 「双方とも、準備は出来ているようだな」 「こちらはOKじゃ。いつでも始められるぞ!」 「かかって来るがよい」 「《殲滅:せんめつ》してあげるわ」 「フッ、いいだろう……それでは、ただ今より 第二回戦を始める!」 「ちょっと待てぇーーーい!」 「む……? どうしたんだ、天野?」 突如口を挟んだ俺を、櫻井が怪訝な顔で見つめる。 「どう見たっておかしいだろ! なんで……」 「なんであいつ、トリ太なんか持ってんだよ!」 「……? おかしいか?」 「当たり前だろ! ラケットかよ!」 「おかしなことを言うのう……私とトリ太は一蓮托生。 それはコートの中でも一緒なのじゃ」 「運命共同体とも言うな」 「いや、おかしいだろ! これじゃ3対2で、そっちが 有利になるんじゃないか!? なあ静香……」 「何言ってるのよ? そっちには翔がいるんだから ちょうどいいハンディキャップじゃない」 「男と女と言う時点で、肉体的なハンディはあるからな」 「つっても、こっちは先輩だって本調子じゃねーし…… やっぱり色々と俺たちの方が不利だろ!!」 「えぇい、うるさいぞカケルよ。あまり男が下がるような 事を言うものではない」 「こ、この野郎……」 「……と、いう事だが……審判長?」 「面白いからOKですわ!!」 「……か、勝手にしやがれ……」 いつの間にか審判長になっていた花蓮の鶴の一声で麻衣子・静香ペアの武器(?)の使用が認められた。 「チクショウ、納得いかないぜ……」 「それじゃ、始めるわよ? サーブ権は……」 「カケル達からで構わんぞ」 「いいの?」 「双方の同意の上での決定なら、かまわないぞ」 「そういうことなら、ありがたくいただくぜ」 「俺たちを甘く見たこと……後悔させてやるッ!」 「…………」 「行くぜぇっ!」 まずは様子見と、わざと拾いやすいサーブを放つ。 「小手調べのつもりじゃろうが……甘いぞ!」 俺のサーブはあっさりと捌かれ、その軌道の先には狙い澄ましたかのように中腰で構える静香の姿。 「決めるわよ、マーコッ!」 「準備はよいな、トリ太!?」 「うむ! いつでもかまわん!!」 静香のトスで、ボールははるか上空へと昇っていく。 「あ、あんなに高くトスを上げて……いったい何をする つもりなんですの!?」 「わからないが……あれは―――!!」 「行くぞ、カケルっ! これが私達の必殺技じゃ!!」 コートの中央へと麻衣子が駆けて行き、ネット際ギリギリのところで高々とジャンプし…… 「行け、マイコォ!」 「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 「くっ……!?」 「た、太陽を背に!?」 「あれじゃ眩しくてボールが見えません!!」 「見たかカケル! 日輪の力を借りて、今、必殺の…… サンライトリ太・アタックじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」 「何ィィィィィィィィィィィィッ!?」 ……………… ………… …… 「けほっ、けほっ……」 「な、何が起きたんですか!?」 「……マーコ達がポイントを取った」 「えっ!?」 「静っちさんが正確無比なトスを上げ、マーコさんが トリちゃんを振り回す事で生まれた遠心力を使って 渾身のスパイクを放つ……」 「加えて、太陽を背に受けた目眩まし……三位一体の コンビネーションを利用した、まさに必殺技の名に 相応しい一撃だ」 「は、反則じゃないんですか?」 「面白いからOKですわ!!」 「あぅ……負けて正解だったかもしれません」 「はは……そうだね……」 外野の連中がガヤガヤと騒いでいる中、俺は一人戦慄していた。 「チッ……何だよ今のは……!?」 わずか数センチ前には今のスパイクの衝撃で出来たと思われる小さなクレーター。 こんなモノ、直接受けたら腕ごと吹っ飛ぶんじゃ…… 「あ、天野くん……大丈夫ですか?」 「先輩こそ……ケガは無いっすか?」 「私は大丈夫ですけど……棄権した方がいいんじゃ ないですか?」 「せ、先輩!? 何、弱気な事言ってるんですか!」 「鈴白先輩の言う通りじゃない? ケガしないうちに 止めておく方が賢明だと思うけど」 「うむ! 今なら特別に、許してやってもよいのじゃ」 「くっそぉ〜……調子に乗りやがって……」 「…………」 「フッフッフ……カケルよ、どうやらあのアカリですら 戦意を喪失したようだな」 「残るはカケルただ一人じゃな!」 「せ、先輩……」 「天野くん……」 普段はあれだけ頼りになるオーラを身に纏っている先輩が今は本当にか弱い、ただの女の子にしか見えなかった。 「(どうしちまったんだよ、先輩……)」 「ふっ、どうやらここまでのようじゃの。あかりん、悪いが お主が弱点というのなら、容赦なく崩させてもらうぞ!」 「…………」 「黙ってないで、何とか言ってみたらどうなんじゃ!」 「私は……」 麻衣子に返す言葉が見つからないのか、先輩はそれっきり黙り込んでしまう。 「先輩……!!」 「見損なったぞあかりん! 腑抜けたお主なぞ……怖くも なんとも無いのじゃっ!!」 麻衣子が挑発しながら、先輩へ向けてサーブを放つ。 「先輩―――!!」 「え……?」 普段ならあの程度のサーブは軽々打ち返せそうな先輩がなんの臨戦態勢も取れずに、無防備な姿を晒していた。 「……っ!!」 その姿を見て、耐え切れなくなった俺は――― 「随分と好き放題言ってくれるじゃねえか? 先輩が 弱点だって言うなら……麻衣子、お前だってそんな 変わらないはずだぜ!」 先輩をかばうようにボールを受け止め、俺は叫んだ。 あんな風に挑発された以上、こっちも同じように言葉で返すのが礼儀ってもんだ! 「ほう?」 「あ、天野くん……?」 「だいたいお前、手ぇ伸ばしたってネットから 指が出ないだろ?」 「つまり、トリ太がいねえお前は……無力だっ! ただの足手まといでしかねえっ!!」 「…………」 そのままネットを越えていったボールをレシーブで受け止めた麻衣子が、黙り込む。 「たしかに、ビーチバレーと言う競技で私一人だけなら 無力かもしれん……」 「じゃが、ビーチバレーとはもとよりチームワークの スポーツじゃっ!!」 「!!」 「いくら足手まといとわめこうが、互いの弱点を補い合い 私達の実力を認めさせてやるのじゃっ」 「うむ。我輩が動けないと言う弱点をマイコが補い…… マイコの身長を我輩が補えばよいのだ!!」 「ちっ……下手な挑発は効かなねーか」 「そう言う事じゃ。下らん戯言に《現:うつつ》を抜かす暇があったら 私達から点の一つでも奪る事に専念するんじゃな」 「チッ……上等だぁっ! もう一度来いやあああぁっ! お前たちの必殺技、全力で受け止めてやるぜ!!」 「あ、天野くん!?」 「フッ、その心意気やよし……」 「ならば私も、全身全霊をかけてお主の心を粉々に 砕いてやろう!」 「……やる気ね、マーコ……」 ボールの落下地点に素早く潜り込み、静香が完璧なフォームで、正確無比なトスを上げる。 「またあの技ですの!?」 「しかもさっきよりも高い……あんな位置から体勢を 崩さずに、まともなスパイクが打てるのか!?」 太陽の光を背に受け、静香の力を借りたマーコが高々と跳びあがる。 「来いっ……!!」 「ぬおおおぉぉぉおおおっ! 科学の力は絶対無敵!! 高さ×速さ×遠心力=破壊力じゃぁぁぁぁっ!!」 日の光を受け、麻衣子の怒号と共に弾丸となって迫りくるボール。 「天野くんっ!」 先輩の声が、遠くから聞こえた気がした。 「うわあああああああああああああああ」 白く霞む視界の向こうに、ボール越しにほくそ笑む麻衣子の顔…… それが、俺の見た最期の光景だった。 ……………… ………… …… 「………………さい……くん」 「…………ん……」 「しっかりしてください、天野くん!」 「せん……ぱい……?」 ゆっくりと目を開くと、目の前には不安げな先輩の顔があった。 「……よかった、生きててくれたんですね」 「…………?」 何のことだ、と一瞬首をかしげるが…… 「そうだ、バレーは!?」 「……負けました」 「えぇ!? でもまだ……!」 「相楽さんのスパイクで気絶したんです。その時点で 続行は不可能とみなされて棄権負けです」 「……そっか」 なんて言うか……あっけない幕切れだったな…… 「……まぁ、いいか」 負けたのは悔しいが、最後の相手があれじゃあ、なんとなく諦めがつく気もした。 「……みんなのところへ戻りますか」 「そうですね」 どこか拍子抜けした気分のまま、俺と先輩は少し離れた場所でバレーに興じる皆の下へと戻っていった。 ……………… ………… …… 「先輩、ここまで言われて黙ってる事ねえよ! 言い返してやれよ!」 発破をかける意味でも、ここは麻衣子を巻き込んで先輩を煽る事にした。 「で、でも私は……」 「遠慮すんな先輩! いつもみたいにガツンと言って くれよ!」 「ふっふ〜ん♪ 普段ならともかく、こんなに腑抜けた 今のあかりんなぞ怖くないわ!」 「ばっかやろう! 先輩はなぁ、腑抜けるのはお化けの話を した時だけなんだよ!」 「なっ……!?」 「ほっほ〜う……この歳になってお化けを怖がるなんて あかりんも大したことないのう」 「バカ野郎……先輩はなぁ、人一倍他人の目を気にする ええ格好しいなんだぞ! なめるんじゃねえよ!」 「…………」 「ふっ……ならばその力を見せてみるがいい!」 言い合いと共に、俺と麻衣子のラリー応酬のが続く。 もはや先輩も静香も置いてきぼりで、俺と麻衣子の口喧嘩はどんどんヒートアップしていく。 「確かに人としてどうかって思う時もあるけどなぁ…… 二十回に一回は、先輩だってまともに優しい言葉を かけてくれる時があるんだぞ!」 「大して愛されておらんではないか!」 「バカ野郎、相手はドS灯先輩だぞ!? これがどれだけ すごいことかわかってるのかよ!」 「お、おのれぇ……」 よし……少しずつではあるが、麻衣子が及び腰になっている。 畳み掛けるなら今しかない! 「大体先輩はなぁ―――」 「なんで……」 「―――へ?」 上空にボールを上げた俺に覆いかぶさるように黒い影が宙に舞う。 「なんで私が天野くんにそこまでおちょくられなきゃ いけないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 先輩が華麗なスパイクのフォームを決めた直後、まるでボールが空中で爆ぜたかのような音が聞こえ、相手のコートに砂煙が上がった。 「え……今の……?」 「な、何があったかよくわかりませんでした……」 「今の、見えましたの……菜っ葉?」 「い、いや……鈴白が咆哮と共に飛び上がった所までは 見ていたんだが……」 みんなの視線の先……麻衣子たちのコートの真ん中に砂に埋もれ、僅かに顔をのぞかせるだけのボール…… 「入った……のよね?」 「……どうやらそのようだな」 「な……なんじゃ今のはぁぁぁぁぁぁぁああっ!?」 「や……やった! 先輩、やれば出来るじゃないすか!」 我に返った俺は、ようやく本来の力を取り戻した先輩の姿に歓喜の声を上げた。 「まったく、なんでこの実力を今まで隠して……」 完全復活を遂げた先輩を称え、俺がその背中に近づこうとした……その時だった。 「……天野くん?」 「……ヒッ!?」 キッと、怒りの目を露にして、先輩が振り返った。 「これでも私……腑抜けですか!?」 「い、いえ、そんな事ないっす!」 「そうですか……」 そう言って、先輩はネットの方に向き直り構えを取る。 「(た、助かった……)」 「……これが終わったら……解ってますよね?」 「(助かってなかった……)」 今この瞬間、俺の暗い未来が約束されたわけだがその甲斐もあって勝機が見えた。 「相楽さんも……言いたい放題言ってくれましたね!」 「なっ……わ、私はただ……」 「問答無用です!」 「そ、そんなぁっ!」 「審判長さん!」 「ひっ!?」 「試合、続行ですよね?」 「そ、そうですわね……菜っ葉!?」 「う、うむ……本人がそう言うなら、問題はあるまい」 「つ、続けるのか、このまま!?」 「諦めなさい、マーコ……今の鈴白先輩に、誰が逆らえる って言うのよ」 「は、薄情じゃぞ、シズカァ!!」 「こ、怖いよぉ、かりんちゃん……」 「あぅ……だ、大丈夫です……私達にはコバンくんが ついてますから……」 「あのぉ……みんな怖がってるんですが……」 「ふふっ……なんだかゾクゾクしてきちゃいました」 「(本物だ! この人は本物だ!)」 「さ……行きますよ、天野くん!」 「は、はいっ!」 先ほどとは見違えるほど気合が入った先輩。 ここから先は、もう試合なんかじゃなかった…… ……………… ………… …… 「に、21−1……勝者、鈴白!」 「…………圧倒的でしたわね」 「お、終わったんですか?」 「も、もう目を開けても平気ですよ、深空ちゃん……」 「た、助かったのじゃ……」 「うむ……我輩も、ついに死に場所が見つかったと 思ったぞ」 「ホント……命があるのが奇跡みたいね」 「うわぁぁぁぁん! シズカぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「よしよし、怖かったわね」 「やりましたよ先輩! 俺達の勝ちです!」 「ふぅ……そうですね、今日のところはここまでに しておきましょう」 「それにしても……」 俺は穴だらけになり、すっかり地形が変わってしまった相手コートに目を向ける。 「ここまでやる必要があったんですかね……」 「うふふっ、何言ってるんですか」 「え……?」 背中に冷たいものを感じ、俺は一歩後ずさった。 「これから天野くんもああなるのに、砂浜の心配なんか してる場合じゃないですよ」 「ど、どういう事……?」 「白々しいですねぇ、もう……解ってるくせに」 菩薩のような笑顔に隠された鬼の気配。 目を合わせたら確実に……《殺:と》られる! こういう時は、何も考えずに…… 「ダッシュ!!」 逃げるが勝ちというやつだ! ……と、思ったのだが…… 「あぶっ!!」 足が何かに掴まれたかのように動かなくなり、俺はそのままの勢いで砂浜へとダイブする。 何事かと足元を見ると、鞭となった白杖が俺のくるぶしに絡みついていた。 「嫌ですねもう、どこに行くって言うんですか?」 「いやぁ、ちょっとトイレにでも行こうかなと……」 「そんな言い訳が通用すると思ってるんですかっ!!」 「すみません、思ってました」 光の速さで土下座する。 「人が黙ってればよくもまぁ好き放題にペラペラと…… 私の事を何だと思ってるんですか!?」 「び……美人で頼りになる先輩……?」 「なんですか最後の『?』はっ!?」 「それじゃあ……《儚:はかな》げで守ってあげたくなるお姉さん」 「全然気持ちがこもってません!」 「どうすりゃいいんだ……」 「もう承知しませんからね……後でた〜っぷり お仕置きです!」 「(どっちにしろ、もう助からないわけね……)」 帰ったらどんな目に合わされるのか想像して俺は泣きそうになった。 「覚悟しておいてくださいね!」 「わ、わかりましたってば……」 「まったく……元気になってよかったと思ったら これだもんな……」 「え……?」 「いや……先輩、今日はずっと気分悪そうにしてた からさ……」 「少しでも元気が戻ればと思って、あんなこと 言ったんだけど……なんか、怒らせちゃった だけみたいですね」 「…………」 「ま、先輩は怒ってるほうが似合うから……結果的には これでいいのかな?」 「な、なに失礼な事言ってるんですか!」 「ちょ、調子に乗りすぎました!」 先輩に生気が戻った事の嬉しさから、つい笑顔になってしまったのか……怒られてしまった。 「まったくもう……調子のいい事ばっかり言って……」 「はぁ、すいません……」 「ぶぅ……言うに事欠いて、怒ってるほうがいい なんて……」 「いいじゃないっすか、その方が先輩らしいっすよ」 「天野くんっ!」 「はいっ……!」 「……本当に、もう……」 呆れながらそう呟き、毒気を抜かれたかのように先輩が小さくため息をつく。 「……もう、今回はお仕置きは無しです」 「えっ、いいの?」 「ぶぅ……今回だけですからね」 拗ねた口調でそう言いながら、先輩は照れたようにそっぽを向く。 どんな許しの言葉にも勝るその表情を見て、俺の胸にたまらなく嬉しい感情が沸き上がったのだった。 ……………… ………… …… バレーも一段落し、みんなが海に入りはしゃぐ中やはり先輩だけはパラソルの下で一人、物思いに耽っていた。 バレーの最中は少し元気が出たようにも見えたが風船から空気が抜けるように、しぼんでしまって覇気がないように見えた。 「先輩、生きてます?」 「ぶぅ。生きてますよ。……天野くんは泳がなくて いいんですか?」 「俺、海水ダメなんすよ」 「……すぐ分かる嘘は止めた方がいいと思います」 「……ごめんなさい」 「先輩こそどうしたんすか、こんな所に籠っちゃって」 「私は……日差しが苦手で……」 「……先輩の方こそすぐ分かる嘘じゃないっすか」 「……そうですよね」 そう呟いたきり、先輩は黙って俯いてしまった。 「とにかく、もっとパーっとはしゃぎましょうよ!」 そう言って、俺は少し強引に先輩の手を取り、無理やりパラソルの外へと連れ出す。 「あ……天野くん!?」 「さ、行きましょ!」 「で、でも私は……」 「いいからいいから!」 先輩の言葉を無視し、ずんずんと引っ張りながら歩く。 握った手の柔らかさに少し興奮してしまうあたり、やっぱり男は単純なんだな、と改めて認識してしまう。 <フエルトペンの恐怖> 「雲呑さんに話しかけた天野くん」 「フエルトペンで、スケッチブックに次々とカラフルで 綺麗なイラストを描く雲呑さん……って、ええ!?」 「す、すごいよぉ〜! フエルトペン一本で、なんで カラフルで可愛いイラストを描けちゃうんだろ?」 「雲呑さんいわく、フエルトペンには無限の可能性が あるとか無いとか……」 「う〜ん、何度見てもすごすぎるテクニックだよ〜」 「あれ?」 教室から出て行った深空を追いかけようと廊下に出るとちょうど別の教室へと入っていく姿が見えた。 「ああ、もしかしてあそこって深空のクラスか」 自分の机に何か忘れ物でもあるのかと思い、あまり深く気にせずに、俺もその教室へと足を運んだ。 「む……なんだ、忘れて物ってわけじゃねーんだな」 教室へ足を踏み入れると、スケッチブックを広げて上機嫌に手を動かす深空の姿があった。 「よお。また何か描いてるのか?」 「〜♪」 よほどお絵かきに集中しているのか、俺が入ってきた事にも気づかず、黙々とペンを走らせていた。 「へぇ……こりゃ上手いな」 そのまま真横から深空が描いているイラストを改めて見てみると、なかなかどうして、かなりの出来だった。 絵心の無い俺にも解る、素朴な温かさと上手さがありどこか心を動かされてワクワクするような絵だと思う。 「深空って、絵を描くのが得意なのか?」 「えっ……? きゃっ!?」 「何だよ、隠さなくってもいいじゃん。って言うか もう見ちまったし、手遅れだな」 「み……見ちゃったんですか?」 「ああ」 「あぅ……」 「別にそんな恥ずかしがるような絵じゃないだろ? すごく上手かったと思うけど」 「ほ、ほんとですか?」 「ああ。ほんとだって」 「……そ、それじゃあ……どうぞ」 一度見られて観念したのか、おずおずと背中に隠したスケッチブックを机の前に広げる。 「ふむ……やっぱり上手いと思うぞ?」 「そ、そんなっ。お世辞はいいです。私なんてまだまだ 下手糞すぎて……恥ずかしいです」 「そんな事無いって。絵の事はあまりわかんねーけど この絵は、なんつーか……深空のイメージみたいに まっすぐで、あったかくて―――すげぇ良いと思う」 「ほ、褒めすぎですっ!!」 「絵を描くのが好きだって言う気持ちがストレートに 伝わってくるって感じで、とにかく俺は好きだ」 「わ、わかったから止めてくださいっ!」 「もがっ……」 よほど褒められ慣れていないのか、深空は真っ赤になりながら、強引に俺の口を塞いできた。 「恥ずかしくて死にそうですっ」 「んな大げさな……」 「そ、それでご用件はなんだったんですか?」 「ああ、いや……特に無いんだ」 「え?」 「深空が何してるのかなぁ、って気になったから会いに来た って感じかな」 「はぁ……」 「でも、ひとまずその絵に興味が出たから、今はもっと 深空が描いているのを見てみたくなった」 「ええっ!?」 「なんだよ、その嫌そうな顔は」 「だ、だって、そんなの恥ずかしいですっ」 「だから自信持っていいって。少なくとも俺に対しては 見たくなるくらい好きな絵なワケだし」 「あ……ぅ……」 「そんなんじゃ、プロの漫画家にはなれないぞっ!」 「プロの……」 冗談のつもりだったのだが、何か思うところがあったのか黙り込んでしまった。 「そうですねっ。誰かに見せられないような絵じゃ、きっと ダメですよねっ!!」 「よ、よくわからんが、そうなんじゃないか?」 「そうですよねっ! うん……私、がんばりますから 見ててくださいっ」 「お、おう」 何故かやる気満々で見ている事を許可してもらえたのでせっかくだから前の席に座って、しばらく見学をさせてもらうことにする。 「誰に見せても恥ずかしくない絵が描けないと…… ダメですよね」 「……?」 それは俺に言った言葉ではなく、ただの独り言だったのだろう。 深空は、再びフエルトペンでその絵に手を加えていく。 「ん? これってセリフだよな……?」 「はい。そうですけど……」 「ただのお絵かきかと思ってたけど、これってもしかして 絵本なのか?」 「……はい。そのつもりです」 「へー……絵本か。なるほどな」 「つか、それにしてもホントにすげぇな……まるで魔法 みたいだ」 深空がフエルトペンで紙を撫でるたび、真っ白な画用紙にまるで水彩画のような色とりどりの絵が描かれていく。 「……って、ちょっと待て」 あまりに平然とやってのけているので思わずスルーするところだったが、冷静に考えて、これはおかしい。 深空は黒色のフエルトペンを一本持っているだけだ。 それで紙にシュッシュと動物たちを描いて、そのままもうひと撫でするように、シュッとペンを走らせるとたちまちカラフルなクマやペンギンが完成するのだ。 「どう見ても物理法則とか色々と超越しすぎだろっ!」 「はい? 何がですか?」 「それ、フエルトペンだよな?」 「はい、そうですよ。私のお気に入りのペンですっ」 「なんでフエルトペン1本でカラーのイラストが 描けるんだよ! しかも水彩画っぽいし!!」 「なんでって……フエルトペンだからに決まってる じゃないですかっ」 「無理だろ……常識的に考えて……」 「むっ。翔さんはフエルトペンのすごさが、まるで わかってませんっ!」 「色んな種類のペンがありますけど、どれも役割が 決まってて、みんなで助け合わないとダメなのに ……フエルトペンだけは別なんですよっ」 「フエルトペンこそ万能のペン……お子様からお年寄り まで、誰にでも親しまれ、使われると言う……まさに かゆいところに手が届く設計なんです」 「1本のフエルトペンさえあれば、その可能性はまさに 無限大です!! いんふぃにてぃーです!」 よくわからないが、すごい自信だった! 「そ、そうなのか?」 「そうです! どんなペンにも決して負けない…… 使う人の力量次第で最高の絵を紡いでくれるのが このフエルトペン(180円)なんですっ」 「は、はあ」 「まだ私も、この子の真の性能を引き出してあげられ なくって……そのくらい、すごいペンなんですよ?」 「(んなアホな……)」 俺からすれば、どうみても限界以上の能力を要求しているように見えるのだが……どうやら深空にとってはそうでも無いらしい。 <プロローグ> 最近よく同じ夢を見る それは、誰かと空を飛ぶ夢だった そして―――それが正夢になるであろう予感を 俺は、たしかに感じていたんだ…… 気がつくと、空。 足元に地面はなく、綺麗な夕焼け空が広がっていた。 しかし俺に焦りの気持ちは湧かず、心は穏やかだった。 なぜならそれは―――夢だから。 最近よく見ている、夢の世界。 自分が大空に羽ばたいて、その身一つで飛んでいる夢。きっと誰もが一度は見たことがあるのではないか。 けれど他のヤツの夢と違うであろう事が、一つ。 それは、誰かと一緒に飛んでいるという事だ。 たしかに繋がれている暖かな手の感触…… だがその人物の方を振り向いた時、目が覚めるのだ。 もう二度と同じ夢は見ないかもしれない……ならばそれが誰だったのか、俺は知りたいと思った。 そして同時に、知ることができると確信していた。 そう……予感していたのだ。 そいつを知る日は、すぐそこまで近づいている事を。 ……………… ………… …… <ボディーガードは王子様に> 「気がつくと、童心に帰ったように翔さんとの 鬼ごっこを楽しんでました」 「そうやって追いかけっこをしている間に、なんだか 逃げるのが馬鹿らしくなっちゃって……足を止めて 二人で笑い合ってしまいました」 「青春ですっ」 「それで、翔さんとすっかり打ち解けた私は、本当に 迷惑ならもう止めるって言う翔さんに、私の方から 改めて、ボディーガードをお願いしたんです」 「『らぶ』ですねっ!!」 「ら、ラブって……そう言う気持ちとは少し違うかな。 なんていうか、私、今までずっと他の人との距離を 一定に保ってきたから」 「ちょっと図々しかったけど、でも、初めて その距離を詰めてきてくれた人で……」 「だから、えっと……初めて出来たボーイフレンド って言うか……男の人のお友達って言うだけです」 「ぼーいふれんど……」 「……私が近すぎる、って感じていた『距離』は 翔さんにとっては、普通の距離で―――」 「そして、それは私にとっても、全然苦痛じゃ なかったんです」 「ううん。それどころか、どこか心地よく感じ始めてる くらいで……」 「誰かと深く繋がりを作るのは勇気がいる事ですが それは、すっごく大切なものですっ」 「うん。翔さんは、それを私に教えてくれたんだ」 「そうして、これから二人の『らぶ』は深まって 行くんですね。あうっ!!」 「ら、ラブじゃないってばぁ〜っ!」 「はぁ、はぁ、はぁ……も、もう、ダメですっ……」 「俺も、もう……限界だ……」 途中参加で元気の有り余っているかりんと静香はどこかへ走り去ってしまい、取り残された二人でその場へ仰向けにへたり込んでしまう。 「あははっ……すごく疲れましたけど……なんだか 久しぶりにとっても清々しくて、楽しかったです」 「へっ……そうだな。こんなに走り回ったのなんて 本当に久々だわ」 「私たち、なんで鬼ごっこをしてたんでしたっけ」 「えーっと、なんだったかな……もう何でもいいや」 「えへへ。そうですね……楽しすぎて、今まで意地を 張ってたのが馬鹿みたいに思えてきました」 「だろ?」 「はい」 「変に遠慮して、《畏:かしこ》まって……だから相手だって 私に気を遣っちゃってたんですよね……?」 「まぁ、そうだな」 「そう……ですよね」 「……友達ってさ、別にギブアンドテイクな関係じゃ なくっていいんだよ」 「…………」 「相手に迷惑かけるとか、何もお返しできないとか…… そんなの、友達にとっては取るに足らないことだろ?」 「メリットとか、デメリットとか……そんな小難しい 理屈じゃなくってさ、ただ一緒にいるだけなんだよ」 「一緒に、いるだけ?」 「ああ」 「一緒にいて、楽しけりゃさ……それでいいじゃん」 「……はい」 「深空はさ、相手に気を遣いすぎてるんだよ。俺は逆に ちょっと図々しすぎるのかもしれねーけどさ……」 「そ、そんなことないですっ」 「ならさ……友達になろうぜ」 「え……?」 「何の気兼ねも無く、気軽に何でも言えるような関係に なろうぜ、ってことだよ!」 「……私、今までそう言った仲の良い友達って、誰も いなかったので、その……」 「クラスにだって、佐藤さんとか、楽しくお話する人は 何人かいますけど、別に一緒に帰ったり、遊んだりは しませんし……だ、だからよく解らないって言うか」 「じゃあ俺が友達1号ってことで、どうだ?」 「でも私、面白くないし、絵本ばっかり描いてて 一緒に遊ぶ時間だってあまり作れませんし……」 「だから、そんな気遣いをしなくてもいい関係だって。 適当に会いたい時に会って、話したい時に話す」 「そんで……友達が助けを求めてくるんなら、全力で そいつを助けてみせる」 「こうして集まったみんなとはさ……そう言う特別な 関係でいたいんだよ、俺は」 「……はい」 「青臭くって、ただのエゴなのかもしれないけどさ。 『仲間』ってヤツになりたいと思うんだ」 それは誰の言葉だっただろうか……仲間と言う単語を聞いたとき、俺は自然とそれを受け入れていたのだ。 俺たちはきっと、最高の仲間になれるだろう……と。 「こうして集まったみんなが、仲間だなんて…… ロマンチックで良いと思います」 そんな俺の想いが通じたのか、戸惑うだけだった深空がほんの少し警戒を解き、俺に接してくれていた。 「だから、青臭くなんてないです。エゴじゃないです。 仮にそうだとしても……素敵な考えだと思います」 「だから、その……私なんかでよろしければ…… これからも、よろしくお願いします」 「ああ。よろしく」 俺たちは友好の証として、お互いの手のひらを重ねる。 汗で熱くなっていたその手を握りながら、俺は深空との距離が縮まったことを肌で感じていた。 「で、だ」 「はい?」 「改めて友達になったところで、《忌憚:きたん》のない本音を 聞かせてもらいたいんだが……」 「な、なんですか?」 「いや、なんつーかその……ボディーガードの件だよ。 本当に迷惑だって言うんなら、止めるからさ」 「あ……」 「俺個人の感情としては、見ていて危なっかしいから 守ってやりたいって言うか……心配なんだよ」 「翔さんって、ホント意地っぱりですよね」 「乗りかかった船って言うか、一度気になり始めたら とことん追及しないと落ち着かないって言うか……」 「なんつーか、とにかく一度自分で考えて決めた行動は 貫けないと気持ち悪いんだよ」 「えへへ。猪突猛進ですねっ」 「笑うなよ! 深空だって似たようなもんだろっ」 「う〜ん、たしかにそうかもしれませんね」 「じゃあ、似たもの同士ですねっ」 「あ、ああ。そうだな」 「でも、私は翔さんほど頑固じゃないですよ」 「そうか……? 大して変わらんと思うけどな」 「全然違いますよ。だって……」 深空は笑顔でくるりと俺の方へ振り返ると、不意に俺の手をぎゅっと握ってくる。 「私の方が先に、折れちゃいましたから」 「え?」 「だ、だから、その……します」 「な、なんだって?」 「お願いします……って言ったんです」 「なにを?」 「ぼ、ボディーガードですよっ」 「私は、何もお返しできませんけど……それでも 一緒に付き合って頂けるのでしたら、ぜひ…… これからも、よろしくお願いします」 「あ……お、おう! 任せておけっ!!」 ずっと断られてきた、ボディーガードの誘い。 その誘いを受け入れてくれた嬉しさで、俺は思わず興奮気味に答えてしまう。 「か、翔さん、なんでそんなに喜んでるんですか? これからご迷惑をかけるだけなのに……」 「馬鹿! お前と一緒に帰れるのが嬉しいからに 決まってるだろっ」 「え……?」 一人寂しく帰る……俺は、それが当たり前になっていた少女の日常を変えられた事に、大きな至福を感じていた。 「はははっ! ついにやったぞコノヤロウ!」 まるで金メダルを取ったかのように、深空の手を握ってぶんぶんと振りながら、全身でその喜びを表現する。 自分でも馬鹿みたいに、笑いがこみ上げてきて…… それはたぶん、今まで感じていた深空と俺たちとのわだかまりが無くなったからに他ならなかった。 「こ、このくらいで、大げさ過ぎますっ!」 「お前も友達なら、一緒に喜びを分かち合ってくれ!」 「ええっ!? む、無理ですっ」 誰に対しても優しくて、でも、決して誰の優しさも素直に受け入れられなかった少女。 その少女の心を、ほんの少しだけでも動かせたのだ。小さな一歩かもしれないが、大きな前進でもある。 「おし、こうなったら絵本作りも俺が付き添うぞ。 まあ見ているくらいしか出来ないけどな」 「ええっ!? そ、そんなぁ〜っ」 今まで、友達も作れずに一人きりで過ごしてきた少女には多少強引に振り回すくらいの付き合いが必要だと思い、《傲慢:ごうまん》に振舞う。 最初は戸惑うかもしれないが、こうしていけば、いつか深空にも一歩を踏み出す勇気が生まれるかもしれない。 「嫌そうにするなっ!」 「だって、恥ずかしいですっ」 「プロ目指してるんだろっ!?」 「あうぅ〜っ!」 「かりんの真似したってダメだっ!!」 なぜか相手との距離を取り、一歩引いてしまう少女。 その少女が、俺たちを信じて近づいてくれるなら…… きっと今より楽しくなる。本当の仲間にだってなれる。 「……翔さん」 「ん?」 だって、俺たちと友達になるために必要なことはたったの一つだけで…… 「よろしく、お願いしますっ」 そう――― それは、自分から一歩近づいて手を差し出してくれると言う行為だけなのだから。 「ああ、こちらこそ」 俺は頷きながら、深空が本当の意味で静香たちと友達になる日は、そう遠くないだろうと確信するのだった。 ……………… ………… …… <ラストチャンス> 「翔さんを今まで拒んできたのは、今回みたいに 自制が利かなくなってしまうのが分かっていた から……です」 「だから、嫌われるように接していれば、間違いは 起こらないし、安全に目的の方に集中できるはず ……でした」 「でもついに禁忌を破って、私……いえ、『かりん』と 翔さんが、一つに結ばれてしまいました」 「『過去』である翔さんと、『未来』である私が一つに なったことで、歴史が繋がってしまい、『確定』して しまったんです」 「これが、マーコさんが私に告げた、最も危惧すべき 注意事項で……こうなってしまったら、もう二度と 過去へは戻れなくなってしまうそうです」 「つまり、これは正真正銘、ラストチャンスと言う ことになってしまいます」 「もし失敗したら、翔さんは死んだままでっ……もう 二度と会うことが出来なくなって……」 「そう弱気になりそうな自分を鼓舞して、現状は そこまで最悪の事態じゃないと思い直しました」 「私かに深空ちゃんとは結ばれていませんけど、他の 女の子じゃなくて、私のことを想ってくれましたし 遠まわしに協力もしてもらいやすいはずです」 「そう思うことにした私は、このラストチャンスに 文字通り全てを賭けて、絶対に翔さんを殺さずに 救い出す決意を新たにしました」 着替えた後、すでに午後だった事を知った私は、まだ寝ている翔さんを起こすのも気恥ずかしくて、一人でヒミツの丘へと足を運んでいました。 辛い時も、嬉しい時も、いつだってお母さんに報告をして励まされてきた……そんな、お気に入りの場所。 「風が気持ちいいです……」 この草原だけは、まるで世間から切り離されたかのように涼しい風で優しく頬を撫でてくれます。 「…………」 一人になりたかった理由は、ただ恥ずかしかっただけじゃなくて…… 現実に起こってしまったこの事態に、どう対処すればいいかじっくり考えたかったからです。 「私のせいで……また翔さんを追い詰めてしまいました」 自分の意志の弱さを浮き彫りにしてしまった浅はかな行動に今更ながら焦りを感じていました。 「でも、私には……翔さんを拒む事なんて、出来ません」 私は沈み行く夕日を眺めながら、かつてマーコさんに言われた『戒め』の事を思い出していました。 ……………… ………… …… 「よいかミソラ? 今のお主は過去に戻った時に 嬉しさのあまりカケルに抱きつきそうじゃから 一つだけ言うておくぞ?」 「はい」 「お主が正体を隠す理由は幾つかあるのじゃが……全ては 一点に集約されるのじゃ」 「一点……?」 「つまり、世界崩壊の危険性を減らすためじゃ」 「世界……崩壊……」 「大げさに聞こえるかもしれんが、冗談ではなく 本来、時空間の移動とはそれほど人の手に余る 禁忌の行為なのじゃ」 「お主にとっては辛いかもしれんが、カケルにはとにかく 嫌われるように接するべきじゃ」 「どうしても干渉したいと言うならば、せいぜい 家族レベルのコミュニケーションまでじゃ」 「……はい……」 「無論、親しくなればなるほど危険性は増すのじゃがな」 「…………」 「とにかく気をつけて欲しいのは、過去のみんなとの 接し方なのじゃ」 「一番恐れるべき事態は、歴史の修正許容範囲外の世界で 『過去』と『現在』を繋げてしまう事じゃからの」 「過去と現在を、繋げる……?」 「うむ。そのタイムマシンを使用した瞬間から、この 世界の本当の歴史―――つまり正史は、お主を軸に 回転するようになる」 「タイムマシンの使用者が、その機能を停止させた時…… つまり、そのメガネを外した時、歴史が完全に『確定』 してしまうのじゃ」 「それってつまり……どう言う事なんですか?」 「単純に言ってしまえば、カケルが助かった後にメガネを 外せば、それが本物の歴史になると言うことじゃ」 「唯一気をつけなくてはならん事は、カケルと《お主:ミソラ》が できる限り正史に近い形でおる状態―――つまりは 結ばれておらんと危険だと言うところじゃ」 「つまり、《『私』:かりん》が翔さんと親しくなってしまうと……」 「うむ。最悪の場合は、カケルを助けてられても、もう一度 過去に行かねばならんかもしれん」 「…………」 「とにかく、どうにかしてミソラとカケルに恋人くらいの 繋がりを用意してやらねばならんと言うハナシじゃ」 「……逆に、お主がカケルを深い関係を持つのは、絶対に 止めるのじゃぞ?」 「え……?」 「現在のお主……つまり『未来』の象徴であるかりんと 『過去』の存在であるカケルが、深い繋がりを持って しまった時―――」 「その強い結びつきが出来てしまった場合、恐らくはもう 二度と過去へ戻れなくなってしまうじゃろう」 「…………!!」 「よいか? じゃから、辛いとは思うが……カケルとは 必要最低限の接触にとどめておくのじゃ」 「過去の世界では唯一、未来に存在しないがゆえに 正体がばれても『歴史の修正』は起こらぬが……」 「何も語れぬお主が、自らの手でカケルを突き放すのが 辛ければ……情報の漏洩を防ぐ意味も含めて、正体は 隠しておくしか無いじゃろう」 「他の者たちにばれてしまったら大変な事態になる事に 変わりは無いからの」 「わかりました。……気をつけます」 「何、そう気落ちした声をあげるでない。別に一生カケルと 付き合うな、と言っておるわけではない」 「二人で恋人としての生活を望むなら、カケルを助けて 最小限の誤差で歴史を修正すれば良いのじゃ!」 「……はい! 頑張ります!!」 そう……あれだけ念を押されて、数えきれないくらい何回も時間移動を繰り返して、我慢して来たのに…… 翔さんに好意を持たれてしまったこの世界では、そんな私の決意も、あっさりと折れてしまいました。 結局、結果的には翔さんの望み通り、何年間も続けていたループを止められてしまったのです。 「やっぱり翔さんは、すごいです……」 自分の不甲斐なさより、私の想いを簡単にひっくり返してしまうほどの翔さんの強い心に、胸が高鳴っていました。 いつだって、そう。 つまるところ私は、翔さんには何一つ敵わないのです。 「すみません……やっぱりダメでした、マーコさん…… 私、翔さんのお願いは断れません」 「だって、それは私も望んでいた事ですから……だから 後悔だけは、絶対にしません」 私は未来で待ってくれているはずのマーコさんへ向けて自分の胸のうちを報告するように呟きました。 それは、決意を固めるおまじないで――― 「そして、これがラストチャンスになってしまいましたけど ……私は絶対に、諦めません!!」 たとえどんな辛い困難な道でも、翔さんと一緒にいられるなら、私はなんだって出来ちゃうような希望に満ち溢れていました。 「今度こそ……絶対に、助け出して見せます」 「だから―――待っててください、翔さん」 私は夕日に染まる街を見下ろしながら、最後の挑戦で最高の世界へと辿り着くのだと、揺るがない気持ちを抱いて、胸にしまいこむのでした。 <ラブラブかりん、ドキドキ天野!?> 「翔さんを起こそうとした時、寝言だと思いますが 私の名前を呼ばれてしまって、ついドキっとして 魔が差してしまいました……」 「わ、私が、寝ている翔さんに気づかれないように キスをしようとしたら……ギリギリで気づかれて しまいました」 「あううぅっ……すっごく恥ずかしかったです」 「でも、とっても幸せでした……」 「肌を合わせたあの日のことを思い出して、すごく ドキドキして……」 「またあの時のように、翔さんにそっと優しく 抱きしめてほしいです」 「かりん、俺、気づいちゃったんだ……」 「ええっ!? わ、私の正体にですか!?」 「いや、ちげえよ」 「あぅ?」 「ミルクってさ……」 「いい感じの発音にすると、奇跡っぽくね?」 「ミルクォ!」 「ミルクォオオオオオオオオッ!!」 「あぅクォーッ!!」 「と言う事で、好きだ」 「どう言う事なのかさっぱりですが、それはもしや ラブですか? ラヴクォーッですか?」 「ああ。めっちゃラブだ。こりゃ愛だな」 「嬉しいです。私も大好きです」 「そうか。やったぜ」 「すごく淡白ですね。喜んでいるように見えません」 「いいえ、違います。それは誤解です」 「でも、英文の日本語訳みたいな話し方になってます」 「いやっほおおおぉぉぉーーーーーーーう!! 両想いだっぜえええええぇぇぇーーーっ!!」 「急にテンションが上がりました!?」 「好きだぜ、かりん……」 「翔さん……」 ……………… ………… …… 「ん……かりん……」 寝惚けた頭で、夢とも現ともわからぬ感覚のまま俺の前にいた人物の名前を呟く。 「あぅ……」 「ん……」 「大好きです、翔さん……」 「え……?」 「ふぇ?」 「……ミルクォ?」 寝ぼけたまま、状況が掴めずに反射的に言葉を発する。 「あっ……」 「あううううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!?!?」 俺の上に乗っかっていたかりんが、ものすごい勢いでずざざざざーっと後ずさっていく。 「かりん、お前いま、キ―――」 「あうううぅぅぅ〜〜〜〜っ!!」 キスしようとしてただろ、と言おうとする俺の口をかりんが、光の速さで一足お先に塞いで来る。 「お前、もしかして……もがもがっ」 「あうあうあうあぅっ!!」 真っ赤に照れながら、しかし否定するでもなく、ただ慌てふためいているメガネ娘。 それを見て、俺は不覚にもドキリとしてしまう。 「(お、落ち着け、俺……)」 俺はかつてない心臓の高鳴りに動揺しつつ、恐らくこれは先ほど見ていた夢のせいだと思う事にする。 しかし、夢とは本来その人物の願望などを映し出す鏡とも取れるわけで…… 「バカなっ!!」 「あうううぅぅぅ……もう、恥ずかしくて翔さん以外の ところへお嫁さんに行けませんっ」 「責任を取って、結婚してください!」 何故かプロポーズされていた!! 「お、落ち着けかりん……そして俺も落ち着け」 「と、とりあえず深呼吸します」 「そ、そうだな。俺も深呼吸するわ」 「…………」 「……ふぅ……」 二人揃って深呼吸をして、お互いに心を落ち着ける。 「これで落ち着きまし……あぅ……」 やっと元に戻ったと思っていたかりんが、俺と目が合った瞬間、再びボッと燃えるように顔を真っ赤にして、うつむいて黙り込んでしまう。 それを見て、俺も思わず赤面してしまう。 「ば、馬鹿……なに赤くなってんだよ」 「す、すみません……」 「……別に、謝らなくてもいいけどさ……」 「あぅ……」 「…………」 思わず俺も無言になってしまい、非常に気まずい微妙な空気が流れてしまう。 「そ、そんな事より、なんでまた勝手に俺の家に入り込んで きてるんだよっ!!」 「あぅ? だ、だって妹が愛しのお兄ちゃんを起こしに 来るのは、恋愛ゲームの基本です!」 「それはゲームだけだから! 現実では違うっての!! っつーか、お前そんなゲームやってたのかよ!?」 「あぅ。面白いですよ、美少女ゲーム」 「美少女ゲームって……ただの恋愛アドベンチャーとか 言うやつだろ」 「それだけじゃないです。色々とすごいんです。 新世界です。是非プレイしてみてください」 「よくわからんが、とにかく遠慮しておくわ」 「あぅ。残念です」 「……って、そんな話はどうでもいい!」 思わずかりんゾーンに入り込んでしまい、必死に抜け出しながら、俺は脱線した話を元に戻す。 「だいたいお前、どうやってここに潜入したんだよ」 「もちろん翔さんからもらった合鍵で入ってきました」 「うそつけっ! っつーかそれはこの前、俺がちゃんと 没収しただろうが!!」 「でもいっぱい持ってます。私のこれくしょんです」 そう言うと、まるで手品をするようにかりんは俺の家の合鍵を、ポシェットからじゃらじゃらと取り出した!! 「てめっ……なんだそりゃ!? 勝手に人の家の鍵を 量産するんじゃねええええええええぇぇぇぇっ!!」 「あうぅ〜っ! だめです、返してくださいっ! それは翔さんから貰った私の宝物なんです!!」 「ざけんなっ! あげた覚えなど無いわボケ!!」 俺は素早くかりんから大量の合鍵を奪うと、ズボンの亜空間ポケットへと放り込んだ。 「あうううぅぅぅっ! 返してくださいぃ〜〜〜!!」 「ダメだっつーの!!」 「あうううううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺は合鍵を取り返そうと暴れまわるかりんから逃げ回り家中をドタバタと駆け回る。 結局その追いかけっこは、数十分の死闘を経て、俺がかりんに根負けすると言う形で幕を閉じるのだった。 ……………… ………… …… <ラブラブラブラブバカップル> 「紆余曲折を経て、晴れて恋人同士となった シズカとカケルだったんじゃが……」 「二人のあまりの熱烈ラブっぷりに、秀一が壊れて しまって大変だったんじゃぞ……?」 「き、昨日の今日だったから、その……つい、ね。 浮かれ過ぎちゃったのは反省するわ」 「ま、気持ちは解るんじゃがの。二人の仲が良いのは 私としても喜ばしいことじゃし……」 「じゃが、それはそれとして、秀一のためにも もう少し自重して欲しかったのじゃが……」 「え? どう言うこと?」 「ふぅ……哀れじゃな、秀一……」 「?」 翌日、晴れて恋人同士となった俺達は、いつもと同じように麻衣子の手伝いに来ていた。 ここ最近目立った進展もなく、暗礁に乗り上げていた麻衣子の実験も今日はなんだか成功しそうな気がしてならない。 目に映る世界全てが、昨日とは違うものに見えて、すごく新鮮な気分だ。 「で、作業もせずにお主たちは何をしてるんじゃ?」 「何って……見て分からない?」 「分かると言えば分るのじゃが……」 俺の目の前には、コンビニで買ってきたおにぎりやらサラダやらが並んでいた。 「朝飯だぞ。今朝になって冷蔵庫見たら何にも入って なくてさ。来る前に買ってきたんだ」 「あ、そのウインナーくれ」 「ん、これ?」 「そうそう」 手に持っていたフォークで、俺が指したウインナーを串刺しにする静香。 ジュワっと溢れる肉汁も、俺達を祝福してくれているようだった。 「はい、じゃあ口開けて」 「あーん」 「はい」 差し出されたウインナーを頬張る。 これが幸せの味か、そのウインナーはいつもの何十倍も美味しく感じた。 「……まったく、こうなるまでに何年かかっておるのやら ……このバカップルは」 麻衣子が小さくため息を漏らすが、そのニヤニヤした表情を見るかぎり、なんだかんだで喜んでくれているようだった。 「ふぅ……どこかの誰かさん達のせいで、今日はやけに 暑いのう」 そう言って、麻衣子はわざとらしく胸もとを扇ぐ。 「麻衣子にゃ悪いが、もっと暑くなるかもな」 「んもぅ……なに言ってるのよ」 幸せそうに笑いながら、静香が俺を小突く。 なんだ……この満足感は……? 「はぁ……呆れて言葉が出ないのう」 「マーコも人のことばっかり冷やかしてないで、さっさと 櫻井くんと付き合えば?」 「……はぁ!?」 狐につままれたかのような表情を浮かべる麻衣子。 まさかそんな話を振られるとは夢にも思っていなかったのだろう。 「ななな、なんでそこで秀一の話が出るんじゃ!?」 「またまた、気づいてないとでも思った? マーコが 櫻井くんのこと気にしてるの、知ってるんだから」 「私と秀一は研究者とその助手という健全な関係じゃ! シズカ達と一緒にするな!」 怒っているのか照れているのか、麻衣子は真っ赤になって静香の言葉を否定した。 「へぇ……だってさ、どう? 櫻井くん?」 「マーコが求めるのなら……俺はいつでもこの体を 差し出そう……」 何故お前は頬を染めてそんな事を言うのか。 「秀一まで何を言っておるのじゃ!?」 「櫻井くんの方は満更でもないみたいね。これって チャンスだと思うわよ?」 「むぅぅ、だから違うと言っておるじゃろう!」 「だってそのリアクション、恋する乙女じゃない」 「わわわっ、私は科学に魂を売り渡したんじゃっ!! 恋なんて非科学的なモノ、しておるわけあるまいっ」 「……あ、今度はそこのピザくれ」 「ピザ? しょうがないわね」 「…………」 「イジるだけイジって放置と言うのは、あまりに残酷だと 思うのじゃが……」 「安心しろ、いずれ慣れる。俺のようにな」 そんな麻衣子と櫻井の嘆きも、俺達には聞こえていなかった。 「なぁ、静香。ピザって10回言ってみ?」 「何、今度はどうしたの?」 「いーからいーから」 「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」 「じゃあ俺のことは?」 「大好き!」 「……ついに脳細胞までピンク色に染まってしまったの かのう?」 「ふむ。今解剖すればいいサンプルが採れそうだな」 「いいねぇ、外野諸君。もっと祝福してくれよ」 何を言われようと、今の俺にはその全てが祝言に聞こえてくる。 「……つまり言葉攻めか?」 「……絵に描いたようなバカップルじゃな」 呆れる二人をよそに、俺達はまた二人だけの世界へ舞い戻っていく。 「じゃあ静香、次はその海苔巻き」 「納豆とイカ、どっちがいい?」 「じゃあ納豆の方で」 「うん」 静香が頷いて、先ほどと同じように海苔巻きにフォークを突き刺した時だった。 「何をしている貴様らァァァァ!」 突然、櫻井の怒声が響いてきた。 「な、何じゃ!?」 「と、突然どうしたの櫻井くん!?」 驚く二人を尻目に櫻井は一人頭を抱えて苦虫を噛み潰したかのよう表情を作っていた。 「納豆にフォークだと……なんと愚かな事を……」 「は?」 「邪道だと言っているのだ。納豆が食べたければ箸を使え 箸を!」 「てめぇこの間ドリル使ってただろ……」 「くっ……これだから色ボケは駄目なんだ。そもそもなぜ イカを蔑ろにする! このタコスヤングめ!!」 「……お前も変なところでキレるのな」 「タコスヤングってなんなのかしら……」 「なんとでも言え……貴様らのような愚かな連中は 愛ではなく納豆の海に溺れて死ぬがいい」 吐き捨てるような言葉を残し、櫻井は部屋の隅へ行ってしまう。 「珍しいわね、櫻井くんが怒るなんて」 「二人を間近で見ていれば、そりゃ苛立ってくる じゃろうて」 「ちょっと待て!? 今のって俺達のせいなのか?」 静かにうなずく麻衣子。 「……マジかよ」 どうも納得できないのは、俺だけなのだろうか…… 「今まで応援してきたからこそ、私も平静で保てるので あって、付き合いの浅い人間だったら腹を立てるのも 無理はないと思うがのう」 「そっか……そうだよね……」 「いやいや、お前も納得するなよ!」 櫻井がキレたのはどう考えても納豆のせいだろ…… 「にしても、淋しくなるのう……」 「淋しくなるって、なにが?」 「いや、これでシズカをからかえなくなると思うと 切なくて切なくて……」 「はぁ?」 「今まではもどかしい関係だったからこそ、あれこれと からかって遊べたんじゃが……これからはそんな事も できなくなると思うと……うぅっ」 よよよ、と泣き崩れる麻衣子を見て、静香が呆れたようなため息を吐く。 「娘を送り出す父親とは……きっとこういう心境なんじゃ ろうな……複雑じゃのう……」 本気半分、冗談半分といったところで麻衣子が肩をすくめる。 「大丈夫よ。ご期待通りマーコの入る余地なんて これっぽっちも無いくらいに愛し合ってるから。 ねぇ、翔?」 「あぁ、そういうことだ。悪いな麻衣子」 「ほほう……?」 俺達の会話を見て、麻衣子の目が妖しく光る。 「なるほどなるほど。その様子だと、一線を越えて最後まで イってしまったのかのう?」 にんまりといった感じの、なんとも下卑た笑いを浮かべた。 「はぁ……なんでそういうオヤジ臭い事を平気で 訊けるのよ……」 「どこのエロジジイだ、お前は……」 げんなりとした俺たちとは対照的に、麻衣子はどこまでもハイテンションだ。 「照れるな照れるな! ヤッったんじゃろ? ヤッて しまったんじゃろ?」 「5W1Hはおろか、1W5Hくらいの勢いで、それはもう 熱い夜を過ごしたんじゃろ!?」 「……別に否定はしないわよ。私はもう、身も心も翔に 捧げるって決めたんだから」 「んなっ!?」 麻衣子のセクハラ攻撃をものともしないのか、さらりと大胆な発言をする静香。 そこまで堂々と言われると、かえって俺の方が照れるんだが…… 「……はぁぁぁ」 「まったく……ここまで《惚気:のろけ》られると、相手にするのも 馬鹿らしくなるのう……」 流石の麻衣子も呆れたのか、ヒラヒラと手を振って造りかけの発明品の方に歩いて行ってしまう。 「今日はもういいから、お主らはそこで一生いちゃついて おれ」 まだ今日は始まったばかりだと言うのに、そうそうに解雇宣告(?)を受けてしまう。 「……どうする?」 「とりあえず……残り食べちゃう?」 「そうだな……じゃあ、次はそこの唐揚げを……」 「うん、これね」 ……………… ………… …… <ワイワイガヤガヤ大発明> 「ワイワイガヤガヤと、相楽さんのお手伝いをする 天野くんと嵩立さんと櫻井くん」 「で、でもこれ……一体なんなんだろ〜?」 「どんな発明品ができるのか、見当もつかないよ〜」 「フハハハハ! 助っ人参上ッ!!」 「…………」 「…………」 勢いよくドアを開け化学室に飛び込むと、そこで俺を待っていたのは、二対四つの目による冷たい視線だった。 「で、これなんじゃが……」 「こうすればいいのね?」 「……仮にも手伝いに来たのにシカトって酷くねえ?」 「だったら、ドアくらい静かに開けてくれんかの?」 「んもぅ、助っ人なんて言って、どうせ暇つぶしに 来ただけでしょ?」 「そ、そんなことねーぞ……」 半分くらいは暇つぶしをかねて手伝いに来たので思わず少しどもってしまう。 「良かったな天野。バカ丸出しだぞ」 「うるせぇっ!」 「途中で邪魔が入ったが、だいたい説明した感じじゃ。 二人とも、よろしく頼むぞ!」 「ん、おっけー」 「うむ」 俺が来る前に指示は終わっていたのか、静香と櫻井は色とりどりの野菜やオンボロのガラクタを手に取ってそれぞれの作業へと没頭していった。 「俺に出来る作業は、なんかねーのか?」 「ふむ……ではこれを頼もうかの」 少し悩むそぶりを見せてから、白衣の下から取り出したまだ削られていない《鰹節:かつおぶし》のような物体を、放って寄越す。 「どうするんだよ、コレ?」 「ピンバイスを使って適当に穴を開けてくれんかの」 「任せとけ」 その作業に何の意味があるのかは理解できなかったがとりあえず頷いておく。 「(まぁ、いいか……)」 麻衣子が頭脳になってくれれば、俺たちは四肢となってひたすら作業をこなしていけば問題ないだろう。 「……こんなもんか?」 穴だらけになって見るも無残な鰹節(?)を前に俺は満足気に頷く。 「意外と固かったな、これ……」 見ると、ピンバイスを回していた右手の指が力を入れ過ぎたせいで、真赤になっていた。 「しっかし……どう見ても食い物なんだけど こんなんが発明品のパーツで良いのか?」 前々から疑問に思っていた点を、近くで黙々と作業している静香にぼやいてみる。 「マーコが言ってるんだから、平気なんでしょ」 「そりゃそうかもしれねーけどさ……」 「たしかに、この前のロケットの部品も俺たちが作った 食べ物もどきの珍パーツがどこに使われていたのかは 判らなかったな……」 「一番最後まで麻衣子の手伝いをしている櫻井すら わからないとか、ありえねーだろ……」 どう見てもしっかりした機械にしか見えなかったアレのどこかに、珍パーツが使われていたのだろうか? 「私たちには理解できなくても、立派な部品なのよ」 「これが部品……ねぇ」 俺はその辺に転がっていたカップのインスタント味噌汁(なめこ入り)を手に取って、まじまじと眺めてみる。 「ここはなめこ汁で決めよう」 「え?」 「いや、何でもない……ってか、このカップの味噌汁 なんか、絶対に部品じゃねーだろ」 「何を言っておるのじゃ、お主は……」 「いや、だってどこからどう見ても味噌汁だろ、これ」 「? 可笑しなことを言うのう、カケルは…… どこからどう見ても部品ではないか?」 「凡夫にはそのような見分けすらつかないと言う事だ」 「少なくとも俺は、なめこの入ったジェット機や 掃除機なんてのは聞いたことがないけどな」 「む、なんじゃ、信用しておらんな?」 「そう言うわけじゃねーけどさ」 麻衣子の腕そのものは信用しているが、ここにある妙な《部:・》《品:・》の数々を見ていると、どうにも腑に落ちないのだ。 「まぁ戸惑うのも無理はないのう。科学とは、時として 他人には理解されないものじゃからな」 「じゃがしかし、科学と言うエッセンスを加えることで ここにある無数のガラクタたちが、すべて部品として 生まれ変わってくれるのは、紛れもない事実じゃ!」 「メチャクチャな理論ね……」 「むぅ、シズカまでも言うか!」 「正直、私も気になってたからね。指示された通り 作ってたらいつの間にか完成してたから、今まで 特に触れてなかったんだけど……」 「どう考えても無理があるからな」 「ふむ。そこまで言うなら、一つ実践して見せた方が 早いかもしれんのう」 「秀一、適当に部品を見繕ってくれんか」 「ああ、しばし待て」 麻衣子の命により櫻井がそこら中に転がっている食材……もとい部品を集めていく。 「そこのジャガイモも頼む」 「ああ」 「むぅぅ、かぼちゃも捨てがたいのう」 「オマケだ。つけておこう」 「せっかくじゃからそこのトウモロコシも……」 「フッ、仕方あるまい」 適当に見繕え、と言った割にはテキパキと指示を出す麻衣子だったが、それ以上に気になるのはその会話の内容だった。 「……完全に《青果店:せいかてん》ね」 「俺も突っ込みたくてウズウズしてんだ。気にしたら 負けだぜ……」 「それもそうね」 「ふむ、まぁこんなところかのう」 準備が終わったのか、ウンウンと頷きながら目の前に積まれた食材をかき分け、小ぶりのミカンを掴み取る。 「さて、もう一度だけ尋ねるが、本当にこれが部品には 見えないのじゃな?」 ずい、と眼前に差し出されたものは、どう見てもただのミカンだった。 「何度聞かれても答えは『NO』だね」 「じゃが、ここをこうしてこうすれば、ほれ。 ロデオ○ーイの完成じゃ」 「ちょっと待てッ!! お前、今、《な:・》《に:・》《を:・》《し:・》《た:・》っ!?」 麻衣子がミカンをちょろっといじったかと思うと一瞬にして、かつて奥様方の間で大流行していたロデ○ボーイへと変化していた。 「マーコ……質量保存の法則って知ってる?」 「知っておるに決まっておるじゃろ」 「ありえねえって今のっ! どんな手品だよ!?」 「ありえないも何も、目の前でやって見せたじゃろ」 「しょうがないのう。もう一度やってみせるぞ?」 そう言うと麻衣子は、その辺に転がっていたバナナを拾い、左手で握って見せる。 「ここを、こうして……」 そして、バナナの皮を《剥:む》いて…… 「こうじゃ」 ロデ○ボーイが完成していた!! 「ありえねええええええぇぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」 「現実を直視できんとは……そのような先入観では 科学の可能性を狭めるだけじゃぞ?」 「所詮は俗物だな、カケルよ」 「今のはどう見ても物理法則とか科学とか森羅万象に ケンカ売ってるだろ、お前!!」 「何を言うカケル! 科学は友達じゃっ!!」 「胡散臭いセリフを言うんじゃねえええぇぇぇっ!」 「ちょ、ちょっとカケル! 落ち着きなさいよ!」 「いや、だってこれ、発明じゃなくて魔術だろ!? 奇術だ! トリックだッ!!」 「ふぅ、頭の固い大人にはなりたくないのう」 「型にはまった人間は面白みに欠けるな」 「ふざけんなあああああぁぁぁぁ!」 「か、翔、骨! 骨あげるから落ち着いてっ!!」 「ボーン」 「ボーンじゃねええええええええぇぇぇっ!!」 「わ、私のせいなの!?」 「カルシウムは足りてるっちゅ〜ねえええぇ〜ん!!」 「見苦しいぞ! 男ならば多少の事で動ずるでない!」 「もう動じません! すみませんでしたーーーッ!」 「カ、カケルが一瞬で沈黙しおった」 「ほう、暴徒と化した天野をあっさり止めるとは…… 流石トリ太だな」 「ふぅ、あまりの出来事に我を見失ったぜ…… とは言え、今のはマジありえねーだろ!?」 「たしかに、一瞬すぎてよく分からなかったわね」 「ふふふ、これが科学の力じゃっ!」 「いやいやいやいや、いろいろ超越しすぎだろ!」 「むぅ、何が不満なのじゃ?」 「とりあえず謝れ! ロデ○ボーイの開発者に謝れ!」 「いちいち細かい事を気にして、小さい男だな」 「器が知れるな」 「俺の方なのか!? 俺が間違ってるのか!?」 「マーコの発明に関しては、考えるだけ泥沼よ」 「納得いかねぇ……なんでやねん……なんでやねん!」 「ほれ、いつまでもそんな虚空にツッコンでおらんで 手伝ってくれんか」 「なんでやっねぇーん、ブツブツ……」 「重症ね」 いつまでの納得がいかずにブツブツと呟いている俺を見て、溜め息を吐く静香。 そうしてしばらくの間、俺は麻衣子の作り出す珍発明の科学論に頭を悩ませるのだった。 ……………… ………… …… 「麻衣子、このカメレオンもどきはどうすりゃいい?」 「それは生卵に軽く通してから粉末にした蚊取り線香を まぶしておいて欲しいのじゃ」 「了解」 手に持っていたカメレオンもどきを、よく混ぜた生卵にぶち込むと、ものすごい勢いで暴れだして、はねた卵が顔にかかる。 「こいつ、生きてるのかっ!?」 「ただの部品じゃぞ? 生きてるワケあるまい」 「マイコが科学のために殺生をすると思うか、愚か者」 「じゃあなんで暴れてるんだよ、コイツ……」 「ちょっと! 変な汁飛ばさないでよっ!! 私の顔にかかったじゃない!」 「このカメレオンに言ってくれ!」 「フッ……天野にそいつは乗りこなせないか」 「ちっ……やってやろうじゃねえか」 櫻井の挑発に乗って、暴れまわるカメレオンもどきを黙らせるべく、俺は無駄に闘志を燃やし始める。 「観念しやがれ! このヤローッ!」 「ねぇマーコ、包丁ないの、包丁」 「むぅ。やはり鉈じゃと難しいかのう?」 「出来なくはないけど、もうちょっと小回りが利く ようなものがあると楽なのよね」 俺がカメレオンもどきと格闘してる間にも麻衣子の指示で、着々と作業は進んでいく。 「この大根のようなヤツ、どんな形に切ればいいの? 銀杏切りでいい?」 「いや、できれば短冊切りが良いかもしれん」 「短冊切りって……包丁なら簡単だけど、さすがに こんな大きい鉈じゃ難しいわよ」 「シズカでも難しいなら、やはり道具が必要かのう…… 秀一、その辺りに小さめの刃物は無いかの?」 「……まだだ……まだ粘り気が足りない」 「(あっちも相当のカオスだな……)」 微動だにしない櫻井の手元では、ドリルと納豆というありえない組み合わせの不協和音が奏でられていた。 「むぅ、秀一が反抗期じゃ……」 「ただ単に聞こえてないだけでしょ」 「もう少しで……行けるっ! 新世界っ!!」 「この距離なのに、聞こえておらんのか……」 その作業に夢中なのか、はたまたドリルの音にかき消されたのか、麻衣子の声は櫻井に届いていないようだった。 「……ん?」 やっと大人しくなったと思っていたカメレオンもどきを持っている手が、何故か妙に熱い事に気づく。 「って、おい! こ、こいつ、火を吹いてるぞ!?」 「何で口からじゃなくて、尻尾から火を吹いてるのよ」 「やばい、線香に引火してるし! 燃える燃えるっ!」 「何を慌てておるのじゃ……カメレオンもどき なんじゃから、火の一つくらい吹いても驚く ような事では無いじゃろ」 「お前はカメレオンを何かと履き違えてるだろっ! てか、熱っ! あっつぅ! しかも半熟だしっ!」 「どうにか大根もどきをさばいてみたけど、どう?」 「うむ! 良い感じじゃっ!」 「後はそれを墨汁に浸してからレンジで30分間ほど 温めて、そっちにあるジョウロに入れておいてくれ」 「700Wでいい?」 「天才少女であるマイコゆえに問題なくこなせるのだ。 良い子の皆は危険すぎるので、決して真似をしない ようにするのだぞ!!」 「そんなロボの裏側で、誰に話しかけてるんだよ……」 「気にするな、人間」 「ところで、トリ太は邪魔だからそこに放置プレイを されているのか?」 「違うわ馬鹿者! これには、ビンのフタよりも深い 事情があるのだ」 「で、その理由ってのは何なんだ?」 「うむ……以前、マイコが発明に夢中になりすぎて 焦げている我輩に気づかず、大惨事になりかけた 事件があったのだ」 「なるほどな……」 「ちょうど翔が高熱で寝込んでいた時だったわよね」 「どーりで知らなかったわけだ」 「学園側にも迷惑をかけたし、トリ太も元通りに なるまでに相応の時間を要してしまったのじゃ」 「マイコのお陰でニューボディになれたがな」 「それ以来、発明をしている時にはトリ太を背負わない と言う事にしておるのじゃ」 「それはわかったんだが……櫻井! 納豆がくせぇ! まだ終わらないのかよ、それ!?」 近くにいるせいか、先ほどから強烈な臭いを放つ納豆に痺れを切らし、思わず櫻井を急かしてしまう。 「残念ながら無理な相談だな。あと43320回転ほど 必要なのでな」 「細かすぎる上に多すぎだろ……」 室内には納豆と線香の臭いが充満しており、正直言うとちょっと吐きそうなくらいに大変なことになっている。 「なぁ、麻衣子。これらの惨劇からは想像がつかねーん だけど、いったい俺たちは何を作ってるんだ?」 「ふっふっふ……なんじゃと思う?」 「少なくとも俺にゃ予想すらできねーモノだってのは たしかだな」 「まぁそれは、明日になってのお楽しみじゃ!」 「この材料を見る限りじゃ、先が思いやられるわね」 「鬼が出るか蛇が出るか……」 「とにかく、明日までに完成できるようにみんなで 頑張るのじゃっ!!」 「んもぅ、だからって無茶して徹夜しないでよ?」 「ぜ、善処はするぞ……」 「……クッ!」 「ん? どうした、シュウイチ?」 「パックに穴を開けてしまったようだ。すまんが もう一つくれるか?」 「むっ、しまったのう……もう小粒の納豆しか 残っておらんのじゃ」 「ふむ。納豆は小粒に限るな」 「食うのかよ!?」 「ネバネバしたものは体に良いのだぞ? どうだ 一つ勉強になっただろう?」 「……まったく、納豆まで小粒とはの。小さいのは シズカのアレだけで十分なのじゃがなぁ」 「……私の何が小さいのかしら?」 ふつふつとした怒りを籠めたような声で静香が肩を震わせながら麻衣子を睨みつける。 「ふむ。言われなければ分からないとはのう…… 思い当たる節がないか、その小さな胸に聞いて みればよいのではないか? ん?」 「な、なによっ! マーコだって人のコト言えるような 胸のサイズ持ってないじゃない!!」 「ふふん。今はまだこんなじゃが、シズカと違って、私には まだ無限の可能性が残っておるからのう」 「シズカと同じくらいの歳になる頃には、それはもう ぼいんぼいんのバインバインなのじゃ!!」 まるで余裕、と言う感じでフフンと鼻を鳴らす麻衣子。 「かりんもビックリのグラマーになって、悔しさに歪む その顔を『ぱふぱふ』してやるから、期待して待って おるのじゃな!」 「なによ、ずいぶんと余裕ぶるじゃない? 今がこんな まな板じゃ、とても期待出来るとは思えないけど?」 「もしかしてそれは、有り難い経験論なのかのう?」 負けじと反論する静香だが、麻衣子には全く効いてない様子で、余裕の表情を崩さず反撃していた。 「(何だか女同士にしか解らん戦いが繰り広げられて  いるっぽいぞ……)」 「…………」 「…………」 一触即発、と言った感じの空気を漂わせながら黙り込んでしまう二人。 これだけ長く二人を見てれば、ケンカの一つや二つは見てきたが、胸の事になると互いにマジモードになるみたいだった。 「ふむ……自身の理想を追い求める姿は、醜くもあり 高みを目指す意味では、種族として正しくもあるな」 「だがこの世には、ドングリの背比べ、五十歩を以って 百歩を笑う、といった言葉もあるようだが」 「どちらにせよ、広い視野で自らの価値を見定める 必要があるようだな」 お互いにツンツンしている静香達と対照的に、のん気に感想などを話している櫻井とトリ太。 恐らく、静香達のアレは『ケンカするほど仲が良い』を地で行っているモノだと二人とも理解してるのだろう。 「ちなみに、カケルは大きい方が好きじゃよな?」 「は? な、何がだ?」 カメレオンもどきとの闘いを続けていた俺は、予期せぬタイミングで振られた話に、つい聞き返してしまう。 「な、なんでカケルにそんなこと訊くのよっ!?」 「男だったら、それは大きい方がいいじゃろう?」 「そ、そう言う決め付けってよくないと思うわよ!? ……小さいのが好きってのもどうかと思うけど」 「そりゃお前、男の野望と女のおっぱいは、大きいに 越したことは無いだろ」 「ほれ見ろ、そうなると将来有望な私の方が まだカケルの好みに近いと言うワケじゃな」 「シズカ同様、残念ながらフラグを失ったな、マイコ」 「これで天野は攻略不可能になったか……」 「なんでじゃっ!!」 「そっか……そうなんだ……翔も、やっぱり大きい方が いいんだ……」 「いや、まぁどちらかと言えば、だぞ? 別に胸が 標準より小さくても、それはそれで……」 「そうよね……そりゃあそうよね……私だって別に こんなまな板になりたくて生まれて来たワケじゃ ないのよ……ぶつぶつ……」 「……って、し、静香サン?」 空ろな瞳で鉈を使ってキャベツを切っている静香に謎の恐怖を覚え、思わず正気かどうか声をかける。 「はぁ……カケルだけは最後までシズカの味方で あるべきだったんじゃがな」 「せっかくの《悪役:ヒール》が台無しだな、マイコよ」 さっきまで敵対していたはずの麻衣子が、手のひらを返したかのように、静香の加勢に回っていた。 「な、なんだよ?」 「この鈍感男」 「は? え、何? 俺のせい?」 「知らんの。自分で考えるのじゃな」 「死人に鞭打つとは……天野は噂に違わぬドSだな」 「人類でない我輩から見ても、ヒトデナシだな」 「なんで急に非難轟々なんだッ!?」 「青いな」 「青人間だな」 「青いの」 「ああそうかよ、俺が悪かったよチクショウ!」 俺は一人悪者にされてしまった理不尽な状況を不満に思いつつ、《不貞腐:ふてくさ》れながら作業に戻ることにした。 <一騎当千> 「花蓮を保育園に送り出した俺は、その足で あいつの実家へと向かった」 「理由はもちろん、花蓮の親父さんに会うためだ」 「結局、花蓮と保育園から手を引かせることはできず 俺がオッサンを説得することは失敗に終わった」 「いいさ……アンタが『権力』を使って花蓮を潰す というのなら、あいつはあいつなりの『権力』で あんたに立ち向かう」 「俺は全力でその後押しをするだけだ」 「俺はこれ以上は逆効果だと感じてこの場を去り 花蓮や子供たちの待つ保育園へと向かった」 「花蓮、待ってろよ……俺も今、そこへ行くからな!」 「……そうだ、いくら使ってもかまわん。必ず首を 縦に振らせろ」 「……フン、当然だ」 「これしきの交渉で手間取っているような人材は 姫野王寺財閥に必要ないからな」 「……フッ、ならば期待して待っているとしよう」 「それから、マスコミ対策を忘れるなよ。奴らは ハイエナのように我々を嗅ぎ回っているからな」 「……そうだ、任せたぞ」 ―――ピッ 「…………フン」 「そろそろ姿を見せたらどうだ、小僧?」 「…………」 携帯を背広のポケットにしまった花蓮の父親が物陰で息を潜めていた俺に声をかける。 まるで最初から見通していたと言わんばかりだ。 「……どーも」 「何を鼠のように、コソコソ嗅ぎ回っていたのだ?」 色めきたつ黒服たちを手で制し、花蓮の父が俺に歩み寄ってくる。 「別に、コソコソしてたつもりは無いけどな」 「何やらよからぬ相談をしてたみたいだから 遠慮しただけだよ」 「……フン」 面白くなさそうに、鼻で笑られる。 「何をしに来た。見たところ、花蓮はいないようだが」 「……今日は俺一人で来たんだよ」 「ほう?」 「アンタに、用があって」 「用、だと?」 「…………」 「何を言い出すかと思ったら……この忙しい時に そんな暇があると思っているのか?」 「…………」 「フン……今日はいつもの威勢が無いようだな」 「どうした? この前のように、文句があるなら 何か言い返してみせろ」 「…………」 挑発するような言い草に、俺は黙って花蓮の父の顔を睨み続けていた。 ……やがて。 「…………フン」 ニヤリと唇の端をゆがめ、花蓮の父が満足そうに笑う。 「フッフッフ……それでいい」 「相手の力量も測れず、ただがむしゃらに噛み付くなど 勢いに任せた三流の人間のする事だからな」 「…………」 見下したような言い方だが、俺は何も言い返すことをしなかった。 「……いいだろう。話だけは聞いてやる」 「……ああ」 余裕の笑みを浮かべる花蓮の父に、俺はぶちまけたい文句を全て飲み込んで、頭を下げた。 「……ほう?」 「頼んます……花蓮の事、認めてやってください」 「…………」 「あいつは、本当に子供が好きなんです」 「それこそ、保育園がなくなるってわかったら飯も喉を 通らなくなるくらい……」 花蓮の父は何も言わず、ジッと俺の言葉に耳を傾けている。 「ガキどもに会いに行く時のあいつ、本当に 嬉しそうなんです」 「本当に……俺たち学園の仲間にも見せた事 ないような笑顔で……」 「……だからお願いします。あいつから……花蓮から 保育園を奪わないでやってください!」 もう一度、深々と頭を下げる。 花蓮の父は、黙ってその様子を見下ろしていた。 そして…… 「……フン、それが貴様の『頼み』か?」 「…………」 「悪くはなかったぞ? 若い男が、女のために 憎い相手に頭を下げる……」 「貴様のように甘い人間が相手なら、コロリと心を 動かされていたかもしれん」 「…………!」 馬鹿にするような言い草に、思わず拳を握り締める。 「だが……頭を下げると言う行為は、相手より優位に 立つ者がして、初めて意味を成すものだ」 「自分より圧倒的に下にいる人間に頭を下げられて それに何の価値があるというのだ?」 「…………」 「悲観する事はない。なかなか出来る事ではないぞ?」 「これからは分をわきまえて、自分に相応しい相手を 探すことだな」 「……わかったよ」 「フッ、そうか……わかったらさっさと……」 「アンタがどういう人間か、よーっくわかったよ」 「……何?」 ここに来て、ようやく花蓮の父親の声色が変わった。 俺は下げていた頭を起こし、正面からその顔を睨みつける。 「ついでに、アンタの言ってた事の意味もな」 「……何が言いたい」 「確かにアンタなら、顔色一つ変えずに娘の夢も 潰せるだろうさ」 「…………」 「……けれど、俺たちは負けない」 「最後まであがき続けて……それでもダメなら どこへでも逃げてやる」 「絶対に……花蓮の人生を、アンタの思う通りになんて させないからな」 目をそらさずに、俺はキッパリとそう言い切った。 「…………」 花蓮の父親はしばし俺の顔を見つめた後、静かに笑い出した。 「フッ、ククッ……フッフッフッフッフ……」 「まさか、この姫野王寺 賢剛にここまで意見する者が いるとはな……」 「…………」 「それも、貴様のような若者がだと?」 「クックック、面白い……本当に面白い小僧だ」 「……そりゃどーも」 皮肉たっぷりの言葉にそう返し、俺は来た道を引き返そうとする。 「それじゃ俺は行くぜ。アイツの事、待たせてんだ」 「まあ待て」 「……なんだよ」 「少しだけ、教えておいてやる」 「…………」 これまでにない迫力を醸し出し、花蓮の父親が俺の前に立つ。 ポケットに隠し、握り締めた拳に嫌な汗が湧いてくる。 「いいか? この世には3種類の人間しかいない」 「まずは貴様ように、権力に屈する人間」 強い反抗の意思を込めて視線を投げかけるが、まったく動じる気配はない。 「次に、屈服させる権力を使う人間」 「自他問わず過去に築き上げた地位や名誉を使い…… あるいは親から受け継いだ身分や権利を振りかざし 貴様らの上に立つ人間だ」 なるほど、この男は花蓮をそんな立場の人間に仕立て上げようとしているのか。 「そして最後に、そんな連中を圧倒し、蹂躙する 『権力』を生み出す側の人間だ」 まるで自分の事、と言わんばかりのいやらしい笑みを浮かべ、言葉を続ける。 「権力なき言葉など、何の価値もない」 「権力にすがりつく人間も愚かしいが、それすら否定し わめき散らすだけのクズはさらにタチが悪い」 「……もし、あんたの言う『権力』とやらのほうが 悪だったとしたら?」 「権力に善悪を問う必要などない」 「……っ!」 「力ある者が発する言葉にこそ価値があり、それゆえ 人々は付き従うのだからな」 「……あんたはただ、いたずらに『力』で人を 押さえ付けてるだけじゃないか!」 「そんなものが『権力』だなんて……俺は認めねえ」 「本来なら、真の意味で人の上に立つ者には 権力など必要ないのだ」 「……!?」 「なぜなら、そんなモノは自ら作り出せばよいだけの 事だからだ」 「力を持って言葉に従わせ、そこに『権力』を 生み出せば良い……簡単な事だ」 「それが出来ないなら、貴様は生涯、権力に屈服して 生きていくのだな」 「……そうかよ」 花蓮の父は高らかに言った。 花蓮が欲しければ、自分から奪い取ってみろ。 それすら出来ない人間に逆らう資格などない、と…… それは忠告であり、同時に俺への宣告だった。 「…………」 数瞬の間を置いて、俺は口を開いた。 「初めはただの、アイツの意地だったのかもしれない」 「…………」 突然脈絡のない話を始めた俺に、花蓮の父は顔色を変えることなく黙って耳を貸していた。 「自分を変えたい一心で、親に逆らって家を飛び出して ……結局、一人じゃ何も出来なくて」 「……でも、そんな中で、自分ひとりで考えて 初めて見つけたのが、保母さんになるって 夢だったんだ」 「…………」 「生半可な気持ちなんかじゃない……」 「生まれてくるはずだった弟と妹たちの代わりに 保育園の子供たちと接して、母親との約束を 必死で守ろうとしてるんだ」 「…………!」 「不器用だけど、あいつなりの形でな」 「……フン」 「花蓮め、そんな事まで貴様に話していたのか……」 花蓮の父が、遠くを見つめるように言った。 「だから、一度だけでいい」 「花蓮が頑張っている姿を見てやって欲しいんだ」 「……何?」 「あいつは今も保育園で、子供たちのために必死で 頑張ってるんだ」 「オッサン……アンタが教えてやるまでも無い」 「あいつはあいつのやり方で……アンタが言ってた 『力』とやらをちゃんと作り出して、子供たちに 慕われて、それを示してるんだぜ?」 「フン……それがお前たちの『権力』か?」 花蓮の父親がニヤリと笑みを覗かせ、そう言った。 「ああ、そうだ」 俺も唇を吊り上げ、笑顔で返す。 「それを知っても、まだこの言葉に従わない程度の 愛しか持ち合わせていない父親の下にいたって あいつが幸せになれるとは思えないからな」 「…………」 「だから、そん時は俺がお前よりも偉くなって ひねり潰してでも花蓮を連れ戻してやるよ」 「……フン」 「もしアンタが俺の言葉を信じてくれるなら…… それに見合ったものを示してやる」 「……なんだと?」 「アンタの言っていた、ロクでもない将来に どれほどの価値があるのか見せてやるよ」 「それはアンタの言うステキな将来なんてくだらない ものに思えるほど、立派なものなんだからな」 「減らず口を……」 「今は、そう思ってればいいさ」 「…………」 黙り込んだ花蓮の父に背を向けて、俺は今度こそ歩き出した。 目指すは花蓮と子供たちが待つ保育園。 手のひらに掻いていた汗は、いつの間にか乾いていた。 ……………… ………… …… <三位一体たる求愛行為> 「深空ちゃんの恋心を利用して、どうにか翔さんに はじめてを捧げる覚悟をしてもらいました」 「そして、翔さんもなんとか説得して、私たちは三人で 愛し合いました」 「翔さん……私のぜんぶを、愛してください……」 「あれ? みんなは?」 放課後、いつものように深空に会うために教室へ行くと先ほどまで騒いでいた麻衣子達の姿が消えていた。 「……みんな、もう帰っちゃいました」 「帰った? 麻衣子もか?」 「はい。残ってるのは、私達だけです」 夕陽と角度のせいか、いやに顔を真っ赤にしたように見える深空が、ぽつりとそんな言葉を口にする。 「ふーん。珍しい事もあるもんだな」 「珍しくなんて無いです。だって……私がこれを使って みなさんを帰したんですから」 そう言って、かりんは俺に変な道具を見せてくる。 「なんだこれ?」 「あぅ。以前お話した事があったと思います」 「俺に説明した事があって、見たことの無い機械……?」 「はい。『空間認識阻害装置』です」 「ああ、そう言えばそんな事言ってたっけか」 たしかこれを学園全体に展開しているお陰で、俺達8人以外には無意識下で学園の存在を認知できない、と言う近未来的でヤバげな道具だったか。 「これの設定をいじって、今この教室は私達3人以外 誰も『認知』できないようにしました」 「しましたって、お前……なんでまたそんな事を?」 気がつけばこれまた夕焼けの影響なのか、心なしかかりんの顔も火照り、熱を持っているように見えた。 「もしかして、ヒミツの相談でもあるのか?」 「はい。とっても真剣なお願いです」 「……はい」 「……?」 二人にじりじりと近づかれ、何となく距離を取って同じ幅だけ後ろに下がってしまう。 「えっとですね、翔さん……」 「な、なんだよ」 「私たち二人を、抱いて欲しいんです」 「なっ……!?」 「私は大丈夫ですから。だから翔さん、深空ちゃんを…… 私だと思って、いっぱい愛してあげて下さい」 「で、でもお前っ!」 「翔さん」 焦りまくっていると、かりんはいたって冷静な落ち着いた口調と瞳で俺を見据えて来た。 「あの時は信じてもらえませんでしたけど……今なら きっと信じてくれると思います」 「私の『はじめて』は……」 『私の『はじめて』は、いつだって翔さんのものです』 初めて結ばれた時、経験済みだったかりんが言った俺への『気遣い』の言葉を思い出す。 いや、その言葉は気遣いではなく本当だったのだと目の前の少女は今、証明しようとしてくれていた。 「翔さん。私の言葉を、ホンモノにして下さい」 「かりん……」 「か、翔さん」 「深空……?」 「翔さん……私、翔さんのことが、好きですっ」 顔を真っ赤にしながら、溢れ出すほどの好意を俺へと告げるように、告白の言葉を口にする深空。 俺とかりんの関係に薄々感づいているであろう深空に他人の恋を乱すような大胆さがあるようには思えない。 本来なら諦めるはずの、隠しておくつもりだった想いをなぜか止める事ができないからなのだろう。 「ほ、ほんとは分かってるんです」 「翔さんは、かりんちゃんのことが……だから、ずっと 諦めるつもりでした」 そう、それはまるで――― 「でも、何故だか私、どうしてもこの気持ちを抑えられ なくって!」 「かりんちゃんと翔さんが仲良くなればなるほど、私の 中にあった、翔さんへの気持ちも募っていって……」 それがいけない事なのではなく、むしろ《そ:・》《う:・》《あ:・》《る:・》《べ:・》《き:・》行動なのだと思わせる『何か』が、あるかのように。 「深空……」 「翔さんっ!」 これ以上この子を不安にさせないで欲しい、と言う目で俺に『深空を抱け』と訴えてくる、かりん。 「私、本当の好きって、その人の全部を愛してくれること だって……そう思ってますから」 「……わかった」 かりんが目の前にいるからと言って、過去のかりんを否定してしまうのは違うことに気付かされて…… 俺は、かりんの全てを受け入れる事を決意した。 「深空、その……俺もお前の事が好きなんだ」 「えっ……?」 「深空もかりんも、好きで……俺の中ではおんなじで。 だから、こんなの嫌かもしれないけど……好きだ」 「どちらかが一番じゃなく、どっちも一番好きなんだ」 「かける……さん」 かりんの正体に気付いていない深空に告げるのは酷だがこれが今の俺が言える、精一杯の愛情表現だった。 「私も、深空ちゃんなら、重婚だって許しちゃいます」 「重婚ってお前……」 「本当に、良いんですか?」 「ああ。深空が良いなら、だけどな」 「良いに決まってます。ベタ惚れですっ」 「ちょ、ちょっと、かりんちゃんっ!」 「恥ずかしがってちゃダメです。好きって気持ちは ……ちゃんと言葉にしないと、伝わりませんから」 少し寂しそうに紡ぐその言葉は、反論を許さないほどの重みがあって……何がかりんの言葉を重くしているのか分からないままに、俺達は黙り込んでしまう。 「だから、ね? 深空ちゃんの口から、伝えて下さい」 「……うん」 深空はかりんの手をぎゅっと握り、見つめ合うと、くるりとこちらを向き、正面から見据えてきた。 「翔さん。私の『はじめて』を……貰ってください」 「ああ。喜んで」 「エッチでケダモノな翔さんなら、据え膳は食べまくり っぽいですしねっ」 「せ、節操くらいあるっての!!」 「でも、普通、こんな……さ、三人でなんて……」 「そ、それは……ぐっ!」 真っ赤になってツッコミを入れる深空の言葉に言い訳したいのをぐっと堪えて、黙り込む。 「ふふふっ。エロエロカップルなので、細かい事は 気にしないんです、私たち」 また変に誤解されそうなフォローを入れつつ、かりんがいやらしそうな笑顔を見せる。 「たしかに、翔さんの周りは可愛い子ばかりですから…… しょうがないのかもしれないですけど」 「ちょっ……」 ちょっと複雑そうな顔をしつつ、そんなかりんの言葉をあっさりと信じ込んでしまう深空。 「それじゃ、他の娘たちとエッチ出来ないように これからは私たちで頑張っちゃいましょう!」 「ええっ!?」 「浮気対策ですっ。二人いれば、いくら絶倫な翔さんでも きっと浮気する気力も残らないですっ♪」 「おまっ、だから浮気なんてしねーっての!!」 「えいっ!!」 深空に変な勘違いをされないように慌ててフォローしようと近づくと、問答無用でズボンを下ろされていきなり股間を晒してしまう。 「早業っ!?」 「きゃっ……」 「んふふふふふぅ〜……ココをこんなにしながらそんな事 言っても、説得力に欠けますっ」 「ぐっ」 びん、といきり立つ俺の股間を握られてしまうと、まさにぐうの音も出ない。 「深空ちゃん、こっちこっち」 「う、うん」 「ちょっ……まっ……」 戸惑っている俺をよそに、素早く深空と自分の制服をずらしご自慢のふくよかな胸を顕にさせる。 「これは、私も『はじめて』なんですけど……んっ」 「こ、こうですか?」 「おぁっ!?」 いきり立つ俺の息子を二人の胸で挟むような形でぎゅうっと抱きつくように強く、くっついて来る。 柔らかすぎる二人の胸の感触が、腰と股間を包み込み俺はかつて得たどの種類の快感とも一味違った気持ち良さを、その身で感じていた。 「えへへ、だぶるパイズリですっ」 「や、やっぱり恥ずかしいよ、かりんちゃん……」 「好きな人を喜ばせるためだから我慢ですっ」 「う、うん……そうだね。私、がんばる!」 何かふっ切れたのか、深空の方も覚悟を決めて、さらに強く俺の腰に自分の胸を押し付けてきた。 「どうですか、翔さん? おっぱいが好きな翔さんには もってこいかなと思うんですけど」 即座に最高だ、と言いたくなったが、すんでの所で恥ずかしくなり、適当に誤魔化しておく。 「……ま、まぁ斬新ではあるかな」 「深空ちゃんの前だからカッコつけてるだけなんですよ。 こうやって目線を左に逸らすからバレバレですっ」 「ふふふっ、そうなんだ……」 「いらん事を教えるなっ!!」 「照れないで素直に気持ち良いって言ってくれた方が 嬉しいです。ねっ、深空ちゃん?」 「う、うん」 「……わかったよ、俺も恥は捨てればいいんだろ」 「そうして下さい。一緒に楽しみましょう♪」 「このドエロ娘め」 「ふふふっ。ぜ〜んぶ翔さんのせいですけどねっ」 「あぅ……」 何かよからぬ想像をしたのか、深空が顔を真っ赤にして俯いてしまう。 「それじゃあ深空ちゃん、そろそろ始めましょう」 「え?」 「こうして、胸をお互いに押し付けあいながら上下に 動かして行くんですっ」 そう言って、かりんがおもむろに俺のふとももから腹にかけて、押し付けるように胸をスライドさせていく。 「ぐあっ……」 まだ深空の方は動いていないにも関わらず、すでに俺の股間には、物凄い快感が《奔:はし》っていた。 「ちゃんと、翔さんがどんな性癖を持ってても 応えられる身体になれるように、色々と練習 して来たんですよ?」 「ですので、今日はその努力の成果を披露したいと 思います」 その言葉の通りに、どこか不慣れながらも手馴れたように感じさせる動きで、かりんの方はスムーズに俺の股間へ刺激を与えながらストロークして来た。 「わ、私は、その……見よう見真似で頑張ります」 おずおずと、けれども決して退かない意志を覗かせつつ深空の方も負けじと動き始める。 「んっ……ふぅっ……ふぁっ……はぁっ、んぅっ……」 「はぁ、んっ、んぅっ……ふぁっ、んんっ、ふぁ……」 「ふぅ、んん……はぁっ……んっ、あ、んっ……」 「んぅ、んんんっ、んぅっ……はぁっ……ふあぁぁっ」 最初はバラバラに動いていた二人だったが、すぐに呼吸を合わせて、リズミカルに動き始めた。 さすがは同一人物、と言ったところなのか……それともただ単に親友同士だからなのか、息はピッタリだった。 「ふっ、んっ……はぁっ、んぅっ……どう、ですか? 翔さん、気持ち、んっ……良いですか?」 「んっ……ふぁっ……んんっ……ちゃ、ちゃんと…… 気持ちよくなってれば、良いんです、けどっ」 「(こ、これは……ヤバイかもしれねーな)」 恥ずかしそうにこちらを見上げながら奉仕してくれる深空と、懸命に俺を悦ばせようと尽くすかりんと言うまさに反則級のコンビ――― その二人が上目遣いで精一杯、俺の股間を挟みながら胸を擦り付けて、刺激を与えてくれているのだ。 二人にここまでされて、気持ち良くないはずがない。 「ふふっ。気持ち、んっ……良さそう、ですねっ」 「あ、ああ」 2対1だと言うせいもあって完全に主導権を握られた今俺に出来る事と言えば、快感で腰砕けになりそうなのを我慢して、倒れないように立っている事だけだった。 「はぁっ、んぅっ、ふぅ……っ、んっ……はぁっ……」 「んっ、ふぅっ……はぁんっ、んんっ……んぅっ……」 この淫らな行為自体に興奮しているのか、俺が弄っているわけでもないのに、深空の口からは甘く切なそうな吐息が漏れ始めていた。 「ん、はぁっ……ふふっ。んっ、違いますよ、翔さん」 「え?」 「もちろん、行為自体にも、そのっ……興奮して 感じちゃって、ます……けど……」 「私たちの方も、気持ち良いん……ですよっ?」 そんな考えを見透かされたのか、かりんにズバリ抱いていた疑問の答えを言い当てられる。 「深空ちゃんの胸と、擦り合って……ん、ふぅっ…… おっぱいが……気持ち、いいんですっ」 「は、はいっ……な、なんだか私も、気持ち良くてっ」 俺だけが奉仕されているように思えたが、実際はお互いに敏感な部分を擦り付けているわけなので二人にとっても快感なのだろう。 「んっ……そろそろ慣れて来ましたから、色々と試して みますね?」 「え……?」 そのままでも十分気持ちいい状態だと言うのに、かりんはさらに、何かを思いついたようだった。 「ん……こうひて、つばを溜めてから……垂らせば…… もっと、ねちょねちょして、えっちぃかもです」 「っ!?」 「きゃっ!? び、びくんって反応しました」 熱を帯びていたそこに、生暖かい液を落とされてその不意打ちで思わずペニスが反応してしまった。 「ふふっ、気持ちよかったですか? 深空ちゃんもやって みて下さい」 「え、えっと……ん……こ、こうれふか?」 ぴちゃりと、再び俺の一番敏感な箇所に生暖かい水気のある感触が伝う。 「こうして、たまに、つばを垂らしながら、動くと…… すっごくいやらしい感じに、なると思います」 「んっ……こ、これ……すごく恥ずかしいですっ」 深空とかりんが動くたび、俺の肉棒が水気を帯びてくちゅくちゅといやらしい音を奏で始める。 その音も然ることながら、濡れたことで見た目の方もより性器を強調するようなテカリを放っていた。 「んっ、ふぁっ、んぅ……ふふふっ……思ったとおり…… 良い具合、ですねっ……」 「あ、あうぅ……すごい、えっちです……」 何だかんだで興味津々だったのか、深空は真っ赤になりながらも俺の息子から目が離せないようだった。 「おっきくて、硬くて、あったかくて……こんなに えっちなものを、二人で弄ってるんですよ……?」 「ふ、二人で、こんな……いやらしすぎて、私……」 恥ずかしそうに動く深空の乳首は完全に勃っていてその柔らかそうな太ももに、一筋の液が垂れていた。 「はぁっ、はぁ……んっ、んんぅっ……はぁんっ! き、気持ち……いいですっ」 「やんっ! み、深空ちゃん……おっぱい、擦れて……」 「ご、ごめんね……で、でも、気持ちよくて……」 この特殊な《状況:シチュエーション》と、道具のお陰で誰にも気づかれないと言う空間だからこそ感覚が麻痺してきたのだろうか深空がまるでスイッチが入ったように、大胆になる。 「ふふふっ……やっぱり深空ちゃんって、むっつりエッチな 女の子です」 「だ、だってぇ」 俺の事を忘れ去っているような仲《睦:むつ》まじい二人の会話に少しだけ寂しさを覚える。 「ほら、深空ちゃん。自分だけじゃなくって、ちゃんと 翔さんも気持ちよくしてあげないとダメです」 「う、うん……」 頷く深空を見ると、満足そうな笑顔を覗かせて、再びかりんが俺の方へ意識をシフトしてくれる。 「やっと深空ちゃんも素直になって来ましたし…… もっともっと頑張って、皆でいっぱい気持ち良く なっちゃいましょう……えへへ……」 その笑顔が深空の笑顔と重なり、不意にドキリとする。 「わ、私も……かりんちゃんに比べたら経験も無いですし あまり気持ちよく出来ないかもしれませんけど……」 「精一杯頑張りますから、何でも言って欲しいです」 「ああ……わかった」 「それじゃあ、次は……こっちで気持ち良くして あげますね」 「んっ……ちゅっ、ちゅぱっ……ちゅるるるっ……」 「……っ!」 ぐちゃぐちゃになっていた胸でのストロークを緩めたかと思うと、かりんは俺のペニスの先端を舐め始めた。 「深空ひゃんも、こうして……たくさん、翔さんの おちん○んを……舐めてあげて、くらさい……」 「う、うん……やってみるね……」 「ちゅっ……ちゅぱっ……ん……ちゅ、ちゅっ……」 恐る恐る、と言った感じで、二人の唾液でテカテカに光っている俺のイチモツを舐める深空。 「こうれ、しょうか……? ちゅっ……ちゅぱっ……」 「私も、負けません……ちゅっ……ちゅるっ……」 「ぐっ……」 おずおずとしながらも、しっかりペニスを舐めてくれる深空と、美味しそうに嘗め回してくれるかりんの口淫に耐え切れず、思わず声を漏らしてしまう。 「気持ち、良いんですね……? ちゅ、ちゅぅっ…… ふぁ……んっ、ちゅっ……んんっ……ちゅぱっ……」 「ちゅぱ、ちゅぷっ、ちゅぅっ……ふぁっ……んっ…… 翔さん、私、もう……我慢、できないです……」 「私も、準備……出来てますから……」 「あ、ああ」 どうにか返事をするものの、二人の愛撫が緩んだことで本能的に残念そうなニュアンスが声に混じってしまう。 「翔さん……?」 「ふふっ……このまま、私たちのおっぱいとお口で イきたいんですよね?」 言わずとも俺の意図を察したのか、かりんがもう一度胸をストロークさせ、肉棒への刺激を強めてくれる。 「で、でしたら、私も頑張りますから……好きなだけ…… 出して……下さいっ……んんぅっ」 愛液を滴らせ、もじもじと太ももを擦り合わせながらそれでも俺の快感を優先させてくれるいじらしすぎる深空の姿を見て、一気に限界が近づいてくるのを悟る。 「ふぁっ、はぁっ、んんぅっ……ちゅっ、ちゅぱっ…… ちゅうううぅぅぅっ、ちゅぱっ、ちゅぷっ……」 「んっ、んむっ……ちゅっ、ちゅうぅっ……ちゅぷ…… ちゅぱっ……んちゅっ、ちゅるっ……」 竿部分は深空に任せると言わんばかりに、《執拗:しつよう》に口で亀頭を攻め立てるかりん。 「んっ、はぁっ、んんっ、んっ……ふあぁっ!! んんぅっ、んっ……はあぁんっ!」 「んぁっ、んんっ……はあぁんっ! んんぅっ…… はぁっ、あぁんっ……んっ、ふああぁっ……!!」 そして、まるでそれを察したかのように深空が俺の息子を挟み込み、フェラをしているかりんの胸に擦りつけながらパイズリで肉棒を上下に扱き出す。 「ぐっ……ダメだ、出るっ……!」 「ちゅっ……んんっ、はぁ……我慢せずに、いっぱい…… 私たちに、かけて下さいっ!!」 「翔さんっ……出ちゃうんですか? ん……はぁっ…… せ、せーえき……たくさん、出ちゃうんですか?」 「あぁんっ……翔さんっ! 出して……下さいっ!! ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅうううぅぅぅっ!」 「きゃあぁっ!?」 「あぅ……んんっ!」 限界まで溜め込んだ精液が爆発するように天を衝き無垢な深空や、かりんの顔を汚すように降り注いだ。 「あはっ……《顔射:がんしゃ》、されちゃいました」 「び、びっくりしました……男の人って、こんなに…… その……すごいんですね」 大量の精液を浴びた深空が、ぼんやりとした表情で射精したばかりのペニスを眺める。 「わ、私たちのおっぱいで……気持ちよくなってくれたん ですよね……?」 「でも、こっちはまだまだ物足りないです」 そう言って、せがむような顔でこちらをじっと見つめてくるかりん。 「わ、私も……もっともっと、翔さんと一緒に気持ちよく なりたいです」 そして深空もかりんと同じ心境なのか、とろんとした表情のまま、俺にそんな事を懇願して来た。 <上機嫌なかりん> 「今日は久しぶりにあった麻衣子さんの大掛かりな実験で 今度こそ空を飛ぼうと頑張りました」 「でも、今回もやっぱりダメでした」 「あぅ……残りの期限もあと少しです……」 「やっぱり今回も……ダメなんでしょうか……」 「元気出してくださいっ!! きっと……飛べます!」 「はい。大丈夫です」 「たしかに状況は好転してないですけど……翔さんと 深空ちゃんを見ていると、元気が湧いてきますっ」 「そ、そうなの?」 「はいっ」 「それは身に余る言葉で恐縮ですけど……そう思って もらえるのは、素直に嬉しいです」 「かりんちゃんの想いに応えられるような頼れる友達に なれるよう、頑張りますねっ」 「ぬおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」 「いっけえええぇぇぇ、ですわあああぁぁぁぁっ!!」 「きゃあっ!?」 「あらあら……また失敗みたいですね」 「んな冷静に言われても……」 たしかに慣れてきた光景ではあるが……一歩間違うとかなり危険なワケで……感覚が麻痺するのも、問題があるような気がする。 「あうぅっ……あと少しで大惨事に……」 ベンチに座って絵本作りをしながら見守る深空も気が気で無いのか、心配そうに唸っていた。 「あぅ。危機一髪でした」 「この程度、私にとっては全然へっちゃらですわ」 「真実は?」 「いつも残酷ですっ!!」 「何で雲呑さんが答えてるのっ!?」 「しかも何やら少し変ですわ」 「あぅ! コバンくんの名言です!!」 「名言なのか……って、それは良いとして……」 アホ超人の花蓮が平気なのは予想通りなのでいいが一般人の麻衣子が爆発に巻き込まれたのが不安だ。 「ちょっ……なんかものすごい煙なんだけど…… マーコぉっ! 生きてる〜?」 「な、なんとかのう……ケホッ」 「麻衣子、大丈夫か?」 「危うく死ぬところじゃったぞ」 「危ない危ない、もみあげがもう少し短かったら死んで いたところだ」 「そうだな」 そうなんすかっ!? 「むぅ……どうしても重力反転力場が《炉心溶融:メルトダウン》して 1秒も保てんのか……」 「こんなザマでは、約束の期日までに完成させられぬ かもしれん……」 「弱気とは、マーコらしくないな」 「う、うるさい、わかっておるっ!! ちゃんと 期限までに間に合わせてみせるのじゃっ!」 「その意気だ」 「いざとなれば、我輩が飛べば済むこと。マイコは 安心して失敗するがいいぞ」 「二人して馬鹿にしおって……今に見ておるのじゃっ」 「敗色濃厚、か……」 あの麻衣子が弱音を吐くとは、どうやら今回ばかりはかなり旗色が悪いようだ。 きっとかりんも、さぞや落ち込んで…… 「あぅあぅあうぅ〜〜〜っ♪」 上機嫌だった!! 「(こいつの思考回路はどうなってんだ……?)」 差し迫っているはずの危機的状況に、落ち込むどころか上機嫌で鼻歌まで披露するとは……ある意味大物か? 「あぅ。どうすればいいんでしょうか……やっぱり 空を飛ぶのは、難しいです」 「どうにかしてやりたいんだけどな……なあ、せめて なんで空を飛びたいのか、理由を教えてくれよ」 「あぅ……乙女のヒミツです」 「またそれかよ……」 「すみません。でも……言えないんです」 俺たちのことを無条件で『仲間』だと信じてくれているかりんが言えないような事情なのだ。 それ相応の理由があるのだろうし、俺からそれを無理やり訊ねるわけにはいかない、か…… 「やれやれ……どうすりゃいいんだか」 「無理難題ですね。お役に立てなくて、すみません」 「いえ。灯さんには、大変お世話になってますので」 「ふふふっ。それは乙女の秘密なんですよね?」 「あぅっ! そうでしたっ!! 翔さんたちには ナイショですっ!!」 そう言いながら、二人できゃっきゃと騒ぎ立てる。 「(意外に仲が良いんだな……)」 何となく接点が無さそうな二人だが、俺の知らないところで、何らかの繋がりがあるのだろう。 <下ネタ思考回路少女・かりん> 「ずっと翔さんと居るせいで、悶々としてきて 思わず少し暴走してしまいました」 「このまま二人っきりでお家の中に居ると、翔さんを 押し倒してしまいそうだったので、翔さんの提案は 渡りに船でした」 「私は頭を冷やすために、気分転換に商店街の方へ 出かけることにしました」 「あぅ……とにかく、落ち着かないとダメですっ」 「下らないこと言ってないで、一緒に商店街にでも 行かないか?」 「私と一緒に行って、どうするんですか?」 「どうって……晩飯の調達したり、適当にぶらついたり 二人で色々とするんだよ」 「色々とって……えっちなことも、ですか?」 「はぁ?」 「ヘンな裏路地に連れ込んだりして、ぎしあん、とか するんですか?」 「するかっ!!」 「翔さん、卑猥すぎますっ!」 「せめてホテルでお願いします」 「なにがだっ!」 結局、兄妹とか以前に変態ドエロ娘だった!! 「ったく、勝手に人の事を卑猥扱いするなっての。 お前が勝手に言ってただけだろうが」 「そんなことないです。さっきのは獣の目でした」 「お前の脳みそが卑猥でピンク色なだけだろ」 「そんな事はありませんっ! 翔さん、酷いです!! 誤解もいいところですっ!!」 「誤解じゃなくて事実だろ」 「あうぅ〜! 違いますっ! 謝罪を要求します!!」 「悔しかったら英語で『私に謝ってください』って 言ってみろ。そうすりゃ俺も謝ってやるよ」 「あ、あいむ……あいむ……そ、そーるぃ……?」 「あん? なんだって?」 「で、デネブ! デネブ、デネブッ!!」 「なんでアラビア風になってるんだよ……」 っつーか絶対意味わかってねぇだろ、コイツ……いや、俺もだけど。 「私にだって、アッサラームくらいわかりますっ!」 「デネブは?」 「…………」 「…………」 「じゃ、ジャンボ! ジャンボ、ジャンボッ!!」 「それ、スワヒリ語な」 結局、かりんの英語力は皆無だと言うことだけは《ディ・モールト:非常に》よく解った。 「ほれ、馬鹿言ってないでさっさと行くぞ」 「あぅ……は、はい」 「言っておくが、買い物ついでに一緒にどっか適当に 寄って行くかって意味だからな?」 「わ、わかってますっ!」 「おし、んじゃ行くぞ」 「はいっ」 俺はかりんに念を押した後、半ば強引に買い物に付き合わせるため、外へと連れ出すのだった。 <不安で乱れた食生活?> 「自炊できるのに、面倒だからと言って適当すぎる 食生活を送っていた翔さんっ!」 「栄養バランスなんかはすごく大事ですっ!」 「ですです! なので、今までのお礼にお家へ行って お料理を作ろうとしたんですけど……」 「絵本作りの邪魔になるからいいって、やんわりと 断られちゃったんですねっ」 「そうなんだよっ!? せっかく今までのお礼が出来る チャンスだったんだけど……う〜ん……」 「あー、それにしても腹減ったな……」 「あぅ。私も育ち盛りなので、お腹ぺこたんです」 「育ち盛りって……お前もかよ!」 かりんの胸を見ながら、それ以上育ってどうする、と心の中で突っ込んでおく。 「実は私もけっこうお腹減ってたりします」 「だよな。ああ……いつものコンビニ弁当が恋しいぜ」 「え? 翔さん、いつもコンビニ弁当なんですか?」 「ああ。ウチの親は長期間にわたって家を空けたりとか ザラにあるからさ。自炊は出来るけど、面倒なもんで 最近は毎日ほぼコンビニ弁当だな」 「それはダメですっ!!」 「おわっ!?」 二人に同時に言い寄られて、思わず後ずさってしまう。 「ずっと同じお弁当じゃ、栄養バランスも悪くって 健康に良くありませんっ!」 「いや、最近のコンビニ弁当はだな……種類も豊富で」 「ダメですっ!」 「あぅあぅ!」 「自炊が出来るなら、ちゃんとスーパーでお買い物をして 自分でバランスの良い食事を作るべきです」 「けどな、わざわざ一人分を作るのも面倒だし……」 「そうだっ! それじゃあ、私が作りに行きます!」 「え?」 深空のあまりにも予想外かつ大胆な発言に、思わず素で聞き返してしまう。 「それがいいですっ♪ これまでのお礼に、毎日お夕食を 作りに行かせて下さいっ」 「あぅ! 名案ですっ」 「ちょっ、待て待てっ! 勝手に決めるなっ」 「いつも私に付き合っていただいているお礼ですっ! 私に出来るのなんて、それくらいしか無いですから」 「いいよ、そんな気を遣わなくても」 「遠慮することないですっ」 「お前が言うな!」 「あぅっ!」 「だめ……でしょうか?」 「うっ……」 そんな悲しそうにされてしまうと、つい許可してしまいたくなる。 俺と言うヤツは、つくづくこの笑顔と悲しそうな顔に……いや、つまり、深空と言う女の子に弱かった。 「しょうがないな、ったく……そこまで言うんなら お願いしてみようかな」 「ほんとですかっ!!」 「あぅ! まるで通い妻ですっ」 「か、通い妻っ!?」 かりんにそう言われた瞬間、毎日俺の家に上がりこむ深空と二人っきりのディナーを過ごす日々を想像してものすごい恥ずかしくなってしまう。 「や、やっぱダメ! 絶対ダメだっ!!」 「で、でも、栄養バランスが偏るのは……」 「ダメって言ったらダメだっ! 却下!!」 「だいたい、俺は見返りを求めてお前の護衛をやってる ワケじゃないって言っただろ?」 「でも……」 「でもじゃない!」 「それに、深空の絵本作りの協力をしたいってのに 逆に迷惑をかけるわけには行かないんだよ」 「別にそれくらいは迷惑じゃないです」 「とにかく、絵本作りの邪魔はしたくないからダメだ。 親父さんの誕生日まで、あんまり時間無いんだろ?」 「今月末が誕生日なんだそうです。あぅ!」 「だろ? 俺の家に通ってるヒマなんてあるんなら その分たっぷり休んで、英気を養っておけっての」 「むぅ〜……さっきは良いって言ったじゃないですか」 「それは深空の聞き間違いだ」 「翔さんの恥ずかしがり屋さんです」 「黙れポンコツメガネ伯爵っ!!」 俺はポケットに両手を突っ込んで装着した10本のとん○りコーンで、ちくちくとかりんを攻撃する。 「あぅ! 痛いからつっつかないでくださいっ!! でも《爵位:しゃくい》が上がって、ちょっと嬉しいですっ!」 「問答無用だコラ! このと○がりコーンの味を とくと堪能するがいいっ!!」 つついていたとんが○コーンを、1本ずつかりんの口にずぼずぼと突っ込んでやる。 「ちゅぷっ……ちゅぱっ……んんぅっ……やめへっ…… くらはいっ……ちゅぱっ……れも、おいひい……」 「くっくっく、美味しくて止められまいっ!!」 「んぅ……あぅ……ちゅぷっ……くやひいけど…… んむんむ……やめられない、れふ……はむっ……」 「な、なんだか卑猥ですっ!!」 俺が悪乗りでかりんにセクハラ(?)をしていると恥ずかしそうに深空が割って止めに入ってきた。 「翔さん、エッチですっ」 「な、なんだよ……ただエサを与えてただけだろ?」 「嘘ですっ! 絶対いやらしかったですっ」 「あぅ……焼きもっちんです」 「違いますっ!」 「でも、翔さんのお陰で、少しだけ空腹も紛れました」 「ちっ……嫌がらせが通用しないどころか、むしろ 《悦:よろこ》ばせてしまった……」 「後は早く帰って、ぐっすりと寝れれば最高です」 「あー、深空には悪いけど、今回ばかりは同感だぜ」 今日は静香のせいで勉強漬けだったので、すでに俺とかりんのライフはとっくに《0:ゼロ》だったのだ。 「……そうですね。それじゃあ私も今日はこの辺に しますので、帰りましょう」 「あぅ! それでは、私はお先に失礼します」 その言葉を待ってましたと言わんばかりの勢いでかりんは、すぐにその場を立ち去ろうとする。 「なんだよ、いつもそれだな……たまには俺たちと一緒に 帰らないか?」 「そうです。3人で帰った方がきっと楽しいですよ。 それに、どうせ一緒の―――」 「いえ。そのお気持ちだけ貰っておきます」 「……と言いますか、お二人のらぶりんな恋路の邪魔は 出来ませんのでっ! あうぅ〜〜〜っ♪」 「!?」 「なっ……」 「それでは、また明日ですっ」 「ちょっと待て! ……って、相変わらず逃げ足だけは やたら早いな、あいつ……もういないぞ」 「こ、恋路って……」 「さっきから何勘違いしてるんだよ、あいつは……」 「で、ですよね……かりんちゃん、早とちりすぎです」 たしかに深空は俺の好みのタイプだし、最近ずっと一緒に過ごしてきたことで、色んな一面を見たし、だいぶ仲良くなってきた。 しかし、そこまで露骨にどうこうなりたいと思って深空に付き合っているわけではない。 こうして夜一緒に帰るのだって、純粋に深空が無防備で危なっかしくて心配なだけだし…… 「…………」 「…………」 「きゃっ!」 ちらりと深空の顔を覗くと、思いきり目が合ってしまいお互いに、ものすごい勢いで視線を逸らしてしまう。 「…………」 「(うっ……気まずすぎるぞ……)」 どこかの馬鹿メガネ娘のせいで、妙な空気が流れてしまい非常にいたたまれない雰囲気になる。 ここは俺がどうにか切り替えて、場を和ませてから普段どおりの空気に戻すべきだろう。 「あー……馬鹿やってないで、早く帰ろうぜ」 「そ、そうですねっ」 そそくさとスケッチブックを畳んで、てきぱきと無言で帰りの支度を始める深空。 「それじゃ、下で待ってるから」 「は、はい。よろしくお願いします」 「ふぅ……」 その恥ずかしさを誤魔化すような仕草が直視できずに俺は思わず先に教室から逃げ出してしまう。 「落ち着け、俺……意識するな意識するな意識するな ……よし、大丈夫!!」 『あぅ! まるで通い妻ですっ』 「大丈夫……じゃねえええええぇぇぇぇっ!!」 「そもそも、大丈夫だ〜とか必死に自分に言い聞かせる 時点でダメだろ……ちくしょう、かりんのヤツめ」 せっかく苦労して打ち解け深空と友達になったって言うのに、これでまた気まずくなったら最悪だ。 「あー、いかんぞ……子供じゃないんだから、この程度で うろたえるな、俺……」 「うしっ! 夜風に当たって頭を冷やすか」 自分でも驚くほど火照ってしまった頭を冷ますため俺は宣言通りに、学園の外へと歩みを寄せる。 その後、深空が来るまでには30分の時間を要したが俺にとっても必要な時間だったので、深くは追求せずいつもの二人を装って学園を後にしたのだった。 <不眠不休の深空> 「深空ちゃんが徹夜して学園に泊り込んで作業を していた事実を知って、驚く翔さん」 「本当は寝させてあげたいんですけど、それじゃ 間に合わないって解っているので何も言えない みたいです。あぅ……」 「眠くならないように、少しお話をしながら作業を したいってお願いする深空ちゃんの希望に応えて 一日中、深空ちゃんに付き添ったみたいです」 「あぅ……私には、見ていることしかできないけど…… 深空ちゃん、頑張ってください……!!」 「ん……」 廊下に射しこむ眩しい朝の日差しで目を覚ます。 「やべ……寝ちまってたか」 昨晩、一緒に帰ろうと深空を待っていたのだがもうしばらくかかると言っていたので、廊下で待っていたのだが…… 「深空も結局、机で寝たのか……体調崩すぞ」 俺は深空が心配になって、音を鳴らさないよう、静かにドアを開けて教室に入る。 「あ……翔さん、おはようございます」 「深空!? お前、もう起きてたのか?」 「いえ……実は、寝てなかったりします」 「《完徹:かんてつ》なのか!?」 「えへへ……休んでいる暇も惜しいと言いますか」 「この状況だから、無茶するなとは言えないけど…… 本当にやばそうだったら言うんだぞ?」 「はいっ! まだまだいけますっ!!」 「そっか……でも、休憩だって大事な作業の一つだぞ? 昨夜からロクに何も食べてないんじゃないか?」 昨日の夜、帰ると思っていたせいで差し入れをしなかったのを、今になって悔いる。 「はい……そうなんですけど……」 「俺が買ってくるから待っとけ。何かリクエストとか あるか?」 「では、いちごジュースとサンドイッチなどをお願い してもいいでしょうか?」 「おう、任せておけ。後は喉が渇いた時のために飲み物を 適当に買ってくるよ」 「わざわざすみません」 「馬鹿、俺なんてこれくらいしかお前の手伝いが 出来ないんだから、礼なんて言うなっての」 俺はひらひらと手を振って、買出しへ行くために教室を後にする。 「あぅ! お兄ちゃんですっ」 「お兄ちゃんはやめろっつってんだろーが」 廊下に出た途端に遭遇したかりんが、いきなり突っ込んで来たので、反射的に反撃する。 「いたいいたいっ! あいあんくろーは反則ですっ」 「朝から元気なヤツらじゃのう……」 「うおっ!? 麻衣子か!?」 俺がかりんをいじっていると、その背後からふらふらと怪しげな足取りの麻衣子が歩いてきた。 「私以外の何に見えるのじゃ、お主は……」 「い、いや……麻衣子も徹夜なのか?」 「まあのう。いつものことじゃ」 「(それはそうなんだが……)」 徹夜慣れしている麻衣子が、こうもヤバげに見えると言うことは、相当無茶をやっているのかもしれない。 「(静香がフォローしていても、これか……そうだよな  結局、麻衣子一人に頼ってるからな、俺たち)」 深空もかりんも、そして麻衣子も、誰一人として代わってやれない自分の無力さが恨めしい。 だが、その分俺がしっかりとみんなを支えないとダメだと落ち込んでいる気分を吹っ飛ばす。 「買出しに行ってくるけど、何かあるか?」 「では、キッツい眠気覚ましドリンクセットでもお願い するとしようかのう」 「私は、いちごジュースとサンドイッチがいいです!」 「誰がお前の分まで買ってくると言ったこのメガネ!」 「あうぅ〜っ! けちんぼさんですっ!」 「むしろお前もついて来いっての! この、見ている だけの、役立たず要員が!」 「メガネをひっぱらないでくださいっ! あうぅっ!」 「まったく……本当に仲が良い二人じゃのう」 「まるで、本物の兄妹か恋人のようじゃな……」 「本物の……?」 「……まさか、のう」 「馬鹿なことを考えてないで、二人が戻ってくるまで 仮眠でもするとしようかの」 ……………… ………… …… 「…………っ」 作業の邪魔にならないよう、遠くから深空の様子を見守って、はや数時間。 やはり不眠不休なのが効いているのか、その表情には辛そうに歪む回数が多くなって行っていた。 「(深空……頑張れ……)」 ただ心の中で応援することしか出来ないのが何とも歯がゆく、己の無力さを痛感する。 「ん〜〜〜〜〜〜〜っ」 ガタリと立ち上がり、思いきり背伸びをする深空。 「ふぅ……やばやばです」 「どうかしたのか?」 「いえ……ただ、ちょっと眠くなってきました」 「もう夕方だもんな。昨日の朝からずっとだろ? 仮眠でもいいから、そろそろ寝たほうが良いと 思うぞ?」 「ん……でも、もう少し頑張っておきたいです」 「そうか……? ま、まあお前がそう言うんなら、俺には 止められねーけどさ……」 「それで、ですね。お願いがあるんです」 「おっ! 俺に出来ることか!?」 「はい。翔さんにしか出来ないことです」 「よし、なんだ? 言ってみろ。何でもしてやるぞ」 「その……私が寝ちゃわないように、お話しながら作業 したいです」 「そうしたらきっと、ドキドキして、あったかくて…… わたし、眠れないです」 「俺には眠くなりそうに聞こえるんだが……まあいい。 そのくらい、お安い御用だぞ」 「えへへ……それじゃあ、お話しながら作業しますね」 「おう」 付き合い始めて数日経つと言うのに、相変わらず嬉しくなるような乙女発言をしてくれる深空。 そんな愛しい彼女のために、自分の唯一の見せ場と言わんばかりに、俺は必死に深空に話しかける。 「……で、だな……」 「翔さん」 「ん? なんだ?」 「わたし、もっともっと翔さんのこと、知りたいです」 「ほう。俺の過去に興味があるのか?」 「はい。どんな想い出があるのか……誰と何をして どう言う風に生きてきたのか、知りたいです」 「ふむ……俺は色んな伝説を残してるからなぁ……さて どこから語ってやろうか」 「全部、最初から聞きたいです」 「よし、じゃあ第二部の最初からで行くか」 「えっ? に、二部とかあるんですか?」 「ああ。全五部構成だ」 「なんだか、わくわくしてきました」 「第二部は……俺が海賊王を目指して仲間を集め始める あたりから始まるんだっけか……?」 「いや、たしか忍者になって死神に助けられたところ あたりからだったかな……」 「もの凄く捏造っぽい雰囲気がしてきましたっ」 ……………… ………… …… 「そうして、俺は地球を救うために若くしてその命を 散らしてしまったんだ」 「めでたしめでたし」 「翔さん、死んでしまいましたっ! それ、ぜんぜん めでたくないです……」 「でも、地球は無事に救われたし、お前だって無事に 生き延びられたんだぞ」 「ん……そんなの、ダメです」 シュッシュ、とフエルトペンを走らせながら、つぶやくようにその口を開く。 「私にとっては、翔さんがいない地球なんて…… ダメダメです」 「だから、ちゃんとしたハッピーエンドがいいです」 「じゃあ、俺は自分の命惜しさに逃げ帰ってきて、地球が 破滅しましたとさ、と」 「やっぱり翔さん、死んじゃってますっ!」 「んだよ、主人公ってのはカッコよく身体を張って死ぬ その散り様がカッコイイんだろうが」 「そんなの全然カッコよくないです。カッコよくても 死んじゃったら嫌です」 「死んじゃうんなら、翔さんは主役じゃなくても いいです。脇役さんで、いいです」 「んだよ……脇役じゃ、王子様になれないじゃん」 「王子様じゃなくても良いです。翔さんと一緒に いられるんなら、私……なんだっていいです」 「深空……」 それは今までのロマンチストな深空らしくない言葉で……しかし、俺の胸に響くものだった。 「だから私、お姫様じゃなくってもいいです。翔さんが 村人なら、私も村娘でいいです」 「村人と村娘で、お似合いです。えへへ」 「…………」 声は柔らかいものの、すでに深空のその笑顔には微塵も覇気が感じられなかった。 「それにしても、翔さんの過去のお話から、こんな 壮大なスケールの感動巨編になるなんて、夢にも 思いませんでした」 「ははっ、まぁつい盛り上がっちまったんで、途中から かなりファンタジー色が出たしな。まさに大冒険って 感じだったな」 「私も、そんな大冒険……してみたいです」 「大切な人のために旅に出て、いろんな人と出会って 仲良くなって、辛いことも一緒に乗り越えて……」 「そして、誰もが笑顔になれる最高のハッピーエンドで 終わるような……そんな旅を、してみたいです」 「なあ、深空」 「……はい。なんでしょうか」 「そろそろ、寝ようぜ」 「あ、すみません気が利かなくって……眠いですよね。 私にお気遣いなく、どうぞお先にお休みに……」 「馬鹿、俺じゃねえよ!」 「頼むから、仮眠取ってくれ。見て……らんねえよ」 「でも……」 「時間がねえのは分かってるつもりだけどさ……せめて 3時間でもいいから、寝てくれよ」 「…………」 「ほら、効率だって上がらないだろ? だからさ……」 「はい、わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えて 少しだけ寝させてもらいますね」 「お、おう!」 「えっと、その……それじゃあ、また《贅沢:ぜいたく》を言っても 宜しいでしょうか?」 「ああ、いいぜ。どんどん言ってくれ」 「膝枕を、して欲しいです」 「ん?」 「ひ、膝枕……です」 「その……翔さんのふとももを枕にして……頭を撫でて もらいながら、寝てみたいです」 「(うっ……なんつー可愛らしい願いだよ)」 何だかんだでロマンチックで子供っぽさを残す深空らしいお願いごとだった。 「だめ……ですか?」 「馬鹿、ダメなわけねーだろ。……いいよ、ほれ」 「わ。ありがとうござますっ」 「のわっ!?」 飛びつきながら、もふもふと俺の膝に、良い匂いのする頭を乗っけてくる深空。 「えへへへへへへ……やわっこくて、落ち着きます」 「そ、そうか?」 女の子の膝枕ならそんな感じだろうが、俺の膝枕がそんなに気持ちいいもんだとは思えないのだが……とにかく、気に入ってもらえて何よりだ。 「私、夢だったんです。好きな人にこうして膝枕され ながら、寝たりするのって……」 「そっか……」 「んぁ……気持ち、いいです……」 さっきの要望通り、優しく頭を撫でてやると少しくすぐったそうにしながら、猫のように気持ち良さそうな表情で喉を鳴らしていた。 「夢の一つが、叶いました……」 「他の夢って、やっぱり絵本作家か?」 「はい。それと……お嫁さんです」 「ん……そ、そうか」 「む〜……他人事みたいな反応です」 「た、他人事にしてたまるかっての!」 「んぅ……うれし……です……」 膝枕で緊張の糸が切れたのか、早くもすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てる。 「ったく……可愛いヤツめ」 頭を撫でながら、自分の恋人になった少女の頑張っている姿を見て、改めて愛おしく思う。 「……3時間くらいしたら、起こすか」 しかし、この現状で『しっかりと支える』と言うのは辛そうな深空を楽にしてやることだけではない。 無茶しすぎそうな時のブレーキにもなるつもりだが同時に火付け役のアクセルにもなるべきだろう。 「…………」 俺は、気持ち良さそうに寝息を立てる深空を見守りながらただひたすらに、その穏やかな時間を過ごす。 ……………… ………… …… 「あと、2時間か……」 暑さを忘れさせてくれるような天使の寝顔をする深空を眺めながら、心地よい時間を過ごす。 俺は少しでも深空が気持ちよく寝ていられるように、極力身体を動かさず、その頭を優しく撫で続けた。 「雲呑さん……って、もしかして寝てますか?」 「先輩?」 「すみません、どうやらお休み中のようで……これ 差し入れです」 「あ……ありがとうございます」 「礼には及びませんよ。だって天野くんの分は ありませんので♪ 残りは全部、私のです」 「そ、そうっすか……」 「ふふふっ、嘘です。ちゃんと買ってきましたよ」 「ほんと、助かります」 俺は差し入れの栄養ドリンクを1本受け取り、そのまま一気に飲み干す。 「……天野くんもあまり寝て無いんですよね? 無茶は 禁物ですよ?」 「いや、俺なんて深空の頑張りに比べれば大したこと無い ですよ」 「それに俺には……こうして深空と一緒にいて、コイツを 少しだけ安心させてやるくらいしか出来ませんから」 「くらい、じゃないですよ」 「え……?」 「それはとても大切なことで……そして天野くんにしか 出来ない、大きな支えになっているはずです」 「先輩……」 「ですから、もし今後また雲呑さんが挫けそうになって 大きな壁にぶつかった時……きっと天野くんがそれを 支えてあげなくっちゃいけないと思うんです」 「……はい。そのつもりです」 「だったら無茶ばかりしないで、少しは休んじゃって くださいっ! 今は私だっているんですからね?」 「いや、今だって深空にとって大事な時ですから。 俺が悠長に休んでなんていられないんすよ」 「ぶぅ。ほんと、融通の利かない困った子です」 「ははは……すみません」 「ん……灯さん?」 「あらら、起こしちゃいましたか?」 「まだ1時間くらいしか寝てないぞ? もう少し横に なってろよ」 「……はい。もう少し経ったら、また横になりますね」 そう言うと深空は、先輩に失礼だと思ったのか、身体を起こして先輩の前へと姿勢を正す。 「それじゃ私は代わりに、雲呑さんの分までたっぷり 天野くんといちゃついてますね♪」 「なっ!?」 深空が空けた俺の膝スペースに、先輩が躊躇いなくボスッと顔を埋めてくる。 「わっ、わっ! だ、だめですっ!!」 「わぷぅっ!? そ、そんなものすごい勢いでひっぺが さなくても……」 「うううううううぅぅぅ〜〜〜……」 能天気な先輩と対照的に、深空はがるるるる、と犬のように先輩を威嚇していた。 「うふふっ、冗談ですってば。雲呑さんの私物を盗ったり しませんから、安心してください♪」 「そ、そんなんじゃないですっ!」 「とにかく、彼女でもない人に貸す膝は持ち合わせて無い って話ですよ」 「ぶぅ。膝枕は、彼女の特権なんですね……残念です」 「あぅあぅがぅがぅ!!」 「(なぜ犬に……?)」 「ふふ、最近の雲呑さんはいじり易くって好きですよ」 「わ、私は嫌いになりましたっ!」 「あらあら、残念です」 「はぁ……私は別に、こんなことを言い合うために 起きたんじゃないです」 わいわいと騒いでいた深空が切り替えるように、真面目な表情で俺の方を向く。 「……翔さん、お願いがあるんです」 「おう。何でも言ってくれ」 「寝てください」 「え?」 「だから、翔さんはもう寝てください」 「な、何バカなこと言ってるんだよお前は! 俺なんか どうでもいいから、深空の方こそもっと寝た方がいい だろ!!」 「私は、後でたっぷり寝させていただきますので…… ですから、先にお休みになってください」 「でも……っ!」 「天野くん」 深空にくってかかろうとする俺の言葉を、先輩が唐突に真剣な口調で遮ってきた。 「限界のところで頑張る雲呑さんを冷静に判断して 支えてあげるはずの天野くんが、いざと言う時に 正常の思考が出来ない状態では困るんです」 「ですから、ここは私に任せて休んでください」 「…………」 「想いだけじゃどうにもならないこともあるんです。 だからこそ、常に寄り添って付き合うことだけが 雲呑さんのためになるわけじゃありません」 「しっかりとした休息もまた、支える方には大事で 必要なことなんです」 「先輩……」 「支える方の枝が細かったら、そんなの支えの意味が無い ですから。ポッキリ折れて共倒れです」 「それに私だって……私たちだって本当は雲呑さんのこと 少しでも支えてあげたいんですよ?」 「あ……」 そこまで言われてやっと、深空を心配しているのは自分だけじゃないと言うことを思い出す。 そう、みんなだって本当は深空のことが心配なのだ。 「私も、翔さんが元気いっぱいで励ましてくれると すごく嬉しいですし、きっとたくさん頑張れます」 「けど……」 「翔さんの、私の望むことなら何だってするって言葉…… 嘘だったんでしょうか?」 「そ、それは……!!」 「うじうじとして決断できない上にしつこい男は嫌われ ちゃいますよ?」 「お願いします。翔さんの言葉を、心の底から信じさせて ください」 「そうして私のことを安心させて欲しいんです」 「……わかった。じゃあ今日はもう帰るよ」 「しっかり休んで、ちゃんと英気を養ってくださいね」 「先輩……深空のこと、頼みます」 「ふふふっ、私に任せちゃってください。オトナの お姉さんが、たっぷりと可愛がってあげますので」 「お、お手柔らかにお願いします」 「(大丈夫かな、深空……)」 言われた通り教室を出てしまったが、やはりここは密かに廊下で待機していようかと言う考えがよぎる。 「さてさて、二人きりになったことですし……ここは 禁断の蜜月な世界へダイブっちゃいましょうか」 「きゃあっ!? く、くっつかないでくださいぃ〜」 「いいじゃないですか……天野くんにはヒミツにして おきますから」 「…………」 「そ、そう言う問題じゃないですっ!!」 「ぶぅ……冗談だったんですが、そこまで露骨に邪険に されると、ちょっとショックです」 「そんな冗談ばっかり言ってないで、もっと健全な お付き合いがしたいです」 「えっ? えっ? お付き合いだなんて……もしかして 私、浮気相手ですか? 略奪愛ですか?」 「と、友達としてのお付き合いですっ!!」 「(……振り回されすぎだろ、深空……)」 「友達としてのお付き合いですか……例えばどんな感じが お望みなんでしょうか?」 「それでは、私が眠くならないようにお話相手になって 欲しいです」 「うふふ……それじゃあ、今夜はじっくり天野くんとの 馴れ初めを聞きましょうか♪」 「何でそうなるんですかぁ〜〜〜っ!?」 「……って、馬鹿か俺は……」 俺の心配など吹き飛ばしそうな明るい二人の声が廊下の外にまで響いてくる。 俺がくだらない心配などするまでもなく、先輩は友達として、しっかりと深空を支えてくれていた。 「せっかく深空たちがくれたこの時間、こんな馬鹿な 真似をして無駄にするわけにはいかねえよな……」 深空の体調を気遣ってのこととは言え、このまま立ち聞きしていては、またデリカシーがどうのと静香あたりにでも怒られそうだ。 「先輩、後は頼みます……」 これ以上ここにいることが、先輩を信頼していない無粋な行為だと悟り、大人しく帰ることにする。 俺は、楽しそうな騒ぎ声を背に、身体を休めるためにこの場を立ち去るのだった。 ……………… ………… …… <世界○見え!〜復活のかりん〜> 「昨日の酔いも醒めたんですけど、やっぱり昨夜の 記憶がまったく無いですっ!!」 「翔さんに訊いても教えてくれませんでしたし…… あぅっ! すっごく気になりますっ!!」 「みなさんは、日本のメガネ人口がどれほどのものか ご存知だろうか?」 「その数、およそ6000万! なんと、国民の約半数 近くが、メガネをかけているというのだ」 「今日はみなさんを、我々が命を賭けて取材した、恐怖の メガネワールドにご招待しよう……」 「さて。今回、我々が訪れたのは日本のとある民家……」 「なんと、ここには日本一メガネをかけるとウザイ女が いるというのだが……?」 「さっそく進入を試みる○見え取材班……」 「それにしても普通の民家である。こんなところに本当に 噂のメガネ娘が潜んでいるのだろうか?」 「と、我々が諦めて取材を打ち切ろうとしたその時!」 「突然、二階から物音が!」 「期待に胸を躍らせて階段を駆け上がる我ら取材班!」 「我々が意を決して、扉を開けると……!!」 「そこにはなんと、元気に走り回るかりんの姿が!!」 「寝ぼけてベッドから転げ落ちたとき、私は必死に 神様にお祈りしました……」 「いま私がこうしていられるのは、私を守ってくれた メガネの神様のおかげです」 「もう、こんな危ないコトはごめんです……あぅ」 「……って、なんでインタビューされるんですかっ!!」 「それにしてもこのかりん、ノリノリである」 「意味がわかりません……」 床に落ちた時に打ちつけたのか、かりんが自分のお尻をさすりながら、あぅあぅと抗議する。 「あぅ……? すみません、翔さん。一つとっても 素朴な疑問があるのですが……」 「ん? なんだ?」 「なんで私、翔さんのベッドで寝てたんでしょうか……」 「昨日お前が何をやらかしたか、自分の胸に聞いてみろ」 「…………」 ぐわっしと胸を鷲づかみにして、かりんが考え込む。 「あぅ! 昨日の夜の記憶が全くありませんっ!!」 「(マジで麦茶で酔ってたのか……)」 「激しく気になりますっ! 翔さん、教えてください!」 「いや、わざわざ説明するのもアホくさいっつーか 面倒くさいっつーか……」 「私に聞かせられないようなコトをしたんですか!?」 「……本当に聞きたいのか?」 「……あぅっ?」 「そうか……黙っているのがお前のためだと思ったん だけどな……」 「か、翔さん……?」 「本人がそこまで……どうしても知りたいって言うなら 聞かせてやるのが世の情けっつーもんか」 「な……なんだかとっても知らない方がいいような 気がしてきました!」 「お前は、そのけしからん胸で……」 「あぅ!」 「それはもう、むさぼりつくすように……」 「あぅあぅっ!」 「斜め四十五度からの目線で……」 「あぅあぅあぅあぅあぅっ!?」 「おしとします」 「……あぅ?」 かりんがキョトンとした目で俺の顔を見る。 「と、いう訳だ」 「さっぱりわかりませんっ!!」 「さっさと行くぞ」 「ご、ごまかさないでくださいっ! 昨日の夜、いったい 何があったんですかぁ〜〜〜っ!」 かりんの声を背に受けながら、俺は階段を下りる。 同時に、酔っ払った(?)かりんをそれなりに心配してご丁寧にもベッドへ運んだこと…… そして、こんな奴に一瞬でもドキドキしてしまった自分のアホさ加減をあざ笑うのだった。 ……………… ………… …… <久々の保育園> 「この日は、本当に久しぶりに保育園へ行くことが できましたの」 「翔さんに一般常識を覚えるまでは出入りを禁止されて いましたから、お休みの電話を入れておきましたけど こんな長期間お休みしたのは、初めてですわ」 「私の顔を見た途端、嬉しそうに駆け寄って来てくれる 子供達……ああもう、本当に可愛いですわっ!!」 「しばらく見ることができなかったこの子達の笑顔に 囲まれて、保母さんになろうという意欲がますます 沸いてきましたわ〜〜〜っ!」 「ほ、本当にいいんですの?」 「ああ……」 「10日も頑張ったからな。そろそろ、胸を張って あいつらに会ってもいい頃だ」 「そ、そうですの……」 そんな事を言っているうちに、保育園前に着いた。 気づかれないよう覗き込むと、いつものメンバーが砂場の周りに集まっている。 「ああ、ドキドキしますわ……もし、みんなが私の事 忘れてたら……」 「んな訳ねーだろ……ホレ、行ってこい」 「きゃぁっ!?」 いつまでも尻込みする花蓮の背中を乱暴に叩き、遊び場の敷地内に押し込んだ。 「もう、乱暴ですわね……って、あら?」 遊んでいた子供たちは、一様にこちらを向いて黙り込んでいる。 「…………」 「お、お久しぶりですわね……」 控えめな笑顔で、花蓮が恐る恐る片手を挙げた瞬間…… 「花蓮おねえちゃ〜〜〜〜〜ん!」 「きゃっ……!?」 ワッと喜びの声ををあげ、子供たちがいっせいに花蓮の元へ押し寄せてきたのだ。 「花蓮ねーちゃん! やっと来てくれたんだな!」 「なんで来てくれなかったの? さみしかったよ!」 「もういなくならないよね? あしたからもずっと きてくれるよね?」 「み、みんな……」 「ええ、当たり前ですわっ! これからは、毎日 一緒ですわ!」 一瞬だけ泣きそうになった花蓮の言葉に、子供たちから歓声が上がった。 「相変わらず、すごい人気だな……」 その光景を遠めから眺めながら、俺は呟いた。 「それはもう、あの子たちの間での花蓮さん人気は ものすごいものですよ」 「あ、どうも」 保母さんが俺のほうに歩いてきて、話しかけてくれた。 「花蓮さんがここに来なくなってからの数日間…… みんな空気が抜けた風船みたいになってしまって 大変だったんですよ?」 「そ、そうなんですか……」 その言葉に、俺はあらためて花蓮が子供たちに信頼されていることを理解した。 「天野さんから電話を頂いた時は何事かと思いましたけど ……どうやら、もう心配はいらないみたいですね?」 「すいません、勝手なことをして……」 俺が頭をかくと、保母さんは笑いながら言った。 「いいんですよ。天野さんには、天野さんの考えが おありでしょうし……」 「はぁ……」 そう言われるとどこか嬉しいような、むずがゆいような複雑な気分になる。 「(うぅむ……やはり、保母さんになる人は違うぜ)」 「(なんかこう……『お母さん』みたいな……)」 「それに……あの子たちと過ごせる最後の年を、悔いが 残るものにしてほしくありませんから」 「……え?」 ポツリと、保母さんが寂しげに呟いた。 「この町に、新しい道路が出来るんです。工事のために ここも取り壊さなくてはいけないんですよ」 「そんな……」 そんなこと、まったく知らなかった。 「子供たちはどうするんですか?」 「この保育園も移転することになります……そうなると あの子たちも別々の保育園に編入されることに……」 「別々の……」 「あの子たちには、時が来てから告げるつもりです。 いきなりそんなことを言っても、みんな戸惑うと 思いますから……」 「花蓮は……花蓮はそのことを知ってるんですか?」 俺の問いに、保母さんは静かに首を横に振った。 「そうですか……」 保育士になれば、毎年出会いとともに別れはやってくる。 子供たちと一緒に、いつまでも楽しい夢を見ているわけにはいかない…… それは花蓮も頭ではわかっているだろう。 ただ今は……今だけは、あいつに子供たちのお姉さんでいさせてやりたい。 見る見るうちにガキどもにモミクチャにされていく花蓮を遠目で眺めながら、俺は一人で、そんな事を考えていた。 <二人だけのヒ・ミ・ツ☆> 「……ま、知られてしまったものは仕方ありませんわ」 「警戒を怠っていた私にも甘いところがありましたし 天野くんの胸の中にしまっておくというのであれば 今回のことは水に流して差し上げますわ」 「まったく、この花蓮様の《寛大:かんだい》な心に感謝して もらいたいものですわね……」 「……と、そう思って私が持ち前の大物ぶりを 発揮しようとしていた時ですわ……」 「あの大バカ天野くん、いきなり皆さんにそれを バラそうとしましたのよ!!」 「し……信じられないほど、デリカシーの無い 殿方ですわ!」 「空を飛ぶ方法が思いつかねえ。助けてくれ」 その日の放課後、俺は科学室に呼び出した麻衣子と櫻井に両手を合わせて拝み倒していた。 「呼び出したと思えば、いきなりそれか……」 「わ、私は反対しましたのよ?」 「なのに、天野くんがどうしても無理だって 言うから……」 頭を下げ続ける俺と、言い訳を繰り返す花蓮を見て麻衣子が盛大にため息をついた。 「かーーーっ……なっさけないのう」 「で、ですから私は……」 「えぇ〜い、言い訳など聞きたくない」 「現実は、貴様とカケルが昨日の今日で早くも我々を 頼ってきた……それ以上でもそれ以下でもない」 「くぅ〜〜〜……返す言葉がありませんわぁ〜っ!」 「ふむ、完全なる上下関係が出来上がっているな」 「黙れ菜っ葉!」 「パナマッ!!」 花蓮の英和辞典が顔面にヒットし、櫻井がド派手に鼻血を撒き散らして吹っ飛んでいく。 「ふん……汚い花火ですわ」 「こっちはこっちで、変な上下関係が成り立ってるな」 「あーあー、おふざけはその辺にしておけ」 見かねた麻衣子が止めに入った。 「それで? さすがに何も考えぬうちから、私たちを 頼ろうとしていた訳ではないじゃろうな?」 「もちろんだとも」 「ええ、出せるものはすべて出し尽くしましたわ」 俺たちは、昨日の会議でひねり出したアイデアを麻衣子に話した。 ……………… ………… …… 「バ……バカかお主たちは」 「チクショウ、やっぱりな!」 予想通りの反応に、俺は頭を抱えて叫んだ。 「こ、このアイデアが使い物にならない事は私たちにも わかっていたんでございますけど……」 「このようなアイデアを思いつくこと自体が 論外だと言っているのだ」 辛辣なトリ太の言葉に、俺たちは揃ってうなだれる事しかできなかった。 「そんなものでよかったら、俺にも一つ考えがあるぞ」 「こう、全身にイカを巻きつけてだな。いっせいに スミを吐かせて……」 「うるせえイカ頭! これでも食ってろ!」 ポケットからイカ墨スパゲティの皿を取り出し櫻井にくれてやる。 「はぁ……どうやらお主たちは、根本から考えを 改める必要があるようじゃな……」 「そこをどうしたらいいか、ぜひ助言を頼む」 「仕方ないのう……」 こうして、麻衣子による俺たちの『バカ矯正講座』が始まったのだった…… ……………… ………… …… 「…………(ズルズル)」 「このように、大切なのはオリジナリティじゃ」 「他の人間にはマネできない、お主たちだけの発想さえ あれば、それはきっと大きな武器になるのじゃ」 「なるほど……お、おりじなりてぃ……」 「…………(ズルズル)」 「うむっ。お主たちに足りないのはその部分じゃ」 「さっきから聞いておれば、出てくる発想出てくる発想 全てが何かのモノマネではないか」 「かーーーっ、そっかぁ……その考えはなかったなぁ」 「なんか、わかった気がするよ。これで俺たちも 解決の糸口が……って」 「…………(ズルズルズル)」 「さっきからお前、うるせーんだよ!」 俺が渡したスパゲティを美味そうに平らげる櫻井の頭をはたく。 「おかわりを要求する」 「すんな!」 櫻井が差し出した空の皿を乱暴に奪い取りポケットにしまいこんだ。 「相変わらず、科学者としての知的好奇心が くすぐられるポケットじゃのう……」 「つーか、櫻井とは逆に花蓮が妙に静かだな?」 そう言って、俺の少し後ろで黙り込んでいた花蓮を振り返る。 「え? え、ええ……」 不意をつかれたようで、花蓮は妙にあわてている。 何やら、腕時計を気にしていたようだが…… 「……あ、そうか。今日も行くのか?」 「うん? 行くって、どこにじゃ?」 「ああ、実はこいつ……」 「あ、あーっ! あーっ!」 俺の口をふさぐように、花蓮は腕をばたつかせて暴れ出した。 「何だと言うのだ、騒々しい」 「お、おほほほ……なんでもありませんことよ〜っ♪」 取り繕うように笑い、花蓮が俺の腕を引っ張る。 「天野くん、ちょっと……」 花蓮に引きずられ、俺は部屋の隅に連れて行かれた。 「(なに考えてるんですの! 内緒にして欲しいって  言ったじゃございませんの!)」 「(え? あれって、本気だったのか?)」 「(当たり前ですわ! 毎日保育園に通いつめてる  なんて知られたら、いい笑いものに……)」 「(誰も笑わないと思うけどなぁ)」 むしろ、そんな可愛いところがあると知れ渡ればイメージアップに繋がるのではないだろうか。 「(いいから! このことは誰にも……)」 「(わ、わかったってば……心配すんなよ)」 「(信用しましたわよ!)」 「どうしたのじゃ? そんな所で内緒話とは」 「ああ。実はこいつ、毎日子供たちと……」 「サマワッ!!」 後頭部に硬く重たい一撃を食らい、俺は床に膝をつく。 「だぁ〜かぁ〜らぁ〜……っ!」 「私がこれほどお願いしてますのに、何いきなり バラそうとしてますの、このバカ男はぁ〜っ!」 「わ、悪かった! 悪かったから警告なしで ぶん殴るのはやめてくれ!」 「何をやっておるのじゃ……」 首根っこをつかまれ、再び花蓮と内緒話の姿勢になる。 「(いいですこと? これは私たち二人だけの  ヒ・ミ・ツですわよ!)」 「(もし次、誰かにバラそうとしたらその時は……)」 「(わ、わかったよ、しょうがねえなぁ……)」 <二人の出逢い> 「いっつも仲が良い三人を見て、櫻井くんが、みんな いつ頃からの付き合いなのかを訊ねたみたいだよ〜」 「シズカとカケルは親同士の付き合いがあったので それこそ生まれた時から一緒だったらしいのう」 「あれれ〜っ? それじゃ、相楽さんは天野くんたちと いつ出会ったの?」 「6年前よ」 「あっ、嵩立さん」 「6年前、ただただ泣きじゃくっていた私の前に 現れてくれたのが、マーコだったの」 「そして、泣き止まない私に『お姉さんになってやる』 なんて言って慰めてくれたのよ」 「ふぇぇぇ〜、相楽さんがお姉さんに……」 「むっ……引っかかるリアクションじゃのう…… ふん、悪かったのう。似合わぬセリフを吐いて」 「はわわっ! そ、そこまでは言ってないよ〜っ。 ただちょっと、今の関係を見てると……」 「ふふっ……たしかに、今でこそ手のかかる妹みたいに なっちゃったけど……」 「あの時はたしかに、私の『お姉さん』になって くれたのよ……年下だったけど、ね」 「むぅ……」 「それ以来、マーコとは本当の姉妹みたいにずっと 一緒に過ごしてきたのよ」 「まぁ、腐れ縁と言うヤツかもしれんのう」 「ふぇぇぇぇ、いい話だよぉ……」 「私も誰かの『お姉さん』になってみたいよぉ〜」 「……えっ」 「いや、ナベちー……そいつはちょっと……」 「ふ、ふぇっ? なになに? 私、なにか変なこと 言ったかな〜?」 「まぁ、別に良いんじゃない? いいと思うわよ。 渡辺さんの『お姉さん』姿って言うのもね」 「そうじゃな……きっと、しっかりとした弟や妹が 育つじゃろうしな」 「ふええぇぇぇんっ! 置いてけぼりだよぉ〜っ!!」 「な、なんだっ!?」 「爆発!?」 今日も今日とて黙々と作業を続ける最中、突如として大気が震えるような爆発音が響いて、化学室内へ煙が充満していく。 「櫻井! 窓だ、窓を開けろ!」 「ああ」 窓を開けて室内を換気すると、少しずつ煙が晴れていき爆心地(?)から、ぼんやりと人の姿が浮かび上がる。 「ぼふっ……」 「ま、マーコ!?」 「大丈夫か!?」 「……成功じゃ」 口から煙の塊を吐き出してから、麻衣子はニヤリと笑ってみせる。 《煤:すす》まみれにも関わらず傷一つないその姿は、間近で何かが爆発したとはとても思えない風貌だった。 「マーコ、大丈夫っ!?」 「うむ。この通り、五体満足でピンピンしておるぞ」 「本当に? 本当に大丈夫なの?」 「そんなに心配せんでも、かすり傷一つないじゃろ?」 「んもぅ、心配するに決まってるでしょっ!? 大怪我したらどうするのよ!」 「むぅ……な、何もそこまで怒らんでも……」 「マーコが無茶ばっかりするからでしょっ!?」 「まあまあ、そのくらいにしとけよ」 静香の言い分はもっともなのだが、さすがに麻衣子が可愛そうな気もしたので、割って入ってみる。 「カケル〜っ! シズカがいじめるのじゃあ〜っ!!」 「ちょっとマーコ! 翔の後ろに隠れたって無駄よ! まだ話は終わって無いんだからね!!」 「部活とか活発な女の子ってのも多いんだし、そんな 過保護になるのもどうよ?」 「そうじゃそうじゃっ」 「ん……それは、そうかもしれないけど……で、でも マーコの場合は、本当に危なっかしいんだから!」 「頭ごなしに注意しても話を聞くタマじゃねーだろ」 「にしし。まあ、そう言うことじゃっ」 「んもぅ! そうやって、すぐ誤魔化すんだから」 結局、麻衣子につける薬は無いとこの場は諦めたのか静香は一際大きな溜め息を漏らす。 「……ところで、素朴な疑問なんだが」 「ほぇ? なんじゃ?」 いつものやりとりがひと段落したところで、さきほどの妙な爆発についての疑問を麻衣子に投げてみる事にする。 「傷一つないのは分かったけどよ、なんで無事なんだ?」 「ふっふっふ、それはの……」 ごそごそと白衣のポケットを漁ると、さっきの爆発の原因だと思われる、怪しげなココナッツを取り出した。 「これが新型の爆弾だからじゃっ!」 「ほう!」 「これは、爆発はしても、人体を一切傷つけることなく 衝撃波だけを発生させるというシロモノじゃ」 「実験用だから火薬の量は減らしておるが、どうやら 無事、成功のようじゃな」 「なるほど。それは便利だな」 「ああ。それなら納得だぜ」 「って、んな訳ねぇだろっ!」 思わず勢いで納得しかけてしまったが、慌てて現実に戻ってきた。 「む、どうしたのじゃ?」 「相変わらずリアクションが唐突だな」 「いやいや、お前ら平然としてるけど、それって実は ものすごくすげー発明じゃないのか?」 「ものすごくすごいというのもすごい言い回しだな。 どうだ? ゲシュタルト崩壊を起こしただろう?」 「誰に話してるんだよ……」 「ふむ。片手間で設計したものじゃから、そんなに 大したものではないと思うが?」 「片手間でこれかよ……」 「ふふふ……これでようやくあの大空へ羽ばたくことが できるというわけじゃ!」 「ああ。流石だ」 満足げに言葉を交わし合う二人だが、俺の心には先ほどの爆弾に対して、ある疑問が浮かんでいた。 「なあ、それって『飛ぶ』じゃなくて『吹き飛ばす』 なんじゃねーのか?」 「まぁ、そうとも言うの」 「吹き飛ばしたあと……どうやって飛ぶんだ?」 「……む」 「そうよね。空中に放り出されるだけなら、屋上から 飛び降りるのと変わらないんじゃない?」 「ふふふ、それはアマチュアチックな考えじゃな!」 よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに麻衣子がふんぞり返る。 「説明しよう!」 「いきなりノリノリだな」 「この台詞は全科学者の夢じゃからな」 「そうっすか……」 一括りにされた科学者達が哀れでならなかった。 「まずこれを爆発させて、上空へ飛ぶのじゃ」 「ふむふむ」 「頂点まで到達したら、そこでもう一度爆発させる」 「なるほど」 「さらに上昇したところで、もう一度爆発させる」 「それで?」 「後はこれを繰り返すことで、どこまででも飛んで いけるのじゃ!」 「おおぉ〜!」 「……なんて言うとでも思ったか!」 「む、やっぱりダメかの?」 「やっぱりも何も、穴だらけの理屈じゃない……」 「まぁ、私も薄々感づいてはおったんじゃがの」 「じゃあ止めろよ!」 「巧くやればなんとかなる気がしてな」 「そんなメト○イドみたいなこと出来ないだろ……」 「行けなくもないと思うのじゃがのう」 「失敗したらどうするのよ」 「その時はトリ太クッションで、こう、ぼよ〜んと 守ってもらうのじゃっ」 「バカ言ってないで、ほら、顔にまだ煤がついてるわよ」 ポケットから取り出したハンカチで、麻衣子の顔についた煤を掃う。 「わっ、や、やめんかシズカッ!! それくらい自分で 掃えるのじゃ〜っ!」 「はいはい、いいから黙ってなさい」 「こ、これ、くすぐったいのじゃ!」 「ちょっと、良い子だから動かないで」 ジタバタと暴れる麻衣子の頬を、優しくハンカチで拭う、静香。 「子供扱いされると、恥ずかしくてたまらんのじゃ! じゃから、やめ……んぅっ」 観念したのか、麻衣子は恥ずかしそうに黙り込んで素直に顔を拭いてもらっていた。 「はい、取れたわよ」 一通り煤を落としたのか、パッと手を離して麻衣子を開放する静香。 「……うぅ、キズモノにされてしまったのじゃ」 よよよ、と泣き崩れ、白衣の裾で涙を拭う麻衣子。 「はいはい、変な事ばっかり言ってないで、危ない実験は 出来るだけ控えてよね」 「こんなに嫌がってる《女子:おなご》に、あんなことを強要するなぞ ……よよよよよ〜」 「んもぅ、変な言い方しないでよ!」 「そんなにくっつきたいなら、幾らでも抱きついて やると言うておろうに! このこのぉ〜っ!!」 仕返しとばかりに、不意打ち気味に静香にしがみついて頬ずりをする麻衣子。 「ちょ、離れなさいって! 煤が付くでしょ!?」 「また落としてくれればいいじゃろぉ?」 「さっきはさんざん嫌がってたじゃない!」 「ふむ、アレはアレでありかもしれんと思ってな」 「だ〜か〜ら〜! 重いから離れてって言ってるの!」 「むぅ、失礼な事を……シズカよりは軽いぞ?」 「そんなの当り前でしょ!」 「広い心を持てば、きっと胸も大きくなるぞ?」 「そのネタを引っ張らないでよ、馬鹿マーコッ!」 「むおーっ! シズカが怒ったのじゃ〜っ」 憎まれ口を交わし合いながら、じゃれ合う二人。 見ているこっちまで楽しくなって混ざりたくなるようなそんな光景だった。 「……ふむ」 「櫻井、どうした?」 「あの二人を見ていると、まるで本当の姉妹のようだと 思ってな」 「姉妹、か……」 そう言われてみれば、なるほど、姉妹とは言い得て妙だった。 「あの二人は、昔からああなのか?」 「んー、まぁ大体あんな感じだったな」 「ふむ。仲が良いとは、いいものだな……」 細々と呟く櫻井の顔は、まるで孫が遊ぶのを眺めるおじいちゃんとでも言うか、妙な貫禄があった。 「あぁ、でもどうだろうな……昔の静香は今と違って もっと可愛げがあったからなぁ」 「ほう?」 「つってもガキだった頃の話だけどな」 「ふむ、本当に長い付き合いなのだな」 「だなぁ」 「俺んトコと静香の家、もともと親同士が知り合いでさ。 しょっちゅう会ってたせいで自然と一緒に遊ぶように なったんだよ」 「なるほどな」 「昔は金魚のフンみたいに俺の後ろをぴったりと 着いてまわって、可愛げもあったのにさ……」 チラリと静香たちに視線を向けると、二人の闘いも膠着状態なのか、机を挟んで牽制し合っていた。 金魚のフンなんて言ったのがバレたらタダじゃ済まないだろうが、この分ならもうしばらくは大丈夫そうだ。 あの頃の静香は俺の言う事はなんでも鵜呑みにしてすぐ後ろを、トコトコと小動物のように着いて来た本当に可愛い女の子だった。 今でも鮮明に思い出すのは、やはりあの時の事だろう。 家の中で遊ぶのに飽きた俺達が、初めて駅前の商店街へ行こうと計画した日の事だった。 「ねぇねぇかけるお兄ちゃん、いつまで歩くの?」 「わかんねぇ」 「わかんねぇの?」 「ああ、わかんねぇな」 「ねえ、いつになったら商店街に着くの?」 「うっせーな……目的地変更だ、変更」 「え? それじゃあどこへ行くの?」 「ホノルル」 「ホノルル? 外国の?」 「他にあるのかよ」 「でも、外国までは歩いて行けないよ?」 「ハッ、お前ばっかじゃねぇの? この前ホノルルまで まっすぐ行ける地下トンネルが出来たんだよ!」 「……とんねる?」 「そうだよ! あれ使えば簡単に行けるっつーの」 「えぇっ! ほんとにっ?」 「ホントだよ。徒歩3分だっての」 「そ、そうなの?」 「ああ」 「わ、わたし知らなかったよ……」 「科学の進歩をナメんなボケ! 毎日ちゃんと 新聞とかニュースとか見とけよ。じゃないと バカな大人になるぞ?」 「う、うん……そうだね」 「ほら、行くぞ!」 「うんっ! ホノルル! ホノルルだよっ!」 「何があるのかな? 何があるのかなっ?」 「そりゃお前……カバさんもいっぱいだよ」 「ホントにっ!?」 「ああ。ホノルルは別名、カバンティック天国だよ」 「すごいね、ホノルルッ! 早くいこ?」 「おう!」 ……………… ………… …… 「バカな大人、か……今じゃすっかり俺の方がバカに なっちまったけどな」 「?」 ついつい昔の思い出に浸って、アンニュイな気分になる。 「とにかく、あの頃の静香は可愛かったんだぜ? 今じゃ面影もないくらいのクールレディだがな」 「ほう」 「ちょっと、カケル! 変なこと言わないでよっ!!」 「何だよ、聞いてたのか?」 「聞きたくなんて無かったけど、聞こえたのよ!! って言うかなんでそんな暴露話してるわけ!?」 「いいだろ別に。純真だったあの頃の静香を《悼:いた》んでる だけじゃねーか」 「それ、何かすごく失礼なこと言ってない?」 「そうじゃぞ! 今のシズカにだって可愛いところは 沢山あるんじゃからな!!」 「可愛いところねぇ……」 「マーコが言うと変な意味にしか聞こえないんだけど」 「むっ、人が折角フォローしてやったというのに」 「ほら見ろ、可愛げの欠片もあったもんじゃねぇ。 昔はカケルお兄ちゃ〜ん、なんて言って金魚の フンみたいにくっついて来てたのによ」 「わあああぁぁぁっ! そ、そんな事ないわよっ!!」 よほど触れられたくない過去だったのか、顔を真っ赤にして暴れまわる静香。 「むぅ、それはそれで愛でてみたいのう」 「マーコまで何言ってるのよっ! 私の昔の話なんて どうでもいいでしょ!」 「私としては、もうちょっと聞いていたいのう。その頃の シズカの話は興味深いものばかりじゃからな」 「あぁ、ならこんなのもあるぜ? 昔の静香って 今と違って……」 「カケル、言ったら絶交だからねっ!!」 「ちっ……へいへい、わぁーったよ」 「はぁ……なんでこんなに疲れなくっちゃいけないのよ」 「……一つ疑問なのだが」 「ん? どうした?」 「お前達二人とマーコは、その頃からの知り合いでは なかったのか?」 「うむ、そうじゃの」 「そういえば、気づいたら三人でバカやるように なってたけど、マーコと会った時のことなんて ほとんど記憶にないんだよな、俺」 「それもそうじゃろ。特に顔見知りというわけでも なかったからの」 「そうなのか?」 「うむ。もともとシズカの方と付き合いがあっての。 それでシズカの幼馴染であるカケルとも、自然と 交流を持つようになったのじゃ」 「……そうだったっけ?」 当時、静香と二人で遊んでいた頃、いつの間にか一人増えた程度の感覚でしかなかったので、そう言われると納得するほかなかった。 「シズカと会ったのは……むぅ、何年前じゃったかの?」 「6年前よ」 ぐったりと疲れ果てていた静香が、麻衣子の疑問に横から即答した。 「よく一瞬で出てくるな」 「うん。結構ハッキリと覚えてるから、あの時のこと」 「……私にとっては、マーコとの出逢いって、特に 思い出深いものだったから」 声色こそ静かなものだが、疲れていると言うよりはもっと柔らかな、温かみのある声だった。 「はて? そんなに印象的な事などあったかの?」 「マーコにとっては何てこと無い事だったのかも しれないけど、私にとっては、ちょっと……ね」 「むぅ……いったい何じゃったかのう?」 「色々、あったから……」 「…………」 「あの時は、自分でも何がそんなに悲しいのか解らない くらい、へこんじゃってたから」 「翔だって心配してくれてたのに、それにも気づかない くらいに辛くて……ずっと、一人で泣いていたの」 「マーコと出会ったのは、ちょうどそんな頃だったわ」 そう言うと静香は昔を思い出すように、そっと目を瞑った。 6年前のあの頃、私にとってすごく辛いことがあった。 溢れる涙が止まらなくて、心にぽっかりと穴が開いたかのような、大きな喪失感を感じていたの。 それが何でなのか、自分では分からなくて……でもとにかく悲しくって……泣いてばかりいたわ。 どんなに泣いても、その穴が埋まるわけじゃないのにそれでも、私は泣き続けたの。 もう一生、この穴が塞がることはない。 それほど大きな穴が、心に開いたと思ってたから。 だから私は、誰も来ないはずの『その場所』で……ただ地面にへたり込んで、ずっと泣いてたわ。 「何をしておるのじゃ?」 「……え?」 そんな私に声をかけてきたのは、大きなぬいぐるみを背負った、小さな女の子だった。 「こんなヘンピなところで、何をしておるのじゃ?」 「……ぅ……ぐすっ」 「泣いておってはわからんぞ? どうしたのじゃ?」 ぬいぐるみよりもちょっと大きいくらいのその女の子はきっと私よりも年下のはずなのに、偉そうで変な喋り方だったのが印象的だったわ。 「何があったかはしらぬが、泣いてばかりではミイラに なってしまうぞ?」 「……だって……いなくなっちゃったんだもん」 「いなくなった?」 「うん」 「『お姉さん』が……私のせいでいなくなっちゃったの」 「むぅ……そうか……」 私がそれだけを言うと、その子は全てを理解してくれたみたいに、悲しそうな表情を見せてくれたの。 お姉さんを失う悲しみを知っているのかな、って……何となく、その時の私はそう思ったわ。 「『お姉さん』がいないと、私……ダメなの」 「お礼も言えないままなんて……嫌、なのに――― いなく、なっちゃったの……」 「…………」 伝えられなかった想いを吐き出すように、私はその子に自分の気持ちを伝えていたの。 でもその子は、嫌な顔一つせず、黙って聞いてくれたわ。 「ではお主は『お姉さん』がいれば泣き止むのじゃな?」 「……うん」 「う〜む……」 私の言葉に、その子はちょっと困った顔をしてから考え込んで……そして、こんな事を言ったの。 「そうじゃ! なら、私が代わりにお主の『お姉さん』に なってやるのじゃ」 「え……?」 「そうすれば、何の問題もあるまい! にっしっし。 これで、ばんじかいけつじゃっ!」 「……でもあなた、私よりちっちゃいし……」 「それに、『お姉さん』は『お姉さん』だよ……? 代わりなんて、いないよ……」 「ええい、細かいことを気にするな! ほれっ!」 その子は抱えていたぬいぐるみを持ち上げて、どうだと言わんばかりの笑顔で、それを私に見せつけてきた。 「どうじゃ! こうしてトリ太を合わせれば、私の方が 身長も上じゃろっ?」 「……うん……でも、あまり関係ないよ」 「関係ならあるぞ! 私とトリ太は一心同体じゃっ!! つまり、私たちは二人で一つなのじゃ」 「だから、これでお主よりも身長が高い、ないすばでーの 『お姉さん』と言えるじゃろ」 「あはは、何それ……変なの」 それがあまりにも無茶苦茶で……なんだか、とっても可笑しくって―――私は、いつの間にか笑ってたわ。 「とにかく、今日から私はお主の『お姉さん』じゃ!」 「……うん」 「じゃから、私たちは姉妹になるのじゃっ」 「しまい……?」 「うむ。いつもいっしょにいる、仲良し姉妹じゃ!」 「泣きたくなったら、二人でおもしろい話をするのじゃ」 「辛くなったら、二人でたのしいことをするのじゃ」 「そうすればきっと、どんなことが起きてもへっちゃら だと思うのじゃ!!」 「……ほんとに……?」 「もちろんじゃ。『お姉さん』が、妹に嘘をつくはず あるまい!」 そう言って手を差し伸べてくれた女の子の姿は……本当の『お姉さん』みたいに思えたわ。 「……うんっ!」 この子と一緒なら…… 二人で一緒にいれば、いつかは…… 私の胸に開いた大きな穴も、いっぱいになるような……そんな予感がして――― 気がつけば私は、小さな女の子の手を取って笑ってたの。 <二人を死が分かつまで> 「ボロボロの鈴白先輩を抱きとめた翔は、先輩の 気持ちを強く感じて、もう二度と逃げたりせず 今度こそ支え合って生きていく事を誓ったわ」 「こんな姿を見せられたら、もう……祝福するしか ないじゃない」 「二人とも……これから、色々な困難が待ち受けて いると思うけど……でも、心配は要らないわね」 「私達だっているし、それにきっと、何があったって 二人で乗り越えて行くに決まっているわ」 「そうでしょ? カケル……」 「こんな姿になった私を、翔さんはもう嫌いになったかも しれませんけど……」 「でも、私は……翔さんのことが、大好きです」 「いつまでも……一緒にいたいんです……」 「灯っ……あかりっ!!」 力の限り思いきり抱きしめてくる灯の告白を聞き、もう俺は溢れる涙を抑えることが出来なかった。 「カケル……さん……」 誰よりも過酷な日々の中にいた少女は……それでもなお俺と共に歩いてくれると告げた。 こんな俺なんかを、支えにしてくれていると言ったのだ。 「俺っ、俺……っ!」 「俺はもう、二度と……迷わないからっ!!」 「何があっても……絶対に……灯を支えて見せるから! 今度こそ、必ず……っ!!」 例え、いつの日か想いがすれ違う事になろうとも……逃げたりはしない。 そんな誓いを籠めて、俺はその言葉を口にした。 「俺は……生涯をかけて、灯を幸せにしてみせる…… ずっとずっと、一緒だから……!!」 ありったけの想いを籠めて、彼女の告白へ応えるように強く抱きしめ返す。 「―――はい」 全て理解したかのように、優しい口調で頷く灯を胸に……俺は、永遠に彼女を離さないと心に誓うのだった。 <二人を繋ぐモノ> 「翔が倒れてから四日間……思ったよりも参ってた みたいで、高熱でひどくうなされてたわ」 「鈴白先輩のお見舞いをみんなに任せて、ずっと 翔の看病をしてたけど……やっと体調が戻って 元気になったみたい」 「まだ病み上がりだって言うのに、翔は急いで 鈴白先輩が待つ病院へと向かったわ」 「そこにはマーコと櫻井くん――」 「そして櫻井くんと手を繋ぎ、笑顔を見せる鈴白先輩の 姿があったの……」 「いつ壊れてもおかしくない先輩の心を救うために 私たちが考えた苦肉の策……」 「それは、櫻井くんがカケルのふりをして、先輩の弱った 心を繋ぎ止めておくことだったの」 「だって翔に言ったら、無理してでもここに来て…… そうしたら二人ともダメになってたから……だから お願い、わかって、カケル」 家へ戻った途端、俺はすぐに倒れこんでしまった。 高熱にうなされながら、ロクに動く事も出来ない状態でほとんどの時間をベッドで寝て過ごしていた。 何だかんだ言って、灯の一件のショックで相当参っていたのだろう。 みんなに任せると思った気の緩みをきっかけに、それが一気に吹き出してきたのだ。 灯のお見舞いを他のメンバーに頼んで、つきっきりで看病してくれた静香がいなかったら、まだ俺は倒れたままだっただろう。 しかし、今ではどうにか熱も下がり始め、ようやく正常な思考能力を取り戻して来ていた。 「……ん」 南向きの窓から差し込む光に、俺は目を覚ます。 「あ、起きたんだ……もうお昼よ」 「そうか……」 だいぶ快復した感覚を抱いて、ベッドから立ち上がる。 「ん……もう微熱みたいね」 俺の額に手を当てて、自分の額と比べて熱を測り静香が満足そうな笑顔を見せる。 「もう起きても平気なの?」 「ああ、お前のおかげでな」 「いつもは私しか体調崩したりしないからね……今まで 看病してもらったお礼みたいなものよ」 「そっか。でも、サンキューな」 「んもぅ、お相子だって言ってるでしょ?」 俺がお礼を告げると、照れたように静香がそっぽを向いてしまう。 「丸二日くらい寝込んじまってたから、先輩の様子が 心配だな……」 「え……?」 「二日も俺と会ってないんじゃ、先輩だって寂しがってる だろうし……またいつ発作を起こすか判らないよな」 「え、えっとね、翔……四日よ」 「え? 何が四日なんだ?」 「もう翔が倒れてから、ほぼ四日経ってるのよ」 「なっ……!?」 「だから、もう28日なのよ」 「28日って……ま、マジであれから四日も経ってる っていうのかよ!?」 「そ、そうよ! 丸三日、ほとんどうなされたまま 意識が朦朧としてて……」 「死ぬかと思って、すっごく心配したんだからねっ?」 「な、なんでそれをもっと早く言わないんだよ!!」 「四日って……そんなに黙って寝てたってのかよ!?」 「だ、だって、ずっと具合が悪かったでしょ!?」 「そりゃそうだけど……こうしちゃいられねえ!」 「ど、どこ行くの?」 「決まってんだろ、先輩のところだよ!」 俺は飛び起きると、素早く着替えるために服を脱ぎ病院へ行く支度を始める。 「……きゃあっ!? ちょ、ちょっと、脱がないでよ!」 「着替えるんだよ! 見たくないなら出てろ!!」 「み、見たいわけないでしょ!」 真っ赤になった静香が、慌てて部屋を出て行く。 しかし、そんな静香に構っている暇もなく、俺は急いで身支度を整える。 「待っててくれよ、先輩……!!」 不安に染まる灯の顔を思い描きながら、焦る気持ちを必死に抑えて、俺は急いで病院へと向かうのだった。 ……………… ………… …… 「…………」 病院へ着いたものの、俺はドアを睨みつけたままその場で立ち往生していた。 「どうしたの? 急に立ち止まっちゃって……さっきまで あんなに息巻いて、ここまで来たのに」 「だ、だって四日も顔を出さなかったからさ……なんて 言えばいいか、わかんなくって……」 「…………」 「悲しんで、寂しがってるなら、謝っても許せないと 思うし―――そもそも、怒ってるかもしれないだろ」 「めちゃくちゃ失望されてて、別れ話とか切り出されたら とか思うと、そりゃあ足も重くなるって」 「……そうね」 「ほら、先輩って意地悪なところあるしさ……一度 怒ったら、なかなか許してくれなさそうだろ?」 「愛想尽かされてたり、嫌われてたりしねーかな?」 「……それは無いと思うわ」 「……? そ、そうか?」 伏目がちに呟く静香の言葉にひっかかりを感じながらも俺は意を決して、病院へと足を踏み入れる事にする。 どこか様子がおかしい静香と一緒に、数日ぶりに訪れる病室のドアをノックした。 そして、そのまま病室のドアを開く。 「おお、カケルか……」 「…………」 四日ぶりに灯の病室へと足を踏み入れた俺が見たもの…… それは気まずそうに俺を見る麻衣子と、微笑む櫻井――― ―――そして、嬉しそうに櫻井と手を繋ぎながら笑顔を覗かせる、元気そうな灯の姿だった。 「ふふふっ……それ、本当ですか、天野くん」 「……ああ、本当だ」 「え……?」 唐突に先輩から俺へ投げかけられた言葉に、すぐに返事を返して、灯の頬を撫でる櫻井。 まるで自分に対して話しかけられたかのような対応をする櫻井の行動に、わけもわからず心臓が跳ねる。 「また一つ、天野くんのステキなところを見つけちゃった 気がします」 「先……輩……?」 最初は、俺に向けられた言葉かと思っていた。 けれど今の灯には、すぐに俺が来た事を知る術は無く…… つまりそれは、俺へ告げられた言葉では無いのだと悟る。 「……カケル……」 「な、何だよ……なんなんだよ、これ……」 「…………」 「おい、櫻井……これは何なんだよっ!?」 「落ち着くのじゃ、カケルっ!!」 黙って灯と向かい合う櫻井に問い詰めようとするとすかさずその間に麻衣子が立ち塞がってきた。 「私から説明するから……ひとまず落ち着くのじゃ」 「……わかったから、説明してくれ」 「うむ」 一歩下がると、警戒を解いた麻衣子が軽く深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。 「お主が戻った後、私達はみんなで、ある問題について 話し合ったのじゃ」 「その問題とは……今後、あかりんを支えていく方法に 他ならん」 「……ああ……」 「私は、このままの状態では、必ずお主に負担がかかり 倒れてしまうと懸念した」 「現に、カケルはすぐに寝込んでしまったようじゃが…… 今のままでは、また同じ事を繰り返すだけなのじゃ」 「…………」 「もし両親もおらず、カケルもいない時に発作が起きれば ……私達だけでは、あかりんの心を支えられるかどうか 不安じゃった」 「だから、少しでも翔の負担を軽くしながら、同時に 鈴白先輩も支えられる方法を考える必要があったの」 「うむ。お主が倒れた時、もしもまた発作が起きたら 危険じゃからの……」 「それとこの状況と、いったい何の関係があるって 言うんだよ……」 俺を差し置いて灯と楽しそうに会話している櫻井を見て戸惑ったまま、麻衣子へと問う。 「つまり、じゃな……私が提案した、お主の負担を軽く しながらも、あかりんを支える方法は―――」 「誰かが、あかりんを騙して……お主のふりをしてやる と言うものだからなのじゃ」 「なっ―――」 「女の私達じゃ、きっとすぐバレちゃうから……だから 櫻井くんに代役を頼んだのよ」 「最初はおっかなビックリで、みんなでフォローして おったのじゃが……」 「今ではこの通り、見事にカケルを演じきって、代役を こなしておるのじゃ」 「俺を……演じて……?」 「そうじゃ。その甲斐もあって、お主が倒れておる間も あかりんは比較的安定しておったぞ」 「そ、そうか……安心したよ」 笑おうと顔を歪めるも、うまく笑顔を見せられなかった。 あまりにも予想外の展開に、わけもわからず動揺してうまく頭が働かない。 「じゃから、お主も今後は数日置きに、秀一と交代で お見舞いをすれば、負担も格段に減るじゃろう」 灯が、元気でいてくれた。 そして今も、笑顔でいてくれる。 「あかりんを騙すのは、少々心苦しいが……これも二人に 必要なことじゃからのう」 「今後ずっと、あかりんの心を支えるのなら……やはり しばらくはこの体勢で行くべきじゃな」 「……あ、ああ」 本来なら喜ぶべきはずの『事実』に……けれど俺の心は大きく揺さぶられていた。 「……天野」 「さ、櫻井……」 灯との会話にひと段落ついたのか、櫻井が俺の方へと近づいて来る。 「交代の前に、これを読んでおいてくれ」 「え……?」 そう言って、櫻井に小さなメモ帳を渡される。 それをペラペラとめくってみると、櫻井がここ数日の間に灯と話した会話の内容などが、事細かに書かれていた。 「矛盾があると困るからな」 「特に、鈴白からの提案だった、これには気をつけろ」 『天野が鈴白へ対して、肯定のニュアンスを伝えたい場合 優しく頬を撫でる』 『否定の場合は、手の甲をさする』 「他にも、留意点を書き記しておいたが、天野も俺に 状況を把握させるためのメモは取っておいてくれ」 「以上だ」 「…………」 「……天野?」 動揺して返事をしない俺を不審がり、櫻井が心配そうに聞き返してくる。 「……あ、ああ。サンキュー、櫻井」 「では、俺は戻って休ませてもらう。後は頼んだぞ」 俺に全て伝わった事を確認すると、そのまま櫻井は病室を出て行ってしまう。 「ふふっ……それはおかしいです」 「そうじゃろそうじゃろ?」 麻衣子と楽しそうに会話する灯の表情には、何の疑問も浮かんではいなかった。 「先輩……」 「むお、なんじゃ、カケル……まだ話し足りんのか? ……しょうがないヤツじゃの……」 すぐにまた話しかけようとする『俺』が不自然に思われないよう、フォローする麻衣子。 「では、またカケルに代わるのじゃ」 「……はい」 ベッドから離れる麻衣子とすれ違い、俺は灯の近くへと腰を下ろした。 「先輩……」 「どうしたんですか、天野くん……?」 「…………」 櫻井と代わった『本物』の俺と対面しても、先ほどと特に違った様子は無い。 たしかに通じ合っていると思っていた心は……もう交わってはいなかった。 「天野くん……?」 求めてくれるなら、支え続けると誓った。 「ごめん、先輩……何でもないよ」 けれど、彼女の想いは今、櫻井へと向いていて――― 「もう、少しヘンですよ、天野くん」 それは俺の影であっても、関係など無く…… 「ヘンと言えば、ほら……昨日言った話なんですけど ……ふふっ、本当におかしいですよね」 俺と言う形さえしていれば、それ以上は必要ないのだ。 「……ははっ……そうだな。おかしいな」 つまり『俺』はもう――― 灯にとって……必要のない存在だった。 「おとといの天野くんのドジも、傑作でした」 「うわ、ひどいな、先輩……」 他人の感情に敏感だった彼女の姿は、今はもう無い。 どんなに想っても……それは、決して届く事の無い一方通行の愛情で――― 「だって、あんなハプニングを起こされたら、誰だって 笑っちゃいます」 今の灯にとっての『天野 翔』は……俺なんかじゃなく櫻井 秀一、そのものなのだ。 「こっちは大恥かいたって言うのに……」 だから、俺はそれを演じる事に徹するしかなく…… 「ごめんなさい、ちょっといじわるでした」 ただただ、その義務的な作業をこなすしかなかった。 「それじゃ、天野くんの恥ずかしい話は置いておいて…… 一昨日に読んでもらった絵本の話をしたいです」 「……っ」 もうすでに、灯の語る『想い出』は……俺の知るものでは無くて――― 「……翔……」 気がつけば、そこに……俺の居場所は、無くなっていた。 <互いの役目、譲れぬ決意> 「過去に戻れるのは、一人だけじゃ」 「この試作型のタイムマシンをもう一つ作っている 時間的余裕など、もう残されておらん」 「カケルは私を心配して、過去へ戻ることを止めたが これは私にしか出来ない役目じゃと伝えたのじゃ」 「例え全てを賭けてでも、シズカを助ける。それが 私の宿命なのじゃ」 「無論、不可能なことなどこの世に存在しないと 信じておるから、黙ってその運命を受け入れて 死ぬつもりなんて無いがのう」 「必ず、生きて帰ってくる……そして、またシズカと 面白おかしく過ごせる日々を取り戻すのじゃっ!」 「私が過去へ戻り、『お姉さん』としてシズカを助ける…… と言う事じゃ」 「もはや方法は、それしかあるまい」 「なっ―――」 「何を驚いているのじゃ……当然の結論じゃろ?」 「シズカと出会った事さえ消えてしまうような、偽りの 未来なぞ―――死んでもお断りじゃからな!!」 「そ、それは俺だって……けど! それじゃ、お前が 死んじまうだろ……!!」 「そうだ! 俺が……俺が行けばいいじゃねーか!!」 「…………」 「そうすれば麻衣子も死ぬ事はねぇだろうし、静香だって 助けられる!!」 「そりゃ命の危険はあるかもしれないけど、麻衣子よりは 遥かにマシなはずだろ!?」 「たしかに、お主が行けば死ぬとは限らぬじゃろうな」 「なら決定だな。文句無いだろ?」 「大ありじゃ、馬鹿者!」 「なっ……なんでだよっ!? それが一番現実的で かつ、みんなが助かる可能性がある方法だろ!!」 「って言うか、事故よりも前に静香を足止めしてから ビルへ入れなければ、楽勝なんじゃないか?」 一瞬慌ててしまったが、タイムマシンなどと言う便利な道具があるのなら、上手く使えば事足りるだろう。 「悪いが、それも却下じゃな」 「さっきから何、変な意地張ってるんだよ!? そんなに 死にたいっていうのかよ、お前は!!」 「そんなわけ、あるはず無いじゃろ!」 「じゃあ、なんで俺の案をあっさり却下するんだよ!? お前が死ぬと解ってて、黙って行かせろってのか?」 「んなこと……出来るわけねーだろうが……」 「……私だって、みすみす死ぬつもりは無いのじゃ」 「ビルの崩落から、どうにかシズカを助け出して 絶対に生き延びて戻って来るつもりじゃ」 「とにかく、そんな馬鹿げた危険な賭けは却下だ。 俺が行って必ず助け出して来てやるから……」 「お願いじゃ……解ってくれ、カケル」 「この役割だけは、他人に任せるわけには行かんのじゃ」 「そんなの、俺だって同じ気持ちだ!!」 「静香を助けるためなら……そして、お前を守るため だったら、危険なんて関係ねぇんだよ!」 「感情論だけで言っておるわけではないのじゃ…… シズカを助けるのは、私でなくてはならん―――」 熱くなっている俺と対照的に、クールな立ち居振る舞いで言葉を紡ぐ、麻衣子。 そこには、静かな決意と、確かな悲しみが在った。 「時間の無い今、タイムマシンをいじっている余裕が 全く存在しない事は解るじゃろ?」 「以前言った通り、あの未完成のマシンで戻れる時間は そんなに大きくないのじゃ」 「つまり、お前の作ったタイムマシンじゃ6年前には 戻れないって言うのかよ?」 「普通に考えれば、まず無理じゃろうな」 「それに、そんな無茶をしたら、確実に壊れるじゃろう」 「うまく過去に戻れるかも解らんし、とんでもない時代に 行ってしまう可能性すらあるのじゃ」 「何だよ、それ……それじゃあ、どうやって6年前に 戻るって言うんだよ?」 「じゃからこそ、私が行くのじゃ」 「え……?」 「私が事件当日に標準を合わせてあのマシンを使えば 奇跡的な確率で……じゃが、《確:・》《実:・》《に:・》過去へと行ける」 「この新聞が、それを証明しておるのじゃからな」 たしかに、この新聞に載っていない俺が過去へ行こうとしても、成功する保障など、どこにも存在しなかった。 「1ヶ月程度しか戻れる保障が無いあの機械で、強引に 6年前に行くのは、私以外には不可能に近いじゃろう」 「それにお主が過去へ行ったら、どうやって戻って来ると 言うのじゃ?」 「うっ……それは……」 「前日に設定して助けてしまっては、この新聞の事実と 食い違いが生じてしまうじゃろう」 「じゃから、そもそも過去へちゃんと行けると言う保障が 無くなってしまうのじゃ」 「くそっ……なんだよ、それ……」 つまり麻衣子は、未来の事故を知っていながらも事件当日、廃ビルの中で、シズカを助けなければならないと言う事になってしまうのだろう。 「私以外でも成功するかもしれんし、事件前日に戻り シズカを助けられるかもしれん」 「じゃが、シズカの命が懸かった一発勝負で賭けるには あまりに不確定すぎるのじゃ」 「……そんなつまらぬ保身で、シズカが助からなかったら 悔やんでも悔やみきれんじゃろ?」 「麻衣子……」 「それに、最悪の場合は、他の方法で助けてしまった事で 歴史に大きな『歪み』が発生して、この世界そのものが 無くなってしまう可能性すらあるのじゃ」 「世界そのもの……!?」 「言ったじゃろ? そのくらい危険な行為なのじゃと」 「時空間を移動すると言う禁忌は、それほどまでに 人の身に余る行為なのじゃ」 「とにかく、失敗が許されぬこの状況では、もっとも 確実な方法を取るしか無いじゃろう」 「……ぐっ……」 失敗が許されないからこそ、最も確率の高い方法を取るしか無い。 だからこそ、麻衣子が『事件発生時に、廃ビルの中で静香を助ける』事こそがベストなのだ。 頭ではそう解っていても、どうしても素直に頷く事が出来なかった。 「……心配するでない、カケル」 「そうそう死ぬつもりは無いと言うておるじゃろ」 「……ああ」 「それにカケルには、ここに残ってやってもらわねば ならない事があるのじゃ」 「やらなきゃならない事……?」 「うむ。……もしかしたら、シズカの身体は明日まで 保たない可能性があるのじゃ」 「なっ!?」 突然告げられた言葉に、思わず絶句してしまう。 「シズカに『予兆』が現れたら、一刻の猶予も無いと言う 合図なのじゃ」 「予兆?」 「うむ。シズカの存在が希薄に感じられるような感覚を お主まで抱いてしまったら……恐らく、それがタイム リミットじゃろう」 「……そうなったら、もう静香は助からないのか……?」 「いや……完全に消え去ってしまうまでは、幾ばくかの 猶予はあるじゃろう」 「そんな状況で、俺に何が出来るって言うんだよ!? お前らが死にそうなのを、ただ見ているだけなんて ……そんなの、我慢できるわけねーだろ!!」 「なんで、俺には何一つお前らを支えてやる事が できねえんだよ……」 「カケル……」 「……見ているだけではないぞ。お主にしか出来ぬであろう 最後の役割があるのじゃ」 「最後の役割……? 何だよ、それ! 俺に何か出来る って言うなら、教えてくれ!!」 「もしもシズカの存在が消えかかってしまった時――― シズカの手を繋ぎ、必死に呼びかけて欲しいのじゃ」 「そうしておる間は、恐らくシズカはこの世に留まる事が 出来るじゃろう」 「静香の手を繋ぐ……?」 「うむ。と言っても、ただ物理的に手を繋げば良いと 言う意味では無いのじゃ」 「弱っていくシズカの心を、支えなくてはならんのじゃ」 「心を、支える―――」 「お主の全てを賭けて、シズカを支える覚悟が必要に なるのじゃ」 「今のシズカにとって、一番『現実』を実感できる瞬間が 恐らくカケルと一緒におる事じゃろう」 「つまりそれが、世界から消え去ろうとするシズカを 現世へと留める『繋がり』を保つ手段となるのじゃ」 「お主ら二人の『絆』が強ければ強いほど……シズカの 存在は、この世界に留まり続けられるはずじゃ」 「俺たち二人の、絆……」 静香の事を想い、自然と拳に力を籠める。 今の静香にとって一番深い絆を持つ人間が、自分であるのならば―――確かにそれは、俺にしか出来ない事だった。 「じゃが、その行為はお主自身にも、危険極まりない行為と なるじゃろう」 「え……?」 「消え去ろうとする存在を、無理やり留めようとするの じゃからな……」 「もしもシズカの存在を維持し続けようと無茶をすれば ……最悪、お主も共に消え去ってしまうじゃろう」 「それでも、私がシズカを救い出すまで―――お主の存在 全てを賭ける覚悟があるか?」 「ああ。言われるまでもねーよ」 「静香を守るためなら、俺は……何だってするぜ」 「……そうか。そう言うヤツじゃったな、お主も」 「良いか、カケル。もはや一刻の猶予も無いのじゃ。 私はこれから戻って、タイムマシンを実用レベル へと最終調整しておくのじゃ」 「もう少しだけ、準備に時間がかかるって事か」 「うむ。決行は明日の朝になるじゃろう」 「もう時間も無い……準備が出来次第、過去へと行く事に なるじゃろう」 「そうか……」 それはつまり、もうこちらへは戻って来ないと言う事を意味していた。 「じゃから、私が全てを終わらすまで……シズカの事を 頼むぞ」 「ああ、任せておけ」 「もし失敗して、シズカを消し去ったら許さんぞ!」 「お前こそ、油断してドジるなよ!」 「ではな」 「……麻衣子っ!!」 立ち去ろうとする麻衣子の背中に、俺は叫ぶように語りかける。 「さよならなんて……言わねえからな!」 「……当たり前じゃろ」 「こんな別れ方、俺は絶対に許さねえからな!!」 「だから―――」 「絶対、生きて帰って来いよ」 「うむ。お主がちゃんとシズカを守り抜けたかどうか 確認すらせずに、死ぬわけあるまい!!」 互いに決意を籠めた言葉をぶつけ合い、俺たちは静香を救うために動き出した。 全ては、明日――― 「静香……絶対、お前を助けてやるからな……」 俺は静香への想いを籠めながら空を仰ぎ、揺るがぬ決意を誓い、愛する恋人の元へと戻るのだった。 ……………… ………… …… <今日はお休み> 「すっかり恒例になった、翔さんへの朝の呼びかけを 済ませて、用意した朝食を二人で食べつつ、食後の コーヒーを飲んでほっと一息」 「その後は、翔さんと一緒にまったりとリビングで テレビを見ました」 「学園に行かないのかと尋ねられて、つい今日はお休み と言う事にしてしまいました」 「本当はダメなんだって解ってるんですけど…… でも、少しだけ……」 「もっと二人だけで居られる時間を過ごしたくて ワガママを言ってしまいました」 「あぅ……お兄ちゃん、起きてください」 「ん……」 「おはようございます」 「おお、おはよう」 「朝食出来てますので、用意が出来たらリビングにいらして ください」 「おう、わかった」 かりんが部屋から出て行った事を確認して、制服に着替えて学園へ行く準備を整える。 「はい、どうぞ」 「ん」 俺は差し出されたトーストを受け取ると、そのまま口に運んで、よく咀嚼する。 「コーヒーのお砂糖はいくつ入れますか?」 「ブラックでくれ」 「あぅ。私、ブラックだと苦くて飲めないです」 「子供だな」 「そんな事ないです。むしろ逆におっぱいは大きい方だと 思います」 「会話成立してないからな」 「あぅ」 朝なので淡白なツッコミを入れてかりんのボケをスルーすると、爽やかな気分でブラックのコーヒーを飲む。 「あ、私の今日の運勢は一番みたいです。しかもしかも ラッキーカラーはマゼンタです。何色でしょうか?」 「よくわかりませんが、ものすごくハッピーですっ!」 テレビの占いを観ながら、きゃっきゃと一喜一憂する自称・我が妹のメガネ娘。 「(つか、知らないのに喜ぶなよ……)」 「あぅ! そろそろ名探偵コバンくんの再放送が始まる 時間です」 「ふむ……なになに、ついに全盛期のイジローがまさかの ガッツポーズ連発で逆転サヨナラ勝ち、か……」 ……………… ………… …… 「…………」 「(……って、いつまで観てるんだよ……)」 学園へ行く前に5分アニメを見てから出かけるつもりなのかと思って新聞を読んでいたのだがどうやら普通の30分アニメのようだ。 しかも、かりん自体も観終わるまではその場を動く気が無さそうだった。 「(まぁ、こいつもこのアニメが大好きみたいだしな。  これが終わるまでくらいは待ってやるか)」 学園へ行くといっても自主的な行動で半分夏休みのようなものなので、俺も特に咎める事無くかりんを待つ事にした。 ……………… ………… …… 「真実は、いつも残酷ッ!!」 ビシッとテレビに映る探偵の格好をしたコバンザメの主人公(?)の決め台詞を能天気にハモっていた。 「ふぅ。やっぱりコバンくんは何度観ても面白いです」 「(お。やっと終わったのか……)」 俺は立ち上がり、玄関へ向かおうとするのだが、かりんは一向にテレビの前から動く気配が無い。 終いには、そのまま『世界の動物達』とか言うヘンテコな番組を観始めてしまった。 「おい、かりん」 「あぅ……た○っこどうぶつ美味しいです」 動物の番組を観ながら動物を食べていた!! 「(くっ……激しくツッコミたいが、ここは我慢だ)」 俺は話が脱線して再び『かりんゾーン』に引き込まれてしまう事を恐れ、本題のみを訊ねようと口を開く。 「もうこんな時間だけど、学園に行かねーのか?」 「はい。今日はお休みと言う事にします」 「します、ってお前……えらくアバウトだな」 「えっと……その、たまには休息も必要ですので」 「ふーん。ま、別にいいけどな」 たしかに切羽詰っても名案が浮かぶわけでもないしかりんがそう言うなら、無理に行く必要も無い。 「それじゃ、一応みんなに連絡しておくわ」 「あぅ。お願いします……うまうま」 俺は再びビスケットを食べ始めたかりんを横目に、深空の携帯へと電話をかける。 『はい』 「よう」 『おはようございます。どうしたんですか?』 「いや、実は今日かりんが学園を休むって言うんで、俺も 適当に休日にしようかなって思ってな」 『そうなんですか』 「ああ。だから一応連絡しておこうかなってな。 もしも今学園にいるなら、みんなにも伝えて くれると助かるんだけど」 『はい、わかりました。それでは私も学園でゆっくり休日を 過ごさせていただきますね』 「おう。よろしく」 ピッと電源を切ってから、休日を過ごすのに学園でゆっくりすると言う深空の行動に違和感を覚える。 とは言え、休日の過ごし方なんて人それぞれなので、俺がどうこう考えるものでもないだろう。 「んじゃ、俺もお前と一緒にテレビでも観るかな」 「は、はい。そうですね……」 俺は休日モードに切り替えると、帰る気配の無いかりんと一緒に、まったりと休みを満喫する事にしたのだった。 <今更ながら、同棲だよな> 「翔さんとの同棲生活を始めて、早10日……」 「その間に、翔さんのおかげで私の暮らしぶりも 格段の進歩を遂げましたわ」 「こうしてドタバタと指示を受けながら色々なことを 学んだのは初めてで……すんなりと物事を理解して 覚えられたのもはじめてでしたわ」 「物覚えの悪い私にここまでテキパキと指示できる なんて……翔さんって、人に物事を教えることに 長けているのかもしれませんわね」 「……と、そう思って少しは感謝してましたのに……」 「今度は突然、いまさら私に気を遣い始めたみたいに ここを出て行くって言い出しましたわっ!」 「か、翔さんは、今さら何を言っているんですの!?」 「意識してくださるのは嬉しいですけど、それって逆に 今までは、私のことを意識してなかったってことじゃ ありませんこと!?」 「しょ、ショックですわ……」 「一人でドキドキして、お風呂で念入りに体を洗ったり 毎日しょっ、勝負パンツを履いていた私が馬鹿みたい じゃありませんのっ!」 「……って、それじゃあまるで、私のほうが翔さんを 好きみたいに聞こえてしまいますわっ!!」 「殿方はみんな狼だ、と言うお話を聞いていたので 用心のためにしていただけで……別に、翔さんが 好きとか、そう言うのじゃありませんのよ!?」 「うぅっ……そんな風に色んなことを考えてるうちに 自分でも訳がわからなくなってきましたわ……」 「気づいた時には、私は翔さんのことを引き止めて いましたの……」 「だ……だって、ここで引き止めないと翔さんは 帰ってしまいますし……」 「急に押しかけてきて、突然帰るだなんて、あまりにも 身勝手すぎますわ……だから引き止めたんですの!」 「強引に居座られたのに、気づけば離れることに抵抗を 感じるなんて……ああ、もう、私いったいどうなって しまったと言うんですのっ!?」 「翔さん、さっき買った豚肉は冷蔵庫の中ですの?」 「ちょ、ちょっと待て! 夕食は俺が作るから お前は洗濯物をたたんでおいてくれ!」 「なんですの? この私がせっかく丹精込めた美味しい お料理を振舞って差し上げようとしましたのに……」 「まだお前に包丁を持たせるのは、心配なんだよ!」 「失礼ですわね……これでも、最初に比べるとたいぶ 上達したんですのよ!」 「それでも、あの程度じゃお前に台所を任せる訳には いかねーっての!」 「厳しいんですのね……わかりましたわ。その代わり そっちは任せましてよ?」 「おうよ。任せとけって」 ……………… ………… …… 俺が花蓮の部屋に転がり込んで早10日……相変わらずドタバタした日々が続いていた。 大掃除から始まった俺たちの共同生活は、炊事、洗濯家計の管理と、あらゆる家事の基本を花蓮に叩き込む修行の場になっていた。 何度か俺の命を奪いかけた料理の腕も、最初に比べればまあマシになっただろう。 この短期間で、花蓮の生活能力の向上は眼を見張るものがあった。 やはり、『子供たちと会えない』という制約が彼女をここまで高める力になったのだろうか。 俺が言うのもなんだが、こいつはよくやってると思う。 やはり保育士になりたいというのは本気なのだろう。 今では数日前とは見違えるくらい、花蓮はまともな生活能力を身につけている。 これならわざわざ俺が転がり込んできた甲斐もあったというもので…… 「……ん?」 転がり込んできた? わざわざ布団まで持ち込んで…… 夢を目指す花蓮という後輩の部屋に…… いや、花蓮という名の女の子の部屋に。 「……………………えっ!?」 「どうしましたの? なんだかそわそわしてますけど」 「あ、いや……」 訝しげな目で、俺の顔を覗きこんでくる花蓮から慌てて目をそらす。 ひょっとして俺は、とんでもなく大胆で、非常識な事をしているんじゃないのか? 「ハッキリしませんわね! それとも、同居人の 私にも言えないことですの?」 「うっ……」 花蓮ににらまれ、思わず身じろいでしまう。 確かに、同居人にこそ言っておかなければいけない問題なのだが…… 仕方あるまい。俺は意を決して、花蓮に衝撃の事実を告げることにした。 「なあ、今になって思ったんだけど……なんか俺たちの 関係って……同棲みたいじゃないか?」 「今さら気づいたんですの!?」 「ええぇぇぇぇぇぇっ!?」 花蓮が目を丸くして驚く花蓮に、俺は素っ頓狂な声を上げた。 「し、知ってたの、お前!?」 「知ってたも何も、当たり前じゃありませんのっ!」 「な、なんだよ! 気づいてたんなら早く言えよ!」 「普通、こんなこと承知の上かと思いますわよ!」 「うわぁ〜〜〜、マ、マジかよ……」 ―――同棲。 今まで何の事はない共同生活をしてきたが、その言葉を意識した途端、妙に落ち着かない気分になってきた。 「(か、考えてみれば当然だよな……)」 「(男と女が同じ部屋で、しかも生活力を高める特訓まで  してるなんて……)」 「(しかも俺が転がり込む形でよ……これじゃあ  逆押しかけ女房じゃねえか……)」 俺は手のひらで顔を覆い、しばし長考する。 「……翔さん?」 「よっしゃ……帰るわ、俺」 「ええええぇっ!?」 ポンとひざを叩き、俺は立ち上がった。 「いや、今までは仲のいい後輩の家に泊まってる気に なってたけど……」 「冷静に考えれば、お前だって女の子だもんな…… 悪かったな、迷惑だったろ」 「い、いきなりそんなこと言われたって……」 「安心しろ、今日は俺も家に帰るからさ」 「で、でも……」 花蓮は妙にオタオタしている。トレーナーたる俺がいなくなることが不安なのだろうか。 「大丈夫。料理の腕こそ不安だけど、今のお前なら もうどこへ出しても俺は恥ずかしくないぞ」 「明日から保育園にだって行ってもいい。ガキどもに よろしくな」 「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」 荷物をまとめる俺を制すように、花蓮が声を張る。 「本当にこの人は……一人でドンドン話を進めて しまいますのね!」 「え? だって……」 「だってもダンディもございませんわ!」 「(ダンディ!?)」 花蓮は少しだけ恥ずかしそうな顔でそっぽを向く。 「けど、これ以上お前に迷惑をかけるのもだなぁ……」 「い、今更なにを言っているんですの? 翔さんは……」 「たしかに、今更っちゃ今更なんだが」 「……私、別に迷惑だなんて思ってませんでしたわ!」 「え……そうなの?」 「たしかに、子供たちに会いに行くなと言われた時は メチャクチャ言う人だとは思いましたけど……」 「それだって、私のためを思えばこそだと言うのは これまでの生活で、よく解りましたわ」 「だから感謝こそすれ、怒ってなんていませんわ」 「そ、そうか……」 花蓮の言葉を聞き、俺はなぜか安堵した気分になる。 「むしろ翔さんのお陰で、すごく助かりましたし…… あ、ありがとうございますですわ」 「(おおっ……)」 花蓮の口からこんなに殊勝な言葉を聞けるとは…… それだけで、今回の強化合宿の提案をした甲斐があるというものだ。 「それに私の方としても、まだまだお料理の腕とか 不安な点はいくつもありますし……」 「……ありますし?」 「いま貴方が帰ったら、今日の晩御飯は誰が作るって 言うんですの!?」 赤い顔のまま、花蓮が怒鳴るようにまくし立てる。 「その……翔さんが帰ってしまえば、また以前のような 生活習慣に逆戻りしてしまいますわ」 「最低でも、私がお料理をマスターするまでは、ここに 住んで頂かないと……困りますの」 「…………」 ダメだ。あの横暴でツンツンしていた花蓮に、ここまで求められてしまっては、頬が緩むのを抑えられない。 「しょっ……しょーがねーなぁ……」 顔色を悟られないよう、花蓮に背を向け台所へ向かう。 「お前がそこまで言うなら、もう少しだけ居てやるよ」 「ほ、ほんとですのっ!?」 「なんだよ、お前、えらく嬉しそうだな? ん?」 「なっ……そ、そんなわけありませんわっ!!」 「もしそう見えるんなら、晩御飯を作る手間が省けて ラッキーだからにすぎませんわ」 「ははっ、そうっすか。それじゃ、腕を振るいますかね」 今日ばかりは、花蓮の憎まれ口も笑って受け止められる。 俺はガラにもなくご機嫌な気分で、冷蔵庫の扉を開いたのだった。 ……………… ………… …… <仏の顔も三度までです!> 「天野くんには、まだまだ精神鍛錬が必要なので 今日も一緒に座禅を組んだのですが……」 「本人は『今度こそ茶道を極めたよ』なんてことを 言ってましたが、ホントに大丈夫でしょうか……」 「仏の顔も三度まで、ですからね」 「もし次にエッチな《狼藉:ろうぜき》を働いたら、今度こそ容赦なく お仕置きしちゃいますっ!」 「……でも、何だか自信もあるみたいだし、今度は ちょっと信じてみたくなっちゃいました」 「これで治ってくれていれば良いんですけど……」 「まったく、手のかかる弟くんですね、本当に」 ……………… ………… …… 「やっぱり天野くんには、まだまだ精神集中の修行が 必要なんです」 茶道部の部室(仮)で座禅を組まされたまま、俺は先輩のお説教に耳を傾けていた。 「お茶の精神さえ究めれば、エッチなハプニングに 動じることも無くなるはずです」 「いや、先輩。俺、今度こそ茶道を究めたよ」 親指を立て、俺は爽やかに笑ってみせる。 「……本当ですか?」 「悟った、と言ってもいいね」 何せ、さっきの事があったばかりだ。 今度こそ、先輩の恐怖は身にしみてわかったつもりだ。 「俺も早く、先輩みたいに強い茶人になりたいよ」 「……なんだか、茶道というものを思いっきり 誤解されてるような気がします」 「剣道、弓道、茶道!」 「全然わかってないじゃないですか!」 「ぶ、武器を究める武道じゃないんですか……?」 「違いますっ!」 どうやら、また怒らせてしまったようだ。 「まあまあ……これでも先輩の言う『落ち着いた心』 ってのは、だいぶ理解できたつもりなんだぜ?」 「まったく……天野くんの言う事は、いまいち 信用できません」 「そう言わないでくれよ……先輩と一緒に修行した事が 無駄だなんて思いたくないしさ」 「ま、まったくもう……」 口の中で呟くと、先輩はそっぽを向いてしまった。 「わかりました。そこまで言うなら天野くんを 信用します」 「やったね。免許皆伝!」 「調子に乗るのは早いですよ」 「仏の顔も三度までですからね。そこまで言うからには 今度エッチな狼藉を働いたら、次こそは容赦しないで お仕置きしちゃうんですから!」 「先輩こそ、今夜の約束忘れないでくれよ?」 「約束?」 「今夜、学園に集まって七不思議を探ろうって いう話ですよ」 「……あ」 「茶道を究めた先輩の、何事にも動じない精神力…… この目でとくと拝ませていただきます」 「ず、ずるいです、天野くん……」 「さて、なんの事やら?」 「ぶぅ……勝手にしてください!」 拗ねる先輩を尻目に、俺は今夜の肝試しに思いを馳せ一人ほくそ笑むのだった。 <仲直りの電話を> 「結局私は二日も学園を休んで、ずっと自分の部屋に 引きこもっちゃった」 「翔から電話があったけど、許してあげるのも嫌だし 対応に困るから、出るに出れなかったな……」 「こんなに時間が経ってからしか電話してこないなんて ……カケルのバカ……ほんと、サイテーよ」 「…………」 「でも、私は、もっとバカで……サイテーだったわ」 「翔……」 「よお……」 化学室への扉をくぐると、案の定、いつもの二人がいつものノリで作業をしていた。 「おぉ、カケル。……今朝はまた一段と暗い顔じゃの?」 「……そうか?」 傍から一目見ても一目で分かるほどに、きっと腑抜た顔なのだろう。 「あんま寝てないからな……」 「シズカのことか?」 「…………」 気が利くのは麻衣子のいいところだが、もう少しオブラートに包んでくれると嬉しい、と思うのはきっと俺だけではないと信じたい。 「お前、いつにも増して勘が冴えわたってるな」 「私の勘が冴えているのではなく、カケルが分かりやすい だけじゃよ」 「そうかぁ……?」 鏡越しに覗き見ると、そこには見慣れた普段どおりの顔があるだけだ。 「別にいつもと変わんねぇぞ?」 「どこがいつも通りだ? 腐ったミカンのような生気が 見て取れるわ!」 「そうやって、表面上でしか物事を捉えられぬから 女に愛想を尽かされるのだ、この愚か者が!」 「むぅ、トリ太もバッサリ斬るのう……」 「トリ太くらいストレートに言ってやった方が 天野のためだろう。それに、天野の様な鈍感 野郎には俺達の会話など理解できんさ」 「……メッチャ聞こえてるんだけど、殴っていい?」 特に櫻井には、そこまで言われる筋合いは無い気がしてならない。 「なら、いい加減、素直になったらどうだ?」 「黙って相手の全てを許せるかどうかで、人としての 器の大きさが解ると言うものじゃがな」 「……静香だけが許せないんじゃねーよ」 「静香の事を理解できない俺自身が嫌なんだよ」 「……なぁ、カケル。一昨日あったことをもっと詳しく 話してくれんかの? そうすれば、ちゃんと相談にも 乗れると思うのじゃ」 「…………ああ」 少し迷った末、麻衣子に相談する決意を固める。 そして俺は、一昨日起こった出来事の一部始終を麻衣子に話した。 時折何かを考えるような表情を浮かべながらも、麻衣子は最後まで、何も言わずに聞いてくれた。 「なるほどの……」 神妙な顔をしたまま、麻衣子が小さく頷く。 「それはお主の方に非があるの」 「…………」 「無論、シズカの方にも問題はあるのじゃが……カケルが 思っておる通りじゃよ」 俺が思っている通り―――つまり、何かの勘違いやすれ違いで、こうなってしまったと言うことだ。 「お互いに勘違いがあるようじゃから、やはり一度 話し合って解決するべきじゃと思うぞ」 「そうか……だよ、な」 「うむ。だいぶ冷静になって来たようじゃの」 「けど、俺自身の気持ちに、まだ決着が行ってないんだ」 「お主自身の気持ち……とな?」 「本当の意味で静香が悪いんじゃ無いって解ってるのに ……アイツの事が解らないってだけで、イラつくんだ」 「自分自身が許せないっつーか、不甲斐なくって…… けど、単に俺が悪いって意味でもないんだ」 「…………」 「もっとこう、根本の部分でモヤモヤしてるって言うか ……その原因がわからねーんだよ」 「それがハッキリしないと、また静香とケンカしちまう 可能性だってあるんだ。だから……」 「その気持ちの正体が知りたい、と?」 「ああ」 「はぁ……お主、そんな気持ちの正体すら解らんのか?」 「なっ……解るのか!?」 「うむ」 「恐らく、同じ答えだろうな」 「何なんだよ、それは! 教えてくれっ!!」 もったいぶる麻衣子達に、思わず言葉を荒げる。 「お主が抱いておる気持ち……それは『恋』じゃ」 「え……?」 ―――ドクン、と。 その言葉に、心臓が先に反応した。 「それはお主が、シズカを好いておるからに他ならん」 「ちょっ、ちょっと待てよ! 何でそうなるんだよ!?」 「何でも何も、簡単な話じゃろ」 「人の心など解らぬのが常じゃ。けれどお主は『シズカ』 と言う女性の心が知りたいと思うのじゃろ?」 「その女子の全てが知りたいと思う気持ちを、世間では 『恋』とか『愛』と言うのじゃよ」 「俺が―――静香に、恋……だって?」 頭では笑い飛ばそうとしているのに、俺はその言葉に強く動揺しているのが、自分でも解った。 「相手の気持ちが解らなければ納得いかない、と言うのは つまり相手を支配したいと思っているのだろう?」 「そ、そんな攻撃的な感情じゃねーよ!」 「似たようなモノだろう」 「さて、自分の感情が解ったところで、さっさと仲直りの 電話でもするんじゃな」 「惚れた女に惚れられるよう、マイナスをプラスへと 変換させねばならんのじゃからな」 「フッ。ケンカして地固まれば良いのだな」 「か、勝手に話を進めんなってのっ!!」 「ほれほれ、さっさと電話をかけねば、私がお主の気持ちを 伝えてしまうぞ? ん?」 「ぐっ……覚えてろよ、麻衣子……」 あること無いこと言われたらたまったものではないので仕方なく、俺はポケットから携帯を取り出す。 「うむ。今度、カケルのおごりじゃな」 「何で、逆に俺がおごるんだよ……」 「逆も何も、アドバイスした上に仲直りのきっかけも 作ったのじゃからな。むしろ控えめじゃろ?」 「言ってろ……」 悔し紛れに麻衣子へ非難の目を浴びせるも、たしかに戸惑っていた静香への気持ちが嘘のように晴れていた。 ……あるいは、麻衣子の言葉が真実であったかのように。 「…………」 「……出ないぞ」 何と言おうか考えていなかったので緊張していたが出てくれない、と言う可能性を失念していた。 「(そりゃ、今はケンカ中だからな……)」 誰が電話しても、塞ぎこんで出てくれない可能性が高いのだと気づいたが、めげずにコールを続ける。 六回目のコールで、プッという電子音が聞こえた。 「もしもし! 静香か!?」 『……留守番電話サービスセンターに接続します』 「……あ…………」 『ピーという発信音の後、メッセージをどうぞ』 ……俺は、静かに電話を切る。 「……やっぱり、あっちはまだ時間が必要みたいだな」 「むぅ……」 「話し合って仲直りも何も、まずはお互いに会話が出来る 状況を作れなきゃ意味ねーな」 俺は自嘲気味にそう言うと、へたりと座り込む。 <仲良く帰宅> 「私たちを心配してくれる翔さんに、とっておきの ヒミツ道具を見せて安心させてあげました」 「自宅の前で翔さんに見送りしてもらった私たちは 面白かった今日の話に花を咲かせて帰宅しました」 「翔さん、また明日ですっ」 「今日は本当にありがとうございました。おかげさまで とっても楽しかったです」 「あぅ! ついつい長居してしまいましたっ」 食後に名探偵コバンくんの劇場版を1本だけ鑑賞してひとまず今日のところは解散と言う流れになった。 さすがに女の子を夜遅くまで男の家に拘束し続けるのも問題があると言うことで、残念そうだったが、どうにか二人とも納得してくれたのだ。 「本当にここまでで大丈夫か? 送っていくぞ?」 「いえ、大丈夫です。かりんちゃんもいますし」 「こんなワラ人形より頼り無さそうなメガネ娘しかいない からこそ、激しく心配なんだが……」 「あぅ! 失礼ですっ!! 私の護衛能力は最強ですっ! もう色々とワンタッチで、超便利な感じです!!」 「意味わからんし、不安すぎるからな」 「あぅ……では、安心してもらうために……ごそごそ」 「じゃじゃーん! 美少女《御用達:ごようたし》のチカン撃退アイテム 『《無官能菩薩:むかんのうぼさつ》クン4号』ですぅ〜っ!!」 「おおっ!? チカン撃退アイテムかっ!」 「あぅ……間違えました。これはただの《松茸:まつたけ》でした」 なぜ本物の松茸がポシェットに!? 「えっと、ごそごそ……」 「ありました! こっちですっ!!」 どこがどう違うのか、全く見分けが付かなかった!! 「これがあれば、どんなチカンさんも変質者さんも イチコロでノックアウトです」 「ホントかよ……」 「ホントですっ! 死にますっ!!」 「いや、さすがに殺しちゃうのはまずいだろ……」 もっとも、こいつの言う死ぬってのがどの程度の状態を指すのかはかなり怪しいのだが、一応注意をしておく。 「お気遣いありがとうございます。でも、きっと かりんちゃんの道具があれば大丈夫です」 「まぁ、なんだかんだですごい道具ばっかりだしな。 ここは一つ信用してやるか」 あまりしつこく食い下がっても逆に迷惑がかかりそうなので、ここは大人しく引き下がっておくことにする。 「んじゃ、あんまり見送りしてねーけど、この辺で 別れるとするか」 「はい。コバンくん、ぜひ楽しんでくださいねっ」 「コバンくんのDVD−BOXが手元から無くなるのは 寂しいですが、翔さんに貸したとなれば本望です!」 「(そこまで必需品なのかよ……)」 かりんの事だから、毎日コバンくんを観ていてもおかしくない気はするが……相当のモノだった。 「まぁ、適当に時間作って、ちまちまと観させて もらうことにするよ」 「あぅ!」 「感想、楽しみに待ってますねっ!!」 「あいよ」 深空まで無邪気にはしゃいでいる姿を見て、ついつい頬が緩んでニヤけてしまう。 なんと言うか、ここまでアニメに夢中になって一喜一憂している姿が、微笑ましすぎるのだ。 「ではでは、また明日です」 「あぅですっ!!」 「おう、じゃあな」 別れの言葉を交わすと、笑顔で手を振ってくれる二人。 「(さて、帰ってさっそく1話を観てみるかな……)」 俺も出来る限り純真な気持ちでアニメを楽しもうと決意すると、そのまま楽しそうに帰る二人の背中を見えなくなるまで見守るのだった。 <仲間として> 「私と灯さんは、仲間を集めて保育園を救うため 街頭で署名活動をしました」 「灯さんってば、翔さんには花蓮さんのことはお任せ するって言っておきながら、お二人のために何か 出来ないかって考えていたんですよ」 「飛行候補生のメンバーだけでなく、翔さんの お友達まで参加してくれた署名活動……」 「がんばってください、翔さん……それに花蓮さん。 お二人が安心して保育園を守れるよう、私たちも 裏からしっかりサポートします!」 「……ん?」 保育園へ向かう通り道―――駅前の交差点に差し掛かった時だ。 「あ、あのっ……すみません」 俺の目に、通る人に話しかけては声をかける深空の姿が飛び込んできた。 「(何してんだ、あいつ……)」 そう思い、物陰から様子をうかがう……と。 「はい、ご協力ありがとうございます」 少し離れたところで、同じように頭を下げる先輩の姿があった。 ……いや、二人だけではなかった。 「お願いします! このままじゃ、何も知らない 子供たちが離れ離れになってしまうんです!」 「(……! あいつら……)」 深空と先輩、そして静香……交差点を挟んだ向こう側には慌しげに道行く人に声をかける麻衣子と櫻井の姿もある。 そう……それは町行く人、一人一人に頭を下げて署名を求める仲間たちの姿だった。 「みなさん、協力的で助かりました……この調子なら まだまだ署名が集まりそうですね」 「でも、保育園の取り壊しは今日なんですよね……? 今から署名を集めて、間に合うんですか?」 「きっと天野くんも姫野王寺さんも、必死で頑張って いるはずですから……私たちも、出来る事を精一杯 するべきだと思うんです」 「そう……ですね。もし何かあった時に、この署名が 少しでも助けになれば……」 「はい。ですから、ギリギリまで頑張ってみましょう」 「はいっ!」 「…………」 こみ上げてきた熱いものを堪えるように、俺は空を見上げた。 「(あの二人、口は出さないって言ってたくせに……)」 頬が緩み、油断していると口の端がゆがむほどの嬉しさと勇気がこみ上げてくる。 「こりゃあ、絶対に負けるわけには行かないな……」 夢のため、父親を越える決意をした花蓮のために。 そして、陰ながら俺たちを支えようとしてくれる仲間達の努力に報いるために…… ……………… ………… …… <似たもの同士?> 「姫野王寺さんと鳥井さんに対する、天野くんの扱いが 似ていると笑う、鈴白さん」 「それもそのはず、たしかに二人ってなんとなく 雰囲気が似ている気がするよ〜」 「偶然だとは思うけど、名前もどこか似てるし…… 天野くん的にも、へっぽこ具合に通ずるところが あるかも、と思ったみたいだよ〜」 「鈴白さんも実は姫野王寺さんを知ってたんだって! 姫野王寺さんの方は覚えてないみたいだけど……」 「昔お母さんとはぐれて迷子になっちゃった子供を 一緒に助けてあげた馴れ初めの話なんかを教えて くれたらしいよ〜」 「ふ〜ん、ぶちょーも姫野王寺さんのこと、数年前から 知ってたんだぁ〜……」 「こうやって、いじる対象としてチェックされてくんだ ……がくがくぶるぶるっ!」 「そ、それにしても……鈴白さんが呟いていた 鳥井さんとの『女の子二人だけの秘密』って いったい何なんだろ〜?」 「わ、私たちをいじめる相談とかだったりして…… ふえええぇぇぇん……怖くて夜も眠れないよぉ〜」 「あらあら、なんだか賑やかですね」 「あら、シロっちさん」 飽きもせず騒ぎ続けている俺たちが気になったのか先輩が話しかけてきた。 「ほら見ろ花蓮。うるさいってよ」 「わ、私一人のせいじゃありませんわっ!」 「こんなの放っておいて、行こうぜ先輩。大人は大人 同士、向こうの方で静かに語り合いましょう」 「こ、こんな時だけ大人のフリをしてぇ〜……」 プルプルと拳を震わせる花蓮を尻目に、俺は先輩の手を引いてその場を立ち去ろうとする。 「残念ながら私、姫野王寺さんと一緒に遊ぼうと 思って来たんです」 「えっ!? わ、私ですの?」 「はい、もちろんです」 そう言って、先輩が花蓮に柔らかく微笑む。 「実はあまりにお二人の仲がいいから、ヤキモチを 妬いて、邪魔しに来ちゃったんです」 「ええっ!?」 先輩お得意のダークな冗談に、花蓮は目を丸くする。 どうやら本気で驚いているようだ。 「そうですか……わかりました。俺も花蓮の事が 好きだったんですが……先輩に譲ります」 「ありがとうございます、天野くん」 「えっ、ええええぇ〜〜〜っ!?」 俺たちのやり取りを見て、顔を真っ赤にしながらじりじりと、数歩後ろに下がる花蓮。 「逃げるなって。冗談だ、冗談」 「だっ……騙しましたのね!?」 「ぶぅ。私は本気ですよ? 《百合:ゆり》的な意味で」 「ええっ!?」 「もちろん冗談ですけど」 「ど、どっちなんですのぉ〜っ!?」 花蓮が困り顔で、泣きべそをかきながら叫ぶ。 「ふふふ……一度こちらの世界を知ったら、薄汚れた 男女間の恋愛になんて戻れません」 「そりゃあいい。是非とも、未知の世界を教えて やって下さい」 「や、やあぁ〜っ!? わ、私、そっちの趣味は 御座いませんことよぉ〜っ!!」 「だから『開花』だっつってんだろ!」 「嫌ですわぁ〜っ!!」 じたばたと暴れる花蓮を、ガッチリと羽交い絞めしてその動きを封じる。 「純粋なパワーなら負けるが……くすぐり攻撃を しながらの羽交い絞めならどうだっ!!」 「ちょっ、やめっ、やめて下さいましぃ〜っ!!」 くすぐり攻撃には弱いのか、普段の花蓮のパワーを感じずに、ガッチリとホールドする事に成功する。 「羽交い絞めしながらくすぐるなんて……天野くんも 妙に器用な特技を持ってるんですね」 「はっはっは、そんな事よりさっさとコイツを 甘い蜜月な世界にダイヴしてやって下さい!」 「いやぁ〜っ! い、嫌ですわぁ〜っ!!」 「ふふっ……私も人の事は言えませんけど、本当に 天野くんは女の子をいじめるのが好きなんですね」 「妙な表現はやめてくれよ、先輩。それじゃ俺がまるで 変態みたいじゃないっすか」 「まごうことなき変態ですわぁ〜っ!」 「あんだと、このヤロウ!!」 花蓮の頬を両側から指でつまみ、力いっぱい引っ張る。 「ひゃはぅっ!?」 「この口が言うか!」 「い、《い:い》《ふぁ:た》! や、《や:や》《ふぇ:め》《て:て》《く:く》《ら:だ》《ふぁ:さ》《い:い》《ま:ま》《ひ:し》〜っ!」 「うりゃうりゃオラオラァ〜ッ!」 「う、うぅ〜〜〜っ!」 涙目になり、抗議の唸り声を上げる花蓮。 そんな俺たちのやり取りを聞いて、先輩は口を押さえて面白そうにクスクスと笑う。 「やっぱり天野くんは、天性のいじめっ子さんですね」 「姫野王寺さんをからかっている時の雰囲気が 鳥井さんをいじめている時と、そっくりです」 「そ、そうっすか?」 「ひゃふぅっ!」 その指摘が何となく照れくさくなって、俺は慌てて引っ張っていた花蓮の頬を離した。 「けど、言われてみれば確かにこいつら、何となく 雰囲気が似てるっていうか……」 「だ、だからと言って私たちをいじめる理由には なりませんわっ!!」 「名前も似てるよな、お前ら」 「ぜんっぜん、関係ありませんわ!」 「いや、お前らがいい感じにへっぽこなせいだろ」 「《他人:ひと》のせいにしないで下さいますっ!?」 俺のへっぽこと言うセリフに反応して、花蓮の声が一段と大きくなる。 どうやら、ダメ扱いされるのは本気で心外らしい。 「まったくもう……いったい天野くんが私たちの 何を知ってるって言うんですの……?」 そっぽを向いて、ブツブツと不満をつぶやく花蓮。 って言うか、なんでかりんの分も怒ってるんだ……? 「もう、天野くんには付き合ってられませんわ!」 「あらら、拗ねちゃいましたね」 「コイツはすぐこうしてツンツンするんで、絡み辛くて 困ったモンですよ」 ぷいっとそっぽを向いて遠くにある椅子に座る花蓮を見ながら、俺はやれやれと肩をすくめる。 「ふふっ……それがまた可愛いんじゃないですか」 「へ……?」 「ピュアな子が困っちゃうのがもう、最高です」 「は、はぁ……」 「いじめた後に拗ねちゃうのが可愛くって、もう きゅんきゅんしちゃいますよね!」 「い、いや……そんな同意を求められても……」 「ぶぅ。天野くんだって天性のいじめっ子なんですから このゾクゾクした快感がわかるはずですっ」 「(なんつーか……歪んだ愛情表現だなぁ……)」 たしかに俺も深層心理でそう言う部分が多少はあってからかって楽しんでいるのかもしれないが…… 「先輩のいじめっ子っぷりを見てると、俺なんて まだまだなんだなと思い知らされるよ」 「むっ。何かバカにされているような気がします」 「気のせいっす。むしろ褒めてますんで」 「まぁ、それならいいんですけど……」 いいんだ…… 「それにしても、どうやったらあんなにツンツンする 性格になってしまうんすかねぇ」 トゲトゲとしている花蓮を見て、思わずそんな感想を漏らす。 「天野くんは知らないかもしれないですけど 姫野王寺さん、昔から変わらずにとっても 可愛かったんですよ?」 「え? 先輩、昔から花蓮のこと知ってたんですか?」 俺は意外な言葉を聞いて、思わず食いついてしまう。 「はい。私がまだ事故に遭う前に、一度だけですけど」 「でも、自己紹介の時には知り合いって雰囲気じゃ 無かったように見えたけど……」 「あの時はきっと、もっと大切な目的に気をとられて いたから覚えていなかったんだと思います」 「大切な目的……っすか?」 「はい。きっと花蓮さんにとって、とても大切な ことだったんだと思います」 先輩はしっとりとした口調でそう言うと、優しい表情で花蓮がいる方を向きながら話し出した。 「もう何年も前のことになります」 「私がまだこの学園に入るより大分前、いつものように お母様と商店街でお買い物をしていた時のことです」 「重そうな日傘を引きずりながら、手を繋いで 歩いている女の子たちを見かけたんです」 「そんな小さい頃からあの日傘持ってたのか 花蓮のやつ……」 「最初は姉妹かと思ったんですが……泣きそうな顔で 歩いていた二人を見て、違うんだと感じました」 「姉のように見えたその子は、どうやら迷子になった もう一人の子の母親を一緒に探していたんです」 「え……? 妹に見えるってことは、その子の歳は 花蓮とほとんど変わらないんだろ?」 「はい。姫野王寺さんは、自分もあまり知らない場所で その子を助けてあげるために、歩き回っていたんです」 「……もしかして、それで自分まで迷子になって 半ベソかいてたのか?」 「ふふっ、そうですね。それで、私とお母様も一緒に 迷子の女の子の母親を探したことがあったんです」 「へぇ……あいつにそんな過去があったとはねぇ」 「もちろんその後、迷子だった姫野王寺さんの家も 探し当てて、送ってあげたんですけどね」 そう言うと先輩は、優しそうな笑顔で微笑む。 「あの時もとっても可愛くって、きゅんきゅんと しちゃったものですけど……」 「うふふ……あの時の可愛い子が、同じ学園にいて 私の後輩になっていたなんて、不覚でした」 「…………」 せっかくの美談をぶち壊すような、微妙な空気が再び場を支配し始める。 「この夏休みが終わったら、ぜひとも我が部への 入部をオススメしちゃいます。うふふふふ……」 「(怖い……笑顔が怖いよ、ママン……)」 俺は真性のいじめっ子を目の当たりにして、その本物の恐怖に震えてしまう。 「しっかし、なんの繋がりもないメンバーに見えて 思わぬところで少しずつ繋がっているんすかね」 「え?」 「いや、ほら。このメンバーですよ」 「今の話、なんでかりんが先輩をメンバーに入れたのか みたいな部分に関係してくるのかなぁ〜、と」 「ん〜……残念ながら、それは違うかもですね」 「え?」 予想外のリアクションをされてしまい、思わずぽかんとしてしまう。 「もしかして先輩、かりんがどうして自分のことを メンバーに入れたのか、解ってるんですか?」 「そうですね」 あっけらかんと、とんでもない事実を口にする先輩。 「もしかして先輩も、このかりんのとんでもない企てに 一枚噛んでたりしませんよね?」 「さぁ、どうでしょう?」 「ど、どう言う関係なんですか? あいつと……」 謎だらけだったかりんと先輩の思わぬ接点が発覚して軽い興奮を覚えながら、問いただしてみる。 「ふふっ、それは乙女のヒ・ミ・ツ、です♪」 「ええっ!? な、なんすかそれはっ!!」 「女の子二人だけの秘密ですから」 「(気になる……めっちゃ気になる……)」 かりんのあまりのへっぽこぶりに、ついスルーしていた正体の尻尾を掴んだと思ったのだが…… どうやら先輩は、俺に教えてくれる気は無いようだ。 <余談、雑談、怪談団!> 「その夜、珍しく天野くんから電話をもらいました」 「どうやら、櫻井くん達と夏らしく怪談をしようと いうことなのですが……」 「本当はあまり乗り気じゃなかったんですけど 挑発に乗せられて学園まで来てしまいました」 「こともあろうに天野くんは、ビクビクしている私を 見てニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてきました……」 「ま、まさか、ここぞとばかりに私を脅かそうと しているんじゃ……」 「いきなり私の背後を指して、血だらけの霊がいる って叫んだんです!」 「思わず大声を上げてしまいましたけど、天野くんの イタズラだってすぐにわかりました……」 「うぅ、私の弱点を知ったと喜ぶ天野くん。 ふ、不覚ですっ……」 「その後、今度改めて学園の怪談七不思議を調べる という話になり、なぜか私も強制参加させられる ハメになりました……」 「これ以上みっともない姿も見せられないし…… はぁっ……今から落ち込んじゃいます」 「てっきりいつものお返しにと私をいじめて来るのかと 思ったんですけど、特に何もありませんでした」 「相手の弱点……かもしれないものを見つけた時に やり過ぎないところは、天野くんの人柄の良さを 感じます」 「……これでエッチじゃなければ、文句無しなんです けどね」 「うっ……でも、そんな天野くんのちょっとした フォローとは関係なく、話の流れで今度改めて 学園の七不思議を調べることに……」 「今更、怖いなんて言えませんし……や、やっぱり 私も参加するんですね……はぁっ……困りました」 「だいぶ、暗くなってきちまったな」 「それも仕方ないですわ。私たち以外の方は、みなさん 用事があって帰ってしまったんですもの」 その夜、俺と花蓮は珍しく学園に遅くまで残っていた。 麻衣子たちは次の発明のために必要な素材を探すと山へ散策へ行ったのだが、その穴を埋めるため急遽俺と花蓮が駆り出される形になったのだった。 「それにしても……退屈な作業ですわねぇ〜」 『飽きましたわ』と言わんばかりに、花蓮が大きく伸びをする。 「天野くん、何か面白い話でもございませんの?」 「んなもん、急に言われて思いつくわけないだろ」 「使えない男ですわねぇ……」 「うっせ。そんな無茶なフリされて、どんなコト話せば いいって言うんだよ」 「そうですわねぇ……」 しばし、花蓮が考え込む。 「こんな時間に学園にいるんですから、怪談なんて どうですの?」 「面白い話って言ったじゃねえか……」 「か、怪談も立派に面白い話ですわっ! それとも 怖気づいたんですの?」 「いや、別に怖かないけどさ……怪談ねぇ……」 「何かありませんの? こう、背筋も凍るような 恐怖の体験談は……」 「んなもんある訳ないだろ……。おーい、櫻井」 答えに詰まった俺は、ちょうど手が空いた様子の櫻井に声をかける。 「なんだ?」 「何か、怖い話を知らないか?」 「怖い話?」 「そ。お前、そういう変な話とか得意そうだしさ」 「いまいち腑に落ちない言葉だが……聞きたいなら 話してやってもいいぞ?」 「何か知ってるんですの?」 「この学園にまつわる話でもいいんだろ?」 「もちろん! うちの学園にそんな話があったなんて 知らなかったぜ」 「ふむ。それでは、話してやろう」 そう言って、櫻井が空いていた椅子に腰掛けようとした時だった。 「待ってくださいまし」 「……?」 「どうしたんだ、花蓮?」 「せっかく夏の風物詩とも言える怪談を始めるん ですもの。私たちだけで楽しむのは勿体ないと 思いませんこと?」 「ん……まあ、たしかに」 「なら、誰か呼んでみるか?」 「誰をだ? 静香と麻衣子は出かけてるから来れない だろうし……」 「シロっちさんはどうですの?」 「先輩に?」 「たしかに……鳥井はともかく、雲呑はこの手の話が 得意とも思えんしな」 「かりんは……あんなポケポケしたメガネ娘がいたら せっかくの雰囲気が台無しになるもんな」 そんな事を呟きながら、携帯をポケットから取り出す。 そして、以前交換していた先輩の番号に電話をかけた。 「ま、ダメだと思うけどな。聞くだけ聞いてみるよ」 「お願いしますわ」 ………………………… …… ―――ピッ 『―――もしもし、鈴白です』 「先輩か? 天野ですけど……夜遅くにすんません」 『あら、天野くん? いえいえ、どうしたんですか?』 「今からちょっと、学校に出て来れないか?」 『学校へ? もしかして、みんないるんですか?』 「はい、花蓮と櫻井だけっすけど……」 「珍しい組み合わせですね……かまいませんけど 何をしてるんですか?」 「ははは……それが、最初は雑談をしてたんですけど 途中から盛り上がっちゃって、人を集めて怪談話を しようって事になりまして……」 『かっ、怪談!?』 「じゃあ待ってますね。俺たち化学室にいますんで……」 『ちょっ……! ちょっと待ってください!』 「え?」 『きょ、今日はもう遅いですし、お母様にも怒られそう なので、行けそうになかったりしちゃいます……』 「え? でも、さっき……」 『お、お風呂にも入っちゃいましたし……それに、夜の 一人歩きは危険ですから―――』 目的を話した途端、焦りながら早口でまくし立てる。 電話の向こうで、あたふたと汗を拭う先輩の姿が目に浮かんだ。 「……ははーん」 「な、なんですか……?」 「先輩、怖いんすね?」 『なっ……!』 「いや、いいんすよ。実は、同じ理由で深空には 声をかけてないんで……」 「無理に、とは言わないんですよ、全然」 『そんな……こっこここ、怖い訳ないじゃないですか!』 「本当ですか?」 『あ、当たり前ですっ! そんな子供みたいな事 ある訳ないじゃないですか!』 「それじゃー、参加ってコトでいいっすね?」 『もちろんです!』 「じゃ、楽しみに待ってますんで」 ―――ピッ 「…………」 「どうでしたの?」 「ぜひ参加させてくれってさ」 「さすがは鈴白だな」 「そうこなくっちゃ、ですわ♪」 こうして俺たちは、『子供みたい』な怪談大会に先輩を引きずりこむ事に、まんまと成功したのであった。 ……………… ………… …… 「―――そしてその一年生は、音楽室から聞こえてくる シャンソンの正体を確かめるべく、扉を開けたんだ」 「…………」 「…………(ゴクッ)」 「すると歌はパタリと止み、彼の前には無人の教室が 広がっているだけだった……」 「『これはおかしい。自分が来るまでは、たしかに  誰かが歌っていたはずだ』」 「これ以上ここにいてはマズイ……直感でそう思った 彼は、悲鳴を上げて一目散に音楽室を出て行こうと した……その瞬間」 「…………」 「誰もいないはずの彼の耳元で、聞きなれない 男の声がしたんだ……」 『歌は、静かに聴くもんだ』 「……ってな」 「きゃああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「…………」 「…………」 「これが瑞鳳学園に伝わる七不思議のひとつ……その名も 『音楽室のアメリカ野郎』だ」 「しょ、しょーもない話ですわね……」 「そうだな。ありがちな話だとは、俺も思う」 「そ、そうですよ、くだらない!」 「夜遅くに呼び出されて、こんな子供だましを 聞かされるとは思いませんでした!」 「(さっき一人だけ、めっちゃ悲鳴あげてたやん……)」 妙に青白い顔をした先輩が到着してから小一時間…… 俺たちは机を囲み、櫻井のくだらない怪談話を何だかんだ言いながら、しっかり楽しんでいた。 「それにしても、意外にこの学園にまつわる怪談話 ってのが多いんだな」 「七不思議と言われるくらいだからな。それなりの 数が無ければ格好がつかないのだろう」 「でも、私はそんな経験をしたことがございませんわ」 「そんなの、不公平だと思いませんこと?」 「不公平とかいう問題じゃないだろ……そんなに怖い目に 遭いたいのか?」 「この私に、怖いものなどありませんわっ!」 グッと拳を握り、無意味に花蓮が意気込む。 どうやら、この手の話は大得意のようだった。 「それに、姫野王寺の血を引く私ともあろう者が、幽霊の 一人も見た事がないなんて……ご先祖様に合わせる顔が ありませんわ!」 「ご先祖様に顔を合わせた時点で、見る事になるがな」 「たしかに……」 「と、とにかくっ! そんなの全部デマに決まってます! 幽霊なんて非科学的なもの、存在するわけないです!」 「ふむ。七不思議の真偽が疑わしいのは確かだな」 「こうなったら、私たちの手で突き止めてやりますわ! この学園の七不思議とやらを!」 「ええっ!?」 「そいつはまた、思いきった事を……」 「だって悔しくありませんの!? 私たちの学園で 私たちの知らない噂が一人歩きしてるなんて……」 「…………」 「…………」 「悔しいかは別として、面白そうな提案ではあるな」 「そうだな」 「…………」 「決まりですわね。では明日の夜、同じ時間に……」 「だ、ダメですっ! 教室でお話しするだけなら ともかく……よ、夜の学園で遊び回るなんて!」 「ちょうど今、この学園には誰も入れない訳だし…… 咎める者なんていないだろう?」 「そ、それはそうですけど……」 「言われてみれば、普段は絶対にできない事だもんな」 「で、でも、でも……」 先輩はいつまでもオロオロして、必死で言い訳を探しているようだ。 「(さてと、どうするかな……)」 ここいらで先輩の弱点を握っておくのも悪くはない。 少し考えをめぐらせた末、俺は――― 「先輩……やっぱり、本当は怖いんだろ?」 イタズラ心を出して、からかってみる事にした。 「そっ、そんな訳ないじゃないですか!」 「本当にぃ?」 「当たり前です! いったい私をいくつだと……」 「うわっ! 先輩の後ろに変な霊っぽいモノがっ!?」 「きゃあああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺が後ろを指差して叫ぶと、先輩は悲鳴を上げて抱きついてきた。 「……って、霊っぽいモノってなんですかっ!」 「いや、ホントに……なんか白くてモヤモヤっとした 女のような猫のような恐ろしい顔をした血だらけの おっさんの黒い影がハッキリと……」 「メチャクチャじゃないですかっ!」 真っ赤になり、先輩はすぐに俺から離れてしまった。 「(どうやら、本当に苦手なみたいだな……)」 先輩の意外な弱点を確信して、俺は不謹慎ながら明日が楽しみだと、ウキウキとした気分になった。 「(今はそっとしておくか……)」 あえて黙っておく事にした。 ここで怒らせて、先輩だけ不参加という事になってはつまらないだろう。 「(楽しみは明日までとっておくか……)」 「どうしたんですの? ニヤニヤして……」 「いや、別に?」 花蓮に怪訝な顔で見つめられ、俺は表情を引き締めた。 「では明日、同じ時間に学園の前に集合…… 鈴白もそれでいいな?」 「は、はい……もちろんです」 先輩は、いつになくしょぼくれた顔で頷いた。 かくして学園の七不思議を突き止めるべく、俺、櫻井花蓮……そして先輩という稀代のデコボコチームが結成されたのだった。 <倒れる灯> 「天野くんが、ジュースを買いに行こうと強引に 私の手を取りました」 「不意を《衝:つ》かれた私は、彼を止める暇もなく人ごみの中に 連れ出されてしまいました」 「そして私はその場で震えだしてしまい、倒れて しまいました……」 「今まで黙っていてごめんなさい、天野くん…… 私、やっぱり震えが止まらないよ……」 「ちょ、ちょっと……どこに行くんですか!?」 「ジュースでも買いに行こうかと」 「ジュースって……クーラーボックスに、いくつか 残りが……」 「炭酸がもう無かったんすよ。浜辺で緑茶なんて絶望的な 組み合わせ、俺は我慢できないんで」 「…………」 「あ、すみません」 騒がしい喧騒の人混みをかき分けながら進む。 改めて見ると、人、人、人。 休日とは言え、まだ夏休みでもないのにこれだけの人が賑わいでいるのは、やはりこの暑さのせいだろうか。 「すげぇな……」 あまりの人の多さに、自然と言葉が漏れた。 これだけ人がいれば、海の家だって大繁盛なんだろう。 「おっちゃーん、コーラ2つ!」 件の海の家の店先で、俺は声を張り上げる。 壁に掛けられた値札を見ると、1本あたり二百円。 定価よりも3割も高いが、みんな気にしていないのか飛ぶように売れているようだった。 「アコギな商売だなぁ……どう思います、先輩?」 「……先輩?」 お金を払おうと手を離した一瞬の隙に、先輩の姿が消えていた。 「……先輩?」 もう一度呼びかけるが、返事はなく…… 一歩踏み出したところで、何かが足に当たった。 「…………え?」 意味も解らぬ嫌な予感に従い、俺はゆっくりと自らの足元を見下ろす。 「先―――輩―――?」 そこには―――小さくうずくまり、震えながら座り込む先輩の姿が在った。 「なん……で……?」 しかし、そこに俺の良く知っている頼りになる先輩はおらず……ただ弱々しく震える、女の子がいた。 「先輩! 先輩!」 肩を揺すって声をかけるが、カタカタと震えるその唇から俺が望んだ返事が返ってくることはなかった。 「……なんで……先輩!? 先輩ッ!!!」 「……けて……誰か、助けて……っ」 俺の存在に気づいていたのか、ただ自分を抱きしめて孤独に怯える子供のように、先輩は座り込み続ける。 震えながら言葉を繰り返す先輩を、俺はただ戸惑いながら呼び続ける事しか出来ないのだった。 ……………… ………… …… <倒れる翔> 「マーコが心配していた通り、ついに翔は病院へ向かう 途中で倒れてしまったみたい」 「たぶん精神的に参ってたのに、あんまり寝ないで 無理を続けてたからだわ……」 「カケル……」 「…………うぷっ」 猛烈な吐き気に、ベッドの上で背中を丸めてしまう。 家に帰ってきたものの、結局ほとんど眠れないままこの日も朝を迎えていた。 それどころか、なまじ中途半端に寝てしまっただけに頭が重く、目眩まで起こす始末だ。 「そう言えば……最近、ロクに食べてなかったな」 灯が倒れてからこの方、食欲が湧かないせいもありあまりまともな食事は《摂:と》っていなかった。 「……そろそろ、行かなくちゃ……」 携帯で時間を確認すると、おぼつかない足取りでベッドから下り、最低限の身支度を整えて病院へ向かう。 外に出た途端に襲い掛かってくる、強く突き刺す陽射しに思わず目を細める。 「うぐっ……」 まるで体中の血液が全て頭に集まり、脳みそを眼球ごと押し出しているかのような強烈な頭痛が俺を蝕む。 「くそっ……このくらいの頭痛が、なんだってんだ…… 先輩は、もっと辛い思いをしてるんだぞ……」 必死に警告を訴えてくる身体に鞭打ち、ゆっくりと一歩ずつ、病院へ向かって歩く。 灯の様子が気になっているのもあるが、何よりも俺自身が会いたいと言う想いが強かった。 「待っててくれよ、先輩……今、行くからな……」 俺を癒してくれる灯の笑顔を思い浮かべながら、必死にジリジリと焼かれるアスファルトの上をひた進む。 ……………… ………… …… 「ハァ、ハァ…………くそっ……」 日陰で休みながら、少しずつ進むのを繰り返していたがその足取りは、自分でもハッキリと解るほどに重かった。 「(こんなところで休んでる暇なんかねえのに……!)」 確実に前へと足を踏み出してきたはずなのに、いつまでも先へ進めず、同じ場所にいるような感覚――― 病院への道のりは、決して辿り着けない、遥か遠い目的地に思えた。 「ぐっ……先、輩……」 ぐらりと、世界が歪む。 陽炎が見える道を睨みつけながら、意識がシャットアウトされて行くのを感じる。 「……ちく、しょう……」 ぷつりと、意識が途切れるように緊張の糸が切れそのまま地面へと倒れて込んでしまう。 「ごめ……ん……先、輩……」 そして俺は、そのまま深い闇へと落ちていった。 ……………… ………… …… <倒れる静香> 「私が見舞いに来た時には、若干元気を取り戻した 様子だったのじゃが……」 「また、突然の発熱で倒れてしまったのじゃ」 「もしやと思い、その症状を詳しく訊いてみたのじゃが ……私に、最悪の心当たりが在ったのじゃ」 「私はその嫌な予感が的中して欲しくないがゆえに…… カケルへと、幾つかの質問を投げかけたのじゃ」 「じゃが、聞く度に私の嫌な予感は現実となり…… 私はカケルの家を飛び出したのじゃ」 「お願いじゃ……杞憂であってくれ、と祈りながら……」 「お邪魔するのじゃ」 夕方になって、麻衣子が見舞いに来てくれる。 「どうじゃ? シズカの様子は……」 「ん……」 「なんじゃ? まさか、また倒れおったのか!?」 「い、いや……今日は一日、平気そうだったけど……」 「ふむ……何やらワケありのようじゃな」 「静香がちょっとナイーブになっててさ……ほら 病院で診てもらった後に倒れたりしたからな」 「…………」 「ははっ、静香もやっぱり昔から変わらないって言うか ……あんなにクールぶってても、可愛いよな」 「そんな、やばい病気になる確率なんて、そうそう あるわけないしな!」 「……そう、じゃな……」 麻衣子に笑い飛ばしてもらいたくて、気楽に話を振ってみるも、その返事は明るいものでは無かった。 「……麻衣子も、心配なのか?」 「それはお主も同じじゃろ?」 「……俺が心配してたら、ただでさえ不安がってる 静香が余計に不安になっちまうだろ」 「ふむ……それもそうじゃな。では私も、景気良く ハイテンションでシズカに会いに行くかの!」 「ああ、よろしく頼む」 「うむ! シズカの扱いなら、任せておくのじゃっ」 意気揚々と2階へ上がる麻衣子を追って、俺も静香の待つ自室へと向かう。 「シィ〜〜〜ズカァ〜〜〜ッ!!」 「マーコ……」 「なんじゃなんじゃ、せっかく遊びに来たと言うのに テンション低すぎじゃの」 「もうカケルに溺れて、私の味は忘れてしまったのかの? よよよよよ……」 「んもぅ……変な冗談、やめてよね。翔に勘違いされたら どうするのよ」 「カケル〜ッ! そう簡単にシズカは渡さんぞぉ〜!!」 「へっへっへ、無理無理。もう俺ナシじゃ生きられない 身体にしちまったからな」 「なななっ、なんじゃとおおおぉぉぉ〜〜〜っ!?」 「くうううぅっ! あれほどエロい事はするなと 釘を刺しておったのにぃ……もはや泊り込みで 監視するしか無いのかのう?」 「ちょ、ちょっと! 翔もヘンなこと言わないでよ!」 「まぁ、安心しろ麻衣子。とりあえず無茶はさせて ねえからさ」 「ふむ……なら良いのじゃが」 「昨日と違って、今日は一度も調子崩してないし…… あと数日は安静にしてようかと思うわ」 「良い心がけじゃな。ご両親の方は私が誤魔化して おいたし、安心して二人きりの生活を満喫するの じゃな」 「なんて言うか……信用されてるんだな、お前」 「当たり前じゃろ。私を誰だと思っておるのじゃ」 「ふふっ……お母さんには、よくマーコの事を話してる からね」 「ちなみに、俺の事は?」 「特に話さないけど……」 「なんだ、この敗北感は……」 「将来、ご両親の説得には骨が折れるかもしれんのう」 「うるせー、ほっとけ」 からかってくる麻衣子を軽くあしらいながら、みんなで笑い合う。 やはり静香が焦っている気持ちも汲みたいが、麻衣子が一緒にいるだけで、心を落ち着かせる様子を見ていると俺と二人きりでいるよりも効果的に思える。 たしかに俺は静香にとって大切な人かもしれないが麻衣子も、かけがえのない友人なのだ。 「(俺では難しかった、静香の元気をあっさりと取り戻す  なんて……やっぱ勝てねーよな)」 「では私も、今日はここに泊まるとするかのう」 「そうだな、それがいいんじゃねーか?」 「カケルが言うと、なんかいやらしいの」 「なんでやねん!!」 「シズカァ〜、私が襲われんように、しっかりとカケルを 尻に敷いといてくれんかぁ〜?」 「ん……うん……」 「シズカ……?」 「まさか……また、体調が!?」 ふらつく静香に、慌てて駆け寄る俺と麻衣子。 「ま、また極度の発熱じゃ……」 「ごめ……んね……二人とも……」 「馬鹿! いいから早く横になってろ!!」 「この発熱……まさか……やはり、そうなのかもしれん…… カケル! 《氷嚢:ひょうのう》の用意を頼むのじゃ!!」 「ああ!」 俺は急いで予め用意しておいた氷嚢を取り、自室へと戻るべく、再び階段を駆け上がる。 「麻衣子! 持って来たぞ!!」 「うむ! 助かるのじゃ!!」 「それと、すごい汗なんじゃ……身体を拭くタオルを持って 来てくれんかの?」 「わかった!」 「その間に、私はシズカをパジャマへ着替えさせる準備を しておくのじゃ」 「よろしく頼む!」 俺は早足で再び部屋を出て、汗を拭くためのタオルを取りに洗面台へと急ぐのだった。 ……………… ………… …… 「ん……」 「お、目を覚ましおったか!!」 二人で交代で看病していると、ちょうど深夜に差し掛かる付近で、静香が意識を取り戻す。 「ずっと看病してくれてたの……?」 「いや、カケルと二人で交代じゃから、変な気を遣う必要は 無いぞ?」 「でも……ごめんね、マーコ、カケル……」 「だから気にするなっての。調子が悪い時はお互い様って ヤツだろ?」 「……うん」 「……のう、シズカ。幾つか質問しても良いか?」 「え? うん……」 「倒れる直前、どんな感覚じゃった?」 「……上手く言えないんだけど……フッと意識が 途切れるって言うか、自分がいなくなっちゃう みたいな気分になるの……」 「な、なんだよそれ……」 「わかんないけど……そんな感じがするのよ」 「……自分が、無くなるじゃと……?」 「ただの貧血とは違うのか?」 「うん……たぶんだけど……なんだか、すごく不安に なるような、予感みたいで―――」 「どうしようもなく、『怖い』の……」 「…………」 自らの感覚を素直に語るも、思い出したように静香が不安な表情を見せる。 やはり、聞かれて気持ちの良い事では無いだろう。 「(そのくらい、麻衣子だって解ってるだろうに……)」 「カケル、シズカ……すまんが、やっぱり私はもう 帰る事にするのじゃ」 「え……? う、うん」 「どうしたんだよ、急に?」 「もしかしたら、シズカの症状の原因が判るかも しれんのじゃ」 「なっ……マジかよ!?」 「まだ、確証は無いからこそ、調べに行くのじゃ」 「……少々、心当たりが出来たんでの」 「でも、医者でもないお前が何を調べるって言うんだ? やっぱり病院で診てもらうのが確実じゃ……」 「いや、少なくとも私の調べ物が終わるまでは、このまま ココで、もうしばらく様子を見ておいてくれんかの」 「麻衣子がそう言うなら、そうするけどさ……」 「うむ! 恩に着るのじゃっ!!」 言うが早いか、麻衣子はそう告げると、挨拶もせずに急いで部屋を出て行ってしまう。 「病院に行くなって、何なんだよ、あいつ…… まぁ、言われなくても、もう少し様子を見る つもりだったけどな」 「ごめんね。ワガママ言って、迷惑かけて……」 「気にするなって言ってるだろ。それより、まだかなり 熱あるみたいじゃねーか」 「ん……そう、みたいね」 「いいからお前は、眠ってろよ。俺がずっと一緒に いてやるからさ」 「うん……手、握ってて欲しいな……」 「ああ。ぎゅっと握っていてやるから……」 「翔、ありがと……」 ぎゅっとその手を握り締めると、安心したのか、再び静香が眠りに就く。 「静香……絶対に、離さないからな……」 「これから先、何が―――あってもだ……」 俺は、理由の解らぬ別れの予感を感じながら、強く願うように、誓いの言葉を呟くのだった。 ……………… ………… …… <偉大なる水の恩恵> 「こ、この時はとんでもない目に遭ったのう……」 「機械を使ってはならぬのなら、水の力で空を飛ぼうと 思ったのじゃが……」 「まさか装置が暴走するとは予想外じゃったぞ……」 「おかげでカケルには、とんだ失態を見られてしまった のじゃ……うぅっ」 「シズカがいなかったから、どうにも調子が出なかったと 気づかれんかっただけでも良しとするかの……」 もしかしたら静香が来るかもしれないと言う淡い希望は一向に叶うことは無かった。 静香の事が気になって作業に集中できない自分を誤魔化すように、麻衣子から言い渡された作業にひたすら没頭する。 「……暑すぎる」 化学室内は普段に増して熱気がこもっており、座って作業をしているだけで汗が滴ってくる程だった。 「なんで今日はこんなに暑いんだぁぁぁぁぁ!」 「叫ぶな。余計暑くなる」 思わず叫ぶ俺に、櫻井が苦言を呈すが…… 「……で、お前はシャリシャリと何を食ってるんだ?」 俺としてはその手に握られている真っ黒な物体が気になって仕方なかった。 「見て判らんか? かき氷だ」 「グロッ!?」 「イカスミ味だ。美味いぞ?」 「マズっ!?」 「そうか……残念だ。普通のシロップもあったのだが」 「マジかッ!? 俺にもくれ!」 「ずぁっ!」 俺がそう訊ねると、何を思ったのか櫻井は大口を開けて残ったかき氷をすべて流し込み、空になった容器を差し出してきた。 「シャリシャリ……ゴクン」 「残念だったな。氷の方は今ので最後だ」 「なっ……!?」 「うむ。やはりイカスミフレーバーは最高だ」 唇をわずかに歪ませ、空になった容器を逆さにして『もう残っていない』とわざわざアピールしてくる。 「うがぁぁぁぁぁぁぁ!」 「死ね! テメェは死ね! 今すぐここで八つ裂きに してやるッ!」 殺意を込め、櫻井の頭をこれでもかとシェイクする。 「無駄だ。俺の頭を振ったところでかき氷は戻って こないぞ」 「知るかボケェェェェ!」 キッチリ五十回振ったところでピタリと止め、俺は櫻井を指差し、一言…… 「テメェはもう……死んでいる」 「何を……かはっ! ぐっ、あっ、ぐあああああっ!」 「ぐ、ぬぅぅぅ! あ、頭! 頭がぁ! 天野…… 貴様、何をした……!?」 「……いい気味だぜ」 どう考えてもかき氷の一気喰いの所為だが、なんとなく俺が手を下したようで爽快だった。 「お主らも愉快じゃのう……」 「うむ、良い見世物だ」 「……そういえば、なんでミネラルウォーターなんか 用意してるんだ?」 「ふっふっふ! それはコイツのためじゃよ!」 「コイツのため……って何だよこれ!?」 俺の疑問に颯爽と答えた麻衣子の足元には、かなりの大きさの機械が置いてあった。 「ふっふっふ! 聞いて驚け、見て笑え! これぞ本日の 秘密兵器じゃ!!」 「はぁ……そうっすか」 「……秘密兵器だったのか?」 「うむ、昨夜から徹夜で作っておった新作じゃ。今から 屋上に出て試してみるぞ!!」 「へぇ……どう使うんだよ?」 「それは見てのお楽しみじゃ! さぁ、行くぞ!! お主ら二人で運ぶんじゃっ!!」 高らかに宣言したかと思うと、スタタターと走って屋上へ行ってしまう麻衣子。 「ちょ、ちょっと待てって!」 「…………」 「これ、俺らで運ぶのかよ……っつーか、それなら最初から 屋上で作ればいいじゃねぇかよ……」 足下の発明品に目をやる。 「う……ぅぅぅ……!」 櫻井は未だに頭痛でのたうち回ってるし、他に力仕事を頼める相手もいそうにない。 「……最悪だ」 戦力外の男を見て溜め息をつくと、どう運んだものかと頭を悩ませながら腹を括るのだった。 ……………… ………… …… 「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」 「持って……来たぜ……」 汗だくになって運んだ発明品を、ゆっくりと地面に置く。 「はぁ……はぁ……なんで、こんなに重いんだ!?」 「当り前じゃろ。水が入っておるからのう」 「ご苦労だったな」 いつの間に頭痛から解放されたのか、麻衣子の横には櫻井が仁王立ちをしていた。 「てめぇ、復活してんなら手伝えよ……」 「最後まで一人でやり遂げた方が大きな達成感を得られる だろう?」 「そんなもんいらねぇよ! っつーか、他のみんなは どうしたんだ?」 「まだ声をかけておらんのじゃ。装置を起動させておくので みんなを呼んできてくれんかの?」 発明品をガチャガチャといじりながら、麻衣子が櫻井へ向けて指示を飛ばす。 「了解した。それでは、行って来るとしよう」 「なぁ、ところで今回は水を使って何をするんだ?」 「お主もせっかちじゃのう」 二人きりになると、再び今回の発明品について訊く俺にツッコミを入れる麻衣子。 「うっせー、気になるモンは気になるんだよ」 「機械をつけて飛ぶのはダメとなれば……お次は大自然の 力を借りるしかあるまい?」 「それが水なのか? ……って、まさか……」 「うむ。恐らく、その『まさか』じゃろうな」 「水を勢いよく噴射して、それに乗ろうってのか?」 くじらの潮吹きをイメージしながら、冗談半分で言ってみる。 「端的に言うと、その通りじゃな」 「おいおい、当たっちまったよ……」 「誰もが思い描く空想を実現するのが、科学者と言う人種 じゃからの」 「まあ、実際に出来たらたしかにすげぇんだけどな。 ……ん? そう言えば、トリ太もいないよな」 「うむ。万一の時のため、濡れないように化学室で 留守番してもらっておるのじゃ」 「ふーん……」 「よし、準備完了じゃ! あとは試運転だけじゃな。 ……ぽちっとな」 「…………」 「…………」 「……む? おかしいのう」 水がちゃんと放出されるのか試すボタンであろうものを押した麻衣子が、疑問の声を漏らす。 「本来、ここでぶわぁーーーっと―――」 「な、なんだ!?」 「こ、こんなハズでは無いんじゃがっ!?」 凄まじい勢いで四散するように霧状に水を放つ装置を見て、慌てて操作しようと試みていたが、変わらずに不安定なままのようだ。 「……なぁ、それヤバイんじゃないか? なんか変な音が するし」 「そんなことはないぞ! 調整は完璧なはずじゃ!!」 麻衣子はそう言うが、実際には徹夜で作った《代物:しろもの》だし現にこの怪しげな駆動音を聞いたら、完璧とは程遠いものに思えてきた。 「むぁ……何故じゃ!? ならば、ここをこうして…… どうじゃっ! これで行けるじゃろっ!?」 「のわあああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!?!?」 「ぐわあっ!?」 とてつもない爆発音と共に、猛烈な勢いの水が飛び散り俺たちに襲い掛かってきた。 「マジ冷てぇ……」 夏でなければ勘弁願いたいほどに冷たい水のシャワーを浴びて、周囲が水浸しになっている事に気づく。 「っと……おーい、麻衣子! 大丈夫か!?」 装置の一番近くにいた麻衣子が吹っ飛ばされてはいないか心配になり、びちゃびちゃと靴音を立てながら近づく。 「そんな……」 「そんな馬鹿なああああああっっ!!」 俺が近づくと全身ずぶ濡れになりながらもピンピンしている麻衣子が、がっくりとうな垂れているのが確認できた。 「平気だったか」 「そうじゃ……平気なハズだったのじゃ……なのに まさか、こんな大失敗をやらかすなぞ……」 「ぬがあああぁぁぁ〜〜〜っ!! 大失態じゃあぁっ!」 「……っつーか、その……麻衣子」 「んあ? なんじゃ、カケル?」 「うむ……なんてコメントしたらいいんだろうな?」 その、麻衣子の服やパンツが濡れていて大変なことになっているのだ。 「カケル、私の身体なぞ見て何を……ひゃぁっ!?」 ようやく自分の惨状に気づいたのか、慌てて胸元を隠す麻衣子。 「みっ、みみみみみ、見えたかっ!?」 「うーん……並盛ツユダクってところだな」 「何じゃ、その意味のわからぬ評価はっ!!」 「100%天然素材です! シリコン等は使用して おりません!」 「当り前じゃっ!」 「さぁ、本日ご紹介の商品は、一部の方々に大人気! アマネットカケル特製のスペシャルまな板セットで ございます!」 「のわぁぁぁぁぁ! やめんかあああぁぁぁっ!!」 「……大丈夫だ、別に見えてねぇよ」 ここまできて見えてないもクソもあるか、と思いつつも一応フォローだけはしておく。 「ほ、本当か?」 「安心しろ、覗きは紳士の趣味じゃないしな」 「なら、いつまでこっちに顔を向けているのじゃぁ!」 「あぁ、悪い悪い」 恥ずかしがる麻衣子に背中を向けて、ひとまず安心させてやる。 「ううううぅ……よもやこんなミスをするとは……」 「って言うかさ」 「な、なんじゃ!」 「お前って、いつもオヤジ的なネタ使ってくるクセに 自分に対してのセクハラには弱いのな」 「あ、当たり前じゃろっ! 恥ずかしいものは恥ずかしい のじゃっ!!」 平常時のオヤジモードではなく、不意打ちの時は何だかんだで女の子だと言うことなのだろう。 俺は麻衣子の隠している一面を垣間見たような気がして思わずニヤニヤしてしまう。 「あ、そうだ麻衣子」 「ま、まだこっちを向くでないっ!!」 「安心しろ、わざとだから」 「余計ダメじゃあぁっ!!」 「ふむ。バカにしてたけど、意外と麻衣子の濡れ濡れな姿も 結構そそるんじゃないか?」 「のわっ、のわあぁっ! や、やめんかぁ〜っ!!」 普段はこの手のネタを使っても動じないので、せっかくの貴重な機会とばかりに、いじめてやる。 「大丈夫か? そんなになって……俺が拭いてやろうか? あ、それとも脱がしてやろうか?」 「にゅわっ……ち、近寄るでないっ!!」 「けど、これだけ濡らしちまったら、とても一人じゃ 片付けられないだろ?」 「い、いいから、早くここから出て行くのじゃっ!!」 「そうだな」 「ほっ……」 「んじゃ、俺もみんなを呼んでくるから」 「よ、呼ぶでないっ! 中止じゃっ!! 今回の実験は 中止じゃあああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺はたっぷりと麻衣子をからかいながら屋上を後にするとぞろぞろとやって来た皆に、中止の《旨:むね》を伝えるのだった。 <催眠術師・天野 翔> 「シズカのところへ向かうため、かりんに催眠術を かけて、学園を抜け出そうとしたカケル」 「かりんはあっさりと催眠術にかかったんじゃが…… それにしても、あれは……カケルのやつ、いったい なんの暗示をかけたのじゃ?」 「どうやら、かりんは何やらカーテンやモップなどと 楽しげに会話していたのう……」 「かりんも疲れておるんじゃろう……しばらく そっとして置いたほうが良いのかもしれんな ……などと思った記憶があるぞ」 「かりん……メガネを掛けていたばっかりに…… 不憫な《娘:むすめ》っ子じゃのう」 「そう言えば、秀一をカケルだと勘違いしておったな ……おかげで秀一は欠席で不良扱いされていたのう」 「……不憫じゃな、秀一……」 「そう言えば、突然暴れだしたかりんを、どうにか みんなで落ち着かせて取り押さえたのじゃが……」 「巨大なゴキブリが近づいて説得してくる、などと 意味不明な事を言っていたのが、暗示だとすると もしや、見えるもの全てがゴキブリに……?」 「もしそうなら、想像するのもおぞましいほどの 地獄絵図な光景じゃの……」 「む……傍迷惑な催眠術のお陰か、カケルの方は無事に 抜け出して、シズカの下へ向かったようじゃな」 「シズカを頼んだぞ、カケル……」 「深空っ!!」 「はいっ!?」 教室に入るなり、目的の姿を見つけて叫ぶ。 「悪い、お願いがあるんだ」 「ずいぶんと、ぶしつけですわね」 「うるせー、急いでるんだよ」 「えと、何でしょうか?」 「今、少し時間空けられるかな?」 「ちょうど行き詰まっていて、持て余していたところ ですわ」 「ですです」 「よし、助かる! 実はこれからちょっと大事な用があって 出かけなくちゃいけないんだ」 「だから、俺の分まで麻衣子の方を手伝ってやって くれねーかな?」 「あ……はい。そう言う事でしたら、喜んで」 「私もお手伝い致しますわ」 「いや、お前はいいから」 「なぜですのっ!?」 「だって足引っ張りそうじゃん」 「あ、天野くんが役に立つレベルでしたら、私でも十二分に 活躍できましてよっ!?」 「それじゃ、後は頼んだぞ、深空」 「はい」 「無視しないで下さいませっ!!」 「コッペパンやるから落ち着け」 「それは貰っておきますけど、納得行きませんわ!」 「あぅ! 翔さん発見ですっ!!」 「おっ……かりん。ちょうど良かった」 花蓮とあーだこーだと騒いでいると、かりんがちょうど教室へと入ってきた。 「悪い、かりん。今日はちょっと大事な用があるから 先に帰るな」 「はい。解りました」 かりんの快諾を得て、俺は急いで教室を――― サッ。 「……帰るから」 「はい」 サッサッ。 「だから、帰るんだって」 「あぅ」 サッサッサッ。 「なんで俺の進路を塞ぐんだよお前はっ!!」 「あうぅ〜っ! 私の本能が通行を拒否してるんです!」 サッサッサッサッサッサッ!! 「どけっての!」 口ではあっさりとOKしたくせに、なぜか俺の前に立ち塞がる、かりん。 「なんだよ、嫌なのか?」 「いえ……その、もちろん参加は強制では無いですし 何も問題は無いんですけど……」 「俺だって、お前のために手伝ってやりたいと本気で 思ってるんだけどさ……今日だけは無理なんだ」 「明日は、今日の分も手伝うからさ」 「はい。わかってます。わかってるんですけど…… でも、嫌なんですっ」 「かりん……?」 「わ、私、バカなので……上手く説明できないんですけど ―――ここを通したくないんです」 もじもじと照れながら、そんな意味不明な抵抗を見せるかりん。 休むのは良いのに、行くのはダメと言う事は……もしかしたらコイツは、俺の行き先に気づいてるのかもしれない。 「(つまり俺を静香のところへ行かせたくないのか?)」 まさかとは思うが、他に考えられる理由も無い。 「翔さんが大切な人のために、頑張ろうとしてるのは 解っているつもりです。でも、私……」 「え? そうなんですか?」 「なんなんですの?」 よく解っていない二人は別として、かりんはやはり俺がどこへ行こうとしているのか感づいていた。 「今日は、翔さんと一緒に……みんなで会議したいです」 「う……」 瞳を潤ませながら見つめられると、どうにも決意が鈍りたじろいでしまう。 だが、今も一人でいるであろう静香の事を想うと……どうしても会いに行きたかった。 「(くそっ……どうしろってんだよ……)」 何か手はないものかとポケットを探ると、指先に固いものがぶつかる。 それはまさに、さっき櫻井がくれた五円玉だった。 「(そうか! これを使えば……!)」 俺は一か八か、この場を上手く収める手段を閃いて実行に移してみる事を決意する。 「なあ、かりん」 「あぅ?」 俺はかりんを正面から見据え、手にしていた五円玉を目の前に垂らした。 「いいか、かりん。この五円玉をしっかりと見つめてろよ」 「はい、これを見ていればいいんですね」 「天野くんはいったい何をするつもりなんですの?」 「さ、さぁ……?」 外野からヤジが聞こえてきたが、それを無視して五円玉に全神経を集中させる。 「すりぷーるらりーほーすりぷーるらりーほー」 「あなたはだんだん眠くなる……」 「あぅ……あぅ……」 「すりぷーるらりーほーすりぷーるらりーほー」 「はいっ!」 パン、と大きく手を叩くと、それに合わせてかりんががくりと崩れ落ちた。 「か、かりんちゃん!?」 「シッ……黙って……」 ここまで来ればほぼ成功だ。 さて、どんな暗示をかけるべきか…… 「…………」 俺は少し悩んでから、俺の幻覚が見える催眠術をかけることにした。 「1……2の……3、はいっ!」 再び手をパンと叩くと、かりんがゆっくりと目を覚ました。 「あぅ……ここは……?」 「かりんちゃん、大丈夫ですか!?」 「深空ちゃん……? 私はいったい……」 「天野くん! 貴方、鳥っちさんにいったい何をしたん ですの!?」 「なに、ちょいと催眠術を使ってみただけだ」 「催眠術って……えぇ!?」 「とりあえず俺のことはもう大丈夫なはずだから。 じゃ、行ってくるな」 「え? えっ? えぇっ?」 戸惑う深空に手を振り、俺は教室を後にする。 「はぁ。よく解りませんけど、行ってしまいましたわ」 「か、かりんちゃん!? 落ち着いてぇっ!!」 「? どうしたんですの、雲っちさ……えぇ!? 鳥っちさん、なんでカーテンに巻きついて……」 「あぅぅぅ、ダメですよ翔さん〜、こんなところでぇ〜 みんな見てるじゃないですか。えへへへへ……」 「それは翔さんじゃなくて、カーテン……って、全然 聞こえてないっぽいです……」 「あぅ〜、今日の翔さんはなんかフワフワです〜♪」 「しばらくは、何を言っても無駄のようですわね」 「あぅ! 翔さんの、固くって《逞:たくま》しいですっ!! 何だか私 興奮して来ましたっ!!」 「そ、それはモップだよぉ〜!?」 「いったい何と勘違いしてるんですの……?」 「うぅ……か、かりんちゃん、正気に戻ってぇ〜!!」 「あうううぅ〜〜〜!! らぶらぶです〜〜〜っ!!」 「きゃあっ!! か、かりんちゃ〜〜〜んっ!?」 ……………… ………… …… 「…………」 俺は少し悩んでから、櫻井が俺に見える催眠術をかけることにした。 「1……2の……3、はいっ!」 再び手をパンと叩くと、かりんがゆっくりと目を覚ました。 「あうぅ……ここは……?」 「気がつきましたかっ?」 「あぅ? 深空ちゃん……?」 「これはいったい、何なんですの?」 「なに、ちょっとした催眠術を使っただけだ」 「催眠術?」 「どうやら、俺が渡したアレは役に立ったようだな」 いつの間に教室に来ていたのか、気付くと櫻井が横に立っていた。 「お前、いつの間に……まあいい。とにかく後は頼む!」 「フッ……任せておけ」 俺は櫻井へ後始末を任せ、急いで教室を後にする。 「行ってしまいましたわ」 「な、何だったんでしょうか?」 「あぅ! 翔さん、そんなところにいたんですね!」 「む……ひょっとして、俺のことか?」 「あうぅ、当たり前ですっ!」 「え? これって、いったい……」 「天野くんは催眠術がどうとか言ってましたわ」 「そ、それじゃあ、もしかして―――」 「なるほど。つまり、俺が天野になったわけだな」 「そうだ、翔さん。櫻井さんを知りませんか? みんなで会議をするので探していたんですが どこにもいないんです……」 「いや……俺ならここにるぞ?」 「あぅ、翔さんがここにいるのはわかってますっ! ですから、櫻井さんは……」 「……だから、ここにいると言っているだろう?」 「だ、か、ら! 翔さんがいるのは解ってるんですっ!」 「あぅ……翔さんに続いて、櫻井さんまでもが、だんだん 精力的に協力してくれなくなってしまいました」 「そ、そんな事ないよ? かりんちゃん……みんな頑張って くれてるからっ」 「そうですわ!!」 「慰めは良いです。元々、私の無茶なお願いだったん ですから……あうぅ……」 「お、落ち込まないでよぉ〜っ」 「……俺はどうすればいいんだ?」 「菜っ葉の自業自得ですわ」 「ええっ!?」 「終いには、俺も落ち込むぞ……」 「しょぼーん」 「しょんぼりだな」 「もらいしょんぼりですわ」 「な、なんでみんな落ち込んでるんですかあぁ〜っ!?」 「あうぅ……助けて下さい、翔さあぁ〜〜〜ん……」 ……………… ………… …… 「…………」 俺は少し悩んでから、瞳に映るもの全てがゴキブリに見える暗示をかけてみた。 「1……2の……3、はいっ!」 再び手をパンと叩くと、かりんがゆっくりと目を覚ました。 「あぅ……ここは……ヘブンですか?」 「残念ながら現世ですわ」 「いったいどうしたんですか?」 「適当な催眠術で暗示をかけてみたんだ」 「ええっ!? さ、催眠術ですかっ!?」 「それじゃ、後は頼んだ!」 俺は時間が惜しいので、ダッシュで教室を後にする。 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「か、かりんちゃん!? いきなり、どうしたの?」 「あぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅ……」 「だ、大丈夫なんですの?」 「いやぁ……いやですっ、来ないでくださいぃぃぃぃ!」 「か、かりんちゃん、落ち着いてっ!」 「来ないで、来ないでぇぇぇぇ!」 「な……い、いったいこれは、どういう事ですの!?」 「さ、催眠術って言ってましたけど……」 「どんな物騒な暗示をかければ、私達を見てこんなに 怯えなきゃいけないんですの?」 「お願いです……来ないでください、来ないでください」 「あぅぅぅぅ! あぅ、あぅぅぅ! あぅぅぅぅ! ゴ、ゴキッ……ごっきごきです……ううっ……」 「ど、どうしたら……」 「とにかく、シロっちさんを呼んできますわっ!!」 「お願いしますっ!!」 「もうダメです……こんな巨大生物がいたら、死にます ……地球はお終いです……あぅ……」 「ええっ!? ど、どこにそんな生物が!?」 「こうなったら……戦うしかないですっ!!」 「あうううううぅぅぅ〜〜〜っ!!」 「きゃあっ!?」 「鳥っちさんが暴走しましたわぁ〜〜〜っ!?」 ……………… ………… …… 「何か騒がしいけど……俺の催眠術が失敗したのか?」 特にかりんの妨害も無く、学園の外へと出れたものの何か叫び声のようなものが聞こえたような気がする。 「……まぁ、いいか」 少々教室が不安になったが、静香の方が気になるので深空には悪いが、このままアイツの元へ行く事にする。 「待ってろよ、静香……」 俺は静香の姿を求めて、あの場所へと急ぐのだった。 ……………… ………… …… <元気の無い灯?> 「あう? みんながワイワイと騒いでいる中で、灯さん 一人だけ、まったりとパラソルで休んでます」 「翔さんも心配して話しかけたみたいですけど、今日は ちょっとだけ体調が悪いだけだって言ってます」 「灯さん……大丈夫なんでしょうか……」 「あぅ……ちょっと申し訳なさそうにされちゃったら 下手に気を遣うのも気後れしちゃいます」 「…………」 「(あれ……?)」 波打ち際ではしゃぐ花蓮たちやスイカ割りを楽しむ麻衣子たちとは対照的に、一人、その輪から外れてぽつんと座っている先輩の姿を見つける。 「先輩は遊ばないんすか?」 「あ……天野くん」 来たばかりだと言うのにパラソルの下で休んでいる先輩が心配になり、声をかけてみる。 「先輩もみんなと一緒に騒がないんすか?」 「……そう言う天野くんは、どうなんですか?」 「俺もすぐに行きますよ。だから一緒にどうすか?」 「……そうですね……」 「荷物は、かりんが持ってきた認識阻害フィールドが あるから、見張ってなくても大丈夫らしいっすよ」 「いえ、別に荷物の心配をしているわけじゃないです」 「じゃあどうしたんですか? いつもの優雅さとか元気さ なんかが無いと思うんですけど」 「実は今日、ちょっとだけ体調が悪いんです」 「え? そうなんですか……」 「はい。ごめんなさい、天野くん」 「いや、そんな。まあ、元気な先輩の《見目麗:みめうるわ》しい水着姿を 拝めないのが残念なだけですんで」 「ぶぅ。なんですか、その心配されるのが嫌な理由は」 「はははっ、それじゃあ俺は行ってきますね」 「はい。私に構わず、遠慮なく楽しんできてください」 「んじゃ、みんなでちらちら様子を見に来ますんで 本当に具合悪かったら無理せずに言ってください」 「ふふっ。気遣ってくれてありがとうございます」 「私も、気分が良くなったら合流しますね」 「ういっす、了解です」 多少気になったが、ここであまり気を遣いすぎるとかえって先輩の重荷になってしまいそうだったので俺は気持ちを切り替えることにする。 「おっしゃあっ、遊ぶぞおおおおぉっ!!」 俺は波うち際にいる花蓮たちの間につっこんで、そのまま勢い良く泳ぎ始める。 「い、いきなり何なんですのっ!?」 「乱入バトル勃発か!?」 「お前らだけで遊んでないで、俺も仲間に入れやがれ!」 「そう言いつつ、なんで泳ぎ始めるのよ!」 「遠泳かっ!」 「望むところですわあぁ〜っ! 誰にも負けません でしてよっ」 「ええっ!? いつから遠泳勝負になったんですか?」 「問答無用ッ! 負けたヤツは罰ゲームだ!!」 「あぅ! 負けませんっ……わぷっ! 足つりました! このままだと溺れてしまいますっ」 「早っ! ていうか弱っ!!」 ……………… ………… …… <元気の無い灯?> 「楽しそうに騒ぐみんなから距離を置いている私を 気にしてくれたのか、天野くんが声をかけに来て くれました」 「私はすぐ行くと笑って見せましたが、そんなの本当は ただの強がりで……やっぱり、ダメでっ……!」 「ここは怖くない、みんなだって一緒にいるって…… 頭ではわかってるのに……でも、私っ……」 「もしかして、スイカ割り嫌いなんすか?」 「ひゃっ!? ……あ、天野くん?」 先輩に声をかけると、突然の事で驚いたのか、肩を震わせ声を上げた。 「すみません、驚かせちゃいました?」 「いえ、大丈夫ですから」 「先輩、なんか変っすよ? どうかしたんすか?」 「別に……何でもないです」 「何でもない、ねぇ……」 キッパリと笑顔で答えるが、その顔はどこか弱々しいもので決して『何でもない』ものには見えなかった。 「……嫌いじゃないですよ」 「?」 「スイカ割り」 「あぁ、その話ですか」 「その話って、最初に振ってきたのは天野くんじゃ ないですか」 「はは……」 確かにその通りだったが、先輩の妙な態度に気を取られていて、すっかりそのことを忘れていた。 「私もすぐに行きますので、天野くんも思う存分 やっちゃってください」 「そう言う事なら……じゃあ俺は先に戻ります」 「はい」 「(大丈夫かな、先輩……)」 少し尾を引きつつも、先輩をその場に残し、俺は一足先に皆の下へと戻る。 「そう言えば、昨日からずっとあんな調子だったな……」 何かあるなら相談してくれればいいのに、そんなに俺は頼りないのだろうか……? 募るのはもやもやとした感情ばかり。 ならばこの気分をスイカにぶつけてやろう。 「討ち取りましたわああああぁぁぁぁ!」 スイカの砕ける音と皆の歓声が聞こえてきたのはそんな事を決め込んだ直後だった…… ……………… ………… …… <元気の無い静香> 「墓参り以来、どうも元気のない様子のシズカ…… 毎年の事とはいえ、見ているこっちも辛いのう」 「と言う事で、早速シズカを元気付けるためにと カケルをたきつけることにしたんじゃが……」 「…………」 「…………」 「…………」 誰一人として喋らず、無言。 今朝の化学室は、かつてないほどに空気が重かった。 「戦いとは常に二手三手、先を行うものだ」 ただ一人、空気を読まずに脱衣将棋なる謎の携帯ゲームに興じている櫻井を除いて。 もっとも、初めからこうだったわけではない。 具体的に言うなら三十分ほど前からだ。 そこまで時計の針を戻してみる事にしよう。 ……………… ………… …… 「さて、昨日が潰れてしまった分、カケルとシズカには めいっぱい頑張ってもらうからの!」 「おうよ、任せとけ!」 「……うん」 例の墓参りの後だからか、静香から普段の覇気がまるで感じられなかった。 あえて麻衣子が昨日の話題を出したのは、暗い気持ちを忘れて、早く普段どおりの静香に戻ってほしかったからなのだろう。 「……ではカケルには、この作業をお願いしようかの」 そう言って麻衣子が取り出したのは、大きな花火のセットだった。 「たしかに夏だけどさ……花火って空気でもないだろ?」 「何を言っておるのじゃ。これは遊ぶために用意した モノではないぞ?」 花火を遊び以外の用途で何に使うんだ……? 思わずそんな疑問が飛び出そうになったが、麻衣子のことだ、どうせ『発明に使う』と答えるに決まってる。 「んで……何すりゃいいんだよ?」 「ここにある花火の火薬を全て抜いて、代わりに鰹節と 青のりを詰めておいてほしいんじゃ」 「……これ、全部?」 「これ全部じゃ」 「…………了解」 パッと見るだけでも果てしなく地味で気の遠くなる作業だったが、頼まれた以上はやるしかなかった。 「シズカには、これをお願いしようかの」 「…………」 普段通りに麻衣子が呼びかけるが、静香は無言のままで全く反応しない。 「シ・ズ・カ! 立ったまま寝ておるのか?」 「えっ……あ、ごめん……」 「むぅ……まったく、いつまでもそんな調子では困るぞ?」 「……ごめん」 「そうやってボーっとしておると、口ではとても言えない ような悪戯をするぞ? んん〜?」 オヤジ臭い笑みを浮かべながら、麻衣子がいやらしい手つきで両手を動かしてみせる。 「……やっべぇ、どんな悪戯か、スゲェ気になる」 「カケルが反応してどうするのじゃ!」 「……だよな」 「…………」 それではやはり、静香は無言。 「はぁ…………」 俺と麻衣子のため息が重なった。 普段の静香なら激しいツッコミが飛んでくるであろう場面ですら、終始無言で、無反応のままだ。 そのおかげで、こっちまでテンションが下がってくる。 それでもめげずに、俺と麻衣子は静香の調子を取り戻すべく様々なアクションを起こし続けた。 ……………… ………… …… そして、現在に至る、と言うわけだ。 「…………」 「…………」 「…………」 結局、俺達も静香のように黙りこくってしまう。 「見ておくがいい、戦いに敗れるとはこういう事だ」 ただ一人、脱衣将棋に負けたのか、制服に手をかけて全裸になろうとしている櫻井を除いて。 「(……なんだかんだで、毎年こうなんだよな)」 『お姉さん』の墓参りに行った後の静香は、いつも今のように落ち込んでいたのを思い出した。 放っておけば数日で普段どおりの静香に戻るのだがこんな暗い顔の静香をこれ以上見ているのは、正直辛かった。 「(何かいい手はないもんかねぇ……)」 俺は一人、悶々とそんな考えを巡らせながら作業の手を進める。 <兄への憧れ> 「実は私、お兄ちゃんって存在に憧れてたんです」 「わかりますっ! お兄ちゃん、最高ですっ!!」 「優しくてカッコよくて、いつも支えてくれて…… 翔さんって憧れていたお兄ちゃんみたいで」 「だから私は、今度生まれ変わったら、翔さんの 妹になりたいって、思いました」 「……ありがとうございます」 「ん?」 「今日の翔さん、なんだかとても優しいです」 「そりゃ、お前……彼女が元気無かったら心配になるし 何より支えてあげたいって思うだろ。普通」 「……そうですよね。私、翔さんの彼女さんですよね」 「おう。彼氏と、彼女だよ」 「えへへ……でも、正直まだ実感が無いんです」 「だって、私なんかを好きでいてくれるなんて……しかも 翔さんみたいな女の子にモテそうな人が私を選ぶなんて 出来すぎた《脚本:ドラマ》みたいで……」 「それになんだか、私の心配をしてくれたり、断っても 世話を焼いてくれるし、お兄ちゃんみたいだな、って 思ってたんです」 「お、俺がか?」 「えへへ……はいっ」 「私、一人っ子だから……『兄妹』って言うのに 憧れてるんです」 「そうなんだ」 「だから、その……翔さんが私のお兄ちゃんだったら 幸せだなって……そう思ってたんです」 「私、もし今度生まれ変わったら、翔さんの妹に なりたいです」 「…………」 <先輩との帰宅・続き> 「渡辺さんが拗ねちゃったので、もう少しだけ私が 代わりにあらすじをお伝えしますね」 「いいもん、ぶちょーが帰ったら、私一人で お仕事がんばるもんっ。ぶつぶつ……」 「何か渡辺さんがぶつぶつ言ってますね……ちょっと いじめすぎちゃったかもしれません」 「えっと……そのあと私はいつも通り、帰りに お夕飯の買い物をするため、商店街の方へと 向かいました」 「その時、天野くんは……」 「そうそう、私に声をかけて来たんです」 「ずるいな、ぶちょーばっかり……私だって、お店の お手伝いとかなければ、もっと積極的に天野くんを デートに誘ったりとか……ぶつぶつ」 「特に断る理由もありませんでしたので、私たちは そのまま商店街へと行くことになりました」 「じゃあまた明日って言って、帰って行ったんだよね」 「うっ……現金にもいきなり復活しないで下さいっ」 「ほんとーにモーションかけてるなら、鈴白さんに ついていくんじゃないかな〜?」 「天野くんは優しいから、気を遣ってくれたんですよ」 「あれれ〜? 何でムキになって反論するのかな〜? ぶちょーは天野くんのこと、なんとも思ってない はずだよね〜?」 「そっ、それは売り言葉に買い言葉でなんとなく……」 「とにかく、何とも思ってないに決まってますっ! 弟くんを意識するお姉さんなんて、いませんっ」 「つんつ〜ん、で〜れで〜れ、う〜れし〜いな〜っ♪」 「ヘンな歌を歌わないで下さいっ!」 「それじゃあ私は商店街の方に用事がありますので ここでお別れです」 「商店街?」 「はい。お夕飯の材料を調達したいので、商店街へ 寄ろうと思いまして」 「そうなんですか」 「お母様と交代で行っているんですけど、まぁ 私の日課みたいなものです」 「へえ、そうなんですね」 「それじゃあまた明日、学園で」 「…………」 ちょうど今日の晩御飯を何にするかなど考えていなかったし、先輩に付き合って久々に自炊をするのもアリかもしれない。 「(う〜む、どうするかな……)」 少し考えた末、俺は――― 「その、良かったら一緒に行ってもいいですか?」 「え?」 「ここまで来たんだし、ついでに荷物持ちくらいには なりますよ」 「それに、久しぶりに自炊するのもいいかな、と」 「天野くん、失礼ですけどご両親は……?」 「ああ、俺の家って超放任主義なんで、よく両親とも 長い間ずっと家を空けたりするんですよ」 「だからまぁ、実質、一人暮らしみたいなモンかな」 「そうなんですか……」 先輩は少しだけ神妙に沈黙すると、何かを考えているかのように、うんうんと唸り出してしまう。 「ダメなら、俺も一人で商店街に行ってきますけど」 「いえ、別にダメなわけじゃないです」 俺の誘いを断ろうと迷っていたわけでは無いのか即答で好意的な意思を示してくれる先輩。 「そう、ですね……それじゃ、荷物持ちをお願いしても いいですか?」 「ええ、喜んで!」 「ふふっ。頼もしいですね」 「それじゃ、行きましょう」 「はい」 俺は先輩の返事を聞くと、喜び勇んで商店街へと向けて、足を運ぶのだった。 ……………… ………… …… 「それじゃ、また明日っす」 にこやかに別れの挨拶をかわし、先輩を見送る。 「(先輩もあんまりプライベートな時間に首を  突っ込まれても、迷惑だよな……)」 俺はそう自己完結させ、自宅へと向かって商店街とは別方向へと歩き出すのだった。 <先輩との決闘!〜決戦前夜〜> 「数々のお色気イベントにも動じず、涼しい顔でそれを スルーする天野くん」 「ふふふっ、ようやく分かってくれたんですね」 「天野くんはやれば出来る子だと思っていました」 「この調子で、これからも落ち着いた大人の男性に なってくれるはずです」 「と、ちょっぴり感動しながらそう思ってたのに……」 「よ、よりによって私にセクハラするなんて…… なっ……何も変わってないじゃないですかっ!」 「もう許しません! 仏の顔も三度までと言った はずですっ!!」 「ここは天野くんには、少し痛い目にあってもらうしか無い みたいですね……!」 「おしおきですっ!!」 「……って、え? な、なんですかっ?」 「なななっ、これは……えええええ、エッチな本じゃ ないですかっ!!」 「こんなものを私に一晩ほど預けて、男のロマンを 理解して欲しいだなんて……天野くんはいったい 何を考えているんですかっ!!」 「何が言いたいのかなんて、ぜんぜん分かりませんっ! 天野くんの方こそ、もうちょっと女の子の気持ちを 汲み取る術を身につけるべきですっ!」 「……と、怒っていたんですけど、なんだか急に 大人しくなってしまいました」 「天野くんもさすがに反省したみたいですね」 「まったくもう……今後は、えっちなのは自重して もらいますからねっ!」 「へ、変な顔で誤魔化そうって言ったって、そうは 行きませんからねっ!」 「まったく……昨日は大変な目にあいました」 「(一番怖い思いしたのは、俺たちだっつーの!)」 「……? どうしたんですか?」 「……知らないほうが幸せっすよ」 ……明けて翌日。気が進まなかったが、俺は普段通り学園に足を運んでいた。 横目で花蓮を観察していると、静香やかりんの後を金魚の糞のようにつけ回している。 ……どうやら、一人になりたくないようだ。 「はぁ……先輩、お茶ください、お茶」 「珍しいですね。天野くんから催促があるなんて」 こんな時こそ、萎縮した心を和らげるためにお茶が必要だと思ったのだ。 「はい、どうぞ」 「ありがと…………ずずっ」 しばしの間、先輩の隣で温かいお茶をすすりゆったりとした時間を楽しむ。 「翔さーーーーんっ♪」 「だ、だからかりんちゃん、そんなに走ったら……」 「あぅぅぅーーーーーっ!?」 「あぅ……不覚です……また転んでしまいました……」 「か、かりんちゃん! パンツ見えて……きゃっ!?」 何も無い所で転んだかりんに走り寄ろうとする深空が、まったく同じ場所でつまづいた。 「よっ……と」 「あ……」 俺はそれを、片手でフワリと受け止める。 茶道を究めた俺にとっては、これくらいは造作もない。 「危ないぞ。痛くなかったか?」 「あ、ありがとうございます……私は大丈夫です……」 「ほら、お前も立てよ」 「あぅ……あ、ありがとうございます」 「まったく……注意散漫だからこけちまうんだよ。 気をつけて歩かないとダメだぞ」 「ご、ごめんなさい……」 「あぅ……気をつけます……」 「わかったら、行っていいぞ」 「は、はい、失礼します……」 ペコリと頭を下げ、二人は歩いて行った。 「…………」 「……? どうしました、先輩?」 「あっ、い、いえ、何も……」 ポカンと口を開けていた先輩が、ハッとして首を振る。 「ところで先輩……今日のお茶は、いつもと 味が違いますね」 「わ、わかりますか? 葉っぱを変えてみたんです。 ……まずかったですか?」 「いや、うまいよ」 「ちょっと渋みが強いけど……そこが俺好みです」 「ほ、ほんの少しの違いなのに……天野くん もうそこまでわかるようになったんですか」 俺を見つめる先輩の声に熱がこもる。 「はぁ……本当、こんな暑い日によくあんなもの 飲んでられるわね、あの二人は……」 「うむ。そんな暑がりな静香のために、今日は とっておきの発明品を持ってきたぞ」 「名づけて、『エアー君が倒せない』じゃ!」 「ただの扇風機じゃないの」 「下敷きで扇ぐよりはマシじゃろう?」 「ほれ、こうしてスカートの下から風を送れば……」 「やってる事は下敷きと同じじゃない!」 「ちょっ……や、み、見えちゃうでしょ!」 「ほーれほれほれ」 「…………」 遠くから、幼なじみたちの黄色い声が聞こえる。 しかし、ここでいそいそと二人の戯れを観察しに行ってしまえば、昨日までの未熟な俺と同じだ。 「…………(チラッ)」 「ふぅ、おいしかった……ありがとう先輩。 だいぶ、気が楽になったよ」 「あ、天野くん……!」 目に涙を浮かべた先輩が、茶碗を返そうとした俺の手をガッシと握ってきた。 「せ、先輩!?」 「感動しました! ようやく……ようやく私の教えを 理解してくれたんですね!」 「度重なるエッチな光景に動じないその姿…… お見事でした!」 「フッ、言ったでしょう、『茶道を究めた』って……」 「ええ……!! 私、天野くんは、やれば出来る子だと 信じてましたっ!」 先輩は指で涙を拭って、何度も頷いている。 ここまで感激されるとは……感無量だ。 「さ、天野くん、おかわりをどうぞ」 「ありがとう、先輩」 先輩が、おかわりのお茶を差し出してくれる。 ……と。 「あ……」 先輩が手を滑らせ、自身の制服に茶碗ごとお茶をぶちまけてしまったのだ。 「きゃあっ!」 「先輩!?」 「あ、熱っ!!」 「だ、大丈夫ですか!? すぐ拭きます!」 俺は大慌てでハンカチを取り出し、先輩の身体を拭こうとした。 しかし…… 「ひゃっ……」 「あ……」 ハンカチ越しに、俺の手が先輩の胸に触れていた。 「せ、先輩、これは……」 なんとか言葉を探そうと頭を巡らせていると、さらに俺は、ある事実に気づいてしまった。 お茶に濡れた先輩の制服が、肌にはりついて、透けていたのだ。 「…………」 「あっ……天野くん! 何を見てるんですか!」 「ハッ!?」 俺の視線の空気を感じ取ったのか、すかさず先輩がツッコミを入れて来る。 「それに、いつまで触ってるんですかぁっ!」 「う、うわぁっ!?」 俺は慌てて先輩の胸から手を離す。 しかし、手には柔らかい感触が残っていて…… 「…………」 「ごめん、先輩……俺、なんて事を……」 「…………」 「でも、これだけはわかって欲しいんだ……」 「決してやましい気持ちで先輩の胸を触ったわけじゃ ないんだ。だって、俺は先輩の事……」 「それ以上言わないでください……わかってましたから…… 私も、天野くん……いいえ、翔くんの事が……」 「ああっ、先輩!」 「だ、ダメです、こんな所でっ……!」 「あ〜ま〜の〜くぅ〜〜〜ん!!」 「ひっ、ひぃ!」 どうやらモノマネで和解する作戦は失敗だったようだ。 先輩の身体からは湯気が立ち昇り……いや、これは単にお茶がかかったせいか。 「せ、先輩……熱くないの?」 「でもそんなの関係ありません!!」 「熱いっていう前提が壊れちゃったよ!」 もはや先輩の怒りは、氷でも冷ませそうにない。 「人の胸を触っておいて、素直に謝りもせず、あまつさえ 悪ふざけをしてまでその場をしのごうだなんて……」 「か、返す言葉もありません……」 「わかりました天野くん……さっきまでの落ち着いた 態度……あれは私を油断させてセクハラするための お芝居だったんですね!?」 「ち、ちがっ……」 「そこまでして女の子にエッチなイタズラをしたかったん ですか……」 「お、俺は良かれと思って……」 「もう許しません……『仏の顔も三度まで』と言ったはず です!」 「だ、だから今のは先輩が……」 「おしおきです!!」 「ええええぇぇぇーーーーーーーーーっ!?」 いかん……先輩は怒りのあまり、俺の言葉に聞く耳を持っていないようだ。 ここは…… 「先輩、あんたは間違っている!」 「な、なんですかいきなり……」 突然怒鳴り声を上げた俺に、先輩がたじろいだ。 そうとも、男には退いてはならぬ時があるっ! 「先輩、退いてはならぬ時って今さッ!」 「なんの話ですか!」 「先輩。先輩は俺がエロスな事に反応するたびに怒るけど それは健康な男子としては当然の事なんだぜ?」 「だ、だからってセクハラをしていいという理由には なりませんっ!」 「もし世界からエロスが消えたらどうなると思う? それは子供が産まれないという事なんですよ」 「その仮定は論点のすり替えです」 「それに私はそう言った行為全てを否定しているわけじゃ ありません」 「あくまで、愛の無い不純な行為は控えるべきだと 言っているんです」 「けど愛って言うのは、つまりはエロスなんですよ」 「先輩のエロスなお父さんとエロスなお母さんが エロスな出会いをして、エロスな事をしたから エロスな先輩が産まれたんだ」 「そのエロスな先輩がエロスな学園に来てエロスな俺と 出会って、エロスな行動を咎める……それってなんか おかしくないですか?」 「何、訳のわからないこと言ってるんですか! エロスエロスと連呼しないでください!」 「……ていうか、人の両親をつかまえて、誰が エロスですか!」 先輩は顔を真っ赤にして、完全に俺の意見をシャットアウトしている。 「いいだろう……そこまで先輩が理解の無いエロス否定を するんなら、俺にも考えがある」 「……どうするって言うんですか」 「決闘だ!」 「け、決闘!?」 「明日、正々堂々と決着をつけましょう」 「負けたほうは、勝ったほうの意見を尊重する」 「い、意見って……」 「先輩に、男のロマンというものを教えてやるよ」 「そ、そんな偉そうに言う事ですか……」 「真のエロス……それはこの本に、聞いてみるといい」 俺はポケットから一冊の本を取り出し、先輩に渡した。 「これは……」 「珠玉のエロ雑誌『ギガべっぴん』です」 「女の子に、こここっ、こんなものを渡すなんて…… な、なななななっ、何考えてるんですかっ!?」 先輩が床に叩きつけたそれを、俺は拾い上げ、埃を払って再び手渡す。 「それを、今夜一晩預けます」 「それでわからなければ……俺が身をもって教えて あげますよ」 「み、身をもってって……この状況でいやらしいとも取れる 表現はやめてください!」 「もう……とにかく、これは没収しますからね? それでも明日取り返そうって言うんなら、私も 受けて立ちます」 「望むところっすよ」 「何なんですか、その自信は……」 「これがエロスパワーってヤツさ」 呆気に取られている先輩に背を向けて、教室の出口へと歩みを寄せる。 「先輩……あんたの目を覚ましてやるよ」 「…………」 最後までバッチリと決め、俺は颯爽と教室から去るのだった。 ……作業を放り出して勝手に学園を抜け出した事を麻衣子に叱られたのは、また別の話である。 ……………… ………… …… 「聞いたわよ。鈴白先輩に決闘を挑んだんだって?」 「まーな」 その夜。話を聞きつけて俺の部屋にやって来た静香に机に向かったまま生返事を返す。 「はぁ……何でまたワケのわからない事してるのよ……」 「うるせーな。とにかく俺は、先輩に勝ちてーんだよ」 「んもぅ……そもそも、あの鈴白先輩と一体なんの勝負を しようって言うわけ?」 「あんまり横からゴチャゴチャ言うなよなー…… いま、大事なところなんだから」 「……? さっきから、何書いてるの?」 「果たし状」 「は、はたしじょう〜?」 「決闘には付き物だろー……これでよし、と」 俺はコピー用紙に書いた文面を眺め、頷いた。 我ながら会心の出来である。 「意外と古風なのね……昔の番長みたい」 「ちょっと読んでみてくれないか?」 「ま、いいけど……鈴白先輩に変なもの渡されたら 幼なじみとして私まで恥ずかしいしね」 静香は俺から果たし状を受け取り、咳払いをしてそれを読み上げる。 『果たし状』 『拝啓  鈴白 灯様 突然のお手紙、驚かれたことかと思います』 『まずは今回、私こと世界の天野が灯サイドに決闘を 申し込んだ経緯を説明いたします』 『一般的に『先輩』といえば、優しく甘えさせてくれる イメージがあります』 『しかしながら、灯は私がエロスなハプニングに 見舞われるたび武器で脅し、威嚇してきました』 『度重なる灯からの迫害と脅迫を受け、三度目の 「荒っぽいですねぇ」の波に耐えられず今回の 決闘を申し込んだ所存であります』 『今回、私的には『この先輩レベルなら決闘は アリなんだな』ということがわかったのは 大きな勉強になりました』 『飛行候補生  天野 翔』 「…………」 「なまじ力など持つと、余計な物まで背負うハメになり 一生苦しむことになる……俺も、そして先輩もな」 「……翔」 「ん?」 「一回、鈴白先輩に叩きのめされて反省するべきね……」 「ええっ、なんで!?」 苦心の果たし状をビリビリと破る静香に抗議の声を上げ俺の決闘前夜は過ぎていったのだった…… 「はぁ……わかりました」 これ以上怒らせたら大変だと思い、俺は大人しく申し開きを諦める事にした。 「ごめんなさい、先輩。ちょっと調子に乗ってました」 「きゅ、急に素直になりましたね……」 拍子抜けしたように、先輩の語気が和らいだ。 「いや……俺にも反省しなきゃいけない点はたくさんある だろうし……」 「ど、どうやら本当に反省したようですね」 すっかり気が抜けたように、先輩がため息をついた。 「いいですか? これからは、みだりに女性に いやらしい事をしたらダメですよ?」 「はい」 「わかってくれればいいんです」 そう言うと、先輩は制服を洗うため教室を出て行った。 「ふぅ……」 俺は脱力し、窓から空を見上げた。 「あんなに怒られるとはなぁ……」 どうやら、先輩の前でエロイ事をするのは本当に洒落にならないらしい。 「嫌われたりしたら、これから先、仲間として付き合って いくのにも困るしな……」 俺のわがままで、他のみんなにまで迷惑をかける訳にはいかなかった。 「……仕方ない。先輩の逆鱗に触れないよう、しばらくは 大人しくしてるか……」 俺はそう考え、先輩とは今まで通りの距離感で無難に接して行こうと心に決めたのだった。 ここは溢れんばかりの男の魅力を十二分にたたえた必殺『翔スマイル』で切り抜けるしかないっ!! 「へへっ……へへへへっ……にっぱぁ〜っ☆」 俺は両腕の親指を突き上げ、限界まで口元を引きつらせ良い感じの笑みを零す。 「…………?」 「フヒヒッ……イヒヒヒッ……」 しかし、いざ良い感じの翔スマイルを披露しようと意識するも、なぜか病的な感じになってしまう。 「天野くん、私は真面目な話をしてるんですよ! 何ふざけてるんですかっ!!」 「(くそっ……スマイル成分が足りなかったか……)」 どうやら俺の不完全な笑顔では、怒りに染まった先輩の心は、くすぐれなかったようだ。 「(さて、どうするか……)」 <先輩と遊園地デート> 「先日の約束通り、遊園地へとデートに来た私たち」 「恋人と一緒に来る遊園地が、こんなに楽しいものだ なんて……想像もしていませんでした」 見渡す限りどこまでも続く、澄み渡る青空。 そんな空気も夏色に染まる、絶好のデート日和。 俺達は先日の約束通り、オープンしたばかりの遊園地へと遊びに来ていた。 「はわわわわわわ……」 「ちょっ……先輩、固いって!」 緊張しまくっている灯の手を握りながら、リラックス出来るように声をかける。 「そんなに肩肘張らずにもっとリラックスしてくれよ。 そのために、俺がいるんだからさ」 「だだだ、だって……ワイワイと騒がしくって…… これじゃ、右も左も判りませんし……」 「あ……そうか……」 トラウマから来る恐怖感だけではなく、実際に音を『視る』灯にとっては、かなり不安な状況なのだ。 騒がしく、しかも見知らぬ場所ともなると、トラウマを誘発してしまうのも納得が行くと言うものだ。 「ごめん、やっぱり考え足らずだったかな……」 「い、いえ……全く判らないわけじゃないですし――― それにその……翔さんが手を繋いでいてくれれば……」 不安そうにぎゅっと強く手を握ってくる灯の気持ちに応えるように、俺もしっかりとその手を握り返す。 「灯が怪我しないように、俺が守るから」 「は、はい。お願いします……」 「でも、無理そうだったらすぐに言ってくれよ? 倒れたら、元も子も無いからさ」 「そうですね……か、かなりゆっくり歩いて頂ければ そこまでは怖く無いと思いますので……」 「わかった。自分のペースでいいから、ゆっくりと 人ごみに身体を慣らして行こう」 「ううっ……これも、二人で気兼ねなくデートをする 未来のためだと思って……頑張ります」 健気にこの荒治療を受け入れ、頑張ろうとするものの生まれたての小鹿のような灯を見ていると、さすがに不安や後悔の念が募ってくる。 「怖かったら、まずは公園みたいな場所から慣らして行く って手もあるけど……」 「いいんです……これくらいじゃないと、意味が ありませんから……」 その姿と裏腹に、気丈にも灯の口からそんな言葉が出る。 俺はその意志を尊重して、できる限り灯の負担を和らげるようにフォローしようと思い直す。 「さぁ……行きましょう、天野くん!」 「おう、精一杯楽しもうな、先輩っ!!」 気丈な『先輩』へと戻った灯に合わせて、俺はかつての頼れる先輩と一緒に、大きく一歩を踏み出す。 この一歩がいずれ、灯の希望になる一歩だと信じて俺達は、遊園地へと足を踏み入れるのだった。 ……………… ………… …… 「うへぇ……すごい人ごみだな、マジで……」 せっかくなのでと、灯に合わせてジェットコースターに並んでみるものの、待ち時間がとんでもない事になってしまっていた。 「先輩、やっぱりジェットコースターは諦めて、他の アトラクションに切り替えた方がいいんじゃ……」 「何でですか?」 「だって、これ並んでる時間で2つ3つは乗れますよ?」 「ぶぅ。そんなの、却下に決まってます」 「ええ〜……でも、待ち時間が勿体な―――」 「ちゃんちゃらおかしいですっ」 「人間、一度妥協してしまえば、ズルズルと向上心を 失って行ってしまうものですよ?」 「それは何か違うような……」 「とにかく、せっかく遊園地に来たんですから、何が なんでも乗ります!」 「ジェットコースターに乗らない遊園地デートなんて カレーのかかってないカレーみたいなものです!」 「そいつは真っ白っすね」 よくわからない例えを使うほどに盛り上っている灯にとりあえず適当に相槌を打っておく。 「次はそれがいいですっ!!」 「何で絶叫系ばっかりなんですか……」 さんざんジェットコースターを堪能して、俺はすでにお腹いっぱいだったのだが、次に灯が選んだ乗り物はこの遊園地オリジナルの絶叫マシーンだった。 「だって、気になるじゃないですか!」 「そりゃあ、たしかに気になりますけど……」 『絶頂空間☆マグナムバーボンスパイラル』と言う名の隔離されたでかい建物の中にある謎の絶叫マシンを見て素直な感想を告げる。 「いったいどんなマシンなのか……想像するだけでも ワクワクして来ますっ」 「みんな怖いもの見たさで並ぶもんだから、ここも ジェットコースターばりの待ち時間じゃないすか」 灯の意外なまでの絶叫マシン好きに、思わず溜め息を漏らしてしまう。 メリーゴーランドとか、女の子っぽい平和的なモノを想像していた自分がアホらしくなるほどの豪傑な選択だった。 「そうだ、せっかくなら違う絶叫モノにしないか? 例えばホラーハウスとか……」 「絶対に却下です」 「いやいや、実は入ってみると意外と面白かったり するかもしれないじゃん?」 「ホラーなのに笑えるわけないです」 「怖がる先輩が抱きついてきて、良い感じの雰囲気に なったりするかもしれないしさ〜」 「ありえません」 「よし、それじゃあ試しに行ってみるか!」 「ぶぅ。どうして、そんなにしつこくホラーハウスに 誘うんですかっ」 「いや、絶叫すると言う点では変わらないからさ……」 「全然変わりますっ!!」 「そうっすか」 ぷんぷんと怒る灯に苦笑しながら、俺は仕方なくこの怪しいアトラクションへ並び続ける事にする。 「……にしても、並びすぎですよね、コレ……」 「そうですね。ますます楽しみになって来ました」 「(得体の知れない乗り物に、どうしてここまで  期待できるんだよ……)」 マグナムなんちゃらへの期待に胸を膨らませる灯を見て思わず溜め息をつく。 まあ何にせよ、楽しんでくれているようで安心したのも事実だった。 「ふふっ……でも、不思議ですね……」 「え?」 「ただ、並んでいるだけなのに……私、ドキドキして とても楽しく感じちゃってるんです」 「本当は、遊園地とか元からあまり興味が無かったん ですけど……でも、認識を改めました」 「恋人と来る遊園地は―――こんなにも楽しいもの なんですね」 「先輩……」 心を許してくれた灯の笑顔は、素直に美しいと思える輝きを放っていた。 ……………… ………… …… 「あらかた制覇しましたね」 「ふぅ……疲れた……」 灯に連れまわされるがままに、様々なアトラクションをハシゴして、ようやく一息つく。 定番モノと面白そうなモノだけに絞った甲斐があり目ぼしい箇所はどうにか一通り回ることが出来た。 「で、どうだった? 先輩としては、結局どれが 一番楽しかったんだ?」 「…………」 「やっぱり最初に乗ったジェットコースターか…… 大穴で、例のなんちゃらバーボンか?」 「あれはやばかったなぁ……まさかバーボン伊藤と ウィスキー田中が、あそこまで盛り上げてくれる とは、誰が予想したってんだよ」 「うっ……」 「あれ? まさか、違うのか?」 一番騒いでいたのは、俺の記憶ではあの2つだったのだがどうやら反応を見る限りハズレのようだった。 「それじゃ、いったい何だったんだ?」 「それは……ヒミツです」 「ええっ!? 何でだよっ!!」 「ぜ、絶対笑われそうだから、いいません」 「笑わないって! だから教えてくれよ」 「本当に笑いませんか?」 「ああ、約束するって」 「……メリー……です……」 「え?」 「……メリーゴーランドです」 「…………」 「な、何ですかっ! その嫌な微笑を浮かべていそうな 沈黙はっ!?」 「いや、だってそれ……可愛いすぎて……」 「なっ……」 「乗ってる間、やけに大人しいから、てっきりスネて 機嫌が悪かったのかと思ってましたけど……」 「だ、だってしょうがないじゃないですかっ!! あんなの、初めて乗ったんですからっ!」 「いや、でも子供っぽいって嫌がっていた先輩を無理やり 乗せた甲斐があったと言うものですよ」 「うぅっ……なんか釈然としません……」 「先輩、可愛いです。マジで」 「からかうの禁止ですっ!!」 乙女チックな一面を知られて、照れ隠しに怒る灯を見てそのいつも通りの姿に、心から安堵する。 最初はどうなるかと思った遊園地デートだが、思いきって誘ってみて大正解のようだった。 <先輩の照れ隠し〜恋人なんていませんよ?〜> 「やっほー。遊びに来ちゃいました」 「はわわっ! す、鈴白さんっ!?」 「ぶぅ。いつも敬意を籠めて『鈴白先輩』って 呼んで下さいって言ってるじゃないですか」 「知らないもんっ! いつもいじめてくるような人に 敬意を払うことなんて出来ないもんっ!」 「可愛い後輩の女の子を見ると、つい、からかいたく なっちゃう《性質:たち》なんです」 「ふえぇっ、タチが悪すぎだよ〜っ!!」 「大好きな渡辺さんに、先輩、って呼んでもらえなくて 私、悲しいんですよ? よよよよよ……」 「絶対嘘だよ〜っ! もう騙されないもんっ」 「大好きって言うのは本当ですよ? だって、大切な 茶道部の部員ですから」 「5人以上いないと部活として認められないから 大切だ〜って言うだけなのは知ってるもん」 「そんな事より、あらすじ、しなくていいんですか? しないなら、私がパーソナリティを代わってみても 良いですけど……面白そうですし」 「はわわわわっ!? そ、そうだったよ〜」 「って言うか、絶対にお断りです〜っ!」 「鈴白さんは本編でいっぱい出番あるんだから ここまで盗られるわけにはいかないもん!」 「天野くんのプライベートも知られちゃうし、ですか?」 「ふえっ!? ち、ちがうもんっ! 《公私混同:こうしこんどう》じゃ なくって、ちゃんとお仕事をこなしたいだけだよ」 「私、天野くんに後ろから声をかけられて、きゃあ なんて、柄にも無い声をあげて驚いちゃいました」 「そんな姿を見られたのが恥ずかしくて、ついつい 照れ隠しにお姉さんぶっちゃいました」 「うぅ、恥ずかしいです……」 「ふええぇぇぇん! 勝手に私の役割を盗って あらすじを進めないでよぉ〜っ」 「興味本位なのか、私に気があるのかは判らないですが 天野くんが例の噂に関しての真相を尋ねてきました」 「ふえぇ……無視しないでよぉ〜っ!!」 「デリカシーに欠けるので、その点に関しては ノーコメントで誤魔化しましたけど」 「ふええぇぇ……占領されちゃったよ〜っ」 「軽くモーションをかけてきたみたいですけど、まぁ いつものようにお姉さんの風格を見せてあげました」 「天野くんは良い子なんですけど……男の人って 言うよりも、弟くんみたいな印象ですし」 「ふえぇ……そんな台詞、一度でいいから 言ってみたいよぉ〜」 「え? それじゃ、渡辺さんは天野くんが迫ってきたら お姉さんっぽくさらりとかわしちゃうんですか?」 「えっ? そ、それは……喜んで付き合っちゃうけど」 「うわっ。そんなあっさりと告白されても…… 逆にこっちが照れちゃいます」 「はわわっ!? つい口が滑っちゃったよぉ〜っ」 「渡辺さんの気持ちは、私が次に天野とお会いした時に ちゃんと伝えておきますからね」 「ふええぇぇぇん、やめてよぉ〜っ!」 「ふふふ。冗談です」 「ぐすん……ぶちょーなんて大嫌いだもん」 「(お、いたいた)」 ちらりと見かけた印象的な黒髪を追いかけていくと案の定、歩いて帰宅する先輩の姿を見つけた。 「よっ、先輩」 「きゃあっ!?」 俺が後ろから軽く肩を叩くと、先輩は甲高い声を上げて飛び上がってしまった。 「え……あ、あれ?」 「あ、天野くん!?」 「も、もう! 脅かさないでください!」 「あれ? でも、後ろから脅かすのとかは先輩には 一切通用しないんじゃなかったっけ?」 「そっ、それは……たまたま驚くことだってあるん ですっ!」 「ふーん、そうなんすかぁー」 以前言っていたセリフと裏腹に、モロに隙だらけだった先輩の様子に、ついつい顔がにやけてしまう。 「な、なんですかその顔はっ! 信じてませんね!?」 「んなこったぁねーっすよ。信じてますって」 「ぶうぅ〜……絶対、信じてないです」 「まあまあ。そんな事より、一緒に帰りません?」 「それはかまいませんけど……」 不機嫌そうな口調とは裏腹に、俺の提案は意外とあっさり受け入れてもらえた。 「言っておきますけど、さっきのは本当にたまたま 考え事をしてただけなんですからね?」 「他の人にあること無いこと言いふらしちゃうのは ダメな後輩の最たる例なんですから―――」 「わかってますってば。先輩のそんな可愛い一面を 他の人に教えるなんて、勿体無くて出来ませんよ」 「か、可愛いってなんですかっ!」 「だーっ! 危ないから暴れないで下さいよっ!!」 「もう! じゃあ、からかわないで下さいっ」 「(普段あれだけ他人をからかってるのに、自分が  からかわれ慣れてないとは、意外だな……)」 それだけ普段あまりボロを出さないのかもしれないがだからこそ先輩を弄るのは、面白かった。 「ぶぅ。ここぞとばかりにからかいまくっちゃおう って雰囲気がプンプンしてます」 「からかわないから一緒に帰りましょうよ」 「今度は気持ち悪いくらい純粋な好意を感じますけど…… 逆にからかわれてるんじゃないかと疑っちゃいます」 「いやいや、先輩を騙せるほど器用じゃねーっすから」 「まぁ、そうですね。天野くんがとても不器用なのは よ〜く解ってるつもりですし」 「(そこまでスパっと言われると、ショックだ……)」 「……普通は誰しも、本心を隠している《空:・》《気:・》を 身にまとっているものですが―――」 「天野くんほど心が無防備な人は初めてです」 「それって褒められてるんでしょーか……?」 「良い意味か悪い意味かは判断し兼ねますけど 放っておけないくらいに無防備な子ですね」 「つまり、母性本能に訴えかける守ってあげたくなる タイプなんすね!!」 「どちらかと言うと、手を焼かせる弟タイプです」 「それってダメなんじゃ……」 「まぁ、ステキな男の子になるためには、まだまだ 人生経験と精神鍛錬が必要なのはたしかですね」 「ちぇっ」 「そもそも、先輩に対する敬いから学ぶべきです! だいたい天野くんは、もっと女の子に―――」 照れ隠しのように先輩風を吹かせてクドクドと俺にお説教を続ける先輩の横顔を盗み見る。 「(怒ってても照れてても美人だよなぁ、やっぱり)」 せっかくありがたい指導をしてくれていると言うのに俺は耳も傾けず、先輩の姿に見とれていた。 初めて会った時の印象とはだいぶ変わってしまったがそれでも、その優雅さを感じさせる物腰と落ち着きのある気品は全く損なわれていなかった。 思っていたよりもずっと明るくて子供っぽい一面があるのにも関わらずそう感じさせるのは、やっぱり先輩がそれほど綺麗だと言う事だろう。 「聞いてるんですか、天野くん?」 「ん……ああ、聞いてるよ」 「嘘が下手なのは相変わらずですね」 「ぐあ……」 先輩に嘘が通じない事を忘れてつい反射的に誤魔化してしまったが、案の定、あっさり看破されてしまう。 「すみません」 「もう。人の話をちゃんと聞かないとダメですよ? コミュニケーションの初歩です!」 「は、はい」 「それで、どんな考え事をしてたんですか?」 「えっ!?」 先輩が美人だと思っていた、と答えられるはずも無くその考えが見透かれるんじゃないかと、心臓が跳ねる。 「相手の感情を読むのは得意分野なんですけど…… 天野くんの場合は真っ直ぐすぎて逆に解り辛いから ちょっと判断しかねます」 「そ、そうなんですか……」 う〜ん、と考え込むような表情を見せる先輩にどこまで見透かされたのかと冷や汗をかく。 「正直に言ったら、怒られるような気がするんですが」 「そんな下らない思考でスルーされていたと思うと たしかにショックですが、現実は受け入れます」 「(受け入れるんだ……)」 「怒らないので、正直に言っちゃって構いませんよ?」 「ん……なら、言うけど……えーっと……」 さすがに『先輩が美人だから見とれてた』とは言いづらいので、遠まわしに伝える言葉を探す。 「先輩って、恋人とかいないのかなぁ〜、とか」 「ふぇっ?」 咄嗟に浮かんだのは、以前、鈴木から聞いた例の先輩の『噂』だった。 「な、なんで急にそんな話になるんですか!」 「お、怒らないんじゃなかったんすか!!」 「まったく。そんな浮ついた事を考えていたんですか?」 「で、どうなんですか?」 「いません。そんなの、いるわけないです」 「そ、そうなんだ……」 俺は、ばっさりと切り捨てるようなその返答を聞いて例の『噂』が本当なのだろうと直感する。 「そんな浮ついた事を考えていたせいで私のお説教を スルーされていたのは、正直ショックです」 「い、いや、だって気になるじゃん」 「その……先輩、美人だし、男としての本能っつーか」 「え?」 「だから、付き合ってる人がいるのか、フリーなのか 知りたかったんですよ」 「ふふっ、もしかして口説いてるんですか?」 「え? い、いや……そう言うワケじゃ無いんだけど」 「ぎこちなさすぎて、慣れてない事してるのが バレバレですね」 「うっ……」 「残念ですけど、私、今のところ誰かとお付き合いする 気は無いですよ?」 「そうなんですか」 たしかに残念な反面、どこか嬉しくもある言葉だった。 「まぁ、無理してアプローチする天野くんの様子は 可愛かったので、恋人候補ならいいですよ」 「え?」 「もっとも、将来、天野くんが一人前のステキな男性に なったら考えてあげてもいいです、って事ですけど」 「はぁ……そうっすか」 余裕の表情を見せる先輩に、軽くあしらわれている事を十二分に悟らされて、思わず溜め息を吐いてしまう。 「(こりゃ、男としては見られないな……)」 先輩を前にした男の誰もが考える夢は、多分に漏れずあっさりと砕かれてしまった。 <先輩の身に起こったこと> 「病室で鈴白先輩の無事そうな姿を見たとき、翔は思わず 泣きそうになるくらい安心したみたい」 「でも、翔が鈴白先輩の手を握った時、その異変に 気づいてしまったの……」 「翔の事を誰だか判らないようなそぶりを見せる 鈴白先輩の様子に、ひどく動揺してお医者様を 問い詰めて……」 「そして、知ってしまったの」 「鈴白先輩は、あの事故の後遺症で……聴覚に障害が 残ってしまったんだ、って……」 病室に案内された俺の目が、ベッドで上半身を起こす灯の姿を真っ先に捉えた。 「先輩っ!!」 俺はたまらず、ベッドへと駆け寄る。 医者の言っていた通り、目立つところに外傷は無く灯は以前と変わらぬ姿を俺に見せてくれていた。 「ははっ……良かった、先輩!」 柄にも無く、声に湿ったものが混じる。 「俺、まさか先輩が死んだらどうようかって……マジで 心配したんですからね?」 「先生……」 「…………」 俺の存在に驚く看護師を、無言で制してくれる医者に感謝しつつ、構わずに灯へと近づく。 「先輩! 俺です!! 天野ですっ!! ずっと廊下で 待ってたんだけど、なかなか会わせてくれなくて……」 「……ここは、どこ……なんですか?」 「え? ああ、ここは病院だよ。先輩、遊園地で階段から 落ちて、怪我しただろ? だから……」 「…………?」 「もう大丈夫なんだよな、先輩……」 「ここは、ベッド……?」 「私、たしか……」 「ああ。でも助かったんだよ」 「もう、大丈夫だから安心してくれよ、先輩」 俺は再会を喜び、愛しさを籠めて灯の手を握る。 そうすればきっと、安心した灯は……俺の胸へと飛び込んで、抱きついてくれると思っていた。 「ひっ!?」 けれど、彼女は怯えたようにビックリして、その身体をこわばらせてしまう。 「だ、誰ですか、あなたはっ!?」 「え……?」 「ここは、どこなんですか……?」 「なんで……なんで、私―――」 大きな不安に押し潰されるような、怯えきった表情で灯はその空虚な瞳を漂わせていた。 優しく握り締めたはずの灯の手からは、緊張から来る小さな震えが伝わってきた。 「せ、んぱい……?」 「何なんですか……私、いったいどうなったんですか?」 「……っ……」 灯の『異常』に気づき、俺は戸惑いながら、そっと繋いでいた手を離す。 「うむ……彼女を刺激せず……怯えさせないようにして やった方がいい」 「……慎重になるのは、間違いじゃないだろう」 「……何なんですか、これ……」 「先輩の身に、一体何が起きたって言うんですかっ!?」 俺は理解できぬ不安に駆られ、それを誤魔化すように医者へと問い詰める。 「まさか……」 そして、それと同時に、俺はある一つの『嫌な予感』が脳裏を過ぎる。 「まさか、先輩は……記憶喪失になったんですか!?」 ドラマや映画でよく見るそれに酷似しているのだと気づき否定してくれる事を祈り、医者へと問い詰める。 「……もしそうだったら、どんなに良かった事か……」 「大切な誰かと過ごした想い出を失うのは……たしかに とても辛いことだろう」 「けれど、想い出はまた作ればいい……これからの日々で 今まで通りの彼女なら、きっと取り戻せたのだから」 「え……?」 記憶はあるのだ、と喜ぶべき事実を告げられたのに……俺の脳は、思考を停止していた。 俺には理解できない『何か』が灯の身に起きている……その事実が、どうしようもなく俺を不安にさせた。 「な、なに言ってるんすか、先生……ははっ……」 「それじゃまるで、先輩がそれ以上、何かヤバイ状態に なってるみたいに聞こえるじゃないっすか……」 医者の発言を理解したくなくて、俺は無意識のうちに冗談を笑うように引きつった表情を見せる。 しかし医者は至って冷静に、彼女の身に何が起こっているのか……その現実を、俺へ突きつけようとする。 「この子は……」 「彼女は―――」 「頭部に負った怪我の後遺症で……聴覚に障害が残って しまったんだ」 「え……?」 「つまり、今の彼女は……耳が聞こえないんだ」 「…………え?」 言っている意味が、理解できなかった。 いや……あまりにも認めたくない言葉の羅列に、俺の本能がその意味を否定していた。 「なに……言ってんだよ、アンタ……」 「……すまない。手は尽くしたが……やはり間違いない」 「ふっ……ふざけんなっ!!」 「ふざけるんじゃねーよっ!!」 「ふざけるわけが無いだろう。現にこうして怒鳴って いようが、彼女は一切反応を示していない」 「ぐっ……」 「先輩! 俺だよっ!! 返事をしてくれよっ!!」 医者の勘違いだとわからせるために、俺は灯へ向けて必死に話しかける。 「…………」 けれど俺の訴えも空しく、どんなに叫んでも、灯は返事を返してくれなかった。 「……んだよ……なんだよ、それはあああぁっ!!」 「先輩は……先輩は、目が見えないんだぞっ!?」 「それなのに、耳が聞こえなくなるだって……?」 「…………」 「なんだよ、それ……なんなんだよ、それはぁっ!! ふざけんなよっ! ちくしょうっ!!」 あまりにも理不尽すぎる現実に、気が狂うほどの憤りを覚える。 光を失い……そして、音を失った世界。 そこにはただの闇しか存在しておらず、何も無い。 「灯……っ!!」 過酷な真実に耐え切れず、俺は灯を強く抱きしめる。 「きゃっ!? だ、誰ですか……?」 「天野くん……ですか……?」 「もし、天野くんなら、黙ってないで返事してください」 「……俺だよ、先輩……」 「声が、出ないから……聞こえてないんですか? それとも……天野くんじゃ、ないんですか?」 光が無いのなら、手を繋いで歩いていけばいいと思っていた。 しかし光も音も失った世界の、どこに希望があると言うのだろうか? それは……あまりにも残酷な現実だった。 「先輩っ……! ちくしょう……ううっ……」 「く、苦しいです……」 俺は止まらぬ涙で頬を濡らしながら、ただ戸惑う灯を強く強く抱きしめる事しか出来なかった。 ……………… ………… …… <先輩の過去> 「まだ帰らないのかな、トリ太さん……」 「何か言ったか?」 「はわわっ、なんにも言ってないよぉ〜」 「ふむ。ならいいのだが」 「わわっ!? な、なになに!?」 「我輩の携帯のようだ」 「ぬいぐるみさんなのに携帯!?」 「おいワタナベとやら。出てくれ」 「電話に出れないのに持ってるの!?」 「えっと、誰からだろ……あっ、相楽さんからだ」 ピッ 「もしもし〜?」 『むっ。その声はナベちーか?』 「そだよ〜」 『どうじゃ? そっちの様子は』 「えっと、まぁ……ぼちぼちだよ〜」 『うむ! ささやかながら、こっちで応援しておるぞ。 これからも頑張ってくれ!! ……それで、じゃな』 『トリ太に、そろそろ帰ってくるように伝えておいて くれんかのう』 「わかったよ〜」 『では、サラバじゃっ』 「えっと、相楽さんからの……ふえぇっ!?」 「なぜかいなくなってる……会話が聞こえてたのかな」 「でも、どうやって移動したんだろ……」 「ふえっ? あっ……す、すみませんっ、あらすじを 言うのを忘れてましたっ」 「鈴白さんの不運な生い立ちや悪運の強さを知って 先輩の瞳は光を失っていると言う事実に気づいた 天野くん」 「一瞬だけ戸惑ったみたいだけど、他の人と同じように 気を遣わないで接して行くことに決めたみたいです」 「鈴白さんも、持ち前の性格のお陰で、すんなりと 打ち解けていけそうな感じみたい」 「見ていてほんわかするような、でも、ちょっとだけ 悲しいような……ううっ、複雑な気分だよ〜……」 「少し意地悪でしたね。ごめんなさい、天野くん」 そう言って目を開いた先輩の笑顔に、見入ってしまう。 「あ……」 その瞬間、今まで感じていた違和感の正体に気づく。 灯先輩の瞳に俺を映す光の輝きは無く、哀しさだけを映し出すような、真っ黒な暗闇だけが広がっていた。 「先輩、もしかして目が……」 「はい。見えてなかったりします」 「そ、そうなんだ」 まるで作り話か他人事のようにあっけらかんと話すのでいまいち現実味を感じられず、生返事を返してしまう。 「どうしたんですか?」 「あ、いや……なんつーか俺、そんな事知らずに 灯先輩と接してたから、その……ごめん」 「……謝る方が失礼です」 「そっか」 「はい。みなさん同様、普通に接してもらえれば」 「……わかった」 気遣いや同情なんて言うのは、時として相手を傷つけるだけのものだと言う事を理解して、頷いてみせる。 俺は一瞬の戸惑いをすぐに打ち消して、さきほど同様に気兼ねない態度で灯先輩に接していくことにした。 「あ、でも生まれつきじゃないんですよ?」 「数年前にちょっと事故で失明してしまいまして…… それ以来ずっとこのままなんです」 「昔から色々と事故に巻き込まれやすい体質なんです。 交通事故だけでも4回くらい巻き込まれてますし」 「ま、マジですか?」 「マジです」 「その代わりと言いますか、悪運だけは人一倍強いので 何が起きても生き延びる自信はありますよ?」 「な、何と言うか……すごいっすね」 「ええ、すごいんです」 「と言う事で、宜しくお願いしますね」 「あ、ああ。こちらこそ」 先輩の勢いに気おされて、おずおずとなすがままに友好の握手を交わす。 トリ太に一目置かれるのも納得と言うか……俺達とはくぐって来た修羅場の数が違うのだ。 様々な不幸にもめげず生き抜いてきた者にしか出せない一流の優雅さを漂わせ、品性を感じさせる雰囲気なのはそう言った特殊な経緯からなのだろう。 出会って間もないながらも、早くも先輩のすごさの一端を垣間見た気がした。 <共に歩む勇気を> 「翔さんは、この先に待つ『未来』に怯えている私は 間違っていると、優しく励ましてくれました」 「みんなの想いや、私の積み重ねてきたもの全てを 否定してしまいそうになっていました」 「そんな弱い私を再び奮い立たせて勇気をくれた翔さん」 「私に、二人で深空ちゃんを助けると言う第三の選択肢を 与えてくれたんです」 「私はそんな翔さんの言葉に支えられて、今度こそ 深空ちゃんを説得して、助け出してみせるんだと 決意して、屋上へと向かいました」 「深空ちゃん、待っていてください……!!」 「え……?」 「お前の選択は、間違ってるって言ってるんだよ」 「で、でも……」 「今のお前は、深空の親友の―――鳥井 かりん なんだろ?」 「らしくないぜ、かりん……!!」 「え……?」 「いつものお前なら、ここは迷わず深空を助けるために 二人でアイツのところへ行くシーンだろ!!」 「幾度と繰り返した過去を背負ってきたお前が、最後の 最後に、それを全部捨てるような選択をするな」 「……っ!」 「決めたんだろ? 最高のハッピーエンドを目指すって! 俺と一緒に、これからもみんなと共に歩くんだって!」 「その中に、親友の深空が入っていないなんてのは ありえねえだろうがっ!!」 「翔……さん……」 「だから、一緒に行こうぜ……お姫様を、迎えにさ」 「でも……でも……っ!!」 俺は、泣いているかりんをそっと優しく抱きしめる。 「大丈夫だ、かりん……俺たち二人なら、やり直す必要 なんかない、最高のハッピーエンドへ辿り着ける」 「もう一度、約束する」 「俺は……深空も、かりんも、誰も悲しませないから」 「かける……さんっ」 「信じようぜ。俺たちが過ごした、あの日々が…… 深空にとって、心の支えになっている事を」 「はい……はいっ!!」 そう……だからこそ、俺は今すぐに彼女の元へと向かわなければならないのだ。 いつだって一人ぼっちだった少女に……今はもう違うのだと教えてあげるために。 「行くぞ、かりん!」 「はいっ!!」 そして、今度こそあの父親に見せつけてやるのだ。 深空が作り出した『想い』の力を……みんなと繋がる心が生み出した、最高の絵本を。 「待ってろよ、深空―――今、行くからな……!!」 <バッドエンド> 「結局、俺たちは空を飛ぶことが出来なかった」 「そして俺は、消えてしまったかりんを想い、理由も わからぬ涙を流したんだ……」 空を、飛びたい。 そんな夢物語から始まった俺達の一ヶ月は―――少女の悲しそうな笑顔で、幕を閉じた。 ……結局、俺達は空を飛ぶ事が出来なかったのだ。 けれど少女の予言のように死ぬことはなく、みんなそれぞれの日常へと戻って行った。 そう。ただ一人――― どこかへ消えてしまった少女、鳥井 かりんを除いて。 「だいぶ涼しくなってきたわね」 「そうだな」 「もうすぐ夏も終わり、かぁ……」 「…………」 「今年の夏は……いろいろ、あったわね」 しみじみと呟きながら空を眺める静香に釣られて俺も、眩しいくらいに輝いている青空を見上げた。 『たとえ私一人でもがんばりますけど……でもきっと 一人だけじゃ、絶対に私の夢は成し遂げられなくて』 『けれどみなさんが協力してくれるなら、どんな事でも 何とかなっちゃいそうな予感がして……』 『だから、ここにいるみなさんが一人でも欠けたなら それは実現できないんじゃないかって。なんとなく 私は、そう思っています』 その大空を見て、俺はいなくなってしまったあいつの言葉を思い出していた。 「…………」 俺は―――あいつが告げた言葉の本当の意味を……何一つとして理解していなかったのだ。 「飛べるはず、無いよな……こんなんじゃ」 「カケル……?」 一人でどうにかなる問題などでは無かったのに……俺は行き詰まった時、誰とも協力しようと考えずにただがむしゃらなだけの日々を過ごしてしまった。 「俺さ……助けたかったんだよ、あいつを」 「……カケル……」 そして心の底では、ずっと後悔していたのだ。 俺の手は空を目指すあまり、他の仲間の手を掴もうとはしなかったのではないか、と。 そんな俺の些細なミスで、一人の少女を助ける事が出来なかったのではないか、と。 「ははっ……カッコわりぃな、俺」 「…………」 あの時たしかに感じていた強い結束は、少女が消えた今初めから存在しなかったかのように消え去ってしまった。 残ったのは、あの日俺達が集う前に在った日常で……誰一人として、またみんなで集まろうとはしなかった。 一つは、かりんの願いを叶えてやれなかった自分達のふがいなさから…… そしてもう一つは、真の意味で互いに歩み寄ることが俺達には出来なかったからだ。 「……行こ?」 「ああ……そうだな」 結局、あの楽しかった日々は幻だったのではないかと思えてしまう。 みんなが不幸になるなんて言うのは、ただの夢物語で……かりんの《杞憂:きゆう》、いや、予感でしかなかったのだ、と。 「お、天野じゃねえか」 「今日は珍しく、嵩立と一緒か」 「おはよ〜っ!」 「みんな……」 「おはよ」 「なんだなんだ、お前らってそんな仲良かったっけ? ……ハッ!? もしやひと夏のアバンチュール!?」 「夏は男女をおかしくすると言うからな……開放的な 気分の二人が、一気に大人の階段を駆け上がっても おかしくは無いだろ」 「なっ、何言ってるのよ二人ともっ!!」 「はわわわわ〜〜〜〜っ! あば、あばんっ…… ふええええぇぇぇぇ〜〜〜んっ!!」 「ちょっ……渡辺さん、勘違いよっ!!」 「不純異性交遊だよおおおぉぉぉ〜〜〜〜〜っ!!」 「俺も不純な異性との交遊がしてええええぇぇぇっ!」 「そんな事を公衆の面前で叫んでいる間は、無理だな」 「…………」 そう。 かりんは結局、人騒がせなだけの少女で……きっと本当は困ってなどいなかったのだ。 「か、翔もこの馬鹿達に何か言って……カケル?」 だって、こんなにも、いつも通りの日々なのだから。 「お前、どうして泣いてるんだよ?」 「え……?」 だと言うのに、気が付けば俺は、涙を流していた。 「なんでもないっての」 慌ててその涙を拭って、出来る限りの平静を装う。 「あっそ」 「ああ。なんでも……ねえよ……」 その涙の真の意味もわからず、俺は――― この日常を、生きていく。 <再録! 明日をお楽しみに!> 「帰り際、翔さんに明日を楽しみにしておいて下さい って、思いきって言ってみました」 「私の憧れの一つで、今の私に出来る精一杯の『関係』 ……この距離以上に近づくことは出来ないですけど せめて、これくらいは……」 「そんなワガママな気持ちを胸に、私は妹になって 翔さんを起こしに行くつもりです」 「あぅ……本当は、妻として夫を起こしたいんですけど ……ここは我慢です」 「翔さん、少しくらいは私に何かを期待して くれるんでしょうか?」 「あぅ……ストレートに期待されることなんて初めてで 思わず、どきどきしてしまいました……」 「翔さんが私に見せる笑顔なんて、本当に久しぶりで 眩しすぎて、まともに見ることも出来ませんっ」 「この心臓の鼓動が翔さんにばれちゃうかもしれない って思うと、もっとドキドキしてきて……」 「もう顔まで真っ赤になっていたような気がしますが 何とか誤魔化したので、ばれてないと思います」 「きゅ、急に優しくするなんて……翔さん、卑怯です」 「予想通り、軽くあしらわれてしまいました」 「いつもの事なので、別に悔しくなんて無いです」 「でも、これで翔さんを驚かせることが出来ると思うと 思わずニヤニヤしてしまいます。あぅっ!」 「それでは、私達はこの辺で失礼しますっ」 「あっ……たしかに私の家に行くなら、翔さんのお家 次第ですけど、ちょうどこの辺りでお別れする事に なるかもです」 「お、おう」 「……あの、翔さん」 「ん?」 「明日を楽しみにしておいてくださいっ!」 「明日? 何かあるのか?」 「あぅ! それはヒミツですっ!!」 「お前、なんでも秘密なんだな」 「いったい何なんでしょうか……気になります」 「だな」 「とにかく、明日は翔さんの夢が一つ叶いますので 楽しみに待っていて下さいっ!」 「楽しみに、ねぇ……」 数々のへっぽこぶりを見せて来たメガネ娘のかりんが俺に『期待しろ』と言ってきたのだ。 なら、俺は――― 「そうだな、そんじゃ期待して待っておくか」 「あぅ……?」 かりんはまるで俺のその返事が完全に予想外だったかのような、ぽかんとした表情を見せていた。 「何だよ、俺がそんなに変なこと言ったか?」 「い、いえ……その……嬉しいです。えへへ」 「わ。かりんちゃん、顔が真っ赤です」 「あうあうあぅっ! そ、そんなこと無いですっ!!」 「なに照れてんだ、お前」 「照れてませんっ!」 「(よう解らんが……これくらいで喜ぶんだったら  今後も少しくらいは優しくしてやるか……?)」 俺の一言くらいでここまで喜んで(?)くれるのならこの程度はやぶさかではないのだが…… 「問題は、貴様が見ているだけでムカつく女だと 言う事だな……」 「何か物騒でしょんぼりな事を呟かれてますっ!?」 「ほんとにメガネをかけた女の子が苦手なんですね」 「そればっかりは本能だから、しょうがないんだ」 「あうぅ……」 「と、とにかく! 明日は期待していてくださいっ!」 「翔さんの夢が、一つ叶うはず……なんですけど…… でも、そこまで大げさなものじゃないかも、です」 「えぇ〜っ!? なんでやねん!!」 「期待して待ってろって言ってたのに、いきなり 自信なさげになるなよ! 期待損かよ!!」 「あうぅ〜っ! も、もう翔さんなんて知りませんっ! 私のキモチも知らないですき放題言い過ぎですっ!」 「はぁっ!?」 「まあ、期待しないで待っておくことにするわ……」 「あうぅっ! ひどいですっ」 「あはは……ふぁいとです、かりんちゃん!」 「はいっ! 深空ちゃんの家に行って、ヤケ酒ならぬ ヤケコバンくんです!!」 「(そっちを頑張るのかよ……)」 「あううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ……」 「わ。ま、待ってくださぁ〜〜〜いっ!!」 どたどたとこの場を走り去るかりんを、深空が慌てて追いかけていく。 「っつーか、深空がいないと家がわからんだろ……」 もしかしたら、そんな事に頭が廻らなくなるまでに俺の言葉がショックだったのだろうか。 だとしたら、悪い事をしたかもしれないとは思うが……まったくもって、よくわからないヤツだった。 「う〜ん……いったい、なんだったんだ?」 結局、俺は意味深な言葉を残して去っていったメガネ娘を思い浮かべ、ただただ、しきりに首をかしげるのだった。 <再録! かりんの婚約者は……?> 「私に婚約者が居るって言ったら、みんなとても 驚いてました」 「翔さんです、ってホントのことを言ったんですけど 誰も信じてくれませんでした……」 「でも、これ以上それを主張して正体がバレても 困りますので、冗談を装いました」 「今の私の心の支えである、コバンくんを夫に 仕立て上げました」 「あぅ……コバンくん、最高です」 そんなこんなで、その後も俺達は空を飛ぶための方法を探すべく、みんなで話し合った。 しかし、すぐには良い案も思い浮かばず、一日を成果無く無駄に過ごしてしまう…… 一応、麻衣子に秘策がありそうなのだが……早くも俺達の活動は手詰まり状態だった。 そんな中、俺の何気ない一言がとんでもない事実を明らかにする。 なんと、かりんには婚約者がいると言うのだ。 とは言え、それは俺だのアニメキャラだの言って誤魔化していやがったので、真相は不明である。 もっとも、どこまで冗談か判らないかりんの発言だしただのジョークの可能性もあるのだが…… とにかくあいつの言葉は、俺達を惑わすようなわけがわからない事だらけだった。 学園を占拠して俺達を集めたクセに、帰宅も自由だし自分への協力は善意で手伝ってくれる人のみでいいと言ってきたのだ。 そんな支離滅裂な、とんでもない発言を連発するかりん。 『夏休みを満喫していい』などと言うテロリストなんていまだかつて聞いた事がなかった。 いったい、何を考えて、なぜ空を飛ぼうとしているのか……それは解らないが、その不器用すぎる真っ直ぐさに不思議と協力してやりたいと考えてしまうのだった。 ……………… ………… …… <再録! ひとまず解散> 「やっぱり今回も、空を飛ぶ方法を見つけることが 出来ませんでした」 「行き詰ってしまった私たちは、自由行動にして それぞれ気分転換しながら空を飛ぶ方法を探す 方向で落ち着きました」 「翔さん、今回は深空ちゃんと一緒に行動してくれると 嬉しいんですけど……どうするんでしょう?」 「翔さんの様子を見てみると、結局、うんうんと 唸っているだけで、特に誰かと一緒に行動する つもりは無いみたいでした」 「う〜む……」 「うーん……」 「あうううぅぅぅ……」 「……さっぱりですね」 麻衣子の秘策も不発に終わり、みんなで集まってはみたものの、唸っているだけで名案など浮かばずに揃って黙り込んでしまった。 「私の経験上、こう言った時は大きな方向転換をして 気分をビシっと切り替えた方が良いと思うのじゃ」 「気分の切り替え……ですの?」 「そうだな」 「ま、このままここで固まっていても、少なくとも 今日のところは名案なんて浮かびそうに無いわね」 「大きな方向転換ねえ……うう〜む……」 とは言えどうすればいいのやら、と思いながら俺は再び唸り声を漏らし、考え込んでしまう。 「それでしたら気分転換を兼ねて、ここは各自の判断で 自由行動にして、それぞれで空を飛ぶ方法を模索して みてはいかがでしょうか?」 「ほう、つまり一時的に解散するって事か?」 「あぅ。まぁ《有り体:ありてい》に言うなら、そういう事です」 「うむ。そうじゃな、現状ならそれが一番無難かも しれんしの」 「名案が浮かぶまで、しばらくは個人のひらめきに賭けて みると言う事ですね」 「なるほど……ひらめきねぇ……」 「もちろん、組みたい者は今まで通りに誰かと一緒に 考えたりしても良いとは思うけどのう」 「そうですね。仲良く考えるのも良いと思います!」 「それじゃ、ひとまず解散するか」 「……そうね」 「それじゃ私は、さっそく引き篭もるとするかの」 「ふふふ。じゃあ私は買出し要員としてお供します」 「私は自分の教室で修行しますわぁ〜っ!!」 「何の修行なのかしら……」 俺の解散宣言を合図に、それぞれの考えで動き始める。 「(さて、俺はどうすっかな……)」 「…………」 「ん……?」 みんなが教室を出て行く中、深空が少し寂しそうにぽつんと椅子に座っている事に気がつく。 「深空はどうするんだ?」 「あ、翔さん」 「しばらくは一人で考えるつもりか?」 「……そうですね。私の頭じゃ何も思いつかないかも しれませんけど……やるだけやってみるつもりです」 「そっか……」 「はい」 「……なあ、もし良かったら一緒に考えないか?」 「え……?」 「恥ずかしながら、俺一人じゃロクな案が浮かびそうに 無いんだよな……」 「そうなんですか?」 「……ダメか?」 「い、いえ! 私なんかでよろしければ、喜んでご一緒 させていただきますっ」 「ぱちぱちぱち。良かったです」 「かりん……?」 「かりんちゃん」 俺たちの会話を盗み聞きしていたのか、突然どこからかかりんがひょっこりと姿を現した。 「あぅあぅ♪ これで明日からは二人きりでたくさん 色んな事を考えたり出来ますね」 「あ……うぅ……」 「紛らわしい表現を使うなボケ」 かりんに冷やかされて照れる深空を見て、俺の方まで恥ずかしくなってしまい、照れ隠しにツッコミをする。 「(大体、こいつが首謀者のクセにいつも見てるだけ  すぎるだろ)」 みんなが必死に空を飛ぶ方法を考えていても、かりんはほとんどの場合が自分から発言せず、何も考えずにただ突っ立っている事ばかりだった。 そう、まるで長年自分の案を出し尽くしたにも関わらず空を飛べなかったかのような、悟りの境地に近い感覚。 「(自分の出せる案は全てやり尽くしたかのような  諦めっぷりなんだよなぁ、どう見ても……)」 本来ならば、かりんこそが一番多くの案を出して積極的に動くべきだと思うのだが…… もしかして、自分からは手出しできない、何らかの深い理由のようなものがあるのだろうか? 「(……んなワケねーか)」 「それではお二人とも、頑張ってくださいっ!! 陰ながら色々と応援させていただきますので♪」 「はい。やれるだけやってみようと思います」 「…………」 捉え方によっては無責任にも聞こえるそんなかりんの一言を聞いて、俺は口を開いた。 「簡単に言うなよ……」 かりんレベルが頭をひねっても、たしかにあまり期待感は無いし、本人もそれを自覚しているからこそ俺たちに頼ってきたのだろう。 ここはやはり、俺たちだけで解決方法を導き出すしか無いのだろう。 「それでは、私はこれで失礼致します」 「おう。それじゃ、せいぜい吉報が届くように祈って おいてくれ」 「あぅ! 祈りまくって待ってますっ!!」 元気よく返事をしながら立ち去っていくかりんを見送りながらも、俺は自分の力であいつを助ける方法を探す事を決意するのだった。 <再録! へっぽこ妹・爆誕!> 「恋人同士になった時に貰った合鍵で翔さんの家に 入って、妹になりすまして起こしてみましたっ」 「翔さんもビックリしてましたし、相変わらず私を いじめましたけど、どこか嬉しそうでした」 「あぅ! やっぱり、こうしていると兄妹みたいで 楽しくて、幸せです……」 朝起きると、そこには何故か妹のフリをしたメガネ娘……もとい、かりんがいた。 たしかに妹は欲しかったが……俺にとってはメガネをつけた妹なんて、拷問以外の何ものでもないのだ。 なんで俺の部屋に来れたのかと尋ねると、あいつは合鍵で入ってきたなんて平然と言いやがった。 妹だの恋人だの、わけのわからない事を言って誤魔化してたが……ようわからんメガネ娘だ。 それにしてもかりんのヤツ……なぜ俺の家の合鍵を持っていやがったんだ? ……………… ………… …… <再録! 類稀なる存在> 「やっほー。遊びに来ちゃいました」 「はわわっ! す、鈴白さんっ!?」 「ぶぅ。いつも敬意を籠めて『鈴白先輩』って 呼んで下さいって言ってるじゃないですか」 「知らないもんっ! いつもいじめてくるような人に 敬意を払うことなんて出来ないもんっ!」 「可愛い後輩の女の子を見ると、つい、からかいたく なっちゃう《性質:たち》なんです」 「ふえぇっ、タチが悪すぎだよ〜っ!!」 「大好きな渡辺さんに、先輩、って呼んでもらえなくて 私、悲しいんですよ? よよよよよ……」 「絶対嘘だよ〜っ! もう騙されないもんっ」 「大好きって言うのは本当ですよ? だって、大切な 茶道部の部員ですから」 「5人以上いないと部活として認められないから 大切だ〜って言うだけなのは知ってるもん」 「そんな事より、あらすじ、しなくていいんですか? しないなら、私がパーソナリティを代わってみても 良いですけど……面白そうですし」 「はわわわわっ!? そ、そうだったよ〜」 「って言うか、絶対にお断りです〜っ!」 「鈴白さんは本編でいっぱい出番あるんだから ここまで盗られるわけにはいかないもん!」 「天野くんのプライベートも知られちゃうし、ですか?」 「ふえっ!? ち、ちがうもんっ! 《公私混同:こうしこんどう》じゃ なくって、ちゃんとお仕事をこなしたいだけだよ」 「後ろからの脅かし攻撃に反応する私に、天野くんは 驚いちゃったみたいです」 「ふええぇぇぇん! 私を無視して、勝手にあらすじを 進めないでよぉ〜っ」 「そんな天野くんに、私が特殊な技能を持っている事を 教えてあげちゃいました」 「む、無視だよぉ〜っ!!」 「世界でも稀有な私の特技に、改めて驚いて 感心する天野くん」 「もういいもん、ぶちょーなんて大嫌いだもん!」 「もう、ちょっとした冗談なのに……」 「(お、いたいた)」 ちらりと見かけた印象的な黒髪を追いかけていくと案の定、歩いて帰宅する先輩の姿を見つけた。 「(俺に気づいていないようだし、脅かせてみるか)」 俺は差し足忍び足で先輩に近づくと、脅かすために背中を押す準備をしながら、大きく息を吸い込む。 「こらっ!」 「のわっ!?」 驚かせようとした瞬間に大声を上げられて、逆にビックリしてしまい、思わず尻餅をつく。 「ダメじゃないですか、そんなイタズラしちゃ!」 「せ、先輩……気づいてたんですか」 「当たり前です。私を誰だと思ってるんですか?」 「か、感服致します」 「もう、良くも悪くも子供なんですから……」 「でも先輩、よく俺の気配に気づきましたね」 見つからないように細心の注意を払って近づいたつもりだったのだが、あっさりとバレてしまった。 「そうですね、これもひとえに私の特技のお陰ですね」 「特技?」 「はい。生まれ持ったものじゃないですが、後天的に」 「?」 「実は私、『《絶対空間把握能力:ぜったいくうかんはあくのうりょく》』を持ってるんですよ」 「へっ? 《絶対柔軟賭博能力:ぜったいじゅうなんとばくのうりょく》すか?」 「『絶対空間把握能力』です」 聞き覚えの無いその言葉を、先輩は優しく伝えるように俺に向かってもう一度繰り返す。 「なんですか、それ」 「んー……そうですね……」 「簡単に言っちゃえば、空間における絶対音感です」 「音の反射で物体の形を『視』て、自分の周りの空間を 完全に把握することが出来るんです」 「は、はぁ……?」 「つまり、風の音や私自身の言葉、人の足音なんかの 反響音を聞いて、いま自分がどんな場所にいるのか わかちゃう感覚を持っているって事です」 「そ、それって、さりげなく超すごいですよね?」 「お医者様には絶対空間把握能力を持っている人は 世界でも数人しかいない、稀有な存在なんだって 言われましたけど……」 「世界で数人って……めちゃくちゃ希少ですよ!」 「ま、まぁ稀に考え事をしていると、こけちゃったり とかはするんですけどね」 照れながら謙虚になるあたり、あまりその希少な力を自慢には思っていないようだった。 「でも、何だか先輩のすごさを垣間見た気がしますよ」 「ふふっ、そうですよ。天野くんより年上でお姉さん なんですから、すごくって当然です。えっへん!」 「それじゃあ先輩への不意打ち攻撃とかは一切 効かなかったりするって事かぁ……」 「当たり前です。後ろから驚かしたりとか、そんな 悪戯をしようとしたら、お仕置きで返り討ちです」 「こ、今後は気をつけます」 「よろしい」 えっへんと胸を張りながら、満足げに微笑む先輩。 どうやら、今回の件は不問にとしてくれるようだ。 <出逢いは平凡に、再会はロマンチックに> 「本屋さんの絵本コーナーで、可愛らしい女の子と 出会った天野くん」 「自分の食費を削ってまで絵本を買おうとする姿に 感銘して、レジでお金が足りなくって困っていた その子を助けたんだって」 「はわ……妹さんとかのために、買ってあげたのかな? 私もそんなお姉さんが欲しいなぁ……」 「えっと、そしてその日の夜、晩御飯を買いに来た 天野くんは、昼間の絵本少女――《雲呑:くものみ》さんと再会 したそうです」 「『お金を返す』と言う口約束を果たすため、いつ 来るとも知れない天野くんが通るのを待ち続けて たんだって……」 「ふぇ……すごい忍耐力だよ〜……まるで忍者みたい。 私だったら、絶対に10分くらいしか待てないよ〜」 「それで天野くんは、同じ瑞鳳学園の学生だと判明した 彼女に、お礼として暇つぶしの話し相手になって貰う つもりみたい」 「お話するのに良い場所があるって、雲呑さんから ヒミツの丘を教えてもらったんだって!」 「その丘で変わらない日常に飽きているとぼやくと 雲呑さんが、素敵な魔法をかけてくれる事にっ」 「その魔法は『明日が天野くんにとって、退屈しない 素敵な一日になる』と言う内容だそうです」 「うぅ〜んっ、ロマンチックだよぉ〜……」 「私も、そんな魔法が使えたらいいなぁ」 「あれっ? でも、次の日ってたしか……はわわっ! もしかして、雲呑さんって本当の魔法使いなの!?」 「あぢぃ」 何とかコッペパン女と和解して別れた途端、どっと疲れが押し寄せて、汗がどばどばと流れて来る。 暦の上ではとっくに夏だけあって、昼過ぎにもなるとこれから先が思いやられるほどの暑さになっていた。 その炎天下の中あれだけ走り回れば、そりゃあ誰だってどこかで涼みたくなるってもんだ。 「ここで涼むかな……」 と言う事で、読みたい本を思い出したことだし立ち読みがてら本屋に涼みに行く事にした。 「(週刊誌はどの辺りに……ん?)」 普段なら素通りしてしまうであろう一角で俺は思わずその足を止めてしまう。 そこは子供用と思われる絵本が大量に置いてあるコーナーだった。 そんな場所に似つかわしく無い、同い年くらいの女の子が、うんうんと唸りながら立っていたのだ。 「う〜ん……」 自分のために買うと言うわけではないだろうし妹に買ってあげるにしては歳が離れすぎている。 とは言え、娘のために買うと言う年齢かと言うと無くはないが、可能性としてはあまりにも希少だ。 そんな見た目とのアンバランスさが目を引いて好奇心で思わず足が止まってしまったのだ。 「でもなぁ……今月は厳しいし……」 財布の中と絵本を交互に見ながら本棚の前をうろうろと彷徨っている姿に、思わず頬が綻んでしまう。 誰にあげるプレゼントなのかは定かではないのだが傍から見ると、欲しい絵本を買いたい幼子のような可愛らしい行動に見えているからだ。 「明日からしばらくお昼の品数を一品減らして…… うぅっ、でもでも、それだと栄養バランスが……」 「けどやっぱり欲しいです……買わざるを得ないです。 このつぶらな瞳のクマさんが、私の事を待ってる ような気がしますっ!!」 どうやら捨てられた子犬のようなクマさんの瞳にやられたのか、絵本を買う方へ傾いたようだ。 「よしっ! 思いきって、買っちゃいます!!」 「(っつーか、独り言だよな、あれ……)」 周りに友人がいるようにも見えず、携帯で誰かと会話しているわけでもないようだ。 俺も独り言は多いタイプだが、さすがに店の中では呟くまいと自重するようにしているのだが…… しかし彼女は店内だろうとお構いなしと言った感じだ。 少し興味を惹かれたのでそのまま見ていたい気もしたがそれも失礼な話なので、目下の目的に戻る事にする。 「(おっ、もう出てたのか、これ)」 パラパラと立ち読みしていると、以前チェックしていた本が既に発売している事に気づく。 右に視線をずらすと普通に山積みしてあったのでその本を手にレジへ並ぶ事にする。 「……?」 が、レジ前はかなりの長蛇の列となっておりイラついている客もいるのか、ちょっとしたざわめきが広がっていた。 見ると、先頭の人が何やら財布やポケットを必死に漁っているようだった。 「(って、あの子は……)」 原因と思われる人物は、さきほどの絵本少女だった。 「えっと……うぅっ」 「どうかしたのか?」 「確かにあと10円あったはずなんですけど、その…… なんだか見つからなくって」 「ちょっと、早くしてよ!」 「金がないなら早くどけっての!」 「す、すみませんっ! 今どきますからっ」 「ちょっと待った!」 「えっ?」 心なしか泣きそうな顔をしながらレジを去ろうとする絵本少女の腕を、本能的に掴んで引き止めてしまう。 自分でも何でそんな事をしたのかと問われたら答えられないくらい、自然と手が伸びていた。 「これで会計お願いします」 「…………」 「ほれ」 ぽかんとしている絵本少女を横目に、レジへ10円を出して勝手に会計を済ませ、その絵本を少女に手渡す。 「あっ、ありがとうございますっ」 「んな頭を下げてもらうほどの事じゃないって。 たかだか10円の話だしさ」 「でも……」 「それにその絵本、妹さんか何かへのプレゼント とかなんだろ?」 「えっ……?」 「え、ええ……まぁ」 「せっかく自分の食費まで削ってプレゼントを 買おうとしているのに、それを見てみぬフリ ってのも忍びなかったんでね」 「あぅ……」 独り言を聞かれていたのが恥ずかしかったのか絵本少女は真っ赤になってうつむいてしまう。 「その、必ずお返ししますからっ」 「んな気にしなくてもいいよ」 「いえ! そう言うわけには」 「ん〜……それじゃ、もし今度会えたらその時にでも 返してくれればいいよ」 「わかりました」 絶対に折れそうも無かったのでしょうがなく出した提案だったのだが、どうやら成功のようだ。 今度会った時、なんてのは建前であって、今まで同じ街に住んでいながら全く会わなかった相手ともう一度会うなんて事は、そう無いだろう。 俺は、これ以上絡まれてさっきのコッペパン女の一件みたいに変にこじれる前に、さっさと店を出る。 「うへ……あちぃ」 外に出た途端むわっとした空気に包まれ、ほどよく冷えていた身体に再び汗がにじみ出してくる。 意味も無く空を見上げ、そろそろ日が傾くだろう事を確信する。 この嫌になる暑さも、そう長くは続かないだろう。 そんな事を思いながら、冷房が恋しくなった俺は自分の家へと戻るために歩き出すのだった。 「……ふぅ」 ため息を吐きながら先ほど歩いてきた道を戻る。 「こんな事になるんなら、さっきついでに 買っておけば良かったな」 さっき買いそびれた本を買いに来たわけではなく夕飯を作ろうとして米を切らしているのに気づき晩御飯の弁当を買いにスーパーへと来たのだ。 「ははっ。何やってんだか、俺は」 自炊が面倒になったクセに、安い弁当を買うためにわざわざ駅前まで来る自分の矛盾した行動に、つい可笑しくなってニヤけてしまう。 休みの日に外へ出てしまうのも、暇があれば散歩する昔のクセが抜け切れていないからだ。 映画みたいなドラマティックな出来事が、きっと現実にも起こるのだと頑なに信じていた過去の俺。 その夢の名残りのようなものだった。 そう、例えば―――――― 「あっ! いたっ」 「……え?」 「あれ? 本屋で会った10円さん……ですよね?」 俺があまりにも意外そうな顔をしていたのか彼女は自信なさげにおずおずと確認してきた。 「……いや、10円を貸したのは確かに俺だが 俺は10円さんなんて名前じゃないぞ」 「すみません。名前がわからなかったものですから」 「天野。天野 翔だよ」 「学生さんですか?」 「ん、まぁな。君は?」 「あっ、私ですか? 私は《雲呑:くものみ》 《深空:みそら》って言います。 この辺りにある《瑞鳳:みずほ》学園に通ってる2年生ですっ」 「え? 2年?」 「むっ。もしかして、もっと子供だと思ってました?」 「いや、そうじゃなくて。同じなんだよ」 「ふぇっ? 何がですか?」 「俺も瑞鳳学園の2年生なんだよ」 「そうなんですかっ? すっごい偶然ですね!」 「そうだな。また会うなんて夢にも思ってなかったし」 「え? でも、今度会った時に10円返すって」 「あんなもん逃げ口上だっての。俺はもう10円なんて アンタにあげたつもりだったんだし」 「そうだったんですか。すみません、気づかなくて」 「あん?」 「私てっきり10円は返すものだと思っていましたので ここで待っちゃってました」 「え?」 改めて周りを見回すと、ここはコイツと出会った本屋の前だった。 「ここでってお前……もしかして昼からずっと 俺を待ってたのか?」 「はい。だって私、あなたの事何も知らないですし…… でもここなら、もしかしたらまた会えるかなって」 「なっ……」 その疑う事を知らない瞳と言葉に、呆れを通り越して思わず絶句してしまう。 「お前、バカだろ」 「あうぅっ、いきなり何ですかっ」 「だってよ、俺が今日ここに来る保証なんて どこにも無いだろ!」 「けど、天野さん、ちゃんと来てくれましたよ?」 「そりゃ偶然だろ……」 「ははっ。そうだったみたいですね」 「でも私、待つのとか得意ですし、たとえ今日は無理でも 近いうちに会えるような気がしたんです」 「俺に会えなかったら毎日来るつもりだったのか? たかが10円を返すためだけに」 「そうですけど……」 スケールがでかすぎて、バカなのか大物なのかちょっと判断がつかない思考の持ち主だった。 「でも、それだけのために天野さんを待ってたんじゃ ないんですよ?」 「え?」 不意にその意味ありげな瞳に見つめられて、思わずドキッとしてしまう。 と言うか、改めて見るとかなり好みのタイプだった。 「(こいつもしかして……俺に気があるのか?)」 お金を返すためだけに待っていたワケじゃない上に俺とまた会えるまでずっと待ち続けるなんて、普通ちょっと考えられない。 「ったく……すげぇヤツだな、お前は」 『俺達には女っ気が足りねえんだよ!』 『男なら餓えろっ! 魂を削り取れっ!!』 「…………」 つい鈴木が言っていたセリフを思い出してしまう。 「(そうだよな……さ、誘ってみるか……?)」 少し軽い行動のようにも思えるが、せっかくの出会いをこれだけで終わらせてしまうのも勿体無い気がしたので思いきって声をかけてみる事にする。 「あー……なんだ、その……もし良かったらさ。 この後、一緒に食事でもどうだ?」 「………………」 「…………」 「……」 「って、いねぇし!!」 ガラにも無くマジな表情で誘ってみるも、気がつけばいつの間にか絵本少女はいなくなっていた。 「(アホか、俺は……空回りすぎる)」 10円を返して、それで目的を達成したのだから満足して立ち去ったのだろう。 結局、俺に気があるわけではなく単なるメルヘン娘でお人よしな女の子でしたってオチのようだった。 「そうだよなぁ……一目惚れとか、そんなドラマ みたいな展開は現実には無いよな、やっぱ……」 「何が無いんですか?」 「おわっ!?」 立ち去ったものだとばかり思っていた彼女が再びひょっこりと現れたので、素でビビッてたじろいでしまった。 「はい、どうぞっ」 笑顔でずい、と突き出された物を反射的に受け取ると手のひらに冷たい感触が広がっていく。 「えへへっ。夜でもまだ暑いですから」 「缶コーヒー?」 「ホントはもっとちゃんとしたお礼がしたかったん ですけど、すみません……ちょっと金欠でして」 「いや、10円のお礼としては上等な方だろ」 「そう言っていただけると助かります」 その冷たさが心地よいのか、彼女は立ち去るでもなく手のひらで缶コーヒーを弄んでいた。 「……あのさ」 「はい?」 俺が飲み終わるくらいまでは付き合ってくれそうな雰囲気を感じて、めげずに再チャレンジしてみる。 「お金がかからないお礼を思いついたんだけど」 「え?」 俺は缶コーヒーをぶらぶらさせながら、さきほど思いついた『お礼』を提案してみる。 「これを飲んでいる間、俺のヒマつぶしに付き合って 話し相手になってくれるってのはどうだ?」 「あ……はいっ。そのくらいでしたらお安い御用です」 「でもここで立ち話と言うのも何ですから…… 私、オススメの場所があるので案内しますね」 「おう、それじゃあよろしく頼む」 「はい。えっと、こっちです」 俺は彼女に案内されるまま、商店街を後にする。 「どこに行くんだ?」 てっきりどこかのお店かと思っていたのだが、どんどん人気の無い場所へと遠ざかっていた。 「とっておきの、ヒミツの場所があるんです」 「秘密の場所?」 「はいっ。とっても素敵な場所なんですよっ」 「……私が落ち込んだ時とかによく来るんです。 悩み事なんて忘れさせてくれる場所だから」 「…………」 「小さい頃にお母さんと一緒に来たとき、すっごく 気に入っちゃって……それ以来たまに行くんです」 「そうなんだ」 「はい、そうなんです」 嬉々として語る彼女の笑顔の中には、どこか悲しそうな哀愁を帯びた余韻が残っているように感じた。 「到着です」 街が一望できる高台の丘で、彼女の足がピタリと止まる。 「こりゃすげぇな。悩みなんて吹っ飛ぶワケだ」 頭上には綺麗な星空が、空の境界線を跨いだその下には街の作り出したネオンの光が、きらきらと輝いていた。 「気に入っていただけましたか?」 「ああ。こりゃ10円じゃおつりが来る景色だぜ」 心底そう思いながら、とても浅学な俺の語彙では表せられないであろう美しさの景色を眺める。 「あの、さきほどヒマつぶしって言ってましたけど 普段からおヒマなんですか?」 缶コーヒーのプルタブを開けながら、先ほどの約束通り雲呑が話し相手として、俺に話題を振ってくれる。 「ん? ああ。恋人もいないし、休日はヒマなんだ。 毎日変わらない、退屈な日々さ」 「でも、変わらないって素晴らしい事だと思いますよ」 「そりゃあそうなんだけどさ。ははっ……笑われるかも しれないけど、俺って結構メルヘン野郎なんだよね」 「めるへんやろう?」 「ロマンチストって言うかガキっぽいって言うか…… とにかく日常に変化を求めるタイプなんだよ」 「あっ、そう言う気持ちなら、私もよくわかります」 「私も……そうですから」 「いつか、私の悩みをぜんぶ吹き飛ばしてくれるような 人が颯爽と現れて、私を救ってくれないかな、って」 「そんな風に思う時、ありますから」 「ははっ、白馬の王子様ってヤツ?」 「はい。そんな感じです」 お互いに理想の現実を空想して、クスクスと笑い合う。 「俺もまぁ、似たような感じかな」 「いつか白馬の王子様になりたいと想いを馳せている ただの一般市民A、みたいな?」 「あははっ。なんですか、それ?」 「カッコイイヒーローとかになりたい、ってのは 男の誰もが思い描く最初の夢だと思うぜ?」 「それじゃあ、もし天野さんが白馬の王子様になれたら 私の事も助けに来てくださいね」 「私が悲しくて泣いているところに、颯爽と現れて…… 私の手を掴んで、白馬に乗せて……」 「《とっても幸せな結末:ハッピーエンド》に、連れて行って欲しいです」 「お、おう。そん時は任せとけ」 「えへへ。はい、ちょっとだけ期待しておきますねっ」 冗談で言ったのであろう雲呑のその何気ない一言に俺は思わずドキッとしてしまう。 たとえ冗談であっても、白馬の王子様候補の一人として選んで貰えたのだから、嬉しくないワケがない。 「あっ」 一緒に丘の景色を眺めていた彼女が、何か名案を思いついたかのように、笑顔で俺の方を振り向く。 「天野さん、いつも同じ日常だって言ってましたよね」 「ん? ああ、言ったな」 「でも今日はいつもと少しだけ、違う日常でしたよ?」 反射的に聞き返すと、ぴっ、と人差し指で自分の事を指差しながら、雲呑が嬉々として口を開く。 「私―――」 「私と会いました」 「……そうだな」 「それに、こんな綺麗な景色も知ることができたしな」 確かに、今日は悪くない休日だった。 素直にそう思えるくらい、いつもと違う一日になった。 「でもまぁ、明日からはまた同じ日々に戻るけどな」 別に学園に通う日々に不満があるわけじゃないが今この時が、確かに変わった日常だったがゆえに思わずそんなセリフがこぼれてしまう。 「言ってみれば、一夜限りの魔法みたいなもんだろ」 「それじゃあ私、魔法使いさんですか?」 「だな」 「んー……」 口に人差し指を当てて、何か考え事をしているのかうんうんと唸りながら黙り込んでしまう。 「そうだっ!」 思考の末に何か閃いたのか、彼女は満面の笑みでくるりと元気よく俺の方を振り向く。 「それじゃあ『魔法使い』の私が、ロマンチックな とっておきの魔法を使ってあげますね!」 「とっておきの魔法?」 「はい。絵本を買っていただいたお礼に、魔法を。 ……ダメ、ですか?」 「ぷっ……くっくっく……魔法、ね」 「あぁ、いえ……じゃあ、えっと、おまじないで」 「いや、悪い。バカにしたわけじゃないんだ」 その発想があまりにも幼い子供みたいに可愛らしくてついつい笑ってしまっただけで、他意は無い。 何せ俺も占いやら魔法やらは信じてみたいと思っている楽観的でガキな、ロマンチストの一員だからだ。 「それじゃ、とっておきの魔法をお願いしようかな。 モテモテでウハウハな豪遊できる金ピカなヤツで」 「そんなハレンチな魔法は使いませんっ!」 「じゃあどんな魔法なんだ?」 「ん〜……そうですね」 「それじゃあ、明日が『天野さんの望む、退屈しない 素敵な一日になる魔法』とか、どうですか?」 「いいね、それ」 「白馬の王子様になれるような日にしてくれ」 「はい。とびきりロマンチックなのにしておきます」 「もっとエロスでウハウハな日常には出来ないのか?」 「できませんっ」 「血しぶき飛び交うテロリストとのガンアクションでも いいんだけど。ただし美女とのロマンス付きな」 「もっと平和的な魔法じゃないと嫌です」 「面白おかしいヤツとかは?」 「それも捨てがたいですけど、やっぱり白馬の王子様は ロマンチックな展開が無いと、なれないと思います」 結局ひどく限定された願い事……と言うか、俺ではなく雲呑の願望する展開しか受け付けられない魔法だった。 「それじゃ、ロマンチックなのでいいや」 観念して、ロマンチックと言うか乙女チックな方向で『魔法』をかけてもらう事にする。 「はいっ!」 学園に通うだけでそんなロマンチックな事なんて起こらない事はわかりきっているのだが、彼女と話していると、不思議と心地良いものがあった。 まるで本当にその願いが叶うかのように感じられる魅力を備えた《言霊:ことだま》のような、魔法の言葉。 きっとそれは、この子が俺には無いものを――― そう、俺が子供の頃にどこかへと置き忘れてしまった『夢を信じる』と言う真っ直ぐな気持ちを持っているからなのだろう。 「それでは、明日を楽しみにしておいて下さいね」 「おう。サンキューな、魔法」 「いえいえ、喜んでもらえて何よりです」 「これで願いが叶わなかったらお前持ちでメシ奢りな」 「ええっ!? そ、それは困りますっ」 「俺は大食漢だからな。満漢全席平らげるぞ」 「あぅ……それじゃあ天野さんには、死んでも 白馬の王子様になってもらうしかないです」 「魔法なのに俺の努力が必要なのかよっ!」 「あははっ。ふぁいとですっ」 笑顔を振りまき、相手のことも笑顔にしてしまうような不思議な魅力を持つ女の子との出会い。 彼女との出会いは、決してドラマチックなものじゃなくどこにでもあるようなものだったけれど……俺はどこか雲呑に特別なものを感じていた。 だからこの時、俺も久しぶりに信じてみる事にしたのだ。 そう…… いつもと違う、新しい日常の始まりってヤツを――― <切っても切れないご関係!?> 「櫻井くんを助手に加えて、発明品づくりを続ける 相楽さん」 「保護者みたいな嵩立さんと、天野くんも手伝って ワイワイガヤガヤと雑談して、楽しそう……」 「でもこれ、何の発明品なんだろ……?」 「それはそれとして、仲が良いんだな、って言う 櫻井くんに付き合いが長いことを語る相楽さん」 「相楽さんが言うには、昔から仲が良かったらしくて 腐れ縁で、いつも一緒のクラスだったみたい」 「ほえぇ〜、そうだったんだぁ〜」 「どおりで、いつも仲が良さそうだと思ったよ〜。 子供の頃からお友達だったんだ……」 「これまでもこれからも、ずっと一緒だって迷わずに 言えちゃうような関係に、ちょっと憧れちゃうなぁ」 「私、一人っ子だし、幼馴染もいないし、地味だし…… ふええぇぇぇん、自分で言ってて泣けてくるよぉ〜」 茹だるような暑さの中、人っ子一人いない廊下を男二人で練り歩く。 「…………」 「…………」 相変わらず、会話がない。 横を歩く櫻井に目をやると、死んだ魚のような目で仏頂面に虚空を見つめていた。 「はあぁ……」 その表情を見て、こいつを勧誘してしまった事を早くも後悔し始め、思わず溜め息を吐いてしまう。 「……どうした、なにか悩みでもあるのか?」 「お前のことだっつーの」 「露骨にエロいな、このゲス野郎」 「……絞め殺していいか?」 「ふむ。どうやら桃色な悩みではないようだな」 「だからお前の事だって言ってんだろうが……」 さっきから辛うじて乱数で勃発する会話ですらも頭を悩ませる内容の物ばかりで、その一言一言が俺のMPをガリガリと削っていく。 「(本当にこいつで良かったのか……?)」 後悔先に立たず。 その言葉の意味を、俺は早くも身をもって実感してしまう。 気まずい空気のまま化学室の前にたどり着くとそこには先程まで教室にいたはずの静香の姿があった。 「静香? 何してんだよ、こんなところで」 「ちょっと寄って行こうと思ってね。翔が教室で 唸ってる間に出てきたのよ」 「へぇ……暇だな、お前も」 「翔だって人のコト言えないじゃない。それより 櫻井くんを連れて、いったい何の用なのよ?」 珍しく櫻井と連れ立って化学室へ来ていることに違和感を覚えたのか、静香が不思議そうに《尋:たず》ねる。 「詳しい事情は中で話すから、とにかく入ろうぜ」 「ん。そうね、ここで立ち話しててもしょうがないか」 「同感だ」 櫻井が助手として使えそうに無い場合は他の人物を探してこなければならないので、さっさと麻衣子の反応が知りたくて、俺は二人を化学室へと誘導する。 「うぃーっす、待たせたな」 化学室の中へ入ると、しゃがみこんで作業していた麻衣子が、ひょっこりと顔をのぞかせた。 「おぉ、カケルか! 待っておったぞ」 「悪いな。注文の品、ちゃんと持ってきたぜ?」 「ほうほう……」 「な、何の話よ?」 「…………」 舐めまわすような視線を向けられ、思わずたじろぐ静香と、これっぽっちも動揺しない櫻井。 「ふむ、こう来たか……で、どっちが私の助手に なってくれるんじゃ?」 「助手? ……あぁ、そう言う事ね」 『助手』という言葉だけでピンと来たのか、静香は納得したように頷き、澄ました顔で肩をすくめた。 「だったらもちろん私じゃないわよ。翔が連れて きたのは、櫻井くんの方だから」 「ほう?」 「な、なんだよ」 「……ふむふむ、なるほどのう……」 「(なんだよ、その意味深な視線は……)」 人選を見誤ったかもしれないと言う微かな罪悪感に苛まれていた俺は、訝しがるような視線を向けられ思わずたじろいでしまう。 「…………」 「むうぅ……」 「うっ……」 このままでは何かがマズイ! そう直感した俺は、すかさず櫻井の素晴らしさを麻衣子に説いてみることにした。 「それにしても、スゴイぜ櫻井は? きっと真面目だし たぶん手先も器用だ! おそらく要領もいいから役に 立ってくれる可能性が高いしな!」 「気配りも出来る気がするし、何よりも発想力が優れて いるよう感じるぞ! コイツがいるだけで発明の幅が 五十も百も増えた気になれるぜっ!!」 「……何一つとして、たしかな情報が無いんじゃが?」 「安心しろ。病は気からって言うじゃねえか」 「意味ぜんぜん違うからね、それ……」 「むぅ……」 「……俺では不服か?」 「まさか、そんなわけないじゃろう! ただでさえ 男手が足りてないんじゃ。手伝ってくれるだけで 有り難いのに、不服だなんてとんでもないぞ!」 「ふむ。そういうことならよろしく頼む」 「うむ、こちらこそじゃ!」 先程までの沈黙と睨みあいは何だったのか、満足げに頷き合い、二人はがっちりと握手を交わす。 「……なんだよ、せっかく人が売り込んでやったのに」 「翔、悪いこと言わないから、将来は販売業にだけは 就かないことをオススメするわ」 「あん? 俺がその気になりゃミサイルから《竹竿:たけざお》まで 何でも売りつけるぜ?」 「おかしいわね……そろそろ夏だと思ったけど まだまだ春みたいね」 「は?」 わけのわからぬ呟きをして、溜め息をつきながら近くの席へと腰を落とす静香。 そうこうしている間にも、一瞬にして意気投合した二人は、発明品の作業を再開しようとしていた。 「さて……問題はこっからだな」 実際の発明作業でなんの役に立たなければ、どれほど意気投合しようとも助手としては不合格だろう。 麻衣子の手伝いの先輩としては、軽く指導してやるくらいのつもりで臨まねばなるまい。 「よしっ! 俺の力を見せてやるぜ!」 俺はまるで講師にでもなったような気分で、用途不明のガラクタの山へと突撃していくのだった。 ……………… ………… …… 「こんな感じでどうだ?」 「うむ、かなりいい感じじゃ! その調子で頼むぞ」 「こ、こんな感じでどうだ?」 「ダメじゃな。使い物にならん」 「ぐっ……」 「フッ」 「てめぇ! いま笑いやがったなッ!?」 「なに、天野の鮮やかな手並みは実に参考になると 思っただけだ」 「ギギギ……」 麻衣子に突き返された部品と、勝ち誇ったような櫻井の姿に、これ以上ない敗北感を覚える。 「最初はあんなに意気揚々だったのに、哀れね」 「まるで俺が櫻井に負けてるみたいに言うな!」 「貢献度では、すでに間違いなく下だな」 「ありえねえええええええぇぇぇっ!!」 たしかに、櫻井の助手としての働きは見事だった。 胸を貸してやるつもりで始めたこの作業も、あれこれと指図出来たのは最初の数分だけで、今ではこの有様だ。 「っつかーか物覚え良すぎだろ、あの野郎……!」 たった一度、俺や静香の作業を見ただけでそれを完璧にコピーして自分のものにしてしまうのだ。 「天野……苦戦してるようだが、手伝おうか?」 「うるせえよ、このイカ野郎!」 「男のジェラシーは醜いぞ、カケルよ」 「ぐはぁっ……」 「何一人でショック受けてるのよ」 「うるせー! 俺はナイーブなんだよ!!」 「でも良かったじゃない? マーコも満足そうだし」 「うむ! こやつを連れてきてくれただけでも カケルは最高の仕事をしたと言ってよいぞ!」 「素直によろこべねぇよ……」 「んもぅ、一人でいじけてないで作業しなさいよ。 私だって、わざわざ手伝ってあげてるんだから」 「にしし。気がつけばシズカも私の助手に―――」 「なるわけないでしょ」 「はうっ!? 一刀両断にされてしもうたっ!!」 「無心だ。無心になるんだ。このカブトムシ(?)が 俺を呼んでいる……」 「ふむ……お前ら、ずいぶん仲がいいんだな」 俺達がわいわいと騒いでいるのを見て、ぽつりと櫻井がそんな感想を漏らす。 「まあ私らは、もう長い付き合いじゃからのう」 「そうなのか?」 「うむ! 私とカケルとシズカは、もう何年も前から いつも三人一緒じゃったからな!」 「謀ったみたいにずっと同じクラスだしね」 「……そういえばそうだなぁ」 指折り数え、それが片手だけでは足りなくなったところで、あらためて自分達の付き合いの長さを実感した。 「きっとこれも、ひとえに愛の力じゃな!」 「なっ! そ、それ、どういう意味よ!?」 「ん〜? 私はただ愛の力といっただけじゃろ? なんでシズカが慌てておるのじゃ?」 「そ、それは……んもぅ、どうでもいいでしょ!!」 「くっくっく。まぁ私達のは、俗に言う腐れ縁じゃな」 「ただし、これまでも、これからも……ずっと三人 一緒でいるくらい強力な腐れ縁じゃ!」 「む、吾輩の事を忘れてはならんぞ!」 「何を言っておるトリ太! パートナーのお主を 忘れるわけなかろう?」 「ふむ。ならば安心だ」 「なるほどな……」 何を思ったのか、櫻井の顔にふと暗い影が落ちる。 「どうしたんだよ、そんな顔して?」 「友人とは……いいものだな」 「な、何だよいきなり?」 「……こういう発言を重ねれば、人間的な深みも 増すだろう?」 「……お前、バカだろ?」 「ふむ、そう見えるか?」 本当にこいつは……掴みどころがないと言うかよく分からない奴だった。 「(……ま、助手としては文句なしに合格だろ)」 兎にも角にも、無事に櫻井と言う新たなメンバーを迎え麻衣子の発明品開発も、にわかに活気付くのだった。 ……………… ………… …… <初めての『男性』> 「とっ、殿方の、せっ、生理現象……が、あんなに すごいものだとは思いませんでしたわ……」 「その……私も少しは興味がありましたし、それなりに いい経験にはなりましたわ」 「でも、私がうろたえているのを良いことに、翔さんが 無理やり押し倒してきて……」 「ら、乱暴に、最後までされてしまいましたの……」 「うぅっ……身から出た錆とはいえ、初めての時くらい ムードのある環境で迎えたかったですわ〜〜〜……」 「そんなっ、ご、強引に……あぁんっ!」 抑えきれない愛しさを籠めて、半ば強引に花蓮の処女を奪い去る。 「……っ、はぁっ……んんっ……」 亀頭の先端に感じた抵抗を突き抜け、初めて『男』を受け入れる膣内へとペニスを埋める。 「―――っっっ……!!」 「……ぐっ……」 幾度も想像を巡らせたそこへと到達し、完全に挿入した性器を包み込む快感に、大きな感動を覚える。 「翔、さぁん……んああっ!!」 膣内の動きから、花蓮の呼吸が伝わってくるようで俺は深いつながりを感じていた。 「ひっ……うぁっ、あんっ……ほ、本当に入って……」 花蓮が二人の結合部に目を移し、信じられないものを見ているかのような顔をする。 「嫌がってた割には、すんなり入ったじゃないか」 「こ、このバカぁ〜〜〜…………」 目尻からポロポロと涙を流し、抗議の声を上げる花蓮。 「誰がバカだ、こんなに濡らしやがって」 「人のモノ足で扱きながら、本当は期待してたんじゃ ないのか?」 「そ、そんなこと……ありませんわっ!」 「そもそも、勝負下着なんか着て……やる気マンマン だったじゃねーかよ」 「だ、だってそれは翔さんが……んあぁっ!?」 まだ素直にならない花蓮を、最奥へ挿入したまま動かして黙らせる。 俺のモノを咥えた膣内の襞へと刺激を与えたそれは大きな効果が見て取れた。 「……動くぞ、花蓮」 俺は早く腰を動かしたい一心で、最後の警告を告げる。 「はぁっ……んんっ……来て、くださいましっ!!」 挿入された事で覚悟を決めたのか、やっとの事で花蓮からGOサインが出される。 「ふああぁ……んんっ、んぅ……あぁっ……あんっ……」 「うっ、んんんっ……ぅ、あぁっ……うんっ……」 「く、ううっ……あ、あっ、く……ふぅっ……」 普段から痛い事に慣れている花蓮の表情には、処女喪失から来る苦痛は、大きいものでは無いように思えた。 「大丈夫か、花蓮っ!?」 「い、痛いですわ……」 「でも、初めてですから……それは仕方が無いですわ」 人によって個人差はあると聞くが、その声を聞く限り話に聞いていたほどの激痛では無いようだった。 「わ、私の事は気にしなくて良いですわ。ですから 翔さんの好きなように、抱いて下さいまし……」 「私、黙って……翔さんの想いを、受け止めますわ」 潤んだ瞳で、健気に俺へ尽くしてくれる花蓮の想いにさらにペニスが怒張する。 「ああ、わかった!」 「んああぁっ!! あんっ、んんっ……んはあぁっ!!」 「ぐっ……」 女性的な柔らかさがあまり感じられない分、無駄のない肉付きの足を抱きながら、ひたすら挿入を繰り返す。 「だめ、ですわ……まだっ、そんな、強く動いたら…… あっ、やぁっ……んんぅ……」 不躾な侵入者を捕まえるかのように、花蓮の膣内がぐいぐいと俺の性器を締め付けてくる。 「あっ、ああっ! うっ……いっ、うぅんっ……」 「はふっ……ぅ、はぁっ! あっ、ん、んんぁっ!! か、翔さん……もっと、優しく……うぁぁっ!」 浅い突きを数回繰り返し、時折せまい膣内を押し広げるような深い突きを加えていく。 不定のリズムで刻まれるその動きに、花蓮は完全に翻弄されていた。 「ん……やぁっ……ん、うぁ……うっ、あはぁ……」 「んぁ……か、かけ……んっ、あ……あ、うぅんっ!」 大した抵抗も見せずに、むしろ俺を受け入れるようにされるがままになっている花蓮。 「花蓮……気持ち、いいかっ……?」 無粋と解っていながらも、恥ずかしそうに声を上げる花蓮をいじめたい気持ちが勝って、思わず問いかける。 「ふぁ、んんっ……わっ、わかりませんわ……」 「わっ、私、こんなの……は、初めてですもの…… んぅ、んっ……はぁあぁっ!」 戸惑いながらも、恥ずかしそうにしながら俺の野暮な質問に答える花蓮。 律儀と言うか健気と言うか……普段覗くことのできないそんなピュアな一面を見せる、乙女のような花蓮の姿に俺の感情はより一層、《昂:たかぶ》って来る。 「……なんか、さっきまでのお前の気持ちがわかった ような気がするな……」 大好きな相手が、大人しくその想いに応えてくれる姿は言いようもない充実感と、至福を得られるものだった。 「は、あっ……ふぁっ……なん……ですの?」 「……なんでもねーよ」 少し照れるような気持ちをごまかすため、花蓮の膣壁にペニスをこすりつけるようにして、腰の動きを早める。 「ふゃぁっ!? そ、そんな急に……ふぁ、うんっ…… あっ、や……あんっ、あぁぁあっ……」 「んうぅ……んっ……あぁぁ……あ、あっ……んあぁ…… な、なんですのぉ、これっ……ふあぁっ……」 挿入を繰り返していると、花蓮の声に少しずつ甘い響きが混じってきた。 「(……だいぶ、ほぐれてきたか……?)」 ジュクジュクといやらしい音が聞こえてくる結合部の水音がわずかに強まっている事に気づく。 「花蓮……」 「ふぁっ、あ……うっ、あ……んぁっ、あ……えっ?」 「……少し、我慢してくれよ」 「翔さん、な、何を……ふぁぁあぁあああああっ!?」 それまで直線的に突いているだけだった動きに大きな回転を加え、花蓮の膣内をえぐるようにかき回す。 「だめっ……うぁっ……あ、ふっ……うんっ、あっ!」 「そ、それぇ……こ……こすれて……あぁんっ!」 「痛くないか?」 「へ……平気ですわっ……それより、お腹の辺りが…… あ、熱くて……」 「あぁっ……ふぅんっ! は、はじめて、ですのに…… こんなの、激しすぎますわっ……んんっ!」 「さ、さっきから……ああっ! んうぅ……やんっ!」 「すっ……少しは私にも……んっ、んんっ……しゃ…… 喋らせてっ、欲しいですわ……んああぁぁぁっ!」 「……悪いな。今は俺の好きにさせてくれ」 「……んぅっ……はぁっ……あぅ、うっ、ふぅんっ…… も、もうっ……好きに、してくださいまし……」 「その代わり……私の身体で、最高に気持ち良くなって…… 満足してくれないと、嫌ですわ……んあぁっ!」 観念したかのように降伏しながら、言われるまでもない条件を出され、それに応えるようにストロークの速度を上げる。 「ひゃ……あぁっ……あんっ……くぅっ、んん……」 「はぁんっ……はぁっ……んぅっ……あっ、んぁっ…… んんっ……んっ、ふぁ、あぁ……あぁんっ……」 夢中で腰を打ちつける俺の下で、ただ黙って俺のペニスを受け入れ、切なげに喘ぐ花蓮。 その仕草は、見知らぬ路地に迷い込んで、どうしたらいいのかわからずに戸惑う少女そのものだった。 「っはぁ……あぁ、うぅん……んぅっ、ふああぁっ……」 「花蓮、お前も動いてみろよ」 「あぁっ……う、動いてって……あんっ! ……はぁ…… ど、どうすればいいのか、わからないですわっ」 「こう……俺の動きに合わせるみたいに―――」 「んっ……ふあぁっ……こ、こうですの……?」 俺の言葉に従って、花蓮が不器用に腰を動かす。 「ん……んんっ……ふぅ……あ、はぁっ……はあぁ……」 「んっ……く……はぁっ……ん……うんっ……んあぁっ」 「か、翔さん……私……ど、どうしたらいいのか……」 涙声で弱音を吐き、花蓮が上目遣いで俺を見つめる。 コイツにこんなしおらしい顔をされてしまっては、俺も優しく花蓮が気持ちよくなれるよう協力してやりたくもなると言うものだ。 「俺も手伝ってやるから……お前も、素直に感じた場所を 教えてくれ」 「翔さん……? なにを……んあっ……ひゃあぁっ!?」 花蓮の言葉に答えずに、下からすくい上げるようにゆっくりと腰を動かし、膣内で縦に円を描く。 「あぁっ、はぁんんぅ、うあぁっ……んやぁあっ!?」 「お、お待ちにっ……な、あぁんっ!! こ、こんな…… ふぁっ……あっ、あんっ、はぁっ……やあぁっ!」 唐突に変化したピストンの動きに戸惑いの声を上げる花蓮を無視して、ひたすらに角度をつけて膣へ挿入を繰り返す。 「はあぁんっ、やっ、そ、そんな……んああぁっ!? や、やめてくださいましぃ〜……んんぅっ……」 俺は花蓮の感じるポイントを探すため、上下だけでなく前後左右に、見境なく腰を突き動かす。 「ひゃあぁっ……! くぅっ、うぅぅうんっ!!」 「はぁ……はっ、あぅぅぅぅっ……うぁ、あぁっ……!」 動きが激しさを増すにつれ、花蓮の膣内もどんどん熱くなっていくのがわかる。 「ぐっ……」 際限なく熱を帯び蠢きまわる秘所の締め付けに、早くも射精感がこみ上がって来てしまう。 このままでは、花蓮が気持ちよくなる前に俺のほうが先に果ててしまいそうだ。 「あっ……うっ、んんん……あっ……んああぁっ!!」 「……はぁっ、はぁっ……ぐぅっ……!」 焦りを感じて、ピストンを止めようとした時だった。 「あぁ……んっ……はぁっ……んああああぁぁぁっ!?」 「……っ!?」 固定していた花蓮の脚が汗で滑り、花蓮の右側面をえぐるような角度で最奥へと挿入すると、膣壁からの締め付けが強まり、激しい反応を見せた。 「(……ここか……っ!)」 艶の混じった声をもう一度聞きたくて、俺は同じ角度のまま、亀頭で花蓮の天井を擦るように腰を前後させる。 「はぁ……はぁ……やっ……んああぁぁあぁっ……! か、翔さん……なんですの、これぇ……?」 「なんだか、今までと違って……お腹の奥が、しびれて いるみたいですわ……んんっ!」 「たぶん、それが『感じてる』ってことだろ」 「かんじるって……ああっ、うぅん……あああぁっ!!」 「はあああぁんっ! あぁっ……んんっ……はぁっ! んあぁっ……んんぅ……ああっ、あんっ!!」 一瞬だけとろんとした表情になった花蓮だが、それは彼女自らの嬌声によってかき消された。 「素敵な言葉ですわ……か、感じるって……あんっ!」 身体をこちらへ向けながら、甘えるような、すがるような表情で俺の顔を見つめる花蓮。 その瞳には、たしかな幸福感が宿っていた。 「翔さんが、私を見てるのを感じますわ……んんっ!」 「……ああ」 「はぁ……んんっ……声も、息遣いも……本当はこうして いる今も、私のこと、気遣ってくれているのも……」 「私のことを愛しく想ってくれている気持ちも……中で 動いてる、熱い部分も……んっ!! ぜんぶ……全部 感じますわ……っ!」 嬉しそうに、息も絶え絶えになりながら、快感を得られるセックスに身を委ねる花蓮が、そんな言葉を漏らす。 「翔さんも……んっ、はぁっ……感じてますの……?」 「…………」 恐ろしいほど純粋な瞳で、花蓮が俺の顔を覗き込む。 全てを見透かすようなその視線の前では、俺はどんなごまかしも通用しないと観念した。 「……ああ、感じてる」 「……よ、よかった……んぁっ……ああぁぁんっ!!」 その言葉を証明すべく、俺は全身をバネのようにして花蓮の膣内をかき回す。 「ひっ……あああああっ!! うぅっ……な、なんで そんな……同じとこ、ばっかり……」 亀頭で弱い部分をこするたび、花蓮が身体を震わせる。 それと同時に痙攣するような膣内の感触に病み付きになり俺はしつこいくらいに、その部分を責め続けた。 「はっ……あっ……ん、うぅんっ……! やぁっ…… うううぅぅぅ……っ、はぁ、んぁぁっ!!」 足コキの時とはまるで違う、全体を包み込むような快感に俺は一切の手加減を忘れて、花蓮を貪り続ける。 「だめ、ですわっ……はっ、はげし……んああぁっ!! あっ、ふああぁぁああぁっ!!!」 「こ、こんなの……あっ、あんっ! ん……ああっ! ど……どうにかなってしまいますわ……」 「そうかよ……ははっ!!」 よがって快感に顔を歪めている花蓮を見て、思わず笑みが漏れてしまう。 「な……あっ、な、何がおかしいんですの……っ」 「おかしいんじゃねーよ……ただお前が、素直に俺を 受け入れてくれてるのが、嬉しくってさ……」 「な……何を当たり前のこと、言ってるんですの……? んっ……あっ、あふぁぁっ!!」 「そ、そんなの……当然の、ことですわ……」 「私のはじめてを……力尽くで奪ったのですのよ……? ちゃんと見ててくれなきゃ……いやですわっ……!」 「……っ……」 あまりにも不意打ちなその言葉に、俺はハンマーで殴られたような衝撃を覚える。 「こっ、こんな強引に、しなくても……っ!! 最初から、私のはじめては、翔さんにあげる つもりでしたのに……」 「…………!」 急に動きを止めた俺を、花蓮が訝しげな顔で見やる。 「……翔さん? どうしたんですの……?」 「このバカ……可愛いすぎるだろうがっ……!!」 「え……? い、今……ひあああぁぁぁっ!?」 自分でも乱暴と思えるほど、花蓮の下腹部に股間を叩きつける。 肉と肉をぶつけ合う音が、小ぢんまりとした部屋中に響き渡る。 「ここで、そんな健気なこと言われちまったら…… もっと火がついちまうだろうがっ!!」 「うぁんっ! あっ、あぁっ、あん……はぁぁぁっ!!」 「あんっ……だ、ダメですわ……はげしすぎて…… やぁっ……はぁっ、あぁんっ!」 肌と肌が密着するたび、俺の先端が花蓮の一番深い所を刺激する。 「あぁっ……うっ、あん……はぁっ、やぁ……」 「お……奥に……あ、当たってますわ……ゴツゴツって…… はぁっ……んんぅっ……んああぁっ!!」 「やぁっ……う、うぁ……すごっ……深っ……んんっ!! はぁ、んぁっ、ああっ……気持ち良い……ですわっ!」 秘所へとペニスを突き立てる度に、少しずつ前へと身体をずらしながら、快感を享受する花蓮。 俺の方もまた、下半身から湧き上がる射精感に、いよいよ我慢の限界がきていた。 「あぁっ……はぁんっ……か、翔さん……そんなにっ 乱暴にしたら……んぁっ、あぁっ、ああぁんっ!!」 「私……もう……っ!」 花蓮はつま先を伸ばし、小刻みにその身体を震わせる。 「あんっ……わ、私、もう、わけがわかりませんわっ!」 感極まり訴える花蓮の膣内が、キュウキュウと締め付けをひた繰り返す。 「かけるさっ……んんっ……んあぁっ……私、もぅっ…… ダメっ、ですわぁっ……はああぁぁんっ!!」 「……わかった……ラストスパート行くぞ!」 「んはぁっ!! ふあぁっ、あああぁぁぁんっ!!」 「あぁっ、やあぁっ、はあぁっ……んあああぁっ!!」 昂っている花蓮に合わせて果てるために、まるで獣のように滅茶苦茶に腰を突き動かす。 「あっ……あんっ、あぁんっ、んあぁっ! はぁっ…… あんっ……んぅ、ふあぁっ……ああぁんっ!!」 「んんんぅぅぅっ……! か、かける、さんっ……!! わたくし……私、もうっ!!」 「待ってろっ……俺も、もうすぐだから……!」 「そんなのっ……はぁっ、んんっ……無理、ですわっ!」 汗と涙で濡れた、感極まった表情を覗かせる花蓮が本当に余裕が無いのか、そんな弱気な発言をする。 そしてその瞬間、膣内が俺のモノを咥えこむかのごとく凝縮し、搾り取るようにペニスを締め付けてきた。 「ぐっ……! か、花蓮……出すぞ……!!」 「あっ、あっ、あんっ、んっ……んんぅっ!!」 快感に溺れながら、どうにかその言葉に頷く花蓮の返事が最後の引き鉄になった。 「ああぁっ、んああぁっ、はああぁっ……んんっ!!」 「んぁっ……ああぁっ、ふぁあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 直接子宮に流し込んでいるのではないかと思うほど花蓮の一番奥へと挿入し、膣内へ精液を叩きつける。 「んはあああぁっ!! すご……っ! な、中に…… ドクドクって……んんっ……で、出てますわっ」 「……んっ、はぁっ、はぁっ……まだ、出て……ふぁ…… す、すごく……熱いですわ……」 小さな痙攣を続けていた秘所に、ありったけの精液を注ぎ込んだ後、名残惜しさを感じながらも、引き抜く。 行為の前に言っていた通り、花蓮の膣内には収まりきらなかった精液が、結合部から溢れてくる。 「んあぁっ……翔さんの……たくさん、注がれてしまい ましたわ……」 花蓮は恍惚とした表情を浮かべながらそう呟き、しばらくその光景を、ぼんやりと眺めているのだった。 ……………… ………… …… <初体験な経験者> 「天野くんの部屋で、私達はそのまま、その……」 「『初体験』……を、済ませてしまいました……」 「私の方が年上なんだから、経験豊富なお姉さんとして 天野くんをリードしようとしたんですけど……」 「ホントはそう言う経験なんて無かったから、上手く 出来たのか、自信無いです……うう、恥ずかしい」 「でも、幸い天野くんも初めてだったみたいなので どうにか誤魔化せたような気もします」 「……実は初めてだって、バレちゃったでしょうか?」 けれど、俺のキスをかわした先輩は、逃げるようにシャワーを浴びると出て行ってしまった。 もちろん、使い方を教えてから戻って来たのだが……俺は自分の行動を悔いていた。 「これじゃ、ただ先輩と恋仲になりたいだけの男だと 思われても仕方ないよな……」 先輩が始めて見せてくれた弱さを、癒してあげたいと言う一方的な押し付けるような愛情でキスを迫るなんて…… 「先輩が俺の事を好きなら、それでもいいかもしれねえ けど……現状でするのは、よろしくなかったよな」 はぁ、と大きな溜め息をつきながら、また一歩、先輩に認められる日が遠ざかったであろう事を悟る。 「……え?」 パチンと言う音と共に、不意に部屋の照明が落ちる。 「天野くん……」 「その声は……先輩?」 一瞬、停電かとも思ったそれは、先輩の手によるものであった事に気づく。 「どうしたんですか? いきなり電気なんて消して……」 「…………」 当然とも言える俺の問いに、なぜか無言を貫く先輩。 「だって……」 「恥ずかしい、じゃないですか……」 「なっ……!?」 慣れてきた目で先輩の姿を把握すると、そのあまりの予想外な格好に、思わず絶句してしまう。 「ななな、なんて格好してるんすか、先輩っ!」 「なんて格好、って……見ての通りですけど」 「あっ、そ、そうか、着る物が無かったんですね!? じゃあ俺のシャツでも……」 「天野くんは、着たまま《す:・》《る:・》のがお好きなんですか?」 「ええっ!? す、するって、何がですか!?」 「……それを、私の口から言わせたいなんて……天野くんは やっぱりエッチですね」 俺をからかうような笑みを浮かべ、先輩がそんな反則級の素振りを見せ付ける。 「それじゃあ、改めて言いますね」 「え?」 あまりに突然の展開に戸惑っている俺を無視して先輩が畳み掛けるように口を開く。 「天野くん―――」 「私を……抱いてください」 「せ、先輩……」 「もう、ほんとダメですね、天野くんは……」 「こう言う時くらい、名前で呼んで欲しいです」 「ちょっ……本気ですか!?」 「言ったはずです。辛い時には、誰にでも身体を許しちゃう ような……そんな女なんだって」 「それでも、私を支えてくれるって言うんなら……抱いて くれたって、いいじゃないですか」 「…………」 必死に自分を穢すような発言を繰り返しながら……それでも、俺を求めてくる先輩。 素直に俺へ寄りかかるには、きっともう少しだけ時間がかかるから、こうして先ほどの『嘘』に頼るのだろう。 そうまでして、俺と繋がりたいと思ってくれる先輩の気持ちが嬉しかった。 「わかった。先輩がそれを望むなら、喜んで」 「……で、では、お言葉に甘えて……」 俺に拒まれなかった事を嬉しく思ったのか、心なしか声を弾ませて、先輩が俺のいるベッドへと近づく。 俺もすぐに着ていた衣服を脱ぎ去り、先輩をベッドへと優しく押し倒した。 「それじゃ、先輩……遠慮なく、抱かせて貰います」 「は、はい……お好きなように、どうぞ」 先ほどまで、あれほど経験者ぶっていた先輩の、何とも情けない言葉を聞いて、思わず笑みが零れてしまう。 もしかしたら本当に……とも思っていたが、緊張から汗ばむ身体、そして震えている様子からして、初体験である事は容易に推測できた。 「どうしたんだ、先輩? ちょっと震えてるみたいだけど」 先輩の『初めての男』になれる嬉しさで、俺も初めてにも関わらず、この状況を楽しむ余裕すら生まれていた。 「そ、それは……久しぶりだから、その……嬉しくて 思わず震えてるんです」 「そ、そうなんだ……くくっ……」 「な、何がおかしいんですか?」 「いや、別に……」 「い、いいから早く始めてください……じらすなんて ケダモノな天野くんには似合いません」 「それじゃ、遠慮なく」 誤魔化すように急かす先輩に合わせて、俺はそのふくよかな胸への愛撫を開始する。 「んっ……はぁっ……んんっ……」 「やっ……んっ……んんぅ……ふぁっ……」 「どうかな、先輩。今までの男と比べて」 「えっ? そ、そんなの……えっと……まだまだ、へたっぴ すぎます」 「そっか……嫉妬しちゃうな。とんだプレイボーイに 抱かれて来たんだな、先輩も」 「あ、当たり前です。経験豊富な、大人の付き合い でしたから」 「ふーん……じゃ、今までどんな事してきたの?」 「ええっ!? そ、それはその……色々です」 「そっか……例えば、こう言った事とか?」 「え……?」 「ひゃんっ!?」 ただ柔らかさを堪能するような愛撫から、先輩の方を刺激するような、乳首を重点的に攻め立てる動きへとシフトする。 「ちょ、ちょっと……んんっ! そ、それ……あんっ! や、やめ……」 「何? もしかして、いきなりだから敏感に反応しすぎて 困っちゃったかな……」 「あ、当たり前ですっ! 女の子の身体なんですから もっと優しく扱って下さいっ!!」 「悪い悪い、こう言うのには慣れてると思ったからさ」 「うっ……も、もちろん慣れてますけど……久々なので ちょっと驚いてしまっただけです!」 あくまでも経験豊富のお姉さんと言うポジションでいたいのか、先輩は未だに意地を張り続けていた。 まだバレていないと思っている先輩が慌てふためく姿が可愛いすぎて、つい、いじわるをしたい衝動に駆られる。 「先輩の身体、すげー綺麗だよ……」 「は、恥ずかしい事を囁かないで下さい……」 「なんで? こんなの、ベッドの上で聞きなれてる はずだろ?」 「ほら、先輩。乳首立って来たよ? コリコリしてる。 感じて来たんだな……」 「ううっ……み、みんな言う事は同じなんですね」 当たり障りの無い事を言って、誤魔化そうとしているのがバレバレだった。 「先輩……それじゃ、触るよ?」 「え……? ひゃうんっ!?」 ずっとこうして可愛いらしい先輩をいじめていたかった気持ちもあるのだが、俺の方も我慢出来なくなって来たので、本番を始めるために、秘所へと指を当てる。 「あっ、やっ、んっ……んんっ……はぁんっ!」 「んんっ……こ、擦らないで……んっ……下さいっ!」 「そこ、いじられるとっ……私っ……せつなくてっ…… あああぁっ!!」 「すごいぜ、先輩……ほら、こんなにグチョグチョだ」 「や、やあぁっ……音っ、鳴らさないでっ……んんっ! はっ、恥ずかしい、ですからっ!!」 ぐちゅぐちゅと、わざといやらしい音が鳴るように攻め立てると、先輩が恥ずかしそうな悲鳴を漏らす。 「何人もの男に聞かせて来たんだろ? 俺にも、この いやらしい先輩のアソコの音、聞かせてくれたって いいじゃないですか」 「んんっ……ひ、卑怯ですっ! 昔の話ばっかり…… 今は天野くんに抱かれてるわけですから、過去とか 関係ないじゃないですかっ」 「天野くんとは、初めてだから……恥ずかしいんです」 「先輩……」 ぐっと来るセリフを言われて、実は気づいていながらいじめているのが可哀想に思えてくる。 もっと素直に、先輩との初体験を楽しむべきかもしれない。 「ごめん、先輩。それじゃ、初体験のように……優しく するよ」 「はい。お願い……します……」 安心したような表情を見せる先輩に、愛おしさを感じて今度は優しく、秘所への愛撫を再開させる。 「んっ……ふあぁっ……んんぅっ……はぁん!」 「はぁ……はぁっ……やっ……んんっ! んはぁっ!!」 くちゅり、くちゅりと、丁寧に、優しくなぞるように濡れそぼった先輩の秘所に指を往復させる。 「あぁっ……あんっ、んんぅ、あぁんっ……んああっ! あんっ! やっ……んんっ、はぁんっ!!」 「な、何だか……今度は、ゆっくりすぎて……切なくて…… どうにか、なっちゃいそうですっ……あぁんっ!」 先ほどと対照的な愛撫で、結果的に緩急をつけられ先輩の気分も、否応無しに高まっていた。 偶然の産物とは言え、すでに先輩の身体からは、初体験の緊張は消え去っているようだった。 「先輩……ごめんな? 初めてなのに、ちょっと無茶させ ちゃったかな?」 「んっ……初めてじゃ、無いんですからねっ!?」 「そんな、無理に経験者ぶらなくっても……」 「無理じゃないです! ほ、本当なんですからね!?」 「でも……」 「こう見えても、経験豊富なんですから……天野くんは お姉さんの言う事、黙って聞いてれば良いんです!」 「のわっ!?」 このままだとバレると思ったのか、先輩が攻めに転じるために、無理やり体勢をひっくり返してくる。 「え、えいっ!!」 「うぷっ!?」 そのままぐるりと一回転され、ぴちゃりと、熱く濡れた人肌を顔面に密着される。 「こ、これでどうですかっ!?」 「経験豊富な私が、天野くんを気持ちよくさせて あげますからっ!!」 俺の股間の方から聞こえてくる声で、ようやく顔に当たっているのが、先輩の秘所だと気づく。 俗に言う、シックスナインの形になっているのだろう。 「ぷはぁっ!」 「ひゃあっ!?」 「い、いきなり変な息をかけないで下さいっ!!」 「だって先輩がいきなりマ○コを押し付けて来るから 息が出来なかったんですよ」 「なななっ……」 「不慣れっぽいのがバレバレな……」 「勢い余っただけです!」 「へいへい、そうっすか」 喋るたびにかかる息にもどかしさを感じながらも俺は目の前に広がる絶景に感動を覚えていた。 「……うっ……」 「どうしたんですか、先輩?」 勢いよく俺のペニスを握ったまでは良かったが、そこで完全に硬直している先輩に、声をかける。 「もちろん、触り慣れているんですが……その……久々に 触ると、何だか……怖いですね」 「え? 怖い?」 「いえいえ! その……美味しそうですね!!」 「(それは無いだろ、先輩……)」 いくら誤魔化すためとは言え、さすがにそれは淫乱すぎる発言だった。 「硬くて、熱くて……ビクンビクンってしてて……嘘…… す、すごく大きい……」 「あの、先輩……美味しそうなら、そのまま召し上がって くれると嬉しいんですけど」 「ええっ!?」 またとないチャンスに、このまま先輩が意地を張って色々と許してくれそうな状況へと誘導してみる。 普通に頼んだら無理そうな要求であろうとも、今ならば演技のために、どんなエロイ行為でも認めてくれるかもしれない。 「そ、そうですね……ふぇ、ふぇら○おをして…… 天野くんを、気持ちよくさせるんでした……」 「俺も頑張りますから、シックスナインですけどね」 「う、嬉しそうですね……」 「そりゃ、憧れの先輩が、超絶テクで俺を気持ち良くして くれるなんて、夢のようですからね!」 「ううっ……どんどんハードルが……」 今更、嘘だったとも言えないのか、自分が未経験者だとバレないのか不安がる声が漏れていた。 もうバレていると教えても良いのだが、普段とは逆の立場でいられるのは貴重な経験なので、もう少しだけ楽しむ事にする。 「で、では、行きます……」 「ああ」 あれほどエッチを否定していたあの先輩が自分のモノを咥えてくれる事実に興奮して、股間がさらに怒張する。 「んっ……はむ……じゅっ……」 「っ……!」 一人でする手淫では味わった事の無い、独特の温かな感触に包まれ、大きな快感の波に襲われる。 先輩の口の中は、想像に違わぬ気持ち良さと心地よさを感じられるものだった。 「んむっ……んっ……ちゅ、ちゅぱっ……ちゅっ……」 「ちゅむっ、ちゅくっ……ちゅぱ……んっ……じゅるっ」 とは言え、そのストロークは非常にゆっくりで、射精を促すような動きとは程遠いものだった。 「ふぅっ……んん……ちゅ……ちゅ、ちゅぱっ…… ちゅくっ……んむっ……ちゅばっ……」 「ちゅぷっ……ちゅ、んむっ……じゅるっ……」 丁寧に、ゆっくり、恐る恐るでありながらも、しっかりと俺のモノを丹念に舐めながらのストロークを繰り返す。 「じゅぷっ……ちゅ、ちゅぱっ……じゅるっ…… くちゅ、ちゅぱっ……んっ……んちゅ……」 「ちゅ、ちゅぱっ……こ、こんな感じで、どうですか? んむっ……ちゅ、ちゅぱっ……んむぅぅっ」 「……あぁ、すげぇ気持ちいいっす」 だんだんペニスへの恐れも消えて来たのか、少しずつペースも速まり、素直に大きな快感を得る前戯だった。 「んむっ……ぷぁ……良かった、です……はむっ…… ちゅ、くちゅ……んむぅっ」 「ちゅぱっ……じゅるるっ……ちゅ、んちゅ…… ちゅぽっ……ちゅ、ふぅっ……」 単純に一生懸命なだけなのだろうが、先輩のフェラは経験者のそれにもきっと負けないくらいに気持ち良く思えた。 「ちゅぱ……ちゅ、じゅる……ちゅぽっ……んんっ」 「口のなかで……ふるえて……ちゅぶ……ちゅぶっ」 「ッ……!」 軽く立てていた歯がカリに引っかかり、強烈な快感が目の前で白く弾ける。 「んっ……んむっ……ちゅ、ちゅぱっ……い、まの…… きもちよかったん……ですか……んむっ」 「あんな感じで……いいんれふね……ちゅぱっ、ちゅぅ」 口内でのペニスの反応をつぶさに読み取っているのか同じような責めを繰り返される。 そのあまりに強烈な刺激に、あっというまに限界へと上り詰めそうになる。 「舐めるたびに……大きくなって、まふ……じゅるっ ちゅ、ちゅううぅぅっ」 「ちゅばっ……ぢゅるるっ……ちゅ、んちゅ…… ちゅぼっ……んんっ!? ふぁっ!?」 「あ、んんっ……はぁっ、んあああぁっ……あんっ!! やあっ、ああっ……あ、天野、くんっ……んんぅっ!」 先輩のフェラ○オに負けじと、目の前にある秘所へむさぼりつくすように舌を這わせる。 「やめっ……汚い、ですからっ……あぁんっ!! ちょっ、そんな……はあぁんっ!」 「汚くなんか、無いですよ。先輩のココ……すげえエロくて 興奮するよ」 「天野……くん、ひゃあぁっ!? そこ、ダメッ!! そんなの、んんぁっ!!」 「どうしたんですか、先輩……動き、止まってますよ?」 いきなりの激しい攻めに、完全に動きが止まってしまう先輩に、行為の続きを促す。 「んんっ……すふぉし、休憩……しへた、だけれすっ! じゅっ……んんっ! んっ……ちゅぷっ、ちゅぱ……」 再開されたフェラチオで蘇る射精感に比例するように俺も先輩の秘所をひたすらに愛し続ける。 「ぢゅぷ、ちゅぱっ……くぷっ、ちゅ、んむぅっ…… んんっ、んぅ……はぁっ、じゅぷっ、ちゅうぅっ」 「んうぅっ、んっ、ちゅうっ……んむっ……じゅるっ…… ちゅぶっ、ぢゅぼっ……ちゅううぅっ、ちゅぱっ……」 「ちゅっ、ちゅぷ、ちゅぱっ……んんぅ……んんっ!! ちゅ……ちゅちゅっ、ちゅぱ……じゅぷっ!」 互いに高まる感情をぶつけるように、激しい愛撫をがむしゃらに繰り返す。 すでに射精感は限界まで高まり、いやらしい匂いと音も手伝い、快感で頭が真っ白になって来る。 「先輩ッ……俺、もうっ!」 「んむっ、んっ、ちゅうぅっ、じゅぷっ……ちゅぱっ! くぷっ、んむっ、んんんんぅっ!!」 「ちゅぶ、ちゅば、じゅるるっ……ちゅ、ん、ふむぅっ ぷぁっ、こ、このままっ……だし、てっ……んんぅ! い、いいですよっ……んんっ!!」 「受け止めて、あげまふ、からっ……そのまま…… ちゅ、じゅるっ……らして、くださいっ」 俺の限界を知って、ラストスパートと言わんばかりに先輩が、さらにストロークのペースを上げてくる。 「ぐちゅっ、ちゅ、くぷっ、んむぅぅっ……ん、んんっ ん、ふむぅっ、んむっ、じゅるっ、ちゅうぅぅっ」 「んん、ちゅ、ちゅぷっ……じゅるるっ、ぷぁっ んんぅっ、んぢゅっ、ふむぅっ」 爆発寸前のペニスへ続く執拗なフェラ○オで、俺は今まで味わった事のないような快感が背中を駆け昇り、これ以上耐えられないと悟る。 「じゅぷっ、ぢゅるるっ、んぢゅぅっ……ん、んんっ んちゅうぅっ、ぷぁっ、んっ、ぢゅうううぅぅっ!」 「んっ、んっ、んんんんんんんんぅ〜〜〜〜〜〜っ!?」 かつて経験した事が無いくらいの勢いで脈打ち、物凄い勢いで先輩の口を穢し、ただひたすらに快感を放出する。 「んんっ!! んぅ……んくっ、んくっ……んんぅっ!」 どくん、どくんと、果てなく続くように襲い掛かる射精を先輩が苦しそうに喉を鳴らし、飲み込んでいく。 「先輩、無理するなっ!!」 「んんっ……ぷはぁっ!!」 「ああっ! ま、まだっ……けほっ!! んんぅ……」 未だに射精を続ける俺のペニスから口を離すも、勢いの止まらぬ白濁液によって、その顔を穢してしまう。 「す、すごすぎ、ます……んんっ!! こ、これが…… 男の人の……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 やっと収まった射精と共に、一気に脱力感が襲ってくる。 「ふふっ……久しぶりの味と、匂いですね……」 「こんなに、出るなんて……ちょっと想像以上でした」 「俺も、ここまで出したのは、初めてだよ……」 「そ、そうなんですか?」 「ああ。先輩のフェラ○オが、すげー気持ち良かった からかな……」 「ふふっ……そこまで言ってくれると、嬉しいですね。 頑張った甲斐がありました」 「先輩……」 「ほんと、天野くんはエッチな子ですね……あんなに たくさん出したのに、ココ……まだ硬いですよ?」 俺をイかせて自信が付いたのか、まるで本当の経験者のような妖艶さを纏った雰囲気で、愛おしそうに撫でる。 その仕草に反応する自分の息子を見て、俺はこのまま本番へと行ける事を確認する。 「先輩……いいか?」 「もちろんです。私も、たっぷりと、このおちん○んを 愉しみたいですし……ふふっ」 「それじゃ、行くよ、先輩……」 「はい……来て、下さい……」 ノリノリな先輩と再び体勢を入れ替え、正常位の形でそのまま一気に秘所へと挿入する。 「んああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 ずぶりと、挿入自体は比較的スムーズに行ったもののやはり先輩は、激しい痛みに顔を歪めていた。 「ぐっ……大丈夫か、先輩っ!?」 「はっ……い……っ!!」 口では頷こうとしているものの、破瓜の痛みで満足に呼吸も出来ていないのが、滴る血からも見て取れる。 かく言う俺も、先ほどのシックスナインが無ければ果ててしまったかもしれない、口の中とはまた違う絡みつくような膣内独特の快感に襲われていた。 「いっ……んんっ……くうぅっ……」 「はぁっ……ん、くふぅぅっ……んんんぅっ!」 先輩の身体は想像以上に強張り、その痛烈な痛みを俺へ分け与えるように、苦しみの表情を浮かべる。 「天野っ……くんっ! う、動いて……下さいっ!!」 「せ、先輩……痛いなら、あまり無理しない方が…… ほら、久々なんだし、やっぱり痛いだろ?」 「……です」 「え……?」 「嫌です……」 先輩が頷いてくれるよう誘導してみるも、その口から出た言葉は、予想していたものではなかった。 「で、でも……」 「灯って……呼んで、下さい……」 「っ……!」 初めてを奪う相手に、名前で呼んで欲しい……そんな当たり前の願いを口にさせてしまった事を悔いる。 俺は軽く深呼吸をしながら、愛おしい人の名前をその耳元で囁く。 「灯……それじゃ、俺の事も名前で呼んでくれよ」 「はい……翔……さんっ!!」 互いに聞きなれぬ呼称で呼び合い、二人の関係が変わったと言う事を自覚する。 そこには先輩も後輩もなく、ただの男と女として対等なパートナーであるのだと感じさせるものだった。 「灯……しばらく、このまま黙ってるから……少しずつ 慣らして行こう」 「んっ……大、丈夫……だから……このまま…… 私を、抱いて下さいっ!」 「私っ……ちゃんと、気持ち良いですから……翔さんの 好きなように、動いちゃって下さい……」 「……灯……」 痛さで震えながらも、懸命に平気だとアピールする灯の覚悟をこれ以上、侮辱するわけにも行かず、俺も覚悟を決める。 「俺は……違うからな」 「え……?」 「今まで抱いてきた男のように、灯を捨てたりなんか しないから……」 「灯が俺を求める限り、俺は……ずっとそばにいるよ」 「翔、さん……」 こそばゆい敬称で呼ばれ、俺を『男』として扱ってくれる灯に、今までに無いほどの充足感を覚える。 「はい……私は、今まで多くの男性に身体を捧げて 来ましたけど―――」 「『心』を捧げるのは、翔さんが、初めて……です」 「そっか……」 「はい。信じて、いいんですよね……?」 「私、ずっとずっと……翔さんを求めますから…… いつまでも、一緒にいてくれるって―――」 「ああ。約束する。何があっても、一緒にいるって」 「それじゃあ……寄りかかっても、いいんですか?」 「ああ」 「私、いじっぱりだけど……本当は、弱いんですよ?」 「何なら、24時間、ずっとだって構わないよ」 「嘘です……そんなロマンチックな事、言って…… こんな時だから、優しくしているだけです」 「違うって。誓うよ……」 「別人みたいに……誠実な大人の男性の言葉ですね……」 「当たり前だろ。もう、ただの先輩と後輩じゃなくて…… 恋人同士、なんだからな」 「あ……」 身体だけではなく、心も繋がる関係でありたい―――それはつまり、恋人としての営みを意味していた。 「嬉しい、です……翔さん……」 「行くぞ、灯……俺の気持ちを、刻むから……痛いかも しれないけど、受け入れてくれるか?」 「はい……一生忘れられないくらいに、私の身体へ…… 翔さんを、刻み付けて下さいっ!!」 俺とのセックスを心から受け入れるその言葉を表すように灯の膣が、蠢きながらペニスを強く締め付ける。 それと同時に、今まで味わった事のない大きな快感が脈動する膣内から伝わって、背筋を駆け抜けた。 「つっ……んんっ……ああああああぁっ!!」 「んんんっ……はぁっ、んあああっ!」 「いっ……んん、ああっ……くふぅっ……はああぁっ!」 会話している間に多少なりとも痛みが治まったのかずちゅずちゅと挿入を繰り返し始めるも、強張っていた身体から力が抜け去っていた。 「はぁっ……んんぅ、んんっ……あぁんっ! はぁ…… んああぁっ! んうぅ、んはあぁっ、はぁんっ!!」 「んはうぅっ……んっ、んっ、んんっ……あぁんっ! はぁっ……ああ、あんっ、んんぅ……んっ……」 別の意志を持つ生き物のように俺のイチモツへと吸い付いてくる灯の膣に酔いしれ、俺は遠慮なく思うがままに挿入を繰り返す。 「そう、ですっ……そのまま……んんっ……あ、んんぅっ ……はあぁっ……もっと、突いて、下さいっ!!」 「んうっ……ああっ……ん、んんっ……んぅっ…… んはぁっ……はぁっ……んあぁっ!」 「んんっ……くふぅっ……あああっ……ああぁんっ!! 気持ち、良いっ……ですっ! んああぁっ!!」 痛みを堪える灯に求められるままに、その気持ちを汲んでずちゅりずちゅりと叩き突けるように腰を振る。 「はぁっ……もっと、激しくても……いいんですよっ?」 「私の身体を、めいっぱい……その、一番奥まで…… 味わって、欲しいですからっ!!」 額にじんわりと汗を浮かべながら、灯は俺を誘惑するような言葉を投げかけ続ける。 「もっと……気持ち良く、なってくださいっ……!! そうすれば、んんっ……はぁっ……私もっ……!!」 「もっとっ……気持ち良く、なれます……からぁっ!」 「ああっ、んっ……ふぁあっ……ん、ああっ!!」 少しでも多く、1秒でも長く、全てを捧げる灯の膣内を感じていたくて、こみ上げて来る2度目の射精感を堪えペースを落としながらストロークする。 「あぁんっ……はぁっ、はぁっ……急に、ゆっくり……」 「これ、じゅぷじゅぷって……翔さんのが、うごいて るのが……分かって、あぁんっ……あ、はぁっ…… 凄い、感じ……ちゃいますっ!」 「あああぁっ……んんっ、はぁ……あぁっ……んぅっ! ああっ……くうぅっ……はああぁんっ!!」 行為自体に身体が慣れて来たのか、膣内の動きがほどよくスムーズになる。 挿入時には最奥へと俺を導き、引き抜く時にはそれを名残惜しむような吸い付きで、射精を煽って来る。 「あああぁっ、んんっ、ああっ……はぅ……あんっ! んんっ……んああっ……!!」 「んんっ、あぁぁっ……あ、んんっ……すごく…… えっちな、音……です……ああぁんっ!」 次第に大きくなっていく粘り気のある音に、灯がそんな艶のある声を漏らす。 もしかしたら、次第に演技ではなく、行為による快感も覚えて来たのかもしれない。 「灯って、淫乱なんだな」 「え……?」 そんな灯の変化に、嬉しくなってつい先ほどのいじわるを再開してしまう。 「だってさ、普段は俺にエッチはいけないなんて言って…… でも、本当はしょっちゅうセックスしてたんだろ?」 「んっ、あああっ……そ、それは……ああぁっ!!」 「こうして、気持ち良さそうによがってたら……みんな 寝させてくれなかったんじゃないか?」 「こんな美人で、可愛くて、エロい灯の姿を見たら…… 誰だって、自分の色に染め上げたくなるからな……!」 「ちがっ……! こ、こんなになってるのは……翔さんが あぁっ……んんっ、ふぁあっ……えっちなコトばかりっ するから、ですっ……んんぅっ!!」 「それじゃ、今まではこんなにエロく求めては無かった ってワケ?」 「そ、そうです……っ! こ、心から好きな人とだから…… その、感じちゃってる、だけですっ!!」 「好きな人となら……えっちなコトも……あぁっ!! いいん、ですからっ……ふあぁっ、ああぁんっ!!」 「そっか……それは嬉しいな……じゃあ、その分いっぱい 愛してやらないとな」 「ふああぁっ……ん、ああああっ……翔さんっ……! お願い、します……私を、もっと気持ちよく…… 感じさせて、下さいっ!!」 余裕が無くなって来たのか、そんなお願いをしてくる。 かく言う俺も、すでに限界が訪れそうである事を悟る。 「行くぞ、灯……!」 「は、はい……んああぁっ!!」 「ああっ、んあああっ……はぁっ、んんぅ…… あ、ああっ……くぅぅっ……ああぁん……!」 「あああああっ、んっ、んはぁぁっ……あ、あぁん」 「ふぁあっ……はぁっ……かける、さんっ……はげし……っ ……んああああああっ!」 もっと灯と繋がりたい、灯と一つになりたい。 そんな想いをぶつけるように、思いきり腰を突き動かして限界までストロークのギアをかち上げる。 「ああぁぁっ、んんんぅぅっ……は、はあぁんっ! あ、ふぁぁっ……あ、ああっ、あああああっ!!」 「はあっ、んああああっ……あああっ、んんぅっ…… あ、あ、あああっ……はぁああっ……んああっ!!」 突然の激しいピストンに驚き、乱れる灯を抱きしめて膣内に擦りつけるように、ひたすらペニスを突き出す。 「ああああっ、ん、はぁっ……やぁ……そこはっ…… はあああぁぁっ、んああっ……ああぁぁん!」 「つよ、すぎてっ……こわれちゃい……ますっ…… ああぁ、あああっ……んんうぅぅっ!」 あまりの激しい抽送に、いつの間にか溢れていた愛液が飛び散り、俺の体やベッドはびしょびしょになっていた。 「はぁっ、ん、ああぁんっ……くぅっ、んんぅっ…… ふぁああぁぁぁあっ……あああぁぁぁん!」 「あああぁぁっ、んああぁっ……あ、あふぁ…… んん、ああ、はあああぁぁんっ!」 「かける、さんっ……私もうっ……からだ、熱くてっ ああぁっ、んんっ……はああぁぁっ!!」 「きもち、よくてっ……ああぁああぁぁっ!」 灯の嬌声が耳に心地よく響く。 俺自身にも強い快感の波が押し寄せ、そろそろ限界が訪れようとしていた。 「ああああっ、はぁっ、あぁん、んんぅぅっ……あぁっ! は、ああぁっ……はああぁっ、んあああっ……!!」 「ああっ、んんっ……はあぁっん! も、もうっ…… 私っ、変に……変になっちゃいそうでぇっ……!」 「だから……もっと、もっと強くっ……んあああっ!」 さらなる快楽を求めるその声を聞き、絶頂へ向けて俺はラストスパートへ向けて、ピッチをさらに速める。 「あああぁっっ! あ、ん、んぅ、ああああぁぁっ!」 「ああぁっ、はぁ、んんっ……ふぁあぁっ、ああっ!」 「灯っ、俺……もう、我慢できない!」 「んっ……は、はいっ……いつでも、出してください!」 「私もっ……翔さんのが……欲しいですっ!」 その言葉に誘われるように、背筋が凍るのにも似た快感が全身を駆け巡り、視界がグラグラと揺れる。 「あああっ、はあっ、あぁ、んああああぁぁぁっ!」 マグマのように熱い脈動が下半身に迸り、破裂する寸前だと悟る。 「ッ……出すぞ、灯っ!」 「はいっ……んんぅっ、ああっ、あああぁぁぁっ!」 「ああぁっ、んぁ、ふぁっ、ああぁ……んんぅっ! んあああああああああああぁぁっ!!」 「あぁっ……んんっ、はぁっ……はぁ……はぁ……」 びゅくびゅくと、止まる事を知らない精液が勢いよく灯の身体を真っ白に満たしていく。 息を荒げて身体を震わせながらも、灯は黙ってそれを受け入れてくれた。 「んっ……はあっ……」 灯の身体に自分の精を放ち、しなやかな肢体を俺色に染め上げる。 その得も知れない独占欲を満たす光景に、俺は感動で打ち震えていた。 「ふふっ……身体中が、火傷するくらいに……熱いです」 くすぐったいのか、灯が身体をよじると、お腹へかかった精液が脇腹へ、どろりと流れた。 「……ふふっ、また、こんなに……たくさん出して くれたんですね……」 「んっ……すごい―――べとべとに穢されちゃいました」 そう言いながら、灯は精液をすくい上げ、指で感触を確かめるように、それを弄り始める。 「あは……身体中、翔さんの精液まみれですね」 ねちゃりと、独特の粘っこい音が聞こえてくる指に満足したのか、嬉しそうな表情を浮かべていた。 「どうです……気持ち良かったですか?」 「ああ、すごく気持ち良かったよ。……灯は?」 「ふふっ……私も、翔さんが頑張って気持ちよくして くれましたから」 「今までの人の中で、一番をあげちゃいます」 「そりゃまた、光栄です」 「ふふふっ……」 心底嬉しそうな笑顔を覗かせ、灯が俺の手を握ってくる。 「翔さん……」 「ん?」 「大好き、です……」 「ああ。俺も、大好きだよ……灯」 俺達は再び互いの素直な気持ちを確認するようにそう囁き合いながら、そっと微笑み合うのだった。 ……………… ………… …… <別れ際の静香> 「翔との別れ際、私、一瞬だけ悲しそうな表情を 見せちゃったわ……」 「だって、次の日の事を想ったら、自然に笑顔なんて 消えちゃうんだもの……」 「毎年、あの日が近づくと気落ちしちゃうから……」 「まるで心にぽっかりと、大きな穴が開いたような 感覚がして……」 「ごめんね鳥井さん、って心の中で謝りながら私は その翌日、活動を休ませてもらうつもりだったわ」 「そう。だってその日は、あの人の……」 「はぁ……すっかり暗くなっちゃったね」 「今日も結構頑張ったからなぁ……」 毎度のことだが、麻衣子の手伝いは日が沈むまで続きこうして帰宅する頃には、辺りは暗闇に包まれていた。 「そう言えば……こうして一緒に帰るのって久しぶり じゃない?」 「そう言えばそうだな」 見慣れた通学路を、静香と肩を並べて歩く。 ただそれだけの事が、俺達には新鮮に感じられるものだった。 「不思議だよね……ずっと一緒のクラスばっかりで 毎日顔を合わせてたのに―――」 「一緒に学園に行ったり、待ち合わせて帰ったりとか したこと無いもんね」 「……だな」 毎日会っていたからこそ、そう言った時間を作ろうと意識しなかったんだと思う。 それくらい俺達は、いつも一緒だった。 「今思うと、もったいなかったな……ずっと前からこうして 一緒に帰ってれば良かった」 「え……?」 「だって、結局、私が一番楽しいのは、今みたいに マーコや翔と一緒にいる時だから」 そう呟いた静香のどこか寂しそうな姿に、ドキリとしてしまう。 「これからも、ずっと……一緒にいられたら、いいね」 「あ、ああ。そうだな」 「私達3人だけじゃなくって、今みたいに皆で…… いつまでも楽しく騒いでいられたら、って……」 「最近、そう思うの」 「そっか……俺も、今の皆とずっと一緒にいられたら 最高だって思うぜ」 「シャクだけど、皆と引き合わせてくれた、かりんには ……感謝しねーとな」 「うん。最初は戸惑ったけど……今では、鳥井さんに 感謝してるわ」 「お陰で、少しだけ……素直になれたから」 そう言うと、静香がちらりとこちらを覗き見る。 「……たしかに、最近疎遠になっちまってたお前とも 仲直り出来たよな」 「……そうね」 「…………」 「…………」 不意に訪れた沈黙に身を任せていると、やがて分かれ道に差し掛かり、そこで立ち止まる。 「それじゃ、また明日な」 「……うん」 「すぐそこだけど……帰り道、気をつけろよ?」 「なに? 珍しく心配してくれてるの?」 「うるせぇな……俺の勝手だろ」 「ふふっ……そうね。カケルの勝手よね」 「それじゃな」 「あ……」 からかわれてバツが悪くなったので、さっさと帰ろうと静香に背を向ける。 が――― 「翔っ!」 「ん?」 すぐに裾を掴まれ、呼び止められてしまう。 「どうしたんだよ?」 「あの、ね……明日……」 「?」 「……ごめん、何でもない」 「え?」 何か話があるのかと身構えてしまっただけに、その言葉に唖然としてしまう。 「それじゃ、また明日ね」 「お、おう」 どこかぎこちないながらも、右手を振りながら別れを告げる静香。 どうしようかと数瞬思考を廻らせていると、今度は静香の方が背を向けて、歩いていってしまう。 「……静香……?」 その後姿が、どこか寂しそうなものに見えて…… 俺は静香の姿が見えなくなるまで、その背中を見送るのだった。 <勇気を出して……> 「鳥井さんのお手伝いばっかり考えている翔に、私は なぜか不安に駆られたわ」 「ううん、本当は何でなのか、わかってるの」 「私はすぐに翔と仲良くなった鳥井さん達に焦って…… 妬いてたんだと思う」 「だから私、勇気を出して翔をデートに誘ってみたの」 「翔ならきっと、私の誘いを受けてくれる……」 「最近は疎遠になってたけど、何だかんだ言ったって 私たちは幼なじみだもの」 「今度こそ、今までの関係に戻れる―――」 「ううん、もしかしたらそれ以上の関係にだって……」 「そんな私の想いを知ってか知らずか、翔が出した 答えは……」 「私の誘いを受け入れてくれたの」 「ほんと、よかったわ。何でも言ってみるものね」 「……そう。これで……よかったのよ」 「こんなもの、何に使うのかしら……」 「さぁな」 麻衣子の頼みで、両手の買い物袋いっぱいのしめじを持って廊下を歩きながら、静香の問いに答える。 例によって、どう見ても科学とは関係が無さそうな材料……じゃなくて部品を使うのだろう。 「あううううううぅぅぅ〜〜〜……はいぱあぁ〜〜〜 メガネ・たーーーーーーいむっ!!」 「のわっ!?」 突然の背後からの衝撃に、思わず前のめりになって倒れこんでしまう。 「あうううぅぅぅ……支えてもらう予定だったのに、勢いが つきすぎてしまいました」 「か、かりんちゃん! 後ろから、いきなり抱きつく からだよ……」 「俺の両手が塞がってる時に体当たりとは、良い度胸じゃ ねーか……ケンカ売ってんだろ?」 顔面から廊下の床へダイブして痛んだ鼻をさすりながらメガネ娘を睨みつける。 「あぅ!? ちちち、違いますっ!! 一種の妹的な 愛情表現です!」 「妹が背後から抱きついてくるかボケッ!!」 「そ、そうでしょうか……」 「何だよ、深空まで……」 「…………」 「せっかく翔さんの大好きな、おっぱいを使った抱きつき 攻撃だったのに、失敗です……」 しょげーん、と言う効果音と共にしょんぼりと気を落とすかりん。 「うむ。おっぱいと言うところに着目したのは良いセンス だと言えるが……メガネを外さない時点でアウトだ」 「あぅ!? 早くも絶望宣告ですっ!!」 「ははは……」 「ほれほれ、外してごらん?」 「そんな紳士そうで卑猥なおじいさんチックに誘導しても ダメなものはダメですっ!!」 「おっぱい揉んであげるから、外してごらん?」 「あぅ! ホントですかっ!? 迷ってしまいます!」 ド変態だった!! 「か、かりんちゃん!」 「ちっ……騙されなかったか。しょうがねーな……諦めて メガネついたままで揉んでやるか」 「あぅ! お願いしますっ!!」 「わぁ〜っ! だ、だめですだめですぅ〜っ!!」 「じょ、冗談だっての……そんな必死になって止めんでも いいだろうに」 「ダメですっ! えっちなのは良くないと思います!」 「ところで翔さんは何を持ってるんですか?」 「ん? ああ、ちょっとな」 「まさか、モザイク祭りですかっ!?」 「普通に麻衣子が発明に必要だって言ってた部品だよ。 今回は結構、大掛かりな作業になりそうなんだと」 「そうなんですか……人手は足りてるんでしょうか?」 「まあ、何とかなるとは思うけど……手伝ってくれるなら 麻衣子も喜ぶんじゃねーかな」 「あぅ! 頑張って下さいっ!!」 「おい馬鹿メガネ。お前も一緒に行くに決まってんだろ」 「わ、私もですかっ!? でもきっと、逆に足手まといに なる予感がバリ3でしてますっ!」 「いいんだよ。腹いせにおっぱい揉んで帳消しに してやるから」 「なら安心ですっ!!」 「安心じゃないですっ!」 「んじゃ、先に化学室に行って待っててくれ。俺らは これ運ぶからさ」 「はいっ! らじゃーですっ!!」 「おう。発案者なんだから、せいぜいこき使ってもらえ」 あうぅ〜と返事をしながら、深空と一緒に走り去るかりん。 俺は仲睦まじい二人の姿を見て、微笑みを浮かべていた。 「…………」 「おし、それじゃ、さっさと運ぶか」 「今日はまた賑やかになりそうだしな」 「……か、翔……」 「あん? どうした?」 「翔って、鳥井さんが苦手だったのよね?」 「あ、ああ。そうだな」 「それなのに、一緒に作業して大丈夫なの?」 「ん……」 そう言われてみて、初めて俺は自分の心境に少し変化がある事に気づいた。 「そう言えば、メガネ娘なのに、前よりムカつかなく なってるな」 「……っ」 「まぁ、あんなヤツでも仲間だしな。慣れて来たし、少しは 仲良くなる努力をしてもいいかもな」 「え……?」 「いや、だってさ。せっかく協力してやっていくって 言ってんのに、いつまでも邪険にするのもアレだろ」 「……そう、ね」 「静香?」 俺のセリフに相槌を打ったかと思うと、なぜか静香がピタリとその場で足を止めてしまう。 「どうかしたのか?」 「あ、あのね、翔……ちょっといいかな?」 「お、おう、何だよ?」 照れたような上目遣いでこちらの機嫌を伺うような見慣れぬ静香の仕草に、思わずドキリとしてしまう。 「その……お願いがあるの」 「お願い?」 「うん」 「何だよ、急に改まって」 俺たちの間柄で、ここまで言い辛い『お願い』とは一体何なのかと、軽くたじろいでしまう。 「あの、さ……」 「今から、私達二人で……遊びに行かない?」 「え……?」 その『お願い』は、俺が全く想像していないものだった。 「ちょ、ちょっと待てよ静香。今からってお前……」 「あのね、私、新しい水着買ったんだ。だから、一緒に プールに行こ?」 「いや、けど……」 「プ、プールが嫌なら、動物園でも映画館でもいいの」 「鳥井さんも、好きなときに手伝ってくれれば良いって 言ってたし……ね?」 「…………」 「鳥井さんと一緒にいるよりも、ずっとその方が 楽しいんじゃないかな?」 「……だめ?」 「…………」 「んもぅ、ほら! 早く行こ?」 俺が無言でいると、静香はその答えを急かすように引っ張ってくる。 「そう、だな……」 気がついた時、俺はその誘いを受け入れていた。 「あ……じゃ、じゃあ、どこ行こっか?」 「どこでもいいよ。静香が行きたいところで」 「それじゃ、プールね! 決定っ!!」 「ああ……」 目に見えて嬉しそうな静香の顔を見て、微笑む。 そう。 大切な幼馴染であり仲間である静香の願いを、断るなど……できないのだ。 麻衣子も、静香も……そして、かりん達も――― 俺にとっては、大切な友人なのだ。 「行くか」 だから……俺は、それが正しい答えだと自分に言い聞かせて―――静香の差し出す手を取った。 ……………… ………… …… <動物園デート> 「この前、私が動物園に行きたいって誘ったことを 覚えてくれていた翔。……珍しく気が利くわね」 「……あ、あんな時に私が言ったわがままなんて 忘れてもよかったのに……」 「そうして、半強制的に行きたい場所を言わされ 私たちは動物園に行くことになったわ」 「はじめは私も戸惑っていたけど、可愛い動物たちに 囲まれているうちに、どうでもよくなっちゃった」 「翔のお陰で、すごく良い気分転換になったわ。 その……色んな動物も見れたしね」 「はぁ……特にカバさん……」 「……か、可愛かったなぁ……」 かりんには悪い事をしたが、なんとか学園の外まで静香を連れ出すことができた。 「ねぇ翔、そろそろどこに行くのか教えてよ」 何の説明も無しにここまで来たため、ついに静香が痺れを切らして声を上げた。 「デートしようぜ、デート」 「……へっ!?」 ピシリと音が聞こえそうなほどその身体を硬直させる。 「とにかく一緒に出かけようって話だよ」 「い、一緒に出かけるって……で、デートって事!?」 「だ、だから最初からそう言ってるだろ」 「翔と、私が……デート……っ!?」 デートと連呼しながら、静香の顔がみるみるうちに赤く染まって行ってしまう。 顔を真っ赤にして怒るほどマズイ事を言ってしまったのだろうか……? 「な、なんだよ……そんなに怒るなって! 付き合いも 長いんだし、別にデートの1回くらい良いだろ?」 「あ、その、これは……別に怒ってるわけじゃ……」 静香が両手でさっと顔を覆う。 「ならいいけど……あぁ、変な心配とかするなよ? 別にお前が嫌がるような展開にはしねーからさ」 「…………そう、よね」 「……?」 安心させるためにフォローを入れたつもりだったのだが何故か今度はガクリと肩を落としてしまう。 「でも……いきなりデートだなんて、どういう風の 吹きまわし?」 「静香さ、この前、俺とどこかに遊びに行きたいって 言ってたろ?」 「……うん」 それが原因で口論になったのであまり思い出したくないのか静香が小さく頷いた。 「だからだよ」 「……え?」 「俺もちょっと今日はそういう気分になったからさ。 ……それとも、俺と二人じゃ嫌か?」 「う、ううん! 行く!! 行くけど、でも……」 「おし、そうこなくっちゃな!」 「きゃっ!?」 俺は静香の気が変わらないうちにと思い、半ば強引にその手を引きながら、目的の場所へと向かうのだった。 ……………… ………… …… 「うおおぉぉぉ! ゴリラだゴリラ! アホそうな面 してんなぁ……」 「……そうだね」 「すげぇぇ! ライオンだよライオン! 生肉なんて喰って やがる……さすが百獣の王だぜ!」 「……そうだね」 「やっべぇぇ! アザラシだよアザラシ! すっげぇ 喰いてぇぇぇ! 刺身だろ刺身!」 「……そうだね」 「…………はぁ」 静香を慰めるため、俺は以前行きたいと言っていた動物園に足を運んでいた。 静香自身も動物好きだし、ここに連れてくればすぐに元気が出るだろうと思っていたのだが…… 現実ってのは、そんなに簡単なものじゃないのだと痛いほどに思い知らされてしまった。 「……他のところの方が良かったか?」 元気付けるきっかけが必要だと思って動物園へとやって来たものの、その効果はイマイチのようで、つい尋ねてしまう。 「……そんなことないよ」 と、静香は言うものの、表情は相変わらず曇ったままだった。 「ごめんね、翔……翔が誘ってくれたのは、本当に 嬉しかったんだけど……」 「……そっか」 静香自身も、どうにかして気分を入れ替えたいと考えてはいるのだろう、冷静に俺の気遣いを受け微笑んでくれていた。 「わかっていても、どうする事も出来ない、か……」 静香に聞こえないくらいの呟きで、その問題点を口に出してみる。 当たり前のように、そんな事をしたところで解決策など何一つ思いつかなかった。 「(……どうすりゃいいんかな……)」 どうしたものかと思考を巡らせながら歩いていると目の前に人だかりの出来ているエリアがあった。 「何だあれ?」 「さぁ……?」 近寄って見てみると、人だかりの中央に巨大な看板があり『餌付け体験コーナー』と描いてあるのが窺えた。 「餌付けか。へぇ、面白そうじゃん。……ちょっとやって 行こうぜ?」 「え……私は……」 「いいからいいから、ほら」 渋る静香を強引に並ばせ、俺もその後に続く。 列の前の方からは先に並んでいた人たちの楽しげな歓声が聞こえ、俺達の期待感を煽った。 「どんなんだろ……楽しみだな」 「……うん」 意外と列の回転は速く、すぐに俺達の番は回ってきた。 係員から餌となる肉団子を受取り、その先に進むと…… 「……あれって、ワニだよな?」 「そう、よね……」 柵の先には数匹のワニが闊歩し、凄まじい威圧感を放っている。 よく読まずに並んだのもいけないのだが、まさかワニの餌付けとは思わなかった。 「すげぇ……間近で見ると迫力あるな……」 「……うん」 「投げてみろよ?」 「うん……行くよ……!」 恐る恐ると言った感じで静香が餌を投げると、一匹のワニがそれに《齧:かぶ》り付いた。 「うわ……すごい……」 「だな……んじゃ俺も!」 静香と同じように餌を投げようとすると、先ほどとは別のワニが、大口を開けてこちらを見据える。 目の前で見るワニの口内は、俺達を委縮させるには十分過ぎるほどの迫力だった。 「こえぇぇ……柵越しだけど、やっぱりビビるな」 「噛み付かれたりしたらって思うと、けっこうね……」 「よし……ほら、喰え!」 肉団子を投げてやると、それを待ちわびていたのか一飲みでワニの体内へと消えていった。 「丸飲み……」 「おぉぉ……すげぇ……」 「ワニってすごいね……」 「あぁ、面白かったわ……」 ワニの餌付けをたっぷりと堪能した俺達は、続いて猿のいる檻へと向かった。 「……どうせなら日光とかで見たいよな」 「何が?」 「猿。動物園で見ても芸とかするわけじゃないし 何か物足りねーっつーかさ……」 猿山で自由気ままにバナナを貪る猿を見ていたのだがいまいち面白味に欠ける眺めだった。 「……そうだね」 口では俺に同意するものの、静香はこの猿山の景色を気に行ったのか、その視線は猿に釘付けになっている。 「(素直じゃねえな……)」 猿山から移動した俺達は、続いてバードハウスへと向かった。 「なあ、トリ太って鳥なんだよな?」 「うん、自称だけど……」 「ホントに鳥なら、ここに同類がいるかもな……」 「ど、どうだろうね?」 単純に鳥を眺めるだけよりは、トリ太の同類探しの方が面白い気がする。 「今更だけど、トリ太って何科の鳥なんだ?」 「私に訊かれても……今まで気にしたこと無かったし」 「だよな……」 少なくともトリ太は、何科とかのカテゴリーで分類できる存在ではない気がしてならない…… 「まぁいいや、とにかく探して回ろうぜ?」 「……見つかるとは思えないけどね」 「まぁまぁ、そう言わずにさ」 こうして、俺達はトリ太の同類を探しながらバードハウスの中を見て回った。 だが案の定、静香の言う通り見つかるわけもなく――― 「おぉ……生で見ると鷲ってかっこいいな……」 「さっきから似たようなことばっかり言ってるわね」 「動物園なんて滅多に来ないからな……鷲すげー」 結局、普通に鳥を見物するのだった。 「やっぱりトリ太っぽいのはいねぇな……」 「そりゃそうでしょ……」 「いっそ係員に聞いてみるか!」 「そんな……なんて聞くのよ?」 「俺の友達が鳥飼ってるんすよ、見た目はぬいぐるみ みたいな変わった鳥で、人語を理解して喋るんです」 「この動物園にもそんな鳥、いませんか?」 「……みたいな感じでどうだ?」 「いくらなんでも無茶すぎでしょ……?」 「だよな、俺も途中からそう思ってた」 「ふふっ……」 ガックリと肩を落とす俺を見て、静香が小さく笑う。 それを見て、俺の胸に僅かな達成感が生まれる。 「よっしゃ! この調子でどんどん行くぞ!」 「な、何よ、突然……?」 唐突にガッツポーズを作る俺を見て、静香は困惑しているようだった。 「何だって良いだろ! さぁ、サクッと次行こうぜ?」 静香を少しだけでも元気付けられたのが嬉しかったなんてこっ恥ずかしい事を言えるわけもなく、俺は誤魔化すように背を向けて歩き出す。 勢いづいた俺は、静香の手を引いて次の檻へと向かった。 その後も様々な場所を回り、一息ついたころには時刻はもうお昼時になっていた。 「やべー……腹減った……」 「んもぅ……あれだけ色んなところを回れば、お腹が 空くのは当然じゃない」 「どっか探して適当に飯食おうぜ?」 「まったく……勝手なんだから」 「おっ、売店発見。最高のタイミングだぜ!」 「確かに時間も時間だしね。ちょっと歩き疲れたし、寄って 行って何か食べよっか」 「おう、そうだな」 こうして俺達は売店に寄ることになったのだが…… 「……お前さ、それだけで足りるわけ?」 買い物を済ませ、空いていた席に座る。 俺のトレイにはホットドックとウーロン茶。 対する静香のトレイには、ソフトクリームとアイスレモンティーだけだ。 「そんなにお腹減ってないし、これで十分よ」 「燃費いいな、お前って……」 女の子は男の前ではあまり食べないと言うけれど、静香もやはりそうなのだろうか……? 「それにしても、結構楽しいな。正直、動物園をナメて かかってた」 「そうだね。無理やりここに連れてこられた時は どうしようかと思ったけど……」 「んだよ、しっかり楽しんでるクセに」 「それはそれ、これはこれ。男なんだから細かい事は 気にしないでよ」 「よく言うよな……」 なにはともあれ、午前中たっぷり使って回ったこともあり静香もだいぶ調子を取り戻してきたようだ。 「このあと、何か見たいものとかあるか?」 「ん〜……ジュゴンとか……?」 「うげぇ……また渋いチョイスを……」 と言うか、ジュゴンなんて普通の動物園で飼育しているのだろうか? アザラシならば入園したばかりの時に見たのだが…… 「まぁいいや、これ食ったら探してみるか」 「うん。ありがと」 俺の答えに満足したのか、静香が満面の笑みを浮かべる。 「…………」 「ん、どうしたの翔? 何か顔についてる?」 「あ、あぁ、違うよ。ちょっとボーっとしてて」 お前の顔に見入ってた、なんて言えるはずもなく、俺は適当な言葉を並べて誤魔化す。 「そう? ならいいんだけど」 静香は特に気に留めることなく、売店で貰ってきたパンフレットに目を通している。 「(何を意識してんだ、俺は……そういう目的で来たんじゃ  ないんだからな……!)」 かぶりを振って、俺はホットドックに齧り付く。 だが、思い浮かぶのはさっきの静香の笑顔ばかりで味なんてロクに分からなかった。 ……………… ………… …… 「いなかったな、ジュゴン……」 「仕方ないわよ……アザラシも可愛いし、あっちを 見に行こ?」 余程ジュゴンが見たかったのか、言葉とは裏腹に、どこか残念そうに見えた。 「んじゃ次はアザラシか? ……って、あれ?」 すぐ横を歩いていたはずの静香は、気がつくと後ろの方で立ち止まっていた。 「どうしたんだよ……静香?」 何事かと声をかけるが、その声は届いていないのか俺よりも遥か前方を向いたまま固まっていた。 「か……か……」 「……ろっと?」 「かわいいぃぃぃぃぃ!」 「は? ……おぶわぁっ!?」 突然、こちらに向かって走ってきたかと思うと、俺を突き飛ばしてそのまま走り去ってしまう。 「な、何だぁ!?」 走っていった静香を追いかけ、前方へ視線を戻すとそこには――― 「……カバ?」 「はぁ……カバさん……あぁ……かわいいよぉ……」 「……何かの冗談か?」 まるで子供のように、目を輝かせて身を乗り出し、カバに手を振っている。 静香の変貌ぶりもそうだったが、何よりカバ相手にあそこまで興奮できるなんて、冗談としか思えない。 「あっ! カバさん、こっちだよ! こっちこっち!」 「(そう言えばコイツ、たしかカバ好きだったっけ)」 俺には到底理解できないのだが、携帯ストラップやクッションなんかもカバで統一するほどの徹底したカバ好きだった事を思い出す。 「はぁぁ……カバさん……こっち向いてよぉ……」 「おい、静香……」 「カバさぁ〜ん……はぁはぁ……カバさ〜〜〜ん!!」 「静香!!」 「な、何よ……?」 何度も呼びかけて、ようやく正気に戻ったのか、少し恥ずかしそうにこちらを向く。 「何って……無駄にテンション高くねーか?」 普段からグッズを集めているのは知っていたのだがまさかあまり可愛くない実物を前にして、ここまで食いつくとは、予想外だった。 「別にいいでしょ! カバさんが好きなのよ!!」 「分かったから、せめて敬称は略せ……」 最近はすっかりクールになったと思っていたのだが……もしかしたらハリボテなのかもしれない、と思わされる豹変ぶりだった。 「カバさぁん……可愛いよぉ、カバさぁ〜ん……」 俺に対しての興味など一瞬で失せたのか、再びカバ相手にはぁはぁと息を荒げる静香。 「ペンギンとかパンダなら分かるけどさ……」 「……どう考えてもカバは無いだろ」 「カバさぁん……あぁ……可愛いよぉ〜……」 俺の呟きも、カバに夢中の静香には届かない。 その後も静香は、根を張ったかのようにそこから動かなかった。 結局、俺がカバから解放される頃には、動物園の閉園時間の五分前という、大惨事。 もうカバはこりごりだぜ! なんて昭和オチにしたくなるくらい、俺はカバの勇姿を目に焼き付けたのだった。 <占拠された学園> 「雲呑さんの『魔法』に期待しながら学園へ向かった 天野くんの前に広がった光景は、想像を絶するもの でした」 「オモチャの兵隊に占拠された、瑞鳳学園」 「私を含めた大勢の学生や先生方も入ることが出来ず 学園は、完全に武力制圧されていたのでした」 「あれ……? でも、騒ぎにもなってないし、私も あの時は……あれれ〜っ? な、なんでだろ?」 「えっと、とにかくそんな非現実的な光景に唖然と していると、嵩立さんと一緒に馴染みある教室に 連行されてしまう、天野くん」 「これって、私たちのクラスだよね……?」 「だ、大丈夫かな、天野くん……銃で武装した怖い テロリストの人たちに、人質にされたりとか…… って、あれれ?」 「教室にいたのは、どこかで見た事のある学園の学生 数人だけだったみたいだよ〜」 「半分はクラスメイトじゃない人たちで、天野くんと 同じように、学園が占拠されてて困惑していた時に 連れてこられたみたいです」 「そんな謎だらけで現状が把握できないみんなの前に 勢いよく、メガネをかけた女の子が、いふーどーどー と現れましたっ」 「そして教壇の前に立ったその子は、死にたくなければ 1ヶ月以内に空を飛んで下さい、と宣言したのです! ……って、ふええぇっ!?」 「空を飛ぶなんて、むっ、無理だよぉ〜っ」 「ふえぇ……どっ、どうなっちゃうのぉ〜〜〜っ? このままじゃ天野くん、死んじゃうよぉ〜……」 告白するが、普段、俺の脳内の50パーセント以上は常に下らない妄想に使われていると言える。 しかしまぁ、それは男なら誰しも同じようなモンなのではないだろうか。 変わらない日常に飽き飽きしていて、自分を主人公とした絶対にあり得ないような、カッコイイ妄想に耽る。 誰もが物語の主人公を望み、妄想の中でのみ、それをもっともらしく立証するのだ。 俺、天野 翔を主役とした物語の例を挙げるなら文化祭でライブをして大活躍したり、スポーツで超絶テクを見せて皆を唸らせてやったり…… 果てにはドラマのような美少女との運命的な出会いとか突如学園が占拠され、その危機を颯爽と救うヒーローになるとか……そんなありえない妄想ばかりなのだ。 結局、俺はこの平穏な日常に面白い変化を望んでいて……しかし現実にはそうそうそんな出来事は起こるはずも無く今日もいつもと同じように学園へ通学しているワケだ。 昨日の雲呑とのやりとりで、俺は今日と言う日に特別な出来事が起こるのではないかと期待して家を出たのだが結果はこの通り、至って変わらぬ平凡な朝だった。 哀しいかな、現実ってヤツはこの素晴らしい男のロマンを解っちゃくれないのだ。 「……なんつってな」 週が明けて、月初めのいつもと同じ通学路。 俺は一人でそんな事を考えながら、ブツブツと独り言を呟きながら歩いていた。 「けど、絶対そうだよな……現実の野郎は ちょっと真面目すぎるんだよ」 「たまにはもっと融通の利いた、映画のような 面白い展開を用意しろってんだ」 蓋を開けてみれば、白馬の王子様どころか、ただの平凡でさもしい学生Aってトコだ。 ため息を吐くと、存在もしない現実君に向かってぶつぶつとグチを言いながら歩く。 気がつけば、また偶然にも彼女に会えるんじゃないかと出来すぎな展開の期待をこめて、辺りを見渡していた。 「ん……?」 そこで初めて、先ほどからかすかに感じていた妙な違和感の正体を悟る。 どうにも通学路の様子が、いつもと違うのだ。 今日は平日だし、遅刻じゃないがそうゆっくりもしていられない通学のピークとも言える時間だ。 いつもならこの辺りで鈴木たちと鉢合わせる頃なのだが今日に限って、何故か誰とも会う気配すら無かった。 クラスメイトは愚か、学園に通う学生で賑わうはずの通学路に、人っ子一人として存在していないのだ。 「創立記念日……じゃないよな、確か」 いくらなんでもこれはおかしいのだが……他に思い当たる特別な行事も無い。 「おっ!」 休みなんじゃないかと言う不安を抱きつつ学園へ足を運ぶと、校門の前で立ち尽くす見慣れた後姿を発見する。 「よう、静香」 「………………」 やっと見つけた気の知れた級友に思わず嬉々として声をかけたのだが、何やら呆然と立ち尽くすだけで残念ながら期待する返事は返って来なかった。 「学園が休みなのかと思っちまったけど、優等生の お前が来てるって事は、俺が間違ってたワケじゃ ないよな」 「…………」 いつもと同じように話しかけてみるのだが、なぜか静香の様子もどこかおかしく、ジッと変な目で俺の顔を見つめてくる。 「な、なんだよ?」 「……ちょっと待って」 そう言いながらペタペタと俺の身体を触ってくる。 「?」 「えいっ!」 まるで俺の存在が本物かを確かめるような行動に首を傾げていると、いきなり頬をつねられる。 「いでででででででっ!! な、何すんだよっ!」 「ふぅ……その反応からするに、どうやら本当に 夢じゃないみたいね」 ため息を吐きながらしかめっ面で学園のほうに目をやる静香に釣られて、俺も通いなれた学園に視線を移す。 「なっ……」 「なっ……」 「なんじゃこりゃああああああぁ〜〜〜〜っ!!!?」 そのあまりに非現実的な光景を前に、思わず天を突くほどの大声を上げてしまう。 「ななな、何なんだよこれはっ!?」 「それはこっちが訊きたいわよ……」 先週まで普通に通っていた学園が、週明けに来たら変な動くオモチャに占領されてました、なんてのは未だかつて聞いた事が無い事態だった。 いや、当たり前の話なのだが……とにかく、目の前の非現実的な光景と再び向き合ってみる事にする。 「……オモチャだよな、あれ」 「そうね」 「動いてるぞ?」 「……そうね」 認めたくないが、目の前で実際に種も仕掛けも無く動き回っているのだから、認めざるを得ないと言う感じで、しぶしぶ頷いてみせる静香。 そりゃあ誰だってこんな光景を見せられたら真っ先に我が目を疑うと言うものだ。 「もしかして麻衣子の発明かな?」 「確かにこんなこと出来そうなのはマーコくらいだけど ……いくらなんでもここまで非常識な事はしないわ」 「だよ、な……」 しかし、二人そろって夢を見ているとも考えられない。 目の前に広がるこれは、紛うことなき現実なのだ。 「ドッキリ、とか?」 「こんな大掛かりなドッキリ、聞いた事無いわよ」 そりゃそうだ。 見渡す限りのオモチャの兵隊が、威風堂々と立ち並び我らが学園を囲っているのだ。 正気の沙汰でやるドッキリのレベルは軽く超越した圧倒的にファンタジーな光景だった。 「全然メルヘンチックじゃないぞ、雲呑……」 「何か言った?」 「いや、なんでもない」 「きゃっ、な、なに?」 ボーっと突っ立っていた俺たちの前に、トコトコとオモチャの兵隊がやって来て、銃口を向けて来る。 「これ……本物じゃないよな?」 「私に判るわけ無いでしょ?」 偽物か本物かも判らぬ銃を突きつけ、こっちに来いと言うようなジェスチャーをするオモチャの兵隊。 「……どうする?」 「学園へ入れって言ってるみたいだけど」 「ん……どうするって言われてもなぁ」 「とりあえずついて行くしかないだろ」 「そうね。私達は入れてくれるみたいだし」 さっきまでガッチリと学園を取り囲んでいた兵隊達は気がつくと俺達を歓迎するようにその道を開けていた。 「おわっ!? なんだなんだっ」 静香と二人のん気に作戦会議をしていると、そばにいたオモチャの兵隊が槍でチクチクと刺さそうとしてくる。 「わ、わかったって!! 入るから止めろっつーの!」 「どっちみち、入るしか無いみたいね」 意を決したのか、学園にズカズカと入っていく静香。 確かにこれ以上ここにいると何をされるか判らないのでひとまず俺も、その後に続く事にした。 ……………… ………… …… 「もしかしたら、とは思ったけど……残念ながら 他のみんなは学園に入れなかったみたいね」 「マジかよ」 兵隊に誘導されながら歩く廊下から見える教室には学生は愚か先生の姿すら見えなかった。 携帯で時刻を確認すると、すでに一限目の授業は始まっている時刻なので、この学園内に先生達がいると言う望みは薄いだろう。 「本気でこの変なのに閉鎖されてるのね……」 「けど、なら何で俺達だけ連れてこられたんだ?」 いや、そもそも仮に閉鎖されているのだとしても何の騒ぎになっていないのもおかしかった。 「俺達だけ……誘われるように学園の中へ入れたのは 何故なんだろうな」 「さあ。人質じゃない?」 「人質じゃない、ってお前……平然と言うなよ」 「今更ジタバタしたってしょうがないでしょ? なるようにしかならないわよ」 「そりゃそうだけどさ……」 いまいちどれほどの脅威が自分達の身に降りかかっているのか掴めずに、二人でのん気に会話をしていると程なくしてオモチャの兵隊が歩みを止める。 偶然なのか必然なのか、オモチャの兵隊が足を止めた教室は、俺達のクラス……2−Bの教室だった。 「翔……」 「ああ」 静香と軽くアイコンタクトをして、少し緊張しながら教室のドアを開き、中へ入る。 目の前に広がるのは、いつもと同じ景色。 しかしその教室にいたのは大勢の見知ったクラスメイトではなく、どこかで見た顔の、4人の男女だった。 「(あれはたしか、噂の先輩だったよな)」 先輩は相変わらず気品溢れる優雅さを漂わせておりこんな事態だと言うのに、落ち着き払ってまったりくつろぎながらお茶を飲んでいた。 「(流石と言うか何と言うか……そもそもこのとんでも  ない事態でお茶が用意できたってのが凄いな)」 先輩から視線を逸らすと、次に目に留まったのはこの場にいる、俺以外で唯一の男の姿だった。 見知らぬ男もまた、大して動じていないように見えるがちょっと表情からは本当の感情が読み取れない。 取り乱したり落ち着き払ったりと言う風でもなくまあ、俺達に近い心境なのかもしれない。 お次にいるのは、この事態に見るからに不服そうなどこかふてぶてしい態度の少女だった。 「…………」 「あれ、アイツ……」 「知り合いなの?」 「まぁ、何つーか……そんなようなもんだ」 「なによそれ」 「コッペパン仲間どす」 「はぁ?」 顔をしかめている静香を無視して、再び花蓮の方に視線を戻す。 見るからに不機嫌そうなので、どうやらヤツが首謀者と言うワケではないようだ。 俺達と同じくワケもわからぬ内にココへ連れて来られて仕方なく座っています、と言うオーラを放っていた。 「(アイツ、間違いなく巻き込まれ体質だな)」 もっとも、昨日は俺が巻き込んでしまったのだが……きっとそう言う星の巡りの下に生まれているのだろう。 「(あっ……)」 そして最後の一人もまた、よく見知った人物だった。 ちょこんと可愛らしく机に座ったまま、ノートらしきものに、何かを書いている少女。 忘れるはずも無い、昨日の絵本少女――― 雲呑 深空との、思いもよらぬ場所での再会だった。 「よう」 「え?」 よほど集中してノートを書いていたのか、声をかけて初めて俺の存在に気づいたような声を上げる。 「あっ……えと、天野さん!?」 少しバツが悪そうにノートをすばやく後ろに隠して俺の方へと視線を向ける雲呑。 「おう、奇遇だな。っつーかコレ、お前の魔法か?」 ノートにも興味を惹かれたが、ひとまず何よりも先にこの状況について皮肉気味に突っ込みを入れてやる。 「あぅ……ち、違うと思います。たぶん」 だってロマンチックじゃないですもん、と言った顔で俺の方を覗き込んで来る。 「もしもそうなんだとしたら、魔法をかける前に 天野さんが変なお願いばっかり言うからです」 「じゃあ何か、これから俺はあの変なオモチャの兵隊と 血しぶきが飛び交うガンアクションを繰り広げなきゃ ダメだってのかよ……」 そんな見るからに情けない情景は、カッコイイ主人公と言うよりも、三流コメディ映画のダサい主役だった。 「白馬に乗って銃を撃ちまくる、面白おかしくて ロマンチックな王子様になれそうだな」 「……そんな王子様、最悪です」 「でひゃひゃひゃ笑いながら、エロスに豪遊しつつも どことなくロマンチックに助けに来てやるよ」 「え、遠慮しておきます」 たしかに俺がお姫様だったとしても、そんなキモすぎる意味不明なシチュエーションは勘弁だった。 「ったく……どうしたもんかね」 「ちょっとワクワクしますねっ」 「気楽なモンだな、お前は……」 「えへへ」 「随分と仲が良さそうなのね」 雲呑と会話していると、どことなく不機嫌な声で静香が俺達の間に割り込んでくる。 「この前言ってたナンパでひっかけた子かしら?」 「なんぱ?」 「ばっ……ちげーっての!」 誤解されそうな発言なので、静香を引っ張って素早くその場を離れる。 「何が違うのよ! 今まで知らなかった子と、私が 知らない間に仲良くなってたのよっ!?」 「いや、昨日たまたま知り合っただけなんだって。 ナンパは、鈴木がしたがってただけだっての」 「……ふぅ〜ん……」 「うっ……」 タイミングが悪かったせいか、思いっきり疑いの目でじろじろと見られてしまう。 「でも、よかったわね。カケル、ああ言うタイプの子 好きそうだしね」 「だ、だから、ちげーって言ってるだろ」 たしかに好みのタイプなのだが、ここで認めてしまうとさらに誤解を生むので否定しておく。 「だいたいカケルは……っ」 「朝から夫婦喧嘩とは、いつにも増してお盛んじゃの」 俺達が言い争っていると、すぐ後ろの方から聞き慣れた馴染みのある声が聞こえて来る。 「ま、麻衣子!?」 振り返ると、そこには案の定見知った顔……俺と静香の幼馴染でありクラスメイトの、麻衣子の姿があった。 「マーコ!」 「シズカッ」 親友に会えた喜びを、静香に抱きつく事で示す麻衣子。やはりこんな状況に置かれて不安だったのだろう。 「二人とも、無事で何よりじゃっ」 「マーコこそ元気そうで安心したわ」 「しっかし、お前も閉じ込められてたって事は やっぱりコレは麻衣子の仕業じゃないんだな」 「あ、当たり前じゃっ。いくら私でも、こんな大それた とんでもないことするワケあるまいっ!」 「それじゃあ何でココに? お前も連行されたのか?」 「私は……ま、まぁいつも通りと言うか」 「まさか、また化学室で徹夜してたの?」 「休日だろ、昨日は」 「しっ、仕方なかろう!」 「つ、つい……夢中になってしまったのじゃ」 照れながら恥ずかしそうに言っているが、おおよそ一般人の『つい』を、軽く超越している発言だ。 「ついってお前……土曜から今まで没頭するとか ウッカリって言うレベルじゃないぞ」 「それで?」 「朝起きたら、あの兵隊どもが溢れていたのじゃっ。 それでまだ寝ぼけておると思っておったところに トコトコと兵隊がやって来て……」 「ここまで連行されてきたってワケか」 「うむ」 「っつー事は、きっと他のヤツらも概ね同じだろうな」 「たぶんね」 そう言いながら、3人で他の教室メンバーを覘き見る。 「どれどれ……?」 女子に人気の高い我が瑞鳳学園の最たる理由は、ズバリ可愛い制服と、それを自分好みにカスタマイズ出来ると言うシステムにあると言っても過言ではない。 その中で唯一決められているのが、学年の色を象ったリボン等を必ず着用すること、と言うものだった。 つまり、初対面の相手だろうが一瞬にしてそいつの学年が把握できるってハナシだ。 「バラバラじゃのう」 「だな」 改めて見てみると、身に着けている制服のリボンの色が黄色・赤・緑と結構バラバラだった。 美人な先輩が一人に、後輩のコッペパン女が一人……残りは俺達と同じ2年生のようだ。 つまり、学年も性別も違う特定の男女がこの教室に連行されて、閉じ込められている事になる。 「首謀者です、って感じの人はいないわね」 「ああ」 「一見バラバラで無作為のように見えて、クラスメイト である私達3人も選ばれているのが妙じゃのう……」 「たしかに、偶然にしては出来すぎって気もするな」 しかもここだけの話、あそこの男を除いて全員が最近見知ったヤツらだった事も気になっていた。 「こんな非現実的な状況を作り出す相手の心理なんて 理解しようとするだけ無駄なんじゃない?」 「むぅ〜……」 「…………」 麻衣子が一人唸っていると、突然目の前のドアが勢いよく開かれ、一人の少女が姿を現した。 彼女の目にはこの状況における戸惑いのようなものは一切感じられず、威風堂々とした風貌で、てくてくと静まり返った俺達の前を素通りして歩いていく。 その突然の来訪者に、自然と教室中の視線が集まる。 教壇の前で足を止めた彼女が、ぐるりと俺達を眺めて何かを確認するような目をそれぞれに向ける。 そして一度大きな深呼吸をした後、見るからにへっぽこそうなそいつがゆっくりと口を開いた。 「あぅ……すみません、この学園は占拠しちゃいました。 死にたくなければ、1ヶ月以内に空を飛んでください」 そんな意味も判らぬ台詞が、コイツ――― 《鳥井:とりい》 かりんと俺達が交わした、最初の言葉だった。 <危ないバイト?> 「姫野王寺さんと親睦を深めようとした天野くん」 「でもでも、何だか用事があるみたいで断られちゃった みたいだよ〜」 「はわわ……危ないバイトとかしちゃってるのかな? って、天野くんもちょっと心配してるよ〜……」 「よう、花蓮」 「あら、何ですの? 天野くん」 「ん、いや……特に何ってワケじゃないんだけど。 一緒に放課後の一時でも過ごそうかなと思って」 「えっ!? そ、それはどう言う意味ですの!?」 「ほら、一人より二人の方が良い案が浮かぶかもだし。 他のみんなはやることあるみたいだし、暇人同士で 仲良くやろうぜ、って意味だ」 「そ、そう言う意味ですの……紛らわしい表現は やめてくださいましっ」 「?」 「残念ですけど、私は貴方のような暇人とは違って 多忙な身なのですわ」 「何だよ、用事でもあるのか?」 「ええ、ですから他の人を当たって下さいまし」 「うーむ、そうか」 言われてみると、いつも放課後には学園で花蓮の姿を見かけなかった気がする。 「で、でも、放課後以外でしたらお付き合いしても よろしくてよ?」 「あー、じゃあいいや」 「……そ、そうですの……」 「それじゃあ、失礼致しますわ!」 「なんだ? あいつ」 さっきまで普通だったのに、なぜか急に不機嫌になった花蓮が、肩を怒らせながら立ち去ってしまう。 「にしても、アイツの用事ってなんだったんだ?」 放課後の外せない用事と言うからには、バイトか何かだったのだろうか? 「たしかコッペパンオンリーで食いつなぐほど 超貧乏なんだっけか?」 見た目や言動はお嬢様っぽいのに、全くもって不思議な……もとい、変なヤツだ。 「もしかして、危ないバイトじゃねーだろうな……」 「…………」 「……って、んなワケねーか」 とても失礼な妄想を思い浮かべつつ、しかしそれもいらぬ心配だとすぐに思い直す。 「しょうがねぇ、一人で商店街でもぶらつくか」 俺は気分転換のために、散歩がてら一人で商店街をぶらつく事にするのだった。 <受け入れられたプロポーズ・婚約の誓い> 「私が、生まれ変わったら妹になりたいって言ったら また恋人じゃないと困るって、言ってくれました」 「あうあうあうあうっ!!」 「それで、その……そう言った繋がりが欲しいなら いつか結婚しようって……」 「あうぅーーーーーーーーーーっ!!」 「冗談かと思って何度も確認していたら、じゃあ約束だ って言って、誓いのゆびきりもしてもらいました!」 「あううううううううううううううううぅぅぅっ!!」 「すごく嬉しくて、私……この日のことは、絶対に 一生忘れませんっ!!」 「翔さん……大好きですっ」 「いや、俺はお前が妹なんて嫌だな」 「ううっ……翔さん、相変わらず容赦ないです」 「でもでも、お料理とかもいっぱい練習してから、立派な 妹になってみせますから……」 「悪いけど、お断りだ。俺はお前と他人同士でいたい」 「……そ、そうですか」 「そうじゃないと困るんだよ」 「そ、そうですよね。やっぱり、毎日顔を合わせると お邪魔になっちゃいますよね」 「ちげーよ、馬鹿」 「え?」 「お前と他人じゃなきゃ、その……家族になる《過:・》《程:・》が 楽しめないだろ」 「?」 「だ、だから……つまり、なんて言うか……」 「初めはただの見知らぬ相手でさ……そんで、出逢って 友達になって、だんだん仲良くなってさ」 「それで相手の事を色々と知って、本当の家族みたいに ずっと一緒にいたいと思えるようになって―――」 「そうして『恋人』って言う特別な関係になって、一緒に たくさんの日々を過ごしていって……」 「ケンカしたり仲直りしたり、イチャついたり、泣いたり 笑ったり……」 「あ……」 「それでも、もっとずっと一緒にいたいって思って…… そこでやっと、本当の家族になる」 「…………」 「お前とは……今度生まれ変わっても、そう言う関係に なりてーんだよ、俺は」 「あ……ぅ……」 「だから、今度も他人として俺の前に現れて……そんで また恋人になってくれないと困るんだよ!」 「かける、さん……」 「そんなに家族の繋がりが欲しいんなら……兄妹じゃ なくって、結婚すりゃいいだろ。俺とさ」 「っ!」 「だから、もし俺がこのままお前の王子様で居続ける ことが出来たら……」 「これから先、ずっと一緒にいたいって思えるような 相手でいられ続けたら……」 「結婚、してくれ」 「…………」 「も、もちろん、今すぐに答えなんて必要ねーぞ? まだ俺たち、学生だし……」 「ただ、いつか結婚できれば、その……少なくとも本物の 家族にはなれるだろ」 「…………」 思わず口走ってしまった爆弾発言を聞いて、ぼんやりと俺を見つめながら、《惚:ほう》けてしまう深空。 「(勢いとは言え、何言ってるんだ、俺……)」 深空を励まそうと必死でつい言ってしまった、あまりに早すぎたプロポーズを、激しく後悔する。 まだ出会っても付き合っても日が浅い関係だと言うのにいきなり結婚の話だなんて、無茶振りすぎただろう…… 「わ、悪い。なんか一人で先走りすぎちまった」 「今のナシ! 気にするな」 「あ……き、気にしますっ!!」 やっと我に返ったのか、深空が俺の言葉に反応する。 「いきなりプロポーズだなんて、何考えてるんだって ハナシだよな……ギャグにすらならないし」 「い、今のってやっぱりプロポーズだったんですか?」 「うっ……それは、その……」 どうやら逆に墓穴を掘ってしまったのか、流したかった話題に、思いきり食いつかれてしまう。 「もし、今のが本当なら、私……妹なんかじゃなくて いいですっ!」 「ううん、妹じゃ嫌ですっ!」 「さ、さっきのは忘れてくれ」 「もうダメですっ! 一生忘れられませんからっ」 「ナシにしちゃ、嫌です」 「え……?」 「冗談じゃないなら、私……したいです」 「いつか翔さんと……結婚、したいです」 「っ……」 その答えにドキリとして、ごくりと唾を飲む。 本来なら笑われてもおかしくない馬鹿なプロポーズだと言うのに、深空はその無茶を受け入れてくれたのだ。 「だから私……いつか本当のプロポーズをしてもらえる ように、いつまでも翔さんの彼女でいたいです」 「あ、ああ……」 「その……私が翔さんをもっともっと好きになって…… それでも、ずっと恋人として付き合えていたら……」 「私の事を、お嫁さんに貰ってくれますか?」 「……ああ」 「もし、俺がずっとお前の王子様でいられるのなら」 深空からの想いを聞き、俺は迷い無くそう答えていた。 「お前を養っていけるような一人前の男になった時…… 今度こそ本当のプロポーズをするよ」 「……はい。待ってます」 「ああ」 「嘘じゃないですよね?」 「嘘でもなければ、冗談でもねえって」 「それじゃ、約束……約束して下さい」 そう言うと深空は、俺に向かって小指を差し出して婚約の約束を求めてくる。 俺はそれを見て、《躊躇:ためら》う事無く自分の小指を絡めた。 「かける……さん……」 それは互いの抱く『想い』の確認でもあり――― 同時に、未来を約束する事で示す、決意でもあった。 「約束する」 「いつか……結婚して、本当の家族になろう」 「絶対に白馬の王子様になって迎えに行くから…… それまで、他の男になびかずに待っててくれ」 「……はい。私も、約束です」 「いつか、翔さんと結婚して……翔さんのいちばんに なってみせます」 そう、俺は必ず……深空を幸せにしてみせる。二人で最高の幸せを、掴み取ってみせる。 どんな困難にも負けず、必ず結ばれてみせる。 それはまるで、《絵本:物語》のようなハッピーエンドで…… それこそが二人の、永遠の繋がりを描く《盟約:めいやく》だった。 <召集……飛べない翼たち> 「心が折れてしまった深空ちゃんを一人置いて 翔さんはそっと教室を後にしました」 「もちろん、ちゃんとした考えがあっての事で…… 翔さんは、私たちの下へとやって来たんです」 「そして私たちみんなを集めて、深空ちゃんを 支えてあげたいと、協力をお願いされました」 「みなさんも、ついに自分たちが深空ちゃんのために 出来ることが見つかって、テンション最高潮です!」 「その一方で翔さんは、他にもまだやることがあるんだ って言って、学園の外に出て行っちゃいました……」 「あぅ……いったい、何をするつもりなんでしょうか?」 「どうしたのじゃ? カケル」 「ちょっと翔っ! こっちは私たちに任せてって言った はずでしょ?」 「殿方たるもの、恋人を《蔑:ないがし》ろにするなど、あっては なりませんわ!」 「……天野くん……」 「……何か、あったのか?」 「ああ……」 作業を中断し、みんなが一斉に俺へと視線を集める。 「みんな……」 俺は、ゆっくりと息を吸いながら目を瞑る。 思い出すのは……深空の辛そうな言葉と、絶望を感じて立ち止まってしまった、そのか弱い姿だった。 「俺に―――」 「俺に、力を貸してくれ」 俺は目を開くと、まっすぐにみんなを見つめ、告げる。 「ほう……つまりそれは、ピンチと言うことじゃな?」 「俺と深空だけならピンチかもしれないが……ここには 幸い、全員揃ってるからな」 「お前らと一緒なら、ピンチでもなんでもねえよ!」 「うむ! 任せろっ!!」 「手伝いますっ!」 「俺たちで力になれるのなら……」 「手を貸そう」 「雲呑さんには何もしてあげられなかったから……ずっと 歯がゆかったのよね」 「そうですね」 「それで、私たちはどうすれば良いんですのっ!?」 「現状を報告するのじゃっ!!」 「深空は今まで、いつだって一人で戦ってきた。 何年も何年もずっと……ただ独りでだ」 「今、無茶のしすぎから来る体調不良と睡眠不足で 繋ぎとめていた最後の気力も尽きちまった」 「……なるほどのう」 「厳しいわね」 「たしかに絵本作家を目指す深空には、自分の作業 ペースも、そこからはじき出す間に合うか否かの 判断も、俺たちより正確に計れるはずだ」 「けど……それは、あくまで『独り』だった時の深空が 《一:・》《人:・》《で:・》絵本を描いている時のスピードにすぎない」 「だから俺は信じたいんだ……深空が、俺たちのことを 本当の仲間だと思ってくれているってことを!!」 「そして……俺たちが、あいつの仲間なんだってことを 証明したいんだっ!!」 「ふっ……なるほどの。読めたぞ、カケルの考えが」 「雲呑さん一人の問題なら……《そ:・》《れ:・》しかないわね」 「ああ。仮に発明品に頼っても、俺たちが手伝っても きっと深空は納得してくれないはずだ」 「そして何より、一人で絵本を完成させることにこそ意味が あるんだ」 だからこそ、みんな何も手伝ってあげられなかった。 これは深空の想いだけが籠められた、最高の絵本でなければダメだからだ。 「それでは、早速いかなくてはなりませんわね」 「頼む」 俺はみんなに深く頭を下げると、急いでその場を立ち去ろうと、みんなに背を向ける。 「どこに行くんですか?」 「今の深空に……大切なことを教えてやるために 行かなくっちゃならないところだよ」 「え?」 「それまで、深空を頼んだっ!!」 慌てるみんなの答えを聞く暇も無く、俺は全力疾走で学園の外へと向かった。 「待ってろよ、深空―――」 <同棲する『兄妹』> 「二度寝している翔さんを起こして、二人で朝食を 済ませて、学園へ向かいました」 「憧れていた『お兄ちゃん』との一緒の登校に、思わず ルンルン気分でスキップしてしまいましたっ」 「翔さんも、何か言おうとしてましたけど、そのまま お兄ちゃんになってくれて……」 「もしかしたら、やっと妹って言う『距離』までは 近づくことを認めてもらえたのかもしれませんっ」 「えへへ。嬉しいですっ♪」 「あうぅ〜……翔さん、起きてくださいっ」 「ん……」 「お、お兄ちゃん……朝です、起きてください」 「お兄ちゃん……?」 「あ、起きました。おはようございます」 「お、おお。おはよう」 「さぁさぁ、早く一階のリビングに来てくださいっ♪ 朝ごはん食べて、今日も頑張りましょう」 寝惚けた頭で反射的に挨拶するも、かりんがいつもよりハイテンションだと言うことに気づく。 「ささっ、早く早く〜!」 「わ、わかったからちょっと待てって!」 ぐいぐいと笑顔のかりんに引っ張られるままにリビングへと移動する。 「あぅ♪ 早く食べて学園へ行きましょう」 「まだ時間に余裕もあるんだし、もう少しゆっくり 朝食を食べたって……」 「ダメです。あと3秒以内に食べ終わってください!」 「んな無茶な……」 「無茶じゃないです。私が強引に詰め込んであげますから ぜんぜん平気ですっ」 「ふがふがふが」 「あぅ! ごちそうさまでした」 「それでは行きましょう」 「ふが」 「ふんふんふふふ〜ん♪ あぅあぅあうぅ〜♪」 「ふがががが、ふが」 「翔さん、お行儀が悪いです。ちゃんと飲み込んでから おしゃべりしてください」 「ふががががが、ふがががふがっ!!」 「あうぅ〜っ! 何を言っているのかわからない上に メガネを取ろうとしないでくださいぃ〜っ!!」 「んぐんぐんぐ……ったく、詰め込みすぎだっての!」 「す、すみません……ちょっと舞い上がってました」 「何でそんなにハイテンションなんだよ、お前は…… 言っとくけどな、変な勘違いはするなよ?」 「俺は別にお前が好きで誘ったとか、そう言うんじゃ 無いんだからな?」 「あぅ、わかってますよ〜、ふふふふふふふ」 「すんげぇわかって無さそうなんだが……」 「わかってますってば。……えいっ!」 「わ、わかってねえじゃねえか!!」 昨日たまたま許してやったせいか、不意打ち気味に腕を組もうとひっついてくる馬鹿かりんを、慌ててひっぺがす。 「翔さん、ケチです。兄妹なら、このくらい普通です。 変に意識するってことは、私のことをえっちな目で 見てるってことです」 「ち、ちげーだろうがっ! なんでそうなるんだよ!」 「だって、兄妹なら例えべったりとくっついてたって 何とも思わないはずです!」 「それは……そうだけどもだな」 「えへへ。お兄ちゃん♪」 「だぁーっ! ひっつくなって言ってんだろ!!」 「ぶぅ〜ぶぅ〜」 「あのなぁ……」 「はい」 「お前は、ただの―――」 本当の兄妹じゃないと口にしようとして、それを単純に否定することに若干のためらいを感じる。 「ただの、なんですか?」 「……なんでもねえよ」 結局、妹として接してさえくれれば、俺の方がしっかりと理性を保てば、変な間違いも起こらずに過ごせるであろうことは確かだった。 ここで変にこじらせるよりもは、しばらく好きにしてやった方が良いかと思い始めていた。 「(ちっ……気がつけば随分甘くなっちまったな)」 俺は、メガネをかけた女性にここまで気を許している自分の変化に、驚きを隠せなかった。 「えへへ……ただの、妹、ですっ♪」 「…………」 かりんの柔らかいボリュームのある胸が肘に当たって思わず気恥ずかしくなるのを、ぐっと堪える。 俺は上機嫌なかりんを見ながら、こいつが新しく住む場所が見つかるまで、兄代わりになろうと密かに決意していた。 <同棲宣言!> 「生まれてくるはずだった弟と妹に相応しいような 立派な『姉』になりたいと言う私の切なる想いを 聞いた天野くん」 「そして、何を思ったのか、私と同棲をしたい なんて言いはじめましたの……」 「どっ、同棲って……何考えてるのよ翔!」 「静っちさん!? ど、どこから現れたんですの!?」 「ち、ちょっとありえない言葉が聞こえたから……」 「そ、そうなんですの……?」 「そ、それより花蓮ちゃん! か、翔と同棲って……?」 「わっ……私だって意味がわかりませんわ!」 「いいいいいいいい、いきなり同棲だなんて…… ステップを飛ばしすぎですわっ!」 「それはたしかに、いきなりプロポーズの返事を 求められるよりは幾分かマシですけど……」 「それはそうだけど、やっぱり普通じゃないわよね そんなのって……」 「でも、心のどこかでそれを拒絶できない私がいて…… 心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしていますの」 「え……?」 「じゃ、じゃあもしかして……花蓮さんは同棲の件を 受け入れるつもり……ってこと……?」 「……そう言うことに……なるかもしれませんわね」 「あ、あぁ……そ、そうなんだ……」 「静っちさん、どうかしまして?」 「あっ、べ、別になんでもないよ!」 「そ、そうなんだ……翔と花蓮ちゃんが、同棲を……」 「し、静っちさん……?」 「あ、あはは…………」 「?」 「……ばかっ……」 「え?」 「かっ……カケルのバカァーーーッ!!」 「ええっ!?」 「は、はやっ! ものすごいスピードで走り去って 行ってしまいましたわ」 「…………」 「……な、なんなんでしたの? 一体……」 「これも内緒なんですけど……実は私、保母さんに なりたいっていう夢がありますの」 「保母さんに?」 「ええ……ここで働いている保母さんたちを見て ますますそう思うようになってきましたわ」 「私もいつかあんな風に、子供たちと触れ合うような 仕事に就きたいって……」 うっとりと目を細め、照れたような顔になる花蓮。 「…………」 そんな花蓮を目の当たりにし、俺は思った事をストレートに口にした。 「……無理、だな」 「ええええぇぇっ!?」 花蓮が高い所から一気に落とされたような声を上げる。 「考えてもみろ。あんな汚いところに平気な顔して 住んでいる満足に掃除もできないお前に、大事な 我が子を預けられると思うか?」 「そ、それは……これから改善していきますわ」 「子供たちの栄養管理はできるのか?」 「まさか伸び盛りの子供たちに、コッペパンや カップ麺だけを食べさせてハイ、終わり…… って訳じゃないだろうな?」 「ううぅぅぅ〜〜〜っ……」 返す言葉も無いといった感じで、花蓮が歯軋りする。 「な、ならどうしろって言うんですの!?」 「そんなの、努力して摂生するしかないだろ。 今までの《荒:すさ》んだ生活態度を改めてだな……」 「私の生活のどこが荒んでるって言うんですの!?」 「あーもう、どっから説明すればいいことやら……」 あくまでも無自覚な花蓮の態度に、いい加減腹が立ってきた。 俺だってこいつの夢や想いを知った以上、できる限りの協力をしてやりたい。 そのためには、花蓮に基本的な生活力や社会的常識を叩き込んでやらなければいけないのだが…… 「…………」 「ど、どうしたんですの? 急に黙り込んで……」 「……はぁ」 困惑する花蓮の顔を見つめ、俺はため息をついた。 やはり、ここは俺が一肌脱ぐしかない、と。 俺はすでに、こいつの夢という名の船に片足を突っ込んでいるのだ、と…… 「花蓮……」 「……なんですの?」 そして俺は花蓮を正面から見据え、重い口を開いた。 「お前、今日から俺と一緒に暮らせ」 「……………………」 「…………」 「……はい?」 「正確には、今夜から俺がお前の部屋に転がり込む」 「生活力ってものをみっちりと叩き込んでやるから 覚悟して……」 「え……ええぇぇぇーーーーーっ!?」 「ま、待ってくださいまし! どっ、どうして そうなるんですの!?」 「ガキどものためだよ」 「お前みたいなヤツに教育を受けた子供たちが 大人になったらと思うと……この国の将来が 真っ暗だからな」 「でっ……でもでも、それって危なすぎますわ…… 年頃の男と女が、同じ屋根の下に住むことに……」 「ん? まあ、そういう事になるな……」 「倫理的な点も含めて、色々と問題がありますわ!」 「ふむ……」 アゴに手をあて、二秒ほど考えてみる。 「ま、合宿みたいなもんだろ」 「そんなあっさり!?」 わたわたと慌てふためく花蓮。 しかし、俺は自分の言葉を撤回するつもりは無かった。 こいつの話を俺なり受け止め、出てきた結論だ。 別に、同情している訳じゃない。 同じ空を目指す仲間として、夢を叶えてさせてやりたい。……そう思っただけだ。 「本気ですの……?」 「なんだよ、遠慮なんかすんなよ」 「い、いえ、遠慮という訳じゃ……」 「それに、俺だって一人暮らしには慣れてるからな」 「いわば先輩だぞ、先輩」 「で、でも本当に一緒に暮らすんですの……?」 「わかったら返事!」 「は、はいぃっ!」 「おし、いい返事だ」 満足して頷く俺と、顔を真っ赤にして固まる花蓮。 こうして、俺と花蓮……公私共に先輩と後輩が織り成す奇妙な共同生活が始まったのだった。 ……………… ………… …… <和解? 共同戦線> 「前々から思っていましたけど、天野くんって本当に おかしな方ですわ」 「自分勝手で、何を考えていのるかまるでわからなくて ……その……子供のような方ですのね」 「そうだよね〜。カッコいいのに、そういう子供っぽい ところがあるのが天野くんの魅力だよねぇ〜」 「……子供っぽいという点で言えば、ワタベさんも 相当なものですわよ?」 「ふえぇっ!?」 「まあ、ワタベさんのそういうところも女の子っぽくて 素敵な部分でございますわ」 「ふえぇぇ〜ん……年上に言う言葉じゃないよぉ〜」 「ああっ! な、泣かないでくださいまし」 「いいもんいいもん! どうせ私は子供っぽいもん!」 「……ふっ、ふえぇぇ〜ん!!」 「あっ! ちょっ、ちょっと、お待ちになって……」 ―――たったったったったっ…… 「い、行ってしまいましたわ……」 「…………」 「(泣いたワタベさんも可愛かったですわね……)」 「……コホン。ここからは、いなくなってしまった ワタベさんの代わりに、私こと姫野王寺 花蓮が お送りしますわ」 「それでは、早速始めさせていただきますわっ」 「昨日までさんざん私のことをからかってきておいて 今度は共同戦線を組みたいと言ってきた天野くん」 「いまいち釈然としませんけど……まあ構いませんわ」 「ここは大人の対応として、一緒に行動するくらいは 許して差し上げましてよ!」 「さっさと空を飛ぶ方法を見つけて、鳥っちさんを 助けて、こんな変な殿方とはおさらばですわっ!」 「……と思ったら、天野くんったら妙な事を呟いて 一人でどこかへ歩いて行ってしまいましたわ……」 「いったい何がしたかったのやら……あの方の 考えることは、いつもわかりませんわ」 「…………」 しかし、ここまで物事を都合よく解釈…… もとい、前向きに考えることが出来るなんて、これも一種の才能かもしれない。 「(……いや、根っからの天邪鬼なだけか?)」 しかし、踏みつければ踏みつけるほど伸びようとするこいつの雑草魂。 単に、プライドから来るだけのものかもしれないがそれは『マイナスをプラスに変える力』と言ってもいいのではないだろうか。 「…………」 「何、ジロジロ見てますの? やるなら本気で かかってらっしゃいませ」 ……例え、本人にその自覚が無かったとしてもだ。 もしかして、こいつなら本当に空くらい…… 「よし、決めた」 「……? 何がですの?」 俺は浅く息を吐いて、真顔で花蓮に向き直る。 「聞こう。俺はお前の味方になれそうか?」 「い、いきなり何をおっしゃいますの?」 「いいから答えろ。俺はお前の味方になれそうか?」 二度目の同じ質問に、怪訝な顔をして花蓮が考え込む。 質問の真意をつかめず、答えあぐねているようだ。 「……わかった、質問を変えよう」 「俺はお前の、敵か?」 シンプルな質問。 再び訪れた沈黙の後、花蓮がゆっくりと口を開く。 「まあ、少なくとも……敵ではございませんわね」 「……充分だ」 口元を吊り上げ、俺は笑って見せた。 「花蓮、一つ提案がある」 「なんですの、改まって」 「俺たちで、共同戦線を組まないか?」 「共同戦線……ですの?」 あまりにも突飛な提案に、花蓮が目を丸くする。 それはそうだ。さっきまで自分のことをコケにしていた男が、いきなり協力を持ちかけてきたのだ。 いくらこいつが後先考えない性格でも、何かあると疑われて当然だろう。 「まあ聞けよ」 「かりんに俺たちメンバーが集められて一週間……」 「考え付く限りの事を試したが、相変わらず 空は飛べていない。そうだな?」 コクリと、花蓮が頷く。 「しまいにゃ、頼みの綱の麻衣子までもが頭を抱える 始末だ。そこで―――」 一息でそこまでしゃべって、顔を上げて花蓮を正面から見据える。 いつもと違い、花蓮は真剣な顔で俺の話を聞いていた。 「俺とお前で何とか方法を見つけ出して、かりんを 空に飛ばしてやろうじゃないか」 「…………」 花蓮は黙っている。 呆れて返す言葉が見つからないか、それとも…… 「俺も出来ることは全部する。その相方は、お前が 適任だと思うんだ」 「でも、あのマーコさんでさえ達成できていない目標を 二人だけで遂げようだなんて……」 珍しく、花蓮の目が泳いでいる。 「あいつは根っからの科学者だからな」 「命を賭けてでも、科学の力でこの難題の答えを 紐解いていこうとするだろう」 「だったら……」 「だからこそ、それは麻衣子に任せて、俺たちは 俺たちにしか出来ない考え方で方法を模索して いこうと思うんだ」 「…………」 「まだ具体的な方法は全然思いつかないけどさ……」 「それでもお前となら、やって出来ない事は 無いと思うんだ」 「天野くん……」 「……何せ、お前は俺の悪ふざけについてこられる 数少ないバカだ」 「愛すべきバカって言ってやってもいいな」 「……! や、やっぱりからかって……」 「ま、かく言う俺も、そのバカの一人なんだけどな」 「…………」 「バカとバカが合わされば、何かすごい事が出来ると 思わないか?」 「…………」 花蓮は押し黙っている。 らしくない真顔の裏で、いったい何を考えているのやら…… 「……一つ、聞いてもよろしいですの?」 「なんなりと」 「どうして、私ですの?」 「底知れないパワーを感じたから」 「…………」 「可能性と言ってもいいかな」 実は50パーセント……いや、70パーセントは『面白くなりそう』というのが本音なんだが…… まあいい、まるっきり嘘は言っていないのだ。ここでそれを言って、コトを荒立てる必要も無いだろう。 「…………ふぅ」 再び訪れた沈黙の後、花蓮が深いため息をついた。 「わかりましたわ。あくまでも共同戦線……という形で しばらく一緒に行動してさしあげましてよ」 「……いいのか?」 「今さらですわね……」 再びため息をつき、花蓮が言葉を続ける。 「ダメと言ったって、どうせいつもみたいにどこからか 現れて付きまとってくるんですわよね」 「だったら、最初から私の目の届く場所に置いておいた ほうが、いくらかマシですわ」 諦めたような皮肉めいた口調の割に、声から悪意は感じられなかった。 「いいんだな? 一度言ったら俺はどこまでも 付きまとうぞ」 「しつこいですわよ。戦闘一族に二言はありませんの」 どこかで聞いたような、ことわざめいた事を口にして花蓮がそっぽを向いてボソボソと呟く。 「それに……私だって何も出来ないまま終わらせる 気はありませんもの」 「…………上等」 花蓮の頭にポンと手を乗せる。 「やめてくださいまし! こ、子供みたいな……」 「そんなつもりじゃないんだけどな……今後 一緒に行動する仲間として改めて……」 言い訳と取られたのか、俺の言葉なんかに花蓮は耳を貸そうとしない。 「いいですこと? 今回は天野くんがお願いしたから 私が譲歩して協力してあげるんでございますからね」 「くれぐれもそれを忘れないよう、慎んだ行動を してもらいたいものですわっ!」 「わかったわかった」 そう。弱気な花蓮より、意味も無く強気なほうがこいつらしい。 こいつとなら、きっと空を飛べる―――予言のような確信を胸に、俺はある種の満足感を感じていた。 「(……んな訳ないか……)」 「……? どうしましたの?」 「なんでもない、幸せに生きてくれ」 「へ? と、当然ですわっ」 なぜか得意げになる花蓮を尻目に、俺はその場を離れた。 やはり花蓮は花蓮だ。得られるものはありそうにない。 「はあ、仕方ない……」 誰の助けも借りられないとわかった以上、頼れるのは己の力のみだ。 俺は、しばらく一人で考えてみることにした。 <哀れ、鈴木……> 「あれれ〜? 天野くんの誘いを断って帰ったはずの 姫野王寺さんがいるよ〜?」 「話しかけてみたら、かなり挙動不審な感じの態度で どこかへ走り去って行っちゃったよぉ〜」 「どこに行ったんだろ……私のパン屋に来るのは いつも夕方だし……ミステリアスっ子だね〜」 「はわっ!? 姫野王寺さんが行っちゃったと思ったら 今度は鳥井さんがやって来たよ〜」 「もしかしたら、天野くんと一緒に帰るために 急いで追いかけて来たのかな……」 「はわわ、結局モテモテな感じで、両手に花な状態で 帰宅する天野くん」 「天野くん的にはお友達として仲を深めるために 一緒に帰っているつもり、なんだろうけど…… ちょっとだけヤキモチだよ〜」 「はわわっ、そんなモテモテ状態で帰っている時に 鈴木くんと木下くんに鉢合わせちゃったみたい」 「鈴白さんと鳥井さんの、タチの悪いダブル冗談で 二人も恋人がいると勘違いしちゃった鈴木くん」 「相当ショックだったのかな。旅に出る〜って 叫びながら、どっか行っちゃったよ〜」 「鈴木くん、本気なのかな……あはは、まさかね〜」 「ん……?」 「どうしたんですか?」 「いや……前方に見慣れたヤツを見かけたんで」 「見慣れたやつ?」 「ああ、花蓮ですよ。姫野王寺んトコの花蓮ちゃん。 心なしかソワソワしてるし……あんなとこで一体 何してるんだ……?」 ヤツは見るからに挙動不審と言った感じで、ふらふらと辺りを《窺:うかが》いながらうろついていた。 「よっ」 「ひゃあっ!? ああああっ、天野くん!?」 「んな大げさにビビらなくてもいいだろうに……」 「な、何の用ですのっ!? 私、こう見えても 忙しいんですのよ。用が無ければ失礼させて 頂きますわ」 「あ、ちょっと、おいってば……」 引き止める間も無く、逃げるようにその場を走り去ってしまった。 「挨拶も出来ませんでした」 「まったく、いったい何だったんだ? アイツ…… 今度、機会があったら訊いてみるか」 一緒に帰る誘いをあっさり蹴られてしまったのも何か特別な理由があったのかもしれない。 「どどどどどどど……」 「ん?」 「どっかりーーーーーーーんっ!!」 「おわっ!?」 謎の体当たりを背後から喰らって、思わず前のめりに倒れそうになる。 「ふぅ……やっと追いつきました」 「か、かりん!?」 「鳥井さんですか?」 「あぅ! 灯さん、こんにちはですっ!!」 「ふふふっ、元気いっぱいですね」 「元気だけが取り得だと、翔さんにもしつこく 言われました」 「勝手に事実を捏造するな!」 「あぅ……すみません」 「で、何でお前がここにいるんだよ?」 「深空と一緒に帰るんじゃなかったのか?」 「翔さん、細かいことを気にしすぎです」 「お前が適当すぎるんだろ……」 「どんだけー」 「どんだけー」 「先輩も意味不明に共鳴しないで下さい」 「ぶぅ。鳥井さんとのコミュニケーションを妨害 するなんて、天野くん酷いです」 「ここで会ったのも何かの縁ですので、一緒に帰る ことにします」 「ああもう、勝手にしろ……」 これ以上メガネ娘を相手にしても疲れるだけなのでしょうがなく折れておくことにする。 「えへへ……勝手にしますっ」 何がそんなに嬉しいのか、ぴったりと俺の横にくっついて、並んで歩くかりん。 結果的に、先輩とかりんに挟まれるような形で歩くことになる。 「(なんつーか、少し落ち着かない配置だな……)」 「あー、ヒマだ……ヒマすぎるっての!!」 「夏休みを有意義に過ごすために、俺達も何かに 打ち込むべきなんじゃないのか……?」 「って言うかせっかくの夏休みだってのに、天野のヤツ どこに行ったんだよ!?」 「さぁな」 「げっ……鈴木に木下じゃねぇか……」 普段ならさして問題は無いのだが、女に餓えている今の鈴木にこの状況を見られるのはあまり好ましく無いと言えるだろう。 「あの、二人とも……」 「翔さんのご学友さんですね」 「はい。わかってます」 「あ、ああ。悪いな」 どうやら説明するまでも無く察してくれたようでほっと一息つく。 「えいっ!」 「あう!」 「ちょっと待て! なぜそこで二人してくっつく!?」 「ん……?」 「あれは……天、野……っ!?」 「なななななっ、おまっ、おまおまおまっ……お前っ! 何やってんだよっ!!」 「待て鈴木っ! とにかく全部、《著:いちじる》しく誤解だ!!」 「つかぬ事をお聞きしますが、天野とのご関係は?」 「ご関係……ですか?」 「えーっと……子供の頃にオトナのお医者さんごっこを したような関係……でしょうか」 「なっ……なんだとおおおおおおおおぉぉぉっ!?」 「先日も朝まで一緒に過ごした仲だったりします」 「朝まで……」 「天野、てんめええええええええぇぇぇっ!! ナンパが成功したの黙ってたなぁ〜〜〜っ!」 「待て! 落ち着いて考えろ!!」 「むっ。ナンパ……?」 「こっちはこっちで何か勘違いしてるしっ!」 「ナンパなんて、不倫すぎですっ!!」 「不倫……? お前、もしかしてこの子も……」 「あぅ。私は翔さんの婚約者……と言うか、妻です」 「ノッオオオオオオオオオオオォォーーーーウッ!!」 「既婚……?」 「はい」 「はい、じゃねえだろっ!!」 かりんと先輩のジョークが通じず、あの木下まで驚いてしまっていると言う、まさに最悪の事態だった。 「ちくしょおぉっ! もうお前なんか絶交だぁっ! 木下と旅に出て、絶世の美女達とパラダイスして 土下座させてやるううううぅぁぁぁぁーーっ!」 「のわっ!? お、落ち着け鈴木っ!! 俺を強引に 引っ張るなっ!!」 「ちょ、ちょっと待てよ、鈴木っ!」 勘違いしたまま、泣きながら木下を引っ張って鈴木は遥か彼方へと走り去ってしまった。 「ふふふっ。ごめんなさい、冗談が過ぎましたね」 「先輩……タイミング悪すぎです」 普段ならそれなりに冷静に対処できた可能性もあるが彼女に飢えていて、ナンパ失敗の後だったからな…… 「それじゃあ天野くん、私はここで失礼しますね」 「あ、ああ。そっか、先輩の家そっちなんだ」 「はい。鳥井さんも、また明日お会いしましょう」 「あう! 協力してくれてありがとうございますっ!」 「ふふふっ。いえいえ、どういたしまして」 「また明日ですっ!!」 ぶんぶんと腕を振るかりんに見送られながら、先輩が遠ざかっていく。 それを見納めてから、俺も帰路を歩き始める。 <啖呵を切る王子様> 「泣きながら抵抗する私とお父様の間に立ったのは 他の誰でもない、翔さん……」 「誰も逆らえないはずのお父様を前にして、一歩も 《退:ひ》かず、啖呵を切るその姿はまさに私の王子様の ようでしたわ……」 「そんな翔さんが気に入ったのか、お父様達はひとまず その場を去って行きましたわ」 「でも、去り際にお父様が残した言葉……」 「私に必要なのは、翔さんなのか、それとも…… 姫野王寺家なのか」 「もしもお父様に決断を迫られた時、私は本当に 正しい選択ができる自信がありませんわ……」 「……どういうつもりだ、小僧?」 花蓮の父親の声が、一段と低くなった。 「どういうつもりも何も……言っただろ?」 「アンタ達の問題なんか、知ったこっちゃないんだよ」 「貴様……」 「それに、アンタみたいな子供を思い通りに出来ると 思ってる親……気に入らないな」 「……ほう?」 俺を取り囲む黒服を手で制し、花蓮の父親が不敵に口元を吊り上げる。 「威勢だけはいいようだな、小僧……」 「いいだろう、文句があるなら聞いている」 あくまでも余裕の態度を崩さずに、花蓮の親父が言う。 「確かに、あんたの言っている事は正しいかも しれない……」 「翔さん……」 「けれど、それは一方的に……アンタの視点から見た 正しさでしかないだろ!」 「フン、何を言うかと思えば……」 「これから花蓮が進もうとしている道は、でこぼこで アンタから見たらメチャクチャなモンかもしれない」 「でもな……こいつはその道を、まだ歩ききって ないんだよ」 「…………」 「ゴールしてみなきゃ、その道が間違いかどうかなんて わからないだろ」 「だからせめて、卒業までは大目に見てくれないか?」 「……つまり、花蓮が学園を卒業するまでの数年間 連れて帰るのを待て、と?」 「……そうだ」 「フンッ」 そんな俺の頼みを、花蓮の親父は一笑に付す。 「そんな事をしても、お前のような低俗な男と一緒に 居るようでは失敗するのが目に見えているわ」 「……それでも、アンタが示した道とやらよりは よっぽどマシだぜ」 「……何?」 「この先どんなに富を築こうが、多くの物を得ようが そんなもの関係ねえ……」 「今、こうして花蓮が涙を流し続けなきゃ選べない 道なんかよりも……」 「例えつまずいて支えが必要でも……そこまでの成功が 出来ない道だとしても……」 「それでも俺なら、花蓮がずっと笑顔でいられるように してやれる」 「こいつはアンタなんかより、俺といた方が 何10倍も何100倍も幸せなんだ!!」 思いの丈を、俺は一歩も退くことなく花蓮の父親に正面からぶつけてやった。 「フッ……フハハハハハハッ!!」 しかし花蓮の親父はまったく動じることなく、口元をゆがめて笑った。 「そうして誤った道を歩き続け手遅れになる前に 心を鬼にしてでも、正しい道を歩ませるのが 真の愛と言うものだ」 「そんな一方的な理屈……納得出来るかよ!」 「貴様らが納得する必要などない」 表情一つ変えず、花蓮の父親が言い切った。 「話はそれだけか? おい、連れて行け」 合図を受けた黒服が、花蓮を車に押し込めようとする。 「田中さん、いいのかよ!」 「私はいつでも、花蓮お嬢様のため最良の選択を しているだけでございます」 「…………っ!!」 憎たらしいほどに淡々と、普段となんら変わらない声色で田中さんが言った。 「こうやって花蓮の意思を無視して連れて帰る事の どこが最良の選択なんだよ!!」 「どこの馬の骨とも知れない男が娘を間違った方向に 導こうとしているのだ」 「それを救う事こそ、真の親心というものであろう?」 「ふざけんな! 花蓮が笑顔でいられるようにする事が 間違いのはずない!!」 「なぜ貴様にそんな事が言える」 「好きなヤツを泣かせない道を選ぼうとする事が 間違ってるはずないって言ってんだよ!」 「もしそのせいで花蓮が間違った道を進もうとするなら 俺がちゃんとした道へ導いてみせる!!」 「…………」 花蓮の親父は何も言わずに、黙って俺を見つめる。 そして…… 「ククッ……フ、フッフッフッフ……」 「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」 隠そうともせず、大笑いした。 「テメエ……何がそんなに!」 「口だけとは言え、そこまでほざけるなら大したものだ ……小僧」 「だ、誰が口だけだって……」 俺を無視するかのように、花蓮の親父は顎に手をあて何か考えるふりをする。 「ふむ……いい事を考えた」 「……いい事?」 「そうだな……貴様らに一つ、授業をしてやろう ではないか」 花蓮の親父が指で合図すると、黒服たちはあっさりと花蓮を解放した。 「翔さんっ……!」 「花蓮! 大丈夫か……?」 俺の胸に抱きすくめられる花蓮を見ながら父親が口を開く。 「花蓮……お前に必要なのはその男か、それとも 姫野王寺家なのか、わからせてやる」 「私に、必要なもの……」 「俺はアンタみたいな傲慢な男に、負けやしないぜ」 「では、お前の言葉がどれほど薄っぺらく意味の 無いものか、教えてやろう」 ニヤリとした笑いを口元に浮かべ、花蓮の親父は黒服に護られるように車に乗り込んだ。 「それでは、失礼いたします」 慇懃に一礼し、田中さんも運転席に戻っていった。 「……花蓮」 「……お父様……」 遠ざかっていく車のエンジン音を聞きながら俺たちは不気味なほどあっさり引き下がった姫野王寺 賢剛の真意を、測れないでいた。 そう、この先に待つ運命が、どんなものであるのかを。 <報われない努力> 「みなさんに見送られて、翔さんと二人で学園を出て 私のお家に向かいました」 「私、徹夜だったし、とにかく嬉しくて……興奮気味に 翔さんに話しかけていました」 「お父さんと仲直りしたら、久しぶりに一緒に食事を したいとか……そんな話ばっかりしていました」 「あはは……ほんと、私……馬鹿みたいです」 「私が勝手に一人で空回りしてて……もう十年くらい ずっと上手く行ってなかった、お父さんとの関係が プレゼント一つでどうにかなると思ってて……」 「そんなわけ、ないですよね……」 「結局、絵本作りも、私の現実逃避だったんです」 「私のプレゼントは、貰ってすら、もらえなくて……」 「自分に都合の良い勘違いをしていたのが、本当に 恥ずかしくて、馬鹿みたいで……」 「そんな自分の馬鹿さに気がついたら、私、もう 涙が止まらなくって……」 「その場にいられなくなって、逃げ出したんです」 「お父さんから、翔さんから、そして……現実から」 「みんなの想いに応えられなかった自分が悔しくて…… それ以前に、私なんて、みんなが支えてくれるほどの 価値も無い存在で……」 「生きているだけで、いつもお父さんを縛って…… 傷つけて、苦しめるだけの、いらない子なんです」 「だから……ごめんなさい、翔さん……私、もう……」 「だ、大丈夫ですか? 翔さんっ!!」 「心配するなっ! へっちゃらだっ!!」 徹夜明けの深空を抱きかかえたままでの全力疾走はさすがに堪えたが、今までロクに手伝えなかった末ついに役に立てる時が来たのだ。 ここで奮起しなければ、深空の恋人としても、そして仲間としても、友達としても失格と言うものだ。 「わたし、みなさんになんてお礼言ったらいいか……」 「絶対間に合わないって思ったんです」 「いえ、みなさんがいなかったら、絶対に間に合って いませんでした」 「そうだな……みんな、支えてくれたもんな」 「翔さんがいなかったら、きっとダメダメな絵本になって ました」 「それどころか、きっとまた塞ぎこんで……」 「絵本作りも、お父さんへのプレゼントも、ぜんぶ止めて いたかもしれません」 「もし少しでも役に立てたんなら嬉しいんだけどな」 「少しだなんて、そんなことないですっ!!」 「とても……言葉では表せられないくらい、翔さんに たくさん助けてもらいましたっ!」 「いつだって、翔さんはあったかくて……私のことを ずっとずっと支えてくれていましたっ」 「だから、私がんばれたんです」 「だから、ここまで来れたんです……」 「そっか」 「はい」 えへへ、といつものように笑顔を見せる深空。 不眠不休のせいでボロボロだったが、それでも俺は今までのどんな笑顔よりも綺麗だと思っていた。 「もし、お父さんと仲直りできたら……」 「ん?」 「その、いきなりは無理かもしれないんですけど…… 少しずつ、仲直りできたら、ですね……」 「私、一緒に……晩御飯が食べたいです」 それは、なんともささやかな……けれど二人にとってかけがえの無いほどの、素晴らしい提案だった。 「私の手作りの料理で……美味しい、って言ってくれる お父さんと、学園で起きたことをお話をしたり……」 「お休みの日にどこかへ出かけたりする予定を立てて 笑い合うような―――そんな素敵な晩御飯です」 「……無理、でしょうか?」 「いや……できるさ、深空なら」 本来なら、何年も前からあるはずだった日常の欠片。 手作りの料理で父親を喜ばせたいと言う、幼い頃の深空がずっと描いてきた夢の欠片だった。 きっと悲しい事故さえ起きなければ、それは本来、あの時に実現していたはずなのだ。 「がんばれ、深空」 「はいっ」 たとえ料理が上手く作れない身体になっていたとしてもその傷だって、きっと癒えるはずだ。 俺がいて、仲間がいて……そして、家族の支えがあれば。 「もうすぐ、叶うんだ」 「……はい」 「だから、これは……そのための、最初の一歩だ」 俺はそう言いながら、ゆっくりと深空を地面に降ろす。 「あ……」 深空の家の前に着き、そしてちょうどその家からスーツ姿の男性が姿を現したところだった。 「お父さんっ……」 「……深空か」 「あ、あの……」 ギリギリセーフで間に合った嬉しさでほころぶも、すぐに緊張の表情を見せる深空。 「(がんばれ、深空……あと、一歩だ)」 そう、いつだって深空は、その一歩が踏み出せずに何年もずっと孤独な日々を過ごしてきたのだ。 けれど、今は……俺たちとの出逢いで成長した深空ならきっと――― 「あ、あのね……」 「…………」 きっと、その一歩を踏み出せるはずだ。 「(だよな、深空……)」 「わ、私……」 「絵本を……」 「絵本?」 「う、うん。絵本を、作ったの」 「…………」 「だ、だから、その……」 「お父さん、お誕生日―――」 「おめでとうっ」 深空は精一杯の想いを籠め、その永遠とも思える一歩を……何年もかけて、やっと……踏み出した。 「ふっ……そうか」 「それで、絵本と言うわけか」 「う、うん」 すっ、と父親の手が伸びる。 「は、はいっ!」 慌てて、プレゼントしようと抱きしめていた絵本を前へ差し出そうとする深空。 そして、そのプレゼントは――― 「お前にとって、今日は―――おめでたい日なのか」 「え……?」 その父親の手によって、叩き落されていた。 「母親の死んだ日が、お前にとってはめでたいのか、と 言ったのだ」 「あ……」 「私にとって今日は、めでたい日などではない。もう何年も 経つのに、そんなことも解らないとはな……」 「その私に、水穂を思い出させるような絵本を渡してくる と言うのか? お前は……」 「ソレは、今までお前を冷たくあしらってきた私への あてつけのつもりなのか?」 「ち、ちが……」 「お前を見ているとイライラするのだよ、深空」 「外見は水穂のようでいて、いつもウジウジとして、性格は 丸逆で……存在自体が、私を逆撫でるのだ」 「……っ」 「私へのプレゼントだと……?」 「そこの男と、毎日夜遅く帰ってくるような親不孝娘を 私の目の前から消してくれる方が、よほど素晴らしい プレゼントだと思うがな」 「あ……ぅ……」 「私が知らないとでも思ったか? 家に電話しても 音沙汰が無かったから、偶然早く帰ってきた日が あってな……その時に知ったんだよ」 「母親の墓参りにも来ないで、その男と一緒に……のん気に 私へ絵本をプレゼントだと?」 「水穂の姿をして私の前でちらつくお前は―――目ざわり 以外の何者でも無い!!」 「わ、私……お父さんと、仲直り、したくて……」 「そうか……お前の気持ちは、よく解ったよ」 ぎり、とこっちまで聞こえる歯軋りの音を立てて、父親は深空の方を睨みつけていた。 「こんなチャチなプレゼントで、私との関係が元に戻ると 思っている、と?」 「ぅ……」 「私とお前の数年間は、こんな手作りの絵本一つよりも 価値の無いものだと思っている、と?」 「そう言うことなのだろう?」 「わ、私……」 「どうやらお前とは、私が考えていた以上に大きな溝が あるようだな」 「こんな《絵本:もの》で、どうにかなると思われるほどに軽いもの だと考えられていたとはな」 「ごめ……な、さい……」 ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、深空はぐしゃぐしゃになってしまった絵本を見る。 「フン……逝った水穂のことを思うと、不憫でならん」 「こんな馬鹿娘には……水穂が身を挺して庇うほどの大層な 価値など、なかったと言うのに」 「……っ!」 「《今:・》《の:・》お前には、水穂が救い出した意味などまったく 感じさせられない」 辛辣な言葉を浴びせられ、力なくうずくまる深空。 「ごめんなさい、お父さん……私……」 深空はボロボロになった絵本を震えながら拾うと、そのまま駆け出して、この場を立ち去ってしまう。 「……フン」 深空の父親は、下らない茶番劇を見たと言うような顔をして特に深空を追うそぶりもみせず、仕事に行こうと、その背を向けていた。 <変えられない悲劇> 「ギリギリで完成する、深空ちゃんの絵本。でもやっぱり 埋めることができない、お父さんとの大きな溝……」 「失意に溺れて駆け出してしまう深空ちゃんに それを追いかける翔さん」 「やっぱり悲劇は繰り返されてしまうのでしょうか? 絶対に、止められないんでしょうか?」 「でも、今回は……私は翔さんと恋仲になりました」 「だから、今度こそ―――深空ちゃんの下へ行く 翔さんを絶対に止めて見せますっ!!」 「お願いです、翔さん……ここから先には行かないで くださいっ!!」 「俺はかりんの言葉を受け入れてしまった」 「足を止めた俺を待ち受けていた現実は、深空の自殺 と言う受け入れがたいモノで……」 「そして、死んでしまった深空と同一人物だった かりんの存在までもが、消えてしまったのだ」 「俺は……一番大切な人を、この手で守ることが 出来なかったんだ……っ!!」 「大丈夫か、深空?」 「はい……大丈夫、です」 おぶってやると言う俺の申し出を断り、どうしても自分一人の力で父親に絵本を渡したいと提案をするふらふらの深空を心配して、つい声をかけてしまう。 「せっかく、みなさんのお陰で完成した絵本を渡さずに ……倒れちゃうわけには、行きませんからっ」 「ああ。そうだな……」 間に合わないかもしれないと言う不安を抱いていたゆえに無事にやり遂げられた達成感で、相当なハイテンションのようだった。 「深空ちゃん……無理はしないで下さい」 「かりんちゃん……大丈夫だから」 今にも倒れそうな深空を支えようとするかりんを制しあくまで一人で歩こうとする深空。 不眠不休の作業と徹夜続きで、体力はすでに限界に近いはずだが、まだ気力が充実しているのだろう。 この調子なら、張り詰めた気力も絵本を渡すまではどうにか保てそうだった。 「頑張れ深空……! あと一息だぞっ!!」 「はい―――はいっ!!」 よたよたと、危なげながらもしっかりと前へ進む深空を見守るように、俺とかりんは共に目的地へと向かう。 「はぁっ……はぁっ……」 「…………」 「お父……さん……」 深空の呟きを合図にしたかのように、全員の視線が目の前の一点へと集中する。 「深空か……?」 俺たちの目の前には、一人の男が悠然と立っていた。 「…………」 かりんが無言で、ぎゅっと俺の裾を握って来る。 多少違う道を歩んできたとは言え、かつての自分と同じ光景を見ているのだろう。 だからと言って俺には、かりんの気持ちなど――― 「っ……」 わかる、はずも……無かったのだ。 「深空……」 思わず不安になり、大切な人の名を呟いてしまう。 それは、本来なら気づくはずの無い違和感だった。 「翔……さんっ」 震える手を必死に押さえている、かりんさえ見なければ。 「お父さん……あのね……」 「…………」 「(そんな事って……あるかよ……)」 最悪の事態が脳裏を過ぎり、拭い去ることの出来ない嫌な予感を抱いていた。 「プレゼントが……あるの」 「プレゼント?」 あるはずが、ない――― 「うん。えっとね、絵本をね……作ったの」 「…………」 深空の努力を否定するような……そんな悲しい結末は―――認められるはずが、ない。 「だから―――」 けど、それなら、どうして…… 「お父さん……」 「お誕生日―――おめでとうっ」 あの強かったかりんが、こうも弱々しく見えてしまうと言うのだろうか。 「……そうか。なるほどな」 「お父……さん?」 戸惑う深空をあざ笑うような冷静な仕草で、父親の手が絵本へと伸びる。 「あ……はいっ!」 慌てて、プレゼントしようと抱きしめていた絵本を前へ差し出そうとする深空。 そして、そのプレゼントは――― 「お前にとって、今日は―――おめでたい日なのだな」 「えっ……?」 俺の願いも空しく、父親の手によって叩き落されていた。 「水穂の死んだ日は……お前にとっておめでたいのだな」 「ち、違……っ!」 「水穂の望みだったからこそ、あの学園に通わせたと 言うのに……とんだ失敗だったな」 「そのような低俗な連中と付き合っているとは…… とんだ不良娘になったものだ」 「っ……」 辛辣な言葉を浴びせられ、泣きそうになる深空。 心身共に限界のところへ、大好きな父親からの言葉なのだから、無理もなかった。 「毎夜遅くまでそんな者共に《誑:たぶら》かされて、夜遊びか?」 「んなわけねーだろ……アンタのために毎日徹夜で 絵本を作っていたに決まってんだろ!!」 「秘密にするために、家じゃなく……学園で必死に 作ってたんだよ!!」 「フン……どうだかな」 「どのみち、母親の墓参りにも来ないで、のん気に お友達とやらと戻ってきた事に変わりは無い」 「……ごめん……なさい……っ」 深空は、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、地面に叩き落された絵本を見る。 「年に一度の母親の墓参りにすら来ないとは…… 逝った水穂のことを思うと、不憫でならんな」 「…………」 「水穂がその身を挺して救った結果が、これか」 「…………」 「今のお前には、水穂が救い出した価値をまったく 見出せんな」 父親に辛辣な言葉を浴びせられ、力なくうずくまる深空と、それをただ黙って見つめる、かりん。 その表情を見ても、この光景をどう思っているのか簡単には《窺:うかが》い知れなかった。 「ごめん、なさい……お父さん……」 「私……わたし、バカだから……頭の中、お父さんの 誕生日の事で、いっぱいで……っ!!」 地面に落ちた絵本を拾い、深空が泣きながら駆け出す。 「深空っ!」 「待って下さい、深空ちゃんっ!!」 止めようと差し伸べたかりんの手をするりと抜けて深空は、そのまま走り去ってしまう。 「……ふん」 父親は走り去る深空を黙って見送り、何事も無かったかのように、仕事へ行こうとその背を向けていた。 「深空ちゃん……!!」 深空に数瞬遅れて、かりんがはじける様に走り出した。 「……深空は……あいつは、必ず戻ってくる」 「アンタへの想いは、俺たちが誰よりも知ってるからな」 「……だからその時は、あんたも逃げるなよ、オッサン」 「…………」 俺の言葉に振り返る事無く、深空の父親はその場を立ち去ってしまう。 だが、ここで俺が激昂したところで意味は無いだろう。 「待ってろよ、深空……かりん……!!」 そう思い直し、俺はすぐに二人を追いかけるために深空たちの走り去った学園の方へと向かう。 「くそっ……深空……お願いだから早まるなよ……!!」 俺は、とてつもなく嫌な予感を抱きながら、全速力で来た道を引き返すのだった。 「はぁっ……はぁっ……」 当ても無く走ってきたせいで、気がつけば俺は学園の前へとやって来ていた。 「深空―――」 そして、まるで運命に導かれたかのように、屋上へ続く階段を上る、深空らしき姿を見つける。 「あいつ……まさか―――!!」 最悪の《結末:ビジョン》が脳内に浮かび上がった俺は、慌てて学園の中へと入ろうとする。 「!!」 だが俺は、すぐにその足を止めてしまう。 いや、止められてしまった。 「……翔さん……」 「かりん……?」 そこには、俺を止めるように立ち塞がる少女がいた。 「約束してくれたはずです。今日は―――学園には 入らないって」 「緊急事態に冗談言ってんじゃねーよ、かりん……」 「冗談なわけ、無いじゃないですか」 「じゃあ、本気で俺を止めてるって言うのか?」 「深空を―――『お前』の全てを愛せと言ってくれた 鳥井 かりんが、俺を……止めるのか?」 「……はい。本気で、止めているんです」 「何でだよ……何でなんだよ、かりんっ!!」 「雲呑 深空と言う少女を一番理解している私がする…… 最愛の人への、一生のお願いなんです」 「今だけでも良いんです。だから、今だけは…… 『私』の事は、放っておいて下さい」 「ちげーだろ……今だからこそ……今だからこそ 俺は、深空のためにアイツのとこへ行かなきゃ ならねーんだよ!!」 「今、不安定な深空の支えになってやるのが…… お前を好きでいる、俺が考え得るベストなんだ」 「私自身が、翔さんを拒んでいるのに、ですか……?」 「ああ。そんなのは関係ねーな。俺はお前が好きだから ……だからお前のために、ベストを尽くすんだ」 「お前に好かれるためにしたいんじゃなくて……俺が お前を好きだから、助けてやりてえんだよ」 「…………」 「俺が好きな雲呑 深空って女の子は……今、誰よりも 王子様が助けに来るのを、待っているんだからな」 そう―――俺は、約束したのだ。 彼女と初めて出逢った、あの夜……いつかきっと王子様として、あいつを迎えに行くのだと。 「かりんだって、解ってるはずだ。深空が今、何よりも 俺たち仲間の存在を求めている事を」 「だから、俺は行く。例え本人に否定されようが…… それでも俺は、お前を支えてやりたいんだ」 「…………」 「それが……《『深空』:お前》への想いを貫く、俺の答えだ」 「……また、なんですか」 「え……?」 「せっかく恋人になれたのに……それでも私の声は 翔さんに届かないんですかっ!?」 「……かりん……」 まるでこれが何度も繰り返してきた結末かのようにやりきれない表情で、泣き叫びながら訴えるかりん。 そして俺は、ある一つの予感を抱きながらも、同時にかりんの果てしない道のりを理解した。 「お願いです、翔さん……私だけを、見て下さい」 「過去の私じゃなくて、鳥井 かりんと言う少女を 最初に愛してくれたのが……嬉しかったんです」 「だから……私だけを……愛して、下さい」 「…………」 「やっぱり、私だけを見てくれないと……嫌なんです」 「だ、だから―――」 「かりん……」 俺に下手な嘘は通用しない事を解っているはずのかりんがそれでもなお、そんな偽りの言葉を口にする。 それは、かりん自身すらも騙せない、安っぽい虚言で……だからこそ、彼女が手詰まりなのだという事を理解する。 不器用なかりんには、もう俺へ訴える術がなく……ただ真っ直ぐに、言葉をぶつけるしかないのだ。 「お願いです、翔さん……私を選んで下さいっ!! いつもみたいに、優しく抱きしめて下さいっ!!」 「かりん……」 そこにはすでに打算も計算も無く、ただぽろぽろと大粒の涙を流しながら訴える、かりんの姿があった。 「俺は―――……」 「俺は、お前の事を……傷付けたくねーんだ」 「翔さん……それじゃあ……」 「ああ……俺は―――」 「お前を、選ぶよ」 「翔……さん……」 「嬉しい、です……」 「私の言葉を、受け入れてくれて―――」 「かりん……?」 「これで、翔さんを……助ける事が、出来ました……」 「な、なに言ってるんだよ、かりん……」 「約束、果たせなくて、ごめんなさい―――」 その言葉を最後に、俺の目の前から、かりんが姿を消してしまう。 「かりん……?」 「冗談だよな……ははっ」 「例の超科学か何かで、消えたフリしてるんだよな?」 「……なんとか、言えよ……」 「なんとか言えよ、馬鹿野郎ぉぉぉーーーっ!!」 「俺は……お前を傷つけたくないんだよ」 「お前を、悲しませたくないんだ」 「翔さん……じゃあっ!」 「けど―――これは、違うだろ」 <夏だ! 海だ! メガネだぁ〜っ!?> 「久しぶりに遊べると言うことで、海に着いてから やたらとテンションが高いマーコさん」 「思いっきり遊ぶために、相楽流トライアスロンで 勝負することになったみたいです」 「あぅ……いったい普通のトライアスロンと 何が違うのでしょうか……?」 「灯さんと一緒にいた私は、実況をすることになった 深空ちゃんと一緒に、レースを見学しました」 「気になる相楽流トライアスロンの内容は…… あぅ!? そ、それはさすがに過酷ですっ!」 「海の家での早食いの後、遠泳をして、デスマラソンと 言う、良い子は絶対に真似しちゃダメな順番の危険な レースみたいですっ!」 「あぅ……大丈夫でしょうか、みなさん……」 「って、静香さんは普通に食事を楽しんでいて、すでに 早食いするつもりが無いみたいですっ!」 「それとは対照的なのが、翔さんと櫻井さん、それに マーコさんと花蓮さんの4人です」 「マーコさんは、自分で食べずにトリ太さんの口に 押し込んで食べさせる反則じみた技で、一番乗り で完食してしまいましたっ」 「それを追って、すごいスピードで完食する花蓮さん」 「あぅ! す、すでに人間業じゃ無いですっ!」 「一方、翔さんと櫻井さんは、かなり互角の勝負を 繰り広げているみたいです……」 「あう! でも、ついにその均衡をやぶるべく、早くも 櫻井さんがスパートをかけて来ましたっ!!」 「このままじゃ、どんどん差が開いてしまいます……」 「あぅ……翔さん、どうするつもりなんでしょうか?」 「今後のレースを考えて、つられずにペースを落とした 翔さんですが、結局そこで大差をつけられてしまって あっさりと負けてしまいました」 「活躍する翔さんが見れなかったのは少しだけ 残念ですけど、無理しなかったので、怪我も 何も無くて一安心ですっ」 「あう! 負けじと後先考えずに全力で焼きそばを 平らげる翔さん!!」 「見てられなくなって静香さんがどうにか暴走を 止めましたけど、櫻井さんは大差をつけられて 実質リタイア状態になっちゃったみたいです」 「かなり辛そうですけど、翔さんはまだ諦めるつもりが 無いみたいです」 「少し心配ですけど……翔さん、頑張って下さいっ!」 「海じゃああああああああああああああぁぁぁっ!!」 「あぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ちょっと二人とも、ちゃんと準備運動してから 海に入らないと危ないわよっ!?」 「ふふふっ……みなさん元気いっぱいですね」 「当然ですわっ! 雲っちさんも、テンションMAXで 楽しむべきですわぁ〜っ!!」 「はいっ! 私も混ぜてください♪」 「ちょ、ちょっと! だからちゃんと準備運動をしないと 危ないってば!!」 「溺れたら溺れたで、そんときゃ速攻で俺たちが 助けるから、大目に見てやればどうだ?」 「根本的な解決にはなってないと思うんだけど…… でも、そうね。二人も男の子がいるんだもんね」 「基本的には、ライフセーバーに任せれば安心だろう」 「はぁ……まぁいいわ。私は準備運動して入るけど」 「(なんと言う、逆に自分だけ溺れるフラグ……)」 「ふむ。我輩はマイコが戻ってくるまで、肌でも こんがり焼くとするかな」 麻衣子に置いていかれてぐったりと地面に埋もれてるシュールな状態のトリ太が、唐突に話しかけてくる。 「焼き猫……じゃなくって焼き鳥になるだろ……」 「食べるなよ」 「不味そうだから食わねえって」 「これ、カケルッ! ボサっとしとらんで、さっさと こっちへ来んか!!」 「へいへい、わぁーったよ」 俺は準備運動もそこそこに、波打ち際で遊んでいる女性陣の元へと歩み寄る。 「あれ? 先輩は?」 てっきりみんなと騒いでいるのかと思ったのだがどうやらここにはいないようだった。 「パラソルの下で座ってましたので誘ったんですけど 荷物番をするって言って断られてしまいましたわ」 「例の認識阻害フィールドを使って人払いすれば いいんじゃない?」 「あぅ、すみません。アレは置いてきてしまいました」 「そっか、んじゃ荷物番は大事だよな。っつっても 先輩だけには押し付けられねーし、少し経ったら 交代に行くか」 「そうですね。その、私も付き添います」 「お、おう。そうだな。話相手がいると助かるし」 「ほぉ……あかりんは一人で放置なのに、カケルには 付き添いたいとは、なかなか大胆な発言じゃのう」 「ふぁっ!? べ、別にそう言う意味じゃ……」 「たしかに、先輩にも話し相手がいた方がいいよな」 「それでは、私が灯さんと一緒に荷物番をしてきます」 「うむ、申し訳ないがお願いするのじゃ」 「あぅ〜! 任せてくださいっ!!」 元気に返事をすると、ばしゃばしゃと水しぶきをたてながら、パラソルの方へと歩いていく。 「ところでカケル。ただこのまま戯れているのも つまらんと思わんか?」 「俺的には目のやり場に困るくらいパラダイスなんで 十分楽しいが……平和すぎて物足りなくはあるな」 「だろうな。恐らく、男としての闘争本能をかきたてる 何かが無いせいだろう」 「そこで、じゃ。みんなでスポーツ勝負でもせんか?」 「スポーツ勝負……ですか?」 「あら、楽しそうですわね」 「それで? 具体的には何をするんだ?」 「ふっふっふ……ズバリ! 相楽流トライアスロンで 勝負じゃっ!!」 「相楽流トライアスロン?」 「普通のトライアスロンとは違うんですか?」 「当然じゃ。あんな刺激の無い純粋な身体能力を測る 競技ではつまらんからの」 「運動神経にプラスアルファも加味された能力で勝敗が 決するゆえ、その結果も予測不可能なのじゃ」 「ふむ。なかなかに興味深い競技だな」 「ワクワクして来ましたわ!」 「んで、どんな内容なんだよ?」 「うむ。まず焼きそばの早食い競争、そして次に遠泳 最後にデスマラソンと言う順番のバーリ・トゥード 形式のビーチトライアスロンじゃ」 「プラスアルファって……結局、早食いの能力が加味 されてるだけじゃない」 「遠泳って、だいたいどのくらいの距離ですの?」 「そうじゃな……あの辺のブイを目印にすると、およそ 片道1キロってところかのう」 「早食いの後に遠泳2キロって……死ぬぞ?」 「何をヤワなことを言っておるのじゃ! そのくらい 気合でカバーじゃっ!!」 「本当に危険ですので、良い子のみんなは絶対に 真似しないでくださいね?」 「デスマラソンと言うのは、どの辺りがデスなんだ?」 「何せ早食いと遠泳の後のマラソンじゃからな…… 死にそうな状況で走る事を強いられるのじゃぞ?」 「それに最後の逆転のチャンスじゃし、勝つためなら 手段を選んではいられない状況になるじゃろうしな」 「なるほど。《何でもありのルール:バーリ・トゥード》と変則的な順番ゆえに 最後のマラソンがデスマラソンと化すわけか」 「具体的には、どのくらい走るんですか?」 「まぁ、ここからあの辺まで行って戻ってくるくらいの 距離は欲しいところじゃな」 「距離にしておよそ2500メートルくらいですわね」 「マラソンと言うよりは長距離走って感じだが…… その前の種目を考えると、体感はマラソンだな」 「よ、予想以上にハードな感じですね……」 「ちっ……このくらいのことは軽くこなせなきゃ 空なんて飛べっこないってか……?」 「面白い。やってやろうじゃないか」 「んもぅ。マーコの挑発にすぐ乗っちゃうなんて 二人とも単純すぎるわよ」 俺たちがルールを聞いている間に、準備運動を終えた静香が合流してきたようだ。 「おっ、静香。かく言うお前も参加するんだろ?」 「ん……そうね、まぁ別に参加してもいいけど。 せっかくみんなで遊ぶんだしね」 てっきり断って来ると思ったのだが、意外にもすんなりと参加を表明されて、拍子抜けしてしまう。 「(乗り気なみんなの水を差したくないってことか)」 「それじゃあ、実況はミソラにお願いするのじゃっ! 審判も兼ねて順位を教えて欲しいのじゃ」 「はい。それでは、私は見学しながら応援を兼ねて 実況させてもらいますね」 「それじゃみんな、《戦闘準備:スタンバイ》するのじゃっ!!」 「負けませんわよっ!」 「圧勝してやんよ!」 「望むところだ」 「望むなよ!」 「焼きそばを買いに海の家へ行くところからすでに 勝負なのね……」 「では行くぞ! レディ……ゴーッ!!」 麻衣子のトライアスロン開始の合図を皮切りに、俺たちは一斉に海の家へと走り出す。 「実況って言っても……どうしたら良いんでしょうか? えとえと、みなさんとりあえず頑張ってくださいっ」 「(やばい、和んでスピードが落ちそうになったぞ)」 深空の可愛らしい応援に、かなりの意識が持っていかれ和みそうになるのを、必死に押さえ込む。 「戦略的寄り道じゃっ!!」 「マーコが消えた!?」 「早くもコースアウトとは……拍子抜けですわね。 この勝負、もらいましたわ!!」 「うおっ!? もう大量の焼きそばが!?」 急いで海の家へ来た俺たちを待っていたのは、それぞれとても一人分とは思えない、大量の焼きそばの山だった。 「一番乗りですわっ!!」 一瞬、驚いて立ち止まってしまった俺をあざ笑うかのように素早く的確な判断で焼きそばを食べ始める花蓮。 「くそっ! 俺も負けてられるかよっ!!」 「イカ入り焼きそばなら、この3倍でも行けるな」 花蓮に一歩遅れながらも、俺たちは一気に焼きそばを胃に送り込み始める。 「うん。この海の家独特な感じの味が、不思議と 美味しく感じるのよね」 「もがもがもがっ!」 「ぜんぜん何言ってるのか解らないんだけど。もっと 落ち着いて食べなさいよ」 「んぐっ……落ち着くって、お前、これが早食い競争 だって解ってんのか!?」 「そうだけど、せっかくの食べ物を無理してお腹に 詰め込んでも美味しくないでしょ?」 「そりゃあそうだが……」 「ちゃんと食べるし、休憩した後に泳ぐし、その後に 走れば問題無いわよね?」 「たしかに、そりゃ立派に参加しているな」 ビリは確実の戦法だが、それでもただ見ているだけじゃなく、しっかりと参加しているのはたしかだ。 どうやら静香は、最初から勝ちに行く気など微塵も無かったようだった。 「(まぁ、静香なりに楽しんでくれてればいいか)」 「あっ! 麻衣子さんが戦線復帰して来ましたっ!!」 「なにっ!?」 すでに実況として機能していなかった深空の、初めての実況らしい一言で、俺は麻衣子の方へと視線を移す。 「ふっふっふ、カケル、のん気にシズカと話している 余裕を見せ付けたことを後悔するのじゃな!!」 「へっ、馬鹿言うな! 遠泳とマラソンならともかく 麻衣子の胃袋と食べるスピードじゃ、俺に追いつく なんて、夢のまた夢ってヤツだぜ?」 「ふふん、最初に《バーリ・トゥード:なんでもあり》だと言ったじゃろ? ルールの裏をかくのは、基本中の基本じゃ!」 「なに言って……のわっ!?」 「ああっ!? と、トリ太さんに詰め込んでますっ!」 「ルール上は早食いとあるだけで、誰が食べてでも 無くなりさえすれば良いのじゃっ!!」 「てめっ! それは反則だろうがっ!!」 「問題ない。我輩がちゃんと食べているではないか」 「ただ詰め込んでるだけだろ!!」 「勝負の世界は非情なのじゃっ! さらば!!」 俺の抗議も華麗にスルーして、ありったけの焼きそばをトリ太に詰め込むと、麻衣子は一番乗りで早食い競争をクリアする。 「ちくしょう、ありえねえ……このままじゃ麻衣子と どんどん差が開く一方になっちまうぞ……」 「完食でふわっ!!」 「なに!?」 「はやっ!」 リスのように両頬へと焼きそばを詰め込んだ花蓮が人間離れしたスピードで食べ終わってしまう。 「いつだって空腹の私にとっては、あのくらいただの 栄養補給みたいなものですわ」 「マジかよ……なんだよ、この余裕……」 「それでは、マーコさんとトリちゃんの《黄金:ゴールデン》コンビに 追いつくために、本気で泳がせてもらいますわ」 「本気で早食い競争してるのに、男の子の二人が最後に 残るなんて、ダメダメね」 「ぐあっ!!」 「うむ、さすが嵩立だ。男の心をえぐる、的確で鋭い 凶器のようなツッコミだな」 「どう致しまして」 「そこまで言われちゃ、男として引くわけにはいかねえ よなぁ……いかねえよ!!」 「こうなったら是が非でも1位でゴールしたくなるのが 男心と言うものだな」 「わわわっ、静香さんの挑発で翔さんと櫻井さんの闘志に 火がついたみたいですっ!?」 「あぅ〜っ! 翔さん、頑張ってくださ〜いっ!!」 メガネ娘の声援を背中に受けながら、目の前にいる櫻井とバチバチ火花を散らせる。 これはただの勝負ではなく、男同士のプライドを賭けた真剣勝負なのだ!! 「櫻井……悪いがこの勝負、俺の勝ちだ」 「フッ……男として負けるわけには行かないな」 俺たちは言葉を交し合うと同時に、示し合わせたかのように猛スピードで焼きそばを頬張り始める。 「うおおおおおおおおぉぉぉっ!!」 「やるふぁっ、天野っ!」 「ちょ、ちょっと! 麺が飛び散るから食べながら 叫んだりとか喋ったりとかしないでよっ!!」 「うるせぇ! それどころじゃ……うぐっ!?」 ほとんど噛まずに飲み込んだせいか、早くも腹に溜まってきていることを自覚する。 「(やばいな……このままだと、この場では櫻井に  勝てても、次の遠泳で死ぬぞ……)」 俺の脳内で緊急ミーティングが開かれ、このままがむしゃらに食べ続けることに不安を感じ始める。 「どうした天野、もうギブアップか? ならばそろそろ 俺は本気でスパートをかけさせてもらうぞ?」 「…………」 ここで大人しく退くのも男が《廃:すた》る気はするのだが……ここは一体、どうするべきだろうか? 「へっ……そんな挑発には乗らないぜ。俺は自分の 信じるペースを保って行くことにするさ」 「フッ……では、俺は先に行くことにしよう」 そう言うと櫻井は、さらに凄まじいスピードで焼きそばを口に放り込み、そのまま飛び出して行ってしまった。 「(無理だ……そんな無茶してたら、この過酷なレース  最後まで生き残れやしないぜ……?)」 そう、結局のところ、いかに他人に流されずペースを維持出来るかどうかと言う点が大事なのだ。 「賢明な判断ね。無茶したって倒れるのがオチよ」 俺は静香の冷静なセリフを聞き流しながら、そのまま遠泳で死なないために、ペースを抑えるのだった。 ……………… ………… …… 「ありえねぇ……マジでありえねぇ……」 「さっきから何をぶつぶつ呟いているんですの?」 「現実を受け入れられないとは、情けないぞ天野」 「カケルには期待していたのじゃがな……まさかあっさり ブービー賞になるとは思わなかったぞ」 「賞品の無いブービー賞に意味なんて無いけどね」 「うっせーよ、ちくしょう……」 「あはは……残念でしたね」 結局あの後、最初の焼きそば早食い競争でつけられた大差を埋められず、何の見せ場も作れないまま無様に負けてしまった。 つまるところ俺は、みんなの身体能力や精神力を見くびっていたと言うことだ。 「何だかんだで、マーコには適わないわね」 「うむ。優勝者に相応しい素晴らしい動きだった」 「や、やめんか二人とも。照れるぞ」 「我輩の活躍があったからこその勝利だと言うことも 忘れてもらっては困るな」 「ちくしょー……」 本来なら俺が受けるつもりだった賞賛の言葉を浴びる麻衣子を羨むように眺めて、思わず唸り声をあげる。 「せめてあの時に多少無茶してでも、良いタイムで遠泳に 行ければ、まだ判らなかったんだけどなぁ」 「私だって、あの時に油断して《躓:つまづ》きさえしなければ 今頃は華々しく優勝を《攫:さら》ってましたわ」 「何勘違いしているんだ……まだ俺のバトルフェイズは 終了してないぜ!!」 「ヒョッ!?」 「この《蟲:むし》野郎ッ!!」 俺は狂戦士と化したかのように叫びながら、焼きそばを素手で潰し始めるッ!! 「なにっ!? ま、まさかそれは伝説の……?」 「ちょ、ちょっとカケルッ! 汚いから止めてよっ!」 「離せっ!!」 俺は静香の制止を振り切り、両手で全体重をかけて焼きそばを小さく平らに潰し、辛うじて口には入るだろうサイズまで硬めることに成功した。 「もがもが……もがが、もががひ!!」 「手がソースまみれになることも《厭:いと》わず、そして 恥も外聞も捨てるとは……フッ、やるな天野」 「もがあああああああぁぁぁっ!!」 俺は口の中に入った高密度焼きそばを《咀嚼:そしゃく》しながら全力疾走で海へと向かう。 「んぐっ……っしゃあ、行くぜえええぇぇぇっ!!」 俺はやっとこさ焼きそばを胃の中に収めると、そのまま麻衣子たちに追いつくため、海へと飛び込む!! 「まぁ、みんなまだまだ詰めが甘いと言うことじゃな」 「ちくしょー……次こそは絶対に勝ってやるからな!」 「もし次なんてあったら、今度こそ死人が出ると 思うんだけど?」 「優勝を逃すなんて……姫野王寺家の恥ですわっ!」 「それじゃあ、みなさんお疲れだと思いますので しばらく自由時間にしましょうか」 「そうじゃな。さすがにまったりとしたい感じじゃしの」 「さきほどシロっちさんのところへ行って来ましたけど 何だか少し元気が無さそうでしたわ」 「むっ……そうなのか……」 普段はからかわれて困っている花蓮も、元気が無い先輩を見ていると、それはそれで調子が来るのだろう。 「おし! んじゃ、俺は先輩たちの様子を見てくるわ」 「あ、私も行きます」 「お、おう」 「では、あかりんを頼んだぞ!」 「おうよ。……それじゃ、行くか」 「はい」 深空に声をかけると、砂浜に残っている麻衣子たちに背を向けて、二人で先輩のいるパラソルへと向かう。 <夏だ! 海だ! メガネだぁ〜っ!? その2> 「後続の静香さんは、ほぼリタイアだと考えても 良いみたいです」 「あぅ……残るは、マーコさんと花蓮さん、それと 翔さんの三人です」 「マーコさんがトリ太さんを背負って泳いでいるので 水を吸って重くなってしまい、苦戦中みたいです」 「その隙にマーコさんを抜いて、最後の種目、ルール 無用のデスマラソンで花蓮さんを追いかける翔さん」 「花蓮さんを言葉で翻弄しつつ何とか抜き去った 翔さんでしたけど、マーコさんが猛スピードで 追い上げてきましたっ!」 「マーコさんとのデッドヒートの果てに、最後は 序盤の早食いで無茶をした代償として、腹痛で スピードダウンした翔さんが負けました」 「優勝は、発案者のマーコさんでした」 「あぅ。すごくハラハラどきどきしましたけど 見ていて、面白かったです」 「うおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」 後先は考えず、遅れを取り戻すためにフルパワーでクロールしながら突き進む。 いくら男女の体力差などがあるにせよ、かなりタイムロスをしてしまったので、相応の無茶をしなければ、追いつくのは夢のまた夢だろう。 「(ここは……全力で突き進んで、足りない体力は  気合でカバーするしかねーだろっ!!)」 「うぐぐぐぐぐぐ……」 「ん?」 俺が腹を括って意気込みながら泳いでいると、その僅か前方に、麻衣子のような影を見つける。 「(くそ、もう折り返して戻って来たのか……?)」 お互いに反対方向へと泳いでいればすぐに近づいてくると思ったのだが、その距離は少しずつしか縮んでおらずほぼ止まっているようにすら見えた。 「(辛うじて俺と同じ方向へ泳いでるのか……?  ってことは、まさかまだ折り返していない?)」 折り返すどころか、一番乗りだったにも関わらずまだあそこまでしか泳いでいないのであれば、かなり遅いペースだと言える。 いくら麻衣子が俺たちより幾分か年下だとは言えここまで運動能力に差は無いはずだが…… 「!?」 麻衣子との距離が詰まり、俺はその疑問の答えと状況を即座に把握する。 「がぼがぼ……ぐ、ぐぅっ……お、重いのじゃ……」 「何でトリ太背負って泳いでるんだよ、お前はっ!」 「あ、相棒と協力して勝利してこそ……ぷぁ…… か、価値があるのじゃっ……!!」 「ま、麻衣子……お前ってヤツは……」 例えハンディを背負うとしても、決して相棒を手放さず共に戦おうと言うその姿勢に、俺は思わず感動する。 「(《漢:おとこ》だぜ、麻衣子……いや、女だけど)」 「す、すまぬマイコ……我輩が水を吸って重くさえ ならなければ……」 「気にするな、トリ太。その分、さっきは助けて もらったし、の……ぷはぁっ! わぷっ……!」 「(その男気は認めるが……残念ながら勝負の世界は  非情だぜ、麻衣子ッ!!)」 俺は、あぷあぷと犬掻きのような平泳ぎをしてかろうじて浮いている麻衣子を、猛スピードで抜き去る。 「(これで残るは、花蓮一人かっ!!)」 優勝候補だった麻衣子の、まさかの脱落に加え勝気じゃない静香と遅れている櫻井がリタイアだと考えると、残ったのは花蓮だけだった。 これがただの頭脳戦であるなら恐れるに足らずと言ったところなのだが、よりによって残りの種目は身体能力によるところが大きい。 女と言うより人類の規格外に近い身体能力を持つ花蓮相手に、頼みの綱の早食いも負けてしまったことを考えると、正直、非常に辛い展開と言える。 「(まさにラスボスに相応しいぜ……相手にとって  不足無しだなッ!!)」 俺は三度気合を入れなおすと、折り返し地点のブイを目指して、さらにスピードを上げるのだった。 「遅かったですわね。お待ちしておりましたわ!」 「てめぇ、余裕ぶっこきやがって……」 俺が遠泳を終えると、砂浜で仁王立ちする花蓮と鉢合わせした。 「最後くらい、誰かお相手がいなければ張り合いが 無いと言うものでございましてよ」 「フッ、その傲慢さを償わせてやるよ」 静かに火花を散らせ合い、互いにコースを見定める。 「いいですわね? よーいドン、でスタートですわよ」 「オーケー」 そして二人で陸上競技のようにクラウチングスタートの姿勢を取り、臨戦態勢に入る。 「行きますわよ……よ―――」 「ドン!」 「ええええええええええええええええっ!?」 花蓮の合図を待たずに、一気に砂浜を蹴る! 「ずっ……ずるいですわよ天野くん!!」 「ははははははっ! 勝負の世界は非情なんだよ!!」 「さっ……サイテーですわぁ〜〜〜〜〜!!」 遅れてスタートした花蓮の罵声を背中に受けながら俺は颯爽と砂浜を駆ける。 数100メートルほど走っただろうか。 意気揚々と駆け抜けていた俺だが、意外な強敵に苦しめられていた。 「(くそっ……砂浜っていうのが、こんなに走りにくい  とは思わなかったぜ……)」 泳いできたばかりでビーチサンダルも履いてなくおまけに海から上がった直後特有の身体の重さを持て余し、スピードが思うように上がらない。 「はぁっ、はぁっ……ちくしょー、ありえねぇ……」 砂地を走ると言う行為自体がこれほどまでに辛いとは完全に想定外だった。 「(花蓮を出し抜いたのに、このままじゃ……)」 そう思って、後ろを確認しようとした時だった。 「ハッ!?」 「シィッ!!」 ―――ズシャアッ!! いつの間にか俺の後ろをピタリと追走していた花蓮が放った強烈な蹴りを間一髪でかわすと、とてつもない砂埃が吹き荒れた。 「今の攻撃を避けるとは、やりますわね!」 「て、てめええええぇぇっ! 殺す気かよっ!?」 「何をのん気なコトを仰ってますの?」 「この競争は、ただの長距離走じゃないんですのよ? 相手の妨害こそ、デスマラソンの真骨頂ですわ!」 「だ、だからってお前の攻撃をまともに受けたら 死ぬだろうがっ!!」 「気を扱える天野くんなら、きっと大丈夫ですわ!」 「無理だっつーの! とにかく、もっと平和な……」 「問答無用ですわ!」 「のわぁっ! て、てめえっ!!」 花蓮の繰り出す鋭い突きと蹴りの数々に、俺は防戦一方になってしまう。 「い、いい加減にしろ、てめえ!」 「ここまでしても、まだ倒れないなんて……」 「さすがは私の宿命のライバル、天野くんですわっ!」 「やかましい! 勝手にライバル扱いするな!!」 「そうですわね……さしずめ私がピッチャーだとするなら 天野くんはズバリ、ゴールキーパーですわっ!!」 「お前の脳内で、野球ってのは一体どんな珍スポーツ なんだよ……」 「さもなくば、ポイントゲッターですわ!」 「どんどん離れて行ってるからな」 「ウッツァンに対するナンツァンですわっ!」 「いや、それは違うだろ……っ!?」 「あぶねえっ!!」 相手のペースに乗せられてつい速度を緩めてしまった俺に向かって放たれた殺人級の回し蹴りを、間一髪でかわす。 「ふっふっふ……油断大敵ですわ!」 「グゥッ……か、花蓮……」 みぞおち辺りにかすっただけで、思わずうずくまってしまった俺を、すかさず花蓮が一気に追い抜く。 「ま、待て花蓮……」 「なんですの? 勝負の最中に待てと言われて 素直に待ってあげるはずありませんわっ!!」 さっきは勝手に待っていたクセに、俺の制止の声を無視して、そのままさらに加速しようとする花蓮。 「ち、ちげーって……まっ……」 「おーっほっほ! 見苦しいですわ、天野くん!! 敗者は敗者らしく、砂を……はぷぅっ!?」 後ろを向いたまま走っていた花蓮が、スイカ割りのために置いてあったのだろうスイカに豪快に《躓:つまづ》いてすっ転んでいた。 「前を見て走らないと危ねーぞ、と言おうとしたんだが ……遅かったか」 砂浜を染める赤い液体は、スイカの果汁か、それとも…… 「哀れだな、花蓮……俺の勝ちだ」 ものすごい勢いで地面にめり込んでいる花蓮を尻目に俺は一人、デスマラソンのコースへと戻るのだった。 姫野王寺 花蓮―――《再起不能:リタイア》。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 焼けた砂浜に足を引きずりながら、俺は孤独なレースをひた走っていた。 「(は……腹痛ぇ……)」 今になって、序盤の焼きそば早食いが効いてきていた。 その上、過酷な遠泳に加えて、花蓮との格闘戦…… むしろここまでもったのが、大したものだろう。 「(ダ、ダメだ……少し休まねーと、死ぬ……)」 俺は砂浜に膝をついて、倒れるようにひれ伏した。 「考えてみれば、まともにレースに残ってるのは 俺だけなんだし、少しは休憩していいよな……」 櫻井は序盤の早食いで突き放したし、静香はそもそも対抗馬として数える必要は無いだろう。 「突撃ぃ〜っ、なぁ〜のじゃあぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ん……? なんだ?」 気を抜いた瞬間、突如背後から聞こえてきた奇声を受けて、反射的に振り向く。 「何をへばっておるか! 情けないぞ、カケル!」 「げぇっ、麻衣子!?」 するとそこには、トリ太と共に海の藻屑になったと思っていた麻衣子が、超スピードで迫っていた! 「な、なんで麻衣子がここに……!? お前、トリ太と 一緒に溺れてたんじゃ……」 「フン……我輩は、借りは作らないタチなのでな! 迷惑をかけた分の働きはさせてもらうのだ!!」 「そう言うことじゃあぁーーーっ!!」 「な、なんだそりゃあぁ〜〜〜っ!?」 超スピードを出す麻衣子の足元には、水しぶきを上げて猛然と砂浜を滑走するトリ太の姿があった。 「にぃーっしっしっしっし! 見たかカケルッ! 名付けて『トリ太スライダー』じゃっ!!」 「説明しよう。トリ太スライダーとは、海水を含んだ 我輩の身体を水の膜で覆い、ジェット噴射のように 海水を放出する事によって爆発的エネルギーを……」 「うるせえ! んなもん聞いてねえぞ!!」 「すまんの、カケル。勝負の世界は非情なのじゃ」 「く、くそっ……負けてたまるかってんだ!!」 ゴールまであと200メートルと言ったところで逆転されるなんてのは洒落にならないので、痛む腹を押さえながら、震える足で立ち上がる。 「ほっほ〜う……この状態からすぐに起き上がるとは さすがはカケルじゃの。……じゃがっ!!」 しかし、そんなおぼつかない足取りで駆け出した俺をあっという間に追い抜き、軽快な滑りで爆走する。 「さらばだ、カケル! ゴールで待っているぞ!」 「アイ! キャン! フラアァァァァァァァイ!!」 「ち、ちくしょおおおおぉぉぉぉぉーーーっ!!」 ぐんぐんと遠ざかる麻衣子の背中に、負け犬の遠吠えをぶつける。 誰にも届かない俺の叫び声だけが、白い砂浜に儚く消えていったのだった…… ……………… ………… …… 「ひょ、表彰式〜〜〜」 「わー」 「わー」 「…………」 「ありがとうなのじゃ、みんな、ありがとうなのじゃ!」 「悔しいけれど、マーコさんには完敗ですわ……」 「おかしいだろ! むしろトリ太の優勝っつーか…… そもそもズルっつーか……」 「見苦しいわよ、翔」 「そうだぞ、天野」 「お前らはいいよな! 最初からいなかったような もんだからな!!」 「ま、まぁまぁ……相楽さん、優勝者から何か一言」 「まぁ、みんなまだまだ詰めが甘いと言うことじゃな」 「ちくしょー……次こそは絶対に勝ってやるからな!」 「もし次なんてあったら、今度こそ死人が出ると 思うんだけど?」 「優勝を逃すなんて……姫野王寺家の恥ですわっ!」 「それじゃあ、みなさんお疲れだと思いますので しばらく自由時間にしましょうか」 「そうじゃな。さすがにまったりとしたい感じじゃしの」 「さきほどシロっちさんのところへ行って来ましたけど 何だか少し元気が無さそうでしたわ」 「むっ……そうなのか……」 普段はからかわれて困っている花蓮も、元気が無い先輩を見ていると、それはそれで調子が来るのだろう。 「おし! んじゃ、俺は先輩たちの様子を見てくるわ」 「あ、私も行きます」 「お、おう」 「では、あかりんを頼んだぞ!」 「おうよ。……それじゃ、行くか」 「はい」 深空に声をかけると、砂浜に残っている麻衣子たちに背を向けて、二人で先輩のいるパラソルへと向かう。 <夏だ! 海だ! 水着だぁ〜っ!> 「夏ですっ!」 「あぅっ! 海ですっ!!」 「と言うことで海にやってきた私たちは、早速着替えて 真夏の太陽の下、砂浜に足を踏み入れました」 「翔さん、エッチな目で私たちみんなの水着を じろじろと観察して、評価していましたっ」 「私の時だけ反応が薄かったのがショックでした。 みんな可愛かったし、やっぱり一人だけ普通で 浮いちゃったのかな……」 「元気出してくださいっ! 私なんて、喜んでいいのか 悲しむべきなのか判らない微妙な感じでしたっ!!」 「うん! そうだねっ! 外見では勝てなくても 今のところ、みんなよりは一歩リードしている ……かもしれないしっ!」 「でも、静香さんとはずっと前から仲良しみたいだし ……灯さんには鼻の下を延ばしてる感じだし……」 「でもでもっ! わ、私はキス……し、そうに…… なっただけ、ですよね……」 「感想も素っ気無かったですし……うぅっ……」 「どどんまいですっ!」 「そ、そうだよね。落ち込んでないで、ちゃんと あらすじを頑張らないとっ」 「えっと、そんなわけで、私たちは一時の間 空を飛ぶための方法を探すって言う目的を 忘れて、楽しく海で遊びましたっ」 夏。 そう、7月と言えば、もう立派な夏なのだ。 しかもここ数日の猛暑は、それを主張するかのように俺たちへ熱烈にアピールしていたわけで…… 「……ついに来たぜ……」 要は何が言いたいかと言うと…… 夏と言えば、海だと言うことだッ!! 「どうやらハイテンションのようだな」 「お前もな。っつーか、すごい格好だな、お前」 「フッ……勝負水着だ」 一体何に対して勝負するのかは全く不明だが、珍しく櫻井もハイテンションなのは間違いなさそうだ。 「さて……櫻井。夏と言えば?」 「海」 「そして?」 「イカだな」 「ちがうっ! 女の子の水着姿だろうがぁっ!!」 俺は海パンの中に入れていたイカを取り出して、櫻井にジャイロ回転をかけながら投げつける。 「イカを粗末にするなっ!!」 「とにかく、夏といったら海と水着とスイカなんだよ」 他にも花火やら肝試しやらもあるが、今回は割愛する。 「つまり海の水着ギャルたちを片っ端からナンパでも して廻ると言うことか?」 「甘いな櫻井。俺たちにゃそんな不毛なことをする必要は 微塵もないだろ」 そう、なぜならば一部のメガネ娘を除いて美少女揃いの我が飛行候補生の女性陣と一緒に海へ来ているからだ! 「そろそろ着替え終わっても良い頃なんだが……」 「若いな、天野」 「うっせー、こちとらこれが楽しみで寝不足なんだよ。 その睡眠時間分くらい癒されて何が悪いってんだ」 「男じゃのう……」 「ほんと、バカなんだから……」 「おおうっ! ま、麻衣子に静香!?」 「あんまりヤラシイ目で見ないでよね」 「ん……当たり前だろ。お前らの水着なんて、毎年 見てるんだから、見慣れて……」 そう言われ改めて見ると、今年の水着は結構大胆でいつもと一味違うような…… 「ちょ、ちょっと! どこ見てるのよっ!!」 「どこも見てねえっての!」 「絶対見てたじゃないっ!!」 「そして私の水着にはスルーなのか、カケル……」 「科学の申し子とは言え、女性にこの仕打ちは酷いな」 「ん? いや、普通に例年通り可愛いと思うけど?」 「素直に喜べんのはなぜじゃ……」 「愛が足りないな」 「まぁ、麻衣子はまだまだお子ちゃまボディだからな。 ハッハッハ、全くもって色気が足りないぞ」 「むぅ〜……今に見ておれ……」 「あと数年もすれば、カケルが仰天するくらいナイス バディの美人になってやるぞっ!」 「いやいや、いっそお前はずっとそのままの方が色々と 美味しいんじゃないか? キャラ的に」 「フッ。男とは、愚かしい生き物だな……」 「呼んだか?」 「呼んでねえよ」 「貧乳はステータスじゃあああぁぁぁぁーーーっ!! 希少価値なんじゃああああぁぁぁぁーーーーっ!」 「は、恥ずかしいから公衆の面前で変なセリフを 叫ばないでよっ!!」 「むがぁーーーーーっ!!!」 「んもぅ、マーコったら……」 「(そんなにショックだったのか?)」 普段は色気の欠片も無いくらいに身だしなみには気を遣ってないように見えるが、やはり麻衣子もなんだかんだと言って女の子なんだな…… 「他のみんなはどうしたんだ?」 「もうすぐ来ると思うけど……」 「主役は遅れて登場するものですわっ!」 「その声は……花蓮か?」 「そう、このビーチの主役でありクイーンである私の 登場ですわっ!!」 「ほお……やるじゃないか」 自信満々に登場して来ただけのことはあり、多少派手だがなかなかのプロポーションだった。 「馬子にも衣装と言うか……良い女って感じだな」 「そ、そうですの? まあ、当然ですわ」 「ああ、静香たちは見慣れているからってのもあるが こう見渡しても、お前が一番……」 「…………」 「お前の完敗だわ」 「ええっ!?」 「くっ……さすが先輩……思わず生唾を飲んでしまう 美人さと可愛さが絶妙なバランスを保った、理想の 女性像って感じだぜ……」 「ヴィーナスと言ったところだな」 「私が前座で引き立て役扱いですのっ!?」 「も、持ち上げすぎですよ、天野くん」 「いやいや、これはもう辛抱溜まらんっすよ!!」 「おおおっ、テンション上がってきたぜぇーーーっ!」 「あ、暴れないで下さいっ」 「おまけのような花蓮も予想に反して良い感じだし 先輩は、予想以上の絶景を拝ませてくれるし…… 海、最高だぜっ!!」 「な、何だか不愉快なほどにリアクションに差が あるんだけど」 「全くじゃ……絶対スタイルでしか見ておらんじゃろ」 「肌を晒すほど女性的な記号が目立つものだからな」 「マーコ、なんか翔を見直させるような、すんごい 道具とか持ってないの?」 「偽物のボディで褒められても、虚しいだけじゃろ」 「はぁ……それもそうね」 「さあさあさあさあ! 次は誰だッ!?」 「あぅ……お待たせしました」 「むっ!? その声は、かりんかっ!!」 俺はテンション最高潮のまま、過剰な勢いでぐるりと声のした方を振り向くっ! 「これで翔さんもイチコロ悩殺ですっ」 「あるあ……ねー……きたあああぁぁぁーーーっ!」 「あぅ! 一瞬リアクションに迷われてしまいましたが おおむね成功ですっ!!」 その犯罪的なボディと、マニアックすぎるスク水の組み合わせ……一瞬戸惑ってしまったが、その胸と幼く見える水着のアンバランスさは絶妙だった。 「これでメガネが無かったら、ことごとく続いたコンボに 暴走しちまうところだったぜっ!!」 「本当にテンションが高いの……」 「褒められるのは嬉しいですけど、こうもオーバーだと 逆に恥ずかしくなってしまいますわね」 「これで残るは深空だけか……これ以上は危険だぞ? 俺、やばくね? 誰か俺を拘束しろよっ!!」 とめどなく溢れてくるエロスパワーが寝不足の頭を刺激して、理性を剥ぎ取っていくのが解る。 「はあああああああああぁぁぁぁーーーー……っ!!」 「天野のエロス《力:りょく》がみるみる上昇していくだと!?」 「何よ、エロス力って……サイテーだわ」 「んもぅ!!! 我慢できないッ!!!!」 俺は、溢れんばかりのエロスパワーを放出しながら反復横飛びをしつつ、上下に腰を振る!! 「それは危険すぎる動きのダンスだな」 「ある種、人類を超越しておるな」 「って言うかそれ、私の真似のつもりなら《殺:つぶ》すわよ」 「ひ、卑猥で低俗すぎますわ……」 「まずい、ついにカケルが壊れ始めおった!」 「本当に拘束しておく方が良さそうだな」 「今のカケルにこれ以上の衝撃を与えたら危険ね…… 雲呑さんには、もう少し待ってもらうように……」 「すみません、お待たせしましたっ」 「きたぜきたぜきたぜええええええええええぇぇぇっ!! 次なる生贄ガールの登場だぜヒャッハァーーッ!!」 次なる絶景を拝めるであろう期待感いっぱいに、俺はテンションMAXのまま、声の方を振り返る。 「その……ちょっとだけいつもより大胆なものを着てきて しまいましたので、似合わなくて、少しお見苦しいかも しれませんけど……」 「あ……いや……」 バカみたいに浮かれていたのが嘘のように、思わずボーっとしながら黙り込んでしまう。 それほどまでに俺は、深空の水着姿に見惚れてしまっていたのだ。 「どう……でしょうか?」 「え? あ、ああ……その……」 唐突に感想を求められて、どもってしまう。 「すごく、良いんじゃないかな」 ドキドキしている事を気づかれたくなくて、俺は無意識のうちに視線を逸らしながら、素っ気無く答える。 上手く喋れていないのを自覚しながら、どうにか平静を保っているように見せようと意地を張る。 深空の水着姿は、今の俺には直視できないほど可愛くて眩しいものだった。 「……ありがとうございます」 「それじゃあ、さっそく一番乗りで行かせてもらい ますわっ」 「あぅ! そうはさせませんっ!」 「海へ入る前の準備運動は入念にな」 「ほら、翔もボーっとしてないで、行こ?」 「あ、ああ」 静香に引っ張られて、みんなの後を追う。 「…………」 「どうしたのじゃ?」 「いえ。何でもないんです」 「ただ、せっかく翔さんが嬉しそうにはしゃいでたのに 私がテンションを下げてしまったみたいでしたので」 「む?」 「みなさんとても可愛くて、最後の私にも期待して くれたようですけど……ダメダメみたいです」 「やっぱり、このメンバーの中じゃパッとしないので 一人だけ浮いてしまったんでしょうか」 「…………」 「背伸びしてみたんですけど、逆に失敗しちゃいました。 ……えへへっ、空回りしちゃって恥ずかしいです」 「そんなことは無いと思うがのう」 「え?」 「さっきのカケルのリアクションは、逆に脈アリじゃと 言うコトじゃ」 「ええっ? な、なんですか? 脈アリって……」 「好きな男に誰よりも可愛く見られたいのに、逆に 一番低く見られてしまったと勘違いしておるのは つまり、そう言うコトじゃろ?」 「そ、それはっ……」 「やれやれ……何とも複雑な立場になってしまったもの じゃのう……」 「何してんだよ、麻衣子。俺たちはもうとっくに準備 できてるぞ?」 「うむ、私も今行くから待っておるのじゃっ!」 「……深空も、思いっきり楽しんで来いよ」 「は、はい」 「そうですわ! せっかくの海ですもの、もっと テンションを上げた方がよろしいですわよっ!」 「きゃっ! か、花蓮さんっ!?」 「(おっ、深空……チャンス到来じゃねーか)」 やたらとテンションの高い花蓮に手を引っ張られて波打ち際まで連れて行かれる深空。 この海が二人の仲良くなれるきっかけになりそうな予感がして、俺は思わず笑みをこぼすのだった。 <夏だ! 海だ! 水着だぁ〜っ!(灯編)> 「前日に決めた通り、この日は全員で海に来ました」 「久々の人ごみに、みんなとっても活気づいています」 「私はみんなの気持ちを切らせないようにやんわりと 遊びの誘いを断って、一人パラソルで、座っている 事にしました」 「やっぱり……ちょっと、マズかったかもしれません」 「どうにかして気分を落ち着けるためにも、ここは 一人で静かにしていないとダメです……」 「ギラつく太陽!」 「溢れる人混み!」 「香る潮風!」 「海だぁああああああーーーーーーー!!!!」 「んもぅ、三人そろって何やってるのよ……」 「いや、こうした方が夏っぽいかなと思って……」 「単純に暑苦しいだけですわ」 「でもお陰さまで早くも夏を満喫じゃぞ?」 「あぅ! なら何よりですっ!」 「それにしても……結構人がいますね」 「今日は特に暑いからだと思いますわ」 「あぁ。こうしているだけで汗が出てくる」 「予報見たら35℃近くまで上がるらしいぞ。 これだけ暑いんだからそりゃ混むわ……」 櫻井の言うように、突っ立ているだけでもじんわりと汗がにじんでくる。 「よし、櫻井、花蓮! パラソル組み立てるぞ!」 「ガッテン承知!」 「わ、私もですの!?」 「当り前だろ? 力仕事だからな」 「ますます納得いきませんわっ!」 「グダグダ言ってんな! 行くぜええええええええ!」 二人の手を引いて、俺は砂浜へ突撃していった。 ……………… ………… …… 「出来たあああーーー!」 完成したパラソルを砂浜に突き刺し、俺は歓喜の雄叫びを上げる。 照りつける日差しの中を思いっきり動いたため力尽きてそのまま砂場に倒れ伏せた。 「ちなみに今女性陣は着替え中、既に水着を仕込んで あった男性陣はここで留守番だ」 「誰に話してるんだ、お前は……」 「フッ、気にするな。それよりジュースでも飲むか?」 「あぁ、一本くれ」 「だが断る!」 「ぶっ殺すぞテメエッ!」 「落ち着け、騒いでも暑くなるだけだぞ」 「……そうだよな」 トリ太に諭され、陽に灼ける体を缶ジュースで冷やしていると遠くから女性陣のはしゃぐ声が聞こえてきた。 「よかったな天野、これでお前の努力も報われるぞ」 「そんな『水着を見るために頑張った』みたいな 言い方やめてくれませんかね」 「ほう、違うのか?」 「違うわけないじゃないですか。いやだなもう〜」 むしろ男が海に来る目的の半分は、女の子の水着を見るためだと断言したい! 「すみません、お待たせしましたっ!」 「あぁ、おかえ……り……」 聞こえてきた声に振り向くと、あまりの光景に絶句してしまった。 「ぶはっ……」 「鼻血か。実に古典的なリアクションだな」 「見事なまでに血まみれじゃな……」 「くっ……この血は、いわば燃えたぎる俺のパッション! 櫻井、デジカメを持てぇええい!」 「残念だが持ち合わせてないな」 「はぁ!? お前ここに何しに来たんだよ!」 「むしろそれはこっちの台詞じゃ……」 「あぅ……どうでしょうか? あんまり似合って なかったらズバッと言っちゃってください!」 あまり自分に自信が無いのか、上目遣いで不安げにこちらの様子をうかがっている。 だがそんな本人とは対照的に、その水着姿は称賛の言葉以外が出てこない。 「いやいや、似合ってないだなんて……普通に 可愛いと思うぞ」 「ほ、本当ですか……?」 「ああ、じゃなきゃ鼻血なんて出さないってば」 「ふむ。天野の言う通りだな」 かりんを除けば深空のスタイルはこの中でも一番良いし、水着が似合わないはずがない。 特に胸の辺りなんて大変けしからんことになっている。 「ごちそうさまでしたーッ!!」 「え、えぇっ!?」 「いや、むしろ頂きますーッ!」 「ええええええええええぇぇぇ〜〜〜っ!?」 「たしかにあの胸は反則的じゃのう」 「……今更だけどなんでお前は批評サイドに 立ってるんだ?」 あまりに違和感なく溶け込んでいたから、今まで全く疑問に思わなかった。 「なら聞くが、向こうにおったとして、どんな評価を 下してくれるんじゃ?」 とりあえず、と思い麻衣子の水着姿を上から下までザッと見てみるが…… 「…………」 「何故黙るんじゃ!?」 「いや、深空の後だと余計に切ないからさ……」 どこが、とはあえて言わない事がせめてもの慰めだろう…… 「どうせそんな事だろうと思ったから、こっちに おるんじゃよ」 「強いて言うならマニア向けか……」 「尚更タチが悪いわあああああっ!」 「まぁまぁ、気にすんなって。それよりも……」 「あぅ? どうしたんですか?」 何事もなかったかのようにかりんはニコニコとしながら突っ立っている。 表情こそいつものままだったが、問題なのはその水着の方だった。 深空と同様――と言うかそれ以上にスタイルがいいので普通の水着を着れば似合うはずなのに、コイツの場合はそもそも着ている水着がおかしい。 「お前は帰れッ!」 「あぅっ!? まだ夏の海をこれっぽっちも堪能して ないのに、帰れだなんて酷いですっ!!」 「公然わいせつ罪で訴えるぞ」 「そんな……翔さんならきっと喜んでくれるって 信じてたのに……」 「そうなのか?」 「んなわけあるかよ! メガネごと砕くぞッ!」 「あぅ……せっかく気合を入れて準備してきたのに…… しょげげにょ〜〜〜ん……ってカンジです」 「気合いを入れる方向性が、激しく間違ってるって 言ってるんだよ!!」 「そう言っておる割には、さっきから視線が動かんのう」 「こっ……これは不可抗力だ!」 「胸ばかり見やがって……この下郎がッ!」 「そしてなぜお前がキレる!?」 「あぅ〜っ! やっぱり翔さんも、こういう水着が 好きなんですねっ!」 「え……そうなんですか?」 「ま、待ってくれ! それは誤解だって……」 「まだ海にも入ってないのに、みんなずいぶんと 盛り上がってるわね」 「おぉ、シズカ! 遅かったのう?」 「ん。下ろしたてだからね、着るのにちょっと 手間取っちゃって」 「ほほう、やはり勝負を仕掛けてきたか」 「んもぅ、変なこと言わないでよ……」 「どうじゃ、カケル?」 「ふむ……」 「あ……そ、そんなにジッと見ないでよ」 「水着、新しくしたんだな」 「う、うん……」 「んー……似合ってると思うぜ」 「あ、あはは……そうかな……」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………それだけ?」 「それだけって、何が?」 「…………」 「期待した私がバカだったわ」 小さく呟いて、静香はトボトボとパラソルの方へ消えていった。 「どうしたんだ、あいつ……?」 「最悪じゃな」 「いや、そこまで言ったら静香が可哀そうだろ」 「……目も当てられんの」 信じられないものでも見たかのような顔で、麻衣子はそのまま肩を落としてしまった。 「?」 「うふふ、ようやく私の出番ですわぁ!」 麻衣子に気を取られていると、背後から自信に満ちた甲高い声が聞こえてきた。 「ほう、次は姫野王寺か」 「おぉ、かれ……ん……」 あまりの神々しさに、一瞬だが後光がさした なんて言うか……こいつは存在そのものが違う。 金のオーラでも纏っているのか、煌びやかに輝いて見えた。 ……そんな気がした。 「目が、目があああああああ!!!」 「……どうやら錯覚じゃないようだな」 やはりこいつもれっきとしたお嬢様なのか、花蓮の周りだけ南国のリゾートビーチのような華やかさがあった。 「くっ……生まれの違いを思い知らされたぜ……」 無駄なゴージャスっぽい雰囲気にあてられ、思わずたじろいでしまう。 「うふふ、この私の水着姿を見れるんですから、多少の 狼藉は許して差し上げますわ!」 「狼藉って……別になんにもしねえよ」 「またまたぁ〜、気にしなくってもいいですのよ?」 俺達に何を期待しているのか、ニヤニヤと薄気味悪い笑顔を浮かべる花蓮。 だがそう言うだけのことはあって、均整のとれたプロポーションは本人の放つオーラの効果もありさながらモデルのようだった。 見た目だけならゴージャスだし、文句なしで可愛い。 あくまで、見た目だけなら、だが…… 「(まさに馬子にも衣装ってやつか……)」 コイツの場合は中身が問題なのだ。 「うふふっ、私の完璧な美貌の前に言葉も出ませんのね」 水着姿を見られて自信満々にニヤニヤとしている姿はどう見てもバカ丸出しだ。 どんなに可愛かろうが、中身がこんなバカではどうしようもない。 「あながち外れちゃいないが、完璧な美貌ってのは 誇大広告だわ。そこは取り消せ」 「な、なんですの!? 先ほどまであんなに鼻の下を 伸ばしていたくせに!」 「うるせぇよ! そんなものは過去の汚点だ! とっとと海に入ってサメの餌にでもなってろ」 「あ……あ……」 「あんまりですわあああああぁぁぁ〜〜っ!」 涙声で捨て台詞を残し、浜辺の彼方へ消えていく花蓮。 「……行ったか」 「随分と酷評じゃな」 「これ以上アイツを見てると外見と中身のギャップで 脳が焼かれそうになるからな」 「あぁ、その通りだな。俺も脳がタコになる ところだった……」 「そこはイカじゃないのか?」 「何を言う! イカと同等の知能を得られるのなら 俺は喜んでこの身を差し出そうではないか!」 「それはもう偏愛っていうレベルじゃねーぞ……」 「男のコダワリというやつだ。それよりも本命が 来たようだぞ」 「本命?」 「…………」 櫻井の言葉に振り向くと、そこにはよく知っている人のまるで見知らぬ姿があった。 「あ……ぅぁ……」 「ほほう……」 「なるほど、これはなかなか……」 「ど、どうでしょうか……? どこか変だったり しませんか?」 「変なところと聞かれてものう」 「それなら天野に聞いた方がいいだろう」 「物凄くお茶を濁されているような気がしますが……」 「どうでしょう、天野くん? その……最近はあまり 着ていなかったので似合ってなかったりします?」 「あ……いや、その……」 上手く言葉が見つからず、思わず顔をそむけてしまう。 解りやすいリアクションも考えていたのに…… 目の前にいる先輩を見ると、何故か少し気恥ずかしくてそんな事を言っている場合じゃなくなってしまった。 「くっくっく、こういう状況になるとウブなモノじゃのう」 「う、うるせぇよ!」 「天野のようなチキンハートでは気の利いた台詞が 出てこないのも無理はないだろう」 「てめぇら……好き放題言いやがって……」 「やっぱり……似合ってませんか?」 「そんな事はないっす! すげぇ似合ってます! なんていうかもう結婚してください!」 「…………」 「そこまで褒められると逆に怪しいですね」 「ひどい……俺のこのピュアな気持ちが先輩には 届かないって言うんですかっ!?」 「そんな電波は受信したくないです」 半分程度は本気の告白だったのに、電波扱いされてしまった…… 「見事に玉砕したな」 「……うるせぇ、何も言うな」 「ぶぅ。もっとこう、歯の浮くようなロマンチックな 評価を期待してたのに……」 「だからプロポーズしたじゃないっすか」 「全然ロマンチックじゃありません。笑○なら座布団 前部没収です」 「そんな渋いもん引き合いに出すような人に ロマンチックもクソもあるかよ……」 「何か言いました?」 「いえ、別に何でもないっす」 相変わらずの地獄耳だな、この人は…… 「さて、全員揃ったところで早速始めるとしようかの」 「始める? 何をだ?」 「ズバリこれですっ!」 俺が頭の上に疑問符を浮かべていると、その横からテンション高めのかりんが飛び出してきた。 「うおぉっ! と、突然出てくんじゃねえよ! ……なんだよ、それ? いつから胸が三つに なったんだ?」 「違いますっ! おっぱいじゃなくてスイカですっ!」 「大して変わらねーだろ……」 「恐れ入った……なんというオヤジ的発想……」 「櫻井、さっきから俺にケンカ売ってるだろ?」 「今ならタイムセールで三割引きだ」 「帰れッ!」 「……そんなところでいいかの?」 「いちいち待たんでも……んで、スイカ割りでも やるのか?」 「何を言っておるんじゃ。目の前にスイカがあったら そりゃ割るに決まっておるじゃろう?」 「あぅっ! 夏の海の醍醐味です!」 「夏を満喫ですね」 「みなさ〜ん! 準備できましたよ〜!」 いつの間に用意したのか、声を張り上げる深空の手にはバットとアイマスクがあり、準備も万端のようだった。 「いつでも来いって感じだな」 「あぅ! 翔さんには負けませんっ!」 「何ぃ!? いつになく挑戦的じゃねえか! スイカごとその自信を砕いてやるぜ」 「勝負事でしたら私だって負けませんわ!」 いつの間に戻ってきたのか、そこには涼しい顔でたたずむ花蓮の姿があった。 「スイカ割り対決か。フッ、面白い……」 「では行くとするかの」 「おうよっ!」 麻衣子の声で、スイカ割りの会場へと移動する一行。 そんな中、何故か先輩だけがその場を動こうとしなかった。 「…………」 「? どうしたんすか、先輩?」 「あっ……いえ、私は少しここで休んでいるので、皆さんで 楽しんでください」 「え? でも……」 「ほら、何してますの天野くん! 早くしないと 始めてしまいますわよ!」 「あぁ、今行くから」 「ほら、あんまりみんなを待たせちゃダメですよ」 「……じゃあ、先に行ってますから」 何事かと問い詰めたい気持ちを抑え、仕方なくその場を後にする。 「さて、準備も整ったところで始めるとするかの!」 「…………」 「どうしたんじゃカケル? 上の空のようじゃが」 「ん、ああ、ちょっとな」 どうしても先輩の事が気になって、それどころじゃないというのが本音だった。 「鈴白がいないようだが……いいのか?」 「うむ。パラソルの方で少し休むと、着替えた時に 聞いておるのでな」 他のメンバーも既に聞いているのか、特にそれを気に留める様子もない。 「ふむ、そうか」 「……悪い、先に始めててくれないか」 「あぅ!? 翔さんは参加してくれないんですか!?」 「んなこたねーよ。すぐ戻ってくるから先にやってて くれってだけだ」 ひらひらと手を振り、くるりと踵を返して俺は先輩の下へと向かった。 「夕暮れの教室で、すごくロマンチックで……こんな 素敵な瞬間に告白されたらいいな、なんて夢物語を 思い描いていたんです」 「でも、その夢物語は翔さんの言葉で現実になって…… すごく嬉しくて、私……」 「それで、ですねっ」 「かりんちゃんったら、面白いんですよ」 「私が止めた方がいいって言ったのにですねっ……」 夕暮れに染まる教室で、俺たちはいつものように二人居残って絵本作りをしていた。 「そしたら、案の定かりんちゃんがお餅をのどに 詰まらせちゃって……」 けれどいつしか深空は会話に夢中になって絵本を描く手を止め、机の上に座る俺の隣で世間話をしていた。 「それでそれで、私が慌ててかりんちゃんの背中を叩いて ですね……ほんとに危なかったんですよ」 「…………」 どんなことよりも絵本作りを優先してきた深空が、今は俺と話すことに夢中になってくれている。 「えへへ……ほんと、おかしかったです」 「…………」 そして俺は、隣で夕日を浴びながら笑顔を見せる彼女にただただ見惚れていた。 「だから今後は、お餅は控えめにしようと思うんです。 それで……」 「深空」 「は、はい……」 もう迷わないと決めた俺の気迫に押されて、少し緊張したような様子で黙り込んでしまう深空。 「な、何でしょうか……」 「好きだ」 「え……?」 「好きって……なにが、ですか?」 「深空が」 「えっ? え、えっと……それって……」 「他の誰でもない、目の前にいる女の子が好きだって…… そう言ってるんだよ、俺は」 「あ……ぅ……」 「明るくて真っ直ぐで、母親に憧れていて、絵本作家を 目指していて、いつだって頑張ってて……」 「ちょっと頑固で、だけど誰にでも優しくて、なのに 自分に自信がなくて、どこか危なっかしくて……」 「お節介な男に絡まれてて、それでもそいつに懐いて くれる、雲呑 深空って女の子が好きなんだ」 「あ、あの……わ、私……」 「私……は……」 ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえ、恥ずかしそうではあるが、深空もまた真っ直ぐに俺を見つめ返す。 そしてすぅ、と小さく息を吸うと、一度軽く口をつぐみ少しの間をおきながら、ゆっくりと口を開いた。 「私も……好きです」 「え……?」 「私も、翔さんのこと……好きです」 「強引で、私と同じくらい頑固で、でもロマンチストで ……そして、すごく優しくて」 「翔さんと一緒にいると、とってもあったかい気持ちに なれて……ただ傍にいてくれるだけで、嬉しくて…… なんだか楽しくって、ドキドキして……」 「もう自分の気持ちが隠せないくらい……翔さんのこと 好きになってしまいました」 「深空……」 「かける、さん……」 俺たちは互いの言葉を確かめ合うように、どちらからともなく、そっと唇を重ねた。 「んっ……」 それはただ唇を重ねただけの、つたないもので…… けれど、とても心を満たすファーストキスだった。 <大きな壁> 「ダメです……せっかくみんなに迷惑かけてるのに こんな絵本じゃ……」 「どうしてもラストが上手くいかなくて……でもそれは たぶん、当たり前の話で……」 「本当は、解ってたんです。私なんかじゃ、お母さん みたいな素敵な絵本は作れない、って……」 「だって、私は、翔さんとの恋に溺れて……そうやって 現実から目を逸らして、逃げ出そうとして……」 「優等生なんかじゃなくて、ただ、人と接したくない だけの、ちっぽけでダメな人間なんです」 「あぅ……深空、ちゃん……」 「う〜む……ここがこうじゃから……むむむ……」 「すみません鈴白先輩、そこにある工具、とってもらえ ますか?」 「はいはい、どうぞ」 「シロっちさん、お茶をお願いしますわ」 「ずず……やっぱりお茶は美味しいですね」 「私にもお茶を……」 「鈴白先輩、何か飲み物とかありませんか?」 「はい、どうぞ。粗茶ですが」 「ありがとうございます。……ん、おいし」 「わ、私にも……」 「鳥井さんもいかがですか?」 「むきぃ〜っ!!」 「ふふっ、冗談ですよ。はい、どうぞ」 「いつもいつも、ひどいですわっ!」 「(相変わらずいじめられてんだな……良い意味で)」 きっとあれが花蓮への先輩なりの愛情表現なのだろう。(と言う事にしておかなければ、不憫でならない……) 「……翔さん」 「ん? どうした、かりん」 みんなで麻衣子の発明を手伝っていると、不意にかりんが俺に話しかけてくる。 「私たちのことはいいですから、深空ちゃんのところへ 行ってあげてください」 「……でもさ、深空だって俺がいても邪魔なだけかも しれないだろ」 「後で様子を見に行くけど、今はこっちを手伝うよ」 「あぅ! 翔さんは深空ちゃんのこと、な〜んにも わかってませんっ!!」 「深空ちゃんが一時だって翔さんの存在を《疎:うと》ましく思う なんてこと、絶対にありえないです」 「えらく自信たっぷりに断言するんだな」 深空だって、誰もいない方が絵本作業に集中できるだろうし、たまには一人になりたいだろうと思って気を遣っているのだが…… 「あぅ! ダテに深空ちゃんと一緒に住んでません! きっと翔さんのことを待ってます」 「……そうかな」 「そうですっ! きっと一人だと強がることも出来ずに また弱気になってたりしちゃいますっ」 「ん……そうだな。それじゃあ、ちょっと様子を見てくる ことにするわ」 「はいっ! ……深空ちゃんのこと、お願いします」 「おう」 かりんを安心させるようにその提案を受け入れて俺は一人、廊下へと出る。 きっとこんな時期でさえなければ、かりんだって深空のそばにいてやりたいのだろう。 「(親友……だもんな)」 深空がかりんを想って心を痛めていたように、かりんもまた、深空を支えてやれない事を気に病んでいるのだ。 だからこそ俺は、その分あいつのそばにいて、励まして支えてやらなくちゃいけないのかもしれない。 俺はそう思いながら、深空の様子を見に行くためあいつの教室へと足を運んだ。 「深空……どうだ、調子は」 「かけるさん……」 どこか元気の無い様子でその手を止めている深空を見れば調子の良し悪しなど、一目瞭然だった。 「(かりんの予感が的中か……俺もまだまだ、だな)」 「ちょっと……落ち込んじゃってました」 「なんでだよ。みんな深空は仲間だって受け入れて 認めてくれたじゃないか」 「はい。それはすごく嬉しかったですし……本当に みんなのことが大好きで、感激しましたけど……」 「でも、私には……そんな資格なんて、無いんです」 「深空……」 「私もみんなと一緒にいていいんだって思って…… 理屈じゃなく、仲間なんだって思えて……」 「でも、そうして目の前の現実から逃げている自分が 本当に嫌になって……だから仲間になる価値なんて 私には、無いんです」 「…………」 「絵本のラストを……ハッピーエンドにしようとして…… 気づいたんです」 「ううん、本当は……ずっと前から気づいてたんです」 「この絵本を作っていることだって……本当はただの 逃避だって言うことに……気づいたんですっ!!」 「本当は分かってるんです。こんなことしても、何にも ならないって……ただ私は、辛い現実から目を背けて 逃げているだけで……」 「一人じゃ何にも出来ない、弱い子なんです」 「深空……」 「私がお父さんに出来ることは、きっと他にも いっぱいあって……でも、それから全部目を 逸らして……絵本に逃げてるんです」 「今だって、こうして翔さんに寄りかかって、翔さんとの 恋に溺れて……」 「私なんかに、優しくしてくれるから……いつも 抱きしめて、慰めてくれるから……」 「だからそうやって、嫌な現実から逃げているだけ」 「私、優等生なんかじゃなくて……ただ、人と接する ことが怖くて……本当にダメな人間なんです」 「…………」 ぼろぼろと涙を流しながら、今まで溜め込んでいた自分の弱さを晒す、深空。 俺はただ泣きながら独白をする深空を見つめて、その場に立ち尽くしていた。 「わかってるんです……こんな絵本を渡したって、きっと お父さんとの関係は、もう―――」 「二度と、元にはもどらないんだって」 「ずっとずっと、お互いを避けてきた私たちの関係が…… こんな稚拙な絵本で、元に戻るなんて……」 「現実は、そんな絵本みたいなハッピーエンドには…… 決して、ならない、って……!」 「んなこと、ねえだろ……」 呟くように漏れ出た俺の言葉を聞いて、深空は力なく首を横に振る。 「自分の絵本を見返して、なおさらそう思いました」 「これは、ただの独りよがりな都合のいい展開で…… そうなったらいいな、って言う願いで……」 「薄っぺらくて幼稚なお話で、《我侭:わがまま》の塊なんです」 「願うだけ願って、自分では何も出来ない……そんな ちっぽけな子供の、他愛も無い夢物語なんです」 「深空……」 俺は深空を抱きしめたい衝動をぐっと堪える。 そう、深空を慰めるのではなく、支えるために……俺は言葉を選んで、諭すような口調で語りかける。 <大切な幼馴染> 「夜、私が目を覚ました時、翔がずっと看病してくれて たんだよね……」 「翔……私が寝込んだ時は、いつだってつきっきりで 看病してくれたわよね。懐かしいな……」 「恋人になっても、恋人じゃなかったとしても、翔が 私を大切に想ってくれている事は変わらないのよね」 「……そんな優しい翔だから、きっと私は好きに なったんだと思うわ」 「カケル……私がよくなったら、デート行こうね……」 「…………」 一向に熱が下がらず寝たきりの静香を、懸命に看病し続ける。 その苦労も報われず、しかし病状が不安定な姿を見ていると、たしかに『病気』とは思えなかった。 「いったい、なんだってんだよ……静香が何をしたって 言うんだよ、ちくしょう……っ!!」 自分のしている事が全くの無意味なのかもしれないと知って、より一層、自らの無力さを噛み締める。 「俺は結局、静香のために何も出来なくて……麻衣子に 頼るしかねえのかよ……」 「……そんな事、無いよ」 「え……?」 俺の独り言を聞いていたのか、優しい口調で静香がその呟きに応える。 「お前、起きてたのか……?」 「翔のお陰で、だいぶ落ち着いたから……」 額に手を当てると、先ほどまでの熱が嘘のように消え去っていた。 「でも、これは俺の看病が役に立ったわけじゃねーんだよ きっと……」 「今までずっと、こうした不安定な状態を繰り返して いただけで―――」 「でも、私一人だったら……今頃、とっくに潰れてた」 「不安に押し潰されて……泣いてばかりいたと思うの」 「…………」 「カケルは、何も出来ないんじゃないよ?」 「翔はいつだって、私の事を支えてくれてたんだから」 「いつだって……?」 「うん」 「今日だけじゃなくて、私が寝込んでる時はいつも お見舞いに来て、看病してくれたよね……」 「それは……」 昔、身体が弱かった静香は、普通の人より多く体調を崩しがちだった。 その度に俺はこいつの見舞いへ行き、治るまで一緒に過ごしたのだ。 「いつも無茶言って、困らされてたのに……私が病気に なったら、優しくしてくれた」 「だから私、翔のこと……」 「静香……」 「私にとって翔が側にいてくれるのは、何よりも安心できて ……特別なことなんだよ?」 「カケルは、いつだって私を支えてくれてた…… たくさんの幸せを、与えてくれたんだよ?」 「お前……朝の独り言、聞いてたのか?」 「うん。だから、どうしても言っておきたくて…… 私にとって翔がどれほど大切で、心の支えなのか ってことを」 そう言うと静香は、ゆっくりとベッドから起き上がり再びその上へと寝そべるように身体を預ける。 <大掛かりな作業?> 「行き詰ってしまった私たちが意気消沈していると マーコさんが、とっておきの秘策があると言って 私たちを鼓舞して、奮起してくれました」 「でも、そのためには纏まった人数が必要だと言うので 翔さんの提案で、みんなで手伝うことになりました」 「む、なんじゃカケル。その包帯、どうしたのじゃ?」 「気にするな。これぞ青春ってヤツだ」 「ふむ……何やらようわからんが、実はみんなにお願いが あって来たのじゃ」 「お願いですの?」 「うむ。今、とっておきの秘策を実現するために作業を しておるのじゃが……これが曲者での」 「少々、大掛かりな作業になりそうなのじゃ」 「ほう」 「いつもなら一人で作るのじゃが、今回は一ヶ月と言う 時間制限付きじゃからのう……」 「お手伝いのお願いと言うわけですね?」 「まあ、平たく言うとそうじゃな。何人か一緒に手伝って くれると助かるのじゃが」 「そうなると、今日は一日中作業をすると言う事になって しまいますわよね?」 「うむ……まあ、夜までで良いのじゃが、そうなるの」 「夜まで……」 「みなそれぞれ都合があるじゃろうし、もちろん無理に とは言わんのじゃが」 「そうですね。では、私たちが手伝いに行きますので 深空ちゃんと花蓮さんは今日のところはこれで……」 「いえ……手伝えなくて歯がゆい思いも御座いますし 今日はお手伝いさせていただきますわ!」 「私も……気分転換を兼ねて、お手伝いさせて貰っても いいでしょうか?」 「え、ええっ!?」 「なんだよかりん、そんなに驚いたら二人に失礼だろ。 みんな仲間なんだから、手伝いたいに決まってるし」 「そ、それはそうなんですけど……でも、お二人には大切な 用事がありますし……」 「たしかに大切な用は御座いますけれど、マーコさんを お手伝いする事だって、大切な用事でしてよ?」 「そうですね。私も、普段みなさんにあまり協力できて いませんので、今日はお手伝いしたいと思います」 「……あ……そ、そうですね!!」 「それじゃあ、みんなで一緒にマーコさんをお手伝い しちゃいませんか?」 「そうだな。用事がある深空たちだって手伝うって 言ってるんだし、俺たちも参加するよ」 「んもぅ、断りようが無いじゃない」 「にしし。すまんの、シズカ」 「それでは、行きましょうか」 「あぅ!!」 俺たちは、嬉しそうなかりんの元気な声を聞きながら作業場である化学室へと足を運ぶのだった。 ……………… ………… …… <大掛かりな発明品?> 「天野くんは、大掛かりな発明品を作るって言う 相楽さんを、みんなでお手伝いすることにした みたいだよ〜」 「やっぱりみんなで作業すれば、効率も上がるし きっと楽しいよ〜♪」 「と言うことで、はりきって化学室へ向かったよ〜」 「んじゃ、俺も麻衣子の手伝いに行ってくるわ」 自由にしていいとは言われたが、一応かりんに断っておこうと声をかける。 「あぅ、わかりました。頑張って下さい」 「まぁ適当にな。……っつーか、人手が要るんだから お前も来て手伝えっての」 「私がいっても、きっと足手まといになるだけです」 「すごく納得しちまいそうだが……そのやる気のない 姿勢はどうなんだよ」 あまりにもへっぽこすぎる対応のかりんに、思わずツッコミを入れてしまう。 「……いえ、その……以前、似たようなケースの時に ハリキリすぎて痛い目に遭ってしまいましたので」 「なんだそりゃ?」 「あぅ……過去の過ちは忘れてしまうべきです」 「とにかく、暇してるくらいなら来いっての。 お前でも少しは役に立つだろ」 「いえ、決してヒマなんかじゃないです。実はわたし とっても忙しいんです」 「あん? なんだよ、何か用事でもあるのか?」 「はいっ! 用事と言いますか、日課です!!」 「日課?」 「以前、私のアレをダメだと言った人を見返すために 日々の努力を惜しむわけにはいかないんですっ」 「ようわからんが、お前、要領とか悪そうだからなぁ」 「はい。ですので、毎日いっぱい練習とお勉強をして 腕が鈍らないように特訓してるんです。アレを!」 「(アレって何だよ……)」 多少知的好奇心が湧いたが、メガネ娘の趣味なんかに興味は無いので、軽くスルーすることにした。 「では、私はヒミツの特訓がありますので、これで!」 「おう、さっぱり意味不明だが、とりあえず頑張れ」 「あぅ!」 「(さて、と……)」 謎の武者修行(?)に出かけるかりんを見送って一度軽く伸びをする。 「んじゃ、行くとするか」 俺は独り言を呟きながらテンションを切り替えると化学室へ向けて歩き出すのだった。 ……………… ………… …… 「ううっ、今思えば大胆すぎました……わ、私…… 自分から翔さんを求めて、その……」 「は、恥ずかしくて言えませんっ!」 「その……と、とにかく、私の気持ちを知って欲しくて ……だから、精一杯、大好きなんだって解って貰える ように頑張りました」 「こう言うことは初めてだったから、本当に気持ちよく なってもらえたのか、自信無いですけど……」 「でも、もし気持ち良くなってくれたのでしたら すごく嬉しいです。えへへっ……」 「ふぁっ……んんっ……」 空気を求めて唇を離す深空を追いかけるように、もう一度その唇を奪う。 「んんっ……んっ……」 淡いキスを何度か繰り返し、そのまま俺は深空の胸へと触れてみる。 「ん……」 少しだけ反応されるも特に抵抗は無かったので、軽く胸を《弄:もてあそ》びながらキスを続ける。 「んっ……ふぅっ……はぁんっ……んんっ……」 少し緊張しているのか、深空は身体が強張っていた。 その緊張を和らげるため、俺は優しいキスを繰り返す。 「ん……はぁっ……ちゅむっ……んっ……」 その効果があってか、深空の方からもキスを求めてくるようになり、少しリラックスできたのが判る。 「んぅっ……んふっ……ふあぁっ……んんぅっ」 俺はそのままキスを繰り返しつつ、徐々に触れ合うだけだったキスから、大人のキスへと変えていく。 「んむっ!? んっ……んぁっ……」 いきなり入ってきた舌に一瞬戸惑うも、深空の方も素直にその要求に応えて、積極的に唇を貪って来てくれる。 俺は今までのもどかしさを晴らすように、貪欲に深空の唇を《冒:おか》した。 「んっ……はむっ……ちゅぷっ……ふあぁっ……」 「はんっ……んんぅ……んっ……んぁ……」 「はぁっ……翔、さん……ふぁっ……んむっ……」 「深空っ……」 互いをより強く求めるように、ただひたすらに奪い合うように唾液の交換をする。 「ふあっ……キスって……こんなにエッチなんですね」 「すごく頭がぼーっとしてきて……なんだかもう翔さん 以外のこと、何も考えられません」 「俺も……今は深空と、ずっとこうしていることしか 考えられねーよ」 「私も……ずっとこうしていたいです。んっ……」 言葉通りぼんやりと俺を見ている深空へ、再びキスをしながら、さらに胸の愛撫を続ける。 「んっ……んんっ……ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅむ……」 「深空……俺……」 「かける、さん……」 火照った頬と潤んだ瞳で、無言の俺の求めを受け入れるように、深空はコクリと照れながら小さく頷いた。 俺は深空の覚悟を感じて、再びディープキスを交わしながら嘗め回すようにひたすら胸を愛してやる。 「んんぅっ……はぁっ……ちゅっ、ちゅぱ……んむっ」 「んぁっ……気持ち、いいです……んんっ……」 俺の愛撫を感じるままに受け入れてくれるのに、二人の間を隔てる制服をもどかしく感じて脱がせようとするとイヤイヤとするように、手で止められてしまう。 「やぁっ……は、恥ずかしいですっ」 「すっげー可愛くてエロい身体してるのに、いったい何を 恥ずかしがる必要があるんだよ」 「でもでもっ……んんっ」 照れている深空の唇を塞いで、その言葉を遮る。 「これからもっとすごいコトするのに、このくらいで 恥ずかしがってたら大変だぞ?」 「あぅ……はい。頑張ります」 脱げかけだった深空の制服のリボンが完全にほどけてその胸を露にするが、今度は隠そうとしなかった。 「うぅっ……あんまり、見ないでください」 「深空、綺麗だ……」 「あぅ……」 俺の褒め言葉を受けて照れている深空の顔を見ながらもう一度、口と胸を同時に責める。 「んっ……ふあっ……あぁんっ……ちゅぷっ……」 「ふぅんっ……んんっ……んっ……」 俺は直に胸を触りながらその柔らかさを堪能すると深空が気持ちよくなれるように愛撫を再開させる。 「んんぅっ……おっぱい、気持ちいい……ですっ」 「でも、私だって負けません……んんっ……ちゅっ」 「(なっ……!?)」 キスしながらもじもじと太ももを摺り寄せていた深空が対抗するように俺の怒張している息子を恥ずかしそうに弄り始める。 その予想外の大胆な行動に不意打ちを喰らい、思わずビクリと、モノを反応させてしまう。 「わ。すごい、今、ここからでも判るくらい、びくんって 反応しました」 「うっ……」 「こんなに張り詰めて……苦しそうです」 すっかり俺の唾液でべたべたになった唇を妖しく動かしながら、完全に出来上がっている深空が、俺のズボンのチャックを下ろし始めた。 「あの、私こう言うのって初めてですので、その…… 上手に出来るかわかりませんが……」 「初めてって、深空……のわっ!?」 俺の息子を取り出すと、何のためらいも無く深空はそのイチモツを握ってきた。 「わっ……えっと……すごい、です」 俺の羞恥心などお構い無しに、じろじろと物珍しげな顔でペニスを凝視する深空が、思わず一人ごつる。 「ななな、なんだか思ったより硬くないって言うか…… 硬いのにすごく温かくて、不思議な感触です」 何もかもが想像以上だったのか、深空がなんとも言えない感想を漏らす。 「ま、まあな。人体の一部だし、そう言うもんなんだ」 「それに、想像していたのよりも……ずっと…… おっきいです」 見たままで素直な考えを述べる深空。 そして、聞きかじった知識とリアルを繋げるようにつたない手を恐る恐ると動かしながら触り始める。 「本当にあったかい……びくん、びくん、って動いて まるで生きているみたいです」 深空には自覚が無いのだろうが、まるで実況するような口ぶりが言葉攻めされているように感じて、恥ずかしくなってしまう。 「あの……翔さんに気持ちよくなってもらうには どうすれば……いいですか?」 潤んだ熱を持つ瞳で見つめられ、そんな健気な疑問を投げかけられてしまうと、自制できなくなってしまう。 「その……口でしてくれないか?」 「お口で……?」 「ああ。咥えて欲しいんだ」 「これを……私の、お口で……」 「あ、ああ……」 思わず言ってしまったが、初体験も済ませていない状況でいきなりフェラチオを要求してしまったのは少し考えなしだったかもしれない。 あまり無理をさせるわけにはいかないし、やはりここは前言撤回して、軽く手で…… 「あむっ……んっ……ふぁっ……」 「っ!?」 諦めて油断していたところへ不意打ち気味に、独特の温かい感触が下半身に《奔:はし》り、思わず腰が砕ける。 「ん……ちゅっ……ちゅぷ、ちゅぱっ……」 「ちゅむっ……ちゅ、ちゅぱっ……ちゅっ……」 すんなりと躊躇う事無く俺のモノを口に咥え込んだ深空はどうするのか迷っているような間を置いて舌でペロペロと舐めて、刺激を与えてきた。 「んっ……はむ……んんっ……じゅるっ、ちゅぷ……」 「んふっ……ふぅっ……あむっ、んんっ……ちゅぱっ」 「ちゅっ、ちゅぷっ……んんぅっ……ちゅちゅっ……」 「(なんだこれ、すげー気持ち良い……っ!)」 口に咥えられながら、その中で舌を縦横無尽に動かすような深空の独特の愛撫に、かつてない種類の快感を覚えてしまう。 不規則なリズムでいて、かつ俺の知るフェラチオとは違う舌を押し付けながら扱く、個性的な前戯だった。 「んむっ……んふっ……はぁっ、ちゅっ……」 「ふあっ……んちゅっ……ちゅ、ちゅぱっ……」 「すげー、いいけど……そのまま舐めたり吸ったり しながら上下に動かしてみてくれないか?」 俺はさらなる快感を得るために、深空に具体的な指示を投げてみる。 「はい……ちゅむっ……わかり、ました……あむっ」 「ちゅ、ちゅるっ……ちゅううぅぅっ、ちゅぱっ……」 「あと、できるだけ歯を立てないようにしてくれ……」 「んむっ……んっ、んふ……ちゅぅ、んぅ……」 「こんな感じで、しょうか……はむっ……んっ…… はぁ、んんぅっ……ちゅぱ、ちゅぷっ……」 「んっ……ふぁっ……ちゅ、うぅ……んっ…… ふぁ、ちゅっ……ん、くちゅ、ちゅっ……」 深空は文句の一つも言わずに、ただ言われた通りに緩急をつけながら、様々なアクションで、俺の息子を懸命に扱き出してくれた。 「んっ、んっ、んふっ、ちゅぷっ、ちゅぱっ……」 「ふぁっ……んんっ……んぅ、ちゅっ……ちゅぷ……」 「はぁっ、ん、ふぁ、ふちゅっ……んふぅ、ちゅっ…… ん、んぅ、んちゅう、んんっ……」 モノを咥えながら、つたない動きで色々と試しつつ懸命に頑張ってくれる。 「はぁっ……上手く呼吸が出来るようになれば…… んちゅっ、もっと……色々と出来そうです……」 俺のモノを半分加えながら至近距離で苦しそうに吐くその息がかかるだけでも、快感が襲ってくる。 すでに俺の興奮はかなり高まっており、深空の行動すべてが気持ち良くしてくれる愛撫だと感じていた。 「これくらいでも、痛くないですか?」 「ああ。もっと強く握ってくれても大丈夫だ」 「わかりました。こ、こんな感じでしょうか」 先の部分を舐めながら、俺の息子を強く握って、上下に擦りつけてくれる。 「んっ、ちゅっ、ちゅうううぅっ、ちゅるっ……ちゅぱっ ちゅっ……んぅ、んっ……」 「っ!」 行為にも扱いにも慣れてきたのか、徐々に大胆になりかつ快感の強い方法で、動くペースを速めてくる。 「んっ、んっ、んむっ、はむっ、ちゅぱっ……じゅぷっ ちゅぷっ、ちゅぷっ……」 「(だんだん、上手くなってるのか……?)」 先ほどまでのフェラでも十分に強い快感を感じていたがそれを上回る気持ちよさが襲い掛かってくる。 見ると、さっきまで必死に俺のモノを咥えていただけの深空が、俺の顔色を《窺:うかが》いながらストロークをしていた。 「こう……れふかっ? んんっ……じゅるっ……んぅっ ちゅっ……ちゅぱ、ちゅぷっ……」 「んっ……ちゅっ、ちゅぷっ……はむっ……んむっ…… ふぁっ、んんぅっ、んくっ……」 「こっちの方が、気持ち良い、みたいれすねっ…… んっ、ちゅ、ちゅううぅぅぅっ、ちゅぱっ……」 「ぐっ……」 あまりの快感に、思わず声が漏れてしまう。 一つ一つ、何がより感じるのかを探るように色んな動きを試して、反応が強い動きに厳選していき、洗練していく。 その行動全てが、勉強熱心で一途な深空らしい方法の愛情表現だった。 「もっと、私のお口で……んちゅっ、気持ちよく…… なって欲しい……ですっ」 「んっ……ちゅっ……ちゅぱっ……ちゅむっ、ちゅ…… んんぅ、んんっ、んっ……はぅっ、ちゅぱっ……」 「むぁ……んむっ、んっ、んぅ……んくっ……はぁ、はぁ ……はむっ、んんっ……ちゅぱっ」 「ぐあぁっ……」 歯を食いしばって、今まで感じたことのない快感を必死に受け入れる。 今までの快感は、純粋無垢な深空にフェラをしてもらう背徳感のようなものでの快感も強かったのだが…… すでに今は、より直感的な……テクニックや刺激による強烈な快感を強く得られるようになっていた。 「んっ、ふぁっ、ちゅふっ、んんっ……ちゅうぅ…… はん、んうっ、んちゅっ……ちゅうぅっ!」 「んちゅ、んっ、ちゅふっ……むぁ……ぷはぁっ! はぁ、はぁ……えへへ、どうれすか?」 「今の、気持ちよかった、れすか? んんっ……ちゅっ ……ちゅううぅっ、んむっ、むぁっ……」 「あ、ああ」 コツを掴んだのか、最初の《拙:つたな》さはすでに消え去っておりまるで熟練者のそれを思わせる卑猥な手つきで動きつつストロークのフェラをしながら話しかけてくる。 会話が出来るほどに余裕が出てきた深空と反比例するように、俺の方は徐々に会話もままならくなっていた。 「ん、むぅっ……はむっ、んぅっ……あはっ…… 今、びくんって、すごい反応しましたっ」 「んんっ、ちゅむっ……ちゅううぅぅっ、ちゅむ…… 気持ちよかったんですよね? ふふふっ……」 「私なんかの、お口で……ちゅむ、ちゅぱっ……翔さんが 気持ちよくなってくれる、なんて……なんだか、幸せな 気分です……」 「ちゅむ、んんぅ、ちゅふ、ふぁ、はむっ……じゅるるっ ちゅうぅ、んむっ……」 喋っているせいか、唾液が多くなり自然と口内の温かさが増して来る。 「んくっ、んんっ、ちゅぱ、ちゅむっ……」 溜まっている唾液を飲み込んではいるものの、決してフェラチオをやめないため、上手く唾を飲み込めずにほとんどが唇からこぼれて行く。 それでも構う事無く、まるでご馳走のように俺のモノを懸命にしゃぶり続ける深空が健気すぎて、一層愛おしく感じてしまう。 「かける、さんっ……んむっ、んんっ……ちゅうっ!」 「深空っ……!!」 徐々に迫り来る射精感を拒む意味を籠めて、俺は必死に深空の名前を叫ぶ。 「んぁ、翔、さん……もっと、もっと呼んで下さい…… 私は、翔さんのこと……んむっ、ちゅぱっ、んっ!」 「名前、呼ばれるたびにっ……んんっ、んむっ…… しゅごく、感じてっ……嬉しくなって……っ!!」 「だから、いっぱい……名前、呼んで下さいっ!! むぁ、はむっ、んんぅっ……ちゅぷっ……」 「深空……深空っ!!」 「かける、さんっ……んんっ、翔さんの全部が…… ちゅぷっ、ちゅっ……大好きですっ!」 「だから、いっぱい愛ひたくて……愛されたくて…… 私、きっと、なんだってできちゃいまふっ……んっ」 「翔さんに、気持ちよくなってもらうためなら……ずっと こうしてたって、平気ですっ……んんっ!」 ぼたぼたと《涎:よだれ》を垂らしながら、上目遣いで必死に告白の続きを始める深空。 今まで言えなかった言葉が、エッチという恥ずかしい行為をすることで後押しされて、勢いで言えるようになったのだろう。 俺はその気持ちに応えるように、懸命にそのフェラの快感を受け入れていた。 「んむっ、んんぅっ、はぁっ……ちゅむっ、ちゅっ…… ちゅううぅっ、ちゅるっ……ふぁ、ふぅっ……」 「ちゅぷ、ちゅぱっ、んむ……はむ、んぷっ…… んんぅっ、ん、んんっ……ちゅ、ちゅうぅっ!」 「むぁ、んっ……はむっ、ちゅっ、ちゅぱ……んちゅっ ……あむっ、ちゅうっ、んぅ……」 「深空、もういい……そろそろ出そうだっ」 俺は自分の限界を感じて、降参の合図を出す。 「んっ、んぅっ、んっ、んんっ、ふぁっ、んんぅっ!」 「っ!? ちょ、深空っ!?」 しかし深空は、俺の制止の声を嘲笑うかのように、逆に思いきりペースを速めてきた。 「ぐっ、ぁっ……! だ、ダメだって!」 「ん、ふぁっ、でそう、なんれふよねっ?」 「んぷっ、ちゅぱっ、ちゅぷっ……じゅるるるぅっ! いいれふよ……らして、くださいっ!」 「私、覚悟……してますからっ……ちゅぱ、ちゅぷ…… いつでも、んんぅっ……好きな、時にっ……!」 「いっぱい、出して……んっ、くださいっ!」 「み、深空っ!!」 止める気が無い深空のその意図を察して、俺は我慢せずに高みへと行くため、深空のフェラへと意識を集中させる。 「んんっ! んはぁっ、んぶっ、んちゅっ、ちゅぱっ…… ちゅるっ、ちゅぶっ、ちゅっ……」 「んっ、ふぁっ、んんっ、ちゅむっ、ちゅっ……はぁっ ちゅっ……ちゅぱっ……ちゅうぅっ!」 「くっ!」 「らしてくださいっ! 私で、いっぱい気持ちよく なったって、感じさせて、くらさいっ!!」 「んぅっ、ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅううぅっ!! ちゅむっ、ちゅっ、ちゅうううううぅぅっ!!」 「んんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 どくん、どくんっ!! 「んくっ、んくっ……ちゅううっ、ちゅるぅっ!!」 俺が限界まで溜めた欲望を一気に深空の口内へと吐き出すと、まるでそれを知っていたかのようにちゅうっと中の精全てを吸い出そうとする。 「んんぅ……んくっ、んくっ……んんっ!?」 それがあまりにも気持ちよくて、どくっ、どくっと留まることを知らない大量の精液を、全て口の中へと吐き出す。 「んく……んむっ……ちゅくっ……」 少し辛そうな顔をしながら、それを必死に飲み込もうと努力する深空。 「初めてなんだから、そんなに無理しなくていいぞ?」 「ん……んぁっ……けほっ!」 俺の許しを聞いて、申し訳なさそうに飲みきれなかった精液を、ぼたぼたと口から自分の両手へと垂らす。 「すみません……飲んであげた方が喜ぶって聞いていたん ですけど、思ったよりもすごい量で……」 「熱くて、ノドに絡んじゃって……けほっ!!」 「大丈夫か?」 「はい、大丈夫です。ちょっとムセちゃっただけです」 「それになんだか、ノドもお腹もすごく熱くって……」 「翔さんが私のこと想ってくれたのかなって思うと すごく嬉しくて、幸せな気持ちになるんです」 「えへへ……だから、へっちゃらです」 「深空……」 <天野くんじゃない> 「翔の嘘に騙されて、今までのように翔の代わりを 演じるため、鈴白先輩に会いに行く櫻井くん」 「そして今日も、いつものやり取りをする櫻井くんと 鈴白先輩」 「でも鈴白先輩は『ちがう』って呟いて、櫻井くんの 制止の声も振り切って病院を飛び出して走り去って しまったの」 「鈴白先輩、まさか……嘘っ……」 「…………」 『ごめん、遅れたよ』…… 「天野くんっ」 『団子、買って来たぞ』 「…………」 その紛れも無い『天野くん』の言葉を把握した私は―――戦慄するほどの衝撃を覚えました。 この数日間、ずっと抱いてきた、わずかな違和感…… けれどありえないと否定して来たそれを、私はハッキリと感じたのです。 「…………」 『はい、先輩』 高まる鼓動を必死に抑えつけている私に、『天野くん』がお団子を握らせてくれました。 「……?」 『どうしたんだ、先輩?』 ただ黙ってお団子を手放した私の様子がおかしい事に気づき、声をかけてくる『天野くん』…… 「……白杖を……」 「私の、白杖を取って下さい」 「白杖?」 『別に構わないが……何に使うんだ?』 「…………」 その問いに答えずにいると、やや間をあけ、慣れ親しんだ折りたたみの白杖を握らせてくれました。 護身用と意地を張っていた、私の折りたたみ白杖…… 本当は、人ごみがある場所や知らない場所ではいつも使っていたそれを、私は強く握り締めました。 「……アロマポット……なんです……」 ここ数日、いつも『天野くん』と共にあったその匂い…… 「ん?」 「天野のヤツ……ずっとつけていなかったんだな」 『ごめん、先輩。今つけるよ』 「……アロマポットがあったから、判らなかったんです」 「え……?」 「忘れられない……大好きな、あの匂いが……」 一緒にいるだけ安心できる……そんな気にさせてくれる―――お日様の匂い。 初めて、心から好きだと言える人の……匂いを。 「優しくて、あったかくて、どこまでも真っ直ぐで…… そして、寄りかかりたくなるような匂いで……」 「私……大好きだったんです」 「鈴白……?」 「…………」 「どうしたんだ? ……先輩」 「…………がう……」 「……え?」 「ちがう……」 「……灯……何が、違うんだ?」 「あなたは、天野くんじゃ、ない!」 <天野 翔の日常> 「は、はじめまして。《天野:あまの》くんのクラスメイトの 渡辺と申します」 「この《度:たび》、私が天野くんの過ごした日々を簡単に語る あらすじ解説役を任されたみたいです」 「わ、私なんかで大丈夫なのかなぁ……」 「ふぇ? 自己紹介ですかっ?」 「えっとえっと、商店街にある小さなパン屋の娘です。 もし良かったら、ぜひパンを買いに来てくださいっ」 「お父さんの作ったパンはとっても美味しいし、私は ……レジのお手伝いだけですけど、いつも頑張って いっぱいパンを売ってます」 「はわっ!? す、すいませんっ。自己紹介しろって 言われてたのに、お店の宣伝しちゃったです……」 「でも、急に自己紹介だなんて、何を言えばいいのか わからないよぉ〜」 「う〜んと、えぇ〜っと……むむむむむむむむ…… ダメだ、何も思いつかないよ〜」 「……こういう時は笑顔で誤魔化すといいよ、って 佐藤さんも言ってたし……コレしかないよね」 「え、えっと、精一杯頑張りますので、短い間かも しれませんが、宜しくお願いしますっ。にぱっ☆」 「これでいいのかな? いいよね……うん」 「それでは改めまして、あらすじの方を始めたいと 思いま〜すっ」 「今回は初めてのあらすじですので、天野くんの 家庭環境も簡単に説明していきたいと思います」 「え〜っと……この資料によるとぉ……」 「ご両親はずっと、家に滞在する生活と1〜2ヶ月は 平然と家を空けるような生活を繰り返しているので ほとんど一人暮らしみたいな感覚だそうです」 「息子の天野くんでも、ご両親がどんなご職業なのかは 知らないんだとか。……そうなんだ」 「そんな放任主義で育った天野くんですが、いつも クラスでは明るく元気でムードメーカーのような 存在だったりします」 「今日もいつものように、友人でクラスメイトの 鈴木くんと木下くんの3人で《瑞鳳学園:みずほがくえん》に通って いました」 「いつもはクラスの中で『3馬鹿トリオ』なんて愛称で 呼び親しまれているみなさんですが、そのうちの一人 鈴木くんが、最近悩みを抱えているみたい」 「えっと、三人で女ッ気の無い青春を過ごしている と言う事に危機感を抱いているらしいです」 「そっか……天野くん、《嵩立:かさだて》さんと付き合っている わけじゃないんだ……」 「ええっと……それで、どうやら放課後に三人で ナンパをする事になったみたいです」 「って、ええ〜〜〜〜っ!? な、ナンパ……? そ、そんなぁ……天野くんモテそうだし…… ふえぇっ……だ、大丈夫かなぁ……」 「お兄ちゃん! 起きてっ! 朝だよ〜っ」 まどろんでいる俺の耳元から、目覚まし代わりの可愛らしい妹の声が飛び込んでくる。 「ねぇ、起きてったらぁ〜っ」 ゆっさゆっさと身体を揺すられる。 「うぅ〜……遅刻しちゃうよぉ〜っ」 本当はもう目が覚めているのだが、この心地よい布団と妹に起こされるシチュエーションを楽しんでいたいのでまだまだ眠っているフリをする。 「起きてよ〜」 ゆっさゆっさ。 「起きてったらぁ〜っ」 ゆっさゆっさゆっさゆっさ。 「今起きてくれたら、1つだけ何でも言う事きくから お願いだから起きてよぉ〜」 なぬ!? 何でも、と言う事は……とても口では言えない禁断のあんな事やこんな事も可能なのかっ!? 「いやっほぉ〜うっ! 起きてやるぜぇ〜っ!!」 いきなりの甘々スイーツ展開に、親指を突きたてながら豪快にベッドから飛び起きる俺。 「さぁ、妹よ! 共に禁断の世界へ……」 ……と言ったところで、完全に目が覚めた。 「いねえぇ〜っ! 俺に妹なんていねぇ〜よぉっ!!」 自分に妹がいる夢を見て、しかも淫らな内容を期待して飛び起きてしまったもどかしさを身体全体で表現すべくベッドでごろごろと頭を抱えてのたうち回る。 「ふぅ。落ち着いたぞ」 恥ずかしさのあまり独り言を呟いてしまったが気を取り直して起きる事にする。 時計を見ると、ほぼいつも通りの時間だった。 朝飯のパンをかじりながら、制服に着替えて身だしなみを整える。 毎朝恒例のお気に入りのクラシックを聴きながらゆったりとそつなく準備をこなす。 朝くらいはゆとりを持って爽やかに過ごしたいのだ。 「おし、完璧」 鏡の前でポーズを取りながら身だしなみを確認する。 他人に見られたらアホらしいポーズが出来るのもコンポから音楽を垂れ流したり出来るのも、現在この家に住んでいるのが俺だけだからである。 ここには最初から存在しない妹は疎か両親すらいない。 いや……正確には、しょっちゅういなくなるのだ。 だいたい年に2回くらい1、2ヶ月は平気で『仕事だ〜』とか言って家を留守にする事もザラにある。 ちなみに、以前俺が何の職業なのかを訊いても上手くはぐらかされてしまったので、何も知らないのだ。 まぁ放任主義の代わりに俺も深く追求しないので自由気ままに、まったりとやっている。 そのせいなのか、この《天野:あまの》家には不思議と家族喧嘩も少なく、コミュニケーションは良好な家庭と言える。 「はぁ……今日も普段と変わらぬ、平和な朝だな」 歩いても十分に間に合う余裕を持って家を出る。 散歩が趣味と言うワケではないが、俺はいつでも決まってそう行動していたりする。 外を歩いていれば、新しい何かに出会えたり面白い何かが起こるかもしれないからだ。 「まぁ、そんな事は実際、そう起きないんだけどな」 「あ……」 「ん?」 「お、おはよう《翔:かける》く……」 「よお! 今日もアホ面だな、天野!!」 「うっせーな、朝から一言多いんだよ《鈴木:すずき》は」 「あ、あの……おは」 「ふぅ……朝っぱらかお前たちに会うとは、今日も 先が思いやられるな」 「《木下:きのした》……毎朝会ってるだろ、俺達は」 「腐れ縁ってヤツだな」 そう、腐れ縁って言葉が俺達には相応しいだろう。 特に待ち合わせたワケでもないのに落ち合ってなんとなくそのままつるんでいるだけなのだ。 「……ふえぇ……」 「あれ? 《渡辺:わたなべ》じゃん」 クラス名物と化している三馬鹿トリオの俺達がいつものようにたむろっていると、その後方におずおずとしている女の子が立っていた。 「おはよう」 「は、はいっ。おはようございマス」 「なんで敬語なの?」 「クラスメイトなんだからタメ口で良いじゃん」 「お前らな……渡辺さんだって、男が3人もいれば たじろいじゃったりもするだろ」 「ははは……」 どうやら図星だったようで、普段から目立たない……失礼、控えめな渡辺さんは馬鹿な男ども(しかも三人)と接するスキルなんて持ち合わせていないのだ。 ここは気を遣ってあげるべきだろう。 「それじゃ、また教室で」 「は、はい……」 「……なるほどね」 「どうした? 木下」 「いや、別に」 「それじゃ、行こうぜ」 「そうだな」 細かい事に拘らない鈴木は、すでに渡辺さんは眼中に無いと言う感じだった。 まぁ、木下は一番の切れ者だし、何か感づいていたのでいまさら俺がどうこう言わずとも判っているだろう。 「…………」 「…………」 「…………」 何となく無言で歩いていると、俺達にしては珍しくシンと静まり返ってしまう。 大抵俺が話題を振るか鈴木がアホな事を言い出して木下が突っ込みを入れる、と言う役割分担なのだが今日はいつもと違い、鈴木が黙り込んでいたからだ。 「があああああああああぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「いきなり叫ぶなよ……」 「ついに人間を捨てたか?」 「ちっげーよ! 俺のこの切ない叫びの意味が お前らにならわかるはずだっ!!」 「っつーかわかれ!」 「わかるかよ」 「で、どうしたんだよ?」 「俺達には女っ気が足りねえんだよ!」 「さっき渡辺さんに会ったじゃんか」 「違うだろそれはっ! 全然関係ねえよっ!!」 「つまりだな……女っ! 彼女がいないんだよ!」 「何を今更……」 「だってよ、うら若き俺らくらいの歳だったらよぉ〜 せめて女の子と一緒に学園へ通ったりとかしたって 不思議じゃないはずだろぉおがぁっ!?」 「ギャルゲーならそうなってるんだよ! 絶対に!!」 「またお前のオタク話か……」 「彼女が欲しけりゃ、告白でもナンパでも何でもすりゃ いいだろ。空想の女の子にばっかモーションかけてる から、本物の彼女が出来ないんじゃねーのか?」 「彼女のいないお前に言われたくねえよ!」 「そうッスか」 「とにかくっ、俺らには圧倒的に女っ気ってヤツが 足りてねえんだよ! そう、例えるなら海に漂う 可哀想な干物のようになっ!」 「変な例えはするな。ただの干物でいいだろ、干物で」 「そもそもどんな状況なんだよそれは」 「細かいことは気にするな。とにかく、だ」 「クリスマス、大晦日、新年の正月、バレンタイン…… 全部一緒にたむろってただけじゃねぇか!!」 「それはそうだがな」 「いいじゃん、そう言うのも青春だぜ?」 「貴様はそれでも男かっ!」 「男なら餓えろっ! 魂を削り取れっ!!」 「なんで削らなきゃならないんだ……」 「このままじゃヤバイぜ……ヤバイぜぇっ!?」 「いつになくヒートアップしてるな」 「つまり、放課後にナンパしに出かけようって事か?」 「甘いな木下。まぁ、詳しくは放課後に話す」 「それじゃ、また後でな」 「おう」 「せいぜい気張れよ」 <女心と夏の雨> 「せっかく、いつも通りを装って学園を出られると 思ったのに……」 「外は私の感情を表すようにどしゃ降りの雨で……」 「それを見ていたら、我慢していた涙があふれて来て ……でも、それも雨で流されて……」 「そんな時、翔さんが傘を差し出してくれて…… 私のことを、助けてくれました」 「あの時のように恋人同士じゃないのに、翔さんは いつも私が本当に辛い時は、支えてくれて……」 「だから、本当はいけないって解っているはずなのに 気がつけば私は、翔さんに寄りかかっていました」 「そして、自分の家に来いって言う翔さんの言葉に 無抵抗のまま頷いてしまいました……」 「翔さんの前では、いつも明るい笑顔でいようと 思っていたのに、全然うまく出来なくて……」 「明日からは、元の元気な私に戻りますから…… だからせめて、今日だけは……」 「この雨が止むまでは、こうして、大好きな貴方に 寄りかからせてください……」 「雨……」 「雨……です……」 焦って追いかけてきたのだが、すぐに学園の前で呆然と立ち尽くしているかりんを見つけてしまう。 「……っ……」 空を見上げていたかりんが、そっと《俯:うつむ》く。 「…………」 その仕草は、《毀:こぼ》れそうな涙を隠しているように見えた。 「これじゃ、お家に……帰れない、です……」 「……お家に……」 「…………」 「あはは……何、言ってるんでしょうか、私……」 「もう、帰る場所なんて……無いのに……」 「…………」 後ろに立つ俺の存在に気づいていないのか、ぽつりと独り言のように弱音を吐くかりん。 俺の知っている、馬鹿みたいに真っ直ぐで明るい能天気な少女の姿は、そこに無かった。 それは普段俺たちに見せている『かりん』の顔ではなく……ひた隠されていた、もう一つの顔だった。 「…………」 数瞬ほど立ち止まって迷っていたかりんが、傘も差さぬまま、ふらっと学園の外へと向かって歩き出す。 特に急ぐわけでもなく、ただ足を前に出しているだけのアテの無いその歩みを、足元の水面が映し出していた。 「……っ……」 俺はよたよたと危なっかしい足取りのそいつに近づきそっと、無言で傘を差し出した。 「え……?」 「傘も差さずにびしょ濡れでいたら、風邪引くだろ」 「……はい……そう、ですね」 「帰るぞ」 「帰る……?」 「俺の家に決まってんだろ」 「で、でも私、自分のお家に……」 「バレバレだ、馬鹿。帰る場所、無いんだろ?」 「あ……ぅ……」 「だったら、俺の家に来いよ」 「一人暮らしみたいなもんだし、部屋は空いてるから 好きに使えるしな」 「で、でも……」 「お前に帰る場所があろうがなかろうが、関係ねえよ。 俺が、かりんと一緒に暮らしたいって言ってんだ」 「かけるさん……」 「兄妹、なんだろ?」 「あ……」 「なら、そのくらい当然だ」 「はい……」 「自分の家に帰るのを《躊躇:ためら》う妹なんて、いねーだろ」 「―――はいっ」 「さっさと行くぞ。アホみたいに立ち止まってないで ちゃんと歩け」 「……はい……」 かりんはコクリと頷くと、ふらついていた足下を定めて俺にくっつくように身を寄せてきた。 「おい、あんまりひっつくなよ。お前にくっつかれると 俺も濡れるだろ」 「やです。だって、雨で濡れちゃいますから」 「もうすでにびしょ濡れだろ、お前」 「妹だから、びしょ濡れでひっついてもいいんです」 「お兄ちゃんと相合傘をして仲良く帰るのは、妹の特権 ですから……これが普通なんです」 「んな仲良し兄妹、そうそういねーだろ」 「でも、私たち兄妹はそうなんです」 「……そうかよ。勝手にしてくれ」 「はい。勝手にしちゃいます」 離れる気が無いことを悟り観念すると、かりんはさらに体重をかけて、俺に寄り添って来る。 「ったく……現金なヤツだな、お前は」 「……はい。翔さんの優しさには飢えてますので」 「へいへい、そりゃ悪ぅござんしたね」 「えへへへへ……」 さっきまでの憂鬱な顔はどこへ行ったのか、心底幸せそうな様子を見せる、かりん。 いつだって一人で強がっているコイツは、こんなありふれた優しさですらも貴重で大切なものだと言わんばかりに、安堵の表情を漏らす。 俺は、そんな頑固で手のかかる妹の重みをその肩に感じながら、自宅までの道をひた歩くのだった。 <妹のような少女> 「同棲を始めて以来、私のことを妹として認めてくれた 翔さん」 「でもそれは、まるで私たちを今の関係に繋ぎとめる ための《楔:くさび》のようなもので……私にとっては、とても 大切なことでした」 「もしかしたら、翔さんもどこかでそう思うように 私を妹として扱うのでしょうか……」 「だったら、それはつまり、私を一人の女の子として 見てくれていると言うことで……ダメなはずなのに すごく嬉しくて、そうだったらいいなって……」 「そんなことを、思ってしまいます」 「だから私はより一層、翔さんの『妹』を演じて そうであり続けなければいけません」 「それは、自戒のようなもので……妹を演じないと 翔さんへの想いが溢れてきて、もう我慢できなく なってしまうからです」 「まだ、ダメです……しっかりしないと、私……」 「あぅ……この女の人が犯人です」 「そりゃねーだろ。この男だって」 帰宅後、まったりと二人でサスペンス物のドラマを見ながら過ごす。 昨日はお互いに意識したものだが、どうにか今日は普通の兄妹らしい生活をすることが出来そうだった。 「この後、男が隠しているザリガニが見つかってから 解決編パート始まって終わりだろうな」 「でもきっと、この男の人はザリガニアレルギーと言う 設定が後から判明して、アリバイ成立だと思います」 「ははっ、んな超展開あるわけねーだろ」 ……………… ………… …… 「ありえねぇ……なんだよそのオチは……」 「あぅ! やっぱりです」 「お前、名探偵ばりの推理だな」 「当然です! 鈍いお兄ちゃんとは違うんです♪」 「たまたま当たったからって調子にのんな!」 「あうぅ〜っ!!」 「翔さんも、もっとたくさん名探偵コバンくんを観て いっぱい勉強すれば、きっと推理力アップです」 「ホントかよ……」 「と言うわけで、さっそく見ましょう♪」 「ホント好きだな、お前」 「当たり前ですっ! コバンくんは、私の夫です!!」 「そーっすか。そりゃ残念だ」 「え……?」 「じょ、冗談を真に受けるなっての!」 「あぅ……でも、その……いいです」 「え?」 「お兄ちゃんのお嫁さんになら、なっても良いです」 「なっ……」 冗談をいちいち真に受けて、まるで素で返答をしているかのように、かりんが恥ずかしそうに告げる。 「お前、妹ならそんな危ない発言やめろよな」 「お兄ちゃんのお嫁さんになるのを夢見ることも 妹の特権なんです」 「そ、そうかよ……」 「あぅ。そうなんです……」 「…………」 「…………」 せっかく自然な兄妹のように接していられたのにかりんの一言のせいで、また、お互いに意識して黙り込んでしまう。 「でも、今は妹なので結婚できません。残念です。 えへへっ」 「……そうだな、無理だな」 「……はい」 必死に俺の妹として接してくれるのは、もしかしたらこの家に住むにあたり、一線を越えてしまわぬための自戒のような《行為:ルール》なのかもしれない。 それも、俺を戒めると言うよりは、どちらかと言えば自分自身に言い聞かせるためのように見えてしまう。 「(うわ、なんつー自信過剰な……)」 思わず自惚れてしまった自分の思考が恥ずかしくなり俺は必死にその思考を振り払う。 「お兄ちゃんである翔さんが好きなのは当然ですけど…… でも私は妹なので、それ以上はダメなんです」 「……そう、だな」 そして自惚れだと思う一方で、俺はたしかにコイツから特別な好意を寄せられていることを肌で感じていた。 馬鹿で不器用で真っ直ぐすぎるヤツだからこそ、嘘がへたくそで、誰かを騙したりは出来なくて。 「えへへ……いわゆるただの、兄妹愛と言うヤツです」 例えばそれは、相手への好意も同じで――― こんな出会ったばかりの冴えない男に抱いてしまったモノすらも、隠すことが出来ないのだろう。 「そうかよ。勝手にしてくれ」 「い、妹への愛はあったりしないんでしょうか?」 「ねーよボケ」 「あうぅっ……酷いですっ」 けれど俺は、その秘められた好意を受け止めるよりもそれを隠しているかりんの意思を汲むことにした。 そう。俺たちは今、ただの兄妹なのだから。 <妹・リターンズ!〜朝御飯でも作れ〜> 「私が何度も翔さんと結ばれて、そして助けられずに 繰り返して日々を送っていたせいで、ポシェットに 翔さんのお家の合鍵がたくさん溜まってます」 「その一部を見せたら、すごく不思議がってました」 「それとそれとっ、どうせ起こしてくれるなら 朝食もついでに作ってくれ、なんて頼まれて しまいましたっ!!」 「今こそ長年、花嫁修業として磨き続けてきたお料理の 腕を披露する時ですっ!! あうあうあうっ!」 「そ、それにしても、朝ごはんを作るなんて……まるで 夫婦のようですっ」 「妹として頼まれたんだとしても嬉しいですっ♪」 「すみません……つい、取り乱してしまいました」 死闘の末、どうにか暴走したかりんを取り押さえて事情を説明することに成功すると、恥ずかしそうに謝ってきた。 「ったく、もっと冷静になれよ」 「でも、私にヘンな勘違いをされるような事していた 翔さんも悪いです」 「うっ……で、でもお前は別に恋人ってワケじゃないんだし 関係無いだろ」 「関係ありますっ!」 「妻として……じゃなかった、妹としても、仲間としても 見過ごすワケには行きませんっ!!」 「待て。だから、勝手に妹になるなって」 「あれは私が責任を持って処分させてもらいます」 「マジか……てか、ヒトの話きいてねぇコイツ……」 「あうあうあぅっ!!」 「わ、わかったっての……」 あの目覚まし娘を手放すのは正直かなり残念だが恋人が出来た時には困るシロモノだし、と思って諦めるしかないようだった。 「(それにしても……コイツはどうやって俺の家に上がり  こんできたんだ?)」 さっき見せびらかされた合鍵は奪っておいたのだが俺の家にある合鍵は一つも無くなっていなかった。 と言うか、元々数は合っているわけで、そうなるとコイツは最初から盗んでいないと言う事になる。 「?」 「(んなアホな……)」 窓が開けっ放しの俺の部屋から入ってきたわけでも無いらしいし、ヘンテコな発明品を使った犯罪行為などもしてないと言い張っている。 まさに、謎だらけのメガネ娘だった。 「存在しないはずの鍵を持っている女、か……そりゃ たしかに、俺の嫁か妹なのかもな」 「えっ? 何か言いましたか?」 「言ってねえっての」 「あぅ。そうですか」 俺はそんな馬鹿げた考えを振り払うと、気を取り直してかりんに一つの提案を持ち上げてみる事にする。 「大体だな、仮にも俺の嫁や妹を気取るんなら、せめて それっぽく朝食の一つでも作ってくれっての」 「え……?」 「だから、どうせ起こしてくれるんなら朝食とかも作って くれれば助かるって話だよ」 「無論、嫌ならやらなくていいが……その代わり俺の家に 勝手に上がりこんでくるんじゃねえぞ」 「い、いいんですか?」 「あん? なにが?」 「私が朝食を作れば、起こしに来ても良いんですか?」 「まあ、最近寝起き悪いし、朝食もあるならな。ギブアンド テイクってヤツだ」 ギブられまくっているだけな気もするが、この際そこはスルーしておく。 「そ、そうですか……ホントにいいんですかっ!?」 「おう。ま、お前の用意した朝食なんて食えたモンじゃ ないんだろうけどな」 「そう言う事なら、ぜひっ! 作らせてください!!」 「あ、ああ」 俺の挑発を素で聞き流してしまうほどにテンションが高く、やる気になっているかりんに、思わず圧倒され少したじろいでしまう。 「ふふふ……そうですか、朝食ですか……ふふふふふ」 「(なんか不気味なんだが……早まったかな)」 俺は不気味に笑うかりんを見て、自分の軽はずみな発言を早くも後悔してしまうのだった。 <姉からの手紙> 「そう言えばこの日はなんだか上機嫌でしたけど 何かあったんですか?」 「あら、雲っちさん。それはですわね……ほら、この 手紙が私に届いたからですわっ!」 「わぁっ、エアメールですね?」 「そうなんですのっ! 今はアメリカに住んでいる お姉さまから手紙ですわ」 「花蓮さんって、お姉さんがいたんですね」 「それはもう……私が尊敬してやまない、たった一人の 大好きな姉ですわ〜〜〜っ!」 「あはは……花蓮さんがそこまで言うなんて よっぽど素晴らしいお姉さんなんですねっ」 「もちろんですわっ!」 「お姉さまは私の憧れで、向こうでお母様と一緒に すんごいお仕事をしているんですのよ」 「す、すんごい、ですか……」 「私の日傘も扇子も英和辞典も、全部お姉さまから もらった誕生日プレゼントですわ」 「あ、あの、ものすごい三種の神器はお姉さんからの プレゼントだったんですか……」 「ああ、お姉さま……お会いしたいですわぁ……」 「―――そんな訳で、俺と花蓮はしばらく一緒に 行動することにしたから」 翌日、俺は科学室に集まっていたメンバーにコトの経緯を説明した。 「翔と花蓮ちゃんがねぇ……」 「よいと思うぞ? お主たちなら、私には思いつかない 観点から全く新しい道を探し出せるかもしれんしの」 「フム……一度決めたからには、若輩者同士なりに 精一杯あがいてみるがいい」 最初は面食らっていたこいつらだったが、すぐに納得してそんな言葉を投げてくれた。 まったく、持つべきは話のわかる友人といった所か。 「……それで、当の姫野王寺はどこにいるんだ?」 櫻井がキョロキョロと辺りを見回すが、その姿はどこにもない。 「俺が来たとき、教室にもいなかったんだけど……」 「こらこら……初日から、パートナーがそんな事で よいのか?」 「前途多難ね……」 『そんな事だろうと思った』とでも言いたげな顔で二人がそうボヤいた時だった。 「失礼しますわ。天野くんは……」 ガラリと戸が開き、その向こうから花蓮が姿を現した。 「おっ。噂をすれば、じゃな」 「よう」 「やっぱりここにいましたのね……」 後ろを向いて戸を閉め、花蓮がこちらに歩いてくる。 わざわざ振り返って扉を閉めるあたり、妙に行儀のいいやつだ。 「まったく……昨日の今日で、パートナーを置いて こんなところで雑談とはどういう了見ですの?」 適当な椅子を見つけて腰掛け、花蓮が恨み言を口にする。 しかし、言葉の割にその口調はどこか嬉しそうで機嫌がよさげだった。 「今日はいつもより遅かったのね。何かあったの?」 静香がそう聞いた途端、『待ってました』とばかりに花蓮が顔をほころばせた。 「えへっ? 聞きますの? 聞いてしまうんですの?」 「いや、特には」 「ああ、取り立てては」 「黙れ菜っ葉!」 二人で言ったにも関わらず、花蓮は思いっきり櫻井を睨みつける。 ……相変わらず、こいつには厳しいようだ。 「そ、それでいったい何があったって言うの?」 「しょうがないですわねぇ……そこまで聞きたいのなら 特別に教えて差し上げますわ」 「……絶対、しゃべる気満々だったな」 「実は今朝、こんなものがうちに届きましたの」 そう言ってゴソゴソと鞄をあさり、花蓮が何か長方形の何かを取り出した。 それは理髪店で見かける回転する看板のように赤、青、白のトリコロールカラーに縁取られた紙のようなもので…… 「ほほう、エアメールか」 「へえ、これが……」 思わず、マジマジと見つめてしまう。 話には聞いたことがあるが、実際に見るのは初めてだ。 「それで、誰からなの?」 「うふふっ、よくぞ聞いてくださいましたわ」 子供のように目をキラキラ輝かせ、花蓮が手紙の裏面を俺たちに見せびらかす。 そこに達筆な筆記体で、差出人の名前が書かれていた。 「しゃっ……さ、さいっ……?」 俺たちを代表して手紙を受け取った麻衣子だったがすぐに頭を抱えて投げ出した。 「むー……トリ太、読んでくれ」 「よかろう。見せてみろ」 「相変わらず、科学以外はからっきしなのな……」 「うーむ、なになに?」 「サイヤ・ヒメノオウジ……と書いてあるな」 「え、ヒメノオウジって……」 「おのれ、お前の血族か!」 「なんで警戒してるんだよ……」 花蓮を横目で睨み、手紙に向かって身構える櫻井をたしためる。 「なんじゃ、外国人からの手紙ではないのか?」 「ええ……《彩夜:さいや》お姉さまは、私のお姉さまですの。 れっきとした日本人ですわ」 「へえ……お前、お姉さんなんていたんだな」 「それはもう、素晴らしいお姉さまですわ」 「ふうん……アメリカに住んでるのね」 手紙に書かれた差出元を読みながら、静香が言った。 「つーか、読めるんだ……すごいね……」 「彩夜お姉さまは、そりゃあもう完全無欠でバリバリの 天才で、お母様と一緒にアメリカですんごいお仕事を していますのよ!」 「まさに理想の女性像、私の憧れですわぁ……」 「完全無欠でバリバリかぁ」 これだけ聞くと、あまり頭はよくないようだが……本当にすごい人なのだろうか。 「この扇子も日傘も……英和辞典も、みーんな お姉さまからの誕生日プレゼントですの」 光り輝く『三種の神器』を、嬉々とした表情で机の上に並べ立てる花蓮。 妹のために、わざわざ『不可能』の文字を省いた英和辞典を特注するなんて…… 「なるほど、こいつの行動力は……」 「うむ、《血:ち》のようじゃな」 「……? どういう意味ですの?」 「あ、あー……気にしないで、悪口を言ってる訳じゃ ないと思うから」 ぎこちない笑顔を浮かべ、静香がフォローを入れる。 「はぅ、お姉さま……お会いしたいですわぁ……」 まるで恋する乙女のように、うっとりとした顔で頬に手をあて花蓮がため息をつく。 「…………」 「(いい気分に水を差すのも悪いから、口に出しては  言わないけど……)」 「妹にこんなもの贈るあたり、世間的に見たら こいつのお姉さまとやらもかなりの変人……」 「バ、バカッ! なんてこと言うのよ」 静香に小声でたしためられる。 どうやら無意識のうちに、声に出ていたらしい。 「……で、私が泣いていた時ですの。突如その場に 駆けつけてくれたお姉さまが……」 「……って、ちょっと。聞いてますの、トリちゃん?」 「うむ、聞いておるぞ」 「我輩も兄弟がいる身ゆえ、貴様の気持ちは よくわかるのだ」 トリ太と兄弟談義に花を咲かせている花蓮は俺の失言に気づかなかったらしい。 「さすがトリちゃんですわ。やはり、高貴な者同士 貴方とは話が合う気がしますわ」 「…………」 「いいなぁ、兄弟って」 「ああ」 「なんでこの話の流れで、そんなしみじみとした 結論に達するのよ……」 時間を忘れたように姉の逸話を自慢し続ける花蓮を俺たちはいつまでも優しく見守るのであった…… <婚約のゆびきり> 「あまりにも大きな悲しみに包まれて見えなかった たしかにそこにあった、あたたかな光……」 「それは、ずっと支えてくれた大切な人の存在と かけがえの無い仲間たちの姿でした」 「想い出すのは、かつてのみんなとの想い出で…… そして、翔さんからのプロポーズでした」 「私は、自分が犯してしまった、あまりにも大きすぎる 過ちに……今更になって気づいたんですっ!」 「翔さんが、命を懸けて、それを私に気づかせて くれたんです……」 「私はいつも、大切な人を失った後でしか…… そのことに気づけなくて……」 「私、結局、何も成長していなくって……」 「お母さんが死んでしまった、あの時と同じ過ちを 今回もまた、してしまったんです」 「私のせいで……私が弱かったせいで、翔さんが……! 今更気づくなんて、そんなの……遅すぎ、ますっ」 「翔さん……ごめんなさい……」 『深空―――』 「翔さん……」 真っ白な光の中で、私は大切な人の幻にその手を差し伸べられていました。 いや……それは今まで気づかなかっただけで、本当はいつだって手を差し伸べてくれていたんです。 悲しい時、辛い時、いつだって私は俯いてしまっていました。 そんな時、か弱い私を支えてくれたのは―――翔さんだけじゃ、ありませんでした。 「私……わたしっ……!」 「何にも、解ってなかった……っ!!」 その顔をあげれば、そこにはみんながいたのに……私は顔をあげることすらもしませんでした。 「私……ほんと、救いようも無い……馬鹿です……」 どんな悲しみに包まれていても、確かにそこにあった光。 ずっと支えてくれていた大切な人と、あたたかな仲間達。 なのに私は、いつもすぐ俯いて……その光を見ようとはしなかったから…… そして、私が弱かったから、翔さんは――― 『だから、もし俺がこのままお前の王子様で居続ける ことが出来たら……』 『これから先、ずっと一緒にいたいって思えるような 相手でいられ続けたら……』 『結婚、してくれ』 「翔……さん……」 もう取り返しのつかない失敗をして、ようやく自分の真の愚かさと、本当に大事なことに気がつきました。 「ごめんなさい……わたし……私っ!!」 それが悔しくて、私はぽろぽろと涙を流しました。 「私、また何も解ってなかった……だから昔と同じ間違いを 繰り返しちゃって……」 そう、私は―――過去に囚われ過ぎていたせいで、目の前にいた大切な人を、失ってしまったのです。 「いまさら気づくなんて……そんなの、遅すぎますっ」 翔さんがいて、みんながいる……お父さんだっている。 それなのに、いつまでも前を向かないでいたから…… 「かける……さん……」 私の涙も、言葉も――― 大切な人にはもう二度と届くこと無く、悲しいくらいに綺麗な夕焼けの空へと、消えていくのでした。 <子供と、風船と、悲劇と> 「鈴白先輩は……迷子の子供を元気付けるために 風船を買ってあげたそうです」 「でも、その風船を上手く渡してあげられなくて…… 鈴白先輩は、下り階段がある事に気づかずに―――」 「先輩……」 「はぁ……さすがに、少し疲れました」 ソフトクリームを買って来ると出て行った天野くんに場所取り係に任命された私は、一人座りながら思わずそんな呟きを漏らしました。 さきほどまでは、座れないくらいに賑わっていたもののすでにパレードが始まっていたお陰で、休憩スペースの人ごみも薄れ、無事席に座れる事が出来て、一安心です。 「……ふぅ……」 ほどよい人気の無さと、夕方になり気温が落ちた空気に大きな安息を感じます。 これなら、いつものような感覚で世界を『視る』ことも出来ると言うものです。 「…………」 一息ついたところで、私はさきほどの激しい交わりを思い出してしまいました。 「さ、さすがに無茶しすぎちゃいましたね……」 自分の大胆な行動を思い出すだけで、赤面しちゃいます。 「ぶぅ……なんか、だんだん先輩としての威厳が保てなく なって来ている気がします……」 大人のお姉さんぶってみたものの、ただのエッチな先輩くらいに思われていそうで、逆効果な気がして来ました。 「(うぅっ……で、でも、気持ち良かったですし……)」 あれだけ毛嫌いしていたはずの自分が、これほどまでに男性へ依存してしまえるのが、不思議でなりません。 あんなに男性には屈服したくないと思っていたのに……私にとってそれだけ、天野くんは特別な存在で――― 「そう言えば、私……トラウマを克服しに来たんでした」 遊園地に来る前は、あれほど不安だったはずだったのにすでに今では、普段と変わりませんでした。 何も見えない深い闇へとその身を投じているにも関わらず動悸もなく、落ち着いていられるなんて…… 「悔しいけど、天野くんのお陰……ですね」 いつの間にか自分の中で大きなウェイトを占め始めた彼を思い描き、私はそれをぎゅっと抱き寄せるようにそっと手を重ねます。 天野くんと一緒なら、もしかして―――完全にトラウマを克服できる日が来るかもしれない。 あの人がいれば、何も怖くなんてない。 彼が支えてくれるなら……どんな困難にでも、きっと立ち向かっていける。 私は、そんな想いを胸に抱きました。 「(願わくば、どうかいつまでも……この幸せな日々が  続きますように……)」 鳥井さんに出逢ってから、私の日常は一変して…… 毎日の部活で、数少ない女子部員達と一緒にいるのがささやかな楽しみだったはずの私は――― 今では、多くの友人に囲まれていました。 初対面であっても、構わずに仲良く接してくれて……そして、自然に付き合い、頼ってくれる。 「ふふっ……本当に、感謝しなくちゃいけませんね」 今の仲間たちと、そして……私が初めて心を寄せられた大切な男性と出逢わせてくれた、鳥井さん。 そのせめてものお礼に、彼女の夢を叶えてあげたかった。 それだけが、今の私の心残りでした。 「ん……それにしても遅いですね、天野くん……」 手持ち無沙汰のまま待たされていた私は、やり場の無い両足をぶらぶらと振りながら、彼の姿を待っていました。 「ぶぅ……可愛いくてか弱い彼女を待たせるなんて まだまだ素敵な男性とは言えませんね」 早く彼に会いたくてそんな独り言を漏らしてしまいます。 どんどん天野くんに溺れていく自分が少しだけ怖くて……でも、とても温かく満たされている感じで…… 「ひっく……うぅ……うええぇんっ」 「……?」 ぼーっとしている私の耳に、すぐ近くで泣いている小さな女の子の声が聞こえてきました。 「お嬢さん、どうしたんですか?」 放って置けなくて、考えるより前に私は、泣いている女の子に腰をかがめて、話しかけていました。 「うえええぇっ……ひっく……お姉ちゃん、だれ?」 「わ、私ですか? そうですね……頼りになる、良い子の 味方のお姉さんです」 こんなところを天野くんに見られたら、私がこの子を誘拐しようとしていると勘違いされそうで嫌でしたが……今はひとまず、女の子を助けるのが先です。 「迷子ですか? お母さんは?」 「ぐしゅっ……おかあさん、いなくなっちゃった……」 ―――思った通り、どうやら迷子になってしまったようです。 「ひっく……うえええぇぇぇんっ! お母さあぁ〜ん!」 「あらら……う〜ん、困っちゃいましたね」 母親の事を思い出させてしまったのでしょうか、女の子が大声で泣き出してしまいました。 ……この辺りには、私一人しかいませんし……遠くにいる人たちは、こちらを気にかけている様子もありません。 私が助けてあげないと、この子はこのままこの場で一人泣き続ける事になりそうで…… 「弱りましたね……」 「うえええぇぇぇんっ! ひっく! うええぇっ……」 「ほら、いい子だから泣かないでください」 「お母さんが戻ってくるまで、お姉さんが一緒にいて あげますから……ね?」 「ぐすっ……でも……」 まだ警戒しているのでしょうか、女の子は戸惑いながら泣き止んでくれません。 こうなったら、天野くんが来るまで、私がどうにかこの子の相手をしてあげるしかないようです。 その後に、二人で迷子センターへ行けば……きっとこの子も、お母さんに会えるはずです。 「ひっく……お母さぁん……うええぇっ……」 「え、えっと……そうだ! いいもの買ってあげます!」 泣き止んでくれなくて困り果てた私は、気がつけば咄嗟に女の子へ、そんな提案をしていました。 「ぐすっ……いいもの?」 「はい。すんごくいいものです」 「どのくらい?」 「それはもう、めっちゃりといいものです」 「めっちゃり?」 「そうです。とってもきゅーとで、まるまるっとしてて 主にフライングしちゃっているモノです」 「よくわかんないけど……マーボーくんよりも可愛い?」 「マーボーくんより、そこはかとなく可愛くなくもなくも ない感じみたいな雰囲気です」 「ほんとにっ!? じゃあ、行く!!」 「それじゃ、行きましょうか」 「うんっ!」 「こんなところ見られたら、確実に誘拐犯だと勘違い されちゃうんじゃないでしょうか……」 仲良く手を繋いで、姉妹だと勘違いされる事を祈りながら私は、記憶を頼りに風船売り場へと足を運ぶのでした。 ……………… ………… …… 「すみません。一つ、いただけますか?」 代金と引き換えに、タコ糸に結ばれた風船をもらいます。 「はい、どうぞ」 「ありがとう、おねえちゃん……」 お礼を言うその子に笑顔を返しながら、私が風船から手を離した……その時でした。 「あっ」 「……えっ?」 ぶわりと大きな風が吹き、風船が二人の手からするりと離れていってしまったようです。 「ま、待ちなさいっ!!」 一瞬の油断で風船を持っていく風にムッとしつつ私は上へと意識を集中させ、小走りに追いかけてジャンプするように手を伸ばして――― 「この……えいっ!」 届かないかと思いましたが、間一髪のところで、タコ糸を掴む事に成功しました。 「やった! ……ととっ」 上手く着地したものの、勢い余って数歩ほど前へとよろめいてしまいます。 「ふぅ……危ないところ―――」 「おねえちゃん、危ないっ!!」 地面に注意を払わないなんて……普段なら絶対にしない一瞬の油断。 「―――え?」 彼との楽しい時間に、浮かれていたせいもありました。 「おねえちゃ――――――」 瞬間、全身を包み込む、奇妙な浮遊感――― 最後に踏み出したその場所には、あるはずの地面が無くって――― ……………… ………… …… 「うーん、大丈夫だよな……先輩と一緒に食べるからって 抹茶ソフト買ってきちゃったけど……」 「まさか『そんなの邪道です!』とか言って怒られたり しないだろうな……」 かなり混雑していた上に、バニラか抹茶かで悩みぬいたせいで思ったよりも時間を食ってしまった俺は、急いで休憩スペースへと戻って来た。 「先輩、お待たせ……って、あれ?」 がら空きの休憩スペースを見渡しても、灯の姿はどこにも見当たらなかった。 「お手洗いとか……?」 戸惑いながらも、俺は約束していた席へと座る。 「……何やってんだよ、先輩……溶けちまうぞ……」 両手に緑色の模様を描くソフトクリームを持ってただ座っている光景と言うのも、何か情けない。 とは言え、先に食べるのも気が引けるので、ひとまず灯の帰りを待つ事にする。 ……………… ………… …… 「……先輩……」 溶け始めたソフトクリームに比例するように、嫌な胸騒ぎがしてくる。 お手洗いにしては、いくらなんでも遅すぎるし……何より、灯は遊園地の地理を把握していないはずだ。 俺を置いてどこかに行くなど、ありえるはずがない。 「くそっ……」 いてもたってもいられず、当ては無くとも近くをさ迷うために席を立つ。 「え……?」 ひとまず出口の方へと向かおうとすると、すぐに異変に気づいた。 数十メートル前方に群がる、人ごみが俺の目に留まる。 「(なんなんだ……?)」 明らかに『異質』な騒ぎを思わせる空気に、なぜか俺の心臓の鼓動も早まっていく。 「くっ……なんなんだよ……!!」 近づいてみると、予想よりも大人数が群がっておりその中心へと辿り着けずに、わけも判らず苛立つ。 「救急車はまだ来ないのかよ……」 「やだ、気分悪くなっちゃった……」 「可哀想……大丈夫かな?」 「ちっ……!!」 次第に強くなる不安を否定するように、ソフトクリームをかなぐり捨てて、人の波をかき分けるように騒ぎの中心を目指す。 「まるで、階段が見えてないみたいだったんだってな」 「それでも風船は離さなかったのか? ……すごいな」 「すいません、どいてくださいっ!!」 耳から入って来る会話を聞きながら、俺の心臓は破裂しそうなほどに激しく高鳴っていた。 「(な、なに慌ててるんだよ俺は……)」 とめどなく湧き上がる嫌な予感を、必死に否定する。 そして――― 長い階段を降り、人の壁が途切れ……視界が開けた。 「ウソ、だろ……」 そこには、風船を持ちながら泣いている女の子と――― 額を血に染めて中央に横たわる、大切な人の姿だった。 <学園に来ない静香 その1> 「この日は、静香さんがお休みだった日ですよね。 なにかあったんですか?」 「うむ。実は、前の日に珍しくカケルとケンカした みたいでのう……」 「シズカも塞ぎこんでしもうたらしく、落ち着くまでは 顔を出せんようじゃったな」 「そうだったんですか……珍しいですね、あの二人が 仲違いをしてしまうなんて……」 「むぅ……もともと、シンプルなようでいて少々複雑な 関係じゃったからのう」 「かといって、見て見ぬふりというのも出来んので 私の方からカケルを先導してみたのじゃ」 「そしたら、カケルのヤツ……こう言ったんじゃ」 「シズカは放って置くべきだ、じゃと」 「でも、それじゃ静香さんが可哀そうですっ」 「うむ。二人ともまだ話せるような状態ではないので 冷静になる時間が必要みたいじゃったの」 「なるほど、そうだったんですか……」 「お二人とも早く仲直りできれば良いんですけど…… 大丈夫だったんでしょうか……」 「もう一度、ちゃんと話し合うべきだと言っておった」 「そうなんですか! それじゃあすぐに仲直りを―――」 「ところが、何かまだ決めかねておるみたじゃったな」 「でもでも、その様子ならきっと、すぐに仲直り 出来ますよねっ?」 「うむ! 私も早く二人が仲直りできるよう、影ながら 尽力させてもらうのじゃっ!!」 「俺一人だけじゃ不満か〜、などと感情的になって 興奮気味に怒っておったのじゃ」 「だいぶ熱くなって周りが見えなくなってしまって いたのでしょうか……」 「そうじゃな。カケルの奴、らしくないほど冷静じゃ 無かったしのう」 「でも、どちらかと言うと、静香さんよりも自分自身に 腹を立てているように感じますね」 「シズカと同じで譲れないものがあるんじゃろ…… まったく、何だかんだで似たもの同士じゃのう」 「あぢぃ……」 生まれたてのゾンビのように、のっそりと起き上がる。 日はすでに高く、冷房の効いていない締め切った部屋は軽いサウナになっていた。 「……くそっ……暑すぎるだろ……」 まだはっきりと覚醒していない頭で、時間を確かめるために時計を探す。 「……マジかよ」 すでに急がなければ遅刻してしまうであろう時間だと知り少し焦りを覚える。 「……まぁ、実際は遅刻もクソもねーんだけどな」 何となく自主的にみんなで普段通りに通学しているだけではあるのだが。 「ちっ……顔、合わせづれぇな」 《鬱蒼:うっそう》とした気分のまま立ち上がり学園へ向かうために気後れしながらも、俺はシャツに袖を通すのだった。 「どうしたんじゃろうか、シズカは……」 「嵩立が遅刻とは、珍しい事もあるものだな」 「うむ。いつもなら、とっくに来ておるのじゃが……」 「…………」 心配そうにそわそわとする麻衣子を横目に、無言で作業を続ける。 「他のヤツと一緒に、教室にいるのではないか?」 「さきほどから何度か行ってみたのじゃが、どうにも 違うようなんじゃ」 「ふむ。なるほど」 「うぅ〜……事故では無いじゃろうな……」 「そんなに心配なら、携帯にでもかけてみたらどうだ?」 「そ、それはそれで、この程度の事で心配しすぎじゃと 後でシズカにからかわれそうで嫌なのじゃが……」 モジモジとしながら、普段いじらない携帯をカパカパと開けては閉じてを繰り返し、一人で唸る麻衣子。 「そうじゃ! カケルは何か知らんのか?」 「え……?」 「ほれ、昨日お主と一緒に『お使い』を頼んだのに カケル一人で戻ってきてしまったではないか」 「今思えば、その時から様子がおかしかったワケじゃし ……シズカから何か《言伝:ことづて》などを聞いておらんのか?」 「知らねーよ、あんなヤツの事なんか……」 「む……なるほどのう」 俺の言葉で何かを理解したような呟きを漏らす麻衣子。 こう言う時に、なまじ付き合いが長いと厄介だった。 「お主、もしやシズカとケンカでもしおったな」 「……ちげーよ……」 「違うも何も、顔がそうじゃと言っておろうに」 「とにかく、お前が思ってるようなケンカじゃねー って言ってるんだよ」 「……ケンカに違いはあるまい」 「俺はただ……自分にも、静香にも、愛想を尽かした だけなんだよ……」 「…………」 俺の言葉を聞き、黙り込む麻衣子。 だが、言葉にせずとも『仲直りするべきだ』と訴えているのが、容易に理解できた。 「…………」 しかし、それは同時に、俺自信が麻衣子の手伝いを軽視するのと同義で――― 麻衣子との約束を破るような、軽率な行いなのだ。 だからこそ、俺はあの時、静香を認めるワケには行かなかったのだから…… 「ふぅ……お主らが二人とも頑固なのは十分に理解 しておるのじゃが……」 「ここは一つ、お主の方から折れて仲直りするべきじゃ 無いかのう?」 「…………」 「はぁっ……何をそんなに意地になっておるのじゃ」 頑なに和解を拒む俺を見て溜め息をつく麻衣子。 「ほれ、カケル! スパっと仲直りするのじゃ!!」 このままでは平行線だと思ったのか、ずいっと俺に携帯を渡そうとする。 ディスプレイには当然、嵩立 静香の名があった。 「とりあえず、かけるぞ?」 「……麻衣子」 「なんじゃ?」 このままでは麻衣子に伝わらないと思い、仕方なく俺は口を開いた。 「静香は―――放っておくべきだ」 「……はぁ。なるほど、よく解ったのじゃ。まだお主と シズカを会話させる状況では無い事がの」 俺の言葉を聞いて、麻衣子は大人しく携帯を閉じる。 「そんな感情的な状態では、冷静に仲直りなど出来る はずもないの」 「……静香から謝るまでは、仲直りする気はねーよ」 「どうやら、お互いに冷静になる時間が必要じゃな」 「二人にとってそれが譲れぬものならば、形だけの謝罪で 仲直りなどをしても、意味はあるまい」 「……うむ。それもそうじゃな」 「何があったかは知らんが、もう一度冷静になって よく考えるんじゃな」 「……冷静だよ、俺はな……」 「けど、静香は……みんなで協力しようって誓ったのに アイツにとって、それは本気じゃ無かったんだよ」 「……ふむ。かりんを助けると言う約束か?」 「ああ。たしかに俺たちには何もできねーかも知れねえ けど……だからこそ、麻衣子を手伝いたいんだ」 「なのにアイツ、遊びに行きたいとか言い始めて……」 「もしや、それで怒っておるのか?」 「そ、それでって……」 「柔軟な発想を生むために、『遊び』も大事じゃし 気分転換などは必要な事じゃろう」 「けど、まだ麻衣子は行き詰まってないみたいだし あと三週間しか無いのに、ここで遊ぶなんて……」 「……カケル」 「何だよ」 「もしかしてお主、この前の話を気にしておるのか?」 「え……?」 「私の夢の話じゃ」 「そりゃあ、そうだろ。俺も精一杯手伝うって約束も したしさ……」 「私の夢は、私が叶えるために努力を惜しまないべき ではあるが……カケルには関係あるまい」 「応援してくれるのはもちろん嬉しいのじゃが…… お主は、お主の夢のために努力をするべきじゃ」 「俺のため……?」 「うむ」 「かりんも、私も……もちろん、シズカも」 「皆、自分の大切な想いや願いを叶えるために…… 必死で努力しておるのじゃ」 「じゃからカケルも、もっと自分の気持ちに素直に 生きるべきだと思うぞ?」 「……そっか……そう、かもな」 「うむ」 そこまで言われて初めて、俺が麻衣子の『夢』に肩入れしすぎている事に気づく。 「と言う事で、ホレ」 「ん?」 「さっさと仲直りするのじゃな」 「そっ……それとこれとは話が別だっ!!」 「まーだそんな素直でない事を……」 「とにかく、昨日の今日でいきなり意見を覆したり 出来るわけねーだろ!!」 「そんな固い頭では、ロクな発想も浮かばんぞ? もっとクールに考えられんとの」 「…………」 「……はぁ」 それが正しい事だと解りながらも、切り替えて素直に頷く事ができない俺を見て、溜め息をつく麻衣子。 「……もう少し時間をおいた方がいいみたいじゃな」 「ああ、そうしてくれ」 俺は、もう一度冷静に静香と向き合うためにも気持ちの整理をするべく、そう呟くのだった。 ……………… ………… …… 「解ってるんだよ、そんな事は……」 「む?」 「麻衣子に言われなくったって、解ってるんだよ」 「……ちゃんと、静香と話し合うべきだって」 「じゃから、ほれ。電話でサクサクっと……」 「そうじゃねーんだよ……」 「……何か思うところがあるのじゃな?」 「ああ」 そう。 それは、昨日からずっと引っかかっていた事。 「俺は、静香とはお前より長い付き合いでさ…… あいつの事なら、大抵の事は理解できる」 「そう思ってたんだけど……そいつが自惚れだって 気づかされちまったんだよ……」 「…………」 「今の俺には、アイツの考えてる事、ぜんぜん わかんねーんだよ……!!」 「そして、何だか……静香の事を理解できねー自分が どうしようもなく、許せねーんだよ……」 「なるほど、の」 「つまり、そんな自分のままで静香と会話したくなど 無いと言う事じゃな?」 「……ああ。自分でもよくわけんねぇけど、今は何を話して いいのかすら、わからねーんだよ」 「ふむ……何とも困った性格じゃのう、お主も」 「うるせー……とにかく、もう少し時間を置いて ゆっくり考えたいんだよ」 「そう言う心積もりなら、あまり強くは言えんが……」 「じゃが、仲直りするには、こちらの非を認めて 一歩相手に歩み寄ることが必要だと思うぞ?」 「……解ってるよ」 「ふむ。お互いに話し合い、初めて見えるところも 出てくるじゃろうからの」 「…………」 「それにシズカは、落ち込むと塞ぎこんでしまうタイプ じゃからな。こちらから手を差し伸べて、きっかけを 作ってやらねば、いつまで経ってもこのままじゃぞ?」 「考えるのも大事じゃが、こじれたままで時を重ねると 余計な歪を作る事にもなりかねんぞ」 「……ああ」 「うむ! それが解っておるなら、もう何も言うまい」 やっと満足そうな顔を見せる麻衣子を尻目に、俺は一人複雑な心境のまま、窓の外を眺めるのだった。 ……………… ………… …… 「俺一人だけじゃ、不満か?」 「む?」 「別に静香がいなくったって、そのぶん俺がお前を手伝って やればいいだろ」 「俺は、全力でお前をサポートするって約束したんだ。 けど静香はそうじゃなかったんだよ!」 「カケル……?」 「とにかく、静香みたいな薄情者は放っておけよ…… 自分の事ばっかり考えてるんだよ、アイツは!!」 麻衣子と話しているうちに昨日の怒りがぶり返してきたのか、思わず口調を荒げてしまう。 「……なるほどの」 俺の態度を見て、どうやら麻衣子は昨日の出来事におおよその察しがついたようだった。 「らしくないの。シズカが薄情者だ、などと本気で 言っておるのか? そうでは無い事は、誰よりも お主が一番……知っておるはずじゃろ」 「…………」 「今時、シズカくらいの純情ピュア娘は、そうそういないと 思うのじゃがな?」 「そ、それは……」 「誰かさんのせいで、なかなか正直にはならんがの」 「でも、あの時俺達は協力するって決めたはずなのに あんなにすぐやる気をなくすなんて……許せねぇよ」 「それはシズカの方に、何か特別な事情があったのじゃと 思えんのかのう?」 「…………」 「それにこちらとしても、そこまで気負われすぎるのも 存外、困るのじゃぞ」 「ん……」 ピリピリしている俺を宥めるように、麻衣子がそんな言葉を口にする。 「カケルが私を手伝ってくれるのは嬉しいし、感謝も しておる。けれど、その好意を相手に与えるために 自らを削ることが必ずしも喜ばれるとは限らん」 「誰かさん達が楽しそうにしておるだけでも、嬉しくて 幸せな気分にさせられるものじゃしな」 「え……?」 「大切な友人達が仲睦まじい事には幸福を感じるし 仲違いされては、悲しいのは当然じゃろう?」 「…………」 「先ほど、カケル一人じゃ不満かと問うたが、当然 お主一人では不満じゃな」 「ストレートにひでえ事言うのな、お前」 「無論、シズカ一人でも不満じゃと言うておるのじゃ」 「私は欲張りじゃからの。カケルもシズカも、みんな一緒が いいのじゃ」 「麻衣子……」 「とにかく、冷静になってもう一度シズカと向き合う べきじゃと思うぞ?」 「……ああ、そうだな」 「うむ! それでこそカケルじゃっ!!」 俺の返事に満足したのか、今日はじめての笑顔を覗かせる麻衣子。 今は笑顔で隠しているが、静香に対して感情的になりすぎるあまり、軽率な発言をしてしまったのかもしれない。 「(静香と向き合う、か……)」 俺は麻衣子の助言を受け入れるように、今一度その考えを改めようと決めるのだった。 ……………… ………… …… <学園に来ない静香 その2> 「この日、シズカは学園を休んで、とある場所へと 行っておったのじゃ」 「年に一度、シズカにとってはとても大事な日…… みたいじゃからな」 「カケルは忘れておったのか、なぜシズカがいないか わかっておらんようじゃった」 「そんなすっ呆けたカケルに、今日が何の日かを問うと 気づいたのか、すぐに学園を飛び出したのじゃ」 「まったく、こんな日にシズカを独りにするでないぞ」 「私では……シズカの心を埋められないのじゃからな」 「ういーっす」 「おはようなのじゃ」 「朝からアヒルのような面構えだな、お前は」 「また意味の分からんことを……」 挨拶を済ませ、もはや定位置となった席に腰掛ける。 室内を見回すと麻衣子と櫻井、そしてトリ太の姿しかない。 「やっぱりいねぇな……」 「……シズカなら、今日は休みじゃよ」 「え? そうなのか?」 化学室に来る前に教室に寄ってきたのだが、そこにも静香の姿はなかったので、てっきりここに来ていると思ったのだが…… 「休みって、ひょっとして夏風邪か? この時期の風邪は 辛いだろうからなぁ」 「はぁ……」 俺の言葉を聞いて、麻衣子が盛大なため息をついた。 「……何だよ?」 「カケル。お主、今日が何の日か解らぬのか?」 「今日? 別に―――」 「……っ!!」 そこまで言って、静香にとって今日が特別な日である事を思い出す。 「くそっ……バカだ、俺は……」 例年通りなら忘れるはずも無いのだが、今年に限って学園占拠やら静香とのケンカやら仲直りやらがあってすっぽりと抜け落ちてしまっていた。 「どおりで、昨日どこか様子がおかしかったわけだ……」 「もしや、昨日の帰りに何かあったのか?」 「いや……何も無かったんだけど、呼び止められたんだ」 「その時に気づいてれば、何か出来たかもしれねーのに」 「出来たかも、ではあるまい」 「……そうだな」 そう呟きながら、俺はすぐに立ち上がった。 「うむ。今からでも遅くないのじゃ」 「悪い、マーコ。あんな約束しておいて……今日だけは 絶対に手伝えないんだ」 「何を言っておるのじゃ、馬鹿者」 「私の代わりにシズカの元へ行くのも手伝いみたいな ものじゃし、こっちは問題無いのじゃ」 「麻衣子……」 「じゃから、お主も『自分のため』に動けばいいのじゃ。 今、自らがやるべきじゃと思うことをな」 「ああ」 「……シズカを頼む。私には……どうすることも 出来ないのでな」 「任せとけ」 麻衣子の想いを受け取って、安心できるように、自信たっぷりの笑顔を見せてやる。 「それじゃ、行ってくる」 そう……今の静香を支えてやる事は、きっと俺にしか出来ないのだから。 「待て、天野」 「え?」 「これを持っていけ。きっとお前の助けになる」 そう言って櫻井が放ったものを受取ると…… 「……五円玉?」 それは中央の穴に糸をくくりつけてある五円玉だった。 「どう使うかはお前次第だ」 「よく分からねぇけど、サンキューな」 快く送り出してくれたマーコと櫻井に感謝の言葉を告げ俺は急いでいつもの教室へと向かうのだった。 <守りたい、夢> 「一人で落ち込んでいる私を、翔さんは叱って くれましたわ……」 「そうですわ……今、一番不安を感じているのは あの子たちのはずですもの」 「こんな時だからこそ、私がしっかりしないと いけないんですわ……!」 「あの子たちのため……」 「そして、私自身が思い描く夢を守るため……」 「再びお父様と戦う意志を取り戻した私は 先に行っててくれと言う翔さんを残して 一人、保育園に向かいましたわ」 「何か用事があるようでございましたけど…… そんなことより、私は私の今やるべきことを 精一杯やるだけですわっ!!」 「…………」 「…………」 ろくに睡眠も取っておらず、花蓮はひどい顔をして塞ぎこんでいる。 そんな彼女を尻目に、俺は乾ききったコッペパンを口いっぱいに頬張っていた。 「大してうまいもんじゃねーな」 そう言った俺を、花蓮が横目で見つめている。 『こんな時に、よく食べる気になれますわね』 そんな非難がヒシヒシと伝わってくる視線だ。 「ほら、お前も食えよ。少しでも腹に入れて おかないと、もたないぞ?」 俺がコッペパンを差し出しても、花蓮はふるふると首を振り、受け付けようとしない。 「もう、どうでもいいですわ……」 「どうでもいいって……何がだよ」 「保育園の事か? それとも、家に連れ戻される かもしれない事か?」 「……どっちもですわ」 「私に出来ることなんて、何もありませんもの……」 なるほど、完全に心が折られているようだ。 こういう時こそ、恋人である俺が優しい言葉の一つもかけてやるべきなのだろう…… しかし、傷心のご令嬢を気遣うつもりなど、今の俺にはさらさら無かった。 「なんだそれ……結局、こんなもんかよ」 ため息をつき、コッペパンをかじる。 「……どういう意味ですの」 花蓮が顔を挙げ、俺の顔をキッと睨む。 怒るだけの元気は残っているようだ。 「いや……お前も案外、素直だなって思ってさ」 「素直?」 「親父さんも、さぞかし楽だっただろうな」 「いったいいくら使って、どれだけ手を回したのか 知らないけど……」 「これで娘が戻ってくるなら安いものじゃないのか?」 「わ、私がお父様に屈したと言いたいんですの?」 悔しそうに、花蓮が言った。 「私だってこんな事されて、おめおめと帰りたく ありませんわ!」 「でも……ここまでされたら、普通は誰だって……」 消え入りそうな声で、花蓮が再び顔を落とした。 「だからさ。普通の人が諦めるように、お前も 親父さんに逆らうのを諦めるんだろ?」 「ったく、俺の言うことにはいちいち逆らってた くせになぁ……」 出会って間もない頃の事を思い返し、俺は笑った。 「か、翔さんは、何が言いたいんですの……?」 戸惑いの色を隠せずに花蓮が揺れる瞳で訊いてくる。 「私に、何をしろって言うんですの……これ以上 私に出来る事なんて……」 「本当にもう、無いのか?」 「……え?」 「お前は今、自分に出来る事すら放棄するのかって 聞いてるんだよ」 「私に……出来る事……?」 呆然と、花蓮が呟く。 「お前、そうやって不安になってるのは自分だけだって 思ってないか?」 「…………」 「お前と同じくらいの不安を、お前より小さい身体で 一身に受けているやつらがいるんじゃないのか?」 「……ぁ……!」 花蓮の瞳に、わずかだが光が戻った。 自分が今もっとも気にかけなくてはいけない存在――― 保育園のガキどもの顔を、ようやく思い出したようだ。 「あいつらの所に飛んでいって、大丈夫だって 言ってやらなきゃダメなんじゃないのか?」 「それができるのは、花蓮……お前だけなんだぞ?」 「でも……私のせいであの子たちが……」 「そんな事、些細なきっかけに過ぎない」 「それを引きずって、いつまでも落ち込んでこんな所で 座り込んで……」 「お前の叶えたかった夢ってのは、その程度の価値しか 無かったのかよ」 「そんな事ありませんわ!」 花蓮が勢いよく立ち上がる。 「保母さんになるっていうのは……小さい頃からの 夢でしたわ!」 「それこそ、私の全てをかけてもいいくらいの……!」 「だったら!」 「……っ!」 「本当に好きな事が出来なくなるっていうなら…… 最後の瞬間まで、お前なりにあがいて見せろよ!」 膨れ上がる衝動を抑えることができずに、ここに来て俺はついに怒鳴り声を上げた。 「もう自分に出来る事は無いって?」 「笑わせんな……お前が一体何をしたってんだよ」 「…………っ!」 「もう一度、よく考えてみるんだな」 「お前がしなくちゃいけない事は、こんな所で 塞ぎこんでる事なのか……って事をな」 想いを全て吐き出して、俺は鼻息荒くコッペパンを噛み千切った。 ……言いたい事は、全て言った。 「…………」 「よくもまあ、言いたい放題言ってくれましたわね」 全身からオーラを立ち昇らせ、花蓮がゆっくりと俺に歩み寄ってくる。 「なんだよ……謝んねーからな」 「別に、怒っている訳じゃありませんわ」 「お……」 花蓮は手を伸ばしたかと思うと、俺が持っていたコッペパンを掠め取る。 そしてそれを豪快に頬張ったかと思うと、一気に咀嚼して喉の奥に押し込んだ。 「……翔さんの言う通り、大しておいしいものでは ありませんわね」 「…………」 「味気がなくて乾いてて……とても味わえた ものではありませんわ」 「……まるで、今の私みたいですわね」 「花蓮……」 花蓮が自嘲気味に笑う。 しかしその目はさっきまでと違い、爛々と燃え輝くまるで宝石を思わせるような瞳に変わっていた。 「お礼を言っておきますわ、翔さん」 「あのままじゃ私、お父様だけじゃなくて保育園の 子供たち……」 「そして、翔さんから目を逸らしたまま逃げ出す 所でしたもの」 後悔ではなく、反省するように花蓮が言う。 そう……後悔なんて、全てが終わってからたっぷりすればいいんだ。 「もう迷いませんわ」 「私に何が出来るかわかりませんけど……それでも 最後まで泣かずにあの子たちを……」 「そして、あの子たちの居場所を守って見せますわ!」 「……出来るのか? 相手はあの化け物親父だぞ?」 「人の父親をつかまえて、失礼ですわね」 言葉とは裏腹に、花蓮は愉快そうに笑っている。 「でも、相手が誰であろうと私が勝つ事に変わりは ありませんわ」 「やけに、自信たっぷりなんだな」 「ふふっ、当たり前ですわ……」 「私の英和辞典に不可能という文字はありません ことよ〜〜〜〜〜っ!」 そう言って、花蓮は高らかに笑うのだった。 ……………… ………… …… 「さっ、行きますわよ!」 顔を洗い身支度を整えた花蓮は、意気揚々と保育園へ向けて足を踏み出そうとした。 「それなんだけどさ……先に行っててくれないかな」 古いコントのように、花蓮がズルッと足を滑らせる。 「なんなんですの? 人にここまで火を点けておいて 何を今さら……」 興をそがれたと言わんばかりに、花蓮がジト目で俺を睨んだ。 「悪いな、どうしても外せない用事でさ」 「何も今日じゃなくったって……」 「終わったら、俺もすぐ保育園に駆けつけるから」 両手を合わせて、俺は花蓮に頭を下げた。 「……本当ですのね?」 「ああ」 俺が頷くと、花蓮は少しだけ考えるふりをする。 「……わかりましたわ」 「どんな用事か知りませんけど、早く終わらせて 飛んできてくださいまし」 「わかってるって」 「ま、あの子たちにはこの花蓮様がついていれば 十分かもしれませんわねっ♪」 「けっ、言ってろよ」 ぶっきらぼうに言ってやったが、いつも通りの過剰な自信が今は心強かった。 「じゃ、行ってきますわ」 「おう」 花蓮の背中が見えなくなるまで、俺は笑顔で手を振り返していた。 ……やがて花蓮が道を曲がり、視界から完全に消えると俺はその手を下ろし呟いた。 「……さてと」 俺は自分の『用事』を済ますため、花蓮が歩いて行った道とは逆の方向に振り向き、歩き出した。 ……………… ………… …… <完成を目指して……> 「一日中、絵本作りにつきっきりの深空ちゃんが 作業に集中出来るように、邪魔にならないよう 傍を離れる翔さん」 「私たちと一緒に空を飛ぶ方法を探していたのですが 他のみなさんが現状を把握できずに、深空ちゃんの ことを気にかけていました」 「ですので、翔さんと一緒に、深空ちゃんの事情を 掻い摘んでみなさんにお話しました」 「すると理解を深めたみなさんは、深空ちゃんを 応援すると同時に、深空ちゃんの分まで活動を 頑張って安心させてあげようと言う流れにっ」 「みなさんの優しさに心打たれて、感動しましたっ!」 「私も、最後の瞬間まで諦めないで……頑張りますっ」 「おーし、その実験は危険なんだったら、それを麻衣子 本人に任せるワケには行かねーだろ!」 「俺がやってやるから、お前は見てろっ!」 「そ、それは助かるんじゃが……」 「じゃが、なんだよ?」 「お主、ミソラのそばにいてやらんでいいのか?」 「……そうよ。彼女なんでしょ、アンタの」 「もういいんだよ。少なくとも今日だけは、あいつ一人に させて、作業に集中させてやりたいんだ」 「何のことだか、さっぱり状況が掴めませんわ」 「たしかに、何も知らないのは歯がゆいですね」 「ん……そうだな……」 言われてみれば、みんなには何の事情も話していなかった。 深空のプライベートに関わることだし、おいそれと俺が言うわけには行かない気もするのだが…… 「水臭いのう……仲間なんじゃから、もう少し よりかかって来てくれてもいいじゃろうに」 「あぅ。深空ちゃんも、きっとそうしたいはずです。 ただ、少し不器用なだけで……」 「そうだな……今まで誰とも深入りせずに付き合って 来たから、甘え慣れてねーんだよな、あいつ」 だからこそ、たまに俺が驚くくらい甘えてきたり妙に《拘:こだわ》って意地になって一人でいようとしたりと不安定な関係だったからな…… 「深空ちゃんは……絵本を作ってるんです」 「絵本ですの?」 「お、おい、かりん!」 「みなさんには、言うべきだと思います」 「そして、もっと仲間のことを……深空ちゃんのことを 知ってもらうべきだと思うんです」 「かりん……」 「深空ちゃんが不器用すぎるから……私たちがしっかり 支えられるようにフォローするべきです」 「しかしだな……」 「翔さんが言わないなら、私が言ってしまいます。 ……そんな気遣いをするよりも、深空ちゃんに とって必要なことをするべきですから」 「…………」 「たとえそれで、深空ちゃんに嫌われちゃっても…… それが深空ちゃんのためになるんなら、平気です」 「ああ、わかったよ。俺から言う」 「もし嫌われるって言うんなら、それは俺の役目だろ。 お前に背負わせるようなもんじゃないしな」 「翔さん……大丈夫です。深空ちゃんなら、きっと そのくらいで嫌いませんし、解ってくれます」 「……そうだな。それにあいつは、たぶんみんなに このことを伝えるつもりだったんだろうしな」 「はい」 きっと、空を飛ぶ活動から抜けようとした時に、深空はみんなに全てを伝える覚悟があったのだ。 それでも自分の都合で言い訳をするわけにはいかずに結局なにも語れなかっただけだろう。 「みんな、聞いてくれるか」 俺は覚悟を決め、どしりとその場に座り込んで、みんなに現状を説明することにする。 「実は―――」 ……………… ………… …… 「……と言うわけなんだ」 「……なるほどのう」 「もっと能天気な子かと思ってたけど……」 「雲呑さんも、色々なものを背負って独りきりで、生きて きたんですね」 「うううっ……か、感動しましたわぁ」 「はい、姫野王寺さん。ティッシュです」 「ありがとうですわ……ふきふき」 「あ、間違えてぞうきんを渡してしまいました」 「クサッ!!」 「いや、拭く前に気づけよ……大きさも厚さも全然 違うだろ」 「今回のことをきっかけに、母の死を乗り越えてくれれば 良いのじゃが……」 「父親の方がどう思っているのかも気になるな」 「うむ。マイナス思考ゆえの取り越し苦労なのか はたまた本当に何かの溝があるのか……」 「どちらにせよ仕事の関係もあってここ数年はほとんど 会話らしい会話が出来ていないことは、たしかみたい だしな」 「少しずつでもいいから、これをきっかけにして仲の良い 親子になっていって欲しいわね」 「そうだよな」 「私も、お母様とは友達感覚で仲が良いので……やっぱり 家族の絆は大切だと思います」 「うむ。ほとんど家に戻らない私が言うのもなんじゃが やはりお互いがしっかり意思疎通して、繋がっておる べきじゃな」 「そのためにも、今回の絵本は絶対に完成させてから 親父さんにプレゼントさせてやりたいんだ」 「そんなお話を聞いてしまっては、応援せざるを えませんわね」 「今まであまり仲良く出来なかった分、来月からまた 集まって、親睦を深めたいですね」 「そうね。いいお友達に……なれそうだし」 「……うむ。そうじゃな」 「けど、今はまだ深空が一人で頑張るところだからな。 俺たちの支えが必要になるまでは、こっちの活動に 集中しようぜ」 ぽん、と、かりんの頭に手を置いて、みんなの気持ちをこちらへと引き戻すように手引きする。 「かけるさん……」 「これで私たちが失敗なんてしたら、なんだか責任を 感じられちゃうかもしれないしね」 「そんなお門違いな思い込みをしやすいタイプじゃしな ……ミソラの分まで、私たちが頑張って空を飛ぶしか 無いようじゃの!」 「ああ。何よりも、かりんのために成功させねーとな。 そのために俺たちはここまでやって来たんだからな」 「か、翔さんが私のためにそこまで言ってくださるなんて ……私、感動しましたっ!」 「たしかに、出会った頃と比べたら天と地の差ですね」 「メガネさえしてなかったら、今頃は雲っちさんと 三角関係でバチバチやってたかもしれませんわね」 「(いや、無いだろ……想像もつかん)」 「三角関係……もとい、愛人!? それですっ!!」 「今すぐ結婚してくださいっ!!」 「却下だボケッ!!」 「って言うかそれ、愛人のセリフじゃねえし!」 「あぅ! それじゃあせめて『お兄ちゃん♪』と呼ばせて くださいっ!」 「キモいからやめろっ!」 「お兄ちゃん♪」 「やめろっつってんだろーが!!」 「あううううううぅぅぅぅ……」 「こ、転がりながら吹っ飛んで行っちゃったんだけど」 「まあ、別に屋上から落ちたわけでもないんじゃし 平気じゃろう」 「ったく、メガネ娘なんかが妹だったら、発狂して あまりの鬱な現実に自殺するっての」 「な、何もそこまで言わなくっても……」 「よし! それじゃあ、今日こそは成功の糸口を掴んで みせるのじゃっ!! はああああああぁぁぁぁっ!」 「だから待てっ! お前が無茶するなって言ってる だろうがああああぁぁぁっ!!」 「ぎゃああああぁっ! マーコさああぁぁんっ!!」 「マーコが爆発したっ!?」 「あううううぅぅぅっ! しょ、消火器を〜っ!!」 「あらあら、大惨事ですね」 「無茶しすぎだ、馬鹿……ぐはっ!」 「カケルが爆風直撃で気絶しちゃった!?」 俺は意識を失いながら、どのみち今日は深空の様子を見にいけそうも無いと確信するのだった。 <実録! 片付けられない花蓮> 「特訓の第一弾として、今日は大掃除をすることに なりましたわ」 「今さら私の部屋に掃除なんて必要ないと思いますけど 一応付き合って差し上げましたわ……」 「そしたら天野くん、調子に乗ってあれも捨てる これも捨てるなどと言い出して……」 「私の宝物の数々をなんだと思ってますのーーーっ!?」 足元には大量のゴミ袋。そして、俺の目の前には畳にちょこんと正座する、花蓮のゲッソリとした顔があった。 「夕べはほとんど眠れませんでしたわ……」 「まったく。大掃除前の夜くらいしっかり寝て 体力をつけておけよな……まあいい」 「今日はこの魔窟と化した部屋を、徹底的に 掃除するからな」 「掃除? 掃除なんて、部屋が汚れてからやれば いいんじゃないですの?」 「……これは大幅な意識改革が必要だな」 目を丸くして本気で言っている花蓮を前に、俺は盛大にため息をついた。 「掃除の基本は何も『拭く、掃く』だけじゃないからな。 『捨てる』ことも効率よく部屋をきれいにするための 重要なファクターだ」 「な、なるほどですわ」 「わかったならよし。それじゃあ始めるぞ」 ……………… ………… …… 「……ん? なんだこれ……」 分別のため、ゴミ袋の山を掻き分けていた俺の手にゴワッとした、乾いた紙粘土のようなものが触れた。 「なんだこの塊……」 恐る恐る指先でたぐり寄せたそれは、極彩色に彩られた古代の魔人の顔を思わせる壷のようなものだった。 「あら、懐かしいものが出てきましたわね」 「花蓮、この汚い壷は捨てていいのか?」 「なんか、クシャミしたら大魔王が出てきそうな デザインしてるけど……」 「ダメですわ! それはお姉さまと一緒に夏休みの宿題で 作った、思い出の品ですのよ!!」 「そうか……」 花蓮の迫力に圧され、俺はその壷をテーブルに置いた。 まあ本人の思い入れもあるようだし、置いておけば部屋の彩にもなる……のだろう。きっと。 ……………… ………… …… 「ん? この漫画、だいぶ古いものだな……」 部屋の隅に積まれている、ページが黄色くなった少女漫画をパラパラとめくる。 「もう読まないよな? これなら古本屋に持っていけば まとめて買い取ってもらえ……」 そこまで言いかけた俺の手から、花蓮がものすごい勢いで漫画を奪っていった。 「ふざけないでくださいまし! それはお姉さまから 譲り受けた『ベルサイユの《韮:にら》』全巻セットですのよ」 「それを売り払うなんて、とんでもありませんわ!」 「そ、そうなのか……」 どうやら、かなり思い入れのある作品らしい。 こいつの敬愛するであろう姉から譲り受けた品でもあるし、これくらいなら部屋に置いてもかまわない……のだろう。たぶん。 ……………… ………… …… 「まったく……ちゃんと捨てろって言うんだよ」 畳の上にうず高く積み上げられたカップ麺の容器を見て俺は苦笑いを浮かべた。 「こういうのは一回ごとに捨てないとダメだからな。 どうせ後で面倒になって、絶対に捨てなく……」 普段の自分を棚に上げ、ゴミ捨ての心得をとくとくと説きながら、俺がその山に手を伸ばしたときだった。 「あっ! さ、触らないでくださいまし!」 「うわっちゃぁ!?」 猛然とタックルしてきた花蓮に突き飛ばされ、俺は畳に転がった。 「ふぅ……危ないところでしたわ」 「な、なんだよ、そんなゴミにムキになること……」 「何を言ってるんですの!? それは私が少ない お小遣いで細々と集めてきたコレクション……」 「いわば私が味わってきた苦労の集大成ですのよ? 手放すなんてできませんわ!」 「…………」 おかしい。掃除をしているだけのはずなのに、なぜだか少しずつ腹が立ってきた。 「じゃあ、そこにあるビデオテープは捨てていいか?」 「ダメですわ。それはお姉さまがまだ小さいころ ピアノコンクールで優勝した姿を納めた貴重な ビデオですわ」 「……じゃあ、その部屋の隅でぐったりしてる人形は?」 「あれは私が幼少のころ、お姉さまに無理を言って もらったウサちゃんですわ。私の宝物でしてよ」 「……じゃあ、この菜っ葉……」 「菜っ葉は私の家族も同然ですわ。お金で買えない 価値がありますわ」 「…………」 「菜っ葉のある生活……プライスレス」 「(……ブチッ)」 花蓮が純真な笑顔で言い放ったとき、とうとう俺の中で何かが切れる音がした。 「てめえ、いい加減にしろよ! あれも捨てられない これも捨てられないで掃除ができるかーーーっ!!」 「大きい声を出さないでくださいまし! そもそも 私の部屋に要らないものなんてありませんわ!」 「ふ、ふざけんな。この部屋を魔窟にした張本人が どの口で言いやがる……」 「何か文句でもあるんですの!?」 「当たり前だ! こんな放っておいたら未知の生命体が 生まれそうなヤバイ部屋になんかにいられるか!」 「くっ……人の気も知らないで言いたい放題……」 「あなたにはデリカシーというものがありませんの!?」 「だぁぁぁぁぁっ、うるせえ! こんなんじゃ 一日かけても掃除なんかできねえぞ!」 「なんだこんな菜っ葉! なんだこんな菜っ葉! 捨てっちまえ!」 「菜っ葉ーーーーーーーーっ!!」 ……………… ………… …… <実験失敗 その1> 「あぅ……マーコさんのロケットを使った実験も あえなく失敗に終わってしまいました」 麻衣子に呼び出された俺たちを待っていたのは、初めての実践的な空を飛ぶ実験だった。 しかし、ロケット噴射による飛行も、機械の力で空を飛んでいるからダメらしい。 飛行機だけでなく、直接身につけるタイプの機械もダメならば、もはや科学の力では打つ手は無い。 常人ならそう思うだろうが、それでも麻衣子はまだ諦めていないらしく、何かを思いついたようだ。 結局、今回の実験は失敗に終わったものの、不可能を可能にする天才少女としては、収穫があったのだろう。 俺はそんな麻衣子を、頼もしく思ったのだった。 <実験失敗 その2> 「マイナスイオン発生装置とカタパルトを使っての 大掛かりな実験も、失敗に終わってしまいました」 その後、麻衣子の発明であるマイナスイオン発生装置とカタパルトを使って飛ぼうと試みるも、あえなく失敗に終わった。 収穫は、花蓮が不死身なんじゃないかと言うほどにタフだとわかったくらいだろうか…… こうして結局、今日も空を飛ぶ実験は不発のまま終わり俺たちは再び答えの出ない迷路へと戻るのだった。 <家出少女〜『お嬢様』なんて大嫌い〜> 「翔さんの疑問に答えるため、私は包み隠さず 全ての過去を話しましたわ……」 「私の生い立ちのこと……尊敬するお姉さまのこと……」 「そして、何も知らずに育った世間知らずのお嬢様だと いじめられたこと……」 「今の生活は、私をいじめたその子たちを見返すため そして身分を隠すために家出をしているようなもの なんですわ」 「私にとって『お金持ち』なんて、羨まれるような ものなんかじゃ、ないんですもの……」 「んーっ……今日は一日、遊びつくしましたわね」 「まあ、かなり財布に優しいデートだったけどな」 「お金を使うのがデートじゃありませんわ。一緒にいて 楽しめたかどうかが重要ですの」 「だな」 こうしていつもと違う帰り道を選び、河川敷を歩きながら花蓮と他愛も無い言葉を交わす。 ただそれだけの事なのに、俺の胸は満ち足りた気持ちになっていた。 「……翔さんは、どうだったんですの?」 「ん?」 「こんな私と、大したお金も使わずに商店街をうろついて ……振り回された一日は、つまらなかったですの?」 「いや……すげー楽しかったよ」 「ん……嬉しいですわ」 俺の素直な言葉を聞いて、照れながらも喜んでくれる。 嬉しく思ってくれる気持ちが、俺にとっては幸せだった。 「涼しい風が出てきましたわね……」 「それに、夕日もすごく綺麗ですわ……」 「ん……そうだな……」 夕暮れに染まる綺麗な景色を見る花蓮に釣られて俺もその光景を瞳に映す。 「元気に遊んでますわね」 そう呟いた花蓮の視線の先には、河原で野球をしている子供達がいた。 「……そうだな」 「お疲れのようですわね」 「まーな……さすがに少し、はしゃぎ過ぎた」 クスクスという花蓮の控えめな笑い声を聞いて、少しだけ元気を取り戻す自分に気づく。 「(ああ、俺は本当に……惚れちまったんだよな)」 悟られないよう、軽くため息をつく。 なんだか負けような気分だった。 「…………」 「…………」 妙に顔を合わせづらくなり、俺達は互いに前を向いて無言で歩き続ける。 何となく、口を開くのがはばかられた。 らしくない雰囲気が、二人に流れる。 でも、不思議と嫌な気分ではなかった。 例えるなら、子供の頃、仲間達と一緒にはしゃぎ回った祭りの、夜の帰り道のような…… 「(……ああ、そうか)」 子供時代を振り返ってみて、俺は改めてこのどこか物悲しい気持ちの正体に気づいた。 「(寂しいんだな、俺は……)」 この夏で、一番楽しかった祭りが終わる事が…… こいつとの、初めてのデートが終わってしまう事が……俺は寂しいと感じていたのだ。 「……なあ、花蓮」 ―――だったら、聞いておかなくてはいけない事がある。 「なんですの?」 楽しかったデートが終わる前に。 ただの友達から、もう一歩踏み出してみる事を決意した今日という日が終わる前に。 「……お前はいったい、何者なんだ?」 例えそれが原因で、二人の仲が修復できなくなったとしても。 「……なんの事、ですの?」 足を止め、正面から自分を見据える俺から目をそらし花蓮がとぼけるように呟いた。 「お前、ニャックで言ってただろ」 「『こう言った店の食品を口にした経験が無い』って」 「…………」 「ああいうのは、普段ハンバーガーなんかを食べたくても 食べれない子供が言うセリフだろ?」 「俺の知る限り、そういう人種はよっぽど親が厳しいか ハンバーガーなんか食べる事も許されない上流階級の 子供しか、いないんだ」 「…………」 「アメリカですごい仕事をしてるお前のお姉さんや 執事の田中さんの存在……」 「俺は知れば知るほど、お前が自分で言うような貧乏な 学生って話が、信じられなくなるんだ」 この季節にしては冷たい風が、水面に《細波:さざなみ》を立てる。 野球を終えた子供達が、バットとグローブを肩に喚声を上げて走り去っていく。 「今回は、興味本位なんかじゃないんだ……信じて もらえないかもしれねーけどさ」 「……ん……」 「こんな言い方、なんだか自惚れてるみたいだけど…… 俺にくらいは、話してくれてもいいんじゃねーかって 思ってる」 いつの間にか、俺と花蓮は足を止めて向かい合っていた。 ……十秒か、それとも十分か。 「…………ふふっ」 時間の感覚もなくなるほどの沈黙の後、ようやく花蓮の口から漏れたのは、笑い声だった。 「まったく……泣く子と翔さんにはかないませんわね」 「…………」 少しだけ悲しそうに…… そして、ほんの少しだけ嬉しそうに、花蓮が口を開いた。 「お察しの通り、私は世間で言う『お金持ち』の家に 生まれた、お嬢様でしたわ」 「……しかも、かなりの箱入り娘でしたの」 そう呟きながら、花蓮は再び遠くの夕日を眺める。 その花蓮の表情からは、まだ何の感情も読み取る事が出来なかった。 「お姉さまは、とにかく優秀な人でしたわ」 「1を聞いて10を知るほど頭がよくて、優しくて ……本当に、尊敬できて……」 胸の中にいるであろう姉を抱きしめるようにして優しい口調でその事実を語る。 それだけで、花蓮の姉に対する想いがとても心地良いものだと、十分すぎるほどに伝わって来た。 「……でも、私は違いましたの」 「…………」 しかし次に彼女が紡いだのは、口調とは裏腹に、冷たい諦めを含んだ、自嘲の言葉だった。 「小さい頃からいろんな家庭教師をつけられて……」 「帝王学だって、学ばされましたのよ? まだ何も わからない子供だった私が、ですわ」 「ははっ……滅茶苦茶だな」 「ええ。滅茶苦茶でしたわ」 「でも……その滅茶苦茶も、お姉さまにとっては 『当然』だったんですの」 「え……?」 「お姉さまは、私と同じくらいの歳で帝王学を完璧に マスターしていたらしいですわ」 寂しげな表情をたたえたまま、まるで誇らしい事のように姉のすごさを、よどみなく語る。 「……でも、私には何一つ身につけられなかった…… 私は、お姉さまの出涸らしだったんですわ」 そこまで一気に話した後、達観したような表情を携えて夕日を見つめる。 その姿が……ひどく、哀しいものに感じた。 「殿方は、お姉さまより私に言い寄ってきましたわ」 「どんなに口説いてもなびかないお姉さまより、バカで 組し易い私を選んだんですの」 「…………」 その言葉を聞いて俺は、あの時、花蓮があのオンボロアパートへ案内した理由が、ようやく理解できた。 金目当ての男どもを騙すため……本当にあんな生活をしていると言うのだろう。 「私、本当にバカだったんですの……」 「相手の好きだって言葉を、今度こそ本当なんだって 信じて……でも、みんな嘘だったんですの」 「誰もバカな私になんか興味は無くって……姫野王寺の 財産だけが目的だったんですわ」 「…………」 心無い男共に傷つけられた花蓮を想像して、俺は激しい胸の痛みを覚え、同時に強い憤りを感じる。 「私が好意を寄せて近づくと、言葉では好きだと言っても 決して受け入れてはくれませんでしたわ」 「その瞳は、いつもお姉さまを見つめていたんですもの」 「まだ本当の恋なんて理解できなった私でしたけど…… 私が心を寄せようとした殿方は、みんな……」 ……そう呟き、彼女は悲しげにうつむいてしまう。 「…………」 その真意が解らず、俺はただ黙ってその話を聞いているしかなかった。 「そうして殿方に嫌気が差した私は、本当の恋を知らない まま……欲にまみれた殿方を否定し続けて来ましたわ」 「そして、同姓には、何も知らずに育った世間知らずの お嬢様だとバカにされ続けましたわ」 「私が何かしたという訳でもないのに、お金持ちの お嬢様だからという理由でいじめを受けていたん ですのよ?」 誇り高い、今のこいつからは考えられないような過去。 そんな思い出を振り返るかのように、花蓮は淡々と語る。 「……今思うと、下らなすぎて笑ってしまいますわ」 「私をいじめていたグループのリーダーが好意を 寄せていた男の子は、私が袖にした殿方の一人 でしたの」 「……なるほどな」 その短絡さに、俺は思わず苦笑してしまう。 なるほど、たしかに子供の考えそうな事だ。 「私、いつも悔しくて……一人で泣いてましたわ」 「暴力に暴力で、嫌がらせに嫌がらせを返すなんて 私にとってありえない選択肢でしたから……」 「だから、必死に考えたんですの」 「……それで、お前はどんな結論に至ったんだよ?」 「みんなが世間知らずのお嬢様だって言うんなら…… お嬢様を捨てようと思ったんですの」 「……それって……」 「ええ。ですから私は、姫野王寺家から逃げるように 家出をしたんですわ」 「一人だけで暮らせば……みんな、お嬢様だなんて 言わなくなると思ったんですの」 「それに、勘当されたと思われれば、きっと殿方も 言い寄って来なくなると考えたんですの」 「……そうか……」 「現にそれ以来、私があの家へ呼ぶと、逃げるように 興味を失って、帰って行きましたわ」 「誰も、お嬢様じゃない私なんて……見てくれて いなかったんですの」 「…………」 幼少時代を語る花蓮の言葉に、俺は大きなショックを受けていた。 そのあまりに『愛』を受けられなかった日々は……きっと、辛く苦しいものだったのだろう。 唯一の心の支えであった姉は、皮肉にも花蓮から全てを奪ってしまって――― 「けど、一人暮らしを始めたと思っていた私は…… やっぱりどうしようもなく、子供だったんですわ」 「え……?」 「一文無しの私には、アパートを借りるお金なんか あるはずも無いですし……そもそも子供一人じゃ 無理があるに決まってますわ」 「あ……そうか……」 「だから結局、私は姫野王寺財閥の力を使って…… 自己満足なプライドを守っているだけなんですの」 「そこまで解ってて、なんであんな無茶ばっかりして 一人暮らしなんて、してるんだよ……?」 「今のお前はもう、いじめられていた頃のお前じゃ ないんだろ?」 真に貧しい者にとって、そのプライドを守る花蓮はひどく利己的に思えて……資格が無いと知りつつも俺はそんな言葉を投げかけてしまう。 生まれが裕福である事は、例えどんな苦しみがあろうとも……それだけで『幸せ』なのだから。 「どんなに恵まれていようとも、心を寄せる相手が いなければ―――それは哀しいことですわ」 けれど俺のその考えを否定するように、花蓮は寂しそうな表情を浮かべ、ゆっくりと呟く。 それは、どちらが正しいと言う事は無く。 きっと、どちらも真実であるのだろう。 「もちろん、自分が恵まれた生まれなのは確かですわ…… でも、だからこそ、一人で立ってみたかったんですの」 「たとえ今はただのワガママでも……いつか本当に 一人立ち出来る日が来るまで、私は……」 「この、滑稽で恵まれた生活を続けるんですの」 「……花蓮……」 その言葉を最後に、花蓮は黙り込んでしまう。 <寝坊したかりん> 「あぅ……ついに翔さんにお料理を作ると思うと 期待と不安で緊張して、寝れませんでした…… おかげで寝坊してしまいましたっ!」 「明日こそは、翔さんに手作りのお料理を食べて もらいますっ!!」 「ふぅ……」 普段のように一人で起き、自宅を出て学園へと向かう。 それが当たり前のはずなのに、なぜか俺は少しだけ物足りないような気分になっていた。 「(あの馬鹿メガネ娘、来なかったな……)」 ここ数日は嫌がっても勝手に来たクセに、いざ許可して約束した途端に来なくなるとは、いったいどう言う風の吹き回しなのだろうか? 「あいつの考えている事は、さっぱりわからんな……」 無遠慮にベタベタしてくるクセに、こっちが近づこうと思った瞬間に、一歩引いてくる。 かと言って、俺をからかっているようなタチの悪い……というかずる賢い嫌がらせが出来るようにも見えない。 「何だか、釈然としねーな」 「……って、別にあんなメガネ娘どうでもいいけどな」 急に俺の家に押しかけて来なくなったからと言ってそれを残念がったり、思い悩んだりしているなんてらしくない。 「これじゃまるで、俺があいつに気があるみたいじゃないか ……アホらし」 俺は自分の考えが恥ずかしくなって、ぶんぶんと首を振って思考を切り替える。 「(そもそも、メガネかけているアイツなんかに俺が  惚れるわけねーっての。しかも数日で!)」 「あううぅぅぅ〜〜〜……」 「ん?」 「どっかりいぃ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」 「のわあぁっ!?」 「すみません、遅れましたっ!!」 「おはようございます、翔さん」 「か、かりん!? ……と、深空!?」 急に体当たりするように(と言うか体当たりなのか?)抱きついてきた人影は、先ほどまで思い浮かべていたかりんだった。 「翔さん、今日はすみませんでしたっ!!」 「な、何がだよ」 「その……約束したのに、私、寝坊してしまいました」 「くすくす……何か知りませんけど、昨日かりんちゃん 興奮して寝れなかったみたいですよ?」 「あうあうあぅっ!! それは言っちゃダメですっ」 「寝坊……?」 「は、はい……ですので、今日はお兄ちゃんを起こしに 行く事も出来なかったんです」 「そ、そうだったのか……」 それを聞いて、どこかほっとしている自分がいる事に気がつく。 「(何で喜んでるんだ、俺は……?)」 「お兄ちゃんを起こすと言う朝の日課が果たせなくて 今日は、しょんぼりんぐな一日になりそうですっ」 「だ、だからくんなって言ってるだろ。っつーか、住居不法 侵入だっての」 「あそこは自分の家になる予定なので平気ですっ!!」 「勝手にヘンな決定事項を根拠に行動するな!」 「ふふふっ。お二人とも、本当の兄妹みたいに仲が良くって すごく羨ましいです」 「私も欲しいなぁ……おにいちゃん」 「あぅ! 翔さんになってもらえば良いんですっ!」 「うん……それ、名案かも」 「ですですっ!」 「言われてみれば、翔さんってお兄ちゃんっぽいオーラが 出ているような気がします」 「あぅ!!」 「翔さん、私のお兄ちゃんになってくれませんか?」 「なっ……」 「翔さんみたいな人がお兄ちゃんだったら、私――― とっても嬉しいです」 「ば、バカ言ってんじゃねえよ……」 「わ。翔さん、顔が真っ赤ですっ! 照れてます!! とっても可愛いですっ!!」 「うっせーボケッ!!」 「あうあうぅ……あ、アイアンクローは禁止ですぅ〜」 「とにかく禁止! み、深空が妹だったら可愛すぎて 色々とまずいからダメだっての」 深空の『お兄ちゃん』はあまりにも強力すぎて、正直これ以上聞いていたら悶絶してしまうほど凶悪だった。 「か、可愛すぎって……翔さん、お、大げさですよ」 「きっとウジウジしてて迷惑ばっかりかけちゃいますから 嫌われるようなダメな妹になっちゃうと思いますし」 「いや、んな事ねえだろ」 「仮に迷惑かけられても、深空みたいな妹なら大歓迎 だけど……逆にシスコン野郎になってしまいそうで 嫌だな」 「あ……ぅ……」 「んふふふふふ……ラブラブですっ」 「ラブラブじゃねえだろうが、このボケメガネがっ!!」 「あうぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺は照れ隠しに、何故かだらしなくニヤけているかりんの口に、ポケットから取り出したとん○りコーンを指にはめて、ちくちくと攻撃する。 「あぅ! 地味に痛いですっ!!」 「とん○りコーンのとん○り《力:りょく》を甘く見るなよ!!」 「あうぅ〜っ!!」 チクチクと執拗に攻撃しながら、俺は何となくそれをかりんの口の中へと押し込んでやる。 「んむっ……ちゅぷっ、ちゅぱっ……んんっ……」 するとかりんは、とん○りコーンを噛み砕かずにそのまま俺の指についたそれをしゃぶり始めた。 「美味いか?」 「んぁっ……ふぁい……ちゅっ……おいひいれふっ」 「ちっ……ヘンな事を言うかりんには、たっぷりおしおきを してやろうと思ったのにな」 「ちゅぱっ、ちゅむっ……あうぅ……」 「これじゃ、おしおきどころかご褒美になっちまったな。 へへへへへっ……」 「な、何かそれ、ダメです! ストップですっ!!」 「どうしたんだよ?」 「どどど、どうしたもこうしたも無いですっ!! それ、なんだかえっちぃからダメです!!」 「お二人とも、卑猥ですっ!!」 「俺はただ、コイツにとん○りコーンを食べさせてる だけじゃねーか」 「で、でも何だかいやらしかったです!」 「すみません、つい……」 「(つい、ってお前……)」 結局かりんにかかれば、どんな行為でも卑猥にされてしまうと言う事なのかもしれない。 「たしかにさっきのは不潔だったかもな。悪い」 たしかに俺も悪ノリしていた節はあるので、ここは素直に反省しておく。 「い、いえ……その、何となく怒っちゃいましたけど 今考えれば別にそんな目くじらを立てるような……」 「つまりは、ヤキモチを妬いていただけですっ!!」 「か、かりんちゃ〜〜〜ん!!」 「あうぅ〜っ! 冗談ですっ!!」 「も、もう! 怒ったんだから!!」 言うが早いか、逃げるように学園へと向かうかりんを追いかけていく深空。 その姿は、あっと言う間に見えなくなってしまった。 「ったく、ほんと仲が良いんだな、あの二人は……」 俺は溜め息をつきながらも、早くも仲良くなっている二人を見て、自然と笑みをこぼすのだった。 <小さな一歩> 「翔さんの助けもあり、私の部屋の掃除は順調に 進んでいきましたわ」 「掃除というのも、始めてみるといいものですわね。 部屋が以前より広く見えますわ」 「私も大切な宝物を片付ける決心がつきましたし ……これでまた、理想のお姉さん像に近づいて しまいましたわ!」 「……あ、でも菜っ葉は譲れませんことよ」 「翔さん。どこかで、大きいダンボール箱を 見ませんでしたの?」 「ああ、それなら掃除の邪魔になるから部屋の前に 出してあるぞ……何に使うんだ?」 溜まりに溜まっていたゴミ袋の、最後の一山をまとめていると、漫画本の束を抱えた花蓮が声をかけてきた。 「『ベル韮』を入れておくんですの」 「お前……お姉さんからもらった大事な漫画じゃ なかったのか?」 「もちろんそうですわ」 「でも……そんな事を言っていても片付けられないから 処分ではなく保管という形で押入れにしまっておく ことにしたんですの」 「花蓮……」 あまりの感激に、不覚にも熱くなった目頭を押さえる。 「ちょ!? なに泣いてるんですの!」 「俺は嬉しいぞ……ようやくお前にも片付けの 本質というものがわかってきたんだな……」 「お、大げさですわね……」 「私はただ、収納の美しさというものに目覚めた だけでしてよ?」 「うんうん……それだけでも俺が来た甲斐が あるってもんだ」 「この壷は……今度保育園に行ったときに寄付しますわ」 部屋の隅に追いやられた壷を胸に抱え、花蓮は愛おしそうにそれを撫でる。 「ちょっぴり残念ですけど、小さいうちから本物の 芸術に触れられれば、あの子たちの将来のために なるかもしれませんもの」 「そうかそうか……ガキ共が泣いて逃げないかという 心配はさておき、リサイクルの心は大事だからな!」 「これでまた一歩、目指す理想のお姉さま像に 近づいてしまいましたわ!」 「やったぜ花蓮!」 それは小さな一歩かもしれない……しかし、確かに花蓮は歩き出したのだ。 理想のお姉さん像……幻想かと思われていたその姿は今の花蓮の手の届くところにあった。 「さあ! この調子で、そこの邪魔な菜っ葉を 処分しちゃおうぜ!」 「それは譲れませんわ。プライスレスですわ」 「チッ……感動の勢いで流されると思ったんだけどな」 俺は花蓮から目をそらし、舌打ちをする。 妙なところで冷静な花蓮だった。 ……………… ………… …… <少しだけ、寄りかからせて> 「うぅっ……昨夜のあれは、ちょっと翔さんに 甘えすぎてしまいましたわ」 「今考えると恥ずかしすぎて……と、とにかく 猛省すべきですわねっ」 「翔さんは気にしてないと言ってくださいましたけど いつまでも彼にべったりしていたら、ダメになって しまいそうですの……」 「そう、自分自身で考えて歩く事を忘れてしまいそう なくらい、居心地が良いから……」 「だから、今までの関係を保った方が、お互いのために なると思いますわ」 「これからは本当にどうしようもなくなった時だけ…… 少しだけ寄りかからせてもらう事にしますわ」 「……ですからその時まで、私のためにその肩を 空けておいてくださいませっ」 「…………ん……」 目を覚ますと、隣に花蓮の姿がなかった。 「……花蓮!」 まさか出て行ったのではないかという考えが一瞬頭をよぎった。 「はい?」 しかし、キッチンの方から聞こえてきた声に、俺はホッと胸をなでおろす。 「ようやく目を覚ましましたのね……おはようござい ますですわ」 二人分のトーストを皿に乗せた花蓮が、意志の強そうな目をして立っていた。 「起きてたのか……今、何時だ?」 「もう11時になりますわよ」 皿をテーブルに置き、素っ気無く言う。 「まったく……夏休みだからって、少しだらけ過ぎじゃ ございませんこと?」 相変わらずのツンとした態度に、俺は少し意地悪く言ってやる。 「昨日、寝かせてくれなかったのは誰だよ……」 「そ……そういう事を言わないでくださいまし!」 照れ隠しなのか、花蓮が一つ咳払いをする。 「確かに、夕べは翔さんに甘えすぎてしまいましたわ」 「今日からは改めて、自分の力で問題を片付けて いけるように努力しますわ」 昨日の弱気な態度を反省するかのように、花蓮が顔を引き締める。 その様子を見て、俺は何とも言えない寂しさを覚えた。 「いや……俺は別に、気にしないけどな?」 昨日はあれだけの事を言っておきながら、いざ花蓮が自分を頼ってくれないと思うと寂しいと感じる…… まったく、我ながら勝手な話だ。 「いいえ……それじゃあ、ダメですわ」 花蓮はゆっくりと首を振る。 「いつまでも翔さんにべったりでは、自分で考えて 歩く事を忘れてしまいそうですから……」 「……そっか」 瞳に確かな決意を秘めて呟く花蓮に、もはや俺から言う事は何もなかった。 なんだか急に雛鳥に巣立たれたような気分になったがこれが本来、花蓮のあるべき姿なのだろうか。 「(いつの間にか、大きくなりやがって……)」 俺はしみじみと、そんな事を思った。 「……でも……」 「……え?」 「もし、それでもどうしようもなくなったら……」 「そしたら……その時だけ、寄りかからせて もらいますわ」 少しだけ恥ずかしそうに、花蓮が言った。 「(……あぁ、そうなんだ)」 俺は頼られていなかった訳じゃなかった。 もう必要とされていない訳じゃなかったんだ。 「……言ったろ。最後まで支えてやるって」 「……そうでしたわね」 当然のような顔をして、俺はトーストをかじった。 照れくさくて、まともに顔を見られなかったが内心では花蓮に勇気を与えられた事を、俺は心の底から嬉しく思っていた。 ……………… ………… …… <帰宅可能!?> 「鳥井さんのへっぽこ占拠ぶりに、思わずツッコミを 入れる天野くん」 「けど、どうやらお互いの感覚のズレが原因みたい」 「強引な手段を使ったせいで、てっきり拘束された 人質感覚でいた天野くんたちだけど、鳥井さんの 方は、強制するつもりは無いんだって!」 「自由にして良い、って……どう言うことなんだろ?」 「好きな時に帰宅して、好きな時に学園に来て、そして 出来ることなら手伝って欲しい、って意味みたい」 「その控えめなお願いに触発されて、もう一度 自分の意思で手伝う事を決意するみんな」 「鳥井さんって、変わり者で不器用なだけで、ほんとは そんなに悪い子じゃ無いんじゃないかな〜……?」 「ひとまず、今日のところは解散みたいだけど…… 天野くんはこれから、どうするのかなぁ?」 「天野くん、今日はもう帰ることにしたみたいだね〜」 「意気投合した雲呑さんと鳥井さんが、一緒に帰る 約束をしたみたい」 「一緒に帰るかって誘われたけど……天野くん、今日は まだ居残りするみたいだよ〜」 「あはは。嵩立さんの視線が痛かったし、自重した 感じだね〜、きっと」 「盛り上がるのは勝手だけど、お前、空を飛ぶってのは 諦めるのかよ?」 「仮にも学園を閉鎖までして俺らを拘束してんのに のん気に人質の家に遊びに行くテロリストなんて 聞いたことが無いぞ」 「……別にみなさんは、人質なんかじゃありません」 「あん?」 「私が学園を閉鎖したのは、空を飛ぶためであって みなさんをここへお呼びしたのは手伝って欲しい からと言う理由だけです」 「ですので、普通に夏休みの補習感覚で自宅の方に 帰っていただいても構いません」 「どういうこと?」 「私のことを知って欲しくて、初日はああいった形を 取らせていただきましたが、できる限りみなさんを 束縛などはしたくないと言うことです」 「ですので、帰宅も自由なら、お休みも自由です。 私個人の感情としては、毎日来ていただけると すごく嬉しいです」 「なんだよ、そりゃ……」 朝に感じた違和感が、少し氷解する。 そう、こいつのやらかした出来事はテロリストまがいな暴挙だが、俺たちへの接し方は、友達のそれなのだ。 例の探知機がどれほどの信頼性があるのか定かではないが、こいつは俺たちの事を完全に信用しているのだ。 「たとえ私一人でもがんばりますけど……でもきっと 一人だけじゃ、絶対に私の夢は成し遂げられなくて」 「けれどみなさんが協力してくれるなら、どんな事でも 何とかなっちゃいそうな予感がして……」 「だから、ここにいるみなさんが一人でも欠けたなら それは実現できないんじゃないかって。なんとなく 私は、そう思っています」 「それで俺たちに空を飛ぶ話を持ちかけたってのか?」 「はい。ですので、それは私の希望であり、理想です。 その想いでみなさんを拘束するつもりはありません」 「何がしたいのかますます理解不能なんだけど…… それじゃあ私、明日から来なくてもいいのね?」 「はい。強制はできませんので」 「……ですが……」 「私は静香さんにも手伝って欲しいですし、これから もっともっと仲良くなりたいと思ってます」 「ん……」 アホすぎるくらいの純粋な好意をぶつけられてしまいさすがの静香も毒気が抜かれてしまったようだ。 「そりゃ、帰れるんなら俺たちにとっては有難いけどさ 会ったばかりの俺らを簡単に信用していいのかよ?」 「そんなこと言われたら、最悪明日から誰一人として 来なくなるかもしれないだろ」 「仮にそうなるとしても、みなさんに窮屈な思いを させるつもりはありません」 「それに、みなさん優しいですから。きっと私のことを 助けてくれちゃいます。あぅ!」 「はぁ……なんか悔しいわね」 「こうもあっけらかんと言われると、来なかったら サボっている悪者みたいになっちゃうじゃない」 「い、いえっ。そんなつもりはありませんっ! 全然休んでいただいて平気です。あぅっ」 「何でそんなに能天気なんだよ、お前は」 本気なのかふざけているのか判らないくらいにむちゃくちゃなヤツだった。 「だって昨日、誓い合いましたから。私はみなさんの あの誓いを信じることにしたんです」 「あの誓いを立てた瞬間から、私たちは仲間です。 それに、期限はたったの1ヶ月しかありません」 「この短い期間で私がみなさんから本当の信頼を得るには こちらから歩み寄る事が必要不可欠だと思ってます」 「理由を明かせない私に手を差し伸べてくださった…… そんな方々に信頼を寄せるのは、変でしょうか?」 「それは……」 「それに私には……みなさんを信用するに値するだけの たしかな『モノ』が、あるんです」 そう言うとかりんはまるで『それ』を抱きしめるように暖かな笑みで、自分の胸をきゅっと押さえていた。 「ふむ……」 「そこまで言われちゃいましたら―――」 「是が非でも協力して差し上げたくなりますわね」 「………」 「私なんかでお役に立てるかは判りませんけど できる限り協力させていただきますっ」 「……まぁたしかに、昨日約束しちまったしな」 「はいっ! みなさん、ありがとうございますっ!!」 まるで邪気を感じない、裏表が無く純粋に嬉しくてお礼を言っている事が解ってしまうような、無垢な笑顔を覗かせる、かりん。 かりんの言葉だけを聞くならば、とんだ甘ちゃんで無茶苦茶で、理論的なものなんてほとんど無い。 にも関わらず俺たちは、なぜかその言葉に心を掴まれ揺り動かされていた。 昨日も感じたが、かりんの雰囲気と言えばいいのか無条件で納得して、信じたくなってしまう、と言う不思議な力があった。 「それじゃ、とりあえず私は帰らせてもらうわね」 「静香、お前……」 「だって、私にとっては死活問題なのよ。毎日お風呂に 入れないような生活なんてね」 「それは同感ですね」 「マーコが化学室を改造して色々作ってるみたいだから シャワーがあるにはあるらしいけど、帰っていいなら ちゃんと自分の家でお風呂に入らせてもらうわ」 「へっ、そーっすか」 「な、何よ」 「別に。気にすんな」 「私も、夕方は少し抜けて構いませんの?」 「はい。用事があるのでしたら、どうぞ」 「それは助かりますわ。その分、夕方まではしっかりと 鳥っちさんに協力させてもらいますわよっ!」 「あぅ! ありがとうございますっ!」 「翔はどうするの?」 「俺か?」 どうやら今日のところは花蓮や先輩はすぐに帰るつもりなのか、すでに帰り支度を始めていた。 静香は恐らく麻衣子のところに寄っていくのだろう。 「そうだな、それじゃあ俺は―――」 「かりん、お前はどうするんだ?」 なんとなく、近くにいたかりんに訊いてみる。 「私はもう少し残っていきます」 「深空ちゃんと一緒に帰ることになったので 待ってるんですよ。あぅっ!」 「あ、そー」 「すごく興味なさそうなリアクションです」 「深空と一緒に、ねぇ……」 やはり、どうもこの二人はウマが合うようだ。 「翔さんも一緒にどうですか?」 「やなこった。せっかく解放されたんだ、さっさと 学園の外に出たいんだよ」 「あぅ、そうですか……」 「それじゃ、また明日な」 「あぅっ♪」 「もう暫く残ることにするわ」 「素敵ですっ! とてもいい心がけですっ!」 「なんだよ、なんだかんだ言ってもやっぱり残って ほしいんじゃねえか」 「あぅ、そういうわけではないんですが……」 「天野くん、言葉の揚げ足をとるようなことは いけませんよ?」 「それ、先輩にだけは言われたくないんですけど……」 「それはどう言う意味でしょうか……?」 「いや、特に深い意味はないっす」 先輩の周りに不吉なオーラが立ち込めてきたのでうまく別の話題にシフトさせねば…… 「そ、そんなことより……深空とかりんはこれから どうするんだ?」 「私はちょっとやりたい事がありますので、もう少し 居残っていくつもりです」 「あぅ。それじゃあ、私も深空ちゃんを待ってます」 「はい。一緒に帰りましょう♪」 「あぅ! そして深空ちゃんのお家でコバンくんを たっぷりと鑑賞ですっ」 黄色い悲鳴を上げながら、再びディープな世界へ舞い戻っていく深空とかりん。 「(そんなに面白いもんかね……?)」 ―――などと思っていると、まるで見透かされたかのように、深空が矛先をこちらへ向けてきた。 「もしよろしかったら、翔さんも一緒にどうですか?」 「あぅ! それはとっても素敵ですっ!」 「ん、あぁ、俺は……」 「三人で見たら面白さも感動も三十倍ですっ!!」 そこは普通、三倍じゃないのか…… 「そうですねっ。ぜひ一緒にお泊まりして コバンくんの魅力を語り合いましょうっ」 俺は『お泊り』と言う響きに思わず過剰反応する。 「あー……お泊まり会?」 「はいっ! 朝まで三人でコバンくん鑑賞ですっ」 「朝まで、三人で……」 「きっとめくるめく素敵で濃密な時間を過ごせること 間違いなしですっ! あうっ!」 「素敵で濃密な時間……」 煩悩でコーティングされた二人の言葉に釣られて無意識に俺が頷きかけたその時だった。 「……ッ!」 まるで胸を射抜かれるかのような、冷たい気配。 壊れたブリキ人形のように、ギギギ、といった感じで振り向くと、そこには…… 「何だよ、静香か……脅かしやがって」 もっと恐ろしい物の気配がしたが、気のせいだったか。 「……お泊り会なんて、随分と面白そうじゃない。 せっかくだから行ってくれば?」 「ん、何だったら静香も行くか?」 「っ! ……私はいい。別に興味ないから」 「さっき面白そうって言ってたじゃん?」 「言ってない」 「そんなこと言って、ホントは行きたいんだろ?」 「そんなんじゃないわよ。そんなに行きたいんなら 一人で行けばいいじゃない!」 吐き捨てるような台詞を残し、ズカズカと歩いて行ってしまう。 「……何だよ、人が気を利かせてやったのに」 静香の態度がいい薬だったのか、ピンクに染まっていた思考が、少し晴れてくる。 冷静に考えてみれば昨夜もまともに寝てないし、連続で徹夜などという根性も残っていない。 二人には悪いが、ここは断るべきだろう。 「悪い、二人とも。今日のところは遠慮しとくよ」 「あぅ。そうですか……残念です」 「はい……また機会がありましたら、その時こそ ぜひ一緒にコバンくんを見ましょうっ!」 「あ、あぁ。その時はよろしく頼むな」 ……なんか、勿体無いことをしたのかもしれない。 俺は二人と過ごすはずだった甘美な時間に別れを告げたことを、微妙に後悔する。 <幸せいっぱい、夢いっぱい> 「ベッドの中で、私は初めて身も心も寄りかかれた人に 幸せな気持ちで思いきり甘えてしまいました……」 「翔さんは私の頭をそっと撫でながら、トラウマを 二人で乗り越えていこうって、遊園地にデートへ 誘ってくれました」 「天野くんと二人なら、もしかしたらトラウマだって 乗り越えられるかもしれない……」 「私も自然とそう思えて、勇気を出してその申し出を 受け入れてみました」 「ただの弟だと思ってた天野くんが、こんなに 頼りになる男の子だったなんて……不覚にも 私、ドキドキしちゃってました」 「ぶぅ。何で笑うんですか……? 聴いてみると、意外と 面白いんですよ!?」 「いや、別にそれを否定してるわけじゃなくてさ」 「ただ、灯がアニメのドラマCDを聞くってのが…… くくっ……ちょっと意外だっただけだよ」 二人で仲良くシャワーを浴びて、ベッドへと戻って来た俺達は、ピロートークに花を咲かせていた。 「かりんなら分かるんだけど、何だか先輩ってそう言う オタク的な趣味は無さそうな印象だったからさ」 「そんな事言われましても……面白い物は面白いわけ ですから、そう言った偏見は心外です」 「それもそうだな……」 アニメのドラマCDをよく聴くと言う意外な趣味を知ったものの、少し考えれば納得がいく。 灯の娯楽は、俺達よりも限られたものであり……それを楽しむのは、普通の事なのだから。 「こうして話してると、恋人になる前の俺って…… 全然、灯のこと知らなかったんだな、って思うよ」 「本当の私を知って、幻滅しちゃいましたか?」 「いや……俺だけの秘密の姿みたいで、嬉しいよ」 「は、恥ずかしいこと言うの、禁止です」 「なんだよ、それ……」 「……私も、天野くんの男らしい一面を初めて見れて その……とっても新鮮でした」 「はは……これからは、いつでも見られるって」 「むぅぅ……」 「どうしたんだよ、唸ったりなんかして?」 「……あぁっ! それです!」 「へ? 何が?」 「敬語じゃありませんっ!」 「ええっ!? 何を今更っ!?」 行為中に、灯から求めてきた恋人としての《距離:スタンス》をいきなり真っ向から否定され、顔をしかめる。 「恋人とは言え、年上の女性なんですから……やっぱり 敬語がしっくり来ます」 「いや、でもそれはさっき灯が……」 「そ、それがダメなんて言ってません!」 「……あっ、やっぱりダメです!」 どっちなんだ…… 「その……特別な時は、灯って呼んでくれても良いですけど みんなの前では『先輩』意外ダメです」 「なんで? 別にいいじゃん」 「よくないです! あと、その言葉遣いも禁止ですよ!」 「えぇっ!?」 「当り前です! みんなの前では先輩・後輩の間柄なんです からっ!!」 やっと俺の前で女の子な姿を見せてくれたと思ったらみんなの前で甘えるのは嫌だと言うのだろうか…… どうやら、灯が俺にベタベタと甘えてくれる日々はもう少し先の事になりそうだった。 「……って言うかさ、先輩、ひょっとして照れてる?」 「天野くんこそ、けじめって言葉、知ってます?」 「……ごめんなさい」 単純に恥ずかしがって言っているだけかと思いからかったのだけど、どうやらちゃんと節度を持てと言いたかったらしい。 「さっきも言いましたけど、二人きりの時は好きにして いいんですから……」 「私も、その……甘えたい時は、『翔さん』って呼ばせて もらっちゃいます」 「そうですか……」 どうやら、灯の『翔さん』を引っ張り出すには、相応の時間と雰囲気が必要なようだった。 「……なあ、先輩」 「はい?」 「一つ、提案があるんだけど……」 もうしばらく、こうして甘い一時を灯と楽しみたかったけれど、俺は思いきって、切り出す事にする。 「今度さ……俺と、デートしようよ」 「恋人なんだから、そんな真剣にならなくても…… 断ったりするはず、無いじゃ無いですか」 至って真面目な口調で切り出した俺の真意が測れず少し戸惑うような声を上げる灯。 「……遊園地へ行こう」 「え……?」 灯が、あんな嘘までついて俺と深く関わらないようにした理由―――それは、過去のトラウマに関係するのだろう。 見知らぬ場所や、人ごみを恐れるパートナー……その相手と一生を共にする。 時を重ねるにつれ、それは重荷となり、やがて心までもが自分から離れていく――― 心を寄せた相手が、自分のトラウマのせいで失うのが怖くて……灯は、独りである事を選ぼうとしたのだ。 「最初は、怖いかもしれない。不安かもしれない。 また、倒れちまうかもしれない……」 「でも、少しずつでいいんだ。俺が、一緒に……先輩を 支えるから」 「だからさ……乗り越えて行こう。一人でじゃなく、二人で 一緒にさ……」 「天野くん……」 「どんなに時間がかかっても、俺……諦めないから。 先輩が求め続ける限り―――支え続けるよ」 「はい……お願い、します」 俺の真剣な誘いを、優しい笑みで受け入れてくれる灯。 トラウマと戦っていく事が、どれほどの辛い日々か知っていながら……俺を信じて、頷いてくれた。 「灯―――」 「翔、さん―――」 互いに寄り添い合うように、優しく口づけを交わす。 それは、恋人同士としての誓いのようなキスだった。 「私、貴方となら、きっと……」 安心したような、安らかな表情を浮かべる灯。 俺の想いが、少しでも彼女の支えになるのならば――― 俺はこれからも灯の事を好きでい続ける事を、強く心に誓うのだった。 ……………… ………… …… <幸せな結末> 「深空ちゃんが死ぬ気なら、自分も一緒に死ぬと言う 強い決意を表す、翔さん」 「卑怯ですって言う、少し冷静になれた深空ちゃんに 自分たちにとっても深空ちゃんが大切な人なんだと 必死に伝える翔さん」 「その想いに胸を打たれ、自分がしようとしている事が 過ちだと気づき、正気を取り戻した深空ちゃん」 「泣きながら抱きついてくる深空ちゃんを優しく 抱きしめて、互いの絆を確かめ合うお二人」 「夢にまで見た幸せな結末にたどり着いた、翔さん……」 「それは今まで私が一度も見たことが無い、本当に 奇跡と呼ぶに相応しい確率で起こった結末でした」 「わかった」 「…………」 「その代わり、お前と一緒に俺も死ぬ」 「え……?」 「お姫様がいない物語に、王子様はいらないからな」 「だから、お前が死ぬなら―――俺も死ぬ」 「なっ……」 俺の言葉に、決して揺るがないであろうと思われた深空の濁った瞳が、ぐらりと揺れる。 「かけるさ……」 「動くなっ!!」 「……っ」 俺は叫び声で深空を制すると、少し離れた位置で、同じように屋上の端と立つ。 「深空が少しでも飛ぼうとするなら、絶対に俺はそれより 早く飛んで、死ぬからな」 「俺に近づこうとしても飛ぶ。未練なんてねえからな」 「な、何言ってるんですか、翔さんっ!!」 「や、嫌ですっ!」 「…………」 「そ、そんなの……ひ、卑怯ですっ!!」 俺が死ぬと言った途端、ぽろぽろと涙を流して、それを否定する深空。 少々粗治療だったが、思考が限界まで濁っていた深空にはちょうど良い刺激だったようだ。 「死なないでくださいっ!!」 そして瞳に光が戻った深空から、俺は今一番望んでいるその言葉を口にさせることに成功していた。 「……そうだよな」 「え……?」 「好きな人が死んだら、嫌だよな……」 「大好きな人が死んだら、悲しいよな……」 「あ……」 「そうだろ? 深空……」 「あ……ぅ……」 「俺は、深空が好きだ。大好きなんだ」 「俺だけじゃない。静香も、麻衣子も、先輩も、花蓮も…… 櫻井やトリ太も、みんなみんなお前が好きなんだ」 「だから、死んでほしくない。生きていて欲しいんだ」 「かける……さん……」 「……お前の命は、お前だけのものじゃないだろ?」 「深空のことを命を懸けて守ってくれた人の想いを…… その身に背負ってるんだろ?」 「お母さんの、想い……」 「ああ。自分が死んだって惜しくないと思えるくらい お前に生きていて欲しかったんだよ」 「それこそ、自分の分まで、さ」 「お母さんの分まで……?」 俺はその問いにコクリと頷きながら、ゆっくりと近づいて深空へ向かって手を差し伸べた。 「だから……来いよ、深空。俺のところへ」 「どんなに辛くても、その先には、きっとあるから。 お前が望んだ―――ハッピーエンドが」 「かける……さん……」 そう、たとえそれが奇跡に近い確率であろうとも――― 俺たちなら、いつか手にすることが出来るのだ。 彼女の―――どこまでも不器用で、まっすぐな想いがある限り。 「おかえり、深空」 「ただいま……です」 そう言って見せた深空の笑顔は、どんな瞬間よりもかけがえの無い輝きを放っていた。 それはきっと……俺たちが求めていた大空を飛ぶことに等しい、価値のある《世界:きせき》で――― どんな物語よりも綺麗な光に包まれていたのだった。 <弟のような存在> 「鈴白さんの陰謀で、一緒についていく事になった かわいそーな天野くん……」 「陰謀ってなんですかっ! デマ言わないで下さい!」 「私が商店街に行くと伝えると、暇だから一緒に 行きたい、と言ってきたからOKしたんです!」 「でもでも、一緒に買い物に行った時に、顔見知りの 店員さんに冷やかされてた時だって、まんざらでも 無さそうな感じだったよ〜っ?」 「違いますっ! おばさんには、ちゃんと弟みたいな子 だって、弁解したじゃないですかっ」 「じぃーっ」 「な、何ですかその目はっ」 「いつものぶちょーなら『私の彼ですっ☆』とか 言いふらすくらいはやりそうだよ〜」 「するわけありませんっ!」 「天野くんのことになると、余裕がなくなるのも 怪しいよぉ〜……」 「ほんとに否定してますから! そう、あの時はたしか 私が否定したら、天野くんが……」 「天野くんが?」 「えっと、天野くんは、たしか……」 「そう! 弟じゃなくって男として見て欲しいんだ って言って来ましたし……」 「むきぃーっ! 自慢するなんて酷いよぉ〜〜っ!!」 「ちょ、ちょっと、ぽかぽか叩かないで下さいっ」 「ふええぇぇぇん! ぽかぽかっ! ぽかぽかっ!」 「ああっ、ダメですっ! 可愛くて強く怒れませんっ」 「それで、どうしたの〜っ!?」 「その、私は別に弟くんにそう言う感情は持ってません けど……好意は素直に嬉しいですし、《無碍:むげ》にするのも 可哀想だったので、その……」 「もっと男性として素敵になったら、考えてあげても 良いかな、みたいな事を言ったんですけど……」 「私といる時と性格が全然違うよ〜っ!」 「ち、違いませんってば!」 「ふえ……天野くんが、ぶちょーの毒牙に…… ふええええぇぇぇ……」 「ひ、酷い言われようです……」 「いいもん、どうせ私なんてただの脇役だもんっ」 「あの……拗ねてるところ悪いんですけど、そろそろ 私、帰らないといけない時間みたいです」 「ぶぶ漬けあげるから、今すぐひあうぃーごーだよ〜」 「意味はよく解りませんが……歓迎されていないことは よく分かりました」 「ぶちょーと顔を合わせるのは、部活の時だけで お腹いっぱいだもん」 「ぶぅ。せっかく部長が部員のためにはるばる ゲストに来たんだから、もう少しくらい優遇 してくれたって良いのに……」 「私、《寂寥:せきりょう》の感で胸がいっぱいです」 「ふえ……」 「と言う事で、しょんぼりしながら帰りますね」 「ふえぇっ! 危うく騙されるところだったよ〜っ!」 「はぁ……やっぱり渡辺さんは騙しやすいものですから つい、いじめて……もとい、可愛がってしまいます」 「ふええぇぇぇんっ! 早く帰ってよぉ〜っ!!」 「はいはい。それじゃあ、また明日、学園で♪」 「ふえぇ……やっと帰ってくれたよぉ〜……」 「はぁ……明日は学園を休んで引きこもりたい 気分だよ〜」 「そうそう、何だか私のコトを見てニヤニヤと 笑ってたんですよっ! 失礼しちゃいます」 「渡辺さんもそうですけど、あの時の天野くんにも ヘンな勘違いされちゃったみたいだし……」 「ほんとにこの時の私は天野くんのこと、別に何とも 思ってなくて、でも本物の弟みたいに憎めないって 言うか……とにかく、違うんですっ!」 「ふーん、そーなんだー」 「うぅ……絶対信じてない感じの声です……」 「んーん、信じましたよ? ぶちょー」 「『この時は』何とも思ってなかったけど、この後に 弟みたいに思って貰えて嬉しいって言う天野くんの 言葉を聞いてからはどうか知らないけどね〜」 「うぅっ!? だ、だから違いますっ!」 「はぁ……ま、まさか渡辺さんに逆にいじめられる 日が来るなんて、夢にも思ってなかったです……」 「ふっふっふ……ついにぶちょーに勝ったよ〜!」 「まぁ、たまには後輩の顔を立たせないと可哀想ですし 今日はこのくらいでお《暇:いとま》しようかと思います」 「むむむむむ……負け惜しみにしか聞こえないもんっ」 「ふふふっ。そうですね、今回はそう言うことに しておきます」 「ふえぇ……急に貫禄が出てきて、勝ったはずなのに ぜんぜん勝った気がしないよぉ〜っ」 「それじゃ、渡辺さん。頑張ってくださいね」 「はわ……は、はい。がんばります」 「それでは、また明日学園で」 「………………」 「…………」 「……」 「ふええぇぇん! 結局もてあそばれた気がして スッキリしない時点で、敵わないよぉ〜っ」 「よりにもよって、姉へのスキンシップだなんて言って えっちなことをしようとして来たんですよっ!?」 「天野くんも困った子って言うか……エッチじゃ なければ、可愛い弟くんなんですけど……」 「ふえぇっ……えっちなことって何だろ〜っ?」 「まぁ、あれも天野くんなりの冗談なのかも しれませんけど……」 「私が抵抗しなかったら、今頃は犯罪者に……」 「はわわっ!? はっ、犯罪者っ!?」 「むむむ……思い出したら、何だかもう一度しっかりと 天野くんに注意したくなって来ました」 「それじゃあ、渡辺さん。私はこの辺で失礼します!」 「ええっ!? まっ、待ってよ〜っ!!」 「ふええぇぇぇんっ! つ、捕まっちゃうって…… どんな事しようとしたのか、気になるよ〜っ!!」 「あれ? 食料調達へ来たんじゃないんですか?」 「そうですけど……」 「でも、駅前はそっちじゃなくてこっちっすよ」 そう言って、俺は先輩を先導するように前に出る。 少し先の駅前には、この商店街一と言っていいほどの大型スーパーがあるのだ。 「ぶぅ。何を言ってるんですか、天野くんは」 「へ?」 振り返ると、先輩は俺が進もうとしていた方向とはまるで別の方向に歩き出していた。 「ど、どこ行くんですか?」 「そんな人が多そうなスーパーには行きません! もっと人と人が触れ合うような、下町じみた 場所の方が、良い食品が手に入るんです」 「は、はぁ……」 よくわからない理論をかざしながら、人で賑わう駅前を避けるように、寂れていそうな路地へと向かう先輩。 「ほら、こっちの方がぜんぜん温かいじゃないですか」 そう言うと先輩は、まばらな人ごみの通りの隅にある青果店を目指しているようだった。 「でも先輩、あのデカイスーパーは値段も良心的で 品質も良いって人気があって……」 「人と人とのふれあいが足りないんです!」 「そ、そうですね」 らしくないと言うか、細かいことにこだわってぷりぷりと怒る先輩の迫力に負けて、言われるままに頷いてしまう。 「あら、いらっしゃい灯ちゃん」 「こんにちは、《佐崎:さざき》さん」 先輩の言葉どおりにフレンドリーな挨拶をされいつも通いなれているお店なのだと感じる。 「おや? 今日は彼氏も一緒かい?」 「ちっ、違います! 彼氏とかじゃ無いですっ!!」 「(……彼氏……)」 「おやおや、違うのかい? あの堅物な灯ちゃんが 珍しく男前をはべらして歩いてるから、おばさん 勘違いしちゃったよ」 「ぶぅ。からかわないでください」 「それじゃあ、まだボーイフレンドなのかい? 初々しいねぇ」 「おばさんっ!」 「だって数多くの男どもに言い寄られても絶対に なびかなかった、あの灯ちゃんが連れてきた男 とあっちゃあ、ねえ?」 「は、はあ」 唐突に話を振られても、そんな事実を知らない俺には生返事をするくらいしか選択肢が無かった。 「あれはデリカシーが無い人たちだったからで……」 「でも、そこの彼氏は違った、と。なんだい、結局 恋に落ちるパターンじゃないかい」 「お、落ちませんっ!!」 「(そんな力いっぱい断言しなくても……)」 「でも、嫌いじゃないんだろ?」 「そ、それは……別に嫌ってるわけじゃないですけど」 「嫌っていない男と一緒にいるってのは、立派な 好意ってモンじゃないかい」 「(おばちゃん……っ!)」 おばちゃんの思わぬ援護射撃に感激した俺は、グッと親指を立ててその厚意に感謝する。 「もう! なんでそんな話になるんですかっ」 「違うって言うんなら、なんだって言うんだい?」 「そ、それは……」 答えあぐねてモゴモゴと口ごもりながら照れる先輩。 「(か、可愛すぎる……)」 良い感じの雰囲気になるだけでなく、照れている反則級に可愛い先輩が見れたのには、感謝してもしきれない恩を感じてしまった。 「そ……そう! 姉弟ですっ!!」 「はぁ?」 先輩の予想外な言葉に、思わずぽかんと口を開けて驚いてしまう。 「この子は私にとって弟みたいな人なんです。 放っておけない手のかかる後輩で……」 「だから、おばさんが思っているような関係じゃ ありません!」 「弟みたいな存在、ねぇ……」 「あ、天野くんも黙ってないで何か言って下さいっ」 おばさんのニヤニヤ視線が痛かったのか、ついには俺にまで助けを求めてくる先輩。 「(さて、どうしたものか……)」 色々と思うところもあるので、とりあえず俺は素直に不満を残しておくことにした。 「う〜ん、俺としては弟じゃなくて、あくまで 一人の男として見てもらいたいんだけどなぁ」 「アンタの方は灯ちゃんにお熱ってワケかい」 「まぁ、そんなもんです」 「なっ……」 「ほらほら、どうするんだい? 灯ちゃん」 「残念ながら、お断りに決まってます」 「死のう……」 「え、ええっ!? ちょ、ちょっと待って下さい!」 「じゃあ付き合ってくださいよ」 半分冗談で、その場のノリと勢いで告白してみる。 「そんな軽い告白に流されるほど子供じゃないです」 これまたキッパリと断られてしまう。 「どうすりゃいいんですかね?」 「こんな時は押しの一手と言いたいところだけど 灯ちゃんは頑固だからねぇ……」 「うーん、困った」 「困ってるのはこっちです! もう……そうやって 先輩をからかうような男の子とは付き合いません」 「じゃあ、からかわない男の子になればOKとか?」 「そうですね……手のかかる弟から、男性として頼れる ステキな男の子に成長したら、考えてあげないことも ないですけど」 「それならすぐにでも付き合えそうっすね!」 「はぁ……残念ながら、まだまだ道のりは遠そうです」 「いやいや、案外すぐそこまで迫ってますよ、きっと」 「素敵な男子への道は一日にしてならず、ですよ?」 「心技体の全てを、しっかり、そして毎日磨き上げる 努力の積み重ねが必要なんです」 先輩に素晴らしき男子のあり方を、とくとくと説かれる。 「(たしかに、こりゃ道のりは遠そうだな……)」 「いいですか、そもそも男の子というのは―――」 結局その後も、日が暮れるまで先輩のお説教まじりの理想の男性論を聞くことになったのだった。 何だかんだで弟のように思ってくれるのは悪い気はしないので、ここは素直に喜んでおくとしよう。 「な、なんですか?」 「いんやぁ、べっつにぃ〜?」 頬を緩め、俺はわざとらしくとぼける。 「な、なんか納得いきませんっ! 絶対に何かヘンな勘違い してますっ!」 「んな事ないって。弟みたいに思ってもらってて 素直に嬉しいだけだって」 「お、男の子がそんなにヘラヘラしてちゃダメです!」 「わかったよ、お姉ちゃん」 「も、もぉ、知りません!!」 真っ赤になって、先輩がついに顔をそらしてしまった。 「あらあら、仕方ないねぇ。灯ちゃんが言い出した事 なのにねぇ」 「半分冗談だったんだけど、これは本当に脈アリ なんじゃないかい?」 「お、おばさんまで、変なこと言わないでください!」 その後も、おばさんの援護射撃のお陰で、先輩は終始タジタジの様子で買い物をする事になったのだった。 せっかくなので、弟として許される限界いっぱいまで思いっきり甘えてみる事にした。 「お姉ちゃあぁ〜ん」 「…………っ!?」 無防備な先輩に抱きついて、胸に顔を埋めようとする。 しかし…… 「……はぁっ!」 「う、うおおおぉっ!?」 白杖で足元をすくわれ、さらに腕を取られた俺はつまづいた勢いのまま豪快に転ばされてしまった。 「い、いてててて……」 「ふふふ……天野くん、今のは一体、何をしようとして いたんですか?」 優しい口調とは裏腹に、恐ろしいまでの迫力を《孕:はら》んだ声…… いかん、どうやら先輩は相当お怒りのようだ。 「い、いや……せっかく弟扱いしてもらったんで 姉へのスキンシップをしようかと……」 「へえ……そうなんですか……」 ゆっくりと、先輩が白杖を頭上に振りかざす。 「せ、先輩? なんか穏やかじゃないですけど……」 「じゃあお望みどおり、お姉さんがたっぷり スキンシップしてあげます!」 先輩の怒声と同時に、白杖が瞬時に抜き身の刀に変形した! 「ちょ……!? 何それ、反則―――」 「問答無用ですっ!!」 「ぎゃああああああああああああああっ!」 商店街に、俺の断末魔の叫びが響き渡る。 結局、見かねた青果店のおばさんが止めるまで先輩の『スキンシップ』は続いたのだった…… <強がる静香> 「倒れたのが嘘のように、元気を取り戻すシズカ」 「じゃがそれは、不思議とただの強がりに見えて…… 私達の不安を煽るのじゃ」 「突然の高熱……そして、すぐに元に戻る、か…… 何か、嫌な予感がするのじゃ……」 「ん……」 直射日光の明るさと蒸し暑さで、目が覚める。 「……あれ?」 意識が覚醒した直後で、上手く回っていない頭を必死に動かして、現状を把握しようと努める。 「えっと、たしか……そうだ、昨日は徹夜で静香の 看病をしてたんだっけか」 寝顔を見られると恥ずかしいと一向に寝ようとしない静香を宥めて、どうにか寝付かせたのだが…… 「そうだ! 静香はっ!?」 気がつけば俺は、普通に布団で眠っていて、当然そこに静香の姿は無かった。 「どこいったんだよ、あいつ……!!」 時計を確認すると、すでに正午過ぎ。 どうやら、かなり寝過ごしてしまったようだ。 「まさか、どこかへ出かけたんじゃねーだろうな!?」 まだ不安定な体調だと自覚していない可能性が高い静香が不安になり、俺は急いで飛び起きる。 「静香ぁ〜〜〜っ!!」 「はいはい、どうしたの?」 「って、え?」 どたどたと部屋を飛び出し、外へ向かおうと一階へ降りたところで、静香の姿を見つける。 「な、何だ……いたのかよ……」 元気そうな姿の静香を確認して、安堵のあまりその場にへたり込んでしまう。 「まだ翔が寝てたから、リビングで先に昼食を作って おこうと思って」 「そ、そっか……」 「ちょうど、もうそろそろ出来上がるから待ってて」 「あ、ああ」 「ん……よし、いい味ね」 「…………」 手馴れた感じで手料理を作る静香の背中を見ながらとりあえずソファへと座る。 「なあ、静香。大丈夫か?」 「え? 何が?」 「いや、料理作って……」 「んもぅ、別に激しい運動をしてるワケじゃ無いんだから 平気に決まってるでしょ?」 「そ、そうだよな」 見た感じ、睡眠を取った甲斐もあったのか、普段通りの元気な静香だった。 「お待たせ」 「おう、さんきゅー」 寝起きには少しヘビーに思えるほどの豪華な昼食の数々がテーブルへと並べられる。 「これで最後……きゃっ!?」 「うおっ!?」 急に倒れ込んだ静香の手から飛んできた皿を、反射的にキャッチする。 「ご、ごめん。大丈夫だった?」 「ああ。って言うか、静香こそ大丈夫か?」 「まさか、また……」 「違うわよ。ただ、そこのコンセントに躓いただけ」 「そ、そうか……」 自分でもデリケートになりすぎている事に気づいて慌てて意識を改める。 たしかに静香の様子を見るのは重要だが、それ以上にあまり病人扱いされるのも嫌だろう。 「それじゃ、食うか」 「うん」 俺はできる限り普段通りの対応を心がけて、少し遅めの昼食を取るのだった。 「ははは、何だよそのオチ」 「…………」 昼食後は、ソファに座りながらTVを見ながら談笑をしていた。 随分と久しぶりに感じる、『日常』らしい平和でゆったりした雰囲気に、深い安心感を覚えていた。 「なんか、いいな……こう言うの」 「ん?」 「翔と二人だけで……ただ一緒に、こうして過ごしてる 時間なんて、初めてだったから」 「そうだな……俺も、すげー居心地が良いよ」 「ふふっ……なんか私、すごい幸せだよ……」 優しい微笑みを浮かべたまま、静香がそっと俺の肩へと寄りかかってくる。 「こうしてると私達、新婚さんみたいだね」 「ああ」 ドキドキするような恋愛も良いけど、やはり俺達はどこまで行っても心許せる『幼馴染』で――― 傍にいてくれるだけで落ち着けるような……そんな穏やかな感覚の方が強かった。 「ねえ、カケル……」 「ん?」 「幸せついでに、もっとドキドキしたいな」 「と言われてもなぁ……どうしたらいい」 「『静香が好き』って言って?」 「う……改めて求められると、なんか恥ずかしいな」 「んもぅ、嫌なの?」 「んなワケねーだろ」 「……コホン」 少し照れくさいので、わざとらしい咳払いをして一呼吸つく。 「静香……好きだ」 「うん。知ってるわよ」 「なんだよ、それは……ドキドキしてねーじゃん」 「あのね……私も、翔が好きだよ」 「え?」 その不意打ちに、思わずドキっとしてしまう。 「どう? ドキドキした?」 「……ああ」 「翔……」 俺の名前を呟きながら、甘えるような声でキスをせがんでくる静香。 俺は、その唇へそっと口付ける。 「んっ……」 「まーたエロい事をやっておるのか、お主らは」 「ぶっ!?」 「痛っ!」 唐突に聞こえた声に驚いて、思わず静香のおでこに頭突きを食らわしてしまう。 「あれほど釘を刺しておったのに……お主らの性欲は もはやサル並みじゃの」 「ばっ……ちげーよ!」 「い、今のはプラトニックなキスだったわよ!」 「と言いつつ、キスしている間にジャンボ大盛りに 盛り上って、そのまま本番まで行くんじゃろ?」 「ジャンボ大盛りって何よ……」 「そりゃあ、そのくらい盛り上っちまったら、まぁ…… 保障できねーけどさ」 「ほれ、カケル。財布を渡してみい」 「え? 何でだよ……」 ワケもわからずに、言われるままに財布を渡す。 「これは没収じゃ」 「ぬあっ……マジかよ!?」 すると、麻衣子に俺の財布に入れていたコンドームをスッパリと抜き取られてしまう。 「なんじゃ、やっぱりヤる気じゃったんじゃろう……」 「いや、そのつもりはねえけどさ……」 「その代わりと言っては何じゃが……ほれ」 「あ……私のパジャマ……」 「どうせカケルの事じゃから、着替えも何も用意して おらんかったのじゃろ?」 「うっ……」 たしかに、のん気に二人で過ごしてしまったためその辺りの気配りは一切出来ていなかった。 「お主の家から適当に拝借して来たのじゃ」 「ん。ありがと」 静香が麻衣子の手にある服を受け取ろうと、ソファから立ち上がった、その時――― 「あ……」 「静香っ!?」 「シズカッ!!」 再び、力なく静香が倒れてしまう。 「おい、大丈夫か!?」 「ん……大、丈夫……ちょっとクラっと来ただけだから」 「お主まさか、昨日からずっと快復しておらんのでは 無いじゃろうな……?」 「なっ……お前、ずっと無茶してたのかよ!?」 「違うわよ! ホントに、さっきまで全然……平気 だったんだから」 「じゃが、念のため病院に……」 「大丈夫よ! 大丈夫だから……ホントに、平気 なんだから……心配しないで」 「シズカ……」 麻衣子の忠告も聞かず、なぜか頑なに病院を拒む静香。 冷静な静香らしからなぬ、理に適わぬ言動だった。 「たしかに、まだ病み上がりで少し無茶しちゃったから なんじゃねーかな」 「そうなのか……?」 「ああ。思い当たるところ、あるし」 「…………」 本当は、無理と言うほど身体を動かしてはいなかった。 だが、俺にはどうしても、嫌がる静香を無理やりに病院へ連れて行くのは躊躇われたのだ。 「では、もう少し様子を見るかの」 「ああ。それがいいんじゃねーかな」 「見舞いに来たのじゃが……どうやら少し横になって おいた方が良さそうじゃな」 「それじゃあ、俺は静香を背負って送るよ」 「うむ。頼んだぞ」 「ねえ、翔……出来れば、今日もここに泊まりたい」 「今日もってお前……親御さんが心配するだろ?」 「だ、だからよ……」 「家に戻って、病院に連れて行かれたら嫌だから……」 「むぅ……シズカ、我侭を言っては治るものも―――」 「わかった」 「カケル?」 「悪い、麻衣子。心配なのは判るけど、俺の手で看病して やりてーんだ」 「カケル……ありがと」 「気にするなって。彼女の看病なんて、当然だろ?」 僅かな不安を抱きながら、それでも静香を支えるために俺は平静を装って、笑顔を見せる。 俺には何もできないからこそ……せめて少しでも静香の心の負担を、減らしてやりたかったのだ。 「ふう……お主らがそこまで言うなら、私からはもう 何も言うまい」 「ごめんね、マーコ」 「恩に着るよ」 麻衣子も心配なはずなのに、俺達の無茶を黙って聞いてくれる姿に、感謝せずにはいられない。 それと同時に、俺はいざと言う時は静香に嫌われようとも必ず病院へと連れて行く決意をするのだった。 ……………… ………… …… <徹夜で看病> 「私が調べ物をしている間、ベッドで寝ている具合の 悪そうなシズカを寝ずに看病する、カケル」 「すまん、カケル……シズカを頼んだのじゃ!」 時計を見ると、短針はすでに7時を指そうとしていた。 「……そろそろか」 静香の額に乗せていた氷嚢を、新しい物に取り替える。 「静香……」 結局、一晩中熱が下がらなかった静香につきっきりで看病したものの、その病状は一向に快方へと向かっていないようだった。 「ちくしょう……なんで、静香がこんな目に遭わなくちゃ ならねえんだよ……」 苦しんでいる静香を見ている事しか出来ない歯がゆさと悔しさから、思わずそんな呟きが漏れる。 「なにが、大丈夫だ……」 「なにが、支えてやるだ……」 「俺には、何も出来ないじゃねーか……」 約束一つ守る事の出来ない自分の無力さに、どうしようもないほどの強い憤りを感じる。 そう、いつだって俺は無力で……麻衣子に頼ってばかりいた。 「かりん……」 ふと、大嫌いなはずだったメガネ娘の顔を思い出す。 あいつの手助けだって、麻衣子の手伝いばかりして……俺は何の役にも立てなかったのだ。 そして、かりんが大切にしていた、《仲間:静香》を助ける事すらも……俺は出来ないのだ。 「ん……」 「静香……!!」 「翔……おはよ」 「ああ。それより、無理して起きようとするなよ? まだ熱があるんだからさ」 「……うん」 「そうだ、また朝食作って来るよ。何か食べたい物とか あるか?」 「……ねえ、カケル……」 「ん? なんだ?」 「無理しないで、寝て良いよ」 「俺の事なんて気にするなって。全然平気だから」 「ううん、気にする」 「あ、あのなぁ……」 「だって、大好きな人が体調を崩したら、悲しいもん」 「……静香……」 俺にその苦しみが解らないはずはなく、現にこうして目の前で証明されてしまっている。 「私ももう一度寝るし、ご飯はお昼でいいから…… だから少しだけ、寝て欲しいな」 「…………」 こんな時でも俺は、静香には適わないようだった。 「わかったよ、俺の負けだ」 「けど、調子が悪くなったらすぐに俺を起こせよ? 約束だからな?」 「うん。わかった」 俺の最大の譲歩を受け入れてると、嬉しそうに笑顔を覗かせる静香。 仮眠でも良いので、とにかく体調を回復する事に専念した方が良さそうだ。 「ん……けど、さすがにここを離れるわけには行かないし ……かと言って、座りながら寝るのもな」 「じゃ、一緒に寝よ?」 「……そうだな」 「ん。はい、どうぞ」 もぞもぞと動きながら、静香が俺の入るスペースを空けてくれる。 「じゃあ、遠慮なく」 静香のぬくもりを感じる自分のベッドへ潜り込むと程よい安堵感に包まれた。 「ねぇ、翔……ぎゅって、してもいい?」 「あ、ああ……」 ちょっと恥ずかしかったが、やっと見出せた俺の価値を否定するわけにはいかないので、素直に頷いておく。 「あったかい……」 「クーラーは効いてるけど……こうして抱き合ってると さすがに暑くないか?」 「……嫌なの?」 「いや、そう言うわけじゃねーけどさ」 「じゃ、いいじゃない」 そう言うと静香は、再びイチャつくために、俺の事をぎゅうっと抱きしめてくる。 「まったく、いつからこんなに甘えん坊になったんだ? お前は……普段のクールな静香はどこ行ったんだよ」 「だって、こんな時しか甘えられないじゃない」 「それに……本当は私がクールなんて似合わないって 知ってるでしょ?」 「ん……まぁ、な」 「だから、いっぱい翔に甘えるの!」 「はいはい、わかったよ」 幸せそうに俺の胸へ顔を埋める静香を見ていると恥ずかしがっている自分が馬鹿馬鹿しく思える。 「翔……」 安心したように、そっと俺の名前を呟く静香。 俺は、そんな静香の体温を心地よく感じながらまどろみの中へと落ちて行くのだった。 ……………… ………… …… <恋人と仲間と、見えない絆と> 「翔さんは優しいからみんなの前でああ言って くれましたけど、このままだと、いつ愛想を 尽かされてもおかしくないです」 「なので、恋人だからって安心しないで、私からも 積極的にアプローチしていきますっ!」 「あぅ! 翔さんをメロメロ大作戦ですっ!!」 「ですので、ひとまず絵本づくりとかりんちゃんの 一件が落ち着いたらデートしましょうって誘って みました」 「今まで恋人らしい事が何も出来なかった分、いっぱい デートしたいって言ったら、笑顔でOKしてもらえて ちょっと安心しました。えへへっ」 「あぅっ! よかったですねっ♪」 「うんっ!」 「……でも、これだけで大丈夫なのかな……」 「深空ちゃん、心配しすぎです」 「その後、翔さんにお説教されてしまいました。 仲間に資格はいらないって……言われました」 「あぅ。翔さんの言うとおりです。深空ちゃんは 私たちの仲間ですっ!」 「うん。ありがとね、かりんちゃん」 「当然のことなのでお礼もいらないですっ」 「…………」 夕暮れに包まれた二人きりの教室で、キュッキュと言うフエルトペンの音を聞きながら、ただ深空の姿を眺める。 「…………」 その姿が絵になりすぎていて、俺は話しかけることすら興ざめするほど……絵本を描く深空に見惚れていた。 「かりんちゃんの一件と私の絵本作業が一息ついたら…… 今までの分まで翔さんと色んな事をしたいです」 「ん……そうだな」 「まずは、デートとか……いっぱいしたいです。 今まで恋人らしい事がなにも出来なかった分 ……たくさんやりたいです」 「おう。何でも付き合ってやるぞ」 「それでそれで……」 「…………」 近い将来、訪れるであろう日を楽しそうに語っていた深空の声が、少しずつ落ち込んで行ってしまう。 「深空……?」 「嫌われて、しまったでしょうか」 「え?」 「私、かりんちゃんに……嫌われちゃったでしょうか」 「どうしてそんな事を……」 訊こうとする途中で、ふとさっきの光景を思い出す。 みんなでかりんと一緒に空を飛ぼうと団結したその輪に入る事無く、一人、立っていた深空。 恐らく、さきほどのそれを気にしているのだろう。 「誕生日……」 流れるようなラインで絵本を作っていた深空がペンを止めポツリと、呟くようにその理由を語りだした。 「お父さんの誕生日……7月31日なんです」 「え……?」 「たぶん、かりんちゃんの空を飛ばなくちゃいけない 期限の最終日と、同じ日なんです」 「……そっか……」 つまり、もしかりんの事を手伝えば……深空の絵本は完成しない、と言うことなのだろう。 「あはは……ほんと、自分が嫌になっちゃいます」 「みんな、かりんちゃんと空を飛べるようにって 頑張ってるのに……私は自分の事ばっかりです」 「…………」 「かりんちゃんと一番仲が良い私が、手を差し伸べて あげなくっちゃいけなかったあの場面で……」 「私、一瞬、とまどっちゃったんです」 「そんな私が、あの中にいちゃいけない気がして……」 「だからさっきは、黙ってたんだな」 「はい。もしも本格的に追い込みに入るかりんちゃんを 手伝っていたら……絵本が完成しないんです」 「これじゃ……友達だなんて、言えませんよね」 「これじゃあ……仲間だなんて、言えないです」 「翔さんにだって、愛想を尽かされちゃいます……」 「深空……」 「好きな人とデートできるって、一人だけはしゃいで…… 本当に、最低です……」 「最低なんかじゃねーよ!」 その物言いに激しく苛立って、思わず声を荒げながら反論してしまう。 「俺の好きな女を悪く言うヤツは、誰であろうと許さない からな」 「翔……さん……」 俺は熱くなった頭をクールダウンさせ、どうにか深空を説得するため、宥めるような優しい口調でそっと諭すように考えを伝えてみる。 「深空は、最低なんかじゃないだろ」 「親父さんと仲直りしたいって想いがあるから、たまたま かりんを手伝えないだけだ」 「それは……」 「誰にだって絶対に譲れない想いって、あるだろ」 「それが深空にとっての絵本作りで、かりんにとっての 空を飛ぶ事なんだよ」 「…………」 「今回は偶然、それが運悪く重なっちまっただけだろ。 もしそれが無かったら、きっと協力してたはずだ」 「言ったよな、深空。友達は……仲間ってのは、決して ギブアンドテイクの関係じゃないんだって」 「はい……」 「でも……でもっ!」 「結局私は、かりんちゃんよりも自分の事を優先して ……そのせいで手伝ってあげられないって言うのも 事実なんですっ」 「きっとかりんちゃんは、誰にも言えないような…… そんな大変な『何か』を抱えているのに……」 「それでもこの一ヶ月、ずっと一人で抱え込んで来て…… 今でも諦めず、真っ直ぐに頑張ってるんです」 「…………」 「けど、そんな強さは、私には無くって……」 「私は、かりんちゃんみたいに迷わず前に進めなくって ……いつだって挫けそうになる、弱い人間なんです」 「でもそれは、深空だけじゃない。人は誰だって独りじゃ 弱いもんだろ」 「かりんだってきっと、馬鹿みたいにやせ我慢してるだけ なんじゃねえのかな」 「そんなこと……無いです」 「……俺は、少なくともそう思ってる」 「…………」 「だからさ……そんな時には、頼ってくれよ」 「俺たちを」 「……かける、さん……」 「たしかに何もできねーかもしんねえけどさ……誰かが 辛い時には、他のみんなで支えてやれる」 「それが無理な時は、お互いに背もたれになってさ。 支え合っていけば良いだろ」 「お互いに一人で突っ立ってるよりも、きっとその方が いくらかマシになると思うぜ?」 「それは……そんなの、ただの例え話です」 「ああ。例え話だし、現実とは違うかも知れない。 でも俺は、そんな関係だって信じたいんだ」 「みんながみんな、本当の仲間って絆で繋がってる。 それが普段は見えないだけで……たしかに『在る』 ってコトをな」 「……かりんちゃんを支えて上げられない私に、それに 《連:つら》なる資格なんて、ありません」 「資格がないと繋がれない絆なんて、意味ねーよ。 本当の繋がりってヤツはそうじゃねえだろ……」 「ただ無条件に相手を信じて、お互いに一歩、歩み 寄れれば……それはもう立派な『仲間』なんだよ」 「相手に……歩み寄る……」 「いいか、深空……俺はお前の彼氏なんだ。そして かりんの仲間なんだ」 「俺がお前を支えてやる。そして、深空の想いの分まで かりんのことも支えてみせる」 「だから深空は、安心して絵本を描いてくれ」 「……はい……」 俺の必死な想いが伝わったのか、硬かった深空の表情が幾分か和らいだ。 「翔さんは、強いんですね……」 「深空だって、このくらい強くなれるさ」 「絶対になれません。私には……無理です」 「無理じゃねえって。気づくだけでいいんだからな」 「えっ?」 「深空はもう、その『強さ』を持ってるんだよ。後は それに気づくだけなんだ」 「もし俺が強いように見えるんなら……それは深空が 気づいてない事に、気づいてるからだ」 「気づいてないこと……?」 「ああ」 「俺は―――俺たちは、独りじゃないって事だ」 「みんなから、力を貰ってるんだよ。俺一人じゃ出来ない かも知れない事でもさ……みんなと一緒なら、不思議と 出来る気がするんだよ」 「独りじゃ、ない……」 「人類最大の発明は、手を繋ぐって事だと思うぜ?」 「人間はみんな、手を取り合って生きてきたんだ。 どこかで全部繋がってるんだよ」 「だから人類は進歩できて、前へ進んで行けるんだ」 「……不思議です」 「翔さんが言うと、なんだか本当にそんな気がしてきて しまいます」 「それはお前が、俺と同じくロマンチストだからだ」 「そうですね……」 「私も、みなさんの仲間として……認めてもらえる でしょうか」 「認めるも何も、最初からそうだっての」 「だから、かりんの事は俺やみんなに任せて、深空は 絵本作りをめいっぱい頑張れば良いんだよ」 「はいっ」 深空はそう元気良く頷いて、やっと柔らかな笑顔を覗かせてくれる。 「その代わりこの一件が落ち着いたら、ちゃんとみんなに メシを奢ってもらわないとな」 「ええっ!? それって立派なギブアンドテイク ですよね?」 「細かい事は気にするな。それはそれ、これはこれだ」 「世の中ってのは、残念ながらお前の思っているほど 綺麗なもんじゃないんだよ」 「せっかく良いお話だったのに、台無しです……」 「うっせー、仲間に迷惑をかけたら、その分のお詫びと お礼は、ちゃんとするのが常識ってもんだろ」 「……はい。そうですね」 「これで、気兼ねなくワガママできるだろ?」 「はいっ!」 「よし! わかったらさっさと続きを描け!! 俺の目が 黒いうちは寝させないぞっ!」 「わ。きゅ、急にスパルタですっ」 どうにか深空の元気を取り戻させて、絵本の作業へと気持ちをシフトさせる事に成功する。 しかし、かりんの方は未だに糸口が見えないままで……残された日にちは、あと9日――― 手探りの中、俺は迫り来る期日に追われながらも変わらぬ決意を胸に、二人を支えていく事を強く心に誓うのだった。 ……………… ………… …… <恋人同士なのに……> 「お待たせしました。買って来ました」 「あ、ありがとう、かりんちゃん」 「でもこれ、何に使うんですか? この電動こけ……」 「きゃーーーっ! なななっ、何を買ってきてるの!?」 「あう? でも、ここに……あっ、天丼と消しゴムの 間違いでした」 「こんなエッチなものはダメですっ! 没収ですっ!」 「あう! 独り占めはずるいですっ!!」 「もぉ! ば、馬鹿なこと言ってないで、あらすじを さくさく進めないとダメだよっ!!」 「あぅ……それもそうですね。では、続きをどうぞ」 「えっと、その……せっかく恋人同士になったのに 私の絵本づくりのせいで、どこにも行けないから 申し訳なくって、翔さんに謝ったんです」 「そうしたら翔さんが、私に気を遣ってくれて 一緒にいれるだけでも十分楽しいし、幸せだ って言ってくれました」 「あぅ。のろけられちゃいました」 「そ、そんなわけじゃ……デートとかも全然出来ないし 愛想を尽かされないか、心配なんですよっ!?」 「心配しなくても、どう見てもバカップルばりに 相思相愛してます」 「そ、そうなのかなぁ……?」 「そうですっ! 灯さんが茶化すくらいにお二人は いちゃついてます!!」 「でも、翔さんの周りにはこんなに可愛い子がいっぱい いるし……たまたま運よく私の事を選んでくれただけ かもしれないし……」 「あぅ! 激しく弱気ですねっ!!」 「だ、だってみんなすっごい魅力的な子ばっかりだし ……私、根暗だし、絵本ばっかり描いてるし……」 「あぁっ……話せば話すほど、愛想を尽かされないか 心配になってきましたっ!!」 「あぅ、のろけすぎです! 自重してくださいっ!」 「だ、だからのろけじゃないんだってばぁ〜っ!!」 「う〜む……」 適当に引っ張り出してきたノートに、俺なりに考えてみた飛行理論を書き綴ってはみたのだがどれも実現できそうになかった。 やはり、科学方向の思考では麻衣子に敵うわけが無いし……何か閃きやアイデアが必須なのだろう。 「わわ。何やらすごいことになってます」 「おお、かりんか」 俺のノートに面食らったのか、様子を見に来たかりんが驚きの声を上げる。 「最近ロクに手助け出来てなかったからな……どうにか 本腰入れて空を飛ぶ方法を探してみようとしたんだが ……すまん」 恋の悩みも解決したところで、勢いに乗ってかりんの問題も、どうにかしてやりたかったのだが……やはりこちらは一筋縄では行かないようだった。 「かつてなく精力的な翔さんに感動ですっ!」 「無い頭を使っても意味ねーけどな」 「いえ……そのお気持ちだけで、とても嬉しいです」 「えっと、何か良いことでもあったんでしょうか?」 「ん? まあな。つか、別に良いことがなくったって 手伝うって決めた手前、何があったとしてもお前を 助けないわけにも行かないだろ」 「翔さん……」 「とにかく俺のコトは関係ないっての。それはそれ これはこれだよ」 「ただ単に、ここ数日ちょっと悩みごとがあったんで あまり手伝えなかったからさ」 「それでその分、今日頑張って頂いてるんですね」 「で、お前こそなんだかやたらと上機嫌みたいだが、何か あったのか?」 「いえ、別に。なんにもありませんです……あぅ〜♪」 「(どう見ても何かあっただろ……)」 こいつほど隠しごとが下手なヤツってのも珍しいよな……いや、何だかんだで、ある意味上手いんだが。 「(まあいいか。どうせコバンくんがどうの、とか  そんなところだろ)」 「おお、やっと見つけたぞっ!」 「ん。麻衣子」 「神出鬼没ゆえに、どこを探せば良いのか判らずに 苦労したぞ……と言うことで、ちょこっと一緒に 来て欲しいのじゃ」 「あぅ? わ、私ですか?」 「うむ!」 「何だよ、また何か閃いたのか? 面白そうだから俺も ついて行くかな」 「だ、ダメですっ!!」 「あん?」 なぜか、かりんの方に真っ赤になって拒まれてしまう。 「そうじゃな。こいつはちょいと男子禁制の実験じゃ」 「よ、よくわからんが……何をする気だよ」 「まあ、ちょいと女性の神秘のパワーを利用して、空を 飛んでみようと言う実験じゃ」 「(くそっ……めっちゃ気になる……)」 深空と付き合っていなければ、間違いなく覗きに行きたくなるエロスオーラが充満している実験のようだ。 「では、行くぞっ!!」 「はい。それと、絶対に覗きに来たらダメですっ!」 「わ、わかってるっての!」 疑いの目を向けながらも、麻衣子に引っ張られズルズルと教室を出て行くかりん。 「さてと……また俺なりに空を飛ぶ方法を考えてみるか」 煩悩を消し去るようにボリボリと頭を掻き、活動に専念する。 「う〜ん……だいたい、どこをどうやったら1週間と 数日で人間が飛べるようになるんだよ……」 あまりにも打開策の浮かばない難題に、頭を抱える。 ここはどうにかして、もう少しかりんに空を飛ぶ理由や狙いなどを訊きださないといけないのかもしれない。 「あー……ダメだ、さっぱり見当もつかねえ」 そう言いつつも、ついニヤニヤとしてしまう。 無論、この袋小路が面白いなんて変態的な感情ではなく昨日から深空と付き合い始めたと言う事実から来る笑みなんだが…… 「…………」 深空の方はと言うと、浮かれてしまっている俺とは正反対に、どこか少し元気が無さそうだった。 「どうした? 絵本の進み具合が《芳:かんば》しくないのか?」 「あ……翔さん」 元気なくフエルトペンを握って、開いたままの白紙のスケッチブックを見つめている深空が、俺に気づく。 「元気ないよな? 寝不足みたいだし……」 「いえ……そう言うわけでは」 「?」 俺の言葉を受けて、何故か少し頬を染めてしまう深空。 「ただ、その……翔さんに申し訳なくって」 「俺に?」 さっぱり思い当たる節が無くて、首を傾げてしまう。 「はい。だって、せっかく恋人同士になれたのに、私 いつもみたいにずっと絵本作ってばっかりです」 「普通は付き合ったら、デートとかいっぱいしたり しなくちゃいけないのに……」 「こんなんじゃ、翔さんを退屈させちゃいますから」 「……なるほどな……」 また、えらくずれたマイナス思考で落ち込まれているみたいだが……これは、俺がどうにかするべきだろう。 俺は少し言葉を選びながら口を開く。 「馬鹿だな……そんなの、気にすることないっての」 「でも、こんな迷惑ばかりかけてたら良くないですっ」 「あのな……デートしたり、その……イチャついたりする だけが付き合うってことでもないだろ」 「え……?」 「好きだから付き合ってるわけだし、純粋に深空と一緒に いたいから告白したんだぜ?」 「だから付き合い方に『普通』なんて無いんだよ。 今は深空が絵本を作るのを俺が見守ってる…… それが俺たちの付き合い方で良いじゃん」 「デートなんていつでも出来るけど、その絵本作りは 今しか出来ないことなんだからな」 「翔さん……」 「それにさ、一緒にいられるだけでもすげー楽しいし 十分幸せだからさ」 「あ……ぅ……」 ちょっと恥ずかしかったが、このくらいストレートに言ってやらないと、自分に対してネガティブな深空に伝わらないだろう。 「と、とにかくそんなワケだから、大丈夫だっての。 彼氏なんだから、もっと頼ってくれって」 「は、はい……ありがとうございます」 「深空の支えになれるのが、今の俺の幸せだからさ」 「そんなセリフ、卑怯です……」 「な、なんでだよ」 「だって、そんなこと言われたら……ドキドキして きゅんってなって、絵本作りが手につきません」 「うっ……」 そんな嬉しいことを言われてしまうと、逆にこっちこそ何も手につかなくなるくらい、ドキドキしてしまう。 「卑怯なのは、お前だよ」 「かけるさんの方です」 「深空……」 「ん……」 俺のキスを求めるように目を瞑る深空の想いに応えてそっと優しく、その唇に――― 「青春ですねえ……」 「きゃっ!?」 「うおっ!?」 急に聞こえた背後からの声に驚いて、二人して反射的に素早く互いの身体を離してしまう。 「ささ。私のコトは気にせず、ぶちゅっと行っちゃって ください☆」 「いっちゃってください☆……じゃねーっすよっ!! せ、先輩、いつからいたんすかっ!?」 ずずず……と優雅にお茶を啜る先輩に、照れ隠しでツッコミを入れる。 「いつからって……最初からここにいましたよ?」 「ええっ!?」 「さ、最初から!?」 「ぶぅ。ひどいです、気づいてなかったなんて…… ハブされてます。ハブりん攻撃です」 「ハブってないですからっ!」 「それじゃあ私も仲間に入れてもらっちゃいますよ? その後のお二人の営みに♪ うふふふふふ……」 「いとなっ……!?」 「な、何をとんでもなくい……ぃよくないことを口走って るんすか、先輩はっ!!」 「今、翔さん『良いこと』って言おうとしましたっ!」 「気のせいだっ!!」 「ふふっ、そんな細かいことは気にしちゃダメです」 「ほら、きっと三人でする方が楽しいですよ? 色々と 出来ちゃいますし♪」 ヤりましょうッ! ……と、つい反射的に賛成したくなるエロスな感情を抑え込んで、どうにか理性を保つ。 さっきやっとのことで深空への気持ちを伝えたってのにそんなことを口走ってしまうのはサイテーすぎるし…… 「二人一緒じゃ、ダメですか?」 「ダメったらダメですっ!!」 「あらあら……残念です」 俺は血の涙を流しながら、その提案を放り投げる。 いや……本当は先輩がただ俺たちをからかっているのは百も承知なのだが、たとえブラックジョークであってもその提案を断るのは血涙せざるを得ないのだ!! 男とは、かくも悲しい生き物なのである…… 「くっそー、絶対に俺たちをからかって楽しんでるだろ 先輩……タチ悪すぎですから」 「ふふっ、バレちゃいました?」 「バレバレっすよ!!」 「じょ、冗談だったんですか?」 「当たり前です。さすがに私もそこまで非常識じゃない ですから」 「つーか、エッチなのはよくないっていつも怒ってる側の 先輩が、マジでは言わないだろ」 「そ、それもそうですね」 「安心してください、雲呑さん」 「雲呑さんがだぁ〜い好きな天野くんを、盗ったりなんて しませんから」 「あぅ……」 あの会話の上にキス未遂シーンまで見られてしまってはもはや誤魔化すことなど到底無理だった。 「っつーか、盗ろうとしたって無理ですよ」 「俺は深空以外の誰とも付き合う気は無いですから」 「っ!!?」 ヤケクソ気味に深空の肩を抱きながら、先輩に見せつけるように、スッパリと断言する。 さすがに大胆発言すぎたのか、深空はゆでだこのように真っ赤になってしまっていた。 「それじゃあ妥協して、愛人と言うことで……」 「深空以外とそう言う関係にもならないし、誘われても 絶対エッチな行為とかもしませんので、無駄です」 「…………」 「ふふっ、のろけられちゃいました」 「からかって来たお返しですんで」 「動揺してくれないのはちょっとつまらないですけど しっかりしたお付き合いをしてそうで安心しました」 「あ、当たり前っすよ」 「それじゃ、お邪魔虫は退散することにしますね」 「ふふふっ、お詫びにしばらく他のみなさんも来れない ようにしますので、ゆっくりたっぷりお二人の時間を 楽しんじゃってください♪」 「余計なお世話ですっ!!」 しっしっと虫を追い払うようなポーズをすると、先輩はニヤニヤしながら、ひらひらと手を振って教室を去っていった。 「はぁっ……」 一番知られると厄介な人に知られてしまった気がして思わず俺は大きな溜め息を吐く。 「その……嬉しかったです」 「あ、当たり前のコトを言っただけだろ」 照れ照れの深空を見て、逆にこっちが恥ずかしくなってしまったので、そっぽを向きながら答える。 「…………」 「…………」 先輩のせいで、場に言い知れぬ恥ずかしい沈黙が続く息苦しい空気が流れてしまう。 さっきの続きをしたいところでもあるが、さすがに先輩の手のひらで踊らされている気がするので我慢しておく。 <恐るべし、目覚まし娘!> 「相楽さんが用意した特製目覚まし時計で起こされた 天野くん……って、こ、これ目覚ましなのっ!?」 「はわわ……どう見ても本物の人間に見えるよ〜」 「戸惑いながらも、どうやら本当に時計みたいだから ひとまずスイッチを押して止めようとする天野くん」 「でも、どこを押せば止まるのか分からないみたい。 そうだよね、私も、見ただけじゃさっぱりだよ〜」 「胸を押してみても、反応が無かったみたいだし ……も、もしかして……ふえ、ふええぇぇぇっ」 「だだだっ、ダメだよ〜っ! そこはダメ〜っ!!」 「スイッチがあるかどうか確認するために、目覚まし 時計の女の子のパンツを下ろそうとしてるよ〜っ!」 「で、でも、そこでやって来た嵩立さんと相楽さんに 見られちゃった、自業自得の天野くん」 「ふしだらな気持ちが少なかったからって、見た目が 女の子なんだから、大事なところを覗こうだなんて ダメだもんっ!」 「勘違いされたのはかわいそーだと思うけど、今回は あんまり同情できないよ〜。ぷんぷんっ」 夢――― 俺は、夢を見ているのか…… 視界一面に広がるのは、いつか見た美しい草原。 やわらかな風が頬をなで、草木のざわめきを感じながら独特の浮遊感を覚える。 ふわふわと浮かびながら佇む大自然に、俺は得も知れぬ安らぎを感じていた。 「平和だ……なんて平和なんだ……」 遠くからは小鳥のさえずり。 これは夢だとしても……平和とは素晴らしいものだ。 オーシャンがパシフィック的にピースであるべきだ。 「……ん?」 そんな柄でもない物思いに耽っていると、数羽の小鳥が俺の胸の上にとまる。 こんな男の胸で、安らぎを感じてくれているのだろうか……? 「俺はさしずめ、小鳥たちの止まり木さ……」 ニヒルな笑みを浮かべてキメ台詞を呟いていると胸にとまる一羽の小鳥と目が合う。 「…………」 じっと、小鳥と見つめ合う。 その瞳は、俺に何かを訴えかけているようだった。 『……で……ン……』 なんだろう、直接、脳に語りかけるように何かが聞こえてくる…… 『い……で……チュ……』 「これは……小鳥たちの声なのか……?」 脳内に響くメッセージを読み取ろうと意識を向けるとまるでそれに誘われるように、一匹の小鳥が俺の顔に近づいてきた。 『一羽でチュン……』 それに連れられ、もう一匹。 『二羽でチュチュン……』 そして三匹目が現れ…… 『三羽揃えば……牙を剥くっ!』 《獰猛:どうもう》な肉食獣のように牙を剥き、襲いかかってきた! 「うわぁぁぁっ!」 間一髪のところでそれをかわすと、さっきまで俺が寝ていた場所には、鳥の一撃で出来たとは思えない巨大なクレーターが、ポッカリとあいていた。 「これはやべぇ……《殺:や》られるっ!?」 『死ぬチュンッ!!』 「ッ!!」 「とうっ!!」 『やられたチュン!!!』 「ふぅ……んもぅ、大丈夫だった? んもぅ!」 「シズカーマン!!」 俺の絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、我らがヒーロー・江戸っ子シズカーマンだった。 「この世にカバさんを脅かす存在ある限り…… 私も存在し続けるのよっ!! んもぅ!」 「すごいぜシズカーマン! あいつらは主にカバを いじめていたんだね!!」 「でも、今あいつら悪者を倒したから、きっともう この夢の世界にカバを脅かす存在はいないよ!」 「あ……じゃあ存在を維持できないわ。んもぅ!」 「ああっ!? し、シズカーマンの身体が……!」 「さよな……もぅ……」 「シズカーマァァァァァァーーーーーーンッ!!」 ガバッと勢いよく飛び起きると、そこは見慣れた自分の部屋だった。 「はぁ……はぁ……」 まるで胸にぽっかりと穴が開いたような気分だ…… 「なんかよく覚えてねーけど、果てしなく悲しい別れを したような気がするぞ……」 俺は少しだけアンニュイな気持ちを引きずりながら起きようと思ってベッドに手をつく。 ふにょん 「ん……?」 ふにょん、ふにょん 「これは……!?」 下方向へ力を入れた手のひらから、控えめながらも柔らかいマシュマロのような感触が伝わってくる。 「な……何だ?」 俺は、恐る恐る謎の感触の正体を確かめるように視線を下へとずらす。 「…………誰?」 そこには、何故か俺のヤツを来た半裸の女の子がいた。 「つーか、なんで見知らぬ女の子が俺のベッドに?」 ……ラッキー? 「じゃねええええええぇぇぇぇぇぇぇ!」 慌ててその場から飛び降りて、逃げるようにベッドから後ずさる。 「ね、寝てる……のか?」 意味も無く距離を取った位置からそっと少女の姿を確認してみると、一見すると起きていそうなのだがなんと言うか寝ているかのように、生気が無かった。 「落ち着け、俺……現状を把握しろ……!!」 俺は昨日の夜の記憶をフル回転で呼び起こす。 たしか、着替えて歯磨きして、ベッドに潜り込んでぐっすりと……いつものように一人で寝たはずだ。 「まったく把握できねえ……」 しかし現実には、実際に俺のベッドに半裸の女の子が潜り込んでいるワケで……って、半裸っ!? 「ま、まさか……」 俺は恐る恐る自分の身体をまさぐってみる。 「ふぅ……オーケー、服は着てる」 服を着ているから大丈夫だ、なんて事は無いのだがひとまずの気休め程度にはなった。 とりあえず既成事実はない……はずだ。たぶん。 「誰なんだ、こいつ……って言うか、目怖っ!!」 さっきは動転してて気づかなかったが、改めて見ると彼女はずっと目を開いたままピクリともしなかった。 にもかかわらず彼女は、呼吸すらしていないかのように眠っているみたいに微動だにしないのだ。 しかし、目を開けたまま寝れるような人間なんているのだろうか……? 「ん……?」 よく見るとその顔は、どことなく人形じみているようにも感じた。 「……まさか……」 試しに頬をつついてみるが反応はなく、柔らかな弾力だけが指に残った。 さきほど感じた、かすかな違和感の方こそ勘違いだと思わせるほど、彼女は《人:・》《間:・》《に:・》《見:・》《え:・》《る:・》のだが…… 「やっぱり気のせいか……?」 「じりりりりりりり……」 「うわぁっ!」 その時、突然女の子が口を開いた。 「待て待て、俺はただ頬を突いただけだぞ? そんな いきなり『じりり』なんて言われても困る」 「…………」 「ちょっと待て。じりり、だと?」 女の子の悲鳴と言うにはあまりにも無機質な棒読みの……まるで目覚まし時計の真似をしているような声。 目覚まし時計……のような……目覚まし? 「ひょっとして……アイツの仕業か!?」 一見すると人間なのだが、朝が弱いと麻衣子に告げた後の『素敵なアイテムをプレゼントする』という発言…… そしてこのまばたき一つしない無機質な雰囲気を考えると、もはや間違いなかった。 「くっそー、麻衣子のヤツ……サプライズすぎるだろ」 心臓によくないプレゼントを寄越してくれた麻衣子に呟きながらツッコミを入れてしまう。 「じりりりりりりり……」 「それにしても、よく出来るなぁ、これ」 俺は女の子型の目覚まし時計を見て、その精巧な作りに思わず唸ってしまう。 「世間一般のそれっぽい等身大《人形:ドール》よりすごそうなのは さすが麻衣子と言ったところだが……ここまで完璧に 人間チックだと、知的探究心をそそらせるな」 俺は思わず麻衣子がどの辺りまで作りこんでいるのかに興味をそそられてしまったが、少々悪趣味な好奇心だとすぐに考えなおすことにした。 「にしても……」 「じりりりりりりり……」 「これ、どうやって止めるんだよ……」 さっきからぽふぽふと頭を撫でるように押しても目覚まし娘は一向に黙り込む気配が無かった。 「なんでやねん」 「じりりりりりりり……」 全然起こす気が無いように思える、気の抜ける声でひたすら喋り続ける目覚まし娘。 「頭じゃなくて、他にスイッチがあるのか……?」 俺は押せそうな突起やスイッチを探して、背中や腕足などを眺めてみるが、それらしき物はない。 鼻、耳、爪やヘソなど、ありえそうな部分は手当たり次第押してみたが、反応は無かった。 「他にスイッチになりそうな場所なんてねー……」 「…………」 「ま、まさか……」 俺はゴクリと生唾を飲み込みながら、その控えめながら存在を主張する、ぺったんこな胸に視線を送る。 薄いシャツ越しに見える、たしかな2つの突起が俺の目の前にあった。 「ス、スイッチって……ここじゃねーのか?」 そう言った瞬間に、手のひらに柔らかな感触が蘇る。 「……って、なに考えてやがる、俺ッ! 違うぞ!? 俺にそんな趣味はねえっ! これはただの人形だ!」 「じりりりりりりり……」 「けどまあ……止まらないんじゃ、しょうがねえよな。 他に何も見当たらねーしな……」 俺は決して不埒な感情ではないのだと自分に言い聞かせゆっくりとその突起に指を伸ばす。 「…………」 「じりりりりりりり……」 「ここじゃねぇのかよおおおぉぉぉっ!!」 つい勢い余って四回も押したのに止まらなかったのだから、恐らくここはハズレと言うことだろう。 「いや、でもひたすら揉みまくったら止まるかも しれねーんじゃね?」 「……って、ちげえええええええぇぇぇっ!!」 男を誘惑するその柔らかい感触に、気がつくと俺は無意識のうちに危ない道へ走りそうになっていた。 「お、落ち着け……なに人形相手にハッスルしてんだ」 俺はぶんぶんと首を横に振って、危険な煩悩を必死になって振り払う。 「けど、他にそれらしきところなんて……」 「………………」 「…………」 「……」 気がつくと俺は、男子禁制な乙女の聖域へと視線を浴びせていた。 「ハハ……そんな、まさか……」 いや、さすがにそれはないだろう。 いくらなんでも、麻衣子がそんな危険な場所にスイッチをつけるはずが…… つける……はずが…… 「……あるだろ」 大いにありえる気がしてきた! 「じりりりりりりり……」 「やるしか……ねぇみたいだな」 俺はニヒルに笑いながら、西部劇に出てくるハードボイルドなガンマン風にカッコつけて呟いてみる。 「フッ……けど下半身がこんなんじゃ、あまりにも 面白みが無いってもんだぜ、譲ちゃん」 俺はジェントルメンのようにズボンのポケットから女性用の下着を取り出すと、それを優しい手つきで目覚まし娘に装着してやる。 「はいてない少女を脱がせるのは不可能だが…… もう大丈夫ッ! これで完・璧ッ!!」 脱がした勢いで《そ:・》《こ:・》を触るために、無意味にパンツを装着させたのだ! 「これが最後の警告だぜ……? 脱がされたくなければ 今すぐ黙りなっ!!」 「じりりりりりりり……」 「へっ……そこまでご所望なら、その可愛い声を 止めてやろうじゃねぇかあああぁ〜〜〜っ!!」 俺は恥ずかしさを誤魔化すために、一人で小芝居をして思いきり目覚まし娘のパンツをずり下ろした!! 「翔、朝ごは……」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「む? どうしたのじゃシズカ? 何かあった……」 「…………」 ピシ、と、空気の凍る音が聞こえた。 「ま、待て二人とも! 誤解だっ!!」 どうやって入ってきたんだ、と言うツッコミより先に俺の脳内は、本能的に無実を訴えかけていた。 「……最低」 「ちょっ……!!」 弁解をする間も無く、ふるふると震えながら静香が俺の部屋を出て行ってしまう。 「たしかにカケルも男の子じゃから、そういう《類:たぐい》の ニーズにも応えられるように作ったつもりじゃが ……いきなり初日の朝からとはのう」 「いくらなんでもお猿さんすぎるのではないかのう?」 「ち、ちげええええええぇぇぇっ!! あれは―――」 「まあまあ、何も言わんでも私は理解しておるぞ?」 「ま、麻衣子……! さすがだぜっ!!」 「男とは、みな変態で然るべき生き物なのじゃろう? 私は理解がある方じゃから……」 「勘違いだっつってんだろうがあああぁぁぁっ!」 「と言われてものう……他に、どこをどうしたら そんな状況になると言うのじゃ」 「お前がコレの止め方を教えねぇからだろうがっ!」 俺はいまだになり続ける、パンツをずり下ろされた格好の目覚まし娘を指差して、必死に無実を訴える。 「ハッ……言い訳としては20点じゃの」 「事実だっつーの!!」 「あぅ……マーコさんに頼まれてお家に入れたのに 朝ごはん食べる前に、静香さん帰っちゃいました」 「お前のせいかあああぁぁぁーーーーーーっ!!」 「あううううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!?」 この状況を作り出した張本人の登場で、やり場の無い俺の怒りが頂点に達し、爆発する。 「のわ〜っ!? カ、カケルが暴走しおった!!」 「落ち着いていられるかボケェーーーッ!!!」 「あうううううううううぅぅぅ……」 「待てやごらああああああああああぁぁぁっ!!」 「お、落ち着くのじゃあああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 その後、アロマハリセンの効果でどうにか落ち着いた俺が静香たちの誤解を解くのには、それ相応の時間と手間と労力を費やしたのだった。 無論、その日以来、俺が目覚まし娘を封印したのは言うまでもない事実である。 ……………… ………… …… <恐怖のストーカー・マッハ翔!> 「相楽さんのお手伝いで夜遅くまで残ってた天野くんが 教室にぽつんと一人で佇む雲呑さんを見つけたみたい」 「ちょうど帰ろうと思っていたところだった天野くん。 話しかけてみると、スケッチブックに何か落書きを していたみたいだよぉ」 「女の子の夜の一人歩きは危険だから家まで送るって 誘った天野くんだけど、やんわりと断られちゃった 感じだね……」 「あ、天野くんって、ナチュラルに凄い発言をするから 慣れてないと、驚いちゃうよ〜」 「断られちゃったけど、なんだか雲呑さんのことが 気になるみたい」 「天野くんの長所でもあって短所でもある、女の子への 心配症が再発したみたいだよ〜」 「天野くん、どうするのかな……?」 「大丈夫だと思ったのかな、そのまま声をかけずに 嵩立さんと帰ることにしたみたい」 「たしかに私も夜に一人で帰ってるとびくびくしちゃう けど、大抵は平気なんだよ〜」 「こんな時、絵本や童話の世界なら白馬の王子様が来て 助けてくれるんだろうけど……」 「でもきっと、ピンチの時に王子様が助けに来てくれる なんてことは起こらないだろうから、気をつけないと ダメかもだね〜」 「ふえぇ……現実には、白馬の王子様なんて…… いないんだよね……」 「やっぱり心配だから、後を追いかけるつもりだね〜」 「……って、はわわっ!? こ、これじゃあまるで 天野くんが変態さんのストーカーみたいだよ〜っ」 「でもでも、すぐ正気に戻ってから、善意でやったんだって 必死に伝える天野くん」 「雲呑さん、かなりびくびくして怯えてたみたいだけど 結局、怖いからって一緒に帰ることにしたみたい」 「すっごく怖いんだから、冗談だったら本気で怒る ところだけど、なんでか天野くんの行動はいつも 憎めないんだよね……なんでだろ」 「みんなのリアクションを見てると、たぶん私だけ じゃないみたいだし、不思議かも」 「滲み出る人柄の良さって言うか、雰囲気って言うか ……う〜ん、まさに人徳オーラの《賜物:たまもの》だよ〜」 「天野くん、恐るべし……」 「今日は助かったぞ、みんな」 「ああ、気にすんなって」 「さ。もうこんな時間だし、帰りましょ」 「そうだな」 「私はもう少し残っていくから、みんなは先に 帰ってくれ」 「マーコ、発明に夢中になるのはいいけど、もう少し 健康にも気を遣いなさいよ?」 「わかっておるわかっておる! もう少しいじったら ちゃんとやめるから、安心せい」 「まったく……ホントかしら」 「ではな、シズカ、カケル。また明日じゃっ」 「ええ。それじゃ帰りましょ」 「おう」 何故かその場を動かない櫻井と居残るつもりの麻衣子を残して、静香と二人で教室を後にする。 「あれ……あそこにいるのって雲呑さんじゃない?」 「ん……? おっ、本当だ。まだ残ってたんだな」 「もう夜なのに……一人で帰るなんて大丈夫かしら?」 「……そうだな」 てっきり、かりんと一緒かと思ったのだが、なぜかあいつの姿はなく、しかもまだ帰っていなかった。 「悪い静香。先に帰っててくれないか? ちょっと このまま見てみぬフリってのも無用心だしな」 「このご時勢、こんな夜に女の子が一人で帰るってのは ぞっとしないからな」 「私だって女の子なんですけど?」 「ああ、静香は平気だろ。麻衣子の発明品も持ってるし 護身術にも長けてるだろ」 「たしかにマーコに防犯グッズは貰ってるけど…… 別に護身術には長けて無いわよ」 「お前、通信空手やってたじゃん」 「やってない! って言うか、あれはその…… カケルが無理矢理やらせたんじゃないっ!」 「ダイエットも出来て無敵になれるって喜んでたよな。 いやぁ、懐かしいぜ……」 あの頃のピュアな静香は、もういないんだよな……(まぁ、主に俺のせいなんだが) 「うぅ……んもぅ、嫌な過去を思い出させないでよっ! もういい、一人で帰ればいいんでしょっ!」 「あ、おいっ、静香! ……いっちまった」 半分冗談だったのだが、どうやら拗ねて本当に一人で帰ってしまったようだ。 「俺のせいで、いまやツンツンクール娘になっちまった よなぁ……いや、一つ大人になったと言うべきか」 当時の静香はそりゃもうピュアで可愛かったがあのままだと世に《蔓延:はびこ》る数多の詐欺にかかって大変な事になっていただろう。 俺は静香の将来のためを思って、冗談を言ってからかっていたのだ……たぶん。 「さて、と……」 気を取り直して、深空に話しかけるために教室へと足を運ぶ。 「よっ! 何してんだ、こんな時間まで」 「わ。か、翔さんっ」 未だに警戒されているのか、俺が挨拶すると素早く例のノート――いや、改めて見るとスケッチブックだったが――を背中に隠されてしまう。 「翔さんこそ、こんな時間までどうしたんですか?」 「ああ、俺は麻衣子の手伝いをしてたんだ」 「そうだったんですか。夜遅くまで、お疲れ様です」 「深空はまだ帰らないのか?」 「いえ、そろそろ帰るつもりでしたので……」 「それじゃあ家まで送っていくよ。夜の一人歩きは 危険だからな」 「ええっ!? そ、そんな……いいですよ、別に」 「だって女の子がこんな時間に一人で外をうろついたら どんな輩に絡まれるかもわからないだろ?」 「大丈夫ですよ。私なんか、あまりパッとしませんし 今までだって特に何もありませんでしたから」 「いや、しかしだな……」 「とにかく、へっちゃらです。えへへっ。お気持ちだけ ありがたく受け取っておきますねっ」 「む、むう……そうか」 「はいっ」 こうも爽やかな笑顔で平気だと言い切られてしまうともはや何もいえなくなってしまう。 「それでは翔さん、また明日です」 「ああ。またな」 てきぱきと帰り支度をして、深空はそのまま一人で逃げるように教室を出て行ってしまった。 「う〜ん……嫌われている、って感じでは無いな」 どちらかと言うと、すぐ逃げるのは誰に対しても同じで……つまり、一人で何か秘密を抱えているように見える。 これ以上は余計なお世話なのかもしれないが、どうにも深空には自分が可愛いと言う自覚が薄すぎる気がする。 「自分に自信がないのがダメとまでは言わないが……」 さて、どうしたものか…… 「まぁ、平気だろ……」 いきなり今までの生活を改善しろと割り込むのもデリカシーに欠ける行動だろう。 どちらにせよ、もう少し俺に心を開いてくれてからそれとなく諭してみるのが無難かもしれない。 「しょうがない、静香を追いかけるか」 俺はしばし思考を巡らせて、先ほど怒らせてしまった静香を《宥:なだ》めるため、走って後を追う事にするのだった。 「う〜ん、やっぱり心配だな……」 「うし、危なっかしくて放っておけないし、ここは深空を 追いかけてみるか」 俺は深空の後を追う事を決意すると、さっそく早足で教室を出るのだった。 ……………… ………… …… 「てくてくてく……」 「てくてく……」 「あぅっ……」 「(おっと、危ない……)」 後ろに不穏な気配でも察知したのか、深空がこちらを振り向いたので、素早く電柱へ身を潜める。 走って追いついたのはいいが、息も切れてるし何より、別れの挨拶をしたのに会いに行くのもバツが悪い気がして、反射的に隠れてしまう。 「そうか! このまま気づかれないように変な男が 深空に絡んでこないかを見張っていれば、立派に ボディーガードできるぞっ!!」 無理に一緒に帰ろうと強要するのも悪いし、ここは気を遣って、こっそりと影から見守ることにする。 「それにしても……はぁ、はぁ……なんだか、息切れが…… 治らないな……はぁはぁ……」 「ひゃあうぅ……な、なんか息を切らせた男の人の 怪しげな声が聞こえる気がします……うううぅっ」 「なにぃ……この辺りに、誰か変質者が……!? はぁはぁ……フヒヒッ!!」 やばい、何故か興奮してきた…… 「うううううぅぅ……こ、怖いですぅ〜っ……」 「お、思い出したぞ……そう言えば、昨夜……」 「くっそー……もう限界だ……俺は寝るぞ」 「あぅ! ダメですっ!! 朝まで一緒に楽しく 騒ぎましょうっ!!」 「眠いんだっての!」 「そんな時はコレですっ!! ごそごそ……」 「じゃじゃーん! 眠気スッキリ、《魔痔:まじ》ビンビンZ すっぽんマムシお汁粉ジュースですっ!」 「これさえ飲めば、興奮して眠気なんて吹っ飛びます! しかもしかも……あうぅ、あうあうあぅ〜っ!!」 「……ぐー……」 「あぅ!? すでに私の話を聞いてませんっ!!」 「ZZZzzz……」 「寝ちゃダメですっ!! こうなったら強引にでも お口に流し込みますっ!」 「んくっ、んくっ……ぶほぉあっ!!」 「きゃうっ! き、汚いですっ」 「変なものを飲ませるなっ!!」 「あぅ……よく見たらこれ、超遅効性みたいです」 「何か知らんが、俺は寝るぞ……」 「はい。明日の夜に効果が現れるそうなので、それまで たっぷり寝ておいた方がいいと思います」 「ぐぅ……」 「ヤツのせいかっ! ちくしょう……はぁはぁっ…… やばい、めちゃくちゃ熱いっ!!」 「うううぅぅぅっ……と、とにかく襲われないうちに 早くお家に帰らないと……」 「はぁはぁ、ちくしょう! 深空のヤツ、急に早歩きに なりやがった……!」 こうなったら、もはや恥ずかしいなどと言っている場合ではない。 深空を見失って、その結果、もし変質者に襲われれば悲惨な結果となってしまうのだ。 俺はなりふり構わず、ゆらりと電柱の影から姿を覗かせ隠れるよりも深空を追いかける体勢になった。 「や、やっぱり誰かいるよぉ〜っ!!」 「はぁはぁ、ちくしょうっ! なんで今度は走り出して 逃げるんだよっ!!」 「こ、こうなったら……朝ごはんソーセージだけ……」 やばい、頭がボーっとしてきて、自分で一体何を言っているのかすら判らなくなって来た…… 「忘れてたッゼー! おま○こ、恥ずかしいぃーー!」 「きゃあああああっ!! へへへへへ、変態ですっ! 変態ですぅーーーっ!!!」 「おっ母さん!! 安藤お前か!? 胃炎かっ!!? ブッ飛ぶチャァァァンス!!」 「ひいぃっ、何か意味不明な事を叫びながら、走って 追いかけて来るよぉ〜っ!?」 「タピオカのパン!! イェァァァーーー!!!!」 「う・さ・こ・さ・ん・が・とろける!!!! イェァァァーーーーーーーー!!!!」 「だ、誰かぁっ! 誰か助けてえぇぇ〜〜〜っ!!」 「ウォワァオウッ! バナナが落ちたッ! バナナが 落ちたぜフオオォォォーーーーーーゥ!!!」 「ハボダンッ!?」 自分のポケットから落ちたバナナを思いっきり踏んで派手に頭からこけてしまう。 「いてててて……ハッ!?」 頭を強打した事で、どうにか正常な思考が戻ってきた。 「(や、やばい……これじゃあ完全に俺が変質者の  ストーカーじゃねえかっ!!)」 「あ、あの……大丈夫ですか?」 派手にすっ転んだ俺を気遣って、恐る恐る近づいてくるあまりにも無用心すぎる、お人好しの声が聞こえる。 「いかぁーーーーんっ!!」 「きゃああぁぁっ!?」 ガバリと立ち上がった俺の叫び声に驚いて、深空はびくびくと小動物のようにその身を震わせていた。 「そんなんじゃダメだぞ、深空!!」 「えっ……? かっ、翔さん!?」 「いいか? 他人を気遣うのは良いことだが、時と場所と 相手を考えないとダメだ」 「は、はぁ……」 「今の場合、変質者がこけたのは自業自得だろ? そこで心配して近寄ったら、襲われるっての」 「えっ? えっと……どういうことですか?」 「演技だよ、演技。危なくない、なんて言っている 危機感の無いお前に、どのくらい夜の男ってのが 危ないかを実演してやったんだ」 「そうだったんですか……わ、私てっきり本物の変質者 かと思ってしまいました」 「ま、まぁな。偽者だとバレたら意味が無いからな」 「迫真の演技でした……本当に怖かったです」 「だから言っただろ? いつあんな感じで変質者が 襲ってくるかわからないんだからな!」 「だからここは大人しく、俺をボディガード代わりに 一緒に帰った方がいいだろ。送っていくよ」 「は、はい。正直あんなのを見た後だと、怖くって 一人じゃ帰れません……」 どうやら、深空に軽いトラウマを与えてしまったのかもしれない……と言うか、かりんのヤツを後日たっぷりといじめないと気が晴れそうも無い。 「ったく、何とか誤魔化せたから良かったものの…… 素で犯罪者になっちまうところだったぞ」 「え?」 「な、なんでもない。それじゃ、行くか」 「はい……あの、大丈夫ですか?」 「なにが?」 「頭……血が出ちゃってます」 心配そうな表情で、ハンカチを取り出して俺の頭にそっと当ててくれる。 そう言えば、先ほどから頭がズキズキするが……さっきこけた時に怪我したのだろう。 「バカ、俺は変質者役だったんだから、そんな気遣いは しちゃダメだっての」 「でも、今は私のボディーガードさんですから」 「うっ……」 笑顔でそんな事を言われてしまっては、これ以上注意なんて出来なかった。 いや、ある意味、こんな対応をされたら変質者ですら襲うに襲えないと言うか、気がひける可能性すらある。 「変質者を真人間に更生させるんじゃないかってくらいの お人よしで天然だな、お前……」 「はい?」 「なんでもない」 「?」 俺は深空のナチュラルな懐の深さと慈愛を感じつつ無言で月夜を眺めながら、その帰路を歩くのだった。 <恐怖のストーカー・マッハ翔! その3> 「一緒に帰る約束をして、すっかり油断していた 天野くん」 「ちょっとトイレに行ってきます、って言ったまま 戻ってこない雲呑さん。騙されたことに気づいた 天野くんはすぐに後を追ったみたいです」 「はわわ……天野くんも強引だけど、雲呑さんも 一度言ったことは、なかなか曲げようとしない 頑固な性格みたいだよ〜」 「天野くんに迷惑だからって、ひたすら一人で帰る ことにこだわる雲呑さんと、危ないから付き添う って言ってきかない天野くん」 「完全に振りきったと思っていた雲呑さんだったけど 今日もまた誰かの気配を感じたみたい」 「はわわっ……雲呑さん、逃げてぇ〜〜〜〜っ」 「……って、またまたその正体は天野くんとそのお友達 だったみたいだよ〜」 「しかも、またヘンな人が増えてるし……」 「そんなこんなで、やっぱり出し抜けなくて一緒に帰る 雲呑さんと天野くん」 「勝手にボディーガードをやってるだけだから 気にするな〜って言う天野くんに、そう言う わけにはいかないと頑なに譲らない雲呑さん」 「見返りを与えられない善意に対しては遠慮をする って言う、こだわりみたいなものがあるみたい」 「天野くんも、雲呑さんに結構頑固な一面があるって 感じたみたいだね〜」 「でも、何かの主義みたいなものを持ってて、それを 貫ける人ってカッコいいよぉ〜」 「わたし、優柔不断だし……絶対無理だよ〜」 「すまん、遅くなった」 「あっ、翔さん」 「思ったよりも長引いちまったけど……もしかして ずっと待っててくれたのか?」 「いえ……私もそろそろ帰ろうと思っていたところ でしたから」 「そうか」 先日あれだけ肩肘を張って無償の護衛を断っていたのにこのあっけらかんとした態度……やはり、様子が変だ。 「(……って、考えすぎか)」 いや、それはさすがに邪推ってヤツで、深空も少しは俺に心を開いてくれたと言うことなのだろう。 「すみません、翔さん……一緒に帰る前に、その…… お、お化粧室に行ってきてもよろしいでしょうか?」 「ん? ああ、別にいいけど」 「それじゃあ、少し待っててくださいね」 「おう」 俺にぺこりと頭を下げると、そのままスケッチブックを持って、たたたっと早足で駆けて行く。 「ふう……」 深空の席に座り、行儀悪く机に足を乗せながら本来の持ち主の帰りを待つ。 「まだか……おせーな、深空のヤツ」 「…………」 「ヒマだな……歌でも歌ってみるか?」 なかなか戻ってこないのに痺れをきらせ、暇つぶしに適当な歌を歌って過ごすことにした。 「よし、閃いたぞ。題名は『ピーザの歌』だ」 「モッツァレラ・ピザ♪ モッツァレラ・ピザ♪」 「…………」 「ピザレラピザピザ、レラレラピザレラ、レラピザレラ モッツァレラ・ピザ♪」 「…………」 「…………」 なぜかそこにいた麻衣子に聞かれてしまった!! 「……つぅー歌よ……どォよ? ちなみに歌詞の2番は 『ドラゴン・オーラ』で繰り返しよ。ドラドラ……」 「…………」 「…………」 どうにか麻衣子に気づいていたかのように話題を振ってみるも、沈黙で返されてしまう。 やはり、感想を訊くと言う強引な切り替えしには少々無理があったようだ。 「いいぞカケル! 気に入ったぞ!!」 「マジすかッ!?」 「今のはヤバいぞカケル……スゴクいいかもしれん! 特にピザレラピザピザ〜の《行:くだり》が耳にこびりつくぞ」 「クセになる傑作じゃな……ヨーロッパあたりなら 大ヒット間違いないかもしれん!」 「そ、そうか……?」 そこまで気に入ってもらえるとは思っていなかったので逆に意外だった。 「んな事より麻衣子、どうしてここにいるんだよ?」 「それは私のセリフじゃっ。こんな教室で一人で何を しておるのか気になって近づいてみたら、いきなり 私に歌を披露し始めたのはお主じゃろうが」 「俺は深空を待ってるんだよ。今日は一緒に帰る約束を してるからな」 「ミソラと? ミソラならさっき帰ったぞ」 「なにっ!?」 「さきほどグラウンドにいたのを見かけたのじゃが そのまま学園を出て行ったぞ?」 「ぐあっ……あ、あいつ、そう言うことか……!!」 あれだけ遠慮していた深空が急に俺の護衛を素直に引き受けたのにも納得がいった。 「ちくしょう、今思えばトイレに行くだけだったら スケッチブックはいらねえもんな!」 「帰るのか?」 「ああ、サンキュー麻衣子! 俺は急いで深空を 追いかけるわ」 「まったく……また余計なお世話を焼いておるな? 犯罪者にならない程度にするのじゃぞ」 「捕まったら貴様の前世はフナムシ確定だな」 なぜ!? 「とにかく、じゃあな!」 「うむ! サラバじゃっ」 麻衣子と別れの挨拶を交わすと、全力疾走で廊下を駆け抜ける!! 「くそっ……こうなりゃ、奥の手だ!」 気に喰わないが、ここはあいつの手を借りるのがベストのような気がする。 「かりん、君に決めたッ!!」 俺はポケットから取り出した丸いカプセル状のモノを何となく思いきり前方へ投げて、叫んでみた。 「あう! 翔さん、痛いですっ」 すると、まるで狙っていたかのようにかりんが現れそのボールにぶつかっていた。 「意図的に感じるくらい恐ろしく都合がいいのだが…… いや、今はそんな事どうでもいい!」 「あぅ?」 「助けてよぉ〜っ、カリえもぉ〜〜ん!!」 「そこはかとなく国民的でありつつも卑猥そうな名前を 叫びながら、私にすがりつかないでくださいっ」 「深空に出し抜かれて追いつけそうも無いんだよぉ〜! 何か便利な道具出してよぉ〜っ!!」 「あぅ! 道具に頼ってばっかりだとロクな人間に なれませんからダメですっ」 「御託はいいからさっさと道具を出せやコラァ!!」 「あぅあぅあぅっ! や、やめてくださいっ!! そんなとこ、《弄:まさぐ》らないでえぇ〜〜〜っ!」 「ポシェットを漁っているだけで変な声出すなっ! ちくしょう、どれが便利なのかさっぱりわからん」 「わ、わかりましたっ! だ、出しますからっ!! だからひとまず落ち着いてくださいっ」 「ちっ。早くしてくれ。深空に何かあったら困るだろ」 「ぽっ……翔さん、優しいです」 「お前が照れるなボケ! 俺まで恥ずかしくなるだろ」 「それじゃあ、えーっと……じゃじゃーんっ!! 『エロ速君2号ぉ〜〜〜っ!!』ですっ」 「なんだよ、そのナスは」 「ナスじゃありません。靴です。シューズです」 「いや、どう見てもナスだろ」 「このクツはえっちな妄想をスピードに変えることが できると言う、すんごい靴なんです」 「え、エッチな妄想ってお前……いいからもっと まともな道具を出せ! お前の変なナスなんて いらん!!」 「へ、変な言い方をしないで下さいっ!」 「黙れ! お前の夜のお供はいいから、さっさと本物の 素敵道具を寄越せっての!」 「せっ、セクハラですっ! 夜のお供じゃありません! ぞくぞくしますから、もっと言ってくださいっ!!」 後半はさりげなくドMだった!! 「本当に変なナスじゃないんだろうな?」 「ほ、ほんとですっ!」 「ちっ……背に腹はかえられないか」 仕方なく俺はそのナスを足につけてみると、まるで磁石のように足の裏に吸い付いてきた。 「よし、じゃあ俺のエロスパワーを上げるために お前ちょっとそこで痴態を《晒:さら》してみろ」 「無茶苦茶ですっ」 「しょうがねえ、とにかく俺に秘められた大いなる エロ《宇宙:コズミック》を開放するかっ!!」 とても他人にはお見せできないような、モザイクすぎる様々なエロス欲望を噴出すると、ナスから変な汁が出てテカテカに輝きだしてきた! 「これは……行けるっ!!」 全身にみなぎる、あまり健全でないパワーを感じて人間の限界を超える速度を出せると確信する。 「今行くぞ、深空ぁーっ!!」 俺はものすごい速度で学園を飛び出すと、そのまま前回の帰宅ルートを爆走するのだった。 ……………… ………… …… 「ちょっと心細いけど、我慢です。翔さんに頼らないで しっかり一人で帰れるってことを証明してみせます」 「……てくてくてく」 「(ふう……どうやら、無事追いついたようだな)」 「はうっ!?」 キュピーンと言う感じで、再び背後にいる俺の存在に気づく深空。 いい感じに警戒心が鍛えられてきているようだ。 「まさか……でもでも、今日は翔さんも追いかけて 来れないでしょうし……」 「もしかして、今度こそ本物の……?」 「(よし、ここで追い《討:う》ちだ!)」 俺は再び移動カイシくんを呼び出し、二人で気配を発しながら深空の後をつけてみる。 「二人組みです……でもでも、きっとまた翔さんと そのお友達だったりしますよね」 「(甘いっ! 甘すぎるぞ深空ぁーっ!!)」 やはり根っからの甘ちゃん思考は抜けきれていないらしく危機感ゼロの発想で恐怖から目を逸らしているようだ。 「(これは再び、《是正:せぜい》せねばなるまい……!!)」 俺はおもむろに脚を伸ばすと、電柱から路上に晒した。 「ひいっ!? か、顔は見えないですけど、足に変な テカテカしたナスをつけてますっ!!」 「どうしましょう、間違いなく変態さんですっ」 この装備が功を奏したのか、深空はガクガクブルブルと震えだしたようだ。 「まだだ! まだ終わらんよっ!!」 「ええええぇぇぇっ!? け、気配が3人にぃ〜っ」 俺が呼び出したのは、移動カイシ君の友人であるつぶらな瞳がチャームポイントの、《三善:みよじ》だった。 「うううううぅ〜……しかも何だか、すごくざわざわ しちゃってますっ!」 さらなる人数の不審者の登場と、それによって薄れた俺の手による演出ではないと言う意識が強まっていく。 「はわはわはわ……ど、どうしようぅ〜〜〜」 「(くっ……今回もダメか? 頑張れ、深空っ!)」 負のオーラを出しつつも、心の中では深空を応援してカイシくん達と一緒にざわざわする。 「か、翔さん……助けてくださいぃ〜っ!!」 「ぐはっ!」 そのつぶらな瞳で助けを請う姿に、秒殺でノックダウンされてしまう。 負のオーラを纏っていた俺のエロスパワーを全て霧散させ、浄化してくれたお陰で、足から機械がカパリと外れる。 「深空っ!」 「か、翔さんっ!?」 怖くて振り向くことすら出来なかったはずの深空が俺の声を聞いて、飛び込んでくる。 「い、今、ナスをつけた変質者の集団に襲われてて…… 助けてくださいっ!!」 「うっ……そ、そんな現実離れした変態どもの集団が いるわけ無いじゃないか」 「でもでもっ、たしかにあっちの電柱に……あれ?」 深空が指した電柱には、ただナスが転がっているだけですでに誰の姿も無かった。 どうやら、移動カイシくん達も空気を読んで素早く身を隠してくれたようだ。 「ごめんな。最近、俺が脅かしてばっかりだったから きっと変態がいるんだって思っちゃったんだろ」 「そ、そうだったんでしょうか……」 「ハハハ……そうだYO」 「とにかく、怖かったです……」 「……それじゃあ、心もとないかもしれないけど ここは俺がボディガードに……」 「い、いえ! そんな……ただでさえ助けて頂いたのに あまつさえ送って頂くなんてこと、できませんっ!」 「いや、自業自得っていうか、なんていうか…… むしろそのくらいはしないとマズイっつーか」 「その……それに私、実はさっき翔さんのことを 騙してしまったんです」 「なのに、私のピンチに、まるで王子様のように 駆けつけてくれて……嬉しかったです」 「ぐはぁっ!!」 「きゃあっ!?」 そのピュアさを利用して好感度を上げてしまったらしくあまりの自責の念に、リアルで吐血してのた打ち回ってしまう。 「だだだ、大丈夫ですかっ!? とりあえず携帯で 救急車を呼ばないとっ……」 「いいんだ……それより、頼むから俺を罵ってくれ…… 早くっ! 全力で罵倒しろっ!!」 「なんで急にMっぽい発言を!? か、翔さんっ! 本当に大丈夫なんですかっ?」 「き、気にするな……とにかく、せめて今日くらいは お前の護衛をさせてくれ……でないと、自責の念で マジで死んでしまいそうだ」 「は、はあ……なんだかよく分からないですけど 翔さんがそう仰るなら」 「その……ありがとうございます」 「ぐぼぉっ!! おれっ、お礼を言うなああぁぁ〜っ! 罵詈雑言を浴びせるんだ! 早くっ!! 死ぬ!」 「ええっ!? え、えっと、その……私を守ってくれて ざまーみろありがとうばかやろうございますっ!!」 とことん罵倒慣れしていなかった! 「はぁっ、はぁっ……辛うじて立てるようになった…… いいか、今日は絶対にお礼の類を言わないでくれ」 「わ、わかりました」 「そ、それじゃあ行くか……」 「はい」 俺みたいな男でも、いるだけで安心なのか、ぴったりとすぐ真横の位置を陣取って歩き出す深空。 「えへへ……幻を見ちゃうなんて私、怖がりさんです。 ……でも、本当に幻で良かったです」 「……そうだな。夜は色々と危険だからな」 「はい。……そうですね」 「…………」 そこまで解っていながら、それでも家に帰らずにあの教室で絵本を描き続けると言うのだろうか? その譲れぬ決意の裏に隠された強い想いのほどを俺はたしかに感じ取っていた。 それはきっと、俺なんかが止めたところで無意味なくらい、深空にとって大切な事なのだろう。 「(深空のためとは言え……さすがに限界だな)」 正直、前回あたりからストーキングまがいの行動で驚かすのは慎もうと思っていたのだが、今日は例の道具のせいで歯止めがかからなかったのだ。 今後はこんな事は無いようにしようとは思うのだが……やはり一人で帰らせるにはまだ心もとないのも確かだ。 「(さて、どうしたものか……)」 「…………」 「(う〜む……)」 「…………あの」 「ん?」 「すみません……一つだけ訊いても良いですか?」 「ああ。一つと言わず、俺に答えられる事なら いくつだって平気だぞ」 「……その……」 何か言い辛いような事なのか、もじもじとしながらなかなか話を切り出してくれない。 「なんだよ」 「あの……どうしてなんですか?」 「え?」 「……私は翔さんに、何もお返しできないのに…… なんで、ここまで優しくしてくれるんですか?」 「優しくって言うか……酷いことばっかりしてる ような気もしてるんだけどな」 「いえ! どれも私の事を心配してくれて……だから 気遣ってもらっているじゃないですかっ」 「私には、何もお返しできないのに……」 「なんだよ、そんな事か」 「え?」 俺の言葉が理解できずに戸惑っている深空の頭にポンと手を置いて、なでなでと撫で回してやる。 「俺が好き勝手やってる事なんだから、そんな深刻に 考えるなっての」 「うざがったり嫌がったり怒るなら解るけど、そんな 申し訳なく思う必要は無いって」 「そんな! 迷惑だなんて、そんなことないですっ」 「ただ、その……こう言うのに慣れてないんです」 「こう言うのって……誰かと一緒に帰ったりとか そう言う帰りの誘いって事か?」 「はい」 「私、いつも一人でいることが多かったですから……」 「…………」 「クラスのみんなは、いつもとても優しくて、色々と 私に気を遣ってくれるんですけど……」 「でも、誰もお前を誘ったりはしないんだな」 「はい……私、一緒にいても面白くないですから」 そう言って深空は、あはは、と力なく笑う。 その原因は自分にあると解っていて、なおそれを改善するのは無理だと悟りきっているような……そんな諦めを《孕:はら》んだ表情だった。 「んな事ねえよ」 「え……?」 「俺は深空といると楽しいって言ってるんだよ。 そりゃ、迷惑ばっかりかけちまってるけどさ」 「それに、絵も上手いし、描いてるのを見てると なんか俺まで楽しくなってくるって言うか……」 「かける……さん……」 「とにかくお前の絵も好きだし、話していても 十分楽しいし、一緒にいると面白いから」 「だから、もっと自分に自信持てよ」 「……ありがとうございます」 それは本音だったのに、深空は励ましの言葉だと受け取ったのか……あまり嬉しそうではなかった。 「やっぱり翔さんって、優しいです」 「はぁ……お前って本当にお人よしだよな」 「ふふふっ。翔さんだってそうじゃないですか」 「俺は違うっての。《邪:よこしま》な考えとか入ってるし」 「な、なんですか邪な考えって」 「そりゃ、あわよくばもっと仲良くなりたいなぁ…… みたいなヤツだよ」 「あ……ぅ……」 「で、でもでも、苦手なタイプのかりんちゃんにだって 分け隔てなく助けたりしているじゃないですか」 「ん……それはだな……」 「えへへ。やっぱり優しいです。いつもみんなの事を ちゃんと心配して、気を配ってくれてますよねっ」 「お前は相手だけポジティブに評価しすぎなんだよ。 自分自身はネガティブに評価するクセにさ」 「そんなことないです。正当な評価です」 「へいへい、わかったよ。そう言うことにしておけば いいんだろ、ったく……」 「えへへ、はい。そう言うことにしておいてください」 さっきまでの不安はどこ吹く風で笑顔を見せる深空に見とれて、思わず何も言い返せなくなってしまう。 「どうしたんですか?」 「な、なんでもねーよ」 どうにも俺は、この笑顔に弱いようだった。……直視できないほどに。 「なんで目を逸らすんですか?」 「こっちみんな!」 「わ。翔さん、ひどいですっ!」 「そんな事どーでもいいからさっさと帰るぞ! ほれ、止まってないで歩け! 置いてくぞ!」 「わわわっ。ま、待ってくださぁ〜いっ!」 俺は照れ隠しに、そのまま深空から目を背けて一人早足で歩みを進める。 今まで散々怖がらせてしまった分、今後はどうにかして少しでもこの笑顔が続くように努力したい…… 気がつけば俺は、そんな風に考えるようになっていたのだった。 <悲しい告白、その願い> 「私は天野くんを失いたくない一心から、必死になって 自分の想いを彼に伝えました」 「自分でもわけがわからない不安に押し潰されそうに なって、泣いてしまいました」 「一晩おいて落ち着いたせいで、冷静になっちゃって…… 考えちゃいけない事ばかり考えて……」 「怖くて、辛くて、寂しくて……天野くんって支えが なかったら、私はこのまま暗闇に飲み込まれて…… 消えてしまうんだって、本気でそう思えて……」 「だから私は天野くんに、その日は朝までずっと一緒に いてくれるようにお願いしました……」 「……翔さん……あなたの声を、聴きたい、です……」 こうして、俺と灯の新しい日々が始まった。 「きゃっ!?」 「あっ、ご、ごめん……」 この日も約束通り朝から病室を訪れ、彼女に自分の存在を知らせるため、俺は灯の手をそっと握った。 そんなゆっくりとした行動すら、今の灯にとっては『突然』の出来事だった。 「天野くん……ですか?」 恐る恐るといった感じで、灯が尋ねてくる。 俺は灯の手のひらを開き、そっと『そうだよ』と書いてその問いに答える。 「そ、そうですか……ごめんなさい、少しだけ驚いて しまいました」 「恥ずかしいところをお見せしちゃいましたね」 そう言うと灯は、あはは、と力なく笑う。 「そんな事……無いよ」 「驚かして、ごめん」 彼女の手の平で『会話』しながらも、俺は意識して言葉を投げかける。 願わくば、その声がいつか―――灯へと届く事を祈って。 「そう言えばさっき、先輩のお母さんに会ったよ」 「……え? お母様にですか?」 「ああ」 「すごく、気さくな人だった」 「何だか、とっても恥ずかしいですね……」 「大好きな恋人と、お母様が会話するなんて…… 変な事を教えられてないか、気になります」 「先輩の、恥ずかしい過去を……色々と」 「ええっ!?」 「うそだよ」 「ぶぅ! からかわないでくださいっ」 「せっかく天野くんが来るのを待ってたのに…… 何だか、盛り上った気分が、台無しです」 「え……?」 「その……ずっと座ってるだけで、退屈ですから」 「だから、待ってたんです。翔さんに……思いっきり 甘えたくて」 「灯……」 少し表情を曇らせた後、笑顔でそう呟く灯に、俺の胸が締め付けられる。 会話と食事以外の時間は、今の灯にとっては……ただの拷問でしかないのだ。 「今日は……一日中、話していようか」 「たっぷりと、いちゃつこうな……先輩」 思いきり抱きしめたい衝動を抑え、俺は優しい手つきでその白い手のひらに指を走らせる。 「本当ですかっ?」 「もちろん」 「その……それじゃあ、お話の前に……一つだけ お願いしても、いいですか?」 「……いいよ」 「えっと……」 「ぎゅって……抱きしめてください」 「わかった」 控えめにお願いする灯を、俺はそっと抱きしめる。 その肌のぬくもりに、少しでも安らぎを感じられると信じて…… ……………… ………… …… 「先輩のお茶が、またいつか飲みたいです」 「え……?」 この状況で、その話題を出して良いものか迷ったが少しでも楽しかった日々を取り戻して欲しくて……俺は灯へそんな願望を告げていた。 「……お茶……ですか?」 「ダメかな?」 「いいえ、とんでもないです」 「そうですね……この身体でも、美味しいお茶が 点てられるように……訓練したいと思います」 「楽しみに、してるよ」 「ふふっ……任せてください」 「頑張って、天野くんを唸らせるお茶をご馳走して あげますから」 その言葉を聞いて、俺は優しい笑みを浮かべる。 そうして、一歩ずつでもいい。 かつての趣味にチャレンジする事で、生きるための支えを一つでも多く増やして欲しかった。 「それじゃあ、お礼に……その時には、何でも一つ 願い事を叶えてあげますよ」 「……え? 願い事……ですか?」 「ああ」 「ふふっ……それは楽しみですね」 「じゃあ、それを励みに頑張りたいと思います」 叶う日が来るのかも解らない、約束…… けど、どんな事でもいい。 少しでも多くの希望を、彼女に与えたかったから。 「天野くんも、どうすれば美味しいお茶を点てられるか 一緒に考えて欲しいです」 「ああ」 「道具も、取ってきてもらえますか?」 「もちろん」 「しばらくは、火傷しないように……マンツーマンで その感覚を掴みたいです」 「一緒に、協力して頑張ろうか」 「ふふっ……情けない部長もいたものです……素人の 天野くんから、教わる事になるなんて」 「…………」 「これは、プライドにかけても、すぐに昔のカンを 取り戻せるようにリハビリしなきゃですね」 「……そうだな」 ……………… ………… …… 「なあ、先輩……」 「はい、何でしょうか?」 「休まなくて平気か? もう何時間も会話しっぱなし だけどさ」 面会時間も終りに近づこうという頃、俺は灯にそんな事を尋ねた。 「そうですね……久しぶりにたくさんお話したから…… 少しだけ、疲れちゃいました」 「それじゃあ俺、そろそろ帰るな。面会時間も終わるし 先輩はゆっくり休んでくれよ。また明日、来るからさ」 「あ……」 少しの名残惜しさを残して、俺は病室を出るために立ち上がる。 「ま、待ってっ!!」 「え……?」 「ま、待ってください……」 「もう少し……ううん、ずっと……もっと一緒にお話を していたいです」 その言葉を聞いて、俺はとりあえず座りなおして、再び灯の手の平に言葉を書き綴る。 「でも、先輩、さっき疲れたって……」 「疲れましたけど……嫌なんです」 「か、翔さんがいっちゃうのが……やなんです」 「……灯……」 そこに先ほどの笑顔だった灯の姿は無く、不安に押し潰されそうな、か弱い女の子の姿があった。 「いきなり、こんな状態になって……ショックも ありましたけど、昨日はイマイチ状況を掴めて なかったんです」 「でも、眠る時……誰もそばにいてくれなかった時に ……すごく、怖かったんです」 「あ……」 「ずっと、何も聞こえなくて……なんにも無くって…… 震えが止まらないんです……っ!!」 「どうしていいか解らなくって……ナースコールのボタンが どこにあるのかも判らなくって―――」 「一晩中、震えていたんです」 「灯……」 彼女の悲痛な告白を聞きながら、俺は灯の手の平をぎゅっと強く、握り締める。 きっと、時間を置いて、冷静になれたからこそ……灯は改めて自分の身に襲う現実に、恐怖と不安を覚えたのだ。 「翔さん……」 「私、ちゃんと喋れてますか?」 「え?」 「私の言葉は……ちゃんと伝わってるんですか?」 「ああ! 伝わってる!!」 「私は、翔さんを……愛しています」 「……!」 「でも……こんな短い言葉さえ、本当に貴方へ伝わって いるのかすら、わからないんです……」 揺れる声で、灯がか細く呟く。 「灯……っ!!」 もう我慢できなくなって、俺は灯を抱きしめる。 「(俺はバカだ……考えればわかる事じゃないか!)」 一人の時間は、きっと灯を不安にさせる…… その苦痛は、俺が想像できないほどの重荷で―――灯に辛い現実を突きつけるものなのだ。 そうとも気づかずに、俺は……家へ帰ろうとしていた。 「翔さん……返事を、してください……」 「…………!!」 「私……また、翔さんの声が聞きたいです……っ」 「もう大丈夫だよ、って……」 「俺が一緒にいるから、安心しろって……」 「っ……」 そんな、ささやかな願いに答える事すら出来なくて……俺は、ただただ強く、灯を抱きしめる。 「ずっと、一緒だから……」 「俺がずっと……灯を支えてやる」 「灯が望むだけ……いつまでも支え続けてみせるから」 「……はい」 手の平で伝えた言葉に、少しだけ笑顔を見せてくれる。 本当の『言葉』は伝えられずとも……せめて、それだけは……そう思い、俺は自分の気持ちを必死に伝える。 「今日は、帰らないから……」 「はい……一日中……そばに、いてください……」 俺は灯の流す涙をそっと拭いながら、彼女が安心して眠りに就けるまで、ずっと共にいる事を誓うのだった。 <悲しみに溺れる深空> 「屋上にたどり着いた翔さんを待っていたのは 《虚:うつ》ろな瞳で立つ深空ちゃんでした」 「今まで抱いてきた親子の溝と言う名の大きな コンプレックスに《苛:さいな》まれて来た深空ちゃんの 《箍:たが》が、今回の一件で外れてしまいました」 「その原因である母親の死への自責の念と罪の意識に 苛まれ、そして、疲労困憊で冷静な判断が出来ない 危険な状態だったのは、一目瞭然でした」 「そんな不安定な時に、父親にその存在を否定されて しまったと言う辛い現実で、深空ちゃんは、完全に 我を失って悲しみに溺れていました」 「それを見て、翔さんは―――」 「はぁっ、はぁっ……」 寝不足で走り回ったせいで、一瞬、意識を失って倒れそうになるが、懸命に堪える。 「あと……少しっ!!」 どうにか屋上へ続く最後の階段を上りきり、俺はその重い扉を、ゆっくりと開いた。 「かける……さん……」 「深空っ!!」 俺の嫌な予感を具現化したかのような光景に、思わず身震いしそうになってしまう。 「お前……なにやってんだよ!」 「翔さん……ごめんなさい」 屋上の端に立つ深空が、生気の無い顔で力なく俺の方を向く。 しかしその瞳に光は宿っておらず、本当に俺の姿を捉えているのかどうかすら怪しいものだった。 「なに謝ってるんだよっ!! 深空っ!」 「わ、私……わたし、もう……」 「もう、疲れちゃいました……」 「……っ!」 連日の無理による思考能力の低下、そして《鬱:うつ》状態から絵本を完成させたことによる、一時的な《躁:そう》状態…… さらに今まで抱いてきたコンプレックスの、一番デリケートな部分を突きつけられてしまったので再び激しく鬱状態へ揺り動かされたのだ。 《躁鬱:そううつ》状態に近い今の深空は、慎重に扱わなければ、かなり危険な状況だと、瞬時に悟ってしまう。 「深空、今日はひとまず何も考えずに寝ようぜ……? かなり疲れているはずだからな」 「そうですね……もう、疲れました……」 「だから、私―――」 「深空っ! それ以上、何も考えるなっ!!」 「……無理です、そんなの」 「だって、私はもう……取り返しのつかない過ちを、犯して しまったんですから」 「たしかに、取り返しのつかない過ちはあるのかもしれない ……けど!!」 「お母さんが死んでから……毎日、だったんです」 「え……?」 「今までずっと、お父さんは……一人で私の面倒を見て…… そうして寂しくお仕事ばかりして生きてきたんです」 「私がいなければ、お母さんは死んでなくって…… お父さんは、ずっと幸せで……」 「私がいなくなれば、お父さんは今みたいに必死に働かなく ても生活が出来て……」 「きっと、再婚だって考えられるはずです」 「もっともっと、楽に生きて行けるはずです」 「なっ……」 「私が、お母さんに見かけだけ似てるから……毎日 お父さんのこと、苦しめて……」 「いつまでも、お母さんの死を突きつけているんです。 私が生きているだけで……これからも、ずっと…… 毎日毎日、私はお父さんを苦しめ続けるんです!!」 「お父さんに迷惑ばかりかけて、お料理一つ出来なくて…… 何も、してあげられなくって……!!」 「そんなの、私……もう、耐えられないんです」 そう呟いた深空の瞳は濁っており、そう簡単には正気に戻らないであろうことを悟る。 だが、それでも俺は――― <悲しみの予感> 「偶然、カケルに用事があって尋ねてきた私は カケルからシズカの容態を聞かされて、すぐ シズカを病院まで連れて行ったのじゃ」 「じゃが医者は、診てもまったく健康だと言うのじゃ」 「たしかに、一見すると平気そうなのじゃが……それでも 倒れた事に変わりは無いのじゃ」 「私は、カケルにシズカの様子を見るために、今日の ところは部屋で安静にさせるように提案したのじゃ」 「何事も無ければいいのじゃが……」 「どうしたのじゃ、カケル?」 「麻衣子!!」 倒れ込む静香を慌てて受け止めると、背後から聞き慣れた麻衣子の声が響いてきた。 「少々話があって来たんじゃが……そんなに慌てて 何があったんじゃ?」 「静香が……静香が倒れたんだ!!」 「なっ……シズカ!? ど、どうしたのじゃ!?」 「わ、わかんねえ……さっきまでちゃんと話してたのに 突然……突然倒れて……早く病院へ運ばないと……!」 「わかったのじゃ! 私はタクシーを呼んでくるから カケルはシズカを家へ入れて、介抱するのじゃ!」 「あ、ああ!!」 慌てて冷静さを欠いた俺へ、すぐに的確な役割を指示して飛び出すように走り出す麻衣子。 俺もすぐに静香を介抱するために、急いで自室へと向かうのだった。 ……………… ………… …… 「……まだかよ」 「まだも何も、シズカが入って行って数分しか経って おらんじゃろうが」 「そ、そうか……」 静香を診てもらっている間、もどかしくも廊下の待合用ソファーに座って、二人ただ黙って待つだけだった。 「……じゃが、お主の気持ちもわかるのう」 「普段こんな場所へは来んからの……しかも友人の 病状が不明なまま、黙っておっては気が滅入ると 言うものじゃ」 「だろ? 気が気じゃねえって言うか……」 「ま、まさか……このまま入院などと言うことは あるまいな?」 「うっ……余計心配になるような事を言うんじゃねーよ バカ麻衣子っ!!」 「ぬおおおぉぉぉーーーっ! シ、シズカが不治の病に 倒れたら、私はどうやって生きていけばいいのじゃ!」 「静香あああぁぁぁーーーーーーっ!!」 「ちょっと! 恥ずかしいから叫ばないでよ!!」 普段バカがつくほど健康が取り得の俺たちコンビが慣れない場所であたふたしていると、その背後から待ち望んだ声が聞こえてくる。 「んもぅ……ホント、バカなんだから……病院では 静かにしないとダメでしょ?」 「ぬおおおおぉっ!! シズカぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「きゃあっ!?」 紛れも無い静香の姿を確認して、思わずその胸に飛び込む麻衣子。 「静香!! どうだったんだ!?」 「どうも何も……溜め息をつかれちゃったわよ」 「ぬがあぁぁぁ……まさか、すでに余命半年などと言う 宣告を受けてしまったのかぁ〜〜〜っ!?」 「んもぅ! 何でそうなるのよ……」 「じゃ、じゃあどうだったんだよ!!」 「だから、何でも無かったわよ」 「マジでか!?」 「当たり前でしょ? 心配性なんだから……」 「医者はなんと言っておったのじゃ?」 「ん……それは……」 「私が先生に診てもらった時には、もう熱も引いてたし 体調も戻ってたから……」 「なんだよ……それじゃ、よくわかんなかったんじゃ ないのか……?」 「でも、特に問題ないだろうって。軽い日射病か何か だったんじゃないかって……」 「やけに適当じゃないか? ちゃんと診察してくれた のかよ、それ……」 「カケル。医者を信じられんのでは、病院は意味が無い 場所となってしまうのじゃ」 「ん……そっか。それもそうだな……」 たしかに、医者の言う事を信じないのなら、初めから病院になんて来る必要は無いのだ。 「お医者様が問題ないって言うんだから、問題なんか あるわけないでしょ」 「……そうじゃな。では、戻るとするか」 「ああ。とりあえず、やばい病気とかじゃなくて 良かったぜ」 「んもぅ、心配しすぎなのよ、二人とも……大げさ なんだから」 「じゃが、念のため無理は禁物じゃぞ?」 「ん……そうね。残念だけど、デートはお預けかな?」 「当たり前だろ、バカ。元気になったら、いつだって どこへでも連れてってやるからさ」 「うん。楽しみにしてるね」 「では、会計を済ませて来るのじゃ」 「翔は病院の外で待ってて」 「おう。わかった」 言われるままに、俺は病院の外へと出る。 「ふぅ……一時はどうなる事かと思ったけど……やっぱり 大げさに騒ぎすぎたよな」 今までの不安が嘘のように消え去り、逆に慌てていた《滑稽:こっけい》な自分を振り返って、思わず笑ってしまう。 「この暑さの中、待たせちまったんだもんな……」 もう日が暮れようと言う時間帯にもかかわらず、外はジメジメとした嫌になる熱気を持っていた。 「ごめんな、静香……」 小さな事と言えど、相手への気遣いが不足して初めてそのことに気づいた。 俺は今後、ただ好きなだけではなく、恋人として静香を大事にしてやりたいと、強く想うのだった。 「ふぅ……疲れた……」 たっぷりと心労を重ねて戻ってきた俺は、思わず自分のベッドへ、どすりと座り込む。 「結局、戻ってきちゃったわね」 その横に、控えめに座る静香。 「でも、ホントに良かったよ。静香の身体が無事で」 「大事にしないといけないもんね。将来、カケルの 赤ちゃんを産む身体なんだし」 「なっ……!?」 疲れていたはずの疲労をぶっ飛ばすほどの爆弾発言をさらっと言いのけられて、思わずたじろいでしまう。 「そ、それってやっぱり、この前の……?」 俺は静香と初めて結ばれた日の事を思い出す。 「それ以外に思い当たることなんて無いでしょ?」 「ま、まぁな……やっぱり、やばかったかな……」 すぐに判るものではないとは言え、やはり覚悟は必要だろう。 「この歳でお母さんかぁ……色々と大変かもなぁ」 「うっ……」 「まあ私、幸い炊事も洗濯も、家事は大抵得意だから 永久就職でも良いけどね〜」 「マジかよ……」 「何よ、不服そうね」 「そりゃお前、学生の身分でパパになったら誰だって 焦るだろっ」 「ショックだな。私はそれも覚悟で全部を捧げたのに」 「い、いや、そりゃ俺だって責任を取る覚悟はあるけどさ ……でもせめて、卒業してからじゃねーと……」 「ふふっ、そんなに焦らないでよ。冗談なのに」 「あ、あのなぁ……」 「心配しなくても、あの日なら、たぶん大丈夫だと思う。 絶対じゃないけど……」 「そうか……今後は気をつけねーとな」 「そんな事言って、何の対策もしてないんでしょ?」 「ば、馬鹿野郎っ! あの日以来、ちゃんと常備してる っての!!」 「そっか……あるんだ」 「あ、ああ」 「…………」 「…………」 その答えを聞いた途端、恥ずかしそうに黙り込んでしまう静香。 「……ん……」 「……っ」 気恥ずかしい沈黙の中で、もじもじとしながら、ちらりとこちらの様子を窺ってくる静香に、思わずクラリと来る。 「静香……」 ベッドの上でそんなポーズをされて黙っていられるほど俺は冷静にはなれなかった。 「カケル……」 互いの高鳴る胸の鼓動が聞こえるくらい近づき、そっと目を瞑る静香。 俺は、そっと優しくその唇に――― 「…………」 「…………」 「…………」 「ふむ。続きはどうしたのじゃ?」 「なぁっ!?」 「ま、マーコっ!?」 完全に予想外の第三者の登場に、俺と静香はものすごい勢いで、距離を取ってしまう。 「な、何でお前がここにいるんだよっ!!」 「なんでも何も……私は何度かシズカが合鍵でカケルの 家に入っているのを見ているからの」 「別に知っていても問題はあるまい?」 「そ、そうじゃなくってだな!!」 「ま、マーコに見られた……マーコに……」 「まったくお主らは、限度を知らぬバカップルじゃのう」 「ぐっ……」 さすがの俺も、恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。 「やっぱり心配になって見に来て正解じゃったな」 「……ううっ……あんなところを見られるなんて……」 やれやれと言った感じで溜め息をつく麻衣子をよそに一人、静香が恥ずかしさとショックで壊れていた。 「何のためにデートをやめて部屋に籠もっておるのか 忘れたわけではあるまい?」 「め、面目ない……」 「せめて今日くらいは、安静にゆっくり愛を語らうだけに するのじゃな」 「お、おう」 「恋人のお主が、しっかりとシズカを支えてやらねばならん と言うのに、まったく……」 「とにかく、今日は大人しくしてるから、用が済んだなら さっさと帰ってくれよ!!」 「つれないのう……別にもう少しいても良いじゃろ?」 かなり恥ずかしいので、早く追い出したかったのだが俺達の気持ちなど露知らず、のん気に居座る麻衣子。 「さてはお主、私を追い払って再開するつもりじゃな?」 「するかっての! さすがにもう冷静になったよ……」 「ふむ……なら良いのじゃが」 俺の答え聞いて満足したのか、麻衣子が上機嫌に立ち上がる。 「シズカも、病み上がりじゃと言う自覚を持って ちゃんと安静にしておるのじゃぞ?」 「…………」 「シズカ? 聞いておるのか?」 様子がおかしい静香に近づく麻衣子。 「シズカ……? どうしたのじゃ……ッ!?」 「静香っ!?」 麻衣子が軽く肩を叩くと、静香はそのままベッドへと倒れ込んでしまう。 「これは……相当の高熱じゃぞっ!?」 「そんな……また……!?」 直前までは平然とした様子だったのに、急に発熱し倒れてしまう……それは、今朝とまったく同じ症状だった。 「こんなに熱があったのに、なんで今の今まで 気づかなかったのじゃ、お主はっ!!」 「落ち着け麻衣子! お前だって、さっきまでの様子を 見ていたんだろ?」 「む……た、たしかに一見すると平気そうじゃったが 触れ合うほどに近くにおったお主なら、すぐに熱に 気づいたはずじゃぞ!!」 「……だったんだ」 「む?」 「平熱だったんだよ……ついさっきまで」 「なん……じゃと……?」 「今朝もそうだったんだ。ちゃんと熱を測っても 全然平気そうだったし、異常なかったんだ」 『異常が無い』と言葉にして、病院の一件を思い出してその考えが、より確信に変わる。 「直前まで健康じゃったのに……急に発熱じゃと……?」 「ああ」 「まさか……いや、そんなはずあるまい……だって シズカはシズカじゃ……かりんのような……」 「麻衣子?」 「す、すまん。少し取り乱してしまったのじゃ」 「とにかく、そのままベッドに寝かせるのじゃ! 私は冷蔵庫から氷を持ってくるのじゃ!!」 「ああ!」 俺は慌てるように部屋を飛び出し、冷蔵庫へと向かう。 ……………… ………… …… 「ふぅ……」 どうにか熱も落ち着いた静香を前に、大きな安堵の溜め息をつく二人。 最初は生気を感じられなかった静香の表情にもだいぶ良くなったように見える。 「くそっ……やっぱり、全然普通なんかじゃねーじゃ ねーかよ!!」 「そうじゃな……」 「ヤブ医者だったんじゃないのか、やっぱり? もっと大きな病院へ行かないとダメかもな」 「あそこの病院は、この辺りでもかなり大きい方じゃぞ? しっかりとした設備があるはずじゃ」 「もしこの症状が治らぬようならば、もう一度行って 懇切丁寧に説明すれば、もっとしっかりした検査も してくれるじゃろう」 「そうか……それじゃあ―――」 「……行かないわよ」 「静香!?」 「目が覚めおったか!?」 「二人とも、大げさなのよ……ちょっと体調が悪い だけじゃない」 「こ、これ、無理するでない!」 ベッドから起き上がろうとする静香を必死に抑える麻衣子。 「平気よ、別に……もう良くなったし」 「ダメだ。とにかく安静にしてろ」 「んもぅ……何よ、翔まで」 「平気も何も、さっきまで尋常じゃねー熱を出して 倒れてたのは、どこのどいつだよ」 「それはそうだけど……今は元気なのよ?」 「可愛くないのう、お主も……」 「え? な、何でよ?」 「彼氏がこう言って気遣ってくれておるのじゃぞ? ここは思いきり甘えてやるところじゃろうが」 「そうだな、たしかに」 「な、なによそれ……」 「この朴念仁がお主を思い遣って心配する事なぞ そう何度も見れるか判らんのじゃぞ?」 「私じゃったら、ここぞとばかりに堪能するがの」 「ん……それも、そうかもね……」 「何でも聞いてやるし、つきっきりで看病させてやる。 だから静香は病人のフリでも良いから、いてくれよ」 「う、うん」 「ふむ! では、今日は私の家でお泊まり会をしておると ご両親に電話しておくのじゃ」 「そっか。助かる」 「え? じゃ、じゃあ私……翔の部屋に泊まるの?」 「にしし……まぁ、そう言う事になるかの」 「そっか……」 「ああ。つきっきりで看病ってのはつまり、そう言う ことだしな」 「ん……なんか、得した気分かも」 「それでは、邪魔者は帰るとするかの」 「ああ。玄関まで見送るよ」 「うむ!」 「マーコ、またね」 「エロい事はするでないぞ?」 「しないわよっ!」 「では、また明日にでもお見舞いに来るから安静に しているんじゃぞ?」 「はいはい、わかったわよ」 静香を一人部屋へ残し、麻衣子を見送るために外へ出る。 「……のう、カケル」 「ん……? なんだ?」 「ただの風邪なら良いのじゃが……シズカの病状は どこかおかしいのじゃ」 「ああ……」 急な発熱と、復調を繰り返すような病気…… 俺の知識の中に、当てはまるものは無かった。 「幸い、医者はおかしなところは無いと言っておる。 じゃが、しばらく私達で様子を見るべきじゃな」 「そうだな」 「もし夜中に、何か大きな変調があったり、悪化する ようであれば、仮にシズカが駄々をこねておっても 病院へ連れて行くべきじゃ」 「ああ。俺もそのつもりだ」 「うむ。では、頼んだぞ、カケル」 「任せとけ」 「良い返事じゃ! それでは、またの」 「おう」 俺は安心した様子の麻衣子を見送ると、すぐにシズカの元へ向かうべく、再び家へと戻るのだった。 ……………… ………… …… <悲壮なる決意> 「人の感情の機微などに敏感で鋭かった鈴白先輩の姿は 見る影も無く、翔が入れ替わった事にすら気づかない と言う事実にショックを受ける、翔」 「二人を繋ぐものは、その手のひらに書かれる 薄っぺらな文字の羅列……翔の言葉だけ」 「それに気づいた翔は、もう今の鈴白先輩に必要なのは 自分自身じゃなくて、ただの自分の影だけでいいんだ って悟ってしまったの……」 「そんな辛すぎる現実に絶望した翔は、ボロボロな 精神状態のまま、鈴白先輩の下から去る事を心に 決めて……お別れするつもりなのね」 「私達とも、もう会う事も無くて……そんなのは 嫌だけどっ、でも……誰が翔を止められるって 言うの!?」 「私だって、そんな現実を突きつけられてしまったら ……きっと逃げ出したくなるよ」 「ううん。少なくとも、しばらく距離を置いた方が…… そう考えるのは、当然だと思うの」 「だから、いつか……きっといつか戻ってきてくれる って信じて待ってるからね、カケル……」 「ふふっ……そうなんですか?」 「ああ」 「相楽さんったら、相変わらずなんですね」 「…………」 「…………」 まだ数日間の会話の内容を完全に把握していない俺は『天野 翔』へはなれないため、櫻井に任せて、一人メモ帳に書いてある想い出へと目を通す。 「私も、いつかまた……相楽さんのお手伝いをして あげたいです」 「お前なら、きっと出来るさ」 アロマポットの匂いに包まれて、楽しそうに会話する二人を横目に、黙々と『俺』になる作業をこなす。 そのメモを読み解くほどに、灯が過ごした数日間の濃密な日々が見て取れた。 そして、俺なんかよりもずっと器用に灯を支えている櫻井の……相手への思いやりを感じられるものだった。 「……っ」 ぐしゃりと、歪むほどメモを握る手に力が籠もる。 アロマテラピーの匂いは、俺を癒してはくれず……ただ己の未熟すぎる存在を際立たせるだけだった。 「…………」 俺は、いてもたってもいられず、逃げ出すように灯の病室を後にする。 「灯……」 背後に立つだけでも、俺がいる事に気づいてくれた灯……いつも調子を狂わせて、それでも嫌がらずにいてくた……そんな愛しい人は、もういない。 だから…… 「カケルっ!!」 「……静香か」 「んもぅ、どうしたのよ? 急に病室を出てって…… 今日の話の内容が解らなかったら、把握するために またメモが必要になるじゃない」 「別に、それでいいだろ。放っておいてくれ」 「なんなのよ……あれだけ鈴白先輩を心配してた翔は どこへ行っちゃったわけ!?」 「…………」 「そんなの、翔らしくないわよ……好きになったら バカみたいに一直線でいいじゃない!!」 「難しく考えずに、ただ自分の気持ちに正直で…… 真っ直ぐ好きでいたら、いいじゃない!」 「お前には、関係ねーだろ」 「関係あるわよっ!!」 「……とにかく私、そんな翔の姿、見ていたくないから」 「じゃあ、ちょうど良いか。俺、帰るから」 「え……?」 「それじゃ、後は頼んだ」 「待ってよっ! 帰るって……なによ、それっ!?」 「…………」 このままでは、いつまで経っても付き纏われそうだったので、俺は仕方なく嘘をつく事にする。 「……実は、まだ本調子じゃないんだよ」 「え……?」 「お前に看病してもらったお陰でだいぶ良くなったけどさ ……まだ少し熱があるし、横になりたいんだ」 「で、でも……」 「だって、櫻井がいれば、俺がいなくても問題なく やれるだろ? なら、もう少し休もうと思ってな」 「…………」 「なんだよ? 他に何があるって言うんだ?」 納得がいかないと言った沈黙を見せる静香に、俺はわざとらしく誘導するような言葉を浴びせる。 「そ、それは……」 「今後も先輩のために、自分の体調くらいは万全に 戻しておかないといけないからな」 「……そ、そう……そっか……そうだよね」 「じゃあ、俺、帰るから。先輩の事、頼んだ」 「うん。……明日、待ってるね」 「ああ」 やっと引き下がった静香に背を向けて、俺は病院の廊下をひた歩く。 最後の外で足を止め、俺は遠くに小さく見える、灯の病室を見上げた。 その窓には、嬉しそうに笑顔を見せる灯の姿があった。 「……灯……」 本当の『俺』を必要としてくれる最愛の人はもういなくて……どれほど願っても、きっと声は届かなくて――― 今の俺と灯を繋いでいるものは、手のひらに書かれる薄っぺらな文字しか、存在しない…… そして、その場所にいるのは……俺なんかじゃなくて。 「ごめん……みんな……」 灯との強い繋がりがあれば……その想いさえあれば俺はこの現実と戦っていけると思っていた。 絆さえあれば、彼女を支えられると信じていた。 「でも、ダメなんだ……」 「もう、俺と灯は……繋がっていないんだよ……」 気がつけば俺の瞳からは、大粒の涙が流れていた。 「俺を見てくれない灯を……『俺』を求めてくれない灯を ……どうやって支えればいいか……わからないんだ」 櫻井なら、俺よりも器用に灯をフォローできる。 ただバカみたいに一緒にいることしか出来ない俺は……きっと、灯の《枷:かせ》にしかならないだろう。 「本当の俺は……もう、必要ないから……」 「だから―――」 もし、本物より出来の良い『代わり』があるなら……不器用なだけの存在は……消える方が良い。 「さよなら……灯……」 ……………… ………… …… <悲痛な現実> 「鈴白先輩の事故から一日が経ち、手術の結果と安否を お医者様に尋ねる、翔」 「お医者様が言うには、頭の傷も目立たない場所だし 命に別状も無いらしいんだけど……歯切れが悪くて とても手放しで喜べないみたいな感じで……」 「でもお医者様は、ただ黙って意識が戻った鈴白先輩と 会ってくださいと言うだけだったわ」 「ん……」 不意に意識を取り戻し、自分が幾ばくかの間、寝ていたと言う事に気づく。 「まだいたのかね、君は……」 廊下を歩いてくる医者に、横から声をかけられる。 「当たり前です……彼女に会うまでは、帰れませんから」 もちろん会っても帰るつもりは無かったが、そう言えばもしかしたらと期待しての発言だった。 「……彼女は一命を取り止めたと言ったはずだ」 「じゃあ、何で俺と会わせてくれないんすかっ!! どんな状況なのか教えてくれたって―――」 「だから、家族でもない上に本当に知人かどうかも 判らぬ君に患者の事を漏らすわけには行かないと 言っているだろう?」 「彼女から身元が聞き出せない状況にある今、ご家族にも 満足に連絡が取れないのだから……」 「家族なんて、携帯を調べたら……」 「落としたのかどうかは知らないが、彼女の持ち物に 携帯は無かったようだから、それも無理だ」 「何だよ、それ……」 俺も灯の家族の連絡先は知らず、認識阻害フィールドの影響で、未だに学園への意識が遮断されている現状ではこの場でそれを調べ出す事は出来なかった。 「とにかく、そんな事は君には関係ない。こちらで すぐに身元を調べて、ご両親に連絡するから…… だから、君はもう帰りなさい」 「そう言われて、ハイそうですかって帰れるわけ ねーだろうがっ!!」 「生きてるのに確認が取れないって……まだ意識が 戻ってないって事なのか!?」 最悪の状況を想像し、思わず背筋を凍らせてしまう。 「…………」 「なあ、先生……頼む、教えてくれ! 先輩は…… 灯は本当に無事なのかっ!?」 「灯……さんと言うのかね」 「ああ! 鈴白灯、瑞穂学園の三年生で、茶道部の部長! 俺とは恋人同士で……デートに行った遊園地で、この 事故に遭って……っ!!」 「恋人、か……」 俺の必死の訴えを、冷静に聞きながら沈黙する。 この想いが届くようにと、俺はひたすら目で訴える。 「本来なら、君の情報を調べて、ご両親の到着まで 待つべきだが……」 「そうだな、案内しようか」 「え……?」 あまりに唐突なその言葉に、思わず唖然としてしまう。 「もし君が本当に恋人なら……この状況を把握して おくべきかもしれない」 「この状況ってなんだよ……先生っ!!」 「彼女を救う可能性が少しでもあるのなら……医師として 試しておきたいからね」 「わけわかんねーよ! ちゃんと説明してくれっ!!」 「説明はしない……外面だけでも、ルールは守らないと 行けないからね」 「とにかく、彼女に会う事は許可する。ただし…… 君が不審者でないかどうか、同行して見張らせて もらうよ」 「ああ、好きにしてくれ。だから、早く先輩のところへ 連れて行ってくれ!!」 「……こっちだ。来たまえ」 思わせぶりな態度のまま、医者が廊下を歩き出す。 患者の情報は漏らせないと言っていた医師の行為とは到底思えぬその行動に、俺は少なからず動揺していた。 俺に情が移ったようにも見えない医者が、家族が《す:・》《ぐ:・》《に:・》《は:・》《来:・》《れ:・》《な:・》《い:・》《か:・》《ら:・》、会わせる状況…… どうしようもなく不安を誘う現状に、あれほど望んでいた灯との対面へと進む足どりが、重くなっていた。 「(くそっ……灯……無事でいてくれ……っ!!)」 ……………… ………… …… 「ここだ」 一つの病室の前に立って、医者がそう呟く。 「ここって……普通の病室だよな!?」 「そうだね」 「良かった……集中治療室で、面会謝絶とかじゃ……」 「運ばれて来た見た目ほど、彼女の傷は深くなかった。 だから、頭の傷は、ほとんど目立たないくらいには 治ると思う」 「な、なんだよそれ……」 「そ、そうか、全然平気だったんだな……ははっ……」 「そうだよな……あの強い先輩が、まさか階段から 落ちたくらいで、死ぬなんて事はないよな……」 俺は安心のあまり、笑いと共に脱力してしまう。 「ただ……」 「……え?」 見上げると、医者の表情は深く沈んでおり、とても患者の無事を喜ぶ顔には見えなかった。 「なんだよ……まだ、何かあるのか!?」 「…………」 俺は再び、医者の肩を揺さぶり、問い詰める。 「先生っ!!」 俺が医者を問い詰めていると、灯がいると言っていた病室から、慌てて看護師が飛び出してくる。 「患者が目を覚ましたんですが……やっぱり……」 「今、行く」 戸惑いの色を映す看護師を置いて、急いで病室の中へと入って行ってしまう。 慌てて部屋へ戻る看護師に続いて、俺も緊張しながらその病室へと足を踏み入れた。 <意識してしまう存在> 「今日もいつものように空を飛ぶために奮闘する 麻衣子さんを中心とした、みんな」 「私も見守っていたんですが、失敗しちゃいました」 「今日もダメでした……もう、時間が無いのに……」 「そ、それで……あの……か、かりんちゃん!」 「あう?」 「ちょっと、お使いを頼んでも良いかな?」 「あぅ。いいですよ。お仕事の後に行ってきます」 「い、今っ! 今、欲しいの……この紙に書いてある物を 買ってきてくれると助かるんだけど……」 「わかりました。それでは、行ってきます」 「ふぅ……ご、ごめんね、かりんちゃん」 「えと、その……それで私と翔さんは、放課後に いつものように、二人きりの教室で他愛も無い お話をしていました」 「でも、それは気がつけば私にとって、すごく大事な 日常の《欠片:ピース》になっていたんです」 「翔さんと一緒にいるとそれだけで楽しくて、嬉しくて いっぱい、いっぱいドキドキして……」 「気がついたら私は、翔さんに夢中になっていました」 「ほわぁっちゃああああぁぁぁーーーっ!」 「むっ! 飛べるかっ!?」 「ダメじゃあああああああああぁぁぁぁぁっ!!」 「わわわっ……ば、爆発しちゃいましたっ!? だ、大丈夫ですか、麻衣子さんっ!!」 「今回も失敗ですわね」 「うがあぁーーーっ! なんでじゃあぁーーーっ!!」 「絶望した! 空も飛べないこの現代社会に絶望した!」 「なぜ飛べないんじゃああああぁぁぁぁーーーっ!!」 「毎回思うんだけど、よく死人が出ないわね……」 「そうですね。いつも心配で、気が気じゃありません」 「…………」 「ん……はうっ!」 俺と目が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らす深空。 「……はうっ!?」 しかし、すぐにまた俺の様子を窺おうと視線を寄せて再び目が合ってしまい、顔を背ける。 昨日から俺たちは、ずっとそんな感じだった。 「(いや……本当はもっと前からだったのかもな)」 俺が見ているだけで頻繁に目が合ってしまうほどに深空はいつも俺の方を見ていたのだ。 本来ならここで、単なる勘違いだと思うところだが……今回ばかりは『特別』なのだと信じたい。 「今度こそ飛んでみせるぞっ!」 「いい加減に科学の方向から離れたら?」 「ばかものっ! 他にどんな手段があると言うのじゃ」 「それは……わからないけど」 「だんだん判ってきたのじゃ。あと少しで……せめて あと3週間あれば……むぅっ!」 「落ち着けマーコ。もう少しで何かが掴めそうなら 今は焦らずに、その感覚を大事にすべきだ」 「そうじゃの……なに、まだ期限まで10日以上 あるんじゃっ! 絶対になんとかしてみせるぞ」 「はい。……でも、今日はこの辺で解散にしましょう」 「そうですね。ひとまず、何をするにしたとしても また大掛かりな準備が必要でしょうし」 「それでは、私はお先に失礼いたしますわ」 「はい。また明日です」 「……俺たちも行くか」 「は、はいっ」 放課後の絵本作り…… 今はまだ、それが俺たちを繋ぐ唯一の理由だった。 「…………」 けれどそれも、あと数日で終わりを告げてしまうのだ。 そうしたら深空は居残る必要もなくなり、つまりはボディーガードの俺の存在も意味を成さなくなる。 「(……けど、俺は……)」 しかし俺は、今後もずっと深空と共に過ごしたいと考えるようになっていた。 たまに会える友達としてではなく、いつでも傍にいてお互いに支えあえるような……そんな関係として。 「翔さん、どうしたんですか?」 「いや、何でもない。すぐに行くよ」 「はい」 だから俺は、今日。 今までの関係に区切りをつける決意をしていたのだ。 ……………… ………… …… <感極まるかりん> 「今までずっと我慢していた想いがあふれ出して 繋がることが出来た嬉しさと、今までの辛さと 色んな感情がごちゃ混ぜになって……」 「とにかく、数年ぶりに感じた、翔さんのぬくもりが 本当に気持ちよくて……」 「何もかも忘れて、感極まって抱きついちゃいました」 「そう、今だけは全てのしがらみを忘れて…… ただ翔さんの胸で、甘えさせてください……」 「ふえぇ……っ!」 「か、かりん!?」 急に泣きながら抱きつかれてしまい、何がなんだかわからずに戸惑ってしまう。 「なんだよ、どうしたんだよ、急に……」 「ずっとずっと、こうして抱きつきたかったんですっ。 こうやって、いっぱいいっぱい、愛して欲しかった」 「それがっ、叶って……うれしっ、ですっ」 「バカ……だからって、泣くヤツがあるか」 「えぐっ……で、でもでもっ!!」 「ほんとはいけなくて、でも、好きだから……っ! ごめんなさい、翔さんっ……でもっ!!」 「かりん?」 俺はかりんを受け入れたと言うのに、まるでそれが禁忌かのように、ただ抱きついて泣き続けるかりん。 思えば、ずっと好意を抱いてくれていたにも関わらずこいつは俺に嫌われるような変装をして、告白してもすぐには受け入れてくれなかった。 そこには、俺には言えない『決意』があったのだろう。 俺が知ることの出来なかった、かりんに秘められた大きな決意と、ひ弱な彼女には重すぎる宿命。 それが何なのか、今はまだ解らないけれど…… 「かりん……よく、頑張ったな」 「かけるっ、さん……っ!」 「今まで一人で背負わせちまって、ごめんな? けど、今からは……俺も背負ってやるから」 俺はそっと優しく、かりんを抱きしめる。 かりんも、それに応えるように、さらに強く俺に抱きついてくる。 「翔さんが、死んじゃったらっ……私は一生、独り身に なっちゃうんですっ」 「今の私にとって、翔さんが全てでっ……だからっ! 結婚したい……ずっとずっと一緒にいたいっ!」 「かりん……」 ぽろぽろと涙を流しながら、縁起でもないことをとつとつと語るかりん。 「だから私のこと、貰ってくれないと……死にますっ」 それは脅迫にも近いプロポーズのような言葉で……けれど真実に限りなく近いような、一言。 もし俺がこの先、かりんと結ばれなければ―――きっとこいつはまた、過去へと旅立つのだ。 そうして奪われていく輝かしい『未来』は、あとどれだけ残されていると言うのか…… 「安心しろ。お前は、俺が守ってやるから。ずっとだ」 「責任持って、お前をお嫁に貰ってやるからさ。だから 泣き止めよ」 「俺は……死んだりしないから」 不安に押しつぶされそうなかりんを励ますように、そっと優しく髪を《梳:す》きながら、頬をなでる。 「……はいっ」 ぎゅうっと、ひ弱なはずのかりんに、苦しいくらいに強く強く抱きしめられる。 「約束、ですよ?」 「ああ、約束だ」 「ぜったい、ぜったい……ですっ」 やっとの事で笑顔を見せてくれたかりんに安堵してこちらも笑顔を覗かせる。 しかし、その心の奥底で、俺はかりんの不安の正体をおぼろげな形ながらも、掴み始めていた。 俺達は一つとなり、支えあうパートナーとなった。 そう遠くない未来に、俺も知る事になるのだろう。かりんが抱えてきたものを……そして、運命を。 「かりん……」 「翔、さん」 たとえどんな残酷な事実が待ち受けているとしても必ず二人で乗り越えてみせる。 そう強く決意して、愛しい人と口付けを交わす。 夜明けは、すぐそこまで迫っていた。 ……………… ………… …… <成績優秀・品行方正、すごいぜ! 深空さん!> 「すごいですっ! さっきの抜き打ちテスト 深空ちゃんが一番でしたっ」 「たまたまだよ。灯さんがケアレスミスをしたから 偶然私が一番だっただけだし……」 「私と翔さんは、二人揃ってビリでした……」 「深空ちゃんなんか、実は学園でも有名な学生で 成績優秀で品行方正、さらには人望も《篤:あつ》いって 櫻井さんが言ってました」 「そんなこと……ないよ……」 「私はただ、他の人と『近づく』のが嫌だっただけで ……そうやって接しているうちに、勝手にみんなが 勘違いして行っただけなんです」 「ほんとは、全然、仲の良い友達だっていないし…… ダメダメなんです、私」 「……でも、今はみんながいます」 「かりんちゃん……うん、そうだね。だから今は すっごく楽しくて、あったかいです」 「ったく、今日はとんだ一日だったぜ……」 「あぅ……まったくです」 「あはは……お二人とも、お疲れ様です」 勉強のしすぎで精神力を使い果たした俺とかりんは絵本を描く深空の前でぐったりと倒れこむ。 「それにしても深空、ほんとすげーな」 深空に教えてもらった部分は、俺の出来の悪い頭でもわりとすんなり理解できてしまった。 単に成績だけでなく、誰かに教える方のスキルも相当のものだと言えるだろう。 「いえ……私のは、本当に……そんな大したものじゃ ないですから」 「いや、そんなことねーだろ」 「そんなこと……あるんです」 「ん……」 ただの謙遜かと思っていた否定の言葉は、なぜか真理を感じてしまうほどの意思を持っていた。 「(そう言えば、さっき櫻井が言ってたっけな……)」 『雲呑は成績優秀で品行方正、問題を起こさないし 絶対、先生の言うことには逆らわないらしい』 『だから先生たちの間では、出来のいい優等生として 有名だったみたいだな』 「優等生、か……」 その時は特に何とも思わなかったが、それはひとえに問題児扱いはされたくないと言うことで…… つまりは、父親に心配をかけられないという配慮と変に目立たないで行こうとするスタンスのあらわれとも言えるのかもしれない。 「(ポジティブのようでいて、なーんかネガディブな  考え方で得た地位ってことなのかもな……)」 他人と言う存在から否定されないようにと言う逃避から得た能力だから、あまり好きになれないのだろう。 「(うーむ……)」 俺は見た目よりも根深い親子関係の問題に軽く頭を悩ませながら、少しずつ話題を変えることにした。 「ま、俺らも深空を見習って、少しは勉強しねえとな」 「あぅ。でも、さっぱり理解できません」 「お前、ほんとアホな。あとメガネな」 「あぅ! メガネは関係ないですっ」 「あはは……二人とも、おかしいです」 俺たちの馬鹿騒ぎが功を奏したのか、落ち込んでいる様子だった深空に笑顔が戻る。 どうやら、もう心配はいらないようだ。 <成長した深空> 「ダメ元で、今日の夜は一緒に帰ろうと雲呑さんを 誘ってみた天野くん」 「けどけど、意外にもあっさりとOKを貰えちゃった みたいだよ〜っ」 「どうしたんだろ、雲呑さん……今まではずっと 一緒に帰るの遠慮してたのに、急にこんな……」 「天野くんも、ちょっと拍子抜けだったみたいだよ〜」 「……っと、そうだ」 教室の外へ向けていた足を、慌てて止める。 「(危うく忘れるところだったが……どうにか  今のうちに約束を取り付けないとな)」 俺は今日こそボディーガードとして認めてもらうため意気込みながら深空の姿を探す。 すると、ちょうど反対側のドアから教室を出て行こうとする深空の姿を見つける。 「深空!」 「翔さん」 「今日も絵本、描くのか?」 「はい。そのつもりです」 確固たる目的や目標があるからだろう、何気ない返事だったが、その瞳からは強い意志の力を感じた。 「その様子なら、また遅くまでずっと絵本作りに 夢中になっちまうんじゃないか?」 「た、たぶん……」 「……ったく、しょうがねぇヤツだな」 俺は呆れながらも、思わず表情を緩めてしまう。 なんだかんだで俺は、そう言った深空の真っ直ぐさを不思議と心地よく感じているからなのだろう。 「えへへ。趣味と実益を兼ねてますから」 「まあ、それは結構なんだが……やっぱり心配だな。 夜遅くになるようだったら、俺に声かけてくれ」 「え……?」 「帰りのことだ。昨日みたいにボディーガードするって 言ってるんだよ」 「…………」 「(やっぱ、ダメか……)」 俺の提案に無言になって考え込んでしまう深空を見てその誘いを断られるであろう事を確信する。 「そうですね。じゃあ、今日はお願いしますっ」 「悪いな、そう言うと思ったが、俺だって簡単に 諦めたりはしないぜ……って、ええっ!?」 昨日あれだけ遠慮していた謙虚な深空が、嘘のようにあっさりと誘いを承諾してくれる。 「ほ、本当にいいのか?」 「はい。よろしくお願いします」 「お、おう」 まさかこんなに簡単に受け入れられるとは思っていなかったので、少し拍子抜けしてしまう。 「じゃあ俺はひとまず麻衣子の手伝いに化学室へ 行ってくるから、帰る時は声をかけてくれ」 「はい。頑張ってください」 「おう、そっちもな」 「ですですっ」 笑顔で見送ってくれる深空を背に、教室を出る。 「んじゃ、行くとするか」 俺は独り言を呟きながらテンションを切り替えると化学室へ向けて歩き出すのだった。 ……………… ………… …… <戦闘一族花蓮!?〜姫野王寺家の花蓮は化け物か!〜> 「たびたび、ひどい目に遭う姫野王寺さんを気遣う素振りを 見せる天野くん」 「えへへ……本人は気づいてないだろうけど、そういう さりげなく優しいところが……」 「……って、ええええぇ〜〜〜〜っ!? ひどい目って ら……落下事故なんですかぁ〜っ!?」 「ふえぇ……平気だなんて、すごいな〜姫野王寺さん。 私なら絶対に死んじゃうよぉ〜」 「ふふっ、ワタベさん……まだまだ《私:わたくし》という人間のすごさを 理解していませんわね!」 「死の淵に追いやられるたびに、強くなって蘇る……」 「それこそが私のエリート一族たる《所以:ゆえん》ですわ〜っ!」 「ふ、ふぇぇ〜……なんだかよくわからないけど すごそうだよぉ〜」 「(期待、期待とは言うものの……)」 ポケットに手をつっこみ、俺は廊下を急ぎ足で歩いていた。 「(どうしよう。なんにも考えなんてねーぞ……)」 頭を働かせ、なんとか知恵を絞り出そうとする。 「誰か、この状況を打破できそうなヤツは……と」 ―――そこでふと、花蓮の顔が思い浮かんだ。 「……なに考えてんだ、俺は……」 突如湧いたバカな考えをかき消すように、俺は頭の上で手を振る。 ……しかし。 「……花蓮か」 根拠の全く感じられない自信に満ち溢れた顔。 年下にも関わらず、先輩である俺を無下に扱う豪胆さ。 そして何度死にそうな目にあっても絶対に倒れないゴキブリ並の生命力…… 「……なんか、考えれば考えるほど笑えてきたな」 バカな考えとは知りつつも、その可能性を捨てきれず思わずにやけてしまった時だった。 「どうしたんですの? 締まりの無い顔をして」 俺の目の前に、当の本人が現れた。 「(つーか、まだこんな所にいたんだな……)」 「お前の事を考えてたんだ」 「えっ……!?」 自分がどれだけ失礼な分析をされているとも知らず花蓮は顔を赤くする。 「なっ……何を言ってますの、このバカは!」 「この口か」 花蓮の両頬をつまみ、思いっきり横に引っ張る。 「いっ……いふぁいいふぁい!」 「なんて言ってるかわかんねえよ……」 「あ、あーたおへいあおあいあへんお!」 「ほっ……ほえう、ほえうぅ〜〜〜〜〜っ!」 「安心しろ。人間の頬っぺたってのは、そう簡単に 取れるように出来てない」 「ひほえへうんあおあいあへんお〜〜〜!」 柔らかい頬の感触をしばし堪能した後、解放してやる。 「ひたたたた……」 花蓮が赤くなった頬をさすり、目に涙を浮かべている。 「うぅ〜〜〜っ……伸びてしまったらどうしてくれる つもりでしたの!」 「シャツか、お前は……」 そう言いながら、俺は頬がだるだるに伸びきった花蓮の顔を想像した。 「……それはそれで面白いな」 「面白くないですわ!」 「冗談だ、怒るなって……」 「うぅ〜〜〜っ」 「ところで、身体は大丈夫なのか?」 「今さら遅いですわ!」 噛みつかんばかりの勢いで、花蓮が怒鳴る。 「違うって……ほら、昨日といいこの前といい、いつ 死んでもおかしくない事故に遭ってるだろ、お前」 「だから、いくらお前が丈夫な子でも心配になってな」 「大丈夫なわけないじゃありませんの」 「現にあの時は私、死に掛けてたんですのよ!」 「(……そりゃそうだ)」 あれだけの勢いで山にぶつかれば、飛行機だって粉々になってしまうだろう。 「それにしちゃ、ピンピンしてるな」 思わず俺がそう漏らした時、花蓮の目が光った。 「ふっふっふ……天野くん、この私を誰だと 心得ておりまして?」 「え?」 「私は姫野王寺 花蓮……由緒正しきエリート一族の 血をひいていましてよ?」 「……はぁ」 「死の淵に追いやられるたびに、強くなって蘇る……」 「これぞ、私たち戦闘一族の成せる業ですわ〜っ!」 (自称)エリート一族のお嬢様が言い切った。 なんだか背後に金色のオーラが見えるような気がするのは俺の目の錯覚だろうか。 「おぉ……」 どんな反応をしていいのかわからず、俺はとりあえずまばらな拍手を送ってみる。 「天野くんもようやく、私のすごさに気づいた みたいですわね」 得意げに顎をしゃくり、三つ編みをかき上げる花蓮。 ……いやぁ、幸せなやつだ。 <戸惑う翔> 「あれほどの発作を起こしたのに、平然といつも通りの 笑顔を見せる鈴白先輩に、戸惑う翔……」 「バカ……それだけ、鈴白先輩にとって、翔が心の支えに なってるってことじゃない!」 「翔……ヘンに思いつめて、余裕が無い感じだけど…… きっと大丈夫だよね?」 「……ん……」 「先輩、おはよう」 深い眠りに入っていたのか、結局あれから、ご両親がいる間に、灯が起きる事は無かった。 「おはようございます。天野くんですか?」 「ああ」 「お母さん達は、さっき出て行ったよ」 「……そう、ですか……」 「…………」 心配していた事を教えてあげたかったが、昨日の発作を思い出させたくなくて、言葉にするのを躊躇ってしまう。 「……良い匂いで、心が落ち着きます」 俺が戸惑っていると、不意に灯がそんな言葉を口にする。 櫻井が持ってきた、アロマポットの香りの事だろう。 「みんなが来て、自分のだらしなさが解ったよ」 「ごめん、俺、気が利かなくて」 「……いえ、そんな事、無いですよ」 「私にとって、翔さんがそばにいてくれるだけで…… 心から安心できるんですから」 「それに私……翔さんの匂いも、好きですよ?」 「俺の……匂い?」 「はい。今は、ラベンダーの香りしかしませんけど…… 翔さんと一緒にいる時の空気も、私は大好きでした」 「そっか」 「……みんなに、悪い事しちゃいましたね」 「……きっと、気にしてないよ」 「ここにいたら、謝りたいくらいですけど……」 「今日はまだ来てないよ」 「そうですか。……しばらくは、来てくれないかも しれませんね」 「……きっと、今日も来てくれるよ」 友を前にして、取り乱してしまったショックを隠して微笑む灯を見て、いたたまれない気持ちになる。 「翔さん」 「なに?」 「絵本……読んでもらっていいですか?」 「ああ」 日々、強くなっていく恐怖。 蝕まれていく、心。 それに灯は、必死に抗っていた。 「それじゃあ、どれがいい?」 「昨日、雲呑さんが言っていた……海の底を冒険する クマさんの絵本が良いです」 「それは俺も気になってたんだよ」 俺は数冊の絵本の中から、該当する本を手にとって文字をゆっくりと、てのひらへ書き伝える。 「ある日、クマさんは……お母さんグマに、海と言う 場所のお話を聞きました」 「…………」 ……………… ………… …… 次々と、てのひらの中で踊り出す物語に、俺と灯は一喜一憂しながら、感想を告げる。 深空の選んだ絵本は俺達にとって、とても面白いと思えるもので…… そして同時に、灯を元気づけるメッセージが伝わって来る……温かい物語の絵本だった。 「……深空……」 あいつの真っ直ぐな優しさは、きっと灯の胸にも届いただろう。 それは、微笑む灯の表情からも、簡単に理解できた。 「とても、面白かったです」 「そうだな」 「今度、お見舞いに来てくれた時に……お礼を言って この本についてお話したいです」 「ああ。楽しみだな」 「……はい」 そう言って笑顔を見せる灯に、俺は内心、戸惑っていた。 そこには、昨日発作を起こして怯えていた少女の姿は無く……いつもの灯がいたからだ。 「午後になったら、きっと来てくれるよ」 「はい。それでまでは、天野くんで我慢しちゃいます」 「うわ、ひでえ」 「ふふふっ……冗談です」 なぜ、彼女は笑顔を見せられるのだろうか? なんで灯は、こんなにも気丈でいられるのだろうか? 俺なら決して耐えられないであろう絶望を前にしてなおも戦い続ける彼女の強さが、いったい何を支えとしているのか……理解できなかった。 「……灯……」 こんなにも近くにいるのに、どこまでも遠い世界にいる恋人の名前を呟く。 けれど、その言葉は伝わらなくて…… 「そろそろ、お昼でしょうか」 「なんで、そんなに『いつも通り』に戻れるんだよ……」 だからその笑顔が、とても悲しいものに見えて…… 気がつけば俺は、元気な彼女の姿を見るたびに―――ひどく心が痛むようになっていた。 ……………… ………… …… <手のひらと笑顔> 「視覚に続いて聴覚を失った私は、お母様のアイデアで 手のひらを使ったコミュニケーションを学びました」 「そう……何も見えなくても、何も聞こえなくても…… 私には、まだこの手のひらがある」 「私はまだ、天野くんと繋がっていることができる…… そう思ったら不思議と元気が出てきました」 「こんなになってしまった私にも、天野くんは変わらず 優しくて……それが本当に嬉しくって……」 「……この時はまだ、あまりの現実味の無さに、自分でも 現状を把握してなかったんです」 「……ううん、違うかな」 「たぶん、この先の事を考えるのが怖くて、無意識に脳が 考えるのを拒否していたんだと思います」 「だってここは、光も音もない、本当に真っ暗な世界」 「これで、もし天野くんまで失ってしまったら、私……」 「失礼しま……あれ?」 「君か」 重苦しい雰囲気に押し潰されそうなまま、面会時間開始と同時に部屋へ入ると、そこには医者と楽しそうな雰囲気の灯の姿があった。 「彼が来たようだ、と……」 「え……天野くんですかっ!?」 「!!」 「天野くんっ?」 「え……!?」 俺が来た途端、灯がその存在に気づく。 その表情には、昨日のような戸惑いや怯えは存在していなかった。 「せ、先輩!? まさか、耳が……?」 期待に胸を躍らせるものの、医者は黙って首を横に振る。 「じゃ、じゃあなんで……?」 「これですよ」 そう言うと、医者が灯の手の平へ人差し指を使って彼に替わりますね、と文字を書き連ねていた。 「そうか……手の平に文字をっ!!」 俺は慌てて、飛び込むように灯の元へと近づく。 「先輩……俺です」 「天野くん……なんですね?」 「ああ! 先輩を大好きな、天野 翔だよ……」 「天野くん……」 「良かった……私の言葉、まだ届くんですね……? 自分では聞こえないから、不安でしたけど」 「聞こえるよ……先輩の声が……!!」 「彼女の母親が、この方法を思いついてね……仕事がある と言う事で、先ほど出て行ったんだよ」 「親御さん達はここにいると言ったんだが、彼女の方が 恋人が来てくれるから大丈夫だ、とね……」 「そうだったんですか……」 「さっきまで、お母様と一緒にお話してたんです。 それで、今の私の状態が解りました」 「すみません、天野くん……私がドジしちゃったせいで せっかくのデートが……台無しで……」 「先輩……」 「せっかく、トラウマを克服できるようにって…… 付き合ってくれたのに……」 「結局、もっと迷惑かける身体になっちゃいました」 「そんな事……迷惑だなんて言うなよっ!!」 「私は、こんなですから……ずっと寝たきりの生活に なるみたいです」 「だからもう、一緒にデートに行く事も出来なくて……」 感極まって叫ぶも、その声は灯へと届かず、彼女の悲しい謝罪の言葉が続く。 「こんなこと言わなくても、そのつもりだと思いますけど ……もう、天野くんとはお付き合い出来ません」 「ただ座っているだけの恋人なんかに……価値なんて 無いですから」 「……灯……」 「え……?」 自らを傷つけるような言葉を、それ以上、重ねて欲しくなくて……俺は彼女を抱きしめた。 「あ、天野……くん?」 そして俺は、灯の手の平にゆっくりと丁寧に言葉を書き連ねる。 「毎日、来るから……」 「……で、でも……」 「どんなになったって……俺は、灯が……好きだ」 「……っ」 「ずっと、一緒だから……だから、寄りかかってくれよ」 「……かける……さん……」 俺の素直な気持ちを伝えると、灯の頬から一粒の涙が流れ落ちる。 この残酷な現実を前に、俺は何も出来ないかもしれない。 けれど、僅かでもいい。 ほんの少しでも、俺がいることが……灯の希望になるのなら――― 「だから、そんな悲しいこと……言わないでくれよ」 「……はい」 愛しさを籠めて、俺は彼女と手の平を重ねる。 そこには、ただ互いがいられることに幸せを感じるたしかな絆を感じることが出来た。 「……天野さん」 「はい……」 その様子を黙って見ていた医者が、話しかけてくる。 「今の彼女は、非常に不安定な状況にあると言って 過言ではないでしょう」 「人間は、何かに繋がる事で正気を保つ生物です」 「それは、世界であり、人間であり、動物であり 植物であり……そして、心でもある」 「繋がり……」 その言葉を聞き、俺は灯の手をぎゅっと握りしめる。 「何も見えず、何も聞こえない闇の中……そこは 人間には耐えられない世界と言っていい」 「かつての世界のほとんどを、彼女は奪われてしまった」 「…………はい」 「だから天野さん。今の彼女の心の支えは……ご家族と 貴方の存在だけです」 「!!」 「例え彼女が、どれだけ強い精神を持っていても…… 独りきりでいれば、長い日数をかけずとも、正気を 失ってしまうでしょう」 「……っ……」 人間にとって、音も無い暗闇の世界に閉じ込められるほど恐ろしい拷問は無いという話を聞いたことがある。 長い時間『何も無い世界』に放り込まれてしまっては人はすぐに、精神に異常をきたしてしまうという。 そんな残酷で孤独な闇の世界と、灯は永遠に付き合っていかなければならないと言うことだろう。 「悔しいが、私たちだけでは彼女の心は救えない。 だから……これからは、貴方が支え続けるしか 方法が無い」 「今の灯さんが正気を保っていられるのは、彼女に 唯一残された……心の繋がりだけなのですから」 「心の……繋がり……」 「ですから、彼女の精神状態を崩壊させないためにも 天野さんには毎日お見舞いに来て、こうして会話を していただきたい」 「私たちも協力はしますが、彼女のご家族と相談して 詳しくスケジュールを決め込んだほうがいい」 「君が言った『彼女とずっと一緒にいること』とは…… つまりそうした責任を背負う事になる」 「…………」 俺の覚悟を問うているのか、医者は真っ直ぐにこちらを見つめてくる。 「いくら心の支えがあるとは言え、灯さんの負担が 軽くなるわけではない」 「その重荷は、1秒ごとに彼女に圧し掛かってくる ことになるでしょう」 「徐々に精神的な衰弱を見せる彼女を、これからも ずっと……見続ける事になるかもしれません」 「その口ぶりだと、俺には無理だと言いたそうですね」 「そうは言っていない。けれど、親しい者を支えられない 自分の無力さを噛み締めながら……弱っていく姿を見て 耐えられる自信がなければ―――」 「早々に家族へ彼女の事を託し、縁を切るべきでしょう」 「なっ……」 「それが、彼女のためです。ずっと支えていられないなら ……もし支えを失ったら、灯さんは壊れてしまう」 「そんな結果が待っているのに、ただ黙って見殺しに するわけには行かないだけです」 「……俺は、約束しましたから」 「ずっと、彼女を支え続けるって」 そう。 灯が俺を求めてくれる限り―――必要としてくれる限り俺は彼女を支えると……約束したのだから。 「……それがどんなに過酷であっても、ですか……」 俺の決意が伝わったのか、医者は肩をすくめるとすっと手を差し出してきた。 「え……?」 「それでは、彼女の事をお願いします」 「…………」 「私たちも、彼女の心の負担が少しでも減るように 最善を尽くす事を約束します」 「はい!」 頼もしい言葉に笑顔を見せ、医者と握手を交わす。 俺はもう一度、彼女の支えになる事を決意すると再び灯との会話へと戻るのだった。 ……………… ………… …… <手術とリハビリ> 「あれから2年……長いリハビリの日々を経て、私の 聴力は、一般人と同レベルまで回復していました」 「元々常人離れした聴覚を持っていたお陰もあるけど まさに奇跡だって、先生も驚いてました」 「……もしかしたら、様々な困難を乗り越えた私達に 神様がご褒美をくれたのかもしれませんね」 「そして、決して成功率の高くなかった目の手術も 成功させる事が出来て、視力も回復したんです」 「出来すぎていて怖いくらいに、色んなものを 取り戻せたのは……きっと傍でいつも支えて くれていた、あの人のお陰だと思います」 「そして5年ぶりに光を取り戻した私の目に映ったのは 凛々しくも優しい目をした青年の顔で……」 「……って、ええっ!? あ、天野くんってこんな 整った顔付きだったんですか!?」 「こ、こんなにカッコよくて大人っぽい人だったなんて ……う、嘘ですっ!!」 「それじゃあ私、今までこんな人にずっとお姉さん ぶっていたんですか!?」 「うぅっ、ちょっと恥ずかしいです……」 「はぁっ、はぁっ……」 危機感を抱いて走って来たものの、携帯のディスプレイに映る時間は、約束した時刻を30分以上も過ぎていた。 「やばすぎる……絶対、怒ってるよな……」 遠くに見える後姿だけで、彼女が相当怒っているであろうことは、容易に窺えた。 「って言うか、オーラが出てるし……」 メラメラと炎を出しているその人を見て、これ以上誤魔化していても無駄だと悟り、歩みを寄せる。 「(せめて、そーっと近づこう……)」 こっそりと背後に立ち、いつ気づくか試してたんだと言ってお茶を濁す作戦を思いつき、俺は忍び足で彼女の元へと近づく。 「こらっ! 何をコソコソしているんですかっ!!」 「うおぉっ!?」 しかし、当然そんな子供だましが通用するはずもなくあっさりと灯に看破されてしまう。 「もう……いつまで経っても子供なんですから」 「わ、わりぃ……」 「ぶぅ。わりぃ、じゃないです。何分ここで待ったと 思ってるんですか?」 「昨日、あれだけ言ったのに……よりにもよって 今日のデートで遅刻するなんて、最悪です」 「だって昨日、灯が寝させてくれなかったから、疲れて 爆睡しちまったんだよ」 「なっ……ここでそれを言いますかっ!」 「だって事実だし……」 「ふふふふふ……どうやら、反省してないみたいですね」 「ちょ、待った待った!! 反省してますからっ!!」 「ぶぅ……本当かどうか怪しいものですね」 俺が降参のポーズをすると、やっとの事で白杖をしまってくれる灯。 「……って言うか、まだ白杖なんて持ち歩いてたのか」 「もう必要無いんだし、そろそろ……」 「却下です。これは、翔さんをおしおきするために まだ当分は手放せませんから」 「ぐぁっ……」 「……それに、これは翔さんがプレゼントしてくれた 大切なものだから、いいんです」 「ん……そっか」 ちょっと照れくさくなって、思わず素っ気無い返事をしてしまう。 たしかにその白杖はあの時、俺を追いかけて来てくれた灯が落として無くしてしまった代わりにと、プレゼントしたものだった。 「さてと……それじゃ、そろそろ行きましょうか」 「ああ、そうだな」 しばしの間、綺麗な夕日の高台を堪能した俺達は目的地へ向けて歩き出した。 2年前、絶望の淵に立たされた俺達は、互いの絆を深め共に歩いていく事を誓い合った。 その後も様々な不安と恐怖に苛まれた灯だったが、家族と仲間……そして俺の懸命な支えを糧に、リハビリを重ねて行った。 そんなある日、灯の身体に変化が訪れた。 何一つ聞こえる事の無かった耳が、少しだけその機能を取り戻したのだ。 その事実に誰より驚いたのは、灯の担当医だった。 『つくづく人の生きようとする強い意志には驚かされるよ ……その想いは時に奇跡と言う名の人智を超えた現象を 起こした例は、世界でも有数存在する』 『そんな奇跡と言う名の、生きる意志を見るたびに…… 私は感動し、そして人間に秘められた無限の可能性と 言うヤツを感じるんだ』 そう言ってのん気に喜んでいた医者を見て、思わず俺も笑顔をみせた事を思い出す。 『医学とは、人の心と傷を癒すためにある。けれど当然 その中には限界も存在する』 『私が限界だと思っていたその一線を越えた場所にいた 彼女に回復の兆しが見えた事は、素直に嬉しいよ』 『まだまだ、現代医学や私達も進歩して行けると言う 症例にもなるだろうからね』 今後の医学の発展を願うその笑顔に、俺は純粋に敬意を払った。 同時に、どんな過酷な現実であろうとも、諦めずに戦う意志の大切さを教えられた気がした。 『彼女の場合、稀有な空間を把握する感覚と、常人離れ した聴覚を持っていたと聞いていたんだが……』 『少なからず、その能力が彼女を助けたのは間違い無い』 『けれど、それも些細な出来事にすぎない。全ては 決して諦めずに支え続けてきたご家族と君達…… そして、懸命に生きてきた彼女自身の意志の力だ』 そんな医者の言葉を聞きながら、俺は別の想いで胸がいっぱいだった。 どんな理由であろうとも、関係ない。 灯に、希望の《灯火:ともしび》が宿ったのならば……俺にはそれ以上何も必要が無かったからだ。 そして――― 医師の治療とリハビリを経て、灯は常人の聴力に限りなく近いレベルまで回復した。 以前のような超聴力は失ってしまったものの、それは奇跡的と言って過言ではないほどの事実で――― 努力と想いと医学の力、そしてひとかけらの奇跡が生んだ大きな希望の光だった。 「それじゃ、包帯取るよ、先輩……」 「は、はいっ!」 緊張する灯の瞳に巻いてある包帯に手をかけ、医者と看護師さんが見守る中、それをゆっくりと外す。 「……外したよ」 「は、はい……」 目を閉じたまま、開けるのをためらう灯を、心の中で応援して、手術の成功を祈る。 そう……これまで、多くの試練を乗り越えて来た灯ならきっと―――俺はそう信じていた。 「もし……もしこれで、手術が成功していたら…… 私の目の前にいるのは、天野くんなんですか?」 「ああ。そうだよ」 「いつも私に勇気をくれた、天野くんが……今、目の前に いるんですね……」 「……ああ」 不安に怯える灯の手を、ぎゅっと握り締める。 俺達はいつだって、そうしてお互いに支え合って来た。 「少しだけ怖いですけど……天野くんがいてくれるなら 私……勇気100倍です」 だから……きっと、大丈夫だと信じて疑わなかった。 「…………」 恐る恐る目を開けた灯の瞳が、まっすぐに俺の姿を捉える。 「天野……くん?」 「先輩……見えてるのか?」 「はい……はいっ!!」 「私……天野くんのこと、ちゃんと見えてます! 天野くんの声も……ちゃんと聞こえてますっ!」 「先輩!!」 興奮して笑顔を見せる灯に、思わず俺も、溢れんばかりの笑顔でその喜びを共感する。 「やっと会えたな、灯……」 「ぜんぶ、天野くんのおかげです……」 「翔さん……」 「……本当に、良かった……」 「……きゃっ!?……」 「……灯……?」 俺が抱きしめようとすると、真っ赤になりながら灯が後ずさってしまう。 「ほ、本当に貴方が、翔さん……なんですか?」 「あ、ああ。まさか偽者だと思ってるのか?」 「い、いえ! ずっと一緒だった翔さんを、私が間違う はずは無いんですけど……でも、その……」 「翔さんの顔……嘘みたいに……いい……です」 「え?」 「思ってたよりも、ずっと……その……」 「…………(ゴクッ!)」 「……カッコイイ、です……」 「…………へ?」 「…………」 「……って、な、何言わせるんですかっ!」 「は、はは……なんだ、よかった……」 まるで正反対の答えを予想していただけに、喜びもひとしおだった。 「今のなし! 今のなしですっ!」 「せ、先生もそんなに呆れた目で見ないでください!」 バタバタと手を振り、慌てふためく灯。 そんな灯を見て、俺達は声を出して笑い合った。 ……………… ………… …… 「先輩、こっちこっち」 俺は物陰から廊下を覗き、誰もいないことを確認して後方に手招きをする。 「そんなに警戒しなくても……春休みの夕方に学園に 残っている学生さんは、ほとんどいないんじゃ……」 「ま、忍び込む時の礼儀というか……作法ってヤツ?」 「はぁ……男の子の考えることは、よくわかりません」 「それに、先生たちに見つかって時間取られるのも…… 今日だけは御免だしな」 「……それもそうですね」 頷いた灯に笑顔を向けて、再び目的地である屋上へと歩みを寄せる。 そう……そこは、俺達にとって特別な場所だった。 ある夏の日、一人の少女が学園を占拠した。 そして少女は、でたらめな秘密道具を使い、でたらめな俺達を集め、そして急に姿を消してしまった。 彼女は俺達とこの学園から、あの夏をそっくりそのまま盗んでいったのだ。 俺達の、想い出と気持ちを残したまま…… 「ん……いい風だな」 「春一番ってヤツでしょうか」 「だな」 目的地へ着くと、見晴らしのいい景色に目を奪われた。 「ここから見る夕焼けも、久しぶりだな……」 「……綺麗ですね……」 紅く染まる西の空を二人で見つめる。 それはいつの日か、灯が望んだ光景だった事を思い出す。 <折れぬ心> 「昨日、あれだけ動揺していたはずの鈴白先輩が 笑顔を見せる事に安堵する翔」 「そして、互いの存在の大切さを噛み締めた二人は 心の中で、ずっと一緒にいようと約束したの」 「願わくば、それが互いを支える絆になると信じて……」 「ん……」 深夜になってようやく眠りに就いた灯が、うなされることもなく、無事に目を覚ます。 「先輩……起きたんですか?」 「……はい。天野くん……ですよね?」 「そうです」 「今は……朝なんでしょうか?」 「朝です。ちょうど良い時間ですよ」 時計を見て時刻を確認すると、朝食の直前と言った時間だった。 「さっき先輩の母親が来たんだけど、寝てるって言ったら よろしく伝えてくれってさ」 「はい」 「そろそろ朝食だから、食べさせてあげるな」 「な、なに恥ずかしいこと言ってるんですかっ」 「私には看護師さんがついていますから、天野くんこそ 朝食を済ませて来てください」 「でも、ここを離れるわけには―――」 「ぶぅ。朝食を抜くのは、身体に良く無いんですからね」 「あ、ああ……そうだな」 「わかったら、食事に行って来てください」 「その……また、戻って来たら、一緒にいたいですけど」 「……わかった」 多少は戸惑ったものの、どうやら一睡してから少し落ち着いたようだった。 「それじゃ、行ってくるよ」 「はい。また後で、です」 俺は灯の厚意に甘えることにして、病室を後にする。 「よし……急いで済ませるか」 できる限り早く戻って来るためにも、病院の近くにあるコンビニで軽く済ませる事にする。 俺は外へ出るために、病院の廊下をひた歩くのだった。 ……………… ………… …… 「ただいま」 灯の手にそっと触れ、戻って来た事を示す。 「天野くんですか?」 「ああ」 「朝食は、何を食べて来たんですか?」 「軽食だよ。サンドイッチを、少々」 「私はですね……」 他愛の無い会話を、ゆっくりと文字を書き連ねる事で積み重ねていく。 そこには、昨日の涙が嘘だったかのように笑顔を見せる気丈な灯の姿があった。 「…………」 「…………」 お互いに無言で、時の流れに身を任せる。 俺は灯の手に触れるだけの、静かな時間を過ごしていた。 それは、灯の願いで……俺とこうしているだけでも安らげると言ってくれたからだ。 「…………」 そして、本当に安らいでいる事を肌で感じていた。 大切な人と共にいること……ただそれだけで、不思議と不安な気持ちが薄れているのだと実感できた。 なぜなら―――俺もまた、灯と触れ合う事で同じ気持ちを抱いていたからだ。 「翔さん……」 俺の存在を確かめるように、手の平をそっと握り締める。 その繋がりを糧に、笑顔を取り戻してくれた。 自分の存在が彼女の支えになっている事を実感して心が満たされていくのを感じる。 「灯……ずっと、一緒だからな……」 愛おしさを籠めて、灯の手を握り返す。 それは、事故以来、本当に久しぶりに感じた安息の一時だった。 「ずっと、一緒に……」 不安もなく、恐れもなく、悲しみもなく――― ただ純粋な願いを籠めて、灯がそんな呟きを漏らす。 俺と同じ気持ちでいてくれる事で、心の繋がりを得る。 「ああ。ずっと……一緒だ」 そう呟きながら、満たされた絆を胸に抱き、窓に映る青空を眺める。 そして俺は、これからもずっと彼女を支え続ける事を再び心に誓うのだった。 ……………… ………… …… <指令:助手を発掘せよ!> 「ふえ? なんだか、相楽さんが困っている みたいだよ〜?」 「あ、少し前からぼやいてた、助手の件みたいだよ〜」 「天野くん、とりあえず相楽さんの助手をしてくれる 人がいないか探してくれ、って頼まれたみたい」 「私がこの場にいても、ちょっとお店の手伝いが あるから、きっと無理だったかな……」 「天野くんは、誰に頼むんだろ?」 「鈴白さんに頼もうとしたけど、とっさに遠慮して 結局やめたみたいだよ〜」 「次は、誰に頼むのかな……?」 「姫野王寺さんに頼もうとして、ダメそうだからって やめたみたいだよ〜」 「次は、誰に頼むのかな……?」 「結局、天野くんは櫻井くんに助手を頼むみたいです」 「わっ。櫻井くん、考えもせずに即答でOKしちゃった みたいだよ〜」 「これからは相楽さんの助手として、色々と手伝って もらうんだね〜」 「これって、空を飛ぶ活動の間だけなのかな? それとも……」 「鳥井さんは、ダメっ子そうなイメージだから やめておくって……あ、天野くん、なんでか 鳥井さんに対しては、とっても《辛辣:しんらつ》だよ……」 「メガネ嫌いってホントだったんだ……わ、私は 目が悪くなったら、コンタクトにしよっと」 「お、麻衣子」 俺が名残惜しんでいると、慌しく教室の扉が開き麻衣子がひょっこりと顔を覗かせた。 「カケルはおるかの?」 「あぁ、ここにいるぜ。どうした?」 「おぉ、よかった。実は……」 「あぅ! まだ残ってお手伝いをしてくれるそうです」 「なに勝手に決めてんだ! このメガネ娘がッ!」 俺はポケットから輪ゴムを取り出し、ギチギチと引っ張って、かりんの方へと向ける。 「あうぅぅぅ! それは危ないです! 危険ですっ! 物騒ですっ! 死にますっ、死ねますっ!!」 「と言うか、残るとはどう言う意味なんじゃ?」 「ああ、なんか適当に帰っていいらしいぞ。もちろん 居残るのも協力するのも自由みたいだけどな」 「あぅっ! あうあうあうあうぅ〜〜〜っ!!」 麻衣子に説明しながら、輪ゴム如きにビビっているかりんに、ピシピシと連続で輪ゴムを当てまくる。 ピシッ! 「あぅっ!」 ピシッ! ピシっ! 「あうぅっ!」 ピシシシシシシシシッ! 「あぅっ! あぅぅっ! このピシピシした刺激が ちょっと気持ち良くなってきました!」 「(どんな性癖だよ……)」 相変わらず変態チックなメガネ娘だった。 「暇なら手伝ってもらおうかと思ったんじゃが…… どうやら訊くまでもないようじゃな」 「んぁ? 何かやることがあるなら手伝うぜ?」 「ほら、やっぱり私の言った通りですっ!」 「勝手に決めるなって言ってんだろうがこのボケッ!」 「あぅ!? な、何する気ですかっ!? や、やめっ ……やめてくださいっ! あううぅぅぅ〜〜〜っ!」 「ゴムゴムのぉ〜〜〜〜……JETバ○ーカッ!」 「あぅっ!!」 トドメとばかりに、思い切り引っ張った輪ゴムを眉間に撃ち込み、かりんを黙らせる。 「……かりん、大丈夫か?」 「あぅ……ちょっと赤くなっちゃいました」 眉間への一撃が効いたのか、あぅあぅと涙目になってうずくまるかりん。 「か、かりんちゃん、大丈夫ですかっ?」 「ちょっとカケル! いくらなんでもやりすぎよ!」 「レディに対する扱いというものを、もう少し 考えるべきですわね」 「まったくです」 まさに非難轟々だった。 「素人とは思えないゴム捌きだったな」 お前の着目点はそこなのか…… 「悪い、気づいたらちょっとやり過ぎたみたいだ」 「むぅ、カケルの根っからのメガネ嫌いも何とかせんと これではさすがに、かりんが不憫じゃのう……」 「あぅ、私は大丈夫です。慣れっこですから」 「どちらにせよ、いい加減メガネ嫌いなんて子供っぽい 変な性格は改善する余地があるわね」 「いずれそう言った矯正装置も作らねばならんのう。 ……で、結局手伝ってくれるのかのう?」 「ああ、手伝うよ。今のところ、そのくらいしか まともに協力してやれないしな」 「そうか。では、そう言うことでカケルを借りていくが 大丈夫かの?」 「はいっ! 頑張ってくださいっ!」 「では行くぞ、カケルッ!」 「おう」 麻衣子に連れられ教室を出て、二人で廊下を歩く。 「それで? 俺は具体的に何をすればいいんだ? 例の発明品の手伝いか?」 「ふむ。実はじゃな……前々から言っていた 助手の件なのじゃ」 「助手? ああ、お前の発明品のサポート役か」 「うむ。私の手となり足となり、発明をサポート してくれる万能な助手が欲しいのじゃっ!」 「それを俺にやれと?」 「いや、カケルは助手向きの性格ではないからのう。 だから適当に見繕って、誰かを連れてきて欲しい と言うわけじゃ」 「なるほどな。……って、いきなり引き受けてくれる 物好きなヤツなんていねえだろ……」 そもそも学園を閉鎖されているわけだから、正直見知らぬ誰かを引っ張ってくるのは難しそうだ。 「なんじゃ、カケルには難しいお使いじゃったかの?」 「バカにすんじゃねえ。助手の一人や二人くらい 楽勝だっつーの」 「では、よろしく頼んだぞ」 「オッケー、んじゃちょっと行ってくるわ」 俺はそのまま麻衣子に背を向け、再び2−Bの教室へと足を踏み入れる。 結局、現状ではこの中の誰かに助手になってくれと頼むのが一番現実的なプランだろう。 「助手、ねえ……」 麻衣子の助手をいまさら静香に頼むって言うのも微妙な気がするし……いったい誰に頼むべきだろうか? 「あれ? どうしたんですか、天野くん」 「忘れ物ですの?」 「まあ、細かいことは気にするな」 さっきと似たような問答を交わし、室内を見渡す。 室内には、かりん、花蓮、先輩、櫻井と静香の5人。 静香はいつも一緒だし、助手ってカンジじゃないから他の4人から選ぶべきだろう。 「う〜む……誰に頼むかな……」 「(先輩に頼むか……?)」 この中では一番頼りになりそうで、かつ良識人である先輩に頼むのがベストチョイスのような気がする。 「(でも、先輩に頼むのも気がひけるよなぁ……)」 先輩の場合は、助手と言うよりアドバイザーと言ったイメージがあるし、先輩をあごで使う場面なんてのはとてもじゃないが想像できなかった。 「と言うか、逆にこっちがあごで使われそうだな……」 「どうかしたんですか? 天野くん」 「えっ!? あ、いや、何でもないです!」 「そうですか? それじゃ、何かあったら遠慮なく 私に相談してくださいね」 「どんな悩みでもお姉さんが解決しちゃいますから。 ただし、えっちいのはダメです」 「そいつは残念ですね。HAHAHA」 心底残念そうな顔をしそうになった瞬間、先輩の周りの空気が歪みそうになったのを感じ、素早く冗談っぽさを演出して、お茶を濁してみる。 「あと、すみませんが、今のところ空を飛ぶ方法も なかなか思いつきませんね」 「いやいや、それが普通ですって」 「それで、結局こちらの様子を窺っていたのはいったい なんだったんでしょうか?」 「気にしないで下さい。なんと言うか、若気の至りって ヤツですよ、たぶん」 「そうですか。よくわかりませんが、あまり深くは 追求しないでおいてあげちゃいます」 「た、助かります」 「それでは、私はこの辺で」 「はい。また明日」 「……って、誤魔化してどーするよ、俺……」 ついつい流れで、先輩が帰ってしまうのを笑顔で見送ってしまった。 やはりここは、他の人に頼む方がいいだろう。 「う〜む……誰に頼むかな……」 「(花蓮とか、どうだろう……?)」 俺は試しに、花蓮が麻衣子の助手になった図を軽くシミュレートしてみる。 「さぁ、それではさっそく始めるかの!」 「えぇ、お力になれるよう頑張りますわ!」 「まず今日の作業じゃが……」 「コッペパンですわね?」 「…………は?」 「科学の力になど頼らなくても、コッペパンさえあれば どこまでだって飛んで行けますわっ!」 「む、むぅ」 「コッペパンを両手に掲げてこう唱えるんですのよ? そうすれば空も飛べますわ!」 「コッペコッペ・コッペ・シュピッコぺ!」 「コ……コペ……シュピッ……?」 「ぜんぜん違いますわっ!」 「コッペコッペ・コッペ・シュピッコぺ!」 「コペコッペ、コペ……む……難しいのう……」 「ダメですわマーコさん! そんなザマじゃいつまで 経っても空を飛ぶなんて夢物語ですわっ!」 ……麻衣子が哀れすぎだった。 花蓮のことだから、手伝ってもきっとそんな感じで終わるに違いない。 「(花蓮って選択肢は無いな……)」 となると、他の誰かに頼むことになるが…… 「う〜む……誰に頼むかな……」 「櫻井……とか?」 櫻井の様子を窺ってみると、椅子に座ったままピクリとも動かないその姿が目に入る。 「…………」 「…………」 よく見ると、まばたきすらせずに椅子に鎮座している。 「(コイツに頼んで大丈夫なのか……? あまりにも  未知数すぎる気がするが……)」 「なぁ、櫻井」 「……どうした?」 「今ちょっといいか?」 「ああ」 「お前さ、科学とかに興味ない? 実は麻衣子の助手を やってくれる奴を探してるんだ」 「了解した。助手になればいいんだな?」 「そこで櫻井に声をかけてみたわけなんだが…… って、ええぇぇぇぇーーーっ!?」 「即答かよ! しかもまだ全部説明してねぇぞ!」 「ちょうど持て余していたところだ。問題ない」 「少しは悩むとか考えるとかないのか……」 「化学室だったな。先に行ってるぞ」 俺の突っ込みを華麗にスルーし、化学室へと向かって歩き出す櫻井。 「……謎だ、理解できねぇ…………」 ひとまず、使えるかどうかは判らないが、助手が見つかった事には違いないので良しとする。 俺はいまいちスッキリとしない感情を抱えながら櫻井を追って、麻衣子の下へと向かうのだった。 「(かりんに頼んでみるか……?)」 誰にも気づかれず、学園を占拠するだけの科学力を行使してみせたかりん。 そう考えると麻衣子の助手に適任のように思えてくる。 だが、俺の中では『かりん=機械オンチ』というイメージが既に出来ていて、実際にどうだろうと何となくそのイメージを覆すことは難しかった。 「あぅ。翔さん、ボーっとしてます」 人の心の葛藤も知らずに、のこのことこちらへ近づいてくるかりん。 「うぼおおぉぉぉ、メガネェ〜、メガネをかけた《子:ご》は いねぇが〜?」 「あぅ! 翔さんがナマハゲっぽいものになって 襲いかかってきましたっ!!」 「冷静に説明すんなボケッ! メガネ取んぞっ!」 「あぅ、あぅ、あうぅぅぅ〜っ! ダメです! そこだけはダメですっ!」 「な、何をしているんですのっ!?」 かりんとドタバタ格闘していると、何を勘違いしたのか花蓮が間に割って入ってくる。 「あうぅ〜っ! 翔さんがいじってくるんですっ」 「いじっ!?」 「妙な表現をするなっ!!」 「あううぅ〜〜っ!!」 まさに言い逃げといわんばかりのスピードで、かりんは脱兎の如く走り去っていってしまった。 「まったく、何をしたんですの? まさか、18禁 パソコンゲームですら言えないような、とっても 破廉恥すぎる行為をっ……!?」 「どんだけアグレッシブな動きをすればそんな事に なるんだよ……」 「れ、レディーである私にそんな全身にモザイクが入る ような動きを想像させないでくださいませっ!!」 「そーっすか。そいつぁすまんかったな」 いったい、こいつの想像の中で俺がどんな風になっているのか興味をそそられたが、脳内を覗くのは不可能なので、大人しく諦めることにする。 「(とにかく、かりんはダメだな……)」 となると、他の誰かに頼むことになるが…… 「う〜む……誰に頼むかな……」 <攻守交替・鬼ごっこ!> 「あれから一晩考えたんですが、やっぱり食生活の 乱れは良くないと思うんですっ!」 「あう!」 「なので、やっぱり強引にでもお家にお邪魔してから 晩御飯を作ってあげようとしたんですけど……」 「あぅっ! 逃げられてしまいましたっ!」 「1週間前は私が逃げて翔さんが追う形の鬼ごっこ でしたけど、今回は私が追いかける番ですっ!!」 「えっと、翔さんはどうするつもりなんでしょうか?」 「上に逃げましたっ!」 「袋の《鼠:ねずみ》ですっ!!」 「屋上まで逃げた翔さんも、観念して捕まりました♪」 「つ、疲れましたけど……これで、日ごろのお礼が 出来ますっ!」 「あぅ? 翔さんが、謎のオーラを身に纏いはじめて すごい動きをし始めましたっ!!」 「と、とりあえず、適当な場所をめがけて抱きついて みたんですけど、翔さんが急に止まってくれたので あっさり捕まえられました」 「無駄に動きが早くても、精神面が未熟だと無意味 だって言う教訓になった、って言ってました」 「なんでここまでするんだって言われて、私、うまく 答えることができませんでした」 「自分でも、なんであんなに一生懸命になってたのか よく解らなくって……」 「でも、翔さんのことを考えると、熱っぽくなって 顔が真っ赤になっちゃうんです」 「どう見ても恋です。本当にありがとうございました」 「はじめはお礼したかっただけだと思ってたんですけど ……でもほんとは、もっと一緒にいたくて……」 「もっと私のことを見て欲しくて、知って欲しくて…… そして私も翔さんのこと、もっともっと知りたくて」 「だから、あんなに必死になっていたんだと思います」 「う〜〜〜ん……」 放課後、いつものように絵本を描く深空を見ているとどこか様子が変なことに気がついた。 「さっきから何でしきりに唸ってるんだ?」 「えっと……ちょっと悩みごとがありまして」 「何だよ、遠慮せずに相談してくれれば力になるぞ?」 「本当ですかっ?」 「ああ、任せておけ。俺に出来ることなら何でもするぞ」 「えへへ。それじゃあ問題解決ですっ」 「あん?」 「どうやったら翔さんに、私が晩御飯をごちそうするのを 許してもらえるのか、悩んでいましたので……」 「ぐあっ……」 昨日は大人しく引き下がってくれたので、もう諦めたのだとばかり思っていたのだが…… 「(深空が意外に頑固だってのを忘れてた……)」 「何でも、してくれるんですよね♪」 「いや……まあ、それ以外ならな」 「ええっ!? なんでダメなんですかっ!?」 「(かりんに言われてお前を意識しちまってるせいで  恥ずかしいからだ、なんて言えるワケねーだろ)」 「とにかく、それだけはダメだ!」 「翔さん、頑固ですっ!」 「じゃあ、物分りが良い深空が折れてくれ」 「うううううぅぅぅ〜〜〜〜〜っ」 「唸ってもダメだ」 「わんわんっ!」 「吠えてもダメ」 「にゃ、にゃ〜ん」 「ネコでも却下!」 「ううっ……私が本物のネコさんのように可愛ければ きっと今ので翔さんの許可が出たのに……」 深空の中でネコさんは、かなりの上級動物のようだ。 きっと深空はネコさんにお願いされたら何でもいうことを聞いてしまうのだろう。 「いいです。強引な翔さんに対抗して、今日は私が勝手に お家にお邪魔して、晩御飯を作りますから」 「ぐっ……逆につけ回すってのかよ」 「無理やりつけ回されたお返しに、今日は絶対に翔さんの お家に着くまで一緒にいますっ」 よほど俺にありもしない恩を返したいのか、メラメラと決意の炎を燃やしている深空。 「むむむむむ……」 「えへへへへへ……」 「むむむむむむむむむっ……」 「さあさあ、今日はもう帰りましょう〜♪」 「(ダメだ……絶対ついてくる気マンマンだぞ)」 にらみ合っていても、俺の負けは目に見えていた。 こうなってしまった深空には、もはやどんな言葉も意味を成さない。 となると、手段は一つ…… 「わかったよ。じゃあ遠慮なく、深空の手料理をご馳走に なるかな」 「ホントですかっ? えへへ……わかりましたっ! そうと決まったら、腕によりをかけて作りますっ」 「それはそうと、あそこで飛んでるのって、もしかして かりんなんじゃね?」 「えっ!? ど、どこですかっ?」 「と、見せかけて」 「ふぇっ?」 「今だっ!!」 一度あえて許可して油断したところを狙い、すかさずダッシュで教室から飛び出す! 見事、その不意打ちに反応できなかった深空を出し抜くことに成功する。 「うしっ! このまま行けば《撒:ま》けるっ!!」 「そうはさせませんっ!」 「ぬあっ!?」 唐突に足元へにょきっと出てきた謎のつっかえ棒に《躓:つまづ》いてしまった俺は、盛大にこけてしまう。 「いってぇーな、てめえっ! 何しやがるっ!!」 「あぅっ! 気にしたら負けですっ」 「気にするわボケっ!!」 「はぁ、はぁ、やっと追いつきましたっ!」 「うおっ、しまった!」 かりんに気をとられていると、追いかけてきたらしい深空と鉢合わせてしまう。 「もう逃がしませんっ」 「深空ちゃん、ふぁいとですっ!」 「(こいつら……まさかグルなのかっ!?)」 かりんが勝手にやっているのか深空からの頼みなのかは定かではないが、どうやらかりんにも捕まってはダメだと言うことだけは確かだろう。 「(もし捕まりでもしたら……そ、それはそれで色々と  美味しいが……いや、やはりマズイッ!!)」 深空の家庭的な姿を見てしまったら、変な気を起こさないと言う保証は無い。 もしそんなことになったら、それこそ本物の変質者だ…… 「ぜってえ捕まらねぇーぞっ!」 「はああぁぁぁっ! エネルギー、全開ッ!!」 「あぅっ! 逃げましたっ!!」 「逃がしませんっ!!」 初めて出来た友達に裏切られるなんてことにならないよう気を遣っている俺の男心も露知らずに、楽しそうな表情で追いかけてくる深空…… 「いっそのこと、捕まってしまいたいとも思うが……」 「それでも俺は、この誘惑を断ち切ってみせるっ!!」 「わわっ。翔さん、本気ですっ!」 本気で逃げ出す俺のスピードに驚いたのか、かなり慌てていそうな声が背後から聞こえる。 「うおおおおぉぉぉっ!!」 全速力で、あっという間に深空を振り切…… 「待ってくださいっ!」 振り切れなかった!! 「ぐっ……さっき転んだ時に怪我した足のせいで 思うように走れねえっ……!」 「何だか追いつけそうですっ」 「ちくしょおおおっ! なんか負けるのはシャクだっ」 再び誘惑に負けそうになったが、負けず嫌いの血が騒ぎ俺の闘志を燃え上がらせた! 「ちいっ、ここで階段かよっ!」 当たり前の話だが、最奥の階段へと突き当たってしまう。 普通に考えれば下に降りるべきだが、深空にはかりんと言う協力者がいる。 と言うことはただ逃げ回るだけではなく、かりんの思考も読むことが重要だと言えるだろう。 「よし、ここは……」 「裏をかいて上だっ!!」 俺は下で待ち構えているであろうかりんを避け、ひたすら上へとのぼって行く。 「よし、ひとまずここに隠れてやり過ごすか……」 逃げている俺が、まさか逃げ場の無い屋上へ来るとは二人とも夢にも思うまい……俺の知略勝ちだ。 「あぅっ! 屋上で張っていた《甲斐:かい》がありましたっ」 「やっぱり屋上に逃げ込んでましたっ!」 「ありえNEEEEEEEEEEEEEEッ!!!!」 挟み撃ちに合ってしまうと言う、あまりの予想外な超展開に、思わず絶叫してしまう。 「えいっ!」 俺が油断している隙に、思いっきり抱きついて来た深空に拘束されてしまう。 「ぐあっ……しまった……」 「えへへへへ〜。捕まえましたっ!」 「あぅ! 大収穫おめでとうございますっ」 「何を乳繰り合っておるのじゃ、お主らは……」 「時と場合を考えてイチャついて欲しいものだ」 「いたのか、お前ら……」 しかもちょうど空を飛ぶ実験でもしていたのか、その場にいた麻衣子に、見ようによっては激しく勘違いされそうなシチュを目撃されてしまったようだ。 「ミソラも公衆の面前で抱きつくとは、意外に大胆な 性格をしておるんじゃの」 「え……? ふあっ!? ち、違いますよっ!!」 自分の行動が他人からどう見られているのかに気づいて慌てて俺からばっと身体を離す。 「…………」 だが、再び隙をついて俺に逃げられないように、控えめながらも、強く手を握ってきた。 「ほうほうふむふむ……なるほどのう」 「ちげーからな! 勘違いだぞ、それはっ!」 「なんじゃ? 私はまだ何も言っておらぬぞ? ん?」 「あぅあぅあぅ〜っ♪」 「くっ……こいつら……」 「フッ……夏の暑さに負けぬ熱さだな」 「アッツアツじゃな」 「あぅ……」 「はぁっ……最悪だ……」 みんなの好奇な視線を浴びせられながら、俺はすんなりと下へ逃げていればよかったと激しく後悔するのだった。 「へっ……しょうがねえな」 俺はゆらりとオーラを放ちながら、その足を止める。 「どうしたんですか翔さんっ! やっと観念したん ですね?」 「違うっての。本気を出してやろうってことだ」 「えっ?」 「お前にこの速度が見切れるかなっ!!」 「ええっ!? か、翔さんが消えましたっ!!」 「どうだ! お前の周りを超高速で動き回っているのだ! この俺様を捕まえられるものなら捕まえて見るがいい! フハハハハハハーーーッ!!」 「むむむむむ……えいっ! ここですっ!!」 闇雲に飛び込んでくる深空だが、見当違いの方向へ飛びついていた。 「フッ……無駄だ!」 「そ、そっちですっ! あれ? えっと……それじゃあ こっち!? あうっ、こ、ここですっ!!」 声がする方向へ闇雲に飛びつきを繰り返す深空。しかし、超高速の俺を捕まえられるはずも無い。 「無駄無駄む……だっ!?」 だが、俺は気づいてしまったのだ…… 飛び込むたびに揺れる、深空の胸に!! 「えいっ!」 ぽよん! 「ここですっ」 ぽよよん! 「こんどこそっ!」 ぽよよよよんっ! 「(こ、これはやべぇっ!!)」 「ダメです……全然捕まえられません」 「……って、あれ? 翔さんが止まって見えます」 「…………」 あまりの絶景に思わず健全な男子の生理現象が発生してしまい、前かがみになりながら動きを止めてしまった。 「言っておくが、これは残像だから触っても無駄だぞ」 「ええっ!? そ、そうなんですか?」 「ああ。お前を《陥:おとしい》れる罠だ」 「あまりにも光速で動きすぎて、逆に止まっている かのように見えているんだ」 「…………」 「…………」 「えいっ!」 「ぐあっ!」 俺の言葉に騙されることなく、迷わず確保しようと襲い掛かってくる深空に、あえなく捕まってしまう。 「えへへ。捕まえました」 「くそっ……無念……」 俺はがっくりとうなだれると、調子に乗りすぎるのも考えものだと言う教訓を身に染みて実感するのだった。 「〜♪」 両手いっぱいに買い物袋を持ち、上機嫌に歩く深空。 対照的に俺は、それを苦笑しながら見つめていた。 「……なぁ、深空」 「はい? なんでしょうか、翔さん」 「なんで俺に飯を食わせるためにここまでするんだよ」 「そ、それは……なんで……でしょうか」 「なんだよ、そりゃ」 「そ、それを言ったら翔さんだって、なんで私なんかの お手伝いをしてくれるんですか?」 「他のみなさんと一緒にいる方がきっと楽しいのに…… ずっと私のことを見守ってくれてます」 「……私にとっては、そっちの方が不思議です」 「そりゃ、お前……何となく気になるんだよ」 「そ、それじゃあ私も、翔さんが何となく気になるから 日ごろのお礼を兼ねてですね……」 「……そ、そうかよ……」 「は、はい。そうです……」 「…………」 「…………」 意図がよくわからない、何故か気恥ずかしい空気が流れてお互いに沈黙してしまう。 「あ、そだ」 「ん?」 深空が、その気恥ずかしさを誤魔化すように、笑顔で俺に話しかけてくる。 「翔さんの家ってどの辺りなんでしょうか?」 「ああ、もうすぐそこだよ」 「なるほど……その、男の人の家にあがるのって初めて ですので、緊張してしまいます」 「緊張するも何も、本来そんな簡単に上がり込むもんじゃ ねえぞ。無用心にもほどがある」 「え? なんでですか?」 「だから、襲われても文句言えないぞって話だ」 「大丈夫です。だって、相手が翔さんですから」 「うっ……」 それは一体どう言う意味だと捉えるべきなのか、非常に判断に困る発言なのだが…… 悲しい男の《性:さが》と言うべきか、つい自分に都合のいい方向で解釈してしまいそうになる。 「あのな、そう言う無意識に相手を誘うのは危ねーから やめろって」 「さ、誘うってなんですか?」 「言葉通りの意味だよ。男なんてみんな狼なんだから いつでも蹴り倒すくらいの警戒心でいるべきだぞ」 「でも翔さん、優しいです。狼さんじゃありません」 「狼だっての!」 こうも全面的に信頼されて、純粋な好意を抱かれては死んでもやましい気は起こしたくないとは思うが……こんな考えで、よく今まで何事も無かったものだ。 「俺なんて怪物だと思っているくらいでないと我が家では 生き残れないと思ってくれ」 「あはは、平気ですよ〜」 「があああぁぁぁっ! のん気すぎるんだよ!!」 「だって……翔さんは、友達ですから」 「え……?」 「仲の良いお友達を警戒する人なんていません。だから へっちゃらです」 「…………」 多少浮ついていたのは、俺の方だったのかもしれない。 俺は深空にとって初めて出来た、気兼ねなく色んなことを話せる、仲の良い友達なのだ。 その『友達』に料理を振舞ったり遊びに行くのは、深空にとっては当然のことで…… 「そうだな。俺の方がおかしかったのかもな」 「はいっ」 俺と深空の場合だけは、変な意地に囚われない方が一番自然な友達の関係を繋ぎとめておけるのだろう。 「えへへ。頑張っていっぱい作りますから、ちゃんと全部 食べてくださいねっ♪」 「任せろ。空腹の男子の胃袋を舐めてもらっちゃ困る」 「あははっ」 「へへっ」 冗談を交わして二人で笑いあいながら、家路を歩く。 きっとそれは、誰から見ても友達同士の姿だった。 ……………… ………… …… 「翔さんを愛していたら、私も、すごく翔さんのことを 感じたくなって……だから、その……」 「私のはじめてを、翔さんに貰ってもらいました」 「それで、えっと……翔さんは―――」 「私の身体に、とっても熱い想いを、たくさん…… いっぱい注いで貰いました」 「初めては、中に欲しかったです……って、私 なに言ってるんだろ……へ、変態かも……」 「ううん、違うよね。きっと、みんなそうだよね。 わ、私だけじゃないよね、うん」 「翔さんの……あったかかったな……」 「翔さんの熱い想いを、たくさん、私の中に…… 注いでもらいました」 「翔さんの……とっても、熱かったです……」 「それに、すごく満たされた感じがして……痛かったけど 本当に幸せな気分でいっぱいでした」 「それが私からの、告白の返事でした……」 「だ、だから……私たちは、明日から恋人同士です」 どこか夢心地のような火照った頬で、俺の精液を口から垂らしている深空の姿があまりにも扇情的で…… 気がつけば俺のイチモツは、さっきあれだけ出したにも関わらず、再びむくりと起き上がり天を仰いでしまう。 「んぁ……すごい、です……」 俺の再び大きく反り上がったモノを、焦点の定まらない瞳で眺めながら、深空は自分で自らの股間を弄っていた。 「これが、ここに……んっ……」 「深空……」 「……はい。私、その……翔さんの、欲しいです」 俺の精液がたっぷりとついたその手でひたすら自分の秘所を弄りながら、深空が《お:・》《ね:・》《だ:・》《り:・》をしてくる。 「私、もう……我慢できませんっ!」 切なそうな表情でそう訴えてくる深空。 俺だけ欲求を満たしてしまったが、どうやら深空の方もすっかり出来上がっており、準備も万端のようだ。 「いいんだな?」 「はい。私の初めては、翔さんに貰ってほしいんです」 「……わかった。お前の白馬の王子様になるよ」 「えへへ……それじゃあ私、お姫様ですか?」 「ああ。当たり前だろ」 「私がお姫様になれるなんて……夢みたいです」 「夢じゃない。ただし、俺だけのお姫様だけどな」 「じゃあ翔さんも、私だけの王子様ですっ」 「いくぞ、深空」 「はい……お願い、します」 会話したお陰で少しは緊張が解けたのか、強張っていた足の力が抜けて、俺を受け入れる体勢を取ってくれる。 「それじゃあ深空、こっちに来て」 「え? ここですか……?」 「そう。それで、こうして……」 「こ、これって……」 俺は机の上に乗ると、さらにその上へ深空を誘導していわゆる騎乗位の形へと持っていく。 「これなら痛くてもすぐに自分で抜けるし、スピードも 自分で調節できるだろ」 「は、はい……んっ……痛っ!!」 「って、ちょっと待った!」 恐る恐る、いきなり突き刺そうとする深空を見て、慌てて止めてしまう。 「は、はい……?」 「その、さっき少し弄ってたけど、もっとたくさん 濡らしておかないと、かなり痛いと思うぞ?」 「あぅ……そ、そうですよね……」 「だから、最初は無理に入れないで、軽く準備運動と 練習を兼ねて、密着させるところから行くか」 「入れないで……密着……」 今から本番をすると言うのに、そんな単語だけで真っ赤になって照れてしまう深空。 「で、では……失礼します」 妙にかしこまったまま、ぺたりと俺の息子の上に馬乗りで座り、おずおずと秘所をくっつけてくる。 「それで、動かしながら少しずつ慣らして行こうか」 「は、はいっ」 俺の提案を受け入れて、深空がそのままスマタの要領でずちゅっずちゅっ、とつたなく腰を前後させる。 「んっ……な、なんだかこれ、すごくエッチですっ」 「ま、まあな……お互いの大事なところが直接、擦れ 合ってるんだからな……」 「それに、すごく……気持ち、いいですっ」 「俺もだ……すげー良いよ」 積極的に秘所を俺の息子に擦り合わせて快感を得る深空を眺められる状況は、かなり心地よかった。 「翔さん……んっ、んぁっ、んふぅっ……ああっ!」 「ぐちょぐちょって、すごい音、んっ、してますっ!! あぁん、はぁっ……んんぅ、はぁんっ!」 「気持ち、いいっ……翔さんと、一緒に……わたしっ! えっちなこと、しちゃって、んっ……ま、ますっ!!」 「えへへっ……しかも、教室でっ……こんなにエッチな ことを、自分の机の上でしちゃってますっ……!!」 ガタガタと動くたびに少し揺れるこの不安定な場所で神聖なる学び舎の机を穢す行為に、スリルと背徳感を覚えているようだ。 「んんぅ、あぁんっ、んふぅっ……ごめんなさいっ 私、気持ちよくて、やめられなっ……んっ!!」 「はぁっ、はぁっ、んっ……翔さんのが、擦れて…… 気持ち良い、よおっ!!」 「深空っ!」 「翔さん、翔さん、かけるさぁんっ!!」 俺の声に応えるように、大きなグラインドで動いて必死に快感を得ようとする深空。 しかしその口ぶりからして、行為自体と言うよりも、俺と一緒にその行為をしている事実に感じてるように思えた。 「んっ……翔さん、すきぃ、大好きですっ……もう、私 翔さんのことしかっ……んんぅっ!!」 「ああ、俺も深空が好きだっ!」 「嬉しいですっ! ずっと……ずっと好きでいて くださいっ!! わ、私もっ……ずっとぉっ!」 「んっ、好き、すきですっ、かける、さんっ……はぁっ はあぁぁっ、んはぁっ、あんっ!」 ひたすら『好き』を繰り返しながらガタガタと机を揺らし俺の身体を激しく求めてくる。 温かく濡れている秘所を擦りつけられ、恍惚の表情でスマタされている内に、本当にセックスをしていると言う錯覚さえしてくるほどに気持ちがよかった。 「ふぅっ、んっ、ん、んんっ、んぅ、はぁっ……はぁん ああぁんっ、ふぁ、んあぅっ!」 「気持ち、いいっ……んっ、ふぅ、あんっ……はぁっ んんっ、んぁっ! んはぁっ!」 積極的に腰を振る深空を見ながらの擬似セックスはこれから先の、お互いに快感を得るであろう未来の行為を連想させて、ひどく扇情的だった。 「んぅ、はぁっ、はぁんっ、ふぅんっ……んあぁっ! はぁっ、はぁっ、ん、んんっ、ひあああぁっ!!」 そのふくよかな胸を淫らに揺らしながら、ひたすらに俺の名前を叫んで行為に耽る深空が、腰を砕けさせて抱きつきながら倒れてくる。 それでも快感を得たいがために、さきほどよりも動き辛いその体勢から構わずに秘所を擦りつけ、上下にグラインドさせて来る。 「はぁ、はぁ……んっ……んふぅ、はぁんっ……」 「んっ、んっ……んんぅ、んんっ……はぁっ、んぅっ」 「んぅ、はあぁんっ、はぅんっ……んんっ、あうぅっ」 もう十分すぎるほどに濡れているのが、教室に充満する愛液の匂いと、いやらしい水音で把握できる。 しかし処女喪失の痛みを考えると、《無碍:むげ》にこのまま挿入へ導く気にはなれなかった。 何より俺もすでに十分に気持ち良いし、今回はこのままお互いにマスターベーションまで行ければいいだろう。 「すごぃ、ですっ……なんか、きちゃっ……わ、私! こんなの、初めてでっ……翔さんもっ、気持ちいい ですかっ?」 「ああ。もう少しでまたいけそうなんだが……ちゃんと 深空がイクまでは我慢するよ」 少し角度を変えるだけで簡単に深空の処女を奪ってしまいそうな体勢なので、《挿:い》れてしまわないように気をつけながらスパートをかけることにする。 「えっ……?」 「今回は俺も十分気持ちよかったしさ。無理して痛い思い することもないだろ」 「だから、ここから先はまた今度にしよう」 「ん〜〜〜〜〜〜っ!!」 感極まっているのか、うまく呂律が廻らなかったようで首をぶんぶんと横に振ることで意思表示をしてくる。 「……私とエッチするの、嫌なんですか?」 「ばか、んなワケあるかっ! ただ、俺も初めてだし…… その、お前は大切にしたいって言うか……」 「じゃあ、ちゃんと最後まで抱いてくださいっ!! 少し怖いですけど……でも、最後までしたいです」 「けど、たぶんかなり痛いぞ?」 「ここまでしてお預けだなんて……そんなの嫌です! 女の子に恥をかかせないで下さい!」 「ん……そう、だな。悪い」 「はい。ちゃんと……翔さんのお姫様だって証を…… 私の身体に刻んでください」 「ああ、わかった」 決意を固めた深空が、挿入しやすい体勢になるため、一度息を落ち着かせてから、再び俺の上に座る。 ぐちょぐちょになった今の秘所ならば、ある程度の痛みは緩和しつつ入れられるかもしれない。 「あの……大丈夫なんですけど、ちょっと怖いから…… だから、私が腰を下ろすのを手伝ってください」 俺のイチモツを見ながら自分の膣に宛がうも、なかなか最後のふんぎりがつかないのだろうか、深空が控えめにそんなお願いをしてくる。 その提案にコクリと頷くと、俺は深空の足に両手を添えてゆっくりと標準を定める。 「行くぞ」 「はいっ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「ッ!!!」 予想に反してずぷりと、抵抗を受けながらも、一気に処女膜を破り、かなり奥まで挿入してしまう。 深空は痛みに耐えるように歯を食いしばり、俺は想像より遥かに気持ち良い膣内の締め付けに、いきなり射精しないように食いしばっていた。 一回射精してなければかなり危険だったかもしれないと思いつつ、たとえこのまま動かないとしても、そう長くは持たないかもしれないと言う思考がよぎる。 「はぁっ……っ……」 深空は痛みを懸命に堪えるように膝を震わせながらもけれど決して俺のモノを抜かずに、そのままの状態でじっと動きを止めていた。 「しばらく、黙ってるから……」 「んぁ……だ、大丈夫ですっ……」 口では平気だと言うも、少しも動けるような気配は無く何もしてやれない自分の無力さを歯がゆく感じる。 「ごめんな、深空……痛い思いをさせちまって」 「謝られても……困りますっ……」 「私が望んで、してもらったんですからっ」 「……っ」 その言葉を聞いて、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。 こんなだから俺はいつも女心が判らぬダメ男の烙印を押されてしまうのだろう。 俺は改めて言うべき言葉を考えて、口にしてみた。 「ありがとな、俺を選んでくれて」 「あ……は、はいっ」 「それと、深空だけが望んだわけじゃないんだからな。 これは……俺がしたかったからやってるんだ」 「お互いに今よりも、もっと愛し合いたくて……相手の 全部を知りたくて、繋がったんだろ?」 「そう……ですね」 「ああ。だから、ただエッチしたいとか、そんな理由でも ないし、深空に頼まれたからでもない」 「俺は雲呑 深空と言う女の子の、全てが知りたい」 「そして俺のことを知ってほしいから、求めるんだ」 「はい……はいっ!」 処女を喪失した痛みからか、それとも別の理由なのか深空は、ぽろぽろと涙を流していた。 俺はその涙を手で拭うと、愛おしさを籠めてからぎゅっと深空の手を強く握った。 「翔さん……来てください。私に、翔さんと繋がれる その幸せを……感じさせてくださいっ」 「ああ……わかった。いくぞ、深空っ」 俺はもう迷わず、ゆっくりと動き始めた。 「んんっ、んああぁっ! ふぅんっ、はぁっ…… くうぅんっ、ああぅっ……!!」 切なそうに喘ぎながら、その痛みを受け入れてくれる。 しかし痛みからまだ自分では動けないのか、ただ突かれるがままに揺さぶられているため、すでに騎乗位にした意味は薄れていた。 だからこそ俺は、無理をさせすぎないように気をつけながら、出来る限りゆっくりと腰を突き出して一定のリズムで上下に動く。 「んぁあぁっ! くふぅんっ……んっ、あぅっ……!」 「はあぁっ、んっ、んぅ、うああぁっ……くぅんっ!」 「っ……はっ、はぁっ、んんっ……んああぁぁっ!!」 「っ!!」 思わず全力で深空の奥まで突き続けたい衝動を堪えて必死に、できる限り優しく動くように心がける。 「(深空は激痛を我慢しているってのに、俺が欲望や快感  なんかに流されてちゃ、世話ないぜっ!!)」 俺は深空への想いを確かめるように、腕の力を使いつつ深空への負担を減らしながら行為を続ける。 「んんっ、んぅっ……はああぁぁぁんっ! んあぁっ…… はぁっ、ふうぅんっ、ん、んんぅ……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あんっ、あぁんっ! あぁっ、ああんっ、はぁうっ……」 「ああぁん、ひゃううぅぅっ……んんぅ、あうぅっ! あんっ、あんっ、あぅんっ!!」 「くっ……」 深空を突く度に膣がきゅうきゅうと締め付け、まるで離れ離れになるのを拒むかのように、俺のモノへ強く吸い付きながら咥え込んで来る。 そのまま飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥り、それに抗うように、俺は必死に腰を動かした。 「やあっ、んんぅっ、はあぁんっ、んはぁっ、はぁっ! あんっ、ああぁんっ、んううぅっ! やっ……」 「だめですっ! ちょっと……痛っ……んんぅっ! はげしっ……ちょっとだけっ! やめっ……」 深空の制止の声を聞き、理性を総動員して、どうにかその動きを止める。 自分ではセーブしているつもりでも、やはり深空にはかなりの負担をかけてしまっていたのだろう。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 動きを止めた途端、荒い息を吐きながらぺたりと俺の胸にへたり込む。 汗ばみながらも柔らかくて『女の子』を感じさせる深空の身体の感触が、無性に気持ちよかった。 「ご、ごめんなさい。ワガママ、言っちゃって……」 「こっちこそ、ごめん……しばらく休憩するか?」 「いえ……平気です。ちょっとだけ、勢いを緩めて いただければ……動いても、大丈夫、ですっ」 「それに、痛いんですけど……だんだん、痛いだけじゃ なくって、変な感じになって来たんです」 「少し慣れてきた、みたいで……もしかしたら、私…… 気持ちよくなってきてるのかも知れません」 「……そっか」 それが気を遣ってのセリフではないのか、深空の瞳から恐怖や苦痛の感情が薄れて行っているのを感じる。 「……それに、こうしているだけで心が満たされて すごくあたたかな気持ちになれるんです」 「とくん、とくんって……私の《膣:なか》でも、胸の奥でも いっぱい翔さんの鼓動を感じることが出来て…… 幸せなんです」 「深空……」 「えへへっ……だから、私がもっともっと痛さを 忘れられるように……優しくキスして下さい」 ここに来て甘えるようにキスをせがむ深空に、精一杯の想いを籠めて優しくキスをする。 「んっ……翔、さん……」 「深空……」 「もう、へっちゃらです。翔さんからいっぱい幸せを 貰いましたから……」 「だから今度は、翔さんが私の《膣:なか》で、いっぱい幸せを 感じてくれると嬉しいです」 「ああ……わかった!」 深空の健気なその想いに応えるように、俺は再びストロークを再開する。 「あんっ、きゃんっ、んんぅっ、はあぁんっ!」 「んっ、んんっ、んんぅっ、んあっ……あんっ!!」 「あぁんっ、はぁうんっ、あんっ……はぁんっ!! あん、んぅ、んんっ、んんぅっ、ひゃあうっ!」 「あうぅ、あうぅっ、あうぅんっ、んんぅっ……! んあぁ、はぁんっ、んんぅっ、くふぅんっ!!」 「深空っ! 深空ぁっ!!」 「あんっ、あんっ、んぅ、んんっ、んぁうっ……! か、かけるっ……さああぁぁんっ!!」 「すごっ……痛い、けど……気持ちっ、いいっ!! なんか変な感じ、でっ……ああぁんっ!」 今までの苦痛を耐える喘ぎ声に、少しずつではあるが女性独特の艶が入り始める。 「んぅっ、はあぁんっ、あんっ、あん、ああぁんっ!! なに、これっ……んんぅっ! わわっ、んうぅっ!」 かつて感じたことのない類の快感を得たのか、声に僅かな動揺が混じっていた。 「これが、セックスッ……なんですかっ!?」 「んんっ、嘘っ……何なのか、わからないですけどっ…… すごいぃっ! 変なんですぅっ!!」 「痛いのにっ……気持ちよくてっ……幸せすぎて…… 私なのに、私じゃなくって……ああぁんっ!」 自分の言葉が暗示のようにスイッチを入れたのか、本当に動きに《躊躇:ためら》いが無くなっていく。 「翔、さんっ……! だいすきっ……大好きですっ!」 「あんっ! んんぅっ、はああぁんっ! ああぁんっ! だ、だぁめぇっ……んんぅ、あううぅっ!!」 ただひたすらに腰を振る俺のリズムに合わせて、自分も腰を動かし始める。 その表情にも本格的に《艶:なまめ》かしい色が見え隠れし始める。 恐らく深空には、会話によって自分にスイッチを入れて快感に酔いしれるような性癖があるのだろう。 「深空っ! 俺もだっ!!」 俺は深空に少しでも気持ちよくなってもらうため、自分の感情を口にする。 「俺も、深空が好きだ!」 「深空の心も、身体も……どっちもたまんねぇくらい 最高に良いし、大好きだっ!!」 「深空の《膣:なか》、すっげえ気持ち良いっ!!」 「嬉しっ……うれしいですっ!! かけるさぁんっ! 私っ……すっごく幸せですっ!!!」 「ぐぅっ……」 その気持ちを俺に伝えるように、きゅううぅ、と一際強く俺のペニスを締め付けてくる。 「もっともっと、私っ……気持ちよくなってから…… 翔さんも気持ちよくなれるように、頑張りたいです」 「深空っ!」 「ん、んっ、んぅっ、んああぁっ!! か、翔さん!」 じゅぷじゅぷといやらしい音を立てながら、愛液と血が混ざって泡立っている秘所にも構わずに、ただひたすら積極的に腰を振り始める深空。 そのせいで一定のリズムが崩れ、大きく歪んだピストン運動になり不意をつかれた俺は、想定外の緩急をつけた快感の波に襲われる。 「ぐああぁっ! これっ、やばいっ!!」 「はぁっ、はあぁっ! き、気持ちいいですかっ!? 私の身体、気持ちいいですかっ!?」 自らの価値を認めて欲しいと言わんばかりの必死な訴えをしてくる深空の不安をかき消すため、俺はハッキリ深空を認めるようなセリフを口にする。 「ああっ! 最高だ、深空っ!!」 「ああぁんっ! か、かけ、翔さぁんっ!!」 「深空ぁっ!!」 もう配慮も何も無く、ただ獣のように腰を動かし合う。 頭がショートしそうなほどの快感に襲われながら、少しでも長く深空の《膣内:なか》に入り続けていられるよう、必死に射精を我慢することしか考えられなかった。 「あぁぅっ! かけるさっ、わた、私っ……だめぇっ! こんなの、ダメッ! きちゃうっ……よおっ!!」 「もう、痛いのかっ、気持ちいいのか、判らなっ…… くってぇっ! だ、だめぇっ! だめえぇっ!!」 「だめ、だめ、だめぇっ、来ちゃう、何か来るっ!! わた、わたしっ、ダメになっちゃいますぅっ!」 「ぐあっ……深空ぁっ!!」 互いに本能でピストンの意思疎通がなされ、気がつけば最高に感じるであろう位置とタイミングで、激しく膣の肉襞を攻めるように、ひたすら上下運動を繰り返す。 「くううぅぅ〜んっ……も、もおっ! だめれすっ!! はぁっ、はぁっ、はあぁんっ! んああぁっ!!」 「んうぅっ……あううううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!!」 深空の方も限界が近いのか、もはや言葉ではない言葉を漏らしながら、ただひたすらに俺のピストンを受け入れ思い出したように腰を動かすだけになっていた。 「も、だめっ……もうダメですっ! わ、私っ……」 「ああっ! 深空……俺も、もう限界だっ!!」 「翔さん、翔さん、かけるさんっ、かける、さんっ!」 繋いでいる手に一層力が入り、その想いに応えるように俺もラストスパートをかけ、全力で腰を振る。 「んっ、んっ、んぅ、んんぅっ、んんぅぅ〜〜〜っ!」 深空は俺の全てを受け入れるように、ただ可愛らしく喘ぎながら、俺が達するのを待っていた。 「深空、外に出すぞっ!!」 「はいっ! 好きな時に、翔さんの好きなところへっ! 私にいっぱい、かけてくださいっ!!」 「んあああああぁぁぁぁっ!!!」 深空の懇願を最後の引き金に、びゅくん、びゅくん、と凄まじい勢いで射精し、その身体に精液を撒き散らす。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「んぁ……すご……い……です」 身体中を俺の精液で《穢:けが》された深空が、熱にうなされたような声をあげる。 「あったかくて、気持ち良いです……」 息を切らしながら、胸やお腹についている精液を愛おしそうに指で弄る。 「えへへ……これが、翔さんのせーえきなんですね」 「ああ」 「さっきは……あんまり見てませんでしたけど……すごく 覚えやすい味と、匂いです……」 ぺろぺろと俺の精液を舐めながら、それを記憶するように観察する。 「わたし、今、かけるさんでいっぱいです……」 「私の身体で気持ちよくなってくれたんですよね?」 「ああ」 「えへへ……こんなにたくさん出してくれて……なんだか すごい充実感です」 「ずっと、こうして……翔さんのせーえきを浴びたままで いたいくらい、です」 「そうすればきっと、翔さんの匂いで満たされて…… いつでも翔さんを感じることができますから」 「ばか、帰ったら真っ先にシャワー浴びろって」 「でも、そうしたら匂いが消えちゃいます」 「……大丈夫だっての。その……お前が望むんなら いつだって相手になるんだからな」 「あ……」 「これからは、ずっと一緒だって言ってるんだよ。お前が 望む事ならなんだってするし、その……俺だって深空と したくなるっつーの」 「えへへ……そうですね。嬉しいですっ」 精液を弄りながら心底嬉しそうな笑顔を見せる深空の想いに応えるように、俺は優しく彼女を抱きしめるのだった。 「深空、中に出すぞっ!!」 「はいっ! 大丈夫ですからっ!! 私の《膣:なか》にっ!! 翔さんの想いを、いっぱい注ぎ込んで下さいっ!」 「んんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 深空の言葉と同時に一際強く膣に締め付けられてその最奥へと、思いきり膣内射精する。 「あああああぁぁぁぁっ!!!」 どくん、どくんと脈打ちながら、限界まで溜めた欲望をひたすらに吐き出し続ける。 その精液全てをご馳走だと言わんばかりに、吸い出すように深空の膣が俺のモノを絞り上げてきた。 「すごいっ……判りますっ! 私の中でっ、翔さんが 脈打ってるのが、わかりますっ!!」 「まだ出てるっ……すごい、です……んんぅっ!!」 「はぁ、はぁ、はぁ……あったかい、です……」 子宮に全ての精を注ぎ込むと、糸が切れたように深空の身体からも力が抜けていく。 「(だってのに、中の方はまだまだ元気なのな……)」 すでに全てを射精し尽したにも関わらず、深空の膣内は物足りなさそうに締め付け、訴えてくる。 まるで自らの意思を持っているかのような深空の膣が精液を求めるように、きゅうきゅうと断続的に肉棒を包み込んでいるのが判った。 「あは……どくん、どくんって……すごかった、です。 ……翔さんの、とても熱くて、いっぱいで……」 「私のお腹の中に、翔さんのせーえき……いっぱい射精 されちゃいました」 「ああ……いっぱい出しちゃったな」 「はい。えへへ……初めての人には、たくさん愛して 欲しかったから、すごく嬉しいです」 「俺も、すげー幸せだよ……」 「翔さん……」 「深空……」 「好きです……大好き、です……」 俺たちは繋がったまま、溢れそうな互いの気持ちを伝えるように、そっと優しくキスを交わすのだった。 ……………… ………… …… <数え切れない失敗> 「コンビニで親睦パーティーのための買い物を済ませて 私は一人、《瑞鳳学園:みずほがくえん》へと向かいました」 「学園にはすでに、認識阻害フィールドを展開して 人払いは済ませてあります」 「幾度と無く繰り返した失敗で、この手の手順は 手馴れたものになっていました」 「私に課せられた条件は、とても限定的で、厳しい ものでした……」 「私がこの《時間:タイム》ループから抜け出す方法は、2つしか 残されていません」 「一度過去に行くと言う行為をした時点で、もしそれを 今止めてしまったら、過去と未来(私が来た現代)が 上手く繋がらず、宇宙が大変な事になるそうです」 「ですから、私は、本当の歴史に限りなく近づけた状態で 翔さんを助けなければなりません」 「正史の通り、私と結ばれてから私を助けて死ぬか どうにかして助けるかの、二つに一つです」 「もちろん、諦めるつもりなんて無いです」 「翔さんが私を命がけで助けてくれたように、今度は 私が翔さんを助け出す番ですっ!!」 「そう……例え、どんな犠牲を払っても、です!」 私は―――『新しい世界』へ、やって来ました。 この時間軸の『かりん』は一人だけで……それは未来の私であると同時に、以前過去へ飛び立ったかりんちゃん本人でもあります。 だから私はすでに何年にも及ぶ試行錯誤を経験した『かりん』の記憶と身体を引き継ぎ、再びこの場所へと立っている事になるんです。 身体はかりんちゃんベースなので、正確には私の『魂』みたいなものが、かりんちゃんと一緒になっているのかもしれません。 過去へ行くたびに『私』の意志はかりんちゃんへと積み重なり、その想いを募らせていくのです。 ……詳しい事は解らないけれど、私にとってそんな事は別にどうでも良い事でした。 大事なのは、最愛の人を救う事。ただ、それだけです。 私は、翔さんを救うために、事実上『空』を飛ばなければならないのですから。 コンビニで親睦パーティのための買い物を済ませて学園へと向かって歩きます。 「今日は……楽しい1日になりますね」 数え切れない失敗のお陰で、もう何十回も繰り返した『今日』と言う、素晴らしき運命の出逢いの日。 「みなさんに、受け入れてもらえるでしょうか……」 この日、この時、この瞬間―――いつだって私はドキドキしていました。 今度こそ、誰かが私を拒むのではないか……そんな不安に駆られてしまうのです。 それだけは何度経験しても変わらないものでした。 「あぅ……いつもと同じで、少しだけ違う世界……」 副作用が比較的軽度で、かつ限界まで引き伸ばしたタイムリミットは、ほぼ1ヶ月。 そもそも、それ以上過去に戻ろうとすれば、このメガネ型タイムマシンが壊れてしまうかもしれないそうです。 だから私は、この状況下で、限りなく近い未来のたった一つの『可能性』を掴まなければならないと言うことなのです。 そう――― 翔さんを助け出すと言う、たった一つの《結末:ハッピーエンド》を。 ……………… ………… …… 「もう一度、説明するぞ」 「はい」 「卵が先か鶏が先かは解らんが、恐らく最初の『正史』 では、ミソラ以外の誰にもカケルの死を知られては いなかったのじゃろう」 「それはつまり、奇跡的に『世間』と言う名の世界に カケルの死を認知されていない状態なのじゃ」 「そこでカケル繋がりで私と知り合っていたのじゃろう お主は、私を頼って来てくれたのじゃろうな……」 「そうですね……きっとその時の私は、藁にもすがる 心境だったんだと思います」 「うむ。しかし、ただ過去へ行くだけでその状況を 再現するのは不可能に近い」 「……もし他の誰かに翔さんや私の正体がバレたら どうなるんですか?」 「《お主自身:ミソラ》や私を含め、過去の誰かにその事が認知された 瞬間、世界もそれを認知する事になる」 「世界に認知されてしまう事で、過去と未来が繋がり それは『確定』された事実となるじゃろう」 「それって……つまり、もう二度と翔さんを救う事が 出来なくなるって言う事ですか?」 「うむ。じゃからお主は、これから先、正体を隠して 誰にも知られること無く歴史を修正せねばならん」 「誰にも、秘密で……」 「そして、大前提であるカケルの死を世間に認知させぬ 状況を確実に作るために、必須なのが―――」 「あ……例の認識阻害フィールドですね!!」 「うむ。つまり、瑞鳳学園の閉鎖は必然なのじゃ」 「だから私はあの時、学園を占拠したんですか」 「じゃが、大きな問題があった」 「私と翔さんの関係……ですね?」 そもそもこの世界の私は、みんなの支えやこの環境があるからこそ、すんなりと結ばれる事が出来たんです。 でも、こんな特殊な状況でなかったら、果たして私はすぐに翔さんに心を許したかどうか…… そもそも翔さんだって、私を気にかけてくれたかすら解らないと思います。 「お互いの事を知るための期間として、何の手助けも 無ければ……1ヶ月は、短すぎますから」 「そうじゃな。仮に、お互いに一目ぼれで両想いでも いつだってすんなりと上手く行くとは限らんしのう」 「……それに、世界に認知されていないとは言え、同一 時間軸上にもう一人の自分がいる事実は、それだけで 大きな《波:うねり》となるのじゃ」 「うねり?」 「その世界が不安定になり、『正史』から外れた道へと 行き易くなると言う事じゃ」 「つまり、多くの未来へと分岐・変化する可能性が高く それだけ数多の平行世界を生み出してしまうじゃろう」 「平行、世界……」 「うむ。言いづらいのじゃが……お主と結ばれるという 『正史』から外れ易いと言う事じゃ」 「…………」 「もしかしたら、誰かと結ばれるカケルを見続けていく事に なるかもしれん」 「じゃが『かりん』の大きな干渉は、正体がばれる 危険性も《孕:はら》む上に、歴史のズレを抑えるためにも 最低限のレベルにしなければならん……」 「……それでも、私は……」 「本当に、行くのか?」 私の覚悟を試すように、マーコさんは真剣な瞳で、再度その真意を問いかけてきました。 「もし一度でも過去に戻るのであれば、お主の選択肢は たった2つしか無くなる」 「これからお主が旅をする世界では、カケルが死なない 世界もあるかもしれん。じゃが……」 「もしカケルが他の誰かと結ばれた状態で『過去』と 『《未来:正史》』を繋いでしまった場合、誤差が大きすぎて 平行世界もろとも崩れ去るじゃろう」 「つまり、最悪、世界が崩壊しかねないと言う事じゃ」 「せ、世界が……崩壊……」 「あくまで私の理論と推測でしか無いが…… こればかりは、楽観的に実験するわけにも いかんしのう」 「じゃからお主は、今の『正史』と出来る限り近い世界で カケルを助ける必要があるのじゃ」 「……解りました」 「カケルと私、そしてミソラ……この三人は、恐らく 必ずいなければならんピースなのじゃろう」 「シズカは私ら繋がりで、秀一は助手として…… カレンは恐らく私の無茶な実験に耐えてくれる 貴重な戦力じゃから必要だったのじゃろう」 「あかりんだけは経緯が不鮮明じゃが……今なら あの頼もしいあかりんがおらんなどとは、少々 想像できんしのう」 「恐らく私たちは、集まるべくして集まったのじゃろう」 「そう……ですね」 私のたった一つの願いを叶えるため、その舞台に協力者として集まってくれた、みんな。 私たちが検証せずとも、かりんと言う名の歴史が『空を飛ぶためにあのメンバーを集めること』が最善だと結論付けているんです。 けど…… 「みなさんの力をめいっぱい借りているのに……私は 未だにカケルさんを助けられないんですね」 「……せめて、みんなにハッキリとした目的を教えて やれれば、色々と試せるのじゃが―――」 「やはり『空を飛ぶ』と言う端的でいて明確な目標が インパクトと同時に伝わる、あの方法こそがベスト という事なのじゃろうな」 「みなさんの興味を惹き、目的を伝える手段……それが 『空を飛ぶ、3つの方法』―――」 「うむ」 「《即:すなわ》ちそれは、翔さんを助けだす唯一の方法で…… 私がしていたのは、それを探し出す旅なんですね」 「そう言う事になるのじゃろうな……」 「必須のメガネ型タイムマシンと認識阻害フィールド…… そして、同一時間軸上のお主ら二人の存在」 「さらに、カケルの死を改ざんするのじゃ……それですでに 限界ギリギリまで歴史を歪めてしまっておる」 「もしもこれ以上の科学や人物の介入で負荷を与えると 爆発するほどの強大な《タイム・パラドックス:時間の逆説的な崩壊》が起こる 可能性が高いじゃろう」 「タイム―――パラドックスですか?」 「うむ。そのタイム・パラドックスによって生じる人智を 超越したビッグバン・エネルギーは、行き場を無くして 地球、いや、連鎖反応的に全宇宙を消し去るじゃろう」 「だから、科学の力にも頼らずに私は翔さんを助けて あげなければならないんですね」 マーコさんが告げた、翔さんを助けるための条件…… それは、まさに空を飛ぶくらいの奇跡を起こさなければ実現できないであろう、過酷な条件でした。 「じゃからお主に残された道は、2つだけなのじゃ」 「歴史をトレースさせて、運命の分岐点に辿り着き…… ピンポイントの歴史改ざんでカケルを助ける道」 「そして、同じく歴史をトレースし、カケルを諦めて この正史とほぼ同じ形へと落ち着ける道じゃ」 「それ以外の《世界:状況》で、私がこの変装を解いた時…… タイム・パラドックスによる超エネルギーが発生 して、全宇宙崩壊の危機に陥ってしまうんですね」 「うむ。じゃからお主は……《副:・》《作:・》《用:・》による絶対的な タイム・リミットまでに、その決断をしなければ ならんと言う事じゃ」 「それでも……やるのか?」 「…………」 未完成のタイムマシンを使うことによる副作用は本来の私なら、とても受け入れられるような類の軽いモノではありませんでした。 きっと、耐えられなくて、挫折してしまうほどの……あまりにも重い『枷』だったのです。 「はい」 「私は―――やります」 けど……私には、償いたい想いがある。 大切な人に、伝えたい気持ちがある。 全てを賭けてでも、助けたい人がいる。 だから――― <料理が上手くなりたい> 「料理が上手になりたいけど、きっと私には無理だって 言う弱気な深空ちゃんを叱咤して、激励しました!」 「諦めずに努力さえすれば、私くらいの腕前には 絶対になれるからですっ」 「えへへ……だって、ここに前例がありますから♪」 「自信たっぷりな私を見て、深空ちゃんもやる気が 出たみたいです」 「千里の道も一歩から。深空ちゃん、ふぁいとですっ」 「それにしても、かりんちゃんの手作り料理は本当に とっても美味しいです」 よく解らない照れ隠しに、深空が誤魔化すように話題をかりんの料理の話へと戻す。 と言うよりは、俺が上手く褒められなかったので深空がフォローしてくれたのかもしれない。 「えっへん! 努力の成果です」 「でも、私は壊滅的なほどにお料理が苦手だから…… やっぱりすごく羨ましいかな」 「私もこのくらい料理が出来たらいいな、って とても憧れちゃいます」 「へー、んじゃやっぱり深空って料理は苦手なんだな。 かりんから聞いたときは信じがたかったけど」 「はい。きっと私のお料理を見たらビックリします」 「(驚くほど下手な料理って……どんなんだよ)」 俺は思わず漫画のような人類的に規格外なカオス料理がずらっと並んでいる場景を想像してしまう。 「……深空ちゃんだって、必死で努力すれば、3〜4年 くらいでこのくらいは作れるようになると思います」 「う〜ん、そうかな?」 「あぅ! ちゃんと想いを籠めて、いっぱいいっぱい 努力すれば、絶対に私くらいの腕前にはなれます!」 「そ、そうかな?」 「ですですっ」 かりんがあまりにも自信満々に言うので、どうやら深空もそんな気がしてきたようだった。 「私が出来ると言ってるんだから、間違いありません!」 「なんだか根拠がよくわからないけど、何故か とっても説得力があるように感じるかも……」 「うん、私にもいつか出来る気がしてきた!」 「あぅ! 諦めなければ、1パーセントの可能性も 100パーセントに近づいて行くんですっ!!」 「ほう。つまりは、いつかは100パーセントになる って言う理論か?」 「当然ですっ!」 無茶苦茶な理論ではあったが、諦めないと言う一見簡単そうなことが何よりも難しいことだと理解している俺としては、信じたい言葉だった。 夢、希望、期待、そんなものはすぐに揺らいでいつだって現実の前に敗北してしまう。 そんな現実に負けずに、馬鹿みたいに貫き通せばそれはもしかしたら本当に叶うのかもしれない。 かりんには、そう思わせるような『何か』があった。 「……ったく、不思議なメガネ娘だな、お前は」 「あぅ?」 「いんや、なんでもねぇよ。料理うまっ!!」 俺はそんな恥ずかしい思考を読み取られないうちに誤魔化すかのように、料理を口の中へと運ぶ。 「ほっぺたがとろけ落ちそうですっ!」 「お二人に喜んでもらえたようで、何よりです♪」 「ウマウマウマウマウマッ!!!」 「うまうまです」 「あうぅ〜っ! 照れますっ!!」 俺たちが美味そうに料理を食べるだけで喜んでくれるかりんをもっと喜ばせるため、ノンストップでそれを食べ続けることで、感謝の気持ちを表すのだった。 <新妻はお休み中> 「その後、翔さんのお家に初めてお邪魔しました」 「男の人の家に上がるのなんて初めてだったんですけど あの時は嬉しさの方が勝ってて、舞い上がってたから 平然としちゃってました」 「翔さんなんか、どう見ても緊張しちゃってますっ」 「わ、私も今更、恥ずかしくなってきちゃいました」 「か、翔さんが、大胆な発言をしたみたいですけど ……あう! 深空ちゃん、寝ちゃってます!!」 「だ、だって、走り回ったから疲れちゃって…… は、はしゃぎ過ぎちゃって恥ずかしいですっ」 「あぅ。今思い出しても、恥ずかしくて死にそうに なるくらいの大ドジですっ!」 「私のドジっぷりに比べれば、まだまだ甘いので 大丈夫です」 「はぇ……な、慰められてるのに、あんまり素直に 喜べないのは何でなんだろ……」 「それじゃあ、すぐに用意して作りますから、適当に くつろいでてくださいねっ」 「お、おう」 何だかんだで、緊張しながら受け答えしてしまう俺。 家に上げた途端、やはり深空が女の子である事を意識してしまう自分の思春期っぷりが恨めしかった。 「えっと……さっき買ってきたお料理の本は……」 「…………」 楽しそうに料理の本を読む深空を見ていると、何だか落ち着かなくなってしまうので、背を向けて座る。 ペラペラとページをめくる音を聞きながら、俺は必死にドキドキしている自分の気持ちを鎮めようと勤める。 「ラララ〜♪ 俺と深空はとっもだちぃ〜っ♪」 「ただのトモダッチー! ウヒヒ友達〜♪」 「…………」 「…………」 気休めどころか、不愉快にしかならない歌だった。 「あー……しかし、あれだな……」 「こう、なんつーか……友達とは言え、こんな状況だと けっこー緊張するよな」 「…………」 「つまり、だな……なんつーか、その……」 絵本作りで急がしいのに、俺のために料理を作りに来てくれる健気さ…… しかも、俺が遠慮していたのに、それを押し切っての大胆すぎる行為なワケで。 「えーと……」 俺もまた、かりんに冷やかされて以来、かなり深空を異性として意識しているし…… 何も思っていなければ、こんなに動揺しないはずだ。つまり、今まで自分でも気づいていなかっただけで本当は俺も、深空のことを……? 「…………」 それに深空のネガティブ思考も、自分に好意を寄せる異性がいれば、少しずつ変わってくるかもしれない。 友達でいることも大事だが、俺の気持ちを明かすのはプラスに働くのでは無いだろうか? 「(深空にその気が無ければ、俺が我慢して今まで通り  友達の関係でいれば良いだけだし、な……)」 俺は、自分の気持ちと深空の想いを確かめるために思いきってもう一歩だけ前に踏み出すことにした。 「あのさ、深空……」 「なんだか、こうしていると、まるで―――」 「新婚の夫婦とか、カップルみたいじゃないか?」 「…………」 「俺さ、今までずっと友達として深空のことを大事に 想ってきたつもりだったんだけどさ」 「でも、もしかしたら違ったのかもしれないんだ」 「軽い男だって思われるかもしれないけどさ……あの日 出逢った時から、その……」 「いいな、って思ってたんだよ。お前のこと」 「……その……可愛いな、ってさ」 「……翔……さん……」 「だから……深空の気持ちを聞かせて欲しいんだ。お前は 俺のこと……どう思ってるんだ?」 心臓が破裂しそうなほど緊張しながら告げた告白の勢いで俺は深空の返事を聞くために、勇気を出して振り返り…… 「……むにゃむにゃ……」 「…………」 盛大な肩透かしを食らった。 「って、寝てるのかよっ!!」 「……んぅ……すぅすぅ……」 俺の鋭いツッコミにも全く起きる気配がなく、それはもう本当に気持ち良さそうに眠っていた。 「くっそー……一人で勝手にドキドキして盛り上がって マジで馬鹿みたいじゃねーか」 自分の豪快な空回りっぷりがあまりにも恥ずかしすぎて死にたくなるほど猛省する。 「翔さん……」 「思いっきり人の告白をスルーして、なんつー笑顔で 寝てるんだよ、お前は……」 「どうですか? 美味しいですか?」 どうやら夢の中では俺に料理を披露して、たらふくご馳走しているようだ。 「なら良かったです。えへへ……むにゃむにゃ」 「よくねぇーっての」 ぷにぷにのほっぺたをつついてみると、柔らかくて無性に気持ちよかった。 「ちょうど夕方になって、少しは涼しくなってきたし…… それに、鬼ごっこで大分はしゃいだからな……」 俺なんかのために食事を作ると言う理由で、普段は大人しい深空があんなにはしゃいでいたのだ。 それに加えて、このうたた寝《日和:びより》の時間帯とあってはたしかに、疲れて寝てしまうのも無理は無いだろう。 「喜んでもらえて……良かったです……」 「…………」 「起きたら、あがりこんだ野郎の家で無防備に寝るなと 注意してやろうと思ってたが……毒気を抜かれたな」 どこまでも頑固なくらい一途で、他人の良いところしか見てなくて、馬鹿みたいに真っ直ぐで、明るくて…… なのに辛い過去を背負っているせいで、自分に自信を持てなくなってしまった危うさを兼ね備えている少女。 その一見したら危なっかしい少女は今や、ただの人間が手を出すことを躊躇うほどの存在になっていた。 「ったく……敵わないな、ホント」 『寝顔は天使』とは、まさにこのことだろう。 「こんな寝顔のヤツを襲える男なんて……いねぇよな」 悔しいことに、寝ている深空は絵になりすぎていて…… 出来ることならこのまま絵画にしてしまいたいくらい可愛くて……それだけでも十分すぎるほどに満足してしまっていた。 「おやすみ、深空」 俺は薄めのタオルケットを被せて、すやすやと眠る深空の寝顔を眺めながら、穏やかな時を過ごすのだった。 <新婚さんいらっしゃいませ> 「共同生活も数日が過ぎ、翔さんはそろそろ 新しい刺激がほしいとボヤいていましたわ」 「そこで、シロっちさんのアイデアを借りて私たちは 『新婚さんごっこ』をすることになりましたわ」 「この私が、どうしてそんなに恥ずかしいことを…… そう思ってましたけど、結局翔さんのテンションに 押し切られてノリノリでプレイしてしまいましたの」 「あ、あんな気持ち悪いこと、二度とやりたく ありませんわ〜〜〜〜〜っ!!」 「…………むう」 「どうしましたの、翔さん?」 「いや……マンネリだと思ってな」 「マンネリ?」 「ああ。こうして学園に通い、部屋に帰れば お前に家事を教えるだけの毎日……」 「いい加減、息抜きというか……何かこう、気分転換に なるような事が必要だと思ってな……」 「気分転換ですの……?」 「ちょっとした事でいいんだ……この繰り返しの日々に 何か新しい風を吹かせることができれば……」 「二人して、なんの悪巧みですか?」 窓に向かって俺が頭を抱えていると、背後から先輩が気配も感じさせずに忍び寄ってきた。 「あ、先輩」 「わ、悪巧みなんて、誤解もいいところですわ!」 「うふふ、冗談です。私の《可:・》《愛:・》《い:・》後輩が、悪い事なんて 考えるわけないじゃないですか」 「そ、そうですの……」 『可愛い』の部分を強調する先輩の真意を本能で感じ取ったのか、花蓮はこれ以上逆らうことをやめたようだ。 「それでなんの相談をしていたんですか? お姉さんで 力になれることなら、話しみてください」 「ええ、実は―――」 「(ちょ、ちょっと翔さん!)」 口を開きかけた俺を、花蓮が小声でたしなめる。 なるほど、俺達が一つ屋根の下で暮らしていることはまだ仲間たちには知られたくないらしい。 「実は俺の友人の……鈴木と木下っていうんですが この二人、男同士だというのに将来を誓い合った 仲で、最近同棲を始めたんですよ」 「まあ……」 「…………」 「ただ、最近倦怠期というか……二人で暮らしている 変わらない毎日に飽きてきているらしいんです」 「先輩……そんな二人を救うために、何かいい考えは ありませんか?」 「そうだったんですか……」 「(……よくもまあ、そこまでペラペラと嘘が  出てきますわね……)」 「(余計なこと言うな)」 と、目で訴えてくる花蓮を俺も視線でたしなめた。 「わかりました。愛の形は人それぞれですからね…… 私も誠心誠意、知恵を絞りましょう」 「ありがとうございます」 「そ、それで、何かいいアイデアはありますの?」 「うーん……こういう時は、案外初心に帰ってみるのが いいかもしれませんね」 「初心に、ですの?」 「同棲を始めたころの初々しい心……そして、将来を 誓い合った二人……これは、解決方法は一つしか ありません」 先輩の口ぶりに、次第に熱がこもっていく。 「そ、それはいったい……!?」 ゴクリと息を呑む俺と花蓮…… そして、先輩は俺たちの想像の斜め上を行く答えを口にした。 「新婚さんごっこです!」 「しんっ……!」 「こん……?」 「(そろそろいいかな……?)」 その日の夕方。俺と花蓮は部屋に帰る時間をずらしていた。 花蓮はすでに部屋の中。先輩の意見にならい、新妻のつもりで俺を迎え入れるようだ。 「じゃ、行くか……なんか緊張するな……」 俺は手のひらの汗をズボンで拭い、ドアノブに手をかけた。 「ただいまー」 「お帰りなさいませ! ア・ナ・タ」 「疲れたでございましょう? 先にお風呂にしますの? ご飯にしますの? それともわ・た・く・し?」 「…………」 「…………」 「…………………」 「…………わ・た・く・し?」 「だーーーーーっはっはっはっはっはっは!!」 「ぶっ飛ばしますわよ!? こっちだって死ぬほど 恥ずかしかったんでございますからね!」 「に、二回言った、二回……俺がノーリアクションな もんだから言い直したよこいつ……あはははは!!」 「きょ、協力した私がバカでしたわぁーーーーーっ!!」 「ご、ごめん、俺が悪かった……まじめにやるから もう一回やろう、な?」 「……本当ですわね?」 「本当だって、先輩が作ってくれた台本通りにやるから。 それじゃ、俺が部屋に入るところからな」 「ただいまー」 「お帰りなさいませ! ア・ナ・タ」 「ただいま花蓮! 一刻も早くお前に会いたかったぜ!」 「嬉しいですわぁ〜♪ さ、疲れたでございましょう? お風呂にしますの、ご飯にしますの? それとも……」 「風呂よりも飯よりも……お前を先にいただきたいな マイデスティニー!!」 「もう、エッチな旦那様ですわ……でも、そんなアナタに 惚れた私の負・け・で・す・わ♪」 「やっほう! 今夜は寝かさないぜマイエンジェル!」 「…………」 「…………」 「気持ち悪いですわぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「あはははははは!! 見ろよこれ、すっごい鳥肌!」 「ていうか、シロっちさんの新婚観はおかしいですわ! 何なんですの、マイデスティニーって!! なんで あの方に台本を任せたんですの!?」 「なあなあ、もう一回やろうぜ、もう一回!」 「も、もういいですわ! これ以上やったら私 ジンマシンが……」 「ただいまー」 「お帰りなさいませアナタァ!」 ……………… ………… …… <旅に出る櫻井> 「そう言えば、あの日を最後に櫻井くんの姿を 見かけなくなったわよね」 「ああ、秀一なら旅に出るとか言って出て行ったきり 戻って来なかったんじゃ」 「ええっ!? ちょっ……それ、ホントなの!?」 「うむ。なんでも、どこかのバカップルの攻撃にも 耐えられる精神と肉体を得るための旅だそうじゃ」 「ど、どこに行くつもりだったとか聞いてるの?」 「たしか、伝説の秘薬を求めてネパールへ……」 「まさか……冗談でしょ?」 「だと良いのじゃがのう……残念ながら未だに 帰ってこないところを見ると、恐らく本当に 旅立ったのじゃろう」 「さ、櫻井くん……」 「本編終了までに戻ってこれればいいのじゃが…… ネパールともなると、無理かもしれんのう」 「め、滅茶苦茶だわ……」 俺達が食事の残りを片づけていると、部屋の隅から櫻井とマーコの声が聞こえてきた。 「にしても珍しいのう。秀一が怒鳴るところなんて、初めて 見た気がするぞ?」 「……すまん。申し開きのしようもない」 「謝るような事ではないぞ。それに目の前であんな イロボケっぷりを見せられては、秀一でなくとも 怒って当然じゃ」 「ふむ……」 「麻衣子の助手という任に就いたのだから少しは 見所のある男だと思ったのだが、まだまだ未熟 だったようだな」 考え込む櫻井に追い打ちをかけるかのように、それまで黙っていたトリ太が口を開いた。 「……何も言い返せん。その通りだ」 「そこの《番:つがい》がどんなに破廉恥で鉄面皮だろうと 静かなる心を保てなかったのは、未熟以外の 何物でもない」 「あの一角だけモザイクをかけてやらんと、麻衣子の 情操教育にも悪いな」 「うむ。もう少し周りの事を考え、わきまえて欲しいの」 「……お前ら、さりげなく喧嘩売ってるだろ?」 「お前だと? 誰に向かって口を聞いているのだ! この愚か者がッ!!」 「こんな愚か者で、すみませんでしたーッ!」 「カケル……」 静香から向けられた哀れな視線に、ハッと我に帰る。 「くそ! ナチュラルに土下座してしまった……」 怒っていたのはこちらのはずなのに、何故だ!? 「何をやっておるんじゃ、お主たちは……」 ひれ伏す俺を余所に、櫻井は一人、肩を落とす。 「やはり耐えられんな、この空気は」 「うるせぇよ、そんなに腹が立つんなら鎮静剤でも 飲んでろ、このイカ!」 「翔、ちょっと落ち着いてって!」 「鎮静剤か……それもいいかもしれんな」 「櫻井君も本気にしないで。トリ太に言い負かされて ちょっと機嫌悪くしてるだけだから……」 「薬か、いいかもしれんの」 俺達のやり取りを見て、麻衣子が思い出したかのように声を上げた。 「どうしたの、マーコ?」 「昔、噂で聞いたことがあるんじゃが、今の秀一にピッタリ だと思ってのう」 「ほう……?」 「どんな薬なんだよ?」 「なんでも、生涯独身を貫き通した魔法使いが創った 伝説の妙薬として、代々語り継がれているものでな」 「その薬を飲むと、目の前で天地が割れんばかりに 激しく乳繰り合う男女がおっても、全く気にせず 平静を保っていられるらしいのじゃ」 「……へぇ」 「伝説とか魔法使いとか、いかにもって感じの単語 ばっかりね……」 「しょせん噂話だから、眉唾物じゃがな」 麻衣子自身がそもそも信じていないようで、そう言って肩をすくめてしまった。 「しかもそんなの誰が使うってんだよ、なぁ?」 馬鹿馬鹿しいと言った感じで、鼻を鳴らす。 「…………」 だというのに、何故こいつだけは真剣な顔で考え込んでいるんだ…… 「……マーコ、その薬はどこにあるんだ?」 「むぅ……確か、ネパールじゃったかの?」 「うぇ、海外かよ」 「てっきり地方の都市伝説かと思ってたわ」 もともと眉唾物の話だったが、海外ともなると、ますます胡散臭いことこの上ない。 「ふむ……」 ……だというのに、何故こいつだけはさっきよりも真剣な顔で頷いてるんだ? 「櫻井くん……まさか本気にしてないわよね?」 俺と同じ考えなのか、静香がそう訊ねるものの…… 「…………」 櫻井はやはり黙ったまま、何もない空間を見つめていた。 「ま、そんな話もあると言う事じゃ。やる事はまだ山積み じゃからな! サクッと再開するぞ!」 「…………」 麻衣子の言葉にも、櫻井は心ここにあらずと言った感じで適当に頷くだけだった…… <旦那を出迎える妻> 「翔さんのお家に着いた時、いいことを閃きましたので ちょっと待っていてもらって、一度やってみたかった お馴染みのシチュエーションを披露しました」 「翔さんは、なんて答えてくれるんでしょうか?」 「あぅ……食事なのかと見せかけて、セクハラされて しまいました……」 「予想外のエッチな誘いに動揺して、恥ずかしくなって 私の部屋に逃げ込んでしまいました」 「あぅ……今もまだ、胸がどきどきしてます……」 「結局、ボケだと思われたみたいで、意味不明な 返しで誤魔化されてしまいました」 「あぅ……少しはどきどきして欲しかったです」 「私が欲しいって言われて一瞬ときめきましたけど 冗談だったみたいで、しょんぼりです……」 「妻になりたかったら、最低でも裸エプロンくらいは 着こなして出迎えないとダメだって言われました」 「かなりエッチですけど、でも、翔さんのためなら…… よ、喜んでもらえるように、頑張りますっ!!」 「あー、腹減った……」 かりんと一緒に夕食の材料を買い、両手に荷物を抱えやっとの事で自宅に到着する。 「さっさと用意して晩飯くっちまおうぜ」 「ま、待ってくださいっ!!」 「ん? どうした?」 早足で家に入ろうとすると、なぜか俺の腕を掴んでそれを阻止してくる、かりん。 「翔さん、ちょっとここで待っててください」 「なんでだよ」 「な、何でもですっ!!」 「(わけわからん……)」 「私が『良いです』って言うまで入ってきちゃダメです」 「何でもいいから、さっさとしろ」 「は、はいっ! では行ってきますっ!!」 意図のわからぬ発言を残し、一人で俺の家に入って行ってしまうかりん。 「(何がしてーんだよ、あいつは……)」 空腹の腹をさすりながらもちゃんと律儀に待つあたり俺も大分かりんに甘くなったと言う事だろう。 「………………」 「…………」 「……」 「あぅ〜っ! もういいですよぉ〜〜〜っ!!」 大人しく待ってやると、しばらくして上機嫌そうなかりんの声が聞こえる。 「何だったんだよ一体……」 不審に思いながらも、とりあえず家の中へ入ってみる。 「おかえりなさ〜いぃ」 「………………」 俺がリビングへと足を踏み入れた途端、甘ったるい声でエプロン姿のかりんに出迎えられる。 「ご飯にする? お風呂にする?」 「それともぉ……あぅ」 「か・り・ん?」 そう言いながら、ひらひらとエプロンを動かすかりん。 「……そうだな……」 少し考えた後、俺は――― 「よーし、お父さんモリモリ食べちゃうぞぉ〜っ!!」 食事とみせかけてセクハラをする事に決めた俺はじりじりとかりんへ詰め寄る。 「あうぅっ!? 手がワキワキしてて、えっちです!」 「奥さん……今夜どうだい? ん?」 俺はポケットからおもむろに500mlペットボトルのファン太君グレープを取り出すと、すりすりとかりんの太ももに押し付けてみる。 「あうううううぅぅぅっ……卑猥すぎますっ!!」 「ええか? ええのんかぁ〜? ほれ、ほれほれっ!! クイッと、開けちゃうぜぇ〜……」 「あ、開けちゃうんですかっ!?」 「おうよ。へへっ、さっきいっぱい振ったからなぁ…… 炭酸がプシュっと飛び出して、お前さんのその身体を びしょびしょに濡らしちゃうんだぜぇ〜?」 「あぅあぅあううぅ……ちらっ……あうぅ〜っ……」 よほど気になるのか、恥ずかしそうに顔を隠しながらも指の間からチラチラとファン太君を覗き見ていた。 「んん〜? 欲しいんか? ほれほれ、自分の手で触って 開けてみろやぁ〜!!」 「あぅ……」 「それとも飲みたいんか? まさか飲みたいんかお前! シュワシュワした炭酸で、喉をごきゅごきゅ言わせて 爽やかに飲んじゃいたいんやろ!?」 「ん〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺のセクハラに耐えられなかったのか、かりんは真っ赤になって、ドタバタと2階へ上がって行ってしまった。 「ったく、アイツは……ドMでエロ娘なクセして よう判らんところでピュアなヤツだな」 普段から割と誘っているような言動をするクセに意外にオクテな姿を見せるかりんが可愛く思えて自然と微笑んでしまう。 「ハッ!? これじゃまるで俺が犯罪者のオヤジみたい じゃねーかっ!!」 すぐに我に返ると、自戒するように自分の頭を叩く。 かりんごときに勿体無い感情を抱いてしまった気恥ずかしさも手伝い、俺は変に調子づくのは控えようと思うのだった。 「んじゃあ、お風呂のようでいて、《石鹸:せっけん》でよろしく」 「あぅ?」 「一見お風呂なんだけど、実は石鹸なんだ」 「意味がわかりません」 「んな事もわかんねーのかよ、バーカバーカ!!」 俺は子供のように指をさしながら、バカにするようにかりんの周りをぐるぐると回って挑発する。 「わ、私、バカじゃないですっ!!」 「デュクシッ! デュクシ、デュクシッ!!」 ○学生が使っていそうな打撃音を口にしながらの攻撃で水平チョップを連続でお見舞いしてやる。 「あぅ〜! もぉ怒りましたっ! ぷんぷんっ!!」 「あー……殺してぇ」 「あぅ!? 急に殺意の視線を投げかけられてます」 「俺はそうやって擬音を口で言い放たれると、マジで ふつふつと殺意が芽生えるんだ」 「そんなの初耳ですっ! と言うか、以前はそんなに 怒られてなかった気がしますっ!!」 「今までは密かに我慢してたんだ。お陰で今、積もる 怒りが爆発したんだ。飛び散るほどにな」 「飛び散るほど怒ってるんですかっ!? そ、そんな 衝撃的な設定があるなんて、カルビショックです!」 「(何だよ、カルビショックって……)」 俺の冗談に本気で慌てているかりんを見ながら思わず笑いそうになり、どうにか不機嫌を装って、じろりと睨み返してやる。 「そ、そうとは知らずにすみませんでしたっ!! クセですけど、今後は気をつけてみますっ」 「おう」 どうせ無理だろうと思いながら、適当に頷いておく。 「はぁ……まさか、まだ翔さんの知らない一面があるなんて 思いませんでした……」 「知られざる裏設定ですっ! 実は私と隠れ幼馴染で 昔出会っていたのと同じくらいの隠し設定ですっ!」 「だから勝手な設定を捏造するなっての。そもそもお前が 俺の嫁ごっこをするには、2年早いからな」 「な、何だか現実的な数字が出てきたので、とっても 希望に満ち溢れている気がします」 「その……それくらいなら私、楽勝で頑張れそうです」 「ちなみに、魔界単位で2年な。人間界だと2万年な」 「死にますっ!!」 「じゃあ、かりんで」 「えっ?」 自分で誘ってきたクセに、その答えは予想外だったのか心底驚いたような声を上げるかりん。 「ちなみにかりんってのは、もちろんかりんとうの事な。 急に食いたくなったから、晩飯はかりんとうでいいや」 「あぅ! そんなオチ、ひどすぎます! 期待して 損しちゃいましたっ!!」 「ときめいちゃった私の三秒間を返してください……」 「お前、ほんと下ネタ好きなのな」 「下ネタじゃないですっ! 夫婦としての嗜みです! いわゆる一つのシキンスップです!!」 スキンシップだろ…… 「あっ! シキンスップじゃなくて、チキンスープです」 さらに離れてるし…… 「っつーか俺ら、結婚してねーっての」 「あぅ。でも、時間の問題です」 自信満々に、それでいて少し恥ずかしそうに大胆発言をするので、思わず俺も照れてしまう。 「ど、どこがやねん」 「むしろ、もう夫婦です。一緒に住んじゃってます。 夢が叶った感じです」 「ばっ……《兄妹:きょうだい》じゃなかったのかよ!?」 「あぅ? もしかして翔さん、その気になりましたか? でも、もうダメです。手遅れです」 「あたっくちゃんすを逃した女心の解らない翔さんが 迫ってきても、ぷぷいのぷいっ、です」 「だから、もっと早く私の魅力に気づけば良かったと 夜な夜な枕を涙で濡らすといいですっ」 「はいはい、そうだな」 「あぅっ!? 軽く流されてしまいましたっ! つんでれ 失敗ですっ!!」 「まぁ、本気で俺の妻になりたいんなら、最低でも 裸エプロンくらいはやってもらわんとな」 「は、裸えぷろん……ですか?」 「おう。そんなただのエプロンごときじゃ、残念ながら 俺の心は動かせないぜ」 「あぅ……なるほど……」 「ほれ、んなバカな事やってないでメシ作ろうぜ。 手伝ってやるからさ」 「は、はいっ!」 何やらぶつぶつと呟いているかりんの頭を軽く小突いて俺は空腹を満たすため、夕食の準備を始めるのだった。 「はぁ〜、お腹いっぱいです」 「俺も満腹だぜ」 「ふふっ、翔さんが慌てて食べて喉をつまらせた時は どうしようかと思いました」 「うっせー、しょうがねーだろ、腹減ってたんだから」 「翔さんが美味しそうに料理を食べてくれて、とっても 嬉しくてニヤニヤしてしまいます」 「変態か、おのれは」 俺は妙に気恥ずかしくなって、かりんに背を向けて冷蔵庫へと歩き、二人分の麦茶を注ぐ。 <早めに切り上げよう> 「うぅ……エッチしたせいで、眠くって絵本の作業に 集中できませんでした」 「翔さんも見かねて、今日は無理せずに早めに 終わらせて、休んだほうが良いって気遣って くれました」 「本当は頑張りたいけど、でも……翔さんの心遣いを 《無碍:むげ》にするわけにもいきませんでしたので、今日は 大人しく切り上げることにしました」 「今度から、エッチをする時は注意しなきゃです」 「ん……」 絵本を描きながら、うつらうつらと首を揺らす深空。 寝不足だと言うにも関わらずにあんな激しい運動をしてしまったのだから、無理もない。 「深空、眠いんなら無理せずに今日は早めに切り上げて 寝たほうが良いと思うぞ?」 「ん……そうですね……ううっ、情けないです……」 たしかに、切り上げる原因の寝不足も運動も、全てエッチな事が理由だと言うのは少々情けないが…… それも全て、俺に対する純粋な好意から来るモノなのだから、悪い気はしなかった。 「(やべ、また勃ってきやがった……)」 その隠された淫乱ぶりを深空の姿と結び付けてしまいついつい息子が反応してしまう。 「認めたくないものだな。若さゆえの過ちと言うのは」 「?」 俺は自分の現金すぎる股間に溜め息しつつ、それを気づかれないように体勢を崩す。 「それじゃあ、すみませんけど今日はもう帰ります」 「ああ。あと、今日は帰ったらすぐ寝ろよ。あんだけ やったんだから、自慰は我慢しとけ」 「ふぇっ!?」 「オナってまた寝不足になったら本末転倒だからな」 「わ、私そんなにエッチじゃないですっ!!」 恥ずかしそうにぷんぷんと怒る深空をからかいながら徐々にエロスな気分から平常時のそれへと持っていく。 「もぉ、翔さんなんて知りませんっ!」 「俺は嬉しいんだけどなぁ、深空がエッチな分には」 「うぅっ……これ以上いじめないでくださいっ」 マゾっ気がある事が判明した深空をこれ以上いじめると本当に今夜あたり悶々とするかもしれないので、無難にこの辺りで止めておくことにする。 「それじゃあ、また明日な」 「は、はい」 「えっと……今日は、ありがとうございました」 「私、無茶言っちゃったのに、付き合ってくれて…… その……いっぱい愛してもらいました」 照れ照れになりながら、ぺこりとおじぎをする深空。 「ですので、しばらくは平気だと思います」 「ん?」 「だ、だから……え、エッチなことです」 「これからしばらくは、絵本の方に打ち込みたいので すみませんけど、その……」 「おう、別にいいって。気にするな」 たしかに覚えたてな上に若い俺たちだが……ヤりたい盛りとは言え、時と場合を《弁:わきま》えてもバチは当たらないだろう。 「ごめんなさい……あんな事言っておいて、いきなり お預けをお願いしてしまって……」 あんな事、と言うのは恐らく他の女の子に手を出さない代わりに、好きなだけ抱いていいと言う話の事だろう。 「平気だって。その間に浮気とかもしないし、そもそも 俺もずっと絵本作りに付き添うからさ」 「あぅ……ありがとうございます」 「それじゃあ、また明日です」 「ああ。明日から、頑張ろうな」 「はいっ!」 頑張った甲斐があってか、すっかりと迷いの晴れたような表情で、満面の笑顔を見せる深空。 恋人として、そしてサポート役として、少しは深空を支えられたようで、思わず笑みを漏らす。 俺も明日からの絵本作りを考え、仕切りなおすつもりで気負いを入れなおすのだった。 <明かされる真実> 「私が過去へと戻るたびに失っている『代償』を 知ってしまった翔さん」 「その『代償』を知った瞬間、動機を除くほぼ全ての ピースが一つに繋がって、翔さんの中で私の正体を 確信したみたいです」 「私が『未来からきた、変装した深空ちゃん』だって 言うことも、完全にばれちゃいました……あぅ……」 「……つまり、副作用があるのじゃ」 「副……作用?」 永い沈黙に終わりを告げる麻衣子の口から出てきた言葉はより重い現実となって、俺に圧し掛かってきた。 「一ヶ月以上の長いスパンで過去に戻るのは、現状の 試作型タイムマシンの耐久値では不可能じゃ」 「出来たとしても、タイムマシンは壊れて、もう二度と 使い物にならなくなってしまうじゃろう」 「そうしたら、その世界では極力他人との接触を避けて 特に自分を知る相手には会えない状況になるじゃろう」 「………………」 つまりそれは、かりんが遠い未来から来たわけではなく《何:・》《度:・》《も:・》《過:・》《去:・》《へ:・》遡っている事を指すのだろう。 「何度も念を押すようじゃが、これから言う理由を聞けば 欠陥品で、何度も使えるような発明で無い事をわかって もらえると思う」 「お主がなぜ、そこまで固執するのかは解らんが…… 仮にあのタイムマシンを使おうと企んでおる人物が おるのなら、絶対に止めさせるべきじゃ」 「…………」 「なぜなら―――」 「はぁ、はぁ、はぁっ……」 学園内を探し回ってもいない、かりんの姿を求めて俺は急いで自宅へと戻っていた。 「かりん……!!」 慌しく家に入ろうとするも、すぐに靴が無い事でかりんがまだ戻ってきていないのを悟る。 「くそっ……あいつが行きそうな場所って、いったい どこなんだよ―――」 気がつくと俺たちの前からいなくなっていたあいつが行くような場所など、見当もつかなかった。 「……まさか……」 だがその時、俺の脳内に、ある場所が思い浮かぶ。 『……私が落ち込んだ時とかによく来るんです。 悩み事なんて忘れさせてくれる場所だから』 それは、あいつとの想い出の場所であり――― 『小さい頃にお母さんと一緒に来たとき、すっごく 気に入っちゃって……それ以来たまに行くんです』 そして『深空』にとって……特別な場所だった。 俺は、今も独りでいるであろう少女の下を目指して再び走り出した。 ……………… ………… …… <明日をお楽しみに!> 「せんぱいと別れて、鳥井さんと二人で帰る天野くん」 「そう言えば、鳥井さんのお《家:うち》ってどんなところ なんだろ?」 「あんなすごい機械をいっぱいもってるんだから きっとハイテクなお家なんだろうなぁ〜」 「私のお家なんて、オンボロのパン屋だし……ふぇ…… い、いいもん! お父さんもお母さんも優しい人だし 貧しくってもあったかい家庭だもん!!」 「あれれ〜? でも、天野くんがお家の事を訪ねると なんだか曖昧な返事が返って来たみたいだよ〜」 「謎だね〜。謎だよ〜。イッツァみすてりぃだよ〜」 「けっきょくお家の事は教えてくれないまま、明日を お楽しみにねって言い残して、帰って行っちゃった 感じだよ〜」 「ふえぇ……明日、何かいいことが起こるのかな? なんだろ、なんだろ? 気になるよ〜」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「って、さっきからついて来てるけど、お前も家 こっちなのかよ?」 「あぅ。乙女の家を詮索するなんて、エッチです」 「あーそーですか。そいつはすまんかったな」 「いえ。……気にしないで下さい」 世間話のつもりが、どうにもヒラリとかわされてしまいイマイチ距離感が掴み辛いヤツだった。 自分から寄って来るくせに、こちらが歩み寄ろうとすると、必ず一歩下がると言う感じだ。 「それでは、私もこの辺りで失礼します」 「ん? ああ、そうか。んじゃーな」 「はい。また明日です」 「おうよ」 適当に手のひらを上げて挨拶をすると、背を向けてかりんとは別の道を歩き出す。 「あの……か、翔さんっ!」 「ん? なんだよ、かりん」 が、すぐに呼び止められてしまったので、再びかりんの方を振り向くと、あいつはその場所を一歩も動かずに、ただこちらを見つめていた。 「明日を楽しみにしておいて下さいねっ!」 「明日? 何かあるのか?」 「あぅ! それはヒミツですっ!!」 「お前、なんでも秘密なんだな」 「とにかく、明日は翔さんの夢が一つ叶いますので 楽しみに待っていて下さいっ!」 「あううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ……」 何が恥ずかしかったのかは理解不能だが、かりんはそれだけ言うと、照れながら走り去ってしまった。 「なんなんだ、いったい?」 意味深な言葉を残して去っていったメガネ娘を思い浮かべ、俺は一人、首をひねるのだった。 <晩御飯は三人で> 「深空ちゃんと私の強い要望で、翔さんのお家で コバンくん鑑賞会をする許可を貰いましたっ」 「と言うことで、深空ちゃんと一緒にコバンくんの DVDを持って翔さんのお家へ遊びに行きました」 「そして、翔さんと深空ちゃんのお二人に、手作りの 晩御飯をご馳走しましたっ」 「あぅ……まるで夢みたいな、幸せな一時です……」 「お邪魔しまーす」 「あうぅ〜♪」 「だから、誰もいねぇっての」 「えへへ。ついクセで、ご挨拶してしまいました」 放課後、約束通りにコバンくんのDVDを(大量に)持って、深空とかりんが俺の家へ遊びに来ていた。 これからついにコバンくんの鑑賞会なのだが…… 「アニメを観るだけにしちゃ、大荷物じゃないか?」 「あ、これですか?」 かりんが、抱えている大きなバッグを俺に見せてくる。 「おう。まさかお泊りセットなんか入ってるんじゃ ないだろうな?」 「え!? と、泊まってもいいんですかっ!!?」 「ダメだっつーの!!」 「あぅ……残念です」 「んで? お泊りセットじゃなけりゃ、それはいったい 何なんだよ?」 「はい。実はですね、もう夕方ですのでコバンくんを 観る前に、先に晩御飯を作ろうかと思いまして」 「かりんちゃんが作ってくれるみたいですよっ」 「マジで?」 「はい。まじです。ですので、お二人は翔さんの部屋で いちゃつきながら待っていてください」 「いちゃ……っ!?」 「ばっ! な、なに言ってんだよお前は!!」 「ヘンな音が聞こえてきても耳栓をしておきますので 色々と頑張ってくださいっ!」 「ちょっ……」 俺が突っ込みを入れる前に、目にも止まらぬスピードで勝手に台所を使い始めるかりん。 「あぅ……」 「あー……ど、どうしようか」 「はぇっ!?」 「いや、あんなこと言われたら部屋にも案内し辛いし ……ここで待っててもらってもいいか?」 「は、はいっ! どどど、どこでも平気ですっ」 「じゃ、じゃあここで待ってるか」 「あぅ!? お二人とも、私に見えるところで色々と しちゃうつもりですかっ! 大胆ですっ!!」 「んなワケあるかっ!! いいからお前は、黙って 晩飯でも作ってろ!」 「うううぅぅぅ〜〜〜……」 からかわれて恥ずかしかったのか、深空は真っ赤になったまま、俯いて縮こまっていた。 「(くそ、あの馬鹿メガネ娘のせいで、めちゃくちゃ  気まずくて気恥ずかしいじゃねえか……!!)」 「っ!?」 「うおっ!? ご、ごめん!!」 お互いに意識しまくっているせいで、ただ目が合っただけなのに、なぜか反射的に謝ってしまう。 「あう〜♪ 初々しいです〜♪」 「黙れっ、ボケンティックメガネ娘ッ!!」 「あぅ〜♪」 そうして俺たちは、二人してかりんの手のひらの上で踊らされながら、落ち着かない空気の中、料理が出来上がるのを待つことになるのだった。 ……………… ………… …… <晩御飯は手作りで〜花嫁修業娘・かりん〜> 「あぅ!」 「昨日の宣言どおり、頑張って手間暇をかけて手料理の 晩御飯を披露しました♪」 「学園を休んだので、ゆっくり買い物して時間をかけて じっくり作ることができましたっ」 「翔さんにもとても気に入ってもらえたみたいで すっごく幸せでした……あぅ」 「やっと出られた……」 かりんの言いつけ通りトイレも我慢して自室へと軟禁されていたのだが、やっと解放されるらしく用を足してからリビングへと足を運ぶ。 「お前のせいで、危うく漏らしかけたぞ」 「な、何もそこまでしなくても良かったです」 「で? ここまで待たせたんだから、そりゃあもう 面白いモンでも見せてくれるんだろうな?」 「面白くは無いと思いますけど、美味しくできる ようには頑張りました」 「あん?」 「ささ、こちらです♪」 「お、おい、ひっぱるなよ」 「えへへ……じゃじゃーん! ですっ!!」 「おおっ!?」 かりんに引っ張って連れてこられた食卓には、見るからに美味しそうで豪華な料理が並べられていた。 「これってひょっとして……お前が作ったのか!?」 「あぅ! 当たり前ですっ」 「……その、昨日お約束しましたので、頑張りました」 「頑張ったって、お前……」 素人目に見ても、かなりレパートリーが豊富な数々の美味しそうな料理に、思わずたじろいでしまう。 「下ごしらえの準備に時間がかかりますので、きっと 私が学園に行っていたら、翔さんがお腹を空かせて しまいますので……」 「お前、もしかしてそれで今日わざわざ休んだのか?」 「あぅ……翔さんを見返すため、です」 「そっかよ……ははっ」 そのあまりの意地の張り方に、思わず笑ってしまう。 「そこまでされちゃ、俺もマジで採点してやらなくちゃ 失礼ってモンだよな」 「はいっ! 遠慮なく言ってくださいっ!!」 「どれどれ……?」 俺はひとまず、モッツァレッラチーズとトマトのフレッシュな感じの前菜サラダを口に入れる。 「ど、どうでしょうか?」 「…………」 「まっ、なかなかウマインじゃねーの〜っ? ウマイよ。かなりウマイ」 「あぅ……コメントが内容に反して淡白です」 「だってよ、なんかよくわかんねーけどよ…… あんまり味がしねーよ……このチーズ!」 「あぅ! チガウ! チガウ! 違いマスっ!!」 「トマトといっしょに口の中に入レルンデス!」 「なにぃ〜? トマトといっしょにぃ〜〜〜? そのくらいでウマくなるはずが……」 「ゥンまああ〜〜〜〜〜いっ!!!!」 思わず怪しげに舌を巻いてしまうくらいに美味かった! 「あぅ。喜んでもらえて良かったです」 「いや、しかし、冗談抜きでマジ美味いぞ……」 「えへへ……そう言っていただけると、頑張った甲斐が ありました」 正直、美味そうな見た目に反してものすごくマズイとかそう言った漫画のような展開を想像していたのだが…… それが失礼な妄想だった事をわびなければならないほどに素晴らしい味だった。 「いや、《侮:あなど》って悪かったな。こりゃ俺の完敗だよ」 「えへへ……それほどでもありますっ♪」 「すごいな、お前。お嫁さんにもらいたいくらいだ」 「お、お嫁さんですか?」 「おう。こりゃマジでいつでも結婚できるんじゃねえ? ああ、でもドジっ子だから洗濯とか怪しいか」 「い、いえ! 洗濯くらいなら、たぶん出来ますっ!」 「(でも、自信無いんだな……)」 「しっかし、どうやったらこんなに上手くなるんだ? 深空にすげーコツでも習ったのか?」 失礼な話、見た目からして色々と抜けてそうなダメダメかりんがここまで上達するには、それ相応の『何か』が必要と言う気がしてならなかった。 「いえ、深空ちゃんはお料理が壊滅的に下手ですので 私は自力と言いますか、独学でお勉強しました」 「え? 深空って料理出来ないんだ?」 「はい。それはもう、見事なまでに出来ません。 ……私も、ヒトのことは言えないんですけど」 「なんだお前、昔は見た目通り、料理ダメだったのか?」 「はい。それはもう、見るに耐えない不器用さでした」 「(自分で言うとは……よほど不器用なんだな)」 恐らく、聞くも涙語るも涙の失敗談が山のように存在するのだろう。 「だいたい、お料理の本って根本的に間違っていると 思うんですよっ!!」 「そ、そうか? んなこたぁねーんじゃ……」 「いえ! お料理の本がもっと初心者に優しかったら 私はここまで苦労はしなかったはずですっ!!」 「何ですか、あの『適量』って……適量が解るんなら 初めから本に書いてある分量なんて読まないです!」 「た、たしかにそうかもしれねーな……」 「ですですっ!!」 普通の人なら問題がなくても、よほど苦労したのだろうかりんが、力強く頷いて不満を表していた。 「(相当、苦労したんだな……コイツ)」 恐らく、両極端そうな性格をしていそうなかりんには適量だの適当だのと言うさじ加減は難しいのだろう。 <晩飯は天野家特製カツ丼ナリ> 「遠まわしに、迷惑じゃありませんわって説得したら 何とかこのアパートに留まってくれることになった 翔さん……一安心ですわ」 「……って、だからどうして私が必死にならなくては なりませんの!?」 「……別に私は、その……翔さんと一緒に住みたい と言うわけでは無いんでしてよ……?」 「でも、まだ翔さんには家事について色々と教えて 欲しいことも多いですし、今この同棲を止めると 非効率的で都合が悪いんですわ」 「……プロポーズの一件だって、まだ保留ですし」 「はぁ……そんな考えを巡らせている私の気持ちなど 露知らず、今日は天野家に伝わると言う特製の料理 などを作ってくださいましたわ」 「『カツドン』という日本料理らしいですけど…… なんだか、どんぶりの上にカツが乗ってるだけの 安直な料理でしたわ」 「こんなもの、食べないと言ったら食べませんわ!」 「……でも、一口くらいなら試しに食べてみても よろしいですわ」 「……と、そんな風に軽い気持ちで箸を口に 運びましたの」 「……初めて体験したあの味は、今でも忘れることが 出来ませんわ……」 「こんな美味しい食べ物が世の中に存在していただなんて ……衝撃すぎますわっ!」 「翔さんが教えてくれる世界は、私にとって、驚きと 発見に満ち溢れた、新鮮なものばかりですわ……」 「…………」 「…………」 「……何なんですの、これは?」 俺たちはテーブルをはさみ、ホカホカと湯気が立ち上るどんぶりを凝視して対峙していた。 「さあ、召し上がれ」 「これは何かと訊いているんですの!」 どんぶりの上には、黄色い卵で閉じられ、その上に鮮やかな緑色の三つ葉をあしらった、黄金色に輝く物体が乗っていた。 「うむ、よくぞ訊いてくれた」 「これは、天野家に代々伝わる門外不出の究極メニュー ……その名も『カツ丼』というものだ」 「カ、カツドン……?」 「ポイントは、全体のアクセントとなる三つ葉でな」 「三つ葉が無ければカツ丼を作るなと言いたいほどだ」 どこぞのグルメ漫画よろしく、俺が解説を始めようとした時だった。 「そ、そんな事はどうでもいいですわ」 花蓮が拳でテーブルを叩く。 「こんな汚らしい、下品そうなお料理を私に食べろって 言うんですの!?」 「汚らしいって……嫌なこと言うなよ」 「たしかに上品とは言いがたいけど、味は保証付きだぜ」 「ふんっ、そうは見えませんわね」 「だいたい、こんなご飯の上にカツを乗せただけの お手軽料理なんて、料理と呼べませんわ!」 「(つい数日前までカップ麺の残り汁で飯食ってたヤツの  言うことかよ……)」 そう突っ込みたくなったが、ここはグッと堪える。 「いいから食ってみろよ、文句はその後だ」 そう言いながら、箸を手にしてどんぶりをかっこむ。 「うぅ……そんなにガツガツと……」 「うん、うまい」 「この飯を包み込む衣と卵が織り成すハーモニー…… そして肉汁溢れるロースカツ……」 「噛み締めると豚肉がシャッキリポンと舌の上で 踊るぜ!」 「そ、そんなにおいしいんですの……?」 「お前も食べてみたらどうだ?」 「た、食べないと言ったら食べませんわ!」 「そう言いつつも、箸は構えるのな」 「小腹が空いているから、仕方なくですわ!」 「そうっすか」 「こんな……ドンブリの上にカツが乗ってるだけじゃ ありませんの……おいしいわけが……」 「(まだブツブツ言ってやがる……)」 文句を垂れながらどんぶりを手に、花蓮がカツを一切れ飯の上に乗せて、恐る恐る口に運ぶ。 そして…… 「……ぬぅっ!」 箸を咥えまま、花蓮が目を見張る。 「香ばしく揚がった衣に包まれるジューシィな豚肉…… 胸をすくような三つ葉の香り……」 「そして半熟加減を絶妙に見極められた溶き卵!」 「わからないのは隠し味ですわ……この味、香り ……どこかで覚えがあるのですが……」 「ふん、《小癪:こしゃく》な……この花蓮を試そうというんで ございますわね」 「…………」 しばし考えた後、花蓮がクワッと目を見開く。 「醤油ですわね!? これは我が家の台所で眠っていて 熟成された特選醤油! そうですわね!」 「いや、たしかにそこ戸棚に入ってたやつだけど…… 科学調味料たっぷりの普通の醤油だと思うぞ?」 「このカツ丼を作ったのは誰だぁ!」 「俺だよ!!」 しばし花蓮の暴走に付き合った後、改めて訊く。 「……で? 花蓮的には、今回の俺の料理に星を いくつくれるんだ?」 「ふ、ふんっ! この程度の料理では、私の舌を 満足させるには足りませんわ!」 「せいぜい、星3つがいいとこですわね!」 「(満点じゃねえか……)」 どうやら、システムをよく理解していないらしい。 「まったく、こんなもの……贅沢な材料を使っていて この程度なんて、なってませんわ……」 ブツブツ言いながらも、残りのカツ丼をパクつく花蓮を俺は苦笑しながら眺めるのだった。 ……………… ………… …… <最終決戦前夜〜かりん〜> 「泣いても笑っても明日が最後……ですので、私は 深空ちゃん以外のみんなを、教室に集めました」 「今までのお礼と、私だけは空を飛ぶことを諦めない けど、みんなは深空ちゃんの方を支えて欲しいって お願いをしました」 「みなさん……本日は、お集まり頂いてありがとう ございました」 いよいよ期限まであと一日となった今日、かりんは深空以外のみんなを別の教室へと集めていた。 「まず初めに、今まで付き合っていただいたみなさんに 心からお礼を言いたいと思います」 「みなさんがいなかったら、きっと私はもうとっくに 挫折して、今日この場にすらいられなかったと…… そう思っています」 「鳥井さん……」 「…………」 「私は、みなさんを信じています」 「私たちならきっと―――誰もが思い描く 最高のハッピーエンドへ辿り着けるって」 それはこの先に待ち構えているであろう、かりんを縛り続けてきた『未来』と言う名の運命を打ち破る決意を抱いた言葉だった。 きっとそこには、今の俺達では計り知れない―――長い年月くり返し挑戦をし続けて来たかりんにしか解らないものなのだろう。 「みなさんと過ごしたこの一ヶ月は……私にとって 一生の宝物になりました」 「ですから、例え明日どうなろうとも―――みなさんが これ以上は考えられない、最高の仲間だと言うことに 変わりはありません」 「じゃ、じゃが……」 「最後にっ!」 泣きそうな麻衣子の言葉を断ち切るように、かりんが想いを乗せた強い《言霊:ことだま》を被せてくる。 「最後に……一つだけ、お願いがあります」 「お願い……ですか?」 「はい」 「私はまだ、空を飛ぶ事を諦めませんけど……その代わり 深空ちゃんを助けてあげる事が出来ません」 「ですから……私の分まで、深空ちゃんを支えてあげて 欲しいんです」 「…………」 「悪いけど、そのお願いは却下ですわ。他のお願い事に して下さいませ」 「え……?」 「……そうね。たしかに却下ね」 「な、何でですかっ?」 「たしかに雲っちさんを助けたいと思ってますわ」 「でも私は、鳥っちさんに頼まれるから、雲っちさんを 助けたいわけじゃありませんでしてよ?」 「頼まれたから支えてあげる……って言うのは、たしかに 少し違いますね」 「ですから今後、私が雲っちさんを支えるとしても…… それは、自分がしたいからするだけですわ」 「花蓮さん……」 「それで……他の願いごとはないのか?」 「他の……お願い……」 「遠慮しねーで、最後に何かあれば言ってみろよ」 「…………」 かりんは無言で押し黙りながら、手探りで言葉を選んで何かを呟くように口を動かす。 「明日で……私達、飛行候補生メンバーは解散します」 「ですから、これが私の最後のお願いになると思います」 「…………」 まるで永遠のお別れのような口ぶりで『最後』と告げるかりんに、少なからず動揺してしまう。 未来を識るはずのかりんが、俺たちとの別れを語っているのだから……無理もない話だろう。 「明日は―――決して誰も、この学園に近寄らないで 欲しいんです」 「え……?」 「どう言う事なの? それ……」 予想外の意図が解らぬお願いに、思わずみんなでキョトンとしたリアクションをしてしまう。 「詳しい事は教えられませんが……一人に、させて 欲しいんです」 「…………了解なのじゃ」 「そんな風に言われちゃったら、断るわけにも 行きませんね」 「……ですね」 「で、でも……そんなお別れみたいな言い方は止めて 下さいましっ!」 「まるで、もう二度と会えないような……」 「あ、明日、学園には近寄らないですわ。でも、それで 黙って立ち去るなんて言うのはダメですわっ!!」 「……はい。大丈夫です。お別れなんかじゃ、無いです」 「例え離れていても、きっと繋がっていますから……」 「だから、優しく迎え入れて下さい。笑顔で戻ってくる 私の事を……」 「はいっ」 「当然じゃっ!」 「明後日は鳥井さんのおごりで打ち上げだからね?」 「みんなで鳥っちさんを待ってますわっ!」 「夏休みは、まだまだこれからだしな」 「だな。みんなで遊び倒そうぜ、かりん」 「みなさん……」 「はい! よろしくお願いしますっ!!」 全員一致で、かりんが望むであろう答えを出すと嬉しそうな笑顔を見せる。 一体かりんが何を背負い、明日に何が起こるのかは俺にも解らない。 けれど俺達は、かりんの言葉を信じる事にしたのだ。 どんな事が起ころうとも……また、みんな笑顔で過ごせる最高の夏休みが、続くであろう事を。 <最終決戦前夜〜深空〜> 「みんなで深空ちゃんを応援して、絵本の完成を目指す 深空ちゃんの背中を支えました」 「私は、これがどれほど温かくて、尊いものか…… その気持ちが、痛いほどよく解りました」 「みなさん、本当に優しくて……深空ちゃんにとって 私も、そう映っていられたら、って思いました」 「だから私は、深空ちゃんの親友の『鳥井 かりん』 として、精一杯の応援をしました」 「私には見守る事しか出来なかったですけど……それが かけがえの無い支えになったと、信じています」 俺たちが教室へと着いた時、すでにみんなが深空の元へ集まっていた。 出会った頃は、どこか放っておけない脆い面があった少女が、今や仲間の声援で自らを奮い立たせ、誰より力強い姿を見せていた。 それはまるで、かりんのようで―――俺は今更ながらに二人は同一人物なのだと、改めて理解した。 「深空……頑張れ!」 「頑張って下さい、深空ちゃんっ!!」 「はい……頑張りますっ!!」 きっと今の深空なら……この苦難を乗り越え、無事にやり遂げる事が出来ると、確信していた。 「こんなに余裕がある深空ちゃんは、初めて見ます」 「え……?」 そんな事を想いながら深空を眺めている俺の耳にだけかりんの呟きが届く。 「数時間の差かも知れませんが―――少しだけ仮眠する ことだって、出来るかもしれません」 「そうだな。きっと完成するさ」 「この数時間が……願わくば、深空ちゃんにとって 少しでも安らげる時でありますように」 「かりん……?」 「あぅ。何でもありませんから、気にしないで下さい」 どこか変なかりんに疑問を抱いていると、取り繕うような笑顔を向けられ、誤魔化されてしまう。 「深空ちゃん、ラストスパートですっ!!」 「はいっ!!」 ……………… ………… …… 夜の学園にいつまでも響くみんなの声援は、深空の背を支えるように、彼女の手を動かし続ける。 今は、ただ、がむしゃらに。 この先に何が待ち受けるのかを知らない俺たちは……ひたすらに物語の《終焉:しゅうえん》へ向けて、進み続けるのだった。 そして――― 7月、31日。 かりんとの約束の期限であり、深空のタイム・リミット。 全ての終わりの日……俺たちの、運命の日が訪れた。 <最終決戦前夜〜灯〜> 「無条件で私を信じて今まで無償で協力してくれて みんなの影の保護者として支えてくれた灯さんに 改めてお礼を告げました」 「灯さん……明日を乗り越えられたら、きっとまた 必ず会いに行きますから、待っていてください」 「先輩……」 花蓮の元を離れ、次に見つけたのは、階段の前に立つ先輩の姿だった。 「灯さん……」 「鳥井さんと、天野くんですね……?」 「はい」 「今まで、本当に……ありがとうございました」 開口一番、先輩にお礼を告げるかりん。 その言葉にどれほどの意味が籠められているのかは俺には計り知れないものなのだろう。 「……初めて鳥井さんに会った時……直感したんです。 この子と、仲良くなりたいって」 「どこまでもピュアで、羨ましいくらいに真っ直ぐな 『想い』を感じる、鳥井さんと一緒にいたい、って」 「だから最初、私に協力してくれたんですか?」 「まあ、ありていに言えばそういう事になりますね」 「私が協力しなければ、鳥井さんが困るんなら…… 楽しくお手伝いした方が良いじゃないですか」 「……先輩らしいポジティブシンキングっすね」 「灯さんは、本来……私の我侭に巻き込むつもりは 無かった人なんです」 「でも、今では……かけがないの無い仲間だと…… そう思ってます」 「……私も鳥井さんのお陰で、こんなに面白くて 素敵なみんなに会えた事、感謝してるんですよ」 「そう言っていただけると、助かります」 「けれど、自分が鳥井さん達の力になれたのか…… その自信はありません」 「結局、私に出来る事は……少なかったですから」 「いえ、そんな事はありません!」 「灯さんの手助けが無かったら……みんな、今みたいに 自由気ままな活動なんて、出来ませんでした」 「影の保護者として、みなさんを支えてくれたからこそ マーコさんも発明に集中できたんだと思います」 「鳥井さん……」 「ですので……今度、是非お礼をさせて下さい」 「きっとまた、必ず会いに行きますから……だから その時まで、待っていて下さい」 「ふふふっ、そうですね。じゃあ、そのお言葉に 甘えちゃいます」 「とびきりのお礼を期待して待ってますから…… 必ず―――また会いに来て下さいね?」 「はいっ!!」 先輩の言葉に勢いよく返事をする、かりん。 俺の与り知らぬところで繋がっていた二人は、どこか特別な感情を抱いていたのかもしれない。 そんな事を思いながら、俺は二人の姿を眺めていたのだった。 <最終決戦前夜〜花蓮〜> 「花蓮さんに、実は私が密かに憧れていた女性なんだと 言うことを打ち明けました」 「それに、麻衣子さんの危険な実験を手伝ってくれる 頼もしい人は、後にも先にも花蓮さんだけでした」 「『空を飛ぶ』なんて言うめちゃくちゃな実験は きっと花蓮さん無しでは行うのも難しくて…… かけがえの無い存在です」 「優しくて、頼りになって、明るくて……そんな 理想のお姉さんみたいだった、花蓮さん」 「今まで本当に、ありがとう御座いました」 「そして願わくば、今後も……とびきりの笑顔で 会えるようになれると祈ります」 「ふぅ……」 「翔さん」 ひとまず今日は解散と言うことになり、それぞれの想いを抱きながら、みんな散り散りになっていた。 とは言え、深空の事が気になっているのか、どうやら誰も学園の外へは行っていないようだが…… 「翔さん、深空ちゃんのところへ行ってあげて下さい」 「ん……ああ。もちろん、すぐにでも行きたいんだが ……お前だって、辛いんだろ?」 「え……?」 「何があるのか、ハッキリとはわかんねーけどさ…… また無理して一人で泣かせちまうワケにもいかねえ からな」 「か、翔さん……」 「それに深空も、今はまだ気力が充実してるみたいだし ……もう少しだけ、お前に付き合うよ」 「……はい」 「私も、本当はすぐにでも深空ちゃんのところへ行って 支えてあげたいんですけど―――」 「でも、どうしても、もう一度……改めてみなさんと お話しておきたいんです」 「……そっか」 「はい。最後だから……いえ、最後にならないように ……私が頑張れるよう、力を貰いたいんです」 「それじゃ、会いに行くか。みんなのところへ」 「はいっ!」 俺達は、学園内にいるであろうみんなの姿を探して教室を後にする。 ……………… ………… …… 「…………」 そして、学園の入り口である下駄箱の前で、一人目となる花蓮の姿を見つける。 「花蓮さん……」 「……鳥っちさん、ですの?」 「はい」 どこか元気の無い花蓮に、そっと優しく触れるように近づく、かりん。 「…………」 「…………」 しかし、何か会話するわけでもなく、すぐさまお互いに沈黙してしまう。 俺もまた、二人の言葉に出来ない気持ちを察してただ成り行きに任せ、見守っていた。 「鳥っちさん……すみませんでしたわ」 「え……?」 「私、あれほど大見得を切っておきながら……結局 何のお役にも、立てませんでしたわ」 「……いえ。そんな事は、ないです」 「花蓮さんがいなければ、私たちの実験は手詰まりで ……きっと、実験すら出来ずに終わっていました」 「鳥っちさん……」 「麻衣子さんの考え出した案を、実現に近づけるために 行動へと移してくれた花蓮さんには……数え切れない ご恩があるんです」 「で、でも……!」 「それにですね……最後だから白状しちゃいますけど…… 実は、私―――花蓮さんに、憧れてたんです」 「え?」 「いつだって頼りになって、優しくて、みんなに 好かれてて、そして飛びぬけて明るくて……」 「私にとって花蓮さんは、そんな理想のお姉さんのような 素敵な人だったんです」 「そ、それは持ち上げすぎですわ」 「そんな事ありません! 少なくとも、私にとっては 真実、そうだったんです」 「この『かりん』って言う名前も、花蓮さんから頂いた ものなんですよ?」 「え……? ど、どう言うことですの?」 「実は偽名だったんです。私の名前……」 「それで、何で私の名前を……? 理解できませんわ」 「全て終わったら―――詳しくお教えしますから。 だから、待っていて……もらえますか?」 「……ええ。詳しく聞かせてもらいますわ」 「ですから……」 「必ず、また会いに来て欲しいですわ!」 「……はい。必ず」 俺たちに背を向け、その涙を隠そうとする花蓮に優しい笑顔で応える、かりん。 その瞳には嘘偽りの無い、約束を《携:たずさ》えた『決意』が揺らぐ事無く宿っていたのだった。 <最終決戦前夜〜静香〜> 「翔さんと、何よりもマーコさんにとって大切な人で ……嫌われて当然の私なんかに協力してくれた……」 「そんな優しさと思いやりに溢れた静香さんには とても一言では表せないほど感謝していて……」 「それに、同じ人を大好きになった人だからこそ…… 私たちには、不思議な友情が芽生えていました」 「そんな特殊な感情を抱きながら、静香さんと ひと段落ついたら、一緒に遊びに行く約束を 交わしました」 「これから、もっともっと仲良くなって……いつか 親友って呼べる関係になりたいです」 「あ……」 残りのメンバーを探して廊下を歩いていると不意に呟きを漏らしたかりんが、足を止める。 「静香……さん……」 「…………」 その視線の先には、ぽつんと一人、静香が立っていた。 「あの……今まで、本当にありがとうございました」 「え……?」 出会うなり頭を下げるかりんに面食らい、静香が思わず驚いているような表情を浮かべる。 「私は、ただ文句を言ってただけで……お礼を 言われるような事、してないわよ」 「いえ。いつだって、マーコさんや翔さんを手伝って 一緒に作業をしてくれてました」 「でもそれは、私がマーコや翔と一緒にいたかったからで 鳥井さんを助けたくて協力していたワケじゃ無いわ」 「それでも……やっぱり静香さんは優しいです」 「…………」 「本当は嫌われたっておかしくない私に協力してくれて ……今だって、心配してくれてます」 「そ、それは……」 さきほどからテンションが低く落ち着いていない静香の動揺を見抜き、微笑みながらそれを指摘する、かりん。 「だから私、そんな優しくて思いやりに溢れた静香さんに 心からお礼がいいたいんです」 「何度も言っている通り、私は翔やマーコと一緒に いたかったから手伝っていただけ」 「《最初は:・・・》、ただそれだけだったんだから―――」 そっけない態度でツンと言い放つと、静香はかりんをじっと見つめながら再び口を開く。 「それに……勘違いしないでよね」 「え?」 「私はまだ―――鳥井さんとは、友達でも何でも 無いんだからね」 「あぅ……」 「だから―――」 「来週の日曜日、付き合ってよ」 「え……?」 「一緒にどこか行こうって言ってるの」 「は、はい……! みなさんで一緒に―――」 「そうじゃなくって……二人で行こうって言ってるのよ」 「ふ、二人で……ですか?」 「そうよ。気軽に二人で遊びに行けないような関係じゃ 友達になんて、なれるわけないでしょ?」 「……そうですね」 「はい! 喜んで、ご一緒しますっ!!」 「それじゃ、10時に駅前に集合だからね?」 「あぅ! 了解ですっ!!」 用件だけを告げ、静香はツンツンと素っ気無くしながらも照れくさそうな表情で去って行った。 「……良かったな」 「はいっ」 メンバーの中で唯一、あまり仲が良いとは言えなかった静香と少しだけ打ち解けられて嬉しかったのか、満面の笑みを覗かせて頷く。 「これから、少しずつでも良いので仲良くなって…… いつか静香さんとも、親友になりたいです」 「ああ。そうだな……」 俺たちは静香の立ち去って行った方を見ながら、そんな遠からず実現するであろう日々へ想いを馳せるのだった。 <最終決戦前夜〜麻衣子&櫻井〜> 「いつも私のために、色んな発明品を作ってくれる マーコさんと、そのお手伝いをする櫻井さん」 「お二人には、数え切れないくらい助けてもらっていて ……本当に感謝しています」 「最後まで諦めないと躍起になってどうにかしようと 考えてくれているマーコさんの姿を見て、私は……」 「そのあたたかい優しさに、思わず涙が出てきてしまい ぎゅっと強く、抱きついてしまいました」 「お礼を言うのは私の方なのに、櫻井さんは今回の 出逢いを演出した私に、お礼を告げてくれました」 「お二人とも、本当にありがとう御座いました」 「お二人の今までの努力と想い……絶対に無駄には しませんっ!!」 「麻衣子……」 「……なんじゃ、カケルか」 麻衣子を探して化学室へ行くも見つからず、最後に訪れた屋上で、やっとその姿を見つける。 「今、忙しいんじゃ。後にしてくれんかの」 「忙しいってお前―――何してんだよ」 かちゃかちゃと小型の機械をいじる麻衣子に、思わずそう聞き返してしまう。 「約束は約束じゃからの……明日には学園に近づけぬ かもしれんが―――まだ今日が残っておるのじゃ」 「……マーコさん……」 「じゃから私は、最後の最後まで……諦めないのじゃ」 「……俺も、マーコの気が済むまで手伝おう」 「櫻井さん……」 ずっと無言で麻衣子の隣でその手伝いをしていた櫻井も決して諦めない意志がある事をかりんへ示す。 二人のどこまでもひたむきな姿に、ただ傍にいてやる事しか出来ない自分が恥ずかしくなる。 「……お前は、お前のやるべき事をやっているんだな」 「え?」 まるでそんな俺の考えを見透かしたかのように、櫻井が俺に話しかけてくる。 「それはお前にしか出来ない事だ。だから、しっかりと ……天野の大切な人を、支えてやれ」 「ああ。そのつもりだ」 「……マーコさん、もう十分です。その気持ちだけで 私は胸がいっぱいですから」 「まだじゃっ……これさえ完成すれば、まだ希望は あるのじゃ!」 「マーコさん……」 「待っておれ、かりん……必ず、明日までに間に合わせて 見せるからの」 寝不足で定まらない視線を、必死に擦りながら休まずに作業を続ける麻衣子。 それは深空の姿と重なるほどに、一途で、けれど脆く辛い光景だった。 「じゃから、絶対に―――のわっ!?」 「か、かりん!?」 驚いている麻衣子の視線を追うと、そこにはぽろぽろと大粒の涙を流す、かりんの姿があった。 「もう、良いんです……っ」 「か、かりん……」 泣きながらそっと麻衣子へと抱きつく、かりん。 それは俺のような悲しみだけではなく、もっと別の……言い表せぬ温かな感情を抱いているように見えた。 「今まで、いつだって……こんな私へ、最後まで希望を 見せて、諦めずに手伝ってくれました」 「じゃ、じゃが、結果が伴わない助けに意味など……」 「結果は、ちゃんと伴っています」 「いつだって、希望を繋いでくれたから―――今の私が いるんです」 「マーコさんの……そして、みなさんの想いや行動は ずっとずっと、私の中で繋がっているんです」 「例えマーコさんが解らなくても……その想いは たしかに、ここに―――あるんです」 「かりん……?」 「それに私、大切な人から教わったんです」 「誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、虚構で…… 本当に尊い結末へは、辿りつけないんだって」 「……誰かは知らぬが、そやつの考えは甘いのじゃ…… 無茶をせんで、望む結末へ行けるはずがあるまい」 「それでも、無茶をしたって……待っているのは 悲しい結末やいびつな結果ばかりのはずです」 「だから、もう―――今日はお休みになって下さい。 そして明後日、元気な姿を私に見せて欲しいです」 「ここから先は、一人でやると言うのじゃな……?」 「いいえ、違います」 「みんな一緒に、です」 そう言って、自らの胸を抱きしめるように、かりんが両手を握り締める。 「理想を描いただけでは……実現させるのは無理じゃ」 「たしかにそうかもしれません……でも―――」 「だからこそ、その理想を貫けるほどの『想い』こそが 本当の強さなんだって……信じていますから」 「……かりん……」 それはまるで、俺の抱いた理想のような言葉で……そして同時に、甘い考えだと言う矛盾を抱いていたか細い想いでしか紡げない、一つの真理だった。 だが、それをかりんは微塵も疑わずに、信じているのだ。 ただただ強く、真っ直ぐに信じること。 そんな簡単な事なのに……それは、この場にいる誰もが貫けなかった、たしかな意志だった。 「強いのじゃな、かりんは……」 「はい。私は、その人の正しさを証明するために 真っ直ぐ歩いていくって、決めていますから」 「そうか……それほどの決意を、私が邪魔するわけにも 行くまい」 「マーコさん……」 「鳥井」 麻衣子が作業を中断し、休む意志を示しその手を止める姿を見た櫻井が、かりんへと話しかける。 「礼を言わせてくれ」 「え……?」 「思いがけない出会いながら、仲間と呼べる友との 出逢いを演出してくれたんだからな」 「櫻井……」 「フッ。らしくないか?」 「いや、んな事はねーよ」 「どうやらお前のロマンチストが、うつったようだな」 「だが……それも悪くない」 「お礼を言いたいのはこちらです。櫻井さんには いつも助けていただいてばかりで……」 「ふむ。なら、それはこの出逢いを作った鳥井への お礼だと思ってくれればいい」 「……はい。わかりました」 素っ気無くも、しっかりと好意を示してくれた櫻井に応えるような笑顔を見せる、かりん。 「トリ太……お主も黙ってないで、最後くらい何か 言ってやってはどうじゃ?」 「…………」 その姿を見て『お別れ』の挨拶に来た事を悟ると麻衣子は、先ほどから無言のトリ太に話しかける。 「我輩は鳥頭だが……」 「今日、ここであった事は忘れないだろう」 「かりんと言う人間が、マイコを成長させてくれた日を」 「トリ太さん……ありがとうございます」 「誰に似たのか、こう言う堅苦しいお別れは苦手でのう。 ……じゃから、私もいつも通りで行こうと思う」 「はい」 「かりん……私に大見得を切って強さを語ったのじゃから ―――全てが終わったら、その結末を教えるのじゃ」 「そして私に、証明して見せてくれんかの。お主の抱いた もっとも尊く、誰にも負けない『想い』の力とやらを」 「はいっ!」 一人、また一人と元気を分けてもらうように、麻衣子達の言葉を噛み締め、約束を紡ぐ、かりん。 「翔さん……行きましょう」 「ああ」 そうして、みんなに元気を分けてもらったかりんと俺はおのずと目的地へと歩き出した。 「待っていて下さい、深空ちゃん……私たちは、決して 独りきりなんかじゃ、無いですから―――」 そう呟くと、かりんは親友を支えるべく、強い歩調で真っ直ぐに深空の待つ教室へと向かうのだった。 ……………… ………… …… <最近見かけなくなってしまったかりん> 「この数日、鳥っちさんが学園に姿を見せなくなって しまいましたわ」 「翔さんが探しに行ったみたいですけど、結局 見つからなかったようですし……」 「……こう見えても、私だって鳥っちさんのことは とても心配していたんですのよ?」 「鳥っちさん、どうしてしまったんですの……?」 「なんじゃ、今日もかりんは来ておらんのか?」 櫻井と共に化学室から戻ってきた麻衣子が開口一番そう言った。 「そう言えば……」 俺は辺りを見回す。 しかし、あのいつもやかましく俺を怒らせるメガネっ娘の姿はどこにも無かった。 「最近、姿を見せなくなったのう」 「なんだか心配ですねぇ……」 「はい……私も、家を出るときは一緒なんですが……」 「家?」 「はい。かりんちゃんは私の家に居候してるん ですけど……」 「うおっ、いつの間にかそんな事になってたのかよ」 「それは初耳じゃの」 てっきりかりんは、この辺に住んでいて毎日帰っているのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。 「初日に泊まり込んでから、毎日のようにコバンくんを 一緒に観ていたら、そのままズルズルと……」 「どんだけ図々しいんだ、あいつは……」 ともかく深空と一緒に出かけていると言う事は、一応その辺にいるかもしれないという事か。 「俺、ちょっと探してくるよ」 「あ、ちょっと翔!?」 なぜか無性に気になった俺は、一人、かりんを探すために教室を飛び出した。 「(あいつが行きそうな所っつーと……)」 少し考えた後、俺は真っ先に思いついた場所へ向かう。 「うーむ、いないか……」 もしやと思って来てみたものの、屋上にかりんの姿はなかった。 「一番空に近い場所だから、もしかしたらと思ったん だけどな……」 と、なると次は――― 「ここにもいないな……」 グラウンドの隅から隅まで探したが、メガネのメの字も見つからない。 「まさかとは思うけど、あそこはどうだ?」 幅跳び用の砂場を掘り返しながら、俺は次の場所を考える。 「麻衣子達と入れ違いになったら、と思ったけど…… やっぱりここにもいないか……」 まさか山積みにされたガラクタの中に潜んでいやしないかと探してみたが、無駄だった。 「ここにもいないとなると……お手上げだな」 本当に、あいつはどこへ行ってしまったんだろうか。 ……………… ………… …… 「はぁ、はぁ、はぁ……」 あれから学園のいたる所を探したが、結局かりんの姿を見つけ出す事は出来なかった。 「これだけ探してもいないって事は……学園の外か?」 そうなると、もうどうしようもない。 そもそも範囲が広すぎるし、あいつが行きそうな所なんて、俺には想像も出来ない。 「俺達って、あいつの事……何も知らないんだな……」 勝手に現れて、勝手に消えて……振り回されてばかりいたはずなのに、かりんの姿が見えないと言うだけで俺は理由の解らぬ空虚感を覚えていた。 「かりん……あいつ、どうしちまったんだよ……?」 どこにもいないかりんの姿に言い知れぬ不安を抱きながら、教室へと戻るのだった。 <最高のハッピーエンドを求めて> 「確かに絵本を破けば、深空ちゃんは大きく傷つき ながらも自殺までは至らずに、最悪の結末だけは 避けられる可能性はありました」 「でもそれは、直接的な解決になっていませんので また私が不安定になる可能性もある不完全な作戦」 「それに、そんなものは翔さんの望むものでもなく 私が待ち望んだハッピーエンドじゃありません!」 「だから私は翔さんとの約束を果たすため、勇気を 振り絞って、最高のハッピーエンドを目指して 深空ちゃんを応援することを決意しました」 「そう……今度こそ絶対に、最高の形で翔さんを 助けてみせますっ!!」 「ダメです……私……本当に、馬鹿でした」 同じ自分のはずなのに、私は、深空ちゃんに対して酷である行動をとる事が出来なくなっていました。 そう。 それは、かつて私が望んでいた相手――― 気の許せる友達……親友、だから……です。 「これで、いいんですよね……? 翔さん……」 私は絵本を抱きしめると、不安で押しつぶされそうだった弱い自分の心を、必死に抑え込みました。 「翔さんが望んでいるのは、そんな誰かが犠牲になるような ちっぽけな未来じゃ、無いんですよね?」 迷いを振り切るように、果てしなく広がる青空を眺めながら私は大きく深呼吸します。 翔さんが求めるものこそ……私が追いかけるべきもの。 「ここで逃げてしまったら、あの時と変わらないです」 いつだって現実から逃げ出して、他人との絆の強さを信じる事も出来ずに……独りで抱え込んで。 でも、今の私には……翔さんがいます。 そして、みんながいるんです。 「私、今度こそ負けません……弱い自分の心に打ち勝って 『未来』をきっと、この手に掴み取ります……!!」 私の過ちを清算するのは―――私であるべきだから。 約束を果たして、伝えたい言葉があるから。 「翔さん……私、あなたのお陰で、本当に大切なものに 気づけたんです」 「だから―――これが、私の答えです」 幾度と無く失敗してきたけれど……それでも、疑わず。無条件で、仲間を信じること――― 深空ちゃんを心から応援して、みんなを心から信じて……そして、翔さんを死なせない。 それが、永い旅の終わりに出した、鳥井 かりんの答え。 「みんなが笑えるような、最高のハッピーエンドを…… 必ず、掴み取って見せます!!」 私は、今一度大空に誓ってみせると、揺るがぬ決意を胸に深空ちゃんの待つ教室へと戻るのでした。 ……………… ………… …… <朝が弱い?> 「ずっと同じ生活リズムを刻んできた天野くんが この前の徹夜のせいで、リズムが崩れちゃって 自発的に起きれなくなっちゃったみたいだよ〜」 「最近、朝が弱いって相談すると、相楽さんがとっても 意味深な笑顔で、いいものを用意してくれるって言う 申し出をして来たよ……」 「はわわ……すっごく怪しいけど、天野くん、いったい どうするのかなぁ〜?」 「ふえ……少し不安だったけど、思いきってお願い することにしたみたいだよ〜」 「相楽さんがニヤニヤして張りきってるけど、天野くん 大丈夫なのかなぁ……?」 「相楽さんの申し出をやんわりと断る天野くん」 「相楽さんはちょっと残念そうでつまらなさそうな 表情をしてたけど、諦めたみたい」 「相楽さん、いったい何を考えてたんだろ……?」 「ふぁ、ふあああぁぁぁ〜〜〜……ねみぃ」 「なんじゃカケル、睡眠不足か?」 作業しながら大あくびする様を見て、恐らく俺よりもはるかに睡眠時間が少ないであろう麻衣子が、平然とした表情で尋ねてくる。 「翔が夜更かしなんて、珍しいわね」 「いや、実はこの間みんなで徹夜した時に睡眠リズムが 狂っちまったみたいで、夜にあんま寝れなくってさ」 「なるほどのう。精密機械ほど、一度狂った時に そのズレを修復するのに苦労すると言うしの」 「耐性が無いにもほどがあるわね……」 「素晴らしく健康的な男だと言ってくれ」 「散歩が趣味だったりとか、ジジ臭いだけじゃない」 「うるへーぞ、しずふあああぁぁぁ……」 「重症じゃな」 「むしろお前らは眠くないのか、と俺は問いたい」 「私はもともと徹夜慣れしておるからのう…… 普段と何も変わらんとしか言いようがないの」 「我輩は寝る必要が無い」 「私も徹夜慣れはしてないけど、そんなに影響は ないかな?」 「俺もだ」 ふと口にした疑問に、ケロリと答える三人。 「……揃いも揃ってスゲーな、お前ら…… 俺にゃ無理だわ」 睡魔に白旗を上げかけている今の俺にとっては何とも羨ましい話である。 「と言うか、カケルが普段からそんな規則的な生活を していた事の方が驚きなのじゃが……」 「人は見かけによらんと言うヤツだな」 「でも、今日だって普通に朝からいたじゃない。 実は大してずれてないんじゃないの?」 「いや、今日は妹が起こしてくれたからだ」 「妹?」 「……何でもない」 頭がぼんやりとするせいか、思わず血迷ったことを口走ってしまう。 あんなメガネが妹なら……俺の人生は、お先真っ暗だ。 「とにかく、俺は眠い。けど、このままだとずっと 睡眠リズムがずれっぱなしになりそうな気がする」 「精密機械すぎるのも問題ってワケね」 「むぅ……なるほどのう」 「っつーわけで麻衣子、朝にバッチリ爽やかに起きれる いいアイディアとか無いか?」 「むふふっ……ちょうどおあつらえ向きなモノが あるぞ、カケル」 ダメ元で尋ねてみると、ニヤリという擬音に相応しいなんとも嫌らしい思わせぶりな笑みを浮かべる麻衣子。 「(なんだよ、その笑みは……)」 「つまりカケルは、自発的に起きるのがツラいと いうことじゃろ?」 「……ああ、そうだけど」 「ふむ。そんなカケルにピッタリのヤツがあるんじゃが ……どうじゃ? 使ってみんか?」 「……なんか、スゲェ嫌な予感がするんだけど」 「それは杞憂じゃろ。カケルならきっと大層気に入って 大事に使ってくれると思う素敵なアイテムじゃぞ?」 「何だよ、それは」 「それは明日になってのお楽しみじゃ。どうじゃ? 使うならば、明日、お主の自宅に届けておくぞ?」 「……どうすっかなぁ」 目の前の麻衣子は、先ほどと変わらず意味深な笑みを浮かべている。 なんとも怪しさ炸裂なわけだが…… 「……じゃあ、お願いするわ」 俺は好奇心と僅かな期待に負けて、麻衣子の提案を承諾してしまう。 「そうかそうか、貴重なデータが取れそうじゃ」 「(……はげしく不安だ……)」 麻衣子の顔を見ていると、何とも言えない不安に駆られるのだが、今更断るわけにもいかない。 「では、明朝を楽しみにしておるのじゃな!」 満足げな笑顔で張りきる麻衣子なのだが、その笑顔には先ほどと変わらない怪しさがブレンドされていた。 「(さて……いったい何が起こるのやら……)」 俺は、期待と不安が入り混じる複雑な心境ながらもひとまず作業へと戻ることにした。 「あー……悪い、好意だけ受け取っておくわ」 「むぅ……なんじゃ、つまらんのう。きっとムフフな 感じで、面白いことになると思ったんじゃが……」 口をとがらせて不満を漏らす麻衣子の反応を見る限り俺に渡そうとしたものは、やはりロクでもないモノのようだ。 「のう、カケル、一度くらい試してみても……」 「ノーサンキューッ!!」 俺は両手をクロスさせて、全身でお断りの意思をアピールする。 「仕方ないのう。いずれ助手に実験してもらう ことにするかの……」 やっとのことで諦めたのか、しょんぼりとした背中を見せて作業に戻る麻衣子。 俺も麻衣子に付け入る隙を与えないよう、より集中して作業に励むことにした。 <朝の散歩と渡辺さん> 「気晴らしに散歩することにした、翔さん」 「そうしたら、犬の散歩をしている渡辺さんとばったり 会ったみたいです」 「他愛も無い世間話をしていると、何か思い出したのか 渡辺さんが一枚の手紙を翔さんに渡しました」 「もし翔さんと会うことがあれば、これを渡してくれ って、海外に居る鈴木さんからのお手紙が、なぜか 渡辺さんの家に届いたみたいです」 「渡辺さん別れた翔さんは、鈴木さんの近況報告を 流し読みすると、お家に戻ったようです」 「おっ……この時間なら、まだそれなりに涼しいな」 猛暑ゆえに外の熱気を覚悟していたが、嫌になるほどの暑さは感じず、涼しさすら覚える空気が肌に触れた。 とは言え、今日もまた暑い日になるであろう予感も空気の感じからして、解ってしまうのだが…… 「あっ……」 「ん?」 「あ、天野くん」 「おう、渡辺さんじゃん」 俺が目的もなくぶらぶら歩いていると、クラスメイトの渡辺さんとバッタリ出くわした。 「犬の散歩?」 「は、はいっ。ベスって言うんです」 「へぇ……」 ワンワンと吠える大型犬のベスに視線を送ると、キラキラした瞳で俺を見つめてきた。 「(でかいクセして可愛いじゃねぇか……)」 「私が小さな頃からの付き合いで、ずっと一緒に育って来た 《姉弟:きょうだい》みたいなものなんです」 「ふーん。何か良いな、そういうの」 「はい〜、すっごく可愛くて、私が困った時には いつだって助けてくれるんですよ〜っ♪」 「へぇ……利口なんだな」 「私よりも、ずっとずっと頭いいんですよぉ〜」 「(そんな眩しい笑顔で、切ない事を言われても……)」 「あ、そうだ。天野くんに会ったら渡してくれって 頼まれていたものがあったんでした」 「頼まれていたもの?」 「はい! なぜか私のお家に届いたんですけど…… ええっとぉ……ごそごそ……」 渡辺さんはそう言うと、ベスのふさふさな体毛の中におもむろにズボリと手を入れて、漁り始めた。 「ありました、これです」 「こ、これ……?」 差し出されたモノに恐る恐る手を伸ばすと、どうやら何かのエアメールのようなものだった。 「ん……? エアメール……?」 嫌な予感がして、俺はすぐさまそのエアメールを裏返す。 「やっぱりか……」 「あはは〜、鈴木くんも直接会ってお話したり、携帯で 用件を伝えればいいのに、なんでか回りくどいよね〜」 「まぁ、アイツ、今は直接会えない場所にいるからな…… 携帯は通話料金高くなるからケチってるんだろ」 「はわわ?」 「気にしないでくれ。それより、わざわざサンキュな」 「い、いえいえ〜、そんな大したこと無いデスよ〜」 「そ、それじゃ私、そろそろ行きますね」 「おう。また新学期な」 「はい〜……って、わわっ!? ちょ、ちょっとベス〜 そんなに速く走らないでよおぉ〜〜〜っ!!」 「ふええええぇぇぇん……引きずられちゃうよおぉ〜」 「(……行ってしまった……)」 犬の散歩なのか、犬に散歩させられているのか解らない勢いで、ズルズルと連れて行かれてしまった渡辺さんを見送ると、俺は一応、友からのエアメールを開いてみた。 『WAWAWA忘れ物〜、鈴木だ』 『久しぶりだな、天野。俺は今、ネパールにいる』 『何のためかって? そりゃもちろん、修行のためだ』 「何の修行だよ……」 そもそも本来の目的から大きく外れてきているような気がするぞ、友よ…… 『偶然ネパールで出会った、自称モテモテ仙人のじいさんに 受ける修行は、半端ねえぞ?』 『そりゃもう、いつだって死と隣り合わせだぜ!』 「なぜモテるようになるための修行なのに、いつも 死に掛けるんだよ……」 『お陰で今は俺も大分スケールアップしたぜ。なんか 下界に降りたら、モテそうな気がするぞ』 『そんなこんなで、俺たちはしっかりと修行しながら 着実に前へ進んでいるから心配すんな!!』 『だから電話とかいらねえから! ホント、マジで電話とか いらねえからなっ!?』 「(電話して欲しいなら、素直にそう言えよな)」 『あー、しかし、マジで修行の成果を肌で感じるぜ。 かすみうめぇ』 『かすみうめぇから、天野も食ってみろよ。こりゃ 何も食わずに生きて行けそうな予感だぜ?』 「残念ながら、一般の女性の好みからはどんどん 離れて行ってるからな、それ」 『それじゃ、俺らは修行を続ける事にするわ。 また連絡する。いいか? 連絡するなよ? 俺の携帯の番号忘れたなら書いておくぞ?』 『全然寂しくない、孤高の男・鈴木様より』 「木下がいるだろうに……そこまで寂しいのかよ」 実は何だかんだで、寂しがりやなのかもしれない。まぁ、単に構ってやらなかったからだとは思うが。 「(しょうがない、電話でもかけてやるか……)」 仕方なく俺は携帯を取り出して、鈴木の番号をコールする。 「……圏外かよ」 結局連絡が取れない鈴木のアホぶりに溜め息を吐くと俺は朝の散歩を終えるため、自宅へと向かうのだった。 <本当の和解> 「……私、心のどこかで本当は気づいていたんですの。 天野くんは、今までの殿方とは何かが違うって……」 「だって、私が呆れるくらいに子供のような 純真な心を持っているんですもの」 「今だって、私の言葉に純粋に怒ったと思ったら すぐに気さくな笑顔を見せてくれて……」 「本当に、不思議な人……」 「こんな感情、初めてですわ……」 「……でも……」 「だからって、私の暮らしぶりまでバカにされる 筋合いはありませんわーーーーーっ!」 「え……どういう事?」 依然として、花蓮は俺の顔を見ようとはしない。 「なあ、どういう事だよ」 「だから、下心があって私にちょっかいを出してるなら 無駄だって事ですわ!」 「な、なんだそれ! なんでお前が怒るんだよ!」 開き直ったように大声を出す花蓮に、俺もたまらず噛み付いた。 「え、嘘だろ? そんな風に思ってたのか?」 「だってそうじゃありませんの!」 「私に執事がいるとわかった途端、お金持ちじゃ ないかと勘ぐり出して……」 おかしい。田中さんのことを持ち出してまでこいつは俺に何を言いたいのだろう。 俺が花蓮に近づいたのが、金目当てだと思われている?なんだか俺まで混乱してきた。 「ちょ、ちょっと待て……何か勘違いがあるぞ!」 まずは落ち着いて、冷静に…… 「勘違いなんかじゃありませんわ!」 冷静に…… 「わかったら、私との付き合い方も考え直したほうが よろしくてよ?」 「…………」 「天野くんも、余計な期待をして私に付きまとうと 後でガッカリする事に……」 「違うっつってんだろうがあああぁっ!!」 「……!!」 いつまでもグダグダと、人の話を聞かない花蓮に俺はついにキレた。 「お前、さっきからなに訳のわかんねえこと 言ってんだよ」 「金とか、下心とか……そんなもんのために今まで 一緒にいたわけじゃねえよ!」 「だ、だって……」 「なんだよ、さっきから様子がおかしいと思ってたら ……お前、そんな事考えてたのかよ」 「かーっ、ふざけんなよな……そんなに物欲しそうな顔 してたのかよ、俺は……」 両手で頬を押さえながら、俺は身悶えた。 花蓮への怒り……というよりは、こいつにそんなことを思わせていた自分の情けなさでいっぱいだった。 「じゃ、じゃあなんで私につきまとうんですの?」 「…………あん?」 危うく電信柱に頭を打ち付けそうになった俺に花蓮が訊いてきた。 「今までも、しつこく言い寄ってきた殿方が 何人もいましたけど……」 「そのたびに、私は彼らをこの家に招きましたの」 「それがその人たちを諦めさせる、一番早い方法 でしたわ」 「…………」 「でも、天野君はそうじゃありませんでしたわ……」 「どうして……天野くんは、他の殿方とは違うとでも 言いますの?」 深刻な顔をして考え込んでしまった花蓮を前に、俺は逆にどんどん冷静になっていった。 「まー、その……なんだ。まずは、怒鳴ったりして 悪かった」 俺は『降参』とばかりに両手を浮かせ、それを花蓮の両肩に乗せた。 「……花蓮」 「なんですの……?」 「お前、友達の作り方ヘタなのな」 「し、失礼ですわね……」 「……最初はな」 「……え」 「最初は、すげぇ変なヤツだと思って、ただの好奇心で お前に近づいたんだ」 「えええぇっ!?」 花蓮がいかにも『心外』という顔をする。 「お前、変なヤツだからさ……」 「お前と一緒に行動してれば、また面白いことが 起きるぞ……って思ってたんだ」 「あ、ある意味、お金目当てよりタチが悪いですわ……」 「面白そうだからと思って近づいて……仲良くなって みたら、やっぱり面白いヤツだった」 「……別に、仲良くなった覚えはありませんわ」 「調子、出てきたじゃねえか」 肩に置いていた手でポンポンと可憐の頭を叩き、俺はアパートの階段に足をかける。 「……? どこへ行くんですの?」 「どこって……お前が招待してくれたんだろ?」 「え……」 「早く案内しろよ。俺、お前の部屋知らないんだから」 「あ……」 「……ったくよー。友達の部屋番も知らないなんて 情けないったらないっつーの」 「…………」 花蓮がポカンと口を開ける。 「何ノロノロしてんだよ。まさか、ここまで来て 帰れなんて言うんじゃないだろうな」 「天野くん……」 そして花蓮は吹っ切れたような表情を浮かべ…… 「まさか! 今さらタダで帰れるなんて、思わない ことですわ!」 そう言って俺を押しのけ、階段を駆け上がっていった。 「……それにしても、すげぇ《汚:きたね》え部屋だな……」 「も、文句があるなら帰ってくださいます!?」 呆然と部屋を見回して出た俺の素直な感想に、花蓮が猛然と噛み付いた。 俺が通された花蓮の部屋……そこにはまさに別世界とも呼べる異空間が広がっていた。 無造作に割り箸が突っ込まれたまま放置されたインスタントラーメンのカップ。 雨漏り対策なのか、得体の知れない水が溜まりボウフラすら浮いている紙コップ。 床には分別されていることすら危ぶまれる、カラフルなゴミが詰め込まれたビニール袋が散らばっている。 「こりゃあ、いつ怪獣が産まれてもおかしくねえぞ」 「失礼なことを言わないでくださいまし!」 「……かと思えば、これだ」 俺は部屋の片隅に置かれた、クローゼットに目をやる。 「この一角だけは、妙にブルジョワっぽいんだよ……」 豪華な額縁に彩られた写真立てに、しみったれた天井に相応しくない豪華なシャンデリア。 そして瑞々しい潤いをその身いっぱいにたたえた目にも鮮やかな緑色の…… 「…………菜っ葉?」 「自家栽培してますの」 「いや、そこで得意そうにされても……って 何やってんだお前!」 「な、なんですの!?」 俺はあわてて菜っ葉を投げ出した。 振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、先ほどのラーメンのスープに口をつけようとしている花蓮の嬉しそうな横顔だったのだ。 「菜っ葉ーーーーーーーーっ!!」 「いや、まずはお前だ! 貸せっ!!」 花蓮が菜っ葉に気を取られ入る隙に、カップを取り上げキッチンへと走る。 流しもたいがいに汚かったが、今はそんなことも言ってられない。 「あぁっ! 私のささやかな贅沢が……」 ドベドベーッという、液体がステンレスにぶつかる独特の音に気づいたようだ。 花蓮が床によよよ……と崩れ落ちる。 「なんなんですの、天野くん! 来て早々、私の部屋を 荒らして何が楽しいんですの!?」 「うるせえバカ! 感謝こそされても、怒られる 《謂:いわ》れはねえぞ!!」 心の底から叫んでやった。 俺が止めなければ、こいつは夏場の室温にほどよく晒されたラーメンのスープを飲むことに…… 「うえぇ……想像したら、俺が気持ち悪くなってきた」 「ちょっと、汚したら承知しませんことよ?」 お前がそれを言うか…… 「つーか、なんだよ『ささやかな贅沢』って」 「ご存知ありませんの? それはカップラーメンと いって……」 「いや、そこからじゃなくていい」 花蓮はかすかに頬を赤らめて、咳払いをする。 「……私はカップラーメンの、麺とスープを別々に 楽しめるという特性に目をつけましたの」 「……ハァ?」 「普通の人なら麺を食べ、スープを作って飲むという ところに、私はあえて違う工程に加える事で……」 「ちょっ……! ちょっと待ったっ!」 花蓮の顔の前に手のひらを突き出し、俺は強引に言葉を打ち切らせる。 「なんなんですの? さっきから話の腰を 折ってばかり……」 花蓮が不機嫌そうに頬を膨らませる。だが、今はそれどころじゃない。 「お前……カップ麺食う時、いつもどうしてる?」 「どうって……まずは普通にお湯で麺を食べて 残った蕎麦湯でスープを作って……」 「間違ってる! お前ラーメンの食い方、間違ってる! ついでに蕎麦湯って言葉の使い方も間違ってる!!」 「な、なんですの、失礼な……」 「それで! お前はそこにどんな工程を追加した!?」 「え、ええ……私はそれを一晩寝かせることにより スープにコクとまろみを加える技術を……」 「カレーかよ!」 「あ、いい例えをしますわね」 「そうですの。カレーと同じで、それにご飯を入れて 食べると、まるで天にも昇るほどの美味しさが……」 「…………」 「そ、それに生卵を落としたりした日には……」 「ああ、いけない……こんな贅沢は罪ですわね。 私としたことが、取り乱してしまいましたわ」 「……ぶわっ!」 「な、なに泣いてますの……」 「今度、ふっかふっかの食パンおごってやるからな……」 「なんで急に優しくなるんですの!?」 俺は流れ出る涙を拭うこともせず、花蓮の肩を優しく包み込んでやった。 「そうして心血を注いで熟成させた特製のスープを…… あなたのせいで台無しですわ!」 「そんなこと言ってもなぁ」 あの液体には、まろみというかラーメンのスープには絶対に付かないはずのとろみが付いていたのだが…… 「あ、もしかして、こってりあんかけ?」 「あっさり鶏ガラ醤油ですわ」 「……お前、よく今まで生きてこれたなぁ」 「余計なお世話ですわ!!」 「まあラーメンの話はもういいとして……」 「よくありませんわ!」 「いやいや、もういいから。今度、お兄ちゃんが おいしいラーメン食わしてやっからな」 「だ、だから急に優しくならないでくださいませ! ていうか、誰がお兄ちゃんですの!?」 再び肩を抱こうとした俺の手を払い、花蓮がわめく。 「部屋の汚さも問題だけど……やっぱり一番は食糧の事 だよなぁ。お前、ちゃんと食ってるのか?」 「当然ですわ。今日は朝も昼も、コッペパンを半分ずつ 食べましたもの」 「ジャムは?」 「贅沢は敵ですわ」 「……バターは?」 「そんなものが買えるお金があるなら、コッペパンを もう一つ買いますわ」 「……お前、なんでそんなに元気なんだよ……」 なんだか、聞いてるこっちがやつれてきた。 「つーか、そんなに金が無いんなら、質屋にでも何でも 行けばいいだろうに」 「純金の財布とかプラチナの扇子とか……無駄に 高級そうなものばっかり持ってるんだろ?」 「な、なんて事をおっしゃるんですの!?」 「お姉さまが私に贈ってくださった思い出の品の数々 ……それを手放すなんて、出来るわけないですわ!」 「飢え死にするよりはマシだろうに……」 「放っておいて下さいまし! これは私のプライドの 問題ですの」 「『例え貧しくとも心は常に高貴に』ですわ」 「俺、なんだかお前に一人暮らしをさせおくのが 不安になってきた……」 掃除もできず、満足に食事もままならない。 そのあまりのひどい花蓮の暮らしぶりに、なぜか親心が沸いてくる。 子供を一人暮らしへ送り出す、世のお母さん方の気持ちとはこういうものなのか…… 「う、うるさいですわね! 今までちゃんと暮らして 来たんだから、平気に決まってますわ!」 「この惨状を『ちゃんと』と申したか」 「いいから、さっさと出て行って下さいまし」 俺の言動が癇に障ったのか、顔を真っ赤にした花蓮が俺を部屋から無理やり押し出そうとする。 「な、なんだよ。そんなに怒ること……」 「違いますわ!」 「これから保育園に行くんだから、私は身支度を 整えなくてはいけませんの」 「そ、それともまさか、私の下着姿が見たいとでも 言うつもりですの?」 「別に……」 「んぁ……な、なら、さっさと出て行って下さいまし!」 「のわっ!?」 そのまま強引に、俺は部屋から締め出されてしまう。 「ガキどもに会うだけなのに、何もそんなおしゃれ しなくても……どうせ制服のままいくんだろ?」 「最低限のマナーというものがございましてよ!」 その言葉を最後に、扉は固く閉じられてしまった。 「……そんなに恥ずかしかったのかよ」 ―――ガチャリ! 鍵まで閉められた。 「(……こじ開けたろかい)」 五秒ほど考え、そんなことをしても面白いは自分だけだという結論に達し、俺はおとなしく花蓮が出てくるのを待つことにした。 <柔らかハプニング!?> 「そうそう! この前のリベンジに、今日もお弁当を 作ってきたんだよっ」 「でも、渡そうとした時に《躓:つまづ》いて転んじゃうなんて 深空ちゃんもドジっ子さんです」 「危うく思いっきり転びそうになったのを、翔さんに 何とか支えてもらったので、怪我は無かったですし お弁当も平気だったんですけど……」 「その、えっと……翔さんの手が、む、胸に……」 「あぅ! おっぱいを揉まれてしまったんですねっ!」 「かかか、かりんちゃんっ!!」 「あうっ!? な、何ですかっ!?」 「おおお、女の子なんだから、もっと恥じらいを 持って……そ、そんなこといっちゃダメだよ〜」 「おっぱいのことですか?」 「それとも、モミモミされたことですか?」 「両方だよっ!」 「あぅ……乙女の恥じらいって、難しいです」 「そ、その辺りは帰ってからじっくりと教えるよ……」 「それで深空ちゃんは、怒るって言う思考に至る 以前に、照れてドキドキしちゃったんですねっ」 「う、うん。恥ずかしくって、まともに翔さんの 顔を見れなくって……」 「羨ましいです……恋してますねぇ……私なんてもう 結婚して数年経ってますから、倦怠期ですっ」 「ええっ!?」 「嘘です。まだまだラブラブですっ。コバンくんへの 愛は永久不滅ですっ!!」 「それは私も同じですっ!」 「でも、あんなに面白いのに、なんでハマってるのが 私たちだけなんだろうね……」 「きっと、みんな偶然アニメを見ないタイプの 人たちだからだと思います」 「そうだよね! 1話見れば、それだけで絶対に ハマると思うのに……」 「ううっ……危うく死にかけたぞ……」 「トリ太を背負ったまま遠泳なんて無茶するからよ」 「面目ない、マイコ。我輩がもう少し軽ければ……」 「初めはいけると思ったんじゃがのう……まさか水を 吸ってどんどん重くなっていくとは……」 「完全に予想外の事態だな」 「(昨日、自分で沈むって言ってたじゃねーか……)」 「みなさん揃ってだらしないですわね。いい勝負をして 下さったのは雲っちさんくらいでしたわよ?」 「えへへ。でも、花蓮さんには全然敵いませんでした」 「あぅ。私も惜しかったです」 「お前はビリだっただろうが! っつーか、もし俺が 助けなかったらやばかったぞ!!」 お陰でトップ争いには参加することもままならず、静香に追いついたくらいで、負けてしまったのだ。 「少し休憩せんか……?」 「まあちょうど昼時だし、そうするか」 「あの……」 つんつんと背中をつつかれて振り向くと、深空が俺の顔色を窺うように立っていた。 「なんだ? 俺たちも一緒に海の家にでも行ってメシに するか?」 「いえ。実は……ごそごそ……じゃんっ」 「何これ? マッガーレ?」 「いえ、曲がりません。お弁当ですっ!!」 「……もしかして深空が作ったのか?」 「もしかしなくても、そうです」 そう言ってメラメラと燃える瞳で睨みながら、ずいっと俺に向けてバスケットを差し出してくる深空。 「……俺に食べろと?」 「はいっ! だって、この前のリベンジですからっ」 「(あの絶望的な料理の腕前が、一朝一夕で上達するとは  到底、思えないんだが……)」 「ささっ、遠慮なく食べてくださいっ!」 「い、いや……ほら、せっかく海に着たんだからさ。 ここは海の家で適当に何か食べないか?」 「ダメですっ! 食べてくださいっ」 やばい……深空の真っ直ぐスイッチが入ったな……こうなったら絶対に折れないんだよな、こいつ。 「いやいや、遠慮するよ」 「そこを何とかっ!」 じりっと一歩後ろへ下がると、ずずいと一歩前へ歩んで俺に向けてバスケットを突き出して来る。 「いやいやいやいや」 「まあまあまあまあ」 「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛〜〜〜っ!!」 「まだ食べてないのにお世辞を言わないでください!」 「千葉って言いにくいよね」 「素朴な疑問のようで、全く意味が解らない発言で 誤魔化さないでくださいっ!!」 「ま、マジで食べないとダメか?」 「翔さんが美味しいと言ってくれるその日まで…… 私の挑戦は続くんですっ」 「つ、続かなくていいってのっ!」 「なんで逃げるんですかぁ〜っ!? 食べてくれたって いいじゃ……きゃあっ!?」 「うおっ!?」 砂地に足をとられてバランスを崩して顔面から倒れこむ深空を反射的に受け止めて、引き寄せる。 「だ、大丈夫か?」 「は、はい……ありがとうございました」 バスケットは落としてしまったが中身は無事のようだし深空の方も怪我をしなくて済んで、何よりだ。 「ん……?」 何やら、手にものすごく柔らかい感触が…… 「あ……ぅ……」 「とりあえず怪我が無さそうで良かっ……たッ!?」 のん気なことを言いながら、そこで初めて自分の手が触ってはいけない場所にあることに気づく。 「あ、ありがとう……ございました……」 「お、おう……」 すぐに手をどけようとは思っているのだが、体重を預けている深空が自分で立ってくれないと、俺も下手に身動きができない状態で…… 深空の方は、なぜかそのまま動く気配が無かった。 「みなさん……行っちゃいましたね」 「そ、そうだな……早く追いかけないとな」 「は、はい……」 お互いに口ではそう言いつつも、一歩も動かない。いや……動けなかった。 深空の柔らかい胸から伝わってくる、早すぎるくらいに鼓動を繰り返す心臓から、その緊張が伝わって…… そして深空の方にもきっと俺の緊張が伝わっていて……それが解っているからこそ、お互いに動けなかった。 「と、とりあえず立てるか?」 「え……? はい。平気ですけど……」 「その、俺は別に良いと言うかむしろ役得なんだけど…… 自分で立ってくれないと、手を離せないんだ」 「っ!?」 「す、すみませんっ! 私、気づかなくって!!」 よほど動揺していたのか、真っ赤になりながら、そんな言葉を口にする。 「いや、俺はずっとそのままでもありがたかったんだ けどな、なんてね」 「はい……」 俺の下ネタと言うか下品なジョークも、今の深空には完全にスルーされてしまうようだ。 「(うっ……可愛い……)」 水着姿の深空と言うだけで反則だと言うのに、その核爆弾のような少女が照れながら、もじもじと俺の様子を窺っているのだ。 これでどうかならない方が《ど:・》《う:・》《か:・》《し:・》《て:・》《い:・》《る:・》と言うものだ。 「ご、ごめん……触るつもりは無かったんだけど」 「あ、謝らないで下さいっ! 謝られる方が、その…… 逆に恥ずかしいです」 普段ならラッキーと騒ぎたて、誰かに諌められるのだが今はそんなにはしゃぐ気にもなれなかった。 ただバカみたいに、気の利いたセリフの一つも言えずに黙り込んで、バクバクと暴れている心臓を落ち着かせる《術:すべ》を考えることくらいしか出来なくて…… 「(そうだよな、やっぱり……)」 俺はすでに自分が思っている以上に深空と言う女の子を『特別な異性』として意識していると言うことだ。 そう……俺は嘘偽りなく、深空のことが好きなのだ。 「あ、あのっ、私……っ!」 「……な、なんでもないです」 そして恐らく、深空も俺のことを…… それが自惚れであるにせよ、自分に対して自信が無い深空を支えてやるには俺の方から動くしかないのだ。 「とりあえず、みんなのところに行くか」 「はい。そうですね」 俺はもう迷わずに自分の気持ちを伝えようと決意してけれど今日だけは『友達』として、精一杯みんなとの思い出を作ることにしたのだった。 <櫻井と翔> 「天野くん以外で、唯一、閉鎖された学園の中にいる 男の子の、《櫻井:さくらい》くん」 「天野くんは頑張って打ち解けようとするみたいだけど ……ふえぇっ……全然うまく行かないみたいだよぉ」 「でも、めげない天野くんが、何か次の手段を考えて いるみたいだけど、どうするのかなぁ……?」 「《漢:おとこ》とーく? ……ふぇっ!? え、えっちな話題で 打ち解けようとしたみたいだよ……」 「でも、なんだかちょっと話が食い違っちゃったけど 少しだけ好感を持たれたみたい」 「天野くんにしては珍しく、仲良くなるためには もう少し時間が必要なのかも……とか」 「感情が読み取り辛くって、一筋縄では底が見えない なんて、すごいポーカーフェイスだよ〜」 「私なんて、なぜかいっつもすぐに嘘がバレちゃうから トランプのダウトなんて、必ずビリなのに……」 「櫻井くん、恐るべしだよぉ〜」 「鳥井さんに助けを求めたら、まるで長年コンビを 組んでいたお笑い芸人かのように、息ぴったりの 意思疎通が出来ちゃったらしいよ〜!」 「アイコンタクトで通じ合うなんてすごいけど、でも 鳥井さんじゃ役に立たなかったみたい」 「あっ! でもでも、その二人のやりとりを見て 櫻井くんはそれなりに好感を持ったようだよぉ」 「これって、結果的には十分役に立ってるよね…… 鳥井さんって、一体何者なんだろー……?」 「……と言う事があっての」 「んもぅ、何よそれ……非常識すぎ」 「ふふふっ……若さゆえの何とやら、ですね」 「あまりにもおかしいんで、見ず知らずの相手なのに 思わずビシッと突っ込んでしまったのじゃ」 「えっ? そのお方のどこが変なんですの?」 「変すぎますっ!」 「あなたに言われるのは癪でしょうね、その子も」 「あぅ! 静香さん、手厳しいですっ!!」 「それにしてもこの面子は、シズカ以外、変人の集まり と言った感じだのう」 「無論、私も含めての話じゃが」 「変わり者同士仲良くしましょうっ」 「私は変わり者じゃなくて、エリートなだけですわ」 「……平和ね」 「?」 「………………」 「………………」 宴もたけなわとなり、まったりムードで女性陣が雑談に華を咲かせていた。 「(よくあれだけ雑談が続くもんだ……)」 意気込んでいた数時間は俺もハイテンションだったがもうかれこれ深夜に突入すると言った時間だ。 「ふぅ……」 酒が入っているならまだしも、素で数時間も騒いでりゃそりゃあ話題も無くなって落ち着くってモンだろう。 元々、櫻井は自分から喋る方じゃないみたいだし気づけば男二人、無言でオレンジジュース片手にイカをかじっているだけになっていた。 「(共通の盛り上がる話題があれば良いんだが……)」 「…………?」 表情から感情が読み取れない上にとにかく掴みどころが無く何となく絡み辛いヤツなので、話しかけ辛い微妙な状況に追い込まれてしまっていた。 「お前、櫻井……なんて名前だっけ?」 「櫻井ジョン?」 「秀一だな」 「ああ、そうだっけか」 「…………」 「……俺はカケルな」 「知ってる」 「…………」 「…………」 会話終了。 いや、これはもはや会話じゃないだろ…… しかしこのまま女性陣がどんどん仲良くなってグループなど作り出した日にはどうなる? こう、クラスの班分けであぶれた子みたいな雰囲気で余計に入り辛くなるのは目に見えている。 ここで唯一の同性である櫻井と仲良くなっておかねば1ヶ月間、息苦しい日々になる可能性もある。 ここは多少強引にでも仲良くなっておくべきだろう。 俺はそう意を決すると、再び櫻井と会話するために微妙な作り笑顔で櫻井に話しかける。 「櫻井……イカ、美味いな」 「そうだな」 「イカってさ……イカしてるよな」 「だろうな」 「イカってタコの親戚なんだぜ?」 「そうなのか?」 「いや……実は俺もよく知らないんだ」 「ふむ」 「そうなのかな?」 「わからんな」 「…………」 「…………」 コミュニケーション失・敗ッ!!! 「(くそっ……この俺様の完璧な話術をあっさりと  スルーしやがった!)」 辛うじて言葉のキャッチボールはされているものの櫻井の口から二言以上の会話は引き出せなかった。 「俺をここまで追い込んだのは、お前で21人目だ」 「そうか」 「(くっくっく、しょうがねえ……見せてやるよっ!  とっておきのネタをなぁっ!!)」 そう、男同士が仲良くなるには、打算計算など不要。 つまりっ! 魂と魂がコラボレーションする、ナチュラルエロスなマイルドカオスのシンフォニーだッ!!!! ……日本語に要約すると、まあ男に共通するロマン(と言うかエロス)な話で共鳴しようと言う事だ。 俺は決意を新たに、再度『櫻井陥落作戦』を実行する。 「おっぱいってさ……美味いよな」 「そうだな」 「おっぱいってさ……イカしてるよな」 「だろうな」 「おっぱいってタコの親戚なんだぜ?」 「そうなのか?」 「いや……すまん、嘘だ」 「ふむ」 「二人一緒じゃ、ダメですか?」 「わからんな」 「…………」 「…………」 失・敗ッ!! 「(ちくしょう……コイツ、真の《漢:おとこ》じゃねぇよ!)」 とっておきの秘密兵器が破れて、がっくりとうな垂れながらメソメソと涙を流す。 打つ手なしだった。 「俺的には……大事なのは胸じゃない」 「鎖骨だと思うんだ」 と見せかけて成功だった!! 「鎖骨かよお前っ!! いや、解るけどな!」 「お前も解るのか、天野」 「おおっ!」 櫻井と初めてまともな(と言ってもエロトークだが)会話が成立したのが嬉しくて、思わずテンションが一気にスパーキングする。 「変態だと言われると思って黙っていたんだが…… 正直、鎖骨を見ると酷く興奮するんだ」 「いや、解るぜ櫻井っ!」 「おっぱいもいいけど、鎖骨も最高だよな!」 「ああ!」 漢にしか解らないアツいパトスでがっしりと友情を深め爽やかな笑顔で二人ガッチリと握手をする。 「特にヤリイカの鎖骨と言ったら、もうたまらんよな」 「イカの話かよっ!!」 「なんだ、違うのか?」 「もう何でもいいよ……」 一気にテンションが下がった。 スーパーなハイテンションの直前に、いてついた感じの波動を喰らったような気分だ…… 「っつーか、イカに胸とか鎖骨ってあるのかよ……」 結局、目に見えた収穫は、櫻井と言う男は一筋縄ではいかないと言う事実だけだった。 「がっ……! がっ……! がっ……!」 何やってんだ、オレはっ!! いい加減にしろ……っ! わかってんのか……? 今がどう言う時か……!! 「(《艱難辛苦っ:かんなんしんく》……!!)」 これから先、俺達は艱難辛苦っ……!! この学園で……筆舌に尽くしがたい苦難……! 苦労を共に乗り越える、仲間っ……! 『仲間』になるんだ……っ!! 「(あり得ないっ……!)」 いずれ確実に来るであろう、艱難辛苦……! 一人では、無理っ!! もう無理! 絶対無理……!!俺一人じゃ、間違いなく立ち向かえない……っ!! なのに……棒立ちじゃねぇかっ!! 「(棒立ちっ……! 戦場で棒立ち……!  あり得ぬ呆け……しっかりしろ、俺!)」 俺は自らを叱咤すると、緩い危機感を呼び起こし自らの覚醒を求めるっ!! 「(かりん……っ!)」 俺は魔物に取り憑かれたような鬼気迫る視線で教室の中央にいるかりんを凝視する。 「?」 俺のその視線に気付いたかりんと目が合う。 「(気がつけ、かりん……! 《おかわり:ヘルプ》だっ!!  即席、変則の、おかわりサインを……っ!)」 俺は綺麗に並んでいたイカの一つを手に取ってそのイカを上下逆にして、かりんに見せつける。 「(伝わってくれ! 《窮余:きゅうよ》の策っ……!)」 「???」 「(ぐっ……! ダ、ダメかっ……!! 苦しいか?  さすがに、事前の打ち合わせ抜きにっ……突然  あんな事をしても……意味不明……!)」 あれでピーンとくる……そんな機転は期待する方が…… 間違…… 「!?」 あっ……! ああっ……!! 「(任せてくださいっ!)」 が、違った……! ぐっと親指を立てて、自信満々に笑顔を見せるかりん! 「(きたぁ〜〜〜っ……! かりんからのサイン!)」 会話を止めて、こっそりと俺の方に来てくれる愛しき救いの女神ッ!! 「(頼むかりん、助けてくれっ!)」 「(櫻井さんと打ち解けたいんですねっ!)」 本当に伝わっていた!! 「(そうだ! お前の便利なひみつ道具でこの状況を  何とか打破してくれっ!!)」 「ん〜……何かあるでしょうか」 頼りなさげな表情で、ポシェットの中に手を入れてその中をごそごそとまさぐるかりん。 「ええい、まどろっこしいんだよお前はっ!! 俺に探させろっ!」 「え……? きゃあっ!?」 そのどんくさい動きに耐え切れなくなり、俺は乱暴にかりんのポシェットに腕を突っ込み、《弄:まさぐ》る。 「ククククゥ……クゥクゥクゥ…… ココココ……カカカカカ……」 「やぁっ、んっ! ちょ、ちょっと、翔さんっ!?」 「あぁ〜っ……どこだぁ〜? あぁ〜……《一筒:イーピン》…… どこだぁ〜? 一筒……殺すぅ〜……どこだぁ〜 イィ〜ピィ〜〜〜ン、どぉ〜こ〜だぁ〜……っ?」 「あんっ! や、やめてくださいっ……!! 痛いっ、ぬ、抜いてくださいっ!」 「あぁ〜〜〜ん? これかぁ〜ん……? どこだぁん? どこぉ〜〜〜ん? ……んんっ!? これか……っ? これかぁぁぁぁァァァ〜〜〜〜〜〜ンッ!?」 「やぁ、な、中でぇ、動き回らないでぇ〜〜……っ!」 「イーピィン、これかぁ〜〜〜〜んっ!? 来い、来い、来い、こおぉ〜いぃ〜っ!」 「あうううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!?」 ズボッと、《当たりアイテム:イーピン》だと確信して、一つの道具を鷲づかみにし、ポシェットから勢い良く取り出す! 「フォォォォォォォォォォォォーーーーッ!!!!」 それを見た瞬間、俺の興奮は最高潮に達するッ!! 「ロンッ! ロンッ! ロンッ! ロンッ! ロンッ! ロンッ! ロォォォォォォォォーーーーーンッ!!」 「ふわぁはははははははあぁぁぁぁーーーっ!!!」 駆け巡る脳内物質ッ!! β−エンドルフィン、チロシン、エンケファリンバリン、リジン、ロイシン、イソロイシン!!! 「ククククゥ……クゥクゥクゥ…… ココココ……カカカカカ……!!」 そう、俺が取り出したアイテムは――― さっきのパチくさい探知機だった。 「勝ったぁっ! 勝ったぁっ! 勝ったぁっ!! ……って、違うわボケッ!!!」 「あぅっ!? 危ないですっ!」 喜び損になった腹いせに、ついカッとなってバナナ型の探知機を、かりんに向けてぶん投げてしまう。 「こんだけ長い前フリさせておいて、こんな クソ役に立たないアイテムかよっ!!」 「あうぅ〜……す、すみませんっ」 「今の一連の流れ……そして、ノリツッコミ」 「面白い夫婦漫才だな」 役に立っていた!! 「結果的にあっさり打ち解けられましたっ!」 「もう何でもいいよ……」 さきほどのハイテンションでどっと疲れが押し寄せてせっかくの成果に喜ぶ気力も無くなっていた。 「もう一度やってみてくれ」 「するかボケッ!!」 結局、目に見えた収穫は、櫻井と言う男は一筋縄ではいかないと言う事実だけだった。 <次のステップは、デートでお願い> 「同棲生活に慣れてきたのはいいですけど、どうも 最近の翔さんは少々だらけている気がしますわ」 「仮にもプロポーズした相手と同棲しているのに…… 早くも結婚して20年経った夫婦のようですわっ!」 「わ、私の方は新婚のようにドキドキしっぱなし ですのに……なんだか不公平ですわね……」 「翔さんの私に対する意識も薄れてるみたいですし…… こうなったら、とっておきの奥の手ですわ!」 「この辺りで、いい加減ハッキリと翔さんの口から 私への想いを聞き出して見せましてよっ!」 「そう意気込んで、翔さんをデートに誘ったのは よろしいんですけど……」 「なんだか言葉を変な風にとられて、からかわれて しまいましたの……」 「べ、別に私が好きだからデートに誘ってるわけじゃ なくて、翔さんの気持ちをハッキリとさせたいから ですのに……勘違いにも程がありますわ!」 「まぁ、それでも無事、約束を取り付けられましたし ひとまずは良しとしておきますわ」 「……ほ、本来、こういうことは殿方がリードするもの ですのに……甲斐性が無さすぎますわっ!!」 「なんだかあっさりとOKされてしまいましたわ……」 「べ、別に悪いことじゃありませんけど、もう少し 照れたり、俺も行きたかったんだ、とか仰ったり ムードが出ても良いと思いますのに……」 「もしかしたら、恋人同士のデートだと思っていない のかもしれませんわね……」 「こうなったら、意地でも明日は翔さんをメロメロに して、もう一度ちゃんと告白させてみせますわっ!」 「か、翔さん、ちょっとお時間よろしいですの……? お話がありますの」 「んぁ? 何だよ?」 肩肘をついて寝転んでいた俺の頭の後ろから、何やらそんな声が聞こえた。 「わ、私たち、同棲を始めてからもう10日も過ぎた ことでございますわよね?」 「で、ですから、その……そろそろ、次のステップに 進んでもいい頃じゃないかと思うんですの」 「はぁ? 次のステップって何だよ?」 鼻くそをほじりながら、テレビを堪能しつつ適当に返事をしておく。 「つっ、つまり、私とデ、デ……でででっ、デー…… ……トのことですわ」 「……って、聞いてますの?」 「……あン?」 肩を叩かれて、やっとの事で意識をテレビから花蓮へとシフトさせる。 「ひ、人が真面目に話しているのに、なに鼻くそなんか ほじってますのーーーっ!?」 「悪い悪い……よっこらせっと」 起き上がり、ボリボリと尻をかきながら姿勢を正す。 「ちょ、ちょっと翔さん……最近、だらけてきて ませんこと?」 花蓮が眉を吊り上げ、迫ってくる。 「同棲生活に慣れるのも結構ですけど、いくらなんでも 緊張感に欠けすぎでしてよ!」 「ははっ、悪い悪い」 頭をかきながら、俺は笑って答えた。 「どうもお前と一緒だと、こう、居心地がよくてな…… ついだらけちまった」 俺にしてみれば、気兼ねの無い友達のような関係だ。 「むぁ……」 「そ、そういう事なら仕方ありませんけど……」 険のある花蓮の表情が少しだけ和らいだ。 「だからって、レディと同じ部屋に住んでるのですから もう少しシャキっとしてほしいですわ!」 「悪かったな、気をつけるよ」 「気の無い返事ですわね……」 花蓮は少しだけそっぽを向く。 「それで、話の続きでございますけど……」 「うん」 「その……あ、明日、私と一緒に商店街の方にでも 出かけませんこと?」 「商店街に?」 「そ、そうですわ! 文句がありまして!?」 「な、何怒ってんだよ……」 商店街か……久しぶりに、遊びに出かけるのもいいかもしれない。 「(そうだな……)」 「(少しからかってみるか……)」 俺は心の中で笑みを浮かべた。 「いいよ、行こうぜ」 「ほ、本当ですの!?」 花蓮が嬉しそうにこちらを向く。 「なんだお前、俺とデートしたかったのか?」 「えっ!?」 「あー、照れんな照れんな」 「なんだよ、そういう事はもっと早く言ってくれよな」 「俺だって、ずっとしたかったんだからさ」 「そ、そうなんですの?」 「おー、そうそう」 「(買出しをな)」 「ふ、ふぅん……そうだったんですの」 「(……あれ?)」 なんだか嬉しそうだ。 「それじゃ、明日を楽しみにしとくからな」 「と、当然ですわ!」 「自分がどれだけ恵まれている存在なのか、その身に じっくりと刻み込んで差し上げますわ!」 「エロッ! おま……エロッ!!」 「へ、変な意味じゃございませんわっ!!」 「(……あっれぇ?)」 からかったはずなのだが、イマイチ俺が思っていたのと違う反応が返ってきてしまう。 「(……ま、いいか。これ以上言って怒らせでもしたら  面倒だし……)」 「それじゃ、明日に備えて今日は早く寝ようぜ」 「いい心がけですわ」 二人でてきぱきと布団を敷いていく。 「それじゃ、おやすみなさいませ」 「おう」 「(静香に、明日は学園を休むって伝えといて  もらわなきゃな)」 そんな事を考え、俺は床についたのだった。 「(うん、悪くないな)」 「ああ、別にいいけど」 「やけにあっさりしてますわね」 拍子抜けしたかのように、花蓮が言った。 「ちょうど俺も、明日あたり一緒に商店街に行こうって 誘うつもりだったしな」 そろそろ米も尽きかけていたし、ここらで買出しに行きたいと思っていたのだ。 「え……そ、そうだったんですの?」 「あぁ、まあな」 「ふ、ふぅん……」 花蓮はツンとしながらも、どこか機嫌が良さそうに髪をかき上げる。 「か、翔さんにしては殊勝な心がけですけれど 少し遅いんじゃありませんこと?」 「そうだな……もう少し早いうちに誘っておく べきだったな」 そうしておけば、常に食料を切らさない状態が維持できたのだ。 これでは急な来客が来たときに、対応が出来ない。 「それじゃあ、明日を楽しみにしておくんですのね」 「あん? おう、そうだな」 今日の夕食はありもので作ったので、明日はちょっと豪華にするのも良いだろう。 そう思うと、俺も急に明日が楽しみになってきた。 「それじゃ、明日に備えて今日は早く寝ようぜ」 「いい心がけですわ」 二人でてきぱきと布団を敷いていく。 「それじゃ、おやすみなさいませ」 「おう」 「(麻衣子に、明日は学園を休むって伝えといて  もらわなきゃな)」 そんな事を考え、俺は床についたのだった。 <止められなかった悲劇> 「あぅ……どうにかして説得を試みたのですが……」 「翔さんの必死の説得も実らず、深空ちゃんはその身を 投げて、屋上から飛び降りてしまいました……」 「深空ちゃんの自殺を止めたのは、翔さんの迷いの無い 迅速な行動でした」 「考えるよりも前にその身を投げ打って、文字通り 命を懸けて深空ちゃんを助けたんです……っ!」 「深空ちゃんの心を助けられなかった自分の 不甲斐無さを悔やみながら、翔さんは……」 「また、救えなかった……わたし、またっ…… 失敗してしまいましたっ!!」 「大好きな、翔さんのために……空を飛ぶことが できませんでしたっ!」 「翔さん……」 「違うっ! 違うだろ深空っ!!」 「お前はいるだけでもいいんだよっ! 無理しなくても ただ一緒にいるだけで、いいんだっ!!」 どうにか深空を落ち着かせるため、必死に声を投げかけ続ける。 「一緒にいて……いつまでもお父さんを苦しめて……それが いいわけないですっ!!」 「深空っ!!」 ぐらりと、深空の身体が大きく揺れる。 もう体力も気力も限界なのだ……いつ倒れてもおかしくない状況だった。 「こんな私に……生きている価値なんて、無いんです」 「だから……さよなら、翔さん」 「深空ぁーーーーーっ!!」 糸が切れたように、その身を投げ出そうとする深空。 その姿を見た瞬間、すでに俺の身体は動いていた。 「ぐぁっ!!」 「え……?」 ただ必死で、がむしゃらに伸ばした腕で、辛うじて深空の手首を掴むことに成功する。 勢い余って腕を強打して激痛が走ったが、そんなことはどうでもよかった。 「な、何してるんですか!?」 「それはこっちのセリフだ、馬鹿っ!!」 「は、離してくださいっ! 翔さんも落ちちゃいます」 「お前を見捨てられるわけ、ねえだろうがっ!!」 「い、嫌ですっ! 翔さんは死なないでください!!」 自分の感情を隠すことも出来ないのか、ストレートに無茶な要求を言ってのける深空。 もはやそこには駆け引きも会話もなく、あるのはただ自分の素直な願望だけだった。 「ぐっ……!!」 どうにか掴んだは良いが、このままでは無茶な姿勢ゆえ本当に俺も落ちてしまうのは時間の問題だった。 「俺はお前の王子様、なんだぞ……っ!!」 「ここは、カッコよくお前を助けるシーンなんだよ!」 「そんなのどうだって良いですっ! か、翔さんまで 死ぬなんて……私、嫌ですっ!!」 「俺だって……嫌に決まってんだろうがっ!!!」 「……っ!!」 俺は怒りを籠めて、腹の底から深空へと叫ぶ。 「お前が死んだら……嫌に決まってんだろうが!!」 「あ……」 「俺のことを、本当に好きでいてくれるんなら…… 死ぬなんて言わないでくれっ!!」 「そんなの……死ぬより嫌に決まってるだろ……」 「かける……さん……」 「たしかに深空は、親父さんを傷つけたのかもしれねえ。 ……けどな、お前が死んだってそれは癒せないんだよ」 「誰かを傷つけたなら……そこから逃げるんじゃなくて そいつを癒す方法を探せば良いだろ……?」 「いや……もう深空は見つけたんだろ!?」 「!!」 「お前が描いた絵本で……親父さんを癒してやりたい。 そう思ったから、深空は絵本を描いて来たんだろ!」 「だったら、信じろよ! お前の絵本は、深空の想いは きっと―――親父さんに届くってよ!!」 「翔、さん……」 無理な姿勢と腕への鈍痛のせいで、思うように右手に力が入らなくなって来ていた。 このままでは、本当に二人とも――― 「いいか、深空……俺はお前を絶対に助けてみせる。 お姫様を助けるのは、王子様の役目だからなっ!」 「……はい」 「約束したんだよ……あいつと……かりんとっ!!」 「え……?」 「あいつはきっと、今でも空を飛ぼうとして……そして 俺たちには言えない『何か』を抱えているんだ……」 「だから俺が、あいつの代わりにお前を連れてくるって…… そう約束したんだよっ!!」 「いつだって、みんなはお前を仲間だと思ってるんだ。 深空が今でも大事に持っている、あの絵本を見ろ!」 「お母さんの……絵本……?」 「ああ。お前を救った、あの絵本を読んでくれ…… そうすりゃ、きっと思い出すはずだ」 「あの時お前が抱いた……大切な感情を!!」 「どんな悲しみの中にも、きっとある―――希望って ヤツを!」 「希望……」 俺は限界が近づいていることを悟り、最後の賭けに出る心の準備をしながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。 願わくば、それが深空の心に届くように――― 俺は精一杯の想いを籠めて、口を開いた。 「いいか、深空……クマさんは独りじゃないんだ。 どんな時だって、森の仲間と一緒だから」 「もしかしたら、誰かに迷惑をかけるかもしれない」 「もしかしたら、誰かを傷つけてしまうかもしれない」 「でも、それでも……森の仲間たちは、嫌な顔一つ しなかっただろ?」 「はい……そう、でした……」 「何でかって、そりゃあ……そのぶん森の仲間たちも クマさんからいっぱい元気を貰ってるからなんだよ」 「相手の笑顔を見れば……満たされた気持ちになれる。 だから、クマさんが必要ないなんてこと……絶対に ありえないんだよ」 「翔さん……」 「何があっても、お前は独りじゃないから……」 「たとえどうなろうとも、俺は……お前の母親のように いつだって一緒に見守ってるからな」 「え……?」 俺は、じりじりと支えられなくなってきた身体で無理に深空を引き上げようとすれば、間違いなくバランスを崩して落ちてしまうことを確信する。 「だから、挫けるな。絶対に諦めるな」 「俺たちに……不可能なんて無いんだ」 「お前なら、いつかきっと……親父さんと家族の絆を 取り戻すことができるから!」 「だから……頑張れよ。俺がいなくても、みんながお前を 支えてくれるから……深空は一人じゃない」 「かける……さん……?」 たとえ俺がどうなろうとも、必ず深空を助ける覚悟を決めるように、大きく深呼吸をする。 「頼むから、前を見続けて歩いて行ってくれ……」 「お前の絵本は、きっと親父さんの心を動かすことが できるから……俺が保障する。絶対だ」 「だから……」 「な、なに言ってるんですか? 翔さん……それじゃまるで お別れの言葉じゃっ……」 「ごめんな、深空……」 「や……嫌ですっ!」 深空が本能で俺がしようとしていることを予感してその瞳に涙を溜めていた。 「約束、守れないかもしれないけど……」 「俺はお前の王子様だから……お姫様の命だけは助ける からな」 「だめですっ! わ、私っ……!!」 「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」 「きゃあっ!?」 ただ一気に引っ張り上げる要領で、火事場の馬鹿力でどうにか深空を放り投げる。 辛うじて深空を助けることには成功したものの遠心力を利用したせいもあって、案の定、俺は入れ替わるように体勢を崩してしまう。 「ぐあぁっ!!」 辛うじてヘリに掴まるも、限界の来ている両腕ではこれ以上は保てそうも無かった。 「か、翔さんっ!!」 深空が慌てて、俺の方へ手を伸ばしながら走り寄る。 「深空っ……!」 「かけっ……!」 しかし、伸ばされた深空の手は、すんでの所で俺の手を掠め――― 「かけるさあああぁぁぁーーーーーんっ!!」 あ、やばい、と……そう思った瞬間、 今までの思い出が、次々とフラッシュバックする。 まるで、走馬灯のように――― そう思った瞬間、これから自分が死ぬのだと言うことをハッキリと理解した。 「かけ―――」 「っくしょお……だせぇな、俺……」 想いだけで、空を飛べると思っていた。 俺たちなら出来ると……信じることしか出来なかった。 結局俺は、真の意味で深空を支えることも、大切な仲間のために、空を飛んでやることも出来なかった。 「くっそおおおおおおおおおおおおおっ!!」 大切なみんなを支えてやれなかったことを悔やみ、約束を果たせぬ不甲斐なさに、悔し涙を流す。 「みんな……ごめん……」 そしてそれが、俺の最期の思考となった――― <気付いてしまった恋心> 「ニャックで私は、改めて翔さんと将来の夢について 語り合いましたわ」 「保母さんになりたいという私の夢……」 「その全てを打ち明けてしまいましたわ」 「翔さんの描く未来に、私の姿はあるんですの……?」 「も、もしそうなら、私は……」 「……って、な、何を考えてますの、私はっ!?」 「―――で? お前はやっぱり、将来は保育士になりたい って思ってるのか?」 「もちろんですわっ! そのために、貴方の力を借りて 猛特訓してるんですのよ?」 他愛も無い話題に花を咲かせていた俺達の会話は、自然と将来の話へと移っていた。 「翔さんは、将来どんなお仕事に就きたいんですの?」 「ん? 俺かぁ……」 頭の後ろで手を組み、俺はしばし考える。 「……別に、これといって無いなぁ」 「何ですの、それは……呆れるほど覇気が無いですわね。 殿方として、そんな事じゃ先が思いやられますわ」 「しょうがねぇだろ……今のところ、特にやりたい 職業なんて、ねーんだからさ」 「殿方なら、胸にでっかい野望や夢を抱いて然るべき だと思いますわよ?」 「ま、当面の目標は空を飛ぶことかな」 「むぁ……上手く逃げましたわね」 「どうだ、でかい野望すぎて言葉も出まい」 言いくるめてやったと言う笑みを浮かべて、花蓮へ勝利宣言をする。 「たしかに、今の私達にとって大事なことですわね…… 鳥っちさんのために、どうにかして夢を叶えたいもの ですわ」 「だな……」 ズズ、とコーラを飲みながら、互いに無理難題へと想いを馳せて、しばし沈黙する。 「まぁ、後はお前を無事、保育士に育て上げる事かな」 「……うぷっ!? ぷはっ……げほっ、げほっ!」 予想外の言葉だったのか、花蓮は目を白黒させてストローから口を離す。 「そ、そう来ましたのね……たしかに、家庭教師ならぬ 人生の教師として、私には必要不可欠な気がしますわ」 「よし、じゃあお前を鍛えて、お前からお金を貰うか」 「ええっ!? そ、そんなの困りますわっ!! 私 翔さんを養えるほどのお金なんて、とても払える とは思えませんわっ」 「バーカ、冗談だっての」 ナプキンで口元を拭いながら慌てる花蓮を見て、俺は思わず笑い出してしまう。 「もう、本気だと思ってビックリしましたわ」 「ジョークに本気で驚くなよ」 「だって、もし本気でしたら、私はお金を払えないわけ ですのよ……?」 「そうしたら、もう……今みたいに、翔さんに色々と 教えてもらえなくなってしまいますわ」 「……花蓮……」 「それに、今の生活だって……私、失いたくないですわ」 真剣な表情で俺を求めてくる瞳を見て、心底、自覚する。 「(ははっ……やべぇなぁ……)」 一見お嬢様のようでいて、実は庶民的でビンボーでとことん変わり者で、謎だらけの少女。 子供が大好きなクセに、その事を知られるのを嫌う恥ずかしがりやで意地っ張りな少女。 そんな、姫野王寺 花蓮と言う女の子に、俺は完全に惹かれてしまっていた。 「……? どうしたんですの?」 「私の顔に、何かついてますの?」 じっと顔を見られていることに気づいた花蓮が、訝しげに訊いてくる。 「……ああ。右のほっぺにケチャップが」 「や、やだっ、本当ですわ!」 再び、慌ててナプキンを手にする花蓮。 俺は苦笑いを浮かべながら、そんな花蓮の事をもっとよく知りたいと思い始めていたのだった…… ……………… ………… …… <気分転換と言う名のデート> 「放課後、空を飛ぶ方法だけじゃなくって、絵本作りの 方も煮詰まっていました」 「翔さんがうんうんと唸っている私に、たまには 気分転換も必要だって言って、一緒にどこかへ 行こうって誘ってくれました」 「いわゆる一つのデートですねっ! あぅっ!!」 「か、翔さんはそんなつもりじゃ……」 「でも、深空ちゃんは……?」 「そ、その後は、本屋に行ったり公園に行ったりして 二人で楽しく過ごしました」 「あぅ。誤魔化してます……」 「そ、それで……」 「それで?」 「その……これってデートかも、って思ったら…… ドキドキして、落ち着かなきゃって必死に自分へ 言い聞かせても、ダメで……」 「顔が火照っちゃうのが抑えられなくて…… その時、私、やっと自分の本当の気持ちに 気づいたんです」 「私、翔さんのこと……」 「ごくり……」 「だから私のことをどう思っているのか知りたくって 思いきって翔さんの気持ちを訊いてみたんです」 「そしたら、翔さんは―――」 「私の気持ちに、キスで応えようとしてくれたんです」 「それで、見詰め合っていた二人はそっと目を瞑って 甘〜い恋人同士のキスを……あぅっ!!」 「私の気持ちを知って、翔さんも好きだって伝えて くれようとしたんです。たぶん、ですけど……」 「それで、二人は良い雰囲気のまま見詰め合って…… あぅっ!!」 「ふぅ……」 夕方になって多少は涼しくなってきたとは言え、まだだれる様な暑さは続いていた。 深空も手を懸命に動かそうとはしているものの、どうやら思うように作業が《捗:はかど》らないようだ。 「なあ深空……明日は海なんだし、みんなも解散して 帰ったみたいだからさ、今日は俺らもこの辺にして 一緒に帰らないか?」 「でも……」 この状況で渋ると言う事は、父親の誕生日までに絵本を完成させるには、ペース的にほとんど余裕が無いのかもしれない。 父親にばれる可能性を考えてココで作業をしているのか頑なに教室以外での作業はしたくないようだし…… 「深空の気持ちは解るけど、さっきかりんが言っていた みたいに、張り詰めすぎは良くないと思うんだ」 「だからたまには気分転換しないと作業ペースだって 落ちるし、かえって良い作品も出来なくなるんじゃ ないのか?」 「ん……そうでしょうか」 「ああ、そうだって。だから早めに切り上げてさ、適当に 駅前でもぶらつこうぜ」 「……はい、わかりました。それじゃあ、そうします」 「うし!」 珍しくあっさりと折れてくれたので、気が変わらないうちに畳み掛けるように、俺はすぐに行動に出る。 「そうと決まったらさっさと行くぞ!」 「わ。ま、待ってくださいっ!!」 「到着ッ!!」 「はぁ、はぁ……何もこんなに急いで来なくても……」 「甘いな。時は金なり、時間は待ってくれないんだぞ? 有効に使うためには多少の努力も必要なんだよ」 「有効に使う……」 「どうした?」 「い、いえ。別に……」 「さて、いざやって来たはいいけど……どこに行く? 深空はどこか行きたいところとかあるか?」 「そうですね……本屋がいいです」 「おし、じゃあ入るか」 俺達はストレートに目的地を定めると、駅前で一番大きな本屋へと足を向ける。 「……何だか、久しぶりに来ました」 「そうだな」 「今まではしょっちゅう来てたのに、なんだか少し 不思議な気分です」 「それじゃあ深空も、あの日以来、この本屋には来て ないのか?」 「はい。なんとなく……」 「そっか……」 「…………」 「…………」 意味も無く、二人してついつい無言になってしまう。 「思えば、ここで深空と初めて出逢ったんだよな」 「はい。翔さんが、困っていた私を助けてくれました」 「助けるってのは大げさだろ。たかが……」 「いえ。私にとっては『たかが』じゃないんです」 「あの日に買った絵本を見て、私は今の絵本を作ろうって 決心を固めたんです」 「え?」 「絵本を作ってプレゼントしようか迷ってて…… 何も閃かなければやめようって思ってたんです」 「あの時、絵本が買えなかったら……きっと私は決心でき なくって、いつまでもウジウジしてて……きっとダメに なっちゃってました」 「深空……」 母親を失ってから今まで、ずっとすれ違いが続いている親子関係……それは俺なんかでは想像がつかないほどの言い知れぬ辛さがあったのだろう。 仲直りしたくとも、そのきっかけが掴めずに……そしてズルズルと日々を過ごしていくせいで、その溝も段々と深まっていってしまうと言う悪循環で――― そうしているうちに気まずくなって、気落ちして……そんな事態を招いてしまった自分が嫌になる。 「(そうやって、自信を無くしていったんだろうな)」 人一倍真っ直ぐで、優しくて、不器用だからこそ……その分、自己嫌悪に陥っていたのだろう。 俺が母親を失った傷を癒してやれれば良いのだがそんな家族の絆に匹敵するほどの存在になるにはそれこそ、同じくらいの年月が必要になるだろう。 「あの日、あの時……もしも翔さんが私の背中を押して くれなかったら……」 「もしかしたら私、お父さんと仲直りするのを諦めていた かもしれません」 「だから……翔さんは、私が絵本をプレゼントする 後押しをしてくれた恩人なんです」 「そっか」 「はい」 「ま、知らないうちに深空の助けになってたんなら それほど光栄なことはないよ」 「そんな……大げさです」 「そ、そうだ、絵本コーナーに行きましょうっ」 少し恥ずかしかったのか、まるで照れ隠しのように絵本の方へと話題を逸らそうとする深空。 「おう、そうだな。今日は深空の気分転換なんだから 行きたいところへ行ってもらわないとな」 「は、はいっ。ありがとうございます」 「どれどれ……俺も絵本を漁ってみるとしよう」 「それでしたら、ここのクマさんシリーズがある絵本 コーナーがオススメですっ」 「むっ。そんなもんがあるのか」 深空の母親が描いた例の絵本もあるかもしれないので俺は迷わずそのコーナーの一角へと視線を移した。 「おおっ、クマすぎるぞ……」 さすがにクマさんコーナーと言うだけあって、表紙にはどれもずらりと熊の絵が描かれており、壮観だった。 「ん……? なんだこれは?」 唯一、どでかい文字だけの表紙の絵本があったので手に取ってみる。 タイトルは…… 『密林の安藤』 「安藤って誰!?」 「はい? どうかしましたか?」 「い、いや……何でもない」 パラパラとめくってみると、嫌にシュールな絵が所狭しとひしめき合っており、とてもじゃないが子供向けの絵本に見えなかった。 「(今度、一人で来たときに買ってみようかな……)」 俺はそっと、シュールな本を元の場所に戻しておく。 「えへへ。やっぱりクマさんは癒されます」 「(俺はクマで癒されている深空に癒されるけどな)」 これでクマが俺を見て癒しを感じれば、見事な循環の完成である。 そのサイクルを、永久《天熊空:アマクラ》機関と名づけよう。 「……無いな……」 しかし俺は、残念ながらクマを癒してやれるほどのナイスアニマルなルックスである自信は無かった。 「わ。なんだかよくわかりませんが、翔さんがちょっぴり 残念そうな顔してます」 「すまん深空。もう少しで永久機関が完成したんだが 俺が不甲斐ないばかりに失敗に終わったんだ……」 「?」 俺は頭上にハテナマークを浮かべている深空と共にちょっとだけアンニュイになりながら、本屋を後にするのだった。 「ほら、買って来たぞ」 「あ……ありがとうございますっ」 出店で売っていたソフトクリームを深空に渡すと、俺もそのまま隣のベンチに腰掛ける。 二人で休憩しながら公園の景色を眺めると、少し離れた位置に子供達が何やら集まって遊んでいるのが見えた。 一人やたらと発育の良い金髪の女の子がいるが、恐らくあの子がリーダー格なのだろう。 その子を中心に、ワイワイガヤガヤと騒がしいくらいにはしゃいでおり、盛り上がっているようだ。 「何だか微笑ましいよな、こう言う光景って」 「そうですね。こんな暑いのに子供達は元気いっぱいで ……そうやって楽しく日々を過ごしてるんですよね」 「……そうだな。しがらみなんて、なんにも無いんだ」 その光景を羨ましく思えてしまうと言うことは、たぶんそれだけ俺たちが大人で、成長してしまったと言うことなのだろう。 「……ああやって、みんなで遊ぶのが夢だったんです。 私、ずっと一人でいましたから」 「じゃあ、問題ないな」 「ひどいです、翔さん……いじめですか?」 「ちげーよ。ほら、今の俺たちは似たようなもんだろ。 アレとさ」 そう言って俺は、無邪気に遊んでいる子供達を指差す。 「あ……」 「だから、問題ない」 「深空の夢は叶うよ。間違いなく」 その言葉に嘘偽りが無いことを証明するかのように深空の方へ振り向きながら、《躊躇:ためら》う事無く断言する。 「翔さん……」 「だから、明日はみんなで思いっきり遊んでからさ…… バカみたいに楽しい想い出をたくさん作ろうな」 「はい……」 俺なんかの言葉に感激してくれたのか、潤んだ瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてくる深空。 その表情があまりにも反則すぎて、気がつけば俺は深空から目が離せなくなっていた。 「あの、私……たぶん、勘違いしちゃってます」 「ただの気分転換に誘っていただいたのに、その…… 今、すごくドキドキしてます」 「あ……」 思わず、ゴクリと生唾を飲んでしまう。 二人で商店街をうろついて、公園へ来るなんて……それはまるでデートそのものだった。 そんなつもりはなかったのだが、やってる事は結果的にデートと大差が無いわけだから、深空に勘違いされてもしょうがないだろう。 「かけるさんは……ドキドキ、しませんか?」 「そうだな……俺も、ドキドキしてきたよ」 「ホントですか……?」 「ああ」 「翔さんに……そんなこと言われたら、私……勘違い しちゃいますよ?」 「……ああ……」 「勘違い、しちゃっても……いいんですか?」 「勘違いじゃねーよ」 「あ……ぅ……」 「俺は、お前のことが……」 「かける、さん……」 その答えを待っているかのように、深空は潤んだ瞳でじっと見つめながら俺の言葉を待っていた。 「深空……」 俺は――― 「これが、俺の気持ちだ……」 俺は気持ちを行動で表そうと、自然と深空の唇へ自分の唇を近づける。 「……んっ……」 少し緊張しているのか、肩をピクリと震わせながらも健気にそっと目を瞑り俺の口づけを受け入れてくれる。 俺は、そのまま深空の唇へ…… 「俺は、深空が……」 「はい……」 たった一言を告げるだけで伝わるはずの想いが、緊張してなかなか口から出てくれなかった。 「…………」 俺を急かすでもなく、ただじっと見つめてくる深空。 その、健気に俺の言葉を待ってくれている深空の想いを確かめるためにも、言わなければならないだろう。 「きゃっ」 そう覚悟して大きく深呼吸すると、勢いをつけるために思いきって深空の両肩を掴む。 「深空っ!」 「……あぅ……」 「すっ……」 「じぃーっ……」 「…………」 「じいいいいぃぃぃぃーーーーっ……」 「のわあっ!?」 「か、花蓮さんっ!?」 せっかくのムードが、突如現れた金髪おバカ娘のせいで一気に豪快な音を立てて崩れていくのが判る。 「(こいつ……マジ空気読んでくれよ……)」 またとない良い雰囲気になれたのに、台無しだ…… <気分転換と言う名のデート・かりん編> 「あぅ! 翔さんと楽しくおしゃべりしながら 駅前の商店街を散策しましたっ!!」 「ゲームセンターのクレーンゲームで取ってもらった コバンくんのぬいぐるみは、一生モノの宝物です!」 「というよりも、もはや家宝です。国宝級ですっ」 「そう言えば翔さんとデートって殆どしたことなくて ……本当に久しぶりでした」 「ルンルン気分で、胸いっぱい幸せいっぱいです♪」 「あうぅ〜♪」 「おい、せっかく取ってやったんだから振り回すな。 もっと大事にしろっての」 「あぅ! すみませんでしたっ!! あうぅ〜っ♪」 ゲーセンでコバンくんのぬいぐるみを取ってやったのがよほど嬉しかったのか、見るからに上機嫌だった。 「なぜかやたら簡単な場所に配置されてたコバンくんは 一発で取れたけど、ステゴザウルスは苦戦したぜ」 「あぅ〜♪」 「(聞いてねえし……)」 俺はこの喜びを分かち合おうとしたにも関わらずかりんはそんなの関係ねえと言わんばかりの顔でスキップしながら商店街を歩いていた。 「せっかくだから交換しようぜ。これ、超マブいぜ?」 「そんなの嫌です。ステゴザウルスなんかより コバンくんの方が、何倍もステキです」 「むっ……」 苦労して取ったステゴザウルスを馬鹿にされて俺は思わず少しムッとしてしまう。 ここはどうあってもステゴザウルスの素晴らしさをかりんに教えてやるべきだろう。 「いいか? かりん……よく聞け」 「あぅ? 何でしょうか?」 俺は絶対にステゴザウルスを認めさせることを決意しながら、適当に思いついた超すごそうな魅力を並べることにする。 「敬意を払え」 「敬意を払って『飛行』のさらなる段階へ進め…… 空を飛ぶ方法、『LESSON2』だ」 「あぅ?」 「まず最初に言っておくぞ、かりん。お前はこれから 『《飛:・》《べ:・》《る:・》《わ:・》《け:・》《が:・》《無:・》《い:・》』と言うセリフを……4回だけ 言っていい。それは『死にます』でも構わない」 「いいな……『4回』だ。とにかく4回だけだ」 「あぅあぅあぅあぅ?」 「このステゴザウルスの尻尾を、9:16の長方形 ―――黄金長方形の形で回すと……飛べる」 「《飛:・》《べ:・》《る:・》《わ:・》《け:・》《が:・》《無:・》《い:・》ッ! ですっ!!」 「ちなみに、この尻尾を凹ますと、もっと飛べる」 「飛べるわけが無いですっ!!」 「定価の半額まで値切って買うことに成功すれば 二日に一回くらいは自由自在に飛べる」 「あうぅ〜っ! 嘘ばっかりですっ!!」 ……………… ………… …… <気難しいお年頃……?> 「鳥井さんがまだ居残るみたいだから、姫野王寺さんを 誘って一緒に帰ろうとする天野くん」 「いいな……私もこの場にいたら、誘ってくれたりとか したのかな……そんなわけないよね。はぁ……」 「あっ、でもでも、姫野王寺さんはその申し出を あっさり断っちゃったよ〜」 「純粋に親睦を深めようと思っていたみたいだし 天野くん、少しだけ気落ちしてるかも」 「ふぇ……私だったら、喜んで一緒に帰るのに…… はわわっ、な、何言ってるんだろ、一人で……」 「お誘いを姫野王寺さんに袖にされて、天野くんは 仕方なく一人で帰るみたいだよ〜」 「でも、姫野王寺さん、一緒に帰るのが嫌って言う 感じじゃなくって、何か都合が悪そうな雰囲気の 断り方だったような気がするよ〜」 「なんなんだろ? うぅ〜ん、気になるよぉ〜っ」 「(さて、どうしたものか……)」 何せ一日ぶりのシャバの空気だ、一人で帰るだけじゃもったいない。 ここは一つ、鈴木や木下でも誘って盛大に出所祝いとしゃれ込むべきか…… 「(ちょっと大げさ過ぎか?)」 それだけ昨日からの出来事が非常識だったためだろう。 「まさに、人生で一番長い24時間だったぜ……」 「さっきから一人で何をブツブツ言ってますの?」 たそがれるように独り言を呟いていた俺を遠巻きに眺めるようにして、花蓮が声をかけてきた。 「よお、コッペ……パ《蓮:れん》。お前も帰るのか?」 「コッペ……なんですの?」 「なんでもない」 「菜っ葉なら好きですけれど……」 「落ち着け、その二つの単語は似ているようで 実は全く似ていない」 「だいたい、24時間ってなんのことですの?」 「それはだな、この波乱に満ちた二日間を振り返って だな……」 「二日間って言ってる時点で、24時間はとっくに 過ぎているじゃありませんの」 「うるせーなぁ。人間、一度は言ってみたいセリフって もんがあるだろーが」 「……まあいいですわ。天野くんの言う通り、私は 早く帰らなければいけませんですし」 「ですから、そこ、どいて下さいますこと?」 そう言って花蓮が俺の背後を指差した。 振り返ってみると、どうやら俺が邪魔で教室から出れなかったのだと悟る。 「ああ、悪い悪い」 「わかって下さればよろしいですわ」 偉そうにふんぞり返りながら教室を出ようとする花蓮。 「(せっかく見つけた暇つぶし相手を、逃がすかよ)」 このままでは、コイツと自由を得た喜びを分かち合って仲良くなり、あわよくばコッペパン事件を水に流そうと言う俺の目論見が外れてしまう。 そうなると俺も、こいつをこのまますんなりと帰す気はさらさら無いわけで…… 「じゃ、行こうか」 花蓮に肘を差し出し、ダンディズムに満ち溢れた微笑みを口元に浮かばせてみる。 「……何のマネですの?」 「ハッハッハ、言わせるなよ」 「こういう時、《淑女:しゅくじょ》は黙って男の腕を取るものだろ?」 「だから、どうしてそうなるんですの……」 「あれ?」 花蓮が疲れたように、俺を冷めた瞳で眺める。 パッと見だけでもお嬢様のこいつならノッて来ると思ったのだが…… 「おかしいな、ダンディが足りなかったのか?」 「……それが貴方の、精一杯のダンディですの?」 「ちくしょう、何が足りないんだ……ワイングラスか マシンガンか……」 「そんなの知りませんわ」 俺を押しのけ、軽くあしらいながらスタスタと廊下へ出て行ってしまう花蓮。 「まあ待てよ」 「早っ! どうしてさっきまで教室にいた天野くんが 私の前にいるんですの!」 「んなこたぁ些細な問題だ。それより……」 「……?」 「一緒に帰ろうぜっ♪」 「…………」 「…………あっれぇ?」 ものすごく、変なモノを見るような目で見られているような気がする…… 「おかしいな……モンスターですら起き上がって仲間に なりたそうにこちらを見るほどフレンドリーな笑顔で 言ったはずなのに……」 「誰がモンスターですのっ!!」 「馬車か? 馬車がないからか?」 「言ってる意味がわかりませんわ!」 いかん、うんざりしている顔つきになってきた…… 「悪かったよ。ただ、どうせ帰るんなら途中まで一緒に どうかな……と思ってさ」 「それならそうと、最初から素直におっしゃれば よろしいですのに……」 「そう言うなよ。お前のこと見てると、生意気な 子犬でもいじめてるような気分になるんだよ」 「ど、どこまで愚弄するつもりですの……!?」 「わ、悪かった悪かった……頼むから、その英和辞典を しまってくれ」 純金で出来た辞典なんかで殴られたら、リアルで命が危なそうだ。 「はぁ、はぁ……悪ふざけも大概にしてくださいまし」 その悪ふざけにいちいち反応が返ってくるのが面白いんだけどな。 「わかったよ。それじゃ、帰ろうぜ」 「それはお断りしますわ」 「ズコーーーーーーーッ!!」 両腕をまっすぐ伸ばし、頭から地面をこするようにつんのめってしまう。 「こ、古典的な転び方をしますのね……」 「新しい喜劇的な流れを汲んだ、由緒正しき ずっこけ方だ。何なら、ファンファーレを 口ずさんでもいいぞ?」 「ファンファーレ?」 「ホンワカパッパーホンワカッパッパーで有名な……」 「あーあー、いいですわ。別に聞きたくないですし」 手をヒラヒラと振って、花蓮は歩いていこうとする。 「お、おい、待てよ。本当に行っちゃうのか?」 俺が真面目な声で引き止めると、花蓮が少しだけ申し訳無さそうな顔で振り返る。 その表情を見る限りでは、怒っているわけじゃ無さそうなのだが…… 「お誘いしていただくのは光栄ですけど、私、少々 寄らなくてはいけないところがありますの」 「なんだよ、寄り道くらいなら別に気にしないぞ?」 「わ、私が気にするんですのっ!」 慌てるようにあたふたと手を振って断られてしまう。どうやら、これ以上粘っても逆効果のようだ。 「わかったよ。それじゃ、また明日な」 「え? え、ええ……」 あっさりと引き下がったのが意外だったのだろうか花蓮は、拍子抜けしたような声を出していた。 「なんだ? 本当はやっぱりついてきて欲しいとか?」 「そんなわけございませんわっ!」 からかうような俺の言葉に、花蓮はぷりぷりと肩をいからせて歩いていってしまった。 「難しいお年頃なのかね……」 小さくなる花蓮の背中を見つめながら、俺は誰に聞かせるでもなく、ボソッとそう呟くのだった。 <決意新たに……> 「こうして私は、いつものように瑞鳳学園を占拠して 翔さんの前に現れました」 「今度こそ、愛する翔さんを助けるために……」 今度こそ、助けてみせる――― もう間違わないって、誓ったから。 もう迷わないって、決めたから。 その姿を……貴方に見て欲しいから。 だから私は、何度でも。 必ず貴方の元へ―――戻ってきます。 「あぅ……すみません、この学園は占拠しちゃいました。 死にたくなければ、1ヶ月以内に空を飛んでください」 これは私の決意を示す、翔さんへのメッセージだった。 私は絶対に空を飛んで―――翔さんに伝えるんだ。 貴方のお陰で、私は真っ直ぐに進んでいける強さを手に入れることが出来ました、って…… 今度こそ、必ず―――!! <決闘!!> 「相楽さん、嵩立さん……そして櫻井くんの立会いの下 私と天野くんの果し合いが始まりました」 「結果は、言うまでも無いですけど、私の勝利です」 「世にはびこる不埒な欲望になんか負けるわけが ありません!」 「口達者な天野くんの話術に翻弄されそうになりました けど、結果的には火に油を注いだだけでしたね……」 「まったく、私に勝とうだなんて10年早いですっ! 精神鍛錬から修行しなおしてくださいっ!!」 「本当は反省させるために放って置こうかとも思ったん ですけど、一応、その……弟くんのようなものですし」 「姉としてって言うか、何となく放って置くのも 忍びないような気がしたので、目を覚ますまで 介抱してあげていました」 「その、エッチな本は燃やしてしまいましたし…… ちょっとやりすぎちゃったかもしれないですから」 「そんな事を思っていたのに、目を覚ました天野くんに ついつい厳しい態度をとってしまいました」 「いつだって無茶苦茶な天野くんを相手にしていると 私は、今までの誰と接するよりも自分の素を出して しまっていた事に気づいたんです」 「その自分は、私自身でもビックリするくらいお粗末で 大和撫子からかけ離れたような言動で……こんなのが 本当の私……なんでしょうか?」 「そんな風に私を変えてしまうなんて、天野くんって 本当に不思議な人です」 「まるで居もしない弟のように私のガードを甘くして それなのに、本当は家族なんかじゃなくって……」 「私にとって心を揺さぶられるような、特別な存在 なんだって……初めて自覚した瞬間でした」 「灯先輩との決闘に敗れた俺は、たまたまその場を 通りかかった渡辺さんの甲斐甲斐しい介抱により なんとか一命を取り留めた」 「あれだけ大見得切って見事に負けてしまっては もはや先輩に合わせる顔が無い……」 「何より、こんな情けない俺のことなど見限られて しまっただろう」 「さすがに調子に乗りすぎたもんな……」 「今後は無難に先輩と一定の距離を保てるように まずは信頼を取り戻すところからはじめよう」 「……そう心に決めた一日だった」 「…………」 「…………」 ジリジリと肌を焦がすような緊張感に晒されながら、俺は暗雲立ちこめる草原に佇む。 かつて深空に教えてもらった草原を決戦の場に選んで互いに真剣を模した武器を手に、先輩と対峙する。 「…………」 「…………」 「…………」 その俺達の決闘に立ち会うのは、静香と麻衣子、それに櫻井とトリ太だった。 「決闘とは、これまたお馬鹿な……もとい、面白い事を 考えたものじゃな……」 「ふむ……どうして俺達がこんな所にいるんだ?」 「立会人がほしいんだって」 「あっふ……私も夕べは遅くまで発明をしていて 寝てないんじゃがのう」 「そこ、うるせーぞ。ゴチャゴチャ言うな」 「うむ、カケルよ。男には退いてはならぬ時がある」 「それが今だと見極めたからには、己の信じた道を 迷わず突き進むがよい」 「サンキュー、トリ太!」 昨日、まったく同じこと自分で言ったけどな…… 「それじゃあ聞かせてもらいましょうか。先輩の答えを」 気を取り直して、俺は再び先輩の方へと意識を戻す。 「答え……?」 「ええ。俺の秘蔵のエロ本『ギガべっぴん』を抱きしめて 熱い一夜を過ごした、今の先輩になら……男の気持ちが 解ったかと思います」 「なっ……!?」 「うほっ……こいつは衝撃の事実発覚じゃの」 「フッ……」 「だ、抱きしめて寝てなんて、いませんっ!!」 「とにかく、男のロマンと真正面から向き合った事で 先輩はエロスの大切さが良く解ったはずです」 「そう……性欲こそ、人類を守ってきた聖母そのもので あると言う事をっ!!」 「そんなふざけた理屈、理解できるはずありません!」 「俺は悲しいですよ、先輩……きっと分かり合えると 思っていたのに―――」 「う……そ、そんな声出しても、意見は曲げません!」 「なら、仕方ないですね……」 話し合いでの平和的解決は無理だと言う事を悟り、俺は手に持っている木刀を構えなおす。 「約束通り、その身にたっぷりと教え込んでやるぜ…… エロスの素晴らしさってヤツをなっ!!」 「だから、変な表現はやめて下さいっ!!」 「問答無用! それともまさか、ここまで来て俺ごときに 怖気づいたんですか、先輩?」 「むっ……そんなワケ無いじゃないですか」 「私はただ、安易な暴力で相手をねじ伏せようと言う 考えがですね―――」 普段は俺におしおきをしようとしてくる先輩も本気では無かったのか、ここに来てまで俺の身体を気遣って来る先輩…… それは嬉しくもあり、同時に男として見られていない扱いが嫌で、俺はさらに挑発を重ねる事にする。 「はぁ……下手な言い訳して逃げるなんて、やっぱり 俺に負けるのが怖いんだな?」 「……なんでそうなるんですか……」 「まあ、男と女ですからね。自信が無いのは無理も ないですけどね。ハッハッハ!」 「…………」 俺の挑発的な言葉を聞いて、ピクリと、先輩の眉が吊り上った。 「それに、勝ったら認めざるを得ないでしょうからね! エロスが生み出す素晴らしきパワーの存在を!!」 「いや、すでにもう先輩は、エロ本と心を通じ合わせた ことでその力を肌で感じ取ったからこそ、恐れている はずなんです―――」 「そう、自分のスタイルですらも『ギガべっぴん』に 出ている女性には、適わないと言う事がっ!!」 「なっ……!!」 「『自分は、この本に出てくる女性ほどおっぱいが  大きくない』と戦慄したはずだぁっ!!」 「鈴白先輩! 一思いに殺しちゃってください!!」 「あんな魔性の脂肪に誑かされる精神は、聖なる一撃で 浄化が必要じゃなっ!!」 「なぜ関係のない二人が、そこまで怒るのだ……」 「天野くん……そこまで言ったからには、覚悟が出来て いるんでしょうね?」 「それはこっちのセリフっすよ」 「今のうちに、俺色に染まる前の写真でも撮っておくと いいんじゃないですか?」 「その必要はありません」 ゆらりと、穏やかな表情を携えて、先輩が白杖を構える。 「どうせ、最後に立っているのは私ですから」 「……上等だあああぁっ!!」 初めて闘志を俺へ向けてきた先輩の『本気』に、本能が死の警笛を鳴らして来る。 「行きますよ!!」 「―――速いっ!!」 「はあぁっ!!」 「ぐっ!?」 容赦無い早業の一撃を、辛うじて木刀で受け流す。 「とてつもない速さと重い剣戟に、兼ね備えた優雅さ…… まさに天賦の剣才……! 羨ましいほどだぜ、先輩!」 長い髪を揺らし舞うその姿は、どんな者をも魅了する《円舞曲:ワルツ》のようなリズムを奏でていた。 「とどめですっ!!」 その美しさと気高さに、思わず笑みが《毀:こぼ》れてしまう。 「(だが先輩も気づいているな……? 才能だけでは  俺のエロスへの想いは超えられない……)」 「(この一撃に、俺は今まで過ごしてきた中で感じた  全ての性癖への渇望を籠める―――!!)」 「(あの時のように、受け取れ……そして感じろ!!)」 「(この木刀に籠もる―――俺のエロスをっ!!!)」 「はぁっ!!」 「!?」 先輩の攻撃を紙一重でかわし、その隙だらけの背後に渾身の一撃を放つ!! 「そこだあああああぁっ!!」 「……って、あれ?」 「今の一撃をかわすなんて、思ったよりもやりますね」 「さてと、そろそろウォーミングアップは終わりにして 本気で行かせてもらいますよ?」 「ちょっ……まっ……な、なんで今の一撃があっさり かわせるんすかっ!?」 「なんでも何も、風切り音で天野くんの斬撃の軌道は まるわかりですし……」 「なんだ、それ……反則だ……」 俺の全てを籠めた一撃をいともあっさりかわされ一瞬にして、戦意喪失させられてしまう。 もはや俺の頭の中では、現状をいかに乗り切り、かつエロス精神を全うするか―――全細胞が、その解答に向かって働いていた。 「さあ、観念して―――っ!?」 咄嗟に俺は木刀とすて、両膝をついて頭を下げたまま土下座のような体勢で両の手の平を上へと向ける。 上に向けた手の平は、害意のない事を示す精一杯の所作であり、同時にある『要求』を求めるポーズでもあった。 「頼む……触らせてくれ……」 「ふっ、ふざけないで下さいっ!! 何を触るって 言うんですかっ!?」 「何でもっ!! 何でも言うことを聞くから!!」 「だから触らせてくれ……俺は―――どうしても、先輩の おっぱいを触らなくちゃいけないんだ!!」 「…………」 「…………」 「…………」 「オッパ……? オッパ……何?」 「オッパイヲサワル……って、何?」 その場にいる誰もが、死を覚悟するほどの殺気……! 返答次第では、俺の命が消える――― でも、どう答えていいかわからない。 「俺は―――先輩のおっぱいが揉みたいんだっ!!」 極限まで張りつめた空気の中で、俺が選択した答えは……偽らない事だった。 「俺だって男だから……男なら誰しもが死ぬ前に抱く夢! 青春の情動に任せてエロスな事をしてみたいんだ……」 「おっぱいを堪能した後は、先輩の望む通りにする……! だから、俺への手向けに……揉ませてくれ!!」 「触りたい―――ってこと?」 「オッパイヲサワルって……胸を触るってことですか?」 「うん!」 「……はぁ……はっ……」 「勝手な事、言いすぎ……ですっ!!」 「ふざけるのも……いい加減にして下さいっ!!」 「くっ……ダメかっ!?」 爆発する闘気を前に、最後の希望が絶たれた事を悟る。 「ダメに決まってるでしょ!!」 「ここまで自分の欲求にストレートな男を、私は初めて 見たのじゃ―――」 「こうなったら、玉砕覚悟の特攻しかないぞ、天野!」 「ああ! やってやるぜぇっ!!」 俺は半ばヤケクソになって、怒りのオーラを身に纏う先輩へ向かって突っ込む!! 「さあ来い先輩! 俺は実は一回斬られただけで 死ぬぞおおおぉぉぉぉぉっ!!」 「《灯翔鈴白:ヒショウスズシロ》流剣術―――」 「最終奥義!!」 「白杖円舞!!」 「ぐああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」 「また、つまらないものを……斬ってしまいました」 すれ違いざま、白杖を刀のように変形させた怒りの先輩が放った神速の連撃に、俺はキリモミ状に吹き飛んで地面に叩きつけられる。 「……成敗、完了です」 「お見事……ぐふっ」 己の正義を貫いた結果に悔いは無し、と言った爽やかな笑顔を覗かせたまま、俺はゆっくりとその意識を失って行くのだった。 ……………… ………… …… 「……ハッ!?」 目が覚めると、視界には見慣れた光景が広がっていた。 死後の世界……という割には、あまりにも見覚えがありすぎるベッドに横たわっている。 と、言うか――― 「ここは……俺の部屋?」 「目が覚めましたか?」 まだ完全に覚醒しない思考の霧を《掃:はら》うように、先輩の声が俺の頭の中に響き渡る。 「先輩―――!?」 「痛っ……」 「こら、まだ無茶したらダメですよ」 「先輩、どうしてここに……?」 あれだけの大事を起こした上に無様にも完全敗北して先輩に見捨てられただろうと思っていた俺は、思わずそんな質問を投げかけてしまう。 「どうしても何も、私が気絶していた天野くんを ここまで連れて来たからに決まってます」 「そ、そうじゃなくて……どうして俺なんかをわざわざ 介抱してくれたんですか、って意味で……」 「そ、それは、その……理由はどうあれ、大人気なく 本気になって、やりすぎてしまいましたので……」 「不本意ではありましたけど、放っておくわけにも いかないでしょう?」 「ははっ……それはさすがに、優しすぎるんじゃ 無いですか?」 「俺みたいなのは、甘えるとすぐ調子に乗りますよ」 「それは、もう十分解ったつもりです」 「うっ……」 じろりと睨まれて、さすがにバツが悪くなってしまう。 「ほんと、困った人ですね、天野くんは……」 「面目ないです」 「子供っぽくて、成長が見られなくて、図々しくて…… 今まで会った誰よりも滅茶苦茶な男の子で―――」 「なのにどうして天野くんと一緒にいるのか……自分でも わけがわかりません」 「え……?」 「な、何でもありません」 「先輩、今、なんて―――?」 「ああもう! 何でもないって言ってるレディに 聞き返すのは禁止ですっ!!」 「いででででででっ!!」 痛んでいた腕の傷のシップをべりっと剥がされ、思わず情けない悲鳴を上げてしまう。 しかし、すぐに貼り直してくれたシップのひんやりとした感触が、俺を癒してくれた。 「ほんと、手のかかる男の子ですね、天野くんは……」 「っ!?」 ブツブツと、照れ隠しのように何かを呟く先輩が急に俺の方へ身体を寄せる。 「さ、早くして下さい」 「い、いいんすかっ!?」 密着するように胸を押し付けて来る大胆な先輩の行動に喜び勇んで、そのたわわに実ったおっぱいを触る。 「っ!?」 「おおっ……ついに先輩の胸がっ!!」 「きゃあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「うぼぉあっ!?」 至福の膨らみの感触を味わえたのも束の間、すぐさま訪れる衝撃に、思わず意識が途切れそうになる。 「なななっ、いきなり何をしてるんですかっ!!」 「だ、だって先輩が早くして下さいって……」 「誰がおっぱいを揉んで下さいなんて頼んだんですか! お部屋を掃除するから、天野くんを一階のソファに 移動させようとしただけですっ!!」 「そ、そうだったのか……」 「もう、ホントに信じられません……い、いきなり 女性の胸を触るなんて……非常識極まりないです」 「ご、ごめん……話の流れからして、てっきり そうなのかと―――」 「そんな元気があるなら、いいからさっさとこの部屋から 出て行って下さいっ!!」 「のわぁっ!?」 シーツを引っぺがされて、ベッドから転がり落ちるように放り出されてしまう。 「ちょっ……俺、怪我人……」 「エッチな事を出来る人は、怪我人と呼べません!」 「ひでぇ……」 さっきまでの優しかった先輩の姿は見る影も無くまた怒り始めてしまう。 「自業自得とは言え、そこまで冷たくしなくても…… って言うか、別に掃除とかしなくていいっすよ」 「ダメです! この良く見ると小汚い部屋は、ちゃんと お掃除して、清潔にしないといけません!」 「こうした部屋の乱れが、不健全な精神を生むんです!」 「わ、わかったよ……」 俺は観念して、大人しくこの部屋から出て行く事にする。 「まったくもう……」 大きな溜め息を吐きながら、先輩は俺の部屋へと掃除機を運んで来る。 「……先輩、今日はごめんな」 「え……? どうしたんですか、急に」 「いや……決闘だなんて、バカな事しちゃって」 「……あぁ」 「色々と怒らせるような事も言っちゃったし…… 反省します」 「…………」 先輩は少しだけ考えるような素振りを見せ、口を開く。 「いいんですよ……私も天野くんのこと、思いっきり ぶっ飛ばしちゃいましたし……それでおあいこです」 「……エッチな事も、絶対にやめろとは言いませんが もう少し節度を持って行動してください」 「先輩……」 「私もできる限り、その……男の子の気持ちを理解する 努力をしてみる事にします」 「だから天野くんも、女の子の気持ちを理解できるよう 頑張って善処して下さいね?」 「はい! 先輩の器の大きさに感動しましたっ!!」 優しく子供をあやすように俺を指導する先輩に、感涙の涙を流す。 「当然です。私だって、あそこまでの熱意を傾けられたら さすがに、恩情が湧いてしまいますから」 「おおおおおおおおおぉぉぉ……!!」 俺の努力が実ったような結末に、思わず先輩に後光が射しヴィーナスのように思えてしまう。 「じゃあ、昨日貸したエロ本、返してください!」 「あぁ、アレは燃やしちゃいました」 「ノォォォォォォォォォォォォォッ!!」 さきほどまでヴィーナスのように見えていた先輩の笑顔は一瞬にして、悪魔の笑みへと変貌を遂げるのだった。 ……………… ………… …… 「ん……んんぅ……?」 意識が覚醒すると同時に、俺の身体を違和感が襲う。 どこか温かく、フワフワしたような――― 「(……天国?)」 そんな考えが一瞬頭をよぎったが、ギシギシと悲鳴を上げる身体を見る限り、どうも安らかに天に召された訳ではないようだ。 「……のくん……天野くん!」 遠くから……いや、たぶん近くから、俺の名を呼ぶ声が聞こえる。 それが優しさに満ち溢れた、聖母のように感じたのは単に俺が心身ともに弱っているからだろうか。 「天野くん……よかった、気がついたよぉ〜?」 「……せん、ぱい?」 「ふぇっ?」 ぼんやりと開かれた視界に、目をまん丸にした少女の顔が飛び込んできた。 心配そうに俺を見下ろす顔……灯先輩ではないそれはしかし、見慣れていたものだった。 「……渡辺、さん……?」 「うんっ、そうだよ〜」 安心したのか、顔中に満面の笑みを浮かべる渡辺さん。 混濁する意識を無理やり叩き起こし、辺りを見回すとこれまた見慣れた……俺の部屋だった。 「なんで俺、こんなところに……皆は……あだっ!」 「う、動いちゃダメだよぉ」 痛みに顔をしかめる俺を制すように、渡辺さんは俺の肩を押さえてベッドに寝かしつけようとする。 「覚えてないの? 天野くんは一人であの草原に 倒れてて、たまたま通りかかった私がここまで 運んだんだよぉ〜」 柔らかく微笑み、渡辺さんがシーツをかけてくれる。 「……あっ!」 「うん?」 「じゃ、じゃなくて、運んだんですよ……」 なぜか、急に敬語になった。 そう言えばこの慌しい夏休みに入る前も、渡辺さんは俺たちには敬語で話してたっけ…… 「運んだって……渡辺さん一人で?」 「は、はい……そ、その……」 「……何?」 「はいっ! じ、実は相楽さん達が手伝ってくれて……」 「麻衣子が……?」 なるほど……鍵を持たないはずの渡辺さんが俺の部屋に入れたはずだ。 「すっ、すいませんんんっ! 勝手なことをして……」 わたわたと、水飲み鳥のように頭を下げられる。 「いいって、怒ってるわけじゃないんだ」 「ふぇ……ほ、本当ですか?」 「ああ……どうも、命の恩人らしいしな」 「そ、そんな……大げさですよぉ」 渡辺さんを安心させるように優しく言いながら、俺は内心では別のことを考えていた。 「(一人で倒れてた、か……)」 その状況だけで、俺が皆に見捨てられた事を証明するには十分だった。 ……無理はない。 ここ数日の俺は、誰に呆れられても仕方ないほど調子に乗りすぎていたのだから。 「……あれ、服……?」 再び、違和感を憶える。 ベッドで寝かされていた俺は、なぜか寝間着を着ていたのだ。 「あ……そ、それなんですけど……」 話しづらそうにうつむいて、渡辺さんがモジモジする。 「実は天野くんが倒れてる間、大雨が降って……」 「それで、渡辺さんが着替えさせてくれたって訳か」 そう言葉を継いで、椅子の背もたれに乾かすようにかけてある服に目をやる。 「あ、あわわわわわわっ……だ、ダメですよぉ〜っ! 深く考えないでくださいっ!」 顔を真っ赤にして、遮るように服を隠す渡辺さん。 「とにかく、さんきゅー。助かったよ」 「ふぇぇ……」 「……本当だって。あのまま放置されてたら 間違いなく風邪引いてたから」 「(自業自得だけど……)」 「はぅ……でも、よ、よかったです。天野くんが 無事に目を覚ましてくれて……」 「ああ。渡辺さんのおかげだ」 「いえいえ、そんなっ」 ブンブンと、顔の前で手を振って謙遜された。 そのまま互いに顔を見合わせ、クスクスと笑う。 「ではでは私、お店の手伝いがあるので、そろそろ 帰りますね」 そんな俺を見てホッとしたのだろう、渡辺さんはそう言って立ち上がり、ベッドから離れる。 「え? お店って?」 「私のお家、パン屋さんなんです」 嬉しそうに、どこか誇らしげに、渡辺さんが言った。 「えっと、商店街に一つだけある小さなお店の……」 「……あ、あーあーあー」 そう言えば、いつだか花蓮にパンを奢った時そんな場所に入ったような気が…… 「もしかして俺、行った事ある?」 「はい。ちょくちょく……」 にこやかに言う渡辺さんの顔に、急に申し訳ない気持ちになる。 「う、うわーっ……ごめん」 「ふぇっ? な、何がですか?」 「い、いや……クラスメイトの家に行って、気づかない なんて……最低だよな」 「そ、そんなことないですよぉ!」 「あれ? でも、店では会ってないよな……」 「可愛いアルバイトさんみたいな女の子一人だったと 思ったけど……」 「かっ、可愛い……」 「あっ、もしかして、あれが渡辺さんだったのか!」 なぜか真っ赤になってうつむいている渡辺さんを指差し、俺は一人で納得した。 「そうか、そうだよな。言われてみれば似てるし…… 全然気づかなかったよ」 「わ、私、いつもお家の手伝いをしているんです」 「へぇ、看板娘ってヤツか」 「かかかっ、看板娘だなんて、そんなっ」 即座に否定する渡辺さん。 何をそんなに謙遜することがあるのだろう。 「……そうだ」 「ふぇっ?」 「つーことはさ、もしかしてヘンテコなコッペパン娘の ことも知ってたりする?」 「はい? えぇーと……」 「そうだな、こう……金持ちのようでいて貧乏そうな お嬢様のようなへっぽこ娘なんだけど……」 いかん、自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。 こんな説明じゃ伝わるものも――― 「もしかして、姫野王寺さんですか?」 「そう、それ!」 マジで伝わったようだ。 「姫野王寺さんなら、いつもお店に来ていただいて ますので、よくお話するお友達ですよ」 「おおっ……! あんな変人とも友達になれるとは 渡辺さんの友好関係ってかなり幅広いよな」 「あ、あはは……」 「っと、引き止めちゃってごめん。今日はありがとな」 「はぅっ! い、いえ、こちらこそ……」 「は?」 「な、なんでもないですっ! お邪魔しました〜っ」 逃げるように走り去ってしまった…… 「火の玉みたいな子だな……」 渡辺さんを微笑ましく見送るも、俺の口からはため息が漏れた。 思い返すのはもちろん、先輩との果し合いのこと…… あれだけの大見得を切っておいて、こうまで見事な負けっぷりだ。 先輩にも櫻井にも合わせる顔など、無い。 「(何より、向こうからも見限られちまったみたい  だしな……)」 こうなった以上、もうどんな言い訳も通じないだろう。 全ては俺の軽率さが招いた結果だ。 今後は先輩と一定の距離を保てるよう、まずは失った信頼を取り戻すところから始めよう。 もう一つ大きなため息をつき、そう決意するのだった。 ……………… ………… …… <活動停止> 「……ごめんなさい、かりんちゃん……」 「私の方は全然大丈夫です。ですので、気にせずに 絵本の方を完成させてくださいっ!」 「ありがとう、かりんちゃん……私、頑張るね!」 「どうにかしてお父さんの誕生日までに、この絵本を 完成させてプレゼントしたいから……」 「だから、今日からは一日中ずっと絵本作りに励んで 悔いが残らないように、精一杯がんばるからっ!」 「はいっ。負い目を感じるより、良い作品を作って くれる方が嬉しいですから……だから、頑張って 素敵な絵本を作ってくださいっ!!」 「私には……絵の才能とか、文才とか、そう言うのは ぜんぜんありませんので……」 「だから、私の分まで精一杯頑張ってくださいっ」 「かりんちゃん……」 「何でもないです。気にしないで下さい。あぅ!」 「かりんちゃんや翔さんの気持ちを無駄にしないように 私、頑張ってみるから、見守っていてねっ」 「はいっ!」 「…………」 学園へ来てすぐに、深空は各々で活動をしているみんなを教室へと集めていた。 しかし、すぐに口を開かない深空を前に、場は静寂に包まれていた。 「……それで、私たちに言いたいことってなんなの?」 黙り込んでしまう深空の背中を押すように、静香がその沈黙を破るように話しかける。 「はい……」 その深刻な表情を見て、俺は深空がみんなへ告げようとしている事をうっすらと感じ取る。 完成させなければならない絵本……その進み具合が深刻である事は、深空の様子から容易に想像できた。 だからこそ……今よりも強い『覚悟』が必要なのだろう。 「(……頑張れ、深空)」 深空が何を告げようとしているのかを理解した俺はただ黙って、その成長を見守る。 「その……みなさんが、かりんちゃんのために 精一杯、一丸となって空を飛ぼうと頑張って いるのを知ってます」 「けど、だからこそ……中途半端は、よくなくって…… だから私、みなさんに言っておきたいんです」 「…………」 「私は……もう、これからはみなさんのお手伝いを することが……出来ません」 「それってつまり、この活動をやめたいってこと?」 「……はい」 「雲呑さん……」 誰よりも他人に合わせて『優等生』を貫いてきた深空。 その少女が今、自分の目的のために初めて我侭を言って迷惑をかけようとしていた。 「ずいぶんと自分勝手な話よね」 「まあ、たしかに無茶苦茶な活動なわけだし、強制じゃ ないんだから、好きにすればいいんじゃない?」 「はい……」 「やめんか、シズカ。きっと何か事情があるんじゃろ」 「それは……そうかもしれないけど」 何だかんだで付き合ってきた静香だからこそ思うところがあるのだろう、初めは嫌がっていたあいつが、一番納得が行かないようだった。 「みなさんの士気を下げてしまってごめんなさい…… こんな私に、もう仲間の資格は無いと思いますけど ……でも、私……応援、してますから」 「…………」 「ふぅ……ほんと、貴女を見ているとお馬鹿すぎて イライラするわ」 「すみません……」 「同感ですわね。もっと空気を読んで欲しいですわ」 「そんなこと言うなんて、雲呑さんらしくないですね」 「っ……すみま、せん……」 「そうじゃな。私たち仲間のことを馬鹿にしておるの」 「それは……それは違いますっ!」 「違わないです」 沈黙を貫いていたかりんが、その重い口を開いた。 「か、かりんちゃん……」 「深空ちゃんは、大馬鹿さんです。私よりもずっと頭が いいはずなのに、何もわかってませんっ!」 「で、でも、私っ……!」 「そうだな」 「か、翔さん……」 「たとえどんなことがあろうと、たったそれくらいの くだらないことで、俺たちとの関係が終わりだとか そんな考えをするヤツは……大馬鹿だよ」 「え……?」 「ほんと、少し前の私を見ているみたいで、その態度が 気に喰わないって話をしてるのよ」 「うししししっ……たしかにあんな感じじゃったのう」 「う、うるさいわねっ! もう吹っ切れたんだから 過去のことは水に流してよっ」 「そうじゃな……深空!」 そう言うと、笑顔でびしっとその手を深空の方へ差し出す麻衣子。 「何を勘違いしておるのじゃ、お主は」 「まったくですわ」 「私たちは、鳥っちさんが困っているから助けたいと 思って精一杯頑張ってますのよ?」 「そして今、雲呑さんもまた困っているんですよね? それなら……一緒じゃないですか」 「その……困った時はもっと素直に私たちを頼って 来たらいいじゃない。そこの図々しい誰かさんや カケルみたいに、ね」 「あぅ! ご迷惑をおかけしてますっ!!」 「かりんも、ミソラも……カケルもシズカもカレンも あかりんも、秀一も……トリ太も、そして私も…… みんな一緒で、何一つ変わらないんじゃ」 「誰かがピンチの時は、他のみんなでフォローして 助け合う。それが人の生きる道と言うものです」 「もし鳥っちさんと同じように雲っちさんも辛い時期 なのでしたら……私たちが少しでもその負担を軽く してあげたいと思うのは、すごく自然なことですわ」 「それが深空ちゃんにとっての活動停止なら……何も 気に病むことなんて無いですっ!!」 「仲間の役に立てないだけで仲間じゃなくならなくては ならん、などと言うふざけた仲間なぞ……私だったら 真っ平ごめんじゃな!」 「そうだな。そんな関係に、価値など存在しない」 「みなさん……」 「じゃから、仲間の資格が無いなんて……そんな 悲しいことを言うでない」 「そうです。私たちは……こうして出会うことができた みんなは……大切な、仲間なんですっ」 「……はい……はいっ!」 「なあ、深空」 「俺は深空のために、何もしてやれないけどさ…… それでお前は、俺のことが嫌いになったのか?」 「そんなこと、無いですっ!」 「だろ?」 「仲間とか友達とか……つまりさ、そう言うことだろ」 「大事なのは理屈じゃないんだ」 「ハートじゃっ!!」 「非科学的だがな」 「何を言うか! 目に見えない、人間が生み出した最高の 発明品じゃろうがっ!!」 「マイコにとって非科学的なものなど、この世のどこにも 存在しないのだな」 「んもぅ、相変わらずのお気楽思考よね、みんな」 「ハートで繋がっているなんて、素敵な話ですわ!」 「私はロマンチストな方じゃ無いですけど……不思議と そう言うのは嫌いじゃないですね」 「まあ、そんなワケで……」 何やら潤んでいる深空の頭を、ぽんと叩いてやる。 「お前はお前のやるべき事を、精一杯やれよ」 「迷ってる暇があったら突っ走れ! それが俺ら 飛行候補生たち《ら:・》《し:・》《い:・》やり方ってもんだろうが」 「うむ! 何事もやってみなければ始まらんっ! どんな事でも、自分から動かなくては不可能の ままでしかないのじゃっ」 「それでも、足掻いていれば……きっとそれは無駄には なりませんわ!」 「そうして行けば、いつか空だって飛べちゃいます」 「ははっ、それいいな!」 「みなさん……私……」 「負い目を感じるよりも、その目的のために精一杯 頑張ってくれる方が嬉しいです」 「私の方は、みなさんが協力してくれるから、ぜんぜん 大丈夫です」 「だから深空ちゃんは……深空ちゃんの大事なことを…… その想いが報われるように、頑張ってください」 「かりんちゃん……みんな……」 「ありがとう……ありがとう、ございますっ」 「私、頑張りますっ!!」 「ええ、その意気ですわっ!」 「雲呑さんも、頑張ってください」 「詳しい事情はわからんが、何か困ったことがあれば 精一杯協力するから、頼ってくれていいぞっ」 「フッ……見栄を張るなマーコ。鳥井の件だけですでに テンパっているだろ、お前は」 「う、うるさい! 仲間に弱気な姿は見せんのじゃっ」 結局真面目な雰囲気は長く保たず、いつものようにワイワイと騒いでしまう、みんな。 「(みんな……ありがとう……)」 かなりの遠回りをしたが……やっと深空の中にある仲間との溝が無くなったことを、肌で感じる。 今までなら決して踏み込んできてくれなかったであろうその一歩は、俺たちを真に仲間と認めてくれるもので。 そして、少しずつ、けれど確実に俺以外のみんなへと深空が心を開いて来ている証となるものだった。 願わくば、こうやって……深空には普通の女の子のように友達をたくさん作り、人並みの幸せを手に入れて欲しい。 「(いつか、きっと……出来るはずだ)」 親子のヨリを戻し、自分の殻を破って……誰にでも本当の意味で、気兼ねなく接していけるような日々。 そんな誰もが手にしている生活を、取り戻す。 そんな日が来れるように、俺は深空を支え続けて、彼女の自信を取り戻してやりたい。 自分から切り開くその道は、決して悲しい《結末:もの》では無いのだと言うことを……思い出して欲しい。 本来、そこに待つのは母の死ではなく……父の笑顔と幸せな誕生日だったのだと言うことを。 ……………… ………… …… <浮気発覚!?> 「あぅっ! 翔さん、サイテーですっ!!」 「いいいっ、いくら私と恋仲になる前だからって…… あんな女の子に浮ついているなんて、最悪ですっ! ……でもやっぱり大好きですっ!!」 「あぅ……はじめはすごく驚きましたけど、どうやら マーコさんの作った発明品みたいです」 「紛らわしすぎます……それに、エッチなことに 活用できそうなくらい精巧に作られているので 私が没収しますっ!!」 「じりりりりりりり……」 「……ん……」 「じりりりりりりり……」 「うるせぇ……」 普段かけている携帯のアラームとは明らかに違う聞きなれない音に、意識を覚醒させられる。 「ちくしょー、何の音だよ……」 寝惚けたまま、少し不機嫌に目を擦りながら俺は辺りを見回してみる。 「じりりりりりりり……」 「………………」 「…………」 「……誰?」 音……と言うか声の主は、見知らぬ女の子だった!! 「ど、どちら様ですか?」 「じりりりりりりり……」 「……もしかして……」 まさかとは思うが、俺は思い当たる節を確かめるべく彼女の目の前でぶんぶんと手を振ってみる。 「やべ、まさかコイツ、麻衣子の発明品なのか……?」 そう言えば昨日、とっておきのモノを用意するとか言ってたっけか…… 「ん? 紙が張り付いてるな……手紙か?」 俺はシャツに付いていたメモを読んでみる。 『お主のために、長年の研究の成果を用意したぞ。 まあ、たっぷり堪能してくれなのじゃ♪』 『P.S.窓から入らせていただいたのじゃが…… 夏になるとは言え、防犯対策はしっかりの                    麻衣子』 「やっぱりか……」 一見するとどう見ても本物の人間に見えるのだが、どうにも麻衣子の発明品で間違いないようだった。 「ふむ。見たところチャックもないし、手触りもかなり 普通の人間っぽいが、きっとただの機械だろうな」 手などを触ってみても、感触は人間のそれと変わらない。 違うのは、生きている感じがしない点くらいだろう。 「せめてもっと人間っぽいボイスで起こしてくれるなら たしかに、微妙に良い目覚ましなんだけど……」 これだけでは、正直目覚ましとしては微妙な出来だ。 「いや、目覚ましと見なかったら滅茶苦茶すごいんだが」 俺は人形と言うレベルを軽く超越しているその精巧さについつい、まじまじと凝視してしまう。 「(麻衣子のことだから、恐らく目覚まし的に無駄な部分も  相当、作りこんであるんだろうな……)」 朝からヘンな妄想をしそうになり、俺はぶんぶんと首を横に振って、気持ちを切り替える。 「じりりりりりりり……」 「……ん?」 そこで俺は、一つのとある疑問にぶち当たった。 「で……? これはどうやって止めるんだ?」 黙っていても止まらない目覚まし娘のボイスを、恐らくボタンを押して止めなければならない。 ボタンを……押して…… 「…………」 「てゐっ!!」 「じりりりりりりり……」 とりあえず頭をチョップしてみるも、無駄だった。 「まさか……い、いや、落ち着け……」 しかし、もしかしたら《そ:・》《う:・》《言:・》《う:・》《意:・》《味:・》で麻衣子はとっておきの目覚ましだと告げていた可能性もあるだろう。 「そりゃあ目が覚めるっつーか、ヘンなところまで覚醒して しまいそうだぞ……」 恐ろしいアイテムである事は間違いないが、毎朝そんなことをしながら起きるなんてのは、かなりご免こうむりたいシチュエーションだった。 「と、とりあえず今回は仕方ないしな……スイッチを 探さないといけねーし」 俺は誰に言い訳するでもなく、独り言を呟きながらまじまじと目覚まし娘を観察する。 「(や、やっぱりスイッチ的な突起と言ったら、《そ:・》《こ:・》しか  ないよな……)」 ロクな場所が思い浮かばないが、とにかく手当たり次第に触ってみるしかないだろう。 「よし、行くぞ……」 俺は無駄にドキドキしながら、両胸にある突起を押すように指に力を籠めてみる。 「…………」 ふにょん 「じりりりりりりり……」 「…………」 ふにょん、ふにょん 「(やっべぇ、やわらけぇ……)」 そのあまりの柔らかさに感動して、俺は思わず夢中になってそれを揉み始める。 ふにょん、ふにょん、ふにょん、ふにょん ふにょ…… 「翔さん、あ……さ、で……あぅ……」 「…………」 「…………」 「じりりりりりりり……」 「かっ、翔さんの……ばかあああぁぁぁーーーっ!!」 「のわっ!? ちょっ、待てっ! 誤解だっ!!」 「浮気者ですうううううううううううぅぅぅっ!!」 ぽかぽかぽかぽか!! 「う、浮気って意味わかんね……うおっ!?」 「あううぅっ! ばかばかばかばかばかあぁぁぁっ!」 「か、かりん! やめっ……落ち着けっ!!」 手当たり次第に近くにあった物を俺へ向かって投げてくるかりんを落ち着かせるため、必死に声をかけてみるが、効果が無いようだった。 「翔さんを信じてたのに、酷すぎますぅ〜〜〜っ!!」 「どわっ! だから、これは違うって言ってるだろ!」 「あううううううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」 「ぎゃああああああああああぁぁぁぁ……」 ……………… ………… …… <海へ行こう!> 「空を飛ぶための方法が見つからずに、煮詰まったまま 久しぶりにみんなで集まりました」 「でも、もうお手上げだよね……どうやったら 空を飛べるんだろう?」 「こう言う時は気分転換に限るので、海に行くことを 提案しました」 「みんなも乗り気だったよね」 「あう! 明日が楽しみですっ!!」 「うーむ……」 「なーんにも……」 「思いつかんのう」 「だいたい、暑すぎなのよ……」 「我輩も食べごろになりそうな暑さだな」 「焼き猫か?」 「我輩は鳥だと言っておるだろうが!」 「アイスが恋しいですわ」 「同感だ……こう暑くっちゃ、閃くもんも閃かねーわ」 「今日は例年でも稀に見る猛暑らしいですよ」 「7月でこの暑さなんだから……来月のことは考えたくも 無いわね」 「しかも、ここ数日は続くそうです。あぅ!」 「何でお前はそんなに元気なんだよ……」 「夏季休講って、暑さで勉学に集中できないから…… リフレッシュできるように用意されてるのよね」 「あぅ……みなさんのお気持ちはよく解りました」 「む? と言うと?」 「たしかに、良い案が浮かばない時には気分転換は 大切だと思います」 「残された時間はあまり無いですが、ここまでずっと 協力してくれましたし……」 「ですので、明日は活動のことは忘れて、みんなで 海にでも泳ぎに行ってみてはいかがでしょうか」 「なんとぉっ!?」 「ほう……それは良いアイデアじゃな」 さすがの麻衣子もへばっていたのか、ニヤリとした良い感じの笑みがこぼれる。 「では、明日はみなさんで海へ遊びに行って、気分転換と 同時に英気を養うと言うことで」 「粋な計らいね」 「最高ですわっ!!」 「夏と言ったら海。定番だな」 「我輩は泳げない上に海に入ると沈むが、まあ鳥類 だからな。それもまた致し方が無いと言うものだ」 「(誰も聞いてねえよ、そんなこと……)」 「ではでは、本日はこれで解散にしましょう」 「それでは、また明日じゃなっ!」 「…………」 「明日が楽しみですわぁ〜っ♪」 「だな」 さすがにみんな相当参っていたのか、早くも気持ちは明日の海へと行っており、浮き足立っていた。 「蒼い海が俺を待ってるぜぇ〜っ!!」 かく言う俺も、明日の海へと想いを馳せるのだった。 ……………… ………… …… <海へ行こう!〜かりん編〜> 「行き詰まった現状を打破するため、リフレッシュに 海へ行きたいと提案するマーコさんたちに賛同して 明日は海へ行きましょうと言う流れになりました」 「今回もまた、みなさんと海へ遊びに行けるようです」 「私も気分を入れ替えるために、明日は全部忘れて 純粋に楽しんでこようと思います。あぅっ!」 「やはり、海かのう」 「はぁ?」 寝不足のまぶたをこすっている俺の目の前で、唐突に麻衣子が口を開く。 「だろうな」 「海よね」 「ですね」 「よく解りませんけど、その通りだと思いますわ」 「(フィーリングかよ……)」 「海、と言いますと……あの海のことでしょうか?」 「うむ! もはや海しかあるまい!!」 「海に空を飛ぶ方法が在る、ってことか?」 「いや、無いじゃろ」 「一刀両断かよ……」 「それじゃあ、海って言うのは……」 「切羽詰まった時こそ、敢えて寝る勇気ッ!!」 「敢えて……寝るッ!!」 「とまぁ、そんなノリで、こう行き詰まった現状を 打破するには新しい刺激が必要だと思うのじゃ」 「今、俺の中に新しい風が吹く……そんな予感だ」 「つまりリフレッシュしたい、と?」 「それもそうね。せっかくの休みなんだし、たまには 息抜きも大切だと思うわ」 「賛成ですわっ!!」 「どうでしょうか? かりんさん」 「はい。良いと思います。それでは、明日はみなさんで 海へ行きましょう」 「さすが、かりん! 遊びの大切さを理解しておるな」 「そうですね。明日一日は、空を飛ぶ方法を探すことを 忘れて、思いきり羽を伸ばして楽しみましょう♪」 「みなさんと遊ぶなんて、とっても楽しそうですっ」 「テンション上がってきたのじゃあぁーーーっ!!」 「ですわぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 難なくかりんの許可を得て、早くもすでにノリノリの飛行候補生メンバー一同。 「その元気は明日に取っておかないとヘバるぞ」 「ふふふっ。私のタフさを舐めてもらっては困りますわ」 「元気とコッペパンだけが取り得だもんな」 「違いますわっ!!」 「それでは思いきって今日は解散にして、明日のために 各自、海へ出かける準備をしましょう」 「おおっ! ホントか!?」 「なら、水着を買いに行かないとね」 「ぬ? この前、買っておらんかったか?」 「買うのはマーコの方の水着に決まってるでしょ! どうせ学園指定の水着しか無いんでしょ?」 「水着なんて、一着あれば十分じゃろ……」 「じゃあ、せめて一着くらいちゃんとしたものを 持っておきなさいよね!」 「別に私の水着なんてどうだっていいじゃろうに……」 「んもぅ、全然良く無いわよっ! マーコは素材が 良いんだから、もっとしっかりしなさいよね!」 「むぅ……」 「嵩立さん、私も一緒に行ってよろしいでしょうか?」 「はい、もちろん大歓迎です」 「ふふふ、良かった。私、数年前の水着しか持って 無いので、ぜひ嵩立さんに見立てて欲しいです」 「わ、私なんかで良いんですか?」 「はい。もちろんです」 「それじゃ、久しぶりに張り切っちゃいます」 「よろしくお願いしますね」 「鈴白先輩は美人ですから、選び甲斐がありますし 楽しみです」 「(多少気恥ずかしいが、癒される会話だなぁ……)」 俺は思わずニヤけながら、楽しみすぎる明日の海へと想いを馳せるのだった。 ……………… ………… …… <海へ行こう!〜気乗りしない灯〜> 「櫻井くんの提案で、明日、みんなで海に行くことに なってしまいました」 「本当は気が進まないんですが、盛り上がっている みんなに水を差したくないし……」 「でも、私……どうしよう、困りました……」 「…………」 「…………」 「…………」 教室内を暗い沈黙が包んで早十分。 ひたすら黙考を続ける俺の頭はもう沸騰寸前だった。 「あぁ、もう! 何かいい案は無いんですの!?」 「だから今考えてんだろ!? いちいち怒鳴んなっ!」 「あぅ、二人とも落ち着いてください!」 「ううううぅぅぅぅぅぅぅ!」 「ぐるるるるるるるるるるるる!」 「……良くない兆候だな」 「うむ。ここのところ行き詰っているからのう」 「そう言うマーコはどうなのよ?」 「……ノーコメントじゃ」 「こういう時は気分転換が一番だと思います」 「ふむ。確かにいいかもしれんのう」 「ならば海しかないだろう」 「はぁ?」 「気分転換だ。とくれば海しかないだろう」 「おいおい、さっき遊ぶ暇なんて無いって……」 「それじゃっ!」 いいのかよ!? 「最近みなさん、休まずに出てきてくれてましたから たまにはお休みにしましょう!」 「私も別に、海でいいわ」 「そうですわね」 遊園地じゃないと分かった途端、手の平を返すようにかりんに付く一同。 「そんなに遊園地が嫌だったのか……!?」 「いいじゃない。せっかく遊びに行けるんだし」 「ったく……んで、いつ行くんだよ?」 「明日なんかどうでしょう?」 「早っ!?」 「善は急げです! みなさん構いませんか?」 「異議なーし」 「こ、こいつら……」 「もう決まった事じゃ。いつまでもグチグチ言うのは 男らしくないぞ?」 「……わぁったよ。行けばいいんだろ、行けば」 こんな状態になったら、反対するだけ無駄だ。 それに正直、遊びに行けるのなら、どこでも良かった。 「まぁいいか。行きゃあ楽しいだろうしな……ん?」 明日の海に心を奪われてはしゃぐメンバーの中ただ一人、先輩だけが浮かない顔のままだった。 「海、嫌いなんすか?」 「え? あ、そんな事ないですよ!?」 「その割にはつまらなそうな顔っすけど」 「これは……生まれつきです」 「…………」 あえて何も突っ込まずにおく。 というより、聞くなというオーラが出ているので、これ以上詰問できなかった。 「海かぁ……」 仕方なく、一人明日の海へと想いを馳せる。 輝く空、涼しげな海、そして先輩たちの水着姿…… 「(最高だぜっ!!)」 明日を想像して早くもテンションが上がるもののやはり先輩の様子が気になってしまい、イマイチ盛り上がりきれない、複雑な心境を抱くのだった。 ……………… ………… …… <涙の理由、泣き崩れる静香> 「私は翔と一緒に、かつて自分で作った『お姉さん』の お墓の前に立って、マーコのことを考えていたの」 「どうしていつも私はこの場所に来ると、こんなにも 悲しい気持ちになって、喪失感を覚えたのか……」 「長年解らなかったその理由に、やっと気づいたから」 「『お姉さん』が、マーコだったから、なんだね……」 「マーコ……本当は、笑顔でお礼を言わないとダメなの かもしれないけど……私には無理よ、そんなの……」 「だって、マーコが……私の前から、いなくなっちゃう なんて……そんなの、無いよ……っ!!」 「マーコ……わたし、あなたがいないとダメだよ…… お別れなんて、できるわけ、ないよっ!」 俺の存在も消えかけた、その時……あいつの声が聞こえた気がした。 そして意識を取り戻した俺と静香は、何事も無かったかのように、体調を回復した。 「…………」 だが、その後……結局、麻衣子は戻ってこなかった。 全ての歴史は繋がり―――そこに人間のちっぽけな願いなど届かなかったのだ。 一人の少女が命を懸けて守り抜いた日常は―――ただ悲しみに溢れていた。 「あのね、マーコ……私、ここに来る前にね、化学室に 寄って来たんだよ」 「ぐるって見て回ったらね……色々と出て来たんだ。 わけわかんない発明品とか、設計図とか……」 「毎回毎回、人に無茶させて、変なものばっかり造って…… もっとマシなもの、遺してってよね」 「…………」 「色々、着せたい服だってあったんだよ……? なのに マーコったら、いつも嫌がるから……ロクにお洒落も しないでさ」 「料理もやる気になってたのに、それっきりじゃない…… 私、まだマーコに何もしてあげられてないよ……」 ただ淡々と、麻衣子へと語りかける静香。 静香の背中からでは、その感情は計り知れなかった。 「……あのね」 「ここに来て、『お姉さん』の事を想うと……私はいつも 感じていたの」 「何年も何年も、それだけはずっと変わらなかった」 「二度と埋まらないほど大きな穴が、心にぽっかりと 開いたような気がして……」 「静香……」 「でもね、私が普段はその事を忘れられたのは……翔や マーコのお陰だったんだよ?」 「マーコがいたから、私……幸せだったんだよ?」 「でも……ダメなの」 「私、また……あの頃の、ただ悲しくて泣いていた自分に ……戻っちゃうよ……っ!!」 「だって……私が大好きだった『お姉さん』は、マーコで ……言いたかったお礼は、やっぱり言えなくてっ!!」 「なんで、帰って来ないのよ……バカマーコっ!!」 「……っ」 泣いている静香の心の傷は、あいつにしか治せなくて……俺は歯を食いしばる。 「私、せっかく『お姉さん』を見つけられたのに…… ずっと見守ってくれてた人を、見つけたのに―――」 「なんで……なんで、いなくなっちゃうのよぉっ!!」 もう二度と会えぬ親友を想い、大粒の涙を流す静香。 それを拭うこともせず、爆ぜた感情をすべて吐き出すかのように、静香はただひたすらに泣き続けていた。 「くそっ……!! あの大馬鹿ヤロウッ!!」 こんな結果になるのなら……やはり、俺が行くべきだったのだ。 麻衣子を説得して、無理やりにでも過去へ戻り……静香を助け出す。 そうすれば、麻衣子は死なずに済んだのだ。 過去で何があろうが、歴史がどうなろうが関係ない。 俺が行っていれば……こんな事にはならなかったはずなんだ!! <深層心理での両想い?> 「鳥井さんに、屋上へ呼び出されて……はわわっ!? こここっ、告白されちゃったよぉ〜〜〜っ!?」 「でも、何かいまいちムードが無い感じだよ……」 「って、な〜んだ……天野くんの夢だったみたい」 「びっくりしたけど、ほっと一息だよ〜」 「どうしたんだよ、かりん……こんなところに 呼び出したりして」 「じ、実は、その……わ、私……」 「モジモジ恥らいやがって、いつになく可愛い じゃねえかコノヤロウ」 「ありがとう御座います。その、翔さんも、とっても カッコよくて素敵ですっ」 「サンキュー。クサヤ食べる?」 「はい。もきゅもきゅ……」 「それで、何の用なんだ? ……クサヤ汁飲むか?」 「はい。ごくっごくっ……あなたが好きですっ!!」 「マジか。それは、もしかして愛の告白なのか? クサヤではなく?」 「そうですっ! クサヤじゃありませんっ!! れっきとした愛の告白ですっ!」 「じゃあ、俺に永遠にクサヤを食べ続けてくれと…… そう言うのか?」 「はい……翔さんのクサヤが食べたいんですっ!!」 「じゃあ一緒に食べようZE☆」 「翔さん……」 <深空とかりん> 「私が深空ちゃんとの楽しかった思い出を話していると 翔さんがいつの間にそんなに仲良くなったんだ、って 不思議がっていました」 「ですので私は、コバンくんで意気投合して以来 居候として住ませてもらっている事を翔さんに 教えました」 「翔さんは私の図々しさと深空ちゃんのお人よしぶりに 軽く苦笑して、呆れていたみたいです」 「あぅ……でも、私、帰る場所なんて無いから…… 深空ちゃんに頼るしか無いです」 「それで、ですね……その時に深空ちゃんが―――」 目ぼしいテレビ番組を見終わった俺たちは、そのまま二人で雑談を楽しむ。 俺は楽しそうに深空との想い出を語るかりんを見て話を聞いているだけだったが、不思議とそんなのも悪くないと思っている事に気がつく。 「(ちょっとしたきっかけ、だったんだがな……)」 そう……気がつけば俺は、最初の頃に感じていたコイツを疎ましく思う気持ちが消え去っていた。 いつだって好意を抱いてくれているような言動をするこのメガネ娘に、いつしか俺は心を許すようになっていたのだ。 出会ったばかりだと言うのに俺へなついて来て―――隠し切れない好意を抱いている、こいつに…… 「だから私、深空ちゃんに『お前はもう、死んであぅ』 って言ったんですっ!!」 「へぇ……深空も、見かけによらずドジなところがあったり するんだな」 「えへへ、そうですよ。可笑しいんです、ほんとに」 「ま、お前にだけは言われたくないだろうけどな」 「あうぅっ、手厳しいですっ!」 「はははっ」 「あはははははっ」 次から次へと出てくる深空とのオモシロトークで笑い合いながら、俺は一つの疑問を抱いていた。 「あのさ、そう言えば二人はいつの間にそんなに仲良く なったんだ?」 「あぅ?」 「さっきから色々話してくれるけど、聞く限りじゃ かなり濃密な毎日を二人で過ごしてた感じだけど」 「え……?」 まるで何年も一緒にいる親友同士のような輝かしい思い出話だが、二人はまだ出会って1週間程度しか経っていない間柄のはずなのだ。 いったい、いつの間にそんなに仲良くなったのか、かなりの謎だった。 「あっ、え、えーっとですね、それはですね……あぅ」 「?」 「そ、そうだ! じ、実は私たち、同居してるんです」 「え? 同居?」 「はいっ!」 「最初に私たちがコバンくんで意気投合してたこと、覚えて ますか?」 「ああ、そう言えばそうだったな」 たしか、深空の家で徹夜でコバンくん鑑賞会とか言っていた記憶がある。 「あの日からすっかり意気投合してしまいまして…… それ以来、こっそり居候させてもらってるんです」 「はぁ!?」 「お父さん……じゃなくて、秀忠さんに見つからないように 隠れて住まわせてもらってるんです」 秀忠さん、と言うのが恐らく深空の父親なのだろう。母親が優しくて同居を許しているから、ナイショで居候させてもらっている、って感じなんだろうか? 「もしかして、押入れに住んでるのか?」 「なんのイメージから来る偏見かわかりませんが、ちゃんと 部屋とお布団を貸していただいてます」 「と言うか、厳密には深空ちゃんと一緒に寝てますっ」 「ふーん、仲睦ましいじゃん」 「はい。深空ちゃんは、私の親友ですっ♪」 「深空も、なんつーか……物好きだな」 こうもあっさり身元不明の友人を家に住まわせるなんて根っからの寂しがりやなのか、元から姉妹が欲しかったとか、そんなタイプの一人っ子なのかもしれない。 「(それにしたって、お人よしすぎるだろ……)」 「本当は深空ちゃんのこと、大嫌いだったんですけど…… 今では、大好きで大切なお友達なんです」 「それもこれも、全部翔さんのおかげなんですよっ♪」 「さりげにすごい事をサラっと言われた気がするが…… そこで何で俺が出てくるんだ?」 「あぅ。それは乙女のヒミツです」 「わからん……乙女とやらがさっぱり理解不能だ」 「ニブちんな翔さんには、一生わかりません」 「ぐあ、一生とか言うなよ……」 「いいんです。短所であり長所でもありますから」 「そんなもんかね」 「はいっ! そんなもんです」 「(それにしても、いつの間にか親友、か……)」 出会ってまだほんの一週間程度にも関わらず、ここまで意気投合するなんて、よほど波長が合うのだろう。 もっとも、こいつが無防備すぎるくらいに人懐っこいせいもあるのだろうが…… 何となく、深空の方もまんざらじゃないような気がした。 「深空ちゃんがいなかったら、今頃私は大変なことに なるところでした」 「なんでだ? もしかして、家がここから遠いのか?」 「あ……はい。そうなんです」 「ほー、そうだったのか」 「はい。お陰様で、とても助かってるんです」 「なるほどねぇ……」 「どうりでお前ら、仲が良いと思ったよ。そりゃあ 数日でも一緒に住んでりゃ、自然とそうなるか」 「ですです♪」 「俺も一人暮らしみたいなもんだから、そう言うのって 楽しそうで少し羨ましいかな」 「はいっ! すっごく楽しいです! あぅあぅです!」 「あ〜う〜、あぅあぅシュッシュ! あぅ〜♪ あ・う・あ・う、あうううぅぅぅ〜〜〜っ♪」 上機嫌なかりんが、謎すぎるヘンテコな歌を口ずさみながら俺をジャブで攻撃して来る。 「意味不明だが、宣戦布告と捉えていいんだな?」 「すみませんっ! 機嫌が良くて調子に乗りました!」 3秒で白旗を上げていた!! 「はしゃぎすぎだっての」 「あぅ……」 そう指摘して溜め息を漏らしつつも、俺は図々しいかりんとお人よしすぎる深空の奇妙な友情を感じて思わず笑みを零してしまう。 「ああっ!? も、もうこんな時間ですっ!!」 「ん? 何か用事でもあるのか?」 「はい。私は少し出かけてきますので、翔さんはここで お留守番しておいてください」 「いや、留守番も何も、お前は別に俺の家に住んでいる ワケじゃないんだからだな……」 「あぅ! とにかく翔さんは自分のお部屋で、ものすごい 勢いでひきこもっていてくださいっ!!」 「え? なんで?」 「いいから何も訊かずに、部屋から出たら負けかなと 思っているレベルでひきこもる方向でお願いします。 正直、翔さんは今すぐにでも、ひきこもるべきです」 「いや、ワケわからねーんだけど」 「とにかくお願いしますっ! あと2時間くらい、お部屋に ひきこもっていてくださいっ!!」 「わ、わかったから押すなって……」 「それじゃあ、私が呼ぶまでは絶対にお部屋から 出てこないでくださいねっ!!」 「へいへい」 「それでは、お出かけしてきますっ!!」 「ったく、なんなんだよアイツは……」 俺は半ば強引に、かりんに背中を押されながら部屋へと閉じ込められることになってしまう。 「鶴を助けた記憶は無いんだがな。すんげぇ織物でも作って くれるのか? あのメガネは……」 俺は微妙に腑に落ちないまま、仕方なく時間を潰すために読み飽きた雑誌へと手を伸ばすのだった。 ……………… ………… …… <深空と仲良しに> 「私と深空ちゃんがコバンくんの話で盛り上がってると 翔さんが、少し興味を持ってくれたみたいです」 「そんなに面白いんなら一度見てみようかなって言う 翔さんに、飛びついて賛同する深空ちゃんと私」 「コバンくんのお陰で、翔さんと深空ちゃんの距離が ナチュラルに近づいたみたいですっ」 「図らずも一気に二人が仲良くなれたのは 嬉しい誤算です」 「今まではどんなにオススメしても軽〜く流されて しまいましたけど、やっぱり今回の翔さんは少し 違うのかもしれません」 「私の手料理も少しは影響してくれているのかも…… なんて思うのは、ちょっと自信過剰でしょうか」 「と言うより、ただの私の願望なのかもしれません」 「あぅ……翔さん……」 「昨日のコバンくんは大ピンチでしたっ!!」 「うんうん、危なかったよねぇ」 「あまりの臭さに、危うく死ぬところでしたっ」 「あの匂いは死ぬよね!」 「はい、死にますっ!」 「(死ぬのかよ……)」 空を飛ぶ方法を討論していたはずが、気がつけば脱線して、コバンくんの話で盛り上がる二人。 俺だけアニメを見ていないせいで仲間はずれになり結果としてただ座っているだけの存在と化していた。 「(むなしい……)」 「ほんとにコバンくんは、何回観ても飽きないですし ハラハラドキドキで楽しすぎますっ!!」 「そうだよねぇ。それに、あのほどよく現実的で悲痛な 話のオチが、また良いよね」 「あぅあぅ!」 「……そんなに面白いのか? コバンくんってアニメ」 「面白いですっ!!!」 「う、うおっ!?」 仲間はずれが寂しかったので適当に口を挟んでみると二人に、ものすごい勢いで絡まれてしまう。 「ほんっっっっっっっっっとーに、オススメですっ!」 「そ、そうなんか……んじゃあ、今度機会があったら 俺もちらっと観てみようかな」 「ほ、ホントですかっ!?」 「あ、ああ。軽い気持ちで観ていいんならだけど」 「ぜ、ぜひっ!! ぜひ観てみてくださいっ!!」 「あうあうあうあうあうあうあうあうあううぅ〜!!」 「日本語でおk」 「翔さんとコバンくんトークが出来れば、死にます!」 「お前が死ぬんなら観ないけど……」 「HP1で、死ぬほど生き残りますっ!!」 「俺の一言でお前を瀕死に追い込むのは嫌なんだが…… まぁ、機会があったらDVDでも貸してくれよ」 「は、はいっ! なんでしたら、今すぐにでもお貸し しちゃいますっ!!」 「おわっ!?」 今までお淑やかでどこか他人に壁を作る印象があった深空が、ずいっと無警戒に俺がドキっとするくらいに近づいてくる。 「い、今はさすがに……明日とか放課後でいいよ」 「そうですか……残念です。あ、でも、これで放課後の お楽しみが増えました」 「あうぅ〜♪ 今日は翔さんのお家で、死ぬほど コバンくん鑑賞会です」 「ですねっ♪」 「いや、ですねって……ま、まぁ俺が死なない程度に お手柔らかに頼む」 「あ、はい。すみません……嬉しくって、つい。 えへへ……」 「(うっ……可愛い……)」 普段の微かにだがよそよそしさを漂わせる笑顔と違い今の心から見せる深空の笑顔は、反則級に可愛かった。 心なしか、三段跳びくらいで深空との心の距離が近くなったように感じる。 「ああっ、でもでも、翔さんにどのシリーズを 見てもらうか迷ってしまいます」 「あうぅ〜♪」 「やっぱりここは、世界一臭い密室殺人事件編を……」 「妖怪館の怪物ステーキ袋詰めぱんぱん殺人事件編も 捨てがたいと思いますっ!!」 「えっとですね、他にも色々と面白いお話がたくさん あってですね……」 「お、おう」 上機嫌にアニメの解説を始める深空とかりんを見ながらますます二人と距離が縮まったことを実感する。 「(まさに、コバンくん様々だな……)」 俺は苦笑まじりの笑顔を浮かべながら、楽しそうに語る深空の意外な一面を眺めるのだった。 <深空と暴走・麻衣子ロボ!> 「あうっ! マーコさんの発明したロボット・なんでも トンジャウ君2号が暴走しましたっ!!」 「ハレンチロボと化したトンジャウ君2号のエッチな 攻撃に、次々と敗北してしまう私たち女性陣……」 「そんなロボを止めたのは、意外にも灯さんじゃなくて 深空ちゃんの怒りの一撃でした」 「エッチなのはダメなので、怒りの乙女ぱわーです!」 「ふっふっふ……ついに完成じゃっ!!」 「今度は何だよ?」 例によって発明品の実験のために屋上へ呼び出された俺たち飛行候補生メンバーの目の前には、ヘンテコな二足歩行型ロボットが立っていた。 「これ、ロボットですの?」 「うむっ! 私たちをあの大空へと導く秘密兵器…… その名も『なんでもトンジャウくん2号』じゃ!」 「何よりも先に、まずその名前を変えた方がいいわね」 「それでは、起動してみるかの。ポチっとな」 麻衣子が静香のツッコミを華麗にスルーして、早速そのロボットのスイッチを入れて、起動する。 「ギギギ……ガガ……」 「おお!? 動いたぞ!!」 「あぅ! すごいですっ!!」 「ほわ〜……ビックリです」 「数日で二足歩行型ロボットを作ってしまうなんて…… 本当に、《俄:にわ》かには信じられない技術をお持ちですね」 「ふっふっふ。当然じゃっ!!」 「ガガ……ピピピ」 「あら? 何ですの?」 「花蓮ちゃんが持ち上げられてるけど……これって もしかして、ぶん投げたりしないでしょうね?」 「さあの。キーワードをもっとも論理的に計算して 最善の行動をしてくれるようインプットしておる だけなので、私にも解らんのじゃ」 「まあ幸い、私でしたら何をされようとも……っ!?」 油断していた花蓮が、一瞬にして発情期の犬に押し倒されたような体勢になって、拘束されてしまう。 「なっ……!!?」 「こ、これはっ!?」 「きゃああああああぁぁぁ〜〜〜っ!?」 「ゴゴゴゴゴ……」 「ちょっ……ホントに!?」 「こ、これはやばすぎるだろ……」 「ごくり……こいつは桃源郷じゃあぁ……」 「こちらからでは何をされているのか見えんな」 「我輩もだ」 「み、見ちゃダメだってば!!」 あられもない姿で、表現するのにとても《躊躇:ためら》うような絵面のセクハラ攻撃を受ける花蓮を、俺たちは思わず突っ立って眺めてしまう。 「やあああぁぁぁ〜〜〜っ! や、やめてください ましいいいいいぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ちょ、ちょっとカケルッ! 黙ってないで花蓮ちゃんを 助けなさいよっ!!」 「そ、それもそうだな……おい、麻衣子! あの暴走 ロボット、壊してもいいか?」 「むぅ……もう少し観ていたい気もするが、仕方ないの」 「おし、花蓮! そいつ壊していいぞっ!!」 もしこれが静香や深空を拘束されていたら人質になって苦戦したかもしれないが、幸いにも捕まったのは最強のパワーを誇る、我らが姫野王寺 花蓮だ。 「麻衣子ロボ……運が無かったな。さあ行け、花蓮!」 「や、やあぁ〜っ! そ、そんなの無理ですわぁ〜っ」 「なんでやねん!!」 普段なら超パワーで瞬殺できるはずなのだが、なぜか花蓮は、成すがままにロボの良いようにされていた。 「だ、だって……やああぁっ!」 「こ、これは……どうやらカレンは、《破廉恥:はれんち》なことには めっぽう弱いと言うことじゃろうかの!?」 「そう言えばこの前、くすぐりとかも苦手だって 言ってた気がするわ」 そう言えば、俺と初めて会った時も花蓮らしからぬ弱々しさだった事を思い出す。 「くそっ! 身体能力の割には使えないへっぽこ女だな アイツはっ!!」 モザイクがかかりそうな手の動きをしているセクハラロボを見ながら、立ち往生してしまうみんな。 「あぅ……花蓮さんに私くらい《痴態耐久力:ちたいたいきゅうりょく》が備わって いれば、あの程度の攻撃、ワケは無いんですが……」 「じゃあ身代わりになってやればいいだろ……」 「あぅ! ダメですっ!! この身体は生涯、婚約者に 捧げると決めているんですっ!!」 「どんだけコバンくん好きなんだ、お前は……」 「……あぅ……」 「も、もうだめですわあぁ〜っ!! ……がくり」 「ああっ! 花蓮ちゃんが気絶しちゃったわよ!?」 「色々な意味で昇天してしまったようじゃな……」 「ギギギ……」 「む、むぅ……? こちらを見ておるの」 「ちょ、ちょっとマーコ! 緊急停止ボタンとか 用意してなかったの?」 「ここはひとまず、逃げた方が良さそうな気がします」 「ギガーーーッ!!!」 「おおうっ!? お、襲って来たのじゃあぁ〜っ!!」 「な、何でこんなに素早いのよ、このロボット!!」 「静香っ! 麻衣子っ!!」 咄嗟に逃げた麻衣子と静香を、素早く両手で自由を奪いあっさりと二人を捕まえる、スーパー破廉恥ロボ。 「ロボット風情が、我輩ごと拘束するとは……不覚だ」 「マーコ!」 「しゅ、秀一〜っ! 助けるのじゃっ!!」 「ああ、任せろ。今行く」 「か、翔……助けて……」 「おいおい、んな顔すんなって! 俺が助けてやるから 安心しろ」 「うん」 「へっ……しゃーねーな。俺たちでやるしかねーか」 「だろうな」 俺たちはポキポキと指を鳴らして、柔軟運動しながら臨戦態勢に入る。 「行くぞ櫻井っ!」 「フッ……」 その言葉を合図に、全力疾走でセクハラロボットへとダッシュする! 「ガギッ……」 「へっ……おせーよっ!!」 俺たちに気づいて何やら反応したようだが、間も無く射程距離へ入るので、問題ない。 すでにこいつが一アクション起こす間に、余裕で無力化できる間合いなのだ。 ロボの一撃をかわして、全力の一撃を叩き込む……!!仮に俺が反撃されようが、後ろには櫻井もいるのだ。 二人の男を同時に止めるなど、この程度のスピードしか出せない間抜けなノロマロボには不可能だ! 「これで、終わりだ……っ!!」 「ギギッ……」 だがセクハラロボは、そんな俺たちをあざ笑うかのように静香と麻衣子のスカートを握る。 「なっ―――!?」 「ま、まさか……!?」 そして――― 「ガガガガガガッ」 「きゃああああああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「のわあぁ〜〜〜っ!?」 ロボが、豪快に二人のスカートをたくし上げた!! 「ありがとうございますっ!!」 俺たちは瞬時に二人のパンツを脳内に焼き付けつつも反射的にロボへ敬意を払い、深々と90度でお辞儀をしてしまっていた。 「あうぅ〜っ! 二人とも、えっちですっ!!」 「ハッ……!? す、すまん、つい……」 「ま、真面目にやりなさいよねっ!!」 「す、すまん。しかし、ピンクとは……昔っから ピンク好きだよな、お前」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 「ふ、普段は気にせんのじゃが……こう大っぴらに タダで見せられると不愉快じゃの!」 「しかしこのセクハラロボ、麻衣子が作っただけあって 男のロマ……弱点を知り尽くしてやがるぜ」 「手ごわいな」 「そうだ、先輩ならきっと何とかしてくれ―――」 「それでは、まず男性陣を失神させてから……」 「遠慮させていただきます」 「ぶぅ。まだ何も言ってないじゃないですか」 「(言ってるっす……その段階ですでに嫌っす……)」 「あぅ……せめて私が魔法少女に変身できれば、あんな ロボットなんか、イチコロなんですけど……」 「そうか! その手があったか!!」 「あぅ!? ま、まさか私には隠された能力があったり するんですかっ!?」 「ああ、モチロンだ。お前にしか出来ないとっておきの すんげぇヤツがあるぜ」 「ぜ、ぜひ教えてくださいっ」 「よし、んじゃあ変身……もとい変態だっ!!」 「ヘ、ヘンタイですかっ!?」 「おう。俺の言った通りにすれば変態できるはずだ。 いいか、よく聞けよ?」 「あぅ」 「まず全裸になり、自分の胸を両手でモミモミと 弄りながら、白目をむき―――」 「びっくりするほどユーラシアッ!!! びっくりするほどYOU裸子アッー!」 「……と、ハイトーンで連呼しながら、ひたすらメガネを 付け外しする」 「これを10分ほど続けると、妙な脱力感に襲われ 解脱気分に浸れて、マホウ熟女に変身できるんだ」 「そんな飛びすぎな熟女にはなりたくないですっ! と言うか、いつの間にか魔法少女から魔法熟女に なっちゃってます!!」 「悪い悪い、マホウ痴女な」 「マホウ少女ですっ!!」 「ちょ、ちょっとぉっ! そんなコントしてる間に こっちが本当に痴女になっちゃうわよ!!」 「これ、やめんかっ! な、何をするつもりじゃあぁ〜」 「ガガギギ……」 「ごくり……」 「あぅ〜! よい子は見ちゃらめぇ〜、ですっ!」 俺や櫻井が助けに行こうとすれば、即座に反応して嬉し恥ずかしの痴態を晒させてしまうだろう。 かと言ってこのままでは、桃源郷のような展開が繰り広げられてしまうに違いない。 男としてそれを見たい誘惑にも駆られるが、人としてどうにかロボを機能停止させてやりたいのだが――― 「くそっ……どうすりゃいいんだ」 「こ、ここまでか……」 「しょうがないですね。もう少しみんなの困った様子を 聞いていたかった気もしますが、ここは私が―――」 「……です」 「え……?」 ロボへ向かって歩き出した先輩を制すように片手を広げてなぜかその動きを止める深空。 「く、雲呑さんですか……?」 「……いけないです」 戸惑っている俺たちの一瞬の隙を突いて、そのままスタスタとロボへ向かって歩いていってしまう。 「み、深空っ!!」 「ギギ……」 「きゃあ!?」 深空の接近に気づいて、静香を拘束していた腕を解き即座にターゲットを変更するセクハラロボ。 「あぶねーぞ、深空っ!!」 「そう言った……」 「えっちなのは……」 「ギ……?」 「許せないですっ!!」 「ギガーーーーーーーッ!!」 「うおおおおおおおぉっ!?」 「ぱんち一発でKOしてますっ!」 「な、なんだあの破壊力は!?」 「えっちなのはダメです。今の一撃は―――」 「乙女の純情を踏みにじった報いですっ!!」 「おお……決めゼリフまで!?」 「ぱちぱちぱち」 「えっちなのはイケナイ事……そう思っていた時期が 私にもありました」 「かりんちゃん、どうかしましたか?」 「あぅ。別に何でもないです」 「……?」 「とにかく、これでホッと一息だな」 「結局、頼りにしていた男性陣は役立たずでしたね」 「ぐあっ……」 「何も言い返せんな」 「ステキな男の子への道のりは、まだまだ遠そうです」 「…………」 先輩の溜め息まじりの言葉を聞きながら、俺は別の事に気を取られていた。 「だよな……こんな深空が、あのエロ娘と―――」 「あぅ? どうかしたんですか? 翔さん」 「ん? いや、別になんでもねーよ」 「な、何でもないなら、メガネを取ろうとしないで くださいぃ〜〜〜っ!!」 俺は自分の推測を否定するように、いつもと同じくかりんをいじめて、気分を紛らわせるのだった。 <深空と絵本> 「あぅ。翔さんが、深空ちゃんが絵本を作っている ことを知ったみたいです」 「でも、警戒心の強い深空ちゃんからは、今日は それ以上は聞き出せなかったみたいです」 「(やっと見つけた……)」 2年生の教室を片っ端から探し回り、ようやく机に座る深空の姿を見つける。 「(ん……? 何やってるんだ?)」 よほど何かの作業に集中しているのか、深空は俺が教室に入ってきた事に気づいていなかった。 「へぇ……こりゃ上手いな」 近づいてみると、深空は例のスケッチブックに色とりどりの可愛い動物イラストを描いており何やら物語りのような文字も付いていた。 絵心が無い俺にも理解できるほど、愛着が湧いてくる心動かされるようなイラストだった。 そう、まるで、かつて俺が見たあの絵本のように。 「そうか……これ、絵本なのか?」 「え……? きゃあっ!? か、翔さん!?」 よほど作業に集中していたのか、やっと俺の存在に気づいたように、慌て始める深空。 「ど、どうしたんですか? こんなところで」 深空は誤魔化すようにスケッチブックを後ろに隠しながら俺にぎこちない笑顔を向けてきた。 「いや、深空が何をやってるか気になってな……てか別に 隠す必要なんて無いだろ。上手いんだし」 「そ、そんな事無いです……私の絵なんて、まだまだ へたっぴですから」 「いや、んな謙遜する事は無いって。……少なくとも俺は 良い絵だと思うよ」 「あぅ……そ、そうですか?」 「おう」 「そ、それじゃあ……隠さないです」 あまり褒められ慣れていないのか、深空は少しだけ嬉しそうに、頬を赤らめながらおずおずと隠してたスケッチブックを机に戻してくれる。 「おお〜……やっぱりこれ、絵本だろ?」 「は、はい……まだ、全然途中なんですけど」 「でも、何でまた絵本を描いたりしてるんだ? 趣味じゃなくてプロを目指してたりとか?」 「あ……ぅ……そ、それは、その……えっと……」 テンションが上がっている俺の言葉に、深空が少し答えづらそうに黙り込んでしまう。 予想以上に本格的に見える完成度の高い手作りの絵本を横目に、俺はぶしつけな質問を続けてしまったようだ。 「わ、悪い。ついテンション上がっちまってた」 「いえ……ありがとうございます」 「あまり他人に見せた事はありませんでしたので…… こうして褒めてくれたりすると、嬉しいです」 「そうなのか……」 「はい」 これだけのイラストが描けながら誰にも見せていないと言う事にどんな意味が籠められているのかは、まだ今の俺には判断しかねるものだった。 「そんな事より、ちょうどそろそろ終わりにしようと 考えていましたので、一緒に帰りませんか?」 「おう、そうだな」 絵本への質問を誤魔化すようではあったが、せっかく誘ってくれた好意を無駄にする理由は無いので、俺は素直にその言葉に頷いておく。 「それでは、行きましょう」 「だな。帰るか」 「はいっ」 俺は元気良く頷いて教室を出る深空を追いかけて共に帰宅するために、廊下へと向かうだった。 ……………… ………… …… <深空の“クセ”> 「私が気絶している間、うちわで扇いで介抱してくれた 深空ちゃん」 「深空ちゃんは、実は自分も極度の猫舌だって事を 翔さんに教えていたみたいです」 「熱い物を食べた晩は、プルプル震えながらアイスを たくさん食べないと落ち着かなくて寝れない、って 言うクセも話してしまったようです……」 「この時、まさかこんな会話をしていただなんて、私は ぜんぜん知らなくて……あぅ……無用心でした」 「翔さんは『冗談』という言葉の意味を、もっとちゃんと 理解すべきだと思います」 「め、面目ない……」 目にタオルを当てつつ深空の膝枕でダウンしているかりんを前に、俺はしょんぼりと正座でうなだれる。 「『冗談』なのに本気でやっちゃったら、それはもう 『冗談』として成り立ってないです」 「ごもっともだ……」 パタパタとうちわでかりんを扇ぎながら説教する深空の言葉を素直に受け入れて、反省する。 どうにもかりん相手だと、からかうと言う域を超越してやりすぎてしまうのだ…… 「本能には、誰にも逆らえないのさ」 「む。翔さん、反省してませんね?」 「し、してるって! マジで……」 「それじゃあ、ちゃんとかりんちゃんが意識を 取り戻したら謝ってくださいね?」 「あ、ああ」 「ふふっ。将来は尻に敷かれそうですね」 「お、お尻になんて敷きませんっ!!」 「ま、真面目に反省してるんすから、からかわないで くださいよ!」 「ぶぅ。照れなくてもいいじゃないですか。お似合い ですよ、お二人とも」 「お、お似合い……」 「んな浮ついた話をするくらい元気が出たんなら みんなと一緒に遊んで来たらどうっすか?」 「いえ……私、本当は泣きそうなくらい体調不良で…… よよよよよ……」 「はいはい、俺が悪かったっすよ」 だいぶ普段通りの調子を取り戻している先輩を見てからかわれているのに、思わず頬が緩んでしまう。 惜しむらくは、せっかく一緒に遊んでやろうと思っていたかりんをダウンさせてしまったことだろう。 「(はしゃぎすぎ、いじめすぎは注意だな……)」 「ふふふっ……それにしても、かりんちゃんがすごく 猫舌だなんて、知りませんでした」 「え? 何だよ、一緒に住んでたんだから、てっきり 知ってるもんだと思ってたけど」 「いえ……実はですね、私も極度の猫舌なんですよ。 ネコさんは大好きなんですけど……えへへ」 「へぇ」 「ですので、私のお家では絶対に熱い食べ物なんて 用意しませんでしたので、知らなかったんです」 「なるほど……そりゃ、知らなくても無理ないな」 「はい。猫舌っぷりなら誰にも負けない自信があります」 「そんなもんに自信持たないで、絵本の方とかに自信を 持ってくれよ」 「え、絵本の方はまだまだ未熟ですっ!」 「何だかなぁ……」 「とにかく、私の猫舌っぷりは相当のモノなんです。 変なクセまで出ちゃうくらいダメダメです」 「変なクセ?」 「はい……熱いモノを食べた晩は、プルプル震えながら アイスをたくさん食べないと、落ち着かなくって……」 「もし食べなかったら、舌が気になって寝れないんです」 「ふーん……よう解らんが、そいつは重症だな」 「はい……自分でもヘンだって思うんですけど…… どうしてもやめられないんです」 「ふふふっ……それは良い事をお聞きしました」 「ええっ!? な、何ですかその怪しげな笑みは!?」 怪しげなオーラを放つ先輩にガクブルと震えながらもかりんを膝枕しているせいで動けない深空。 「すまんな深空……目の前に格好のエサがあるなら 食べたくなるのが先輩の性と言うモンだ」 「ええ〜っ!? そ、そんなぁ〜っ!!」 「……と言う事で、遠慮なく頂戴しますね♪」 「え、遠慮して下さいぃ〜っ!!」 ……………… ………… …… その後も俺たちは、みんなで楽しく海を満喫した。 夕方になり人ごみも減った頃には、先輩もいつもの調子を取り戻して、全員ではしゃぎまわっていた。 深空の犠牲のお陰もあって、最高の想い出になった。……きっと先輩も、そう思ってくれているだろう。 先輩の幸せそうな笑顔を見て、俺はそんなことを確信するのだった。 <深空のお詫び〜そして判明する、唯一の欠点〜> 「はぁ……失敗しちゃいました」 「お弁当ですか?」 「うん。昨日寝てしまったお詫びにって、頑張って 早起きして、お弁当を作ってきたんだけど……」 「しょんぼりな出来だったんですね」 「えへへ。うん。……どうしても、お料理を作る時には 手が震えちゃって……うまく作れないから」 「あぅ……お母さんの事故のせい……ですね」 「……うん。でも、そんなのをいいわけにしてたら いつまで経っても上達しないから」 「愛の力で克服ですっ!!」 「あ、愛って……か、かりんちゃんっ!」 「隠したってバレバレです。深空ちゃんの考えている ことなんて、何でもお見通しです」 「うう〜……なんでか、かりんちゃんには言い合いで 勝てる気がしないよ〜……」 「えっと、それで、翔さんの感想はどうでした?」 「え、ええっと……翔さんの感想は……」 「さ、爽やかな笑顔で不味いって……言ってましたぁ」 「す、すごく失礼なフォローをされました……」 「最悪ですっ! 乙女心が解ってないですっ!!」 「でも、感謝してるんです、私」 「すっごく悔しかったから、この時のことをきっかけに お料理がんばろうって思ったし、目標も出来たから」 「深空ちゃんにしては、珍しく前向きですっ」 「むっ。酷いよ、かりんちゃん」 「それもこれも、ぜんぶ翔さんのお陰ですねっ」 「そ、それはそうなんだけど、かりんちゃんが言うと 含みがあるみたいで複雑な心境だよ〜……」 「あうあうあぅ〜っ♪」 「ご、誤魔化されちゃった……」 「ううううぅぅぅ〜〜〜〜……」 「どうしたんですか? 今日はずっとそんな調子で唸って ますけど……」 「な、何でもないです。ううっ……」 「重症ですわね」 「そろそろお昼じゃし、ひとまず休憩とするかのう」 「それが良さそうだな」 みんなが深空を気遣ってか、それとも単にお昼だからかひとまず昼食を兼ねて休憩をすることに落ち着いた。 「どうしたんだよ、深空。体調でも悪いのか?」 「はうっ!?」 俺が話しかけると、びくりと驚いたような反応で慌てふためいていた。 「いえ……体調は良いんですけど……」 「?」 「その、すみませんでしたっ!!」 「おわっ!? い、いきなり謝られても、意味不明 なんだけど」 「あぅ……昨日のことです……」 「昨日の? ……ああ、なんだ、もしかして料理を作る 前に寝ちゃったことか?」 「うぅっ……はい、それです」 「無理やり押しかけたのに、そのまま寝ちゃうなんて ……ああ、思い出しただけでもうダメですっ……」 「いいっていいって。お陰で良いもん見せてもらったし ぜんぜん気にしなくて良いよ」 「ええっ!? い、良いものってなんですかっ?」 「あぅ。きっとエッチで恥ずかしくて破廉恥なものに 決まってます」 「違うわボケっ! っつーか、いきなりくんな!!」 「……じぃーっ……」 「こっちみんな!」 「翔さん、いけずです」 「あ、あの! それで、昨日のお詫びにと思ってお弁当を 作ってきたんです!!」 「おっ、そうなのか。そいつはありがたいな」 机にどん、と置かれた弁当箱を迷い無く開いてみる。 「……ほう……これは……」 そこには、不器用な飾り付けで精一杯頑張りましたと言ったボロボロな形の中身があった。 「(少なくとも見た目からは、メッチャ美味そうだとは  思えないな……)」 と言うか、どちらかと言えば小さい子供が失敗したような拙い弁当のように見えるのだが…… 「もしかして深空って、料理とか苦手なのか?」 「…………」 「はい。すみません……精一杯頑張ったんですけど」 「別にいいんじゃないか。食べれれば、見た目なんて 大して関係ないしな。美味けりゃいいよ」 「美味しければ……うう、プレッシャーです」 「どれどれ」 ボロボロの、ネコさん(?)のような形の人参を、一口つまんで食べてみる。 「…………」 もっきゅもっきゅと、ネコさん(?)人参を、よく味わうように《咀嚼:そしゃく》する。 「……どうですか?」 「………………」 不味かった。 なんと言うか……リアクションに困るくらい、普通に無難に不味かった。 「(もっと思いっきり不味かったら、色々と面白い  リアクションも出来るんだが……)」 我慢すれば食べられるレベルなのに、そう言う過剰な演出をしてしまえば、笑いを取れずに、不快感だけを与えてしまうかもしれない。 かと言って、この料理を『美味しい』と言ってしまっていいのだろうか……? 「えーっと……」 「不味いわ」 あまり深刻な雰囲気にならないように、爽やかな笑顔で親指を立てながら言ってみる。 「酷いですっ!!」 「あうあうあうあうっ!!」 ぽかぽかぽかっ! 「な、なんだよ」 「翔さん、でりかしーが無いですっ」 「ストレートすぎて、ちょっぴりショックでした……」 「わ、悪い……」 「いえ。本当のことですので……」 しゅんと落ち込んでしまう深空を見て、さすがにもう少し考えて発言するべきだったと悔やむ。 「翔さんっ!」 「なんだよ、かりん」 俺がぼーっと深空を見ていると、近づいてきたかりんが肘でつつきながら、小声で話し掛けてきた。 「あぅ……今のはひどすぎますっ」 「でもよ、嘘は本人のためにはならんだろ」 「あぅっ! 《そこ:・  ・》じゃないですっ!!」 「はぁ?」 「どうして深空ちゃんがお料理ダメなのかをちゃんと 考えてから発言してくださいっ!」 「(なんでって……何のことを言ってるんだ?)」 ここまで料理下手だって言うのは、生まれ持ったセンスの無さに加えて、明らかな実践不足だけでは語れないプラスアルファが必要な気はするが…… 「味覚オンチだとか?」 「もういいですっ! 翔さん、ニブちんですっ」 「(なんなんだよ……)」 どうやらかりんは、俺には解らない何かを感じ取ってもう少し気を遣ってやれ、と助言しているようだ。 普段はへっぽこなかりんだが、その言動があまりにも確信めいていたせいで俺は不思議とその言葉を信じてすんなりと受け入れてしまう。 「ごめんな、深空」 「いえ。もう気にしてませんから」 「頑張って作ってくれたって感じは伝わってくるし みんな最初はこんなもんだろ」 「……はい、そうですね」 実は毎日作ってます、とか言われたら、さすがにフォローできないのだが……どうやら予想通り料理経験は浅いようだった。 「たとえ料理が全然出来なくったって、俺の深空に対する 『好きだ』って言う気持ちは……変わらないぜ」 シャキッと当社比3倍くらいのナイスなスマイルで口説きながら誤魔化してみる。 「あぅっ! 翔さんが唐突にすごいことを言い始めて しまいましたっ」 「ああ、何だかドサクサに紛れてすごく大胆な告白を されたような気がしますけど、素直に喜べませんっ」 「と言いますか、捉え方によってはものすごくショックを 受けるべき発言だった気がします」 「ちっ……バレたか」 どうやら、一瞬だけしか誤魔化せなかったようだ。 「深空ちゃん、ふぁいとですっ」 「はい。このままだと納得が行きませんので、いつか 絶対に翔さんを唸らせる料理を披露してみせます!」 「(深空って、俺と同じくらい負けず嫌いだよな)」 「お料理、苦手ですけど頑張りますっ!!」 「あぅ! その意気ですっ!!」 「(成績優秀で運動もそこそこ、可愛くて絵も上手い。  ……一つくらい苦手なままで良いと思うんだが)」 「可愛いのやら、すえ恐ろしいのやら……」 「え? 何か言いました?」 「いや、別になんにも言ってないぞ」 「それじゃあ見ててくださいねっ! 翔さんには今度こそ 美味しいお料理をご馳走しますのでっ」 「お、おう」 落ち込むのもほどほどにメラメラと闘志を燃やす深空を見ながら、いつの日か本当に俺が降参する瞬間が訪れるかもしれないと感じるのだった。 <深空の涙と、淡い恋心> 「あぅ……深空ちゃんには隠してたのに、薄々それに 感づいていたのか、バレちゃってたみたいです」 「深空ちゃんは私のことを思って、自分の無力さを 嘆いて、泣きながら翔さんに打ち明けました」 「そうして泣いている深空ちゃんを抱きしめながら 慰めた翔さんは、きっと深空ちゃんのことを……」 「あぅ……えへへ、何かおかしいです、わたし」 「いつもだったら、二人が結ばれたら嬉しいはずなのに ……なんだか、涙が出てきちゃいました……」 「あぅ! それでは翔さん、また明日ですっ」 「おう、またな」 いつもの分かれ道で、別れの挨拶を交わす俺とかりん。 しかし、深空はなぜかその場から動こうとしなかった。 「かりんちゃん、ごめん。私、ちょっと翔さんと二人で お話したいことがあるんだけど……先に一人で帰って いてもらっていいかな?」 「あぅっ!? もしかしてついに……あうぅ〜っ!!」 「茶化すなっての」 「最後の一日なのに、ごめんね」 「いえっ! 翔さん絡みでしたら仕方が無いですっ!! 私のことは、ぜんぜん気にしなくてオッケーですので 楽しんできてくださいっ! あううぅぅ〜っ♪」 「はやっ! 相変わらず逃げ足だけは速いな、あいつ」 「……そうですね」 「深空?」 深空もやっと普段の調子を取り戻したと思っていた矢先二人きりになった途端に、再びその表情を曇らせる。 「もしかして、まだかりんと一緒に暮らせなくなって 寂しいとか思ってるのか?」 「それも少しありますけど……でも、《私:・》《の:・》《方:・》《の:・》気持ちは ちゃんと整理がつきました」 「じゃあなんで、そんな悲しそうな顔してるんだ……?」 「…………」 何かを言い出しにくそうだったので背中を押してやるもそれでもなお、深空は堅く口を閉ざす。 「……相談、したいんだろ?」 「はい。でも、確信が持てなくて……」 「深空が何も言わなければ、それが気のせいかどうかも 俺には判断することすら出来ないんだ」 「けど、俺を信じて話してくれるなら、一緒に悩んで 可能な限り力になってやることだって出来る」 「……そう、ですよね」 「おう。カンでも夢でもなんでもいいから、なにか 不安なことがあるってんなら相談してくれ」 「一人で抱えている重荷を背負って軽くしてやれるのは 仲間の特権みたいなもんだからな」 「翔さん……」 「何がそんなに不安なのか、教えてくれないか?」 誰にも寄りかかることを知らなかった深空が俺なんかを頼ってくれる気になるんだったら全力で力になりたいと、素直に思う。 だからこそ、俺は再び手を差し伸べてみた。 「……かりんちゃんのことなんです」 「かりんの?」 「あいつは神経が図太いから、このくらいのことで 立ち直れなくなるほど落ち込んだりしないだろ」 「いえ、そうじゃなくて……お家のことです」 「家?」 そう言えば、そもそも深空の家に泊まりこんでいたということは、何か自分の家に戻れない事情などがあったのかもしれない。 「ここからかなり遠いとか、そんな悩みで深空の家に 泊めてもらおうと思ってたんじゃないか?」 「でも、初めてかりんちゃんをお家に呼んだあの日 本当に申し訳なさそうに泊めて欲しいって、私に お願いしてきたんです」 「あの口調は、私に迷惑がかかるから言いたくないけど 他に手段が無いような感じに思えました」 「他に手段が無いって……つまり、お前の家がダメなら どこにも帰る場所が無いってことか?」 自分で馬鹿馬鹿しいと思いながら口にして、初めて俺はかりんの家庭環境も何も知らないことに気がつく。 「私たちは自分の素性を明かさない、かりんちゃんの 事情を、何一つ解ってあげられていないんです」 「そう、だな……」 あれだけ俺たちに信頼を寄せてくれているかりんが決してみんなには悟られないようにしている部分。 それはかりんの正体を含めた、特別な事情から来る様々な生活的ハンディに関しても同じだった。 「きっとかりんちゃんは、私たちに隠しているだけで 色んなものを独りで抱え込んでいるんです」 「……あいつ……」 普段から決して笑顔を絶やさずに、いつだって明るく俺たちと接してきた、かりん。 仲間だと思ってくれている俺たちに話せないほどの『何か』を、独りで背負っているのだとしたら…… 「何かの事情で帰る場所が無いんだって、私…… 薄々、感じていたんです」 「だから、かりんを泊めたのか……」 「はい。最初はそうだったんです。なのに……」 「深空……?」 俺にその推測を語っている深空の瞳から、不意にぼろぼろと大粒の涙が零れ始める。 「私、解ってたのに、お家を出て行くって言った かりんちゃんを止められなくて……」 「でも、お父さんにお願いする勇気もなくって…… 大好きなお友達だって思ってるのに、結局それも 口だけで……」 「深空……」 「きっとかりんちゃんは、私が落ち込んでたから 無理して笑顔を見せてくれてたんです……」 「そんなかりんちゃんのために、私はなんにも してあげられなくってっ!」 「……もういい」 「こんな弱くてちっぽけで、無力で無価値な自分が 悔しくて……わたし……私っ!!」 「もういいんだ、深空」 「だから、こんな私なんて、死んだ方が……」 「深空っ!!」 「えっ……?」 俺は、悲しすぎる深空の自虐的な言葉を遮るように力の限り、思いきり彼女のことを抱きしめる。 「深空は、無価値なんかじゃないだろっ!」 「い、痛いです、翔さ……」 「こうして大好きな友達のために悩んで、涙している。 その涙に、価値が無いなんてことは有り得ない」 「……でも」 「誰だって強いわけじゃない。大切なことに気づいて いるんなら、そこにはたしかな価値があるんだ」 「こんな……無力な私にも、ですか……?」 「ああ。お前の気持ちは、俺が無駄になんてさせない。 絶対に、どうにかしてやるから……」 「だから、無駄なんかじゃない」 「かける……さん……」 気休めにしかならないであろうその言葉に安堵して深空はその涙を隠すように、俺の胸に顔を《埋:うず》めた。 いつだって孤独な日々を過ごしてきたゆえに自分の優しさにすら傷つけられてしまうほど脆い面を持つ、深空と言う名の一人の少女。 気がつけば俺は『仲間』としてではなく、一人の『男』として、彼女のことを支えてあげたいと思っていた。 「深空が辛い時は俺が支えてやるから……だから かりんが辛い時は、俺たち二人で支えるんだ」 「……はい」 か細いながらも、その答えには、決意のような灯火が宿っていた。 俺に寄りかかってきてくれたことを愛おしく思い……同時に少し、理由もわからずに胸が痛んだ。 それが何なのかはわからなかったが、ただ一つだけ確信できる想いがそこに在った。 「深空……」 そう。それは、たった一つの揺るぎ無い感情。 今になって気づいた、俺自身の、本当の想い。 「かける、さん……」 俺は、雲呑 深空と言う女の子を、疑いようがないほどに……好きになっていたのだ――― <深空を追う> 「泣きながら走り去ってしまった深空ちゃんを、迷うこと 無く追いかけることにした、翔さん」 「その去り際に、深空ちゃんがこうなってしまったのは 秀忠さんの教育方針にも問題があったからで、決して 個人だけの問題じゃないと言う意見を告げました」 「そして翔さんは、すぐに深空ちゃんを追いかけて その場を後にしました」 「翔さん……私は……」 「深空っ!!」 俺は迷わず、泣きながら走り去る深空の背中を追うことを決意する。 「……これは、ただのガキの独り言だけどな……」 「……………」 「愛する人を失って、それでも誰にも寄りかかる事無く 一人だけで娘を養ってきたような『強い』アンタには わかんねえかもしれねーけど……」 「この世の中には、アンタみたいな強い人間ばかりいる ワケじゃねーんだよ」 「弱くって、何が悪いんだよ」 「もし自分がそいつより強いんなら、弱いやつをしっかりと 支えるべきだろ」 「それは甘やかすとかじゃなくて……それこそがその相手を 認めるってことだろ」 「…………」 「たしかに、あいつは弱いよ。とびきり脆いし……見ていて イライラするのかもしんねえ」 「でも、あいつに強さを与えられなかったのは、アンタにも 責任があるはずだ」 「……ふん」 俺の言葉を全て聞き終わると、深空父はそのまま立ち去ってしまった。 しかし、本来なら取るに足らないガキである俺の言葉に最後まで耳を傾けたのだ。 今はその事実を知れただけでも、大きな収穫だった。 「深空、待ってろよ……!!」 俺は、深空の後を追いかけるように走り出す。 俺と毎晩一緒に帰ってきているのを知っていたと言うことは深空を気にかけていたと言うことだ。 たしかに不器用なのかもしれないけど……それでも俺には修繕が不可能な溝には見えなかった。 「まだ、希望はあるんだ……だから、早まるなよっ!」 脳裏に過ぎる嫌な予感を振り払うように、俺は深空を追いかけ、来た道を引き返すのだった。 ……………… ………… …… <激昂する翔> 「泣きながら走り去ってしまった、深空ちゃん」 「《激昂:げっこう》して、秀忠さんに掴みかかる翔さん」 「必死に深空ちゃんの想いを理解させようと頑張った 翔さんでしたが、秀忠さんの教育理念と、不器用な 愛情をたしかに感じて、黙り込んでしまいました」 「結局、親子揃って不器用な愛情表現しかできない 頑固者の似たもの同士だと感じて、今のままじゃ これ以上口論しても無駄だと思ったみたいです」 「深空……悪い、俺、もう我慢できねぇや……」 家族の問題は複雑なのは理解しているし、そう簡単に上手く行かないかもしれないとは思っていた。 二人の問題に、俺のような他人が口を挟むまいと強く心に決めて見守っていくつもりだった。 だが―――それでも、今の態度だけは許せない。 「待てよ、オッサン……」 気がつくと俺は、深空の父親の前に立ち塞がっていた。 「なんだ、お前は」 「アンタは、どんな想いで深空がオッサンに絵本を プレゼントしようとしていたのかを、知る義務が あるんだよ……」 「何を言っているのだ、小僧? 邪魔だ、どけ」 「どかねえよ……どけるわけ、ねえだろうがぁっ!!」 俺は怒りに任せて、相手の胸倉を掴みあげる。既にもう敬語を使う余裕など無くなっていた。 「他人の家族の問題に口を出して、あまつさえ暴力か? ロクな人間ではないな……こんな男にたぶらかされて いるのか、あの馬鹿娘は……」 「馬鹿はどっちか、もう一度よく考えてからモノを言えっ つってんだよっ!!」 「悪いが、小僧の下らない小言に付き合っている暇は無い。 これから仕事でな……私は忙しいんだ」 「てめぇ……っ!!」 かつて、これほどまでに誰かが憎いと思ったことは一度だって無かった。 それほどまでに、俺はこの男に憤慨していた。 しかし、ここで殴っても深空が救えるわけじゃない。……深空の心の傷が癒されるわけではないのだ。 「ぐっ……!!」 だが、それでもコイツを殴りつけてやりたい。 深空の気持ちを少しでも伝えてやりたい。 そう思った時、俺は自然と口が開いていた。 「深空がいつもどれだけアンタのことを想ってきたか…… 感謝して、すまないと思って、苦しんできたのかっ…… 何も知らねークセに勝手言ってんじゃねぇよっ!!」 「フン……それがどうした? いいか、あの娘のせいで 水穂が死んだのだ」 「それは、お前のために……っ!!」 「アイツが私の妻を殺したことに変わりはない。そして あの面影で、私を苦しめてきたと言う事実もな」 「ふざけんな! 自分の娘をなぜ愛してやらないっ!! 深空は……深空はなぁっ!!」 「吠えるなッ! 子を持たぬ貴様が親を語るかッ!!」 「ッ!!」 その一喝で、俺が紡ごうとしていた言葉や想いの全てがコイツに負けている気がして、黙り込んでしまう。 「貴様程度に知れていることが、親であるこの私に伝わって いない、だと……? 笑わせるな」 「お前は、親子と言うモノを舐めているようだな」 「なら……なんでっ!!」 「私がアイツを憎んでいること、苦しめられたこと。 どれも偽り無い感情であり、それを消せはしない。 だからこそ、それを隠している意味など無い」 「私と深空に今まで衝突が無かったのは、あいつが 私を避けていたからだ。近づかなかったからだ。 私に遠慮をして、踏み込んでこなかったからだ」 「そんな逃げ腰の家族に、家庭に、何の価値がある? 貴様は私に虚像の幸せな親子関係を演じろ、と…… そう怒っているのだろう?」 「…………っ」 「そんな家庭は、もはや崩壊していると同義だ」 「貴様が求めているハッピーエンドなど、決してどこにも 存在しない」 「それは、あの娘が水穂を殺してしまった時点で…… 不可能になったのだからな」 「何で……そんなに冷てぇんだよ……」 「深空のことをもう少し愛してやってもいいだろうが!」 「愛しているさ……ただ、それ以上に憎いだけだ」 「深空が母親を結果的に殺しちまったのだって、そんなのは ただの事故だろっ!?」 「アイツに落ち度なんてないって……慰めの言葉一つ お前がかけてやれば、あいつは《赦:ゆる》されるんだっ!! 娘を愛してるなら、それくらいしてやっても……」 「お前の青臭い言葉には、虫唾が走る」 「なっ……!?」 「いいか、小僧」 「人を愛すると言うのは、決して互いの傷を舐め合い 慰めあう行為のことなどではない」 「全てをぶつけ、少しでもお互いの理解を深めて…… それでも繋がっていられる気持ちのことを言うのだ」 「!!」 「深空が私に踏み込んでこない以上、私が何を言おうと それは偽りのモノでしかない」 「そんなモノに、価値など存在しない」 「それでも……っ!!」 「その程度で崩れ去る関係など、いっそのこと、崩して しまった方がいいとは思わんか?」 「……あんた、最低だな……」 「なに?」 自分が圧倒的に正しいと思っている深空父は、俺の言葉をただの負け惜しみと感じたのか、《嘲笑:ちょうしょう》の態度を崩さない。 「たしかにアンタの言ってることは正論かもしれねぇな。 けど、親としては最低だって言ってんだよ!!」 「ならば貴様の言葉で、私に正しさを証明してみせろ。 お前が言う理想の親とは、一体どんな父親なのだ?」 「本当の愛ってのは、そんなんじゃねぇよっ…… 正論なんかで割り切れるほど単純な気持ちじゃ ねーんだよっ!」 「深空がお前に踏み込めなかったのは、他の誰でもない アンタ自身にも問題があったって、何でわかんねぇん だよっ!!」 「ふん……」 「あんたの理論は、自分勝手な―――お前にだけ都合の良い ……そんな腐った理論なんだよ!」 「深空のお前に対する想いは、本物だった……なのにお前は その気持ちを踏みにじったんだ!!」 「アンタがどんだけ苦しんだかなんて、たしかに俺には わかんねぇよ……」 「けどな、たとえその方向が少しずれていたとしても! お前に深空のプレゼントを踏みにじる権利は無い!」 「いや、アンタだけは……アンタだけは深空の想いを 踏みにじっちゃいけなかったんだよ!!」 「その『想い』とやらが本当に力を持っているのなら 私の『言葉』程度、何の障害にもならんだろう?」 「誰かの言葉に曲げられる想いなど所詮はただの空想だ。 そんなモノで、他人の心を癒せるはずが無いのだ」 「そんな弱い『想い』の力で、何が出来ると言うのだ? ……そう、そんな物では何も出来ないのだよ」 「出来るさ……なんだってな!」 「あいつの……深空の想いは間違いなく本物だった!! だからきっと、あんたの心にだって届く!」 「…………」 「不器用なだけで……どこまでも純粋なあいつの想いは 俺の心を動かした。他人の心だって動かせたんだ…… ずっと一緒に過ごしてきたアンタの心くらい、楽勝だ」 「あいつが積み上げてきた想いと、やってきた努力は決して 無駄じゃない……無駄にさせてたまるかよ!」 「そんな物は無力だ。結果の出ない努力に意味は無い。 アイツのしてきたコトは、私にとって無価値であり 意味の無いモノだったのだよ」 「なんでだよ……お前には、どうして解らないんだよ! アイツの想いがっ!! どんなモノにも負けない…… 本物の力を持っているんだってことがっ!!」 「どうしてお前は、娘からのプレゼントを……素直に 受け取れないんだよおおおぉっ!!!」 「………………」 話していれば、俺にだって解る。 言葉の節々から伝わってくる。 この人はただ……深空と同じで、不器用なだけだ。似たもの同士な、だけなのだ。 本当は深空のことを嫌っているわけじゃない……けど自分ではそれを認めることが出来ない。 愛する人を奪った相手を愛することが出来ないだけ……ただそれだけの、頑固で不器用な愛しか知らないのだ。 「ははっ、さすがは親子だな……よく似てらぁ」 「…………ふん」 「これ以上話しても水掛け論にしかならないと解った だろう? いい加減、諦めたらどうだ」 「あんたがアイツのプレゼントを受け取るまで……俺は 絶対に諦めないからな!」 決してこちらからは折れないと感じたのか、ため息の後俺を見定めるような目で睨み、再びその口を開いた。 <灯とお茶> 「ノストラダムスの予言を解読し、鈴白さんが 恐怖の大王である事を突き止めた天野くん」 「……って、ふえぇ〜〜っ!? きょ、恐怖の大王って ぶちちょ〜の事だったんですかぁっ!?」 「でも、あのぶちょ〜なら、不思議じゃないかも…… うう〜ん、だんだんそんな気がしてきたよ〜」 「そんなこんなで全ての鍵を握る鈴白さんのお茶を リサーチするために、仲間と一緒に調査チームを 結成した天野くんだったんだけど……」 「ひどい目に遭いましたわぁ〜〜〜……」 「はわっ!? ひ、姫野王寺さん、どうしたの?」 「私も天野くんにそそのかされて調査チームに 参加したんでございますけど……」 「階段からは落ちるし、隕石は降ってくるし……」 「挙句の果てに、シロっちさんの謎は解けないしで そりゃあもう散々な一日でしたわ〜〜〜」 「ふ、ふええぇ〜っ……」 「ワタベさんも、この件については早く忘れた方が よろしくってよ」 「ふぇっ?」 「世の中には……知らないほうがいいものだって あると言うことですわ……」 「ふ、ふぇ〜っ……ど、どうしよう……私、こんなこと 忘れられそうにないよぉ〜……」 「ちなみに大人になるまで覚えていると、良くない事が 起こりますわよ?」 「ふぇぇっ!? む、紫鏡っ!?」 「う〜む……『やってみる』とは言ってみたものの…… さて、どうすっかな」 考えも無しに廊下に出て、俺は顎に手をあて頭を捻る。 「気軽に声をかけられそうなのは静香か麻衣子だけど ……そもそも静香は、最初からこの話に乗り気じゃ なさそうだからなぁ」 「深空は何となくかりんと組みそうな気がするし…… ここは花蓮で決めるか?」 足を止めて、二秒考える。 「……かりんより、無いな」 頭に思い浮かべた光景を鼻で笑い、俺が再び歩き出そうとした時だった。 「どうした天野。難しい顔をして」 「出たよ、一番無いヤツが!」 どこから湧いたのか、目の前に櫻井が現れた。 「なんだかわからんが、ひどい事を言われてるような 気がするな」 「気のせいだ」 ポンポンと肩を叩き、櫻井と並んで歩き始める。 「それで、何を考え込んでいたんだ?」 「ああ、それなんだけどな……」 ……………… ………… …… 「……なるほど、生涯のパートナー探しをすると 鳥井に宣言してきた訳か」 「大幅に飛躍してる感じはするけど、だいだいは そんな感じだ」 「ふむ」 それまで適当な相槌を打ちながら話を聞いていた櫻井がはたと足を止めて廊下の突き当りを指差した。 「では、彼女なんかはどうだ?」 「え?」 つられるように、櫻井が指し示した方向に目を向ける。 そこには日の光を浴びながら、嬉しそうにお茶をすする先輩の姿があった。 「先輩にぃ?」 「どうなんだ? 頼りになるとは思うが」 「う、うぅ〜ん……」 櫻井に言われ、俺は頭の中でその状況を想像してみる。 「…………」 「…………」 「……やっぱ無いな」 「そうなのか?」 「どう考えても、怒らせる光景しか浮かばねえよ」 「ふむ?」 「(……それに、俺とあの人じゃ画にならねーしな)」 「……? 何か言ったか?」 「いや、別に」 「……そうか」 なんとなく黙り込み、二人して再び先輩を見る。 自分が話題にされているとは露知らず、穏やかに微笑みながら日光浴を続ける先輩。 上品にすするお茶からは、相変わらず温かそうな湯気が立ち昇っていて…… 「…………」 「……なあ、櫻井」 「……なんだ、天野?」 「あの人、よくああやってお茶飲んでるけど…… あれってどこから取り出してるんだ?」 「奇遇だな。俺も今、それを考えていたところだ」 男二人、思わず顔を見合わせてしまう。 「……気にならないか?」 「……気になるな」 珍しく、俺たちの意見が完全に一致しているようだ。 しかし、あのガードが固そうな先輩にどうやって…… 「大の殿方が、こんな所で揃って何をしてますの? 通行の邪魔ですわよ」 首を捻り、二人して黙りこくっていた俺たちの背後から花蓮が声をかけてきた。 「出たよ、二番目に無いヤツが」 「……? なんだかわかりませんけど、失礼な事を 言われてるような気がしますわ」 「気のせいだ」 しかし、こんな時に花蓮が現れてくれるとは……渡りに船とはこの事だ。 「ど、どうしたんですの? 人の事、ジィッと見て…… 私の顔にセレブリティーでも付いてますの?」 「ふりかけかよ。んなもん付くか」 明らかに覚えたての言葉を使ってみたかった感丸出しの花蓮が顔を赤らめる。 「じょ、冗談に決まってるじゃございませんの! 早くそこをどいてくださいまし!」 照れ隠しで逃げ出すように、花蓮は早足で俺と櫻井の間をすり抜けようとする。 「まあ待て待て」 「なにか用ですの!?」 「ちょうどいい所に来てくれた。これから、俺と一緒に 地球の危機を救ってくれないか?」 「……ふむ?」 「……はぁ?」 呆れるように口を開く花蓮を無視し、俺は話を続ける。 「今まで隠してきたが、俺と櫻井は世界中の秘密を探る 調査団の一員だったんだ」 「……こんな事を言ってますけど、本当ですの?」 「その通りだ」 怪訝な顔を浮かべる花蓮に、櫻井が力強く頷いた。 「実はこの学園に入学したのも、いずれ世界の脅威と なるであろう、ある人の調査を行うためだったんだ」 「……はぁ」 「そして、あの人がそのターゲットだ!」 花蓮にだけ聞こえる程度に叫び、俺は廊下の突き当りを本人に気取られぬよう指差した。 「…………」 「……って、シロっちさんがお茶を飲んでるだけじゃ ありませんの!」 「そう、そのお茶こそが問題なんだ」 「バカも休み休み言ってくださいませ。シロっちさんが どうして世界の脅威になるって言うんですの?」 「信じてないな?」 「当たり前ですわ」 最初から相手にしていないと言うばかりに、花蓮がツンと横を向いて去っていこうとする。 「しょうがない……一から説明してやるとするか」 「説明?」 「ノストラダムスの大予言は知ってるな?」 「当然ですわ。何年か前の世紀末、世界が破滅すると 言っていた預言者の事じゃありませんの」 「結局何も起きないまま新世紀を迎えて、稀代の大嘘つき と呼ばれた方ですわね」 「何を言ってるんだ、花蓮……」 「俺たちはとんでもない考え違いをしていたんだ!!」 「な……なんですの、いきなり大声出したりして……」 「いいか? ノストラダムスはこう予言した」 「『1999年7の月、空から恐怖の大王が来る。  アンゴルモアの大王を蘇らせるために』」 「そ、それとシロっちさんとなんの関係が……」 「まあ聞け」 ポケットから取り出した紙に、ペンを走らせる。 「いいか? まずは『1999年』」 「つまり『世紀末』……この単語をローマ字にする」 『SEIKIMATU』という不格好なブロック体が紙の上に踊る。 「次に後半の『アンゴルモア』という部分…… これもローマ字に書き直す」 上の文字列と重ねるように、『ANGORUMOA』というアルファベットを書いていく。 「……これが何だって言うんですの?」 「大事なのはここからだ」 訝しげに尋ねる花蓮を手で制し、書き出した文字列に手を加える。 「変換したこの二つの単語から、必要な文字だけを 抜き出していく……」 一部の文字を除き、いらないアルファベットを黒線で塗りつぶしていく。 『世紀末』からは『EIKAT』…… 『アンゴルモア』からは『ARA』という文字が残る。 「この二つを合わせると『EIKATARA』という 一見、意味不明な文字列が出来上がるんだ」 「そ、それで?」 いつの間にか真剣な顔つきになっている花蓮がせっつくように声を上げた。 「そして、残った文字列を並び替える……すると?」 「A・K・A・R・I・T・E・A……」 「あ……『AKARI TEA』!?」 「そう、『アカリ ティー』!」 「つまり、ノストラダムスが予言した恐怖の大王とは いつもお茶を飲んでいる先輩の事だったんだよ!」 「な……なんですってーーー!!」 『!?』というデカ文字を背中に浮かべて、花蓮が驚愕の声を上げる。 「あ、余った文字はどうしましたの?」 「余った文字は捨てる」 「す、捨ててしまうんですのっ!?」 「ああ。先輩が人類の命を捨てる事を暗示しているんだ」 「な、『7の月』というのは!?」 「それは『7月』……まさに今じゃないか!!」 「た、たしかにスジは通ってますわ……」 信じられないという表情を浮かべ、花蓮は動揺の色を隠せないでいる。 「シ、シロっちさんが……まさか、そんな……」 「花蓮……気持ちはわかるけど、これが現実なんだ」 「でも、仲間を疑うなんて……」 「わかるぞ、花蓮……俺たちだって、同じ気持ちだ」 「天野くん……」 「だからこそ、俺たちは自分の目で確かめなくちゃ いけないんだ!」 「先輩が取り出す……謎のお茶の正体を!」 「わ、私たちだけで何が出来るって言うんですの?」 珍しく自信なさげに、花蓮が目を泳がせている。 「そうか……姫野王寺は協力してくれないか」 それまで黙って俺たちの話を聞いていた櫻井が口を挟む。 「いいさ、俺はひとりでも行く」 「な、菜っ葉……」 「待てよ櫻井……お前にだけ行かせる訳にはいかねーよ」 そう言って、俺たちに背を向けて歩いて行こうとする櫻井の肩を掴んだ。 「俺が行くよ!」 「いや、ここは俺に行かせてくれ。鈴白の秘密だけは どうしてもこの手で解明したいんだ」 「…………」 「危ないって、俺が行くよ」 「いや、俺が……」 「いやいや、俺が俺が……」 「…………」 「じゃ、じゃあ私が行きますわ」 「どうぞどうぞどうぞ」 「なんなんですのっ!?」 先輩への道を譲るように手を差し出す俺たちに、花蓮が顔を赤くして抗議する。 「怒るなって花蓮、冗談だよ」 「これはお前にしかできない事なんだからな」 「わ、私にしか?」 「そう……選ばれし高貴な血を引くエッリィートな お前にこそ相応しい、大役だ」 「え……選ばれし……?」 「頼りにしてるぞ、人を超え獣を超えた神の戦士!!」 「やぁーってやりますわぁっ!」 自分で言いながら一瞬ダメかと思ったが、どうやら無事花蓮の野生に火が点いたようだ。 「それで? 私は何をすればいいんですの?」 「俺たちが先輩の注意を逸らすから、お前は後ろから 近づいて秘密を探ってくれ」 「了解ですわぁ〜っ!」 別の階から回り込むつもりなのか、花蓮は反対方向の廊下へと駆けて行く。 「あせって失敗するなよ?」 「そっちこそ、ミスしたら承知しませんことよ!」 そう捨てゼリフを残し、花蓮は嬉しそうに階段を降りていった。 「…………」 「…………」 「アドリブにしちゃ、なかなか説得力のある説明を 言えたと思うんだけど?」 「それっぽくはあったな」 そうしてどうにか花蓮を丸め込んだ俺は、櫻井と共に先輩の秘密を暴くための行動を開始するのだった。 「よっ、せーんぱい♪」 「……あら?」 俺と櫻井の接近に気づいたのか、先輩がこちらに顔を向ける。 「どうしたんですか二人とも。ご機嫌ですね」 「鈴白の顔を見れると思うと、嬉しくてな」 「……まあっ」 柔らかい笑みを浮かべ、先輩が櫻井の額を人差し指でトスッと突いた。 「む……」 「ダメですよ、櫻井くん。らしくないお世辞なんか言って 年上をからかったりしたら」 「いや……お世辞ではなく、今のは打ち合わせ……」 「先輩こそ、すごく機嫌良さそうじゃないっすか! こんな所でお茶なんか飲んじゃったりして!」 ボロが出る前に、二人に割り込むようにまくし立てる。 「ええ、まあ。今日は凄く天気がいいので、思わず日光浴を しながら、お茶を《嗜:たしな》んでいたところなんですよ」 「(光合成でもしてるのかと思った……)」 「はい?」 「いやいやいやいやっ! いいっすね、日光浴!! 俺たちもあやかりたいよなぁ、櫻井?」 「まったくだな」 「ふふっ……よかったら、お二人も一緒にどうですか? お茶もありますよ」 「(きたぁーーーーーーーーーーーっ!)」 「ぜひお願いします!」 「ふふふっ……天野くんにも、太陽の下で淹れる お茶の良さがわかるんですね」 お茶を取り出すそのタイミングを見逃さないように注意しつつ、俺はチラリと先輩の背後に目をやる。 「そりゃあもう! お茶と歯医者は晴れた日に限るって 言いますからね!」 「ふふっ。なんですか、それ?」 先輩に感づかれないよう、花蓮に目で合図を送る。 「(ほら! 今だ、花蓮!)」 「(わ、わかってますわ!)」 花蓮が先輩の後ろにつき、その瞬間を伺おうとしたその時だった。 「あ、そうそう。櫻井くんは、熱めとぬるめのお茶 どっちがお好きですか?」 「(……っ!?)」 急に動いた先輩に驚いたのか、花蓮がのけぞってバランスを崩した。 「……!? 〜〜〜〜〜〜〜っっっ!」 そして腕をバタバタと振り回し、花蓮はそのまま――― 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!?」 ゴロゴロゴロゴロゴロ〜〜〜〜〜ッ!! 「あら?」 「熱めで」 ―――階段から、転げ落ちていった。 「ほ、ほら先輩! 櫻井のヤツ、あっつーいお茶が 好きなんだってさ!」 「え? で、でも今、何かすごい音が……」 「そう? 気のせいだって」 「それより、あっちの方がよく日が当たってますよ」 「そ、そうですか……?」 「さあ、行きましょう! 今すぐっ!!」 俺は強引に先輩の背中を押して、その場を移動させる。 階段の下で起きているであろう惨状を、悟らせる訳にはいかないのだ。 「う〜ん、いいなぁ。このサンサンと夏の太陽が 降り注ぐ感覚……」 「わかってもらえて嬉しいです」 「いやぁ、アッハッハ……そりゃもう」 「(無事でいてくれ、花蓮……)」 顔で笑いながら、俺は心の底から花蓮の生還を祈る。 「ええっと……櫻井くんは熱いお茶のほうが 好きなんでしたよね」 「ん? あ、あぁ、そうだな」 「(まだか……花蓮!)」 櫻井が先輩の注意を引きつけているうちに、俺は廊下の向こう側に目を向けた。 「(か……花蓮!)」 そこにはボロボロになりながらも、力強い足取りで先輩の背後に迫る花蓮の姿があった。 「(この花蓮様ともあろう者が、あの程度でくたばる訳あり  ませんわ!)」 「(嗚呼、花蓮……お前ってば、底抜けにナイスな  ヤツだぜ!)」 俺は心の中で涙を流し、賞賛の声を送る。 そうとも、花蓮なら……俺たちが信じた花蓮ならきっと先輩の謎を解いてくれるはずだ! 「それじゃ、用意しますね」 「ああ、頼む」 「(今だっ! 花蓮ーーーーーーーーっ!!)」 「(人間の可能性は無限ですわーーーっ!!)」 そして、花蓮が先輩に飛びかかろうとした……その瞬間だった。 ―――ィーーーーーーーーーーーーン…… 「……へっ?」 「ん?」 「ナワヤッ!!」 「!?」 大気を切り裂く甲高い音を発する『何か』が開け放した窓から入り花蓮の頭を直撃した。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 言葉にならない悲鳴をあげ、花蓮はその勢いのまま廊下を転がっていって――― 「キュウッ!?」 ―――突き当たりの壁に、激突した。 「…………」 「…………」 「あら? 今、姫野王寺さんの声が……」 「きっ、きききき気のせいじゃないか?」 震える声で取り繕い、俺は花蓮を吹っ飛ばした物体にチラリと目を落とす。 「(い、隕石ぃーーーっ!?)」 それはバレーボールほどの大きさの、ずっしりと重そうな石の塊だった。 「で、でも確かに……」 「あ、ああああ、暑くないか、先輩?」 「え? どうしたんですか、突然……」 「やっぱりここは、陽射しが強すぎるよ」 「そうだな、キレイな肌にシミでも出来たら大変だ」 「え、で、でもお茶を……」 「後でたっぷりいただきます!」 「熱射病で倒れたら大変だ。早く教室の中へ」 「ど、どうしたんですか二人とも」 「今日はいつになく強引で……」 戸惑う先輩を、俺たちは強引に教室に押しこめた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 ドッと押し寄せた疲労感に、両膝に手をつき肩で息をする。 「……櫻井」 「……なんだ」 「世の中には、知らないほうが幸せな事ってのが あるのかもしれないな」 「……そうだな」 ここまで来ると偶然ではない……もはや『必然』。 何者かが我々の調査を妨害しようとしているのかもしれないと、思わずにはいられなかったのだった。 <灯とかりん> 「学園に着いた私は、先ほど学園を占拠した時のことを 思い出しました」 「灯さんには、マーコさん特製のホログラフィー兵隊が あっさりと見破られてしまいました……」 「絶対空間把握能力とか言う特殊な技能を持っている 灯さんは、上手く誤魔化せなかったみたいです」 「初めてここを閉鎖した時は、その事実にすごく驚いた 記憶があります」 「そして私は、いつものように、下手に誤魔化そうと せずに、素直に協力して欲しいってお願いしました」 「目的も語れない私のお願いを、灯さんは二つ返事で 困った時はお互い様ですって快諾してくれました」 「本当に良い人です。あぅっ!」 占拠した学園を前に、私はもう一度だけ深呼吸をします。 「……今度こそ、私は……」 ぎゅっと握りこぶしを作り、気合を入れなおしました。 かりんちゃんから託されたポシェットと私宛ての手紙を見ると、不思議と勇気が湧いてきます。 「大丈夫。私は、独りじゃない……」 たしかにここにある、みんなとの絆。 そして、貫くべき大切な想いの証…… 記憶を引き継ぐことで、今の私はすでに深空ではなくこの世界の全く新しい『かりん』になったのです。 だからもう私は、ただ俯いていたあの頃の『深空』とは違います。 私は……前へ向かって迷わずに突き進む少女―――『鳥井 かりん』なんです!! 「よし……行きますっ!」 あらかじめ瑞鳳学園には認識阻害フィールドを展開して一人を除いて、人払いは済ませてあります。 それは当たり前のようにこなしている作業だけど実は彼女の協力無くして私はこの状況を作り出すことが出来ませんでした。 そう―――灯さんの、協力は必須だったのです。 結論から言うと、灯さんに認識阻害フィールドやホログラム発生装置が通用しませんでした。 『最初の私』はそれに大層驚いたものの、灯さんを知っている今の私にとっては理解できる事でした。 恐らく空気と音の反射で世界を視ている灯さんだからこそ人間の錯覚を利用する類のモノは、通用しなかったんだと思います。 下手に事情を説明する事も出来ないし、マーコさんの発明品は役に立たないしで困り果てた私は、とっさに無謀なお願いに出ました。 『困っているので、助けて欲しいんです』と馬鹿正直に助けを求めてしまいました…… すると、早くも危機的状況に陥ったとハラハラしていた私に灯さんは開口一番こう言いました。 『そうなんですか。それじゃあ協力してあげちゃいます。 困った時はお互い様、ですから』 そう……みんなにお話を聞いてもらうための準備を色々としたんですけど、灯さんには必要なかったと言う事です。 半信半疑だった私は、他のみなさんにはこの事を秘密にして下さいと頼んで、知らないフリをしながら、教室で待っていて欲しい事を告げました。 すると灯さんは笑顔で頷いて、本当にそのまま教室へと歩いていってしまったのです。 まるで、何事も無かったかのように…… 「ふふっ……本当、灯さんは《大器:おおもの》すぎます」 何の説明も無しに私が本当に困っている事を悟ってどんな見返りも無く、危険があるかもしれないのに平然と手を差し伸べてくれる、素敵な先輩…… その姿に私は、お母さんのような慈悲深い心と、本当の優しさを感じました。 そんな事を思っていると、不思議とリラックスしている自分がいることに気がつきました。 私はもう一度、これから目指す遥かなる高みを見上げ大きく深呼吸をします。 「さぁ―――鳥井 かりん、一世一代の大冒険のはじまり はじまり、ですっ!!」 ……………… ………… …… <灯の超能力?> 「翔さんが、灯さんのすごさに気づいたみたいです」 「それはそれとして……翔さん、今日の放課後は どうするつもりなんでしょうか?」 「あぅ!? わわわっ、かかかかか、翔さんが 苦手なはずの私に、一緒に帰ろうって、声を かけてきましたっ!!」 「しかもしかも、私のために好きになってくれる努力を してくれているみたいで……嬉しくて、恥ずかしくて 真っ赤になってしまいました」 「でも、翔さんが照れ隠しに、いつもみたいに私を いじめて来ましたっ」 「つかの間の幸福でしたけど……おつりが来るくらい 素敵な瞬間でした」 「でも、どうにか我慢して、深空ちゃんの下へ 行ってくれるようにお願いしました」 「私じゃなくて、深空ちゃんと結ばれてくれないと ……困ります……」 「一人で帰ろうとしたところで、深空ちゃんを見かけて 思いとどまったみたいです」 「私……じゃなくって、深空ちゃんに会いに行くことに したみたいですっ」 「はぁ……アホらしくなってきた」 十分すぎるほど目は覚めたので、そろそろ真面目に麻衣子の手伝いを再開する事にした。 「バカやってないで、気を取り直して作業再開するか」 「あぅ!」 「ふむ……なら、そこのパーツを組み立てておいて くれると助かるのじゃが」 「おう、任せろ」 麻衣子が指差した場所にある、一見すると野菜のような物体をいじるため、作業をしやすい位置へ移動しようと歩みを寄せる。 「ん……?」 せわしなく作業へ没頭するみんなの輪から、一歩引いた位置でぽつんと立つ、寂しそうな人影を見つける。 「…………」 「先輩、どうしたん……」 いつも通りに話しかけようとして、それが考え足らずの発言だったと踏みとどまる。 「ごめん先輩……俺、気がまわらなくって……」 「いえ。そんな気遣いこそ必要無いです」 「先輩……」 「たしかに、細かい作業になるとお手伝いしても 逆に迷惑をかけちゃうかもしれませんので…… みなさんを手伝えないのは、少し辛いですけど」 「でも、それは高望みと言うものです」 「本来、死んだっておかしくない事故をたくさん 経験して来たのに、こうして元気に生き延びて ピンピンしているんですよ?」 「それは……そうなのかもしれませんけど……」 「…………」 「私には、誰かに差し伸べる腕がある。 そして、誰かと共に歩ける足がある」 「それは―――とても幸せなことです」 「先輩は……強いですね」 「ぶぅ。当たり前です。だって、先輩なんですから」 「年上の『お姉さん』を、なめてもらっては困ります」 「ははっ、そうっすね」 「そうなんです」 「ですので私は私に出来る方法でみなさんのサポートを やって行こうと考えていますから」 そう言うと先輩は、タオルや飲み物をちらつかせながらニコリと笑顔を覗かせてくれた。 「頼りになります」 「当然です」 俺は先輩に渡されたタオルで汗を拭い、冷えた飲み物でその喉を潤した。 「それに、私には特異体質がありますから平気です」 「特異体質?」 「簡単に言ってしまうと、耳が普通の人より遥かに良く 聞こえちゃうんですよ」 「うお、そうだったんですか」 「生まれつき空間把握能力は高い方だったみたいで…… 今では音の反射で世界を『視る』事が出来るんです」 「なるほど、だから先輩って普段あまり白杖を使って ないんですね」 「はい。白杖は、どちらかと言うと護身用アイテムみたいな 役割ですね」 「ご、護身用……?」 微妙に物騒な響きに、思わず本能が警戒信号を鳴らす。 「つまり、不埒な行為を働こうとする狼藉者さんへの おしおき用の武器みたいなものです。ふふふ……」 「そ、そーなんすか」 気がつけば俺は、何故かセリフが棒読みになっていた。 「天野くんは平気だと思いますけど……もしも青少年に 相応しくない行動を見かけたら……」 「そ、それじゃあ俺は作業に戻りますんで!!」 「そうですか? それじゃあ、頑張ってくださいね」 「うっす! 頑張ります!!」 俺はどことなく上機嫌になりつつあった先輩から逃げるように、作業へと没頭する。 「ぶぅ……まだ語り足りませんが、作業のお邪魔は 出来ませんし、しょうがないですね……ぶつぶつ」 「(何だか危機一髪だった気がする……)」 好奇心は身を滅ぼす、と言った単語を思い浮かべながら俺は知らない方が身のためであろう事実を聞かずに済みほっと一息つくのだった。 ……………… ………… …… 「ふぅ……」 麻衣子と静香と櫻井を残し、今日のところは解散と言う流れになったので、ひとまず思いきり背伸びをする。 「さてと、帰るかな……」 もうすぐ日が暮れるであろう時間だが、今ならみんなまだ学園に残っているだろう。 「あ。翔さん、お疲れ様です」 「おう、かりん。お疲れ」 俺がどうしようか考えていると、てくてくと歩いてきたかりんと鉢合わせする。 「(ふむ、どうするかな……)」 昨日同様にかりんを誘って帰ると言う手もあるが、深空や他の誰かを探してみるのもアリだろう。 ここは…… 「おい、一緒に帰らないか?」 「あぅ?」 「いや、あぅ、じゃなくて」 「あう?」 「あう、でもなくて」 「あぅあぅあぅあぅ?」 俺の言っている誘いの意味が解らないといった感じでしきりにハテナマークを出しまくる、かりん。 「だから、俺と一緒に帰らないかって言ってるんだよ。 昨日みたいにさ」 「…………」 「え、えええええええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 「のわっ! うるせぇな……」 「な、何で私なんかを誘うんですか?」 「なんでってお前……ただのスキンシップっつーか コミュニケーションの一環だろ」 「まぁ、これから一緒にやってく仲間だからな。 俺もメガネに慣れておかないといけねーしな」 「わ、私のこと、むかつかないんですか?」 「いや、そりゃあ正直まだイラつくけどさ……でもそれは 俺個人の精神的な問題だからな」 「別にお前に罪があるわけじゃないし、かりん本人に ムカついてるワケじゃないし」 「あぅ……」 「だから、俺なりにお前を受け入れて好きになれるよう 努力してるって話なんだよ」 「す、好きに……あうぅ……」 「か、勘違いすんなよ!? 好きになるってのは、あくまで 知人として、って意味だからな!!」 「あうぅ〜っ! わかってます〜っ」 「じゃあ何で照れてるんだこのボケ!!」 「あう〜♪」 「コオオオオオオオオオオォォォォォ……」 「マシンガン・パウッ!!」 「あう、あう、あうぅ〜っ!!」 俺は照れ隠しに、小指で謎の突きを連打してかりんの身体中の至るところを攻撃する。 「や、そこはダメですっ!」 「《キクラゲ色の刃紋疾走ッ!!:ホワイトブラウンオーバードライヴ》」 「あうううううぅぅぅ〜〜〜〜〜……あぅ?」 「慢性疲労や肩こり腰痛が治った気がしますっ!!」 偶然良いツボを突いて回復させてしまったようだった! 「ちっ、例の呼吸法が悪かったか……」 「……あの、翔さん」 「ん?」 「その、お誘いありがとうございました」 「私、えっと……とても嬉しかったです」 「お、おう……そうか?」 「はい。そうなんです」 「んな大げさな……ただ帰ろうって誘っただけだろ」 大したことじゃないのに、こうもストレートに好意を表されてしまうと、思わず照れ臭くなってしまう。 「でも、私にとっては、好きになるように努力したいと 言われて誘われるのは、初めてでしたので……」 「初めても何も、先日会ったばかりだろ」 「あぅ。そうでした……えへへ」 「で、どうなんだよ」 「あの、一緒に帰りたい気持ちはあるんですけど…… 今日は遠慮しておきます」 「そうか」 「……私の代わりに、深空ちゃんの様子を見てきてあげて 欲しいんです」 「深空?」 「はい。自分のクラスで一人、いまでも誰にも頼れずに 頑張っているはずですから……」 「だから、支えてあげて欲しいんです」 「そりゃ、別に構わないけど……」 言われてみれば放課後からほとんど姿を見かけてないし何となく、みんなと距離を取っているようにも見える。 何か問題や悩みを抱えていたりするんなら、仲間として支えてやりたいと思うのはたしかだ。 いや、まずは友達や仲間と認めてもらうところから始めないとダメなんだが…… 「かりんは会いに行かないのか?」 「あぅ。私はさっき会ってきましたので」 「そうか……それじゃあ、ちょっと様子を見てくるわ」 「はい! よろしくお願いしますねっ」 俺は友人を心配するかりんを微笑ましく思いながら深空の教室を探し歩く事に決めるのだった。 「(やっぱり一人で帰るか……)」 「それでは、また明日来ていただけると嬉しいです」 「おう。つか、もう起こしに来るなよ?」 「あ、あう? 何のことやらです」 「(こいつ……怪しすぎる……)」 しかし、何故か盗まれていた合鍵は奪い返したし、これを肌身離さず持っていれば、まあ平気だろう。 「んじゃ、また明日な」 「はいっ!」 俺はかりんに別れを告げると、帰宅すべく歩き出す。 「ん……?」 そこで、ちらりと深空のような姿を見かける。 「そう言えば深空は、放課後にみんなのところへ顔出して 無かったよな……」 まだ出会って数日だし、人見知りする方なのだろう。現段階では俺達と微妙な距離があるように感じた。 「気がついたらいなかったし、放課後はいつも何か用事でも あるのか……?」 そう焦ることは無いのかもしれないが、せっかくこうして出会ったんだし、どうにかしてみんなと打ち解けたいし、打ち解けさせたかった。 「……よし、目的変更だ」 俺は深空に会いに行くべく、その足を彼女が消え去った方角へと向けて歩き出すのだった。 <無力な『こども』> 「その日に受けた宣告は、私の決意を打ち砕くのに 充分なものでしたわ」 「……保育園が取り壊されるなんて……」 「私のせいで、この子たちが……?」 「そんなっ……そんなのって……!!」 「私さえワガママを言わなければ……でも…… それでも私、翔さんと一緒に居たいですわ!」 「この子たちと、ずっとずっと一緒に……」 「でも、私には……泣きながらお父様の心変わりを 待つことしか出来なくて……」 「そんなの、ただの無力な『こども』ですわ……っ!」 「翔さん……私のような出来の悪い小娘には、もう…… 何も、出来ませんわ……」 ブランチを終えた俺たちは、二日ぶりに保育園へやって来た。 「みなさん、会いたかったですわ!」 「昨日の分も、今日はたっぷり遊びますことよ〜っ♪」 心機一転した花蓮は、見ている方が恥ずかしくなるほどのハイテンションで、ちょうど庭に出ていた子供たちに笑いかける。 しかし…… 「あ……花蓮ねーちゃん……」 「花蓮お姉ちゃん……きてくれたんだ……」 いつもなら俺の顔を見るなり突っかかってくるガキどもの様子が、今日はどこかおかしかった。 「みんな元気が無いですわね……どうしたんですの?」 花蓮が女の子の目線まで腰を落とし、尋ねる。 「あのね、よくわからないの……」 「わからない?」 「せんせいたち、朝からこわい顔でお話してて…… わたしたちはお外であそんでなさいって」 「……何かあったのか?」 俺の胸を、ふと嫌な予感がよぎる。 「あ、花蓮さん……それに天野さん」 「先生……」 子供たちの様子を見に来たのか、保母さんも俺たちの所へ歩いてきた。 「こんにちは」 「……どうしたんですか? ガキどもの様子、いつもと 違うみたいですけど……」 子供たちから見えないところに移動して、保母さんに訊いてみた。 「みんなソワソワして……まるで何かに怯えている みたいですわ」 「そうですか……」 「やっぱり、私たちがいくら隠しても子供たちには 伝わってしまうんでしょうね……」 「……何があったんです? 先生たちが、朝から 話し合いをしてるって聞いたんですが……」 「そ、それは……」 しばしの間迷った挙句、保母さんはエプロンのポケットからプリントのような紙を取り出した。 「実は今朝、園長先生のもとに役所からこんな 通達が来まして……」 「なんですの……通達?」 花蓮が受け取り、その書面に目を通した。 ……そして、膝をつき声にならない悲鳴を上げた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 「く……っそぉぉぉぉぉ! ここまでやるのかよ!!」 思わず、横にあった壁を殴りつける。 「お父様ですわ……こんな事が出来るの……お父様しか いませんもの……」 口元を手で押さえ、花蓮が震えた声で呟いた。 ―――退去通告。 文面は、そんな見出しで始まっていた。 早い話が、期日までにこの土地から立ち退かなければいけない命令…… 従わない場合は、強制執行もあり得るという事だ。 「どうして!! だって、新しい道路の工事は来年から でしょう!? どうして半年以上も……」 「わかりません……ただ、この土地は元々園長先生の ものではないんです」 「だから、立ち退きを迫られたら従わない訳には……」 「せ、先生……工事って……新しい道路って?」 「花蓮さん……花蓮さんには言ってませんでしたが 遅かれ早かれこの保育園は来年には取り壊される はずだったんです」 「そんな……」 「黙っていてごめんなさい……子供たちと楽しく遊ぶ あなたを見ていると、とても言い出せなくて」 保母さんがつらそうに花蓮から目をそらした。 しかし、今はそのことを議論している暇はない。 「だからって、こんな乱暴な! こんなこと、法律が 許すんですか!?」 「お父様なら……可能ですわ……」 呆然と地面を睨んだまま、花蓮が言った。 「そんな……いくらなんでもメチャクチャ過ぎるぞ!」 「メチャクチャでもなんでも、お父様はそれだけの力を 持っている人なんですの!」 ヒステリックに怒鳴った後、消え入りそうな声で花蓮が呟く。 「お父様が言っていた『授業』って、この事 だったんですわ……」 「保育園がなくなれば、私が家を出ている理由も なくなるって……それだけのために……」 「そんな事……」 俺は正直、姫野王寺 賢剛という男の力を甘く見ていた事を痛感する。 「先生、ガキどもは……ここが無くなったら 子供たちはどうなるんです?」 「行く場所がなくなる、という事はありません…… 以前言ったように、それぞれの受け入れ先は用意 してあります」 「ただ急なお願いには違いありません……今年で 卒園の子や、向こうの都合が悪くてどうしても 編入させてもらえない子が出てくるかも……」 「そんな……」 理不尽な力で、友達と引き裂かれる子供たちの姿を思い浮かべる。 「……ダメだ……そんなの、絶対ダメだ!」 俺は踵を返し、保育園を飛び出そうとする。 「翔さん……?」 「何やってんだ、行くぞ花蓮」 「行くって……」 「決まってんだろ、お前の親父さんの所だよ!」 「お父様に……!?」 「こうなったら、直談判だ……直接会いに行って 命令を取り下げさせるんだよ!」 「む、無茶ですわ! そんな事、できっこ……」 「このまま、ガキどもがバラバラになっても いいのかよ!」 「そうは思いませんわ! でも、どうせ来年には……」 「…………」 「バカ! いくらなんでも急すぎるだろうが!」 「…………」 「そんな事……俺は冗談じゃねぇぞ……」 食いしばった奥歯が、ギリギリと痛む。 「何も出来ないまま……訳もわからないまま友達と…… 仲間と別れなきゃいけなくなるなんて……」 「翔さん……貴方、もしかして……」 俺の脳裏に、一人の少女が姿をかすめていた。 でたらめな力で俺たちを引き合わせて、助けを求めて……いつの間にかみんなと打ち解けていって…… そして何もしてやれないまま、俺たちの前からいなくなった少女の姿が。 「あんな思い……俺たちだけでたくさんだ!」 「…………」 「わかりましたわ……」 花蓮が立ち上がり、いまだ揺れ続ける瞳で虚空を睨みつける。 「どうなるかわかりませんけど……お父様に 直接掛け合ってみますわ」 「……ああ」 「先生。工事のことは、後ほどゆっくりと聞かせて もらいますわ」 「ええ……わかりました」 そして俺たちは子供たちの事を保母さんに任せ花蓮の案内のもと、彼女の実家…… 花蓮の父親の待つ、姫野王寺邸に向かうのだった。 ……………… ………… …… 「……はぁ〜〜〜〜〜」 「なんですの。バカみたいに口を開けて、ため息なんか ついたりして……」 「いや……お前って、とんでもない家のお嬢様だったん だなって、改めて実感が湧いてな……」 「……やめてくださいまし」 「そんな事、私自身の価値とは何の関係もありませんわ」 「それはわかってるんだけどな……」 いい加減、首が痛くなってきた。 「この化け物屋敷……お前んちだったんだ……」 呆れるほど大きな豪邸を見上げ、俺はポツリと漏らす。 「ば、化け物屋敷って……いくらなんでもあんまり ですわね……」 「私だって、この家に住んでいたんですのよ?」 「悪い悪い……」 「子供の頃から俺たちの間じゃ、悪の天才科学者の 研究所とか、某国のスパイ組織の秘密基地とか いう噂があってな……」 「そ、そんな風に思われていましたの……?」 少なからずショックを受けている花蓮には気の毒だがかつて無垢な少年だった俺たちの気持ちも汲み取ってもらいたい。 何せ、サングラスを着用した黒服が今でも一日中徘徊しているような大邸宅だ。 お世辞にも頭のいい子供とは言えなかった俺と仲間達が陰謀の匂いに胸をときめかせたのも無理はないだろう。 「……で」 「私たちはいつまでこんな所でコソコソしなくては いけませんの?」 「静かにしろ。気付かれたら厄介だ」 唇に人差し指をあて、花蓮をたしなめる。 俺たちは電信柱の陰から重なって、屋敷の様子を伺っていた。 「……翔さん、目的を履き違えていませんこと?」 そんな俺を、花蓮が下から睨む。 「私たちはお屋敷に忍び込むのではなく、お父様に 直談判しに来たんですのよ?」 「それをどうして、こんなコソ泥のような真似を しなくちゃいけませんの」 「……そうだったな」 ひとつ咳払いをする。 「どうもこういうシチュエーションになると弱いんだ」 「自分の中に流れるエージェントの血を抑えられないと いうか……」 「こんな時に、何を言ってますの……」 「さ、行きますわよ。こういう時はむしろ、正面から 堂々と……」 そう言って、花蓮が電信柱の陰からその身を出そうとした時だった…… 「その必要はございません」 「きゃ……っ!?」 「……! 誰だっ!」 とっさに花蓮を電信柱の後ろに隠し、俺は身構えた。 音も無く俺たちの背後に忍び寄り、大胆にも声をかけてきた人物……それは…… 「セバスチャン田中でございます」 「田中さん!?」 「……田中?」 そう言って、花蓮は恐る恐る身を乗り出した。 「ど……どうして、私たちがここにいる事が わかりましたの?」 「田中さん……まさかあんた本当に、俺たちの後を つけてたんじゃ……」 表情を変えない田中さんを睨み、身構えるように訊く。 「はい……屋敷の監視カメラから、お二人の姿が 見えましてですな……」 「……花蓮?」 「そ、そういえばそんなものもありましたわね……」 二人で真っ赤になる。 「ちょ……ちょうどよかったですわ、田中」 気を取り直して、といった感じで花蓮が田中さんに向き直る。 「なんでございましょう、花蓮お嬢様」 「お話したい事がありますの。お父様に会わせて もらえますこと?」 「はて、なんのお話ですかな……ご用件なら 私が承りますが……」 「とぼけなるなよ……保育園の事だ!」 「あんたも執事なら、知らないとは言わせないからな」 俺が横から口を挟むが、田中さんは相変わらず眉一つ動かさない。 「ふむ……やはり、その事でございましたか」 「私たちが来る事が、わかっていたんですの?」 「そろそろお二人が来ることだ……と、主人が 申しておりましたな」 なんだか手のひらの上で踊らされているような気がして俺はわずかに歯噛みする。 「だったら話が早いや……花蓮の親父さんに 会わせてくれよ」 「それは致しかねます。主人様あいにく多忙で ございまして……」 あくまで物腰は柔らかく…… しかしキッパリとした意思を込めて、田中さんは俺の頼みを拒絶した。 「なぜですの!? 話を聞くくらいの時間なら 作れるはずですわ!」 「申し訳ございません。主人からの言いつけで ございますので」 「わ、私よりお父様の命令に従うって言うんですの!」 「左様でございます」 「…………っ!!」 花蓮が拳を握り締め、歯がゆそうに顔を強張らせる。 「た、田中じゃ話になりませんわ! 誰か、他の人を 出してくださいまし!」 敷地内を徘徊する黒服たちに聞こえるように花蓮が大声で叫んだ。 しかし黒服たちは一様に、田中さんのように顔色を変えようとはしない。 そればかりか、俺と花蓮を囲みように立ち、徐々にその輪を小さくしていく。 「(これ以上はマズいか……)」 そう判断し、俺はなおも訴え続ける花蓮の肩をつかむ。 「貴方たち、聞いてますの!?」 「いいから早く、私たちをお父様に……」 「花蓮、今日のところは帰るぞ」 「でも……っ!」 「いいから!」 俺の小さな怒鳴り声に、花蓮がハッと息を呑む。 「……これ以上、ここでどんなに粘ったって無駄だ」 「それより、ここは大人しく退いて、他の手がないか 考えようぜ」 「か、翔さんがそういうなら……」 言葉とは裏腹に、全然納得していない表情の花蓮がしぶしぶと後に引く。 「よろしければ、アパートまで送迎いたしましょうか?」 「結構ですよ……」 ありがたい申し出を丁重にお断りし、振り向きざまに俺は田中さんに尋ねた。 「……田中さん」 「なんでございましょう」 「花蓮から、保育園を……」 「保育士になりたいって夢を取り上げることが…… 本当にこいつにためになる、最良の選択だって 思いますか?」 「…………」 「…………」 無言の田中さんに軽くため息をつき、俺は前を向いた。 「なんでもないっす……忘れてください」 「翔さん……」 「行くぞ、花蓮」 「え、ええ……」 花蓮の手を取り、歩き出そうとした時だった。 「天野様」 俺の背後から、田中さんのいつもと変わらない調子の声が聞こえてきた。 「私は、お嬢様がお屋敷に戻る際の一番大きい障害に なるのは貴方様だ……と、考えております」 「……そうでしょうね」 『どうかこの夏が、お嬢様にとってかけがいのない 思い出になりますように……』 初めて会ったときに、背中からそんな言葉を投げかけられた事を思い返す。 そう思ってくれていたからこそ、花蓮にとっては最後の夏休みになるであろうこの夏の相手として俺に花蓮を託してくれたのだろう。 「天野様、私は貴方の事は大変高く評価しております」 「田中さんにそう言われると……光栄ですね」 皮肉っぽく返したが、それが俺の本心だった。 「ですから、余計な行動を起こして主人の計画を妨げる ような事をなさらないでいただきたいのです」 「…………」 「わかりやすいように言えば……そうですな」 田中さんは顎に手をあて、何かを考えるように虚空を見つめる。 「保育園が取り壊される明日のうちは、大人しく 部屋にこもっていて頂きたい……といった所で ございましょうか」 その口から、意外な言葉が飛び出してきた。 「………………」 「…………」 「……ハッ!?」 「あ……あしたぁっ!?」 「おや、ご存知ありませんでしたか」 さして『しまった』といった様子も見せずに田中さんが言った。 そんな事はおかまいなしとばかりに、俺たちは田中さんに詰め寄る。 「ちょ、ちょっと待て……明日だって!?」 「あの保育園が……明日のうちに取り壊されるって 言うんですか!?」 「左様でございます」 「いっ、いくらなんでも急過ぎますわ!!」 「そう申されましても……」 「これは正式な手続きを取った上での決定で ございます」 「嘘つけっ! そんな無茶、通る訳ないだろ!!」 「ところがどっこい、無茶が通れば道理が引っ込む というのが世の中でございまして……」 その無茶を可能にさせるのが、姫野王寺財閥の力という事か。 俺はこの場で暴れ出したい衝動をグッと堪え今しなくてはならない事を考える。 「…………クッ……!」 「冗談じゃないですわ! 早くお父様に会わせて……」 「花蓮、帰るぞ」 「……翔さん!?」 先ほどのように、花蓮の手を引く形で俺は来た道を引き返そうとする。 「ほ、本気ですの!? 本気でこんな事……」 「許せる訳……ないだろっ……!」 「だったら、どうして……っ」 俺は自分の無力さを噛み締め、少しでも花蓮を屋敷から離そうとする。 「みっ……見損ないましたわ、翔さんっ!」 胸に突き刺さる言葉も、今は甘んじて受け入れよう。 今ここで感情に任せて暴れ出し、捕まりでもしたら本当に取り返しがつかない事になるのだ。 「こんな……なんでこんな事……」 全てに絶望したと言わんばかりに、花蓮が呟く。 「一番見損なったのは、私自身ですわ……」 「こんな時に……何も出来ないなんて……」 震える声で、花蓮が自分を責める。 最後まであがく時間すら奪われた少女は、自らの無力さに打ちひしがれ、ただうな垂れる事しか出来なかったのだった…… <焦る気持ちと、募る不安と> 「不安定な症状を見せる自分の身体を、必死に否定する シズカ……」 「シズカが焦り、強がっておったのは、ひとえに 夢にまで見たカケルとの日々が無くなるのでは 無いかと言う恐怖から来るものだったようじゃ」 「不安がるシズカに、何もしてやれず、己の無力さを 痛感するカケル……」 「今こそお主の支えが必要じゃと言うのに……ええい! しっかりせんかっ!!」 「ふう……」 昨日は起きた静香を放っておいてしまったので、今日は意識して、静香より早く目を覚ます。 本来はそこまで朝が苦手では無かったのが幸いだった。 「ん……」 すやすやと、気持ち良さそうな寝息を立てる静香。 「(やべぇ……可愛すぎる……)」 「……ん……かけるぅ……」 俺の存在を求めてくるように、寝返りをうつ静香。 「寝顔は天使とは、よく言ったもんだなぁ……」 うりうりと、頬をつついて起こさない程度に《弄:いじ》ってみる。 「んんぅ……」 「(これは―――やばい……)」 ぷに……ぷにぷに。 「ん……んぅ……」 気持ち良さそうな寝顔のまま、俺の指を受け入れる柔らかい静香の頬の感触がたまらずに、弄りまくる。 「(癒される……)」 「ふふふっ……も、ダメ……」 「へ?」 「途中で起きたんだけど、悪戯する翔が可愛かったから そのまま寝たフリしてたんだよ……」 「な、なんだよ、起きてたのかよっ!!」 なぜか怒られる側である俺の方が恥ずかしくなって責めるような口調になってしまう。 「それじゃ、朝ごはん作るわね」 「え? いや、いいよ。たまには俺にも作らせろって」 「でも……」 「なんだよ、俺の作った朝飯なんて食えないってか?」 「ん……それじゃ、お願いしようかな」 「おう、任せとけ。静香は俺のベッドでまったりと 寝ておいてくれ」 「そうね。せっかくだから、お言葉に甘えちゃおうかな」 「うし! んじゃ、待っててくれ」 「うん」 静香の笑顔を見てやる気が出た俺は、腕まくりしながら朝食を作るために、部屋を後にする。 ……………… ………… …… 「ふぅ……ごちそうさま」 「おう。片付けるから、ソファでくつろいでてくれ」 「うん。ありがと」 静香の食べ終わった食器を手に、台所へと行き、洗い物を片付ける事にする。 「ふふふっ……もしかしたら、将来はこんな感じになったり するのかもね」 「私がバリバリのキャリアウーマンになって……」 「む……たしかに俺らが結婚とかしたら、専業主夫に なったりする可能性も否定できねーな」 成績優秀な静香と、平均以下の俺を比べたら、それもありえない話じゃ無いのだが…… 「それはそれで、なんだか情けない気がするなぁ……」 「んもぅ、それじゃ、もうちょっと勉強頑張ってよね」 「って言うか、まだ結婚とか考えるのは早くないか?」 「何年待ったと思ってるのよ。もう絶対離さないん だからね」 「心配しなくても、そのつもりはねーって」 「どうかしらね。カケル、エッチだし」 「お色気たっぷりの女の子に迫られたら、コロっと 落ちちゃいそうだしね」 「あのなぁ……」 「それじゃ、そうならないようにも、もっと恋人らしい ことしないとね」 そう言うと静香は意気揚々と立ち上がり、俺の方へ近づいてくる。 「だからさ、今日こそはデート行こうよ?」 「え?」 「この前行けなかった遊園地か……プールなんかも 良いわよね」 「ほらほら、早く準備して、行こ?」 「…………」 ぐいぐいと裾を引っ張って急かして来る静香。 「でも、まだ病み上がりなんだから、あんまり無理 すんなよ」 「んもぅ、平気よ。もう治ったんだから」 「ね? ほら、行こうよ」 「…………」 たしかに、昨日の夜と比べて、だいぶ調子が良さそうに見えるのだが……それでも連日の急激な変調を考えると軽率な行動は控えた方が良いだろう。 「また今度行こうぜ」 「なんでよ! 治ったんだし、せっかくの夏休み なんだよ……?」 「二人でいっぱいデートしないと、損じゃない!!」 「…………」 「なあ、静香」 「な、何よ」 「なんで……焦ってるんだよ」 「え……?」 初めて倒れて以来、どこか様子のおかしかった静香にその真意を確かめるべく、疑問を投げかける。 「な、何を言ってるか分からないんだけど?」 「お前、何をそんなに焦ってるんだって言ってんだよ」 「…………」 「俺達はいつだって会えるし、デートも自由に出来る。 けど、体調崩しちまったら元も子も無いだろ?」 「俺は静香と一緒にいられたら、別にデートしなくても 満足だけど、やっぱりお前はつまんねーのかな……?」 「ち、違っ……そんなこと……」 「心配しなくても、他の女の子に気移りなんてしねえし…… 現にこうして、ずっと一緒にいるだろ」 「なのに、何で……そんなに焦ってるんだよ……?」 「…………」 「……だって……」 「だって、せっかく恋人同士になれたんだよ!?」 「何年もずっと描き続けてた夢に、やっと……やっと手が 届いたんだよ?」 「まだまだ、二人でいっぱいデートしたり、楽しいこと ……たくさん、したいのに……」 「それなのに、私……急におかしくなって……」 「静香……」 溜め込んでいた不安を吐き出すように、その口から次々と言葉が溢れてくる。 「自分の身体のことなのに、よくわからないの」 「何とも無いはずなのに……急に意識が途切れて―――」 「だったら、やっぱり病院へ行こうぜ?」 「詳しく検査してもらえば、きっと何が原因なのか判るし すぐに良くなるだろ」 「でも……でも、もし検査して、重い病気だったら どうするのよ!?」 「せっかく結ばれたばっかりなのに、私……もう二度と 翔と離れ離れになんて、なりたくないよ……」 「お前、それで―――」 さきほどまでの虚勢が嘘のように、弱々しい姿を見せる静香…… 頑なに病院を拒んでいたのは、自分の身に降りかかる未知の病への不安と恐怖からだった。 見えない不安に押し潰されそうになって、それでも誤魔化すように必死に抗い……俺との大切な時間を守ろうとしていたのだ。 「ねえ、翔……私の身体、どうなっちゃったのかな?」 「……静香……」 あの日と同じように涙する静香を、俺はそっと優しく抱きしめる。 「かけ、る……?」 かつての『ただの幼馴染』だった俺には出来なくとも……『恋人』となった俺には、彼女を抱きしめる腕があった。 「大丈夫だ。俺は、例え何があっても―――ずっとお前の そばにいるから」 そして……静香を安心させるための言葉も、彼女を支え続ける決意もあった。 「約束するよ。俺は……ずっとずっと、静香と一緒だ」 「カケル……」 強く抱きしめながら、自分の思いを伝える。 もう、見ているだけの俺じゃない……そう思いたくてぎゅっと、離さぬように抱き続けた。 「俺が、支えるよ」 「うん……」 その言葉に安心してくれたのか、少しだけ安堵の色を見せると、静香は俺に寄りかかってきてくれる。 「今日も、俺の部屋で過ごそう……」 「彼氏の部屋で過ごすのだって、立派なデートだろ?」 「……そうだね」 多少は落ち着いたのか、静香は沈黙の後に、大人しく頷いてくれる。 身体よりも、心の方が大きなダメージを負っている静香へすぐ病院へ行く事を促すのは逆効果だろう。 ここはもう1日様子を見て、静香のメンタルケアに専念するべきだ。 「デートは、また今度だな」 「うん……楽しみにしてる」 どうにか泣き止んだ静香が、俺に微笑んでくれる。 俺はその微笑みに胸をなでおろし、静香を連れて再び自室へと戻るのだった。 ……………… ………… …… <照れ隠しにセクハラ攻撃> 「翔さんと一緒に住むなんて夢みたいで、すっごく 幸せすぎて……自然と笑顔になっちゃいます」 「翔さんと目が合うと、いつもよりもドキドキして しまいます」 「翔さんも、今朝から私を意識しているみたいで 照れ隠しに、いつものように私へセクハラ的な いじめ攻撃をしてきました……」 「でも、どんなにいじめられても、私は幸せいっぱいで 笑顔を隠すことができませんでした」 「あうううぅ……困りました。幸せすぎて、つい 大切な目的を忘れてしまいそうです」 「〜♪」 「…………」 「あぅ〜♪」 俺が暗黙の了解でひっつかせると、かりんはそのままバカップルのように腕を組んだまま、鼻歌を歌い出す。 本来ならばぶっ飛ばしてやりたいはずなのだが……どこか悪くないと思ってしまう自分がいる。 「(いや、落ち着け……俺が好きなのは深空のはずだ。  そんなすぐに目移りするなんて、軽すぎるだろ)」 自分では割と硬派で一途だと思っていたのだが……どうにもコイツの前では、感情が乱れてしまう。 深空を好きになればなるほど、かりんも気になるようになっていく感覚……と言うべきか。 「(馬鹿か俺は……なに変な言い訳してるんだよ)」 自分のプレイボーイな性格を認めたくないばかりに感情の揺らぎをこいつの不思議な魅力のせいにしているなんてのは、最低すぎる考えだった。 「(でも……なんなんだ、この感覚は?)」 普通に考えれば、かりんが気になればなるほどに深空への想いも薄れていくはずなのだが…… 今の俺の心には、より強く深空への想いが募っていた。 「(こいつを好きになるほど、あいつを好きになる……  そんな矛盾、在り得るのか?)」 「あぅ〜」 そう考えた瞬間、やはり俺は深空のことが好きだと言うたしかな感情と同時に、コイツのことを好きになりつつあるのかもしれないと感じ始めていた。 「(俺が……こいつを……?)」 「あぅ? どうしたんですか?」 「あ……」 不意にかりんと目が合ってしまい、その距離の近さも相まって、心臓が高鳴ってしまう。 「あぅ……もしかして翔さん……」 「!!」 「わたしに……《見蕩:みと》れてたんですか?」 「なっ……!?」 不意打ちに事実を告げられた気がして、思わず顔が真っ赤になってしまったのが自分でも解る。 「わ。翔さん、お顔が真っ赤です」 「う、うっせーよ馬鹿!」 「あぅ……冗談だったんですけど、もしかして本当に…… その、私に見蕩れてたんですか?」 「ほ、ほう……かりんのクセに随分と自意識過剰な 発言をするようになったじゃないか」 「あ、あうぅ……すみません。もっと自分に自信を 持つようにって、かけ……ある人に教えて貰って からは、常に意識していましたので……」 「どこの誰だか知らんが、お前如きに使うには もったいないくらいの殺し文句だな」 「はい。えへへ……でも、今のは図星でしたよね?」 「ぐっ……」 「あぅ〜……なんか、とっても照れちゃいます」 「(やばい……たしかに図星なんだが、このままコイツの  思い通りになるのもシャクだな)」 あまりに不利な状況に追い込まれたせいで、俺の中に眠っていたドS回路が、再び高速回転をし始めた。 「かりん。こいつを見ろ」 「あぅ? なんですか、それは?」 俺がポケットから取り出した黄色い食べ物を見てかりんの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。 「なんだと思う?」 「オムライスですか?」 「残念ながら違う。実はこれ、中身がアンコなんだよ」 「あぅ? あんこ?」 「ああ。オムレツの中がライスだからオムライス。 じゃあ、オムレツの中身がアンコのこれは?」 「オムアンコ……卑猥ですっ! セクハラです!!」 「こいつを喰らえっ!」 俺はこれ以上かりんに批判される前に、強引にオムアンコを口の中に放り込む。 「んんぅ〜〜〜〜〜っ……んんっ!?」 「どうだっ! まいったか!!」 「んんぅ〜〜〜……んみゅんみゅ……ごっくん」 「食わせてはみたが……それ、どんな味なんだ?」 「あぅ! セクシャルな味がするとみせかけて、意外に 美味しかったですっ!!」 「セクシャルな味って、どんな味だよ……」 「でもでも、お兄ちゃんにセクハラされましたっ!」 「馬鹿野郎! 妹に対するセクシャルハラスメントは 基本的にノーカウントってのが相場なんだよ!!」 「あぅあぅあぅあぅ! そんなこと無いですっ!!」 「あるっつーの!!」 「あうぅ〜〜〜〜〜っ!!」 陽炎が見える通学路を、暑さに負けぬくらい元気に走りながら、かりんを追いかけ回す。 気がつけばいつものように二人、いがみ合っていた。 それは傍から見れば、本当の兄妹のようだったのかもしれないな、などとふと思う。 そして、そんな考えを持っている自分が可笑しくて俺は思わず、自然と笑みを零してしまうのだった。 <特別編成クラス結成!> 「こうして、謎のメガネの女の子・《鳥井:とりい》さんによって 結成された『特別編成クラス』の8人は、しばらく 行動を共にすることになったみたいです」 「自己紹介の後に、これから1ヵ月の間、仲良くやって いくために、親睦パーティーを開くことに……」 「ふえ〜……いいなぁ……面白そうだよぉ」 「私だけ仲間外れ……いいもん、私だってそのぶん 友達の佐藤さんたちといっぱい夏休みを楽しんで 遊びまくったもん!!」 「あれ? そう言えば、まだ夏休みの宿題、なんにも やってないよ……?」 「ふえぇぇん……後回しにしてたら、課題のこと すっかり忘れてたよぉ〜っ」 「……と言う事で、このメンバーを『特別編成クラス』 として纏め上げたんですっ」 「誤魔化すなっ! っつーか文脈おかしいぞっ!!」 「まぁまぁカケル、話を進めようとしておるのじゃ。 ここはひとまず聞いてやってはどうかのう」 「ぐっ……まあ、そうだな」 コイツと話していると何故か無性に腹が立ち、思わず熱くなってしまうので、クールダウンに努める。 「それで、その『飛行候補生』って何なんですの?」 「えっと……なんとなく飛べそうな人の事です」 「なんだそりゃ?」 「馬鹿にされている気がしてきたわ」 「いえ、そんな事は無いですっ!」 「それより、その探知機はどう言う原理なんじゃ?」 流石は麻衣子、こんな事態でも変わらずの機械オタク兼マッドサイエンティストぶりを発揮していた。 その瞳を輝かせてうずうずとしながら話す様を見る限り自分の発明品以外の見知らぬ未知の機械に興味シンシンと言ったところなのだろう。 「はぁ。私が作ったわけではないので、正確な事は ちょっと分からないんですけど……」 「なぬっ!? そうなのか……残念じゃのう」 「でも、大体の仕組みなら分かります」 「おおっ! 是非教えてくれっ!!」 「私の見たところ、恐らく半分くらいは優しさで 出来ていますっ!」 「バファ○ンかよ!」 「残りの半分は、《勘:カン》で出来ているのではないかと」 それはもう機械ですらないぞ。 「なるほどのぅ。科学の勝利じゃな」 「いや、負けてるだろ」 と言うか、科学の要素がどこにも無かった。 「とにかく、このメンバーでこれから1ヶ月くらいの間 私と一緒に空を飛ぶために頑張っていきましょう」 「……さっきもそんな事言ってたわよね」 「うむ、そうじゃな」 「お主、もしも1ヶ月で空を飛べなかった場合 私らはいったい、どうなると言うのじゃ?」 「死にますっ!!」 「死っ……!? ほ、本気なの!?」 「お前が俺達を殺すって事か?」 「そんなわけありませんっ!」 出来そうにないと思いながらも冗談半分で訊いた俺の言葉は、強い意思を持った瞳で否定された。 そのあまりの真剣な表情に、思わず固唾を呑んで黙り込んでしまう。 「これから一緒に頑張っていくみなさんと私は 言わば空を飛ぼうとする『仲間』です!」 「たとえ飛べなかったとしても……感謝する事はあっても 恨んだりとか、そう言う事はありませんっ」 「…………」 さっきまですっとぼけて何を考えているか分からない変な女と言う印象だったのだが……その言葉はどこか真に迫っていて、彼女の気持ちが伝わってきた。 「それじゃあ、1ヶ月後に何か良からぬ事が起きて 私達が死んでしまう……と言うのじゃな?」 「あぅ! そんな感じです」 「(どんな感じだよ……)」 「急に言われても信じられないかもしれません…… でも、飛べないと大変な事が起こるんですっ!」 「…………」 「……あぅ。信じて……もらえないですか?」 心底困ったような顔で、俺達を見つめてくる瞳。 少なくともその表情に偽りは感じられなかった。 「なるほど……そいつは困ったのぉ」 「そうだな」 どうやら麻衣子とその左にいる男子学生の二人はその様子を見て、彼女の言うことを『信じる』と決めたのだろう。 たしかに麻衣子は、困っている人に助けを求められたら絶対に黙っていられないような性格だ。 この決断も十分に頷けるものだと言える。 まぁ、男の方も根っからのお人好しなんだろう。 「…………」 静香の方を見ると、なんとも複雑そうな顔をしている。 本気で困っている人がいたら何だかんだ言いながらも助けちゃうお人好しって言うのは俺達3人に共通して言える事で、仲良くなったきっかけでもあるのだ。 しかし静香は、この非現実的な状況を起こすようなかつてない変な相手を計りかねているのだろう。 「翔さんは……私のこと、信じてくれませんか?」 「…………」 かく言う俺もすでに敵意は薄れて、こんな《素っ頓狂:すっとんきょう》なお願いに、本気で付き合おうか迷ってしまっている。 もしかしたらさっきの機械は国宝級のお人好しぶりを計るような探知機だったのかもな、なんて思いながらぼりぼりと頭を掻く。 「わかった。俺達が全面的に協力してやるよ」 「ホントですかっ!?」 ここまで沈黙が続いても否定的な意見が出てこないと言うのは、みんながコイツの事を信じてしまっているからに他ならない。 俺が助け舟を出してこいつを押してやれば、恐らく自然とみんなで協力する方向に流れていくだろうと確信を持っての行動である。 「うむ。上等じゃ!」 「ふむ」 「なんかよく分かりませんけど、面白そうですわね」 「空を飛ぶなんて、素敵だと思いますっ」 「みなさんが賛成でしたら、私も構いませんよ」 「……はぁっ」 静香も強く反対出来ない心境のようだし、とりあえずこいつを手助けする方向で決まったようだ。 「と言うわけだ」 「まあ、とにかくお前も学園を占拠までしちまって 後には退けないと思うし、どうやら俺達に危害を 加えるつもりでもないみたいだしな」 「しかも助けなければ私達にとって大変な事が起こる のならば、これはもう条件を呑むしか無いじゃろ」 「あ、ありがとうございますっ!!」 本当に嬉しそうにするメガネ娘を見て、先ほどから押し留めていた感情が再び溢れ出して来た。 「ただし、条件がある!」 「あぅ……?」 「お前、なんかムカつくからそのメガネを外せ」 「意味がわかりませんっ!」 「俺はカビの生えたコッペパンの次にメガネっ娘が 嫌いなんだよ!!」 「相変わらずの理不尽発言ね……」 「ここまでメガネに拒絶反応を示す男も珍しいのう」 「しょうがねえだろ! なんつーか、こう…… 生理的に受け付けないんだよっ!!」 遠巻きにいる分には良いのだが、長い間会話していると無性にイライラして来てしまうのだ。 こればっかりは生まれついた本能のようなモノで自分でも原因が何なのかはよく解らない。 解らない、が……どうしてもダメなのだ。 他人を見た目だけで判断するのは嫌なのだがメガネをかけられてしまうのだけは、無理。 「とにかく、明日からお前コンタクトな」 「ダメですっ! このメガネは外しませんっ!! わ、私のトレードマークですっ」 「なんでだよっ!」 「メガネは仕様ですっ」 「いいから取れっ!!」 これ以上メガネをかけたまま話していると、悪いヤツじゃない(であろう)コイツのことを嫌いになりそうなので、仕方なく無理やり取ろうと試みる。 「あぁっ、ダメですっ! 取れますっ!!」 「取ってんだ!」 「あぅ〜っ! め、メガネに罪はありませんっ!」 「ほら、やめんかカケル」 ぽん、と背中に手を置かれて我に返る。 「ハッ……す、すまん」 「はぁ、はぁ……翔さん、やっぱりエッチです」 「なんでだよこのポンコツ女っ!!」 「はぁうっ!? 取れますっ! 死にますっ!!」 「メガネ取ったくらいじゃ死なねえよっ!」 「死ねますっ!!」 「落ち着けと言うとろうにっ!」 スパーン、と麻衣子が発明したリラックス成分配合のアロマハリセンで叩かれ、再び我に返る。 「あぅ……うぅ〜……」 「可哀想に……この子、怯えちゃったじゃない」 「しょ、しょうがねえだろっ」 「わかっちゃいるけど止められないんだよ……」 「まるで《河童:かっぱ》 《海老男:えびお》だな」 誰だよ、海老男って…… 「すまんな。お主に慣れるまで、《暫:しばら》くカケルの近くには 寄らない方がいいみたいじゃのう」 「そ、そうします」 「ちっ……」 ツッコミ体質な俺とボケに加えメガネを併せ持つコイツとの相性は、正直最悪なモノだった。 気がつけば、ついカッとなって罵声を浴びせてしまう。っつーか激しくツッコミを入れてしまう。 「コイツに悪気は無いんだ。許してやってくれ」 「あるのは性欲と出世欲だけだ」 「勝手に決め付けるなっ!」 「ふむ……場を和ませようとしたのだが」 「そんなんで和むかっ!!」 「やっぱり翔さんはエッチです」 和んでいた!! 「このメンバーでこれから1ヶ月やっていくのじゃ。 とにかく、仲良くするに越した事は無いじゃろ」 「そうですね。みんな仲良しが良いと思います」 「そこで、じゃ」 「その第一歩として、まだやっていない事がある」 「自己紹介、ですね」 「うむ」 「ああ、そうか。そう言えばまだだったな」 あまりの超展開とこのへっぽこでゆるゆるな空気で気づかなかったが、確かに自己紹介していなかった。 「ん……?」 そう言えばさっきこのメガネ娘、ごく自然に俺の名前を呼んでいたような気がする。 静香か麻衣子に名前を呼ばれていたのを聞いてから俺の事を名前で呼び始めたのだろうか……? ちょっとした事だったが、それが妙に気になった。 「おい。お前、もしかして俺のこと知ってるのか?」 「あぅっ!?」 「し、知りません……初対面です」 「…………」 「…………」 「…………」 「視姦するなんて卑猥ですっ!」 「誤解を招くような発言をするなこのメガネッ!!」 「あぅ〜っ!!」 「何をしとるかっ!」 スパーン、と再びハリセンで叩かれて、我に返る。 「だってコイツが変な事言うから……」 「襲っている事に違いはなかろうに」 「うっ……」 確かに、初対面の男から《謂:いわ》れも無い事で難癖つけられて襲われてしまっては、小動物のように警戒し始めるのも頷けると言うものだ。 「悪かったよ」 「いえ。メガネさえ取ろうとしなければ平気です」 メガネの両端を押さえながら、平然と言ってのける。 もしかしたら死んだ両親の形見とか……そう言った大事な物だったりするのかもしれない。 「両親の形見とは知らずにすまなかったな」 「意味わかりません」 「いいからそう言うことにしとけ。じゃないと 今にも飛びかかってメガネをぶち壊しそうだ」 「筋金入りじゃな……」 そんな俺の様子を見て、麻衣子が呆れたように呟く。 「それで? するんでしょ、自己紹介」 「おお、そうじゃったな」 「…………」 「…………」 「………?」 「あぅ……見つめないで下さい。照れますっ」 「なんで黙ってるんだよっ!!」 「?」 「普通、お前からだろ。自己紹介」 仮にもこんな大それた事をしでかした首謀者なのだから先陣を切って自己紹介するのが正常な流れってものだ。 「あっ、そうですね。気づきませんでした」 「私は、かりん……」 「《鳥井:とりい》 かりんです」 「スリーサイズは秘密です」 「スリーサイズはいいから、何者か説明しろよ」 「年齢も秘密です」 「興味ないからな」 「謎の美少女ですので、詳細は明かせません」 「自分で美少女とか言うなよ……っつーかいちいち 無駄にもったいぶらずに、さっさと言えっ!!」 「ダメです、ネタバレですっ!」 「意味わからないこと言ってごまかすなっ!」 「まあ落ち着けカケル。何か事情があるのじゃろ」 「そうですね。顔と名前が不用意に分かってしまうと 場合によっては命に関わるかもですし」 「ノートに名前を書かれて、心臓麻痺で死ぬしな」 「んなアホな……」 「とにかく、時計回りでどんどん行きましょうっ」 「はぁ……まあいいか、これ以上話してると またお前を攻撃しそうだしな」 「俺は天野 翔」 「飛翔の『翔』と書いて、カケルだ」 「なるほど。河童 海老男と書いて、カケルか」 「人の話を聞けっ!」 「冗談だ」 「私は麻衣子。相楽 麻衣子じゃ」 「仲間内からはマーコと呼ばれておる」 「まあ、好きに呼んでもらって構わんぞ」 「コイツは飛び級だから、こん中じゃ一番年下だけど 学年は俺と同じ2年生って事になってるんだ」 「うむ。よろしくなっ」 軽い自己紹介を終えてちらりと静香を覘き見る麻衣子。 その麻衣子の視線を受けて、しぶしぶと言った感じで静香も重い口を開く。 「……《嵩立:かさだて》 静香よ」 「翔やマーコとは昔なじみで、クラスメイト」 「自覚は無かったけど巻き込まれ体質だったみたいね」 「おっほん。わたくしはっ」 「俺は《櫻井:さくらい》」 「わ、《私:わたくし》は、ひめっ」 「櫻井 《秀一:しゅういち》だ」 「私は、姫野……」 「よろしくな、海老男」 「まだ言うか……」 「ちょっと! 私を無視しないで下さいますっ!?」 マイペースな櫻井の自己紹介で除け者にされたのが気に食わなかったのか、俺達につっかかってくる。 「んだよ、別に減るもんじゃあるまいし…… そんくらいで目くじら立てるなよ」 「減りますわっ!!」 「と言うより、貴方に言われたくありませんことよ」 「むっ……」 メガネの件を言われると反論できないので黙りこむ。 「わかったからさっさと自己紹介しろコッペパン女」 「コッペパン女じゃありませんわっ!」 「私は―――」 「《鈴白:すずしろ》 《灯:あかり》と申します」 「以後、お見知りおきを」 「(うわっ、すげぇ……)」 空気が読めないと言うよりも、読んでいながら平然と言ってのけた感じの先輩に大器を感じる。 「大物だな」 「ああ。侮れないぜ、この先輩」 「ふふふっ。褒めても何も出ませんよ?」 「むぁ……私を侮辱した罪、万死に値しますわぁっ!」 「打たれ弱っ!!」 口調はやたらと強気だが、実際はかなり打たれ弱いのか声を荒げつつも涙目になっていた。 「あらら、ごめんなさい」 「ほんの冗談のつもりだったんですけど……」 「うぅ〜っ、寄らないで下さいましっ!!」 慰めてあげようと近づいた先輩の手をぺしっと弾いてうぅ〜うぅ〜と変な唸り声を上げて威嚇していた。 「嫌われちゃったかしら……?」 「ふんっ! 別に気にしてないですわっ!!」 見るからにめっちゃ気にしていた。 「ご機嫌麗しゅう無いようですな」 「ははは……」 自然と俺の隣に来ていた雲呑が苦笑いを零していた。 「雲呑、先に自己紹介してくれよ」 「えっ? 私、ですか?」 「えっと、その……《雲呑:くものみ》 《深空:みそら》です」 「あの、同い年ですので、別に『さん』付けなんて していただかなくても大丈夫です」 微妙な位置で雲呑を覗き見ている静香へ向けて話しかけるように、自己紹介を始める。 「ほう。クモノミ、とな?」 「雲呑さんか……私も珍しいけど、同じくらい あまり聞かない苗字よね」 「はい。変わった苗字だし呼びにくいと思いますので みなさん名前なりあだ名なりお好きなように呼んで いただいて構いませんです」 「そっか、じゃあちょっと慣れなれしい感じだけど 今後は深空って呼ばせて貰うよ」 「はいっ」 「…………」 「俺の事も翔でいいよ。みんなそう呼んでるし」 「えっと……それじゃあ、翔さんで」 「おう」 男性を呼び捨てにするのは抵抗があったのだろうか自分で敬語じゃなくても良いと言いつつ、さん付けで、かつ敬語のような語り口調だった。 まあ、いきなり慣れなれしくするってのも無理だし名前で呼んでくれている辺りは彼女なりの敬意……と言うか、最大限の譲歩なのだろう。 「ホレ、これで残るはお前だけだぞ」 先ほどからなにやらブツブツと呟きながらいじけていたコッペパン女に話を振ってやる。 「最後ですの……?」 「普通、自己紹介なんてモンは最初と最後のヤツが 一番インパクトがあって印象に残るもんだ」 「……そ、そうなんですの?」 その言葉にピクリと反応して、見るからに機嫌が良くなっているように感じる。 なんと言うか……分かり易いヤツだった。 「そうですわっ! さすが私……ポジションからして すでにリーダーの頭角を現していますわっ!!」 「あぁ、なんと罪深いんですの? 天はこの私に オムツを与えてしまうなんてっ」 「それは大失敗だな」 「黙れ《菜っ葉:なっぱ》!」 「菜っ葉!?」 「なぜっ!?」 櫻井に対してだけは異常に高圧的だった!! 「とにかく、主役は遅れて登場するものですわ」 「わかったからさっさと名乗ってくれ」 「平民に名乗るほど安っぽい名など御座いませんわ」 「わかった。じゃあ、これで自己紹介終わりな」 「えぇっ!? ちょ、ちょっと待って下さいましっ! ほんの冗談と言いますか、その……」 「ん? なんだ? 自己紹介したいのか? ん?」 「そ、それは、その……うぅっ」 「ほら、言っちゃえよ。自分に素直になっちまえよ! きっと最高に気持ちいいぜぇ〜?」 「卑猥ですっ!!」 「黙れメガネ男爵ッ!!!」 俺は意味も無くキレてポケットから取り出した程よくホクホクの男爵芋を、かりんの口に強引にねじり込む。 「だんひゃふじゃ、ないれふっ!!」 「美味しそう……」 「で、どうなんだよ。したいんならさっさとしろ」 「むぅ……わ、分かりましたわ」 「《姫野王寺:ひめのおうじ》 《花蓮:かれん》ですわ」 「ん?」 姫野王寺? どこかで聞いた事があるような…… 「姫野王寺って……あの姫野王寺財閥の?」 「ああ! どこかで聞いた事があると思ったら そうか、姫野王寺財閥の姫野王寺かっ!」 「金持ちの令嬢がこの学園に通っておると言う噂は どうやら本当だったみたいだのう」 1年なのにも関わらず、やたらと態度がでかいのもそれを聞いた後なら納得だった。 「みなさん何か勘違いしてましてよ?」 「……私、ただのしがない貧乏学生ですわ」 「ほう。つまりお前は偉くも何とも無い平民だと?」 「そ、そうですわ」 「ほれ、んじゃ俺は先輩だぞ。先輩を敬ってみろ」 もしかしたら気づいていないかもしれないので俺の学年を示す校章を見せ付けてやる。 「むぁ……なんで年上なだけで……」 「ん? 何だ? 聞こえないぞ?」 「よ、よろしくお願いしますですわ。天野……先輩」 「うむ、よろしい」 「ん……貴方、どこかでお会いしませんでした?」 「気のせいで御座います、マモドアゼル」 「マドモアゼルでしょ」 「何で急に腰が低くなりますの?」 「……まぁいいですわ。一応先輩ですし、これからは 敬語でお話致しますわ」 「バカ、ジョークだっての。タメ口でいいよ」 「その図々しさ、やっぱりどこかで……」 「滅相も御座いません、お嬢様。よもや私なぞ凡人が 花蓮お嬢様のようなお方と面識があるはずもなく」 「やっぱりどこかでお会いしたような……」 「気軽に『お兄ちゃん』って呼んでくれよなっ!」 「な、なんですの? いきなり……失礼ながら それはご遠慮させて頂きますわ」 「ほれほれ、遠慮するなって。言ってみ?」 「へ、変人ですわっ」 「何を言うか。先輩に対する礼儀を指導しているのだ」 「はぁっ」 「『お兄ちゃん』の一言もいえずして後輩を語るとは まだまだ、一人前の年下とはいえんな」 「あはは……」 「うぅっ、せっかくこの辺りまで思い出していました のに、また分からなくなってしまいましたわ……」 どうやら、俺の超絶テクによる急ハンドルでどうにか無事に意識を逸らして、危機を脱出したようだった。 「お兄ちゃん♪」 「黙れっ、この虫けらがっ!!」 無駄に喰いついてきたかりんを、反射的に罵倒する。 「これこれやめんかカケルっ!」 「あぅ……この胸の痛さも快感になってきました」 「変態か、おのれは……」 「はぁ……とにかく、よろしくね。花蓮ちゃん」 「ええ。よろしくお願いしますわ」 「同じ苦学生同士、仲良くしような!」 「黙れこの下級戦士がっ!!」 「風当たり強っ!」 「っつーか、なぜ戦士っ!?」 幾つかの疑問は残るが、世間知らずの変な……もといかなり面白いお嬢様(?)だって事はよく分かった。 「ふぅ。まぁ多少の波乱万丈はあったが、これで一通り 自己紹介は終わったぞ」 「はふはふ……このジャガイモ美味しいです」 「人の話を聞けっ!!」 俺はポケットから取り出したバターを指で無理やり口の中に押し込みながら、再度ブチ切れる。 「あぅ……おいひさ、あっふでふ〜っ」 「カケルのポケットはどうなっとるんじゃ……?」 「気にするな」 「すごく美味しそう……」 「ふぅ……ご馳走様でした」 「で、結局どうするんだよ? もう昼過ぎだぞ」 「はい。えっとですね」 「お互いに今日出会ったばかりなのに、いきなり 一致団結して行こうと言うのにも無理があると 思いますので、ですね……」 「ひとまず今日は、目的の詳しい説明も兼ねた 親睦を深めるパーティーを開こうと思います」 「パーティー?」 「ふっふっふ〜……実はすでに用意してあるんです」 そう言うと、かりんはいつの間にやら持っていた重量感を感じさせる袋を教壇の前に置く。 「そこのコンビニで色々と買って来ましたので みんなで食べながら談笑しましょう!」 「しょぼっ!!」 学園を占拠するほどの科学力(?)を持っている女がココに来る前に一人コンビニで買い物をしている姿を想像すると、情けない事この上なかった。 「私てっきり、すごい発明品の力で瞬間移動して 豪華なお料理が並ぶパーティー会場などにでも 行くのかと思ってましたわ」 「そんな科学の安売りはしませんっ」 「少々、拍子抜けですね」 「何事もリーズナブルなのが良いんです」 「学園をまるまる占拠したのはどこのどいつだ」 「それは……必要なコトだからです」 これだけの事を平然とやってのけるだけの事はあってあっさりと『必要』と断言しやがった。 「それより、早く準備をしましょう」 「このままじゃダメなのか?」 「ダメですっ! パーティーっぽくありませんっ」 「どうしろって言うんだよ」 「とりあえず机を端に寄せて、これを敷きましょう」 買い物袋から、アニメらしき動物の絵柄が入ったデカイレジャーシートを取り出して、俺に渡してくる。 「まるで遠足じゃの」 「頭痛がして来たわ……」 ファンタジーともリアルともつかない中途半端な展開にそろそろ静香の脳にも限界が来ているようだ。 「頑張れ静香。残念ながら現実だぞ」 「そうね……開き直って、何も考えずに休憩するわ」 「天野、ボサっとしてないで手伝え」 「お、おう。すまんすまん」 力仕事な部分を俺がサボっているのもどうかと思うのでレジャーシートを静香に渡して、自称親睦パーティーの下準備に参加するのだった。 <猫舌かりん> 「トライアスロンに不参加だった理由を聞かれて 実は極度の猫舌だと言うことを告白しました」 「そうしたら、翔さんに治療と言う名目で強引に アツアツのトマトしるこジュースを飲まされて しまいました」 「他にも、おでんとか、うどんとか、おどんとか…… あ、おどんって何なのかはわからなかったですけど ちょっと美味しかったです」 「でも、すっごく熱くて、死ぬところでした……」 「あうぅ……ダメだって言ってるのに、無理やりなんて ひどいですっ! ……でも、大好きですっ!!」 「そう言えば―――」 「あぅ?」 「どうしてお前、参加しなかったんだ?」 波打ち際でぱしゃぱしゃと水を蹴るかりんを見ながら先ほど抱いた素朴な疑問を口にする。 「何がでしょうか?」 「いや、ほら。さっきのトライアスロンだよ」 「あぅ……でも私、灯さんと一緒にいましたし」 「先輩と一緒に深空だっていたんだから、その気になれば 乱入で、飛び入り参加とかも出来ただろ」 「……そ、そうですね」 「(ん……? 俺のいじめっ子センサーに反応が……)」 何か、かりんにとっていじめられる材料になりそうな理由があるような予感がして、俺の好奇心が《疼:うず》きだす。 「で? ホントのところはどうなんだよ?」 「あぅあぅ……」 「ほれほれ、本当の事を言ってみ? いじめねえから」 「ほ、ほんとですか……?」 「ああ。今言えば、いじめないでやるって」 「じゃあ後で告白したら、いじめられるんですかっ!」 「そりゃ自業自得だな」 「何かが間違ってますっ!!」 「で? もったいぶらずにさっさと教えろや」 「あぅ……じ、実はですね……」 俺が一度言い出したら引かないと感じたのか、あっさり観念して、その理由を告げる気になったようだ。 「とっても……なんです」 「ん? なんだって?」 「ね、ネコさん……」 「は?」 「ねっ、猫舌なんですっ!!」 「……ほう」 つまり、最初の早食いの焼きそばを頬張るのが嫌で不参加になったと言うことか…… 「よし、それじゃあ俺が猫舌を治療してやろう」 「あぅ!? やっぱりいじめる気ですっ!!」 「いじめじゃねーよ! 治療だっての!!」 「猫舌は治療できませんっ!!」 「平気平気、病は気からだって」 「この場合はぜんぜん違いますっ!!」 「人間の適応能力ってすごくってな? 慣れってのは やっぱり大切なんだよ」 「熱さに慣れとかは関係ないです!」 「おでんっ! うどんっ!! おどんっ!!!」 俺は3種類のアツアツ出来たてホッカホカな《丼:どんぶり》を海パンから取り出す。 「な、何をするつもりですかぁ〜っ!?」 「ありがたく思え。ついでにセットで俺のとっておきの アツアツしるこトマトジュースをくれてやろう」 「あぅあぅあぅあぅ……」 ガタガタと震えながら後ずさるかりんとの間合いをじりじりと詰め寄る。 「大丈夫だって。熱いのは最初だけだから」 「無理ですっ! 死にますっ!!」 「つべこべ言わずに食えっ!!」 「あうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 「おらおらおらおらぁああああぁぁぁっ!!」 じたばたと暴れまわるかりんを秒殺で捕獲して出来立てホカホカの美味料理を、一気に口へとぶち込んでやる。 「あつっ! うまっ! あつっ!! うまっ!!」 「ホレホレホレホレホレホレホレホレ!!」 「かゆ……うま……」 お前の身に何が起きた!? 「かゆいのか熱いのか美味いのか、ハッキリしろ!」 「無理……です……やっぱり、私は……間違って なかった……です……」 「……かりん……?」 「が……ま……」 「がっくり」 「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!! かりいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃんっ!!」 謎の呟きを残して意識を失ったかりんを前にして俺は思わずシャウトして、その《過:あやま》ちを悔いるのだった。 ……………… ………… …… <現実に空を飛ぶ翼は無い> 「どうにかして深空ちゃんのことを認めさせたくて 粘った翔さんでしたけど……」 「秀忠さんに、皮肉交じりに『想い』だけでは 空を飛ぶことは出来ないだろうって言われて しまったみたいです」 「あぅ……翔さんも売り言葉に買い言葉で、秀忠さんに 絶対に空を飛べることを証明すると告げたそうです」 「そして翔さんは、走り去った深空ちゃんを探して 駆け足でその場を後にしました」 「……翔さん、頑張ってください……」 「私じゃ、ダメですから……深空ちゃんを支えられるのは もう、翔さんしか、いませんから……」 「だから……深空ちゃんを、お願いします」 「なら、この私に見せてみろ。お前の言う、『想い』の強さ と言うものを」 「え?」 「お前の信じる『想い』の力で何が出来ると言うのだ? 下らない感情論だけで、空でも飛べると思うか?」 「自らが《赦:ゆる》されたいだけで始めた行為に、どれほどの 気持ちが籠っていると言うのだ?」 「そんな逃避のために重ねた努力で、作ったモノで…… 私の心を動かせるとは思えんのだがね」 「いいさ……そう思ってろよ!」 「見せてやるよ、アンタに……想いの力ってヤツをな!」 そう、飛べるさ……俺は飛んでやる!! 「人の想いの力はどんなモノよりも強いってことを…… 必ず俺が証明してやるっ!!」 俺は一気にまくし立てると、走り去った深空を追うため深空父に背を向ける。 これ以上ここで時間を潰していても仕方が無い……しかも、感情の波が激しい深空が、一番辛い傷口をえぐられてしまったのだ。 たしかにそれは必要な衝突だったのかもしれないけど……今の深空には、あまりにも辛辣すぎる仕打ちだ。 「くそっ……待ってろよ、深空っ!!」 俺は嫌な予感を胸に秘めながら、全速力で元来た道を引き返すのだった。 ……………… ………… …… <白杖は何が為?> 「私が普段から持ち歩いている白杖の用途について 天野くんに訊かれました」 「ふふっ、実はこれ、変幻自在の武器になっていて いざとなった時の護身用に持ち歩いているんです」 「……それと……」 「……って、人に物を尋ねておいて、私の話を聞かずに 今度は雲呑さんにセクハラですか……」 「故意でなかろうと、その延びきった鼻の下では 結果的に何も変わりません!!」 「ふふふふふふふふふ……この白杖の使い方、実際に 今ここで見せて差し上げましょうか?」 「……と、おしおきしようかとも思ったんですけど」 「はぁ……まぁ、私が凄んだだけで少しは反省して 気を引き締めたみたいです」 「でもこの調子だと、天野くんにはまだまだ精神鍛錬が 必要のようですね」 「ぶぅ。前途多難です……」 いつも通りの会議を終え、俺は廊下の窓から顔を出しため息をついていた。 「今日も進展は無し、か……」 「はぁ……上手く行かないもんだよなぁ、実際……」 ほんの少し手を伸ばせば届きそうなくらい、空はこんな近くにあるというのに…… 「どうしてもつかめない白い雲に思いを馳せ、一人 物思いにふける天野くんなのであった……」 「スキありっ」 「いてっ!?」 後頭部に堅い感触を感じて振り返ると、そこには白杖を指揮棒のようにかざした先輩が立っていた。 「らしくないですよ。今日は詩人さんごっこですか?」 「違いますよ、ちょっと空を見てただけです……」 「つーか、そんなもんで人の頭叩かないでくださいよ」 「ふふっ、すみません。天野くんがあまりにも無防備に 感じたもので、つい」 「俺は常に背後を警戒してなきゃならんのですか…… いったい、どこのスナイパーですか?」 わざと大げさに頭をさすり、ぶつぶつと文句をたれる。 ……本当は大して痛くないのだが。 「そう言えば、なんでいつも持ち歩いてるんすか?」 「え?」 「それですよ、その白杖」 先輩が手にする折りたたみ式の白杖を、コツンと叩く。 「俺、先輩がこれ使ってるの見たことないんだけど…… まさか今みたいに、イタズラするために持ち歩いてる 訳じゃないっすよね?」 「ふふっ。まさか、そんな事ないですよ」 「本当ですかぁ?」 「本当です。こう見えても、色んなところで役に立つ ステキアイテムなんですよ?」 「へぇ……」 ステキなステッキ、と言う絶望的なダメ単語を脳裏に過ぎらせながら、俺は白杖をマジマジと見つめた。 「(俺から見たら、謎アイテムなんだけどなぁ……  時々、武器に変形するし)」 かつて痛い目に遭った事を思い出し、俺が先輩から一歩引いた時だった。 廊下の向こうから、かりんと深空が歩いて来た。 「あ、翔さんに灯さん……こんにちはっ」 「あぅっ? 翔さんじゃないですかぁ」 俺の姿を見つけるや否や、かりんはこちらに向かって猛然とダッシュをしてきた。 「あぅーーーーーっ♪」 「か、かりんちゃんっ! そんなに走ったら……」 「だいじょーぶ、だいじょー……? あぅぅっ!?」 「(やっぱり……)」 予想通りに、かりんは顔からズザザザザーッと何も無い所で転んでしまう。 「だ、大丈夫ですか、鳥井さん?」 「あぅ〜〜〜っ……痛いですぅ〜〜〜……」 「何をやってるんだ、お前は……」 俺は呆れ顔で、床にへばり付く花蓮を見下ろした。 「もう。だから言ったのに」 クスクスと笑いながら、深空もこちらに歩いてくる。 「はいっ」 「あぅ……面目ないです」 そう言って、かりんが深空の差し出した手に触れようとした時だった。 「あっ、あれっ?」 かりんとまったく同じ場所で、これまた同じような格好で深空が転びかける。 「あ、危ねぇっ!」 俺は廊下の床を蹴り、咄嗟に深空の身体に手を伸ばす。 ……と。 ―――ポヨン 「あっ……」 差し出した俺の腕に倒れこむ深空…… そんな彼女の柔らかいふくらみが、俺の手のひらに収まった。 「わっ、悪い!」 「い、いえ……」 俺は慌てて深空の胸から手を放す。 「わ、わざとじゃないんだ! その……転んだら 大変だと思って……」 俺がしどろもどろになって言葉を探していると深空が上目遣いでクスリと笑った。 「平気です。今のは私がドジだっただけですし」 「それに、翔さんは私を助けてくれたんですから」 「そ、そうか?」 「あううぅ〜〜〜っ……ひどいです、翔さん…… 私の時は何事も無いようにスルーしたのに……」 廊下に尻餅をついたままのかりんが、恨めしそうに抗議の声を上げる。 「う、うるせえなぁ……ほれ、立てよ」 「あぅっこいしょ……っと」 俺が差し出した手につかまり、かりんがようやく立ち上がる。 「ったく……気をつけろよな」 「あぅ〜っ……わかりましたぁ」 「それじゃ、失礼しますね」 「おう」 仲良く連れ立つようにして歩いていく二人の後姿を俺は静かに見送った。 「本当、仲の良い姉妹みたいだよな……」 そう呟きながら、自分の手のひらにジッと目を落とす。 「…………」 「(柔らかかったなぁ……)」 思いがけず起こったラッキーなハプニング…… 俺はその感触が消えないうちに、それを脳裏に焼き付けるべく精神を集中しようとする。 ……しかし。 「……ハッ!?」 背後から殺気を感じ、俺は素早く振り返る。 「あ〜ま〜の〜くぅ〜ん?」 そこには怒りのオーロラを身に纏った先輩が、仁王立ちで立っていた。 「せ、先輩、今の聞いてたんすよね!? 事故っす!!」 「その割には、ずいぶんと嬉しそうですけど?」 「き、気のせい! 気のせいですって!」 「さっきの質問の答え、教えてあげましょうか……?」 「こっ、答え……?」 俺が聞き返す暇もなく、先輩が手にした白杖が見る見るうちに変形を遂げていく。 「実はこれ、私の意志一つで変幻自在に形を変える 特殊な杖で……」 「なんつー技術の無駄遣い!?」 「ふふふふふふふふふふっ……人助けに乗じて エッチなイタズラをする子にはちょうどいい おしおきアイテムなんですよ」 「だ、だからあれは、わざとじゃないんですってば!」 「……本当ですか?」 「イ……イエス!」 俺は必死で、首を何回も縦に振る。 「…………」 「いいでしょう……なんで英語で言われたのか わかりませんが、今日のところは雲呑さんに 免じて許してあげます」 「そ……そうですか……」 先輩が白杖の変形を解くと同時に、俺はズルズルと床にへたり込んだ。 「せ、先輩……なんかキャラ変わってません?」 「そんな事ありませんよ?」 ニコニコと笑いながら返す先輩だが、出会った頃に比べて徐々に優雅さが無くなっていく気がするのは俺の勘違いなのだろうか…… <白熱! 鬼ごっこ!!> 「えっとえっと、天野くんは……」 「今日も私のところへ来るつもり満々みたいですっ」 「はわわっ! びっくりした……く、雲呑さん!?」 「うん。はじめまして……じゃ、ないよね」 「ふえ? あ……もしかして、佐藤さんの友達で クラスメイトだから、どこかで会ったとか?」 「う〜ん……確かに私は佐藤さんと友達だけど、ほら。 覚えてないかな? あの時、私が……」 「ネタバレ禁止ですっ!」 「ふええぇっ!? こ、今度は何〜っ!?」 「あ、あれ? かりんちゃん、どうしてここに!? だってかりんちゃんは、もう……」 「ネタバレ禁止ですっ! 深空ちゃんっ!!」 「あぅ……ご、ごめんっ! ついうっかり……」 「ふえええぇぇぇぇん! 現状がさっぱり理解できない よぉ〜っ!!」 「すみません、渡辺さん。ここからは私たちが代わりに ここのあらすじを担当する事になったみたいです」 「ええぇ〜っ!? わ、私、クビってことぉ〜!?」 「いえ……ここからは、私たちの方が都合が良いだけで 他意は無いかと思います」 「それに、ここからは、その……」 「わ、わかったよ〜……それじゃあ、私はここで お別れすることにするよ〜」 「はいっ。今までお疲れ様でした」 「また会いましょうね」 「うん……ばいばい。二人とも、頑張ってね〜」 「はい! ありがとですっ!!」 「頑張りますっ」 「……行っちゃったね」 「じゃあ、皆さん知っているとは思いますけど 改めて挨拶から始めようと思います」 「うん。そうだね」 「ここから、短い間かもしれませんが、あらすじでも 登場することになりました、鳥井 かりんです」 「雲呑 深空ですっ」 「それでは、さっさと今回のあらすじを 片付けちゃいましょう」 「えっと、今回は……そうだ、翔さんが私のために 夜まで待って一緒に帰ろうと企んでいると思って お昼の時点から学園を抜け出そうとしたんです」 「……なんで、そんなに逃げ回るんですか? 嫌なら嫌って言えば、きっと……」 「ううん! 決して嫌ってわけじゃないんだ。 ただ、その……わからなくって」 「あぅ? わからない?」 「うん。私なんかのために、しかも何ひとつ 見返りがないのに、気遣ってくれて……」 「今までは、私から離れたら、みんな自然と距離を 置いてくれる人たちばかりでした」 「それは、たまにはしつこかった男の人もいますけど ……でも、それは友達が何とかしてくれました」 「そうやって、私、つかず離れずで生きてきたのに…… 翔さんは、違うんです」 「私が一歩引いても、無視して近づいてきて……でも ちゃんと私の前で止まってくれて、優しいんです」 「けど、その距離が近すぎるって言うか、今までの 誰よりも、自然に、私の近くにいるんです」 「あぅ! でりかしーに欠けますっ!」 「あはは、そうなのかも……でも、嫌じゃなくって 不思議な感じなんだ」 「悔しいけど、それが翔さんの魅力ですっ」 「か、かりんちゃん……言ってて恥ずかしくない?」 「あぅ……少しだけ恥ずかしかったりします」 「けど、やっぱり何もお返しできないのに優しく してもらうなんて出来ないので、逃げたんです」 「(相変わらずの頑固っぷりです……)」 「でも、カンが鋭い翔さんが追いかけて来て…… だから私も必死になって逃げたんですけど…… あははっ、ほんと馬鹿みたいです」 「あぅ。鬼ごっこみたいです」 「うん。完全に鬼ごっこを始めちゃったんだ」 「それで、最終的にどうなったんですか?」 「それは……次回のお楽しみです!」 「あうっ! ここで引っ張るんですかっ!?」 「とりあえず、深空を探しにここへ来たのまでは 良かったんだが……いないな」 どうしようかとしばし迷った挙句、結論が出ないままひとまず深空の様子を見に来ようと考えたのだが…… 「(あわよくば深空と一緒に行動しようなんて考えは  ちょっと甘かったか……?)」 いつものように自分のクラスで絵本を描いていると思ってやってきたのだが、教室の方はもぬけの殻で誰もいなかった。 「しっかし、ここにいないとなると当てが外れたな ……って、まさか……」 俺は今までの流れから、一つの推測が脳裏を《過:よ》ぎる。 意外に頑固な性格と相手への遠慮……そして再三のストーキングによって、学習したとすれば…… 「おいっ、花蓮っ!」 「あら、天野くん。どうしたんですの?」 「深空を見なかったか?」 「雲っちさんですの? 雲っちさんでしたら、さっき 今日は帰るって言って下へ降りて行きましたわ」 「やっぱりかっ!!」 早くも抜け出そうとする深空を追いかけて、俺も急いで下の階へと移動する。 「……ん? いや、何かおかしくないか?」 今思えば、昼に帰るなら別にボディーガードをする必要も無いのだが……ただ、何となく逃げられると追いかけたくなるのだ。 「これが狩猟本能と言うヤツかっ!?」 もはやここまで来ると単なる意地と意地のぶつかり合いなのだが……自由行動の件もあるし、どうしても一緒に帰りたい気分なのだ。 「いたっ!」 「ふぇっ!?」 全力疾走すると、てくてくと歩いていた深空に無事追いつくことが出来た。 「ほっ」 階段をジャンプして、深空の進路に立ち塞がる。 「な、なんですか? 翔さん……」 「いや、一緒に帰ろうと思ってな。ボディーガードの 端くれとしてさ」 「い、今はお昼だから平気だと思います」 「実はお前はウィ○パードと言って、常に敵国から 命を狙われているんだよ」 「意味がわかりませんっ」 「とにかく遠慮します。これ以上みなさんや翔さんに ご迷惑をかけるわけには行きませんので」 「一緒に帰るだけで、そんな堅っ苦しく考えるなって」 「いえいえいえいえいえ」 「まあまあまあまあまあ」 「むむむむむむむむむ……」 「ググギギガガゴゴ……」 独特の雰囲気を出しつつ、一触即発でにらみ合う。 「すみません、やっぱり遠慮しますっ!!」 「させるかよっ!!」 俺をどうにか抜き去って一人で帰ろうとする深空と何が何でも足止めして、一緒に行こうと説得する俺。 まさに両雄、謎のプライドのぶつかり合いだった。 天野 翔 VS 雲呑 深空 「えいっ!」 けしからん胸を揺らしながら、巧みなフェイントで俺を抜かそうと左右にフットワークを始める深空。 「させるかっ!」 俺は素早く両手を大きく広げて、その退路を防ぐ。これで右にも左にも抜けることは…… 「そこですっ!」 「なにィ! 正面だとおぉ〜〜〜〜っ!?」 油断していた俺に真っ向勝負で立ち向かってまるで幽霊のように突き抜けて、抜き去って行かれてしまう!! 「デビル○ットゴーストっ!?」 「やりましたっ」 「まだだっ! トライデン○タックル!!」 素早く切り返して、そのまま深空を引き戻すように腕を突き出して制服の裾を掴んだのだが…… 「甘いですっ!」 「なにィ!」 しかし、ガッツがたりなかったせいか、ひらりとかわされて、そのまま抜き去られてしまう。 「ああ〜っと! 《守咲:もりさき》クン捕れなぁ〜いっ!」 どこかから実況のように櫻井の声が鳴り響いたがそんなことに突っ込んでいる暇は無かった。 「待て、深空っ!」 「嫌ですっ」 「なんで逃げるだよっ!!」 「か、翔さんが追いかけてくるからですよ〜っ! 翔さんこそ、なんで追いかけるんですかっ!?」 「深空が逃げるからに決まってるだろうがっ!!」 「はぁっ、はぁっ……お前、意外と運動神経とスタミナ あるんだなっ!」 「はぁっ、はぁっ……翔さん、こそっ……かなりタフすぎ ますっ……」 「諦めてお縄に付けやぁ〜〜〜っ!」 「なんとなく嫌ですぅ〜っ!!」 よくわからない意地で互いに一歩もゆずらず、俺たちはひたすらに学園内を走り回った。 「あう! 何だか楽しそうですっ」 「かりん!?」 「何やってるのよ、カケル……」 「よし、お前らも深空を捕まえるんだっ!!」 「ええっ?」 「はぁ、はぁ……か、翔さん、卑怯ですっ!」 「やるかやられるかの真剣勝負に卑怯もクソもあるか」 「い、いつの間にそんな大事になったんですかっ!?」 「あぅ! 鬼ごっこですねっ! 深空ちゃんが逃げてる ってことは、翔さんが鬼ですっ」 「じゃあ逃げないとね」 「ああっ! 待てお前らっ!! 俺を助けろぉ〜っ」 「鬼が追って来ました〜っ!」 「に、逃げないと……っ」 「逃げるんじゃねえええええええええぇぇぇっ!!」 ……………… ………… …… 気がつけば俺たちは、本来の目的など忘れ去ったかのように、ただひたすらに追いかけまわって…… そしていつしか俺は、童心に帰ったように鬼ごっこに夢中になっていた。 <相変わらずの料理下手> 「今日こそはって思ったんですけど……やっぱり そう簡単には行かないみたいです……」 「お料理の道は一日にしてならず、ですっ!」 「ううっ……かりんちゃんに言われると、なんとなく 納得しちゃう説得力があるよ……」 「私、お料理に関しては、ちょっとうるさいですっ!」 「頼もしいな……私、頑張りますっ」 「あぅ! んっと、それで翔さんのリアクションは……」 「何か無理して褒めようとしていたみたいですけど ……でも、心から満足して欲しいです」 「そのためには、めげずに長年の修行が必要ですっ!」 「うっ……で、でも、精一杯頑張りますっ!」 「あぅ! その意気ですっ!!」 「千里の道も一歩から! よ〜し、頑張るぞ〜っ!」 「かりんちゃんが助けに来てくれるって思っていた みたいです」 「あぅ。意味不明に助けを求められても困ります」 「でもたしかに、かりんちゃんなら場を和ませて くれそうな気がするね」 「あぅ! 褒めすぎですっ」 「照れますっ! 激しく照れますっ!」 「えへへっ。私も、翔さんに気を遣ってもらわなくて いいように、お料理頑張りますっ!」 「イマイチだって、スパッと切られてしまいました」 「少しはフォローして欲しいですっ!」 「でもでも、それもまた翔さんなりの優しさっていうか ……そんな真っ直ぐな翔さんが好きっていうか……」 「あぅ……らぶらぶです。バカ惚れです」 「と、とにかく、いつの日か翔さんに美味しいって 言ってもらえるように頑張りますっ!!」 「あぅっ! ふぁいとです、深空ちゃんっ!!」 「お料理のあと、お片づけをしていたら、また手が 震え始めてしまったんです……」 「あぅ……心の傷は、そう簡単には治らないです」 「うん。それで、ついに翔さんに見つかっちゃって ……でも、優しく抱きしめてくれたんです」 「翔さんも、やっと深空ちゃんの乙女心が少しだけ 解ってくれたんですねっ」 「支えてくれたから、元気を出さなきゃいけないのに ……すぐに切り替えられませんでした」 「あぅ……でもでも、それはしょうがないです」 「うん……ありがとう、かりんちゃん」 「じゃ、じゃーんっ!!」 「…………」 ドタバタと《煩:うるさ》い音で目が覚めたのだが、完成するまで自分の部屋で待っていてくれと言われ、待たされる事およそ数十分。 俺の目の前に披露された料理は、ぐちゃぐちゃな形のどう見ても失敗作な朝食の数々だった。 「す、すみません……」 「いや、まあ……なんつーかその、ドンマイ」 気落ちする深空を励ましつつ、そのみすぼらしい料理を見ながら、思わず苦笑する。 まさか、まるで漫画のようなハチャメチャな料理を作るような人間が実在するとは…… 「正直に言ってしまえば、美味しくは無いんだが……」 「あうぅっ……」 「だけど努力の跡は見れるし、俺の彼女だと言う点で 加算した評価をあげるなら……努力賞ってとこかな」 「や、やっぱりコンビニで朝ごはん買ってきますね」 「ま、待てよ。いくら失敗したからって、せっかく深空が 早起きして作った朝食を捨てられるかよ!」 半泣きで三角コーナーへ自分の手料理を捨てようとする深空を、慌てて引き止める。 「で、でも、きっとすごく不味いですっ!」 「関係ねえよ。深空が俺のために作ってくれたものなら それだけで食べる価値があるってもんだろ」 「か、かけるさぁ〜ん……」 深空はえぐえぐと感動しながら、なんとかその皿をテーブルに戻してくれた。 「うし、それじゃあいただこうかな」 「は、はい。どうぞ、召し上がってくださいっ」 俺は笑顔の深空に見守られながら、ぐちゃぐちゃの奇妙な朝食を口に運ぶ。 「…………」 「(マズイ……)」 ドドドドドドドドドドド…… 「(《こ:・》《の:・》《不:・》《味:・》《さ:・》《は:・》、《か:・》《な:・》《り:・》《マ:・》《ズ:・》《イ:・》ぜェーーーッ!!  最ッ高によォーーーーーッ!!!)」 ズッギャアアアアアアアアンッ!!! 「ど、どうですか、お味の方は?」 「ん? ん、んん……」 脂汗をだらだらと流しながら、思わずどもってしまう。 それほどまでに、これは危険そうな味だった。 「(これを全て平らげたら、間違いなく腹を壊すだろう  ……そこで問題だ! この事実に、俺はどうやって  対応するべきなのか?)」 3択―ひとつだけ選びなさい 俺が《○:まる》をつけたいのは答え②だが、期待はできない……以前のように都合よく家に上がりこんで来てアメリカンコミック・ヒーローのように助けてくれるはずが無い。 「(やはり答えは……①しかねえようだ!)」 俺は覚悟を決めると、どうにかして嘘をつかずにこの味を褒めることにする!! 「そうだな、この料理はさながら―――」 「大空広がる大草原に颯爽と現れた白鳥が辿りつく 美しい湖の波紋が描き出す神秘的な光景を眺める 女神が飼っている犬が食べている雑草のようだな」 「何やらすごい綺麗なものを並べ立ててますけど それって結局ただの雑草のような味ですっ!!」 「バレた……」 「余計にショックですっ!!」 花蓮やかりんレベルの知能ならこれで誤魔化せるがどうやら深空相手には通用しなかったようだ。 「わ、悪い……もっと気の利いたことが言えれば 良かったんだけど」 「い、いえ。私がお料理下手なのがいけないんです」 「でもいつか、翔さんに心から美味しいって言って もらえるようなお料理を作ってみせますっ!」 「そうだな」 「だから、その……」 「ん?」 「それまでは、私の王子様でいて欲しい……です」 もたれそうな胃が清浄されてもおかしくない程の健気な一言に、ノックダウンされそうになる。 「馬鹿、それまでじゃなくって、それからもだ」 「えへへ。はいっ!」 俺は少し照れくさかったが、どんな料理であろうとも深空が作ったものなら絶対に残さずに食べてやろうと決意するのだった。 「(たしかに②は一見、一番無いように思える……)」 「(だがっ! それでも、かりんならっ……!!  かりんなら、きっと何とかしてくれるっ!!)」 俺は仙○に頼る○南メンバーのような心境で、このピンチを乗り切れる援軍が来るのをひたすらに祈る。 「やっぱり、不味かったですか……?」 「うっ……」 いつも都合よく現れてくれるように感じていたかりんだがさすがに万能では無いようだ。 「(いや、来るには来ても、結局あまり役に立った試しは  無いんだがな……)」 やはりここは自分で何とか切り抜けるしかないようだ。 「深空……」 「は、はい」 「好きだっ!!」 「わ。いきなりだけど、嬉しいですっ」 「それで、お料理の方はどうでしたか?」 「……好きだっ!!」 「ありがとうございます。照れちゃいます……」 「それで……」 「俺の負けだああああああぁぁぁぁっ!!」 「ええっ!? な、何がですかぁっ!?」 泣きながら敗北宣言するも深空には伝わらず、結局俺は気の利いたセリフで誤魔化すことすら叶わないのだった。 そう、現実は非情なのだ…… 俺も辛いが、深空の成長のためにもここはハッキリと現実を突きつけておく必要があるだろう。 だが、せっかく作ってくれた料理をマズイと言うのも気が引けるし、少しオブラートに包んで…… 「うーむ、イマイチだな」 「そ、そうですか……そうですよね」 「でも、嬉しかったよ。俺のために頑張ってくれて」 「はい。今度は、気持ちが味に反映されるように 頑張りたいと思います。えへへ……」 「おし、それじゃあ、ありがたく頂戴するとしようかな」 その健気な想いをスパイスに、俺は残りの料理を気合で平らげる。 「わ。む、無理して食べなくていいですっ!」 「へ、平気だっての……彼女の手料理を残すような男に だけはなりたくないんでな」 「で、でもでもっ!」 「そ、それよりも……出来れば一つ頼みたいんだが」 「え?」 「胃薬を……持って来てくれ」 「嬉しいやら悲しいやらで、やっぱり悔しいです……」 「す、すまん……」 どうにかカッコつけようとしてみたのだが、案の定無理がたたって失敗し、情けない姿を晒してしまうのだった。 ……………… ………… …… 「ふぅ……」 朝食後、胃薬を飲んで少し落ち着いたので、制服に着替えてリビングへと戻ってくる。 「(ん? 深空はまだ洗い物でもしてるのか?)」 使った皿も大した量じゃなかったはずなのだが、それにしては時間がかかりすぎている気がする。 「おーい、深……空?」 キッチンに立つ深空に話しかけようとして、その様子がいつもと違うことに気がつく。 「かけ、る……さん……」 「深空っ!!」 倒れそうになる深空と、落としそうになった皿を素早く同時に支える。 「お前……震えてるのか?」 胸で抱いて初めて、深空の身体が震えている事に気づく。 「すみません……お皿……何枚か、ダメに……しちゃい ました」 「馬鹿、そんな事どうだっていいだろっ!」 「どうしたんだよ? 顔色悪いし……気分が悪いのか? それとも、どこか怪我をしたとかっ」 「えへへっ……大丈夫、ですから……」 「いつもの事なので……しばらく休んでれば、きっと 落ち着いて……きますから」 「いつものって……」 「すみません、ほんとに……すみません……」 すみませんすみませんと、うわ言のように呟く深空。 その姿を見ながら俺は、以前教えてくれた、深空が起こした過去の事件のことを思い出していた。 その優しさゆえに、母親が死んだのは自分のせいだと思い込み、拭えぬ罪悪感に《苛:さいな》まれて来た少女。 そして、きっかけとなった父親の誕生日に、深空は――― 「深空……お前、まさか……」 「あはは……ばれちゃいました」 「実は私……あの日以来、キッチンに立つと手が勝手に 震えてきちゃうようになってしまいまして……」 それは、心の奥底に眠るトラウマに震える、一人の少女の悲しい告白だった。 「深空……」 自分の手料理が直接的な原因で家が火事になったせいで深空の心には、大きな傷が出来てしまったのだろう。 「何年も家事から離れてたから、もうそろそろ平気だと 思ったんですけど……えへへ……だめでした」 「ばっ……なんでそれを最初に言わないんだよっ!!」 俺は震える深空を力いっぱい抱きしめながら、今までの自分の軽口と浅慮な思考を悔いる。 「だって翔さん、優しいですから……」 「もしも言ったら、絶対に気を遣ってくれるから…… それだと、お料理……ぜんぜん上達できませんし」 「そうしたら、翔さんに喜んでもらえないから……」 「っ……!!」 少し考えれば、料理が下手な理由が何であるかなんてすぐに原因が解ったはずだ。 なのに、俺は――― 「ごめんな、深空……俺、なんにも解ってなくて……」 「わ、私が隠してたんですから……翔さんはちっとも 悪くなんて……ないです」 「んな事ねえよ……俺は、世界一の大馬鹿野郎だ」 「そんなこと、無いです……」 「こんなに私の事を想って、抱きしめてくれて…… とても大事にしてくれる……優しい、王子様です」 「深空……」 あまりにも不器用に、俺なんかの事を、ただただ一途に慕ってくれる深空…… 俺は、その想い人に相応しい人物にならなければいけない。 「ああ、そうだったな。俺はお前の王子様になるって…… そう約束したんだもんな」 「はい。翔さんは、私の白馬の王子様ですから」 そう言って、いつものように俺へ笑顔を向けてくれる。 そんな深空を抱きしめながら、俺は自分の不甲斐なさを悔いるのと同時に、今度こそ本当の意味で彼女のことを支えられるような男になろうと決心するのだった。 <真っ直ぐな決意> 「お母さんの絵本に憧れた、あの頃の初心を思い出して ……そして、大事な気持ちを伝えるために、私は…… 絵本のラストは、ぼんやりですけど、固まりました」 「けどそのラストにするためには、後半部分を 丸々作り直さないとダメです……」 「でも、誕生日まではもう数日しか無いです」 「うん。でも……それでも、やります」 「翔さんが気づかせてくれた、本当に大切な気持ちを お父さんに伝えるために……」 「本当のハッピーエンドを描くために、私…… やってみます!」 「……なあ、深空……」 「はい? 何でしょうか、翔さん」 「お前、あの絵本の続き読んだのか?」 「お母さんの絵本ですか?」 「ああ。……母親が遺した、最後の絵本を」 「いえ。何だかあの先が怖くて……読めませんでした。 母親の死んだコグマさんが、悲しんでしまうような ―――そんな、悲しい結末がきっと待ってますから」 「違うんだよ、深空。あの絵本は、ハッピーエンドで 終わるんだ」 「え……?」 「あの後、小熊は頑張って一人で生きようとするんだけど ……そこで、森の動物たちに出会うんだ」 「さまざまな人と出会って、やがて小熊は母親の死を 乗り越えて行くんだ」 「そう、たとえ同じクマじゃなくったって、親子じゃ なくっても……そいつらは、同じ森の仲間なんだよ」 「仲間……」 「ああ。だから、最後に小熊は気づくんだ。母親の熊は いつだって心の中で自分を見守っていてくれた事に」 「そして、自分は決して独りなんかじゃないって事にさ」 「辛い時は森の仲間と一緒に乗り越えて行けばいい。 そうやって小熊は、新しい幸せに気づくんだ」 「そう……だったんですか」 「そうだ。だから、都合の良いハッピーエンドだって…… そこに想いが籠められていれば、きっとお前の親父さん にも、伝わるはずだ」 「絵本は……人に希望を与えるためにあるんだからな」 「…………」 俺のその言葉を聞いて、何か考えているかのようにじっと口を閉ざす深空。 「翔さん……ありがとうございました」 「今の言葉で、私……覚悟が決まりました」 しばらく無言だったと思ったら、勢いよく立ち上がるとパラパラと感情が読み取れない表情でスケッチブックをめくりはじめる、深空。 「み、深空……?」 「私、もう迷わずに前へ進みます!!」 「なっ!?」 何を思ったか、深空は今まで作っていた絵本の後半部分全てを、ビリビリと破き捨ててしまった。 「お前、何やってんだよ!? 今まで必死に頑張ってきた 絵本を破くなんて……!!」 「私、間違ってました……そのことに気づけたんです」 「ずっと後ろめたい気分で、逃避として絵本を描いてて ……だから、こんな結末しか描けなかったんです」 「私は、もう逃げません」 「読んでくれる人の支えになれるような……そんな想いを たくさん籠めた、ハッピーエンドの絵本を作ります!」 その深空の強い決意を秘めた瞳を見て、俺のちっぽけな動揺や不安は一瞬にして消え去り、同時に闘志が湧いてくるのを感じる。 「……ああ! やっぱり、そうだよな!」 「良い物語の結末と言えばハッピーエンドって、相場は 決まってるってもんだろ!!」 「はいっ! お父さんが笑顔を見せてくれるような…… そして、また昔のように笑って話し合えるような…… そんな、仲直りが出来る絵本にしてみせますっ!」 今までさんざん色んなものに躓いて、後ろばかり見て過ごしてきた深空。 そう、前を向いていないから《躓:つまづ》くのだと気づかずにただ我慢して、無理しながら進んでいたのだ。 だが今の深空には、揺るがない決意の炎が宿っていた。 「ただでさえ間に合わないかもしれなかったんだろ?」 「それでも、やるしかないです」 「だって、あんな絵本を渡したら……きっと、お父さん 悲しみます」 「私はお父さんの笑顔が見たいから……だから、精一杯 今の私が出来ることをしたいんです」 「……その覚悟は、あるんだな」 「はい。もう私は……すぐに弱音を吐いたりしません」 「そうか……でもな」 「もし辛くなったら、俺が……俺たちみんながお前の 後ろにいるんだってこと、忘れるなよ」 「はいっ!!」 その返事は今までの深空のような《翳:かげ》のある言葉ではなく本当に澄んだ、真っ直ぐで強い『想い』だった。 残されたのは、あとたったの6日。 だが、ここに来て初めて、雲呑 深空にとっての本当の絵本作りが始まるのだった。 <真実の涙、悲壮なる決意> 「いつものように、一人で隠れて泣いていると 翔さんがその場にやってきました」 「辛いことがあると、よく訪れていたヒミツの丘に 来てくれたと言うのがどう言う意味を表すのかは 私も直感していました」 「どしゃ降りの雨の中、濡れながら立ち尽くす私を そっと優しく後ろから抱きしめてくれる翔さん」 「全てを失い続けながらも過去へ行くことをやめない 私を止めようと説得してくれました……」 「でも、私はその誘いを断りました」 「今の翔さんは知らないかもしれないですけど…… 大好きな人と交わした、大切な約束を守りたくて ……その命を、救いたくって……」 「例え全てを失ってでも手に入れたい未来があるから 絶対に、諦められないんです」 「どんなに辛くても、もう挫けないって決めたんです」 「だから私は、ずっとずっと、絵本の世界のヒロインの ように、空を飛ぶことを……夢見ているんです」 初めて二人が出逢った日に訪れた、ヒミツの丘。 そこには、深空の魔法のような願いが籠められていた。 そして、その魔法を叶えるかのようなタイミングでかりんが現れて……《彩:いろどり》の無かった俺の日々を最高の仲間達と過ごす毎日に変えてくれた。 そんな魔法使いの少女が、何年も想いを馳せてきたのがこの、ヒミツの丘なのだ。 「かりん―――」 どんな時でも、人前では笑顔を振りまき、そして誰よりも明るかった少女…… 「翔……さん……」 しかしその少女が背負っているものは、誰よりも重く彼女に圧し掛かっていて…… 「探したぞ、馬鹿」 どうしようもなく辛い時にはいつも、独りでこの場所を訪れていたのだろう。 「……なんで、この場所がわかったんですか?」 そんな彼女を支えてやる事だって出来たはずなのに、俺は―――気づかずに、独りきりにし続けて来た。 「それは……やっと、気づいたからだ」 「え……?」 俺がそう呟いた時、この現実を象徴するかのように空から大粒の雨が降り出した。 「翔……さん?」 いつだって、そうだったのだ。 彼女が独りで泣いている時、俺は……その涙の意味は愚か存在すらも気づかずに、ただ平凡な日々を過ごしていた。 ずっと目の前にいたのに……雨が降り続けていたのに……俺は傘を差し出してやる事も、抱きしめて温めてやる事もしなかったのだ。 「かりん……俺は―――」 「……あ……」 「俺は、お前の事が―――好きなんだ」 「かける、さん……」 それは、俺の精一杯の想いを籠めた告白だった。 「かりん……お前は、深空なんだろ……?」 「…………」 「麻衣子から聞いたんだ。タイムマシンを使うための 『代償』―――副作用の事を」 「あ……」 「お前は―――」 「お前は、過去に《遡:さかのぼ》る度に……自分の『未来』を失って いるんだろ?」 「…………」 「タイムマシンで時間を移動する代償は、使用者の 『時間』……なんだろ?」 「未来に行くなら、過去……自らの記憶を失っていく」 「そして、過去に行くなら―――未来にある『可能性』を 失っていく」 「そうなんだよな?」 「そ、それは……」 言い《淀:よど》むかりんの背中が、その問いに対する答えだった。 「そいつが持っている記憶力も、才能も、運動能力も…… ありとあらゆる『可能性』が、失われていく」 「そしてそれは―――お前の命にも、当てはまる」 「…………」 「どうしてなんだよ、かりん……?」 「どうしてお前はそこまでして、何度も過去へと 遡ってるんだよ……っ!!」 そう。こいつは……鳥井 かりんと言う名の深空は――― 得意だった勉強も、運動も、全て人並み以下になり大好きだった絵すらも、満足に描けなくなってまで過去へと戻っているのだ。 「どうして、お前は……そこまで頑張れるんだよ!?」 全てを失って、寿命を削って…… それでもただひたすらに、愚直に、真っ直ぐに。 その目的を誰にも明かさずに、ただ独りで戦い続ける。 それはあまりにも気高く……そして、哀しい強さだった。 「だって……私には、それしか無いですから」 「……私を救ってくれた人への、恩返しがしたいんです。 ずっと一緒にいたい人が、いるんです」 「だからって、お前が死んじまったら意味ねーだろ!」 「私にとっても大切な事を教えてくれた人の想いに応える ためには……これしか方法が無いですから」 「……っ」 「だって、私……バカですから」 「ただ、その人を想う事くらいしか……できないんです」 「かりん……」 隠し続けて来た想いが、溢れるように口からこぼれ出る。 彼女が初めて俺の前で流した真実の涙は、すでに降り注ぐ雨ですら、洗い流せるものではなかった。 「俺じゃ、ダメなのかよ……」 「俺がずっとお前の傍にいてやるから……だからもう 過去になんて行かないでくれ」 「好きだ、かりん」 俺はもう一度、ハッキリと自分の想いを口にした。 「約束してくれ。もう二度と、過去へは行かないって」 すでにかりんに残された命は、あと僅かしか無い。 どれほどの時間が残っているのかすら解らないほどに彼女は全てを失ってしまっているのだから。 「ダメです……そんな約束、できません」 「私は……自分の全てを賭けてでも、叶えたい…… 大切な人との約束があるんです」 「例え全てを失うとしても……それでも手に入れたい たった一つの『未来』があるんです」 「どんなに辛くても、悲しくても……果たしたい約束が あるんです」 「……だから―――」 「だから……それ以外の《結末:未来》なんて、いらないんです」 「……かりん……」 それは、誰にも揺るがせない、強い想いで…… 「すみません、翔さん……だからもう、これ以上 私の決意を鈍らせないで下さい」 「翔さんの胸は、あったかすぎて……私っ……!!」 冷たい雨に打たれて、凍えそうな孤独を繰り返して……それでもなお、彼女は独りを望んでいた。 「悪いが、そのお願いだけは却下だ」 「もう、知っちまったんだよ……お前が背負っている 十字架が何なのか、知っちまったんだよ」 「例えお前がどれだけ俺を拒もうと……絶対にお前の事を 支えてみせるって決めたんだ」 「お前が寄りかかってくれるまで、俺が支え続けるから」 「……かける……さん……」 俺は、もう彼女が独りにならないよう、絶対にこの手を離さないと心に決め、強く抱きしめる。 「私……わたしっ……!」 自分の正体がばれた俺にすら真実は明かせないのか頼ろうともせず、相談しようともせず、震えながら泣き続ける。 そんな、ぽろぽろと大粒の涙を流すかりんを抱きしめてやることくらいしか出来なくて…… だから俺は、ただ黙って彼女を抱きしめ続けるのだった。 ……………… ………… …… <禁断の関係!?> 「はわわわわっ!? ね、寝込みの天野くんに 鳥井さんが、キスしようとしてたよっ!?」 「もももっ、もしかしてもしかすると、鳥井さんも 天野くんのことを……?」 「ふええぇぇぇんっ! ライバルが多すぎるよぉ〜」 「しかも、みんな私より可愛いし……ぶつぶつ……」 「天野くんは天野くんで、タイムリーな夢を見ていた せいか、変に意識しちゃって、黙り込むし……」 「天野くん、ほんとのところは鳥井さんのことを どう思ってるんだろ? 気になるよ〜」 「あれれ〜? そう言えば、また平然と鳥井さんが 天野くんのお家に入って来てるよ〜?」 「天野くんが問い詰めてみると、はわわわわっ!? お家の合鍵を、わんさかと持ってるよ〜っ!?」 「しかもしかも、盗んだとか発明品で作り出したとか 犯罪まがいの事はしてないみたいだよ〜」 「そもそも合鍵なんて一つしか作ってないし、それも 天野くんが持ってるみたいだし……いったいどんな トリックなんだろ〜?」 「すごいよ〜。もしかして鳥井さんってマジシャン とかだったりするのかな?」 「……きです……翔さん……」 「んあ?」 「ふぇ?」 「……クサヤ?」 寝ぼけたまま、状況が掴めずに反射的に言葉を発する。 「ふっ……」 「ふわあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!?」 俺の上に乗っかっていたかりんが、ものすごい勢いでずざざざざーっと後ずさる。 「か、かりん!?」 回転が止まっている脳でいくら考えてみてもなぜこんな状況になったのか分からない。 ここは俺の部屋で、何故かまたかりんがいて……で、俺がかりんにキスをしようとしてた? 「ハッ!?」 もしかして、さっきまでかりんの夢を見ていたせいで寝惚けてから(何故か部屋にいた)かりんをリアルに押し倒してしまったのだろうか!? 「はぇ……し、死にますぅ」 真っ赤になってから心臓が破裂しそうなくらい照れているかりんを前にして、恐らくは自分の予想が当たっているのだと確信する。 「オォウ、ノォ〜ウッ!!」 何となく外国人っぽい発音で、両腕で頭を抱えて転げまわって誤魔化してみる。 ついでに、ちらっとかりんの方を覗き見てみる。 「も、もうお嫁に行けません……」 全然、誤魔化せていなかった! 「って言うか、夢の俺は色々おかしかっただろっ! 会話成り立ってなかったし!!」 とりあえず最優先事項としてツッコミを入れておく。 「大体なんでクサヤにこだわってんねん!」 ついでに、もう一発つっこんでおく。 「はぁ……はぁ……ふぅっ」 軽く夢に突っ込んだ事で、ひとまず落ち着いた。 「す、すまんかった、かりん……その……深い意味は 無くってだな、ただ寝ぼけてただけなんだ」 「へっ?」 「寝ぼけてたとは言え、お前に迫ってしまうとは…… この詫びは必ずするから、ツケにしておいてくれ」 「でも、私の方がキスをしようと……き、キス……? きききっ、きききききききっ……キスッ!?」 「ん?」 そう言えば冷静に考えてみると、馬乗りになってたのは俺じゃなくてかりんの方だったような……? 「はいだらで、しししっ、死にます?」 「は?」 「かりんとう食べて、し、死ねますからっ!!」 駄目だこのへっぽこ……見事に壊れやがった…… 「でえ〜い! あのくらいで簡単に壊れるんじゃねえ このボケメガネがっ!!」 「大丈夫ですっ! 私、ちゃんと飛びますからっ!! 助けておかあさぁ〜〜〜〜〜んっ!」 「意味わからんわっ!!」 「なでなでしてー、ナデナデシテー、ナデナデシテー」 「撫でてやるから正気にもどれやコラッ!!」 俺はかりんの頭を鷲づかみにすると、思いっきり死ぬほどナデナデしてやる。 「ふぁー……ぶるずこ……ファー……ブルズコ…… ファー」 「面白そうでいて、なんかキモッ!」 「モルスァ〜ッ!!」 暴走するかりんの首元を横から思いっきりチョップしてみると、すごい勢いで飛んでいってしまった。 「あ、あぅ……? こ、ここはどこでしょう?」 「やっと正気に戻ったか……」 「あ……」 やっと元に戻ったと思っていたかりんが、俺と目が合った瞬間、再びボッと燃えるように顔を真っ赤にしてうつむいて黙り込んでしまう。 「…………」 「…………」 思わず俺も無言になってしまい、非常に気まずい微妙な空気が流れてしまう。 「んな事より、なんでまた勝手に俺の家に入り込んで きてるんだよっ!!」 「あう? だ、だって妹がお兄ちゃんを起こしに 来るのは、今や恋愛ゲームの基本です!」 「お前は俺の妹じゃないし、そもそもどうやって 他人の家に入り込んだんだよ!?」 「だから、翔さんからもらった合鍵で入ってきました」 「うそつけっ! っつーかそれはこの前、俺がちゃんと 没収しただろうが!!」 「でもまだ持ってます。ちなみに、いっぱいあります」 そう言うと、まるで手品をするようにかりんは俺の家の合鍵をポシェットから、じゃらじゃらと取り出した!! 「てめっ……なんだそりゃ!? 勝手に人の家の鍵を 量産するんじゃねええええええええぇぇぇぇっ!!」 「あうあうあうぅ〜っ! 返してくださいっ!」 「ざけんなっ!!」 俺は光の速さでかりんから大量にある合鍵を奪うと俺のズボンの亜空間ポケットへと放り込んだ。 「ついでに、家の合鍵を作り出すような犯罪チックな 道具も出せ! 叩き壊してやるっ!!」 「あう! そんな道具持ってませんっ!!」 「嘘つけっ! じゃあどうやってあんなに大量の鍵を 量産したって言うんだよ!!」 「とにかく、盗んだとか発明品で作ったとか、そんな 犯罪行為なんかは一切してませんっ」 「……信じられねーな……」 まさか鍵屋にでも行って大量に作ってもらったとでも言うつもりなのだろうか? 「(仮に知り合いに作ってもらったとしても……  いや、やっぱりそう簡単には無理だろ)」 そもそも、この家にあるマスターキーは俺が持っている上に、合鍵だって一つしかないのだ。 それが手元にある以上、よほどプロの犯罪者じゃなければ、こんな芸当が出来るとは思えない。 「どんなトリックだよ、ったく……」 「トリックじゃありません。愛の力です」 「って、何て事言わせるんですかっ!!」 「お前が勝手に言っただけだろうが!」 「あぅ……さっきの事を思い出してしまいました。 妹ともあろうものが、死ねる失態ですっ」 「さっきの事は忘れろおおおおおおおぉぉぉっ!!」 「あうううううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺は再び暴走してしまったかりんを追いかけ回して家中をドタバタと駆け回る。 結局、かりんが正常に戻るまでには数十分の時を要するのだった。 ……それにしても、かりんに告白される夢を見るなんて俺がそんな願望を持っていたとでも言うのか? 「忘れろ……忘れるんだ、翔……」 「?」 夢の中のかりんを思い出してしまいドキドキしたのは俺の若気の至りと言う事で、黒歴史に葬ろう…… そんな事を思いつつも、学園へ向かう間、俺は何となくかりんを意識してしまうのだった。 ……………… ………… …… <私の居場所> 「私は少しの間だけ日本を離れますけど、心配しないで くださいましっ」 「私の居場所は、いつだって翔さんの胸の中ですわ。 だから、信じて待っていてくださいませ……」 「そう告げた私の言葉に、翔さんは力強く頷いて 笑顔を覗かせてくれましたわ」 「心配しなくても、私は必ず翔さんの下へ戻りますわ」 「だって翔さんは、渡り鳥のになった私の、止まり木の ような存在なんですのよっ♪」 「…………ふぅ」 俺の様子を見てか、どこか嬉しそうに花蓮がため息をついた。 「焦らなくても、これからいくらでも時間はありますのに ……そんなに私とお別れするのが嫌なんですの?」 「うるせー、ほっとけ」 「仕方ないですわねぇ。寂しがり屋の翔さんのために なるべく早く帰ってこれるようにしますわ」 「別に、何ヶ月だって向こうにいてかまわないんだぜ」 「だた、向こうで寂しさに耐えかねてお前がヘンな男に 引っかからないか心配だけどなー」 「……たしかに、向こうの殿方はスタイルも抜群で レディの扱いに長けているから、危険ですわね」 「少しは否定してくれよ!!」 「ふふっ……冗談ですわ、安心してくださいまし」 拗ねている俺をからかうように笑うと、花蓮がそっと背を向ける。 「だって―――」 「私の居場所は、翔さんの胸の中だけですわっ」 くるりと振り返った花蓮が、敬礼をしながら高らかな声で俺へと宣言する。 その表情は、澄み渡る青空のように綺麗で……眩しいくらいに、真っ直ぐな言葉だった。 「どんな場所に行こうとも、必ず翔さんの元に戻って 来ますから―――」 「だから……いつでも飛び込めるように、その胸を空けて おいて頂かないと困りますわ」 「心配すんなよ。ポッカリ空いた胸の穴は、お前の形 してるからな」 「だから、他のヤツじゃ……うまく入らねーよ」 ―――代わりのピースなんて、無い。 真顔で言うにはかなりの勇気がいるセリフを口にして俺は花蓮を安心させるように、自分の胸を叩いた。 「翔さん……」 俺の言葉に安心したのか、花蓮はそっと目を瞑ると元気に見開いて、再び満面の笑みを覗かせる。 「それでは……行ってまいりますわっ!!」 そう――― 例え、離れ離れになろうとも……俺達の関係は少しも変わらない。 「おう! 行って来い!!」 夢を追い求め、大空へと飛び立つ鳥のような少女。 俺はそんな彼女の止まり木のよな存在になれた事に大きな至福を感じていたのだった。 <私の魔法使いさん> 「昨日からロクに飲み食いもせずに作業を続けている 深空ちゃん」 「あぅ……しかも、ほとんど寝てないです……」 「倒れちゃったら元も子もないと諭して、どうにかして 少し休憩を取ってもらおうとする、翔さん」 「適度に休むのも大事だと叱りつけて休息を命じる 翔さんのその熱意に負けて、やっと食事を摂って 横になってくれた、深空ちゃん」 「寝てしまった深空ちゃんを、翔さんと二人で お家まで送り届けました」 「今はゆっくりと休んで……元気になってくださいっ」 「いつも支えてくれる翔さんは、私の王子様で…… かりんちゃんは、まるで魔法使いみたいです」 「あぅ! そうですっ! 私は不思議な力でみなさんを 助ける、みすてりあすな魔法使いさんですっ」 「ガラスの靴でもかぼちゃの馬車でも用意しますから ……だから、絵本作り、頑張ってください!」 「うん……大人しく身体を休めて、次の日からまた 支えてくれるみんなのためにも頑張ります!」 「どうだ? 調子は」 たっぷりと休息を取った俺は、朝一で深空の下へと駆けつけていた。 「あっ……おはようございます、翔さん」 「あれ? 先輩は?」 「灯さんでしたら、みなさんのお手伝いに行きました」 「そうか……」 恐らく二人で睡眠を取った後、元気になった深空を見て安心してみんなの下へと向かったのだろう。 「昨日はどうだった?」 「はい。灯さんのお陰で、集中して作業出来ましたし それで余裕が出来た分、たっぷりお休み出来ました」 「おおっ、そうか! そりゃ良かったな!!」 「はい。えへへ……お陰様で元気いっぱいです」 「おし、けど気を抜かずに今日も頑張らないとな」 「はい、当たり前ですっ」 元気良く返事をする深空を見て、先輩に任せて正解だったと改めて思う。 「んじゃ、今日も一緒に頑張るか! とは言っても俺は 見守ってるくらいしか出来ないんだけどな」 「……翔さん」 「ん? なんだ?」 「私、今日は絵本作業に集中したいので、しばらく一人に させていただいても大丈夫でしょうか?」 「ん? あ、ああ……そうだな。それじゃあ昼ごろにまた 差し入れでも持ってくるよ」 「いえ……実は先ほど、コンビニに行ってから、お昼も 買って来ましたので平気です。えへへ」 そう言うと深空は、昨日の朝に俺が差し入れた物と全く同じサンドイッチを見せてくる。 「ん……そうか。用意がいいんだな」 「朝ごはんのついで、でしたし……それより、今日は かりんちゃんのお手伝いの方をお願いします」 「それじゃあ、また夕方ごろに様子を見に来るよ」 「はい」 ひらひらと手を振る深空を横目に、廊下へ出る。 たっぷり休息した事でコンディションも多少は良くなったのか、疲労感はまだ残っているものの、それなりに元気になったみたいで一安心のようだ。 「さて、と……」 俺は一度大きく伸びをして、麻衣子たちの様子を見るために、化学室へと足を運ぶのだった。 ……………… ………… …… 「ここが……こうで、後は……ここをいじれば……」 「なあ、麻衣子……お前、大丈夫か?」 かつてないほどフラフラな麻衣子を見て、《無粋:ぶすい》だと分かっていながらも、思わず心配してしまう。 「もう少し寝なさいって言ってるのに、マーコってば ぜんぜん言うこと聞いてくれないのよ」 「なーに、それは……いつものことじゃろ」 たしかに麻衣子が睡眠時間を削っているのは、いつものことなのだが…… だからこそ、連日の睡眠不足に加えての無茶行為にタフすぎる印象の麻衣子が揺らいで見えるのだ。 「お前が、寝なくても力が出せるタイプなのは知ってるが ……倒れたら元も子も無いぞ?」 「ふふふっ……心配してくれるのはありがたいが 自分の体調くらいちゃんと把握できておるから そう不安がらんでも、平気じゃ」 「その言葉を私たちに信じて欲しければ、せめてもっと シャキシャキしてから言いなさいよね」 「そうですね。睡眠不足はお肌の敵ですよ?」 「同じく無茶をしておる、あかりんには言われたく ないのう……」 「あん? 先輩が無茶?」 「さりげなく、みんなの健康チェックや様子などを 探るよう毎日遅くまで私たちのところへ来てから 差し入れなどをしてもらっておるからの」 「そうだったのか……」 平然としているから気がつかなかったが、さりげなくあちこちを動き回って、みんなのことを思って全員と接していたなんて…… 今改めて思えば、昨日の深空への差し入れだってその行動の一環なのだろう。 「さすがと言うか、なんと言うか……頭が下がります」 「うむ。あかりんのサポートあっての私たちなのじゃ」 「持ち上げられても困ります。私は私に出来ることを してるだけですし、相楽さんが一番無茶をしている 事実に変わりはありませんよ?」 「そんな《拙:つたな》い話術で話題を逸らして煙に撒こうったって そうは行きませんからね!」 「むぅ……あかりんは手厳しいのう」 「作戦の《要:かなめ》がフラフラしていては、みんなの士気に関わり ますから。ちゃんと休養を取ってください」 「私も鈴白先輩に同意見です」 「……とりあえず俺たちの出来る作業はまだこんだけ 残ってるわけだしさ、それまで寝ておけよ」 「むぅ……かたじけない」 「後は助手の俺に任せろ」 「我輩も助言して、作業には支障が無いように善処 するぞ」 「秀一、トリ太……恩に着るのじゃ」 「気にするな」 「それじゃあ私は、マーコが寝静まるまで見張ってるから 少し席を外すわね」 「そ、そこまでせんでも……」 「マーコなら寝たフリとかして、無茶しそうじゃない」 「まあ、麻衣子も意外と頑固なところがあるからなぁ」 と、自分で口にして、初めて《そ:・》《の:・》《可:・》《能:・》《性:・》に気づいた。 「……翔さん」 「ああ」 かりんも同じ疑問にぶち当たったのか、くいくいと俺の裾を引っ張って、その意思を伝える。 「先輩! 深空のヤツ、昨日いつごろ寝ました?」 「いえ、あれから昨日は目一杯に頑張って、そのぶん今日 たっぷりとお休みすることになったんです」 「それって、昨日は寝てないってことですか……?」 「あ、でも大丈夫ですよ。さっき、私がここに来る前に 寝ましたので、今頃は熟睡しているはずです」 「……あの馬鹿ッ……!!」 俺が来た時、すでに深空は起きて作業をしていた。 つまりそれは、俺たちに心配をかけないように隠して無茶をしていると言うことに他ならない。 「すまん、少しだけ抜けるぞ!!」 「私もですっ!」 「雲っちさんが気になるんですわね? ここは私たちに 任せて、私たちの分まで様子を見てきて下さいまし」 「おう、恩に着るっ!!」 俺はとてつもなく嫌な予感がして、早足で化学室を飛び出し、かりんと共に深空のいる教室へと走る。 「深空っ!!」 「深空ちゃんっ!」 慌しく駆け込むも、そこに深空の姿は無かった。 いや……座っている深空がいるはずの場所におらず床へと力なく崩れ落ち、倒れていたのだ。 「おい、大丈夫か!?」 倒れている深空を抱き起こすようにかかえながら、軽くゆすりつつ声をかける。 「ん……かける、さん……」 「お前……熱あるじゃねえかよ!」 「このくらい……平気です……」 「寝てなかったんだな?」 「そんなこと……ないです……」 「嘘です。灯さんから聞いた話では、寝てないって 言ってました」 「……バレちゃいましたか……」 「いくら絵本が間に合わないからって、倒れちまったら 元も子も無いだろ!!」 「すみません……大丈夫だと、思ったんですけど」 そう言いながら、深空は再び力なく起き上がった。 「ありがとうございました。もう大丈夫です」 「嘘つくんじゃねえよ! それに、これ……お前ほとんど 手をつけてないじゃねーか!!」 朝俺に見せた昼食と言っていたコンビニの袋には、先日買ったサンドイッチが、ほぼ手付かずで残っていた。 「まさか……昨日もほとんど食べてないのか?」 「えへへ……食欲、ありませんでしたので……それに お腹に何か入ると……眠くなりそう、でしたし」 「それで倒れちまったら、結局、今までの努力が全部 台無しになっちまうんだぞ!?」 「それでも……今、やらないと間に合わないんです! だ、だから……」 「だから寝ないでやるのか? あと3日間、その体調で 描き続けられると思ってるのかよ!!」 「……っ」 「そんなボロボロのまま、仮に3日間作業できたとして ……それで、お前の望む絵本が完成するのか?」 「それは……」 「深空ちゃん」 「かりん……ちゃん……」 「たしかにこのまま一人で絵本を作るのなら、どれだけ 無茶をしても、間に合わないかもしれません」 「かりん!?」 「でもっ!」 「でもここには、私がいます。翔さんがいます。みんな だって気を配ってくれています」 「……けど……」 「一人で休まず頑張れば、無茶したせいで倒れてしまい 絵本が間に合わなくなってしまうかもしれません」 「休んでしまえば、緊張の糸も切れ、時間も無くなって しまい、間に合わなくなるかもしれません」 「でも、私たちを信じてくれれば……そんな結末には 決してさせません!!」 「かりん……」 「だから、信じてください。翔さんを……そして私たちの ことを、信じてくださいっ!!」 「私たちが支えてみせます! だからそれを信じて…… 今は、ゆっくり休んでください!!」 「ああ……だよな。そうだよ……お前、昨日俺には休息の 大事さを語っておいて、これかよ!?」 「そ、それは……」 「いいか深空っ! 休むのも作業の内だろうが! 間に合わなさそうなら、ケツひっぱたいてでも 終わらせてやるっ!」 「それでも無理なら、俺らがタイムマシンでも作って 時間を巻き戻してやるっ!!」 「だから今は、俺たちを信じて……何も考えずに休め」 「……はい」 「そうですよね……私、一人じゃ……ないんですよね」 「ああ。辛くなった時には、後ろを振り返れよ」 「お前が望むなら、望んだ分だけ……そこには俺たちが いるし、お前を支えてやるから」 「はい……ありがとう、ございます……」 張り詰めていた糸が再び緩んだのか、深空はぽろぽろと大粒の涙を流していた。 「あはは、いつも同じこと言われて、翔さんに怒られてる 気がします」 「物覚えが悪い手間のかかる彼女だからな……でも 俺は、しつこい男だからな。お前が理解するまで 何度だって言ってやるよ」 「お前はもう……一人なんかじゃないんだよ」 「あぅ! そうですっ!!」 「はい……」 コクリと頷きながら、やっとのことで食事を摂って、横になってくれる深空。 また俺が膝枕をしてやると、すぐに眠ってくれた。 「ここじゃしっかりとした休息が取れませんので、お家に 帰らせてあげましょう」 「……そうだな」 「それでは、行きましょう」 「ちょっと待てよ、案内するから……って、そうか。 お前、こいつんちに居候してるんだっけ」 「はい。道ならバッチリわかってますので大丈夫です」 早く早くと急かすかりんに引っ張られながら、俺は深空が起きないようにおぶって家路に就く。 ……………… ………… …… 「よし、後は頼んだぞ」 もうすぐ到着というところで、俺は背負っていた深空をそっとかりんに託して、その身を軽くする。 「あぅ! ……って、翔さんは上がらないんですか?」 「馬鹿、勝手に男が上がりこむわけにもいかねーだろ」 「でも、健全なお付き合いをしてます」 「勝手に家に上がりこむのは健全なお付き合いとは いえないんで、パスするよ」 「むむっ。意外と紳士さんですねっ」 「意外と申したか」 「拙者、そのような事は……言いましたっ!!」 「ですよねー!!」 「あぅあぅ! ぐりぐりしないでくださいっ!! 痛気持ちいいですっ!!」 「お前が意外とか失礼な事を言うからだ、ボケッ!」 「だって男はみんなケダモノですっ! そして実は私も そこはかとなくケダモノのような感じですっ!!」 「お前に襲われても全然怖くないけどな」 「あぅっ! 手厳しいですっ」 「……それじゃあ、深空を頼んだぞ」 俺はぐりぐりとしていた拳を離し、真面目モードでかりんに深空のことを頼む。 「はい。しっかりとお休みしてもらいますので、安心して ください」 「おう。じゃ、またな」 「はいっ! また明日ですっ」 ぶんぶんと手を振るかりんに見送られて、俺も明日からしっかり深空を支えられるようコンディションを整えるために、自宅へと戻るのだった。 <科学に頼らず空を飛ぼう会議 その1> 「相楽さんが秘策を用意している間、科学とは違った 方向からのアプローチで空を飛ぶ方法を探すことに なったみたいだよ〜」 「そんな会議の中で、さりげなくその場にいない 櫻井くんがどうしたのか、って言う話題に……」 「何やら、相楽さんの助手に任命されたとかで 相楽さんを手伝っているみたいだよ〜」 「姫野王寺さんの案で、身体を鍛え上げて、気の力を コントロールして空を飛ぶ方法を試してみることに なったとか」 「気の力はすごいよね〜。私も前にテレビで見たけど なんか色々とすごかった気がするよ〜」 「それでそれで、天野くんが気の鍛錬をする事になった みたいで、山篭りしたんだって」 「はわわっ……でもでも、頑張ったみたいだけど この短期間じゃマスターできなかったみたい」 「姫野王寺さんの情報源が漫画っぽい疑惑も出たし ……やっぱり、そんな簡単には飛べないよね」 「結局、今日のところは自由行動と言う事で解散に なったみたいだよ〜」 「天野くん、今日はどうするんだろ……?」 「そろそろ下校するつもりみたいだよ〜」 「今日も、誰かを誘って帰るのかな……?」 「まだ居残っていくつもりみたいだよ〜」 「今日は居残って、どうするつもりなのかな?」 「あ、天野くんは鈴白さんと帰るつもりなんだ」 「天野くん、姫野王寺さんに話しかけるみたいだよ〜」 「あれれ〜? やっぱり残っていくつもりなのかな? 天野くんってけっこう優柔不断なのかも……」 「雲呑さんのところに向かう、天野くん」 「嵩立さんに話しかける、天野くん」 「あれれ〜? やっぱり下校するつもりなのかな? 天野くんってけっこう優柔不断なのかも……」 「で、だ」 「麻衣子を除いて、これだけの人数がいるんだ。 あいつが発明品を作っている間、何もせずに おんぶに抱っこってのは宜しくねぇだろ」 「それもそうですね」 「でも、考える以外に何をすればいいのよ?」 「うーん……何か道具を使う方法は麻衣子がいないと できないだろうから、それ以外の方向性を探すしか 無いだろうな」 「それ以外の方向性……ですか?」 「ああ。麻衣子が発明品を作ってる間は、科学以外の 別の方向からのアプローチで空を飛ぶ方法を探して 行くしかないだろ」 「言うは易しですわね。別のアプローチで名案なんて そう簡単には浮かびませんわ」 「でも、とにかく色々と試行錯誤してみるのは とても良いと思います」 「だな。何かアイデアがあれば、積極的にチャレンジ してみようぜ」 「う〜ん……難しいですねえ」 「どう考えたって最初からお手上げの気もするけどね」 「あれ? そう言えば櫻井はどうしたんだ?」 ヤツにも意見を聞こうと辺りを見回して、初めて櫻井がこの場所にいないことに気がついた。 「ああ、櫻井くんならマーコのところよ」 「麻衣子のところ?」 「ええ。ほら、マーコが前々から助手が欲しいって 言ってたじゃない?」 「それで今回の一件は特に大掛かりなものが多いから これを機に正式に助手を探してたのよ」 「なるほど、それで櫻井が助手に決まったってワケか」 「そう言うことになるかな」 「ふーん……じゃあ櫻井はこっちの会議に出れるのは 手が空いてる時だけって事になるのか」 「あぅ。そう考えた方が良いみたいですね」 「でも、マーコの手伝いを出来る部分って言うのは かなり限定されてるから、意外と手が空くかもね」 「ああ、たしかに……あのレベルの本格的な手伝いを 求められても、まず一般人には無理だろ」 「実質的には雑用のようなものでございますの?」 「そうかもしれませんね」 「櫻井も、能天気と言うかお人よしと言うか……まあ 麻衣子の発明の助けになるんなら大歓迎だけどな」 「とにかく、今日は櫻井くんの手も借りない方向で 何かアイデアを出さないとダメでしょうね」 「う〜む……何か良い案がねぇかな……」 「……そう言えば、一つ思い当たる節がありますわ」 「何っ!? それはマジでかっ!?」 「ええ。有名な話ですし、恐らくみなさんも知っている シンプルな方法を利用するんですわ」 「シンプルな方法?」 「どんな方法だよ」 「身体を鍛えに鍛えて、噂に聞く『気』をコントロール する事によって空を飛ぶんですわっ!!」 「…………」 「『気』を操れる人物はすごいお方にもなると、身体を 鉄のように硬くしたり、空を飛んだりも出来るように なるそうですわ!」 「あぅ! たしかにそれはどこかで聞いたことが あるような気がしますっ!!」 「(ただ何かの漫画とごっちゃになっているだけじゃ  ないのか……?)」 しかし、たまにテレビで『気』を巧みに操る事で見た目とは裏腹に強靭な肉体を披露している人もいたような気がする。 「よし、いっちょやってみるか!」 「その意気ですわっ!!」 「ちょ、ちょっと! 私達も身体を鍛えなくっちゃ ダメなわけ?」 「むきむきになったら翔さんに嫌われてしまいますっ」 「嫌われたくなかったら、まずそのメガネを外せ」 「あぅ! 論点がずれてますっ!」 「たしかに、ほどよい肉付きならまだしも、気が操れる くらい女の子を修行させるのは少々酷だな……」 「よし、俺が鍛えてみるから、とりあえずみんなは その間に他の案を考えといてくれ」 「わかりましたわ! 任せておいてくださいませっ」 「んじゃ、ちょっと行ってくる」 「つかぬ事をお聞きしますが……修行と言うのは どのような類のものを、どの程度の期間すれば 宜しいのでしょうか?」 「とりあえず半日ほど《山篭:やまごも》りして、気を操る様々な 修行を手当たり次第やってくるつもりだ」 「頑張ってください」 「おう!」 「激しく不安なんだけど……止めてもいいのかしら?」 「止めるな静香……俺の奥底に秘められた格闘家の血が ざわざわと騒ぎ出したんだ」 「どこに眠ってたって言うのよ」 「いざ、山篭りの修行へっ!!」 「ですっ!」 かりん達に見送られ学園を出た俺は、人里を離れ山中へと篭った。 こうして俺は、厳しい修行の末、こう……どことなく自然と一体化した。 草木の沈黙に溶け込むことで、既成概念を破壊し、偽装し罠にかけるのがポイントだった。 ……………… ………… …… そして――― 「待たせたな!」 「あ、帰ってきた」 「お帰りなさいっ」 「首尾はいかがでしたか?」 「バッチリ自然と一体化してきたぜ」 「意味はわかりませんけど、何となく頼もしいですわ」 「あう! 修行の成果に期待ですっ!!」 「半日でどうにかなるとは思えないけどね……」 「甘いな静香。気とはすなわち、人間に眠りし力…… つまり誰でも持ち合わせているものなんだぞ?」 「イコール、何かのきっかけさえあれば、誰にだって 使える力なんだよ!!」 「そう言われると、何となく説得力がありますわっ!」 「生と死の狭間に身を置いた厳しい修行で習得した この肉体を見よっ!!」 俺はボロボロになった制服のシャツを破り捨てその肉体美をみんなに見せ付ける。 「ちょっ……こんなところで脱がないでよ!」 「わ……」 「天野くん、思ったよりも良い身体つきなんですわね」 「着痩せするタイプなんだろ。たぶん」 つい勢いで脱いでしまったが、何だか女子にじろじろと見られていると、無性に恥ずかしくなってきた。 「思わずガン見してしまいますっ!」 「見せモンじゃねぇぞボケがっ!! 何見てんだよ!」 「あぅっ! 自分で見せておいてそれは酷いですっ」 「その、たしかに良い身体だってのは認めるけど…… 今までとあんまり変わらないじゃない」 「まぁ、見た目はな。ふっふっふ……おい、かりん! お前、俺に攻撃してみろ」 「性欲をもてあまして、攻撃どころじゃありませんっ」 「変態かおのれはっ!!」 「あうぅっ! 痛いですっ!! ぐりぐりしないで くださいっ!!」 「しまった……俺が攻撃してどうするんだ」 「私も武術においては少々嗜んでいましてよ!」 「おし、じゃあ花蓮でいいや。こい! ボディだっ!」 俺は修行で培った気をコントロールして、その全てを丹田に集め、練り上げる。 「それじゃあ遠慮なく行きますわよ……はぁっ!!」 「ぐぼぉあっ!!」 花蓮の予想外に強い拳の一撃に、思わず素で嘔吐しそうになってしまう。 「わあっ! す、すごい音がしましたけど…… 大丈夫ですか!?」 「ぐふっ……この俺を倒したくらいでいい気になるなよ ……いつの日か、第二、第三の空を飛ぶものが現れて 必ず貴様のコッペパンを打ち砕くだろう……」 「さっぱり意味がわかりませんでしてよ」 「しょぼすぎですっ!!」 「お前に言われたくねぇぞっ!」 「だから言ったじゃない、半日じゃ無理だって」 「違うんだっつーの! コイツが強すぎるんだよ!!」 「言い訳だなんて、天野くん男らしく無いです」 「修行では、迫り来る丸太をものともせずにだな……」 「で? 仮にその気を使えるって言うのを信じたとして 実際に空を飛べそうなわけ?」 「いや、ぶっちゃけ少し耐久力が上がったくらいだ」 「ダメダメですね」 「おかしいですわね……私のご先祖様は気を自由自在に 操って空を飛んだって言うお話を聞きましたのに」 「お前のご先祖様は宇宙人かっ!!」 「ったく、もし身体を鍛えて空を飛べるんなら、今頃 とっくに誰かが空を飛んでるっての」 「ボディビルダーの方は、みんな揃ってふわふわと 飛んでいそうですね」 「そんな《絵面:えづら》、嫌すぎるわ……」 「あぅ……失敗です」 「結局、今日も収穫無しですわね」 「糸口すら掴めませんね……」 「でもでも、まだ始めたばっかりですし、きっと 大丈夫ですっ」 「だと良いんだけどね」 「こうなったら、麻衣子に期待するしかないか……」 一日かけた俺達の作戦も、当然のように失敗したので麻衣子の発明品に全てを託すことになってしまった。 「うおっ!? なんだよ、もうこんな時間なのか」 携帯で現在時刻を確認してみると、どうやら普段なら帰宅時間になる頃だった。 「とりあえず今日はここまでにしましょう」 「解散ですねっ」 「了解です」 「そうだな……後は各自適当にやるってコトにして また明日集まるか」 「はいっ。よろしくお願いしますっ」 「(さて……それじゃあ、俺はどうするかな)」 とりあえず誰かに話しかけてみようと思うが居残って、もう少しみんなの様子を見るのも良いかもしれない。 「そうだな、ここは……」 「……帰るか」 とは言え、ただ一人で帰るのもつまらないし、ここは誰かを誘ってみるのもいいかもしれない。 「(う〜ん、誰に声をかけるかな……)」 「……もう少し居残るか」 先輩あたりと一緒に帰って親睦を深めたい気もするが他の誰かに話しかけてみるのもまた一興だろう。 「(さて、どうすっかな……)」 「灯先輩と一緒に帰るとするか……」 そう思いたち、先輩に声をかける事にした。 「そうだな、花蓮にでも声をかけてみるか……」 あいつなら、面白いネタに事欠くことも無さそうだ。 「うーん……やっぱり居残るか……?」 先輩あたりと一緒に帰って親睦を深めたい気もするが他の誰かに話しかけてみるのもまた一興だろう。 「(さて、どうすっかな……)」 「とりあえず深空に話しかけてみるか」 もし帰るつもりなら、一緒に帰ろうと誘ってみるのも良いかもしれない。 「よし!」 俺は深空に声をかけるべく、教室を出て行ってしまった彼女を追いかけることにした。 「静香にでも話しかけてみるかな」 もしかしたら麻衣子のところに行くかもしれないしだとしたら手伝いだって出来るしな。 「うーん……やっぱり帰るか……?」 とは言え、ただ一人で帰るのもつまらないし、ここは誰かを誘ってみるのもいいかもしれない。 「(う〜ん、誰に声をかけるかな……)」 <科学に頼らず空を飛ぼう会議 その2> 「今日も今日とて、空を飛ぶ方法を考え悩む 天野くんたち飛行候補生メンバーのみんな」 「行き詰った時は発想の逆転です、と言う鳥井さんの 発言で、何か妙案を閃いたみたいだよ〜」 「みんな現実逃避して空を飛べると思い込んで チャレンジしたみたいだけど、やっぱり無理 だったみたい」 「はわわっ! 姫野王寺さんだけ、普通の人なら 死んじゃってもおかしくない状況で、ピンピン してるよ〜っ!?」 「実は姫野王寺さんって、すっごく丈夫な子なんだね。 ふえぇ……すごいよ〜。身体、鍛えてるのかなぁ?」 「う〜む……」 全員で教室に集まり、ひたすらに思考を巡らせる。 昨日の失敗以来、何もアイデアが浮かばずに、みんな黙り込んでしまっていた。 「むむむむむむむ……」 「う〜ん、難しいですねぇ」 「何も思いつきませんわ」 「お手上げでしょ」 「……フッ」 「どうすりゃいいんだよ、ホント……」 「困りましたね……」 「う〜ん……行き詰まった時は、発想の逆転を してみたらどうでしょうか?」 「む。発想の逆転か」 「ぎゃくてん……ホームラン?」 逆転ねえ……逆転……逆転? 「そうかっ!!」 「天野くん、何か閃いたんですか?」 「なんとっ!」 「やりおるな」 「逆に考えるんだ! 飛べないんじゃなくて 飛べるのに飛べないと思い込んでいるのだ と考えるんだ」 「意味がわからないんだけど……」 「それだ! まずはその既成概念から破壊すべき なんだよっ!!」 「ほう……」 「きっと俺らが空を飛べないのは、人類が空を飛べない って勝手に思い込んでしまっているからなんだよ!」 「そうだったんですかっ!?」 「ああ。みんなで自分たちは空を飛べるんだって思えば きっと空を飛べるに違いない!!」 「1パーセントでも疑っちゃダメだぞ? 完全に 信じ込むことで、不可能を可能にするんだ!」 「なるほど! 病も気からと言うわけですわねっ」 「その例えはどうかと思うが……とにかく、ここは やってみるのも面白そうじゃのう」 「それじゃあ、私たちは飛べるって言う認識を 深層心理に刷り込ませるんですね?」 「ああ! みんな、準備はいいか? いくぞ!?」 「ちょっと、本気なの?」 「よし! はじめっ!!」 俺の合図を皮切りに、各々独自の方法で、自分たち人類が、空を飛べる生物だとイメージを固め始めた。 「飛べる……エリートの私なら飛べますわ……」 「最高のお茶を飲めば、人類はきっと浮けます……」 「俺は飛べる俺は飛べる飛べるとべるトベル……」 「あっ! なんか今、一瞬浮いたかもしれませんわ!」 どう見てもただのジャンプで、気のせいです。本当にありがとうございました。 「(おっといかん、いかんぞ。信じるんだ……人間に  秘められた無限の可能性と言う名の翼をなっ!)」 花蓮は本当に飛んできたのかもしれない。 と言うか、むしろ今にも飛ぶ勢いだ。 「やばい、今浮いたぞっ! ほらっ!!」 ぴょんぴょんと飛び跳ねる櫻井。 どう見ても重力に逆らえてはいないように見えるがそれは素人考えだ。 ただのジャンプより、0.5秒くらいは浮いていた! 間違いないっ!! たしかに少し飛んだのだ! 「よし! 行ける!! いけるぞっ!!!」 「この勢いで飛び跳ねながら屋上に集合じゃっ!」 「おおっ!」 みんなで少しずつ滞空時間を延ばしながら、確実に飛べるように進化しつつ、屋上へと向かう。 「ぴょんぴょんしてると、おっぱいがぶつかって ちょっと痛いですっ!」 「黙れこの破廉恥娘がっ! おっぱいも浮かせろっ!」 「あう!」 「な、何やってるんだろ、私……」 「そこっ! 素に戻らない!!」 「ひたすらジャンプですわぁ〜っ!!」 「わ、わかったわよ……」 「到着じゃっ!」 俺たちは着実に滞空時間を伸ばしながら、飛び跳ねて屋上へと到達する。 「今なら楽勝で空を飛べそうな気がしますわっ!」 「おし! じゃあ屋上から思いきり飛んでみるか!」 「ええっ!? そ、それはさすがに危険なんじゃ ございませんこと?」 「何言ってるんだバカやろうっ! 落ちたら死ぬとか 考えた時点で今回の作戦は失敗だ!!」 「完全に飛べると信じれば飛べるはずだろうが!」 「花蓮さんならいけますっ♪」 「そ、そうですの……?」 「トリ太はどうじゃ?」 「我輩は鳥だぞ? 最初から飛べるのだ。だから別に あえてここで飛ぶ必要は無い」 「……そ、そうだな!!」 「一瞬、突っ込もうか迷ったわね」 「くっ……まだ俺の深層心理では、人間は飛べないと ちっぽけな常識に囚われているみたいだな」 「ちいせえ……器がちいせぇよっ!」 俺は再び脳内から、完全に常識を払拭させる。 これで間違いなく空を飛べるだろう。 と言うより、当たり前すぎてお話にならない。 「それじゃあ花蓮、行ってみようか」 「わ、私ですの!?」 「ん? 別に順番なんて関係ないだろ? みんなで 空を飛んで、追いかけっことかしようぜ」 「名案だな」 「なんだお前? まさか、出来ないとか思ってんの? ん? んん〜〜〜?」 「ばっ、バカにしないで欲しいですわねっ! 私に 不可能なことなんてございませんわっ!!」 「おーし、じゃあ飛ぶぞー。みんな集合〜」 俺は先生っぽい口調でパンパンと手を叩きながらみんなに召集をかけると、ぐるっと円陣を組む。 「飛べるっ……! オレたちは……飛べるっ……! 花蓮……足を出せっ!」 「な、何ですの?」 「これは半ばおまじない。だが、半ば……照準!」 俺は、花蓮のくつの中心にフエルトペンで真っ直ぐに一本の線を書き込む。 「?」 「拳銃の照準と同じだ。今引いたこの足の中心線と 空を合わせて歩くんだ」 「そうすれば、最悪飛べなくても、空は歩ける。 物理的に100パーセント落ちないんだっ!」 「意味がわから―――」 「ですよねー。余裕で飛べますよねー」 「これさえあれば楽勝だ! 出来るっ!! 俺たちは やれるんだあっ……!!」 花蓮を鼓舞するように、静香のツッコミを遮ってみんながその気になるべく煽り立てる。 「やれる……そうですわっ! やれますわっ!!」 「よっしゃ行くぜえぇーっ! もう花蓮なんて 待ってられるかっ! 俺が飛ぶぞコラァー!」 「何言ってるんですの! 私が一番乗りですわぁ〜!」 勢いよく助走を始めると、時をかける○女のような豪快なポーズで、屋上から飛び降りる花蓮!! 「よしっ、飛べるっ!!」 「とべましたわあぁ〜……」 「ちょ、ちょっと……死んじゃうってばっ!!」 「見てくださいましっ! 私、ついに空を……えっ? ちょっ、おっ、落ちてますわあああぁぁぁぁ……」 「あぅ。また落ちちゃいました」 「あっぶねぇーーーっ!!」 「危うく私たちも死んじゃうところでしたね」 「なな、何を平然としてるんですかっ!? 死っ……」 「集団自殺だなんて……恐ろしすぎますっ」 「やっぱりダメかぁ〜っ! 強く思い込んでも 人間は簡単にゃ空を飛べないみてーだなぁ!」 「ですよねー!」 「はっはっはー」 「はっはっはー!? なんでご機嫌なんですのっ!?」 「か、花蓮さんっ!?」 「はやっ!!」 「危うく死ぬところでしたわっ! まったく!! どう言うことですのっ!?」 「危うくって……危うくって……お、屋上から落ちて なんでこんなにピンピンしてるのよ」 「ありえない……ありえないわ」 「シズカ……」 「ちょっと! 人の話、聞いてますの?」 「やっちゃったZE☆」 「『やっちゃったZE☆』じゃないですわぁーっ! 何ちょっとカッコいい言い方してるんですの!?」 「罪悪感ゼロなんですのね、天野くんは」 「まぁなんだ、その……花蓮……」 「な、なんですの? 急に真面目な顔で近づかれても ……た、対処に困りますわ」 「……ドンマイ」 「なんで、そんな『俺は止めたのに君が一人で暴走して 失敗しちゃったけど気にしないさ』的な哀れみの目で 見られているんですのっ!?」 「悪かったって」 「ま、まぁ私も自分の判断でいけそうな気がして 飛び降りたわけですから、許しますわ」 「また失敗ですね……」 「残念ながらな」 しかし、昨日も思ったのだが、花蓮の身体はいったいどうなっているのだろうか? あの異常なまでの人外タフネスぶりの秘訣には少々興味をそそられると言うものだ。 「(もしかして、不死身なのか……?)」 「? な、なんですの?」 「レディーをジロジロ見るなんて、殿方としての マナーがなってませんわ」 「じゃあ触ってみてもいいか?」 「何をですの?」 「お前の身体を」 「!?」 「なっ……!?」 「なななっ、いきなり何を言い出すんですの!? 変態にもほどがありますわっ!!」 「いやいや、性的な意味ではなく、まさぐらせて 欲しいんだって。主に知的探究心のために」 「それならば仕方ないな」 「っつーわけで、ちょっといいか?」 「いっ……良いわけありませんわぁーっ!!」 「グッフォアッ!!」 「いいボディーブローだな。的確で芯に響く」 「まるで自分が喰らったような物言いじゃのう」 「ものすごく痛そうです」 「だ、大丈夫ですかっ!?」 「ちょっ……マジで、息が……でき、な……い……」 「自業自得だな」 「乙女の身体を弄ぼうとした報いですね」 「ちが……ぐふっ」 俺は意識を失いながら、今後はもう少し花蓮の扱いには気を配るべきだと決意するのだった。 ……………… ………… …… <科学に頼らず空を飛ぼう会議 その3> 「マーコさんが引きこもって作業している間に 私の提案で、ヨガの極意をマスターする事で 空を飛ぼうとすることになりました」 「翔さんが人間離れした技を見につけたみたいですけど 結局、空を飛ぶことは出来ませんでした」 「で、だ」 「麻衣子と櫻井が発明品作りで引きこもっている間 俺達がただ手をこまねいているだけってのは…… 正直、あまりにも情けないと思うんだが」 「そうですわね……エリートっぽさを感じませんわ」 「それじゃあ、マーコの手伝いにでも行くの?」 「いや、今まで一人でやって来た麻衣子に助手も ついてるんだし、あっちは平気だろ。たぶん」 「少し心配だけどね」 「それじゃあ、残った私達だけで他の空を飛ぶ方法を 考えようと言う話でしょうか?」 「そうっすね。俺が言いたいのは、まさにソレです」 「そうは言っても、空を飛ぶ方法なんて、簡単には 思いつきませんわ……」 「う〜ん……」 花蓮のもっともな意見を肯定するように、みんなしてその場で唸って黙りこんでしまう。 「あ」 「何か閃いたのか?」 「そう言えば、昔どこかでヨガを使う人は空を飛べると 聞いたことがあるような気がします」 「……それって、なんかのゲームの話じゃなくて?」 「はい。たしか……」 「そう言えば、私も聞いたことがある気もしますわ」 「こう……腕を伸ばしたり、テレポートなんて技も 使いこなせるようになるみたいでしたわね」 「ふえぇ〜……すごいんですね、ヨガって」 「それは期待できますね」 「(マジか……)」 イマイチ情報の出所が不明だが、ここまでみんなどこかで聞き覚えがあると言うことは、恐らくはかなり有名な話なのだろう。 イコール、その信憑性も自ずと上がってくると言うものだ。 「そう言えば、先日本屋でつい衝動買いしてしまった ヨガ入門の参考書を持っていました」 なぜそんなものを!? 「とりあえず、何でもこなしてくれそうな翔さんに 率先してやってもらいたいと思います」 「ちっ……そこまで期待されちゃ、やらないワケには 行かないってもんだな」 「……本気なのね……」 「《煮干:にぼし》の頭も新人から、って言うだろうが!!」 「少なくとも私は聞いた事がないわね、そんな言葉」 「ちっ……まあいい、とにかく俺はやるぞ」 「あぅっ! 頼もしいですっ!」 「ですねぇ」 「どきどきわくわく」 「な、なんでみんなそこまでピュアなのかしら……まるで 私が擦れているみたいじゃない……」 「頑張ってくださいまし〜っ」 「おうよっ!!」 みんなの声援(一部除く)を背に、俺は一人で集中してヨガの修行に入るため、空き教室へと足を運ぶのだった。 ……………… ………… …… 「長い修行を経て―――帰ってきたぜッ!!」 「むむむむむ……ヨガって難しいですわね」 「あぅ……おまたが痛いです……」 「……帰って来たぜ!!」 「鳥井さん、女の子なのに身体硬いわね」 「静香さんが柔らかすぎるんですっ」 「長い修行を経て―――ヨガって来たぜッ!!」 「あら? 帰ってきましたのね」 「って言うか、私たちのリアクションが薄かったから わざわざもう一度入り直したわよね、今」 「どうですか? ヨガ、マスターできましたか?」 「…………ああ」 もったいぶった間をたっぷり置いて、俺はコクリと頷いて見せた。 「ヨガ、マスター……しちゃった」 「おお〜っ!」 「ほんとですの?」 「さすが天野くんですね。器用貧乏なだけはあります」 「(褒められているのだろうか……)」 「修行の成果、見てみたいですっ」 「まあ、半日でマスターできるレベルなんて、たかが 知れている気もするんだけど……」 「そんじゃ、修行の成果を見せてやるぜ」 俺は座禅を組んで、精神集中を始める。 「あぅ!? なんかモノホンっぽい雰囲気ですっ」 「雰囲気的には、期待が持てそうですわね」 「座禅組んだまま空を飛ぶのがヨガじゃないと 思うんだけど……」 「………………」 「…………」 「……」 俺は全ての雑音をシャットアウトして、ただひたすらに自分が空を飛んでいるイメージを練りこんでいく。 「………………」 「…………」 「き、緊張しますわね……」 「空気が震えている気がします……!」 「ごくり」 「じゅるり」 みんなが黙って見守る中、俺の集中力は極限まで高まりその集まったパワーを、一気に開放させる!! 「はああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!」 「!?」 「あぅ!?」 俺は溜めに溜めたパワーを利用して、座禅を組んだまま勢いよくジャンプした!! ジャンプした、のだが…… 「?」 「普通に着地してますよね?」 「ただの座禅ジャンプでしたわ」 「ふぅ……やっぱ無理だわ」 「何よそれ! 一瞬、期待しちゃったじゃない!!」 「馬鹿かお前。1日ヨガの練習したくらいで飛べたら 世話ないっつーの」 「ええっ!? なんでさっき一番冷静だったはずの私が 逆にバカにされてるの!?」 「どどんまいです、静香さん」 「んもぅ、もう何でもいいわよ……」 「失敗ですね」 「ですわね……私達も全然ダメでしたし」 「ちくしょう、あと少しだったんだけどなぁ…… 余計な極意だけマスターしちまったぜ」 「余計な極意?」 「ああ。ほれ」 俺は腕を前にピンと伸ばし、そこからヨガの極意を利用して特殊な捻りの力を加えて見せる。 「び、微妙に腕が伸びましたわ!?」 「嘘でしょ……」 「まあ、ほんの数センチだけなんだけどな……しかも 時間かかるし」 「十分すごいですっ!!」 「他には何か無いんですか?」 「あー、後は炎も吐けるようになったぞ」 俺は体内に秘められているヨガチャクラを練りこみポフッと、小さな炎を吐いて見せた。 「ありえないわ……」 「いやいや、出来るって。ほれ」 「熱っ! ほ、本物なの!?」 「まるでサーカス団ですっ!」 「ライター要らずですねっ」 「微妙にすごいんですけど、意味は無いですね……」 「相変わらず手厳しいツッコミっすね」 「何だか、どんどん天野くんが人間離れして行ってる 気がしますわね……」 「あぅ! きっと近いうちに、本当に空を飛べるように なってくれちゃいます!」 「だと良いんだけどな……」 役に立たない部分で進化して行っている自分に複雑な心境を抱きつつ、俺は成果の無い半日の努力を思い返し、溜め息を吐くのだった。 <科学に頼らず空を飛ぼう会議 その4> 「櫻井さんの案で、皆で鳥に擬態化しようとしました」 「あぅ……みんなで色々と頑張ってみましたけど やっぱりこれもダメでした」 「う〜む……」 少しの間一人になりたいと言う麻衣子の要望で櫻井を加えた俺たちは、相変わらず妙案すらも浮かばずに、黙り込んでいた。 「名案なんて、そうそう浮かぶものじゃないわね」 「同感ですわ……」 「う〜ん、もう少しで、こう……ピピッときそうな気が するんですけど」 「(それはヘンな電波を受信してるんじゃ……?)」 「……鳥、でどうだ?」 「ん?」 俺たちがお手上げ状態で唸っていると、櫻井からイマイチ意図がわからない発言が飛び出す。 「なんだって?」 「空を飛ぶと言えば、鳥だろう?」 「ああ、まあそうだな」 「なら、鳥に擬態化するのはどうだ?」 「鳥に……」 「擬態化?」 「ああ」 「つまりは、どう言う事なんですの?」 「フッ……姫野王寺、人間の《肩甲骨:けんこうこつ》はなぜ後ろの方に 出っ張っているか知っているか?」 「え? 何でなんですの?」 「それは、人には元々翼が生えていたからだっ!!」 「な、なんですってぇーーーっ!?」 「だから、肩甲骨が他人より出っ張っているヤツの顔は 総じて鳥っぽいはずだ」 「そ、そうだったんですの……知りませんでしたわ」 「と言う事で俺たちは、空を飛ぶためにまず人間として 『進化』しなければならない!!」 「おおっ!?」 どよどよと、驚きと賞賛の声が挙がる。 「それで、その『進化』ってのはどうするんだ?」 「フッ……造作も無い事だ」 「空を飛ぶ進化をするには―――」 「まずは……食生活を変化させる!!」 ものすごく地味だった!! 「それ、何百年と言う時間が必要そうな雰囲気だぞ」 「何百年では足りないだろうな」 じゃあ言うなよ…… 「あの、でも今のお話でしたら、必要なのは恐らく 『進化』ではなく『退化』ではないでしょうか?」 「それだっ!!」 たしかに、俺たちのご先祖様が鳥っぽかったと言うのであれば、俺たちに必要なのは『退化』なのだろう。 「退化って……どうしろって言うのよ」 「バカっぽくなればいいんですの?」 「そうだな。それじゃあ、まずは人間として退化を するために、アホっぽく何も考えずに赤ちゃんの ようになってみるか」 「うむ。では、さっそくやってみるか」 とりあえず何事もチャレンジと言う事で、俺たちはさっそく『退化』を開始する。 「あぁーだあぁ〜」 「だ、だぁー」 「(うっ……普通に可愛すぎるぞ、深空……)」 「チャーン! ハーイ!!」 お前はなんか退化しても色々と理解していそうだな…… 「あぅ、です」 退化しても以前と何も変わらなかった!! 「が、がお〜」 「(何で怪獣っぽいんだ……)」 と言うか、何だかんだで一緒にチャレンジしている静香もいちいち付き合いのいいヤツだった。 「ですわぁ〜」 「(こいつはきっと、生まれて初めて喋った言葉が  『ですわ』だったんだろうな……)」 それぞれの赤ちゃん化をこっそりと堪能しつつ、俺は残る先輩の方へと視線を向けた。 「ば、ばぶぅー」 「…………」 何故かめちゃくちゃエロかった!! 「(なんだ、アレ……? ありえんぜ?)」 めちゃくちゃ恥ずかしそうに、よりにもよって『ばぶぅ』なんてものすごいセリフをチョイスをして赤ちゃんっぽく振舞っている先輩は、反則級のエロスだった。 「(よくわからんが、とにかくエロすぎる……)」 普段はあんなに隙の無い先輩が、もはや襲ってくれと言わんばかりの無防備な姿をさらけ出しているのだ。 その破壊力と言ったら、それはもう筆舌に尽くしがたい。 「だぁー、だぁー!」 「ば、ばぶぅ〜!?」 俺は無垢な赤ちゃんを装って、あくまで無邪気な行動っぽく振る舞いながら、先輩へとじゃれつくフリをして、エッチないたずらを試みる。 そう……俺は今や、純真無垢な赤ん坊ッ!! 本能で動く赤ちゃんは、当然、母性本能の具現化とも言えるたわわなおっぱいに弱いのだ! 「だぁー! だぁー!!」 「きゃっ……んっ……」 「(なにィ!? お、怒られないだとぉ!?)」 命がけのチャレンジをするも、普段はエッチに厳しい先輩が照れてはいるものの、拒む事もしなかった! 「(恐るべし、赤ちゃんパワー……!!)」 俺は赤ちゃん化の効果の素晴らしさに感動しつつも調子に乗って、さらなる要求にチャレンジしてみる。 「おっぱい! おっぱい!!」 「ええっ!? お、おっぱいを飲みたいんですか!?」 俺がちゅぱちゅぱ吸いたいと言うキモさMAXの顔で赤ちゃん的な栄養補給を訴えると、さすがに一瞬素に戻った先輩が、頬を真っ赤にあからめる。 「ん……」 「(さすがに無茶だったか……?)」 恥ずかしそうに目線を逸らして沈黙してしまった先輩を見ながら、冷や汗を流す俺。 「そう、ですよね……赤ちゃん、ですし……」 「なら、しょうがないです」 「!?」 「……ちょっとだけですよ?」 何も考えないようにする『退化』現象とこの状況が効いているのか、普段では絶対にありえないはずの返事が返って来てしまった。 「(ま、マジすか……?)」 「で、でもやっぱり恥ずかし……」 「だ、だぁー!!」 「わ、わかりましたから……お、落ち着いて下さい!」 揺らいでいる先輩の気が変わらないように、素早く押しの一手で、決意を後押ししてみる。 「それじゃ、どうぞ……」 「(きたぁっ!!)」 恥ずかしそうに先輩が制服のリボンをほどいてブラをずらしその胸をあらわに……っ!!? 「なにやってるんですかあああぁぁぁーーーっ!!」 「ペブジッ!!」 あと少しで先輩の神秘的な胸を拝めたと言うところでかりんから乙女の怒りの念を籠めた重い一撃を放たれその夢は儚く消え去ってしまう。 「あうあうあぅ! は、破廉恥にもほどがあります!」 「(そう言えば、こいつだけ元から知能が低いから  あんまり変わってなかったんだっけか……)」 「あうぅ〜……他の女の子をエッチな目で見るのは よくないですっ!!」 「くっそぉ……かりん、おまえのせいで先輩の美乳そうな胸を 拝み逃しただろうが!」 「見せないように妨害したんだから当たり前です!」 「もうこんなチャンスは二度と無かったんだぞ! このバカメガネ娘がっ!!!」 「あうあうあうううぅぅぅ〜〜〜〜っ!!」 ぐるぐると逃げ回るかりんをお仕置きするために俺はメガネ娘をひたすら追いかける。 「そう……だったんですか……」 「あ、あぅ?」 「せ、先輩……?」 ゆらり、と生ぬるくて重たい殺気のようなオーラを感じて思わず俺はその足を止めてしまう。 「ふふふふふっ……天野くん、正気だったんですね?」 「あ、いや……ハハハ、コヤツめ……」 俺は嫌な脂汗をだらだらと流しながら、不自然すぎる作り笑いとセリフで、お茶を濁そうとする。 「そうですか、ワザと私の胸と心を《弄:もてあそ》んだんですね?」 「ご、誤解ですって!」 「乙女の母性本能を逆手に、えっちな事をしようとする なんて……」 「ちょっ……!? ぐ、グ○グニル!?」 「絶対に、許しませんっ!!」 「ぎっ……」 「ぎゃあああああああああああああぁぁぁ……」 <秘密の花園は……> 「あぁ……やっぱり子供は可愛いですわねぇ」 「天野くんとあんな別れ方をしたせいで、保育園に 着くまでとてもイライラしていましたのに……」 「この子達の笑顔に囲まれていれば、さっきまでの 刺々しい気持ちも吹き飛ぶというものですわっ!」 「……と、まあ、そんな風に思ってましたのに……」 「よよよっ、よりにもよって天野くんに見つかって しまいましたわっ!!」 「恥ずかしいから誰にも秘密にしていましたのに…… ああ、もう! 姫野王寺花蓮、一生の不覚ですわ!」 デッ、デッ、デッ、デッ、デッデッ♪デッ、デッ、デッ、デッ、デッデッ♪ 「ちゃらちゃ〜」 有名すぎるスパイのテーマの幻聴に合わせ俺はメロディを口ずさんだ。 あの後、全速力で花蓮を追いかけた俺は、なんとか彼女に追いつき、電柱の陰から様子を伺っていた。 先ほどの事をよほど怒っているのか、花蓮は相変わらず周囲を警戒してはいるものの、その注意はいつもより散漫になっているようだ。 「(これが最後にして、最高のチャンスって  ところかな……)」 俺は、花蓮の秘密を探るのはこれで最後にしようと心に決めていた。 いつまでもストーカーじみた事を続けたくないし何より、こんなお膳立てをしてくれた田中さんに申し訳が立たないからだ。 ……………… ………… …… 「たしか、こっちに……」 いつものように花蓮が姿を消した曲がり角にたどり着き俺は同じように路地に入る。 そして花蓮が猛進して行った方向に向けて駆け出す。 ……と。 「え……ここ?」 目の前に現れたのは、なんとも意外な光景だった。 鉄棒、ブランコ、滑り台……どこかノスタルジックな気分になる遊具の数々。 黄色い声を上げて走り回る子供たち。 聞こえてくるオルガンの音色。 「…………保育園?」 俺はキョロキョロと辺りを見回すが、花蓮の姿はどこにもない。 となると、ここに入ったとしか考えられないのだが…… 「まさかな……ひょっとして、俺を撒くために……?」 今までのパターンから考えて、最も可能性が高い考えに行き着く。 花蓮と保育園……この二つを繋ぐ接点が、俺にはどうしても想像できなかった。 「……しょうがない、帰るか」 回れ右をして、俺は来た道を引き返そうとする。 「あーあ、とんだ無駄足を……」 ドッと訪れた疲労感を背負い、俺がそこから一歩踏み出そうとした時だ。 「……ん?」 俺はピタリと足を止めた。 保育園のから聞こえてくる子供たちの声の中に覚えのある声が混じっていたからだ。 「おいおいおいおい……これは、もしかして……?」 再びスパイのテーマを頭の中で流し、電柱の陰に身を隠す。 「ちゃらちゃ〜」 「(……って、それはもういいんだよ)」 悟られないように、顔を半分だけ覗かせる。 「(お、おぉぉ……)」 目の前に広がる光景に、俺は勝利を確信した。 「あはははははは、捕まえてごらんなさ〜〜〜い」 「ま、まってくれよぅ、花蓮ねーちゃ〜〜〜ん」 「花蓮お姉ちゃん、にげろ〜〜〜」 「あはは、こっちこっち〜〜〜」 そこには、楽しそうに園児たちと追いかけっこをする花蓮の姿が…… 「あぁ〜、捕まってしまいましたわ〜〜〜」 「よーし、こんどは花蓮ねーちゃんが鬼だ!」 「にげろ〜〜〜!」 「うふふふ、捕まえちゃいますわよ〜〜〜〜〜っ♪」 「…………」 「(ま、眩しい……眩しすぎる!)」 あまりにもキラキラと輝くその《画:え》に、思わず目を覆ってしまう。 「(……つーか、誰?)」 自分の目で見たものが信じられず、もう一度保育園の庭を覗き込む。 「ほらほら、早く逃げないと捕まっちゃいますわよ〜」 「に、にげろ! 花蓮ねーちゃん、ほんき出すと メチャクチャ足はやいんだ!」 「きゃはははははははははっ♪」 「どこへ逃げても無駄ですわよ〜〜〜っ♪」 「…………」 「(うん、やっぱ花蓮だ)」 双子の姉妹……ということはないだろう。 そこにいるのは普段の刺々しさを微塵も感じさせない心の底から楽しそうにはしゃぐ女の子の姿で…… 「…………」 「(……らしくねぇ〜〜〜〜)」 ついつい顔がにやけてしまう。 ようやくわかった。花蓮は、この保育園通いを隠すためあんなに周りを警戒して一人で帰っていたのだ。 しかし、なぜ…… 「……本人に直接聞くのが一番か」 まさか、子供たちの前でいつものように怒る訳にもいかないだろう。 そう確信し、俺は花蓮の秘密の花園に足を踏み入れるのだった…… 「あはははは♪ み〜んな、捕まえましたわ〜〜〜」 「や、やっぱり花蓮ねーちゃんはすごいや!」 「でもこれじゃ、誰が次の鬼なのかわかんないよ……」 「それじゃ、次は違う遊びをするまでですわっ♪」 「その遊び、今度は俺も混ぜてもらおうか」 「もちろんですわ〜〜〜っ♪」 「……って…………え?」 「よっ」 「あぁっ!? あ、あま、あま……」 面白い顔で驚いた花蓮が、魚のように口を開閉する。 「だ、だれだよお前……」 気が強そうな子供が、かばうように花蓮の前に立ちはだかる。 「俺か?」 ニヤニヤと緩みっぱなしの頬を、俺はなんとか気合で引き締める。 「俺はその……花蓮お姉ちゃんの友達だ」 「おともだち? 花蓮おねえちゃんの?」 「ほ、ほんとうなのかよ、花蓮ねーちゃん」 「あ、そ、それは……」 花蓮はまだ口をパクパクさせていたが、やがて観念したのか…… 「ほ、本当ですわ……」 消え入りそうな声で、そう呟いたのだった。 ……………… ………… …… 「一生の不覚ですわ……まさか、天野くんに見つかって しまうなんて……」 保育園の庭で元気に走り回る子供たちをベンチから眺めながら、花蓮がうなだれていた。 「なんで隠してたんだ?」 「保育園通いなんて、別に恥ずかしいことじゃ ないだろ」 「うぅ……天野くんみたいに無神経な方には わかりませんわっ!」 顔を真っ赤にして、花蓮が何やら失礼なことを言い出した。 「この歳で毎日子供たちと遊んでるなんて……」 「みんなに知られたら笑われると思ってずっと 内緒にしてましたのに……」 「子供、好きなのか?」 「もちろんですわっ!」 「無邪気で可愛くて……まるで天使ですわ!」 「…………」 「まさかお前、自分が子供たちと遊びたいばかりに 保育園に迷惑かけてやいないだろうな」 「そ、そんなこと……」 「そんなこと、ないですよ」 「あ、ど、どうも……」 お盆に麦茶の入ったコップを並べて持ってきてくれた保母さんが、そんなことを言った。 「迷惑どころか、花蓮さんはいつも私たちを 手伝ってくれているんですよ」 「今日みたいに子供たちと遊んでくれたり、親御さんの お迎えが遅い子の相手をしてくれたり……」 「へえ……」 「なっ……なんですのその顔は! 笑いたいなら 笑ってくださいませ!」 「笑ったりする訳ないだろ……むしろ、好きになったぞ」 「なぁっ!?」 顔を真っ赤にして硬直する花蓮の頭をなでる。 「お前がこんなにいい子だったとはなぁ……」 「だっ……だから、子供扱いはやめてくださいまし!」 乱暴に、その手を振り払われる。 「言ってるそばから笑ってるじゃございませんの!」 「いや、これは違うだろ」 知らず知らずのうちに、顔がほころんでいたようだ。 「も、もう、信じられませんわ!」 スカートを払い立ち上がり、花蓮が鞄をつかむ。 「先生? 申し訳ありませんけど、今日はもう 帰らせてもらいますわ」 「はいはい」 「いいですこと、天野くん? 今日のこと、誰かに 喋ったら承知しませんわよ!」 「あ、ああ……」 学園で別れた時と同じように、ぷりぷりと怒りながら花蓮が帰っていった。 残された俺は、保母さんと二人きりになってしまう。 「あー……な、なんかすいませんね。俺のせいで あいつ、帰しちゃったみたいで……」 「いえいえ、いいんですよ」 穏やかに微笑みながら、保母さんは残った麦茶を手に取る。 「花蓮さん、嬉しそうでしたし」 「嬉しそう? あいつが?」 受け取ったコップに口をつけ、俺はポツリと呟いた。 「そんなもんすかね……」 花蓮が出て行った門を眺めながら、二人で麦茶をすするのだった。 <空へ> 「あの事件の数日後……私は空港に立っていましたわ」 「それは私の行く末を心配し、相談に乗ってくれていた お姉さまとお母様に会いに、一時的に渡米することに なったからですの」 「まぁ、その……お父様の許可も出たようなものですし ついでに翔さんのこともお話して来ようかとは思って おりますわ」 「そうそう、翔さんと言えば、私を見送りに来て いただいた時の寂しそうな顔が、少し可愛くて 面白かったですわね」 「私も名残惜しかったお別れが、お陰で落ち着けて 妙に安心してしまいましたわ」 「ふふふっ……この様子だと、私がアメリカにいる間に 浮気なんて言う心配はありませんわね♪」 「…………」 銀の翼をきらめかせて飛んでいく旅客機を窓から見上げ俺は物思いにふけっていた。 「こんな所にいましたのね……何をボーっとしてるん ですの?」 足音と共に近づいてくる花蓮に目もくれず、俺は空ばかりを見続けていた。 「べっつにー……寂しいなんて思ってないからな」 「もう……まだ拗ねてるんですの?」 「……冗談だよ」 少しだけぶっきらぼうに言った俺に、花蓮が呆れたようにため息をついた。 「もう何回も話し合ったはずですわ」 「これまでずっと私の夢を応援して、何度も相談に 乗ってくれたお姉さまやお母様に直接会ってから 今回の事を報告したいって」 「それは解ってるんだよ……親父さんに夢を追いかける ことを認めてもらったから、報告したいんだってな」 「ええ。それに……他にも、報告したい事がたくさん 出来ましたし」 「……どのくらいで帰ってくる予定なんだ?」 「そうですわね……せっかくお姉さまに会うんだから 夏休み中は滞在してくるかもしれませんわ」 「……俺、浮気しちゃうかも」 「よく言いますわ……そんな度胸もないくせに」 ……たしかに、姫野王寺財閥が全面的に敵に回るのだけはなんとしても避けたいところだった。 「(……いや、そうでなくてもその気はないけどな)」 <空を飛ぶ、3つの方法> 「えへへ。ダメもとでお願いしてみたら、今度 ゲストに誰か呼んでくれることになったよぉ」 「その代わり、しっかりとあらすじを頑張らないと 怒られちゃうから、頑張ります〜」 「えっと、この時のあらすじは……」 「鳥井さんに、現状を把握するために質問をぶつける 天野くん」 「空を飛ぶって、具体的にどう言うことなんだろう?」 「そんな質問を投げかけると、鳥井さんは、人類最古の 夢の一つである『空を飛ぶ』と言うことを実現させる 必要がある、と答えたそうです」 「今まで人々が見つけ出した2つの方法じゃなくって 『空を飛ぶ、3つ目の方法』を探しているんだとか」 「目的達成は難しいけど、鳥井さんの真っ直ぐな想いに 心を動かされた天野くんたちは全面協力を誓い合って 本当の意味での協力関係になったみたいです」 「それまでバラバラだったみんなの心が、初めて 1つになった瞬間……う〜ん、素敵だよぉ〜」 「私もみんなと一緒に、鳥井さんのお手伝いを したかったなぁ……」 「おい、それで空を飛ぶってどう言う意味なんだよ?」 「はぁ……言葉の通りなんですけど」 かりんはう〜んと唸りながら、これまたあっさりと答えを用意していたかのように口を開く。 「そうですね、では簡単にご説明します」 「みなさんも知っての通り、空を飛びたいと言う願望は 遥か昔から存在し続けているものです」 「人類最古の夢……その一つが、空を飛ぶ事でした」 「現在までの歴史では、人間は空を飛ぶ2つの方法を 作り出しました」 「2つの方法?」 「はい」 「まず人は最初に、想像―――空想の中で飛びました」 「鳥のようにあの大空を飛んでみたい!」 「そう思い空想の中で飛び続けてきた人々でしたが ついに2つ目の方法を作り出し、実際に空を飛ぶ と言う大業を達成したと言えます」 「なるほど。つまり科学の力じゃな?」 「かの有名な、ライト兄弟か」 「はい。自分達で生み出した機械の力を使って 人は空を飛ぶと言う夢を実現させたんです」 「けれど残念ながら、私が求めているのは そのどちらの方法でもありません」 「そうですね……例えるなら――」 「空を飛ぶ、3つ目の方法」 「3つ目?」 「私たちは、先ほど述べた手段以外で空を飛ばなければ ダメなんです」 「具体的にはどんな方法なんだ?」 「さぁ……《皆目:かいもく》見当もつきません」 「はぁっ?」 真面目に聞いていたのに不意打ちでとんでもない返答が返って来たので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。 「ですので、これから1ヶ月以内に探すんです。 このメンバーで、空を飛ぶ3つ目の方法を」 「滅茶苦茶ね……」 「お前、そんな事を俺達だけでやろうってのか?」 「はい」 まぁ、1ヶ月で『空を飛ぶ』なんて途方もない事をやってのけようとするなら、確かに最低でも学園を占拠するくらいの勢いは必要な気はする。 しかし、だ。 意気込みの問題はそうだとしても、それにしたって荒唐無稽と言うか、とんでもなく無茶な話だった。 「それが出来なきゃ『よくないこと』が起こる、と?」 「そうです」 「くっくっく……最高じゃっ!」 「私は目の前に実現不可能な壁が立ちはだかると どうあっても壊したくなる天邪鬼でのう」 「常識って言葉が嫌いなんじゃないかってくらいに 『不可能』大好き人間だもんな、麻衣子は」 「むぅ……不可能と聞くとワクワクせんか?」 「しかも、とびきりの不可能……人類が思い描き 今の今まで誰一人として実現出来なかった事」 「言い換えれば、新たな歴史を刻めると言う事じゃっ」 「そりゃあそうだけど……」 「安心せい、かりん! 私に不可能など無いっ!」 「頼もしいこと神の如しですっ」 「何よそれ」 「とりあえず凄く頼もしいと思っている事は伝わった」 「やはり気が合いますわね、マーコさん」 「私の英和辞典にも、不可能の文字は御座いません ことよっ!」 恐らくコイツの場合、その英和辞典がただの不良品なだけだろう。 「(と言うか、なぜ英和辞典なんだ……?)」 謎だった。 「ともかく、1ヶ月でやらなきゃならんと言うのならば 私たちの力で何が何でも成功させようではないか!」 久々にスイッチが入ったのか、目を輝かせながら右手をスッと手前に差し伸べる麻衣子。 「ふむ、そうだな」 「ですわね」 「はいっ!」 「頑張りましょうっ」 「よろしくお願いしますね」 みんな次々と麻衣子の手の上に自らの手を重ねて賛同の意志を示す。 「翔さん……」 その場で固まっていると、不安と期待が入り混じったような瞳で、かりんにじっと見つめられる。 「…………」 昨日今日出会ったばかりの、見ず知らずの少女。 とんでもないモノを使って、荒唐無稽な事をしようと半ば強引に提案して来るような相手だ。 いくら俺がお人好しだからって、ハイそうですかと簡単に頷けるような話じゃない。 そんな話ではないのだが…… 「ったく、しょうがねえな」 何故かコイツのことは、信じられる気がするのだ。 「ちょ、ちょっと、翔っ!?」 自分でもよく解らない感情に突き動かされるままに静香の制止の声を無視して、俺もその輪の中に入り勢いよく手を乗せる。 理屈じゃなく、信じられる相手。 「やったろうじゃねえか!」 そう。 メガネをかけている上に、ドジでボケてて常識外れ…… 恐ろしいほど見事に俺の嫌いなタイプの結晶とも言える本能的に苦手な相手のはずが、なぜか俺を惹きつける。 かりんは、そんな不思議な印象を抱かせる少女だった。 「……みんな一緒が良いです」 最後の一人になってしまった静香を、先ほどと同様にじっと見つめるかりん。 「シズカ」 「……わかったわよ」 麻衣子に笑みを向けられ、観念したかのように静香も自らの意志でその手を乗せる。 「これで全員参加、じゃな」 「だな」 「みなさん……」 全員の手が一つに重なった事に感激しているのかこのくらいの事でうるうると涙目で破顔していた。 「ありがとうございますっ!」 この瞬間、かりんに寄せ集められた即席のメンバーだった俺達は、1ヶ月限定の特別編成クラスとして結成されたのだった。 ……………… ………… …… <空を飛ぶ、3つ目の方法> 「翔さんが伸ばした手を取り、深空ちゃんの説得に 成功した矢先―――」 「私の正体に感づかれてしまい、そのせいで発生した 時空のうねりによって深空ちゃんが足を踏み外して しまいました……!!」 「そして、落ちそうになった深空ちゃんを、その身を 挺して救おうとする翔さん……」 「また……最後なのに、やっぱり私は一人じゃ 何も出来なくて……」 「運命の悪戯に踊らされるだけの、ちっぽけな存在で」 「もうダメだって、諦めかけてしまったその瞬間…… 私の目の前に、紙飛行機が飛んできたんです」 「見知らぬはずのそれは、けれどよく知っているもので ……奇跡と言う名の、みんなの想いの結晶でした」 「時空のゆがみによって繋がった、私が旅をしてきた 数多の世界からのメッセージ……」 「みんなの励ましのエールを受けて、支えられた私は 決して諦めない、強い意志の力を取り戻しました」 「私は変装を解き、過去と未来を繋げるための架け橋 であるメガネを外しながら駆け出しました」 「そして私は、深空ちゃんと元の一人の人間に戻って 翔さんのその手を、しっかりと掴みました」 「みんなの想いを胸に、光に包まれた私たちは 最高のハッピーエンドへと向かって羽ばたく ことができました」 「誰かを想う、何よりも純粋で強い、たった一つの 真っ直ぐなキモチで……奇跡を紡いだんです」 「そう。それこそが、私の探し求めていた―――」 「空を飛ぶ、3つ目の方法だったんです」 「深空ちゃん……」 「かりんちゃん……翔さん……私―――」 「いいから、今は寝ろよ。俺がおぶってやるから」 「あはは……深空ちゃん、羨ましいです」 「……ねえ、かりんちゃん」 「はい? なんでしょうか」 「失敗を繰り返したって―――なに?」 「え……?」 「私たちと何度も出逢ったって―――なに?」 「ああ、それはですね―――」 「待て、かりんっ!!」 深空の疑問にひどく胸騒ぎがして、反射的にかりんの言葉を遮ってしまう。 「それに、かりんちゃん、お母さんが死んだって……」 「あれ……?」 その瞬間、世界が歪んだような感覚を抱く。 まるで深空の『気づき』がスイッチになっていたかのようなタイミングで―――世界が、大きく歪んでいた。 「そんな……まだ未来が決まってないんですかっ!?」 脳裏に過ぎる最悪の事態を口にする、かりん。 そしてその最悪の予感は、的中しているのだろう。 恐らく、かつてない速さで絵本が出来上がったゆえにまだ本来の時間軸上では、俺たちの騒動が《終:・》《わ:・》《っ:・》《て:・》《は:・》《い:・》《な:・》《か:・》《っ:・》《た:・》のだ。 もし俺が深空を助けに入ったのだとしたら―――今はまさにその時間帯……!! 「ぐっ……」 「そんな……そんなっ……!!」 俺たちの一瞬の隙を突き、世界は『元の歴史』へ戻ろうと働きかけ……つまり、起こるはずだった悲劇を再現しようとしているのだ。 「どうして、かりんちゃんは―――何度も、私たちと 会ってるんですか……?」 「そ、それは……!」 「翔さんが、私を愛してくれたのも……」 「私が……どうしようもないくらいに、翔さんを好きに なってしまったのも―――」 「全ては、《必:・》《然:・》《だ:・》《っ:・》《た:・》んですか……?」 「っ!!」 その言葉に呼応するように発生した大きな空間の歪みで深空の推測が確信に変わりつつあるのだと理解する。 「わ、私たちや未来の事を知っているような素振りで…… 似たもの同士な私と、意気投合したのも……」 「全部……」 「み、深空ちゃん……」 「かりんちゃんの、正体は―――」 俺と同じように、一度その事に疑問を抱いてしまったのならその推測は、誰にも止められない。 深空の中に渦巻く予想は、パズルのピースが合わさるように次々とその姿を現しているのだろう。 「きゃあっ!?」 「あぅっ!?」 「地震かっ!?」 その時、俺たちはとてつもなく大きな時空の歪みを本能で理解した。 かりんが過ごしてきた日々が、その想いが、あるはずのない『世界』が、俺の脳内へと駆け巡る。 鳥井かりんの生み出した、全ての分岐世界が混じり始め一つになろうとしているのだ。 そして――― 「っ!!」 「深空ちゃんっ!!」 まるで初めから定められた、変える事の出来ない運命だったかのように、深空がバランスを崩す。 「深空ぁっ!!」 「かけ―――」 俺は咄嗟に、落ちそうになった深空を庇う。 「っ!」 そして、先ほど視た俺の結末と寸分違わぬことをその肌で理解していた。 「ぐっ!!」 深空を助けた反動でバランスを崩した俺は――― 「あ……」 全ての世界が一つになるその過程で、この先にある結末を悟り、私は絶望のあまり崩れ落ちてしまいます。 これが、最後の世界だったのに――― 私は、また……失敗してしまったんです。 「そんな……そんな、ことって……」 ハッピーエンドを信じて、挫けそうになっても、ただひたすらに想いを貫いて――― けど、その結末が、こんなバッドエンドだなんて…… そんなの……そんなのって…… 「鳥井さんっ!!」 「え……?」 聞こえるはずの無い声がして、私は反射的に俯いていた顔を上げました。 「そん……な……」 そこには、決して、あるはずのない…… 本来、ここに届くはずのない想いが、あったんです! それは、《あ:・》《の:・》《時:・》の―――私が知るはずのない世界で……灯さんが私へと綴った、励ましの《紙:メッ》《飛:セ》《行:ー》《機:ジ》。 世界が一つになろうと、時空間の歪みが発生した事で起きた奇跡のような『想い』――― それが私の胸に、心に……一つとなって、たしかに伝わっていくのを感じます……! 「諦めるな、かりん……!!」 「かける、さん……」 「私たちの過ごした、この日々を……最高の想い出だって 振り返れるようにして下さいっ!」 「深空、ちゃん……」 「鳥井さんなら、きっと出来るわ!」 「静香……さん……」 「お主なら、私たちが思い描き続けていた夢……その結末へ 必ず届くと信じておるぞ!!」 「マーコさん……」 「この大空に描いてきた夢の果てに、きっとある…… その本物の幸せを掴めるって、信じています」 「……灯さん」 「私たちも信じていますわ。鳥っちさんなら、きっと――― この運命を、打ち破れるんだって」 「花蓮さん―――」 「鳥井……!!」 「―――櫻井、さん……」 「さあ、行こうぜ、かりん―――」 「俺たちが描いた、最高の結末へ―――」 「はい……翔さん……」 私は全ての想いを抱き、落ちようとしている翔さんを真っ直ぐに見据えました。 「私は―――」 「大切な仲間を得た、雲呑 深空はっ!」 「もう、運命なんかに―――負けませんっ!!」 「かりんちゃんっ!?」 「深空ちゃん―――飛んでっ!!」 私は全力で走りながら、反射的にその言葉を口にしていました。 「うんっ!!」 いつだって、描いてた。 「かけるさんっ!」 「な……っ!!」 それは、みんなで描いた夢。 「私は―――」 いろんな事が、あった。 「私はっ!!」 楽しいことも、 嬉しいことも、 悲しいことも、 辛いことも…… けど、どんな時でも、私たちは一緒だった。 「もう、絶対に―――」 私一人なら、いつだって挫折して……孤独になんか、耐えられなくって――― 「絶対にっ―――!」 でも、みんながいたから…… いつだって、その日々が、絆が……私を強くしてくれる。 だから――― 「絶対に、あなたを離したりしないっ!!」 だから私は、信じて疑わない。 誰もが望む――― そんな、最高の……ハッピーエンドを!! それは、どんな奇跡だったのか。 あふれ出す光の中、俺はまるで空を飛んでいるようにその場所で動きを止めた。 「かける、さん……」 差し出されたその手を、俺は反射的に掴んだ。 「間に合いました、ね―――」 「深空……? いや、かりんなのか……?」 「いえ、違います」 「私は―――」 「あなたの……恋人です」 そう言って微笑んだ彼女は、どんな宝石よりも美しい輝きを放っていた。 「見てください、翔さん」 「すごく、綺麗ですね」 「ああ……そうだな」 「私、わかった気がします」 「え?」 「なんで、私たち人類は、いつも空を飛ぶことを願い 夢見ていたのか―――わかった気がします」 「ああ。俺たちは―――」 「私たちは、こんなロマンチックな景色を見るために…… 今まで、空を飛ぼうとしていたんですよね」 その身一つで空を飛び、こうして眺める景色は―――ただ『日常』を見る視点を変えただけなのに…… 例えようもなく、美しいと感じていた。 「そっか……そうなんだよな」 「……はい」 「たとえどんな辛い事があっても……視野を広げれば そこには、こんな景色が待っている」 「それが、俺たちが過ごす『日常』ってヤツなんだよな」 世界は、悲しいことで溢れている。 辛い現実は、いつだって俺たちを追い詰めていく。 けれど、それでも―――その日々は、美しいのだ。 世界は悲しく辛い現実に負けないくらい、かくも美しく輝くのだから。 「この景色が、私たちの過ごす『日常』―――」 「だから、こんなに……綺麗なんですね」 そう――― 夕日の輝きを美しいと思うのは、きっとその光がみんなのよく知っている物と似ているからなのだ。 「そう、だな……」 それは、人々の『想い』の光と、同じなんだと思う。 「それじゃあ、帰りましょうか」 「ああ」 「みんなの待つ、あの場所へ―――」 「この景色に負けないくらい輝く、私たちの《仲間の下:居場所》へ」 <空を飛ぶ会議パート1〜連想ゲーム〜> 「鳥井さんが徹夜のせいで寝惚けてたみたい。早くも お手上げの、天野くんたち飛行候補生メンバー一同」 「雲呑さんの提案で、ひとまず空を飛ぶ事から連想する ものを挙げていくイメージトレーニングからはじめる ことになったみたいです」 「みんなそれぞれの言葉から思い浮かべるものを言って 行って、『幻惑』で天野くんが連想したのは―――」 「天野くんの答えから連想されるものを答えていく みんなだったけど、やっぱり鳥井さんの寝惚けた 答えで変な方向に行っちゃうみたい……」 「でも、そんな混沌とした状況の中でも、相楽さんは 何かを閃いたみたいだよ〜」 「相楽さん、いったい何をするつもりなんだろ?」 「やっぱり頼みの綱は、事件を起こした張本人の 鳥井さんだし……天野くんも、強引に起こした みたいだよ〜」 「あははっ。でも、今日は眠いから本格的な活動は 明日からだって言われちゃったみたい」 「こんな無防備なテロリスト、見たことないよぉ〜」 「う〜ん。そんなにみんなが信頼できそうな顔をしてる って事なのかなぁ……?」 「ん……」 「おお、目が覚めたか、カケル」 「おはよ」 「あれ……なんでお前らが俺の部屋に?」 「なに寝惚けてるのよ……」 「あー、そっか。俺たちはテロられたんだっけ」 「そ。夢だと信じたい気持ちも解るけどね」 「まぁまぁ、命に危険が無いだけ《僥倖:ぎょうこう》と言うモノじゃろ」 「そりゃそうだが……一ヶ月の猶予期間付きじゃなぁ」 「すぅ……すぅ……」 問題のテロリストの様子を窺って見ると、のん気に可愛らしい寝顔で、すやすやと寝息を立てていた。 「おい、起きろメガネ!!」 ぺしぺしと頬を叩いて見る。 「うぅ〜ん、そんなに入りませんよぉ……お尻に」 「お決まりの寝言と見せかけて、何て破廉恥な夢を 見ていやがるかこのアマッ!!」 「んんぅ……あぅ〜、翔さん。おはようござーますぅ」 ぺしーんと突っ込みを入れてやると、やっとのことでねぼすけのお姫様が目を覚ました。 「語尾が怪しかったが、起きたんならまぁいい。 で、今日から活動とやらを開始するんだろ?」 「ふぁい……そうれすね……あぅ」 めちゃくちゃ眠そうに目をこすりながら、気の抜ける返事を返されてしまう。 どうやら徹夜慣れはしていないようだった。 「ふぁ……みなさん、おはよう御座います」 「あ、ども」 「みなさん、おはよう御座います」 「んぁー……眠いですわ」 「久しぶりにどーんと睡眠を取ったぜ」 俺たちのやり取りで目が覚めたのか、残りのメンバーものそのそと起床を始めた。 「ぶぅ……寝起きは弱いので、頭が回りません」 「先輩は早起きしそうなイメージあるんで、なんだか ちょっと意外な一面を見た気がします」 「それは私がおばあちゃんみたいだって事ですか?」 「それは邪推と言うものです、お姉様っ!!」 寝起きで頭が回らないと言っていたのに、ピリピリと肌を刺激するほどの殺意を感じるぞ……? 「で、活動ったって具体的にどうすんだよ、かりん」 何とか矛先を逸らそうと、かりんへ話題を振ってみる。 「……マンゴーがぁ、いっぱいですぅ」 「(メガネ外したろか、コイツ……)」 今なら簡単に外せそうな気がするが、こいつが起きている時にしないと面白くも無いので、やめておく。 「うーん、まずは空を飛ぶ方法をみんなで考えるべき だと思います」 「そうじゃな。絵にすら描けない餅では、食欲を そそることすら難しいしのう」 「でも、いきなりそんな事を言われましても、正直 どうすればいいのか検討もつきませんわ」 「肝心の首謀者は寝惚けてるしな……」 ゆっさゆっさと揺すってみるが、メガネがかちゃかちゃと揺れるだけで、相変わらず反応が乏しかった。 「……どう考えても無理なんじゃないの?」 「そう結論づけるのはまだ早かろう」 『無理』と言う単語に反応して、素早く麻衣子が好戦的な情熱を持った瞳でその言葉を否定した。 「いくらマーコでも、空を飛ぶなんて無茶よ」 「それじゃあ、もっと掘り下げて見ませんか?」 「掘り下げる?」 「はい。空を飛ぶと言う行為から連想する単語を いっぱい挙げていってみるのはどうでしょう?」 「それは面白そうですわね」 「なるほど。連想ゲームをしているうちに、誰かが 何か妙案を閃くかもしれんと言うことじゃな?」 「はい。……どうでしょうか?」 「まぁ、他に何も思いつかないし、とりあえず やってみるか」 「まるで子供のお遊戯ね……」 「はは……でも、楽しみながらリラックスして考えた 方が、柔軟な方法を思いつきやすいと思います」 「それじゃあ、私から時計回りで行くぞ?」 「おう」 「我輩は見物に回るとしよう」 「(鳥頭には、このゲームは難しいだろうしな……)」 「何か言ったか?」 「いんや。別に」 「ふむ。なら良いのだが……」 「では始めるぞっ!」 一番乗り気な麻衣子が一番手を名乗り上げ、元気の良い声からゲームがスタートした。 「『空』!」 「空だから……えっと、『青』!」 「あお……『青色○号』……むにゃむにゃ」 「お前……」 こいつ、わざとやってるのか? 「青色○号か……やるな、鳥井」 「いや、やらないだろ」 「やらないか?」 「やらねぇよ!」 「?」 「青色○号……美味しいでふ……あぅ」 「分かったから繰り返すなボケ」 つか、相手を困らせてどうするんだよ、こいつは…… 「『僅かな発がん性の疑い』っ!!」 「すでに空を飛ぶのとずれ過ぎだろ……」 「えっと……『怖いです』」 そのまま続けていた!! 「怖いもの……『お金』ですわ」 「(お前の身に一体何があったんだ……)」 「お金ねぇ……そうね、『幻惑』かな」 「そう来たか」 『幻惑』で思いつくものってなんだ……? 「うーむ、じゃあ俺は―――」 「『メガネ』で」 「メガネと言ったら『かりん』じゃな」 「えっと、じゃあ『可愛い女の子』で」 「かわいいおんなのこ……あぅ、『紫の野菜』です」 「『かりん』で」 「そ、それって、どう言う意味なのよ……」 「ん?」 「別に。なんでもないわ」 「かりんと言ったら『メガネ』じゃな」 「えっと、じゃあ『便利なもの』で」 「べんりな、もの……あぅ、『紫の野菜』です」 「『エロス』で」 「サイテーね」 「ですわね」 「ぐっ……」 とっさに浮かんだとは言え、軽率な発言だったか…… 「エロスと言えば、『男のロマン』じゃな」 「(さすが麻衣子……話が解るぜ!!)」 「ええっ!? お、男のロマンですか?」 深空には難しいパスだったのか、困惑するような戸惑いの声をあげる。 「え、えーっと……うぅ〜ん……あうぅ〜」 「(かなり困ってるな。助け舟でも出してやるか?)」 俺は唸っている深空に、小声でアドバイスしてやる。 「(あ、ありがとうございます!)」 俺の考えが伝わったのか、嬉しそうな笑顔を見せる。 「『しゅちにくりんなハーレム』ですっ!!」 「…………」 「…………」 「…………」 「(うむ! ……って、あれ?)」 俺の気のせいか、なぜか空気が凍って、まるで時が止まったかのようにシンと静まり返ってしまった。 「なかなかやりおるな、ミソラっ!!」 「的確な模範解答だな」 感心する二人を除いて、どう反応するべきか判らず微妙な表情のまま固まっているのが、約3名。 「み、見かけによらず大胆な考え方なのね」 「相手の立場に立って物事が考えられるのは、その…… 素晴らしい事だとは思います」 「……殿方なんて、そんなものですわよね……」 「えっ? えっ? えっ?」 とりあえず事を荒立てずに収めようと言う結論に達したのか、苦しいフォローを入れる3人。 「(すまん、深空……)」 テンパっていた深空は自分が何を言ったのか分かっていないのか、この場の空気に困惑していた。 「そ、それじゃあ気を取り直して……続けようか」 「そっ、そうですね。頑張りましょう!」 「それもそうじゃの」 俺の気遣いを察してくれたのか、この流れにいち早く乗って、どうにか誤魔化してくれる先輩。 「(グッジョブ、先輩!!)」 「じゃあ、次は鳥井からか」 「『酒池肉林のハーレム』から思いつくものじゃな。 にしし……これは何とも危ない方向になったのう」 「しゅっ、酒池っ……!?」 さきほど自分が何を言ったのかをやっと把握して顔を真っ赤にする深空。 その様はちょっと可愛かったが、さすがに悪いことをしてしまったと言う罪悪感で、素直に喜べなかった。 「しゅちにくりん……あぅ、『紫の野菜』です」 「おいっ!」 さすがにそれはおかしいだろ…… 「『ナス』だな」 「待てっ!!」 スルーして続けようとする櫻井を制止する。 「さっきから、かりんのせいでどんどん空を飛べそうな 単語から著しく遠ざかって行ってるだろ!!」 「だろうな」 「いや、気づいてたなら止めろよ!」 「『ナス』……『待て』……」 「ナス、マテ……ナマ、ステ? ナマステ…… なっ、ナマステッ!!」 「それじゃっ!!」 「何がっ!?」 「ふっふっふ。閃いたぞ、カケル!」 「ええっ!? もうですかっ?」 「内容の良し悪しは別として、相変わらず何かを 思いつくのは早いわね」 「……私なんて、眠くてさっぱりです」 「(ホントに朝弱いんだな、先輩……)」 まぁ、ここで惚けているどこぞのメガネテロリストより全然マシなのは間違いないけどな。 「私は早速準備に取り掛かるとするぞ」 言うが早いか、麻衣子はすでに私室と化している化学室へ向かって消えていってしまった。 「えっと……それで、私たちはどうしましょう?」 「そうだなぁ……コイツが起きないと話にならんな」 「はぅっ!?」 俺がほっぺたをぐりぐりしていると、突然、びくん!と大きな反応を示す。 「お。やっと起きたか」 「あれ……? えっと……寝ます」 「寝るなっ!!」 「んんぅ……みなさん徹夜の方もいますし、今日は お休みにして、明日から頑張りましょう」 「こ、こいつ……!」 ダメだ……早く何とかしないと! ……などと言う危機感を抱いてもしょうがないので俺は諦めて降参を意味する、ため息を吐く。 「昨日も似たような事言ってたが、結局明日から 本格的に動き出す方向で固まったみたいだな」 「幸いマーコが何か閃いたから良いものの…… ため息しか出ないわね」 「いきなりグダグダだな」 「先が思いやられますわね」 昨日はそれなりにテンションが上がったものだがかりんのダメ人間ぶりに、一気に士気が落ちる。 どうやらこのメンバーでの徹夜の作業、と言うのは基本的に考えない方が良さそうだった。 <空を飛ぶ会議パート2〜マジックパワーでGo!〜> 「《手品師:マジシャン》がよく人を浮かばせているのを思い出した 翔さんは、《手品:マジック》をマスターしてみることに……」 「放課後に戻ってきた翔さんは、カードマジックを マスターしてきて、すごい技を見せてくれました けど……やっぱり空は飛べなかったみたいです」 「あぅ……マジシャンな翔さんもカッコ良かったので 空は飛べませんでしたけど、ちょっとだけ得をした 気分です」 「ん……」 「あれ……?」 目が覚めた時、目の前にある見慣れていながらも違和感を感じる景色に、思わず首を傾げてしまう。 「って、そうか……そう言えば、そうだったな」 起きた瞬間はまだ寝惚けて頭が回転していなかったが《死屍累々:ししるいるい》と言った感じで爆睡している皆を見て徐々に正常な思考を取り戻していく。 「テロリストのメガネ娘に占拠されて、荒唐無稽な話に 協力する事になって、とりあえず親睦パーティをする ってハナシになったんだったな……」 口にするだけで、現状がどれほど非常識で在り得ないものであるかを理解してしまう。 「ってか、本人まで爆睡してるし……」 俺はアホ面で寝こけているメガネっ娘の頬をうりうりといじってやる。 「起きないし……ってか、みんな無防備すぎだろ」 いくら占拠されたからって、仮にも男二人がいる教室に堂々と寝そべっているのもどうかと思う。 「もしや今なら、いたずらし放題か……?」 誰かのパンツでも覗いてやろうかと思ったが、さすがに不謹慎すぎるのでやめておく。 俺の中の青春の情動は、一般道徳に敗北したのである。 「フッ……我ながら紳士すぎるぜ」 不埒な妄想をしたのは棚に上げて、とりあえず理性が勝ったので、自分で自分を褒め称えておく。 「っつーか、今なら簡単に抜け出せるんじゃねーか?」 「あうううぅぅぅ……」 ほっぺたをぐにーんと伸ばしてやるが、アホテロリストは一向に起きる気配が無かった。 どうやら、寝起きは相当悪いようだ。 「……なんでだろうな……」 テロリストにしては、あまりに無防備すぎる無計画なアホ娘の暴挙なのだが……不思議と、裏切れない。 なぜか根拠も無く俺たちを全面的に信頼しているのでなんとなくやり辛いのだ。 メガネをかけているムカつく女のクセに、俺の調子をとことんまでに狂わせるほど……こいつは心を動かし助けてやりたいと思わせてしまう何かを持っていた。 「こいつ、メガネさえ外したら絶対に可愛いような 気がするんだが……」 昨日は拒まれて結局できなかったが、今は爆睡しているはずなので、外すのは容易いだろう。 「…………」 気がつくと俺はメガネを手にして、スッと外そうと…… 外そうと…… はず……そうと…… 「外れねぇし!」 俺がメガネを引っ張ると、まるで接着剤でくっついているかのように、かりんの頭から離れなかった。 「ちょっ……メガネだけ引っ張って顔が持ち上がるって どんな構造のメガネだよっ!!」 「あぅ……おはようございます」 取れないのでぶんぶんと揺らしていると、かりんがやっと目を覚ましたのか、のん気に挨拶をしてくる。 「お前、これどうなってんだよ?」 「あぅ?」 「お前のメガネが、まるで磁石のようにくっついて 外れないんだけど」 「あぅ! れでぃのメガネを外そうとするなんて でりかしーに欠けますっ!」 そう言うとかりんは、やっと回転し始めた頭で俺の手をぶんぶんと振り払った。 「こんな事もあろうかと、私のメガネにはスペシャルな 細工が施してあるんです」 「細工?」 「はい。私が外したいと思う意思にのみ反応して、外れる ようになっているんです」 無駄に高性能なメガネだった!! 「意味わからん。無駄すぎる高機能だろ」 「あぅ。メガネは、私のあいでんてぃてぃーなんです」 「アイデンティティーねぇ……」 なぜそこまで拘るのかはようわからんままだがこいつはどうあっても俺と仲良くなる気が無いと言う事だけは理解した。 「そうだ、お前のメガネだけ持って吊り上げたら、こう ……なんだか空を飛んでいるように見えるんじゃね?」 「あぅっ! や、止めてくださいっ!!」 メガネの中央に指を通して、そこを支点に力技で強引に持ち上げてみると、かりんの足が宙を浮くように地面を離れ、じたばたともがいていた。 「重いから、長時間は無理だな……」 「失礼すぎですっ!!」 「もしかして、早くも空を飛んじゃいましたか?」 「おう、これで問題解決だろ……って、せ、先輩!?」 思わず普通に受け答えしてしまったが、気がつけばいつの間にか俺の隣に灯先輩が立っていた。 「い、いつの間に起きたんスか!?」 「ぶぅ。ずっといたのに気づいてくれないなんて、ちょっと ショックです」 「あうぅ〜っ! 灯さん、助けてくださいぃ〜っ」 ここぞとばかりに、俺が油断した隙を突いて先輩の下へと駆け寄っていくかりん。 「よしよし、怖かったですねぇ」 「あうぅ〜……死ぬところでしたっ!!」 「なんでやねん」 「もしメガネが外れたらどうするんですかっ!」 「意味わからんし、お前の意志で外れるんだろ? なら、いくら足掻いたからって無駄だろうが」 「む、無駄じゃないです……」 「翔さんに本気で頼まれたら、私……拒めないかも しれませんので」 「なんだそりゃ?」 「あぅ! とにかくこれ以上メガネを外そうとしないで くださいっ!!」 「天野くん。あまりおいたが過ぎると、私だって 怒っちゃいますからね?」 「うっ……わ、わかりましたよ」 昨日の一件から、先輩には逆らわない方が身のためだと本能で悟っているので、大人しく引き下がる事にする。 「お陰で完全に目が覚めてしまいました……」 「いやいやいやいや、それで良いだろ!」 「もっと寝ていたかったですっ!!」 求心力ゼロのダメ人間だった!! 「私も、ねむねむです……」 「二人とも、寝起き悪いんすね」 「む……そんな事はないですよ?」 「1+4は?」 「…………5です」 「(どう見ても回転遅いし……)」 どうやら、二人にとって睡眠不足は敵のようだった。 「そう言えば、さっきの二人のコントで思ったんですが よく手品師が人を浮かばせてますよね……」 「もしかして、あれをマスターすれば空が飛べたりとか しちゃうんじゃ無いでしょうか?」 「ははは、まさか……っつーか、コントって……」 先輩の提案を鼻で笑おうとして、ふと思い至る点を見つける。 「いや、待てよ……?」 たしかに、あの空に浮かぶ手品は一見するとタネも仕掛けも無いように思える。 もしかしたら本当に浮かばせていて、それを手品と称しているのでは無いだろうか……!? 「在り得る……それだっ!!!!」 「あぅ?」 「んぅ……どうしたの?」 「何か思いついたんですか?」 俺の声につられて、静香と深空が目を覚ます。 「手品師に弟子入りして、人を浮かばせる術をマスター してくりゃいいんだよっ!!」 「素晴らしい名案です。ふふふ……」 パチパチパチ、と一人の拍手に迎えられる。 「寝なおしていいかしら?」 「状況がわからないので、さっぱりです」 「眠い……」 めっちゃテンション低かった!!! 「ここは盛り上がるところじゃないんすか!?」 「でも、たぶん弟子入りするとなると、ある程度 手品の腕が無いと不可能なような気もします」 「ふっふっふ……任せてください。とっておきの手品を 披露してあげますよ」 「?」 俺はかりんの前に立つと、左手の親指を人差し指で隠し右手の握りこぶしで右の親指を隠し、くっつける。 「ほれっ!!」 そして、その左手を素早く右手から離す!! 「あうっ!?」 もう一度くっつけて、戻すっ!! 「あうううぅっ!?」 さらに、一度離して……停止ッ!! 「あうあうあううううぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!?」 これによって、親指が切断されたかのように見える上にそのまま空中で制止しているのだ! 「ゆ、指が切れちゃいましたっ! 大変ですっ!! 早く病院に行かないと、死にますっ!!」 慌てふためくかりんを前に、思わず誇らしげになる俺。 「どうよ?」 「ZZZZzzz……」 寝ていたっ!! 「す、すごいですね」 「(ものすごいフォローしてます感が出てるし……)」 「しょぼ」 「てめえっ!!」 「て、手品だと言う事を忘れてましたっ!」 「(お前一人に驚かれてもなぁ……)」 かなり悔しかったが、逆に俺の中に眠るマジシャンの魂がアツいパトスによって燃え盛ってくるのを感じた。 「ちくしょう、見てろよお前らっ! 必ず、すんげぇ手品 マスターして、目にもの見せてやるからな!!」 「捨てゼリフすぎて、逆に泣けてくるわね」 「静香なんて大嫌いだあああぁぁぁーーーーーっ!!」 「ちょ、ちょっと……」 俺はいじけながら教室を飛び出し、マジックマスターへなるために、遥か彼方へ旅立つのだった。 ……………… ………… …… 「フッ……」 「あ、やっと帰ってきた」 「いじけていたにしては長かったですね」 「どこへ行っていたんですの?」 「かの有名な天才マジシャン、プリンセス《電光:でんこう》に弟子入り して来たのさ」 「そんな簡単に弟子を取るものなんじゃな……」 「って言うか、半日じゃ何もマスター出来ないでしょ」 「静香、お前は俺を馬鹿にした事を後悔するだろう」 「な、何なのよ、その自信は……」 俺はクールにスッとトランプを取り出すと、ものすごい高速のパフォーマンスシャッフルを披露する。 「な、なんですの〜!?」 「あぅっ!! すごいですっ! まるでトランプが 自由自在に飛び回っているようです!!」 「さあ《マドモアゼル:お嬢さん》。好きなカードを1枚どうぞ」 「そ、それじゃあコレを……」 「ふむ……あなたが引いたカードは、ズバリ――― ハートのAですね?」 「な、なんだ、やっぱり無理じゃない……違うわよ」 「よく見なさい。違わないでしょう?」 「え?」 「ワン・ツー・スリー!!」 俺がカウントしてパチンと指を鳴らすと、静香が手に持っていたカードは一瞬にして燃え上がり、その姿をハートのAに変える。 「わ……す、すごいです……」 「あぅ! すごすぎですっ!!」 「ど、どうやったのよ、今の」 「わ、私にもタネを教えるのじゃっ!」 「カッコイイですわっ!!」 「思わず惚れちゃいますね」 モテモテだった!! 「まさに現代の奇術だな」 「むぅ……我輩の目をも欺くとは……マジックとは 小ざかしいものだな」 「ご、ごめんね、カケル……私、酷い事いっちゃって」 「気にするな。一流のマジシャンは、器もデカイのさ」 「しかし、よく短期間でここまですごい技をマスターできた ものじゃのう……」 「思わず惚れ直してしまいますっ!!」 「褒めるな褒めるな、当然の事さ」 「…………」 「……って、ちっがぁ〜うっ!!」 「なんじゃ、急に大声で……」 「ついカッとなって忘れてたが、そもそも俺は空を飛ぶ ために、人を浮かばせるテクニックをマスターしよう と思って弟子入りしたんだよ!」 「いくらカード《捌:さば》きが上達しても、意味ないだろ……」 「そ、それもそうね」 「途中から目的がすり替わってますね」 「マジシャンとしてはすごい上達ですけど……たしかに 空を飛ぶための活動としては失敗ですね」 「俺の努力は一体……」 俺は《露呈:ろてい》した自らのアホぶりを悔やむと、がっくりと力なくうな垂れるのだった。 <空元気〜帰る場所の無い少女〜> 「お二人に悟られないように、精一杯いつも通りに 明るく振舞ってみました」 「でもお二人にはいつもの元気が無くて……だから 私がもっともっと頑張って、能天気にはしゃいで いつも通りの日常に戻そうとしました」 「それでも、浮かない顔の翔さんをこれ以上見ていたら 私まで我慢できなくなってしまいそうで……」 「だから私は、この前みたいに晩御飯を作りに行きます って告げて、帰るフリをしながら教室を出ました」 「これできっと、翔さんも安心してくれるはずです」 「あぅ〜、あぅあぅ、あぅ〜♪」 「…………」 「…………」 放課後、俺は鼻歌交じりに落書きを楽しんでいるかりんを何とも言えぬ心境で見つめていた。 深空の方も絵本作りに集中できないようで、かりんを見つめては、その腕を止めていた。 「空を、飛ぶ、3つ目の方法は、あぅあぅあぅ、です」 今日一日、普段と同じかそれ以上にハイテンションで明るいかりんは、無理をしている様子も無く、いつも通りの能天気なノリだった。 「あうぅ〜……空を飛ぶ方法、思いつかないです……」 画用紙の切れ端に空を飛ぶ俺とかりん(らしき物体)のイラストを描きながら、がっくりと肩を落とすかりん。 「んな簡単に思いついたら世話無いっての」 「しょうがないので、絵の中でだけでも飛んでみます」 「なるほど。それによって何か閃くかもしれねーな」 「あぅ〜♪」 俺の《相槌:あいづち》に、満面の笑顔を見せるかりん。 見れば見るほど、それはいつもと同じかりんで……俺たちの懸念など、見当はずれだったのだろうか。 「(昨日の深空が言っていた話を聞いたがゆえに、その  先入観から来る懸念なのかもしれないが……)」 たしかに深空の勘違いや心配のしすぎの可能性もあるがそれでも俺は、理屈ではなく同じ予感を抱いていた。 こいつは俺たちに気を遣って無理をしているのだ、と…… 「……なぁ、かりん。今日、一緒に帰らないか?」 「えっ?」 「俺が家まで送ってやるよ」 「い、いえ。全然大丈夫です。一人で帰りますから」 「遠慮すんなって。ヒマ潰しに遊びに行かせろよ」 「あぅ! わ、私、実はお金持ちのお嬢様ですので お父さんがとても厳しいんですっ!!」 「ですから見つかったら大変ですし、すみませんが ご好意だけ受け取っておくことにします」 その拙い言い訳を聞きながら、真っ直ぐすぎる性格のかりんの『嘘』だということを、確信してしまう。 「……いいじゃんか。見つからなきゃ平気なんだろ? スパイごっこは得意なんだ」 「あ、あうぅ〜……」 「だから今日、お前の家に遊びに行くからな」 「あぅ〜! と、とにかくダメですっ!」 「久々の帰宅ですので、まったりと家族団らんで 親子水入らずに過ごしたいんですっ!!」 「超リッチな金ぴかりんのお部屋で、ぽてちを食べながら 寝転んで、抱き枕をもふもふとして過ごしたいんです」 「んな不健康な私生活は却下だ。俺と遊んでいた方が 色々と健康的だろ」 「ふ、不健全ですっ! 《不順誠意友好:ふじゅんせいいゆうこう》です!!」 「ある意味で合っていそうな雰囲気だが、お前の言おうと している単語とはかけ離れてるぞ」 「と、とにかく私のお家はダメですっ! ……そうだ!! 翔さんのお家なら平気ですっ」 「俺の家?」 「は、はい。また晩御飯をご馳走に行きますね! ついでにコバンくんを鑑賞したり……」 「……そう、だな」 そしてこいつは、昨日までと同じ日々を演じるためにアテも無いくせに帰る《フリ:・・》をするのだろうか。 「あぅ〜♪ それじゃ、決まりですっ!」 「えっと、ではでは、私はリッチなマイホームに 戻ってから、翔さんのお家に行くための準備を するので、お先に帰ることにしますねっ」 「お、おい、かりん……」 俺にこれ以上追及されたくないのか、かりんは誤魔化すようにその場を去ってしまう。 「……行ってしまいました」 「そうだな」 「それじゃあ、今日は解散でしょうか」 「ああ、悪いな」 「いえ……かりんちゃんのこと、お願いします」 俺の行動を先読みしているかのように、深空がそんなお願いをしてくる。 「おう。それじゃ、またな」 「はい。また明日です」 俺は深空に別れを告げると、かりんを追いかけるように早足で教室を出るのだった。 <突然のお迎え〜消えた魔法の代償〜> 「いつものように子供達と別れ、私達が家に帰ろうと した時でしたわ……」 「田中が突然現れて、私を迎えに来たと言うんですの」 「それはお父様の跡継ぎとして、私に再び帝王学を 学ばせるため……」 「もちろんそんな言葉、すぐにはねつけましたわ。 私には家を継ぐつもりなんてありませんもの」 「でも……そう突っぱねた私の前に現れたのは 何人もの黒服を後ろに従えた男性……」 「それは姫野王寺グループ代表取締役会長…… 《姫野王寺:ひめのおうじ》 《賢剛:けんご》」 「つまり……私の、お父様でしたの」 ようやく訪れた普通の夏休みだが、俺たちは相変わらず保育園で慌しい時を過ごしていた。 しかしその帰り道、子供たちと遊んでいた時とは裏腹に花蓮の表情は冴えなかった。 「……ふぅ……」 「どうしたんだ? ため息なんて」 「ガキどもと別れるのがそんなに名残惜しかったか?」 「ええ……もちろん、それもあるんですが……」 からかうように言ったのだが、今日の花蓮にはまったく通用していないようだ。 「……かりんの事か?」 「…………ええ」 そう言って、花蓮はまたため息をついた。 「悔しいですわ……せっかく私たちを頼ってくれた 鳥っちさんに、何もしてあげる事が出来なかった なんて……」 「……そんな風に言うなよ」 「俺たちに何もしてもらわなかったなんて事 かりんは思ってないさ」 「で、でも、翔さんは私となら何とかなると思って 協力を持ちかけてくれたんですわよね?」 「それなのに……」 「……いいじゃん、それは」 「そのおかげで、俺たち……その……こういう関係に なれたんだしさ……」 「……っ!」 途端に、花蓮の顔が赤く染まっていく。 「こっ、こんな時に何を不謹慎なことを言ってますの! 私は真剣に……」 「お、怒るなって! 俺だってふざけた訳じゃ……」 笑いながら、花蓮の振り上げた辞典を避けようとした時だった。 ―――キキーーーーーッ!! 「う、うわぁっ!?」 「翔さんっ!?」 突然、俺の目の前に黒塗りの外車が現れたのだ。 「だ、大丈夫ですの!?」 「あ、あぁ、なんとか……」 フロントガラス越しに、花蓮が運転手を睨みつける。 「ちょっと! 気をつけて下さいまし!!」 「これはこれは……申し訳ありません」 「なにぶん、急に車の前に急に飛び出してこられた ものですので……」 そう言って運転席から出てきた人物。それは…… 「……田中?」 「田中さん?」 タキシードを華麗に着こなした初老のジェントルメンセバスチャン田中さんだった。 「天野様……差し出がましいようですが、道路を 歩く際はもう少しお気をつけになられたほうが よろしいかと……」 「あ、あぁ……すいません……」 思わずペコリと頭を下げる。 「よ、余計なお世話ですわ!」 「いや、今のは明らかに俺が……」 田中さんに猛然と抗議する花蓮をなだめる。 「……で、何か用ですの?」 「左様でございます」 田中さんが改めて腰を折り、いつもと変わらぬ口調で言った。 「お迎えに上がりました、花蓮お嬢様」 「え……?」 その言葉に、俺たちはぽかんと口を開けた。 「む、迎えにって……」 「今さら何を言ってるんですの、田中……」 動揺する花蓮を意に介さず、まるで読み上げるようにスラスラと田中さんが言葉を続ける。 「今まではお嬢様の意志を尊重して一人暮らしを 許していましたが、学業のほうも残すところ あと2年と少し……」 「そろそろ姫野王寺家の跡継ぎとしての帝王学を含め 様々な勉強をしていただくためにもご実家の方へ 戻ってきて欲しい、と……」 「以上が、主人の御意向にございます」 「た、田中さんの主人って……」 それはつまり、姫野王寺グループの長……花蓮の父親という事か。 「な、何を言ってますの、お父様も田中もっ!!」 それを聞いて、花蓮はますます声を荒げる。 「姫野王寺の跡を継ぐつもりなんて、私には ございませんことよ……」 「敷かれたレールの上を走るなんて、お断りですわ!」 きっぱりと突っぱねる花蓮。 しかし、次の声は意外な所から聞こえてきた。 「やはりな……お前ならそう言うと思っていたぞ」 「……なっ!?」 「……!?」 ドスのきいた低い声が聞こえ、俺と花蓮が身じろぐ。 そして、車の後部座席の扉が開く……三つの動作はほぼ同じ瞬間に行われた。 「相変わらず、夢のようなことを言っているのだな。 ええ? 花蓮よ……」 車から降りてきたのは、黒服の取り巻きを何人も引き連れた、厳つい中年の男だった。 まるで映画に出てくるマフィアの《首領:ドン》のような威圧感を漂わせるその男は、明らかに一般人の持つ風格とは違う何かを身に纏っていた。 「花蓮……もしかして……?」 「ええ……」 花蓮が緊張した面持ちのまま答える。 「姫野王寺財閥総帥にして、私のお父様…… 姫野王寺 賢剛ですわ」 「この人が……」 姫野王寺 賢剛――― 新聞をろくに読まない俺でさえ、聞いたことのある名前だった。 父の代から引き継いだ小さな会社を、日本を代表する財閥に育て上げた成功者…… そんな雲の上のような人物が、俺を見下ろしている。 「フッフッフ……人の娘を、気安く呼び捨てにして くれるではないか、小僧?」 「…………あぁ?」 高圧的な物言いに、思わず睨み返してしまう。 「フン……花蓮も、貴様のような小僧のどこが いいのだか……」 「…………」 「……おい」 俺など眼中に入って無いかのように、花蓮の父親は周りを取り囲む黒服たちに合図する。 「き、きゃあぁっ!?」 黒服たちは統率された動きで花蓮を取り囲みその身体を手で拘束する。 「やめてくださいまし、お父様!」 「私……世間の事をもっと知りたいんですの!」 涙声で父親に訴える花蓮。 しかし、当の本人は表情を少しも変えようとはしない。 「お前には、世間の前に知らなければならない事が 山ほどあるのだ」 「で、でもっ!」 「これもお前の将来を思えばの事……」 「今はわからずとも、後に自分が間違っていたのだと 気づく時がくるはずだ」 あくまでも、譲る意思はないようだ。 「……ゃ……」 「ぃ……いや……」 黒服に囲まれ車に乗せられる花蓮の目に、じわりと涙が浮かんでくる。 「いやぁあぁぁぁぁっ! 助けて、カケルさんっ!!」 花蓮の痛々しい悲鳴が、住宅街に響き渡った。 「フン……もう諦めろ、花蓮」 「この男は、お前を助ける気などないようだぞ」 「…………」 「か、翔さん……」 花蓮の父親が、先ほどから黙って様子を見てる俺を一瞥し鼻で笑う。 「フッフッフ……利口な男ではないか」 「こうして貝のように口をつぐんでいれば、無用の トラブルに巻き込まれる心配がないという事を 知っておる……」 口元に愉悦の笑みを浮かべ、一方的に俺を見下す。 「……ま、アンタら親子の問題なんて、俺には 関係ないし?」 「その通りだ、わかってるならさっさと失せろ」 「ああ、そうさせてもらう」 「翔さん……」 花蓮が消え入りそうな声で呟く。 それは信じていた者に見捨てられた捨て犬のような心細い声で――― 「じゃあな、オッサン」 ―――だから俺には、そんな花蓮を置いて行く事なんて出来なかった。 「……ぁ……」 「帰るぞ、花蓮」 俺が取ったその手を、花蓮が呆然と見下ろした。 <突然の発作> 「私達と楽しそうに会話していた鈴白先輩が、急に 発作のように怯えて、震え出してしまったの」 「私達には、とまどうことしかできんかったのじゃ……」 「どうにか、翔とお医者様のお陰で、眠ってくれた けど……自分達の無力さに、胸が痛んだわ」 「それでも……精一杯、私達なりにあかりんを支えて あげたいと思ったのじゃっ!!」 「うん。そうよね!」 「それでマーコったら、まだ空を飛ぶことを諦めて ないんですよ?」 「ふふっ……そうなんですか?」 「乗りかかった船、じゃからな。……もしそれが実現 すれば、また会えそうな気がするのじゃ」 「鳥井さん……」 久しぶりの仲間たちとの会話に花を咲かせていると不意にあいつの話題が出る。 勝手に俺達の心を掴み、最後まで理由を言わぬまま消えてしまった少女…… 「(かりん……)」 あれだけ疎ましく思っていたアイツも……気がつけばいなくなってしまった事を、寂しく思うような相手に変わっていた。 いつかまた、彼女に会えると信じて……けれど同時にもう戻って来ないのだと、心のどこかで理解していた。 「私も……また、彼女にお会いしたいです」 「こんな素敵な皆さんと出会うきっかけをくれた――― どこまでも明るくて真っ直ぐな、あの人に」 「うむ。そうじゃな……そのためにも、私は諦めずに 実験を続けるのじゃ」 「……鳥井さんは、強い人でした」 「きっと、誰にも言えない想いを抱きながら……そんな 孤独な状況に耐えて、頑張っていたんですから」 「他人にどう思われようが、自らの想いを貫く――― それはとても難しいことなのに……」 「結局お別れの瞬間まで、笑ってこなしてしまったん ですから」 「……そうだな」 「そうですね」 俺の返事を代わりに代弁するように、灯へと伝える静香。 さきほどまでの明るい雰囲気も、少し物悲しいものへと変わってしまっていた。 「理由も言えぬお別れなぞ……いったいどれほどの重荷を 背負っておったのじゃろうな、かりんは……」 「…………」 灯にその悲しみが伝わらぬよう、俺達へだけ呟くようにそう告げる麻衣子。 彼女もまた、かりんを救えなかったと言う心の傷を負っているのだろう。 「私……彼女と会って、もう一度感じたいんです」 「どんな不可能にも挑戦する、挫けない心の強さを。 そんなあの人を支えていた強さが、何なのかを」 「だ、だって……」 「……鈴白先輩?」 直接手を握っていた静香が、灯の異変を感じ取ったのか心配そうに彼女を覗き込む。 「私の『強さ』は……いつだって、ただの……やせ我慢で ……はぁっ……気丈で、いられない……ですからっ!」 「ううぅっ……っく……うあぁっ……はあぁっ……」 「ど、どうしたんですか、鈴白先輩!?」 「な、ナースコールじゃ、シズカっ!!」 いきなり感情を揺るがせ、涙を流しながら胸を押さえて俯いてしまう灯。 「い、一体……なんなんですの!?」 「灯さん……」 何が起きたのか理解できず、俺達は激しく動揺していた。 「怖い……怖いですっ……だ、誰か……」 「灯っ!!」 戸惑っている静香を押しのけるように灯へと駆け寄り俺は優しく抱きしめた。 「翔さん……うぅっ……わ、私……私っ!!」 「大丈夫だから……俺が、ついてるから……」 聞こえていないとわかっていても、俺はそう言葉にするしかなかった。 願わくば、彼女の心へと届くようにと祈りながら…… 「誰か……声を、聞かせてください……っ!!」 「翔さんの、声を……っ」 癇癪を起こしたように泣きながら懇願する灯。 「灯……俺は、ここにいるから」 けれど、無力な俺達は、灯の願いを叶えられなくて…… 「ずっとずっと……一緒だからな……」 ただ必死に語りかけながら、彼女を抱きしめ続ける事しか出来なかった。 ……………… ………… …… 「……とりあえず、ひと段落したってさ」 「鎮静剤も打って、やっと落ち着いて眠ってくれた」 「…………」 「…………」 「…………」 医者に任せて廊下へと来た俺は、一足先に病室を出ていたみんなへ、現状を説明する。 しかし誰も口を開く事は無く、変わらずに重苦しい雰囲気を漂わせていた。 「……私達は、本当に……無力なんですのね」 「結局、私達が思っていたよりもずっと……辛い世界で 恐怖と戦い続けておるのじゃろうな」 どんなに強がっていても、漆黒の世界は一歩ずつ……そして確実に、灯の精神を壊していく。 俺達は、改めて自分達の無力さと、今おかれている現実を突きつけられてしまったのだ…… 「私達がお見舞いに来たって……無理をさせちゃうだけ だったのかな……?」 「でも、たとえ支えられなくっても……やっぱり私は 灯さんのお見舞いに来たかったです」 「そうですわ……せっかくこうして知り合えたのに また、お別れだなんて……嫌ですわっ」 「たしかに、俺達が鈴白にしてやれる事は少ない」 「だが……無駄ではないはずだ」 「そうじゃ! あかりんを励ますために集まった私達が 落ち込んでどうするのじゃっ!?」 「今、あかりんは一番辛い時期のはずじゃ……だからこそ 私達が必死に支えなければならないのじゃっ!!」 「うん……そうね!」 「みんな……」 折れそうになる心を、必死に鼓舞してみんなを焚きつける麻衣子。 決して諦めない強き意志と、どこまでも俺達を包んでいく絶望の暗闇――― 全てを覆いつくそうと広がる闇に呑まれないよう俺達は、必死にあがいていた。 「あかりんの心が、壊れてしまう前に……」 「少しでも多くの、強い支えが必要じゃ」 「そうね」 「だから、みんなで考えるのじゃ」 「どうすれば、あかりんの心を支え続けていけるのかを」 「……でも、その方法が見つかるまでは、ただひたすら シロっちさんと一緒にいるべきですわ」 「ああ。みんな……頼む」 俺は感謝の気持ちを籠めて、深く頭を下げる。 みんなは、俺一人では押し潰されていたかもしれない現実に立ち向かい、戦い続ける勇気をくれた。 願わくば灯もまた、みんなに支えられてくれる事を祈りながら……俺は再び病室へと戻るのだった。 ……………… ………… …… <突然の発熱> 「デート当日、私は寝坊した翔を起こしに行ったの」 「案の定カケルはまだ寝てて、私は不満交じりに それを起こして……」 「それで翔と話してたら、急に頭がクラクラして……」 「……私が覚えてるのは、そこまでね」 「そのまますごい熱を出して、倒れちゃったの」 「ねえ、カケル……起きて……?」 ゆっさゆっさ。 「カケルってば……」 ゆっさゆっさゆっさゆっさ。 「ん……」 「起きてったら」 まどろみを妨害するような、断続的な揺れ。 「んぁ……?」 「あ、やっと起きた」 寝惚け眼をこすりながら目を開くと、そこには最愛の恋人の姿があった。 「静香……? なんでここにいるんだよ」 「何でって……もう忘れちゃったの?」 「何が?」 「んもぅ……デートよ、デート!」 「あ……そっか……そうだったな」 そう言えば昨日、たしかに約束していた事を思い出す。 「悪い。気が抜けてたのかな……」 「……やっぱり、寂しいね」 「ん……そうだな」 急に訪れた、かりんとの別れ…… 学園に行けば、ひょっこりといつものようにその姿を見つけられそうで――― 「……行くか、デート」 俺はそんな幻想のような甘い考えを振り払い、目の前の恋人を、しっかりと見据える。 大切な人のために出来る事を、精一杯やる事だけが……あいつへの手向けになるかもしれないのだから。 「うん。いこっか」 「おし。んじゃ、とりあえず着替えてすぐ行くから 表で待っててくれ」 「うん、わかった」 元気よく頷くと、静香が部屋を出て行こうとドアへ歩み寄り――― 「いったぁ……」 その頭を、ドアへぶつけていた。 「おいおい、大丈夫か?」 「う、うん……」 静香に歩み寄ると、涙目になりながら額を摩っている。 「……ドジッ娘属性でも開眼したのか?」 「わけわかんないし」 「で、冗談はさておき、怪我無かったか?」 「たぶん平気」 「ちょっとフラッと来ちゃって……ぶつかっちゃった だけだから」 「そっか。寝不足なのか?」 「ううん。別にそんな事ないと思うけど……」 どうやら本人に自覚はないようだが、病人をデートで連れまわすわけにも行かない。 ここは少しデリケートだが、様子を見てみるべきだろう。 「静香、熱測るぞ」 「うん……」 静香の額に手を乗せるが、特に熱いというわけでもなかった。 「平熱だな、たぶん」 「だよね。別に頭痛とかはないし……」 「まぁいいや。んじゃ外で待っててくれよ」 「うん。じゃあ、外で待ってるね」 「おう」 そう言って、今度こそ静香は部屋を出て行った。 「さて、さっさと準備するかな……」 ……………… ………… …… 「わりぃ、待たせた!」 「んもぅ、遅いわよ」 「ちょっと準備に手間取っちまってな……ってお前 大丈夫か?」 「え……何が?」 「何がって……足元ふらついてるぞ!?」 よく見ると足元だけではなく、顔も紅潮していて息が少し荒かった。 「全然……平気よ……風邪でも無いはずだし…… ただ、外が暑かっただけよ」 「それより、早く行こ?」 「いや、しかしだな……」 「やだな……心配、しすぎよ……ただの―――立ちくらみ ……だから……っ」 「静香!?」 言葉とは裏腹に、静香は崩れ落ちるようにその場に倒れ込んでしまう。 「おい、静香っ!!」 「ん……カケ、ル……」 「めちゃくちゃ熱い……」 さっき診た時は平熱だったのに……こんなすぐに急な発熱をする病気が無学な俺には思い浮かばず嫌な予感を抱いてしまう。 「おい、静香! しっかりしろっ! 静香ッ!!」 「……デート……」 「バカ、何言ってるんだよ! いいから黙ってろ!! 今すぐ病院に連れてってやるから……」 「ごめんね……」 熱にうなされるようにそう呟いて、糸が切れたように意識を失う。 <立ち向かえる勇気を……> 「お父様がその気になったら、私はきっと姫野王寺家の お嬢様としての道を選ばされてしまいますわ」 「だから、どんな時でも諦めずに翔さんと一緒の道を 歩めるように、立ち向かえる勇気が欲しい……」 「翔さんを、私の心と身体に刻み込んでほしいですわ。 ……絶対に、忘れられないくらいに」 「いえ、もう二度と離れたくないって、迷わずに 強く想えるくらいに……」 「そんな私の願いを、翔さんは受け止めてくれましたの」 「その日、翔さんは体力の続く限り私を愛して くださいましたわ……」 「私だって、貴方といる道を選びたいですわ……」 「……ああ」 「けれど、きっとお父様は手段を選ばずに、私が 頷かざるを得ない状況を作りますわ」 「私の意志なんかに関係なく……それでも、私の意志で 姫野王寺家のお嬢様としての道を選んでしまうような 状況を……」 「お父様はそれが出来る……そして、周りにそれを 認めさせる力を持った人ですもの……」 「花蓮……」 花蓮はうつむき、小さな肩を抱く。 「……怖いですわ、お父様が……」 「そして、そのお父様に従う道を選んでしまいそうな 私自身が……」 花蓮がスッと顔を起こし、震える唇で呟いた。 「だから……私に勇気をくださいませ」 「勇気……」 「どんな時でも諦めずに、翔さんと一緒の道を歩めるような 勇気を……」 「もっともっと、貴方と深く繋がりたいんですの。 その繋がりを感じていたい……」 「そうすれば……私は……!」 すがるように、花蓮が俺の目を見つめている。 そして俺は…… 「当たり前だ……お前が、そう望むなら」 花蓮の肩を引き寄せる。 「お前が望むだけ……繋がりを感じさせてやるから」 そう言って、花蓮の頭を腕の中に埋めたのだった。 ……………… ………… …… 「あっ……うっ、うぅぅっ……あんっ、うぁっ! はっ、はぁ……はぁ……んっ……くっ……」 「うんっ……ん……んっ……うぅん……んはっ…… ふぅ……ふ、ふぁっ……んぁぁあっ!」 「やぁっ……あっ……んっ、ふぁっ……あぁぁぁぁっ! んっ、くぅ……はぁ……んはぁっ……」 「あんっ、んんっ……あん、あぁんっ、ああぁんっ!!」 暗がりの部屋に、ただ花蓮の喘ぎ声だけが響き渡る。 幾度も身体を交わらせ、すでに時間の感覚も無く本能のまま、性交を繰り返す。 倒れるまで続けると誓い、俺はひたすら花蓮の膣内を蹂躙していた。 「大丈夫、かっ?」 俺が突くたびに、先ほど膣内へ出した精液が溢れ出し花蓮の秘所をひくつかせる。 「へ、平気ですわ……あんっ……一秒でも長く、貴方と 繋がっていたいんですもの……うぅんっ!」 「翔さんの想い、ぜんぶ注いでくださるまでは…… 何度でも、受け入れて見せますわ」 「花蓮……」 「だから翔さん……もっともっと……一生忘れられない くらい、私の中へ翔さんを刻み込んで下さいましっ!」 奥へ入れるたび痙攣を繰り返し、引き抜こうとするたびカリを絞りとるように吸い付いき、絡まってくる膣内に俺は2度目の射精感を覚える。 「あ、はぁっ……やぁ……翔さんの、熱くて……んっ!」 「そ、それに、ごりごりって、《子宮口:おく》を擦ってますの…… んっ、んあぁっ、んぁあああぁぁぁぁっ!!」 「ぐっ……お前だって、ギュウギュウ締め付けてくるぞ」 「はぁんっ! だ、だってぇ……翔さんのが、ビクビクって 大きくなって……奥を突いて来るからぁ……」 「しゃ、射精……んああぁっ! しそうなんですのね!? 良いですわっ……はぁっ、また、奥に……中にたくさん 注いで下さいましっ!!」 「でも……」 「んっ……私、赤ちゃんが欲しいですわ……翔さんの…… 赤ちゃんが、欲しいですわっ!」 「っ……」 「だから、翔さんの精を……私のココに、たくさん注いでっ ……妊娠させて欲しいんですのっ!」 熱に浮かれたように膣内射精を求めてくる花蓮の中が初めから俺のために作られたかのように、ぴったりと俺のペニスに吸いつき、膣壁が精を求めて《蠢:うごめ》き回る。 「子供が大好きな私に……プレゼントして欲しいん ですのっ!!」 「だから、たくさん……翔さんの子供が欲しいですわ!」 「ぐっ……花蓮、また中に出すぞっ!!」 「来て下さいましっ! 翔さんと愛し合った証を…… もっともっと、いっぱい欲しいですわっ!!」 「んああぁっ! んあああああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 どくん、どくんと、2度目の射精を花蓮の最奥へと放つ。 「出てますわっ! 翔さんの精液……私の奥に、また…… たくさん出てっ……あああぁっ! ふああぁぁっ!!」 そして、その射精と同時に、俺の精を搾り取ろうとするかのように、花蓮の膣が痙攣し、俺のペニスを包み込む。 「はぁっ、はぁっ……すご……い、ですわ……んっ…… 私も、一緒にイってしまいましたわ……」 一緒にオーガニズムを達せられた幸福感と、以前の経験で俺の限界を悟り、満足そうな顔を見せる花蓮。 「これできっと、私の赤ちゃんが……あんっ!?」 「んぅっ! ふっ、ふぁっ……!」 「んっ……あ、ふぁんっ……や……ふぁぁぁぁっ! はっ……んぁ……か、かけるさ……!?」 しかし、俺の昂りはまだ収まっておらず、絶えず痙攣を繰り返す花蓮の膣内を、再び蹂躙する。 「だ、だめっ……こんなの……んぁぁぁぁぁっ!」 「翔さん、やめっ……私、さっきイッたばっかりで…… ああぁんっ! はぁっ、んああっ、やああぁっ!!」 シーツをつかみ逃れようとする花蓮だが、力が入らずその抵抗も、無駄に終わる。 しかし絶頂で敏感になっているところへの挿入で花蓮は上手く動くこともままならないようだった。 「やぁっ、ま、また……またイッちゃいますわっ!! お願い翔さん、少し、休ませて……んはああぁっ!」 「ぐっ……か、花蓮、悪いが、諦めてくれっ!!」 休憩を願い出る花蓮を目の当たりにして、俺はうわ言のように、その提案を却下する。。 「お前の中が良すぎて……もう、お前を逃がす気なんか ねえっ……!」 「ば……ばかぁっ!」 恥ずかしそうに叫ぶ花蓮。 しかし、そんな罵倒も、今の俺には上の空だ。 AVではなかなか味わえない、本気の膣内射精を懇願されそのまま達する事の快感を覚えた俺は、男の本能で、腰を振り続ける。 「ぅんっ……あっ、あぁっ……あんっ、やっ、うぁっ! はぁ……は……んぁぁぁっ!!」 「んぁっ……んっ、うんっ……あぁ、ふああぁ……!!」 観念したのか、花蓮の方もかつてない未知の快楽へと受け入れるがままに、堕ちて行く。 「すっ、すご……んぁっ! 一回うごくたびに…… ぜ、ぜんぶ、感じて……うぅんっ!」 「はぁ、はぁ……花蓮……俺も……」 「あっ……あは……か、かけるさんも……ですの……? ……んっ! うぅんっ!」 「はっ……や、あぁぁっ! う、うれし……あんっ!」 途切れ途切れに言葉をつむぎながら、花蓮が鼻にかかった嬌声を上げる。 「んっ……ふ、深……っ、んぁっ……あんっ!」 「ふぁぁぁぁっ……ぅぁ……やぁ……こ、こんな……」 「まだだ……もっと、気持ちよくなっていいんだぞ」 「やあぁっ……すごっ……私、また……んあああぁっ! も、もう、ずっと……達しているみたいっ、んんっ! ですわ……ああぁんっ!!」 じゅぷじゅぷと結合部を鳴らしながら、パンパンと互いのぶつかり合う音が響き渡る。 そして、その音を掻き消さんばかりの嬌声を出しながら痙攣するような絶頂を繰り返す花蓮。 その中でペニスを動かす俺も、すでに快感の渦へと飲み込まれ、常に絶頂を迎えている錯覚すら覚える。 「んっ……ぅんっ! はぁ……うぁっ……あぁぁっ…… うゃっ……んふぁ……ん、あぁん……!!」 「は、うぅん……んぁっ……あぁ……あっ……んっ! や……あっ……んぅぅっ……!!」 「もっ……もう、きもち、よすぎて……ダメですわっ! んぁっ! ふぁ……ぅんっ……んんんっ……!!」 「じ……自分の、身体なのに……ぜんぜん、言う事を きいてくれな……あぅっ……うぅぅんっ!」 怪しくなってきた呂律で、必死に快感を訴える花蓮が何度目かの絶頂を迎え、余裕の無い表情を覗かせる。 「ぅんっ! はぁっ……んっ、ふっ……や、やぁ…… そ、そこ……ん、んぅぅぅっ!」 「んはっ……ぅぁ……は……んっ、うぅぅぅんっ! はぁ……は……ん、うぅんっ!」 「やぁ……いろんなところに……あたって……あぁんっ! は……ぁぅぅぅっ……うんんっ、んああぁっ!!」 がむしゃらに腰を振りながら、一突きごとに角度を少しずつずらすようにして、ピストンを繰り返す。 俺のモノをキツく締め付けながらも、花蓮の中は柔軟にその形を変えていく。 「い、イクっ! またイッちゃ……やああぁっ!! だめだめ、だめぇ〜っ! ダメなんですのぉ!」 必死に理性を保とうとする花蓮をあざ笑うかのようにとめどなく溢れる快感に、涎を垂らしながら絶頂して潮を吹く花蓮。 その淫らに崩れ落ちる彼女の姿は、俺の脳をショートさせるほどの淫猥な魅力に満ちていた。 「やああぁ……み、見ないでくださいまし……」 だらしなく緩みきった顔を見られるのが恥ずかしいのか花蓮は俺から目を逸らした。 「俺の前でなら、いくら乱れたって構わないぞ……?」 「でもぉ、でもぉ……こんなのっダメですわぁっ…… んっ、んんっ、あっ、はあぁんっ! やあぁっ……」 激しい絶頂を繰り返す花蓮を見て、なおも挿入を続けるペニスに悶えながら、イヤイヤを繰り返す花蓮。 すでに俺の射精感も限界へ達し、かつてない量が上りつめている予感を抱いていた。 「行くぞ花蓮! 望み通り、妊娠するくらいお前の膣内へ 注いでやるっ!!」 「はぁっ……んんっ! お、お願いしますわっ!! もう私、頭の中が、真っ白で……んあぁっ!!」 俺は射精に向けて、ラストスパートをかける。 「はあぁぁっ! あっ、あっ、あっ、んぁっ…… やっ……か、かけ……っ、はあああぁんっ!!」 花蓮の柔肉に、この上なく乱暴に腰を叩きつける。 「うぅんっ! んっ……ぁぁ……ふぁっ……はぁ…… んっ……ぅん……あん……あはぁ……」 「んぁっ……ん、ぅんっ……あぁ……んふぁっ!」 「花蓮……出るっ!!」 「え、ええっ! 構いませんわ……イって下さいましっ! いっぱい、中に出してっ!!」 「わたくしの中に……か……かけるさんのを…… ……いっぱいっ……!!」 「……くっ!」 「んぁっ! そう、そこっ……!」 「わたくしの、一番奥にっ……そ、ソコに、ぜんぶ…… んぅっ……くっ……くださいませっ!!」 「ひぅっ! あっ、あ……は……んぁあああぁぁっ!!」 「あ……あぁ……はぁっ……あ、熱、ぃ……」 「んっ……ど、どろどろしたのが……私のなかに……」 「いちばん奥に……あ、当たってますわ……んっ……」 ビュクビュクと精液を子宮に注がれながら、恍惚の表情を浮かべる花蓮。 「あ、すごいですわ……こんなにたくさん……」 いまだに、小刻みに膣壁の脈動を繰り返す花蓮が、興味深そうに秘所からあふれ出る精液を見ていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 全ての精を出しつくして、俺は力尽きるように仰向けになって、花蓮の隣へと倒れこむ。 何年分もの射精を、全て花蓮に注ぎ込んだ気分になるほど俺は疲れて果てていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ふぅっ……」 激しく乱れる呼吸を落ち着けるように深呼吸をする花蓮。 「それじゃ、第2ラウンド、開始ですわ」 「は……?」 呼吸を整えたかと思うと、花蓮は自分の秘所をいじりながら理解できない単語を俺に言い放ってくる。 「ちょ、ちょっと待て! もう無理―――」 「ねぇ、かけるさん……」 「もっと……もっとしてくださいませ……」 「うっ……」 潤んだ瞳で俺のペニスを秘所へと宛がい、流れ落ちる汗を拭うこともせず、俺へ向けて《お:・》《ね:・》《だ:・》《り:・》をしてくる。 「まだ、この前と合わせて4人分しか、精液を注いで もらってませんわ……」 「私、自分の子供達でサッカーチームを作るのが夢 なんですの」 「ちょっ……」 「だから……まだまだ、翔さんの精液が欲しいですわ」 「私のココに、もっともっといっぱい射精して…… 夢を叶えるくらい、たくさん妊娠させて欲しいん ですのっ」 「はぁっ!? お前っ……それは違っ……」 たしかに、子供を作る方法は理解しているようだが……何度性交しようと、それがストックとして残り、妊娠を繰り返すわけではない。 そんな性の知識の甘さから、花蓮は無茶苦茶な要求を俺へ突きつけてくる。 「落ち着け、無理だって! だから今日はとりあえず この辺でだな……」 「え……? 嫌……なんですの?」 「うっ……」 ペニスの先端を膣の入り口へと擦りながら、残念そうな表情を見せる反則級の可愛さに、思わず死にかける。 「私……欲しいですわ……」 「翔さんの、おちん○んで……もっとたくさん愛されて…… 私の中に、い〜っぱい、注いで欲しいですわ……」 「翔さんの赤ちゃん……子供が、たくさん欲しいですわ」 「でも、もう身体が限界なんだよ……」 「そんな事、無いですわ」 「きっと翔さんのココも、私を本当に想ってくれているなら ……また元気になって、子種を注いでくれますわ」 「お願いですわ……翔さん……」 「っ……」 無理だと思っていた俺とは裏腹に、再び固くなって来たペニスに、自分で驚きを隠せない。 「ふふっ……嬉しいですわ……翔さんのも、たくさん 赤ちゃんが欲しいって、言ってますわ」 「はぁっ……解ったよ、こうなりゃ、意識がぶっ飛ぶまで お前の膣を犯し続けてやるから、覚悟しろよ?」 「んっ……お願いしますわ。いっぱい、いっぱい…… 死ぬほど愛して下さいまし」 そう言って、ずぷぷぷと俺のペニスを埋めていく花蓮をこちらから不意打ちのように、思いきり腰を叩きつける。 「ひぁっ!? うぅんっ……はあああぁぁぁんっ!!」 「あぁんっ! ふぅんっ、んああぁっ……すごっ…… 深、くてっ……気持ち良い、ですわぁっ……!!」 及ばない腰つきで、花蓮は身体を上下に揺する。 温かく濡れた膣全体で、性器を柔らかくしゃぶられているような感覚に、俺のペニスは再び元気を取り戻しつつあった。 「ふっ……んふっ……うぅん……んっ……!!」 「い……いかがですの、翔さん? んっ……んぁっ!」 「な、中でどんどん……大きくなってますわ……っ! き……気持ちいいんですの?」 「あ、ああ……」 「花蓮の中……吸い付いてくるみたいで……す、すげえ 気持ちいい……っ!!」 額に汗を浮かべ、髪や胸を揺らして俺の上で喘ぐ花蓮を見て興奮しないわけがなかった。 「そ……そうですの……んっ!」 「な、なら……も、もっとして差し上げますわ…… んぅっ……あ……あんっ……ふぁぁぁっ!」 「だ……だからもっと……もっともっと……はぁ…… き、きもちよくなって……くださいませ……んっ!」 花蓮が腰を浮かせ、再び飲み込むように俺のペニスを包みながら、ゆっくりと抜き差しを繰り返す。 「んぁっ! はっ……んっ……んぅぅっ……」 「はぁ……んふぁっ……んっ、んっ……やぁ…… ひ……ひっかかって……」 互いに本能の赴くまま、相手へ向けて淫らに腰を振りその愉悦へと堕ちていく。 花蓮が腰を持ち上げるたび、膣ごとめくり上げてしまいそうな感覚が、独特の快感を生み、背骨を駆け上がる。 「んぁっ! はぁぁぁ……ぅんっ……ふぁぁぁ…… やっ……んふっ……はっ……はぁぁっ……」 「な、なかなかっ、思った通りに、動けませんわ…… んぅぅぅ……くぁっ……あああぁっ……あんっ!」 「ま……待っていてくださいまし……もっとしっかりと…… んっ……あ、は……やんっ!」 もどかしそうに口を開くたび、快感に負けた花蓮がへなへなと腰を落とす。 しかし、一定しない上下運動のリズムが、逆に俺の快感を強いものにしていく。 「あぁんっ……ふぅっ……ん……んむっ……」 「うぅぅぅんっ……んぁ……んっ……んぁ…… くっ……ぅん……あぁっ……も、もう……」 自由にならない身体が恨めしいのか、花蓮が目の端に涙を浮かべてむくれる。 「む……無理するなよ、花蓮」 「俺は今のままでも……十分気持ちいいから……」 「ぐすっ……そ、そうはいきませんわ……」 花蓮が俺を見下ろし、気丈に言った。 「私は翔さんに、もっともっと……もっともっともっと きもちよくなって……もらいたいんですの」 「なんで、そんなに……俺は満足だって言ってるのに」 「だ、だって……どんな時でも、強引に主導権を握って…… 私は、振り回されて、ばっかりですわ……」 「うっ……わ、悪い……」 「違うんですのっ! んっ……いつも、そうして…… 私を幸せにしてくれる、から……っ!!」 「だから、私も……あぁんっ! もっともっと、翔さんを ……んんっ! 幸せに、したいんですっ」 「花蓮……」 「だから、いつもしてもらうだけじゃ……イヤですの!」 「…………」 「いつまでも甘えてばかりじゃ……貴方と同じ場所に…… スタートラインに、立てませんもの……んあぁっ!」 「だからせめて……エ、エッチの時くらいは私にも…… んっ……んぅぅぅ……」 照れ隠しのように、花蓮がストロークを速める。 しかし、やはり身体のコントロールがうまく出来ないようでその上下運動は少々不安になる動きだった。 「うぅん……くっ……んん……ふあああぁぁぁっ……」 「(しょうがねえな……!)」 「ふぇ……? んっ……ひあぁぁぁんっ!?」 不意に、花蓮が驚いたような嬌声を上げる。 予告もせず、俺が全力で腰を振り、花蓮の身体を突き上げ始めたのだ。 「ちょ……んぁっ! か、かけるさ……そんな急に…… んっ、や……やぁっ!」 「んっ! んぁっ! うっ……ふっ……あ、あ、あっ! うぅんっ……ん……はぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!」 「ひ、ひどいですわ、翔さんっ……! こんな、いきなり ……ふぁぁっ……ん、うぅんぁっ!」 振り落とされないように必死でバランスを取りながら花蓮が涙目で俺を睨む。 「バカ……気持ちよくなって欲しいと思ってるのは お前だけじゃないんだよ……」 「だっ……だから、いまは私がっ……んあああぁっ!」 反論のスキを与えぬよう、一定の間隔で花蓮を膣ごと突き上げる。 「二人で、同じスタートラインに立つんだろ……っ?」 「そっ……それはそうですけどっ……んんっ!!」 「だったら気持ちよくなる時だって……一緒の方がいいに 決まってんだろ……っ!」 「ん……んぁっ! ひ、人の話を聞いてませんの!?」 「そっ、そのために私が、翔さんを気持ちよく…… んふっ……んあああぁっ!!」 とっくに理性の箍が外れていた俺は、昂る気持ちに従いただひたすらに、その身体を貪った。 「わりぃ……代わりに、いっぱいよくしてやるから……」 「んぅっ、んんっ……あぁぁっ! ば、ばかぁっ……」 花蓮の喚きに耳を貸さず、俺は夢中で腰を上下させる。 「んはっ……あぁ……んっ、んっ! んふぁぁぁ……」 「ぁん……ま、また、私ばっかり……んっ……あぁん!」 「そ……そんなの、だめですわ……一緒に……いっ…… 一緒じゃないと……嫌ですわっ!!」 気丈にも背筋を伸ばし直し、花蓮が俺の動きに合わせるようにストロークのスピードを上げ、必死に腰を振る。 「んぁっ……はぁ……んっ、ふっ! ふぁぁぁっ…… うぅんっ……んゃっ……はぁぁ……」 「ふぅっ……ん……んっ、んぁっ……はぅっ……! あっ……んぅぅ……はぁんっ!」 「やっ……あ……んんっ! そ、そんなに……ずんずん 突き上げられたら……んぁぁぁぁぁっ!」 だらしなく口を開き、花蓮が泣きそうな声で訴える。 「んっ……ふぅんっ! ……あっ、あっ、んぁぁぁっ! ふぅっ……ん、ん……ああぁっ!」 「ぃやぁ……か……からだ……浮いちゃいますわ……」 がむしゃらで無軌道な俺に対して、花蓮は懸命にリズムよく腰を動かして、タイミングを合わせようとする。 「は、はっ……んぁぁ……んふっ……ふ……あぁっ! う……んっ……んっ……うぅんっ……!!」 「ぅんっ……んぁ……はふっ……ん、んっ、んっ!! はぁっ、はぁっ……んあぁっ! はあああぁっ!!」 花蓮のお陰で、徐々に二人の動きがシンクロしていく。 途端に、そのピストンから得る快感が何倍にも膨れ上がったような錯覚に陥った。 「はぁっ、はぁっ……んっ……ふぁぁぁぁぁ……んんっ…… はぁっ……ん、うぅん……」 「んっ……ふぅんっ……ぅん、うああぁっ……!! んああぁ……はっ……んっ……ああぁんっ!」 「か……花蓮……すげー、気持ち、いいぞっ!」 「まっ……まだまだ、ですわ……んっ、あぁぁぁぁ……」 「ま、まだまだって……くっ!」 「んっ……やっと、コツがつかめてきましたの…… あぁぁっ……んっ……ふぁっ!」 「だ、だから、かけるさんには、これからもっと…… き……きもちよくなっていただきますわ……」 おぼつかない口ぶりだが、どこか嬉しそうに花蓮が呟く。 「ま、マジかよ……そいつはなんとも……」 「(……嬉しい宣戦布告だな……)」 興奮と熱気に酔った頭で、思わず笑みがこぼれる。 「ふふ……か……覚悟してくださいまし……んぁっ…… ふっ……んぅっ……はぁ……ああぁんっ!!」 「うぅん……ぁっ! はっ、んっ、んっ、ぁんっ! んぁぁぁぁっ……んっ、あはぁっ!」 ピストンする二人のリズムは、完全に一致していた。 俺が突き上げる瞬間に花蓮は腰を下ろし、最奥をノックすると再び素早く腰を引いて、もう一度、体重を乗せて濡れそぼった女性器が、俺のペニスを深くまで呑み込む。 「んあぁっ! あぁん……うぅん……ふあああぁっ!! か、カ……カケル、さぁん……んああぁっ……」 「もっと……もっと突いてくださいまし……んぁっ! し……下から、ずんずんって……あぁんっ!!」 浮き上がるほど力強く、花蓮の身体を押し上げる。 しかし、どれだけ突き上げても花蓮の膣口は俺のモノをしっかりと咥え込み、一向に離す気配がない。 やっとの思いで引き抜けるかと思うと、膣内全体を使い全ての《襞:ひだ》で俺のペニスを擦りつけ、激しい快感を与える。 「あは……ん……んぁぁぁぁぁっ! は……んふぁ…… はぅっ……ぅんっ……んっ……んふぅっ!」 「あぁん……か、カケルさぁん……かけっ……んあぁ!」 「もっと、奥まで……ぇっ! ん……んぅっ……! は……はいってきて、くださいませ……」 汗を飛び散らせながら、なおも恍惚とした表情で花蓮がさらなる繋がりをねだる。 「んぁっ! はっ……はっ……んっ……んぅぅぅっ! ふぁぁん……んぅ……うぅっ……うぅんっ」 「あんっ、んぅ……はぁぁんっ! うんっ、んっ…… ぐすっ……んぁっ……ん、あぁぁぁぁぁっ!」 「……花蓮……っ?」 「やぁっ……んっ……だめ……私、ヘンですわ……」 「ひっ……うっ……ぅあっ、んっ……だ、だめっ…… こっ、こんなの……きもちよすぎてっ……」 嗚咽のようにしゃくりあげ、花蓮がぽろぽろと涙を流す。 「だ……だめですの……んあぁっ! ど、どんどん 気持ちよく、なっていって……」 「こ、このままじゃ私……どうにかなっちゃいそうで…… んぅっ! んぁっ、ふああぁっ!」 動きを止められないまま、戸惑うように花蓮が叫ぶ。 「……ぐぅっ……花蓮っ!」 俺も感極まり、愛しい人の名前を叫ぶ。 「はあああぁぁっ……翔さん、かけるさぁんっ……」 すっかり出来上がった花蓮が、甘い声を響かせながら激しく俺を求め、腰を振る。 「すき……好きですわ……っ……か、カケルさん…… もっと……もっとくださいませ……っ!!」 「あなたので……もっと、わたくしを、気持ちよくして くださいませっ……んああぁっ!」 熱すぎるほどの快感を感じる膣内のひくつきに、俺は花蓮の絶頂が近い事を悟る。 「か……かけるさん……私、もう……」 涙声で訴える花蓮を見ながら、すでに俺の方も射精感が限界に来ているのを自覚する。 「俺もだ、花蓮……! 行くぞっ!!」 「んっ……そ……それじゃあ……っ!」 「そうだな……くっ……ま、また……一緒にな」 「え、ええ……ぅんっ……はぁっ……あああぁっ!! んっ! んぁっ! ん、あああぁぁぁっ!」 体力の限界までストロークを繰り返した俺達は、今度こそ最後と言わんばかりのスパートをかける。 「んふぁっ、はぁ、あああぁ……! ん、んぅ……! はぁっ、はっ……あん、はぁんっ、あぁんっ!!」 「うぅぅぅんっ……んぁぁぁっ……くぅ……んっ…… も、もっと、突き上げてくださいまし……っ!」 「わ……私の《膣内:なか》が……かたち、変わるまで……ぇっ!」 「ぐぁっ……あ、あぁ……っ!」 子宮口を貫いてしまうのではないかと思うほど、花蓮の天井に亀頭を押し付け、花蓮の身体を引き寄せる。 「そっ……そのまま出してくださいましっ……!」 「赤ちゃんのお部屋を……かけるさんの熱いので いっぱいにしてくださいませ……っ!」 「花蓮……花蓮……花蓮ッ!!」 「ひぅっ……んあああぁぁぁぁぁあ〜〜〜〜〜っ!!」 どこにこれだけ残っていたのと思わせるほど大量の精を花蓮の子宮に大量に撃ちつける。 その精液を一滴たりとも残すまいというかのように花蓮の膣壁が《蠕動:ぜんどう》する。 「あ……あぁっ……す、すご……んああぁぁっ!?」 だが、想像以上の射精にバランスを崩した花蓮の膣から勢いよくペニスが飛び出し、精液を撒き散らす。 「んっ……はぁっ、はぁっ……」 互いに絶頂の余韻を残し、無言で息を荒げる。 いくらか外に出てしまった精液をぼんやりと眺めながら花蓮がしょんぼりとした姿を見せていた。 その無垢な妖艶さと可愛さのバランスに、愛おしさを感じクラリと来るが、さすがに俺の下半身は反応しなかった。 「どうだ、花蓮……満足したか?」 「ん……そうですわね……」 数瞬の思考を巡らす沈黙に、俺は危機感すら覚える。 「(まさか、ここまでして、まだ足りないとか言うんじゃ  ねーだろうな……)」 普段から見せる不死身のようなタフネスぶりを思い出し冷や汗をかく。 「このまま、第3ラウンドに行くのも捨てがたいですけど ……今は少しだけ、翔さんの胸の中で休みたいですわ」 そう言って俺の胸へと倒れこんで来る花蓮に、俺は内心ホッとするのだった。 ……………… ………… …… 「んふ……かけるさん……ふふっ、ふふふ……」 仮眠を取った後、自然と目を覚ました俺達は、風呂にも入らないまま、互いの体温を楽しんでいた。 「……なんだよ、機嫌よさそうだな」 「だって……ふふふっ♪」 「もったいつけてないで、早く言えよ」 「ふふっ。翔さんにあれだけ出してもらったんですもの。 絶対に赤ちゃん、出来ましたわ♪」 「(……だよなぁ……)」 ほのかな危機感を感じる俺と対称に、花蓮は心の底から嬉しそうにしていた。 「もしそうなったら私……お母さんになるんですのね?」 のん気に目を輝かせて、俺の顔を覗きこんでくる。 「でも、学園はどうするんだよ……」 「そうなったら、学園を辞めて一緒に働きますわ」 「マジかよ……」 「当たり前ですわっ♪」 花蓮の中では、すでに新しい家族を加えた新生活の光景が浮かんでいるようだ。 「うふふっ……私と翔さんの赤ちゃんなら、き〜っと 可愛い子が生まれますわよ?」 「そうだ、名前は、どっちが決めますの?」 「あっ……その前に、男の子か女の子かですわね」 「…………」 「(……ま、それも悪くないか)」 はしゃぐ花蓮の横顔を見て、俺はそんな事を思ってため息をついた。 「私はやっぱり、最初は女の子がいいですわ」 「私に似た可愛い女の子を、私のような立派なレディに 育てるんですの♪」 「……生まれてくる子は、どうかお父さん似であります ように……」 芽吹いたかもしれない新しい生命に、俺はそんな願いを託さずにはいられないのだった。 <素敵な目覚ましをお届け> 「睡眠リズムがずれて寝起きが悪いって困っている 翔さんは、マーコさんに相談してたみたいです」 「何か対策を練ってもらってたみたいですけど そんな事しなくても、私がちゃんと起こしに 行ってあげます。あぅっ!」 「……ここがこうなワケじゃから……」 「…………」 「…………」 黙々と手を動かす麻衣子を横目に、言われた通りに作業する俺達ヘルプ班。 みんなで麻衣子の様子を見に行くことになり、そのまま流れで手伝いをする事になったのは良いのだが…… 「あれ? このナスをトマトに入れるんでしたっけ?」 「あぅ……わけがわからないので、カンに任せて適当に はめ込みましょう」 「(不安だ……めっちゃ不安だ……)」 人選ミスと言うか、このメンバーは、かなりの確率で足を引っ張りそうな予感がしていた。 「(まあ、かく言う俺も、正直今はかなり眠くて挙動が  怪しいもんだけどな……)」 どうにも寝つきが悪かったせいであまり寝ていないので俺は、うつらうつらとしながら作業をこなしていた。 「ふわあああぁぁぁ……」 「なんじゃ、大きなあくびなどして」 謎の部品をいじりながら大あくびをする俺を見て麻衣子が不安そうにこちらへと視線を向ける。 「ああ、先日の親睦パーティーのせいで、何だか 生活リズムが狂っちまったみたいなんだよな」 「普段から時計みたいに決まったリズムを刻んで 生活しておるのはいいが、それゆえに崩れた時 なかなか立て直せんと言うワケか」 「まあ、そんなところかな。麻衣子はそう言うの慣れてて 得意そうだけど、秘訣とか無いのか?」 「ふっふっふ……そうじゃな。あると言えば、あるの」 「マジか? 教えてくれよ」 「私が使っておるわけではないのじゃが……カケルの ために、とっておきの素敵な目覚ましをプレゼント してやろう」 「目覚まし? 強力なヤツなのか?」 「うむ……かなり刺激的だと思うぞ?」 「おお、それじゃあ明日を楽しみにしておくよ」 「任せておくのじゃ!」 俺は頼もしい言葉を聞きながら、再び作業を開始する。 「(でも、今も何か目覚まし的な行動が必要だよな)」 何か目を覚ませるような気合を入れなければ…… 「ん?」 「?」 きょろきょろとしていると、不意に場を乱していそうな怪しげな手つきで作業をしている花蓮と目が合う。 「(よし、こいつらを利用して目を覚ますか……)」 俺はおもむろに立ち上がると、深い意味も無く花蓮を《牽制:けんせい》しながら、じりじりと間を詰めてみる。 「リーリー!」 挑発するように、隙あらば盗塁するぞと言うポーズを見せて花蓮をひたすら煽ってみる。 「リーリーですわっ!!」 なぜか花蓮も俺に負けじと立ち上がり、結果的にじりじりとお互いに弧を描きながら牽制し合う。 「何やってるんですか?」 「リーリーリー!」 「リーリーリーですわ!」 「あぅ?」 声をかけてきたかりんを中心に添えて、二人でリーリーと言いながら、ぐるぐると廻ってみる。 「リーリーリーリー!!!」 「リーリーリーリーですわぁ〜っ!!!」 「なにやらよく解りませんが、いじめですっ!!」 気がつくと、かりんを閉じ込めるように円を描いて俺たちは互いにプレッシャーをかけあっていた! 「ヘイ! ピッチャービビッてるよぉーっ!!」 「ツーナッシングですわぁ〜っ!!」 絶対に野球のルール知らねえだろ的なノリの会話で言葉のキャッチボールを交わしながら、動き回る。 名づけて……リーリー結界!! 「リーリーリーリー!」 「リーリーリーリー!」 「あうううぅぅぅ……」 リーリー結界に封印されて、そのあまりの恐ろしさにガクガクブルブルと震えながら座り込むかりん。 「あ、灯さあぁ〜ん……助けてくださぁ〜い……」 「残念ながら、その結界に入った者は生きて帰れない でしょうから……助けたくても、無理なんです」 知らぬ間に先輩をも寄せ付けぬ結界へと進化していた! 「あううううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!!」 「手伝う気が無いなら、よそでやってくれんかのう」 「あぅ! よそでやってたら完全にいじめですっ!!」 「ちっ……わかったよ、やめりゃいいんだろ」 「命拾いしましたわね」 「いつの間に鳥井さんの命を狙うようになったのよ」 「募る恨みがある関係だったんですね……」 「無いですっ!! たぶん……」 どうやら、さすがに冗談が過ぎたようだったので軽くフォローしてやる事にする。 「悪かったな、かりん。別にいじめたかったんじゃ ねーんだよ」 「つか、お陰で助かったわ。サンキュ」 「あ、あぅ……? きゅ、急に優しいです……」 「細かい事は気にすんなって」 眠気覚ましにおちょくっていた事実は口にせず、誤魔化すように頭を撫でてやる。 「わ、わ、わ。な、なんかヘンです……優しいです。 翔さんが、ヘンタイさんです」 「変態じゃねーだろうがボケッ!!」 「あううぅ〜っ! やっぱりいつもの翔さんです〜!」 「やれやれ、仲がいいやら悪いやら……」 「微笑ましいお二人ですわね」 <素直になれなくて……> 「ふえぇっ!? 天野くんの休日まで私がお伝え 出来ちゃったりするんですかっ!?」 「プライバシーの侵害っぽいけど、これが噂の職権乱用 ……じゃなくて、役得ってヤツなんでしょうか」 「このお仕事、受けて良かったかも……」 「はわっ!? す、すみません、そんな事よりも あらすじをお伝えしないとですねっ」 「え〜っと……」 「朝、寝惚けている天野くんの携帯に、嵩立さんから 電話がかかってきたみたいです」 「ノートを借りたいって用件みたいですけど、勝手に 家に上がって持っていってくれ、なんて天野くんが 言うから、嵩立さんも戸惑って確認してるよ〜」 「お、幼馴染だからって、すごい大胆な発言だよ〜…… 天野くん、なんて答えるんだろう?」 「平然と『いい』って答えるなんて、やっぱり 天野くんって、嵩立さんの事を……」 「あ、でも、とっても寝惚けているみたいだよ〜」 「せっかくだから朝ごはんを作ってくれる、って言う 嵩立さんのアプローチを、聞き流している感じかも」 「嵩立さん、かわいそー……」 「どきどき……それで、天野くんのリクエストは――」 「さっきは良いって言ったのに、やっぱりダメって 答えたみたい」 「嵩立さんも本気でアテにしてなかったらしくて あっさりと他の友達に借りるって言って電話を 切っちゃったんだとか……」 「あ、そう言えばあの日、嵩立さんが私に電話してきて 一緒にお勉強したっけ」 「一方、天野くんの方はやっぱり眠かったみたいで 二度寝って形で休日を謳歌するみたいです」 「突飛な注文だったのに、それを見事に再現しちゃう なんて、嵩立さんすごくお料理上手だよぉ〜っ…… えううぅ……私が勝てそうな要素が何も無い〜」 「そのまま二人でお食事して、嵩立さんは本当に お勉強するために帰ったみたい」 「はわ……恋に焦りは禁物、なのかなっ!」 「突飛な注文だったのに、それを見事に再現しちゃう なんて、嵩立さんすごくお料理上手だよぉ〜っ…… えううぅ……私が勝てそうな要素が何も無い〜」 「そのまま二人でお食事して、嵩立さんは本当に お勉強するために帰ったみたい」 「はわ……恋に焦りは禁物、なのかなっ!」 「す、すごい注文だよぉ〜……はっ、裸えぷろん……」 「でも、次にパンでいいなんて言うあたり、幼馴染 ならではのジョークだったのかなぁ〜?」 「嵩立さんもさすがに戸惑ってたよ〜」 「結局そのまま二人で無難なお食事をして、嵩立さんは 本当にお勉強するために帰ったみたい」 「はわ……私もきっと、二人きりになれたとしても 思いきって告白とか、出来ないよ〜」 「ん……」 ピッ 『あっ、翔。もしかして寝てた?』 「……ん〜ん」 『よかった。でも休日のこの時間から起きてるなんて ちょっと意外だったかも』 『いつも朝会わないけど、もしかして翔って普段から 早起きだったりするの?』 「んー……」 『へぇ、そうだったんだ。そう言えば遅刻したのとか あまり見たこと無かったわね』 「あぁー……」 『それで、さ……』 『あのね? 今から、その……そっち行っていい?』 『実はね、今度の試験範囲が書いてあるページの ルーズリーフが丸々どこかに行っちゃったのよ。 だから、良かったら見せて欲しいかなって』 『マーコの携帯はまた繋がらないし、翔が良ければ 今からお邪魔しようかなって思うんだけど……』 「あー……麻衣子の携帯、いつも繋がらないからな」 『そうなのよ。こっちからかけて繋がった《例:ためし》が無いし』 『翔もマーコも、今のうちから試験勉強を始めれば 後になってから死に物狂いで焦ってやらなくても 平気になるんだからね?』 『……な、何ならついでに私が教えてあげたって 良いんだから。……翔? 聞いてる?』 「……あー」 『本当に聞いてるのかしら……寝ぼけてるでしょ?』 「んな事ねぇって。合鍵の場所は変わってないから 入りたかったら勝手に入ってノートなり何なりと 持ってってくれ」 『で、でも今、翔以外に誰もいないんでしょ? 勝手に入るなんてちょっと……』 「……ぐー……」 『翔?』 「あ? 起きてるっての。つか、昔はいつもダメって 言っても勝手に入ってきてたじゃんかよ」 「しかも、しょっちゅう俺の部屋に忍び込んで……」 『わーっ! な、なんでそんなの覚えてるのよ!? し、しかも起きてるかどうかなんて訊いてないし』 「そう言えば一回、寝ている俺の布団に入ってきて」 『わぁーっ、わぁーっ!! じゃ、じゃあ行くよ? 合鍵で勝手に家に上がるけど、いいのね?』 「いいよ」 『うん。それじゃ、今から行くね』 「あー」 ピッ。 「……ぐー……」 「来たい? だめー。フツーにだめー☆」 『ええっ? さ、さっきいいって言ったのに? しかもなんかちょっとお茶目な感じだし……』 「俺は寝るっての。無理だっての。眠いだろうが!!」 『きゅ、急にキレないでよっ』 『はぁ……んもぅ、結局寝ぼけてるのね。いいわ。 それじゃ、他の友達に声かけてみるから』 「あー……そうしろば?」 『すでに日本語じゃないんだけど……わかったわよ。 じゃあ、また明日ね』 プツ、ツーッツーッツーッ…… 「ん……」 俺はやっとこさ少しだけ動き出した脳みそで、誰かから電話がかかって来てたんだなぁ、とぼんやり考えながら再びまどろみの中へと落ちていくのだった。 ……………… ………… …… ……………… ………… …… 「…る…」 「……ける!」 「翔っ!」 「ん……」 「はぁ……何よ、やっぱり寝てたんじゃない」 「ちょっと、かけるってば!」 ゆっさゆっさ。 「んあー……?」 「ほら、起きてっ」 「あと5分……むにゃむにゃ」 「ガッコに行くわけじゃないんだから、そんな 刹那的な快楽に身を委ねる案は却下だからね」 「んだよぉ〜、どうせ学園に行く時だって5分は 待ってくれないんだろうがよぉ〜」 「そんな事ないけど……でも翔いつも朝早いんでしょ? 私が起こしに行くなんて必要、無いくらいに」 「ん〜……それもそうだな」 半ば反射的に、むくりと身体を起こす。 「平日の反動とか? もしかして、休日はいつも こんなに寝起きが悪かったりするの?」 「……んー……」 「また生返事だし」 「ノートなら机にあるぞ」 「それはもう借りたわよ。そうじゃなくって!」 「あん?」 「どうせ翔のことだから、自炊できるくせに面倒臭い とか言って、朝ごはん抜いたりしてるんでしょ?」 「せっかく来たんだから、私が朝食作ってあげるわよ」 「んー……マジで?」 「マジよ。来るついでにスーパー寄ってから適当に 材料も買ってきたしね」 「おー」 「生返事で全然驚いてなさそうなんだけど…… まぁ、いいわ」 「何かリクエストがあれば言って? 出来る限り 善処してみるから」 「……ぐー……」 「ちょっと、聞いてる?」 「ん? あー……それじゃあ、アレで」 「アレ? アレって何よ」 「えっと……」 「みかん風味のバナナ納豆味噌カレーでよろしく」 「…………」 「なんだよ、その憐れむような目は……」 「寝ぼけてるでしょ?」 「寝てないって。大丈夫、大丈夫。とにかくそれが 食いたいんだって。マジでマジで」 「そこまで言うならチャレンジしてみるけど…… 本当にいいのね?」 「あー」 「それじゃ、材料買い足してくるから少し待ってて」 「ういー」 俺は部屋から出て行く静香を見送ると、睡魔に任せて再び布団の中で心地よい眠りに就くのだった。 「で、だ」 「これは何て言う食べ物なんだ?」 「みかん風味バナナ納豆味噌カレー」 「お前、頭大丈夫か?」 「翔が作れって言ったんでしょ!!」 「だってこれ、食えるのかよ?」 どう調理したのかは分からないが、おぞましい茶色いカレーの見た目のクセして、甘ったるいみかんの様な匂いを放っている謎料理を見つめる。 「味見はしてないけど、責任とって食べてよ」 「お、俺に死ねと?」 「失礼ね。私の料理の腕は知ってるでしょ? 最悪でもお腹壊すくらいで済むわよ」 「それは喜ぶところなのか?」 「自業自得でしょ」 「むぅ……」 覚悟を決めて、恐る恐る甘そうなカレーを口に入れる。 「ピリ辛甘ウマッ!!」 「美味しいのっ!?」 作った本人が驚愕していた。 「マジマジ。俺の脳に狂いは無かった」 「ん……たしかに、独特だけど意外にいけるかも?」 「ウマウマ」 「うまうま」 俺たちは思わぬ珍味にめぐり合い、黙々とカレーを消化していくのだった。 「ミサイルと醤油のカツパフェごはんでよろしく」 「…………」 「なんだよ、その憐れむような目は……」 「寝ぼけてるでしょ?」 「寝てないって。大丈夫、大丈夫。とにかくそれが 食いたいんだって。マジでマジで」 「そこまで言うならチャレンジしてみるけど…… 本当にいいのね?」 「あー」 「それじゃ、材料買い足してくるから少し待ってて」 「ういー」 俺は部屋から出て行く静香を見送ると、睡魔に任せて再び布団の中で心地よい眠りに就くのだった。 「で、だ」 「これは何て言う食べ物なんだ?」 「ミサイルと醤油のカツパフェごはん」 「ちなみに、このニンジンがロケットの形なのよ」 少し照れながらロケットの形になっているニンジンを指差して、律儀に説明してくれる。 「お前、可愛いな」 「なっ……」 「普通ミサイルっつったら、もっとごっつい豪快なモン とかイメージするだろうに」 「う、うるさいわね。せっかく作ったんだから ちゃんと残さず食べなさいよ?」 「え? これ観賞用じゃないの?」 「食用よっ!!」 「ははっ、面白い冗談だな」 「翔が作れって言ったんでしょ!?」 「そ、そうだっけ?」 「自業自得なんだから、絶対に残さないでよ?」 「ぐっ……」 見た目はパフェなのにトンカツとニンジンと恐らくチョコだと見せかけた醤油がかかった恐ろしい食べ物を凝視する。 思いきってスプーンで掬って、ふるふると震える腕を必死に抑えながら、ぱくりと口の中に放り込む。 「てっ……」 「て?」 「テ○ドンッ!!!」 「なぜっ!?」 「はぁ……はぁ……胃で爆発しやがるぜ、コレ」 「素直にマズイって言いなさいよ」 「いや、不味いわけじゃ……ない?」 「なんで疑問系なのよ」 「どれどれ、もう一口……ぱくっ!」 「ミッスゥワァ〜〜〜〜〜〜イルッ!!」 「きゃあ!? 一見すると英語が出来そうでいてその実 全くダメっぽいエセ外国人的な発音になってる!?」 そうして俺は、一口ごとにミサイルな味を堪能しつつ凶悪パフェをなんとか完食するのだった。 「静香の女体盛り・裸エプロン風味で」 「にょっ……」 「スク水でも可」 「にょ、女体盛りって……私がお料理を作るんだから 一人で自分になんて盛り付けできないでしょっ?」 問題はそこなのか……と、本能的に突っ込んでしまう。 「じゃあパンで」 「すっごい普通なんだけど。落差がありすぎて それはそれで納得いかないような……」 「じゃあ女体パンで」 「意味わかんないし」 「じゃあ静香で」 「えっ? わ、私!?」 「ああ。お前に任せる」 「あ……そ、そうね。それじゃ適当に作ってくるから」 「ん」 俺は部屋から出て行く静香を見送ると、睡魔に任せて再び布団の中で心地よい眠りに就くのだった。 「ふぅ……」 食後のお茶を飲みながら、まったりと休憩する。 「お粗末さまでした」 俺に遅れて自分の分を平らげ、律儀に手を合わせてごちそうさまの合図をしてお茶に手をつける。 時計を見ると、あと1時間もすれば昼になると言った時間になっていた。 「(にしても、静香がウチに来たのっていつ以来だ?  ……かなり久しぶりだよな)」 最近はずっとギクシャクしていたが、昨日の俺の作戦が功を奏したのか、自分から進んで会いにきてくれた。 まぁ、本当にノートだけが目的かもしれないが、だからこそ気楽に頼める仲だと変わらずに思ってくれていると言うのは、十二分に嬉しいことだった。 「ふぅ。それじゃ私、そろそろ帰るね」 「え? もう帰るのか?」 「あ、当たり前でしょ? 遊びに来たわけじゃないの」 ぺしぺしとノートを叩きながら、席を立つ。 「うへー、今から勉強かよ? 夕方くらいまでは ここにいたっていいんじゃないか?」 「……いて欲しいの?」 「え? い、いや……別にそう言うワケじゃねえけど」 「か、翔と二人きりでずっと家の中にいるなんて…… 襲われたりしちゃったら、たまったものじゃ無いわ」 「な、何言ってんだよ! んな間違いが起こるわけ 無いだろ、俺たちの関係でっ!!」 あまりにも恥ずかしい事を口にされたので、ついつい語気を強くして否定してしまう。 「っ! な、何よ『私たちの関係』って!!」 「何って……だから、幼馴染っつーか、親友っつーか」 「…………帰る」 「ちょ、ちょっと待てって。送るよ」 「別にいいわよ。昼間だし、危険も無いんだから」 「ちょっと待てよ! 何で怒ってるんだよ?」 このまま帰したらまた変にこじれると感じたので咄嗟に静香の腕を掴んでしまう。 「別に怒ってないわよ」 「……みたいだな」 「でも、普通ってワケでもないだろ?」 「……そう言う事ばっかり鋭いんだから」 「だって気になるだろ。俺が原因なんだから」 「カケルが原因だけど、翔のせいじゃないわよ。 ……どっちかって言うと、悪いのは私だし」 「は?」 「なんでもない! とにかく、気にしないで」 「まあ、静香がそう言うなら」 「それじゃ、また明日」 少しバツが悪そうに、けれど出来るだけ普通を装ってあくまでその会話を終わらせようと言う意思を感じた。 静香が拒絶しているところにズカズカと入り込んで心配するのは、ありがた迷惑だと瞬時に思いなおしこの場は静香に合わせる事にする。 「ん。じゃあ、またな」 「翔もそろそろ試験勉強、始めなさいよ?」 「ははっ、まぁ気が向いたらな」 「んもぅ、いつになったら気が向くって言うのよ」 いつもの調子で肩でため息を吐きながら、くるりと背中を見せて、俺の家から出て行く静香。 俺は何となくその背中が見えなくなるまでじっと、窓の外を眺めているのだった。 <素直になれる瞬間> 「終わった後、翔さんはなぜか一人で頭を抱えて 唸っていましたわ」 「私は、そんな彼の胸に顔を埋めて、ひとしきり 甘えていましたの」 「翔さんは、そんな私を優しく抱きしめてくれて……」 「……はぁ、幸せですわ……」 「初めての殿方が翔さんで、本当によかったですわ…… これが愛し合うということなのでございますわね!」 「…………」 行為の後、風呂場へ行ってしまった花蓮をよそに、俺は一人、布団に座り込んでいた。 「(……やっ……)」 「(……やっちまった……!)」 だらだらと脂汗をかきながら、俺は今日起きた出来事を改めて反芻する。 学園で麻衣子にもらったエロ本が見つかり、挑発されるがままに、足で射精させられ…… 一人で盛り上って、戸惑う花蓮を布団に押し倒してから半ば無理やり、処女を奪って…… そして、初体験の勢いに任せて、中で出してしまった。 「ぎゃあああああああああぁぁぁっ!!」 己のあまりの最低っぷりに、その場で悶えながら、激しくのたうち回る。 「ぐあああぁぁぁーーーーーーッ! バカバカバカ! 俺のバカァァァーーーーーーッ!!」 「な、何を暴れてるんですの……?」 風呂場から出てきたであろう花蓮の声を聞き、ピタリとその動きを止めてしまう。 「い、いや、その……なんて謝ったらいいのか……」 怖くて花蓮の方を向けずに、たどたどしく謝る。 正直、どんな責め苦でも受け入れる覚悟だった。 「そんな端っこで背中を向けてないで、こっちを向いて 下さいませ」 「い、今はちょっと合わせる顔が……」 「何を言ってるんですの、翔さんは……」 呆れた様子で、花蓮がため息をついたのが気配でわかった。 「もう……そんなこと言う人は、こうですわっ」 「……命だけは……ッ!」 「えいっ!」 「へ……?」 ビクビクしていた俺をあざ笑うかのように、花蓮は隣へ座って、甘えるような仕草で抱きついてきた。 「ふふっ……翔さんの身体、あったかいですわ」 「花蓮……お前、なんで……?」 戸惑う俺に対して、見ているこっちまで笑顔になってしまうような、幸せそうな表情を浮かべる花蓮。 そこには、戸惑いや不満、怒りの色は見えなかった。 「……お、怒ってないのか?」 「え……? なんで私が怒るんですの?」 「だって、俺……その……無理やり……」 「たしかにちょっぴり強引でしたけれど……殿方らしくて ドキドキしてしまいましたわ」 「(な……何だよ、それ……)」 それまで後悔と自責の念に押しつぶされそうになっていた自分が、急にアホらしくなってしまった。 「しかしだなぁ、俺は戸惑うお前を―――」 「初めに誘ったのは私ですし、ずっとずっとこうして 一緒になりたいと思ってましたわ」 「花蓮……」 「やっと私を恋人として……女の子として見てくれた って実感できて―――とても幸せですのよ?」 「そうか……」 「ええ、そうですわ」 つまるところ俺は、結局こいつの気持ちに鈍感で……やっと念願の一線を越えられたと言うことなのだろう。 思えば、まがいなりにも同棲生活していたようなものだったワケだし……戸惑いながらも、花蓮は当時からこう言う関係も想定していたのだろうか。 「少し暑いですけど……今はもう少しだけ、こうして 寄り添っていたい気分ですわ……」 うっとりと、俺の身体に体重をかけ、甘えてくる花蓮。 「そうだな……俺も、こうしていたい」 夜とは言え、ロクに冷房設備の無い部屋には、嫌な熱気が籠もっていたが、不思議とこうしているのも悪くないと思えた。 「んふっ……ふふふっ……」 「今夜はこのまま、離しませんことよ?」 今までの分いちゃいちゃしたいのか、ベタベタと俺に擦り寄ってくる花蓮。 「おいおい、俺もシャワー浴びせてくれよ」 「い・や・ですわっ♪」 「だって、もう一時も離れたくありませんもの」 「でも、せっかく風呂入って綺麗になったのに 俺がこれじゃあ意味ないだろ?」 「それじゃ、私も一緒に入りますわ」 「お前はさっき入ったんだろ?」 「それでも、一緒にいたいんですの」 「あのなぁ……」 なんとしても俺を逃がすまいとする上機嫌な花蓮に俺は思わず、溜め息をついてしまう。 「一緒に風呂なんて入ったら、また襲っちまうかも しれねーぞ?」 「ふふっ……まだちょっとズキズキしてますけど…… 翔さんが望むなら、それでも構いませんわ」 「うっ……」 その健気な花蓮に、本当に少し下半身が反応してしまうものの、それ以上に愛しさがこみ上げてきた。 あの粗暴だった花蓮の乙女な姿をこれから毎日見続けられるのだと思うだけで、感動と同時に得も知れぬ満足感に包まれていた。 「……もう寝ろよ、疲れたろ?」 「お前が眠るまで、俺はずっとここにいてやるから。 その後に一人でシャワー浴びて、戻って来るよ」 第2ラウンドへ行きたい感情を抑え、初めての行為で疲れているであろう花蓮を労わりたく思い、紳士的な妥協案を投じてみる。 ……一緒に風呂など入ろうものなら、若さに任せて暴走しそうなこと請け合いだからだ。 「ん……そうですわね。それなら、いいですわ」 「その代わり、すぐに戻ってきて、ぎゅーって抱きしめて くださいましっ」 「ああ、わかったよ。この暑苦しい中、汗びっしょりに なっても構わず、抱きしめてやるからな」 「ふふっ、そしたら、今度こそ一緒にお風呂ですわね」 「そうだな。ひたすらイチャイチャするか」 「ええ。ですから、一緒の布団で寝て下さいましっ」 そう言って、花蓮は俺の手を引いて布団にもぐりこんだ。 綺麗な髪の毛に鼻をあて、匂いを嗅いでるうちに俺もだんだん眠くなってくる。 俺の、胸の中の眠り姫。 ……俺に、初めてを奪われた少女。 今はこの可愛らしい恋人との幸せを甘受しよう。 幸せそうに瞳を閉じる少女を見ながら、俺はそんなことを思うのだった。 ……………… ………… …… <結ばれてしまう、禁忌の二人> 「私の自慰を見て抑えがきかなくなった翔さんに 押し倒されてしまいました」 「そして、そのまま、求められるままに私は身体を 預けてしまいました……」 「ダメなのに……ずるいですっ」 「私だって我慢の限界だし、翔さんに求められたら 拒むことなんて出来ない、ですっ……」 「ひゃああああああああ〜〜〜〜っ!!!」 耳を《劈:つんざ》くほどの大声で叫ばれ、反射的に両耳を思いきり塞いでしまう。 もう少し耳を塞ぐのが遅れていたら、鼓膜がどうにかなっていたんじゃ無いかと言う大音量だった。 「みっ、みっ、みみみみみ、見てたんですかっ!?」 「ああ、まぁ……そりゃあな。見るだろ、普通」 「そんなそんなそんな、しししし、死ねますっ!!」 「だってお前、俺の部屋でしてるんだもんな」 「そそそそそ、それはそれはっ、えっと……そのっ!」 本当は俺も冷静じゃなかったはずなんだけどあんまりにも焦っているかりんを見ていたら不思議と落ち着いてしまっていた。 ……もっとも、股間の方は落ち着いていないけどな。 「ひゃうっ!?」 そのまま寝転んでいるかりんの逃げ道を塞ぐような形でベッドに体重を預け、真上へと移動する。 「かりん、好きだ。やらせろ」 「あぅ!? い、いきなりストレートすぎますっ! せめて、もうちょっとムード作ってくださいっ!」 「黙れ。さっきまで盛ってたクセに」 「あぅ……うぅっ」 図星をつかれて、照れて黙り込んでしまうかりん。 「とにかく、一時の気の迷いじゃねーからな。 ……さっきも言ったとおり、大マジだ」 「そ、それは死ねるほど嬉しい言葉なんですけど…… で、でもでも、そのっ、んんっ!!」 必死に取り繕ってこの場を収めようとしているかりんの口をキスすることで、強引に塞ぐ。 「んっ……んっ……ちゅっ、ちゅぱっ……」 「かりんとエッチしたい」 軽いキス一発で、とろんとした表情を見せるかりんにもう一度真面目な顔で、承諾を求める。 押せば倒れるかもしれないが、それでも同意の上でちゃんと愛し合いたいと思ってのことだった。 「だっ、駄目ですっ! そんなことしたら死にますっ!」 数瞬の間を空けて、我に返ったように俺を拒絶する。 「なんでだよ。さっきあれだけ欲しい欲しいって言ってた じゃんかよ」 「そっ、それは……ぶっちゃけ欲しいですけどっ!」 正直者のエロ娘だった!! 「でもでも、ダメなんですっ。どうしても無理ですっ」 「……女の子の日なのか?」 「あぅ! で、デリカシーに欠けますっ!!」 「ゴムつけるから」 今は持って無いけど、この際細かいことは気にしない。 「お、女の子の日じゃないですっ」 「じゃあ、なんなんだよ?」 「それは、その……ヒミツです」 「なんでやねん! もう俺、我慢の限界やねん!! ヤりたい言うてたやんけっ!!」 我慢できず、思わずエセ関西弁でまくし立ててしまう。 「俺のこと、好きじゃないのか?」 「……実は、好きですっ」 実はもクソも無い気がするが……ドサクサに紛れて告白の返事が貰えたような気もするので、結果的にかなりの成果とも言える。 「じゃあ、いいじゃん」 「ダメですっ」 「だから、何でだよ?」 「そ、その……で、デレツン!」 「は?」 「わ、私、実はデレツンなんですっ!!」 「普段はデレデレしてるんですけど、いざエッチの時に なると、恥ずかしくてツンツンしちゃうんですっ」 「何、その嫌がらせ」 時流に逆らう、萌え度皆無の新属性だった。 「俺のこと嫌いなら嫌いって言ってくれよ。そしたら 諦めもつくしさ」 「嫌いなわけ、無いです……」 「じゃあなんで……」 「もぅ、翔さんなんて知りませんっ!!」 「翔さんは乙女心が解らなさすぎですっ」 「んなこと言われてもさぁ」 「ばかばかばかばかっ! 翔さんのばかっ!」 「いててっ」 マウントポジションにいるにも関わらず、いいようにかりんにぽかぽかと叩かれてしまう。 「もう、我慢なんか出来ません……っ! ……好きですっ! 大好きなんですっ!!」 「私はいつだって、翔さんが大好きで……ずっとずっと 四六時中、翔さんのことしか考えてなくって……」 「だからぁっ……えぐっ、ひっく……」 「かりん……」 俺には解ってやれなかった葛藤を吐き出して、かりんの我慢していたメッキがぽろぽろと剥がれ落ちていく。 そこには、俺への想いで溢れ出してしまった涙がぼろぼろと流れ落ちていく泣き顔があった。 「ごめんな、今まで気付いてやれなくて」 「隠して、たんですからぁっ……ひっく……なのに 翔さんが私の気持ちも知らずに、好き、だって」 「たしかに俺はダメダメだったかもしれないな。 けど、だからこそ俺は今……かりんと一つに なりたいんだ」 「大好きだって言う、かりんの気持ちに応えたいんだ」 「で、でも、私、メガネ……外せませんよ? まだ どうしても……無理なんですっ」 「翔さん、メガネで、トロい人は嫌いだって……」 「自分でもわからんが、お前だけは、なんかその……特別 なんだよ」 恥ずかしかったのでそっぽを向いて言ってみたが顔が真っ赤になっているとバレないか心配だった。 「だから、その……メガネっ子は嫌いなんだが…… お前のことは、好きなんだ」 「お前だけは、俺の嫌いな要素が全部詰め込まれていようが 何しようが、とにかく好きなんだよ」 「ひ、卑怯です……そんな事言われたら、私……んっ」 かりんが怯んだ隙に、もう一度、その唇を奪う。 「ちゅ……んぁ……翔……さんっ……」 「かりん……」 観念したのか、二度目のキスを合図に、かりんのガードがほぼ無防備なほどに甘くなる。 俺は、すでにぐしょぐしょに濡れていたかりんの秘所にそっと手を伸ばして…… 「だっ、駄目ですっ!! やっぱりタンマですっ!」 「タンマなど存在しないっ!」 「じゃあ、ゴールデンなハンマーです!」 「スーパーなひ○し君人形でもダメだ」 っつーか、どっちも関係ないだろ。 「とにかくダメなんですっ……その、どうしてもって 言うなら、来月まで待ってくださいっ」 「来月まで?」 「その、来月なら……いくらでもしてもらって…… 構いませんから」 「(ぐはっ……なんてセリフを言いやがるこの女!)」 相手がメガネ娘でなければ死んでいたかもしれない殺し文句を言われてしまい、収まりがつくどころかむしろ焼け石に灼熱の炎と言った状態だった。 「お前、超痴女だな」 「な、なんでですかぁ〜っ!!」 「後学のために教えておくが、好きな女にそこまで言われて 襲わないで引き下がる男などいない」 「ぎゃ、逆効果ですかっ!?」 「うむ。とにかく、もう収まりつかんし」 「あ……ぅ……」 その言葉につられて視線が下に降りたかりんの顔がさらに真っ赤に染まる。 「へっへっへ、欲しいんだろぉ〜お譲ちゃ〜ん……さっき 欲しいって言ってたよねぇ〜、うん?」 いやらしいオヤジのような口調で、さっきのかりんがオナニーをしていた件に突っ込んでみる。 「それはっ……そのっ……」 「とにかくダメだ。やる。絶対やる。許可出してくんなきゃ 吐くまでマヨネーズ食わせるぞコラ!」 ついカッとなって普段のメガネっ子掃討モードにスイッチが入ってしまう。 「なんでマヨネーズなんですかっ! 嫌ですよぅ」 「なんでだよ! マヨラーになれよっ!!」 「マヨラーでも、吐くまでは食べませんよぅ〜」 段々論点がずれてきたので、ここいらでもう少し真面目に迫ってみることにする。 「なあ、マジでダメなのか? どうしてもダメだって 言うなら、俺だって無理矢理なんてのは出来ないし ……諦めて一人で慰めるけどさ」 「…………」 数秒のためらいの後、観念するようにため息をつくとかりんは、少し困ったような笑顔で口を開いた。 「そんな言い方されたら、ダメだなんて言えません。 ……本当は私も、ずっと、したかったんですから」 「か、かりん……」 いつもと少し違う口調のかりんにドキッとしつつも抑えていた感情を爆発させないように冷静に努める。 「本当にいいのか? 押し倒しといて言うのも何だけど 出来れば、ちゃんと両想いだって確信したいっつーか その場の勢いで、後で後悔させたくないって言うか」 「むっ……ここまでさせておいてそれを言いますかっ」 「うっ」 「あぅ……ちょっと私の容姿が変わるだけで、ここまで ムード作りが下手になっちゃうなんて……」 「ん? なんか言ったか?」 「な、なんでもないです」 「そ、それじゃ……いいのか?」 「はい。……好きにしてください」 そう言うとかりんは大胆にも俺の手を取り、自分の胸へと押し当てるように誘導してきた。 「か、かりん!?」 「ふふふっ、どうしたんですか? 翔さん…… もっと積極的に襲ってくれないと、拒んでる 女の子はその気になってくれませんよ?」 「わ、わかってるよ。んじゃ、遠慮なく好きに抱かせて もらうからな」 「はい。望むところです♪」 何かの《箍:たが》が外れたのか、いきなりの積極的なアプローチに一瞬ひるんでしまう。 「私だってずっと我慢してご無沙汰だったんですから…… 思いっきり、楽しませてもらいますっ♪」 そう言うや否や、かりんの方から積極的に唇を重ねようと俺に身を寄せてくる。 「んっ……ちゅっ……ちゅぱっ……はぁっ」 「翔、さんっ……あむっ……ん……んむっ……」 「かりんっ……」 かりんからの情熱的なディープキスの嵐を受け流しその唇を離して、そっと相手の名前を呟く。 「んっ、あっ……あぁんっ!!」 欲望に身を任せて、その犯罪的な膨らみに手をかけ乱暴に揉みしだく。 「気持ち、いい、ですよっ、翔……さぁんっ!!」 相手への配慮など飛んでしまっている俺の愛撫へとちゃんとついて来て共に快感を高めていくかりんに手馴れたものを感じ、思わず動きを緩めてしまう。 「あっ……どうかしたんですか?」 愛撫が弱まった事に敏感に反応し、俺の顔色を伺うように潤んだ瞳をこちらへと向ける。 さっきの自慰行為の時に薄々感づいていたのだが『ご無沙汰』と言う単語から察しても、かりんはすでに処女じゃないのだろう。 正直、こいつは口だけでそう言うのにかなり疎そうだと勝手に思い込んでいただけに、複雑な心境だった。 「(うっわ、俺、人間ちっちぇな……)」 想像も出来ない相手の男に嫉妬しているなんて馬鹿な考えを捨て、目の前のかりんに集中する事にする。 「すまん、何でもない。続き……するぞ」 「……翔さん」 「ん?」 「私の、はじめて……貰ってください」 「え……?」 まるで俺の心を読んだように、優しさに満ち溢れた微笑みでそんな言葉を口にするかりん。 「私……はじめて、ですから」 「……そっか」 「ほ、ホントですよっ?」 「サンキュな。俺は平気だから。ネチネチ気にするから 毎日じわじわとそのネタでいたぶってやるよ」 「あぅ……ホントなのに信じてない上に、全然平気そうじゃ ない内容の発言ですっ」 「バカ、冗談だっての」 「……はいっ」 健気なかりんの気遣いでヤる気を取り戻した俺は、仕切り直しとばかりに、もう一度軽いキスをする。 「覚悟しろよ。今までで一番感じさせてやる」 何だかんだで相手の男への対抗意識を燃やしつつ、決死の覚悟で挑む心意気を見せ付けてみる。 「ふふっ、チェリーボーイなのに大きく出ますね♪」 「(ぎくっ!)」 が、しかし……そんな俺の心境など知ったこっちゃ無いと言わんばかりの鋭い指摘が俺の胸を抉る。 「なんでそんなのわかるんだよ?」 「翔さんのことなら、何だってお見通しですから」 「かりんのクセに生意気なっ」 「あっ、んっ……ふぁっ……ちゅっ、ちゅぱっ……」 最初はそっと、次第に貪るようにキスを交わす。 「ちゅ……ちゅ、ちゅっ……ちゅぱっ、んんっ……」 互いの舌が絡み合う感触に、俺はしばし夢中になってその行為をひた繰り返していた。 「んふぁっ、はぁっ、ちゅぷっ、ちゅむっ……」 「んっ……80点って、ところですねっ」 「なんだよその点数は」 「キスのぉ点数にぃ、決まってるじゃないですかぁ〜」 「それって、結構高得点なのか?」 「得点自体は、高得点ですけど、キス自体はぁっ、んっ…… 全然ダメダメですねっ」 「はぁっ?」 「だからぁ、キスは20点くらいなんですけどぉっ ……翔さんのキスだから、オマケで+60点…… んっ、なんです、よぉっ」 「……そっかよ」 「んふふふふっ、そうれすっ……んっ、ふぁっ……」 「んっ……んぷっ!?」 ただ成すがままにキスされていたかりんが、急に積極的に舌を入れて、攻めに転じ始める。 「んぁっ、んぷ、んっ……ちゅむっ、ちゅぱっ」 「……っ」 「はぁっ、んぷっ……はむ、ちゅぷっ……」 「ぷあっ、ちょ、ちょっとタンマ!」 激しく求められたキスに呼吸のタイミングが掴めず、咄嗟に待ったをかけてしまう。 「ふふふっ、もう降参ですか?」 「うるせー、んなワケあるかよ」 「まぁ、良いですけど。私も手ほどきしてあげますから その意気込みで頑張ってくださいね?」 「は、はい……」 な、なんかマジでかりんの性格変わってないか?と言うか痴女なお姉さんって感じなんですがっ! 急に立場が逆転した気がして、ちょっと弱気になって腰が引けてしまう。 「やばい、俺の知ってるかりんじゃない」 「私、こう見えても翔さんよりも年上ですよ? こう言う時くらい頼りにして下さい。ふふっ」 「ま、マジで?」 マジでも何も、冷静に考えれば深空が同い年なワケだから年上なのは当たり前なんだけど…… あまりにも性能がへっぽこすぎて、年下なイメージしか持てていなかっただけだ。 「ははっ、年上の妹がいるのは、世界広しと言えど 俺だけのような気がするぞ」 「ふふっ、それもそうですね」 「それじゃあ経験豊富なお姉さんに、主導権を譲って貰える ように頑張らないとな」 年上のお姉さんに筆下ろしされるってのも悪くないが相手がかりんとなっては、何故だか無性に悔しいのでここはプライドに賭けて攻めの姿勢を示しておく。 「はい……でも、これだけは言っておきます」 「お、おう」 「その……『かりん』のはじめては、翔さんですから。 『私』のはじめては……全部、翔さんのものです」 「うっ……」 自分の嫉妬心を見透かされたのと同時に、そんな嬉しいお言葉がもらえるとは思ってなかったので股間のモノがさらに元気になってしまう。 「うわ……すごい……ですっ」 「お前がエロすぎるからだ」 「す、すみません」 「……でも、それこそ翔さんが悪いんですよっ」 「そ、そうなのか?」 「はいっ、そうなんです」 思わぬお姉さんぶりを披露されてしまい、ついつい気持ちの上での攻守が逆転してしまう。 「(落ち着け、俺……相手はあのへっぽこかりんだぞ?)」 自分の方が強いんだと暗示をかけると、イニシアチブを取るために、ひとまずメガネを外そうと手を伸ばす。 「あっ……ダメですっ!」 しかし、何故か必死になって拒否されてしまう。 「何で? 絶対メガネ取った方が可愛いって。っつーか お前がメガネ取ったらマジ最強」 「気持ちは凄く嬉しいんですけどっ……その、今日は まだ、ダメです」 「…………」 さっきから絶妙なじらし作戦をされている気がするのは気のせいなのだろうか……? 「詳しくは言えないんですが、『かりん』にとって このメガネは、最後の一線なんです」 「このメガネを外す時は、もう決めてるから……だから 私の決意を鈍らせないで下さい」 「わかったよ。ったく、ホントお前、頑固だよな」 「あぅ……すみません。こんな私でも、いっぱい愛して くれますか?」 「当たり前だろ、バカ」 その一途な気持ちに応えるように、出来るだけ優しく胸への愛撫を再開する。 「私は、どんなことされても感じちゃいますから…… 遠慮しないで、翔さんの好きなように、抱いて…… んっ、ふぁっ……ください、ね?」 「お前、なんだかんだでドM娘だな」 「ふふふっ、そうなんです。いじめられると、いっぱい 感じちゃう、エッチな娘なんですっ」 「だって、いつもいつも翔さんがいじめて来るから…… 私が翔さんとのつながりを感じられるのは、いっつも いじめられている時だけだったんですっ」 「なんだよ、Mになったのは俺のせいだっての?」 「そうです。Sな翔さんに合わせてMになったんです」 「じゃあ、遠慮なく好きなようにさせてもらうぞ?」 「はいっ」 火照った笑顔を覗かせているかりんのはだけた胸を勢いよく両手で鷲掴みにする。 「んっ、あ、はあぁっ……」 さきほどのかりんの自慰行為を思い出しながらこいつの描いている自分をトレースするように少し強めに、乱暴に揉みしだく。 「んぁっ……気持ち、いいっ、です……ひゃあっ!? す、すごい、ですっ、んはぁっ!」 ツン、と存在を主張している乳首をコリコリと擦りながら同時に舌で責め立てる。 「っあぅんッ!! それっ……すごっ、すごいっ…… はぁぁんっ! だめ、あぁんっ!!」 「胸がキュンって、締め付けられてぇ……っ! わた、わたひっ……だめぇっ」 今までよりも一層強い快感に襲われているのか、呂律が上手く回らないまま言葉を紡いでいた。 「お前、胸でかいくせに感度も良いんだな」 「やあぁっ……そんなことぉ、言わないで、下さいっ」 つぷりと秘所に入れた指が、きゅううっと強く俺を求めるように締め付けてくる。 「いつもこうやって心の中で俺に責められたんだろ?」 「んんぅ〜〜〜っ!」 イヤイヤと首を振って否定するが、先ほどまでの余裕が消え去り、完全に受けに回っている事から図星だったのだと伺える。 抱き方に加え、言葉責めにも手ごたえを感じる。 「だいたい深空は、こんなにふしだらでも無ければ 胸もでかくなかったよな?」 「お前、俺のこと想って毎日慰めてたのか? 清楚な子だと思ってたけど、とんでもない 淫乱娘だったんだな」 「ちがっ……ひゃあぁんっ!!」 かりんが否定の言葉を否定しようとした瞬間愛撫の必要が無いくらいに濡れそぼっている秘所に入れた指を上下に動かす。 「わたしっ、ちがっ、ああぁんっ!! はぁっ…… いじわる、言わないでぇっ……翔、さぁんっ」 じゅぷじゅぷとかりんの中を弄び、初めて肌で感じる女性のソコを堪能する。 「私の身体はっ、いじめても、いいですからぁっ…… 言葉だけは、優しく、して、欲しいですっ!」 「ああ。お前が望むんなら、そうしてやるよ」 「はぁっ、嬉しいっ。翔さんは、いつもっ…… いじわるだけど、ホントはすごく優しくてっ だから、大好きですぅ……んぅっ!!」 キスを求めてくるかりんの唇に、そっと顔を近づける。 「んゅっ……ちゅぷ、ちゅぱっ……んぷっ」 「はぁっ……翔、さん」 「……ちっ」 顔を近づけていると、無意識に視線がメガネを追いかけて集中しきれていない自分に、いらつきを覚える。 「……すみません」 「え?」 「メガネ……外しますか?」 「いや……メガネごときに負けるのは気に食わない。 俺達の前に障害なんて何一つ置きたくないし」 「嬉しいです。私の全部、受け取ってくれるんですね」 「ああ。お前の全部を受け入れるよ」 「それじゃあ……」 「んっ……よいしょ、っと」 「えっ?」 そう呟くとかりんは、立ち上がってベッドに手をつき形の良いお尻をこちらに突き出すような姿勢になった。 「これならきっと、あまりメガネを意識しないで 思いっきりえっちする事が出来ると思います」 「うっ……か、かりん……」 挑発するように自らの手で秘所を広げ膝立ちするかりんはチェリーボーイな俺には少々刺激が強すぎてクラクラするくらいに扇情的な光景だった。 「だから翔さん……私のぜんぶ、貰ってください。 私の身体、好きにして……ください」 「……かりん」 「ほら翔さん、見て下さい……私のココ、さっきから もうずっとグチョグチョで、翔さんのが欲しいって 疼いてるんですよ? えへへっ」 言葉の通りグチョグチョに濡れて光っている秘所をぱっくりと思いきり広げて見せる。 そのかりんの表情は、どこか妖艶さを放ちつつも悪戯をする子供のような無邪気さが同居していた。 「……いくぞ」 「はいっ」 その誘惑に導かれるままに自分のモノを宛がうと、かりんの膣に狙いを定めて、一気に挿入を…… 「え?」 しようとした瞬間、かりんの左手がその侵入を防いだ。 「私のココに、いれたいですか?」 「あ、当たり前だろ」 すでに爆発しそうなくらい誇張してしまったモノを見れば解るだろうに、かりんはなぜかここまで来て再びお姉さんモードにスイッチしていた。 「私、翔さんが『かりん』の事をそう言う目で見るより ずっとずっと前から、いつだって大好きでした」 「私はもっともっと、いっぱい我慢して来たんです」 「だから、まだダメです。何となく悔しいので、そんな 簡単には入れさせてあげません」 「なっ……」 「だから……もっともっと、私を懇願させるくらいに 気持ち良くしてもらってからじゃないとイヤです」 「私がよがって懇願するくらいに、まずは指で…… いじって欲しい、です」 「さっきまでよがってたじゃねぇかよ!」 「ふふっ。翔さんだって、私に負けずにえっちです。 そんなにココに入れたいんですか?」 「あ、ああ、そうだよ。悪いか」 何となくバツが悪くなったので、照れながらそっぽを向いて答える。 「ふふっ、翔さんったら可愛いんですね…… そんなにガッカリされちゃうと、許したく なっちゃいますけど……」 どうやら、どうあってもお預けする方向らしい。 「(ちくしょう、入れたい……早くかりんの中にぶち込んで  滅茶苦茶にしたい……っ!!)」 普段の立場なら強引に行けるのだが、何故か今のお姉さんモードのかりんの前では、強く出れない。 「焦らなくても、これからはずっと、かりんは翔さんだけの モノですから……」 「私の身体、じっくりと味わって欲しいんです。まずは 指で……可愛がってください」 その言葉に従っていれば最高の時間が味わえる……かりんの言葉は、そんな甘美な雰囲気を持っていた。 「ほら、早く……私のアソコを翔さんの指でぐちゅぐちゅに 弄り倒してください」 その命令が、まるで甘ったるい蜂蜜のように感じて気がつけば俺は、かりんのワレメに指を当てていた。 「そう、そのまま……ゆっくりと擦ってください」 「ああ」 言われた通りに、ゆっくりとワレメに沿って、しゅっしゅと上下に指を動かす。 「あぁんっ! そう……そのままっ……はぁんっ!」 「んっ……もっと、緩急もつけてみて下さ……あぅっ!」 指を中に入れずに往復させているだけなのにじゅぷっじゅぷっといやらしい音を響かせるそこに誘われて、思わず視線が釘付けになる。 「わたしのココ、どうですかっ?」 「ぐちょぐちょで、指に吸い付くような感じで……すげぇ エロい」 「ふふっ……かける、さんに見られてると思うと…… いつもよりも、すっごく燃えちゃいますっ」 「一人で楽しんでるんじゃねえよ、このヤロウ」 「はぁんっ!!」 だんだんムカついて来たので、少し乱暴に指をぐちゃぐちゃと激しく動かす。 「はぁっ……はぁっ……んんっ、ひさっ……りの翔さんの 指っ……指でぇ、わたしぃっ!!」 「んっ、ダメぇッ! わ、私っ、えっちな汁が…… とまらなっ……ひゃあんっ!!」 ぐちょぐちょと音を立てて俺の指を誘惑するワレメの間をただひたすらに擦り続ける。 「はぁんっ……かける、さんっ……気持ち、いいよぉ」 不意に見せた、可愛らしい見た目相応な嬌声に、思わずドキッとする。 俺がいじるたびにどんどんいやらしく、そして可愛くなっていくかりんを見ていると、じらされているこの状態も悪くないかと、不覚にも思ってしまう。 「っ……てめぇ、さっさとイキやがれっ!」 先ほどからお姉さんぶられて見事にM男ぶりを披露してしまっているコトに気づき、主導権を握るために、俺はさらに愛撫を激しくする。 「あんっ……かけ、る……さぁんっ!!」 「はぁっ、あんっ、あっ、んぅ、うんッ……!」 がくがくと膝を揺らして、ぼたぼたと愛液を垂らし始め床に水溜りが出来るほど感じているようだった。 「んぁっ……ふわぁっ……んんっ……気持ち、いいっ」 「どうだ? 気持ちいいか?」 とろんとした瞳で前戯に溺れているかりんを前に意地悪く笑みを作って、仕返しにそう訊いてやる。 「んふふっ……まだまだです」 しかし、それが逆にかりんに正気を取り戻させたのか素人の俺には負けないぞと言わんばかりのしたり顔でニヤリといやらしく笑う。 「翔さんの愛撫が物足りないから、いつものように自分で やっちゃいます……んっ」 そう言うと、かりんは自分で胸を揉みながら秘所に指を当てて、クリトリスをいじり始めた。 「あんっ……翔さんっ……かけるさぁんっ!!」 先ほどは見られたのを恥ずかしがっていたかりんが今は逆に、俺に見られているのを楽しんでいるのか自ら積極的に自慰行為を始める。 「はぁんっ……こうしてっ、いじられるのを……ずっと 待ち望んでいたんですっ!!」 「『かりん』はエッチな子だからっ……毎日翔さんのことを 思い出して、一人で慰めてたんですっ!!」 「ホントはかけるさんと、エッチしたかったから!! ずっとずっと……こんな日を待ってたんですっ!」 聞いてるこっちが恥ずかしくなるような告白をしながらこれでもかと言わんばかりに俺を挑発してくるかりん。 「はぁっ……だから、私が溜めた想いのぶん……いっぱい いっぱい、愛して欲しいんです」 「あぁんっ! もっと……好きにして、いいんですよ? 私のおっぱいも、お○んこも、全部全部……翔さんの モノなんですからっ!!」 「かりんっ……かりんっ! 俺、お前が欲しい!! かりんのことっ、めちゃくちゃにしたいっ!」 我慢の限界が来て、俺は犯すかのようにかりんへと飛び掛り後ろから思いきり秘所を弄り倒す。 「はぁんっ!! そ、それっ……ダメっ、ダメですっ!! 感じちゃうっ……感じすぎておかしくなっちゃっ……!」 「〜〜〜ッ!!!」 中指と人差し指で秘所の肉襞を擦り回し、溢れ出す愛液を舐めとると、そのまま下へとスライドさせてかりんの一番敏感な突起への刺激を与え続ける。 「はあっ、うぅんーーーっ!! だ、ダメですっ!! か、翔さん……そ、そんなにされたら私……っ!! あうぅ〜っ……いっちゃっ、イッちゃいますっ!」 「かりん、俺、もう……」 先ほどから限界まで膨張している自分のソレを取り出し許しを請うように、その意思を確認する。 「わ、私も、限界ですっ……」 「も、もう……翔さんのおちん○んが欲しくてっ 死んじゃいそうですっ!!」 「私のおま○こが、翔さんのが欲しいって、疼いて…… もう他の事なんて、何も、考えられませんっ!」 「かりんっ……いくぞっ!」 「あっ……」 ぐちょぐちょに濡れた指を引き抜いて、俺のモノを受け入れるために自分で秘所を開くかりんの膣口に爆発寸前まで怒張した陰茎を宛がう。 入れようと力む前に、ひくひくと俺のモノを誘うようにかりんの膣の襞が喰いついて来る。 「わたし、処女膜は無いですけど……っ! それでも! 『かりん』にとってのはじめては、翔さんなんです! 信じて―――欲しいですっ!」 「いつだって私の『はじめて』を奪うのは翔さんで…… 後にも先にも、翔さんだけなんですっ!」 「だから、私はずっと翔さんだけのモノですっ!! 翔さん以外の人なんて、誰も考えられませんっ!」 「かりん……っ!」 その真っ直ぐな言葉に導かれるように、俺はかりんの膣へといきり立ったペニスを、思いきり突き入れた。 「んんんんんんんぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!!」 「ぐあっ!?」 初めて味わう快感と、想像以上にきつく締め上げ搾るように纏わりつくかりんの膣内からの刺激に油断した俺は、入れると同時に射精してしまった。 「(やべっ……)」 何とも情けないと思うのと同時に、不可抗力とは言え思いっきり中だしをしてしまった事に危機感を覚える。 「はぁっ……翔さんの、せーえき……あったかいです」 気を遣ってくれたのか、そんな事は気にしていないのかかりんの方はケロっとした表情でフォローをしてくれた。 「す、すまん」 「ほんと、初めてとは言え早すぎです。ソーローです」 「うっ……」 「えへへ、冗談ですよっ」 「え?」 「初めてだったのに、じらしすぎちゃいましたからね。 しょうがないです。ドンマイです、翔さんっ」 「かりん……てめぇ……」 おちょくられた事に少し腹を立てつつも、未だに押し寄せている快感に押されて力が出なかった。 「私もイッちゃいましたし、おあいこです」 「それに、これからいっぱい気持ち良くさせてくれれば 全然おっけーですから」 エロい笑顔を覗かせて、期待のまなざしで俺の顔を覗き込んでくるかりん。 まさか、これで終わりじゃないですよね?と挑発されている気がして、俺のS男魂に再び火がついた。 「これで終わりなわけ……ねえだろうがっ!!」 まだまだ衰えていないビンビンのソレをさらに怒張させ思いきり、かりんの膣に叩きつける。 「はぁんっ!!」 軽口を叩く暇さえ与えないくらいの快感を与えてやると決意して、一度出したのをいい事にペース配分を考えず一気に限界までストロークの速さをかち上げる。 「ひゃうぅ……っ、しゅごっ、すごいぃ……っ!! ばっ、バックでっ、こんなにっ……深くまでっ! ……奥に、届いてっ、ひゃあぁんっ!!」 「あの時もぉっ……こぉしてぇっ……んはぁっ! すきぃっ……大好きですぅっ、翔さんっ!!」 「だからぁ、もっと……奥までぇっ! いっぱぁ…… いっぱいぃ〜〜〜っ……突いてぇっ、くらさいぃ! ふああぁ〜〜っ! んあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「ぐっ!」 かりんの膣の締まりがさらにきつくなり、思わず快感で腰の動きが怯みそうになるが、気合でカバーする。 中だしをしたまま突き動かしているせいも手伝って室内には強烈ないやらしい匂いが充満していた。 「あんっ、あんっ、んぅっ……す、すご、い、ですっ! 翔さんのがっ、私の子宮を、コツン、コツン、って 突いているのがっ……わかりますっ!!」 「あうぅぅぅっ! もっとぉっ、もっとくらさいぃっ! かける、さんのっ、もっと、もっとぉっ!!」 「ぐっ!」 「かける、さぁんっ、わた、私の中っ……わたしのこと いっぱい! いっぱい感じて、くださいっ!!」 「ああ。すげぇ気持ち良いよ、かりん!!」 「あぁんっ! やぁっ、はうぅ、ひんっ、ひゃあぁん! すごっ、いっ……はぁっ、はああぁぁぁぁんっ!!」 俺がその気持ちに応えるため、さらに速度を上げるとかりんもその動きに合わせて軽く腰を動かし始めた。 「い、いいっ! すごぃ、いいっ……ですっ!! 翔さんのがっ、わたっ、わたひのっ中でっ!!」 「はうっ、うあぁっ、すご、すごいぃ……っ!! またイッちゃう、イッちゃいますうぅっ!!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」 「んんっ……んぁっ! んはぁっ!! あっ……あぅっ! だめ、だぁめぇっ! まだっだめぇ!!」 きゅうううぅ、と継続的なしめつけを繰り返しながら《襞:ひだ》の一つ一つが、精液を絞るように求めてくる。 「だめぇっ、だぁめぇっ、いま、イッてっ……はぁんっ! ちょっ、止めっ、んぅ〜〜〜っ!!」 「ぐぁっ!」 制止の声を聞きながら、早く上り詰めたい感情といつまでもこの中にいたい感情がない交ぜになり脳からの信号をシャットアウトし始める。 「だめだ、かりんっ! 止められ、ないっ!!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 がくがくと膝を揺らしながら、次々に襲い来る快感の波を必死に受け入れているかりんの尻を両手で掴んで崩れ落ちないように支えこむ。 「だめっ、だめですっ、も、もうっ……わ、わたしっ! 変になるっ! ヘンに、なっちゃいますぅっ!!」 「かりんっ、かりんっ!!」 むせ返る淫らな匂いの中、ただひたすらにかりんの名を連呼して、ぐちゅぐちゅといやらしい水音を立てながらがむしゃらにピストンを繰り返す。 「ふぁ、ひっ、んっ、んんぅっ、あぅ……もう、あつくてぇ なにが、なんだか、わからにゃっ……んはぁっ!!」 「おかしくなるっ、おかしくなっちゃうっ……だめ、んぅ! ああっ、来る……っ、よぉっ!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 がくん、と完全にかりんの膝が落ちて、全体重を支える状態になって初めて、腰の動きを止める事に成功する。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「だ、大丈夫か?」 動きを止めても、きゅうきゅうと愛しそうに俺のモノを断続的に締め付けてくるかりんにやっとの事で声をかける。 「し、死ぬかと思いました……」 「少し休むか?」 「いえ。大丈夫です」 はぁはぁと息を切らせながらも、強気な答えで続きを促すように、俺の肉棒を触ってくる。 「出来れば、もうちょっと右の方を突いてみて下さい」 何も考えられずただ腰を振っているだけの俺に、自分の感じる場所の的確な指示を出す。 「わかった。じゃあ、続けるぞ」 「はいっ。望むところですっ」 俺はもっともっと感じているかりんの声を聞きたくて言われた通りに、少し角度を変えて挿入を再開する。 「あぁ〜〜っ!! そ、そこっ! ……ダメっ! きちゃっ……すごっ、いっ……!!」 「んんんんんぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」 どうやら、かりんが一番感じるであろう場所にピンポイントで直撃させられた効果も相まってまた軽くイッてしまったようだった。 「はぁっ……はぁっ……そこ、ダメッ!! だめっ! また来ちゃうっ! すぐ、来ちゃいますっ!!」 「俺もそろそろ限界かもしれねーから……ラストスパート 行くぞっ!!」 「はいっ、きて、くらさいっ! かけるさんの、ずっと このまま、中でっ、いっぱい感じさせて下さいっ!」 「ああ、かりんっ!!」 「ああああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!」 かりんが教えてくれた角度で、さらにピストンの速度を限界まで引き上げる。 「はぅっ、はぁっ、ふぅんっ、ああっ、だぁめっ……! イッちゃっ……だめッ、だぁめぇ〜〜〜っ!!」 開け放しになっている口から、唾液を垂れ流しながら言葉にならない嬌声を上げて俺に快感を訴えてくる。 「ぐああぁっ!!」 さらに締め付けが強くなり、一気に射精感が高まるのを必死に押しとどめてひたすらピストンを繰り返す。 「ひゃうぅっ! も、もうだめぇっ、イク、イクッ! はうぅんっ……んはぁっ、はぁっ、ああぁんっ!!」 「だぁめぇっ……な、なんかっ、来てっ……るぅっ! んぁっ、んんぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 その叫び声と同時に、きゅうぅっと、さらに強くかりんの膣に締め付けられる。 「かりん、ダメだっ! もう出るっ!!」 自分の限界を察して、思わずそう叫ぶ。 「はいっ! いつでも、かけるさんの好きな時にっ! 好きなところにっ……出して、くださいっ!!」 「中にっ……中に出すぞっ!!」 「はいっ! わたっ、私の中にぃ……くださいっ!! 私の膣に、ぜんぶっ、出して、下さいっ!」 「わたし、受け止めますからっ……翔さんの、全部っ! ぜんぶっ、受け止めますからぁ〜〜〜っ!!」 「くっ……かりんっ、かりんっ!!」 「あぁうぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 ドクン、ドクン、ドクンッ!! その言葉を合図に、思いきり深くまで突き刺して、かりんの最奥へと俺の欲望の塊をぶちまけた。 最初の量とは比べものにならないほどの大量の精液を溢れてしまわないように、一滴でも多く収めていたいと言わんばかりに、かりんの膣が搾り上げてくる。 「ふぁあああぁっ……すごい、あったかい……まだ どくん、どくんって……出て、ますっ」 「お腹、いっぱい……嬉しいっ……」 「くっ……」 いつまでも入っていたいほど暖かく気持ちの良いかりんの膣から、俺のモノを引き抜く。 「は――あっ――翔さんのせーえき、いっぱいで…… わたしの中から、溢れちゃいますっ……」 「かりん――」 言葉通りに、引き抜いた途端にしたたり落ちる精液をかりんは勿体無いと言わんばかりにその手に掬い上げ自らの秘所に宛がい、その手で蓋をする。 「勿体無いから―――蓋、しちゃいますね」 そう言うと、かりんはそのまま垂れ落ちてきそうな精液をこれ以上零さないように、そのままの状態でぐちゅっと音を立てながら、手で秘所を覆う。 「かりん……お前、可愛いすぎ」 「ん……っ」 そんなかりんをどうしようも無く愛しく感じた俺は恋人同士に相応しい、触れるだけの軽いキスをする。 「だって、私は翔さんのお嫁さんですからっ」 「ああ、そうだな……」 「だから……」 <結末はハッピーエンドで> 「昨日休んだお陰で、すっかり元気になって、体力も 気力も充実している感じの深空ちゃん♪」 「やっぱり休憩して良かったですっ!」 「やる気満々でラストスパートをかける深空ちゃんと それを支え続ける翔さん」 「深空ちゃん……ふぁいとですっ!!」 「すまん、遅くなった」 「いえ」 「……みなさんのところへ、行っていたんですよね」 「ああ」 「…………」 「みんな、深空のこと心配してたぞ」 「え?」 「大変だろうけど頑張ってくれ、って言ってた」 「こっちは平気だからしっかり深空を支えてやれって 尻ひっぱたかれて来ちまったよ」 「そうなんですか……?」 「ああ。みんな、深空のことを気にかけてるんだよ」 「えへへ……嬉しいです」 「だから、一緒に頑張ろうな」 「はいっ!」 「俺の方も、色々と用意してきたんだ。少しでも深空の 絵本作りの手助けになれればと思ってな」 「ありがとうございます」 「どうだ? 身体の調子は」 「あ、はい。昨日お二人に休ませていただいたお陰で バッチリですっ!!」 「…………」 その元気そうな言動を無視して、俺は深空の額に自分の額を当てて、熱を測ってみる。 「熱、まだあるな」 「あぅ……で、でも全然平気ですっ!!」 どうやらまだ万全ではないようだが、昨日と比べて明らかに体調は回復しているように見える。 「まあ、泣きごと言ってても始まらないもんな。 何を犠牲にしてでもやらなくっちゃいけない 大事なこと、なんだろ?」 「はい」 「けど、倒れる前に辛くなって来たら、ちゃんと俺に 教えてくれよ?」 「一人で無理しようとだけはするな」 「わかりました」 「うし、じゃあ俺は昼食の買出しに行って来るかな」 「はい、お願いします」 「今度はちゃんと食ってくれよ? エネルギー補給も 大事だからな」 「わかりました。翔さんに、お任せします」 「おう。任せとけ」 「それじゃあ私は、ラストスパート頑張りますっ!!」 「ああ! 頑張れ!!」 「はいっ!!」 充実した気合を見せる深空を残し、昼食確保のために再び教室を出る。 「親父さんの誕生日まで、あと2日か……」 昨日の焦り具合から考えても、恐らくかなり厳しい状況であることは間違いないだろう。 さらに、無理を言って休ませてしまった分、絵本も想定以上に進んでいないはずだ。 「すべては明日次第、か……」 残された僅かな時間、俺は深空を肉体的にも精神的にもフォローしてやるのが仕事になるだろう。 少しずつだが確実に仲間に対して心を開いてくれたのはたしかだが、それでも父親の件に関してはまだ精神的に脆い面を隠しきれていない。 根が深い問題だけに、そう簡単に癒してやることも出来ないゆえ、情緒不安定になりやすい今の深空を俺がしっかりと支えなければならないのだ。 「待ってろよ、深空……絶対に俺が親父さんと心から 笑いあえる日々を取り戻させてやるからな」 俺は、《陽炎:かげろう》がゆらぐ日差しを睨みつけるようにそう強く決意して、歩き出すのだった。 <絵本、完成> 「もう日が暮れるって言う頃、何とか絵本を完成させる ことができました……っ!」 「私、嬉しくて……翔さんやみんなと、抱き合って その喜びを分かち合いました」 「みなさん、最後まで付き合ってくれて……本当に ありがとうございました」 「私、感激で……嬉しくて仕方がありませんっ!」 タイムリミットである夕方まで、あと少し。 深空は、今でも止める事無くその腕を動かし続けてただひたすらに絵本を描いていた。 その後ろには、昨日と全く同じメンバーが誰一人として欠けずに、その場に立っていた。 みんな一睡もしていなかったはずなのに、決して眠ろうとはしなかった。 一番辛い状況である深空を前にして、みんなが一緒に戦ってくれているのだ。 事情の解らぬ渡辺さんたちも、ただじっと、頑張る深空の姿を見つめながら応援していた。 「(頑張れ、深空……みんなが支えてるからな)」 もはや誰の言葉ですらも、深空にかけるのは無粋にしかならない事を理解していた。 絵本を描く深空の背中が、しっかりとみんなの想いを背負っていると語っているからだ。 「ふぇ……」 恐らく徹夜慣れしていないのだろう渡辺さんが、眠そうにふらりと身体を揺らす。 ぽて、と倒れそうになる渡辺さんを支えたのは、深空のクラスメイトであり、渡辺さんの友人でもある佐藤さんだった。 「んっ……!!」 頬をぱんと叩き、気合を入れなおす。 「…………」 そこで深空がガタリと席を立ち、こちらを振り向いた。 「わわわっ!? ね、寝てないよ〜っ!?」 「……ました……」 「ふ、ふええぇっ! ご、ごめんなさい〜っ!!」 「……わりました」 「ふぇ?」 「終わりましたっ!!」 泣きそうになりながら、深空が元気良く叫ぶ。 「よっしゃああああああああああ!!!」 俺の叫び声と共に、ワッとみんなの歓声が上がる。 「みなさん、本当にありがとうございましたっ!」 「じゃ、じゃがもう時間が……」 「あ……も、もうお父さんがお仕事に出かけちゃう!」 時計を見て、笑顔から一転、焦りだす深空。 「それじゃあ俺が、お姫様抱っこして連れてってやる。 お前の体力も、もう限界だろ」 「で、でも翔さんだって……」 「馬鹿、こんな時くらい彼氏にカッコつけさせろってんだ」 「……はいっ!」 深空の元気の良い返事を受けて、気合を入れて彼女を抱きかかえる。 「しっかりエスコートするのじゃぞ?」 「おう、任せろ」 「…………」 《和気藹々:わきあいあい》とするみんなの輪から少しはずれるように、一人その表情を曇らせている、かりん。 今まで気丈に振舞って深空を支えてくれた親友は、その代償を想い、悲しんでいるのかもしれない。 「かりん……俺、お前に……」 「みなさん、めいっぱい頑張ってくれました。だから…… 私に、悔いなんてありません」 「ごめん……約束したのに、結局俺は―――」 「そんな弱気なこと、言わないでください」 「まだ、今日は終わりじゃないです」 「これから、飛んでみせるって……そう言って、いつもの ように私を元気付けてください」 「かりんちゃん……」 「ああ……そうだな。必ず、空を飛ぶ方法を見つけて みせるさ」 その俺の答えを聞いて満足したのか、かりんはクスリと笑顔を見せると、みんなの方へと振り向いた。 「みなさんに、私からの最後のお願いがあります」 「お願い?」 「はい」 「今まで長い間、私のワガママに付き合っていただいて ありがとうございました」 「こんな私に最後までお付き合いしていただいて…… 感謝しても、しきれません」 「ずっとワガママを言わせてもらいましたが……たぶん これが私の、最後のワガママです」 「…………」 何か言いたげだった麻衣子も、その言葉を聴くべく、ぐっと堪えて口をつぐんでいた。 「今日で、私たちは―――解散します」 「そして、今日はもう帰ってお休みになってください」 「かりん……」 「決して、誰も……この学園に近寄らないでください」 「それが、私の最後のお願いです」 「……わかったのじゃ」 「で、でも、学園の外でなら……今日が終わるまでは 足掻いてみてもよろしいんですの?」 「花蓮さん……」 「はい。学園にさえ来ていただかなければ、平気です」 「そ、そうか……まだ平気なのじゃな!!」 「毒を食らわば皿まで。最後まで付き合うさ」 「うむ。そうだな」 「お主ら……」 「ホント、諦めの悪さだけは世界一よね、私たちって」 「ふふっ……思う念力、岩をも通すと言います。最後まで 諦めずにやってみましょう」 「すまん、みんな……俺も後から行くよ」 「うむ! 待っておるぞっ!!」 「それでは、これで……解散です」 「急げ、天野。もう時間が無いんだろ?」 「ああ! じゃあ、また後でな!!」 かりんの解散宣言の余韻を味わう暇も無く、俺と深空は急いで学園を後にするのだった。 <絵本に籠められた想い> 「そんな出来事があったから、お父さんとは上手く いってないんですね」 「うん。……お父さん、すっごくお母さんのことを 大切に想ってたから。だって、未だに再婚せずに 独りで私を育ててくれてるんだよ……?」 「お仕事だってすごく大変なのに、色々と、私、迷惑 ばっかりかけて……そうやって過ごしてきたんだ」 「…………」 「だから、せめて……そんなお父さんに、今まで ありがとうって伝えたくって。それで―――」 「それで、お父さんの誕生日にプレゼントするために この絵本を作ってるんですね」 「うん。これを渡して、今までのことを謝って…… それで、仲直りしたいなって、思って」 「お母さんが死んじゃってから、お互いに溝があって 上手くお話も出来なかったから……」 「私、ダメな子だけど、それでもお父さんのお陰で こんなに立派に育ったから……」 「あぅ……きっと、伝わります」 「え?」 「深空ちゃんの想いは、きっとお父さんに伝わって 今までの時間を取り戻せるくらい、素敵な家族に なれると思いますっ」 「あはは。うん……ありがとう、かりんちゃん」 「じゃあこの絵本は、お母さんの跡を継ぐために創ってる 就職活動作品ってワケか」 「……いえ、違うんです」 「え?」 「あの時、お母さんの絵本を見て……私、なんとなく 思ったんです」 「絵本は、ただ教訓のためにあるものじゃなくって…… 子供たちに夢を見せるためにあるものなんだ、って」 「……そうだな」 そうして子供たちを励まし、助け、希望を与える……絵本には、そんな魅力が詰まっているのだ。 「だけどこれは、その……子供たちへのメッセージじゃ ないんです」 「え?」 「この絵本は、お父さんへの誕生日プレゼントなんです」 「誕生日プレゼント……?」 「はい」 その返事とは裏腹に、すぐにまた表情を曇らせる。 「その……お母さんが私のせいで死んで以来、ずっと お父さんは独り身で私を育ててくれたんです」 「でも、お仕事のせいで生活時間帯もずれてるから あまりお話も出来なくて、それ以来ずっと上手く 行ってなくて……」 「なるほど……それをきっかけにして、昔のような しっかりとした親子関係に戻りたいってことか」 「はい。今まで育ててくれたお父さんへの、せめてもの お礼なんです」 「だから精一杯、私の気持ちが伝わるように……こうして 心を籠めて作りたいんです」 「そっか……」 それはひどく遠回りで、一見すると消極的な愛情表現とも取れるが、恐らく今の深空の精一杯なのだ。 その原因は、母親が自分のせいで死んでしまったと思っている罪悪感からなのかもしれない。 深空のせいじゃないと言うことは簡単だが、きっとそんな言葉じゃ、納得なんて出来ないのだろう。 「よし、俺も応援するよ」 「えっ?」 「今更だけど、俺も改めて深空の絵本作りのことを 全力で応援するって言ったんだよ」 「まあ、たしかに俺には何も出来ないかもしれないけど ……それでも、出来る限り協力するよ」 「翔さん……」 「あぅ。私も応援しますっ」 「かりんちゃん……」 「だからさ、頑張って最高の絵本をプレゼントして 親父さんを驚かせてやろうぜっ!!」 「はいっ!」 そう言って、溢れんばかりの笑顔で声援に応える深空。 俺はその笑顔を見ながら、不器用ながらも真っ直ぐなこの想いは必ず伝わるだろうと確信するのだった。 <絵本に籠められた想い〜かりん編〜> 「翔さんが、どうしてそんなに一生懸命に絵本を 作ってるのかを尋ねると、深空ちゃんは迷わず その理由を教えていました」 「やっぱり、コバンくん仲間には弱いみたいです。 ……我ながら、単純思考です。あぅ……」 「でも、本当の友達が誰もいなかった私にとって 趣味の合う友人は、昔からの憧れで……だから しょうがないんです」 「それで、絵本作りに隠された想いを知った翔さんは 私への協力も続けながら、可能な限り深空ちゃんに 協力をしていきたいって言ってくれました」 「私の事もしっかりと考えてくれるなんて……やっぱり 翔さんはとっても優しいです。あぅ」 「そうだ、そう言えば前から気になってたんだけどさ」 俺につっかかってくるかりんを片手で制しながら良い雰囲気のうちに気になっていた疑問を深空に再度ぶつけてみる事にした。 「はい。なんでしょうか」 「かりんはただの下手の横好きみたいだけど、深空は なんでそんなに一生懸命に絵本を作ってるんだ?」 「え……?」 「そこまで本格的なものを作ってるんだから、ただの 趣味ってワケじゃないんだろ?」 「それは……」 「か、翔さん、それはちょっとデリカシーに欠けます! 深空ちゃんも、まだ隠していたい想いだって……」 「お父さんへの、誕生日プレゼントなんです」 「あぅっ!?」 「なに驚いてるんだよ、お前。ホント失礼なヤツだな。 親子愛なんて、美しくて良い話じゃないか」 「い、いえ……その……すみません」 「……かりんちゃんが驚くのも、無理はありません。 だって、かりんちゃんは私とお父さんのこと…… よく知ってるから……」 「そうか、お前ら一緒に住んでるんだっけ」 「はい。実は私、今はお父さんと上手くいってなくて ……だから、仲直りのきっかけが欲しかったんです」 「ふーん。それで自分の得意分野の大好きな絵本を 作って、親父さんにプレゼントしようってワケか」 「浅はかでしょうか?」 「いや、いいと思うぜ。それも、とびきりにな」 「えへへ……そう言われると嬉しいです」 「……なんでこんなに警戒心が薄れてるんでしょうか? やっぱりコバンくん効果なのかもですね……あぅ」 「さっきから何ぶつぶつと独りごとを言ってんだよ」 「な、何でもないです」 「死んじゃった私のお母さんも、プロの絵本作家で…… 昔からずっと憧れてたんです」 「そうだったのか……」 深空の母親がすでに死んでいた事に、チクリと胸が痛む。 だが深空自らが語ってくれている以上、俺はその事実から目を逸らさずに、真正面から受け止めなくてはならない。 それが、真実を語ってくれた深空への、最低限の礼儀と言うものだろう。 「ですら私には、お母さんから教えてもらった《絵本:これ》しか お父さんに気持ちを伝える手段が無くって……」 「自分でも不器用だなって思うんですけど……それでも 私、お母さんみたいに、お父さんを元気付けたいです」 「お父さんが大好きだった、お母さんみたいに―――」 そう言って深空はそっと微笑み、優しい笑顔を見せる。 「そうか……」 「よし、決めた」 「え?」 「俺なんかに何が出来るかはわからないけどさ、でも 可能な限り、その絵本作りを協力するよ」 少しだけしんみりと元気が無くなってしまった深空をどうにか元気付けてやりたくて、俺は精一杯に明るく振舞ってみせる。 「そんなっ! わ、悪いですよっ」 「あぅ」 「それに、かりんちゃんと一緒に空を飛ぶ方法を 探さなくちゃいけないでしょうから、私のこと なんて、構っているヒマは……」 「いや! それでもやる! ぜってー深空を手伝う!! つか、手伝わせて欲しいんだ。俺も」 「翔さん……」 「それに、深空だって二足の《草鞋:わらじ》を履いてるじゃんか。 俺もそいつに便乗するってだけの話だろ」 「たしかに、言われてみればそうですね。そうなると お断りする理由としては、成り立たないです」 「あぅ……」 「観念して、手伝わせてくれ。いや、実際にはたぶん 応援するくらいしか出来ないんだろうけどさ」 「応援させてくれよ。深空を」 「わ、わかりました」 「お二人の応援に応えられるよう、精一杯頑張りますので ……よろしくお願いします」 「よっしゃああああああぁぁぁーーーーーっ!!!」 「あうううううううううぅぅぅーーーーーっ!!!」 他人に対してなかなか心を開いてくれそうに無い深空が俺の応援を受け入れてくれた嬉しさを分かち合うようにかりんとハイタッチして叫び合う。 「そ、そんなに喜ばれるとリアクションに困ります」 「いやっほぉ〜〜〜うっ!! 深空、最高ぉ〜〜〜っ!」 「さいこおおおぉぉぉ〜〜〜、ですぅ〜〜〜っ!!」 「は、恥ずかしいから、やめてくださいぃ〜っ!」 ドタバタと走り回る俺たちを、照れながら必死になって追いかける、深空。 俺はかりんを助ける一方で、深空の応援をすることで二人の仲間たちを支えていこうと決意するのだった。 <絵本のタイトル> 「それから一週間、毎日、翔さんは私に付き合って ボディーガードをしてくれました」 「一週間、たっぷりと愛を語らったわけですねっ! あぅっ!!」 「違うってばっ」 「え、えっと……ただの世間話とかです」 「あだるてぃっくなお話とかは……」 「してないよっ!」 「あぅ。つまらないです」 「か、からかわないでよ〜……そんなことより あらすじを進めないとっ」 「で、でも、そのお陰で大分、私の方も翔さんと 打ち解けて来ました」 「それで、私の一番近くに……いつも隣にいてくれる 翔さんには、隠し事なんてしたくないな、って……」 「何となく、そう思ったんです」 「だから私は、思い切って今まで一人で抱えていた 絵本の事を打ち明けてみました」 「それは、助けて欲しいとか、そう言う打算的なもの じゃなくって……私なりの、信頼の証と言いますか ……ボディーガードの代価のつもりでした」 「絵本……それって、いつも深空ちゃんが描いている ヤツですねっ」 「うんっ。『空を飛ぶ、3つの方法。』ってタイトルに した、私オリジナルの絵本ですっ」 「えっと、それはもしかして……」 「そうだよ。かりんちゃんの言ってたお話から アイデアを貰ったんだ」 「あぅ! 光栄ですっ!!」 「この絵本は、そう……とても大切なものだから」 「私にとって、いろんな想いを籠めて作っている ……そんな特別な絵本なんです」 俺が深空と一緒に帰るようになって、今日でちょうど一週間が経とうとしていた。 お陰で深空とはだいぶ打ち解けられたのだが、実験は相変わらず失敗続きで、未だに空を飛ぶための方法を見つける糸口さえ掴めない状況だった。 「〜♪」 今日も今日とて、上機嫌に絵本を描いている深空。 俺はそんな深空を眺めながら、いつものようにかりんと一緒に空を飛ぶ方法を考えていた。 「はぁ……お前は何か良いアイデア無いのかよ?」 「あぅ……すぐ思いつくほど要領が良かったら、今ごろ とっくに一人で空を飛んでます」 「たしかに、それもそうだな……」 情けない方向に妙な説得力を感じて、再び答えの出ない思考の沼に沈んでしまう。 「う〜む……なあ、深空」 「はい、何ですか?」 上機嫌で魔法のようにフエルトペンで独自の世界を描き出している深空が、手を止めてこちらを向く。 「前から思ってたんだけどさ、この絵本って人間が 出てこないんだな」 「はい。みんな動物さんですっ」 「あぅ! 可愛い動物さんばっかりですっ」 「えへへ。ありがとうございます」 「じゃあ、動物が主人公の絵本なんだな」 「はい。このクマさんが主人公なんです」 「あー……そう言えば、俺たちが初めて会った時に 買おうとしていた本もクマが主役だったよな?」 「は、はい。参考にしようかと思いまして……」 「ふーん。クマ好きなんだ」 「はいっ。クマさんには特別な想い入れがあるんです」 「……動物さんがいっぱいだと、心が癒されます」 「可愛い動物ばっかり出てくるんなら、この絵本を 静香に見せたら喜びそうだな」 「静香さんも動物、お好きなんですか?」 「ああ、大好きっぽいぞ。特にかりんの反対みたいな 動物が好きみたいだな」 「ナマケモノさんですかっ」 「貴様は自分が働き蜂だとでも思ってるのかっ!」 「あうううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ」 「あはははっ」 「それで、どんな話の絵本なんだ?」 「えっと……クマさんが空を飛ぶお話です」 「あん?」 「森の近くにある草原から見た大空に感動したクマさんが 空を飛ぼうと頑張るお話です」 「ふーん……想像すると、すごい絵づらだな」 無駄にリアルなクマが『くぱぁ……』とか言いながら鮭を持って空を飛んでいる姿を想像してしまう。 「なんでまたそんな珍妙な話の絵本になったんだ?」 「えへへ……実はかりんちゃんのお話から、アイデアを もらったんです」 そう言うと深空は『空を飛ぶ、3つの方法。』と言う絵本のタイトル部分を見せてくれた。 そこには、マントをつけたクマさんがみんなと楽しげに空を飛んでいるような絵が描かれていた。 「……この絵本では、どんな風に空を飛ぶんですか?」 「それはまだ考えていないんです。だから……この話の 結末が描けるように、かりんちゃんの空を飛ぶ活動も 頑張って協力していきたいと思います」 「そうだな。さっさと空を飛んで、最高の絵本に 仕上げちまおうぜ!」 「……はい。そのつもりです」 「おお、珍しく強気な発言だな」 「いえ。ただ、そのくらいの意気込みじゃないと…… きっと喜んでもらえないから」 「喜ぶ?」 「はい……翔さんには、お話したいと思います。 私がこの絵本を作っている、その理由を……」 「聞いて……いただけますか?」 いつになく真面目な口調で問いただされた俺は浮ついた気持ちを引き締めて、返事を返す。 「ああ、聞くよ。深空がそれを望んでいるんなら」 「……はい。翔さんには、知ってほしいと思います」 「だって……大切な、お友達ですから」 真っ直ぐな瞳でそう告げられると気恥ずかしいがそれだけ俺に対して気を許してくれたと言うのは純粋に嬉しかった。 「この絵本作りは私にとって、とても特別で……そして 大切なものなんです」 深空はそう言うと、手作りの絵本をぎゅっと抱きしめて目を瞑りながら、そっと語り始めた。 ……………… ………… …… <絵本よりもコバンくん!?> 「深空ちゃんと別れの挨拶をして、後で合流しましょう って約束をしようとしたんですけど……」 「やっぱり私も一緒に帰りますって言われました!」 「あぅ……何度もこの生活を繰り返していますけど こんなの初めてですっ」 「私……深空ちゃんは、いつもこの時期は絵本の事で 頭がいっぱいのはずなんですけど……謎です」 「でも、今は私と遊ぶのを優先したいって言う笑顔の 深空ちゃんを見ていたら、私も自然に笑顔になって 頷いていました」 「私、この事件が起こるまでは『自分』なんて嫌いで ……今まで、ずっと好きになれませんでした」 「でも、住む場所のために友達のフリをして近づいて 好きそうな話題を振り撒いているうちに、気づけば 自然体で仲良くしたいと思えるようになって……」 「今までどうしても好きなれなかった『私』のことを 親友って呼べるくらいに大好きになっていました」 「ずっと『かりん』でいたせいか、本当に私じゃない 別の誰かに思えて……すごく不思議な気持ちです」 「それでは私らは、早速作業に取り掛かるとするかの!」 「ほう! つまり、今夜はカレーだな!?」 「当然じゃっ!!」 なにが!? 「それでは、今日はこれで解散にしましょう」 かりんの合図を皮切りに、数日ぶりに訪れた自由時間を満喫すべく、みんな思い思いの行動を開始する。 「それじゃあ深空ちゃん、また後で合流しましょう。 深空ちゃんのお家で、コバンくん鑑賞会ですっ!」 「んー……いえ、今日は私も一緒に帰ります」 「え……?」 先ほど用事があると言っていた深空が急に意見を《翻:ひるがえ》したせいか、かりんは少し驚いたような表情を見せていた。 「それじゃ、ついでに俺も一緒に帰っていいか?」 「はい。三人で帰りましょう」 「で、でも、深空ちゃんは絵ほ……用事があるんじゃ 無いんでしょうか?」 「それはそうなんですけど……でも、今日は気分転換に かりんちゃんと遊ぶ事にしましたからっ」 「そう……ですか」 「……もしかして、迷惑でしたか?」 「あぅっ! そんな事ないですっ」 少し戸惑った後、深空に笑顔で応えるかりん。 その表情は親愛の情を感じるもので、恐らく二人は仲良くなるだろうと思わせる雰囲気だった。 <繋がってしまった未来> 「久しぶりに感じた翔さんのぬくもりがまだ残っていて 思わず死にそうなくらい幸せを感じてしまいます」 「けど、同時に自分が犯してしまった失敗に、大きな 焦りの感情も抱いていました」 「だから私は、気持ち良さそうに眠る翔さんを 起こさないように、一人で外に出ました」 「あぅ……ここは―――翔さんの、お部屋です」 起きたばっかりで、うまく回らない頭を必死に動かして状況の把握に勤めます。 ……………… ………… …… 「眠いです……」 ぽてっ、と翔さんのベッドに寝っころがります。 「翔さんの寝顔、とってもステキです……あぅ〜」 「……あぅ?」 ニヤニヤしながら翔さんの胸をスリスリと頬ずりで堪能していうちに、だんだん頭が回転して来ました。 「何で私、ここにいるんでしょうか……?」 とりあえず一度、冷静になってみる事にします。 「えっと……あぅ!? 私、素っ裸ですっ!! 言い換えるなら、全裸ですっ!」 「私のお洋服が見当たりません……あ、でもでも、翔さんの シャツと私のぱんつが落ちてます」 それをじっと見ていると、ぼんやりしていた記憶が、徐々にハッキリとして来るのを感じます。 「そう言えば私、翔さんに正体がばれてしまって…… びしょ濡れだったから、お風呂に入って―――」 「その後に翔さんの部屋に行ったら、暖かいシャツを 見つけて……もふもふしてると、着たくなったので 勝手にシャツを着てみたりして……」 「それでそれで、つい興奮して、ムラムラして来て…… あぅあぅあぅあぅっ!!」 自分が、恥ずかしい行為を好きな人の部屋でする事に普段以上の快感を覚えて、盛りあがってしまったのを思い出して、真っ赤になってしまいます。 「んぅ……」 「あひゃぁっ!? す、すみませんすみませんっ!! 私、襲ってないですからいじめないで下さいっ!!」 「…………」 「……寝てます……ね」 なぜか反射的に謝ってしまいました。 「だ、大体、私が襲っても問題ないはずです。むしろ私が 襲われる側なワケですし……」 「あ……」 そう口にした瞬間、私はやっとのことで昨夜の出来事を思い出しました。 「そ、そうでした……わ、私、翔さんと夜明けまでずっと ……あううううううぅぅぅ〜〜〜」 私は、その《禁忌:タブー》を犯してしまった危機感を麻痺させるほどの幸せを感じて、思わず顔がニヤけてしまいます。 「……って、ホントに喜んでいる場合じゃないです!」 久しぶりに感じた翔さんのぬくもりに、死にそうなくらいの幸せを感じつつも、ごつんと頭を小突いて気持ちを切り替えます。 「……ん……」 私は翔さんを起こさないようにそっと部屋を出ると服を着るために、用意してもらった自分の部屋へと移動するのでした。 ……………… ………… …… <繋がりを求めて……> 「せっかくカケルと恋人同士になれたのに、こうして 二人でいる時間なんて、ほとんどなかったから……」 「だからいっぱい甘えて……愛してもらったの」 「ありがとう、カケル……」 「静香……?」 「ね、翔……私、翔の事が欲しい」 「え……?」 「翔と、エッチしたい」 「なっ……」 そう言いながら静香は、自らブラウスのボタンを外してしっとりと汗ばんだ、赤く火照った肌を露わにする。 そのあまりのストレートなお願いに、思わず唖然としてしまう。 「1回だけじゃ、ヤだよ……」 「もっともっと、たくさん翔と繋がりたいし、いっぱい 愛して欲しいの」 「私の心だけじゃなくって、私の身体も……」 「…………」 まだあまり経験の無い静香にとって、性交による快楽は少ないはずだ。 それでも俺との行為を求めてくるのは、恐らく『俺と繋がる』と言う事自体に、特別な意味を見出しているのだろう。 それは、静香にとって俺が特別な存在だと言う事を証明するような言動だった。 「翔に愛されたって実感できれば……きっと私、もっと 元気になれると思うの」 「私を見てくれてるんだって思えれば、きっと強くなれる から……お願い、カケル」 「けど、麻衣子が持って行っちまったから、その……今は 持ってねーんだ」 「だから、今すぐってワケには……」 「いいよ。私……このままで」 「静香……」 静香は、少しも躊躇う事無く俺を求めてくる。 初めての時も、単に感極まったわけではなく、恐らく『全て』を覚悟していたのだろう。 『じゃからお主は、シズカを……あやつの心を支えて やってくれ』 「…………」 今の静香の身体を思い、一瞬躊躇ったものの、俺は麻衣子の言葉を思い出す。 俺にしか出来ず、静香の支えとなるのなら―――そこに戸惑う理由は存在しなかった。 「わかった。俺も覚悟、決めるよ」 「うん」 どうやら、覚悟が無かったのは俺だけで……今後何があろうとも共にいる証を示すため、その願いに頷く。 「静香―――俺も、お前の全てが欲しい」 そう。 俺に出来る事は、静香の一番になってやることだけなのだから…… パジャマの下を脱がし、素朴で可愛らしいピンク色のショーツが顔を出す。 見慣れたはずの幼馴染の見知らぬ姿に、俺は自らの感情の昂りを感じていた。 「やだ……カケル、なんだか手つきがエッチいよ」 「これからエロい事すんだから当り前だろ?」 「お前の不安が全部無くなるくらい、愛し合ってやるん だからな」 「うん。お願い、カケル……」 悪戯っぽく笑う静香の可愛らしさと、俺を誘う扇情的な言動に、思わずクラっとしてしまう。 「んっ……ちゅっ……やぁっ……」 「どうした?」 「何だか、いざエッチするって思うと、急に恥ずかしく なって緊張しちゃって……」 「なんだよ、別に初めてってワケじゃねーだろ」 「でも、初めての時はお風呂だったし、必死だったから…… それに、翔に下着姿見られるのも初めてだし……」 「そう言えばそうだな……」 言われて初めてその事に気づき、改めて静香の下着姿を堪能する。 「ば、馬鹿……そんなにじろじろ見ないでよ」 「それにしてもお前、ピンク好きだよな」 「いいじゃない、別に……」 「非難してるわけじゃねーって。可愛いよ」 「んもぅ、馬鹿……」 「んっ……ちゅっ……ちゅぱっ……」 拗ねてしまった静香の機嫌を取るように、優しくキスを繰り返す。 「んっ……」 胸を覆っていたブラを外すと、静香の表情がさらに紅潮し恥ずかしそうに視線を背ける。 「なぁ……そこまで恥ずかしがられると、こっちとしても やりにくいんだが……」 「だって……その……」 「お風呂とか教室とか、いつも変なところばっかりで…… 翔の部屋でって言うのは、これが初めてだから……」 「まぁ、若さと勢いに任せてたところはあったけどな」 静香の好意に甘えて、無茶ばかり言ってきたと実感してしまう。 「だから、いざちゃんとするってなると、何だか 照れちゃって……」 「そうか……じゃあ、優しくリードしてやらないとな」 モジモジと恥らいながら呟く静香を見て、ドキドキしながらも、精一杯カッコつけてみせる。 「カケル……」 静香の頬をそっと撫で、ゆっくりと唇を重ねる。 「んっ……ちゅ……」 「ちゅ……んんっ……ちゅぷっ……」 唇をノックするように舌でつつくと、静香も舌でそれに応えてくれた。 「ちゅっ……んちゅっ……んぅ……」 「ちゅぷ……ちゅ、ちゅうぅっ……んちゅ……」 「んんっ……カケルぅ……ちゅっぱ……ちゅぷっ」 取りつかれた様に、甘美な大人のキスに溺れる。 「ん、んちゅ……ちゅ……ちゅぷっ……」 「ちゅっ……んっ……ちゅ、ぷぁっ……んんっ」 「ふぁっ……んぅっ……ちゅぷ、ちゅぱっ……」 次第に、お互い相手を想うキスから、相手を求めるキスへと変わっていく。 「あ……んんっ……はぁんっ……」 唇だけではなく、首筋や肩などにも舌を這わせながらショーツの方へと手を伸ばす。 「ふぁっ……あぁっ……やぁっ……」 俺がショーツを下ろすと、恥ずかしそうに足を動かし秘所を隠すような体勢になってしまう。 「やっぱり恥ずかしいよ……」 たしかに、こうしてじっくり見れる体勢での行為は初めてだったが、そう言われて大人しく引き下がるワケにはいかない。 「それじゃ、いつまで経っても愛してやれないだろ?」 「ん……そうだけどぉ……恥ずかしいの……ふぁっ!?」 もじもじとしている静香のガードを緩めるために、そっと秘所へと指を伸ばし、優しく愛撫してやる。 「んぁっ……はぁっ……んんっ……」 「あぁん、はぁっ、んっ……んんぅ……やあぁっ」 静香の《そ:・》《こ:・》はすぐに湿り気を帯びて、次第にちゅくちゅくといやらしい音を立て始めた。 「き、聞いちゃダメぇ……」 「恥ずかしがる事無いだろ? 俺の指で気持ち良くなって 来てくれているんなら、嬉しいって」 「でもぉ、恥ずかし……んんっ、はぁんっ!」 「やっ……やだ、そんなの……んあぁっ……」 「俺は、もっと静香のこと、知りたいんだ……それに たくさん気持ちよくなって欲しい」 「だから……静香のここ、見たいんだ」 「ん……でも……」 「ダメか?」 「……そんな頼み方されたら、断れないよ……」 少しためらった後、意を決したように静香が折れる。 秘所を見られまいと、もじもじと抵抗していた足の力を緩めて、控えめながらも、自ら開いてみせる。 「ど、どう……? ヘンじゃないかな?」 「ヘンじゃねーよ。すごくエロくて、ドキドキする」 「うぅ……私も、すごくドキドキしてるよ……」 「んっ……ちゅっ、ちゅ、ちゅぱっ……」 そのお詫びと言うように、静香に淡いキスをする。 それだけでも、少しだけリラックスできたようだった。 「ふあぁっ!? んっ……んぁ……あぁんっ!」 「んんぅ……んぁ、はぁん……あん、んんっ……」 ハッキリと視認できるようになり、より的確で大きな動きで静香の秘所を愛撫してやる。 「やっ、やぁっ……気持ち、いい、よぉ……んぅっ!!」 「すげぇ……もう、ぐちゃぐちゃだな」 擦るように上下に撫でてやるだけで、静香の秘所が物欲しそうに俺の指を濡らして来る。 「んぅ、だって……カケルにされたら、私……我慢できない よぉ……」 潤んだ瞳で俺の愛撫を受け入れている静香を見ていると胸に熱いモノがこみ上げてくる。 俺はもっと静香に気持ちよくなってもらうため、さらに愛撫を繰り返す。 「ふあぁっ……ん、んぅ……あ、あぁんっ……」 「あぁっ、んんっ……あ、あああっ……」 膣に浅く指を出し入れするだけで、静香の身体は小さく震えより官能的な声が響いてきた。 「あ、あ、ああっ……んんっ……ふぁああん……」 「んんっ……だめぇ……気持ち、いいよぉっ……わたし すごい……んあぁっ……」 指を動かすたびに滲み出てくる愛液で、気がつけば俺の手までもが濡れていた。 「ああんっ……ん、ふわぁっ……んんんんっ……」 「あ、あぁっ……んんっ、んぅぅっ……あああっ」 秘所への愛撫はそのままに、桜色の乳首へと舌を伸ばす。 「ふあぁっ……か、カケル……? そこは……んっ!」 「気持ち良かったか?」 「……うん……その、すごく……気持ち良かったの。 ……だから……」 「……もっとして欲しいのか?」 「……ん……」 はっきりと頷いたわけではなかったが、それが肯定の言葉であることは容易に理解できた。 「相変わらず弱いんだな、胸……」 「んぁっ! はぁっ……んんっ……あぁんっ!」 「あん、んぅ……はぁん……ひゃうぅっ!!」 静香に似て可愛らしい控えめな胸に顔を寄せて、その先端にある乳首を、優しく甘噛みする。 「んんっ……あぁっ、あんっ……はぁんっ……!」 「ひゃっ……やあぁっ……ち、乳首……コリコリって…… 噛んじゃ、だめぇ……っ!!」 ビクビクと反応する静香のリアクションを見ながら痛くならないように意識しながら、舌と歯を使って乳首をむさぼる。 「ふぁっ……んんっ、ああっ……んああぁっ……」 「だ、だめぇ……そんな、の……っ! 気持ちよすぎて…… わ、私……ひゃうっ!?」 手持ち無沙汰だった手を使い、もう片方の胸も執拗に弄り倒す。 「あぁっ……ああぁっ……んんっ……はあぁんっ!! や、やだぁっ……んはぁっ! あぁんっ!!」 「んんぅっ……だ、だめだよ、カケルぅ〜っ!! そんなの、だめぇ〜っ!!」 ひたすら上半身を愛されて、切なそうな声を上げる静香。 どうやら、羞恥心の方はだいぶ薄れてきたようだった。 「胸ばっかり、だめ……なんだからぁ……」 「でも、気持ち良いんだろ?」 「ん……それは、そう……なんだけど……でも……」 「じゃあ、何も問題無いだろ?」 「ずるいよ、そんなの……」 「胸も気持ち良いけど、ちゃんとこっちも、弄って 欲しいよ……」 そう呟いて、静香が下半身の方へと手を伸ばす。 お預けされていたようで、じれったかったのだろう。 「やあぁっ!? ちょ、ちょっ……んんぅっ!! やめっ……だめだったらぁっ!」 その静香のお願いを無視するように、俺はひたすら胸を愛撫し続ける。 「お願い、カケルぅ……胸は、もう……ひゃあぁっ!?」 「俺もやめたいんだけどな。静香の胸が可愛いのが悪い」 「バカぁ……」 拗ねたように泣きそうな甘い声で、俺の行動を非難する。 「んっ……んぁ……んあぁっ……はあぁんっ!!」 「んん……ん、んぁ……ふあぁっ……んんぅっ!!」 観念したのか、大人しく胸を愛撫される快感を享受する静香を見て、その動きをより激しくする。 「だ、だめぇ……も、もうだめっ……お願い、カケルぅ…… 胸が、熱くてっ……わ、私、もう……っ!!」 「切なくて、もどかしくてっ……んんっ、んあぁっ! だ、だから……カケルぅ……」 息も荒く俺を求めて訴える姿を見て、俺の方も我慢の限界を感じる。 「わかった。静香……行くぞ?」 「うん」 しばらくお預けしていた静香の秘所へと手を伸ばすといやらしい水音と共に、愛液がしたたり落ちてきた。 これだけ濡れていれば、挿れても大丈夫だろう。 「ん……」 期待を孕んだ声を漏らし、静香が秘所へと宛がわれたペ○スに視線を向ける。 「来て、カケル……ッ!!」 その言葉に応えるように、一呼吸置いてからゆっくりと静香の《膣:なか》へと腰を進める。 「んっ、んんぅっ……ふぁ、あああぁぁぁ〜〜〜っ!」 「ッ……!」 挿入した途端、絡みつく膣の刺激に電流が駆け抜け、腰が砕けそうになる。 「ふああぁっ、ん、ああぁんっ……んんっ」 「すごいっ……翔のが、はいって……来てるっ…… んんんっ……ああぁぁっ……」 一回目の時ほどではないにせよ、未だキツく締め付ける膣内を、掻き分けるようにペ○スを押し進める。 「あああっ、んんっ……くふぅっ……んんぅっ……」 「はぁっ……んぅ、ああっ……ああぁん……あああっ!」 「ぐっ……」 静香と交わる喜びと、膣内からの刺激が俺の感情を《昂:たか》ぶらせすぐにでも射精してしまいそうだった。 「ああっ、んんっ……はぁ……んっ、ふあぁっ!」 「は、んんっ……ああっ、はぁっ……ああぁんっ!!」 爆発しそうになるのを必死に堪えつつ、最奥まで突き入れたところで、ゆっくりと腰を引く。 「はぁ、ふぁっ……んっ……んあぁっ!!」 「あっ、んんっ……中で……翔のが、動いてるのが…… わかる、よぉっ……」 まだゆっくりした動きなのにも関わらず、俺の全てを求めてくるように蠢く静香の膣に、強い快感を覚える。 「んんっ、ふぁああっ……ああ、んんぅっ……」 「んっ……あぁっ、はぁっ……んんっ、ああぁんっ!」 静香もまた快感で腰を震わせ、その瞳を濡らしていた。 「はぁっ、んんぅっ……あぁん、んんっ……はぁんっ!」 「あ、んんっ……もっと……もっと、動いてぇっ……!」 静香の言葉に合わせるように、少しずつ腰を動かすピッチを早めていく。 「んんんぅっ……ああぁっ、はああぁんっ!」 「やぁっ……すごっ……なかっ……こす、れてぇっ! 気持ち、いいよぉっ……!!」 「ぐっ……」 ストロークのスピードを上げた途端、静香の膣の締まりが強まり、そのあまりの快感に、腰が砕けそうになる。 「んんっ……はぁっ……ど、どうかな? カケル…… 気持ち、良い?」 「あ、ああ……すげぇ、気持ち良いよ」 「そっか……良かった……んっ……じゃあ、もっと頑張って みるね?」 自分の膣で俺を気持ち良くさせる事に快感を覚えているかのように、俺へ奉仕しようとする静香。 「翔は、好きに動いていいよ? 私は……それに合わせて 翔が気持ち良くなれるように、頑張るから」 「静香……」 「カケル……あんっ! んんっ……んぅっ!!」 「はぁっ……ああんっ! はぁっ……ん、んぅ……!」 静香の言葉に従い、再び自分のペースで膣内へのストロークを再開する。 「あぁんっ……んんぅっ……あぁっ、はあぁんっ……」 「んんぅっ……んっ、んんっ、あぁっ、はぁ、んんっ!」 限界まで怒張したペニスを静香の最奥まで入れると同時に肉襞がいやらしく絡みつくように俺を締め付けてくる。 その意志を持つようなリズムから、静香が自らお腹へ力を入れているのだと気づく。 「カケル、カケルぅっ! んんっ……はぁんっ!! ひゃうっ、んんぅっ……はあぁっ、あぁんっ!!」 「ぐっ……静香っ!!」 ただでさえ気持ちの良い膣内が、静香の圧迫によりさらに快感が倍増していた。 きゅうきゅうと精を求めるように吸い付いてくる膣に少しでも気を緩めると、一気に射精感が襲って来る。 「ひゃうぅっ、んんっ!! あぁっ……はぁんっ!! やぁっ、気持ち、良い……よぉっ!」 「んああっ、んんっ……ああっ……あ、あぁんっ!! カケルも、気持ち良い? 私の中、気持ち良いっ?」 静香の問いに答える余裕もなく、ただひたすらに射精を堪えて、腰を振る。 お互いの結合部からは愛液が溢れ、静香の太腿を伝いシーツへ大きな染みを作っていた。 「ああっ、ふぁあっ……だめっ、もう……頭が…… 真っ白になって、んんぅっ……!!」 「カケル、カケルぅっ! わ、私、もう……だめぇ!!」 限界が近いのか、静香の膣を締めるリズムが徐々に単調になって来る。 「静香ッ! もう少しだけ我慢してくれ……!!」 「うんっ! い、一緒にぃ……んはぁっ!!」 静香の膣を締め付けるタイミングに合わせて、大きなストロークで、ひたすらその最奥をノックする。 「はあああぁぁぁんっ!! カケルっ……んんぅっ!!」 「それ、だめぇっ……んんっ! あぁんっ!!」 「んんっ、ちゅ、ちゅぷっ……ちゅぱっ……」 感極まって余裕が無い静香の意識を保つために、俺は本能でその唇を貪る。 「ちゅううっ、んちゅ、ちゅぷっ……んんんっ!」 「んんむっ……ちゅ、ちゅぷっ……ちゅるっ…… ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅうぅっ、んむっ……」 それは恋人同士の優しいキスではなく、獣のように激しく互いを求めあう、荒々しいものだった。 「ちゅ、くちゅ……んんっ……んふぁ、好き……」 「好き、だよ……カケル……んっ……ちゅ、ちゅぷっ」 舌を絡ませ、歯茎を撫ぜ、唇を吸い、お互いの全てを味わうように、がむしゃらにキスを繰り返す。 静香に、俺を感じてほしい。 そして俺も、もっと静香の事を感じていたい。 そんな想いを込めて、突き上げるように思いきりペ○スを動かした。 「カケルぅ……んんむっ、ちゅ、ちゅむっ……! あぁんっ、ちゅっ……んんぅっ、はあぁっ!!」 「カケルっ、カケルぅ……んんぅ〜〜〜っ……んあぁ!」 「静香……静香っ!!」 ラストスパートと言わんばかりにピッチを上げて、もう自分の限界がすぐそこまで来ているのを感じていた。 「んんっ、カケルっ……出ちゃうの? もう……んんっ! 出ちゃいそう、なのっ……?」 「良い、よ……っ! 私の中で、いっぱい……っ!! ……出して、良いよっ!!」 絶頂へ向け、俺の全てを受け入れる静香の《お:・》《ね:・》《だ:・》《り:・》に応えるように、ただがむしゃらに腰を振る。 「んんんぅっ! はあぁんっ! カケルぅ〜〜〜っ!!」 「もう、私もだめっ、だめぇ、ダメだよぉっ!! んんっ、ふあぁっ、ああああぁんっ!!」 「限界だっ……出すぞ、静香っ!」 「うんっ……来て、カケル……ッ! 来てえぇっ!!」 「んんっ……あぁっ! ふぁああぁぁああっ!!」 「あぁっ、んんっ……ふあぁっ」 「んっ……すごい……まだ出てる、よ……」 いつまでも止まる事を知らずに脈動するペ○スが、静香の膣の最奥へと、自分でも驚くほどの量を吐き出していた。 「はぁっ……お腹の中、すっごく熱い……カケルので いっぱいになっちゃった……」 名残惜しさを感じながらも、膣からペニスを抜くと中に出した精液が溢れて来る。 「たくさん、出たね」 「ああ。その……最近、溜まってたからな」 「ごめんね、我慢させちゃって……」 「馬鹿、時と場合ってのがあるだろ。お前が気にする 必要なんて、ねえっての」 「うん。ありがと、カケル……」 そう言って微笑む静香と、もう一度、恋人同士の優しいキスを交わす。 「やっぱり、私は翔がいないとダメだな……」 「え?」 「いつも辛い時は、こうして支えてくれて……勇気を もらえるから」 「そっか。もし本当にそうなら嬉しいんだけどな」 俺がちゃんと静香の支えになっている……その言葉がたまらなく幸せだった。 「ねぇ、翔……」 「どうした?」 「私、もう弱音吐かないよ」 「……ああ。一緒に、頑張ろうな」 「うん」 「ずっとずっと一緒にいたいから……私、頑張るね」 そうして微笑んだ静香の瞳には、今までに無い決意のような強さを感じた。 俺は静香の髪を梳きながら、より深い絆を得た事を実感するのだった。 ……………… ………… …… <翔の励まし、母の言葉> 「落ち込んでいた深空ちゃんを優しく慰めて、そして しっかりと支えてあげる、翔さん」 「私、翔さんのお話に、とっても感動しましたっ!」 「うん……翔さんは、私なんかより、よっぽど 絵本のことが解っていました」 「私はただ漠然と憧れていただけで……でも、翔さんに 大切なことを教えてもらって、気づけたんです」 「本当に大切なことが何なのかを」 「あの時は涙で読めなかった、絵本の続きを」 「みんながいるから、子グマさんは独りじゃなくって ……だから、笑顔になれるんです」 「なあ、深空……俺はさ、昔すげー感動したことが あったんだよ」 「無感動なガキだった俺が、ずっとボロボロになるまで 一冊の絵本を持ってたんだ」 「絵本……?」 「それを読んで……昔の俺はすんげえ感動したんだよ」 「だから、今でもその内容はハッキリ覚えてるんだ」 「…………」 「深空は、なんで人は芸術ってヤツに心震わされて 感動するんだと思う?」 「え……?」 「その絵本ってさ、お前が見たって言ってた母親の絵本と 同じヤツだったんだよ」 「…………」 「深空は昔、母親の絵本を見て感動したんだろ?」 「はい。私はお母さんの絵本が大好きで……」 「いつか、誰もが私と同じ気持ちを抱ける作品を作れる 素敵な絵本作家になりたくて、頑張ってきました」 「でも、私の絵本はただの逃避の塊で……私にはきっと お母さんみたいな絵本の才能とか、なくって……」 「そうなのか?」 「え?」 「深空が本当に感動したのは、母親の『才能』から 生まれた絵なんかじゃ、ないんじゃないのか?」 「……俺はさ、思うんだよ」 「なんで才能があるって言われる人たちの上手い絵とか 良い音楽に感動できるのか……」 「それってさ、その芸術に、その人のたくさんの努力が 籠められているからなんじゃないか、ってさ」 「努力……?」 「そう。努力」 「誰かに何かを感じて欲しい。そう思い、心を籠めて それが伝わるように、日々努力して……」 「そんな頑張りが、人を感動させるんじゃないか…… ってさ」 「頑張り……」 「ああ。その人の頑張りが伝わって来るから、人はみんな 心を動かされる」 「だからさ、きっと深空の母親が持つ才能って言うのは 『みんなにその気持ちを伝える力』だと思うんだ」 「みんなに気持ちを、伝える力……」 「俺は、今まで頑張ってきた深空をずっと隣で見てきた。 ほんの一部かもしれないけど、その努力を肌で感じて きたんだ」 俺と出会うまでの日々の中でしてきたであろう努力も……そして、その行動に籠められた、たしかな想いも。 「だから俺は断言できる。深空になら、きっと相手の心に 届くような、最高の絵本が作れる……ってな」 「母親の絵本や存在から、その『想い』を受けて――― それが伝わって感動した深空なら、絶対に、だ」 「翔さん……」 「それにさ、こうしてお前は……ちゃんと俺の心を 動かせたじゃないか」 「俺はお前の話を聞いて、ただ純粋に手伝ってやりたい って思ったんだ。お前の絵本を見て、《惹:ひ》かれたんだ」 「だから深空には、相手の心を動かせるだけの……その 『想い』を伝えられる力は、あるはずだ」 「そう、でしょうか……」 「お前がしっかりと想いを籠めて絵本を作れば、な」 「お前さ、俺に教えてくれたじゃないか」 「絵本は教訓のためにあるわけじゃなくて、みんなに夢を 見せるためにあるものなんだ、ってさ」 「だから、都合の良いハッピーエンドじゃダメだなんて ……そんな決まりは、どこにも無いんだよ」 「現実の子供たちやみんなが挫けそうな大きな困難でも ひたむきに努力すれば、必ず報われる」 「挫けず、明るく、まっすぐに。そうやって登場人物が 幸せな笑顔を見せてくれたら、自然と読んでいる方も 元気が出て、笑顔になれる。がんばれる」 「だから、何も悩む必要なんてないだろ。深空が望む…… そんな《最高の物語:ハッピーエンド》を書けばいいんじゃないか?」 「かける、さん……」 俺は、泣いている姉妹のクマが描かれているページを覗いてみる。 「例えば、そうだな……この姉妹のクマが泣いてるなら こいつらを笑顔にしてくれる、魔法使いが来るとか」 「あ、クマの王子様とかでもいいんじゃないのか? ほら、それはかなりメルヘンチックだしな」 「……そうですね」 <翔を止めるかりん> 「屋上に行く深空ちゃんの姿を見つけて、急いで 学園の屋上へ向かおうとする翔さん」 「私は、そんな翔さんの前に立ち塞がりました」 「だって、翔さんが行ってしまったら、私……っ!」 「私は必死に説得して、翔さんが深空ちゃんの下へ 行くのを止めようとしました」 「でも、翔さんは揺るがない意思で、深空ちゃんの ところへと向かってしまいました……」 「私じゃ、二人の間に入ることが出来なくて……」 「行かないで、翔さん……ダメですっ……だって! だって、ここから先に行ったら、翔さんは……」 「ハァッ、ハァッ……ちくしょう、深空のやつ、いったい どこへ行ったんだよ!」 無意識に学園まで引き返してしまって初めて、当てもなく追いかけていることに気づく。 「くそっ……! 携帯も繋がらねえっ!!」 電源を切っているわけではないようだが、いくらコールしても、深空が出てくれる気配は無かった。 「どこに行ったって言うんだよ……っ!?」 悔しさのあまり、歯軋りしながら視線を空へ移そうとした時奇跡的にその姿を見つける。 「深空っ!!」 ガラスに映った深空らしき人影は、よろよろと屋上に続く階段へと足を運んでいた。 「あいつ、まさか……」 あまりの悪寒に、背筋が凍る。 しかし、今の限界ギリギリだった深空がとても正常な判断が出来る状況でないことは、嫌でも理解していた。 ―――《そ:・》《れ:・》はありえないことじゃない、と俺の脳が激しく警鐘を鳴らす。 「くそっ!!」 俺は、幾度となく空を目指して上った屋上へ向かって全速力で走り出す。 「そこまでです、翔さん」 「なっ……!?」 しかしその足は、意外な人物に止められてしまった。 「待ってくださいっ!」 「かりんっ!?」 俺の前に立ちはだかったのは、かりんだった。 「翔さん……これ以上は、だめですっ!」 「言ったはずです……もう学園には来ないでほしいって…… そう、お願いしたはずですっ!!」 「ばっ……馬鹿野郎っ! 今は緊急事態で、それどころじゃ ねーんだよ!!」 「それどころじゃあるんですっ!!」 俺の喝を、それを上回る気迫で押し返してくる、かりん。 そのかりんの気迫に、思わず俺はたじろいでしまった。 「お、お願いです……ここから先には……屋上にはっ! 行かないでくださいっ!!」 「!」 深空に止められているのか、それともこいつの勝手な判断なのか、かりんはハッキリと深空の元へ行かせぬと言う意思表示を示してきた。 「だ、ダメなんです……お願いします、翔さん……これ以上 ……進まないでくださいっ」 「も、もしも行ってしまったら……きっと翔さんは…… 後悔することになりますっ!」 ぽろぽろと涙を流しながら、必死に俺を止めるかりん。 「かりん……なんで深空を止めなかった!?」 「止めましたっ! でもっ……無理だったんですっ!」 「なら、俺を信じてそこをどけ」 「嫌ですっ!」 「必ず俺が、深空を連れて帰ってやるから」 「俺は―――あいつの王子様なんだよ」 「ダメですっ! そんなの……認めませんっ!! 翔さんは、王子様なんかじゃなくっていい!! ただの……脇役だっていいんですっ!」 それは、いつかどこかで聞いたことのある言葉だった。 しかし――― 「今のあいつに必要なのは、絶望の淵から救い出してくれる ……王子様なんだよ」 「なんで……なんで翔さんは、いつもそうやって!!」 「なんで……そんなに……」 「行ったら後悔する、だ?」 「今あいつを支えられなかったら、それこそ俺は一生後悔 するはずだ」 「……そう、俺は絶対にあいつのことを助けなきゃ いけないんだよ。だから―――」 「かりん……俺を信じてくれ」 「……また、同じなんですね……」 「え?」 「翔さんは、いつも同じで……私なんかじゃ一度だって 翔さんを止められたことが無いけど……それでもっ! それでも、私っ……!!」 「私は、翔さんを通すわけには行かないんですっ!!」 「だって、もしも行ってしまったら、翔さんは……っ!」 「…………」 「ごめん、かりん。仮にこの先にどんな悲劇が待っていよう とも……俺は深空のところへ行かなくっちゃダメなんだ」 「かける……さん……」 「あの馬鹿に、伝えたいことがあるんだ」 「何度も何度も言ってるのに、物覚えが悪いお姫様に…… もう一度、ちゃんと教えてやりてーんだよ」 「……でもっ……」 「大丈夫だ。俺は、絶対に深空を連れて戻ってくる。 そしてお前を、あの大空へ―――連れて行くから」 「だから信じろ! 俺を、深空を……仲間を繋ぐその想いは 必ず、どんな困難も打ち破るってな!」 「…………」 もう俺に何を言っても無駄だと思ったのだろう。 かりんは、力なくその腕を下ろしていた。 「なんだよ、泣くヤツがあるか、馬鹿」 「あぅ……私に……信じろ、なんて……卑怯ですっ」 「信じないわけには―――いかないじゃないですか」 俺は震えているかりんの頭に、ぽんと手を置く。 「お前の想いを……無駄になんてしないから」 俺は屋上を睨みつけながら、その場で立ち尽くすかりんを一人残し、再び走り出すのだった。 <翔・分身の術!?> 「あうあうあぅっ!? か、翔さんが分身して しまいましたっ!!」 「こんな忍者みたいな特技を持っているなんて やっぱり翔さんはすごいです……」 「なんでも、最大108人まで分身できるとか……」 「108人も翔さんがいるなんて……はーれむすぎて 鼻血が出ちゃいます……はうっ!」 「でも、さすがにそんなにたくさんの翔さんのお相手は 出来ないかもしれません……あぅ」 「その後は、気分転換に遊ぼうってお話になりました」 「遊ぶって言っても、色々ありますけど…… 何をするつもりなんでしょうか?」 「ドラモンクエストをやろうって誘ってくれましたけど ゲーム自体は持っていないみたいです」 「ですので、ドラモンクエストごっこをしながら 暇を潰しました」 「相変わらずいじめられちゃいましたけど、でも 楽しかったです」 「翔さんが考えた、お手玉ボクシングをやらされました」 「かなりいじめでしたけど、翔さんが喜んでくれたので 私としても満足でした」 空を飛ぶ会議(相変わらず進展は無しだったが)と今日の分の作業を終え、俺は暇を持て余していた。 俺とかりんは、大抵の場合はうんうん唸っているだけの役立たず要員なワケで…… 「(我ながら、情けなさすぎる……)」 もちろん学園に居残って考えても良い案が浮かぶわけじゃないので、家に帰ってもいいのだが……それだけでは少々味気ないというものだ。 「麻衣子、何か俺に手伝えることねーか?」 教室の隅で、何やら図面に線を引いている麻衣子と櫻井に声をかける。 「む? こちらの人手は足りておるぞ。何せ、助手が よく働いてくれるからのぅ」 「こっちは俺達に任せて、お前は他の皆を手伝って やればどうだ?」 「それができねーから言ったんだけどな……」 そうボヤきながら、俺は席に座って頭を抱えた。 「うーむ、どうしたもんか……」 静香は珍しく深空との会話に花を咲かせているようだし先輩に拉致された花蓮のところは、怖くて行けない気がするし…… かと言って深空の絵本の手伝いも、今はまだ必要が無いように感じるほど順調なようだ。 「翔さん、どうですか? 何か素敵ちっくなアイデアが 浮かびましたか?」 そんな事を考えていると、かりんが懐いている飼い犬のように、パタパタと駆け寄ってきた。 「いやな……俺もちょうど、何かねーかと考えていた ところだ」 「あぅっ! 会議が終わってからも一人で真面目に 取り組んでいてくれるなんて……感激です!」 「ただ……何もいい考えが浮かばなくてな」 「それはきっと、一人で悩んでるからです」 「……一人で?」 「こういう時は、みんなで協力するのが一番です」 「そうだな。お前の言う通り、一人じゃダメかもな……」 「あ〜あ、やめやめ! なんかさ、怖い顔で考えてても 肩凝ってしょうがねーよぉ! まったくもう!!」 「あぅっ! そうですよ、よかったら私が一緒に……」 天啓を受けた俺は机に顔を伏せ、力をためる。 「ううううぅぅぅ〜〜〜……翔チェーーーーーンジ!」 「あぅ!?」 そして雄たけびとともに、俺は力を開放した! 「か、翔さん……? いきなりどうし……」 「……って、ええぇっ!?」 「ならダブルスで……」 「行くぜ!」 「翔さんが増えましたっ!?」 「あれは……天野の分身か?」 「いや……私にはハッキリ、二人いるように見えるん じゃが……」 「どうだ、とりあえず増えてみたぞ」 「あ、あわわわわわわわわわわわ……」 慌てながら目を白黒するかりんに思わず吹き出しつつ俺は種明かしをする。 「バーカ、本当に人間が増えられるわけねーだろ。 ただの残像だよ、残像」 「ざ、残像……?」 「超高速で左右に動くことで、俺が2人いるかのように 見せかけてるだけだっての」 「そ、それでも十分すごすぎますっ!」 「そうか? テニス選手なら、全国区の中くらいな学生の レベルでも、頑張れば出来そうな気がするぞ……?」 「いるわけないです、そんな人」 「そうかねぇ」 「そうです。絶対にいないです」 「……って、本人同士で顔を近づけないでください! なんだか無駄に怖いですっ!!」 「でも俺の分身は108人までいるぞ?」 「ひゃ……ひゃくはちにん!?」 途端に、かりんが顔を真っ赤にして後ずさった。 「か、翔さんが108人いて、私が一人でそのお相手を するとして……あぅ……」 「おい、どうした? 鼻なんか押さえて」 「ひゃ、ひゃくきゅうぴーだとでも言うんですか!?」 「なんの話だよ……」 あまりにも意味不明なかりんの行動を尻目に、俺は分身をやめて、その場に腕を組んで佇む。 「はぁ……分身しても、疲れるだけで大した気分転換に ならねーな」 「気分転換……ですか?」 「ああ。黙って考えてても何も思いつかねーからな。 気分転換を兼ねて、適当に遊ぶべきかな、と」 「遊ぶって……何をするんですか?」 「うーん、そうだな……どうすっかな……って、麻衣子。 何こっち見てニヤニヤしてるんだよ?」 「いやいや、気がつけばお主らがずいぶんと親しくなって おるようで、少し驚いただけじゃ」 「ええっ!? そ、そんな……照れますっ!!」 「仲良くなんて、なってねぇっての!」 「よいよい、気にするでない。私ら邪魔者は退場するから 安心するのじゃ。秀一! 化学室へ行くぞ!!」 「うむ。そうだな」 それだけ言うと、麻衣子と櫻井はそのままズカズカと教室を出て行ってしまった。 「ったく、何だよあいつら……勝手に決め付けたまま 出て行きやがって」 「むふふふふ……」 「キモい笑いしてんじゃねえっ!」 「あぅっ! 痛いですっ!!」 嬉しそうにニヤついているかりんを小突きながら自分が軽く動揺していた事を悟り、気づかれないように心を落ち着ける。 「それで翔さん、今日はどうしましょうか?」 「ここにいてもさっきみたいに冷やかされるんじゃ 出てくる案も出てこねえからな……」 「それじゃ、お家に戻りますか?」 「そうだな。そろそろ腹も減ってきたし、メシの準備でも してくれよ」 「はい。なんか夫婦っぽい会話で、ハァハァします!」 「兄妹じゃねーのかよ!!」 「あぅ! そうでしたっ」 「アホなこと言ってねーで、さっさと行くぞ」 「は、はいっ」 俺はそっぽを向くと、そのままかりんを置いていくように早足で教室を後にするのだった。 ……………… ………… …… 「ヒマだ……」 遅めの昼食を取って、ブレイクタイムをまったりと過ごしていたが、案の一つも浮かばなかった。 「晩飯まで、どうすっかな……」 「ふたりで顔を突き合わせていても、ドキドキときめく だけで、何も思いつきません」 「ドキドキするかどうかは別として、たしかにボーっと してても意味ねーよな……」 「それじゃ、気分転換に一緒に遊びますか?」 「そうだな……お前と二人だけで遊ぶってのはちょっと 不服だが、《概:おおむ》ね賛成だな」 「あぅ……けど、私、お金とか全然持ってないので 遊びに行くのとか難しいかもしれません」 「フッ、俺に任せとけっての。こんな時のために とっておきの遊びを考えてあるんだ」 「わっ♪ なんですか、なんですか?」 俺のリーズナブルな提案に、かりんが目を輝かせて訊き返してくる。 こんなこともあろうかと、かねてから俺が考案していた究極の遊び……それは――― 「ドラモンクエストだ」 「ドラモンクエストですかっ! それは名案ですっ」 提案した瞬間、かりんの顔がパァッと明るくなった。 俺が言ったドラモンクエスト(通称ドラモン)とは某青い国民的人気キャラクターが仲間達と大冒険を繰り広げる、ミリオンセラー大作RPGなのだ。 「プレイするなら、やっぱり最新作でしょうかっ?」 「でも、ドラモン5も良い味を出してますし…… けど二人でやるなら、やっぱり6も……」 「(やばい、適当に言ったのに盛り上ってやがる)」 一人ならまだしも、二人でRPGなどやって楽しいと思っているのか、無駄にテンションが高かった。 「あれ? でも、翔さんの家ってゲーム機が見当たら ないんですけど、どこにあったんですか?」 「ん? んなもんあるかよ」 「……あぅ?」 子供のようにはしゃいでいた、かりんの表情が固まる。 「じゃあ、どうやってプレイするんですか?」 「フッ、かりんよ……人生とは、いかに金を使わずに 頭を使うか、だぜ」 「もしかして、二人で耐久ぱふぱふプレイですかっ!?」 「何がもしかしてなのか意味が解らんが、違うからな」 「あ、あぅ……じゃあ、どう言う意味なんですか?」 「ドラモンクエストはドラモンクエストでも、俺らが やるのは『ドラモンクエストごっこ』だぜっ!!」 「ご、ごっこ……?」 高らかに宣言した俺を、ごくりと生唾を飲む神妙な顔つきのかりんが見つめる。 「どうだかりん。これならゲーム機も電気代もいらない。 まさに究極の遊びだと思わないか?」 「あぅ! 翔さん天才ですっ!! こと柔軟さには定評の ある私も、その発想は無かったです!!」 「んじゃお前、村人Aね。とりあえず外国人っぽい口調で 話さないとダメだからな」 「えっ!? 私、ヒロインじゃないんですかっ!?」 戸惑いながらツッコミをいれるかりん。 どうやら、意外とノリノリなようだ。 「長い旅になりそうだな、ドラモン」 「え、もう始まってるんですか!?」 「ん? ドラモン、見てみろよ。あんなところに 少し寂れた村があるぜ」 「本当だ。行ってみましょう」 「あぅ!? しかも、一人でヒロイン役もやってます! 私はただの村人Aなのに……」 「ザッザッザッザッ……」 「ここが始まりの村か」 「(あ、やっと私の出番っぽいです。ドキドキです!)」 「さ〜て……武器防具も薬草も買ったし、さっそく ダンジョンに行くか!」 「…………」 「ザッザッザッザッ……」 「ダンジョンに着いたぞ!」 「村人を無視しないでくださいっ!!」 「うざっ!」 せっかく盛り上ってきたところなのに、泣きそうになりながら、かりんが俺にしがみついてきた。 「村人なんだから、ダンジョンについてくんなよ!」 「あうううううぅ〜〜〜っ! 話しかけてくれないと 嫌すぎます〜〜〜っ!!」 「俺はRPGやる時、めんどいからただの村人ごときに いちいち話しかけたりしねーんだよっ!!」 「今回は話しかけてくださいっ!」 「ちっ……しゃあねーな」 俺はかりんを引き剥がし、向き直る。 「じゃあ、ちゃんと主人公の昔の仲間の生き別れの妹で ありながらも、それを知らずに恋人になってしまった ジェニファーっぽく演技しろよ?」 「そんなすごい設定でちゃんと名前まであるのに 村人Aなんですかっ!?」 「やるのか、やらんのか」 「や、やってみます」 「おう、村人A、情報よこせ」 「あぅ……そ、ソコノミチユクオニイサ〜ン、パフパフ シテイキマスカ〜?」 「真面目にやれよクズがっ!!」 「いじめですっ!」 「お前が真面目にやらねーからだっての!」 「あぅ〜! 翔さんが無茶ぶりすぎるんですっ!!」 「しょうがねーな……じゃあ、生き別れの弟の知り合いの 親戚の妹の魔王と声が似ている村人Aでいいや」 「無理ですっ!!」 「こういう時こそ、お手玉ボクシングだろ」 「お手玉ボクシング? なんですか、それ?」 「フッフッフッ……何を隠そう、お手玉ボクシングとは お手玉とボクシングのいい部分を掛け合わせたと言う 画期的な遊びなのだ!」 「なんだか、聞いたまんまな気がします……」 「お前、お手玉担当な」 「わっ!?」 俺がポケットから取り出したお手玉を3つほど投げてやると、かりんはそれを空中で受け取り落とさないよう胸の前で回し始めた。 「上手いじゃないか」 「み、見てないで助けてください〜〜〜っ!」 だが、どうやら偶然の産物らしく、上手くコントロール出来ていないようだった。 「あぅ! と、止まらないです……止めてくださいっ!」 「無理だっての。俺はホラ、ボクサー役だから」 「完全分業制ですかっ!?」 「ちなみに、落としたらボディブローな」 「横暴ですっ!」 「で、俺は落とすまでお前をジャブる」 「ボディブロー確定ですか!?」 「あぅ! あぅっ! いじめですっ!!」 「トルネードジョ○トッ!!」 「それは、もはやジャブじゃないですっ!」 「ハートブ○イクショット!」 「おっぱいをぶたないでくださいっ!!」 そうして俺は、かりんをいじりながらヒマを潰して日が暮れるまで一緒に遊び倒したのだった。 ……………… ………… …… <脅える花蓮、貫くべき意思> 「先日はなんとか引き下がってもらえましたけど 私の心は不安でいっぱいでしたわ……」 「今まで、そうと決めたら例えどんな事でも必ず 有言実行してきたお父様……」 「あの人が本気を出せば、私自身の意志で頷かざるを 得ない状況を作ることなんて簡単ですもの……」 姫野王寺 賢剛……花蓮の父親の登場は、彼女に多大な影響をもたらしたようだ。 もう昼が過ぎるというのに、花蓮は保育園にも行かず部屋の隅で膝を抱えているだけだった。 それは普段の快活さからは想像も出来ないほど儚く触れれば壊れてしまいそうな少女の姿だった。 「ほら、食わないと身体に毒だぞ?」 コッペパンにとっておきの苺ジャムを塗りたくって花蓮に差し出した。 「いりませんわ……翔さん、食べてくださいまし」 「…………」 すごすごと手を下げ、俺はコッペパンを噛み千切った。 苺ジャムの甘酸っぱい味が口いっぱいに広がるが花蓮がこの調子では美味くもなんともない。 「……ごめんなさいですわ」 ポツリと、花蓮がうつむいたまま謝罪の言葉を口にする。 「……なんで謝るんだよ」 「翔さんを、こんなことに巻き込んでしまいましたわ」 「俺は別に、迷惑だなんて思ってないぜ?」 「…………」 「ここまで来たら、運命共同体だろ? 心配しなくても いざとなったら俺がお前を守って……」 「私たちが、お父様に逆らうなんて出来ませんわ」 「…………」 花蓮らしからぬ弱気な言葉。 しかし、俺は心のどこかでそれ否定することができないでいた。 「お父様は、あの通りの人ですわ……」 「強引で、自信に溢れていて……言い出したら 聞かなくて……」 「でも……一度も間違ったことを言った事は ありませんわ」 自分の身体を抱き締めるように、花蓮が手に力を入れる。 「だから……昨日、あんなにあっさり引き下がった お父様の気持ちがわかりませんの」 「私を連れ戻したいだけなら、あの場で部下に命じて 翔さんを組み伏せればよかったんですわ」 「…………」 悔しいが、反論はできない。 現に、あの男にはいつでもそれができたのだから。 「家を出るまで、私はまるでお父様の人形でしたわ」 「お父様の言う事が、全部正しいとは思わない ……でもその言葉に従っていれば、全てが うまくいきましたわ」 「だからこそ、このままだと私の夢は叶えられない…… そう思って、家を飛び出しましたのに……」 「……花蓮」 そう呟いて、花蓮はふさぎ込むようにうつむいた。 それは畏怖すべき父親の像に怯え、自分の無力さを噛み締める小さな少女の姿だった。 ……………… ………… …… 「…………」 「ホレ、飯が出来たぞ」 魂を抜かれたようにうずくまる花蓮に、俺はわざと軽い調子で言った。 「今日は腕によりをかけて作ってみたんだ」 「なんといつもの豚肉に牛肉を混ぜて作った 特製のカツ丼で……」 「……食べたくありませんわ」 「……花蓮」 俺は二つの丼をテーブルに置き、うつむく花蓮の前に腰を落とす。 「しっかりしろよな。確かにお前の親父さんは怖いよ」 「…………」 「でも、こんな所でうなだれてたって仕方ないだろ?」 「まずはちゃんと食べて体力つけないと、いざって時に 抵抗することだって……」 「翔さんにはわからないのですわ」 「私のお父様が……姫野王寺 賢剛がどういう 人間なのか……」 「なんだよ、それ……」 少しカチンときたが、いつもの勝気な態度がすっかり鳴りを潜めている花蓮の言葉に耳を傾ける。 「お父様は今までどんな事でも、こうと決めたら 必ず実行してきた人ですわ」 「それこそ、どんな手を使ってでも……」 「…………」 「特に今回は、実の娘である私を本気で取り戻そうと していますのよ?」 「その障害になる翔さんの気持ちや、私の想いを くじくためなら、お父様はきっとどんな事でも してしまいますわ」 父親への畏怖の念に押しつぶされそうになっている割りに、花蓮は饒舌に言葉を並べる。 半分は、自分への言い訳なのかもしれない。 「もちろん、翔さんよりお父様と暮らす道なんて 選びたくありませんわ……」 「でも、きっとそうしてしまう……その道を選んで しまいそうな自分が怖いんですの!」 花蓮の悲痛な声が、せまい部屋に響く。 弱音を吐く自分を止めて欲しいのだろう。 もしかしたら、叱って欲しいのかもしれない。 だが、俺はそんな後ろ向きなやり方で花蓮の心を繋ぎ止めておくなんて事はしたくなかった。 「……お前がもし俺といる道を選ばなかったら…… 俺は所詮、その程度の男だったって事だ」 「……! そんな事っ……!」 「俺は権力でも財力でも、社会的にお前の親父さんに 勝てるものは一つもないかもしれない……」 花蓮が悲しそうに目を伏せる。 悔しいが、それが紛れもない現実なのだ。 でも…… 「でもな……気持ちくらいは……」 絞り出すような俺の声に、花蓮が顔を上げる。 「お前を想う気持ちだったら……俺は誰にも負けない」 「それだけは! ……それだけは、俺はお前の 親父さんにだって自信がある」 「……かけるさん……」 「でもな……だからこそ、だ……」 花蓮の言葉を遮るように、俺は言葉を続ける。 「お前が選んだ道なら……俺はそれを受け入れる事しか できないんだ」 「…………」 「だから花蓮、選んでくれ」 「え……?」 「わかるか? 俺に選択を委ねるんじゃない」 「お前が、お前自身の意思で道を選ぶんだ」 「私が……私の意志で……」 「俺はお前に、選んだ道を『やめろ』とは言えない」 「でも……ずるいかもしれないけど、これだけは 聞いてくれ……」 万感の思いを込めて、花蓮の瞳を見つめる。 「俺は……お前に、俺と歩む道を選んで欲しい」 「…………!」 「それが俺の願いだ」 「もしもお前が自分の意思で俺を選んでくれたのなら 俺は最後の瞬間までお前を支える事が出来る」 「…………」 「そして、それが俺の選ぶ道だ」 「花蓮。俺は、お前を……支えていきたいんだ。 この先も、ずっとな」 一言一言噛み締めるように、花蓮の心に届くように語りかける。 しばしの沈黙が流れた後、花蓮が重い口を開いた。 <自分の道を信じて> 「お嬢様を嫌いながら、結局、私は一人立ちなんて 出来ていなかったんですの……」 「そんな自分の不甲斐なさを恥じ、落ち込んでいる私を 翔さんは優しく励ましてくれましたわ」 「翔さんが大切な存在だと改めて感じた私は、そのまま 彼と唇を重ねてしまいましたの……」 「私は、翔さんが……好き、ですわ……」 おそらく、自分の不甲斐なさを恥じているのだろう。 普段の根拠の無い自信に満ちた態度は、そんな潜在的なコンプレックスの裏返しだったのかもしれない。 「…………」 俺は、なぜか腹が立ってきた。 姫野王寺 花蓮ともあろう者が、そんな理由で足を止めているのが我慢できなかった。 「……甘いんだよ、バカ」 「え……?」 花蓮が目を丸くしたが、俺はかまわず続ける。 「努力の結果がすぐについてくる人間なんて、世界に どのくらい居ると思ってるんだよ」 「それは……」 「確かに努力が報われない事だってあるけどな、すぐに 出てくる結果なんて、総じてロクなもんじゃねーぞ?」 俺は、まっすぐ花蓮の目を見つめる。 後から後から、言葉は勝手に沸いてきた。 「お前は、家出って形で『お嬢様』をやめるために行動を 起こしただけなんだろ?」 「他にも出来ることは、まだまだたくさんあるはずだ。 違うか?」 「…………」 少し驚きながら、花蓮が慌ててふるふると首を振った。 「だったら、お前はお前が思った理想を信じて 最後までやり通してみろって」 「一人暮らしを始めて、それで自分で考えたんだろ? 保母さんになってガキ共のために働きたいって事は」 「え、ええ……」 「結構じゃねーか、保母さん」 「あんなクソガキ共の面倒、箱入りのお嬢様なんかに 絶対つとまるワケねーもんな」 「ク、クソガキって……」 「弱音が吐きたくなったら、いつだって聞いてやる。 そうじゃなけりゃ、何のための俺だ」 いつの間にか、東の空が黒ずんできた。 水面を揺らしていた風は、すでに止んでいた。 「俺だけじゃない。学園に集まったあいつらだったら 誰も笑わないで、お前の相談に乗ってくれるさ」 「…………」 「そうやって自分で考えて、自分で前を向いて歩いて いくんだよ」 「そうすればお前ならきっと、お前をいじめてきた 連中を見返すくらいの女になれるさ」 「……翔さん」 一気にまくし立てた俺を、高潮した瞳で見つめる花蓮。 その時になって、俺はようやく手を伸ばせば届くほど彼女に近づいていた事に気がついた。 「……まあそういう事だ」 妙に気恥ずかしくなり、俺は花蓮に背を向けて歩き出した。 「(……ちょっと調子に乗りすぎたか?)」 自分の言動を省みて、少し差し出がましい事を言い過ぎたかと思い、急に心細くなる。 「……ありがとうございますですわ」 「……!」 背中越しに、穏やかな花蓮の声が聞こえた。 振り向くと、花蓮が柔和な顔で微笑んでいる。 「あ……」 その笑顔に、不覚にも心の中で安堵する。 「やっぱり、翔さんに話してよかったですわ」 つかえが取れたような、すっきりした顔をして今度は花蓮の方から近寄ってくる。 「いいんだよ、俺なんかでよければ……またいつだって 頼ってくれ」 「ふふっ……そうですわね」 そして、そのまま俺の胸に頭をもたれてくる。 「その時は、こうやって寄りかからせてもらいますわ」 「ああ」 「できるだけ、一人立ち出来るように頑張りますわ」 「でも、今日は……」 「今は、もう少しだけ……寄りかからせて欲しいですわ」 「……ああ」 そう言って、花蓮はそっと瞳を閉じる。 そして俺達は、どちらからともなく、そっと唇を重ねた。 「翔さん……」 それは―――契約のような、誓いの口付けで。 「花蓮……」 俺は、花蓮が寄りかかってくる限り……絶対に彼女を支えて行く事を、固く決意するのだった。 ……………… ………… …… <花蓮と翔の関係は……?> 「まさかカケルとカレンが恋人同士だったとはのう」 「うむっ、それなら二人だけの隠し事があるというのも 合点がいくというものじゃ」 「だ〜か〜ら〜……それは誤解だって言ってるじゃ ございませんのっ!!」 「隠すこともないじゃろう?」 「カケルが言うには、毎日のように放課後デートを 楽しむ間柄なんだそうではないか」 「そ、そんなわけありませんわっ!!」 「……あー、もう! 天野くんも、誤魔化すならもっと マシな誤魔化しかたをしてくださればいいのに……」 「それをよりによって、こっ、こ、ここここっ…… 恋人だなんてっ!!」 「も、もしかして天野くんって、私のことを……?」 「……そっ、そんなことあるはずがございませんわ!」 「お、おかげで保育園の子供達にも冷やかされて しまいましたし……」 「どうしてくれますの、天野くん!」 「ああ、もう! あなたと出会ってから、私のペースは 乱されまくりですわぁっ!」 「そりゃあ、これだけからかい甲斐があればのう…… カケルの気持ちも、分からなくは無いの」 「さっきからコソコソしおって、怪しいのう……」 麻衣子がいやらしい顔で近づいてきた。 「だ、だから何でもありませんわ。ねえ?」 「ねえって言われてもなぁ……ねえ?」 「なぜ俺に振る」 パスは通らなかったようだ。 「ますます怪しいのう……ほれほれ、何を隠して おるのじゃ?」 完全なセクハラモードになった麻衣子が、花蓮の脇腹を指でつつく。 「ん〜? ほれ、言ってみよ。カケルと何があった〜?」 「や、やめてくださいまし! 私と天野くんは本当に おかしな関係ではありませんわ!」 「それでは、どういう関係なのじゃ〜? ほれほれ」 「そ、それは……」 花蓮が助けを求めるようにこちらをチラ見するが俺はあえて無視する。 「う、うぅ〜〜〜〜〜っ……」 俺の助けが得られないと悟ったのか、花蓮は口を固く結んで考え込む。 「例えるなら、私と天野くんは師匠と弟子みたいな もので……」 「言い換えるとしたら、私が天野くんの生みの親……? みたいなものでございまして……」 「(言うに事欠いて、なんだそりゃ……)」 しどろもどろになりながら、花蓮がなにやらあり得ないことを言い出した。 「ふむ……カレン、詳しく聞かせてくれるか?」 「食いつくのかよ……」 「え、ええ」 「昨日、天野くんの家を謎の覆面集団が襲って……」 「かわいそうに……天野君はご家族を皆殺しに されてしまいましたの」 「そうなのか?」 俺はブンブンと首を振る。 「さしもの天野くんも、多勢に無勢……」 「抵抗むなしく、ついにその身を捕らえられ改造されて しまったのですわ〜〜〜〜〜っ!」 「(…………言い切りやがった)」 やり遂げたような顔をする花蓮。 いっそこの場で真相をぶちまけてやろうかと思った。 「ふむふむ? つまり、カレンがカケルの生みの親と いうことは、お主がその改造をしたのじゃな?」 「え? え、ええ……そう言うことになりますわね」 「師匠と弟子の関係というのは?」 「ええ……それは、天野くんがその組織に復讐するため 力をつける特訓を……って、あ、あら?」 「おかしいではないか。お主が属しているはずの 組織を潰そうとするカケルに、なぜ当のお主が 手を貸すんじゃ?」 「う、うぅ……それは、その……天野くんの真っ直ぐ 正義を貫く姿勢にほだされたというか……」 苦しい。あまりにも苦しい。 「なるほどな……それで、お主も組織と《袂:たもと》を分かち カケルに協力することにしたと……」 「そう、その通りですわっ!」 「じゃ、そうじゃが……カケル?」 「すいません、全部嘘です」 「裏切りましたわねっ!?」 花蓮の顔が、赤い仮面をかぶったように染まる。 「やかましい、根も葉もない大嘘言いやがって…… 危うく力と技の三号にされる所だったっつーの」 「だ、だからって、そんなあっさり……」 「あーもう、まどろっこしいヤツだな……」 「どういう事なんじゃ、カケル?」 これ以上、出任せの言い訳を並べるのも見苦しいと思った俺は、大きく一息ついて口を開いた。 「ま……要約すると、毎日放課後デートするような 間柄だって事だ」 「んなっ……!」 「ほう……」 「ほう……」 「ほう……」 「な……なんですの! みんなでいっせいに私のほうを 見ないでくださいまし!」 「照れなくてもよいではないか」 「うむ。こんな事だろうと思っていたしな」 「ち、違うんですのよ! これは……」 「そういう訳だから、今日はこの辺でお開きにして ほしいんだ」 「あ、天野くんっ!?」 「こっちから呼び出したのに、悪かったな」 「よいよい。しっかり、エスコートしてくるのじゃぞ」 「ああ」 「ちょっとくださいまし! 私はまだ……」 「ほれ、行くぞ花蓮」 今度は俺が花蓮の腕をつかみ、教室の外へと強引に連れ出す。 「釈明させてくださいませ! なんで天野くんの 言う事はそんな簡単に信じますの〜〜〜っ!?」 「諦めろ。積み上げてきた信頼の差だ」 「ふ、不当裁判ですわ〜〜〜っ!」 ……………… ………… …… 「ああ……天野くんたらあんな事言って……」 「絶対誤解されましたわ……明日からどうすれば……」 俺の数メートル後ろを歩き、花蓮がぶつくさと文句を言っている。 「よりによって……デ、デートだなんて……」 「そんな……もしかして天野くん、そんな風に……」 何を言っているのかわからないが、いつまでも続く花蓮の独り言にイライラしていた俺は、振り返って言い放つ。 「もういいだろ! あの場は切り抜けたんだから」 「ど……どうせつくなら、もっとマシな嘘を ついてくださいまし!!」 途端に、花蓮が真っ赤になって噛み付いてくる。 「別にいいだろ、あいつらだって本気にしてねえよ」 「それに、デートっぽい事してるのは本当じゃねえか」 「それは貴方が勝手についてくるからですわ!!」 「ああその通りだ。何せ共同戦線を張ってるんだからな」 「今日だって、お前がノーと言っても無理やり 保育園について行くからな。覚悟しとけよ」 「こ、この人は本当に……」 ぷるぷると震え、花蓮が俺を睨みつける。 ……が、すぐにそっぽを向い早足で俺を追い抜いた。 「ふんっ! か、勝手にすればいいですわっ!」 そう言い放った花蓮の背中を追いかけ、俺は思わず頬を緩めたのだった。 <花蓮なる出逢い〜コッペパンと変質者〜> 「休日は散歩するって言う趣味がある天野くんは 今日も今日とて、駅前の商店街をぶらついてる ようです」 「そんな時、財布を落とした、面白おかしい女の子を 見つけた天野くんは、善意で近づいたんだけど……」 「ふえ……どうやら、変質者だと勘違いされちゃった みたいです」 「でも、これじゃ……私でも勘違いしちゃうかも」 「そうして出会った、コッペパンを食べている女の子 《姫野王寺:ひめのおうじ》さんに、お詫びにパンを奢ったみたいです」 「あっ、あの時、私のお店に天野くんがパンを買いに 来たのって、そんな理由があったんだ……」 「いつもウチのお得意さんの、姫野王寺さんが大好きな 『なべなべ食パン』を買って行ったのも納得だよ〜」 「それにしても姫野王寺さんって、お嬢様みたいなのに 貧乏そうだし、ミステリアスだよね……」 「う〜ん、謎は深まるばかり、って感じだよ〜」 昼下がりの休日だけあって、駅前の商店街はにわかに活気付いていた。 「……ヒマだ……」 せっかくの休日にゴロゴロするのも不健康だと思い特に目的も無く適当に商店街をぶらついていた。 こう言う時、恋人とかいれば違うんだろうけどな、と思ってしまうのは、きっと昨日の鈴木のせいだろう。 「何か面白い事ねぇかなぁ……ん?」 ふらふらと歩いていると、前にいた女の子がぽとっと何かを落とした事に気づく。 「ちょっ……のわっ!?」 渡してやろうとそれを拾い、あまりの高価そうな装丁に驚いて、思わずまじまじと凝視してしまう。 「すっげ。これ、純金なんじゃないか?」 金ピカでずっしりと重量感のある財布を見つめながら好奇心が働いて、ごくりと唾を飲み込んでしまう。 「(やばい、めちゃくちゃ中身が見たいぞ)」 プライバシーの侵害なのだが、一体どのくらいの大金が入っているのか気になって仕方が無い。 「はっ!!」 そして気がつくと、本能の《赴:おもむ》くままに、カパリと金ピカの財布を開けてしまっていた。 「こっ、これはっ……!?」 黄金の財布の中に入っていた金額を目算すると…… 「…………」 百二十円だった。 「なんでやねんっ!!」 他人の財布にも関わらず、思わずバッシーンと思いっきり地面に叩きつけて突っ込んでしまう。 「しまった……さっきの人、いないし」 このままネコババするのもよろしくないし、かと言って交番はかなり遠いので、持って行くのも面倒臭い。 仕方ないので、さきほどの女の子を捜してから直接、渡してやる事にした。 「おーい、金ピカ財布女〜っ!」 あいつの名前も判らないので適当に呼んでみるが案の定、周りからの反応は無い。 たしか、そう…… こんな感じのヤツだった。 「っつーか、コイツじゃん……」 これまた高そうな日傘を差して歩いている、明らかに他のヤツらから浮いている女。 見るからにお金持ちなお嬢様っぽかった。 「…………」 しかも日傘から覗く彼女の制服は、間違いなくウチの学園のモノだった。 と言うかそもそもなぜコイツは休日なのに制服なのか。とにかく面白げなオーラを放っているヤツだった。 「(しかも、何か食ってるぞ……)」 控えめに『何か』と形容してみたが、ぶっちゃけどう見ても貧相なコッペパンだった。 高そうな日傘に質素なコッペパン……そのあまりのミスマッチぶりに、俺は大きな興味をそそられる。 「?」 声をかけるつもりがあまりにも面白いヤツなのでついつい様子を伺っていると、不意に目が合う。 と言うか、反射的に目を逸らしてしまった。 「(何やってるんだ俺は……)」 いや、こんな面白スメルを放っている女が振り向いたら誰だって本能的に係わり合いを拒否すると言うものだ。 イコール目を逸らすのは当然であり、俺は悪くない。 「…………」 悪くない、のだが…… スタスタスタスタッ!! 「(急に早足になりやがった!)」 すばやく日傘を仕舞い、逃げるように去っていってしまう。 たしかにあっちからすれば、怪しい男につけられていると勘違いしたとしても無理はない動作だった気がする。 「お、おい」 「ひっ!」 ダッ!! 「のわっ!?」 無事に声をかけたと油断した瞬間、脱兎のごとく全力疾走で逃げ出されてしまう。 「やぁねぇ」 「何かしら、あれ」 「ヒソヒソ……」 「ヒソヒソヒソヒソヒソヒソ!」 同時に、何かよからぬ勘違いをした目で見られてあらぬ噂話が飛び交ってしまっていた。 「(コレはまずい……っ! 誤魔化さなければっ!)」 「はっはっは、しょうがねぇなぁコッペパン子のヤツ」 「あの子、コッペパン子って言うみたいね」 「あら、美味しそうな名前ね」 「なんだ知り合いだったのね」 かなり適当だったのだが、どうにか誤魔化せたようだ。 「お〜い待てよ、コッペパン子ぉ〜っ!」 とりあえずこのまま知り合いである事を装うために疑われる前にアイツを走って追いかける事にする。 「って言うか速っ!! もういねぇし!」 気がつくと、すでに見失うかどうかと言うギリギリの距離まで引き離されていた。 「(なんてアホなスペックしてやがるあの女……!)」 仕方ないので、俺も本気モードでダッシュする。 「ほおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!!」 木下から『お前の全力疾走のキモさは世界一だよ』と不名誉な称号を与えられて以来、ずっと封印していた禁断の全力疾走モードに突入する。 シャウト効果とか言うのを何かのテレビ番組で見て以来俺は何か叫びながらじゃないと、全力で走れなくなってしまったのだ。 何となく叫んだ方が本当に速い気がするし、実際に陸上のタイムもそれで飛躍的に上がっている。 ただ俺の場合、その上がり幅が異様に高いためか奇声を発しながら無駄に速い男として、木下からキモがられて来たのだ。(※トラウマらしい) 「シッシッシッシッシッシッシッシッ!!」 「な、何なんですの〜っ!?」 長年封印していたのだが錆付いてはいなかったようで半泣きになっているコッペパン女に、見る見るうちに近づいていく。 「嫌ぁ〜っ! だ、誰か助けて下さいましぃ〜っ!!」 「ハッハッハッハッハッハッハァ〜〜〜ッ!!」 誤解だと叫びたいのだが、予想以上に相手の足も速く悠長に会話をしている余裕は無かった。 「ひいぃ〜っ! 息を荒げた変態がぁ〜っ」 「チガッヒョォ〜〜〜〜〜〜〜〜ウッ!!」 「助けてお姉さまあああぁ〜〜〜っ!!」 違うと言おうとしたのだが、全力疾走モードだったゆえ結果的に奇声を上げてしまったせいで、さらにアイツを刺激してしまったようだ。 「キエエエエエエエエェェェェェーーーーーッ!!」 「きゃあああぁ〜〜〜っ!?」 錐揉み回転しながら、スカイダイビングヘッド気味にコッペパン女を捕まえる。 「けっ、ケダモノ〜ッ、んんっ!!」 「馬鹿野郎っ、誤解されるような事を言うなっ!」 これ以上叫ばれるとかなり厄介なので、仕方なくコッペパン女の無理やり口を塞ぐ。 「んんん〜〜〜〜っ!」 「大人しくしろっ!」 「ん……」 どうやら本気で怯えているらしく、俺の一喝ですんなり大人しくなってしまう。 このままだと非常に宜しくないので、誤解を解くために少し呼吸を落ち着けて、声のトーンを落とすことにする。 「いいか? 大人しくしてりゃすぐに済む」 「…………」 「どうして俺がお前を追いかけてきたかわかるか?」 俺の問いに、ぶんぶんと顔を横に振るコッペパン女。どうやら財布を落とした事に気づいていないようだ。 「お前の身体をまさぐってみろ。すぐにわかるはずだ。 ……へへへっ、どうだ、心当たりがあるだろ?」 「んん〜〜〜〜〜〜っ!!」 お尻の方へ手をやったかと思うと、今度は何故かじたばたと暴れだしてしまうので必死に抑え込む。 「な、何で取り乱すんだよ。無くすのは嫌だろ?」 今度はこくこく、と首を縦に振る。 一応、意思疎通は出来ているようだ。 「このまま売っぱらっちまっても良かったんだけどよ。 さすがに人間としてそれはどうかと思ったワケよ」 この財布は純金みたいなので、売ればかなりの額になりそうなのだが、それも躊躇われたのだ。 「…………」 「だからだなぁ、こうして直接……な」 俺はズボンのポケットに手を入れると、さっき拾った金ピカの財布を取り出す。 「おっとチャックが……へっへっへ、すまんすまん」 社会の窓が開いていた事に気づいたので、口を抑えていない方の手で、ジーッとチャックを上げておく。 「ん? 何だ、お前のココ、穴が開いてるじゃないか」 「っ!?」 スカートの方へ視線を移すと、恐らくポケットの部分だと思われる場所に穴が開いているみたいだった。 たぶんこのせいで財布を落としてしまったのだろう。 「お前のソコ……入れたらたぶんすぐに出ちゃうぞ? ちゃんとその穴には蓋をしておかないとな」 「んんぅ……」 なぜか涙目になっていた!! 「ちょ、ちょっと待て。お前、本当にわかってるか?」 何かとんでもない勘違いをしていそうだったのでそっと口を塞いでいた手を放してみる。 「な、何でもしますからっ……お願いですから それだけはお止しになって下さいませっ!」 「な、何のことだよ……」 「え? な、何のことって……」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………あっ」 恐る恐る下のほうへ視線を向けて、やっとの事で俺の手に持っている財布に気がついたようだ。 「先ほどから説明している通り、俺はコレをお前に 渡しに来ただけだぞ?」 「…………」 再び沈黙。 「ん? どうした?」 「まっ……」 「ま?」 マジサンキュー? 「紛らわしすぎますわ、このバカぁーーーっ!!」 「アカペラッ!?」 「はぁっ、はぁっ……さ、最悪ですわっ」 「ってぇ〜なぁ……せっかく財布拾ってやったのに この仕打ちはねぇだろ」 「あああああっ、あたあたっ、当たり前ですわっ! このくらいっ!!」 「とりあえず落ち着け」 「ほほほっ、本当に怖かったんですのよっ!?」 「す、すまん……悪気は無かったんだが」 「悪気があったら即警察に突き出してますわっ!」 「お礼に一割貰えるな」 「まだ殴られ足りないようですわね」 「ノンノンノン!」 これ以上は結構です、と言うジェスチャーを身体全体を使って表現しておく。 「うぅっ……しかもコッペパンが落ちちゃいましたわ」 悲しげに日傘とコッペパンを拾い上げ、フーフーと息を吹きかけて、手で汚れを落としていた。 「ちょっと待て。お前、それ食う気なのか?」 「わ、悪いですの?」 「胃に優しくないことは確かだが……お前、落ちた やつを食べるくらいコッペパンが好きなのかよ」 「別に好きでこんなものを食べているわけじゃ ありませんわ。……今月は金欠なんですの」 「金欠なのか?」 「な、なんですの?」 「いや、別に」 見た目や佇まい、あと変テコな口調からしてどこかのお金持ちのお嬢様かと思っていたがどうやらそうでもないらしい。 そう言えば財布の中に120円しか入ってなかったがまさかそれがコイツの全財産だったのだろうか。 「(流石にそれはないか……)」 「はぁ……安心したら腰が抜けちゃいましたわ」 「とりあえずドンマイ」 「どうして《私:わたくし》が、こうなった諸悪の根源の貴方に 励まされなくっちゃならないんですのっ!?」 「いや、なんとなく」 「はぁっ……非常識極まりない人ですわね」 「そのさもしさを見ちまったら、とりあえず励まして おきたいような気がしなくもなかったんだ」 ちなみに対応が中途半端なのは、見かけが豪華なのでどうにも判断に苦しむからである。 「貴方ほどの変人を見たの、生まれて初めてですわ」 「奇遇だな。俺もだ」 「…………」 「……すまんかった」 今回ばかりは素直に負けを認める事にする。 「ちくしょう、やっぱり二度と全力疾走はしねぇぞ コンニャロォーーーッ!!」 「ちょっと!」 「ん? なんだよ」 「変なことをブツブツ言っている暇があるのでしたら 手を貸して下さいませんこと?」 「ああ、腰が抜けたんだっけ?」 「あっ、貴方のせいなんですのよっ!? ちゃんと猛省なさいませっ!」 「わぁってるっての。ほら」 及び腰になっているコッペパン子の手を取りぐいっと引き寄せて立たせてやる。 「ありがとうですわ」 「気にするな、コッペパン子」 「変なあだ名を付けないで下さいませっ!」 「じゃあ名乗ってくれ」 「……《花蓮:かれん》ですわ」 「カレンね。OK、覚えた」 「はぁっ……今日は厄日ですわね」 「悪かったってば」 「謝罪の言葉に誠意が感じられませんわ」 よほど怖かったのだろう、どうやらすんなりとは許してくれないみたいだった。 「じゃあ、お詫びにコッペパン奢ってやるよ」 「なんでコッペパンなんですのっ!?」 「あん? だってお前からコッペパンを取ったら いったい何が残るってんだよ」 「残りまくりですわっ! 本当に失礼な殿方ですわね」 「よし、じゃあ何かリクエスト言ってみろ。 ただしあんまりバカ高いのはダメだぞ? 寿司とか寿司とか焼肉とか寿司とか」 「そうですわね……それじゃあ、これが良いですわ」 「ん?」 おずおずと指差したのは、通りにあった小さいパン屋のどでかい食パンだった。 「お前、いくらなんでもそれは遠慮しすぎだぞ」 「べっ、別に遠慮なんてしてませんわっ! 人の好みにケチつけないで下さいましっ」 「いや、お前が良いならそれで良いんだけどさ…… コッペパンとさして変わらんだろ」 「なっ……ぜんっぜん、ちがいますわっ!!」 「あの焼きたての、ほんわりとやわらかい歯ごたえ…… それに加えご主人様を包み込むような、子犬のように 茶色いパンの耳……可愛らしくて最高ですわっ」 「はぁ、そうなんどすか」 全く理解不能だった。 思わず京都弁になってしまうほどに、あまりにも理解不能すぎる思考だった。 「とにかくアレが良いですわ。あの食パンさえあれば 向こう1週間は戦えますわっ」 「そないどすか。ほな、買うて来はるさかい ほたえんと待っとうておくれやすえ」 「……何で口調が変わってますの?」 そうして俺は京都を垣間見ながら、コッペパン女のご機嫌を取るために、しばし《奔走:ほんそう》するのだった。 合掌。 ……………… ………… …… <花蓮なる執事・セバスチャン田中!> 「あ、あの男……やっぱりサイテーですわ!」 「執事である田中を見た途端、目の色を変えるように 私のことをお金持ちだと勘ぐり始めて……」 「結局、天野くんも他の殿方と同じですのね」 「……あーーー、もうっ!」 「彼だけは違う……なんて甘いことを思い始めていた 自分の不甲斐なさに、無性に腹が立ちますわっ!」 二人での活動初日となるその日の放課後…… 俺と花蓮は、誰もいない教室の真ん中で顔を突き合わせていた。 「さて……今日集まってもらったのは他でもない」 「集まってもらったって……天野くんの他には 私しかいませんわ」 「黙って聞け。こういうのは気分が大事なんだよ」 余計な口を挟もうとする花蓮を制し、口上を続ける。 「こうして共同戦線を張ろうという俺たちだが、その実 空を飛ぶ方法の糸口さえつかんでないのが現実だ」 しぶしぶといった感じで、花蓮が頷く。 やはりこいつも、この何も出来ていない現状を快く思ってはいないようだ。 「そこで、今日はそのためのアイデアを思いつく限り 出していこと思う」 「アイデア?」 「どんな突飛な考えでもいい……少しでも可能性が あるなら、そこから何かがつかめるかもしれない」 「……本当、手探りですわね」 「仕方ないだろ」 「麻衣子みたいな知識や技術が無いなら、俺たちに 出来ることは身体を張ることだけだからな」 「単純な思考回路ですわね」 「シンプルだと言ってくれ」 「……ま、いいですわ。考え付くだけ考えてみますわ」 しばし視線を宙に漂わせ、俺は頭をひねる。 花蓮は顎に手をあて机に目を落とし、こちらも真剣に知恵を絞っているようだ。 「やっぱり、自然の力を借りるのが一番早いんじゃ ございませんこと?」 「竜巻とか……突風に乗ってみるとか」 「そんなの、いつだって吹いてる訳じゃないだろ」 「それこそ、山にでも登ってハンググライダーか 何かを使わないと……」 「天野くんは、何かいいアイデアがありますの?」 「そうだなぁ……考えはお前と似てるんだけど 爆薬か何かを使うってのはどうだ?」 「爆風を起こして、それに乗るっていう……」 「それじゃ飛べるのは一瞬だけじゃありませんこと?」 「それに、飛ぶたびに爆発を起こしていたんじゃ 物騒すぎますわ」 「やっぱりそうだよな……」 「空に気球を飛ばして、それにぶら下がるって いうのは……」 「それじゃ結局、飛んでるのは気球じゃねえか。次」 「うーん……」 「……でっかい紙飛行機を作って、それにつかまって 飛ぶってのは?」 「所詮、紙ですわよ? 人を乗せて飛べるとは 思えませんわ」 「ど、どうすりゃいいんだよ……」 「力いっぱい柱を投げて、それに飛び乗ってみるって いうのは?」 「どこの殺し屋だよ! そんなもん、すぐに勢いが 落ちて地面に突き刺さっちまうぞ」 「そ、そうですわよね……」 「いいこと考えたぁ!」 「さすが天野くんですわ!」 「こう、宙に足を踏み出すだろ?」 「で、それが地面に着く前にもう片方の足を 踏み出して……」 「そんな外国のアニメみたいな事、出来る訳 ないですわ!」 「柱、投げようとしてたヤツに言われたくねえぞ!」 「カラスを何十羽も集めて、それに紐をつけて ぶら下がるっていうのは……」 「ゲゲゲの何太郎だよ! 却下だ!」 「次ですわ!」 「マントを着けたらどうだ?」 「アンパンの怪人や、ヒゲのイタリア人でさえ 背中にマントを着ければ飛べるんだぜ!」 「あれは花を食べて火を吹けるようになる特異体質の 配管工だからこそ成せる業ですわ!」 「なんだと!? だ、騙されてたぜぇっ!」 「宇宙人を自転車のカゴに乗せて、みんなで 夜の街を走り抜けたらもしかして……」 「航空宇宙局に目ぇ付けられんだろうがぁぁぁっ!」 「大人は汚いですわぁぁぁっ!」 「ネバーランドの存在を信じて疑わないというのは?」 「大人になりきれてないだけじゃありませんの!」 「汚い大人になんかに、なりたくねえんだよ!」 「だったら、自分の襟をつかんで持ち上げて……」 「子供かよ! やってみろよ!」 「や、やってみますわよ!」 「いいこと思いついた。空を飛ぶ秘伝のマシンを……」 「…………あっ!」 「どっ、どうした!?」 「…………」 「……ちょっと出来ましたわ……」 「出来ちゃダメだろ、人として!!」 ……………… ………… …… 「はぁ……はぁ……」 「な、何か思いつきましたの?」 「もうダメだ……出るもんは出し尽くした……」 「そうですの……わ、私もですわ……」 「……ダメだな、俺たち……」 「わ、私は認めませんことよ……」 あれから数十分…… すったもんだの挙句、何ひとつ生産的な意見が出ないまま時間だけが過ぎていった。 二人の熱気が教室中に充満し、夏の暑さに拍車をかけていた。 「あ〜あ、チクショウ……お前なんかにまともな意見を 仰ごうとした俺がアホだったぜ……」 「なっ……なんですってぇ!? それはこっちの セリフですわっ!」 八つ当たり気味にぼやいた俺に、同じくイライラが溜まっていた花蓮が噛み付いた。 「あ、貴方だってロクなアイデアを出さなかったじゃ ございませんの!」 「どうかな。お前の出した意見に比べたら、いくらか 実現可能だったんじゃないのか?」 「ふんっ、バカも休み休み言って欲しいですわね!」 「へっ、なーにが『柱を投げる』だよ」 「本当に出来るならやってみろっつーの」 「でっ、出来ますわよ! やってみせますわよ!」 心なしか涙目になった花蓮が、ズンズンと大股で廊下に出て行こうとする。 「おい、どこ行くんだよ」 「柱を取りに行くんですわ!」 「バ、バカいうなよ、校舎が崩れちまうぞ!」 「は、離してくださいましぃ〜〜〜!」 「こうなったら私自ら、柱で空を飛べる事を 証明して見せるのですわぁ〜〜〜っ!」 「だぁぁぁっ、冗談だ冗談! 落ち着けぇぇぇっ!!」 後ろから羽交い絞めにし、どうやって猿のよう暴れる花蓮を鎮めるか考えていた時だった。 「どうでしょうな……その考えには、いささか無理が あるかと思いますが」 「え?」 「……へ?」 もみ合う俺たちの背後から、落ち着いた男の声が聞こえてきた。 「(…………誰?)」 「まず、人の力で柱を折るという事が現実的では ございません」 「仮にそれが出来たとして、空を飛ぶほどの勢いで 投げられた柱に飛び乗るなど、とてもとても……」 面食らう俺を尻目に、落ち着き払って花蓮のアイデアを淡々と分析する紳士。 そんなシュールな光景を前に、俺は警戒を緩めずこの紳士を見続けていた。 「(……つーか、なんでこんな所にいるんだ?  世間的には、いま学園は夏休みってことに  なってるはずのに……)」 もしかしたら、泥棒かもしれない……そんな考えが頭をよぎった。 「(……にしても、タキシード姿で泥棒かよ……  アルセーヌ・ルパンみたいだな)」 「花蓮、下がってろ」 目の前の怪盗紳士から花蓮をかばうようにして俺は少しずつ後ずさる。 とにかく今は、この日本人かどうかすらも怪しい得体の知れぬ男から離れなくては――― 「……田中じゃございませんの」 「えぇぇっ、知り合い!?」 思いっきり、日本人だった。 「申し遅れました」 「私、執事のセバスチャン田中と申します。 以後、お見知りおきを……」 「リ、リングネームみたいな名前っすね……」 うやうやしく頭を下げた田中さんに釣られて俺もお辞儀をした時だ。 「……え、執事?」 聞き慣れない肩書きに、思わず頭を上げて凝視する。 「左様でございます。花蓮お嬢様が、お世話になって いるようで……」 再び、深く頭を下げる田中さん。 しかし、今度はそんな事に気を取られている場合ではない。 「え、え? 田中さんが執事でセバスチャンで……? 花蓮が……お嬢様ぁぁぁっ!?」 「…………」 花蓮が露骨に『あちゃ〜っ』という顔をした。 「て、ことはやっぱり……お前、いい所のお嬢さん?」 「そんなんじゃありませんわ!」 イラついた感情をむき出しにして、花蓮が声を荒げる。 「隠すことないだろ。すごいじゃん、自分の家に 執事がいるなんて」 「そんな事、私には関係ありませんわ!」 「だいたい、こんな所に何をしに来ましたの、田中!」 突然矛先を向けられた田中さんだが、取り乱すことなく《飄々:ひょうひょう》とした態度のままそれに受け答える。 「ずいぶん長いこと冷房設備も無いこの教室で 議論をなさっているようなので、お飲み物を お持ちいたしました」 そう言って、田中さんはどこから用意したのか二つの紅茶が乗ったトレイを差し出した。 「よ、余計なお世話ですわっ!」 「おい、それは無いじゃないか? せっかくお前の事 心配して持ってきてくれたのに……」 「だから、それが余計なお世話ですの!」 「な、何も人がいるところで出てこなくたって……」 「よく出来た執事さんじゃないか。お嬢様の健康状態が 最優先って事だろ?」 「恐れ入ります」 「しつこいですわよ、天野くん! 私をお嬢様と 呼ぶのはやめてくださいまし!」 「なんで怒るかなぁ……」 「家が金持ちだからって、別に恥ずかしいことじゃ ないと思うぞ?」 「……! だ、だから……っ」 「誰とも一緒に帰りたがらなかったのは、家を見られて 金持ちだって知られるのが嫌だったからなのか?」 「それくらい、いいんじゃないか? からかうネタが 一つ増えるだけで……」 「もっ……もういいですわ!!」 軽い気持ちでそう言った瞬間、花蓮が激昂して俺の言葉を断ち切る。 「お、おい……」 「会議はここまでですわ! 私、今日はもう帰らせて いただきます!」 「お前な、何が気に入らないのか知らないけど……」 「何グズグズしてるんですの、田中! あなたは先に 帰ってなさいませ!」 「かしこまりました」 顔色一つ変えず、田中さんが頭を下げる。 「なんだよ、だったらせめて俺が送って……」 「結構ですわ! ついて来たら承知しませんことよ!」 本当に噛み付かれるのではないかと思い、あわてて差し出した手を引っ込める。 花蓮がここまで荒れるとは……俺はそこまであいつの気に障ることを言ったのだろうか。 「な、なんだよ、あいつ……」 「……天野様」 「うわぁっ!? ま、まだいたのか、あんた……」 気配をまったく感じさせずに、いつの間にか俺の背後に回り込んでいた田中さんにささやかれる。 「つーか、なんで俺の名前……」 「お嬢様に関わる事柄は、全て調査済みでございます」 「あ、そ、そう……怖いんだぁ……」 姫野王寺家の人間の底知れぬ迫力を前に、思わず冷や汗をたらす。 「天野様、どうか花蓮お嬢様を嫌わないでください」 「え?」 「貴方はお嬢様の大切なご学友……お嬢様を悲しませる 訳にはいかないのです」 「よくわからないけど、今さらこれくらいの事じゃ 嫌いになったりしないから安心してくださいよ」 「ありがとうございます」 田中さんが深々と頭を下げる。 「あー、でも……仲良くするには、こっちとしても 知っておきたいことがあるんですけど?」 「なんなりと」 「あいつの秘密の用事って、何すか?」 ストレートに疑問を投げかける。 「それはお答えできかねます」 「あぁ……やっぱね」 「お嬢様にも、固く口止めをされておりますので」 当たり前と言うか、返ってきた答えは予想通りのものだった。 「(参ったな。今日こそ突き止めてやろうと思ったのに  執事の人にこう言われると……)」 ……さすがにやりにくい。 そう思って、俺がしぶしぶと頭をかこうとした時だ。 「ですが……誰かがそれを秘密裏に調査しようとしたら それは私の与り知るところではございません」 「……え?」 「ご命令さえいただいていれば、射殺を辞すことも ございませんが……今回はお嬢様からそのような ご指示は受けておりませんので」 思わず耳を疑いたくなる言葉を平然と言ってのける田中さんだが、この際聞かなかったことにしよう。 「えーと……それじゃ、誰が花蓮の後をつけても 気にしない、と……?」 「本来ならその様な不貞の輩、姫野王寺家の執事として 独断で制裁を加えるところですが……」 「フム……気づかなかったとあっては、それも ままなりませんなぁ」 口ひげに手をあて、田中さんはしゃあしゃあと言ってのける。 「出来るだけじゃなくて、話もわかる人だ……」 「はて……? 何の事か存じませんな」 「私はいつでも、花蓮お嬢様のため最良の選択を しているだけでございます」 「……そうっすか」 口元に笑みを作り、俺は鞄をつかんで椅子から立ち上がる。 「お帰りですかな?」 「ちょっと、ね……寄るところがありまして」 「左様ですか。お気をつけて」 「田中さんもね」 「そうでしたな。それでは、私もここで失礼させて いただきます」 「―――あ、そうだ田中さん。ちょっと聞きたいことが あるんだけど」 ティーセットの片づけをしていた田中さんに振り返り俺は言葉を投げかける。 「本当は内緒なんだろうけど……この学園、今は俺たち 以外の誰も入れないようになってるんですよね」 「なんか、よくわからないけどそういう機械が 働いてるらしいんだけどさ……どうやって 入ってきたんです?」 視線を斜め上の宙に漂わせて、田中さんが数秒ほど考えるフリをする。 そして…… 「はて……? そんなものがございましたか……」 小首をかしげながら、そんな事を口にした。 「なにぶん、戦場ではトラップなど日常茶飯事 でしたからな……」 「無意識のうちに、身体がその装置とやらを 避けたのかも知れませんな」 「……あ、そー」 その言葉を受け、俺は再び田中さんに背中を向けた。 「それでは、いってらっしゃいませ天野様」 「どうかこの夏が、お嬢様にとってかけがいのない 思い出になりますように……」 「任しといてくださいよ」 背中から投げかけられた言葉も、今の俺にはどこか上滑りだった。 「(やっぱ、田中さんってなんか《怖:こ》えぇ……)」 穏やかな執事さんの目の奥に光るものを感じ、俺はそんな事を考えていたのだった…… <花蓮はみんなの人気者> 「少し驚きましたわ。天野くん、もうあんなに子供達と 打ち解けているだなんて……」 「子共達とナチュラルに同じ目線になって遊ぶだなんて 子供っぽい天野くんならではのやり方ですわ」 「……私と、似たもの同士なのかもしれませんわね」 「あははははははは♪」 「ほ〜ら、そっちにボールが行きましたわよぉ〜〜〜」 「うわっ! 花蓮ねーちゃん、本気でけるなよぉ〜」 「この間もこうして、ボールなくしちゃったんだよね」 「もう、おとなりのおうちにあやまりにいくの やだよ〜?」 「その時は、私が一緒に謝ってあげますわっ♪」 「あ、あたりまえだろ! 花蓮ねーちゃんが けったんだから!」 「もぉ〜〜〜、生意気ですわねぇ……そんなこと いう子は……こうですわっ」 「う、うわぁっ!? 抱きつくなよう!」 「うふふふ……さ、ボールを探すのを手伝って くださいまし」 「…………」 俺はその光景を、黙ってベンチから眺めていた。 「(こ、この変わり様……)」 さっきまであんなにツンツンしていた花蓮が、保育園が近づくにつれトゲが取れていき、子供たちと遊ぶ今ではこのザマだ。 この凄まじいまでのギャップに、笑ってはいけないと思いつつ、俺は真顔の崩壊を抑えられないでいた。 「さ〜て……次は何をして遊びますの?」 どうやら、無事にボールが見つかったようだ。 「ねえ花蓮おねえちゃん」 女の子が、花蓮の袖を引っ張った。 「なんですの?」 にこやかに花蓮が聞き返すと、その女の子は不意にこちらを指差し…… 「あそこにいるおにいちゃんは、いっしょに あそんでくれないの?」 そう、予想外のことを言い出した。 「えっ!」 「えっ!?」 俺と花蓮は、同じ顔をして固まった。 なぜ子供というのは、こう突拍子も無い事を平然と言ってのけるのだろう。 「その……あ、あの人はいいんですのよ」 「え〜、なんでなんで〜?」 「あの人は……今日は第二関節が痛むそうですわっ」 「(どこのだよっ!!)」 思わずツッコみそうになったが…… 「(余計な事を言わないでくださいまし!)」 目で強くそう言われた気がして、黙っていた。 そもそも、俺に花蓮と同じように子供の遊び相手が務まるとは思えない。 ここは大人しく、こいつに合わせておくとしよう。 「あ、あぁーーー、そうなんだよ……第二関節が バキバキ痛いなぁーっと……」 「えぇ〜? だいじょーぶだよ、いこうよ〜」 「う、う〜〜〜ん、でもなぁ……今日は第二関節が 四箇所も痛いんだ……」 身体中のデタラメな部分を押さえ、悶えるふりをする。 ……が、厄介なことに俺のその行為がこの子の好奇心に火をつけてしまったようだ。 「きゃはは、へんなの〜〜〜」 「(喜ばれてどうする……)」 子供の無邪気さを前に、強く出れない己の無力さに打ちひしがれていた時だった。 「おい、ほっとけよそんなヤツ」 「……なにぃ?」 「か、花蓮ねーちゃんの友達だかなんだかしらねーけど おれはみとめたわけじゃないからな!」 「そうそう。それに、大人がぼくたちの遊びに ついてこれるわけないよ」 「あ、あなたたち……」 「ほっほ〜う……」 口を挟んできたガキ共の生意気な言葉にカチンとなり俺は花蓮を指差して反論した。 「それじゃあ、あいつはどうなんだよ」 「花蓮ねーちゃんは『とくべつ』なんだ!」 「…………」 なぜか、えもいわれぬ敗北感に襲われる。 「……花蓮なんかに負けてられっかよ……」 「天野くん……?」 俺の呟きが耳に届かなかったのか、顔に疑問符を浮かべる花蓮を無視して俺はベンチを立った。 「よぉ〜っし……翔お兄ちゃんも、仲間に入れて もらっちゃおっかな〜〜〜」 両拳を頭上に掲げ、脳天から底抜けにさわやかな声を出してみる。 「うわっ、自分で『翔お兄ちゃん』だってよ〜」 「きもちわる〜〜〜」 「てめーら、そこ並べぇぇぇぇぇぇ! 一発ずつ ぶっ飛ばぁーす!」 「うわぁっ、きたぁ!」 「に、にげろぉっ!」 「きゃははははははっ」 「あ、天野くん!?」 そして俺はそのままの姿勢で、一目散に逃げるガキどもを追いかけるのだった。 ……………… ………… …… 「ぃよぉーーーーーっし、見つけたぞこのガキ! お前で最後だな!?」 「あ〜あ、みつかっちゃった……」 「へっへっへ……今度はお前が鬼だからな」 「チェッ、わかったよ……」 「こんどはいっしょにかくれようね、おにいちゃん♪」 「おう! いい場所、教えてくれよなっ!」 「いちにっさんしっ!」 「うわっ! お前数えるの早いぞ!」 「早くかくれないほうが悪いんだよ!」 「チクショウ……絶対見つかんないところに 隠れてやるからなぁ!」 「……完っ全に最初の目的を見失ってますわね……」 「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」 「なんだよー、もうつかれたのかよー」 「だらしないのー」 「ないのー」 ベンチにへばりつく俺に、ガキどもから辛辣な言葉が投げかけられる。 いくらなんでも、子供の体力についていくというのは無理な相談だったようだ。 「はいはい、お兄ちゃんはもうお疲れのようですわ」 「みんなも今日はこれくらいにして、お片づけを してくださいませ」 「は〜〜〜い」 「…………」 子供たちが去った後、花蓮が俺を見下ろして言った。 「ずいぶん楽しそうでしたわね」 「別に……ガキのお守りしてやってただけだよ」 「……とてもそうは見えませんでしたわ……」 呆れたように言い、花蓮がベンチに腰掛ける。 「お前こそどうなんだよ……あのガキどもと、まるで 対等じゃねえか」 「当然ですわ。あの子たちより上の立場にいるなんて 思ってませんもの」 「(…………あぁ)」 なんだか、花蓮が子供に好かれる理由がわかった気がする。 「お前は……あいつらの『友達』なんだなぁ」 「今さら何言ってますの? 天野くんだって似たような ものじゃありませんの」 当然のような顔をして、花蓮が言った。 「俺が?」 「そうですわ、あんなに早く子供たちと打ち解ける なんて……」 「……ふふっ。意外と、あの子たちと通じるところが あるのかも知れませんわね」 「……冗談だろ」 「あら? 冗談なんかじゃありませんわよ」 「ははっ……そうかよ」 イタズラっぽく笑う花蓮に、俺もごく自然に笑顔が沸いてしまう。 二人の間を、相応しくないほど穏やかな空気が包む。 夕日に照らされた花蓮の顔が、なんだか普段と違って見えた。 「なあ、お前って意外と……」 俺が口を開いた時だった。 「…………(ジーッ)」 「…………(ジィーッ)」 「…………(ジィィィィィィィィィッ)」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 遊具の陰からこちらを覗く六つの瞳を見つけ、俺はベンチから飛び起きた。 「あら? あなたたち、片づけをしにいったんじゃ ありませんの?」 「か、花蓮ねーちゃんをそんなやつと二人にして おけるかよ!」 「な、なにぃっ!?」 「ねえねえ、ふたりは『こいびとどうし』なの〜?」 「ブッ!!」 「こ、恋人ぉ〜〜〜〜〜っ!?」 「おいっ、へんなこと言うなよ!」 なぜお前が怒る。 「だってぇ……」 「うん。遠くから見てたけど、すごくいいふいんき だったよ」 「どこでそんな言葉覚えてくるんだよ、このマセガキが ……しかも、なぜか変換できてねえし」 「何落ち着いてるんですの! 絶対に違いますわよ!」 「あ、当たり前だろ! なんでお前なんかと……」 「な、なんですってぇ!!」 「おい! 花蓮ねーちゃんにあやまれよ!」 「だから、なんでお前が怒るんだよ!」 この日、保育園には夕日が沈むまで俺と花蓮と子供たちの大騒ぎする声が響いていた…… <花蓮は子供好き?> 「深空ちゃんとの帰宅中、子供に優しくしている 花蓮さんを見かけたみたいです」 「花蓮さんの意外な一面を見て、感心していました」 「あぅ。どこか上機嫌で家路に就く翔さんの気持ちも すっごく、よく解ります」 「私も、花蓮さんの飾らない性格と明るさには いつも密かに憧れていますっ! あぅっ!!」 「あれ? あそこにいるのって花蓮さんじゃない ですか?」 「お、ほんとだ。何やってんだ? あいつ……」 深空と一緒に通学路を歩いていると、前方に特徴的な金髪の少女が座り込んでいるのを発見する。 「小さな男の子と話してるみたいですね」 「む……まさか誘拐か?」 「ええっ!?」 あまりにも極貧生活を強いられすぎて、ついにコッペパンでは我慢できずに、誘拐を目論んだと言う図式が、俺の脳内に浮かび上がってくる。 「あまりの金欲しさに、子供を誘拐……と言う感じの シチュエーションだったりとかな」 「それはさすがに無いんじゃないでしょうか」 「だよな」 どちらかと言うと、花蓮本人の方が誘拐されそうな雰囲気のいでたちをしているし……謎だった。 「花蓮さん、こんにちは」 「よっ」 「あ、天野くんと雲っちさんじゃありませんの……」 「どうしたんだよ、こんなところで子供と話して…… 金銭状況があまりにも悲惨だから誘拐とか?」 「そんな事するはずありませんわっ!!」 「じゃあ何してたんだよ」 「それは……ただ、この子が迷子だって言うから……」 「お、なんだ、人助けってヤツか?」 何となく自分の事しか考えていないようなイメージがあったが、意外にも優しい一面を持っているようだ。 「率先して困ってる人を助けられるなんて、凄いです。 私なんて人見知り激しいので、声かけるのにとても 勇気がいりますから、いつも大変です」 「(それでも助けようとするんだな、深空は……)」 何だかんだでスルーできない辺り、深空も十分にお人よしだと思うのだが、俺も他人の事は微塵も言えないので、黙っておく。 「……私のは、そんな大層な物なんかじゃありませんわ。 ただ、困っている子供を放っておけないだけですの」 「ふーん……お前、子供好きなんだな」 「なっ……そ、そんな事はありませんわ!!」 「仮にそうだとしても、子供には好かれるタイプみたい ですねっ」 そう言って深空は、さきほどから黙って花蓮の横にひっついている子供に視線を移す。 「と、とにかく私はこの子を親御さんのところへ連れて 行かなくちゃいけないから、忙しいんですの!」 「お先に失礼させて頂きますわ」 「お、おう」 「それじゃあ、また明日です」 「ええ。また明日ですわ」 照れくさかったのか、花蓮は逃げるように子供を連れて俺たちの前から立ち去ってしまった。 「まったく、何が恥ずかしいんだか……」 「ふふふっ、ですよね。隠す事なんて無いのに……」 俺たちは花蓮の意外に可愛らしい一面を知って、思わず二人で見合って、笑みを零してしまうのだった。 <茶道の心得> 「一緒に帰ろうかと思って、鈴白さんを探す天野くん」 「5人しかいない茶道部のぶちょーは、みんながいない 今も変わらず、一人で部活をやってたみたい」 「勝手に茶室っぽく改造した教室で、茶道関連の設備が 無いのが、この学園の唯一の欠点だって愚痴をこぼす 鈴白せんぱい」 「あはは、いつも言ってるんだよね、これ」 「学園の良さを語る天野くんに、ちょっと邪な感情が あったコトを察知した、鈴白さん」 「そして『エッチなのはダメです』と、座禅を 組まされて、おしおきされちゃった天野くん」 「いっつも部活では、私がいじめられる感じだったから 何だかちょっとだけホッとするよ〜」 「鈴白せんぱいは、私にとって天敵だよ〜……」 「なあ、せんぱ―――って、あれ?」 振り返ると、さっきまで先輩がいたはずのところにその姿が無かった。 「あ、あれ、先輩は?」 「鈴白先輩なら、さっき出て行ったわよ?」 「そうか……一人で帰っちゃったのかな……」 「あ、灯さんでしたら『部活に行ってくる』って 言ってましたけど……」 「部活?」 ますます訳がわからない。 閉鎖された学園で一人きりと言う状況で活動できるクラブと言えば、いったい何部なんだろうか。 「オラ、なんだかムラムラしてきたぞ……」 「むっ、むらむら!?」 「違いますよ、翔さん。それをいうならヌルヌル……」 「どっちも違うわよっ! たぶん翔が言いたいのは ワクワクでしょ!?」 「ちょっと変態してくる! じゃなくて、先輩の謎を 調査してくるっ!!」 「んもぅ、女の人のプライベートにあんまりズカズカと 土足で入り込んだら失礼なんだからね?」 「へいへい、わぁってるっての」 「ほんとかしら……」 「んじゃ、また明日な」 俺は半ば呆れている静香にびしっと別れの挨拶を告げ廊下へと飛び出す。 「さて、と……先輩のいそうなところは……」 そう狭くはない校舎だが、部活の場となると探す場所は自然と限られてくる。 まず運動部か文化部かだが、先輩のイメージからして運動部ということはないだろう。 ましてや、今この学園に入れるのは俺達だけなのだ。 弓道などの個人競技でもない限り、運動部の練習……というのは考えづらかった。 「となると、文化部か……」 グルッと思考を巡らせる。 「……そう言えばこの学園って、全部でどれだけの 部活があるんだっけ?」 2年ほど通ってはいるが、その全貌ともなると……正直、まったく見当もつかない。 「しかたない……思いつく限り片っ端から回ってれば その内に見つかって……ん?」 少々げんなりとしつつ、歩き出そうとした時だった。 かりんの騒動で他の学生が立ち入れなくなったため現在は誰もいないはずの空き教室に、何か違和感を感じて立ち止まる。 「なんだ? ……え? まさか……」 人の気配がする教室の引き戸についた四角い窓からそっと中を覗き込んでみる。 「……いた」 「……あら? その足音……天野くんですか?」 ドア越しだったと言うのに俺の気配に気がついたのか先輩がこちらへ向かって声を上げる。 「何やってるんすか? 先輩」 隠れていても意味が無いことに気づいて、堂々と教室へ入り、先輩に声をかける。 「お茶を《点:た》てていたところです」 「お茶……っすか?」 「はい。お茶です」 「お茶って、あの飲むお茶?」 「ええ、そうです。もちろん私が普段お茶目なのも 全てお茶への愛に通じているんですよ」 「ヘー、ソイツハスゲェデスネ」 「ぶぅ。それはまたお茶目な発言ですね、くらい 言ってくれてもいいじゃないですか」 「くだらない駄洒落に洒落た切り替えしをする スキルは持ち合わせていないんで……」 「そんなんじゃ、いつまで経っても一人前の ステキボーイにはなれませんよ?」 「ここいいっすか? 何なのかはわからないっすけど とりあえず俺も混ぜてくださいよ」 返事を待たず、俺は正座する先輩と向かい合うように教室の真ん中に敷かれたレジャーシートに腰を下ろす。 ご丁寧に、教室中の机は隅に追いやられていた。 「天野くん、作法がなっていませんよ?」 「え? す、すんません」 「ふふっ……ま、初めてでしょうし、仕方ないですね」 俺が反射的に謝ると、先輩は微笑みを崩さないままで優しい口調で言葉を返してきた。 「楽にしてくれて、結構ですよ」 「は……はぁ……?」 「本当は、こう……お尻を向けて入ってきてくれれば ベストなんですけど」 「お、お尻って……あっ」 それを聞いて、俺はようやく先輩の部活の正体に気がついた。 「先輩の部活って、もしかして……」 「はい、茶道部ですよ」 「なるほど……それで、作法かぁ」 「わかっていただけて何よりです」 「この学園、茶道部なんてあったんですね」 「はい」 「部員は5名しかいませんが、学園にも認可された 立派な《倶楽部:クラブ》ですよ」 「私はその、部長さんを務めているんです」 どこか誇らしげに、先輩が胸を張る。 「へえ……そんな風流なものとは無縁の学園かと 思ってたけど、なかなかどうして……」 自分の通う学園にそんな一面があったと知り妙にしみじみとした気分になる。 「あれ? でもこの学園、茶道部が活動できるような 茶室とかってありましたっけ?」 俺はざっと学園の全景を頭に思い描く。 しかし、俺のイメージする学園に和風の建物などどこにも存在しなかった。 「それなんですよ、天野くん!」 「うわぁっ!?」 突如身を乗り出し、何やら熱弁モードになった先輩に俺は思わずのけぞってしまう。 「たしかにこの学園は素晴らしい場所だと思います」 「明るい学生に、厳しくも優しい先生方…… 敢えて自由な校風をかざす事で、自主性を 重んじる姿勢も素敵です」 「は、はぁ……」 「なのに!」 「うわっ、危ねぇっ!」 ドンッと、先輩が茶碗を勢いよく床に置く。 「こんなに素晴らしい学園なのに、なぜか……!! 何故なのか、茶室が存在しないんですよっ!!」 「わかりました! わかったから落ち着いて下さい!」 「これが落ち着けるはず無いじゃないですかっ!? なんでこれほどまでに健全な理念を持つ学園長が あろう事か、茶室を失念するだなんてっ!!」 「熱っ! 飛んでます! お茶、飛んでますってば!」 降りかかるお茶の飛沫から身を護りつつ、なんとか暴走する先輩をなだめようとする。 「そもそも日本の《侘:わび》・《寂:さび》を軽視するのは、学び舎として 少し問題があると思うんです」 「そうでなくても、最近の若者は―――ぶつぶつ……」 「はあ……よくわかります」 急にお説教モードになった先輩の小言を聞き流しながら荒波が立たないようにご機嫌を伺う。 どうにも子供っぽいのか、年寄りじみてるのかよくわからない人だ。 「そこまで不満だったのに、やっぱり先輩もここの 学園の自由な校風に惹かれたんですか?」 「もちろんそうですけど、それでも茶室が無いと 解っていたら、絶対に選びませんでしたし」 「はは、それじゃあ先輩と出会えたのって、実は すごい運が良かったって事ですかね?」 「そんな浮ついた褒め言葉を言われても、ご機嫌なんて 良くなりませんよ?」 「うっ……」 どうやら噂通り、先輩はこの手の褒め言葉は相当言われ慣れているのだろうか、相変わらず機嫌が悪いまま一蹴されてしまった。 「ほ、ほら、そんな時こそ茶道じゃないっすか! お茶を点てて雑念を振り払いましょう!!」 「むっ……そう来ましたか」 「弘法筆を選ばずの精神で行きましょうよ」 「上手く丸め込まれたような気もしますけど…… それも一理ありますね」 どうやら少しは落ち着いてくれたようで、再び先輩が手馴れた手つきでお茶を点て始める。 「それにほら、さっき先輩も自分で言ってましたけど この学園には良いところがいっぱいありますし」 「まぁ、唯一の欠点である茶室が無いことを除けば たしかに素晴らしい学園だとは思いますけど……」 「ですよねー。特に、今のような夏場は最高っすよね」 「……むむっ?」 「女子はより開放的な服の着こなしを求め、男子は 眼福……もとい、その恩恵に預かる事ができる」 「それにより双方が得をするという完成された システムじゃ、人気の理由も頷けるってもん じゃねーっすか……うんうん」 「不純ですよ、天野くん!」 「えっ、そ、そうっすか?」 「その熱の入った喋り方……不埒な邪念を感じます」 「そ、そんな事は……」 『ない』とキッパリ言えない口が恨めしかった。 「そんな邪な心を鎮めるには、お茶が一番です」 「ささ、天野くんも一服どうぞ」 「い、いや、さっきのは一瞬の気の迷いと言うか……」 「一瞬だろうと、エッチなのはダメです!! さあ、早くそこに座禅してくださいっ!」 「なんで座禅!? 茶道関係ないんじゃ……」 「何を言っているんですかっ! 禅を識らずして 茶道は語れませんっ!!」 「目的のための手段に、関係が無いわけありません。 そんな基本も解らない天野くんには、たっぷりと 茶道の何たるかを理解してもらいますからね!」 「え、遠慮しますっ!!」 「問答無用です!!」 「へ、ヘルプミィ〜ッ!!」 そうして、結局この日は日が暮れるまで、先輩のお説教まがいの茶道講座に付き合わされたのであった…… <落ち着かない二人> 「同棲一日目って、ある意味、新婚初夜的な緊張がある と言うことを、身をもって味わいました……」 「朝はただ嬉しくって浮かれてましたけど、夜は…… 特にお風呂上りからは、ドキドキしっぱなしでした」 「翔さんも私を意識しているのが判って、偽物の兄妹 って言う、あぶないバランスで保たれている関係が 崩れ去ってしまいそうで……」 「もし押し倒されたら、私、拒む自信がありません」 「結局、翔さんの紳士的な態度のお陰で、無事何事も 無く朝を迎えられましたけど、緊張して、あんまり 眠れませんでした」 「翔さんも……眠れなかったのでしょうか……」 「翔さん……」 「ふぅ……」 シャワーを浴び終わり、タオルで髪を拭きながら思わずそのまま部屋へ行きそうになってしまう。 「あーっと、かりん。風呂空いたぞ?」 「ひゃ、ひゃいっ!!」 俺が風呂と言う単語を口にしただけで、びくん、とかなり緊張したような変な声を上げるかりん。 「っ……」 その過剰反応ぶりからして、かりんが何を考えているか解ってしまい、俺まで真っ赤になってしまう。 「…………」 「…………」 二人きり、風呂あがり、そして残るのは就寝だけ……お互いを隔てるドアに、鍵はかけられない――― そんな状況で連想してしまうことなんて、たしかに一つだけだった。 「さ、さっさと入って来いよ」 「は、はい。ちゃんと、たくさん洗って、いっぱい 色んなところを綺麗にしてきます」 「んなのいちいち俺に報告するんじゃねえっての。 お、お前の身体なんだから、好きにしろよ……」 「ひゃ、ひゃい。すみません……」 「……言っとくけど、お前を住まわせてやってるから 代わりにどうこうしようなんて気は無いからな?」 「ただ、空を飛ぶ仲間として放っておけなかっただけだ。 だから変な勘違いして、緊張すんなっての」 「と、当然です。おおおっ、襲われちゃったら、私…… その、色々と困っちゃいます」 「馬鹿、お前が嫌がるようなことはしねえって」 「い、いえ。別に嫌なわけでは……」 「え?」 「あっ、かと言って良いわけではないのですが…… でも心境的には、その逆と言いますか……」 「…………」 「…………」 「わ、ワケのわからんこと言ってないで、さっさと 風呂に入って来い!!」 「あぅ! は、はいぃ〜っ」 真っ赤になりながら、俺の言葉を合図に飛び出すような勢いで、風呂場へと逃げ込むかりん。 そんなかりんを見ている俺の頬も、同じくらい真っ赤に火照っていることを自覚してしまう。 「くっそ……あいつが風呂あがる前に、寝るか」 俺は風呂あがりのかりんから逃げるように、自分の部屋へと退散することにした。 それと同時に、今夜は眠れないであろう予感を抱きながら無理やりにでも寝てやろうと決意するのだった。 ……………… ………… …… <落ち込むかりん、寂しげな深空> 「あぅ……私が深空ちゃんを焚きつけて夜遅くまで 翔さんのお家にお邪魔してたせいで、お父さんに 外出と私の居候のことがバレてしまいました」 「私は、勝手に居候をしていたことをお父さ…… 秀忠さんに謝って、家を出て行く事にしました」 「今まで、ありがとうございました」 「それと黙っていてごめんなさい、お父さん……」 「さよなら、です……」 「ふぅ……今日もあちーな」 まだ本格的な夏が来てすらいないと言うのに、すでに蒸しかえるような熱気だった。 「今後の事を考えると、気が滅入るぜ……」 そんな熱気の中、俺は一人で通学路をひた歩く。 「今日はかりんのヤツ、起こしに来なかったな……」 ここ最近は日課になっていた朝の目覚まし代わりの声が聞こえなかった事に、俺は違和感すら感じていた。 どうやらいつの間にか、あのメガネに俺の日常の感覚は塗りつぶされていたようだ。 「まぁ、大方昨日あれだけ夜遅くまではしゃいだせいで 疲れたから寝坊したってところだろうけどな」 「さて、学園であいつに会ったら、朝に話せなかった分 色々と盛り上げてやるかな」 まだ最初の数話だけだが、それでもしっかりと観てきたコバンくんの話題で盛り上がろうと思いながら、早足で学園へと向かう。 「おっ、いたいた」 俺が教室に入ると、すでに二人とも学園へ来ていたようで黙って席に座っている姿を見つける。 「よお! かり……」 上機嫌に話しかけようとして、二人の様子がいつもと違って重苦しい空気に包まれていることに気づく。 「……何か、あったのか?」 「あ……かける、さん……」 「…………」 「どうしたんだよ、二人とも」 「昨日、あの後……お家に帰ったら……見つかって しまったんです」 「お父さんに、かりんちゃんのこともばれて…… いつも夜遊びしてるのかって、追及されて……」 「あ……」 その言葉を聞いて、自分の軽率だった行動を悔いた。 深空がかりんを住まわせられていたのは、恐らく母親がおらず、父親には秘密にしながらの同居だからだろう。 父親が仕事の関係で夜遅くまで帰ってこないゆえにどうにか上手く隠し通してこれたと言うことか…… どちらにせよ、かりんと言う女友達が出来てから夜遊びするようになった感じに見えてしまうのもごく自然な流れだろう。 「かりんは親父さんにとって、印象最悪になっちまった ってワケか……」 「…………はい」 「でも、それはきっと事実なんです。私がたぶらかして 深空ちゃんを翔さんの家に連れて行ったから……」 「あの時は話の流れで決まったんだから、お前一人が 責任感じてるんじゃねえよ。むしろ俺が悪いだろ」 「そんなっ……私のせいです。きっとお二人とも コミュニケーションが苦手な私のために無理を してくれたから……」 「無理なんてしてない。俺がお前らといたかったから 一緒に空を飛ぶ方法を探そうって誘ったんだ」 「お前らとなら、もしかしたら空を飛ぶなんて夢物語も 実現できるんじゃないか、ってさ……思えたんだよ」 「…………」 <落ち込んだときは、あの丘で> 「放課後、気分が落ち込んでいたので、一人で帰って いつもの場所へ行きました」 「あぅ。ヒミツの丘ですね……」 「はい。私、落ち込んじゃうといつも一人であの丘に 行くんです」 「心を落ち着けて頑張るための、おまじないで……」 「でも、そんな深空ちゃんの落ち込んだ様子に気づいて 翔さんが後をつけて来てくれたみたいですっ」 「うん。いつも私のことを大事に思ってくれていて…… だから、すごく嬉しかったです」 「深空ちゃんの下へ無事に行ってくれたようで 一安心です……」 「追いかけてきてくれた翔さんに、絵本も親子関係も うまくいってないことを相談しました」 「あぅ……私の、せいですか?」 「私が無理を言って、秀忠さんにナイショで 深空ちゃんのお家に居候してたから―――」 「え? ……ううん、違うよ。それはただのきっかけ。 きっと、私が全部いけないんだよ……」 「深空ちゃん……」 「それでですね、あの回のコバンくんのセリフは来週への 伏線だと思うんですよっ!!」 「やっぱりそうなのかな?」 「間違いないですっ! 確実ですっ!!」 「あははっ、すごい自信だね」 「でも再来週以降の展開は、さっぱり読めませんっ!」 「あの事件をどうやって纏めるのか、気になるよね」 「あぅ!」 「…………」 あれから体調も落ち着いたからと言われて、午後から二人で学園へ来たのだが…… 見た限りだと、たしかにもう大丈夫のようだ。 しかし、母親の死は未だに深空の心に深い傷跡を残している事が分かった今、楽観視はできない。 「ごめん、かりんちゃん。私、今日はこの辺にして、もう 帰っても良いかな?」 「はい。今日は体調もすぐれないようですので…… 無理せず早めに休んで、安静にしてくださいっ」 「うん。ありがとうね……それじゃ、また後で」 「あぅ! ばいばいですっ」 「……んじゃ、帰るか」 「あ……」 「すみません、翔さん。私、一応病院に寄ってから 帰ろうと思ってますので……」 「ん? そうか……」 「はい。ですので、今日は一人で帰ります」 「わかった。じゃ、また明日な」 「はいっ」 ぺこりとおじぎをすると、そのまま教室を出て行ってしまう深空。 深空の体調が少し心配だが、足取りもおかしくは無いしこの時間なら一人でも特に危険は無いだろう。 「さてと……俺はどうすっかな……」 「……行ってあげないんですか?」 二人きりになると、ぽつりとかりんがそんな事を呟く。 「まあ、一人になりたい時だってあるだろ」 「そうでしょうか」 「深空ちゃんは……いつだって一人きりだったので…… 辛い時は、誰かが一緒の方がいいと思います」 「……そう、かもな」 まるで深空との付き合いが長いかのように、的確に思えるアドバイスをしてくる、かりん。 思えばいつもこいつは、俺たちの事を知っているかのような言動を繰り返していて…… そしてそれは、大抵信ずるに値する説得力があった。 「魔法使い、か……」 あの日、深空が使った『魔法』は……もしかしたらかりんと言う魔法使いを召喚したのかもしれない。 つまりそれは、深空と言うシンデレラを助けてくれる魔法使いって話になるのだろうか……? 「なんだか翔さんが、少しだけ失礼なことを考えている ような気がしてきました」 「どちらとも言えない事を考えていた」 「あぅ! 何ですかそれはっ!!」 「まあ、とりあえず様子見てくるかな」 「ふふふっ……久しぶりにストーカーですねっ」 「人聞き悪いこと言うなよ……否定できないけどな」 「頑張って追いかけちゃってくださいっ!」 「おう」 「深空ちゃんには……翔さんみたいな図々しいくらい 強引な人がピッタリお似合いだと思います」 「ん……そ、そうか?」 「あぅ! そうですっ!! だから……」 「深空ちゃんのこと、お願いします」 「かりん……」 その言葉には、どことなく計り知れない何かがあって……深空に対して特別な感情を持っているようだった。 「もしかしてお前ら、仲良かったりするのか?」 「あぅ!」 「どっちだよ……んじゃ、ちょいとストーキング してくるわ」 「はいっ、頑張ってくださいっ!」 かりんに見送られながら、俺は深空を追いかける。 「(病院に行くなら、普段とは逆方向だが……)」 『……私が落ち込んだ時とかによく来るんです。 悩み事なんて忘れさせてくれる場所だから』 かりんと出会う前、深空が言っていた言葉を思い出す。 「もし俺の考えが正しければ、あいつは……」 俺は自分の直感を信じて、あの日以来、一度も足を踏み入れた事が無い、あの場所へと歩みを寄せる。 「…………」 昼間に来る丘は、暑さを忘れさせてくれるくらい爽やかな風が吹いていた。 そして、街を一望できるこの場所に、ぽつんと一人の女の子が座り込んでいるのが見えた。 俺はゆっくりその女の子に近づき、隣まで行くと、黙って腰を下ろした。 「ふぇっ……かける、さん……」 少し驚いたような顔を見せた後、その女の子はすぐに表情を曇らせてしまう。 「バレちゃってたんですね」 「まあ、な……いくら鈍い俺でも、今日のお前がどこか 様子が変だったことくらい解るさ」 「…………」 「……朝の事か?」 「いえ、ちがいます」 「朝は、翔さんに抱きしめてもらえましたから……だから もう、大丈夫です」 「ただちょっと、お家でお父さんと上手く行ってなくて ……上手く行ってないのはいつもの事なんですけど」 「でも、たまにどうしようもなく胸が締め付けられて…… 泣きそうになっちゃう時があるんです」 「…………」 「絵本も全然うまく行ってなくて……だから本当は こんなところでぼーっとしてる暇なんか無くって」 「なのに、辛くなると……どうしてもこの場所に 来ちゃうんです」 母親に教えてもらった場所で、恐らく母親の影を見て心の支えにしている、孤独な少女。 ここではきっと、女の子は独りじゃないのだろう。 かつての母親に支えられながら……そうして過去に寄りかからなければ、折れてしまいそうで…… 「あー、自分の不甲斐なさが悔しいぜ」 「え?」 「こう、もっと付き合いが長かったらさ……きっとお前も 俺の事を頼ってくれてさ」 「んで、こんな時に『俺の胸で泣け!』とかカッコイイ こと言えるのかもしれねえんだけど……」 「ふえぇっ!?」 「残念ながら今の俺じゃ、この丘には敵わないな」 ごろんと寝転びながら、深空の母親にひとまずの敗北宣言をして、果てしなく広がる青空を眺める。 「そ、そんな事ないですっ」 「わたし、翔さんに励まされると、すごく嬉しくって 心も楽になって……し、幸せですから」 「なら、いいんだけどな……」 それでも、深空がこの丘に来てしまったのは……やはりまだ俺が支えとして不完全な存在である事の証だ。 「まぁ、これからの俺を見ててくれよ。まだちょっと 頼りないかもしれねーけどさ」 「いつかきっと……お前の背中を支えて見せるから」 「あぅ……」 「アレだよ、王子様が厳しい修行の末にパワーアップして 戻ってくる、みたいなお馴染みの展開だよ」 「それ、全然おなじみじゃないです」 「細かいことは気にするな」 「あははっ」 「へへっ」 俺の冗談を受けて、二人で笑い合う。 <落書きする深空> 「はぁ……怖くない、普通のお友達のゲストが 来てくれないかな……」 「うん。きっと地道に頑張ってれば、来てくれるもん。 そう思って、がんばろっと!」 「えっと、今回のあらすじは……」 「親睦パーティーの中、気がつけば一人だけぽつんと 離れた場所にいる雲呑さんを見つけた、天野くん」 「話しかけてみると、何かに夢中になっているだけ みたいだったようです」 「ん〜、なんだろなんだろ? ノートに可愛い感じの イラストで落書きしてるっぽいよ〜?」 「そして、いざ会話してみると、雲呑さんの屈託無い 可愛らしい真っ直ぐな笑顔にドキっとする天野くん」 「ふえぇ……悔しいけど、こんな笑顔されちゃったら 私でも、ふわっとして、ドキドキしちゃうよ〜」 「やっぱり、天野くんも可愛くて女の子らしい 雲呑さんみたいな人が好きなのかな……」 「私だって、ちょっとドジだけど……あ、明るくて ……じ、地味だし……ふええぇぇん……」 「自分の良いところを探そうとしたら、悲しくなって 泣けて来ちゃったよぉ〜〜〜っ」 「いいもんっ! それでも頑張るもんっ!!」 「いっぱい頑張れば、地味な私でも、いつかきっと 報われるって、お母さんも言ってたもん!」 「私はそんな天野くんのリアクションにショックを 受けたけど、鳥井さんの方はニコニコその光景を 眺めていたらしいです」 「それが気に喰わなくて、誤魔化すように鳥井さんを いじめる天野くん」 「何となく、嫌がっていないような気がするのは 私がそんな関係でも羨ましいと思っちゃうから なのかな……」 「…………」 「ん?」 みんなでワイワイ盛り上がっている片隅で、深空だけが一人、その輪から外れている事に気がつく。 気になったのでさり気なく近づいてみると、机に座り何やら夢中になって例のノートにスラスラと落書きを描き込んでいるようだ。 「何してるんだ?」 「ひゃうっ!?」 よほど夢中になっていたのか、声をかけて初めて俺がすぐ後ろにいる事に気づいたらしく、驚いて可愛らしい独特な悲鳴を上げていた。 「すまん、驚かせるつもりはなかったんだけど」 「い、いえ……大丈夫です。えへへっ」 多少、社交辞令っぽい雰囲気の愛嬌ある笑顔を見せてささっとノートを素早く自分の後ろに隠す。 その目にも留まらぬ早業からして、よほど他人には見せたくないものなのかもしれない。 「日記って感じじゃないし……絵でも描いてたのか?」 「え? な、なんのことですかっ」 あせあせと誤魔化しているのだが、相手を騙すのや嘘をつくのは苦手な方なのだろう。 残念ながらその動揺は、手に取るように解ってしまう。 「いや、何でもないよ」 「あ……はい」 つたない惚け言葉に乗っかり、その話題を打ち切る。 「…………」 「どう? ワリとみんな打ち解けてきたんだけどさ 深空はずっと輪に加わってなかっただろ?」 『あそこの輪に参加しない?』と言う副音声をつけてやや遠慮がちに訊いてみる。 「あのメガネ娘のせいで、これから一ヶ月くらいは 一緒にやっていかなきゃいけないみたいだしさ」 「急には無理かもしれないけど、みんな良いヤツ みたいだし、仲良くやって行こうぜ?」 「あっ、いえっ! 違うんです!!」 「ん?」 「別にみなさんを避けていたと言う訳では無いんです。 ただ、ちょっと夢中になっちゃって……」 「とにかく、みなさんとは仲良くやって行きたいと 私も思ってますっ」 「そっか」 「はい。翔さんも、よろしくお願いしますね」 「(うっ……可愛いぞこんちくしょう)」 不意に見せた無垢な笑顔に思わずドキリとしてしまう。 「むふふふふ……」 ニヤケそうなのを必死に堪えて平静を装っているとそんな俺を見て、なぜか意味ありげにかりんの方がニヤニヤと顔を綻ばせて笑っていた。 「何がおかしいんだ、このメガネポンチッ!! キモいんだよお前のニヤケ顔はっ!」 「ああっ、やめて下さいっ!!」 「ふふふっ……お二人とも、仲が良いんですねっ」 「ハッ!? いや、違う! 違うぞ深空!!」 かりんを反射的にいじくり倒していた事に気づき何やら勘違いをしてしまった深空へ必死に弁解のジェスチャーを展開する。 「俺はこんなメガネ女、アウトオブガンチューだ! そもそも人類かどうかさえ怪しいぞ、コイツ!!」 無駄に凄い科学力と、未来予知かのような電波発言。 会話が微妙に成立しなかったりするへっぽこ具合も異星人だと言うのなら納得も行くと言うものだ。 「とにかく、こんなメガネ星人が好みなんて男は この地球上には存在しないんじゃねーかな」 「あぅっ! 激しく胸がえぐれましたっ!!」 「最低ね」 「女の敵ってカンジですわね」 「もうちょっと言葉を選んでもよかろうに……」 「思い遣りに欠けます」 「さ、さすがに言い過ぎかと……」 「ぐあっ……」 ただ誤解を解きたかっただけなのだが、気がつけばさらに悪化して、女性陣から大批判を受けていた。 「そのバイオレンスさに惚れたぞ」 「お前に頬を赤らめて言われても全然嬉しくない……」 「フッ。この痛さも心地よいな」 「くうっ……早くも最低の烙印を押されてしまった」 「あはは……すみません、私のせいで」 「え? いや、そんな事ないって」 「たしかに今の発言はかりんに悪かったし…… 自業自得だよ」 「かりん、すまなかったな」 「いえ、大丈夫です。慣れっこですから」 「そ、そうか?」 ショックを受けていたように見えたかりんは、早くも立ち直ったのか、すでにケロっとしていた。 もしかしたら打たれ強い方なのかもしれない。 「(慣れっこって事は……メガネ星でも今みたいに  いじめられてたのかな、こいつ)」 「また失礼な事を想像しているような気がしますっ」 バレていた。 「メガネをかけている娘など沢山おるのに、いつも それだけで騒ぎ立てられるカケルは、何と言うか 心底不思議な男じゃの」 「ああ、自分でも自覚はしてるんだけどな…… メガネっ娘だけはどうにもダメなんだよ」 俺がゲームの主人公なら、恐らく歴代一位を誇るほどのメガネ嫌いな男キャラだと断言できるぞ。 「きっと封印された7年前の哀しい過去の記憶に メガネが関係しているんだろうな」 「いや、そんなゲームみたいな壮絶な過去は無いぞ?」 「無いのか?」 「残念ながら」 「期待させやがって、このゲス野郎がっ!!」 「なぜいきなりキレる!?」 「とにかく、かりんに対するカケルの失言は別として さっきの意見には賛成じゃな」 「さっきの意見?」 「うむ」 そう言って笑顔を見せると、麻衣子は深空に向かってこっちへ来いと言う手招きをする。 「私達がこうして出会ったのも何かの縁じゃからな。 この機会に、もっとお互いを知ろうと思っての」 「そーですわ! そんなところにいらっしゃらずに 雲っちさんもこっちにおいで下さいましっ」 「は、はいっ!」 例の秘密ノートを机の中に入れると、誘われるままにその輪の中へと入っていく深空。 どうやらいらぬ心配だったようで、麻衣子達の性格を《鑑:かんが》みても、問題なく仲良くなれそうな雰囲気だった。 「……ずいぶんと嬉しそうな顔してるわね」 「ん? 別に。んな事ねぇよ」 「そう……」 静香は何かを確認するようにそう小さく呟くと無表情のまま、黙って深空の事を見ていた。 「静香は参加しないのか?」 「そうね……」 ポツリとそう囁くと、静香は目を瞑って一呼吸置いた後再び麻衣子の隣へと座り直していた。 「あれ? それで、何の話でしたっけ?」 「トリ太さんに訊いて下さいっ」 「我輩は鳥頭ゆえに覚えるのは苦手だ」 「やっぱり鳥頭なんですのね」 「うむ。なにせ、鳥類だからな」 ……………… ………… …… こうして俺達、飛行候補生の親睦パーティーは朝まで終わる事なく、続くのだった。 いつもの決まった日常から外れた、非日常の始まり。 奇しくもそれは、深空が昨日かけてくれた魔法のように俺にとって、特別なものへと変化していく予感がした。 明日の事は愚か、数秒先の事さえ見えてこないと言うこの事態に、俺は不思議な胸の高鳴りを覚える。 それは俺だけでなく、他のみんなもどこか同じで…… もしかしたら、あの探知機はそんな願望を持っている『今の日常を変えたい』と思う気持ちを探知するもの……だったりするのかもしれない。 何となくそんな事を思いながら俺は、ゆっくりと深いまどろみの中へ落ちて行くのだった。 <裸エプロンな新妻(予定)少女・かりん> 「翔さんのために、裸エプロンで晩御飯を作りました」 「恥ずかしかったですけど、何だかんだで翔さんも 喜んでくれていそうで良かったですっ」 「ふぅ……」 晩飯までの空き時間に読んでいた週刊誌を放り投げて携帯で時間を確認すると、いい頃合になっていた。 「そろそろ出来たかな……」 俺はかりんの手伝いを兼ねて、キッチンへ行くためにリビングへと向かう。 「おーい、かりん、まだか?」 「はい……もうちょっと待ってください」 「腹減ってるからな……今なら特別に何か手伝って やってもいいぞ?」 「えっと、それじゃあそこのテーブルにお皿を並べて おいて頂けると助かります」 「ああ、わかっ―――」 「っ……」 あまりに理解不能な光景に、思わず呼吸が止まってしまうほどの衝撃を受ける。 「ん……よし、完成です」 完全に予想外のそれは、俺の脳内を空っぽにするには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。 「お待たせしました、翔さんっ♪」 「…………」 「晩御飯、できましたよ?」 「…………」 「ど、どうしたんですか?」 「どうしたって、お前……」 かりんの問いかけで我に返り、反射的に露になっている肌の方へと視線を移してしまう。 「えへへ……翔さん、えっちです」 「ど、どっちがだよ!!」 「だって、私の身体をちらちら見てます」 「おまっ……そんな格好してたら、嫌でも見ちまうに 決まってんだろ!」 「でも妹が裸エプロンしても、お兄ちゃんなら―――」 「妹が裸エプロンって次点でおかしいから!」 「そ、そうでしょうか……?」 少し照れくさそうにしながらも、決して隠そうとはせず見せつけるように、フリフリと白い悪魔を揺らすかりん。 「ど、どうしたんだよお前……いくら夏だからって さすがにアグレッシブすぎるだろ……」 「い、いくら私だって、暑いだけで裸エプロンに なるわけないです!」 「じゃあ何でそんな……あ、あぶねー格好してんだよ」 「だって……昨日、翔さんが言ったんじゃないですか」 「え?」 そう言われた瞬間、俺は昨日こいつに冗談交じりに言ったセリフを思い出す。 『まぁ、本気で俺の妻になりたいんなら、最低でも 裸エプロンくらいはやってもらわんとな』 「(た、たしかにそう言ったが……だからって、本当に  やるなんて……こいつ、マジかよ)」 悔しい事に、以前までの俺ならボケに対するツッコミでスルーできたはずのお色気攻撃が、簡単に受け流す事が出来なくなっていた。 <襲来! 黒い悪魔ッ!!> 「大嫌いなゴキブリが出てきて、混乱して取り乱して しまいました」 「そ、そんな私をあざ笑うかのように、ゴキブリが 私のメガネに……あうううううぅっ!!」 「こんなトラウマ、思い出すのも嫌です……」 「この時は、本当に死ぬかと思いましたっ」 「ふぅ……いい湯だったぜ」 風呂から上がって、ボサボサの髪をタオルで拭きながら海の帰りに買って来たアイスを食べに冷蔵庫へ向かう。 「夏場の風呂上りと言ったら、やっぱりアイスだろ」 「あううううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「な、なんだなんだっ!?」 俺が冷蔵庫に手を置いた瞬間、背後からものすごい悲鳴のような叫び声が聞こえる。 「翔さん翔さん翔さんかけるさああぁ〜〜〜んっ!! たたたっ、たいたいたい、大変ですううぅっ!!」 「ど、どうしたんだ!?」 「ごっき! ごっきです!!」 「は?」 「Gが出ましたあああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「お、落ち着けかりんっ! 意味がわかんねーよ!!」 「ごっ、ごごごごごご、ごっきごきですっ!!」 「ごっきごき……? あー、もしかしてゴキブリか?」 「あうううぅぅ〜〜〜っ! ですですデスですっ!!」 取り乱したかりんが、台所を指差しながらバタバタと暴れまわる。 「とりあえず落ち着け。たかがゴキブリの一匹くらいで んな大騒ぎするなっての」 「だだだ、だって黒いですっ! 黒光りしてますっ!! 緩急をつけた光速フットワークで襲ってきますっ!」 「いや、襲っては来ないだろ……」 無神経そうなこいつにも女の子らしいところがあるのかどうやら相当ゴキブリが苦手のようだ。 「とりあえず俺が素手で仕留めてやるから、落ち着け」 「素手ですかっ!?」 「おう。俺にかかれば、一撃で『ぐちゃり』だぜ」 「だだだっ、ダメですっ! そんなことしたら、一生 翔さんと手を繋げなくなっちゃいますっ!!」 「なんでやねん。っつーか、そもそも繋がねーだろ」 「あうううううううううううぅぅぅ〜〜〜っ!!」 「わ、わあーったよ。やめりゃいいんだろ!」 「で、でも、一刻も早くどうにかして下さいっ!」 「しょうがねぇな……じゃあ、新聞紙持って来い」 「は、はいっ!!」 俺が命令すると、神速の速さで部屋を出て行く。 「持って来ましたっ!!」 「おし、貸せ」 かりんから渡された、丸めて作った新聞紙ブレードを持って、ゴキブリが出たと言う台所へと歩みを寄せる。 「お、いやがったな」 台所に入って間も無く、目の前の壁にひっついているターゲットのゴキブリを発見する。 「悪く思うなよ……こいつもまた、ある種の弱肉強食な 宿命ってヤツだぜ」 「ははは、早くしてください! かけるさんっ!!」 「バカ、暴れるな! 逃げられるだろ!! あっちで 大人しく待ってろって……のわっ!?」 俺がゴキブリへ振りかぶろうとした瞬間に出てきたかりんの足にひっかかり、思いっきり体勢を崩したまま、新聞紙ブレードを振り下ろしてしまう。 「ぐっ!?」 そのせいでゴキブリの僅か横を思いきり叩いてしまい衝撃で驚いたのか、ターゲットは緊急回避とばかりに大空を舞って行ってしまった。 「かり―――……あ」 「あぅ……?」 「……危ねー……」 とっておきの必殺技のように大空を滑空したゴキブリは突っ立っていたかりんの顔面へと飛んで行き――― 「……ぞ」 「あ……ぅ……?」 あいつのメガネに、ぴったりくっついてしまった。 「◎α×Σ△♂●Ψ□π◇☆β♀〜〜〜っ!?!?」 「だ、大丈夫か……?」 奇声を上げるかりんに、恐る恐る近づいて尋ねてみる。 「あー……うー……?」 「(やばいな、これは……重症だろ)」 あまりのショックに、あちらの世界へ半分くらい足をつっこんでいそうなオーラが充満していた。 「ごごごごご……やらないか?」 「何をっ!?」 「すごく……やらない……です……」 「やばい、こいつゴキブリと会話してやがる……」 傍から見ると静止しているようなかりんとゴキブリだがきっとイメージ世界で激しい攻防が繰り広げられているのだろう。 「あぅ……」 「か、かりん!?」 そのまま失神したのか、パタリと倒れるかりん。 それに驚いたのか、ゴキブリもカサカサとメガネから離れて逃げていってしまう。 「ったく、しょうがねーな、コイツは……」 俺は溜め息をつきながら、気を失っているかりんを背負い介抱してやるためにソファーへと移動するのだった。 ……………… ………… …… <覇気の無いかりん> 「朝からため息ばかりついて、元気がない鳥っちさん。 いったい、どうしたんですの……?」 「あぅ……なんでもないです」 「なんでもないって……私には、とてもそんな風には 見えませんでしたわよ?」 「……あぅ……」 「もしかして、残り10日しかないのに空を飛ぶ計画の 目処が立ってないことに落胆してましたの?」 「あぅ……それもあったんですけど……」 「それなら任せておいてくださいませ!!」 「私と翔さんで、きっとなんとかしてみますわ」 「この私の英和辞典に、不可能と言う文字は ありませんでしてよ!」 「ふぅ……そうですね。……あぅ……」 「たしかに結果を出していない私では、頼りなく 見えるかもしれませんけど……それでも、必ず 空を飛んでみせますわっ!」 「あぅっ! 花蓮さんが元気付けてくれたって言うのに いつまでも落ち込んでいて、すみませんっ……!」 「その……別に花蓮さんを信じてないとか、頼りなく 思っているというわけではないんです」 「……? なら、翔さんが頼りないからでしたの?」 「かっ、翔さんは頼りないなんてこと、無いですっ! むしろ、いつもみんなを支えてくれてますっ!」 「じゃあ、どうしたんですの?」 「なんでもないです。……あぅ……」 「あ〜っ、もう! 歯がゆいですわぁ〜っ! いったい 何をそんなに悩んでいるんですのーっ!?」 その日もいつものように、教室に集まり空を飛ぶための会議をしていた。 「むぅ……期限まで10日を切ってしまったというのに 目ぼしい進展は無し、か……」 「うむ……もう化学室にあるようなものは、一通り 目を通してみたのだがな」 「私もかりんちゃんの力になれるように、なんとか 頭を捻っているんですが……ごめんなさい……」 「雲呑さんだけが責任を感じることないわよ」 「そうですよ。何も思いつかないのは、私たちも 同じですから」 「はい……」 「あ、あせる事はないですよっ?」 「期限まで、まだ一週間以上ありますし……」 口ではそう言いながらも、どこかいつものような覇気が無いかりん。 「なぁ、元気出せよかりん」 「たしかに残り時間は少ないけど、俺たちならきっと なんとかできるからさ」 「はい……」 「…………?」 「そうですわ! これだけのメンバーが、一同に 私の《下:もと》に集まったんですもの……」 「絶対に、なんとかしてみますわっ♪」 すかさず、花蓮が援護に入ってくれたのだが…… 「ちょっと待て、誰と誰がお前の下に集まったんだよ」 「えぇっ、違いますの!?」 「ちっげーよ、バカ! 何、本気で意外だ〜、みたいな 顔してんだよ!」 結局、いつものような漫才になってしまう。 「……クスッ」 「……な、なんですか、先輩?」 そんな俺たちを、先輩が小さく笑った。 「いえ……何でもなかったりしますので、気にしないで 下さい。ふふふっ」 「な、なんですの?」 「言いたいことがあるなら、ハッキリ言って下さいよ!」 「そうですか? では……」 「今のお二人は、まるで夫婦みたいだなって思いまして」 「ハァッ!?」 「ふっ、夫婦!?」 一様に、驚愕の表情を浮かべる俺と花蓮。 「や、やめてくれよ先輩……今のやりとりのどこが 夫婦に見えて……」 「あっ、私も思いました」 「なんだか最近、二人ともすごく息がぴったり なんですよね」 「く、雲っちさんまで……変なことを言わないで くださいまし!」 「息が合うのも当然よね……なんせ、二人とも 同棲してるんだから」 「えっ?」 「どっ……同棲!?」 「し、静香っ!?」 「静っちさん!?」 「気づかないとでも思ったの? もう何日も家を 留守にして……」 「そ、それだけで、なんで……」 「い、言ったっけ、俺?」 「商店街のスーパーで、楽しそうに買い物してた 二人は誰と誰だったのかしらね」 「…………」 「ちょっと健全なお付き合いとは言えないと思うけどね」 あまりにも突然のカミングアウトをする静香。 なぜか機嫌が悪そうに、そっぽを向いてしまった。 「あーあー、静かにせんか」 麻衣子が場を制するかのように咳払いをする。 「た、助かったぜ、麻衣子……」 まったく、このままでは収集が…… 「こうなったら二人の新婚生活を、みなが納得行くまで 聞かせてもらおうではないか」 「食いついてんじゃねえよ! しかも新婚って!?」 「同棲よりタチが悪くなってますわぁ〜〜〜っ!!」 会議の最中だというのに、スキャンダラスな俺と花蓮の話題に釘付けになる一同。 「…………あぅ……」 その横で一人、かりんは切なそうな表情でため息をついていたのであった…… <見つかってしまうエロ本> 「帰宅後、翔さんがお風呂に入ってる時にとんでもない ものを見つけてしまいましたわ……」 「これが学園でマーコさんに渡されていたモノの 正体でしたのね……」 「はぁ……女の子と同棲中ですのに、こんな《破廉恥:はれんち》で いやらしい本を持ち込むなんて、翔さんの考えって 本当によくわかりませんわ」 「まったく、こんなモノのどこが……」 「……………………」 「………………」 「…………」 「……ゴクッ……か、翔さんったら、こんなことを されて、何が嬉しいんですの……?」 「……はっ!?」 「つ、つい見入ってしまいましたけど、そんな場合では ございませんわ!」 「私というものがありながら、妄想した他の女性に 《現:うつつ》を抜かしていたなんて……」 「ゆ、許せませんわ〜〜〜っ!!」 「はあぁぁぁぁ〜〜〜……気持ちよかったぁ……」 喉の奥から恍惚とした息を吐き、手にしたバスタオルで乱暴に髪の毛をかき回す。 「……言っとくけど、風呂に入っていただけだからな」 ……念のため、補足してみた。 「お先に風呂いただいたぞ」 冷蔵庫を開き、ペタリと尻をついて床に座っている花蓮の背中に声をかける。 「お前も、お湯が冷めないうちに入ってこいよ。 温め直すのも、もったいないしな」 ゴクゴクとコップに注いだ牛乳を飲み干し、一息。 「……っかぁ〜〜〜〜〜〜!」 口の周りに白い輪を作り、両目を矢印にして俺は奇声を上げた。 「ハハハ……誰がおっさんやっちゅーねん」 「…………」 「…………」 俺の一人ボケツッコミを華麗にスルーしつつ、花蓮は依然として、こちらに背を向けたまま動かない。 表情の読めない角度で俯いたまま、並んだ布団の前で黙々と何かを読みふけっているようだ。 「……なあ、つっこんでくれねーの? あんまり 無反応なのも寂しいんだけど……」 まるで俺の声など聞こえていないかのような花蓮に近づこうとした時だった。 「……ええ、そうでしょうともねぇ……」 「確かに、こっちのシュミは『おっさん』のよう ですわねぇ」 俺の歩みは、かつてないほどの冷たさと迫力を孕んだ花蓮の声に押し止められた。 「えっ? な、何だよ……?」 ―――ゆらり、と幽鬼のように立ち上がり、花蓮が静かにこちらを振り返る。 「…………ヒッ!?」 花蓮は思わずたじろくような《見下:みくだ》すような冷たい視線を俺に投げかけてきた。 「(……か、花蓮のくせに、なんか怖ぇ!)」 「た……確かに今の一連の行動はおっさん臭かったけど それはお前のツッコミを期待してだな……」 「……? 何の話ですの?」 「なんだよ、聞いてなかったのか?」 必死に弁解する俺の言葉に、花蓮は一瞬キョトンとした表情を見せる。 俺は肩の位置まで上げていた両手をひとまず下ろして花蓮の様子をうかがうことにした。 「そんなことは、どうでもいいですわ」 「それより、これは何なんですの!?」 「お前のほうこそ、何の話なんだよ……」 「とぼけないでくださいまし! これですわっ!!」 花蓮は床から本を拾い上げ、俺の眼前に突きつける。 ……真っ黒だった。 「えーと……近すぎて何も見えねーんだけど……」 「まだおとぼけになるつもりですの……!?」 「いや、だから近すぎて逆に見づらいんだって……」 言いながら、俺は少しずつ頭を引いていく。 「ん……?」 距離を取るにつれ、徐々に明らかになっていく色彩。 妙にテカテカとした光沢を放つ質感。 そしてページの大半を肌色が占める、それは――― 「……!? あ、ああっ……!!」 「……ようやく自分の犯した罪に気づきましたのね」 「テ、テメエ……何でこれを……」 震える指先で、ツルツルとした表面をなぞる。 花蓮が俺に突きつけたもの…… それは、学園で麻衣子に渡された『餞別』代わりのエロ本だった。 「当然ですわ! どこの世界に、女性の布団の中に こんな本を隠す人がいますの!?」 「チィッ! あえて敵の近くに隠すことにより 盲点をつこうと思ったのに!!」 「普通、めくった時に気づきますわ!!」 顔を真っ赤にして怒る花蓮。 視線をエロ本に戻し、ジト目で俺の顔と見比べる。 「ふぅん……翔さんって、こういう女性が好み なんですのね……」 「ぐおぉぉぉ……目の前で読まないでくれ…… は、恥ずかしすぎる……」 俺に見せつけるように、花蓮が俺の目の前でぷらぷらと本を揺らす。 そこにはスーツ姿の女性に、ソックスを履いた両足で男の股間をいじっている姿――― いわゆる『足コキ』をしている写真が、見開きで掲載されていた。 「……もういいだろ、返せよ」 「ちょっと声に出して読んでくださいませんこと?」 「ふ、ふざけんな! 誰がそんな情けないマネ―――」 「読んでくださいませんこと?」 「『キレイでイヤラシイお姉さん! そんな目をして  シゴかれたら、ボクはもう……!』」 「…………」 「…………」 「……………………」 「キャァァーーーーーッ! イヤァァァーーーーーッ! そんな目で見んといてえぇぇぇーーーーーっ!!」 煽り文を読んだ俺を蔑むように見つめる花蓮の視線に俺は手で顔を覆って、もんどりうつ。 「ゼェ、ゼェ、ゼェ……こ、これはいかん…… 風呂上りなのに、変な汗がこんなに!!」 「まったく……翔さんがこんな願望を持っていた なんて……」 「ち、違うぞ花蓮!?」 「いつも鳥っちさんをいじめてるから、てっきり ドSな殿方だと思ってましたけど……」 「お、俺はこんなジャンルも問題なくいただけるという だけで、別にこう言った趣味があるわけじゃ……」 「翔さんって、実はMだったんですのね」 「…………!!」 翔さんって、実はMだったんですのね――― 実はMだったんですのね――― Mだったんですのね――― ―――パキッ 俺は産まれて初めて、それまで築き上げてきた自分の威厳が崩壊する音を聞いた。 「う……うおおぉおぉぉぉぉぉぉ……」 「な、何もそんなに泣かなくてもよろしいんじゃ ありませんこと?」 崩れ落ちた俺を哀れむような花蓮の声が聞こえる。 「うるせー……お前にゃわかんねーだろうよぉ……」 「た、確かに殿方がそう言った……その、しょ、処理を 定期的にしなくてはいけないことは知っていますわ」 「けど、だからって、本を取り上げたくらいでそこまで 落ち込まなくったって……」 「そっちじゃねえよぅ……」 「そ……それにしたって、同棲している女性がいるのに 本なんかで済ませようなんて非生産的ですわ!」 「……あー?」 「溜まっているなら溜まっているって言って頂ければ その……わ、私だって……」 俺がいじけていると、花蓮がモジモジと胸の前で自分の指をいじり始めた。 「襲いかかってきたりするなら判り易いんですけれど あまりにもいつも通りにしているんですもの……」 「て、てっきり私、あなたはそう言うことは平気な 殿方だとばかり思っていましたわ!」 照れながらも一気にまくし立てる花蓮。 ……ダメだ、今度はこいつがぶっ壊れた。 「殿方がそういうものを長く我慢できないものだと 言う話は、本当だったんですのね……」 「今まで私、そこまで気が回りませんでしたわ…… 姫野王寺花蓮、一生の不覚ですわ」 「……よくわからんけど、そんなに気を回したいなら とりあえずその本返してくれよ」 「ダメですわ」 「なんでだよっ!」 ケロリと表情を戻し、花蓮は冷静な顔ではねつける。 「じゃあそのまま持っててくれ。網膜に焼き付けて 後で脳内再生するから」 「ダメですわ」 「携帯のカメラ機能で撮るから」 「ダメですわ」 「……模写するから」 「それもダメですわ」 「があああああああぁっ! どうしろっつーんだよ! それじゃあお前がしてくれんのかよ!!」 「ええ、かまいませんわ」 「だったら大人しくその本を返しえぇぇえええッ!?」 本日一番の絶叫に、花蓮が俺から顔を遠ざける。 「今日はよく叫ぶ日ですのね……」 「いや……あまりにも平然と言うから、普通に流す ところだった……っていうか、むしろひくわ」 「そりゃあ、ひきますわよ」 「いや、ひくのは俺のほうなんだけど……」 「お前ってたまに信じられないこと言うよな」 ……いや、たまにでもないんだけど、今回のは別格だ。 「何かおっしゃいまして?」 「いやぁ……お前も言うようになったな、って」 「そ、それは……私だって女の子ですのよ……?」 「その……そう言う行為に興味くらいありますわ」 「…………」 まるで自分が風呂上りかのように、頬を赤く染めてうつむく花蓮。 「しかも、好きな殿方とずっと一緒に暮らしていれば ……私だって、そんな気持ちにもなりますわ」 それは普段の無意味に勝気な姿からはとても想像できるようなものではなく…… 「な、なんですの? ボケッとして……」 「かっ……可愛いだなんて思ってないんだからね!!」 「な、なんで怒ってるんですの……」 いかん、今度は俺が赤くなる番のようだ…… 「ほ、本気なのかよ……?」 「い、嫌なら忘れていただいて構いませんわ」 「バ、バカ……お前、そんな……」 「嫌とか、そういうんじゃ、ねーよ……」 顔が熱くなり、思考がおろそかになる。 さっきまであんなに言い合っていたのに、今は彼女が愛しくてたまらない。 気がつけば俺は、こんなにも花蓮を女の子として意識していたのか、と自分でも少し驚いてしまう。 「翔さん……」 「花蓮……いいんだな?」 花蓮がコクリと、うなずく。 その姿を見てフラフラと、まるで花に誘われる蝶のように、花蓮へと近づく。 「花蓮……」 そして、その小さな肩を包み込むように抱きしめ――― ……ようとした時だった。 「…………ナゴヤッ!?」 メリッ……という殺人的な音が、俺の身体に響いたような気がした。 花蓮を抱きしめようと一歩踏み出した俺の下半身…… ありていに言えば俺の股ぐらに、花蓮の細い足がカウンター気味にヒットしていたのだ。 「あ……あら? だ、大丈夫ですの!?」 「〜〜〜っ! 〜〜〜〜〜〜ッッッ!?」 ブンブンと首を横に振り、否定の意思表示をする。 思わずその場にうずくまった俺の腹の底から、内臓がせり上がってくるような感覚が襲ってくる。 痛みのあまり、吐き気をもよおすほどだ。 「あ……あ……」 「な……なにすんだよ、このバカ!!」 引きつる筋肉を動員し、ようやく抗議の声を上げる。 ……ていうか声も出ないほどの痛みって、ものすごく危険だったんじゃないのか? 「ち、力加減を間違えましたわ!」 「ち……力加減だぁ……?」 花蓮が何を言っているのかわからず、俺は思考を巡らせる…… 「……! ちょ、お前まさか……!」 ……思い当たるフシは、すぐに見つかった。 「その本に書いてあるような行為を、翔さんはお望み なんですわよね?」 「違うっつってんだろがぁぁぁぁあぁあああああ!!」 「あら、別に恥ずかしがらなくてもいいですわ」 「翔さんにこんな趣味があるなんて事は、私の胸の中に しまっておきますから……安心してくださいませ」 「テメ……何、上から目線で言って……や、やめろ! ズボンを下ろすなぁぁあああああああ!!」 動けないのをいいことに、戻ってきた花蓮は俺のズボンをスルスルと器用に下ろしていく。 同じように腰までパンツを下ろされ、俺の性器は花蓮の眼下に晒されることになった。 「……! こ、これが殿方の……」 「こ、こんな大きいなんて……え、えぇっと……」 動揺しながらも興味を隠せない様子で、花蓮が俺のモノをまじまじと見下ろす。 たしかに、ローアングルからタイツに包まれた花蓮の脚を見つめていたため、俺の性器にはわずかに血液が集まっていた。 「そりゃ、オメーが蹴ったからだ」 素直に認めるのも悔しかったので、悪態をついておく。 「そ、そうですの……?」 「そ、それでしたら、責任を取って差し上げないと いけませんわね……」 「はぁっ!?」 そう言ってしゃがみこむと、花蓮は《躊躇:ためら》うことなく上着を脱ぎ、俺の性器に足を這わせた。 <親友な二人> 「楽しそうにお話しする私たちを見て、どうして こんなに仲が良いのかって訊ねてくる翔さん」 「そっか、そう言えば翔さんには、私たちの関係は あまり言ってなかったね」 「あぅ……そうですね」 「私たちは、名探偵コバンくん好きで意気投合して その《後:あと》ずっと一緒のお家で暮らしてたんだよね♪」 「居候として、お世話になっています……あぅ」 「それで、一緒に過ごしているから、私たちがどこか 似ているんだなって言ってましたけど……」 「私たち、そんなに似てるのかな? 自分のことだから あんまりわからないけど……」 「あぅ。私もさっぱりです」 「一緒に住んでいて、お互いに影響し合ってたのかな ……無意識に似て来ているのかもしれないね」 「……そうですね」 「あぅ……あれはキモかったですっ」 「でも、キモかわいいって感じだったかも?」 「一見キモかわいいと見せかけて、やっぱり露骨に キモかったですっ!」 「あははっ、そうかも〜」 放課後、絵本を描きながらリラックスした感じで、かりんとの会話を楽しんでいる深空。 なんとなく仲睦ましい二人の世界に割り込めずに無言で眺めていたのだが…… 「(そうか……何が気になってたのか、解ったぞ)」 俺が感じていた違和感の正体は、深空の喋り方だった。 「……と言うわけで、くさかったですっ!」 「やだ、かりんちゃん……汚いよぉ〜っ」 「でも、くさいです。すごく……くさいです」 「ふわ……すっごいくさそ〜」 「あぅ。クサヤよりもくさいです」 「スーパークヤサ人?」 「そんな感じですっ」 「(どんな感じだよ……)」 俺が感じていた違和感の正体……それは、何を隠そう深空が敬語を喋っていないことだった。 思えば誰にも心を許せずに、自分を否定して生きてきた深空が、ここまで心を通わせた相手もそういないのではないだろうか? 「ちょっとだけジェラシーだが……」 まあ、何にせよ、そう言った友人がいるのはすごく大事だし、大切なことだろう。 ……俺がその位置を補うつもりが、結局違う方向で深空を支えてしまっている今、かりんのような友達と言うか、気兼ねなく話せる相手は必要だろう。 「(ったく、いつの間にこんな仲良くなったんだ?)」 「おもちうにょーん」 「うにょーん」 「バルサミコス〜」 「巫女す〜」 「あぅあぅあぅあぅ〜」 「あぅ〜」 「なんか共鳴してるし……」 何と言うか、新鮮な深空が見れて嬉しい反面、どんどんかりん色に染まっている気がして、複雑な心境だった。 「お前ら、実は仲が良いんだな」 「あぅ! 当たり前ですっ!!」 「えへへ。心の友だよね〜」 「ね〜っ」 「いつの間に……そこまでしょっちゅう二人でいたって 印象も無かったんだけどなぁ」 「でもでも、ずっと一緒に住んでれば、このくらいは 打ち解けちゃいます」 「それもこれも、深空ちゃんの心をあっためてくれた 翔さんのおかげですけどね。あぅ!」 「ちょ、ちょっとかりんちゃんっ!」 「え? っつーかお前らって、一緒に住んでるの?」 あまりにも意外で初耳な事実が飛び込んできて、思わず面食らって驚いてしまう。 「はい、そうですよ。言ってませんでしたっけ?」 「初耳だな、残念ながら」 「実はずっと居候として置いてもらってるんですっ!」 「なんだよ、もしかして初日からずっとなのか?」 そう言えばあの日、意気投合して深空の家に泊り込みで遊びに行くような話をしていたが…… 「はいっ。あれから意気投合してしまいまして……」 もはや友達と言うより、家族に近い感覚なのだろうか。 「しっかし、ずっと一緒ってのも問題あるだろ。タダ飯 食らいの居候暮らしとは……」 しかも便利道具をいっぱい持っているだと……?どこかで聞いた事がありすぎる話だぞ、それは。 「お前、押入れに住んでたりするだろ」 「違いますっ! もっと優遇されてますっ!!」 「あははっ……」 「でもまぁ、何となく一つ謎が解けた気がするよ」 たまに、深空とかりんのどことない仕草や口癖が似ているように感じることがあったが……一緒に暮らしていくうちに重なって行ったのだろう。 しかし、初めての心を許せる女の友人とは言え、あまりコイツに影響されすぎるのもなぁ…… 「で、花蓮ともへっぽこ具合が似てると思うんだが、実は あいつも同居していたりするのか?」 「あぅ! 意味がわかりませんっ!!」 「竜巻○風脚ッ!!」 「あうぅっ! なぜか攻撃されてます! 痛いです!」 「あははっ、ほんとに仲が良いですね」 「《断:・》《じ:・》《て:・》《N:・》《O:・》だと言わせてもらおうッ!」 「照れなくてもいいじゃないであうっ!!」 アホすぎる事ばかり言う馬鹿かりんに、メガネの上からビシビシと目潰し攻撃をして、プレッシャーをかける。 「め、目潰しとかしないでくださいっ!」 「我慢しろ! お前の平和ボケを正すためだっ!」 「めちゃくちゃですっ!!」 「あははっ……」 ドタバタと逃げ回るかりんを、ひたすら追いかける俺。そして、そんな俺たちを笑顔で見ている深空。 だがその笑顔が、どこか元気の無いものである事に俺は気づいてしまったのだった。 ……………… ………… …… <親睦パーティ!> 「ふぇ……本編では、楽しそうに親睦パーティーを しているのに、私は一人きりだよぉ〜」 「ディレクターさんに頼めば、今度また相楽さんの時 みたいに、誰かゲストの人を呼んでくれるかなぁ」 「準備完了、ですっ!」 「わー」 「わー」 「わ、わぁー」 「ふぅ……」 なぜか棒読みの歓声を上げながらの拍手を浴びるかりんと、その光景にため息を漏らす静香。 アホメガネは置いておいて、完成した会場を眺める。 無論、特に何の飾りもせず机を退けてレジャーシートを敷いただけなのだが……まぁ、一応はそれっぽいか。 変な動物のアニメイラストの上に所狭しと並ぶ色とりどりの料理(全てコンビニ弁当だが)と駄菓子、そしてジュースなどの飲料水。 しょうもないショボさは隠せないが、俺のような万年金欠学生にはそれなりに豪勢に見えてしまう。 「それでは、乾杯しましょうか」 「そうだな……ん?」 コップにジュースを注ごうとして、さっきまで手元にあった駄菓子が消えているのに気づく。 「なかなか美味しいですわね、このお菓子」 「てゐッ! 天野さんがてゐッ!!」 「いったぁー……何をするんですのっ!?」 「おまっ、それはこっちのセリフだっつーの!! 一人で勝手に食うなっ!」 「天野くん、ダメですよ? 女性を軽々しく叩いちゃ」 「だってコイツが……」 「短気は損気だぞ、天野」 「くっ……わぁったよ」 「菜っ葉もたまには良いこと言いますわね」 「当然だ」 「待て。なんで櫻井が菜っ葉なんだよ」 「なんでって……菜っ葉っぽいからですわ」 「どこがだっ!」 「私のタカナオな頭脳から導き出されたあだ名ですの」 「タカナオ……?」 「もしかして高尚の事かのう」 「じゃあコイツは?」 試しにかりんを指差して尋ねてみる。 「鳥っちさんですわ」 「鳥井だから、鳥っちなんですよ」 なぜか、かりんの方が自信満々に説明していた。 「じゃあ深空は?」 「雲っちさんですわ」 「櫻井」 「菜っ葉」 「なんでだよっ!!」 「今の流れ、あからさまにおかしいだろっ!」 「花蓮様のインスピレーションをなめてもらっては 困りますわぁ〜っ」 「褒めてないからな」 「まぁ、確かにインスピレーションは大事だからのう」 「あら、マーコさん分かっていらっしゃいますわね!」 「ふっふっふ、当然じゃ!」 俺には到底理解できない部分で何かが合致したらしく早くも二人は意気投合していた。 「はぁ……もうどうでもいいや」 「ははは……」 「それじゃあ気を取り直して、乾杯しましょうか」 「それもそうじゃな」 深空が気を利かせてみんなに配ったコップの中に適当にジュースを注いで、持ち上げる。 「えっと……それでは、乾杯ですっ」 気の抜けるような情けない乾杯の音頭を合図にそれぞれの紙コップに軽くコップを当ててから中のジュースを一気に飲み干す。 「しっかし、我ながら摩訶不思議な状況だぜ……」 月曜の日も暮れぬ内から人っ子一人いない学園の中でまったりと友人とくつろいでパーティーとは…… 何と言うか、世も末ってヤツである。 「学園を占拠してこじんまりとした談笑会なんて 凄いんだか凄くないんだか、計りかねるわね」 「全くだな」 かりんのまったりムードに流されてこんな事になってしまったが、冷静に現状を整理した方が良いだろう。 「おい、かりん」 「はい、何でしょう」 「俺らはまだ現状をよく把握してないんだが…… 出来る限りわかり易く説明してくれないか?」 「そうですね……わかりました」 唇に指を当てて軽く考えるようなポーズをするとまるで答えを用意していたみたいに口を開いた。 「先ほども申した通り、詳しい理由は明かせません。 ですが、本当に脅威が迫っているんです」 「それは世界規模ではなく、私たちにとっての脅威 ……と言う事ですか?」 「全宇宙存亡の危機ですっ!」 「スケールがでかすぎてワケわからんぞ」 漫画じゃあるまいし、俺達のような一般市民の若者に世界の存亡が左右されているはずがない。 と言うか、そんな危機はもっとでかいところに行って相談すべきで、一市民の俺達だけで解決できるような簡単なシロモノじゃないだろう。 「もっと多くの他の者に助けを求めてはどうじゃ?」 「いえ、この学園の中だけじゃないとダメなんです」 「そして、探知機が指し示した可能性を持っているのは この学園内では、ここにいるみなさんだけなんです」 「う〜ん……」 「とにかく、飛ばないと死にますっ!」 「んな無茶苦茶な……」 さっきから話が突拍子も無さ過ぎて、どうにも言うほどの危機感を感じることが出来ない。 「……ん?」 と言うより、さっきから妙に死にます死にますって連呼してるよな、コイツ…… 「なぁ、世界が崩壊したらどうなる?」 「死にますっ!」 「じゃあこの学園が爆発したら?」 「死ねますっ!」 「殴られたらどうだ」 「あぅ……死にますっ!」 待て。 「鉛筆でちくちくされたら?」 「そんな事されたら、死にますっ!」 「何でも死ぬのかよっ!!」 「ただの口癖だったみたいね」 かりんの中では、地球の危機=鉛筆でちくちくされると言う等式が成り立つようだ。 これではいくら訊いたところで、どんな状況なのかハッキリと解るはずもない。 「まあこの際、規模はどうでもいいか……」 本当は一番気になる場所ではあるのだが、説明下手で何かを隠しているかりんからそれを聞き出すってのはどうにも現実的な話ではないようだった。 「得体の知れない危機が俺らに迫っているってのは お前を信じるっつー事で良しとしよう」 「んで、その為に空を飛ぶって言うのがイマイチ よくわからんのだが、どう言う事なんだ?」 「ポリポリ……このたくあん、おいしいです」 「人の話をきけっ!!」 「わ、分かりましたから、いきなりメガネを取ろうと しないで下さいっ!」 「ったく……危機感ゼロだな、お前」 「すみません。こうしてみなさんと一緒にいるのが 楽しくて、つい……」 「気に入ってもらえたようで何よりじゃのう」 「っつーか友達いないだろ、お前」 「あぅっ!」 どうやら図星だったらしい。 「まあ、こんだけ変人だったら友人なんてできんぞ?」 「ですわね。私のようにエリートでありながらも 一般人にちゃんと溶け込まないとダメですわ」 意味が解らない上に思いっきり普通じゃないぞ、お前。 「本来なら友達になってやらん事も無いんだが…… どうやらそれも無理らしい」 「あぅっ!?」 「……な、なんでですか?」 「お前がメガネを外さないからだ」 「メガネの友人もおるじゃろうに……」 「何故か男なら平気なんだ」 「男女差別反対ですっ」 「じゃあせめて今だけでもいいからメガネを外せ」 「外している間だけお友達なんですか?」 「いや、まあ最初にそいつの素の顔を見ておけば たぶん平気だ」 「常にそいつの顔を脳内変換して、メガネをかけてない 初期状態のままで固定しておけば余裕だからな」 「器用な奴じゃのう……」 「その代わり、その後そいつがイメチェンしようが 俺の脳内では一生その顔のままだ」 「金髪に染めようが性転換しようが、50年後だろうが ずっとその顔のままなんだ」 「身体はお婆ちゃんなのに顔だけ青春時代なんて まるで悪夢ね……」 「しかもアイコラなんで、横を向こうが正面だろうが ずっと同じ角度で固定される事になる」 「ぐるっと一回転したら、まるでホラーのようですね」 「そんな老後の生活は嫌ですっ!」 「ハッ!?」 かりんの目的の真意を探るために問い詰めていたはずが話が脱線して、気がつけばいつの間にかこいつの老後の話にまでなってしまっていた。 「(くっ……気がつけばアホ話になっているとは……  この妙な空気と言うか、アホオーラのせいだな)」 恐るべし、鳥井 かりん…… この現象を『かりんゾーン』と名づけよう。 『油断せずに行こう』 「って、名づけてる場合かっ!」 「?」 このままだと、駄弁っているだけで明日になりそうだ。 ここは強引かつ急ハンドルで話を元に戻すべきだろう。 <観覧車でH その1> 「私のお願いを聞く形で、観覧車で休憩しました」 「けど、その……ロマンチックな雰囲気から一転して 気分が盛り上った私たちは、その場で……」 「で、でも、恋人同士の愛のある行為なら問題は無い と思うんですっ!!」 「ううっ……そもそも、経験者ぶった私がいけないん ですけど……このままじゃ、エッチなお姉さんだと 思われてしまいそうです……」 「さて、と……それじゃ、次は何に乗ろうか?」 小休憩を挟んで復活した俺は、繋いだ手を軽く引いて次なる目的地を相談する。 「そうですね……少し、人のいない所へ行きたいです」 「ん……人がいない所か……」 思考を巡らせ、休憩できるスペースには人が溢れていたことを思い出し、頭を抱えてしまう。 「もうしばらくしたらパレードが始まるらしいから そうすれば、休憩スペースも少しは静かになると 思うけど……まだ難しそうだよなぁ……」 「そうですか……」 少し元気が無くなってしまう灯を見て、なんとしてでも人気の無い場所を見つけてやりたくなる。 「……そうだ!」 「どこか、見つかったんですか?」 「ああ、あったぜ。とっておきの、恋人同士に相応しい ロマンチックな場所が」 「あ……」 そう言うと、灯も同じ場所をイメージしたのか、すぐに理解したような表情を浮かべる。 「そうですね。デートの締めくくりには、うってつけの 場所ですね」 「だろ?」 俺は微笑みながらエスコートするように、優しく彼女へスッと手を差し出す。 「それじゃあ、行こうか」 「はい」 その手を取る笑顔の灯と共に、俺は観覧車へと向けて歩き出すのだった。 ……………… ………… …… 「…………」 「…………」 眩しいほどの夕日に照らされながら、俺達は二人静寂の中に身を置いていた。 ただ無言で窓の外を向いている灯に倣うように俺もまた、夕日に染まる街並みを眺めていた。 沈みかける太陽の赤い光が、西の雲をオレンジ色に描き出す。 遥か上空から見るその光景は、言葉では例えようもなく美しいと感じていた。 「今日は、願い事がいっぺんに叶っちゃいました」 「願い事?」 「はい。本当に、ささやかな夢だったんです」 「いつか、私の全てを受け入れてくれるような人が現れて ……私もその人を、本気で好きになって……」 「それで、デートに行くんです。楽しくって、嬉しくて ……すごく、ドキドキして」 「…………」 「最後に、ロマンチックな夕焼けや夜景を、こうして ……一緒に見るんです」 無感情にそう告げた灯の表情は、決して曇っていないにも関わらず、なぜか俺には悲しそうに見えてしまった。 「なあ、先輩……」 「……なんでしょうか?」 「……先輩の目は、もう……二度と治らないのか?」 だから俺は、以前から抱いていた疑問を灯に投げかける。 灯の夢を叶えるため……二人でこの景色を見ること。 それは、俺のささやかな願いであり、願望だった。 「……お医者様の先生からは、一度……手術を勧められた ことがあるんです」 「今の最先端の技術を使えば、可能性はやや低いものの やってみる価値はある、って……」 「それじゃあ……!!」 「けど、手術を受けるには、とてもお金がかかるんです。 成功率よりも失敗する確率の方が高いんですよ……? そんなの、簡単には受けられません」 「……そっか……」 「けど……それも全部、言い訳に過ぎないんです」 「え……?」 「本当は、そんなの言い訳で……怖いんです、私」 「手術が失敗するんじゃないか、って……」 「…………」 「きっと私は、一生手術は受けないで生きていくと…… そう思っていたんです。でも……」 「学園を卒業したら……手術、受けてみたいと思います。 ……天野くんと一緒に、この空を見てみたいですから」 「先輩……」 「だから、私がずっとそう思っていられるように…… 勇気をくれますか?」 「……ああ。先輩が望むなら」 「ふふっ……頼りにしちゃってます」 「……っ」 その灯の笑顔が可愛くて、思わずドキリとしてしまう。 「……ふふっ。天野くんがドキドキしてるのが、よく 判ります」 「うっ……」 「(そっか、この距離で小さなゴンドラの中に入ってたら  バレバレなのか……)」 「あら? ひょっとして、ドキドキしてるのがバレて 照れちゃってるんですか?」 「む……」 からかうような灯の口調に、頬が熱くなる。 「ふふっ、やっぱり。天野くんの可愛いところ発見です」 「か、可愛くなんてねーだろ! 頼れる男と言ってくれ」 「そんな事無いです。可愛い弟くんみたいなものですし」 「俺が弟じゃなくて『男』だって、もう一度思い出させて やろうか?」 「え……?」 照れ隠しにからかい返したくて、俺はわざと灯が動揺するようなセリフを選ぶ。 「それじゃ、私も思い出させてあげます」 「思い出すって、何を……っ!?」 「私が、そんな子供だましのセリフじゃ動揺しない 経験豊富な『先輩』だってことです」 「ちょっ……せ、先輩っ!?」 灯が、ボケっと座っている俺の足下へ移動してズボンのチャックを開き、おもむろにペニスを取り出して来た。 「ふふっ……ほら、やっぱり可愛いじゃないですか」 愛おしそうに俺の息子を握り、頭を撫でるような手つきで優しく触ってくる。 「可愛いってのは男としてのプライドが傷つくんですが」 「でも、ビクビクって期待で震えて、可愛いです」 「う……」 たしかに、現金にも俺はこれ以上の行為を期待していた。 「それじゃ、可愛い天野くんをリードしちゃいますね?」 「……よろしくお願いします」 「はい、お願いされちゃいます」 灯に続きをして欲しい一心で、不本意ながらも俺は素直に頷いておく。 「それじゃ、たっぷり可愛がってあげます」 「(この前はあんだけビビってたクセに……)」 余裕で俺の息子を握る灯を見て、思わずそんな考えが脳裏を過ぎる。 「んっ……ちゅ……んふぁっ……くちゅっ……」 「っ……」 そんな事を考えていると、灯が俺のモノを咥える。 「ちゅぷっ……んっ……んふぁ……れるっ……んんっ…… くちゅっ……んちゅっ……」 「ちゅっ、ちゅぱっ……じゅるっ、ちゅううぅっ…… くちゃ、くちゅ、ちゅ……ちゅぷ……」 まだ少し不慣れな感じで、必死にフェラチオをする灯。 あの時のシックスナインと言い、経験者を装うために平然とペニスを咥える灯に、軽い興奮を覚える。 「先輩……気持ち良いんだけど、もう少し強く握って…… 口に合わせて、手でも上下に扱いてみてくれないか?」 「わ、わかってまふよ……これから、しようと思って…… ちゅぷっ……たんれすっ……んんっ……」 灯の知識不足をフォローしつつ、より気持ち良くなるよう先導する。 「んっ……んむっ、ちゅばっ……ちゅぶっ、ちゅるっ…… んちゅっ……ちゅるっ……」 「どう、れふか……? ちゅぱっ、ちゅむ……こんな…… じゅぷ、じゅっ……感じで……んんっ……」 「あ、ああ……さすがだな、先輩……っ!」 途端に倍増する快感に、思わず声が漏れそうになる。 多少の恥じらいが感じ取れつつも積極的な灯のフェラに俺のイチモツが、さらに怒張する。 「ふあっ……すごい、れふっ……じゅぷっ……天野くんの ……お口に、入りきらなっ……んっ……」 「でも、頑張って……ちゅぷっ……気持ち良く、して ……んぅ……あげますねっ……ちゅぱっ……」 「んちゅっ……ん……ぴちゃっ、ちゅっ、くちゅっ……」 「んっ……ぴちゅっ、ちゅぷ……くちゅっ……ちゅぱっ ……んん……ちゅっ、ちゅむっ……」 「ぐっ……」 必死に口で奉仕してくれる灯のフェラチオの快感で思わず腰を引いてしまう。 「んぷっ……ちゅっ……にげちゃ、らめれすっ……」 ペニスを口に含んだまま、逃がすまいとする灯が俺の性器を奥深くまでくわえ込む。 「ちゅぷっ……ん……んふぁ……れるっ……んんっ…… くちゅっ……んぅ……じゅるっ……」 「くちゃ、れるっ……ん……ぷちゅっ……んっ…… んちゅ……ちゅっ……んん……ぷぁっ」 そして、快感で震える俺を弄ぶように、灯がフェラのストロークを早めてくる。 「どう、れふか……? じゅっ……じゅるっ……ちゅぱっ ……気持ち、良いですか……? んっ……んちゅ……」 俺はその問いに答える余裕は無く、ただ荒い息を吐き出すことしかできなかった。 そんな俺の様子を察してか、灯は嬉しそうにクスリと笑い裏筋を舐めるように舌で弄んで来る。 「ぐぁっ……」 「ふふっ……やっぱり、んっ……ちゅっ……《コ:・》《コ:・》が 気持ち良い……みたい、れすね……じゅうっ……」 敏感な部分を、手淫では味わえない刺激を与えられてその初めての快感に、思わず声を漏らしてしまう。 「んぐっ……ん……んちゅっ……れるっ……んむっ……」 「ちゅぷっ、ちゅるっ、んちゅっ……じゅぱっ、ちゅ…… んんっ、ふぅっ……ん、んぅ、んふぁっ……」 舌で裏筋への刺激を与えながら、先ほどより更に深く俺の亀頭を呑み込むようなストロークを繰り返す。 ディープ・スロートに近いその行為の気持ち良さは本当に経験者のそれを思わせるほどだった。 「ぴちゃっ……ちゅ、ん……んんっ……んむっ…… ちゅっ、んんぅ……んふぁっ……」 「ふぁっ……んっ……ちゅっ、ちゅぶっ、ちゅぱっ…… じゅるっ、んっ、んぅ、ふっ、じゅちゅっ……」 唾液が灯の顎を伝い落ち、床に小さな水溜りを作る。 しかし灯はそれをぬぐおうともせず、一心不乱に頭を動かし、俺のモノを舐めしゃぶっていた。 「ぷちゅっ……ん、ふぁっ……あむっ……くちゅ…… んぅっ……くちゅっ、ちゅっ……ん、ちゅるっ」 「んちゅっ、ちゅっ……んんっ……ちゅぷっ…… ずちゅっ、じゅっ……ちゅぱ、ちゅうぅっ……」 「ちゅるるっ、ちゅっ……じゅっ、ずちゅ……ちゅぱっ ……んんっ、んっ、ん……んむっ……」 ひたすら繰り返される口内への挿入と、精液を導くような両手の扱きで、激しい射精感がこみ上げて来る。 前回のフェラは、憧れの先輩がしてくれると言う状況での快感と言う割合が大きかったが、すでに別物と言っていいほどのものだった。 「先輩っ! それ、やばいっ……!!」 「ちゅぷっ、くちゅっ……ふぁ……んっ……れるっ…… ちゅるっ……んっ……ちゅっ……」 「ん……んちゅっ……んふぁ……はぁ……んっ…… くちゅっ……れるっ……んふっ……」 少しつらそうな表情を浮かべながら、それでも灯は俺の性器を放そうとはしなかった。 「んっ……すごい……くちの中で……びくんびくんって ……はねて、まふっ……んっ……くちゅっ……」 間も無く爆発するであろう脈動を感じながら、限界までそれを抑え込み、溢れるほどの快感に溺れる。 「んちゅっ、ちゅぅっ……あむっ……ぢゅるっ…… ちゅるっ……んっ……んふっ……」 「ちゅむっ、れるっ……んぷっ、んぷっ、んぷっ…… ずるっ……んぁ……ん、ん、ん、んっ……」 「んぷっ……ちゅっ、ちゅぱっ……ぴちゃっ、んちゅっ ……あむ、ん……くちゅるっ……んふ……」 射精を催促するかのように、灯の舌が激しく俺の性器を搾り上げる。 「うあっ……せ、先輩……俺、もう……」 「んふぁっ……いいんですよ、天野、くん……ちゅぷ…… 我慢しなくても……ちゅっ、ちゅぱっ……」 「お姉さんが、全部……んむ……受け止めて……んっ…… あげますから……じゅるっ、ちゅううっ……」 「んふぁ……ちゅる、くちゅっ……ちゅっ、ちゅっ ちゅるっ……んちゅっ、ちゅぷ、ちゅるっ……」 「ちゅぷっ、ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ…… ん……はぁっ……ちゅぷっちゅぱっちゅむっ……」 俺の限界が目前まで来ている事を察して、灯が全てを受け入れるように、ラストスパートをかける。 「だめだ、先輩っ! もう出るっ!!」 「じゅるっ、んぅ……ちゅっ、んっ、んふぁっ!」 「くちゅっ、くちゅっ、ちゅるっ、ちゅっ、ちゅっ!!」 「んっ……ちゅうううぅぅぅぅぅぅっ」 両手での激しい前後のストロークと、俺の精液を搾り出すような吸引に導かれ、限界まで溜めた精液を、一気に爆発させる。 「んちゅっ、ちゅううぅっ……じゅるっ……じゅっ!」 「んぁっ……きゃあっ!?」 俺の激しい射精の量に驚いて、灯がその口を離す。 「んっ……すごっ……飛び散って……んふぁあっ!?」 しかしそれを逃がさないと言わんばかりに、扱き続ける手の動きに合わせて勢いよく精液が飛び出し、灯の顔を直撃する。 「んんんぅっ……あはっ……んぁっ……ま、まだ出て…… んんっ……はぁんっ……」 ドクドクと発射し続ける精液を、笑顔で受け入れる灯。 その口を精液が満たしていく様は、あまりにも淫猥でクラリと来るほどの光景だった。 「んっ……ちゅっ……天野くんの精液で、口の中…… いっぱいです」 「ほんと、すごい量です……顔にかかっただけじゃなくて ……口の中まで、んふぁ……いっぱいです……」 「はぁ、はぁ……だって、先輩が上手すぎたから……」 「ふふっ……嬉しいです……んくっ、んくっ……」 「せ、先輩っ!?」 恍惚の笑顔を覗かせた灯が、嬉しそうに口の中へと飛び込んだ精液を嚥下する。 「ん……くちゅ……ずっ……じゅるっ……ちゅぷ……」 指についた精液さえ、先輩は満足げにしゃぶってくれた。 「嬉しいこと言ってくれた、お礼です」 「ホントは飲んだりしないんですけど……特別ですよ?」 「先輩……」 小さな口から唾液と精液が入り混じった筋を垂らしながら妖艶に微笑む灯を見て、俺は再び下半身を反応させる。 「もう、信じられないです……これだけいっぱい出して まだ満足してないなんて……」 「先輩のそんな姿を見たら……誰だって反応しますよ」 「ふふっ……それじゃ、私の方も準備出来てますから…… 天野くんの好きなように、抱いて下さい」 そう言うと灯は、いつの間にかずらしていたパンツをぱさりと床へ落として、濡れそぼった秘所を俺の方へ向けてきた。 「行くよ、先輩……」 「はい。来て下さい、天野くん……」 <観覧車でH その2> 「感極まった私たちは、そのまま前戯だけで止められる はずもなく、えっと……最後までしちゃいました」 「す、すごく気持ちよくて……深いつながりを感じて…… みんながエッチを好きだって気持ちが、少しだけですが 理解できた気も……」 「と、とは言え、あくまで恋人同士での行為に限定です! 見境無く、女性をそう言った目で見るのが最低なのは 変わりませんからねっ!」 「んああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」 ぐっしょりと濡れた柔肉を押し広げ、硬く張った俺のモノが、灯の膣内にズブズブと埋もれていく。 ゴンドラの窓に身体を押し付けた灯の背中が、快感で弓なりに反り返る。 「んぁっ……あ、天野くんの、すごい……んんっ! わ、私の中に、全部はいって……んっ!」 「んんっ! あっ、ん……ふぁっ! あん……んっ!」 「あっ……あ、んぁっ、ん、ふっ……あ、あまのくん ……いいです……もっと、つ、ついてえぇっ……」 切なげにねだる灯の膣内を、下からえぐるように突き立てる。 「んぁんっ! ん、はっ……あ、あぁぁっ……」 「やっ……は、はげし……んぁっ、あっ、うあっ」 「天野くん……あ……んぁっ! んあぁぁぁっ!」 俺が腰を突き出すたびに、夕日を受けて輝く汗や愛液が珠のように飛び散る。 その淫靡にして幻想的な光景が、俺の興奮をさらにかき立ててゆく。 「んっ……あくっ! うぅんっ、んっ、あ、あぁっ…… あああ……んぐっ、んっ、んぁっ」 「んふぁっ……や、あ……ひぅっ! だ、だめです…… ぬいちゃ……んんんっ!!」 うねるように膣壁をぬめらせつつ、灯が必死に俺のモノを離すまいと求めてくる。 「ん、くっ……わ、わがままなお姉ちゃんだなぁ……」 「だ、だって……ん、あんっ! あ、天野くんだって ……さ、さっき出したくせに……もう、こんな…… が、ガチガチに……んっ、ひぁんっ!」 「しょうがないだろ……先輩の中、ぐちゃぐちゃで…… さっきから、すげーエロいんだからっ!」 「い、いじわるなこと……んんっ! い、いわないで ください……あっ、んぁっ……あはっ!!」 すでに狭いゴンドラの中は、俺の出した精液と先輩から溢れる愛液……そして二人の汗の匂いでいっぱいだった。 息を吸うたびに肺を満たすそれは、まるで媚薬のように俺たちをさらなる快楽の世界へと誘う。 「あぁ……うぁんっ! あ、あまのくん……んっ…… い、いいです、これっ……んああぁっ!!」 「わたし、気持ち、よくてぇ……んぁあぁぁぁっ! どうにか、なっちゃい……そうですっ……!!」 じゅぷじゅぷと言ういやらしい音を立てる接合部をひたすら前後へストロークさせる。 「ぐっ……。先輩の膣内も、あったかくて……すげえ 気持ちいい……っ!!」 「んんっ! ほ、本当ですか……? うれし……んっ!」 「んあっ……はぁっ、ん、んぁっ……んぅ……んあぁっ! 好きぃ……天野くん……だいすき、です……っ!!」 「俺も、好きだ……先輩の顔も、声も、身体も、心も…… 全部、大好きだっ!!」 灯の想いに応えるように言葉をぶつけ、腰を掴んで張りのあるヒップに、下腹部を勢いよく叩きつけた。 「やあっ……こんなのっ……すごっ……んんっ!!」 「はぁんっ……気持ち、いいっ……んはぁっ!!」 「先輩……ここ、ガラス張りだから……外から丸見え…… なんだよなっ……」 「んああぁっ!? そ、そんな……それっ……あぁんっ! も、もっと早く……言って、くださっ……はぁん!!」 「天野くん、以外に……こんなところっ……んあぁっ!! 見られるの、嫌……なのにぃっ!!」 徐々に下へと降り始めるゴンドラに、誰かが気づいてしまうかもしれないと言うスリルで、俺はより興奮を覚えていた。 「そっか……それじゃあ、ここで止めるか?」 「えっ……?」 痺れるほどの快感を感じつつ、灯の膣を思いきり突き上げながら、心にも無い提案をしてみる。 「やあぁっ……そ、そんなの……も、もっと……」 「ん? なんだって?」 「も、もっとぉ……して、くださいっ……! んぅっ!! あ、天野くんの……欲しい、ですっ!!」 「でも、ほら……もう大分高度も下がってきたし、誰かに 見つかっちゃうかもしれないぜ?」 「んんぅっ……いじわる、言わないで……くださいっ! わ、私……もう、気持ちよくて……腰、止まらな…… いんです、からぁっ!!」 誰かに見られてしまうかもしれない禁忌が、灯の感情を昂らせているのか、秘所を締め付けながら自分から腰を振り始める。 「ん、や……あんっ……ひっ、あんっ! ん、ふぅ…… だ、だめ……んんんっ! ん……ふぁ、んんぅっ!」 「こんなの……わたし、どうにかなっちゃい、そうで…… くうううぅぅぅん……はぁんっ、んはあぁんっ!!」 「ふあぁっ……んっ! 天野くん、もっと、んぁっ…… お、奥まで……はあぁんっ!!」 「ああ! これで……どうだっ……!!」 「ふあぁぁっ! あ、天野くん……それぇ……っ! あぁ、はぁんっ! 気持ち、いいです……!!」 「先輩の方こそ……反則だっての……!!」 灯の子宮口が、まるでフェラ○オの続きをするかのように俺の亀頭に、キュウキュウと吸い付いてくるような動きに思わず腰砕けになる。 「いいですよ……はぁっ……出して、ください……っ! 天野くんの、熱いの……今度は私のお腹にください!」 俺から残り全ての精液を搾り取ろうとせんばかりに灯が腰を振って、俺に膣内射精をねだる。 「ダメだ、先輩……それじゃ、また俺だけ気持ちよく…… 俺だって、先輩のこと、最高に気持ち良くしたい!」 「んっ、あんっ、んあぁぁっ! あ、天野くん……」 灯の膣へと全てをぶちまけたい衝動に駆られつつも俺は自分の意志を示す。 「だから、先輩をイカせたいんだ……」 「俺、先輩と一緒にイキたい……」 「あまの、くん……」 高まる射精感を誤魔化すように、俺は下腹部に力を入れ暴発しないよう、慎重に腰を動かし始める。 「んっ……あぁっ……やっ、これ……んんぅっ!!」 今までとは違うゆったりとしたストロークに、灯が音色の違う甘い声を上げる。 「天野くん、きゅ、急に優しく……うんっ、んん…… はぁっ……ん、あぁっ……やああぁっ……」 ゆっくりと、しかし灯の膣全体を擦りつけるように深いストロークを、何度も繰り返す。 「あぁんっ……んっ、ふぅっ……んぁ……やぁっ…… あ、あまのくん……こんなの、わたし……」 「……気持ちよくない?」 俺の問いに、灯はふるふると首を横に振る。 「ぎゃ、逆です……お腹の奥が痺れて……あったかくて…… 私、とけちゃいそうです……んはあぁっ!!」 口の端から涎を流し、カクカクと膝を震わせて快感の波に耐えているようだった。 「俺も、こうしてると、先輩に包まれてる感じがして ……すごく気持ちいいんだ……」 「んんっ、あぁん……嬉しっ……んああぁっ……! はぁっ……んっ、んんぅ……も、もっとたくさん ……気持ちよく、なってください……はぁん!」 その言葉に応えるように、俺は角度をつけた大きなグラインドで、腰を前後へとピストンさせる。 「はぁっ、あっ、あ、ぅんっ! んっ、んっ、んんっ…… あぁんっ、んはぁっ……やぁ、あ、あまのく……」 「んっ、あぁぁぁん! んくっ、は、んああぁっ…… やぁ……んっ……はぁ、あっ、んああぁっ!!」 緩急をつけるように、様々な角度から深い突きと浅い突きを繰り返す。 膣壁をしつこくねぶるような不規則な刺激に合わせ灯が艶やかな声を上げる。 「はぁ、はぁ……くっ……先輩……」 「あ、あまのくん……ん、んぁっ!」 「い、いまは……あ、あかりって呼んでください……」 感極まった灯が、両目に涙を浮かべながらそんなお願いをしてくる。 「あかり……灯……灯っ!!」 「んぅぅ……か、かけるさん……翔さん……翔さんっ!」 狭いゴンドラの中で、すがるように名前を呼び合い俺たちは互いに高め合っていく。 「んんぅっ!! はあぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「はああぁっ……も、だめぇっ……気持ち、いいっ…… あはぁんっ! やああぁっ! すごっ……あぁん!」 胸が張り裂けるほどの愛おしさを抱え、俺はただ二人の快感のためだけに、獣のように腰を動かし続ける。 「んぁぁぁっ……んっ、ひぅんっ……す、すごい……」 「まだだ、灯……もっと深く……灯の一番奥まで…… 俺のモノにしたいんだっ!」 「はいっ……好きなように、抱いてください……んぁ! 私は……わたしは、翔さんになら、ぜんぶ……んっ! 捧げます、から……ふあぁぁぁっ……!」 互いの体液で出来た水溜りで灯が滑らないよう、俺はがっしりと彼女の細いウェストを抱える。 狂ったように腰を打ち付けるたび、スレンダーな灯の身体が激しく前後に揺れる。 「翔さん……翔さんっ……もっと、抱きしめてください ……私が、どこにも行かないように……っ!!」 「ああ!! 灯は俺がしっかり支えてるから……だから どこにも行かせない……!!」 灯の望むまま、俺は抱きしめるように彼女の身体を包み込み、ただがむしゃらに全てを求める。 「翔さんっ! あぁっ……すきっ……大好き、ですっ!」 「灯っ! 俺も……灯の事が、好きだ……愛してる!」 「ん……んぅっ! う、うれし……んぁぁぁぁぁっ!」 俺の言葉に応えるように、灯の膣内がビクビクと痙攣し絶頂が近いことを物語る。 「翔さんっ! わたし、もう……っ、んううぅっ!!」 「あ、灯、俺も……一緒にっ!!」 「んあぁ……翔さん……かける、さん……っ! 中っ…… 私の《膣内:なか》に、かけるさんの、全部くださいっ!!」 「ああっ! 行くぞ、灯っ!!」 「い、いく……イクッ! かける、さん……わたしっ! もお、イッちゃいますっ……んああぁぁぁっ!!」 「んぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 これ以上入らないというところまで腰を押し付けて灯の子宮に、大量の精液を注ぎ込む。 「んぅっ、はぁっ……あああぁ……」 「翔さんの精液が……子宮に注がれてるの……ふぁ…… お腹の中で、感じて……んんんっ!!」 いまだ絶頂の中にいるらしく、尿道に残った精液を吸い尽くそうとするかのように、灯の膣壁が、俺のモノを絞り上げるための痙攣を繰り返す。 「……あ、灯っ……」 「はぁっ……はぁっ……んんっ……あふぅ……」 ドクドクと、その欲望全てを吐き出した達成感でようやく正常な思考が戻って来る。 灯の方も少し落ち着いたのか、息を整えながら二人の結合部に手をやり、溢れる精液を指で確認していた。 「す、すごい。こんなに、出してくれたんですね……」 「ああ……灯の膣内、すごく気持ちよかったからな」 「ふふっ……これじゃ、妊娠してもおかしくないです。 もちろん、セキニン、取ってくれるんですよね?」 「いっ!?」 試すような口調で尋ねる灯の衝撃的な発言に、思わず動揺してしまう。 「そ、そんなの……当たり前だろ」 気恥ずかしくなり、そっぽを向いて答えた俺の言葉に灯は一瞬目を丸くし、微笑んだ。 「……ふふっ……よかったです……」 「それじゃあ、一生、大事にしてくださいね?」 そう言って目を瞑る灯に、そっと優しく口付けをする。 俺は、あの先輩が心から寄り添ってくれた事が嬉しくてただひたすらに、淡いキスを繰り返すのだった。 ………………… ………… …… ―――その後、俺達は行為の余韻を味わう間も無く大慌てで後始末を終え、逃げるようにして観覧車を後にした。 さすがに匂いまでは消すことができなかったのだが……これは後から乗った人達には心の中で謝るしかないだろう。 「…………ひぅっ!?」 突然、隣を歩いていた灯が、お尻を押さえて足を止める。 「どうしたんだ、先輩?」 「あ……天野くん、その……ちょっと先に行ってて もらえませんか?」 引きつった笑顔で、灯がそんな事を言う。 呼び方は、すでに普段と同じに戻っていた。 「どうしたの?」 「お、お手洗いです! いいから先に行っててください」 顔を真っ赤にして、灯が怒鳴り声を上げる。 「ト、トイレに行くのに、なんでそんな……って、あ!」 「お、大きい声を上げないでください!!」 半分泣きそうになりながら、灯が俺の言葉を遮り早歩きで立ち去ってしまう。 「そっか……そっちの後始末が残ってたか……」 「(いっぱい、中に出したもんなぁ……)」 小さくなっていく灯の可愛いらしい背中を眺めて、俺は思わず苦笑するのだった。 ……………… ………… …… <調子、狂っちゃいます> 「どうも天野くんといると調子が狂って、自分でも 知らなかった私の側面が見えてきちゃいます」 「はぁうぅっ……わ、私ってこんなにはしたない 女の子だったのでしょうか……ショックですっ」 「天野くんはそんな私を見られて嬉しいって言って くれましたけど……」 「な、何だか恥ずかしくって納得できません…… ううっ……調子、狂っちゃいます……」 「問題。三権分立の『三権』を挙げなさい」 「司法権」 「り……立法権ですわ!」 「あぁーと……んーと……そ、その二つまでは わかるんじゃが……」 「はい! 肩たたき券だと思いますっ!」 「それはさすがに違うと思いますわ……」 「ちなみに、トリ太に訊くのは反則よ」 「く、くぅっ……ここまで出かかってるんじゃが……」 「……時間切れよ。雲呑さん、正解をお願い」 「え、えぇと……『司法権』に『立法権』……それに 『行政権』でしょうか……」 「そ、それじゃっ!!」 「正解。さすがね」 「そ、そんな事ないです」 「おーっす、おはよー……って、あれ?」 「みんなで集まって、何をしてるんですか?」 俺と先輩が茶道部の朝練(?)を終えて教室に入るといつものメンバーが静香の机に集まって、ワイワイと騒いでいた。 「ほら、最近まともに勉強してないから、みんなの学力が 低下してないかと思って、簡単なクイズを出してたの」 「へえ……」 「翔もやってみる?」 鞄を置いた俺を、静香が挑発するように誘ってくる。 「いや、俺はいいよ」 「自信がないのじゃろう! そうじゃろう!」 「うっせ! 成績が悪いのはお互い様だろうが」 「いいじゃないですか天野くん。私と過ごした数日が 決して遊んで過ごしていたわけじゃないという事を 証明してあげてください」 「ええっ、乗るの!?」 この数日間、ほぼ遊んで過ごしていたというのに…… 「決まりですわね」 「しっかり答えなさいよ。翔がいいとこ見せないと 鈴白先輩の顔に泥を塗ることになるんだからね」 「大丈夫、私は天野くんを信じてますから」 「そ、そんな無条件で信じられても……」 ああ、その笑顔が今日は痛い。 「か、翔さん、がんばってください……」 「あぅっ♪」 「では第一問……」 「人間が生きていくうえで必要な三大栄養素を全て 挙げなさい」 「よかったですね、サービス問題ですよ」 「え? あ、ああ……三大栄養素ね……」 「うむ、これなら私もわかるぞ」 俺の横で、麻衣子が偉そうに頷いている。 やはり理科が絡むと、こいつは強い。 「で、答えは?」 「え、えぇっと……」 人間が生きていくうえで必要なもの……? 「……酒、女、タバコ」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「ロックンロールですねっ!」 約一名を覗いた全員の視線が、いっせいに突き刺さる。 「あ、天野くん……本気……じゃ、ないですよね?」 「え? と……当然っすよ、こんなもん、そんな…… つ、つかみっすよ、つかみ」 「そ、そうですよねっ!」 「い、一時はどうなるかと思いましたわ!」 「さすがはカケルじゃのう!」 「あはははははははははは」 「(ち、違ったのか……危なかったぜ……)」 「あぅ? 結局、答えはなんだったんですか?」 「んなもん、努力・友情・勝利に決まってんだろ!! なっ、静香?」 「そ、それじゃあ第二問、いくわよ。今度はさっきより 簡単な問題だからね?」 俺の回答は華麗にスルーされていた!! 「植物が光合成を行うのに必要なものは?」 「底辺、高さ、あとは溢れんばかりの愛、かな……」 「…………」 「…………」 「ボケに走っておるのか……それともまさか、今のが 本気の回答だったんじゃろうか……?」 「さ、さすがにそれは無いかと……」 「何、コソコソ話してんだよ……」 「だ、第16代アメリカ大統領が演説の時に言った 有名な言葉は?」 「ささやき いのり えいしょう ねんじろ!」 「……《鳴:7》《く:9》《よ:4》ウグイス?」 「ホトトギス!」 「サ、サイン、コサイン……」 「プロテイン!」 「…………」 「……ひどいな」 「ひどいですわね……」 「あぅっ♪ 全問正解っぽい雰囲気ですっ!!」 「なんなんだよお前らは! 言いたい事があるならハッキリ 言えよっ!」 周囲の空気に耐え切れず、俺が威嚇するように怒鳴り声を上げた時だった。 「天野くーん。少し、向こうでお話しましょうか」 「ひぃっ!」 突然先輩に後ろから襟をつかまれて、引っ張られた。 ……すごい力だ。 「せ、先輩、今のは違うんだ……」 「いいから黙ってついてきてください!」 「お、お前ら、見てないで助けろよ!」 「え、えとえと……頑張って下さい」 「助けろって言ったって……ねえ?」 「自業自得ですわね」 「ま、たっぷり絞られてくるんじゃな」 「恨むなら、自分の頭を恨むんだな」 「翔さん、ふぁいとですっ!」 「チクショーッ! 味方はゼロかぁぁぁーーーーー!」 必死の抵抗もむなしく、俺はそのまま教室の隅に引きずりこまれた。 「どういう事ですか、天野くん」 向かい合うなり、叱られた。そうとうお冠のようだ。 「ど、どういう事って言われても……」 「どれも簡単な問題ばかりだったじゃないですか。 どうして答えられなかったんですか?」 「おかげで私、恥かいちゃいました」 「なんで先輩が恥を……」 「当然です! この数日間、天野くんと一番長く 過ごしていたのは私なんですからね!」 『えっへん』と言わんばかりに、自信たっぷりに胸を張られた。 どうやらある種、俺への監督責任を感じているようだ。 これでは先輩というより…… 「まるで、口うるさいお母さんだな……」 「……えっ?」 俺の言葉に、先輩が目を丸くして固まった。 「いつもの優雅な先輩より、こっちのほうが《素:・》なんじゃ ないですか?」 「ななな、何を言ってるんですか!」 顔を真っ赤にして、先輩が反論する。 「私はあくまでも、先輩として心配してるだけです! お、お母さんだなんてそんな……」 「いいじゃん、日本の古いお母さんって感じで」 「ば、バカな事言わないでください!」 「先輩のそういうとこ、スキだぞっ☆」 「……っ!!」 先輩はついに黙ってしまった。 「じょ、冗談はやめてください!」 「ははっ、悪い悪い」 「も、もう……」 先輩は拗ねたように横を向き、ボソボソと呟く。 「最近天野くんといると、調子、狂っちゃいます……」 「そういう先輩の素の部分が見れて、俺はすごく嬉しいん だけど?」 「からかわないでください!」 「からかわないで……ね」 いつからだろう。そのからかいの中に、半分本気が混じるようになったのは。 他の連中には見せない先輩の飾らない姿を見ることがこんなにも嬉しいと思えるようになったのは…… そう。気がつけば俺は、会うたびに先輩のことが好きになって行っていたのだ。 「話を逸らさないでください! 今は天野くんの学力の話を しているんです!」 「あ、気づいた?」 ハッと我に返るように、先輩が話題を元に戻す。 「とにかく、今のままでは先輩として天野くんの事が 心配です!」 「へーへー」 「なんですかそのだらけた態度は! 私は真面目に 話してるんです!」 「……はいっ」 ズボンの折り目に中指を合わせ、背筋を伸ばす。 「今日の茶道部の活動は、いつもと趣を変える事に しちゃいます」 「……と、言うと?」 「ふふふふふふふふふ……」 俺の質問に答えず、先輩が不適な笑みを浮かべる。 俺は全身で嫌な予感を抱きつつも、ただ成すがままその活動の始まりを待つのだった。 ……………… ………… …… <買出しに行こう> 「掃除のことで少しは悪いと思ったのか、天野くんが 商店街に買出しに行こうと言い出しましたわ」 「仕方なく付き合ってあげた私でしたけど、天野くんの 買い物上手っぷりには思わず感心してしまいましたの」 「おかげで、今週は一冊余分に菜っ葉の専門誌を 買うことが出来ますわ」 「……そう思って本屋に行ったのですけど、これまで 見たこともない剣幕で怒られてしまいましたわ……」 「な、何もあんなに怒らなくてもいいじゃありませんの」 西の空に日が傾きかけてきた頃、俺は部屋の隅でうじうじといじけている花蓮に声をかけた。 「花蓮、いつまでそうしてるんだ。出かけるぞ」 「それはいいですわね、一人で行ってきてくださいまし。 私は捨てられそうになった可愛そうな菜っ葉ちゃんと ここで待っていますわ」 いかん、すっかり拗ねてしまったようだ。 全身から『もう帰ってくるな』オーラがにじみ出ている。 しかし、ここで甘い顔を見せては、こいつはいつまでもダメダメな一人暮らしを送り続けるだろう。 俺はあえて心を鬼にして、スパルタを貫くことにした。 「えぇい、そんなオーラに俺が負けると思ってんのか! いいから早く支度しろ!」 「そ、そんなに大きな声を出さないでくださいませ……」 しぶしぶといった感じで、花蓮が立ち上がる。 「それで、どこへ行くんですの?」 「今日は商店街に行くぞ」 「商店街に?」 「ああ。さっき腹が減って冷蔵庫を開けたんだけど 真ん中に食パンが鎮座してるだけだったからな」 「食パンに手をつけたんですの!?」 「マーガリンも無いのに誰が食うか!」 「そ、そうですの? よかった……天野くんを 殺さずにすみましたわ……」 「お前の食パンは組の金か……」 「とにかく、残りの食い物はコッパンとカップ麺だけ なんて、まともな食生活が送れないからな。今から 食糧の買出しに行くから、お前も手伝ってくれ」 「そんな……そこまでさせてしまってはさすがに 申し訳ないですわ」 「バーカ。このままじゃ、腹が減って俺がもちそう ないんだよ」 「…………」 「俺を飢え死にさせたくなかったら、早く出かける 準備をしてくれ」 「しかたありませんわね……非常な鬼教官とはいえ 死なせてしまっては目覚めが悪いですもの」 そういって、花蓮は出かけるための支度を開始した。 これをきっかけに、二人の距離も縮まればいいのだが…… ……………… ………… …… 夕暮れの商店街……時刻は六時を回った頃だろうか。 すでに買い物を終えたであろう何人かの主婦たちとすれ違い、俺たちはスーパーを目指して歩いていた。 「それで、何を買いますの?」 「とりあえずはジャムとマーガリンと……」 「とんでもない贅沢品ですわね……」 「後は米と、今夜のおかずと……それからお前 毎日とは言わないけど牛乳くらいは飲めよな。 あれは身体にいいぞ」 「お、お母様みたいなことを言いますのね」 「おっぱい吸うか?」 「セ、セクハラですわ!!」 「冗談だよ……街中でとんでもないこと叫ぶなよ……」 いたるところから突き刺さる冷たい視線を避けつつ俺たちは歩みを進めていった。 ……………… ………… …… 「驚きましたわ。天野くんて、買い物上手ですのね」 スーパーの袋を両手にぶら下げ、花蓮が尊敬の眼差しで横を歩く俺を見る。 「あそこのスーパーは、これくらいの時間になると 値引きタイムが始まるんだよ。覚えておくんだな」 「スーパー値引きタイムですのね? わかりますわ」 「繋げて言うな、繋げて」 想像していたよりもはるかに安く買い物ができたのが嬉しかったのか、花蓮はホクホク顔でビニール袋を振り回して歩く。 「るったら〜♪ スーパー値引きタイム、はーじまーり まーすわぁ〜♪」 何が気に入ったのか、ご丁寧に節までつけて歌いだす始末だ。 「ほら、袋が破れちまうぞ。危ないからもっと 静かに歩け」 まるで、休日に自分の子供を買い物につれてきた父親の気分だ。 気分よく俺の前を歩く花蓮を時々叱りながら、俺は米の袋を抱えて、その重さを噛み締めていた。 「……あら?」 ふと、花蓮が横を向いて足を止める。 何かと思って目線を追うと、そこには本屋の看板があった。 「……少し見ていっていいですの?」 「しょうがねえな……本当に少しだけだぞ」 俺はやれやれとため息をつきつつ、ようやく機嫌を直した同居人の願いを聞き、本屋へと足を踏み入れた。 自動ドアをくぐると、ほどよく効いた冷房の風が俺たちを迎えてくれる。 重い米袋を抱えたまま、夏の夕暮れを歩いてきた俺の身体にはたまらなく気持ちがいい。 「私、あっちの方を見てきますわ」 「ああ。見るだけにしておけよ」 そう俺に告げて、花蓮は雑誌のコーナーへ入っていった。 俺はというと、買いたい本があるわけでもないし両手もふさがっている。 本棚の間の狭い通路に入っていっても邪魔になるだけなので、心地よい冷房の風を浴びながら花蓮の帰りを待つことにした。 「(ただ待ってるだけってのも、退屈だな……)」 そう思い、レジの周りに並べられた最新の雑誌の表紙に視線を走らせる。 「(漫画の週刊誌にゲーム雑誌……へえ、生活雑誌  なんていうのもあるのか)」 料理やガーデニング……収納や健康など、今までなら目も留めなかった雑誌の数々を、俺は新鮮な気持ちで眺める。 「(この俺がこんなものを気にするようになるなんて  ……これもあいつのおかげかな)」 俺は嬉しそうに本棚の森に飛び込んでいったやんちゃ娘を思い浮かべる。 あいつにまともな一人暮らしを送れる力をつけさせるため、俺自身の生活能力もそろそろスキルアップが必要なのかも知れない。 「(……一冊、買っていこうかな?)」 俺が一冊の健康雑誌に目をつけ、頭の中で残金の計算を……しようとした時だった。 「お待たせしましたわ、天野くん」 「お、もう戻ってきたのか。早かったな」 二つのビニール袋を片手で持ち、空いた手に数冊の雑誌を持った花蓮が戻ってきた。 「出たばかりの新刊ですの。ちょっとマイナーだから お店の奥にありましたが、無事に入手できましたわ」 どうやらご満悦の様子だ。 自慢げに戦利品を見せびらかし、花蓮はレジへ向かおうとする。 「ところで、何を買うんだ?」 「知りたいんですの?」 「ま、同居人の趣味の一つも知っておかないとな」 「仕方ありませんわねぇ……」 そう言って、花蓮が嬉しそうに手にした雑誌を俺に突きつける。 「…………げっ!?」 「『菜っ葉通信』に『文芸菜っ葉』……こっちが 『月刊ナッパ創刊号』で『別冊少女なっぱ』も ありますわっ♪」 「今すぐ本棚に戻してこい!!」 ここが公共の場であることも忘れ、思わず本気で怒鳴ってしまった。 「えぇぇぇぇっ!? ど、どうしてですの!?」 「どうしてもこうしてもあるかぁーっ!! これじゃ せっかくスーパーの値引きタイムを狙って行っても 無駄じゃねえか!!」 「む、無駄じゃありませんわよ……そのおかげで今週は 『きょうのナッパ』も余分に買えましたのよ?」 「知るかっ、そんなもんっ!! つーか、なんで 菜っ葉専門誌がそんなにたくさんあるんだよ! マニアック過ぎるだろ、常識的に考えて!!」 本屋も本屋である。 そもそも、こいつ以外のどの客層をターゲットにしてこんな雑誌を仕入れているのだろうか。 「し、仕方ないですわね……天野くんがそこまで 言うなら、あきらめますわ」 「ちょっと待て。お前、さっき『今週は』って 言ったな?」 「ぎくぅっ!」 妙に素直に後ろを振り返った花蓮の背中に、俺は問い詰めるように言葉を投げつける。 「お、おほほほほ……そんなこと、言いましたかしら?」 「ごまかすな。……つーことは、毎週定期的に 買ってたのか?」 「あ、ほら見てくださいまし天野くん。このグラビアの 女性、キレイですわね」 「ごまかすなっつってんだろうがーーーーーっ!!」 困惑する店員の視線も無視して怒りの言葉をぶつけるとようやく観念したのか花蓮がしょぼくれた顔で白状する。 「ええ……す、少しだけでございますけれども……」 「それはどこにあるんだ? 今朝、掃除した時には 見つからなかったけど」 「押入れの奥に、保管してありますわ」 「……またゴミが増えた……」 余計な仕事ができたことを知り、俺はガックリとうなだれる。 「ゴミとは失礼ですわね! 貴方もこの本に触れれば きっと菜っ葉の素晴らしさがわかりますわ!」 花蓮が一冊の雑誌を開いて、俺の目の前に突きつける。 「なになに? 『菜っ葉が俺にもっと輝けと囁いている』 『ナッパの最前線に立ち続ける覚悟はあるか?』……」 「『モテカワナッパゎ頑張った自分へのご褒美☆』 『小松菜どころの騒ぎじゃない!』」 「……なんだこりゃ?」 様々な角度から撮られた何枚もの菜っ葉のグラビアに書かれたコピーをつらつらと読み上げつつ、俺は頭にいくつもの疑問符を浮かべる。 「……わかりまして?」 「わかるかぁっ!!」 「ほ、本当にわからないんですの……?」 「本気で『信じられない』みたいな目ぇすんな! いいから早く、元あった場所に戻してこい! 有害図書だ、んなもんっ!!」 「一週間にそんな何冊も買ってたら、雑誌なんか すぐに溜まって捨てられなくなるんだからな!」 「もう、わかりましたわよ……何もそんなに 怒らなくてもいいじゃありませんの……」 俺のあまりの剣幕に観念したのか、花蓮はしぶしぶ雑誌を持ったまま退散していく。 「一応聞いてみますけど、『週刊ヤングナッパ』 一冊だけなら……」 「…………」 「わ、わかってますわよ! ちょっと聞いてみただけじゃ ございませんの! そんな本気で睨まなくてもいいじゃ ありませんの!」 最後の方は心なしか涙声になって、ようやく花蓮は店の奥に姿を消したのだった。 ……………… ………… …… <超改造!? めまぐるしき共同生活> 「私の気持ちもおかまいなしに、強引に始まった 共同生活……当然、これからのルールを決めて いかなかければいけないのですけれども……」 「あろうことかあの男、私が保育園に行くことを 禁止したのですわーーーーーっ!!」 「なんでも、子供たちに会うのを禁じることで 私の危機感を煽ろうというのが目的らしいの ですけれど……」 「よろしいですわ! こうなったら受けて立ちます ことよ!」 「この私が本気になれば、天野くんが求める生活力なんて 一日で手に入れて見せますわっ!!」 「やっぱり、人間が住めるような環境じゃないな……」 「だから、喧嘩売ってますの!?」 改めて足を踏み入れた魔境に、俺はある種の畏怖の念を込めて呟いた。 「ま、片付けは明日ゆっくりするとして……先に 決めておかなきゃいけない事があるな?」 「共同生活を送る上でのルール……ですわね?」 「その通りだ」 足元に散らばるゴミ袋をどかし、俺は畳に腰を下ろす。 「まずは生活費。これは折半でかまわないな?」 「問題ありませんわ」 「次に食事だが……本当なら交代制にしたいところだが それじゃ訓練にならない」 「だから、最初の数日はお前に任せようと思う」 「もちろん自炊……ですわよね?」 自信なさげに、花蓮がチラリと俺をうかがう。 「まあまあ、俺もついててやるからさ。そこは気楽に 臨んでくれてかまわないぞ」 「わ、わかりましたわ……!」 自分に喝を入れるかのように、花蓮が拳を握る。 「それから、一つだけ言っておくことがある……」 「なんですの、改まって?」 「俺がいいって言うまで、しばらく保育園に行くことは 禁止する」 「えっ……ええぇ〜〜〜っ!?」 俺の言葉に、花蓮が目を丸くして固まる。 「どどど、どういう事ですの!? いくらなんでも 横暴すぎませんこと!?」 「気持ちはわかるが……まあ聞け」 突然の提案に激昂する花蓮を手で制し、俺は話を続ける。 「いいか? さっきも言ったとおり、今のお前の 生活能力では、子供たちの面倒を見る保母さん なんて仕事に就くのは100%無理だ」 「うぅっ……」 「かといって、この部屋の惨状を自覚していない お前に改善は見込めない……そこでだ」 恨みがましい目で俺を見つめる花蓮にビシッと人差し指を向ける。 「お前の生活能力が、一般的水準を満たしたと俺が 判断するまで、お前にとっての最大の楽しみ……」 「すなわち、ガキ共に会いに行くことを禁止する!」 「せ、殺生ですわぁ〜〜〜」 「え〜い、泣いたってダメだ! 立派な保母さんに なりたいんだろ?」 「そ、それはそうでございますけど……」 「だったら辛くても我慢するんだ。その気持ちが お前のバネになってくれるといいなっ!」 「なんか……最後のほう、すごく投げやりに 聞こえましたけど」 「気のせいだ。わかったら早く寝ろ! 明日は朝から 徹底的に掃除だぞ!」 「うぅっ……これも立派なお姉さまになるためですわ ……花蓮、ファイトッ!」 自らを奮い立たせるためか、花蓮はあさっての方向を見つめてギュッと拳を握る。 それでこそ、俺が心を鬼にした甲斐があるというものだ。 「さてと……それじゃ、今夜は風呂に入ってもう寝ろ。 明日から忙しくなるぞ」 「えっ!?」 俺の言葉に、花蓮が目を丸くしてのけぞった。 「お前、今日はガキどもとたくさん遊んでたからな。 汗を流して、ゆっくり休んでおけよ」 「え、ええ、まあそれはそうでございますけれど……」 口の中でもごもご呟きながら、花蓮が視線を泳がせている。 「その……そうでございますよね……二人で一つの 部屋で生活するということは……あぅぅ……でも ……だって、その……お風呂……」 「何してんだ? お前が入らないなら、俺が先に……」 「そっ、それはダメですわっ!!」 「うわっ!?」 バスタオルを肩にかけ、立ち上がろうとした俺の腰に花蓮がしがみついてくる。 「あっ……!?」 「ほら、やっぱり先に入りたいだろ? 俺に遠慮せず 入ってこいよ」 「くぅっ……わ、わかりましたわよ。お先に いただくとしますわ……」 「いってらっしゃい」 花蓮がこちらをチラチラと伺いながら、着替えやタオルなど、風呂の準備をしていく。 「覗いたりしようものなら、殺しますわよ!」 「そんなマネするかっての……いいから入ってこい!」 「さてと……俺は布団の準備をしてやらないとな」 ゴミの山を掻き分けなんとか布団二つ分のスペースを作り、家から持ち込んだ自分の布団と、花蓮の布団を畳の上に並べる。 「少し狭苦しいけど……ま、こんなもんだろ」 明日、部屋を片付ければもう少しゆったりとした寝床が確保できるだろう。 俺はある種の満足感を胸に、花蓮が風呂から上がるのを大人しく待つことにする。 「お風呂が開きましたわよ……」 やがて、全身から湯気を立たせて花蓮が浴室から出てきた。 「んじゃ、俺も入るとするか……お前はもう寝てて いいからな」 「そ、それくらいは待ちますわ」 「そうか? ま、無理はしないようにな」 そう言って俺は花蓮と入れ替わり、浴室に入った。 ……こうして、花蓮の夢をかけた一世一代のリフォーム計画が幕を開けたのだった。 「ど、どうしてお布団があんなに近いんですの!?」 「きゃぁーーーっ! 花蓮さんのエッチーーーーー!!」 ……………… ………… …… <越えられない壁> 「理想のお姉さん像に近づいた私には、料理なんて 文字通り朝飯前ですわ」 「今夜は翔さんに言われた通り、カレーを作りましたの」 「当然自信作ですし、翔さんも褒めてくれましたわ」 「それなのに……まさか翔さんがカレーを食べると 爆発する生き物だとは思いませんでしたわ……」 「…………」 夕日が沈み、まもなく夜を迎えようとする夏の黄昏時。 俺はテーブルの前に釘付けになり、脂汗をかいていた。 「さあ、何をしているんですの翔さん? 遠慮せずに お召し上がりくださいませ」 目の前には達成感からか、ホクホク顔で俺の挙動を伺っている花蓮と……謎の気泡を浮かべる皿が一枚置かれていた。 「あの……つかぬことをお聞きしますが花蓮さんや」 「なんですの?」 「俺、今日はカレーだと思って楽しみにしてたんだけど」 「そうでしたの? それならちょうどいいですわね」 「……あれ? 俺の目がおかしいのかな」 「そのカレーとやらはどこに……?」 「だから、貴方の目の前にあるのがそれですわ」 「いや、まあ、確かに形にはなってるんだけど……」 そう。今日は花蓮が食事当番の日である。 俺は課題として、もっともポピュラーな家庭料理の一つであるカレーを作らせたはず……なのだが。 「(……紫?)」 「自信作ですのよ。どうぞ一口食べてみてくださいませ」 「う、う〜ん……」 「…………(ニコニコ)」 笑顔の花蓮と、なんともいえない毒々しい色合いのカレー(?)に挟まれて、俺の脂汗は一層激しく噴き出していた。 「(ま、まあ食べ物で作ってあるんだから味はともかく  死ぬことはないだろうな……)」 いつまでもカレー(亜種)と向かい合ってても仕方ない。 俺は意を決し、スプーンを取った。 「(……えぇい、ままよ!)」 「い、いただきます!」 「召し上がれ」 そして、目をつぶりカレー(本体:姫野王寺花蓮)を一思いに口の中へと放り込む。 「……パクッ!」 そして、胃薬を求めて奔走する三分後の自分の姿を頭に思い描いた……が。 「……………………あれ?」 「どうしましたの?」 目を皿のようにして俺の動向をうかがっていた花蓮が身を乗り出して訊いてくる。 そんな彼女に、俺は感じたままの想いを告げた。 「う、うまい……というか、普通だ……」 俺の反応が考えていたものと違うのか、花蓮は頬を膨らませて釈然としない表情を浮かべる。 「褒められてるのかけなされてるのか、今ひとつ ハッキリしませんわね」 「いや、マジでいけるって! 見た目はともかく 味は普通のカレーと全く同じだよ!」 そう、一見致死性の毒物にも見えたカレーだったが異臭もしなければ味も良し。 その味は、普通のカレーライスとまったく同じだった。 「だから言ったでございましょう? 自信作だって」 「いや、驚いたぜ。まさかこんなに早く料理が上達 するなんて……おかわりが欲しいくらいだ」 「ふふふっ。そこまで言われると悪い気はしませんわね」 「隠し味は、キッチンの下から出てきた半年前の ジャガイモですの」 「ほら、この可愛らしい芽が食欲を……」 ……………… ………… …… こうして、俺と花蓮のメチャクチャな共同生活の日々はあっという間に過ぎていった。 笑い合ったり、衝突したり……時には命の危険に晒されたりもしたけれど、互いに道を模索し合う良好な共同関係になれたと思う。 ―――そして、俺たちの人生でもっとも長い10日間が過ぎようとしていた…… <近すぎて遠い距離> 「天野くんと《嵩立:かさだて》さんは、幼馴染ですっごく仲良しだった はずなんだけど、最近少し溝があるみたいです」 「天野くんは嵩立さんに避けられているように感じて いるのかもしれないけど、でも、あれって……」 「そんな嵩立さんの乙女心に気づいていない天野くんは どうにか関係を修繕したいと悩んでいるみたい」 「好きな人と長年のお付き合いがあるなんて、やっぱり 羨ましいなぁ〜……」 「私も、もっと早く天野くんと知り合っていたら 今よりも、ずっと仲良くなれたのかな……?」 隣同士の鈴木と木下とは対極とも言える位置にあるクラスの一番端にある、自分の席に着く。 「……女っ気ねぇ……」 別段不満にも思わないのは、たしかに男としてちょっと問題があるのかもしれない。 と言うか、鈴木と違ってつい最近までしょっちゅう女の子と一緒にいたせいもあるのかもしれない。 ぼんやりとそんな事を思っていると、自然と視線があいつを捉えていた。 「《静香:しずか》……」 楽しそうにクラスメイトと会話している幼馴染を見ると昔の事を思い出して、軽くため息が出てしまう。 「ん……」 俺の視線に気づいたのか、静香と目が合う。 「よう、静……」 が、それも一瞬で、友人との会話の方に戻ったらしく何となく挨拶するタイミングを逃してしまう。 「(嫌われて……は、無いよな?)」 こちらから話しかけると普通に接してくれるし今まで通りなのだが……どうにも近頃少しだけ避けられているように感じる。 以前は四六時中一緒にいたのだが、いつからか俺によそよそしい態度を取るようになり、ちょっと最近互いに距離を感じてしまっているのだ。 まぁ、思春期の訪れで何となく疎遠になってしまい自然消滅と言う、いわゆる男女の幼馴染によくあるパターンではあるのだが…… 「(う〜む……どうしたものか)」 今でも良き友人だと思っているこちらとしては少々複雑な心境だったりもするので、どうにか関係を修繕したいところである。 <逃避行> 「街を離れようと駅へ向かって歩いていく、カケル」 「でもその道を歩いているだけで思い出してしまう 鈴白先輩や私達との日々に、思わず立ち止まって 翔は涙をこらえるために空を見上げて……」 「その真っ赤な夕日が滲まないように、懸命に心を 落ち着けていた……その時だったの」 「それは、奇跡なんかじゃなくて、きっと……」 「………………」 最後にもう一度、夕焼けに染まる街並みが見たくて俺は通いなれた通学路をひた歩いていた。 「翔……早くしないと遅れるわよっ!?」 「どうしたのじゃ、カケルッ! もうへばったのか? だらしがないのう……先に競争しようと言ったのは お主の方じゃろうが」 「静香……麻衣子……」 「あぅ! 翔さん、遅刻ですっ!!」 「今日も一緒に、空を飛ぶ方法を探しましょうっ」 「……深空……かりん……」 「まったく、こんなところでサボって……何をして いるんですの?」 「フッ……サボりとは青いな、天野」 「……花蓮、櫻井……」 その景色を胸に刻み込むように、ゆっくりと歩く。 「くそっ……ひでぇよな、ほんと……」 この街は、今の俺にとって……ひどく残酷な場所だった。 どこを歩いても、そこには温かな想い出が在って―――優しすぎる繋がりは、けれどもう、どこにも無くて…… だから俺は、そんな景色に耐えられなくなって……夕暮れに染まる空を見上げた。 「……綺麗、だな……」 かつて、一人の少女が夢見た場所……その大空だけは色褪せる事無く、いつまでも眩しく輝いていた。 「……なんで……」 「なんでだよ……」 あの空のように、いつまでも変わらないと信じていた。 学園へ行き、みんなで空を飛ぶ方法を探して……ハチャメチャだけど、心安らぐ日々で。 ずっとずっと……そんな日常が続くのだと、信じていた。 「なんで……こんな事になっちまったんだよ……」 決して戻れない失ってしまった日々が俺の胸を苦しめ溢れそうになる涙を、必死に堪える。 そう……本当は、解っていたのだ。 他の街へ行ったとしても……それはただ、この過酷な現実から逃げようと足掻いているだけで…… あの輝いていた、楽しかった日々は戻って来ないのだと言うことを。 「…………」 気がつくと、俺の足は止まっていた。 この街を出たとしても……きっとこの悲しい現実は俺を苦しめ続けるだろう。 ならば、いっそ……この街で――― 「青、か……」 夕暮れに染まる横断歩道の中、目の前の信号だけが青く光り、その存在を主張していた。 「……もう……いいよな……」 携帯は、置いてきた。 万一、俺の様子が変だと櫻井が気づいてみんなと一緒に探してくれたとしても……この場所にいるなんて絶対に解らないはずだ。 「……ごめん、みんな……」 信号が赤になったら……ただ、前へ歩き続ける……ただそれだけで、壊れてしまった日々に、終わりを告げられる。 そうすれば俺は、幸せだった思い出を抱いたまま……ずっと、その記憶の中にいられる。 「……灯……」 最期に、今はもう遠く離れてしまった最愛の人を思い浮かべる。 そして―――信号が、赤に変わった。 目の前を車が激しく行き交う。 後は、ただタイミングを見計らって、飛び込むだけだ。 これで……楽になれる。 「……え?」 前へと踏み出そうとしたその時、俺の背後から人々のざわめきが起こる。 「……なんだよ……何なんだよ、いったい……」 俺の意識を引き止める騒ぎに、僅かな苛立ちを覚える。 振り返ったそこに、何があろうとも……死んでしまう俺にとっては、意味の無いものだった。 「…………」 なのに俺は……なぜか、その足を止めていた。 例え、この世のどんな光景であろうとも……失われた輝かしい日々の代わりには、ならないというのに…… 気がつくと俺は―――振り返っていた。 「―――翔さんっ!!」 その……どんな光景をも超える『奇跡』と、逢うために。 「な……」 俺とは何の由縁も無い、この場所で…… 「そ……んな……」 いくら探したって、探し当てられるはずのない場所で…… 「な、んで……?」 なのに…… なのにそこには、ボロボロになりながらも、真っ直ぐに俺の元へ向かって歩いてくる灯の姿が在った。 「……翔、さん……」 遥か遠くへ落とした白杖すら無く、暗闇の世界にいる灯が……怪我をした足を引きずりながらも、歩いてくる。 「……あか、り……」 灯は、一歩、また一歩……ゆっくりと歩み寄り――― そして…… <遅すぎる告白> 「動物園からの帰り、私を慰めるためにデートへ 誘ってくれたカケルにお礼を言ったの」 「でも、カケルは突然『違う』って言い出して……」 「そんな私に、カケルは突然、真剣な顔で 告白してきてくれたの……」 「私のことが……好きだって……」 「突然の告白だったけど、私は自然と受け入れたわ」 「きっかけは同情からなのかもしれないけど…… それでも、女の子として、恋人として私の事を 見てくれてたのは、すごく嬉しいし……」 「それに私だって、ずっと前からカケルのこと……」 「ありがと、カケル……私も好きだよ」 「うぅ……カケル、ゴメンね……」 すっかり日も暮れた、動物園からの帰り道。 退園してからの静香はずっとこんな調子で、何度謝られたか数えだしたら、キリがないほどだ。 「は……はは……気にするなよ……」 カバ疲れ(?)していた俺は、もはや乾いた笑い声で答えるのが精一杯だった。 「今度から、カバさんを見る時は一人で行くから……」 「いや、そこまで気にする事ねーだろ。気にするなよ。 これだけ長い間一緒にいても、お互いに知らない事 まだまだあるんだってのも解ったしな」 「そ、そうかな……それじゃ、また明日にでも……」 「すみません、さすがに連日はカンベンして下さい」 「そ、そうだよね。ごめん……」 もしここで頷いてしまえば、毎日動物園に通い詰めてしまうことになりそうだったので、さすがに断っておく。 「っと、もう俺の家か。送っていかなくて大丈夫か?」 「うん、大丈夫」 「ならいいけどさ……気をつけて帰れよ」 「うん……」 「……それじゃ、また明日な」 俺は静香に手を振って、彼女に背を向ける。 「……待って!」 「どうした、何か忘れものか?」 「その……今日は、ありがと」 「なんだよ、改まって……?」 「だって、翔……隠し事下手だから」 「え?」 「その……今日って、私を慰めるために連れ出して くれたんでしょ?」 「……普段なら、絶対にデートなんて言わないもんね」 「…………」 「いろいろ心配させちゃったみたいで、ごめんね」 「でも、翔のお陰で元気が出たよ。すごく楽しかった。 ……だから、ありがと」 「静香……」 そうして微笑む彼女が告げた言葉に、俺はどこか違和感を感じていた。 最初は、早く元気を出してほしかったから……いつもの静香に戻ってほしかったからだった。 けど…… 「たしかに俺がお前を誘ったのは、元気付けるためだ」 「ホント、お人好しよね……ただの幼馴染にまで気を 回すこと無いじゃない」 けど、楽しかったのは、静香だけじゃない。 俺自身が、静香の隣にいることに喜びを感じていた。 「……ただの幼馴染じゃ、ねえよ」 「え……?」 静香の顔を、少しでも長く見ていたかった。 いつだって俺の前では、元気な静香でいて欲しかった。 「お前は俺にとって、大切な幼馴染だけどさ……」 そして俺は、ようやく気付いたのだ。 俺は……どうしようもないくらい、静香の事が好きなのだと言うことに。 「それだけじゃねーんだよ」 「それって……」 「俺は、お前のことが好きなんだ」 「……え?」 あまりにも自然に俺の口から出た言葉に、理解が追いついていないような呟きで応える静香。 「自分でも不思議なんだけどさ、気づいたんだよ。大切な 友人としてだけじゃなく、もっと特別な感情を、お前に 抱いていたって事に」 「…………」 「だから、その……もしよかったら俺と付き合って くれないか?」 「幼馴染としてだけじゃなく、恋人としてさ」 「……っ……」 静香が息を呑み、ぴしりと硬直したように驚く。 その瞳で、俺の言葉が本気である事を悟ったのだろう。 「…………」 「……今更」 「え……?」 「今更なに言ってるのよ、バカ……」 沈黙を破った静香の口から漏れたのは、否定の言葉で。 「そ、そうだよな……突然こんなこと言っても無理なのは 分かってるつもりなんだが……それでも俺は―――」 けれど彼女の行動は、俺を受け入れるものだった。 「……決まってるじゃない……」 「え?」 気がつけば俺は、静香に強く抱きしめられていた。 「し、静香……?」 「良いに決まってるじゃない、バカ!」 「ま、マジで!?」 「何でここまで来て、ダメだなんて思うのよ?」 「だ、だってだな……ケンカもしちまったし、今ごろお前が 好きだって気づくような甲斐性なしだし……」 「それじゃ、私が嫌いな人とデートに行くと思う?」 「それは……」 「んもぅ、ほんとバカなんだから」 「静香……」 そう言うと静香は、嬉しそうに俺の傍でそっと瞳を閉じる。 「……ん……」 その答えを受け取るように、俺は静香を抱きしめて優しく唇を重ねた。 それは、とてもぎこちないものだったけれど……『幼馴染』と言う二人の距離を縮めるのには、十分な行為だった。 ……………… ………… …… <鈴木と木下の世界一周旅行 その3> 「鈴木さんからの写メールが翔さんの携帯に届いた みたいです」 「鈴木さんが言っている場所と写真の場所は どう見ても違うところですけど……」 「あぅ……何か勘違いしているんでしょうか?」 「うーむ……」 「あぅ? 翔さん、どうしたんですか?」 「いや……どっかで見た事があるようなエアメールが また届いてたんだよ」 「お手紙……ですか?」 「ああ。っつーか、このやりとりも激しくデジャヴな」 「あぅ?」 「(もう忘れてるし……)」 俺は溜め息をついて、エアメールをどうするか迷いながら結局、一応見ておく事にして封筒を開けてみる。 「えーと……」 『マイネーム・イズ・スズキ! 私は鈴木です。死ね』 「日本語訳に心境が混じってるぞ……」 『俺と木下は今、色々あってホノルルにいるんだ。 ほんと、大変だったぜ……写メを送っとくわ』 「うおっ!? なんかメールが来た!?」 「あぅ……写メールみたいです」 「っつーかこれ、どう見ても香港だよな……」 「香港ですね」 「ホノルルじゃねえし……」 俺は携帯を見なかった事にして、再びエアメールへと視線を戻す。 『ラスベガスでは予定通りに儲けまくったんだけどな。 なぜか変な男共に囲まれちまったんだ……』 『危うく死にかけたんだが、偶然こっちで知り合った 消費期限ギリギリのダニーって奴に助けられたんだ』 「誰だよ……」 「あぅ……すごい通り名です」 『その二つ名の通り、ダニーの動きはマジすごかったぜ。 あれは、まさに消費期限ギリギリだったな……』 『そんなこんなで俺たちはダニーの助けを借りて、どうにか ラスベガスを抜け出して来たんだ』 「よく解らんが、生きて帰れたんだな」 『お陰で金髪美女はゲットできなかったぜ……ちっ。 だが、次こそは必ずウハウハで酒池肉林だ!!』 『てなワケで、始業式まで首を洗って待っていやがれ!』 『世界一のマイ・ネーム・イズ鈴木様より』 「…………」 相変わらず意味不明な鈴木のエアメールを、俺は再びビリビリと破き捨てる。 「さらば鈴木、土へと還れよ……」 「あぅあぅあぅ?」 俺はしきりにハテナマークを浮かべているかりんを無視してそのまま学園へと向かうのだった。 ……………… ………… …… <鈴木と木下の世界一周旅行 その1> 「朝、天野くんがポストを覗くと、そこには 鈴木くんからのお手紙が入ってたよ〜」 「ポストカードに、鈴木くんと木下くんの写真が 印刷してあったよ〜」 「ふえぇっ!? ほ、ほんとーにこの夏休みを利用して 傷心旅行に行っちゃったの!?」 「手始めに、まずはラスベガスに行ったらしいけど…… いきなりすっごく危なっかしい雰囲気だよ〜」 「なんか死亡フラグ立ててるし、とにかく心配だよ〜 木下くんが頑張らないと色々と大ピンチだと思うし 大丈夫かなぁ? 二人とも……」 「ふう……今日もいい天気だな!」 気持ちの良い朝日を浴びて、俺は思いきり背伸びをする。 「最近暑かったけど、今日は涼しいくらいだな」 朝だからと言うのもあるだろうが、久しぶりの爽やかな一日の始まりに、自然とテンションが上がってしまう。 「ん……? 封筒だ」 目に入ったポストに、珍しく誰かからの手紙が入っていることに気づいた。 「親父か?」 手紙を手にとって見るも、差出人の名前が無いのでそのまま開いて中身を覗くと、そこには誰かからの写真と手紙が入っていた。 「なになに……」 『《拝啓謹啓急啓草々:はいけいきんけいきゅうけいそうそう》 天野へ。例の彼女たちとは よろしくやってるか? 死ね。鈴木だ』 「どんな書き出しだよ……しかも最後間違ってるし」 どうやら、読む価値すら怪しい鈴木からの手紙だったようだ。 『俺と木下は今、この夏休みを有意義なモノにするため ちょっとした傷心旅行に出かけている』 「ほんとに行ったのか、あのバカ……」 木下も危なっかしくて同行したんだろうが……哀れだ。 『とりあえずはラスベガスにでも行って、一発当てて ウハウハになりつつ、金髪美女達でハーレムを作る 予定だぜっ!!』 どう見ても『とりあえず』でやれるレベルじゃないぞ。 『お前の両手に華なんて屁でもねえ。俺はハーレムだ! ざまあねえなコノヤロウ!』 『っつーことで、始業式を楽しみにしてるんだなっ!』 『P.S.俺、帰ったら金髪美女と結婚するんだ。 《敬具謹白草々:けいぐきんぱくそうそう》かしこ ゴッド鈴木様より』 爽やかな顔のまま遠くを見て、俺はそっとその手紙をビリビリに破く。 「鈴木……短い付き合いだったけど、俺……お前といた 今までの日々も、嫌いじゃなかったぜ」 死亡フラグを立てまくっている鈴木への、お別れの葬送曲を心の中で奏でつつ、俺は青空を見上げる。 爽やかな朝を台無しにされたが、それでも変わらず空は青かった。 「じゃあな、鈴木……」 俺はかつての友に別れを告げると、学園へ向かって歩き出すのだった。 <鈴木と木下の世界一周旅行 その2> 「この前、傷心旅行に外国へ行ってしまった 鈴木さんたちからの手紙が届きました」 「あぅ……本当に海外まで行ってしまうなんて そんなにショックだったんでしょうか……?」 「どうしたんですか? 翔さん」 「ん……? ああ、ちょっとな」 先ほどから黙り込んで歩いている俺を心配して、かりんが気遣って声をかけてくれる。 「悩み事でしょうか?」 「んな大げさなモンじゃないんだけどな……コレだよ」 俺はそう言って、ひらひらと1枚のエアメールをかりんに見せる。 「お手紙ですか?」 「ああ。差出人の名前が無くてな……何となくだが とてつもなく嫌な予感がするんだよ」 「あぅ……バナナとかですかっ!?」 なぜバナナ!? 「いやいやいやいや、普通そこはカミソリとか言う ところだろ」 「カミソリバナナですか?」 「まずはバナナから離れろ。話はそれからだ」 「カミソリですか?」 「バ……くだん、とか」 「いや、ある意味そう言う脅迫の類よりも恐ろしい 『何か』のような気がするんだ……」 「とは言え結局、開けない事には始まらないんだよな」 俺は意を決して中身を覗くと、そこには誰かからの写真と手紙が入っていた。 「なになに……」 『《拝啓謹啓急啓草々:はいけいきんけいきゅうけいそうそう》 天野へ。例の美人な彼女とは よろしくやってるか? 死ね。鈴木だ』 「どんな書き出しだよ……しかも最後間違ってるし」 「あぅ! 美人だって言ってますよっ!!」 「あいつは性別がメスならみんな美人って言うんだ」 「そうなんですかっ!?」 いや、信じるなよ…… 「ってか、あいつからの手紙かよ……」 なぜ直接会いに来ないのかは疑問すぎるが、ひとまず手紙の続きを読んでみることにした。 『俺と木下は今、この夏休みを有意義なモノにするため ちょっとした傷心旅行に出かけている』 「ほんとに言ったのか、あのバカ……」 危なっかしくて木下も同行したんだろうが……哀れだ。 『とりあえずはラスベガスにでも行って、一発当てて ウハウハになりつつ、金髪美女達でハーレムを作る 予定だぜっ!!』 「卑猥ですっ!」 「卑猥だな」 って言うか、どう見ても『とりあえず』でやれるレベルを超越しているぞ。 『お前の美人な幼な妻なんて屁でもねえ。屁でも……ぐっ! 目から汁が溢れてきやがった!!』 「強がってるだけかよ……」 『とにかく、俺はパツキンハーレムだ! ざまあねえな コノヤロウ!!』 『と言う事で、始業式を楽しみにしてるんだなっ!』 『P.S.俺、帰ったら金髪美女と結婚するんだ。 《敬具謹白草々:けいぐきんぱくそうそう》かしこ ゴッド鈴木様より』 「あぅ。新学期が楽しみですねっ」 「……ふう」 爽やかな顔のまま遠くを見て、俺はそのエアメールをビリビリに破く。 「鈴木……短い付き合いだったけど、俺……お前といた 今までの日々も、嫌いじゃなかったぜ」 死亡フラグを立てまくっている鈴木への、お別れの葬送曲を心の中で奏でつつ、俺は青空を見上げる。 爽やかな朝を台無しにされたが、それでも変わらずに空は青かった。 「じゃあな、鈴木……」 俺はかつての友に別れを告げると、学園へ向かって歩き出すのだった。 <鈴木と木下の世界一周旅行 最終章> 「学園へ向かっている途中で懐かしい気配がしました」 「どうやら移動カイシくんたちが、翔さんに用があった みたいです」 「渡されたのは、どうやら旅に出た鈴木さんたちからの 手紙だったみたいです」 「無事に生き延びることが出来れば、夏休みが明ける 頃には戻って来れそうらしいです」 「……《尾行:つ》けられてるな」 かりんと一緒に学園へと向かっている途中、何者かの視線を感じ、俺はボソリとつぶやいた。 「えぇっ!? な、何者ですか!?」 「振り向くな。一人……いや、二人か」 「な、なんで私達を……?」 「とにかく、何も気づいていないフリをしてあそこの 曲がり角まで行くぞ」 「あぅ……らじゃっ!」 「へっ、この緊張感……背中がざわざわと騒ぎやがるぜ」 小さく敬礼をするかりんを引きつれ、俺はさりげなく追跡者の死角となる角を曲がる。 そしてギリギリまでそいつらを引きつけるべく、気配を殺して、電柱の物陰にへばりつく。 「に、逃げないんですか……?」 「いや、逆にこちらから打って出る」 「そして、いったい誰が何のために俺達を尾行してるのか 聞き出すんだ」 「あぅ……わかりました、私も覚悟を決めます」 俺とかりんはいつでも飛び出せるよう、息を殺して物陰に身を潜めた。 一歩、二歩……追跡者の足音が近づいてくる。 そして…… 「ん……? お前ら―――」 「あぅ……まさか……」 その正体を突き止めるべく待ち伏せしていた俺はすぐに追跡者が見知った顔だと言う事に気づく。 そこに立っていたのは、カイシくんとその友人……相変わらずのつぶらな瞳が印象的な三善だった。 「くそっ……どおりで背中がざわざわした訳だぜ……」 「どうしたんですか、お二人とも? 私達に何がご用が あったんですか?」 かりんが二人の元へ駆け寄り優しく訊くと、カイシくんがポケットをまさぐり、何かを手渡しているようだった。 「あぅ……お二人とも、これを渡すのが用件だった みたいです」 「なんだそりゃ?」 戻ってきたかりんが持っていたのは、どうやら消印が無いエアメールのような封筒だった。 「お手紙……のようですね」 「手紙? 手紙ってまさか……」 「あの、これ誰から……って、あ、あれ?」 俺達がカイシくん達の方を振り向くと、すでに二人は立ち去っていて、影も形も無かった。 「な、何だったんでしょうか……」 「それより、開けてみるか」 俺は嫌な予感を感じつつも、かりんからエアメールを奪い取り、思いきって封を切る。 「あぅ……写真が入ってます」 中からは手紙らしきものと、一枚の写真が出てきた。 「あ、なんかもう捨ててもいい気がしてきた」 「ええっ!? 読まずに捨てるんですかっ!? そんなの良くないですっ」 「チッ……」 ヤツからの手紙だと確信して、面倒臭さを露骨に爆発させ、俺はしぶしぶと手紙に目を落とす。 『《以心伝心:いしんでんしん》採れたて斬新、天野へ。お前という影武者を 立てた真の主人公・鈴木だ。死ね』 「あぅっ!? お、落ち着いてください翔さん!! いきなり手紙を破ろうとしないでくださいっ!」 「……チッ……!」 ひときわ大きな舌打ちを鳴らし、俺は再び手紙を読む。 『日本は暑いか? 俺らは、もっと暑い中東の国に いるんだが、少々大変なことになってる』 「何してんだお前らは……」 『モテる男になるために、己を鍛えるべく外国の部隊に 傭兵として入隊したんだが、ひょんな事から民族紛争 ってヤツに巻き込まれてな』 「入隊するからだろ! 本当に何してんだお前らは!」 「い、生きて帰って来れるのでしょうかっ!?」 『今こうしてこの手紙を書いている間も、多数の銃弾が 飛び交い……があぁっ、ミッチェルが撃たれた!』 『なんで事だ……ミッチェルは俺をかばって……畜生! こんな悲劇が、いつまで繰り返されるんだっ!!』 「お前がそんなところで手紙書いてるからだよ!! 味方の足を引っ張ってんじゃねえよ!」 『ミッチェルには故郷で待つ婚約者がいたってのに…… あいつら許せねえ! っつーか俺も結婚してぇ!!』 「お前がモテてなくて良かったな……フラグビンビンな ミッチェルと違って、生きて帰れるかもしれねーし」 『天野……今回ばかりは、俺らも駄目かもしれねえ』 『だから、もし俺達が帰れなかったら……ミッチェルの 婚約者に同封した写真を渡してほしいんだ』 「どれだけミッチェルに肩入れしてるんだよ……」 『ああ、隊長が倒れた……こうなっちまったら俺らも 覚悟を決めるしかないな……行くぞ、木下!』 「(つーか、本当に気の毒なのは木下だな)」 『じゃあな天野、行ってくる』 『P.S.もしも俺らが無事に帰ったら……誰か可愛い子 紹介してくれよな……マジで         戦場の大魔王、エンジェル鈴木より』 「…………」 「…………」 「天使なのか魔王なのか、わけわかんねーよ……」 「あぅっ!?」 俺はビリビリとエアメールを破いて、宙に散らせた。 一陣の風が吹き、その切れ端を空に巻き上げる。 「……あ……」 「飛んで行って、しまいました……」 細切れになったエアメールを追うように見上げると青空に浮かぶ白い雲の向こうに、懐かしい旧友達の笑顔が見えた気がする。 「(鈴木、木下……お前らは今でも、俺と同じ空を  見上げているのか……?)」 微妙にセンチな感傷に浸りつつ空を眺め、俺は気を取り直して、前を向いた。 「……行くぞ、かりん」 「い、いいんですか?」 「まぁ、俺には無事を祈るくらいしかできねーからな」 「きっと新学期には、相変わらず元気なバカ面を 拝ませてくれるだろ」 そう呟いて、俺は再び学園を目指して歩き始めた。 さらば、鈴木、木下―――いつか、また会う日まで。 ちなみに、写真のミッチェルはどう見ても木下だった。 <鈴木と木下の旅立ち> 「深空ちゃんと私の二人と一緒に帰っている翔さんを 偶然見かけてしまった鈴木さんと木下さん」 「絶交だ〜って叫んで、鈴木さんは泣きながら 走り去ってしまいました」 「木下さんも連れて行かれてしまい、勘違いされたまま 翔さんと私たちだけが取り残されました」 「あぅ……私の気持ちは翔さんに向いていますので 本当は勘違いじゃないんですけど……」 「でも、この想いは……気づかれないように、そっと 仕舞っておくことにします」 「あぅ……かける、さん……」 「あうぅ〜……この時間帯は、まだ涼しいですねぇ」 「そうですね〜」 「でも今年の夏はかなり早くから暑くなるらしいぞ? だから、油断は禁物だぞ」 「うぅっ……暑いのはちょっとだけ苦手ですので 今後の事を考えると、気が滅入ります」 「ははっ、同感だな」 「えへへ……」 ここ数日で感じたイメージとして、深空は少し人見知りするタイプに見えていたのだが、予想よりも自然に会話出来ていた。 「(なんだか腑に落ちないが……コイツのお陰かな)」 「?」 何だかんだで、かりんのどこか憎めない能天気な性格と共通の趣味を持つ相手と言う点で、深空の警戒心を緩和させているのかもしれない。 恐らく、俺と二人だけで帰っていたら、こうも自然にコミュニケーションを取るのは難しかっただろう。 「(頼れるんだか、頼れないんだか……)」 「あううぅ〜……ぐわんぐわんしますっ」 俺はメガネ娘の頭を鷲づかみにすると、なんとなくぐりぐりと円を描くように動かしていた。 何故かこいつを見ると、いじらずにはいられないのだ。 「な、何ですか? 急にいじらないでくださいっ!」 「お前をいじらないと妙に落ち着かないって言う 本能的な行動だから、気にするな」 「気にしますっ! いじらないと気がすまないなんて ものすごく卑猥ですっ!!」 「何でだよっ!!」 「あうううううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!!!」 「あははっ」 「ああ……どっかに美少女でも落ちてないかねぇ」 「もし本当にいたら、間違いなく事件の匂いがするから 真っ先に警察へ行く事をオススメするけどな」 「げっ……鈴木に木下じゃねぇか……」 俺達がドタバタと騒ぎながら帰っていると、運悪く鈴木と木下が通りかかって来てしまった。 普段ならさして問題は無いのだが、女に餓えている今の鈴木にこの状況を見られるのはあまり好ましく無いと言えるだろう。 「ちょっと用があるから、先に行っててくれ」 「あぅ?」 ハテナマークを浮かべているかりんを無視して俺は素早くかりん達と距離を離し、他人を装うことにした。 「お……天野じゃねえか!」 「よ、よう」 「よう、じゃないだろ。お前の家に行っても反応ないし なぜか携帯も繋がらなかったんだが……?」 「あ、ああ……ちょっと色々あってな。携帯も電池が 切れたまま充電できない状況だったからさ」 「あぅ。はじめまして、翔さんの婚約者の鳥井 かりん と申しますです」 「そうそう、コイツが俺の……」 「って、せっかく離れてたのに勝手に近づくなっ! そして話しかけてくるなっ!!」 「さらに、ありもしない事実を捏造するなあああぁっ!」 「あうっ! い、いたいですっ!!」 「こ、婚約者……っ!?」 「まて鈴木! ご、誤解だっ!!」 「失礼。お嬢さん、つまりコイツとは恋人以上の ご関係だと……?」 「はい。昨晩、同じ部屋で熱烈な一夜を、しっぽりと 共にすごしました」 「なっ……」 「しっぽりだとおおおおおおおおおぉーーーっ!?」 「しっぽりとしてねええええええええええぇっ!!」 「天野、てんめええええええええぇぇぇっ!! ナンパが成功したの黙ってたなぁ〜〜〜っ!」 「待て! まずは落ち着けっ!!」 「ナンパですか……?」 「ち、違うぞ! 俺は決してそんなやましい気持ちで 仲良くなろうとしたワケじゃ……」 「ちくしょおぉっ! もうお前なんか絶交だぁっ! 木下と旅に出て、絶世の美女達とパラダイスして 土下座させてやるううううぅぁぁぁぁーーっ!」 「のわっ!? お、落ち着け鈴木っ!! 俺を強引に 引っ張るなっ!!」 「ちょ、ちょっと待てよ、鈴木っ!」 勘違いしたまま、泣きながら木下を引っ張って鈴木は遥か彼方へと走り去ってしまう。 「ったく、一人で勝手に勘違いして、そのままどっか いっちまいやがった……」 「あぅ……次に会う時には、もう勘違いじゃないです」 「ん? なんか言ったか?」 「いえ、何もっ!」 <間に合わない絵本> 「殆ど寝ていない深空ちゃんを休ませたくても、その 表情を見ていたら、止められなくなった翔さん」 「休む時間どころか、小休止を入れる時間の余裕すら 満足に無いんだってことが、その雰囲気でわかって しまったからです」 「あぅ……もしかしたら、もっと最悪な事態の可能性も あるかもしれないです……」 「後半を丸々、たった数日で作り直すなんて、初めから 無理があったのかもしれません……」 「だから、どうあっても間に合わないんじゃ……」 「そんな私の嫌な予感を裏付けるように、深空ちゃんの 瞳から、涙が流れ落ちて来ました」 「もうダメかもしれない……間に合わない」 「自分の思いつきで、無理して後半を全部作り直す なんて無茶をしたせいだ、と言って、ぽろぽろと 涙を流す、深空ちゃん……」 「あぅ……深空ちゃん……」 黙々と、ただ黙々と、絵本を描き進める深空。 すでにそこには俺が口を挟む余地など、微塵も残ってはいなかった。 明日はもう、父親の誕生日だ。 猶予にして残りあと1日もないだろう。 昨日聞いた限りでは、深空の父親は毎年会社を休み母親の墓参りに行くと言う。 いつも夕方には戻ってくると言うことは、最低でもそれまでには渡さなければならないだろう。 タイムリミットは、明日の夕方まで―――それを逃すとまた数日間の泊り込みの仕事へ行ってしまう。 「(頑張れ、深空……!!)」 もはや心の中で応援しながら、見守るしかない。 もう昨夜からずっと、小休止を入れる暇さえ無く、ただひたすらに深空はその腕を動かしていた。 「…………っ」 もとから体調の《芳:かんば》しくなかった深空の表情が、不意に大きく歪む。 無理もない。 ここ数日の無理がたたって、体調を崩しかけていたのだ。それが、半日足らずの休憩を経て、また不眠不休のまま作業を続けているのだから。 「…………」 しかし、俺にはもう休憩しろと口を挟むことは出来なかった。 その瞳が、動きが、絵本が、俺に語りかけるのだ。 もう時間は無い……けれどこの『想い』を絶対に大切な人へと届けたいのだ、と。 「はぁっ……はぁっ……」 ぐらり、と大きく深空の頭が揺れ、倒れそうになる。 俺は無言でその深空を支えるように、後ろから両肩を掴んで、ぎゅっとその手に力を入れる。 「翔、さん……」 「俺が支えてやる。だから、安心して描き続けろ」 「……はいっ!」 ぐらついているであろう視界を、もう一度戻すように首を大きく左右に振り、再び絵本を睨みつける。 魔法を生み出すようなタッチで絵を描きあげるあの腕の動きは見る影も無くなり、その動きを遅めていた。 「私……最後まで、諦めたく……ないですっ!」 しかし、どんなに揺らごうとも、深空は決してその腕を止めようとはしなかった。 ただひたすらに自分の数年間の想いを籠めて、自らの考えた最高のハッピーエンドを目指し、進んでいく。 「深空……お前の想いは、必ず届くから……だから絶対に 完成させるんだ」 「……はい」 その絵本はまだ未完成にも関わらず、俺の涙腺を緩め心を震わせるような出来であることが確信できた。 深空がどれほどの想いをこの絵本に籠めてきたのか……その全てが、手に取るように理解できる。 後は、その想いを……形にするだけ。 そして、その想いを伝えるだけなんだ。 だから――― 「頑張れ、深空……お前なら出来る! 必ずだっ!!」 「はいっ!」 ……………… ………… …… 一心不乱に、ひたすら絵を描き続ける深空。 「…………」 そして――― 昨日から一度とて止まらなかったその腕が、止まった。 だがそれは一瞬の事で、すぐにまた腕は動き出す。 「かけ、る……さん……」 「深空……」 しかし、再び動き出したのは深空の《腕:・》《だ:・》《け:・》だった。 表情には陰りが現れ、深空自身は一度腕を止めたその瞬間から、《一:・》《歩:・》《も:・》《動:・》《け:・》《て:・》《な:・》《ど:・》《い:・》《な:・》《か:・》《っ:・》《た:・》のだ。 「どうしたんだよ、深空……」 空気が変わるほど《動:・》《き:・》を感じさせない深空の様子に、俺は動揺しながら尋ねていた。 深空の今のコンディションが最悪なのは解っている。しかし、もうその程度のことでは、決して挫けない精神力と決意でこの絵本作業に臨んでいるはずだ。 決して折れることの無いはずだったその意志が今も動くその腕から伝わってくる。 「ダメ……なんですっ……」 なのに…… なのに深空の心は、すでに折れてしまったかのようにその表情には絶望のみが映し出されていた。 「まだ描いていたいのに、もう、時間が無くて……」 「間に合わない……」 「深空……」 それは決して弱音などではなく、一人の絵本作家として冷静に見た上で俺に告げた、歴然たる事実だった。 「今からずっと描き続けられたとしても、もう…… 間に合わないんです」 その言葉を身体も認めてしまったのか、深空はついに今まで決して止めなかった腕を、止めてしまった。 「もっと、ずっと描き続けていたいのに……その心に 私の身体が、ついて行かなくて……」 「今のペースすらも、これ以上、維持できなくて…… だから、もう……間に合わないんですっ!!」 「深空……」 「私がカッコつけて描き直すなんて言って、後半を 破き捨てなければ……間に合ってたのにっ……!」 「そのせいで、お父さんにプレゼントを渡すことすら できなく……なっちゃい、ました……」 「馬鹿です……嫌になるくらい、本当に……救いようが ないくらいの、大馬鹿でした」 「違う……」 「ハッピーエンドだなんて夢を見て……いつだって そんな都合のいい結末に期待して―――」 「ほんと、私って……いつまでも考えが甘すぎる…… ちっぽけな子供で……っ!!」 「お母さんが死んだあの日から、ずっと止まったままの ……小さな子供と、おんなじ……なんですっ」 「違うっ!!」 「あの時の深空の判断は間違ってないはずだろ!?」 「あのまま描き続けてたら……そんな後ろ向きな気持ちで 作った絵本じゃ、届かなかったかもしれないだろ!」 「お前の気持ちが伝わらなかったかもしれないだろ!」 「だけど、この絵本は違うっ! お前の気持ちが……」 「でも、完成しないんですっ!!」 「渡せないプレゼントに……意味なんてありません!」 「…………っ!」 「届かない想いに……意味なんて、無い……です」 「伝えられない想いに、意味なんて無いですっ!!」 その悲痛な叫びに、俺は口をつぐんでしまう。 深空の言葉には、何年も《募:つの》らせてきた父親への想いとすれ違ってきた日々を過ごしてきた重さがあった。 だからこそ俺は、それを否定など出来なかったのだ。 「なんで、私……もっと早く気づけなかったんだろう…… な、なんで私っ……!!」 「こんな……当たり前のことに、気づけなくてっ…… 今まで、一人で、空回りばっかりしてて……」 「ずっとずっと、辛い現実から逃げてきて……」 深空の肩が、震えだす。 俺はそれ以上見ていられなくなり、泣き崩れる深空から目を逸らしてしまった。 「私の罪滅ぼしは……これで、おしまいなんです」 「こんなやり方じゃ、もともと無理だったんですよ」 「赦されることの無い罪を、《赦:ゆる》して欲しいと願った…… 子供じみた冒険の結末としては、お似合いですから」 「深空……」 「翔さん……」 「今まで、私なんかの《戯言:ざれごと》に付き合っていただいて…… 本当にありがとうございました」 「…………」 俺はその深空の言葉を背中に受けながら、一人無言で教室を後にした。 そこに―――力なく座り込む、独りの少女を残して。 <隠されたトラウマ> 「目が覚めたら、そこは天野くんの部屋でした。そして 私は、天野くんに自分の感情をぶつけてしまいました」 「今まで誰にも見せなかった、必死に押し隠してきた 私の女の子としての『弱さ』を……天野くんの前で さらけ出してしまったんです」 「なんでこの時、あんな事を言ったのか自分でも 解らなかったけど……今ならよく理解できます」 「それはきっと、無意識に私の心が天野くんの事を 特別な存在として認めていたからで……」 「だから私は、光を失ってしまった事故以来、一人で 抱えてきたトラウマを告白しました」 「あの事故以来、私は見知らぬ場所で……特に人ごみが ある場所に居ると、どこにいるのかが判らなくなって 震えが止まらなくなって、倒れてしまうんです」 「そんな弱さをさらけ出した私は、天野くんから 恋人として支えて行きたい、なんて言う告白を 受けてしまいました」 「私が男性経験が豊富で、穢れている女だって言っても そんなの関係ないって、一歩も引かないんですよ?」 「放っておけないくらい子供っぽいかと思ったら 寄りかからせてくれるくらいに大人で……」 「そして、私の全てを……いえ、それ以上を知っても なんの戸惑いも無く、まっすぐに受け止めてくれる って言う、初めての男性で……」 「色々な負い目やプライドが邪魔して、恋に臆病だった 私を、天野くんはぜんぶ受け入れてくれたんです」 「天野くん……ううん、翔さんになら、私…… 寄りかかってもいいのかな……?」 「そんな事を思いながら、私は無意識のうちに天野くんに 寄りかかっていました」 「つらい時に抱きとめてくれる人……今まで嫌いだった 他人へ弱みを見せる事を、自然と心地いいって感じる この感情が、好きって事なのかな……?」 「……うん。もう大丈夫みたいね」 ベッドで眠る先輩の額に手を当てながら、安堵した様子で静香が呟いた。 「そっか……良かった……」 「じゃあ私はもう帰るけど、本当に一人で大丈夫?」 「ああ、先輩の看病くらい、一人で平気だって」 「そっか……それじゃ、お大事にね」 「ああ、ありがとな」 一瞬、先輩の方に目を向けてから静香は部屋を出ていった。 「…………」 「…………」 部屋の空気がしんと静まり返る。 ついさっきまでみんなが付き添ってくれていたのだがあまり遅くなっても悪いし、と言ってそれぞれの家に帰した。 近所と言う事で最後まで残っていてくれた静香もたった今、帰ってしまったし…… 平気だと思っていたけど、実際に一人になってみると少し心細いものがあった。 けどそんな不安よりも、もっと気がかりな事が…… 何故……先輩は突然倒れたりしたのだろうか? ここ数日、元気が無かったことと何か関係があるのだろうか? それとも本当に日差しが苦手で、日射病のようなもので倒れたのか? 「……はぁ」 憶測なら幾らでも出来るが、考えたところで答えが出るわけじゃない。 俺に出来ることと言えば、先輩が目覚めるまで、こうして看病しながら、横にいることだけだった。 「先輩……」 そして俺は、後輩としてではなく……弟としてでもなく一人の男性として、先輩を支えたいのだと言う強い感情が芽生えている事に気づいた。 そう。俺は―――先輩の事を、一人の女性として……本当に好きなのだ。 ……………… ………… …… 「……ん……んぅ……」 「……先輩!」 静香が帰ってから二時間ほど経った頃、ようやく先輩が目を覚ました。 「……んん……天野、くん…………?」 「はいっ! 俺です! 天野ですっ!! ……あぁ…… ほんと、良かった……」 無事に目を覚ましてくれた安堵感で、思わずその場にへたり込んでしまう。 「ここは……? なんで、私……」 「俺の部屋っすよ。先輩、急に倒れちゃって……しばらく 救護室で休ませてもらってたんですけど、もういい時間 だったんで、失礼かなとは思ったんですけど……」 「そっか、私……海で倒れちゃったんですね」 小さく言葉をこぼし、額に手を当てながら先輩は自嘲気味に笑った。 「はい。それで、俺……心配で……」 「……ずっと看ててくれたんですか?」 「ずっとってワケじゃないっすよ。さっきまでみんなが 一緒にいてくれましたし」 「そう、ですか」 何が面白かったのか、先輩はくすりと笑みを漏した。 「なんすか、突然?」 「サラッとカッコイイ嘘吐いても、バレバレなんじゃ 意味ないですよ」 「うっ……久々に見抜かれちゃいましたか……」 「ふふっ……私に嘘は通用しませんから」 「…………」 空元気を見せる先輩に、俺は再びいたたまれない気持ちになる。 「先輩……真面目な話があるんだけど」 「はい?」 今のままじゃ……嫌だ。 いつまでも、手のかかる弟で……そうして、対等に見られる事の無い存在でいること。 それは楽しくて、居心地がいいけど…… 「俺……先輩のことが、好きなんだ」 「え……?」 けれど、それじゃあダメなのだ。 「だから、弟としてじゃなく、一人の男として先輩に 見られたいんだ」 「…………」 「強がってる先輩じゃなくてさ……弱い先輩の事だって 知りたいんだよ!」 「俺に頼ってくれよ……相談、してくれよ……そうして 先輩の支えに、なりたいんだ……!!」 「天野、くん……」 「だから―――!!」 「天野くんの言葉は嬉しいですけど……でも、無理です」 「な、何でだよ!?」 「だって、私は先輩ですから……後輩の男の子になんて 弱いところは見せられません……」 「……女性なんだから、男に弱い部分を見せてくれても 良いだろ?」 「先輩は、先輩である前に、一人の女の子なんだからさ」 「残念ながら、私……『女だから』とか、そう言うの キライなんです」 「そんなハンデのような扱いをされるなんて、心外です」 「じゃあ、そう言うのを好きになってくれよ」 「え……?」 「何も男全員にそうしろってワケじゃなくてさ…… 俺の前でだけでも、弱い部分を見せられるように なってくれよ」 「俺は、先輩の弱いところも見せて欲しいんだ」 「そう言ったところも含めて、全部受け止めて…… 先輩を支えてみせるから」 「……っ!」 俺は自分の気持ちを伝え、強引に先輩を抱きしめる。 それは、ただの後輩でも、弟でもなく……『男』として見てもらいたいと言う、俺の最大限のアプローチだった。 「本当に、天野くんは強引で、滅茶苦茶ですね……」 「嫌いな事を、好きになってくれなんて―――そんなの 無茶苦茶すぎます」 「無茶苦茶でも何でも、俺は先輩のことが好きなんだ。 全てを受け入れて……対等な恋人同士になりたい」 「全て、ですか……」 少し悲しそうに呟く先輩の声を聞き、俺は抱きしめていた腕を緩める。 「先輩……俺の気持ち、受け取ってくれませんか?」 「……ごめんなさい、やっぱり無理です」 「だって私には……恋する資格も何も、無いんですから」 「資格が無い……?」 「私って、ずるい女なんです。そして、天野くんが 思っているよりも、ずっと弱い女で……」 「その『弱さ』を見ていないから、きっと天野くんは 私のことを好きだなんて言えるんですよ」 「そんな事ない! 俺は、先輩の全てを受け入れる覚悟が あるんだ!!」 「……私が、すでに穢れていても、ですか?」 「え……?」 「……私、噂されているような女の子じゃ無いんです。 さっきも言った通り……本当は、弱い女なんです」 「だから、すぐ男の人に寄りかかって……その相手が 誰かなんて、私にとっては関係無いんです」 「幸い私はこんな身体ですから……相手にも、使い捨ての いいカモに見えるんだと思います」 「なっ……」 突然に告げられた、今までの先輩像を全て壊すような辛辣な言葉に、俺は思わず絶句してしまう。 「抱くだけ抱いてポイ、なんて事ばっかりでしたし…… 私もそれを望んでましたから、いいんですけどね」 「だって、私……普通の女の子じゃ、無いですから…… きっと本気で付き合うのは、『重い』んでしょうね」 「……っ」 そのふざけた事実に、俺は怒りで気が狂いそうになる。 自暴自棄になったのは……先輩のせいじゃない。 そうして先輩を傷つけ、捨ててきた男どもなのだ。 「―――だから先輩は、男が嫌いなんですか?」 「そうです。けど、相手の気持ちもわかるんですよ? だって……まだこの歳の恋愛で、相手を『一生』 背負う覚悟なんて、普通……出来ませんから」 「相手が自分の重荷になるくらいなら……形だけの関係を 求めるのも、自然な事だと思いますし」 「そうだ、何なら天野くんも私の事、抱いてみますか? それで満足したら、私の事なんか忘れて―――」 「……それで?」 「え……?」 「それで、俺にそんな話をして、いったい先輩は何を 望んでいるんだ?」 「な、何って……」 「もしその話が本当なら、俺は一生かけてでも先輩が 負った傷を癒したいと思うし……今までの男どもの ぶんまで、本気で先輩と向き合いたいと思う」 「そして、そんな嘘までついて俺のために勝手な おせっかいで嫌われようとしているんなら…… 悪いけど、無駄だから」 「俺は何を言われようと関係ない。先輩への気持ちは これっぽっちも変わらないからな」 「…………」 「それに俺、先輩の事なんて全部お見通しだから」 「え?」 「俺に迷惑かけたくないと思って、わざと嫌われるように 接したり、そう言った事を言ってるだけなんだってな」 「……天野くんは、私の事を美化しすぎです」 「一時の感情なんかで、付き合うなんて言ったら…… きっと後悔しますよ?」 「後悔なんてしない。俺は先輩が告げた『弱さ』が 本当でも、嘘でも、付き合いたいと思う」 「先輩を支えて、そうした『弱さ』が克服できるように 一緒に頑張って行きたいと思うんだ」 「……で、でも……」 「先輩が何を言ったって、俺は先輩を軽蔑しないし 同情もしたりなんか、しない」 「ただ純粋に……『好き』なんだ」 「……天野、くん……」 「先輩……好きだ。だから、俺と付き合ってくれ。 そして、先輩を支えさせて欲しいんだ」 もう一度、変わらぬ想いを告げながら、俺は再びその気持ちを籠めて、先輩を強く抱きしめる。 「……ずるい、です」 「ホントに、卑怯ですね、天野くんは……」 「ずるくても、何でも良いです。先輩が、俺の事を好きで いてくれるなら……」 「そこまで言われたら、私……寄りかかっちゃうじゃ ないですか……」 俺が全てを受け入れたのと同じく、先輩も俺の全てを受け入れてくれるかのように、抱きしめ返してくれる。 それは、先輩に出会ってから初めて見せた……本当の『鈴白 灯』と言う女の子の姿だった。 ……………… ………… …… 「……先輩……」 俺は一人、ベッドに座りながら先ほどの先輩の話を思い返していた。 「……天野くん」 「ん?」 「私の独り言……聞いてくれますか?」 「……ああ」 「…………」 しばらく寄り添った後、落ち着いた先輩から出たのはそんな言葉だった。 「私……本当は、怖いんです」 「怖い……?」 「独り言……です」 「……そうでした」 「……意地っ張りでバカな女なんです、私」 「音が視えるとは言え、やっぱり知らない場所に行くのは 怖いんです」 「だから私、いつも同じ道を使って帰りますし…… ここ数年は知らない場所に行ってないんですよ」 「…………」 「みんなに特別扱いされたくないから、普通を装って…… 意地を張りながら、生きてきたんです」 「本当は……事故のトラウマで、人ごみの多い知らない 場所にいたら、震えが止まらなくなるくらいなのに」 「!!」 先輩の『独り言』であると言うルールを守るために声を出すことは出来なかったが、その事実に、俺はひどく動揺していた。 人ごみの多い、見知らぬ場所―――まさに今日の海や以前、話題にあがった遊園地である事に気づく。 「失明するきっかけになった事故の時……大勢の野次馬が 私に群がって来ました」 「けれど、その誰もが、どよどよと騒ぐだけで…… 助けを呼んでくれる人は、いませんでした」 「……っ」 「恨んでいるわけでは無いんですけど……でも、それ以来 見知らぬ人たちに囲まれたり、知らない場所へ行ったり するのが、怖くなってしまったんです……」 だから、先輩は―――倒れてしまったのか…… 「まあ、その時に助けてくれたのは、小さな女の子 だったんですけど……それ以来、私は可愛いコに 弱くて、胸キュンするようにですね―――」 「もう、いい……」 「もういいんだ、先輩……」 「えっ? ちょ、ちょっと、天野くん!?」 悲しい独り言を繰り返す姿に耐え切れなくなった俺はぎゅっと強く、先輩を抱きしめる。 「もう、つよがらなくっていいんだ……」 「で、でも……」 「先輩が不安なら、俺が手を差し伸べるから」 「先輩が怖いなら、俺が抱きしめるから」 「先輩が辛いなら、俺が―――支えるから」 「天野……くん……」 抱きしめる俺の腕を、愛おしそうに……きゅっと握り締める先輩…… それが嬉しくて、俺は――― <静香と麻衣子> 「喧嘩するほど仲が良い、を地で行っている感じの 嵩立さんと相楽さん」 「二人って、一見、いつも相楽さんが嵩立さんを 振り回して嫌々付き合っているようにも見える けど、そんなことないんだよね〜♪」 「まさに保護者の心境って言うか、嵩立さんの小言も 相楽さんのことを想っているからこそなんだろうし」 「相楽さんの方も、その辺りがよく解っているからこそ いつも楽しそうにしているみたいだし……」 「そう言う自然体のお付き合いって、なんだかとっても 憧れちゃうよ〜」 「どんなに下らない言い合いでも、二人がするだけで 自然と仲睦まじく見えちゃうから不思議だよね〜」 「見慣れているはずの天野くんも、そんな二人を見て 思わず微笑ましい笑顔を見せてるよ〜」 「はわ……でも、私はそんな微笑む天野くんの顔を見て ニヤニヤしちゃってるよ〜……」 「ふえぇっ……馬鹿っぽくて、恥ずかしいよぉ〜……」 ……………… ………… …… 「ここをこうして……おし、こんなとこかな」 作業が一段落ついたところでふと窓を見るとすでに差し込む光が茜色に変わっていた。 朱に染まる教室の鮮やかに広がる橙が、不思議とどこか心地よかった。 「…………」 俺は誘われるように、窓際へと歩み寄る。 窓から見上げるように空を《窺:うかが》うと、さらに鮮やかな夕焼け空が眼に染みた。 「空、ねえ……」 綺麗な夕焼けを見ながらも、思い浮かべてしまうのはなぜか、あの馬鹿メガネ娘の顔だった。 「終わったのか?」 背後から、櫻井の声。 「いや、まだもうちょいかかりそうだ」 「では、休憩か」 「そうだな……そんなところだ」 視線は茜空に向けたまま、櫻井の問いに答える。 「天野……」 「あん?」 「空を飛ぶことの意味は、何だと思う?」 「……そりゃ、かりんにでも聞いてくれ」 「ふむ。たしかにそうだな」 誰もが望んでも叶わぬ夢を、実現しなくてはいけない理由など……俺には見当もつかなかった。 「(とは言え、あの馬鹿のことだからな……きっと  すんげぇ単純な理由なんじゃねーのか?)」 俺は、今どこにいるとも知らぬアホ娘を思い出して自然と笑顔になってしまっている自分に気づく。 実際に目の前にいたらそれだけで俺の心を揺さぶるくせに、なぜか今は不思議と穏やかな気分だった。 視線を化学室に戻すと、櫻井の肩越しにトリ太を抱えた麻衣子の姿が見える。 獲物に近づく猫のように、恐る恐ると言った感じで忍び足で静香の下へと歩み寄っていく。 静香はそれに気づいていないのか、一人作業に没頭しているようだった。 「にししっ……」 静香に気取られないよう、慎重になりながら麻衣子がジワジワと距離を詰める。 「ぴたり」 獲物が射程内に入ったのか、そこで歩みを止めた。 そして――― 「シーズカッ!」 「きゃっ!?」 勢い良く、後ろから静香に抱きつく麻衣子。 その拍子に、ゴトン、と静香が何かを地面に落とした。 「(……たわし?)」 どう見ても、たわしだった。 「おーおー、またずいぶんと可愛い声を上げるのう」 「いきなり抱きついてこないでよ! 今、ハンダゴテ 使ってるんだからね!?」 「硬いこと言うでない、ええではないかええではないか うりうりうりうり〜」 「……焼くわよ?」 「のわっ!?」 いつまでも背中に張り付いて離れる様子のない麻衣子を右手に持っていたハンダゴテで威嚇する静香。 と言うか、たわしとハンダゴテで何をするつもりだったんだ? 「むう、ちょっとしたジョークではないか!」 「時と場合を考えて控えなさいって言ってるの! 本当に焼けちゃったら危ないでしょ!!」 「ふむ。たしかに、それもそうじゃな」 「それにシズカが普段妬いておるのは、もっとこう 別のモノじゃしのう……」 「……マーコ、そんな下世話なことばっかり言ってると いつまで経ってもカレシできないわよ?」 「ほうほう。いつまで経っても彼氏のできない シズカからの貴重なアドバイスじゃな?」 「なっ!? それは私がカケ……ッ!」 「ん? カケ……なんじゃ?」 「わ、私だってモテるんだからね! カレシくらい 作ろうと思えばいつだって……」 「現状で言われても、説得力《皆無:かいむ》じゃのう」 「反面教師と言うヤツなのではないか?」 「なるほど、そう考えれば説得力もあるのう!」 「マぁ〜〜〜コぉ〜〜〜っ!!」 「わわっ! シズカが本気で怒りおったっ!?」 「やめろっ! 我輩が焼けるっ!! たわしごときと くっついて、融合してしまうっ!!」 「きゃあぁ〜! カケル、へるぷみぃ〜じゃあ〜っ!」 「今さらそんなわざとらしい悲鳴あげたって遅いわよ! 待ちなさいっ!! もう怒ったんだから!」 「普段はもっと女らしくしろと言うておいて、その 仕打ちは酷いのじゃあぁ〜っ!」 「……元気だな」 俺達が手伝ったので余裕が出来たのか、発明品を放ってドタバタと駆け回る麻衣子。 「しかし、こうして見ているとあの二人は本当に 仲が良いんだな」 感心したように頷き、そんな感想を漏らす櫻井。 「あぁ。割と見慣れてるけど、いつ見ても飽きないぜ」 そして俺も思わずその言葉に同意してしまう。 俺に弟や妹がいたら、きっとあんな感じなのだろうか? 「しょうがねぇから、俺達で二人の分まで作業するか」 「ああ、そうだな」 楽しそうに暴れまわる二人に水を差すのも躊躇われたので、男二人で作業を再開する。 その後、麻衣子の手伝いは完全に日が沈みきるまで続いたのだった。 <静香のお勉強会> 「私たちは静香さんの提案で、期末試験を受けなかった 代わりに、抜き打ちテストをすることになりました」 「テストと言う響きを聞くだけで頭痛がしてきます」 「あはは……えっと、どうやら翔さんも苦戦している みたいでした」 「静香さんが頑張って教えてましたけど、あんまり 理解していなさそうな感じでした……」 「翔さん、頭良いと思うんですけど……もしかして 勉強、苦手なんでしょうか?」 「やっぱり、ズルはいけないと思うのよ!」 朝っぱらから俺たちを集めた静香が満を持して言った一言が、それだった。 「いきなり何を言ってるんだね? キミは……」 「今日までダラダラと過ごしてきちゃったけど…… せめてテストを受けなかった分の勉強はしっかり するべきよ!」 「んなこと言ったってよぉ〜っ! 先生がいないんじゃ やりようがねーしなぁ〜っ」 「だな」 「ふふふ……そう言うだろうと思って、私が徹夜で これを用意しておいたわ」 そう言うと、静香はどさりとテスト用紙のようなものを教壇の前に置く。 「それって、まさか……」 「ええ。即興だけど、全科目の自作テストよ」 「お前、どんだけ無駄なことを頑張ってるんだよ」 「無駄っていうなぁ〜っ!」 「徹夜のせいか、微妙にテンション高いの……」 「我輩たちの意見など聞く耳持たない状態だな」 「全学年ごとに問題を変えてるけど、どれも基本的な 復習部分の問題だけだから、条件はほぼ同じよ」 「私の分もあるんでしょうか?」 「はい。問題傾向を含め、母に手伝ってもらって 浅学ながら点字で用意してみました」 「親の力を借りてまでテストを実施したいのかよ……」 「誰のために用意したと思ってるのよ!」 「わ、わかったよ! やりゃあいいんだろ?」 「あぅ……お勉強は苦手ですっ」 「はい! それじゃ抜き打ちテスト、始めるわよ! ちゃんと携帯の電源は切っておくこと!」 「すっかり教師モードじゃのう……」 「違うよ。全然違うよ」 「いや、どう見てもそうだろ……」 「テスト開始っ!」 「各教科、制限時間は1時間ね!!」 「マジで始まったのかよ……」 「みたいじゃな」 「あぅ……《鬱:うつ》です」 「ちっ、しょうがねえ。やるしかねーか」 俺は溜め息をつきながら、問題用紙をひっくり返す。 こうして、徹夜の教師モードな静香に仕切られたまま俺たちは次々と抜き打ちテストを開始するのだった。 「ぐあっ……さっぱりわかんねぇぞ、これ」 淡々とテストをこなしていくも、正直、どの教科もかなり怪しい出来だらけだった。 「だが、せめて国語くらいは……」 ぺラリとページをめくって、初っ端の読み書きの問題に目を通してみる。 問1.次の文章の読みを答えよ。『玉蜀黍』 『泥鰌』 『陸蓮根』 『菠薐草』 「え……と、これは……《餃子:ぎょうざ》……と読むのかな?」 「その次がぎょうざで、これは……ギョウザ。 んで、最後が……GYOUZAだ」 どれも餃子にしか見えなかった!! 「やばい……何もかもがやばいぞ……」 「あうぅ〜……」 ……………… ………… …… 「はーい、そこまで!」 「ええっ!?」 俺がロクに問題が解けずに《唸:うな》っている間に、早くもテスト終了時間がやって来てしまったようだ。 「終わった……何もかもが真っ白に燃え尽きたのじゃ」 「すまんなマイコ。これもマイコのためだ」 「そうですよ。ズルはめっ、です」 「まあまあだな」 「さっぱりでしたわ……」 「きしめええええぇぇぇぇぇぇんっ!!」 「ふぅ……何とかなりました」 それぞれの悲鳴(?)で、よくわからん約一名を除いて大体の手ごたえが判ってしまう。 「案外余裕だったな」 「なんじゃとっ!?」 「ほう……」 まぁ、その個人のリアクションがイコール結果と言うワケでは無いのだが。 「はーい、採点が終わったのでテストを返しまーす」 「早っ!!」 俺たちが駄弁っている間も無く、静香からテストの返却が行われる。 「えー、今回のテストの総合点で、みんなの学力順も ハッキリしました」 「櫻井くんは無難に平均点で、3位ね」 「銅メダルクラスだな」 「ちなみに4位は大分総合点が落ちるけど、花蓮ちゃん」 「ううっ……4位とは、不覚ですわっ!」 「大健闘すぎるだろ、常識的に考えて……」 「間違いはケアレスミスばっかりだから、もっと 要領を掴んで勉強すれば、それなりに良い点が 取れるようになると思うわ」 「本当ですの?」 「ええ。今度一緒にお勉強会でもしましょ」 「ぜひお願いいたしますわっ」 「(無駄なような気がするけどなぁ……)」 「……で、ブービー賞がマーコ。トリ太にばっかり 頼ってるからこうなるのよ」 「むぅ……面目ない」 「今月は鳥井さんの件があるからしょうがないけど 来月はマンツーマンで指導するからね!」 「ひえええぇ〜っ! それだけはカンベンじゃ〜っ!」 「それで、ダントツのビリが……はぁ……2人いるわ」 「お前だろ」 「私じゃありませんっ! きっと翔さんですっ」 「馬鹿、俺は2位くらいだっての!」 「あうぅ〜っ!!」 ぽかぽかっ! 「いててっ! 殴るなボケっ!!」 「残念ながら、同点で二人ともビリよ」 「あぅっ!?」 「ウッディ!!」 「あらあら……お二人とも、勉強は苦手なんですね」 「ぐっ……その余裕……やっぱり1位は先輩かよ」 「残念! たったの3点差だけど、鈴白先輩は2位よ」 「なにィ!?」 「がーん」 「それじゃあ、1位はもしや……」 「雲呑さんね。すごいわよ、これ。ほとんど満点だわ」 「マジかよ……深空、お前さりげに頭良いんだな」 「いえ、そんな……基礎問題ばっかりだったから たまたまですよ」 「一度でいいからそんなカッコイイセリフ言ってみたい ですわぁ〜っ!!」 「めそめそ……完敗です」 「はい、それじゃあみんなで答え合わせしながら弱点を 潰していくわよ!」 「もう二度と見たくないんじゃが……」 「だめ! そうやって復習しないで苦手部分を放置したら いつまで経っても克服できないじゃないっ」 「うげぇ……今日は一日勉強漬けかよ……」 「最下位が文句を言わない!」 「へいへい、わあったよ」 しぶしぶと言った感じで、みんなで深空や先輩、そして静香先生に教えてもらいながら、復習を開始する。 「えーっと、この点がこうだから、この接点は……?」 「接点T!」 「こうか?」 「この点はでないわよっ!!」 「すいませんしたッ!!!」 徹夜のせいなのか、俺の不甲斐なさに怒っているのか静香先生の指導は容赦が無かった。 「酸素が……パァーウッ!!」 「オキサァーイドッ!」 「そこっ! 私語は謹んで!!」 「あぅ……お勉強のしすぎで知恵熱が出てきました」 「安心しろ。俺もだ……」 「んもぅ、だらだらしてないで次の問題に行くわよ!」 「ぐはっ……」 もはや脳みその使いすぎで緊急冷却が必要なところへ追い討ちをかけてくる、デスティーチャー・静香。 俺は、今後はもう少しだけ勉強もしておかなければと思いながら、無い頭に情報を詰め込んで行くのだった。 ……………… ………… …… <静香ルート バッドエンド> 「その後、俺と静香はより親密な関係になった」 「けど、みんなとはどこか疎遠になってしまった」 「静香の笑顔が戻ってくれたのは嬉しいと思う」 「けど、俺たちがあの日以来、みんなの手伝いをせずに 日々を過ごしてしまったと言う事実は変わらない」 「俺は、あいつの願いや麻衣子の想いを知っていながら 静香との関係を修復することを優先してしまった」 「そして、その代償としてきっと、一人の少女が 大切な何かを得られなかったのだ」 「俺は天を仰ぎながら、この選択が本当に正しいもので あったのかと言う疑念を抱き続けたのだった……」 結局、それが俺の決意を揺るがせてしまった。 静香の誘いが断れず、日に日に学園へと行く日が減り……今では、静香とのデートを繰り返すだけになっていた。 ただ、甘い日常と言う名の娯楽に埋もれ……麻衣子との約束も忘れ、ひたすら無為に時間を消費していった。 そう―――俺は、諦めてしまったのだ。 短いながらも苦楽を共にした『仲間』は『他人』に替わり……結んだ結束は、今や無きものとなった。 「翔? どうしたの、さっきからずっと上の空だよ?」 「あ、あぁ……悪いな。ちょっと考え事してて」 「んもぅ……しっかりしてよね」 「ね、翔。今日は、どこ行こうか?」 「そうだな……」 それでも、俺には静香がいる。 俺の横には、今だって、これからだって、ずっと静香の笑顔がある。 なら、それでいいじゃないか……他に何を望むと言うのだろうか? 「それじゃ、映画館へ行こうよ」 「……ああ」 堕ちて行く。どこまでも、ただ、堕ちて行く。 「ふふっ……その後は、どこへ行こっか?」 「その……また、私の家に来る? それとも翔の部屋?」 今の俺には―――どこまでも澄んでいたあの大空はもう……見えなかった。 「(俺は―――笑えているんだろうか?)」 今はもう忘れてしまった、仲間との笑顔の日々。 本当に、俺の選択は間違っていなかったのだろうか? 俺は、今は無き、あの時たしかに感じていた皆との絆を求めるように腕を彷徨わせ、虚空を掴む。 そこには―――もう、何も存在しなかった。 <類稀なる存在> 「仕方なく一人で帰っていると、偶然、帰宅している 鈴白さんに会った天野くん」 「せんぱいが白杖も使わずに歩いている姿を見て とっても驚いたみたいだよ〜」 「鈴白さんは事故以来、光を失った代わりに、世界でも 稀有な『絶対空間把握能力』を持ってるんだよ〜」 「実は私もよく解ってないんだけど、耳が凄く良くって 音の反射とかで空間全てを認識する能力なんだって」 「ふえぇ……でも、そのお陰で、相手の表情の動きから 感情を読み取る術にも長けているから、生半可な嘘は 通用しないんだよぉ〜」 「お陰でいつも、せんぱいにいじめられてるんだよ〜」 「可愛い人にはいじわるしたくなる、とか言って いっつも私は被害者だよ〜……ふええぇぇぇん」 「感情が『視える』なんて、反則っぽい能力だよぉ〜」 結局、ようやく得た解放の喜びを共有する相手を見つけることができないまま、俺は一人で帰路に着くことにした。 「それにしても花蓮のヤツ、マジであの時の男が 俺だって気づいてなかったみたいだったな……」 「このまま忘れ去ってくれると助かるんだが……ん?」 ぶつぶつと独り言をいいながら歩いていた俺の前方に見慣れた綺麗な黒髪のポニーテールを発見する。 「あれは……おーい、先輩〜っ!!」 その見覚えある後姿に、俺は思わず駆け出して近寄る。 「その声は……天野くん?」 「とと……やっぱり先輩だったか。ども」 特徴的なサラサラの長髪を《翻:ひるがえ》して振り向いたのは間違いなく先輩だった。 「たしか私より大分前に教室を出て行ったと 思ったんですけど……今帰りなんですか?」 「ええ、まあ。ちょっと色々ありまして」 「はぁ」 「ちょうどヒマしてたんですけど、良かったら一緒に 帰りませんか?」 「んー、ナンパ的な意味合いでなければOKですけど」 「大丈夫です。今の俺はフリーダムなナウをヤング的に スパーキング・エンジョイしたいだけなんで」 「よく意味は解りませんが……たぶんそれは、素敵に ナンパな発言ですよね?」 「いやいやいやいや、純粋に数日ぶりの放課後を 楽しみたいなーって意味っす。友人として!」 「どうやら嘘はついてないみたいですし…… ちょっと怪しいですけど、まあ良いです」 「それじゃあ、行きましょうか」 「ういっす」 晴れて許可を得ることができたので、再び歩き出す先輩の横に、慌てて並ぶ。 「(……それにしても……)」 チラッと、先輩の方に視線を移す。 その手には何も持っておらず、けれど進む足取りには躊躇いも不安も存在していないようだった。 「先輩、使わないんですか? その……」 「ああ、これですか?」 先輩は顔色一つ変えずに歩きながら、折りたたみ式の白杖を取り出す。 「ええ、《そ:・》《れ:・》です」 「実を言いますと……本当は私には必要無いんですよ」 「え、そうなんすか?」 「はい。ただの護身用の武器として持ってるんです。 不埒な男性が多いものですから」 「な、なるほど……」 剣道でもやっているのか、たしかに白杖を持つ先輩の姿は、怖いくらいに頼もしく見えた。 「でも、本当に白杖なくて大丈夫なんですか?」 「と、言いますと?」 「いくら道を覚えてたって、普段置いてない物が あったりしたら、大怪我しちゃうんじゃ……」 「ああ、そう言うことですか」 「ふふふっ、残念ながら違いますよ。私は別に 記憶を頼りに歩いているわけじゃないです」 「え? じゃあ何か第六感的なものとかを……!?」 「んー……勘とも違いますね」 「どう言うことなんすか?」 「実は私、『《絶対空間把握能力:ぜったいくうかんはあくのうりょく》』を持ってるんですよ」 「へっ? 《絶対柔軟賭博能力:ぜったいじゅうなんとばくのうりょく》すか?」 「『絶対空間把握能力』です」 聞き覚えの無いその言葉を、先輩は優しく伝えるように俺に向かってもう一度繰り返す。 「なんですか、それ」 「んー……そうですね……」 「簡単に言っちゃえば、空間における絶対音感です」 「音の反射で物体の形を『視』て、自分の周りの空間を 完全に把握することが出来るんです」 「は、はぁ……?」 「つまり、風の音や私自身の言葉、人の足音なんかの 反響音を聞いて、いま自分がどんな場所にいるのか わかっちゃう感覚を持っているって事です」 「そ、それって、さりげなく超すごいですよね?」 「お医者様には絶対空間把握能力を持っている人は 世界でも数人しかいない、稀有な存在なんだって 言われましたけど……」 「世界で数人って……めちゃくちゃ希少ですよ!」 「ま、まぁ稀に考え事をしていると、こけちゃったり とかはするんですけどね」 照れながら謙虚になるあたり、あまりその希少な力を自慢には思っていないようだった。 「でも、何だか先輩のすごさを垣間見た気がしますよ」 「ふふっ、そうですよ。天野くんより年上でお姉さん なんですから、すごくって当然です。えっへん!」 「それじゃあ先輩への不意打ち攻撃とかは一切 効かなかったりするって事かぁ……」 「当たり前です。後ろから驚かしたりとか、そんな 悪戯をしようとしたら、お仕置きで返り討ちです」 「うへぇ……き、気をつけます」 「ぶぅ。まるで悪戯する気まんまんだったみたいな リアクションですね」 「ハハハ、まさかそんな……」 俺は無駄だと解りつつも、誤魔化すように頭を掻きながら、視線を先輩から逸らす。 <飛べ! 花蓮ッ!! 〜舞い上がる誇り高き戦士〜> 「はわわっ!? 姫野王寺さんがマイナスイオンの力を 利用して、カタパルトで飛んでっちゃったよ〜!?」 「はわわわわわわわっ……ぜぜぜっ、ぜったい やばいよぉ〜〜〜っ!」 「だって、お山に激突したし……しっ、ししししっ…… 死んじゃったんじゃっ……」 「とにかく、今回の相楽さんの実験も、大失敗だった みたいだよぉ〜」 「あっ、翔さん、かりんちゃん、おはようございますっ」 「おう」 「お、おはようございます」 「二人で楽しげに通学してくるなんて、仲が良いのね」 「そ、そんなんじゃねーっての」 「遅いぞお主ら! せっかく私がとっておきのヤツを 披露してやろうと言う日にっ!!」 「すまんすまん」 恥ずかしさのあまり故障したかりんを直してたから時間がかかった、などとは間違っても言えないのでとりあえず追求されないように素直に謝っておく。 「で、噂のソレはどんなヤツなんだ?」 「うむ! 今度のは、ちとすごいぞ?」 「いや、この前のも十分にすごかったんだが……」 「ふん、失敗した発明品に価値など無いのじゃっ」 前向きと言うか足元を見ていないと言うか……微塵も過去を振り返らないその姿勢は、何とも麻衣子らしかった。 「でも、その……前回も言いましたが、機械を使って 飛ぶのはダメなんです……」 「ふっふっふ、大丈夫じゃ。まあ見ておれ」 「あう〜っ! 何やら頼もしいオーラがそこはかとなく 漂っているような気がしますっ!!」 「しっかしイマイチわからんなぁ……何で機械を使って 飛んじゃダメなんだよ?」 「その、あまり詳しくは言えないんですが……これ以上 科学の力を使うとダメなんだそうです」 「『だそうです』って……なんだそのニュアンスは?」 「んじゃ、例の認識阻害なんちゃらを停止して、一旦 この学園を閉鎖するのを止めてからズバッと機械を 使って空を飛べばいいじゃん」 「……それじゃダメなんです。だってこうしないと…… とにかく、学園の占拠を止めるわけにはいきません」 「ちゃんと、かりんちゃんなりの考えがあってこの学園を 閉鎖したんですよね?」 「はい」 「それじゃあ、やっぱり機械を背負ったりして 空を飛ぶのは不可能と言う事ですね」 「すみません……その方向でお願いします」 「……ふん、上等じゃ。自らの限界に挑戦するコトこそ 知恵のある人類に相応しい生き様と言うヤツじゃっ」 その人類の知恵の結晶を否定されているのだが……まあ、この際そんな細かい事はどうでもいい。 「機械がダメってんなら、どうしろってんだよ……」 「それは……わからないですけど。でも、どうにかして 私は空を飛ばなきゃいけないんですっ!」 「あー、一つ思いついたぞ」 「ほんとですかっ!!」 「ヤバめのクスリを使えばいいんだよ。ほら、機械の力を 使わずに、どこまでも飛べるぜ? きっと」 「あぅ! そんな事したら、死にますっ!!」 死にはしないと思うのだが……まぁ、やらねーわな。 「そ、そう言う意味では無くてですね……もっとこう 魔法使いのように、スイーっと飛びたいんです」 「我侭すぎるぞ貴様!! いいから妥協しろっ! さあ吸えっ! 吸ってしまえ!!」 俺は唐突に謎ギレしつつ、何故かポケットにあった溶けかけの棒アイスをかりんの口に突っ込む。 「んあっ……こ、これは、ひがいまふおっ……んん〜っ」 「美味しそう……」 「くそっ……無理難題を言いやがって」 「す、すみません……ぺろぺろ」 俺が口に放り込んだアイスを美味そうにしゃぶりながら謝られても、誠意など微塵も感じないのだが…… 「(まあ、コイツにはコイツの事情があるんだよな)」 それが何なのかは教えてくれないが、かりんが本気だってのは解ってるし、そう言うバカは嫌いじゃない。 学園を占拠までして飛びたい理由ってのも興味はあるしいくら隠しても、飛べた時には嫌でもわかるだろう。 「しょうがねぇな、ホント……やるしかねぇか」 「はぁ……無理に決まってるじゃない、そんなの」 今まで沈黙を貫いてきた静香が、机に頬杖をついて窓の外を眺めたまま、ポツリと何かを呟く。 「なあ、静香……お前、何急に拗ねてるんだよ? コイツが飛ばなきゃいつまでも現状維持だぜ? 俺らだけじゃアイデアも煮詰まってきたしさ」 「バカみたい。空なんて飛べるわけないでしょ!? そんな努力、無駄だって言ってるのよ!」 「……そうでもねぇだろ」 「え?」 「まあ本当に飛べるかどうかなんてわかんねぇけどさ。 それでも、みんなでこうやって考えて努力したコト ってのはよ……無駄にはならんと思うぞ?」 「……無駄よ。どんなに頑張ったって、結果が残らない 行為に価値なんてないわ」 そう、それはいつもと変わらぬ結論。 静香は幼少からずっとそのスタイルを貫いてきたのだ。誰に褒められようと、慰められようと関係ない。 結果が伴わなければ、決して満足しないタイプだった。 「(だからこそ、馬が合わないのかもな……)」 たとえ徒労に終わるのだとしても、決して諦める事なくその可能性に挑戦するかりんと、実る努力だと信じれる行為にしか価値を見出せない静香。 ハチャメチャなかりんに振り回されて、静香の愛する今までの平穏な日々を崩されてしまったせいも多少はあるのだろうが…… ここに来て、早くもチームワークが崩れてきたと言えるのかもしれない。 「(すぐ機嫌が良くなってくれりゃあ良いんだけど)」 「あぅ……」 「トランポリン……などを使えばどうだ?」 「のわっ!? い、いたのか櫻井……」 「つい先ほどまで徹夜で付き合ってくれておった からのう……たぶん寝言みたいじゃな」 「トランポリンか……すんげぇトランポリンとかで 20秒くらい浮かんでいるとかはどうなんだ?」 「あぅ……残念ながら、それもダメです」 「ああ言ったものですら『道具』扱いなんですね……」 「はい。道具を使用して飛ぶのは、ダメみたいです」 「なんだよ、そりゃ……完全にお手上げだろ」 本格的な機械のみならず、そういった類の道具ですら使用してはいけないのは、絶望的といえる状況だった。 「これカケル。誰が完全にお手上げなんじゃ?」 「なんだよ、そんなに今回のヤツは自信があるのか?」 「まあの。今回は、一味も二味も違うはずじゃっ!」 思わせぶりにニヤリと笑う麻衣子を見て、なぜか俺も不思議と期待感が膨らんできてしまう。 「んじゃあ、また屋上に行くのか?」 「うむ! とっくに準備万端じゃ」 「今度こそ飛べると良いですねっ!!」 「あぅ!」 「では、みんなで屋上に集合じゃ!!」 「了解です」 何だかんだでドキドキしながら、俺たちは微かな期待感を胸に、屋上へと向かうのだった。 ……………… ………… …… 「おーっほっほっほ! みなさま、お待ちして おりましたわっ!」 「今日と言う今日こそは、私の勇姿をその目に焼き付けて いただきますことよっ!!」 「お前、いないと思ったらこんなところにいたのかよ」 「マーコさんの指示で、ここで待機していたんですわ。 実は昨夜からいて徹夜ですから少々寝不足ですけど 今は何故かハイテンションだったりしますわ!」 「徹夜ハイと言うヤツだな」 「と言うか、恐らくその集合時間はお主の勘違いで 12時間ずれていただけじゃと思うのじゃが……」 「そ、そうだったんですのっ!?」 こいつ、バカだ。真性のバカだ。 「やべっ! 当たり前の事につっこんじゃった!」 「?」 「つ、つっこむとか……翔さんが言うとえっちです!」 「てめぇは黙ってろ、このポンコツメガネッ!! 俺様の汚ねぇモノでもしゃぶってろボケがっ!」 俺は再び意味も無くキレて、本日2本目の棒アイスを取り出して、かりんの口に強引にねじ込む。 「ひみわかりまへんよぉ〜っ!!」 「やっぱり美味しそう……」 「まぁまぁ、セクハラはその辺にしておけ、カケル」 「ちっ……悪かったな。最近の若者はよくキレるんだ。 カルシウムとか常に不足気味なんだよ」 「若者とか、全然関係ないんじゃ……」 「それほどまでのメガネ嫌いも珍しいのぉ……」 こればかりは本能的なもんなんだし、嫌いなモンはしょうがないだろ……と心の中で弁解してみる。 「今日の主役は私、姫野王寺 花蓮様でしてよっ!? 無視しないで下さるっ!?」 「ああ、悪かったよ。んで、お前は何をするんだよ」 麻衣子が今度はいったい何をやらかそうと思ってるのか図りかねたので、単刀直入に訊いてみることにする。 「いや……知りませんわ」 「知らないのに徹夜で待ってたのかよっ!!」 「まさかマーコさんが私の美貌に嫉妬して、わざと 徹夜させることで、お肌を荒らすだなんて……」 「私はなんて罪作りなエリート少女なんですのっ!?」 「で、こいつは何なんだ?」 一人で勘違いをしてなにやら呟いている花蓮は放置してこのどでかい装置を麻衣子に説明してもらうことにする。 「ふっふっふ、聞いて驚け。これこそがワシが開発した 新型人間用カタパルト『ランナー君』1号じゃ!!」 「か、カタパルト!?」 「うむ。《ランナー:飛行者》を勢い良く前方にふっ飛ばす事で 空を飛ぶことを後押しする装置となっておる」 「ふぇっ? どう言う原理なんですか?」 「よくロボットアニメであるじゃろ? 出撃する時に こう……カタパルトからバシュッと飛び立つような カッコよく空を飛んでいくシーンが」 「そうですね。お馴染みですね」 「要は、あれと同じ原理じゃ」 「同じ原理って……それはただふっ飛ばしているだけと 解釈してもよろしいのでしょうか? マーコ様」 「まっ、そう言う事になるの」 「それじゃ絶対に飛べねーだろ……」 いいとこ『飛んでいく』と言うニュアンスが限界だ。その後、地面に叩きつけられてジ・エンドだろう。 「それじゃあ地面に叩きつけられてジ・完になって しまいませんこと?」 ジ・完ってなんだ…… 「まあ、飛べるかどうかはランナー次第じゃな」 「それ、カタパルトの意味無いだろ……」 しかしまぁ、機械の力を借りて飛べないのだからこう言う方法しか残っていないんだろうけど……失敗が目に見えている、まさに自殺行為だった。 「早合点するでない、カケル。私が何の手も打たずに こんな馬鹿げた案を出すと思うておるのか?」 「何っ!?」 麻衣子はニヤリと笑うと、花蓮を手招きして例のカタパルトに誘導する。 「なんですの? 私が飛ぶんですの?」 「うむ。これが出来るのは、お主しかおらん! なんせエリート中のエリートじゃからなっ」 「えりーと中のえりーと……エリートメントですわね!」 「なんなんだよ、それは……」 「髪の毛に優しいキューティクルな雰囲気が漂うお方のこと ……なのではないでしょうか?」 「(絶対に違うと思う……)」 「エリートメントの私にかかれば、空を飛ぶくらい 余裕でしてよっ!!」 「おいおい麻衣子、やる気にさせたのは良いが…… 本当にこんなんで大丈夫なのかよ?」 「たしかに、ただふっ飛ばすだけなら無理じゃろうな。 じゃが! これならどうじゃっ!!」 「なに、こいつは……っ!?」 麻衣子が怪しげな青色のスイッチを押すと、地面から綺麗な青い風のようなものが吹き出してきた!! 「マイナスイオンじゃあぁ〜っ!!」 「マイナスイオンだとぉ〜っ!?」 「力が……力が湯水のように沸いて来ますわっ!! これがマイナスイオンの力ですのっ!?」 ピピピピピピピピ………… 「す、すごいですっ! 花蓮さんの飛行力がどんどん 上昇していますぅ〜っ!!」 「な、なんだってー!?」 かりんの持つ、秘められた飛行力を計る事が可能な道具・スカイメジャーに示された数値が、飛躍的に上昇していくのが音を聞くだけでもわかる。 やはりマイナスイオンの効果は絶大なようだ。 ピピピピピピピピ………… ボンッ!! 「きゃあっ!?」 「スカイメジャーが壊れたっ!?」 「ば、馬鹿な……なんて飛行力だ!」 「どうじゃ、カケル!」 「行ける……間違いなく行けるぞっ!!」 「ふははははーーっ! 戦闘一族・姫野王寺 花蓮様を なめるなよぉーーーっ!!」 「なんか性格まで変わり始めたぞっ!?」 「何せマイナスイオンじゃからな……後遺症ぐらいは あって《然:しか》るべきじゃ」 「よし、じゃあ今すぐに飛び立たせなきゃな!」 「いいや、まだじゃっ! さらにここから…… プラスイオンを放出じゃっ!!」 「なにィ!?」 ドウッ!! 麻衣子が赤いスイッチを押すと、今度はさらに爽やかな赤い風が下から流れ始めた!! 「はぁ〜……っ」 「くっ……なんて(飛べそうな)気だっ!! 潜在能力を遥かに超えてっぞ!」 「カキャロットォーーーーーッ!!」 おい、それは多分筋肉ムキムキの伝説の方だぞ。 「今じゃっ!! カタパルト射出!」 「いっけえええぇぇぇぇぇーーーーっ!!」 「カレン、行っきまぁ〜〜〜〜〜〜す!!」 「ハァイナル○ラァーーーーーッシュ!!!!」 意味不明の叫び声を上げて飛んでいく、我らが期待の新星スーパー花蓮! カッ!! ……………… ………… …… 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 遥か遠くにある山頂に激突して散った花蓮を哀れむように揃って、ただ無言で見つめる。 「いいランナーじゃった」 「ああ、そうだな……」 花蓮……君の事は忘れない。 「やはり駄目じゃったか……」 待て、やはりって何だ! 「ここまでしても駄目となると……死ねますね……」 「まあ、死んだかもしれんな」 と言うか、相手が花蓮じゃなかったら、間違いなく冷酷非道の殺人集団になってたよな、俺たち。 「今度こそマズい気が……」 「さすがの姫野王寺さんも、今回ばっかりは危険なんじゃ ないでしょうか……?」 「色んな意味でヤバそうだったからな」 俺たちはさすがに悪ノリしすぎた事を反省しつつそれでも花蓮は平然と戻ってくるであろうことをどこかで確信しつつ、崩れ行く山を見やる。 そうして俺たちは、今日も大した成果は挙げられずに一日の幕を閉じることになるのだった。 ……………… ………… …… <飛行宣言!> 「どうやら、このメガネの女の子が学園を占拠した テロリストさんのようだよ〜」 「しかもこの学園の中には、教室にいる8人の男女しか いないと断言されてしまいました」 「そして集められた7人のメンバーは、怪しげな 発明品の『探知機』を元に選出したみたいです」 「私はその『探知機』に引っかからなかったのかな。 ……でも、たった7人だけが探知されたものって 一体なんなのかなぁ……?」 「あぅ……すみません、この学園は占拠しちゃいました。 死にたくなければ、1ヶ月以内に空を飛んでください」 その言葉に誰一人として理解がついて行かず、間抜けにぽかんと口を半開きにしたまま固まってしまう。 が…… 突如現れた同じ学園の女子学生にこんな事を言われてそれ以外のリアクションをするなと言う方がムリだ。 「つまり、この騒ぎの主はお前と言う事なのか?」 いち早く我に返った男子学生が、教壇に立つ少女へ冷静な質問を投げかける。 「はい。そう言う事になるかと思います」 ケロっとした表情でとんでもない事を言ってのける。 確かに一見年上にも見えなくはない年齢不詳の女子学生(服装から察するに同学年だが、まず学生なのか不明)と言う風貌と言動からは、納得できる答えではある。 だが、このメガネっ《娘:こ》から漂ってくるへっぽこオーラはその言葉を素直に受け入れるなと警告していた。 「みなさんも知っての通り、武力行使を含む強行突破で ここ瑞鳳学園を占拠させて貰いました」 「ですので、今この学園内には私を含めてここにいる 8人しかいません」 その発言により、教室の中に微かなざわめきが起こる。 「で、何で俺達だけをここに集めたんだよ」 「あっ、はい。それは……」 もそもそと、どこからか取り出したポシェットに両手を突っ込んで何かを漁っているようなアクションをする。 「あぅ! これですっ!!」 謎の少女が取り出したのは、何やらよくわからない一見すると食べ物のような、怪しげな物体だった。 「なにこれ? バナナ?」 「探知機です」 「は?」 「ですから、探知機です」 「国民的人気キャラクターの青タヌキさん風に言うと 『てけててん! 探知機ぃ〜っ!!』です」 「いや、似てないから」 「それとアイツはタヌキじゃなくて猫だぞ?」 「っつーか、効果音までセリフ扱いにするなよ!」 「この探知機が指し示した『飛行候補生』が、ここにいる みなさんでしたので、こうして1箇所に集めたんです」 俺の三連続ツッコミは軽く無視されていたっ!! 「一本の矢は簡単に折れてしまいますが……」 「えーっと、複数の矢は……なんかアレらしいので とにかくそんな感じですっ」 「今お前、絶対上手く例えようとして言えなかったから 適当に誤魔化しただろ」 「あぅ……そんなわけありません。あの有名な例え話を 忘れるほど落ちぶれていませんので」 「じゃあ言ってみろ」 <魔法使いは、もう要らない> 「例えどんなに罵倒されても、暴力を振るわれても そんなものは関係ありませんわ」 「この子たちの大切な居場所を守りたい……」 「そんな私の想いが通じたように、お父様が業者の方を 退けてくださいましたわ」 「でも、なんでお父様がこんなところに……? そんな疑問を抱いた時、なぜかあの人の顔が 浮かびましたわ」 「ふふっ。きっと翔さんのお陰なんだって、不思議と 確信めいたものがございますわ」 「そして、私の想いを認めてくださったお父様は しばらくの間、私の好きなように生きていいと 仰ってくださいましたわ」 「そして翔さんに私を託し、悪態を尽きながらも どこか嬉しそうに去っていったんですの……」 「……こうして、保育園と翔さんを巻き込んだ 私の家出騒動は、一旦の幕を下ろしましたわ」 「今までは翔さんたちに支えられてきましたけど…… 今度こそ、自分だけの力で前に歩いてみせますわ」 「見ててくださいませっ! きっと誰もが頼れるような 立派な女性になってみせますわっ!!」 「くっ……!」 「…………!」 その拳は、花蓮が顔面で受けなければ止まらない。 誰もがそう確信し、息を呑んだときだった。 ……………… ………… …… 「…………?」 「……なんだ?」 いつまで待っても、男の腕が振り下ろされる気配はなかった。 そしてその拳の先を目で追い……愕然とした。 「じゃ、邪魔するんじゃ……!?」 振り返った男が言葉を失う。 それはそうだろう。 本当ならここに来るはずのない男が、鬼の形相をして自分の手首を握り締めていたのだから…… 「…………フンッ」 憮然とした顔でそこに立っていた花蓮の父親が放り投げるようにして男の手首を放した。 「オ、オッサ……」 「お父様!?」 「お、お父様!?」 男たちがうろたえて、花蓮と親父さんの顔を見比べる。 「フン……ひどい顔をしているではないか、花蓮」 「も……元はといえば、お父様のせいですわ!!」 頬を膨らませて、花蓮が反論した。 「お父様って……ひ、姫野王寺さん、それじゃ……」 「フッフッフ……姫野王寺家の跡継ぎにこんな化粧を してくれるなど、なかなか度胸があるではないか」 「ヒッ……!」 口の端を吊り上げて、花蓮の父が悪魔のように笑う。 「失せろ!! 娘に手を上げる者は許さん!!」 「ハッ……ハイィィッ!!」 男たちは大慌てで各々の車に乗り込み、蜘蛛の子を散らすように去っていってしまった。 「(すげえ……あいつらを、たったの一喝で……)」 あんな顔で怒鳴られたりしたら、当たり前であるが…… 「フン……あれだけ大きな口を叩いておいて ザマがないな、小僧」 ニヤニヤとからかうように、花蓮の父親が地面に這いつくばる俺に言った。 「うっせ……これでも我ながら頑張った方だっつーの」 「アンタが雇った連中、解体業者なんかじゃないだろ。 ったく……どこの暴力団だよ……」 「……フン」 俺の言った事がおかしかったのか、今一つわからない顔で親父さんは鼻で笑った。 「お父様……」 俺を一瞥した後、親父さんは呟く花蓮に背を向ける。 「花蓮よ……お前も母親に似て、男を見る目がないな」 「……え?」 「この、向こう見ずで口だけのバカな男…… 昔の私とよく似ている」 そう言って、含むように笑った。 「……あんだとぉ?」 「お父様……」 「いいだろう、花蓮。お前の自由を認めてやる」 「え……」 「勝手にしろと言っているのだ」 「夢を求めて進もうが、どこかのバカ男と同じ道を 歩んで野垂れ死のうが、だ……」 「お、お父様……」 「ただし! 一度夢を抱いたからには姫野王寺家の 名に恥じないよう、決して立ち止まらず突き進み 必ずそれを実現させろ!!」 「は……はいですわっ!」 背筋を真っ直ぐに伸ばし、《あ:・》《の:・》花蓮が直立して返事をする。 「(こ、これが姫野王寺家のしつけの賜物……)」 「フン……小僧。しばらく間、花蓮を貴様に預けておいて やる」 「……いいのか? こんな口だけの男で」 さっきの仕返しとばかりに、拗ねたように反撃する。 「いいだろう……もしも花蓮を泣かせた時は 姫野王寺財閥の総力を以って貴様に責任を 取らせるまでだからな」 「…………」 想像しただけで、泣きそうになった。 「……フン」 「本当に、こんな男のどこが気に入ったのだか……」 そう首をかしげ、花蓮の親父さんは去って行った。 「…………」 「…………」 しばしの間、俺たちは呆然と顔を見合わせていた。 「…………」 「よろしかったのですか、ご主人様?」 「花蓮お嬢様たちの事、お認めになって……」 「フン、白々しい事を言いおって」 「元はと言えば貴様が『様子を見に行ってはどうか』と そそのかしたからではないか」 「さて……そんな事がございましたか……」 「……フン。相変わらず、食えん男だ……」 「貴様、こうなる事を予想していたのだろう?」 「はて、何のことか存じかねますな……」 「……タヌキが」 「滅相もございません……」 「私はいつでも、花蓮お嬢様のため最良の選択をしている だけでございます」 「……フン」 「車の用意をしろ」 「かしこまりました、ご主人様」 「…………」 「…………」 「えぇっと……認めてもらえたのかな、俺たち?」 「どうやら、そのようですわね……」 しばらく固まった後、俺たちは互いに確認を取った。 「そ、そっか……」 節々から悲鳴を上げる身体を無理に捻り、俺はあお向けに転がった。 「勝ったんだなぁ……俺たち」 「勝ちましたわね……」 いまだに夢を見ていると言うように、俺たちは呆然とした調子で言った。 「……これから、どうするんだ?」 「どうするんだ……って?」 「この先、保育士になるために勉強するか…… 実家に帰って親父さんの跡を継ぐか……」 「本気で聞いてますの?」 「……な訳ねーだろ、バカ」 そう悪態をついて、大きく息をはいた。 「もちろん、保母さんになるための道を突き進む つもりですわ」 「それが私の夢であり、お父様が望んだ事ですもの」 「そっか……忙しくなるな、これから」 「もちろんですわ。やらなきゃいけない事は 山ほどありますもの」 そう言って、花蓮が指折り数える。 「……でも」 「……ん?」 「今はもう少し……ようやく勝ち取った自由の味を 噛み締めていたいですわ」 「花蓮……」 花蓮が頬を桜色に染め、俺に寄り添ってきた。 そして目を閉じ、自然に唇を…… 「あーっ、ラブラブだー!」 「ぶーーーーーーーーーーーっ!!」 「うわっ! 汚なっ!」 突然、後ろのほうから甲高い声が聞こえてきた。 「ちかづきすぎだぞ二人とも! もっとはなれろよ!」 「まだ言ってるんだ……もうあきらめなよ……」 「ねえねえ、ちゅーしないの? ちゅー」 「……うかつだった」 こいつらの存在をすっかり忘れていた。 花蓮と共に戦い抜き、保育園の存続を勝ち取った子供たちは俺たちをやんややんやとはやし立てる。 「も、もう! みんな、おませさんですわねぇ」 「え、立つの?」 「でも、私が一番好きなのはあなたたちだっていう事は 変わりませんわ!」 「ちょ……え、俺は? つーか、行っちゃうの?」 「今日はお祝いですわ! 暗くなるまで、とことん 遊びつくしますわよ〜〜〜〜〜っ♪」 「だ、だから、俺は置いてきぼりなんだ!?」 歓声を上げて子供たちと走っていく花蓮を見送りながら俺はため息と共に空を見上げた。 「……元気だなー」 遠くから聞こえてくる声を聞きながら、俺は一人ごちた。 身体の節々が悲鳴を上げ、立つことすらままならない。 「確か今日は、コッペパン半分しか食ってないはず なんだけどな……」 とりあえず、絆創膏くらい貼っていけ。 そんな事を思いながら、俺は目を閉じたのだった。 <麻衣子と科学とアイデンティティ> 「相楽さんに、どうしてそこまで科学にこだわるのかを 訊ねた天野くん」 「軽い気持ちで投げかけられたその疑問に 相楽さんは……」 「科学には、不可能なことがあってはならぬから ……と答えたんじゃ」 「ふえっ!? さ、相楽さんっ!?」 「うむ。遊びに来てしまったぞ」 「ありがたや〜、だよ〜」 「それでじゃな……科学とは、すなわち人間の無限の 可能性を具現化したものだと考えておるのじゃ!」 「ふぇぇ〜っ……なんだかよくわからないけど すごい説得力だよぉ……」 「その考えを伝えると、カケルも何か思うところが あったのか、今後はより精力的に、発明の協力を すると約束してくれたのじゃっ!!」 「まさに、科学の勝利だね〜…………はわっ!? も、もしかしたら、これが科学の力!?」 「ナベちー……お主、科学をバカにしておるのか!?」 「ふぇぇっ!? お、怒られちゃったよぉ…… な、なんでぇ〜〜〜?」 「さて、どうすっかなぁ……」 期待してるなんて言われた以上、それに応えないわけにはいかないだろう。 とは言え、俺一人で出来ることなんて程度が知れているのも事実だ。 「となれば、とりあえずあそこに行くか」 行けば何かしら手伝えることがあるだろうと、俺は目的地へ向かって足を踏み出した。 「よっ、まだやってる?」 「む、もう閉店してしまったんじゃがのう。常連さんに 出す分くらいはまだ残っておるから、寄ってってくれ」 「ははは、悪いねぇ、いつも無理言っちゃって。 ここ、大丈夫?」 「どうぞなのじゃ」 空いていた席の一つに腰掛け、一段落する。 「とりあえず何か一杯もらえるかな?」 「ふむ。ちょうどオススメのいいヤツが入ってきた ところだったんじゃ。なかなか市場には出回って いないモノでのう」 コトリとテーブルの上に置いた瓶はたしかにあまり見たことのないもので、未知のものに遭遇した俺の期待感をこれでもかと煽る。 「どうじゃ? 試してみるかの?」 「そうだね。じゃあ、一杯もらえるかな?」 「ではこれは私からの奢りじゃ」 「あぁ、悪いねぇ。御馳走になるよ」 出された杯を一気に《呷:あお》ると、口の中には今まで経験したことのない、不思議な味が広がった。 「……うん、なかなか難しい味だなぁ。これはなんて銘柄の ものなんだい?」 「ハイドロカルチャー培養液」 「ぶふううううぅぅぅぅぅっ!」 名前を聞いた瞬間、弾けるように口内の液体を吹き出す。 「な、何をするんじゃ! 白衣にかかってしまったでは ないか!」 「ぶへっ! ぺっ、ぺっ! な、なんてモノ飲ませるんだ テメェは!」 「だから植物などに使う培養液じゃよ。人体には影響がない から大丈夫じゃ。……たぶん」 ハンカチで顔を拭きながら解説してくれるが、まったく有り難くないうえ、最後に添えられた一言が地味ながら恐ろしかった。 「よい子も悪い子も、真似しちゃダメだぞ?」 「お前はお前で、誰に向かって言ってるんだよ……」 「来週もまたみんなで見るんじゃぞ!」 「……んで、なんで植物の培養液なんてものがここに あるんだ?」 「うむ。実は、次の発明に使うために必要でのう。 部品の植物が不足しておるのでな」 「へぇ……ゴボゴボ……」 根本的なところから間違っている気がするが、もう慣れたもので、たいした疑問も抱かずにビーカーに入った水で口をゆすぐ。 「その関係もあって、シズカとカレンには大自然と格闘を してもらっておるのじゃ」 「そう言えば、突っ込みが来ないと思ったら、静香は 出かけてていないのか」 「うむ! 今頃は二人で仲良く山の方へと部品集めに 勤しんでおるはずじゃっ」 「ふーん……」 俺は深い意味もなく、なんとなくその光景を想像する。 「オーッホッホッホッ! こんなの楽勝ですわぁっ!! ここにある草をひたすら持ち帰れば終わりですわ!」 「んもぅ! 楽勝ね花蓮ちゃん、んもぅ!!」 「全身からあふれ出さんばかりのオーラで、周辺の草全てを 塵と化して差し上げましてよっ!!」 「んもぅ! カバさんみたいな雑草を探すわ!!」 「それじゃあ私は、コッペパンみたいなタンポポを 探し出して見せますわぁ〜〜〜っ!!」 「んもぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ですわああああああぁぁぁ……」 「なんだか急に、不安になって来たぞ……」 「ほぇ? シズカがいれば、むしろ安心じゃろうに…… お主、いったいどんな想像をしておるのじゃ?」 「まあ俺の失礼な妄想は置いておいて、だ……ホントに 植物なんかを使って空を飛べるのかよ?」 「それはまぁ、見てのお楽しみじゃな」 「その二つの関連性が、全然結びつかねーんだけど」 「機械がダメなら、生命力を使えばいいだけの話じゃ」 「生命力?」 「うむ。植物を急成長させて、こう……うにょ〜んと」 「どこの豆の木だよ……」 しかもそれは飛んでいるとは言えない気がするのだが…… 「なんか今回の実験も失敗しそうな予感だな」 「むぅ……そんな事は無いのじゃっ! 次こそは ズバっと成功させて見せるのじゃっ!!」 「とにかく、私の科学に不可能は無いと常日頃から 言うておるじゃろうに」 「……随分こだわるよな、それ」 「ん、何がじゃ?」 「『科学には不可能が無い』ってやつ」 「たしかに、口癖のようだな」 「もしかして、何か思うところあって使ってるのか?」 「当然じゃ。意味も無く連呼するわけがなかろうに……」 すると、それが当然、と言わんばかりに麻衣子が平然と言ってのける。 「へぇ……その方がハカセっぽいから、とか?」 「馬鹿者。失敗を繰り返していく事こそ、偉大な科学者 と言うものじゃ」 「じゃあなんで、不可能は無いなんて言うんだよ? それじゃあファンタジーチックで、ハカセっぽく 無いんじゃねーのか?」 「……まぁ、それはの」 「じゃが、私にとっての『科学』には、不可能なぞ ありはせんのじゃ」 「……それを証明する事こそが、私のアイデンティティ と言うヤツじゃからのう」 「不可能が無いなんて、それこそ非科学的なご都合主義の 理論のように思えるけどなぁ……」 「俺は別意見だな」 「常に不可能な事柄に挑戦して来たからこそ 現在の発明品が生まれて来たのだろう?」 「む……そりゃあ、そうだろうな」 「つまり、今では何でもない事も、昔の人には 『不可能』であったはずだ」 「うむ! つまりは、そう言う事じゃな」 「科学とは、人が歩いてきた『歴史』そのものなのじゃ。 言うなれば『人の可能性』そのものといえるじゃろ?」 「じゃから私は、科学に不可能はないと信じたいのじゃ」 「麻衣子……」 「諦めてしまう事はいつだって出来るし、簡単じゃ。 有限の人生じゃからな。答えのない問いについて 考えるのは、頭の悪い生き方かもしれん」 「じゃが……それでも、私は諦めたくないのじゃ」 「科学を否定するということは、人の持つ夢や願望 その可能性を否定することに通ずるからのう」 「フッ……良い心意気だな」 「むっふっふ、当然じゃ〜っ♪」 「……それに、発明は私の唯一の取り得じゃからの」 「私は人の可能性の塊である科学で、みんなに希望を 見せてやりたいのじゃ!」 「そっか……麻衣子には、そんな夢があったのか……」 「うむ! 科学はみなを救うためにあるのじゃからな!」 お人よしで、自分の利益を省みず、寝ても醒めてもひたすら発明に明け暮れている少女――― ただの厄介ごとが好きなだけのお気楽少女かと思っていたのだが、その裏にはそんな想いが秘められていたとは…… 「見直したぞ、麻衣子」 「な、なんじゃ? やぶからぼうに……」 「いや、お前がそこまで考えて発明品を作ってたなんて 初めて知ったからさ」 「俺もだ」 「こ、こんな、こっ恥ずかしい話を、好き好んでする はずがあるまい!!」 「うぅっ……つい口が滑ってしまったのじゃ」 感心されたのが恥ずかしかったのか、真っ赤になって誤魔化そうとする麻衣子。 「なんだよ、いいじゃん。照れるなっての」 「ああ。良い話を聞かせてもらって、助手としての やる気も、通常の3倍まで膨れ上がったぞ」 「お、お主ら、からかっておるな!?」 「んなこたぁないって。な、櫻井?」 「そうだな」 「うううぅぅぅ〜……怪しすぎるのじゃ〜」 一人恥ずかしがる麻衣子を見て、思わず微笑ましくなって、頬を緩めてしまう。 「よっしゃ、マーコ! 俺にも何かやらせろって!」 「い、いきなりテンションを上げるでないっ!! 暑苦しいからやめんか」 「うるせぇ! とにかく、これからは今まで以上に お前をサポートして行くって決めたんだよ!!」 「フッ、まったく……現金な男だ」 「そ、そう言うつもりで話したワケではないんじゃが…… 変な情をうつされても困るのぅ……」 「と言いつつ、嬉しそうじゃないか」 「うるさいうるさいっ! お主は黙って手を動かして おればいいのじゃっ!!」 「ふむ。では、そうするとしよう」 「カケル……この話、シズカに言ったら絶交じゃからな」 「ほう。静香すらも知らねーんだな。そりゃあ良い事を 聞いちまったなぁ」 「むぁっ……失言じゃったか!?」 「よし、明日さっそく教えてやるかな」 「ダメじゃダメじゃ、それだけはダメじゃあぁ〜っ!! な、なんでもするから黙っておくのじゃっ!!」 「へっへっへ……しょうがねえな。じゃあ、そのうら若き 身体で、俺の口を塞いでもらうとするかね」 「うぅっ……致し方あるまい」 「落ち着けって。さすがに冗談だ」 「では、ヒミツにしておいてくれるのじゃなっ!?」 「いや、それは無理」 「なんでじゃああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!」 そうして麻衣子をからかいながらも、俺は今後も麻衣子を全力でサポートして行く事を決意したのだった。 ……………… ………… …… <麻衣子と静香と助手野郎> 「マーコさんは何か考えがあるみたいで、自信満々の 様子でした」 「今後の活動を円滑にするためにも助手が欲しいと みなさんに相談してみたら、あっさり櫻井さんが 承諾してくれました」 「マーコさんも異論は無いみたいで、無事に助手は 櫻井さんに決定したようです」 「……と言う事で、本日のところはこれで解散にしたいと 思います」 「む。その前に一つお願いがあるのじゃが……」 「はい、何でしょうか」 「今後の発明は、時間制限もあるゆえに一人では少々 厳しくなってくると思われるのじゃ」 「なので、ここいらで誰かに助手を頼みたいのじゃが」 「マイコの手となり足となるフォロー役だな」 「私を支えるパートナーと言って欲しいものじゃな」 「なるほど、助手ねえ……」 静香はいつも助手と言うか付き人のような感じだし……俺の方も、いざと言う時の人手のようなものだろう。 つまりは、それ以外の誰かに頼むのが恐らくベストなのだろうが…… 「うーむ……そうじゃな、どうせなら男手があった方が 私としても楽になるのじゃが」 そのセリフと同時に、全員が一斉に櫻井の方へと視線を向けていた。 「俺で良いなら引き受けよう」 「うむ! では、よろしく頼むぞ!!」 「まあ、櫻井くんなら助手とか平然とやってのけて くれそうな気がするわよね」 「そつなく何でもこなしてくれそうなイメージが ありますわ。そう、まるで菜っ葉のように……」 「涼しい顔して助けてくれる、とってもステキな クールガイですっ!」 「それじゃあ、櫻井くんで決まりですね」 「がんばってくださいっ」 みんなの激励を受け、どうやら麻衣子の助手は満場一致で櫻井に決定したようだった。 <麻衣子のとっておき?> 「空を飛ぶ方法が見つからない状況を見て、やっぱり ここは自分しかいない、と奮起する相楽さん」 「とっておきの秘策を考えているって自信満々の 相楽さんだけど、それを用意するのはさすがに 大掛かりな作業になるんだとか」 「何人かに手伝って欲しいって言って、櫻井くんや 嵩立さんを巻き込んだみたいだけど……」 「天野くんは、どうするつもりなんだろ?」 「天野くん、鳥井さんたちと一緒に、ここに残る つもりみたいだよ〜」 「誰かに用事があったりするのかな……? えっと 天野くんは……」 「ひとまず、相楽さんのところへ行くみたいだよ〜」 「姫野王寺さんとお話するつもりみたいだよ〜」 「姫野王寺さんとお話するつもりみたいだよ〜」 「鈴白さんのところに行くみたいだよ〜」 「ぶちょーかぁ……天野くんも、鈴白さんみたいな 年上のお姉さんな人が好きなのかなぁ……?」 「鈴白さんのところに行くみたいだよ〜」 「ぶちょーかぁ……天野くんも、鈴白さんみたいな 年上のお姉さんな人が好きなのかなぁ……?」 「ててててて……」 「まったく、何をやっておるのじゃお主は……」 「ほんと、バカなんだから」 先ほどのボディブローの痛みを引きずっている俺を見て溜め息を吐く麻衣子と静香。 「うっせーな。飛べると思ったんだよ!」 「しょうがないのう……やはりこの状況を打破 出来るのは、私しかおらんようじゃの!」 「もしかして、何かまた考えがあるんですか?」 「当たり前じゃっ! 私を誰だと思っておる! 科学の力に不可能は無いのじゃっ!!」 「わぁっ! すごいですっ」 「とっておきの秘策があるのじゃ。この方法なら 恐らく空を飛べるようになるじゃろう」 「根拠はありませんが、不思議と安心感がありますね」 「人徳と言うヤツではありませんこと?」 「まあ、そこのバカよりは頼りたくなるわね」 「ひでぇ……」 「安心しろ。俺だけはお前の味方だ、天野」 「さ、櫻井……お、お前ってヤツは……最高だぜ」 「ふむ、喜んでもらえたようで何よりだ。冗談を言った 甲斐があったと言うものだ」 「冗談なのかよっ!!」 「それで、とっておきの秘策と言うのはいったい どのようなものなんでしょうか?」 「う〜む……それが、かなり大掛かりな発明品なので 時間と人手が要ると思うのじゃ」 「でも機械の力で飛ぶのはダメだって、さっき かりんちゃんが……」 「みなまで言うでない。なに、昔からよく言うじゃろ? バカと機械は使いようじゃとな」 「あう! たしかに言いますね」 「言わねえよ」 しかし、どうやら自信満々なのは間違いないようだ。 「……と言う事で、助手の秀一はもとより、シズカにも 手伝って欲しいのじゃっ」 「んもぅ。しょうがないわね……」 「それじゃあ今日は、ここいらで解散じゃな」 「はい。気分転換も大切ですので、みなさん自由に 過ごしていただいて構いません」 かりんの言葉を皮切りに、ぞろぞろと教室を出て行く麻衣子たち開発チーム一同。 「う〜む……」 今回は少し人手が要ると言っていたが、俺は連れて行かなかったし、3人で十分なのだろうか。 手伝いに行ってもいいのだが、かりん達と一緒にここに残って放課後を過ごすと言うのもアリだ。 「さて、どうするかな……」 「……まぁ、麻衣子たちは平気だろ」 下手に俺が行ったって役に立つとは限らないし今日のところは英気を養うために教室に残ってのんびりと放課後のひとときを過ごすとしよう。 「(けど、一人で過ごすってのも味気ないな)」 ここは誰かと親睦を深めるのも良いかもしれないが…… 「やっぱり麻衣子の手伝いでもするのが無難か……」 人手が要ると言ってたし、ここで無い頭を使って空を飛ぶ方法を考えるよりも、よっぽど有意義な時間の使い方だろう。 「(うし、行くか)」 俺は気合を入れなおして『とっておき』とやらを手伝うために、麻衣子たちの後を追うことにする。 「(そうだな……花蓮にでも話しかけてみるか)」 俺は少し迷った末、ちょうど近くにいた花蓮に話しかけることにした。 「(そうだな……花蓮にでも話しかけてみるか)」 俺は少し迷った末、ちょうど近くにいた花蓮に話しかけることにした。 「(先輩でも探しに行くか……)」 俺は、いつの間にか消えている先輩を探すためにかりん達がいる教室を後にするのだった。 ……………… ………… …… 「(先輩でも探しに行くか……)」 俺は、いつの間にか消えている先輩を探すためにかりん達がいる教室を後にするのだった。 ……………… ………… …… <麻衣子のムフフな餞別> 「帰り際、翔さんがマーコさんに呼び止められて いましたわ」 「何か渡されて大騒ぎしているようでしたけど……」 「まさか、また何か良からぬことを企んでるんじゃ ございませんわよね……?」 「(そろそろ時間だな……)」 保育園に行くために教室を抜け出そうと、花蓮と目配せしていた時だった。 「カケル……少しよいか?」 教室のドアの向こうから身体を半分のぞかせて麻衣子が小声で俺を呼び、手招きしている。 「ん?」 ちょっと行って来る、と花蓮にアイコンタクトして俺はそちらへと向かう。 「なんだよ、コソコソして」 「まあまあ、よいからよいから」 そう言って麻衣子は俺の手を引きながら、教室から遠ざけるように先導する。 「さてと……」 「だから何だよ。用事なら教室でもいいだろ」 「ほっほ〜う? そんなこと言うと、後悔するのは お主の方なんじゃがのう?」 「な、なんだよ」 にやりと笑う麻衣子を見て、たじろぐ。 これは間違いなく、何かよからぬ事を考えている顔だ。 「お主、最近カレンと同棲しているのじゃったな?」 「そ、そうだよ、それがなんだよ!」 思わず顔が真っ赤になる。 「ふむぅ……その様子だと、まだ手は出しておらん のじゃろうな、やはり」 「どっ……どど、どういう意味だよっ! 言いたい事が あるならハッキリ言えよ!!」 「まだヤッておらんのじゃろ? んん〜?」 「はっきり言うなよぅ! セクハラだぞお前!!」 大声を上げる俺に臆することなく、麻衣子がニカッと笑う。 「うむうむ、大変じゃのう、お主も」 「それじゃあ色々と、溜まるモノも溜まりまくって おるじゃろ?」 そう言いながら、ゴソゴソと白衣をまさぐる麻衣子。 「という事で、コレは餞別じゃっ!」 怪しげな笑みで取り出したのは、茶色い紙袋だった。 「……? なんだこりゃ……」 俺はそれを受け取り、中身を見る。 「……!! こっ、これはぁっ!?」 俺が渡された紙袋の中身。それは――― 「エロ本じゃねえかっ!!」 力いっぱい床に叩きつける。 「これこれ、粗末に扱うでない。お主のために一生懸命 私が厳選してきた逸品なのじゃぞ?」 そう言いながら麻衣子はエロ本を拾い上げ、ほこりを払うような仕草をして、再び手渡してくる。 「マジかよ……いや、余計なお世話なんだけどな」 そうぼやきながら、パラパラとページをめくる。 「(ほうほう、これは……なかなかどうして……)」 口ではぶつくさ言いつつも、俺の目はその内容に釘付けになっていた。 「(うっ……こ、これは……)」 あまりにもストライクゾーンど真ん中な内容の嵐に思わず唾を飲み込む。 「どうじゃ? 完璧じゃろう」 「テ、テメエ……どうしてここまで俺の好みが わかるんだよ……」 本から顔を上げて睨むと、麻衣子は再びしたり顔でいやらしく笑う。 「《伊達:ダテ》に、長い間、お主と付き合っておらんからのう」 「……ったく、余計な気ぃ回しやがって……」 そう言いながら、紙袋に戻したエロ本を背中に入れる。 「そういう素直なお主が好きじゃぞ」 「これさえあれば、夜も安心だな!!」 「にししっ、何なら私が一肌脱いでやろうか? こう見えても、脱いだら凄いんじゃぞ?」 「言ってろ」 お色気ポーズをしながら尻をフリフリと振る麻衣子をスルーして、俺は一人、教室へと戻るのだった。 <麻衣子の助け舟> 「相変わらず意地を張り合っておる二人を見かねて 私がフォローする事にしたのじゃ」 「シズカも、カケル相手だと素直になれんかったよう じゃから、まずは私がお互いに仲直りできるように 背中を押してやったのじゃが……」 「その甲斐あってか、どうにか仲直りできたようじゃ」 「やれやれ、まったく……世話のかかる二人じゃのう」 「なんか、もうダメな気がしてきた……」 「む、何を弱気になっているのじゃ!」 「向こうが電話に出ないんだから、どうしようもねーじゃ ねえかよ」 「はぁ……仕方ないのう」 麻衣子が大きな溜め息をつくと、制服のポケットから携帯電話を取り出した。 「……む。シズカか?」 「ちょっと待て!」 ボタンを押してロクにコールする時間も空けずに繋がった事に、思わずツッコミを入れる。 「いきさつは大体カケルから聞いたのじゃ」 「のわっ! さ、叫ぶでない!!」 「私から無理やり聞きだしたんじゃ。別にカケルが 言いふらしまわっておるわけでは無いぞ?」 「(わざわざ言いふらすわけ、ねーだろ……)」 「とにかく、事情は把握しておるのじゃ」 「気持ちは解るが、お互いに言い分はあるじゃろ? とにかく話し合ってみてはどうじゃ?」 「むぅ……お主ら、ホント似たもの同士じゃな」 「どう言う意味だよ」 「お互いに勘違いしておる部分はあるのじゃし、まずは そこを理解すべきでは無いかの?」 「……まぁ、そう言わずに、こちらの新情報だけでも 聞いたほうが良いと思うのじゃがな?」 「新情報って、まさか―――!?」 「どうやらカケルは、シズカの事が好きみたいじゃぞ?」 「無論、幼馴染としてではなく、女子としてじゃ」 「ちょっと待て麻衣子!!」 「いいからお主は黙っておれ! もう一息なんじゃから」 携帯を抑えながら、小声で俺の抗議を制してくる麻衣子。 仲直りするための作戦にしても、あまりにも…… 「本当じゃから、本人に確認してみてはどうじゃ? ……むっ、そのテで来たか、じゃと?」 「罠でも何でも無いと言っておろうに! いいから、自分で 確かめるのじゃな! 変わるぞ?」 何やら騒がしい電話越しの静香を無視して、ずいっと俺に携帯を渡してくる麻衣子。 少し緊張しながら、その携帯を受け取る。 『ちょっとマーコ! まだ心の準備出来てないから、絶対に 変わらないでよっ!?』 電話越しにだが、二日ぶりに聞く静香の声は、何故だがとても懐かしい感じがした。 『い、いきなりそんな事言われても……混乱して、何が なんだかわからないよっ』 「……悪い、静香」 『え……?』 「もう変わっちまったんだ」 『……っ』 「今は俺の声なんて聞きたくないと思うけどさ…… それでも、聞いて欲しいんだ」 「ごめん」 『……バカ』 「悪い」 『違うわよ。そう言う意味じゃなくって』 「え……?」 『私が翔の事を嫌ったことなんて……一度たりとも 無いわよ』 「静香……」 『ホントは私が勝手に怒ってるだけだって解ってるの。 でも、翔は優しいから、謝ってくれるんだよね?』 「いや、今回は……麻衣子に言わせれば、俺が悪いんだ。 きっとまた、女心ってヤツが解らなかったんだろうな」 『んもぅ、マーコったら……私の嫉妬が原因なのに』 「え?」 『何でもない』 「そっか」 いざ会話すると、今まで《躊躇:ためら》っていたのが嘘のように素直な気持ちが、次々と湧き出てきた。 きっと静香も同じ気持ちだったのかもしれない。 『…………』 「…………」 『翔』 「ん?」 『ごめんね?』 「俺の方こそ」 『ん……じゃ、おあいこって事でいいかな?』 「ああ」 『……でも、私だってショックだったんだからね?』 「え? 何がだよ」 『何がって……私と一緒にいるくらいなら、鳥井さんと 一緒に作業している方が楽しいって……』 「ちょ、ちょっと待てよ。俺は別にそんな事は一言も いってねーだろ」 『え? だって……』 「ちゃんと静香と一緒にいるのは楽しいって言うか…… 逆に、お前がいねーと落ちつかねぇんだよ」 「とにかく、勘違いさせたみたいだけど、俺は麻衣子の 手伝いを真面目にやりたかったんだよ」 『マーコの……?』 「ああ。もちろん、かりんの願いも叶えてやりたいけど ……何より、麻衣子の夢も叶えてやりたいんだ」 『夢? 翔、マーコの夢が何か知ってるの?』 「か、翔っ! そいつはシズカにはヒミツと言った ハズじゃろっ!!」 「悪いけど、お前にはヒミツだってさ」 『すごく気になるんだけど……もう私には、教えてくれない かもね』 『こうして手伝わずにサボってる私なんか……』 「別にそんなんじゃねーだろ。ただ単に恥ずかしいだけ みたいだぜ」 『……うん』 「……だからさ、来いよ」 『え……?』 「みんな、お前が来るのを待ってるからさ……だから 今から学園の方に来てくれよ」 静香を学園に呼び戻し、もう一度みんな一緒に頑張りたい。 それが、今の俺の素直な気持ちだった。 『でも、私……いいのかな?』 「いいも悪いも、静香じゃなきゃダメなんだよ。かりんも 初めにそう言ってただろ?」 「お前は、あいつに選ばれた飛行候補生なんだぜ? みんなで協力しなきゃ、きっと届かないんだよ」 「だから、もう一度頑張ろうぜ」 『……うん』 「じゃあ、待ってるからな? 必ず来いよ?」 『分かった。……すぐに行くから』 「ああ。それじゃ、また後でな」 『うん』 「…………ふぅ。サンキュな、麻衣子」 話し終わって、携帯を麻衣子の方に投げ返す。 「まったく、世話の焼ける二人じゃの」 「面目ない」 「どうやらこれで、この件は一件落着ということだな」 「うむ。カケルが意地を張らずに話し合う意志を見せれば もっと早く解決したと思うがの」 「う……けど、俺だって色々考えてたんだよ」 「まあ、無事仲直り出来たのなら、問題無いがの」 「トリ太も、色々迷惑かけて悪かったな」 ぽむっと、トリ太の頭に手を乗せて謝罪しておく。 静香と和解できたのは、本当にみんなのおかげだ。 胸に抱えていた陰鬱した気分は晴れ、あとは静香の到着を待つばかりだった。 「(静香……)」 たった二日顔を見なかっただけなのに、まるで何年も会っていない気がして、俺の胸は高鳴るのだった。 <麻衣子の家族は……?> 「ふえぇ〜っ……相楽さんのお家は大家族で お姉さんや妹がたくさんいるんだって〜」 「いいなぁ〜、そう言うの憧れちゃうよ〜」 「わわっ。しかもしかも、なんだかみんなトリ太くんの ような喋るぬいぐるみを持ってるみたいだよ〜」 「一家揃って、ぬいぐるみとか大好きなのかな? だから会話も出来るようになったとか……」 「とにかくみんなすごい人らしいから、優秀な一族 なんだね〜」 「それなら相楽さんが天才少女なのも頷けるよ〜」 「ところでマーコ、以前から疑問に思っていたことが あるのだが、一ついいか?」 「ん、どうしたんじゃ?」 「トリ太とは……いったい何者なんだ?」 「我輩か?」 「そう言えば私たちも、トリ太がどんな原理で 動いているのか知らないわね」 「だよな」 ドリル納豆の作業を終えて、今は穴あけパンチで餃子の皮を貫いている櫻井の質問に続く。 それはみんなが一度は疑問に抱きながら、決してその回答に辿り着くことのなかった謎だった。 「シズカもカケルも、我輩をマイコの発明品か何かだと 勘違いしておるようだが、違うぞ?」 「そうじゃぞ? 相棒を自分で作るワケあるまい」 「それじゃ、ますます謎じゃない」 「……俺としてはぬいぐるみであってほしいんだがな」 「よほど吾輩の存在に難癖をつけたいらしいな!? そこまでして吾輩を否定したいのかッ!!」 「滅相もないです! すみませんでしたーッ!!」 「これこれトリ太、少し落ち着くのじゃ!」 「ふむ……我輩とした事が、たかが人間ごときの発言に 我を失うとは……らしくなかったな」 「(た、助かった……)」 麻衣子が宥めてくれたお陰でトリ太は上位種モードから戻ったが、俺の足は未だに恐怖でガタガタ震えていた。 「ただのぬいぐるみや機械には、この威圧感は ちょっと出せないわよね」 「ちくしょう……マジでビビッちまったぜ」 「ふむ、実に興味深いな。やはり好物はネズミか?」 「完全に猫扱いじゃない……」 「吾輩は無駄な殺生などせぬぞ。食物を摂らねば 生きて行けぬ下等生物と一緒にするでない」 「さっき『納豆は小粒に限る』とか言ってた気が……」 「む? 吾輩がそんなコトを言うはずはなかろう。 それはカケルの妄言であるぞ」 「やはり鳥頭なのか……」 「ちなみにマタタビをやると興奮するので、重々 気をつけるのじゃぞ?」 「(やっぱり猫なんじゃねぇか……?)」 「そう言えば、マーコのご家族もすごいわよね…… 色々な意味で」 「お、そう言えば麻衣子の家にはまだ行ったことが 無かったな」 長い付き合いにも関わらず、仮にも女の子の家になど招待された《例:ためし》は無かった。 「(静香くらいはあっても良いと思うんだが、コイツも  変に恥ずかしがって断られたっけか……)」 「な、なんで私をジロジロ見てるのよ?」 「んにゃ。別に」 「カケルに解りやすく言うなら、我が家の女子はみな トリ太のような相棒を背負っておるぞ」 「マジかよ……」 「なんだ、その嫌そうな表情は」 「嫌って言うか、お前以外に似たような生命体が 存在するのが意外すぎただけだ」 「マーコの家見たら、ビックリすると思うわよ。 マーコってこんなお嬢様だったんだ、って」 「これ、やめんかシズカ。発明の関係でちいとばかし 家が大きいだけで、別に金持ちでは無いぞ?」 「んもぅ、どこからどう見てもお金持ちじゃない。 ご両親も姉妹も、みんな色んな分野で才能ある 天才ばっかりだって聞いたわよ?」 「ウチの母親が親バカなだけじゃ! 恥ずかしいのう」 「(いや、案外その通りなんじゃないのか……?)」 現に謙遜しているコイツ自身だって、俺たちの常識では測れないくらいのすげーヤツなわけだし…… その麻衣子と血のつながっている親子や姉妹が、何の才能も持っていないと言うのは、逆に変かもしれない。 「あの馬鹿親が無駄に頑張ってハッスルしたせいで いわゆる大家族と言うヤツになってしまってのう」 「は、ハッスルって……言葉を選びなさいよね」 「相変わらずオッサン臭いとこあるよな、麻衣子って」 「とにかくじゃ! それぞれが稼がないと一家共倒れ するような状況じゃから、馬鹿で就職は望めんから 好きな分野で稼いでおると言うだけなのじゃ」 「だけ、って……簡単に言ってるけど、やっぱり それはスゲーだろ」 「ホント、マーコの感覚には呆れるしかないわね……」 「天才の感性は、得てして凡人とは違うものだ」 「恥ずいから、天才と茶化すのはやめてくれんかの」 「何よ、みんなから言われてるから慣れてるでしょ?」 「それはそうじゃが……美少女と言われるのと違って 嬉しい呼び名では無いのじゃ」 「美少女って言われると嬉しいと言う乙女心があるのが むしろ驚きだったんだが」 「……お主は、いつも私の事をどう見ておるのか よぉ〜く判った気がするぞ」 「フッ……マイコと言えど、人の子と言うコトだな」 「科学に魂を売った『女の子』だもんね?」 「う、うるさいうるさいうるさい! 無駄話は ここまでじゃっ!! 早く作業を再開せんと 明日までに間に合わんぞ!?」 「はいはい、わかったわよ」 「それもそうだな」 「うむ。知的探究心も満たされた事だし、明日のために 作業に戻るとしよう」 これ以上、麻衣子をからかってもしょうがないので気持ちを切り替えて、みんなで作業を再開する。 その後、照れ隠しのように大量の作業を指示する麻衣子に苦笑しながら、俺たちは日が暮れるまで手伝いに《勤:いそ》しむのだった。 ……………… ………… …… <麻衣子の推理と、調べ物> 「様子が気になって、カケルに電話をしてみたのじゃ」 「シズカを助ける方法に心当たりがあった私は カケルに決して病院には連れて行かないよう 釘を刺しておいたのじゃ」 「一刻を争う時に、面会謝絶にされてしまっては 最悪の結末になってしまうからの……」 「シズカ、待っておれ……必ず助けてみせるぞっ!」 『どうじゃ? そっちの様子は』 静香との昼食を済ませた頃に、俺の携帯に麻衣子からの見舞いの電話が来ていた。 「ん……幸い、悪化している様子はねーんだけど…… 昨日からずっと、まだ熱が下がらないみたいなんだ」 『……ふむ……』 「だから、やっぱり病院に連れて行った方が良いと 思うんだ」 「そりゃ、静香は寂しがるかもしれねーけどさ…… 俺も出来る限り一緒にいるつもりだし―――」 『………………』 「この後、静香に進言してみるつもりだけど…… 麻衣子? どうしたんだよ、黙りこくって」 『悪いんじゃが、そいつは却下じゃ』 「え……?」 『病院に連れて行くのは反対じゃと言っておるのじゃ』 「な、何言ってるんだよ!? まさか例の調べ物って ヤツの話か……?」 俺よりも冷静だったはずの麻衣子が、病院へ行く事を拒んだのは、疑問以外の何物でもなかった。 『そうじゃ。その調べ物が終わるまでは、このまま 翔の部屋で様子を見て欲しいのじゃ』 「け、けどそれで手遅れにでもなったら……」 『じゃからこそ、じゃ』 『いざと言う時に、私達が静香の側にいてやらんと 手遅れになってしまうからの』 「な、なんだよそれ……ワケがわかんねえよ!」 『とにかく、今は私を信じてもう少し待っておいて くれんかの』 「どう言う事だよ。説明してくれなきゃ、納得なんて 出来るわけねーだろ」 『……カケル、私が数日前にお主の家へ行った時の事を 覚えておるか?』 『初めてシズカが倒れた、あの日じゃ』 「え?」 「……そう言えば、何か話があって来たんだっけか」 『うむ……それについては、確信を得たら話すのじゃ。 それよりもシズカの身体なのじゃが……』 『まだ確証は無いから、断言はできんが……恐らく シズカの身体は、《健:・》《康:・》《そ:・》《の:・》《も:・》《の:・》じゃ』 「なっ……!?」 予想外の言葉に、思わず自分の耳を疑う。 「たしかに、その可能性はあるけど……」 病院では何の問題も無いと診断された事が脳裏を過ぎる。 このまま病院へ行っても、多くの検査で時間を浪費して最悪、原因の解らぬまま入院する事も有り得るだろう。 『私の推測が正しければ、恐らくその証拠が見つかる はずなんじゃ……』 『じゃから、もう少し待っておいてくれんかの』 「け、けど、静香が健康なら、今の症状はいったい 何だって言うんだよ!?」 『それを明らかにするためにも、もう少しだけ時間が 欲しいんじゃ』 『詳しくは明日、直接話すのじゃ。お主はシズカの身体 ではなく、心を癒す事に専念してくれ』 「……ああ、わかった」 あの麻衣子が、気休めで適当な嘘を言うはずはない。 俺は無粋な憶測よりも、素直に麻衣子を信じる事にした。 『……任せておくのじゃ、カケル。シズカは必ず私が 助けてみせるのじゃ』 『じゃからお主は、シズカを……あやつの心を支えて やってくれ』 「ああ、任せておけ」 俺は自分の役割を確認するように、力強く麻衣子の言葉に頷く。 「……頼んだぞ、麻衣子」 麻衣子の予想が当たっている事を祈りながら、静香の元へ戻るべく、俺は二階へと上がるのだった。 <麻衣子の提案> 「精神的にも肉体的にもかなり参ってそうな翔を見かねて マーコが休むように提案したの」 「でも、あやつは聞く耳をもたなくてのう……」 「だから、今日は私達がずっと先輩と一緒にいるから 無理しないで家に帰って休んで、ってお願いしたの」 「鈴白先輩も、カケルも……私達にとっては、おんなじ 大切な仲間なんだから……」 「だから、もっと私達にだって、寄りかかって来て 欲しいのに……」 「そうじゃな……何でも自分ひとりで背負い込もうと するのが、カケルとあかりんの悪いところじゃっ」 「カケル……大丈夫かな……?」 昨日は、午後から深空と花蓮がお見舞いに来てくれた。 灯に気を遣っていると思わせたく無いと言う提案で日ごとにお見舞いに来るメンバーを固めると言う話だった。 俺は、変わらずに笑顔で病室を訪れてくれるみんなに感謝しつつ、その案に賛同した。 きっとその日々の積み重ねが、灯の心を癒してくれると信じて――― 「……と、言うわけなのじゃっ」 「……なるほど、そうなんですか……」 「うむ。じゃから、どうすれば良いか、あかりんの意見を 聞きたくてのう」 「……う〜ん、そうですねぇ……」 「…………」 灯に空を飛ぶ発明品の意見を聞く麻衣子を、遠巻きからただ黙って眺める。 灯と大勢が『対話』しようとすると混乱させてしまうため俺達はゆっくりと、一人ずつ会話する事を心がけていた。 「……ねえ、翔」 「ん……? どうした、静香」 「昨日もここにいたって聞いたけど……もしかして ずっと帰ってないの?」 「ああ。そんなの当たり前だろ。先輩がこんな時に 恋人の俺がのん気に帰ってなんていられるかよ」 「それは―――そうかもしれないけど……」 「…………」 「相楽さん?」 「おお、すまんすまん」 「とにかく、いつでも先輩が安心できるように、俺は ここにいなくちゃいけないからな」 「……でも……」 「先輩には俺が必要なんだ。……そんな事、静香にだって 分かってるんだろ?」 「…………当たり前じゃない」 「とにかく俺は一時だって先輩と離れたりしない。 ……約束したんだ。必要な限り、支えてみせる ってな」 「……そっか」 「ああ」 静香に自分の意志を伝え、近くにあったパイプ椅子へと座り直そうと腰を下ろす。 「……っ!!」 しかし、その瞬間、ぐにゃりと世界が大きく歪んでうまく椅子に座れず、バランスを崩してしまう。 「カケルッ!?」 その俺を素早く受け止めるように、静香が支えてくれる。 「さんきゅー、静香……」 「ちょっと、本当に大丈夫なの!?」 「大丈夫だ。少しふらついただけだから」 「……カケル……」 心配そうな表情を覗かせる静香を手で制して、改めてパイプ椅子へと座り直す。 「シズカ! あかりんがお主と話したいそうじゃから 選手交代してくれんかの?」 「あ、うん……わかったわ」 少し後を引くような余韻と視線を残して、俺の側から離れ灯の近くへと移動する静香。 それと入れ替わりになるように、麻衣子が俺の近くへとやって来る。 「カケル、ちょっとよいか?」 「え? ……ああ、別にいいけど」 やって来るなり、手招きで俺を廊下へと誘う麻衣子。 真意はよく分からないものの、ひとまず俺はその誘いに頷き、麻衣子と共に病室を後にする。 「どうしたんだ?」 「うむ……少々、聞きたいことがあっての」 いつになく真面目な顔で、麻衣子が俺を見つめる。 「お主、この数日でどれだけ睡眠を取ったんじゃ?」 「え?」 「……一目で判るほど、顔色が優れんからの。一体 いつから寝ておらんのじゃ?」 「それは……何度か、意識が途切れた時には……」 「はぁ……呆れた過保護ぶりじゃの」 「なっ……」 思わぬ麻衣子の冷たい言葉に、俺はショックを受けると同時に、怒りが湧き上がって来た。 「俺のどこが過保護なんだよっ!?」 「…………」 「麻衣子だって見ただろ!? 先輩は、不安定な状態で 発作が起きちまう身体なんだぞ!!」 「いつでも先輩が安心できるように……少しでも支えに なるように、俺がついてないとダメなんだよっ!!」 「それが入れ込みすぎだと言っておる!」 「それでは、お主の方が先に倒れてしまうと言っておる のじゃ!!」 「お、俺は平気だっ!!」 「お主が支えるだけでは、お主が潰れて終わりじゃろう! 辛い時だからこそ、お互いに支えあわなければ……」 「なんで、先輩に寄りかからないとダメなんだよ!? そんなの、出来るわけねーだろっ!!」 「なら、私達に寄りかかれば良いじゃろっ!!」 「……っ」 「一人ずつしか喋れんのじゃから、せめて私達がおる間は ゆっくり寝て、休息をとるべきじゃろう!?」 「それじゃダメなんだよ……先輩が怯えた時に、いつでも 抱きしめられるように、俺がいなくちゃダメなんだ」 「あかりんが発作を起こしたら、お主を起こせば良い じゃろう?」 「で、でも……」 「はぁ……もういいから、お主は帰って休むのじゃ」 「……は?」 俺が休息を渋っていると、突然、麻衣子が妙な事を言い出した。 「あのな……馬鹿な事言うなよ。そばにいても不安なのに 家に帰って休め、だって?」 「俺がいなくなるワケにはいかねーのは、お前だって 十分に解ってるだろ?」 「それに、一番辛いのは先輩なのに、俺だけのん気に 休んでいられるわけないだろ」 「はぁ……昔からバカじゃバカじゃとは思っておったが まさか、ここまで筋金入りのバカじゃったとはな……」 「……さっきから、自分が絶対に正しいって言い方だな」 俺の言葉を軽く流す麻衣子を、俺は無意識のうちに睨みつけていた。 「そんなクマだらけの目で凄まれても、怖くないの」 「…………」 「今のお主は、冷静な判断力に欠けておるからの。 無論、私の方が正しいと思っておるぞ?」 「麻衣子は解ってないんだよ! 今の不安定な先輩には 俺が必要なんだって事がな!!」 「解っておる、そんな事は!!」 「じゃあ、なんで帰れなんて言うんだよっ!?」 「お主が必要だからに決まっておるじゃろうが!」 「え……?」 「カケル……今のあかりんには、お主が必要だと言って おったな?」 「あ、ああ……」 「それならば、なおのこと休息を取るべきじゃ」 「もしお主が倒れたら、一番悲しむのは誰じゃ?」 「自分の看病のために恋人が身体を壊したりしたら…… 追い詰められるのは、あかりん本人ではないか?」 「それくらい、お前に言われなくたって……」 「だったら、大人しく言う事を聞くのじゃ」 「今日は、ずっと私達があかりんとおる……じゃから お主は家に帰って、ゆっくり身体を休めるんじゃ」 「……けど、発作が……」 「ご両親にも連絡して、今日は泊り込んでもらえばいい じゃろう?」 「…………」 たしかに、麻衣子の言う事はよくわかる。 ここで俺が倒れたりしたら、灯は本当にすがるものを失ってしまうという事も…… しかし…… 「……やっぱダメだ……今は少しでも、先輩のそばに いてあげないと……」 「……! このっ……分からず屋!!」 病室の前に、麻衣子が両手を広げて立ちはだかった。 「……どいてくれよ」 「今のお主をあかりんの所へ行かせるわけにはいかん! 鏡で自分の顔を見てみろ!」 「どけって」 「いやじゃっ!」 「いい加減にしろよ! どかないなら……」 怒鳴り声を上げ、力ずくで扉から引き剥がそうと麻衣子に手を伸ばそうとした時だった。 「何を騒いでいるんですか、天野さん! ここは 病院ですよ?」 一触即発の俺達へ、灯の担当医が駆け寄ってきた。 「……くそっ! わかったよ!! 休めばいいんだろ! 休めばっ!!」 俺はやり場の無い怒りに拳を震わせながら、麻衣子へと背を向け、廊下を歩く。 「カケル!」 その俺の背中へ向けて、麻衣子が話しかけてくる。 「あかりんの事は心配するな! 私達が絶対にあかりんを 一人にはせんからなっ!!」 「…………」 「カケル……」 麻衣子の言葉を聞いて、俺は彼女の方へと振り返る。 「……先輩を、宜しく頼む」 「うむ! 安心して、家で休むがよい」 そして、その言葉へ満面の笑みで応える麻衣子を信じて再び廊下を歩き出す。 「くそっ……」 普段のように冷静になれず、正論を言う麻衣子に対してお礼も告げられなかった自分に、怒りを覚える。 それほどまでに思考力が落ちている事を自覚すると一気に倒れそうなほどの疲労感が全身を襲った。 「……ははっ」 病院を出た時、自動ドアに映った自分の顔が目に入った。 ……なるほど。ひどい顔だった。 <麻衣子の決意、悲しみの予感> 「最高の相棒と共に、私は過去へと戻る決意を固める」 「そう簡単に死ぬつもりは無いのじゃ……運命とやらに 打ち勝って、必ず生きて帰ってきてみせるのじゃっ!」 「すまんな、トリ太……こんな無茶につき合わせてしまう 事になって」 タイムマシンの最終調整をしながら、私はトリ太へとそんな言葉を呟く。 「何を言っている。死地へ《赴:おもむ》く相棒を、吾輩が一人で 行かせるわけがなかろう?」 「ふむ。そうじゃったな……それと、死地ではないぞ? 死ぬつもりなど、これっぽっちも無いんじゃからな」 「うむ。全てを終わらせ、二人で再びこの大地を 踏みしめようではないか」 「……そうじゃな」 「しかし良いのか、マイコ?」 「む? 何がじゃ?」 「もし過去へ行けば、仮に生き延びられたとしても……」 「……タイムマシンを使って、6年もの時空間を移動して 現代へと戻ってきたら、例の副作用が出るじゃろうな」 「『それ』はマイコにとって、もっとも大切なものでは 無かったのか?」 タイムマシンを使い、現代へと戻って来る代償―――それは、対象者の『過去』そのもの。 つまり、今までの自分が過ごした日々の『記憶』そのものと言う事なのじゃ。 「そうじゃな……『それ』は、私の一番の宝物じゃ」 「皆との記憶を失うなど……考えただけでも恐ろしいし 死ぬ事なんかより、よっぽど怖いのじゃ」 「死んでしまうより、ずっとずっと、嫌なのじゃ……」 「マイコ……」 「でも、それでも……シズカを失うよりはマシじゃ!」 「たとえ、私が全ての記憶を失っていくとしても…… 互いに生きてまた会う事さえ出来れば、きっとまた 想い出は作れる……じゃから、私は行くのじゃ」 「あやつらと居る、幸せな日々を続けるために」 そう……じゃから私は、必ず生きて帰って来る。 たとえ、全てを失っても―――必ず!! <麻衣子の涙> 「最後のとっておきだった発明を、些細なミスで ダメにしてしまう麻衣子さん」 「あぅ……マーコさん、ヤケになって自分で その腕を傷つけようとしてしまいました」 「でも、櫻井さんが何とかそれを止めてくれました」 「その時に流した涙が、私が見た、マーコさんの 最初で最後の涙でした……」 「麻衣子さんの想いの分まで、私も絵本を頑張ります」 「私も、マーコさんの優しさ……絶対に忘れません」 「よし、完璧だぜ!」 これからの3日間を深空と戦い抜くため、早起きをして色々と泊り込みセットを用意して、準備万端と意気込み威風堂々と荷物を抱えて学園へと向かう。 眠気覚まし対策も、安眠対策も、暑さ防止対策グッズも一通りそろえておいたし、ついでに予備のフエルトペンなども買い揃えておいた。 「……ん?」 遠くに見えてきた学園の様子が、何やらとんでもない事態になっていることに気づく。 「あれって……化学室の近くだよな?」 化学室あたりの部屋のガラスが軒並み割れてしまっているのが、遠目からでも把握できる。 「まさか……麻衣子に何かあったのか!?」 嫌な予感がした俺は、慌てて学園へと走った。 ……………… ………… …… 「花蓮!」 「天野くん!」 慌てて化学室へと向かうその途中で、偶然そこにいた花蓮と鉢合わせする。 「どけ、麻衣子が!!」 「落ち着いてくださいませっ! マーコさんでしたら 無事ですわっ!!」 「ほ、ほんとか!?」 「ええ、本当ですわ」 「そ、そうか……良かった……」 ひとまず麻衣子の無事が確認でき、肩の荷が下りて大きな安堵の溜め息を漏らす。 「とりあえず、麻衣子の様子を見てくる」 「今そっちへ行っては危ないですわ……いつ上の階が 崩れ落ちてしまうか判らないんですのよ?」 「……一体、何があったんだよ?」 「それが……」 安堵した俺の考えが大きく見当違いだったかのように花蓮の表情は暗く、事態の収拾がついていないことを物語っていた。 「無茶したのよ、マーコが」 「静香!」 俺の声を聞いて教室から出てきた静香が、まるで独り言を呟くように、小さな声で話しかけてくる。 「いつだって……無茶しすぎなのよ、マーコは」 「……そうだな」 「私、マーコが無茶してるって解ってたのに…… どうしても止められなかった……」 「ちょっとしたミスだったのよ……それさえなければ きっとマーコは、鳥井さんを助けてあげられた」 「もっと私が、マーコの支えになってあげられたらっ」 「もういい。わかったから」 「カケル……私っ……」 「お前のせいじゃねえよ……誰のせいでも、無いだろ」 自分のミスを悔やみ、ふるふると震える静香の頭をぽんと叩いてやる。 いつも暴走気味の麻衣子を、静香がストッパーとして機能させ、どうにか上手くやってきた俺たち三人。 けど今回に限っては、麻衣子も静香もその引き際を見誤って、無茶をしすぎたと言うことなのだろう。 「(静香が失敗する姿なんて……久しぶりに見たな)」 昔は結構天然でドジッ子だった静香も、今ではすっかり世話焼きの隙が無い姿で俺たちを見守って来たのだ。 そのまとめ役とも言える静香が止められなかったのは恐らく静香自身も、相当に辛い心境だったからだろう。 そう、明らかな無理をさせなければかりんを助けることなんて出来ないと解っているからこそ、静香は麻衣子を止めることが出来なかったのだ。 「私がついていながら、こんなことになるなんて…… 本当、自分の不甲斐なさが嫌になるわ!」 「……静香……」 今までどんな無茶でもこなして、有言実行してきた麻衣子を誰よりも信じていて、かりんのことを心底助けたかったからこそ起きてしまった悲劇で…… だからこそ、その失敗は誰にも責められるものでは無かったのだ。 「マーコさんの発明品は、壊れてしまいました」 「かりん……」 そう…… 「もう……空は、飛べないと言うことです」 たとえその結果が―――俺たちにとって、どれほどの絶望を意味していようと…… 「ごめん、翔……マーコのこと、お願いするわ」 「いいのか? 俺なんかに任せて……」 「翔だから任せられるんじゃない……マーコは 私の前だと強がってばっかりだから」 「今日は……弱音を吐いた方が良いと思うから」 「そうだな……ここんとこ、ずっと張り詰めて 一人で無理ばっかりしてたもんな、あいつ」 「……マーコさんに頼るばかりしか出来ない、自分の 無能さが悔しいですわっ!!」 「馬鹿言うな……かりんの前で、そんな弱気なことを 言ってるんじゃねえよ!」 「え……?」 「マーコとかりんが……そして深空がピンチだって 言うんなら、今こそ俺たちが支えてやるべきだろ」 「あ……」 「まだきっと、何か希望はあるはずなんだ。必死で 探せば、打開策が見つかるはずだっ!!」 「それでも希望ってヤツがどこにも無いんなら…… 俺が、必ずこの手で作り出して見せてやる!!」 「だろ?」 「……ええ! もちろんですわっ!!」 ムードメーカーの一人である花蓮までもが呑まれて気落ちしそうだったので、どうにか鼓舞して見せる。 そう……今まで無力だったからこそ、一番辛いであろうこの時期に、俺はみんなの支えになるべきなのだ。 「麻衣子のところへ行ってくる」 「お願い……マーコを、支えてあげて」 「任せましたわよ、天野くん!」 「ああ。任せておけ」 「……うん」 俺は静香の願いを背負い、必ず麻衣子を支える約束を交わすと、花蓮が指差す俺たちの教室へと足を運んだ。 ……………… ………… …… 「…………麻衣子」 教室へ入ると、そこにはボロボロの服装で力なく座り込んでいる麻衣子と、悲しそうに佇んでいる先輩の姿があった。 「天野くん……後は、よろしくおねがいします」 気を利かせて教室を出て行く先輩の言葉に頷いて俺はもう一歩、麻衣子へと近づいた。 「カケル、か……?」 「ああ、俺だ」 「……すまん」 「何を謝ってるんだよ」 「わ、私のミスで……最後の望みじゃった発明品が 台無しになってしまったのじゃ……」 「ああ。静香から聞いたよ」 「わ、私がもっとしっかりしておれば……絶対に 起きなかった、単純すぎるミスなのじゃ……」 「……そうか」 「今までみんなに付き合ってもらって……ずっと 失敗を重ねながら、ようやく見つけ出した…… 私の、集大成だったのじゃ」 「ああ」 「本当は、ちゃんと出来て……あ、明日にはっ……! きっと飛べるはずでっ!!」 「……ああ」 「私が……かりんを……えぐっ! 空へ……っ」 その背中は、いつだって前向きだった麻衣子からは想像がつかないほど小さく……そして震えていた。 そう――― 後ろからでも……麻衣子が泣いているのが解るほどに。 麻衣子は、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。 「なにが……科学に不可能は無い、じゃ……」 俺と出会ったばかりのころ、まだ幼かった麻衣子は同じ発明好きでも、失敗ばかりしていた。 「なにが、私に任せろ、じゃ……」 麻衣子はどんな発明が失敗しても、絶対にめげずに……一度として涙は見せなかった。 「天才少女が……聞いてあきれる……」 その麻衣子が今、大粒の涙を流していた。 「麻衣子……」 そう、麻衣子は……自分の発明品が失敗したから泣いているわけじゃない。 「友達の一人も助けられないでっ……なにが……なにが 天才少女じゃっ!!」 「科学で人を救うなぞ……《所詮:しょせん》は馬鹿な子供の描いた 絵空事だったのじゃ……っ!!」 仲間のため……ただひとりの大切な『友達』のためにその涙を流していたのだ。 助けを求めてくれている大好きな友人を、自分の手で助けてやれなかったから……涙しているのだ。 「くうううううううううぅぅぅ……っ」 悔しそうな声を上げ、ただひたすらに泣いている小さな小さな、一人の少女。 それは、彼女と出会って6年目に見せた―――初めての涙だった。 「こんな……」 「こんな腕に、価値など無いわっ!」 「麻衣子……」 「人の手は……科学を生み出す手は、きっとみんなを 救う『希望』を作り出すものと信じておった……」 「でもそれは、ただの夢物語だったのじゃっ!! こんな……絵空事しか描けん腕など……っ!!」 「待っ……!!」 咄嗟に俺が制止しようと近寄ろうとするも、すでに振り上げたその腕を止めるのは不可能だった。 「こんなものおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」 麻衣子の腕が、思い切り振り下ろされ――― 「っ!?」 その瞬間、振り下ろそうとした腕は、もう一本の男の手によって止められていた。 「櫻井!」 「なにをするのじゃ、秀一っ! 放せっ!!」 「それは出来ない」 「うるさいうるさいうるさいっ!!」 「こんな役立たずな手も……仲間を救えない科学もっ! もう私は、何もいらないんじゃっ!!」 「……そんなことは無い」 「こんなものに、何の価値があると言うのじゃっ!?」 「絵が描けなかったら、雲呑に価値は無い」 「え……?」 「言葉が交わせなければ、鳥井に価値は無い」 「…………」 「気が利かなければ、鈴白に価値は無い」 「しゅ、秀一……?」 「タフでなければ、姫野王寺に価値は無い」 「な、何を……」 「優しくなければ、天野に価値は無い」 「そ、そんなことは無いぞっ!」 「助手でなければ、俺に価値は無い」 「さっきから何を言っておるのじゃ、お主はっ!」 「支えてくれなかったら、嵩立に価値は無い」 「っ!!」 「お前は今、そう言っているんだ」 「な……言っておらんではないかっ!!」 「同じことだ。俺たちにとってのマーコは……天才で みんなを救えなければ、価値が無いと言ったんだ」 「希望を生み出せない自分の手に、価値が無いと 今、お前は言ったんだ」 「そ、それは……」 「それは―――違うだろう?」 「だよな……壊滅的なまでに、違うな」 「カケル……」 「そんなもん、関係ねえだろ」 「仲間の役に立てないのは、正直つれえよ……どうにか してやりたいのに、なにも出来ないなんて……すげえ 悲しいよ」 「でも! だからって仲間が傷ついたら、もっと、ずっと 苦しいだろうがっ!!」 「みんなと触れ合える手が無くなっちまったら…… 悲しいだろうがっ!」 「みんなと……触れ合える、手……」 「お前の手が、もしも本当に希望を生み出せないんだと しても……まだ他に出来ることがあるだろ」 「その手があれば、支えられるんだよっ!」 「仲間を支えることが出来るだろ!!」 「仲間を、支えられる手……?」 「ああ。そうだよ」 「マーコ。それにお前は、勘違いしている」 「秀一……?」 「この一ヶ月……俺は今まで、一番近くでお前の手が 生み出してきた『可能性』を見てきた」 「お前の生み出す『希望』を見てきたから、解る」 「お前のこの手は……この先必ず、多くの人々を救う 希望の手になる」 「科学に不可能が無いということを、お前なら証明 できるはずだ」 「だよな……」 「わ、私は……」 「麻衣子。お前には、ちゃんとあるんだよ」 「みんなを救える『手』が……俺たちには無いものが たしかにその腕にあるんだ」 「…………」 「そうです。私も―――そう思います」 「かりん……」 「いつだって……私のことを助けてくれたのは マーコさんでした」 「……かりん……」 「どんな時も、一度だって疑わずに私を信じてくれて…… そして、いつだって助けてくれました」 「挫けそうになる私の心を……助けを求める私を…… どこの誰かも判らないような私を、仲間だって……」 「友達だって言ってくれる……そんな、優しくて 頼り甲斐があって、真っ直ぐな瞳で」 「マーコさんは、いつも私を救ってくれていたんですよ? ずっとずっと……私の『希望』でいてくれたんです」 「で、でも私は……何も出来なくて……」 「そんなことないです」 「マーコさんは、私にいろんなことをしてくれました」 「そして……たくさん大切なものを教えてくれました」 「わ、私は……」 「マーコさんがいるから、私は迷わずにまっすぐ前へ 進めるんです」 「マーコさんがいるから、私は人間が生み出す、無限の 可能性を信じられるんです」 「人が……いえ、仲間の絆が生み出してくれる…… そんな優しい『希望』を……信じたいんです」 「かりん……」 「さあ、マーコさん……立ってください」 「また、いつもみたいに笑ってください」 「そうして私に、人が生み出す希望を見せてください」 「……っ」 「麻衣子」 「あと二日だ。……あと二日もあるんだぜ?」 「だって言うのに、お前のがんばりはもう終わりかよ」 「お前のかりんを助けてやりたいって思う気持ちは そんなもんだったのかよ!?」 「翔さん……」 「泣いてるヒマなんてねえだろ……!」 「倒れる時は前のめり……いつだって猪突猛進で 不可能って壁をぶち壊してきただろうが!!」 「うつむいて泣いてるようなヤツに……希望なんて 生み出せるわけねえんだよ」 「カケル……」 「お前が諦めるんならそれもいいさ。一人で勝手に この世に不可能があるって認めてればいい」 「お前の『常識』で計った限界の前に、いじけて 座り込んでりゃいい」 「でもな、俺は諦めねえぞ!」 「…………」 「最後の最後まで、俺は深空とかりんを支えるって 決めたんだ……」 「それは『決意』だ! 出来るか出来ないかじゃねえ! やるのかやらねえのかっ! それだけだろうが!!」 「お前はどうなんだよ! 麻衣子っ!!」 「わ、私は……」 「私は……」 「私だって、諦めたくないのじゃっ!!」 「じゃあ、立てよ」 「俺一人じゃ何もできないかもしんねえ……麻衣子 だけじゃ、もう無理かもしんねえ……」 「でもみんな一緒なら、まだわかんねえだろっ!!」 「そうだな」 「みんなで、もう一度……方法を考えましょう」 「カケル……秀一……かりん……」 「私は……」 「何も言わなくていいっての」 やっとのことで立ち上がった麻衣子の頭を、ポンと叩く。 「もう無理かもしれませんけど……それでも最後まで 一緒に頑張りましょう」 「あ……」 「どうした? もう無理だと言ったのはマーコだろう」 「……まだ」 「ん?」 「ま、まだ……諦めるのは、早いのじゃ」 その言葉を聞いて、思わずみんな笑顔で互いの顔を見あってしまう。 「たとえ、もうほとんど空を飛べる可能性が残されて おらんのだとしても……」 「仮に、私には無理だったとしても……」 「みんながいれば、誰かが……希望を見せてくれるかも しれん」 「だろうな」 「だよな?」 「あぅ! その通りですっ」 「……うむ! 私は、みんなを全力でサポートする! じゃから、みんな……私も、一緒にいていいか?」 「良いも悪いもねーよ」 「リーダーのマーコさんがいなければ、始まりません」 「俺たちを振り回すくらいに引っ張っていけ」 「いつものように、な」 そう、麻衣子はいつだって俺たちのリーダーだった。 俺たちは縁の下の力持ちだっていい。 麻衣子の力になれるのなら……きっとそれが俺のいる意味なのだろう。 「誰が欠けてもダメですっ!」 「そうじゃな……私は、何をめげておったのか…… 泣くにはまだ早かったのう」 「そういうことだ」 「はいっ!」 やっと覗かせてくれた笑顔を見て、俺たちは麻衣子が再び元気を取り戻してくれたことを確信する。 「よしっ、そうと決まれば早速、作戦会議じゃっ!!」 「おおーーーーーーっ!!」 「ちょっと! 私を置いて勝手に盛り上がらないで くださいます?」 「ぶぅ。私たちは仲間外れですか?」 「ほんと、心配したこっちの気にもなって欲しいわ」 「シズカ……」 俺たちの元気な声を聞き駆けつけたのだろう、教室にはいつの間にかみんなが集まっていた。 「みんな、すまなかったのじゃ……」 「もう大丈夫か? マイコ……」 「うむ。相棒のお主もいるしの」 「おっし、んじゃあ改めて仕切りなおしだ」 俺の提案に頷き、みんなで麻衣子を中心に円陣を組む。 「私たちの仲間である、かりんのために……そして 私たちを信じているミソラのためにも、最後まで 諦めない」 「じゃから、みんな……今一度協力して欲しいのじゃ!」 「かりんの告げるタイムリミットまで……その最後の 瞬間まで、一緒に戦って欲しいのじゃっ!!」 「おう!」 「当然だ」 「当たり前ですわっ!!」 「もとより、心中覚悟ですっ」 「微力ながら……お手伝いさせていただきますね」 「マーコは私がいないとダメダメなんだから…… ここでやめるわけには、いかないわよ」 「みんな……ここからは、リーダーなどではなく 仲間の一人として、頑張らせて欲しいのじゃ」 「ああ、なんだっていいよ。また、みんなで一緒に 力を合わせられるんならな」 「うむっ!!」 みんなで気合を入れなおすと、一気に士気が高まる。 「うし! 俺も全力でサポートするぞ!!」 「ばかもの、なにを言っておるのじゃ」 「え?」 「カケルには、お主にしか出来ない大事な役目が ちゃんとあるじゃろうが」 「俺の……役目……」 そう言われた時、自然と深空の顔が思い浮かぶ。 「助けてやれぬ私たちの代わりに……お主がミソラを 支えてやって欲しいのじゃ」 「たとえ離れておっても、たしかに繋がっておる もう一人の『仲間』をのう」 「……ああ。わかった」 「そうよ。もう私たちの方は大丈夫だから、ちゃんと 自分の恋人をフォローしてあげなさい」 「お、おう」 「じゃないと……許さないんだからね!」 「わかったよ。サンキュー、静香」 「さ、さっさと行きないよ、バカ」 「深空ちゃんは……朝から一人で、いつもの場所で絵本を 描いてます」 「ああ。それじゃ、行ってくる」 「はいっ! お願いしますっ!!」 みんなの笑顔に見送られながら、俺は早足でこの場所を去る。 そう――― 今、俺にしか出来ないことは…… <麻衣子の科学力は?> 「そう言えば相楽さん、この日は特に大きな失敗の連続 でしたけど、どうかなさってたんですか?」 「ううっ……あかりんまで、それを言うか……」 「天野くんなんか、『腕が鈍ったんじゃないか?』 なんて言ってましたよ」 「うがーーーっ! カ、カケルの奴めぇ〜〜〜……」 「違うんじゃ! この日は、たまたま調子が悪かった だけなんじゃっ!」 「はぁ……そうですか」 「私が本気にさえなれば、タイムマシンだって 作れるんじゃからな!」 「へぇ〜、それはすごいですね。さすが相楽さんです。 それじゃあ私、お茶を《淹:い》れて来ますね」 「ぜんっぜん、信じておらんなっ!? と言うかむしろ 激しく馬鹿にしておるじゃろっ!?」 「いえいえ。まさか、そんなコトありませんよ? ふふふっ……」 「うがぁーーーっ! そんな母性溢れる、子供の悪戯を 微笑ましく赦すような声で言われても、ぜんぜん納得 いかんのじゃあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「のわあああぁぁぁ〜〜〜っ!?!?」 「またか……」 化学室内に響く爆音も、本日何度目かわからない。 「けほっ……けほっ……」 「マーコ、大丈夫か?」 「うむ……けほっ、けほっ」 「先ほどから失敗ばかりだな。どうかしたのか?」 「むっ、そんな事はないぞ! 今日はたまたま凡ミスを 繰り返しておるだけじゃ!」 「失敗ばかり、ねぇ……」 この数時間で、少なくとも四度は爆音を聞いてるしどうやら今日は絶不調のようだった。 「なぁ、麻衣子?」 「なんじゃ?」 「お前さ……発明の腕、鈍ったんじゃないか?」 「そ、そんなわけないじゃろ! 私を誰だと思って おるのじゃ!?」 「いや、麻衣子がすげえのはわかってるんだけどさ。 ここんところ失敗続きだろ……?」 「特に今日なんて、いいとこ無いじゃんか」 「む……それは……」 麻衣子にも自覚があったのか、気まずそうに顔を伏せそれっきり黙りこんでしまった。 「……やっぱり、今回はさすがの麻衣子でも難しいかぁ」 「そんな事はないのじゃっ!」 俺の一言が気に障ったのか、むっとした表情を浮かべて強い口調でそれを否定する麻衣子。 「その……たしかに今は失敗続きかもしれんが…… 私が本気を出せば、タイムマシンだって作れるん じゃからな!」 「……へぇ〜」 「む。さてはカケル、信じておらんな!?」 「いやいや〜、ご高名なるマーコ様のことですから タイムマシンの一つや二つ、お茶の子さいさいで 御座いましょう?」 「まったく信じておらんようじゃな……」 「信じる信じないは勝手じゃが、実際に試作機はもう 出来ておるのじゃぞ?」 「……ぱちぱちぱちぱち」 「ぬぬぬぬぬぬ……バカにしておるな?」 「……まぁ、実用段階には至っておらぬから、たしかに 完成とは呼べぬかもしれんが……」 「……って、マジで言ってるのか?」 「マジもマジ、大マジじゃよ」 「使えるのかよ、それ……?」 「使えなくもないが、いろいろ問題が山積みでの……」 「ほほーう?」 「大きな時空間の移動には耐えられぬモノじゃし……」 「何より、人の身に時空間の移動は無茶があるのでな。 ……重い副作用があるのじゃ」 「なんか、危なそうな装置だな……」 「うむ。本当に問題だらけなのじゃ。一人用じゃから 軽量化もできるとは思うのじゃが、まだまだ他にも 改良点は沢山あるしの」 「それでも、タイムマシンって、すごすぎだろ……」 「……よいか、カケル。一つ言っておくぞ?」 「な、なんだよ?」 「試作型タイムマシンを使おうなどと考えるでないぞ? あれは、人の身に余るシロモノじゃからな」 興味津々と言った俺に釘を刺すように、至って真面目に本気モードで念を押す麻衣子。 その副作用とは、それほどまでに重いモノなのだろう。 「解った。イタズラでも、いじらないようにする」 「うむ。頼むぞ!」 俺の答えを聞いて満足したのか、再び笑みを漏らす。 「ちなみに、いつごろ完成しそうなんだ?」 「む? タイムマシンの事か?」 「ああ」 「……完成は、永遠にしないのじゃ」 「え?」 「もうあの分野には満足したんでの。これ以上アレを 改良する気は無いのじゃ」 「もとより、百害あって一利なしじゃからな」 「そうか……?」 「うむ。様々な危険を孕んでおるし、仮に私が頑張って 改良を加えても、人間である限り、副作用を消す事は 出来んじゃろうからな」 「どの道、禁忌な発明って事か」 「とにかく、私の腕は健在じゃ」 「みたいだな」 この話は終わりと言うように、明るい調子で話題を戻してくる。 これ以上、この件には触れないほうが良いのだろう。 「……単に、今日はちょっと調子が出ないだけじゃ」 「ふーん……」 「まったく、何をしておるんじゃろうな、あやつは」 「ん? 何か言ったか?」 「何も言っておらん。いいから、ココを手伝ってくれ」 「おうよ」 誤魔化すように作業を振ってくる麻衣子を手伝い、俺は再び作業へと没頭するのだった。 ……………… ………… …… <麻衣子の秘策!? 華麗なるロケット飛行!!> 「ここ数日で用意していた、相楽さんの秘策メカが いよいよお披露目だったよ〜」 「はわわっ……背中に背負えるランドセル型の ロケットみたいだよ〜っ!」 「数日でこんなものが作れるなんて、やっぱり 相楽さんは、すごい天才発明家さんだよ〜」 「あれれ〜? でも、鳥井さんが言うには、これじゃあ ダメみたいだよ〜。なんでなんだろ……」 「けっきょく、これでまた空を飛ぶ方法を探す活動は ふりだしに戻っちゃったみたいだよ〜」 「直接機械に乗ったり触れたりせずに空を飛ばなくちゃ いけないなんて、どうしたらいいんだろ〜……?」 「みんな、よく集まってくれた!」 ついに発明品が完成したと言う麻衣子に呼び出され俺たち飛行候補生メンバーは屋上へと集合していた。 「相楽さんが作っていた物が完成したんですか?」 「うむ! その通りじゃっ!!」 「これでお主ら人間も、我輩のように大空へと 羽ばたく事が出来るようになると言うものだ」 「(ホントかよ……)」 「それで? いったい何を作ってたのよ」 「……ふむ」 「たしかに、何を作ったのか気になるな」 「櫻井でも分からないのか……」 一番長い間、助手として麻衣子を手伝っていた櫻井ですら完成形が想像できないと言うのも、すごい話だ。 「ふっふっふ。焦らずとも、今この場で実際に 空を飛んでみせるから、見ておるのじゃっ!」 「マジかよ」 「どきどき……」 白衣をはためかせ、自信満々に仁王立ちする麻衣子を俺たちは緊張の眼差しで見つめる。 「いくぞっ!」 「あうー!」 掛け声と同時に、背中に装着した謎の機械とトリ太をがっくんがっくん揺らしながら、豪快に全力疾走する麻衣子。 「とおおおおぉーーーーっ!!」 「ジャンプしたっ!?」 「今じゃっ!」 「我輩は鳥になるっ!!」 トリ太を背負ったまま大ジャンプした麻衣子が腰の位置につけているレバーを勢いよく押すと物凄い勢いで空へと舞い上がった。 「これでどうじゃっ!!」 「ああっ!? と、飛んでますっ!!」 トリ太の背中に取り付けたロケットの噴射を利用して麻衣子は空中で佇んでいた。 「今まさに我輩は、誰がどう見ても鳥だろう!」 「今までは鳥じゃなかったって自覚はあるのか……」 「最初から鳥に決まっておるだろうが馬鹿者! お主、我輩をネコと間違えておるな!?」 「しーましェーン!!」 「これはもしかして、無事に問題解決……と言うことに なるのでしょうか?」 「あれ? でも……」 「あぅ……すみません、マーコさん。実はそれでは ダメなんです」 「むっ? なんじゃと!?」 「たしかに飛行機は使ってませんけど……機械や道具を 身につけて空を飛んじゃダメなんです」 「滅茶苦茶ね」 「それでしたら、パラグライダーやハンググライダーなど いかがでしょうか?」 「いえ。何かを身につけていたらいけないんです」 「それじゃあパラシュートとかも使えませんね」 「そんなの、どうやって空を飛べばいいって言うのよ」 「こりゃ、失敗って事か」 「甘いぞカケル。マイコをなめるでない!」 「ふっ……こんな事もあろうかと、すでに次の一手を 用意しておいたのじゃっ!!」 「な、なんだってーーー!?」 「これを見よっ!!」 「おーっほっほ! 満を持して、主役であるこの私 姫野王寺 花蓮様の登場ですわぁーっ!!」 「おおっ!?」 それはどんな魔法なのか、ロケット噴射で激しい炎を出している麻衣子とは対照的に、花蓮は不安定ながらその身一つで、ふわふわと空中に浮いていた!! 「わぁっ、すごいですっ!」 「浮いているんですか?」 「嘘……信じられないわ」 「おーっほっほっほ! どうですの? 私のすごさが お分かりになりまして?」 「たしかにスゲーけど、別にお前がすごいわけじゃ ねーだろ……」 「花蓮様にフカノーと言う4文字は無いんですわっ!」 お前の中で不可能って言葉は漢字ですら無いのか…… 「どうじゃ、これで文句なかろう!」 「……あぅ。残念ながらこれではダメです」 「ええっ!? そうなんですかっ?」 「どう言うことなの?」 「ですから、ロケットで空を飛ぶのはダメなんです」 「やっぱり、誤魔化しているだけみたいですね」 「ギクッ」 「まさか……」 花蓮の背中に廻るようにして後ろを覗いて見ると何やら小さい消しゴムのようなモノがついていた。 「どうやら超小型ロケットでもダメなようだな」 「それでもダメじゃと言うのか……むぅ」 「それにしても、このサイズで自由に飛びまわれる なんて、マーコさんは天才ですわぁ〜っ!!」 空を飛びまわれるのがよほど嬉しいのか、花蓮はパンツ丸見えなのに気づかずに、びゅんびゅんと辺りを飛び回っていた。 「こ、これ! そんなに飛び回ってはいかんぞ!!」 「なんだよ、せっかく作ったんだから、少しくらい 好きに遊ばせてやっても良いんじゃないか?」 「違うのだカケル。あれは小型ゆえに、欠点が……」 「つまり、無茶すると危険って事ね?」 「おーい花蓮〜っ! 無茶しないで降りて来〜い!!」 「なんですの〜? 聞こえませんわぁ〜っ!!」 気がつけば屋上から離れ、空を飛ぶ事に酔いしれている上機嫌の花蓮だったのだが…… 「あ、あれっ? な、なんですのぉ〜〜〜っ!?」 「ああっ!?」 急にふらふらと減速して、落下していってしまう花蓮。 「超小型のマイクロタイプゆえに、燃料がすぐ 尽きてしまうのじゃ!」 「そそそ、そんなの知らなかったですわぁ〜〜〜……」 「あぅ。落ちちゃいました」 「冷静に言ってるんじゃねえぇーーーっ!!」 「おおおおっ、屋上から落ちちゃいましたっ!」 「尊い犠牲だが止むを得まい。これも空を飛ぶためだ」 「この高さから落ちたんだから、絶対死んでるだろ! しかも爆発したみたいな音もしたぞ!?」 「洒落になってないわよ、これ! 救急車…… じゃなくて、け、警察呼ばないとっ!!」 「みなさん落ち着いてください。平気です」 「へ、平気なワケあるかっ! これはヤバイだろ!!」 「下を見ていただければ分かると思います」 「え?」 恐る恐る、みんなで花蓮が落下したであろう事故現場を覗いてみる。 「あ、生きてますっ!」 「この高さから落ちたわよね? さっき……」 「ありえねえ……なんでピンピンしてるんだよ」 「ふふっ。姫野王寺さん、タフなんですね」 「いやいやいやいや」 タフと言うレベルじゃないだろ、常識的に考えて…… 「ありえない……奇跡だわ……」 「上から見ている感じじゃと、洒落にならない角度で 地面に直撃したように見えたんじゃが……」 「漫画のキャラか、あいつはっ!!」 「ふぅ……まったく、酷い目に遭いましたわ」 「って言うか、はやっ! 上って来るのもはやっ!!」 「そうよ……学園が占拠されたり、なんかおかしいと 思ったのよね。きっと永い夢なんだわ……」 「これこれ、現実逃避するでない」 「この現実を受け入れる方が非現実的だけどな」 「でも、実際に平気だったわけですから、それに 越したことは無いと思います」 「そうだな」 「たしかに全身痛いですけど……これくらいの事で みなさん大げさですわ」 「何モンなんだよ、お前は……」 「ふふん。私をその辺りの庶民と一緒にしてもらっては 困りますわっ!」 「エリートとしては、このくらい屁でもありませんわ」 「とにかく、自分の発明品のせいで死者が出なくて 一安心じゃ……」 「あぅ。花蓮さんは鍛えてますから、このくらいは へっちゃらへー、です」 「鍛えてるとか、そう言う次元じゃ無い気がするが」 「翔さんは細かい事を気にしすぎです」 「そうですね。私も、何度か車に轢かれたり しましたけど、割と平気なものですよ」 「俺なのか!? 俺の感覚がおかしいのかっ!?」 「認めたく無いんだけど……現実みたいね」 「とにかく、今回の実験は失敗に終わったみたい ですわね」 「あぅ。そうですね」 「しかし、小型でも機械を付けて飛んではダメなのか ……むぅ……超難問じゃのう」 「機械を付けて飛んじゃダメなら、もう科学の力じゃ 無理なんじゃないの?」 「バカを言うなっ! 科学に不可能など無いのじゃ!」 「うむ。科学こそ人間の唯一の遺産と言えるぞ」 「一番非科学的で不可思議なお前が言うなよ……」 「とにかく、科学に不可能など無いぞ!」 「そんなこと言ったって、どうするのよ?」 「ふん。まあ見ておれ。何も、ただ身につけて 使う物だけが全てではないと言う事じゃ」 どうやら、無理と言う言葉に反応して麻衣子の科学者魂に再び火がついたようだ。 「ふふっ。何だか分かりませんけど、頼もしいです」 「たしかに、かつて無い難関なのは間違いないが…… 必ず科学に不可能はない事を証明してみせるぞっ!」 「ホントかよ……」 「あう! マーコさん、頑張って下さいっ!!」 「うむ! 任せておけっ!!」 根拠も無く自信満々の麻衣子に、思わず溜め息を吐く俺と静香。 同時に、今までこのテンションで何でもこなしてきた麻衣子をどこか頼もしく思いつつ、のん気に騒いでるかりん達を見て苦笑してしまうのだった。 <麻衣子の見舞い、明かされる真実> 「一向に回復へ向かわぬシズカの容態を見て、何も してやれぬ自分の不甲斐なさを悔しがるカケル」 「そんなカケルの元へやってきた私は、突き止めた 真実を、6年前の新聞と共に語ったのじゃ……」 「6年前に死んだことになる……しかも、そうなれば 私は、シズカと過ごしたこの6年間の思い出さえも 無かったことになり、忘れてしまう」 「それに、シズカが死んでしまうなど……黙って 見過ごせるはず、あるまい……」 「例え、過去のシズカを助けたことで自分が死ぬ事に なろうとも、私は……」 「全ては、こうなる運命じゃったのかもしれん……」 「……シズカ……」 「静香……」 朝食までは調子を取り戻していた静香が倒れ、復調しないまま、すでに午後に差し掛かっていた。 「ごめんね、翔……迷惑ばっかりかけちゃって……」 「んな事ねえって言ってるだろ。恋人同士が支え合うのは 当たり前なんだから、ヘンな気を回すなよ」 「……うん」 俺の言葉に、大人しく微笑んで頷く静香。 まだ高熱は治まらないものの、不安から来る情緒不安定な様子が消え去っていたのが、せめてもの救いだった。 「それじゃ、私、少し寝るね?」 「ああ。ゆっくり休んどけ」 「ん……」 あやすように撫でてやると、しばらくして静香の穏やかな寝息が聞こえてくる。 まだ油断はならない状況だが、少しの間くらいならば席を外しても大丈夫だろう。 「(……そろそろだな)」 携帯で時間を確認すると、先ほど電話で告げられた時刻になろうとしていた。 「それじゃあ少し外すな、静香」 安静に寝ている静香を残し、自分の部屋を後にする。 「カケル!」 「麻衣子!」 俺が外へ出ると、見舞いのフルーツを持った麻衣子と鉢合わせする。 「なんじゃ、もしかして出迎えに来てくれたのか?」 「ああ。勝手に入ってこられてもビビるしな」 「うむ、礼を言うのじゃ」 「じゃあ、とりあえず上がってくれよ」 「……シズカの様子はどうじゃ?」 「相変わらず、不安定な状態が続いてるよ。今はやっと 少し落ち着いて、寝たところだ」 「そうか……なら、ちょうど良いの。話があるのじゃ」 「え? それって……もしかして、静香の身に何が 起きているか解ったのか!?」 「……うむ。ほぼ確証を得たと言っていいのじゃ」 「それじゃあ説明してくれよ、麻衣子。いったい静香は どうしてこうなっちまったんだ!?」 「それを説明するには、まずはお主にも幾つか確認を しなければならん」 「確認?」 「6年前……私がシズカと出会ったのは、シズカが 『お姉さん』を失った後じゃった」 「ああ、そうらしいな」 「じゃから私は『お姉さん』と面識は無いし、その後 毎年シズカが気にかけておった事しか知らん」 「なので、お主に訊きたいのじゃ。私より以前から シズカと一緒におったカケルにの」 「な、なにをだ?」 「私と会う前から……シズカは『お姉さん』のお墓へ 行っておったのか?」 「いや、6年前から毎年、お墓参りに行ってたんだ。 ……『お姉さん』に助けてもらったらしいんだよ」 「助けて、もらった……」 「ああ。たまたま事故現場にいた『お姉さん』が 身を挺して助けてくれたみたいなんだ」 「だからあいつ、あんなにも『お姉さん』の事を慕って ……悲しんでたんだ」 「やはりそうか……つまり『お姉さん』は、6年前に シズカを助けて、死んでしまったと言うわけじゃな」 「そうだけど、それとこれと一体なんの関係があるって 言うんだよ?」 「……全ての原因は、その6年前にあるのじゃ」 「え……?」 麻衣子の言葉があまりにも突拍子の無いもので、俺は一瞬その意味を理解できなかった。 「ちょ、ちょっと待て! 原因が6年前の事故って…… 実は静香が怪我してて、その故障が原因で今になって 苦しんでるって言うのかよ!?」 「ある意味では、そう言う事にもなるかの」 そう言いながら麻衣子は、何からスクラップ帳のようなものを俺に差し出してきた。 「これは……?」 「ここ数日で調べたのじゃが……やっと私の根拠を示せる 記事を見つけたのでな」 「これがその証拠だってのかよ……」 俺は半信半疑のままそのスクラップ帳を開き、ペラペラと中身を覗いてみる。 そこには、様々な新聞に載っていた、かつての廃ビル崩落事故の記事がスクラップされていた。 「ん?」 パラパラとめくっていると、赤印で囲まれた記事の写真を見つけ、自然と目に留まる。 「え……?」 「な、何だよ……これ……?」 その写真を見て、俺は思わず背筋が凍る。 「勘違いされぬように言っておくが……あの頃の私は 例の廃ビルに近寄った事など無いぞ?」 「無論、私以外の者がトリ太を持ち出した事など ただの一度も存在しないのじゃ」 「わ、わけわかんねーって……ちょっと待ってくれよ」 あまりに予想外の展開に、理解が追いつかない。 そう。 なぜなら、その写真に写っていたのは――― ボロボロの姿になった、無残なトリ太だったのだから。 「これは『if』の話じゃが……」 「もし『お姉さん』がシズカを助けなかったとしたら…… どうなっておったと思う?」 「それは……たぶん、あの事故に巻き込まれて……」 「そうじゃな。死んでおったじゃろう」 「…………」 「じゃが、実際は違った。『お姉さん』が命を懸けて ―――シズカを救い出したのじゃ」 「だ、だから、それとこの写真に何の関係が―――」 「覚えておるか、カケル? 以前、お主にタイムマシンを 作っておったと言った事を」 「!!」 「未完成のシロモノじゃが……未来や過去へ行った際に 起こるであろう様々な可能性は推測出来ておるのじゃ」 「《も:・》《し:・》過去へ行った誰かのお陰で死を免れた人間が おったとして……実際の未来で違う行動を取って しまった場合―――」 「その者の行動で助かった者は、その時に死んでしまった と言う事になってしまうじゃろう」 「なっ……!」 「『誰か』が過去へ遡り、シズカを助けたなら…… その歴史を正しい物にしなければ、シズカの存在 そのものが消え去ってしまうのじゃ」 「『歴史』の修正が行われ、すぐに皆、6年前にシズカが 死んだ者として記憶が書き換えられてしまうじゃろう」 「さ、さっきから何言ってるんだよ、麻衣子……」 「じゃから、その『誰か』が過去へと行かなければ…… このままシズカは、この世から消えてしまうのじゃ」 「!!」 「そしてこの写真を見る限り、その『誰か』に当てはまる 人物とは、つまり―――」 「私なのじゃ」 「……っ」 俺が理解しまいと否定し続けていた可能性を、麻衣子は容赦なく突きつけて来た。 「つまり『お姉さん』とは……私の事だったのじゃな」 「だったのじゃな、ってお前……」 「ただ、どうしてこのタイミングでシズカに症状が 出たのかは解らないのじゃ……」 「もしかしたら、かりんが消えてしまった事と、何かしら 関係があるのかもしれんの」 「他に考えられるのは、翔と静香が《深:・》《い:・》《繋:・》《が:・》《り:・》で結ばれた せいなのか……《或:ある》いは両方関係があるのかもしれん」 「そんな原因の究明、今はどうでもいいだろっ!」 「んなファンタジーみたいな話、本気で信じろって 言うのかよ!? お前の思い違いじゃ―――」 「……本気に決まっておるじゃろう」 「シズカの不安定な発熱も、自分がいなくなりそうな感覚 と言うのも、医者から健康と診断されたのも―――」 「全て、この理論で一つに繋がるのじゃ」 「そ、そんなの全然、論理的じゃねーだろっ!! 落ち着けよ、麻衣子!!」 「タイムマシンとその設計者がここにおるのじゃぞ? 全ての状況が、その答えを示しておる」 「言ったはずじゃ。一見、論理的に思えぬ事でも…… 突き詰めれば、そこには科学的な根拠が存在すると」 「…………」 最も可能性の高い『原因』を冷静に判断する麻衣子を見て俺もその事実を受け入れるために、大きく深呼吸をする。 「……間違い、無いんだな」 「うむ。ほぼ間違いなく、そうじゃろう」 「私の推論に、あまりにも酷似しておる症状じゃからな」 「けど、それじゃあ静香は……!!」 「このままでは、仮に病院へ行ったとしても原因が判らず たらい回しにされ、入院を余儀なくされるじゃろう」 「そして人知れず消え去り、私達の記憶も改ざんされて しまうのじゃ」 「……6年前に亡くなった少女として、のな……」 「なんだよ、それ……」 「私はシズカと会わなかった事になり……きっと 大切な親友を失った事実を悲しむ事すらできん じゃろうな……」 「そこまで解ってて、ただ黙って指を《銜:くわ》えて見てるしか 無いって言うのかよ!?」 突然告げられた、どうしようもない理不尽な未来に激しい憤りを覚え、思わず麻衣子にぶつけてしまう。 「何を言っておるのじゃ、お主は……」 「あるじゃろ。もっとも確実な、シズカを救う方法が」 「え……?」 「迷う必要など無いのじゃ。その方法以外では、確実に シズカを救う手立ては存在しないのじゃからな」 「な、なんだよ、脅かすなよ麻衣子……ちゃんと解決法が あるんだったら、もっと早く言ってくれよ」 「うむ……そうじゃな」 「それで、その確実に静香を助ける方法って言うのは 一体なんなんだよ?」 「……歴史通りに、行動する事じゃ」 「歴史通り……?」 「うむ。歴史に矛盾が起きてシズカが消えてしまうなら その歴史をトレースし、過去と現在を結びさえすれば シズカの存在も維持できるはずじゃ」 「ま、待てよ……それって、まさか―――」 <麻衣子の配慮、催眠術師・天野 翔2> 「なるほどね。カケルが突然デートに行こうなんて 言い出したから、何かおかしいと思ったのよ…… マーコの入れ知恵だったのねっ!?」 「うむ、あまりにもカケルが煮えきらんのでな」 「一つ、私が焚き付けてやったというわけじゃ」 「んもぅ……突然あんなこと言われたから、ビックリ しちゃって、私……勘違いしちゃったじゃない!」 「まぁまぁ、よいではないか。何だかんだと言いながら しっかり楽しんできたんじゃろ?」 「そ、そういう問題じゃないわよっ!」 「あのバカ、学園から抜け出すために、また鳥井さんに ヘンテコな催眠術をかけちゃったんだから!」 「ほう……今回はどんな催眠術だったんじゃ?」 「ええっとね……たしか……」 「鳥になるような暗示……だったみたい」 「……かりんが?」 「……ええ」 「……飛んでたのか?」 「……少なくとも、トンではいたわね」 「……鳥だけに、か?」 「……ええ……」 「おもむろに取り出した水羊羹を自分だって言って 翔に見せかける暗示をかけたみたいよ」 「物量的に無理があるじゃろ……」 「それが、そうでも無かったみたいよ」 「なんと……それで、どうなったんじゃ?」 「何だか、水羊羹とのコミュニケーションに 成功してたわ」 「そこまで来ると、もはや何が何やら解らんのう……」 「外国から翔がやって来るような暗示をかけたみたい」 「……外国から来るのか?」 「そうみたい。……いっぱい来るらしいわよ」 「……?? それはつまり、アメリカのカケルや ロシアのカケルがいると言う事かのう?」 「ええ。数いる翔のうち、イギリスの翔が一番 紳士的らしいわよ」 「《英国紳士:ジェントルメン》・カケルか……ある意味すごく会ってみたい 気もするのう……」 「マーコが介抱してくれたのかもしれないけど…… 鳥井さん、本当に大丈夫だったのかしら……?」 「……カケル」 重苦しい空気に包まれた化学室で、花火の火薬を抜いていると、突然麻衣子に肩を叩かれた。 「ん? なんだ?」 「ちょっといいかの?」 「あぁ、どうしたんだよ」 「うむ、ちょっとこっちに……」 俺の手を引きながら、麻衣子は部屋の隅まで移動した。 「なんだよ、こんな所で……みんなに聞かれちゃまずい ような話か?」 「そう言うわけではないんじゃがの……カケルは、今の 状態をどう思う?」 「今のって……静香か?」 「少なくとも秀一に関して訊いているわけではないぞ」 「櫻井について訊かれても、変態としか返せないからな」 当の櫻井はというと、今度は脱衣花札という聞きなれない携帯ゲームにハマっていた。 しかも既に敗北済みなのか、上着を脱ぎ棄て半裸になっていた…… 「(コンピュータ相手に脱ぐ必要あるのか……?)」 「それで、シズカを見てどう思うのじゃ?」 「静香、か……」 「毎年この日になると、私は友として自分の無力さを 実感させられてしまうのじゃ……」 「こればっかりは、どうしようもねーだろ……」 「……そうなのじゃろうか……」 「…………」 あれほど仲の良い麻衣子ですら埋められない《欠片:ピース》を俺が埋めるような方法を思いつくはずもなかった。 「でもさ……出来ることなら、なんとか元気にして やりたいよな」 それが今の俺達が抱く、素直な気持ちだった。 静香の落ち込んでいる姿など、これ以上見ていられない。 「ならば今すぐにでも慰めてやらんか!」 「……そうだよな」 たしかに、心配しているだけでは何も解決しない。 となると成否の事は別として、とにかく行動に移すしか方法は無いのだろう。 「……ほぅ」 「なんだよ、意外そうな顔して?」 「なに、躊躇するかと思ったんじゃが、予想よりも簡単に 動いたのでな」 「……言っただろ、出来ることなら何とかしたいって。 昨日の今日で悪いけど、ちょっと抜けるぜ」 「うむ、こっちは任せろ。シズカのことは頼んだぞ!」 「おう」 俺は立ち上がって、静香の下へと歩み寄る。 「静香」 「翔? どうしたの?」 「行くぞ」 「行くって、何処に……きゃっ!?」 静香の言葉を遮り、その手を取って俺は歩きだした。 「ねぇ、ちょっと待ってってば! 翔っ!」 「んじゃマーコ、後は頼むぜ!」 「うむ、しっかりと楽しんでくるんじゃぞ!」 勘が鋭いマーコは、どうやら俺が何をしようとしているのか既に理解しているようだった。 俺は静香を引きずりながら、昨日と同じように、まずは鞄を取りに教室に向かう事にした。 「ねぇ翔、もう放してよ。ちゃんと翔について行くから」 「あぁ、悪い悪い」 掴んでいた手を放し、静香を開放する。 「んもぅ……ホント強引なんだから」 「たまにはこういうのもいいだろ?」 「たまにはって、昔からいつも強引じゃない!」 「俺は過去を振り返らない男なのさ」 「はいはい。で、どうするのよ?」 「とりあえず教室に行くぞ」 「教室……? どうして?」 「いいからいいから」 訝しがる静香を連れて、俺は教室へと向かった。 教室のドアを開くなり、俺は室内を見回す。 そこには深空と先輩の姿しか見当たらない。 「よう」 「あら、天野くんに嵩立さん?」 「……もしかして、かりんちゃんと一緒じゃないん ですか?」 「一緒じゃないけど、俺のことを探してるのか?」 「はい。結局昨日は会議が出来なかったので、今日こそ やりたいって、かりんちゃんが……」 「んじゃ、今日もパスって伝えておいてくれ」 「は、はい。わかりました……」 「わりぃな。ほら、静香!」 静香の荷物を手に取り、彼女の方に放る。 「あっ……どうするの、翔?」 「とりあえず外に出る。行くぞ」 再び静香の手を取り、教室を出ようとしたのだが…… 「あっ……」 「……今日といい昨日といい、なんでお前はこう出てくる タイミングが悪いんだ?」 教室のドアを開けると、そこには昨日と同じようにふくれっ面で立ちふさがるかりんの姿があった。 「こんにちはです、翔さん」 「あー……その、なんだ……」 「別にいいんですけどね。最初に言った通り、これは義務 じゃなくって自由参加ですし」 「嫌なら、参加なんかしなくていいんですから」 「うっ……」 言葉とは裏腹に、良心に訴えるような言葉を選んで投げかけてくるかりん。 昨日のこともあってか、普段のかりんからは想像がつかないトゲトゲしさだった。 「嫌なワケねーだろ……何でそう思うんだよ?」 「だって翔さん、今日は昨日の分まで私と一緒に会議して くれるって、約束してくれました」 「なのに……」 「……悪い。でも、本当に大事なことなんだよ」 「ですから、それは解っているつもりです。ですが、なぜか 納得できないんです! あぅ!!」 「なんだよ、それは……わけわからん」 理解あるテロリスト娘だったはずのかりんが、我侭で俺をこの場に拘束させようとしていた。 昨日から、どこか様子がおかしいのは間違いないのだが……いったい何が原因なのか、理解できなかった。 「あうぅ〜っ! とにかく、簡単にはここを通すわけには 行きませんっ!!」 「翔……」 後ろからは、静香の不安そうな声。 「(……また、やるしかないか)」 手伝ってやりたいのは山々だが、これもすべては静香のためなのた。 「わかったよ、降参だ。俺の負けだよ」 かりんを納得させるため、静香を放し両手をあげて脱出は諦めたことをアピールする。 「だが手伝う前にひとつだけ……かりん、これをよく 見てくれ」 俺はそう言って、右手の人差し指を突き出した。 「あぅ? 見ていればいいんですか?」 「ああ、じっくりと見つめるんだぞ?」 「はい……じっくりと……」 かりんの視線が指先に集中したのを確認してから俺はそれをぐるぐると回す。 「心を落ち着けて、指先に意識を向けて……」 「あぅ……あぅ……」 指先を動かすにつれ、かりんの瞳が次第にとろんとしたものになっていく。 「……天野くんは何をしてるんですか?」 「うぅ……この上なく嫌な予感がします」 「力を抜くんだ……リラックスして……」 「あぅ……あぅ……」 「1……2の……3、ドーン!」 掛声と共に人差し指を突き出すと、かりんがバタリと崩れ落ちた。 「……案外出来るもんだな」 「あぁっ、やっぱり……」 「え? え? いったいどういう事ですか?」 「か、翔……鳥井さんに何をしたの?」 昨日の惨事を思い出して泣き崩れる深空と、何が起きたのか理解できずに困惑している先輩と静香。 「ちょっとしたマジックみたいなもんさ」 さて、あとはどんな幻覚を見せるかだが…… 「……そうだな」 逡巡してから、せめて幻の中でだけでも空を飛ぶと言う夢を実現させてやろうと思い至った。 「1……2……3……はいっ!」 昨日と同じ手順で手を鳴らすと、かりんがハッと目を覚ました。 「ここは……あぅ!?」 「かりんちゃん、大丈夫ですか!?」 「ここは……ここは……!」 深空が慌てて駆け寄るが、かりんにはその姿が見えていないようだった。 「あぅ! あぅ! すごいです、私飛んでますっ! 風が気持ちいいです〜♪」 虚ろな目のまま、スキップをしながら教室内を駆け回るかりん。 「か、かりんちゃん……?」 「……すまん、かりん。今の俺が出来ることは これくらいしかないんだ」 「……えっと」 「何も言うな……後でちゃんと謝るからさ」 事態を飲み込めずに狼狽する静香の言葉を遮り俺は立ち上がった。 「あぅぅぅ〜! 私、ついに飛べました! やっと 飛ぶことができたんです〜!」 「……おし、じゃあ行くか」 「う、うん」 翼に見立てているのか、手をばたばたと動かして動き回るかりんを尻目に、俺は再び静香の手を取った。 「……そうだな」 俺は少しばかり逡巡して、ポケットから取り出したお気に入りの水羊羹をスケープゴートにすることに決めた。 「1……2……3……はいっ!」 昨日と同じ手順で手を鳴らすと同時に、かりんの目の前に水羊羹を突き付ける。 「ん……んぅ……あうううぅぅぅぅぅぅ!?」 俺の目論見通り、目を覚ますと同時にかりんは素っ頓狂な悲鳴を上げた。 「か、翔さん!? あぅ、ちょっとびっくりしちゃい ました……」 かりんからすれば、目を覚ましたら息のかかりそうな距離に俺の顔があったのだから、そりゃ驚くだろう。 「あぅ……でも翔さんがそういうつもりでしたら、私も…… あぅぅ!」 俺の手から水羊羹をひったくり、頬ずりするかりん。 「…………」 「…………」 「…………」 何が起きたのか分からず、唖然としている三人。 「今日の翔さん……プルプルしてて、ちょっと卑猥です! でも気持ちいいから大歓迎ですっ!」 「……哀れだな」 自分でやっておいて言う事でもないが、かりんの姿を見ていると、やるせない気持ちが溢れてくる。 だが、かりんの目を盗んで学園を抜け出すには、またとないチャンスだった。 「行くぞ」 「い、いいの?」 「次に会う時に謝るって事で」 「う、うん。わかった」 俺は立ち上がり、戸惑う静香の手を掴んだ。 俺も意味はよくわからないが、とりあえず外国から新たな俺が来た事にしてやろう。 「(新たな俺が、きっと身代わりとして役目を果たして  くれるだろう……たぶん)」 我ながらメチャクチャな案だが、この際そんな事は気にしていられない。 「1……2……3……はいっ!」 昨日と同じ手順で手を鳴らすと、かりんがハッと目を覚ました。 「ここは……」 「かりんちゃん、大丈夫ですか!?」 深空が駆け寄ると、かりんはゆっくりと体を起こした。 「深空ちゃん? ……私はいったい何を?」 「それは……」 気まずそうにこちらに視線を向けてくるが、俺は無言で目を逸らす。 「あぅ! よく分からないですけど、こんなところで ボーっとしてる場合じゃないです!」 「え……かりんちゃん、何を?」 「翔さんを迎えに空港まで行ってきます!」 「空港って……?」 「ど、どういうことなんですか!?」 「天野くんならここに……?」 「もうすぐ飛行機で翔さん御一行が到着するんです! 早く迎えに行かないと……!」 「落ち着いてください、かりんちゃん! 翔さん御一行って 何なんですか!?」 「世界各国の翔さんが、遊びに来てくれるんです!! あぅぅぅ〜、楽しみになってきましたっ!」 「いろんな国の翔さんって……えぇっ!?」 「みなさん素敵なんですよ! イギリスの翔さんは とっても紳士的で殺人許可証を持ってますし……」 「ブラジルの翔さんは、サッカーボールで犯人を捕まえる 名探偵なんです!」 「スペインの翔さんとかはとっても情熱的で、中国からは 黄色いジャージを着た翔さん、モロッコからは女の子に なった翔さん、他にもたくさんの翔さんが……!」 「あぅぅぅぅぅ! 興奮してきました! 死にます! 死ねますっ!!」 「か、かりんちゃん! しっかりしてください! 翔さんはここにいますよぉっ!?」 「……翔、これって」 「……何も言うな、俺自身悲しくなってきたんだ」 俺の催眠術が凄いのか、かりんがすごいアホなのかはたまたその両方なのかは定かではないのだが…… だが、かりんの目を盗んで学園を抜け出すには、またとないチャンスな事は間違いない。 「うし、今のうちに行くぞ」 「え? でも、いいの……?」 「大丈夫だ。俺がいっぱい来るから」 「意味わからないんだけど……」 「とにかく、行くぞ」 「う、うん」 何か言いたげな静香の手を引っ張り、俺は立ち上がる。 俺達は奇行溢れるアクションのかりんを背に、戸惑う先輩達を残し、教室を後にするのだった。 ……………… ………… …… <麻衣子への相談> 「翔さんは、一科学者であるマーコさんに、もしも タイムマシンがあったらどうなるかと言う推測の お話を聞かせてもらおうと尋ねました」 「すると、実はつい最近、試作型を作り出すことに 成功したと言う事実を知りました」 「でも、そのタイムマシンには『致命的な欠陥』があり 実用化までには至らないと語られます」 「翔さんは、その『致命的な欠陥』が気になって マーコさんに一体なんなのかを尋ねました」 「ついに……翔さんに、知られちゃいました……」 「それでも、私は……」 「い、いきなりどうしたのじゃ? 私に大事な話って…… しかも、二人きりで会いたいなどと……」 「ま、まるでその……告白のシチュエーションだの」 「麻衣子。あのさ……」 「な……なんじゃ?」 「一科学者としての意見を聞きたいんだが……もしも仮に タイムマシンがあったとしてさ」 「たいむ……ましん?」 「そいつを使って過去に遡る事って可能なのか?」 「たとえばその時、誰かに正体がバレたらやばいとか そう言った理論上の歪みたいなものがあるとか……」 「ま、待て待てカケル。いきなり何なのじゃ?」 「まったく、せっかく真面目な話かと思って緊張して おったのに……」 「麻衣子」 俺は声のトーンを落とし、真剣な表情のまま無言で麻衣子を見つめる。 「真剣な話……なのかの?」 意図を察してくれた麻衣子の問いに、コクリと頷く。 「それで……どうなんだ?」 「ふむ……」 「まあ、さすがの麻衣子でも、タイムマシンなんて 荒唐無稽なモンの理論を、いきなり想像しろって 言っても無理だとは思うけどさ」 「いや、それがそうでもないんじゃ」 「え?」 「覚えておるかの? この学園が占拠される2日ほど前に お主らが化学室に来た時の事を」 「2日前……?」 俺は記憶を辿り、いつものように先生に頼まれた静香と一緒に麻衣子を迎えに行った時の事を思い出した。 「あの日が、どうかしたのか……?」 「うむ。あの時は、作っていた発明品が何なのかは お主たちに明かさなかったのじゃが―――」 「ああ、そう言えばそうだったな」 たしか、完成してからのお楽しみだとか何とか言われてはぐらかされたような記憶がある。 「それには至ってシンプルな理由があっての。まあ…… ありていに言ってしまえば、完成しなかったのじゃ」 「ああ。それで、それとタイムマシンに何の関係が……」 そう言った瞬間、俺の脳内に恐らく答えであろう事実が浮かび上がってきた。 「まさか、それが―――」 「そう。あれは試作型のタイムマシンだったのじゃ」 「試作型の……タイムマシン……」 まるで次々とパズルのピースが嵌って行くように俺の推測を裏付けるような事実を告げられる。 「じゃから、私なりの理論での推測程度なら出来るが ……あまり参考になる物ではないと思うがの」 「いや、その推測でも構わないから聞かせてくれ。 麻衣子の作るタイムマシンで過去に遡る事って できるのか?」 「過去に行けるには行けるが……どちらにせよ、まだまだ 完成までには程遠い《代物:しろもの》じゃぞ?」 「……そうか」 「うむ。試作機のアレには、致命的な欠陥があるからの」 「(つまり、過去に行けなくは無いって事か……?)」 深空とかりんの容姿の違いからして、恐らく数年後の未来からやって来たのだと推測できる。 「なあ、麻衣子。数年後には完成できる代物なのか?」 「実はの……あまり乗り気ではない上に、解決の糸口も 見つからんので、今後は作るつもりは無いのじゃ」 「え……?」 「どちらにせよ、人の身には余るファンタジーの領域 じゃからのう……それに、全宇宙滅亡の危険もある」 「全宇宙滅亡って……なんだよ、それ」 「過去に戻り歴史を変えると言うのは、それほどの エネルギーを必要とするのじゃ」 あまりの規模のでかさに思わず冗談のように聞こえてしまったが、こんな時に茶化すほどヒネた相手ではないと考えなおす。 「時空とは、粘土細工のようなものでの。過去に行くと 言うのは『現在』を引きちぎって、無理やりに時間を 巻き戻すような行為なのじゃ」 「再び綺麗に『現在』とひっつけなくては、全宇宙の 爆発をも引き起こす可能性があると言うワケじゃ」 「全宇宙の爆発って……ビックバンか!!」 「うむ。ビックバン・エネルギーと言うヤツじゃの」 「この世界が歴史の歪みを戻そうとする際に発生する エネルギーは、同等の潜在力があるのじゃ」 「ははっ……そりゃ、シャレにならねーな」 「じゃろ? とにかく、ロクな事にはならんので これ以上、研究するつもりも無いのじゃ」 「それに、仮に研究を続けたとしても、数年程度では ちっぽけな人間の身体に影響が出ないようになんて できっこ無いしの」 「今……なんて言った?」 「ん? 研究したとしても、未完成のままじゃろう と言う意味だったのじゃが」 「…………」 俺の胸に、言い知れぬ嫌な予感を抱き、なぜか酷く動揺してしまう。 「なあ、その『影響』ってのは、何なんだよ?」 あまりにも性格からして違いすぎる、深空とかりん。 それは年月によるものでも、ましてや演技で誤魔化せるようなちっぽけなモノなんかでは、ない。 「む? な、なんじゃ、そんな怖い顔をして……」 「いいから、教えてくれ麻衣子。もしもその試作機で 過去に戻ったら、そいつはどうなるんだよ!?」 一緒に住む人間にすら、同一人物だと解らせないほどの決定的な『《誤差:ズレ》』――― 「じゃから、致命的な欠陥があると言うておろうに!」 「俺が使いたくて訊いてるわけじゃねーんだよ…… 麻衣子、頼む。教えてくれ」 「…………」 俺の真剣な訴えを聞いて、押し黙ってしまう麻衣子。 その永い沈黙を、俺から破る気は無かった。 <麻衣子登場> 「この日も《相楽:さがら》さんは発明品作りに夢中になってて ホームルームに来ないので、いつもの通り親友の 嵩立さんが、化学室に迎えに行きました」 「うむ。つい時間を忘れて、没頭してしまうのじゃ」 「わわっ。相楽さんっ」 「ナベちーとは、本編でほとんど絡みが無いしのう。 自ら志願してゲスト出演させてもらったのじゃ」 「ありがとう〜。私一人じゃ心細かったから、すっごく 助かるよ〜」 「仲が良い友達同士でありながら、《あ:・》《ん:・》《な:・》展開になった ゆえに、ナベちーとは会えんかったと言うのは、少々 酷い話だと思うのじゃが……」 「うん。でも私、サブキャラだから……」 「むぅ……世知辛い世の中じゃのう」 「しょうがないよ。私って地味だし、存在感薄いし…… そ、そんな事よりあらすじをしないとっ」 「ADから巻け巻け、と指示が飛びまくっておるのぅ。 本編で会えんのじゃし、もう少し絡ませてくれても バチは当たらんと思うのじゃが」 「あはは……それでは、本日ゲストとして来て頂いた 相楽 《麻衣子:まいこ》さんの紹介をしたいと思います」 「よろしくなのじゃ!」 「えっと、クラスメイトではあるんですが、なんと 飛び級をしている天才少女なんですよぉ〜」 「私なんて授業について行くのも辛いのに、ほんと すごいよね〜、相楽さんって」 「うっ……ま、まぁの」 「天野くんと嵩立さんの二人とは、いつ頃から友達で 一緒だったの?」 「ふむ。カケルとシズカに会ったのは、かれこれ 6年ほど前になるかのう」 「それ以来ずっと一緒につるんで来たわけじゃから ある意味、家族のような存在とも言えるの」 「今は少し嵩立さんと天野くんがギクシャクしてるけど 相楽さんと一緒だと、いつも通りに見えるもんね〜」 「それは持ち上げすぎな気もするが……それに関しては お互いの心の問題じゃからのう」 「私も、色々と歯がゆい思いをしておるぞ」 「…………」 「まぁ、どんな形に決着するにせよ、今まで通りの 友人関係を保ち続けていくつもりじゃがの」 「相楽さんって、本当に友達思いだよね」 「いや、ただのエゴイストでしかないぞ?」 「カケルもシズカも好きだから、一緒にいたい。 だから、一緒におる。ただそれだけじゃ」 「う〜ん、ナチュラルな好意……」 「むっ? なんじゃ、もう終わりの時間なのかっ」 「では、名残惜しいがそろそろお《暇:いとま》するぞ。 ADが《五月蝿:うるさ》くて敵わないしのう」 「あはは、そうだね。それじゃ、また明日学園で〜」 「うむ。ナベちーも元気でなっ!」 「うーし、お前ら席に着け〜」 担任の《飯塚:いいづか》先生の声を聞いて皆それぞれの席に着く。 「出席を取るぞ〜……と、言いたい所だが」 「ふぅ。また《相楽:さがら》か」 俺の隣のカバンだけ置いてある空席を睨みつけると呆れたようにため息を吐き、出席簿をバシバシ叩く。 「《嵩立:かさだて》。すまんが、またよろしく頼む」 「はい」 同じくどこか呆れたような怒っているような表情で立ち上がると、静香はそのまま教室を出て行った。 「んじゃあ出席取るぞ〜。天野」 「はい……って言うか先生、トイレ行ってきます」 「おう、さっさと行って来い」 「ういっす」 変に詮索される前に、適当な言い訳をして廊下へ出る。 無論、関係の修繕を図っての作戦なワケなのだが。 「静香!」 「カケル……?」 「よっ」 「どうしたのよ」 「いや、俺も迎えに行こうと思ってな」 「マーコの事?」 「おう」 「ふーん……」 何か言われるかとも思ったが、それ以上何も言わずに歩き出したので、承諾と判断して隣について行く。 「……あのさ」 「なに?」 「俺の事避けてる?」 「な、何でよ……別に避けてなんか無いわよ」 「だよな。いや、なんでもない」 「…………」 「…………」 そのセリフとは裏腹に微妙な空気のまま二人で歩く。やはり、このぎこちなさを崩すには《ア:・》《イ:・》《ツ:・》の協力が必要なのかもしれない。 ……………… ………… …… 「到着ね」 『化学室』と書かれたプレートの前に立つと静香は目を瞑り、ひときわ大きく息を吸う。 「こらっ! マーコ!!」 「むっ……なんじゃ、シズカか」 「なんじゃ、じゃ無いわよ。今何時だと思ってるの?」 「むむむむむむ……気づけば朝になっておるの」 「《麻衣子:まいこ》、お前また徹夜したのか?」 「うむ、ちょいとコイツに熱中してしまっての」 そう言うと、持っていたスパナでコンコンと手前に置いてある謎の発明品のメカを叩く。 「早く教室に戻らないと飯塚先生がご立腹よ」 「うむ! では行くとするか」 「ところで今回は何を作ってたんだ?」 「無論、ヒミツじゃ」 「出来てからのお楽しみと言うヤツじゃのう」 ニタリと聞こえて来そうな嫌らしい笑みを浮かべる麻衣子に多大な不安を抱くが、見なかった事にする。 「はぁ……マーコも年頃の女の子なんだから こんな化学室にばかり閉じこもってないで 外に出ないとダメなんだからね!」 「身だしなみには気をつけておるぞ?」 「そうじゃなくって! 恋とかオシャレとか…… 色々あるでしょ?」 「言われて見れば麻衣子って、科学と発明が恋人で 白衣が私服って感じだもんな」 「まるでアニメに出てくる博士のようじゃろ?」 「自覚してるならどうにかすればいいだろ」 「そうよ。マーコ可愛いんだから、オシャレしたら 絶対モテモテになるわよ」 「しかし、普段から博士っぽくしておいた方が 凄い発明品が作れるような気がするのじゃ」 「言わんとしてることは何となく理解できるけど 非科学的な理由じゃないか?」 「私の直感は全ての科学に通ずるのじゃっ!!」 「なによそれ」 「それに、この世に科学で表せられぬ道理は ただの一つも存在しないしの」 「一見、非科学的な思考であっても、その裏には 存外、科学的な根拠があるものじゃぞ?」 「……麻衣子に何を言っても無駄だな」 「はぁっ……そうみたいね」 「何度も言っておる通り、科学に魂を売り渡した 身じゃからのう」 麻衣子は良くも悪くも発明にしか興味が無いゆえに静香も親友として心配事が絶えないのだろう。 「んじゃ、俺は先に行くわ」 「ほぇ? 何でまたそんなまどろっこしい事を」 「トイレ行くって言って抜け出してきたんでな。 一緒に戻ってきたらバレバレだし」 「なるほどのう」 「ほんと、隙あらば少しでも授業サボろうと思うなんて マーコと言い翔と言い、だらけすぎなのよね」 「むぅ……相変わらず手厳しいの、シズカは」 とりあえず静香との関係の修復が目的だったのだが勘違いされたままの方が都合が良いので黙っておく。 「それじゃあまた教室で」 「ん」 「うむ」 静香と麻衣子に別れを告げると、俺は一人、早足で教室へと戻るのだった。 ……………… ………… …… <黒かりん爆・誕!> 「つい、麦茶を飲むと酔っちゃうことを漏らして しまったら、案の定無理やり飲まされました」 「その後どうなったのか、記憶が全然無いです……」 「あうぅ……恥ずかしいことしてなかったかどうか ものすごく不安です……」 「ほれ、麦茶だ」 「あ、えと……はい」 何故かぎこちない返事で俺からコップを受け取るとそのまま固まってしまう、かりん。 「どうしたんだよ? 喉渇いてねーのか?」 「い、いえ。喉は渇いてるんですけど……えっと……」 「?」 「じ、実はですね……私、苦手なんです」 「ん?」 「麦茶」 「麦茶がどうしたんだ?」 「だから、苦手なんです……麦茶が」 「はぁっ?」 いまだかつて聞いた事が無い奇妙な発言に、思わず顔をしかめてしまう。 「実は私、麦茶を飲むと、お酒を飲んじゃったみたいに 酔っちゃうんです」 「なんだよ、それ……」 「ですから、出来れば牛乳とかが良いです」 「これ以上ムネがでかくなったら、さすがに引くぞ?」 「おっぱいを大きくしたいワケじゃありませんっ!!」 「何だよ、マジなのか?」 「はい。あの味がダメなんです……」 「ふーん……」 話半分で聞き流しつつ、同時に飲ませたらどうなるのかと言う好奇心が、ふつふつと湧き上がって来る。 「よし! それじゃ、飲むか!!」 「だから飲みませんっ!」 「飲めよ。YOU 飲んじゃいなよ?」 「死にますっ!!」 「死んでたまるかっ!」 俺は逃げようとするかりんの前へ素早く回り込み強引に麦茶を飲ませる。 「あうっ! あぅっ! しゅ、《水死:しゅいし》しまふっ!!」 「なら、いい加減に観念して飲めっ!!」 「んっ、んっ、んっ……」 「なんだ、普通に飲めるじゃねーか」 「………………」 「な、なんだよ? 黙りこむなよ」 「…………」 「わ、悪かったって……おい、かりん?」 「……」 「(やばい……反応がねーぞ)」 フラフラと頭を揺らしながら反応が無くなったかりんを見て、さすがに心配になってしまう。 「だ、大丈夫か?」 「あ? ぶっこぉーすぞ!!」 めちゃくちゃ口調が荒々しくなっていた! 「さのばびーっち!」 「さぁーのぉーぶぅわぁーびぃーーーっちぃ!!」 酷い言われようだった…… 「悪かったって言ってるだろ。っつーか、正気か?」 「正気正気。マジ正気」 「そ、そうか? なら良いんだが……」 「あー、マジ脱皮してぇ」 「無理だろ」 「じゃあ大人しく脱皮すりゃっ!」 意味不明すぎる…… 「本当に正気なのか? お前……」 「あにが?」 「いや、急に口調が荒々しくなっていらっしゃるので」 なぜか敬語になってしまった。 「んなもん、しらねーよぉ〜。あぅ」 「おし、貴様を黒かりんと命名してやろう」 「う○こみたいなアダ名つけてんじゃねぇーぞぅっ!」 「おっ、女の子がそんな下品なセリフを言うんじゃ ありませんっ!!」 慌てて口を塞ごうとするも、するりとその手が空を切ってしまう。 「速い……っ!?」 「ちくしょお〜、変なアダ名つけるなってんだぁ〜」 「かりんとうってレベルじゃねーぞっ!!」 「わかったから、とりあえず落ち着け!」 「あうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! もがもがっ!」 暴れまわる黒かりんを、どうにか押さえつける。 「俺が悪かったから、深呼吸してくれ」 「誰が、かりんとうだ、ごらぁ〜……あぅ」 「一応、酔ってても『あぅ』はそのままなんだな」 「あれ? もう脱皮した?」 「してねぇよ!」 「なんでらよ!!」 逆切れされていた! 「あーだったら、おまーがねぇーんだろうがぁ〜、あぅ? んだらったらなぅ、みゃんなへーわせなあらんやろぉ」 「日本語でよろしく」 「脱皮りょ?」 「無理りょ?」 日本語が通じそうに無いので、適当に合わせてみる。 「あははっ、日本語をぉ〜、しゃべれってのぉ〜」 「(コイツ……殴ってやろうか)」 「んんぅ〜……」 言いたい放題で暴れまわったかと思うと、バタリとその場に倒れ込んでしまう。 「おーい、かりん……寝ちまったのか?」 「あぅ……むにゃむにゃ」 「ダメだこりゃ……まるで本物の酔っ払いだな」 「好き……です」 「え?」 唐突に呟かれたその言葉に、思わずドキリとする。 「ははっ、あれだろ? どうせ食い物の夢とか見てる ってオチだろ?」 「翔……さん……」 「…………」 不意にかりんの素顔が見たくなって、無防備に眠るかりんのメガネを外そうと、その手にかける。 「かりん……」 何となく―――今なら、こいつのメガネが外せるような……そんな気が、した。 『あぅ。メガネは、私のあいでんてぃてぃーなんです』 「……やめた」 「んん……かける、さん……むにゃむにゃ」 まるで俺の気持ちを察したかのように、嬉しそうにごろごろと頬をなすりついて来る、かりん。 「べっ、別にアンタなんかに気を回したわけじゃ 無いんだからねっ!!」 「あうぅ〜……?」 寝ているとわかっていながらも、妙に気恥ずかしくてついつい一人でツンデレってしまう。 「ったく、のん気すぎるだろ、こいつは……」 俺は毛布をかけながら、こいつの素顔はいつか自分で見せてくれる時のためにとって置こうと考えていた。 <1から0へ> 「お風呂で翔の身体を精一杯洗ってたら、翔が私を 押し倒すように求めてきたの……」 「そして私は、翔に求められるがままに、初めてを 奪われたわ……」 「泣いちゃったけど、痛いからなんかじゃなくて……」 「ずっと夢見ていた関係になれたなんて…… 本当に、嘘みたいだわ」 「静香が……欲しい」 「えっ……?」 その身体を抱きよせて、耳元でささやく。 「カケル……」 「私も……カケルのことが欲しいよ……」 「じゃあ、いいか……?」 「あ……でも、ここじゃ……ベッドへ行こ?」 ……考えてみれば、風呂場でそのままするっていうのは抵抗があって当然だ。 だが…… 「もう我慢できないって言ったろ……」 「え……?」 「もう1秒も待てねーんだ……今すぐ静香が欲しい」 「ん…………」 俺の言葉に、静香はうつむいて黙りこくってしまった。 「静香……」 「そんな風に言われたら……断れないよ……」 「……さんきゅ、静香」 はにかみながら微笑む静香を座らせ、俺はペニスを彼女の秘所にあてがう。 「じゃあ、行くぞ……」 「うん……来て……」 静香の肩が小刻みに震えているのが判る。 どう言葉で取り繕おうが、初めての行為に恐怖を感じているのが、すぐに理解できた。 「大丈夫か……?」 それが無粋すぎる質問だとしても、不安に耐える静香を見ていたら、尋ねざるを得なかった。 「心配しないで……カケルだったら、大丈夫だから」 そうして笑みを浮かべるが、やはり無理をしているのか静香のその笑顔は、どこかぎこちない。 「私、ちゃんと……受け止めるから……」 その言葉が、俺の中で引鉄になった。 怖くてどうしようもないはずなのに、それでも静香は迷う事無く、俺を受け止めてくれる意志を示す。 そんな彼女が、たまらなく愛おしいと感じた。 「……静香、好きだ」 「うん。私も……大好きだよ……」 「っ……!」 秘所にペニスをあてがい、ゆっくりと挿入すると、すぐに静香の顔がこわばる。 「大丈夫か……?」 「気にしないで……平気だから」 「ああ、行くぞ……」 俺は、ぴったりと閉じたそこを掻き分けるようにして自らの剛直を押し進める。 「ん……つっ……んんっ!」 まだ先端を挿入しただけなのに、静香はその痛みに顔を歪めていた。 「は……っ……あっ……」 「…………」 静香の呻きを聞いてると、このまま腰を進める事を躊躇してしまう。 「っ……んんっ……はぁっ…………カケル?」 躊躇っている俺の心境に気づいたのか、静香が優しく微笑みながら話しかけてくる。 「ありがと。……でも大丈夫だから。ね?」 「けど……」 「カケルに、挿れて……ほしいの……」 「……本当に、いいのか?」 「うん。初めては、カケルにって……ずっとずっと前から 夢見てたんだから」 「静香……」 「だから……一気に……奪って欲しいの」 強がり、笑顔を見せる静香を見て、俺は決意を固めた。 「…………行くぞ」 「うん……」 「んっ……んあああああぁぁぁぁ〜〜〜っ!」 今までとは比べものにならないほどの痛みだったのか静香の悲鳴が浴室に響き渡る。 同時に、破瓜の証である赤い筋が垂れてくるのが見えた。 「だ、大丈夫か?」 「はぁ……はぁ……っ…………うん、平気だよ」 俺を心配させまいとしてか、優しく微笑むように静香が笑顔を見せる。 「すげぇ……静香の《膣:なか》……熱い」 静香の膣内が俺のペニスを締め付け、腰が抜けそうなほどの快感が、全身に駆け巡る。 「んんっ……はぁ、はんっ……んぅっ……」 「……っ……」 思わず腰を動かしたい衝動に駆られるが、苦痛に歪む静香の顔を見て、どうにか思い留まった。 「ふぁっ……ん……すご、い……カケルのが、私の中に…… 入ってるんだね……」 「ああ……」 「お腹の中……っ……痺れたみたいに……」 「……私……私っ……んぅっ……ぐすっ……」 「静香、どうした……?」 俺が必死に挿入の快感に耐えていると、静香が突然泣き出してしまう。 「ご、ゴメンな……? もっと優しくできれば良かったん だけど……」 「ううん、違うの……っ」 「え?」 「こうして、カケルと一つになれて……私、嬉しいの」 「ずっと、ずっと……好きだったから……」 「大好きだった人と結ばれたのが嬉しくって……胸が いっぱいになって、それで私―――」 「静香……」 破瓜の痛みでそれどころじゃないはずなのに、それでも静香は、俺のことを想ってくれていた。 その事実に、胸が張り裂けんばかりの愛おしさがこみ上げてくる。 「ん……」 吸い寄せられるように、俺は静香と唇を重ねた。 「……んっ……んん……くちゅ……」 俺は貪るように静香を求め、半ば強引に舌をねじ込む。 「ちゅっ、んんっ……ちゅぱ……んぅっ」 怯えるように引っ込んだ静香の舌に、俺の舌を絡めて優しく愛撫する。 「んむぅ……ちゅ、くちゅ……んんっ」 「ふぁっ……んむっ、んちゅ……っ……ぷはっ」 唇を離すと、静香は恍惚とした表情を作った。 「んぁ……カケルぅ……」 「ゴメンな、静香……今まで、ずっと待たせて……」 頬を伝う涙を指でぬぐい、俺は再び唇を貪る。 「んむっ……ちゅ、ちゅぷっ……くちゅ……んんぅ」 「くちゅ、ちゅむっ……んむ……ちゅ……ちゅぱっ」 静香の舌の動きはさっきよりも大胆で、求められるがままに俺も舌をなぞらせた。 「ちゅ……んちゅ、ちゅぱっ……んんっ」 「ふぁ……カケルぅ……もっと、もっとして……?」 「ああ」 一度離れても、俺達はすぐにまた互いを求めあう。 「んんっ……んむぅ……ちゅっ、くちゅ……」 「ちゅっ、くちゅっ……んんぅ……ちゅぱ……んくっ」 静香の唾液が、甘い麻薬のように俺の頭を痺れさせる。 「んん……んちゅ、ちゅぷ……くちゅっ」 「はぁ……っ……んむっ……ふぁぁ、んあっ……」 唇を甘噛みして舌を這わせると、静香は甘い声を漏らしその声が俺をさらに狂わせた。 「ん……あんっ……ちゅ、くちゅっ……んぷぅ」 「ふぁっ……んむっ……んくっ……ぷぁっ」 唾液が糸を引いて、てらてらと、いやらしく光る。 その官能的な光景が、俺の劣情を掻き立てていた。 「んっ……もう……動いて、いいよ」 「いいのか? ……無理するなよ」 「キスしてたら……痛いの、気にならなくなっちゃった。 ……だから、いいよ」 「静香……」 「んっ……ちゅ……」 俺はもう一度静香にキスをしてから、ゆっくりと腰を引いた。 「っ……あっ……んんぅ! ……あっ……んんぅ!」 ピストン運動を開始する事で強い快感を得る俺に反して静香の方は快感とは程遠く、激痛に汗を浮かべていた。 「はぁっ……んっ……はぁ、はぁ……んくぅ!」 「あ……っ……くぅっ……んんっ……んはあっ!!」 最初に入れた時に比べれば幾分か楽そうだが、どうしても気が引けてしまい、俺は腰の動きを緩めてしまう。 「んっ……はぁ、はぁ……だい、じょうぶ……だよ?」 「受け止めるって……ちゃんと……受け止めるって 決めてたんだから……だから、動いて……?」 「ああ……行くぞ、静香」 その言葉を聞いて、俺は再びストロークを始める。 「いっ……はぁ……んぁっ……んんぅっ!!」 抜ける直前まで引いてから、今度はそれを深くまで一気に挿入する。 「んんっ……っ……あっ……ふぁっ!」 静香の膣は俺のペニスをきつく締め付け、ゆっくりと抽送させているだけでも、電気のような刺激が背筋を駆け抜けていく。 「つっ……ん、あっ……くふぅ……」 「はぁ、はぁ……んぅ……あぅっ……」 弾けるような快楽に翻弄される俺と違って、静香の方は変わらず苦悶の表情を浮かべていた。 「静香……」 少しでも気が紛れるようにと、俺はその可愛らしい胸を指で優しく愛撫する。 「ひゃぅ! んぅっ……はぁっ……あんっ!!」 「カ、カケル……そこ……は……んひゃぁ!」 小さいと感度がいい、なんて話はよく聞くが、実際に静香は胸が弱いようだった。 「ふぁ……ん、あっ……あ……んんぅ」 「あっ、ひゃぅっ……ふぁ……ひゃぁっ!」 乳房の先端を転がすようにいじると、静香の嬌声が心地よく耳に響いてくる。 「あ、あっ……ふぁんぅ……ふああっ!」 「そん、な……胸……ばっかりぃ……んんんぅぅ!」 静香がそちらに気を取られている間も、少しずつゆっくりとだが、ペニスを出し入れする。 「ふぁっ……ん、ひゃぅ……んああっ」 「……めぇ……あぁ、んんっ……」 愛液と血が混ざりあい、潤滑油となって、静香の秘所はだんだんと具合が良くなって来ていた。 「んひゃぁ……やぁ……ぁふ……」 「あぁっ……ふぁ……あっ、んああっ」 それに合わせて、静香の身体の緊張も次第に解け、声にも快感の艶が混ざり始める。 その静香の気持ちに呼応するように、俺もまた抽送の速度を徐々にスピードアップさせる。 「んぁ、あっ……あんっ……ああぁっ……」 「んんっ、ふあぁっ……ひゃう……あんっ……」 固くなった乳首をいじりながら、ひたすらに静香の膣へ挿入を繰り返す。 「んあああぁっ! やぁ、やだっ、だめ……んぁ あぁんっ……」 「ひゃん! ああぁんっ……んんんぅっ!」 それに反応するように静香の身体がびくびくと震え、膣内も同じように《蠢:うごめ》きまわる。 「むね……ばっかりっ……ひゃぁっ、んあぁっ!」 「だ、めぇ……おかしく……なっちゃ……くぅっ……」 「けど気持ちいいんだろ?」 「んんっ……でも……でもぉ……んあぁっ」 「ふあぁっ……ん、あぅっ……んんんぅっ!!」 余裕ぶってそんな事を訊いてみたりするが、俺自身も下半身から流れ込む快感に、射精感がこみ上げていた。 「あんっ……んんぅ……っ……ひゃぁっ!」 「くふぅ……はっ……あん、あっ……んああっ」 結合部からは水気のある音が響き、先走り汁と愛液が混ざりあい、お互いの身体を濡らす。 「あぁっ……ん、ふぁぁっ……んんぅっ……」 「あ、んぁ、ひゃっ……んんっ……はぁっ」 「あん、んぅっ……ふぁっ……ふあぁっ!!」 静香の表情からだいぶ苦痛の色が消えて来た事を悟りストロークのペースを上げる。 「んあぁっ! んっ、あぁんっ……やああぁっ!」 「ふぁぁっ……んんぅ……あんっ、んんっ……はぁん!」 ただ前後に動かすだけでなく、膣内全体にペニスを擦りつけるように、緩急をつけての挿入を試みる。 「うぁっ……んんっ……あん、んぅっ、ああぁっ!」 「んぅ……ふぁぁっ……んあ、ひゃぅ……っ!!」 「んああっ……カ、カケルぅ……はげし、んんぅっ!」 「静香っ……静香っ……!!」 会話する余裕もなく、ただがむしゃらに腰を動かす。 「んんぅっ! あんっ、んんぅっ……あああぁぁっ!」 「ふああぁっ……んんぅ、あううぅっ……んんんぅ〜っ」 感極まって、静香が再びキスを求めてくる。 「んむううぅっ……んっ、ちゅぱっ……ふぁぁっ」 「ん、ん……くちゅ、んふぅ……ぷぁっ、んんぅ」 まるで獣のように激しく互いを求め合い、ただただ貪欲に舌を這わせる。 「ん、んふぁ……んむうぅっ……ちゅ、くちゅ……」 「ちゅ、ちゅぱっ……んちゅ、んむっ……じゅるっ」 上下から来る激悦に、目の前がちかちかと光る。 「くちゅ、じゅるっ……ん、んぁ……や、やあぁっ」 「だめぇ……変に、変になっひゃ……んああぁっ!」 愛液が飛び散るほどに激しく抽送すると、静香は悶えるようにかぶりを振った。 「ああぁんっ……翔っ……カケルぅっ……」 「ん、んんっ……は、あぁっ……カケル、カケルぅっ…… すきぃ、大好きぃっ……はあぁぁんっ!!」 感極まって俺の名前を連呼する静香に応えるようにひたすらストロークを繰り返す。 「んああぁっ……はぁんっ、んっ、気持ち、良いよ…… かけるぅ……んはぁっ、やあぁっ……ひゃあぁっ!!」 静香も相当感じてくれているようだったが、俺の方もすでに限界が迫っていた。 「んああぁっ、ひゃうっ……ん、ん、あああぁっ!」 「うぁ、あぁっ……あんっ……んんんんんっ!!」 「ぐっ……」 もうそう長い間我慢できそうにない事を悟り、俺はさらにテンポを上げて腰を突き動かす。 「ふあぁっ、んんぅっ……んあぁぁっ!」 さらに、静香も絶頂に導くため、今まで触れていなかったクリトリスに手を伸ばした。 「んんんぅっ! そ、そこはぁ……あああぁぁっ!」 「ひゃあぁぁっ、あ、ああぁぁっ……だめ、だめぇ!」 突然の刺激に驚いたのか、静香が今までにないほどの嬌声を上げた。 「あっ、あぁ、んあぁっ……ふぁぁ、んああぁぁっ!」 「そこっ……んあぁっ! そこ、はぁ……ひあぁっ!!」 上下の突起を弄るたびに、静香の膣はびくびくと収縮し俺の剛直にいやらしく絡みついてきた。 「んぅぅっ……あ、あああぁぁんっ、んんんぅっ!」 「ひゃああっ、だめぇっ……わたし、わたしぃっ……!」 「静香……俺も、もう……っ!」 「あんっ、んんっ、やあぁっ……な、中にぃっ……っ!」 限界を感じペニスを引き抜こうとすると、まるでそれを拒むかのような絶妙なタイミングで、静香が俺の背中に両足を回して、その動きを阻む。 「し、静香!?」 「おねがいっ、カケル……この、ままで……んんっ! 中に……出して、欲しいの……っ!!」 「けど、お前……」 「だめ? 私、欲しいよっ……カケルの、いっぱい…… 中に欲しいよっ!!」 「いいのっ、カケルならぁ……ううんっ、カケルのが 欲しいのっ! だからお願いっ、カケルぅ〜っ!」 「っ……行くぞ、静香……!」 一瞬だけ躊躇したが、静香の言葉に俺は覚悟を決めてラストスパートをかける。 「んんっ、あ、ひゃうっ……んんんっ!」 「あ、あっ、んんあっ……きちゃうぅ、きちゃうよぉ!」 がくがくと快感に震える腰を、思いきり打ちつける。 「あああぁぁっ、や、やぁっ……もう、んんんぅっ! かけるっ、かけるっ、かけるぅ〜〜〜っ!!」 堪え切れない射精感に、目の前が真っ白になる。 そして、ついに臨界点が訪れた。 「くっ……出すぞ、静香!」 「ふああっ、ん、ああっ……来てっ! カケルぅっ!! いっぱい……来てえええぇぇぇっ!!」 「私、受け止めるからぁ! なかっ、《膣:なか》で、いっぱい…… カケルのこと、受け止めるからあぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「んああああああああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!」 「ぐぅっ……」 静香の膣が思いきりペニスを締め付け、俺はその最奥へ勢いよく欲望を解き放つ。 「んんっ……はあぁっ……んんぅっ……」 「ふぁ……んっ……はぅ……」 息を荒げながらも満足そうな声を漏らして、静香がうっとりとした表情を見せる。 「静香……大丈夫だったか?」 汗まみれの静香の髪を、そっと撫でてやる。 「ふぁ……んっ……うん……」 心ここにあらずと言ったとろんとした表情で、ぽんやりと俺の問いに答える。 「……すごい……カケルの、あったかい……」 お腹のあたりをさすりながら、静香が目を細めて呟く。 「……悪い。最後、加減できなかった」 「大丈夫だよ……ちゃんと、気持ち良かったから」 「それに、その……」 言葉を濁すと、静香は恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。 「……どうしたんだよ?」 「とっても幸せな気分で、胸がいっぱいだから……」 「……そっか」 「うん」 少しでも近くで静香を感じたくて、俺はその身体をもう一度強く抱き寄せる。 「ね、カケル……」 「ん?」 「もう少し、このままでいさせて……?」 「ああ」 その願いを受け入れるように、そのまま優しく静香を抱きしめる。 <6年前へ……> 「6年前の世界に着き、廃ビルにおるシズカをどうにか 説得して、その場から逃がそうとしたのじゃが……」 「どうやら、運命とやらはそう簡単には見逃して くれんらしい……」 「シズカ……例え何があろうとも、私はお主の事を 守り抜いてみせるぞっ……!!」 「では、行くぞトリ太!」 「うむ」 調整が終わり、手に取った装置を起動する。 もうすぐこの身体は、時間という壁を突き破り―――過去へと向かうじゃろう。 「…………」 この一か月、毎日が面白いことの連続じゃった。 長い間見守ってきていた二人が、紆余曲折を経て、やっと恋人同士となった。 ちょっと変わっておるが、面白くて頼りになる助手もできた。 絵が巧くてアニメ好きで、だけど少し引っ込み思案な友達もできた。 どんな危険な実験も恐れずに協力してくれる、優しい仲間もできた。 一癖も二癖もある連中をまとめてくれる、頼りになる先輩ができた。 素晴らしい仲間と出会い、泣けてくるくらいに面白いハチャメチャな日常が沢山あった。 毎日が新鮮で、楽しくて……かけがえのない想い出達。 その全てを捨てなければ、得られない未来がある。 「みんな……」 行かなければ、皆の日常は壊れてしまう――― シズカを助けられたとしても、死んでしまうかもしれぬ。 ……生き延びられたとしても、私の記憶は…… 「い、今更になって、何をためらっておるのじゃ……」 その恐怖に、身体が震える。 どうあっても訪れない、自分の望む、幸せな未来――― 全て上手く行ったとしても、自らの絶望だけは約束された行動に、気がつけば私は、涙を流していた。 「……うぅっ……シズカ……少しの間だけで良いんじゃ ―――私に、勇気を分けてくれ……っ!!」 ……………… ………… …… 「……ここは?」 目を開くと、そこは初めて見る草原。 「どうやら転移先に誤差が出たようだな」 「うむ……」 私は涙を拭い、自分の現在位置の把握に努める。 「まずは、ちゃんと過去へ行けたか確認に行くか?」 「いや、先に廃ビルへ行って確認すれば早いのじゃ」 「もしかすると、あまり時間が無いかもしれんからの。 ……そこにシズカがおれば、過去と言う事じゃ」 「そうだな。では、行くか」 「うむ!」 見覚えのある街並みから現在位置を推察し、がむしゃらに自らの信じる方向へと走る。 すると、あの廃ビルへと続く草原の比較的近くであったと言う事を確信する。 「待っておれ、シズカ……!!」 私は迷う事無く、一目散に廃ビルへと足を向ける。 ……………… ………… …… 「ここじゃな……」 目的のビルに到着してみると、なるほどと頷けるようなボロさで、外壁などはヒビだらけじゃった。 「どうやら、あまり時間は残されていないようだな」 「うむ、ボサッとはしておれん。恐らく今、シズカは この中におるはずじゃっ!!」 僅かな時間も惜しいと、私達はビルの中へと飛び込む。 「これは……想像以上じゃな……」 ビルの中は、外から見たよりも悲惨な状態で、それこそいつ崩れてもおかしくないような状態と見て取れた。 「一刻も早く、シズカがおるか調べねばならんの……」 「マイコ、階段を見つけたぞ」 「でかしたのじゃトリ太! 待っておるのじゃぞ、シズカ ……!!」 一階を見渡し、シズカの姿を見つけられなかった私は急いで上の階へと足を運ぶ。 「はぁっ、はぁっ……くそっ……ここにもおらんか!」 二階へと上がり、一通り調べてみるも、そこにシズカの姿は見つからなかった。 「な、何じゃ!?」 その時、突如として地面が揺れ、次いで轟音が響く。 「どうやら、今の地震が原因で崩れる運命のようだな」 トリ太の言うように、ビルの一部が崩れ始めている音が聞こえる。 「くぅっ……1秒でも早くシズカを見つけ出して、ここから 逃げなければ……!!」 「この階も駄目そうじゃ……上へ行くぞっ!!」 「うむ、そうした方がいいだろう」 急いで三階に駆け上がり辺りを見渡すも、シズカの姿は影も形も無かった。 「何故……何故、どこにもおらんのじゃ!?」 柱の陰を覗き見ながら進むが、求めるシズカの姿は無い。 「何故じゃ……必ずここに居るはずなのに……」 現にビルは崩れ始めておるのが何よりの証拠で、シズカが此処にいることを疑う余地はない。 だが、探せど探せど一向にその姿は見えてこない…… 「まさか……すでに!?」 私が気付かなかっただけで、先ほどの崩落で瓦礫の下敷きになってしまった可能性もある。 あれだけ『確実』と息巻いておいて、実際はこのザマ……カケルに合わせる顔も無い。 「何を立ち止まっているのだ、マイコ。お前はここに 何をしにきたのだ?」 「トリ太……」 悪化する状況に挫けそうになる私の背中を押す、トリ太。 やっぱり―――トリ太は最高の相棒なのじゃ。 「そうじゃったな……トリ太の言う通りじゃ」 「私は―――シズカを助けに来たのじゃっ!!」 二人のためにも、ここで止まっている時間はない。 私はもう一度自分を奮起させて、歩き出した。 そして――― 「シズカ……」 その先に求めていた姿を見つけ、私はその足を止めた。 「……懐かしいの……」 記憶の彼方に眠っていた、その顔。 6年前、初めて会った時と変わらぬ泣き顔で―――シズカは、そこにいた。 「うっ……ひっく……うぅ……」 まるで出会った時のように、その瞳に大粒の涙を浮かべ嗚咽を漏らし、シズカはずっと泣いていた。 「……こんなところで、何をしているのじゃ?」 「うぅっ……ぐすっ……」 「泣いておっては分からんぞ? どうしたのじゃ?」 「カケルお兄ちゃんが……見つからないのっ……」 「見つからない?」 「ひっく……えぐっ……うん……いつもいつも…… かくれんぼ……ぐすっ」 「かくれんぼ? こんなところでかくれんぼなどを しておるのか?」 「うん……いつも、急に隠れて……でもね、私が泣くと すぐに出てきて、謝って、慰めてくれるの」 「なのに、今日は……出てきて、くれないの……ぐすっ」 「ふむ……それは、困ったヤツじゃのう」 事件当時、カケルはあのビルへ行っておらんかったと聞いた事がある。 恐らくそれはシズカの思い込みなのじゃと、すぐに気づく。 「お主の名前は、なんと言うのじゃ?」 「……シズカ」 「お姉ちゃん……誰?」 「私の事は気にするな。……そうじゃな、お主を助けに来た 正義の味方みたいなものじゃ」 「…………」 「よいか、シズカ……今すぐお姉さんと一緒に、この 廃ビルから外に出るのじゃ」 「でも、知らない人について行ったらダメだって カケルお兄ちゃんが……」 「正義の味方は例外なのじゃ。とにかく、このビルは もう崩れ始めておる!!」 「え……?」 「じゃから、急いで逃げねばならんのじゃ」 「このビル……壊れちゃうの?」 「うむ。じゃから、ここにいたらペシャンコになって 死んでしまうのじゃぞ? 早く逃げなくては―――」 「そんな……まだ、どこかにカケルお兄ちゃんが いるのにっ!!」 「シズカっ!?」 私の話を聞き終わる前に、シズカがさらに上の階へ行こうと走り出してしまう。 「ま、待つのじゃっ!! カケルはここにはおらん! じゃから―――」 「きゃあっ!?」 「な、何じゃ!?」 急いでシズカを追いかけようとしたその時、一際大きな地震が起きて、バランスを崩してしまう。 「!!」 いや、違う! まさかこれは、地震ではなく――― 「落盤―――ッ!?」 「あ……ああっ……」 へたり込んでいたシズカの頭上が、いまにも落ちて来そうなほど歪み、石片が舞い落ちて来る。 そして――― 「シズカ! に、逃げ―――」 「きゃあああぁぁぁぁっ!?」 「シズカァーーーーーーーーーッ!!」 私は考える前に、弾ける様にシズカの方へと駆けていた。 ……………… ………… …… <Hへの目覚め> 「翔さんにはじめてを捧げて以来、私、毎晩ずっと 翔さんのことを想って、一人で慰めていたんです」 「ごめんなさい、翔さん……私、自分でも知らなかった けど……本当は、すごくエッチな子だったんですっ」 「嫌われたくなくて、隠していたそんな想いを 感極まって翔さんに告げてしまいました」 「でも、そんな私を、翔さんは優しく受け入れてくれて ……それがすごく嬉しくて、そのまま最後まで……」 「あうぅっ……は、恥ずかしいです……私、また学園で ……しかも、外でなんて……」 「でも、すごく……気持ちよかったです……はうぅっ」 「一回目の時よりも、本当に信じられないくらいに 気持ちよくって……クセになりそうです……」 「深空……お前、こんなにエッチだったんだな」 「ちがっ……だ、だって……だってぇっ!!」 もう否定するのも無理なのか、俺の素直な感想に観念したかのように、本音を漏らし始める。 「あんっ、はぁんっ、んぅっ……ご、ごめんなさいっ」 「わ、私……本当は、エッチな娘……なんですっ!!」 「自分でもビックリするくらい……えっちな女の子 だったんですっ!」 自分の秘所へと肉棒を擦りつけるように、しゅっしゅと積極的に腰を振りながら、切なそうな瞳で俺を見つめるその姿は、どうしようもないほど妖艶で魅力的だった。 「わ、私……翔さんに抱いてもらったあの日から…… ずっと、いつも一人になると、翔さんの事が恋しく なって……その……んんっ」 「毎日……んんっ! ひ、一人で……思い出しながら…… な、慰めてたんですっ」 「っ!!」 あまりにも予想外で大胆すぎるその告白に、俺は思わずクラっと来てしまう。 それは夏の日差しの下で聞いて良い言葉ではなく、本気で倒れてしまいそうなほどの破壊力を持って俺の胸へと突き刺さってきた。 「だけど……んっ……いつも終わってから……虚しく なって、それで……またその寂しさを埋めるために ……私っ……」 「最初はっ……はぁっ、指とか、入れてもっ……痛いだけ だったんですけど……んっ」 「でも、その痛さで……翔さんと繋がった時のことを 思い出せるから……はぁんっ……だ、だから……」 「それでずっといじってたら、なんだか、ぼーっとなって 来ちゃって……んんぅっ!!」 「はぁ、はぁ……それで、それで私……っ」 「それで、俺の事を想って毎日一人で慰めてたんだ」 「は、はいっ……そしたら、オナニーするたびに…… どんどん気持ちよくなっちゃって……も、もう…… が、我慢出来なくってぇ!!」 「だ、だから私っ、本当はすごく……エッチな娘っ…… だったんです……っ!」 口を開いたせいで、止まらない想いが溢れ出したように恥ずかしい告白をしながら、行為を続ける深空。 慣れてきたのか、上手く俺に体重を預けながら腰を振るテクニックで徐々にピストン運動をスムーズにし、その激しさを増して行く。 「でもぉ、翔さんにも、気持ちよくなって欲しくって ……気持ちよくて、上手く出来ないかも、しれない けどっ……んっ……が、頑張りますからぁっ!」 「だからぁ……翔さんも、気持ちよくなってっ…… くださいっ!」 「っ……深空!!」 柔らかいふとももで、俺の肉棒を力いっぱい挟み込み秘所とパンツで包み込みながらのグラインドを強めたスマタに、声が漏れそうなほどの快感を覚える。 「ふあぁっ……か、翔さぁんっ……おっぱい、気持ちっ いいですっ」 「翔さんもっ……おちん○ん、気持ちいいですかっ? 私のおま○こと擦れあって、気持ちいいですか!?」 「ああっ! 気持ち良いぞ! 最高に……気持ち良い! まるで《膣:なか》に入れているみたいに、すげーあったかくて 溶けそうなくらいだ!」 「あはっ……良かった……んんぅっ! わ、私も…… わたしもぉ、すごく……あぁんっ! 気持ちいい! ですっ!! はあぁぁんっ!!」 じゅぷじゅぷといやらしい音を立てながら、必死に腰を振り続ける深空を眺めながら、その痴態を愉しむように彼女の身体を弄ぶ。 「おっぱい気持ちいいっ、ですっ……だぁめぇっ!! そ、そこ……んんぅっ! いじらないでぇっ!」 「どうして?」 「だ、だってぇ……それ、気持ち、よすぎてぇ…… い、イっちゃいそう……だからぁ……」 深空が口を開くたびに、ペニスに愛液がしたたり落ちてローションのようにベトベトにして来るのが判る。 やはり深空は、自分で恥ずかしい事を告白することで特別な快感を得るようなタイプだと確信する。 「で、でもでもぉっ! 翔さんと、会うまではぁっ…… んんっ、こんなにエッチじゃ無かったんですよっ?」 「だ、だからぁ……はしたない女の子だなんて……んっ! 思わないで、欲しいんですっ!」 「ほんとは、ちがくてっ……だから、嫌いにならないで ……くださいっ」 とんでもなくエッチな女の子だとばれてしまったのが怖かったのか、すがるような目で俺を見つめてくる。 たしかに清純無垢そうな深空が今みたいに乱れるなんて付き合う前は想像もつかなかったのだが……そんな事は大した問題には思えなかった。 「不安な気持ちをそう言う行為で慰めていただけで、俺が 深空の事を嫌いになるわけないだろ?」 「俺の事を想ってしてくれてたんなら、嬉しいって」 「ほんとっ……ですかぁっ!?」 「ああ。めちゃくちゃ嬉しいし、可愛いよ」 「はぁんっ! うれ……しいっ! わ、私っ……こんなに エッチなのにっ……んんっ!!」 「許して、くれるんですかっ?」 「当たり前だろ」 むしろ、ここまで自分を想ってくれる彼女を見て、燃えて来ない男はいないってもんだ。 「私、こう言う事、すごく気持ちよくてっ……まだ 1回しかエッチしてないのに、大好きでっ……! あうぅっ……ほんとに、気持ち良いんですっ!」 「わ、私、変な子なんでしょうか? こ、こんなに…… エッチな気分になっちゃうなんて……自分から誘って こんなっ……こと、しちゃうなんてっ!!」 「変じゃないさ。俺は深空がどんなに感じていても 嫌いになんてならないから、安心しろ」 「はいっ! 私、わたし……っ!!」 「何も気にしなくて良いから、深空の感じるままに全てを さらけ出したっていいんだっ!!」 「きゃああぁぁんっ!!」 今までは深空の好きにさせていたが、我慢できずに俺の方からも積極的に腰を動かし始める。 「深空っ!」 「あぁんっ! や、やあああぁっ……」 やはり腰に来てるのか、膝をガクガクと震わせる深空。 それでも必死にふとももで挟んで秘所に擦りつけて来るその感触は、通常のセックスとは違う快感を生み出してかつて味わったことのない刺激を与えてくれていた。 「翔さんっ、翔さんっ……んんっ、んぁっ、はぁっ!」 「気持ち、いいっ……ふああぁっ……も、もっと私を 気持ちよく……させて、くださいっ……!!」 「私に、エッチなこと……いっぱい教えてくださいっ! もっともっと、私をエッチな娘にしてくださいっ!」 「ああ……お前が望むんなら、いくらだってやって やるよっ!!」 辛うじて腰を振るだけの深空の欲求を満たすために俺の方から積極的に、激しく秘部を擦りつける。 「はあぁんっ! すごっ……んんっ!! はぁっ…… あぅっ……ううぅんっ!!」 「はぁっ、これ、しゅごっ……いっ、ですぅっ……!! もっ……だめっ……あうううぅぅぅぅっ!!」 「まだまだ! 何も考えられなくなるくらいに気持ち よくさせてやるからなっ!!」 「わ、私も……翔さんに、気持ちよくなって……んっ も、もらえるように……はあぁぁんっ!!」 「が、がんばりますからぁ……んんぅっ!」 お互いに喋りながらも、決してその動きを緩めずにひたすら前後運動を繰り返す。 挿入をしているわけでもないのに、すでに俺たちの股間は互いにぶつかり合うだけで、水気のある音を辺りに響かせていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んっ、んぅっ」 「あうぅっ、んんぅ、はぁううぅっ……あぁんっ!」 厳しい暑さの中、汗だくになりながらも、めげることなく必死に腰を動かす深空。 深空のパンツの方は、汗と愛液で完全にべったりとくっつくほど濡れていた。 「(ぐっ……なんだ、これっ……!?)」 そのぐちゃぐちゃのパンツと秘所の間でぐちゅぐちゅといやらしい音を立てながら、ペニスの挿入を繰り返す。 あまりの熱さと気持ちよさに、自分の腰が本当に在るのかさえ曖昧な感覚になってくる。 「はあぁんっ! 気持ちい……きもち、いい……ですっ」 お互いに汗だくになって必死に腰を振り、本当に挿入しているような錯覚に囚われながら、深空の《膣:なか》とは違う快感に俺はクラクラしていた。 「え、エッチな娘で、ごめんなさいっ……で、でもっ でも……気持ち、良いんですっ! んんぅっ!!」 「俺もだ……すげー気持ち良い、ぞっ!!」 「翔さんっ、かける、さぁんっ!」 火照った頬と潤んだ瞳で見つめながら、甘えた声で切なそうに俺の名前を呼んでくる。 その姿があまりにも可愛すぎて、めちゃくちゃに犯してやりたい衝動に駆られてしまう。 「腰、うごかすのぉ、あぁっ、やめられないんですぅっ! ごめんなさい、ごめっ……なさいぃ!!」 「はしたない娘で、ごめんなさいっ……嫌いにならないで ……んんぅ、欲しいですっ!!」 呂律が上手く廻らなくなり、思考もぼやけて来たのか自分への戒めのように、溺れている自分を嫌わないでと、うわ言のように呟き始める。 俺は快感に溺れながらも本能で再び不安げに謝ってくる深空のいじらしさが愛しくて、胸を弄りながらの優しく甘いキスでその不安を消そうと試みる。 「んっ……んぁっ……ちゅっ……ちゅぱっ……」 「んん……かけう……ちゅ……さぁんっ……ちゅぷっ」 「深空……」 そっと唇を離しながら、汗だくの深空の額を拭って微笑みかけて応えてやる。 「俺の前だけでなら、どんなに乱れたって良いんだぞ? 俺は……どんな深空だって受け入れるから、な」 「かける、さん……」 「だから、思いっきり快感に溺れて良いんだっ! 別に不安がる必要も無いし、もっともっと…… 好きなだけよがっていいんだよっ!!」 「はあああぁぁぁぁぁぁんぅっ!!」 ありったけの言葉と共に、思いきりグラインドの速度と角度を変えながら突き上げる。 ともすれば挿入してしまいそうなギリギリの角度でクリト○スに亀頭が当たるような動きで攻め立てる。 「んぅっ……やああぁぁぁっ! な、なにそれぇっ! やだ、やだっ、すごっ……んんんんんんぅぅっ!!」 「はぁっ、んんぅっ! だ、だめぇっ……ひゃあぅんっ! ふああぁっ……やっ、やあぁっ、ああぁぁんっ!!」 ビクリと、過剰なまでのリアクションを示しながら明らかに深空の余裕が奪われているのが判る。 「だめ、だぁめえぇっ! そんなっ……はああぁんっ!」 「翔さんっ、翔さんっ、翔、さぁんっ! あはぁっ…… あうぅっ、も、もうダメ、ダメですぅっ……!!」 「私、来ちゃいますっ! すごいのぉ……す、ごいの きちゃっ……来ちゃいますぅっ!」 「俺も……っ、俺も、そろそろっ!」 「翔さん、わたっ、私っ! ダメですっ!! こんなの ……んんっ、こ、こんなっ……来ちゃうううぅっ!」 「一緒にっ……一緒にイクぞっ!!」 「はいっ、はいっ! あっ、あっ、あぅ、あんっ!! はぁっ、はぁっ、んぁっ、んんぅぅ〜〜〜っ!!」 「んあああああああぁぁぁぁっ!!」 深空はびくんびくんと身体を反応させ、がくがくと膝を揺らしながら、快感の波に呑まれて動きを止める。 俺の方も、ラストスパートにと腰をぶつけながら限界まで溜めた欲望を放出させた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 ぐたりと息を切らせながら、俺の方へと全体重を預けて寄りかかってくる深空。 恐らく、初めての大きなエクスタシーのせいで、足腰が立たなくなってしまったのだろう。 お互いにすごい量の汗でびっしょりだったが、ここまで来ると気持ち悪さを通り越して、逆に心地よかった。 「大丈夫か?」 「は、はい……ちょっと、気絶しそうでした」 よろよろとふらつきながらも、どうにか自分の足で身体を支え始める。 「どうだった? 気持ちよかったか?」 「はい。ほんとに……すごかった……です」 上手く言葉では表現できないのか、初めての絶頂の感想をぼんやりとしながら俺に告げる。 「初めて一緒にイけたな」 「はい、イけました。えへへ……」 はにかむ笑顔を見せる深空に、もう一度キスをする。 「んっ……んむっ……ちゅっ……ちゅぷ、ちゅぱ……」 だだ漏れの愛液を浴びたまま、もじもじと動かれて未だに熱い秘所の《襞:ひだ》がくっつき、その気持ちよさに再び俺のペニスが元気を取り戻してしまう。 「わっ……えへへ、私もえっちですけど……翔さんも えっちです」 「ダメか?」 「いえ……実は、私も……もっとしたいなって思って たんです」 そう言いながら深空はパンツをさらにずらして、そのふくよかなお尻を、きゅっとくっつけて来る。 「お願いします。翔さんので、私のいやらしい《コ:・》《コ:・》を…… たくさん、いじめちゃってください」 「ああ……いくぞ、深空っ!」 「ああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 イッたばかりで敏感になっているところへ一気に挿入したせいで、切なそうな声をあげる深空。 「大丈夫か?」 「は、いっ……ちょっと驚いただけですので…… 平気、ですっ」 汗と愛液のお陰なのか、深空の自慰行為の賜物なのかまだ2回目だと言うのに、挿入はスムーズに行えた。 とは言え、その膣内は相変わらず凄い締めつけで、俺の肉棒を求めて来る。 「動くぞっ」 「はいっ! 大丈夫ですから、お願いしますっ」 じゅぷ、じゅぷっと泡だった音を立てながら、ゆっくりと前後にストロークを開始する。 「んあああぁっ!! はあぁっ、んっ、んぅっ……」 「はああぁんっ、あん、あぁん、あうううぅぅぅん!」 「かけ、るさんっ……ああぁんっ! はぁん、んぅ! きもちっ……気持ち、良いですっ!」 演技では到底出来ないであろう、とろんとした表情で見つめられて、思わずドキッとする。 AVでは拝めないであろうそのリアルな光景に、おのずと俺の息子も、さらに怒張し始めた。 「おっきいぃ……んんぅっ! だ、だめですっ!! なんか、さっきまでより、敏感、で……っ!!」 「少し、ペース上げるぞ」 ゆっくりと出し入れしていたペースをやや速めて、普通のストロークのスピードへとギアを上げる。 お互いに前戯で相当濡れていたせいもあり、パンパンと根元まで突き刺すたびに、いやらしい音がたつ。 「やあぁっ! こ、これっ……深いっ!! ですっ!」 「辛いなら、体位、変えるか?」 「だ、だいじょぶっ……ですっ! んっ……こ、これだと ……翔さんにすごく愛されてるって……感じがしてっ! ……あんっ! い、いいんですっ!!」 「そ、そうか……」 お互いの顔がよく見えないのは不安かと思うも、逆にその強引にされている感じが、俺に求められているのだと強く実感できるのだろう。 「んっ、んっ、んんっ……はあぁんっ……やあぁっ!」 「あぅ、んぅっ、んはぁっ……んんんんぅぅぅっ!!」 「んんぅ、んあぁっ、はうぅっ、うううぅぅぅんっ!」 「(ぐっ……すっげ……)」 まだ本格的に動き出して間もないと言うのに、膣内がきゅうきゅうと締めつけてくる。 「やっ、やあぁっ、んっ、んんっ、んぅっ、あんっ!」 「きちゃっ、んぅっ、はあぁんっ! んああぁぁっ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ぐっ!!」 構わずに挿入を続けていると、膣内が再び違う生き物のように痙攣を起こして、何かを求めるように蠢き廻っているのをペニスで感じ取り、その快感に必死に耐える。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「もしかして、また軽くイッたのか?」 「は、はい……だ、だってぇ、気持ちよくってぇっ! こんなの、しょうがないですよぉ〜っ」 「ホントにエロ娘だな、お前」 「ふぇっ……んぅ〜……翔さん、いじわるです」 恥ずかしがっていそうな声を出しながら拗ねている深空を見て、思わずクスリと笑ってしまう。 そのエロ娘っぷりが、まるでかりんみたいだ、なんて一瞬思ったのだが、さすがに口にはしなかった。 あろう事か行為中に他の娘の名前を口に出したら非常にマズイので、ツッコミを入れたい本能を押さえ込む。 「俺も相当エロイつもりだけど、お前は格別だよな。 なんつーか、まだ2回目なのに、早くも遠慮とか 恥じらいが無いっつー感じ?」 もちろん嬉しいことなのだが、ツッコミを入れられなかった分を、意地悪する事で解消しようとする。 「だ、だって、早く翔さんと一緒に気持ちよく なりたくて……」 「お、女の子って、そう言うのが難しい人もいるって 聞いたから……」 「だ、だから私、少しでも慣れるようにって思って…… 自分で色々試していじってたら、慣れてきて……」 「もしかしてお前、最近眠そうだったのって……」 「ううううぅ〜〜っ……ご、ごめんなさい、わ、私っ」 「何で謝ってるんだよ。俺のために、俺の事を想って 一人で慰めてたんだろ?」 「だったら、すげー嬉しいって」 「んぅ……」 「たとえ、清楚な感じの彼女がエロくなったって、な」 「あううううぅぅぅぅ……っ」 俺が意地悪してやると、恥ずかしそうに口ごもってうつむいてしまう深空。 きっと深空は今、まともに顔を見せられないくらい真っ赤になっている事だろう。 「それじゃあ、もう少し強めに動いてみてもいいか?」 「は、はいっ……私はぁ、大丈夫ですからっ……翔さんの 好きに動いてみてくださいっ!」 「えっちな私に、いっぱいおしおきしてくださいっ!」 恥ずかしい告白をする事で感覚が麻痺してきたのかそれともただ単に吹っ切れたのか、俺にいやらしいお願いをしてくる。 「ああ、いいぜ。エッチな深空には、たっぷりと おしおきをしてやるよ」 「はいっ、お願いしますっ!」 「……お前って、実は結構Mなのな」 学園の、しかも外でやろうと誘ってきた事といい、案外いじめられるのが好きなのかもしれない。 最初はそんな事はなかったのだが、どうやら俺が軽くマゾに目覚めさせてしまったようだ。 「だ、だって……構ってくれると、嬉しいですっ」 「私、翔さんに激しく求められないと不安で……っ! 翔さんの周りには、静香さんみたいにすごく可愛い 女の子がいっぱい……ひゃうんっ!?」 また弱気モードになってしまった深空の口を、腰を動かすことで、強引に塞いでみせる。 「馬鹿、俺にはお前だけだっつーの」 「は、はいっ……嬉しい、ですっ! んっ!!」 それが功を奏したのか、再び行為の方に意識を戻して集中してくれる。 「……他の女の子とは、こういう、ことっ……しちゃ だめですっ!」 「しないよ、絶対。約束する」 独占欲が強いタイプなのであろう深空を安心させるよう出来るだけ真面目に、ストレートに答えを返す。 「そ、その代わりに……私には、好きなだけ、しても いいですからっ」 「だ、だからっ……いっぱい、いっぱい、私を愛して 欲しいですっ!!」 「ああ!」 その気持ちに応えるように、俺はストロークを強めて深空にその思いの丈をぶつける。 「うあぁっ、あんっ、はあぁんっ! かっ、翔さんっ! すごっ、すごいぃ……ふか、深いですっ!!」 「子宮が、ノックされてるのがっ……わかっ……んっ! ああっ! だ、だめですっ! 気持ち、いいっ!!」 「深くてっ、めくれちゃっ……んんんんぅぅぅっ!!」 「深空、深空っ、深空ぁっ!!」 「翔、さんっ……んっ、んぅっ、んああぁぁっ!」 「はあぁっ、はぁ、はぁ、んんぅっ、ふああぁんっ!」 「き、もちっ……いい、ですっ!!」 「っ!!」 深空の言葉に応えようとするも、腰を動かすのと再び湧き上がってきた射精感を堪えるのに必死でその余裕が無くなっていた。 「かけっ、るさん、もっ! きっ、気持ち、良い…… ですかぁっ?」 俺の快感を堪える表情が見えないせいか、不安げな声で自分の具合を確かめてくる深空。 「ああ、最高に気持ちいいぞ! すげー締め付けで…… お前の《膣:なか》に、夢中になっちまってたよ!!」 「はぁっ! 嬉しいっ、嬉しいよぉっ!!」 「翔さん、好きっ! 好き、好き、すきぃ〜っ!!」 「深空ぁっ!!」 その甘く響く嬌声に反応して、さらに壊れるほどにがむしゃらにペースを上げて、深空を攻め立てる。 「あんっ、あんっ、あぁんっ……はああぁぁんっ!!」 「はぁっ、んんぅっ、んんっ、んっ、ん……んぁっ!」 「あううぅっ……やっ……きもっ、ち、いいぃっ!!」 「ぐっ!」 自分の限界が近いことを悟りながらも、あまりの快感に勢いを緩めるどころかさらにスピードアップさせて腰をストロークさせてしまう。 「んんんんんんぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「だぁっ、めえぇっ! やぁっ……あうううぅぅぅっ!」 「ふあああぁっ!! んあああぁぁっ! んうぅっ!」 ぼたぼたと汗と涎を垂らしているのが、後ろからでも解るくらいに乱れながら、俺の無茶なペースに合わせその快感を享受する深空。 もはやお互いに暑さと快感でとうに頭の中は真っ白になっており、ただひたすら、溶け合うように愛し合う。 「やあぁっ! だめぇっ! もうだぁめえええぇぇっ!」 「来ちゃうっ、来ちゃうううううぅぅぅぅっ!!」 「深空ぁっ!!」 「やああああぁぁっ!! かけっ、翔、さあぁんっ!」 「あっ、あっ、あぅっ、あううぅんっ、んんんぅっ!」 「だぁめえええええええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 一際大きい声を上げながら、俺の精液を一滴残らず搾り取るかのように、きゅうううぅぅぅっと膣内を締め付けて来る深空。 「ぐあっ!!」 そのあまりの気持ち良さに、抜く間もなく思いきり深空の最奥で、ドクッドクッと中出しをしてしまう。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 深空は声にならない声をあげて、その《膣内射精:なかだし》を大人しく受け入れていた。 「はぁっ……すご、い……」 抜く前からぼたぼたと溢れかえってしまうほどの量の精液を子宮へ注がれ、恍惚の表情で呟く深空。 「いっぱい中だし、されちゃいました……」 「わ、悪い……つい、勢い余って……」 「えへへっ……大丈夫です」 「そ、そうか?」 「はい……」 自分から誘ってきたのだから、恐らく既に避妊薬を飲んだり、何かしらの対策は取ってあるのだろう。 もしかしたら安全日なのかもしれないが……ひとまず無計画すぎるのも危険なので、今後は常にコンドームなどを持ち歩く事にしようと決意する。 「ひとつだけ……問題があるとすれば、ですね……」 「な、なんだ?」 どんな問題かとヒヤヒヤしながら訊ねてみると、まだぼーっとしている深空が、お腹をさすりながら何やら照れるように口を開いた。 「翔さんとのエッチも、子宮の中で、その……たくさん 出して貰うのも、ちょっと病みつきになっちゃいそう だって言うことくらいです。えへへ……」 「っ……ばっ、な、何言ってんだよ!」 言われたこっちの方が恥ずかしくなってしまって、思わず照れてしまう。 「えへへっ……照れちゃって、可愛いですっ♪」 「にゃろう……可愛いのはお前だっつーの」 俺は恥ずかしそうに照れている深空を、後ろから思いきり抱きしめてやる。 「もうお前、はしたなすぎて、とてもお嫁にいけないな」 「別にいいです。えっちな私を許してくれるような…… そんな私だけの白馬の王子様が、求婚してくれたから ……だから、いいんです」 嬉しそうにそう言いながら、上目遣いで俺の方へと振り向いてはにかむ。 俺は、そんな愛しい深空にもう一度キスをしながら二度目のセックスの余韻に浸るのだった。 ……………… ………… …… <Let’s肝試し!!> 「はぁ……この日の夜は散々でした……」 「学園の七不思議を解き明かすっていう名目で肝試しを したんですけど……」 「な、なんでみんな平然と不気味すぎる夜の学園を 歩いていけるんでしょうか?」 「私なんてビクビクしちゃって、震えが止まらな…… い、いえ! こここっ、怖くなんてないですよ?」 「こんなの、全然へっちゃらですっ!」 「でも、早く帰りたいって言うか……なんでみんな こんなに乗り気なのか、解らないって言うか……」 「天野くんも天野くんで、私は全然怖くなんてないって 言ってるのに、心配してくるし……」 「大丈夫だから放って置いてくださいって言ったら それを聞いて、天野くんは……」 「そ、その言葉通り、私を置いてスタスタ歩いて 行っちゃいました」 「ううっ……今思えば、もう少し素直になった方が 良かったような気がします……」 「言わなくても分かってるから、なんて言って 無理やりぎゅっと手を握ってきたんですよっ」 「怖くないって言ってるのに、何を分かっているのか 全然理解できません……」 「……でも、天野くんの手、あったかいから…… しばらくそのまま繋いでいてあげます」 「ほんと、こんな時だけ男の子だなんて……卑怯です」 「幽霊が来たらやっつけてやるなんて無茶苦茶な 励ましをして、さりげなく庇うように私の前を 歩きだしたんですよっ」 「ほんと、天野くんは余計なお世話焼きです」 「……でも、このままだったら男の子としても弟くんと しても格好がつかないで可哀想でしたから、仕方なく 少しだけ頼ってみたりしました」 「べ、別に私が幽霊が怖いとかじゃないんですよ? ただ天野くんの立場を配慮しての行動ですっ」 「ふぅ……結局、どれも《眉唾物:まゆつばもの》の噂だったみたいで 幽霊なんか出てこなかったみたいです」 「ふふふっ、やっぱりユーレイなんか迷信ですね。 そんな不可思議な存在は、非現実的すぎます」 「で、でも……出来ればもう二度と肝試しなんて したくないです……」 「いえ、ほら……怖いとかじゃなくって、そんなこと 無意味なんだって実証されたわけですからねっ」 「ふふふふふっ……はぁっ……なんだか、無性に 疲れました……」 「ほら先輩、キリキリ歩く!」 「まさか家に押しかけてくるとは思いませんでした ……自宅の住所、教えた事ないのに……」 「んなもん、職員室で生徒名簿見れば一発だっての」 「それは立派な犯罪行為ですっ!」 「先輩が許可すれば問題ないっすよ、たぶん」 「はぁ……ほんと、困った後輩くんですね」 「約束の時間に間に合うように来ない先輩が悪いんすよ」 「ぶぅ」 「お。来たようだな」 「遅いですわよ、二人とも!」 ノロノロと歩く先輩の手を引き、俺は約束の時間から数分遅れて櫻井と花蓮の待つ校門前にやって来た。 「悪い悪い……先輩の事、迎えに行ってたんだよ」 「迎えに?」 「どうしてわざわざ……?」 「いや、俺もまさか先輩が約束をすっぽかしたり しないだろうとは思ったんだけどさ……」 「念のため家に行ったら、案の定のん気にお茶なんか 飲んでたから連れて来たんだ」 「鈴白……」 「シロっちさん……」 「わ、忘れてただけです……」 呆れるように見つめる二人に、先輩は口を尖らせてそっぽを向いた。 本当にそんな言い訳が通ると思っていたのだろうか…… 「という訳で、無事にメンバーも集まった事だし ……始めるとしますか?」 「学園内の警報設備は、マーコに頼んで一時的に 無力化してある」 「準備は万端ですわね……それじゃ、行きますわよ!」 「先輩も、いいね?」 「こ、ここまで来たら付き合いますよぉ……」 「フンだ……怖い訳じゃないんですからね……」 誰へともなく呟く先輩。 全員の意思が一つになったところで(?)、俺たちは堂々と正門からの侵入を試みたのだった。 コツ、コツ、コツ…… 暗く、冷気さえ漂う夜の学園に、俺たちの足音だけが鳴り響いていた。 「―――ところで菜っ葉」 「ひぁあぁぁあぁぁぁぁぁっ!?」 「ど、どうしましたの!?」 「ご、ごめんなさい……いきなりだったから びっくりして……」 「そんな声出されたら、こっちが驚きますわよ……」 「で、出来ればこれ以降は喋るの禁止という事で……」 「そんな無茶な」 「そんな事したら、余計に怖くなるだけだと 思いますけど……」 「べ、別に怖がってるわけじゃないんですからね! ただ、今のはちょっとだけ驚いただけで……」 またもブツブツと言い訳を始めた先輩を放置して俺たちは話を続ける事にした。 「なんだ、姫野王寺?」 「昨日は七不思議の一つを聞かせてもらいましたけど 残りの六つはどうしましたの?」 「ああ、その事か」 「よ、余計な事聞かないでくださいよぉ……」 「あ、それは俺も気になってた」 「いいだろう、話してやる」 どこまでも続くように思える夜の闇に、櫻井の咳払いが吸い込まれていく。 「ここ瑞鳳学園には、古くから伝わる七つの不思議な話が あるんだ」 「『図書室から聞こえる女の泣き声』、『音楽室の影』 『闇夜のドッペルゲンガー』、『今夜が山だ』」 「『笑うべートーベン』、『いけない女教師サヤカ』 ……そして『音楽室のアメリカ野郎』だ」 「……なんか、音楽室に不思議が集中してないか?」 「ていうか、明らかにおかしいのが二つほど ありましたわよ?」 「ほら、そこだ」 「……? どういう事だ?」 「七不思議に『疑問』を感じたな?」 「『《疑:・》《問:・》』《を:・》《感:・》《じ:・》《た:・》《時:・》、《お:・》《前:・》《ら:・》《は:・》《す:・》《で:・》《に:・》『《不:・》《思:・》《議:・》』《に:・》 《飲:・》《み:・》《込:・》《ま:・》《れ:・》《よ:・》《う:・》《と:・》《し:・》《て:・》《い:・》《る:・》《ん:・》《だ:・》《ぜ:・》」 「そっ! そうでしたのね!?」 「あっぶねー! もう少しで引っかかる所だったぜ!」 「気をつけるんだな。気を抜くと、七不思議はすぐに お前たちのそばに忍び寄って来るぞ」 「え? え? な、何かあったんですか?」(↑途中から耳をふさいでた) 「ちっくしょお〜〜〜、七不思議の野郎〜…… 俺たち、絶対に負けねぇかんなぁぁぁぁ!!」 もはや誰を敵にしているのかわからないが、俺たちは学園の闇の部分に挑むべく、変なテンションのまま夜の廊下を突き進むのだった…… ……………… ………… …… 「…………」 「……先輩?」 めっきり口数が少なくなってしまった先輩の青くなった顔を覗き込む。 「な、なんですかっ!?」 「いや、だいぶ切羽詰ってるように見えたから…… 大丈夫?」 「へ……へっちゃらですよぉ、これくらい!」 「そ、そうなの? なんか声、裏返ってるけど……」 「気のせいですっ! 「あっ、先輩の足元に人の手が」 「へゃあぁぁぁあああぁああああああああっ!?」 先輩が飛び上がって悲鳴を上げた。 「……と、思ったら軍手でした」 「……へ?」 「たぶん麻衣子の作業用のやつですね」 「な、なんだ、よかったぁ……」 腰が抜けたのか、ヘタヘタとその場に座りかける先輩。 しかし、すぐにハッと我に返る。 「ぶ、ぶぅっ。馬鹿なこと言ってないで、早く歩いて ください! 置いてかれちゃうじゃないですか!」 そう言いいながら、先輩は小さくなって俺の後ろに隠れてしまう。 櫻井と花蓮がグングン歩いて行ってしまうのがそんなに心細いのだろか。 「わかりましたよ。そんなに怖いなら、しっかり俺に 捕まっててください」 そんな先輩の様子が可愛くて、思わず笑いながら言ってしまった。 だが、それが先輩の自尊心を傷つけたようだ。 「こ、怖くなんかないって言ってるじゃないですか!」 「え? でも……」 「あ、天野くんこそ怖いんじゃないですか? 背中に汗かいてますよ?」 「いや、それは先輩が……」 先輩が俺の背中に、息がかかるくらいピッタリとくっついてるからだ。 「わ、私は大丈夫だから、放っておいてくださいっ!」 「えっ? 大丈夫なんすか?」 「馬鹿にしないでくださいっ! 私、これでも茶道を してるんですからね!」 「そ、それって関係あるんですか?」 いかん、相当参ってるようだ。 「と、とにかく、私は一人でも平気です!」 「ぜーんぜん、怖くなんかないんですからね!!」 先輩はだいぶ意固地になっているようだ。 俺は…… 「……まあ、そんなに言うなら信じますけどね」 「え……?」 ここは素直、先輩の言葉に従っておくことにした。 「考えてみればそうですよね。先輩くらい強ければ 幽霊なんか敵じゃないですもんね」 「え? そ、それはもちろん……」 「よかった。それなら安心だ」 俺は前を向き、数メートル先を行く櫻井と花蓮の背中に声をかける。 「おーい! この辺りの調査は先輩に任せて、俺たちは 音楽室に行こうぜ!」 「ええっ!?」 「鈴白一人で平気なのか?」 「大丈夫だって。なあ、先輩?」 「ええっ!? も、もちろんですけど……」 「な?」 「さすがはシロっちさんですわ!」 「え? えぇ……あの……その……」 「では、俺たちは別の階に行くとしよう」 「それじゃあ先輩、また後でな」 「は、はいぃぃぃ……」 その後、別の階で調査をしていた俺たちの耳に数え切れない回数の悲鳴が聞こえてきたのは何か霊的な現象だったのか…… その答えは誰にもわからないのだった…… 「え……?」 俺は黙って先輩の手を取った。 「あ、天野くん……?」 「……言わなくても、分かってるからさ」 そして、そのまま先輩の少し前に出るようにして歩く。 「わ、わかってるって……何がわかってるって 言うんですかぁっ!」 「痛い痛い痛い……」 空いたほうの手で、先輩がポカポカと俺の背中を殴ってくる。 「いいから、大人しくこうしててくれよ」 「何かあった時、こうしてたほうが先輩を連れて 逃げやすいだろ?」 「な、何かあるんですか!?」 「いや、何もないだろうけど……」 「そっ……それに、今の言い方だと、何かあった時 私一人じゃ逃げられないみたいじゃないですか!」 「ぶぅっ! 子ども扱いしないでください!」 「そんな事思ってないって!」 「ほ、本当ですか?」 「ホント、ホント」 「なんか投げやりです!」 「あーもう、面倒くさいなぁ……」 「め、面倒くさいって……あっ?」 俺は少し強引に、先輩の手を引き寄せる。 「俺が怖いから、手を繋いでで欲しいんです」 「え……?」 「俺と同じように先輩も怖がってるんじゃないかと 思ってたけど、違うみたいで安心しました」 「だから、ここから先はしばらくこうしててください。 そのほうが、俺も怖くないから」 「あ、天野くん……」 「…………」 先輩の手を握ったまま、俺は黙って歩みを進める。 先輩もそれに従うように、無言で歩き続ける。 そして…… 「も、もう……どうしてもって言うなら……しょうがない ですねぇ……」 「…………」 「あ、天野くんがそうまで言うなら、しばらくこうしてて あげます!」 口の中でなにやらごにょごにょ呟いた後、先輩は照れるように言った。 「……どーも」 「せ、先輩として当然です!」 そう言って、先輩は俺の手をぎゅっと握り返してきてくれた。 夏だというのに、汗ばんだ手のひらの温もりが妙に心地よかった。 「ま、そう言わないで」 「あ……」 そう言って、ズンズン前に歩いて行こうとする先輩の進路を塞ぐように、俺は一歩前に出た。 「もし幽霊が来たら、俺がやっつけてやりますよ」 「よ、余計なお世話ですっ!」 俺に守られるというのいうのが気に入らないのか先輩はムキになって噛み付いてくる。 しかし、その手はしっかりと俺の制服の裾をつかんでいた。 「安心してください。俺は先輩の一番弟子ですからね」 「いざとなったら、先輩から教わった茶道で幽霊なんか イチコロですよ」 「幽霊退治と関係ないじゃないですか!」 「まあまあ。ここは俺の顔を立てると思って」 「ぶぅ。何が顔ですか……」 先輩は不機嫌そうに頬を膨らませ、横を向いてしまう。 しかし、先に折れたのも先輩のほうだった。 「ま、まあ確かに、このままだったら天野くんも格好が つかないですからね……」 「そーそー」 「し、仕方ないから、少しだけ頼ってあげます!」 「そう言ってくれると、非常にやる気が出てきます」 「ほっ、本当は私一人でも平気なんですよ! 勘違いしないでくださいね!」 「わかりました、わかりましたよ」 口の中で『やれやれ』とため息をつき、俺は先輩を引き連れて、歩き出すのだった。 校舎全体をグルリと一周し、俺たちは今夜の集合場所でもあった、校門前に再び集まった。 「結局、何も起こらなかったですわね……」 「ま、いいじゃんか。肝試しっぽい雰囲気は十分に 味わえたんだからさ」 「なんだか、無駄に疲れたような気がします……」 そう呟いて、先輩は門柱に寄りかかってしまった。 「物足りないですわー!」 「なあ……ところで、櫻井はどうしたんだ?」 「え?」 空に向かって両手の拳を突き上げていた花蓮が目をパチクリとさせて辺りを見回す。 「おかしいですわね……さっきまで一緒だったのに」 「あの野郎……まさか最後の最後で隠れて、俺たちを 脅かそうとしてるんじゃないだろうな?」 「その手には乗りませんことよ〜、菜っ葉! 大人しく出てきなさいませ!」 夜の校舎に向けて、花蓮が大声を上げたその時だった。 「うぉおっ!?」 突然の音と振動に、思わず身を強張らせてしまった。 「なんだ、携帯か……」 「誰からですの?」 「櫻井からだ……あいつ、何やってんだ?」 いつにも増した櫻井の奇行を疑問に思いつつ俺は携帯の通話ボタンを押した。 ―――ピッ 「もしもし、櫻井か?」 『おお、天野か。ようやく繋がった』 「何言ってんだお前……いいから隠れてないで早いとこ 出てこいよ」 『……? なんの話だ?』 「……こいつ、とぼけてやがる」 受話器を手で押さえ、俺は花蓮にささやいた。 「もういいからさ。みんな外に出て来た事だし 今日はもう帰ろうぜ」 『ふむ。そうか、肝試しは無事に行われたようだな』 「……?」 おかしい。どうも話が噛みあわない。 「なあ櫻井……お前、今どこにいるんだ?」 『ああ、それなんだが……さっき、出かける直前に 急な用事が入ってな』 「……え?」 『それで今、知り合いと隣の県にいるんだがな…… 何度かお前たちに連絡しようとしたんだが、中々 電話が繋がらなかったんだ……』 「…………」 『そうか。何事もなく肝試しが行われたのなら何よりだ』 『朝には帰れるから、詳しい事は明日教えてくれ。 それじゃあな』 ―――ピッ 「…………」 「どうしましたの? お顔が真っ青ですわよ」 「いや……それが……」 キリキリと、油の切れたブリキ人形のように首を回す。 「菜っ葉はどうしましたの? ひょっとして、まだ何か イベントを用意してるとか?」 「その……それなんだけど……」 「……? どうしましたの?」 「今から言う事は、灯先輩には絶対に内緒にしておいて 欲しいんだけど……」 「なんですの、もったいぶって」 「そ……それが……」 寝静まった夜の町に花蓮の絶叫がこだましたのはそれからすぐの事だった…… 教訓:興味本位からの肝試しはダメ。絶対。