「………」 ムラサメちゃんの言葉に従い、夜風に当たることにした俺。 日は完全に落ちていても、風はそれほど冷たくない。 これも夏が近づいている証だろうか。 なんて考えながら、適当にぶらつくものの……。 「いまいち考えがまとまらないなぁ……」 「………? 有地さん? どうしたんです? こんなところで」 「え? ああ、常陸さん」 「ただの散歩ですよ」 「こんな時間にですか?」 「ええ、まあ……ちょっと考え事を」 「考え事……そうですか」 一言だけ答えた常陸さんは静かに頷いて、それ以上何かを訊ねるようなことはしなかった。 「常陸さんは、今から帰るところですか?」 「はい。また明日の朝に、来ますので」 「そう言えば……常陸さんの家って、どこにあるんです?」 「ここら辺ではないですよね?」 「ええ、そうですね。ワタシの家は、町の西側の端っこの方です」 「それって……結構遠くないですか?」 「いい運動になりますよ」 ちょっと驚いた。 毎日朝武家の家事を手伝ったりしてるから、てっきりもっと近くに住んでいるものだとばっかり……。 「近くに引っ越したりしないんですか?」 「もしくは、いっそ住み込みとか」 アレだけ仲がいいんだ。 それぐらいのことは、安晴さんや朝武さんだって軽く受け入れてくれるはずだ。 「そういう訳にはいきません。住み込みだなんて恐れ多いことです」 「かといって引っ越しも、アパートもなければ空き家もありませんしね」 「でも、大変でしょう?」 「特にそんな風に考えたことはありません。歩くのは好きですから」 「いいものですよ。特に朝、朝に歩くと季節を感じられます」 「でも、人通りの少ない時間に女の子が1人で歩くなんて、ちょっと心配だ」 「俺、送って行きますよ」 「問題ありません。この町には、そんな変な人もいません」 「それにワタシは忍者ですから」 「………」 まあ、確かに。お祓いのときの動きを見る限りでは、俺なんかよりも強いだろうな。 とはいえ―― 「それでもやっぱり心配ですよ。たとえ忍者でも、女の子には違いないんですから」 「………。……女の子……」 「女の子でしょう?」 「え? まさか、ついてる……なんて言いませんよね? ここにきて実は“男の娘”とかありませんよね」 おっぱいだってちゃんとあったし……。 「あ、はい。もちろんです。心も身体も戸籍も生物学上も、全てちゃんと女の子ですとも」 「ですよね。あー……びっくりした」 最初、出会ったときに背中に触れたあのおっぱいの感触。 あんなに柔らかかったんだ……。 アレが本物でなくてなんなのか……っ! あー……今も鮮明に思い出せる。例え様がない柔らかな感触と、あの温もり……。 アレが俺にとってのおっぱい記念日。 「………」 「……有地さん? あーりーちーさーん?」 「え? あ、はい、なんでしょう?」 「鼻の下、伸びてますよ?」 「ええ!? あ、いや、これは――」 「なにか卑猥なことを考えていたんですね? あは、やーらしー」 「……別に卑猥なことでは」 「そんな人に送ってもらうなんて、1人で歩く以上に身の危険を感じてしまいますねぇ」 「ちょっ!? 冗談だとわかっていても、ちょっと傷つきます」 「いやまあ……そう言われる原因は、自分にあるってことはわかっているんですが」 「ふふ、すみません」 「でも……せっかくですから、お言葉に甘えて、送ってもらってもいいですか?」 「それはもちろん!」 「それで、何か悩み事ですか?」 「え?」 「夜のお散歩ですよ。普段は、そんなことされていませんから」 「それは……まー……」 「もしワタシでもよければ、お話ぐらいでしたら聞けますよ?」 「………」 「もしかして……送るつもりが、逆に気を遣われてる?」 「そんな大層な話ではありませんよ。ちょっとした、ただの話題です」 「それとも……この話題は外した方がいいですか?」 俺の顔を覗き込むようにして問い掛けてくる常陸さん。 その瞳には、俺を気遣う気持ちが込められているような気がした。 「……別に悩みっていうほど、大層なものじゃありませんよ」 「以前、2人で話をしたの覚えてますか? ほら、2人で鮎の串焼きを食べた時の事です」 「はい。もちろん覚えていますよ。2人で並んで串焼きを食べて……とてもドキドキしましたからね」 わりと余裕があるように見えたけどなぁ……。 まあ、それは別に本題ではない。 「あの時の会話についても、覚えていますか?」 「では、もし呪詛が解けたら、どうするんですか?」 「あの時の質問の答え、意外と早く出さなきゃいけなくなったなぁ……と思って」 「ワタシも、こんなに早くこの時が来るとは思っていませんでした」 「実感が全然ないんですよね。なんかこう……突然結果を突き付けられたみたいで」 「何をどう考えればいいものか……」 「ここでの暮らしも悪くないって、言ってましたよね?」 「確か、可愛い女の子がいるから嬉しい、なんて不純な理由でしたね」 「だからそれは、男としては健全だってば」 「あは、そうでした」 「やっぱり……悩んでいるんですか?」 俺は……悩んでいるんだろうか? 迷っているのとは……違うような気もしてる。 戻ることに未練がないわけではない。生まれ育った街で、友達もいる。 でも―― 「不純か健全かはこの際置いておくとして」 「穂織で過ごした時間は、とっても濃密な日々だったから」 「呪いが解けて“はい、さようなら”っていうのは……なんか薄情な気がするんだ」 「考え過ぎですよ。今さら有地さんを薄情だなんて思ったりしません」 「些細なことは気にせずに、後悔しない選択をするのが一番です」 「その上で“残る”と選択されるなら、それはとても嬉しいことですね」 「本当に? 面倒が増えるとか思ってない?」 「思いませんよ、そんな失礼なこと」 「ワタシのことをそんな人間だと思っていたんですか? だとしたら、ちょっぴり傷つきます」 「ごめん。もちろん冗談半分だから」 「半分は本気なんですか?」 「本気というか……お世話になりっぱなしだから」 「少なくとも色々手間を取らせちゃってるなー、っと」 「そんな風に考えたことはありません。むしろ嬉しいんです」 「ココだけの話ですが……有地さんが来てから、朝武家の雰囲気は変わりました。明るくなりました」 「そうなの」 「以前が重苦しかったわけではありませんが、芳乃様も安晴様も基本的には静かな方ですから」 「今の雰囲気の方がワタシは好きです。それに……料理が美味しいと喜んでもらえるのも、とても嬉しい事ですから」 「そう思ってもらえてるなら、ありがたいんだけど」 「芳乃様や安晴様もきっと、同じことを感じていると思います」 「むしろ“迷惑をかけているから”なんて理由で帰られる方が、悲しいですよ」 「そっか……」 「もし帰られるんだとしても、それを前向きな気持ちで選んで下さい」 「………」 一緒に呪いを乗り越えてきたんだ。 親兄弟とまでは言えなくても、そこらの友達よりも深い仲になったつもりだ。 俺だって、相手に今さら変な遠慮をされると、水臭いと思うだろう。 「わかった。ありがとう、常陸さん」 「誰かを言い訳にするのだけは、やめるよ」 「はいっ」 って言っても……もう答えは出てるようなものだけど。 “迷惑”を気にするということは“残りたい”と思っている証拠だ。 「………」 そのことを認めると……意外なほど胸の中がスッと軽くなった気がした。 「ところで――」 「常陸さんの方はどうなの?」 「ワタシ?」 「呪いが解けたら、したいことがあるんじゃなかった?」 あの時は乙女の秘密って、誤魔化されたけど。 「あっ、あー……その話ですか」 「したいことがあるのなら、常陸さんも後悔のない選択をした方がいいと思うよ」 「そうですね、機会があれば……と言ったところでしょうか」 「ちなみに、そのしてみたいことって――」 「乙女の秘密です」 「だと思った」 「あは、申し訳ありません」 「今は言えないかもしれないけど、俺に力になれることがあったら言って」 「少しぐらいは日頃お世話になってる恩返しをしないと」 「ありがとうございます。そうですね……」 「もし、困ったことができた時には、相談させていただきますね」 いつも通りニッコリと笑う常陸さん。 その笑顔を見る限りでは、本当に相談してくれるかどうか、怪しいな……。 「………」 よくよく考えてみると……俺、常陸さんとそんなに打ち解けられた気がしない。 もちろん仲はいい。嫌われてる、ってこともないだろう。 でも未だに一線を引かれている。 友達ではなく、見知ったお客様とでも言うのだろうか……? こうして俺の方から踏み込もうとしても、スルリと躱されているような気がする。 「………? どうかしましたか?」 「いや、別に何でも……」 朝武さんの場合なんかは最初が最初だっただけに、その後距離が近くなった実感がある。 でも常陸さんは元々拒絶されてたわけじゃない。 だからその分、距離がつまったという感覚も持てていない。 「さてと。ここら辺で十分です」 「え? いや、でもここから先はもっと人通りがなくなるでしょ?」 「暗くもなってるみたいだし、家までちゃんと送るよ」 「いえ、ワタシの家はすぐそこですから」 「でもここら辺って……山にかなり近いけど?」 「だから言ったじゃないですか、端っこの方だって」 ここから毎日、朝武さんの家にまで通うのも結構大変そうだ。 「あの角を曲がれば、家まですぐですから」 「でも、ここまで来たんだから。迷惑じゃないなら、最後まで送らせて欲しい」 「……ズルいですね、有地さん」 「ここで断ったら、迷惑だということになるじゃないですか」 「人通りの少ない暗い夜道を、女の子1人で歩かせるわけにはいかない」 「そこまでご心配頂かなくとも、ワタシは忍者ですので」 「たとえ忍者でも。それとこれとは話が全く別」 「変質者に忍者かどうかは関係ないんだから。不意打ちで襲われるかもしれないじゃないか」 「それはまあ……そうかもしれませんね。ですが素人の不意打ち程度でしたら――」 「甘い! その過信が命取り!」 「それが性器丸出しの裸の男でも? ためらいなく撃退できますか?」 「せ、性器ですか!? そ、それはまあ……暗い道ですから、なんとかできると思いますが……」 「………」 ……まあ、クナイもある。遠距離攻撃も可能だしな。 むしろ犯人の命が危険なぐらいかも。 「だ、だけど! 性器丸出し男に、お姫様抱っことかされたらどうするんです!」 「どうするって……なんですか、その意味不明な変態は」 「変態っていうのは、常人には理解しがたい趣味嗜好をしてるもんです。だから変態なんです」 「それはそうですが」 「俺にお姫様抱っこされただけで動けなくなってたんです」 「予想外の事態が起きても、本当に冷静に対応ができると思いますか?」 「うっ……それを持ち出されると、反論が難しいのですが……」 どもる常陸さんは態度から、先ほどまでの自信が消えていく。 想像してみると、実際どうなるかは不安なんだろうな。 当然だ。全裸の男にお姫様抱っこされたら、俺だって意味不明で硬直するさ。 「でもそんなことも、男が一緒にいるだけで遭遇する可能性は少ない」 「実際に強い弱いは関係なく、男が側にいることが重要なんだから」 「………。ですが、今までにそんな変質者が現れたことなんてありませんよ」 「今までは! 前例のないことであっても、何事にも初めてはある!」 「町の人を疑ってるわけじゃないけど、観光客も多いんだから。用心するに越したことはないはず!」 「というか、まあ、ここまで来たんだから最後まで気持ちよく送らせてくれない?」 「……わかりました。ワタシの負けです」 「ありがとう!」 「本当に端にあるんだね……」 常陸さんの家は、小道を曲がった奥の奥。 道は暗くて、周囲の家もまばら。 この先は道も途絶えていて、他には何もなさそうだ。 端の方というか、完全に端っこだ。 「わざわざここまで。今日は本当にありがとうございました」 「ああ、いや、こちらこそ」 「常陸さんのおかげで、頭の中がスッキリしたから」 「お役に立てたならよかったです。ふふ」 「それでは、おやすみなさい。有地さん」 「おやすみ、常陸さん」 そうして俺は、常陸さんと別れて来た道を戻る。 その頃には不思議と、『どうしよう?』という悩みは消えていた。 この分なら、ゆっくり眠れそうだ。 「……んんん……」 服を着替え終えてリビングに顔を出した時、朝武さんがトイレから出てきたところだった。 「おはよう、朝武さん」 「んにゅ……おはようございます……」 「寝起き? お茶か何か、淹れようか?」 「ぅっ……んぅー……あ、有地さん……?」 「――ンッ!」 いつかのように、自分の頬を叩く朝武さん。 「ぅむぅ……《ひは》痛《い》い……」 「おはようございます、有地さん」 「だから固いってば。頬っぺたを叩くまで気合いを入れなくても」 「頬、赤いけど大丈夫?」 「大丈夫です」 「それに、安心して下さい。昨日ちゃんと調べたんです。友達の挨拶を」 「は、はあ……そうなんだ?」 「コホン。いきますよ?」 「ど、どうぞ」 「有地さん、ちゃろー☆」 「………」 「……です……」 「………」 「ちゃ……ちゃろー……」 “ちゃろー”って何だ? もしや“チャオ”と“ハロー”を組み合わせたものか? 「そういうの……流行ってるの?」 「都会では流行ってるって検索結果に出てきたのに……違うんですか?」 「どうなんだろう……? 少なくとも俺は初めて聞いたかな。『ちゃろー』って挨拶」 「ぅっ……ぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁぁぁんっ」 「見ないで、こんな私を見ないで下さいっ」 「もう嫌ですっ。普通ってなんですか? 友達ってなんですか? 若さってなんですかぁ~!?」 「振り向かないこと――ではなくて!」 「正解なんてないから、無理しなくていいんだってば」 「……ぅぅ……すみません。その、なんというか……」 「私は今までに、その……普通のと、友達と呼べるような人はいなくて、どうしていいのか本当にわからなくて」 まあ、普通の友達というのを言葉で説明しろと言われても俺だって困る。 「とりあえず、土下座はなし。頬っぺたを叩いて気合いを入れるのもなし」 「普段通り……常陸さんと話すときみたいな、自然な態度でいいんだけど」 「……それじゃあ……」 「おはようございます……有地さん」 「おはよう、朝武さん」 幾分、言い方は柔らかい。 ここからだ、打ち解けていくのは。 ちゃんと朝武さんも歩み寄ってくれてるんだから。俺も頑張ろう。 でもその前に―― 「なんか改まると……やっぱり恥ずかしいね」 「そうですね……」 「………」 「………」 「とりあえず、俺もトイレに――」 「そ、そうで――え!? ま、待って下さいっ」 朝武さんがトイレの前に立ち塞がる。 「えっと……そこをどいて欲しいんだけど」 「それはできません」 「な、なぜに?」 「だって、それは……その……ですね……わ、私が……使用したばっかりなので……」 「……う、うん……?」 「……ぅぅ……っ」 「もう! どうしてわかってくれないんですか! 少し時間をおいて欲しいんです!」 「……あ、あー……なるほど」 「と言いますか……さっきはトイレの前にいましたよね? も、もしかして……お、音とかも……?」 「あ、いや! それはない! 朝武さんがトイレから出てくるのとほぼ同時に来たから!」 「それなら……いいんですけど」 「そうですよね……一緒に暮らすってことは、こういうこともあるってことで……音の装置、買っておかないと」 「………」 女の子だもんな。そういうのが気になるんだろう。 「なるほど。朝武さんの言いたいことはわかりました」 「でも無理っ! こっちもかなりギリギリなんですっ」 軽快なステップを刻んでしまうぐらいギリギリだ! 「そこをなんとかっ」 「俺は気にしたりしないから!」 「私が気にするんですっ!」 「あ、いや、別にに、匂いとかしないと思いますよ? 思いますけど、なぜだか恥ずかしいんです!」 「気持ちはわかるけど困る、凄い困るっ」 「私も困ってますっ」 寝起きのこの状況で、我慢し続けるのは辛い……ッ。 かといって漏らすわけにも、どこかで適当に済ませるなんてわけにもいかない! 「いやもう、本当に……ぁっ、ぁっ、ぁっ……くっ、ぅぅ……ぉぉぉっ」 「せめてもうちょっと……」 「ちょっとって……どれぐらい……?」 「30分ぐらい?」 「絶対無理!」 「妥協して29分では?」 「それ全然妥協してない!」 「ああっ、待って待って! 待って下さい、せめてあと5分!」 「それでもキツイっ」 「4分59秒、あ、58秒でも。もしくは大負けして56秒とか!」 「それ普通にカウントダウンしてるだけじゃん!」 この我慢プレイは何だ!? 「次から気を付ける、気を付けるから今回だけは、なんとか……っ!」 朝武さんを押し退けようとする俺。 「後生ですからあと1分だけでも~~~っ」 すがる朝武さん。 「朝っぱから何をやっておるのやら……」 「昨日の今日で、そんな濃いプレイをなさっているとは……有地さんはドMだったのですね」 「射精管理ならぬ排尿管理? なんともマニアックなプレイですねぇ」 「ご主人と芳乃にとって、これが普通の友人関係か……おそるべし」 「ちがーーーうっ」 「漏れるぅぅぅぅぅぅッッ!」 同居って難しい……ッ! 「てっきりお2人がそういうプレイをなさっているものだとばっかり」 「しませんよ! そもそもトイレを管理されるとか嫌過ぎます!」 ちなみに、なんとか漏らすことだけは回避できました。 思い出しただけでも、股間がちょっと痛くなるぐらい我慢した。 「でも……そうなんだよね。たまたま重ならなかっただけで、もっと気をつけないと」 トイレに入る際は、誰も入っていないか、しっかりと確認をしていた。 でも、使用後の直後とか、そういう部分については全然考えてなかった。 「とりあえず、音の装置を取り寄せておいて、茉子」 「わかりました」 「………」 そういう装置を買うってことは……俺と一緒に暮らすことを前向きに考えてくれてる、ってことだよな? ……うん、自然とそんな風に考えてくれているのは凄く嬉しい。 「今更ですが……、異性と同居って難しいですよね。気を遣わないといけないことが沢山あります」 「トイレにお風呂、あとお洗濯……あー、そうです。有地さんにお返ししておきたい物が」 なにやら、カバンの中を漁る常陸さん。 「ああ、ありましたありました。これです」 ハンカチの包みを取り出し、中を開いて見せる。 そこには、先日のお祓いのときに山で拾った、何かの欠片。 「これ、ズボンのポケットに入っていましたよ。洗濯のときに気付きました」 「何ですか、それ」 「小さな何かの欠片で……ただの石かもと思ったんですが、念のために確認したほうがいいと思いまして」 「あー……お祓いのときに拾ったんだ」 そういえば拾って、ポケットに入れたまま放置してたんだ。 すっかり忘れてた。 「勝手に捨てないでよかった。お返ししておきますね」 「有地さんには、そういう石を集める趣味が?」 「いや、そんなことはないんだけど」 「………」 ……なぜだろう? 目が離せず、見つめてしまう。 光にかざすと向こうが透けるぐらい透明度は高く、その中心にはうっすらと白い靄が掛かっている。 それ自体は特に変ではないのだが……拾ったときと同様、意識を引き込むような不思議な感覚。 不思議と目をそらせない。 「ん? んん? んんん?」 「……どうかしたか?」 「いや、大したことではないのだが……その石から妙な気配を感じてな」 「妙なって……まさか、危ない気配か?」 「持ってる人間を呪ってしまうような……?」 「まさかそんな――」 「この欠片自体に大した力はない。それは間違いないのだが……」 「何か他に気になることが?」 「少し……ご主人の気配に似ておる様な……」 「それに気になるのは、それを拾った場所だ。もしかしたらこの妙な気配に、祟り神が関係しておるかもしれん」 「そんなこと言われたら気になるな……」 「どうすればいい? もし関係あるなら捨てるのはマズイけど、このまま持ってるだけじゃ……」 「やはり駒川の者に預けるのが一番ではないか?」 そういえば……穢れについての知識もあるって言ってたな。 「そうですね。ソレがいいと思います」 「他に適した人はいないと思いますよ」 「駒川の一族は元を正せば陰陽師だったと聞いたことがある」 「陰陽師?」 その言葉に、思わず俺は懐疑的な声を漏らした。 「マンガやアニメのようなものではありません。祈祷や占術に長けた人たちのことです」 「確か……朝武が神主業を行うようになる際にも、色々アドバイスをしてくれたそうです」 「武家の台頭に伴い《まじな》呪いが廃れ、陰陽師から医者に鞍替えしたらしい」 「その後、穢れや呪詛に関する調査のために朝武のお抱えにされたのだ。この欠片についても、何か知っておるかもしれん」 「ムラサメちゃんでも知らないことを?」 「吾輩は《じゅ》呪に対して特別な知識はない。むしろ長年研究しておる駒川の方が知識を持っておる」 「そうか。それじゃあ、今から……渡しに行ってみるか」 「もし呪詛に関係があるとしたら一刻でも早く動いておきたい」 「私も一緒について行きたいです……お願いします」 「ワタシも。なんだか気になります」 「そうじゃな。ご主人や芳乃にすれば、我が身に大きく関わることだ」 「じゃあ一緒に行こう」 「みづはさんの診療所は、一応診療時間が決まってはいるんですが、いつでも対応できるように奥が住居なんです」 「ですから基本的に、診療所に連絡を入れればみづはさんと話せるはずです」 そうして俺たちは学院に連絡を入れてから、駒川さんの診療所に向かった。 「それは確かに気になるね」 俺の説明をひとしきり聞いた駒川さんは、軽く頷いて見せた。 「ちょっといい?」 欠片を指で摘み、光に透かしながら様々な角度から観察をする。 「見た目は……水晶のように見えるね。特に変わった点は見当たらないけど」 「この欠片に対して、有地君は何か感じたりする?」 「感じるって言うほどじゃないんですが……気になります」 「具体的には?」 「ずっと眺めていたくなるような感じがして、手元に置いておきたい気分になります」 「芳乃様と常陸さんは?」 「ワタシは……なにも。小さいですけど綺麗だと思います、そんな感想ぐらいしか……」 「私も特には……」 「実際に触れてみても、何も変わらない?」 欠片を丁寧に受け取った常陸さんは、手の平で転がすように確認する。 だがその不思議そうな表情が、変わることはなかった。 「残念ながら、やはりなにも。芳乃様は如何ですか?」 「えーっと……」 朝武さんが、常陸さんの手の平の上に乗った欠片に手を伸ばす。 そして指で摘んだ瞬間―― 「んきゃっ」 「よ、芳乃様!? どうされました!?」 「なにかありましたか!?」 「い、いえ、すみません。ちょっとビリッとしただけです」 「静電気……でしょうか? ワタシの方は、特に何も感じませんでしたが……」 「本当に大丈夫ですか?」 「はい。問題ありません」 改めて欠片を摘み上げる朝武さん。 今度は声を上げたりすることもなく、朝武さんは欠片を光にかざしながら覗き込む。 だがやはりというか、その表情に変化はない。 「祟り神の影響を受けた欠片ならば、耳が生えるやもと思ったが……反応なしか」 「祟り神とは関係がないんでしょうか?」 「もしくは、反応しない程度の弱い関係だった、という可能性だな」 「なるほど」 「……もしかしてムラサメ様? なんて仰ってる?」 「耳が生えないので、祟り神とは関係ないか、反応しない程度の物か、どちらかだろうって」 「そう……」 「本当に何もありませんか? どんな些細なことでも構いません」 「調べるのはこれからです。気のせいかも、なんて気にせず、何でも言っておいて欲しいんですが」 「そうですね、強いてあげるのなら……」 「なんだか安心できるかもしれません。安堵……というと大げさになるので、そこまでではないんですが……」 「安心……」 「ワタシの方は、本当に何も感じません」 「芳乃様の気持ちは、有地さんが感じたものと……少し似ているかもしれませんね」 「感じるって言っても、本当に些細なものだからなぁ」 「私もです。漠然としすぎていて、なんとも言いづらいんですが……」 「とにかくこれは、私の方で預からせてもらって構わないね?」 「もちろん。そのために持ってきたんですから」 「ただ……申し訳ないが、すぐには結論は出ないだろうね」 「医者の仕事を放り出すわけにはいかない、少し調べる時間が欲しい」 「はい。それもわかってます」 「それじゃあ、まずは普通の鉱石かどうかも調べて……」 「拾ったとき、落ちていたのはこれだけ? 他には気になるものはなかった?」 「え? あー……どうでしょう? なんとなく拾っただけですから……」 「場所は覚えてる?」 「大まかには。でも、細かい場所となるとちょっと……」 「何か気になることが?」 「これと同様の物が他にもあるのか? あるなら沢山? これが欠片なら、欠け落ちた元がある?」 「疑問は色々とある。せめてその付近だけでも調べてみた方がいいかと思ってね」 「ワタシ、覚えていますよ。この前祓った場所ですよね?」 「今から調べてきましょうか?」 「いや、場所さえ教えてもらえれば、折を見て私が――」 「吾輩が行こう」 「ムラサメ様がですか?」 「………?」 「アレだけ小さな欠片だ。場所を限定しても見つけるのは、容易ではあるまい」 「だが吾輩なら、微弱とはいえ、気配を感じることができる」 「それは確かにそうだけど」 「………。それじゃあ……悪いけど頼めるか」 「うむ」 「あっ! でも、夜にはちゃんと帰ってこいよ? 心配だから」 「ご主人の方こそ、勝手に危ないことをするでないぞ」 そう言って、ムラサメちゃんの姿が消える。 「……ムラサメ様が何か意見を?」 「いえ、欠片の件で山に向かったところです」 「ワタシの代わりに、調べてきてくださるということで」 「そ、そうなんだ……?」 「全然見えないから。3人とも幽霊と話してるみたいだったよ。ちょっと怖かったよ」 「それ、本人の前で言わない方がいいですよ。幽霊扱いすると怒りますから」 「って言われても……その本人が見えないからね」 「でもムラサメ様が調べてくれるならありがたい。お言葉に甘えさせてもらおう」 「私も、資料の洗い直しに専念できるしね」 「……資料……」 「とにかく、この欠片は私が調べておく。そろそろ診療所を開けないと」 「学生は学生の本分を果たしなさい、もう授業が始まっている時間だよ」 「はい。わかりました」 「それでは、失礼します」 「………」 「有地さん?」 その場から動こうとしない俺に、朝武さんが不思議そうな顔をする。 「ゴメン。先に行っててくれないかな?」 「ちょっと、駒川さんに用事があって。気にしないで。すぐに俺も行くから」 「そうですか……わかりました」 首を傾げつつも、2人はそのまま診療所を出た。 そして部屋の中には、俺と駒川さんの2人となる。 「……それで、一体何かな?」 「資料って、祟り神や呪詛に関してですよね?」 「その資料……俺にも読ませてもらえませんか?」 「それは構わないけど……どうしたの?」 「俺、今まではずっと祟り神と戦うことばっかり考えてきました」 「でも本当の目的は、呪詛を解くことです」 「そのためには、もっと知らなきゃいけないんじゃないかと思って。だから……」 「……そうか。有地君は外の人だったね」 「呪詛に関わる人間は、子供の頃には説明を受けるから、すっかり失念していたよ」 「しかし……うーむ……」 「ダメですか?」 「ダメではないんだけどね、どうして私に?」 「呪詛について聞くなら、芳乃様や安晴様に尋ねた方が早いだろうに」 「それは……」 「呪詛について、気になることがあります」 「説明の時、朝武さんが『不必要なことまで話さなくていい』って言ってましたよね?」 「そのことが少し気になっていて……」 「それは……うん。色々とあったんだ。祟りが始まってから、もう数百年も経つからね」 不意に、あの時の会話が頭をよぎった。 あの時の複雑な感情が入り混じった笑顔。 それに……。 「……わかりました。でも、必要なことだけですから。約束して下さい」 あの頃とは、朝武さんとの関係も変わっている。 とはいえ、あの時の2人の雰囲気を思い出すと、深く踏み込むことが気軽にできなかった。 「俺が強く頼めば、教えてくれるかもしれません。でも……」 「説明がないのは……俺が知る必要はない、もしくは知って欲しくない、からじゃないかと」 「もしそうだとしたら、俺の行動は傷つけることになります」 「知識が疎かなままではダメだと思って……だから、どうするべきかを考えて」 「資料が一番当たり障りがないと思ったんだね、なるほど」 「……うーん……わかった、まあいいだろう」 「ありがとうございます」 「えーっと……どの資料を渡すのが一番いいかな? 有地君は、何も知らないんだね?」 「安晴さんから、伝承も事実と違う部分があるとは聞きました」 「でも具体的な内容は何も」 「違うというか……お祭りを賑やかにするために脚色されているんだ。本当はもっと血なまぐさくてね」 「要点だけ軽く説明すると、その昔朝武の家には2人の跡継ぎがいた」 「長男は快楽主義で、面白そうな話があればなんでも飛びつく短絡的な思考の持ち主」 「自分の欲求が満たされないと暴れ回る、ワガママ、傍若無人、感情だけで動く人間だった」 「対して次男は人格者。土地の治め方を学び、武芸に長け、家臣からも民からも慕われていた」 「2人の内、どちらかが跡を継ぐとなれば、当然『弟に家督を』という声が大きくなる」 「納得できない長男が家督を奪おうとしても、つき従う家臣も少ない。反乱を起こすことすらままならない」 「そんな長男をそそのかしたのが隣国だ」 「話に飛びついた長男は、隣国を引き入れ謀反を起こす。本当は、こういう話なんだよ」 「跡目争いだったんですか」 「血なまぐさい骨肉の争いのままでは、観光客は呼べないだろう?」 「妖がそそのかしたと脚色が加えられて、戦の背景もバッサリ削ったと言うわけさ」 「でも……叢雨丸がある以上、その妖の部分もただの脚色じゃないんですよね?」 「それはそうなんだが……有地君は呪詛って知ってる?」 「なんとなくなら」 「憎い相手に不幸が起こるように願うというか、呪うことですよね?」 「そう。そして呪詛は、動物を犠牲に強いることが多い」 「長男は暴力的な人間だった。面白半分で動物を傷つけることにも罪悪を感じなかったんだろう」 「それじゃあ、妖っていうのは……」 「権力者をたぶらかす妖怪ではなく、長男が行った呪詛の類だ」 「父親を怨み、弟を憎み、実の親兄弟に呪詛をかけたというわけさ」 「長男にしてみれば、憂さ晴らし程度の他愛ないことだったのかもしれない」 「だが本当に呪詛が発生、次々に不幸が起こった」 「しかし、予想外なのはそれだけじゃなかった」 「呪詛が強力過ぎたんだ。朝武の家だけではなく、穂織の土地全体に穢れを振りまくぐらいにね」 「それで朝武は土地神から叢雨丸を授かり、呪詛に打ち勝ち、隣国との争いにも勝利した」 「でも呪詛が消えることはなく……今も、祟り神と朝武さんの耳が」 「そういうこと」 「で、ここからが有地君も一番知りたいであろう、呪詛の内容なんだけど……」 「ああ、あったあった」 棚に並ぶ書物の中から、数冊取り出されたノート。 それは焼けた古い資料ではなく、随分と新しいものだった。 「呪詛についてまとめてある資料だ、これらを読むといい」 「この先の話は少し長くなる。下手に口で説明するより、読む方がわかりやすいと思うよ」 「いいんですか? 重要な物なんじゃ……?」 「見てわかる通り、それは先祖の資料を私がまとめたものだよ。穢れについて勉強するためにね」 「元となった資料は他にある。とはいえ、大切に扱ってくれたまえ? それなりに大変だったんだから」 「はい、ありがとうございます」 「あとこっちが伝承についてまとめた資料。もう少し詳しく書いてあるから、改めて読むといいよ」 「もし何か不明な点や、気になることがあれば連絡をしてくれ」 「ありがとうございます」 「思ったより長かったですね」 「待っててくれたの? 先に行ってくれてよかったのに」 「どうしようか悩んだのですが、芳乃様が待ちたいと仰ったので」 「……いえ、まあ……ここまで来て、先に行くのもどうかと思ったので」 「それが普通の友人だと思ったんですが……ダメでしたか? こっ、こういう場合は、素直に先に行くべきだったんでしょうか!?」 「そんな慌てなくてもいいよ。ありがとう」 「そ、そうですか、よかった。私、本当に……友達……というのに慣れていなくて」 「だからそこまで重く考えることはないんだってば」 「とにかく、ありがとう、朝武さん」 「はい」 自分の行動に、よっぽど不安を抱いていたんだろう。 安堵した朝武さんの笑顔は……今までの中でも最高に可愛かった。 これも、以前より距離が近づいたって証拠かな……? 「それで、何を話していたんですか?」 「え? あ、いやまあ……ちょっとね」 「あは……殿方が魅惑の女医さんに秘密のお悩み相談ですかぁ? 気になりますねぇ」 「そんな意味深な相談はしてないから」 「なにかお困りでしたら、ワタシもご相談に乗りますよ?」 「こう見えてもワタシ、知識は豊富なんです。なにせ女忍者、くノ一ですからね」 「………」 女忍者、くノ一……むぅ。女医に負けないぐらいのロマンを感じる。 なんかエロい……。 「とりあえずお気持ちだけはいただいておきます」 「それよりもほら行こう」 「あー! しまった!」 昼休みになった教室の中で、突然廉太郎が叫び声を上げた。 「なんだよ? どうかしたのか?」 「いや、弁当を忘れてきた……」 「家まで走るか?」 「それは勘弁。そんなことしたら、昼飯を食べる前に胃がひっくり返る」 「じゃあ購買でパンしかないな」 「今から行ってもコッペパンしかないだろうな……」 「今日の午後は、空腹に耐えるしかないか……はぁ……」 「コッペパンもないよりましだろ?」 「それにまあ……おかずを少しわけるぐらいならするから」 「マジか……助かる」 そうして廉太郎が教室を出ようとしたところで、誰かにぶつかりそうになった。 「きゃっ」 「おっと、悪い」 「もー、危ないなー」 「って、なんだ小春か」 「なにその態度。せっかく忘れ物を届けに来てあげたのに」 「え? それってまさか……」 「はいこれ、お弁当。毎日持って行かなきゃいけないのに、どうして忘れるかな……」 「マジか!? 助かったぁ~。さすが小春、ういやつよ」 「猫撫で声、キモッ。こういう時だけ調子がいいんだから……」 「よし食おうぜ、将臣!」 「小春も一緒に食べるか?」 「うーん……どうしよっかな。お弁当、教室においてきちゃったから」 「別にそれぐらい、待っててもいいけど?」 学年が違うと言っても隣の教室。 学年によって階が分かれたりするほど学生がいない。 そもそも平屋だからな。こういう部分も、結構感覚が違っていたりする。 「折角誘ってもらえたんだから……たまにはお兄ちゃんと食べよっかな」 「じゃあすぐに取ってくるね」 「ああ」 「ってこら、なんで食べようとしてるんだよ」 「え? 俺も待つの?」 「この流れで食うか、普通」 「えー。家で顔合わせてるから、待つほどの価値はないんだがなー」 そう言いながらも、箸を置く廉太郎。 「本当、文句ばっかりの癖に仲がいいな、お前ら」 「そうかー? あいつ、生意気ばっかりでムカつくぞ?」 「それだけ会話があるってことだろ?」 「そりゃまあ、そうかもしれんがな」 「お待たせ、お兄ちゃん」 「お前もしかして教室に居場所ないの? 友達いないの?」 「廉兄じゃあるまいし、ちゃんといるよ。失礼だなー」 「じゃあ兄とご飯が食べたかったとか?」 「お兄ちゃんとは食べたかったけど、廉兄のことじゃないもーん」 「マサオミー」 「レナさん」 「なんだか楽しそうですね」 「そう? 言い争ってるだけだよ」 「というか兄妹喧嘩はやめて、大人しく弁当を食べようぜ」 「やっぱり楽しそうです。わたしもご一緒してよろしいですか?」 「こんな騒がしくてもいいなら、俺は構わないけど」 「あ、俺も俺も! 一緒に食べようぜ、レナちゃん!」 「えーっと……お兄ちゃん。この方は一体……?」 「留学生のレナ・リヒテナウアーさん」 「お前も聞いただろ、祖父ちゃんのところで新しく働くことになった子だよ」 「あ、あの外国から雇った人?」 「初めまして。お祖父ちゃんの孫で、鞍馬小春と言います」 「コハル! レンタロウの妹さんですね。大旦那さんから聞いています、よろしくお願い致します」 「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」 「こちらの生活は、どうですか? もう慣れましたか?」 「まだまだ驚きと興奮の連続です。もうファッキンな毎日ですよ」 「ふぁ……ふぁっきん?」 「褒め言葉だろ。そういうのはノリだ、ノリ」 「そ、そうなんだ……」 っていうか、レナさんって英語圏の人だっけ? 「でも、旅館の仕事は大変ですよね。たまに手伝うと筋肉痛になります」 「そうなのです。実は今も腕が痛いのです」 「あと……こちらに来てから、たまに耳鳴りや頭痛もあったりで」 「頭痛ですか? それは、お医者さんに診てもらった方がいいんじゃありませんか?」 「いえ、きっと仕事に慣れていないのが原因だと思います。少し寝不足気味ですので」 「朝早くから夜遅くまで、忙しいですもんねぇ」 「でも、やりがいはあります! 色々学べるのは望むところです」 「これからも頑張りたいと思います。そのためにもまずは栄養を摂らねば!」 「おー! 折角です、マコや姫様も一緒に食べませんか?」 「ワタシたちもですか? 芳乃様は……?」 「お、お邪魔でないのでしたら……」 「ヘーキでありますか?」 「そりゃもちろん」 「わっ、わっ……巫女姫様と一緒にお昼ご飯だなんて緊張する」 そういうわけで、俺たちは人数分の机をガタガタと寄せ合う。 こんなに大勢で一緒に弁当を食べるなんて、初めてだな。 「気を遣っていただいてありがとうございます、リヒテナウアーさん」 「違いますよ。みんなで一緒に食べる方が楽しくて美味しいからです」 「あと、気軽にレナと呼んで下さい」 「……いいんですか?」 「モチはロンですとも。そう呼んでもらえる方が嬉しいです」 「で、では…………コホン」 「レ、レレレ、レナ……さん。私のことも、芳乃と……」 「はい、ヨシノ」 「~~~~~~ッ」 「あわわわ!? か、顔が真っ赤に!? ヘーキでありますか?」 「い、いえ、これは緊張しただけですから」 「緊張? なにゆえに?」 「その……あの……こんな風に、名前を呼んだり、呼ばれたりすることに慣れていなくて」 「そうなのですか。でもマコのことは、呼んでいませんか?」 「それはワタシが、子供の頃からお側に仕えさせていただいているからです」 「俺たちは“巫女姫様”って呼び方が身体に馴染んでるから」 「名前で呼ぶなんて……なんだか尻込みしちゃう」 「そういうものですか」 「やはり生まれ育った土地の習慣もありますから」 「レナさんが気にならないのでしたら、ヨシノと呼んで下さい」 「わかりました、ヨシノ」 「はむはむ……んふっ。日本のお弁当は、やっぱり凄い美味しいですね」 「外国のお弁当って、どんな感じなんですか?」 「サンドウィッチやパスタ……カットした野菜や丸ごとのフルーツだったり……」 「あまり彩り豊かとは言えないようなものばかりで、つまらないです」 「そういえば、日本のお弁当を見ると海外の方は驚くという話を聞いたことがあります」 「はい。板長のまかないは凄く美味しいです」 「食べてみますか?」 「よろしいんですか? では……失礼して……あむ」 「ヨシノもどうぞ」 「それじゃあ……あむ……んっ、美味しい」 「やっぱりプロの作る物は、お弁当でも違いが出るものなんですね」 「こ、こちらも……よろしければどうぞ」 「ありがとうございます。はむ……んーっ、こちらも美味しいですね」 「これはヨシノの手作りですか?」 「いえ、これは茉子が作ってくれたんです」 「おー! マコは料理がとても上手ですね」 「ありがとうございます」 「コハルのお弁当は、コハルが作ったのですか?」 「いえ、まさか。お母さんが作ってくれたんです」 「交換しませんか? 板長のキンチラゴボウ、美味しいですよ」 「キンチラ……ごぼう?」 「金平ごぼうのことではありませんか?」 「あ、そうですよね。シゲさんは妙な料理を作ったりしませんよね」 「おー、そうでした。コハルは板長を知っているんですね」 「では、交換はしないですか?」 「い、いえ、そんなことありません。シゲさんの料理、久々に食べたいです」 「ですから、よければ交換して下さい」 「はい、よろこんで」 「金平ごぼうの代わりに、お芋を甘辛く煮たのをどうぞ」 「おー! ありがとうございます」 「………」 「……いいなぁ、こういうの。すごくいい」 「確かに」 その言葉には、俺も心の底から同意。 男同士で食べるのも笑い話とかがあっても、こういう和気あいあいとした雰囲気はない。 見てるだけで、こっちも楽しくなる。 「お前さ、こっちに来てから巫女姫様と一緒にすごしてるんだよな?」 「まあ、一応」 「背中に爪痕とまではいわなくとも、少しぐらいは進展しただろ? どこまで行ったんだよ?」 「………」 「その鈍い反応……もしかしてまだ何もしてないのか?」 「するわけないだろ、一緒に暮らしてるんだから」 「気まずい雰囲気になったらどうするんだよ」 「かーッ。お前そんなくだらないこと考えてちゃダメだろ」 「っていうか……正直、あんな可愛い子と一緒にいて欲望はないわけ?」 「有るに決まってるだろ! ふざけるな!」 「お前にわかるか!? 俺の苦労が!」 風呂上りはいい匂いがするし、寝間着姿が妙にセクシーだし、朝は無防備だし! ほかにも、おっぱい押し付けられたり、おっぱいに挟まれたり、お腹に乗られたり。 これでムラムラしないわけがない! 「とはいえ……勢い任せで行動するわけにもいかないからな」 区切りがつかないままでは、そんな風にはならない気がする。 「それはまあな。なんせ巫女姫様だもんなぁ」 「色々溜まるよ……」 「お前、溜まったときどうしてんの? 《   ひと》他《   さま》人様の家なのに」 「それ、ここでする話か?」 「女の子はおかずのやり取り。俺たちもオカズのやり取り」 「ゲッス! ゲスすぎ!」 「でも重要な事だぞ。もし暴走してしまったら、色々大変だろう」 「それにお前、さすがにそっちのオカズまでは持ってきてないんじゃないのか?」 「……まあ、な」 この時代、ネットには色々無料素材が溢れているとはいえ……スマホだと小さいんだよなぁ……。 「そういうの、ここら辺で売ってる?」 「コンビニぐらい? 穂織ってエロ関係も全然だから」 「むしろ家族連れ向けに、エロを排斥する動きすらあるぐらいだ。若い男にゃ住みづらい土地だよ」 「通販を頼んでも最速で2日はかかるしな」 「通販か……」 流石に通販は危険だ。 「仕方ない。俺がひと肌脱いで、秘蔵コレクションを貸して進ぜよう」 「従兄の秘蔵コレクションねぇ」 兄弟いないからわからないけど、エロ本が行き来するのって普通なのか? 男友達同士で貸し借りすることは、ままあるが。 「興味ないなら無理にとは言わないけど」 「そう結論を急ぐんじゃないよ! 誰も興味がないとは言ってないだろ!」 「お前もちゃんと男だな」 俺たちがそんなバカ話をしていることに気付かず、女子は相変わらず華やかな雰囲気のままだ。 「ねえねえ、もしよければ、アタシたちも交換に混ぜてくれないかな?」 「アタシはこのハンバーグを差し出すから」 「それじゃあ私は、このレンコンの挟み焼きを生け贄に、胡麻和えを召喚したいでーす」 「あんた、そんなリクエストしないの」 「えっへっへ~」 「はい、構いませんよ」 「本当に!? ありがとうございます、巫女姫様」 教室で、友人とナチュラルに話す朝武さんを見られるのは珍しい。 本人もその触れ合いを楽しんでいるように思える。 うん、ああいう自然な雰囲気の時が一番可愛いよな。 俺たちの関係を仕切り直した価値はあったかな。 「今日はここまで。それでは皆さん、気をつけて帰ってくださいね」 先生の挨拶も終わり、クラスのみんなが教室を出ていく。 「それじゃあ俺はいつものトレーニングがあるから」 「いつも通り、夕食までには戻れるはず」 「わかりました」 「それでは、またあとで」 「うん、またあとで」 「それでは、ワタシたちも帰りましょうか」 「あ、ちょっと待って。誰かから電話が……みづはさん?」 「ただいま」 最初は気恥ずかしかったこの言葉も、今ではすっかり慣れてしまった。 「あ、おかえりなさい。トレーニング、お疲れ様です」 「常陸さんも、家事お疲れ様」 「すみません。夕食ができるまでもう少しお待ちいただけますか?」 「慌てなくていいよ。ところで――」 「ムラサメちゃんは、まだ帰ってない?」 「はい。ワタシは見ていませんね」 「そっか……」 まだ探しているんだろうか? もうすぐ夜なのに……大丈夫かな? 「叢雨丸の管理者なら、ムラサメちゃんも祟り神に狙われたりするのかな?」 「そういった話は聞いたことがありません。その心配はないと思いますが」 「あ、いけない。火をかけっぱなし」 仮に祟り神が大丈夫でも、夜の山は不気味だ。 幽霊とか苦手なのに……本当に大丈夫だろうか? 「捜しに行こうにも、勝手に山に入るのはマズイしなぁ」 待つしかないか……。 部屋に戻った俺は、服を着替えるよりも先に、カバンからノートを取り出した。 そして、駒川さんから貸してもらった資料に目を通していく。 この地で何があったのかは、基本的にはあの時聞いた通り、跡目争いだ。 その争いについて、もう少し詳しく書かれてあった。 当時の呪詛は朝武個人ではなく、穂織の全てに災厄をもたらしていたらしい。 凶作による飢饉、流行り病、豪雨による土砂崩れや川の氾濫。 立て続けに巻き起こる不幸。そして、弱り切ったところに攻め込んできた隣国。 窮地に追い込まれ、もはや神に祈ることしかできないとき、次男は不思議な夢を見た。 とある刀の存在。それにより呪詛に打ち勝つ方法。そのために必要となる犠牲を告げる夢。 藁にもすがる思いでその夢に従い、選ばれたのが“生まれつき身体が丈夫ではなかった農民の娘”。 「……これが、ムラサメちゃんか」 少女が人柱になり、朝武は神刀である【叢雨丸】を授かる。 それにより不幸を祓い、本陣に突撃をかける乾坤一擲の奇襲に挑んだ。 呪詛によって勝手に自滅していく朝武家に油断していた隣国の兵は対応しきれない。 大将首を討ち取られてそのまま敗走。神輿であった長男も、戦いの中で次男に討たれた。 『これが血の繋がった親のすることか 弟のすることか』 『この怨みは必ず晴らす どれだけかかろうともだ 忘れるな 許さない 末代まで呪ってくれる 全て滅ぼしてやる』 そんな怨みの言葉を残して……。 「でも言葉だけじゃなく……本当に呪詛の力が残ってしまった」 山に祟り神を生み、朝武芳乃という少女に獣耳という呪詛の証……。 巫女姫の耳から考えて、犬の動物霊を用いた呪詛。 獣は、いわゆる犬神であると考えられ、その力は予想以上に強力なものだった。。 憑き物落としは一通り試したものの、呪詛が弱まる気配もなく、代々の巫女姫が穢れを祓い続けている。 「………」 なんだろう? ほんの少しだけど、以前から感じていたひっかかり。 それが拭えないどころか、資料を読むことで大きくなった気さえする。 「……んー……」 そんな唸り声を上げていた時、突然部屋の中に人影が現れた。 「今戻ったぞ、ご主人」 「ああ、おかえり。随分遅かったな、心配したよ」 「すまぬな。キリのいいところまで続けておったら、意外と時間がかかった」 「無事ならいいんだ」 「でもムラサメちゃんって、夜の山の中に入っても大丈夫なのか?」 「呪詛のことならば心配は要らぬ。吾輩が祟り神に襲われることはないからな」 「そうか」 「で、でででも、夜の山はちょっぴり怖かったぞ……」 「だと思ったよ」 幼い子供にするように、優しくムラサメちゃんの頭を撫でる。 すると、まるで猫がむずかるように身体を揺らすものの、嫌がるそぶりはなかった。 「それで、どうだった? 何か見つかったか?」 「いや……残念ながら……。色々探し回ったのだがな……」 「他には存在しないってことなのかな?」 「あの欠片が大きい方で、他はもっと小さい可能性もあるが……」 「流石にアレより小さいとなると、吾輩も感知するのは難しいと思う」 「そっか……」 「だが、探したのは一部だ。今後も探索を続ける。どうせ、ご主人が学院におる間は暇だしな」 「悪いけど、よろしく頼むな」 「さてと……」 集中力も途切れてしまった。 夕食、そろそろかな……リビングに行くか? と立ち上がろうとしたところで、扉の向こうから声がかけられた。 「あの……有地さん、いますか?」 「朝武さん? どうぞ」 「失礼します。あ、ムラサメ様。戻っていらしたんですね。お帰りなさい」 「山の方は、どうでしたか?」 「成果はなかった。明日はもう少し範囲を広げて探索してみよう」 「わかりました。申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」 「それじゃあ、とりあえず夕食に行こう」 俺は手にしていたノートを置いて、リビングに向かうのだが―― 「………」 何故か、朝武さんはその場に立ち尽くすように、部屋の中を見つめていた。 もっと正確に言えば、俺が置いたノートをジッと見つめているように思う。 「………? 朝武さん、どうかした?」 「あの……有地さん!」 「は、はい、なんでしょう?」 「少し、時間をいただけませんか? 話したいことがあります」 「それはもちろん構わないけど……なに? なにか真剣な話?」 思わずそう聞いてしまうぐらい、朝武さんの雰囲気がピリピリしていた。 ちょっと怖い……。 「後程、全てお話します。夕食後に私の部屋でいいですか?」 「わ、わかった」 「ありがとうございます」 「………」 「なにやらピリピリしておったな」 「やっぱりそう思うか?」 「吾輩がおらぬ間に、怒らせるようなことでもしたのか?」 「いや、心当たりはないんだけど……」 「怖いから、一緒に来てくれない?」 「御免《こうむ》蒙る。吾輩、そういうことに巻き込まれたくない」 「それにだな、吾輩に声をかけなかったということは、ご主人だけに来て欲しいということではないか?」 「それは……そうかも……」 仕方ない、覚悟を決めて1人で行くか。 「………」 静かな夕食を食べ終えた俺は、約束通り朝武さんの部屋に向かった。 そして部屋の前に立ち、軽く深呼吸。 「なんか、緊張するな……」 俺は今から、お……女の子の部屋に、入ることになるんだ。 女の子の部屋に入るなんて、初めて……じゃないか。子供の頃、小春の部屋に入ったことがある。 でもそれだけ。年頃の女の子の部屋に入るのは初めてだ。 朝武さんの真剣な雰囲気から察するに、真面目な話をされるんだろう。 それはわかっているけど……違う意味で胸がドキドキするな。 「と、朝武さん。今、大丈夫?」 「はい、どうぞ」 「こ、こんばんは」 和室がベースのためか、朝武さんの趣味なのか、想像していたよりも乙女チックではなかった。 しかしそれでも俺が使っている部屋と違い、何やらいい匂いがする。 それに小物なんかは女の子らしさがあって可愛らしい。 「すみません、お呼び立てして。有地さんと話がしたくて」 「いや、それは全然いいんだけど……わざわざ珍しいよね。何の用?」 「……呪詛の話です。資料を借りたんですよね」 「え!?」 「みづはさんから謝られました。呪詛に関する資料を勝手に渡した、と」 「……あー……」 「ゴメン! 勝手に調べるようなことをして」 「え? い、いえ、違うんです。私は別に、怒ったりしていません。頭を上げて下さい」 「そうではなくて……むしろちゃんと説明をするべきだと、考えてはいたんです」 「私は、ずっと隠し事をしていて……そのことは有地さんも気付いてましたよね」 「それはまあ。でも、知る必要がなかったってことなんでしょう?」 「それは少し違います。私が、知られたくなかっただけです」 「正直に言えば、知ってもらう必要があるのかどうか……今も少し迷っています」 「でも、有地さんは言ってくれました。『一緒に呪詛を解こう』って。私はその言葉を受け入れました。だから……」 「だから、ちゃんと言いたいんです。自己満足みたいなものなんですが……聞いてもらえますか?」 「………」 「はい、もちろん」 自然と背筋が伸びて、姿勢を正す。 そして静かに朝武さんの言葉を待った。 「有地さんは、みづはさんの資料には目を通しましたか?」 「一応、一通りは」 「では何か疑問に思いませんでしたか?」 「……少し気になってることはある」 「死してなお残った強い怨みの呪詛が祟り神を生む。それはわかる」 「でも耳は? 呪われた証って言ってたけど、本当にそれだけなのかな……って?」 「死んでも残るぐらい強い怨みが、耳を生やすだけっていうところが、少し気になるっていうか――」 「………」 「あっ! いや、ごめん! 朝武さんからすれば『だけ』なんて問題じゃなかったね!」 「ちょっと軽々しく言い過ぎた!」 「ああ、あと他に代々の巫女姫って書いてあったけど、男が産まれたときは姫じゃないしどう呼ぶのかなとか男にも耳が生えるのかなーとか」 「産まれませんよ、男の子は」 「……え? それってどういう――」 「朝武の家に男の子は産まれていません、ここ数百年、1人たりとも」 「1人たりともって……」 「駒川家には、家系図も詳細に残されているんですが、それらは資料には含まれていませんよね?」 「うん。昔の戦のことと、呪詛に関する資料だけだったから」 「きっと、私の口から言った方がいいと思ったんです、みづはさんも」 「有地さんが疑問に思った通りです。強力な呪詛の力が、耳という形をなして現れただけで、呪いの効果は他にあるんです」 「それが、男が産まれない呪い?」 「というよりも朝武を断絶させるためだと思います」 「そして朝武の家に産まれる子供は1人だけです」 「それも呪いなの?」 「そこは……私たちにもわかりません。2人目に関してはただの偶然かもしれません」 「2人目を産もうとする人が少なくて。まず母親の身体がもたないんです」 「朝武は若死にの家系なんです。一番長く生きた人でも50歳程度。私のお母さんは、少し前に他界しました」 「………」 それってつまり……朝武さん自身も……? さすがにそれを口に出すことはなかったが、それでもきっと、顔には思いっきり出ていただろう。 そういう隠し事は苦手だしな。 「とはいえ……子供を産まずに亡くなった人はいません」 「私も健康に問題はありませんから、すぐにどうこうなることはないと思います」 「そっか」 「私は、この呪いを解かなくてはいけないんです。じゃないと……」 「………」 「すみません。今の言葉は聞かなかったことにして下さい」 「とにかくこれが……私が隠していたことです」 「………」 脳裏をよぎったのは、今までの自分の行動。 そんなこと……今まで俺は、全然気にしていなかった。 無神経な発言をしてしまったかもしれない。傷つけるような行動を取っていたのかもしれない。 そんな後悔が渦巻く。 「その、なんていうか……嫌な説明をさせたみたいで――」 「違います。最初に言いましたが、私が有地さんに知っておいて欲しいと思ったんです」 「だから……謝ったりしないで下さい」 「朝武さん……」 「何かして欲しいことがあって打ち明けたわけではありません。改めて欲しい態度があるわけでもありません」 「正直に向き合わなければいけない、そう思っただけなんです」 「有地さんには、気にして欲しくないと言いますか……今まで通りのままでいて欲しい……です」 「………」 ああ……今まで隠してた意味が何となくわかった。 最初からこんなことを聞かされたら、きっと俺は朝武さんに同情していただろう。 腫れ物に触るような態度になっていたかもしれない。 そして……朝武さんの事情を勝手に背負い込んで、責任感みたいなものからお祓いに参加したはずだ。 朝武さんにはそれが耐えられなかった。誰かに自分を勝手に背負われてしまうのが。 ………。 「……そうだね。変に気を遣ったり遣われたりするのは違うね」 「友達になろうって言い出したのは、俺の方からだ」 「ありがとう、話してくれて。俺の事を信用してくれて」 「………」 「うん、やる気出た。頑張らないと」 「あ、あの――」 「勘違いしないで。呪詛は俺自身のことでもあるんだ。それにさ……」 「友達を大切に思うのは、普通のことだよ。むしろ、それこそが友達だよ」 「………………はい、すみません。ちょっと被害妄想が強かったかもしれません」 「そうだよ。目的は、何も変わってない」 「俺と一緒に見つけよう」 「……はい」 「お、戻ったか。どうであった、ご主人? 怒られたか?」 「いや、そういうのじゃなくて」 「それよりもムラサメちゃん……以前、言ってくれたよな。俺が叢雨丸に選ばれたのには意味がある、って」 「それって、できることがあるってことだよな?」 「うむ、吾輩はそう思っておる」 「……うん」 「俺、頑張るよ」 「頑張る」 今まで頑張っていなかったわけじゃない。それでも、強く頑張ろうという気持ちが湧き上がってきた。 まだその方法は見つけられてなくて、どうすればいいのか、全然わからないけど。 絶対に、決して諦めたりしない。改めてそう決意した。 「力を貸してくれ」 「何があったのかはよくわからんが……」 「それが吾輩の役目だ、存分に頼ってくれて構わんぞ」 「ありがとう」 「よし、やるぞ!」 「わぁぁぁぁーーーっ!? レナさん逃げ…………あれ?」 突き飛ばそうと伸ばした手が空を切った。 しかも目の前には夜空ではなく、天井? 「あ、目が覚めたのですね、マサオミ!」 「え? レナさん!?」 「でも、もう少し寝てたほうがいいでありますよ」 肩を押して布団へ戻される。 レナさんは枕の脇へ落ちていた濡れタオルを拾うと、水を張った洗面器へ浸けてギュッと固く絞った。 「ひょっとして俺、気を失ってたのか? みんなが運んでくれた、とか?」 「あ! レナさんもケガはなかった? 朝武さんや常陸さんは?」 「慌てないで落ち着いてください、はいマサオミ」 額に濡れタオルを載せられる。 「つめたっ」 「あ! 少し冷たくし過ぎましたか?」 「ううん、冷たくて気持ちいい」 「でしたら、よかったです」 そのまま、優しく頭を撫でられてしまう。 「は、はわわっ! 今のはちょっと、馴れ馴れしかったですか?」 「あ、いや、ちょっとびっくりしたけど……心地よかったです」 「……そうですか? でしたら、もう少しだけ」 レナさんの指の感触。 嫌というわけじゃなかったけど、なんだかくすぐったかった。 「ありがとうでありますよ、マサオミ……助けてくれて、とってもとっても嬉しかったですよ」 「いや、俺の方こそレナさんに助けられたよね?」 「なのに、看病までしてくれてたんだから」 「わたしを助けて気を失ったわけですから、当たり前ですよ」 「看病だって、わたしのほうが先に目を覚ましたんですから当然です」 「え? レナさんも気を失ってたの?」 「あ、ああっ! もちろん、ケガはしてませんよ? それは安心して欲しいであります」 ケガは? 「だいたい、マサオミのほうがいっぱい助けてくれたと思ってますから」 「わたしを担いで逃げてくれたのもなんとなく覚えてますし……わたしを庇って、踏みつけられたんですよね?」 「大したことじゃないよ、あのときはそうしなきゃと思っただけで」 なにより最後はレナさんも俺に覆い被さって、祟り神に潰されそうになったはずだ。 まったく、お互いよく無事だったなぁ。 「それに、夢から覚めたのも……マサオミの匂いのおかげですから」 「……俺の匂い? まさか、俺って臭うとか?」 「いいえ! 男の子っぽい匂いがするだけでっ、あの場にいる男の子はマサオミだけでしたから……」 「きっと、そうだと思ったのです」 男の子っぽい匂いって、どんな匂いだろ? けど俺もレナさんはいい匂いがするって……いやいや、なに考えてるんだ。 つい、視線を逸らしてしまう。 でもなぜか、レナさんまで視線を逸らしてもじもじしていた。 「え、えっと、それで? あの後、いろいろどうなったんだろ?」 「はい、それは……」 「うむ、そろそろ口を挟ませてもらってよいかの?」 「ひゃわ!? む、ムラサメちゃんっ、聞いていたのですか?」 「いたなら声かけてくれればよかったのに」 「吾輩も先程戻ってきたところなのだ、それに……邪魔しては悪いかと思っての」 「邪魔?」 「む、むむむムラしゃめちゃんっ! そ、それより、代わりに説明してくれるつもりだったのではないですか?」 レナさんはなぜか真っ赤になって、動揺していた。 「無論そのつもりだぞ」 「まず、あの巨大な合体祟り神だが、一応は退治できた、と思う」 「……思う?」 「レナとご主人の上に倒れ込む寸前にな、吸い込まれてしまったのだ」 「はい、そうみたいです」 レナさんは、おなかの辺りを押さえていた。 「えっと、どういうこと? まさか、祟り神がレナさんに吸い込まれたって意味じゃ……」 「いや、あの祟り神の中でも、すでに欠片も1つになっていたようなのだ」 「吸い込まれたのは、その欠片のほうだ」 「なんだか面目ないですが……ヨシノ達が持っていた憑代も、わたしが吸収してしまったようなのですよ」 「ええっ!? それって、俺達が集めた欠片のことだよね?」 「うむ、不注意と言えばそれまでだが、祟り神が1つになった欠片の方が大きかった」 「レナを助け起こそうとしたときに、そちらへ吸い寄せられてしまったようなのだ」 「いや、ちょ、ちょっと待って? あれって、石ころだよな?」 「あんなのが人の身体に吸収されるなんて、有り得るのか?」 常識が通用しないのは今さらだけど、まったく想像しない展開だった。 「それについては、すでに実例があると思っておる」 「実例って、そうなの?」 「いや、だいたい身体に害はないの? レナさんは、本当に大丈夫なのか?」 「それは今の時点では、なんとも言えぬ」 「だが健康を害することはない、と思う」 「えらくいい加減だな」 「マサオミ、わたしなら平気ですよ? むしろ前より元気なくらいですからっ」 「うーん……こればかりは、レナさんの体感なんだろうけど」 「そうそう、身体に害というならな、ご主人」 「祟り神の障気を大量に浴びた方が、まずい」 「ゲッ、そうなの?」 「ことになったかもしれん」 「あれっ」 「あのとき、レナがご主人が浴びるはずの障気を一緒に浴びてくれたであろう?」 「でなければ、ご主人の身にのちのち障りが出た可能性もあった」 「じゃあ、それもレナさんのおかげ……って!」 「レナさん、本当に大丈夫なの!? 無理してない?」 「はい、前より元気いっぱいなくらいなんですよ? わたしには実感ないですね」 それはそれで、後々影響が出てしまわないか心配だ。 「せめて、レナさんの身体から憑代を取り出せないのか?」 「残念ながら、今それをやるのは得策じゃないんだ」 「駒川さん! 来てたんですか」 いつの間にか、半開きになった襖のところに立っていたらしい。 「誰が君の治療をしたと思ってるんだい? 患者が目を覚ましたようだから、様子を見に来たんだ」 「おー、ヨシノとマコはヘーキなのですか?」 「え! 二人もケガをしてるの?」 「相当激しい戦いだったみたいだしね、かすり傷くらいは負うさ」 「むしろ一番重傷なのは君だ。できればもっと、自分の心配をして欲しいね」 「吾輩も同じ考えだぞ? 二人は念のため安静にしてもらっているだけだ」 「強い衝撃を受けると、遅れて痛みが出てくることもあるからの」 交通事故に遭った後に出る、鞭打ち症みたいなものか? 確かにアレとの戦いは、連続で交通事故に遭うようなものだろう。 「それはわかったけど、憑代を取り出すのは、何がまずいんだ?」 「はい、実はマサオミ。あのとき、わたしは夢を見ていたんですよ」 「ああ、なにかご馳走でも前にしてるみたいだったっけ?」 「あはは、お恥ずかしいであります」 「でも、皆さんにはもう話したのですが――」 それから、レナさんが夢の中で見ていたことを丁寧に話してくれた。 「……つまり、そのトロルだか、白い犬を追って、山へ入ったってこと?」 「はい、でもわたしがお姉ちゃんじゃないとわかって、急に怒り始めたのですよ」 「そしたら誰かに肩へ担がれる感覚がして……これはマサオミだったんですよね?」 「それから、急にご馳走が出てくる夢に変わったのです」 どこで誰とどんなご馳走を前にしていたのかは、さすがに枝葉末節だからかな。 そこは、レナさんにも詳しく話す気はないようだ。 「その白い犬が、おそらく生け贄にされた犬なんだろうね」 「祟り神の元になった存在だな」 「だがなぜ、リヒテナウアーさんを姉と呼んでいたのかはよくわからないな」 「うーん、わたしにも犬の弟はいないはずですよ? それとも、わたしも犬だったんでしょうか?」 「あの、夢の中ではですが」 「夢はしょせん、夢って可能性もあるもんね」 「ああ、そういう意味では囚われ過ぎてもいけないと思う」 「だが今回、祟り神がリヒテナウアーさんへ並々ならぬ執着を見せたのは事実だ」 確かに、今までとは明らかに違っていた。 「少なくとも、その原因を究明してからでなければ」 「再び君達が戦ったという、合体した祟り神が生み出されてしまう可能性さえある」 「それも欠片の数が増えた分、より強力な敵としてね」 「うっ、あれより強い祟り神ですか……」 正直、想像したくないな。 「幸い身体から憑代を引き剥がす方法は、ムラサメ様がご存じのようだしね」 「今は様子を見た方がいいという話になったんだ」 「もっとも、憑代自身が望んでレナの中へ入ってしまった以上」 「引き剥がしたとしても、すぐ戻ってしまう可能性もある」 「いずれにせよ、原因を究明せねばならんことに変わりはないというわけだ」 「でも、それじゃ……理由もわからないのに、レナさんはこのままってことに?」 「マサオミ? 心配しても、わからないものはわからないですよ」 「いや、レナさんも他人事じゃないんだよ?」 「脅すわけじゃないけど、祟り神の呪いってけっこう怖いものだから」 「すごく心配してるっていうか、もしレナさんの身になにかあったら……って、レナさん?」 「ん? なんですか、マサオミ?」 「いや、なんかニコニコしてるみたいだから」 「一応、真剣に話してるつもりなんだけど……」 「ご、ごめんなさい! もちろん、聞いてなかったわけではないですよ?」 「なんだか勝手に頬が緩んでしまいまして……マサオミが真剣だとわかってるから余計に、と言いますか」 まさか俺が真剣に話すのが、おかしいと思われてる? でも、そういうのとも違うような? レナさんはなんだか俺が今まで経験したことのない、甘酸っぱい空気を漂わせてくるのだ。 「そ、そうそう! それに欠片もまだ、全部集まったわけではないですよね?」 「え! そうなの?」 「ああ、それについてはムラサメ様に説明してもらった方がいいだろうね」 「ムラサメ様は、そこにいるんだろう?」 「ええ……わかりました」 さっきからちょくちょく口を挟んでくれてるんだけど、駒川さんには聞こえてないんだったな。 「ムラサメちゃん、どういうことなんだ?」 「てっきりあのとき、残りの欠片は全部祟り神になったんだと思っていたけど」 「うむ。昨夜、ご主人に前から欠片を持っていなかったかと聞いたであろう?」 「知らず知らずに持ってるかもしれないって言ってたこと?」 「でも心当たりはまだ……」 「いや、レナが欠片を取り込んだのを見て確信したのだ」 「ご主人もその身に、欠片を取り込んでおるのではないかとな」 「マサオミもですか!?」 「いや、待って! そんな記憶、ますますないって」 「祟り神に出会ったのも、つい最近のはずだし」 「だがだとすれば、何故吾輩に触れることができるのか、何故ご主人まで欠片に意識が引き寄せられるのか」 「そのことにも説明が付けられるはずなのだ……レナよ」 ムラサメちゃんが手を差し出す。 「はい、なんですか?」 「吾輩と握手をしてみてくれんか?」 「もちろんいいですよ!」 「え? けど……えええッ!?」 「おおおーっ、自分でもびっくりだぞ! ご主人と違って、やわっこい手なのだ」 「えへへ、そうですか? ムラサメちゃんこそ、小さくて温かい手ですねー」 「うむ……吾輩も、人の温かさを思い出してしまうのぅ」 今まで、ムラサメちゃんに触れられるのは俺だけだった。 なのに、レナさんと握手してる? それって、つまり!? 「すまない……どうかしたのかい?」 「いえ……握手、してるんです、ムラサメちゃんとレナさんが!」 「ああ、そうでした! ムラサメちゃんには触れられないはずでしたね」 「前から触れたわけじゃないよな? じゃあ、やっぱり……憑代を取り込んだから?」 「であろうな」 なら、逆説的に俺も欠片を取り込んでるってことになるのか? 「だけど、いったいいつ? 本当に記憶にないからさ」 「偶然、身体へ入った……ということは考えられぬか?」 「幼い頃、山で遊んでいるときに転んで石が刺さったとか、たまたま口に入ったとか」 「うーん、絶対ないとは言い切れないけど」 「そう言えば前に、小さい頃、川で溺れたことがあると聞いた気がしますよ?」 「ああ、うん……あのときは混乱して、とにかく必死だったからな」 水と一緒に欠片が口の中に入っていた可能性はある、のか? 「そう言われても、やっぱり実感ないな」 「もっとはっきり確かめる方法はないの、ムラサメちゃん?」 「残念ながら、それは取り出してみなくてはわからぬ」 「そうか、方法はあるんだっけ? けどどうやって……まさか手術するってわけじゃないよな?」 「当たり前だ。欠片はおそらく、肉体ではなく魂に取り込まれておる」 「とはいえ、もともと異物に過ぎぬ」 「完全に融合しておるわけではない、ちゃんと方法はあるのだ」 「なら、せめてマサオミの欠片だけでも、取り出してあげられないですか?」 「いや、忘れたのか? 吾輩達が集めた欠片まで、レナに吸収されてしまったであろう」 「今取り出せば、それもレナに吸収されてしまう可能性が高い」 「お、おー、確かにそうでしたね」 「じゃあ、試せないってこと?」 「うむ、まだわからぬことも多い。もしこの状態で、憑代が1つになってしまったら、いったいどうなるのか?」 「正直、吾輩にもまったく想像できん」 「だからあえて、現状維持にさせて欲しいのだ」 「レナとご主人にとっては、迷惑なことかもしれぬがな」 「いえ、わたしはむしろ、皆さんに迷惑をおかけしたと思ってますから」 「俺もそんな昔から、欠片が身体に入っていたなら……今さら気にしてもって感じかな」 ただ、やっぱりちょっと気持ち悪い感じはするかな。 「それにいろいろわかってくれば、取り出せるんですよね?」 「無論そうなる。調査については、私も担当させてもらうつもりだ」 「君達もなにか少しでも変化があれば、どんな細かいことでも報告するようにして欲しい」 「私は医者でもあるんだからね」 「なんか、いつもご迷惑お掛けしてます」 「とんでもない、ケガの治療ならそれは仕事だ。なにより最初に憑代の欠片を発見したのは有地君だろう?」 「おかげで大きな進展があったんだから、もっと自信を持ってくれていい」 「駒川の者のお墨付きというわけだな。実際、吾輩もそう思うぞ?」 「ただ、憑代の件が解決するまでは、念のため穂織の地に留まってもらうことになると思うがな」 「……えっ」 「わたしはビザが切れる頃には、一度帰国しないといけませんが」 ああ、やっぱりそういうのあるんだな。 「さすがにそれまでには、なんとかしたいところだね」 「ムラサメ様はなんとおっしゃっているんだ?」 「時間をかけすぎないというのは、賛成だ。どちらにせよ経過を見ながら、判断していくことになろう」 「長くなり過ぎれば、それはそれで問題が起きる可能性も高まるからな」 「もしものときは、処置を優先する可能性もあると思っていてくれ」 「なるほど」 ムラサメちゃんの言葉を駒川さんにも伝える。 けど……先程の、ムラサメちゃんの言葉。 穂織の地に留まる、か。 すっかり馴染んだ気でいたけど、俺はあくまでこの町にとって外の人間なんだな。 呪いが解け、問題が解決したら、いつかこの地を去ることになるんだろうか? 「わかりました……おっと!」 「そろそろわたしは、お仕事へ戻らないといけませんね」 「ああ、そうか」 昨夜、あれだけのことがあったのに休めないのか。 「ごめんね、忙しいのに看病なんかさせちゃって」 「それくらい、当然のことでありますよ!」 「ありがとう、レナさん。じゃあ、せめて見送りだけでもさせて」 「いいですいいです! お見送りなんてしないで、マサオミは寝ていてください」 「いや、今のところ、身体に痛みもないみたいだし」 それくらいは、させて欲しい。 境内まで出てくると、朝武さんと常陸さんも追いかけてきたらしい。 「二人とも! 起きてきて平気なの?」 「あは、私達は人を2人も担いで山を下りた筋肉痛の方が酷いくらいですよ」 「うう、面目ありませぬ……ダイエットしまする」 「あらま。もちろん冗談ですから、あまり真に受けないでいただけると」 「レナさん、こちらこそ巻き込んでしまって、なんと言っていいか」 「もともとレナさんは無関係だったというのに」 「だから、せめてお見送りに出なければと追いかけてきたんです」 「ヨシノも、昨日から同じこと何度も言ってますよ? あんまり気にしないでください」 「それに友達なんですから、無関係なんてことありません!」 「むしろわたしも、なにかお役に立ちたいと思っていたくらいですよ」 「レナさん……」 「まあ、かえってご迷惑をおかけしてる気もしますが」 「レナさんこそ、あんまり気にしない方がいいよ」 「俺なんかレナさんがいなかったら、あのまま祟り神に踏み潰されてた可能性もあるわけだし」 「まったくですっ、昨夜は有地さんの活躍でなんとかなったようなものですが」 「あのときは、さすがに生きた心地がしませんでした」 「時間を稼ぐなんて大見得を切っていたのに、あっさり抜かれていましたしね」 「うっ……ごめん、あれは我ながらすごい格好悪かったよなぁ」 「あは、結果良ければというやつですよ」 「実際、有地さんが身体を張って下さらなければ、レナさんまでケガをしていたかもしれないんですから、ね?」 「…………は、はい」 おや? レナさんが胸を押さえたまま、俯いてしまう。 「ちょ、ちょっとだけマサオミを借りてもいいでしょうか?」 「なんだろ……えッ!?」 いきなり、レナさんに手を握られる。 女の子からタッチされたことにびっくりして、つい引っ張られるまま少し離れたところまでついて行ってしまう。 なんかドキッとしてしまったけど、お……落ち着こう。 レナさんはボディタッチ当たり前の国の人なんだから、変に身構えるのは失礼かもしれない。 「えっと、どうかした?」 「え、えーっと、マサオミ? わたし夢の中でご飯を食べちゃいけないってこと、後で教えてもらったんですよ」 「実は、けっこう危ないところだったのですが」 「あーでも、じゃあ間に合ったんだ? 夢の中では食べなかったってことだよね」 「はい……マサオミが、夢だって気付かせてくれたんですよ」 「俺が? そうだったんだ」 「どうして気付いたかは……ちょっと言いづらいのですが、とにかくマサオミのおかげであります」 「う、うん……」 なんだろう? こういうの、凄い照れる。 「祟り神から守ってくれただけではなくて、そのこともお礼を言っておきたかったです」 「ありがとうございました、マサオミ」 「それくらいお互い様だよ。お礼なら、もう言ってもらったし」 「朝武さんも言ってたみたいに、こっちが巻き込んじゃったわけだから」 「あのときはなかなか起きてくれなくて大変だったけど、レナさんだけは無事に帰してあげたいと思ってさ」 「…………~っ」 「……あれ、レナさん?」 「マサオミは…………」 「わたしじゃなくても、頑張って助けようとしてくれたのでしょうか? それとも……」 「え? どうかな……それは、まあたぶん?」 「ほとんど咄嗟の行動だったから、わからないけど」 「……そうですか、うーーん……そうですね!」 「誰にでも優しい方が本当に優しいってことでしょうから、そのほうがいいかもしれないですね!」 「へ? 別にそんなことないっていうか……なんの話?」 「ん? んー、えへへ……内緒です」 「それじゃあ、マサオミ! また明日、会いましょうね」 レナさんは朝武さんや常陸さん、駒川さんとムラサメちゃんにも手を振る。 俺には境内を抜けるまで何度も振り返りながら、手を振ってくれた。 ひょっとして、懐かれたかな? だとしたら、多少無茶でも頑張ってよかった。 「いつの間にか、ずいぶんと仲良くなられたんですねぇ」 「え? れ、レナさんなら、お礼を言ってくれただけだよ」 「それにしても、心配ですね」 「ええ、気になりますねぇ」 「ちょっと待って? ひょっとして誤解されてる?」 「俺、みんなが心配になるようなこと、レナさんになにも……」 「なにを言っているんですか、有地さん?」 「レナさんは目を覚ましてから私と茉子の看病もしてくれたんです、昨夜は眠ってないのかもしれないと思って」 「じゃあ、徹夜で? そのまま仕事に行っちゃったってこと?」 「はい、憑代を吸収した影響がどう現れるか、まだわからないというのに」 「ワタシも、レナさんの様子はできるだけ気にしておくべきだと思いますねぇ」 「いっそ、レナさんにもウチで暮らしてもらえればいいんでしょうけど」 そのほうがいざというとき、対処しやすくなるのは事実だろう。 「でも、旅館の仕事は住み込みが基本だからね」 「山から離れている分、志那都荘の方が安全かもしれんぞ?」 「確かに、それもありますね」 「様子を見るだけなら、玄十郎さんに頼んでおけばいいだろう」 「祖父ちゃんにですか?」 「いずれにせよ、事情は話さねばならないだろうしね」 確かになにが起こるかわからない以上、職場の人にも理解しておいてもらう必要があるだろう。 俺も学院や剣道の特訓をする前後で、ちょくちょくレナさんの様子を見に行ったほうがいいかもな。 「あ! だったら、さっきも志那都荘まで送って行くべきだったかな」 「ついでに祖父ちゃんにも、俺から説明したほうが……」 「待ちたまえ! 君が一番重傷だったということを忘れていないか?」 「いや、歩いていくくらいなら全然平気ですよ、たぶん」 「いいえ、有地さんでは送り狼になりかねません」 「……オクリオオカミ」 「いやいやいや! 朝武さんも知らなくていい言葉だから! 常陸さんも、本当に誤解してない?」 「あは、まあここはワタシに任せていただけませんか?」 「見張りは本業のようなものですからね」 「本当は常陸さんにも治療に専念してもらいたいんだけどね」 「まあ、有地君に行かせるよりはいいだろう」 俺ってそんな重傷扱いなのか? 自分では、平気なつもりなんだけどな。 「ふうう~、相変わらずここの風呂はいい気持ちだな~」 風呂上がり。バスタオルで頭を拭きながら、部屋へ戻っていた。 敷いたままの布団へ腰を下ろし、手のひらを握ったり開いたりしてみる。 「……身体は普通に動くんだけどな」 でも風呂で裸になって、自分で驚いてしまった。 けっこう打ち身が酷かったんだな。 入らない方がよかったかもしれないけど、明日は学院もあるから風呂には入っておきたかった。 入浴後、気分が悪くなるってこともなかったし、まあ大丈夫だよな。 「……ん?」 メールか? どうも、知らないアドレスからのようだ。 でも、表示されたアルファベットに“lena”と入っていた。 ひょっとして……やっぱりレナさんからだ! 『Moi! マサオミ、はじめましてメールしますよ?』 『アドレスはマコに聞きましたけど、よかったですか??:)』 「あー常陸さんが様子を見てくれてるんだっけ」 女の子同士では、もうアドレス交換をしてたのかな? “:)”は、確か外国の人が使う顔文字で、笑顔を横向きにしてるんだよな。 もちろん、アドレスについては問題ないという意味の返信をする。 あと、Moiってどういう意味だろ? 「わっ! もう返ってきたのか?」 『Moiはヘイとかおっすが近いですか? ちなみに、Moimoiでバイバイですね!』 「へー、そうなのか」 多少変なところがあっても、レナさんの日本語は十分堪能だ。 でもこうして文章だったり、俺の知らない言葉を教えられると、新しい一面をみつけられたよう。 その発見が、俺の頬を緩ませる。 『ところで、今日はケンドウの練習をおやすみしたと聞きました』 『もしや、悪化などないか気になりまして、連絡したいでありましたよ』 「あー練習もドクターストップをかけられたんだよな」 けどそのまま伝えたら、また心配させてしまうかもしれない。 「たまには休んでゆっくりしようと思っただけだよ、と」 「レナさんこそ、大丈夫? 変わったことない?」 『Lenaはいつでも元気ですよ! 今日は前より元気なくらい:)』 「……レナさん、本当に返信早いな」 携帯で日本語を打つのは、俺より速いかも。 けど徹夜で看病してくれて、今日はそのまま仕事だったんだよな? たぶん、この時間まで。 旅館の仕事って肉体労働なのに、正直レナさんのこと尊敬してしまう。 「俺もあんまり休んでばっかりいられないか」 最悪、あの巨大な祟り神がパワーアップして現れる可能性もあると言っていた。 あんな化け物が相手じゃ、少し鍛えたくらいでは大差なさそうだけど、やらないよりはずっとマシだろう。 『俺も明日から、練習再開するつもり! レナさんも無理しないでガンバッテ』 そう返信しておく。 『だったら明日マサオミの練習、見学していいですか?』 「……え?」 俺もちょうど練習の後でレナさんの様子を見に行くつもりでいたのだ。 祖父ちゃんもそこまで固いことは言わないよな。 『たぶん、大丈夫だと思う』 『Wow! とっても楽しみです。日本のケンドウ、前からとても興味あるでしたね!』 『マサオミのことも、いっぱい応援したいです:)』 うーん、朝のメニューは地味なフィジカルトレーニングなんだけど……なんだろう? 「レナさんが、わざわざ応援に来てくれるのか」 そう思うだけで、やたらとやる気が湧いてくる。 我ながら、男っていうのは単純なものだなぁ。 「んんっ……」 いつもの部屋で目を覚ました俺は、ゆっくりと起き上がる。 「……服、着替えないとな」 いい歳して、いつまでも起こしてもらってちゃダメだ。 もっとしっかりしないと……! 「今日もよろしくお願いします」 「うわー……本当にトレーニングしてるのかよ、あの将臣が」 「廉太郎? こんなところで何してるんだよ?」 「祖父ちゃんから、お前が剣道の練習を再開したって聞かされてさ」 「しかも自分から練習を頼み込んだってんだから、さらに驚き」 「こりゃ確認するしかない! ってことでな」 「わざわざそのためだけに? こんな時間から?」 「半分はな。残りの半分は……強制だ」 「お前もたるんでいる。毎日参加とまでは言わんが、たまには朝の鍛練に参加しろ」 「おかげでいい迷惑だよ……せっかく今日は休みだってのに」 「ふぁっ……ああぁぁ~~」 「たまには身体を動かすのもいいもんだぞ」 「まさか将臣からそんな言葉を聞かされるとはな……」 「でも何のために練習なんて再開したんだ?」 「ん? それは、まあ……健康のため? みたいな?」 「身体、どっか悪いのか?」 「そうじゃない。毎日ダラダラしてるのもよくないからさ」 「にしては、かなりハードなメニューだと思うけどな」 「なんだよ、午後のトレーニング。切り返しに1時間とか。健康のためってレベルじゃないぞ」 「あー……あれな。あれに関しては……俺も吐きそうになったり、死にそうになったり、泣きそうになったりしてる」 その分、お祓いのときに役に立っている気もするけど。 「相変わらず、祖父ちゃんはスパルタなんだなぁ」 「ま、朝は体力作りだけだから。健康にはいいと思うぞ」 「2人とも、いつまでグダグダいっているんだ。そろそろ始めるぞ」 『はい』 そうして俺は、廉太郎と一緒にいつものメニューをこなしていった。 「廉太郎! そこで寝るな、ちゃんと最後まで走らんか!」 「うぃーっす!」 「うっぷ……横っ腹、いてぇ……」 「だから休むな、廉太郎!!」 「うぃーーっす!!」 「廉太郎!!!」 「うぃーーーっすっ!!!」 「では、今日はこれまで」 「は、はぁ、はぁあ、ありがとう……ございましたはぁ、はぁ、はぁ」 「大丈夫か、お前?」 「もうダメ、マジ無理ぃ……目の前チカチカしてきた」 「お前、よくこんなメニューを毎日こなしてるなぁ」 「少しは身体も慣れてきた。それでも祖父ちゃんには、全然勝てないんだけどな」 「一本もまともに打ち込めない」 「お前は起こりがあるから分かりやすい」 「打ちたいという気が急いて、次の動作が丸見えだからな」 「……そういうものなんだ……?」 起こり、ねぇ……。 聞いたことはあっても、実感したことはないな。 「ったく、昔よりも真面目に取り組んでるんじゃないのか……?」 「これからはお前も毎日参加してみるのはどうだ?」 「ゴメンだね。やってられるか、こんなの」 「運動すると飯が美味いぞ?」 「こんなもん、飯が美味いどころか吐くっつーの!」 「今日が土曜でよかった。平日だったら学院をサボってるところだったぜ」 「水飲むか?」 返事をするまでもなく、ひったくるようにペットボトルを受け取った廉太郎。 そのまま、一気に水をあおった。 「ぷはっ、はぁー……生き返ったぁ」 「さてと、終わったことだしそろそろ帰るか」 「そういえばお前、今日はどうしてる?」 「午後からは祖父ちゃんのトレーニング。それ以外は、特に用事はない」 「うげっ……マジでやるのかよ。たまには休んだ方がいいんじゃないの?」 「毎日ハードなことしてたら、逆に身体を壊すぞ」 「そうだな……そんな日があってもいいかもしれんな」 「祖父ちゃん?」 「今日は足さばきと素振りだけで、軽めに終わらせてもいいかもしれん」 「それでも素振りと足さばきはするんだ……?」 「基礎の基礎だ。毎日続けてしっかり土台を固めねばならん」 「お前も大変だなぁ……。ま、祖父ちゃんに頼む時点でこれぐらいは覚悟してただろうけど」 「で、遊びに行かない? 祖父ちゃんの許しもでたことだしよ」 「遊びにって、どこに?」 「決めてないけど、午後は俺も暇を持て余してるから」 「とりあえず、あとで“《   たご》田《   りや》心屋”に集合ってことでどうだ?」 「そうだな……」 サボるのではなく、休みになったんだから……それぐらいは。 「わかった。芦花姉の店に集合だな?」 「そうだ。そういうことならば、一つ頼みがあるんだが――」 「ちょっといいかな?」 「はい? なんでしょう?」 「なにかお困りごとですか?」 「いや、2人の今日の予定を聞きたくて」 「お掃除もお洗濯も終わっていますから、昼食と洗濯物の取り込み。それから夕食の準備ですね」 「私はいつも通り、舞の奉納をして……あとは勉強ぐらいでしょうか」 「もしよければ遊びに行かない? 実は今日、廉太郎と一緒に街をぶらつくことになって」 「もしかして、そこに私たちもですか?」 「たまには息抜きでもどう?」 「いい案だと吾輩も思うぞ」 「芳乃も茉子も、誰かと遊びに行くことなどなかったであろう?」 「ですが……お邪魔になりませんか?」 「邪魔なわけないって。むしろ、一緒に来てくれた方が嬉しいよ」 「別に……構いません。それぐらいでしたら」 「ありがとう。急に言い出してゴメン」 「気にしないで下さい。お互いのことを知り合うって、約束ですから」 「そうですよね。ヨロピクな仲ですからね」 「ぃぃやあああああぁぁぁぁぁぁ! それはもう止めてぇぇぇぇぇぇぇ」 常陸さんって、天然のイジメっ子か? 「すみません、芳乃様。ちゃんと謝りますから、そんなに怒らないで下さい」 「別に怒ってるわけじゃない」 「本当ですか? でもさっきから口を閉ざしたままではないですか?」 「それは、だって……」 「友達と遊びに行くなんてどうすればいいの? 遊びに行くなんて初めてで、すごく緊張する……心臓がドキドキしてきた……」 「せ、正装とかした方がいいの?」 「そのままの服装で大丈夫です。遊びに行くだけなんですから」 「でもせめて、新しい服を用意した方が」 「そこまでする必要はありませんってば」 「でも……せっかく誘ってもらったのに、失礼をしたら、誘ってくれた有地さんにまで迷惑をかけちゃう……」 「考え過ぎですよ。そんなに硬くなる必要はありません」 「こういうのは自然体、気負ったりしないことが一番ですよ」 「それが一番難しい。本当に、どうしよう……」 「………」 「なに?」 「いーえー、そんな風に悩む芳乃様は初めてのように思えたので」 「面白がっていないで助けて!」 「ですから、気負わなくていいんですよー」 「それじゃあお父さん、ちょっと出かけてきます」 「ああいってらっしゃい」 「さて、では吾輩も探索に行ってくる」 「すみません、ムラサメ様。なんだか、お任せしてしまって」 「気にするな。大体、芳乃は張りつめ過ぎなのだ。いい機会だ、今日はゆっくり休め」 「吾輩に謝るよりも、まず年相応の思い出を作れ。それぐらいしてもいいのだぞ」 「………」 「それに吾輩は嬉しいのだ。ご主人が現れるまでは、見ておることしかできなかったからな」 「吾輩でもやれることがあるというのは、悪い気分ではない。まあ、任せておけ」 「……ありがとうございます」 「それで、どこで待ち合わせを?」 「廉太郎と合流する前に、志那都荘に行くんだ」 「それって……」 「~~~♪」 俺たちが志那都荘についたとき、レナさんは機嫌よさそうに正面玄関を掃除していた。 「おー? マサオミ? それにヨシノとマコまで」 「どうしたんですか? 大旦那さんに御用ですか?」 「いや、今日は祖父ちゃんじゃなくてレナさんに用事があって」 「わたしですか? 申し訳ないです、ただいま仕事中ですゆえ、あまり時間はありませんが」 「あれ? 祖父ちゃんから話を聞いてない?」 「何をでありましょう?」 「レナさんは午後から休みになるらしいよ」 「………? 初耳ですが?」 「そういえば……ここの掃除が終わった後のことは何も聞いていませんね」 「リヒテナウアーさん、掃除は終わりましたか?」 「女将。はい、終わりましたのでございます」 「……ちょっと語尾が丁寧になりすぎてまた変になっていますね」 「おう……申し訳ないでした」 「これからも、日本語の勉強は続けましょう」 「よろしくお願い致します」 「あの、猪谷さん」 「大旦那さんから話は伺っております」 「ご面倒をおかけして申し訳ありませんが、リヒテナウアーさんのことを、よろしくお願い致します」 「はい、大丈夫です」 「それではリヒテナウアーさん、今日はゆっくり休んで下さい」 それだけ言って、猪谷さんは中に戻っていく。 「お休みですか……予想外ですね」 「というわけで、一緒に遊びにいかない?」 「そういう事であればわたし、お願いがあるのですが」 「はい、何でしょう?」 「わたし、ヨシノが着ているような服を着てみたい!」 「折角、穂織に来たのですから」 「わかりました。では服を買いに行きましょうか」 「感謝乱撃雛あられ!」 「それでは着替えてまいりますので、少々お待ちくださいませー」 「服はこちらで売っていますよ」 「おー! これです、こういうのが欲しかったのですよー」 「豪に入れば豪に従います」 それだとオーストラリアだよ? 「ではさっそく行きましょう!」 「とはいえ、あまり高級だと困りますね……」 「品揃えは豊富ですから、大丈夫だと思いますよ」 そうしてレナさんと朝武さんが、店の中に入っていく。 「とはいえ、あのスタイルに合う服があるかどうかが、ちょっぴり不安です」 「あの身体つきだもんなー」 ぶつかってもふかふかするぐらい大きかった……。 今もシャツを押し上げて……へそとか見えちゃってる。 ……本来は、ちゃんと腹部も隠れるものじゃなかろうか? 「でも和服って、大まかなサイズで大丈夫なんじゃないの?」 「ここまでアレンジがきいていると、袖、肩、身丈と……ほとんど洋服と変わりませんよ」 「そりゃそうか」 「でも、最近は観光のお客さんも買っていかれるそうで、サイズも豊富だと思いますが」 「なら、なんとかなるんじゃないかな? とにかく。そっちは任せるよ」 「一緒に服を選ばないんですか?」 「そういうセンス、俺にはないから」 「着替えをする女の子を眺めるのも楽しいものですよ? ふふっ」 「確かに興味はあるんだけど……中が女の人ばっかりだから。ちょっと恥ずかしい」 こうも女性ばっかりだと、居場所がない。 下手に店内をウロウロしてたら不審者扱いされるかもしれないしな。 「長くなりそうなら、その時は教えて」 「わかりました。それでは」 そうして、楽しそうに店の中に入っていく常陸さん。 俺は店の前で、しばらく時間を潰すことにした。 「………」 しかし今日は、日差しも強くて暑いな。 服選びが、長引かないといいなぁ。 女性の買い物は長引く。それは海外でも変わらないと聞いたことがある。 でも今回は一時間弱で済んだ。 予定外に服を買ったことを考えれば、まあ悩んでいない方だろう。 正直、もっとかかるかと思ってた。 「じゃんじゃかじゃーん! 着替え完了でありますよ!」 嬉しそうに店を飛び出たレナさん。 先ほどまでと全然違う格好で、とてもよく似合っている。 髪型の方も、服に合わせて変わっていて……すごく可愛らしい。 「如何でしょうか、マサオミ? 変ではありませんか?」 「よく似合ってる、可愛いと思う」 嘘偽りなく、そう思う。 本当……可愛い……。 「へっ……変じゃないよ」 思わず言葉が詰まってしまった。 だって思った以上に似合ってるから……。 「おー、ありがとうございます! 褒めてもらえて嬉しいのですよ、ふふふ」 「………」 露出度は……そんなに変わっていないように思う。 洋服の時には見えていたおへそなどは隠れてしまったものの、その代わりに脇の辺りが見えている。 というか、なんか見えてるけど、ブラ……じゃないよな? チューブトップだよな? わかってはいるが、脇の下が見えているとドキドキする。 まあ、おへそが見えてたときも、結構ドキドキしてたけど。 「帯がオシャレで可愛いですよね」 「案外早かったね」 「はい。サイズが限られていましたから、あらかじめ選択できる範囲が限定されていて」 「なるほど」 「~~~♪」 楽しそうに笑うレナさん。 本当にその服を着たかったんだろうな。 「それでは、田心屋に行きましょうか」 「タゴリヤ?」 「甘味処です。デザートなどを食べるお店ですよ」 「デザート! それは素晴らしい~」 「それじゃあ早速行こう、すぐそこだよ」 「こんにちは」 「あ、お兄ちゃん。いらっしゃいませー」 「あれ、小春? こんなところで何してるんだ?」 「しかもその服……」 「変かな? どこかおかしい……というか、似合わない?」 「いや、よく似合ってるとは思うけど」 「ほ……本当? 嘘吐いてない?」 「こんなことで嘘吐いても仕方ないだろ。本当のことだよ」 「えへ、えへへ……なんか照れるね、そんなにサラッと言われると。やっぱりウチのバカ兄とは違うね」 「もしかして、働いてるのか?」 「まだ言ってなかったっけ? アルバイトをしてるの」 「バイト……そっか、バイトとかしちゃうんだな」 「といっても、始めたのは春からだから、ついこの間だけどね」 そっか、そういう年頃か……。 本当、まだまだ子供っていう印象が……いや止めよう。オッサン臭い。 「ところで、廉太郎は? もう来てる?」 「廉兄? お兄ちゃん、廉兄と約束?」 「ああ。みんなで一緒に――」 『……ジー……』 「な、なに? 変な目で俺を見たりして」 「……お兄ちゃん? お2人は……従兄妹ですよね?」 「以前からずっと思っていたのですが……有地さんはそっちの趣味をお持ちで?」 「そっちの趣味?」 「その、ですね……確かにお互いのことを知り合うとは言いましたが……」 「これはちょっと……さらけ出し過ぎではないかと」 「まさか有地さんに妹萌えのご趣味がおありとは」 「おー。シスコーンでありますか」 「違う!」 「大丈夫です、友達ですからね。……受け入れる努力はします」 「よくわかりませんが……わたしもお兄ちゃんと呼んだ方がよいですか? それとも、お兄様?」 「小春は昔からずっとそう呼んでるだけで、俺が望んだわけじゃない!」 「お兄ちゃん、一体何を慌てて……」 「わっ、わっ!? 巫女姫様に常陸先輩、レナ先輩まで!」 「こんにちは」 「お邪魔します」 「デザートを食べにきましたよ。コハル!」 「ど……どうしたの、お兄ちゃん? このハーレムは何事?」 「みんなで一緒に遊びに行くことになって。ここで廉太郎と待ち合わせ」 「えー……廉兄が一緒なのー……?」 「迷惑かけちゃうんじゃないかな……ちょっと心配だよ……」 「いらっしゃいませ、お客様」 「芦花姉」 「小春ちゃん、今は仕事中でしょう? まずはご案内」 「あ! そうでした!」 「大変失礼いたしました。こちらにどうぞ」 「ありがとうございます」 俺たちは案内された席に座る。 「本日はご来店いただき、誠にありがとうございます」 「巫女姫様まで。どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい」 「ありがとうございます」 「こちら、この店を営んでる馬庭芦花さん」 「よろしくお願い致します」 「説明するまでもないだろうけど、朝武芳乃さん」 「こんにちは」 「で、こちらは常陸茉子さん」 「初めまして、常陸茉子です」 「馬庭芦花です。よろしくお願い致します」 「あと、留学生のレナ・リヒテナウアーさん。同じクラスで、志那都荘で働いてるんだ」 「レナ・リヒテナウアーです。よろしくお願い致します」 「働きながら留学ですか? 大変そうですね」 「毎日楽しいですよ。みなさんとっても良い人で、日本に来られて本当によかったと思っています」 「なにか困ったことがあれば、いつでも声をかけて下さい」 「微力ながら、お手伝いさせていただきます」 「ありがとうございます! では早速ですが、美味しいデザートが食べたいです」 「はい、お任せ下さい。こちら、メニューでございます」 「ありがとうございます」 「こちら、メニューになります」 「ありがとうございます」 受け取ったメニューを広げる朝武さん。 いつもの凛とした面持ちが、一気に緩む。 「お団子、あんみつ、白玉ぜんざい、あいすにぱふぇぇぇぇぇぇ」 『………』 「もしかして……巫女姫様って甘い物好き?」 「いや、もしかしなくても、甘い物好きでしょう。あの顔は」 「でも意外。巫女姫様があんな顔をされるなんて。失礼だけど、確かに可愛い♪」 「学院での凛とした姿と、舞を踊ってる美しい姿しか見たことなかったけど……あんな顔もするんだね」 「どうしよう……どれを食べればいいんでしょう。お団子……白玉……ぅぅ~、悩むぅ……」 「どれも美味しそうで悩んでしまいますね~」 「あんまり家で、甘い物を食べてるイメージがないけど?」 「どちらかと言えば、洋菓子の方がお好きなのですが、洋菓子を置いてあるお店は少なくて」 「コンビニが出来てからですね、洋菓子が食べやすくなったのって」 「ウチもパフェを置くようになったのは、アタシが経営に関わるようになってからだしね」 「確かに。食事処や甘味処で取り扱ってるところはあるけど……専門店はあんまり見ないね」 「ここで商売する人はいないの?」 「んー……誰もいない、ってことはないと思うんだけど……」 「穂織って山を拓いたりもしないでしょう?」 「観光客のおかげでそれなりに潤って、空いてる店舗もないから。新規参入はしたくても難しいんだよ」 「そういえば、お祖父ちゃんが言ってたかも」 「新たに開発っていう話は毎年上がるんだけど、今のところは現状維持の意見の方が大きいんだって」 「開いた方が、色々便利なんじゃないの?」 「それはそうだけど、新しい人が増えて町の雰囲気が変わっちゃうのも、みんな怖いんじゃないかな?」 「あと……色々苦労してきた意地もあるかもね」 「美味しいところだけ吸われるのが嫌とか」 常陸さんがそっと俺に耳打ちをする。 「(朝武の家が、ここいらの土地を所有していますから)」 「(他にも、大きな土地を持っている人には、土地を売らないようにお願いしているんです)」 「(下手に開発を進めると被害が広がってしまう可能性もありますから)」 「(なるほどね)」 そっか……山を開発すると、祟り神に影響を及ぼす可能性もあるわけか……。 「それに、まだまだここを嫌ってる人もいるから」 「協力したくても、できないんじゃないかな?」 さっき芦花姉が言ってた『意地』も、そこら辺が関わってそうだな。 「まあ、だからこそウチみたいな店に、手を広げるチャンスが転がってるわけだけど」 「お姉さん、色々頑張っちゃうよー!」 「すみません。注文、よいですかー?」 「はーい。少々お待ち下さい」 「さてと、アタシもいつまでも話してちゃダメだよね、世間話はおしまい」 「お客様、ご注文は如何いたしましょうか?」 「ワタシはそうですねぇ……和紅茶と、プリンをお願いします」 「俺はグリーンティー。あとプリンも頼もうかな。せっかくだから」 「かしこまりました。少々お待ちください」 朝武さんとレナさんも注文が終わったらしい。 お辞儀をした小春が、芦花姉と一緒に奥へ戻っていく。 「抹茶パフェ♪ 抹茶パフェ♪」 「プリンなんて久しぶりです。しかもコンビニじゃないプリンは初めてかも……ふふふ、楽しみ~」 「お待たせいたしました、和紅茶とグリーンティーにプリンでございます」 「いい香りですね~」 「確かに」 「お待たせいたしました。こちら、抹茶パフェでございます」 「ヒャッハー!」 「こちらは、ほうじ茶ラテとプリンになります」 「ありがとうございます」 「はぁぁ……プリン……」 「それでは、いざ。いただきます」 本当に嬉しそうな表情で、プリンにスプーンを入れる。 そして綺麗な卵色のカスタードを持ち上げて―― 「あ……む。んっ……んんーーーっ!」 腕を振って美味しさを露わにする朝武さん。 こんなにテンションを上げたりするんだ……? 「はぅふぁ~~……美味しい……とっても美味しいです」 「ありがとうございます」 「えっと、えっとですね、なんというか、こう……甘くて……上手く言えないんですが――」 「とにかく美味しいと思いますよ」 どう美味しいのかはさっぱりだけど、それが本心であることだけは伝わってくる。 「んんーーーー……! ファッキンアメージング……!」 「パフェ美味しいですね。とっても優しい甘さで、もう腰砕けですよぉ」 「なんで畳や温泉が言えないのに、腰砕けなんて日本語を知ってるんだろ?」 「本当に美味しいですね、このプリン」 「ありがとうございます」 「これ作ってるのって、芦花姉のお父さん? 結構器用なんだね」 「そんなに簡単じゃなかったんだよ? 本当に苦労したんだから」 「そうなの?」 「そうだよー。最初は『洋菓子なんて作らん!』って言い張ってたのを何とか説得してね」 「文句言うぐらいなら、経営を任せるなんて言わないで欲しいなぁ……厄介ごとばっかり押し付けるんだから、もぉ……」 「でも確かに美味い。そんじょそこらのケーキ屋のプリンとはわけが違うよ」 「都会にも負けてないって言われると嬉しいものだね。材料にこだわったかいがあったよ」 「そんなにこだわりが?」 「そりゃもう。作り始めたら、全然妥協してくれなくて」 「いくら言っても原価を無視して作るんだから……頭痛いよぉ」 経営って難しいんだな、やっぱり。 「最近はちょっとぐらい高くても、美味しければ売れるんじゃないの?」 「少なくとも、相手を納得させるだけの美味しさだと思うな」 「ワタシもそう思います。この味でしたら文句のつけようもありません」 「ありがとうございます。上手く宣伝できるように、頑張ってみます」 「甘味処は素敵なところですねぇ」 「ちなみにこれって、テイクアウトできるの?」 「できるよ。プリンもパフェもお団子も」 「パフェまで?」 「中で出すよりも簡単な盛り付けにして、その分値段も下げてね」 「食べ歩きできるようにした方がいいかな、って」 「それは買いやすくていいですねー」 「はぁ……美味しいぃ……」 「………」 「この和気あいあいとした雰囲気は一体……常陸さんに巫女姫様まで……」 「なにがどうなってるんだ?」 「巫女姫様と常陸さんも一緒に?」 「ああ。問題ないよな?」 「そりゃもちろん」 「ありがとうございます」 「すみません、突然お邪魔してしまって」 「いやいや、むしろ嬉しい限りですよ!」 「それにレナちゃんも、その服初めて見るけど可愛いよ、ヤバいよ」 「やばい……? わたしの服はやばいのでしょうか?」 「ああいや、いい意味でね。ヤバいぐらい似合ってるってこと!」 「凄まじく可愛いね、雰囲気も変わっていいよ。意外と和服もいけるね」 「そうでありますか……ふふふ。ありがとうございます」 「白い和服に金色の髪の毛が映えるっていうのかな、可愛すぎて見惚れたよ」 「嬉しいですが、ほめ過ぎですよ、レンタロウ。そこまで言われると、恥ずかしくなります」 「いや、マジでマジで。からかってないってば。ヤバいから、マジでヤバいぐらい可愛い」 「………」 語彙の少なさはさておいて、褒め慣れてるなぁ……こいつ。 さすがだ。これぐらいできないと、ナンパなんて上手くいかないんだろうな。 「まさかこんな展開になるとは……今日は楽しい一日になりそうだ」 「………………」 「なんだよ、何か用事か?」 「あ、もしかして『お兄ちゃんを取られちゃうかもっ』って嫉妬してる?」 「は? そんなこと思うわけないでしょ。廉兄が何かよからぬことを考えてるって思ってただけ」 「本当、変なことしないでよ。恥をかくのは家族なんだからね?」 「わかってるよ。さすがに変なことなんてしない」 「お前、仕事中だろ? ちゃんと働け。しっしっ」 「カッチーン! やっぱり心配! 廉兄のお目付け役として私も一緒についていく!」 「だからお前は仕事中だろ」 「今日はお仕事早引けする。いいよね、お姉ちゃん?」 「ダーメ。そんな理由で早引けは許しません。お仕事はそんな軽いものではありません」 「そんなぁ……どうしても?」 「どうしても」 「……むぐ……」 「俺も一緒にいるから。変なことはさせないって」 「………。本当、目を離しちゃだめだからね?」 「はいはい。小春ちゃんはこっちに来てお仕事、お仕事~」 「やっぱり心配だよ~、お姉ちゃ~ん」 「さてと……」 「で、結局どうしようか?」 「今日は暑いですから……人混みは避けた方がいいかもしれませんね」 「確かに。それじゃあ……」 「あ、久々に山で釣りでもするか?」 「え? 山に入るのか?」 「温泉があるから川の水温も高めで、この時期でも魚が釣れるんだ」 「むしろ夏になると水温が高くなりすぎて、魚の数が少なくなるぐらいだ。お前も久しぶりだろ?」 「確かに興味はあるけど……」 「なんだ? 釣りの気分じゃないか?」 釣りは楽しそうだと思う。 けど、山の中に入るのは……どうなんだろう? 確か昼間に入る分には問題ないって、言ってた覚えもあるけど。 「(日頃からちゃんと舞を奉納してます。日が落ちる前に戻れば問題はないはずです)」 「(穢れの力が増すのは夜ですから)」 「(お昼に入ったことはありますが、一度も遭遇したことはありません)」 「(耳も……特に反応してませんから。祟り神は大丈夫だと思います)」 「(一応、叢雨丸を持って行った方がいいかな?)」 「(山ならムラサメちゃんとも、すぐに合流できると思うから)」 「(そうですね。何もないとは思いますが、一応)」 「(私も、念のために鉾鈴を持って行こうかな?)」 2人の様子からしても、そこまで心配する必要はなさそう……かな。 でも山に行くなら、どうせ戻ることになる。 「釣りで構わないけど、忘れ物をしたから、一度取りに行かせてくれ」 「あ、そうだ。だったら巫女姫様」 「はい? なんですか?」 「バケツを貸してもらえません? あと、のこぎりか……鉈があれば一緒に」 布で包んだ叢雨丸を背負い、俺は山の中に入った。 ちょっとドキドキする……。 一番最初、祟り神と出会ったのはここの道だったしな。 「レナちゃんの地元って釣りはするの?」 「はい。男の人はよくしていましたよ。とても大きな魚が釣れます」 「へー。そんなに?」 「大きければ1mぐらいの魚も釣れますよ」 「そりゃすごい!」 「ところでお前、道具は持ってきてるのか?」 「針と糸はちゃんと用意してきた」 「竿はどうするんですか?」 「ふふふ……それはもちろん、ここに」 「あ『自前のサオならここに』なんて下ネタは止めて下さいね。さすがに引きますから」 「いや……むしろ、そんなことを思いつく常陸さんに俺たちの方が引く……」 「………」 「っておい、なんだその無言は! まさか本当に言うつもりだったのか!? こっちを見ろ!」 「自前のサオ?」 「SAOとはどういう意味でありますか?」 「芳乃様とレナさんはお気になさらず」 「そういうの……仲間外れみたいで気になるんだけど……」 「そうですよ、ヨシノの言う通りです」 「おい、本当に竿はどうするんだ?」 「現地調達」 「………」 「いや、別に下ネタじゃなくて! 鉈を借りたのはそのため!」 「つーか、将臣が背負ってるのは、もしかして釣竿?」 「いや、違う。中身は……まあ、気にするな」 「鉈で釣りをするんですか?」 「そうじゃなくて。ちょっと待ってて下さいね」 廉太郎は道を外れ、ガサガサと藪の奥へ入っていく。 そして何か大きな音をさせ続けること約10分。 少し細めながらも手ごろな長さの竹を担いだ廉太郎が戻ってきた。 「あとは竹の先に釣り糸を括り付けて、針も結んで……ほい、完成っと」 「おー、とても簡単ですね。これがSAO。日本では、こうやって釣りをするのですか?」 「もっとちゃんとした釣り道具は沢山あるよ」 「でもお遊び程度で、道具にこだわりを持ってるわけでもなければ、これで十分」 「別にいいけど。大丈夫なのか?」 「心配するな。こんなお手製でも、俺は《や》山《ま》女《め》魚とか釣ったこともあるぞ?」 「そういうことだけじゃなくて」 「勝手に竹を取ったり、川で釣りをしたり……子供の頃は気にせずしてたけどさ」 「平気平気、穂織に住む人間には開放されてるからな」 「そうなんだ」 「商売として魚を売るような規模になると問題ですが、個人の趣味の範疇であれば」 「釣りにタケノコ掘り、山菜摘み。さすがにマツタケは生えてないけどな」 「ここは、朝武の所有地ですから。気にしなくて大丈夫ですよ」 「……朝武さんの家ってお金持ち?」 「そんなことはありません。しがない田舎の神社ですから」 「どこのご家庭でも山の1つや2つは持っているものですよ」 「祖父ちゃんだって山を持ってるぞ? なんか……椎茸とか育ててた」 「でも別に金持ちなんて言うほどじゃないだろ?」 「マジで?」 「田舎なんてそんなもんだよ。所詮、二束三文の土地だからな」 「観光地で少しは地価もあがってるんじゃないの?」 「多少はなー。でも大差ない。こんな不便な土地だぜ?」 「もし高値が付くようなら、手放す人も増えて、もっと揉めてるだろうよ」 「なるほど、そういうもんか」 「さて、釣竿も用意できたことだし、川まで下りますか」 「私、釣りなんて初めてです」 「わたしはお父さんと何度かしたことがあります」 「釣りはワタシも初めてかもしれません」 「ちょっと意外。常陸さんまで初めてだなんて。サバイバルの特訓とかやってるもんだとばかり」 「クナイで仕留めたり、つかみ取りすることはあったのですが……」 「ああ、そういうことね」 この人は田舎とか以前に、常識がずれてるなぁ。 「おー……思っていたよりも、浅くて狭い川ですね」 「魚はちゃんといるのですか?」 「いるよ。ところどころ深いところもあるから。ほら、泳いでる影が見えるでしょ?」 「わお、本当ですね」 「子供が溺れるぐらいの深さはあるからね、一応。だよな、将臣」 「……また古い話を持ち出しやがって」 「溺れたことがあるんですか、有地さん?」 「小学校に上がった頃かな?」 「川で遊んでたら、足がつったとかで溺れちゃってさ。子供でも普通に足がつく場所だったんだけどね」 「だ、大丈夫だったんですか?」 「芦花姉が一緒にいてくれて、なんとか」 「俺と小春だけだったら助けられなかった可能性もあったんだよ」 そういや俺、この山で何度も死にかけてるんだなぁ……。 あの時は足がつって、もう片方の足を滑らせて。最後は川底の石に顔を思いっきりぶつけて。 「確か……前歯を折っちゃったんだ。で、折った前歯や川底の石を水と一緒に飲み込んで、さらにパニックになって」 「あの時は本当に大変だったな、あははは」 「本人からすると、本当に死ぬかと思ったんだよ」 足がつく場所で本当によかった。 あと、折った歯も乳歯で助かった。 「とにかく、同じ過ちを繰り返さないように気をつけろよ? 引き上げるの面倒だから」 「わかってるよ」 「そんな拗ねるなって。男が拗ねても可愛くないぞ」 「ほら、スカンポ食う?」 「あ、懐かしいな」 「スカンポ?」 「あれ? 知らない?」 「正式にはイタドリというんですよ」 「イタドリ? そうなんだ? 初耳だ……」 「この竹みたいな植物のこと。中が空洞で茎を折るとポンッて音がするんだ」 「確かに、よく見かけはしますが……食べられるんですか?」 「美味しいんですか?」 「美味しいかと訊かれると……正直微妙?」 「なにせ酸っぱいだけだもんな。決して美味くはないような気もする」 「でも、みょ~に癖になるんだ」 「そうそう。見かけると、つい食べたくなったりして」 「ほうほう……そうなのですか……」 「………」 「……ジー……」 「……食べてみる?」 「いいんですか?」 「はい! わたしも食べたいであります」 「じゃあ。これ」 「ありがとうございます」 「まず皮をむきます」 「皮をむきます」 「むきますむきます~♪」 「そして一気に齧ります」 「齧りますっ」 「がぶっとな♪」 「しゅっぱっ!? しゅっぱいっ!」 「おぉぅ!? これは……ワサビほどではありませんが、なかなかキますね……」 「嘘吐き……騙しましたね、こんなの生で食べる物じゃありませんよね」 「そんなことないよ? あむあむ」 「あむあむ……小春だって生で食べてたよ?」 「んー、酸っぱい。そうそう、この味だ」 「懐かしい味だよなー」 「本当に生で食べるんですか? こんなにしゅっぱいのに……」 「……うー……何とも言えない味ですね」 「そもそも、スカンポって料理できるのかな? 塩かけるぐらいは聞いたことあるけど」 「食べれるんだから、調理出来ないってことはないだろう」 「できますよ。オーソドックスなのは、イタドリの炒めものや天ぷらですね」 「へー、そうなんだ?」 「生以外の食べ方なんて、初めて知った」 「いつも生で食べているんですか?」 「うん。俺らはおやつ感覚で食べてたから」 「こんなに酸っぱいのに、おやつになるんですか?」 「食べてると、それが癖になってくるんですよー」 「そういうものですか」 「ちなみにその酸味はシュウ酸なので、身体にあまりよくないのはご存知ですか?」 「料理する時は、まず酸味を抜きますしね」 『……え!?』 「い、今さらそんなこと言われても……もう食べちゃったよ?」 「と言っても、食べ過ぎるのは禁物という程度で、気にするほどではありませんよ、あは」 「び、びっくりした……」 「驚かさないで、もうっ」 「申し訳ありませんでした。もし気になるのでしたら、今晩にでも作ってみましょうか?」 「私、食べてみたい……」 「わたしも。板長にお願いしたら、作ってくれるでしょうか……?」 「シゲさんなら作ってくれるんじゃないか?」 「では試しに持って帰ってみましょう!」 「どうせですから……他にも山菜を集めて、今夜の夕食に使いましょうか」 「そういうことなら釣った魚も持って帰ればいいよ。多分、何匹かは釣れると思うから」 「それは助かります。それだけあればお買い物に行く必要はなさそうですね」 「それではワタシは釣りではなく、山菜を集めに行きたいと思います」 「あの、私は釣りをしてみたいのですが……いいですか?」 「わたしも、日本の釣りをしたいです! 竹の釣竿に興味ビンビンであります!」 「若干下ネタに聞こえなくもないな」 「言うな」 「お前はどうする?」 「そうだな……」 「俺も、釣りにしておこうかな」 「それではワタシは、山菜摘みに行ってきますね」 「茉子、気を付けてね。何かあったら大声を出して」 「はい。ありがとうございます。それでは、また後で」 そう言って、常陸さんは山の斜面をひょいひょいと登って行く。 あの様子なら、心配する必要なんてなさそうだ。 さてと、それじゃあ釣りだ。 「なあなあ、巫女姫様には俺が教えてもいいか?」 「………」 「なにその目。信用なさ過ぎて傷つくわー」 「だってクラスでの噂を聞くとな」 「変なことはしない。これを機に、ちょっと話をしてみたいだけ」 「巫女姫様と遊びに行けるなんて、滅多にあることじゃないからな」 「お前の気持ちはわかった。でもダメ」 「えー……なんで?」 「一応、念のために。小春にも言われてるしな」 「朝武さんには俺が教える」 「ちぇっ……ケチー……」 「ま、いいけどな。お前は一応、婚約者なわけだし、レナちゃんとも仲良くなりたかったしな」 「じゃあレナちゃん、俺が竿の使い方を教えて進ぜよう!」 「よろしくお願い致します!」 「一応言っておくけど」 「わーってる。手を出したりしないって」 「今日は純粋に遊ぶだけ。祖父ちゃんに頼まれたことだしな」 「わかった、信じる。そっちは任せた」 「おう」 「じゃあ俺たちはアッチで釣ろうか、レナちゃん」 「はい! よろしくお願い致します」 「俺たちも始めようか、朝武さん」 「はい。それであの……釣りの仕方を、教えてもらえますか?」 「もちろん。じゃあ、まずは餌だね」 「なにか特別な餌を使ったりするんですか?」 「全然。普通のどこにでもいるミミズなんだけど……ミミズ、平気?」 「はい、大丈夫です」 廉太郎にあらかじめ渡されていたミミズ。 朝武さんは躊躇いなく手を伸ばし、ブチンとミミズを千切って針にミミズをつける。 「………」 「なんですか?」 「いや、大したことじゃないんだけど……ミミズ、触れるんだ?」 ミミズ触れな~い、気持ち悪~い。とか言うんじゃないかと思ってたけど、そんなことは全くなかった。 むしろ俺よりも躊躇ない気がする。 「虫関係は自分で対応しないと、家でもいろいろ出ますからね」 「そ、そうなの?」 「カメムシですとか……梅雨の時期になったら、朝起きたらムカデが枕元なんかにも」 「ひぃぃぃっ!?」 「ムカデは苦手ですか?」 「あれ、得意な人はいないでしょ。噛まれたら腫れるし……出てきたらどうするの?」 「基本は殺虫剤ですね。なければお湯でしょうか?」 「そ、そうなんだ……」 田舎コワイッ! 女の子なら虫が苦手かと思ったけど……現地の人は強いな。 「振りかぶらなくていいから。川面にそっと入れる感じでいいから」 「はい、わかりました」 緊張した面持ちで、川に釣り針を入れる朝武さん。 「魚が食いついたら、軽く竿が引っ張られるから。そしたら竿を上げる」 「引っ張られるって、どんな感触なんでしょう?」 「感触って言うほどのものはあったかな……? まあ、引かれればわかるから」 「そうなんですか……きゃっ、今、ビクンって」 「………」 「あ、やだ、ビクビクしてますっ」 「(なんか……エロいなぁ)」 「いいんですか? 上げちゃっていいんですか?」 「あ、うん、いいよ」 「あ! ちゃんと食いついてます! 釣れました!」 「これはなんていう魚ですか? 鮎ですか? 岩魚ですか?」 「俺も暇つぶし程度にしかしたことがないから、細かい種類まではわからないけど……ただのハヤかな?」 「食べられるんですか?」 「大丈夫、ちゃんと食べられる。バケツに入れて持って帰ろう」 「はい!」 「それじゃあ糸を手繰って引き寄せて、針を外す」 「手元に引き寄せて……あっ、ビクンビクンって、やだ、ヌルヌルしてます」 「(何故……そう無意識にエロいのか)」 「ぅぅー……ひっ、あっ、やだっ……ヌルッとしていて……ちょっと苦手です」 ムカデに冷静に対応できるのに、魚は無理なのか……。 俺からしたら、ムカデの方がよっぽど嫌だけどなぁ。 それにミミズにはあんなに普通に触れたのに……凄い不思議な感覚だ。 「俺が外そうか?」 「い、いえ。ここまで来たら、最後まで自分でやりたいんです」 「そう? それなら」 「で、でも、アドバイスをもらえませんか?」 「アドバイスって言われても……そのヌルヌルに耐えて、針を外すってこと以外は特にないんだけど」 「そ、そうですか……耐えるしかないんですか」 意を決して、魚に手を伸ばす朝武さん。 「ひっ……ひぃっ、ビクビクのヌルヌルで……んんんっ」 「で、針を抜く。その時、怪我しないようにだけは気を付けて」 「はい。針で怪我をしないように、そーっと……」 「取れました! あ、またビクビクって」 「あ、手を離さないで。早くバケツに」 バケツの中をぐるぐると泳ぎ回る魚。 俺は何枚か葉っぱをいれて、日影を作ってやる。 「私が釣ったお魚さん、ふふふ」 朝武さんは、嬉しそうにバケツの中を眺めていた。 ……無邪気な笑顔も可愛い。 というより、こうして無邪気に笑っている方が、俺にはより魅力的に見える。 「………」 「………? なんですか?」 「え!? いや別に、何でもない……よ?」 「嘘です」 即答で思いっきり否定されてしまった。 「今絶対に何か誤魔化しましたよね?」 「いや、そんなことは……ないでありますよ?」 「どうして口調がレナさんみたいになっているんです? あーやーしーい」 視線が魚から俺の方に移動する。 まるで俺の顔を覗き込むように、ググッと近づいて来る朝武さん。 近い近い近い近い! 「あ、顔をそらしました」 「いや、それは……」 童貞なんだから仕方ないじゃないか! 近距離で見つめ合うとか、できなくても! ああ、なんか心臓がバクバクしてきた! こ、この音……朝武さんに届いたりしないよな……? 「本当に何でもないから。さあ、もっと釣ろう! 今日の夕食にしなくちゃいけないんだから!」 「……わかりました」 訝しんではいるものの、渋々引き下がる朝武さん。 そうしてようやく俺の心臓も多少は落ち着きを取り戻す。 あー……可愛い女の子のアップは心臓に悪い。 まだドキドキする心臓を押さえながら、俺も釣りを始めることにした。 「嘘吐いてる……わけじゃないよな?」 「もちろん。さすがの俺も、巫女姫様に変なことできないって」 「そんなことしたら、クラスの中だけじゃなく町中で村八分だ。下手すりゃ家族からも」 「わかった。なら、そっちは任せた」 「おう」 「では巫女姫様、さっそく釣りを始めましょうか」 「よろしくお願いします」 「こっちも始めようか、レナさん」 「はい、お願いします!」 「じゃあまずは餌をつけよう」 「そういえば、餌はどうするんですか?」 「ミミズでいいんだけど」 「ミミズ?」 「えーっと……ちょっと待ってね」 俺は、廉太郎から渡されていたミミズを取り出し、釣り針につける。 「これをこうして」 「そう。で、餌はこうやってつけて……よし、OK。あとは針を川に入れるだけ」 「簡単ですね」 「ふぅ……」 山の中とはいえ、ここまで歩いてきたせいで、少し暑い。 パーカー脱ぐか。 「いよ……っと」 俺がよそ見をしている間に、竿を大きく振りかぶるレナさん。 ――って! 「ちょっと待った! こんな狭い場所で振りかぶる必要はないというか、振りかぶると逆に危ない――」 「えいさー!」 テンションが上がりきったレナさんには声が届かない。 勢いよく竿が振り下ろされた瞬間、俺のTシャツが引っ張られる! 「イタタタタタタタタタタタッッ!」 「わお、さっそくヒット! これは大物であります! グイグイ! グイグイですよ!」 「違う! 服にひっかかってるだけだから、待って待って! 破れそうだから!」 しかしそれでも、レナさんの力は緩まらない。 ええい! 破れるよりは! 俺が両手を上げると――スポンとTシャツが脱げる。 というか、レナさんが見事に釣り上げていた。 「おわ!? 変な魚が釣れましたよ、マサオミ! なんですか、これは!?」 「それは魚じゃなくて俺のTシャツ」 「シャツ?」 「………」 少しは落ち着いたのか、無言で俺の方を眺めていた。 パーカーを脱いで、Tシャツがはぎ取られ……上半身は裸。 いくら男といえども、そんなにマジマジと見られると、さすがに恥ずかしいな。 冗談半分に胸元を腕で隠しながら、棒読みで声を上げてみる。 「きゃー、見ないでー」 「………」 「……あれ? 反応なし?」 うーむ……。反応がないと、どうオチをつけたものか。 滑った分、さらに恥ずかしくなってきた。 「えー……あの、レナさん?」 「……は……は」 「はひゃっ!? はだっ、はだっ、男の人のはだだだだだだだだだだだだだ――」 「~~~~~~ッ!?」 「ちょっ、れ、レナさん!?」 その場で目を回しながら、パタリと倒れてしまったではないか! 「……うーん……」 「ちょっ、ちょっとレナさん!? しっかりして!」 「……裸ぁ……男の人のはだかぁ……」 これは……しばらく起きてくれそうにない。 「参ったなぁ……」 「とりあえず……ハンカチ濡らして、乗せてみるか」 「ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ないでした」 「俺のことは気にしないでいいよ」 「それよりも、本当に大丈夫?」 「はい、ヘーキです。男の人の裸に……ちょっと驚いただけでありまして」 「男が苦手?」 「い、いえいえ! そういうわけではなくて!」 「単純に、裸なんて見慣れておらず……本当に驚きました」 「そっか、ビックリさせてゴメン」 「い、いえ! マサオミが悪いわけではありません。むしろわたしの方こそ……申し訳ないでした」 「よもや、意識を失ってしまうとは……ご心配をおかけしました」 「無事ならそれでいいんだ」 海外の人は進んでるかも、なんてイメージもあったけど……それはただのイメージ。 というか、むしろ初心過ぎるだろ、その反応。 やっぱりそういうのって、都会も田舎も、日本も海外も関係なく、その人の性格によるんだな。 「もう落ち着いた?」 「はい。もうヘーキです。意識はハッキリ身体もバッチリであります」 「改めて、釣りを教えてもらえませんか、マサオミ」 「わかった。でも今度は落ち着いてね?」 「そんなに大きな川じゃないんだから、振りかぶったりせずに、そっと入れればいいから」 「はい。わかりました」 今度は落ち着いて、そっと水面に糸を垂らすレナさん。 「で、腰を低くかがめて。魚から見えないように」 「魚が気付くんですか?」 「川に影を作ったり、物音をさせたりすると気付くよ、やっぱり」 「おー、頭がよいのですね。そういうものですか」 「川魚は一匹釣ると警戒されるから、同じところでは何匹も釣れないっていうしね」 「ちょっと侮っておりました。川魚、侮りがたし」 「ちなみにレナさん、何の反応もない?」 「そうですね……そういえば、ほんの少し引いているような……?」 「食いついてても、そんなグイグイ引っ張られることはないよ。サイズが小さいしね」 「そうなのですか? では……」 「わお! 本当につれていました! いきがいいですね!」 「あとは、針が外れないうちに引き寄せて、針を外す」 「魚は触れる?」 「はい。ヘーキですよ」 レナさんは釣り糸を手繰り寄せ、サッと外してしまった。 そして、すぐに水を張ったバケツに入れる。 「おー……可愛らしい魚ですね」 「これ、わたしが持って帰ってもいいですか? 板長にさばき方を教えてもらいたいので」 「大丈夫だよ」 「ありがとうございます、うぇひひ」 「じゃあ、俺も山菜を集めに行こうかな」 「ワタシは1人でも大丈夫ですよ? ご心配なさらず」 「いや、そういうわけにも行かないでしょう。もしも、ってこともあるんだから」 「じゃあ俺は、巫女姫様と一緒に釣りだな」 「お前、変なことすんなよ?」 「お前まで小春みたいなこと言うのかよ……。少しは俺を信用しろって」 「さすがに巫女姫様に失礼なことするわけないだろ」 「ならいいんだけどさ」 「それと、レナさんのことも頼むからな」 「あの、さっそく始めたいんですが、これはこのまま入れて大丈夫なんですか?」 「いえ。まず餌のミミズを取って、針につける必要があります」 「ミミズですね、わかりました」 「………」 朝武さんは、穂織では特別視されている女の子だ。 廉太郎も巫女姫様って呼んでるし……さすがに変なことはしないだろう。 そんな朝武さんが一緒にいてくれるなら、変な人間と思われたりしないように、レナさんにも普通に接するだろう。 変なことしたら祖父ちゃんに説教されることも、わかってるだろうしな。 「じゃあ、俺らも行きましょうか」 「それで、スカンポはそこら辺に生えてるけど……他にはどんなのを探せばいい?」 「そうですね……ふきのとう、タラの芽、ワラビにゼンマイ……他にもヤマウドや、行者ニンニク……もあると嬉しいですね」 「やっぱり詳しいんだね」 「忍者に野草関係の知識は必須ですので」 「ただ……俺にはどれがどれだかわからないけど」 ワラビやゼンマイは見たことはあっても、山の中に生えているものを見極めるのは出来ない気がする。 「では、ヨモギやイタドリを探してもらえますか? つくしは……もう時期じゃありませんね」 「わかりました。でもヨモギって、団子や餅以外に使い方があるんですか?」 「天ぷらにすると美味しいですよ。夕食、楽しみにしていて下さい」 「期待します」 そうして俺は、ヨモギとイタドリを中心に探していく。 「あ、そうだ」 「ヨモギとトリカブトはとても似ていまして、間違えてトリカブトを採取しないように気を付けて下さい」 「え!? と、トリカブト!?」 「食べてしまうと嘔吐、呼吸困難、臓器不全などを引き起こし――」 「突然のバッドエンドを迎えてしまっても知りませんよ?」 「………」 ごくりと、思わず唾を呑み込んでしまう。 「あは……なんて少々怖がらせてしまいましたか」 「ご安心下さい、この山でトリカブトは見たことありませんから」 「な、なんだ……びっくりした」 「ですが念のため、1人で味見などしないようにお願いします」 「たとえ食べられる野草であっても《 せいし 》生《 ょく》食には不向きです。下手すれば、下痢を起こすかもしれませんからね」 「わ、わかった。生で食べたりしないよ」 「はい、約束ですからね。それでは」 「~~~♪」 常陸さんは手慣れた感じで、ひょいひょいと山菜を摘んでいく。 そんな時だった、その鼻歌に交じって何かが聞こえてきたのは。 と言っても、草木をかき分けるような音じゃない。これは……。 「……鳥の鳴き声?」 「雛鳥ですね、これは」 「こっちの方から聞こえてきますね」 しかも頭上ではなく足元から。 藪をかき分けて覗き込むと、そこにはパタパタと小さな羽を動かしている雛鳥が。 「どうやら巣から落ちてしまったみたいですね」 「戻してあげた方がいいですよね」 「でも……結構高いな……登れるかな? 雛鳥を抱えたままで」 「大丈夫です。ワタシに任せて下さい」 常陸さんが雛鳥を優しく両手ですくう。 木を蹴るようにして、まるで駆けるように登ってしまった。 「は、はぁ~……よくそんな風に登れますね……すっご」 何をどうしたら、あんな風に登れるんだろう? とてもじゃないが真似できそうにないというか……人間離れしすぎだろう、この人。 「もう落ちちゃダメですよ」 ゆっくりと巣に雛を戻す。 「これでよし」 「よくそんな風に登れますね」 「ワタシ、忍者ですからね。コレぐらいはお茶の子さいさい。軽い物ですよ、ふふふ」 「ところで有地さん」 「なんでしょう?」 「ミイラ取りがミイラになるって、ご存知ですか?」 「そりゃまあ……」 「って、もしかして!?」 「ふっ、ふふっ……ふふふふふぁぁぁぁぁぁぁ高いっ……めっちゃ高い……っ」 「常陸さんって、高所恐怖症?」 「は、はい……実は、そうなんですぅ」 「恥ずかしながら、高いところはどうにも苦手でぇぇ……ひぃんっ!?」 「だったら何で登った!?」 「だって~、雛が落ちたままだとかわいそうじゃないですかぁ」 「そりゃそうだけど。それなら、俺が代わりに登ることだってできたのに」 「そんな、危ないですよ」 「高所恐怖症の人が登る方が危ないよ!」 「うぅぅ……大変申し訳ありません……」 「登るのは簡単なのですが、下りるのが大変困難でして……」 見ると、足がガクガクに震えている。 冗談ではなさそうだ……。 「無理に頑張らなくていいです! 危ないから!」 「は、はいぃ……すみません」 必死に木にしがみつく常陸さん。 しかしどうすっかなぁ……。 はしごとかあれば、助けに行けるんだけど。 「……あばばばばばばばばばばば……」 あんな常陸さんを1人にして、はしごを取りに行く暇はない。 木を登るぐらいならできるけど……常陸さんを抱えたまま安全に下りるのは、さすがに難しい。 十中八九、途中で落ちそうな気がする。 まあ他に方法がなければ、そうするしかないけど。 「なにか忍術は使えないんですか?」 「に……忍術?」 「ほら以前に変わり身の術とか、してたじゃないですか」 「あれは丸太で驚かせた隙に相手の死角に入る技で……身体を入れ替えているわけではないんです」 「ですから驚いてくれない祟り神にも役に立たなくて」 「そうだったんだ……?」 あんなに凄いマンガみたいな技なのに……。 「じゃあ、安全に下りるための道具は? 縄とかないんですか?」 「縄……縄! あります、縄でしたら鉤縄が!」 「その縄を使えば、安全に下りられませんか?」 「そ、それなら多分、できると思います」 「手伝いに、俺も登りましょうか?」 「い、いえ、1人で大丈夫です。えと、えと、縄、縄、縄」 「クナイじゃない、鎖分銅でもない、《てっ》手《こう》甲《かぎ》鉤でもない、《まき》撒《びし》菱でもない、丸太でもない――」 テンパっている常陸さんは、あれでもないこれでもないと、道具を取り出しては放り投げていく。 最悪の場合は受け止めようとスタンバっていた俺の頭上に。 「ひいぃぃぃっ!?」 「ポイ捨て禁止! 危険物を捨てないで!」 っていうか、どこにこれだけの道具をしまってたんだよ!? こんなデカい丸太、隠し持って歩くもんでもない! あと、鎖分胴でも代用できたんじゃないのっ! 「あわわ、す、すみません、すみません。慌ててしまって」 「いや、怪我もしてないから大丈夫。とにかく落ち着いて、慌てずに下りてきて」 「は、はぁ……はぁ……はぁ……」 なんとか木から下りてきた常陸さんは、その場にペタンと座り込んで荒い息を整えていた。 「高所恐怖症なら、正直に言ってくれればよかったのに」 「ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」 「でも、意外でした。高いところが苦手なんですか」 「高いところは子供の頃からずっとダメで……」 「そうなんだ」 「お恥ずかしい限りです」 「別に恥ずかしがる必要はないと思うけど……」 「これから先、何か困ったことがあったら、無理せず俺にも頼って下さい」 「俺だって少しぐらいは役に立ちますよ。まあ……野草を見分けるのは苦手だけど」 「あは、有地さんは十分頼りになっていますよ」 「有地さんのおかげですよ。はしゃぐ……というほどではありませんが、純粋に楽しそうな芳乃様を久しぶりに見ました」 「ですから、ありがとうございます」 「あ、いや、その……俺は、別に大したことはできてないと思うけど……」 「ワタシも楽しいですよ、こうしてみんなで遊んだりすることは」 なんか……すっごい照れるな。 足引っ張ってただけのような気もするのに。 「さてと……じゃあ、山菜摘みを再開しましょうか」 「は、はい。そうしたいのはやまやまなのですが……」 「腰が、抜けてしまいまして……」 「………」 あー、そっか。さっきから座ったままだと思ったら……。 「……すみません」 「謝らなくていいんだけど、どうしよう?」 「朝武さんか誰か、呼んできた方がいいかな?」 「い、いえ。さすがにそこまでではありません。もう地面に下りているんですから」 「少しだけ、時間をいただけますか?」 「……じゃあ、少し休憩しようか」 俺は常陸さんの隣に腰を下ろす。 常陸さんは、顔を真っ赤にして俯いていた。 「本当、すみません。このことは、今晩の夕食で返させていただきますから」 「それは楽しみです。期待してます」 「はい、お任せ下さい」 そうして俺たちは、常陸さんが立てるようになるまで、雑談をしながら過ごすのだった。 「廉太郎、悪いけど2人のことを任せてもいいか?」 「へ? もちろん俺は構わない……っていうか大歓迎だけど、お前は?」 「個人的な用事があってさ。ちょっとまあ……1人で」 「……なんだ、トイレか。そんな遠回しな言い方しなくても、子供じゃあるまいし」 「………」 別に勘違いさせたままでも、それはそれでいいか。 「悪いけど、頼みたい………………って思ったけど、やっぱやめとこうかな?」 「何だよ、気持ち悪いな」 「いや、お前が2人に変なことをするんじゃないかと思って、ちょっと心配だから」 「小春もお前も、本当に俺の事信用してないよな」 「そうなるだけの理由があるだろ、お前には」 「さすがに巫女姫様に、ちょっかい出したりしないって」 「レナちゃんだって、祖父ちゃんに頼まれてるんだ。変なことはしない」 さすがに廉太郎も、それぐらいの分別はあるか。 「そりゃ仲良くなりたいとは思ってるから、話しかけたりはするけど」 「それぐらいで、目くじらを立てたりはしないだろ?」 「まあな」 「じゃあ、ちょっと長くなると思うけど任せるな」 「おいおいなんだ、やけに恥ずかしがると思ったらデカい方か」 「頼むぜ~、臭ってくるようなところでするなよ~?」 「わかったわかった」 そうして俺は廉太郎に任せて、奥へ分け入った。 「ふーむ……」 目を凝らし、しっかりと地面を見つめていく。 時には軽く土を掘り、落葉をかき分けてみたり。 しかし、特に変わったことはない。 転がっているのは普通の石ばかりだ。 「やっぱり見つけるのは難しそうだなぁ」 まあ、ムラサメちゃんが空振りしているんだ。 俺が目で見つけることが難しいのは、以前にも話し合った通りだ。 それでも……山に来た以上、ムラサメちゃんに任せきりというのも、気が引ける。 自己満足かもしれないけど、俺もできることをしよう。 そう思ったものの……。 「これじゃあ自己満足以下の、徒労に終わりそうだな」 「………」 「いや、そういう弱気がダメなんだ。見つかると信じて頑張らねば!」 気合いを入れて、再び俺は例の欠片を探し、山の中を歩き回った。 ――が、結局何も発見できず、本当に徒労で終わってしまった。 いつまでも山の中にいたら、みんなに心配をかけるかもしれない。 そろそろ切り上げるか……。 特に問題が起きることもなく、楽しい時間は過ぎていく。 釣りや山菜集めは思った以上に、気が楽になった。 そこに関しては、廉太郎に感謝だ。 空がオレンジになる前に、俺たちは山を下りた。 短い時間だったけど、十分に楽しむことができた。 そしてなにより、今日の収穫である川魚と山菜。 全員で分けるにはちょっと足りないけど、廉太郎は持って帰る必要はない。 ということで、俺たちとレナさんで分けることになった。 「今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです!」 「可愛い服を買って、釣りをして魚まで手に入れて」 「いや、俺も楽しかったから」 「はい。私も楽しかったですよ」 「美味しそうな夕食も手に入ったことですしね」 「いやー、今日はいい一日だった」 「それでは、わたしはこの辺りで失礼いたします」 「途中まで送っていくよ」 「それには及びません。道は覚えておりますので」 「それでは皆様、また学院で」 「はい。また週明けに」 「板長さんがどのように料理したのか、教えて下さいね」 「わかりました! それでは皆様、オタッシャデー」 勢いよく手を振って、レナさんは坂を駆け下りて行く。 「それでは、ワタシたちも帰りましょうか」 「今日はありがとうございました、鞍馬君。機会があったら、また遊びましょう」 「それでは失礼いたします」 「じゃあな」 「あ、ああ……」 「………」 「やっぱ、全然脈がなさそうだな……はぁぁ……。俺も帰ろ」 「ただいまー」 「ただいま戻りました」 「お帰り。夕食の方は大丈夫かな? もし大変なら出前とか、たまには外食をしようか?」 「いえ、大丈夫ですよ。今日は山菜を摘んで、お魚も釣ってきましたから」 「このお魚、私が釣ったの。元気いっぱいだったから身も引き締まって美味しいと思う」 「へー、それは楽しみだ」 「今日は楽しかったかい?」 「ええ、とっても」 甘い物好きや、釣りを楽しんでいる朝武さんは、今までには見られなかった姿だ。 あんなに楽しげな朝武さんを見たのは初めてで……可愛かったな。 その余韻が、いまだ冷めないのか、朝武さんは嬉しそうに部屋に戻っていった。 「さて。ワタシも下拵えをしないと」 「………」 「将臣君」 「はい? なんですか?」 「あの子のあんな顔は、久々に見たような気がするよ。本当にありがとう、将臣君」 「いえ。お礼を言われるようなことじゃありません」 「俺も楽しんでただけですから」 「そうか……うん、あの子と一緒にいて、そう思ってもらえるなら僕としても嬉しいよ」 「おお、ご主人。おかえり」 「ただいま」 「今日はムラサメちゃんの方が早かったのか」 「うむ。少し早めに切り上げた」 「ところでご主人、今日は山の中におったであろう?」 「な、何か……問題あったか? 昼間に入る分には問題ないと思ったんだけど」 「別に怒っておらん。問題ないのだが……吾輩は息抜きしろと言ったはずだぞ?」 「それはちょっと違うんだ」 「人混みを避けて山で釣りや山菜摘みをしてただけ。ちゃんとリフレッシュしたよ」 「朝武さんも、すごく楽しそうにしてた」 「そうか。ならばよい」 満足そうに頷くムラサメちゃん。 「では、そんなご主人に報告がある」 「報告って……まさか?」 「見つけたのだ、ご主人」 「例の欠片か!? そ、それは一体どこで!?」 「落ち着けご主人。もうすぐ日も沈む。夜の山に入るつもりか?」 「………」 「わかった。じゃあ、明日のトレーニングの後に、取りに行こう」 しかしよく見つかったな。あの広い山の中で……。 「本当にありがとうな」 「ふふ、気にするな」 俺のお礼の言葉に、ムラサメちゃんは笑顔で応えてくれた。 「本当にありがとうな」 「う、うむ」 一瞬驚き、照れるように身をよじりながらも、逃げるような様子はない。 「えへ……えへへ……」 「ふふん。存分に労わって構わぬぞ、ご主人」 「じゃあ、もう少しな」 「にしても大変だったろ?」 「俺なんて、あまりに何も見つけられなくて途中で心が折れそうになったよ」 「……ごーしゅーじーん」 「な、なんだよ?」 「何も見つけられなくて、とはどういうことだ? 息抜きしておったのではないのか?」 「あ……」 「吾輩に嘘を吐いたのか、ご主人」 「いや、そういうわけではなくて……まあまあ、落ち着け」 「え、あっ……ご、ご主人、卑怯だぞぉ……えへ……えへへ……」 頭を撫でると、顔がにやけてしまうムラサメちゃん。 ……ちょっと面白い。 「だから、吾輩で遊ぶでない、ご主人!」 「嘘じゃないんだ」 「ただちょっと……山に入った時に軽く俺も欠片を探してみたりもしただけで」 「いい気分転換ができたのは本当だ。あ、そうそう」 「その証拠に、買ってきたものがあるんだ。ちょっと待っててくれ」 「なんだ、それは?」 「パフェっていう食べ物だ。甘味処で買ってきた」 「ぱふぇ、とな? そういえば、そういう物が売られておると聞いたことがあるような……」 「ぅぅー……どのような味であるのか、気になる。吾輩も食べたいのう……」 「それなんだけど、一つ気になることがある」 「ムラサメちゃんも俺なら触れられる。でも、他の物には触れられない」 「うむ、そうだな」 「でも厳密に俺の身体だけじゃないよな? 俺の服には触れるわけだし」 「……むっ……言われてみれば、確かにそうかもしれんな」 「もしかしたら、食べる方法もあるんじゃないかと思って」 「だから、あーん、を試してみないか?」 俺は買ってきたパフェをスプーンで差し出してみた。 「ほい」 「あーん」 「お、おぉ……あ、あーん」 差し出したスプーンにパクッと食いつく、ムラサメちゃん。 が、その顔が明るくなることはなかった。 「……ぐぬぅ……」 「ダメか?」 「なんの味もせぬ」 寂しそうな顔のまま、スプーンから口を離す。 スプーンにはクリームが残ったまま。 「そうか、これじゃあ無理か」 「……ぱふぇ……食べたかったのぅ……」 「諦めるのはまだ早い」 「スプーンを使っての『あーん』だと間接的だ。より直接的な方が可能性は高いと思うんだ」 「ご主人、そんないけずな言い方をしておらんで、早く教えてくれ」 「まず、俺がパフェを食べます」 「ふむ」 「次に、俺の口とムラサメちゃんの口をくっつけます」 「ふむ?」 「最後に、パフェの中身をムラサメちゃんが舐めとります」 「ふ……む……?」 「ご主人、吾輩の勘違いでなければ、接吻を行うことになってしまわぬか?」 「接吻をすればいい、と言っているんだ」 「バ、バカを言うでない! いいいいいくらご主人が相手とはいえ、せ、接吻などっ」 「できるわけがなかろうがっ! はしたないことをそう容易く……このっ、たわけ、すかたん、おたんちん!」 顔を真っ赤にしてまくし立てるムラサメちゃん。 だがその勢いは一瞬だけ。 「だがしかしっ、ぱふぇを食べる方法がないのだとすれば……ぐぅ……」 「………」 なんか本気で悩み始めてしまった。そこまでパフェを食べたいのか……。 正直、冗談のつもりだったんだけどな。 食べ物の口移しとか、俺としても正直ちょっと微妙だと思う。 「じゃが、じゃがぁ……そっ、それしか方法がないのであれば……吾輩は……っ」 そこまで必死になられると、ちょっと気の毒になってきたな。 今にも泣きだしそうな、悲壮な表情を浮かべている。 ……そんなに嫌がられると、傷つくなぁ。たとえそれが、俺の問題ではなく貞操観念から来るものだとしても。 「ちなみに、さっきの口移しは冗談な?」 「な、なんだと!? わ、吾輩をたばかったのか、ご主人っ」 「騙したわけじゃなくて、あくまで最終手段だな」 「まだ試してみたい方法はある」 「……たとえばぁ?」 「俺の指をスプーン代わりにするっていう方法」 「ふむ……つまり、吾輩にご主人の指を舐めろというのか? それも十分はしたないと思うのだが……」 「それがダメなら、もう思いつかない」 「うぬぅぅ……わ、わかった。ではその方法で、よろしく頼む」 今度はパフェを指ですくって、ムラサメちゃんに差し出してみる。 「ほい」 「……あ、あーーん……」 「ん……んんっ!?」 突然、ムラサメちゃんの瞳が輝き始めた。 そして躊躇いがちに咥えたはずの俺の指を、丹念に舐めだすではないか。 「んっ、れろ、れろ、ちゅぅぅぅ……」 「あっ、ちょ、待った! ムラサメちゃん、待った!」 「んぷ……ごしゅひんのゆび……あまくて、おいひい……れろれろ」 「ちょっ、くすぐったい……ッ」 ゆ、指を舐められるの、くすぐったい。 でもちょっと気持ちいいのかも……? 「んっ……んん? ちゅぽん……ぱぁぁぁ、はぁ……はぁ……」 ……な、なんか艶めかしいな。 って、相手は幼刀なのに! ペッタンなのに! なに色気を感じちゃってるんだ、俺! 「ご主人、味がしなくなったぞ! おかわり、おかわり!」 「あ、ああ。はいはい」 心を落ち着かせて、改めてパフェをすくう。 するとムラサメちゃんは、飛びつくように俺の指を咥えこんだ。 「んじゅる……んっ、れろれろ……んんーっ♪ あま~ひ、ちゅ、ちゅ」 キスよりも、こっちの方がはしたなくないか? そんな俺の視線に気付かず、ムラサメちゃんは指を舐め続けている。 「――ちゅぽん。ぷぁ、はぁ……」 「お、美味しいか?」 「うんまいっ! 甘くて美味、なんて素敵な食べ物なのであろうか!」 「少しは頑張ってくれたお礼になったか?」 「うむ! こんなことは初めてだ!」 「はぁぁ……よもやここまで美味だとは……ご主人、もっともっとぉ~!」 「はいはい」 そうして俺は、ムラサメちゃんが納得するまでパフェを与え続けた。 ……というかむしろ、全部食べても納得してくれなくて、文句を言われたぐらいだ。 「んっ、んーーー……ッ」 「そろそろ資料だけでなく、この欠片も直接調べてみないといけないんだけど」 「とはいえ、どう調べたものかな?」 「見る限りでは、普通の石にしか見えないしね」 「うーん……とりあえず色々してみないことには」 「これが本当に水晶なら、硬度はかなりあったはず」 「まずはそこから調べてみるとして……少しぐらいなら、削ってみても大丈夫かな?」 「細かい欠片でも試してみたいことがあるし」 「やれやれ……まるで錬金術師だね、これは」 「………」 「よし、こんなものか。さてと、あとはこれを試してみるか……」 「そんなまさかっ……こんなことが……本当に……?」 某日――俺達は《   ハニ》新《   ムー》婚《   ン》旅行へ来ていた。 「わおっ、マサオミ! とっても素敵なお部屋ですねっ」 「お、おお、どっかで見た気がするけど、いい部屋だな」 ただし、やってきたのは志那都荘だった。 「本日は当館をご利用いただき、誠にありがとうございます」 知ってるだろ? と突っ込まない辺り、猪谷さんはプロだと思う。 きちんと料金を払って宿泊する限り、お客様としてもてなしてくれるつもりなんだろう。 新婚旅行というのも、実は俺達の脳内設定に過ぎない。 要するに、イメクラプレイのようなものだ。 「部屋を使わせてくれて、ありがとうございます、女将!」 「かまいませんよ、繁忙期でなければ」 あ、普通に戻った。 「ですが、せっかく料金を出して下さるなら、他の旅館へ行った方が気分も出たのではありませんか?」 「いえ、レナは志那都荘のこと、本当に気に入ってるらしくて」 「はいっ、今日は記憶を消したつもりで、お宿を堪能したいであります」 「まあ、そう言ってくださるのは嬉しいのですが……なんと言いますか」 「しょっちゅう泊まってくださってるわけですよね? 客室以外の部屋にも」 はいまあ、そうです。 なんかごめんなさい! 「そうですけど、二人の……思い出を作りたかったのですよ」 「だって、わたしはもうすぐ……!」 「……自分の国へ、帰らなくてはいけませんからっ」 「ええ、ビザの再発行のために2週間ほど帰国されるというので、休暇の許可を出しましたね」 「に、2週間も……!」 「はいっ、2週間もでありますよっ」 「はあ、でも確か3日後には卒業旅行を兼ねて、巫女姫様と一緒に小春さんや廉太郎さんも」 「リヒテナウアーさんの自宅でショートステイをされると伺っていますが?」 そう、レナの家で《   ショ》お《   ート》泊《   ステ》ま《   イ》り会をした上で、みんなでサンタの村へ行くことになっている。 ついに約束を果たす日が来たわけだが…… 「3日……」 「……3日も会えないなんて、拷問だっ」 「わたしなんて飛行機に乗ってる間は、マサオミにメールも、電話もできません! 11時間もっ」 「レナっ」 「マサオミ!」 「……」 なにはともあれ、がっしとハグを交わしておく。 「だから……離れている間、寂しくないように思い出を作っておくことにしたのですよ」 「ああ、俺もつらいけど、それなら我慢できそうだ」 「えへへ、今日は1日、マサオミのお嫁さんとして過ごしてあげますね、旦那サマ?」 「いやあ、楽しみだなあ♪」 最近はリアクションだけでなく、テンションの上がり下がりまで激しくなったと言われるけど、 たぶんみんなの考え過ぎだと思う。 むしろ恋人に3日も会えないとわかれば、誰だってこうなるはずだ。 「ともかく、本日は当館の新婚旅行コースを、是非ご堪能くださいませ」 「お料理の方も期待しておいてくださいね」 ほら、その証拠に猪谷さんは顔色1つ変えていない。 「わおっ、板長にもよろしく伝えて欲しいです!」 「かしこまりました」 猪谷さんは、ちょっと他人行儀なくらいきちんと頭を下げて退室していった。 二人っきりになると、レナは指を絡めるように手を重ねてきた。 「マサオミ……新婚さんのお嫁さんに、なにか言うことはありませんか?」 「たくさんある、たくさんありすぎて何から話せばいいかな」 額を引っ付けてやると、レナも俺の肩に手をかけてきた。 「では、ゆっくり考えてくれてもいいですよ? 時間はたくさんありますから」 「その代わり……終わるまでは、わたしを離さないでいてください」 「あはは、だったらなにも話さないで、永遠にこのままでいたくなっちゃうな」 「けど、そうだな」 「実は最近、気付いたことがある」 「教えて欲しいです」 「お嫁さんと書いて、“《   て》お《   ん》嫁《   し》さん”と読むこともできるんだ」 「わおっ、えへへ……さすがはわたしの旦那サマ、新発見ですね?」 「でしたら、わたしも気付いたことがあるのですよ」 「なんだろう、教えて?」 「旦那サマと書いて、“今すぐキスして欲しい”って読むこともできますね?」 「ぷっ……ははっ」 「えへへ」 「強引すぎ」 けど愛情表現とは、ストレートでいいのだ。 「ちゅっ♪ ……んふふっ」 「旦那サマ、今日はたくさん、楽しみましょうねっ」 「ああっ」 けど俺もまさか、レナの楽しみましょうねが、そこまでストレートな意味だとは気がつかなかった。 その後、一緒に卓球やビリヤードに興じたり、 家族風呂も使わせてもらうことができた。 ……エッチなことをしなかったのは、少し不自然な気もしたけど、今さらと言えば今さらだ。 むしろ、そのおかげで新婚旅行コースをゆっくり堪能できた。 「さすが板長ですねっ、どのお料理もサイコーでした!」 「本当にね、志那都荘の料理はいつ食べても最高だ」 ただ、出てきたメニューが、ウナギの蒲焼きに摺り下ろした山芋。 牡蠣のグラタンに、すっぽん鍋と……これはもう、新婚旅行コースって、やっぱりそういうことなのかな? そう考えずにいられなかった。 挙げ句、食事の最後にスッポンの生き血を焼酎で薄めたものを、お猪口でぐいっと飲み干すよう言われて従ったのだが、 さっきから身体がカッカと熱い。 というより、身体の一部がやけに熱い。だから、たぶん酒に酔ったのとは違うんだろうな。 「ふふふっ、どうしましたか? 旦那サマぁ」 レナが甘えるように肩を引っ付けてくる。 「わかってるんじゃないの? ていうか、知ってたんでしょ?」 「もー旦那サマ? 新婚旅行なのですから、もちろん……そういうことも、込み込みに……決まってるではないですかあ」 「そうだよなあ」 俺も当然のように、そういうことする気だったもんな。 むしろ、今さら遠慮する方が不自然だろう。 だから遠慮なく、レナの肩を抱いた。 「あぁ~ん、いけません、オダイカンサマぁ~?」 「はっはっは、よいではないか、よいではないか」 まるっきりエロ親父のようだが、こういうときはそのほうが楽しめるようだ。 うん、やっぱりちょっと酔ってる! だがレナのビッグバストが、ぐにゅにゅんと押しつけられるや、そんな余裕は一瞬で消し飛んでいた。 「……ッッ!?」 「おや? どうしましたか、マサオミ?」 「いや、これくらいのタッチ……もうすっかり慣れたつもりだったんだけどな」 「お、おー……~~っ」 どうやら、レナにも股間の状態に気付かれたらしい。 「すっぽんの生き血を飲んだのですから、しょうがないですね」 「やっぱりあれの影響なんだ」 「はい……なにもしなくても、こうなってしまうくらいですから、仕方ないです」 「う、うん、でも……」 いつもの2割り増しで、レナが可愛く見えてしまう。 もちろん、最初から世界一可愛いのだが、さらにそれを超えていくなんて……! 「やっぱり、お嫁さんは天使だったんだ」 「そういうマサオミは、目がオオカミさんになってますね?」 うん、正直自分でも自覚があるくらいだ。 けどそんな俺を焦らすように、レナは胸の辺りを悩ましげに撫で回してくる。 「わたしとしては……オオカミさんに食べられるのも、悪くはないのですが」 「だ、だったらレナ、俺っ」 「うふふっ、やっぱりダメです」 そんな殺生な! 「オオカミさんが天使さんを食べるのではなくてですね」 「実は……オオカミさんを食べたがってるのは、天使さんの方かもしれないですよ?」 「……それって?」 「ふふふふ、旦那サマ……今夜は、いっぱい愛し合いましょうね♪」 「んちゅっ……んぅ、旦那サマの……おち●ちん、もう……大きくなってますね、ちゅっ」 「だって、それは……うッ」 股の間へ顔を埋めてきたと思ったら、いきなり唇でペニスに触れてきたのだ。 ぬるりとした舌に温められると、それだけで切なげに震えて反応してしまう。 「ふふふっ、もう……こんなに、力強く、んちゅっ、ちゅっ……2人の、赤ちゃん……作りたそうに、ちゅぱっ」 「びくびくっ、元気に……震えてますね、ちゅっ、ちゅぱっ、んちゅちゅ~」 「料理のせいもあるけど」 「れ……レナも、すごく上手になったね」 「それは、ちゅっ、んぅ……2人で、んちゅっ! んちゅっ……いっぱひ、花嫁修業……したせいでふよ? ちゅっ」 もっとも、レナは最初から奉仕が上手かった。 けど今では手を使わず、唇だけでペニスを支えながら深く咥え込んでくるのだ。 「んぶっ……んちゅちゅっ! ん~ちゅっ……ん~ちゅっ、んむっ、ちゅぱっ! ちゅっ」 「くっ……うッ!」 見事なディープスロートに思わず声が漏れる。 「ちゅふふっ……マサオミの、おち●ちん……ちゅっ! とっても可愛いですね、ちゅぱっ」 「もっと……いっぱひ、いっぱひっ、可愛ひ声……上げさせちゃいまふね? ちゅっ、ちゅぷぶっ!?」 レナは調子づいて、さらに加速する。 それでもえずくことなく、歯を当てることもなく、快感だけで俺を満たそうとする。 「んちゅ、ん~? んむっ……もふっ、苦ひのが、ちゅぱっ……ん~ちゅっ、ん~ちゅっ、漏れへまふよ?」 「ちゅっ、ちゅっ……もふ、気持ひよく、なってるんですねっ、ふふふ……ちゅっちゅっ、あむッ! あっ」 「れ、レナが、上手くなりすぎなんだよ」 「んふふっ……しょうゆう、ことに、ん~ちゅ! ちゅっ……しておひて、あげまふね? ちゅっ♪」 もっとも、俺もこのままやられっぱなしではいなかった。 覆い被さるような格好で脇の下へ手を入れ、レナのビッグバストを鷲掴みにしてやったのだ。 「はぅん! あむっ、あん……旦那サマ、あっ……ちゅっ、んむぅ~……ちゅっ、あっ、あッ!」 俺ももう慌てて、荒々しく揉んでしまうことはなくなっていた。 ゆっくりと円を描くように、乳房をこね回してやる。 レナのサイズなら、それだけでも充分過ぎるくらい揉み応えがあった。 「あっ、あん! ちゅっ、あむっ……揉み方、あふっ、やさしいですね……ちゅっ、あッ! ふぁううッ!?」 そこで不意打ちに、きゅっと乳首を摘んでやる。 レナはビクリと肩を震わせ、それに合わせて乳房もぶるんと揺れた。 「ひゃうっ、くぅ~! ま、マサオミっ、そ、そこは、ずるいです……あっ!」 「上手く、んちゅっ……んッ、舐められなふ、なっひゃいます……ちゅぱっ、あっ、あんッ!」 「俺だけ気持ちよくしてもらったら、お嫁さんに悪いからな」 「ふあっ、あふっ! んふふっ……では、やっぱり、ちゅっ……お嫁さんも、ちゅぱっ、負けて……られましぇんね、ちゅ!」 ときどき肩をビクッビクッと敏感に反応させながらも、レナも懸命にペニスへしゃぶりついてくる。 亀頭の先が喉の奥に当たり、さらに奥まで呑み込もうとしてくるのだ。 「んぐっ……むぐむぐっ、んちゅっ! んぐっ……ふあっ、喉のおふで、んぐっ、んちゅちゅっ!」 「んちゅっ、んっ、絞り出ひて……あげまふっ、からね? ちゅっ、んちゅちゅちゅ~!」 「うあッ! れ、レナ、それっ……されたら、我慢できなく!」 「んふふっ、いいれふから……ちゅぱっ、んぶっ! ちゅっ……我慢なんれ、いいれふよ? ちゅっ、ちゅちゅ!」 裏筋に舌を押し当て、頬の裏側でも締め付けてくる。 さらに亀頭のカリを喉の入り口へ引っかけながら、何度も通過させられれば、我慢できるものも我慢できなくなる。 「んぶっ、んぶっ! んちゅっ、ちゅぱっ……はむっ、んむっ、ちゅっ! ちゅっ!」 それでも、それでも容赦なく責め立ててくる。 我慢しよう、我慢しようという抵抗が、とろけて熱い快感に変わっていく。 「ん~ちゅっ! ん~ちゅっ、マシャオミ……旦那しゃま? んぶっ、ちゅっ……出ひて、出ひてくださいねっ」 「旦那しゃまの、おち●ちん……いっぱひ、気持ちよふっ、なって欲しひれすから、んぶっ……んちゅちゅ!」 ペニスの根本に熱が溜まってくる。 力を込めても、力を込めても、もう無駄だった! 「んちゅっ、んぶっ! 出ひてっ、出ひてっ……たふさんっ、出ひて、わたひの旦那しゃま、んちゅちゅ!」 「で、出る! 顔に、かけさせてっ」 「ちゅぱっ、はむ! はひ……旦那しゃまの、お好きなとほろ……かへて、いいれふから、んぶっ、ちゅっ!」 「旦那しゃまっ、旦那しゃま! マしゃオミ……ましゃおみっ、んぶっ、ちゅぶぶッ!?」 「ンぶっ! ふあ……きゃんっ、出て……ああッ?」 堪えきれない快感が駆け上がってくるのを感じ、咄嗟にペニスを引き抜いていた。 「はうっ、あんっ♪ んふふっ、マサオミの精液……顔に、いっぱいかかって……んっ、んんぅ~」 「どろどろに、ぱっくされて……いきますね、はう、ふああぁ……」 直後に始まった白いマグマの噴火を、レナは恍惚と受け止めてしまう。 日本人にはない透明な白い肌を、少し黄ばんだ別の白で塗り潰していく。 「はあ……はあ、どうします? マサオミは……1回じゃ、満足……できないですよね、ちゅっ」 未だどろりと精液を滲ませる亀頭へ、ちゅっと軽くキスされてしまう。 思わずびくんとペニスを跳ねさせてしまう。 「あん♪ ……やっぱり、まだ元気いっぱいですね、ちゅっ……んぅ~、ねえ、旦那サマ?」 「すっぽんの力かな?」 「ふふふ、マサオミはもともと……これくらい凄かったですよ?」 そうかもしれない。 けどいつも以上の衝動も感じていた。 「俺も……もっとお嫁さんから、ご奉仕されてみたいな」 「えへへ、はい……任せて、くださいね? んちゅっ、んぐぐっ……」 精液でべったりと汚れているのにも関わらず、まるで嫌悪感を示すことなく、レナはペニスを喉の奥まで迎え入れた。 そのままディープスロートを再開してしまう。 「ん~ちゅ! ん~ちゅっ、旦那しゃま……旦那しゃまっ、はむっ、んちゅ! んちゅちゅっ!」 「ぐっ、これは……!」 出したばかりで、さすがに敏感すぎたのか? これでは長くもちそうにない! 「んぅ~? んふふっ……お嫁しゃんの、んちゅっ、んちゅっ! 愛情……たっぷひの、ろ奉仕で、ちゅぱっ」 「旦那しゃまの……おち●ちん、もふっ、んちゅ! お口の中れ……びくびくっ、暴れへまふよ?」 「あ、ああ、レナ……本当に上手くなったな」 「お嫁しゃんは……んちゅっ、んちゅっ! 旦那しゃまの、感じゆところ、んちゅっ! んちゅっ」 「全部、んちゅっ……んぐっ……全部、知ってふ、ものなのれすね、ん~ちゅ……ん~ちゅっ、んぐっ、あうう!」 瞬く間に追い詰められていく。 快感の熱が、再び盛り上がってくる。 「んちゅ! んちゅっ……我慢しなひれ、今度も……我慢しなひれ、いいれすからね? ちゅっ、ちゅっ!」 「お嫁しゃんには、んちゅちゅっ! なにも、我慢しなふて……いいのれすよ? ちゅぱっ、ふぁうう!」 くっ、お、俺は…… 「んぶッ!? んむむっ、マサオミ……はむっ、ちゅばっ! 旦那しゃままれっ、腰振って、んむっ……んぶぶ!?」 もうたまらなかった。 たまらない。たまらなくてっ、腰を止められなくなる! 「あふっ、んむッ! も、もふっ、そんらに……気持ひいいれふか? んちゅっ、んふふっ、仕方……ないれふねっ、ちゅ」 「ごめんっ、ごめん! でも、もうっ」 「はいっ……はひっ、旦那しゃま! んぶっ、このまま……このまま、わたひのッ、んちゅっ、んちゅちゅ!」 「わたひのっ、お口ま●こに……たふさんっ、出ひて欲しひれすねっ、旦那しゃま……旦那しゃまっ、はむむッ!?」 出したいっ、出したい! もうこのまま…… このまま、レナのお口ま●こに出したいっ!! 「んッ、んむむっ! 亀頭が、お口の奥で……また、膨らんれッ、ンググッ! ああ……出ひて、出して、旦那しゃま!」 「ああ、出すよレナ! 全部飲んでっ」 「はいっ、はひっ……くだしゃいっ、くだしゃい、旦那しゃま! あむっ、んちゅっ……ん~ちゅ、んぶッ!」 「おち●ちんの中から、んちゅっ……精子ッ、たふさん……お口に出ひてッ!! はむっ……ぐッ、はむむッ!?」 「んむッ!? んむむむむむぅ~~ッ!!?」 そのまま、レナの口内で欲望を解き放っていた。 「んっ、んくっ……はあっ、あむっ、相変わらしゅ……すごひ、量で……んッ、んぐっ」 「はあっ、んちゅっ……んくっ、んくっ……んふふっ、あふっ……多すぎへ、飲みひれ、ましぇんよぉ、あうう……」 どくん、どくんと脈動の度、びゅ~びゅ~~っと、口腔内へ精液を吐き出していく。 受け止めきれなかった分が口の端から垂れてくるものの、レナは指で掬って、それも舐め取ってしまう。 「んちゅっ、ちゅっ……んふふっ、中に……残っは分も、んちゅっ、ちゅ~~っ……吸い出ひて、んちゅっ」 「ほ掃除……してあげまふね? ちゅっ、んんぅ~」 「うっ、ううっ……レナっ、そんなに吸ったら、また……」 「……わかってまふよ? ……んふっ、はあ……はあ……ぷあっ」 「はうっ、あっ……んちゅっ! 旦那しゃま……旦那しゃまっ、気持ひよふ、なって……んちゅちゅっ、ちゅぱっ!」 快感に、レナに、身を委ねていく。 熱くとろけるまま、駆け上がっていく! 「ん~ちゅっ! ん~ちゅっ……可愛ひれすねっ、旦那しゃま……わたひの旦那しゃまっ、んちゅっ、んちゅっ!」 「ちゅぱっ、おち●ちん……こんらにっ、びくびくさせて……んちゅっ! んちゅちゅっ!」 「あ、ああ、も……もうっ、また出そうだよ、レナ!」 「はひっ……いっぱひ、いっぱひっ、気持ひよふっ、なってくだしゃいね! 旦那しゃまっ、旦那しゃまっ!」 愛情たっぷりに舐め上げられ、こちらも愛しさでたまらなくなる。 たまらなく、レナが愛しかった! 愛しさと共に、衝動が駆け上ってくる! 「んむっ、んちゅっ! はむっ……はあっ、はう、出ひて、出ひてッ! んちゅっ、んちゅっ……んちゅちゅっ!」 「うん、出すよ……また、顔にかけていい?」 「はい……顔で、んちゅっ! 身体れ……マしゃオミの、あたたかしゃ……感じたひれすっ、んぶっ、ちゅぱっ!」 「だから、らから……ちゅぱっ、ちゅぱ! 来てっ、来て、たくしゃん来てっ、んちゅっ、んちゅちゅ!?」 「ぷはッ! ……あふっ、ひゃっ、ふあああッ!!?」 最後の瞬間、またもレナの口からペニスを抜いていた。 「あんっ、アッ! またっ、んふっ……すごい、勢いで、んんッ、びくんっ、びくんってしながら、ああ……」 「マサオミの精液、また……こんなに、顔へ、かけられちゃいましたね、んふっ」 駆け上がる熱い衝動を、そのままレナの顔へと吐きかけてしまう。 立て続けに受けた2度の顔面射精で、レナはとろけた笑顔のままもうどろどろになっていた。 「はあっ、んっ……んふっ、マサオミ……まだ、元気は残してくれてますよね?」 「ああ……いつもだって、これくらいじゃまだまだなんだから」 「それにしても、レナが相手だと、どうしてこんなに……何度もできてしまうんだろう?」 「ふふふ、それはきっと……愛してるからですね、旦那サマ?」 「ねえ……次は、一緒に気持ちよくなってくれるのですよね?」 「……ああ、もちろんだよ」 前屈みになって、ちゅっと額へキスしてやる。 するとレナは心地よさそうに微笑んで、肩の上へのしかかってきた。 「レナ……?」 「いいですから……はあ、はあ……わたしも、旦那サマと同じ物を……食べてたんですよ?」 「ですから……わたしも、もう……あふっ……じっとしててくださいね」 「んっ、今……旦那サマの、おち●ちん、はうっ、自分で……入れちゃいますから、んッ、ふぁぁぁぁんっ!!」 レナはペニスを掴んでヴァギナへ押し当てると、そのまま腰を沈めてきた。 とっくにぐちょぐちょに潤っていたらしく、ずるりと、いとも容易く呑み込まれてしまう。 「んふっ……ほら、わかりますか? マサオミ……根本まで、入っちゃいましたよ? んッ」 「すごいっ、いつもより熱いくらいなのに、しかも……」 「すっかり俺の形に馴染んでてっ、ぴったり吸い付いてくるよ、レナ?」 「もちろんです、んっ、んふっ! だって……ここは、もう……はあっ、あふっ」 「一生……旦那サマ専用なのですからね? マサオミ、んっ……キス、して欲しいです、ふあっ」 レナの頬を撫で、親指を顎に添える。 瞳がとろんと受け入れる色になったところで、口付けをした。 「んむっ、ちゅっ……マサオミ、はっ、あむっ、ちゅっ、んむっ……ちゅぱっ、あっ、あん!」 「レナ、愛してるよ……」 「わたしもです……一生、一生……大好きですよ? ちゅっ、あっ……ふあっ、あッ……あぁん!」 どちらからともなく、ピストンを開始していた。 それこそ長年連れ添った夫婦のように、ぴったりと呼吸を合わせて腰をぶつけ合う。 「ちゅっ、あうっ! ふあっ……あっ、旦那サマ! 旦那サマっ、はう……もっと、ぎゅっとして欲しいです、あん」 「いいよ……レナのこと、離さないからな?」 背中に腕を回し、ぎゅっと力を込めてやる。 するとレナも脇の下から俺の背中へ腕を回してきて、固く固く抱き合った。 「ああっ、マサオミ! あっあん……マサオミのっ、体温……いっぱいっ、感じますっ、ふああッ!」 抱き合ったまま、何度も何度も子宮をノックしてやる。 膣襞までがきつく締め付けてきて、ペニスまでレナに抱かれているようだった。 「あんっ、あん! ああっ、ふぁっ……アッ、くふっ、ふあっ! あんっ……んんんッ!」 なによりレナと抱き合ったままセックスすると、重量級のおっぱいがぐにぐに押しつけられてくる。 本能を刺激する心地よい弾力に、もっともっと引っ付いていたくなる! レナが欲しくなる!! 「奥っ、奥まで当たって! あっ、あッ、身体のっ、芯まで……マサオミを、感じちゃいますッ!」 「俺もレナを感じるよ? 身体中で、感じてるぞっ」 「はいっ……はい、いっぱい、マサオミで……旦那サマでっ、いっぱいですっ、アンッ……ふあッ! ちゅっ、んふっ」 再びキスで唇を塞ぎ、舌と舌を絡みつかせる。 子宮口にもペニスを押しつけこね回すと、膣襞までぞわぞわと絡みついてきた。 「ふあっ、ちゅ! んふっ……ふふっ、おま●こと……おち●ちんでもっ、いっぱいキスしちゃってますねっ、あふっ」 キスで唾液を交換するように、性器でも愛液と先走りを交換し合う。 もう、たまらなくなってくる。 上でも下でも、繋がったまま、加速していった。 「あっ、あん! ふあっ、ちゅっ……旦那サマっ、旦那サマの先っぽっ、膨らんできて……ふあっ、あん!」 「これって……これって、あっ、あん! んっ、ふああっ……あんっ、あっ!」 「レナの子宮もっ、下に……降りてきてるみたいだよ?」 「だって、お嫁さんですから……あっ、あっ! 旦那サマの……赤ちゃんの素、少しでもっ、早く欲しくて、あん、あっ」 「んふふっ……マサオミ? 今日は、中に出してくれますよね? んっ、あああッ」 その誘惑に抗う理由をみつけられない。 大好きな、大好きな人とのセックスで、彼女が望んでくれている! 俺を求めてくれている! 俺も、レナを求めている! 「はあっ、あん! あんっ、アッ、旦那サマっ、ねえ? 旦那サマ……いいですよね、わたしの旦那サマ?」 「ああ、もちろん! 中にっ、レナの中に出すよっ」 「はい……たくさんっ、たくさん! あっ、あっ……いっぱい、出して欲しいです、はあっ、あぁん!」 止まらない、止まる必要もないッ! このまま、限界まで駆け抜けていく! 「マサオミっ、マサオミ! 大好きっ、大好きですよッ! あっ、あっ、あぁん! ンッ……あううッ!?」 「俺もだ、レナ! 好きだっ、好きだよ?」 「はいっ、旦那サマ……いっぱいっ、わたしで……気持ちよく、なって欲しいですっ、はう、ああ!」 「……イクッ、イクッ! わっ、わたしもっ、わたしも、もう! ふあっ、ふあッ……あっ、あん!」 「好きっ、好きですよっ……ふあっ、あん! ああっ、好きッ、好き好き好きッ、あううッ!?」 「ふぁぁああぁああぁぁぁあぁ~~~ッ!!!」 レナが激しく身体を反り返らせる。 同時に奥へ引っ張り込むように膣が収縮し、たっぷりと精液を搾り取られてしまう。 「ああっ、出て……出てます、んんッ! おなかの、中に……あたたかいのが、ふあっ……あっ!」 「何度も、何度も……びゅ~~っ、びゅ~~って……出てますよぉ、ふああ……」 子宮口へ亀頭をめり込ませ、ほとんど子宮内壁へ直接精液を染み込ませる勢いで射精を続ける。 それでもレナは歓喜に震え、身体の一番深い場所で俺自身を受け止めてくれたのだ。 「はあっ、んふっ……はあ……はあ、相変わらず……んんっ、3回目でも……マサオミの精液は……凄い、量ですね」 「ああ……我ながら、びっくりするくらいだけど」 「まだまだ、こんなものじゃないよ? レナとなら、まだまだ何回だって」 「……わお、本当ですか? 普通は……いくら新婚さん用のお料理を、食べても……4回も、できないと思うのですよ?」 「知ってる癖に、むしろ4回じゃ終われないかもよ?」 「ふふふ、証明……して欲しいです、マサオミ? んっ……ああッ!?」 未だ硬度を保ってることを示すように、ズンと強く突き込んでやる。 そのまま、ピストンを再開してやった。 「あっ、ふあっ! あっ……んんぅ~、やっぱりっ、さすが旦那サマですねっ、はっ、あぁん!」 レナの唇からも、とろけた嬌声が連続であがる。 同時に強くしがみついてきて、またも俺の胸板で乳房がぐにゃりと柔らかく変形した。 「あっ、あっ! 気持ちいいっ、気持ちいいですよっ……ずっと、何回でもっ、こうしてたく……なりますねっ!」 「俺もだよ……本当に、結婚してしまいたいくらいだッ」 「んふふっ! んっ……あッ、わたしは……別に、それでもいいですよ? あっ、あっ……旦那サマ、ふああッ」 二人で腰をぶつけ合い、二人分の吐息が弾み重なっていく。 二人だから、いっそう気持ちよかった。 「旦那サマっ、旦那サマっ! 気持ちいい……気持ちいいのっ、またッ! 大きく、大きくなって……あううっ!」 「我慢っ、しなくていい! お……俺も一緒だからっ」 「あんっ、あんっ! また……また、一緒ですね? さすが……わたしの、旦那サマ、はう! ふああッ」 再び、煮立った快感に支配されていく。 でも、それをよしとする。二人の気持ちは、同じだったから。 「ああっ! あんっ、あっ、熱い……旦那サマっ、熱いですっ! 旦那サマっ、ふああッ、あん!」 頭の芯がじんと痺れ、腰の奥に熱が集まってくる。 それが耐えきれないほど、どんどん、どんどん大きくなっていく。 「ふぁん! またっ、またイキそうですっ、あっあッ、イク……イク、イッちゃいます、あうう!?」 「ああっ、俺も……また中でいい?」 「ふああっ、中が! 中が、いいですっ、旦那サマのは……中がいいです。あっ、あっ、だから……」 「またっ、またたくさんっ! おま●この中に出して欲しいですぅ、はああッ!」 熱い、熱いものが込み上げてくる! 逆らわず、逆らえず、解放していく! 「んアッ! あんっ、旦那サマ……旦那サマっ、出して! 出してっ、中に出して、はうっ、あうう!」 「出すよ? 出すよっ、レナの中に!」 「来てッ、来て下さいっ、マサオミ! わたしもっ……わたしも、もうっ! はうっ、ふあっ……ああッ!」 「あんっふあ! あっ、イク……イク、イッちゃいます、あっ、ふぁうっ、ふああッ! あんっ」 「んっ、ふあっ! ふあっ、あっ……イク! イクイクイクッ、あん……ふあっ、アッ、はああッ!?」 「ああぁああぁぁぁぁあぁ~~~ッ!!!」 俺にしがみついたまま、レナが全身を激しく波打たせる。 俺もまたレナを掻き抱き、膣の一番奥で射精する。射精しながら、腰を振り続けていた。 「ああっ……出て? 旦那サマっ、あぁん! もっ、出てますよっ、出てるのに……まだ動いて、あああッ!」 「あと1回! あと1回だけ、レナ! レナ!」 「あぁん! マサオミっ、マサオミ……で、でもっ、わたしも……まだ敏感でっ、あっあっ!」 そう言いながら、レナも腰を止めていない。 ラストスパートの勢いのまま、激しく、激しく互いを求め合ってしまう。 「ああっ、敏感っ、敏感なのにっ、あう! ふあっ、あっ! 敏感すぎて……あんッ、ふああッ!?」 「こんなのっ、こんなの……気持ちよすぎますよぉぉぉッ!! ふぁぁッ!」 俺も、俺も同じだ! 次はもう、すぐ終わってしまうだろう。 だからっ、だからこそ、最後の一滴まで……! 「あんっ、あん! あッ、ふああッ! またイクっ、イクッ、イキそぉですッ! あうっ、あううッ!」 「レナっ、レナ! 俺もっ、俺もこのまま、一気に……!」 「はああッ、う……嬉しいです。今日は……こんなにっ、こんなにたくさんしてくれてっ、あん! あっ」 「んんッ、旦那サマ? わたしの、旦那サマ? 最後は……最後は、好きなところに……あああッ!?」 俺は…… 「あんっ、あん! ふあっ、旦那サマっ、旦那サマっ、ああッ……まだ激しくッ、はああっ!」 もう、今日はもう! 全部、全部、レナに注ぎ込む! ありったけの子種で、レナの子宮を満たしてやりたかった。 「奥っ、子宮に……子宮にっ、いっぱい……おち●ちんでっ、キスされてますよぉ、はあっ、あぁ~ん!」 「ああ、またいっぱいに! いっぱいにしてやるからっ」 「はい、旦那サマ? 旦那サマの……精液で、ふあっ、アッ! お嫁さんを……妊娠させてっ、欲しいですっ、あああ!」 快感で、視界が白くぼやけてくる。 熱く、熱く、もう身体が、とろけてしまいそうだ! 「あんっ、あん! ふあッ……あっ、もっダメ! ダメですっ、イクッ、イクイクイク! イッちゃいますぅ!?」 「ああ、このまま! このまま! これでっ、最後だからッ」 「あっ、あっ! あんっ、はい……はいっ、旦那サマもっ、旦那サマも……最後だからっ、最後ですからッ」 「あああっ! 一緒に……一緒にいっぱいっ、気持ちよくなって……あっ、ふあっ! あっ……あああッ!?」 「イクっ、イク! ダメっ、ダメですっ、イクイクイクッ、ふああッ!!」 「ふああぁああぁぁぁああぁああぁぁ~~~っ!!!」 これで、これで最後だ! 最後も、レナの一番奥に射精してしまうっ。 「あああっ、熱いっ! 熱いくらいにっ、ああっ……中でっ、中で……暴れながら、あううっ」 「おま●この中……いっぱい、いっぱいにっ、満たされていきますよぉ、はっ……ああぁ~」 激しく収縮するヴァギナに締め付けられながら、膣内でなおもペニスが暴れ回る。 立て続けに抜かず3回。 たっぷりとレナの子宮に注ぎ、妊娠するかもしれない体液でいっぱいに満たしてしまう。 「はあ……はあ……マサオミ、んっ、んんぅ~、おなかの中……あったかいです」 「ああ、一滴残らずお嫁さんに注いだからね」 「ええ……おかげで、いっぱい……いっぱい、幸せを感じちゃいました♪」 「あむっ、ちゅ! あんっ……マしゃオミ、んちゅっ……さ、最後は、キスしながら、イクつもりで? んむっ、ちゅ!」 愛しい、愛しい! ただそれだけだった。 もっと、身体中で繋がっていたかった! 「んちゅっ! ちゅぱっ……あふっ! 頭の奥っ、痺れて、んちゅっ……んんッ! とろけちゃいますよぉ、ふあ!」 「ああ、このまま溶けて、レナと溶け合いそうだっ!」 「んアッ、あん! はい、んちゅっ……マサオミとなら、ちゅぱっ、あん……悪く、ありませんね、あうっ!」 そのまま、そのまま! 本当に溶け合うようにッ。 固く固く抱き合い、キスをしたまま――欲望の限界を迎えた! 「はむっ……んあっ! イクッ……もぉ、イクっ、イッちゃいますっ、はう、あむ! ちゅっ、んんんぅ~!」 「レナっ、レナ! 愛してる、誰よりも!」 「ちゅっ、あん……わたしもっ、わたしもっ、世界で一番……愛してますっ、ちゅっ……あっ!」 「マサオミっ、マサオミ! 大好きっ、大好きぃ……もぉ、わたしの全部……マサオミのものですよ? はああッ」 「ちゅっ、あむっ! ふあっ……あっあっあっ、マサオミっ、マサオミッ、ふああ!?」 「あううぅううぅうぅうぅ~~~ッ!!!」 最後の、最後。 強引に身体を離し、レナに向かって大量の精液を吐きかけていた。 「あっあぁん……抜けて! ふあっ、あ……あったかい、のが……いっぱいっ、いっぱい……出て、あう!」 「中も、外も、んんっ……マサオミで、いっぱいにされちゃいましたね、んふっ♪」 5回目の射精とは思えない大量の精液が、次々とレナの身体に吐きかけられていく。 レナも細かく身体を揺すり、ペニスに腰を擦りつけてくる。それは射精が終わる瞬間まで、続けられた。 「はあっ、んぅ……ふう、あふっ……マサオミ、満足……してくれましたか?」 「うん……レナの身体は、やっぱり最高だよ?」 「えへへ、マサオミのおち●ちんも……とっても、気持ちよかったですよ、んっ」 そのままレナが体重を預けてくる。 俺は汗で濡れた前髪を整えてやると、もう一度だけ……やさしく口付けをしていた。 「ちゅっ……マサオミ、ちゅっ、んちゅっ」 「レナ……レナ……」 「んふふ、新婚さんごっこは……いい思い出に、なりましたか?」 「……正直たぶん、一生忘れられないかな」 「けど」 「……はい?」 「レナとの思い出は、どれも一生忘れられないよ」 「きっと、それはわたしもですね」 「ですが……離れてる3日の間、やっぱり寂しいのではないですか?」 「そうなんだよなぁ」 「せっかく、星の見つけ方だって……教えてもらえたはずなのに」 それは、離れていても寂しくない方法だったはずだ。 「なのに、レナとだけは……」 「……わたしも、マサオミとだけは」 少しでも離れていたくない。 それは今後、俺達二人が将来を考えなくちゃいけなくなったとき。 とても重要なことに思えた。 数日後。 「おはようございます」 「おはよう」 今朝も境内の掃除をした後、ムラサメちゃんとリビングへ。 「やあ、おはよう」 「毎日掃除してもらって、悪いね」 「いえいえ、これくらいはさせてください」 「もう早起きにも慣れましたし、何でもないです」 もうすっかり早起きが習慣になった。 今では目覚ましなしでも、六時前に起床の俺である。 「おはようございます、有地さん、ムラサメ様」 常陸さんが、朝食を運んできてくれた。 相変わらず、どれも美味しそうだ。 「む、今朝は卵焼きがあるな」 「ご主人、吾輩も食べたいぞ」 「文字通り、手を貸してくれ!」 ムラサメちゃんも相変わらずだ。 「あ、う、うん」 一方、俺はちょっとぎこちない。 あの夜のキスのせいで。 いくら仲がいいからって、普通はあんなことはしない。 でも、ムラサメちゃんはしてくれた。 それは、どういうことなのか。 「……」 考える。 が、答えは出ない。 出るはずもない。答えはムラサメちゃんにしかわからないのだから。 「おはようございます、皆さん」 朝武さんもやってきて、席につく。 全員がそろった。朝食だ。 『ごちそう様でした』 ほぼ全員が同時に食べ終わる。 さて、学院に―― 「あ、そうだ、将臣君、ちょっとしたことなんだけど、いいかい?」 安晴さんが、食後のお茶を手にしつつ俺に声をかける。 「あ、はい」 俺は立ち上がりかけて、また座りなおす。 「この間、町役場で会議があってね」 「町おこし準備委員会の設立が、正式に決まったよ」 「よかったです」 これで、外国人観光客の減少にも歯止めがかかりそうだ。 ホッとする。 「それで、そのリーダーに将臣君がなってくれない?」 「ええーっ?!」 安晴さんの次の一言に、俺は思わず身を乗り出した。 ちっとも、ちょっとしたことではない。 「だって、企画発起人だし」 「次世代育成ということで、今回は若い人達中心でやってもらいたいんだよね」 次世代って。 「でも、俺は余所者じゃないですか」 「そんなことはありませんっ!」「そんなことはありませんっ!」「そんなことはないっ!」 三人の女子に同時に否定された。 「有地さんが、余所者なんて思ってる人なんて絶対いません」 「居たら、叢雨丸で成敗してくれる!」 「ムラサメちゃん、武力行使はダメだって言っただろっ?!」 過激な幼刀である。 「有地さん、ワタシ達もめいっぱい協力しますから」 「もちろん、俺が言い出したことだし、責任は持つつもりだけど……」 まさかいきなりリーダーに抜擢されるとは。 何か偉そうじゃないか? と逡巡してしまう。 「私からもお願いします」 「大変でしょうが、皆を引っ張るのはやはり殿方が良いですし」 朝武さんも、俺でいいのか。 そう思ってもらえるのは、嬉しいけど……。 「廉太郎とか……」 代案を出してみる。 「女子がついてきません。無理です」 「気持ちがいいくらい、ばっさりですね」 従兄よ、もっとしっかりしてくれ。 「ご主人、吾輩がおる。何も案ずることはない」 「吾輩とご主人でやっていたことを、今度は皆でやるだけだ」 「この間、お祝いの席に集まった者達で組めば良い」 「それならば、吾輩が参加しても、皆戸惑いはすまい」 「ムラサメちゃんの力は借りたいから、自然にそうなるかな」 思ってたのとは違う方向で大事になってきた。 俺はさらに町おこしに精を出さなければ、ならない。 「リーダーはともかく、皆に参加をお願いしてみます」 「リーダーはメンバーが決まったら、多数決ということで」 とりあえず民主的な案を提示する。 「僕はそれでもいいよ。若い人達中心なら」 「どの道、たぶん将臣君がリーダーになると思うけどね」 涼しい顔で安晴さんは、お茶を飲み始める。 「ですよね」 「有地さんで決まりですよ」 「ご主人、往生際が悪いのう」 朝武女子ズは、肩をすくめて、やれやれと首を振るのだった。 「わたしでお役に立てるならいいですよ」 始業前、見かけたレナさんに早速、町おこしメンバーへの加入を打診した。 レナさん、即快諾。 「うむ、やっぱりレナはいい子だな、ご主人」 ムラサメちゃんも、嬉しそうだ。 「胸は大きいが、性格はいいのだ!」 「ムラサメちゃん、何か妙な偏見持ってない?」 胸と性格は全然関係ないだろ。 「ありがとうございます、レナさん」 「このお礼はいつか、必ず」 常陸さんと朝武さんも、笑顔でレナさんの加入を喜んだ。 「お礼なんていらないですよ」 「お友達のために頑張るのは、当たり前なのです。万国共通なのであります」 レナさんは、爽やかな微笑を浮かべて、俺達を見た。 天使だ。天使様がここにいる! 俺は奇跡を体験していた。 「こら、ご主人!」 「デレデレするでない! ていっていっ!」 幼刀が俺の背中を、ぽこぽこと叩いてくる。 「痛い痛い! デレデレなんてしてないよっ!」 「嘘を吐くでない、レナの方を見て、呆けておったではないか!」 「胸なんて飾りなんじゃとあれほど言うたのに!」 ムラサメちゃん、胸にこだわりすぎ! ともかく。 「レ、レナさん、ありがとう」 「じ、祖父ちゃんには、俺から頼んでおくから」 ムラサメちゃんのポコポコパンチを受けつつ、俺もお礼を。 「そうしていただけると助かりますね」 「大旦那さんと女将のお許しをいただかないといけないですので」 「穂織全体の問題ですし、それはご了承いただけるでしょう」 「あとは、鞍馬さん達ね」 「ふ、二人には昼食の時にでも、話そう」 「――って、ムラサメちゃん、もう叩くのやめてくれよ!」 俺はさっと身を翻して、避けた。 「むう、ご主人がえっちぃからいけないのじゃ!」 ムラサメちゃんはまだ唇を尖らせて、怒っていた。 ひどいよ、冤罪だ。 「はあ?! 町おこし準備会のメンバー?!」 「もう、そこまで話が進んでたんだ」 「ああ、そこでお前達にも参加して欲しいんだ」 俺は毎度おなじみのメンツで、昼食を摂りながら廉太郎達に事の経緯を説明した。 今日はムラサメちゃんも同席している。 「そーいうの、フツー町役場の人達の仕事じゃね?」 「今回は若いヤツ中心でやって欲しいんだって。安晴さんが言ってた」 「次世代の育成だそうですよ」 「いつまでもお父さん達に頼ってはいられませんからね」 「皆で、がんばるのですよ、レンタロウ」 「メンドーなことになったな……」 女子は全員乗り気なのに、唯一の穂織男子だけが、嫌そうだった。 「廉兄、何言ってるの、ここはチャンスじゃん」 「今までの失点を取り返さないと」 「失点なんてねーよ!」 「自分でわかってなかったの?!」 「だからいつまでも駄兄なんだよ、はあ~~っ……」 「ため息吐くなよ! 誰が駄兄だっ!」 兄妹がまた仲良く喧嘩しだした。 「廉太郎、お前は貴重な男手だ。絶対参加させるぞ」 「祖父ちゃんの名にかけて――いや、祖父ちゃんに言いつけてでも!」 俺はさくっと某少年探偵のような台詞を吐く。 「ちょっ、おまっ、いきなり飛び道具か?!」 「従兄なんだからもっと優しくしろよ!」 「お前、この中で一番ヒマなんだし、ずっと穂織で暮らしてたじゃないか」 「俺は、お前にリーダーになって欲しいくらいだ」 「ご主人、まだそのようなことを」 「有地さんも、諦めが悪いですね」 「ん? マサオミがリーダーじゃないのですか?」 「いえ、有地さんですから、レナさん」 朝武さんが笑顔で言い切った。 この子も割かし言い出したら聞かない子だからな。 「じゃあ、多数決をとりまーす!」 「廉兄がリーダーで、いいと思う人!」 俺だけが挙手。 『………』 他は誰も微動だにしない。 「では、お兄ちゃんがいいと思う人!」 「はい」 「はい♪」 「当然至極」 「マサオミがいいでーす」 「俺の柄じゃないだろ」 「もちろん、私もお兄ちゃん!」 俺以外の全員が手を高々と。 圧倒的多数であった。 「やっぱそうなるのか……」 自分でやり始めたこととはいえ、ちょっとプレッシャーだ。 「何をしょぼくれておる、ご主人」 「だって、この中で俺が一番、穂織に詳しくないのに」 「上に立つ者にとって、大切なのは知識ではない」 「人徳だ」 「ご主人は、皆に認められたのだ。むしろ喜べばよいのだぞ」 ムラサメちゃんに、ぱしっと肩を叩かれた。 俺に人徳ねえ。 あまり実感はないけど。 「まずはレナさんの参加を玄十郎さんに認めてもらわなくてはなりません」 「放課後、皆で説得に行きましょう」 「そうですね」 「はーい!」 「わぉっ、皆、ありがとうございます!」 俺の戸惑いをよそに、話はどんどん進んでいく。 ――もう、やるしかない。 俺は腹をくくった。 「よし、やってやるか!」 俺はぐっと拳を握った。 「よく考えたら、祖父ちゃんに連絡なしで来ちゃったけど」 「今、居るかな?」 「町おこし準備会」のメンバーである俺達は、放課後すぐに旅館へ来た。 「大旦那さんはともかく女将はいますよ」 「でも、まずは玄十郎さんに話すべきではないですか?」 「最終決定権は玄十郎さんにありますしね」 「とにかく入ってみるしかあるまい」 「うん、皆、行こう」 「うわ~、祖父ちゃんいませんように……」 「何言ってるの! いた方がいいの!」 そんなことを皆で話しつつ、中に入る。 「む? どうしたのだ、皆でそろって」 「巫女姫様や、常陸さんまで」 ラッキーなことに、すぐに祖父ちゃんに出会えた。 「祖父ちゃん、前話した町おこしのことで話があるんだけど」 「ああ、だいたいの話は安晴様から聞いておる」 「とにかく、ここで立ち話では落ち着かん。客間に行こう」 皆で空いてる客間に通された。 「皆さん、粗茶ですが」 猪谷さんが、全員分のお茶を持ってきてくれた。 「あ、女将すみませんです」 「わたしの仕事でしたのに」 「いえ、大旦那さんから直接私が言われたのです」 「リヒテナウアーさんは、今はご学友と一緒に座っていなさい」 「恐れ入ります」 ペコリとレナさんが猪谷さんに頭を下げた。 「では、皆さん、ごゆっくり」 猪谷さんも一礼して、座敷を去ろうとする。 「あ、すまんが、女将も同席してくれぬか」 「その方が良いのであろう? 将臣」 祖父ちゃんが、俺を見て小さく笑う。 「もしかして、俺達の言いたいことお見通し?」 「だいたいはな」 今度ははっきりと笑う。 やっぱり勘がいいな、祖父ちゃん。 敵わない。 「じゃあ、ずばり言うけど、町おこしのためにレナさんの手も借りたい」 「レナさんは、ここの従業員だから、まず雇い主の祖父ちゃんと上司の猪谷さんの許可をとりたいんだ」 「ふむ、やはりそうか」 祖父ちゃんは驚きもせず、まっすぐ俺達を見ていた。 「うわっ、祖父ちゃん何か怒ってね? 怖くね?」 「やっぱ、無理なんじゃね?」 俺の左隣の廉太郎がそんなことをつぶやく。 「いや、あれが祖父ちゃんのフツーだろ、廉太郎」 「そうだよ、廉兄、怖がりすぎっ」 「どうして、付き合いの長い廉兄の方が、わかんないの?」 兄は妹に叱咤されていた。 立場が逆だ。 「それはリヒテナウアーさん自身の意思でもあるのかな?」 祖父ちゃんの視線は、レナさんの方に。 「はい、そうです」 「わたしは穂織が好きです。永く栄えてほしいのです」 「第一、穂織が寂れたら、ここのお客様も減ります」 「そしたら、わたしも、クビかもです」 「今はマサオミ達を手伝うことが、この旅館のためになると考えました」 レナさんはしっかりと祖父ちゃんの目を見据えて、考えを述べる。 「どうぞ、ご配慮お願いしたいです」 最後にはお辞儀をした。 「玄十郎さん、私からもお願いします」 「色々とあるでしょうが、何卒……」 「お祖父ちゃん、お願い!」 ぞくぞくと女性陣が、祖父ちゃんにペコリと頭を下げた。 俺と廉太郎も慌てて、それにならう。 「………」 一瞬の間の後。 「ははははは!」 祖父ちゃんは、大きく高笑いをした。 「リヒテナウアーさんの考えは、実にしっかりしておる」 「それに巫女姫様に、そこまで頼まれては嫌とは言えますまい」 「女将、ワシからも頼む。何とかリヒテナウアーさんの空き時間を作ってくれ」 「わかりました」 「将臣さんを助けてあげなさい、リヒテナウアーさん」 「わおっ、大旦那さん、女将、ありがとうございまーす!」 レナさんがその場で両腕を上げて喜ぶ。 「ありがとうございます!」 「私のお祖父ちゃん、サイコー!」 女の子達は手を取り合い、笑顔を咲かせる。 一気に座敷が華やいだ。 「将臣、しばらくはこの客間を好きに使うがいい」 「え?」 「話し合いの場が必要だろう?」 「お茶くらいならば、出してやる」 「ありがとうございます!」 俺は再度、祖父ちゃんにお礼の言葉を伝えた。 「うむ、さすが玄十郎じゃな!」 「だてに、年はとっておらぬ!」 ムラサメちゃんもうんうんと頷いていた。 「祖父ちゃん、ムラサメちゃんが祖父ちゃんのこと褒めてるよ」 「な、何?! ムラサメ様もいらしたのか?」 「それを先に言わんか! 馬鹿者!」 焦った祖父ちゃんに叱られた。 本当にムラサメちゃんに敬意を払ってるんだな、祖父ちゃん……。 「ご主人、兵と城は手に入れたぞ」 「早速、合戦の準備だ!」 鼻息も荒く、ムラサメちゃんが刀をふり回す仕草をする。 「はいはい、話し合いだからね、ムラサメちゃん」 いきり立つ幼刀をなだめる。 「では、始めましょう」 「はぁ……」 「なかなか、いいアイデアって出ないんだね、お兄ちゃん」 「まったくだ……」 数時間もの間、六人(とムラサメちゃん)で話し合った結果がこれであった。 「話しすぎて、ノドカラカラだぜ……」 小春だけでなく、いつもは五月蠅いくらい元気な廉太郎まで、ぐったりしていた。 なかなか進展しない会議の疲労感はハンパない。 「わたし、新しいお茶もらってきまーす。皆は一休みしててください」 レナさんが、すっくと立ち上がって、客間を出る。 「あ、もうこんな時間」 「すみません、皆さん、私……」 「舞の奉納だよね? うん、もう朝武さんは戻らないと」 「有地さん、ごめんなさい、ワタシもです」 「常陸さんも、家事あるしね、ありがとう、今日はもういいよ」 「失礼します」 「皆さん、初日ですし、皆さんもあまり根をつめないでくださいね」 二人が会釈して、客間を去る。 「うん、お疲れ様」 俺は二人に手を振った。 だが、その手もすぐにだらんと下がる。 俺はテーブルに、つっぷした。 「ご主人も、随分疲れておるのう」 「玄十郎との稽古よりも、キツそうに見えるぞ」 「普段使わない脳みそ使ってるからなあ」 頭脳労働は思いの外、ハードだった。 しかも何も進展がないから、余計精神的にまいってしまう。 「お番茶淹れてきたですよ~」 「おや? ヨシノとマコはいずこに行きましたか?」 「あの二人は、神社の仕事で先に帰ったぞ」 「それより、ここで死んでるご主人達にお茶を振舞ってくれぬか、レナ」 「りょーかいであります!」 「マサオミ、レンタロウ、コハル、水分摂って復活してください」 「おおっ! レナちゃんの淹れてくれたお茶……!」 「……っくん、はぁ、落ち着く~~……」 レナさんのお茶を飲んで、廉太郎と小春はようやく人心地ついたようだ。 表情が緩んでいる。 「ほれ、ご主人も飲め」 「飲ましてやりたいが、吾輩は湯のみに触れんのだ」 「う、うん、わかってる。そこまでしなくても大丈夫」 ムラサメちゃんにぐいっと強引に、身体を引っ張られて俺は起き上がる。 湯のみを手にして、一口番茶をすすった。 乾ききったノドに、美味さと水分が沁みわたる。 「美味しい」 味から、温度まで最高だ。 「お茶飲んで、こんなに美味いって思ったの初めてだ」 「そうですか。良かったです」 「何度も女将に教えてもらいましたので、きっとその成果ですよ」 にっこりと笑う。 癒される笑顔だった。 「そうか、レナの茶はそんなに美味いのか」 「吾輩も飲んでみたかったのう。さすがに無理じゃがな」 ムラサメちゃんが、眉で八の字を描く。 寂しげな笑顔。 ちくり、と胸が痛む。 「いや、無理じゃないよ」 「俺の手にお茶を――って、熱っ!」 急須から手のひらに注いだお茶は、想像以上に熱かった。 「マサオミ、直接手に注ぐのは無茶です」 「湯のみを、マサオミが持つのではダメですか?」 「俺の身体に直接触れないと、無理なんだ」 以前、パフェで試してそれはわかっている。 「うむ、固形物でなければ無理であろう」 「そうですか、残念です」 「わたしのお茶、ムラサメちゃんにも飲んで欲しかったですから……」 「良い、その気持ちだけで吾輩は充分だ」 「吾輩は腹も減らんし、ノドも乾かんしな」 ムラサメちゃんはふわりと浮かんで、レナさんのそばに立つと微笑んでみせた。 「おおっ、ムラサメちゃんは優しいです」 「ぎゅーっと抱きしめたいですよ」 と言って、ムラサメちゃんを抱く仕草をするレナさん。 でも、レナさんの両腕は、ムラサメちゃんの身体をすり抜ける。 もちろん知っててやっているのだろう。 俺しかムラサメちゃんに触れられないのだから。 「将臣、なあ、今日はこれくらいにしないか?」 「ん?」 「疲れた頭で、これ以上考えてもいいアイデアなんて出ねーよ」 「それもそうだな……」 全員口にはしないが、腹も減ってるだろうし。 今日はここまでとするか。 「わかった。今日はここまでにしよう」 「今日出た意見は、議事録にまとめて、俺が後で皆にメールするよ」 「うわっ、お前真面目だな」 「ただしゃべっただけじゃ、意味ないだろう」 「そうですよ、次の会議で重複した意見が出ないようにしないと時間無駄にします」 「うむ、毎回そうやって進展させねばな」 「な、なるほど……」 「将臣、お前ちゃんと考えてるんだな」 「当たり前だろ」 「やっぱり廉兄がリーダーじゃなくて良かったよ」 「そうだな!」 「お前納得してないで、ちょっとは悔しがるとかしろよ」 まったく、こいつは。 「じゃあ、また明日な」 「お兄ちゃん、レナ先輩、ムラサメ様、失礼します」 「ああ、お疲れさん」 客間を後にする鞍馬兄妹を、俺は見送った。 「ご主人、吾輩達も退散するか」 「仕事もせずに、ここに長居してもレナと玄十郎に迷惑をかけてしまうからのう」 「うん、俺も境内の掃除あるしね」 俺とムラサメちゃんも立ち上がる。 「マサオミ、ムラサメちゃん、また明日ですね!」 「うん、後で議事録と次の会議についてメールするから」 「りょーかいであります」 「レナ、これからもよろしく頼むぞ」 「はい、こちらこそ!」 「お世話になりましたー! 失礼しまーす!」 玄関で、祖父ちゃんに聞こえるように、挨拶をしてから戸を閉めた。 ムラサメちゃんと並んで、家路を辿る。 「ご主人、同世代の仲間とは良いものだな」 「えっ、急にどうしたのさ?」 「本日の会議で、皆と一緒に話しているご主人は楽しそうだったぞ」 「ご主人だけではない、芳乃や茉子も同様じゃ」 「やはり、若者は若者のうちに、体験すべきことがあるのだ」 「祟り神の怒りを鎮めて、ようやくご主人達もまっとうな青春を送れそうで何よりじゃ」 「ムラサメちゃん……」 「ご主人、ご主人はわかっておらぬ」 「ご主人は、今、貴重な時期におるのだ。それをもっと自覚せよ」 「青春を謳歌するのだ、ご主人」 「青春っすか」 「そうだ、もう穂織の地は平穏を取り戻した」 「次はご主人達が取り戻す番なのだ」 「俺達の番?」 「ご主人、芳乃、茉子、皆、若者らしいことをせぬまま大人になるとこじゃった」 「そういうのはいかんのだ。歪んだ大人になってしまう」 「為すべき時に、為すべきことをせぬと後で後悔するぞ、ご主人」 「俺の為すべきことが、青春するってこと?」 「同世代の友と、大いに語り、楽しむのだ」 「そういう当たり前を経験せぬまま、生き続けるのはツライぞ、ご主人」 いつかのムラサメちゃんの言葉が、頭の中に再生される。 青春を謳歌、か。 確かにそれは今の時期の俺達にしかできないことなのだろう。 でも、そうなると、ムラサメちゃんはどうなるんだ。 俺達と大して変わらない歳で、人柱になんかになって。 青春どころじゃなかったはずだ。 そう思うと、俺は言わずにはいられなくなる。 「俺達だけじゃなくてさ」 「ん?」 「ムラサメちゃんだって、俺達と青春すればいいだろう」 「な、何?!」 ムラサメちゃんが、目を丸くする。 「そりゃ、ムラサメちゃんが直接コミュニケーションを取れるのは限られた人だけだ」 「それでも、間に俺が入ることで、廉太郎や小春、芦花姉とも知り合いになれた」 「それをもっとたくさんの人とすれば、ムラサメちゃんだってきっと、青春できる! 取り戻せる!」 「あ」 俺は隣のムラサメちゃんの手をいきなりぎゅっと握って、言った。 俺にしてはめずらしく、語気が強かった。 「い、いや、待て、ご主人!」 かぁっと顔を朱色に染めつつ、慌てた。 「吾輩はいいのだ! 吾輩はご主人達とは歳が違いすぎる」 「500は違うのだぞ?! 青春という歳ではないわ!」 「そんなことない、見た目は俺より幼いくらいだろ」 「俺達と青春して、楽しもうよ、ムラサメちゃんも」 「うっ、しかしだな……」 ムラサメちゃんは逡巡する。 「何で躊躇してるの?」 「お、抑えが効かなくなったら困る……」 え? 「それってどういう意味?」 「だから、諦めていたものをいざ取り戻そうとすると……」 「吾輩はどこまでもどこまでも、求めてしまうやもしれん」 「求めればいいんじゃないの?」 「相手のあることじゃ、そんな簡単にはいかん」 「相手なら、俺達がいる」 「うぐっ、だから、吾輩が求めてしまうのは、そーではない……」 「吾輩が一番したいのは……」 ムラサメちゃんの顔はどんどん赤くなっていく。 耳まで真っ赤だ。 手に汗もかいていた。 「何でも俺に相談してよ」 「そ、相談?! 本人に相談などできるか!」 「本人って?」 「う、五月蠅いぞ、ご主人!」 「この話はもう止めじゃ! ほれ、境内の掃除じゃろう!」 ぷいと俺から顔を逸らして、ムラサメちゃんはずんずんと先を行く。 でも、俺の手は強く握ったまま。 俺は首を傾げながら、ついていくしかなかった。 もはや毎日の日課となった掃き掃除をする。 いつもやっていることだ。 「……」 「……」 でも、何故か俺とムラサメちゃんの雰囲気はいつもと違っていた。 二人とも無言。 何でこうなる? 「あの、ムラサメちゃ――」 「っ?!」 俺が話しかけようとすると、途端にムラサメちゃんは顔をそむける。 何で? でも、嫌われてるわけじゃない。 俺が掃く場所を変えると、必ずついてくる。 そして、チラチラと俺の方を見ていた。 「おーい、ムラサメちゃ――」 「――っ?!」 さっと頬を染めたムラサメちゃんが、また背中を向ける。 ついてくるのに、会話をさせてくれない。 あ。 これは、もしかして……。 「わかったぞ! ムラサメちゃん!」 「全て、謎は解けた!」 俺はさっとムラサメちゃんの正面に回りこみ、ビシッ! と人差し指を向ける。 「な、何?!」 「ううっ、バ、バレてしまったのか?!」 ムラサメちゃん、超狼狽。 「ふっ、俺はこう見えても、勘は鋭い方なんだよ」 「うぐっ、そうであったのか、ご主人」 「ムラサメちゃんのしたいことは、すばり――」 「あうっ、はっきり言わないでくれ……」 「顔から火が出そうじゃ……」 ムラサメちゃんは、両手で顔を隠してふるふると首をふる。 可愛い仕草だった。 でも、俺はあえて言う。 「青春、相手のあること、そして、ムラサメちゃんのこれまでの俺に対する態度――」 「そこから、導きだされる答えはひとつ……!」 「く、くうっ、や、やはりバレバレであったか……」 「ムラサメちゃんは、今、俺に反抗期なんだ!」 「何でそうなるのだ、馬鹿ご主人!」 「鈍いご主人に、天誅だ!」 「あ痛っ!」 跳び上がる幼刀に頭をはたかれてしまった。 「……なんて、鈍いんでしょうね、有地さん」 「天然記念物並みね」 「あれではムラサメ様が、ちょっと不憫……」 「茉子、私達で何とかしてあげない?」 「え? よろしいのですか? 芳乃様」 「どうして、いけないの?」 「あ、いえ、何と言いますか」 「一応、芳乃様は有地さんの元婚約者でしたから」 「私と有地さんは、戦友だと言ったじゃない」 「……」 「そうでしたね、わかりました」 「少しだけ、おせっかいを焼くことにしましょう」 「そうね」 「あーっ、いい湯だった……」 夕食後、風呂でのんびりくつろいだ。 やはり風呂はいい。 魂の洗濯とはよくいったものだ。 「あれ? ムラサメちゃん?」 いない。 部屋を見渡してみるが、いつもは俺の部屋にいる幼刀ちゃんの姿はなかった。 「夜の散歩にでも行ったのかな……」 少し気になる。 「うぐっ、だから、吾輩が求めてしまうのは、そーではない……」 「吾輩が一番したいのは……」 「何でも俺に相談してよ」 「そ、相談?! 本人に相談などできるか!」 「あうっ、はっきり言わないでくれ……」 「顔から火が出そうじゃ……」 夕方からムラサメちゃんの様子がおかしかった。 終始顔を真っ赤にして。 あたふたと慌てて。 「ムラサメちゃんは何をしたいんだろう……?」 俺達には青春を取り戻せとか言っておきながら。 自分のしたいことは我慢しちゃうのか。 「肝心なところで、水くさいんだよなぁ」 付き合いは決して長くはなかったけれど。 一緒に、死線をくぐり抜けてきた仲じゃないか。 「言ってくれたら、何だってしてあげるのに」 俺はずっと都会で、のほほんと暮らしてきた朴念仁だ。 察してあげるとか、できないから。 だから、言葉にしてくれないとわからないんだよ、ムラサメちゃん。 「はぁ……」 ため息ひとつ。 「メール送って寝るか……」 俺は今日の会議の議事録を作って、皆にメールした。 今日出た意見を羅列して、明日また会議しよう、と文面を結ぶ。 「送信っと……」 一度だけ、頭から流し読みしてから、全員に送る。 これで今日の仕事は完全に終わった。 「布団敷くか……」 ムラサメちゃんは気になるけど、仮にも生き神様だ。 少なくとも夜でも、身に危険はないだろう。 俺は押入れから、布団を取り出した。 「う~~ん……」 「う~~ん、う~~~~んっ……」 「う~~ん、う~~ん、ん……?」 一度は眠っていたが、目が覚める。 何だか寝苦しい。 ていうか、身体が重いんだけど。 自由に寝返りさえ、打てない。 「ひょっとして、金縛り?!」 今まで祟り神やら、御神刀やらオカルトっぽいモノに接してきたが。 「ついに、マジの幽霊さんですか?!」 やばっ、どうすればいい?! と、とにかく身体の自由を取り戻さねば! 俺はじたばたと、何とか動く四肢を必死に稼動させる。 「ゆ、幽霊?!」 「ど、どこじゃ、ご主人、どこにそんなモノが!」 ムラサメちゃんが、俺の身体にしがみついたまま震えていた。 震えとともに、ムラサメちゃんのやわらかい身体の感触が、ダイレクトに伝わってくる。 「……幽霊の正体は、ムラサメちゃんかい」 途端に脱力する。 俺はいつの間にか布団にもぐりこんだムラサメちゃんに、抱きつかれているだけだった。 「吾輩は幽霊ではないっ!」 「あんな存在と、吾輩をいっしょにするでないぞ、ご主人!」 ぎゅ~っと抱きつかれたまま、叫ぶ。 あっ、ちょっ、そんなにくっつかれると。 女の子の身体の感触が。 いくら、薄いといっても異性の胸をそんなに強く! マズイ。 特に下半身的にマズイであります! (レナさん風) 「ム、ムラサメちゃん、何? 何で俺の布団にもぐりこんでるの?」 「話があるなら、普通に起して……」 頑張って平静を装いつつ、尋ねる。 顔が熱い。きっと真っ赤になってるだろう。 電気が消えてて良かった。 「は、話というか……」 「い、いいかげんに察してくれ、ご主人」 ムラサメちゃんの声が少し震えていた。 「この状態で、察するって……」 「ま、まだ、わ、わからぬのかご主人」 「これは日本古来から伝わる由緒正しき儀式だ」 「夜這いというのだぞ」 さらにぎゅっとムラサメちゃんが俺をキツく抱く。 心臓の音がわかる。 ムラサメちゃんの激しい鼓動が、俺にも伝わってきた。 「夜這いって、男からするんじゃ」 「吾輩は眠らぬのだから、こうするしかないではないか」 「待って待って、何かおかしい」 「そうだご主人、吾輩は最近おかしいのだ」 「ご主人のことを考えるだけで、胸が苦しくなる。ずっと触れていたくなる」 「――え?」 どくん、と俺の心臓も大きく鼓動する。 「夕餉の後、茉子と芳乃が吾輩に話しかけてきた」 「躊躇はしたが、そこは女同士の気安さか、吾輩もつい本当の事を話してしまった」 「茉子と芳乃に、話してようやく決心できたのだ」 「この恋わずらいに、決着をつけようと」 「ムラサメちゃん……」 突然の告白。 俺は、一瞬だけ頭が真っ白になる。 ムラサメちゃんが、俺を? でも、その一言で、今までのムラサメちゃんの言動が、ストンと腑に落ちた。 「ご主人、ご主人は唯一吾輩に触れられる男じゃ」 「その男を吾輩は好いたのだ、こんなことはもう金輪際ないかもしれん」 「後生じゃ、ご主人……吾輩を抱いて欲しい」 「今夜限りで、構わぬ」 「吾輩を女として、愛してくれ」 「……」 か細い身体が、がたがたと震えていた。 怖いんだ。 異性に拒絶されるかもしれないという恐怖。 でも、ムラサメちゃんはそれを乗り越えて、行動してきた。 「吾輩はな、ご主人」 「初めて、恋をしたのだ……」 「恋を知らぬまま、今まで生きてきた……」 「ぐすっ、吾輩は恋をしたかった……。ずっと……」 「泣かないで」 「あ……」 俺は彼女を抱き返す。 優しく、包み込むように。 頭を、髪を慈しむように、撫でた。 「ご主人……いいのか?」 「ムラサメちゃんに、そんなことを言われて嫌だなんて言う男なんていない」 「もしいたら、俺が叢雨丸で、そいつを成敗してやるよ」 「ご主人……」 「ご主人は優しいのう……」 「ご主人が吾輩の初恋で良かった……」 「でも、約束してムラサメちゃん」 「何じゃ?」 「今夜限りなんて、悲しいことを言わないで」 「ずっと、俺の彼女になってくれよ」 「……よ、良いのか?」 「吾輩は人ではないのに、良いのか?」 「誰かを好きになるのなんて、理屈じゃないよ」 「ずっと可愛いなって思ってた。ムラサメちゃんのことが気になってしょうがなかった」 「でも、俺は鈍感で恋だとは気づけなかったんだ」 あまり身近に、ムラサメちゃんがいたから。 「俺からも言う」 「好きだよ、ムラサメちゃん」 「ご主人……」 「ありがとう……んっ……」 「んっ、ちゅっ、ご主人……」 「んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「好きじゃ、んっ、好きじゃ、ご主人……」 自然にお互いの唇を重ねた。 甘い匂いと、柔らかな感触に俺の緊張はさらに高まる。 ドキドキする。 心臓の高鳴りが、速過ぎて不安になるほどに。 「んっ、ちゅっ、んっ、んっ……」 「はぁ、はぁ、ご主人……」 俺達はいったん唇を放した。 呼吸をするのを忘れるほど、キスに没頭していた。 俺は息を整えながら、ムラサメちゃんを抱いたまま、声を出す。 「ムラサメちゃん、俺、最初に言っとくけど」 「ん? 何だ?」 「俺も、初めてなんだ……」 「そ、そうなのか?」 「ごめん、だから上手くはできないかもしれない」 「もし、痛かったりしたら、すぐに言ってほしい」 「くす……、ご主人はやっぱり正直で優しいのう……」 「良い。ご主人なら委ねられる」 「吾輩をご主人の最初の女にしてくれ」 「ムラサメちゃん……」 薄闇に浮かぶ、その笑顔があまりにいじらしくて。 俺は彼女を背中から、抱きしめる。 「あ……」 吐息と、戸惑いの入り混じった声をあげるムラサメちゃん。 俺は後ろからムラサメちゃんの、小さな双丘にそっと触れた。 「あう、いきなりそこなのか、ご主人……」 「男は女の子の胸好きなんだよ」 言いながら、服の上からゆっくりと揉む。 後ろからだと、かえって膨らみを実感しやすい。 乳首が尖ってるのも、わかった。 「んっ、あっ、ん……!」 「前は硬いとか、言って馬鹿にしておった、くせ、に……」 「傷ついてたの? ごめん」 「でも、これはこれで可愛いと思うよ」 「はぁ、はぁ、んっ、ち、調子のいいこと……んっ!」 ぴくん、とムラサメちゃんの肩が揺れた。 超初心者の俺の愛撫でも、感じてるんだろうか? 「ムラサメちゃん、気持ちいい?」 「はっ? ば、馬鹿なことを、聞くでないご主人……!」 「は、恥ずかしいではないか!」 「でも、痛かったりしたら、嫌だし」 「俺、ムラサメちゃんに嫌がられたくないから」 「……っ」 「……気持ちは、いいぞ……」 「どきどきはするが、身体がうずいて、快感の波が吾輩を翻弄――」 「――って、何を恥ずかしいことを言わせておるのだ! ご主人!」 「素直なムラサメちゃんは可愛いな」 ぎゅっと2つのおっぱいを、揉みながら耳元でささやく。 「ひゃっ?! 耳に息を吹きかけるでないっ」 ムラサメちゃんの身体全体が揺れるように震えた。 あきらかに感じていた。 「耳がいいの?」 「い、言わんぞ、もう恥ずかしいことは言わん……!」 「ご主人の誘導尋問には、もうのらんのじゃ!」 恥らう様子がたまらなく可愛い。 女の子をこんなに、愛おしく思ったことはない。 もっと気持ち良くさせてあげたい。 ムラサメちゃんの大事な初めてなのだから。 「なら、色々試してみる」 「なっ?! 色々って……」 「それは、吾輩の身体に色々な破廉恥なことをするという意味か?」 「エッチしてるんだから、当然でしょ」 「いや、最初からあまり頑張らなくてもだな……くぅんっ?!」 俺はムラサメちゃんの耳たぶにキスをした。 ちゅっちゅっと音を立てて、小さな口づけを繰り返す。 「あんっ、んっ、あっ、はぁ、ん……!」 「ご、ご主人、それはダメじゃ、耳は……はぁっ、んんっ!」 「ああああっ!」 俺はムラサメちゃんの胸を愛撫しながら、耳と首筋にキスをし、舌を這わした。 ムラサメちゃんは荒い息遣いをしながらも、俺に身を寄せてくる。 言葉とは裏腹に、俺の行為を受け入れてくれていた。 「耳と首が弱いんだね」 「ううっ、自分でもよくわからん……」 「こんなことをするのは、初めてじゃから……」 「ここは自分でキスできないしね」 「ご主人、接吻してくれ……」 「ん?」 「今までは、全部、吾輩からご主人に接吻した……」 「吾輩は、ご主人から、求められて接吻がしたい」 潤んだ瞳で俺を見上げる少女。 思わず、唾を飲む。 こんなことを言われて、しない男なんていない。 俺は後ろから彼女と密着したまま、頬に手を触れた。 「ムラサメちゃん、こっち向いて」 「ご主人、んっ……」 俺の方から、ムラサメちゃんにキスをした。 今まで一番、深く、強く。 「んっ、ちゅっ、あっ、んっ、はぁはぁ、んっ……」 「ちゅっ、んっ、あっ、はぁ、はぁ、んっ、ちゅっ……」 「ご主人、んっ、あっ、はぁはぁ、ご主人……!」 「ああ、好きじゃ、好きなのだ、ご主人……!」 「んっ、ちゅっ、んんんっ!」 激しくお互いにお互いの唇を吸い合う。 舌を絡ませて、ぴちゃぴちゃとイヤらしい音がする。 ムラサメちゃんの髪の匂いが、唾液の感触が。 俺からどんどん理性を奪っていく。 欲しい。 目の前のこの子を、もっと感じたい。 「あっ……!」 俺は勝手に、彼女の上着をはだけさせてしまう。 白い肌が、薄闇の中で目に眩しい。 とても綺麗な身体をしていた。 「あうあうあう……」 ムラサメちゃんはすごく恥じ入っていた。 そんな様子も可愛い。 「ムラサメちゃん、ブラしてないんだ」 「こ、こら、いきなりすぎるぞ、ご主人」 「吾輩にも、心の準備というものが……!」 「ごめん、ムラサメちゃんが欲しくてたまらなくて……」 「気がついたら、脱がしてた」 「ううっ、やっぱり男は狼なのじゃ……」 ムラサメちゃん、ちょっと涙目。 「優しくするよ」 「う、うむ……んっ、あっ!」 俺はムラサメちゃんの胸に直接触れた。 小さいが、それは確かに少女のふくらみだった。 張りのある白い肌と、尖った乳首が、俺を魅了する。 両手で、ムラサメちゃんのおっぱいを包み込む。 「あっ、ああ……」 「ご、ご主人に直接触れられておる……」 「んっ、あっ、あああっ!」 「ムラサメちゃんの肌すべすべで気持ちいいよ」 「ま、前は硬いと、文句を言ってたぞ……」 「こうして、ちゃんと触るとそんなことないよ」 「女の子の身体だよ。すごく可愛いし、綺麗だ……」 「そっ、そんなこと言いながら、胸を愛撫するでない……」 「余計に感じてしまうではないか……!」 「感じていいんだよ、ムラサメちゃん」 俺は2つの乳首を指と指の間で挟んで、刺激する。 「はあんっ!」 ぴくん! とムラサメちゃんの身体が揺れた。 「お、おっぱいの先は、ダメじゃ、んっ、あっ、ご主人……」 「そこをそんなにくりくりしたら、んっ、あっ、はぁん!」 「あっ、はぁっ、あっ、あああっ!」 乳首をイジるたびに、何度も甘い声を出してムラサメちゃんは身体を震わせる。 俺の手の中に納まっている胸から、鼓動が伝わってくる。 彼女の心臓の鼓動だ。 俺にしか触れられない彼女。人柱になった少女。 でも、俺は実感していた。 彼女は、確かにここにいて。 生きてるんだ。 「ムラサメちゃん、俺を好きになってくれてありがとう」 「俺にこんな可愛い彼女ができるなんて、思ってなかったよ」 「んっ、はぁ、はぁ、何を言っておる……」 「ご主人は、女にすごくモテておるではないか……」 「ご主人の周りの女は、皆、ご主人を好いておる……」 「吾輩を選ぶとは、正直思っておらなんだ」 「どうして、そんなことを言うの?」 「だって、吾輩は人では――」 「人だよ、ムラサメちゃんは」 俺は彼女の言葉を遮る。 「ご、ご主人……」 「俺にはそれがわかるんだ」 「あっ、ん……」 半裸のムラサメちゃんに、また口づけをする。 ゆっくりと、でも深く。 温もりを伝えたくて。 生きてるんだよ、と伝えたくて。 「あっ、んっ、ちゅっ、んっ、んっ、んん……」 「んっ、ちゅっ、んっ、あっ、はぁ、はぁ、ん……」 「ああっ、ん、ちゅっ、ご主人、ご主人……」 「はぁ、はぁ、んっ、温いぞ、ご主人……」 「ずっと忘れていた人肌だ……」 「うっ、ぐすっ、ご主人! ご主人!」 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、ちゅっ! ああ、ご主人!」 「好きじゃ、んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、んっ、んんんっ!」 ムラサメちゃんは自ら激しく、俺に口づけをしてくる。 俺は彼女を抱きながら、それを受け入れた。 可愛い彼女の熱い愛情表現だ。 「ムラサメちゃん、俺も好きだよ」 「ずっと、君といっしょにいたい」 痛いほどキスを繰り返した後、ようやく唇を放して、彼女に気持ちを伝える。 「ご主人……」 「吾輩も、そうじゃ……」 「今までこんなにも強く何かに固執したことはない……」 「でも、ご主人だけは別じゃ」 「ご主人が、他の女と仲良くしてるのを見ると、平静でおれん」 「何百年と存在し続けて、こんなことは初めてじゃ……」 「光栄だよ」 「吾輩は幸運だ」 「よもや好いた男に、処女を捧げられる機会が巡ってくるとはのう……」 「し、処女……」 その言葉に、つい緊張する。 ムラサメちゃんが、本当に初めてなんだと実感する。 俺も初めてだし……。 上手くできるだろうか、痛がらせないだろうか。 あ。 「ムラサメちゃん、その……ちゃんと濡れてる?」 「は?」 俺の突然の問いにムラサメちゃんは、目をぱちくりさせる。 「だって、ちゃんと濡れてないと痛いんだろ?」 「だ、だからと言って、はっきり言いすぎだぞ、ご主人……」 薄暗いのに、ムラサメちゃんが赤くなるのがわかった。 「見せてみて」 「な、何?! あ、こら、ご主人!」 俺はムラサメちゃんの、着物をめくり上げてみた。 小さな三角地帯が目に入る。 「パンツは穿いてるんだ」 「あ、当たり前であろう!」 「芳乃や茉子には、見えていたのだからな」 「吾輩にも、それくらいの常識はある」 「でも、ヒモパンなんて、意外に大人っぽいチョイス……」 幼い容姿の彼女が、こんな下着を。 何かエッチっぽい。 「あ、あまりマジマジと見るでないっ」 「恥ずかしいではないか……」 「でも、濡れてるかどうか確かめないと」 「なっ、そんなもの確かめなくとも――あっ、んっ!」 俺は下着越しにムラサメちゃんの下腹部に触れた。 指先の先端で湿り気を感じる。 「あ、んっ、こ、こら、ご主人……!」 「勝手に触れる……あっ、はぁっ、んっ、あああっ!」 「あっ! あああんっ!」 ムラサメちゃんが甘い声を上げて、ふるふると俺に抱かれながら身体を震わせる。 感じていた。 さらにパンツの布地が、ぬるっとしてきた。 「良かった、濡れてるね」 「あ、当たり前であろう」 「好きな男に、こんなことをされて、感じぬ女などおらんわ!」 「何度も好きって言ってくれるんだね、ムラサメちゃん」 「……好きなものは好きなんだから、仕方ないではないか」 「ありがとう、俺も大好きだからね」 俺はムラサメちゃんの首筋に顔をうずめながら、胸を揉み、花弁を擦る。 「あっ、ああああっ!」 突然の愛撫の波状攻撃に、ムラサメちゃんはぴくん! と背筋を伸ばす。 「あっ、はぁ、はぁ、んっ、やっ、あっ、あああっ……!」 「ご、ご主人、あっ、くっ、い、一度にあちこちはダメじゃ……んんっ!」 「あっ! そんなにそこを擦るでないっ、あっ、ああっ!」 「あんっ、んっ、し、下着が、びしょびしょになって……あっ、くっ!」 「お、おっぱいの先をそんなにつまむなっ、あっ、やっ、んっ、あっ!」 「あっ、はぁ、んっ、あっ、やっ、あっ、はぁ、ああんっ!」 「ご、ご主人、いやらしすぎじゃ、はぁんっ、んっ!」 俺の腕の中で、ムラサメちゃんは快感に打ち震えていた。 俺のわずかな指の動きにさえ、如実に反応している。 そんな彼女が愛おしかった。 「ムラサメちゃん……」 「あっ、ん……」 愛撫しながら、再びキスを交わす。 ディープキス。 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「ちゅっ、んっ、あっ、んっ、ちゅっ、ご主人、ご主人……」 「んっ、ちゅっ、ご主人、好きだ、大好きだ……」 「お主が好きすぎて、どうかなってしまいそうじゃ……」 「んっ、んん……!」 まるで唾液を交換するかのように、お互い強く抱き合い、舌を絡ませ唇を吸い合う。 心臓が破裂しそうなくらい、大きく鳴っていた。 俺も、ムラサメちゃんも。 「ムラサメちゃん、お願い……」 俺は彼女とのキスをいったん、止めてぎゅっと彼女を抱く 「……何じゃ?」 「何でも言ってみよ、吾輩の大好きなご主人……」 「ムラサメちゃんの全部が、見たい」 「……うっ」 俺の腕の中で、ぴくっとムラサメちゃんの肩が震えた。 「ダメ?」 「……ダメではない」 「わ、わかった。今から脱ぐ……」 「ま、待っておるが良い」 ムラサメちゃんは俺から離れると、着物を脱ぎ始める。 息を呑むほど、白くて細い四肢と身体。 少女特有の緩やかな曲線を描く身体の線が、とても危うく。 壊れそうなくらいに、儚くて綺麗だった。 「ぬ、脱いだぞ、ご主人……」 ムラサメちゃんは着物を脱ぎ捨てて、俺の布団の上に寝転んだ。 でも。 「あの、パンツは……」 そうまだ一枚だけ残っていた。 ムラサメちゃんの愛液で濡れたヒモパンだけが。 「それはまだ思い切りがつかなんだ……」 「そ、そう」 でも、それも脱がないと、最後までできない。 「ご、ご主人が、脱がしてくれ」 「えっ?!」 「し、仕方なかろう、ご主人も、もう限界ではないか」 「え、えっち、したいのであろう?」 「そーにゅーしたいのであろう?」 「ムラサメちゃん、挿入って女の子が言わないで」 こっちの方が照れてしまう。 「吾輩はダメじゃ、自分で脱げぬ……」 「乙女の吾輩には、そんな大胆なことはできんのだ」 「だから、ご主人の手でやってくれ」 女の子のパンツを脱がすのか……。 考えただけで、寝巻きの中のペニスが、硬度を増す。 痛いくらい勃起してる。 ムラサメちゃんの言う通り、限界か。 「わ、わかったよ」 「脱がすからね? じっとしてて」 俺は震える手で、ムラサメちゃんのヒモパンに両手の人差し指をかける。 くいっ、と引っ張る。 「あうっ……」 「ううっ、ついに見られてしまうのか……」 「ご主人に、吾輩の――口に出せないようなところを……」 「ぱんつを脱がされ、じっくりたっぷりとねぶるように観察されてしまうのか……!」 「そしてご主人に『ふ、口ではそんなこと言ってもここは正直だな……』」 「――とか、言われながら、吾輩のオマ●コをイジられてしまうのだ……!」 「なんと、ワイセツな!」 「その言い方やめて、何か心が痛むよっ!」 陵辱展開じゃないから。 「え、えいっ」 俺は思い切って、ムラサメちゃんの腰からパンツを脱がした。 「はぅっ……!」 「ううっ……恥ずかしいぞ、ご主人……」 ムラサメちゃんが、首をふるふると左右に振った。 「初めて見た、女の子の性器……」 俺はすっかり濡れそぼった花弁に、指のはらで触れた。 「あっ、んっ……!」 ぬるっとした愛液が、垂れて落ちていく。 こんなに濡れるものなんだな、女の子って。 俺はゆっくりと、ムラサメちゃんの膣口を、指で撫でてみた。 「あっ、んっ、はぁ、んっ……!」 「やっ、あっ、んっ、はぁんっ!」 「ああ、ダメ……そんなに、触れては、あっ、んっ、んんっ!」 「ご、ご主人の指、わ、吾輩のオマ●コに……んっ、くぅんっ!」 目の前の少女は、腰を揺らし足を閉じようとする。 俺は手で彼女の膝を持ち、それを制した。 触れた肌は火照っていた。 「閉じちゃダメだよ」 「もっとよく、見せて……」 「ううっ、ご主人、後生じゃから足を閉じさせてくれ」 「こんなの恥ずかしすぎて、死んでしまう」 「可愛いよ、何も恥ずかしがることなんてない」 「全部好きだよ、ムラサメちゃん」 まだ幼く、ぴったりと合わさった彼女のオマ●コの縦スジに、ちゅっとキスをする。 「ひゃあああっ!?」 「ご、ご主人、な、何をするうっ……!」 「あんまり可愛かったから」 「それにたくさん、濡れてる方が痛くないんだろう?」 「だ、だからって、そんなところに接吻など……」 「ちゅっ」 「ひゃうっ?! ご、ご主人、吾輩の言うことを、またオマ●コに――ああっ!」 俺はムラサメちゃんの両脚の太ももを押さえると、舌でピンクの陰裂を愛撫する。 膣口からはまたどんどん蜜があふれ出す。 ひくひくと、痙攣するようにムラサメちゃんの性器が震えていた。 「あうっ、そ、そんなところを、な、舐めるのか……」 「ご、ご主人、えっちすぎだ……」 「んっ、あっ、はぁん、んっ! やっ、あっ、はぁ、はぁ!」 ムラサメちゃんの膣口が少し開き、中を覗かせる。 誰も、きっと本人も見たことがないだろう場所。 優しく舌を差し込み、舐めあげる。 「あああっ! ひゃっ! あっ! くぅっ!」 「んっ、あっ、はぁはぁ、あっ、んっ、ひゃあんっ!」 「あっ、ああ、あっ、ああっ! ダメなのだ……!」 「そんなに吾輩のオマ●コをぺろぺろしては……!」 「あっ、はぁっ、はぁっ、あっ、あっ、あああっ、ご主人、ご主人っ!」 「な、何か、く、来るっ!」 ムラサメちゃんの身体が、ぷるぷると震えだした。 「もしかして、イキそうなの?」 「わ、わからん、吾輩も、こんなことは初めてで……!」 「あっ、だ、ダメだっ、も、もう頭が真っ白になって……!」 「ご、ご主人、ご主人っっ!」 「あああああああっ!」 ムラサメちゃんの身体が布団の上で、ぴくんぴくんと跳ね上がる。 白い身体を、興奮で火照らせて愛液を溢れ出させた。 潮を吹いた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「ご、ご主人……、今、吾輩は……」 ムラサメちゃんは肩で息をしながら、とろんとした目で俺を見ていた。 「イッたんだね、ムラサメちゃん」 「……そうか」 「これが、達するということなのか……」 「……すごいのう、一瞬、自分が消えたかと思うたわ……」 微笑する。 どこか色っぽい感じの表情。 少女ではなく、女の顔というか。 そんな顔を見ていたら、俺は……。 「……ご主人」 「寝巻きの中、すごいことになっておるぞ」 「え? あ」 俺のペニスは、寝巻きを着ていても隠せないほどそそり立っていた。 テントが出来ていた。 「いつまで、自分だけ服を着ているのだ」 「ご主人も、脱げ。そして、吾輩に全部見せよ」 「不公平ではないか」 「う、うん」 言われて俺も寝巻きと下着を脱ぐ。 「おおっ……」 「ご主人、すごいのう……」 俺の完全に準備が出来上がった下半身を見て、ムラサメちゃんが息を呑む。 「それが吾輩の《なか》膣に入るのか……」 「たくましいというか、何とも凶悪な代物じゃな……」 「もう少し小さくはできぬか? ご主人」 えー?! 「そんな器用なことはできないよ!」 「くす、冗談だ」 ムラサメちゃんはいたずらっぽく笑う。 「さあ、次はご主人の番だ」 「吾輩と繋がり、気持ち良くなるが良い」 「なるべく痛くないようにするね」 「ふふっ、ご主人になら、痛くされても構わん」 「むしろ、忘れられないくらい、強くお主を刻んでくれ」 そう言って、目の前の少女は破顔した。 愛おしい。 今から、俺はこの子を、抱く。 一つになる。 「ムラサメちゃん」 俺は亀頭を彼女の小さな膣口に当てた。 「あっ……」 「んっ、あっ……」 「ああああっ!」 ペニスが彼女の幼い性器をこじ開けるように、侵入していく。 ぬめっとした快感が、俺の脳髄に響く。 「いっ、んっ、あっ……!」 「はぁ、はぁ、んっ、あっ、くっ……!」 「痛っ、んっ、あっ、はぁんっ!」 ムラサメちゃんの目の端に涙の粒が浮かぶ。 「ご、ごめん!」 思わず腰を引く。 「だ、ダメだっ、ご主人!」 だが、すぐにムラサメちゃんに止められる。 「だって、ムラサメちゃん、そんなに痛がって……」 「へ、平気じゃ! このくらい!」 「この痛みは、吾輩が女になる証……」 「ご主人と契りを結ぶ証ではないか……」 「好いた男に、抱いてもらえる幸せを吾輩は今かみしめておる……」 「吾輩のことを、真に好いてくれているなら、最後まで付きおうてくれ……」 涙を浮かべながらも、ムラサメちゃんが微笑んだ。 ああ、俺は。 本当に、この子に愛されて―― 「……ムラサメちゃん、ズルイよ」 「そんなこと言われたら、止められない」 「だから、止めなくていい……」 「早く、吾輩の処女を奪ってくれ」 「……わかったよ、もうやめない」 「いっしょに、大人になろう」 「……うむ、来てくれ」 ムラサメちゃんの言葉を合図に、俺は再び亀頭の先を彼女の膣口に。 「あっ! はぁんっ!」 充分濡れているけど、ムラサメちゃんの膣内はとても狭い。 きっと痛いだろう。 俺のペニスもぎゅうぎゅうと締め付けられ、ツライくらいだ。 それでも、もう止められない。 俺は彼女の太ももをしっかりと抱えて、ぐいっとさらに前に腰を突き出す。 「ああああっ!」 「んっ、あっ、はぁんっ、んっ、んんっ!」 「ご、ご主人のが、んっ、あっ!」 「わ、わかるぞ、ご主人のが……」 「吾輩のオマ●コに、ご主人のオチ●チンが、入って……!」 「はぁっ、んんっ!」 俺のペニスが、ムラサメちゃんの膣に少しずつ呑み込まれていく。 そのつど、愛液がぬちゅっと音を立てて、溢れていく。 ぬるぬるとした膣壁が、俺のペニスをしめつけ、強く刺激する。 くっ、すごい。 生温かく、ぬめぬめとしたヒダが、俺の亀頭に快感を送り込んでくる。 油断したら、射精してしまうほどに気持ちいい。 「くっ、うっ……」 「はぁ、はぁ……ど、どうしたのだ、ご主人……」 「ご主人まで、辛そうな顔をしているではないか……」 「男も痛いものなのか?」 ムラサメちゃんが心配して、俺を見上げる。 「痛くはないよ」 「痛くはないけど、気持ちいいのを必死に耐える」 「そうしないと、すぐにでも暴発しちゃいそうで」 俺は笑って答えた。 「ご主人もイキそうということか?」 「ならば、そうすればいいではないか」 「まだダメだ。俺はきちんとムラサメちゃんと」 繋がりたいから。 ぐっと俺は腰を前に。 「あっ、あああっ!」 ぴくん、とムラサメちゃんが震えた。 俺のペニスの先端が、ムラサメちゃんの処女膜に触れたのだ。 「ついに、届いたな、ご主人……」 「うん、来たね」 「ひと思いに、やってくれ……」 「吾輩の初めてを、もらってくれ、ご主人……」 「うん、ムラサメちゃん、いくよ」 「う、うむ、来い、ご主人」 俺はぐっとムラサメちゃんの太ももを抱きかかえたまま、ペニスを強く奥へと―― 「あっ、あああああっ!」 「あっ! あっ! あああっ、あっ!」 「ご主人、ご主人!」 「ムラサメちゃんっ!」 亀頭が薄い膜を突き破り、さらに奥へと進む感覚がした。 今、俺は……いや俺達は、ひとつに繋がった。 「あっ、はぁ、はぁ、はぁ……やったな……ご主人……」 「もう吾輩はご主人のモノじゃ……」 「ぐすっ、もうこれで、思い残すことはない……」 「何を言ってるの、ムラサメちゃん」 「これからも、ずっといっしょだ」 「何でもいっしょにやろう、楽しもう」 「俺といっしょに、取り戻そう」 俺はムラサメちゃんと繋がったまま、顔を寄せる。 そっと彼女の涙の伝う頬にキスをし、そのまま唇にも。 「あんっ、んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ……」 「ちゅっぱっ、んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、ちゅっ、ん……!」 「ご主人、んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、ちゅっ!」 「ああ、好きじゃ、大好きじゃ……」 「俺もだよ、ムラサメちゃん」 キスしながら、ゆっくりと亀頭を彼女の膣壁に擦る。 からみつくヒダが、俺の性器を愛撫する。 きゅっと彼女の膣が、俺のペニスを抱きしめている。 一体感がすごい。 じゅぷっ、じゅぷっと大きな水音が、俺達の下半身で鳴る。 「んっ! あっ、ああああっ!」 「ああっ! ご、ご主人、んっ、ちゅっ、あっ、はぁっ、んっ、ああっ!」 「はぁ、はぁ、あっ、あああっ、いいっ!」 ムラサメちゃんの声に甘い響きが加わる。 痛みだけじゃなく、快楽も感じている。 俺は少しずつ、ペニスの出し入れをするスピードを上げていく。 水音に俺達の腰を押し付ける音と、布団の絹擦れの音が混じる。 それが、今、俺達はセックスをしているんだということを実感させた。 「はぁっ、んっ、あっ、はぁ、あっ、あああっ!」 「あああっ! いっ、いい、ご主人、今、吾輩……」 「す、すごく、はぁはぁ、ご主人を感じて……!」 「と、蕩けてしまいそうじゃ……」 彼女の唇からヨダレが垂れている。 俺はまたキスして、それを舐めとってやる。 「はぁん、ご、ご主人、好き、大好き……」 「ちゅっ、んっ、はぁ、はぁ、んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ……」 「わ、吾輩を、もっともっと強く抱いてくれ、接吻してくれ、オマ●コを突いてくれ……!」 「ご、ご主人、好きぃっ……!」 ムラサメちゃんはいつの間にか、自ら腰を動かし膣にペニスを強く擦り付けていた。 貪欲に快楽を欲していた。 「はぁ、はぁ、ムラサメちゃん、今、すごいエッチだよ……」 「はぁ、はぁ、ご、ご主人のせいだ……」 「ご主人が、全部変えたのだ……」 「吾輩の灰色の日々に、鮮やかな色をつけたのだっ……!」 「愛してる、愛してるぞ、ご主人!」 ぎゅっとムラサメちゃんの膣がしまる。 深く彼女の中に沈めたペニスが、まるで溶けて彼女と同化したように錯覚する。 うっ、ああ……! 俺の全身が震える。 睾丸が、どくんどくんと脈を打つ。 限界が近い。 ずっとこのままでいたい。 大好きな女の子と、ひとつでいたい。 でも射精してしまいたい。 俺は相反する欲求に、さいなまれる。 「ムラサメちゃん、ムラサメちゃん……!」 俺は強く、彼女の膣壁にペニスを擦りつけながら彼女の名前を呼んだ。 「ご主人っ! ご主人っ!」 「ムラサメちゃん、お願い」 俺は深く彼女と交わりながら、彼女を見つめる。 少しだけ視界が滲んでいた。 俺も泣いているのか。 「はぁ、はぁ、な、何だ?!」 「な、何でも、言ってみよ!」 「一度だけでいいから、名前で呼んでくれ」 「ご主人じゃなくて、将臣って」 「将臣が、好きだって言ってほしい……!」 「んっ、あっ、はぁ、はぁ、ま……」 「ま、将臣……」 ムラサメちゃんはにっこりと微笑んで。 「好きだぞ、将臣」 「大好きじゃ、愛しておる、将臣っ!」 「お、俺も……」 「俺も、君を愛してる、ムラサメちゃんっ!」 「あっ、ああああっ!」 俺とムラサメちゃんが叫んだ時、同時に絶頂が来た。 背筋に強い電流が流れるような感覚がして、睾丸が大きく、どくんと脈を打つ。 精子を外へと吐き出す。 「あっ、ああ……!」 俺の精液は尿道を、駆け抜けて―― どっくん! 「ああああああああああああああああっ!」 ムラサメちゃんの膣内に、解き放たれた。 信じられないくらいの量の白い精液が、ムラサメちゃんの性器から溢れ出る。 ムラサメちゃんの愛液と、破瓜の血と混じり、薄いピンク色になっていた。 「くっ!」 俺は射精の間際、ペニスを彼女の膣から引き抜いた。 どっくん! 「ああああああああああああああああっ!」 俺の精液が、ムラサメちゃんの身体を白く染めた。 どくどくと、いつまで経ってもペニスから、漏れ出る精子は止まらない。 その様子を見つつ、大きく息を吐いた。 初めての性交は思った以上に、甘美で――そして、疲れた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ、んっ、あっ、はぁ……」 ムラサメちゃんは肩で息をしながら、ぐったりと布団に沈む。 「ムラサメちゃん、大丈夫?」 俺はまだ彼女と繋がったまま、彼女の顔を見る。 激しすぎたか。 ちょっと心配になる。 「あ、案ずるでない、ご主人……」 「大して痛みはない、それよりとても今、満たされておる……」 「夜這いとは、素晴らしいな、ご主人」 「そ、そうだね」 夜這いが素晴らしいかどうかはよくわからないが、とりあえず同意した。 「ご主人、今夜はこのままでいたい」 「このまま、寝かせてはくれぬか?」 「いいよ、もちろん」 「吾輩は眠らぬが、ご主人のそばを離れたくない」 「ずっと腕枕してあげるから」 「何か話をしよう、今夜はずっと」 「どうせ、俺も今夜はもう眠れないと思うし」 「ふふ、そうか……」 「ご主人の腕枕か、嬉しいのう……」 彼女は無邪気な笑顔を俺に向ける。 俺はその時、再認識した。 すごく可愛い彼女ができた、と。 「ご主人、朝だぞ~」 「もう、そんな時間か……」 睡眠が足りてない……。 とはいえ、生活を正さないと。 いつまでも朝武さんに心配をかけているのはよくない 「起きないと」 「………」 何か、変だな。 「(なんだろう……この違和感)」 特に背中が、なんだかむずむずするような……? 別に痒みがあるってわけでもないんだけど。 「………」 ――バッ! と、勢いよく後ろを振り返ってみる。 しかし、そこはいつも通りの光景。住宅街から少し外れていることもあって、通行人は誰もいない。 「………? どうかしたのか、ご主人?」 「いや……なんか妙な気配が……」 「今背後に誰かいたように思ったんだけど……?」 「まっ、ましゃか幽霊とか言い出すつもりか?」 「うーん……」 「いや、やっぱり何でもない」 「お、おい、微妙な反応のままにするな! 余計気になるではないか!」 なんか誰かに見られてるような気がしたんだけど……やっぱり気のせいか。 これも、睡眠不足のせいだろうか? 「無視をするでない、ご主人~~~~ッ!」 「おはようございます」 「ふむ。その態度からすると、昨夜は上手くいったようだな」 「これも祖父ちゃんのおかげだよ」 「ちょっと危険なところもあったけど、身体が反射的に動いたんだ」 「今までの鍛練のおかげだと思う」 「ちゃんと意味があったのならよかった」 「だがな、勘違いしてはいけないのは――」 「『たまたま今回は決まっただけで、別に強くなったわけじゃない』だろ?」 「それは自分が一番わかってるから」 「驕っていないのならばいい。では今日も始めるか」 「よろしくお願いします」 「という事情のようですね」 「最近、放課後が遅いのも、こういう鍛練をしてるから?」 「だと思います。むしろ、放課後の方がよりハードな鍛練なのではないでしょうか」 「どうして……いつから、こんなことをしてたんだろう……?」 「それはやはり、力不足を感じたからだと思いますが」 「あとは、芳乃様のお姿も」 「……え? 私?」 「芳乃様の舞の奉納や練習、そういった姿に感化されたのではありませんか?」 「………」 「朝も寝坊ではなく、先ほどの鍛練が押したりすることが多いのではないかと」 「とはいえ、授業中の居眠りは言い訳のしようがないと思いますが」 「それでももう少し、様子を見てもいいんじゃないでしょうか?」 「なによ、それ……そんなの……そんなの」 そうして俺が朝の鍛練を終えて、朝武家に戻ると―― 「誠に申し訳ありませんっ」 土下座が俺を出迎えた。 ……何故、DOGEZA? 「勝手にダラけているとか決めつけたりして、大変失礼なことを言いました」 「申し訳ありませんっ」 「あの……何かよくわからないけど、とにかく頭を上げてくれないかな?」 「………」 俺がそう言っても、全然頭を上げてくれそうにない。 こ……困ったなぁ……。 「あの……なにこれ? 急にどうしたの?」 「寝坊をしたり、居眠りをしたりで、気が緩んでいると芳乃様が注意しましたよね」 「朝武さんの注意は当然で、謝られることじゃ……ましてや土下座なんて」 「むしろ俺が謝るべきことだよ」 「でも、それにはちゃんと理由がありましたよね?」 「理由って言って……え?」 「もしかして……気付いてる?」 「朝だけでなく、放課後も鍛練をされているんですよね?」 「………」 ひそかに頑張っていたことが露見すると、尋常じゃなく恥ずかしいな。 「それにしたって、結局は自分の管理が甘かったってだけだよ」 「そうだとしても、何も知らずに決めつけてしまったことを、申し訳なく思っているんです」 「そう言われても……」 「本当に頭が固いのう。もうちょっと融通をきかせてもよかろうに」 「そこが芳乃様の長所でもあり、短所でもあるところでしょうか」 真面目過ぎるのも考え物だなぁ……。 「本当に顔を上げてもらえないかな? 全然気にしないでいいから」 「そんなわけにはいきません」 「朝武さんが言ったことは正しいと思う」 「ダラけるのはよくない。そういう気の緩みが大怪我に繋がるんだ」 「俺の事を心配してくれたわけだし、謝る必要なんて全くないよ」 「だからこれからもよろしく」 「ってことじゃ……ダメですか?」 「ダメです」 即答で拒否。 一向に頭を上げてくれる気配がない。 「……参ったな」 「この償いはなんでもしますので」 「そんな大げさな」 「目玉焼きには醤油と言われれば……醤油をかけます。涙を呑んで、そ、ソースを……封印……しますっ」 「それぐらいの覚悟ですっ」 悲痛な声の割には、随分と案外安上がりな覚悟だった。 「卵焼きの砂糖だって、封印してもいいと思っていますっ」 だから安上がりだって。 「頼むから顔を上げて。肩書きだけって話だけど、婚約者じゃないか」 「婚約者に土下座させる男なんてロクでもない。だから……」 「………」 「……はぁぁぁ。償いとか言われてもなぁ………………」 「……常陸さーん……」 「そんな子犬みたいな可愛らしい目を向けられても……」 「面白がってないで、助けて下さいよ」 「別に面白がっているわけではありません」 「ただ、芳乃様がこうなってしまうとテコでも動かないと思います」 「そんな……」 なぜ、謝罪されてる俺の方が脅迫されているんだ? 「こうなったら、ご主人が命令を下すのが一番早いのではないか?」 「………」 いっそ『おっぱいを揉ませてくれ』とか言ってやろうか……。 「あ、なにかエロいことを考えておる顔だ」 「バッカ! お前! そんな失礼なことほんのちょっぴり一瞬しか考えてない!」 「ほれみろ、やはり考えておったではないか」 「だから一瞬だけだって!」 「大体、変なことを言ったら、常陸さんが止めるでしょう?」 「あは」 この笑顔、怖い……。 「……はぁ……。わかった。だったら一つ、お願いがある」 「とりあえず頭を上げて。俺の話をちゃんと聞いてくれないかな?」 「………。わかりました」 「それで、あの……具体的なお願い事とは?」 「あー……ちょっと恥ずかしいんだけど……」 「ほほう、恥ずかしい願いなのか?」 「茶化すな。ちょっと気恥ずかしいってだけだよ」 「………」 「常陸さんもそのオーラをしまって!」 「お願いとは、一体なんでしょうか?」 「その……」 「俺を、認めてくれないかな?」 「………? 認めるって……こ、婚約者……のことですか?」 「まあ、そういうことも含めて……かな? 前に朝武さんは言ったよね」 「『押し付けられただけ。お互い上手くやり過ごしましょう』って」 「まあ……そんなこと言ったんですか?」 「それはもう冷たい表情で、突き放すようにな」 「そ、そこまで冷たい言い方はしてませんっ」 「芳乃様……」 「仕方ないじゃない! 祟り神に近づけないためだったんだから!」 「下手に仲良くなったりしたら、巻き込んじゃうでしょうっ」 「でも、もうそんな気遣いは必要ない」 「だからもう少し仲良く……せめて普通の友達ぐらいになりたいな、って」 「今は……普通じゃないですか?」 「この程度の事で土下座までするなんて、普通じゃないと思う」 「というか、友達なら土下座なんて求めたりしないよ」 「だから、こういうのはもう無しにしよう。変な遠慮とか畏まるのは止めて、友達になりたい」 「それで一緒に呪詛を解こうよ」 もう少し、お互いのことを知り合えたらって思う。 たとえば、料理をしたあの時みたいに。 「そうすれば、今回みたいな勘違いもなくなると思うよ」 「というわけで――」 「呪詛を解く方法を、俺と一緒に探して下さい」 「それって……結局、今までと変わらないと思いますが?」 「友達になってお互いを知り合うっていうのは、とても大きな変化だよ」 「それは……まあ、そうですね。険悪な雰囲気ですと疲れますから」 「芳乃がそれを言うのか? 空気を重くしていたのは、一方的に芳乃だったと思うがな」 「ムラサメ様ぁ!?」 「むしろ有地さんは、頑張って話しかけていましたよね?」 「茉子まで!?」 「あの険悪なムードは、見ているこちらの方が疲れましたねぇ」 「……くっ……申し訳ありませんでしたぁ」 「いや昔のことは謝らなくていいから。それよりも今後のこと」 「俺のお願い、どうだろう?」 「それは……」 「ダメかな?」 「ダメじゃ……ないです。今後とも、よろしくお願いします」 「ありがとう!」 なんとか認めてもらえた! とはいえ……まだまだ硬いな、朝武さんの態度。 まあ、そんな急に親しくなれるとは思ってなかったけど。 「まだ硬いのう」 「普通じゃありませんか?」 「もう少し親しげな方が、友達っぽいと思うぞ、吾輩」 「……友達……」 「とりあえず今の丁寧な口調を、もう少し軽くしてみるのはどうだ?」 「何卒よしなに?」 「それではさらに硬くなっただけであろう」 「もっと軽く、可愛らしく、親しげに」 「若者が使う言葉があるであろう?」 「若者、ですか……」 「可愛らしく……軽く……親しげに……可愛らしく、軽く、親しげに、可愛らしく、軽く、親しげに」 「ヨ……ヨロピク、お願いします」 『………』 「ぷぷーっ!」 「――ッ!?」 「……ヨロピクって?」 「“よろしく”をちょっぴり甘えた感じにしようとした、芳乃様なりの努力の表れだと思いますが……」 「それはなんとなくわかるんだけど、この地方では友達同士になるとヨロピクとか言うのが普通なの?」 「いえ、ワタシも初めて聞きました」 「吾輩は久々に聞いたのう。しかしヨロピクって……うぷぷっ」 「………………」 「どうしよう……? ここは俺も、返した方がいいのかな?」 「芳乃様が踏み込んだ分、有地さんも歩み寄った方がいいのでは?」 「そっか、そうだよね」 「ヨロピク、朝武さん」 「ワタシも、今後ともヨロピクお願いします、芳乃様」 「うぅぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ」 「笑った吾輩が言うのもなんだが……止めてやれ。本気で泣いておるぞ、それは」 俺たちの関係は、改めて始まったのだった……? 「(ん? ……おおっ!)」 どうやら、本当に憑代の記憶の中へ入ってくることができたらしい。 さっきまで俺はレナと同じ布団で寝ていたはずだ。 腕の中には、彼女の体温だって感じることができる。 おそらく俺達は、現実にはまだ固く抱き合ったまま眠っているのだろう。 「(マサオミ? マサオミもいるのですか)」 「(やっぱり、レナも来てた?)」 「(どうやら、成功のようですね!)」 「(まさかここまで上手くいくとは思わなかったけど……ここは、どこだ?)」 「(穂織の山の中だと思いますけど……あ! マサオミ、誰かいますよ)」 「(本当だ)」 男が1人、河原でもくもくと木刀の素振りをしていたのだ。 おそらく剣術の鍛練だろう。 ということは、侍なのかな? けどそれにしては、みすぼらしい格好をしている。 「(……あの人、なんだかマサオミに似ていませんか?)」 「(ええっ!? いやいや、ちょっと待ってよ、俺はあんな……って、あれ?)」 「(わわわっ、なんだ!?)」 いきなり、男の中へ吸い込まれるような感覚がした。 「(わっ! 男の人が、マサオミになっちゃいましたよ!?)」 「(ひょっとして前の夢で、レナが女神様になっちゃったのと同じ……?)」 「……あの《にょ》女《にん》人、また来ておるな」 え? 今の、俺の口が動いた? いや、この人自身がしゃべったのか? ややこしいな。 けど彼の視線の先にいる人物を見て、びっくりしてしまう。 「(あ! この間の女神さ……)」 「(……ま?)」 また女神様が、レナの姿になってしまったのだ。 「(お、おー、どうやら一度、夢の中で役割が決まってしまうと、毎度同じ人の役を演じる羽目になるみたいですね)」 ということは、今後も俺はこのお侍さんの役をやることになるんだろうか? だがそれより、どうも女神様の様子がおかしい。 「……~~っ」 男と目が合うと、慌てて木の陰に隠れて俯いてしまうのだ。 「それがしに、なにか御用でしょうか?」 「……え? いえ」 女神様は、威厳を保つように居住まいを正す。 「いつもこのような場所で、なにをなさっているのですか?」 「ご覧の通り、剣術の稽古ですが?」 「なぜ、剣術の稽古などするのかと聞いています」 「それがしは、清和が白旗をいただくギチュウ殿が郎党」 「ひとたび主命が下らば、いつでも《いくさ 》戦《 ばたら》働きができるよう鍛練しておく必要があるのです」 郎党? というのは、確か家臣かなにかのことだよな? 意味がわからない部分もあるけど、要するに自分は下っ端の侍だと言ってるみたいだ。 ……前の夢では、犬追物なんてものも出てきたし、なんとなく平安末期から鎌倉初期くらいの時代を思い浮かべた。 「なるほど、やはり……この辺りの住人でしたか」 「……はあ、もちろんにございますが」 「恐れながら、やんごとなき家柄の姫君とお見受けいたします」 「このような山中に共の者もなくては危のうございます」 「それがしでよろしければお送りいたしますゆえ、どうぞお帰りになられるべきかと」 「けっこう」 「……ですが?」 「けっこうと申しています」 「なにせ、ここには日がな一日、1人もくもくと剣術の鍛練をするような剛の者がいるのですから」 「未熟者ゆえ、鍛練は欠かせぬのでございます」 嘘だ。ちょっと素振りを見ただけだが、少なくとも俺よりははるかに強いと思う。 「あの、本当にお帰りにならないおつもりで?」 「…………」 「……姫君?」 「ここで、見ていてはいけないのですか?」 「は、はあ、それはかまいませんが」 男は気が散るので、本当は追い払うつもりだったみたいだ。 でも結局、そうすることはなかったらしい。 「見ていて、楽しいものではございませんよ?」 「それでも……見ていますから」 それ以上、男が女神様に声をかけることはなかった。 女神様も木の陰に半分隠れたまま、それ以上彼に近づくこともなかった。 「(わおっ、ひょっとしてこれは、恋物語ではありませんか?)」 「(そうなのかな? ……たぶん、そうだと思うけど)」 「(なんですか?)」 「(いや、女神様が金髪なことに驚かないなと思って)」 「(ああ、それはですね。実際には、編み笠に布がついたようなものを被っていてですね)」 「(女神様は髪の毛が見えないようにしています)」 「(……なるほど)」 夢ではレナの姿になってるだけだもんな。けど、ますますややこしいな。 それから、来る日も来る日も、男は鍛練に励み、 女神様は、ただ彼を眺めるだけの日々が過ぎていった――そんなある日。 「……戦? 貴方も戦へ出ると言うのですか?」 「賊を討つのでございます」 この頃、地方では山賊紛いの野武士集団が暴れ回り、たびたび村々を襲っていたのだ。 いつしか穂織の地にも山賊が住み着くようになり、村人から救いを求める声が届いてきたのである。 討伐を決意した主君から、ついに出陣の命が下ったというわけだ。 ただ山賊相手とはいえ、正規の軍隊でないことはお互い様で、この頃の侍は本質的には似たり寄ったりの存在に過ぎなかった。 つまり、被害甚大となって逃げ帰ることも珍しくなかったのだ。 「なに、ご心配召されるな」 「山賊共を蹴散らせば、今後は姫君も心安く暮らせましょう」 「ええ……」 だが、女神様の表情は優れなかった。 山の神の一柱である彼女は、この地に巣くう山賊共が一筋縄ではいかないことを知っていたのだ。 ただもちろん、神である彼女が人に代わって山賊を討つわけにはいかなかった。 「少し、ここでお待ちいただけませんか?」 「それはかまいませんが?」 女神様はいったんその場を離れてしまう。 男と一体になっている俺には、それ以上はわからないはずだったのだが…… 「(あわわわっ! な、なにをしてるのですか!?)」 「(どうしたの?)」 「(そ、それが…………え?)」 女神様は、何食わぬ顔で戻ってくる。 「どうぞ、これを持っていってください」 「我が家に伝わる守り刀です」 ……刀? どうやら、長身の太刀のようだ。 「(骨は……鉄で、できていましたよ)」 「(え?)」 「(……女神様は、自分の骨でこの神刀を作りました)」 確かに、鉄も鉱石の一種だろう。 けど自分の骨で? 「(な、なんだか痛そうだな)」 「(それだけ……男の人を守りたかったのですよ……)」 どうも、レナには女神様の気持ちがわかるらしい。 健気と言えばそうなんだろうけど、そこまでするなんて、この人、本当に…… 「このような物! 受け取るわけには参りませんっ」 「(はいッ!?)」 「(ちょっと、マサオミ!?)」 「(いや、俺じゃない! 俺の格好をしたこの人が言ってるんだってば)」 けど、なにゆえ? 「それがしにも、一目見て名刀とわかります!」 「一介の郎党に過ぎぬそれがしには、もったいない代物でございましょう」 「私が良いと言っているのですから、良いではないですか」 「いいえ、わけもなくこれほどの物を受け取るわけには参りません!」 いや! わけもなくはないでしょ? 俺でさえ気付いてるのに、まさかこの人、女神様の気持ちに気付いてないのか? 「(……つい昨日も、似たようなやり取りをした気がしますね)」 え? そんなことあったかな? 「……だったら、貸したことにします」 「む?」 「せめて武器くらいはいい物を持たないと、未熟者の貴方は討ち死にしかねませんからね」 「その代わり……必ず、返しに戻ってくると約束しなさい」 「…………それでは、いけないの?」 「……」 男は抜き身の刀をみつめ、黙り込む。 「姫君の、お名前をお聞きしても?」 「……っ」 「《むら》叢《くも》雲」 当時、高貴な女性は、夫以外に本名を教えないのが普通だった。 だから女性に名を尋ねること自体が、本来、大変な無礼に当たる。 なのに男は尋ね、女は答えた。 当人達にとっては深い意味のあるやり取りだったと、そういう知識が流れ込んでくる。 「むらくも……叢雲、ですか」 「実はこの刀を眺めていると、なぜかこれが貴方自身から生じたように感じるのです」 「…………ええ」 「ゆえに叢雲より生じたるもの、《むら》叢《さめ》雨と名付けたく思いますが、よろしいか?」 叢雨……ムラサメだって!? 「(まさか、あれはムラサメちゃんの叢雨丸だったのですか?)」 「(いや、叢雨丸は打刀のはずだ! こっちの叢雨は太刀っていって、要するに長さが違うんだけど)」 ただ太刀のほうが長いので、使いやすいよう打刀へ打ち直すことは可能と言えば可能だろう。 確かそういう事例はけっこうあったはず。 しかしムラサメちゃんさえ、叢雨丸がどこから来たか知らないと言っていたけど、まさかこういうことだったのか! 「す……好きにされたらいいわ」 「ただし、叢雨は必ず返しに来なさい! そ、そうじゃなかったら」 「許しませんからっ」 女神様はそのまま、まともに相手の顔を見ることもできずに駆け去ってしまう。 すると俺も男の身体から抜け出て、一緒についてくることができた。 おそらく、今回の夢ではもう、あのお侍さんは出てこないということだろう。 「姉君、なんと愚かなことを」 「こ……コマ! まさか、見ていたの?」 「覗き見なんて、趣味が悪いわよ」 「たまたまでございます」 「しかし《たっと》貴き媛神が、人間に《ま》真《な》名を教えるなど聞いたことがございません」 「うるさいっ」 女神様は小枝を拾って投げ付ける。 もちろん、白狛は痛くも痒くもないはずだが、不快そうな顔になる。 「姉君……きっと、人間には想像もつかないはずです」 「あの刀がご自身の身を削ってまで作った物だとは、人間には想像もできないはずなのです」 「……知ってるわ」 「ではどうして?」 「…………っ」 「やれやれ、いくら姉君が人間びいきでもやり過ぎというものでしょうな」 「もうやめて……私だって、まさかそこまでしてしまうなんて」 「自分で自分に、びっくりしているところなんだから」 「……」 「エイエイ、オー! エイエイ、オー!」 その後、山賊をさんざんに打ち負かし、この戦は稀に見る大勝利を飾ることとなった。 武士団は意気揚々と凱旋してきたのである。 「あの人は? あの人も帰ってきているのね!? 貴方は見たんでしょう!」 「ええ、姉君の刀を持っていたのですから、当然のことでしょうが」 「なんでも、見事、敵の大将格の首級を上げる大手柄とかで……」 「そんなことよりッ、怪我はしてないのね? ちゃんと怪我ひとつなく、無事なのでしょうね!?」 「……そういった匂いはしませんでしたが」 「よかった……」 女神様は胸を押さえ、心底ホッとしたように息を漏らした。 「……よかった」 「(やはり、そうだったのか)」 「(姉君は……人間に、恋をなさっておいでなのだ)」 「なんだか、予想外の展開になってきたな」 「はい、まさかここからラブロマンスになるとは思いませんでしたね」 「だよな。なにせ、時代背景を考えても、おおよそ――」 「――千年前の恋ってことになるんだから」 「まさにロマンですねっ」 「これはさっそく、みんなにも報告しないといけないですね!」 そのために2人で今、建実神社へ向かっているのだ。 ただ、あらかじめ朝武家へ電話を入れてみたところ、安晴さんにまずは自分とムラサメちゃんだけで話を聞きたいと言われてしまった。 『芳乃達に、ぬか喜びをさせることになってもいけないからね』 前回の動揺を考えれば、当然かもしれない。 駒川さんからも、まだこれといった報告はないもんな。 この辺りのことをレナにも説明する。 「おー、ヨシノ達にはまだ内緒にするのですか?」 「情報としては新しいことがいろいろわかったけど、まだ呪いの解き方がわかったわけじゃないからね」 中途半端な情報は、かえってやきもきさせてしまうだろう。 「それに、前回からレナは夢の中で、女神様の役をやらされてるよね?」 「マサオミは、お侍さんの役をやってましたね」 「うん、以前はどこか高いところから、その世界を眺めてる印象だったけど」 「ここに来て、配役みたいなのが与えられてるのが気になってさ」 「確かにそうですが、マサオミはどう思ってるのですか?」 「うーん、たとえば俺達の身体に入った欠片との融合が進んでるとか?」 なんらかのよくない兆候の表れかもしれない。 特に女神様と融合してるレナの身が心配だ。 このことを知らせたら、朝武さん達にはかえって心配をさせてしまうだろう。 「きっと大丈夫ですよっ」 「前向きなのは、レナらしいけどな」 「マサオミ? お祖父ちゃんのお祖父ちゃんのことを知れたのは欠片の記憶の中でも」 「わたし達と関係の深い部分だったからですよね?」 「え? うん、誰かそういう説を言ってた気がするね」 「でしたら、ラブロマンスが見られたのも……わたしとマサオミが、ラブロマンスを演じていたからかもしれませんよ?」 「あ、ああ」 「だからきっと、そんなに悪いことのはずありません!」 「誰かと誰かが愛し合うのは、素晴らしいことなのですからっ」 根拠はあるような、ないような。 でもレナに言われると、なんだかそんな気がしてくるから不思議だ。 「だね! 心配してるばっかりじゃ、前には進めないもんな」 「そういうことですねっ」 「ところで、マサオミ?」 レナがまた、俺の手を握ってくる。 「それよりも……ようやく1つに結ばれた恋人に、もっと他になにか言うことはないですか?」 「え? えっと……」 「今朝も、せっかく2人でぎゅっと抱き合ったまま目覚めましたのに」 「マサオミったら、夢の話ばっかりで……愛しい恋人に、一言もないなんておかしくありませんか?」 「あ、あー! そっか、そうだな」 「……えっと」 「こ、これからもよろしく」 慌てた俺が捻り出したのは、なんの変哲もない言葉だった。 せめて、愛してるだったかな? けどレナは案外、満足そうに笑ってくれたのである。 「はい! これからもよろしくでありますねっ、マサオミ!」 神社へ着いてからは、予定通りムラサメちゃんと安晴さんに夢の報告をさせてもらった。 「なるほどのう、叢雨丸は人の手で作られた物ではないと思っておったが」 「よもや、神の身体の一部だったとは」 「妖異を祓い、たとえ折られても再生するのも納得であるな」 「すっかり慣れてたけど、叢雨丸の存在自体が突拍子もないことだもんね」 いつの間にか、あって当然みたいに思っていたけど、充分過ぎるくらい人智を超えた代物だよな。 「……確か古文書にも、ムラサメ様を管理者とする儀式を行うとき」 「叢雨丸を扱いやすいよう、刀身を短くしたという記述があったはずだね」 「吾輩も短くされた後の姿しか知らぬので、忘れておった」 「ではやはり、叢雨丸は叢雲さんから生まれたものだったのですね!」 「ムラサメ様はどう言うかわからないけど、おそらくはね」 「いえ、ムラサメちゃんも同じ事言ってますよ」 つまり、これは確定でいいはずだ。 祟り神となったコマを祓うのに、その姉神の身体から生まれた刀が使われてきた。 こんな重要なことが今までわからなかったとは。 以前、駒川さんが逸る気持ちを抑えていると言っていたのを思い出す。 今なら、その気持ちがわかる。 いろんなことがわかり始めてきたのに、まだ確定的な情報には辿り着けていない。 俺自身、このことをもどかしく感じ始めていたから。 「とはいえ、欠片との融合が進んでいる可能性があるというのは気になるの」 「それは俺の感覚で、レナは意見が違うみたいだけど?」 「いや、悪い可能性も想定しておくべきであろう?」 だがムラサメちゃんも逸る気持ちを抑えて、冷静でいようとしてるらしく感じた。 「そうかもしれませんが、ムラサメちゃんはどうするのがいいと思っていますか?」 「うむ、合体した祟り神を討って以来、もう新たな祟り神は発生しておらぬであろう?」 「確かに祟り神を見なくなってから、ずいぶん経つ気がするね」 「もちろん確定とは言えんが、状況的にもレナとご主人の中にある欠片が」 「憑代のすべてである可能性は充分高いと思う」 「俺達から欠片を取り出せば、もう憑代は完成するわけだ」 「おそらくはな、そしてそれで終わりにできる可能性もある」 なにもトラブルが起きない可能性もあると? けど今までのことを考えると、どうもそんな気はしなかった。 「吾輩達は選ばねばならんであろう! これは、安晴にも聞いてやって欲しい」 「進むか引くか、ここが分岐点となろう」 「よって、以降はもう方針を変えないで欲しいからだ」 「わかった」 「……?」 「今すぐ無理にでも欠片を取り出す危険を取るか、このまま様子を見続ける危険を取るか」 「安全な道はない」 「まずはここにいる者達だけでいい、選んでもらえぬか?」 ムラサメちゃんの言葉を安晴さんにも伝える。 けどあくまで主体は、俺とレナにある。きっと安晴さんなら、俺達に任せると言ってくれるはずだ。 てっきり、そう思い込んでいた。 「そうか……確かに、ここからはもう引き返せなくなるね」 「……ヨシノのお父さん?」 安晴さんは、落ち着かなげに何度も顎に触れる。 その指先が震えていたのだ。 「なにか、言いたいことがあるのであろう」 「……え?」 俺達は勝手に決めつけていた。 大人は細かいことは気にしない、自分達を信用してくれる。 子供よりも、ずっと余裕があるのだと。 けど安晴さんは、少なくとも俺達の前では決して見せたことのない思い詰めた顔をしていたのだ。 「すまない……僕にはどうも、冷静な判断は下せそうにない」 「芳乃には、僕がこんなことを言ったなんて……とても、聞かせられることじゃないと思う」 今朝、先に自分達だけで話を聞きたいと言われたことを思い出す。 「あの娘はきっと、友達にこんなお願いはできないはずだから」 「聞かせて、欲しいです」 それでも、安晴さんは躊躇ってるようだ。 レナは急かすことなく、言葉を待ってるらしい。 「この地を覆う呪いについて、かつてこれほど迫れたことはないはずなんだ」 「……だから…………」 「もしも呪いを解けるなら、たとえ危険であっても……情報が欲しい、それが僕の本音なんだ」 この人が妻だけでなく、娘まで失うかもしれない恐怖に耐えながら、今まで冷静に中立的な立場をとり続けてくれたことを思う。 この人が以前、娘の喜ぶ顔が見たいと言っていたことを思う。 言葉より態度で、娘を愛してると伝えてきたことを思った。 「もちろん危険にさらされるのは、僕じゃない……」 「なのに、外から来た君達にこんなお願いをするなんて、しかもせっかく恋人になったばかりの二人に」 「身勝手な話だと理解してるつもりだ……僕は大人としては、失格かもしれない」 「だけどね、どうかッ」 「大丈夫ですよ! なにも心配ありませんっ」 「……え?」 レナの言葉は場違いに明るく響いたかもしれない。 でも、ただ彼女は本心からそう言ってるだけなんだろう。 「最初から、引くつもりはありません」 「友達のためになるなら、多少の危険もどんと来いでありますよ!」 「俺も同じ気持ちです」 「呪いを終わりにして、俺達も無事で済む。ベストエンドを目指そうって話してたくらいです」 「2人とも……」 きっと俺も、他の子となら考える時間が欲しいと答えただろう。 でもレナは、ただ前向きなだけではない。 彼氏の俺にも、わたしの気持ちを無視する権利はないと言えてしまうくらい、自分の考えをしっかり持ってる子なんだ。 レナにはその上で前向きになることができる強さがある。 「……少し、君達をみくびっていたのかもしれないね」 「けど……ありがとう」 「恩に着るよ、ありがとう……」 「そんな大袈裟ですよ、わたしたちも困ってる友達を助けたいだけですので」 「穂織の呪いだって、もうわたし達に無関係のことではないですから……ねえ、マサオミ?」 「これだけ巻き込まれればね」 なにより、俺だって自分の意志で巻き込まれていくことを選んだはずだ。 「うむ、なら吾輩も皆が決めた方針に従おう」 「ムラサメちゃんだって、同じ事言いたかったんじゃないの?」 「吾輩は当事者過ぎるのだ」 「ある意味で、芳乃や安晴よりもな」 「ムラサメちゃん」 「さあ、2人はそろそろ学院へ向かわねばならんのではないか?」 「もうそんな時間?」 少し急がないと、遅刻してしまうかもしれない。 「じゃあ、そろそろ俺達は」 「ああ……連絡が取れるかはわからないけど、みづはさんには僕の方から報告しておこう」 「そろそろ、彼女の側にも動きがあるかもしれないからね」 「ええ、お願いします」 まだ駒川さん次第で、一気に進展する可能性もあるもんな。 いやいや、それこそ気持ちを逸らせすぎだ。 けど境内へ出たところで、今度は朝武さんと出くわした。 「……っ」 「朝武さん?」 あれ? 今、目が合ったはずだよな? なのに挨拶もなく、境内を抜けていったのだ。 ひょっとして、遅刻しそうだったから? それとも…………まさか、聞かれてた? 「どうしました、マサオミ?」 「い、いや、なんでも」 「あは、あまりお気にされない方がよろしいかと」 「わっ!? 常陸さん、いたの?」 「おー茉子、おはようございますね!」 「はい、おはようございます。レナさん、有地さん」 相変わらず神出鬼没というか、常陸さんって微妙に気配がないんだよな。 「それより、さっきのどういうこと?」 「ふふふ、ですからお気にされないほうがよろしいかと」 「仲間外れにされて拗ねていらっしゃるだけでしょうから」 「では、ワタシも一足先に……お二人はゆっくりいらしてくださいね?」 どうやら、朝武さんを追いかけていったらしい。 よくはわからないけど、常陸さんに任せておけば心配ないか。 「えへへ……ひょっとして、気を遣われてしまいましたか?」 「あはは、どうだろ? とにかく俺達も急がないと」 そう言えば、ふと思い出す。 レナが欠片を吸収した直後くらいは、常陸さんがレナの様子も見てくれてたんだよな。 今やその役目も、すっかり俺のものという気がした。 もし、あの夢を見続けることで危険があるなら、俺がレナを守ればいい。 改めて、そう誓っていた。 「はーい、マサオミ? あ~んしてくださいね♪」 「あ、あ~ん」 昼休みは、またレナと二人で昼食をとっていた。 こんなことしてる場合じゃない気もするけど、夢の続きを見られたのは俺達が恋人としての関係を深めた結果かもしれないのだ。 ならイチャイチャするのも、意味がある。 ……たぶん。 まあ、俺達の中ではそういうことにしておこう。 「難しい顔をしていては、上手くいくことも上手くいきませんからねっ」 「考えてもできることがないときは、リラックスしてるのが一番ですよ!」 「ああ、俺も最近だんだん、レナに感化されてきた気がするよ」 このギャップというか、切り替えの早さは成長と取っていいのかな? 「そうですか? で、でしたら、マサオミ」 「どうしたの、もじもじして?」 「……デザートも、あ~んして食べてもらっていいですか?」 「なんだそんなこと? けど、デザートなんてお弁当に入ってなかったけど?」 「ふふふ、実は隠してあったんです」 だがレナにはデザートというか、お菓子については前科がある。 なのでちょっぴり警戒してしまう。ちょっぴりだけど。 「では、あ~んをしますから……ちょっと、目をつぶってて欲しいですよ」 「え?」 「目をつぶってて欲しいですよ」 ベタベタ王道で考えるなら、キスされちゃうのかな? でもそう思わせておいて、ワンチャン劇薬を口へ入れられる可能性も残っているか。 俺はまるで、半丁博打のようなスリルを味わっていた。 「マサオミ、どうしましたか? どうして、目を閉じてくれないですか?」 「い、いや、今閉じようと思ってたんだ」 俺はレナを信用している! だからちょっぴりしか警戒してないはずなので、目を閉じることにした。 「ちゃんと閉じてますか? なにも、見えてませんね?」 「……うん」 さあ、のるかそるかだ。 緊張の一瞬だ。 「では、いきますね? マサオミ、あ~んして欲しいですね」 「あ……あーん」 なにかが唇に近づいてくる気配がする。 これは! 「……ちゅっ♪」 アタリのほうだったぁーーーーっ!!! 「デザートは……どうでしたか? マサオミ」 「美味しいーーッ!!」 思わず立ち上がって、ガッツポーズを取ってしまう。 だが直後に教室中から、どっ白けた視線を向けられてるのに気付く。 「……あれ?」 「お前、そんなキャラだっけ?」 「レナ先輩とつきあい始めてから、お兄ちゃん、たまに外人さんみたいなオーバーアクションしてたけど」 うん、自覚はあったよ。 でも今のは確かになかったかな? うん、ない……絶対ない! うわぁー、恥ずかしい! 「だ……大丈夫ですよ、マサオミ? 人間、素直が一番です」 「わたしは……マサオミがたくさん喜んでくれてるのがわかって、とても嬉しかったですよ?」 「う、うん」 顔を覆って机に突っ伏していると、レナに慰められてしまう。 でも今ので引かなかったんだとしたら、日本人的にはレナの意見は参考にならないと思う。 「もう、元気出して欲しいです」 「……マサオミのことは、わたしが責任取るつもりですから」 「責任って?」 「マサオミだって、言ってたではないですか?」 「なにがあっても、わたしが責任をもって……マサオミを幸せにしますよ?」 いや、どっちか一人だけが責任取るなんて発想は変だと言ってなかったっけ? でもそうか。 「二人で責任を取っていければいいのかな?」 「はいっ! わたしもそういうこと言いたかったのです」 思わず、机の上で手を握り合う。 あーそれだけで気持ちが温かくなって、小さな失敗なんてどうでもよくなってくる。 けど、オーバーアクションだけは今後気をつけよう、うん。 「そうそう、覚えてますか? マサオミに星の見つけ方を教えるって約束したこと」 「ああ、うんもちろん」 でもそれは、観念的な話なのかと思っていた。 「少し時間が掛かってしまいましたが、もうすぐ、約束守れるはずですよ」 「そろそろ届くはずですから」 「へー、そうなの! ちょっと楽しみになってきたかも」 おそらく望遠鏡かなにかを用意してくれてるんだろう。 なら近々、レナと二人で、天体観測でもすることになるのかな? そんなデートもありかもしれない。 このときはてっきり、そう思い込んでいた。 それから午後の授業も無事に過ぎ、放課後を迎えていた。 「あっ」 そう言えば今朝、朝武さんと目が合ったときのこと。 本人とまだなにも話せてないんだよな。 なんとなく遠慮してしまったんだけど、声くらいかけるべきだろうか。 「マサオミ、どうしました? 帰らないですか?」 「ああ、その前にちょっと……」 おっと、今度は携帯が鳴り始めてしまう。 しかもこの番号は! 「駒川さんからだ!」 「本当ですか! なにかわかったんですかね?」 「わからないけど、レナは志那都荘へ行かなきゃいけないよね?」 「たぶん時間が掛かると思うし、後で報告するから先に帰ってくれた方がいいかも」 「……お、おー、そうですか」 いつの間にか、朝武さんと常陸さんも姿を消している。 まあ、あの二人とはいつでも話をする機会があるか。 「駒川さんですか?」 『有地君だね? 突然で悪いけど、今話せるかい?』 「ええ、今人のいないところへ行きますから、少し待ってください」 あまり他の人に聞かれるのは、よくないだろう。 適当に人が少ない端っこの方へ陣取った。 「ご主人、吾輩も一緒してよいかの?」 「ムラサメちゃん、来てたのか?」 「安晴のところも電話が掛かっていたからな」 「ご主人にも掛かってくるはずだと読んでいたのだ」 なるほど、駒川さんも安晴さんもムラサメちゃんが見えないもんな。 込み入った話を聞くなら、俺が一緒のときのほうが都合良かったんだろう。 『ひょっとして、ムラサメ様も一緒なのかい?』 「はい、一緒に話を聞きたいみたいで」 ムラサメちゃんは、一緒に携帯へ耳を寄せて話を聞いてる。 「それで? どうでしたか、大理石の採石場へ行ってたんですよね?」 『正確には、その地方一帯の村々、集落をくまなく巡っていたんだけどね』 『なかなか思うように調査が進まなくてね、明日には戻れるはずだけど連絡がおざなりですまなかった』 「戻ってこれるんですね!」 「ということは、成果があったと思っていいんですか?」 『ああ、君達が見た夢のことも、安晴さんから聞いたんだけどね』 『どうやらそれとも、関係がありそうだ』 俺はあえて質問を挟まず、先を促すことにした。 『そもそも、それらしい伝承をみつけること自体に手こずってしまってね』 『ようやく似た話をみつけても、場所や人によって、展開や登場人物が違ったりして』 『どうもはっきりしない』 『だが、君達が見た夢の話を軸にして組み立てるとだいたいこうなる』 「……はい」 『山の神には、山の娘と山の子という二人の子がいた』 「山の娘と山の子? 姉と弟ということですか?」 『それは土地によって、姉だったり妹だったり、兄だったり弟だったりする』 『とにかく、山の娘は人間の男と恋に落ちる』 『だが、これも話し手によって内容が変わってしまうんだけどね』 『共通しているのは、山の娘の恋は叶わず、身を投げてしまうという点だ』 「……え?」 『そして亡くなった彼女の身体が、今ある大理石の鉱床になったというおとぎ話さ』 神様と人が、そう簡単に結ばれるはずはないと思っていたけど…… あのお侍さんと女神様は、悲恋に終わっていたのか? しかも身を投げたなんて、それじゃ山の子は…… 『鉱山で語られる山の神は、おそらく穂織での土地神に当たる存在だろう』 『つまり土地神様にとって、叢雨丸は娘の遺品ということになる』 「うーむ、なるほどの」 『そして……残された山の子が、人を憎んでいてもなんら不思議はないというわけだ』 「……ですね」 やはり、そう簡単に解決へ向かってくれるわけではないようだ。 それにあの女神様なら、祟り神を止めてくれるんじゃないかと期待していたのに、まさか亡くなっていたとは。 もちろんまだ断定はできないだろうけど、さすがにショックを受けてしまう。 「どうあれ、吾輩にとっても受け入れやすい話と思うぞ」 「特に、祟り神と例の女神、土地神様がそれぞれ別の存在だったというのは納得だな」 「そうなんだ……ムラサメちゃんも、駒川さんの考えを支持するそうです」 『それなら、多少は骨を折った甲斐があったかな?』 『ともかく荒ぶる神となった山の子が、祟り神へ変じたというならば鎮める方法もあるだろう』 「え! 本当ですか?」 『おいおい、それが駒川の者としての本職だよ?』 『ただ、もう少し詳しい事情がわかっている方が望ましいね』 つまり俺とレナに夢の続きを見て欲しいというのは、駒川さんも同じ考えなのだ。 『やり方を間違えれば、かえって怒らせてしまう可能性もあるし』 『今のままだと、とにかく手厚く祀って怒りを鎮めてもらうしかない』 『この方法では、何年も掛かってしまう可能性があるからね』 「わかりました、なんとか夢の続きを見られないかやってみます」 『こんなこと言えた義理じゃないかもしれないけど』 『……本当にいいのかい、有地君?』 「レナなら、きっと大丈夫ですよ! いざというときは、なんとしても俺が守るつもりですし」 「まあ、どうやって守るつもりだって聞かれると困るんですけどね」 『まったく、私は君のことも心配していたんだけどね』 「あ、あー、なんかすみません」 『いずれにせよ、現状では君達頼みになることは間違いない』 『期待させてもらうよ、有地君?』 こちらも通話を切って、顔を上げる。 するとムラサメちゃんが、そわそわと空中を左右に漂っていた。 「なにしてるの、ムラサメちゃん?」 「いや、いろいろなことが動きすぎていて落ち着かぬのだ」 「なにせ、吾輩が祟り神と戦ってきた400年を思えば……む?」 俺もムラサメちゃんの視線を追ってしまう。 「あっ! 朝武さん!?」 「大丈夫です、ちゃんと聞かないようにしていましたから」 開口一番、突っぱねるように言われてしまう。 「あ、いや……もう帰ったと思ってたから、びっくりしただけだよ?」 「そうですか、私も忘れ物をしたのに気付いて戻ってきただけです」 「なんだ、そうだったんだ」 「ええ、でも……有地さんは、てっきり私には秘密にしたいんだと思っていましたけど」 なんか、機嫌が悪い? 「ごめんね、朝武さん? なんか勝手にいろいろ進めてるみたいになって」 「ひょっとしてだけど、今朝神社で話してたことも、なにか聞いちゃった?」 「変なことは話してなかったつもりだけど……」 少なくとも、朝武さんを怒らせることは言ってなかったよな? 「誤解しないでください! 私はただ…………っ」 「……~っ」 「…………~~~~っ」 朝武さんはさんざん百面相をした後、最後に酷いしかめっ面をして駆け去ってしまった。 「……朝武さんにちゃんと話さなかったこと、よくなかったのかな?」 「まあ一番複雑なのは、芳乃であろうからな」 なら、どちらを選んでも正解にはならなかったかもしれない。 けどさっきの態度は…… 昔、朝武さんがなかなか打ち解けてくれなかった頃のことを思い出して、少し寂しかったかもしれない。 「あっ、そう言えば忘れ物、教室まで取りに行かなくてよかったのかな?」 「さあのぅ、どちらにせよ、ご主人がここにいては戻って来づらいのではないか?」 まあ、そうだろうけど。 ひとまず俺も、鞄を取りに教室へ戻ってくる。 「おー、マサオミ! 思ったより早かったですね」 「レナ? まだ帰ってなかったの?」 「はい、お仕事にはまだ間に合う時間ですし、ギリギリまでマサオミを待ってみようと思いまして」 「でも間に合うかどうか、わからなかったわけだし」 「せっかく待ってくれても、無駄になったかもしれないのに」 「そのときはそのときですね」 「大人しく帰ればいいだけですから」 「レナ」 「それに、無駄ではなかったですよ? おかげで、マサオミと一緒に帰れそうですから」 「ほら、マサオミ?」 いつものようにレナが手を繋いでくる。 俺も、その手を握り返す。 「えへへ、ちょっと急がなくてはいけなくなりましたが」 「やっぱり、このほうがお仕事頑張れそうな気がします」 「うん、俺もこれから祖父ちゃんのしごきが待ってるはずだけど」 確かにこのほうが、頑張れそうな気がする。 練習の後、俺は駆け足気味に志那都荘へやって来た。 「まずいまずい、すっかり遅くなったな」 これも俺のやる気があるのを見て、祖父ちゃんが突然メニューを増やしてしまったせいだ。 まったく、気合いを入れるのも考えものだな。 ただ、少しずつだが、確実に真相へ迫りつつあると実感していた。 そのときなにが起こるかわからない以上、俺も練習に手を抜くつもりはない。 あのお侍が言ってたように、いつでも戦働きができるよう備えるなら、鍛練を怠るわけにはいかないのだ。 「それでもいつも通りに振る舞えるレナは、やっぱり大物なんだろうな」 泰然自若というか、いい意味で空気が読めないのだろう。 状況をきちんと理解した上で、恋人としての時間にも手を抜かないというのは、なかなかできることではないはずだ。 俺もこれ以上、遅刻はできないな。 「早くレナの部屋に……あっ」 「これは将臣さん、いいところで会いましたね」 「どうも、猪谷さん。なにか俺に用事でも?」 「ええ、ちょうどリヒテナウアーさん宛てに荷物が届いていたものですから」 ひょっとして、また実家からなにか送られてきたのかな? ……しかし祖父ちゃんは、俺とレナの関係を志那都荘の人達へどう説明してくれたんだろう? これを渡されるということは、レナの部屋へ行くとバレてるんだよな。 気になるけど、なんとなく怖くて聞けない。 「では、お願いいたしますね」 「はい……ん?」 段ボールを渡されるが、手に持った感じ食料品ではなさそうだ。 なにより、この馴染みのある段ボール箱は…… 「……AMAZ○N?」 「おー、マサオミ! 遅かったではないですかぁ」 「ごめん、おいでレナ?」 いったん段ボールは脇に置き、なにはともあれ、まずは挨拶のハグを交わす。 「ちゅっ♪ んふふ……もー寂しかったのですからねぇ~?」 「練習が長引いちゃってさ。俺も早くレナに会いたくて、急いできたんだよ?」 「……本当ですかぁ? そんなにわたしと会いたかったですか?」 「もちろんだよ、叶うことなら光の速さだって超えたいくらいさ」 って、なに言ってんだ、俺? 「えへへ、ならしょうがないですね」 「光より速く会いに来てくれて嬉しいです、マサオミ? 愛してますよ、ちゅっ♪」 いつものことだが、逆になんでドン引きされないのか不思議だ。 オーバーアクションは控えるはずだったのに、まあいい、忘れよう。 あんな事件はなかったんだ! 「ところで、その箱はなんなのですか、マサオミ?」 「さあ、さっき猪谷さんから預かったんだけど、なにかネットで買ったりしなかった?」 「おー! ついに届きましたかっ」 さっそくレナが、段ボールを開け始める。 出てきたのは、なんとノートPCだった。もちろんWEBカメラや無線LANも内蔵されてるタイプだ。 「わたしはまだ自分用のPCを持ってませんでしたから、女将に頼んで注文してもらったんですっ」 「確かに、今時PCくらいないと不便だもんな」 「むしろ今まで、持ってなかったんだ?」 「えへへ、お給料貯めて、ようやく買えましたっ」 「マサオミも、セットアップを手伝ってくれませんか?」 「もちろん。けど俺も、そんなに詳しいわけじゃないよ?」 「こういうのは、難しい日本語がたくさん出てきますから」 「言われてみれば、そうだね」 「もちろん頑張れば読めるのですが、わたし一人ではきっと時間が掛かってしまいます」 こういうのは読めなくても、けっこうなんとかなったりするものだけどな。 まあ、せっかく俺がいるんだし、細かいことは言いっこ無しだ。 「うふふっ、お願いしますね、マサオミ♪」 実際、ぴったり引っ付いてノートPCの画面を覗き込むのは、それだけでちょっと楽しかった。 「ん? ちょっと待って、ルーターとかないの?」 「それ以前にネットの契約はしてる? ……そもそも、工事の許可ってしてもらえるのかな」 「なにを言ってますか、マサオミ?」 「志那都荘は、フリーではないですか」 「フリーって、それって駅とかにもあるフリーwifiのこと?」 「はい! スマートフォンのお客さんも、無料で繋ぎ放題ですねっ」 すげえな! 今時の温泉宿っ!! でもおかげで、多少苦戦する部分はあったにせよ、あっさりネットに繋ぐことができた。 「よしっ、ビデオチャット用のソフトも入れられたし……他にして欲しいことはない?」 「ありがとうございます、マサオミ! 今のところは……」 「おっと、もうこんな時間ですねっ」 レナが慌てて、今入れたばかりのチャットソフトを起動させる。 「ひょっとして、誰かと話す約束でもしてた?」 「マサオミ? 今日のお昼休みに言ったばかりではないですか」 「これから、星の見つけ方を教えてあげるのですよ!」 「……え?」 そこへビデオチャットの招待を受けたという通知が点灯する。 「わお、もう来ましたか! わたしの家族からですね」 「お父さんとお母さん、お祖父ちゃんもいますよっ」 「ちょ、ちょっと待って、どういうこと? 星の見つけ方って、家族の人に聞くの?」 「まあまあ、マサオミのことは後で紹介しますから、最初はカメラの外にいて欲しいです」 まあ、いきなり家族に紹介されるのも気が引けるけど、いったいどういうことなんだろ? 「Moi!」 俺の疑問を余所に、レナはさっそくビデオチャットを開始してしまう。 映像が3つも開いてることから、みんな今もバラバラの場所で暮らしているようだ。 しかし、さすがレナの家族というべきか? 言葉はわからないんだけど、なんていうかもう、誰もが…… 『モォイ!』『モォイッ!!』『モォォォォォイッ!!!』みたいなテンションなのだ。 今の、ただの挨拶の言葉だよな? いったい、どこにそこまで興奮する要素があったんだ? 横で聞いてるだけなのに、いきなりついていけない。 しかも、お祖父さんらしい人の後ろでは、やたらでっかい鹿が口をもぐもぐさせながら通り過ぎ、 たぶん全然無関係であろう赤ら顔の村人が、酒瓶を片手に大声でなにか唄っている。 なのに、誰もそのことに触れた様子はない。 今は外国の言葉で、近況を報告し合ってるらしい。 いきなりのカオスぶりに面食らうものの、ふと窓の外が明るいのに気付く。 「(時差があるから、向こうは昼間なのか? いや、この時期はほとんど日が沈まないんだったかな)」 どちらにせよ、彼らが娘のためにわざわざ時間を合わせてくれたのは間違いない。 おそらくは都合をつけづらい時間帯にも関わらずだ。 「マサオミ! マサオミ! そろそろ紹介しますから、カメラに入ってきて欲しいですねっ」 「あーうん、わかった」 正直会話についていける自信はないけど、レナの家族には挨拶するべきだろう。 俺の大切な人を、大切に育ててくれた人達なんだから。 「ど、どうも、日本語通じるかわかりませんけど、はじめま……」 けど俺がカメラへ入るなり―― 『サムライ!』『サムライボーイッ!!』『フォォオオオオオオッ!!!』と口々に絶叫するのが聞こえて、掻き消される。 「なに? なんなの、この反応!?」 「普通です」 「嘘でしょ!? レナは俺のこと、家族になんて説明してたの?」 「……んー、電話ではもう話してましたからね」 「だから、その電話ではなんて話したの? サムライとかなんとか言ってるみたいだけど?」 「おーマサオミ! お祖父ちゃんが、刀を振るところが見たいと言ってます」 「いや、刀って言われても……ああ」 どうもカメラに、壁へ立てかけた竹刀袋が映ってたらしい。 「別に素振りを見せるくらいいいけど、そんなの見せて楽しいかな?」 「いいからいいから、わたしも見たいですね!」 そう言われると俺も断りづらい。 でも真剣じゃないとわかったら、がっかりされるんじゃないか? 少し心配しながら、竹刀を出してみる。 『バンブーソード!』『バンブーソードッ!!』『フォォオオオオオオッ!!!』 途端にノートPCのスピーカーが音割れするほど、凄まじい反応が返ってきた。 ……この人達は、なにに興奮してるの? 以前、レナと一緒に映画のDVDを観たとき、一人で四人分リアクションしていたことを思い出す。 いや、はっきり言ってあのとき以上だ。 俺が実際に竹刀を振って見せたときなど、もはやお祭り騒ぎだった。 お祖父さんは、さっきのデカい鹿……たぶんトナカイの首を掴みながら腕を振り回しているし、 お母さんはWEBカメラ越しに、携帯のシャッターを切りまくっていた。 お父さんに至っては、その辺の棒を掴んで俺の真似をし始めたくらいだ。 「この振り方で合ってるか、と聞いてますね」 「あ、ああ、野球のバットみたいな握り方になってますけど、そうじゃなくて手は離して握ってですね」 俺の説明をレナが通訳してくれると、みんなしきりに感心し始めたのである。 『タツジン!』『タツジンッ!!』『フォォオオオオオオッ!!!』 すっっっごい恥ずかしい!! なんだよ、達人って! 絶対、変な映画の影響受けてるよ! でも普通、娘の彼氏ってだけで警戒されるものじゃないのかな? なのに、あっさり受け入れてもらえたようで、嬉しかったのも本当だ。 けどそのとき、お父さんが急に口調を改めてなにか話し始めた。 「ん? なんて言ってるんだろう」 「あ、ああ、気にしなくていいですよ」 「いや、でも英語でさえないみたいだから、本当になんて言ってるかわからないんだ」 「できれば、俺にも通訳してもらえると……」 「……うううっ、もうお父さんったら恥ずかしいですね」 「え?」 「と、とにかく、マサオミは気にしなくていいです」 なんと、レナはお父さんの音声だけ切ってしまう。 途端に他の家族が爆笑するのが聞こえてきた。 悪口を言われてたってわけじゃなさそうだけど……まあ、きっとこういうノリの家族なんだろう。 「では、マサオミ? そろそろ、星の見つけ方を教えますね」 「そうだ、本題を忘れかけてたよ!」 「でも言葉も通じてないみたいだし、どうやって星の見つけ方を教えてもらうつもりなの?」 「言葉なんて、必要ありませんよ」 「マサオミにも、わたしと、わたしの家族と一緒に……ただ、同じ星を見て欲しいのです」 いったい、どうやって? 向こうは今、一日中昼間のはずなのに。 レナはお祖父さんに、なにか頼み事をしたみたいだ。 すると、動画の共有視聴を許可するか確認するチェックボックスがポップアップした。 「たぶん、去年お祖父ちゃんが撮ってくれたものですね」 しばらくしてダウンロードが終わり、映像が表示された。 「……あッ!」 思わず、声が出ていた。 オーロラだ。 どこか雪に覆われた牧場のような場所から、夜空を映したものらしい。 天を覆う巨大な光のカーテンが、風に揺れるようにしながら無限の色彩を放ち、夜空を漂っているのだ。 ノートPCの小さなウインドウからも、充分に伝わってくる。 勇壮な自然の美だった。 「わたしの村の、お祖父ちゃんの牧場で撮りました」 「冬の天気のいい日はよく出てますが、これだけはっきり大きなオーロラが出るのはわたしの国でも珍しいです」 「うん……」 今度は上手く、言葉が出なかった。 あれだけ騒がしかった他のみんなも、今は静かに映像に見入っているらしい。 俺ももちろん知識としては、こういうことが可能だというのは知っていた。 でも実際に体験すると、なんだか感動してしまって……言葉が出なくなったのだ。 俺は今、世界の裏側にいる人達と同じ物を見ているのか! 「……凄いな」 もう他に、なんて言っていいかもわからない。 「わたしの国、オーロラを見れると、幸運になれると言いますね」 「願い事を叶えてくれるという言い伝えもあります」 「だからわたし達にも、きっといいことがありますよ!」 「……レナ?」 やっぱり、レナはちゃんとわかっている。 俺達がこれから危険に踏み込むかもしれないことを、ちゃんと理解している。 その上で、彼女は言っている。 「星の見つけ方、マサオミにもわかりましたか?」 「うん、凄くよくわかった……」 「たぶん本当に大切なことというのは、ただ知ってるというだけで充分なんですよ」 「わたし達はいつでも同じものを見て、感動することができると」 俺達は、一人ではない。 同じ空の下で暮らし、大自然の姿に心打たれ、文明の利器によっても繋がっていける。 なにかこう、大きなもの。 なにもかも、すべてを肯定してもらえたような、星さえ包む大きなものに抱かれているような…… 言い知れぬ安堵に満たされていた。 いつしか、俺とレナも寄り添うように肩を抱き合い、静かにその映像に見入っていた。 ほどなくしてビデオチャットは閉じられ、再び二人っきりになっていた。 「ありがとう、レナ」 「わたしはなにもしてませんよ?」 「でも、レナの家族に紹介してもらえたし、星のみつけ方を教えてくれたじゃない」 「なんだか凄く元気が出たんだ」 「えへへ、マサオミが喜んでくれたならよかったです」 「ひさしぶりに電話代を気にしないで家族とたくさん話せましたから、わたしも満足ですね」 「あー俺もひさしぶりに家へ電話してみようかな?」 「相変わらず、連絡してないですか? マサオミも、電話くらいすればいいですよ」 「あはは、うちは機会がないとなかなかね」 やっぱり海外の人に比べると、俺達はあまり家族を大切にしてない気がする。 「それにしても、ネットって凄いよな」 「マサオミ、露骨に話を変えてませんか?」 「いや……だって、ほんの10年くらい前なら、動画の共有視聴なんて絶対できなかったはずでしょう?」 「ニュースを見てると、悪い面ばっかり強調されてるから余計にさ」 「人間の知恵っていうの? そういうのも、あながち悪い物じゃないって実感させられたんだよ」 「そうですよね、人間も……悪いところばかりじゃないですよ……」 「はあ……神様とも、ネットで通話ができたらいいのですけど」 なんですとッ!? 「それって、祟り神や土地神様ともビデオチャットしてみたいってこと?」 「はい、そうすれば今わからなくて困ってること、教えてもらえるかもしれないですよね?」 まさか、神様相手に、《く》k《わ》w《し》s《く》kしろと!? その発想はなかったわ! でもどうやら、レナは真面目に話してるらしい。 「それに、わたし達の気持ちだって伝えられるかもしれないですよ!」 「あ……ああ」 「まだはっきりなにをどう伝えればいいか、わかりませんけど……きっとすれ違いと誤解があるだけではないですか?」 「そんな気が、するのですよ」 俺はもう、女神様が悲恋に終わったことを知っている。 果たして、そう上手くいくだろうか? でも正直、俺には祟り神と話し合うなんて発想はなかった。 突拍子もないけど、レナの考え方は新鮮に響いた。 「……マサオミは、そう思いませんか?」 「うーん、どうだろう?」 「もっと情報を集めようって方針からはズレてないはずだし、いいとは思うけど」 果たして祟り神との間に、妥協点なんてみつけられるだろうか? 最後は戦うしかないと思い込んできたけど…… 「そうでしたね……まずは、情報を集めようと、話してたはずですね……」 「うん、そうだけど?」 「……でしたら、今夜も……一緒に寝ていきますよね?」 まあ、俺もそうなるよなって期待はしてた。 それに今さら恥ずかしがるのも、おかしいよな。 「もちろん、レナさえよければ」 「えへへ、だと思いましたね」 「実は……これから、貸し切り用の露天風呂を予約してます」 「あ……ああ、確か家族風呂っていうんだよね?」 レナと二人っきりでお風呂か。 なかなか、楽しみになってきた。 「でも、あれ? そういうのって、従業員は予約できないんじゃない?」 「はい……ですが、大旦那さんが……わたし達ならいいと許可してくれたそうですから」 「……え?」 俺達って、そこまで公認されてたのか! 祖父ちゃんは本当に、俺達の関係をどう説明してくれたんだ? おそらく実状と大差はなさそうだから、いいんだけどさ。 「マサオミ? ……マサオミは、一緒にお風呂は嫌でしたか?」 「まさか! そうじゃないよっ」 「正直、けっこう嬉しいと思ってるから」 「えへへ……だったら、よかったです」 「わたしも、今夜はマサオミを……いっぱい甘やかしてあげたいと思ってました」 甘やかす? いったい、お風呂でなにが待ってるんだろう? けどもちろん不安よりも、期待の方がはるかに勝っていた。 「さあ、マサオミ~……きれいきれいしましょうねぇ」 湯船へ浸かるのもそこそこに、なぜか俺は洗い場でレナに膝枕されていた。 しかも、小さい子へ語りかけるようにしながら、ペニスを手で擦られているのである。 「んっ……んっ、おやあ? マサオミぃ、洗っているだけなのに……どんどん固くなってきましたよ、ふふふ」 「い、いや、身体ならもう洗ったし、どうして俺、さっきから子供扱いされ……ンぶっ!?」 いきなり、口に乳房を押しつけられる。 俺の顔を覆うほどのサイズに、まともに息もできないほどだ。 「ふふふ、マサオミも……わたしのおっぱい、気になってたではないですか?」 「おっぱいが好きな人は……みんな子供ですね……んっ……んふっ」 「だ、だからって、ちょっと変態っぽいっていうか」 「はい? 赤ちゃんプレイは、日本のイメージプレイの基本ではなかったですか?」 間違った日本のHENTAI知識が、俺を襲う! だが一番困るのは、このプレイがそんなに嫌じゃないということだった。 「ヨーロッパでは有名でしたが……ひょっとして、マサオミは……こういうの、んっ、好きではなかったですか?」 「いや、好きではないっていうか、目覚めさせられそうで怖いっていうか」 「ふふふ、でしたら……存分に目覚めてくれていいでちゅよ? んっ……んっ、はうっ」 レナは手で小さな輪っかを作り、ゆるゆるとペニスを上下させてくる。 自分でするのに比べるとたどたどしく、少々もどかしい。 けど女の子にしてもらうというのが、なんだか新鮮で普段にない興奮があるのも事実だった。 「んっ……んっ、日本の男性は、んふっ……割礼をしないと言いますが、はあ……はあ」 「……おち●ちんの皮が、こんなに……伸びたり、縮んだりするのは……そのせいですか?」 「え? さあ、もともとこういう物だと思ってたけど」 「ハア……あふっ、そうなの、ですか? んっ……んっ……いろんな感触がして、ちょっと楽しいですね」 「楽しいの?」 「はい……芯は固くて、ゴリゴリしてるのに……皮は、にゅるにゅるしますし」 「先っぽは、ツルツルでグミみたいな弾力で……ずっと触っていたくなる、感じですよ」 血が集まって膨張する亀頭を軽く握ってくる。 思わず、ビクリと背筋を震わせてしまった。 「ふふっ、先っぽが敏感なのですね? んっ、んっ……もっとここを、責めたほうがいいですか?」 「れ、レナっ、ちょっと亀頭ばっかり責めないで」 「ここは、キトウというのですね? はあっ、んふっ……マサオミは、キトウ責めに弱いですね、んっ、んっ」 今度は五本の指をカリ首へ引っかけながら、亀頭を撫で回される。 俺の場合、自分でするときは竿の部分を握って、いたすことが多い気がする。 だから手で先端部だけを責められるのは初めてで、慣れない刺激にたまらず翻弄されてしまう。 手でされてるだけなのに、すごく気持ちがいいのだ。 「はあっ……はあっ、ん! ほぅら、マサオミも……んぅ、おっぱいを吸って……くださいね? んんっ」 「れ、レナ……んぶっ!?」 再び乳房を口へ含まされる。 こうされるとエッチなことをしてるはずなのに、自分が凄く子供になった気がしてくる。 子供に戻って、母親にあやされているような安心感に包まれてくるのだ。 「ああッ! ふふふふ、マサオミ……ほ、本当にっ、赤ちゃんみたいに……おっぱい、吸ってますよ、あっ、あん!」 こんなにエッチな赤ちゃんがいるはずはない。 なにせ、俺は……俺はもう…… 「おや? マサオミぃ~、手の中で……んっ、んっ、また大きく膨らんできましたよぉ~、あっ、んふっ!」 「これはいったい、んっ……んっ、どうしてですか? あふっ……あっ」 「そ、それは……もう出そうだから」 「も、もっと強く擦って欲しいんだけど、レナっ」 「ふふふ、お母さんより先に……んっ、んっ……ミルクを出すつもりなんですね、はあっ、はあっ」 ふざけているようだが、レナも呼吸を乱している。 俺を責めながら、自分も興奮しているのか? 「はあっ、んふっ……いいですよ、マサオミ! んっ、んっ……今夜も、いっぱい……気持ちよくしてあげますからね?」 レナが素早く手を上下させる。 手で擦るというのは、もっとも慣れた、もっとも馴染みのある快感だった。 けど男の物とは明らかに違う柔らかな手で擦られるだけで、こんなに新鮮になるものか? も……もう、堪えようがなかった。 「んっ、んっ……はあっ! マサオミ……マサオミっ、おち●ちん……我慢しなくて、いいですからね? んっ、んッ」 「うん、も、もう……出るっ、出すよ! レナっ」 「はあ、はあっ……んふっ、はい……出して、出してください、マサオミ?」 「マサオミの精液……んっ、んっ、わたしの手で……たくさんっ、たくさん……出して欲しいですねっ、ふぁうう!?」 「あっ……! わお、出ましたよマサオミ?」 ついに、レナの手の中で精液を噴火させてしまう。 「ふふふ、出してる間も……んっ……んっ、ずっと、手で擦ってあげますね? んっ……んっ」 「はあ、あふっ……たくさん、たくさん出てますよ……あっ! あああ……」 吐き出された白濁は、何度も何度も高く噴き上がりながら、ぼたぼたと重たい水音を立てて周囲を汚していく。 レナは言葉通りにペニスを擦り続け、中に残った精液まで一滴残らず搾り出してくれる。 「はあ……はあ、んふっ、今日も……たくさん、出しましたね?」 「……いい子、いい子、ですよ?」 白濁に濡れた亀頭の先を、あやすように撫で撫でされてしまう。 射精直後で敏感なペニスは、それだけでビクビクと震えて反応する。 「ふふふ、マサオミ……おち●ちんでお返事してますよ、んふっ」 「いや、手でされただけで……こんなになるなんて」 「まったくですね、んんっ、こんなに……出したのに、はあ、はあ……マサオミ、まだカチコチですよ?」 レナが再び、敏感になったペニスを握ってきたのだ。 手のひらの中で、またも歓喜の震えを起こしてしまう。 「わおっ、一度出したのに……さっきより固くなってますよ? んっ、んっ」 「手がそんなにいいのですか? それとも……んっ、ふあっ……おっぱい、気に入ってくれましたか?」 レナの大きすぎるおっぱいは、膝枕されていると軽く前屈みになるだけで顔面へ押しつけられてくる。 俺はもう条件反射的に、乳首へ吸い付いていた。 「ふあっ、あぁん!? ま……マサオミっ、あっ、あん! そんなにっ、がっつかれると……ふぁううっ」 けど、してもらうばかりでは申し訳ない。 唇で乳輪を挟んだまま、舌で乳首を転がしてみたのだ。 「んふっ、ふあ! あっ……そんなっ、エッチな吸い方……されると、んんっ、わたしまで……あっ、あっ」 「はうっ……んぅ! わたしまでっ、気持ちよく……なっちゃいます、はああっ、ん!」 「うん……レナにも、感じて欲しいから、ちゅっ」 「んふぅ~! ああっ、でしたら……はあっ、あふっ、わたしも……負けてられませんね、んっ、んあッ」 レナの手がペニスの表皮を伸ばしたり、縮めたりしながら、上下に激しく動き始める。 俺も負けじと、柔らかな乳房へ吸い付いていく。 「はあっ、あう……んっ、んっ……マサオミ……マサオミッ、あっ、ふあ! んっ、んんぅ!」 「……レナって、んぅ……なんだか、ミルクみたいな匂いがするね」 「あんっ! そ、そうなのですか? んんっ、自分では……わからない、ですけど、んっ……あっ!」 「わたしから……んっ、ふあっ、ミルクが……出るようにしてくれる人は、んっ……んんっ」 「マサオミだけですからね? んんっ、これからも……ずっと、あっ、あうっ……ふあッ、あふっ」 「レナ……俺も、ずっとレナだけだよ? レナっ!」 だんだんと、昂ぶりを抑え切れなくなってくる。 再び込み上げてきた快感の波を抑え切れなくなってくる! 「んくっ、ふあ! マサオミのおち●ちん、びくんびくん……震えて、またっ、ミルク……出しそうになってますよ? あっ、んぅ」 「レナも……乳首、固くなって感じてくれてるのか?」 「……はい、マサオミの……赤ちゃんできるまでは、んっ、んふっ……あっ、あん!」 「わたしの、おっぱいは、あっ……んぅ、マサオミのものですからね? はあっ、あっ……マサオミ、マサオミぃ、んあ!」 レナの手が、さらに加速する。 下腹部が熱く、熱く、堪え切れないほど熱くなっていく! 「あんっ、あっ……ふあっ、ん! マサオミっ、マサオミ……出して、遠慮しないで、また……たくさん射精してくださいね?」 「ああ、そ……そろそろ、また! レナっ、レナ!」 「マサオミ……マサオミっ、ん! んっ、おち●ちん、すごく……熱くなって、んふっ、ふああっ」 「いっぱい、いっぱいっ、気持ちよくっ……なってくれてるのですね? マサオミっ、マサオミ……ああッ!?」 「んっ、ふあっ……ひゅあぁッ!?」 射精の瞬間、軽く乳首に歯を立てていた。 レナに小さな悲鳴を上げさせてしまう。 「あっ、んふっ! マサオミ……そ、それっ、ああ……たくさん、ああっ、射精しながら、んんっ」 「まだっ、まだ……乳首、吸ってますね、はっ……あぁぁ~……マサオミ、ふああ……」 そう言うレナこそ、ペニスを擦るのをやめていない。 脈動して白濁を噴き上げるのに合わせて、何度も、何度も、擦り上げられてしまう。 「はあ……はあ……マサオミは、やっぱり凄いですね」 「え? ど、どうして?」 「ふふふっ、わかっているのではないですか? だって……んっ……んっ」 レナの手が、ゆるゆるとペニスを撫でてくる。 「まだ……こんなに、熱くて……固いなんて、マサオミと……結婚する女の子は、んんっ」 「きっと、たくさん……赤ちゃん作れちゃいますね」 「ははっ、相手の子も……たくさん産んでもいいと思ってくれるかな?」 「それこそ……わかってるはずではないですか、マサオミ?」 熱っぽい誘うような視線が絡みついてくる。 「愛してるよ、レナ……」 「わたしもですよ、マサオミ? でも今は言葉より」 「行動で……表して欲しいです」 もちろん、抗う理由などなかった。 俺も……レナと1つになりたかったから。 「んあっ……はっ、あぁぁぁ~~ンッ!?」 浴槽へ移動するや、待ちきれずにバックからすぐ挿入してしまう。 だが意外にも、そこはすでに充分過ぎる潤いに満ちていた。 「ま、マサオミ……んんッ、そ、そんなに慌てなくても、ああっ、わたしは……逃げたりしませんよ?」 「ご……ごめん、一刻も早く……レナが欲しかったんだ」 「はあ、はあ……ふふふっ、そう言って……くれるのは、嬉しいですけど、んふっ」 「……ちゃんと、順序は守って欲しいですね、あっ……はう」 肩越しに振り返り、レナは軽く唇を突き出すようにする。 だから俺も背中から肩を抱き、そっと……やさしいキスをした。 「ちゅっ……あん、んっ……んふっ、それだけですか?」 「いいや、まだまだ」 「んふふっ、期待してますよ、マサオミ? はむっ、ちゅっ……んむっ、ちゅっ……ちゅぱっ、はうっ、んぅ!」 今度は唇を割って、舌と舌を絡め合う大人のキスをする。 たったそれだけで官能を刺激され、レナの膣内でペニスをビクンと跳ねさせてしまう。 「んむむッ!? あむっ……ふあっ、あん……マサオミの、本当に……元気過ぎますね、んあっ、ちゅっ、んッ!」 レナの唇を吸いながら、ゆっくりとピストンを開始する。 肩を抱いていた手は裸身を撫で回すようにしながら、やがて脇の下から乳房を鷲掴みにしていた。 「はっ、ふあ! んむっ、ちゅっ……マサオミ、んんぅ~、今夜は……まるで、オオカミのようですね、あっ、あぁん!」 「そう、かも……レナが欲しくて、欲しくて、たまらないんだ、レナ!」 「ふあっ、あぁん! あっ、んんッ……激しい、ですっ……マサオミ! マサオミっ、あっ、はぁん!」 初めてのときと違い、レナも最初から感じているようだ。 ただ膣内の締め付けは処女のときと変わらずきつく、容赦なく俺から子種を搾り取ろうとしてくる。 「んっ、あっ……あん! お尻にっ、マサオミがぶつかってきて、あっ……あっ、お湯、波立ってますよ、あああっ!」 俺とレナが結合を深くする度、激しく飛沫が上がっていた。 下腹部に当たるお尻の弾力が心地よかった。 「あっ、ふああっ! ま、マサオミ……こんなっ、激しくしては、ああっ、んっ、んぅ!」 「またっ……すぐに、射精したく、なるのではないですか? あっ、あっ……んっ、ふああ!」 「そ、そうだな、少し……休まないと、くっ」 できれば、レナのことも気持ちよくしたい。 けど止めようとしても腰を完全に止めるのは難しく、腰をお尻に密着させたままグリグリと亀頭をレナの最奥へ擦りつけていた。 「んんんぅ~、そ……それっ、あッあん! なんだか、子宮に……じーんと来ますね、はっ、ふああっ!」 「そう言えば……女の人は、入ってるだけでも気持ちいいって聞いたことあるけど、本当なの?」 「さ……さあ、よくわかりませんが、んんっ! はあっ、はあ……あふっ、んぅ」 「……わ、わたしは、ふあっ! マサオミを……子宮で感じるの、好き……ですよ、はっ、あん!」 可愛いことを言ってくれる。 こちらも、愛しさが込み上げてくる。 「ふあっ! ま、マサオミ……んんっ、首の裏、あっ! そんなっ、吸い付いては……キスマーク、ついてしまいますよ、あっ、あぁん!」 首筋へ顔を埋めながら、下から持ち上げるように乳房を揉んでいた。 指の間に乳首を挟むようにして、たっぷりの量感を楽しんだ。 「んんっ、んふふっ、やっぱり、わ……わたしの、おっぱい……気に入ってくれてますね?」 「……レナの身体なら、どの部分も好きだよ?」 もっとも特におっぱいが好き、というのは否定できないか。 レナの乳房は、どこまでも指が沈んでいきそうな柔らかさと形を保つ張りが同居していて、どれだけ揉んでも飽きそうにない。 「はあ……はあっ、ま、マサオミ……マサオミっ、あっ! あぁん……ふあっ、あッ!」 俺は性器を根本まで挿入したまま、腰で円を描き続けていた。 それだけで、充分硬度を維持できてしまう。 「ね、ねえ、マサオミ? そろそろ……はあっ、はあ……だんだん、切なく……なってきました、ああッ」 「……っ、レナ?」 レナが自ら腰を振り始めたのである。 俺とは逆回転させながら、内部の襞でこれでもかと舐め回してくるのだ。 「んっ、んっ……ふあっ! か、勝手に……勝手に、腰が……動いてっ、マサオミっ……マサオミ?」 「マサオミもっ、動いて欲しいですっ! あっ、あん……ふっ、ふああッ!」 「くっ、わ、わかったよ……レナ! レナ!」 「ふぁん! あんっ、あっあッ……マサオミっ、マサオミ! はっ、あぁん! あっ、ああッ!」 二人で腰をぶつけ合う、二人で互いを求め合った。 同時に動くと、初めてのとき以上の快感が、脊髄を駆け抜けていく。 「ふあっ、あん! あっ、あっ……す、凄いです! も……もう、わけがわからないくらい、んんぅ」 「気持ちいいですよっ、マサオミ! マサオミっ、あっ、ふあぁ~ん!?」 すぐにもう、たまらなくなる。 頭の芯が痺れ、俺ももう自分の意思で腰を振ってるかわからない。 「ふああっ、イク! イキそっ、ですっ! マサオミ……マサオミは? マサオミは、気持ちいいですか、あっ、ああ!」 「俺も……俺も、イキそうだよ、レナ? レナっ!」 「二人っ、二人一緒ですか? マサオミ……二人、一緒にっ、あっふあっ! あん……ああっ、一緒に、気持ちよくッ」 もちろんそうだ、気持ちいい、気持ちいい! レナとだから、気持ちいいっ。 このまま、このまま、腰の奥に溜まった熱を、解放したかった! 「あん! あんっ、ああっ、ふあッ……あっ、んんッ! 好きっ、好き……マサオミ、大好きですよ? マサオミっ」 「俺も……愛してるぞ、レナ! レナっ!」 「それも……それも一緒ですね? マサオミっ、マサオミ! あっ、あっ……一緒にっ、一緒にイキましょうね、あああ!」 「あんっ、あん! あっふあっ、あっ……んんぅ、マサオミ! マサオミッ……イクっ、イク! イクイクイクッ!」 「ふあっ、ああ! イッて、イッてしまいますっ、んっ、あううッ!?」 「ふぁああぁああぁぁぁあぁぁぁ~~~っ!!!」 レナが絶頂するのとほとんど同時だった。 奥へ引っ張り込もうと絡みつく膣襞に逆らい、レナの身体へ向かって精液を吐き出していた。 「あっ……ふぇ? ま、マサオミ……抜いて、ああっ……んんぅ、身体に……ネバネバのっ、かかって、んんんぅ~」 ペニスが脈動する度、レナを白濁に染めていく。 それは温泉の飛沫に混じりながら、だらだらと糸を引いて垂れ落ちていった。 「はあ……はあっ、別に……今日もまだ、中でも……平気でしたのに、んふっ」 「そうなの? でも……」 「んふふっ……でも? マサオミは、んんっ……まだ固いままの、ようですけど……んふっ」 レナが抜きはなったままのペニスへ太股を擦りつけてくる。 「あふっ、んぅ……まだ足りないですよね?」 「次は……マサオミの、好きなところに……出していいですから、んっ、んふっ……もう一回、してみませんか?」 「……ああ」 「俺はレナとなら、何度だって!」 「んくっ……あぁぁん! また……マサオミが、一番奥まで、ふああっ! あンッ」 挿入と同時に、ピストンを再開させる。 絶頂をしたのに精液をもらえなかったからか? レナの膣襞が、今まで以上に絡みついてきた。 「はうっ、あん! ふあっ……あっ、マサオミ? んんぅ……キス、して欲しいですね、はっ、あぁん!」 「もちろん、いいよ? ……っ、んぅ」 「ちゅむっ、はう! ちゅっ……あむっ、ちゅっ……あっあん! んふっ……マサオミっ、マサオミ! あっあッ」 キスをしながらも、二人で激しく腰をぶつけ合った。 愛しさを伴った快感は、簡単に人を狂わせるらしい。 「あむっ、んちゅっ……ちゅぱっ、あう! あんっ、あん! ふあっ、あッ……あぁ~ん!」 レナが欲しい、レナが好きだ。 「ま、マサオミっ! マサオミがっ、マサオミがもっと欲しいですっ……好きっ、好きですよ、マサオミッ、マサオミぃ~!」 二人の思考まで交差し、絡み合う。 二人で一匹の獣になったように、ただただ、ただただ求め合った。 「もっとっ、もっと! あっ、あっ、あんッ……ふああっ、マサオミっ、もっと! もっとぉ~っ!」 「ああ、俺も……俺も、もっとレナが欲しい! レナっ、レナ!」 「一緒……また、一緒ですね? はうっ、あう! あっ、あっ……んっ、ふああッ!?」 手加減もなにもない。 このままでは、またあっさり射精してしまうだろう。 「我慢、しないで……マサオミ? 我慢しなくて、いいですからっ、あっ、あッ!」 「また……またっ、たくさん! わたしに……わたしでっ、気持ちよくなって、欲しいですよ、はああっ!」 俺は…… 「マサオミっ、マサオミ! し、子宮がっ、子宮が勝手に降りてきてっ、マサオミを……欲しがってます、はああ!」 俺も、俺も同じだ。レナの、レナの中に出したい! 禁断の行為とわかっていても、抑え切れない。 「あんっ、あん! はあっ、あっ……もうダメっ、もうダメですぅ、イク……また、イッてしまいますよぉ!」 「俺も、だ……今度は、このまま! レナの奥に……」 「マサオミ……はあっ、はあ! わたしの、子宮に……射精してくれるの、ですか? はあっ、あう、マサオミ!」 出したい! 出したいっ、我慢できない! レナの中に、すべてを注ぎ込みたいっ。 「あんっ、あん! マサオミっ、マサオミのおち●ちんがっ、また……中で膨らんで、あうう!」 「このまま! このままっ、今度は……このまま!」 「来てっ、来て! マサオミ……中にっ、わたしのおま●こに出してっ、たくさん来てくださいっ!」 「マサオミの……マサオミだけですからね? はあっ、あん! わたしの……赤ちゃんのお部屋はっ、ああっ!」 「……マサオミ専用ですから、ああっ! 来てっ、来てっ、出して……出してッ、ふああッ!?」 「あうぅううぅぅぅぅうぅ~~~~ッ!!!」 限界を感じた瞬間、今度は根本までぴったり納まるようペニスを一番奥まで押し込んでいた。 そのまま、子宮の入り口に密着させたまま、精液の塊を吐き出してしまう。 「はあっ、ああ……出てっ、んん! マサオミが、勢いよく……中に注ぎ込まれてきて、あううっ」 「子宮の、中がっ、いっぱい……いっぱいの、マサオミで……満たされていきますよぉ、あああ……」 ペニスの脈動に合わせ膣道が収縮し、効率的に子種を搾り取られていく。 瞬く間に安全日でなければ妊娠確実という量の白濁が、レナの胎内を満タンにしてしまう。 「んっ、んふっ……はあ、はあ……4回も、出してくれたのに、んんっ……マサオミは、凄い量ですね、んぅ」 「いや、自分でしても、こんなに連続でできないし、こんなに出ないんだけどな」 「ふふふっ、わたしとの……愛の力だと言いたいのですか?」 「あー……正直、間違いではないと思うよ」 レナを抱き締め、頬を引っ付け合う。 「だって俺は……」 「レナを愛してるから」 「わたしを愛してるから、ですか?」 「あんっ、あん! 好きっ、好き……マサオミ、いっぱいっ、いっぱい愛して欲しいですッ、ふああっ!」 胸の中が愛しさでいっぱいになっていく。いっぱいになるほどに、欲望も深まっていく。 けど俺達の中では許されていた。求め合うことが、許されていた。 「マサオミっ、マサオミ! も……もうっ、わたし……わたしっ、マサオミで、マサオミでイッちゃいますっ!」 「俺も、俺もレナでイキそうだ! レナっ、レナ!」 「はああっ、好き……好きですよ、マサオミ! また一緒にっ、一緒に、ふああっ!? あんっ」 熱く、熱く、溶け合うほど熱く、互いを求め合う! 本当に溶けて1つになれないのが不思議なくらい、激しく求め合う! 「ふあっ、ふあっ! 好きっ、マサオミ……マサオミっ、好きッ! 好き好き好きっ、大好きッ、大好きッ!」 「俺もっ、好きだ! 好きだ、レナ!」 「ああっ! あんっ、んっ、ふああっ……嬉しいっ、とっても嬉しいです、マサオミ! マサオミ!」 「いっぱいっ、いっぱい……わたしで、気持ちよくなって? マサオミっ、マサオミ!」 「あんっ、あん! ふあっ、あああ! んっ、んっ、あうっ……んくっ、くっ、あううッ!?」 「ふぁあああぁああぁああぁあああぁ~~~~ッ!!!」 あくびをするネコのように、レナが背筋を伸び上がらせる。 直後にペニスを抜きはなっていた。 「ひゃんっ! あっ……すごい、勢いで……あっ、あふっ、マサオミの精液、また……こんなに、んんんぅ~」 ヴァギナに擦りつけながら、何度も何度もペニスを脈動させる。 やがてレナが俺色に染めるまで、大量の白濁を吐き出しぶっかけ続けた。 「はあ……はあ……んふっ、また……BUKKAKEされて、しまいましたね、はあっ、あふっ」 「はは、ひょっとして嫌だった?」 「……まさか、マサオミのなら……嬉しいですよ?」 「そういうもの?」 そっと背中からレナの肩を抱いてやる。 「ええ、だってわたしは……」 「マサオミを愛してるから」 「俺を愛してるから?」 二人の声が『愛してるから』で、はもってしまう。 さすがに照れて、苦笑してしまう。 それでも彼女を抱く腕から、力を抜くことはなかった。 「しばらく……離さないでいてくださいね?」 「もちろん、今夜は……手を繋いで寝ようか?」 「えへへ……はいっ♪ 大好きですよ、マサオミっ」 「んっ、んむぅ……」 なんか、息苦しい……身体が、熱い……。凄く熱い……。 なんでこんなに熱いんだろう……? しかも重い。身体が重くて上手く動かなくて、寝返りも打てない。 もしかして……風邪を引いたのかも……? 「………」 「すー……すー……」 「朝武、さん……?」 ……幻覚が見える。 これはヤバイ、幻覚が見えるぐらい頭がヤバい。 もうちょっと寝よう……幸い、トレーニングまでに、まだ時間はある。 「………」 「すぅー……すぅー……んっ、んんっ。ふぅぅぅーー……」 「んひぃぃっ!?」 息が耳にかかる!? 一体何がどうなってる!? なんで俺は同衾してるんだ!? 「んっ、んぅぅぅ……」 「―――ッッ!?」 俺の首にギュッと抱き着いてくる朝武さん。 「(ふぉぉぁぁ……ええ匂い……)」 「ではなくて!」 朝武さんが朝に弱いのは知ってたけど……まさか部屋を間違えるとは!? 「……はふ……んむ、んっ、んんぅぅ」 「―――ッ!?」 頼むから密着しないで! さっきから耳元で、艶めかしい吐息が……ッ! その悩ましい吐息に、官能的な意味は全くない。 だけど、朝武さんの甘い匂いも相まって……なんか頭がクラクラしてきた! 正直たまらんっ! 「朝武さん、頼むから首を放してくれないかな」 「……いやれす……お断り、しましゅー……すー……」 「ちょっ、ちょっとぉ……」 本格的に寝息を立て始める朝武さん。 すでに俺の声は届かないほどの深みに行ってしまわれたようだ。 「マジでどうしよう……?」 首に腕を回して、ギュッと抱き着いてくる朝武さん。 「(やっ、やわらけぇー!)」 身体の温もり、柔らかさ……ダイレクトに伝わってくる。 しかも……胸が、谷間が見えてる……。 もうちょっとずれたら、きっとピンクのポチリまで見えそう……。 「……細身で小柄の割には、デカいよな……朝武さんって」 いやいや! さすがに寝込みを襲うようなことはダメだろ! 「朝武さん、朝武さんってば」 「……んっ、んんーーー……ふぅー」 「うひぃっ! み、耳に、息が……」 ダメだ。下手に呼びかけると強く抱きついてくる。 このままでは、自分の首を絞めることになる。 「んっ、んん……」 「………」 「――ッ!? い、いたのか!?」 「そろそろ時間だと思って起こしにきたのだが……吾輩の知らぬ間に、2人がよもやそこまでの関係になろうとは」 「やはり昨日、あんなことやそんなことをしようとしておったのだな?」 「いや本当に違うんだって。これは事後じゃなくて――」 「なんと!? これからお楽しみだったか……吾輩、お邪魔?」 「鍛練前だというのに……足腰は大丈夫なのか?」 「余計な気遣いありがとう!」 「でも全部勘違いだから変なこと言うのは止めて!」 「そうか……勘違いか……」 「あっ、んんぅ……ダメぇ……んぎゅぅぅ」 「そうかぁ、勘違いかぁ」 「いやだから!」 「有地さん、起きているんですか? 失礼しますね」 「いつもの時間を過ぎていますが、トレーニングには行かないんです……か?」 部屋に入ってきた常陸さんの動きが止まる。 かと思うと、意外と早く再起動。しかも、その顔にはいやらしい笑みを浮かべて。 「朝チュンの最中とはつゆ知らず、大変失礼いたしました。すぐにお風呂の準備を整えてきます」 「事後じゃないっ!」 「え? まさか、これから……?」 「そのネタもうやった!」 「朝のトレーニングは腰の運動に変更されたんですか? お2人ともお若いんですから~」 「そのボケはゲスすぎて引くわっ」 「えー……そうですかー?」 「朝武さんが寝ぼけてるだけなんですってば」 「ほら、朝に弱いから部屋を間違えて」 「いくら寝起きが弱いと言っても、部屋を間違えたりするものか?」 「もし仮に間違えたとしても、そんなに密着したりしますか?」 「んんっ……むぎゅぅぅぅ……」 『……ジー……』 「やっぱ、この状況じゃ何を言っても説得力にかけるよな……」 自分でもわかってはいるんだが……。 「んっ……んぅぅ……」 これだけ大騒ぎしていれば、流石に朝武さんも目を覚ましたらしい。 未だトロンとしていながらも、薄く開いたまぶたの奥の瞳と視線がぶつかる。 「起きてくれた?」 「……ほぇ……?」 普段とは全然違う、気の抜けた声を上げながら、俺の顔を呆然と見上げる。 どれぐらい、目を合わせていただろう? 突然、目が大きく見開かれる。もちろんその頃には、意思の光が完全に宿っていた。 「ほぇぇぇぇぇ!?」 「おはようございます」 「あああ有地さん!? え? え!? な、なんで、どうして有地さんが私の部屋に!?」 「そ、それになんで、一緒に寝て――」 「い、一緒に……寝て……ッッ!?」 「ひわぁっ!?」 飛ぶように俺から離れる朝武さん。 「あ、あれ……ここは、私の部屋じゃない……!?」 「覚えてないの?」 「夜這いしたんじゃろ?」 「よよよよ夜這いっ!?」 「まあ……大胆……」 「違いますっ、夜這いなんてしてませんっ、するわけありませんっ!」 「ですがこうして、有地さんの部屋で朝チュンを迎えているわけですよね?」 「それは……わ、私もどうしてこんなところで寝ているのか覚えがなくて……」 「無意識のうちに、ご主人の布団にもぐりこんだのか?」 「わ、わかりません! 起きたら目の前に有地さんの顔があって。しかも……しかも、あんな風に抱きつくだなんて」 「~~~~~~ッ」 顔を真っ赤にして俯く朝武さん。 この様子からすると、本当に覚えてなさそうだな。 「確かに変じゃないかな?」 「いくら朝武さんが朝が弱いからって、俺の部屋に来るなんて」 「一度リビングを通るぐらい、離れてるんだよ?」 「そっ、そうですよ。こんなの絶対に変です」 「確かにそうですね。こんな夢遊病みたいなことはありませんでした」 「朝武さんの意思ではなく、他に理由が……?」 それが何なのかは、わからないけど。 「ふむ……芳乃、昨日の夜に変わったことはなかったか?」 「どんな些細なことでも構わぬ。何か、いつもと違うことだ」 「そうですね……昨日は……胸がざわついて、とても寝苦しかったです」 「胸のざわつき? 今は、どうなのだ?」 「い、今ですか? えーっと……その……」 「まだ胸のドキドキが治まっていなくて、よくわかりません……すみません」 「では、潜り込まれたご主人の方はどうだ? 何か変化はないか?」 「お、俺か? そうだな……俺も、まだ胸が落ちついてないんだ」 「今でも心臓がバクバクしたままで――」 「――ッ」 「ご主人?」 「あ、いや……なんかバクバクしすぎて眩暈が……」 ほんの少しだけど、違和感があるな。 まるで足元がふわふわしてるみたいだ。 なんだろう、熱っぽいこの感覚……。 「ご主人、例の憑代は?」 「言われた通り、叢雨丸の傍に置いてるよ」 憑代に手を伸ばそうとして、気付いた。 「憑代が……赤い?」 正確には、点滅しながら断続的に赤く光っているのだ。 さながら鼓動を打つ心臓のように……。 「まさか、祟り神が……?」 「で、ですがみづはさんは黒く染まったと言っていました。赤ではなかったはずです」 「茉子、頼みがある。ちょっと確認しに行って欲しいところがある」 「はい、みづはさんの診療所ですね」 「いや、行って欲しいのは志那都荘だ」 そうして、志那都荘へ向かった常陸さん。 急いで戻ってきたときには、レナさんを連れてきていた。 「んぅ……」 しかもその表情は、少し苦しそうだ。 「わざわざすまぬな」 「いえ、それはヘーキでありますが」 「早速で悪いが、今その身に起こっている事を教えてくれぬか?」 「ここにいると、耳鳴りがします。そんなにひどくはないのですが……」 「やっぱり赤い憑代が原因ですか?」 「おそらくは」 「影響を受けているのは、俺と朝武さん。そしてレナさんか……」 「呪詛の力が強まったということでしょうか?」 「欠片を集めることで以前よりも力が増しておるのは間違いない」 「しかし……呪いが強まっているわけではなさそうだ」 「なら、これは一体……?」 「他の欠片に呼びかけておるのではないか? 力を信号のように飛ばしてな」 「それが憑代が赤くなった理由で……朝武さんを動かした、何かの正体……?」 「そのせいで、私は……憑代に乗っ取られた……?」 「乗っ取られた? よくわかりませんが、ヨシノは乗っ取られてしまうのですか?」 「いや、さすがにその心配は必要ないであろう」 「あくまで芳乃の意識がない時。しかも、憑代の力が増す夜だけの話だ」 「乗っ取るというより、勝手に受信してる、ってことか」 「つまり……昨日のざわつきは全部、憑代の信号のせいだった……そっか、そうよね。よかった、理由がハッキリして……」 「朝武さん?」 「いいいえ、何でもありません! それよりも、何か対策を早めに考えないといけませんね」 「そうだね。受信しないようにって、徹夜するわけにもいかないだろうし」 「それなのだが……むしろ吾輩は、この信号を利用できるのではないかと思うのだが」 「利用?」 「……すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」 「芳乃、そんなに緊張するな。今から寝てもらわねばならんのだぞ?」 「そう言われても無理ですよ、緊張しないはずありません。そもそも、巫女服のままで寝るなんて初めてです」 「それになによりも……」 「本当に大丈夫なんでしょうか? 憑代に身体を明け渡すだなんて」 「身体を明け渡すと言っても、憑代に封じられた怨みではない」 「であれば、芳乃の身体も欠片を集めるために動くだけで、滅多なことにはならん……と、思う、多分、おそらく、きっと」 「不安をあおるような言い方は止めて下さい。余計に心配になるじゃないですか……」 「コレばっかりは、やってみなければわからぬ」 「何かあったら、すぐに起こすから」 「……よろしくお願いしますね」 「任せておいて」 緊張した面持ちの朝武さん。 その手に赤く点滅する憑代を握り、胸の上で重ねる。 「(……何を言えばいいのか、わからないな。変なこと言ったら逆に不安がらせてしまうだろうし)」 ここは変なことを言わず、流れに任せた方がよさそうだ。 俺の視線の先で、緊張した面持ちのまま、点滅する憑代を握りしめる朝武さん。 これがムラサメちゃんの作戦。 憑代の信号を抑えるのではなく、むしろ利用すれば欠片を集めることができるのではないか、ということらしい。 身体を乗っ取られることに恐怖を抱きながらも、朝武さんは今回の作戦を了承。 信号はそのままにして、むしろ身体を明け渡すことになった。 「では……お、おやすみなさい」 「おやすみなさい」 「おやすみなさい」 「………」 「寝たか?」 「……まだです」 「………」 「寝られました?」 「……まだ」 「………」 「寝た?」 「ですからまだです」 「そっか……」 「………」 『………』 『……ジー……』 「……ぅぅ……もうっ! なんですか、嫌がらせですか!?」 「そんな何度も何度も声をかけられた上に、ジッと見つめられていたら眠れません!」 「ゴメン、気になって」 「もう少し時間がかかりそうですから、向こうに行ってて下さい」 「いや、でも何かあったときに」 「部屋には茉子に残ってもらいますから」 「でも……」 「大体……よく考えたら寝顔を見られちゃうじゃないですか、このままだと……」 「……寝顔?」 「とにかく緊張しますから、あっちで待機しておいてくださいっ」 「ここはワタシにお任せ下さい」 「………」 少し不安もあるけど……確かに、人に見つめられたままなんて、居心地悪いだろうな。 「わかった。じゃあ、リビングに戻ってるから」 「ところで、ご主人の体調は?」 「さっき測ったときは7度4分。微熱がずっと続いてる」 「でも身体に違和感はない。気にするほどじゃないと思う。無理してるわけじゃないぞ」 「ならいいのだが……あまり、気安く考えすぎぬようにな」 「わかってる」 「そういえば、レナさん大丈夫かな?」 信号を放置しているということは、レナさんの耳鳴りもそのままということだ。 本当に迷惑をかけてしまって申し訳ない。 「ご主人が微熱で安定しているように、レナも安定しておるだろう」 「ならいいんだけど……」 「朝武さんはさ、憑代の意思を受けて、無意識のうちに身体が勝手に動いたんだよな?」 「うむ。そのはずだ」 「欠片を集めるためなのに、なんで俺の布団に入ってきたんだろう?」 「憑代のそばにいるために部屋に入ってきて、そのまま布団で寝たのかな……?」 俺に抱きついたのはただの寝相ってことで。 「そこに関しては、吾輩も不思議なのだが……だが、芳乃がご主人の部屋で寝ていたことは幸運であった」 「幸運?」 「そりゃ、俺としてはこの上ないラッキーだったけど」 「たわけ、そんな下種な話ではない」 「考えてもみろ、1人で勝手に山の中に入っていた可能性もあるのだぞ?」 「あ、それはそうだな……」 「だが、そうではなくご主人の部屋に来た」 「やっぱ、憑代や叢雨丸のせいなのかな?」 「無論その可能性が高いが……念のために訊くがご主人、実はレナのように欠片を所持してはおらんか?」 「いや。もし心当たりがあれば、もう憑代に近づけて試してるよ」 「ムラサメちゃんは、俺が欠片を持っていると?」 「芳乃の行動を考えるとな。そういう可能性もあると思うのだ。それに……」 「……? それに……なんだよ?」 「以前、その……なんだ……ご主人の身体に神力を無理矢理流し込んだであろう?」 「え? ああ……うん。アレな……」 必要に駆られとはいえ、口づけをしたんだ。忘れられるわけがない。 「ムラサメちゃんの方からそれを持ち出すなんて……どうした?」 「あの時、ご主人とその……深い接触をした時にだな……気付いたのだ」 「普通とは違う気配をご主人から感じると」 「それって……」 「レナさんが、子供の頃から欠片を手にして、その影響を受けやすくなったような?」 「もしかすると……それこそが、ご主人が特別な理由かも知れぬ」 「俺が特別? 叢雨丸に選ばれたことか?」 「それだけではない。吾輩の身体にも触れられる」 「ご主人がソレと気付かずに持っているのかも、と思ったのだが……」 「悪いが、やっぱり心当たりはない」 「子供の頃からずっと持ってるものなんてない。断言できる」 ここが実家ならまだしも、居候させてもらってるんだ。 持ってきたのは、着替えをはじめとした手荷物だけ。 その中に該当するような物はない。 「まあ、そうであろうな……」 「とにかく、ムラサメちゃんの言葉は覚えておくよ」 「何か思い出したら報告する」 そうして話が一段落ついたとき、リビングに常陸さんが駆け込んできた。 「有地さん、ムラサメ様、すぐにいらして下さいっ」 俺たちが部屋に入ったそのとき、部屋の中心に人影があった。 それは、先ほどまでベッドで寝る努力をしていた朝武さん。 その手に握っている憑代は、先ほどよりも激しく点滅をしている。 「……朝武さん?」 「予定通り、憑代に動かされておるようだな」 「………」 よく見ると、その目は焦点があっておらず、放心しているようにも見える。 だが、その身体がフラつくようなことはない。しっかりとその場に立っている。 「これからどうしましょう? 芳乃様を観察……でしょうか?」 「そうなるな。だが、そう時間はかからぬようだぞ」 「………」 部屋の中心で立ち尽くしていた朝武さんが、首をめぐらせ、視線をこちらに向ける。 とはいえ、やはり焦点はあっていない。 ここにいる俺たちのことは目に入らない様子のまま、ゆっくりと歩き始めた。 「後を追うぞ」 そうして歩き始めた朝武さんを追って、山の中に入った俺たち。 「……」 朝武さんは相変わらずの様子で、ゆったりと歩き続けている。 しかしながら、足取りだけはしっかりとしている。 「どこに行くんでしょうか?」 「欠片の落ちているところまで行くんじゃないの?」 「あまり気を抜くなよ、ご主人。芳乃の頭には今、耳が生えておるのだから」 「アレは、憑代の信号のせいなんじゃないのか?」 「そのせいで出突っ張りになっておる。つまり、祟り神の兆しがわからぬ、ということだ」 「そうか……その通りだな、悪い」 緩んでいた気を引き締めなおす。 そして、周囲を警戒しながら、朝武さんについて進んだ。 そうしてどれほど歩いたのか……。 山の中で、ついに朝武さんが足を止める。 「ここに、欠片が落ちてるのかな? わかるか、ムラサメちゃん?」 「すまぬ……憑代の放つ信号が強くて、他の気配が拾えぬ」 「そうか……とにかく、もうしばらく様子を見るしか――」 言いかけたとき、朝武さんが憑代を掲げるような動きを見せた。 そして憑代の輝きがどんどん増して行き、ついにはその輝きが爆発を起こす。 その瞬きは、俺の意識をも大きく揺さぶるようだった。 まるで心臓の滾りを感じられるように、胸が熱くなる。 「……ッ、今のは?」 「大きな気配が広がったな」 「それって、これから何か起きるってことですよね?」 「おそらく……」 「ムラサメちゃん」 「うむ」 俺が抜いた叢雨丸に淡い光が宿る。 同時に、先ほどの瞬きが呼び寄せたように、ガサガサと藪をかき分けるような音が聞こえてきた。 「今、音がしましたよね?」 「俺が前に出るから、朝武さんのことは頼むよ」 「はい、わかりました」 未だその場で立ち尽くす朝武さんを庇うように、俺は前に出る。 正面に叢雨丸を構えたその時、奥から祟り神が姿を現す。 「………」 注意深く対峙する。 しかし、その祟り神はいつもと変わらないように見えた。 「(さっきの信号の影響は……特に何もない……?)」 「ッ」 一瞬、気を抜きそうになった俺に、襲い掛かる触手。 危ういところで、反射的に叢雨丸で弾き返す。 『ご主人!』 「すまん!」 ムラサメちゃんの叱咤する声を受け、目の前に集中する! すぐさま打って出た。 振り下ろされる触手を躱し、そのまま相手の懐に飛び込む。 最小限の動きで手首を返した瞬間、いつもと同じ手応えを感じる。 身体を深くまで斬り裂かれた祟り神は、霧のような煙となって消えていく。 「………」 「今ので……終わりか?」 注意深く辺りに気を配りながら、慎重に欠片を拾い上げてみる。 ここら辺も、いつも通りだ。 「朝武さんに変化は……?」 「今のところは、特に何も」 「そっか」 まだ目の焦点はあっておらず、獣の耳も出たまま。 胸には赤く点滅している憑代。 「さっきの憑代の瞬きは、一番近くにある欠片を呼び寄せるものだったのかな?」 『今のところは、そういう感じであるが……』 「今日はもう終わりかな?」 『決めつけるのは、早計だとは思うが……芳乃に新たな変化も見当たらぬとなると』 そこまで言ったとき、再び藪の奥でナニかが動く気配。 『ご主人ッ、また気配が』 「ああ!」 叢雨丸を藪の方へ向ける。 その切っ先が指し示す先から、藪をかき分け現れる祟り神。 「やっぱりまだいたのか」 だから、朝武さんの状態が解けることもなくて―― 「……ん?」 ……なんだ? 祟り神の身体が、今までよりも大きく見えるぞ? というか……ダブって見える? 「ムラサメちゃん……なんかあの祟り神、でっかくないか?」 『い、いや……デカいというか、アレは――』 その時、二重になっていた祟り神の身体が、大きくずれた。 「っていうか……2体いる……?」 「………」 「2体!?」 こんなことは初めてだぞ!? 祖父ちゃんに鍛えられたとはいえ、流石にそれは一対一の想定だ! 祟り神を同時に相手にするなんて!? しかも朝武さんはまだ意識が戻っていない。 「に、2体同時にだなんて……」 『お、落ち着け、ご主人! よく見るのだ、アレは2体ではない』 「いや、でも、確かにアレは――」 『2体ではなく3体だ』 さらに増えた、だと……っ!? 「あ、有地さん!?」 「わかってる。さすがにここは、引いた方が……」 「い、いえ……そうではなくて……」 背後の常陸さんの声から漂う不穏な空気。 なにやら妙な気配も……。 「こちらにも祟り神がっ」 「――っ!?」 『5体以上はおる!』 「はぁ!?」 「じょ……冗談だって言ってくれないか?」 『い、いかんぞ。気配がどんどん濃くなっておるっ……おそらくまだ増える』 「まだって……どれぐらいかわかるか?」 『う、うむ、この感じだと……最低でも今の倍?』 「倍っ、だとっ……!?」 『ちなみに……ちょっと控えめに見積もっておる、かも』 「下手すると、それ以上……」 「それだけいたら、完全に囲まれるんじゃ……?」 『………』 「逃げよう!」 踵を返して走り出すのと同時に、多方面から触手が降り注いだ。 「うわっ!?」 もはやゆっくり後ずさる余裕もない! 朝武さんを抱え、脱兎のごとく一目散に逃げ出す。 「有地さん、叢雨丸はワタシが!」 「お願い!」 「こっちだ、ご主人、茉子!」 同化状態を解いたムラサメちゃんの誘導に従い、ひた走る。 追いすがるひどく危険な気配から少しでも距離を取る。 なんとか転ばないように! でも、なるべく全力で! 「ふぇ……あっ、あれ? 私、部屋で寝ていたはずなのに、一体何が……」 「ひゃぁぁ! ど、どうして私は、有地さんに抱かれて――抱かれて!?」 「ち、近いですっ、離れて下さいっ」 「さ、騒がないで! 落ち着かない気持ちはわかるけど!」 「芳乃様、非常事態ですから!」 俺たちの焦り具合に、朝武さんも尋常ではない雰囲気を悟ったのだろう。 落ち着かない様子ながらも、そっと俺の背後に視線をやって―― 「なんだか、森がいつもより暗いような………………ひゃっ!?」 「祟り神が七分に山が三分!?」 「とにかく今は逃げますから説明は後で!」 「でっ、でで、でもこんなのどうやって――ああ、来る! 来てます! すぐそこまで来てますよ!」 「そうだ! ムラサメちゃん、まっ、前みたいに神力で、め、目くらまし! 目くらましを!」 「承知した!」 背後で夜の闇を吹き飛ばすような白い光。 それで祟り神が止まったのか、確認する余裕もない。 とにかく1センチでも祟り神から離れるために、 俺たちは振り返ることもなく、遮二無二走り続けた。 「ぜぇーはぁー……ぜぇーはぁー……ごほっ、ごほっ……」 「大丈夫か、ご主人」 「はぁ、はぁ、はぁ……なっ、なんとか……はぁ……はぁ……怪我は、ない……ぜぇ、ぜぇ」 「あ……有地さん。大丈夫ですから、そろそろ下ろしてもらえますか?」 「あ、ゴメン」 「いえ。助けて頂いて……ありがとうございました」 「そ、それよりも私が寝ている間に何があったんですか?」 「すまぬ。吾輩の考えが浅はかだったのだ。まさか、ここまでとは……」 「眠ったあとすぐに、芳乃様は憑代に動かされて山の中に来たんです」 「そして一際大きな信号の波を、憑代が発した」 「最初に1体きて、それは何とかしたんだけど……」 「その後、わらわらと集まってきてな。欠片が反応を示せばと考えておったが……甘かった」 「下手すると、全ての欠片が祟り神となっておることも考えられる」 「全て!?」 「それで、あの数ですか……」 「………」 「待てよ? それは、考え方を変えれば悪いことだけじゃない」 「もし全ての欠片が祟り神になったのなら、これを乗り越えたら全て集まるってことだよ!」 「ご主人……流石にそれは前向きすぎではないか? いや、吾輩が言うのもアレだとは思うが……」 「前向きと言うよりもむしろ、軽い現実逃避のような気が……」 「で、でも……間違いではないと思います」 「それに発生してしまった以上、このまま放置するわけにも……」 一番の問題はそこだ。 赤く点滅する憑代を持ったままでは、俺たちを追って祟り神の群れが山を下りてくる可能性すらある。 となると……朝まで夜通し逃げ回るのか? さすがにこんなペースで走り回っていたら、すぐに体力が尽きるだろうが。 「また、身体に神力を……」 「それはダメだ。もうやらぬと言ったはずだぞ」 「だけど、このままじゃ!」 「せめて、なんとか数を減らさないと……」 「でも、どうやって? まさか真正面から挑むわけじゃありませんよね?」 「神力を散らして目くらましを行い、その隙に減らせるだけ減らす」 「………」 他に良案はないものか? 頭をフル回転させて考える。 だが無情にも、タイムリミットはすぐに訪れた。 「……くっ」 俺たちを追って現れた祟り神の群れ。 その数はパッと見でも2ケタに達している。 冗談みたいな話だが、全く笑えない。むしろ背筋が凍りつく。 「とにかく、さっきのムラサメちゃんの案でいこう。今はそれしかない……」 覚悟を決め、すぐに逃げ出せるようにしながら、俺たちは祟り神の群れと対峙する。 だが、すぐさま襲い掛かかってはこない。 こちらを警戒するように、その場に留まり続ける祟り神。 だが不意に、その姿が消え失せた。 「えっ……?」 いや消えたのではない。 突然全ての祟り神が溶けるように、泥となって辺りに広がったのだ。 液体となった祟り神は、それぞれが結び付き、混ざり合う。 そうして一つの泥となった祟り神が、再び形を取り戻した時―― 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ちょ――」 「ちょっと格好よくなってるっ!?」 まるで溶けかけているみたいだった身体が、黒い獣になっていた。 ハッキリとした四肢。大きな口と、鋭い牙。触手だと思っていたソレは、長い尻尾のようだった。 それは見事な犬……というよりも、もはや狼と言うべきだろう。 「な、なんとッッ!?」 「が、合体までするんですか!?」 「まさかこんなことが……っ?」 「おそらく、憑代の一つになりたいという願いをより近くで受け止めたせいであろうが……」 その意見を肯定するかのように憑代が瞬いた。 憑代の赤い光が、今は不吉な血の色に見えて仕方ない……。 「よもや、このような事態になろうとは……」 「で、ですが、これはむしろチャンスなのでは?」 「チャンス?」 「10体以上いた祟り神が1体になったと考えれば、手の打ちようがあるかもしれません」 「そ、そうか! 確かに!」 一対一ならいつも通りだ。 合体という予想外な展開に驚いたけど、むしろこっちの方がいいのかもしれない。 「よしっ」 そうして叢雨丸を構え、慎重に間合いを詰めていく。 「………」 祟り神に動きはない。 これなら……このままイケる!? そうして間合いに踏み込んだ瞬間―― 俺の身体は宙に浮いていた。 「――は?」 「っっ!?」 背中から落ちた衝撃で、ようやく自分が吹き飛ばされたことを把握する。 「げほっ、げほっ!?」 背中を襲う衝撃にむせながらも、慌てて転がった。 その直後―― 俺を叩き潰そうとするような衝撃が、激しく地面を叩く。 「(危なっ)」 冷や汗をかきながらも、すぐさま身体を起こした。 「あ、有地さん!? 大丈夫ですか?」 「な、なんとか! それより今のは!?」 「前脚です! 前脚で吹き飛ばされて……爪で引き裂こうとするように」 「前脚って……攻撃パターンが増えたのかっ!?」 しかもさっきの一撃、ほとんど見えなかった! 合体したら強力になるのがお約束とはいえ……シャレになってないぞ!? 今までと動きも威力も段違いだ。今だって、尻尾を目で追っていたら絶対にやられた。 「グルルルルル……」 尻尾をくねらせる祟り神は、俺たちを威嚇するような唸り声を上げている。 声まで発するようになるとは……。 憑代を全部集めたら、人の言葉を喋りだしそうな勢いだ。 「憑代を返したら大人しくならないかな?」 「穢れを何とかせぬ限り、返した憑代も穢れに呑みこまれるだけだ。そうなれば、さらに強力な祟り神が生まれるぞ」 これ以上かよ……ただでさえヤバいのに。 思わず腰が引けるが、ここで逃げ出すわけにはいかない。 落ち着け……祖父ちゃんとの稽古だって、竹刀を目で見切ってたわけじゃないんだ。 「(落ち着け、確かに攻撃は速くなってる)」 「(でも身体の輪郭がハッキリしたおかげで、動きもよく見える。それはつまり――)」 その時、視線の先で祟り神が動いた! 伏せるように頭を低くしたのだ。 「来るッ!?」 「下がって!!」 「きゃぁ!?」 降り注ぐ、尻尾の激しい攻撃! その一撃が届くよりも早く、俺たちは安全な距離まで下がっていた。 「……予備動作が存在する」 『吾輩と同じだ。肉体があった頃の動きを忘れられておらんのだ』 祖父ちゃんのように研ぎ澄まされた一撃ではない。 力とスピードに任せた攻撃。 ああ……“起こり”ってのは、こういうことなんだな。 再び繰り出された尻尾。 だが、起こりはハッキリ見えている。慌てることなく、俺たちはその一撃も躱してみせた。 「この調子なら……何とかいけるか? 叢雨丸の間合いに持ち込めれば……」 『触手のような尻尾の間合いと速度は脅威だ。最初は躱せても、途中で潰される』 「……せめて、あの尻尾さえなんとかできれば……」 「………」 「わかりました。ワタシが……なんとかしますっ」 「茉子?」 「それって――」 「ガアアアア!!」 「――ッ!?」 空気を震わせるほどの雄叫びに、本能的な恐怖が身体を竦ませた。 その隙を突いて、祟り神が動いた! 「(ここで立ち止まったらヤバい! 動け動け動け!)」 反射的に逃げる俺。朝武さんも同様だ。 だが逆に、その場で動きを止めた人がいた。 「常陸さん!?」 逃げ出さず、尻尾を迎え撃つようにその場で構えを取る。 「芳乃様、尻尾が止まったら鉾鈴を!」 「なんとかするって、まさかッ!?」 「ダメ、止めて、茉子!」 朝武さんの悲痛な叫び。 だが黒い尾は止まらない。空気を引き裂きながら常陸さんの頭上から襲い掛かる! それでも常陸さんは動かず、むしろ自らその一撃を受け止めて―― 「ッッ!?」 細い身体が打ち付けられ、激しい音が響き渡った。 受け止めた身体は地面をバウンドしながら、吹き飛んでいく。 だがそれは、人にしてはあまりに小さい。それに音も、人の弾力を感じさせない硬い音だった。 人の身体じゃない……アレは―― 「(――丸太!? まさか変わり身!?)」 丸太を吹き飛ばし、勢い余って地面を叩いた黒い尻尾。 そこへ、無傷の常陸さんが飛びつき、クナイで上から押さえ込んだ。 「芳乃様! 尻尾を! 早く!」 「え、あ! はい!」 声を受けた朝武さんが、飛びつくように鉾鈴を尻尾に突き立て、そのまま地面に縫い付けた。 「グガアアアアアアアアア!?」 尻尾から黒い煙が出ると共に、祟り神が苦悶の咆哮を上げる。 『ご主人!』 言われるよりも先に、俺は飛び出している。 「ッ!」 俺に気付く祟り神だが、縫い付けられた尻尾は動かせない。 ここまで接近すれば、祟り神ができる攻撃は限られている。 前脚の爪―― しかし、前脚が上がることはなかった。むしろその逆、身体を前に出してきた。 突き出される大きな口がガバッと開かれ、鋭い牙が目の前に迫るッ! 「ガウッ!」 「噛みつきだよな!」 その“起こり”もちゃんと見えていた。 身体を捻ってさらに一歩、身体を滑りこませる。 文字通りの目と鼻の先に祟り神の黒い身体。 「(こんな距離じゃ、剣道の動きはできないけど)」 「(――必要ない!)」 叢雨丸の切っ先を突き立て、その喉笛を貫いた。 「ガアアアアアアアアアアア!?」 さらに激しく苦しみを訴える雄叫び。 チャンスはもうない! その気持ちを込め、傷口を広げるように、叢雨丸を力いっぱい押し込んだ。 「――ッ!?」 まるで血を再現するかのように、傷口から泥のような穢れが溢れ出した。 そして、叢雨丸の神力に抵抗するように、俺の腕に絡みつき、力を奪っていく。 その瞬間、膨大な“思い”が俺の中に流れ込んで来るのがわかった。 生け贄にされた恐怖、痛み、悲しみ。 使役され続けた怨み、憎しみ、無念さ。 憑代を砕かれた怒り、寂しさ、嘆き。 そして、それら全てを押し潰すほどのハッキリした“声”が、俺の心を塗り潰していく。 『憎い……憎い……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……』 強大で激しい憎しみの声は、俺の意識を冷たく暗い海の中に引きずり込むようで……。 いくらもがいても、もがいても、怒涛のように押し寄せる“憎しみ”の波が俺を呑み込んでいく。 『許さない……許さない……許さない……』 「……このっ」 『どいつも……こいつも……死んでしまえ……許さない、こんなこと、俺は許したりしないぞ……お前ら全員、末代まで祟ってやる』 「ぅっ……黙れ」 『祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる、祟ってやる、祟ってやる――』 「……うるさいっ」 『祟ってやる、祟ってやる、祟ってやる、祟って祟って祟って祟って祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟』 「このっ……」 「いい加減しつこいんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」 憑代の思いを押し返すように、叫びと共に叢雨丸をさらに深くねじ込んだ! その瞬間、今までとは比べ物にならないほど濃縮された穢れの黒い霧が、猛り狂うような勢いで山の中に吹き荒れる。 「――ッ!?」 ようやく視界も戻ってきたとき……そこには先ほどまでの圧倒的な存在はなかった。 目の前を覆うほどだった黒い泥の塊が、完全に消えてしまっている。 そして……俺の足元に転がる、大きな憑代の欠片。 「無事か、ご主人!」 「あ、ああ。大丈夫だ……」 「一瞬、穢れに取り込まれるのではないかと、ひやひやしたぞ」 「俺も、呑み込まれそうになってビビったよ……」 「これって、終わった……んですよね?」 「祟り神は霧になって、消えました。いつも通りなら……これでお祓いは終わったはず……です」 「もう! 無茶なことしないで! 本当にびっくりして、怖かったんだから……」 「芳乃様……申し訳ありません」 「説明している時間がありませんでした。でもワタシも怪我をするつもりなんてありませんでしたよ」 「まさか、あんな使い方をするとは……」 「芸は身を助けるって本当ですね」 「芸って言っちゃったよ……」 「実際、今まで役に立ったことなんてありませんでしたから」 今回はあくまで、攻撃を行える朝武さんと俺の2人がいたから。 そして、尻尾の動きを一時的に止めるだけだったからこそ、役に立ったという事だろう。 「それよりも、ムラサメ様? 本当に、もう終わったんでしょうか?」 「うむ。先ほどまでの気配は消えておる。それにほれ、芳乃の耳も」 「あ、確かに……」 「憑代の赤い点滅も治まっていますね……」 「朝武さん、この欠片を」 「あ、はい」 俺は落ちていた憑代を拾って、朝武さんに渡す。 十数体の祟り神を集めた欠片だ。 俺たちが持っていた欠片よりも二回りほど大きい。 朝武さんが2つの憑代を、手の中で近づける。 いつものように震える憑代、そして白い輝きの中で憑代は1つになって―― 「おおー……おぉ?」 「………」 「……あれ?」 「あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 「わっ、何ですか、これ」 「見てわかるだろ、煎餅だ、煎餅」 土曜日になり、朝から田心屋に出勤した俺。 すると厨房には、何故か焼き立ての煎餅が並んでいた。 「丁度いい。そっちのは全部出来上がってるから、運んじまってくれ」 「わ、わかりました」 まだ熱が残っている煎餅を手ごろな皿に乗せて、フロアーに戻った。 「言われたから持ってきたけど……急にどうしたの?」 「なんか対抗心を燃やしてるみたい」 「対抗心?」 「珈琲の売れ行きが好調だから、負けるわけにはいかないって」 「それで……煎餅を?」 「新メニューってわけじゃないの。昔、ウチでもお煎餅を取り扱ってた時があってね」 「そうなんですか?」 「甘味に絞る前だから、うんと昔の話よ」 そうだったのか……。知らなかった。 「でも……これ以上、仕事増やして大丈夫なの? 煎餅を焼くのって、結構手間がかかるんじゃない?」 「そうなんだよね。それにほら、アタシの珈琲って甘い物に合わせて選んだものだから」 「今の店のイメージに煎餅はねぇ……まあ、そういう店だって言い張れば別にいいんだけど」 「お煎餅を店先で焼けば、人目には付くと思うし。ライブクッキング、みたいな感じで」 「でも、それだと甘味処だとは思ってもらえないんじゃないの?」 「そうなんだよねぇ……問題はそこなんだよ」 「別に店で出せとは言ってないぞ」 「お父さん」 「今さら煎餅がバカ売れする時代でもないだろうしな」 「今の店の客層には合わないだろう。ケーキやらなんやらの生菓子を開発する方が店には合う」 「わかってるなら……なんで?」 「お前が新しい客を呼んだおかげで、少しは店も楽になりつつあるからな」 「けどな、以前からいてくれるお客も大事にしたい。そういう人のために、伝統の味ってやつを残したいと思ったんだよ」 「まあ、邪魔になるなら無理強いするつもりはない」 「急にそんなこと言われても……う~ん……」 「おはようございま~す!」 「ああ小春、もう来てたのか、おはよう」 「あれ? みんなで集まってどうしたの? なにか……問題?」 「別に問題じゃないよ。おじさんが新しいお菓子を準備してて」 「あっ! お煎餅だ! これ、食べてもいいやつですか?」 「ああ、試作品だ。是非食ってみてくれ」 「ありがとうございますっ!」 小春は嬉しそうに煎餅を手にした。 「いただきま~す」 「んん~~……おいひぃ~~……お醤油の芳ばしい匂いがたまりませんね」 「そ、そうか……けど、煎餅なんて古めかしくて、若い子は興味ないだろ?」 「私は好きです、お煎餅。確かに甘い物が好きな人は多いと思いますけど、苦手な女の人もいますから」 「こういうこと言っちゃうと身も蓋もないかもしれませんけど……美味しければ、古めかしいとか関係ありませんよ、きっと」 「そ、そうか……そう言ってもらえると、嬉しいもんだな」 小春は美味しそうに煎餅を食べ、そんな姿をおじさんはとても嬉しそうに眺めていた。 だが、対する芦花姉は眉を顰め、唸り声を上げていた。 「ん~~……煎餅かぁ……」 「よかったね、芦花姉」 「まー坊? 何のこと?」 「だってさ、これっておじさんが頼ってくれてるってことじゃないか」 「煎餅を売る方法はないか、って、芦花姉に相談してるってことだ」 「それだけ芦花姉のことを認めてくれたってことなんだから」 「……まー坊……」 「だから、とりあえず考えるだけ考えてみてもいいんじゃない?」 「………」 「わかった。何か考えてみる。美味しい商品なら、売り方はあるはずだしね」 「……いいのか?」 「安定した売り上げになるならウチとしても助かるから」 「なんだ……今日はやけに素直だな」 「アタシは普段から素直です」 「嘘吐け、この意地っ張り。なんだ将臣君に言われたから、そんな素直に折れるのか?」 「――なっ、はっ、はぁ? 意味の分からないこと言ってないで仕込みに戻って」 「ほら、開店準備! 開店準備!」 パン! パン! と手を叩いて、芦花姉は奥に引っ込んでいった。 おじさんとおばさんもそれに続くが……小春は何故か、その場から動かない。 静かに芦花姉の背中を見つめていた。 「……やっぱり……お姉ちゃん、も?」 「小春? どうかしたのか?」 「ううん、なんでもないっ」 「………?」 「ありがとうな、将臣君」 「仕事ですから、お礼なんて」 調理場で、おじさんのお手伝いをしていた俺に、突然告げられるお礼。 バイトを続けてきたけど、作業中にお礼を言われるなんて初めてだな。 「そういうことじゃない。芦花のことだ」 「芦花姉?」 「アイツは、卒業してすぐにこの店を継いだからな。肩肘を張ってたんだ」 「手探りで進めて、失敗もして、端から見ててもわかるぐらい悩んでいた」 「けど今回の珈琲の一件で、少しは自信が持てたんだろう。多少は余裕ができたみたいだ」 「いや、俺は別になにも」 「芦花姉が自分でしたことですよ」 「誰かに背中を押してもらうっていうのが重要だったんだ。けど、それは俺じゃあダメだ」 「なんでですか?」 「アイツは意地っ張りだからな。俺が変に口をはさむと、情けだと思って余計に意固地になる」 芦花姉って、そんなに意地っ張りなのか。 俺たちの前では、結構まとめ役だったりするけど……。 やっぱり誰でも家族の前では雰囲気が違うものなんだろうか? 「だから、ありがとうな」 「いえ、とんでもない」 そんな真正面から褒められると……恥ずかしい。 俺が苦労して得た結果って言うのならまだしも、ちょっと口を出しただけなのに。 「アイツにとって、きっと君は頼れる存在なんだろう」 「そうですか?」 「どうでもいい人間に言われた言葉で、動かされるような奴じゃないからな」 「……俺でもお役に立てたなら、よかったです」 昔は迷惑をかけることも多くて、世話になってきた。 川で溺れたときは命を救ってもらった。 その頃の恩を、少しは返すことができたかな……? 「ねえ、まー坊」 「ん? なに?」 「小春ちゃんと一緒に休憩を取っちゃって」 「え? 2人同時に?」 「けどさすがにそれは……フロアーが大変になるんじゃないの?」 「大丈夫。お母さんもいるから」 「今のうちに2人とも休んでもらわないと、こっちが困るの。ほら、早く早く」 まあ、経営者がそういう判断を下したなら、雇われの身としては従うしかないか。 「わかった。じゃあ、休憩に入ってくるよ」 「うん。なんだったら、2人で一緒にご飯とか食べに行ってもいいからね」 「………?」 なんか妙に明るいな。 おじさんに認められたのが、それだけ嬉しいってことなんだろうか? まあ、考えていても仕方ない。 俺はその場を離れて、小春の元に向かった。 「小春」 「お兄ちゃん、どうかした?」 「芦花姉が2人で一緒に休憩に入ってくれって」 「2人で一緒に? でもそれだと……」 「俺もフロアーが大変なんじゃないかって言ったんだけど、そうしてくれないと困るって言ってた」 「……お姉ちゃん……」 「とりあえず、休憩に入ろう」 「う、うん……」 「………」 芦花姉とは逆に、なんか小春の元気がない? 忙しくて疲れたのか? 「そうだ! 休憩中に食べなって、おじさんがまた煎餅を焼いてくれたぞ」 「本当!? やったぁ~っ!」 「ほら」 そうして差し出した煎餅に嬉しそうに手を伸ばす小春。 すると当然、俺の手と小春の手が触れ、指先から小春の体温が俺に伝わってくる。 小春の手は……結構温かいんだな。 「あっ……あはっ、あははっ。ごめんなさい。つい、食い意地が」 「い、いや、その………………コホン」 「……そんなに煎餅が好きだとは知らなかった」 「でも、食べるなら裏でな」 「は~い♪」 珈琲も相変わらず好評の日々。 それによって、他の商品の売り上げが落ちることもない。 加えて今日はツアー客が大勢押し寄せてきて、店は本当に大忙しだった。 でもこの忙しさが、芦花姉やおじさんおばさんの努力の証なんだ……。 それを思うと、接客や調理の手伝いでクタクタになるのも、どこか心地いい。 「芦花姉、もう仕事は終わりだよね?」 「あ、うん。お店の方はもう大丈夫。ご苦労様~」 「お疲れ様。じゃあ、お先に失礼します」 「ちょい待ち」 「1人で帰るんじゃないの。バイトのお仕事は終わりでも、男の仕事が残ってるでしょ?」 「小春ちゃんを、ちゃんと送っていくこと。いい? これは業務命令だから」 「業務だっていうなら、バイト代出るの?」 「出さなきゃ送らないって言うなら、出してもいいけど?」 「ちょっ、いいよ! 冗談だから」 「なんで、そこまで本気なんだよ」 「んー? そりゃまあ……小春ちゃんのことを考えてるから、かな」 「まー安心なさい。別に変なことなんて考えてないから」 「……ならいいんだけど」 「まあ、芦花姉に言われるまでもなく、最初から送るつもりだったよ」 「ならばよろしい」 「お兄ちゃん、お待たせ」 「小春ちゃん、お疲れ様」 「お疲れ様です。お先に失礼します」 「うん。2人とも、またよろしくね」 「じゃあな、芦花姉」 そうして俺は、小春と一緒に店を出た。 「………」 「……はぁ~……」 「どうしたの? ため息なんて吐いて」 「何でもない。それよりお母さん」 「なに?」 「この花を長持ちさせる方法、しらない?」 「水を砂糖水にするとか、水の中で茎を切るとかは聞いたことあるけど……」 「それガーベラでしょう? 首が曲がりやすいから……難しいと思うわよ?」 「そっか……難しい、か……」 「今のアタシには、それぐらいで丁度いいのかも……」 「んーっ、疲れたぁ」 「そうだね。お客さん、いっぱいだもんね」 「でも本当に、珈琲が成功してよかった」 「お煎餅も、上手くいくといいなぁ……おじさんのお煎餅、美味しいもん」 「そうだな」 俺も何枚か食べさせてもらったが、とても美味しい煎餅だった。 焼き立て、ということもあるだろうが、醤油の芳ばしい香りが、そんじょそこらの煎餅にはない魅力だ。 「まあ、芦花姉なら何とかするとは思うけど……」 「でも今日の芦花姉、ちょっと変だったからなぁ」 「どこら辺が?」 「別にミスしたりしてたわけじゃないんだけど……なんか、雰囲気が……かなぁ?」 「妙に小春のことを意識してるっていうのか……さっきも送って帰るようにって、命令してきたり……」 「まさかとは思うけど、ストーカーに狙われてるとかじゃないよな!?」 「す、ストーカー!? さすがにそれは考え過ぎだよ、お兄ちゃん」 「私みたいな子に、ストーカーなんて」 「何言ってるんだ。小春は可愛いから、ストーカーの危険性は十分あるぞ」 「………。あ、ありがとう……お兄ちゃん」 「いや、お礼を言われることではないと思うが……」 「まあ、何か困ったことがあれば、俺でも芦花姉でも、廉太郎でもいいからちゃんと相談するんだぞ」 「………」 「本当に……相談したら、力を貸してもらえるのかな?」 「もちろんだ。俺たちみんな、子供の頃から一緒の、仲良し4人組だからな。困ったことがあれば、ちゃんと力を貸してくれるさ」 「仲良し4人組……」 「………」 「……そっか……そうだね。ありがとう、お兄ちゃん」 「でも、ウチのバカ兄は除外して、3人組でいいよ」 「そう言うなって」 「うん、決めた。ちょっとお姉ちゃんに相談してくる」 「今からか?」 「今じゃないとダメなの。だから、お兄ちゃんは先に帰ってて」 「いや、俺も一緒に行くよ」 「それはダメ。これは、女の子の悩みだから」 「おっ、おぅ……そ、そうか……」 女の子の悩み……な、なんだろう? ブラジャーの正しいつけ方とか、かな? いや、さすがにこの歳ならつけてる……よな? 「そういうわけだから、お兄ちゃんは気にしないで」 そう言って笑って、小春はそのまま店の方へ走っていった。 「お姉ちゃん!」 「わっ、び、ビックリした……なに? 忘れ物?」 「うん。実はね、お姉ちゃんに相談したいことがあって。是非力を貸して欲しいの」 「アタシに相談? なんだろ……」 「実は、その……お兄ちゃんとの事なんだけど」 「―――ッ、ま、まー坊とのこと……」 「その……何から言えばいいかな? えっと。えーっと……」 「ごめんなさい、私、こういうことに慣れてないから、単刀直入に言うね」 「お姉ちゃん、私とお兄ちゃんをくっつけようとしてるでしょ?」 「………」 「そんなことないよ。ぴゅ~、ぴゅ~」 「吹けてないよ、お姉ちゃん」 「うっ……」 「もしかして小春ちゃん……怒ってる?」 「怒ってるかも」 「ごめんなさい……。で、でもね、別に面白半分じゃないんだよ」 「だってほら、小春ちゃんってばまー坊のこと、好きでしょ?」 「………」 「何年かぶりに会った優しいお兄ちゃんは、大人の男になってた。ドキッとして気持ちが傾いちゃうよね」 「端から見てればわかるよ、小春ちゃんの気持ち。だから応援してあげようとしちゃったの」 「でもそんなに怒らせちゃうなんて、余計なことだったかな……本当にごめんね」 「……私が怒ってるのも、相談したいのも、ソコじゃないからね」 「……え?」 「確かに私は……お兄ちゃんのことが……す、す、好き……」 「従兄妹だってわかってるけど、好きになっちゃった……」 「でもね、お姉ちゃんだってお兄ちゃんのことが好きでしょ?」 「―――ッ」 「ナッ、なんのコト、デショウか?」 「状況証拠としてはその反応だけで十分なんだけど」 「………………」 「あの大切そうに見てたガーベラ、お兄ちゃんからもらったくせに」 「……それは……」 「廉兄みたいに子供だと思ってたけど、実はお兄ちゃんには頼りがいがあって、年下だと思ってたのに、ドキッとしたんでしょ?」 「端から見てればわかる、お姉ちゃんの気持ち。気付かないはずないよ……」 「だってそれは……私と同じ気持ちなんだもん」 「………」 「はぁ……小春ちゃんにそこまで言われちゃ、逃げ切れないか……」 「わかった、降参する。正直に言うとね……悔しいかな、まー坊にドキッとしてる」 「やっぱりそうなんだ……?」 「だってさぁー……まー坊ってば細い割りに実はガッシリしててさ、力仕事も軽々と行える」 「アタシの頭の中では、みんなで一緒に遊んでた頃の印象しかなかったのに……いつの間にか、頼っちゃってるんだよね」 「う、うん。それ、わかる……手の平とかもおっきくて、力強くて、温かくて……一緒にいると、安心できるの」 「うん。安心してるはずなのに……気付いたら……ドキッとさせられてて……意識しちゃうんだよね」 「昔通り、真面目で優しい……でも昔と違って、どこか余裕を感じさせて……大人な感じもして……」 「なんていうか、男の人! って感じがするんだよね、今のまー坊は」 「そう! そうなの、お姉ちゃん!」 『………』 「……はは、あははは」「……ふふっ、ふふふふ」 「本当に同じなんだね、そりゃ見抜かれちゃうかぁ……はぁ~ぁ」 「うん、見抜いて当然だよ」 「まったく、2人も同時に惚れさせるなんて、本当にナマイキなヤツ~」 「私と同じなのに……お姉ちゃんは、諦めちゃうの?」 「……まー坊には小春ちゃんの方が似合ってると思う」 「それになにも、仲のいい幼馴染同士で、1人の男を取り合って争わなくてもいいじゃない」 「そんな禍根を残すようなことしなくてもさ」 「……私は……逆かな」 「……え?」 「だからお姉ちゃん、お願い。私が身を引くから……お姉ちゃんがお兄ちゃんと付き合って欲しい」 「な、何言ってるの、小春ちゃん! そんなに簡単に諦めちゃダメだよ!」 「簡単に諦めちゃってるのはお姉ちゃんだよ。どうして1人で勝手に決めちゃうの?」 「それは……」 「そんなことされても……私、嬉しくない。寂しいよ」 「………」 「それにね、お兄ちゃんの気持ちだってあるから。どっちかが諦めれば解決するものじゃないよ」 「お兄ちゃんの周りには、魅力的な人がいっぱいいるもん」 「巫女姫様に、常陸先輩に、レナ先輩……他にもいっぱい……はぁぁぁ……」 「……あー……その可能性をすっかり失念してた」 「そっか……譲り合った結果、どっちもフラれるなんて目も当てられないね」 「だからお姉ちゃん、譲り合うなんてやめよう?」 「………」 「お兄ちゃんのことは好きだよ……でも私、お姉ちゃんのことも大好き」 「子供の頃からずっと一緒だったんだもん。だから私は……お互いに遠慮しない方がいい」 「それがどういう結果になっても……うらみっこなし?」 「うらみっこなし」 「仲のいい幼馴染のまま?」 「仲のいい幼馴染のまま。私は……それがいいな」 「そういうことなら、私の望むのとは違う結果になっても……きっと、祝福できると思う」 「………」 「……はぁぁ……アタシ、本当にダメだなぁ。これじゃあ小春ちゃんの方が年上みたい……」 「どうかな、お姉ちゃん?」 「どうかなって……もうわかってるでしょ、小春ちゃん」 「ちゃんとお姉ちゃんの口から聞かせて欲しい」 「……そうだね。逃げ回ってちゃダメだよね……」 「うん、うらみっこなし。正々堂々、勝負しよう、小春ちゃん」 「ふふふ、後悔しても知らないよぉ~?」 「ま、負けないもんっ」 「大人の魅力ってものを見せつけちゃうよ?」 「わ、私だって、み、魅惑のナイスバディだもん。ぬ、脱げば凄いんだから!」 「こっ、小春ちゃん、脱げばって……」 「あっいやっ! いいいい今のは言葉の綾ってやつで!」 『………』 「ふふ、あははは」「くすくす……あは」 「うん。じゃあ、2人で一緒に……っていうわけにはいかないけど、頑張ってみようか」 「頑張ろうね、お姉ちゃん」 「えへへ~……」 顔をニヘラと緩ませる小春。 俺がいるからいいけど……こんな顔のまま1人で歩いてたら、不審者一直線だな。 いや、でも笑ってた小春も可愛いから、流石に不審者は言いすぎか。 にしても―― 「なんだか上機嫌だな」 「……え? それはもう……えへへ」 「へー……そんなにいいことがあったのか?」 「………」 俺がそう訪ねた瞬間、アレだけにこやかだった小春の表情が突如として不満げな物となった。 「あ、あれ? 小春……さん、怒ってる? どうか、されましたか?」 「お兄ちゃんが失礼な質問をするからだよ」 「ええ!? だ、ダメだったのか?」 「ダメとかじゃなくって、どうしてそんな質問をしちゃうかな……」 「私が嬉しい理由なんて……決まってるのに」 「それって……」 「大好きな人と……こうして一緒にいられるからに決まってるのに」 「………」 なるほど。 確かに、好きな人と一緒に登校だなんて青春漫画みたいだもんな。 「お兄ちゃんは、そういう風に思ったりしないの?」 「そりゃ、小春と一緒にいられるのは幸せだ」 「大好きな人なのは俺だって同じなんだから」 「そのわりには……あんまり喜んでる風には見えないかも?」 「だってさ、よく考えてみろ」 「小春は可愛いからいいけどさ、俺みたいな男がニヤつきながら歩いてたらどう思う?」 「警察に報告されて、事案発生になるに決まってるじゃないか」 「警察はさすがにないと思うけど……それに、大丈夫じゃないかな?」 「だってお兄ちゃんは、格好いいもん。格好いいから、真面目な顔も、笑ってる顔も素敵だよ、えへへ」 「ありがとう小春」 「小春はいつでも可愛くて、とっても素敵な女の子だよ」 「そ、そうかな? ありがとう、お兄ちゃん」 「お子様は気楽だなぁ……」 「ななな、なにしてるの、廉兄!? もしかして覗き!?」 「誰がそんなことするか。お前らが歩くのが遅いんだよ。ただ偶然追いついただけだ」 「あっ……本当だ……もうこんな時間か」 いつもなら教室についている時間。 小春と一緒に過ごしたくて、どうやらゆっくり歩き過ぎたらしい。 「少し急ごう、小春。このままだと、遅刻しそうだ」 「うん。わかった」 「にしても……お前ら、いい歳なんだから、もうちょっと恋人って関係について、考えてみたらどうだ?」 「どういう意味だよ?」 「お互いに“可愛い”“格好いい”なんて褒め合って満足してるだけのお子様だと、すぐに破局するぞ?」 「お前なぁ」 「別に煽ってるとか、意地悪で言ってるわけじゃないぞ。結構マジな話だから」 「小春は言わずもがな、将臣だって恋人を作るなんて初めてなんだろ?」 「それは……そうだけど、それがなんだよ?」 「初めて同士の場合、付き合いの深め方もわかんないだろ?」 「はっ、初めて同士って……あっ、朝から何を変な事言ってるの、このエロ兄は!」 「はぁ? 俺は付き合いの深め方って言ったんだよ。ワザと誤解させるような言い回しでもないのに」 「朝っぱらから何を想像してるのか……エロいのはどっちなんだろうなー、ぷぷぷっ」 「ッッ、~~~~~~ッッ」 「まっ、マジで茶化すつもりはないんだけどな」 「手を繋いだり、腕を組んだり、キスしたりってだけでも、どうすればいいのか悩むだろ、お前ら」 「それは……」 「………」 確かに……ちょっと悩むな。 「元々、従兄妹だからな。親類として相手のことをよく知っている分、恋人に変化するのが普通よりも難しいと思うんだ」 「仲のいい恋人なら、こうして一緒に登校する時点で、手を繋いだりするもんだぞ?」 「………」 「つ……繋いでみる……か?」 「そ、それぐらい、ラクショー……だよ?」 「じゃ、じゃあ……んっ」 俺は手を差し出す。 「う、うん……」 小春は手を伸ばし、そのまま手を握ろうとして……ビクンッ! と小春の手が跳ねた。 まるで静電気が発生したときみたいだったけど、決してそんなことはない。 「……ジー……」 「~~~ッッ、んん!」 意を決したように、小春が俺の手をぎゅっと握る。 「おっ、おお……」 温かで、柔らかな手の平は思っていたよりも小さかった。 成長したっていっても……ここら辺は変わらないんだな。 いや、成長度合いが俺の方が大きいってことなんだろうか? 「な……なんか、照れるね……」 「お、おう……そうだな」 ただの従兄妹だった頃は……もっと普通に手を繋げていたはずなのに。 改めて、恋人として手を繋ごうとすると、こんなにも緊張するものだったのか……。 「手を繋ぐだけでそんなこと言ってたら、セックスの時にはもっと大変なことになるぞ?」 「せっ――」 「やっぱり変な意味で言ってるんじゃん! このエロ兄!」 「そうは言うがな、初体験で失敗すると結構なトラウマになるんだぞ?」 「えっ……そ、そうなの……?」 「人生で一度きりのことなんだ。できることなら、幸せな思い出にしたいだろ?」 「そういう兄の優しさで、心配してやってるんだぞ、妹よ」 「う、嘘だ嘘だー! 私のことからかってるだけの癖に!」 「まっ、それもあるけどな」 「ムッカーーー!」 「けど、失敗はしない方がいいってのは本当だぞ、マジで」 「………。もしかしてお前、何か失敗したのか?」 「最初は慣れてなくて、でも興奮はしまくりで……みこすり半どころか、挿れる前に……くっ」 「み、みこす――ッ」 「あんときはタチ直るのに苦労したぜ」 「もしかして……ダブルミーニング?」 「お前意外と下ネタに食いつくな」 「だって男の子だもの」 「お兄ちゃんも! 変な話題に食いつかないで! 廉兄が調子に乗っちゃうから!」 「ああ、悪い悪い」 けど気になる……。経験者の意見と言うものを、ちゃんと聞いておきたい。 というか、やっぱりこいつは童貞じゃなかったのか……。 なんか悔しい……。 「とにかくだな。お互いをよく知ってる分、内面も良くわかってるからな。でも、従兄妹と恋人は全然違う」 「従兄妹で満足してたら、恋人としては手遅れになるぞ、って忠告だよ」 「案外、真面目な忠告だな」 「そりゃな。どっちのことも知ってるのに、不幸になれとは思えないだろ、普通」 「………」 「まっ、俺も深く首を突っ込むつもりはない。っていうか、従兄と妹の恋愛なんて大して興味もないよ」 「とりあえず、恋人って関係について、真面目に考えた方がいいぞ」 「ああ、ありがとうな、廉太郎」 「あっ……ありがとう、廉兄……心配してくれて」 「………」 「気持ち悪い。今日は雪がふるかもなー、はっはっはー」 廉太郎は苦笑いのようなものを浮かべて、逃げるように走って行く。 「なぁっ! あのバカ兄めぇ!」 「ストップストップ。これ以上は時間を潰してると遅刻するから」 「ほら、行こう」 そう言って、俺は小春の手を引っ張った。 「あっ……うんっ」 そうして俺の隣に並ぶ小春の顔は、とても嬉しそうだった。 そんな風に喜んでもらえると……俺としても、ホッと心が安らいだ。 「ありがとうございましたー」 「さてと、それじゃあ閉めちゃいますか。小春ちゃん、看板をよろしくね」 「はーい」 「で、まー坊はいつものように厨房の片付けと掃除を手伝って」 「了解」 言われた通り、俺は厨房の片付けを始める。 皿を洗い、調理器具を洗い、床の掃除をして……。 「こんなものか、お疲れさん」 「お疲れ様です。あの……掃除の後で言い出すのもなんですが、一つお願いがあります」 「ん? なんだ?」 「少しでいいので、煎餅を焼く練習をさせてもらえませんか?」 「今からか?」 「ワガママなのはわかっていますが、お願いできないでしょうか?」 「そうだな……触るのが煎餅だけなら、まあいいだろう。タネも少し余ってるからな」 「あとは、社長の判断に任せる」 「ありがとうございます」 「社長! お願いがあるのですが!」 「とりあえず、その呼び方を止めたら話を聞いたげる」 「実はさ、煎餅を焼く練習をさせて欲しいんだ、芦花姉」 「お煎餅を?」 「そんなに長くはしないから。タネも余ってた分を使うだけ。だから、頼めないかな?」 「んー……まあ、練習するのは別にいいんだけど」 「仕方ない。アタシも残るか……」 「え? いや、芦花姉は疲れてるだろうしさ、帰ってくれていいよ」 「まさかアルバイトを1人残して帰るわけにはいかないでしょう。まー坊を信用してないわけじゃないけど」 「それは……」 まあ、そうか。 「どうせ、事務作業が残ってるしね。ほら、やるならちゃっちゃとやる」 「ありがとう、芦花姉!」 「?? 何の話?」 「ああ、小春。小春もこの後少し残ってくれないかな? 俺が焼いた煎餅の感想を聞かせて欲しいんだ!」 「お煎餅!? 食べる食べる!」 「………。さてと、それじゃあアタシは奥で仕事をしてるから」 「終わったら呼んでね。あと、あんまり遅くならないように」 「うん! ありがとう、お姉ちゃん」 「これぐらい気にしないでいいから」 軽く手を振って、暖簾の奥へと下がっていく芦花姉。 「(もしかして……気を遣ってくれたのかな?)」 「本当にありがとう……お姉ちゃん……」 「………?」 何だろう……? その一言を呟いた時だけ、小春が妙に大人に見えた……。 「さてとお兄ちゃん、なんのお煎餅を焼くの?」 「それはできてからの楽しみだ」 「いただきまーす」 出来立ての煎餅を、小春は嬉しそうに手に取った。 折角練習するのだから、いつもの醤油味ではなく、海苔を使ってみた。 「はぁむっ……んー! 海苔の風味が素晴らしいー……」 「美味いか?」 「うん! もちろんだよ、お兄ちゃん!」 「はぁ~……お兄ちゃんの焼くお煎餅は美味しい」 「ならよかった」 「あと、こっちも食べてみてくれないか?」 「わっ!? なんだかすごい色だね、これ……失敗作?」 「ではないと思ってる。実は抹茶味にしてみたんだよ」 「へー、抹茶のお煎餅……見たことはあるけど、食べるのは初めてだよ」 「是非、感想を聞かせてくれ!」 「うん! それじゃあ……あーむっ」 「……もぐ……もぐ……」 「ど……どうだ?」 「……ちょっと、にがい……」 「美味しくないか?」 「んー……要研究、かな」 「そうかぁ~……ダメかぁ……この苦さが癖になるんじゃないかと思ったんだけど」 「そういうのが好きな人もいるとは思うけど……多くはないんじゃないかな?」 「………」 まあ、初めて作ったものだしな。 最初からすべてが上手くいくわけはないか。 「でも、急にどうしたの?」 「煎餅を、これから本格的に商品にするなら、少しでも力になれたらなって思ってさ」 「そうなんだ……お兄ちゃん、そんなにお店のことを考えてたんだね」 「んー……まあ、この店の事を考えてっていうのもあるにはあるけど……」 「………? もっと違う理由なの?」 「俺が煎餅にこだわるのはな、小春が笑ってくれるからだ」 「……え?」 「小春はいつでも明るいけどさ、煎餅を食べてるときは本当に幸せそうなんだ」 「俺はそんな小春の笑顔が好きで……俺が焼いた煎餅で、小春を笑顔にすることができたら、凄く嬉しい!」 「だから俺は、小春の笑顔のために、煎餅を上手に焼けるようになりたいんだよ」 「そ、そうなんだ……えへ、えへへ……なんか恥ずかしいね」 「食い意地張ってるだけなのに……でも嬉しい、お兄ちゃんがそんな風に考えてくれてて」 「小春にはもっと笑顔になって欲しいから。新しい味も考えたいと思ったのが、きっかけだよ」 「そっか……うん、お兄ちゃんの気持ち、とっても嬉しい……」 自分の正直な気持ちを話すのは……かなり恥ずかしい。 でも、こうしてちゃんと伝わったことは、純粋に嬉しくもある。 「はぁぁ……なんだろ、今までにもお兄ちゃんに可愛いとか言われたことがあったはずなのに……」 「今、言われたのが……一番嬉しい。嬉しくって……ドキドキするよ」 「もしかしてそれが、廉太郎の言ってた従兄妹と恋人の違いなのかも」 「そっか……まあ、あのバカ兄もたまーには、ちゃんとしたこと言うんだね」 「本当、たまーにな」 「……あは、あははは!」 「はははは!」 俺と小春が笑い合ったその時だった。 暖簾の奥から、今までに聞いたことのないような叫び声が上がったのは。 「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 「――ッ!?」 「今の……お姉ちゃん、だよね?」 「そのはずだけど……どうしたんだろ?」 2人で首を傾げていると、バタバタと慌てた様子で芦花姉が飛び出して来る。 「お姉ちゃん、どうかしたの?」 「ちょっと仕入れ先の方でトラブルがあったみたいで」 「今からちょっと調整に行ってくる!」 「こんな時間から?」 「行かないと、明日のお店に差支えが出ちゃうのっ。じゃあ行ってくるから」 「ああ、いってらっしゃい。気を付けて」 「っとそうだそうだ。ちょっと時間がかかりそうだから、戸締りは任せる」 芦花姉は鍵を俺に放り投げる。 「それ、スペアキーね。2人でしっかりと、戸締りをしてから帰ってね。悪いけど、よろしく」 「うん。わかった」 慌ただしく、勢いそのまま店から出て行く芦花姉。 俺と小春はその背中をぽかーんと眺めていた。 「大変そうだなー……社長って」 「そうだねー……」 「………」 「………」 「えへへ」「あはは」 お互いに、照れ笑いを浮かべる俺たち。 「お、お煎餅、全部食べちゃうね」 「ああ、頼む」 こういうまったりとした時間が……とても幸せに思える。 「ご馳走様でした」 「お、全部食べてくれたんだな」 「うん、お兄ちゃんが焼いてくれたんだから」 「でも抹茶は苦いって言ってたから」 「苦いけど、別に食べられないほどじゃなかったよ」 「もうちょっと味を調節すれば……もしかしたら、美味しくなるかも?」 「それでも、もしかしたらなんだな」 「私は、普通のお醤油の方が好きかなーって……えへへ」 「それじゃあ、遅くならないうちに帰る?」 「んー……小春さえよければ、もう少しここでゆっくりしないか?」 「え?」 「ほら、こうして2人っきりでゆっくり過ごせる機会は……なかなかないから」 「……あっ……う、うん」 「そ、そっか……2人きり、なんだね……」 「……だな……」 今までにも2人きりになることはあった。 例えば、最近は学院に行くときは2人一緒に登校している。 でもなんだろう……そういう時の感覚とは全然違って、なんか緊張してしまう。 今が夜で、ここが部屋の中……だからだろうか? 「………」 「………」 部屋の中に沈黙が訪れる。 こうなってしまうとお互いの息の音すら気になってしまって……なるべく静かに息をしなければ。 「……すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」 あ、あれ? 息ってどうやってしてたっけ? 普段からこんなに大きな音をさせてたっけ? 「んんっ……んんーーっ……」 「ん……? 小春?」 「んんんーーーーっ……ぷはっ! はぁーっ、はぁーっ」 「ど、どうした……?」 「なんか、その……自分の息の音が気になって……どうすればいいのか、よくわからなくなっちゃって……」 「それで……まさか息を止めてたのか?」 「……う……うん」 「あはははは」 「笑わないで、笑わないでよ、お兄ちゃん!」 「いやー、悪い悪い。別に小春のことをバカにしたわけじゃないんだ」 「俺も同じことを考えちゃったからさ」 「お兄ちゃんも? 息を止めてたの?」 「さすがに息は止めてないけど、自分の息が気になってた」 「そ、そっか……お兄ちゃんもなんだ……」 「普通はこういう時、どんな話をするんだろうね?」 「さあ? なにせ俺も初めてだからな、恋人ができたのなんて……」 従兄妹という関係の時は、こういう無言があっても、そんな気にすることもなかった。 なのに恋人となると、何か話さなくちゃと、焦ってしまう。 ……本当に廉太郎の言う通りなんだな。 「……恋人……恋人、なんだよね」 「お、お兄ちゃんは……恋人って、何をするものだと思う?」 「何をするって……」 「デートするだろ? 一緒にご飯食べるだろ? 手を繋ぐだろ?」 「それだけ……?」 「あとは……だから、キス……とか……せ、せ、性行為、とか……?」 「………」 俺の言葉に、顔を真っ赤にする小春。 そのまま恥ずかしそうに俯いてしまった。 「いや、別に今すぐどうこうって話じゃなくてさ、あくまで小春が質問をしてきたから、その返答をしただけであって――」 「でも……気になってるんだよね? だから、質問の答えとして出てきたんだよね?」 「それは、まあ……」 「小春は可愛いし、俺は小春のことが大好きだし。何より、魅力的な女の子に成長してるんだから」 「正直に言えば、そりゃ……気にはなってる」 「……うん……」 「じ、じじっじじじっじじじじじじ実はね、わわわわたしもももきになってるっ」 「お、落ち着け小春。声が震えすぎてて聞き取りづらい」 「う、うん……ごめんなさい……」 「謝らなくてもいいよ、落ち着いてくれたなら。それで?」 「あの、あの……私もね、気になってるの。キスとか、その……せ、性行為……とか……」 「………」 「まっ、まあ小春も年頃の健康的な女の子だもんな。それぐらいは、まあ……」 「で、でもね、私……そういう知識が全然なくて……だから、不安なの……」 「もしそういう時が来たときに、ちゃんとできなかったら、お兄ちゃんに嫌われちゃうんじゃないかって……」 「そんなことで嫌いになったりはしない」 「でも、ほら、廉兄だって……トラウマがどうとか言ってたから」 「あー……言ってたな」 「だ、だからね、お兄ちゃん!」 「はっ、はい!」 「事前に……勉強させてもらえないかな?」 「勉強……と、おっしゃいますと?」 「じゃ、じゃあ……失礼します」 「あ、はい。よろしくお願いします」 よくわからない挨拶を交わしてから、小春が俺のズボンに手をかける。 そして―― 「ひゃっ!?」 ペニスが外気に触れる。 そしてそれを目の前で見せられた小春が……絶句していた。 「………………」 これが、小春の言い出したこと。 実物を見てみるという、勉強。 「こ……小春? 大丈夫か?」 「――ハッ!? う、うん、平気だよ、これぐらいなんでもないっ」 「は、はじめまして……こんばんは」 「いや、挨拶されても、返事とかできないから」 「そ、そうだよね……ひゃんっ!?」 「おおおおお兄ちゃん! 今返事したよ!? ビクンって、返事した!」 「それ、返事じゃないから。俺がちょっと力を入れちゃっただけだから」 「そ、そっか……そうなんだ……」 「ふっ、ふわぁ……すごい、これって……普段からいつもこんなに硬いの?」 「いや、普段はもっと萎んでる。今はなんていうか……すごく興奮してるから」 「そ、そっか……そうなんだ……」 「硬い、それに……お、おおおお大きい……え? 大きいんだよね、コレ」 「いや、どうだろ……俺も他人と比べるなんてことはしないからなぁ……」 「で、でもまあ、小さくはないと自負してるよ」 「そ、そっか……やっぱりお兄ちゃんはオトナなんだね……」 「………」 すまん、小春。俺は今、見栄を張ってしまったよ……。 誰かと比較したことはないけれど、少なくとも驚くほど大きくはないんだよ、多分。 「じゃあ……この穴からおしっこが出たり……せっ、精液が出たり……するんだね」 「――こっ、小春さん!?」 「ひぇ!? な、なに? どうかしたの?」 「いや、お前今……精液って……」 「そ、そりゃあ、保健体育の授業も受けたし……私だって多少は、そういう知識を調べたり……」 「調べるって……どうやって?」 「インターネットとか……他にも、友達から噂で聞いたりとか……」 「………」 小春も本当に、成長したんだなぁ……。 あんなに無邪気な女の子だと思っていたのに……今では俺のペニスを握りしめているんだから……。 と、意味不明な感慨にふけっている間も、小春はマジマジと俺のペニスを観察し続けていた。 「ふーん……真っ赤で、こんなにカチカチで……あっ、でも先っぽは少しフニフニしてる」 「これが、亀頭っていう部分?」 「ん……そ、そうだな」 「じゃあ、コッチがカリなんだ……」 まるで勉強するように、俺のペニスを確かめる小春。 無知な女の子に、それと知らせずにセクハラをしているみたいで……なんか、背徳感があるな、コレ。 「これが……お兄ちゃんの、おち●ちん……」 「――ッ!?!?」 「やっぱり子供の頃とは全然違う……オトナのおち●ちん……」 「こ、子供の頃?」 「覚えてない? 一緒にお風呂とか入ったのに」 「あー……そんなこともあったっけ?」 多分、俺が小学校に上がる前の年頃だろう。 ってなると、小春はさらに小さかった計算になる。 「よく覚えてるな、そんな昔の事」 「あっ! そこまで鮮明に覚えてるわけじゃないよ? でも、あの……」 「私にはついてないものがついてるなーって。でも、お父さんとは全然違うなーって……そういう印象があって」 「ああ……なるほど」 「はぁぁぁ……予め確認させてもらってよかった」 「これが……私の中に入る……ドキドキするね……」 「か、確認が終わったのなら、そろそろいいかな?」 「まだ駄目だよ、お兄ちゃん。だって……こ、こんなに硬いままじゃ大変でしょう?」 「大変ってことはないけど」 さすがにそれぐらいの自制が出来なきゃ社会で生きていけないと思う。 「で、でも! こんな風になったら……す、スッキリしたい物なんじゃないの?」 「それは、まあ……な」 「……じゃ、じゃあ……その……私が、してあげる」 「え?」 「してあげたいから……ジッとしててね、お兄ちゃん」 「ん……れろ……れろ……」 「―――ッ!?」 握ったペニスの先っぽに、小春の可愛い舌先が触れる。 おっかなびっくりといった様子ながらも、それは決して嫌そうな雰囲気ではない。 「れろ……れるんっ、ちゅっ……ちゅっ……れろれろれろれろ」 「こっ、小春!? 自分が何してるのか、わかってるのか!?」 「うん……知ってるよ、フェラチオ……って言うんだよね、こういうの……」 「どこでそんなこと……」 「インターネットで調べたときに、ちょっと……色々と……」 「れるんっ、れろれろ……ちゅぅぅぅ……れろっ、れろっ、れろっ、れろっ、嫌かな? 止めて欲しい?」 「そんなことは決してないが……無理してないか?」 「うん、してない。お兄ちゃんのだからかな? あんまり……気にならないの……ちゅっ、れろれろっ」 小春はぺろぺろと、まるで水を舐める犬か猫みたいに、俺のペニスに舌を這わせていた。 まさか小春がこんなことをしてくれるなんて……。 「うっ、うー……私、なんだか凄いことをしてるよね……」 「ああ、すごいことをしてるな」 「こんなこと……他の人には言わないでね。絶対にナイショだよ?」 「言うわけないだろ、他の奴に」 「うん……じゃあ、続けるね」 「れるっ、れろっ……れろれろ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……れろれろれろれろ」 「お兄ちゃん、フェラチオってこういうのでいいんだよね? 私、ちゃんとできてる?」 「ああ……できてる、文句ない」 「本当? そっか……よかった。えへへ……れるん、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ……れろれろれろれろ」 「―――ッ」 小春は嬉しそうに、舌を動かすペースを上げる。 羞恥心はあっても、嫌悪感は全くないらしい。 小春は本当に嬉しそうにペニスを舐め……先っぽは見る間に小春の唾液でベトベトになっていた。 「れるっ、れろれろ……んんっ、もうちょっと強めにしても、大丈夫そう? れるれる」 その感触を確かめるように、小春は舌先でペニスをツンツンとつつき、カリの付け根あたりを舐めとっていく。 「ここ、気持ちいいって書いてあったけど……本当? こんな、風に……れるっ、じゅるんっ、れりょれりょ……れるるる」 「ぅっ! ぁっ……!」 「んぁぁ、はぁぁ……お兄ちゃん、今、声を漏らしてた……すごい……本当だったんだ」 俺の反応を見た小春はさらに嬉しそうに、俺のペニスを舐めていった。 小春のフェラが激しくなるほど、俺を襲う快感も当然増して……さらに小春の舌が激しく動く。 「こっ、小春っ、さすがにっ」 「んんぅ? 痛かったかな?」 「い、いや……その……気持よすぎるって言いたくて」 「え、えへへ……こんな恥ずかしい事でも、褒められるとやっぱり嬉しいね……」 「もっとしてあげるからね、お兄ちゃん」 「れるれろれるれろ……んんっ、ちゅっ、ちゅっ……んんっ、れるれろれるれろ、れるん……ちゅっ、ちゅぅぅ」 「―――ッ」 思わず俺は、身体を硬直させ、動けなくなってしまう。 それぐらい小春のフェラは気持ちよくて……オナニーとは、全然違っていた。 「んっ、れろれろれろ……ちゅっ、ちゅぅぅぅ……れちゃれちゃ……」 「感じてるお兄ちゃん、可愛い」 「ち●ぽを舐めてる小春はエロい……」 「そういうこと、わざわざ口にしないでいいのに……」 「それに……舐めるだけが、フェラチオじゃないよ?」 「ま、まさか――」 「はぁむ……はむっ……んっ、くちゅ……くちゅくちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……ちゅば、ちゅばっ」 「あっ……ぅぅぁあ! こ、小春……!?」 いきなりペニスが小春の口に呑み込まれ、予想外の刺激に俺は身体を震わせる。 そんな俺を見て、小春はさらに嬉しそうにしていた。 「ちゅ、ちゅぱ、れるれる……んじゅる、ちゅぱちゅぱっ……じゅるるるっ……んっ、んんーーーーーっ、ぱぁ」 「お兄ちゃん、咥えた方が反応が大きいね」 「あ、ああ……うん。まさか、そこまでしてくれるとは思ってなかったから……」 「お兄ちゃんは……れろれろれろ、ちゅ、ちゅぅ……れるんっ、ぁ……こうして舐めるのと」 「はぁむ……んっ、んぽっ、んぽっ、くわえられるの……ちゅるちゅる、じゅるる……どっちがすき?」 「んんっ、それは――」 「咥えてもらう方が、好きかも……」 「んっ……わかった……んぐっ、ちゅむ……じゅるっ、じゅるる……じゅぽじゅぽ、じゅるるるっ」 「―――ッ!」 「気持ちよく、してあげるね、お兄ちゃん……ちゅぱちゅぱ、ちゅるるる……んんんーーーー……ッッ」 な、何だろう……もしかして小春からすると、これはお医者さんごっこ的な感覚なんだろうか? 楽しげに小春は俺のペニスをしゃぶり続ける。 でもその顔は、いつもの歳相応の表情とは少し違う……俺も見たことのないような、女の顔だった。 「小春……あ、ああ……っ、こ、小春っ」 「んっ、じゅるっ、ちゅぱちゅぱっ、んじゅるるる……んっ」 「小春のフェラ……気持よすぎる。本当に、インターネットで調べただけなのか?」 「じゅるじゅる、そうだよ。当たり前だよ……んじゅ、ちゅぽちゅぽ……」 「なんか、上手くないか?」 「お兄ちゃんのこと、好きだから……ちゅぱちゅぱっ、抵抗があんまりないから……んじゅるっ、じゅるっ、じゅるっ」 「―――ッ」 そういうものなのか……。 いやきっと、小春だけの問題じゃない。 俺もこんなに興奮しているから……いつもよりも敏感になってしまってるんだ。 「んっ、んちゅっ、ちゅぽちゅぽ……じゅるっ、じゅるるるっ」 「あ、ああ……」 小春が唇を引き締め、ペニスを吸い付ける。 その度に、耐えきれずに俺は声を漏らしていた。 「お兄ちゃん……じゅる、んちゅ、じゅぽじゅぽ、ちゅっちゅっ、ちゅるるる……」 「うぁっ! ちょ、まった! 小春っ」 「んっ、んんーーーっ……れるれろれるれろれろれろ……ぢゅっ、ぢゅぽぢゅぽっ!」 「本当にマズイ、で、出るんだって!」 「んっ、うん……んちゅ、だしていいからね……んっ、んんっ、んんんっ」 「けどこのままだと」 「お兄ちゃんだからへいき……じゅぽじゅぽっ、じゅるっ、じゅぷぷぷ……んんっ、ちゅむちゅむ、じゅぷぷぷ」 小春は悩む素振りすら見せずに、俺のペニスにしゃぶりついたまま。 さらに俺を限界へと押し上げていく。 「ちょっ、まっ、んっ!」 「お兄ちゃん、イっちゃお? ね、イっちゃおうよ……ちゅ、ちゅ、ぢゅるぢゅる、ぢゅっぽぢゅっぽ……ぢゅるる」 その刺激に逆らい切れず、一気にペニスに熱い物が駆け上ってきた。 「こ、小春っ」 「んぶっ!? んっ、んっ、んんんんーーーーーーっっ!?」 「んんんっ、んっ、んぅぅぅ……ふぅーっ……ふぅーっ……んんっ」 何度も何度も、小春の口内に俺は精液を放出していく。 その小さな口から溢れ出す心配なんてする暇もない。 目の前を真っ白にしながら、俺は射精に身を任せていった。 「んぐっ……んっ、んっ……んふぅーっ……ふーっ、んん……んー……ゴクッ、ゴクッ……」 「ぷぁっ! はっ、はぁー……はぁー……けほっけほっ、うぇぇぇ……」 「こ、小春? 大丈夫か?」 「これは……さすがにお兄ちゃんのでも……けほっ」 「あ、ああ。無理はしなくていいから。それよりも、スマン。我慢しきれず、口に……」 「ううん、それは嬉しかったから……えへへ……お兄ちゃんに、気持ちよくなってもらえた」 「舐めてくれるか、小春?」 「……うん。もちろんいいよ……」 「れる、れろれろ……んじゅる、ちゅる、ちゅる……んんーー……れちゃれちゃ、ちゅぅ……」 嬉しそうにペニスを舐める小春の姿は……まるで、好きな飴か、アイスでも舐めているようだった。 「もしかして……お、美味しい物なのか?」 「んぅ? れちゃれちゃ……あんまり味は……れるんっ、ちょっとだけしょっぱいかも」 「そういうものか」 「でもね……んっ、この匂いが……れるん、れろれろっ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……んはぁぁ」 「おち●ちんからエッチな匂いがしてきて……頭がぽーっとするの……はぁ、はぁ……この匂いは、好きかも……」 「ちゅっ、ちゅっ、れるれるれる……お兄ちゃんの匂い、大好き……れろれろ、れるんっ、れるるる」 そう口にした小春の顔は……なんだかすっかり蕩けているように思えた。 でもそれは、小春だけじゃない。 俺の頭の中も……すっかり蕩けきっている。 「ちゅ、ちゅ、れろれろ……れるんっ、れろっ、れろっ、れろれろれろれろれろれろ」 「ぅぅあ! こ、小春っ」 蕩けた理性で、この刺激に耐えられるはずもない。 「んーーーちゅるっ、れちゃれろ……れるれるっ、れるれうるれるれるっ」 「も、もう、出そうだから……」 「うん、わかった。じゃあ、出させてあげるね」 「いやそうじゃなくてっ、中断を――」 「んちゅる、れろれろれろれろれろ……はぁぁ、えっちな匂い、濃くなってる……れろれろ」 「いいよ、出しちゃっていいからね、お兄ちゃん……れるん、れろれろれろれろ」 「ぅあっ……も、もう、もう……小春ッ!」 裏筋をくすぐるような舌づかいを受けながら、ついに俺は限界を迎える。 「んぶっ!? んっ、んんんーーーーーーー……ッ!?」 どぴゅどぴゅっ! と、勢いよく放たれた精液。 小春は逃げることもなく、その全てを受け止めてしまう。 「んふぅ……んんんっ、んぁ、はぁ、はぁ、んっ、んんん……ッ!」 こんなに出すなんて初めてなんじゃないだろうか? そう思うぐらい大量の精液を吐き出しながら、白く汚れていく小春の顔を眺めつづけた。 「んぁっ、はぁ……はぁ……あつい、精液……それに匂いも……エッチな匂い、濃くなってる……んんっ、れるっ、れろれろ、んっ」 舌で精液を舐めとる小春だが、綺麗になった場所を再び俺の精液が汚す。 そんなことを繰り返しながら、ようやく俺の射精が止まった。 「はぁ、はぁ、はぁ……んっ、ぁっ、はぁーー……本当にすごい……これがお兄ちゃんの精液」 「ドロドロで、匂いも……はぁぁぁぁ……」 「小春……大丈夫か?」 「うん。ドロドロだけど、平気だよ」 「ゴメンな、つい、顔に……」 「ううん。お兄ちゃんに気持ちよくなってもらえたことは、凄く嬉しいから……えへへ」 「本当にきもちよかった。練習なんて必要ないぐらいだ……」 「そ、そんなことないよ。今日のは練習って思ってたから、これだけできただけで」 「いきなり本番だと、やっぱり違ってたと思う」 「そういうものか……?」 まあ、そうか。練習だと思ってると、そこまで気負わずに済むだろうしな。 でも……そういうことなら……。 「はぁ……はぁ……ありがとう、お兄ちゃん」 「なあ、小春、頼みがあるんだけど」 「……なに?」 「俺も……れ、練習が、してみたいんだ」 「……え……ええ?」 「ちょ、やだもう、こんな格好……恥ずかしすぎるよ、お兄ちゃん」 「さっきまでの俺も、そんな気持ちだったんだ。立場が逆になっただけ」 「うー……それは……そうかもしれないけど……」 「お互い様なんだよね……お互い様……」 小春はそんなことを呟きながら、必死に自分を落ちつけようとしている。 でも……俺の目の前の股間は、全然落ち着いていなかった。 「………」 俺の目の前には……びっしょりと濡れた小春の股間がある。 「(きっと……さっきのフェラで濡らしてたんだろうな……)」 嬉しそうにペニスを舐めているように思ってたけど……本当は小春も興奮していたんだ……。 だから、股間がこんなに濡れてるんだ。 「エッチなんだな、小春は」 「~~~~~~ッ!」 「知らないっ、そんなの知らないっ」 顔を覆って否定する小春だが……今の言葉だけでも、さらに溢れ出していた。 「そんなに恥ずかしがらなくていいのに。俺は嬉しいんだから」 「う……嬉しいの……?」 「小春がこんなに濡らしてるのは、それだけ俺の事が好きってことだろ?」 「さっき俺が、小春を見て硬くしてたみたいにさ」 「そっ、それは……その………………うん……」 「だから俺は嬉しいよ、本当に」 「うっ、うぅー……そう言われて嬉しいような……でも、こんな格好じゃ、嬉しくないような……」 濡れた小春の性器。 俺はマジマジと見つめ続ける。 「……ぅ……ぅ……ぅぅ……」 そうすると、小春の肌がどんどん赤く染まり始めていた。 「ぁっ、ぁっ、んんぅぅぅ……そ、そんな無言で見つめないでよ、お兄ちゃん……」 「あ、ああ……あんまりにも魅力的だったから」 「それじゃあ、見る以上の事をするぞ?」 「んっ、んんん……」 微妙な返事だった。 軽く、本当に軽~く指でなぞってみる。 「んぁっ、あっ! はぁぁぁぁぁ~~~~……ッ」 むわっと立ち昇る小春の匂い。 濃い匂いはどこか甘く、それだけで俺の意識は溶けてしまいそうだった。 だが今は、匂い以上の衝撃を与えるものが、目の前にある。 「はぁ、はぁ、んっ、んんん………んぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「綺麗で魅力的だよ、小春のココ……」 濡れ濡れの小春の股間。 本当に綺麗で可愛くて……考えることなく、反射的に俺はそのままキスをしていた。 「んんんんんーーーーーーーーーッッ!!」 ちゅっ、と唇で触れた瞬間、小春は身体を震わせる。 「うわっ!?」 予想外の反応に、思わず俺は口をはなす。 それぐらい大きな震えだった。 「こ、小春? 大丈夫か? もしかして……マズかったか?」 「んっ、ううん、違うの、はぁ……はぁ……な、なんだか……とっても気持ちよくて……はぁ、はぁ……」 「そ、そうか。それならいいんだけど……」 俺は改めて、小春の性器を観察する。 「それよりも……お兄ちゃんは大丈夫? 無理、してない?」 「してないよ。小春のココは本当に綺麗で……思わず自然にキスしちゃったぐらいなんだから」 「そ、そうなんだ……?」 「俺も小春と一緒だ。小春のだから……全然気にならない……」 ピンク色で、肌の張り艶も素晴らしい。 そしてなによりも、ねっとりと湿っていて……それがとてもエッチだ。 「こんなに綺麗なんだから……ずっと見ていられそうだよ」 「そ、そんな、ジッと見つめられても……困る……」 「そうだな、ゴメン。見てるだけじゃなくて……今度は俺が、小春の事を気持ちよくするからな」 「え!? え!? ちがっ、そういう意味じゃなくて――」 驚いた小春が暴れる前に、俺はもう一度、小春のソコに唇をつける。 「ちゅっ、ちゅぅぅ……」 「んんんんんーーーーーーーーーーーーーッッ!」 再び、小春の身体が大きく震え、軽く宙に浮く。 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……はむ、はむ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……」 「まって、まってお兄ちゃ……んっ、んんんーーーーーッ!」 「やっ、やだぁ、そんなところ、舐めちゃやだぁ」 「さっきは俺のち●ぽを舐めてくれただろ? だから……これはそのお返しだ。ん、れろれろ……」 「ひっ! んんんっ! あ、あ、あ、あっ! お兄ちゃ――お兄ちゃんっ、んぁ! あっあっあっ」 キスで軽く粘液を吸い、ワレメを広げるように舌先で強くなぞっていく。 上から下に、下から上に。そんな単純な動きで舌を移動させるだけでも、小春の身体はビクビクと震え続けた。 「はっ! ひっ! んっ、んんーーーっ! あっあっあっ、そんな、舐めないで……あ、あーーっ!」 「れろれろ、ん……じゃあ、キスにする。ちゅぅぅぅぅ」 「ひぁぁあああーーーーー……っ! キスも、ダメ……おま●こ、ダメなの……あっあっあっあっダメダメダメダメ」 小春の声が、今にも泣き出しそうな声になってしまう。 それだけ気持ちいいってことなんだ……。 好きな人が感じてくれている。それはとても嬉しいことで……激しく俺を興奮させた。 「トロトロが、垂れてきてる……んっ、ちゅ、ちゅぅ」 「あ、あ、あっ……やっ、あっ、あっあっあっ! そんな、ぺろぺろされたら……んっ、んんんーーーーッッ」 「小春も、俺には遠慮せずに気持ちよくなっていいからな」 「あっあっあっ! だめ、だめぇ……おま●こ吸われてる……ぁっ、あああっ、おま●こ全部吸われちゃう……んんっ!!」 「はぁ、はぁ、はぁ、んんんっ! あっ、あー……ああーー……からだが、しびれっ、るぅぅ……あああああっ」 激しく身悶える小春。 その声が、どんどん泣き声に近くなっていった。 「ああーーーーーっ! はぁ、はぁ、お、お兄ちゃんのキス……おま●このキス、気持ち良過ぎて……あっあっあっ」 「私、変だよぉ……あっあっあーーーーーーっ!」 「変って、なにが?」 「身体がね、しびれて……はぁーっ、はぁーっ、んんっ! ビリビリってして……やだっ、やだぁ、なにこれぇ」 「おま●こ舐められると、からだがびりびりしゅるぅ……んぁぁあ! あ、あ、あ、ああああぁぁぁぁ……」 「もしかして小春……イきそう?」 「わかんない、わかんにゃいっ。そんなの知らないよぉ……でも、でも……んんぁぁぁぁあっ!」 「小春の顔……可愛い」 「見ないで、見ないでぇぇッ!」 顔を隠してしまう小春。 それでも俺は、舌の動きを緩めたりしない。 むしろさらに強く、小春を追い詰めるように舐め続け、粘液を吸い上げた。 「ひぃぃぃぅぅぅぅぅ……んんっ! あ、あ、あ、あ、あ……もう、もう本当に……んっ、んんーーーーっ」 「お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ……あぁぁ、んんんっ! だめぇ、だめぇ……でちゃうっ、でちゃうっ、なにかでちゃうの」 「あーーーっ! あーーーっ! あああああーーーーー……ぁぁぁ……ッッ!」 身体を大きくのけ反らせながら、小春の身体が痙攣を起こす。 ビクッ! ビクッ! と、震える白く小さな身体。 そして、身体から押し出されるように、透明な液体が噴き上がった。 「んっ、んんーーー……ぁぁっ、ぁぁぁ……やぁ、やだぁ、やだぁ……」 液体が噴出している間は動けないのか、小春は恥辱にまみれた顔で、俺と、お漏らししたような自分の股間を眺めていた。 そしてようやく液体が止まる頃……俺を恨めしそうに睨みつけてくる。 「お兄ちゃんのばかぁ……だから、言ったのにぃ……」 「こんな、お漏らしなんて……」 「いやでも……これは、おしっことは違うんじゃないかな? そういう匂いじゃないし……ペロ……」 「――ひぃっ!?」 「うん、やっぱり違うと思う」 別におしっこを飲んだことがあるわけじゃないけど、そんな風には思えない。 いわゆる潮噴き……なんじゃないだろうか? 「小春にそんなに気持ちよくなってもらえて、俺も嬉しい……」 「もっと気持ちよくなっていいから……れろ、れろれろ」 「んっ、んっ、んぃぃぃぃ!? や、やだっ、そんな、またぁぁっ!?」 「ん、ちゅ、ちゅ……れろれろ、ちゅぅぅぅ」 「ダメだよぉ、今舐めたりしたら……んっ、んっ、んんーーーーッッ」 「俺が綺麗にするから」 「そんな……んんぁ! あーっ! ぺろぺろしちゃダメなのぉっ」 そう言いながらも、小春がそこから逃げるような気配はない。 いや、もしかしたら身体が動かないだけかもしれないけど……。 とにかく俺は、小春の漏らした粘液を舐めとるように、ひたすら舌を動かしていった。 「んっ、んーっ! んぁぁぁぁーっ! あっあっあっ! 私、変になってる……んんっ!」 「変って、なにが?」 「き、気持ちいいの……なんだかさっきよりっ、気持ちよくてぇ……あっ、ああああーー……ぁぁッ!」 「しびれるっ……あっあっあっ、身体が、またしびれちゃぅよぉ……はぁ、はぁ、んんんっ」 「れろ、れろ。いいよ、また気持ちよくなっていいから」 「私が、いやなのっ……だってっ、だってっ、んんっ、んーーーーー……ッッ!」 「いいよ、小春の気持ちいい顔、もっと見せて」 「そんなっ、そんなっ……んっ、んぁ! んぁ! んっ、んんーーーー!!」 俺の望みとは逆に、小春は自分の顔を再び覆ってしまう。 俺はその岩戸を舐め開けようと、丹念にクンニを続けていく。 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅうぅぅ……!」 「あ、あ、あ、あっ、だめ……そんなっ、吸ったら……あああああ、また、また変になっちゃうっ」 「俺の舌で変になってくれたら、嬉しいよ」 「あっ、あんっ! あんっ! あっ、はぁぁ……んぅぅッ!」 「はひっ、はひっ……んっ、んんーーーーー……! あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっあっ、あーっ! あーーーっ!!」 「んんぁぁぁぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……ッッ!」 ビクンビクン! と、小春の身体が大きく跳ねる。 中で何かが弾けたように、先ほどよりも大きく暴れ回る。 「はっ、はひぁ……ッッ、ぅぁ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ………………んんっ……」 「やっと開いた……可愛いよ、小春、れろれろ」 「んっ、んんんんーーーーーっ!? やっ、うそっ、またぁ、わたし……ぁっ! ぁっ! あっ!」 「まってまってっ……ひぁぁああぁぁ……あ、あ、あ、あ……お、お兄ちゃん……っ」 「小春のココ、美味しくて……止まらないんだ……それにもっと可愛いところも見たい」 「そんなっ、んっ、んぁ、んぁ……はぁ、はぁ、んっ、んんーーーーー……ッッ!」 「ああああーーーー……またくる……あ、あ、あ、あ、へんなのくるぅぅぅぅ……」 「ひっ、ひっ、ひぃぃぃぃぁぁぁぁぁあああぁあぁぁぁぁーーーーーーーーーーー……ッ!」 「はひっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……なにこれ、どうなってるのぉ……はぁ、はぁ……さっきから、頭の中まっしろぉ……」 立て続けに絶頂を迎えた小春は、わけがわからなくなっているのかもしれない。 その顔は、だらしなく歪みながら、茫然と俺を見つめていた。 「はひっ、はひっ……はぁ、はぁ……え、えぇぇっ!?」 「んっ、ちゅぅぅ……」 「そんな、またっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、もうだめ、気持ちよくなりすぎるからだめっ」 「おねがいおにいちゃん、わたし……頭の中、くらくらしちゃう……ん、んんーーーーーー……ッ!」 「んぅぅぅぅぅぅーーーー……はっ、はぁぁぁ……」 「あはぁ……はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ……もうだめ、本当にダメぇ……ゆるして、お兄ちゃん……」 トロトロの歪みきった小春の顔が、俺にはとても魅力的に見えたが……すっかり放心状態に陥ってしまっている。 初めての女性器に触れた興奮でちょっと暴走してしまったけど……や、やりすぎたかな? 「ゴメン、小春。ちょっと調子に乗り過ぎた……」 「ほ、本当だよ……私、死んじゃうかと思っちゃった……はぁぁぁ……」 「……うまく、できたかな?」 「お兄ちゃんの方こそ……本当に初めて? すごくきもちよかった……」 「きもちよすぎて……はぁ、はぁ……くらくらしちゃってるよぉ」 「もちろん初めてだよ。初めてだから、こんなに暴走をしちゃったんだ」 放心している小春の顔と、『きもちよかった』という感想に、俺の中のムラムラとした欲望が再燃してくる。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「小春……練習でこんなに上手くいったんだ……」 「このまま、本番にいっちゃ……ダメかな?」 「本番って……それって……あっ……お兄ちゃんの、また硬くなってる」 「小春のここは、もうドロドロに濡れてる」 「だから……」 「はぁ……はぁ……はぁ……もう、意地悪しない?」 「最初から意地悪してるつもりはないんだけど」 「でもさっきのは、私に意地悪をして楽しんでるみたいだったもん」 「それは……ゴメン。ちょっと暴走してた」 「今度はちゃんと気を付ける。意地悪しないように気を付けるから」 「それなら……い、いいよ……」 「はぁ……はぁ……お兄ちゃん……」 「小春……」 俺たちは手を繋いで、お互いの温もりを確かめ合う。 小春の小さな手の平は、少し震えているように思えた。 「お兄ちゃん……ちゃんと手を握っててね。私のこと、離したりしないでね?」 「ああ。離したりするもんか」 改めて手に力を入れて、俺は小春の手を力強く握りしめる。 「うん……それじゃあ、いいよ……来て、お願い……お兄ちゃん……」 「小春……」 俺は腰を動かして、小春のアソコに狙いを定める。 「あれ? あれ?」 「あっ、んんっ……もうちょっと、下かも……」 「わかった。ここか?」 「多分、もうちょっと下……」 「じゃあ……ここらヘン」 「んんっ!」 小春の声が、少し変わた箇所で、慌てて俺は腰を固定する。 ペニスの先っぽから、ぬるぬるとした感触が伝わってきた。 そして……妙に納まりがいい。 先っぽが凹みに丁度はまってるみたいだ……これが、小春のおま●こ……。 「これだけトロトロに濡れてるんだから……もう、いいかな?」 「わ、わかんないけど……多分、大丈夫……」 「これ以上ってなると、また変にされちゃいそうだし……だからおにいちゃん、きて」 「私にお兄ちゃんを……ちょうだい……」 「ああ……いくよ、小春」 俺は小春の中に向け、腰をググッと押し込んでいく。 ピッタリと閉じていたワレメを広げ、小春の柔肉を引き裂くようにして、ペニスを奥へ沈めていく。 「んっ!? んぎぅ……んっ、んんんーーーー……!」 「小春……?」 「んぐっ……へ、へーき……んんっ!」 「あっ! ちょっと待って、やっぱりちょっと待って!」 「わ、わかった」 「はぁー……はぁー……はぁー……んんっ」 腰の動きを止めると、小春の吐息が少し楽そうなものになった。 「一旦抜こうか?」 「んっ……そこまでは、しなくていいよ。ただちょっと、慣れるまで待って」 「わ……わかった……」 あんまり自信ないけど。 「ねえ、お兄ちゃん。今ってどれぐらい入ってるの?」 「今は……先っぽだけだな」 「そ、そっか……じゃあ、まだまだ奥まで入っちゃうんだ……はぁー……はぁー……」 「あんなことした後で俺が言うのもなんだけど……無理はしなくていいぞ?」 「……本当に、いいの?」 「え? あっ……んーと……多少、多少は我慢してもらえると……嬉しいです」 「ふふ、冗談だよ。私もね、お兄ちゃんを身体で感じられるのは……嬉しいから……いいよ、もっときて」 「ゆっくり、挿れるからな」 少しずつ、グッ……グッ……と、ペニスをねじ込んでいく。 その度に小春の口からは―― 「ひっ! あっ! んっ! ……ぅぅっっ!」 という、苦痛を堪える吐息が漏れていた。 だが『止めて』とは決して口にしない。 必死に痛みをこらえて、俺の身体を受け入れてくれている。 「小春……また、少し休憩するか?」 「きゅ、休憩は、しなくても……んんっ! でも……もうちょっとゆっくり……ひぃっ! くぅぅ……っ!」 「わかった」 けど……これ以上ゆっくりにすると、腰を進ませられない気がする。 「(えーっと、あ、そうだ)」 「辛かったらちゃんと言えよ……んっ」 ゆっくりと、少しペニスを進ませては、ちょっと時間を置く。 そして再び腰を進ませて、またちょっと時間を置く。 ストップアンドゴーの繰り返し。なんか、だるまさんが転んだでもやってる気分かも。 「あっ、んっ……うん……これなら、まだ楽かも……んっ、んっ……」 「じゃあ、このまま続けるからな」 焦らず、ゆっくりと、時間をかけて小春の中を進んでいく。 おま●こが粘液まみれのドロドロになっているおかげで、挿入自体はスムーズに進んでいく。 でもだからこそ……小春の肉を押し広げる感触が鮮明に伝わってくる。 その度に小春は苦しそうな息を漏らし、慌ててそれをかみ殺していた。 「ひっ……くぅぅ……んっ、んっ、んっ……」 「小春……」 「いっ、今ぐらいなら、へいき、だから……やめないで……お願い、お兄ちゃん」 「……わかった」 「はぁ、はぁ……んっ、んんっ! んくぅぅ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「頑張れ、小春。もう少しだから、あと少しで、全部入るから」 「うん、が、頑張る……ぁっぁっ、くぅぅ……お兄ちゃん、私……大丈夫だからっ」 「んんっ、んぃっ! はっ、はぁ、はぁ、はぁ……んっんんっ!」 こうして応援してると……まるで何かスポーツでもしてるみたいだ。 セックスって身体も動かすし、かなりのスポーツ要素があるのかもしれない。 「ひっ! くっ……んんっ……ぁっ! はぁ、はぁ、はぁ……んぅぅっ!!」 そしてついに、小春の中に俺の全てが沈み込んだ。 ぬるぬるの粘膜に、ペニス全体が包み込まれる感覚……こんなの他に例え様がない。 これがセックスなんだ……。 俺は今、大好きな相手に抱きしめられてるんだ……。 「はっ、はぁ……はぁ……はぁ……お兄ちゃん?」 「全部入ったぞ、小春」 「え? 本当?」 「ああ。小春の中、凄く気持ちいいよ……ありがとう、小春。俺のために頑張ってくれて」 「ううん、私も嬉しいから……はぁ、はぁ……んっ」 「お兄ちゃんの事、こんなにも感じられて……本当に嬉しいよ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ……えへへ」 優しく笑いかけてくれる小春。 ああ……俺は本当に素晴らしい彼女ができたんだな。 「はぁ、はぁ……んんっ、はぁぁ……わかる、私の中、広げられてるの……わかる」 「はぁ、はぁ……んっ、ぁぁあ、素敵……お兄ちゃんのおち●ちん、とっても素敵……」 そんな風に言われたら、せっかく我慢してたのに……。 自分を抑えきれなくなる。 「小春……動いてもいいかな?」 「んっ、いいけど……でも、まずはゆっくり……」 「わかってる。そこはちゃんと気を付ける……」 断りを入れてから、俺はゆっくりと抜き差しを開始する。 「んっ、んんんーーーーー……ぅぁっ! はっ、はぁぁぁぁーーーーー……んんっ!」 「小春……?」 「う、うんっ……これぐらいなら……はぁ、はぁ、はぁ、んんっ!」 「はぁ、はぁ、お兄ちゃん……ちゃんと、握ってて……手、離さないで」 「わかってる。絶対に放したりしないから」 その繋がりを確認し合いながら、俺は腰を動かす。 小春の痛みが増しそうなところはなるべく避けて、ゆっくりと腰を引き、そして再び押し入れる。 「んっ、んんぃぃぃ……っ、はっ、はぁはぁはぁぁぁぁ……セックス、すごい……んんっ」 「このまま続けて大丈夫か?」 「うん……お願い、止めないで……ぁっ! ぁっ! あのね、感じるの、お兄ちゃんのおち●ちん……」 「私の中、出たり入ったりしてるの……ぅあっ、あっあっ……で、でていっちゃうぅ」 「……んんっ」 「んっ!? ぁぁぁぁぁぁぁあああ……きた、また、入ってきてるぅ……んんっ!」 「お兄ちゃんの事、全身で感じられてるみたいで……すごい……はぁ、はぁ、んんっ」 ひくひくっと、収縮を繰り返す小春の中。 「ああ……この温もりを感じられるだけでも、凄く幸せだ」 「私も、幸せだよ……はぁ、はぁ、はぁ……ああ、お兄ちゃん、大好き」 「俺も小春のことが、大好きだ」 「えへへ……ありがとう……」 そう言って笑った小春の顔が、いつの間にか和らいでいた。 「んっ、んんっ……はぁ、はぁ……んっんっ、お兄ちゃん」 「ん?」 「けっこう落ち着いてきたかも……はぁ、はぁ……わりと平気だから、もうちょっと動いてもいいよ」 「じゃあ……」 試しに俺は、腰の動きの速度を上げてみる。 「あ、あ、あ、あ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……んんっ! はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んっ、んんーーー……ッ」 「これ、だいじょうぶ、だよ……はぁ、はぁ、はぁ……んんっ」 確かに先ほどまでとは、やや様子が違う。 様子見を止めて、俺は奥の方を小刻みに素早く、擦ってみた。 「ひぅっ、んっ、ぁっ! あっ! んっ、んっ、んんぅぅぅぅ……はっ、はぁ、はぁ、んっ、んんっ」 「痛くは……ないか?」 「ちょっと、だけ……でも、あっ、あっ、変な感じも……むずむずするような……あんっ、んっ、んっ……んん……っ」 小春の目が、トロンと軽くまどろみ始めた。 「あ、あ、あっ……はぁ、はぁ、はぁっ……んんっ、なんだろ……麻痺、しちゃったのかな?」 「おなかのなか、痺れてるみたいで……あっ、あっ、あっ……なんだか、びりびりって……あっあっあっ!」 小春の反応が、大分変ってきてる。 その声を顔を見る限り、無理をしてないがハッキリとわかった。 「……ッ……」 小春の様子に安心した瞬間、俺の脳みそに快感が一気に押し寄せて来る。 「(これはっ……思ってた以上に……んんっ!)」 「はっ、はーっ、はーっ、んんッ! お、お兄ちゃん……?」 「小春の中、すごい締まってる……」 「んんっ! はぁ、はぁ……締まってない方が、いいの?」 「いいや、締まってる方がいいよ……だから、気持ちいいよ」 「えへへ……んっ、んんっ……あ、あ、あっ、いいよ、お兄ちゃん、もっと強くしてもいいからね……はぁ、はぁ、はぁぁあぁぁ……ッ」 ――にゅちゅ! にゅちゅ! 俺の腰が前後する度に、小春のアソコからはそんな音が響いていた。 「ひぃぃんっ! んっ! んっ! んん……はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ……」 「こっ、小春……」 「お兄ちゃんっ……お兄ちゃんっ……んんっ!」 いやらしい音をもっと響かせるように、俺は色々と角度を変えてペニスの抜き差しを繰り返す。 その度に小春は激しく粘膜で締め付け……俺の脳みそは、快感の渦にのみ込まれていく。 「はぁ、はぁぁーぁぁ……変な音、しちゃってる……あっ、あっ、あっ、お兄ちゃん……わたし、どうなってるの?」 「小春はずっと可愛いままだよ。それで、俺を気持ちよくしてくれてる」 「そ、そっか……う、うん、いいよ、そのままもっと、気持ちよくなってね、はぁ、はぁ、はぁ、んんんっ」 小春の健気さが、俺の心を打つ。 その健気さに申し訳なさを感じると同時に……俺は恐ろしいぐらいに興奮してしまっていた。 「んぁ、んぁあぁぁっ……はぁ、はぁ……ッ! ビリビリする……んっ、んんっー! おち●ちんで、ビリビリしてる」 慣れてきたのか、さらに乱れ喘ぐ小春。 そんな、蕩けた顔を見せられたら、俺は―― 「こっ、小春……もう出そうだ……」 「んっ……ぅぅぅっ……出して、また精液、出して、お兄ちゃん」 「このまま、小春の中で……」 「うんっ、うんっ、このまま繋がったまま……お願い、出して、お兄ちゃんっ」 「あ、ああ、イくぞ」 必死に俺を受け入れてくれる小春。 その全てが愛おしくて仕方なかった。 そして、そんな小春を征服してしまいたくて―― 「あっ、ああーーーっ! お兄ちゃん……あっ、あっ、あっ……お兄ちゃんっ!」 「好きだ、小春!」 「私も、私もお兄ちゃん、好き、好き、好き好き好き好きぃぃぃ……んんっ!」 「んぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!」 小春に包まれたまま、その奥で思いっきり果てる。 「んぁっ、んっ! んっ! んんぅぅぅぅ……んんっ!」 目の前が真っ白になるほどの射精。 まるで頭の中まで精液が駆け上ったみたいだ……。 「はっ、はぁ……はぁ……あっ、ああぁぁぁ………んん……ッ!」 射ち出される精液を受け止めながら、小春は優しく俺に微笑みかけてきた。 「お腹の中で、ビクビクしてるの……わかるよ……はぁぁ、すごい、いっぱい……んっ」 「こっ、小春……俺、イく……」 「んっ……ぅぅぅっ……いいよ、イって、お兄ちゃん……んんっ、またいっぱい精液を出して……はぁ、はぁっ」 「小春……小春……ッ」 「お兄ちゃん……あぁぁぁ、お兄ちゃん……」 お互いを呼び合い、意識までも一つに混ざり合わせながら、俺は目の前の絶頂をひたすら目指して腰を振る。 そして、押し寄せる快感の波に身を任せて―― 「小春、イく、もう出る!」 「うんっ、あっ、あっ、あっ、きて、ああっ! きてきて、お兄ちゃん……はぁはぁはぁ……んんっ!」 「小春!」 「んんんんっ、ぁぁぁああああぁぁぁああ、お兄ちゃんーーーーッ!」 「んぁっ、んっ、んっ、んっーーーー……んんっ!」 限界を迎えた俺は、慌ててペニスを引き抜く。 その瞬間、小春の下腹部に大量の精液が放出されていた。 「あっ、はぁ……はぁ……はぁ……んんっ、んんーーー……」 貧血を起こしたみたいに目の前がチカチカする。 それほどの激しい射精。 そうして吐き出された全てが、小春の肌の上に降り注ぎ、その身体をさらに白く染め上げた。 「はぁぁっ……すごい……お兄ちゃんの、あついよぉ……はぁ、はぁはぁ……」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 何も言えず、俺は肩で大きく息をしながら、小春の身体を見下ろしていた。 「はぁ、はぁ……これって、成功、だよね?」 「私たちの初エッチ、成功したんだよね?」 「ああ、大成功だ。今日は最高の日だよ、小春」 「私もだよ、お兄ちゃん……えへへ」 そうして俺たちはしばらくの間、手を繋いだまま息が整うのを待っていた。 ありがたいことに芦花姉が戻ってくることもなく、俺たちは後始末を終え、しっかりと戸締りをしてから店を出た。 「………」 「………」 「しちゃったね……」 「ああ、しちゃったな」 している最中はよかったけど……改めて会話するってなると、照れる……。 「こんなの従兄妹じゃしないよね。私たち……ちゃんと恋人になれたんだよね」 「元々恋人だったよ」 「でも今日のおかげで、より深い恋人になれたのかも」 「……うん、そうだね、お兄ちゃん」 「あ、でもどうしよう。そうなると、お兄ちゃんって呼ぶのも変かな?」 「これからもお兄ちゃんでいいよ」 「いいの?」 「小春は、妹みたいな恋人だもんな」 「そういうのもいいだろ」 「うん、よかった……お兄ちゃん!」 「ご主人ー」 「げへなっ!?」 相変わらず腹に乗るムラサメちゃん。 内臓に響くって言ってんのに……。 「朝だぞ、ご主人。土曜日でも鍛練は行うのであろう?」 「ああ、ありがとう……」 「しかし、土曜日ぐらいは少し時間を遅くしても良かったのではないか?」 「習慣を変えるのは、よくないと思って」 「それに時間が遅くなると人が増える。トレーニング姿を見られるのも恥ずかしい」 「そういうものか。吾輩、人の視線とは無縁になって長いからのう」 「ならばご主人、なおさら急いだ方がよいのではないか? ほれほれ」 「だからグリグリするなってば」 「なんか、朝は少し雰囲気が違うな」 「そうか? 吾輩は普通のつもりなのだが?」 「少なくとも、朝武さんたちと話してるときとは違うだろ?」 「朝武さんたちが相手だと、もっと落ち着いているというか……少しテンションが高くないか?」 「ふむ……言われてみると、そうだな。確かに少々はしゃいでおるかもな」 「はしゃぐって……なんで?」 「ご主人は……初めて吾輩に、触れた人間だからな……」 「初めて触れたって……」 「胸に?」 「ああ、そうであったな……人の胸をか、かかか硬いなどと言った不埒者であったな」 「その節は大変失礼しました」 「本当に反省しておるのか?」 「してるってば、本当に」 「………まあよい。ともかく、この状態になってから長い。人の温もりなど忘れておったぐらいだ」 「ああ、そっか」 「ゆえにな、久々に温もりに触れて……少々浮かれておるやもしれん」 「もし不愉快であったならば、今後はこのようなことがないように気を付けるが……」 「………」 「……ご主人……?」 「おまっ……その顔は卑怯だろう」 そんな寂しそうな顔をされて『不愉快だ』と言える度胸は俺にはない。 「いいよ、不愉快とは最初から思ってないから」 「うむ。ご主人は、そういうヘタレだと思っておったぞ」 「何気に失礼な奴だな」 「そうか? 吾輩、もっと失礼な人間を知っておるぞ?」 「いきなり人の胸をも、ももも揉んで、大した感触ではないと言ったたわけ者をなぁ」 「やっぱりまだ怒ってるじゃん!?」 「当然であろう! うら若き乙女の胸を揉んだのだぞ!? 笑ってすまされるはずがなかろうが!」 「………」 うら若き……? 確か、数百年このままなんじゃなかったっけ? 「あ、その目……また、失礼なことを考えておる」 「いや、そんなことはない」 「それよりも、なにか許してもらう方法はないか?」 「む、そうだな………………で、では……」 「頭を撫でてくれぬか?」 「頭を?」 「う、うむ……ダメか?」 「………」 もじもじしながら、上目遣いに頭を撫でることを要求するムラサメちゃん。 ちょっと可愛い……。 お祓いのことなんかでも、世話になっているんだ。それぐらい気にすることもない。 「こんな感じでいいのか?」 「ん、んん……もう少し、丁寧に撫でて欲しい……」 「これぐらいか?」 「う、うむ。それぐらいがちょうどいい……えへ……えへへ」 「なにやら、むずむずするのう……あ、頭を撫でられるのは、こんなにくすぐったいものだったか」 「俺もあんまり経験はないけど……そうなのかもな」 そもそも女の子と触れ合ったことって……あんまり記憶がない。 小学校の遠足で手を繋いだりとか……中学校の文化祭のフォークダンスとか。 会話は普通にしてたけど、触れ合いとなると……。 「………」 そう考えると、俺まで背中がむず痒くなるみたいだった。 「……自分で頼んでおいてなんだか、気恥ずかしいものだな」 「じゃあ、もうやめようか?」 「もう少し……ダメか?」 「……これぐらいでいいのなら」 「うむ。ありがとう、ご主人! えへへ……」 そうして俺が優しく頭を撫でていると、ムラサメちゃんは本当に嬉しそうに笑っていた。 「……ふひひ……」 とはいえ、いつまでもこのままというわけにもいかない。 早く着替えて、トレーニングに向かわないと。 そうして俺が手をのけると―― 「……あっ……」 寂しそうな声を上げるムラサメちゃん。 心苦しくなって、再び頭を撫でてみる。 「えへへ……」 再び頬が緩む。 「………」 「……あっ……」 「………」 「うぇへへ……」 「………」 「……あっ……」 「………」 「うぇひひ……」 俺の手が触れる度に表情が切り替わって……ちょっと面白くて、可愛い。 「……あっ――って、吾輩で遊ぶな、ご主人!」 「悪い悪い」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「よし。今日はここまで」 「ありがとう、ございました」 いつもの体力作りのトレーニングを終えて、その場にペタンと座り込んだ。 メニューは縄跳びやシャトルランを始めとした、足腰の鍛練。 「いつになったら……楽にメニューをこなせるようになるかな……?」 「何を言っている? 楽にこなしてしまっては鍛練にならんだろうが」 「常に身体を追い込んでこそだ」 「……マジですか」 「鍛練とは、そういうものだ」 「まあ、そうだよね」 頑張るしかないか。 「それじゃあ、午後もよろしくお願いします」 「うむ。だが、その前に将臣」 「今日は土曜日だ。頼んでおいた件は、大丈夫か?」 「案内をして欲しいって件なら、ちゃんと覚えてるよ」 「ではすまんが頼む。待ち合わせは午後の一時半。場所にも変更はない」 「三時までに旅館に連れてきてくれればいい。それまでは、適当に観光をして構わん」 「それはいいんだけど、なんで俺? 俺、この町にそこまで詳しくないよ?」 「宿の人間は仕事で手一杯だ」 「ちなみに、廉太郎や小春は?」 「小春は用事があるそうだ。廉太郎は……あいつはダメだ」 「たるんどる。たるみきっておる。頭の中は女子のことばかりだ」 「あー……」 そういや、ナンパしてるって言ってたな。 「一度旅館の手伝いをさせたら、宿泊客に言い寄る始末……頭が痛いわ……」 「本格的に、一度鍛え直した方がいいかもしれんな」 「まあ、そういうわけだ。廉太郎に案内役を任せるのは、不安で仕方ない」 「ってことは、案内するのは女の子?」 「そうだが……よもや、将臣までそんな男になっておるのではなかろうな?」 「ないない。ナンパとかしたことない」 「ならばいい」 「けど……なんでまた女の子を?」 「新しく雇うことになった従業員だ」 そういえばそんなこと言ってたな。 「結局、力にはなれなくてごめん」 「そのことは気にするな。元々、人手不足は経営者であるワシの落ち度だ」 「1人増やすつもりで、ずっと探してはいたのだ。しかし全然見つからなくてな」 「やっぱり大変なの? 人手不足の問題は」 「宿の仕事はとても厳しい。今時はわざわざそんな厳しい業界で働こうと思う者も少ない」 「業界全体が人手不足な上に、ここは不便な土地だからな」 「知り合いのツテを頼って誰かいないかと探して、ようやく1人紹介してもらえた」 「その人、長く勤めてくれるといいね」 「どうだろうな……最近の若い者は、すぐに逃げ出すと聞く」 「最近は“ばっくらー”なるものも流行っているのだろう? 宿を燃やされてはたまらんからな」 「流行ってない流行ってない」 なんでそんな偏った知識ばっかり……。 「そういう人は、最初から厳しいってわかってる旅館で働こうなんて思わないよ」 「それに、知り合いからの紹介なんでしょ?」 「そうだが……やはり色々と心配なのだ」 「その子はお前と同い年で、とても若い。こっちで鵜茅学院に通うことになっている」 「そんなに若いの? しかも、女の子か……」 俺は祖父ちゃんの身内だし、旅館の仕事も子供の頃から身近にあった。 だからその厳しさや、理不尽さはすでに受け入れられてたけど……。 「しかも、その子は日本人ではなくてな」 「そうなの!? 祖父ちゃんにしては、なんか思い切ったね……」 「ワシではない。女将の考えだ」 「言葉だけでなく文化の違いを理解しておる者がいた方がいい、とな」 「女将は祖母ちゃんが亡くなってから、不在だったと思うけど?」 「ワシももう歳だ。女将に宿の切り盛りを任せている」 「お前も何度も会っているはずだぞ?」 「あー……あの人、女将だったんだ?」 「《いの》猪《たに》谷《もと》心《こ》子さん。4年ほど前から女将として働いてもらっている」 「そうか。お前が顔を見せなくなったのも、それぐらいだったな」 「ずっと、まだ祖父ちゃんがやってると思ってた」 「外国人の旅行者も増え、客層も変わって、昔のままでは難しいことも増えた」 「ワシもこの歳だからな。いっそ、若い者の方がいいと思ってな」 芦花姉のところも、同じようなことを言ってたな。 「多少は口を挟むし、重要な部分はワシが決断を下すが、基本的には隠居生活みたいなものだ」 「だからこそ、お前の鍛練にも毎日付き合える」 「ご迷惑をおかけしてます」 「気にするな。お前が真面目に取り組んでいるのは、ワシも嬉しい」 「でも俺、英語の成績悪いよ?」 「心配するな。拙くとも日本語で日常会話はできると聞いている」 「そういうことなら」 多少、不安は残るけど……会話ができるなら、何とかなるだろう。 「助かる。では、頼んだぞ」 「わかった」 「しまったな……少し遅くなってしまった、急いで戻らないと」 朝武さんのところは、いつもみんなで一緒に食事を取っている。 俺が戻らないと、みんなを待たせてしまう。 というか、部屋にいないことを怪しまれてしまうかも。 「帰りもダッシュか……」 ちょっと辛いけど、これもトレーニングの一環だと考えよう。 「本当に大丈夫かい? 今日も遅かったけど……眠れない理由があるんじゃないのかい?」 「いえ、本当に気にしないで下さい」 「そうは言うけどね……」 「申し訳ありません。そ、それよりも食事にしましょう」 「………………」 「それじゃあ僕は神社に戻る。芳乃、言っていた通り頼むよ」 「わかってる」 安晴さんは、そんな言葉をかけて部屋から出ていく。 「これから、何かあるの?」 「神社で仕事の手伝いをすることになっているんです」 「人手はいる?」 「いえ、手伝いと言っても、社務所でお守りやおみくじなんかを売っているだけですから」 「わかった。必要だったらいつでも言って」 「ありがとうございます」 「でもそっか……神社の手伝いがあるなら、無理だな……」 「何かあるんですか?」 「実は案内を頼まれてるんだ」 「案内と言いますと……もしや、有地さんのご友人が会いに来られるんですか?」 「いや、そうではなくて」 ……そういえば、あいつら元気してるかな? ここで暮らし始めた当初は、アプリで適当に連絡もしていたけど、学院が始まってからはそれもなくなった。 用件もなく、面倒ということもある。 でもそれ以上に……ここの暮らしに馴染み始めたということなのかもしれない。 「祖父ちゃんの旅館で新しい人を雇うんだ」 「その人を迎えに行って、旅館まで案内するように頼まれてる」 「でも俺は、ここ数年穂織に来てなかったし、そこまで詳しくはないから」 「それに、案内する相手が女の子なんだよ」 いきなり見ず知らずの女の子と2人っきりだと、上手く会話できる自信もない。 それに向こうも、不安に思うかもしれない。 「だからもし可能なら、女の子が一緒に来てくれるとありがたいと思って」 「力になれず、申し訳ありません」 「いや、朝武さんが謝る必要なんてないよ。むしろ俺の方こそ急にゴメン」 「あの……ワタシでよろしければ、一緒に行きましょうか?」 「俺はすごく助かるけど、いいの?」 「家事もありますが、夕方ぐらいまででしたら大丈夫ですよ」 「三時には旅館に連れて行くように言われてる。俺が案内するのはそこまでの予定だから」 「でしたら大丈夫です」 「ありがとう」 「さてと、それじゃあそれまでに、洗濯を終わらせてしまわないと」 「ご主人~、別行動してもよいか?」 「俺は構わないけど……珍しいな。何か用事でも?」 「いや、吾輩を見えぬ者が一緒におっては、おいそれと話しかけることもできん」 「吾輩を見えぬように振る舞うのは、ご主人も落ち着かぬのであろう」 「それは……確かに。今までずっと一緒だったから、思わず話しかけてしまうかもな」 「ゆえに、一緒でない方がご主人も楽かと思ってな」 「気を遣わせて悪いな」 「別に謝る必要はない。吾輩もたまには散策をしたいのだ。ではな」 スーッと霞のように消えてしまった。 やっぱり幽霊みたいだ。 「有地さん、お待たせしました。ワタシの方は準備できました」 「あ、うん。わかった」 「ところで出発前に訊いてもいいですか?」 「はい? なんでしょう?」 「有地さん、洗濯物を出してませんよね? いつも疑問に思っていたんですが、どうされてるんですか?」 「え? いや、どうするもなにも……普通に自分で洗ってるけど?」 「ご自分で? 全て手洗いですか?」 「うん。それに、使わせてもらってる部屋は日当たりも良好だから。窓際に干せば部屋の中でもよく乾く」 「有地さんは、手洗いじゃないとダメなんですか? なにか、こだわりのようなものが?」 「そういうわけじゃないんだけどね」 1人分だけで勝手に洗濯機を回すのは気が引ける。 かといって、洗濯物を常陸さんに任せるのもなぁ……相手は同年代の女の子。 なんか色々恥ずかしい。特に、パンツがクタクタになったり、穴が開いてたりしたら特に。 「遠慮なさらず、一緒に出してもらって構いませんよ?」 「いやー、そういうの恥ずかしいじゃないですか、やっぱり」 「あは……もしや、人には見せられない状態なんですかぁ?」 「絶対言うと思った。でもそんなことはありませんよ」 「では……まさかとても卑猥な下着を愛用している? あ、もしくはノーパンだから必要ない?」 「普通の下着を穿いてますよ! 変な汚れも付いてません!」 「気にしなくても大丈夫ですよ。ワタシは忍者ですから、そういった知識もちゃんと持ち合わせています」 「その“何でもわかってますよ”みたいな微笑みを止めて下さい。それに忍者関係ないし!」 「常陸さんだって下着とかを見られるのは嫌でしょ?」 「それはまあ……見られて嬉しいものではありませんね」 「気遣いはありがたいけど自分で洗わせて下さい。男でも恥ずかしいんですよ、下着を女性に見られるのは」 「……わかりました。ですが本当に遠慮しなくていいですからね」 「制服のシャツなら気になりませんよね? そういうのは、一緒に出しちゃって下さい」 「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうかも」 「はい。いつでもどうぞ」 「それで、案内するのはどんな人なんですか?」 「俺たちと同じ歳で、女の子。名前は確か……レナ・リヒテナウアーだったかな?」 「昔から日本に憧れてて、留学が夢だったんだって。しかも穂織に来ることを、本人が強く望んでたらしいよ」 「珍しいですね。観光ならまだしも、留学を望むだなんて」 「あれ? でもその人、新しい従業員なんですよね?」 「そう。働きながら通うらしいよ」 「それじゃあ、ワタシたちと同じクラスですね」 「祖父ちゃんはそういう学院のことも含めて、俺に案内をさせたかったんじゃないかな?」 「では、よい印象を持ってもらうようにしないといけませんね」 「祖父ちゃんも気にしてた。早々に辞められると困るって」 「そんなわけで、どこを案内すれば好印象を与えられると思う?」 「そうですね……やはり美味しい物がいいんじゃないでしょうか?」 「美味しいもの……美味しいもの……」 「ちなみに、常陸さんのお勧めってありますか?」 「そうですね……んー……あっ、そうだ」 「まだ少し時間もありますから、ちょっと行ってみましょうか?」 「じゃーん。鮎の塩焼きですよ~」 串に刺さった鮎は皮はパリパリ、塩もいい感じで振られており、とても美味しそうだ。 「美味しいって評判なんですよ、ここの鮎。あ、指に付いちゃった……」 指を舐めながら、視線を送ってくる常陸さん。 その上目遣いと、チラッと見える舌が……妙にエロく見える。 「………」 「お気に召しませんか?」 「あ、いや、そんなことないよ」 誤魔化しつつ、鮎の背の方から一口。 ほろ苦い皮に、口の中でホロホロと崩れる身。そしてそれらを結びつける塩の旨み。 一口食べただけで、その違いが伝わってきた。 「うん、確かに美味い」 「でしょう?」 「ここら辺の鮎ですか?」 「さすがにそれはありませんよ。一年中売ってますから、養殖のはずです」 「でも凄く美味しくて。多分、お塩もこだわりなんだと思います」 「なんで鮎? 別に鮎が有名ってわけでもないのに」 「こういうの、外国の観光客にも受けがいいんですよ?」 「おまんじゅうや温泉卵は、コンビニなんかでも手に入りますからね」 「ああ、そっか。でも珍しさだけじゃなくて、本当に美味しいよ、これ」 さきほど昼ご飯を食べたところだけど……これなら苦も無く全部食べられる。 「そんなに美味しそうに食べてもらえると、紹介したワタシとしても嬉しいです」 「はい。本当に美味しいです」 「あ、ジッとしていて下さいね」 「え?」 俺の口元に指を伸ばした常陸さん。 そっと、撫でるように口角の辺りに触れた。 「皮がついてましたよ」 「あ、ありがとうございます。すみません」 お、おお……なんか……いい! こういうのいいな! 青春って感じがして! 男友達だと「なんかついてるぞ」という忠告すらなく、気付くまで笑われてることもある。 「……こうしていると、デートのことを思い出しますね」 「デート?」 「ひどーい、忘れちゃったんですか? 最初の頃にしたじゃないですか」 「あれはデートというか、ただの買い物だった気がしますけど」 「よく考えてみて下さい。親類でもない男女が一緒に夕飯のお買い物」 「ある意味では、デートよりも色っぽくありませんか?」 「……確かに」 字面だけで考えると、もはや新婚さんレベルだ。 「ほらぁ~。もしかしてワタシたち、実は凄いことをしちゃったんじゃないですか?」 「そうすると、むしろ今は大人しくなってるぐらいですね」 「それでは……『あーん』なんてしてみますかぁ?」 「鮎じゃあなぁ……やっぱり色気がないかもなぁ」 「そんなことありませんよ。だって、たとえば――隙あり♪」 常陸さんが突然、髪をかきあげて、身を乗り出してきた。 まるで、うなじや首筋を見せつけるようにして、俺の鮎に口を付けた。 「あむ……ん」 「ほら、こういうの、ドキッとしません?」 「………」 「あは……してるんですねぇ?」 悪戯っぽい笑みを浮かべる常陸さん。 思わず俺は息を呑む。 その顔が不意に、ふっと緩やかな笑顔に変わる。 「ふふふ、殿方とこうして並ぶなんて、まるでマンガみたい」 「まさかワタシが、こんな風に過ごすなんて思っていませんでした」 「どうして? 常陸さんは可愛いし、今までにそういう経験があっても不思議はないのに」 「かっ、可愛いだなんて、そんなご機嫌取りはしなくていいです」 言いながら誤魔化すように、常陸さんは自分の鮎をもう一口。 別にご機嫌取りではなかったんだけどな。 「それにワタシは子供の頃から、訓練を受けていましたから」 「それって忍者の?」 「はい。それと芳乃様にお仕えをしていますから、同年代の殿方とは関わりがなくて……」 「こんな風に殿方と2人っきりだなんて、有地さんが初めてなんですよ? あ、もちろん父は除きますが」 「なんか、ちょっと意外です」 「今だって心臓がドキドキしてるんですよ?」 ……余裕綽々って感じだけどな。 さっきの鮎を食べて、俺をドキドキさせた手法だって。 そんな俺の視線に気付いたのか、常陸さんがはにかむように笑う。 「あれはですねぇ、少女マンガにあったシチュエーションです」 「恋愛経験なんてありません。知ってるのは少女漫画の中だけ。別の誰かの恋だけですよ」 「ワタシより、有地さんの方こそどうなんです?」 「俺?」 「都会は異性交遊も盛んですよね?」 「そういうのは都会とか田舎とか関係なく、人によるでしょ?」 「少なくとも俺は、男友達ばっかりで、女の子と仲良くなったことはないかな」 「大体、女の子に慣れてないから、こうして常陸さんに来てもらってるんだ」 むしろ田舎の方が、暇潰しの方法がないからエロばっかりだって聞いたことがあるけどな。 「ちなみに有地さんは、ココと都会だったらやっぱり都会の方がいいですか?」 「まあ、暮らしやすさでいうなら街の方かな」 「色々便利だし。何よりも、生まれ育ったところだし」 「ああでも! 別にここでの暮らしが嫌ってわけじゃないから!」 「んー……どうかな……?」 「向こうにいたら、朝武さんや常陸さんみたいな女の子と出会う事すらなかったから」 「そういう意味では、こっちの方がいいかな」 「不純な動機ですねぇ。やーらしー」 「不純……かなぁ? むしろ、男としては健全じゃない?」 「そう開き直られると、頷くしかありませんが……」 「でも、ここでの暮らしが嫌々ながらでないのなら、ワタシとしても嬉しいです」 「嫌じゃないよ。まあ、同居生活にはまだ慣れない部分もあるけど」 「では、もし呪詛が解けたら、どうするんですか?」 「……でも、その方法って見つかってないんだよね?」 それにまずは、祟り神を何とかしないと。 せめて足を引っ張らないように。できれば、お祓いの力になれるように。 そのためのトレーニングだ。まずそこが解決しないと……その先にあることを考える余裕がない。 「先にしなきゃいけないことが沢山ありすぎて、まだ考えられないかな?」 「俺よりも、常陸さんはどうなの?」 「ワタシ……ですか?」 「もし呪詛が解けるとしたら、したいこととかあるのでは?」 「ワタシは………………」 「内緒です」 「ってことは、ちゃんとあるんだ?」 「乙女の秘密ですよー」 鮎を食べ終えた常陸さんが、俺の正面に立つ。 「さ、そろそろ約束の時間です。早く行きましょう」 「………」 内緒って言われると、妙に気になるよなぁ。 とはいえ、あんまり強く踏み込まない方がいいんだろうけど。 「そうだね」 こっちが待たせるわけにはいかない。 少し早めに着くぐらいでいいだろう。 俺たちは、そのまま待ち合わせの場所に向かって坂を下った。 その途中―― 「はわーーーーーー! ど、どいて下さーーーーーーーい!」 俺が振り返った直後、見知らぬ顔がそこにあって―― 「きゃああああぁぁぁぁっ!?」 「うわああああああぁぁっ!?」 「あいったぁ~~……」 「……んぐ……」 平衡感覚を失うほどの衝撃に突然襲われた。 視界が激しく揺れる中、踏ん張ろうとした脚は、筋肉痛で思うように力が入らない。 そのまま俺は、情けなく転がるように倒れ込んでしまっていた。 「うぐ……」 「……あれ?」 思ったよりは痛くはない。 まるでクッションにでも、ぶつかったような……。 あと、なんか息苦しい。 「んん……?」 なんか……柔らかい? 何か、ふにふにしてる? 今、一体何が起こったんだ……? 「………」 自分の状況を理解した瞬間、時間が停止したような気がした。 ――お、おっぱいエアバック!? クッションだと思っていたのは、おっぱいだった! 隠しきれない、はち切れんばかりの胸のふくらみ。 深い谷間に、俺の顔が挟まれるように埋まっていた。 「―――ッ!?」 「……うううーー……」 頭を振るようにして、意識を取り戻す女の子。 同時に、おっぱいで挟んだままの俺に気付いて―― 「ゴ、ゴメン!」 「わたしの方こそ、すみません! ヘーキですか? 怪我してませんか?」 「大丈夫、怪我はしてない」 「よかった……」 「そっちこそ怪我はない?」 「ヘーキです」 慌てて飛び退いてから、倒れている女の子に手を伸ばす。 「ありがとうございます。よいこらせ」 手を引かれて起き上がる少女。 ……うーん……やっぱりでかい。 「有地さん、大丈夫ですか? 結構派手にぶつかってましたが……」 「どこも痛くないよ」 普通に立ち上がれるし、特に痛みもない。 軽い準備運動のように、手や足の関節を軽く動かしてみても変化はない。 これなら午後のトレーニングに影響はないだろう。 「誠に申し訳ないでした」 「もういいってば。あと、ありがとうございました」 「ありがとう??? ありがとうは、こういう時にも使うのですか?」 「《にっ》日《ぽん》本《ご》語は難しいであります……」 「ああ、いや、今のはかなり特殊な事例だから気にしないで」 「……そうですか?」 外国からの旅行者だろうか? 上手いけどどこか拙い日本語に、とても大きなキャリーケース。 若い女の子が1人で……あれ? もしかして……? 「気をつけないといけませんよ? 今回は無事だからよかったものの」 「さきほどは、坂道で荷物に勢いが付いて止まらなくなりまして……」 「自分でも、びっくりしたのであります」 「確かに大きな荷物ですね。お1人で観光ですか?」 「《にっ》日《ぽん》本には1人で来ました。でも、観光ではなく、留学のためでありまして」 「人違いならゴメン。もしかして、レナ・リヒテナウアーさんじゃない?」 「は、はい……そうでありますが……」 「やっぱり!」 「なにゆえわたしの名前をご存じなので?」 「もしや……人さらい!? 神隠しですか!?」 「違うってば。あと、神隠しは誘拐じゃない」 「そ、それでは一体……」 「初めまして、俺は有地将臣といいます」 「俺はリヒテナウアーさんを志那都荘まで案内するように頼まれて、迎えに行くところだったんだ」 「ワタシは常陸茉子と言います。今日は案内のお手伝いに」 「そうなのですか? 助かります、ありがとうございます」 「おぅ、大変失礼しました。改めまして、レナ・リヒテナウアーであります。以後、お見知りおきを」 「もう着いていらしたんですね。でも……どうして坂の上から」 「待ち合わせの場所とは全然違うよね?」 「少し早めに着いたので、観光をしていたのですが……道に迷ってしまいまして」 「気付くと待ち合わせの時間が近くて、慌てて走り回っていた次第であります」 「それで、勢いが付き過ぎて荷物も止められなくなったんだ?」 「あぅ……本当に、申し訳ないでした」 「いや、別に責めてるんじゃないから」 でもそういうことなら、俺とぶつかったのは不幸中の幸いだったかもな。 「それで、今からどうしようか?」 「旅館には三時までに行けばいいって言われてるから、まだ少し時間があるけど」 「あの……希望を言ってもよろしいのでしょうか?」 「もちろんです。行きたい場所がありますか?」 「実は……わたし、ずっと走り回っていたせいで……」 「昼食もまだでありまして、大変お腹が空きましたぁぁ~~」 「………」 「あはは。じゃあ、どこか食事に行こうか」 さっきの鮎の塩焼きとか? ……なんか、食べてばっかりだな。 「何か食べたい物はありますか?」 「スシ! テンプラ! 焼き鳥!」 最後だけ妙にリアルな回答だな……。 リヒテナウアーさんの希望にそって店を探した結果、俺たちは寿司屋に入ることにした。 「ここでしたらリーズナブルですから、沢山食べても大丈夫ですよ」 「にぎりのセット、ワサビアリアリでお願いします!」 「あいよ!」 「おっすし、おっすし~」 「お寿司が食べられるなんて感謝感電飴あられですよ~」 「惜しい感じで間違えてるなぁ」 「リヒテナウアーさんは、どうしてわざわざ日本に留学に?」 「昔から日本が大好きでありましたので。あ、レナでヘーキですよ」 「でもなんで東京とかじゃなく、わざわざ穂織に?」 「それはですねー、わたしのgreat-great-grandfatherが、穂織を訪れたことがあるのですよ」 「それって……」 「おそらく高祖父のことではないかと。お祖父ちゃんのお祖父ちゃんですね」 「はい。わたしのお祖父ちゃんが、日本の話を沢山聞いたそうです。それをまた子供に伝えて」 「ですので、一族郎党みんな日本が好きですよ」 「それでレナさんも、日本に興味を持ってここに?」 「はい! 穂織では留学生の体制が整っておらず……旅館の見習いで頼み込んで、ようやく留学ができました」 「だから、働きながら留学を?」 「それにわたしの家は、裕福ではありませんので」 「働きながら留学、とてもありがたい話であります」 「何か困ったことがあったら言って。力を貸すから」 「いつでも構いませんよ」 「はい。ありがとうございます」 「へい、にぎりお待ち!」 「わお! おっすし、おっすし~~~♪」 ちょうど会話が一区切りした時、レナさんの目の前に出てくるにぎりのセット。 ちなみに、俺と常陸さんはさすがにお腹がいっぱい。 これ以上は食べられないので、飲み物だけ。 俺としては非常に申し訳なかったのだが、観光客が多い場所では、無茶な注文も多いらしい。 店の大将はよくある話だと、気にすることもなく許してくれた。 「よっ、と」 「あ、お箸……ちゃんと使えるんですね」 「家でお母さんが日本の料理を調べて作ることもありましたので、お箸も慣れたものでありますよ」 「茶碗蒸しにカレーに雑炊、色々作ってもらいましたよ!」 「うん。むしろスプーンで食べる物ばっかりだけどね」 「では、いただきます」 器用にお箸を使い、まずは玉子を持ち上げるレナさん。 そして―― 「あーん……んっ、んんーー。ほんのり甘くて美味しいですね!」 「喜んでもらえてよかった」 「ありがとうございます、マコ」 笑顔のレナさんは、そのまま雲丹の軍艦巻きに箸を伸ばす。 「んむ……んんー。これも美味しいですね! これはなんという魚ですか?」 「それは雲丹だね。魚ではないんだけど……英語とかだとなんだっけ? UNI?」 「確か……シーアーチン?」 「おー! 聞いたことはあります。イタリアの方でも食べられていますね」 「多分それ」 「こんなに美味しい物だったんですね。素晴らしいです!」 「それでは、次は……これ、知ってます。イカですね。あーん」 機嫌よく、続けてイカも食べるレナさん。 「――ンンっ!?」 突然、その顔がビシリッと固まってしまった。 その顔が真っ赤になり、その目からは軽く涙を流し始めた。 「とても、おいひぃ、れす……うう……」 「全然美味しそうには見えないけど……」 「もしかしてワサビ、ダメでした?」 「でもワサビありって……レナさんが言ったよね?」 「へ、ヘーキです」 「いや、泣いてるよね?」 「これは心の汗ですので。気に、しないで下さい……ううう……」 そう言って今度はマグロを食べて。 「んむっ!? うぐぐぐぐぐ……」 椅子に座ったまま、バタバタと暴れ、悶え苦しむレナさん。 そうして、ひとしきり苦しんでから顔を上げて―― 「美味しい、のでありますぅ」 「だから泣きながら言われても……」 「ワサビ抜きを頼み直した方がよさそうですね」 「ほら、無理せずに」 「その残りは俺たちが食べておくから」 「……うー……すみません」 そんなこんなで、騒がしくしながらもお寿司も食べ終え、満足した様子のレナさん。 他にもやりたいことはあるらしいが、時間も迫っている。 後日付き合うということにして、そのまま志那都荘に向かった。 「ここが志那都荘だよ」 「とても素敵でありますね!」 「ちょっと待ってて。人を呼んでくるから」 「すみませーん」 「はい。すぐに参ります」 「お待たせいたしました。あ、将臣さん。大旦那さんですね、少々お待ち下さい」 「そっちもなんですけど、先に一つありまして」 「新しい従業員の人を案内してきました。祖父ちゃんに頼まれていて」 「そうだったんですか。お忙しい中、お手数をお掛け致しました。有り難うございます」 深々と一礼をしてから、猪谷さんがレナさんに向き直る。 「初めまして。志那都荘の女将、猪谷心子といいます」 「レナ・リヒテナウアーです。今日からお世話になります、モトコさん」 「旅館では、女将と呼んでください」 「はい、わかりました。オカミ」 「ん? ああ、もう来ていたのか、将臣」 「ああ、うん。ちゃんと案内してきたよ。こちらが、レナ・リヒテナウアーさん」 「鞍馬玄十郎だ、よろしく頼む」 「こちらは、志那都荘の大旦那さんです」 「レナ・リヒテナウアーであります。よろしくお願い致します」 「期待をしているよ」 「はい! わたし、頑張ります!」 「それからマサオミ、マコ。案内をしてくれてありがとうございました。厚く怨霊申し上げます」 「すごい絶妙な間違え方だ」 「………?」 御礼って言いたかったんだろうけど。 「お気になさらず、今後ともよろしくお願いしますね」 「はい! こちらこそ!」 「将臣、彼女の荷物を部屋まで運べ。あの大きさでは大変だろう」 「わかった」 祖父ちゃんの言葉に頷いた俺は、常陸さんに顔を向ける。 「今日はありがとう、常陸さん」 「いえいえ」 「俺は祖父ちゃんに用事があって、もう少しここに残るから」 「買い物に戻ってくれて大丈夫だよ。あとは俺だけでも心配ない」 「わかりました。それでは、ワタシはここで」 「ありがとうございました、マコ」 「お役に立てたならよかったです」 「よいしょ、っと」 「はぁ~……憧れていた和式。素晴らしいです。タタリのある部屋サイコーです!」 「勇気あるなー、俺は無理かも」 「マサオミはタタリが嫌いですか?」 「畳ね、畳。畳は好きだけど、祟りは嫌いだな」 「たたり?」 「タ・タ・ミ」 「タ・タ・ミ」 「畳!」 「タタキ!」 「そこはタタリじゃないのかよ!?」 「………?」 俺の言葉に不思議そうに小首をかしげている。 まあ……タタリよりタタキの方がマシか。 「タタリって外で言わないで。志那都荘にとって、どえらい風評被害になるから」 「ダメでありますか?」 「畳がちゃんと発音をできるようになってからね」 「タタリィ……うー、難しい……」 「畳に布団を敷いて寝るのって大丈夫?」 「はい! この感触は素敵です! それに柔らかな感じがして……まるで部屋全体が芸術のようです!」 うっとりしているレナさん。 その様子からわかるぐらい、本当に日本が好きなんだろうな。 「リヒテナウアーさん」 「はい。なんでありましょう?」 「さっそくですが、旅館の中や仕事の内容について説明しておきたいのですが、大丈夫ですか?」 「おー! お仕事ですね。ンンッ――コホン」 「御意。某、精一杯精進する所存でありますれば、何卒よしなにお願いちゅかまちゅ――」 「いえ、お願いちゅかまちゅります……あれぇ?」 「……日本語も、勉強してもらった方がよさそうですね」 「わたしの日本語、ダメでありましょうか?」 「丁寧に喋ろうとしている努力はわかりますが、お願いちゅかま――」 「っ……つかまつる、などの言葉遣いをする人は、ほとんどいません」 女将が噛んだ!? 「そうでありまするか……」 「とはいえ、日常生活を送る上では問題ありません。むしろ堪能でしょう」 「すぐに慣れることができると思いますよ。一緒にがんばりましょう」 「御意!」 「ですから、そういう部分が……いえ、それは今後ということで」 「よろしくお願いします、リヒテナウアーさん」 「こちらこそ、よろしくお願いちゅかまちゅ――」 「――お願いつかまちゅります」 猪谷さんの指摘にも、挫ける様子のないレナさん。 明るい笑顔で気合いを入れている。 俺も負けないように、祖父ちゃんとのトレーニングを頑張ろう! 今日こそ一本ぐらいは! 「きええええええええええええええええええ!」 人間、気合いだけじゃ乗り切れないこともあるもんだ。 「お前はこの町に残るのだな?」 「何度も転校を繰り返すのも面倒だから」 「それに、何が何でもこの町から出て行きたい理由もないしさ」 「だからせめて学院を卒業するまでは、こっちで過ごそうかなって」 「わかった。お前がそう決めたのなら、ワシも応援しよう」 「お前には……迷惑をかけたな。本当にすまないと思っている」 「別にいいって。こうして無事なんだから」 「それに今では、こっちに来て良かったと思ってるよ」 「そうなのか?」 「確かに命の危険もあったし、気楽な日々とはいかなかったけど……」 「それでもここで、得難い経験をしたと思ってるから」 「将臣……」 「そうか……立派になったな、将臣。ワシとしても嬉しいぞ……くぅ……ッッ」 「意外と涙脆いやつなのだな、玄十郎は」 今にも涙を零しそうだ。 頭を下げられたり、ましてや泣かれたりすると、正直反応に困ってしまう。 「そういう事ならば、ワシは何も言うまい」 「困ったことがあれば、いつでも言え。できる限りのことはしよう」 「ありがとう。もしそんな時が来たら、よろしくお願いします」 「それで鍛練の方はどうする? 元々は祟り神と対峙するためのものだっただろう?」 「それに関しては、一応続けようかと思ってる」 「ほう、そうなのか。それはまた意外な……最初の頃は涙で枕を濡らしておったくせに」 「と言っても、もうちょっとペースを落としたいんだけど」 「切り返しとか、掛かり稽古の時間を減らして……本当、お願いだから」 「そうだな、そこまで鍛練を積む必要はもうないしな」 「憑代も集まって、祟り神も現れなくなったはずだから」 「………」 「ワシは構わぬが、嫌なら無理をせずとも」 「身体を動かすのが結構楽しくなってきたから」 「軽い運動程度は続けようかと思ってるんだ」 「お前がそんな風に考えるようになったとは……ワシとしても本当に嬉しい」 「わかった。では鍛練は続けるとしよう」 「よろしくお願いします」 「ご主人」 「ん?」 トレーニングの帰り道、ムラサメちゃんは真剣な面持ちで、俺に声をかけてきた。 「なんだ? どうかしたのか?」 「実はご主人に、伝えておかねばならんことがある」 「おい……その言い方は不安になるんだが」 俺と2人の時に切り出したのは……みんなには、聞かせられないような話なのか? 「そう深刻な話ではない。吾輩がちょっと神経質になっているだけ……と思ってはいるのだが」 「例の呪いについての話だ」 「まさかとは思うけど……」 「呪いは実は解けていない……なんて言わないよな?」 「それはない」 「――はずだ。おそらくない、と吾輩も思っておるのだが……」 「そういう微妙な言い方は、不安になるから止めてくれ」 「正直に打ち明けよう。情けないが、あくまで吾輩は叢雨丸の管理者」 「呪いに関しての知識は、駒川の者よりも持ち合わせておらぬ」 「以前にも言ってたな、それ」 「前例のない状況では、何が起こるか吾輩にも想像がつかぬ」 「つまり……一抹の不安が残ってるってことだな」 「憑代を集めて、獣の怒りは鎮まった。しかし、憑代に封じられておる怨みまで晴れたわけではない」 「つまり、厳密には穢れはまだ残っておるのだ」 「なんだって!?」 「いや落ち着け。そうは言っても、憑代を使える術者はおらん」 「それに神社に祀られ、安晴が毎日祝詞を上げることで、着実に穢れも祓われておる」 「問題がなければ……そうさな、例えばもう一度砕いたり、放り捨てたり」 「獣の怨みを買うような真似をしなければ、このまま平穏に過ごせるはず……だと、思う」 「実際に、このまま大人しくしているかどうかは……確証がない、ってことか」 「……残念ながら、その通りだ」 用心するなら、もうしばらく同じ生活をした方がよさそうだな。 「それならそれで、早く言ってくれればよかったのに」 「そしたら俺も、変に悩まなくてよかった」 「あくまで万が一に備えて、心に留め置いて欲しいというだけだ」 「もしご主人が町を出たいと思っているのならば、それを理由にするのは……少々卑怯かと思ってな」 「そこまで気にしなくていいよ。嫌々ここで暮らしてるなんてことはない」 「ムラサメちゃんのことだって、一緒にいて楽しいと思ってるぞ」 そう言って、俺はムラサメちゃんの頭を優しく撫でてやる。 「そ、そうか。ならばよいのだ」 「吾輩もご主人と一緒におるのは嫌いではないからのう」 ちょっと気恥ずかしそうにしながらも、ムラサメちゃんは嬉しそうな笑顔を浮かべる。 「でもそのこと、みんなには伝えなくていいのか?」 「芳乃はようやく呪いの重圧から逃れたのだ」 「些細なこととはいえ、不安を抱かせるようなことを告げていいものかどうか……」 その気持ちはわかる。 目に見えない不安を抱え続けるのは、結構苦しい気がする。 祟り神を祓えばいい、というような明確な答えがない分、余計に。 「わかった。でも……安晴さんには言った方がいいんじゃないか?」 憑代の扱いに関しては、基本的に安晴さん任せになる。 安晴さんが犬神を怒らせるようなことをするとは思えないけど……念のためだ。 でも……安晴さんも、娘が呪いから解放されて凄く嬉しそうだった……。 「言うと、喜びに水を差すことになるかな?」 「安晴ならば薄々は気付いておるはずだ」 「え? なんで?」 「毎日祝詞をあげなければならぬと言われた時点で、おおよその察しはついておろう」 「そういうもんか……」 ならむしろ、いずれちゃんと穢れは祓い終えるって伝えておいた方が安心できるかもしれない。 「わかった。安晴さんには俺から伝えておくよ」 あんまり遅くなると心配されるかもしれない。早く戻ろう。 「ところで――」 「うん?」 「有地さんがこの町に残るというお話は聞いているんですが……」 「それって、婚約の話を正式に進めるということでしょうか?」 「――ぶふッ!?」 「なに突然……」 「いえ、単なる疑問と言いますか……これからどうされるのか? という確認ですね」 「それは僕も大いに気になるね」 「おっ、お父さんまで!」 「いやいや、冗談で言ってるわけじゃないよ。そこら辺はある程度ハッキリさせた方がいい」 「将臣君がこの家で暮らし続けることは、僕は歓迎するよ?」 「でも巫女姫を支えてくれる人の中には、こういうことをよく思わない人もいる」 「それは……まあ、理解できるけど」 「そういう人に説明する必要ができた時、“結婚を前提”かどうかは非常に重大な要素だ」 「それって……有地さんがここにいるのなら、婚約は必須ってこと?」 「そうじゃない。適当な言い訳をする必要があるかどうか、ってことだよ」 「もし肩書きだけじゃなく実質的にも婚約者になるのなら言い訳の必要はない」 「でも違うのなら、何か他に言い訳が必要になる」 「適当に言い繕うのは簡単だけど、中途半端に嘘を吐くと後々面倒が起きるかもしれないからね」 朝武さんは巫女姫として、大切に扱われているんだ。 婚約者だって発表しておいて、結局結婚もせずに街に戻ったりしたら……。 下手すると有地家の人間は、穂織に足を踏み入れることもできなくなるかもしれない。 「そういう話なら……、わかりました」 「とはいえ、さっきも言ったけど、僕から結婚については無理強いするつもりはないよ」 「……ジー……」 「なんだい?」 「婚約者の肩書きは無理強いしたくせに」 「ああ……それは確かにそうだった。でもあの時とは事情が違う」 「僕が願った通り……芳乃の雰囲気も変わってきてる。それに呪いだって……」 「………」 「だから、これ以上は何も言わないさ。2人で話し合って結論を出して欲しい」 「というわけで、あとは若いお2人に任せて、僕はそろそろ神社に戻ろうかな」 「やっぱりからかってるでしょう、お父さん」 「そんなことはないよ」 軽く笑いながら、安晴さんはリビングを後にした。 『結婚……』 思わず呟いた俺たちは、互いに顔を見合わせる。 「その……有地さんは結婚の事、どう思いますか?」 「どうって言われても……現実的なことは何も考えてなかったから」 「そうですよね……。私も同じです」 「ど、どうしよっか……?」 「そっ、それを私に訊かれても」 「ああいや、結婚の決断じゃなくて、話し合いのこと」 「あ、ああ……そっちですか」 「とりあえず、お2人とも自分なりの結論を出してみてはいかがです?」 「まず自分の気持ちを確認してみてから話し合うことが重要ではないかと」 「……うん、茉子の言う通りかも」 「有地さん、今晩にでも話し合ってみませんか?」 「そう……だね。先延ばしにしてもよくないね。わかった。俺もちゃんと考えておくよ」 「――と、ゴメン。悪いけど野暮用があるんだ。先に出るね」 「え? あ、はい、わ、わかりました」 「どうしたんでしょう? 野暮用とは一体……」 「さあ? それはわからないけど……それよりも、結婚のことをちゃんと考えないと」 「実際のところ、芳乃様は有地さんのことをどう考えているんですか?」 「……茉子、面白がってない?」 「いえいえそんなまさか滅相もない。決して面白がっているわけではありません」 「もしお2人が結婚されるのでしたら、ワタシにしてみれば仕えるお方が増えるようなもの」 「気になるのも当然ですよ」 「………。正直に言えば、有地さんのことは嫌いじゃない。感謝もしてる」 「芳乃様がそんな風に仰るなんて珍しい! という事は――」 「でも結婚したいとか、そんな風に思ってるわけじゃないの」 「決して嫌いではないけれど……その、恋愛対象として好きかって訊かれると……」 「そういう対象としては、見られませんか?」 「というよりも、そもそも“好き”っていう感覚がよくわからないから……」 「結婚に関することなんだから、適当な返答をするわけにはいかないのに……恋の何たるかを理解していないだなんて」 「……くっ、なんて未熟なの、私は。一体どう答えればいいと言うの……っ!?」 「さすがに、それは硬く考えすぎではありませんか?」 「だって結婚よ!? 私だけじゃない、有地さんの人生にも大きく関わる問題」 「そんな気軽に考えられるはずがないじゃない……っ」 「お気持ちはもちろん理解していますが……そこまで生真面目に考えなくとも」 「フィーリングの方が大事、ということもあると思いますが」 「………」 「もしかして……茉子は恋をしたことがあるの?」 「ワタシが、恋……ですか?」 「さっきの言葉、恋に精通してるみたいだった。ということは、恋について知っているのよね?」 「い、いえ。そんな偉そうに言える立場ではなくて」 「あれは、書物……と言いますか、マンガなどでちょろ~っと、恋を題材にしてあるだけで」 「それでも私より恋愛の知識を持っているってことじゃない」 「具体的に、恋ってどんな気持ちなんだと思う?」 「恋が、どんな気持ちか……ですか?」 「1人で考えていると、頭がパンクしそうなの……だから、助けて欲しいの」 「いえ、ですが……」 「お願い……私を助けて」 「うっ……」 「……茉子……」 「ぐぐ……わっ、わかりました、芳乃様がそこまでおっしゃるのでしたら」 「ワタシにお任せください」 「本当に? ありがとう、茉子!」 「(――ワタシ、なんという大見得を!)」 「(恋なんてしたことないのに……っ! 経験値は芳乃様と変わらないのに!)」 「(ああ……恋なんてマンガの中で妄想するぐらいしか……ッ)」 「それで、恋についてなんだけど……」 「こっ、恋……恋についてですよね、わかってますよ。わかってますからね、えーっと、えーっと……」 「……いっ、いいですか、芳乃様? 恋をする乙女は――」 「こ、恋をする乙女は……?」 「恋する乙女は切なくてキュンキュンするものです!」 「キュンキュン……?」 「そうです、ドキドキのキュンキュンで萌え萌えです!」 「……あの、抽象的なことでなく、もう少し具体的に説明してもらっていい?」 「そうですね。例えば、あの……頭をポンポンされたり、壁ドンとか顎クイでキュンっとしてしまうものです」 「ポンポン、ドン、クイッ……キュン……? ………? ???」 「できれば擬音じゃない方が、私も理解しやすいんだけど」 「あ、そうですね。すみません……えーっとですね、ポンポンと言うのは――」 「(あわあわ……ッ! マンガの知識だけで答えてしまうだなんて……なんてことをっ!?)」 「(自分でも何が正しいのか、もうわからないー!)」 「(恋なんて、ワタシが教えて欲しいぐらいなのに……)」 「(とはいえ、芳乃様にあんなにお願いされては……しかも、今さら嘘だなんて言えない……ッ)」 「(ああ! 申し訳ありません、芳乃様、有地さん!)」 「ということらしいです」 「わかった、教えてくれてありがとう」 「驚いた様子がありませんが……やっぱり、このことに気付いていたんですか?」 「まあ、予想ぐらいはね。でも僕が祝詞を忘れずにあげるだけなら、大したことはないから」 「お任せしてしまってすみませんが、よろしくお願いします」 「気にしないで。これも神主の大切な仕事だ」 「むしろ、今まで力になれなかった分、それぐらいは任せてくれ」 「ありがとうございます」 「そういうわけで……もうしばらく、あの家でお世話に……」 「もちろん。それはこちらからお願いしたいことだ」 「朝武さんとのことはちゃんと考えますから」 「うん。こっちのことは僕に任せておいてくれ」 「将臣君は、学生生活を楽しんでくれればいいんだよ」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 「こうして朝廷の《 りょう 》両《 とう》統《 てつ》迭《 りつ》立は《ぶん》文《ぽう》保の和談で収拾をつけようとしたのですが協議は難航」 「結局皇位継承の明確なルールは画定することはできず、対立は続いてしまいます」 「………」 「その翌年、花園天皇の譲位を受けて即位するのが《だい》大《かく》覚《じと》寺《う》統の後醍醐天皇なわけですが――」 「それはまた次回のお話ということで、今日はここまでにしておきましょうか」 先生はそう言って教科書を閉じた。 ああ、そうか。この授業は六限目だったな。今日の授業はこれで最後。 なんか今日は、時間が過ぎるのが早かった。 「………」 何と言うか……心が軽い気がする。 授業が終わったら『急いで祖父ちゃんのところに行かなきゃ!』と、いつもなら思っていた。 でもトレーニングも軽くしてもらうようにお願いしている。 そこまで急ぐ必要がないからだろうか……? 「(それだけ、呪いのプレッシャーを感じてたってことなのかな?)」 そんなつもりはなかったけど……いつの間にか俺も、蝕まれていたのかもしれない。 もしそうなら……ずっと長い間プレッシャーを感じ続けてきた朝武さんは、俺なんかの比じゃないだろうな。 「(にしても、結婚の事……ちゃんと考えないとな)」 「うーん……」 「……? どうした? 唸り声を上げたりして」 「あ、ああ。廉太郎か」 「祖父ちゃんのところ、早く行かないとドヤされるんじゃないのか?」 「いや、でも先生が――」 「先生ならもう職員室に戻ったよ」 「あ……本当だ……」 いつの間にか先生どころか、クラスメイト達も帰っている。 そんなに長い間ボーっとしてたつもりはないんだけど……いかんいかん。 「大丈夫か?」 「ああ、ちょっと考え事をしてただけだから」 「なんだ? 恋わずらいか?」 「(惜しいけど微妙に違う)」 「あれ? 慌てる様子もなし……なーんだ。違うのか」 「ちなみになんで恋わずらいだと思った?」 「お前は一日中呆けてたからな。好きな人のことをずーっと考えてるんじゃないかと思った」 「というか、他の理由が思いつかなかっただけだな」 「……誰かを好きになるって、やっぱその人のことをずっと考えるものか?」 「そりゃそうだろ。その人の一挙手一投足が気になって、四六時中考えるぐらいで普通だと思うぞ」 「そんなにか……」 「当然個人差はあるだろうけど。っていうか、やっぱり恋わずらい?」 「いや、違うよ」 「なら何を悩んでる?」 「それは……悪い。人に相談するようなものじゃないんだ」 「心配してくれるのはありがたいと思ってるけど」 「……ま、そういうならいいけど。無理せず困ったことがあれば言えよ」 「ああ。ありがとう」 「じゃあ、俺は行くけど……お前も一緒にトレーニングに行くか?」 「行くわけないだろっ、祖父ちゃんのトレーニングなんて!」 「ははは。じゃあな」 そうして俺は、祖父ちゃんのところでトレーニングを行った。 朝にお願いした通り、今日はいつもより軽いもので、俺としても非常に助かった。 そうして朝武家に戻り、夕食を食べ終えた俺は―― 「すぅー……はぁー……」 朝武さんの部屋の前で深呼吸をする。 「朝武さん、有地だけど……今いいかな?」 「あ、はい、どうぞ」 「失礼します」 「お、お待ちしてました」 ぅぅ……なんか、緊張してしまうな。 「それで、さっそく本題なんだけど――」 「ちょっと待って下さい。その前に、お願いしたいことがあるんです」 「はっ、はい。何でしょう?」 「頭を……ポンポンしてみて下さい」 「は? 頭をポンポン?」 「そうです。頭ポンポンです」 「は、はぁ……」 何が何やら……。 とりあえず、頭を撫でてみて欲しいってことで、いいのかな? 頭を差し出すようにしている朝武さん。 彼女の頭を、俺は優しく撫でてみた。 ――ナデナデ。 「こんな感じでいいの?」 「いえ、違います。ナデナデではなく、ポンポンです。頭ポンポン」 「は、はあ……」 なにその拘り。 ポンポンってことは、軽く叩くみたいな感じかな? こう…… ――ポンポン。 「こんな感じ?」 「はい。おそらくこれで合っているはずです」 で、なんなの、これ? 「ふむふむ……なんだか恥ずかしくて、背中がムズムズしますね」 「……もういい?」 「はい。では、次は、壁ドンをよろしくお願いします」 「え!? か、壁ドン……?」 「はい。壁ドンです」 「よろしくお願いします」 と、壁を背にして立つ朝武さん。 真剣な面持ちで、俺の壁ドンをジッと待っている。 「………」 事情はよくわからないけど、アレだけ真剣な顔をしているんだ。 最後まで付き合ってみるしかなさそうだ。 「じゃあ、行くよ」 「はい。一発、ドンッとよろしくお願いしま――」 「ひゃっ! ちょ、ちょっとビックリしますね」 「ごめん。ちょっと強すぎたかな?」 「いえ、そんなことはありません。大丈夫、大丈夫です」 「それで、えーっと……この後は?」 「あ、そうですね。あとは『黙れよ』って囁くように言いながら、顎をクイッとして下さい」 「顎をクイッと?」 「はい。親指と人差し指の横腹で、顎を軽くつまむようにしながらクイッと」 「指定細かいな!?」 何なんだろう……? 何かの儀式なんだろうか? 疑問に思いながらも俺は、とりあえず大人しく指示に従う。 朝武さんの耳に唇を寄せて―― 「黙れよ」 「――ッ!」 そして顎を指でつまむようにしながら。 ――クイッ。 「………」 「………」 至近距離で、目と目が合う。 うっ……今にもキスをしてしまいそうな距離。 恥ずかしくて、思わず顔をのけ反らせてしまいそうだ。 「あの、かなり恥ずかしいです」 「そうですね……私も、恥ずかしくてドキドキしています」 「もう、離れてもいいですか?」 「は、はい。もう十分だと思います。ありがとうございました」 許可をもらった俺は、即座に後ろに下がった。 あー……緊張したぁ~。 恥ずかしさで、心臓がドキドキしっぱなしだ。 「それで、あの……さっきのは一体、何だったの?」 「自分の気持ちを、改めて確認していたんです」 「はぁ……アレで?」 「そうです。ポンポンからのドンックイッでキュンキュンかどうかです」 なにかの暗号か? 「よくわからないんだけど……とりあえず、その結果は?」 「確かにドキドキはしました。でも……何と言いますか、単に慣れないことされているから、という感じで」 「……ごめんなさい……っ!」 朝武さんは大きく頭を下げた。 「有地さんのことが嫌いという事ではありません。感謝もしていますし、一緒にいると楽しいとも思います」 「でもこれは……恋とは違うと思うんです。むしろ大切な友達、ではないかと……」 「ですから、その……婚約の話に関しては……大変申し訳ないのですが」 「朝武さんの気持ちはわかった」 「でも話し合うって約束だから、俺の気持ちも打ち明けさせてもらっていいかな?」 「あ、はい。どうぞ」 「ごめんなさい。俺も朝武さんとは結婚できませんっ」 同じ言葉を口にしながら、同じように勢いよく頭を下げた。 「俺も同じだ。朝武さんのことは大切な人だとは思ってるけど、これはきっと恋とは別だ」 「ちなみに……有地さんはその気持ちをどうやって判別したんですか?」 「考えてみた」 「もし朝武さんが『遠くに行ってやりたいことがある』って言い出したら、俺ならどうするかな、って」 「俺ならきっと応援する。頑張れって、心の底から応援できると思う」 「そうですね」 「有地さんが夢や目標を持っていて、そのために遠くに行く必要があるなら、私も応援したいと思います」 「でもさ、好きな人なら一緒にいたいと思うのが普通だと思う」 「応援ができたとしても、心の底から素直に喜ぶことはできない気がするんだ」 「……そうかもしれませんね」 「心の底から素直に応援できるのは……大切な友達だから……」 「俺にとって朝武さんは大切な友達だから、結婚はできない」 「……ありがとうございます。友達と言ってもらえて、私も嬉しいです」 「じゃあ、婚約は……解消ってことで、いいのかな?」 「はい、そうですね」 「それじゃあ、これからは大切な友達として、よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 そうして俺たちは笑い合いながら、大切な友人として、新たな一歩を踏み出したのだった。 にしても―― 「はぁぁ……緊張した」 穏便に済んでよかった。 結論が結論だっただけに、どう伝えるべきかと悩んでいたけど……ホッとした。 「朝武さんも同じ結論でよかった」 と安堵する反面、ほんのちょっぴり傷ついた。 『あ~……やっぱり俺なんかじゃダメなんだなぁ』と、フラれたような気持ちになってしまった。 もしこれで、俺が本気で朝武さんのことを好きになっていたとしたら……。 立ち直れない傷を心に負っていたかもしれない。 傲慢な想像だけど、朝武さんが俺を好きになるなんて逆の展開でも……。 「修羅場だっただろうな」 考えただけでも恐ろしい……。 「そわそわ……おろおろ……あたふた……はわはわ……」 俺がリビングに戻った時、常陸さんがせわしなくリビングの中を歩き回っていた。 「………?」 こういう光景、確か以前にも見たことがあるな。 確か、常陸さんが怪我をして、お祓いに参加できなかったときだ。 「どうしたの、常陸さん?」 「ああっ、有地さん! どっ、どうでしたか、話し合いは?」 「はい。朝武さんとは、婚約を解消することになりました」 「明日からは、友達になります」 「……そっ、そんな……」 「……ぶわっ!?」 「――ッ!?」 な、なんだ!? いきなり泣き始めたぞ!? 「申し訳ありませんっ、申し訳ありませんっ! ワタシが余計なことを言ったばかりに! 変な見栄を張ってしまったばかりにぃ!」 「えっ!? いや、ちょっと、なに!? なんなの、いきなり!?」 「申し訳ありません~~~っ!」 「あ~……つまり、あの妙な儀式は全部、常陸さんの入れ知恵だったわけだ?」 「しかもそれらは全て、ワタシが見栄を張ってしまったからです」 多少は落ち着きを取り戻したらしい常陸さん。 しょぼくれた彼女は、申し訳なさそうに身体を小さくしていた。 「ワタシがくだらない見栄を張ったりしなければ……お2人が悲劇的結末を迎えることもなかったのに……っ」 「これは全てワタシの責任です。本当に申し訳ありませんでした」 「別に悲劇的結末でもないんだけど……」 「で、ですが……っ! 実際、芳乃様との婚約は解消されるんですよね!?」 「解消はするけど、別に常陸さんに責任があるわけじゃないから」 「これは、俺たち2人で決めたことだよ」 「……本当に、そうなんですか?」 「もちろん。ほら、笑ってるでしょ、俺。もし傷ついてるならこんな風には笑えない」 「だから気に病まなくてもいいんだ。朝武さんも同じ気持ちなんだから」 「………。それならどうして、お2人は婚約を解消されたんです?」 「憎からず思っているんじゃありませんか?」 「う~~~ん……」 「そりゃ朝武さんは可愛いと思うよ。何でも真面目に取り組む姿は、人間的にも素敵だと思う」 「でしたら――」 「でもそれは……恋愛対象としての好きっていうのとは違うんだ。俺はこの選択を後悔してない」 「むしろちゃんと答えが出せて、胸の中がスッキリしてる。だからこうして、笑えてるんだよ」 「有地さん……」 「これでよかったと思ってるから、常陸さんが責任を感じたりしないで」 「これは俺たちが、ちゃんと考えて出した結論なんだよ」 「………」 「わかりました。でも、見栄を張って変なことを言ってしまったことは……本当に申し訳ありませんでした」 「気にしないでいいってば」 「芳乃様にも正直に打ち明けて、謝ってきたいと思います」 「そっちもそこまで気にしないでいいと思うけど」 「朝武さんが自分の気持ちを確認するときに役に立ってたみたいだから――って、聞いてないな」 俺の言葉が届くことはなく、常陸さんは朝武さんの部屋に走っていってしまった。 「すみません。今日も送っていただいて」 「いや、逆だから。俺が頼んで送らせてもらってるんだよ」 夜も更けてきたので、家路についた常陸さん。 俺はその隣をゆっくりと歩く。 人気のない道を通ると知ってしまった以上、女の子1人で歩かせるわけにはいかない。 まあ、ただの自己満足だ。 「それで、朝武さんは怒ってた?」 「いえ、特に気にされた様子もなく、笑って許していただけました」 「ならよかった」 「はぁぁぁぁ………………返す返すも自分が恥ずかしいです」 「恥ずかしいって、何が?」 「お2人は正面から自分と向き合っています。なのにワタシは変な見栄を張って……」 「ワタシ、子供ですね……はぁぁ……」 「そういう事もあるよ。誰かに頼られるとつい応えたくなっちゃうことは」 「あんまり気にしない方がいいと思うよ」 「そういうところ……有地さんは大人ですね」 「と言いますか……有地さんはもしかして、好きな人がいらっしゃるんですか?」 「え? なんで……? 話の繋がりがよくわからないんだけど……?」 「芳乃様のことが嫌いではないのにちゃんと別れる」 「もしや、誰か心に決めた人がいるんじゃないかと思ったのですが」 「………」 「もしかして、据え膳食わぬは男の恥……みたいに思われてた?」 「い、いえ、それは、その……あの……」 「……ほんのちょっぴり……」 「………」 「同性から見ても芳乃様は綺麗な方ですし、有地さんは年頃の健康的な殿方ですから、そういう事もあるのでは……と」 「芳乃様では興奮しないんですか……? あ……ロリコンという崇高なご趣味をお持ちでいらっしゃいますか?」 「違うから! そんな引かないで。俺は同年代でたわわに育ってる方が好きだから」 「そもそも崇高じゃないしね、それ!」 「なんか、今日はやけに踏み込んで来るなぁ……」 「あ……すみません。ちょっぴり気になってしまったので」 「芳乃様も有地さんも、お互いを嫌っているわけでもないのに……本当にそれでよかったのかな、と」 「もし一時の間違いで、お2人が幸せを逃すようなことがあったら……と心配になりまして」 「むしろ、なし崩しで関係を維持する方が、幸せを逃すことになると思うんだ」 「朝武さんは素敵だけど……“好き”とは違うって気付いたんだ」 「なのに、婚約者のままで過ごすのは卑怯だから」 「確かにそうですが……」 「………」 「わかった。俺の正直な気持ちを打ち明けるよ」 「え?」 「でもこれは、ここだけの話、オフレコ。朝武さんには絶対に言わないって、約束できる?」 「は、はいっ。もちろんです」 「じゃあ言うけど、俺は……正直――」 「――すっごいもったいないことをしたと思ってる! 俺、バカなんじゃないかってさ!」 「一緒にいれば気持ちが変わる可能性もあるわけだし、今すぐ別れなくてもよかったんじゃないの!?」 「あんなに可愛くて、スタイルも良い子なんだよ? それこそ据え膳食わぬは、というか、心と下半身は別って言うかさ」 「あは……想像以上に正直な気持ちですねぇ」 「……とはいえ、ほんの少しそう思っただけだよ。それは本心じゃない」 「邪な心で、中途半端に関係を保つより、こうする方がこの先お互いによりよい関係になると思ったんだ」 「あと、これからも一緒に楽しい時間を過ごすためにね」 「………」 「最初に言ったことと同じ。顔を合わせる度に負い目を感じたくなかったんだよ、俺は」 「だから常陸さんが気に病む必要はないってこと。わかってもらえた?」 「はい、ありがとうございます。有地さんの心中、ちゃんと理解しました」 「最初は普通にサイテーだと思いましたが、最終的には素敵な気持ちだと思いましたよ」 「最初はサイテー……いやまあ、自分でもそう思ってたんだけどさ……」 「お願いだから、絶対オフレコで。朝武さんには言わないで下さい」 「はい、わかっています」 俺の情けないお願いに、常陸さんは笑って答えた。 その表情はすっかり落ち着いて、先ほどまでの不安も解消されたらしい。 「変なことを言って申し訳ありませんでした」 「本当だよ。おかげで要らぬ恥をかいた上に、弱みまで握られたよ」 「あは……すみません。他言はしませんので」 「あとお詫びと言っては何ですが……ワタシにできることでしたら、何でも言って下さい」 「そういうことなら、そうだな……んー……」 「俺の弱みを知ったのと引き換えに、一つ常陸さんの秘密を打ち明けるっていうのはどう?」 「ワタシの秘密? 特にそんな重要な秘密は持ち合わせていませんが……」 「例えばほら、前にも言ってた“乙女の秘密”とか」 「――ッ」 「わりと気になってるんだよね、常陸さんのしたいこと、って」 その言葉を口にした瞬間、常陸さんが驚きで目を剥いた。 しかもその顔が真っ赤に染まる。 「え? そ、そんな……顔を赤くするようなことだったの? も、もしかして……」 「卑猥なこと?」 「違います。卑猥なことじゃありません……っ」 「卑猥ではありませんが……恥ずかしい事なので。だから乙女の秘密にしていたわけで……ぅぅぐぐぐぐ……」 身体を大きく捻りながら、唸り声を上げる常陸さん。 「…………はぁ」 だが最終的には、諦めたような息を吐いた。 「そうですね。有地さんは正直に打ち明けてくれたんですから、ワタシだけ隠しておくのは卑怯ですね」 「あ、いや……気にはなるけど、言いたくないなら無理しなくても」 「このまま卑猥なことだと思われるのも、それはそれで嫌ですから」 「でも正直に言って、ひた隠しにするほど大したことではない、とてもつまらないことですよ?」 「ワタシは、その……恋を……してみたいな、って思うことがありまして」 「恋って……恋愛、だよね?」 「……はい。その恋です」 恋……恋かぁ……。 まあ、女の子でも恋人が欲しいと思うこともあるよな。 むしろ女の子だからこそ? でも―― 「それはまた、変わった願いだね」 「……そうですよね。あは、お恥ずかしい限りです」 「ああ、違う違う。そうじゃないんだ」 「そんなのわざわざ願わなくても。常陸さんならすぐだよ」 「………」 「……はい?」 「常陸さん、好きな人は?」 「誤魔化しているわけではなく、好きな人はいないんです」 「もしそんな人がいたら、見栄を張ってマンガの知識で誤魔化したりするわけないじゃないですか」 「それもそうか」 「当然恋人もいません。出会いもありませんしね」 「子供の頃から訓練と芳乃様の側でお務めをしてきましたから」 家事の手伝いやお祓いで、休むことなく毎日仕事だ。 辛いと思っているわけではないだろうけど、自由な時間はあまりない。 だから、恋愛なんてしてる暇はなかったんだろう。 「とはいえ、告白ぐらいはされたことあるでしょう?」 「ワタシが? 告白ですか? そんな物好き、いるわけありませんよ」 「またまた~」 「だからこそ、恋をしてみたいって思ってるんじゃないですか」 「物好きって……なんで? 常陸さんなら、男が放っておかないでしょう? 可愛いんだから」 「あは、ありがとうございます」 「いや、本当だよ」 「………」 「そんな真面目な顔でからかわないで下さい、困ってしまいますから」 「からかっているわけじゃない。俺の本心だって」 「きょ、今日はなんだか、押しが強いですね」 「だって、常陸さんは恋をしてみたいんでしょう?」 「可愛いし、家事も万能だし、気が利く人。これでモテない理由がない。魅力的な常陸さんに惹かれてる人は絶対いる」 「だから不安に思わなくても、すぐにその願いは叶うよ」 「もう十分です。お世辞でもそう言っていただけて、とても嬉しいです……あは」 「お世辞じゃなくてさ。少なくとも俺にとって常陸さんは、とても可愛くて魅力的な人だよ」 「あのっ、お願いですからもう、堪忍して……」 「~~~ッ」 「そりゃ過剰な自信はよくないと思うけど、そこまで過小評価しなくても」 「常陸さんが可愛くないとか言ったら、他の女子に恨まれる。刺されるぐらいだよ」 「だから変に怖気づくような必要はなくて――」 「……って、聞いてる?」 と、俺が問い掛けた瞬間、ゴトンと丸太が地面に落ちた。 「変わり身……っ!? バカな、いつの間に!? さっきまでここにいたはず――」 「ふっふっふ、それは残像です」 「残像……っ!?」 「じゃあ俺はずっと、1人で……?」 「そうです。ワタシの残像と、丸太を相手に褒め散らかしていたんですよっ」 「なっ……ん……だと……っ!?」 「っていうか、どこに行った!? なんでいきなり逃げてるの!?」 「だって有地さんがおべっか使って嫌がらせをしてくるからじゃないですかぁ!」 「そんなに褒められたら、いくらお世辞とわかっていても恥ずかしいですよ!」 「だからお世辞じゃないって、何度も言ってるでしょうが!」 「だから嫌がらせは止めてと、何度も言ってるでしょうが!」 「これ以上嫌がらせをするなら、クナイを投げますからね」 「そこまで!?」 嫌がらせじゃなく、俺は本気で可愛いって思ってるだけなのに……。 とはいえ、この様子だと本気で投げられかねない。 うーん……売り言葉に買い言葉ではないけれど、俺も無駄に白熱しすぎた。 俺としては貶してるつもりはない。 でも本人がここまで嫌がってるんだから、適当なところで引き下がればよかったのに。 「わかった。俺が謝るから、とりあえず戻ってきてくれないかな?」 「………」 一瞬の躊躇いのあと、どこからともなく常陸さんが姿を現した。 「まさかそこまで本気で嫌がってるとは思ってなかったから……ゴメン」 「いえ……今後は、こういうことを止めて頂ければ、それで」 「でも、これだけはハッキリ言っておきたい」 「俺は本当にお世辞やおべっかを使ってたわけじゃないから。常陸さんは可愛い」 「あぅあぅっ……~~~ッッ!? 止めてって言ってるのにっ!」 「なんなんですかさっきから! このままだとワタシ、おだて死にますよ!? ワタシをおだて死にさせるつもりですか!」 「おわっ!? 殺されそうなのこっち! そのクナイはしまって!」 「嫌がらせじゃなくて! 可愛いから恋なんてすぐできるってことを伝えたかっただけ」 「また言った!? 有地さんは鬼畜です! 人でなしです! ワタシが可愛いなら有地さんはカッコいいです! 本当に止めて下さい!」 「すっ、すみませ――あれ?」 今なんか罵られる最中にも褒められたような? 「とにかくですね! そういうことは口にしないで下さい、思うだけにしておいて下さい」 「いいですね?」 「わかりました」 「本当にもぉ……ビックリするじゃないですか」 と、唇を尖らせる常陸さん。その顔は真っ赤なままだ。 ……これは意外な弱点を見つけてしまったものだ。 まさか褒められることにここまで弱いとは……。 「ワタシには、好きな人も、恋人も、まして告白なんてした人もいませんから」 「よくわかった」 確かに“可愛い”と言っただけで過剰な反応を見せるんだ。 恋人がいたり、異性に慣れてるなら、こんな風にはならないだろう。 「それじゃあ、今日はこれで失礼します。わざわざありがとうございました。おやすみなさい」 「あ、ああ、いや、送っていくって――」 「―――ッ」 有無を言わさず、そのまま常陸さんは走り去っていく。 一応、軽く常陸さんの背中を追いかける。 角を曲がったあとは、そこまで距離もない。 周りは暗いけど……あの様子なら大丈夫かな……? 「にしても……本当に暗いな」 「家があるんだから、もう少し明るくするとか、整備すればいいのに……」 というか、なんであんなに端っこにあるんだろ? まるで、距離を作るみたいに……。 「………」 「にしても、さっきのは驚いたな」 「まさかあんなに慌てふためく常陸さんが見られるとは……ははは」 「恥ずかしがる常陸さんも……可愛かったな」 「って、いかんいかん。本人の前で言ったら、また怒られる。でも……可愛かった」 ここが人気のない道でよかった。 もしすれ違う人がいたら不気味に思うだろうな。 自分でもそう感じるような思い出し笑いをしながら、俺は来た道を戻っていった。 「……はぁぁ……」 「全然集中できない……マンガ、読んでいられない」 さっきからページをめくるだけで、内容が全然頭に入って来ない。 「まさか……可愛いと言われるだなんて」 本当、ドキドキしすぎて死んじゃうかと思った……。 「不意打ちは勘弁して欲しいですねぇ……」 いやまぁ、不意打ちじゃなくてもきっと、私はドキドキしっぱなしでしょうけど。 「可愛い……魅力的って……」 今までに近しい人には、言われたことはあった。 例えば、制服に初めて袖を通したときなんかの、特別な時。 でも今日はそんな特別な時じゃなく、有地さんがワタシに対して可愛いって―― 「ううん、少女漫画でも、殿方が『可愛い』って褒めることはよくあることよくあること」 そう。だから別に、特別なことじゃない。 単純に、ワタシが殿方に慣れていないだけ。 「よくある『キュン……っ』とは違いました」 そう、淡い色のトーン使って、謎の丸いふわふわした感情を出したり、謎の五角形でキラキラした感じを出すのが『キュン……っ』。 それに比べて、ドキドキには黒ベタで集中線を使うのが基本。 「今日のワタシは、集中線っぽかった。間違いない」 「ふぅー……落ち着けてよかった。危うく、勘違いしてしまうところでしたよ」 でも……人生で一番ドキドキしたかも……。 今まで私が感じたドキドキは、大抵訓練で失敗しそうになったり、祟り神と遭遇したとき。 いわゆる命の危機に面したときだったから……こんな風に、男の人に褒められるなんて―― 「勘違いしちゃダメ。そんなわけない、そんなわけない……ワタシが恋なんて」 「………」 「お風呂に入って、一度頭と気持ちをリセットしよう」 翌朝、いよいよ本殿へ集合することになった。 俺はレナと並んで登壇し、しっかり叢雨丸を携えていた。 朝武さんと常陸さんも、正装に身を包んでいる。 これから起こるであろうことを考えれば、ふさわしい格好といえるだろう。 「皆さん、揃ったようですね? 充分休息は取ってくれましたか」 「はい! ヨシノこそ、準備は整いましたか」 「もちろん、二人のためにも、念には念を入れておいたからね?」 「……って、祖父ちゃんも来てたんだ?」 「なんでも人手があるほうがいいと言うんでな」 「それなら、廉太郎と小春も連れてこようかと思ったんだが」 「いえ、事情を説明しても、今からオカルトを受け入れてもらうのは難しいでしょうから」 「充分に危険を認識できない者を儀式へ参加させるのは、さすがに賛成できません」 「そういうことらしい」 なるほどな。 とはいえ、俺にもまだどんな儀式をやるかまではわかっていない。 「それで、みんなが準備してくれてたっていうのは?」 「はい……みづはさん、説明をお願いします」 「すでにもう目に入っていることと思うが、今回の儀式ではこれを使う」 床には、《ごへ》御《い》幣のついたぶっとい《   しめ》注《   なわ》連縄のような物が置かれていた。 よく御神木なんかに巻かれている物だ。 ただ、人の手で作ったとは思えないほど太い。これをみんなで作ってくれたのか? 「命綱のようなものって言ってましたけど、そのまんま縄なんですね?」 「この手の儀式は、まんまであるほうがいいんだ」 「みんなのイメージを統一しやすくなるからね」 「いざというとき、1人1人のイメージがちぐはぐだと力を合わせにくくなるんだ」 「そういうものなのですね」 まあここは専門家の意見に従っておくべきだろう。 「この注連縄は、伸ばすとちゃんと輪になっている」 「リヒテナウアーさんと将臣君にはその中に入ってもらい、僕達は縄を握って離さないようにするんだ」 「ここにいる皆の絆さえ確かなら、たとえ君達が深く意識の底へ沈んでしまっても」 「引っ張り上げることができるはずなんだ」 「つまり、みんなとの絆が強ければ強いほど、引っ張る力も強くなるってこと?」 「やはり若い者を連れて来た方が、よかったのではないか?」 「いいえ、人数が多すぎると、今度はイメージの統一が難しくなります」 「それにはやはり、穂織の呪いを正しく認識している必要があるでしょうね」 「むう、ならば仕方ないか」 「大丈夫ですよっ、大旦那さん? わたしは、みんなのことを信じてます!」 「うん、それが絆のはずだよね?」 「ワタシもレナさんと有地さんを信じていますから」 「確かに、それならこの人数でも安心だな」 視線を合わせるだけで、それぞれの瞳から信頼が伝わってくる。 穂織へ来て、さまざまな経験をし、多くの思い出を共有してきたことが、ここで生きてきたんだと思えば、 この絆が一層特別なものに感じられる。 「みんないい覚悟だ、それに水を差すわけじゃないが」 「1つだけ、先に断らせて欲しい」 「ここまで本格的な儀式は、私にも経験がない。いや、日本中捜しても、そんな人間は1人もいないかもしれない」 「ええ……」 「駒川の一族も、呪いを祓うことばかりに意識を向けてきたせいで」 「呪いに関係がなさそうな術ほど廃れさせてしまった」 「おそらく私の次の世代になればもう、これからやろうとする儀式は完全に忘れ去られている可能性が高い」 「つまりわたし達が、呪いを終わりにできる最初で最後の人間かもしれないのですね?」 「なかなか責任重大ですね」 「そういうことだ」 「だが私は、それを奇跡と信じたい! 最初で最後だとしても、ようやく一度だけチャンスが巡ってきたことを」 「はい! チャンスさえ掴めば、わたし達で終わりにできるということですからっ」 「俺も、むしろこれは幸運なんだと思う」 「けどただの幸運じゃない」 「ええ、たった一度の幸運へ辿り着くまで、何百年も……たくさんの人が今日まで繋いできてくれたのですよね?」 「……っ」 「そういうことになるでしょうね」 叢雲さんだけではない。 朝武さんの先祖も、常陸さんの先祖も、他の名前も知らないたくさんのご先祖様達が、 途切れさせることなく、投げ出すことなく、諦めずに繋いできてくれたから、今がある。 だからこそ、プレッシャーは半端ない。 けど、不思議と迷いはなかった。 やれるだけのことをやろう。今ある自分の、すべての力で。 「よし! まずはご主人の中から、欠片を取り出す」 「それをレナの中へ移すのだ」 「はい!」「ああ!」 注連縄の中心へ入り、他のみんなは車座になって縄を押さえつける。 「とにかく、これを押さえていればいいのだな?」 「ええ、玄十郎さんもお願いします」 「他のみんなも油断はしないでくれよ! 祟り神がいつ、最後の抵抗をしてきても不思議はないからね」 さすがに誰もが、緊張の面持ちになっていた。 「それで、ムラサメちゃん? どうやって、マサオミから欠片を出すのでありますか?」 「方法があるっていうのは、前に聞いたよね」 「うむ、ご主人が眠っている間に、レナの部屋まで引かれていたのは」 「ご主人の欠片が、レナの欠片に引き寄せられていたからだ」 「ご主人が自分の中の欠片に強く願いさえすれば、自然と剥がれレナへ移ろうとするだろう」 「強く願うって……1つに戻れって思うだけでいいの?」 「うむ。まずは、自らの内にある欠片の存在を意識してみよ」 「わかった……」 ひとまず、目を閉じてみる。 俺の中にも欠片がある。 そう言われてきたけど、実物を見たことがあるわけじゃない。 だから、ずっと半信半疑な部分もあった。 でも今、多くの人の、多くの気持ちを知って、奮い立つものを感じている。 その中には、祟り神の元となった白狛のことも含まれる。 なんとかしてやりたい。 こんなのはきっと、お前自身も望んでなかったはずだろう? だったら応えて欲しい。 終わらせることに、協力してくれ! 「おおっ!」 「か……欠片が、本当に出てきた!?」 気付くと手のひらの上で、憑代の欠片が鈍い輝きを放っていたのだ。 「やりましたね、将臣!」 「ああ、後はこれをレナに……え?」 なんと、欠片が宙へ浮き上がったのだ。 そのまま止める間もなく、レナの身体へ飛び込んでしまう。 まるで小石を池の中へ投げ込んだように、あっさり吸収されてしまったのだ。 「お、おお、わたしの中へ入って…………~~っ」 「レナ!? 大丈夫、レナ!」 途端にレナの様子がおかしくなる。 何者かに操られているように虚ろな瞳で、なにも反応を返さなくなってしまったのだ。 「まずいっ、来るぞ!」 「グガアアアアアアアアア!?」 レナの口から、レナのものとは思えない叫びが上がる。 これは、祟り神の雄叫びか!? 直後に5人がかりで押さえつけているはずの注連縄が、数メートルの高さまで激しく波打ったのだ。 「なッ!?」 「……え?」 嘘だろう!? 大人3人の身体が、布を振るみたいにあっさり宙へ跳ね上げられたのだ。 「ぜ、絶対に離すなッ……ぐあッ!?」 駒川さんの叫びが聞こえたおかげか、縄から手を離した者はいなかった。 けど、そのせいで受け身が取れず頭を打ってしまったらしい。 「駒川さん! 駒川さん!?」 「……~っ」 かろうじて反応はある。 けど意識が朦朧としてるのか、答える余裕はないらしい。 「お父さん! お父さん、しっかりしてっ」 「ぐっ……ううッ」 安晴さんも同じらしい。 朦朧としたまま、それでも必死に縄へしがみつくようにしていたのだ。 だが注連縄は蛇のようにのたうち続けており、いつ振り払われても不思議はないように見えた。 「落ち着くがよい! 駒川の者の言葉を忘れたか? 《 りょり 》膂《 ょく》力ではなく、絆の力で押さえるのだ」 「この中では芳乃の絆が一番強い! お前だけは、絶対に離すなっ」 「は、はいっ!」 朝武さんも注連縄へ抱きつくようにして押さえつける。 「他の者も、少しでも芳乃の負担を減らさねばならん! 無茶を承知で言うぞ?」 「死ぬ気で押さえよ! 茉子、聞こえぬ者にも伝えてやってくれ」 「かしこまりました……しかし、これはまた地味にきつい戦いになりそうですねぇ」 常陸さんでさえ、すでに額へ汗を浮かべている。 まさか、これほど激しく抵抗してくるとは……欠片は、俺の思いに応えてくれたんじゃないのか? 「ムラサメちゃん! 俺も注連縄を押さえた方がいいんじゃないのか?」 「絆の強さなら、俺が一番のはずだ」 「……バカを言え」 「祖父ちゃん! 平気なのか?」 どうやら、大人3人の中で一番最初に復活してきたらしい。 「鍛え方が違う、まだまだお前に心配されるほどではない」 「それより、目的を見失うな」 「……っ、それは」 「ええ、ここはワタシ達に任せていただかないと」 「おそらく、初めに祟り神から操られていたときと同じ状態であろう」 「ならばレナは夢の世界にいるはずだ!」 「はい、行って連れ戻すのが、有地さんの役目のはずです!」 「でも……こんな状況で、上手く眠れるか」 「心配ない! 行き先は叢雨丸が知ってるはずだ」 「同行はしてやれぬが、吾輩の力でそこへ飛ばしてやることはできる」 「それは助かるけど……」 それ以前に、こんなのみんなが持つのか? 場合によっては、何時間もかかってしまうかもしれないのだ。 「ううっ……心配するな、全員が手を離さない限り……」 「いくら祟り神でも、ここからリヒテナウアーさんを連れ出すことはできないはずだ」 「駒川さん、大丈夫なんですか!」 「大丈夫と言ったところで、これでは説得力がないだろうね」 「まったく……私はときどき自分が大人であることに、嫌気が差すことがあるよ」 「いざというとき、足を引っ張る大人にだけは……なりたくないと思ってたはずなんだけどねっ」 「ご冗談を……くっ、僕のほうこそ、みんなに任せるなんて大人ぶらず……」 「もっと、みんなと……絆を深めておくべきだったのかもしれません」 「2人とも、そんな風に思えるのは、君達がまだ若い証拠だ」 「将臣!」 「任せるぞ」 「……祖父ちゃん」 信用、してくれている。 そうだ、思い出せ! こうやって大人達が今日まで耐え続けてくれたから、チャンスが巡ってきたのだ。 きっとみんなのご先祖様も、こんないつ破綻してもおかしくない危険と隣り合わせの中で戦ってきたはずなんだ。 その思いを生かすも殺すも、俺次第だ。 でも、やりきれるだけのことも、大人から教わってきたはずだから。 「わかった、任せてくれ!」 「ムラサメちゃん! 頼むっ!!」 「うむ! 叢雨丸を握り、意識を集中させるのだっ」 言われた通りに、目を閉じようとする。 「有地さん」 「私達の友達を、よろしくお願いします」 朝武さんは、呪いのことを口にしなかった。 これは俺達にとって、恋人のため、友達のための戦いでもある。 「うん、帰ったらまた、みんなでお泊まり会をしよう!」 「今度は朝武さんにも、最後まで参加してもらいたいから」 「ええ、楽しみにしています」 「ではゆくぞ、ご主人! 吾輩が歩んできた400年にわたる戦いの決着もっ」 「ご主人に託したぞ!」 「ああッ!」 直後に身体が浮き上がり、遠くへぶっ飛ばされていくような感覚が走った。 目の前で渦を巻くように、断片的な記憶の欠片を見せられていく。 ――戦国時代 兄弟の諍いの果てに――戦争が起こってしまう。 『やめよっ、やめよ!』 必死に止めようとする声だった。 「ええい! 夢の中で見る忌々しい犬ころめッ!!」 全身に鎧を着込んだ甲冑武者が、無茶苦茶に刀を振り回す。 俺は、前にも同じヤツを夢で見たことがある。 あれはやはり、朝武家にお家騒動を起こした張本人なのか? 「(いかん……なんとか傷つけずに、止めてやることはできんのか?)」 そしてやはりコマは、あの叢雲さんの弟だったのだ。 「甘いわっ、所詮は犬ころよ!」 『なッ!?』 一瞬の隙を突かれ、いつも肌身離さず首から提げていた――玉石をつるすヒモを切り落とされてしまう。 コマは取り戻そうとするが、甲冑武者はこれが相手にとって大事な物と悟るや。 卑劣にも人質のように使ったのである。 そして、首を切り落とされる瞬間まで、コマは結局……朝武家の者を傷つけることができなかったのである。 しかしそれを、激しく後悔することになる。 『なにをしている!? 姉君を……姉君をそのようなことに使うなッ!』 『私を生け贄に、姉君を憑代にして、呪詛を施そうというのか……おおおっ、おおおおおッ!!?』 『私はいいっ、私はいいから……姉君は……姉君だけは、おのれ、おのれぇ!』 『姉君がどれほどの思いで、貴様らを守ってきたと思っておるのだ! 許せん、許せんっ、許せんッッ!!』 『たったの数百年で、姉君から受けた大恩を忘れ果て……我らにこれほどの仕打ちをするとはッ』 『もはや許し難いッ!! 決して、決して許してなるものかッ!!!』 しかも最後は同じ朝武家の者によって、彼が命より大事にしていた玉石が粉々に砕け散ってしまう。 穂織の山の中へ、散り散りにばらまかれてしまったのだ。 このため、もはやコマにもまとまった思考は失われる。 怨みや失望、恩顧や愛情さえ粉々になり、 1つ1つの小さな意志では抗いようもなく、強大な呪詛によって塗り潰されていったのである。 「うっ、うっ……まだかように若くして、まだ……御子もこんなに小さいというのに」 「わかっていたことだ……わかっていたことだが、なぜだ? なぜ朝武家ばかりが、このような目にッ」 祟り神となってから、コマは短命となった朝武の人間が短い一生を終える姿を、何度も、何度も見てきた。 その度に周囲の者達が涙に暮れる姿を見てさえ、何一つ達成感はなかった。 ゆえにどれだけ呪い殺しても、怨みが晴れることもなかったのだ。 ただ、散り散りになった思考の隙間へ吹き込んでくる言葉があった―― 「人を無闇に憎んではいけません」 もうこの世のどこにもそう諫めてくれる御方はいない。もう、どこにも……どこにもいないという、虚しさだけが響いていた。 きっと……昔、穂織で暴れて被害を出したのは、コマのこの気持ちなんだ。 「(うっ……ううっ、レナ?)」 ようやく、自分自身の思考が戻ってくる。 ムラサメちゃんに無理な飛ばされ方をしたせいか、早送りされる動画の中へ放り込まれたようになっていたのだ。 内容は、だいたい想像した通りだったけど、肝心のレナがいない。 「(レナ! 返事をしてくれっ、レナ!?)」 ダメだ、近くにはいないか? こういうとき、大抵レナの意識は叢雲さんの身体へ入っていたはずだ。 でももう、叢雲さんは……いや、待てよ? 「(ひょっとして、レナは憑代の中?)」 だとしたら、バラバラになって山へ撒かれたことになる! 「(レナ! レナッ!?)」 大急ぎで、山へやってくる。 最初、意識だけで、空を飛んでいくような感覚だった。 それが徐々に地へ足がつき、血肉が宿るようになっていく。 気付くと俺は、自らの足で駆け、手には叢雨丸を握っていた。 今までこの夢の中では登場人物と一体になってるとき以外は、宙に浮いて眺めてるという表現が一番近い。 ただ記憶を見せられているだけの傍観者に過ぎなかったからだろう。 だが、今回に限ってきちんと実体を与えられている。 いったい……この変化をどう捉えればいい? そのとき背後に、不吉な気配を感じた。 「なッ! あの真っ黒い泥のような姿は!?」 祟り神だ! まさか、俺を追ってきてる? しかも祟り神まで、実体を持ってるらしい。 やはりこの記憶の夢に、ヤツ自身も入り込んでいたというわけか。 俺達は決着を付けるために、あえて祟り神に力を取り戻させた。 けど今はまだ、斬り合いを演じるつもりはない。 荒御霊となった神の怒りを鎮められれば、それでいいはずだからだ。 「そのためにも、まずはレナをみつけないと!」 もし以前、レナが操られたときと同じなら、おそらく居場所はあそこだ。 「…………」 「いた!」 レナにもちゃんと目に見える実体がある。 でも、様子がおかしい。 ひょっとして実体はあっても、意識は憑代と一緒に散り散りになったままなんじゃ? 背後には、祟り神が迫ってるはずだ。 しかもここは、以前操られたレナを追って辿り着いたのと同じ場所なのだ。 つまり、この後…… 突然、山全体が震動しているような地響きが迫ってきた。 「やっぱりか!」 まだ少し距離があるものの、あちこちから湧き出した祟り神の大群が押し寄せてくるのが見えていた。 ということは俺を追ってきた祟り神も、ここへ集まろうとしてただけ? でも祟り神は、どうしてこうもレナを狙う? 1つに戻り、意識がはっきりしたなら、レナが金髪というだけで、叢雲さんとは別人とわかるはずだ。 いや、今は考えなくていい。 「レナ! レナッ!?」 「…………」 ダメだ、反応がない! こうなったら担いで逃げるか? けど祟り神は、こちらの逃げ道を塞ぎ、包囲陣形を敷きつつあった。 本能のままに襲ってこない? むしろ、以前の轍は踏まないという意思を感じる。 統率が取れているのだ。 けど、おかげで睨み合いの形になる。今のうちに、なんとかしなくてはいけない。 「くっ、レナの意識が、憑代と一緒にバラバラになってるんだとしたら……そうだ!」 「レナ! 聞こえてる?」 「憑代は、もう1つに戻したはずなんだ! つまり、もうレナの中にあるはずなんだ」 記憶の夢の中にいても、身体はレナの体温を感じていた。 当たり前だが、夢と現実は別なんだ。 「俺が自分の身体から欠片を分離したのと同じ方法でいいはずだ、ムラサメちゃんの言葉を思い出して!」 「自分の中にある憑代へ意識を集中させて、願うんだ!」 「…………」 「レナには祟り神に……コマに伝えたい言葉があったはずでしょ!?」 「……っ」 かすかにレナが反応する。 すると、瞳にみるみる理性の色が戻ってきた。 「ま、マサオミ……あっ!?」 目を覚ますなり、レナの手のひらへ憑代が現れていた。 しかも完全な玉となった姿で。 「やった、上手くいっ……」 「危ない! いけませんッ!?」 いきなり、レナに突き飛ばされる。 ほぼ同時に、憑代が天高く舞い上がる。 直後に、森が丸ごとざわめくような物凄い風が起こる。憑代が、周囲の祟り神を猛烈な勢いで吸収し始めたのだ。 あれが、ただの石ころじゃないことを忘れていた。 包囲してたんじゃない! こいつらは、この瞬間を待っていたんだ。 「ま、まずい、これは!?」 「グルルルルルルッ」 「グォオオオオオオオッ!!!」 巨体が、先程まで俺が立っていた場所へ降ってくる。 凄まじい地響きと共に地割れが起こり、衝撃波でさらに吹っ飛ばされてしまう。 「レナーーーっ!!」 「マサオミッ!?」 なんとか体勢を立て直す。祟り神はレナを決して逃がさぬように、位置を保っていた。 けど俺もすぐには動けなかった。 怖じ気づくと共に、悟らされていたのだ。 こいつは……以前より、さらに力を増している。 真っ黒い、禍々しい気配が膨れ上がり、重々しい圧力が俺の身体にまとわりついた。 ……生きている。 今までとは違う、生命力の迸りのようなものを感じるのだ。 「去るがよい、人の子よ」 祟り神がしゃべった!? それも意味のある言葉を、俺に言ったのか? いや、これはもうあの白狛の……コマの言葉だ。 「やめてください! もうっ、お姉さんの身体は戻ったはずですよ!?」 「確かに姉君の身体は戻った、そのことには感謝しよう」 「だが私はもう、守るのも、呪うのも疲れたのだ」 「そ、それって、どういう?」 「姉君の身体は戻った、だがきっともう魂が戻ることはない」 「だから、身代わりが欲しくなったのだ」 「……え?」 「憑代の記憶を見せ、姉君の役を演じさせることで、この娘に姉君の記憶を擦り込んできた」 「せめて、無謬を慰める人形とするためにな」 「なんだって!?」 確かに、祟り神には夢を見せる力があり、意図的に見せられているのでは? と疑うこともあった。 だが、だがまさか! 「まさかずっと……わたしを、お姉さんの身代わりにするために?」 「多少不足だが、我慢してやろうというのだ」 「そしてこの娘を《とも》伴《づ》連れにマヨイガへ渡り、そこで静かに疲れを癒すとしよう」 「や……やめてくれ! まさか、本物の祟り神になるつもりか!?」 「別人だとわかってるんだろう!」 「黙れ、人間! 姉君の代わりなどいない、それがどうした?」 「この娘が死ぬか、飽きるかすれば、また新たな生け贄を求めればよいのだ」 「それこそ、古代より続く人と神の関係というものだろう」 なんてことだ! こいつと話し合いができると思ったのは、ただの都合のいい妄想だったのか? 「抗うなら、相手をしてやろう」 尾っぽの先が、ひゅんと軽く音を立てた。 「え? ……ぐあッ!?」 気付くと、空中へ投げ出されていた。 まるで生きた巨木のように、太い尾がムチのようにしなって激突してきたのだ。 生きているのは、かろうじて叢雨丸の鞘で受け流していたからだ。 意識したわけじゃない。反復練習の成果か、身体が咄嗟にそう動いていただけだ。 そのまま地面へ叩きつけられる。 「マサオミーーーッ!! な、なにするんですか、やめてください!」 「いいや、浅かったか?」 「ぐっ、うう……」 立ち上がろうと、手足に力を込める。 大丈夫、落ち着け……立てる! ここは、夢の中だ。ダメージを受けたのは、現実の身体じゃない。 「はあ……はあ……まだまだっ! レナを、渡すつもりはない」 「マサオミ……」 「ほう、人にしては気構えができているようだ」 「さては名のある侍の末裔か」 「名前が知られてたかどうかなんて、知らない」 「どちらかと言えば、名もなき人達に支えられてきたはずなんだ」 叢雨丸の鯉口へ手をかける。 けど考えてしまう。剣での決着が、果たして正しいといえるのか? 呪いに苦しめられてきたからといって、同じく元凶を呪ってしまったら、それこそ果てしない。 新たな恨みを買っておいて決着を付けたと、みんなの前で胸を張れるのか? 「ならば名もなき人の子よ、我の前から消えよ」 「……くっ!」 再び尾っぽで攻撃される。 かろうじて避けるものの、風圧だけでも身体を浮かされる。 直後に地面を穿つ爆発じみた衝撃で、ただの土くれが弾丸じみて四散した。 「ハハハハッ、どこまで避けきれるか試してやろう」 「どわっ!? ぐっ!」 しかもそれは必殺技でもなんでもなく、ただ適当に尾っぽを振り回してるだけなのだ。 くそっ、圧倒的だ! 人間が戦っていい相手じゃない。 けど……それだけにわかってしまう。 「どうして、叢雨丸を抜かないのですか? せめて、自分の身を守ってくださいっ」 「レナ! 俺達は、ベストエンドを目指すんだよな?」 「……なに?」 「マサオミ……」 「こいつは、叢雲さんの……大切な人の石を守ろうして、刀で首を切られたんだ」 「!!」 「白狛や叢雲さんや、穂織の人達も」 「みんなの思いを少しずつ知るようになって、奮い立つものも感じた!」 「けど知れば知るほど、刀での決着は違うと思うようになってたんだ」 「貴様? 人の分際で私に手加減をするつもりか」 「別にそういうんじゃない」 「ただ俺は、仕返しの仕返しなんかしたくないだけだ!」 祟り神が顔色を変える。 きっと、自分のことを批判されたと感じたんだろう。 レナを代わりに連れ去ろうなんて、八つ当たり以外のなにものでもない。 けど、この神様がただ自分勝手な存在でないことも知っている。 「貴方だって、最初は朝武の人達も守ろうとしてた」 「傷つけることができなかったんでしょう?」 「黙れ! もう人など守ってたまるかッ!!」 「嘘だ! 貴方は悪い神にさえなりきれてない!」 「圧倒的な力を持ってる癖に、今だって俺を全力で叩き潰そうとしないじゃないか!」 「いつでもできる癖にっ、手加減してるのは貴方の方ですよね!?」 「!!」 そう、先程凄まじい攻撃を受けながら、かえってそれに気がつかされた。 「黙れ! 黙れっ、そのようなことはない!!」 祟り神の尾っぽが唸りを上げる。 咄嗟に横っ飛びに避けるものの、先程以上の衝撃が襲ってきた。 「ぐあぁああぁぁーーッ!!?」 「ハハハハハハッ! 少し本気を出しただけで、それか?」 「やはり本気を出すまでもないっ」 「……少し本気? やっぱり手加減してたってことじゃないか!」 「貴様ぁーーーッ!!」 今度は、連続で尾っぽが叩きつけられる。 ほとんど地割れでも起こしたように、地形ごと吹っ飛ばされる。 し、死ねる…… でもまだやれる! ここは夢なんだからと、自分に言い聞かせた。 「やめてくださいっ、コマ! マサオミ、無茶しないで欲しいですよっ」 「れ……レナも! 俺の心配より、ここへ来た目的……忘れたわけじゃないでしょ?」 「で、でも、この状況では……」 確かに、話し合いができる状態ではないか? 「何を企んでいるか知らぬが、終わりだ」 「ぐッ……ウァアアアァアァーーーッ!!?」 堪えようとしたのに、悲鳴を上げてしまう。 倒れたままの背中を尾っぽの先で押さえつけられたのだ。 背骨とアバラが引っ付きそうな凄まじい重圧で、ぺしゃんこに潰されそうになってしまう。 まるで小虫になって、踏み潰される気分だ。 「ま……マサオミ! しっかりしてくださいっ、マサオミ!?」 「救いたいか? ならば選べ」 「へ? 志那都荘……ひょっとして、また!?」 映画のセットか何かのように、森の中に忽然と旅館の客室が現れたのだ。 ただし、その境界は時空が歪むように曖昧だった。 祟り神の力なのか、夢だからこそなせる業なのかはわからないが、レナに何をさせる気だ? 「料理を口にせよ」 「こ、これは……!」 テーブルには、ぷちシューのピラミッドタワーを中心に、ミートボールやニシンのソテーなどの料理が載せられていた。 他にもお菓子やトランプ、映画のDVDまである。 そのどれもが、見覚えのある物だった。 「全部、みんなで……お泊まり会したときと同じです」 「そうですよ、レナさん! またお泊まり会をしようって約束したじゃないですか」 「あは、忘れてしまったんですかぁ?」 「ヨシノに、マコまで!?」 ムラサメちゃんや廉太郎と小春まで、不自然なまでににこやかな笑顔で立っていた。 「みんなも……」 「さあ、レナさん! みんなと一緒にご馳走を食べましょうっ」 「……ひょっとして、これは?」 「や、やめろ……みんなをこんなことに使うなっ」 震える手で、叢雨丸の柄を握る。 こうなっては、こうなってはもう……仕方ないのか? 「今さら抜いてどうなる?」 「クハッ……~~ッ!!」 押さえつけられ、今度は悲鳴も上げられなかった。 肺が潰され、呼吸さえままならない。 お……落ち着け、これは……夢でっ、気構えさえ、あれば……だめ、ダメージは……! 「マサオミ」 ……レナ? 「やっぱり、叢雨丸を抜く必要はありませんよ」 「みんなも、平気ですっ」 「……?」 朝武さんや常陸さんの幻が、レナに無理矢理、料理を食べさせようとしていた。 それは、まずい…… ……まずいんだ。 神様に連れ去られて、帰って来られなくなる……帰って来られなくなるはずなのに レナはあっさり、自分から料理を口にしたのだ。 「は……ハハハッ、それでいいのだ!」 「これでお前はマヨイガの住人となった、人の世には二度と戻れぬッ」 まさか、レナ? 俺を守るために! 「いいえ、たぶんそうはなりません」 「な、なに……?」 「グッ、これは!?」 突然、祟り神の放つ圧力が、弱まった気がした。 そしてあっという間に、いつもの姿に変じてしまったのだ。 志那都荘の客室も消えている。 「ほら、やっぱりこうなりました」 「き……貴様、まさか!」 「どういうことだ、レナ?」 「ここはたぶん、わたしの夢ですよ」 「憑代の記憶を夢として見せていたみたいに、わたしの記憶からこの世界を作ったのではないですか?」 あっ! だから、お泊まり会のときのものを、そのまま出すことができたのか? 前のときも、レナの家族を出せたのは、レナの記憶を使って作った、レナの夢だったから? 「だからわたしが、もう帰れないと思い込まない限りは大丈夫だと思ってましたよ?」 「この夢はわたしにそう思い込ませるための、演出ですね」 「……」 無言が、その答えだった。 「わたしは叢雲さんになってたとき、難産で苦しむ娘さんを助ける方法を夢で教えるところも見てましたからね」 「な、なるほど、けど確証はあったの?」 「んー……もし間違ってたとしても、ヨシノ達ならわたしを引っ張り上げてくれるはずですよ」 「そう信じてただけです」 「レナ……」 「それに、やっぱりマサオミの言う通りでした」 レナが、再び白狛の方へ目を向ける。 「テカゲンをしたのではないですか? わたしを本気で連れ去るつもりなら」 「中途半端なやり方だった気がしますよ」 「だ……黙れ、私は……私は、姉君の身代わりとして、お前を……」 「はい、わたしは貴方のお姉さんじゃありません、お姉さんだってそんなの望みません」 「それがわかってるからですよね?」 「違う! それでも……それでも、私は……」 「いいえ、それでは満足できるはずありません」 「お姉さん、言ってましたよね?」 ――貴方もいつか誰かを好きになったら、きっとわかる。 「だからなんだという! 私は姉君とは違う、人が憎いっ、人が憎いのだ!」 「そんなことないはずです!」 「貴方はもう、誰かを大切に思う気持ちを知ってるはずですよ?」 「お姉さんのことが、叢雲さんのことが、大好きでしたよね」 「……~ッ!?」 「だから大切な人が守ろうとしたものを、貴方も守ろうとしたのではないですか?」 「お姉さんと同じ事をしようとしたのですよね?」 「や……やめろっ」 「大丈夫ですよ! 今は強い怒りと、その勢いに負けているだけです」 「憎しみだけで、こんなに頑張れるはずないですから」 「綺麗事だ! わ……私が、私がどれだけ長く、どれだけ多くの者を呪ってきたと思うのだ!?」 白狛が威嚇するように牙を剥く。 けど、それは恐れる姿にも似ていた。 「どれだけたくさんの者を死へ追いやっても、私はなにも感じなかった……」 「憎しみは去らなかった……私は、私はただの祟り神なのだ……誰ももう、私を止められる者などいない!」 「コマ……」 「この姿であっても、貴様ら人間を屠るなど造作もないことだぞッ」 俺は、黙って叢雨丸を抜いた。 抜き身の刀身を持ったまま、白狛の側に立った。 「マサオミ?」 「ほう、ようやくやる気になったか」 けど俺はその場に膝を突き、刀を捧げ持つようにした。 「本当にそうなのかな?」 「なに? なんのつもりだ?」 「俺にはわからない、でも貴方ならわかるかもしれない」 「この刀は、使う人を選ぶんです」 「つまり、叢雨丸には意思があるってことじゃないんですか?」 この事件を通じ、誰かの大きな意思に導かれ、偶然を必然と感じることがあった。 少なくとも、偶然だけでは500年も続けられなかった。 それはもう明らかにしたはずだ。ならもう1つ、彼女の親族であるこの神様に、明らかにして欲しいと願う。 「もう貴方を諫めてくれる人が、どこにもいない? 復讐は虚しくなかかった?」 「この刀が誰の身から生まれたか、知らないはずありませんよね?」 「目を開いて、よく確かめて欲しいんです!」 「なッ……なッ、もしや?」 「ずっと、ずっと何百年も前から、祟り神となった貴方を諫め続けてくれた人がいたんじゃないですか?」 「誰かの意思がずっと訴えかけてくれたから、俺達も今日まで負けずに済んだんじゃないですか?」 「叢雨丸に、意思があるのか? それがどんなものだったのか?」 「教えてください! 神の一柱であり、彼女の弟である貴方なら、わかるはずでしょう!?」 「や……やめろっ、やめろやめろ!」 苦渋の顔で、激しく懊悩する。 それは見ているこちらまで、つらくなるような姿だった。 「嫌だ……それでも、嫌だ……許したくないッ、許したくない」 「許してはいけない……私はッ、終わりになど、してはいけないのだ!」 許せないのではなく、許したくなかったのか。 「理由が、あるのですね?」 「許しなどすれば……どうせ人はすぐにまた忘れてしまう!」 「なぜ恨まれるのか、なぜ呪われるのか、考えることさえなくなってしまうのだっ」 「姉君から受けた恩を、誰が覚えていてくれたという!?」 「それでは、こうしなくては……本当にもう、消えてなくなってしまうから……」 「大丈夫、もう思い出したよ」 「貴方が思い出させてくれました」 この荒御霊を鎮める最適なる方法は―― 奇しくも、朝武さんが考えてくれたことと全く同じ事だったのだ。 「今、みんなで考えてるところですよ? 神様に感謝を伝えるお祭りをしましょうと!」 「うん、来年から春のお祭りは、魔を祓うものから、感謝を伝えるものに生まれ変わるんです」 「……祭りが、生まれ変わる?」 「はい! きっとこれは、この先、何百年も続くものになっていくはずです」 「感謝のお祭りなら、今までよりきっと……何倍も楽しいお祭りになりますねっ」 そうなったらいい。いや、そうしていきたい。 俺達の意志で。 「感謝の、祭り……姉君のために?」 「もちろんです」 そこでレナが、居住まいを正した。 いよいよ、原稿まで起こし練習してきたことを披露するつもりのようだ。 「《しら》白《やま》山《こま》狛《のお》男《がみ》神よっ、多年に《わた》亘り相勤めたる穂織の地守護の任、誠に大儀である!」 「然りと《いえど》雖も、其の身に課したる労苦を思わば、《いち》一《げん》言に表す事は《な》為らず……」 レナは最初、現代の言葉さえ怪しいところがあった。 意識を共有するまでは、叢雲さんの使う古い言葉の意味がわからず、謎を解き明かすことはできなかった。 でも今、彼女が朗々と操る言葉は、かつて女神様が生きた時代。 山の子と山の娘が平和に暮らしていた時代の言葉に違いなかった。 「其の厚恩、《あめ》天《つち》地に満ちたるにも関わらず凶行に及ぶは」 「汝が憤怒の情を《おもんぱか》慮るに《こら》堪え《がた》難きは致し方なし」 「《かつ》嘗ては人々へ厚く守護の手を《の》伸べたるも《かえり》顧みらるべきなり」 「《また》亦《よ》余は罪を問うべき者に《あら》非ず」 「ただ、汝が姉に代わり告げる者である」 「もう呪わなくてもいい、もう守らなくてもいいです」 「貴方のことも、貴方のお姉さんのことも、もう決して忘れませんから」 「重荷を下ろし、自由になって欲しいです」 「自由、だと?」 呪われた祟り神でも、慈悲深い守り神でもなく、自由の身とする。 それが先程の言葉の意味である。 「だってこれ以上はもう頑張りすぎでしょ?」 「人間を許してくれる必要だってありません。怒るのも憎むのも、守るのも愛するのも、自由でいいですから」 「いったん終わりにして欲しいです」 「だって誰かを憎み続けるのって、すごく苦しいことでしょう?」 「……っ」 「そんなに苦しんでまで……続ける事じゃないと思うのですよ」 レナの言う通りだ。でも、呪いと関わりのない外の国から来た女の子だから、言えたのだろう。 誰かを憎むのは苦しい。 呪いに苦しめられ、呪いを憎む。皆そのこと自体にも苦しめられてきた。 なのに、呪いを施す者さえ苦しんできたのなら、もうそんなのは、いったん終わりでいい。 「もちろん、もし俺達がまた恩を忘れることがあったら」 「そのときはまた全力で怒ってくれてもいい、それがレナの言う自由の意味だと思う」 苦しむのも、憎むのもやめて、尊重し合っていけたら。 いったん終わりのまま、本当に終わらせることもできるはずだと信じたい。 「あっ……」 そのとき、白狛が山道を駆け上がっていった。 一度だけこちらを振り返って、高く……彼方まで響くように、遠吠えした。 それが木霊となって、夜の山に溶ける頃。 いつの間にか、白狛の姿は消えていた。 「……わかって、くれたのかな?」 「さあ、でもきっと大丈夫です!」 レナは、いつも通りだ。 けど少しだけ、やりきったという顔になっていた。 「帰ろう」 「はい、わたし達もみんなのところへ!」 そのとき光に包まれ、ふわりと身体が浮き上がった。 「お、おお、これは……!」 「みんなも、わたし達を呼んでくれてますね」 「そうみたい」 天から、引っ張りあげられている。 その温かさ、力強さから、誰1人手を離さずにいてくれたんだと伝わってきた。 目を閉じれば、1人1人の声や気持ちさえ感じ取れるようだった。 「ああ……なんだか、たまらなくみんなの顔が見たくなりました」 「俺も、そう思ってたところ」 みんなとの思い出が、みんなとこれからやってみたいことが、 次から次へと頭の中に浮かんでくる。 早く、報告してあげたい。 朝武さんも、常陸さんも、安晴さんもみづはさんも、穂織に住む呪いに苦しんだ人達もまた、自由になれるはずなんだと。 なにより、今目の前にいる人を誰より誇らしく思う。 「マサオミ、ありがとうございます」 「何言ってるの? こっちこそ、レナのおかげだ」 「いいえっ! マサオミはやっぱり、わたしのサムライでしたよ!」 「日本へ来て、穂織へ来て……マサオミと出逢えて」 「本当に、本当によかったです!」 「わたしだけじゃなくて、みんなにもハッピーを分けられたことが、本当に……」 「こんなに誇らしくて、嬉しい気持ちは初めてです」 「ありがとう、マサオミ! マサオミのおかげですよっ」 「こっちこそ、ありがとうレナ!」 「今言ってくれたこと全部、びっくりするくらい俺が考えてたことと同じだ」 「俺になにかできたとしたら、それは全部レナがいてくれたおかげだ」 「なら、わたしにできたことがあるとしたら、全部マサオミのおかげですっ」 だとしたら…… 「2人一緒だったから」 「きっと、上手くいきましたっ」 この子と築けた絆を。 この子と繋がれたことでもらえた、たくさん、たくさんのことを。 俺は、これからも大切にするだろう。 誰よりも、なによりも。 ずっと、ずっと……これからも、1つに繋がっていけるよう。 「おはようございます」 「おはよう、将臣君」 「お、おはっ、よう……まー坊」 「う、うん。おはよう、芦花姉……」 「………」 「………」 俺と芦花姉は付き合い始めた。 と言っても、何かが大きく変わったわけでもない。 肩書きが“恋人”になっただけだ。 そう、まだそれだけなのに……。 芦花姉の顔を見ただけで、心臓がドキドキしてくる。 これから店を開けるんだから、期待したって何もないのに……どうしても、期待してしまう自分がいた。 「……ジー……」 「な、なによ……?」 「なによもなにも……お父さん、呼んでこようか?」 「そんなことしなくてもいいっ。報告しなきゃいけないようなこともないんだから」 「なに、まだなの? お母さん、早く孫の顔がみたいなー」 「―――ッ」 い、一瞬でバレた!? そんなにわかりやすかったのかな……? 「お、お母さんっ! 気が早いにもほどがあるっ!」 「大体……物事には順序と言うものがあるんだから」 「……はぁ……その年で順序とか……将臣君も苦労しそうね」 「一人娘なんだから、しっかりしなさい」 「何をしっかりしろって言うのよ……」 「大体……成人してて、今までに恋人も作ったことのない処女が見栄を張ったところで――」 「わーわーわーわー!? おおおおお、お母さん!? 何言っちゃってるわけ!?」 「将臣君は年頃の男の子なんだから、勿体つけてたら嫌われるわよ?」 「ね、将臣君?」 「とんでもないキラーパスは止めて下さい」 返答に困る。 認めるのは……なんかセックスの事ばっかり考えてるみたいだし。 じゃあ否定するか、ってなると……それはそれで嫌だ。 機会があれば、セックスしたいのは事実なんだから。 「まあ、なんでもいいけど、仕事はちゃんとしなさいよ!」 「わかってるっ! だったら茶化さないで!」 「孫の顔が早く見たいのは本心だからね」 そう言って、笑いながらおばさんは奥に引っ込んでいった。 「あは……あはは……」 「………ッ」 俺は笑いで誤魔化そうとしたものの、芦花姉は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。 まあ……キスだってまだなのに、いきなりそんな話をされてもなぁ。 「お母さんのバカ、お母さんのバカ、お母さんのバカ」 「おはようございま~す」 「あっ……お、おはよう、小春」 「小春ちゃん、おはよう」 「ダメだよ2人とも、朝からこんなところでイチャつくなんて」 「これからお仕事なんだから」 「別にイチャついてたわけじゃ……お母さんが変なこと言うから……」 「……でも、そうだよな」 「仕事は仕事。別に適当にするつもりはないけど……もっとキッチリ意識しないとな」 じゃないと、仕事中にミスをしてしまうかもしれない。 「そ、そうね。意識をしっかり切り替えないと」 「……ふふふ。お姉ちゃん、なんだか嬉しそう」 「え? そ、そうかな……?」 「うん、羨ましいぐらい幸せそう」 「………」 「あっ……ゴメン、お姉ちゃん。言い方が悪かったかもしれないけど、他意はないの」 「お姉ちゃんとお兄ちゃんが嬉しそうで、私も嬉しいよ」 「小春、報告が遅くなったけど……俺は、芦花姉のことが好きだ」 「それで告白して、付き合うことになった」 「うん、知ってる。お兄ちゃんってばプロポーズしたんだよね?」 「プロポーズ!?」 「お姉ちゃんから聞いてるよ~。嫁になってくれ、って言ったんでしょう? きゃ~、だいた~ん♪」 「確かに言ったけど……」 けどそれは、芦花姉が彼女よりお嫁さんがいい、って言ったからで……。 「アレは別に、プロポーズっていうわけじゃなくて――」 「えっ……」 「………」 「……お兄ちゃん?」 「ぷ、プロポーズです。俺は、本気で芦花姉のことが好きだから」 一瞬戸惑いはしたものの……考えてみると、芦花姉が俺のお嫁さんになってくれるなら文句なんてない。 それぐらい、芦花姉のことが好きなんだから。 だから、あれがプロポーズでも……何の問題もないじゃないか。 「うん、よろしい」 「ありがとう……小春ちゃん」 「あはは、別に私にお礼を言う必要はないと思うけどね」 「さてと、早く着替えちゃわないとね。ほら、いつまでもイチャイチャしてると、お店を開けるのが遅くなっちゃうよ」 そう言って、小春は奥に向かって行った。 「芦花姉……」 「やっぱり……プロポーズは、重い?」 「それは別にいい。最終的にはそうなるだろうから」 「―――ッッ」 「まー坊ってば……そういうところは男らしいよね」 「芦花姉は、わかりやすい」 「え?」 「顔が真っ赤だ」 「だ、だって……そんな嬉しい事言われたら、こうなっちゃうよ」 「本気だよ。俺は、芦花姉に俺のお嫁さんになって欲しいから、プロポーズと取ってもらって構わない」 「どっちにしても、変わらないと思うしね」 「それ、どういう意味?」 「芦花姉と別れるつもりはない。この関係が、ずっと続いたらいいなって思ってるってこと」 「―――ッッ」 「また、顔が赤くなってる、芦花姉」 「だ、だって、まー坊がまた嬉しい事いうからぁ……~~~ッッ」 照れる芦花姉も可愛いなー。 「まあそういうわけだから、プロポーズの事はいいんだ」 「でもさ、なんで小春が告白の言葉を知ってるんだ?」 「それは……その……な、なんでかなぁ?」 「………」 「ぅぅっ……ゴメンナサイ。別に自慢したかったとか、そういう事じゃなくて」 「小春ちゃんには、その……色々とお世話になってて。だから、ちゃんと説明をしておきたくて」 「………」 芦花姉も……小春の気持ちに気付いてた、ってことなのかな。 そういうことなら仕方ないか。 「……怒ってる?」 「怒ってない。大丈夫だから」 「本当に?」 「本当だから、そんな不安げな顔しないでいいよ。そんなことよりも、今日も頑張ろう!」 「うんっ」 俺がここで働き始めてから、それなりの時間が経っている。 であれば、いつまでも足手まといのままではいられない。 パフェも作れるようになったし、珈琲だってちゃんと淹れられるようにもなった。 煎餅は店のメニューとしては出していないものの、旅館の方には卸し始めている。 チェックインの時刻の前に焼いて、届けるのも俺の仕事になっていた。 そして、時にはフロアーのヘルプ。 こうして考えると……結構戦力になっているんじゃないだろうか? 「抹茶パフェ、2つ、あがりました」 「はーい」 「あとは……煎餅焼いて、届けに行ってくるよ」 「うん。よろしく……ふふ」 「………? なに?」 「いやー、働くまー坊の姿、真面目で格好いいなーと思って……あはは」 「店を仕切る芦花姉の姿も……結構いいと思うよ」 「そう? ありがとう」 「じゃあ、もっと頑張ってまー坊にいいとこ見せないとね」 「俺も、芦花姉に格好いいとこ見せられるように頑張らないと」 「お姉ちゃん、看板しまったよ」 「ありがとう、小春ちゃん。じゃあ、もう上がってくれていいよ」 「はーい」 忙しい時間はアッと言う間に過ぎて、気付けばもう閉店の時間。 「んっ、今日も働いたなー……って、まだ片付けが残ってるけど」 洗い物をしてしまわないとな。 「アタシも、レジをしめちゃわないとね」 「大変なら俺も手伝おうか?」 「ありがとう。でも、これはアタシがやるよ」 「売り上げがいくらで、何が売れて、何が売れなかったのか。それをちゃんと把握するのも、経営者の仕事だから」 「……そっか。わかった」 芦花姉が帳面に集中できるように、他のことは全て俺がやってしまおう。 「あっ、お兄ちゃん、お疲れ様」 「お疲れ」 「お先に失礼します」 「悪いな、送っていけなくて」 「ううん、いいよ。夜って言っても、まだそんなに遅くないから」 「それにお兄ちゃんは、お姉ちゃんの彼氏さんなんだから。私よりもお姉ちゃんを送ってあげて」 「……そういえば、芦花姉を送ったことないな」 「そういうの、女の子は嬉しいものだよ」 「それにお姉ちゃんはお店の事もあるから、多分気を張ってると思うんだよね」 「そんな時こそ、お兄ちゃんの出番だよ」 「………。そうだな、わかった。ありがとう、小春」 「おねえちゃんを、ちゃんと幸せにしてあげてね」 「任せろ」 「うん!」 「それじゃあ、俺たちも上がるか」 「将臣君、もう少しお店に残るんでしょう?」 「あの子に戸締りよろしく、って言っておいて」 「わかりました」 「じゃあ、お疲れさん」 「お疲れ様」 「はい。お疲れ様です」 「ほら、もっと指を立てて。しっかりと勘所を押さえるの」 「そ、それはわかってるんだけど……」 「集中できないというか、指に力が入らなくて」 「どうしたの? もしかして、働き過ぎて疲れちゃったかな?」 「まー坊ってば、真面目に働いてくれてるもんね。ありがたいけど……倒れちゃダメだよ?」 「そういうのではないから、大丈夫」 「じゃあ、なんで?」 「……前と同じ理由。背中に当たってる、から」 「………」 「―――ッ!?」 身体をビクっと震わせる芦花姉は、すぐさま俺から離れた。 気付いていなかったのか……。 「アタシ、また……ゴメンね、まー坊……」 「謝る必要はないんだけど、なんか心配だな」 「心配?」 「芦花姉って結構無防備だから。他の男にも、気付かない間に……」 「ないない、それはないよ。そりゃ、女の子にはぶつかったことがあるかもしれないけど……」 「男の子とこんなに密着するなんて……まー坊が初めてだから。だからこそ、無防備になってるんだよ」 「そっか。それならよかった」 「だから……年上としては非常に情けないんだけど、こういうことには全然慣れてなくって……」 「なんか、色々ごめんね?」 「そんなの気にしないでいいのに。無理される方が、俺としては悲しいよ」 「それよりも芦花姉、三味線弾いてくれない?」 「俺はやっぱり弾くよりも、芦花姉の弾いてる姿を見てる方が好きだ」 「そうなの? そんな風に言われちゃあ、弾かざるを得ないねぇ……ふふふ」 俺から三味線を受け取った芦花姉。 準備を整え、弾き始める。 その姿は……どこか色っぽい……。 「……まだ店では披露しないの?」 「まだまだ練習が足りないよ。もっと精進しないとね」 「俺は上手だと思うけど……。あ、お世辞とかじゃなく、俺の本心だよ」 「わかってる、ありがとう。まー坊の気持ちは本当に嬉しいよ」 「でもね、お店で披露するってなったらお客さんは期待しちゃうじゃない」 「サービス、タダでやってるからっていっても、評価の目は変わらない。下手するとお店の邪魔になっちゃうから」 「それだと意味がないもんね」 「そういうこと。だから、師匠に認めてもらえるまで、お客さんの前ではやらない」 「じゃあ……お客としてこの姿を見られるのは、今はまだ俺だけ?」 「誰もいないときにしか練習をしないんでしょう?」 「そういう考え方もできるかも」 「いつも店でやってるの? 家では練習しないの?」 「できないよ、家で練習なんて。隣の部屋から文句が出ちゃう」 「隣の……部屋?」 「うん。……あっ、そっか。まー坊には言ってなかったっけ?」 「アタシ、1人暮らししてるの」 「1人暮らし? 別に町から出たわけでもないのに?」 それに働いてるのは、実家の甘味処。 決して一人暮らししなければいけないような環境ではない。 「家賃がもったいなくない?」 「そうなんだけどねー……家を追い出されちゃって」 「なんでまた? おじさんと大きな喧嘩でもしたの?」 「『実家暮らしのままだと家事も上達しないし、結婚する気がなくなるかもしれない』」 「――って、お母さんが言い出してね。それで追い出されたわけ」 「1人暮らしってどんな感じ? やっぱ大変なの?」 「楽ではないね。身の回りのことは自分でするしかないから。実家のありがたみが身に染みるよ」 「はぁ……家に帰るだけでご飯が出てくる環境に戻りたい……」 「芦花姉、ちゃんと料理してるの? もしかして、出来合いの物を買ってるだけ?」 「たまには楽する日もあるし、お母さんに頼ることもあるけど、基本的にはちゃんと作ってるよ」 「へー……芦花姉が料理か……」 「ちゃんとできるんだからね」 全然イメージ湧かないなぁ。 「まー坊……信じてないでしょ?」 「いやいや、嘘だとは思ってないよ」 「これでも和菓子職人の娘だし、そこそこ自信はあるよ」 和菓子職人の娘って関係あるのかな? あー、でも舌は確かなのかも。 「いつかまー坊にも食べさせてあげる」 好きな人の手料理か……憧れるシチュエーションだ! 「それは楽しみだな」 「と、言うか………………もしよければ、ウチにくる?」 「それって……今から?」 「今から。まー坊さえよければ、ちょっと遅くなっちゃったけど夕食を、一緒にどう……?」 「芦花姉が、作ってくれるの?」 「うん。アタシの手料理……食べて、みる?」 「お、お邪魔します」 「い、いらっしゃーい……」 芦花姉に誘われた部屋。 足を入れた瞬間、いい匂いがしていた。 意外にも……というのは失礼か。 部屋の中は綺麗に片付いていて、着替えや洗濯物が放り出されていることもない。 これが芦花姉の部屋か。 「………」 考えてみると芦花姉の部屋に来るなんて初めてかも。 子供の頃は廉太郎や小春の部屋に集まることが多くて、芦花姉の部屋には行ったことが無い。 「あ、あんまりジロジロ見ないで。恥ずかしいから」 「ちゃんと片付いてる。恥ずかしがらなくていいよ」 「っていうか、掃除とかちゃんとやってるんだな」 「なにそれ。もしかして、散らかしっぱなしだと思ってた?」 「そうじゃなくてさ、毎日仕事も忙しいのにちゃんとしてるんだな、って」 「そりゃね、そういう事が出来るように、家を追い出されたんだから」 「適当に座ってて。すぐに準備するから」 「あ、うん。でも急に2人分になっても……本当に平気だったの?」 「うん。食材はある程度買いだめしてるから」 「じゃあ、すぐに作っちゃうね」 楽しみだなぁ、芦花姉の手料理。 「~~~♪」 鼻歌交じりで包丁を使う芦花姉。 その手つきには危うさを感じられない。 本当にちゃんと料理を作ってるんだろうなぁ……。 「おー! 美味そう!」 芦花姉が作ってくれたのは、ハンバーグと小鉢系。それに味噌汁。 「さあ、どうぞ」 「いただきまーす!」 まずはハンバーグを食べる。 柔らかくて、肉汁も溢れるみたいだ。そしてこのデミグラスソース! 多分、俺の母さんのよりも美味い! 「ど、どうかな……?」 「美味いよ! マジで美味い! ちょっと芦花姉の料理の腕を見くびってたよ」 「ふっふ~ん。まいったか」 「参りました。御見それいたしました」 「ふふふ……でもよかったぁ。本当はドキドキだったの」 「こんなに美味しいのに?」 「だって1人分と2人分を作るのじゃ、勝手が違うんだよ」 「でも失敗するわけにはいかないから、必死に味の確認をして。いつもより気を遣ったよ」 「その甲斐あってか、美味い。特にこのソースが」 「よかったぁぁ……誰かに食べてもらうなんて初めてだから。アタシが味音痴だったらどうしようかと」 「大丈夫だって、世辞抜きで美味いよ!」 「そっ、そっか……ふふ……喜んでもらえたならよかったぁ」 「感涙にむせび泣きそうだ。涙がちょちょぎれるぐらい美味い!」 「そういう言い方されると、なんだか嘘くさい。大げさすぎるよ」 「そうかな? 俺としては完全に本心なんだけど……」 「でも本当に、味の心配はしなくていいよ。マジで美味いからさ」 「……ふふ……本当だ。嘘じゃないね、その食べっぷりは」 俺はすでにハンバーグを半分以上食べ、小鉢の中のほうれん草とベーコンの炒め物に至っては、平らげていた。 そして茶碗の方も、空になる。 「むぐむぐ……んっ、はぁー……」 「ご飯のお代わりいる?」 「あるの? じゃあもらう」 「流石男の子。ちょっと多めに炊いてよかったぁ」 女性用の茶碗なので、いつも俺が使ってるのよりも量が少ないことも理由の一つだ。 でもそれ以上に―― 「美味しくて箸が進むんだよ」 「ずず……うん。味噌汁もいいなー」 「本当? 2人分でいつもと量が違うから、ちょっと濃くなった気もするんだけど」 言いながら差し出された茶碗を受け取る。 「俺はこれぐらいでも好きだよ。今日はほら、バイトの後で身体も疲れてるから」 「そっかそっか。それならよかった、偶然でもなんでも成功して。でも……いつまでも、こんなこと言ってられないよね」 「ちゃんと2人分作ることにも慣れていかないと」 「……そうだね。俺としても、2人分に慣れて欲しい」 「……うん」 「ご馳走様でしたー」 「ありがとう芦花姉。本当に美味かったよ」 「なんのなんのこれぐらい」 「というよりも、まー坊の方こそ。美味しそうに食べてくれてありがとう」 「本当に美味しかったから」 「さてと……それじゃあ片付けちゃおうかな」 「あっ、作ってもらったんだから、片付けぐらいは俺が」 「いいの、今日はアタシが全部するから気にしないで」 「それより、デザートはどうかな?」 「デザート? あるの?」 「うん。あるよ、これも手作りなんだから」 「へー! 芦花姉、デザートまで作れるんだ! 凄いな!」 「って……ちょっと煽り過ぎたかな? そんな大したものじゃないから、期待はしないで」 「それにこれは……まー坊から教えてもらった物だしね」 「俺が?」 首を傾げる俺。 そんな俺の前に出されたデザート。 小皿に乗せられたシャーベットのような……。 「あれ? これって、グラニテ?」 「そう。色々試してみてるんだよね。抹茶と珈琲と、もう一つぐらいは他に味があってもいいと思って」 「1人で?」 「そこまで手間がかからないから」 「でも……」 「うん。お父さんに意見を聞けば、多分アドバイスはくれると思う」 「でもお父さんの負担を軽くするために新しいメニューを増やしたいんだから」 「お父さんの力をあてにせず、メニューを増やせるようにしないとね」 「って言っても……アイディアはまー坊に頼ってばっかりだから、偉そうなことは言えないんだけどね」 「俺でよければ、いつでも頼ってくれていいよ」 「恋人なんだから、お互いに支え合ってこそでしょう?」 「そりゃそうかもしれないけど……現状は、支え合ってるんじゃなくて、一方的に支えてもらってるからねぇ」 「そうでもないよ。俺は芦花姉がいてくれるから、毎日に張りがある」 「芦花姉のおかげで、俺は頑張れるんだ」 「今日だって、手作り料理のおかげで元気が出たよ!」 「まー坊ってば、本当に口が達者なんだから」 「おっと、溶ける前に食べないと」 「そうだね。感想、よろしくお願いします」 スプーンですくい、口の中に含む。 フワッと溶けていく感触は、どこかカキ氷と似ている。 そして梅のいい香りが広がって……うん、美味い。 でもなんだろう……俺が作ったものとはちょっと違うかも。 「これ、梅だよね?」 「そう。おすそ分けで梅酒やら、アルコール抜きの梅シロップなんかをもらうこともあって」 「試しにそれで作ってみたの」 「うん、美味いよ。梅の爽やかな味が広がって、口当たりもいい……なんか俺が作ったのより爽やかな気がする」 「実はねー、これはソーダ割りなんだよ」 「ああ、そっか。炭酸か」 だから、こんなに爽やかに仕上がってるんだ。 「これが結構大変で。最初、他と同じように作ったら凍る最中に炭酸が抜けちゃったみたいなんだよね」 「あー……」 そりゃそうだ。 水と二酸化炭素なら水の方が早く凍る。そしたら炭酸は抜けていくだろう。 「だから今度は炭酸が抜けないように容器で凍らせて」 「それなら上手くいくの?」 「炭酸水で作ると、今度はすっごい容量が増えたり、かき混ぜすぎたらやっぱり炭酸が抜けちゃったり」 「まあ、色々苦労したよ……」 炭酸の成分が凍ってるってことはないだろうから……氷の中に閉じ込められてる状態になるのかな? 「その価値はあったんじゃないかな?」 「そう言ってもらえると。でもあと一押し……味に特徴が欲しい気がするんだよね。梅だけだと味が弱いのかも」 「何を加えればいいんだろう……単純に甘くするだけでも、デザートとしてはいけるかもしれないけど……」 「そこら辺は、色々と試してみる価値がありそう……かな。もっと研究しないと」 「………」 「ん? なに?」 「芦花姉の真面目な顔、好きだなって」 「……そ、そう?」 「芦花姉とはよく遊んだけど、真面目な表情を見ることなんてなかったから」 「あー……あの頃は若かったからねぇ」 「大人になった芦花姉の色っぽさは、子供には出せないものだよ」 「もしかして……まー坊、色気でアタシを選んでくれたの?」 「あー……無関係ではないかな」 可愛いと思う子はいたけど、色っぽいと感じたのは……芦花姉だけだったから。 「でもそれだけじゃないかな」 「一緒にいて、居心地がいい」 「それは……女としては嬉しいような、いやでもときめいてないって風にも取れるから……むむむっ」 「あと、芦花姉は美人だ。魅力的だ。性格だって申し分ない」 「うーん……もう一声!」 「値切り交渉じゃないんだから」 「まあまあ、細かいことはいいじゃない。だって言って欲しいんだもん」 「あとは、そうだな……スタイルがよさそう」 「よさ、そう? その評価はなんだか微妙じゃない?」 「だって見たことないからさ」 「三味線を教えてもらう時に、背中に当たる感触からは……かなりスタイルがよさそうだとは思ってるけど」 「芦花姉って、普段からゆったりとした服を着てる方が多いだろ?」 「そうかな?」 芦花姉は改めて自分の格好を確認する。 スリットがあるから足は見えることもあるけど、上半身の方はさっぱりわからん。 まあ、足や腕から察するに太いということはないだろうが。 「……言われてみると、そうかも……」 「………」 「ま、まー坊……興味、ある?」 「興味って、芦花姉のスタイルに?」 「うん……かっ、確認……してみたい?」 「しっ、したいっ!」 即答で食いつく俺。 あまりの食いつきの良さに、芦花姉は軽く身体をのけ反らせた。 「まー坊ってば……がっつき過ぎ……」 「だってしょうがないじゃん。俺は芦花姉のことが好きで……芦花姉は魅力的な女性で……」 「そんな人から、そんな風に言われたら……」 「あっ! でも別に、焦ってるわけじゃないんだ! だから芦花姉に無理をして欲しいわけじゃないんだ!」 「別に……無理してるわけじゃ、ない」 「アタシだって……まー坊のことが好きで……まー坊にドキドキしてる……女の子だよ?」 「……芦花姉……」 「今さり気なく自分のことを女の子って言った?」 「このタイミングで変なツッコミを入れるのは、この口かっ! この口かっ!」 芦花姉は両手を伸ばして、俺の頬っぺたを強く引っ張る。 「いはははっ、くひをひっぱらないれ」 「まー坊が余計なことを言うからでしょ! あ、アタシがどれだけ勇気を振り絞ったと思っているのかっ!」 「ほめん、ほめんっへ」 「……むぅぅぅ……」 唇を尖らせたまま、芦花姉がゆっくりと頬を放してくれる。 「まー坊……なんか余裕だね。も、もしかして……まー坊ってば、そういう経験……あるの?」 「ないよ。あるわけないじゃないか」 「そっか……よかった……」 「よかったって……もしかして芦花姉って、童貞好き? 童貞厨?」 「童貞厨とかっ、そんな童貞信仰は持ち合わせてない!」 「持ち合わせてるわけじゃないけど……そういう人がいたときに、比較されるのは嫌だなぁって」 「ああー……」 立場を置き換えてみると、それは俺も嫌だな。 「それにさ、アタシの方が年上なのに……そういう事をリードされるのも、ちょっと微妙かなって」 「ここはやっぱり年上として、お姉さんがりりリードしてあげましょう」 「めっちゃ声が裏返ってるけど?」 「うっ、うるさいっ」 「ぷっ……あははは。俺に余裕があるのはさ、芦花姉が相手だからだよ」 「好きな相手に緊張すらしてもらえないって言うのは……結構ショックなんだけど?」 「いや、緊張はしてるよ。ほら……」 芦花姉の手を取り、自分の左胸に押し付ける。 「わかる? ほら、芦花姉と2人っきりになってから、ずっと心臓はこんな感じなんだから」 「本当だ……ドキドキしてる。あと……思ってたよりも筋肉があるんだね」 「剣道の稽古をまた始めたからね」 「服の上からじゃ……本当に、わからないものだね」 「………。芦花姉も、興味ある? 俺のスタイルに」 「ッッ……」 「きょ、興味……あるかも……まー坊の、か、か、《きゃ》身《らだ》体に……」 「芦花姉……」 俺は一歩近づく。 でも、芦花姉が逃げ出すことはなかった。 「キス……してもいいかな?」 「何言ってるの、まー坊。そういうのは……いちいち確認しないでいいの」 「う、うん。それじゃあ……」 ゆっくり顔を近づけていく。 芦花姉は嫌がることもなく、俺を受け入れようと―― 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 「………」 「芦花姉……息荒いよ」 「だ、だってっ! き、緊張しちゃうんだもん! 仕方ないでしょ、はぁ、はぁ」 「……とりあえず、深呼吸してみようか。はい、すってー、はいてー」 「すー……はぁー……すぅー……んっ!?」 「……ちゅ」 吸ったタイミングで、俺は不意打ちで芦花姉に唇を重ねる。 「んんっ!? んっ、んっ……んっ……ちゅ……」 驚きつつも、状況を理解した芦花姉。 そのままゆっくりと目を閉じた。 「ん……ん………………」 ああ……俺は今、芦花姉とキスをしてるんだ。 その気持ちよさに……思わずペニスが一気に勃起してしまった。 「はっ、はぁぁ……はぁ……しちゃった、キス……しちゃった……」 「はきゅぅ……ッッ」 「芦花姉!?」 突然ぐらついた芦花姉の身体を、俺は慌てて支える。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ぅぅ、目の前がくらくらする……」 「平気か? 過呼吸か?」 「よくわかんないけど……なんか、頭が沸騰したみたいになっちゃって……」 「でも、もう平気。大丈夫だから」 「じゃあ、続けてもいいんだね?」 「……んっ……」 静かに頷く芦花姉。 「あのっ、あのっ……続けるのはいいんだけど……電気は、消しても……いいかな?」 「………」 スルスル……パサ……と、服が畳の上に落ちる。 芦花姉は俺の目の前で、ゆっくりと服を脱ぐ。 頬を赤らめ、躊躇い交じりのゆったりとしたその動きは、余計にエロく見えて……俺を興奮させた。 「あ、あんまりじっと見ないでよ……」 「見るよ。見ちゃうよ。釘付けだよ。芦花姉から……目が離せない」 「~~~ッッ!!」 「アタシの事、辱めて……楽しんでない?」 「そういう意図は全くない。ただ、芦花姉のスタイルを見たいんだ」 「……ぅぅ……自分で言い出したこととはいえ、ここまで恥ずかしいとは……」 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 そう言いながらも、芦花姉は嫌がったりはしなかった。 一枚一枚脱ぐたびに、その顔の赤みが増して、息が荒くなっていく。 肌の露出はどんどん増えていき……つ、ついには薄布だけとなる……。 「(黒ッ!!)」 色っぽいっ! なんて色っぽいんだろう。これが、大人の色香……。 そして、やはりでかい! 芦花姉、本当に巨乳だったんだな。 まだ下着姿を見ただけというのに、俺の股間はすでに痛いぐらいに膨らんでいた。 「はぁ……はぁ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 俺の股間と同様に、芦花姉の息が大きく、荒くなっていった。 「~~~~ッッ」 「芦花姉、隠さないで。ちゃんと見せて」 「で、でも、でも……」 「芦花姉、とっても綺麗で可愛いから……隠さず、ちゃんと見せて」 「っ……ぅぅぅぅぅ……っ」 激しく躊躇しながらも、結局は俺の言葉に従う芦花姉。 ゆっくりと、その腕を外して……俺の正面に立つ。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「綺麗だよ、芦花姉。芦花姉の身体、綺麗だ……」 「こ……興奮、する?」 「めっちゃしてる」 「もっと、近くで見せて欲しい」 「そ、その前にまー坊も……ちゃんと脱いで……欲しい」 「わっ、わかったっ」 芦花姉に見惚れていたせいで、俺はまだ服を着たままだ。 慌てて俺は、自分の服を脱いでいく。 「芦花姉……」 「まー坊……」 「――ひッ!? なななななんで全部脱いじゃってるの!?」 「いやだって……もう俺、我慢できないから……」 「それに……結局全部脱ぐことになるだろ?」 「そうだけど! そうなんだけど! い、いきなりそんな……はぁ、はぁ、はぁ……」 「……お、男の人の……ま、真っ裸……はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「まー坊ってば……またそうやってアタシを辱める……」 「反り立ってるの、そんな、見せつけるみたいに……はぁ、はぁ、はぁ……でも、すごい」 「芦花姉の胸も凄い。やっぱり大きいんだな……」 「おっきいのは……嫌かな?」 「いいや、嬉しいぐらいだ」 「そ、そっか、よかった……」 「まー坊の身体……思ったよりも筋肉質だ。こうして見ると、男の子じゃなくって男の人っていう身体……」 「本当に、おっきくなったんだね……」 「芦花姉……」 「もしかして下ネタ? 笑った方がいい?」 「そっ、そういう意味じゃないっ! 意味じゃない、けど……そっちも、おっきい……」 「男の人の……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ガチガチで……」 「芦花姉を見てたら、もうダメだ……自分を抑えきれない……だからいいかな?」 「う、うん……いや待った!」 「なに? もしかして……ダメ?」 「そうじゃなくてね、あの、あの……お姉さんが、してあげる」 「……え?」 「まー坊も初めてで、よくわからないんでしょう? だから今日は、年上としてリードしたげる」 「だから、ベッドの上に横になって」 「……ジー……」 「………」 マジマジと、食い入るように俺のペニスを眺める芦花姉。 「ふぅぅぁぁぁぁぁ……す、すごい、これ……これ、すごい……なにこれ、本当、これなに……」 大分動揺してるなぁ……。 「『なにこれ』とか言われても困るんですけど……」 「あ、ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど……つい、ね……」 「でもこんなに、ガチガチになるんだ……しかも……熱くて、ドクンドクンって……はぁ……はぁ……」 「……んッ……」 「………ッッッ!?」 「いっ、いいいいいいま……ビクッてした……ビクッてした……っ」 「そりゃ……そんなに見つめられたら、ビクッとするよ」 「そ、そっか……そういうものなんだ……」 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「ぁっ……も、もう先っぽから、出て来た……え? え? こ、これって……漏らしたの?」 「違いますーっ! 漏らしたらそんなもんじゃすまないから!」 「おしっこじゃなくてそうじゃなくて、いわゆる我慢汁ってやつなんだけど……知ってる?」 「え? そ、そりゃもちろん、知ってる知ってる。我慢汁でしょ、はいはい、知ってますとも」 「我慢汁……知ってる。知ってるけど……これって、危険を察知して、身を守るための汁じゃないよね? 毒はないよね?」 「俺は昆虫じゃない!」 「そ、そうだよね。あは、あははは……い、一応念のためにね」 「………」 念のためでもなんでも、こんなことを言うなんて……芦花姉も本当に初めてなんだな。 この様子だと、知識もなさそう。 「はぁ……はぁ……我慢汁……はぁ……はぁ……」 「………」 「あ、あの……芦花姉、見てるだけじゃなくて、そろそろ……」 「う、うん。そうだよね。つ、つい見惚れちゃったよ……ごめん」 「いや、それは別にいいんだけど……無理しなくていいよ?」 「うん……ま、任せて。こ、これ……舐めるんだよね? ふぇ、フェラチオ……だよね? ちゃんと知ってるよ。はぁ……はぁ……」 「ッッ!?」 ろ、芦花姉の口からフェラチオって……やばい、興奮が止まらない。 「ま、またっ、震えたっ……ち、力強いね……まー坊の、お……おち●ぽ……」 「ッッ!!」 「ひゃんっ!? ま、また、連続して震えてる……っ!」 「それだけ、早く気持ちよくなりたいってことなんだ」 「そ、そっか。アピールしてるってことなんだね」 「でもほら、こういうのは焦らした方が気持ちいいらしいから……はぁ……はぁ……舐める、舐める……うん、舐めちゃうよ」 「……よろしくお願いしますっ」 「じゃあ、遠慮なく……」 「あー……んー……むー……」 「………」 まるで、どう取り扱うべきか計りかねるように、芦花姉はペニスを右から見たり、左から見たり。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……んんっ、よしっ」 だがそれも少しの間だけ。 芦花姉は覚悟を決めたように、軽く頷いた。 「そ、それじゃあ……お姉さんがリードして、蕩けさせてあげる……ふっ、ふふ、ふふふ」 緊張を隠せない様子ながらも、必死で余裕の笑顔を作る芦花姉。 そういう無理してる部分も可愛いけど……言わないでおこう。 今はそれよりも、早く舐めて欲しい。早く……早く、芦花姉にフェラをして欲しい。 「改めて……い、いただきます……」 「……ちゅっ……」 「ッッ!?」 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……ちゅるちゅる……れるんっ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……」 キスの嵐が、真っ赤に膨らんだ亀頭に降り注いだ。 柔らかな唇が何度も俺のペニスに触れ、あふれ出した我慢汁を吸う。 「んっ、んみゅ……んむんむ……」 「芦花姉、大丈夫?」 「うん。意外と……平気。なんかね、ちょっと変わった塩味……みたいな感じ」 「そういう実況はいいです」 「そ、そう? うん、とにかくね、無理しなくても飲めるかも。あっ、別に美味しいわけじゃないけど……」 「好きな人の我慢汁なら……飲めちゃうよ」 「―――ッ」 今まで無理して年上ぶってたくせに……今のは本当に年上っぽかったかも。 その微笑みをみてると……俺の中で芦花姉を征服したいという思いがもたげ始める。 「(もっと飲んで欲しい……身体の奥まで俺で満たしたい)」 そんな思いがペニスの先から溢れ出す。 「あ……また、にじんできた……わっ、わわっ、なんかすっごい出てくるよ?!」 「ゴメン芦花姉、それ自分じゃ止められないんだ」 「だから……芦花姉が綺麗にしてくれないかな?」 「ふふ……もう、しょうがないなぁ~。でもまー坊がそういうのなら……アタシのお口で綺麗にしてあげる」 「ん、ちゅ、ちゅ……んんっ、ちゅぅぅぅぅぅずずっ」 ――ビクビクッ! 「んふっ、まー坊の顔……ちょっと変わってきてる」 「だって芦花姉の口が……」 「まだ、おち●ぽにキスしただけだよ? でも……フェラチオは、ここからが本番なんだよね?」 「芦花姉……」 「また、ビクビクって……もっと、気持ちよくして欲しいって、おねだりしてるんだ? まー坊のおち●ぽはエッチなんだから……」 「じゃあ、本番……いくね……んぁ、こ、こんなに大きくお口が開くかな? はぁぁぁぁむっ……ん、んんむぅ……」 芦花姉が口を大きく開き、ペニスをパクッと咥えこむ。 「んふ、ちゃんとれきた……ん、んんーーッ」 咥えたまま、芦花姉は俺の我慢汁を吸い上げようと、唇で締め上げてくる。 刺激としてはそれほど強くないのに、それだけで俺の身体は思わず弓なりになってしまった。 「あっ……うれひほう……はむはむ、んんむぅ……」 「んっ、んんっ!?」 「んむっ、ん、んんっ……ちゅ、ちゅっ、ちゅばちゅば……ちゅぅぅ……んんっ」 その刺激に思わず股間に力が入る。それほど、凄まじい快感だった。 こ、これがフェラチオ……芦花姉の口、気持ちよすぎる……。 「んっ、んぐ……ちゅ、ちゅ、れるれろ……んんっ、しおあじ……いっぱい……んんっ」 「ぁっ、ぁっ……芦花姉……マジで気持ちいい」 「よはった……ちゅるちゅる、ちゅぅぅぅぅ……んっ、ちゅばちゅば、んっ、んんっ」 「すごい、しおあじが次から次に……へんへん綺麗にならないよ……んんっ、ちゅ、ちゅぅぅぅ」 芦花姉は、本当に抵抗なく俺の粘液をすすり上げていた。 その刺激のせいで、我慢汁は止まることなく溢れ続ける。 このままじゃあ、無限に続くんじゃないだろうか……これ。 「んっ、んんーーーっ、ちゅるちゅる……ちゅぅぅぅぅぅぅ……ちゅぽんっ♪」 「はぁーっ、はぁーっ……すごい、ずっと硬いままなんだね。我慢汁も止まる気配がなくて……エッチな匂いがしてるよ」 「はぁ……はぁ……それだけ気持ちいいってこと。この分じゃ、なんか出そうかも」 憧れの芦花姉のフェラ。 こんな風にお口でされるなんて初めてで……些細な刺激ですら、今の俺にはとんでもない快感となっている。 自分でするのとは全然違う。 こんなんじゃ、オナニーよりもずっと早く射精してしまいそうだ。 「出しちゃっていいよ、我慢なんてしなくていいから」 「けど芦花姉……」 「出したいんでしょう? 出しちゃいたいんだよね? だっておち●ぽ、気持ちよくなりたいって震えっぱなしだよ」 それに応えたのは俺ではなく、股間だった。 まるで頷くように、大きくビクンと震えた。 「あはは、なんかアレだね。よく見ると段々可愛く見えてきたよ、コレ」 「ねえ……どうして欲しいの? 吸う以外に、アタシのお口で……どうして欲しいのかな?」 そう尋ねる芦花姉は、俺をイジメて楽しい部分もあるだろうけど……。 どうしていいのかわからないから、俺に言わせようとしてるんじゃないだろうか? でもそれは……言ってしまえば、俺の望みを叶えてくれるということ。 「……ゴクリ……」 「じゃあ、芦花姉……今度は、な、舐めてみて。さっきみたいなキスじゃなくて、芦花姉の舌をつかって下品に舐めて」 「下品に? とんでもない注文をつけるんだから……でも、いいよ……んっ、れろぉぉぉぉぉん」 「―――ッ」 俺の注文通り、芦花姉は下品なぐらい舌を大きく伸ばして、俺のペニスに舌を這わせる。 根元の方からカリの方へ、時にはぺろぺろと舌先でくすぐるように。 「下品に舐めるって……こんな感じでいいの?」 「うん。いいよ、気持ちいい……芦花姉の舌、気持ちいい……」 「ほんとう? よかった。じゃあ、このまま続けるからね……ん、れろれりょ」 「そのまま、アイスみたいに舐めて」 「れるれろ……ちゅ、ちゅ……んっ、んっ、ちゅぅぅぅぅ……ん、れろれろれろれろれろ」 「い、いい……それ、気持ちいい、はぁ、はぁ……」 「はぁっ、はぁっ……アタシ、おち●ぽ、舐めちゃってるんだ……はぁ、はぁ……れるれる、ちゅるる」 「ねえ、上手くできてる? アタシ、ちゃんとぺろぺろできてる?」 「あ、ああ……気持ちいいよ、芦花姉に舐めてもらえると凄く気持ちいい」 「それって……いわゆる、出ちゃいそうな感じ? ん……じゅる、ちゅるるる……はぁ、はぁ、出ちゃいそう?」 「おち●ぽ気持ちいいと、精液を出しちゃうんだよね? トロトロで、真っ白な精液……ちゅ、ちゅ、れちゃれちょ」 「それは……まだ、かな……」 「やっぱりアタシが下手だからかな? れろ、れろ、れるんっ、じゅるる……れるれる」 「いや、そんなことは全く……んんっ」 初めてのフェラチオなんだ。 さすがに芦花姉の舌づかいはぎこちないが……今の俺にはそれでも十分すぎた。 俺にとっても初めての刺激。 裸の芦花姉が、俺の上で一生懸命にペニスを舐めてる姿に、興奮しないわけがない。 気を抜くと、一気に持って行かれそうだ。 「遠慮しないで……じゅるる、ちゅぅーぅぅ……精液、出しちゃおうね、んっ、れろれろれるん、ちゅるる」 「芦花姉……抵抗ないの? 精液に」 「抵抗よりも、興味がある……れるん、れりょれりょ……我慢汁は塩味だったから、精液はもっとしょっぱいのかなって」 「精液の味を確認したい。だから、イっちゃお? 精液いっぱい、出しちゃお? れるん、れろっ、れろっ、じゅるるるる」 「あっ……ぅっ、くぅ……っ」 芦花姉の舌づかいがどんどん激しくなる。 まるで、この短時間でフェラが上達してしまったみたいに……。 もっと……芦花姉のフェラを味わいたい。もっと舐めてて欲しい……。 「ん、ちゅ、ちゅぅぅ……ん、れりょれろ……んんっ、れろれろれろれろ」 「っ……っっ」 「ちゅるちゅる、ちゅっ、れちゃれりょ……なんだかさっきの方が、気持ちよさそうな顔だった気がする……」 「んっ……はぁぁむっ、んむ……じゅるっ、じゅるるるっ、じゅぷぷぷ」 「ぅぁぁぁっ、ろっ、芦花姉!?」 「んふふ、やっぱりこっちの方がきもちよさそう……んじゅる、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅ……っ」 俺の言葉を振り切るように、芦花姉が再び俺のペニスを咥えこむ。 「これも……アイスみたいにしたほうがいいのかな?」 「んじゅる……じゅるっ、じゅるるるるる……ッ!」 喉の奥まで咥え込み、唇をしめつめたまま、カリの方まで移動する。 ヨダレがこぼれないように気を付けるみたいに、強く吸い上げながら、その上下運動を続けていく。 「じゅるっ、じゅぷ、じゅぽ……ちゅぽっ、ぢゅっぽ、じゅっぽじゅっぽ」 何度も何度も、その上下運動を繰り返す芦花姉。 あ、アイスみたいにとか言うんじゃなかった。 俺の一言が、芦花姉にアイディアを与えてしまったらしい。 「ぁぁぁ、んじゅるる、ぢゅぷ、ぢゅぷぷぷっ……ふふ、気持ちよさそうな顔、してる……ぢゅずずっ」 「ろ、芦花姉は、エッチな顔してるよ」 「俺のペニスを咥えこんで……とってもいやらしい顔だ」 「らって……んじゅるっ、おち●ぽ、すごい……あつくて、かたくて……お口の中、トロトロになってる……じゅるっ、じゅるっ」 「アタシ、エッチになってるの……人生の中で、今が一番エッチ……」 「んじゅる、じゅぽじゅぽ……こんな、おち●ぽ舐めたら、エッチになっちゃうよ……じゅるっ、じゅぶぶぶぶっ」 ぎこちないながらも、その柔らかな唇でペニスをしごかれると、身体が震えてしまうほどの刺激が……ぅぅっ!? 「らからね……精液欲しいの……精液、欲しい……じゅるっ、じゅるっ、ぢゅぽぢゅぽ」 「―――ッ!」 「ぢゅるんっ、ぢゅぽぢゅぽ……おねがい、イって……アタシにせいえき、ちょうらい」 「んぱぁっ、はぁ、はぁ、はぁ……それとも、アタシのフェラじゃ、イけないの?」 「そんなわけない……芦花姉のフェラは、本当に気持ちいい……」 「じゃあ、出しちゃお? アタシのために精液だしちゃおうね……はぁむ。じゅぷ、じゅるんっ、じゅるるるっ」 「ぅっ……くぅぅ……」 必死に我慢していた俺の意識に……芦花姉の甘い言葉が染み込んでくる。 ダメだ、もう我慢できない……イきたい……イってしまいたい。 「芦花姉、イく、出すから、飲んで。そのまま」 「うん……飲む……精液、飲んじゃうからね……んじゅるっ、じゅるるるるるる……んぐっ、んぐぅ!」 「で、出る……出るよ」 「んぐ、んぐ……んぽっ、んぽっ、んっ、んじゅる、じゅぽじゅぽ、んっ、んんんーーーーーッッ!」 「ろ、芦花姉ぇ!」 「んんんーーーー……………んんんっ!!」 理性が決壊を起こし、俺の欲望が勢いよく打ち出される。 「んぐっ、んぐぐ……ッ、ん、んーーーーー……ッ!」 びゅる! びゅるる! と、ドロドロの性器が、芦花姉の口の中で暴れまわった。 「んぶっ、んぐ……んふぅ、んーっ、んーっ……んじゅるっ、んぐっ、んっ……んんむ、んむ……んんんっ」 口をすぼめて、芦花姉は欲望の放出を懸命に受け止め続ける。 「んむぅ……ふーっ、ふーっ……んっ、んーーっ……ごくんっ、ごくっ……ん、ごきゅんッ」 「ぷぁっ!? はっ、はっ、けほっ、えほっ……んぐ、ぱっ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ……おおい、飲みきれない……んんっ」 芦花姉の口から、飲みきれなかった精液がこぼれる。 「ゴメン、気持ちよすぎてかなり出た……」 「んんぁぁ……喉に絡みついてるみたい……んっ、んっ、ゴクンッ……ゴクンッ……」 必死に喉を鳴らす芦花姉。 それもまた……エロい。 「芦花姉……まだだよ。もうちょっと……ッ」 俺は何とか芦花姉の口から逃げる。 「ちゅぽんっ……んぁっ、ダメだよ、まー坊。逃げたりしちゃ。精液、出してくれないと……れろぉぉぉぉっ」 必死に追いかける芦花姉は舌を大きく伸ばして、俺のペニスに追いすがる。 「んっ、とどかない……んんーーーっ、れろれろ、あは、届いた……れる、れろ、れるんっ、れろれろれろれろ」 必死に伸ばした舌先で、俺の裏筋をペロペロと、くすぐるように舐めてくる。 刺激から逃げ切ることができず、そこで俺の理性は一気に吹き飛んでしまった。 「ろ、芦花姉、出る……ッ!」 「え? あっ、ああああああーーーーーーッ!!」 「んあっ、あっ、んっ、んんっ、んんんーーーーーー……ッッ!」 ドロドロの精液が噴き出して、芦花姉の顔や大きく伸ばした舌の上に降り注ぐ。 「ぷぁっ、はっ、あっ、んんっ、すごい……あ、あ、いっぱい……んっ、んぁぁっ」 「は、はぁ、はぁ、んんっ!」 びゅるるっ! と飛び散る精液を、芦花姉は驚きながらもどこか嬉しそうに見つめていた。 少なくとも、俺にはそんな風に見えた。 「はぁ、はぁ……んっ、これが、イったってこと……なんだかすごいの見ちゃった……はぁ、はぁぁ……」 「ゴメン、凄い出た」 「謝るなら、アタシの口じゃなくて、顔に出したことかな……。味を知りたいってあんなに言ったのに……」 「でも、これでも十分かも……んじゅるっ、んっ、んんぐ……んんーー……ゴクッ、ゴクンッ」 舌の上の精液を、芦花姉はゆっくりと飲み下していく。 量が少ないからか、それとも粘度が高いからなのか、なかなか苦労しているようだったが、それでもちゃんと飲めたらしい。 「ぷぁっ、はっ、はーっ……はーっ……」 「どう? しょっぱいの?」 「んー……しょっぱくはないかな。とにかく濃くって、ドロドロで……とりあえずマズイ。それに、変な匂いもしてる」 「でも……精液を出してくれて……嬉しいよ……ふふふ」 「俺も……芦花姉にしてもらえて、嬉しい」 「本当? その割には……まだ、ここは全然硬いままみたいだけど……? こういうのって、ずっと硬いの?」 「いや、そうでもないけど、まだ満足できてないだけ」 「そ、そうなんだ? じゃあ、もう一回する?」 「それって……リクエストしてもいい?」 「もちろんいいよ。舐めて欲しい? それとも、おしゃぶりして欲しい?」 「……おま●こ……」 「――ッ!?」 「今度は芦花姉の、おま●こでして欲しい……ダメかな?」 「それは……だ、ダメじゃ、ない……本当の目的は、ソレだもんね……」 「それじゃあ………………しちゃおうか?」 「よろしくお願いしますッ!」 身体を起こした芦花姉が、緊張した面持ちで俺の身体に跨った。 すでに下着は取っ払っている。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 全裸で俺の上に跨る芦花姉はかなりエロい。 そして何よりも……前屈みになっているせいで、目の前におっぱいが……芦花姉のおっぱいがある。 ああ、これが芦花姉のおっぱい……。とっても柔らかそうで、乳首もピンク色で可愛くて……目が離せない。 「はぁ、はぁ……これが、今からアタシの中に……は、入るのかな?」 「入る……んじゃないかな? みんな、してることなんだから」 「まー坊のこれ、特別大きいってことは……ないの?」 「ない、と思う。わりと普通なんじゃないかな?」 「そ、そっか……これで普通なのか……はぁ……はぁ……」 「じゃ、じゃあ……挿れちゃうからね……まー坊はジッとしててね。お姉さんが、ちゃんとリードしてあげるから」 「う、うん……」 「はぁ……はぁ……はぁ……んっ、んんっ!?」 「うっ……あれ? えっと……あれ? あらら?」 「芦花姉?」 「も、もう、まー坊ってば、焦る気持ちはわかるけど、動いちゃダメだってば」 「俺は全く動いてないよ」 「そ、そう? と、とにかくそのまま、大人しく待っててね」 「えっと……ええっと……んっ、んっ……んっ!?」 先ほどまでとは、芦花姉の反応が違う。 身体をビクッと震わせた芦花姉。 そして俺のペニスの先っぽには……熱く、トロッとした液体が触れた。 「あっ、はっ、はぁ……はぁ……ここで、いいんだよね?」 「いや俺に訊かれても……」 むしろそこら辺の詳細を、俺が教えて欲しいぐらいだ。 「でも……それだけ濡れてるってことなんだから、そこで間違いないんじゃないかな?」 「そ、そうだよね……このまま、奥まで挿れちゃえば、いいんだよね……はぁ、はぁ、はぁ……」 「……怖い?」 「それなりには……こんなところに、異物を入れたことなんて……ないから」 「そっか……」 芦花姉はタンポンを使ったことないんだな。 などと、場違いなことを考えてしまった。 「それじゃあ、今から挿れちゃうよ……?」 「俺の方はいつでもいいから。後は芦花姉のタイミングでいいよ」 「う、うん……ありがとう。でも平気だよ。それに、先延ばしにしても……ますます怖くなるだけだもん」 「だから……だからね……はぁ……はぁ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ」 「あれ? なんだか滑る……ちょっと、我慢汁出し過ぎだよ」 「ええええ……俺のせいかな?」 むしろ、芦花姉の方が濡れすぎな気もするんだけど……? 「んっ……んっ……ちょっと、待ってね。や、やっぱりこういうのも、焦らした方がいいから」 「うん、さっきも言った通り、任せるよ」 「はぁ……はぁ……んっ、んんっ、んぬるっ!? あ、アレぇ? 意外と……ピタッと来ない……」 軽く首を傾げるようにしながら、芦花姉は何度も何度も濡れたおま●この入り口に、ペニスをあてがう。そして再び失敗。 そうする度に、ぬちゅぬちゅという粘液の音が響いて……ペニスが擦られていく。 これってもしかして、素股とかいうんじゃないだろうか? 「(ヤバい……このまま擦られ続けたら、先に1人でイきそうかも……そ、早漏とは思われたくないっ)」 その思いで、必死に俺は擦れ合う快感に耐えていた。 その失敗が幾度となく繰り返される中、不意にその時は訪れた。 「はぁ……はぁ……はぁ……んっ、んぅ? んー……んん、んんっ!? んあぁぁぁッ!!」 にゅるんっ――と、先っぽが芦花姉のぬかるみに呑み込まれる。 「(うわっ、なんだこれ……すごい、あついっ……女の人のおま●こって、こんなにも熱いものなのか……っ)」 今までに経験したことのない熱。 そして、驚くほど中はトロトロで……本当に、初めての感覚だ。 ち●ぽを通して感じるこれは、他に例え様もなくて……とにかく気持ちいいという思いだけが頭をよぎる。 「はぁ、はぁ、んっ、んん……あっ、おっきぃ……こうして、中で感じると余計におっきく感じる」 「大丈夫、芦花姉? まだ。入り口だと思うけど」 「うん、わかってる。ちゃんとこのまま……挿れちゃうんだからね」 まるで決意を表すように、芦花姉は強くそう言った。 そうしてゆっくりと、腰を落としていく。 「んっ……んっ……んんんん……ぁぁっ、入ってくる……ぅっ、ぁぁっ、アタシの中、広がってるっ」 「んん、んくぅ……ぅぅっ、んっ、んんーーっ……んんんんーーーーーー……ッッ!!」 芦花姉が腰を落とし、俺のペニスがどんどん奥に入り込んで行く。 蕩けた芦花姉のおま●こが、ペニスを抱きしめるように、ギュウギュウと締め付けてきた。 「んっ、くぅぅ……芦花姉……」 「ど、どうしたの? もしかして痛い?」 「いや、そうじゃない。俺は平気だ……というか、むしろ気持ちよすぎて思わず声が出たぐらい」 「そっか……ふふっ、じゃあ遠慮なく続けちゃうからね……ん……んっ……んんん……ッッ……!」 「いつっ……んっ、んんんン……ッッ……!!」 苦痛の息を漏らしながらも、芦花姉はそのまま最後まで腰を落とし、そのままペタンと俺にお尻をくっつけてしまった。 「んぁっ! はっ、はぁー……はぁー……はぁー……入った、おち●ぽが全部、アタシの中にはいっちゃったぁ」 「芦花姉の中……熱くて、トロトロで、本当に気持ちいいよ」 「そ、そっか、ふふ、ならよかったぁ」 「もっと気持ちよくしてあげるからね……んっ、んんんっ……ッッ!?」 芦花姉は、俺の上で腰を動かそうとして……突然そこで、動きを止めてしまった。 「んッ……いたた、あたたた……はぁ、はぁ……ご、ゴメンね、まだ慣れてなくて」 「少しこのまま、休んでもいい?」 「もちろん」 「はぁ……はぁ……んっ、んんっ……はっ、はぁ……はぁ……はぁ……」 肩で大きく息をする芦花姉。 芦花姉が息をする度、俺の目の前でその大きなおっぱいが揺れる。 おっぱいが上に……下に……上に……下に……。 「………」 上、下、上、下……。 このままおっぱいで、催眠術をかけられてしまいそうだ……。 「芦花姉……おっぱいに触ってもいいかな?」 「はぁ……はぁ……え? おっぱい? さ、触る?」 「うん。触りたいんだ、芦花姉のおっぱいの感触を知りたいんだ」 「んっ……優しくしてくれるなら。痛くするのは、ダメだよ?」 「気を付ける。もし痛かったら、言って……」 目の前でゆらゆらと揺れるおっぱいに手を伸ばす。 下から支えるように、おっぱいを手の平に乗せて、そのまま優しく指に力を入れる。 「んっ、んん……ッッ!?」 その感触は、衝撃的だった。 手の平に吸い付いて来るような感触。そしてこの柔らかさ。 フニフニと柔らかいのに弾力もある。 肌には張りがあって、かるく俺の指を押し返すようで……ぅぁ……揉んでるだけでも興奮する。 それになにより―― 「結構、重いね……大変じゃない?」 「そりゃ大変だよ……運動したら痛いし、走れないし……物を抱えるときには邪魔になるし、足元見えないし」 「苦労があるんだなぁ……でも、芦花姉のおっぱい、俺は好きだよ」 「そっか……そう言ってもらえるなら、おっきくてよかったかも……あっ、んっ……んんっ」 「芦花姉のおっぱい、気持ちいい」 「き、気持ちいいのは……揉まれてる、アタシだよぉ……んっ、んんっ」 「いや本当に揉んでるだけでも気持ちいいんだって、芦花姉のおっぱいは」 「おっぱいおっぱいって……まるで赤ちゃんみたい……あん、んっ……あっ、はぁ、はぁ、はぁぁ……んんっ」 俺は夢中になって芦花姉のおっぱいを揉む。 少しは挿入の痛みが和らいできたのか、芦花姉の吐息から徐々に苦痛の色がなくなっていく。 「芦花姉、気持ちいい?」 「あっ、んんっ……うん。おっぱい揉まれるの、気持ちいい……はっ、はっ、んんっ、あっ、はぁーっ、はぁーっ、んぁっッ」 欲望のままに芦花姉のおっぱいを楽しみ続ける。 小刻みに震える芦花姉……揉むだけでこんなになるとしたら、摘まんだらどうなるんだろ? ゆっくりと優しく、おっぱいを支えていた手を下ろす。 そして指先でおっぱいをなぞりながら、その中心でぷくっと膨らんでいた乳首を摘まむ。 「ひぁぁっ!? あっ、あっ、んっ、んんぃぃぃぃぃ……ンんんッ!?」 揉んでいる時とは全く違う反応。 キュッ、キュっ、と乳首を軽くつねって引っ張る度に、芦花姉の身体がビクンビクンと跳ね踊る。 「ぅぅぁっ! きゃんっ! んっ……んっ、んっ、ひぃぃぃ……んんっ!」 「芦花姉の反応……気持ちよさそうだ。とっても可愛いよ」 「だって、乳首、つねられたら……ぁぁっ! ひぁっ! ぁっ! ぁっ! ああっ!」 「ほら、気持ちいいんだよね? わかるよ、だって……」 「芦花姉のおま●こ、乳首をつねる度にギュウギュウに締め付けてくるから……」 「はぁ、はぁ……んっ、だって、乳首、気持ちいいから……はぁ、はぁ、はぁ……なんでだろ?」 「おち●ぽが中に入ってるからかな? なんかね……擦れただけでも、気持ちいいの……はぁ、はぁ、ンンッ」 「こんなに尖ってる……もっと気持ちよくしてあげるからね」 「ひっ、ひぃぃんっ! んっ、んぁっ、んぁぁぁっ! だめ、だめぇぇ……そんなにされたら、動けなくなっちゃう」 「身体が痺れて、セックスできなくなっちゃうからぁぁ……んぁぁぅ……ッ!」 「でも、今は休憩中でしょ?」 「んっ、もうそろそろなれて来たから……動きたい、ちゃんと動きたいの」 「痛みは? もういいの?」 「な、なんかね……お腹の中が変なの。おち●ぽが、中でヒクヒクしてるのわかって……そしたら、アタシもうずうずして……」 「動きたい……もっとおま●こで、おち●ぽ感じてみたいの……はぁ、はぁ……」 「芦花姉……すごくエッチなんだね」 「そうみたい、はぁ、はぁ……自分でも、初めて知ったの。アタシ……こんなにエッチだった」 「ねえ……エッチでおっぱいの大きい年上のお姉さんだけど……それでも好きでいてくれる?」 「惚れ直した、いやそれどころか、もっと好きになったよ」 「嬉しいな……ふふ、じゃあ動いちゃうからね……んっ、んっ、んっ……」 「ぅっ……くっ……ぁっっ」 俺のペニスを強く抱きしめたまま、腰を上下に振る芦花姉。 その速度はゆっくりだったけど……それでも押し寄せてくる快感の大きさに、俺は身体を震わせていた。 「はぁ、はぁ……芦花姉……すごいよ……芦花姉のおま●こ、本当にすごい……」 「お、おち●ぽも、すごいよ……裂けちゃいそうなぐらい痛いのに……身体がビリビリって、痺れちゃいそうなの」 「はぁ、はぁ……んっ、んぁぁあっ! あ、あ、あ……えっちな音しちゃってる……はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ!」 「本当だ……グチュグチュいってる……」 それぐらい、芦花姉のおま●こはドロドロに蕩けてるんだ。 「はぁ、はぁ、あっあっあっあっ……んんっ、んんっ……はっ、はひぃ、はぁーっ、はぁーっ……んっ、んんっ」 「くっ……んんっ……」 「あっ、気持ちよさそうな顔……可愛い♪」 「そんなの、芦花姉だって……」 芦花姉に対抗するように、俺はその乳首を引っ張る。 「ひぅぅぁあっ! そっ、それ、ダメ……あ、あ、あっ、あっ、あっ、そんなに、つねっちゃダメだよぉ……ああぁぁッ」 気持ちよさそうな顔をしながら震える芦花姉。 「芦花姉の気持ちよさそうな顔、可愛いよ。その顔を見るのが好きなんだ」 「んっ、んんっ……あ、アタシだって……そうだもん……んっ、んっ、んんーーっ!」 乳首を摘まむ指に負けじと、芦花姉は腰の動きを大きくする。 芦花姉のお尻が、俺の股間にぶつかる度に、パチュ、パチュ、と肌のぶつかり合う音が響く。 それほど激しく腰を振りながらも、おま●こはギュゥゥゥゥッとペニスをしっかりと締め付けたまま。 「あ、あ、あーーっ、んん……ッ! ほ、ほら、気持ちよさそうな顔になってきた……んっ、んんんっ」 「ぅぁ……あっ!」 「ね、ねえ、気持ちいいんでしょう? アタシのおま●こ、ちゃんと気持ちいいんだよね?」 「うん……気持ちいい……気持よすぎて、今にもイきそうなぐらい……ぅぅぁっ」 「イっちゃいそう……? いいよ、遠慮しなくて、しなくていいからね……んっ、んっ、んっ、んひぃぃっ!」 「ろ、芦花姉も……いいからね。気持ちよくなっていいから」 「ひぃぃぃんんっ! だ、ダメだってばぁ、乳首をつねっちゃ……あっ、あっ、あっ、あっ、あっ!」 俺は、芦花姉のお尻を打ち付ける動きに。 芦花姉は、俺の乳首をつねる刺激に。 お互いに快感を与えながら、俺たちは駆け上がっていく。 「はぁーっ、はぁーっ、んんっ、ダメなのにぃ……ぁっ、ぁっ、あっ、あーーーっ! 感じちゃぅ、感じちゃうのっ」 「お、おっぱいも……おま●こも、痺れる……あっあっあっあっ、おま●こ、擦れて、痺れちゃうからぁ……あっあっあっ」 「うん、俺も、感じてる……芦花姉のおま●こで、気持ちよくされてる」 「んッ、んッ……んぁぁ、もうダメ……頭の中、真っ白になっちゃう……んっ、んひぃぃっっ!」 「俺なんて……すでに真っ白だ、何も考えられないぐらい……ぅぅあっ」 「ほっ、ほら……早く、イっちゃって……あっ、あっ、あっ、あっ……またいっぱい精液、だしちゃお? んっ、んんーーーッ!」 芦花姉が声を上げ、俺のペニスを搾り上げる度に、射精の衝動がこみ上げてくる。 「うぁぁっ……んっ」 我慢するのはこれで何度目だろう? 股間が痛くて、痺れてしまって……もうそろそろ、力が入らなくなってきてる。 「あっあっあっ、ひっ、んんんんんぅぅぅ……ッ! はっ、はぁーっ、はぁーっ……頭、くらくらしちゃう……んっ、んんーーーっ」 「ろ、芦花姉……俺、もうダメかも。マジで、イきそう……」 「あっ、本当……まー坊の顔が、とっても可愛くなってる……んっ、んんーっ……あ、あ、あ、あっ」 「イっていいからね、ほら、ほらっ……んっ、んぁぁあっ! はぁ、はぁぁんっ、んっ、んっ、んんぁぁっっ!」 「ろ、芦花姉、俺っ、もう――」 「芦花姉、中でいいかな? このまま、芦花姉の中に出したいんだ」 「んっ、んんっ……いいよ、きて、きてぇ……ほら、出してぇ……ん、ンンッ!」 「ぅぅっ、ぁぁっ! ろ、芦花姉……出る、出るよ」 「うん、うんんん……ッッ、あっ!? あっ! あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっ――」 「ああああああああああーーーーーーーーーーーーー……ッッ!」 ついに限界を迎えた俺は、その全てを芦花姉の中に吐き出した。 「ひぃぃあっ!? んっ、んぁぁ! あっ……あっ……んぁぁぁ……ッッ!」 何度も何度もドクドクッと、熱い奔流が芦花姉のおま●こになだれ込む。 「うっ……ぁぁぁっ……すごっ、ぃぃぃ……いっぱい……アタシの中に、いっぱい……んんっ!」 「はぁ、はぁ、はぁ……ろ、芦花姉……」 「出てる、すごい沢山出てるよ……あ、あ、あっ、んんっ……はぁぁぁ、中でビクビクって震えてる……」 「芦花姉……イくよ、俺の精液を、身体で受け止めて欲しい」 「ん、うん、任せて……はぁ、はぁ……いつでも、イっていいからね……んっ、んんっ!」 「すぐに、イく……イくよ、芦花姉!」 「うん、うんっ、来て、あっ、あぁぁぁぁぁ、来て、来てぇ……あ、あ、あッ、出してっ」 「ああっあっ、ああぁぁぁぁぁぁーーーー……ッッ!」 芦花姉が大きく腰を上げて、俺のペニスを抜くと同時に、俺の欲望が放出される。 「きゃっ、あっ、んっ、んぁぁ……あっ、はぁ、はぁ……んっ、んんーーー……っ!」 びゅ! びゅるる! と、飛び散る精液が、芦花姉の白い肌に飛び散っていく。 自分でも驚くぐらいの勢いで飛んだ粘液は、そのまま芦花姉のおっぱいまでも汚していった。 「はぁ……はぁ……んっ、んんぁっ……はぁぁ……」 「はっ、はひっ、はっ、はぁー……はぁー……あっ、あっ、いっぱい出てる……んんっ、やっぱりすごいにおい……んんっ」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 視界がぼやけそうなぐらいの絶頂だった。 連続して射精したからかな? やっぱり身体にすごい負担があるんだろう。 「はぁ、はぁ……いっぱい出したね」 「芦花姉が、気持ちよすぎるから……」 「……せ、セックスって……とんでもないね」 「うん、とんでもない」 こんな感覚は初めてだ……オナニーでは決して味わう事の出来ない射精だった。 「ありがとう、芦花姉……」 「え? あ……うん……なんか、こんなことでお礼を言われるって……ちょっと困るね」 「でも、嬉しい……よ、ふふふ」 「芦花姉……今日、泊まってもいい? もっと芦花姉と一緒にいたいんだ」 「んっ……うん、アタシは……いいよ。むしろ嬉しい、一緒にいてくれると、安心できるから」 「でも、まー坊は平気なの?」 「祖父ちゃんの事なら平気だよ。だってさ、もうプロポーズしてるんだから」 「連絡して何か言われても、ちゃんと説得してみせるから」 「そっか……じゃあ、今日はずっと一緒だね……ふふ」 「大好きだよ」 「俺も大好きだ、芦花姉」 そうして俺たちは、身体をドロドロにしたまま、ねっとりとしたキスをした。 「(ここは……一体……?)」 「(宙に浮いているような……いや、水の中をどんどん沈んでいくような……)」 「(何とも言えない、この奇妙な感覚は……?)」 ……痛い……苦しい……。 「(………? 声が聞こえる)」 返せ……。 「(聞き覚えのない声……)」 「(いや、これは声なんだろうか?)」 嫌だ……嫌だ、苦しいのは嫌だ……。 「(相手の気持ちはちゃんとわかるけど……人間の言葉じゃない?)」 「(むしろ何か激しい苦しみを訴えている……生き物の鳴き声にも感じる)」 「(これは……お前は一体、なんなんだ……?)」 溺れるような感覚の中、俺は不思議な光の中に落ちた。 その中で見た風景は、妙な色合いの山の中。 正面に1人の男が立っていた。苛立たしそうな表情で、こちらを睨みつけている。 甲冑をまとった男の手には、鈍く光る日本刀があった。 男が口を開く。 『――――――』 何故かその言葉を聞き取ることはできない。 だが、その必要はなかった。 刀を構えるその姿が、全て語っていた。 「―――ッ!?」 これから起こることを理解し、必死でそこから逃げようともがく。 だが身体が動かない。どれだけもがいても、指一本動かせない。声を上げることすらできなかった。 それでも諦めずに必死にもがく俺を見て、男はニタリと笑う。 男は躊躇わなかった。むしろ面白そうに笑いながら、刀を振り下ろす。 そして俺の首が、斬り落とされた。 「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぁああああああああっ!」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「身体が動く……声も出る……く、首が!?」 ペタペタと触れると……ちゃんと繋がっている。しかも温かい。 見回すと、そこはいつも使っている部屋だ。 何度も寝起きして、居心地も良くなった部屋。 「生きてる……ちゃんと、生きてる……」 死んでいないと主張するように、痛いぐらい大きく心臓が脈打つ。 「本当に殺されたかと思った……」 それぐらいリアリティのある不思議な夢だった。 胸の痛みと首の温もりに、心の底から安堵する。 ……誰かに殺される夢なんて初めて見た気がする。 「というか……一体どうなったんだ?」 「俺は確か診療所に行って、そこで……祟り神に……」 記憶と一緒に、全身に痛みが蘇ってきた。特に右腕が激しく痛む。 でもこうして痛みがあって、部屋で寝てたってことは……祟り神は消えたはずだ。 「………」 「俺、こっちに来てから何回死にかけてるんだろう」 今回は、一番怪我が酷い。 盾にするしかなかった左腕には厳重に包帯が巻かれ、拘束されてるみたいだ。 他にも傷の手当てがしてあるのは、最後に祟り神が暴れた時に出来た傷だろう。 しかし何故か、右腕の痛みが一番ひどい。ズキンズキンとした鈍い痛みがまだ残っている。 「イテテテ……」 「なんだろう、この痛み……穢れに触れたからかな?」 とはいえ、骨も折れた様子はない。 これなら日常生活もなんとかなるだろう。 「ご主人……」 「ムラサメちゃん?」 「ご主人ーーー!」 「うわっ!? ちょ、待った待った!」 「あだだだだだだだだっ!」 「ちゃんと起きたのだな! ご主人、心配したのだぞ。よかった……よかったぁ」 「ストップストップ! 心配かけたのは悪かったけど痛いって! ちょっと、離れてっ」 「それよりみんなは? あの後、どうなった?」 「心配はいらん、無事だ。茉子も命に別状はない」 「そうか……」 「人の心配をしておる場合か、ご主人が一番危なかったのだ」 「そ、そうなのか?」 「身体だけではない。ご主人は、その身に無理矢理神力を宿らせた。その影響は魂にも及ぶのだ」 「医者が問題ないと診断しても……そのまま目覚めぬ可能性もあった」 「そんなに!?」 「もしかして俺、結構寝てたのか?」 「あれから2日経った。もしこのまま目覚めなかったらと、吾輩は……吾輩は……」 声を震わせているムラサメちゃん。 本当に不安だったんだろうな。 「もう大丈夫だから。ちゃんと生きてるだろ、ほら」 「ちゃんと目覚めたのはよいが、身体の調子はどうだ?」 「ああ。左腕は包帯で自由には動かせないけど、痛みはそれほどでもない」 「むしろ右腕に痛みが残ってるかな」 「それは神力を宿した影響であろうな」 「つまり、アレは夢じゃなかったんだよな?」 「駒川さんのところに行ったら祟り神がいて……」 「身体に神力を宿してもらって、なんとか祓った」 「でも、右腕に穢れがまとわりついてて、その穢れが襲い掛かってきて……そのあとは、何も思い出せない」 「んん? 最後は違うぞ。穢れを祓ったご主人から神力を取り去った直後、そのまま意識を失ったのだ」 「そ、そうか……」 じゃあ、あの時俺はすでに意識を失っていて、最後だけ夢を見てたのか? それとも………………? 「とにかく、祓ったのは夢じゃないんだな」 「そこまではご主人の記憶通りで間違いない」 「茉子はわき腹から背中にかけて、少々痛めたらしいが、命に別状はない」 「駒川の者は部屋の隅に倒れておったらしい。大した怪我ではない、今日も診療所で仕事をしておるよ」 「そっか。よかった」 「よかったのはご主人の方だ。本当に、無事に目覚めてくれて……」 「神力を宿さなきゃ、被害はこの程度じゃすまなかったんだ」 「ムラサメちゃんが気に病む必要はない。むしろ本当に助かった、ありがとう」 「二度はせぬからな、あのようなこと。本当に危険なのだ、人の肉体に神力を無理矢理流し込むなど――」 「無理矢理……流し……込む………………」 流し込むという言葉が、あの時の情景を思い出させる。 神力を宿すために……キス、したんだよな。 いや、緊急の措置だ。人工呼吸と同じようなもので、キスとは違う。 違うけど……触れ合ったのには、間違いない。 気付くとムラサメちゃんが距離を取って、部屋の隅で縮こまっていた。 「ととととにかく、アレは今回限りだからな、ご主人」 「ご主人の身体に負担のかかることであるし……せ、接吻など、そう気軽に」 「あ、ああ、それはわかってる」 「………」 「………」 「な、何故黙るのだぁ、ご主人」 「ムラサメちゃんの方こそ、なんでそんな遠くに行く?」 「そ、それは……ほれ……近くで正面から向き合うと、はははは恥ずかしいではないか!」 「吾輩、あのようなことをしたのはご主人が初めてだったのだぞ!」 「俺だって初めてだったんだぞ!」 「男が威張るでないっ! 吾輩は数百年守ってきたのだ! ご主人のよりも価値があるのだ! びんてーじなのだ!」 「なんでも寝かせりゃいいってもんでもないだろっ!」 でもまあ、やっぱり女の子の方が大事なのかな。 「傷つけたなら謝る。ゴメン」 「あ、いや、別に嫌というわけではないのだ。状況が状況だったからな」 「あの時は恥ずかしがっておる場合ではなかった。だが、こうして改めて顔を合わせると……」 「~~~~~~……ッッ!?」 さっと顔を隠してしまうムラサメちゃん。 思い出すと、俺も少し恥ずかしいんだけど……。 そんなに意識をされると、俺の方まで恥ずかしくなってきた。 しかし……ムラサメちゃんが、こんなに顔を真っ赤にしてもじもじするとは。 そういえば、一番最初に胸を触ったときも……女の子らしい反応だったな。 「わ、吾輩、芳乃を呼んでくるっ」 逃げるように部屋を出て行ったムラサメちゃん。 ……お、俺も、今のうちになんとか落ち着きを取り戻そう。 「本当に目覚めてくれてよかった……」 「よかった……本当によかったです」 そうして2人が吐いた息は、心の底から安堵しているものだった。 2人とも学院に行かず、ずっと俺の看病をしていてくれたらしい。 「心配をかけてゴメン」 「でも大丈夫。手はちょっと不便だけど、大げさにするほどじゃないよ」 「俺よりも、駒川さんは大丈夫なんですか? 怪我は?」 「少し青あざができた程度だ。君たちに比べれば軽い物だよ」 「有地君の左腕の裂傷は見た目ほどひどくない。ちゃんと治る。他の部分も問題ないはずだ」 「そうですか。よかった」 「ただし、右腕に関しては……申し訳ないが私には判断が付かない」 「神力はすでに回収しておる。少なくとも、これ以上悪化することはあるまい」 「なら一安心だ」 「なんにしろ、よかった。知らせを聞いたときは、本当に肝が冷えたよ」 「ご心配をおかけしました」 「いや、いいんだ。こうして話すことができているんだから」 いつもの柔らかな笑みを浮かべた安晴さん。 その表情が、スッと引き締まる。 「それで、一体何があったんだい?」 「話はまだ……?」 「さわりだけは聞いたんだけど、細かいことは将臣君が目覚めてからと思って」 「ゆっくり話している精神的な余裕がなくてね」 「何があったのかは、俺も良くわかりません。むしろ、俺が教えて欲しいぐらいなんですけど……」 「何から話しましょうか?」 「ではまず、祟り神について話をしよう。順序的にはそれが一番いいと思う」 「祟り神が山を下りて来たというのは間違いないのかい?」 「いえ、それは違います」 「……え? で、でも私たちは、この目でちゃんと見ましたよ」 「勿論幻ではない。だが、山から下りてきたわけでもないんだ」 「あの祟り神は私の診療所で発生したものだ」 「バカな! そのようなこと、前例がないぞ!」 「祟り神が、診療所で……ど、どうしてそんなことに……?」 「突然そんなことが起きるなんてあり得ない。なにか理由があるはずだ」 「ええ。その理由が、これです」 駒川さんは、俺たちに向かって手を広げて見せた。 その手の平には、小さな欠片が乗せられている。 「俺が山で拾った欠片ですね」 「この欠片は意識を失った有地君が握りしめていたんだ」 「そうなんですか?」 「覚えてない?」 「あの時は本当に無我夢中だったので」 「それはつまり……祟り神の一部ということですか?」 「一部なんてものじゃない。祟り神を発生させる核、いわば心臓の様なものだ」 「その欠片が!? ま、間違いないんですか!?」 「この目で見たよ。この欠片が黒く染まるところを」 「そして泥のようなものが溢れ出し、祟り神となったんだ」 「それは一体……?」 「呪詛で怨みの力を使役する場合、怨みを宿す憑代を用いることがあります」 「おそらくこれは、呪詛に用いられた憑代の欠片でしょう」 「呪詛を返されたことで、憑代も砕けて散らばっていたのではないかと」 「こんなに小さな欠片では、大きな力は発揮できません」 「だから穢れを溜めて、祟り神という身体を作り上げた……私はそう考えます」 「欠片を祓えば祟り神はもう発生しないのかな?」 「残念ながら……」 「もしそうであれば、祟り神になることも無かったはずです。この欠片は一度、祓われているんですから」 「ああ、そうか……確かにそうだね」 「呪詛を解く鍵は、穢れを祓うことではなく、宿している怨みにあるはずです」 「……怨み……」 それって……まさか? 「あの、質問があります」 「欠片が宿した怨みを夢で見る……なんてことは、あるんでしょうか?」 「その話、もう少し詳しく」 そうして俺は、穢れに飲み込まれるような幻覚を見たことも含め、覚えている限り夢の話をした。 不思議な鳴き声のような……苦痛を訴える、返せという思い。 いやらしい笑みを浮かべた男に、首を斬られた夢のこと。異様な現実感があったこと。 「あれが、偶然だったのか気になって」 「どうだろう……祟り神と接触したことは以前にもあったはずだ」 「欠片を持ってきたのも有地君。なのに今回だけ……?」 「もし本当にそうなら“返せ”と怒っていた部分が重要になりそうですね」 「返せ、か……」 「もしかしたら……?」 「思い当たることが?」 「有地君、新しい欠片が見つかったと言っていたよね?」 「それ、今も持ってる? 試したいことがあるんだ」 「え? あ、どうでしょう? 確か、あの日来ていた服のポケットに……」 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 俺から欠片を受け取った駒川さん。 持っていたもう一つの欠片を取り出し、同じテーブルの上に乗せる。 「よく見ていて欲しい」 みんなでテーブルを囲むようにして、ジッと2つの欠片を見つめる。 その時、驚くべきことが起きた。 誰も触れていないのに、欠片がカタカタと震え、近づき始めたのだ。 「なっ、これは……」 そしてついに2つの欠片が触れ合った瞬間、激しい光を放つ。 だがそれも一瞬のこと。 光が収まったテーブルの上には、ちゃんと欠片がある。 ただし、先ほどよりも一回り大きくなった欠片が一つだけ。 「欠片が一つに、なった……だと……っ!?」 「やっぱりそうか……間違いない」 「駒川さん、これは一体……?」 「電話で報告したいことがあると言ったね。それが、これだ」 「私は欠片を調べるために、試しに削ってみたんだ。だけど、削れなかった」 「いや、削れはするんだが、すぐに元の欠片に戻ってしまうんだ」 「………」 「もしやとは思ったけど……確信した」 「憑代は一つに戻りたがっている。それが、憑代の願いだ」 「それって……もしかして、その願いを叶えることができれば……」 「呪いが……解ける……?」 その言葉に、駒川さんが頷くことはなかった。 だが、否定を示すこともない。 「少なくとも現状を打破するキッカケにはなる」 「欠片が散り散りになったことが、祟り神の発生に関係しているはずだから」 「それは、どういうことかな?」 「考えてみたんです……あの時祟り神が発生したこと。そして私が襲われたこと」 「アレは、憑代を削ったから祟り神が発生したんじゃないでしょうか?」 「祟り神が普通に発生しただけなら、芳乃様や有地君の元に向かったはずです」 「……確かにそうかもしれない」 「思うに、憑代を砕かれたことに対する怒りの表れ。一種のプレッシャーが祟り神ではないかと」 「憑代を再び一つにすることができれば、怒りは治まるのではないかと」 「私たちはずっと勘違いをしていたのかもしれません。呪詛は長男ではなく、利用された犬神の意思だったのかも……」 「であれば……憑代を手厚く祀りあげ、犬神の魂を《い》慰《ぶ》撫して鎮めることができれば……」 「魂を鎮める、か」 「ムラサメ様? なんて仰ってるの?」 「憑代は手厚く祀りあげて、魂を鎮めた方がいいんじゃないかって」 「ああ、そうか。私の考えが退治するという方向に、凝り固まっていたかもしれないね」 「とにかく必要なことは、欠片を集めることか」 「それについてだが……おそらくレナは、欠片と何かしらの関係がある」 「レナさんが?」 「祟り神はレナを狙っておった。そこにも何か理由があったはず。それに吾輩の姿が見えていた」 「まずはその確認が必要だな」 もしかすると、また狙われる可能性だってある。 急いだ方がいいだろう。 時計を見ると午後三時過ぎ。 「この時間だとレナさんは、学院かな?」 「レナさんでしたら、お見舞いに来るそうですよ」 「メールで連絡がありました。あと、鞍馬君と妹さんもいらっしゃるそうです」 「すれ違いになってもなんですから、こちらで待っていた方がいいかもしれませんね」 「そちらは任せるよ。今日は大人しくしているようにね」 「また明日の朝に診察をしに来るから、もし何か火急の事態になったら、いつでも遠慮なく電話して」 「わかりました」 「それじゃあまた明日」 「ああ、そうそう。常陸さん」 「はい?」 「布団から出るなとは言わないけど、なるべく安静にしてること」 「そんなになんですか?」 「みづはさんはお医者様ですから、大げさに仰っているだけですよ」 「ワタシは大丈夫ですから、気にせずに何でもドンとお任せ下さい」 と、自信満々に自分の胸をドンと叩く常陸さん。 「―――ッッ!?」 「……ぅっ……くぅぅ……」 「………」 「を、をまかせくらはぃ……」 「涙目じゃないか」 「言わんこっちゃない。痛みがなくなるまで無理に動いたり、衝撃を与えないように」 「医者の指示に従わないと怪我が長引くよ」 「はぃ……」 そうして、俺が大人しくしていること約30分。 襖の向こうから声がかけられた。 とはいえ、それはレナさんの声ではなく―― 「お兄ちゃん、起きてる?」 「入るぞー」 「お、なんだ、ちゃんと起きてるじゃないか」 「お兄ちゃん、無理しなくていいんだよ? 寝てなくて大丈夫?」 「いや、本当に大丈夫だから」 「マサオミ……よかった、ちゃんと起きたのですね……」 「心配かけてゴメン、レナさん」 「にしても、お前こっち来てから怪我ばっかりだな」 「まさか怪我を治すための診療所で、怪我をするとはな」 「倒れた本棚の下敷きになったって聞いたけど……」 「本棚……」 「………」 一瞬きょとんとした俺に、レナさんが視線を送ってくる。 ああ、そうか。祟り神を説明してるわけない。 そういう風に誤魔化しているんだろう。 「なんか運悪く巻き込まれてな」 「包帯までして……そんなにひどいの?」 「見た目ほどじゃない。すぐに治るよ」 「それならいいんだけど」 「して欲しいことがあったら何でも言ってね、お兄ちゃん」 「ありがとう、小春」 「マサオミ、お見舞いのプリンです。大旦那さんから、任されました」 「ありがとう。祖父ちゃんには、そのうち挨拶に行くとは思うけど、よろしく言っておいて」 「はい。お任せ下さい」 「お兄ちゃん、これは私からのお見舞いね」 「中身はビワだから、皆さんでどーぞ」 「気を遣ってもらって悪いな」 「いいの、これぐらい」 「で、最後に俺のお見舞いだ」 「廉太郎まで? 小春と一緒で十分だったのに」 「まあまあ、そう言うな」 そう言って、ぐいっと茶色い紙袋を押し付けてくる廉太郎。 ……ん? 角があってズシッとしてて……食べ物じゃなさそうだ。 しかも……なんか嫌な笑みを浮かべてるなぁ。 確認は後にしておこう。 「それで、調子はどうなの?」 「起きたばっかりだから、今日は大人しくしておくようにって」 「でも明日からは普通に動いて大丈夫だってさ」 「それは何よりでありますね」 「でもビビったぞ。将臣だけじゃなく、巫女姫様や常陸さんまで休むんだから」 「さっき話した感じだと、元気そうで安心したけどさ」 「常陸さんも怪我をしたけど、朝武さんは看病のために休んだだけだろうからな」 「でも本棚が倒れるなんて、一体何があったの?」 「地震が起きたわけでもないのに」 「それは、まあ……」 「………」 さすがに祟り神のことを説明するわけにもいかない。 おそらくレナさんはすでに、必要なことは説明を受けているのだろう。 話を振られないように視線をそらして、会話に参加しないようにしている。 レナさんに欠片の確認をしないといけないけど……さすがに2人の前で訊くことはできない。 もう少し様子を見るしかないか。 「さあな。俺も突然のことで、あんまり覚えてないんだ」 「何かのキッカケはあったんだとは思うんだけど」 「ま、本当に運が悪かったんじゃないかな?」 「お兄ちゃん、お祓いでもしてもらった方がいいんじゃない?」 「必要ないって。巫女姫様と一緒に暮らすなんて幸運に恵まれてるんだから、プラマイ0になったってだけだって」 「そんな風に考えるようにしとくよ」 「あ、お茶も出さずに」 「今日はお兄ちゃんのお見舞いに来たんだから、そういうことは気にしないでいいの」 「そうですよ、マサオミ。わたしがお茶を淹れてきましょう」 「さすがにそこまでしなくても」 「今日ぐらいは、わたしに頼って欲しいのでありますよ」 「というか……今さらだけど、レナちゃんはここにいて大丈夫なの?」 「いつもは旅館の仕事があるからって、授業が終わったらすぐに帰ってるじゃん?」 「ヘーキですよ。むしろ今日は大旦那さんに言われていますので」 「お祖父ちゃんに?」 「マサオミやマコが怪我をして色々大変でしょうから、今日は家事のお手伝いをするように、と」 「ということで、何かあればお任せですよ」 「家事のお手伝い、ですか?」 「はい。わたしの今日のお仕事なのです。是非、手伝わせて下さい、お願い致します」 「お客様にそんなことをして頂くわけにはいきません」 「ですが、普段はマコが家事全般をしていると聞きました」 「そんなマコが怪我をして大変でありましょう? 例えば御飯など」 「それは……」 「料理ぐらいでしたら大丈夫ですよ」 「ダメ。なるべく安静にするように言われてるんだから」 「では、わたしが」 「ですが……迷惑をかけるわけにはいきません。今日は私が頑張ります」 「ヨシノは料理ができるのでありますか?」 「基本ぐらいは知っていますとも」 「日本では料理の基本を『さしすせそ』で言いますよね?」 「もっ、もちろん知っていますよ。砂糖・塩・お酢・せ、せ……」 「背油……? と、ソース?」 「……味付けが濃そうだなぁ」 「『せ』と『そ』は醤油と、ソースだよ」 「お醤油とお味噌」 「あれ? そうだったっけ?」 「……確かに、正直に言いますとあまり経験はありません」 「でも、こんな時ぐらい……役に立ちたい……」 「んー! ヨシノは可愛らしい人ですね!」 「ではその気持ちを汲んで、手慣れた人と一緒に作るとよさそうですね」 「俺も一応簡単な物なら作れるけど」 「ダメですよ、有地さん。腕を使わないように言われてるんですから」 「そんなにか?」 「動かせないわけじゃない。酷使するなとは言われてるけど、普通にしてる分には問題ない」 「それでもダメだよ、お兄ちゃん。包丁とか持たれると心配だもん」 「鞍馬さんの言う通りです」 「しゃーない。ここはいっちょ俺が一肌脱ぎますか」 「お前、料理できるの?」  「もちろんよ。今時料理ぐらいできなきゃ女にモテないからな」 「『さしすせそ』を普通に間違えてたのに?」 「俺は頭よりも身体で覚えるタイプなの。知識じゃなくて実践派なの」 「少なくとも小春より上手いぜ。こいつ不器用だからさー」 「むっ……なにさ、わざわざ引き合いに出さなくてもいいじゃない」 「廉兄なんて、旅館の手伝いでお客さんの前には出せないから、厨房に回されて覚えただけでしょう」 「ありそうな話だ」 「何にしろ、基本はシゲさんに仕込まれてるってことだ」 「私だってお姉ちゃんのところで働くようになってから、料理の練習だってしてるもん」 「昔よりは、少しぐらいは力になれるよ」 「……本当に大丈夫か?」 「ちょっとお兄ちゃん!」 「あ、いや、冗談だ。信じてるってば」 「へー、ちゃんと努力してるのか」 「小春はいいお嫁さんになれそうだな」 「そ、そうかな? えへ、えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」 「ほー。じゃあその実力を見せてもらおうか」 「いいよ、それぐらい。あ、でも……」 「やっぱりご迷惑でしょうか?」 「芳乃様、意固地になり過ぎるのも失礼になると思いますが」 「……わかりました。ありがたく、お言葉に甘えさせていただきます」 「はい」 「よし。頑張りますか」 「ですが、流石にこの人数は多いかもしれませんねぇ」 「ではわたしは別のお手伝いをしましょう」 「別って?」 「もちろん、マサオミの寝床のサービスですよ~。わたし、こう見えても床上手なのですよ、ふっふっふっ」 「床ッ!?」 「上手ッ!?」 「あら……まぁ……」 「……ッッ」 「それだけは女将にも褒められるぐらいですよ」 「女将にも褒められる!?」 「やっぱ海外はすげーんだなー」 祖父ちゃんの旅館は従業員に何をさせているんだよっ!? ナニをさせてるとか、そういう話じゃなくてさ! 「ずっと寝ていたのなら、お布団を干してシーツも変えた方がよいですよね?」 「気持ちよく眠れるように整えますので、お任せ下さい。自信あります」 「あ、ああ……」 「なんだ、床上手ってそういうことか」 「あービックリした……」 「………? わたし、変なことを言いましたか?」 「いや、まあ、その……」 「さ、さあ、その話は置いておいて、夕食の準備を始めましょう」 「はい、そうですね」 「もしよろしければ、みなさんも一緒に夕食を食べていきませんか?」 「そのお誘いは、もの凄く光栄で嬉しいんですが……」 「もう家で用意されてると思いますから、今回は申し訳ありません!」 「そうですね、急にすみません」 「いや、機会があればまた」 「ほら、お昼のお弁当とかならいつでもOKだから」 「はい、廉兄の言う通りです」 「あのー、わたしはお言葉に甘えてもよろしいですか?」 「はい、もちろんです」 「ありがとうございます。頑張って働きますので! さてと、では早速!」 「………」 これ、いいチャンスかもしれない。 「レナさん、俺も一緒に手伝うよ。ついでに掃除もしたいしさ」 「その気持ちはありがたいのですが、無理をしてはいけませんよ?」 「わかってる。邪魔はしないようにするから」 「それじゃあ行こう」 「さて! ではどの部屋から行きましょうか!」 「その前にレナさん、少しだけ時間をもらえないかな? 話したいことがあるんだ」 「……はい?」 「マサオミ、一体どうしたんですか? 家を出て、こんなところにつれてくるなんて」 「話とは……わざわざこんなところでしなければいけないんですか?」 「他の誰かに聞かれたくない話なんだ」 「おー……それはもしや、あのモンスターのことでありますか? 確か……」 「タタミ神……」 「祟り神ね」 「おお、そうでありました。大変失礼致しました」 「あの日のこと。説明は聞いてるんだね?」 「はい。決して他言は致しませんのでご安心下さい」 「危険なことに巻き込んでしまって……本当にゴメン」 「ヘーキですよ。別にイタズラで巻き込まれたわけでもなし、事故です」 「飼い犬に噛まれた程度のことです。気にしていません」 「それ、すごい皮肉に聞こえるんだけど」 「………?」 「わたしは、マコやマサオミの元気な顔が見られて嬉しいですよ」 まあ、こんな笑顔を見せてくれているんだから、言い間違えだろう。 「それで……もう少し聞いて欲しい話があるんだ」 「……わかりました」 姿勢を正して、俺に向き直るレナさん。 「じゃあ説明する前に……ムラサメちゃん」 「あわっ!? いたのですか、ビックリしました」 「廉太郎や小春がいる前で呼びかけられるとよくないのでな。姿を消しておったのだ」 「な、なるほど」 「いくつかまだ確証のないことも多いけど、聞いて欲しいんだ」 「……はい」 俺は彼女に、昨日判明したことも含めて全てを語っていった。 「……事情は把握いたしました」 「とにかく、そのために不思議な石が必要ということですね」 「そして、わたしもその石に関係があると」 「俺たちはそう考えてる」 「心当たりはないかな? こういう欠片なんだけど」 差し出した欠片を見た瞬間、レナさんは軽く息を呑んだ。 「………」 「やっぱり……あるんだ?」 「少々お待ち下さい」 そうしてカバンから取り出される、小物入れの箱。 蓋を開けた中には、透明ながらも中に白い靄のような物がある石の欠片。確かに同じ物に見える。 「おそらく、コレではないかと」 「うむ。気配は弱いが欠片の一部で間違いなさそうだ」 「それは山の中で拾ったの?」 「いえ、拾った物ではありません。コレはわたしの家に代々受け継がれてきた物なのです」 「受け継がれた……って、例のご先祖から?」 「はい。わたしはお祖父ちゃんから譲ってもらいました」 「そうか、初めて見た時に感じた妙な気配は、この欠片が原因であったか」 「子供の頃からずっと持っていまして、日本に来るときにもお守り代わりに持ってきたのです」 「お祖父ちゃんは、もう……日本には、来られませんので……」 「レナさん……」 懐かしそうでありながらも、悲しそうな声。 それだけで、その欠片がレナさんにとって、とても大切な物であることは伝わってきた。 それに今の言い方……お祖父さんは、もう……。 きっと、大切な思い出が詰まった物なんだろう。その気持ちを考えると凄い心苦しい。 でも、それでも俺には……この欠片が必要なんだ。 「………」 「レナさんにとって大切な物なのに、こんなことを言うのは不躾で、とても失礼だとも思う」 「それでも……どうかお願いします。その欠片を譲って下さい」 背筋を伸ばし、しっかりと頭を下げる。 こんなに気持ちを入れて丁寧なお辞儀をするなんて、旅館で働いているときにもなかった。 「………」 「お祖父さんとの大切な思い出が詰まっていることはわかってるつもりだ。だけど……どうか、お願いします」 「頭を上げて下さい、マサオミ。構いませんよ」 「俺の頭でよければいくらでも下げます」 「あのですね、構いませんと……」 「条件があるなら何でもしますから」 「おー! 何でもして頂けるのですか? それはとてもいいことを聞きましたね」 「……あ、あれ?」 「い、いいの? 本当に?」 「大切な物であろう? そんなに簡単に決めてしまってよいのか?」 「構いません。だってマサオミやヨシノには必要なのでしょう?」 「だ、だって……お祖父さんの形見なんだよね?」 「……え?」 「え?」 「お祖父ちゃん生きておりますが」 「で、でもさっき、もう日本には来れないって」 「元気ではあるのですが、もう高齢ですので膝や腰を悪くして。旅行は少し難しいだけですよ」 「そ……そうなんだ……」 「形見ではありませんので、ご安心下さい」 「心配してくれるのはありがたく思いますが、そう念押ししないで下さい」 「思わず考えが変わってしまいそうです」 「……すまぬな」 優しい表情を浮かべたままレナさんがゆっくりと首を振る。 「確かにこれは大切な物です。このような事情でなければ頼まれても譲らなかったと思います」 「ですがマサオミは、日本でできた最初の友人です。あの時、マサオミやマコに案内されて嬉しかったです」 「それにヨシノもいい人で、学院で一緒にお弁当を食べるのも楽しいです」 「レナさん……」 「毎日がすごく充実していて、満喫しています。みんな大切な友人です」 「………」 「おー! それからムラサメちゃんも、大切な友人の1人です」 「友人のためであれば、むしろ譲らないと怒られてしまいますよ」 「それにですね、一つに戻ることが欠片の意思なのでしたら、そうすることが一番いいと思います」 「ご先祖様も、それを望んでいると信じております」 「ですので、気にせず受け取って下さい」 「ありがとう……レナさん」 「とはいえ、タダで差し上げるわけではありませんよ」 「何か条件があるのか?」 「お譲りすれば“何でも”してくれるのですよね、マサオミ?」 「……うっ……」 「………」 「お、男に二言はない!」 「おお! ではわたし、日本の伝統芸能が見たいです」 「伝統芸能? 歌舞伎? 能?」 「ハラキリー♪」 「それは芸じゃない!」 「あははー。冗談ですよー」 「本当のお願いはですね……」 「わたしとこれからも友達でいて下さい」 「………」 「おおっと! わたしは軽い女ではありませんので、ただの友達ではいけません」 「親友でなければいけませんよ?」 「それが、お譲りする条件です。さあ、どうしますか、マサオミ?」 「………」 ニヤリと笑うレナさん。 思わず俺も苦笑いを浮かべてしまう。 「……わかった。その条件、呑むよ」 「はい! ありがとうございます」 「ありがとう。これからもよろしくね」 「はい、よろしくお願い致します、マサオミ」 にこやかに笑い合う俺たち。 欠片がレナさんの手から、俺の手に渡される。 「でも、ソレがタタリ神の原因だったとは……」 「わたしの家では、そんな危険な話はなかったのですが……運がよかったのでしょうか?」 「お守りとして大事にされておったことで、魂を慰撫しておったのだ」 「ゆえに祟り神は発生しなかった」 「じゃあ、ムラサメちゃんの姿が見えるのは?」 「子供の頃から欠片を傍に置いておったから、霊的な波に敏感になっておるのだ」 「なるほど」 「では……欠片を渡してしまったら、もうムラサメちゃんが見えなくなってしまうのでしょうか?」 「いずれはそうなる可能性もある。だが、手放した直後からということはあるまい」 「そうですか、よかった……。ムラサメちゃんも大切な友人ですので」 「お、おう……そう言われると、なにやら照れるのう」 「と、とにかく、欠片を集めて慰撫するという方法は、間違ってないと思う」 「そうだな」 「レナさん、ありがたく使わせてもらうよ」 「はい」 一言断りを入れてから、俺は欠片を近づけ合う。 すると勝手に欠片が震えだし、ついにはあの時と同様のまばゆい光が周囲を照らす。 「おー……本当に、一つになりましたね」 「少しはマサオミとヨシノの役に立てたみたいでよかったです」 「少しどころじゃない。本当に助かったよ、ありがとう、レナさん」 「いえいえ。約束は守ってくださいね」 「わかってる。レナさんは、俺にとっても大切な友達だよ」 「はい」 「では、戻って掃除を致しましょう。早くしないと、お布団が干せなくなってしまいますので」 「~~~♪」 鼻歌を歌いながら、俺の布団のシーツを整えるレナさん。 手早いのに、ピシッと綺麗。そこら辺はさすがプロといった感じだ。 むしろ俺が手を出したら邪魔になりそうだ。 「本当に凄いね」 「これが旅館で働いた成果ですよ」 「これからは、レナ・床上手・リヒテナウアーとお呼びください、ふっふっふ」 「いや、その呼び方は如何なものかと……」 「床上手ってそういう意味じゃないからね」 「そうなのですか? では、どういう意味でありましょう?」 「それは……」 「………」 「ゴメン、俺の口からはちょっと……。宿に戻ってから、猪谷さんに訊いてみてくれないかな?」 「あと“床上手”は外では言わないように」 「はあ、かしこまりました……」 小首を傾げながらも頷いたレナさん。 その頃には、完全にシーツを整え終えていた。 「さて、軽く拭き掃除もしたいのですが」 「ちょっと待ってて。すぐに準備してくるよ」 「あ、はい。ありがとうございます」 そうして俺は部屋を出て、洗面所に向かった。 「マサオミが戻ってくるまでに、片付けをしてしまわないと」 「マサオミったら、みんなのお見舞いを放ったままにして」 「確かコハルはビワでしたね……わたしの持ってきたプリンも一緒に冷やしておいた方がいいですよね」 「そういえば……レンタロウのお見舞いはなんだったのでありましょう?」 もし冷やした方がいいなら、冷やさないと。 茶色い紙袋を開くと中には―― 「本ですか」 確かに、安静にしているのもなかなか大変ですからね。 きっと暇つぶしの本ですね。 「これでしたら、冷やす必要はなさそうですね」 袋の口を閉じ、テーブルの上に置こうと持ち上げたそのとき、バリッっと袋の底が破けてしまいました。 そして、ドサドサと中の本が畳の上に――。 「おわわ、いけない。破れてしまいまし……た……?」 畳の上に広がった本。 その表紙にはドドーンと女性の裸が―― 「あわーー!? なにこれ過激な裸!? いやー! まままま、マシャオミってば、なんて本を!?」 「いえ、これはレンタロウのお見舞い。持ってきたのはレンタロウでしたね」 「そ、それに……マサオミも男。お、男の人がこういうのを読むのも普通……」 それは、知識としてはもちろん知っています。 知っていますが……。 「こ、こんな格好……恥ずかしくないんでしょうか?」 「しかもこんなに幼い子が……あ、いえ、でも日本人はみんな若いもの。きっと大人なんですよね」 「……わ、わたしも、いつかは、こんな風に肌をさらすのでしょうか?」 「そうなると当然、相手の人も裸で………………はだっ、裸……っ」 は、恥ずかしいっ。 男性の裸だなんて……。 「でも……い、いつまでもそんなことを言っているわけにも……」 「日本に来る前にも、みんなにバカにされてきましたし……わたしも、少しは慣れておかねば」 「では失礼して」 「……ドキドキ……ドキドキ……」 「ふぉぉぉぉぉぉぉ……はだっ、はだっ、はだだだだだかっ!?」 「~~~~~~~ッッ」 「なんて過激な……っ! ファッキン! 表紙通りのファッキンな内容の本です!」 「こ、こんないやらしく、胸を持ち上げるだなんて」 「………」 本の真似をして、自分の胸を寄せて上げるように、ぎゅっと持ち上げてみる。 「こうして、これが……こんな感じでしょうか」 「……むむむ……」 「はっ!? わ、わたしは一体何を……」 「こんなことをしている場合ではないことはわかっているのですが……妙に気になってしまって」 再び本を手にして……。 「お、男の人は、このような過激な本を……。写っている女の人は、恥ずかしくないのでしょうか?」 「………」 「あわわわわわわ……はぁぁ……や、やっぱりファッキン、ファッキンすぎます。もはやファッ禁ですっ」 「………」 「こ、こんなファッ禁な格好まで!」 「あわわわわわわわ! ここここ、こんなファッ禁本、これ以上見ていられませんよぅ」 「………」 「ひゃっ! こ、こんな……こんな格好……」 「しかし、どうしてモザイクがかかっているんでしょう? わざわざモザイクをかけるなんて……」 「もしや、マサオミはモザイクに興奮する特殊な趣味なのでありましょうか?」 「これもいわゆる日本のHENTAIの一つ?」 「……ジー……」 「………」 「ジーーーー……」 「………」 「ふ、ふむ……ぅむむむ……っ!?」 「ふぁぁぁ……ファッ禁すぎて頭がクラクラしてきました……」 「このままだとわたしの頭までファッ禁してしまいそうですよぅ」 「………」 「お、男の人まで裸になって!? は、《は》挿《い》入ってりゅ……これがしぇっくしゅ……」 「ぷしゅぅぅぅ~~~…………」 ――パタン。 「う~~ん……」 「遅くなってゴメン、レナさん。持ってきたよ――」 「――ってどうしたの!? レナさん!? な、なんで突然倒れてるの!?」 「はっ、はだきゃ……おとことおんなのはだきゃが……しぇっくしゅ……」 「裸って……俺は別に脱いでない……よな?」 というか、畳に何か落ちてる。これって……。 「え、エロ本……? な、なんでこんなとこにエロ本が!?」 お、俺のじゃないぞ! この表紙に見覚えないし! 「あ! この袋……廉太郎が持ってきてくれたお見舞いってエロ本かよ……ッ!」 ありがとう、廉太郎! 「でも、もう少し隠して渡せよ!」 いやまあ、放置してた俺にも責任はあるけど。 「とりあえず、タオル冷やしに行って……誰か手助けを」 その前にエロ本を隠しておかないと! 「はぁ……まさか意識を失ってしまうとは……お恥ずかしい限りです」 「本当に大丈夫ですか?」 「はい。もうヘーキです」 「こちらのお風呂に入ったおかげで、シャッキリであります」 「ご迷惑をおかけして、申し訳ないでした」 「いえ、助けていただいたのはこちらですから」 「大事なくてよかったですね」 「ビックリしたぞ、ご主人が慌てておるから駆けつけてみれば、畳の上に倒れておったからな」 「一体なにがあったんですか?」 「そ、それは……まあ、色々とありまして」 「とにかく、もうヘーキです。あまり深くは追及しないで下さい……思い出しただけで、わたし……」 「……ふしゅぅぅぅ~~~~……クラクラしますぅ」 「だ、大丈夫ですか!?」 「は、はい、ヘーキであります。さすがに実物が無ければ倒れることは……」 「それにしても……凄い広いのですね、ヨシノの家のお風呂は」 「志那都荘の温泉の方が、広いんじゃないですか?」 「確かに露天の温泉は広いですが、室内はこちらの方が大きいです」 「私の先祖で、お風呂にこだわりを持っている方がいたみたいで」 「朝武の湯殿には穂織の温泉が引いてある。茉子の怪我にもいいはずだ。しっかり浸かるのだぞ」 「ところで、ムラサメ様は……《うつ》現《しよ》世の物に触れられないんですよね?」 「ムラサメ様も、服を脱げるんですね」 「吾輩の姿は……説明が難しいのだが、意識を投影したものでな。思いのままなのだ」 「それはつまり、着替えも簡単にできるということでしょうか?」 「可能と言えば可能じゃが、服の構造がよくわからぬ物は無理だな」 「温泉に浸かることはできるんですか?」 「湯に浸かることはできん。だが、穂織の湯は神性を帯びているからな」 「吾輩の身体でも温もりみたいなものは感じられて、心地よいのだ」 「そう言えば……海外の方は、裸で温泉に入るのが苦手と聞いたことがあります」 「レナさんは、大丈夫なんですか?」 「そこは少し大変でした」 「旅館の従業員は、掃除の時間に温泉に入ることができるのですが……最初は口から火を吹きそうでした」 「口ではなく『顔から火が出そう』ではないかと」 「おお、ありがとうございます。とにかく誰かと一緒に裸で入るのは、とても恥ずかしいです」 「同性でもですか?」 「もちろん女の人でもです」 「日本の方は、恥ずかしくないのですか?」 「そこは……慣れだと思います」 「お風呂で水着を身につけることに、違和感がありますから」 「それに慣れていると言っても、やっぱり多少は恥ずかしい気持ちもありますよ?」 「そうね。1人でよく知らない人が沢山いるような温泉だと……躊躇いますね」 「他にも……自分を圧倒するような存在がおると、やはり気になるな」 「圧倒……でありますか?」 「くっ……デカい」 「それは確かに、そうかもしれませんね」 「本当……外国の方は凄いですね。何がそんなに違うんでしょう? 遺伝子?」 「吾輩からすれば、芳乃や茉子も十分だがのう……くっ……」 「はい?」 「いや、何でもない。とにかく時代の流れもあるであろう」 「昔は公衆浴場だったが、今はそれぞれの家についておる方が多いからな」 「すみません、苦手なら苦手と言っていただければ……」 「あ、いえ! 確かに苦手なんですが、嫌ではありませんよ」 「それに、裸のお付き合いをするものでありましょう?」 「こんな風に、一緒にお風呂に入れる友達ができて、わたしはとっても嬉しいのですよ」 「そういえば、欠片を譲っていただいた条件を有地さんから聞きました」 「おー……あれですか」 「ありがとうございます。欠片を譲っていただいて」 「ヘーキですよ。お礼を言われるようなことではありませんので」 「これでよかったんです。お祖父ちゃんもご先祖様も、そう言ってくれます」 「きっとわたしは友達を助けるために、欠片を日本に持ってきたのだと思います」 「ですから有効活用して下さい。それが一番ですよ」 「……本当に、ありがとうございます」 「それよりも、大変でありましたね。今までずっと、あんなモンスターと戦っていただなんて」 「い、いえ。そんな風に言われるほどのことでは……」 「それに、いつも頑張ってくれているのは茉子ですから」 「マコも怪我をしているのですよね?」 「なにかあれば、いつでも頼って下さい」 「ありがとうございます」 「ムラサメちゃんも。わたしでも力になれることがありましたら、いつでもどうぞ」 「う、うむ……もし、そのようなことがあれば……よ、よろしく頼む」 「どうしたんです、ムラサメ様?」 「いや、その、なんというか……吾輩を認識できる人間は限られておったからな」 「このようなざっくばらんな態度には慣れておらんというか……ど、どうしていいものやら……」 「あは……芳乃様と同じ状態なんですねぇ」 「ヨシノとですか?」 「芳乃様も友人とは慣れていなくて、一緒に遊びに行く時もですねぇー」 「ま、茉子ぉ、そういう事を言わないでいいからぁ」 「あははははは」 「なんか楽しそうだな」 一体どんな話をしているのだろう……? 女子同士の裸の付き合い……ちょっと気になる。 「……でも下手に忍び寄ったりしたら、常陸さんに気付かれるだろうな」 いや、そもそも覗く勇気はないんだけど。 「………」 俺は欠片をポケットから取り出してみる。 さらに一回り大きくなった欠片は、こうして手に乗せると、まるで熱を持っているようにも感じられた。 「これからの目標が見えはしたけど……どれだけ集めなきゃいけないんだろ?」 「少なくとも2、3個ぐらいじゃないよな」 「………」 「ま、そこを考えても仕方ない」 今まで漠然としていた目標が、ついにハッキリしたんだ。 できることがあるなら、真っ直ぐ走るだけ。 「とにかく今は、一つでも多く欠片を集めることだ!」 「今日も一日お疲れ様、まー坊」 「芦花姉も、お疲れ様」 「うん、ありがと。って……まだレジを締めちゃわないといけないんだけどね」 「………」 「芦花姉、ちょっと話があるんだ」 「話? 改まって、一体なんだろ?」 姿勢を正した芦花姉が、真正面から俺と向き合う 「あ、いや、ここじゃあちょっと……」 「もし芦花姉さえよければ、俺の部屋に来てくれないかな?」 「そうなんだ? うん、わか――っへ?」 「ま、まー坊の部屋って……い、今から?」 「今すぐじゃなくてもいいけど……」 「もし芦花姉に予定がないなら……今夜、俺の部屋まで来て欲しい」 「………」 「それって……」 「それってぇぇぇぇぇぇぇぇ――」 「適当に座ってて」 「ハッ、ハイ、シツレイシマス」 「………」 なんか……芦花姉の様子が変だ。 「とりあえず、お茶でも飲む? 備え付けのだけど」 「ハイ、イタダキマス」 緊張を隠しきれない声で頷く芦花姉。 芦花姉の態度を疑問に思いつつも、とりあえずコップにお湯を淹れてお茶を準備。 そのまま芦花姉の前に差し出す。 「はい、どうぞ。って、お店やってる人に出すのは申し訳ない味だと思うけど」 「キニシナイデ、イイデスカラ」 「……とりあえず、準備をしてくるから、ここで待っててくれる?」 「ハイ、ワカリマシタ」 「き、来て、しまった……」 本当にまー坊の部屋に、来ちゃった。 夜に、2人っきり……。これってやっぱり―― 「せ、セックス……のお誘い……」 「やぁん! まー坊ってば大胆すぎるよぉ! いきなりセックスだなんて!」 「こういう事には、もっと順序があるのに……それをすっ飛ばして、いきなりだなんて……」 まー坊ってば、準備って一体何してるんだろ? もしかして、お風呂とかに入って身を清めてるのかな? 「もしそういう事なら、アタシもお風呂に入って身体を綺麗にしておきたいんだけど……」 「はぁぁぁぁ……まー坊ってばいきなりすぎだよぉ。急にそんなこと言われても……アタシにだって色々準備があるのに」 そもそも、セックスなんて初めてで……アタシも色々と、勉強とかしなくちゃいけないのに。 なのに、こんなにいきなり言われても困るよぉ……。 「大胆すぎる……で、でも……若いんだから、仕方ないのかな……?」 「ぅぅ……あ、アタシ……ちゃんとできるかな? 初めてだけど……若い情欲を、満足させることが……」 はぁぁぁ……緊張する。手が震えて、心臓がバクバクして落ち着かない。 「こっ、これからアタシは……服を脱いで、は、裸になって……それから、それから……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 「はぁぁぁぁ……アタシ、まー坊に辱められちゃうんだぁぁぁ……」 嬉しいような、逃げ出したいような…… でも、今さら帰ったりしたら……それはそれで失礼だよね。 こ、ここまで来たら、覚悟を決めないと。今からアタシの中に、男の人の性器を受け入れるんだ……。 「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「―――ッ」 部屋の扉で音がする。 「帰ってきたぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」 「あ、アタシ……アタシは……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「待たせてゴメン、芦花姉」 「おおおおおかえりまー坊、はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」 「うわぁぁぁっ!? ろ、芦花姉!? なんでそんなに息が荒いんだ!?」 「だって、だってぇぇ、初めてなんだものぉーーー……って、まー坊……何を持ってるの?」 「これ? 俺が考えてみた新メニュー」 テーブルの上に、俺は持ってきたガラスの器を並べていく。 勿論その器は空ではなく、氷のシャーベットのような物が乗せられていた。 「なにこれ? カキ氷?」 「似たようなものだけど……ちょっと試してみてよ」 「ん? んー……わ、わかった」 芦花姉はオズオズとスプーンを伸ばして、氷を口に運ぶ。 「あむ……んっ、ちゅべたっ」 「味の方は、どうかな?」 「これ、抹茶……? 口の中で溶けるみたいで……でも、味もしっかりとしてて、美味しい……」 「こっちも試してみてくれ」 「こっちは茶色だね……あむ……もしかして、こっちは珈琲?」 「そう。両方とも、田心屋で使ってるやつだよ」 「ふーん……なんだか、カキ氷とシャーベットの中間みたいだね。味の余韻もあって……美味しいかも」 「グラニテっていうので、フランス料理のシャーベットらしいんだ」 「これからの季節、暑くなるからちょうどよくない? これならおじさんの手もかからないだろうしさ」 「………」 「あ、勿論フルーツでも作れるから、抹茶や珈琲じゃなきゃダメってわけでもないんだ」 「もしかして……これのために、アタシは呼ばれたの?」 「店で実験するのもどうかと思ってさ、旅館の厨房を借りたんだ」 「だから来てもらったんだけど……あれ? もしかして本当は何か予定があった?」 「そうじゃないけど。そうじゃないんだけどぉ……はぁぁ……なんかさ、緊張してた分、拍子抜け……」 「………?」 「そういうことなら早く言ってよぉ……まー坊のバカ、バカバカッ」 「いらぬ恥をかいちゃった……ぅぅぅ……また辱められたぁぁぁ」 「……俺が何した?」 「何もしてないからでしょ、バカッ」 「そんな理不尽な!?」 「いやでもまあ、なんか失礼をしたのならゴメン……芦花姉」 「……あ……ううん、アタシの方こそゴメン。勝手に勘違いをして、八つ当たりしちゃった」 「まー坊がせっかく、お店のことを考えてくれたのに」 「よくわからないけど……納得してもらえたのなら、それで」 「それよりも、グラニテはどうかな? カキ氷みたいに削り器はいらないし、シャーベットほど大変でもないし」 「うん。いいかも。まー坊の言う通り、これからの季節にはピッタリだね」 「沢山種類があると嬉しいけど、その分作るのが大変か……でもせめて、何かフルーツでも作っておきたいなぁ」 「あと……普通のシャーベットとは違う特徴があるといいね」 「あっ、それでさ、ちょっとシゲさんの知恵も借りて、大人用に日本酒も用意してみたんだけど」 「日本酒? そういえば……日本酒アイスとかもあったね」 「そう、それ。この日本酒のグラニテをバニラアイスにかけて……ほらこれ、食べてみて」 「うん、頂きます。あーむ……んっ……んんっ! これ美味しい!」 「バニラアイスが爽やかな感じになって、しかも日本酒のおかげでリッチな味がする」 「本当においしー……あむ、あむ……」 「………」 「この日本酒のグラニテとアイスの組み合わせ、アタシ好きかも。あむ……あむ……」 嬉しそうな芦花姉は、止まることなくスプーンを動かして、パクパクと食べ続ける。 「……ふ……ふふ……」 そんなに嬉しそうに食べてもらえると、思わず口元が緩む。 きっと珈琲を認めてもらったときの芦花姉も、こんな気持ちだったんだろうな。 自分の努力で喜んでもらえるって……本当に嬉しい。 「あむ……あむ……」 「……って、芦花姉大丈夫か? それ、普通に日本酒だぞ?」 「ん? ヘーキヘーキ。成人を迎えていますから。何の問題もありません」 「いや、歳の問題ではなくて。ペースが速過ぎないかってことで」 「ヘーキヘーキ。緊張してたから喉渇いちゃって。それに、アタシって酔わない体質だから気にしないで。あむ、あむ……おいひー」 「まあ、それならいいんだけど」 「あーむ♪」 「まー坊……ねー、まー坊ー」 「なに、芦花姉」 「よんだだけぇー、ひっく……」 「………」 ガッツリ酔っぱらいやがった! 何が『酔わない体質』だよ。べろべろじゃないか。 俺の首にガッツリ抱きついてきやがって……。 なんていい匂いなんだ! しかも、しかもまた芦花姉の胸の感触が……今度は正面から。 やっぱ芦花姉……デカい。 「まー坊、まー坊」 「はいはい、まー坊ですよ」 「よんだだけぇー……あははー」 どうやら芦花姉は、酔っ払うと上機嫌になるらしい。 あと、ちょっと絡んでもくる。 ……まあ、暴力的になるよりはずっとマシだろう。 それに……抱きつかれるのは悪い気はしない。 いや、嘘です。悪い気はしないどころか、かなり嬉しいです。 ちょっと息が酒臭いけど。 「……んふふ、まー坊は可愛いなー……」 「ありがとう。でも芦花姉の方がもっと可愛いよ」 「本当? うれしー! んふふふ」 嬉しそうに笑う芦花姉が、さらに身体をくっつけてくる。 「芦花姉って、もしかしてお酒を飲みなれてないの?」 「んー……? あんまり飲まないかなー。たまに付き合いなんかで飲む機会はあるけど……付き合いの場って楽しくないから」 ここみたいな田舎だと縦社会だろうしなぁ……。 とはいえ、芦花姉だってそれぐらいはわかっていたはずだ。 店の経営は遊び半分でできるものではないし、苦労だって多いはず。 なのに……。 「……芦花姉って、なんでお店を継いだの?」 売り言葉に買い言葉というのはおばさんから聞いた。 それに、最初に再会したときにも。 でも……そんなことだけで、こんなに大変な仕事を続けるとは思えない。 「なんで……なんでだろう……?」 「子供の頃は継ぐ気なんてなかったんだけど、大人になるにつれて……お父さんやお母さんの苦労が理解できるようになって」 「苦労をしると、力になりたいと思うようになって……手伝いを始めて……」 「そしたら、思っている以上の苦労があって……小さな店でも、伝統を受け継ぎながら維持して、すごいことやってるんだなぁーって」 「だからね、もっと多くの人に来て欲しい。たくさんのお客さんに、お父さんの味を知って欲しいんだ……ふふふ」 「そっか……」 「あー、でもこれ、お父さんには言っちゃダメだぞー」 「わかってる。言ったりしないよ」 「約束だからね?」 「はいはい、約束約束」 そう言いながら、頭を撫でる。 赤ん坊をあやす様に、優しくポンポンとするように。 「もっと撫~でて♪」 「はいはい。これでいい?」 「うん、ありがとー……ふふふ」 「芦花姉って頭撫でられるの好きなの?」 「好きだよ。こうして頭を撫でられるとねー、努力を認められたみたいで頑張った甲斐があったなーって、嬉しい」 「………」 そっか……家族だもんなぁ。 評価を受けていても、それがしっかりと伝わる機会は少ないのかもしれない。 「芦花姉って、意外と甘えたがりなんだな」 「他の人にはナイショだよー?」 「わかってる。おじさんにも言わない。誰にも言わない」 「このことはナイショにするから……他の人に、こんな風に甘えちゃダメだよ、芦花姉」 「しないよ。そんなことしない……アタシが甘えたいのは……まー坊だけだもん」 「―――ッ」 「芦花姉、今のって……」 「ねーねー、まー坊はさぁー、どうしてこんなにもしてくれるの?」 「お店のメニューのことまで考えてくれるなんて……バイトの領分を超えてるよ。なのに、なーんで?」 「それは……芦花姉に、褒めて欲しいからかな……?」 「まー坊ってば、かーわいいー!」 嬉しそうにギュッと抱き着いて来る芦花姉。 ふぉぉ!? さらに胸の感触が……! マズイ、これは非常にマズイ! このままでは自分を御することが――ッ!? 「可愛いなぁー……んふふふ……ふぅー……んんっ」 「ろ、芦花姉、そろそろ離れて――」 「すー……すー……すー……」 「え……えぇぇ……マジか?」 俺の首にしがみついたまま、芦花姉は安らかな寝息を立て始めた。 「ちょっと芦花姉、芦花姉ってば!」 「すー……すー……すー……」 「……はぁ……」 この体勢のままだと、服を着替えることも、着替えさせることも出来そうにない。 「……参ったなぁ……」 「んっ、んん……んん……?」 「あれ? ここ……どこぉ……?」 「アタシ、なんでこんなところで……うっ……頭痛い……」 「んっ、あっ、おはよう、芦花姉。ふぁっ、ふぁぁぁぁ~~~~」 「まっ、ままままままー坊ッ!? な、なんで、アタシ、まー坊と一緒に……一緒ッ!?」 「きゃっ、きゃあああああああああああーーーー!!」 「ちょ、ちょっと芦花姉! ここで悲鳴はマズイって!」 「――ッ! 頭、痛っ……」 「しかも二日酔いとかっ」 「今の悲鳴は一体何事ですか?」 「マサオミ一体どうしたのですか!?」 「あっ」 しまった……祖父ちゃんにはちゃんと伝えていたけど、他の人には……。 「……あっ……朝から、女性と一緒……そそそそれはつまり……ちゅまりぃぃ――!?」 「違う、違うんだって!」 「まー坊、大声止めて……」 「あ~~~も~~~~!」 もう二度と芦花姉には酒なんて飲ませないからな!! ――どうやら、今夜も無事、夢の中へ入ってこられたらしい。 前回、女神様の思い人だとわかった侍は、その後も武功を上げ続けていた。 彼の主君が勢力拡大を図り、たびたび北方へ進出するようになると、それに合わせて彼も身代を大きくしていったのである。 もちろん、神刀の御利益もあってのことだろう。 ただ、俺は最初からこのお侍と一体になった状態から始まってしまい、近くにレナの気配は感じなかった。 おそらく、レナも女神様と一体になってるのだろう。 「(だったら……この後、合流できるはずだよな?)」 だが戦乱は長引き、なかなか地元へ帰れない日が続いた。 しかもようやく帰陣が叶ったところで、今度は突然、上役から呼び出しを受けたのである。 「は? それがしに縁談でございますか?」 「(これは……やっぱり、駒川さんが言ってた通りの展開になるのか?)」 その家には男子がなく、婿養子を捜していたのだ。 そこで前々から、戦場での彼の働きぶりに目を付けていたらしい。 しかもこの上役は、主君の従兄弟に当たる人物だった。 縁談を受ければ、さらなる出世が望めるのは言うまでもないだろう。 「……少し、考えさせてはいただけませんか?」 だがそれでも男は、すぐに返事をするのを控えた。 心の内にあるのは、もちろんあの女神様のことだった。 そして、久方ぶりにいつもの河原へやってきたとき、彼はもう心を決めていた。 「叢雲殿、どうかそれがしの《いも》妻となってはいただけまいか!」 「(おおっ!)」 自分と一体になってるので、ちょっと面映ゆい気もしてしまう。 けど男らしい態度には、さすが昔の人だと感心する。 「(……ああっ)」 「(えっ、レナ?)」 やはり、こっちにいたらしい。 けどどうして、嘆くような声を……? 「ぷっ、あははははは! 馬鹿な男っ、いったいなにを勘違いしているの?」 「……叢雲殿?」 「まさか、私が本気だとでも思っていたの?」 「貴方みたいな下賤な出の男を、本気で相手にするはずないでしょう」 「(ちょ、ちょっとどういうこと、レナ?)」 「(……聞いてしまったですよ、お侍さんに……タマノコシの縁談があることを)」 「(ひさしぶりに帰ってくると聞いて、わざわざ会いに行って、そこで……)」 え? 全然、気がつかなかった。 「貴女は嘘をおっしゃっています」 「叢雲殿が人の心を弄ぶような真似ができぬ方であること、それがしに見破れぬとお思いか?」 「わ……わかったようなことを言わないで!」 「こんなにも長く帰らずにいて、何様なんですか? 私にも、縁談があったのです」 「…………叢雲殿にも?」 「そうです、父が決めた相手です」 「貴方なんかより、ず、ずっと素晴らしい《きん》公《だち》達ですもの」 もちろん、これも嘘なんだろう。 「(でも、わざわざこんな言い方しなくても……)」 「(こういうやり方でなくては……とても、断ち切れそうになかったんですよ)」 「(人間の男と結ばれることは有り得ないと……コマとも、何度も、何度もケンカをして……)」 「(……それでも、最後は……自分には……)」 「(愛する人に、人の幸せに繋がるようなものは、与えてあげられないと言って……)」 そんな……! 時代が悪かったと言えば、それまでなんだろうけど。 現代に暮らす俺は、もっとわがままになってもいいはずだと思ってしまう。 「そうでしたか……それは目出度きこと、祝着至極に存じます」 「長らく借りたままになっておりましたが、それがしもいい加減に叢雨をお返しせねばと思っていたところです」 「差し上げます、あんなもの」 「私にとってはもともと、た、大した物ではありませんから」 「左様でございますか。しかし、それがしにとっては生涯の宝と思い定めておりましたゆえ」 「ここはお言葉に甘え、有り難く拝領することにいたしましょう」 男はいっそ他人行儀なくらい礼儀正しく頭を下げると、顔を見せまいとするように背を向けてしまう。 一瞬、女神様が息を呑むのを聞いた気がしたものの。 もう二人が言葉を交わすことはもちろん、視線を交わすことさえなかったのである。 ほどなく、男は上役の娘と祝言を挙げた。 主君からは、子を成さねば婿の意味がないと、しばらく留守居役へ回されたのは、少々不満だったものの、 このことが失恋の傷を癒すのに、一役も二役も買ってくれたのは事実だろう。 「(…………っ)」 ふと、いつもリアクションの大きなレナがやけに静かなのに気付く。 「(レナ? 近くにいるの?)」 「(……っ…………~っ)」 えっ、泣いてる? 「(このときも、女神様は……こっそり、様子を見に来ていたんです……)」 「(ですが、ほら)」 男は緊張のあまり、祝言の途中で盃を落としてしまう。 だが隣にいた花嫁が、男の着物を汚すまいと手のひらで酒を受けようとしたのである。 「やっ、これは……!」 「……~っ」 一瞬、目が合うものの、すぐはにかむように瞳を伏せてしまう。 その仕草から、娘の胸の内が伝わってくるようだった。 もともとこの縁談は、彼女も承知の上で進められたものだったのだ。 女神様は、もうそれ以上、見ていられなくなったらしい。 「これでよかったの、だって……あの娘も、あの人のことが……」 「……だから、これで……これでよかったの、これで」 逃げるように山へ戻り、自分へ言い聞かせるように繰り返す。 あまりにも切ない、恋の終わりだった。 「姉君……」 それをあの白狛が、痛ましげにみつめていた。 「(……ん?)」 そのときだった。 突然、白狛の瞳が《いたわ》労り思いやるようなものから、ねっとり執着するような色に変わったのだ。 ……まさか、これがこいつの本性? いや、そうは思えなかった。 俺があの侍の目から、レナが叢雲さんの目から、憑代の記憶を覗いているように。 白狛の目から、覗いている者もいるんじゃないか? それはほとんど、ただの勘に過ぎなかった。 ひょっとして、そいつは……祟り神自身の意識じゃないだろうな? 早朝のトレーニングは、いつものように走り込みから始まった。 「……はあっ……はあッ」 「おー! 前よりペースが上がってますねっ」 「ファイトですよ、マサオミ!」 レナもひさしぶりにマネージャーをやってくれていた。 若干オーバーペース気味だったものの、そのまま最後まで走りきる。 「ようやく持久力もついてきたようだな」 「だが、おかげで中途半端に時間が余ってしまったか」 「はあ……はあっ、だったらもう一本行ってこようか?」 「ほう、自分から言い出すとは、ずいぶん気合いが入っているようだが?」 「マサオミ? あまり無理をしてはいけませんよ?」 「大丈夫、ちょうど思い切り走りたい気分だったから」 レナからドリンクを受け取りながら、そう言う。 「そうですね、わたしも同じ気分ですよっ」 「お仕事もいつもより、全然早く終わらせてしまいましたし」 それでマネージャーをする時間も作れたわけか。 「二人して、なにかあったのか?」 「うん、なんだか居ても立ってもいられない感じなんだ」 「はい、今朝見た夢のせいですね……このまま、可哀想なまま終わりにしたくないですよっ」 「わたしも、やれることはなんでもやりたい気分です」 「ですから、前から考えてたことも、なんとか実行してみたいと思ってるところなのですよ」 俺もまだその内容までは聞いていない。 けどなんとなくなら、レナがやろうとしてることも察してるつもりだった。 「ここへ来て、いろいろ新しいことがわかるようになったとは聞いているが」 「うん、午後には駒川さんが帰ってくるはずだし、そのときまとめて話すつもりだけど」 「もうすぐ……たぶん、ここ数日くらいで決着が付きそうな予感がしてるんだ」 「おそらく次の夢で、決定的な情報を掴むことになるんじゃないかな?」 女神様や白狛や、あの侍との関係は、俺達が知ってる事実とギャップが大きい。 つまり、これを決定的に変えてしまう事件が起きたはずなんだ。 ちょうどその狭間に差し掛かってるように感じるのだ。 「さあ! そろそろ休憩は終わりでいいよね?」 「追加で何周くらい走ればいい?」 「いや、その必要はないだろう」 「どうやら、これ以上お前に教えることはなさそうだからな」 「え?」 「もしや、メンキョカイデンでありますか!?」 いや、それはないだろう。 「ちょっと待ってよ! 俺はまだ祖父ちゃんから一本も取ったことないよね?」 「それに教えることがないもなにも、ただ走ってただけだよ」 「当たり前だ、まだまだお前には負けん」 「だがお前にはもう、気構えができているようだからな」 「気構えって?」 「《 じょう 》常《 ざい》在《 せん》戦《 じん》陣の気構えというほどではないだろうが」 「いつでも戦いへ行けるという、男の顔になっているようだからな」 あの侍も、そんなこと言ってた気がする。 だとしたら、夢の中とはいえ一体になっていた影響もあるのかもしれない。 「リヒテナウアーさんも、しばらく仕事を休んでくれてもかまわない」 「いいのですか!?」 「その代わり、将臣を支えてやってくれないか?」 「大旦那さん……はいっ、お任せください!」 「祖父ちゃん、ごめんな。なんか迷惑ばっかり掛けてない?」 「なにを言っている、お前に心配されるほどのことではない」 「だって、俺とレナさんのことも、志那都荘で特別扱いしてもらってるみたいだし」 「みんなにどう説明してくれてるのかなって」 「そんなもの、説明などできることではないだろう?」 「呪いや叢雨丸のことも、皆、おとぎ話だと思っているのだからな」 「そうだろうけど、じゃあなんて言ってあるの?」 「なに、もしものときはワシが責任を取る」 「しばらくなんでも好きにさせてやって欲しいと、頭を下げただけだ」 「祖父ちゃん……」 まさか、そこまでしてくれていたなんて想像もしなかった。 「いいか将臣? 目的は常に明確にしておくのだ」 「そうすれば迷いは起きん」 「迷いさえなければ、お前なら決して間違いはしないはずだと信じているぞ」 「……ありがとう」 「もちろん、叢雨丸を抜かずに済むのが一番だとは思ってるけどね」 「無論だ。いざというときの気構えさえあれば、本来、武器などいらぬのだ」 「多くの場合、敵はおのれの中にある」 「おのれに勝てるのは、おのれの心だけだ。おのれに勝てなければ、実力を発揮することさえかなわぬものだ」 きっと、その通りなんだろう。 けど本当にそこまでの気構えが俺にあるのだろうか? いや、自分を信じよう。 祖父ちゃんやレナが、俺を信じてくれるように。 そうでなければ、気構えなどできるはずがないのだから。 どうも終わりが近いと感じてるのは、俺達だけじゃなかったらしい。 「…………」 教室へやってくると、朝武さんがやけにぴりぴりした空気を出していたのだ。 一緒にいる常陸さんまで、それに当てられたように押し黙っている。 「なあ、ひょっとしてお前ら、巫女姫様とケンカでもしてるのか?」 「そういうわけじゃないはずだけど」 「だよなあ、ケンカとは違うっぽいよな」 「どっちかっていうと、試合前の控え室?」 「なにそれ、部活とかの?」 でも、確かに俺達の間には部活のようなノリがあったと思う。 呪いとか、使命とか、責任感とか。 祟り神と戦うとき、決して遊びのつもりはなかった。 けど、みんなで夜の森へ入って、密かに妖異と対峙する。 それがまったく楽しくなかったと言えば、嘘になってしまうだろう。 みんな一緒だから、そんな状況も楽しめていたんだ。 「もちろん、ケンカなんてしてないですよっ」 「たぶん、みんな同じ事を考えてるからですよね?」 「……うん、そうだと思う」 朝武さん達には、まだ詳しいことは話せていない。 むしろ最近は少し、ギクシャクしていた。 なのに、それでも伝わってしまうものがあったのだろうか? 今、俺達に伝わってくるものがあるように。 あの二人は―― いざというとき、一緒に戦ってくれるつもりでいる。 その覚悟がビリビリと、痛いほど伝わってくる。 「なんだよ? やっぱりなんかあるのか?」 「そのうち、話せるときが来たら話すよ」 いつか、みんなで笑って話せる日が来ればいい。 思い出に刻む、青春の1ページとして。 午後になってすぐ、駒川さんから連絡が入った。 まだ授業は残っていたけど、今はこちらを優先させてもらうことにする。 「行こう、レナ!」 「はい、マサオミ!」 「……」 駒川さんの診療所へ着くと、すでに安晴さんとムラサメちゃんも到着していた。 俺達は、さっそく夢で見たことを説明した。 「おとぎ話は、しょせんおとぎ話だね」 「男が裏切ったのではなく、女が身を引いてしまったのか……」 「けど、それならなぜ山の子である白狛が、呪詛へ加担することになったんだろう?」 「加担したかどうかは、まだわかりませんけど」 「もう少しで、それもわかる気がしますね」 「ああ、ここまで来たら下手に憶測を加えるより、二人の夢見を待つ方が賢明でしょう」 「そうですね……結論を焦っても、仕方なかったですね」 後少し。 後少しだからこそ、もどかしいのだ。 安晴さんでさえ焦ってしまうことに、むしろ安堵してしまう。 「そうだ、1つ気になったことがあるんです」 「なんだい?」 「ほとんど、ただの勘だったんですけど――」 夢の終わり際、祟り神も俺達と夢を共有してるんじゃないか? そう感じたことも、念のため話しておくことにした。 「もちろん、気のせいかもってレベルの話ですけど」 「おー、わたしは気付きませんでした」 俺の意識はすでに侍の身体から離れていたし、レナはまだ女神様の中にいたもんな。 「でもレナが気付かなかったなら、やっぱり考え過ぎなのかな?」 「いや! いや、ありえるぞ、ご主人」 「ムラサメちゃん?」 「確か、最初にリヒテナウアーさんが操られてしまったとき」 「君の家族が出てくる夢を見せられたんだったね?」 「は、はい」 「祟り神には、他人に夢を見せる力もある」 「なら、憑代の見せる夢へ侵入されても不自然ではないだろう」 「駒川の者の言う通りだぞ? 肝心なところで、邪魔をされてはかなわん」 「でもそれなら、憑代の記憶を二人に見せているのも、祟り神だという可能性もありませんか?」 「はい、そのことも考慮してきたつもりですが……」 「問題は、なんのためにってことですよね?」 邪魔をされるかどうかも、どんな対策を取ればいいかも、それ次第ではないだろうか? 「なにか……わたし達に、伝えたいことがあるのではないでしょうか?」 「レナ?」 「古来、神仏の類が夢を通じて人に語りかけてくるというのは、よくあることだけどね」 「単に二人の関係が進んだことで、神と人の恋物語を読み込むことに成功した、とも取れる」 「レナの先祖の記憶まで、祟り神が見せていたとは思えんがな」 「少なくとも、すべてが祟り神の計算通りというわけではないはずだ」 「お、おー、ですが」 「俺は偶然的な部分が多いだけで、祟り神にも伝えたいことがあるっていうレナの意見は一理あると思いますけど」 「マサオミ……そうですよね!」 「みんな、結論は急がなくていいんじゃなかったのかい?」 「僕が言えた義理じゃないかもしれないけどね」 「いえ、おっしゃる通りです」 「私もわからないことを考えるより、今できる対策について話しておきたかったので」 「祟り神を鎮める方法はあるって言ってましたよね?」 「ああ、《あら》荒《み》御《たま》霊が憑代を通じて力を発揮している以上」 「何らかの方法で憑代に残る怒りや憎しみを解消してやればいいわけだ」 怒りや憎しみを解消する、なるほど言葉にすると単純なことなんだな。 「つまり……仲直りをすればいいわけですか?」 「言い方を変えればね」 「だが、それこそ君達の夢見を待つと言わなかったかな?」 「あ、ああ、そうでしたね」 「私の言う対策とは、リヒテナウアーさんと有地君が夢から帰って来られなくなった場合のことだ」 「深く潜り過ぎれば、充分その可能性はあるのだぞ?」 「以前、夢の中で食べ物を口にしては戻って来れなくなるというのも教えたはずだがな」 「は、はは、夢を見るのに慣れて、すっかり忘れてたかも」 「マサオミ! 気にしなくても、わたしもです」 「吾輩、それは余計にダメだと思うぞ?」 まったくだ。 やっぱり俺に気構えがあるなんて、祖父ちゃんの買いかぶりだったんじゃないかな? 「ともかく、私の方で命綱になるようなものを用意しようと思ってる」 「ただ、まだ時間は掛かってしまいそうだけどね」 「ああ、それについては、僕も協力させてもらうつもりだ」 「安晴さんもですか?」 「どうも人手がかかるらしくてね、猫の手も借りたいというところだろうけどね」 「まさか、感謝していますよ」 「間に合わなければ、なんの意味もありませんからね」 伝承を求めて、山の中を駆けずり回ってくれたばかりなのに。 まだなにかしてくれるつもりなのか。 やっぱり大人達には、頭が上がりそうにない。 「あ、あの、駒川先生が忙しいのはわかっているのですが」 「なんだい? 相談があるなら、話すだけ話してくれた方が助かるけどね」 「はい、ではお言葉に甘えまして……お願いがあるのです!」 「……ん?」 それから、二人はしばらく話し込んでしまう。 どうやら今朝、祖父ちゃんの前でも言っていたレナが考えていたことについて、相談してるようだった。 話が終わる頃には、すっかり夕暮れが迫っていた。 「申し訳ありません、わたしのせいでお待たせしてしまいまして」 「いや、俺にももう夢見以外にやれることはなさそうだからね」 「吾輩もむしろ感心してしまったぞ」 「ずっと戦いの外にいたレナだからこそ、出てきた発想であろうな」 「えへへ、上手くいくかはわかりませんけどね」 そこで携帯に着信が入った。 「あれ? 常陸さんからだ」 「おーマコが? なにかあったのでしょうか?」 たぶん朝武さんと行動してるはずだよな? そのせいで常陸さんとも話す機会が減っていたはずだけど、とにかく出てみるか。 『有地さんですか? もう用事はお済みになりましたか』 「うん、大丈夫だけど……どうして、ひそひそ声なの?」 『ええ、実はこれから、来て欲しいところがありまして』 「そんなこと? 別にいいけど」 『ふふふ、ではできるだけ静かに、音を立てないように来てくださいね?』 『こっそり、お見せしたいものがありますので』 なんとなく想像が付く気もしたけど……いったい? 常陸さんの指示通り、抜き足差し足、境内を抜けていく。 「レナよ、玉砂利を踏まぬようにするのだぞ」 「はい、ニンジャの真似ですねっ、ムラサメちゃん?」 「……結局、みんなついてきたんだ」 まあ、いいとは言ってくれてたけど。 「それより、マサオミ? 中から人の声がするみたいですね」 「うん、そうみたい」 中にいるのは、案の定、常陸さんと朝武さんみたいだ。 たぶんあらかじめ、鎧戸を少し開けておいてくれたのだろう。 その隙間から中を覗くと、他の二人も重なるように顔を引っ付けてきた。 朝武さんは、ちょうど舞を奉納し終えたところのようだった。 この神楽舞には、土地の穢れをある程度、祓える力がある。 祟り神を消せるほどではないけど、発生ペースを押さえるくらいの力があるとか、そんな説明を聞いたと思う。 あれから祟り神は発生してないはずだけど、やっぱりまだ奉納を続けてたんだな。 「ふう…………よしっ」 「(え?)」 「(おかしいの、もう一指舞うつもりか?)」 そうなのだ、朝武さんは舞のやり直しでもするように扇を構え直したのだ。 「(ひょっとして練習だったとか?)」 「(ですが……ヨシノ、凄い汗ではありませんか?)」 確かに、猛特訓の後のように汗で額に髪を張り付かせている。 今さらそこまでするのは、確かにちょっと変かも。 「もう充分ではありませんかぁ、芳乃様?」 「いつもの3倍は舞を奉納されたではありませんか」 えっ、3倍って!? レナとムラサメちゃんも、隣で息を呑んでいる。 「……いいの、私がやりたいだけなんだから」 「ですが、ただの舞と違い、気力も消耗してしまうわけでしょう?」 「正直、たくさん奉納すればいいというわけでもありませんし、これ以上は大して意味がないかと」 「大して意味がなくても、少しでも意味があるなら、やっておきたいの」 「それはまたどうしてですかぁ?」 「……? 茉子には、前にも話さなかった?」 「はい、ですがもう一度、確認しておこうかと」 常陸さん? ひょっとして、俺達に聞かせるために? 「もう、何度も言わせないで」 「……もともと、この呪いは私に降りかかったものなのよね」 「なのに、レナさんや有地さんを巻き込んで、迷惑を掛けてるだけで……今の私にはなにもできてないっ」 「話に加えてさえもらえないのも、当然かもしれない……」 まさか朝武さんが、そんな風に自分を責めていたとは。 「それにしては、最近、皆さんに少し冷たいのではありませんか?」 「……だって」 「はい」 「どんな顔をすればいいって言うの?」 「有地さんは巻き込まれただけな癖に、朝も夜も、毎日、剣道の猛特訓をしてまで、協力してくれるのよね?」 「そんな人、他にいると思う?」 「さあ、どうでしょうねぇ。なかなかいらっしゃらないかもしれませんねぇ」 「レナさんは……生まれて初めて、私をお泊まり会へ誘ってくれた人よ」 「私は、途中で帰らなくちゃいけなかったけど」 「あんなに嬉しくて、楽しくて、楽しくて……幸せな一日は初めてだったかもしれない」 「(ヨシノ……)」 お泊まり会の日も、確か毎日のお務めである舞を奉納するために途中で帰ってしまったんだっけ。 「なのに、昨日の朝……聞いてしまったの」 「そうでしたねぇ」 「安晴様が、娘の前では絶対聞かせられないと言うのが聞こえて、足を止めてしまったんでしたか?」 「…………うん」 やっぱり、あのときも? 「レナさんは、本当に当たり前みたいに言ったのよ?」 「なにも心配ない、友達のためなら危険なんか平気だって」 「……感謝しなくちゃいけないのは、私の方なのに」 「私はなにもお返しできてない……!」 「だから、舞を奉納されることにしたんでしたか?」 「そういうこと」 「穢れが強くなれば、祟り神も力を増してしまうでしょ?」 「でもいくら舞を奉納しても、舞だけではすべての穢れは祓えません」 「……もちろん知ってる」 「けど、たとえ意味があるかどうかもわからないくらい、ほんのわずかな差であっても」 「私にできるなら、それを埋めてあげたいの!」 「なぜ、そこまで?」 「……そんなこと、言うまでもないと思うけど」 「ええ、ですがお覚悟の程をお聞きしたいのです」 「もう……私にはまだ、どう接すればいいか、わからないところもあって」 「上手く伝わってないかもしれないけど……友達なのよ?」 「はい」 「こそこそ私抜きで集まったりして、ちょっと腹立たしいと思ったのも本当だけど」 「少しでも助けになりたいじゃない! ……だって」 「友達なんだから」 もう、これ以上は耐えられないとばかりに、レナが勢いよく鎧戸を開けていた。 「えッ!? レナさん? 有地さんとムラサメ様まで……きゃっ!?」 「ヨシノ!」 そして力一杯、朝武さんをハグしたのだ。 俺も、彼女の覚悟には気付いてるつもりでいた。 けど……けど、それでも、胸が熱くなる。 「ありがとう、ヨシノ……一番辛いのはヨシノのはずなのに、ありがとうですっ」 「い、いえ、レナさんこそ! 私が巻き込んでしまったのに……」 「だ、だいたい、どうしてみんなが? ……まさか、茉子!?」 「あは、いったいなんのことですかねぇ」 「もうバレバレであろうよ、茉子」 「それでも一応、とぼけておきませんと」 「まったく気付かずにべらべらしゃべってしまった、芳乃様の面子に関わるかもしれませんから」 「ま、茉子! そこを気にするんだったら、もっと他に……」 「いいのですよ、ヨシノ」 「こんなこと、隠れてずっとやっていたの?」 「ひょっとして、レナの身体に欠片が吸引されてから、ずっと?」 お泊まり会のときもやっていたなら、そうではないかと思ったのだ。 「それは……舞の奉納はずっとやってきたことで、量を増やしただけですから」 「だいたい、秘密はお互い様ではないですか?」 「有地さんだって、最初は特訓してることを隠してたじゃないですか」 「ふふふ、マサオミに言えたことではなさそうですね?」 「参ったな」 どうも、言い返せる口はなさそうだ。 「けど、朝武さんに謝らないといけないよね」 「はい?」 「ほら、二人のいないところで、話し合いしてたこと」 「そうですね……なにも、ヨシノとマコを仲間外れにしたかったわけではないですよ?」 「はっきりしないことも多くてさ、かえってやきもきさせるかもしれないと思ってさ」 「いや、二人が悪いわけではない」 「吾輩もそのほうが良いと思ったのだ、許してくれ」 「そんなっ、三人ともとんでもないです!」 「私の方こそ、むしろ感じ悪かったかなって心配してたくらい」 「それこそ、気にしないで」 「マサオミ、ムラサメちゃん? もう話してもいいのではないですか?」 「次の夢を見たときには、たぶん真相がわかると思うのですよ」 「それもそうだな」 「いえ! だったら、そのとき今までの分もまとめて聞かせて下さい」 「いいの、朝武さん?」 「私もみんなの気持ちを尊重したいと言いますか」 「後ちょっとなのに肝心なところがまだわからないなんて情報を教えられても」 「確かに、やきもきしてしまいそうですから」 「ええ、せっかくここまで秘密にしてくださったんですから」 「ワタシも最後まで取っておいて欲しいですかねぇ」 「ヨシノも、マコも、ありがとうございますね」 「いいんですよ、もう」 「ただ、私達だって友達のためなら、なんだってする覚悟があることを忘れないでください」 友達から、こんなことを言ってもらえるなんて。 これほど心強い言葉があるだろうか。 「……はい、わかりました」 「その代わり、ヨシノも遠慮しないで、わたし達を頼って欲しいですよ!」 「うん……わかった」 「レナさん、有地さん? 今さらかもしれませんが、危険を承知でお願いします」 「呪いを終わりにするために、どうか力を貸してください」 「もちろんです!」 レナが朝武さんの手をがっしり掴む。 俺もその上に手を重ねた。 「ああっ、本当に今さらだけどね」 「ええ、ワタシのこともお忘れなく」 「無論、吾輩も共にあろう」 さらに常陸さんとムラサメちゃんも。 「もっとも吾輩の手では形だけになってしまうが……」 「なにを言ってるんですか! ムラサメちゃんは、わたしとマサオミの間に手を入れてくださいっ」 レナがみんなの手の上へ、もう一本の手も重ねる。 そこへ俺がムラサメちゃんの手を掴んで続いた。朝武さんと常陸さんも両手を出す。 5人で、がっしりと手を握り合ったのだ。 「おっ、おお! て……手を握られておる」 「吾輩も、皆の中に手を……」 「当たり前だろ? ムラサメちゃんも、大事な友達だ」 「はい、呪いとの戦いは、ムラサメ様抜きでは考えられないことなのですから」 「その通りです!」 「……うむっ、いよいよ最後の戦いが迫っておるのだな」 「ええ、肩透かしで終わらなければ」 「あはは、そのときはごめん」 小さく、笑いが起こる。 こんな場面でも、冗談を言い合えた。 俺達には仲間がいる。 ここにいる1人1人を守り抜きたいと思う。他のみんなも同じ事を思ってくれている。 もう、なにも恐れるものなどなかった。 志那都荘の仕事をお休みにしてもらえたので、今夜はレナに泊まってもらうことにした。 「マサオミの部屋で、夢の世界へ入るのですね」 「ああ、ここなら何かあっても友達が側にいてくれるでしょ?」 安心して夢の中へ入っていけるはずだ。 「はい……その分、プレッシャーもありますけどね」 「今夜も、上手く憑代の記憶を引き出せるでしょうか?」 「大丈夫、俺も一緒なんだから」 そっとレナの肩を抱く。 そのまま、軽く唇を触れ合わせた。 「んふふっ、やっぱり……マサオミは、わたしのサムライです」 「え? なにそれ?」 「……今のキス、少しも怖がってないの伝わってきましたから」 「確かに、今はなにも怖くないって気分かな?」 「みんなのおかげで、励まされたからね」 「うーん、でもわたしは前からそうだと思ってましたよ」 「わたしが祟り神に操られたときも、迷いなく助けに来てくれました」 「あれは土壇場の勢いもあったからな」 本当は、けっこうビビってたわけだし。 「けどもし、そう見えてたんだとしたら」 「レナがいつでも前向きで明るいから、俺は勇気をもらえてたんだと思う」 「……わたしからですか?」 「そんなの、わたしのほうこそですよ」 「マサオミが側にいてくれるから、いつでも安心だっただけです」 「本当は不安になりかけたときもありましたけど……マサオミが、側にいてくれましたから」 「レナ……うん」 「だったら、俺達は二人だから強くなれるんだ」 「はい、わたしも……そう思います、マサオミ?」 ぎゅっと固くレナを抱き締めた。 「今夜は、抱き合って眠ろう」 「んふふ……エッチな気分になったりしませんか?」 「が、我慢する」 「冗談です、別になってくれてもいいのですが」 「わたしも……マサオミと抱き合ったまま、寝てみたいでありますよ」 「ああ……」 そのまま、二人で1つの布団に入る。 やがて、深い眠りへ落ちるまで…… 次の日。 穂織は絶好の晴天に恵まれた。 で。 「はいはい、列からはみ出さないでくださいよー!」 「ご、御神刀イベントの復活の儀は、午後1時からになりまーす!」 「わおっ、今日はリアルサムライが来るのですよね?」 「ですよー、マサオミが岩を一刀両断にするのです!」 「ファンタックステックです!」 「い、いえ、刺すだけですから、レナさん」 「HAHAHAHA! 穂織はやっぱりサイコーでぇすっ! なあ、ブラザー!」 「YES! ブラザー、サムライ超エキサイティングでぇす!」 イベント前から、この人だかりである。 何百人……いや、千人以上いるのか? 「すごい人ですね……」 「こんなに沢山の方がいらしたのは、多分初めてではないでしょうか?」 「うん、春祭りや観光シーズンは比較的多いけど、何だか桁が違う感じだよ」 「御神刀の集客効果はすごいってことだね」 奉納の儀のために正装をした安晴さんと朝武さんが、鳥居の先にいる人々を見てそんな会話をしていた。 「ついにこの日が来たな、ご主人」 隣でムラサメちゃんが袴姿の即席侍っぽい俺を見上げる。 手には叢雨丸を持っている。 「うん、来た」 俺は彼女を見て、微笑した。 「有地さん、もうすぐ時間ですけど」 「準備は大丈夫かい?」 朝武親子がそろって俺達を振り返る。 「はい、大丈夫です」 俺は頷きながら答えた。 自分でも驚くほど落ち着いた声だった。 「……まるで、緊張していませんね」 「初めて奉納の儀をするとは思えません」 「そうだね、まるで芳乃のような経験者みたいだ」 「難しいところは、全部朝武さんにまかせですし」 「俺は叢雨丸を、あるべきところに返すだけです」 「当たり前のことを、当たり前にするだけなんですよ」 俺はムラサメちゃんの持つ、叢雨丸を見てそう言った。 思えば、こいつには何度も助けられた。 ありがとう。 その気持ちをこめて、お前と最後の一刀を。 「うむ、よく言った、将臣」 「祖父ちゃん」 いつの間にか、祖父ちゃんが立っていた。 「よくぞ、その境地に達した」 「そう、戦のない世には、もう刀は不要」 「御神刀には、これからはゆっくりと穂織の地を見守っていただけば良い……」 「ムラサメ様も、人として幸せになってくだされば良い……」 「長い戦の歴史に、お前が終止符を打て、将臣」 「はい!」 俺は深く祖父に頭を下げる。 今まで、ありがとう、祖父ちゃん。 不出来な孫だったけれど、これからはせいぜい孝行するよ。 「立派なお孫さんが居て、うらやましいですね」 「はい、ワシの自慢の孫です」 「え? ちょっ?! 祖父ちゃん何を?!」 あまりに意外な祖父の反応に一瞬焦った。 「玄十郎が人前で身内を褒めるのは初めてみるのう……」 「だが、今さらデレてもご主人はもう吾輩のモノだっ!」 「ムラサメちゃんも、こんな時に何言ってるんだよ?!」 そんなところで張り合わないでほしい。 「有地さん」 「そろそろ時間です」 「あ、わかった!」 朝武さんの言葉に、俺は気を取り直す。 心を再び、落ち着かせる。 「ご主人」 ムラサメちゃんが、叢雨丸を両手で俺に差し出す。 「うん、ありがとう」 俺も両手で、御神刀を受け取った。 慣れ親しんだ、重みと手触りに、つい微笑する。 「今回は、吾輩は叢雨丸に宿らぬが」 「想いは存分にこめた」 「吾輩達は、常に三位一体で、無敵なのだ」 「うん、その通りだ」 俺は右手に叢雨丸を持ち、左手でムラサメちゃんの頭を軽く撫でた。 「有地さん、では参りましょう」 ちりんと、涼やかな鈴の音とともに、観衆の方へと歩いていく。 「――行ってくるよ」 俺も最後にムラサメちゃんの髪をくしゃっと撫でて、踏み出す。 叢雨丸を携えて。 「うむ、行ってこい、ご主人、芳乃!」 「頼んだよ、二人とも」 「わおっ、リアルサムライが来たです!」 「HEY! カメラ目線ください!」 「OH! ブラザー! 巫女ガールと侍ボーイだぜっ!」 「ベリーエキサイティング!」 俺と朝武さんが、姿を現すと津波のように歓声が押し寄せる。 圧倒的な人の数。 カメラのフラッシュを焚く音がちっとも鳴り止まない。 「ちょっ、まっ、押さないで! 押さないで!」 「ぷ、ぷりーず、どんと、ぷっしゅ! オーケー?!」 「ロープから出てはいけませんよー」 「やれやれ、ちょっとした有名人ですね、二人とも……」 廉太郎達や町内会の人達が必死に、群集をなだめていた。 なかなか大変そうだな。 もっと近くで観てもらいたいが、何せ真剣を振るのだ。 御神刀はイベントの後で、柄だけを堪能してもらうしかない。 「……」 ぴたりと歩を止めた朝武さんが、目をつむり集中する。 いつもの舞の奉納と同じ。 奉納の時の彼女の集中力は、尋常ではない。 きっと、今、彼女の耳にはこの群集の声すら届いてはいないだろう。 「――っ!」 朝武さんが、舞を始めた。 いつもと寸分違わぬ、優美な所作で、舞う。 周囲のざわめきが、徐々に消えていく。 見惚れているのだ。 初めて、俺が彼女の舞を見た時と同じように。 だが。 「……」 今度は俺も“当事者”だ。 俺はその場で、朝武さんがいる方向に向き傅く。 左手は鞘を持ち。 右手は柄を持つ。 その瞬間。 叢雨丸を抜いた時からの数々の思い出が、頭をかすめた。 それはムラサメちゃんとの思い出でもあった。 ありがとう。 本当にありがとう。 俺は、手の中の相棒に感謝した。 お前が居たから、俺はムラサメちゃんと出会えた。 お前が居たから、祟り神の怒りを鎮められた。 お前が居たから、俺は―― 今の俺にたどりつけた……! 「はああああっ!」 朝武さんの舞の後、それを引き継ぐように俺の剣の舞がはじまる。 白虎。 玄武。 青龍。 朱雀。 四神に、感謝の剣の舞を奉納する。 胸に去来するのは、泣きたくなるほどの達成感と―― ほんの少しの寂寥感。 「……叢雨丸、ご主人」 剣を振る俺の視界の端に、ムラサメちゃんの姿が映った。 彼女の胸の内が、俺にはわかった。 微かな寂しさを、痛みとして彼女も今、感じている。 わかるんだ、俺には。 だって、俺達は三位一体なのだから。 「――っ」 四神への奉納の後、一瞬の残心。 「あっ、あああああ――っ!」 そして、鞘岩へと向かって駆け出す。 柄を逆手に持ち替えながら。 「いやあああああああ――――っ!」 気合いとともに、俺は。 心の中で、何度もありがとうと礼を言い最後には。 ――さよなら。 別離の言葉を、胸に相棒を、神へと返した。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 俺は叢雨丸の柄を握りしめたまま、肩で息をしていた。 ――貴方が、私の遣い手であったことを、誇りに思います。 ――ありがとう。 「――え?」 俺は辺りを見渡した。 「今、誰かの声が……?」 『わあおおおおおおおおおおおっ!』 だが、俺の疑問の言葉はすぐに大歓声にかき消される。 割れんばかりの拍手と、賛辞の声の嵐が俺と朝武さんに向けられていた。 「有地さん」 「素晴らしい奉納でした」 巫女装束の朝武さんが、俺に振り返り笑う。 「え? あ……」 「そっか、俺、成功したんだ……」 俺は柄をにぎったまま、ようやく自身の役目を無事果たしたことに気づいた。 「ご主人! 見事であったぞ!」 「ほら、いつまで柄を握っておる! もういいのじゃ」 駆け寄ってきたムラサメちゃんが、俺の手に自分の手を優しく重ねた。 「ムラサメちゃん、人に戻れた?」 「うむ、そのようだな」 「手足の感覚が、今までよりはっきりしておる」 「それに、叢雨丸の声がしたのだ」 「え……」 言われてようやく思い至った。 あれは叢雨丸の声だったのだ、と。 「俺も聞こえた……」 「ん? ご主人もか?」 「ああ、ありがとうって。ムラサメちゃんは?」 「吾輩は――」 ムラサメちゃんは、岩に突き刺さった御神刀を見て目を細め、 「今まで大儀であった、と」 「それから、幸せになれ、と言うてくれた」 「そう……」 俺とムラサメちゃんはしばらく、岩に刺さった叢雨丸の柄を二人で握っていた。 放してしまうのが名残惜しい。 「お二人とも、そろそろ下がってください」 「御神刀抜きたい人、もう列いっぱいできてますよ」 「お兄ちゃん、あっちでマスコミの人が呼んでるよ! あ、ムラサメ様も!」 仲間達が寄って来て、俺達を取り囲む。 ああ、余韻に浸るヒマもない。 もう「次」なんだな。 俺と彼女は、同時に叢雨丸の柄から手を放す。 そして。 「行こう、ムラサメ――」 「いや、アヤちゃん」 「……うむ!」 俺達は互いの手を取り合い、人々の方へと向かった。 「ご主人、ご主人!」 「ごーしゅーじーんー!」 ゆさゆさと布団ごと揺すられる。 「ん?」 起されたばかりの、ボヤけた視界に―― 「やっと起きたか」 「おはよう、ご主人」 俺達の学院の制服を身につけたムラサメちゃん――もとい、アヤちゃんがいた。 「おはよう、もう制服着たんだ?」 「まだ境内の掃除もあるし、後でいいのに」 「それはそうだが、待ちきれなくてな」 そう。 今日から、彼女もウチの学院に通うことになる。 普通の女の子として生活するための、第一歩だ。 「似合ってるよ、ムラサメ――いや、アヤちゃん」 「あはは! しばらくはムラサメちゃんでも良い」 「にっくねぇむとして使う」 「ああ、そういう使い分けにするんだ」 「それより、制服におかしなところはないか?」 くるりと俺の前で一回転する。 新品の制服のスカートが、可愛らしく弧を描く。 「うん、全部可愛い」 「さすが俺の彼女だ」 「わははは! 吾輩の制服姿がそんなに気に入ったか」 「わかった。今度はこれでぷれいなのだ」 「ムラサメちゃん、女の子がプレイって言わないでくれ」 中身はまだ相変わらずの耳年増さんであった。 それはともかく。 「今日から小春とクラスメイトだね」 「何を申すか、ご主人と同じに決まっておるではないか」 「一緒じゃなければ、嫌じゃ。意地悪を言うでない」 「意地悪じゃなくて、年齢で学年というものがあるの」 「なっ?! 吾輩を子供扱いするな、ご主人!」 「吾輩はご主人より、500は年上であるのだぞ」 「それだと別の意味で同じクラスじゃないよ?!」 ムラサメちゃんが普通の女の子になる道のりは、まだまだ険しそうだ。 まあいい。 一緒にゆっくり行こう。 『行ってきます』 「行ってらっしゃい」 俺達は四人で、安晴さんに手を振り、学院へ。 「早う、早う行くぞ、ご主人!」 「そんなに急がなくても、間に合うからっ」 はしゃぎながら、俺の手を引き駆け出すムラサメちゃん。 俺の手には、はっきりと彼女の温もりが伝わってくる。 多くの人達が、彼女を目に止め声をかける。 「ムラサメ様、行ってらっしゃい」と。 でも。 「ムラサメちゃんと呼んでほしいのだ!」 その度に、彼女はまばゆい笑顔とともにそう返していた。 そう、もうここにはいないのだ。 500年もの間、人柱となり孤独に耐えてきた少女は。 月を見上げて、人知れず泣いていた少女は――もういない。 叢雨丸は、彼女に伝えた。 幸せになれ、と。 俺はそっと誓う。 奉納された、戦友に誓う。 ムラサメちゃん―― 「ご主人……!」 俺は、君をきっと幸せにする。 とびっきりたくさん幸せにする。 500年分を取り戻すくらいの幸せを、君に―― 「早う、早う行くぞ、ご主人!」 「そんなに急がなくても、間に合うから」 二週間前、人に戻ったムラサメちゃんは、俺達と同じ学院に通うことになる。 ムラサメちゃんの笑顔は希望に満ちていた。 満ち溢れていた。 俺も彼女との新しい学院生活に胸を躍らせていた。 が。 「有地ムラサメ――いや、有地綾じゃ!」 「今日から、皆とこの学び舎で共に過ごすがゆえ、よろしく頼む」 「はっ?! 有地?!」 「な、何で、有地くんと同姓なの?!」 「あ、いかん、吾輩としたことが先走ったことを」 「まだ朝武ムラサメであった」 「もっとも、ご主人――将臣とはいっしょに暮らしているが」 「わはは! 同姓になるまえに、まさに同棲じゃな!」 『な、なんだってー!』 「ちょっ! ムラサメちゃん、いきなり何てことを!」 いきなり火種をまく。 転入初日の自己紹介で、俺の彼女はいきなりやらかしてくれた。 「鞍馬君より、ジゴロいたコレ!」 ざわざわと教室中がざわめいた。 当然悪い意味で。 「違う! 俺を廉太郎といっしょにしないでくれ」 「有地君……」 「放課後、職員室に来てくれる?」 「先生、色々とお話ししたいから……」 中条先生が微笑みながら、俺にそう言った。 こめかみはひくついていたが。 ちょっと怖い。 俺はがっくりと頭を垂れる。 「ん? どうした、ご主人元気がないぞ」 「何か悩みがあるなら、吾輩に相談せい!」 と、悩みの元凶ちゃんが、無邪気に笑った。 「ありがとう……」 俺は力なくそう言うしかなかった。 「失礼しまーす」 「はぁ……。疲れた……」 中条先生に状況を納得してもらうのに二時間もかかってしまった。 先生は元々、俺が朝武さんと婚約した経緯を知らないから当然だが。 最後に「絶対、女の子を泣かすようなことはしないように」と釘を刺されてやっと解放だ。 「まいったなあ、まさかこんな状況になるとは」 「ムラサメちゃんに、付き合ってるのはしばらく黙っててもらえば良かった」 小春やレナさん以外の事情を知らない人達から見れば、今の俺は廉太郎以上に手の早い男。 今、この学院での俺の株価は超下落中だ。 「おう、ここにおったのか、ご主人」 「捜しておったぞ」 「あ、まだ帰ってなかったんだ」 「うむ、学院の中を茉子と芳乃に案内してもらっていたのだ」 「なかなか興味深かったぞ」 「そうなんだ、ムラサメちゃんは前から結構、学内をフラついていたからめずらしくもないと思ってた」 「学生として見学するのと、ただ徘徊するのとでは違うぞ、ご主人」 「これから入る倶楽部も決めねばならんしな」 「え? ムラサメちゃん、クラブに入るのか?」 てっきり帰宅部かと思っていた。 「うむ、家に帰っても芳乃は奉納、茉子は家事」 「ご主人は玄十郎と稽古。吾輩はヒマをもてあましてしまう」 「それなら、吾輩も何か始めようかと思ってな」 「常陸さんの家事を手伝うのは?」 「最初はそのつもりだったが、茉子は何もやらせてくれんのだ」 「未だにムラサメ様と呼ぶしのう、皆、困ったものじゃ」 「あー、それはそうか」 ずっと神様扱いしてきた対象といきなりフランクには付き合えないか。 そこは徐々にやっていくしかないな。 「そんなわけで、ご主人を捜しておったのだ」 「吾輩にどの倶楽部に入って欲しいか聞きたい」 「遠慮せず、言うてみい」 「え? 俺は別に、ムラサメちゃんの入りたい部でいいと思う」 どうして、俺に聞くんだ。 「いや、しかし吾輩の一存だけで決めると、後々後悔するぞご主人」 へ? 「何で?」 「わかっておらんな、ご主人」 「たとえば、庭球部の吾輩と、応援部の吾輩」 「どっちの吾輩と、こすちゅぅむぷれいするのか決まってしまうのだぞ?!」 「エロ前提で、決めてるの?!」 なんてエッチな元幼刀かっ。 「む、ご主人はわかっておらんな」 「いいか、ご主人、どんなに仲睦まじい夫婦にもやがて倦怠期が訪れるのだ」 「ああ、そうらしいな」 「倦怠期の原因の多くは、性交渉の減少なのだ」 「それを乗り越えるのは――」 「こすちゅぅむぷれいが効果的なのだっっ!」 目をむいて、コスプレの効用を力説する。 それが俺の彼女である。 「こんなところで、そんなこと大声で言っちゃダメだろ!」 慌ててムラサメちゃんの口を手で押さえる。 周囲にたまたまいた学生達が、怪訝そうな顔で俺達を見ていた。 赤っ恥だ。 「――ぷはぁっ、ご、ご主人、急に口をふさぐなっ!」 「それとも、そーいう強引で無理矢理なのがいいのか?」 「雄の攻撃的願望を吾輩で満たすのか? ご主人、吾輩はもっと優しいのがいいぞ」 「愛のないまぐわいは嫌なのだっ!」 俺に身体を摺り寄せつつ、ムラサメちゃんは唇を尖らせる。 「そんなシチュは全然望んでないから安心して!」 職員室の前で話す話題じゃない。 とにかく、ここは離脱した方が良さそうだ。 「クラブ活動なら、ただ見るだけじゃなくて実際にやってみた方がいい」 「体験入部させてもらったら?」 「おお! それはそうだな!」 「よし、善は急げじゃ、行くぞご主人!」 ムラサメちゃんに手を取られ引っ張られる。 学内で女子と手を繋いで歩くのは、ちょっと恥ずかしい。 でも、しっかりとした感触に、彼女が本当に人に戻ったことを実感して、それ以上に嬉しい。 だから、俺もそっと彼女の手を握り返した。 「ファイトッ! ファイトッ!」 「一年、声小さいよ!」 「ええいっ! これでどうだっ!」 「まだまだ!」 「やってるやってる」 「おおっ、皆、熱血じゃな!」 男子も女子も、部活で爽やかな汗を流していた。 ザ・青春って感じだ。 「ウチの学院、こんなに部活あったんだな」 改めて見学して、驚いた。 俺もここに来てからは、祟り神やら町おこしで学院生活の方は、お留守になりがちだった。 祖父ちゃんの稽古もいいが、ここの剣道部に入るのもありかもしれない。 そういうことができるのも、今の内だけだ。 「ご主人、ご主人!」 「何をぼーっとしておる、ご主人!」 あ。 くいくい、と興奮気味のムラサメちゃんに手を引っ張られて、我に返る。 「悪い悪い」 「ムラサメちゃん、やってみたいのあった?」 「ふむ、どれもこれも、やったことがないが――」 「やっぱり、アレじゃな!」 と、ムラサメちゃんは女子テニス部の方を指差した。 ムラサメちゃんが、テニスか。 うん、元気なムラサメちゃんには向いてるかもしれない。 「じゃあ、いっしょに体験入部頼んでこようか?」 「うむ!」 俺達は早速、コートの方へ。 「むう、吾輩には向いておらんかった……」 「とてもではないが、球に追いつかん」 「全部ノーバウンドで打とうとするからだよ」 「それは何か変じゃ。納得いかん」 「羽根突きとはルール違うんだけど……」 うーん、やっぱりリアル戦国時代の娘っ子には洋物スポーツは不向きか。 とはいえ、和風の部活というと。 「柔道や剣道なら、馴染める?」 「格闘技は痛そうだから、嫌なのだ」 「つい最近まで、刀だった人の発言とは思えないんだけど?」 「吾輩は斬るだけじゃ、斬られるのはご主人だけだからな」 「ひどいよ、この元御神刀!」 叢雨丸を奉納してよかったと、俺はしみじみ思った。 「ご主人、部活は運動部だけではなかろう」 「文化部を見てみたいのだ」 「ああ、そっか文化部か」 確か茶道部とか、華道部があったはずだ。 それならムラサメちゃんと上手く合うかも。 「じゃあ、校舎に戻って、文化部を見てみよう」 「うむうむ!」 またぎゅっと手を握られる。 かなりの数の学生達に見られるが――俺も離さずそのまま歩く。 「ここは何部なのだ? ご主人」 「こっちが茶道部で、こっちが華道部」 「おお~、どっちも雅な感じがするな!」 「乙女な吾輩にぴったりだ!」 ムラサメちゃんは無邪気にぶんぶんと俺と繋いだ手を上下に振る。 子供っぽい動作。 でも、微笑ましくて、つい俺の頬も緩む。 「う~ん、どっちにすれば良いか迷うが……」 「両方体験させてもらえば良くないか?」 「それも、そうだな」 「よし、まずは茶道部じゃ!」 ムラサメちゃんは意気揚々と、茶道部の入り口に立ち、扉に手をかける。 「たのもーうー!」 「道場破り風なのは、何で?!」 「ご主人、茶道部は肌にあわん」 「まさか、ムラサメちゃんが正座苦手なんて思わなかった」 いきなりあぐらをかこうとした時には、慌てて止めた。 スカートなんだから、パンツがちょっと見えてしまった。 「叢雨丸の管理者の時は、基本は浮いていた」 「人に戻ってからも、正座などする機会はなかったからな」 「ムラサメちゃんより、目上の人がいなかったからな」 ムラサメちゃんがかしこまる必要は皆無だったわけで。 いつもソファーにもたれたり、脚を投げ出して座ったりしてれば良かったからな。 「でも、そうなると華道部も難しい」 「あれも正座するのか」 「少なくとも、女の子が畳であぐらかいちゃダメ」 「むう、以前なら正座をするフリをして、浮いていられたのだが」 「人の身体は存外、不便だなご主人」 「もう一度、何とか浮かんかのう」 ムラサメちゃんがその場で、ぴょんぴょんとジャンプを始めた。 そのたびに短いスカートがひらりひらりと。 「ちょっと、ムラサメちゃん!」 慌てて両肩を抑えて、ジャンプを止める。 「――っ?!」 「な、何じゃご主人?!」 「まさか、こんなところで接吻とは……」 「だが、ご主人がどうしてもというなら……!」 ムラサメちゃんが、もじもじしながら頬を染めつつ顔を上げる。 かかとを上げて、爪先立ちで。 その可愛らしい様子に、俺もつい顔を近づけそうになる。 が。 「じー」 「じじー」 廊下を歩く学生達が、皆こっちを見ていた。 超見ていた。 いかん、一瞬理性を失いかけていた。 「こ、こんなところでそんなことするわけないだろ?!」 「スカートがめくれるから、ジャンプをやめてほしかっただけなのっ」 俺は爪先立ちの元幼刀ちゃんの肩をぐっと押さえて、キスを回避する。 「な、なんじゃそうか」 「びっくりしたぞ……」 「吾輩もこんな人前で、おかしいとは思っておったが」 「だが、吾輩のご主人はえっちいから、あるいはと」 えー。 「俺、そんなにエッチじゃないっ」 「普通だ。普通の一般男子だっ」 「……そうであろうか?」 「普通の男子が、毎晩あんなに激しく吾輩の身体を――」 「それはムラサメちゃんが、毎晩俺の布団に入ってくるからだろ! 誘惑してくるからだろ?!」 「ゆ、誘惑ではないっ!」 「夜は寒いから、人肌が恋しくなる時があるではないか!」 「ちょっとご主人で、暖をとろうとしたら、ご主人が吾輩を強引に抱きしめて……」 「俺を湯たんぽ代わりにしないでくれ」 あと、絶対先に抱きついてくるのはいつもムラサメちゃんだ。 「はぁ、はぁ、ご主人、もっと、もっと……!」 「もっと、吾輩を激しく愛してくれ……!」 その後は、二人で嬉々として夜の営みを―― 「――って、いかんいかん!」 俺は頭を激しく振って、桃色の妄想を頭から追い出す。 昼間から、考えることじゃない。 「ご主人、他の部も見てみたいぞ」 「吾輩にぴったりの部へ導いてくれ!」 「うーん、何がムラサメちゃんに向いてるのか……」 またムラサメちゃんと手を繋いで歩き出す。 その小さくて、柔らかい感触に俺の胸は高鳴った。 俺、今、顔赤くなってないかな……? そんなことを心配している俺だった。 「ふぅ……」 「はぁ……」 「元気出して、ムラサメちゃん」 あれから二人でほとんどの文化部を回った。 でも、どの部もムラサメちゃんとは上手くなじまなかったようだ。 「……なあ、ご主人」 「ん?」 「どの部の者も、皆親切であった」 「う、うん、そうだった」 「だが、どこかよそよそしくはなかったか?」 「それは……」 そうでなかったと言えば、たぶん嘘になるだろう。 どの部の学生達も、初心者のムラサメちゃんに優しくはあった。 が、その優しさは同世代の仲間というより「ムラサメ様」に対する畏怖から来ているのではないか。 俺もそう感じてしまっていた。 「身体が人に戻ったからといって、すぐに周囲の見方が変わるはずはないが」 「少し寂しいぞ」 無理に笑うムラサメちゃん。 その笑顔を見るのがちょっとツライ。 「でも、ムラサメちゃんはまだここに転入したばかりだ」 「諦めるのは早いと思う」 「……そうであろうか?」 「500年もの間、吾輩は半ば神のように扱われてきたのだぞ?」 「よく言うではないか、ご主人」 「触らぬ神に祟りなし、と」 ムラサメちゃんはしょんぼりとうつむく。 「そんな弱気なこと言わないでくれ」 「以前、俺と一緒に祟り神と戦った強いムラサメちゃんはどこに行った?」 「今日がダメなら、明日」 「明日がダメなら、明後日」 「ムラサメちゃんが楽しく活動できる部を探そう」 俺は必死に彼女を励ました。 彼女は、彼女のためでなく俺のために人になってくれたのだ。 その俺が彼女を支えなくてどうする。 「三日もかけたら、全ての部を回りつくしてしまうぞ、ご主人」 「それでも、見つかるかどうか……」 「その時は、俺達で何か新しい部を立ち上げよう」 「な、何?!」 俺の突然の提案にムラサメちゃんは大きな瞳をぱちくりさせる。 「何でもいいから、ムラサメちゃんがやってみたいことを二人で始めてみよう」 「最初は二人だけだから、正式な部活じゃないけど」 「二人でとびきり楽しいことを始めよう」 「そんな俺達を見たら、きっと他の学生も入ってくるさ」 「それなら、きっと上手くいく」 「ご主人……」 ムラサメちゃんは、しばらく俺をじっと見つめて、 「ぷっ、く……」 「くっ、くすくす……」 「あはははは!」 突然、堪えきれないとばかりに笑い出した。 「え? どうかした?」 「俺、何か変なこと言った?」 「いや、ご主人は何もおかしくない」 「笑ったのは、さっきまでの吾輩が滑稽だからだ」 「え?」 「まったく、ご主人の言うとおりだ」 「自分の居場所がないのならば、自分で作れば良い」 「ただのそれだけのことだった」 「こんな簡単なことに、気づかないとは……吾輩は何とも間の抜けている女じゃ」 「あはははは!」 俺の彼女は目の前で、本当におかしそうに笑っていた。 俺はホッと息を吐く。 明るいムラサメちゃんの笑顔が、本当に嬉しい。 「良かった。元気になった」 「うむ、ご主人のおかげだ」 「ご主人は、いつも吾輩を救ってくれるな」 「冗談でなく、吾輩にとってはご主人が神様だぞ」 「優しい神様がいてくれて、吾輩は嬉しいぞ」 ムラサメちゃんは俺に近寄ると、身体を摺り寄せてくる。 二人きりの教室。 俺はそっと彼女を包み込むように抱いた。 「あ……」 「……神様とか、そういうんじゃなくて」 「ムラサメちゃんが好きだから、優しくしてるんだ」 「ご主人……」 ぎゅっと、彼女が俺の背中に腕を回し強く俺を抱く。 かぁっと俺は自身の顔が熱くなるのを感じた。 心臓が高鳴る。 「……好きじゃ」 「俺もだよ」 「こんなに人を好きになったことなどない……」 「ありがとう」 彼女の言葉が、胸に染みる。 俺の腕にも自然に力が入る。 「ご主人、今なら誰も見ておらんぞ……」 「せ、接吻してくれ……」 「いいよ」 俺は彼女を抱く手を緩め、彼女の顎の下に手をそえる。 「……」 ムラサメちゃんは素直に顔をあげて、目を瞑った。 俺は優しく唇を重ねた。 「んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「ご主人、ご主人……」 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ……」 彼女は背伸びをして、俺の首に両腕を回す。 もっとキスして欲しいと、ねだってくる。 俺はそれに応えるように、深く彼女の唇を吸う。 「んっ、ちゅっ、んっ、んっ、んんん~~っ!」 「ちゅっ、んっ、はぁはぁ、んっ、ちゅっ……んっ、ちゅっ!」 「ちゅぱっ、んっ、んんっ、ちゅっ!」 「はぁ、はぁ、ご、ご主人……」 お互い呼吸するのを忘れるくらい、激しく相手の唇をむさぼりあった。 ムラサメちゃんの唇が、唾液で濡れていた。 俺と彼女、二人分の唾液で。 「ご主人、もう収まりがつかんであろう……?」 「ほら、こんなになっておる」 「あっ」 ムラサメちゃんが、俺の股間に手のひらで触れた。 ゆっくりと円を描くように撫で回される。 制服のズボン越しに伝わってくる感触に、俺は身を震わせる。 「……ムラサメちゃん、ダメだよ」 「ん? 何がダメなのだ?」 「そ、そんなに、撫でたら勃っちゃうだろ?」 「何を言う」 「もう充分勃っておるではないか」 「くっ……」 まさにその通り。 俺のペニスはもう完全にそそり立ち―― このままでは窮屈でたまらない、と俺に主張してきた。 「吾輩と接吻したから、こうなったのか?」 股間をまさぐりながら、ムラサメちゃんがニヤリと笑う。 小悪魔の笑み。 「そ、そうだけど」 「素直な子は好きだぞ、ご主人」 「なら、吾輩が最後まで責任を取らねばな」 ムラサメちゃんは、そう言うと俺の前で膝を折る。 そして。 「あっ、ちょっとムラサメちゃん!」 「いいから、吾輩に任せよご主人」 勝手に俺のズボンのジッパーを下ろして、勃起したペニスを取り出した。 「んっ、ちゅっ、ぺろっ……」 何の前ぶれもなく、ムラサメちゃんのペロペロ攻撃が始まった。 「くっ、あっ……!」 俺は思わず腰を震わせる。 「相変わらず、元気じゃな、ご主人のオチ●チンは……」 「それにぴくぴく動いて可愛いのだ……」 「よしよし、焦るでない……」 「じっくりと愛でてやる……」 「ちゅっ」 亀頭にムラサメちゃんが、軽くキスを。 「うわっ」 のけぞるくらい気持ちいい。 「ご主人、反応がいちいち可愛いのう……」 「もっと、感じるが良いぞ」 「ぺろっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ」 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、ちゅっ……」 「ぺろっ、んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「ちゅっ、んっ、ぺろっ、んっ、んんっ、ちゅっ、ちゅぱっ……!」 ペニスのサオの部分をしごきながら、ムラサメちゃんは舌をカリの下側に這わす。 時折何度もちゅっちゅっとキスをしてくれる。 本当に愛おしげに優しく。 俺の性器を優しく愛撫してくれる。 「ム、ムラサメちゃん……」 「ご主人、ご主人……んっ、ちゅっ……!」 「あっ、くっ……!」 俺はムラサメちゃんの頭に両手を添えて、下半身をぴくぴくと揺らす。 感じすぎる。 普段は皆と授業を受けたり、弁当を食べたりする場所でこんなことを。 背徳感がすごい。 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「すごい、また大きくなったぞ、ご主人のオチ●チン……」 「そんなに良いのか? ん?」 俺の性器を片手で擦りながら、俺を見上げるムラサメちゃん。 小悪魔的な微笑み。 完全に主導権を握られていた。 「い、いいけど……」 「いいけど、マズイぞ、ムラサメちゃん……」 もし誰かが来たらと思うと、緊張感がハンパない。 「んっ、ちゅっ、そんなに案ずることはない……」 「こんな時間に教室には誰も来ないであろう、んっ、ちゅっ、ぺろっ」 俺の言葉なんかスルーして、ムラサメちゃんはフェラを続ける。 「で、でも、万一ってこともある」 「ふっ、だが、いいのか? ご主人……」 「こんな中途半端な状態で止められて」 「股間を膨らませたまま下校するのか? その方が体裁が悪いであろう?」 「そ、それは根性で鎮める」 「それはもはや無理じゃ」 「オチ●チンが、こんなになってしまったのだぞ? ほれほれ♪」 しこしこと俺の性器をしごきつつニヤリと笑う。 ムラサメちゃんの唾液と、俺のカウパー液が混ざり合い潤滑油となって絶妙に気持ちよかった。 くっ、ダメだ。 彼女の言うとおり。 もうこのままで終わるなんて、できない。 「切なそうな顔をしておるな」 「見ておるだけで、どきどきしてきたぞ……」 「大丈夫じゃ、ご主人」 「吾輩の手と口で、ちゃんと桃源郷に導いてやる」 「ちゅっ、ぺろっ、んんっ……」 「んんんんっ……!」 「くわっ!」 俺の亀頭をムラサメちゃんの小さな唇がぱっくりと咥えた。 手はいつの間にか、ズボン越しに俺の睾丸をマッサージしている。 くにくにとエッチな手つきで、俺は彼女に股間を好きにされていた。 「んっ、んんんっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、んっ、んんんっ……」 「ちゅぱっ、んっ、んっ、んん……」 「はぁ、はぁ、ご主人、んっ、ちゅっ、どうだ、気持ち良いか……?」 「も、申してみい、んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、はあっ、んんんんっ……!」 ムラサメちゃんは唇をすぼめて、何度も何度も俺の亀頭に刺激を送り込んでくる。 彼女の唇や頬は、ぬらぬらと濡れていた。 それは夕陽の射しこむ教室での、美少女の痴態。 彼女の背徳的で、献身的な性的マッサージ。 男なら興奮しないわけがないシチュエーションだ。 「んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、はぁはぁ、ご主人……」 「ムラサメちゃん、ムラサメちゃん……!」 俺はもう抵抗しない。 いやできない。 彼女に射精まで、付き合ってもらわなければもうどうしようもない。 「んっ、ぺろっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「ちゅっ、ぺろっ、んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、んん……」 「ぺろっ、んっ、はグッ、んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、んん……!」 じゅぽっと彼女が頭を動かし、俺のペニスを深くまで飲み込もうとする。 膣とはまた違う快感。 可憐な少女の舌が、俺の一番汚い部分に触れているという光景が、エロい。 「はぁ、はぁ、ムラサメちゃん……」 「そんなにしたら、苦しくないか?」 「んっ、ちゅっ、へ、平気なのだ……」 「それより、感じてるご主人が、可愛くてたまらんのだ……」 「吾輩に触ってほしいと、ぴくぴくしとるこれが、愛おしい……」 「ほれ、我慢せずともよい」 「いつでも、イッてよいのだぞ?」 「んっ、ちゅっ、んんっ……!」 ムラサメちゃんは高速で頭を動かし、強い刺激を俺に叩き込んできた。 股間をまさぐる手も、どんどん強くなる。 まるで俺が犯されているみたいだ。 でも、いい。 この子になら、何度でも、何をされても―― 「ちゅっ、んっ、ちゅっ、んっ、んんっ、ぺろっ、ん……!」 「ぺろっ、んっ、ちゅっ、んっ、んんっ、ぺろっ、んっ、ちゅっ……!」 「はぁ、はぁ、んっ、あっ、ご、ご主人、ご主人のが、ふあっ、あっ、はぅっ!」 「み、脈を打ち出した、ぞっ、んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、んんっ……!」 「う、うん、も、もうすぐ出る!」 「ム、ムラサメちゃん、俺、もう……!」 「んっ、ちゅっ、んっ、んんっ、ちゅっ、んっ、んんん……!」 「い、いいぞ、ご主人っ……!」 「はぁ、はぁ、いつでも、吾輩はご主人を受け止める……!」 「んっ、チュっ、んっ、んんんっ、ちゅぱっ、んっ、んん……!」 ムラサメちゃんが激しく前後に、首を振る。 ディープスロート。 俺はもう堪え切れない。 湧き上がる射精感に身を委ねるしかない。 「で、出るっ! ムラサメちゃん……!」 「んっ、んっ、んんんん……!」 ムラサメちゃんは俺のモノを咥えたまま、目線で「わかった」と告げた。 俺はムラサメちゃんの―― 「んっんっ! んんんっ……!」 俺は彼女の口内に、精子を思い切り放った。 「んっ、んんっ、んっ、ん……」 「ちゅっ、んっ、ごくん、んっ、ちゅっ、ん……」 ムラサメちゃんは何度かノドを鳴らす。 俺の精液を飲み、舐めとろうと亀頭に舌を擦らせる。 「ちゅっ、ぺろっ、ちゅっ、んっ……」 「ム、ムラサメちゃん、出した後は、くすぐったいから……」 射精した後も、彼女はずっと俺のペニスを放さない。 俺はくすぐったさと快感のまじった感覚に耐えつつ、声を漏らす。 「んっ、あっ、んっ、はぁ、熱くて濃いのが出たぞ……」 「相変わらず、元気じゃな……」 「毎日、夜伽はしておるというのに……」 「あっ、んっ、ああっ……!」 俺は射精する瞬間、ペニスを彼女の口から引き抜いた。 彼女の顔に、もろに白濁液がかかってしまう。 「……はぁ、はぁ、ご、ご主人……」 「いつもながら、熱くて濃いのう……」 精子で汚れたままの顔で、ムラサメちゃんは俺を見上げる。 「ふふ、ご主人の匂いじゃ……」 「吾輩のご主人の……」 「昨晩、あんなにしたのに、もうこんなに出るものなのか……」 「もしかして、呆れてる?」 「そんなわけはない」 「これだけ元気なら、良い子がたくさん出来そうじゃ……」 精液で唇と頬を汚した彼女がにっこりと笑う。 無邪気な笑顔だった。 こんなに卑猥なことをしているのに、まるで無垢な童女のような。 そのコントラストに、俺はまたエロスを感じてしまう。 「……あ」 「ご、ごめん」 また勃起してしまった。 「やはり口だけでは満足できぬか?」 「しょうがないのう」 「ご主人の彼女として、責任を取ろう」 そんなことを言いつつも、ムラサメちゃんの声は嬉しそうだった。 「吾輩と繋がろう、ご主人」 ムラサメちゃんは自ら制服をはだけ、パンツを脱いだ。 俺はそんな彼女をぎゅっと抱きしめつつ、固くなったペニスを。 すでに愛液で濡れそぼっていた彼女の花弁に押し当てた。 「あっ、はぁっ、んっ、あああっ!」 俺達は抱き合いながら、性器を結合させた。 ムラサメちゃんが、身体をぶるぶると震わせる。 彼女は俺の将来の伴侶となる人で、クラスメイト。 俺は今、クラスメイトと教室でセックスをしている。 その事実に俺は大きな興奮を覚える。 「ムラサメちゃん、ムラサメちゃん……!」 俺はペニスをどんどん彼女の膣内に沈めていく。 「あっ、あっ、あっ、あああ――っ!」 「ご、ご主人、んっ、あっ、はぁっ、んっ、あっ!」 「い、いつもより、激しく……んっ、あっ……!」 「あっ、ああっ、吾輩のオマ●コの中に、どんどん来る……!」 「か、感じるのだっ、ご主人のオチ●チンがっ、あっ、あああっ!」 「はあっ、んっ、ああああっ!」 ぎゅっと彼女の膣壁が、俺のペニスをしめつける。 彼女のしめつけも、毎晩の夜の営みの時より強い。 教室でエッチすることに、彼女も興奮しているのか。 「ムラサメちゃん、気持ちいい?」 「い、いいのだ……!」 「あっ、んっ! ご主人のが、ごりごりと吾輩のオマ●コを押し広げて……!」 「あっ、はぁんっ、んっ、ああっ!」 「ご主人、接吻を……してほしい……」 「んっ、ちゅっ、んっ、んんん……!」 俺とセックスしながら、ムラサメちゃんは自分から俺にキスをしてきた。 当然、俺はそれに応える。 強く激しい唇の吸い合い。 「んっ、ちゅっ、んっ、んっ、あっ、んっ、はぁん、んっ、ちゅっ」 「ちゅぱっ、んっ、ちゅっ、んっ、んんっ、はぁはぁ、んっ、ちゅっ、んんっ!」 「ご主人っ、んっ、ご主人っ、んっ、んんっ……!」 ムラサメちゃんの膣からどんどん蜜があふれてくるのがわかる。 俺のペニスにまでつたってくる。 感じている彼女が、たまらなく可愛くて愛おしい。 俺は彼女とキスしながら、おっぱいにも触れた。 勃起した乳首をくりくりとイジる。 「あっ、はぁっ、んっ、あっ、んっ、やっ、あっ、ああっ!」 「ご、ご主人、んっ、あっ、はぁ、はぁ、んっ、あっ、お、おっぱいは、あっ、ひゃんっ!」 「そ、そんなにイジったら、ますます吾輩……くぅんっ!」 ぴくんぴくんと、ムラサメちゃんの全身が震える。 可愛らしい反応に、俺はさらに興奮し、愛撫を続ける。 膣をペニスで突きながら、キスをし、胸を揉む。 「あっ、あっ、はぁんっ!」 「んっ、ちゅっ、あっ、そ、そんなに、乳首を……くぅんっ!」 「ああっ、んっ、はぁ、はぁ、んっ、だ、だめ……んっ!」 「ちゅっ、ちゅっ、ご、ご主人、乳首は、吾輩弱い……」 「弱いんじゃなくて、気持ちいいんでしょ?」 俺はいったん彼女から唇を放すと、今度は乳首を口に含む。 尖った胸の先端を、舌で転がすようにして愛撫する。 「あっ、んっ、はぁんっ! あっ、ああっ……!」 「やっ、あっ、んっ、あっ、ご主人、赤子のように……んんっ!」 「吾輩の胸ばかり吸って、んっ、あああんっ!」 「ムラサメちゃんのおっぱい、最近柔らかくなってきたよ」 俺は彼女の乳房を揉みしだきながら耳元でささやいた。 「あ、当たり前で、あ、あろう……」 「ま、毎日、ご主人に、揉まれているのだぞ……?」 「やっ、柔らかくなって、当然じゃ……」 「そ、それに人の身体に、戻ったから……」 「す、少しは、成長している……」 「んっ、あっ、くぅんっ! はぁ、はぁ……」 俺のペニスを膣壁で、ぎゅうぎゅうと握りしめるようにして抱きながらムラサメちゃんが、吐息を漏らす。 彼女のヒダヒダが、俺の亀頭や裏スジに、強い刺激を送り込んでくる。 ああ……。 さっき出したばかりなのに、もう睾丸が脈を打ち出す。 射精したい。 でも、まだこの子と繋がっていたい。 俺は二つの欲求の間で、揺れていた。 ぎゅっと彼女を抱く腕に力をこめる。 「好きだよ、ムラサメちゃん」 「ずっとこうして、ムラサメちゃんとセックスしていたいほどに」 「はぁ、はぁ、わ、吾輩もだ、ご主人……」 「んっ、あっ、はぁ、はぁ、ずっと、ずっとこうして誰かと深く結ばれたかった……」 「ご主人、好きじゃ」 「たとえ命をかけても、吾輩はこの恋を――」 「ご主人との恋を、貫き通したいっ……!」 ムラサメちゃんが、俺の首に回した両腕に力をこめる。 半ば強引に引き寄せられる。 俺達はより密着して、性交を続ける。 「ムラサメちゃん、俺もだ」 「ずっと一緒にいよう」 「あっ、あああ……!」 「ご、ご主人のその言葉だけで、吾輩……!」 ぐちゅぐちゅと激しく、彼女の花弁からたくさんの蜜がこぼれる。 教室の床に水溜りができるほどに。 大洪水だ。 「ご、ご主人、ご主人っ!」 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、んんんっ……!」 「ちゅっ、んっ、ちゅぱっ、んっ、んんんっ!」 「ちゅっ、んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、んんんん~~っ!」 俺と彼女は何度も何度もキスをする。 唇が痛くなるほどに、何度も重ね合う。 痛くても、やめられない。 ムラサメちゃんを求める気持ちが、胸を熱く焦がし、やめさせてくれない。 「んっ、ちゅっ、んっ、はぁはぁ、ご、ご主人」 「はぁ、はぁ、んっ、あっ、はぁんっ!」 「ご、ご主人っ、ご主人っ……!」 「あっ、あああっ!」 彼女の全身が痙攣したように、震えだした。 「んっ、あっ、ご、ご主人、い、イくっ!」 「も、もうすぐ、吾輩イって、しまう……!」 「はぁ、はぁ、んっ、あっ、ご主人っ、ご主人……!」 「ご主人――っ!」 俺にしがみつくように、ムラサメちゃんが俺の身体を強く抱く。 彼女の胸の――全身の鼓動がダイレクトに伝わってきた。 俺は今までに感じたことのない激情を、胸に刻まれた。 彼女の俺に対する気持ちが、言葉にしきれない愛情が、俺に突き刺さったのだ。 「ム、ムラサメちゃん、俺――」 「君を愛してる……!」 せりあがってくる射精感を、解放していった。 「あっ、んっ、ああっ、はぁんっ!」 「ご主人のオチ●チンが、吾輩のオマ●コの中で震えておる……!」 「あっ、あああああんっ!」 「はぁっ、はぁっ、い、イくっ、イくぅっ、ご主人……!」 「お、俺も……!」 俺はペニス全体を、彼女の小さな膣に挿入したまま、彼女を抱きしめる。 「あっ……! ご、ご主人……!」 二人の身体がシンクロしたように、同時にぴくん、と上下に震えた。 俺の尿道を駆け足で、精液が。 俺は彼女を抱きしめながら―― 「ああああああああああああああっ!」 俺は彼女と繋がったまま、精子を彼女の中へと解き放った。 どくん、どくん、と俺のペニスは大きく脈を打ちながら、大量の精液を彼女に注ぎ込んでいた。 時折、ぴくぴくと震えながら。 「あっ、ああ……」 彼女も俺のペニスの動きに合わせて、身体を揺らす。 快楽をむさぼるように、膣をひくつかせながら。 「い、いっぱい、出ておる……」 「う、うん、いっぱい出ちゃったね……」 「さっき吾輩の口で、イかしてやったばかりなのに……」 「ご主人は、底なしに性欲が強いのか」 「違うよ、ムラサメちゃんがそれだけ好きってことだよ」 「ふふ、それなら嬉しいが……」 「はぁ、はぁ、あっ、熱いのがまだ出ておる……」 「ムラサメちゃん」 「何だ?」 「愛してるよ」 「……もう知っておるぞ、ご主人」 「それでも言いたかったんだ」 「そうか……」 「吾輩も愛しておるぞ、ご主人……」 「んっ、ちゅっ……」 彼女は俺と繋がったまま、またキスをしてきた。 今度は優しい――でも、温かなキスだった。 「んっ?! あっ、はあああああっ!」 射精の瞬間、彼女の膣からペニスを引き抜いた。 勢い良く飛び出した俺の白い精液が、彼女のまだ真新しい制服を汚してしまう。 「はぁ、はぁ……」 「ご、ご主人……」 それでも、彼女は制服が汚れるのも厭わず、ぎゅっと俺に抱きついてきた。 「制服、汚しちゃってごめんね……」 俺は彼女を優しく抱き返しながら、そんなことを言った。 「ふふ、今さら何を言うか……」 「別にいいのだ」 「ご主人ならな……」 「ご主人になら、何度汚されてもいいのだ、吾輩は……」 「ムラサメちゃん……」 くそ、可愛い。 この子、可愛すぎる。 もう、俺はこの子に完全に陥落した。 「ご主人、顔が赤いぞ……」 「そ、そう?」 俺はこんなにエッチなことをした後でも、彼女にときめいているようだ。 「可愛いのう、ご主人は……」 「ちゅっ」 彼女は微笑した後、俺の頬に可愛いキスをしてくれた。 事が終わり、俺とムラサメちゃんは衣服を整える。 そして、窓を全開にして、床の掃除をする。 証拠を消さねば。 「……これで大丈夫かな?」 「うむ、見た目は大丈夫だが……」 「匂いはまだするかもしれん」 「え? そう?」 俺は周囲の空気を鼻で吸ってみる。 「特にしないけど?」 「そうか?」 「だが、我々は当人だからな……」 「鼻の感覚が今は麻痺しているのかもしれんぞ」 ムラサメちゃんも首を傾げている。 「もう少し時が経つまで、窓を閉めるのはやめておこう」 「それが無難だね」 「うむ、それがいい」 微笑んでムラサメちゃんは、俺のそばに寄ってくる。 俺は彼女の肩を抱いた。 「ご主人、くっつくのは構わんが」 「せっかく掃除をしたのだ、もうムラムラしてもここではできんぞ?」 「いや、さすがにここではもうしないよ」 教室でエッチするとか大胆すぎた。 見つかったら、停学ものだ。 「それより、ムラサメちゃんの部活のこと考えないとね」 「ムラサメちゃんの好きなことを、これからは――」 「待て、ご主人」 言いかけた俺の言葉を遮り、ムラサメちゃんはぎゅっと俺の腕を抱く。 「もうそれは考えなくとも良い」 「答えは出た」 「え? そうなの?」 ムラサメちゃんが、好きなもの、やりたいこと。 それをようやく、彼女は見つけたらしい。 「ムラサメちゃんの好きなことって、何なの?」 俺は寄り添う彼女の顔を見て尋ねた。 「ふふ……、どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのか不思議だ」 「だが、先ほど、ご主人と身体を重ねてようやく悟ったわ」 「吾輩が一番好きなものは――」 「ご主人だ♪」 「へ?」 俺は彼女の答えにただ戸惑うばかりだった。 そして―― 「ほれ、また手だけで振っておるぞ!」 「剣は己の腕の一部と思えと言ったではないか!」 「は、はいっ!」 俺は放課後、祖父ちゃんに稽古をつけてもらっていた。 「ご主人! ふぁいとなのだっ!」 そばにはタオルやメガホンを持った俺の専属マネジャーが。 ムラサメちゃんがいた。 「……しかし、これで良かったのですかな、ムラサメ様」 「マネージャーがしたいのならば、学院の部でも良かったはずですが」 「違う! 吾輩がしたいのは、ご主人の世話焼きなのだっ!」 「だから、別に学院の部である必要はないっ!」 「ほれ、玄十郎、お主もついでに吾輩が世話を焼いてやるから、頑張るが良いぞ!」 「あ、ありがとうございます……」 祖父ちゃんは何とも複雑な表情になった。 あの歳で孫ほど離れたマネージャーができるとは思ってもいなかったのだろう。 「祖父ちゃん、何か巻き込んでごめん」 俺は祖父ちゃんに頭を下げた。 「ふっ、まあ良いわ」 「ワシも男のお前より、可愛らしいムラサメ様がそばにいてくれた方が、やりがいがあるからな」 「若いな、祖父ちゃん!」 そうだった。 この人は廉太郎の祖父でもあったのだ。 「よし! 素振りの次は駆け足じゃ!」 「二人とも、山まで駆け足だ!」 「吾輩に追い抜かれた者は、後で神罰が下るぞ?」 メガホンを片手に、ムラサメちゃんは自転車に跨る。 「チャリより速く走れと?!」 「まさか、ワシもですか?!」 「問答無用じゃ、行くぞ!」 ムラサメちゃんは元気に、自転車で歩道を疾走し始める。 「いかん、ムラサメ様に追いつかねば!」 「将臣、急げ!」 祖父ちゃんは慌てて駆け出した。 「ちょっ、アレに追いつくのは無理だよ!」 とりあえず俺も祖父ちゃんを追う。 「神罰が下ってしまうぞ!」 「祖父ちゃん、ムラサメちゃんはもう普通の女の子だから!」 「わははは! 速くせんか、二人とも!」 俺と祖父ちゃんは、ドタバタと慌しくもムラサメちゃんを追いかける。 3人の影が、歩道の上で元気に舞っている。 今日もいい天気だ。 いや少し暑い。汗ばむほどに。 「玄十郎! ご主人!」 「ふぁいと! ふぁいとなのだ!」 楽しそうに前を行く彼女の背を見つつ、俺は風の中に感じていた。 初夏の香りを。 次の新しい季節の到来を―― 「んっ、んんー……」 目覚めた俺は、すぐに身体を起こす。 「さてと、起きるか」 「おはよう、祖父ちゃん」 「うむ、おはよう」 「こちらでの生活にも慣れたか?」 「うん。熟睡できるようにもなって、疲れも残らなくなってきた」 「バイトをした次の日でも、スッキリしてるよ」 「そう言えばアルバイトの方はどうだ? 迷惑をかけてはいないか?」 「頑張って働いてる、つもりだ。一応、ある程度は役に立ててるという自負はある」 「そうか。その自負が慢心にならぬように気を付けるんだぞ」 「わかってる」 「では、今日も鍛練に行くか」 「よろしくお願いします」 「ん~……っ! 今日もいい天気ですね~」 「洗濯日和だね」 「そう言えばマサオミ、洗濯物は大丈夫ですか? 困ったりしていませんか?」 「大丈夫だよ。それぐらいの簡単な家事はできるから」 「お困りでしたらいつでも声をかけて下さいませ」 「ありがとう、レナさん」 「マサオミもアルバイトを始めて大変でありましょう?」 「大変は大変だけど……でも楽しいよ、働くのって」 「おー! その気持ちはわたしもわかります!」 「労働するとご飯も美味しいです」 「そうそう。身体が疲れもするけど、嫌じゃないんだよね」 「わかります、その気持ち!」 「んー? 何の話だ?」 「レンタロウ、おはようございます」 「おはよう、レナちゃん」 「おはようございます、レナ先輩」 「コハルも、おはようございます」 「で、何の話をしてたんだ?」 「労働の素晴らしさについて」 「げっ……俺には理解不能な世界だ」 「まあ、廉兄はいつも嫌々働いてるもんねぇ」 「どうせ働くなら、楽しい方がよくないか?」 「そう言われてもなぁ……シゲさん、料理に関してはかなり厳しいもん」 「その分、とても美味しいですよ」 「嫌々働いてるから、注意されることも多いんじゃないの?」 「………」 「な、なに……その目は」 「そりゃお前は楽しそうだもんな」 「………? なにそれ、どういう意味……?」 「だって最近、家に帰ってからも、田心屋の話ばっかりしてるしな」 「新メニューが増えたーとか、お客さんが沢山だったーとか、あと将臣の仕事っぷりとか」 「―――ッ」 「将臣が今日は失敗しなかったとか、助けてもらったとか、働きぶりがよくなってきたとか」 「晩飯の時にそんな話ばっかりなんだから、楽しそうなのが伝わってくるよ」 「ばっ、バカバカ! 廉兄ってば、変なこと言わないでよ! そっ、そんなことないもんっ!」 「俺は本当の事しか言ってないわけだが?」 「それだけ、将臣とバイトするのが楽しいって事だろ?」 「おう。俺も小春と一緒に働いてて楽しいぞ」 小春の気持ちに賛同しながら、俺はニカッと笑って見せる。 「あっ……あわっ……あわわわ……っ」 「~~~~~~ッ」 「わ、私っ、先に行くからっ」 「コハル? 待って下さーいっ」 まるで逃げ出す様に、小春はそのまま走り去って行く。 それを追いかけるレナさん。 「………? なんだかよくわからないが、俺たちも急ぐか?」 「………」 「なんだよ、その目は?」 「お前さ、よく鈍いって言われない?」 「なっ、なんだよ」 「確かにそういうことを、言われることも……まあ、あるかもしれないけど」 「だろうなぁ……はぁ……」 「うわっ、そのため息、すっげームカつく」 「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」 「んー……いや、止めとく。俺が口にするのはフェアじゃない気がする」 「さすがになぁ……俺が気軽に言うと、奴もブチ切れるだろうしな」 「………???」 「まっ、俺の言葉は気にするな。とにかく、もうちょっと周りに気を遣ってやれよってこと」 「俺は……そんなに、周りに迷惑をかけてるか?」 「これからかけるかもしれないってことだな」 「………。やっぱりわからん……」 「結構ヒント出したつもりなんだけどなぁ。やっぱり鈍すぎる」 「まっ、だからこそなのかもしれないけど」 「なんか、態度を改めた方がいいとかあるのなら、教えて欲しいんだけど?」 「いいよ、お前はそのままで。あんま、深く考えなくて」 「ただな、なんかちょっと変だな、って思った時にはスルーせずに考えてやれよ」 「ん、んん……?」 「わかった。内容はよくわからないけど、とりあえず注意はするよ」 「ああ。今はそれでいいんじゃないか。さて、俺たちも遅刻する前に行こうぜ」 廉太郎から謎の忠告を受けた俺。 授業を受けつつ、その言葉について色々と考えてみたのだが……。 「やっぱり、よくわからん」 廉太郎は、俺に何を伝えようとしていたのか? とはいえ、問いただしてもあれ以上は答えてくれないだろうな。 「いつになく真面目な雰囲気もあったから……」 もしかしたら、深刻なことなのかもしれない。 「とりあえず、もう少し周りにも目を向けてみるか」 「今日はお疲れ様でした」 先生がそう言って、教室の中が喧騒に包まれる。 俺もゆっくりしている暇はない。 すぐに片付け、カバンを手にして立ちあがる。 「今日も、トレーニングですか?」 「いや、今日はバイト。最近、芦花姉の店で働き始めたんだ」 「あの甘味処でですか? あそこのプリンは美味しかったですねぇー……はぁ、思い出しただけでも唾液が」 「いつでも食べに来てよ。芦花姉も喜ぶ。って安くはできないだろうけどね」 「ありがとうございます。また、いずれ折を見て」 「うん、待ってるよ」 「じゃあ、俺はこれで」 「お兄ちゃん」 廊下に出た俺を小春が呼び止める。 鞄も手にしており、帰る準備が整っているところを見ると……もしかして、俺を待っていたんだろうか? 「今日はシフトに入ってたよね?」 「ああ。今から行くところだ」 「あのっ、あのっ……い……」 「一緒に行かない?」 「行くのはいいけど……小春は今日のシフトじゃなかったような……?」 「それは、だから……ほらっ! 珈琲!」 「今日から珈琲を出してみるって言ってたから。その様子を見に行こうかなって」 「ああ、そうだな。実は俺も珈琲の反応が気になってるんだ」 「一緒に行こう」 「うん、ありがとう……えへ、えへへ……」 俺が頷くと、小春は嬉しそうに、でもどこか恥ずかしそうに笑っていた。 「………」 「………」 そうして俺は、小春と並んで2人で歩く。 「なんか……緊張するね」 「そうだな……」 「え? お、お兄ちゃんも緊張してるんだ?」 「ああ。売れてるといいな、珈琲」 「せっかく芦花姉が頑張って認めてもらった物なんだから」 「……あっ……そ、そうだね。うん、売れてるといいよね」 「………」 ……あれ? なんか微妙な反応。 もしかして、別のことだったんだろうか? 改めて、俺は小春を観察してみた。 「………」 俺の従妹で、1つ年下。 明るくて素直で、廉太郎の妹。兄妹仲は悪いような……でも多分、心の底から憎しみ合っているわけではないだろう。 そこら辺は、昔のまま。 でも……昔のままじゃないこともある。 「(身長も伸びて……昔に比べると、女の子らしさが増した気がする……)」 そして何より―― 「(可愛くなったよな)」 子供の頃から知ってる俺が見ても、小春は可愛い。 きっと、従妹じゃなかったら『おっ!』と思っただろう。 ここ数年会ってなかった分、最初に見た時には少し驚いたぐらいに……。 「……? お兄ちゃん? どうかした?」 「小春は可愛く成長したなぁって、改めて思って」 「………。はぁぁっ!?」 「なっ、なに!? 急に何を言ってるの、お兄ちゃん!?」 「なんとなく、改めてそう思ったから」 「冗談とかじゃなくて……なんか、ポロッと口からもれた……」 「そのっ、あのっ……う、嬉しいけど、嬉しいんだけど……ここ、通学路だよ? 他にも人が、いるのに……」 「そうだった……スマン」 すぐそばに誰かいるわけではないとはいえ、往来の場だった。 そんなところで、とんでもないことをのたまってしまった。 「すまん、こんなところで、急に変なことを言って」 「ううん、ビックリしたけど……嬉しかった……えへへ」 「………」 ……考えてみると、俺は今可愛い女の子と一緒に、2人きりで下校をしてるんだな。 相手は従妹とはいえ……それを知らない人間から見ると、俺たちは今どんな風に見えるんだろう? もしかして……初々しい恋人とかに見えるのか? 「……ぁっ」 「……お兄ちゃん? どうかした?」 「あ、いや……なんか、緊張しちゃってな」 「珈琲、売れてるといいよね」 「それもあるんだけど……小春が緊張してた理由が、わかったから……俺も緊張して」 「………………え?」 「お兄ちゃん、今なんて言ったの?」 「いや、何でもない。ほら、早く店に行こう」 誤魔化しながら、俺はその場から逃げるように駆け出した。 「待ってよ、お兄ちゃん。もう一回、今の言葉をもう一回」 そんな俺を追いかけて来る小春。 なんだろう? 恥ずかしいぐらい、青春してる気がした。 「………」 「はぁ……はぁ……お、お兄ちゃん、速過ぎだよ……はぁ、はぁ……」 「小春、珈琲の香りがする」 「はぁ、はぁ……え?」 「すれ違う人から、珈琲の匂いが……」 そしてその手には、白いカップが握りしめられていた。 「これって、まさか……?」 「あっ、まー坊。あれ? それに小春ちゃんも」 「珈琲のことが気になって、様子を見にきちゃった」 「ここに来るまで、すれ違う人が珈琲のいい香りをさせてたけど……?」 「うん。ブイッ!」 そう言って、芦花姉は満面の笑みを浮かべた。 「好評&好調。結構急ぎで初めたから、宣伝も十分じゃなかったんだけどね」 「お客さんが結構買って行ってくれるの。持ち歩きできるように準備しておいてよかったぁ……」 「おめでとう、芦花姉」 「おめでとう!」 「ありがとう、2人とも。って……本番はこれからだけどね」 「じゃあ、俺は着替えてくるよ」 「うん。よろしく」 「あ、まー坊」 「ん?」 「今回の事、まー坊のおかげだと思うから。本当にありがとうね」 そう言って笑った芦花姉の微笑みは大人っぽくて……言葉にできない艶のようなものがあった。 そんな色気に反応するように、軽く心臓がトクンと鳴る。 ……芦花姉……やっぱり大人の女性なんだな。 それは、同年代の女の子からは感じられないものだった。 「………」 「………? まー坊?」 「あ、いやっ、コホンっ」 「こっ、これは全部、芦花姉の努力なんだから。俺に感謝するよりも、もっと自信を持った方がいいよ」 「……素直じゃないなー。感謝してるんだから、黙って頷けばいいんだよ、ここは」 「殊勝な態度は、芦花姉っぽくないよ」 「あはは、ナマイキだぞ」 俺は軽く笑い、手を振ってから、服を着替えに奥に向かった。 「………」 「ところで……小春ちゃん、今日はどうしたの? シフトじゃないよね?」 「あ、うん。珈琲のこと、気になって」 「ごめんね、心配かけちゃって。でも平気だから。ちゃんと手応えを感じた」 「これならきっと……いけると思う」 「そっか。本当によかったね、お姉ちゃん」 「ありがとう。これも協力してくれた小春ちゃんと……まー坊のおかげだよ」 「……お姉ちゃん……」 「さてと、お仕事しないと」 「あっ、邪魔してごめんね」 「邪魔なんてことはないってば。ゆっくりしていって」 「うん。ありがとう」 「………」 「小春ちゃん、お代わり飲む?」 「あ、ううん。もう平気」 「それじゃあ私は、そろそろ帰ろうかな。珈琲も本当に好調みたいで安心したから」 「お会計、お願いします。はい、1000円」 「お預かりします。おつりが――」 「あれ? このガーベラ、前からあったっけ?」 「あー、これ? ちょっとね、人からもらったの。捨てるわけにはいかないから」 「へー! へー! すごいすごぉーいっ、お花をもらうなんておっとなー! お姉ちゃんってばモテるんだね!」 「あはは、だったらよかったんだけどね。そんなんじゃないから」 「本当に、そんなんじゃないんだよ……」 「………」 「やっぱりそれ、好きな人からもらったんじゃないの?」 「だから違うってば。なんで?」 「だって……その花を見つめる目が、全然違うもん。優しい目をしてた」 「そ、そうかな? あ、アタシ、普段そんなに怖い顔、してる?」 「そういうわけじゃないけど……ね、この花、誰からもらったの? ねー、ねー」 「それは……内緒……」 「その反応……少なくとも男の人っていうのは間違いないんだ~」 「あっ、アタシのことより! 小春ちゃんの方こそ、どうなの? まー坊と何か、進展あった?」 「しっ、進展とか! そもそもそんなのじゃないしっ。そもそも、い、従兄妹だし」 「むふ。知ってる? 従兄妹って結婚できるんだよ?」 「もっ、もー! からかうのは止めて、お姉ちゃん! それよりもお釣り頂戴!」 「はいはい。でも、からかってるわけじゃないから。むしろ応援してる」 「困ったことがあれば、いつでもお姉さんが力を貸すからね♪」 「……むぅぅ……やっぱりからかってるっ。もう知らないっ」 「くすくす……ありがとうございましたー」 「……小春ちゃんは、可愛いなぁ。反応がわかりやすい」 「………」 「そっか……やっぱり小春ちゃん、好きなんだ……」 「はぁ……もう、お姉ちゃんってば……」 「あっ、小春ちゃん」 「おばさん、お疲れ様です」 「お疲れ様……って、今日のシフト、小春ちゃんだった?」 「いえ、珈琲の様子を窺いに」 「アレね。アタシは珈琲を飲まないからよくわからないんだけど、好きな人から結構好評なの」 「あの子も本当に嬉しそうにしてる。その分、ウチの人がちょっと悔しがっててね」 「おじさんが?」 「気にしないで。負けてなるものか! って、やる気出してるだけだから」 「だ、大丈夫なんですか? ただでさえ、大変そうなのに」 「いいのいいの。働いてるのが好きな人だから。生き甲斐を奪ったら一気にボケそうだしね」 「くすくす、それは言いすぎですよ」 「まあ何にしろ、店に活気が出るのはいい事だから」 「後はあの子ねぇ……仕事を大切にしてくれるのはいいけど、そろそろいい人も見つけて欲しいものだわ」 「あはは……それは……私の口からはなんとも……」 「でも、いい感じの人はいるんじゃないんですか? レジのところにあるお花って男の人からもらったんですよね?」 「あー、アレ。男は男だけど、あれって将臣君からプレゼントされた物よ」 「……え?」 「お花をばれないように隠すのに協力したしね」 「珈琲を認めてもらえた記念にって、お店を閉めた後に渡してたわよ」 「……お兄ちゃんから……」 「もしアレが、告白の花束とかなら、アタシも喜ぶんだけどね」 「………」 「っと、ごめんなさい。つい長話しちゃって」 「い、いえ。こちらこそ、すみませんでした」 「それじゃあまたね」 「はい、お先に失礼します」 「………」 「お兄ちゃんから……でも、お姉ちゃんのあの顔は……」 「……んっ、んんぅぅ……」 「……もう朝か」 身体を起こして、時間を確認してみる。 あっ、いつもよりちょっと遅くなってしまった。 早く着替えないと。 「でもその前に――」 俺はすぐ隣を見る。 「んっ、うー……にゃむ、にゃも……」 幸せそうな寝息を立てている芳乃。 その姿は……裸だ。 女の子が裸で、俺の隣で眠っている。 「昨日のことは、夢じゃないんだ……」 「なんか色々と感慨深い」 って、ひたってる場合じゃないな。 「芳乃、朝だよ、起きて。ほら起きて」 「んっ、ぅぅぅ……おはようございましゅ……んっ、んん……」 「おはよう。ほら、もうこんな時間だから」 「はい……お弁当、作らないと……」 「ああ! 待った待った! 服! ほら、服を着て!」 「……服……?」 「………」 「―――ッッ!?」 一糸まとわぬ姿を見て、ようやく意識を取り戻す芳乃。 慌てて恥ずかしそうに身体を隠しながら、ハッと俺の方を見た。 「お、おはようございます、将臣さん」 「うん。おはよう、芳乃」 「………」 「やっぱりすごく照れるね、こういうのは」 「はい。恥ずかしいです。でも……とても幸せです」 「俺も。本当にそう思う」 「昨日のことは夢じゃないんですよね、本当に。痛みも、あの時の感覚もまだあって……ちゃんと覚えています」 「………」 自分の下腹部に手をやって、目を閉じる芳乃。 その幸せそうな姿を見ると俺も嬉しいが……発言の内容がちょっと恥ずかしいな。 そのことに芳乃も気付いたのか、その頬がどんどん赤くなる。 「そ、そうだ。念のために確認しておきたいんですが」 「大丈夫。耳なら生えてないよ」 「そうですか……よかった……」 実際にセックスしている最中には、そんなことを気にしている余裕は、お互いになかった。 でもこうして、平穏無事な朝を迎えられたこと。 それは先ほどとは違う意味で、とても幸せな気持ちにさせてくれた。 「……こんなに穏やかで幸せな朝を迎えたのは、生まれて初めてかもしれません」 「俺だってそうだ」 「……将臣さん」 「―――ッ」 芳乃は、俺の身体に腕を回して、抱きついてきた。 スベスベで柔らかで温かい肌が密着。 おっぱいが俺の胸の上で、むにゅうっと押し潰される。 気持ちいい……。 「やっぱり……将臣さんの温もり、安心できます。大好きです」 「俺だってそうだよ」 「芳乃のことが好きだ。こうして密着できるのが、とても幸せだ」 「将臣さん、ドキドキしてますね」 上機嫌で、俺にべったりとくっつく芳乃。 「そりゃそうだ。裸でくっつきあってるんだから」 芳乃の肌と触れ合い、その体温を直接感じる。 なんて幸せなことなんだろう。 本当にぎゅぅぅぅーーっ……と、まるで自分を押し付けるように、俺を抱きしめてくる芳乃。 その抱きしめ方からも、全身で気持ちを伝えようとしてるのがわかる。 俺も優しく、けれど熱く抱きしめた。胸の中の気持ちが、少しでも芳乃に伝わるように。 「こうしてるだけでも幸せで……幸せすぎて、変になりそうです」 「じゃあ、離す?」 「……む……意地悪ですね」 「ゴメン。俺も離したくない。だから、もう少しだけ、このままで」 「はぁぁ~~、もうダメです、私。全身が嬉しいって反応してます。大好き~……って、身体中が叫んでるみたい」 「………」 「す、すみません。とても恥ずかしいことを、言ってしまいました……」 「いや、嬉しいよ。それに、その声ちゃんと届いてるよ」 「俺の全身も、嬉しいって反応してる」 「……あっ」 芳乃が何かに気付いた声を漏らす。 ほんの少しだけ身体を離し、視線を俺の下半身に向けた。 「ま、また……硬くなってます……」 「全身じゃなくて、一部がすごい反応してるみたいですけど……そういう意味だったんですか?」 「そんな下ネタで言ったわけじゃないから!」 「あくまで、純粋に嬉しいってことだよ」 「嬉しいと……こんな風になるんですか?」 「興奮しててもなるし、嬉しくてもなっちゃうんです、男はそういうものなんです」 「なんて不思議な部分なんでしょうか……」 「それぐらい、芳乃のことが大好きだから。ぞっこんだから」 「芳乃が可愛くてしょうがないんだ。抱き合うのも好きだし、甘えられるのも、その声も、温もりも、柔らかさも、全部が好きで好きでしょうがなくて――」 「~~~……ッッ! わかりましたわかりました! もう言わなくて結構です、十分に伝わっていますから!」 「だからもし、甘えたいと思ったら、いつでも甘えていいから」 「遠慮なんてしなくていいよ。俺は、芳乃に甘えられるのが大好きだから」 「……わかりました。それじゃあ……早速ですが、甘えてもいいですか?」 「なんでもどうぞ」 「もうちょっとだけ、抱きついていたいんです」 「そんなことなら、喜んで」 「んーっ……あったかぁい……将臣さん、将臣さん♪」 いつになく、まるで子供みたいに甘えてくる芳乃。 こんなに無邪気に喜んでいる姿が、俺にはとっても愛おしい。 思わずギュッと強く抱きしめた。 「あは、将臣さんの身体から、好きだって気持ちを感じます」 「大好きだ。本当に好きだ」 「でもきっと、私の方が将臣さんのことが好きです」 「いや、それはどうだろう? 俺の方が、芳乃のことを好きだと思うよ? ほら、こんな風に」 愛おしさを込めて、俺はしっかりと彼女の身体を抱きしめる。 ああ、本当に気持ちがいいなぁ。 「そんなの、私だって負けません。ほら、これぐらい好きなんです」 さらに密着。 もはや胸だけではない。全身がピッタリとくっついているみたいだ。 性的興奮とは別の熱が身体中を駆け巡って、朝というのを忘れるぐらい、身体が高揚する。 「なんの、俺はまだいける!」 「私だってまだまだ」 「好きだ!」 「好きです」 「大好きだ!」 「私だって大好き」 「愛してる!」 「私だって愛してます」 朝っぱらから変なテンションになった俺たちは、そのまま何度も愛を叫びあった。 「芳乃!」 「将臣さん!」 「いい加減、聞こえておることを教えてやるべきであろうか?」 「水を差さなくても良いのでは?」 「なんにしろ、本当に幸せそうでなによりだ」 「ムラサメ様ぁ!」 「な、なんじゃ、どうした? そんなに怖い声を出して」 「『どうした』ではありません。昨日の儀式の行い方についてです!」 「私のこと、《たばか》謀りましたね?」 「謀るとは、穏やかではないのう」 「だっ、だって、座礼をして、その……お願いを言うなんてしなくてもいいと聞きましたよ!」 「確かに、絶対の約束事ではないが、冗談と言うわけでもない」 「実際、昨日は上手くいったのであろう?」 「そ、それは……その、はい」 「ご主人ならば、アレでツボにはまると思ったのだ」 「芳乃も誘い文句をどう口にするか困ると思ってな。ズバリと示したまでだ」 「……そう言われると……結果としては大満足ですから、ありがとうございました………………?」 「ぅぅ、なにか釈然としません……」 「何にせよ、落ち着くべきところに落ち着いて、よかったよかった」 「そうですね。芳乃様の様子も、大きな変化は見当たりません」 「呪いは……うん。今までと比較してなんだけど……本当に、自分の中でスッキリしていて……自由になった気がする」 「そうか……。何よりだよ、その言葉は……」 「これでようやく、僕も秋穂にいい報告が出来そうだ」 「お父さん……」 「あ、いや、すまない。つい、朝から暗くなってしまった」 「こんなに喜ばしい日なのにね! それに、朝食だってまだなんだ!」 「そうですね。ではすぐに、朝食をお出ししますので」 「おー! ヨシノ、マコ、マサオミ、おはようございますです」 「おはよう、レナさん」 「おはようございます」 「おはようございます、レナさん。こんなところでどうしたんですか?」 「それはもちろん、昨日のことであります」 「アレから結局どうなったのか気になって気になって。気が気ではありませんでした」 「そういえば……目の下にクマが……」 「そうなのです。昨日はムンムンとしてしまいまして、あまり眠れませんでした」 「………」 昨日、芳乃が相談した件かな? そうか……レナさんにも相談してたんだな。 「は、はい。おかげさまで、その……事なきを得ました」 「わお! おめでとうございます!」 「あ、ありがとうございます」 「わたし知ってます! こういう時、日本ではお赤飯を炊いて喜ぶのですよね?」 「板長に連絡して、すぐに準備に取り掛かってもらわねば!」 「それは止めて下さい!」 「ヘーキです。板長の作る料理は何でも美味しいです!」 「いや、美味しさの問題ではなくて」 「それに板長も、ヨシノのためなら張り切って作ってくれますよ! おっせきはん~♪ おっせきはん~♪」 「レナさん、お赤飯を炊くのは別の時です」 「そうなのですか?」 繊細な話題だろうから、男の俺は口を挟まない方がいいだろうな。 気配を消して大人しくしてよう。 「その気持ちだけで十分ですからお祝いなんてしないで下さい。どうか、他の人には広げないで……」 「わかりました。兎にも角にも、悩みが解決して本当によかったです」 「マサオミも、よかったですね」 「ああ、ありがとう、レナさん」 「いえ、お2人が幸せなのでしたら、わたしも幸せであります」 「これでもう、何の心配もなくイチャイチャできすますね、学院でもどこでも」 「さすがに人目のあるところでは……恥ずかしくて、イチャイチャなんてできません」 「それに芳乃様の場合は、嫌でも目立ってしまいます」 「うーむ……巫女姫もなかなか大変なのですね」 「でもそのおかげと言っていいかどうかはわかりませんが……私は、将臣さんと出会えましたから」 「その奇跡だけで、私は十分ですよ」 『………』 黙ってたら、ものすっごい恥ずかしい事を言われてしまった。 あ、いや、嬉しすぎて恥ずかしいことだから、俺はいいんだけど。 俺たちは思わず3人そろって、芳乃の顔を見つめてしまった。 「………? どうかしたんですか?」 「いい言葉だとは思うんですが、まさか、芳乃様がそんなことをおっしゃるとは……」 「ちょっと意外でありました。これがおノロケでありますか」 「おノロケ………………あっ」 「わ!? 頭がフットーしたみたいに顔が真っ赤ですね!」 「わっ、私、なんだか、とっても恥ずかしい事を、人前で……ッッ!」 「別に恥ずかしい事ではありませんよ。とっても素敵な言葉でした」 「はい、マコの言う通りです。素敵なおノロケでありましたね」 「~~~……かはっ!?」 「それでなのですが、お2人は一体どのような夜を過ごされたのですか?」 「!?!?」 「できましたら、その……経験者の体験談というものを直接聞いてみたいなぁ……なんて思いまして」 「そっ、そんな恥ずかしい事、言えるわけが――」 「は、恥ずかしい事っ!? そ、それはもしや……お、おちり……で、ありますか?」 「してません! 最初なんですから、普通のセックスだけです!」 「よ、芳乃、さん……声が大きいです」 「あっ……~~~……ッッ」 「ふ、普通でありますか、なるほど。普通のセックチュ……ぽわぁ……ああ、よくない想像をしてしまいました」 「とっ、ところでヨシノに1つ、是非とも教えていただきたいことがあるのですが」 「何でしょうか?」 「その……最初は痛いと聞きますが、それは真でありますか?」 「もし本当に痛いのでしたら、どれぐらい痛いのでありましょう?」 「あ。それはワタシも、多少興味が。書物の知識だけではどうにも」 「そっ、そんなこと訊かれても……ま、将臣さん?」 「ゴメン。俺は男だから」 痛みに関しては何も言えないというか、正直気持ちよさしかありませんでした。 なんて正直に口にしたら、怒られるだろうな、きっと。 「どうなのですか、ヨシノ……? やはり、辛くて苦しいものでありますか?」 「うっ、それは……でも、そうですね。みんなには相談に乗ってもらったんですから。お返しはしないといけません」 「虚飾なく、言ってもいいですか?」 「よろしくお願い致します」 「正直、裂けるかと思いました」 『――ひぃっ』 遠まわしに、非難されているのだろうか? やっぱり優しくすべきだったか。 「その一言で、わたし全てが恐ろしくなりました」 「裂ける……まさか、そのような単語を聞くとは……まるで拷問のよう……」 「ですが……辛くはありませんでした。辛いというよりも……他が色々凄かったので」 「す、凄かったというのは……?」 「……ゴクリッ」 「驚きの連続でした。まるで自分の身体じゃないみたいでした。触れられる度にビリビリってするんです」 「それに、痛みもありましたがそれだけじゃなくてとても幸せで、繋がったことで身体中で好きな人の熱を感じられる喜びもありました」 「終わったあとも痛みはあったんですが……それが吹き飛ぶぐらいに心が満たされて本当に幸せな時間を過ごせて、あんな体験は初めてでした」 「おお……そこまで幸せなものですか」 「確かに今朝の芳乃様は……本当に幸せそうでしたね」 『……チラッ』 2人が何やら意味ありげな視線を俺に向けてくる。 きっと、芳乃とのことを想像しているんだろう。 うわっ、もうっ、すっごい恥ずかしい! どんな顔すりゃいいんだよ……! 「触れ合う肌の面積が増える度に、将臣さんの愛情が伝わってくるみたいで、私のことを愛してくれてるのがわかるんです。だから私も――」 恥ずかしくなる俺とは違い、芳乃の言葉は続く。 昨日のことを思い出して、幸せに浸っているんだろうか? どんどん独り言みたいになっていった。 というか、その気持ちは嬉しいけど、さすがにそれはしゃべり過ぎでは!? 「触れ合う肌の面積!?」 「ぐ、具体的にはどのような体位で、面積が増えたんですか?」 「ですからそれは――」 「わー! わー! わーーーーー!!!」 「落ち着こう! いくらなんでもさすがにそれは言い過ぎ! 流れを全部説明する気なのか!?」 「え……? あっ、私……す、すみません。昨日のことを思い出したら、つい頭がポーッとしてしまって」 「2人も! もう十分だよね?」 「ワタシは、少々物足りない気もしますが……」 「わっ、わたしも、物足りませぬ……っ」 「そんな顔を真っ赤にして何言ってんだ! 完全にショート寸前じゃないか!」 「ほ、ほら! 早く行こう! 遅刻しちゃうよ!」 「あ、逃げましたね」 「はい。逃げましたね」 「ととと、とにかく! 痛みもありますが……好きな人とであれば、とても幸せだということ、以上ですっ」 「あ、お兄ちゃん。おはよう」 「ふぁぁぁ~~……おはよう、将臣」 「ああ、おはよう。2人とも」 「んー? んー? んー?」 「な、なんだよ?」 「いや、なーんか雰囲気違う気がして」 「………」 「そう言えば、今日はなんだか朝から元気な気がするね」 「そ、そうか?」 「ほんのちょっとだけど」 「………。あー、なーるほど。そういうことか」 「お前、やりやがったなぁ。昨日の今日とは素早いじゃないか、やるねぇ」 「………」 「否定はしない。だから他言は無用だぞ」 「わかってるってー」 「??? 2人で何の話?」 「いやまあ、ちょっとな」 「大人の男同士の話だ。お子様は気にするな」 「男が目と目で通じ合うとか……なんかいやらしい」 「お兄ちゃん、廉兄に感染して、巫女姫様に愛想を尽かされても知らないよ?」 「そこに関しては、気を付けるよ」 「俺は病原菌かなにかかよ」 「自業自得って言うんだよ、こういうの」 「でも、世話になった。ありがとうな」 「おぅ。何にしろ、心配が杞憂で済んだならよかったよ」 ――そして、いつものように一緒に弁当を食べる昼休み。 「ごちそうさまでした!」 「……すみません」 「え!? な、なんでいきなり謝られたの、俺?」 「今日は朝から色々ありましたから、いつもよりも、簡単な物になってしまって」 「そんなこと気にしないでいい。十分美味しかったから」 「あと……通学のときのことも。2人のことなのに、ちょっとしゃべり過ぎたと思いますから」 「あー……いやまあ、芳乃が幸せに思ってくれてることがわかったから」 「それに関しては、俺も嬉しかったよ」 「あと、いつもありがとう。美味しい弁当に感謝してる」 「そんな風に言われると、なんだか凄く顔が緩んでしまいます……ふふふ……」 「俺なんて、食べてるときはずっと頬が緩みっぱなしだよ」 「緩み過ぎて、ポロポロ食べかすを落とすぐらい」 「またそんなバカなこと。でも……そうなってしまうぐらい美味しい物を作れるように頑張りますね」 「期待してる」 「本当なら、俺の方も何かお返しできるといいんだけど」 「こうして一緒にいて、温もりを分けてくれるだけで……私は十分幸せですよ」 「って……また、私、恥ずかしい事、言っちゃいましたか!?」 「ぅぅ……私、最近本当にダメっぽいです。頭がボケボケで、恥ずかしい事ばっかり口にしてますね」 「気にしないでいいって、そんなこと」 「今朝だって、俺は本当に嬉しかったよ。芳乃にそう言ってもらえて」 真っ直ぐに芳乃を見つめながら、その手を握りしめる。 「ゴメン。今はこれぐらいしか返せなくて」 「い、いえ。学院の中ですから。目立つことはしないって、2人で話し合って決めましたし……」 そこまで言ったところで、芳乃は少し寂しそうな表情を浮かべた。 「……でも……正直に言ってもいいですか?」 「なんでも、どうぞ」 「ちょっと物足りない……かもしれません」 「手を繋ぐのが、嫌なわけじゃないです。本当に嬉しいですよ。ですが……」 「もっと深い繋がりを知ってしまったせいか……物足りない気がします」 「その気持ち、俺もわかるよ」 セックスの、お互いの深い部分で繋がり合うという充足感を知ってしまった。 肉体的に気持ちよくて、精神的にも満たされる幸せ。 「………」 見つめ合う芳乃の目から、俺と同じ物を感じる。 それはつまり……彼女もまた、セックスをしたいと思っている……。 「ゴッ、ゴメン! なんか思い出しちゃって!」 「いえ、しょうがないです。私も、同じですから」 「2人っきりでこうしていると、あの素敵な温もりを思い出しちゃいます……」 「私……本当はとってもえっちな子みたいです」 「大丈夫! 俺はそんなエッチな芳乃も好きだ、っていうかそんな芳乃が大好きだ!」 「………。その言い方は、微妙に嬉しくありません……」 「そうかな? 残念だ」 「でも、そんなの俺も同じだよ。今朝起きてからずっとあの時のことを考えてる」 「セックスって、なんというか……凄かったですよね」 「うん。凄かった」 「まるで自分の身体じゃないみたいに熱くなって……コントロールできないぐらい勝手に溢れて来て」 「………」 「あの時の私、本当にいやらしかったと思います」 その言葉に、俺の頭の中で昨日の光景が鮮明に甦る。 確かに、いやらしかったなぁ……。 「でも、あんな風にいやらしくなるの……嫌じゃありませんでした」 「というよりも……その……また、してみたいって、思っちゃってます」 「そ、そうなんだ!? 痛みもあっただろうから、ちょっと後悔してたんだ」 「もう少し優しくできたんじゃないか、って」 「確かに、私をオモチャにしてるみたいなところはありましたね」 「――うぐっ、すみません」 「でも……愛情をいっぱい感じて幸せだったのも本当ですよ」 「だから……またしてみたいんです。愛情を、いっぱい感じたいです」 「うん。今度はもっと優しくできるように頑張る」 「いえ、今度は私が頑張ります。昨日はお任せになってしまいましたから、今度は私が!」 「そ、そう……じゃあ、期待してるよ」 な、何してくれるんだろう? ふぇ、フェラとかかな? もしかしたらフェラやクンニは嫌がるかもと思って、堪えてたけど……言っても大丈夫だった? ああ……凄くもどかしい! 2人ともしたいと思ってるってわかったせいか、抑え込んでたはずの欲望が……。 「………」 熱を持て余しながら芳乃を見る。 すると彼女も、潤んだ瞳で俺を見つめていた。 「ま、将臣さん……」 これってもしかして……? 「あ、いや……さすがに、学院内ではまずいよね?」 「そうですね。キスもよくないのに、それ以上なんて……。外でする勇気なんてありません」 もし万が一にも見つかった時、確実に問題視される。 そんな色んな人に迷惑をかけるようなことはマズイ。 「ぅぅ……なんだか、焦れったい。いっそ会えないぐらいになれば、こんなもどかしさも――」 「いえ、やっぱりダメです。毎日会えなくなるなんて、絶対に嫌です」 「辛いけど、人の目があるところでは我慢しなくちゃね」 「じゃあ……その代りに、人目のないところでは……甘えさせてもらえますか?」 「もちろん。人前で控えてる分も含めて、いっぱいイチャイチャしよう」 「また、いっぱい愛し合おう」 「………………」 俺の言葉に、芳乃は顔を真っ赤に染めた。 けれど、決して嫌がったりはしていない。 むしろ繋いだ手の平を、キュッと強い意志を持って、握りしめてきた。 「……よろしくお願いします……」 「あの……さしあたっては、今日あたり……どうかな?」 「今日ですか? さ、さすがに今日は……」 「そ、そっか……そうだよね、ゴメン」 「あ、違うんですよ。さっきの言葉は私の本心です」 「ですが、明日も学院があるじゃないですか。できれば今度は、もっとゆっくりできるときがいいなぁ……なんて」 「それは確かに、そうかも」 「じゃ、じゃあ、今度の休みで、如何でしょうか?」 「それでしたら………………んっ」 「ッッ!!」 これは! 休みがすごく楽しみになってきた。 早く週末にならないかな! 「休みまで我慢するのが、ちょっと大変そうだなぁ」 「少しだけの我慢です。それに、我慢は将臣さんだけじゃなく、私も……我慢するんですから」 「そうだね、わかった」 「それまでは……この手の温もりと、キスだけで我慢です」 「キスしていいの?」 「むしろ、キスしてくれないと怒ります。と言っても、人の目のないところで、ですが」 「なら……お互いの部屋が、一番いいかな?」 「そうですね。それが、一番安全だと思います」 「ですから、あの……夜、家に戻ってから部屋にお邪魔しても……いいですか?」 「待ってる」 ……ああ、早くキスをしたい。 そうして、俺たちはキスをお預けにしたまま、残りの時間を過ごした。 授業も終わり、放課後になってからは祖父ちゃんとのトレーニングに。 芳乃は日課の舞の奉納。 呪いがない今は、毎日行わなくてもいいのだが、今もずっと続けている。 そして、夕食の時間―― 「はむはむっ」 「あむっ……あむっ」 俺と芳乃は静かに食事を取っていた。 そんな俺たちを、奇妙な表情で見つめる安晴さんと常陸さん。 「2人とも……もう少しゆっくり食べたらどうだい? 消化に悪いよ?」 「え? そんなに、急いで、食べてますか? んぐ、んぐ」 「別に、急いでる、わけでは、もぐもぐ」 「喋る時ぐらいは箸を休めた方が……」 「どうしたんだい? この後、何か用事でも?」 「まさか! 用事なんてありません!」 「え、ええ。用事なんてない! ですね!」 「……なんてわかりやすい、お2人」 「まあ幸せなのなら、それでいいんだけどね」 「付き合い始めてっていうのは、どうしても自制が効かなくなるものだろうしね」 「そういうものですか……?」 「そりゃそうだよ」 「恋人になったら、あんなことがしたい、こんなことがしたい、ってずっと考えてるものだからね」 「それが一気に爆発するようなものだ。そうして、失敗もしながら、2人の空気が出来上がるんだよ」 「かくいう僕もね、秋穂とは色々あったなぁ……今思い出すと、恥ずかしい事ばかりだよ」 「どんなことがあったんですか?」 「そうだね、例えば――」 と、折角安晴さんが話してくれている思い出も、申し訳ないことに俺の耳には入っていなかった。 そして、夕食を終えた俺は、一度自分の部屋に戻った。 とはいえ、ゆっくりと落ち着いていられる心境ではない。 部屋の中をウロウロし、何となく部屋の中を掃除。 その途中、部屋だけでなく、自分も綺麗にしておかないと! ということで歯磨きも完了。 「あとは、あとは、あとは……」 「少しは落ち着いたらどうなのだ、ご主人」 「うわぁ!? び、ビックリした!?」 「何をそんなに驚くことがある? 今さらではないか」 「そうなんだけど」 しまった! ムラサメちゃんの存在を忘れてた! 「そ、それよりも……ムラサメちゃんは、今日はもう用事はないのか?」 「なぜそんなことを確認するのだ?」 「いや、月が綺麗だから、ちょっと見てきたらどうだろう? なんて」 「今夜は新月だぞ」 「そ、そうか……」 「……はぁ……理由が雑すぎるぞ、ご主人」 「うっ……すまん。決して、ムラサメちゃんを邪魔者扱いしてるわけではないんだが」 「辛気くさいのはよせ。吾輩は、誤魔化したいならもっと上手く誤魔化せと言っておるだけだ」 「悪いな」 「まあよい。で、吾輩はどれぐらい帰って来ぬ方がいいのだ? 2時間程か? それとも、一晩か?」 「いや、そこまででは……多分、10分もあれば……?」 「なんと!? ご主人、いくらなんでも早すぎではないか?」 「その一言は傷つくわー……」 確かに、我慢強い方ではないけれども。 ハッキリとは言わないで欲しい。 「いや、ご主人が早いのはこの際仕方ないとして」 「早い前提で進めないでくれ」 「せめて前戯は長めにとった方がよいと、吾輩思ひ候」 「今までそんな語尾使ってないだろ!? 俺を傷つけるためだけのキャラ付けはやめろぉぅ!」 「っていうか、今日はしないんだよ! だから短いの! 決して俺が自分の事だけ考えてるからじゃないの!」 「そうか。ならばよいが……ではまあ、適当にふらふらして来よう」 それだけ言って、ムラサメちゃんは部屋から出て行った。 「………。とはいえ、ムラサメちゃんの言う通りだな」 初めてということもあって、俺もテンパってたから。 今度はちゃんと、芳乃の気持ちも考えないと……。 と思ったところで、ついに廊下のきしむ音が聞こえてきた。 「将臣さん、今いいですか……?」 「ど、どうぞ」 「……来ちゃいました」 恥ずかしそうにそう口にする芳乃の顔は真っ赤。 身体をもじもじとさせていた。 そんな姿が、また可愛く見えてしまってしょうがない。 「お待ちしておりました」 「は、はい。それで、あの……ムラサメ様は?」 「今は外に出てる。しばらくは戻ってこないよ」 「そうですか。では、2人っきりなんですね」 「うん。2人っきりだ」 確認を取った芳乃は、トコトコと俺の方に近づいて来る。 そして、飛びつくようにして、俺の身体に抱きついてきた。 「やっぱりあったかいですね。将臣さん♪」 「いきなり抱きついてくるとは……今日は大胆だね」 「ずっと我慢してましたから。お昼からずっと……」 「俺も、ずっと我慢してた。手だけじゃなくて、こうしてぎゅってしたいと思ってた」 「でも……それだけじゃないですよね?」 「ようやくキスできるね」 「……は、はい……私も、ずっと我慢してました。だから」 「早く……キス、しましょう」 俺が顔を近づけると、芳乃も静かに目を閉じた。 そして、また柔らかな唇と重なり合う。 「んっ、んんぅぅ~~……ちゅっちゅっ、んっ、んん~~……ッ」 我慢していた分、俺のキスは激しくなるが、芳乃も熱烈なキスで応えてくれる。 「んちゅ、ちゅ、ちゅぅ……くちゅくちゅ……んっ、んっ、んんっ」 「んっ……んぁ、芳乃、もう少し口を開けて」 「んん……ふぁい、あっ、んっ、ちゅ、ちゅるれろ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅ……れろん、れろ、れろ」 俺が舌を滑り込ませると、芳乃も舌で応戦してくる。 そうは言っても初心者同士のディープキスだ。まだまだぎこちない。 でも嫌がることはなく、むしろ俺の舌に必死に応えようとしているのが伝わってきた。 「んぁ、んんっ……ちゅっ、ちゅば、んっ、はぁぁっ、だいすき……ちゅっちゅっ、らいしゅき……んじゅる」 「俺も好きだ、大好きだよ」 キスはとっても気持ちよくて、美味しくて……ダメだ。自分を止められない。 今日はセックスはしない。 そう決めたからこそ、その代わりになるぐらい、濃いキスを求めてしまう。 「ちゅ、ちゅぷぅ……んむぅ、じゅる、れろれろ……ちゅ、ちゅぅ……んんっ、んん~~~……っ」 それは芳乃も同じなんだろう。 返ってくるキスで、それは十分に伝わってくる。 「んっ……んんっ」 俺が舌先でツンツンと口内をつつく。 すると芳乃も―― 「んっ、んっんっんっ」 と、やはり舌先でお返しが返ってくる。 言葉ではなくディープキスでの会話。 こんなじゃれ合いができるなんて……なんて幸せなんだろう。 「んふっ、んっ……ちゅちゅっ、はぁむぅ……んっ、んっ、んっ~~~」 「ちゅ、ちゅる……ちゅ、ちゅ……」 「んんっ……しゅごい、キシュしてる……んんっ、ちゅる、ちゅっ、ちゅっ、じゅるる」 「芳乃のこと、好きな気持ちが止まらないから」 「んっ、じゅる、わたひも、しゅき……らいしゅき、んっ、ちゅぅぅぅ……んんっ、キシュとまらない」 「ぷぁっ、好き過ぎて本当に止められない……ちゅっちゅっ、くちゅくちゅ」 「俺も、止められないよ」 「んんっ! んんっ、んっ、んっ、んぅぅぅぅ……ちゅぅぅぅぅ……ッッ!」 体重を預けるように、芳乃が身体を押し付けてきた。 勿論、俺はそれをしっかりと受け止める。 今回は服を着ているとはいえ、それでもその温もりと柔らかな感触は十分伝わってくる。 まるで全身でキスをしてるみたいだ。 「んんんっ、んん――んぱぁぁ」 「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「はぁー……はぁー……」 「いつものキスよりも、なんだか凄かったです」 「うん、確かに。自分でも驚くぐらい、興奮してた」 「私も……また、自分が止められなくなってました……」 「人前で控えてたことが、思った以上にストレスになってたのかも」 「………」 「あっ、あのっ、明日のお昼もキスできませんから。その分を、今のうちにしておきませんか……?」 「それはいい案だ」 「それじゃあ……はい、どうぞ」 「……ん」 目を閉じた芳乃に、俺はもう一度唇を重ねる。 「ちゅっ、ちゅっ……んっ、んんん……ッ」 互いの気持ちを感じ合えるほどのキス。 この気持ちよさは、他では決して味わえない。 そうして俺たちは飽きるまで、キスで気持ちの確認をし合った。 結局、ムラサメちゃんに告げた10分など軽くオーバーするぐらい、ひたすらキスし続けた。 完全にバカップルだな、これ。 でもそこまで仲が深まったことが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。 安晴さんと秋穂さんの指輪を受け取ってから、一層俺と芳乃の仲は深まった気がする。 というよりも、お互いの向き合い方が変わった気がするのだ。 こう……ちゃんと結婚を視野に入れて、考えるようになっていた。 とはいえ、俺たちはまだ学生。 気軽に結婚しても、周りに迷惑をかけるだけだろう。 そのことは、安晴さんや祖父ちゃんにも理解をもらっている。 それに……俺たちの間には、焦る気持ちなんてなかった。 何があっても俺たちの気持ちは離れたりなんてしない。 その自信があったから。 今も仲睦まじい恋人として、そして将来を誓い合った婚約者として一緒に暮らしている。 口喧嘩ぐらいならばするし、食べ物の好みも相変わらず一緒とは言えない。 それでも俺たちの間には、確かな絆を感じることができた。 その絆がもたらしてくれる幸せも、未だに色褪せることはない。 「ご馳走様でした!」 「はい。お粗末様でした」 「今日の弁当も美味しかったよ。毎日ありがとう」 「喜んでもらえているなら、嬉しいです」 「さすがに、そろそろ飽きてきたりしてませんか?」 「まさか! 飽きたなんてこと、あるわけないよ」 「だったらいいんですが、さすがにそろそろレパートリーに限界が」 「ありがとう、俺のためにそこまで努力してくれて」 「本当、芳乃には頭が上がらないよ」 「そんなことはありません。将臣さんにはとてもお世話になったんですから」 「それに……その……いつも、お世話になっているのは、私も同じです」 「そうだっけ? 俺、そんな日頃から芳乃のお世話なんて、してた?」 「それは、その、あの……ほら夜に色々と、気持ちよくしてもらっていますから」 「あっ、あー……コホンコホン」 「それに関しては……俺も、十分気持ちよくしてもらってるから」 「いつも言ってると思うけど、本当に気持ちいいから」 「~~~………。あ、ありがとう……ございます?」 「こういう時、お礼を言っていいのかどうか……ちょっと悩む……といいますか、恥ずかしいです」 「いや、別にからかってるとか、貶してるつもりはなかったんだけど」 「わかっています。でも……気持ちいいのは、私も同じですから」 「奥をグリグリってされると、本当に気持ちよくて……私、頭の中がドロドロに」 「ごっ、ゴホン! ゴホン!」 「さすがにその話題をここでするのはマズイよ」 「あっ……そ、そうですよね。すみません、つい……」 「いや、そう言ってもらえることは、俺も嬉しいんだ」 「でも、誰かに聞かれるとマズイから」 聞かれるのが知り合いなら、呆れ顔を浮かべるだけのような気もするけど。 まあ、わざわざ聞かせるものでもないだろう。 「でも……ちょっと、思っていることがあるんです」 「え!? もしかして……なにか、俺に対してご不満が?」 「い、いえ! 違います、むしろ私が不満を抱かせていないか心配なんです」 「俺が? 芳乃に?」 「不満なんて抱くわけないじゃないか」 「でも、私はいつも身体を任せっぱなしですから……たまには、何かサービスができれば、と」 「サービス……?」 「な……なにかっ、私にして欲しいことはありませんか?」 「しっ、して欲しい事って……なんかやけに積極的だね……?」 「そう……ですか?」 「それが嫌ってわけじゃないけど……十分してくれてるよ。ほら、その……口、とかさ」 「でも、私が積極的なのはそれぐらいじゃないですか。マンネリは、よくないと思うんですっ」 今日は本当に積極的……いや、思い返してみると、芳乃はわりと最初から積極的だったかも。 芳乃の身体が火照ってしまったときには、向こうの方から半ば襲ってくるようなこともあった。 とはいえ、やっぱりちょっと変だ―― 「それ、誰の入れ知恵?」 「……どうして、そう思うんですか?」 「そういう積極性は、普段の芳乃とはちょっと違う気がしたから」 「そっ、そうですか……やっぱり慣れないことは、するものではありませんね」 「で? 誰に、何を言われて、そんなことを言い出したの?」 「実は……将臣さんと今後もずっと幸せでいるための方法を訊ねてみたんです。そしたら――」 「男と女として長い付き合いをしていくならば刺激は重要なのだ!」 「大事なのは新鮮な気持ちだ! 飽きを生じさせぬようにせねば」 「だからマンネリね……はぁ……また、あのロリッ娘幽霊め」 「もっ、もしかして、私また騙されて、恥ずかしいことを……っ!?」 「いや、確かにムラサメちゃんのいう事も一理あるとは思うよ」 世間一般ではたまにある話だし、大げさでもない……気はする。 まだマンネリとか感じたことないもんなぁ~……。 「でも、俺たちってまだ別にマンネリを感じたりしてないからさ」 「今からそこまで気にしなくてもいいんじゃないのかな?」 「あと……さっきも言った通り、たまには私がサービスしてみたいんです……っ」 「ですから変な遠慮や我慢はせずに、何か希望があれば言って欲しいんです」 その気持ちは嬉しいけど……本当に不満なんてない。 セックスには嫌がることなく応えてくれるし、今のところはそうやって肌を重ねられるだけでも十分だ。 でも―― 「さっ……差しあたっては、今日ぐらいに如何でしょう? ほら、金曜日ですから」 こういう表情の時は、引いてくれないからなぁ。 「ちょっと、考える時間をもらえる?」 「うーむ……」 俺だって年頃の男だ。確かに、色々と興味はある。 「しかし……芳乃に言っても引かれないレベルはどこだろう?」 「お? 何してんだ、こんなとこで」 「廉太郎」 「もしかして、巫女姫様とのことで悩み事か?」 「……廉太郎……」 「お前って……童貞じゃなかったよな?」 「は? どうした急に……それはまあ、違うけど……それがなんだよ?」 「ちょっと悩んでるんだけど……その……」 「道具って、女の子は引いたりしないのかな!?」 「はぁっ!? な、何を言ってるんだ、お前は」 「いいからちょっと落ち着け、話は真面目に聞いてやるから。あとちょっと場所も変えよう」 「確かにマンネリはよくないなー」 「そこら辺、真剣に考えた方がいいのか?」 「新しい刺激ってのは重要だ。興味があることは、正直にちゃんと話した方がいいと思う」 「性癖のズレを認識するのって、結構重要なことだぜ?」 「………」 「で? 実際、お前の望みは一体なんなんだ? さっき言ってた道具か?」 「興味はある」 「その気持ちはわかるけどなぁ……道具かぁ……」 「だ、ダメなの……?」 「道具はな、怖いっていう子も結構いるから」 「そういうものか……」 「あと、マンネリをまだ感じてないなら、道具は取っておいた方がいいんじゃねぇの?」 「最初は、もっと軽いのからステップアップする方がいいかもな」 「そうか……」 「他に何かないのか? こう……興味はあるけど、言い出せないこととか」 「ないっ」 「ハッキリしてんなぁ」 「現状、特に不満はないからな」 最近になって、お互いに色々と慣れてきた。 芳乃の中のどこを責めれば、どういう反応をしてくれるか、というのも身体が覚えてきた。 だから、普通にセックスするだけでも結構嬉しいというか……楽しいというか……。 「かーっ、もったいねぇなぁ。巫女姫様なら、魅力的な部分は色々とあるだろ」 「例えば?」 「そりゃお前……あの、足とか」 「足? ああ、確かに綺麗ではあるな。肌も白くて綺麗だし」 「はぁ……わかってねぇ。お前はなんっもわかっちゃいねぇ」 「な、なんだよ?」 「確かに巫女姫様の肌は綺麗だ。でもな、重要なのはそこじゃない」 「重要なのはタイツだろうがっ!!」 「はぁ?」 「伝わんねぇかな、あのスラッとした足と、包み込む黒いタイツの得もいえぬ色気ってものがさぁ」 「いやぁ、全然。確かに綺麗だとは思うけど……正直、中身の方が気になる」 「もったいない、ああもったいない! あの魅力に気付けていないとは……」 「ここは騙されたと思って俺の言葉に従ってみろ。踏まれよ、さらば扉は開かれん」 「踏まれよねぇ……」 「えっ!? 踏まれるっ!?」 イジメられるMっぽいのは、あんまり興味がないんだけど……。 とはいえ、他に思いつく事もない。 正直なところ、セックスに関しては廉太郎の方が経験が上だ。 騙されたと思って、従ってみても――本当に、いいんだろうか? 悩む……。 「あ、あのっ、将臣さん!」 授業が終わるなり、芳乃は緊張した面持ちで、俺の方に駆け寄ってきた。 「そ、それで……如何でしょうか?」 「あ、うん。それなんだけど……一応、決まりました」 「そ……そうですか」 「でも先に祖父ちゃんのところに、行ってくるから。先に戻っててくれるかな?」 「はい、わかりました」 「あ! そうだ! 制服は、着たままで待っていて下さい」 「……え? あ、はあ……わかりました……?」 結局、廉太郎のアドバイスに従ってみることにした俺。 いつものトレーニングを早々に切り上げて家に戻った。 そうしてついに、この時がきた。 部屋に戻った俺は、すぐさま芳乃の部屋を訪れた。 そして、制服姿で俺たちは向き合う。 「お、お待たせしました」 「は、はいっ、お待ちしておりました。ちゃんと、制服のままですよ」 「うん、ありがとう……」 「早速なんですが、あの……今からでいいんですよね?」 「そうだね。ずっと制服のままっていうのも、困るだろうから」 「それは別に構わないんですが……制服が、重要なんですか?」 「重要なんです」 正確には、制服の時に穿いているそのタイツが重要。 まあ、これは廉太郎の受け売りなんだけど。 「それで……私は何をすればいいんでしょう?」 「踏んで下さい」 「え? 踏むって……」 「俺を踏んで下さいッ!」 「えっ、ええぇぇぇ!? そんなことできるわけがありません……っ!」 「これでいいんですか? 本当に?」 結局押し負けた芳乃は、さらけ出した俺のペニスに足を伸ばした。 いわゆる足コキってやつだ。 「(こっ、これは……)」 「こんな風に足でしちゃうだなんて……」 「い、いいんだ。俺が望んだことだから、気にしないで」 「だから、このまま続けちゃって」 「わかりました。それじゃあ……痛かったら、言って下さいね」 「うん」 と言っても、痛いなんていう事はない気がしていた。 覚悟を決めた様子で、芳乃。 俺のペニスを足で撫で撫でしたり、ふみふみしたりする。 そうして擦れる度、タイツの滑らかな繊維が俺のペニスに刺激を与えてきた。 口や膣内とはまた別の、新たな快感が俺の脳みそを痺れさせる。 「な……なるほど、こういうことだったのか……」 廉太郎……確かにお前の言う通りだ。 俺の中で新たな扉が開いたよ。足コキ、気持ちいい……。 「はい? こういうこと……というのは……?」 「気にしないで。とにかく、気持ちいいから……その調子で、よろしくお願いします」 「わかりました。私、頑張りますね。んっ、んっ……すりすり……」 「っっ……」 戸惑いつつも、芳乃は足を動かし続ける。 どこかぎこちない動きも……いい。タイツの繊維、気持ちいい。 「んっ……はぁ、はぁ……んんっ、はぁ……はぁ……」 「………」 顔を真っ赤にした女の子に、自分の大切なところを足で踏まれ、なぶられる俺。 屈辱的なはずなのに……芳乃にされると、気持ちよさしか感じない。 むしろ、もっとふみふみして欲しいとさえ思える。 そして何よりも……この角度から見える、スカートの下のショーツ。 生で見たことがあるし、触ったこともある。 「(でも……こうしてタイツ越しに見ると、いつもと違ったエロさを感じる)」 足を開いて、下着をさらけ出し、ペニスをふみふみする芳乃 いつもの可愛らしい芳乃もいいけど……これはこれで、いい……。 すべすべのタイツが、俺のペニスの上を行ったり来たり。 足の指に引っ掛けるようにして左右にグニグニと振り回す。 そして時にはグッとふみふみして、優しく踏み倒す。 「んんっ、くぅ……はぁ、はぁ……」 「はぁ……はぁ……なんだか凄い……私、好きな人の股間を踏んでる、ふみふみしてる」 「こんなの、まるでイジメてるみたいです……」 「イジメなんかじゃないよ。これは、俺が頼んだことなんだから」 「それに……俺はこんな風に踏まれて、喜んじゃってるから……んんっ」 「ほ、本当ですね……さっきから、足で転がす度にいやらしい息を漏らしてます」 「それに足の裏でもわかるくらいに熱くて、硬くて、ビクビクって震えて……んっ、ぬ、ヌルヌルもします」 「気持ちいいんだ。芳乃に、踏まれると……ぅあっ」 「本当に……気持ちいいんですね。凄い……おち●ぽ、もうトロトロになってますよ」 「う、うん……自分でもびっくりしてる。まさか、こんなに興奮するなんて……」 「俺、変態なのかも……。ゴメンな、変態の彼氏で」 「そんなこと言ったら、踏まれて気持ちよそうなアナタを見て……興奮しちゃっている私も、変態かもしれませんから」 「芳乃も、興奮してるんだ?」 「はい。私のサービス、ちゃんと喜んでもらえてるって思うと……とっても嬉しいです」 「うん、うん……凄くいいよ、芳乃の足」 「だから、もっとお願いします」 「はい……わかりました」 「あと、もう少し足を開いてみてくれないかな?」 「こう……ですか?」 「うん。見える下着が色っぽくていいよ、好きだ」 「いやらしいんですから……えっち」 こんな状況で、今さらエッチも何もないと思う。しかも今日は芳乃の方が積極的なんだから。 とはいえ、芳乃も本気で言っているわけではないのだろう。 「んっ、んん……」 這わせた足が躊躇うことはない。足指を立てるようにして、ツー……っと竿の裏をなぞっていく。 今までに比べると弱々しくて、もどかしい。 でも、それがいい感じで刺激に強弱をつけていて……ああ、思わず身体が震えてしまう。 「――んんっ」 「はぁ……はぁ……気持ちよさそうな息……嬉しいです」 徐々に慣れてきたのか、興奮で理性が弱まってきているのか、芳乃はどこか悪戯っぽく笑った。 「じゃあ……こっちの方は、どうですか?」 「んにっ!?」 ペニスの根元まで下がっていた指が、俺の玉までもコロコロと転がし始めた。 「また、変な声出てますよ?」 「いやだって、そんなところまでやられたら」 「もしかして痛いですか?」 「まあ、その……ちょっとだけ、鈍い痛みがあるから」 「でもそのわりには……またビクビクってしてます」 「いやらしい……」 「――ッ!?」 完全に悦に入っているのか、俺を見下すように笑いながら、芳乃は足で玉を弄ぶ。 それ自体は、さほど気持ちよくないのだが……なんで俺は、こんなにも興奮してしまっているんだろうか……? 「はぁ……はぁ……んっ、んんっ」 「………。なんだか、物足りないっていう顔ですね」 「そ、そう? そんな顔、してたかな?」 「はい。してますよ、とってもいやらしい顔をしています」 「………」 「大丈夫ですよ。今日は私がサービスをするんですから……焦らしたりなんてしません」 そう言った芳乃は、玉を弄っていた足を、再び竿に這わせる。 そして、ネチョネチョの我慢汁を吐きだす先っぽを揉むように、再び指でふにふにと刺激を送ってきた。 「ぅっ、くっ……ぁあっ」 なんだこれ……。 我慢汁で濡れたタイツが、また知らない刺激を生み出していく。 「ふふ……ピクピクしてます。やっぱり、こっちの方が気持ちいいんですね」 「それはっ……うん。そうやって弄られる方が、気持ちいい」 「随分と素直になっちゃいましたね……でもそっちの方が嬉しいです」 「正直に、して欲しいことを言っていいんですよ。私がリクエストを、ちゃんと叶えてあげますから」 「……ゴクンッ……」 まるで楽しんでいるかのような声……。 いや、実際に芳乃は楽しんでいるんだろう。 そんな彼女に比例して、足の動きも徐々に大胆になり、俺の快感が増していく。 「痛かったら、ちゃんと言って下さいね」 足指を大きく開き、延びたタイツで包み込むようにして、俺のペニスが親指と人差し指の間に挟まれる。 そしてそのまま、ペニスが優しく擦られていった。 「ぅぁっ、あっ……」 「痛いですか?」 「いや……へ、平気……むしろ、気持ちいい」 「ふふ、そうだと思いました。だって……とってもいやらしい顔してますから」 「そ、そんなに?」 「はい。おち●ぽだけじゃなくて、顔までトロトロになってますよ」 「……ぅっ……はぁ、はぁ……」 踏まれて喜ぶなんて……。 と、思わず自分を恥じてしまうが、その程度では自分を抑えきることはできない。 喘ぐような声は自然と漏れるし、何とも言えない快感が全身を這い回っている。 「嬉しいです。私の足が、そんなにトロトロの表情をさせてるなんて」 「んっ、ぁぁ……俺も、想像してなかった。まさか自分がこんな風になるなんて……」 単純な気持ちよさなら、口でしてもらったり、芳乃の熱く滾った性器に挿れる方が気持ちいい。 でも、こうして踏まれていると、今までに経験したことないような熱が、俺の脳みそを焼くようだ。 もしかしてこの感覚を、背徳感と呼ぶのだろうか? 「なんか……目覚めちゃいけないものに、目覚めちゃいそうだ」 「私は、構いませんよ。私はどんなことでも、受け入れますから」 「だから我慢しないで下さい。どんどん気持ちよくなって下さい」 「ぁっ、ぁっ、あっ、あっ、んっ!?」 「ほら……グリグリしてあげますからね」 「うああっ」 痛みを感じない絶妙な力加減で、俺のペニスが雑草のように踏み倒された。 そしてそのまま、言葉通りグリグリと踏みにじる。 「くっ、あっ、あっ……ひぁっ、くぅぅ……」 女の子にち●こをグリグリ踏まれて喜ぶなんて……本当に変態だ。 情けなくって、人間としての尊厳まで踏みにじられたようだ……。 それぐらい情けなく思っているのに……それがまた、快感にブーストをかけていく。 「よかった。気持ちよさそうですね……じゃあ、もっとグリグリしますからね」 「ちょっ、ちょっと待った! これ以上、されたりしたら、俺……くぅっ」 「されたら……どうなるんですか?」 「―――ッ!?」 俺の言葉を理解していないはずはない。 だが芳乃は、いやらしく口元を緩めて、そう問いかけてきた。 その顔がまたいい表情で……思わず身体を震わせてしまった。 「ココはピクピクしてるじゃないですか……気持ち、いいんですよね?」 「私も、気持ちいいと身体が震えちゃいますから、知ってます」 「気持ちいいなら……続けても大丈夫ですよね?」 「そりゃ確かに気持ちはいいけどっ……ぅっ……これ以上は」 「ダメなんですか? こんなに喜んでくれてるのに……」 「ほら、おち●ぽもトロトロじゃないですか」 微笑みながら、芳乃は絶え間なく足で刺激を送り続けて来た。 これは……本当にマズイ。 タイツのスベスベが、ここまで気持ちいいなんて……侮ってた。俺は足コキを侮っていた! 「くぅぅぅ……ッッ」 ダメだ、もう自分じゃ抑えきれない。 押し寄せる快感に逆らえなくて……どんどん気持ちよくなってる。 「芳乃、これ本当にマズイ。このままじゃ俺……俺は……」 「私がサービスをしてるんですから、身を任せてどんどん気持ちよくなっていいんですよ」 俺の意見など聞かず、芳乃の足は滑らかに動き回った。 指で挟むようにしながら裏筋を擦り、そのまま根元と玉に刺激を送り、再び裏筋を通って亀頭を揉む。 鈍い痛み混じりの激しい刺激と、意識を蕩けさせるような甘い刺激。 繰り返される2つの快感に、もう身体も頭も痺れっぱなしだ。 「はぁ……はぁ……本当に、気持ちよさそうですね」 「う、うん。本当に気持ちいい。気持ちよすぎて……本当に、俺……くっ、ぁっ」 「もしかして、射精しちゃいそうですか? 私に踏まれて、射精しちゃうんですか?」 「そうだ、もう出そうだ……はぁ、はぁ……」 「いいですよ。このまま射精しちゃいましょう」 俺を追い立てる芳乃の足が、さらに激しくなる。 ペニス全体をふみふみしながら、つま先でカリをなぞったり、亀頭を足指で揉む。 されるがまま。情けない姿をさらしながらも快楽に流される自分が恥ずかしくて……余計に、興奮してしまう。 「くっ……ぅぁあっ……」 ダメだ、身体の震え、止まらない……ッ! 「はぁ……はぁ……さっきからピクピクしっぱなしですよ」 「それに、どんどん熱くなってます……トロトロだってこんなに、漏らして……」 にちゃぁ……と、透明な糸が亀頭とタイツを結ぶ。 まるで本当に精液を出したみたいに、ネチャネチャになってる。 「この子、ずっと私の足の裏で暴れてます。早く出しちゃいたいって、言ってますよ」 「無理せず、出していいんですよ? 私の足で、踏まれながら、いっぱい射精、しちゃいましょう」 「―――ッ」 これはやばい、本当にやばいっ! 芳乃の怪しげな笑みに、心臓がドクンと高鳴ってしまった。 その鼓動に反応して、ペニスもビクビクと震えて、思わず吐き出しそうになってしまう。 「くぅぅ……」 「我慢は身体に毒ですよ。ほら……射精、しちゃいましょう?」 「イって下さい。今日は私の足で、存分に射精しちゃって下さい」 必死に力を入れているが……芳乃がもたらす、くすぐるようなその刺激が俺から力を奪っていく。 ついには腰が跳ねて、ついにソレは決壊した。 「もうっ、無理だっ」 今まで堰き止めていた分なのか、凄まじい勢いで、熱がペニスを駆け上っていく。 「ああああっ!?」 「ひゃぁぁんっ!?」 今までにないぐらい、大きくビクンと震えた身体が、芳乃の足を押し返す。 同時に、ペニスが熱を激しくまき散らかした。 「ひゃっ、あっ、はぁ……すごい、びゅるびゅるって、精液いっぱい……」 「くぅぅ、ぁあ!」 「んんっ、あっ……はぁ……はぁ……凄い、いっぱい……足がドロドロになっちゃいましたよ」 「はぁ、はぁ、ゴメン。いっぱいかけちゃった」 「いえ、構いませんよ。それだけ、気持ちよくなってもらえたってことなんですから」 「はぁ……はぁ……でも本当に、精液凄い量ですね……足が、ちょっと熱いぐらい……」 「それだけ、興奮したってことで……はぁぁ~~……」 「まさか本当に、足でこんなことになるなんて」 「でも、将臣さんが望んだことで……いいんですよね?」 「うん。なんか、新たな自分の一面を発見した気分だよ……」 情けない姿に背徳感を覚えて、興奮してしまうだなんて……。 もしかして俺は……Mなんだろうか? 新しく開けた扉は……とても怖い……。 「どうしますか? もう一度……しましょうか?」 「さ、流石にもういいよ」 「本当ですか?」 「本当に」 このまま扉の中に飛び込んでしまうのは……ちょっと怖い。 「将臣さんがそう言うのなら。それじゃあ……着替えちゃいますね」 「タイツがドロドロになっちゃいましたし」 「本当にゴメン」 「こんなにいっぱい出すぐらい喜んでもらえたなら、私も嬉しいですから」 そうして立ちあがった芳乃は、タイツを脱ごうとスカートに手をかけた。 「うっ……精液を畳に付けないように脱ぐのは、なかなか難しいですね……」 足を上げて、ふらふらしながらスカートを下ろす芳乃。 だが上手くいかずに、バランスが崩れてしまう。そして、そのままスカートに足を引っ掛け―― 「きゃ、きゃぁぁ!?」 「芳乃!?」 「あいたたた……」 「だ、大丈夫? 芳乃?」 「は、はい……大丈夫です――って」 「きゃっ、きゃぁぁ!?」 お尻を突き出すようにして、芳乃はその場に倒れていた。 それは俺の目の前で……。 タイツに包まれた、むっちりとした太もも。 お尻はまだペチコートで隠されているけど……それはそれで、また違ったエロさがある。 「私、こんなお尻を突き出すみたいに――み、見ないで下さいっ」 「どうして? 芳乃の可愛いお尻、ちゃんと見てたい」 「だって、恥ずかしいじゃないですか」 「もう何度も見てるのに?」 「そっ、それはそうですが……こういう失敗で見せてしまうのは、ちょっと違いますから……」 「でもエロくていいよ、それ……ちょっと――」 「いや、かなり興奮する」 「え? あ……」 芳乃の視線が、射精を終えたばかりのペニスに留まる。 先ほどあれだけ精液を吐き出したというのに、今の芳乃を見ていると、いつの間にかカッチカチの復活を遂げていた。 「タイツに包まれた芳乃の足……いつもより、魅力的に見える」 足コキをしているときからなのか、タイツは既に汗でにじんでいる。 その奥の肌は熱気を帯びているようで……今にも湯気が立ち上りそうに見えた。 「本当に色っぽいよ、芳乃の太もも……」 でも、これだけじゃ物足りない。 さっきみたいに、タイツ越しの下着が見たい。 ペチコートに隠された、丸くて可愛らしい芳乃のお尻が見てみたい。 「芳乃……」 そっと指を伸ばした俺は、薄いペチコートをめくり上げてしまう。 「きゃああっ、きゅ、急にめくらないで下さい」 「ごめん、でもあんなことした後だから、我慢できなくて……」 「うわぁ……やっぱりエロい。可愛くて、エロいよ、芳乃のお尻」 「それは、褒められているんですか?」 「もちろん俺は、褒めてるよ」 タイツ越しに見る下着は、やっぱりいつもとは違う魅力に溢れてる。 それに、こんなに滑らかで……。 「ひゃっ、んっ、あっ、ああっ、ですから急にお尻を撫でないで下さい」 「ダメかな?」 まるでおねだりするように、俺のペニスがピクピクと震える。 「べっ、別に……ダメという事はありませんが」 「何をされているのか、よく見えないのでビックリするんです」 「じゃあ、続けてもいい?」 「……続けたいんですか? さっき、あんなに出したのに……」 「さっきの足も気持ちよかったけど……やっぱり俺は、もっと芳乃のことを感じたいんだ」 「だから、ダメかな?」 「お尻を撫でながら訊かないで下さい……っ」 「それに、芳乃もさっき息を荒くしてたよね?」 「それは……だって、あんなトロトロなのを見せられたら……女の子だって興奮しちゃいますよ」 「だから、いいかな?」 「今度は2人で……気持ちよくなろう?」 「………。はい……」 俺の誘いに、芳乃は静かに頷いて見せる。 「それじゃあ、お尻に触るからね」 俺は優しくお尻に触れると、タイツの上から撫でまわしていった。 そのまま太ももにも、手を伸ばしていく。 「次は太もも……」 「ひゃっ、んっ、ぅぅぅ……ぁっ、ぁぁ……はぁ、んっ、んんんっ」 じわりと湿ったタイツの上から触れる度、ぶるっと身体を震わせる。 「はぁ……はぁ……んっ、くぅぅ……あっ、はぁ、はぁ、んっ、んん……ッ」 太ももの外側から内側へ。 タイツに締め付けられる、むっちりとした太ももを押し割るように手を潜り込ませていく。 「はぁ、はぁ……んっ、んんっ、んふぅー……ッッ」 優しく丹念に、その滑らかなお尻の感触を堪能する。 シュルシュルと滑る俺の手が、火照った芳乃の熱を布越しに感じていた。 その滑らかな感触だけでも……興奮を覚えてしまう。 「……おま●こに、触るよ」 「んっ……んん……っ」 キュゥっとしまった芳乃のアソコ。 指を這わせただけでもわかる。汗とは違う体液が、ショーツとタイツにシミを作っていた。 「芳乃のココ……もう濡れてる」 「そんな風に撫でられたら、気持ちいいですから」 「撫でられてるだけでも、気持ちいいんだ?」 「だって……とってもいやらしい手つきです。そんなにいやらしく触られたら……気持ちよくなっちゃいますよ」 「芳乃が感じてくれて、俺も嬉しい」 「ひゃっ、んっ、んんん……ぅぅっ、はぁ、はぁ、んっ、んんっ」 シミを作るタイツの上を指が滑る。 指の腹で上から下に、折り返して爪でくすぐるように下から上に。 ワレメを優しくなぞり上げる度に、芳乃のそのお尻が可愛らしく左右に揺れる。 それはまるで、タイツに拘束されているのが苦しいと……。 もっと気持ちよくなりたいとアピールしているようにも見えた。 「はっ、はぁ……んっ、んんっ……くぅ、あっ……んんっ」 「芳乃……」 俺は彼女のストッキングに手をかけて―― 「芳乃……これ、破いてもいいかな?」 「や、破くって……」 「破いてみたいんだ」 「どうしても、ですか?」 「どうしてもっ!」 「うっ……ぅぅ……わかりました。そこまで言うのなら……」 芳乃の了承を得た俺は、指に引っ掛けたタイツを力強く左右に引っ張る。 生地の裂ける音と共に、芳乃が小さく身体を震わせた。 「……うわ、これ……やばいかも」 「や、やばいって、何がですか……?」 「かなり興奮するよ、これ」 まるで無理矢理、芳乃を犯してるみたいだ。 今までにないシチュエーションに、思わず俺は息を呑んだ。 そしてまた、芳乃もいつも以上に興奮しているんだろうか? 下着越しでもわかるぐらい、ビショビショに濡れている。 「芳乃……脱がすからね」 「……んっ、は、はい……」 汗でべったりと肌に張り付いたタイツ。 俺はそれをゆっくりとずり下げていく。 肌が露出する度に、今までこもっていた芳乃の熱が、目の前でむわっと広がっていく。 「んんっ……はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」 荒い息を吐きながら、黙ってタイツを脱がされる芳乃。 目の前の白いお尻から広がる熱は、まるでフェロモンだ。 かすかな香りが俺の鼻腔をくすぐって……さらなる興奮を呼び起こす。 「……芳乃、全部でちゃうよ」 「ぁっ、んっ……ふぅー……ふぅー……んんっ」 顔を真っ赤にした芳乃のお尻が、ついに露わになる。 どうやら張り付いていたのは、汗のせいだけではないらしい。 布越しに想像していた以上に、ビショビショに濡れていた。 「芳乃、ごめん。我慢できそうにないんだ。このまま挿れるよ」 まるで栓が壊れてしまったような芳乃の性器に、俺はペニスの先っぽを押し当てる。 ぬちゅぅという粘ついた音と共に、芳乃は軽く身体を震わせた。 「あっ、あぁぁ……ちょっと、怖いです」 「怖いって、この体位が?」 「そうじゃなくて、その……今日はあんまり触れてもらってないじゃないですか」 「なのに、その……もうこんなにトロトロになっちゃってるんですよ?」 「そうだね。俺が我慢できないぐらい、トロトロだ」 「触らずにこんなに濡れてるのに……今、中をグリグリされたら……私、理性がなくなっちゃいそうですよ」 そう言いながらも、さっきから芳乃のお尻は左右に揺れたまま。 おねだりするように動く腰は、恐怖を感じているようには見えない。 「俺は、芳乃に踏まれて射精した時点で、理性が吹き飛んでるよ」 そのまま一気に、芳乃の身体を刺し貫く。 「んんんぁああぁぁぁぁあああああああ……ッッ!?」 「よ、芳乃、声が大きい!」 「安晴さんは仕事中だけど、常陸さんがいるから」 「んんっ、んっ、んんーー……っ! んふぅーっ、んふぅーっ……んっ、んんんーーーー……」 必死に口を閉じて、声を押し殺す芳乃。 俺はそんな彼女の反応と、部屋の外の様子を探る。 「………」 「んっ、んふぅー……んふぅー……んっ、んぁああ、はぁぁあぁぁ……」 「大丈夫そう……だね」 「そう、ですね……すみません。大きい声を出してしまって」 「でも、あんなに急に挿れられたら……気持ちよすぎて、声が出るに決まってるじゃないですか」 「ごめん。どうしても我慢が出来なかったんだ」 ああ……なんてあったかいんだろう。 ヌルヌルの熱く濡れた粘膜がペニス全体を包み込む。 それはまるで、俺のペニスを溶かそうとするようにも思えた。 「茉子は……気付いていませんよね?」 「た、多分。この様子だと、こっちにくる気配はないから」 「よかったぁ……はぁ、はぁ……もう、いきなり強すぎます。もう少し、ゆっくり……」 「わかった」 先ほどよりは冷静に、芳乃の反応を窺いながら、小刻みに抜き差しを繰り返していく。 「はぁ、はぁ、んっ……あぁぁ……んんっ、んぁあ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ」 「これぐらいなら、平気?」 「は、はい。大丈夫です、けど……んぁああ、こんな動物みたいな格好でなんて、いやらしすぎます……はぁ、はぁ」 羞恥心からだろうか? 粘膜がすごい締めつけてくる。 その力強さは、俺が抜き差しをする度に、ぬぽぬぽといやらしい音を響かせるほどだった。 「はぁ、はぁ、はぁぁ、んっ、んんぁぁ……さっきから、いやらしい音、しちゃってます」 「それだけ芳乃の中が、締まってるんだよ」 「だって、はぁ、はぁ……あ、あ、んんっ……ここまで、お尻を丸出しにするなんて……」 「初めてちゃんと見たけど、芳乃はお尻の穴まで可愛いね」 「っっ!? やっぱり、そんなところまで見えちゃってるんですか!?」 「綺麗だよ」 「お、お尻の穴なんて、褒められても嬉しくありません……っ」 「そうなの? でも……ここの締め付けは、また強くなってるけど?」 「それはっ……は、恥ずかしいからです……」 「恥ずかしくて……興奮してるんじゃないの?」 普段人に見せたりしないお尻の穴。 それをさらけ出すような体勢で突かれて、芳乃は背徳感で興奮しているんじゃないだろうか? さっきの俺みたいに。 「そ、そんなことは……ありません……んっ、んん……はぁ、はぁ……んっ」 「本当にそうなの?」 粘膜をペニスの先っぽで擦って、芳乃の身体に直接問いかける。 「んっ、ひっ、ぁぁああっ! グリグリ、あっ、ああっ、そこ、グリグリぃぃ……んんっ!」 「んぁ、んぁーっ、まって、それはダメですっ、声出ちゃいますってば……んっ、んんーーーーっ」 必死に声を我慢しようとする芳乃。 そんな彼女を追い詰めるように、俺は同じ所をグリグリといじめ続ける。 「ひゃぁぁぁああ……いじっわるっ、ぅぅあああ、いじわるぅっ、んっ、んぁぁあっ、い、言います、言いますからぁ」 「興奮しちゃってますっ、んんっ、お尻を丸出しにして、後ろから突かれて……興奮しないわけないじゃないですかぁ……っ」 「だと思う。俺だって、さっきは芳乃に踏まれてかなり興奮してたから」 追い詰めるような腰の動きを弱め、代わりに大きく腰を動かして、中をぐちゅぐちゅとかき混ぜていく。 「んぁ!? んっ、んぁぁあ……はぁ、はぁ……んっ、んんん……ッ」 「これぐらいなら、動いても平気?」 「はい、今のとこは……これぐらいなら……あっ、んっ、んぁぁぁあっ」 「でもっ、そこ……あ、あ、あ、あ、そこっ、は……感じちゃう、かも……んっ」 芳乃の弱点を責めているわけではない。 それでも、芳乃はビクビクと身体を震わせながら、俺の真下でお尻の穴をキュゥゥゥ……っと、すぼめていた。 「はぁっ、はぁっ……んんっ、あっ、あっ、あっ、や、やっぱりダメかもぉ……あっあっあっ」 その蕩けた声と同じように、ペニスを咥えこむ性器も蕩けきっている。 ストロークする度に、じゅぷっ、じゅぷっ、とエロい音が響いていた。 「ああ、えっちな音、しちゃってます、ぅぅぁぁああッ、わたし……んっ、んあぁぁああっ」 「でもさっきみたいにグリグリはしてないよね?」 「ひっ、ぁっ、ぁっ、ぁああっ、だ、だってぇ……好きなんですもん……んっ、んんっ!?」 「俺のち●こが?」 「バッ、バカなこと言わないで下さいっ……ん、んんーーっ! アナタのことが好きだって、言ってるんです」 「ありがとう。俺も好きだよ、芳乃のことが」 「でも、コッチも別に、嫌いじゃないよね?」 「んんっ!? あっ、あっ、あっ、んっ、んんぅぅぅぅ………んーーーーッ」 必死で我慢している芳乃。 顔も真っ赤にして、声も出来るだけ出さないように堪えている。 だが……彼女がそうして、頑張れば頑張るほど―― ――グッチュ、グッチュ……と、えっちな音が大きくなっていた。 「あっ、あぁぁぁ……音、音、しちゃってます……んっ、んぁぁあああ……っ」 「ワザとさせてるわけじゃないよ。芳乃の中が締め付けてくるから、自然と大きな音が、しちゃうんだ」 「そんなのっ、こすられたら……あっ、あっ、あっ、おっきぃ……はぁぁ、おっきぃのこすれてるぅ……ぅぅあぁあぁあ……」 芳乃の声は、すでに蕩けきっている。 弱点を責めてるわけでもないのに、こんなに感じるなんて……。 汗ばんだ白いお尻と、ヒクヒクと収縮を続けるお尻の穴から目をそらせない。 「はっ、はひぃ、はひぃ……ぁぁ、わたし、ますますえっちになってます。す、好きな人と気持ちよくなるの好き……」 「好きな人のおち●ぽ、欲しい欲しいって私のおま●こが言っちゃってます……だからこんなに気持ちよくなって、ぁぁあああっ」 「そんなの俺だってそうだ」 「んっ、んひっ、あぅっ、あああああっ……わたし、いやらしい。えっちになっちゃってごめんなさい、ぅっ、ぁぁああああ……!」 「俺は嬉しいよ、芳乃がそんなに感じてくれて」 「むしろ、もっとエッチに……ぐちょぐちょにしてあげたい」 その気持ちを込めて、俺は再び腰の動きを強く大きくしていく。 「あぁぁああっ、あっあっあっ、ひぃっ、んくぅぅ……ぁあああぁあっ!」 「うぁ、芳乃の中……本当に熱いよ……」 「あ、あ、あっ、そんな、かき混ぜちゃダメ……ダメぇ! 溶けちゃう、アソコ溶けちゃいますよぉっ、ぁぁああ!」 「どこが溶けちゃうって?」 「ひっ、あっ、ああぁ……バカっ、いじわるっ、えっちぃっ……んっ、んんんーーーぁぁあああっ」 「お、おま●こ! おま●こ溶けちゃいますってばぁ!」 「よく言えました」 「ひぁあああっ! ど、どうして強くするんですかぁ! そんな、強く……ぅぅぁあ! 強くしちゃだめぇぇ!」 芳乃がひっ迫した声を上げる。 その声と同じように、芳乃の中がペニスを強く締め付けていた。 「くっ……ぅぅあっ」 それでも俺は動きを緩めない。 グリグリと擦り、腰を打ち付け、ドロドロの粘膜をかき混ぜる。 「あ、あ、あっ、だめです、イっちゃいます……あっあっ、そんなっ強くされたら本当に……ひぃぃぁぁあっ」 「あっあっあっ、だめだめ、そんなにうごかしちゃっ、あっあっあっあっあっあああああッ」 「んッ、くぅぅぅ……ぅぅぅああああああああーーーーーッッ……!!」 芳乃の身体が激しく痙攣を起こす。 「んっ、んひぃ、はっ、はぁーっ、はあーっ……だめだって、言ってるじゃないですか……もう」 「だってほら、芳乃のおま●こ、こんなにジュクジュクになってる」 「さっき自分で言ったんじゃないか。俺のコレ、欲しいって言っちゃってるって」 「それは、そうなんですけど……んっ、んひっ!? あっあっあっ、だめ、今は動いちゃだめですよっ」 「ぅぅぅああっ、はっ、はっ、んっ、んひぃぃぃ!? そこばっかり、だめだめぇ……ぁぁああっ!」 「イっちゃう……またイっちゃいますから……ぁぁあああああああッッ!」 ペニスを咥えこんだまま、芳乃の身体が2度目の痙攣を迎える。 「はっ、はひっ、はひぃぃ……あっ、はぁーっ……はぁーっ……んんっ、くぅぅ……はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」 「ぅわ……芳乃の中、凄いことになってる」 立て続けの痙攣によって、今までに感じたことのない動きで、粘膜がペニスを締め付ける。 「……だめって言ってるのに、続けるからじゃないですかぁ……はぁーっ……はぁーっ……」 「まさかそこまでとは思ってなくて」 「んぁっ、はぁぁ、はぁぁ……そこまでなんですよ。それぐらい、気持ちいいんですから……はぁ、はぁ」 「そんなこと言ってもらえたら……本当に俺も嬉しくなる」 「はぁ、はぁ……え? ぁぁああああっ! またぁ……んっ、んんぁぁ、だめ、だめぇ……まだ、だめですってば」 「いいよ、そのまま気持ちよくなっちゃって」 「そんなっ、んっ、んぁあああ……だめぇ、だめぇ……あっあっあっ、声っ、出ちゃいますから………あっあっあっあっ」 「あっ、んっ、んんッ……んんんんーーーーーーーーーーーー……ッッ!!」 ぶっ続けで絶頂を迎える芳乃。 体力を使い果たしたかのように、ぐったりと脱力をする。 「はぁぁ……もうだめぇ、これ以上はだめぇ……むりですよぉ」 「こんなに続けてイっちゃったら……本当におかひくなりますから……はぁ、はぁぁ」 「俺は、芳乃の感じてる姿を見るのが、好きなんだよ」 「それなら、私だって同じです。イって欲しいですよ……」 「私……そんなに気持ちよくないですか?」 「そんなわけない。気を抜いたら、今にも出しそうなんだから」 「どうして我慢なんてしてるんです……? 私は、イって欲しいです……んっ、んんっ、んぁ、はっ、はっ」 脱力した身体に力を入れ、お尻を振り始める芳乃。 ペチペチとその柔らかなお尻と、俺の下腹部がぶつかり合う。 「はぁぁーーぁぁ、はぁぁーーぁぁ……んっ、んっ、んひぃ、あっ……はぁ、はぁ……んんっ」 キュ、キュ、キュ……と、粘膜が小刻みにペニスを締め付ける。 「芳乃の中、本当に気持ちいいよ」 「じゃあ、イっちゃいましょう……? ね? 射精、しちゃいましょう?」 言葉だけでなく、蕩けきった目や声、そしてトロトロおま●こをも使って、俺を誘おうとする芳乃。 芳乃の動きは小さなもので、痺れるほどの快感ではない。 だがそれが呼び水となって、余計に快感を貪りたいという衝動を強くしていく。 「芳乃、じゃあ俺もイくから」 「はい……いいですよ。我慢なんてしないで、動いて下さい……んっ、んーーーッッ……!」 我慢していた分を取り戻すように、俺はドロドロのおま●こをかき混ぜる。 「んぁ、あっ、あっ、あああぁぁあぁ……きてるっ、奥に、きてる……ああっ、ああぁぁあっ!」 「うぁ……ほんと、気持ちいいよ、芳乃の中」 「わたひも、あぅあっあっ、そこ、そこぉ……んぁあっ、そこ、ぐりぐり……ぅぅぁぁぁあ……っ」 「ココ?」 「んひぃぃ……!? はっ、はひっ、はひっ、わたひも気持ちいいです……ほんとに、あ、あ、きもちいい……」 「はぁ……はぁ……芳乃の中、凄い締まってるっ」 「だって、きもちいいですから、あ、あ、あ、あ、ま、またぁ……!? あっ、あっ、んっ、んぃぃぃ……ッ!」 「芳乃……?」 「んっ、んぅぅっ、はぁーっ、はぁーっ……ああああ……わたし、だめ、やっぱりおかしいですよ」 「あ、あ、あっ、またイっちゃいそう……あんなにイったばかりなのに、またぁ……あっあっああぁあああーーーっ!」 まだ余韻が残っていたのか、芳乃の身体がまた、小さく震え始める。 挿入で、こんなに絶頂を迎えるなんて……凄い……。 「それだけ、俺たちの相性がピッタリってことだよ」 「ほら、ここも、そう言ってる」 俺はわざと、にゅちゃにゅちゃと淫らな音を大きく響かせていく。 「あ、ああ……はぁっ、はぁっ……いやらしい音、大きくしないで……はずかしいですから……はぁ、はぁ、んっ、んん……ッ」 「でも……アナタとなら、恥ずかしいのも……好きです……あっ、あっ、あっ、すき、それすきぃ……んんぁ」 「俺も好きだ、大好きだ」 蕩けきった俺たちは、まるで一つに溶け合うように、お互いに身を委ねていった。 「はぁ、はぁ、もっと……もっと気持ちよく、しますからね……んっ、んぁぁっ、んんんーー……っ」 「うっ、あっ……締まる……まるで、精液、搾られてるみたい……」 「搾ってるんですよ、はぁ、はぁ……わたしのココで気持ちよくなって下さい……んっ、んっ」 「射精、いーっぱい、しちゃいましょうね……んっ、んぁああっ、んっ、んんんーー……ッ」 「ぁあぁぁあっ……だめ、力入らなくて……あっあっあっ、わたひまたイっちゃいますよぉぉ……んっ、んぁぁああっ」 「あっ、ああ……俺も、イく……っ」 「芳乃、このまま出すから」 「はいっ、はいっ……出して下さい、このままわたしの中に、いっぱい出して……あっあっあっ」 「あっ、あー……っ、んっ、ぁああーっ……はやく、はやくはやくぅ……じゃないとわたし、先に……んあ、んっ、んんーーっ!」 「うっ、うっ……ダメだっ、イく……ッ」 「んぁあっ、あっ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁああーーーーーーー……ッッ!」 「んああっ、あっ……はぁーっ、はぁーっ、んっ、んぁああぁぁぁ……ッッ!」 根元まで芳乃の中に押し込んだまま、俺は溜めこんだ欲望を全て解き放つ。 「んひっ、ああっ、あーー……、あーー……んっ、んあぁぁっ、ああぁぁ……ッ」 ――ドクン! ドクン! 吐き出した精液が中の粘膜で弾ける度に、同時に絶頂を迎えた芳乃の身体がビクン、ビクンと震える。 「んんっ、あひっ、はぁ……はぁ……んっ、んんん……出てます、わたしの中で、びゅーって、いっぱい……はぁ、はぁ」 ――ドクン……ッ! 最後にひと固まり吐き出してから、俺はゆっくりとペニスを引き抜く。 「んっ、んんん……んんぁっ、あああっ……」 ジュルンと中から引き出した、精液と芳乃の愛液まみれのペニス。 そして今まで咥えこんでいた穴も広がり、中からドロリと白い粘液が滴り落ちる。 「芳乃、イくよ、もうイくから」 「はいっ、はいっ……わたしも、わたしもイきます……っ、ぅぅっ、ぁあっ、あっ、あっ、ああぁぁぁ!」 「はっ、はやく、はやくしてくれないと……わたし、また、1人でぇ……ぁっ、あっ、ああぁぁああっ、んっ……んんッっ!」 「芳乃!」 「んぅぅぅ……ぁぁああっ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁああーーーーーーー……ッッ!」 「んぁっ、はっ、はひっ、はっ、あっ、あぁぁああぁ……はぁーっ、はぁーっ……んっ、んんんッ!」 咄嗟に引きぬいたペニスから、芳乃の身体めがけて欲望は飛び散っていく。 「んんーーっ、んぁ、あっ、あっ、熱いの、あっ、んっ、んん……ああぁっ」 ――ドピュ! ドピュドピュ! 信じられないぐらい飛び出る精液は、芳乃のお尻だけではなく制服にまでかかってしまう。 「あっ、やっ、んん……ん、はぁ、はぁ……精液、いっぱいです……はぁーっ……はぁーっ……んんっ」 「はぁ、はぁ……はぁぁ……いっぱい、出たよ」 「あっ、ああぁ……ドロドロです……せいえき、すごいえっち……はぁ、はぁ……んっ、んんっ」 「本当に気持ちよかったよ、芳乃」 「私もです。頭の中までぐちゃぐちゃになったみたいで……セックスしたんだなって……あぁあ」 「こんな格好恥ずかしいはずなのに……すっごく興奮しちゃいましたよぉ……」 「私、本当にいやらしいですね」 「大丈夫。俺の方が、もっともっといやらしいから」 「え? あ、それって……ひゃっ、あ、あついの……お尻に……」 精液を出しても萎えることのないペニスを、俺は芳乃のお尻になすりつける。 「芳乃……もう一回、いいかな?」 「………………。……はい……」 「でも、今度はなるべく声を抑えよう」 「そんなに大きな声、出てましたか?」 「常陸さんには聞こえないように……ね」 「……はい……」 そうして俺たちは、互いの欲望が涸れるまでお互いを求めあったのだった。 「って、全部聞こえているんですけどね」 「まあ、幸せそうなのだから結構なことではないか」 「それはそうなんですが……」 「このままだと、ワタシまで欲求不満になってしまいそうです……はぁ……」 「なぁに。しばらくすれば、あの2人も落ち着くであろうよ」 「本当に、落ち着いてくれるといいですねぇ」 ムラサメちゃんと一緒に部屋に戻った俺は、すぐさま朝武さんを起こした。 いつものように寝ぼけていたが、呪いの原因が分かったと伝えると、さすがに眠気も吹き飛んだらしい。 すぐに表情を引き締めた。 「朝武さん、熱は大丈夫?」 「問題ありません。それよりも、今は他に重要なことがあります」 「呪いの原因がわかったというのは、本当ですか?」 「うむ」 頷いたムラサメちゃんが、先ほどと同じ説明を繰り返す。 「ご主人の魂の中に、おそらく憑代の怨念が宿っておる」 「俺の中って……なんで、そんなことに……?」 「巨大な祟り神と戦ったあの夜、ご主人は大量の穢れを浴びたであろう?」 「あ、ああ……」 確かにあの時、激しい憎しみが俺の中に流れ込んできた。 「あの時に、怨念がご主人の中に移動したのであろう。あのままでは、消滅させられたからな」 「移動って……そんなことが可能なんですか?」 「普通であれば不可能であろうが、ご主人は憑代の欠片を魂に取り込んでおった」 「欠片の影響を受けた俺の魂だから……宿ることができたってことか」 ムラサメちゃんの姿を見えたり、触れられたりするだけじゃなく、そんな影響まで……。 「その怨念は、俺の魂にずっと残るのか?」 「それはない。憑代の外では存在するだけでも力を使う。放っておけば霧散する」 「そのはずだったのだ。本来であれば」 「……では何がキッカケで、再び呪いが?」 「ご主人と芳乃が気持ちを通わせ合い、深く繋がったからであろうな」 「おそらくは……接吻をした際にでも、芳乃の魂に気付いたのだ」 「憎むべき対象に気付き、思念を維持できなくなることも気にせず力を呪詛に注いでおるのだ」 「だから、こんな急激に……」 「ゆえにご主人、今さら憑代を砕いたところで何の意味もないということだ」 「わかってるよ。あの時は本当に、どうかしてたんだ」 「憑代を砕こうと……? なんてことを……っ!?」 「……ぅっ……」 「有地さん」 「ち、違うんだ。あの時は、本当にどうかしてたんだ。俺が俺じゃなかったんだ」 「そう責めるな。ご主人は、怨念の憎しみの煽りを受けてしまったのだ」 「短慮を起こしたのも、全ては怨念のせいじゃよ」 そう言えば、あの夢で……俺の気持ちが塗りつぶされるような感覚に陥った。 ムラサメちゃんを拒絶したり、神力を受けて冷静になれたのは、そのせいだったのか……。 「もしかして……このままだと、俺は怨念に支配されてしまうのか?」 「いくら強力な怨念であろうと、所詮は残留思念にすぎん。魂はあくまでご主人の物だ」 「意思を強く持っておれば、今回のような影響を及ぼすこともあるまい」 「朝武さんの身体を使って、憑代を探したときと同じ感じか」 「では、このまま放置していれば、怨念は消えるんでしょうか?」 「うむ。だがそれでは……芳乃の身体が衰弱するのが先か、怨念が消滅するのが先かの危険な賭けになる」 「………」 「もしかして、俺は朝武さんに近づかない方がいいのか? 俺が側にいると、衰弱が早まるとか……?」 「それもない。怨念と繋がりを持ってしまった以上、もはや物理的な距離は関係ない」 「とはいえ、接吻のような接触は控えた方がいいであろうな」 「あ、もちろん、男女のまぐわいもじゃぞ?」 「わかってるよ!」 ……危なかった。 もし昨日、俺の勘違いに流されてたら、状況が悪化してたかもしれない。 本当に危なかった……。 とはいえ、今までにキスを何度もしてしまったのは、よくなかったか……。 「………」 いや、そのことを謝ったりしたら、朝武さんを悲しませてしまう。 それよりも、先の事をまず考えよう。 とにかく、俺の中の怨念を消去する方法を考えないとダメなんだ。 「叢雨丸で俺の中の怨念を斬る……なんて、できないかな?」 「馬鹿を言うでない。そんなことをすれば、ご主人の魂まで傷ついてしまうわ」 「同様に、神力を魂に流し込むこともできんからな」 「危険なことは止めて下さい。一緒だって約束したばっかりじゃないですか……」 「いや、確認をしただけで、実行はしないから」 でも、となると……。 「怨念の望みを叶えることが、一番いいのかな? 憑代を一つに戻したときみたいに」 「それは現実的ではないと思うがな」 「憑代を集めても鎮まらない怨みとなると……やはり朝武の家を滅ぼしたいのではないかと」 「………」 集めさせ、結局は殺すなんて……だったら今まで、一体何のために……。 ………。 いや、でも―― 「――そうか」 「な、なんじゃ、突然……」 「ど、どうしたんです?」 「やっとわかったんだ、違和感の正体が!」 憑代を集めさせたいのに、その相手を呪い殺そうとするのは明らかに矛盾している。 呪い殺してしまったら、憑代を集めることもできない。 今まではずっと、全て朝武家に対する呪いだと思ってたから、みんな疑問に思うことはなかったんだ。 頭の中で考えをまとめながら、この矛盾について、俺は2人に説明をしていった。 「確かにそうじゃな」 「ですが相手は怨念ですから。そういう不合理なこともあるのでは?」 「気になるのは、それだけじゃないんだ」 「夢の中で確かに俺は怨念の“声”を聞いたんだ」 「……声?」 「以前に夢で犬神の儀式を見せられたときには、声なんて聞こえなかった」 「でも穢れを浴びてしまったときや、今日見た夢で聞いたのは、はっきりと“人の声”だと思った」 「人の声……もしや、討たれた長男のことを言っておるのか?」 「そうだ。自らが怨念となって憑代に宿り、犬神の呪詛で朝武家を呪い続けていた」 「憑代に、人間の怨念が共に……?」 「長男が呪いを残したことは、やっぱり間違いではなかったんだ」 「それと、祟り神を一緒にしてしまったのが間違いだったんだ。呪いは2種類、存在した」 「ありえないことか?」 「憑代が怨みある長男の血を浴びたとすれば、2つの怨念が混じり合った可能性はある」 「祟り神が朝武家だけを狙った理由も、怨念が混ざりあってしまったから」 「憑代を砕かれたことに対する怒りだけなら、誰彼かまわず襲ってもおかしくなかったと思うんだ」 「もし、これらの推察が正しいとすれば……ご主人の魂から怨念を引きはがせるかも」 「本当か!?」 「怨念がご主人の魂に逃げ込んだのは、叢雨丸の力で消滅させられそうになったからだ」 「他よりマシとはいえ、このままでは消滅してしまうことに変わりはない」 「ゆえに、ご主人の魂よりも適した逃げ場を整えてやれば……」 「消滅を回避するために、俺の魂から離れるってことか!」 「なるほど。怨念が、有地君の魂に……」 「おそらく憑代に戻ろうとするはずだって、ムラサメちゃんは言ってました」 「確かに。苦しみから逃げ込んだのだとすれば、より楽な方に流れていくだろうね」 「よかった……そう言ってもらえて、少し安心しました。」 「それで、朝武さんの体調の方はどうなんでしょうか?」 「………」 俺の質問に対して、駒川さんは表情を曇らせる。 「構いません。正直に言って下さい」 「もしこの熱が、偶然ただの風邪を引いただけだとしたら、日を改める選択肢もあります」 「でも……そうじゃないのだとしたら……」 「私は、自分の状況を正確に知っておきたいんです」 「……わかりました」 深く頷いてから、その苦々しい顔が上げられた。 「まだ微熱の範囲です。これぐらいはストレスなどでも簡単に上下することもありますから……ハッキリとは言えません」 「ですが、もしこのまま下がらなければ……熱はどんどん上がっていきます」 「原因不明の高熱が続き、意識は朦朧とした状態が続き、食事もまともに取ることができなくなるはずです」 「そうなってしまっては……当然、動くことすらできません」 今の駒川さんの言い方から、残された時間は少ないことはハッキリとわかる。 万全に備えたいところではあるが……その余裕はないと見るべきだろう。 「となると……」 「症状の軽いうちに、できることはしておく方がいいでしょうね」 「……わかりました。ありがとうございます」 「あの、体調ではなく儀式のことで、一つ懸念と言いますか……疑問があります」 「有地君の魂から剥がれても、憑代に戻ったら元の木阿弥になってしまうのでは?」 「それについては私たちも疑問に思ったんですが、ムラサメ様は違うと」 「怨念は混ざり合っていたから、長男も今は呪詛の力を使えています」 「でも、憑代は元の形に戻りました。祟り神も出ていないから、犬神の怨みは鎮まっていると考えられます」 「そして憑代は今、神社に祀られ、穢れを落とし、清められています。昔のようにはいかないはず」 「もし仮に怨念が宿れたとしても、清められた憑代では消滅が早まるだけだろう、と」 「まあ、ムラサメちゃんの予想が全部当たって、何もかもが上手く転がればですが」 「だが、やるだけの価値は十分にある……」 「私たちも、そう思っています」 「できることがあれば、何でも言って下さい。力になりますから」 「ありがとうございます」 「あ、芳乃様、有地さん」 「どうであった?」 「今のところは大したことはありません。ですが、ただの風邪かどうかまでは、ハッキリしませんでした」 「ではやはり最悪を想定しておいた方がいいであろうな」 「なら、予定は変えずに?」 「決行は今晩だ」 その言葉に、俺たちは一斉に息を呑んだ。 「準備の方は?」 「今は安晴が憑代の祈祷を行っておるところだ」 「他にも、温泉のお湯を使って、しっかりと清めていますよ」 「作戦はわかってるんだけど……そんなに清めて、そもそも逃げ込まなくなったりしないのか?」 「問題ない。宿しておる犬神の気配はそのままだ。憑代に逃げ込むであろう」 「じゃが、いざ宿ろうとしても、清められた憑代では以前のようにはいかぬ」 「憑代に宿れず、ご主人の魂にも戻れず、行き場を失いそのまま消失……というのが理想的ではあるが」 「実際にどうなるかは、やってみないとわからない部分ですね」 「それで……これから具体的に、私は何をすればいいでしょう?」 「清めるのは憑代だけではない。本殿そのものも清めておきたい」 「わかりました。私が舞を奉納すればいいんですね?」 「じゃがその前に、芳乃自身も身を清めておくように」 「ご主人もだぞ。怨念が剥がれやすくするためにも、しっかりと身を清めるのだ」 「そして何が起きてもいいように、叢雨丸を忘れるな」 「わかった」 「………」 昼間から風呂に入るって……なんだか妙な気分だな。 身を清めるためであり、そんな呑気にしていられる余裕はないのだが……。 「準備段階で俺ができることって、ないんだよな」 もっと明確に、何かできることがあるといいんだけど……。 宙ぶらりんの状態は、どうにも落ち着かない。 「夜の儀式とは無関係でも、手を動かすことがあれば少しは気がまぎれるんだろうけどなぁ」 祈祷なんかは、神主である安晴さんにお任せするしかない。 知識のない俺が側をうろちょろしてても邪魔になるだけだろうしなぁ。 「とりあえず上がるか。湯疲れして、体調を崩すわけにもいかない」 「お風呂に入っていたんですか?」 「ムラサメちゃんに言われた通り、身を清めてた」 「儀式をする前に、もう一度入るつもりだよ」 「ワタシも、身を清めておかないと……あ、でもその前に、まずは夕食の買い出しですね」 「本当なら、儀式の方に集中をしたいんですが、お腹が空いていては集中できませんから」 「今日は何を作るか決めてるんですか?」 「本当でしたら《ゲン》験を《かつ》担いで、かつ丼などを作りたいところなんですが……」 「もしものことを考えると、油っぽいものは止めておいた方がいいですよね」 「そうかもしれない」 大きく身体を動かすことになる可能性は十分にある。 「ですから、エネルギーになりやすいものを作ろうかと」 「有地さんは、何か希望はありますか?」 「いや、特には。常陸さんの料理はいつも美味しいから、お任せで」 「おだてても何も出ませんよ~」 「ですがわかりました。儀式が成功するように腕によりをかけて作りますからね」 「よろしくお願いします」 「それでは失礼します」 腕によりをかけて、か……。 「……そうだ、俺も」 俺は急いで髪を乾かし、万が一にも湯冷めしないようにしてから、買い物のために外に出た。 「あ、有地さん」 買い物から戻った俺を、巫女服の朝武さんが迎えてくれる。 「お帰りなさい」 「ただいま」 「どこかに出かけていたんですか?」 「ちょっと買い物にね」 俺が手にした袋を覗き込む。 ふわりと、いい香りが俺の鼻をくすぐった。 「ジッとしてても落ち着かないから、プリンを作ろうかと思って」 「プリン? 今からですか?」 「今からが丁度いいんだよ。だってこれは、お祝いのためのプリンなんだから」 「今度こそ呪いが解けたっていう、お祝い」 「今からでちょうどいいんだ。出来上がる頃にはきっと、いい感じに仕上がってると思う」 「みんなで一緒に食べよう」 「……そうですね。お祝いのプリン……それはとても素敵です」 無邪気な笑顔を浮かべる彼女は、とても魅力的だった。 思わず、ぎゅーって抱きしめたくなるぐらいに。 「………? なんですか?」 「その……」 「抱きしめてもいいかな?」 「なっ!? なにを言い出してるんですか、急に……」 「ダメかな?」 「ダメです」 力強い、キッパリとした返事。 「今朝、ムラサメ様に言われたじゃないですか。接吻や、その……そう言ったことはダメだと」 「それはちゃんと覚えてるよ」 「でも、物理的な距離は関係ないとも言ってたから。抱きしめるのは大丈夫なんじゃないかな?」 「で、でも……」 「今、抱きしめられたら嬉しすぎて、キスしたくなっちゃうじゃないですか……ッ」 顔を真っ赤にして、半分自棄になったように彼女は叫んだ。 「だから、ダメです」 「そういうのは、呪いが解けるまで、おあずけです」 「おあずけ……そっか」 「じゃあ、なおさら頑張らないと。お祝いのチューをするためにも」 「………ッ」 その言葉を聞いた朝武さんの顔が、さらに真っ赤になる。 「わ、私、頭を冷やしてきます。そのまま舞の奉納に向かいますから」 「わかった。俺はプリンを作っておくよ」 逃げるようにリビングから飛び出す朝武さん。 仄かな香りがリビングに漂う。 そんな彼女の残滓が、俺の胸に染み込んでいった。 「………」 焦らなくてもいいんだ。 俺たちにはちゃんと未来がある。儀式を成功させて、すぐにキスできるさ。 「……よし」 と、その時、朝武さんが戻ってくる。 身体を半分壁で隠すようにリビングを覗き込み、こちらをジッと見つめている。 「朝武さん?」 「一つ、言い忘れていました」 「私も楽しみにしていますから。お祝いの、チュー……」 「~~~……ッッ!」 自分で口にした言葉に悶え苦しむように、バタバタと暴れながら逃げ去る朝武さん。 「……頑張ろう。絶対に……」 俺は自分に気合いを入れるように、その言葉を口にした。 そうして落ち着かない時間が刻々と過ぎていく。 それは長いようでいて、意外と一瞬だったような気もする。 「それじゃあ、行ってきます」 「………」 「お父さん?」 「お願いだ……決して邪魔はしない。だから……今日だけは僕も付き合わせてもらえないだろうか?」 「でも、それは危険です」 「部屋の隅から見ているだけでいいんだ」 「今まで僕には何もできなかった。だからせめて、最後ぐらいは見届けたいんだよ」 「………」 安晴さんが、こんなに頑なな態度を見せるなんて珍しいな。 「ムラサメちゃんは、どう思う?」 「危険だな。じゃが……安晴の気持ちも、理解はできる」 「呪詛に苦しむ人間の側で、ずっと支え続けてきたのはあやつだからな」 「………」 「それに安晴は神主だ。祓いもできるし、祝詞もあげられる」 「祟り神が相手でなく、呪詛が相手であれば、安晴の力が必要になることもあるやもしれん」 「そういうことなら……いいんじゃないかな」 「あ、有地さん……」 「朝武さんが心配する気持ちは勿論わかってる。でも、何が起きるかわからないんだ」 「俺たちに出来ないことが出来る人がいてくれた方がいいかもしれない」 「……それは……そうかもしれませんが」 「………」 安晴さんは厳しい顔つきで、決して顔を背けたりはしなかった。 その姿を見て、朝武さんは根負けしたように深いため息を吐く。 「……はぁ……わかりました」 「ありがとう!」 「でも本当に、大人しくしてて。また怪我なんてしないで……」 「わかっているよ」 「そういうことでしたら、安晴様も身を清められた方がいいのでは?」 「それなら平気だよ、ちゃんと準備は行っているから」 「では行くとするか」 家を出た俺たちは、真っ直ぐ本殿に入る。 念入りに清められたせいか、中の空気がいつもより凛然としているように感じられた。 「準備はすでに整っておる」 「それで、具体的にはどう進めればいいんだ?」 「憑代を手にして意識を繋げる。そうすれば、怨念が反応を示すはずだ」 「意識を繋げるって言われても」 「それほど難しい話ではない。憑代の感覚に集中すれば、勝手に繋がるであろうよ」 以前、信号を送るようになった時と同じ感覚でいいってことか。 「怨念が魂から剥がれるとき、ご主人は一時的に無防備になっておる」 「もしもの時には、お主らが頼りじゃぞ」 「はい」 「わかりました」 「………」 「お父さん、もうすぐ始めるから」 「ああ、わかった」 安晴さんは、俺たちから少し距離を取った。 「心の準備はよいか、ご主人」 「ちょ、ちょっと待ってくれ」 「……はぁー……すぅー……」 一度深呼吸をし、気合いを入れると同時に、心を落ち着ける。 とにかく焦ってパニックにならないこと。それが重要だ。 「よし。やるぞ」 俺は叢雨丸を常陸さんに預ける。 叢雨丸の気配は、怨念が移動する際の邪魔になるかもしれないらしい。 武器を失うのは不安だけど、まず怨念を移動させないと。 「………」 祀ってある手の平サイズの水晶に手を伸ばし、胸元に引き寄せる。 特に変な部分はない。以前に感じたような不穏な気配は全くなかった。 普通の水晶としか思えない。 それだけ、穢れがちゃんと祓われてるってことなんだろう。 俺は水晶を両手の平で挟み込み、ゆっくりと目を閉じた。 暗闇の中、ムラサメちゃんに指示された通り、憑代に意識を集中させる。 その姿は、何かに祈っているように見えたかもしれない。 実際、心の底から祈っていた。この儀式が成功することを。 決して肩すかしにならないことを。 「………」 反応は、思ったよりも早かった。 手の中の憑代が温かくなっていく。 俺の体温で温められたわけでは決してない。すでに俺の体温を超える熱を放っていた。 「―――ッ」 一瞬視界がぶれるほど、大きく心臓が跳ねる。 「ご主人!?」 「お、俺は平気だ」 「そうではない。自分の身体を見てみろ」 「ッ!?」 改めて周りを見ると、黒い霧のような物が本殿の中に広がっていた。 それらは全て、俺の身体から漏れ出ている。 「これは――」 「怨念だ。憑代に反応して、ご主人から剥がれたのだ」 「そ、それじゃあ有地さんを守らないと」 「まだ早い。怨念が全て出るまでは待つのだ」 ムラサメちゃんの忠告に従い、2人はその場で動きを止めた。 黒い霧の発生は続き、どんどんその濃さが増していく。 だが、それも数秒の事。ついに霧の漏出が止まった。 次の瞬間、広がっていた霧が気体から個体へ。霧は泥へと変化した。 「憑代を離せ、ご主人!」 「ああ!」 放り出した憑代が床に落ちる暇もなく、伸びた泥の触手がパクリと呑みこんでしまった。 そして泥が、いつかの獣のような形を取っていく。 だが、その光景をのんびり見ている暇はない。 俺はすぐさま泥と距離を取る。朝武さんと常陸さんも、神経を尖らせて泥を警戒する。 だが、こちらを襲ってくる気配はない。 それどころではないのだ。 泥はまるで苦しみ悶えるように、その場でのたうちまわる。 「これは……」 驚きの声と共に目を見張る俺たちの前で、泥の存在が薄れていった。 そして再び、黒い霧に状態が変化した。 その中心では、淡い光を宿した憑代が宙に浮いていた。 しかも、強力な電気でも流れているようにバチバチと、泥が火花を散らせてスパークしている。 その光景はまるで、怨念を拒んでいるようにも見えた。 いや実際に拒んでいるんだろう。憑代を清めた効果が出ているんだ。 「ここまでは狙い通りだ……このまま、消滅すれば」 『………』 祈るように見つめる視線の先で、どんどん怨念は薄れていく。 「怨念が、消える……?」 思わず身を乗り出して、その光景を食い入るように見つめる。 だが、まるでそれが罠であったかのように、怨念が目標を変更した。 最後の力を振り絞るように、その面積を大きく広げたのだ。 「――ッ!?」 「有地さん、危ないっ」 黒い霧が俺の身体を包み込み、怨念が再び俺を呑み込んでいく。 だが、すでに叢雨丸は受け取っている! 「このぉっ!」 視界が暗闇に完全に閉ざされる直前、眩しい光が霧を斬り払った。 叢雨丸で断たれた黒い霧が、空気に溶けるように広がり消えていく。 叢雨丸を握りしめたまま、俺はその光景を眺めていた。 「今度こそ、消えました……よね?」 「はい。そうですね」 「終わった……のか?」 黒い霧が晴れ、本殿の空気が再び澄み渡っていく。 これで、ようやく全てが……。 そう思い、叢雨丸を握る手の力を緩めた。 『まだじゃ! 気配はまだ消えておらぬ!』 ムラサメちゃんの声に反応したように、突然不気味な声が本殿の中に響いた。 『憎い……憎い……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……』 「――ッ!?」 以前にも聞いたことのある声。 『許さない……許さない……許さない……』 「これは、まさか……」 「怨念の声……?」 『俺は決して許さない。あいつも、あいつの家族も……その子孫もっ!』 突如、霧が再び発生する。 だがそれは俺を襲うものではなかった。 朝武さんの背後に、突然黒い霧が発生したのだ。 「――芳乃っ!?」 「え?」 彼女は振り向く暇もなく、霧に呑み込まれる。 「いい加減にっ!」 すぐさま叢雨丸で、怨念を斬り裂く。 朝武さんが呑みこまれたのは、ほんの一瞬の事だった。 だが、怨念に直接触れたことには違いなかった。 「……はぁ……はぁ……」 「芳乃!?」 「芳乃様!?」 床に倒れた朝武さんに意識はない。 だが、その息は荒く、時間が経つごとに激しくなっていった。 「凄い熱です……」 『最後の力を振り絞って、芳乃に呪詛を流し込んだか!?』 『このままではまずい。早く呪詛を祓わねば芳乃の命が――!』 「―――ッ!?」 「芳乃! しっかりしろ、芳乃!」 「ここは……私、確か黒い霧に包まれて……」 『……許さない……末代まで呪ってやる』 「アナタは……」 その姿は、以前の祟り神の姿であったけれど、中身はまるで違うとわかった。 そしてなんとなく理解した。 これは私の中。魂の部分なんだ……。 「(ハッキリとした憎悪の念が、私に向けられてる……)」 こんなことは、祟り神の時には感じたことがない。 『憎い、あいつが憎い……あいつの繁栄が憎い……』 激しい憎悪が私の身体を焼くようで、息が出来なくなりそうなぐらい苦しい。 このままじゃ、呑みこまれる……ッッ。 『憎い……憎い……憎い……』 そう繰り返す怨念だが、不意にその身体にぶれが生じる。 ピンボケでもしたように、身体の輪郭がゆらめき、定まらない。 不安定になってる……? 「(そうか。叢雨丸で斬られて、もう力が残っていないから……)」 「ただで消えたりはしない。ここで全てを終わらせてやる。あいつの残した全てを奪ってやる」 その声は、まさに死にもの狂いといった様子だった。 「お前を殺せば、終わる。あいつの全てを終わらせられる」 「ぅぁっ、くっ……ぁっ、ぁあっ!」 「負けないで下さい、芳乃様」 「意識を保て、呑みこまれるな!」 「芳乃……お願いだ、諦めないでくれ……」 「……朝武さん……」 なにか……なにか朝武さんを救う方法はないのか……? 「………」 大切な人が、苦しんでいるのに……何もできないのか? 「頼む、叢雨丸……力を貸してくれ」 「神刀なんだろ? 神様の刀なんだろ? お願いだ……朝武さんを助ける方法を……」 まるでそこに神様でもいるように、俺は心の底から頼み込む。 「(俺に出来ることがあるから選んでくれたんだろ?)」 「(ここで朝武さんを失うなんて、中途半端な結果のためじゃないはずだ)」 「(だから頼む……)」 祈るように、俺は柄を握りしめる。強く、手の平に食い込むぐらい強く握りしめ、ひたすら祈った。 「頼む、大切な人を守る力を……貸してくれ……頼むから、大切な人を守らせてくれ」 その時―― 「―――」 何か、聞こえた気がした。 人の声……だったのだろうか? 何を言っていたのかまでは、聞き取ることはできなかった。 ただ―― 「こっ、これって!?」 先ほどの声のようなものに反応するように、叢雨丸の刀身が光を放ち始める。 「なっ、何事だ!?」 光は弱まることなく輝き続け、俺たちを呑み込むように本殿の中を輝き照らした。 苦しさは増していく。 直接何かされているわけじゃないのに、まるで本当に身体を焼かれているみたい。 言葉にはできない痛みと、息苦しさで意識が遠のきそうになっても、実際に意識が失われることもなくて……。 「かっはっ、あっ、あっ……くっ、つぅぅ……ッ」 私、このまま呪い殺されちゃうのかな……? 「俺が消える前に……お前を」 「道連れにして、全てを終わらせてやる」 ああ……そっか。怨念はもう消えるんだ……。 でも、私も……力が抜けていく。 目の前が暗い……私の意識はますます希薄になってる……。 「せめてお前だけは、俺と共に死ね」 「………」 でも……いいかな。 呪いが解けるんだから。ずっと願っていた。 子供の頃からの願い、叶うんだとしたら、私はこのままでも。 「………」 このまま、弛緩する身体に意識を委ねてしまおうか……。 このまま……私は……。 「……嫌、このままなんて絶対に嫌だ」 だって、いいわけない。今の私には、もっとしたいことがある。 好きな人ができた。好きな人と一緒にいる幸せを知った。一緒に生きるって言ったんだから。 彼への思いが、最後の最後で私を踏み止まらせた。 「(勝手に……1人で諦めてちゃダメですよね)」 どうして、あんなことを考えてしまったのか。 それも怨念の影響を受けていたという事なのかもしれない。 「ぅっ、ぁっ、あああっ」 気合いをいれて、怨念と正面から対峙する。 その時だった。目の前で何かが光ったのは。 『―――ッ』 「これは……」 『――朝武さん! 意識をちゃんと持って! 呪詛に抵抗をして!』 ああ……とても愛しい人の声。 この声を聞いただけでも、幸せになる。 この声が踏み止まらせてくれた。私を繋ぎ止めてくれた。 でも、足りない。この程度の幸せじゃ満足できないぐらいになってしまったから……。 お弁当を食べて欲しい。抱きしめて欲しい。キスだってして欲しい。 『芳乃様! しっかりして下さい!』 不意に、身体の痛みが楽になる。 見上げると、光の粒が雪みたいに降ってきた……。 その粒に触れる度、みんなの声が私の中に響き渡る。 『芳乃、諦めるな! 今、安晴が祝詞をあげておる! 決して諦めるではない!』 ああ……うん。やっぱり勝手に諦めるなんてダメ。それは、みんなを傷つけてしまうから。 そして最後に聞こえてきた、聞きなれた声。 『芳乃……帰ってきてくれ。もう少しじゃないか……自由になるまでもう少しなんだ』 お父さん……。 『お前には、伝えなければいけないことがあるんだ。秋穂と約束をしたんだ』 「(お母さんとの……約束?)」 『頼むから、帰ってきてくれ。ちゃんと秋穂の言葉を、聞いてくれ』 そうして触れる新たな光の粒は……他に比べて、一回り大きいもので……。 それは声だけではなく、私の目の前すら塗り替えてしまうほど、大きな思い。 「また……あの子の前で、泣いちゃった……」 「母親なのに、あの子を苦しめ、追い込んでばかりで……弱いなぁ、私は」 「でも、あの子は私と違って強い。きっとアナタに似たのね」 「……秋穂」 「本当なら、あの子には自由に生きて欲しかった」 「そのための道を、私が作ってあげるつもりだったのに……」 「すまない」 「どうしてあなたが謝るの? そんな必要ないのに……」 「力になることができなかったからね」 「それは、あなたの責任じゃないじゃない。だから謝らないで」 「きっと……」 「きっと芳乃も、そんな風に思っているんじゃないかな?」 「……わかってる」 「今のままじゃダメ。強くならなきゃって思ってはいるの。でも……」 「私はもう、長くない……」 「そんなっ」 「自分でわかる」 「………」 「あの子に呪いを残してしまう事が悔しい。それに……」 「祟り神の危険にあの子を晒して、先に死んでしまうことが悔しいの……」 「なにより私は、いい母親になれなかった……」 「そんなことはない。君はいい母親だよ」 「ううん、ダメよ。だって……私はあの子を信じることができなかった」 「ずっと怖かったわ……。『どうして自分を産んだのか?』って問い詰められることが」 「『呪いがあるような家に生まれて来たくなかった』って責められることが」 「でも……芳乃はそんなこと言ったりしなかった」 「いつも私に明るい笑顔を見せてくれる。私はあの子の笑顔が嬉しくて……つい、涙を流しちゃって……」 「むしろ私が気を遣わせてるぐらい。本当にダメな母親なの、私」 「芳乃は、君のことが大好きだよ」 「わかってる、あの子の気持ちは痛いぐらいに。私だって大好きよ」 「あの子の笑顔が眩しくて、それを曇らせてる自分が悔しくて……」 「だからアナタに、伝言をお願いしたいの」 「自分で言えばいいじゃないか」 「ダメよ。私は自分でも嫌になるぐらい弱いから。また泣いちゃうと思う」 「そしたらきっと、私の言葉はあの子の心には届かない。涙の言い訳だと思われるわ」 「……はぁ……。とりあえず、内容を聞くよ」 「あの子がもう少し大きくなって……もし好きな人が出来た時、私のせいで苦しんでいるとしたら伝えて欲しい」 「そんなに怖がらないで、って」 「泣いたのは私が弱かっただけから。私は、芳乃が笑ってくれるのが本当に嬉しかった。嬉しすぎて、泣いちゃうぐらいに」 「好きな人と一緒にいられる幸せを知って欲しいの。それはとても、素敵なことだって感じて欲しい」 「私はそれを、安晴さんに……そして芳乃に教えてもらったわ」 「生まれてきてくれてありがとう。私に幸せを教えてくれてありがとう。私は誰よりも幸せになれた」 「だから今度は芳乃が幸せになって。私よりも、世界で一番幸せになってね……って」 「………」 「やっぱりそれは、自分の口で伝えるべきだよ」 「……わかった。あの子の笑顔を真っ直ぐに受け止められる日がきたら……ちゃんと自分で言うわ」 「うん。そうしてくれ」 「本当はもっと、母親らしいことをしてあげたかったな」 「一緒にお料理したり、好きな男の子の事を話したり、孫の顔も見たかった」 「………。どうしてもう諦めてるんだ? まだ、時間はあるじゃないか」 「その間に、呪いを解けばいい。そうすれば、何の問題もない」 「……そうね。ごめんなさい、変なこと言って」 「呪いを解いて、もっとちゃんとした母親になって、あの子と一緒に過ごす。ちゃんと笑顔で、あの子の側にいる」 「それで……アナタに一つ、お願いがあるの」 「僕に? なんだろう?」 「私、芳乃の弟を……産みたいの」 「………」 「あははは、それはいい夢だと思うよ、うん。そうなると僕も頑張らないといけないね」 「そう、だから頑張って」 「わかったよ」 「私、アナタと一緒になれてよかった。芳乃を産んでよかった」 「幸せよ。今も本当に幸せよ。愛してる」 そうして穏やかに笑うお母さん。それは決して、無理して作られた物ではなくて……。 こんな笑顔……私の前では見せたことがなかったのに。 始めから、そう言ってくれればよかったのに。 「私たち、本当は似た物親子だったんですね」 お父さんの優しい記憶と、お母さんの温かい気持ちが、私の身体を包み込む。 そしていくつもの思いの光の粒は集まり、一つの形を作っていく。 これは―― 「叢雨丸……」 みんなの思いが、私に力をくれる。 「終わらせてやる。許さない、俺は許さない――」 目の前の怨念も、憎しみの言葉を漏らしているけど……そこに力はない。 「あなたには付き合えない。私は、生きる。幸せになるために」 私はその叢雨丸を握り、呪詛に向かって力強く振るう。 「いやあぁぁぁぁ……ッ!」 「―――………」 真っ二つに斬り裂かれた呪詛が、溶けるように静かに霧散していった。 さっきみたいに、突然復活するかもしれない。 そう思って念のために、注意深く辺りを観察してみる。 でも、特に何かが起こりそうな、不穏な気配はしない。 むしろ……静かで穏やかな安らぎを感じる。 まるで、誰かに抱きしめられているみたい……。 「もう……大丈夫なのかな……?」 「幸せになってね、芳乃」 謝罪や泣き声ではない、こんなに優しく落ち着いた声を聞いたのはいつ以来だろうか? 「――お母さん……?」 自分の中で何かが音を立てた。まるで止まっていた時計が動き出した、そんな奇妙な感覚。 同時に、意識がゆっくりと浮上していく。 「私の幸せな毎日を超えるぐらい、幸せになってね」 「待って! 私ずっと誤解してた、お母さんを傷つけてるって――」 だが、意識の昇華は止まらない。白く温かい世界から引き剥がされていく。 「好きな人が出来たの! とても大好きで、一緒にいるだけで幸せを感じるぐらいで――」 「でも、まだ足りない。もっともっと幸せを感じたいから……。私、お母さんに負けないぐらい幸せになるから!」 「―――」 最後は白い世界に混ざってしまい、聞き取ることはできなかった。 でも気のせいでなければ、お母さんの声は笑っていた。 「朝武さん!」 「……んぅ……私……」 「無理しないで」 「平気です。眩暈もしませんし、熱もすっかり治まりましたから……」 「よかった……目を覚ましてくれてよかった、本当によかった」 「心配をかけて、ごめんなさい。私は……確か、呪詛に……」 「安心しろ。呪詛は消えた。芳乃が勝ったのだ」 「……違います。私、もう少しで諦めてしまうところでした。でも……好きな人への気持ちが、私を繋ぎとめてくれました」 「それに、みんなの声が聞こえてきましたから。有地さんも、茉子も、ムラサメ様も、お父さんも」 「あと、叢雨丸も助けてくれた。力を貸してくれたんだ」 「本当に、ありがとう……」 「叢雨丸が……そっか……」 実感がないせいか、どこかぼんやりとした様子で、朝武さんは呟いた。 そして……ゆっくりと、視線を安晴さんに向ける。 「お父さん……自分でもよくわからないけど……お母さんの夢、みたいなものを見たの」 「え?」 「私に伝えなきゃいけないって、多分それだと思う」 「私、お母さんの事をずっと勘違いしてた。私の未来に嘆いてるんだと思ってた」 「でもそうじゃなかった。お母さんは……嬉しかったんだ」 「……そうだよ。秋穂にとって、芳乃はとても大切な存在だ。もちろん僕にもね」 「嘆く気持ちが全くなかったとは思わない。巫女姫としての苦労は、秋穂が一番知っているだろうから」 「でもね、芳乃が生まれてきてくれたことを、すくすくと育ってくれていることを、一番喜んでいたのも秋穂だよ」 「私、ずっと誤解してた。お母さんを誤解したままで……」 「私は、幸せになります。ちゃんと幸せになりますから」 「芳乃……」 「期待しているよ」 「有地さん」 「え? あ、はい……?」 親子の会話を黙って見守っていたところに、突然呼ばれる俺の名前。 「……愛しています。幸せに、なりましょうね」 まるで結婚の挨拶のようだ。 でもそこに、彼女の明確な意思を感じた俺は、自然と姿勢を正す。そして―― 「俺も愛してる。2人で幸せを作っていこう」 戸惑いながらも、恥ずかしがることなくその言葉を口にする。 朝武さんは微笑み、小さく嬉しそうに頷いた。 よかった。本当によかった……。 彼女が呪詛を受け、意識を失っている間に何があったのかはわからない。 でも、色んな物から解放されたんだということだけは、その笑顔でハッキリとわかった。 「うーむ……こういう時、親としてはどう反応したものか」 「そういう事は2人きりで、と怒るべきか、見て見ぬふりをするべきか」 「それはもう、見て見ぬふりに決まっていますよ」 「そうじゃな。愛し合う2人の邪魔をするなど言語道断」 「ということでお2人とも、外野のことは気にせずにどうぞどうぞ」 「できるかぁ!」 「ははは、何はともあれ本当によかった。はぁ……安心したら、なんだかお腹が空いてきたよ」 「あ、では何か夜食をお作り致します」 「そうだ。プリンがあるんですよ」 「プリン?」 「甘い物が苦手でなければ、どうですか? 俺が作ったんですけどね」 「それは興味があるね。じゃあ、お言葉に甘えようかな」 「常陸さんの分もあるから、もしよければ」 「本当ですか? 夜にお菓子なんて太っちゃいそうですけど……」 「今日は特別ですよね。頂戴します」 「……ぷりん……いいのぅ」 「一応、ムラサメちゃんの分も作ってるから……まあ、何か食べる方法がないか、色々探そう」 「なにかいい方法が見つかるといいんじゃがなぁ……」 「さあ、帰ってお祝いのプリンにしようか」 「はい!」 俺が手を差し出すと、彼女は躊躇うことなくその手をギュッと握りしめた。 昨日は大変な一日だった。 常陸さんが学院で犬になった挙句、人に戻るところをレナさんに見られたり。 そして……代役とはいえデートをするということで、ほんの少し俺と常陸さんの関係が変わった日。 昨日の夜から、常陸さんとまともに話せていない。 目を合わせればお互いに頬を染めて俯き、言葉が頭に浮かんでこないのだ。 「俺……今まで常陸さんと、一体どんな会話をしてたんだっけ……?」 「でーとをせねばならんのに、今さら何を言っておるのだ、ご主人」 「こんな調子で大丈夫かのう……?」 「一番不安なのは自分だよ」 「本当に大丈夫かな……俺……?」 「頼むぞ、ご主人。いくら代役とはいえ、思い人の雰囲気でないと意味がないのだから」 「ああ。わかってる」 そうだ。今日は俺が楽しむためじゃない。 常陸さんの状況を解決するためのもの。 ちゃんとデートをして楽しんでもらわないといけないんだっ。 「それじゃあ、私は学院に行ってくるから」 「申し訳ありません。一緒に行くことができず……」 「ううん。また犬になったら大変だから」 「茉子がこうなっておる間は、吾輩が芳乃についておるから安心せよ」 「よろしくお願い致します、ムラサメ様」 「私のことは気にしないで大丈夫だから。茉子はデートに専念して!」 「は、はあ……が、頑張ってみます」 「ご主人もだぞ。ちゃんと茉子を遇するのだぞ」 「お、おうっ。ちゃんとやるさ……っ」 『………』 「2人ともいまいち頼りない……少し不安ですね」 「確かにな」 「こういうもどかしい雰囲気も、初デートってことなら普通だと僕は思うけどね」 「……お父さんの言うことにも、一理あるかも」 「どの道デートについて行くことはできないんだから」 「どんな雰囲気を作るかは周りが口を挟まない方がいい。2人に任せるしかないよ」 「有地さん、茉子をよろしくお願いしますね」 「でもまさか、こんなことになるとは……本当に常陸さんには迷惑をかけて、申し訳ない」 「いえ、そんな。これは安晴様の責任ではありません」 「それよりも、そろそろ神社に戻られる時間ではありませんか?」 「ああ、そうだね」 「それでは私たちも向かいましょうか、ムラサメ様」 「うむ」 とムラサメちゃんが頷いたとき、家のチャイムが鳴り響いた。 「あれ? こんな朝早くに誰だろう?」 「おはようございますです!」 「おはようございます、レナさん」 「おはようございます……どうしたんですか、こんな時間から」 「マコのことが気になりまして、様子を見に来ました」 「それと昨日はご心配をおかけしましたので。元気なお知らせと、お迎えに上がりました」 「そうでしたか……こんな早朝から、ありがとうございます」 「昨日休んだ分、今日は午後から旅館のお仕事を頑張らねばなりませんので!」 「ですが、申し訳ありません。本日は学院をお休みすることになりまして」 「なんと!? それは、やはり例の子犬の一件でありますか?」 「はい。いつまた変身してしまうかわかりませんから」 「しばらくは休むことになるかもしれません」 「だから制服ではないのですね……」 「マサオミも制服ではありませんが、もしやマサオミもお休みですか?」 「もし何かあった時、常陸さん1人じゃ大変だろうから」 「それで……昨日のレナさんのアイディアを実行してみることにしたんだ」 「わたしのアイディアとは、もしや代役の話ですか?」 「そういうことに、なってしまいました……」 「実際にそれで獣が満足するかはわからぬが、試してみる価値はあると思ってな」 「わたしでもお役に立てたなら大変嬉しいです」 「では、マコがデートしている間、ヨシノのサポートはわたしに任せて下さい」 「ありがとうございます。よろしくお願い致します」 「………。なんだか私、小さい子供みたいに思われてない?」 「そのようなことはありませんよ」 「まあいいけど」 「それじゃあ、ムラサメ様、レナさん、行きましょうか」 「はい。ではお2人ともいってきます。デートをお楽しみくださいませ~」 「ご主人、茉子、ではまた後でな」 「いってらっしゃいませ」 「いってらっしゃい」 「今日はムラサメちゃんも学院に行くのですか?」 「うむ、ご主人と茉子の代わりだ」 「では一緒にお勉強でありますね。ムラサメちゃんとお勉強だなんて、楽しみです」 「それはよいが……間違っても人目のあるところで吾輩に話しかけるでないぞ?」 「ムラサメ様は、普通の人には見えませんからね」 「そうでありました! 気を付けますので!」 「………」 「………」 みんなは家から出たらしい。 話し声も聞こえなくなり、リビングはしんと静まり返った。 「(な、なにか……何か話さないといけないんだろうけど、やっぱり緊張して何も思いつかないっ)」 「……ぁ……ぇ……ぅ……」 困っているのは俺だけではないらしく、常陸さんの目が激しく泳いでいた。 「そ、それで……常陸さん」 「はっははい! 何でしょうか……?」 「今日の事なんだけど、ど、どうしようか? すぐに……出発する?」 「いえ、それは……」 「今出てしまうと、学院の人に見つかってしまうかもしれませんから」 「ああ、そっか。そりゃそうだ」 こんな時間じゃ、空いている店も少ない それに事情はどうあれ、周りからすれば俺たちは、学院を休んでデートをするんだ。 流石にそんな話が広まるのはマズイな……。あれ? 「でもコレって、普通にばれるんじゃないの?」 「え?」 「常陸さんは子供の頃からずっとここで育ってるんだ」 「それに、俺のことだって知ってる人は知ってるから」 「あっ……確かにそうかもしれません」 広くもない穂織の町を平日の昼間から歩いてたら、普通にサボってることがバレる。 まあ、バレたからと言って補導されたりはしないだろうけど。 休日は休日でクラスの誰かに見られる可能性が高い。 でも平日は平日で周りに人が少ない分、俺たちの存在に気付く人もいるだろう。 「目立つのはマズイよね」 「そうですね。学院に連絡がいったりすると、後々面倒があるかもしれません」 かといって、穂織の外に行くのも危険だ。 なんせ常陸さんがこの状況だからなぁ。 「やっぱりデートは取りやめにしましょうか!?」 「ここまで来てさすがにそれは……。あとでムラサメちゃんや朝武さんに、色々言われそうだしさ」 「で、ですよねぇ……」 「………」 「あの、常陸さん。無理せず、正直に教えて欲しいんだけど」 「あ、はい。なんでしょう?」 「俺とデートというか……2人で出かけるのって、あんまり気が進まない?」 「え? あっ、け、決してそんなつもりで言ったわけではないんです」 「ただ、あの……ちょっぴり怖くて、尻ごみをしてしまっているんです」 「決して有地さんのことが嫌いと言うわけではありません。誤解を与えてしまったのなら謝ります」 「嫌々ながらも無理をして、ってことじゃないならいいんだ」 「それはもちろん。むしろ嫌々ではなかったりする辺りが一番困るところなんですが……」 「そ、そう? それなら、いいんだけど……」 「すみません、心配をおかけするようなことばかり」 「そうですね……決めたことに今さら文句を言っても始まりません。こういうのは、意識をするからダメなんです」 「ワタシ、覚悟を決めました」 なんか……自分の中で結論が出たらしい。 常陸さんは視線を泳がせるのを止めて、背筋を伸ばして俺と向き合う。 「デートします。よろしくお願いします、有地さん」 「こっ、こちらこそよろしくお願い致します」 とはいえ外を歩く以上、誰にも見つからないというわけにはいかない。 結局俺たちは、昼過ぎからデートを始めることにした。 色々と歩き回ったりするのではなく、そのまままずは田心屋に移動。 学院の午後の授業が終わる時間まで、店内で恋人の時間を過ごす。 学院さえ終わってしまえば、不自然さもなくなるはず、という判断だ。 はぁ……落ち着かない。 気付いたら俺は、なんとなく拭き掃除をしていた。 「デート……デートかぁ」 代役とはいえデート。 以前の買い物デートではなく、恋人としてのデート。 緊張しっぱなしで落ち着かない俺は、同じところを何度も拭いたり、普段は気にしてない床の間の飾りを綺麗にしたりしていた。 「………」 「有地さん」 「はっ、はいっ!?」 「あ、掃除の途中でしたか?」 「いや。これを拭くのは二度目だから。実はもう終わってるよ」 「そうですか。でっ、では……もう出発できるんですね」 「うん、大丈夫。常陸さんも、もう出れる?」 「はい。準備はできています」 「そっか……」 「それじゃあ、出発する?」 「はっ、はい。そうですね」 なんてことはない、ただのやり取り。 学院に行くときだって、同じようなことを言ったことがある。 でも、今はそれだけじゃなかった。 これから2人で過ごす時間に、胸が複雑に高鳴る。 ドキドキとした緊張、不安……と同時に、昂揚感とでもいうのだろうか? 間違いなく気持ちが高ぶっている。 「じゃあ、デートに行きょうか!?」 「ひぁっ、ひゃい……っ!」 お互いに声を裏返しながら、俺たちは家を出た。 「………」 「………」 並んで歩く俺たちは、ひたすら無言だった。 うぅ……やっぱり、何を話していいのかわからない。 それにどうしても……周りの目が気になってしまう。 「か、観光客はいるけど、平日はやっぱり人が少ないね」 「お昼ももう終わる時間ですからね。もう少し前なら、お昼を食べる人もいたと思うんですが……」 「そっか」 「………」 「………」 「と、とりあえず、芦花姉の店に急ごうか」 「はいっ、そうですね」 まばらながらも歩く観光客に紛れるようにして、俺たちは田心屋へ急いだ。 「いらっしゃいませー」 明るい声で迎えられた店内には、幸いなことにお客がいなかった。 はぁ……やっと少し落ち着いた。 「あれ? まー坊と常陸さん? どうしたのこんな時間から」 「色々と事情があって」 「事情ねぇ……まー坊が適当にサボるとは思ってないし、常陸さんも一緒ならそれなりの理由があるんだろうけど」 「事と次第によっては、玄十郎さんに報告するよ?」 「まあまあ。とにかく奥の席使っていい?」 「それは構わないけど」 俺たちは、一番目立ちにくい店の奥に向かう。 って言っても、そこまで違いはないかもしれないけど。 「それで? こんな時間に、うろちょろしてるのはなんでかな?」 「それが……細かい事までは話せないけど」 「玄十郎さんに電話した方がいい?」 「祖父ちゃんにはちゃんと伝えてある。許しも得てるよ」 これは本当の事だ。 祖父ちゃんには今日の事、デートの事、学院をサボる事を伝えてある。 とはいえ、芦花姉には呪いに関する事は言えないからなぁ。 「言える範囲で答えると、俺と常陸さんは今日、デートを……することになったんだ」 「デート……!? まー坊と常陸さんが!?」 「えー、なんでなんで~? もしかして2人って、付き合い始めたの~?」 「いきなりテンション高っ。しかもうっざ」 「だってデートだよ、デート! 気にならないはずがないじゃな~い」 「というか……さっきの話は嘘でしょ?」 「嘘って?」 「玄十郎さんに許可をもらってるって話。デートでサボりなんて許すわけないよ」 「いや、本当。包み隠さず伝えてる。ブラフじゃなく、確認してもいいよ」 「ほぉ~う、自信満々。これは本当みたいだね」 「下手な言い訳に聞こえるとは思いますが……恋人同士の気持ちを理解する必要がありまして」 「それで……デートをしてるの?」 「じゃあ2人は別に、付き合ってるわけじゃないんだ?」 「はい。有地さんには一時的に代役をお願いしていまして」 「まー坊が恋人役か……じゃあ、しっかりリードしなきゃね」 「………」 努力はしてる、つもりなんだけどな。 それが実っている様子は……まだない。 「さてと。それではお仕事お仕事~、コホン」 「いらっしゃいませ、お客様。ご注文は如何なさいますか?」 「和紅茶」 「ワタシは……抹茶をいただけますか」 「………」 俺たちの注文を聞いた芦花姉が、一瞬眉をしかめた。 「芦花姉? どうかした?」 「いえ、失礼致しました」 「すぐにお持ちいたしますので、少々お待ち下さい」 「よろしくお願いします」 すっと下がっていく芦花姉。 そして再び、俺と常陸さんは2人っきり。 やはり……会話に困る。 空気が重い、雰囲気が悪い、というわけではないのだが……何をどう切り出せばいいのか。 何か思いついては、この話題は失礼にならないだろうか? と悩んで、結局黙り込んでしまう。 無言の中、そんな考えを繰り返した俺が、ようやく出した話題は―― 「きょ、今日はいい天気だね」 「は、はい、本当にいい天気ですね。洗濯物がよく乾きそうです」 「………」 「………」 「きゅ、休日は何をされてるんですか?」 「大体は家事で一日が終わりますね」 「………」 「………」 「す、好きな食べ物は――」 「お見合いかーーーーっ!」 「なっなんだよ芦花姉!? 急にどうした?」 「口をはさむのはどうかと思ってたけど、2人があんまり過ぎるから! もう見てられない!」 「まー坊、理由は知らないけどデートしなきゃいけないんでしょ?」 「そうだよ」 「なのにお見合いをしてどうするの! お見合いとデートは違うんだよ?」 「……確かに」 「常陸さんも!」 「は、はいっ!?」 「デートならもっとデートらしい注文があると思うな」 「例えばパフェやわらび餅を一緒に注文して『あーん』をするとか、恋人らしいイベントが」 「――ッ!? 確かにマンガでよくそういうことをしてますね!」 「ワタシとしたことがっ、失念しておりました……っ。で、ではわらび餅をお願いします」 「ご注文は承りましたが、他にも言いたいことはあります」 「恋人なら正面じゃなくて隣に座るとか」 「……2人でそれは不自然じゃない?」 「はぁぁぁ……わかってない、わかってなさ過ぎるよ、まー坊」 「不自然なことをするからこそ胸がドキドキする。それを楽しむのが、恋人ってものなんだよ」 「―――っ!」 目から鱗が落ちた……。 そりゃそうだ、友達同士とは一線を画した存在が恋人なんだから。 俺の常識に照らし合わせれば、不自然な状態になってこそ普通だ。 「芦花姉……大人なんだな……」 「まあ……正直に打ち明けると、マンガで読んだことあるだけなんだけどね」 「芦花姉……耳年増なんだな……」 「ん~? まー坊は口を縫い付けて欲しいのかな~?」 「いえ、そのようなことは決して!」 「ぐすん……どうせ、いい歳して処女ですよ。マンガを読んで想像してるだけの干物女ですよ」 「それは違うよ。芦花姉は、決して干物女なんかじゃない」 「まー坊……」 「干物女は『ぴちぴちの恋愛の時期を経て、干物のように枯れ果てる』ものだから」 「そもそもそういう経験のない芦花姉は干物女とは全然違――いはははっ!」 「慰めるふりして追い打ちをかけるのはこの口かっ、この口かぁ!」 「ゴメンって! 本気で言ってるわけじゃないから。芦花姉、まだ若くてぴちぴちなんだから干物じゃないって」 「本当、まー坊は生意気になったもんだね」 「デートもロクにできやしないくせにっ」 「ぐっ……そこを突かれると、反論できないんだけどね」 「まあ……本当はアタシも人に偉そうなこと言える立場じゃないんだけど」 「………」 「ん? どうかした?」 「あ、いえ。なんだか有地さんの雰囲気が違うなーと思いまして」 「そう? まあ、芦花姉とは子供の頃からの知り合いだから」 「頻繁に顔を合わせてたわけじゃないけど、幼馴染……って言えるのかも」 「幼馴染……」 「まー坊、ダメだよ、デート中に他の女の子とイチャイチャしてちゃ」 「絡んできたのは芦花姉の方だろ?」 「なんのことでしょう、お客様?」 「コホン。とにかくデートっていうのは、もっとドキドキしてこそ」 「という事で常陸さん。ちょっと行こうか」 「え? い、行くとは……どこに?」 「さっきも言ったでしょう? 恋人同士っていうのは、ちょっと不自然なぐらいでちょうどいいの」 「逆に言うと、いつも通りじゃダメなんだよ」 「はあ……何となくわかりますが、どうすればいいのかワタシにはわからなくて……」 「そのための準備をしに行くんだよ」 「あっ、まー坊はここを動いちゃダメ。ジッとしてること。いい?」 「え? いや、それはっ」 「………。有地さん、ここは馬庭さんに従ってみましょう」 「このままでは、デートとは呼べない気がします」 「けど、もしまた犬になったら……」 「その時は……事情を正直に説明するしかありません。馬庭さんでしたら、大丈夫ですよ」 「常陸さんが大丈夫なら。芦花姉のことは俺も信用できると思ってるから」 まあ、芦花姉ならちゃんと秘密を守ってくれるだろう……。 常陸さんを変な目で見たりもしないはずだ。 芦花姉はそういう人ではない。 それに……俺たちにはデートをする必要があるんだ。 「……わかった。念のために、お湯は常陸さんに渡しておくよ」 「はい。ありがとうございます」 「じゃあ、芦花姉に任せる」 「まーかせて! 多分……30分ぐらいかな? それまでまー坊は、ここで大人しくしておいてね」 「わかった」 「行こっか、常陸さん」 「は、はい……よろしくお願いします」 不安を抱きつつも、口には出さず、俺はそのまま常陸さんを見送った。 「でも……一体、何をするんだろう?」 「あの……それで、具体的に何をするんでしょうか?」 「大丈夫、大丈夫。お姉さんにまーかせて」 「常陸さんは元が可愛いから、何を着てもきっと似合うよ」 「え? え? あ、あの!?」 「さー、脱ぎ脱ぎしましょうかー?」 「えっ、あっ、なにを……ッ!? ど、どういうことですか……ッ!?」 「………」 もうそろそろ30分経つ。 まあアレは目途だろうから、きっちり30分後という事もないだろうが……。 「はぁ……心配だ。本当に大丈夫かな、常陸さん」 2人が消えた奥の暖簾を睨みつけながら、俺は日本茶に口をつけ―― 「そうか……さっき飲み干したんだった」 「すみませーん。抹茶もらえますかー?」 「畏まりました。カップ、お下げ致します」 すでにこれで3杯目だ。 お腹がちょっとタプタプになりつつあるけど、何か飲んでいないと落ち着かない。 「お待たせいたしました。抹茶でございます」 「ありがとう」 「ずずず……」 そうして抹茶に口をつけた時、ようやく芦花姉が奥から戻ってきた。 「お待たせお待たせー。ようやく終わったよ、ふぅー」 「終わったって……常陸さんはどうしたの?」 「どうしたって……え? あれ? なんでいないの!?」 慌てて奥に戻る芦花姉。 「常陸さん何してるの」 「だ、だって、こんな恥ずかしい格好っ」 「何言ってるの、いつもは生足をあんなにさらけ出しておいて」 「アタシからすれば、むしろアッチの方がずっと恥ずかしいよ」 「確かに、足の露出はそうかもしれませんがっ」 「大丈夫だから自信を持って。ほら行っておいでってば」 「え? あっ、きゃ――」 背中を勢いよく押されたのだろう。 つんのめるようにして、常陸さんが暖簾の奥から飛び出てきた。 しかも、先ほどまでとは違う服装で。 「………」 いつもの動きやすそうな和装の上着とショートパンツではない。 まるで、外の街のような白いシャツにネクタイとベスト。 足元はスカートにニーソックス、それとソックスベルト。 普段の常陸さんとは違う雰囲気。 服装が違うだけで、こんなにも違うものなんだろうか……? 「あっ、そっか、髪も……」 「………」 サイドをお団子にまとめて、髪型が違うから……こんなにも違って見えるんだ……。 「(服装と、髪が違うだけなのに……)」 こんなにいくつも、新しい魅力を見せつけられるなんて……女の子って凄い。 「そんなにジロジロ見ないで下さい……っ」 顔を真っ赤にして、もじもじと身体を捻る常陸さん。 その手はスカートのすそをギュッと掴んで必死に引っ張り、必死で足を隠そうとしていた。 「き、着替えたんだ?」 「馬庭さんが……デートならオシャレをするものだと」 「なるほど」 確かに、普段とは違う常陸さんを見ただけで、俺の胸がドキドキしている。 「で、でもスカートなんて……」 そんな俺の視線を受ける常陸さんは、身体をもじもじさせている。 「そんなに恥ずかしい? 制服もスカートだよね? 今はニーソだって穿いてるのに……」 「制服の時は、スパッツを穿いていますから気になりませんが」 「こう……スースーすると言いますか、不安定な気がして……下着、見えたりしていませんか?」 「流石に下着が見えるなんてことはないけど……」 「けど!? ほ、他に何か問題がありますか!?」 「すっごい似合ってる」 「………」 「いつもと雰囲気が違ってるのに全然変じゃなくて、とっても可愛い」 「そ、そうですね。確かに、この服は可愛いですよね」 「俺が言ってるのは服じゃなくて、それを着ている常陸さんの事だよ」 「うん、やっぱり常陸さんは可愛い」 「~~~……ッ」 より常陸さんの顔が赤くなって、スカートを掴む指に力が入る。 「あ、あんまり辱めないで下さい……」 「辱めてるつもりなんて、全然ないんだけど」 「よく似合ってる、そういう格好も凄く魅力的だと思うよ。お世辞じゃなくて――」 ……って、あれ? こういう会話、以前にもしたことあるような……? 「~~~ッッ」 顔を真っ赤にした常陸さんの気配がその場から消える。 そして、ゴトンと丸太が落ちて……。 「ふっふっふ。それは残像です。ワタシの残像を相手に褒め散らかして――」 「それはもういいよ!」 「いいから早く戻ってきて。このままじゃデートできないから」 「……すみません……どうしても、そう言ったお世辞は苦手で」 「だからお世辞じゃないって、何度も――」 このやり取りを続けると、最後にはクナイが飛んできそうだな。 「折角着替えたんだからさ、せめてこれぐらいは言わせてよ」 「よく似合ってる。可愛いよ」 「~~~………ッッッ」 「あ、ありがとうございます」 「いや、本当のことだから……はは」 こ、こういうのって口にするだけでも結構照れるな! 「……ジー……」 「ろ、芦花姉……」 「ナイスまー坊。うんうん、いいね。こういうのが青春。お見合いじゃないデートだよ」 「さて、それじゃあデートの続き。ほら、座って座って」 「う、うん」 「それで、常陸さんは横に」 「でっ、でも、あの……」 「ほーら。デートなんだから」 「ぅっ……デート……」 「では、あの……失礼します、有地さん」 「は、はい、どうぞ」 俺の隣に腰を下ろす常陸さん。 正面が空いてるのに、こんな座り方するのは……恋人の他にはいないだろうな。 「それではお客様。わらび餅をお持ち致します。少々お待ち下さい」 そう言って、店員モードに切り替えた芦花姉は、再び暖簾の奥に引っ込んでいった。 「スカート……」 「えっ!?」 「スカート、そんなに落ち着かない? さっきからもぞもぞしてるけど」 「どうにも穿き慣れていないので。下着が見えてないか不安で、すーすーして、ふわふわする感覚がどうにも……」 「それに……足が太いですから。こんな足を世間に晒して、お目汚しさせてしまうなんて」 常陸さんの足、魅力的だと思うけどなぁ。 「一つ質問」 「は、はい。何でしょうか?」 「お祓いのときに着てた忍者の衣装の方が過激だと思うんだけど……アレはいいの?」 「……言われてみると確かに」 あの服の方がよっぽど不安定のような気が……というか、あの服の下は一体どうなっていたんだろう? 「お務めということで意識が切り替わるんだと思います。有地さんが来るまでは芳乃様と2人きりでしたから」 「先祖代々の服ですし、下着を見せている意識もなくて……あれも正装の一部という感覚なんです」 「過激とか、恥ずかしいとか、そういうことは意識したことがなくて……」 「でも今は、デートのためのオシャレですから」 「こうなるとアレだ、俺がいつも通りの服なのが申し訳ない」 「そんなことはありません。だってほら、ワタシの格好は街風じゃないですか」 「今の有地さんの服に合わせて、選んでもらったものなんです」 「そっか……俺のためって言われると、なんか嬉しいな」 「代役って言うのはわかってるんだけどさ」 「あのっ、ワ、ワタシも……さっきは変わり身で逃げたり、失礼なことをしましたが……」 「褒めてもらえて、嬉しかったです。ありがとうございます」 「うん、いつもの服もいいけど、そういう雰囲気もいいと思うよ」 「大人っぽくてドキッとした、本当に素敵だと思う。いつにも増して女の子っぽい。なんかいつもよりドキドキする」 「な、なななな――」 「もっ、もう! もうもう! 有地さん、そうやっていつも、おだて死にさせようとして!」 「そんなにワタシを辱めて楽しいんですか!」 「落ち着いて。楽しいか楽しくないかで言えばちょっと楽しいけど落ち着いて」 「有地さん……ッ!」 でも辱めるというより、常陸さんが可愛くて、つい言葉が漏れてしまうだけだけど。 そんな俺の言葉に、常陸さんは悔しそうに歯を食いしばっていた。 「ふふ……あはは」 「何がおかしいんですか……?」 「ようやく普通に喋られるようになったと思って」 「あっ……あは、そうですね。ようやく、ちゃんと喋ることができた気がします」 「それに、こうして横に並ぶのも懐かしいと思って」 「そう言えば……鮎の串焼きを一緒に食べた時にも」 「他にも一緒に買い物に行ったりもして……アレも一応、デートなんだっけ?」 「そうですよ、ワタシの初めてのデートです」 「あは、よく考えるとワタシたちはもうすでに、デートをしちゃっていたんですね」 そうして俺たちが笑い合ったタイミングを見計らったように、芦花姉が小皿を持ってきた。 「お待たせいたしました。わらび餅になります。ごゆっくりどうぞ」 「あれ? このわらび餅、黒い……?」 「あ、すごい。これちゃんとわらび粉で作ってあるんですね」 「わらび粉?」 「ワラビの根から採れるデンプンのことです。よく見かけるわらび餅はタピオカやジャガイモのデンプンなんです」 「じゃあ、珍しいんだ?」 「手に入らないことはありませんが、高級食材なんですよ、わらび粉」 そう言えば芦花姉が以前に『原価を無視して作る』って言ってたっけ。 値段を確認してみると……800円か。 それなりの値段だけど、常陸さんが驚くほどなんだ。 それに見合った価値があるんだろう。芦花姉も本当に大変そうだな。 「いただきます」 「んっ、美味しい……瑞々しくて、滑らかで……しかも出来立て。これがわらび粉で作ったわらび餅ですか」 「きな粉もよくあっていて、とっても美味しい……もしかしてこのきな粉、わらび餅に合わせた自家製かも」 「よくわかるね」 「やっぱり市販の物とは全然違いますから。それに、まだ温かいですから」 「え? わらび餅ってそんなにすぐにできるの?」 「そこまで大変な物ではありません。下拵えを済ませておけば……おそらく20分もあれば」 「へぇー……」 「でも……普通に作るだけで、こんなにも違うのかな? 何か特別なレシピがあるのかも……教えて欲しいですねぇ」 「上品な甘さ……お砂糖は何を使ってるんだろ? やっぱり和三盆かな……?」 「………」 「あっ……すみません。ワタシったら1人で興奮してしまって」 「呆れてたわけじゃないよ。常陸さんが楽しそうだと思って」 「レシピや材料を気にするなんて、常陸さんは料理が好きなんだね」 「んー……あんまり好き嫌いで考えたことはありませんね。アレもお務めの一つですから」 「いや、常陸さんは料理が好きだよ」 「飽きないようにレシピにアレンジを加えたり、手を抜くことなくいつも調理してる」 「それは常陸さんのお世話になって、毎日食べてる俺にはわかる」 「常陸さんの料理は、愛情が籠められていて、いつも本当に美味しいよ」 「―――」 「やっぱり、おだて死にさせるつもりです……有地さんはワタシを死なせるつもりなんですよ」 「あむっ……ん、もきゅもきゅ……」 何かを誤魔化す様に、慌ててわらび餅を口に運ぶ常陸さん。 そういう反応が、可愛らしくて楽しいんだよなぁ。 「あっ……すみません。ワタシばっかり食べてしまって。有地さんも食べて下さい」 「じゃあいただきま……あれ? 串がない」 常陸さんが手にしている一本だけだ。 「あのー、すみませーん」 ………。 「すみませーーーーん!」 ………。 ……芦花姉め。 「誰も出てきてくれませんね。なにかあったんでしょうか?」 「多分コレ、ワザとだよ」 「芦花姉はワザと俺たちを無視してる。串が一本なのも、わかってやってると思う」 「それって……やっぱり『あーん』でしょうか?」 「だと……思う」 あと間接キスも。 他に呼んでも来てくれない理由が考えられない。 「……あ~ん……か」 「………」 2人でわらび餅を見つめながら、また黙り込んでしまう。 ――かと思ったが、常陸さんは使っていた串でわらび餅を持ち上げる。 「では有地さん。は、はい、あ~ん」 「え!?」 「わらび餅なら……鮎の串焼きよりは色気がありますよね?」 い、意外と積極的な。 てっきり恥ずかしがるかと思ってたのに……。 「常陸さん……すぐ顔を赤くするのに、こういうの平気なの?」 「これぐらいは覚悟を決めていましたから。服まで着替えた以上、精一杯デートをするしかありません」 「今のワタシたちは恋人なんですよ?」 「………」 「………」 俺の顔を覗きこむ常陸さん。 ニヤニヤしてるけど……見つめ返していると、その顔がかなり赤くなってくる。 「常陸さん、無理してない?」 「多少……」 「代役だとわかってはいるんですが、この状況で口にすると……いつもとは違う感じです」 「それでも……やるの?」 「やってみませんか?」 「……人に散々言っておきながら、今度は常陸さんが俺をからかおうとしてない?」 「あは、いいじゃないですか。少しぐらい仕返しをしても」 「それとも、有地さんはそういうの気になる人ですか?」 「まあ、多少は。そういうのができないってわけじゃないけど」 「でしたら、どうぞ。美味しいですよ。あ~~ん」 「あ、あ~ん……」 おっかなびっくり開く口の中に、わらび餅が刺さった串が差し込まれる。 「あむ……ん……んんっ」 「なにこれ!? これがわらび餅!?」 母さんがスーパーで買ってくるわらび餅とは全然違う! 滑らかで、ぷるぷるしてて……初めて味わうぞ、こんなの! それにきな粉も……上品な感じで、このわらび餅によくあってる。 今まで感じていた恥ずかしさが吹き飛ぶぐらいの美味しさだ! 「食べればすぐに違いが分かりますよね?」 「うん。このわらび餅は……美味しい」 プリンも美味しかったけど、わらび餅の方が違いが如実にわかる。 「はぁ……本当に美味しいです」 わらび餅を口に運ぶ常陸さんが、幸せそうな息を漏らす。 「もう一つ如何ですか、有地さん?」 差し出される、黒いわらび餅。 こうして食べさせてもらうのは非常に恥ずかしいのだが……。 「あ~ん……」 「意外とアッサリ食べるんですね。『もう結構』と断られるかと思いましたが」 「このわらび餅には、それだけの価値があると思うから」 「確かにそうですね」 「じゃあ今度は、俺が常陸さんに食べさせてあげるよ」 「それはお断りさせていただきます。この串は、ワタシが使っている物ですから」 「あ、卑怯だ!」 「あは、ワタシをおだて死にさせようとするからですよ」 気付けば俺たちはいつものように……。 いや、いつも以上に近い距離で、自然な時間を過ごせるようになっていた。 気付けば、1時間以上が経過していた。 授業もそろそろ終わっている時間。 さすがにこれ以上長居をしても、ということで、俺たちは田心屋を後にすることになった。 「ありがとう芦花姉。あと、わらび餅が本当に美味しかった」 「お父さんに伝えておく」 「色々と有難うございました」 「こちらこそ、ご利用ありがとうございました。またいつでもいらして下さい」 「引き続きデート、頑張ってね~♪」 「………」 「まだスカートが気になる?」 「え?」 「身体をもじもじさせてるみたいだったから」 「確かにスカートも気になっているんですが、今のはむしろ身体のことで」 「……あっ」 しまった……デートを満喫し過ぎた。 そもそもこれは、獣に恋を教えるためのデートだってことを忘れていた。 「なにか気になる変化でもあった?」 「いえ、それが全然。今日はまだ一度も変身していませんから」 「こういうのも、獣の気持ちで変わるんでしょうか?」 「その可能性もあるけど、デートに満足してるからって可能性もあるんじゃないかな?」 「そうだといいんですが」 「………。ゴメン、常陸さん」 「はい? 急にどうしたんですか?」 「俺、普通に常陸さんとのデートを楽しんでた」 「代役として頑張らないといけないこと、すっかり忘れてた……」 「……それなら、いいんじゃないですか?」 「だって目的は、本物の恋人のようにデートを楽しむことです」 「代役という事を忘れるぐらいで、ちょうどいいと思いますよ」 「……まあ……言われてみると、それぐらいでちょうどいいのかも」 「それにですね、正直に言えば……お店の中にいるときは、ワタシもすっかり忘れてしまっていました」 「だから、謝られる理由はありません」 「……そっか」 「むしろ楽しいデートをして頂いて、本当にありがとうございます」 「………。いや、お礼を言うにはまだ早いよ。デートはまだ終わりじゃないんだから」 「そうでした」 「いやー……でも本当に、あのわらび餅は美味しかったな」 「以前に食べたプリンも凄く美味しかったですよね」 「材料にこだわってるって芦花姉も言ってたから」 「もしかすると、抹茶や日本茶もこだわり抜かれたものかもしれません」 「これは一度、メニューを制覇してみたいものですね」 「あ、それ面白そう。その時には、俺も一緒に連れて行って欲しいな」 「はい。その時は、また一緒に。約束ですよ?」 「うん、約束……だ」 「(……あれ? もしかしてこれって、またデートの約束ってことになるのか……?)」 「(また一緒に、甘味処に来る約束を……してしまった。これって、次のデートの約束……なのかな?)」 常陸さんも、俺と同じことを考えているのだろうか? なにか考え込むように黙ってしまった。 「(次も今日みたいに……『あーん』をするのかな……?)」 「(でも、デートの代役は今日だけ。次に来るときは……何なんだろう?)」 「(………。ワタシにも、よくわからない。でも……有地さんと一緒にいると……やっぱり楽しい……)」 「………」 「………」 「とっ、とにかく移動しよう。ここで立ち話をしてたら目立つだけだ」 「あ、はい。そうですね」 「常陸さんって、お菓子とかは作らないの?」 「白玉ぐらいなら作ることもありますが、プリンやケーキなんかは作ったことがありませんね」 「基本的な作り方ぐらいは知っていますが、オーブンがありませんから」 「プリンは茶碗蒸しの要領でも作れるよ?」 「そうなんですか?」 まあ、ケーキ用のスポンジとなるとオーブンがないと難しいだろうけど。 「常陸さんって、オーブンが欲しいと思ったことはない?」 「あんまり使い道が思いつかないんですよね」 「まあ、和食中心だと、無くてもそんなには困らないか」 特に常陸さんは、大抵の物はチャチャッと作っちゃうもんな 「でも揚げ物を温めるときとか、魚をオーブンで焼くとふっくらするとか」 「最近だとスチームオーブンレンジがあって、焼く・煮る・蒸す・揚げるを一台で出来たりするらしいよ」 「それは便利そうですね、すごい」 恋人同士の会話、というにはやや色気のない家庭的な内容かも。 それでも、こうして常陸さんと一緒にいられるだけで、俺には幸せなものだった。 そうして俺たちは、話しながらゆっくりと散策する。 授業はすでに終わっているので、クラスメイトに見つからないよう、できるだけ人目を避けての移動。 とはいえ、それにも限界がある。 町の人には見られてしまっただろう。 だが意外なことに、どうやら常陸さんの存在には気付いていないようで、声をかけられることもない。 いつも買い物をしている店のオジサンも、今日だけは声をかけてこない。 「デートだと気付いて……気を遣ってくれているんでしょうか?」 「うーん……どうだろ? 失礼な言い方だとは思うけど……」 「あの人たち、そこまで気を回したりするタイプじゃないと思うよ」 「では、もしや……わざと泳がせて、からかっているんでしょうか?」 そういうタイプとも違う気がする。 というか―― 「もしかして……本当に気付いてないんじゃないかな? 常陸さんに」 「まさか。いつも買い物してるんですよ?」 「でも、いつもとは格好が違うから」 「普通の洋服で、スカートを穿いて、髪型も変えてる」 「いつもよりも女の子っぽくて、全然印象が違って見えるからだよ、きっと」 「それって……普段がガサツという意味でしょうか?」 「全然違う。あっ、なんなら普段の可愛さを1から説明しようか?」 「いえ! それは結構ですっ、遠慮しますっ、おだて死にさせられるのはゴメンですっ」 顔を真っ赤にして、両手をワタワタと振り回す常陸さん。 そんな奇妙な動きをしていたせいか、周囲の人の視線がこちらに集まる。 その中には、気付いていなかったオジサンの視線も。 「このままだと、流石に気付かれますね」 慌てて身体を翻した常陸さん。 そのまま俺の手を握りしめ、急ぎ足で俺を引っ張って歩く。 「あっ、ちょっ、常陸さん?」 「こんな姿で、殿方と一緒に歩いているところを見られると、きっとこの先買い物する度にからかわれます」 「あー……そういうことならしてきそうだね」 「でも、よく似合ってるから普通に褒められるだけで、からかわれたりはしないかもよ?」 「その場合は、延々と褒め続けられます。どっちもお断りです」 「もう少し人の目がないところを移動しましょう」 「あ、ああ、わかった」 俺は逃げ出す常陸さんに引かれながら歩く。 繋がる手の平はプニプニと柔らかくて……でも、ところどころ硬い。 きっと、忍びの訓練をしてきたから。努力を積み重ねてきたからだろう。 キュッと握られた手の平の感触は、常陸さんの優しさと、真面目さを表しているように思えた。 人目から逃げ回るように移動し続ける俺たち。 休憩を挟みつつも、なるべく人目のないところを探し回る。 いつしかそれは、散策ではなく、誰にも見つからないように逃げ回る子供の遊びのようになっていた。 「ふぅ……さすがにここら辺なら、大丈夫ですね」 「常陸さん、凄いね。本当にほとんど見られることなく、こんなところにまで」 「よくあんな裏道、知ってたね」 「まあ、この町で生まれ育ちましたから」 「狭いから普段あまり使われていないだけで、道自体はみんな知っていますよ」 「そうなんだ?」 俺、ここ数年はこっちに来てなかったからなぁ。 もしかしたら気付かずに、あの裏路地で遊んでいた可能性もなくはない。 「人に見つからないように移動するのって、意外とスリルがあるね」 「意外と楽しかったよ。でも、ちょっと疲れた……」 「あ、申し訳ありません。ワタシ、無理矢理引っ張りまわしたりして……あっ」 そうして常陸さんは、ようやく俺の手を握りしめていることに気が付いたらしい。 キョトンと目を丸くした後、その顔がまた真っ赤に染まる。 「す、すみません。ワタシ、咄嗟に手を握ってしまって」 常陸さんの細い指が動き、繋がった手が解かれようとしている。 「(――離したくない)」 咄嗟に指に力を入れて、常陸さんの手を強く握り締めた。 「いや、それはいいんだ。ほら、俺たちはデートをしてたんだから」 「恋人が手を繋いで歩くことは、普通だと思うから」 「そ……そうですね、はい。恋人なら……繋ぐものですよね」 その言葉と共に、常陸さんの指が戻ってくる。 そして、握りしめた手は、先ほどよりも強く繋がり合っていた。 「気付かぬ間に、殿方と手を繋いでしまった……」 恥ずかしそうに呟く常陸さん。 躊躇いがちにその指が動き、離れそうになるが、俺はそれを認めない。 追いかけ、捕まえ、しっかりと繋ぎ続ける。 「………」 俺も握り締めているが、常陸さんの指にも力が入ったまま、しっかりと繋がれている。 「(嫌がってるわけじゃない……よな?)」 この思いが、自惚れではないと信じたい。 「………」 「恋人ってさ――」 「ひゃっ、はい!?」 「恋人って、他にはどんなことするんだろう?」 「お茶して、一緒に歩いて、手を繋いで……他には何をするものだろう?」 「そ、そうですね。デートなら、あとは夕食も一緒に食べたりするのではないかと」 夕食は、さすがにまだ時間が早い。 「他には? 何か思いついたりしない?」 「とは言われましても……ワタシも恋に精通しているわけではありませんし……」 「何でもいいよ。例えば、常陸さんが読んだマンガの中の話でも」 「マンガでも……そうですね、最近読んだ中ですと……」 「……キス……」 「えっ?」 「あっ、いえ、あの、マンガでは……と言いますか、現実でも同じだと思いますが」 「キスは大きな山場の1つだと……思います」 「そ、そっか、キス……」 確かに、恋人同士なら……キスぐらい普通。 「き、キス……キスか……」 「さすがにキスは、代役の恋人がすることじゃないよね……?」 「あ、あは……そうですね、キスはさすがに」 「………」 「じゃあ……代役じゃなかったら?」 「……はい?」 「代役じゃなかったら、いいのかな?」 「そうですね。代役ではない恋人なら……キスすることも、普通だと思いますから」 「………」 「俺じゃ、ダメかな?」 「……ダメとは?」 「代役じゃなくて……常陸さんの本当の恋人になれないかな?」 「……へ?」 「好きなんだ」 「………………はい?」 「俺は、常陸さんのことが好きだ」 「はっ、はいぃぃぃぃぃぃぃぃ……!?」 「今の『はい』は同意と受け取っても……よろしいか?」 「よろしかないです! 今のは肯定ではなくただの驚きで――」 「と言いますか、いきなり何を……好きって……ワタシのこと、好きって……あばばばばばっ」 「キスがしたくて、こんなこと言ってるわけじゃないよ」 「いや、キスしたくないかと訊かれると、そんなわけでもないんだけど――って、なんか話がずれてきた!」 「とにかく俺が言いたいことは――」 「好きなんだ、常陸さんのことが」 「す、好きって……好きって……あ、あは。にゃるほど。ま、また意地悪ですね」 「からかおうとしても無駄です。そそっ、その程度のことでワタシは動揺なんてしませんからね」 「真面目な顔でからかおうとするなんて、ちょっぴり性格が悪いです」 「からかってるわけじゃない」 「1人の女の子として、本気で、俺は常陸さんのことが好きなんだ……っ」 口にしてしまった以上、今さら後には引けない。 怯むことなく、俺は常陸さんの顔を真っ直ぐに見つめ続ける。 俺の真剣さに負けたように、常陸さんは静かに息を呑んだ。 「だ、ダメですよ、そんなの、困ります」 「困るっていうのは、俺の常陸さんに対する好きっていう気持ちが?」 「あ、いや、それは……そ、そんな失礼なことを思っているわけではありませんが……」 視線をそらす常陸さんに、俺は一歩詰め寄る。 「―――ッ」 「じゃあ、何に困るの?」 「それは、あの……あの……~~~ッッ」 顔を真っ赤にして、身体をのけ反らせる常陸さん。 逃すまいと追いかけ、さらに詰め寄る。 逃げる、追いかける。それを数度繰り返すと、常陸さんの背中が壁にぶつかった。 「と、とりあえず手を、離していただけないでしょうか……?」 「嫌だ」 「ひ、卑怯ですよ……やっぱり意地悪です」 「だって常陸さん、手を離したらまた変わり身とかで、どっかに隠れるつもりでしょ?」 「そっ、そんなこと……ありませんにょ……?」 「……図星じゃないかっ」 完全に目をそらして! 今回逃げたら、簡単には戻ってきてくれない気がする。 「何度も言うけど、俺は常陸さんのことが好きだよ。本気で好きだ」 「な、なんなんですか、突然……一体、どうしたんですか?」 「常陸さんが恋をしなくちゃいけないようになってから……ずっと胸が苦しかったんだ」 「自分以外の誰かと恋をするのかと思うと、本当に苦しい」 「だから、せめて代役だけでもって思った」 「今日は一緒にいられて楽しかった。幸せだった」 「でもやっぱり、代役だけで満足できない。常陸さんが恋をするなら、その相手は俺であって欲しい」 「………」 「好きです、常陸さん。俺の彼女になって下さい」 「わ、ワタシなんてダメです……」 「きょ、今日お店で思ったんですが、馬庭さんと一緒の方が楽しそうで、とてもお似合いに見えましたが……」 「芦花姉と一緒にいても、ドキドキはしない」 「俺がドキドキするのは、常陸さんに対してなんだ」 「―――ッ」 「常陸さんは、俺の事が嫌いでは……ないんだよね?」 「それは……は、はい。勿論です」 「でも好きとか、特別な感情は一切持ってない?」 「質問が極端すぎます、そんな訊かれ方されると答えに困りますよ……」 「……つまり、少なからず何か思うことがあるってこと……だよね?」 「……それは……」 一瞬だけ常陸さんは躊躇する。 でも、俺の正直な気持ちからこれ以上逃げられないと思ったのか、おずおずと気持ちを明かし始めた。 「ワタシも……有地さんと一緒にいると楽しいですよ。リラックスもできます。それに……」 「胸がキュンってしてしまいます……。有地さんに、女の子扱いされてしまうと」 「それって……」 「で、でも、違うんじゃないかなー、とか思うんですよね」 「ワタシが恋をするなんて……きっと、初めて女の子扱いしてもらえたから、ワタシは勘違いをしちゃってるんです」 「有地さんも、か、勘違いをしてるんじゃないかなー……なんて」 「勘違い?」 「あ、有地さんも、ワタシみたいな子を好きになるって……へ、変だと思うんですよね」 「ワタシが困ってるのを見て、助けなきゃって思ってしまって、その義務感で……なんてこともあるんじゃないかなー、と」 「それはない。義務感で告白なんてしないし、こんなに胸が苦しくなるわけない」 「ワタシ……ワタシは……」 「なら、試してみようか」 「はい? 試すって……」 ずっと握っていた手を離す。 その代わりに、常陸さんの顔の隣に勢いよく手をついた。 「――ひっ」 「こ、これって……あの……」 「朝武さんに教えたのは、常陸さんだったよね。こうすれば気持ちがわかるんじゃないか、って」 「それは、見栄を張ってしまっただけですから」 「でも朝武さんが結論を出すのには、ちゃんと役に立ってたよ」 「ドキドキはするけど、好きな人に対するものじゃないって、朝武さんは言ってたから」 「………」 「目を逸らさないで下さい」 「そっ、そらしてないですよ」 「めっちゃそらしてる」 「何を仰いますやら、そらしてないですってば」 「恋じゃないなら、目を合わせられると思う。実際、朝武さんは逃げたりしなかったしね」 「くっ……」 「……ジー……」 「………………」 「………」 「……ぅぅ……」 「また逃げた」 「にげてないですってば。全然にげてないですよ」 しっかりと目をそらしながら、そんな強がりを口にする常陸さん。 「どうかな? 朝武さんみたいに、何か答えを出せそう?」 「……む、無理そうです……心臓がバクバクして、身体中が熱くなって……何も考えられませんよぉ」 「そうやって冷静になれないことが……証しにならないかな?」 「わっ……わかりません」 「………」 「じゃあ、こうしよう」 「は、はい?」 「もし嫌なら、すぐに俺の腕から逃れて欲しい。でもこのまま離れなかったら……」 「俺は常陸さんにキスをします」 「―――ッ!?」 目を見開く常陸さん。 だが、それでも俺は視線をそらさない。 「じょ、冗談ですよね……こ、こんな場所で、キスだなんて」 「そう思う?」 腕を持ち上げて、常陸さんの顎に触れ……強引に俺の方を向かせる。 「ひぅっ……!?」 「……常陸さん」 「あっ、ちょっ、まっ、ええっ……ええええぇぇぇぇ……ッッ」 常陸さんの唇に、俺の唇を近づける。 ゆっくりとではあるが、着実にその距離は縮まっていく。 「ッッ、―――………ッッッ」 慌てふためく常陸さんの目が泳ぐ。 それはもう、河童のような泳ぎっぷりだ。 だが、彼女は俺の腕の中から逃げ出さない。 「………」 このままだと本当に……キスをすることになるんですが……? 「(い、いいのか!? 本当にいいのだろうか!? こんな強引に唇を奪ってしまっても……っ)」 「(で、でも嫌なら逃げてって言ってるのに、常陸さんが逃げない。ということは……ある意味、合意……?)」 勢いに任せて行動してしまった俺を、常陸さんは拒絶しようとはしない。 身体を強張らせながらも、その場にとどまり続けている。 「~~~ッッ」 ギュッと縮こまる常陸さんが、目をギュッと閉じた。 それは恐怖で目を閉じたようにも見えたし、俺に身を任せているようにも見えた。 「(逃げないってことは……いいんだよな? いいってことだよな?)」 「(というか自分で仕掛けておいて、今さら逃げ出せる状況ではない……っ)」 ここで逃げたら、俺の本気が伝わらない。 やっぱり勢いだけの告白だったと、思われかねない。 自制心を総動員して、そのままゆっくりと唇を近づける。 「んっ……んんんーー……ッッ」 そして耐える常陸さんに、唇が触れる直前に俺は目を閉じて―― ――チュッ……。 と、なるはずだった。 だが、俺の唇は何にも触れることはなかった。 目を開けると、そこに常陸さんの姿はなく、危うく俺は壁にキスする怪しい人になるところだった。 「……そっか……」 やっぱり常陸さんは、逃げてしまったか。 まあ……仕方ないよな。 俺も焦り過ぎた。急にこんなことしたら、拒否されるのも仕方ない。 これが今の常陸さんの答えなのなら、それを受け入れるしかないよな。 「……くぅ~ん……」 「………」 「あれ?」 「わふ……わん……っ」 足元には、申し訳なさそうな目で俺を見上げる子犬がいた。 これって……常陸さんは、逃げたわけじゃないってことか? 「………」 「はは、あはは……」 「あはははははは! まさか、このタイミングで!? なにそれ、あははは」 「わんっ! わふっ、わふんっ!」 笑う俺に対して、怒りを露わにして吠える常陸さん。 「ごめんごめん。でも、でもさ……あははは」 「きゃん! きゃん! わぉぉぉん!」 試しに辺りを見回してみるが、人の気配はない。 もともと、人通りも少ないからここに来たんだ。 よかった、誰にも見られていなくて。 「とはいえ……ここで人に戻すわけにはいかないよね」 どこかに行かないと。 いっそ家に帰るのもありかとは思うけど、それだとデートは終了だ。 この状態のまま帰ると、全てがうやむやにされかねない。 「祖父ちゃんのところで、部屋を借りようか」 「急にゴメン、レナさん」 「わふん……」 「いえいえ、ヘーキでありますよ。大旦那さんからも許可をいただいておりますので」 「それよりも何か必要な物はありますか?」 「着替える部屋を貸してくれるだけで大丈夫。すぐに済むから」 「わかりました。では、ご用があればお呼び下さいませ」 レナさんが部屋を出て行ってから、俺は浴室に入った。 そして浴槽の中に、子犬の常陸さんを置く。 「お湯をかけるから、動かないでね」 常陸さんから目をそらしたまま、手首を返してお湯をかける。 「んはっ、はぁ。ありがとうございます、有地さん。もう戻りましたから」 「よかった」 「………」 浴室からはごそごそと音だけが聞こえている。 俺はそんな扉の近くで壁に背中を預けながら……先ほどのことを、考えていた。 「ねえ常陸さん」 「え? あっ、はい?」 「そのままでいいから、ちょっと話をさせてもらえないかな?」 「………。はい……」 「子犬にはなったけど、常陸さんは逃げなかったんだよね?」 「……はい」 「あのままキスできたって考えてもいいのかな?」 「それは……」 「俺のこと、受け入れてもらえたって思っても、いいのかな?」 「俺と同じように、常陸さんも俺の事が好きって思っていいのかな?」 「………」 「一緒にいると楽しいです。近くによられるとドキドキします。キスも……嫌ではありませんでした」 「でも、ワタシは……ヒロインではありませんから」 「……ヒロイン?」 「マンガを読んでいると、思うんですよね。ワタシは……ヒロインにはなれません」 「ヒロインって言うのは芳乃様みたいな方を言うんです」 「ワタシは芳乃様の護衛、いわば脇役ですね。だから……ワタシじゃダメだと思います」 「………」 表情は見えないけれど、その声からどんな気持ちなのかは如実に伝わってきた。 きっと笑っている。無理をして作った、乾いた笑顔を浮かべている。 「有地さんの気持ちは、とても嬉しく思いました。ワタシはそれだけで幸せです」 「ですから有地さんは、ちゃんとした人を……ヒロインみたいな女の子を、恋人にした方がいいと思います」 「………」 「(……常陸さん、なんか面倒くさい事になってるな)」 俺の正直な感想は、失礼ながらもコレだった。 詰まることなく、語られた常陸さんの気持ち。 彼女はきっと……ずっと昔から、こんな考えをしてきたんだ。 常陸家だから。朝武家に尽くさないといけないから。 何かを望んではいけないと……強引に自分を納得させて、押し殺し続けたんだ。 「ヒロインとか、脇役とか、俺にはよくわからない。いや、なんとなくなら理解できなくはないけど……」 「納得はいかないかな」 もしこのままフラれるとしても、そんな理由は嫌だ。 俺の事が嫌いだとか、実は男に興味がないとか。そういうことなら、まだ納得はできる。 でも“脇役だから”なんて理由は……自分勝手だとは思いつつも、認めたくなかった。 「もし脇役だとしても、脇役が幸せになっちゃダメな理由にはならないでしょ?」 「それは……」 「それに、常陸さんの言うことに照らし合わせると――」 「俺も脇役ってことになると思うんだけど?」 「なんで、そういうことになるんですか……?」 「だって俺、ヒロインである朝武さんにフラれた人間だから」 「この時点で脇役決定でしょう」 「でも、それでも俺は、幸せになりたい」 「脇役だから幸せを諦めなくちゃいけないのは嫌だ」 「だからさ……」 「またデートしよう。2人で笑い合おう。今日みたいな楽しい時間を、これからも」 「好きだ、常陸さん」 「……そこから出て、どうか俺と一緒にいて欲しい」 「………」 耳を澄ませてみるが……動く気配すらない。 え? もしかして、天井裏から逃げたなんてオチじゃないよね……? 今の恥ずかしい言葉が全部、ただの独り言だったなんてことになったら、俺はきっと心がへし折れるぞ!? 「………………~~~~~~ッッ」 なんてもどかしいんだろうか!? 悶え苦しむ俺が、畳の上を転がりそうになった時、ゆっくりと浴室の扉が開かれた。 「………」 ちゃんと服を着た常陸さんが出てきて、ようやく一安心。 よかった……逃げたわけじゃなくて。 「……ワタシは有地さんに幸せになって欲しい。だからワタシより、もっといい人がいると思うんです」 「それが、常陸さんの本心なの?」 「今までは、すぐに気持ちを切り替えられました……なのに今回だけは未練を感じて、捨てられなくて……」 「とっても楽しかったって考えちゃうんです。これからも一緒にいられたら、絶対に楽しくて幸せだろうなって……」 「……俺も常陸さんと一緒にいられたら、幸せになれると思う」 「………」 「断るならせめて、ちゃんと常陸さんの気持ちで断って欲しいんだ」 「ワタシの、気持ち……それは……でも……」 「怖いんです」 「怖いって何が?」 「今までずっと、言われるままにしてきました」 「親から言われ、常陸家の者として芳乃様のお世話をずっと。まるで機械みたいに……」 「ですからっ……急にこんなの……怖くて……」 「………」 「機械は……恐怖を感じたりしないんじゃないかな」 「有地さん……」 「恐怖を感じるのは、それが常陸さんの中で生まれた気持ちだから」 「だからこそ……怖いんだと思う」 「常陸さんは、機械じゃない。1人の人間だ」 「俺が大好きな、可愛い女の子だよ」 「……あのっ……そのっ……」 「………」 「ワタシ、きっと芳乃様を優先させることも多いですよ?」 「わかってる」 「獣に取り憑かれてますよ?」 「一時的な物だよ」 「それに、俺の気持ちを受け入れてくれれば解決する可能性だってある」 「恋人同士がすることなんて、マンガの知識しかありませんよ?」 「俺も似たようなものだよ。2人で一緒に探っていこう」 「足、太いですよ?」 「だから太くないって。でもわかった、仮に太いとしよう」 「だがそれがいい! 魅力的な足だよ。綺麗で、しなやかだ」 「………」 「……言い訳は終わり?」 「言い訳のつもりではありませんが………………はい」 「じゃあ今度は言い訳じゃなく、今の気持ちを聞かせてもらえないかな?」 その問いに対して、返事はなかった。 その代わり、常陸さんは俺にゆっくりと近づき、そっと背伸びをした。 「……ちゅ」 常陸さんの香りが俺の鼻先をくすぐった。 そして、唇に柔らかな温もりが触れていた。 「――ッッ!?」 思わず身体を強張らせた俺の口から、その柔らかな感触が、そっと離れる。 「ひ……常陸さん、い、今のって、いや、あの、その――」 「………」 もじもじしながら、顔を真っ赤にしている常陸さん。 声をかけることもできず、俺は理解が追いつかずに棒立ちしている。 そんな俺の姿をもどかしく思ったのか、常陸さんがもう一度背伸びをした。 柔らかな唇が、さらに強く押し付けられた。 「んっ……んん……」 間違いない……俺は今、キスをしてる。 代役ではしないと言ったことを。 本物の恋人じゃないとしないことを、常陸さんとしている。 「んんっ……んぅ……」 その唇の熱に溶かされるように、身体の緊張がほぐれ、力が抜けてくる。 「んんっ、ちゅ……ちゅっ……」 「ん、ちゅ……ちゅ……んんっ、ちゅ、ちゅむ、ちゅっ……」 ぎこちないながらも俺は、常陸さんの唇をついばむ。 そんな俺に唇の動きで応えてきた。 「はむ……ん、んむ……ちゅ、ちゅ……ちゅぅ……」 「んっんはぁ……はぁ……常陸さん」 「有地さん……あっ、んんっ……」 常陸さんが背伸びを止めて、俺たちの唇が離れる。 だが俺は、その唇を追いかけて、もう一度キスを交わす。 「んんっ、んむ……ん、ちゅぅ……ちゅ、ちゅ……」 俺から求めたキスを、常陸さんは全く拒否しない。 お互いを求めあうように、唇をついばみ合う。 「んっ、はぁ……んっ、んんっ、ちゅぅ……ちゅっ、ちゅっ……んんっ」 「んあ、はぁ……はぁ……」 「はぁ……はぁ……返事、なんとお答えすればいいのかわからなくて……それに、は……恥ずかしいですので」 「そ、そうなんだ……」 キスで返答する方がよっぽど恥ずかしいと思うけど……。 キス……これって、疑うまでもなく……OKってことだよな? 嬉しさとキスの心地よさで、脳みそが溶けるみたいだった。 ……想像していたよりもずっと気持ちよくて、嬉しい。 「キスって……気持ちいいんですね。マンガでキスばっかりしている理由、わかった気がします」 「俺も同じことを思った」 「きっと好きな人とのキスだから……こんなに気持ちいいんだと思う」 「はい……好きな人とのキスだから、こんな気持ちになるんですね」 「どうやらワタシ……自分で思っている以上に、有地さんのことが、す、す、す……好きっ……みたいです」 「ッッ」 やっぱり、実際に言葉で『好き』って伝えられると胸が高鳴る。すごく嬉しい。 「好きです……大好きです……」 「俺も、好きだ。大好きだよ」 「ああ……もうやだ……一度認めてしまうと、止まらない。内側から溢れてきます」 「いつからこんな風に思うようになったのか……でも、心に馴染むんです」 「いつの間にか、好きになっていました。今も……どんどん好きになってます。好きって感情が胸から溢れて……」 「俺も。だから……もう一回キスしてもいいかな?」 「……んっ」 返事の代わりに、再び常陸さんの方からキスをしてきた。 「んん……んっ、ちゅ、んちゅ……ちゅ、ちゅ、ちゅっ」 顔を真っ赤にしながらも、重ねた唇を外そうとはしない。 そうして俺たちは、一心不乱に何度もキスをした。 「ん……はぁ、はむ、ちゅ、ちゅ……んむ……すき……ちゅ、すきです……ちゅぅぅぅ」 「俺も大好きだ……んっ、んちゅぅ……」 「ちゅっ、ちゅむちゅむ……んっ、ちゅぅぅ……んんっ、んはぁ」 「はぁぁぁぁ……」 「はぁ……はぁ……」 「有地さん、顔赤いですね」 「そりゃ、好きな人とキスをしたんだから、当然だよ」 「……ワタシも、同じです」 「す、すっ、好きっ、な人とキスをすると……なんだか身体が熱くなります」 「本当に。身体が昂ぶって、熱くなってる」 自分でも驚くぐらい。 これ以上熱くなったら、胸が爆発してしまいそうなぐらい。 「あの……好きです」 「俺も、常陸さんのことが好きだ。好きだから……ゴメン。キスは、これぐらいにしておこう……」 「……あは。もしかしてこれ以上キスすると興奮して大変なことになりそうですかぁ?」 「……あー……うん、正直に言うとその通りです」 「……え?」 常陸さんは冗談半分のつもりだったんだろう。 でも俺からすれば、冗談では済まない。 だって……正直に打ち明けると、キスだけで息子が大きくなってしまいました。 「ちゃんと自制心はあるつもりだけど、現時点で結構ギリギリ」 「それで、常陸さんとこれ以上キスをしたら……堤防が決壊する、かも」 それは、俺の我慢が効かなくなるという可能性でもあり……息子が暴発する可能性でもある。 それぐらい、キスしただけでガッチガチだ。ちょっと自分でも驚き。 「もしかしたら、常陸さんを押し倒したくなるかもしれない」 「お、押したお――ッ!? だ、ダメです……っ!」 「それはさすがにマズイですね……押し倒されるのは、マズイです」 「………」 「先に1つ確認しておきたいんだけど……常陸さんって、そういうのダメな人?」 「そういうの、と言うのは……?」 「だからほら、押し倒したら……やっぱりしちゃうと思うんだ。セックス」 「せ、セックス……」 「俺は年頃の男だし、健康だし……性欲も普通にあるから」 「でも常陸さんが嫌なら、なるべくそういう事は我慢しようと思う」 我慢できるという自信はないけど。 「だから、正直に教えて欲しいんだ。常陸さんが、セックスについて、どう考えてるか」 「そっ、それは、その……あの……別に、嫌ではありません……よ?」 「ワタシも有地さんと同じで、健康的な年頃の女の子ですから」 「け、経験のないことに対しては、多少なりとも興味が……あります」 「そっか」 よかった……。ホッとした。 「でもさっきは……『ダメ』って言ったよね?」 「今はダメという意味で……行為自体を拒否したわけではありません、から……」 「そ、そっか」 「でもそうだね。ここは祖父ちゃんに無理を言って貸してもらってるんだ」 「あんまり長居してると、レナさんが様子を見に戻ってくるかもしれないもんね」 しかもだ、もし祖父ちゃんに知られたら……まず間違いなく怒られるだろう。 女の子には色々準備もあるだろう……。いや、男にだって準備は必要だ。 こう……暴発しないように、予め予備策を講じておくとかさ。 「そういうこともありますが、そうではなくて……よく考えてみて下さい」 「さっきキスをしようとしたとき、ワタシはまた犬になってしまいました」 「もしですよ、その……セックスの最中に、犬になったりでもしたら……」 「………………」 「……あっ」 おっぱいを舐めてるとき、きっと俺は毛むくじゃらの身体を舐めることになる。 それはまだいい。しかし……しかしだっ! もし挿入の最中にそんなことになったならば。 意図せず、俺の初体験は犬……つまり、獣姦ということになる。 これはヤバい……。確実にトラウマになる。 想像しただけで萎えてしまう。どうやら俺は犬では興奮はできないらしい。 「確かに。想像することすら拒絶したくなったぐらい、恐ろしい事態だ」 「はい。さすがにそれは、ワタシとしても御免こうむりたいので……」 「ですから申し訳ありませんが、今は我慢をして下さい」 「……はい」 危険性を考えれば、あまり苦も無く我慢できる気がする。 というか一瞬にして俺の心も冷静さを取り戻した。 「……今日は、帰ろうか」 そう言って俺は、常陸さんに手を差し出した。 その手を常陸さんは躊躇う事もなく―― 「ですね」 と、笑いながら握りしめた。 本物の恋人になった俺たちは、お互いの顔を見て笑い合う。 そしてその温もりを感じ合いながら、家に帰った。 「やっぱり名物料理とかかな」 「しかし、ご主人、それはもうすでにやっておるぞ」 「だよね」 次の日の早朝。 俺は境内の掃き掃除をしながら、早速ムラサメちゃんと町おこしのアイデアを話し合う。 「叢雨丸に代わる売りが必要なのだ」 「食べ物ではなく、やはり催し物ではないだろうか」 「催し物、イベント……」 やっぱり派手な方がいいんだろうな。 となると、歌って踊ってって感じ? パッと思いつくものとして……。 「ご当地アイドルとか?」 「は?」 ムラサメちゃんの目が点になる。 「いや、だから、可愛い女の子が、歌って踊って、町をアピールするんだよ」 「穂織48的な」 「誰がやるのだ、それを」 「可愛ければ誰でもいい」 「おいおいご主人……」 「あ、よく考えたら、穂織って、可愛い子や美人多いじゃん」 「いけそうじゃない?」 朝武さんや常陸さんなら、きっと人気出そう。 「ご主人は今、芳乃や茉子のことを考えておるのだろうが」 「それを頼めるのか? 吾輩でも無理だぞ」 「……」 ちょっと想像してみる。 「わ、私達にアイドルになれって……?!」 「有地さん、気は確かですかっ?!」 「はい、有地さん、お薬とお水です」 「いえ、芳乃様、みづはさんの診療所に連れて行きましょう」 想像上の二人に病人扱いされた。 「くおお……!」 勝手に考えて、勝手に落ち込む俺。 「俺も無理だ……!」 「そうであろう」 「ご主人は、発想が世俗に毒されておるぞ」 「じ、じゃあ、ゆるキャラとか」 「あ、ムラサメちゃんの着ぐるみとかどう?」 「ムラサメッシー的な」 「だから、毒されておるぞ、ご主人!」 一喝された。 「穂織は独自の文化を形成しておる」 「あくまでも、そこを売りにせねばならないだろう」 「短絡的なことをしても、以前のように長期に渡っては集客は望めん」 「仰る通りで……」 どうも俺の心は世俗に汚れてしまっているようだ。 しょんぼりだ。 汚れちまった悲しみにである。 背を丸めて、掃き掃除を続ける。 「まあ、そんなに落ち込むでない、ご主人」 ふわりと浮かんだ、ムラサメちゃんがぽむっと俺の頭を撫でる。 昨夜と同じ優しい感触。 「穂織のことをよく知らないご主人」 「そして、穂織を知り尽くしている吾輩」 「その二人が組めば必ず妙案は浮かぶであろう」 「それって、どういうこと?」 「つまり、吾輩のような土地の者には当たり前の物でも」 「ご主人のような、外から来た者にとっては珍しい物があるやもしれん」 「吾輩とご主人が組んで、初めてそういった物を見つけられると思わんか?」 「ああ、それは確かに!」 集めたいのは確かに、俺のような外からの者だ。 俺にとって興味を引く物なら、他の観光客にとっても見る価値があるかもしれない。 「少しは元気が出たか、ご主人」 「大分出たよ、ムラサメちゃんマジ天使」 「ご主人、その発言も世俗に……」 「ははは! そんな世俗にまみれた俺の視点が必要なんだろう?」 「まあ、そうじゃがな」 「今日は日曜だし、朝食食べたら早速付き合ってくれるか?」 「うむ、心得た」 次にやるべきことが決まった。 そうと決まればさっさと掃除を終わらせよう。 『いただきます!』 休日の朝武家の朝食が始まる。 「ごちそう様でした!」 そして、俺だけ速攻で終わる。 「もう食べちゃったんですか?!」 「有地さん、もっとよく噛まないと消化によく――」 「ごめん、今日はちょっと急いでるんだ」 「行こう、ムラサメちゃん!」 「わかった、ご主人」 「行ってきます! 今日はちょっと遅くなる。あ、お昼はいらないから!」 俺は会話を早々に打ち切り、すぐ玄関へと駆け出した。 「日曜だというのに、随分慌しいね、将臣君」 「もしかして、女の子と約束でもしてるのかな?」 「お父さん、すぐそういう方向に考えて。よくないですよ」 「ムラサメ様もご一緒なので、それはないかと」 「どうしたのかな? 有地さん」 「何か企みの匂いがしますね……」 いつもは朝武さん達と並んで歩く通学路。 今日はムラサメちゃんが隣に。 休日の朝ということもあってか、新鮮な気分だ。 「ご主人、どうした? ちょっと浮かれておるな」 「ああ、何か気分がいい」 スキップしたいくらいだ。 「穂織ってやっぱり空気が綺麗だから、朝がすごい爽やかなんだよ」 「吾輩にはよくわからんが、そうなのか?」 「夜の星の数が全然違う」 それが空気の綺麗な証拠だ。 「星の数など、多すぎて数える気にもならんぞ」 「俺が前いた街では、せいぜい5、6個だったかな」 「真か? それはわびしい夜空じゃのう」 「ほとんど真っ暗ではないか」 「その分、街中がギラギラ光ってたけどね」 コンビ二やファーストフード店の、カラフルな看板。 季節ごとに変化するド派手なイルミネーション。 思い起こせば、随分と俺の環境は変わったんだなと実感する。 「そうだ、星空を眺めるツアーとかどうかな」 「穂織の星空は一見の価値はあると思う」 「うむ、案のひとつではあるが……」 「そういうのはすでに、他の土地でやってそうじゃのう」 「穂織の星空は確かに、綺麗だが大きな特色はない」 「流れ星がよく見えるとか、そういう売りが必要であろう?」 「そうか、そうだよな……」 やっぱりそう簡単には見つからないか。 「う~~ん……」 俺達はさらに考えを巡らせつつ、歩く。 「おわっ?!」 考えながら歩いていたら、足元の注意がお留守になっていた。 俺はスニーカーの先を、わだちにとられてつんのめる。 「ご主人、危ない!」 転びかけたところを、ムラサメちゃんに右手を取られ助けられた。 「ナイス、ムラサメちゃん!」 俺はムラサメちゃんに支えられながら、左手でサムズアップした。 「ないすではない」 「注意不足だぞ、気をつけろ、ご主人」 「怪我をしたら、町おこしどころではなくなるぞ」 ムラサメちゃんは、唇をへの字に曲げた。 さらにぎゅっと手を握りしめられる。 「しっかりせい」という意思表示か。 「ごめんごめん」 「もう油断はしない。ありがとう」 俺からも、ぎゅっと彼女の手を握り返す。 感謝と、好意の気持ちをこめて。 「……」 「わ、わかれば、良い」 ムラサメちゃんの頬が朱色に染まる。 俺達はどちらも、互いの手を放そうとはしなかった。 「……」 「……」 ……どきどきしてきたぞ。 顔も何だか熱いし。 とはいえ、せっかくムラサメちゃんから握ってくれた手を振りほどくとかできないし。 いや、したくないし。 「わおっ、マサオミにムラサメちゃん」 『!?』 突然の声に、二人して背筋がピン! となるほど驚いた。 「おはようございまーす!」 声の主はいつも明るいレナさんであった。 「や、やあ、おはよう」 「お、おはようなのだ、レナ」 俺達の声は微妙に震えていた。 ていうか、ちょっと裏返っていた。 「こんなに早くから、二人ともどうしたでありますか?」 「あ、手をつないでますね~。相変わらず仲良しさんです」 「え? いや、これは……」 「レナ、違うのだ! これはご主人が転びかけて」 「大丈夫大丈夫です、二人とも」 「わたし、これでも空気読めます。接客してますので」 「ちゃんと、皆には内密にするのでご安心していいのですよ」 「いや、読めてないから!」 「誤解するでない、レナ!」 二人で必死に弁明をする。 「いえいえ、わたしわかってます」 「いやよいやよも、好きのうちというのですよね?」 「それ使いどころ間違ってる!」 マジでわかってないよ、この子。 「では、さらに空気を読んで、お邪魔虫は退散するであります」 「さらばなのです!」 レナさんは何故か、右手を額の辺りにもっていき微笑する。 敬礼しつつ、歩き去っていった。 「……どうするのだ、ご主人」 「レナは確実に吾輩とご主人が、すてでーな仲だと勘違いしたぞ」 「ステディーだね、ムラサメちゃん」 「発音などどうでも良いわ!」 「明日、学院でちゃんと誤解を解くのだぞ、ご主人」 「ああ、わかったよ」 結構大変そうだけど。 「では、行くか」 「うん」 俺とムラサメちゃんは、再び歩き出す。 ――まだ手は繋いだままだった。 やはり穂織の売りは豊かな自然ではないかと思い、山の中まで来た。 川の水は透きとおり、陽光を浴びてきらきらと光っている。 「この景色だけでも、都会人としては心洗われる……」 清涼感が漂いまくっていた。 癒しだ。マイナスイオンだ。 「ご主じーん!」 ん? 声の主である、ムラサメちゃんの方を見る。 ムラサメちゃんが清流の中で立っていた。 大自然の中にいる和風美少女ちゃんのお姿。 超絵になる景色だ。 「イワナがおるぞ! 小さい蟹もおる!」 「そうなんだ、すごいな」 さすがザ・田舎。 俺の住んでいた街のドブ川には絶対、そんなものはいない。 春の川って、どんな感触なんだろ。 俺も川沿いに立ち、腰を曲げて手で水に触れてみる。 「うわっ……」 思ったよりは冷たい。 手を切るほどとまではいかないが、すぐに体温を奪われた。 すぐに手を川面から離す。 「ムラサメちゃん、冷たくないの?」 「何を言うておる、ご主人」 「吾輩はご主人以外には何にも触れられんのだぞ」 「冷たいも温かいもないのだ」 「水の感触もまるでせん」 「あ、ごめん……」 つい普通の感覚で、会話してしまった。 そうだ、ムラサメちゃんはつい最近まで、何にも触れることはできなかった。 今まで朝武さんや常陸さんと会話はできても、手を触れることすら許されなかったのだ。 「……」 無神経な自分が嫌になる。 「こら、ご主人」 「何をうつむいておる、顔を上げい」 「胸を張るのだ!」 でも、当のムラサメちゃんは何も気にしてないようだった。 「う、うん」 言われて、顔を上げて再度、ムラサメちゃんを見る。 ムラサメちゃんは、普通ににこにこと笑ってくれていた。 「ご主人は喜怒哀楽がすぐに顔に出るのう」 苦笑がちにムラサメちゃんは笑う。 「そ、そう?」 自分ではよくわからない。 「そうじゃ、それだけ素直ということでもあるがな」 「それは美徳だ。大事にせよ」 「ありがとう」 逆に俺が元気づけられてしまった。 優しい子だな、やっぱり。 「それに吾輩は何も気にしとらん。だから、ご主人も気にするな」 「むしろご主人が来たおかげで、今までよりずっと吾輩は日々を楽しんでおる」 「だから、ご主人にはもっと胸を張って生きて欲しいぞ」 「うーん、でも、それはたまたま俺が特殊体質なだけだし」 「俺は何も誇れるものないから、難しいよ」 「祖父ちゃんのように剣の達人でもない」 「朝武さんや常陸さんのように、人生に明確な目標もない」 それなりに頑張りはしたけれど、割と流されてここまで来たって感じだ。 胸はまだ張れないなあ。 「玄十郎とて、生まれた時からああではなかったぞ」 川からあがったムラサメちゃんが、俺のそばに立つ。 「ご主人と同じ歳の頃は、普通に色々と悩んだりもしておった」 「あれであやつも意外に繊細なのだ。吾輩は見ていて気をもんだこともある」 「もっとも吾輩は声もかけられんから、見ておっただけだがな」 「あの祖父ちゃんが?」 信じられない。 でも、ずっと穂織にいたムラサメちゃんが言うのだから、きっとそうなのだろう。 「芳乃や茉子は特別だ」 「生まれが違うのだ。ご主人の年頃なら、まだ先の事など見えていないのが普通だ」 「案ずることはない。ご主人なら大丈夫じゃ」 「この穂織の地に、平穏をもたらしたのだぞ」 「ご主人は前途洋洋な若者じゃ、吾輩が保証する」 またきゅっと手を握りしめられた。 確かな感触がした。 「ムラサメちゃん、手やっぱり少し冷たいよ」 俺にはわかる。 だから、ぎゅっと握って温めた。 「そ、そうか?」 「逆に、ご主人の手は温いがな……!」 ムラサメちゃんが、顔を上気させて破顔する。 春の陽光のせいだろうか。 俺にはその笑顔が、とても眩しく見えた。 「もう陽があんなに西に傾いておる」 「そろそろ帰らんといかんぞ、ご主人」 「ああ、うん……」 山はすぐに暗くなる。 もう祟り神は出ないけど、真っ暗な夜道は危ないことに違いはない。 けど。 「結局、成果なしか……」 ムラサメちゃんと、山の中を見て回った。 めずらしい何かが、観光名所になりそうな場所がないかと。 でも、見つかったのは、わずかばかりの山菜やキノコくらいで。 すでに、普通に穂織の町で売っているようなモノばかりだった。 「まだ一日目だぞ、ご主人」 「そんなに容易くいくわけあるまい」 「まあ、そうなんだけどさ」 でも、やっぱり残念だ。 つい立ち止まって、周囲を見渡してしまう。 「早く帰ろうと言っておるであろう」 「ほら、とっとと歩くのだ、ご主人」 ぐいぐい ムラサメちゃんに背中を押される。 「わかった、わかったよ」 降参して歩き出す。 やっぱり、今日は成果ゼロのままでご帰還か。 「焦るでない」 「ろーまは一日にしてならずというではないか」 「ローマじゃなくて、穂織だけどね」 「穂織とて、同じこと」 「明日以降も、こつこつ頑張るのだ」 「元気を出せ! ツライ時こそ笑え!」 「う、うっす!」 背中を押されながら顔上げて、何とか空元気を出す。 「明日もやるぞーっ! おーっ!」 「おーっ!」 俺の掛け声に続いて、後ろでムラサメちゃんも叫んだ。 何かほっこりした。 ちょっと元気が出た気がした。 次の日も俺は、いつものごとく早起きして掃き掃除だ。 もちろんムラサメちゃんも、いつものごとくそばにいる。 「ご主人、今日は学院があるのう」 「それに玄十郎の鍛練もある。町おこしはどうするのだ?」 「学院の授業は、さすがにさぼれない」 「うむ、勉学はちゃんとせんとな」 「だから、祖父ちゃんの稽古の方はしばらく休ませてもらおうと思う」 「今日の稽古の時、俺から祖父ちゃんに話すよ」 「ふむ、わかった」 「では、本日はその頃に、旅館で合流しよう」 「それまでは、吾輩一人で色々探してみる」 「悪い、無理はしないでいいから」 「吾輩のご主人は心配症じゃな」 俺の後をついてきながら、ムラサメちゃんがくすくすと笑った。 「……随分、長い立ち話ですね」 「この距離では、何を話してるかまではわかりませんが」 「二人で何かをしてるみたいね」 「何かあったの?」 「わかりません。でも、昨日は一日、山で何かを探しているようでした」 「山で? もしかして欠片がまだ」 「それは違うと思います。半分ハイキングのようにも見えましたし」 「そんなに深刻なことではないかと」 「でも、気になる……」 「もう少し調査は続けましょう」 「危ないことをしているようだったら、すぐに止めて」 「もちろんです」 「それで、また祖父ちゃんに怒鳴られてさ~」 「それはレンタロウが悪いですよ。当然であります」 昼休みにまた皆で集まって談笑しつつ昼食を摂る。 「……」 でも、俺は会話に参加せず、窓の方を、その先の空を眺めていた。 ムラサメちゃんは今も一人で、町おこしになりそうなものを探している。 なのに、俺はここでのんびりと昼飯か。 そう思うと、ちょっといたたまれない。 早く、放課後になってほしい。 「お兄ちゃん? どうしたの?」 「マサオミ、箸が進んでませんよ?」 あ。 小春とレナさんに呼ばれて、視線を戻す。 全員が俺を見ていた。 「もしかして、今日のお弁当はお口に合いませんでしたか?」 「いやいや、常陸さんの料理は何でも美味しいですよ」 俺はぶんぶんと首を真横に振る。 「でも、有地さん、いつもより食べるペースが遅いですが」 「心配事でもあるんですか?」 「それなら、私や茉子に相談してくれれば」 常陸さんと朝武さんの表情が陰る。 いかん、いらぬ心配をさせてしまった。 どうする? 町おこしのことを話すか? 俺は一瞬、逡巡する。 「ご主人は喜怒哀楽がすぐに顔に出るのう」 そう言えば、昨日、ムラサメちゃんにもそんなことを言われたな。 俺は心の有り様が、すぐに表面に出てしまうらしい。 ムラサメちゃんはそれを美徳と言ってくれたけれど。 「ごめん、そんなに大したことじゃないんだ」 俺は皆に話すのを一旦、保留した。 叢雨丸を抜いたのは、俺だ。俺の責任。 それにムラサメちゃんが、手を貸してくれた。二人で始めたことだ。 彼女に相談なしで、話すのが嫌だった。 ムラサメちゃんをないがしろにしているみたいで。 「そうですか……」 朝武さんは、肩を落としてしまった。 少し罪悪感。 「……」 そして、常陸さんには睨まれてしまった。 「マサオミ、早く食べないとお昼休みが終わりますよ」 「あ、いけね」 俺は急いで、弁当をかっこんだ。 終業のチャイムが鳴る。 「はい、今日はここまで」 「掃除当番の子以外は、気をつけて帰ってください」 中条先生が、そう言うのと同時に俺はカバンを持って立ち上がる。 すぐにムラサメちゃんと合流しなければ。 「あ、おい、将臣」 そんな俺を廉太郎が振り返り、 「悪いけど、将臣、今日の掃除当番代わって――」 「断固拒否するっ!」 「早っ?! まだ全部言ってねぇよ!」 「とにかく、今日は絶対代われない、悪いな!」 俺は片手を上げて廉太郎にそう詫びると、すぐに教室を出た。 「ヤケに忙しそうだな、アイツ……」 「疾風怒濤ですねー、マサオミ、疾きこと風のごとしです」 「茉子」 「はい、お任せください」 「はぁ、はぁ!」 「はぁ、はぁ、はぁ!」 学院を飛び出して、目抜き通りまで全速で駆け抜ける。 最近の鍛練のせいか、そんなに息は苦しくない。 でも、学院の鞄が邪魔で、イマイチスピードは出ない。 「うおおおおおっ!」 それでも、俺は根性で町中を疾走する。 「むっ」 「おおっ、ご主人!」 旅館の門前には、すでに祖父ちゃんとムラサメちゃんが立っていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「こ、こんちは……祖父ちゃん、ムラサメちゃん」 俺は中腰になって、息を整えつつ挨拶を。 「早いのう、ご主人」 「そんなに駆けてこんでも。まず汗を拭け」 「う、うん」 俺はハンカチを取り出して、額の汗を拭う。 「ムラサメ様、いらっしゃったのですか」 「いつも気づかずに、申しわけありません」 祖父ちゃんは、頭を下げる。 だいたいこの辺りと、当たりをつけたところにちゃんとムラサメちゃんはいた。 さすが達人といったところか。 「祖父ちゃん、稽古のことで頼みがある」 「何だ?」 祖父ちゃんがいぶかしげに俺を見る。 「すまない、祖父ちゃん」 「俺から頼んでおいて勝手なんだけど、しばらく中断させてほしい」 俺は息を整えつつ、背筋を伸ばして祖父の目をまっすぐ見た。 「……その目は、稽古が嫌になったなどという軟弱な理由ではなさそうだな」 「訳を話してみよ」 祖父ちゃんは静かな声で、俺にそう言った。 「祖父ちゃん、実は俺とムラサメちゃんで――」 俺は祖父ちゃんに、ムラサメちゃんと二人で町おこしの準備を始めていることを簡単に説明した。 「……」 祖父ちゃんは、俺が話し終えた後、目を瞑りしばらく黙っていた。 が、やがてゆっくり言葉を紡ぎだす。 「……お前の考えはわかった」 「安晴様の手伝いもあるし、放課後しか町おこしの準備をする時間はないだろう」 「お前の好きなように、するがいい」 祖父ちゃんの声は、いつもに比べて優しげに聞こえた。 「ありがとう、祖父ちゃん」 「ふっ、お前も成長したものだな……」 「え? 何?」 「何でもない。くれぐれもムラサメ様の足手まといにはなるでないぞ」 「わかったよ」 「ムラサメ様、孫をどうかよろしくお願い致します」 「ふむ、承知した。心配するでない」 「――と、伝えよ、ご主人」 「祖父ちゃん、ムラサメちゃん、心配しなくていいってさ」 「そうか……」 祖父ちゃんが嬉しそうに目を細めた。 「困ったことがあったら、何でもワシに相談しろ」 「では、ワシは仕事に戻る。失礼します、ムラサメ様」 一礼して、祖父ちゃんは旅館の中に入っていった。 「わかってもらえて、良かったよ」 俺はホッと胸を撫で下ろした。 「当たり前であろう、ご主人」 「玄十郎は頑固だが、何が大切かはわかっておる」 「もっと祖父を信じよ」 「ああ、そうだね」 ただ怖くて厳しいだけの人じゃない。 幼少時、鍛えてくれたのだって、俺を思ってのことだ。 祟り神との戦闘も、祖父ちゃんに鍛えてもらったから何とかなった。 今さらながら、祖父ちゃんに感謝だ。 「では、これからどうする、ご主人」 「また山を散策するか?」 「う~~ん、でも、昨日、散々歩き回って何もなかったし……」 「そうじゃな、もっと違う角度で考えた方が良いのかもしれん」 「町の中で、実際に観光客の様子を見てみない?」 「彼らが何を期待してるのか、何が不満なのかを知ればきっとヒントになると思う」 「うむ、つまり、りさーちじゃな、ご主人」 「そうそう」 「敵を知るのは、兵法の基本だ。良いと思うぞ」 「じゃあ、今日は町に行こう」 そんなわけで、ムラサメちゃんと二人で店が立ち並ぶ通りに来た。 観光客はそこそこいる。 でも、やっぱりそこそこだった。 「……本当に以前より、外国人のお客が減ったのう……」 「まあ、一応、平日だけどね……」 それでも、俺が来たあの日と比べると、あきらかに少ない。 「穂織の町の財政が苦しい……?」 「そうだったのですか?」 「うん、まだ深刻な状況というほどではないけどね」 安晴さんはああは言っていたけれど。 思ってたより、事態は逼迫しているのかもしれない。 「ご主人、ご主人!」 「あ、ごめん、何?」 くいくいとムラサメちゃんに、袖口を引かれて我に返る。 「前方に、外国の客人を発見したぞ」 「早速、りさーちを開始だ」 「さりげなく、かつふれんどりーに話しかけるのだぞ!」 「う、うん、わかったよ」 ぐずぐずしてる場合じゃない。 事態を好転させるには、行動しかなんだ。 「ア、アノ~」 「チョット、イイデスカ~?」 目の前のヨーロッパ系の若い女性二人に、声をかける。 気持ちとは裏腹に、超ぎこちなくなってしまった。 「挙動不審だぞ、ご主人!」 「それに台詞がマズいぞ、宗教の勧誘みたいではないか?!」 「不審者と思われてしまう!」 「そんなこと言われても……」 知らない女の人に話しかけるだけで、ハードルが高いんだよ。 そこは察してほしい。 「だいたい、日本語では通じない――」 「はい、何ですか?」 「貴方、地元の学生さんですね? その制服素敵ですよ」 「めっちゃ通じてる!」 良かった。たまたま日本語が堪能な人達のようだ。 それにとても気さくっぽい。 「ついておるぞ、ご主人」 「この機を逃すな! たたみかけよ!」 俺の真横でムラサメちゃんの激が飛ぶ。 「あ、はい、俺、ここの学生です。こんにちは」 「はい、こんにちは」 「こんにちは。穂織は三度目ですが、学生さんと話すのは初めてです」 目の前の二人は感じの良い笑顔を浮かべて、俺を見ている。 「穂織に三度も……ありがとうございます」 「穂織はとても魅力的ですから、つい何度も来てしまいます」 「独特の文化が素敵ですね」 「独特の文化って言うと、服装や食べ物とか?」 「ですです」 「あと、巫女姫の舞がとても綺麗です」 「あの凜とした美しさは、女性から見ても素敵ですねー」 「朝武さんの舞は、やっぱり人気あるんだな……」 「あと、それに――」 「お時間をいただいて、すみませんでした」 「どうぞ、ゆっくりとご観光をお楽しみください」 「ありがとうございます」 「リサーチ、頑張ってください」 二人の女性は俺に手を振り、立ち去っていく。 俺は二人から外国人から見た穂織の印象や魅力を教えてもらった。 独特の文化。 その辺りがやはり、彼らにとって穂織の魅力らしい。 「悪い印象は何ももっておらんかったのう」 「でも、御神刀イベントがなくなったのは、残念って言ってたよね」 「ふむ、御神刀も、外国のお客にとっては文化のひとつだったのだな」 「芳乃の舞同様、わかりやすい象徴であったのだろう」 「そうなると、自然アピールより、文化アピールを強化した方がいいのかな」 「かもしれんが、まだまだでーた不足じゃ」 「よしご主人、次はあの二人に話しかけてみよ!」 と、ムラサメちゃんが指指す先には。 「HAHAHAHA! 穂織サイコーでぇすっ! なあ、ブラザー!」 「YES! オリエンタルテイスト、超イケてまあす!」 かなりマッシブな兄貴達がいた。 「すげー話しかけづれぇー……!」 「女だけの意見ではいかんだろうが、ご主人!」 「臆するでない、いくのだっ!」 ムラサメちゃんに背中を押される。 超押される。 仕方なく俺は、件のお二人のところへ。 「あ、あの~、ちょっといいですか~」 恐る恐る声を。 「オウっ、何ですか? 穂織ボーイ!」 「アナタ、地元のスチューデントさんですね? その制服超キテます! グレイトですYO!」 「あ、ありがとうございます……!」 「あの、お話を少し……」 さっきの女性達と意味合い的には同じことを言われているのに、俺の腰は若干引けていた。 どうしようもなく漂うカチ臭に腰がどうしても、引ける……! 「頑張れ、ご主人」 「穂織の発展はお主の双肩にかかっておる!」 ムラサメちゃんに応援されながら、マッチョな二人と会話する俺。 ある意味、祟り神と対峙する時よりも緊張した。 「ありがとうございましたー!」 俺は話をしてくれた外国人観光客に、頭を下げる。 皆、この地が好きだからか、好意的に応対してくれた。 全部で三十人くらいの人と話すことができた。 が。 「皆、言うことは似たりよったりじゃのう、ご主人」 「だな……」 多くの人達は、やっぱり穂織の独特の文化に惹かれて訪れている。 そのもっともわかりやすい象徴が、朝武さんの舞と、叢雨丸だった。 その片方を失ったのは、やはり観光地としては痛かったようだ。 「今日はここまでにするか、ご主人」 「そろそろ陽も落ちるしな」 「いや、もう一箇所寄っておきたい所があるんだ」 「そこなら、参考になることをたぶん聞けると思う」 「おおう、そうか」 「なら、そこへ参るとしよう」 「うん、行こう」 俺はごく自然にムラサメちゃんに手を差し出す。 ムラサメちゃんも、すっと当たり前のように手を握ってくれた。 「いらっしゃいませーって、お兄ちゃん」 「あら、まー坊、こんにちは」 「こんにちは、小春、芦花姉」 「あと、ムラサメちゃんもここにいるから」 と、言って俺は隣のムラサメちゃんの頭をぽむっと撫でる。 「えっ?! い、いらっしゃいませ、ムラサメ様」 「ご来店ありがとうございます、ムラサメ様」 二人がそろって、お辞儀を。 「苦しゅうない、楽にしてよい」 「――と、伝えてくれ、ご主人」 「二人とも、緊張しないで普通にしてくれってさ」 「大丈夫、俺から見たらムラサメちゃんはフツーの女の子だし」 「そうは言われても、やっぱりムラサメ様だし、なかなか……」 「ムラサメちゃんって呼んでる、まー坊の神経が太すぎるのよ」 二人は顔を見合わせた後、俺を見て苦笑した。 穂織の伝承をずっと聞いてきた二人に、急にフランクになれと言っても無理か。 せめて、姿が見えればな。 ムラサメちゃんの容姿を見たら、また印象は変わるだろうに。 「お兄ちゃん、何か食べていく?」 「今なら、ご覧の通り、どの席でも座り放題よ」 ちょっと自虐的に芦花姉が笑う。 夕方過ぎとはいえ、俺達以外、お客さんはなしか。 「俺はお茶。ムラサメちゃんは――」 「ぱふぇを所望する!」 「パフェで」 「ありがとうございます」 「ぺろっぺろっ、もぐもぐ!」 「甘い! 相変わらずここのぱふぇは美味くて甘いのじゃ!」 俺の手からパフェを頬張り、ムラサメちゃんはご満悦。 俺も抹茶を一口飲んで、人心地つく。 さて。 「芦花姉、ちょっといい?」 他に客はいないので、レジにいた芦花姉に声を投げた。 「いいよ、どうしたの?」 「以前、ここの外国人観光客の客足が鈍ったって話してただろ?」 「ああ、アタシがつい愚痴っちゃった時ね」 「芦花姉は、何が原因だと思う?」 「う~~ん、そうだね……」 「もしかして、もう朝武さんから聞いてるかも、だけど……」 「やっぱり、御神刀イベントがなくなったせいだと思う?」 「ちゃんと統計をとったわけじゃないから、言い切ることはできないけど」 「ここに来るお客様のお話を聞いてると……」 やっぱりそういう声をよく聞くってことか。 俺の今日のリサーチ結果と一致した。 「だけど、元々御神刀は、イベントのための道具じゃなかったものね」 「言い換えれば、今の姿が本当の穂織の姿なのかも」 「そう考えた方が、楽かなって最近思うよ」 芦花姉がため息まじりに、そんな事を言う。 らしくない。 こんな弱気な芦花姉は、初めてだ。 「芦花姉、俺とムラサメちゃんは今、御神刀イベントに代わる何かを探してるんだ」 「だから、そんなに落ち込まないでよ」 「え? まー坊とムラサメ様、そんなことやってるの?」 芦花姉が目を見開く。 「いかにも」 見えないとわかっていながらも、ムラサメちゃんも力強く頷いた。 「外国の人は、穂織の文化に惹かれてやって来るんだ」 「別に御神刀がなくなったって、文化そのものが消えたわけじゃない」 芦花姉に元気を出して欲しくて、俺は熱心に語った。 「……」 しばらくぽかんとした顔で、芦花姉は俺の話に聞き入っていた。 「また前と同じような賑わいを取り戻すことは可能だと思うよ」 「そうは思わない? 芦花姉」 「……そ、そうだね」 芦花姉は目を見開いたまま、驚いたような顔をしたままだった。 「何だか、呆けておるようだな、ご主人」 「あんまり納得してない?」 「ううん、そうじゃないよ」 「ちょっとびっくりしちゃっただけ」 ふるふると芦花姉が、首を横に振る。 「え? 何に?」 「だって、まー坊が、そんなこと言い出すなんて思わなかったよ」 「あのちっちゃかったまー坊が、こんなに頼もしくなっちゃうんだなって」 「お姉さん、感心しちゃった」 芦花姉は優しく微笑する。 少しだけ頬に赤みがさしていた。 「ここに来た時は、まだまだフツーに弟っぽかったのに」 「男の子って、急に成長するんだね。驚いたよ」 「いや、成長なんて……」 急に褒められて、照れてしまう。 「ホントホント、お兄ちゃんは、最近ぐっと大人っぽくなったよ」 俺達の会話を聞いていたのか、小春までそんなことを言ってくる。 「そうでもないって」 「おだてても、何もでないぞ、小春」 「何も出なくてもいいから、ウチの廉兄に言ってやってよ」 「もっとしっかりしろって」 「妹、大事にしろって」 「それは自分で言えよ」 ちゃっかりした妹だな。 「あーあ、もうお祖父ちゃんに強制的に鍛えてもらおうかな~」 廉太郎、お前、今結構ピンチだぞ。 「まー坊、町おこしのことだけど、アタシもアイデア考えてみるよ」 「ホント? それは助かるな」 俺にムラサメちゃんに、芦花姉。 三人寄れば文殊の知恵とも言うし。 「それから、もっとたくさんの人に相談してみた方がいいんじゃないかな」 「それはもう少し具体的なことが見えてからって、思ってるんだけど」 「ううん、アイデアを出すところから、参加してもらった方がいいと思う」 「それだと、たくさんの人に負荷がかかるんじゃない?」 「まー坊は、自分が御神刀を抜いたから、ちょっと思いつめすぎてるんじゃない?」 「これは穂織全体の問題なの。だからこの間、会議で話題になったのよ」 「どんなことも、一人で抱え込まない、これとても大事なこと」 芦花姉がぽん、と俺の肩を叩く。 「う、うん……」 ふんわりと芦花姉の髪の良い香りがした。 ちょっとどぎまぎしてしまう。 「こら、ご主人、何を赤くなっておる!」 「吾輩がそばにいるのに、デレデレしおって!」 「もっとしゃんとせんか!」 ムラサメちゃんに左耳を強く引っ張られた。 「痛い痛い! ムラサメちゃん、引っ張らないで痛い!」 「お兄ちゃん、耳がのびてる?!」 「ちょっとホラーな光景だよ……」 「このシチューとても美味しい、茉子」 「うん、このニンジンのグラッセも、絶妙だね」 「ありがとうございます」 朝武家の夕餉の時間。 俺もいつもの席について、常陸さんの作ってくれた食事を摂っていた。 「ご主人」 俺の隣で、ムラサメちゃんが声をかけてくる。 「うん、わかってる」 ちょうど家族全員そろっている。 言うなら、今だろう。 「どうしたの? 将臣君」 「お代わりですか?」 「お代わりはしたいけど、その前にちょっと話があるんだけど、いいですか?」 朝武さん。 常陸さん。 そして安晴さんの順に俺は顔を見渡す。 「いいとも、話してごらん」 穏やかな微笑を浮かべて、安晴さんはこっくりと頷いてくれた。 まるで何もかもお見通しのよう。 「芳乃との婚約なら、いつでも復活する準備はあるからね」 「いやいやいや!」 俺は慌てて突き出した右手を、ぶんぶん振った。 訂正。 安晴さんは何も察していなかった。 「お、お父さん、何、勝手なことを言ってるんですか?!」 「後で、二人だけでお話がありますからっ」 赤面した朝武さんが、ぷんぷんと怒っていた。 「あと、有地さんもそんなに嫌がらなくても、いいじゃないですか」 そして、何故か俺にまで怒りの矛先が。 「ご主人、ふらぐを立てすぎじゃ……」 「たいがいにせんと、今に神罰が下るぞ」 「まったくですね……」 ムラサメちゃんと常陸さんにまで、睨まれる。 理不尽な。 あと、ムラサメちゃん、フラグって言わないで欲しい。 「まあ芳乃との婚約については後でつめるとして」 「つめませんっ!」 「話って何だい?」 「はい。前、安晴さんが言った件です」 「穂織の外国人観光客が減少してるって……」 俺は皆に説明した。 叢雨丸を抜いてしまったことに、俺はやはり責任を感じていること。 だから、今、ムラサメちゃんと協力して御神刀イベントに代わる新しい“売り”を探していること。 そして。 「今日、芦花姉にも話してみたんだけど、他の人の協力も仰げって言われた」 「これは穂織全体の問題だから、皆でやるべきだって」 「俺もそう考えるようになったんだ」 「だから、皆も色々と忙しいと思うけど、協力してもらえないかな?」 俺は箸を置いて、皆に軽く頭を下げた。 「やっと、言ってくれましたね、有地さん」 え? 常陸さんの言葉に俺は顔を上げた。 「ずっと待ってたんですよ」 と、朝武さんが常陸さんの言葉を引き継ぐ。 「ど、どういうこと?」 「鈍いですね、有地さん」 「有地さんとムラサメ様が、何かを画策していることはとうに把握済み――ということです」 えー?! 「何で知ってるの?!」 「これでも、くノ一ですから♪」 常陸さんはウインクして、余裕の笑み。 「ご主人、全てバレておったようだな……」 「吾輩も気づかなんだ」 「はい、それはもう詳細に把握しております」 「昨日は、お二人で川原を散策し、仲睦まじげに談笑してらっしゃいました」 「今日は、甘味処で間食を楽しみつつ、仲睦まじげに談笑してらっしゃいました」 「それって、ただのデートじゃ……」 「うん、あんまり町おこしと関係ないね」 「違う! ちゃんと町おこしのこと話してたから!」 常陸さんの表現には意図的な悪意を感じる。 「で、でぇと?!」 「あれがでぇとと言うものだったのか?! ご主人!」 「お主、吾輩が気づかぬうちに、吾輩の大切な初めてを……!」 「ムラサメちゃん、何か表現卑猥じゃないか?!」 話が脱線してきたぞ。 大切な初めてとか言わないで。 「まあ、皆落ち着いて」 「将臣くん、もちろん僕は協力させてもらうよ」 「ありがとうございます」 「何を言ってるんだい、お礼を言うのは僕の方だ」 「こんなに親身になって、穂織を心配してくれる将臣君の気持ちがとても嬉しいよ」 「ワタシも、協力しますね、有地さん」 「もちろん私もです。何でも言ってください」 「ありがとう、助かるよ」 とはいえ、朝武さんは舞の奉納があるし、常陸さんはその朝武さんを支えている。 無理はさせないようにしないと。 「それにしても、将臣君がこんなに穂織のことを考えてくれてるなんてね」 「有地さんも、すっかり穂織の人ですね」 「ありがとうございます、有地さん」 三人の視線が、とても優しい。 「い、いや、そんな」 照れる。 まっすぐすぎる好意に、俺は照れてしまう。 「ひ、常陸さん、お代わりくださいっ」 照れ隠しにシチューを求める俺であった。 風呂から上がって、部屋に戻った。 「ふぅ……」 バスタオルで髪をふきつつ、ホッと息を吐く。 「ご主人、電話が鳴っておったぞ」 「あ、そうなんだ。ありがとう」 俺の部屋にいたムラサメちゃんが、机の上のスマホを指差した。 誰かな? すぐに手にして、画面を見る。 未読のメールが二通あった。 早速、開いて読む。 「何だったのだ? ご主人」 「芦花姉と廉太郎からのメールだった」 「芦花姉は、早速明日、町長さんに町おこしについて話してみるって」 「早いのう、やるではないか」 「廉太郎は、小春に俺を手伝えって言われたって、文句言ってきた」 「あの者は郷土愛が少し足りぬようじゃな……」 「ご主人、叢雨丸を持て。あの者と真剣に話し合いに行くのだ」 「いきなり武力行使はやめよう、ムラサメちゃん」 「わはは、半分は冗談だ、ご主人」 「半分は本気なの?!」 「うむ、真剣なだけに、吾輩は真剣じゃ!」 「そのドヤ顔はやめて、ムラサメちゃん」 やはり叢雨丸の管理者は武闘派なのか。 「まあ、廉太郎はともかく、これからは多くの者が町おこしのために動く」 「きっと成果が得られるであろう」 「何だか大事になっちゃったけどね」 「町おこしである以上、いずれは皆にも吾輩達のやっていることは知れ渡る」 「自然の成り行きだ。そこはいたしかたあるまい」 「そうだよね」 でも、町長さんとか、町役場の人が本気で動き出せば、俺やムラサメちゃんの出番はもうないかもな。 まあ、それならそれでいい。 穂織が以前の活気を取り戻せば、それでいいんだ。 安心したら、ちょっと脱力した。 「ムラサメちゃん、俺もう寝るよ」 「うむ、明日も早いからな」 「ゆっくり、休むが良いぞ、ご主人」 「ああ、お休み、ムラサメちゃん」 「お休み、ご主人」 俺は布団を敷くと、部屋の灯りを消した。 「……」 「……っ」 俺は布団の中で、何度目かの寝返りを打つ。 眠れない。 理由はわからないが、今夜はなかなか睡魔がやってこない。 「どうした、ご主人」 「眠れぬのか?」 声にまぶたを開ける。 枕元にムラサメちゃんが、座って俺の顔を覗き込んでいた。 ていうか、ガン見していた。 吐息がかかるほどの距離。 「ムラサメちゃん、顔近すぎっ」 焦る。 余計に目が冴えてしまった。 「ああ、すまん」 「だが、ご主人が寝苦しそうで気になったのだ」 ムラサメちゃんはちょっとだけ、顔を離した。 それでも、充分近いけど。 「何か悩みでもあるなら、申してみよ」 「吾輩がスバッと斬ってやるぞ」 「斬り捨てるんじゃなくて、解決してほしい」 刀だから、しょうがないのか。 「別に悩みはないよ、ただ何となく眠れないだけ」 「今日は玄十郎との稽古をしなかったからのう」 「それで、疲労感が足りてないのかもしれん」 「ああ、それはそうかもな」 もはや祖父ちゃんと稽古するのが、俺の日常だったからな。 それだけ体力がついたということか。 「そうだ、ご主人」 「眠れぬのなら吾輩が子守唄を歌ってやろう」 「へ?」 その発想はなかった。 ムラサメちゃんのこんなところに、ジェネレーションギャップ? を感じてしまう。 「ねんねんおころりよ~♪」 「ご主人は、良い子じゃ~♪ ねんねしな~♪」 ムラサメちゃんが俺の頭を撫でながら、唄を披露する。 結構上手いが、どうしてコブシを効かせるのか。 「ムラサメちゃん、演歌っぽく歌われると却って眠れないから」 「むっ、演歌は日本人の心ではないか」 「ご主人には、がっかりだ」 幼刀に失望されてしまった。 「ならば、どうすれば眠れるのじゃ」 「和風がダメなら、洋風でも良い。申してみよ」 「洋風って言われても」 西洋ではどうやって、子供を寝かしつけるんだっけ。 えっと……。 「お休みのキスとか」 思いついたことを素直に言ってみる。 「……たまっておるのか、ご主人」 でも、ムラサメちゃんにはベリークールな目で、見下ろされてしまった。 「すみません、ちょっと調子乗ってました……」 俺は素直な自分が嫌になった。 布団で顔を隠す。 「……」 「……わかった」 「それで、本当に眠れるのだな?」 「顔をあげい、ご主人」 ――え? ムラサメちゃんは、俺の顔をがっしと両手で、強く挟み込む、 ――え? え? 俺はムラサメちゃんの、突然の行動に驚く間もなく、 「んっ、ちゅっ……」 「ちゅっ、んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 ムラサメちゃんと唇を重ねていた。 小さな可愛らしい唇が、数回俺の唇の上を這い回る。 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ……」 ぎこちない、ちっとも慣れてない動き。 でも、それが初々しくて。 どうしようもなく、可愛らしくて。 俺の心臓は、一気に鼓動を加速させる。 「こ、これで文句はなかろうっ」 「早く眠るがよいぞ、ご主人!」 ムラサメちゃんは、俺から離れるとすぐに、すっと姿を消した。 まるで逃げるように。 いや、逃げたのか。 「ムラサメちゃん……」 俺は湿り気の残った唇に触りながら、つぶやく。 「お休みのキスは額だよ……」 そんな今さらどうにもならないことを言いつつ、俺は顔を枕に埋めた。 ああ、くそ。 きっと、今夜はもう眠れない―― 「ご、ご主人と接吻をしてしまった……」 「今回のは前のとは訳が違う。まごうことなき接吻じゃ……」 「吾輩はどうしてしまったのだ……?」 「この胸の高鳴りは、何なのじゃ?」 「月よ」 「ずっと吾輩を見下ろしていた、そなたならわかるであろう」 「吾輩は、どうしてしまったのか、教えてくれ……」 「……もしかして吾輩は……」 「ううっ、しかし……」 「困った……祟り神の方が、まだマシじゃ……」 「心は、斬って捨てられぬ……」 「はぁ~~~~っ……」 「結局、鍛練は続けるということでいいんだな?」 「うん、よろしく頼みます。ちょっと身体を鍛えるのも楽しくなってきて」 「わかった。では今後もビシバシ行くぞ」 「あ、いや、ビシバシじゃなくてもいいので……」 「お前がそこまで本気になってくれて、ワシは嬉しいぞ……くぅ……」 あ、こりゃ聞いてないな。 「しかしその前に……将臣」 「あ、はい。な、なんでしょうか……?」 「お前には本当に迷惑をかけた。すまなかった」 そう言って、以前と同じように深く頭を下げた。 これで2度目とはいえ……祖父ちゃんに頭を下げられるのは苦手だ。 「叢雨丸に選ばれたとはいえ、怪我をさせたりと……ワシは孫であるお前を――」 「もういいって、そんなことしなくても」 「いきなり祖父ちゃんに謝られても……正直困るから!」 一番最初、祖父ちゃんに言われたとはいえ、選んだのは自分だ。 特にお祓いを手伝うこと、呪いを解く方法を探すことに関しては、見栄と意地で足を突っ込んだ。 そこに対して、祖父ちゃんに謝られても困るというか、正直居心地が悪い。 「終わりよければ全てよしってやつだよ。むしろ、こんな結果を得られたのは祖父ちゃんに鍛えてもらったからだ」 「祖父ちゃんがいなかったら、本当に命を落としていたかもしれない」 実際、それぐらいの命の危機を感じることは多々あった。 ………。 本当、俺よく生きてるよな。偶然助かった部分もあるけど……本当、よかった。 「だから、本当にありがとう、祖父ちゃん」 「そうか……。うむ、そうだな」 「謝罪を受け入れてもらうよりも、お前に感謝をしてもらえる方がワシとしても喜ばしい」 「お前には本当に感謝している、将臣。ありがとう」 「う、うん……」 同年代ならまだしも、祖父ちゃんみたいに思いっきり目上の人間にお礼を言われるとか。 朝武さんじゃないけど、こういう時にどうすればいいのか本当にわからないもんだな。 「あ、あんまり遅くなってもアレだから、そろそろトレーニングを……」 「そうだな、わかった。ではやるか!」 「あっ……」 なんか祖父ちゃんのやる気がグッと増してしまった気がする。 ま、マズイかも……。 「あ、いえ、手心を加えてくれても――」 「たまには朝から手合わせをしてみるか、将臣!」 「お前の成長を、ワシに実感させてくれ!」 「あ、いや、祖父ちゃん、そんなに興奮しないでいいからさ」 「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」 「怖かった、怖かった、怖かった、怖かった」 「生きてる……俺、生きてる……」 「どうした? 体調でも悪いのか? 今日の動きはいつもより鈍く見えるが……」 「いや、身体の調子じゃなくて……というか、問題は俺じゃない」 祖父ちゃんが……怖い。 機嫌自体はいい。上機嫌と言っていいぐらいだ。 上機嫌過ぎて、うっすら笑いながら思いっきり打ち込んで来るとか、恐怖以外の何物でもない。 「祟り神とは別種の恐怖を感じてしまった……」 「今日は鍛練も一段と気合いが入っておったのう」 「気合いどころか狂気を感じたぞ……」 ハッスルしすぎだよ、祖父ちゃん。 それでも、俺より早く息を整えてしまったのはさすがだな。 「ところで将臣、鍛練を続けるという事は、ここに残ることに決めたのか?」 「考えたんだけど……少なくとも卒業するまではいようかなって」 「転校までしたんだ。今さら焦って戻らなきゃいけない理由もないから」 「そうか」 「で、巫女姫様との結婚の件はどうするつもりか、決めているのか?」 「………」 「あっ」 そう言えばそうだった。 『普通の友達になろう』ってすっかり落ち着いていたけど……元々は婚約者だったんだ、俺たち。 そのことを考えてなかった。 “こっちに残る=あの部屋で暮らす”って、自然と思い込んでいた。 「そっか……結婚か……」 婚約のことを終わりにするなら、当然あの部屋を出なきゃいけないんだよな……。 「………」 「ちなみに祖父ちゃんは、俺と朝武さんの結婚のことどう思ってるの?」 「それはお前と巫女姫様で決めればいい」 「え? いいんだ?」 「正直に言えば、お前で大丈夫かという不安はもちろんある」 「“もちろん”が付くのね、そこ……」 「だがな、最近のお前の頑張りを見ていると、心配は要らぬのではないか……とも思うようになってきた」 「鍛練を投げ出すことなく続けた。真面目に取り組んでいるのも、当然わかっている」 「今のお前になら、ワシがとやかく言う必要はないだろう」 「祖父ちゃん……」 「お前には多大な迷惑をかけた。これ以上ワシらの都合に振り回すつもりはない」 「結婚せずに都子のところに戻るならばそれでいい」 「もし2人の間に、まあ、そのなんだ……そういう意志があるのならば、結婚すればいい」 「だがな、婚約を解消してもあそこでお世話になり続けるというのは、さすがに話が違う」 「確かに……そうかも」 安晴さんが許してくれても、普通に考えて迷惑がかかる。 それに、もしもの場合は風聞も悪い。 巫女姫様ということを除いても、一つ屋根の下に未婚の若い男女が一緒。 特に俺の場合は、鞍馬家にお世話になる選択肢もあるんだ。 「今日明日中に決めろとは言わぬが……ケジメだけはきっちりつけるようにな」 「……うん」 婚約のことがなくなれば、俺はあの家を出ていく。 それは普通のことで、俺もその通りだと思う。 ただ……また何かが胸にひっかかる。モヤモヤする。 「………」 ああ、そっか……。 俺はこの時になってようやく、何を躊躇っていたのか気付くことになった。 「こ、こんな感じでいいの……?」 「はい。大丈夫ですよ」 「それで……こ、こう?」 「そうですね。あ、でも、もう少し火から離しましょう」 「いいの? そんなことをしても」 「安心して下さい、予熱で十分です。慌てず、落ち着けば、難しいものではありませんから」 ……なんだろう? 朝武さんの声がする。 朝食までには……まだ時間はある。 「でも本当、急にどうされたんですか?」 「それはだから、最初に話した通り、ちょっとしたお礼……みたいなもの」 「本当にそれだけなんでしょうかぁ?」 「珍しいのう。こんな時間でも芳乃が寝ぼけておらんのは」 「2人でなにしてるんだろう?」 「――ハッ! 玄関の方から人の気配が……」 「え!? も、もう帰ってきた!?」 「………」 隠れて様子を窺うってことはできそうになさそうだ。 これ以上、盗み聞くのもどうかと思い、俺は玄関で大きな声を出してアピールしてから靴を脱いだ。 「ただいまー」 「おかえりなさい、有地さん。今日はお早いお帰りで」 「うん……いつもとはちょっとメニューが変わって」 リビングに入るなり、いきなり俺の正面に常陸さんが立ち塞がる。 それはまるで、俺の視界を塞ぐようだった。 「もしかして、何か邪魔しちゃったかな?」 「いえ、邪魔などと言うことはないのですが……」 「………」 「………」 「………」 「………」 「やっぱりなんか邪魔しちゃったのね」 「本当に邪魔というわけではないんですよ。ただ、その……先に着替えて頂きたいなぁ……と」 「………」 「それって普通に着替えてきていいの?」 「いえ。出来る限りゆーーーっくり着替えて来ていただけると助かります」 「……わかったよ」 「申し訳ありません」 「隠されると余計に気になるのう」 「ま、茉子、次、次、助けてぇ!」 「はい。すぐに参りますので」 そう答えたものの……やっぱり気になる。 「………」 「――とぅッ!」 フェイントを入れて、俺は勢いよく振り返る! 「………」 だが難なく、余裕の動きで再び常陸さんが俺の視界を遮った。 「忍者ですので」 「何も言ってないよ」 とはいえ、やっぱり常陸さんの裏をかくことは難しそうだ。 すごすごと、俺は大人しく引き下がる。 その背後では―― 「ほほう、なるほどのう。そういうわけかー」 「え!? あ、ムラサメ様っ、これは、その――」 「むふ。吾輩のことは気にするでない。それよりも、手元を見なくてよいのか?」 「あっ、わっ、まままま茉子ぉ、早く来て」 「はいはい」 「………」 気にはなるけど……見られたくないのなら仕方ない。 あんまり無理するとクナイまで飛んでくるかもしれない……。 ここは大人しく引き下がって朝食を待とう。 そうしていつものように、みんなで揃っての朝食。 先ほどの騒ぎはすっかり収まり、いつも通りの静かな光景が目の前にある。 「………」 そうなんだよな……俺にとっては、もういつも通りの光景なんだよな。 さすがに実家のようにくつろげる、というところまでではない。 けど少なくとも、最初に感じていた居場所のなさは感じなくなった。 そんな風に心に余裕ができているせいか、最初の頃よりもご飯も美味しく感じられる。 「……っと……」 「はい、有地さん。お醤油、使いますよね」 「ありがとう、朝武さん」 「………」 「あ……」 「ドレッシングならここにあるよ」 「ありがとうございます」 「………」 「有地さん、お代わりしますよね」 「ゴメン、お願いできるかな」 「半分ぐらいでいいんですよね」 「ありがとう、朝武さん」 「いえ、お茶を淹れるついでですから」 『……ジー………』 「な、なに……2人して、ジッと見たりして……」 「いえ。いい連係プレイだなー、と思いまして。ワタシが口を出す暇もありませんでした」 「ツーと言えばカー」 「阿と言えば吽」 「だからなんなの? 2人して変なこと言って」 「2人とも本当に仲良くなったものだと思ってね」 「まるで夫婦みたいでしたよ」 『……ふ、夫婦ッ』 2人のニヤニヤした視線を受けて、俺と朝武さんの顔が真っ赤に染まる。 “結婚”というワードを折角忘れていたのに。 今のでまた、変に意識してしまった……。 「ほら~。今だって息ピッタリ貫禄バッチリ」 「な、何言ってるの! ちっ、違うっ、そんな変なこと言わないで!」 「これは夫婦とかじゃなくて、一緒に過ごしていれば普通にわかることじゃないっ」 「なんにしろ、仲がいいことは間違いありませんよね」 「《めお》夫《と》婦に関しては、そんなに恥ずかしがることもないんじゃないかな」 「2人は婚約者なんだから、今さらだよね?」 「そういう話でしたね……婚約……してたんですよね、一応」 やっぱり朝武さんも忘れてたか。 そんな色艶のある雰囲気、全然なかったからなぁ……。 「………………」 「な、なんですか、なにか言いたいことでもあるんですか……?」 「いやね、なんだか少し意外だと思って」 「以前は『結婚なんてしません!』って叫んでいただろう?」 「そっ、そんな昔の話を蒸し返さなくてもいいじゃないですかぁ!」 「何度も言いますが、あの時は巻き込んではいけないと思っていたから、ああして突き放した方がいいと思っただけです」 「確かにあの頃と比べると、本当にすっかり雰囲気が変わったね」 「そうですね。今朝だって――」 「ッ!? ちょ、ちょっと茉子、その話はぁ!」 「あっと……そうでした。大変失礼いたしました」 さっきキッチンの方で何かしてたことかな? まあ、訊いたところで教えてはもらえないんだろうけど。 「いや、実際の話、芳乃にはまた、お見合いの話がいくつかきているんだ」 「呪いも解決したんだから、選択肢も増えたことになるけれど……どうする?」 「それは……」 「………」 「いつも通り、ちゃんと断っておいて下さい」 「つまり、将臣君と結婚するということでいいんだね?」 「誰も、そこまでは言ってません……っ」 「………」 「あの……一つ確認をさせて欲しいんですが」 「なんだい?」 「最初に結婚を持ち出された時と今とでは状況が変化してますから」 「安晴さんは、そこら辺の事をどう考えているんですか?」 「そうだね……こんな風に状況が変化するなんて想像もしていなかったけれど、非常に喜ばしいと思っているよ」 「それ以外は特に何も。結婚の話についてなら、最初に言った通りだよ。それは本人の気持ち次第」 「あとのことは、若い2人に任せる。とにかく、これ以上は勝手な都合を押し付けるつもりはないよ」 「まあ、2人に結婚を押し付けた僕が言える言葉ではないかもしれないけどね、あはは」 「笑いごとじゃない」 「ゴメンゴメン。本当に当人同士の問題だと思ってるよ」 「今すぐ答えが必要なわけじゃないよ。朝食の場で気軽に答えることでもないしね」 「本人を目の前にしては言いづらいこともあるだろうし、僕らに聞かれたくないこともあるだろう」 「だから、2人で決めてくれればいい」 「2人で……」 「………」 「家が神社だからって神前式にこだわらなくていいよ。ウェディングドレスが着たければ――」 「気が早ぁいっ! 重要な段階を一つすっ飛ばしてるじゃないっ」 「まあとにかく、僕には報告だけしてくれればいいから」 「……話し合い」 思わず俺は、視線を朝武さんに向ける。 2人で……か。 激しい拒絶がなくなったとはいえ、朝武さんは俺の事をどう思ってるんだろう……? そして何より、俺自身はどうなんだろ……? 「さて、それではそろそろ学院に行く準備を始めましょうか」 「あ、そうそう。忘れないうちに、今日のお弁当です、有地さん」 「いつもありがとう、常陸さん」 「いえいえ、お気になさらず」 「………」 「そうして、院を警固する《さい》西《めん》面《のぶ》武《し》士が新たに創設されたわけですね」 「《ほく》北《めん》面《のぶ》武《し》士は白河上皇の時、寺社に対抗して創設されたもの」 「西面武士は後鳥羽上皇の時、倒幕するために創設されたもの、ということです」 「この2つは両方とも朝廷の警備ではありますが、目的が違うことを覚えておいて下さいね」 「なるほど、お寺と戦うのが白面武士……っと」 「色々混じってしまっていますね……」 「………」 「(思い返してみると……ちゃんと考えたことなかったなぁ)」 最初は最初で、そんなことになるわけないと思ってた。 朝武さんと親しくなっていくにつれ、結婚なんて考える余裕はなくなっていった。 「(俺が、あんなに可愛い女の子と……結婚か……)」 朝武さんは魅力的な人だと思う。 可愛いのは見た目だけじゃない。 どこか抜けているようなところも、なんだかんだで優しいところも、やや生真面目過ぎる部分もそうだ。 申し分のない、俺なんかにはもったいないぐらいの人だ。 とはいえ、お互いにまだ学生。別に恋人として付き合っていたわけでもない。 というかそもそも。俺には彼女がいたことすらない。 そんな俺にとって結婚は、知識として知っているだけで、全く現実感がない。 でも、朝武さんと一緒にいるのは楽しい。それだけは間違いない。 「(俺は……あそこに残りたいと思ってる)」 胸につっかえていたのは、きっとコレだ。 俺が残りたいのは、穂織じゃない。 あの家で、あの時間を続けたいと思ってる。 「(これって……やっぱりそういうこと……なのかな?)」 「………」 「おーい?」 「……うーむ」 「おい、ってば」 「なんだよ? 授業中は静かにしろよ」 「何言ってんだよ。もしかしてお前、授業が終わってること気付いてないの?」 「え?」 辺りを見回すと先生はいない。 教科書を片付けるどころか、すでに昼食を摂り始めている人もいる。 「どうしたんだよ? 授業でわからないところがあった……とかじゃないよな?」 「ちょっとボーっとしてた」 「朝からトレーニングのし過ぎじゃないのか?」 「そういうのじゃないよ。ちょっと考え事をな」 俺は教科書とノートを片付け、今日も常陸さんから渡されていた弁当を取り出す。 そんな俺の前の席に腰かけ、同じく弁当を広げる廉太郎。 「もしかして、何か悩んでる?」 「よろしい。何か悩みがあるならば、俺が相談に乗ってやろうではないか」 「あ、遠慮します」 「なんだよ、その素っ気ない態度」 「だってなぁ……」 「少なくともお前よりは、酸いも甘いも噛みしめたことあるんだぞ!」 「火消しのコツなら任せろ」 「お前はむしろ大炎上させてるだろ」 「人は失敗から色々学ぶもんさ。何か悩み事だろ? 言ってみろって、ほら!」 「………」 「どうしたよ? なんでもいいんだぞ?」 こいつ、妙にワクワクしてるな……。 「お前……親切なふりをして、実は面白がってるだけだろ?」 「………」 「こっちを見ろ」 「バカ言うな。従兄弟が悩んでるんだとしたら、力になりたいだけさ」 「俺が悩むなんてきっと朝武さんのことだと目星をつけて、聞き出そうとしてるわけじゃないんだな?」 「………」 「だからこっちを見ろって」 「だってお前、やっぱり気になるじゃん! 巫女姫様の好きな相手とかさー」 「お前、本当に女の子の事しか考えてないんだな」 「若い男が他になにを考えんだよ?」 「そりゃお前――」 「女の子のことしかないな」 「ほらみろ」 俺も今、女の子のことで悩んでるしな。前言は撤回するしかない。 「まっ、教室じゃ話しにくいこともあるだろうから、いいけどさ」 「その気になったときは、俺はいつでも話を聞くからな」 「……そういう気になったらな」 話を切り上げて、俺も弁当を広げる。 「それ、確か常陸さんが作ってるんだよな? っていうか巫女姫様の分も」 「ああ」 「巫女姫様って料理できない人?」 「どうかな……できないって言うほどの経験もないんじゃないかな? 全部常陸さんがやっちゃうから」 以前、俺と一緒に卵焼きを作ったとき、下手というよりは単純な経験不足だと思った。 アレだけでは判断できない。 「不器用は不器用かもしれないけど……教えればできそうな気もする」 「裁縫は得意みたいだったから、少なくとも家事は全部壊滅的ってことはないだろう」 「ふーん、意外だな、それこそ常陸さんがやりそうなものなのに」 「裁縫に関しては、朝武さんの方が上手いんだってさ」 言いながら、俺は弁当に入っていた卵焼きを一口。 「むぐむぐ……ん?」 「どうした?」 「いや、別に……何でもない」 なんか……いつもよりべちゃっとしている気がする。 普段はもっと、ふっくらしてたような気がする。 他のおかずも……ちょっと味付けがいつもと違う? あと、なんか形もちょっといびつ? 「………」 もしかして、今朝はなんだかドタバタしてたから、時間がなかったのかな? にしては……丁寧に作られている。決して時間がなかったから雑になったということではなさそうだ。 それに、十分に美味しい。 いつもと少し違う部分が気になっているだけで……と考えていたその時、妙な気配を感じた。 「………………」 「ん?」 「あっ」 俺が顔を上げた時、何故か俺の方を見つめていた朝武さんと視線がぶつかる。 だがそれも一瞬の事で、すぐさま朝武さんは視線をそらしてしまった。 「巫女姫様、急にどうかしたんですか?」 「なんだか難しそうな顔をしてますよ?」 「もしやワサビでありますか?」 「い、いえ、違います。そういう事ではありません。問題ありませんから、気にしないで下さい」 「………?」 「ふふふ」 「なんだ?」 「………」 「さあな」 その視線を気にしながらも、俺はそのまま弁当を平らげるのだった。 「はい。今日の授業もおしまいですね、お疲れ様でしたー」 「ご主人、授業は終わったのか?」 「ああ」 今から祖父ちゃんのところでトレーニングだ。 「ちなみにだけど、ムラサメちゃんって別に俺にくっついてなきゃいけないわけじゃないよな?」 「うむ。だからこうして授業中は別行動しておるのだ」 「ひとまず祟り神の心配はないんだから、もっと自由にしててもいいんだぞ?」 「それは……あまり付きまとわぬ方がよいか?」 「い、いや、そういうわけじゃない、勘違いするな。俺は別に構わないから」 「ぷっ……わはは! さすがに冗談じゃよ。慌てずとも、別に傷ついておらん」 「お前なぁ、その演技は性格が悪いぞ」 「すまぬ。ご主人の言う通りだな。謝罪しよう」 「だが、ご主人の側にいたいのは本当のことだぞ。1人でウロウロするのにも飽いておるからな」 確かに、自由に行動しても1人きりだと寂しいよな。 「その気持ち自体は冗談ではない。ご主人が迷惑でなければ、今のままで過ごしたいと思うのだ」 「わかってるよ。ムラサメちゃんには世話になってるからな」 「トレーニングとか一緒にいてもつまらないんじゃないかと思っただけだ」 「ムラサメちゃんがそうしたいなら、俺は別に構わない」 「うむ。では行くか」 「ああ」 そうして祖父ちゃんのところに向かおうとした時、物陰からこちらを見つめる視線が……。 「……朝武さん?」 「ひゃっ!?」 逃げた? 「き、気付かれちゃった……」 「隠れてどうするんですか、芳乃様。有地さんも困っていますよ」 あ、戻ってきた。 「……どうかしたの?」 「あの、ちょっと……お尋ねしたいことがありまして……」 「それは構わないんだけど、時間かかりそう?」 「俺は今からトレーニングに行くんだ。もし時間がかかるなら、帰ってからでもいいかな?」 「トレーニング、続けるんですか?」 「うん。身体を動かすのも、悪くないと思ってきて」 「そうやって身体を動かした方が、ご飯も美味しいしね」 「トレーニング……」 「あの……トレーニングって、私が見ても大丈夫ですか?」 「………? 大して面白いものでもないよ。あとそれなりに時間もかかるだろうし」 「構いません。ただの興味ですから。有地さんだって舞を見ていたりするじゃないですか」 「まあ……朝武さんがそれで構わないなら、別にいいんだけど」 「はい。よろしくお願いします」 「では、ワタシは先に戻って夕食の準備をしておきますね」 「もしかして……吾輩も席を外した方がいい展開かのう?」 「あ、いえ。1人で見ているより、ムラサメ様も一緒にいてもらった方が私としては助かります」 「そうか? わかった、では一緒に行くか」 そうして俺は、朝武さんを連れて一緒に志那都荘に向かった。 「巫女姫様!? 今日は、どうされたのですか?」 「あ、今日は有地さんのトレーニングを見学させてもらうことになりまして」 「そうなのですか?」 「もしお邪魔でしたら、言っていただきたいのですが」 「邪魔だなんてそんなことは決して! 納得行くまでご見学下さい!」 「ありがとうございます」 「将臣、これは一体どういうことだ?」 「本人は好奇心だって言ってた」 「そんなに深い理由はないんじゃないかな?」 「そうか。ならばいいが……」 「何か配慮した方がいいというわけでもなく、いつも通りでいいんだな?」 「うん、いいと思うよ」 「わかった」 「では巫女姫様、鍛練は公民館で行いますので移動致します」 「はい。どうか私のことは気にせず、よろしくお願いします」 そうして俺と祖父ちゃんは、朝武さんと一緒に公民館に向かった。 「どうした将臣! その程度で終わりか! はぁぁぁぁぁぁっ!」 「腰が遅れて手だけで打っているぞ! そんなことでは――ぃぃぃぃぁああ!」 「楽な方に逃げるな!」 「随分と激しいんですね……いつも、こんな感じなんですか?」 「いやこれは……むしろいつもより厳しいような気がするぞ」 「ちょっ、祖父ちゃん! いつも通りでいいんだって、そんな気合いを入れなくても――」 「ちぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁああああっ!!」 「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇ!!」 「ぜぇ……ぜぇ……ぎょ、今日はっ、ごれまで……」 「あ、ありっげほっごほっ……ありがとう、ございました……はぁーっ、はぁーっ……」 結局、祖父ちゃんまで息切れするぐらい、いつもより激しい稽古をつけられた。 いつも通りって言ったのに……。 朝武さんが見学していたからか、本当に気合いが入ってた。 朝のトレーニングもかなりハッスルしてたけど、本当に大丈夫か? 年寄りの冷や水にならなきゃいいけど。 「あの、大丈夫ですか?」 「なっ、なんのなんの、これぐらい」 「で、では戻りましょうか……ぜぇ……ぜぇ……」 「今日は見学させていただき、本当にありがとうございました」 「いえ、この程度。興味がありましたら、またいつでもいらして下さい」 「芳乃が見る度にこんなに激しくなっては死んでしまいそうだな、主に玄十郎が」 「ああ、俺もそう思う。マジで死んじゃいそうで怖いよ……」 普段は何食わぬ顔でトレーニングをするのに、今日はちょっと辛そうだ。 それだけ気合いが入り過ぎて、無駄な力が込められていたってことだろうな。 「それでは巫女姫様、ワシはこれで失礼します」 「はい。今日はゆっくり疲れを癒して下さい」 「痛み入ります」 一礼してから宿の中に戻っていく祖父ちゃん。 「それじゃあ、俺たちも帰ろうか」 「は、はい、そうですね」 「でも本当、今日は急にどうしたの? 剣道の練習を見たいだなんて」 「……それは……チラ……チラチラ……」 「ん? ん……おお! そうか」 「ムラサメちゃん?」 「すまぬ。ご主人、吾輩は先に戻らせてもらう」 「なんだよ、急に」 「ご主人は本当に鈍いのう……芳乃がわざわざ現れたのだ。何か話があるという事ではないか」 「まあ、話というのもどうせ今朝のアレのことであろうが」 「アレ?」 「気にするな。なんにせよ2人きりの方が色々と話しやすかろう。ゆえに先に戻る」 「吾輩、空気の読める女じゃからな、ふっふっふ」 「本当に空気が読めるのなら、何も言わずに立ち去ると思うけど……」 「あと、前に熱を測ってた時は思いっきり茶化してたじゃないか」 「細かいことを言うでない。禿るぞ?」 「人間ハゲるときは何をしててもハゲるんだよ! 父さんが言ってた!」 「ご主人の親はどうしてそうも悲観的なのだ……? とにかくそういう事だ。ではな」 そうして、すぅーっと消えるムラサメちゃん。 「………」 「………」 今朝、朝食の時にした会話のせいもあって……妙に意識してしまう。 2人っきりだとやっぱり緊張するな。 「そっれじゃあ、俺たちも帰ろかっ」 「ひゃい、そうですねっ」 先ほどと同じ言葉のはずなのに、2人とも同じようには言えなかった。 そうして夕暮れの道を、2人きりで歩く。 ……この青春っぽい雰囲気、すっげー緊張する。 「(何か話しかけた方がいいんだろうか?)」 そんなことを思って口を開いてみるものの、口の中が乾ききっているせいか、上手く言葉が出てこない。 「あの……」 「は、はい、なに?」 「今日はトレーニングを見せてくれて、ありがとうございました」 「いやそれぐらい。お礼を言われるようなことでもないよ」 「凄いんですね、剣道の練習って。激しくて、本当に驚きました」 「あれは今日が特別だっただけ。さすがにあんなに激しいことを毎日してるわけじゃないよ」 「朝武さんがいたから、今日は祖父ちゃんが張り切っちゃって」 「見ていて、別に面白いものじゃなかったでしょう?」 「そんなことはありませんよ。なんだか新鮮な感じがして、面白かったです」 舞は1人で静かに、淡々とこなしてるもんな。 激しく打ち合う剣道の練習とは全く違う。 「でも有地さん、防戦一方でしたね」 「――うっ……一つ言い訳させてもらうと、あの齢でも強い人は強いんだよ」 「動きに無駄がないっていうか、むしろ俺の方が祖父ちゃんの狙い通りに動かされてるっていうか……」 「力でゴリ押ししても、すぐに捌かれて打ち込まれて……あの様だよ」 「玄十郎さんの動きには、無駄がないように見えましたね」 「アレだけでも、見に行ってよかったと思います。ずっと……あんな風に頑張っていたんですね」 「………」 「面っ! なんちゃって……」 軽く素振りをした朝武さんが、気恥ずかしそうに笑って見せる。 いつもとは違う、どこかはしゃいだような姿に、俺の胸は高鳴った。 「で……話って? もしかして、また何か話したいことができた?」 俺はそんな胸の高鳴りを誤魔化すように、話題を無理矢理変える。 「え? あっ、違います。そういう愚痴ではなくて、えっと……」 「話の本題に入る前に、ちょっといいかな? 俺も朝武さんに話があるんだ」 「え? あ、はい。なんでしょう?」 「お昼のお弁当、ごちそうさまでした」 「っっ!? なぜ!? それを……っ!?」 「いくらなんでもさすがに気付くって」 朝のドタバタに加えて、お昼の意味ありげな視線。ムラサメちゃんの気遣い。 そしてなにより、あの中身の違い。 「すみません……」 「なんで謝るの?」 「食べただけでわかるぐらい……茉子のお弁当とは違って、不味かったということですよね?」 「そんなことないよ、十分美味しいって思った」 「卵焼きはいつもよりべちゃってしてて、味付けもいくつか濃い気もして、形がいびつだったけど、ちゃんと美味しかったよ」 「有地さん……」 「そのフォローに見せかけて突き落すのは止めてもらえませんか。正直、どう受け止めればいいのか……微妙です」 「基本的には褒めてるつもりなんだけどね。良いも悪いも正直に言った方が相手のためになるかなー、って」 「違いって言っても、些細な違いだったよ」 「そんな些細な違いで、私が作ったって気付くんですか?」 「いや、決め手は卵焼きなんだけどさ」 「甘かった」 「………」 「あの卵焼き、砂糖入れたでしょ?」 「……あっ」 「あああああああああーーーー!?!?!?」 「そ、そうでした……有地さんは、甘い卵焼きが嫌いなんでした……お弁当を作ることに必死で、そこを忘れるなんて……」 「私としたことが、こんなうっかりをしてしまうなんて……迂闊、なんという迂闊……っ」 いや、ある意味印象通りのうっかりさんで、俺としては安心したけど。 「ちっ、違うんです……あれは、その……決して、嫌がらせではなくて……っ!」 「ね、寝坊をしてしまったんです。本当なら1時間前には起きるはずだったのに……30分前まで、ボーっとしてしまって……」 「………」 「……お……怒ってますか?」 「――ぷっ! あはははははははっ!」 「なっ、どうして笑うんですか?」 「いや、もしかしたらワザとなんじゃないかと思ったんだけどね」 「甘い卵焼きを布教させるために、不意打ちで食べさせられたのかと深読みしちゃったよ」 「そっ、そんなことしたりしませんっ! これは本当に、その……ちょっとしたうっかりで……」 「といいますか、その、迷惑……でしたか?」 「そんな顔に見えた?」 「だって、茉子のお弁当の方が美味しいでしょうから。それに卵焼きを甘くしてしまって……」 「作ってもらえるだけで、ありがたいと思ってる」 「卵焼きにしたって、少なくとも嫌がらせじゃないとは思ってたよ」 「……本当に?」 「本当に。だってさ、あの弁当はとっても丁寧に作られてたから」 俺に甘い卵焼きを食べさせるだけなら、卵焼きだけでもいい。 でも、あの弁当は全部丁寧に作ってあった。 アレは嫌がらせや悪戯で作られた物では決してない。 それにこの動揺っぷり。ただの凡ミスだな。 「だからとっても嬉しかったよ、ありがとう」 「い、いえ、こちらこそ、ありがとう、ございます」 「でも、なんで急に弁当? 気まぐれってわけじゃないんだよね?」 朝が苦手な朝武さんが早起きしてまで、弁当を作ってくれるなんて。 「アレは……お礼、です」 「お礼って……何かしたっけ、俺?」 「今までお世話になったことに……少しでも、その、何かお返しできたら、と思って」 「律儀だなぁ」 その気持ちはとても、嬉しかったんだけどさ。 「………………」 「え? な……なんですか?」 「私が律儀なんじゃなくて、有地さんが適当過ぎるんです」 「いくらお礼を言ってもいつも軽く受け流して、まともに取り合ってくれない」 「だから言葉だけじゃなく、お弁当を作ってみたんじゃないですか」 「えっと……怒ってる?」 「怒っていません」 そんなキツい口調なのに? 「それに……お礼なのに、失敗してしまうなんて……」 「失敗なんてしたっけ?」 「そんなお情け必要ありません。『良いも悪いも正直に言った方が相手のためになる』ってさっき言ってたじゃないですか」 「だから……何か思うことがあれば、ちゃんと言って下さい」 「それじゃあ……あの弁当を食べて、思ったことがもう一つだけある」 「正直、これは伝えるかどうか、凄く悩んでるんだけど……」 「か、構いません。どんな厳しい言葉でも、それが正直な感想なのでしたら聞かせて下さい」 「わかった。正直に言うと――」 「たまには……甘い卵焼きも悪くないかなーって……思ってあげなくもない、かな」 確かに甘めではあったけど、甘過ぎるなんてことは全くなかった。 ほのかな、後を引かない甘さで、どこか優しい味がした。 一口食べたとき、たまにはあんな卵焼きもいいと……素直に思ってしまったのだ。 「それって……」 「俺の正直な感想だ」 「でも、どうしてそんなに悔しそうに言うんですか?」 「認めるのは負けみたいで、実際悔しいから。だって甘い卵焼きだよ? でも……」 でも、せっかく朝武さんが俺のために作ってくれものを、嘘を吐いてまで否定することは、さすがにできない。 「あは、あはは。なんですかそれ。子供みたい、勝ち負けの問題なんですか」 「というか、常陸さんもいたんだよね? 何も言わなかったの?」 「できるだけ自分で作りたかったので……もちろんアドバイスはしてもらいましたが、基本的には私だけで」 「あー……」 常陸さん、もしかしてわかってて残したんじゃないのか? 俺が気付きやすいように。 「悔しいけど、お情けでもなんでもなく美味しかったよ」 「そう言ってもらえるなら、嬉しいような……悔しいような……」 「なんで朝武さんが悔しがるわけ?」 「ミスはミスです。納得のいかない物を褒められるのって、ちょっと微妙です」 「あー、確かにあるね、そういうこと」 「でも嬉しかったよ。ありがとう、朝武さん」 「そ、そうですか……それは何より、ですが……」 「本当に喜んでもらえましたか?」 「だから本当だって! 信じてよ!」 「そっ、それじゃあ! 明日も……お弁当、私が作ってもいいですか?」 「そりゃ俺としては、嬉しいけど」 「今度はちゃんと、甘くない卵焼きにしますから。雪辱を晴らす機会が欲しいです」 「本当にいいの? 結構面倒じゃない? 早起きしなくちゃいけないしさ」 「些細なことかもしれませんが、これが今、私のやりたいことです」 「ですからむしろ、食べて感想を聞かせてもらったりする方が……私としても嬉しいです」 「それぐらいのこと、俺でいいなら喜んで」 「はい、ありがとうございますっ」 今までに比べると、どこか子供っぽい笑顔。 同じ笑顔でも全然違うもんだな。 「………」 「………? なんですか?」 「いや、楽しみだよ。早く明日にならないかなって」 「……それ、嫌味……じゃないですよね?」 「こんな嫌味を言うまで性格ひん曲がってないよ」 なんでこんなに信用ないの? 「でも有地さん、失礼なことをよく言いますから……」 「そうかな? そんなことはないと思うんだけど」 「じゃあ、本当に期待してる……んですか?」 「もちろん」 「……そ、そうですか」 「ま、まあ……仕方ありませんね。その期待に応えてあげなくも……ありませんよ?」 どこか照れるように、拗ねるように、さっきの口調を真似てみせた。 なんか本当に子供みたいで、以前よりも表情豊かで……不思議と俺まで顔が綻んでしまう。 「その風呂敷、大きく広げすぎてない?」 「ほら! また失礼なことを言いましたぁ!」 「本当に失礼です。ぐうの音も出ないようなお弁当を作って、明日も敗北を認めてもらいますから」 「それはそれは。是非、楽しみにさせてもらうよ」 「―――ッ、やっぱり嫌味じゃないですかぁ!」 ニヤつく俺の言葉に、朝武さんは顔を真っ赤にして怒った。 豊かになったのは笑顔だけじゃない。怒りもそうだ。 そうして以前とは違う部分を見る度に……嬉しさが胸にこみ上げてくる。 夕食すらまだ食べてないのに、明日の弁当のことばかり考えてしまっている。 これじゃあまるで、好きな子をいじめる小学生だ。 いや“まるで”じゃないか。 俺は、朝武さんのことが好きだ。 ああ……やっぱり俺は、今まで恋をしたことなんてなかった。 「(こんなに心を揺り動かされるなんて、初めてだ)」 「とはいえ、学院もあるし、どこかへ出掛けるわけにもいかないよな」 「わたしはまだ、もう少し勉強する時間が欲しいですね」 そうだった。 レナは昨日の夜も、遅くまで古文書と睨めっこをしていたのだ。 「せっかく、自由な一日をもらったんですから、マサオミと……ずっとイチャイチャするべきかもしれませんが」 「ははは、それは後に取っておくことにしない?」 「まずは全部終わりにしてベストエンドを迎えよう」 「その方が、心置きなくイチャイチャできるはずだよね?」 「んー……えへへ、それもそうですね」 「では申し訳ないですが、わたしは勉強の時間にあてさせてもらいますね」 「俺も、できる限り手伝うよ」 そうそう、昨日もレナと一緒に寝たはずだが、夢の続きを見ることはなかった。 駒川さんやムラサメちゃんによると、この先を見れるとしたら欠片が1つに戻ってからではないか、ということだ。 『おそらくだが、今までの憑代の記憶も欠片と一緒にバラバラになっていたんだろう』 『1つに戻ることで、再生が可能になったのではないかと推測される』 『つまりこの先は、レナではなく、ご主人の欠片に記憶が残っているのかもしれん』 まあ、必要な情報はすでに得られたと思っている。 この説が当たっていても、外れていても、やることに変わりはない。 「結局は、基本いつも通り過ごそうってことかな」 「ですね! でしたら……マサオミ?」 レナが腕を組んで、ぴったり寄り添ってくる。 「あ……あれ? いつも通りなら、手を繋ぐだけじゃない?」 「学院へ着いたら、自分の勉強に集中したいですから」 「その分、今のうちにたくさん引っ付きたかったのですが……ダメでしたかぁ、マサオミ?」 「ダメじゃないけど、ちょ、ちょっと歩きにくいかな」 「ゆっくり歩けばいいですよ? 学院は、逃げたりしませんから」 まあいいか、これくらいは。 明日、一番頑張らなくちゃいけないのは、レナなんだ。 ここはもう、レナの好きにさせてあげよう。 「なんだ、今度は巫女姫様達が休んでるのか?」 「ああ、家のことでちょっと忙しいみたい」 昼休みになって、俺達の席へ廉太郎がやってきた。 みんなは今も神社に残って、作業を進めてくれているはずだ。 ただ任せると決めた以上、俺もあまり首を突っ込まないようにしていたから、何をしてるかまではよく知らない。 「こないだは、お前とレナちゃんが早退してたし」 「そのレナちゃんは、なんか難しそうな本読んでるしな」 「んむむむむむぅ~~……ここがそうで、あれがこうなると、んんぅ~……」 「さっきもなんか、古典の先生に質問したりしてなかった?」 「みたいだな」 言いながらお弁当箱からレンコンの挟み揚げを取って、レナの口へ運んであげる。 「あ~ん……んむっ、んむっ」 「……お前、よく友達の目の前でイチャイチャできるな」 「え? これは、勉強を手伝ってるだけだよ」 「食べてる時間ももったいないんだって」 「そうなのか?」 「マサオミっ、ブドウ糖を! 脳が、ブドウ糖を欲してますっ」 「OK、甘い物なら、ちょうど大学芋があるから、はい……あ~んして」 「あ~ん……んぅ~~っ、美味しいですね♪」 「マサオミに食べさせてもらうと、いつもの倍はあま~く感じます!」 「あはは、俺がレナにあ~んしながら、美味しくなりますようにって念じてるからかな?」 「えへへ、ならきっとそうですね!」 「って、絶対イチャイチャしてるだろ!」 「え? 普段通り、普通にしてるだけじゃない?」 ……たぶん。 まあ、今日ばかりは多少のことは目をつむって欲しい。 なにせレナは、授業中も教科書ではなく、古文書を開いてることがあるくらいなのだ。 その分、学院の勉強が疎かになっているけど、これはもう仕方ないだろう。 多少甘やかすくらいは、充分許容範囲だと思う。 「お前の普通に対する感覚は狂ってきていると思うが、まあいいよ」 「邪魔しない方がよさそうだしな」 「なんかごめんな」 「最近あんまり廉太郎とは、遊べてないからさ」 「いーよ、男同士でそういうのは」 「なんか、将臣が忙しそうにしてるのはわかってるつもりだしな」 「それにこないだ言ってたろ? ちゃんと話せるときってのが来たら、話してくれよな」 「俺とお前の間なら、それで充分じゃねーの?」 「うん、ありがとう廉太郎」 「終わったら今度、男の友情も温め直しとく?」 「ハハハ! だから、そういうのいーって」 「俺も新しい彼女できたら、絶対お前より優先するに決まってるしな」 「あはは、じゃあお互い言いっこなしってことでいい?」 「トーゼンっ」 「マーサーオーミーっ、んぬぬ……またブドウ糖が足りません、んぬぬぬぅ~」 「ああ、ごめんごめん……はい、レナ、あーんして?」 「あーん、んむっ……んむっ、んふふっ、美味しいですね♪」 振り返ると、廉太郎はいなくなっていた。 あいつは軽いところもあるけど、その分、素直で気軽に付き合えるいいところもある。 新しい彼女か。 いずれ、廉太郎の良さをわかってくれる女の子も、きっと現れ…… 「ねえねえ、君、L○NEやってる? いいじゃんいいじゃん」 「ID交換しようよ、えー? そんなこと言わないでさ、いーじゃん、いーじゃん!」 「……」 あいつ! 学内でナンパしてやがるッ!! 「廉兄ッ、なにやってるの!? 最低ッ、最低! 本当に最低っ!!」 「ゲッ、小春!? いてっ、痛いって! 違うんだって」 「俺ももっと、学院でも積極的になるべきだと反省し……ぐほぁっ!?」 やっぱり、廉太郎に彼女ができる日は遠そうだ。 「……ごめんなさいです、マサオミ」 「ん、どうしたの、急に?」 「わたしにつき合わせてばかりになってますから、遊んできてくれても平気ですよ?」 「いやいや、あれには付き合えないでしょ!」 「もちろん、レンタロウと遊んでくるなら、他のことで遊んで欲しいですが……」 「気にしなくていいよ、これはこれでけっこう楽しいからさ」 「うむむ……まだまだ、けっこうかかってしまいそうですよ?」 「OK、むしろドンと来い!」 「だってその間、ずっとレナと一緒にいてもいいんだよね?」 「マサオミ……」 「あー、でもそれじゃ集中できないかな?」 「……いいえ」 「わたしも……マサオミと一緒の方がいいです」 「マサオミと一緒の方が、いっぱい頑張れそうですからっ」 「よかった」 軽くレナの頭を撫でてみる。 レナの髪は、ふわふわして柔らかいんだよな。 「けどこれが終わったら、ちゃんと二人だけの時間も作りますので」 「それまで待ってて欲しいです」 「本当に? じゃあ、期待しておくから頑張って」 「はいっ、マサオミ! ふふふ、期待しててくださいね?」 「んむむむぅ~……よしっ、たぶんこれで、よしっです!」 原稿用紙を手にレナが勢いよく立ち上がる。 外は日が暮れかけ、斜陽が濃くなっていた。 「お疲れ様! よく頑張ったねっ」 「おーマサオミ! お待たせしましたっ」 まずはハグを交わして、努力を労う。 そのまま頭を撫でてやると、レナはくすぐったそうにしながらも、ぎゅっと強く抱き返してきた。 「えへへ、たくさん頑張ったので、いっぱい褒めて欲しいですよ?」 「いいよ……よしよし」 「ふふふふっ、マサオミのよしよしは優しいから大好きです♪」 「もっと、もぉ~~っと……ずっとこのままでいたくなっちゃいますよ」 「ははは、でもその原稿、まだ暗記しなくちゃいけないんじゃないの?」 「……んぅ~~~~っ」 あ、ちょっと悩んでるみたい。 「たぶん、夜になってからでも大丈夫ですよ」 「だいたいの内容は駒川先生と相談して決めたのですが、読み返してみるとたったこれだけの内容だったです」 確かに、原稿用紙一枚に収まってしまっている。 けど難しい漢字が多く、これをレナが書いたんだと思えば、その苦労もひとしおだろう。 なにより俺は、レナが一昨日から作業を始めて、二日半、ほとんどこの原稿に費やしてきたのを知っている。 「すごく、大変でしたが……達成感もありますし」 「なにより、もう夕方になってしまいましたよね?」 「ん? ああ、そうみたいだけど?」 「せっかく、たくさん待ってもらいましたから、急いでイチャイチャしなくてはいけないですね」 「それは、そんなに気にしなくてもいいよ?」 「俺は一日中、レナの側にいられただけで、割と満足だからさ」 「だーめーでーすーっ! マサオミとの時間も、と~~~っても大事なものですよ」 「忙しくても、なにがあっても……大切にしたい時間ですよ?」 「……レナ」 「それとも……マサオミは違いましたか?」 「まさか」 俺も、レナを抱く腕に力を込めてやる。 「ふあっ! ……えへへ、これは、いっぱい……マサオミの気持ちが伝わってきます」 「けど、ここははっきり言葉にして欲しいところですね」 「うん……愛してるよ、レナ」 「わたしも、愛してますよマサオミ? 神様に誓ってもいいくらいです」 そのまま、軽く唇を合わせた……んだけど? 「んちゅっ……んむっ、ちゅっ……んっ、んちゅっ、んっ、んむむっ……ちゅっ」 「はうっ、マサオミ……マサオミ……ちゅっ、んちゅっ、んんんぅ~」 思い切り、舌を入れられていた。 けどまあいいか。 もう他の生徒は見当たらない。 ひょっとしたら、この校舎には二人っきりなのかもしれない。 「んむむっ……むふぅ、マサオミも……舌を入れてきましたね、んむっ! ちゅっ」 「ああ、レナ……レナ、愛してるよ、ちゅっ」 「ちゅぱっ、ちゅっ……ちゅちゅっ、はい……いっぱい、愛して……いっぱい、イチャイチャしましょう」 「もちろん、いっぱい愛し…………ん?」 一瞬、その言葉に引っかかりを覚える。 けど直後に、肩を押され椅子の上へ座らされていた。 「え、えっと……マサオミ? マサオミのこと……もっと、愛してもいいですか?」 「ちょ、ちょっと待って? それって、まさか?」 「…………たぶん、想像してる通りですね」 「だ、だって、ヨシノのウチでは、みんながいますし……今夜は、わたしも……」 「マサオミの、ぬくもりを……分けて欲しかったです」 「あ、ああ、それは……うん」 明日のことを思えば、気持ちはわかる。 いや、本当のことを言えば、俺もそうしたいと思っていた。 ただ少し、状況に対して遠慮していたのだ。 けどだからって、これ以上、女の子にばかり言わせちゃいけないよな? 「おいで、レナ? 俺にもレナのぬくもりを分けて欲しいな」 「…………はい、マサオミ」 「今日も、たくさん……たくさん、感じさせてあげますねっ!」 「んふふっ……マサオミのおち●ちん、もう……こんなに、固くなってますよ、ちゅっ」 「うあッ!? ……れ、レナ?」 またも、レナのはち切れんばかりのバストに左右から挟まれてしまう。 しかも谷間から顔を出した亀頭へ、いきなりキスされてしまったのだ。 「ひゃうっ!? マサオミ、んぅ……軽くキスしただけで、あっ、あふっ……んっ、んっ」 「おっぱいの、間で、ビクンビクンとさせて、ふふふ……これが、気持ちいいのですね? ちゅっ、んぅ」 調子に乗ったレナに、再びペニスにキスされてしまう。 そのまま敏感な亀頭が、ぬるりと濡れた唇に包まれる。 「ちゅっ……んぅ~! ちゅぱっ……あっ、はうっ、マサオミの……んふふっ、またビクビクしましたよ? んちゅっ」 「くっ、レナ……これ、まずいよっ、う!」 「んちゅっ……んちゅっ、遠慮……しないで、いっぱい……感じて欲しいですね、マサオミ、ちゅっ、ちゅちゅっ」 おっぱいをむぎゅっと押しつけて肉茎を固定する。 柔らかな肉で根本からカリ首まで、みっちり包まれる感触だけでも、ヤバイのだ。 「はあっ、はあ……んちゅっ、ちゅっ、ん! んふっ……マサオミの、とっても熱くて……んちゅっ!」 「んっ、んっ……おっぱいと、舌が、火傷……しちゃいそうですねっ、んちゅっ! んちゅちゅ~っ!」 「れ、レナ……学院の中なのに、そんなに音立てたら、くっ」 「そうですね、ちゅっ……では、れろれろ……んっ、静かに……ぺろぺろしますね? ちゅっ、ちゅっ」 舌先で亀頭をくすぐるように愛撫される。 同時に身体ごと上下に動いて、パイズリも加速させてきた。 「んっ……んっ、んぅ~……はうっ、んむっ……ちゅっ! ちゅっ、んむむっ、ちゅっ……あんっ」 レナのビッグバストは擦りつけるだけで、充分過ぎるくらい気持ちいいのはもうわかっている。 なのに、早くも先走りを滲ませた先端部を、舌先だけでもどかしく責め立てられているのだ。 「れろれろ……はうっ、んっ、ん! んふふっ……もう、透明の……先走りが、出て、んちゅっ、ちゅっ」 「あんっ……ちょっぴり苦くて、エッチな味……ちゅっ、ちゅっ……変な味、してますね、んふっ」 「くっ、ごめん……変な味なら舐めなくても、いいからっ」 「んふふっ……ダメです、マサオミの……んちゅっ、んちゅっ……」 「マサオミの、気持ちよく……なっへる、証拠ですから、ちゅっちゅッ、やめて……あげません、ちゅぱっ!」 「れ、レナ……うあっ!?」 肉茎を覆うバストで尿道内の透明液を搾り出し、キスで一滴残らず吸い上げられる。 頭の芯がじーんとして、そのまま精液まで吸い出されてしまいそうだった。 「ンちゅっ、ンちゅっ……マサオミ? 出ひたくなったら、ちゅぱっ、ちゅっ……我慢ひないで、いいれすからね、ちゅっ、あっ!」 なんとか我慢しようと、俺はペニスの根本へ力を込めていた。 なのに、レナは容赦なく俺を追い詰めてくる。 「はあっ、あむっ! んんぅッ……またっ、苦ひのが、出へますよ? ちゅっ、あふっ……ちゅっ!」 「マサオミ……ましゃおみっ、ちゅっ、あむっ! もっと……濃ひのも、ちゅっ、出して……欲しひですよ、んぅ!」 「い、いくらなんでも、もうちょっと……!」 「んちゅっ、ちゅちゅ! ダメでふよっ、んむっ……学院、なんれすから……早く、済まさないと、ちゅっ!」 それもそうだ、と納得しそうになる。 でも学院だから、学院の中だから、射精なんかしちゃいけないはずで…… 「いいでふからっ、いいでふからね? ましゃおみ……ましゃおみっ、ちゅっ、ちゅぱぱっ、はむ! んんんぅ~!」 背筋をビリビリと快感が駆け上がる。 理性を打ち消していく。 「はあっ! はむっ、んちゅっ……んぅ~、出ひてっ、おっぱいと……お口れっ、いっぱひ出ひて、欲しいれすっ!」 「ましゃおみっ、んちゅちゅっ、ちゅぱっ! はむむっ、ちゅ!」 「くっ、そ、そんな……レナっ、もう!」 出したい、出したい! 我慢しなきゃ、我慢しなきゃ! 血液が沸騰するような快感の中で、衝動だけが噴き上がってくる。 「んむむッ!? ましゃおみの、おち●ちん……亀頭がっ、膨らんで……ちゅぱっ、はううッ!?」 「れ、レナ……出るから、は、離れッ、うあ!?」 「んちゅっ! んちゅっ……ましゃおみっ、いいれすから! ……いいれふからっ、このまま……このままっ、んちゅっ!」 「んっ、んっ! はっ、あう……んッ、ふああっ! ましゃおみ、マサオミっ……あああっ、ちゅっ!」 「はううッ……きゃッ!? あっ、出て……ふああ!?」 我慢できず、レナの顔へ向かって噴水のように射精してしまう。 乳房にみっちりと包まれて締め付けられながら、ペニスが激しく暴れ回っていた。 「ああッ……はあ、あふっ、んんぅ~! べったりと……たくさん、ふあっ……あっ」 「んふふっ、マサオミの精液……今日も、いっぱいですね、ちゅっ♪」 「うっ! れ、レナ……出したばっかりだから、刺激しないで」 「んぅ~? そうなのですか、んっ……んっ……」 射精直後で敏感になったペニスを挟んだまま、レナが上下に軽く身体を揺すってくる。 たちまち唾液と精液でおっぱいが、ぬるぬると吸い付いてきた。 「ほら……やっぱり、ですね? んんぅ~……マサオミの、まだ……固いままですよ? んふっ」 「学院だから、すぐ終わらせるんじゃ?」 「はい、でも……んふっ、いっぱい……わたしのぬくもりを、感じてくれるのでは、なかったですか? んっ、んぅ~」 「マサオミ……マサオミっ、んちゅっ、んっ……んふっ! はっ、あぁ~ん!」 再びレナがペニスへ口付けしてきた。 精液で汚れ、ドロドロになっているのもかまわず、熱心にしゃぶりついてくるのだ。 「ちゅっ、あふっ……ましゃおみの、綺麗に、んちゅっ! んちゅっ、綺麗に……お掃除ひまふね? ちゅちゅ~っ、あ!」 そのまま、尿道の中に残った精液まで吸い出されてしまう。 俺は、たまらずビクリと腰を跳ねさせていた。 「んむむっ!? ましゃおみの……精液、ほっても濃ふて、んちゅっ……あふっ! んっ、んんぅ~」 「お口の中れっ、んんっ! んっ! とろとろ……ひてますよ、あむっ……ん! んちゅちゅっ!」 「れ、レナ、それ……変な味、するんじゃないの?」 「んふふっ、らから……平気れすよ? ましゃおみの、マサオミの……赤ちゃんの素、んちゅっ、ちゅぱっ、あ!」 熱にうかされたように、激しく亀頭へしゃぶりつく。 ゴリゴリに固くなった陰茎を柔らかいバストでこね回すのだ。 「はう、んふっ! ぬるぬる……滑って、あん! わたしも、気持ち……よくっ、ふあっ!? んちゅっ、んんんぅ~!」 「くっ、レナも……感じて?」 「はいっ、はい、ですから……んちゅっ、はう! マサオミも、我慢しないで、また……またっ、ちゅちゅっ」 「また、たくさん……出ひて、欲ひいです、ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅちゅちゅ~!」 俺は…… 「んむむッ!? ましゃおみ……はむっ、ちゅっ……んッ、んちゅちゅっ! はうっ……あ!?」 たまらず腰を浮かせ、レナの口へ亀頭をさらにねじ込んでしまう。 苦しげな声が上がっても、止まれなかった。 「んちゅっ、んちゅ! はうっ……また、亀頭がっ、膨らんれ、ちゅっ、ましゃおみ、また……んんっ、気持ちよふ?」 「ああ、我慢しな……いや、我慢できないから! このまま、このまま、また!」 「ましゃおみっ、ましゃおみ……いいれすよ? またっ、また……たくさん、出ひて欲しいれすねっ、んああッ!?」 乳房に包まれたペニスが、先端部だけ唇の中に呑み込まれている。 気持ちいい! 気持ちいいっ、気持ちよすぎて、我慢できないッ!! 「ちゅぱっ、ちゅぱっ! はむっ、ちゅっ……ましゃおみっ、出ひて……出して、ましゃおみ! んちゅちゅっ!」 「くっ、出る! レナ、このまま……口に出しても?」 「はいっ……このままっ、このまま……わたしのお口っ、感じながら、んちゅっ、んちゅ!」 「射精、してください……ましゃおみ! いっぱいっ、いっぱい出ひて、はむッ!? ふああッ!?」 「んむむむむむむぅ~~~~っ!!?」 最後の瞬間、自ら腰を浮かせ、レナの口内へ亀頭を押し込んでいた。 「んぐっ、んちゅっ……はっ、あん! まだ出へ、んむっ、ちゅっ……お口の中、たくさん……どんろんっ、んぅ!」 「いっぱひに……溜まって、いひますね、んちゅっ、んんんぅ~」 唇の内側で亀頭を人肌に温められながら、何度も何度もペニスを脈動させてしまう。 口の端からこぼれた白濁が、ねっとりと糸を引いて垂れ落ちていった。 「はあっ、むぐっ……ちゅっ! 直接、お口に出しゃれると、んんっ……さすがに、凄ひ匂ひでふね、んむっ!」 「レナ、無理しないで吐き出して?」 だがレナは、頑なに首を横へ振った。 「大丈夫れす……んっ、んむっ、ちゅっ……んちゅ……んっ、んッ……こくんっ」 なんと、そのまま精液を飲み下してしまったのだ。 「はあ……はあ……えへへ、マサオミの赤ちゃんの素……飲んじゃい、ました」 「あっ、あん! マサオミっ、そ……そんなにっ、腰を振っては、あふっ! 上手く、キスできない、ですよっ、んあッ!」 もう堪らず、乳房の中へ縦横無尽にペニスを突き込んでしまう。 できるだけ乳首に擦りつけるように、レナにも、レナにも感じて欲しかったから。 「ふあッ、あん! マサオミっ、マサオミっ……そんなっ、おま●こにしてるみたいにっ、は、激しく、あ、ふああッ!?」 「出すっ、出すから! レナも感じてくれっ」 「あっ、あッ! そんなっ、わたしがっ……感じさせようと、はっ、あうう!? ふぁぁんッ!」 下腹部が下乳にぶつかり、パンパンと音を立てる。 ぐちゅぐちゅと乳房の谷間で体液を掻き混ぜる。もう、もう、すべてが限界だった。 「あんっ、あん! んっ、ふああッ、おっぱい……おっぱいっ、だけなのにッ、ち……乳首っ、すごく感じて、あぁん!」 「俺も、俺も最高だよ、レナ! レナ!」 「マサオミっ、マサオミ! わたしの、おっぱいっ、いっぱい感じて……くれてるんですねっ、あっ、ふああっ!」 「わたしも、わたしも……マサオミをっ、マサオミを感じてっ、あっ、あっ、ふあっ、あうう!?」 「あああッ、ひゃ!? ンあッ……あっ、ふぁぁぁんッ!!?」 再び谷間にペニスを埋もれさせたまま、精液を噴火させる。 「あっ、あん! まっ、また……たくさんっ、あっ、あん……マサオミ……マサオミがっ、んんぅ~」 「あ、あああ……わたしの顔、あったかいので……いっぱいに、なっちゃいましたよ、あうう……」 断続的に噴き出した白濁の塊が、次々にレナの顔へ着弾していく。 白い粘液が、どろりと顔の形をなぞって垂れ落ちていった。 「はあ……はあ……んふふっ、二回目なのに、さっきと変わらないくらい……んふっ、たくさんたくさんですね」 「ごめん、こんなに顔へかけちゃうなんて、うっ」 「えへへ、気にしないでくださいね……マサオミのなら、平気ですから、それに」 レナが乳房を捧げ持つ手に力を込め、ぎゅっと谷間を深くしてくる。 「……ッ、れ、レナ?」 「まだ……いけますよね? んっ……んっ、ほら、さっきより固いくらいで、んんッ」 「おっぱいの中で、マサオミのおち●ちん……まだ、カチカチのままですね、んっ……んっ、んふっ」 「レナ……レナっ!」 俺はもう堪らなくなっていた。 肩を抱き、ほとんど押し倒さんばかりに、ペニスを突きつけてしまう。 「あ、あんっ、落ち着いてください。床の上は嫌ですよ」 「そ、そうか、じゃあ……」 俺は机を並べてベッド代わりにすると、一気にレナへ挿入していた。 「んくっ、ふあああぁあぁ~~~っ! ま、マサオミのが、こんなにあっさり……一番奥まで、んああッ!」 「あ、ああ……なのにレナの中、相変わらずきつくて、くっ!」 早くも俺の形に馴染んできたのか? 初めてのときと変わらぬ締め付けを維持したまま、レナの膣肉は容易くペニスを受け入れてしまう。 「えへへ、お……おなかの、中で、はあ、あふっ……マサオミの、おち●ちんの形、はっきり……感じちゃいます」 「うん、きついのに、レナのがぴったり……隙間なく吸い付いてきてっ」 「初めての時よりっ、気持ちいいかも」 「マサオミの……だからですよ? んっ、ふあっ……マサオミの形、早く……覚えたかったですから、あん!」 「……わたしの、おま●こは……マサオミの、マサオミだけのっ、ものですからね?」 「ああ、レナ……愛してるよ?」 「はい、わたしも……マサオミを愛してますよ? はあっ、あふ……いっぱい、いっぱいっ、んっ、あッ!」 「身体の芯まで、愛して……くださいね? マサオミ……マサオミっ、はっ、あああッ!?」 いつ、自分がピストンを始めたのかもわからない。 本能と愛情に突き動かされ、レナを激しく求めてしまう。 「あッ、あッ! 初めっ、から……激しっ、ですよ! あっ、あっ、ふあッ! あぁん!?」 ガタガタと机がきしみ、パンパンと腰をぶつけ合う。 音を立てることも気にならなくなっていた。 それよりも……ただ、ただレナが欲しい! 「んんッ! ふあっ、ま……マサオミ、き……キス、して欲しいです、んッふああっ……ちゅっ、あん♪」 「レナっ、レナ! キスも……キスもたくさんしようっ」 「はい、マサオミ、んちゅっ……ちゅちゅちゅっ、はぁん! ふあっ、あっ……ちゅっ、んむむッ!」 貪るように舌を吸い合う。 子宮口に亀頭をねじ込み、下半身でも大人のキスをしていた。 「はうッ! んああッ、ちゅっ……ちゅぱッ、ふあっ……ふっ、深い、マサオミ……深いですよぉ、あっ、あぁ~ん!」 レナのすべてが愛しかった。 すべてを愛でたかった。 「ふああっ!? ま……マサオミ? あんっ、お……おっぱいまでっ、揉んではっ、あ、あん!」 「レナは……大きいのに、敏感だよね」 「それは、だって……あっ、あん! はっ、ふぅ~ん! マサオミに……触れられてるから、です」 どうやら、レナは俺の好きにさせてくれるつもりらしい。 乳房を隠そうともせず、むしろ差し出すように胸を張る。だから俺も、遠慮無く乳首へ吸い付いていた。 「はっ、ふぁぁ~ん! ま、またっ、あっ、あっ……んふふっ、マサオミが……赤ちゃんみたいに、吸い付いてます、あ!」 「いっぱいっ、いっぱい……吸っていいですからね、マサオミっ、マサオミ! あん……あんッ、あ!」 首の後ろへ腕が回され、ぎゅっと抱き締められる。 天然のクッションへ顔が埋められ、窒息してしまいそうな幸福に包まれていた。 「はあっ、はあ……赤ちゃんを、意識するせいっ、でしょうか? あっ、あぁ~ん……なんだかっ」 「すごくっ、すごく……興奮しちゃいますね、あっ、あん! あああっ、ふあッ!?」 「ああ、俺も……俺もレナをっ、全身で感じて、くっ!」 「あぁ~ん! わ、わかりますよ? あっ……マサオミのおち●ちんが、んっ、んあっ! あんっ」 「おま●この、中で……すっごく固く、んんんッ、亀頭を……ぱんぱんにっ膨らませてるの、ふあっ、あん!」 その通り、もう……もう限界だった。 何回出した後でも、レナの中に入っていると、いつでもすぐに射精衝動を抑えられなくなる。 「マサオミっ、マサオミ! 気持ちいいっ、わたしも……わたしも気持ちいいですよっ、マサオミ! マサオミッ!」 腰の奥がじーんと熱くなる、熱くなるまま逆らわない! もう逆らえなかった。 「あんっ、あん! ふあッ、ふあっ……わたしもっ、わたしもう……イキそうです、はっ、あぁん!」 「俺も、俺もまた、レナ! レナ!」 「はい、いいですよ? このまま……このまま一緒にっ、マサオミと一緒に! もっ……溶け合いそうですっ」 二人で1つに! 1つになったまま、とろけるような快感に身を委ねる。 「好きっ、好き……マサオミっ、好きですよっ、マサオミ! あんっ、ふあっ! あっ、あぁ~ん!」 「俺も、俺もだよ、レナ! 好きだ、好きだ!」 「えへへ……大好き、大好きですよっ、マサオミ! マサオミっ、ふあっ、あんっ、あっあっ!」 「一緒にっ、一緒にイキましょうねっ、一緒に! 一緒に! あっ、あぁん! ふあっ、ふあっ、あ……あううッ!」 「あっ、あっ! 来てっ、来てッ、マサオミも来てください! ふあっ、ふぁう……あああッ!?」 「あぁああぁぁあぁああぁぁ~~~~ッ!!!」 腰を振る勢いのまま、子宮口へズンとペニスを押しつける。 「あっ、あん! マサオミ? 出てる……ふあッ、子宮のっ、中に……射精してますっ」 「ふあっ! あっ、まだ……まだ、奥ッ突かれてますよぉ、ふああッ!?」 そう、俺は射精しながらも、腰を振り続けていた。 まだまだ、まだまだこんなものでは、俺もレナも満足できないはずだ。 「ふあっ、あん! あっ、あっ……イッ、イッたばかりなのに、も、もうっ、乱暴ですね? んふふッ」 「レナだって、いつも……もう1回してるよね?」 「それは、ふあっ……ふあっ、マサオミが……んっ、んんぅ~! なかなか、あっあっ……んんぅ~」 「いっぱいっ、いっぱい……してくれるせいですよっ、んふっ、あっ、ふああッ!」 甘えるように、指先で俺の胸元を撫で回してくる。 だから俺もレナを抱き締め、甘いキスで答えていた。 「はむっ……ちゅっ、んぅ! あんっ、んふふっ……仕方が、ないですね? あっ、あっ」 「……マサオミは、んっ、んふっ……わたしのこと、離したく……ないですものね? ふやぁんっ」 もちろん! そう答えるように、強めに子宮を突き上げてやる。 すると結合部から、ぐちゅりと愛液と精液の混合液が溢れ出してきた。 「あっ、あん! もう……まだ、敏感っ、なんですからね? あっ、ふぁ~ん……ああっ!」 「ごめんっ、けど……もう止まれそうに、ないから」 「んふふっ、わかってますよ……あっ、あ! わたしも……わたしもっ、んッ……あああっ!?」 「マサオミをっ、マサオミを! 離したくっ、ありませんから、あん! あんっ、あぅん!」 腰が勝手に加速していく。 レナで、レナで射精したがっている。 「はあっ、あん! ふあッ、あぁん!? マサオミっ、マサオミ……あっ、あんっ! ふあっ、ああ!」 熱く煮立ったスープのように、欲望と理性と、愛情が、一緒くたになっていく。 熱く、熱く、俺はレナを欲していた! 「んんんぅ~! わたしっ、また……またイキそぉですっ、また! イク、イクっ、はううッ!?」 「俺も、俺もだよ、レナ! また一緒にイこうっ」 「はいっ……はい! マサオミもっ、マサオミも一緒に……あっ、はぁ~ん! んんんッ……あっ!」 俺は…… 「ふあああッ!? マサオミ、ま、まだ……激しくなって、あああッ! すごいっ、すごいです、マサオミ! マサオミ!」 もう、もうなにも考えられない! ただ、ただただ、レナに……レナの赤ちゃんの部屋へ向かって、腰を振る。 「イクっ、イクイク! イッちゃいますっ、マサオミ! マサオミのおち●ちんでっ、イッちゃいますよぉ~、はああ!」 「ああっ、ああ! このまま、このまま、また!」 「ふああッ! はい……出して、出して欲しいですっ、マサオミのっ、赤ちゃんの素……おま●こに出してぇ!」 ビリビリと背筋を走る快感に、身体の奥が熱くなる。 自分自身の分身を産み出そうとする本能を……レナの中で、爆発させる! 「マサオミっ、マサオミ! 熱いっ、熱いですっ……出してっ、早く出して! マサオミぃ、はん!」 「もうすぐっ、もうすぐだから! 受け止めて、受け止めてっ、レナ!」 「んんんぅ~! おち●ちんがっ、おち●ちんが……わたしの中で、射精しようと膨らんでっ、あっ、あっ!」 「マサオミのっ、マサオミの精子っ……またっ、またおま●こでッ、受け止めちゃいます、あん!」 「あんっ、あッあッ! イクっ、イク! イクイクイク、イッちゃいますッ、マサオミぃ!?」 「ふあっ、あああぁあああぁぁぁぁあぁぁ~~~ッ!!!」 レナの膣奥で、思いっきり中出しする。 「あっ……あっ、中で、おま●この中で……びくびくっ、震えながら……あっ、あふっ」 「マサオミの精液……んっ、んんぅ~、いっぱい、いっぱい……子宮の奥まで、入って来てますよぉ」 ペニスの脈動に合わせて、レナの膣道も蠕動し、やさしく……でも一滴残らず搾り出されてしまう。 俺も逆らわず、最後の最後まで、レナの中に入ったままでいた。 「はうっ、ふああっ! ……マサオミっ、マサオミ! ま、また……おっぱいに、顔っ、埋めて、あうう!」 本能の赴くまま、レナのバストへ顔を埋める。 そのまま、そのまま、最後のスパートを掛けていた! 「あんっ、ああ! ふあああッ、そんな……おっぱい吸われながら、イク……おっぱいで、イッちゃいますよぉ!」 「ちゅっ……もっと、もっと感じてくれ、レナ! レナ!」 「はああっ、こんなっ、こんなの! 気持ちよすぎて、はああッ! 先にっ、先にイッちゃいそっ、で、あうう!」 搾り取るように締め付けが強くなる。 俺もまた、快感に、快感に溺れながら、加速していく! 「ふあっ、ふあッ! イクっ、イクイクイクッ、イッちゃいますよぉ! マサオミっ、マサオミ!」 「もうすぐ……もうちょっとだから!」 「そんなっ、そんな! あっ、あん! 出してっ、早く……出して、マサオミ!」 「あん! あんっ、ふあっあああ! 一緒っ、一緒がいいのに……わたしっ、わたし!?」 「はうっ、あう! あんっ、ふあっ……あああっ、マサオミ!? ふああッ!?」 「ふあぁああぁぁぁぁぁぁあぁ~~~~っ!!!」 吸い付くように蠕動する膣襞に逆らって、最後の最後でペニスを抜き放っていた。 「ああっ……抜けてっ、あっ、はぁ~ん! あ、あんなに勢いよくっ、あっ……あっ」 「マサオミ……マサオミのおち●ちんから、ふああ……たくさん、たくさん出てくるところ、見えちゃってますよぉ、あふっ」 下腹部から乳房へ向かって、何度も何度も、ペニスが脈動する度、白い射線が描かれていく。 愛しい人を大量の精液でべったりと汚してしまう。 「はあっ、あふ……ふう、ふう……んふふっ、マサオミの、おち●ちんは……学院の中でも、暴れん坊なんですから」 「レナこそ、途中からもう、あんまり意識してなかったんじゃない?」 「マサオミが……わたしを、夢中にさせちゃうからですよ……?」 それは、俺も同じだ。 キスでそう伝えてやる。 「ちゅっ、ふふふ……愛してますよ、マサオミ?」 「俺も愛してるよ、レナ」 さらに、もう一度キスをして。 しばらく、そのまま……固く抱き合っていた。 緊張で眠りが浅かったのだろうか? それとも明日のため、早めに布団へ入り過ぎたせいだろうか? 夜中に、ふと目が覚めてしまったのだ。 「んにゅにゅ~…………すーーっ、すーーっ」 「……レナは、よく寝てるみたいだな」 頑張って原稿を書いていたから、その分、脳が疲れてたのかもしれない。 いずれにせよ、やっぱりレナは大物だ。 俺なんか、目が冴えてしまっている。 境内の方も、まだ明かりがついてるらしい。みんな、まだ作業を続けてるのだろう。 あっちを手伝いに行ってみようか? けどまた、追い返されそうな気がする。 「あ、そうだ」 ふと前からやろうと思って、やれてないことがあったのを思い出す。 時間も……たぶん、ギリギリ起きてるかな? 俺はレナを起こさないよう、そっと布団を抜け出すと、携帯を手にリビングへ向かった。 「…………?」 携帯のアドレス帳から、『自宅』と書かれた番号を呼び出す。 レナの家族とビデオチャットで話してから、俺もずっと実家へ連絡しようと思っていたのだ。 けど普段わざわざ電話なんかしないせいか、今日までなんとなく伸ばし伸ばしにしてしまっていた。 「……まあ、いい機会だよな」 思えば、始まりは母さんの言葉からだった。 なら終わりを迎えようとしている今、声を聞いておくのも悪くない気がしたのだ。 思い切って、通話ボタンを押す。 寝てるようだったら、また今度、連絡すればいいだけさ。 『アンタどうしたの、こんな夜中に?』 『なんか不吉なことでもあった? 夜中の電話は心臓に悪いわー』 「第一声がそれ?」 だが声を聞いた途端に、後悔してしまう。 遠く離れてる母さんにこちらの状況などわからないのは当然だけど、あまりにノーテンキだったせいだ。 『だってアンタ、滅多に連絡してこないでしょうに?』 「ああうん、ごめん……だから、たまには連絡しとこうと思ってさ」 「元気?」 『こっちは心配ないわよ、アンタこそ元気にしてるの?』 「ああ、それは……」 『ちゃんとご飯食べてる? 勉強は、疎かにしてないでしょうね?』 『お祖父ちゃんに迷惑かけてないわよね? お手伝いは、ちゃんとしてるの?』 『もう、母さん心配だわぁ』 「うん、大丈夫だから……うん」 矢継ぎ早に質問されて、正直、ちょっと鬱陶しくなってくる。 これでもよその家族愛には、感動することもあるんだけどな。 自分の親だと、どうしてこう面倒に感じるんだろう? もうさっさと切りたくなってくる。 「とにかく、連絡しときたかっただけだから」 『なによ、面倒そうに』 バレたか。 けどそっちだって、俺の話なんか聞いてないじゃん。 『まあいいけど。でもどうせ掛けてくるなら、次は昼間にしなさい』 『なんかアンタの名前が表示されてるし、夜中の電話は本当心臓に悪いわー』 「わかったわかった、それじゃ……」 ボタンへ指が伸びかけて、ふと思い直す。 『なに? まだなにかあるの?』 「いや、まあ……その」 「ありがとう」 『……どうしたの? なにか地面に落ちてる物でも食べた?』 「いや、俺って子供の頃から色々と迷惑をかけてきたんじゃないかと思ってさ、だからそんだけ」 『は? なにそれ急に? 死亡フラグ?』 せめて、気味悪そうに言わないで欲しい。 やっぱり言うんじゃなかった。 「悪かったよ、じゃ!」 今度こそ、通話を切ろうとボタンへ指を重ねる。 『そんなの……』 けどまだ声が聞こえるのに気付き、タイミングを逸してしまう。 『そんなの、迷惑なわけないじゃないの』 「……え?」 『そりゃアンタには、いっつも心配ばっかりかけられたけど、迷惑なはずないでしょう?』 『ま、今は連絡がなくても、慌てないで済むくらいにはもう安心してるけどね』 『アンタがいなくても、のんびりかまえられてるわ』 「俺がいない方が、父さんとイチャイチャできるから?」 『アハハハハハハハッ!!』 いきなり爆笑されて、携帯から耳を離す。 『確かに、それもあるわ』 「普通、親が自分で認める?」 まったく、これがうちの親なんだよな。 けど俺にも、今さら気付くところがあった。 おそらく両親は、俺のことが心配で一番イチャイチャしたいはずの新婚時代、それどころじゃなかったのだろう。 今になって、その時間を埋めてくれているのなら、息子としてありがたいことだと思う。 『やっぱり、なにかあったんでしょ?』 「え? なんで?」 『突然電話してきて、急に真面目な話されたら、そりゃ怪しむでしょうに』 「あ、あー」 そりゃそうか、ちょっと甘く見ていたかも。 「実はこっちで、彼女ができた」 『くぁwせdrftgyふじこlpッ!!?』 「どわッ!?」 またも、携帯から耳を離す羽目になる。 いきなり親のテンションがおかしくなったのだ。 『お父さん! お父さーーーーんっ!! 将臣にっ将臣に彼女ができたって……え?』 『ビールなんて飲んでる場合じゃないの! ……祝杯? そうよ、何言ってるの!? ビール買ってきて、1ダースくらい買ってきていいから!!』 『そう、車に積んで! ……え? どこにって、そんなの知らないわよ! とにかく車じゃないと運べないから、車に積んで! 車に積んでって!!』 どうも、こういうのはレナの家だけじゃないらしい。 日本の家庭も大差ないようだ。 「ちょっと落ち着いてくれ! 夜中にうるさいから……聞いてるか?」 『それで? どういう子なの? 明日、美容院予約入れたほうがいい!?』 「明日? いや、連れてくなんて一言も言ってないよね?」 『え! 来ないの? え!? ……お父さん、やっぱりいいって』 『車のキー? そんなの探さなくていいから、ビールでも飲んでて』 「あーもう、とにかく、その子が家族を大事にする子だったから」 「それで俺も……親孝行とかしたほうがいいかと思ったんだよ、本当にそれだけ」 『なんでそんなに、死亡フラグ立ててくるの?』 「はあ? もー引くわー、台無しだわー」 どう足掻いても、うちの親なんてこんなものなんだろう。 最終決戦を前に、俺を奮い立たせてくれたりはしないのだ。 『だいたいアンタはね、親孝行なんて考えなくていいから』 「いや、さすがにそれはなくない?」 『いいのよ、無事に育ってくれただけで、もう充分感謝してるから』 「感謝? 感謝って、神様とかに?」 『バカね、アンタによ』 あっ。 『その彼女、今度、本当に紹介しなさいよ? うちに連れて来てもいいから』 「あー……うん、聞いてみる」 「俺もちゃんと、紹介したいと思ってたから」 『楽しみにしてるわ』 「それじゃ、今度こそ」 とはいえ、彼女ができたとわかっただけで、あの発狂ぶりだもんな。 外国人だとわかったら、どうなってしまうんだろう? 「……マサオミ」 「レナ! ひょっとして、起こしちゃった?」 「いいえ、なかなか戻ってこなかったので、様子を見に来ただけです」 「ごめん、もう戻るから……ん?」 レナが、ちょんと袖の先を摘んでくる。 「マサオミ? マサオミも、マサオミのお父さんとお母さんに……わたしのこと、紹介してくれるつもりですか?」 「ああ……もちろん」 「レナさえよければだけど」 「わたしこそ、もちろんです!」 またもレナが、力一杯ハグしてくる。 「ますます明日は、頑張らないといけませんねっ」 「それには、ベストエンドを迎えないといけないもんな」 「はい…………ねえ、マサオミ?」 「なんだい、レナ?」 「わたし……思ったのですよ」 「マサオミと恋人になれたから、マサオミのお父さんとお母さんにも、紹介してもらえるのですよね?」 「うん、俺もレナと恋人になれたから、レナの家族にも紹介してもらえたんだよな?」 「はい、マサオミとの繋がりから、また新しい繋がりが生まれて」 「新しく、家族が増えていくのですね」 「……ああ、そうかも」 「わたしも、わたしの家族も……マサオミも、マサオミの家族も」 「みんな一緒に暮らしてるわけではないですが」 「それでも……みんなバラバラのまま、1つに繋がっていけるものなのですね」 レナの言う通りかもしれない。 いずれ交際が順調に進むなら、そうなれる可能性は充分高いだろう。 地球の反対側に暮らしていたって、人と人が1つに繋がっていける。 それは本当に1つになってしまうより、奇跡に近いんじゃないだろうか? 「………」 「まだ寝てるのかな?」 「どうでしょう? さすがにもう起きていらっしゃると思いますが」 「あ、足音が」 「すみません、遅くなりました」 「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。まだ遅刻するような時間じゃないからね」 「でも、お待たせしてしまって。本当に申し訳ありません」 「今日も……ですか?」 「あ……本当にゴメン」 「別に謝ってもらう必要はありませんが。ここの所、多いですよね」 「……すみません」 「別に謝ってもらう必要はありませんが」 「………」 最近また、朝武さんの雰囲気が冷たい気がする。 とはいえ、その理由は俺の方にあるから文句は言えない。 朝武さんが言った通り、時間に遅れたりすることが増えたからなぁ。 「はい、どうぞ。朝食です」 「ありがとう、常陸さん」 俺は大人しく朝食を食べ、そのまま学院に向かうことにした。 「レナ・リヒテナウアーと申します。気軽にレナって呼んで下さい」 「子供の頃から日本に憧れていました。夢が叶ってとても嬉しいです」 「いたらぬところも多々ありましょうが、よろしくお願い致します!」 週が明けた月曜日の教室。 朝のHRで、レナさんは元気よく挨拶をする。 そして、その目が俺や常陸さんを見つけ、嬉しそうに笑う。 「フフッ」 小さく手を振ってきたので、目立たない程度に、軽く振り返す。 「リヒテナウアーさんは、旅館で働きながら留学をしているそうです」 「困っていることがあれば、ちゃんと力を貸してあげてくださいね」 「よろしくお願い致します!」 「ここの生活はどうー?」 「日本の部屋はタタリが素晴らしく、お世話になる宿にはオンネンも湧いていて、とても素敵で楽しいです」 「た、祟りに……怨念?」 「はい! とっても気持ちいいですよ。気になる方は、志那都荘に泊まりに来て下さいませ」 「え? 志那都荘って……あの志那都荘? もしかして、本物が出るの?」 「んなわけないだろ。出るならもっと噂になって、宿をたたんでるっつーの」 「子供の頃から出入りしてるけど、一度も見たことないぞ」 「じゃあ、普通に言い間違えか」 「まあ、そんな心霊現象が出て、あんなに嬉しそうにしてるとは思えないしな」 「けど、まさか留学生が働く時代が来るとはなぁ……」 「これからそういう人も増えるんじゃねーの? 外国からの客も増える一方だしよ」 「あ、うちも英語に堪能な人を雇うとか話してたわ、そういえば」 「日本語は拙いかもしれませんが、ちゃんと勉強していきますので、よろしくお願い致します」 「えー、十分上手だよ?」 「でもオカミには怒られてばかりでありますよ……」 「あ、ウチも旅館だから。わかんないことがあったら教えてあげるよ」 「真でありますか!? よろしくお願い致しますっ」 この調子なら、俺が気を揉む必要もなく、すぐに打ち解けることができそうだ。 むしろ……俺よりも仲良くなりそうなぐらい。 「はい。質問はそこまで」 「何か気になることがある場合は、休憩時間にして下さい」 「はーい」 休憩時間になると、レナさんは常陸さんに駆け寄った。 常陸さんの側には当然朝武さんがおり、そんな3人を囲うように女子たちが集まる。 ……うーん……俺が転入した時とは大違いだ。 こんな風にわいわいすることもなく、静かに受け入れられたからなぁ。 「同じクラスになれてとても嬉しいです」 「ワタシもです。と言っても、クラスは一つしかありませんから、同じになるのは当然なのですが」 「常陸さん、レナちゃんの事、知ってるの?」 「先日、レナさんがここを訪れたときに町の案内をしまして」 「その人が……有地さんが仰っていた方ですか」 「改めて、よろしくお願い致しますね、マコ」 手を伸ばして握手を求めるレナさん。 常陸さんもにこやかにその手を握り返す。 「はい。よろしくお願い致します」 「あ、私は《お》小《の》野《のり》典《こ》子だよー」 「アタシは《やぎ》柳《ゅう》生《なる》成《み》美」 「他の皆様も、どうぞよろしくお願い致します」 レナさんは、みんなと握手を交わしていく。 そうして挨拶をしていく中で、レナさんは朝武さんの前に立った 「初めまして。レナ・リヒテナウアーと申します」 「初めまして。朝武芳乃といいます。よろしくお願いします」 同じように手を伸ばすレナさん。 朝武さんは、少し頬を赤らめながらもその手を握り返し―― 「ひゃっ!?」「きゃぃっ!?」 「よ、芳乃様? どうかされたんですか?」 「いえ、ちょっと静電気でビリッとしただけ」 「ビックリしました」 「では改めて」 「………」 少しビクビクしながら手を伸ばす朝武さん。 今度は何の問題もなく握手が交わされる。 「ほっ……よろしくお願いします」 「よろしくお願い致しますね。ヨシノ……おや?」 「トモタケ……? もしかして、穂織のお姫様ですか?」 「あれ? レナちゃんが、巫女姫様のことを知ってるの?」 「茉子が教えていたの?」 「いえ。特に説明はしていないはずですが……?」 「お祖父ちゃんから聞きました。お祖父ちゃんはお祖父ちゃんのお祖父ちゃんから聞いたそうです」 「あ、そうでしたね。レナさんの高祖父は、穂織で暮らしたことがあるんでしたね」 「へえ。そうなんだ」 案内をしながら色々と教えてもらった中に、そんな話があったな。 レナさんの高祖父は日本人で、何か勉強のために穂織に訪れていたのだと。 そして、この地で高祖母と運命的な出会いをして結婚したとか。 「でも、やっぱり外国の人は違うよね……特に凸凹とか」 確かに。特に、俺を衝撃から守ってくれたあのおっぱい。 同じ学院の制服に身を包みながらも、ボレロは腰に巻きつけるというアレンジ。 そのおかげで胸の主張が凄い。 谷間が強調されている分、昨日よりも存在感を感じるかも。 「上着はちゃんと着ないの?」 「そうしたいのはやまやまですが……胸が窮屈でして。リボンもすぐに解けてしまうのです」 「うーん、ちょっと嫌味に聞こえなくもないけど、そのサイズだもんね……。納得せざるを得ない」 「とにかく、その方がいたから、ここに留学をしにきたんですね?」 「ですよー。ハッ!? わたし、お姫様にとても失礼な言葉づかいを」 「大変失礼を致しました。今後とも、何卒よしなにお願い申し上げちゅかまちゅりましゅる」 「噛んでる噛んでる」 「お姫様なんてずっと昔の話です。そんなにへりくだる必要はありませんよ」 「そうなのですか?」 「まあ、こうして机を並べて一緒に勉強してるぐらいだから」 「流石に失礼なことはしちゃダメだけどね」 「わかりました」 「レナさんは本当に日本語が上手ですね」 「そうですか? オカミには怒られてばかりなのですが……」 「日本語もオカミから教わり直している最中でありまして」 「旅館で働くなら、確かに厳しいかもね」 「オカミ、怖いです……」 ガタガタと震えるレナさん。 猪谷さんって、そんなに怖いのか……。 「でも、想像以上に日本は素敵なところです! タタリにオンネン、サイコーです!」 「畳と温泉ね」 「なんか変な部分だけおかしいね。そりゃ厳しくもされるかー」 「あと、お寿司も美味しかったです」 「へー、そうなんだ。レナちゃんってワサビは大丈夫なの?」 「うっ……ワサビィ……」 「ワサビぐらい、へっちゃらですとも!」 「すでに涙目になってるよ……」 「苦手なら苦手って言ってくれていいのに」 「へ、ヘーキです。ワサビは日本の情緒、受け入れられます。心の汗は出てしまいますが……」 「……あー……一応言っておきますと『侘び・寂び』と『ワサビ』はまったく違うものですよ?」 「………」 「なんですと!?」 「日本でもさび抜きで食べる人も多いですよ?」 「あっ、わたしはさび抜きの方が好きー」 「な、なんと……そのような事実が……ワサビを抜いてよかっただなんて……ファッキンワサビ」 そんな声を震わせるほど、悔しがらなくても……。 なんて女の子のやり取りを、ボーっと眺めていると、いつの間にか廉太郎が側に立っていた。 「……なーんか楽しそうだなぁ」 「お前、祖父ちゃんに言われてあの子を案内したんだよな?」 「そうだな」 「いいなー。俺が案内したかったなー……祖父ちゃん、なんで俺に言ってくれなかったんだろ」 「もし案内させてくれたら、今頃は……」 「お前がそうやって、いつも女の子の尻ばっかり追いかけてるからだってさ」 「旅館の宿泊客にまで手を出したんだって? かなり怒ってたぞ」 「あ、やっぱその件、まだ持ち出されてる?」 「この先もずっと忘れてはもらえないと思うぞ?」 「マジかー……」 「まあ、レナさんならすぐに、友達として普通に仲良くなれると思うぞ?」 「そうだといいんだけどなぁ……」 「………?」 ため息を吐きながら、廉太郎はレナさんに視線を向ける。 だがその瞬間、その周囲から冷たい視線が返された。 「やだー、鞍馬君が見てる」 「きっとレナちゃんのこと狙ってるのよ。気を付けて、鞍馬君は女《たら》誑しの遊び人だから」 「オンナタラシ? なんですか?」 「え? あ、うーん……なんていえばいいか……」 「とっかえひっかえ恋人を変えたり、2人と同時に付き合うような人のことだよ」 「おー、把握しました。女誑し……わたし、覚えました!」 「気を付けてね。鞍馬君の毒牙にかからないように」 「はい。ありがとうございます」 「………」 「廉太郎君サイテー」 「違う、誤解だ。俺は決して二股はかけてない。アレは尾ひれが付いてるだけ」 「でも、噂の元になる行動はあったんだろ?」 「それは……だな……」 「鞍馬、もしかしてお前、従兄に何も言ってなかったのか?」 「正直に言っちまえよ。従兄相手に取り繕う必要もないだろ。みんな知ってる話なんだから」 「えーっと……」 「なんだ、まだ名前覚えてなかったのか?」 「あんまり話はしてなかったしな」 「俺は《たみ》田《や》宮《ただ》忠《おき》興」 「《おお》大《ひら》平《かず》一《とよ》豊。今度は忘れるなよ」 「有地将臣。改めてよろしく」 「よろしくなー」 「で、鞍馬がなんで女子に毛嫌いされているのかと言えばだ」 「言えば?」 「昔、クラスの女子と付き合ってたんだ。けど少ししたら、すぐに別れることになったわけ」 「それはまあ……普通の事だと思うけど?」 「問題はその後だ。こいつ、まーたクラスの女子と付き合いやがった」 「つまり、同じクラスの女子な。しかも別れた翌日から」 「迷惑な修羅場メーカーだな、お前」 「言っとくけど、本当に二股じゃないからな! 時期は被ってないからな!」 「おかげで元カノと今カノが教室の中で対立。ギスギスして雰囲気最悪」 「普通そんなことするかね? その2人、今もこの教室で一緒に勉強してるんだぜ?」 「うわー……面倒くせー……」 「でも結局、新しい彼女ともすぐに別れてさ」 「そしたらコロッと手の平を返して、女子たちが結託しちゃってさ」 「鞍馬の悪口で盛り上がること盛り上がること」 「気付いたら俺だけが悪者になって、学院中の女子から毛嫌いされてたんだ」 「そりゃ仕方ない。自業自得だ」 「時期は被ってないから大丈夫だと思ったんだよ……」 「お前のメンタルはタングステン並みだな」 「いやいや、俺だって反省したんだぞ?」 「どんな風に?」 「修羅場を作らないために、外からの観光客だけを相手にするようにした」 「それ反省って言わないから」 「誰彼かまわず声をかけまくるから、余計に悪評が立つんだよ」 「もしかして、クラスだけじゃなくて学院中で有名?」 「っていうかわりと町中?」 小春の態度にも納得。 どうりでアレだけ嫌われてるわけだ。 「お前なぁ……今さら俺が言うことはないだろうけど。ただし――」 「レナさんが祖父ちゃんのとこで働いてることを忘れるなよ?」 「……うっ、それは……」 「八方手を尽くしてようやく見つけた従業員らしいから、何かしたら大激怒だろうな」 「確かにそうかも……」 「……はぁ……あんなに可愛い女の子を目の前にしながら、何もできないとは」 「お前絶対反省してないだろ? 教室の空気を悪くするのはやめろよ。こっちまで迷惑なんだから」 「してるって!」 「お前は放っておいたら、巫女姫様にも粉をかけそうだからなー」 「あ、巫女姫様と言えば……ずっと気になってたんだけど……」 「有地って、巫女姫様と親しくないか?」 「おう、それは思ってた」 「そ……そうか?」 「前からちょっと気にはなってたんだよ。わりと巫女姫様と気軽に話してるからさ」 「それは……ほら、俺が育ったのは穂織じゃないから」 「巫女姫様って言われても、正直ピンとこなくて」 「それはそうだけど……」 「なにか……気になることでもあるのか?」 「巫女姫様の家は由緒正しいんだよ」 「だからさ、あれぐらいの歳になると婚約者がいるのが普通なんだって。母ちゃんが言ってた」 「俺んとこの母ちゃんも言ってたぞ。学院卒業する頃には結婚して子供産む人もいるんだとさ」 「へー」 婚約者に関しては安晴さんも言ってたな。 子供産むのも普通というのは、初めて聞いたけど。 「だからもしかして有地が……とか思ったんだけど――」 『やっぱないよなー』 「有地が婚約者だなんてないよな。有地じゃ不釣り合いだよなぁー」 「当たり前だろ、何言ってんだよ。巫女姫様の婚約者が有地なんてありえないって」 「………」 『……あっ』 「お前ら、本人を目の前にしてよく言えるなー」 「俺よりよっぽど失礼だと思うぞ?」 「違うんだ、有地。決してバカにしてるつもりはないんだ。悪い悪い」 「俺らの中で、巫女姫様の婚約者になれるのは完璧な人間っていう理想像があってさ」 「そうそう」 「まあ、その気持ちはわかるから」 自分でも不釣り合いだとは思ってる。 「それよりもさ、都会ってやっぱ違うものなのか?」 「違うって……なにが?」 「こう……パンツ見えそうなぐらいスカートの短い女子とか!」 「エロくて薄い本がそこら辺で売られてるとか!」 「あー……たまにいたな、見えそうな女子が」 「でもあれ、わりとギリギリ見えないもんだぞ?」 「なんだ、そうなのか……」 「でも生足が沢山ってのはいいなぁ。ここいらだと、割と隠れてたりするし……私服は特に」 「それに薄い本を売ってる店はあるけど、コンビニみたいに沢山あるわけでもないぞ」 「なんだ、そうなのか……」 「いや、でも、そういう店にすぐに行けるのはいいよなぁ」 「あっと、チャイムだ。本当にゴメンな」 「じゃ、また後でな」 「俺も戻らないと――」 そう言って、3人は自分の席に戻って行く。 「はいはーい。席について下さい、授業を始めますよー」 「………」 そうして授業が始まると、さすがに先ほどまでの喧騒はなくなり静かなものだ。 「そして平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、仏教の変革がもたらされるわけです」 先生が日本史の説明を、黒板に書き込んでいく。 そういえば……他の教科はまだしも、日本史なんてレナさんはこれまで習ったことがないだろう。 「(大丈夫かな?)」 そう思って視線を向けてみると……。 「おぉー、ふむふむ」 なんか、目を輝かせて食い入るように授業を受けていた。 ……そう言えば、日本が好きなんだっけ? 細かいことはわからなくても、日本のことが学べて嬉しいのかもしれない。 そんなレナさんとは対照的に―― 「《 じょう 》浄《 どし》土《 ゅう》宗、《 じょう 》浄《 どし》土《 んし》真《 ゅう》宗、《じし》時《ゅう》宗、《ほっ》法《けし》華《ゅう》宗、《 りんざ 》臨《 いし》済《 ゅう》宗、《 そうと 》曹《 うし》洞《 ゅう》宗」 「この六つの宗派が、鎌倉新仏教と言われていますが……」 「これらはもう少し後の時代の事ですので、後日改めて説明しましょう」 「………」 眠いっ! トレーニングで早起きをする分、ちゃんと早く寝るようにしているけど……それでもやっぱり授業中は眠い。 先生がひたすら説明しているような授業は特に。 「ふぁっ、あああぁぁ~~」 ダメだと思いつつも、どうしても欠伸が止まらない。 まぶたも重くて……頭がボーっとしてきて……。 「有地君」 「………」 「有地将臣君?」 「はっ、はいっ」 「調子が悪いんですか?」 「いえ、そういうわけではありません」 「でしたら授業には集中するように」 「はい、すみません」 今、完全に落ちそうだった……。 いかん、もっとしっかりしないとっ。 軽く自分の頬を叩いて、気合いを入れるが……やっぱり眠い。 この程度じゃダメだ。後で顔でも洗おう。 「………」 「ダメですよ、マサオミ。授業はちゃんと聞かないと」 「それはわかってるんだけどね……」 昼休みになり、レナさんがからかい半分で声をかけてきた。 「お疲れですか?」 「んー……ちょっと寝不足気味ではあるかも」 「睡眠はとても重要ですよ」 「今後はちゃんと、生活を見直そうと思う」 「それがいいと思いますよ」 「お~い将臣、昼飯食べようぜ」 「レナさん、こいつは――」 「はい。女誑しで遊び人のレンタロウですね」 「頼むから、その噂を鵜呑みにするのは止めてくれ!」 「冗談ですよー。クラスのみんなに言われる前から、レンタロウのことは知ってましたよ」 「え? そうなの?」 「噂はかねがね。大旦那さんから色々とお聞きしていますので~」 「……祖父ちゃんから……」 「ロクな話じゃないんだろうな」 「自覚があるから性質が悪いな」 「うるせい。もういい、とにかく飯だ、飯」 「レナちゃんは? お昼どうするの?」 「板長にお弁当を作ってもらいました!」 「レンタロウとマサオミもお弁当ですか?」 「そうだよ。この学院、購買はあっても学食はないから」 「たまに家まで食べに帰る奴もいるけど、さすがにそれは面倒だから」 俺の弁当を作ってくれたのは当然、常陸さんだ。 しかも驚くべきところは、弁当の中身が朝武さんや常陸さんとは微妙に違うというところ。 男の俺でも満足できるようなおかずに変更されている。 「よければ一緒に食べる?」 「おー! ありがとうございます」 「あ、鞍馬君がレナちゃんに手を出そうとしてる!」 「鞍馬君。転入したばっかりの留学生だよ? そういうの、よくないんじゃないかな?」 「ただ一緒に昼飯食べるだけだっつーの! 2人っきりってわけでもないし!」 そんな風に和気あいあい(?)とした昼食になったのだった。 「………」 「芳乃様? どうされたんです?」 「……有地さんのこと」 「もしや《 ジェラ 》嫉《 シー》妬ですか?」 「そうじゃなくて……、最近の有地さんは、本当にダラけ過ぎだと思う。寝坊したり、居眠りしたり……」 「こんな調子のままなら、お祓いのときに危険だと思う」 「んー……確かに、危険かもしれませんね。“こんな調子のままなら”ですが」 「それって……どういう意味?」 「いえいえ。なにか理由があるのでは? と思っただけですよ」 「だから、朝は寝坊で放課後は遊びに行ってるんでしょう? 本人がそう言っていたじゃない」 「それを鵜呑みにしていいものか……。有地さんも頑固なところがありますからね」 「何か隠し事をしてるって言いたいの?」 「そういう可能性もあるかもしれない。と思っただけですよ」 「んー! 終わったー!」 「レナちゃん、レナちゃん、一緒に遊びに行かない?」 「すみません。わたしはすぐに旅館に戻って働かねばなりません」 「覚えなければいけないことが沢山ありますので」 「そっかー。お仕事じゃ仕方ないね」 「旅館の休みって、結構お客様次第なところもあるからね」 「また機会があったら、遊びに行こうね」 「はい。よろしくお願い致します」 急いで荷物を片付けるレナさん。 「それではみなさん、オタッシャデー」 「また明日ねー」 「バイバーイ」 さてと……俺も、放課後のトレーニングに行かないと。 「有地さん」 「ん? 朝武さん。どうかした?」 「授業中、居眠りをしていましたよね」 「あ……はい、してました……」 「それに最近は朝も遅いようです。眠れない理由でもあるんですか?」 「それは……」 「いや、別に眠れない理由はないよ。よく眠れてる」 トレーニングのおかげで、布団に入ったらすぐに意識を失う毎日だ。 「ゴメン。これからは気を付ける」 「言葉だけじゃなく、ちゃんと態度で示すから」 「……体調が悪い時は無理しないほうがいいと思います」 「お祓いが危険なことは、有地さんはわかっていると思いますが」 「うん、ゴメン……」 「………。こちらこそすみません。少しきつく言い過ぎたかもしれません」 「いや、本当のことだから」 耳が痛い。ちゃんとしないとな。 「んんっ……んぁっ」 「と、朝武さん?」 なにやら突然、艶めかしい声が……? なぜ? 「ぃぃっ、んんっ……や、やだ、こんなところでぇ……」 「ぅあっ! あっ、んんっ……んんん……ッ」 必死に耐えようとする朝武さんだが、その吐息はどんどん熱く、激しくなっていく。 そして―― 「あっ、あっ、んんんんんーーーーッッ」 一際大きく身体を震わせたその時、その頭からピョコンと例の耳が生えた。 「あ、耳が……」 「そんなマジマジと見ないで下さい」 「あ、ゴメン」 この耳は呪詛の現れなんだよな。似合ってるし、可愛いけど。 呪詛と言われても俺にはしっくりこないけど、朝武さんにとってはコンプレックスの塊なんだろう。 「だ……大丈夫?」 「はい。特に問題というほどのことは……ありませんから」 「あの、耳が生えるときはいつもこうなの?」 「基本的にはそうですね。耳がキーンとして、身体が少し変な感じになりまして」 「有地さんの身体に残った穢れに反応したときは、むしろ例外です」 「そっか」 毎回あんな吐息を漏らしてたら、色々大変だろうな。 「耳が生えたってことは……祟り神が……」 「なら、今夜お祓いだね」 「体調がよくなければ、本当に家で休んでいて下さい」 「いや、大丈夫だから。今夜もついて行かせて欲しい」 「……はぁ……わかりました」 「あ、でもまず先に、ちょっと寄るところがあるから……」 「………」 朝武さんの目が『言ったそばから……』と語っている。 とはいえ、祖父ちゃんに連絡しないわけにもいかない。 「今日はすぐに帰れると思うから」 「……わかりました。それではまたあとで」 そうして静かに教室に戻っていく朝武さん。 「………」 「あ、巫女姫様。さようなら」 「また明日」 「はい、さようなら。また明日」 みんな、いつも通りだ。誰1人として騒ぎ立てる様子もない。 本当にあの耳は、普通の人には見えてないんだなぁ。 何とも不思議な感覚だ。 「あのままでよいのか、ご主人?」 「うわぁ!? び、びっくりした……いたのか」 「終わりを告げる音が聞こえたからな」 「俺が授業を受けてる間、いつもどこにいるんだ?」 「適当に散策しておるだけだ。授業を聞いておっても暇じゃからな」 「それよりもご主人、あのままでよいのか?」 「それって……朝武さんのことか?」 「俺の態度はたるんでるように見えたと思う。言い訳のしようもないよ」 「理由ならあるではないか」 「にしたって、自己管理できてなかったのは事実だよ」 だから授業中に居眠りをしてしまった。 「注意されるのも当然。お祓いには危険が付きまとう」 「朝武さんは毎日練習してても、居眠りなんてしない」 「トレーニングしてるから居眠りも仕方ない、なんて俺だけ言うのは……なんか、ダサいだろ」 「男の見栄というのも、面倒なものだのう」 「唐突なんだけど、今日のトレーニングをなしにして欲しい」 「どうした? 身体が音を上げているのか?」 「確かにトレーニングは結構キツイけど、それが理由じゃなくて」 「今晩またお祓いに行くことになった」 「そうか。もうか……」 「さすがにあの鍛練の後じゃ、身体が動かなくなりそうだから」 「もう少し時間があれば、多少は鍛え直した変化もあっただろうが……仕方がない」 「いいか、鍛練の成果を見せるなどとは考えるな。決して驕るんじゃないぞ」 「わかってる。というか筋肉痛もあるから、無理はしたくてもできないって」 咄嗟の反応は、前の方がいいだろう。 でも―― 「稽古をしてて色々思い出したよ」 短い期間であっても、祖父ちゃんにトレーニングを見てもらった意味はちゃんとある。 少なくとも昔の感覚を多少は思い出すことができた。 今なら前みたいに、手首を痛めたりするようなことはないだろう。 「……そうだな。今のお前でもできることを、落ち着いてすればいい」 「はい。ありがとうございました」 「礼を言われるようなことではない。それにだ、鍛練は今後も続けるつもりなんだろう?」 「もちろん」 「では、怪我をしないようにな」 「怪我で鍛練を中断をすることになれば、また最初からやり直しだぞ」 「それは絶対に嫌だ!」 「焦らず、慌てず、鍛練でしていたことができれば上出来だ」 「逆に言えば、鍛練の時にできなかったことは絶対にできない。そう心しておけ」 「そしてお前がするのは剣道でも試合でもないことも、決して忘れるな」 「わかってる」 「ならばいい」 「明日、同じ時間に待っているからな」 「うん。行ってきます」 とても静かな山の中、少し冷たい風が吹いた。 ――カサカサ……と葉の擦れる音が、妙に大きな音で聞こえる気がする。 「……ひょわっ!? なにか音がしたぁっ!?」 「風で枝葉が揺れただけだろう、きっと」 「そうか……ならばいいのだが」 「他には……音がしてないな。まだ来そうにないかな?」 「よ、よし、歌でも歌うか!」 「かごめかごめは止めてくれ」 「とおりゃんせ、とおりゃんせ~。こ~こはど~このほそみちじゃ~」 「だからなんでそういうチョイス?」 「だって吾輩そういう歌しか知らぬのだぁ~~~!」 「怖いなら、叢雨丸に宿っておくか? それなら少しはマシになるだろう?」 「なんと……っ、ご主人……天才であったか」 「いや、そんな大層なことは言ってないと思うが……」 「臨戦態勢は整えておいた方がすぐに動けるからな」 「よし。ではしよう、今しよう、すぐしよう」 以前と同様に、静かな山の中で夜を吹き飛ばすような光が放たれる。 そして叢雨丸から立ち昇る、不可思議なオーラ。 安全を確認してから、鍛練をなぞるように丁寧に刀を振ってみる。 その動きに合わせて――ヒュッ、と小さい音が響いた。 「うん……大丈夫だな」 安心しかけたその時、藪をかき分ける音が響いた。 しかも徐々に近づいて来ている。 「この音は……来ましたね」 「わかってる。有地さん、気を引き締めて下さい」 「うん、わかってる」 叢雨丸を構えたまま、音のした方に切っ先を向ける。 「決して油断はしないように、お願いしますね」 「はぁー……すぅー……」 一度大きな深呼吸をして、自分を落ち着かせる。 焦る必要はないんだ。 今までのお祓いを通して、わかったことがある。 祟り神の攻撃は確かに脅威だけど、フェイントを挟むようなことはない。 「(それなら、祖父ちゃんを相手にするよりもずっと楽だ)」 それは油断のつもりではなかった。 だが、やはり緊張を緩めすぎていたかもしれない。 そんな心の隙間を狙うように、祟り神は俺の知らない動きで現れた。 「(――とっ、跳んだッ!?)」 藪をかき分けるのではなく跳び越えて、真っ黒な塊が俺に迫る。 「有地さん!?」 「――逃げてッ!」 2人の声も右から左に抜けていく。 ギョッとした俺の思考は、完全に停止していた。 が、身体は違っていた。短い期間とはいえ、幾度となく祖父ちゃんに打ち込まれたんだ。 経験が身体を動かす。 「―――ッ」 触手とすれ違うようにして、前に跳ぶ。 そしてその勢いを殺さずに、手首を返して斜め上からぶった斬った。 「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」 振り切った手には確かな手応え。 自分でも驚くぐらい、これまでには出来なかった鋭い一刀。 「(やったか!?)」 「(いや、気を抜くな! 試合じゃないって祖父ちゃんにも言われただろ)」 すかさず振り返って構え直す。 注意深く見つめたその先で、泥は静かに霧散し、消えて行った。 「………」 そして再び辺りが静寂に包まれた。 「………」 「えっと……今ので、終わったのかな?」 ちょっと拍子抜けするぐらい、アッサリしてたな……。 あまりに予想外な手応えに、俺は戸惑いを隠せなかった。 いや、でも最初に祟り神を斬ったときもこんな感じだったかも。 『ちゃんと祓えておるから安心しろ。見事だったぞ』 「そ、そうか……」 上手く……いった。出来過ぎなぐらい、上手くいった。 「………………よしっ」 別に調子に乗っているわけじゃない。 同じことをもう一度しろと言われても、きっとできないだろう。 それはちゃんとわかっているけど……成果を実感できたことが、嬉しかった。 「(これからもちゃんと鍛練を続ければ、これがまぐれじゃなくなるんだよな……)」 少しは展望が持てるようになってきた。 あとは呪詛を解く方法だな……そっちも探していかないと。 「……ッ!?」 不意に、心臓が大きく跳ねた。 不自然なほどドクドクと、心臓が激しく脈打つ。 突然視界がぐらつき、地面に倒れてしまいそうになる中で、不意に奇妙な光が目に入った。 「なにか……落ちてる?」 先ほどまで、祟り神がいた場所だ。 そこにしゃがみこみ、光の原因を拾い上げてみると…… 「なんだろう、これ……?」 透明度は高いけど……硝子じゃなさそうだ。水晶か何かの石っぽいな。 月光にかざして、マジマジと覗きこんでみる。 いつの間にか、心臓の鼓動は元に戻っていた。 うーん……何だったんだろう、今のは。貧血……だろうか? そんなことを考えていると、水晶の向こう側に人影が映った。 「有地さん」 「え? あ、はい、なんでしょう?」 石をポケットにしまい、俺は腰を上げて朝武さんと向き合う。 「本当に大丈夫なんですか? どこか怪我は?」 「大丈夫だよ。どこも怪我はしてない」 「それならいいんですが……」 「何してるんですか、もう! あんな風に先走るなんて!」 「あ、いや、予想外の動きにビックリして。気付いたら身体が動いてて……」 「そんなに危なっかしく見えたかな?」 「そういうわけではありませんが……」 「先ほどの動きは、今までのドタバタしたものに比べると、随分安定して見えましたね」 「ドタバタって……いやまあ、その通りだとは思ってますが」 「有地さんは、剣道の経験があるんですか? 抜き胴に似た動きに見えましたが」 「一応。祖父ちゃんの影響もあって子供の頃に」 「そういえば、玄十郎さんはかなりの高段者でしたね。では、有地さんも?」 「いや全然。ドタバタな動きを見てたらわかるでしょ?」 「ここ数年は竹刀だって握らず、トレーニングしてなかったんだから」 リタイアしたことを何度後悔しただろうか……。 「『してなかった』ですか……?」 「………」 これは……気付かれた? 毎日トレーニングしてるんだから、怪しまれない方がおかしいんだけどさ。 「ま……まあまあ。細かいことは気にしないでいいじゃない」 「ほら、早く戻ろうよ」 「お疲れ様でした」 「お疲れ様」 「それじゃあ俺は、もう休むよ」 明日もまた早起きしなくちゃいけないしなぁ……。 「ご主人。寝る前にちゃんと湯浴みをして、穢れを洗い流すのだぞ」 「わかってるよ」 「あの……申し訳ないんだけど」 「構いません、先にお風呂を使っていただいて」 「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ふぁ……あああ~~……」 「やれやれ。湯殿の中で居眠りをせぬように、見ておいてやるか」 「風呂で居眠りなんて一度もしたことないっての」 「それでは芳乃様、ワタシも失礼いたします」 「……あーやーしーい」 「はい?」 「ぜーったいにあやしい」 「茉子の物わかりがよすぎる。それに……2人で怪しい会話までして」 「まるで通じ合ってるみたいだった。なにか私に秘密にしていることがあるように見えたもん」 「あは……やはり《 ジェラ 》嫉《 シー》妬ですねぇ? 気になっているんですねぇ?」 「だからそういうのじゃないってば! 違う、違うけど……気にはなる」 「有地さんのことで何か知ってるんでしょう?」 「いえ、本当に知りませんよ。ですが、少し思い当たることがありまして」 「それってどんなこと?」 「んー……そうですね……では明日、早起きをしてみましょうか」 「……早起き?」 「ご主人、やっと起きたか」 「ごめん、昨日ちょっと眠れなくって――あれ? その服」 翌朝、俺は先に起きていたムラサメちゃんを見て、つい指を指す。 「茉子が気を利かせてくれたのじゃ」 「以前と同じでざいんの服を探してくれた」 「前のも好きだが、こっちはやはりしっくりくるのう」 「どうじゃ、ご主人」 俺の前で、嬉しそうにくるりと回る。 その笑顔には、少しも陰りはない。 いつもの明るいムラサメちゃんだった。 昨夜の会話が、嘘のようだ。 でも。 「む、何だ、ご主人」 「反応が悪いのう、前の服の方が好みであったか?」 あ。 気がつくと、ムラサメちゃんが俺の顔をじっと覗き込んでいた。 「い、いや、いいと思う」 「これぞ、ムラサメちゃんって、感じだ」 俺はとりあえず思考は中断。 ムラサメちゃんとの会話に専念することにした。 「そうであろう、そうであろう!」 「ふっ、こっちの服の方が露出度が高いからな――」 「ご主人は、絶対間違いなく何が何でもこっちが好きだと確信しておった!!」 「ムラサメちゃん、ドヤ顔で、そんなこと叫ばないでくれよ!」 「ご主人、えっちなのは、いけないと思うのじゃ!」 「俺、フツー! フツーだよ!」 「嘘を吐くでない」 「二回も連続であんなにたくさん精液を出せるはずがないっ!」 「ムラサメちゃん、朝から精液って言わないで!」 もう少しオブラートに包んで欲しい。 「二回も連続であんなにたくさん白濁液を出せるはずがないっ!」 包んでもあんまり変わらなかった。 ていうか、言い直さなくてもいいんだけど。 「若い男なら、あれくらいできるのっ」 俺は羞恥に顔を熱くしながら、会話する。 「むっ、そういうものなのか……?」 「そうか、これが、俗に言う若さゆえの過ちというものなのだな!」 またドヤ顔だった。赤い人かよ。 「別に過ちは犯してないっ」 何で朝から、こんな話をしてるんだ俺達は。 「朝から随分賑やかだね」 「おはようございます」 「おはようございます、ムラサメ様、サイズはいいみたいですね」 俺達が境内で掃除(というかじゃれ合い)をしていると、皆も境内に出てきた。 「うむ、まるであつらえたようじゃ茉子」 「良かったです」 「実は普通サイズでは見つからなくて、ジュニア用を――いえ、何でもありません」 常陸さんは、会話の途中でとっさに地雷原から回避した。 さすがくノ一さんだ。 「おはようございます」 「すみません、騒がしくして起しちゃいましたか?」 今日は日曜だ。 安晴さんはともかく、もう少しゆっくりしててもいいはず。 「何を言ってるのですか、有地さん」 「もう七時近くですよ。そろそろ朝食の時間です」 「休日だとしても、もう起きてますよ」 「え? もうそんな時間?」 改めて腕時計を見る。 針は6時53分をさしていた。 いかん、ムラサメちゃんと遊んでる間に時間が経っていた。 「うおっ! 速攻で掃除しないと!」 「急ぐのだ、ご主人!」 今は実体となったムラサメちゃんが箒を手に、せっせとゴミを掃く。 前は俺一人だったが、今は二倍の戦力だ。 「私も手伝います」 「もちろん、ワタシもやりますよ」 そして、一気に四倍になった。 「ムラサメちゃん、もっとそっと掃いて!」 「力加減がまだ難しいのだ」 「そんなに力まなくても大丈夫ですよ」 「ふふっ、何だか妹ができたみたいで、嬉しいですね」 四人で談笑しつつ、作業をする。 「僕も手伝う――と言いたいけどもう道具はないね」 「やれやれ、楽ではあるのだけど……何だか少し寂しいな」 安晴さんは境内の掃除をする俺達を、目を細めて見つめていた。 掃除を終えて、皆で朝食を摂る。 その最中に。 「あ、有地さん、ムラサメ様」 「お伝えするのを忘れてました」 常陸さんが箸を止めて、俺とムラサメちゃんを見る。 「ふぉうひたほふぁ、ふぁふぉ」 「ムラサメちゃん、飲み込んでから話して」 頬についたご飯つぶを取ってやりながら、話す俺。 世話焼き兄貴の役割だ。 「――っくん、どうしたのだ、茉子」 のどを鳴らしてから、改めて言い直す。 「はい、本日、町おこしの会議があるのですが」 「ムラサメ様も回復したようですし、お二人とも出席されますか?」 「あ、そうだったんだ」 俺のところには連絡は来てなかったな。 皆に気を遣わせてしまったようだ。 「ムラサメちゃん、もう大丈夫?」 「うむ、体調はほぼ万全だ」 こっくりと頷く。 「ほぼ?」 「ということは、まだどこか良くないのですか?」 俺と同じ疑問を抱いた朝武さんが、口を開く。 「ふむ、身体自体は健康体なのだが」 「取り付いていて、まれに魂が抜けそうになるのだ」 「たまに力を入れすぎると、ひょいと身体から分離しそうになる」 ムラサメちゃんが、まるで確かめるように自分の手首を動かしている。 「お掃除の時も力加減がわからないとおっしゃってましたものね」 「どうしてだろう? 自分の身体に戻ったのに……」 「いや、それは違うぞ、ご主人」 「吾輩は未だ叢雨丸の管理者であることに変わりはない」 「今は叢雨丸でなく、自分の身体に『取り付いている』にすぎん」 「ご主人達と吾輩は、まだ別の存在なのだ」 「人ではない」 「ムラサメちゃん……」 人ではない。 ムラサメちゃんは、さらりとそう言ったけれど。 俺にはその言葉が、胸に深く突き刺さった。 『………』 朝武さんや常陸さんも、表情を微かに曇らせた。 たぶん、俺と同じ思いなのだろう。 「ああ、案ずるでない」 「急な動きをしなければ、普通に行動はできる」 「町おこしの会議、吾輩も出るぞ」 「ぱくぱく、はぐはぐっ!」 にっこりとムラサメちゃんは笑顔になった後、また元気に朝食を再開する。 「……」 でも、俺の箸は進まなかった。 「ええーっ?!」 「あんたが、いや、あなたがムラサメ様なんすか?!」 四人で町おこしの会議の場に行く。 すでに待っていた小春と廉太郎にムラサメちゃんを紹介したら、二人共目をむいて驚いていた。 「いかにも」 「小春、廉太郎、よろしく頼む」 ムラサメちゃんが、二人に手を差し出す。 握手してくれ、と。 「きょっ、恐縮ですっ! ムラサメ様!」 小春は震える手で、ムラサメちゃんの手をそっと取る。 「堅苦しいことは言わん、ご主人のようにムラサメちゃんでもいいぞ」 「いえいえいえ!」 「私には、そんな呼び方は恐れ多くて……!」 小春はぶんぶんと首を横に振る。 「そうか、まあ無理にとは言わんが」 ムラサメちゃんはそう言うと、次は廉太郎を見る。 「廉太郎、吾輩のご主人がいつも世話になっておるのう」 今度は廉太郎と握手するムラサメちゃん。 「え? いや従兄弟だし、まあマブダチっすから……」 廉太郎はちょっと照れつつ、頬をかく。 「何故か吾輩のご主人は女の友人ばかり作るのだ」 「あー、そういや、そうすっね」 「クラスには男もいっぱいおるであろうに」 「吾輩は常々心配しておったのだ」 「ご主人は実は、はぁれむを作ろうと画策しているのではないかと」 おい、そこの幼刀。 「……ありえるっすね」 「ていうか、最近、あいつばっかモテるのが、気に入らないっす!」 おい、そこの従兄弟にして自称マブダチ! 「吾輩の目の届かないところで、ご主人が暴走しそうになったらすぐに吾輩を呼んでくれ」 「たちどころに、天誅を下す!」 「わかりました!」 幼刀とマブダチ(自称)が結託した。 利害が一致したのか。 そこには奇妙な信頼関係が構築されている。 どうしてこうなった。 「うむ、頼りにしておるぞ、健太郎!」 「廉太郎っす! 廉太郎!」 いや、あまり信頼関係はできてないか。 俺は肩をすくめる。 「おおう、ムラサメちゃん」 「顔色いいですね、何よりです」 お盆に人数分のお茶を載せたレナさんが入ってきた。 「おおっ! レナか」 「苦しゅうない、ちこう寄れ!」 そう言いつつ、自分からレナさんに近づくムラサメちゃん。 子犬のようにはしゃいでいた。 ていうか、抱きついていた。 「おおっ、ムラサメちゃん、ちゃんと触れます!」 「温かいです」 「ふふ、レナの身体は柔らかいのう……」 ふにふにとレナさんの豊かな胸に、顔をうずめていた。 レナさんはお盆を持ったまま、優しい笑顔になる。 「今日のムラサメちゃん、甘えっ子モードですね、マサオミ」 「まあ、今日は許してやってよ」 色々な人と触れ合えるのが嬉しいのだろう。 俺は優しいお兄さん目線でムラサメちゃんを見守る。 「く、いいな、ムラサメ様……」 「俺も実体に戻って、レナちゃんの豊かな胸に、思いっきり顔を……!」 「お前がやったら、即逮捕だからな」 あと、お前はそもそも普通に人間だろうが。 「はいはい、ではそろそろ本題に入りましょう」 「そうね。ムラサメ様もよろしいですか?」 常陸さんと朝武さんが、皆に声を投げる。 そうだった。 町おこしの話し合いをするのが本来の目的だ。 「うむ、すまん」 「つい、普通に皆と接するのが、嬉しくてな、もう良いぞ」 ムラサメちゃんは俺の横にちょこんと正座した。 ごく自然に俺の隣に来てくれるのが、何気に嬉しい。 ついにやけそうなのを必死で我慢する。 さて。 「俺とムラサメちゃんがいない間、何か進展はあった?」 全員がテーブルを囲んで座ったところで、俺はまず状況確認を。 「ううん」 「色々とアイデアは出たけど、まだどれとは決まってはいないよ」 小春がノートをめくりつつ、説明してくれた。 どうやら、俺の居ない間、書記を勤めてくれていたらしい。 「たとえば、どんなアイデアが出たんだ?」 「えっとね……」 小春はノートをめくりつつ、 「アイデアその1、穂織にオ○○○ックを誘致する」 「おい、ちょっと待て! しばし待て!」 いきなりとんでもない意見が出た。 そんなもん、どうやったら誘致できるんだ?! 「このアホな意見を出したのは誰だ?!」 「俺だ」 何故か誇らしげに廉太郎が立ち上がる。 「お前だったのか!」 「そう、俺だったのだ!」 「神々の遊び……!」 気取ったポーズを取っていた。 「遊んでるんじゃねーよ!」 やはりこいつがリーダーにならなくて良かった。 「アイデアその2、穂織でF○を開催する」 「サーキットねぇだろ! 誰だよ?!」 「俺だ」 「お前というヤツは……」 頭を抱える。 「アイデアその3、穂織でコ○○クマーケットを――」 「小春、廉太郎の意見は全部、無条件で削除していいから」 俺はばっさりと、切り捨てる。 時間の無駄である。 「ちょっ、それひどくね?!」 「俺はめいっぱい、経済効果を考えてだな……」 「経済効果の前に、準備するお金が全然足りませんが……」 「それに穂織であえて行う行事でもないですし……」 常陸さんと朝武さんが、嘆息した。 「って、いうわけだ」 「そんなもん、やってみないとわからないだろう?!」 「いや、わかるぞ、やってみなくても」 どれもこれも非現実的すぎる。 「ほら、だから言ったでしょ、この駄兄っ!」 「誰が駄兄だっ、誰がっ!」 鞍馬兄妹がケンカを始めた。 しょうがないなぁ。 「で、これ以外には案は浮かばなかったのか?」 ムラサメちゃんが、番茶を手に皆を見渡す。 「あとは、名物料理を増やすとかですよ」 「ユルキャラを作るというのも出ましたが……」 「小春、ノート見せてくれ」 「はい、お兄ちゃん」 俺は兄妹ゲンカが一段落した小春からノートを受け取り、パラリとめくる。 どれもこれも、俺とムラサメちゃんが二人だけで始めた頃に出たアイデアと大差ない。 つまり。 「ほとんど――というか、まったく進展はなしということか……」 「すみません」 「私も、茉子も舞の奉納や家事で、あまりご協力できなくて……」 朝武さんがしゅんとうつむく。 「あ、いや、仕方ないと思うよ」 「俺とムラサメちゃんが考えてた時も、これってのは浮かばなかったんだ」 「気にしないで。朝武さんが手を抜いたりしない人だってのはわかってるから」 俺はすかさず朝武さんをフォローした。 「あ、有地さん……」 「おやおや、有地さん」 「芳乃様だけですか? ワタシは放置で?」 「え? いやいや常陸さんも、頑張ってるとは思ってるよ?」 常陸さんにも、すぐ労いの言葉を。 「えー?! お兄ちゃん、私は?!」 「マサオミ、わたしをお忘れではないですか?」 「もちろん、二人ともちゃんと頑張ってるって!」 小春とレナさんにも、笑顔を振りまく。 リーダーは気を遣う。 「……今のを見たか、千太郎」 「見ました。あと廉太郎っす!」 「やはり、ご主人は着々とはぁれむ計画を……!」 「まるで、えっちぃ少年漫画の主人公のようじゃ……!」 「誰がだよ!」 ひどい冤罪だ。 俺は今後の町おこし計画に、不安を感じるのだった。 「うう、腹が空いた……」 「人の身体というのは、いいことばかりではないのう……」 「ムラサメちゃん、もうすぐお店に着くから頑張って」 結局、旅館で昼まで話し合っても何も決まらなかった。 全員で昼食を摂りに、店に向かう。 「んでさ、何食べる?」 「俺はまだここに来て日が浅い」 「ここは地元民のお前達のお勧めで頼む」 どこの店が美味いとか、俺はわからん。 「それなら、馬庭さんのお店はいかがですか?」 「え? 芦花姉の店?」 あそこは甘味処だろう。 「デザートならともかく、食事には適さないような気がするけど」 「ううん、そんなことないよ、お兄ちゃん」 「甘味処でも、あべかわ餅とか、磯部焼き餅とかのセットをランチタイムにやってるの」 「へえ、そうなのか」 「お昼時のお客さんもね、しっかり捕まえたいんだって。お姉ちゃん言ってた」 「ロカはたくましいでありますね」 なるほど。 それなら、少しでも売り上げに協力するか。 「ムラサメちゃんと朝武さんはどう? あの店でもいい?」 「もちろんです」 「昼食後のでざぁとも、楽しみなのだ!」 「ですよね♪」 もう甘い物まで食べる気満々だ。 女子って、皆たくましいな。 「んじゃ、早めに行こうぜ」 「日曜はさすがに混むだろう? これだけの人数座れるかわかんねぇし」 「全部で七人だしな……」 もしかしたら、席は何組かにバラけるかもだ。 それもやむなしか。 「行くぞ! ご主人」 「ちょっ、ムラサメちゃん、引っ張らな――」 と俺が注意しかけたら。 「お、おっと!」 ムラサメちゃんが、急ブレーキをかけた。 俺はムラサメちゃんの背中にぶつかりそうになるのを、何とか踏ん張って耐えた。 「どうしたの? ムラサメちゃん」 「ふう、危なかった……」 「今、一瞬、魂だけ前に飛び出しそうになったのだ」 「そ、そうなんだ。今は大丈夫?」 「ふむ……」 ムラサメちゃんは何度か両手の手のひらを開いたり、閉じたりして。 「平気だ。定着している」 「やっぱりまだ力加減が難しいのう……」 眉で八の字を描きつつ、微笑する。 でも、俺はまだちょっと心配だった。 「何だったら、おんぶする?」 「は? それはみっともないではないか、ご主人」 「吾輩は赤子ではないのだぞ」 「でも、転んだ拍子に分離しちゃったら危ないだろ?」 せっかく病気が治ったのに、怪我をしてしまう。 「大丈夫じゃ、もうそっと歩く」 「大地をしっかり踏みしめる。安心せい」 「わかったけど、本当だよ?」 「わかったわかった」 ムラサメちゃんは、一歩一歩地面の感触を確かめるように歩き出す。 俺はもちろん、隣でムラサメちゃんの手をしっかりと握っていた。 いざとなったら、俺が抱いて支える。 「……改めて感じてみると」 「地に足がつくというのは、何だかこそばゆいな、ご主人」 「俺は浮いたことがないから、こそばゆいってのは感じないけど」 「それに地に吾輩の影がある」 「太陽が、吾輩を照らしておる」 「不思議な感覚だ」 ムラサメちゃんは握った俺の手を前後に振りながら歩く。 「これが、生きるということなのか……」 「陽の光が温い……」 「生きるとは、温いのだ……」 ポツリとこぼれた言葉。 俺はその言葉を聞いて思わず、彼女の手を強く握りしめた。 「……見せ付けてくれますね」 「私達がすぐ後ろにいるの、忘れてるんでしょうか……?」 「今のマサオミは、ムラサメちゃん以外、アウトオブ眼中なのですよ」 「レナ先輩、それもう死語ですから……」 「くそっ、俺だって、今に見てろよ……!」 「いらっしゃませ――あ、まー坊」 俺が店の戸を開くと、芦花姉の営業スマイルが瞬時に素の表情にシフトした。 「入れるかな?」 「大歓迎だよ!」 「全員で7人なんだけど」 「神様、仏様、将臣様っ!」 興奮した芦花姉に両手で、ぎゅっと右手を握られた。 「ちょっと、芦花姉、喜びすぎじゃ――」 と言いかけた時に、俺は訳を知る。 店内には、お客が一人もいなかったのだ。 閑古鳥が鳴いていた。 「邪魔するのだ、芦花」 「え? あ、あなたは……あ、もしかして」 勘のいい芦花姉は、もう状況を察したようだった。 「左様、吾輩がムラサメだ」 「いつも、お主の美味いぱふぇをいただいておる。それには感謝しておる」 「それには感謝しておるが――」 じろりん、とムラサメちゃんの尖った視線が。 俺の手を握る芦花姉の両手に。 「あっ、すみません!」 パッ! と芦花姉は俺から手を放す。 「安心してください、アタシはまー坊の姉みたいなものですから」 「ムラサメ様の大事な人を取ったりはしません」 「うっ、そう面と向かって言われると照れるではないか……」 「あ、姉か、芦花は姉なのか? ご主人」 「はぁれむの対象ではないのか?!」 今度は俺が睨まれる。 「違う! ていうか、そもそもハーレムなんて作らない!」 芦花姉の前で何てことを。 「おい、入り口でいつまで突っ立ってんだよ?」 「マサオミ、わたし達もお店に入りたいです」 あ。 そうだった、皆がいた。 「ごめん、皆、入って」 俺とムラサメちゃんは店の中に。 「ふぅ、やっと入れたぜ」 「ロカのお店に来るのは久し振りです」 「お姉ちゃん、ごめんね、忙しい?」 「……はあ、そう見える?」 小春の問いに、芦花姉はため息で答えた。 「ま、まあ、甘味処の稼ぎ時は3時からですし」 「そ、そうですよ。ここは美味しいお店ですから、大丈夫です」 常陸さんと朝武さんも、懸命に芦花姉を元気づける。 「……観光客、マジで減ってるんだな」 「思ってたより、深刻じゃな……」 廉太郎とムラサメちゃんが、俺にそっと耳打ちをする。 「あ、ああ……」 しっかり者の芦花姉の店でさえ、こうなのか。 事態は結構逼迫しているのかもしれない。 俺は焦りを感じ始めた。 「はい、抹茶プリン8人分」 飲み物だけでなく、全員でデザートも注文する。 ちょっとでも、売り上げに貢献しようという俺達であった。 ん? 「芦花姉、一人分多いよ?」 「まー坊達、これからここで町おこし会議の続きでしょう?」 「アタシも参加しようかなってね」 そう言って、芦花姉も椅子に腰掛ける。 「店はいいの?」 「もちろん、お客さんが来たら中座させてもらうよ」 「でも、それまでは参加する」 「町おこしは、この店の存続にも関わってるもの。アタシも何かしなきゃだよ」 芦花姉の目は真剣だった。 直接、口にはしないがやっぱり結構経営がキツイのだろう。 「それで、何をやるつもりなの?」 「大掛かりなことをするなら、早めに町長さんにも言わないといけないよ」 「いや、それが……」 「えっ、えーっと……」 「何というか……」 誰もが言葉を濁す。 さすがに未だに何をやるかも決まってないとは、普通の神経では言いづらい―― 「芦花よ、実は何も決まってないのだっ!」 だが、唯一神なる存在であるムラサメちゃんが、きっぱりと真実を語った。 「そうなんですか?!」 「そうなのだ!」 「まったく、全然、何もですか?!」 「うむ、気持ちいいくらいまったく全然何も決まってない!」 「真っ白の白紙なのだっ!」 「終わった……!」 ぱったりと、芦花姉がテーブルにつっぷした。 「馬庭さん?!」 「お気を確かに!」 「ちょっ、芦花姉しっかりして! ムラサメちゃん、もっと表現を選んで!」 芦花姉が半死状態じゃないか。 俺は慌てて、立ち上がると芦花姉の肩を掴んで揺すった。 「言い方を変えても、真実は変わらんぞ、ご主人」 「とにかく、何をやるかを早急に決めるのだ」 「そうしないと、ここのぱふぇも食べられなくなってしまう」 「芦花、お主もいい案を出すのだ」 「この店の存続は、お主の双肩にかかっておるのだぞ」 ムラサメちゃんも立ち上がり、芦花姉の肩をぽんぽんと叩いた。 「そ、そうですね……!」 むっくりと芦花姉が顔を上げる。 瞳が燃えていた。 ムラサメちゃんの叱咤激励が功を奏したのか。 あのしっかり者の芦花姉が帰ってきた。 「え、えっと……」 「穂織にオ○○○ックを誘致するとかは?」 「芦花姉、しっかりして!」 芦花姉はまだ錯乱しているようだった。 「はぁ……」 「ふぅ……」 デザートを食べつつ、8人で色々と話し合う。 いくつかのアイデアは出た。 でも、これだというものは、なかった。 「企画というものは難しいですね……」 あのいつも元気な常陸さんでさえ、表情に疲労の色が。 「俺、今まで何気なく暮らしてきたけどさ……」 「今まで、周囲の大人達にすっげー守ってもらってたんだな……」 「もっと前から色々してりゃ良かった。反省だ」 めずらしく廉太郎が殊勝なことを言う。 「穂織は特殊な土地柄だからね……」 「廉太郎くらいの歳なら、普通はこんなことは考えないよ」 「ここは良くも悪くも独立独歩だから」 「このまま穂織の土地が寂れるのは、わたしも嫌です」 「頑張って良いイベント考えましょう」 「私が舞をもっとたくさんやるのは、どうでしょう?」 「舞を観に来てくださる外国の方は、多いですし」 「それは、朝武さんの負担が増えるだろう」 朝武さん一人に、負担を押し付けるのは違う気がする。 「うむ、それに観る機会が増えることにより、希少価値が薄れる危険もある」 「得策とは言えんのう」 「ワタシも芳乃様にご無理は……」 「それに御神刀イベント同様、芳乃様の舞も本来は観光客を集めるものではありませんし」 皆が朝武さんの案に難色を示した。 「……」 「そうですね」 「すみません、軽率な意見でした」 朝武さんが肩を落として、しゅんとしてしまう。 彼女は聡明な子だ。 その彼女が、こんなことを言い出すなんて。 「……」 事態の深刻さを俺は改めて感じる。 時間は思っていたよりないのかもしれない。 「あ、いけない」 「芳乃様、そろそろ戻りませんと」 あ、もう舞の奉納の時間か。 やっぱり朝武さんは大変だな。 「皆さん、お役に立てず、すみません」 ペコリと頭を下げる朝武さん。 「いいんですよ、巫女姫様」 「ああ、後は俺達に任してくださいよ」 「ヨシノは舞に集中なのですよ」 「舞の奉納、頑張って下さいね」 「本当にすみません……」 「行きましょう、芳乃様」 「うん、お疲れ様」 「芳乃、茉子、気をつけてな」 「はい、では……」 また一礼して、朝武さんと常陸さんは外へ。 「ご主人、芳乃があんなことまで言い出すとはのう」 「それだけ穂織のことが心配なんだよ」 「巫女姫様は普段から、お忙しいからあんまり頼っちゃダメだね」 「そうね、それに常陸さんもね」 「うむ、今ここにいる者が中心で町おこしをするのが良かろう」 「わたし達で、良いイベントを考えてお客さんを呼び戻すのが一番ですよ」 「もっと死ぬ気で頑張らないとな……」 俺は小春から受け取ったノートをめくりながら呟く。 このノートいっぱいにアイデアを書き込むつもりで、頭を振り絞ろう。 「じゃあ、アイデア出しをまた始めよう」 「朝武さんが安心できるような、いいアイデアを皆で考えるんだ」 「うん!」 「ううむ、やっぱこれか……」 「いや、でも、インパクトが弱いような……」 「ご主人、まだやっておったのか」 「う、うん」 ノートから目を離して、部屋に入ってきたムラサメちゃんの方を見る。 お風呂あがりなのか、髪がしっとりとしていた。 「そろそろ休んだらどうだ」 「明日もあるのだし、明日また考えれば良かろう」 「寝不足の頭で考えても、良い考えはでないぞ」 「それは、そうなんだけどさ……」 今日の事を思い出すと。 閑散とした店で肩を落とす芦花姉。 穂織を心配するあまり、無理をしようとする朝武さん。 「やっぱり、もうちょっとやるよ」 とても暢気に布団に入る気にはなれない。 「ご主人、焦るでない」 「町おこしなど、大の大人でも難しいことなのだ」 「あまり根をつめて、ご主人が病にでもなったら、吾輩は責任を感じてしまうではないか……」 「その時はムラサメちゃんが俺を看病してくれ」 「もちろんしてやる! だが、病になどならぬに越したことはない!」 「今夜はもう休むのだ!」 「うおっ?!」 いきなり後ろから、抱きつかれた。 というか、羽交い絞めに。 「ムラサメちゃん、ノートがめくれない!」 「もう、のうとはしまえ! ほら、横になるのだ、ご主人!」 俺の背中にぐいぐいと胸を押し付けつつ、ムラサメちゃんは俺を机から引き離していく。 可愛らしいふたつの感触が伝わってくる。 以前は硬いと思ったけど、ちょっと弾力を感じる。 実体だからなのか、あるいは成長したのか……。 「ほれ、大人しく吾輩と寝るのだ、ご主人!」 「ムラサメちゃん、女の子がはしたないこと言っちゃダメだろ!」 「ちょっとくらいなら、えっちぃことをしてもよいぞ!」 「くっ、そんな誘惑には負けない……!」 一瞬、ぐらっときたが理性で耐えた。 「またお休みの接吻をしてやるから、床に入れ!」 「あとは床上手な吾輩に身を委ねるが良い!」 「どんどん表現がダイレクトに?!」 二人で身体をからませつつ、ドタンバタンと。 一歩も譲らない俺達。 「電気が点いてるから、いかんのだな……」 「ていっ」 「あ」 ムラサメちゃんに、蛍光灯を消されてしまった。 さすがにもうノートは読めない。 「ほれ寝るぞ、ご主人」 「二人で寝れば、温いのだ」 無邪気なムラサメちゃんの声がする。 やれやれ。 そんな声を聞かされたら、もう逆らえない。 「わかったよ」 俺は観念して、ムラサメちゃんの隣に寝転ぶ。 ムラサメちゃんがぺったりと俺に身体を寄せてくる。 彼女の体温が、心地よい。 俺は一気に、睡魔に囚われる。 「ご主人……」 「無理はするでないぞ……」 ぎゅっと俺の腕を抱くムラサメちゃんの声がだんだん遠のく。 「ご主人は、穂織の犠牲になってはならん……」 「吾輩のようになっては、ならん……」 まどろむ意識の中。 俺は彼女の本心の一端を、聞いた気がした……。 「お兄ちゃん、来たよーっ!」 昼休み、いつものごとく小春が弁当箱を片手に俺達の教室にやってくる。 「おし、昼飯会議やるか。廉太郎」 「了解!」 俺と廉太郎で、机を移動させてくっつける。 6人分の簡易テーブルを作った。 「今日もいっぱい話し合いましょう」 「結構、意見は出ましたよね」 「凄い数が上がったね」 「はい、でも、どれも決め手に欠けますよね……」 昼食を摂りながら、皆でわいわいと話し合う。 出たアイデアは、すでに200を越えていた。 どれも割と現実的だ。 皆、それだけ真剣ということだ。 でも。 「皆、こじんまりとした意見になったような……」 現実を見据えれば、そうなって当然なんだが。 でも、アイデアというものは、飛躍も大切だ。 現実的でかつ、人目を引くイベントというものはなかなか難しい。 「……正直、停滞してきたよな」 「そうですね、似たようなアイデアが増えてきましたし」 「この中で決めてしまうしかないのでしょうか?」 「でも、どれも御神刀イベントほどの派手さはないですね」 「う、うん」 名物料理を増やしても、それがすぐに話題になるとは思えない。 ゆるキャラなんて、滑ったら目もあてられない。 穂織独自の文化を、象徴するようなモノ。 朝武さんの舞に匹敵するような何かが、欲しい。 「私達だけで、悩んでてももう無理かも」 「お兄ちゃん、このノートを一度、お祖父ちゃんか安晴さんに見てもらうのはどう?」 「結局、祖父ちゃん達に頼るのか……」 次世代育成とか言われてたのにな。 でも、仕方ない。 今は一人でも多くの人の意見が欲しい。 「わかった。今日、俺、放課後、祖父ちゃんの所行ってくる」 そうと決まれば、善は急げだ。 「よろしく、頼むぞリーダー!」 廉太郎が俺の肩を軽く叩く。 「あ、何なら、お前も来る?」 「いや、俺はちょっと野暮用が……」 廉太郎の視線が、俺から離れて空中をさまよう。 「廉兄、いつまでお祖父ちゃん苦手にしてるの?」 「たぶん、一生だな!」 「胸を張って言うことかよ」 困ったヤツめ。 放課後。 俺は祖父ちゃんに会うために、早めに教室を出る。 「ご主人」 「にゃあ」 「おお、よしよし」 「お主はめんこいのう」 学院の前でムラサメちゃんが、子猫と戯れていた。 「どうしたの? こんなとこで」 「うむ、茉子から吾輩のすまほに連絡があったのだ」 「ムラサメちゃん、スマホ持ってたんだ」 「ふむ、安晴がくれた」 「これは面白いな、ご主人」 「毎日、10回は回しておる」 「ムラサメちゃん、課金はほどほどにしないとダメだよ?」 安晴さんが、来月請求書を見て目を回しそうだ。 「玄十郎のところに行くのであろう」 「吾輩も行くぞ、ご主人」 「俺を待ってくれてたんだ」 「吾輩が居た方が、ご主人も厳しい祖父と話しやすかろうと思うてな」 「それは、まあ……」 祖父ちゃんの前では俺も未だに、ちょっと緊張する。 ムラサメ様が隣に居てくれたら、確かに助かるかも。 「にゃあ、にゃあ~ん」 「ん? どうしたのじゃ?」 ムラサメちゃんに抱かれていた白い子猫が、急に鳴き出す。 「あ、ムラサメちゃん、あれ」 俺が茂みの片隅を指差す。 そこには、この子猫とよく似た一回り大きな白い猫がこっちを見て佇んでいた。 「お主の親か?」 「にゃん」 まるで、そうだと言うように子猫が鳴く。 「そうか、ならば行くが良い」 「親子はいっしょが一番じゃ」 そっと子猫を地面に下ろすムラサメちゃん。 子猫は親猫の方へと向かって、まっすぐ駆けて行った。 親猫は戻ってきた子猫に、頬を摺り寄せるような動作をした。 やがて、ゆっくりと歩き出す。 「達者でな」 「末永く仲良く暮らすが良いぞ」 ムラサメちゃんが、目を細めつつ二匹に手を振った。 その声が届いたのか、二匹は一瞬、こっちを振り返り一度だけ鳴いた。 そして、再び歩き始める。 「……」 猫の親子の後姿を、ムラサメちゃんは見つめていた。 その目はとても、優しくて。 でも、どこか寂しそうだった。 「すみませんね、将臣さん、ムラサメ様」 「いえ、突然来た、俺が悪いんで」 「うむ、玄十郎も忙しい男だからのう」 せっかく来たが、あいにく祖父ちゃんは留守だった。 何でも臨時で町内会の会議が開かれることになったという。 「言付けがあれば、お伝えしますが?」 「いえ、また来ます」 「たぶん、直接話した方がいいことなんで」 「わかりました」 「お仕事中、すみませんでした」 「いえ、では私はこれで」 猪谷さんは、丁寧に俺達に頭を下げると、静かに門の向こうへ。 相変わらずの綺麗な所作に感心する。 さすが由緒ある旅館の女将さんだ。 「町内会の会議ということであれば、たぶん安晴も出席しておるだろう」 「今は安晴にも相談はできぬな、ご主人」 「そうだね、どうしようかな」 またメンバーを集めて会議をするか? でも、もう同じ顔ぶれでこれ以上話しても……。 悩む。 「仕方ない、ご主人」 「散策でもしながら、考えよう」 くいっと俺の制服の袖口を引くムラサメちゃん。 「ずっと部屋に閉じこもって考えておるのは、良くない」 「ご主人は最近、玄十郎と稽古もしてない。少し運動した方が良いぞ」 「ああ、それはそうかも」 最近少し身体がナマってきたかもしれない。 それに。 「ムラサメちゃんが、生身の身体に慣れるためにも、そうしようか」 「う~~ん、慣れるとしても限界はあるがな」 ムラサメちゃんはちょっと難しい顔をする。 「え? それってどういうこと?」 「前にも言うた通り、今、吾輩は自分の身体に取り付いておるだけだ」 「いくら慣れても、完全にご主人達と同じにはならん」 そうか。 最近はムラサメちゃんが、普通に人のように振舞っていたから忘れかけていた。 ムラサメちゃんは、未だ人ではない。 どうするつもりなんだろう? 「ご主人」 「何?」 「……ご主人の両親は健在なのか?」 「――え? う、うん、まあ」 「町おこしが一段落したら、帰るが良いご主人」 「……え」 「穂織は知っての通り、やはり特殊な場所なのだ」 「それにやはり不便じゃ、医者も駒川しかおらん。財政も苦しい」 「長い目で見れば、ここにご主人が留まることは、良いことではないのだ」 「それは、そうだけど、でも」 「何より」 「ここには、ご主人の家族がおらん」 「家族……」 「吾輩にはわかるのだ、ご主人、これは吾輩からの心からの忠告だ」 「家族を大切にせよ」 「よく言うではないか」 「孝行したい時に、親はなしじゃ……」 「……」 あの時の会話を思い出す。 ムラサメちゃんは、俺に帰れと言った。 それは、俺とはいずれ別れるという意味なのか。 もし、そうだとしたら、ムラサメちゃんは、その後、どうする―― 「ご主人、行くぞ」 「あ、うん」 ムラサメちゃんに手を引かれて、俺は思考を中断する。 手に伝わる彼女の体温、柔らかな感触。 俺は、それを手放したくはなかった。 「こんな所まで来てしまった……」 ムラサメちゃんに手を引かれるまま、歩いていたらどんどん道が険しくなって。 気がついたら、川に来ていた。 まさか町を出るとは思わなかった。 「ご主人の運動不足を解消するのだからな」 「これくらいでは、足りぬくらいだぞ」 「よし、川で遊ぶぞ、ご主人!」 と、言うと同時にムラサメちゃんは川へと大胆に入ってく。 「おおっ! 冷たい! 冷たいぞ、ご主人!」 「そうじゃった、川はこんな感触だった!」 「あははははははは!」 ムラサメちゃん、大はしゃぎ。 「ムラサメちゃん、俺にもかかってる!」 500年振りの川遊びだから仕方ないのか。 「ご主人も、こっちに来るのだ!」 「吾輩と水をかけあって、『やったな~、こいつ~、待て~♪』と戯れるが良い」 「恋人同士とはそういうものらしいぞ」 「ムラサメちゃん、それは夏に海でやるシチュだから」 いったいどこでそんな知識を身につけるのか。 「春でも、川でも別に良いではないか!」 「それそれ!」 水をすくってかけてくる。 「こらこらこら!」 制服が濡れてしまった。 「童心に還るのも、いいものだぞ、ご主人」 「ムラサメちゃんは、いつも童心じゃん」 「何だと?! ゆーきゅうの時を過ごしてきた吾輩に、何という事を!」 怒った幼刀は、さらに水攻撃を。 「ちなみに、ゆーきゅうと言っても、給料が有るという意味ではない!」 「わかってるよ! 悠久だろう?」 もう諦めて、俺も川に入った。 どうせもう濡れたのだ。 ムラサメちゃんに付き合おう。 「やっと来たか」 「ふふ、前とは違って今はお互い生身の身体じゃ」 「一緒に遊んでおるという感じがするのう」 微笑んで、ムラサメちゃんはまた軽く川の水を蹴る。 穏やかな水流に、一瞬水柱が立った。 「川遊び好きだったの?」 俺も同じ動作をしてみた。 でも、ムラサメちゃんほど高く水柱は立たない。 コツでもあるのか。 「好きというか、川か山しか遊び場などなかったからのう」 「冬以外は、こんなことばかりしておった」 「吾輩だけではない、村の子供は皆、そうだったのだ」 水音を鳴らしつつ、ムラサメちゃんが目を細めた。 「そっか、今みたいにスマホなんてないもんな」 「うむ、ロクな遊び道具など何もなかったわ」 「男は棒っ切れで、チャンバラごっこ」 「女は母の作ってくれた人形で、おままごとじゃ」 「もっとも、子供も働いておったから、その合間にだがな」 「ムラサメちゃんの時代は、子供も働いていたんだ」 「うむ、食う以上働かねばならん」 「大変だったんだ」 「いや飢饉があれば食うことさえ、ままならぬ」 「穂織は豊かな土地だった。まだ恵まれておった」 「吾輩達は幸せだったのだ」 「――あの戦があるまではな……」 ふいにムラサメちゃんの表情に、陰りが。 「……」 俺は何も言えなかった。 慰めたいけど。 元気づけたいけど、できない。 俺みたいに、今まで安穏と暮らしてきた者が軽々しく何を言えるのか。 「……そんな顔をするな、ご主人」 「吾輩は、悔いてはおらぬ」 「人柱になったことを、悔いてはおらぬ」 「おかげで、穂織を守れた」 「それにご主人にも、会えたのだ」 「だから、悔いてはおらぬのだっ!」 ムラサメちゃんは笑顔で、また水を蹴る。 俺の顔にもろにぶっかかった。 「ちょっ、こっちに向かって蹴らないで!」 「きゃははは!」 「油断してる方が悪いのだ、ご主人!」 「ほれほれ!」 さらに川の水が飛んでくる。 「やったな、お返しだ!」 俺もわざとはしゃいだフリをして川の水を手ですくい、ムラサメちゃんに。 「あははは!」 ムラサメちゃんの笑顔が、眩しい。 でも、その笑顔はどこが儚げで。 穂織は、彼女が当たり前の人生を捨てて、守ってきた土地なんだ。 一人の少女が、全てを投げ打って守ってきた土地なんだ。 決して、寂れさせるものか。 俺は、ムラサメちゃんと川遊びをしながら、固くそう誓った。 「こんにちはーっ」 数日後の昼休み。 もはや恒例となった小春の昼休みの来訪だ。 「来たな。よし、廉太郎」 「おう!」 廉太郎二人で机を移動させて、また六人の即席テーブルを作る。 これも、もはや俺達の日課となっていた。 町おこしメンバー達が、弁当を手にいつもの席につく。 「マサオミ、今日こそはイベントを決めましょう」 「大旦那さん、毎日、わたしに進捗聞いてくるのです」 「そろそろ進捗ダメです、と言いづらいであります」 「祖父ちゃんも、ついに焦りだしたか……」 そろそろ2週間くらいになるし、当然か。 「あの、実はワタシ……昨夜、安晴様が町長さんとお電話をしているのを聞いてしまったんですが」 「お父さんと町長さんが?」 「くノ一だから、盗聴したの?」 「違いますよ! 本当にたまたま聞いてしまっただけです!」 「有地さん、後で校舎裏に来てくださいね」 「すみません、シメるのはマジ勘弁してください」 口は災いの元である。 「それよりも、安晴さんは一体何の話を?」 「安晴様の声しか聞こえなかったので、完璧に把握はできませんが……」 「端的に言うと、かなり財政状態が苦しい、と」 「なので、町おこしについては、早急に進めるために外部のイベント業者に依頼してはどうかと町長さんが提案されたようです」 「外部のイベント業者……」 「それって、今かなりヤバイってことじゃね?」 「芦花姉も、毎日元気なさそうだしなぁ……」 廉太郎の言葉に全員が、黙り込む。 もう時間はない。 もう具体的な行動に移らなければ手遅れになる。 「で、でも、外部の業者さんが上手くやってくれるなら……」 「それについては、ワタシはかなり懐疑的ですね」 「穂織は特殊な土地ですから」 「そうね。ありきたりのアイデアなら、もう私達が出しているもの」 「やっぱり俺達が一刻も早く、何かいいアイデアを出さないと……」 俺は町おこしメンバーのリーダーだ。 このまま成果ゼロで、お役御免なんてさすがに嫌だ。 ムラサメちゃんの守った土地を、今度は俺が守りたい。 「はぁ~~っ……。何でこんなことになっちまったのかなぁ……」 弁当を半分残したまま、廉太郎が嘆息する。 「いっそ、御神刀をもう一回、岩にブッ刺してあのイベント復活させようぜ」 投げやり気味に、廉太郎が言う。 ――え? 「レンタロウ、それ短絡的ですよ」 「そうだよ、廉兄、もっと真面目に……」 女子全員が呆れ顔に。 だが。 「いや待て、皆」 「それは、マジでいいかもしれない」 『え!?』 俺がそう言うと、皆が一斉に驚いていた。 「有地さん、何を言ってるんですか?!」 「お兄ちゃん、どうしちゃったの?!」 「お前、いくら焦ってるからって、俺は冗談で言っただけだぞ?!」 そばの席に座る、常陸さん達の視線が俺に集まる。 「まあ、ちょっと皆、落ち着いて聞いてくれ」 「俺達の目的は何だ? 町にもう一度、外国人観光客を呼ぶことだろう?」 「そもそも何で、外国人観光客が減ったんだ?」 俺の問いかけに、皆は顔を見あわせる。 そしてまず朝武さんが口を開く。 「目玉である御神刀イベントがなくなってしまったからです」 「そうです。だから、それに代わる新しいイベントを――」 「だからさ、その発想がそもそも間違っていたんだよ」 「どうして、新しいイベントじゃないといけないんだ?」 「御神刀イベントで、元々お客さんを呼べてたんだよ」 「だったら、素直にそれを復活させればいいじゃないか……!」 新しいイベントをやっても、注目されるとは限らない。 それよりも、元々集客力のあったイベントを復活させるほうが、リスクも少ない。 「つまり、マサオミは御神刀をまた岩に刺すつもりですか?」 「それでは、叢雨丸がまた使えなくなってしまいますが」 「もう祟り神の怒りは鎮めた」 「それに……ムラサメちゃんが解放された」 「これって、叢雨丸を使う機会はもうないってことなんじゃないかな?」 「……なるほど」 「元々、御神刀の神力を維持することが目的のイベントを、本当に穂織の目玉イベントにしてしまおうということですね」 「そう、目的が変わって、やることはいっしょってこと」 「確かに、人気のあったイベントの復活ですから」 「町おこしにはなりそうな気はします」 「ですが……」 朝武さんが心配そうな表情で、俺を見る。 「もちろん、俺達だけでは決められない」 「ムラサメちゃんの――管理者の承認が必要だ」 彼女の意向を無視するわけにはいかない。 「ムラサメ様的には、どうなんだろうな、それ」 「わからない。でも聞く価値はあると思う」 「その前に、安晴様にまず相談した方がいいと思います」 「一度抜いた御神刀を再び岩に突き刺し、元の状態に戻したなんて前例はおそらくありません」 「不可能なら、ムラサメ様に聞くまでもなく、このアイデアは実行できないのですから」 「そうだね、そうするよ」 技術的に無理なら、いらない心配をムラサメちゃんにかけたくない。 このアイデアは彼女には黙ったままにしよう。 「上手くいくといいですね、マサオミ」 「これがダメなら、たぶん外部の業者さんだしね……」 「……しかし、どうなんだろうな……」 皆、期待半分、不安半分といったところだった。 でも、俺には、何故か予感があった。 これは、『やらなければいけないこと』なんだと。 町おこしとは、また別の意味で―― 終業のチャイムが、校舎の中で鳴り響く。 俺は、吹っ飛ぶように教室を飛び出した。 「や、安晴さんっ!」 息を切らしながら、家長を見る。 全速で神社まで駆けて来た。 「ん? どうしたんだい? 将臣君、そんなに慌てて」 「す、すぐに、聞きたいことが、あって……」 俺はぜー、ぜーと息を荒げながら、声を搾り出す。 「とにかく落ち着いて。まず座ってよ、将臣君」 「僕はどこにも逃げないよ」 「あ、お茶でも淹れよう」 いつもの柔和な微笑を絶やさないまま、安晴さんは俺と自分の湯飲みに番茶を注ぐ。 「す、すみません、いただきます」 俺は安晴さんの正面に座って、湯飲みを持つ。 存外にノドが乾いていて、一気に飲み干した。 「落ち着いたかい?」 「はい、おかげ様で」 「じゃあ、将臣くんの聞きたいことを聞かせてもらおうか」 「町おこしに関連することなんですけど――」 「……ふむ、そうか、その手があったね」 「確かに、元々人気のあったイベントを復活させた方が、効果は期待できる」 「町内会でも、その案は出なかった。発想としては大いにアリだと僕は思う」 ここまで話した後、安晴さんは表情を引き締める。 「でも、将臣君、君もたぶんわかっていることだと思うけど」 「再び叢雨丸を君が手放し、元の状態に戻すということは――」 「はい、御神刀を再び、封印するってことですよね?」 俺は安晴さんの言葉を引き継ぐ。 「うん、でも、この場合、封印というより奉納するってことになると思う」 「叢雨丸の奉納……」 「そう、役目を終えた御神刀を神様にお返しするってことになるね」 そこまで話して、安晴さんもお茶を一口飲む。 「そうした場合、ムラサメちゃんはどうなりますか?」 「御神刀の力をお返しするわけだから、もう人柱である必要はなくなる」 「管理者から、本来あるべき姿に、戻られる」 「つまり、完全に人に戻れるんですよね?」 「ああ、たぶんその時のために厳重に封印されて、御神体とされていたんだろう」 「いつか、ムラサメ様にお返しするために」 「やっぱりそうだったんだ……」 俺の予感が、確信に変わった。 ムラサメちゃんを、完全に人に戻せる。 彼女の人としての幸せを、取り戻せるんだ。 「でもね、将臣君」 「御神刀を奉納するのは、容易いことじゃない」 「何しろ前例のないことなんだ」 「誰もやったことのないことを、将臣君はやろうとしている」 「かなりの覚悟と、それに伴う行動が必要だ」 「それでも、やらないとダメなんです!」 迷うことなく、俺は答えた。 穂織のために。 そして、何より大好きな女の子のために。 「まったく躊躇してないね」 「将臣君の気持ちはわかったよ」 「さすが玄十郎さんのお孫さんだ。強いよ、君は」 「君がこの土地に来てくれて、本当に良かった」 安晴さんは嬉しそうに笑う。 「それで、叢雨丸の奉納なんですけど、具体的にはどうすればいいですか?」 「うん、それを達成するには2つのハードルがある」 安晴さんは右手の人差し指と中指を立てて見せる。 「一つは技術的問題、御神刀を奉納できるのは、使い手である将臣君にしかできない」 「芳乃の舞のように、決められた手順を踏み、最後に御神刀を岩に突き刺す」 「口で言うのは簡単だけど、刀を――それもムラサメ様の宿っていないただの日本刀を岩に突き刺すのは簡単なことじゃない」 「下手をすれば、刀の方が折れてしまう」 「それこそ、剣の達人級の腕前が要求される」 「……」 安晴さんの言葉に、俺はごくんと唾を飲む。 ムラサメちゃんの宿って居ない叢雨丸は、ただのナマクラ。 アレを、堅い岩に一発で突き刺すのは至難の技だ。 「それから、次の二つ目がもっと大事なことなんだけど」 「それがクリアにならなければそもそも、奉納することはできない」 「その二つ目が、何かはもう将臣君はわかってるって思うけど」 「はい」 俺はすぐに首肯した。 「ムラサメちゃん自身が、叢雨丸の管理者が、人に戻ることを望む――ですよね」 「僕個人としては、戻ってもらいたい」 「できることなら、ウチの養女となって、芳乃や茉子君、それに将臣君とともに楽しく過ごして欲しい」 「それが俺も一番いいって思います」 「でも、ムラサメ様は、迷っておられるように僕には見える」 「君はどう思う?」 「俺は――」 「……すまぬ、今はまだ踏ん切りがつかぬ」 「吾輩はあまりに永く叢雨丸の管理者として、生きてきてしまったのだ」 「良いとはわかっていても、理屈だけでは、なかなか割り切れないのだ」 「あのさ、ムラサメちゃん」 「何だ、ご主人」 「ムラサメちゃんは、もう人に戻る決心はついた?」 「……わからん」 「正直、戻るべきではないのではないかと思っておる」 「ご主人」 「何?」 「……ご主人の両親は健在なのか?」 「――え? う、うん、まあ」 「町おこしが一段落したら、帰るが良いご主人」 今までのムラサメちゃんとのやり取りを思い返す。 彼女とは、普段は明るく楽しく過ごしてきたけれど。 時折、距離を感じてしまう。 ムラサメちゃんは俺から距離をとろうとしてるのか。 人でなく、叢雨丸の管理者であり続けるために。 「話してみます」 「正直ムラサメちゃんは、話したがらないかもしれません」 「でも、俺もムラサメちゃんも、いつまでも避けて通ることはできないんです」 「彼女の500年の思いと、向き合ってみます」 俺はぎゅっと両手の拳を握る。 少しだけ震えていた。 怖いんだ。 もし拒絶されたら……と思うと、怖くてたまらない。 「……そうだね」 「僕もそれしかないと思うし、それができるのは将臣君だけだ」 「すまないね、僕はいつも君に厄介ごとを押し付けるばかりだね」 「違いますよ」 俺は即座に、安晴さんの言葉を否定した。 「これは、ムラサメちゃんの問題であると同時に、俺の問題でもあるんです」 「……」 「ありがとう、将臣君」 「そう言ってもらえて、僕も随分楽になったよ」 「お茶、もう一杯どうだい?」 「今度は俺が淹れますよ」 「そうかい。ならお言葉に甘えるよ」 「実は常陸さんに、鍛えられてちょっとは上手くなったんですよ」 「ははは、僕と同じだ」 俺と安晴さんは互いに顔を見合わせて、笑った。 夕食後。 俺とムラサメちゃんは、座布団に座り膝をつきあわせる。 「ご主人、町おこし会議、最近は停滞気味だのう」 「今日は旅館での会議もなかったし……」 「夕餉の時、茉子も芳乃も、それについてまったく話題にせんかった」 「このままではダメではないのか? ご主人!」 ムラサメちゃん、ちょっと憤慨気味。 唇をへの字に曲げて、頬を膨らませる。 「その事で、ムラサメちゃんに話があるんだ」 「実は進展というか、ひとつのアイデアは浮かんだんだよ」 「何?! それは真か?!」 「もし、実現したら、きっと観光客は戻ってくると思う」 「でかしたぞ、ご主人!」 目の前の少女は嬉しそうに破顔した。 俺はその笑顔を見ながら、膝の上に置いた拳をぎゅっと握る。 もしかしたら。 俺は、もうすぐこの笑顔を。 「? どうしたのだ? ご主人」 「どうして、いい案が浮かんだのに、そんなに思いつめた顔をしておるのだ?」 小首を傾げるムラサメちゃん。 その様子はまったく、普通の女の子で。 でも、彼女は500年も、一人ぼっちで。 ムラサメちゃん。 或いは、俺みたいな青二才が、口を出すようなことではないのかもしれない。 それでも。 それでも、俺は君が好きだから。 「ムラサメちゃん」 「何だ?」 「外で話さないか?」 ムラサメちゃんといっしょに、夜の境内を歩く。 そんなに暗くは感じない。 穂織の星空は、月明かりは、都会のそれより、ずっと明るい。 自然に二人とも、空を見上げる。 「……」 月を眺める彼女の横顔をそっと見る。 普段とはまるで違う、物憂げな表情をしていた。 「……」 彼女は今、何を考えているのだろう。 何を、思い出しているのだろう。 「……」 「……あの時、さ」 「あの時とはいつじゃ?」 「祟り神の怒りを鎮めた、お祝いをした夜」 「ムラサメちゃん、こうして月を見ながら泣いていたよね」 「……」 「……バレておったか」 「すぐに、涙を拭いてゴマかしたつもりであったのだが」 苦笑して、俺を見る。 「涙の跡、残ってたから」 「何故、あの時に指摘しなかった?」 「指摘してほしくないだろうって、思ったから」 「女の子の嫌がることは絶対にするなって、祖父ちゃんから子供の頃から言われてた」 俺も自然と苦笑する。 「あの男の言いそうなことだな」 「それで、何故、今それを蒸し返すのだ?」 「ムラサメちゃんが、好きだからかな?」 「……な」 「な、何を急に……」 「い、今さら、そんなことを言わなくても、吾輩はわかっておるぞ……」 彼女の頬が赤く染まる。 星明りの下ですら、はっきりとわかるほどに。 「だったら、俺がムラサメちゃんのことをもっと知りたいって思うのも、わかってほしい」 「ムラサメちゃんは、何かを一人でずっと抱えている」 「……」 俺の言葉にムラサメちゃんは黙り込む。 「俺は最初、それは叢雨丸の管理者としての責任だと思っていた」 「だから、祟り神の怒りが静まって、ムラサメちゃんの身体が見つかって元気になった時、とても嬉しかったんだ」 「ああ、もうこの子は解放されるんだって」 「俺と同じ時を過ごしてもらえるんだって」 「そう思えて、すごく嬉しかったんだ……!」 「ご、ご主人……」 ムラサメちゃんの声が、微かに震えた。 目の端に涙の粒が浮かぶ。 「ムラサメちゃん、叢雨丸を奉納しよう」 「な、何?!」 「叢雨丸の力を神様に返すんだ」 「また御神刀イベントを復活させる。叢雨丸は以前のように穂織の文化の象徴として、存在し続ける」 「そして、君は」 「人として、これからは生きるんだよ!」 俺は両手で、彼女の両肩をがっしりとつかんだ。 「叢雨丸を奉納……」 「吾輩が人に戻る……」 ムラサメちゃんは、目を見開いて、俺の言葉を繰り返した。 「ムラサメちゃんが、どんな気持ちで500年過ごしてきたのか」 「その重みを俺は知らない」 「ムラサメちゃんがどんな思いで、500年の時を過ごしてきたかなんて、俺なんかにわかるはずもない」 「それでも、俺には俺のことがわかる!」 俺は彼女の細い身体をぎゅっと抱きしめる。 「あ……」 「俺は、君と暮らしたいんだよ、いっしょにいたいんだ」 「いっしょに、パフェ食べて美味しいねって笑いたいんだ」 「泣いてたら、慰めたいんだ」 「一人ぼっちで、夜に泣いてなんて欲しくないんだよ!」 「君に幸せになってほしいんだ!」 「ご、ご主人……」 「ご主人……!」 ムラサメちゃんも、俺の背中に腕を回す。 強く抱き返される。 温かい体温、柔らかな感触、甘い髪の香り。 全部好きだ。 全部、俺の好きなムラサメちゃんだ。 「ご主人は、真摯に自分の気持ちを吐露してくれた……」 「その上で、吾輩をそこまで思って……」 「女として、こんな嬉しいことはない……」 「わかった、ご主人には全てを話そう……」 「たとえ、軽蔑されても仕方ない……」 「それが吾輩に真摯に向き合ってくれた、ご主人への礼儀だと思う……」 え? ムラサメちゃんから出た意外な言葉に、俺は戸惑う。 「人に戻りたいという気持ちはある」 「前よりも、こうしてご主人を強く感じられるしな」 ムラサメちゃんは俺をぎゅっと抱きながら、話し続ける。 「だが、吾輩には人に戻る資格はないのじゃ」 ムラサメちゃんの両腕にさらに力が入る。 痛いほどに、強く。 まるで、何かに怯えてしがみつくように強く。 「……どういうことなの?」 俺はムラサメちゃんを抱き返しながら、努めて優しい声で尋ねた。 「ご主人、皆は、吾輩が自ら人柱になったことを尊いことだと褒め称えてくれるが」 「本当はそんな綺麗な話ではないのだ」 「吾輩は、逃げただけなのだご主人」 「ムラサメちゃんが逃げた?」 「吾輩の両親は、父上も母上も吾輩が人柱になることに大変反対した」 「たとえいくばくもない命であろうと、最後の最後まで共に生きようと」 「だが、吾輩は――そんな両親の願いを聞き入れなかったのだ」 「いつ死ぬかわからぬその恐怖から逃げ出したくて、家族の願いを踏みにじり人柱になってしまった」 「……」 「それが真実なのだ、ご主人」 「吾輩は決して、立派なことをしたわけではない」 「ただの臆病な親不孝者なのだ……」 「そんなこと……ないよ……」 「色々な不幸が重なっただけだ、ムラサメちゃんは悪くないよ……」 病気になったのは彼女のせいじゃない。 戦になったのだって、彼女のせいじゃない。 ムラサメちゃんは運命に翻弄されただけだ。 「ムラサメちゃん……」 俺は彼女の頭を撫でた。 何度も何度も。 身体を震わせて、苦しむ彼女の痛みを少しでもやわらげたい。 「……そして、吾輩は親不孝の罰を今受けておるのだ」 「罰?」 「吾輩は500年もの間、この世に存在し続けておる」 「家族と呼べる者など、当然得られぬまま500年、周囲の者達が老い死んでいくのを見送り続けた……」 「どんどん心が冷えていくのが、わかるのじゃ……」 「時々誰かと強く交わることが、怖くなるのだ」 「女として初めて愛したご主人にすら、ずっといっしょに居てくれとは頼めぬほど」 「いつかは穂織を出よと、言ってしまうほど……!」 ムラサメちゃんの指先が、俺の背中に食い込む。 激しすぎる抱擁。 それほどまでに、彼女はずっと温もりに飢えていたのだ。 「これ以上の孤独はないであろう?」 「だが、これは罰なのじゃ、両親を捨てた愚かな娘の……」 「ぐすっ、だから、これで、いい……」 「いいのじゃ……!」 彼女は俺の胸の中で、震える。 その姿は500年も叢雨丸の管理者を務めてきた、神のような存在ではない。 普通の、ただのか弱い女の子だった。 「ムラサメちゃん、自分を責めるのは、良くないよ……」 「もう、自分を、許してあげて……」 「ムラサメちゃん、いや」 「アヤちゃん」 「……ご、ご主人?!」 「ど、どうしてその名を……」 涙で濡れた瞳で、ムラサメちゃん――いやアヤという名の少女は俺を見上げた。 赤い目が痛々しい。 「あの時、聞こえちゃったんだよ……」 「ムラサメちゃんが人だった時の名前だろう……?」 「……うっ、ぐすっ……」 「ダメだ。その名前で呼ぶでない」 「心が、戻ってしまう。人に戻ってしまう……!」 「戻ってくれよ!」 俺の声も。 「俺も結局、ムラサメちゃんの前を通り過ぎてくだけの存在なのかよ?!」 気がついたら震えていた。 「そんなの……俺は絶対に嫌だっ!」 嗚咽が混じる。 男のくせに、涙が止まらない。 止められない。 「泣いておるのか……?」 「吾輩のために……泣いてくれているのか……?」 「君が人として生きてくれないなら、俺だってもう人としての幸せはない」 「なっ、ど、どうしてじゃ?」 「ご主人なら、いくらでも他の女と幸せに――」 「アヤちゃんじゃなきゃ、嫌だっ!」 「そ、その名で呼ぶでない!」 「アヤちゃんアヤちゃんアヤちゃん!」 俺は泣きながら彼女を強く抱きしめて、呼んだ。 彼女の本当の名を。 人として生きていた頃の名を。 「うっ、くっ、ぐすっ……」 「ず、ずっと、ガマンしておったのに……」 「人前では決して、泣かぬと……」 「ひっく、酷いぞ、ご主人……!」 「うっ、くっ……」 「うわあああああああああん!」 ついに彼女は俺の胸の中で、大声で泣き出した。 感情の爆発。 それは叢雨丸の管理者ムラサメではなく。 一人の女の子の、感情の発露だった。 俺は、ようやく彼女の真実に触れられたと思った。 「……これは、俺の勝手なわがままだ」 俺は滲んだ視界で、目の前の少女を捉えて言葉を。 ありったけの想いをこめて、言葉を紡ぐ。 「君がこれ以上、一人で泣いているのは嫌だ」 「どうか、人として生きて、いや生き直して」 「俺といっしょに……!」 俺は再び、目の前の少女を抱いた。 懇願した。 俺と生きて欲しい、と。 「ぐすっ、ご主人……」 「その願い……」 「叶えよう、共に……」 彼女は俺の腕の中で、頷いてくれた。 「ありがとう……!」 その瞬間、ついに俺の涙腺は決壊した。 みっともないくらい、泣いてしまう。 良かった、彼女を抱いていて。 みっともない顔を見られなくて。 「馬鹿者、礼を言うのは、吾輩の方だ……」 「……ありがとう、ご主人」 月明かりの下、俺達は互いを強く抱きしめる。 彼女が500年の間、苦しんできた運命に終止符を打つ。 きっと、これは神なる力を持ってしまった人に対する呪いだったのだ。 大好きな女の子を呪いから解き放つ。 俺はそう固く誓った―― ――あれから、半年ほどが経っていた。 レナと共に夢の世界で、《しら》白《やま》山《こま》狛《のお》男《がみ》神さんと対峙した後、みんなの力で無事、帰還を果たすことができた。 いや……無事、と言ったら嘘になるか? 夢の中で傷ついただけ、現実の身体は平気なんて言ってたけど、そんなに都合良くはなかったらしい。 実は割と洒落にならないダメージを負っていたのだ。 俺が目覚めたのは、レナより遅れること3日も経過してからだった。 要するに、夢の中でダメージがなかった方が、夢だったから……ということになるんだろう。 「マサオミ……よかったですっ」 「れ、レナ……?」 「みんな無事でベストエンドを目指すのではなかったですかっ」 「もうわたしは……マサオミがいなくては、生きていけないのですからね?」 そう言うレナもけっこう無茶をしてたと思うけどな。 ただやはり、大切な人を心配させてしまったこと。 そのことは素直に申し訳なかった。 「とにかく……目を覚ましてくれて、なによりでしたよ」 「おかえりです、マサオミ」 「うん、ただいまレナ」 もちろん、その後、他のみんなもお見舞いへ駆けつけてくれた。 「有地さん! ようやく目が覚めたんですねっ」 「あは、ワタシは大丈夫だと信じていましたよぉ、有地さんは大怪我をやり慣れていますから」 「まったくです、心配かけることばかり上手になるんですからっ」 「うっ、ご、ごめん」 「ふふふ、ワタシにとっても芳乃様にとっても、有地さんは大切な友人ということですよ」 「なにはともあれ、これで大団円であるなぁ」 もっとも、それからの半年でこの3人の身にも、びっくりするような変化があった。 特にムラサメちゃんは。 ただ、またそれは別の話だろう。 「おー、将臣! 収穫したてのメロン、持って来てやったぞ」 「え! 凄い、どうしたんだよ?」 「それが……いきなり畑に入っていって、くれくれお願いってやりだしたんだよ、もー恥ずかしいったらなかったよ」 「こら、小春! バラすんじゃねえよっ、友達のためだろ、友達の!」 「嘘ばっかり! 廉兄のことだから、どうせ自分が食べたかっただけの癖にっ」 「学生諸君? ここも一応、病院なんだ」 「あまり騒がないでもらえると、助かるんだけどね」 とにかく俺自身は、騒がしくも平和な日常を取り戻すことができた。 そのことに、凄くほっとさせられていた。 そうそう、憑代はちゃんと現実でもレナの身体から離れていたらしい。 「これはもう、僕に考えつく最大のやり方でお祀りするしかないと思っている」 「ワシも氏子総代として、可能な限りの寄進をするつもりだ」 どうやら、土地神様を祀る本殿とは別に、叢雲さんとコマを祀る副殿を新たに建てようという計画らしい。 ただ副殿とはいえ、神社を建てるというのは並大抵のことではないらしく、お金はもちろん時間もかかるのだとか。 その完成は、数年先になるようだ。 「それこそ1000年先の未来であっても、人が詣でてくれるお社でなくては意味がないからね」 「感謝とは金の問題ではないはずだが、形に残し末代まで伝えていくためには必要経費というものがある」 言わば、未来への投資なんだろう。 そして俺達が感謝していることを伝えるだけでなく、後の世の人にも感謝の気持ちを持つことの大切さを伝えていけたら。 そう願わずにいられなかった。 もちろん春祭りについても、来年までになにができるか? どんなことをやるのか? 裏では早くも、議論が始まっていたのである。 そして半年後の今日――俺にとって、2度目の春祭りを迎えていた。 もちろん隣には、あの子がいてくれる。 「わおっ、マサオミ! あのお店は何を売ってるのですか!?」 「アンズ飴かな? 水飴を絡めたスモモかなにかを、モナカの皮に乗せて食べるんだけど」 「へー、最近はパイナップルやイチゴもあるんだね」 「食べてみたいですね!」 「いいけど、また?」 「日本のお祭りは珍しいものいっぱいで全部欲しくなっちゃいますよ、あっ!」 「見てください! お魚ですよっ、お魚の水槽がありますね! これはいったいなんでありますか?」 「金魚すくいって知らない? ……隣にドジョウ釣りまであるなんて、珍しいな」 「そうなのでありますか? 今年になって、出店を増やしたそうですからね」 俺達は2人並んで歩きながら、参道に並ぶ出店を冷やかしていた。 レナは色とりどりの出店に、目をキラキラさせている。 けど俺にとっては、レナの浴衣姿こそ輝いて見えていた。 やっぱり、日本のお祭りって最高だな! 「ん? どうしましたか、マサオミ?」 「いや、レナは……この世でもっとも美しい女神だ」 そして俺は、台詞がますます欧米人じみてきたと評判だ。 「えへへ……マサオミこそ、日本一のサムライ、クールジャパンですねっ」 「レナ!」 「マサオミっ」 互いに肩を預け、頬を引っ付け合って、さらに密着する。 褒められているのかよくわからない台詞だったが、根底にあるのは愛に違いない。 「そうですマサオミっ、さっき買ったたこ焼きが冷めてしまいます、あーんして欲しいですっ……あ~ん」 「いいよ、熱いから気をつけて?」 「アチュチュっ……んふふっ」 「でも美味しいです!」 これはもう、毎日やってるような気がする。 「マサオミ? まだヨシノの舞は始まりませんよね?」 「あー、メインイベントだから見逃せないもんな」 「でも関係者席を取ってくれたらしいし、もう少しゆっくりでも大丈夫だと思うよ?」 「楽しみですねぇ、色んな楽しいことがいっぱいあって、全部回りきないのが残念です」 レナは旅館の仕事があるもんな。 この時期は一番忙しいはずだが、舞を見に行くまでの少しの間だけ抜けてきてくれたのだ。 「うん、神楽舞も今年から朝武さんだけじゃなくて、子供達と一緒に舞うんだよね?」 「はい! 穂織の子供達もみんな一生懸命練習してましたよ?」 「でも昨日やっていた鎧武者の行進は……ちょっとしか見れませんでした」 「あはは、それで正解だよ。今年は俺も参加させられちゃったしね」 「何言ってるんですか! すっごくよく似合ってましたよ?」 「あのときはやっぱり、マサオミは日本一のサムライだと思いました……」 日本一なんて、俺にはまだまだ無理そうだけど。 レナにとって日本一なら、それでいいんだと思う。 「そう言えばなんだけどさ、実は俺、1つだけ疑問があったのを思い出したんだ」 「春祭りについてですか?」 「いや、憑代の記憶を夢で見てた頃の話」 「ずいぶん、今さらなのですね? わたしも、細かいところまでは忘れかけてますよ」 「……だよなぁ」 けどまあお祭りの日でもなければ、こんな話しようとは思わないだろう。 1年に1回のことだし、言うだけ言ってみようか? 「ほら、俺が一体になってたお侍がいたよね?」 「あの人って、俺と顔が似てた感じなの?」 「はい、全体の雰囲気がよく似てましたけど、それが疑問でしたか?」 「いや、だって俺と似てるってことは、俺のご先祖様? 鞍馬家のご先祖かもって思ってたんだ」 「最初は偉い侍の郎党だったわけだし」 「だったら、主君の方が朝武家のご先祖だと思うだろう?」 「でも実際には、お侍の方が朝武家の先祖だったんだよね」 「これって俺とあのお侍は、本当に顔が似ていたってだけ? まあどうでもいいって言えば、どうでもいいんだけど」 だから、今まで口にしなかったのだ。 けどなぜか、レナは黙り込んでしまう。しかもちょっと、機嫌が悪いような? 「…………むむぅ~」 「レナ?」 「んむむむむむぅ~……」 眉間にしわを寄せているのに可愛いのは、ちょっと卑怯だと思う。 「え、えっと、どうかした?」 「それは、マサオミはあんまり知らなくていいことです」 「ちょっと待って? どういうこと??」 「本当にどうでもいい疑問だったんだけど、まさかなにか意味があったのか!」 「意味というのとは、違うのですが……」 やっぱり、言いたくなさそうな顔だ。 でもお祭りテンションのおかげなのか、それとももう半年前のことと割り切ってくれただけなのか。 予想もしない事実を告げられた。 「わたしは叢雲さんの側から、記憶を見てました」 「……うん?」 「だから、なんとなくはわかるのですよ」 「たぶん叢雨丸に選ばれるのは、叢雲さんの初恋の人に似てるかどうかも重要だったのですよ」 「少なくとも、採点が甘くなります」 「へ? どうして?」 「んむむぅ~、マサオミが鈍くてよかったかもしれないですけど」 「要するに、叢雲さんの好みのタイプだったからです」 「……は?」 「ああああーっ」 そうか、意思があるのなら、そんな可能性もあったわけか! 「でも、どうしてそれを言いたくなかったの?」 「……マサオミは、本当に鈍いのですね」 「こんなに素敵な男の子なのに無防備なのですから、わたしは心配です」 「いやいや、そんなことないっていうか……ん?」 ひょっとして、レナは嫉妬してくれてるとか? なんだ、そんなことか。 「もー、笑わないでください。にやにやしてますよ、マサオミ?」 「だって」 「俺はレナのことしか、見えてないから」 そのせいで余計に鈍くなってるのかもしれないけど、 他の子に目移りすることはない。 「俺の《ミュ》女《ーズ》神は、レナだけだってこと」 「んむむ……むぅ~、むっ……むふっ」 レナは怒った顔を維持できなくなったらしい。 「えへへ、もうしょうがないですね」 「わたしもマサオミを、世界で一番、愛していますから!」 この地で出会った、世界で一番大切な人。 遠く離れた地に住んでいたはずが、彼女は今、俺の隣にいる。 穂織へ来てから、怪我をして痛い思いをすることもあった。 祖父ちゃんの特訓は、死ぬほどきつかった。 苦しくつらいと思うときもあった。 けど、それでもこの地が、俺にかけがえのない出逢いという奇跡をくれた。 だから春という出会いと別れの季節を機に、俺も感謝を述べておきたい。 千年の恋が、いつか万の花を咲かせられるように。 俺達の恋も、実り豊かに。 たくさんのものを与え、与えられるものになればいい。 ありがとう。 こんな気持ちにさせてくれたすべての人、すべてのものに感謝を込めて。 春の祭りが、今後、千のときを刻んでいけることを願って。 心密かに、祈りを捧げていた。 「ご主人、ごーしゅーじーん」 「………」 「起きんかご主人」 「あぶっ!?」 「おっ、お前……寝てるときに腹はやめろ、内臓に響く……」 「死ぬかと思った」 「この時間に“絶対に”起こして欲しいと言ったのは、ご主人であろう」 「確かに言ったけど。起こしてもらって助かったけど……起こし方はもう少し考えて欲しかった」 「吾輩は何度も声をかけたのだぞ? それでもご主人が起きぬから、仕方なく最終手段を使ったまでだ」 「それとも、起こさない方がよかったか?」 「いや、そんなことはない。感謝してるよ、ありがとう」 「けど腹は勘弁してくれ……寝起きでゲロるかと思った」 「吾輩に頼む前に、ちゃんと自分で起きるようになれ」 「努力はしてみる」 それを実らせる自信はないけど……。 「ほれほれご主人、サッサと布団から出ぬか」 「ちょっ、おまっ、よせっ、痛いだろ」 俺を起こすために、腹の上でムラサメちゃんが身体をグリグリと前後に動かす。 「――むっ!?」 さっきからなんか柔らかい感触が腹の上を行ったり来たり。 「(……胸はあんな感じだったが、尻は女の子らしく柔らかい……)」 「(幼刀の癖に小癪な)」 「せっかくの早起きも、二度寝しては意味がないぞ?」 「わ、わかってるよ」 なんだろう……幼刀相手に女の魅力を認めてしまっては負けた気がする。 とは言え、若い男には朝の生理現象もあって……。 それだけは気取られたくない! 「ていうか、そんな風に乗っかられてたら起きれないんだって」 などと、俺たちが朝っぱらから騒いでいると―― 「有地さん? ムラサメ様? どうかしたんですか? さっきから騒がしいようですが……?」 「ご主人が起こして欲しいと言った癖に、なかなか起きんのだ」 「そうなんですか? では、ワタシも協力いたしましょう」 「え? いや、起きてる起きてる! 起きてるから入ってきちゃダメ――」 「失礼します」 「………」 「失礼致しました。ワタシは何も拝見しておりませんので。どうぞ、ごゆっくり」 「なんだご主人、もしや吾輩に欲情しておったのか?」 「“幼刀”だ“ぺったんだ”と言いつつも……やはり若い男よの~」 「ちーがーいーまーすー! これは朝の生理現象ですー」 「頼むから話を聞いてーーーーー!」 「なるほど。先ほどの情事……あ、いえ、事情は把握しました」 「今、ワザと間違えましたよね?」 「いーえー。ちょっぴり噛んだだけですよー」 「本当に俺にそういう趣味はありませんから」 「宣言しておきますが、俺はペッタンよりもプルンプルンの方が好きです」 「胸を張って性癖を告白されましても……」 「ぶちのめすぞ、ご主人」 「それはともかく、有地さんはこんな早朝からどこに行くんですか?」 「それは……あー……」 「ほら、ここは景色が綺麗ですから。早朝の景色もみてみたいなーと思って」 「だから、今からちょっと散歩に行ってきます」 「何でしたら、先に朝ごはんを作りましょうか?」 「いつも通りの時間でいいよ。それじゃあ、行ってきます」 朝武さんの家を出た俺は、無理のないペースでジョギング。 「……はっ……はっ……はっ……はっ」 息を弾ませながら、坂の上を目指して走った。 「先ほどの言い訳には無理がないか、ご主人?」 「仕方ないだろ、他に何も思いつかなかったんだから」 「素直に言えばよいではないか」 「言ったら、朝武さんが気にするかもしれないだろ」 「それに、そういうのをアピールするのは好きじゃない。なんか、ダサいしな」 「また男の意地か? 嫌いではないがな、それにも限度がある。無駄に意地を張りすぎるのは、粋ではないと思うが」 「別に格好つけるためにやってるわけじゃない」 「あくまで自分のため。怪我をしないためだ」 「ちゃんと来たか」 「自分から頼んだことなので」 「本気なんだな? しかし驚いたぞ」 「俺も驚いたわ。まさかそんな意味で取られるとは……」 「あれだろう? 若い子の間では、びぃえる、というものが流行っているんだろう?」 「とある“一部”の“女子”の間ではね!」 「ほう。最近は男色をびぃえると呼ぶのか。なるほどな」 「(覚えんでいい! そんなもの!)」 「というか、なんでそんなの知ってんの?」 「宿の経営をするためには、世情には詳しくなければならん。特に若者や外国の人の文化はな」 「知らずにいると、お客のクレームの対応に困るからな」 「そうやって調べていく中で、びぃえる、とやらも若者の流行として知ったんだが? 違うのか?」 「いやまあ……本当、ごくごく一部で流行ってはいることは、間違いではないんだけど……」 「でも、宿の主人として必要な知識ではない! BLでクレームが入ることなんてない!」 「そうなのか。まあ、この年になったワシにはさっぱり理解できんかったから、その方が助かるが」 「しかし、驚いたのは本来の意味でもだぞ。まさかお前が頭を下げて『鍛えて欲しい』と言ってくるとはな」 「昔から、嫌々やっていると思っていたが……」 「………」 完全にばれてた。 確かに昔は、祖父ちゃんに言われて嫌々やっていただけだ。 その頃に蓄えた経験で、何とか凌げてはいる。 でも、それもすぐに限界が来る。 「協力するって、自分の意志で決めたから」 「そのためには、今のままじゃダメなんだ」 怪我をしない、させない。そのためには、足りない物が多すぎる。 それに……毎日、舞の練習を続けている朝武さんと比べて、何もしない自分が恥ずかしい。 「将臣……キツイ言い方をするが、それは本当に考えて決めたのか?」 「勢いとか、その場に流されてるって言いたいの?」 「別に勢いだろうと流されようと、きっかけは何でも構わんとワシは思う。その理由は問題ではない」 「ワシが気になるのは、途中で放り出すことはできないということだ。最後までやり抜くしかないんだぞ」 「………」 「正直なところな、お前がそう言い出してくれてワシとしては嬉しい。だが……」 「アレはとても危険な存在だと聞いておる」 「祖父ちゃんの気持ちはわかってるつもりだ」 「正直、一番最初に手伝いたいって思ったのは見栄を張ったからだ」 「でも今こうして稽古を付けて欲しいって言い出したのは見栄じゃない。続けるために必要だと思うからだ」 「………」 「心配してくれるのなら、ちゃんと続けていくために、稽古を付けて欲しいんだ」 「……わかった」 「だが将臣。稽古を再開したからと言って、急激に強くなることはない」 「特に相手は人間ではない。何が起こるかわからない状況では、慢心は大怪我の元だ」 「まず、そこは心に留めておくようにな」 「わかってる。とりあえず、鈍った身体を鍛え直したいんだ。身体の使い方を忘れてるような感覚で」 「体力も、筋力も。山を歩き回ったりするし、叢雨丸は竹刀よりもずっと重いから」 「そういう目的なら構わん。では始めるとするか」 「準備運動は?」 「してきました。ここまで走って来て、身体は温まってます」 「でも……なんで学院で?」 「まさか、観光客の前で竹刀を振るわけにもいかん。とはいえ、もう道場はないからな」 「本来なら公民館を使いたいところだが、こんな早朝ではな」 「結局、鍛練ができるほど広い場所となると、思い当たるのがここぐらいだったのだ」 「何か問題があるか?」 「いや、人目につかないのは俺も助かる」 「ではまず、素振りからだ!」 「よろしくお願いします!」 「いくぞ」 「はい!」 いくつかの鍛練を終えて、今日の仕上げに祖父ちゃんとの試合。 厳しい視線を目の前にして、子供の頃の記憶から身体が萎縮する。 ピリピリとした空気が肌を刺す。 「………」 どうして、こんなに祖父ちゃんが大きく見えるのだろう。 身長に大きな差はない。筋肉に関しては、歳の差で俺の方が有利なはず。 なのに、見下ろされているような感覚に陥る。 まるで蛇に睨まれたカエルのように、迂闊に動けなくなっていた。 それを吹き飛ばすため、大声を出して身体に活を入れる。 「いやぁぁぁっ」 そこに被さる祖父ちゃんの声。 「きいいいあああああっ!」 「(どっからそんな声を出してんだ!?)」 俺の声をかき消す雄叫びに、思わず身体が竦んだ。 その隙をついて懐に飛び込まれた俺の頭上に、竹刀が振り下ろされる。 「ッッ!?」 脳天を打たれる寸前で、竹刀がピタリと止まり、軽い風圧が額を撫でた。 「……はぁ……はぁ……」 こんな完璧の寸止めをするなんて……どんな筋肉してるんだ? 本当に古希を迎えてるのか? 「今日は、ここまでにしておくか」 「ありがとう、ございました……はぁ、はぁ……」 「一本もまともに打てなかったな、ご主人」 「実力差がありすぎる……」 地稽古は3分ほど行ったが、有効打は全て祖父ちゃんの寸止め。 「やっぱり、全然ダメだ……勝てない……」 「当たり前だ。毎日鍛練している。投げ出したお前に負けるほど衰えてはおらん」 「大体お前は反応が鈍い。太刀筋を目で見切ろうとしていないか?」 「目で追い切れるものじゃないのはわかってるんだけど、勘が戻ってなくて」 「もう少しマシかと思っていたが……本当に竹刀を握っていなかったのだな」 「それは……すみません……」 「基本はもちろん、体力と体幹も何とかせねばならんな。お前に合わせたメニューを考えなければ……」 「朝に1時間程度の鍛練ぐらいでは話にならん。将臣、放課後は空いているか?」 「ちなみに……放課後の鍛練って、一体何を?」 「そうだな……」 「朝の鍛練は体力作りに専念して、竹刀を持つようなものは、放課後にまとめてしまおう」 「足さばきに素振りに基本打ちに切り返しに掛かり稽古……それぞれ1時間ぐらいは行うとして合計4、5時間ぐらいはみっちりと」 殺す気かっ!? 「不満か?」 「不満ってわけじゃないんだけど……」 気を抜いたら、祖父ちゃんが遠慮なく打ちこんでくるだろうし……。 いや、こんな中途半端な態度はやめよう! 「いや、放課後もお願いします」 「本当に、いいんだな?」 「脅すみたいに確認しないでよ……決意が鈍りそうになるから」 「この程度で鈍る決意なら、考え直した方がいいということだ」 「……わ、わかった」 部活感覚の延長線上じゃダメなんだ。 俺が行うのはスポーツじゃないんだから。 「よろしくお願いします!」 「うむ。いい返事だ」 と、力いっぱい答えて、放課後にもトレーニングに励むのだった。 「あ、でも……いきなりみっちりやると身体が持たないので、そこら辺を考慮してもらえると……助かります」 「わかった。孫相手だ、最初は加減をするから安心せい」 「そうですか、よかった」 「では、放課後にな」 「休むな! もっと打ちこんで来い! まだ休むには早い! 来ないならこちらから打つぞ!」 「そんな乱れた打ち方では相手を崩すことはできんぞ! こうだ!」 「どうした? 言葉だけか? もっと気合いを入れて打たんか! そんなことではすぐに反撃されるぞ! こんな風に!」 「きぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「ご主人ー! 朝だぞ、ちゃっちゃと起きんか、ほれ」 「ぅ、ぅぅぅぅ……」 「寝ぼけておらんで、起きろ。朝の鍛練に遅れるぞ?」 「……ぅぅぅぅ……」 「あのトレーニングのどこに加減があるんだよぉぉぉ……しくしく……」 「お、おお……唸り声ではなく泣き声だったか……」 祖父ちゃんに鍛え直してもらい始めてから数日が経った。 メニューも決まって、俺はそれに従いトレーニングを行っていた。 早朝の鍛練では、筋力や体力アップを目的としたトレーニング。 それはまだいい。 辛いのは、授業が終わってから放課後に行う公民館を借りてのトレーニングだ。 準備運動に足さばき、各種素振り1時間半ほど。 で、切り返しと掛かり稽古に約1時間半ぐらい。 他にも、真剣の重さや長さにも慣れるための素振り等々。 大体3時間~3時間30分ぐらいはやっているだろうけど、これはきっちり時間を計っているわけじゃない。 祖父ちゃんが終わりを告げるまで、俺はひたすら打ち込み続けなければならないのだ。 そして、少しでも気を抜こうものなら思いっきり祖父ちゃんに打たれる。 「思い出しただけでもマジ吐きそう……うぇぷっ」 そりゃ、祖父ちゃんからすれば多少は加減されてるんだろうけどさ。 俺はあくまでエンジョイ勢! ここまでガチなメニューなんて現役の頃でもなかったのに! 「………」 「でもそんな言い訳、祟り神には通じないんだよな……」 祖父ちゃんに教えてもらうっていう時点で、ある程度の覚悟はしてたんだ。 まさか、ここまでだとは想定してなかったけど……。 「ちゃんと起きるから、ちょっとどいてくれ」 「――よっと」 ふわりとその身体が宙に浮き上がって、俺の身体の上からどく。 ……まるで重さなんてないぐらい気軽に浮いているけど、腹の上にいた時は、確かな重みがあった。 本当に不思議な存在だ。 「今日もよろしくお願いします」 「うむ。ではまず、いつものように縄跳び。そのあとでシャトルランだ」 「はいっ!」 そうしていつものように、基礎トレーニングをこなす。 朝は下半身が中心なので足がパンパンだ。 いつもよりもだいぶ遅いスピードで歩き、部屋に戻った俺は制服に着替えるが―― 「着替えるだけでも身体が痛い……」 できるだけ痛みがないように、ゆっくりゆーっくり着替える。 ゆっくり着替えすぎて、無駄に時間をかけてしまった。 「すみません、お待たせしてしまって」 「最近、起きてくるのが遅いですね。どうしたんですか?」 「それは、ちょっと……寝坊、かな……?」 「……寝坊?」 「夜更かしでもしてるんですか?」 「んー……まあ色々とね……ははは」 夜更かしではない。むしろ毎日のトレーニングで、布団に入るとすぐに寝ている。 そして早起きをして、トレーニングに行っているんだけど……。 着替えの他にもトレーニング自体が長引くこともあったりして、以前より遅くなっている。 「気の緩みは怪我の元です。よくないと思います」 「それは……その通りだと思う」 「お祓いには、無理に付き合うことはありません。私としては大人しくしておいて欲しいぐらいなんですから」 「……返す言葉もない」 「まあまあ、芳乃様。それよりも朝食にしましょう」 あの初日以降、常陸さんと顔を合わせないように気を付けている。 だから怪しまれてはないと、思う。 もしかしたら、何か気付いているかもしれないけど……下手に藪をつついて蛇を出すこともないか。 「そうそう。朝食の目玉焼きの焼き加減はどうしましょうか?」 『あ、半熟で』 「朝武さんも……半熟?」 「有地さんも……ですか?」 「やっぱり半熟のトロッとした感じだったり、黄身を潰して白身と合わせて食べたり、色んな食べ方もできるしね」 「そうなんです! それに、あのふわふわした食感も好きです」 「固めも好きだけどな~、僕は。白身はパリッとしてるのが好きだよ」 「俺も固めが嫌いってわけじゃないですよ。でもやっぱり――」 「好みは半熟」 「だよね!」 「わかりました」 「悪いね、ワガママを言ってしまって」 「いえいえ。この程度、大したことではありませんから」 「では、あとは調味料ですね。何をおかけになりますか?」 「それはもちろん――」 「――ソース!」「――醤油!」 「………」 「………」 「醤油でしょう?」 「ソースですよね?」 「醤油!」 「ソース!」 「お醤油なんて邪道です!」 「邪道はむしろそっち!」 「またですか。お2人とも、そういう趣味は全然合いませんねぇ」 「……もしかしたら卵が揉める原因なのかもしれませんね」 「でも卵の他にも、おにぎりの具、うどんとそばの好み、カレーの甘口辛口……もしかして、2人は合わないのかな?」 「ぐぬぬぬぅ」 「ぐぎぎぎぃ」 「2人とも落ち着きなさい。好みなんて人それぞれでいいんだ」 「かくいう僕は、目玉焼きに練乳をかけるのが好きでね」 「それはない」「それはないですねぇ」「それはないです」 「茉子君まで!? 理解されないっていうのは寂しいものだな……とほほ」 「というか、本当は仲がいいんじゃないの?」 「うっ……ぐ……」 朝のトレーニングで身体が疲れ切っているせいか、坂を上るのが辛い。 大きく踏み出そうとする度に、太ももがビリビリと痺れるようだ。 上り坂が意外と辛い。足の裏に豆とかできてるかも。 しばらくの間は苦労しそうだなぁ……。 「………」 「あ、もうチャイムの時間ですね」 「それでは今日はここまでです」 終わった終わったとばかりに、みんなが教科書やノートを片付けていく。 「それでは、みなさんまた明日。くれぐれも事故に遭わないように気を付けて下さい」 「さてと……」 それじゃあ、放課後の鍛練に行かないと。 「有地さん、今日はどうされるんですか?」 「少し遅くなるかも。あ、でも夜になる前には戻ると思う」 「そうですか。わかりました」 「ここ数日、放課後はいつもどこかに行っていますよね? 何をしているんですか?」 「え? いや、それは……ま、まあ、大した用件じゃないんだけど……色々と」 「あんまり気にしないで!」 「それじゃあ俺はここで」 俺は逃げるように、教室を後にした。 「芳乃様、それでは帰りましょうか」 「……あやしい……」 「来たな。では公民館に移動するか」 「はい」 「ああ、そうだ。将臣、今度の土曜日時間はあるか?」 「土曜日?」 「学院は休みだろう?」 「今のところ、特に用件はないけど……もしかして、特訓?」 「そんな嫌そうな顔をするな。そんな話ではない」 「鍛練はいつも通りだ」 「そうですか……」 増えなかったことを喜べばいいのか……、土曜日もトレーニングなことを悲しめばいいのか……。 いや、祟り神はこっちの都合に合わせてくれない。 楽したいという考えは捨てて、頑張らないとな。 「でも特訓じゃないなら、一体なにを?」 「実は案内を頼みたいのだ」 「案内?」 「わおっ! マサオミっ」 「ああ、レナさん……わっとと!?」 翌日、志那都荘を訪ねたところ、出会い頭にいきなりハグされてしまったのだ。 「今日は朝から会いに来てくれて、とっても嬉しいです!」 「う、うん、約束だったからな……」 えっと、抱き返してもいいのかな? いや、昨日、慣れろと言われたんだった。 「ひゃわっ!? ま、ましゃおみ?」 「おはよう、レナさん……ん?」 思い切って背中へ腕を回してみたのだが、少し様子がおかしい。 レナさんは真っ赤になって、ワタワタしているのだ。 「あ、あれ? ごめん、嫌だった?」 「い、いっ、いえ! しょ、しょうではなくて……マサオミからも、は、ハグを返してくれるとは思わず」 「ちょっと、びっくりしただけで……」 先程よりぎゅっと強く抱きつかれる。 最初のハグは、それでもまだ遠慮がちだったのだと気付かされた。 「……嫌じゃ、ないですよ?」 「マサオミにハグされて、嫌なわけ……ないですから」 「う……うん、だったらよかった」 ん? でも……挨拶のハグって、すぐ離れるものじゃないのかな? 慣れてないせいで離し時がわからず、そのままになってしまう。 「マサオミぃ……」 「え、えっと……レナさん?」 「あの、やっぱり私達はお邪魔だったのではないですか?」 「……はへ?」 「ま……待って! これは、ただの国際交流でっ」 「あは、お二人だけの方が国際交流もお盛んになりそうですけどねぇ」 「ひ、引くわぁ。そういうんじゃ……」 「も、もう、オサカンだなんて……そんなっ、恥ずかしいですよ! ねえ、マサオミ?」 「いてッ、いてッ! なんで背中を叩くの?」 「レナさん、お盛んの意味、ちゃんとわかってる?」 「もー、それくらい知ってますよ! お手本を見せますねっ」 「お、おてほ……レナさん!?」 「ヨシノ……」 「へ? な、なんでしょう……ひゃっ!?」 レナさんは、朝武さんにもハグをしたのだ。 「おはようございます、ヨシノ! 今日は来てくれて、嬉しいですよっ」 「ひゃ、ひゃいっ! きょ、今日はごひょうたいにあじゅかりまして……」 「(せっかくご挨拶の言葉を考えてきたのに、よ……予想以上の衝撃でッ)」 「(これが世界?)」 「茉子も、今日はありがとうございますね!」 「いえいえ、ワタシこそ招待いただけて光栄で……ふやッ!?」 「(ワタシもそれなりに自信があるつもりでしたけど、この段違いのクッション性は……!)」 「(これが世界っ)」 そこへ芦花姉を連れ、廉太郎と小春までやってくる。 「あ、お兄ちゃん達、もう来てたんだ!」 「約束通り、差し入れ持って来たよー」 「わおっ! コハルもロカも、感謝感激、アメアレレですよっ」 「おっぶ! 私は、運ぶの手伝っただけだから」 「(わ、私の知ってるおっぱいと違うっ)」 「オー、イエース! どういたしまして、レナちゃん?」 「(おやまっ、これは男の子じゃなくても、顔を埋めたくなっちゃうかもね)」 レナさんは来客に次々とハグして回る。確かにこれは、オサカンかも。 「はぁ……はぁ……なんだか、ドキドキしてしまいました」 「確かに、レナさんは同性だというのに……惚れそうになりましたねぇ、性的な意味で」 「ちょ、ちょっと二人とも、本気?」 なぜだか、やけに焦ってしまう。 「レンタロウもありがとうございますね!」 「えっ、お……俺も!?」 ま、まさか!? だが、廉太郎には握手をしただけだった。 「あ、ああ、そりゃそうだよな、は……はは」 「どうやら、皆さんお揃いのようですね」 「女将!」 「女将もっ、お泊まり会の許可をくれて、本当に感謝しています!」 「……ッ」 「女将?」 「こ……これが世界?」 え? 「い、いえ、ともかくせっかくいらっしゃってくださったんですから」 「皆さん、是非ごゆるりとお楽しみください」 「はいっ、本日はお世話になります」 「いえいえ、巫女姫様も、今日は大浴場を使ってくださってかまいませんから」 「皆さんで親睦を深めていってください」 朝武さんの家のお風呂も相当なものだが、志那都荘の大浴場は別格だからな。 「ただ、しつこいようですが……若い人達には、なかなか難しいでしょうから」 「他のお客様のご迷惑にならないよう、夜中は決して騒がないようにお願いいたしますね」 「はい! 心得ております」 「ええ、そこはリヒテナウアーさんが、よくわかってくださっているはずですから」 「指示に従うようにしてください」 「はーい」 「もちろん、従わせてもらうつもりです」 もちろん俺達も、志那都荘に迷惑を掛けるつもりはない。 けどなんだか猪谷さんが学院の先生みたいに見えて、少しおかしかった。 「なんか、修学旅行みたいだな?」 「はは、言えてる……けど、志那都荘は廉太郎のウチみたいなもんだろ?」 「そうだけどよ、気分の問題だって、気分の」 「……それによ」 廉太郎が、耳元へ口を寄せてくる。 「やっぱレナちゃん、お前に気があるっぽいよな?」 「……そ、そう?」 「だって、男にハグしたのはお前だけだったろ?」 「見てたのか?」 「見えてたんだって。遠くからでも特別な感じしてたしな」 だったらいいな、と素直に思う。 俺にとっても、レナさんは…… 「さあ、マサオミ? みんなっ、さっそくわたしの部屋へ案内しますね!」 部屋へ着くとさっそく、芦花姉からの差し入れが公開された。 「ぷてぃシュー! ぷてぃシューのピラミッドタワーがっ」 「お姉ちゃんからの差し入れです」 「おーっ、マサオミも見てください! すごいですよっ」 「本当だ、なにこれ!? 芦花姉のところのおじさんが作ったのか?」 「ううん、それがお姉ちゃん、自分で作ったみたいで……」 「おー、だったらロカにも是非参加して欲しかったですね」 「仕事じゃしょうがないよ」 「ですが、まさかこれほどの差し入れをいただけるとは思わず……これでは、お礼ができませぬ」 「今度、またお店へ行って売り上げに貢献すればいいんじゃない?」 「さすがマサオミっ、いいアイデアですね! そのときはたくさん注文しましょうっ」 「う、うーん、えっとね」 「私もたくさんお菓子を買ってきましたけど」 「これには到底敵いそうもありません」 「いいえ、わたしは、ヨシノのお菓子も、ぷちシューも、どっちも食べてみたいですねっ」 「え、ええ、だったら、あの……やはり、ぷちシューを、先に食べてみたいと……い、いえ!」 「さすがにはしたなかったですね、忘れてください」 「あは、ですが芳乃様? せっかく下さったのに、残すのは失礼かと」 「そうですよ! エドッコに遠慮はいらねーですよっ」 「そ、そうですか? 確かに……残したら、失礼ですよねっ」 「ああ、待って下さい、巫女姫様! その前に少しせつめ……」 「だったら、てっぺんもーらい!」 「あっ」 横から廉太郎が手を伸ばして、ひょいっとぷちシューを口へ放り込んでしまう。 途端に畳の上を転げ回った。 「な、なんだこりゃあ! つ……ツーンときたっ、鼻にすっっっげえツーンと来たっ」 「え? ……え? ど、どういうことですか?」 「……なんかお約束の展開になったけど、これはいったい?」 「あ、あはは、実はね、この間作ったわさびパフェ用に仕入れた大量の粉わさびが余ってるらしくて」 「それでパーティー用にロシアンぷちシューを作ってくれたんだ」 「お、おー、この間のですか?」 「…………ぷちシュー」 人を悶絶させる食材は、リコリスだけじゃなかったわけか。 「つまり、ハズレを引くとああなります」 「お、お前、食べる前に言えよ!」 「私は言おうとしたもん、だいたいお姉ちゃんのお店にこれ取りに行ったとき、説明してくれてたよね?」 「廉兄聞いてなかったでしょ?」 「ふふふ、さすがは馬庭さんですね。パーティー料理とはなにか、心得ていらっしゃいます」 常陸さんはどこからともなく出したトランプを、扇状に広げてみせる。 「ババ抜きで負けた順に、タワーから1つずつ取って食べていくというのは?」 「いいんじゃない? なかなか盛り上がりそうで」 「ハズレ以外は、普通のぷちシューなんですよね? だったら、ぷちシューのために頑張ります」 「マコ? ……ババヌキとはなんですか?」 「あっ、たぶんレナさんの国にもあると思うのですが……外国では、なんと呼ぶんでしたか」 「それとも、いっそレナさんが知ってるトランプゲームにしておきますか?」 「いえっ、大丈夫です! 日本のトランプゲームも覚えたいですし」 なぜか、レナさんが俺の隣へやってくる。 「えへへ、それにきっとマサオミが教えてくれます」 「うん、別にいいけど? 最初は、一緒にプレイしようか」 「はい! お願いしますね、マサオミ?」 こうして俺とレナさんはペアで挑戦することになった。 「ふふふ、では皆さん、よろしいですか?」 「真剣勝負で行きますよ!」 こうして始まったお泊まり会は、お酒こそ出ないものの飲めや唄えやの楽しい集まりになった。 ムラサメちゃんは雰囲気だけでも楽しむつもりなのか。 声こそかけてこないが、宙に浮かんだまま満足そうに笑っていた。 「んぅ~~っ、甘くてとろとろで、幸せな美味しさです……」 「おー、ヨシノもアタリですか! ぷちシュー、とっても美味しいですねっ」 「はい、今日は……来てよかったです……」 「ふふふ、ヨシノは大袈裟ですね」 「ぐはッ!? またハズレかよぉ、なんで俺だけっ」 「俺もアタリっぽいけど、芦花姉、ハズレにはけっこう容赦ない量のわさびを入れたみたいだな」 「廉兄は、日頃の行いが悪いんじゃない?」 「日頃の、行いですかぁ………………………………ぅぇっぷ」 「お、おう、マコ!? 大丈夫でありますか」 「遠慮しないで、ジュースを飲んでくださいねっ」 「ありがとうございます……おや? 初めて飲む味ですね」 「わたしの国から、お祖父ちゃんが送ってくれたコケモモジュースですよ」 「ひょっとして、口に合いませんか?」 「初めて飲むので驚いただけで……ワタシは好きかもしれません」 「いえ、これはかなり美味しい気がしますね」 やっぱり、ちゃんと美味しい物もあるんだな。 「さて……では、そろそろ2回戦へ行きましょうか!」 「おうっ、今度こそアタリを引いてやる!」 「え? まだやるの?」 「もちろん、ワタシもアタリのぷちシューがどんな味か気になりますから」 「ふふふ、では受けて立ちましょうか? ねえ、レナさん?」 「ええ、ヨシノ!」 勝っても負けても食べる順番が変わるだけで、そこまで有利不利はないはずだ。 それでもなにか賭けてるだけで、ただのトランプゲームでもけっこう盛り上がれるものだな。 いつの間にか、みんなの輪がどんどん縮まっていくのを感じていた。 「ふふふ、えへへへへ」 「ん? なに、レナさん?」 「だって、今日はみんなでわたしのところへ来てくれて、本当に嬉しいです」 「レナさんが誘ってくれたんじゃないですか……こっちのカード、いただきますね?」 「そうですが、ヨーロッパの国では、みんなホームパーティしますから……ほいっ」 「おー! 数字が揃いましたね」 「確かに、そういうイメージあるな……よっ」 「日本じゃあんまりやらないもんな……ん? ゲッ!?」 ババは、廉太郎が引いたか。 「ふふふ、確かにお泊まり会はホームパーティーのようなものですかね?」 「はい! お引っ越ししてから、誰かにホームパーティへ呼ばれたら」 「その地域の一員と認められたことになりますよ」 「へー、なんか楽しそうですね……あっ! 私も一組揃いました」 「だから、マサオミからお泊まり会をしようって言われたときは、びっくりしましたけど……とっても嬉しかったですよ」 「わたしも、ようやく穂織の町の一員になれた気がします」 「そんなの、レナさんはとっくに穂織の一員で、私達の……お、お友達じゃないですか」 「ヨシノ……」 「巫女姫様がそう言うなら、間違いないな!」 「ええ、レナさんはワタシ達のお友達です」 「あの、私はクラスが違うけど、そう思ってていいのかな?」 「もちろんですよ、コハル! みんな、ありがとうございますねっ」 「わたしもお料理をたくさんご用意したので、みんなにたくさん食べていって欲しいです!」 「う、うん」 「……そうだな」 ぷちシューの他にもちゃんと料理が並べられていたのだが、誰もがあえてスルーしていたのだ。 けど、そこでみんなの視線が俺へ集中する。 「え? なに?」 「現実逃避するな。ほら、カード引けよ」 「ああ……うッ」 廉太郎から、ジョーカーが渡ってきたのだ。 「せっかくレナさんが用意してくれたなら、やはりここは有地さんから」 「え……ええ、それがいいですよね?」 「一番槍はお兄ちゃんに譲るね?」 やっぱり、みんなの視線は俺から行けって意味だったのか。 わかってた。本当はちゃんとわかってたよ。 「マサオミ? わたしも……マサオミに、一番に食べて欲しいです、ダメでしたか?」 「い、いや……うん」 「確か、板長と相談しながら作ってくれたんだよね?」 「はいっ、メシマズと言われないように頑張りましたよ!」 だったら、ちゃんと研究の成果を見てあげるべきだ。 しかも俺を指名してくれるのは、光栄なはずだから。 それでも最初に手を付けたのは、ミートボールの皿だった。肉なら、間違いないはずだ。 「えっ! なにこれっ、すっごい美味しいかも!?」 「わおっ、大成功ですね! ミートボールは、わたしの国ではポピュラーな家庭料理ですから」 「うっそ! 家庭料理なんだ、無茶苦茶美味しいっ」 「けどかけられてるのは、昨日のベリーソースだよね? 同じソースと思えないくらい美味しいよ」 「ほ、本当かよ?」 「騙されたと思って食べてみたら? パンには微妙だったけど、肉には凄い合うみたいだからっ」 「ベリーの酸味が、肉の脂と上手く調和してるっていうか」 「おっ……マジだ、うめええ! トマトソースの方がさっぱりしてるけど」 「香辛料多めの味付けだと、こっちのが美味いかも」 「へ、へえ」 「それにこっちの魚のフライかな? 外はカリカリで、中はほくほくしてて、いくらでも食べられそう」 「フライではなく、ニシンのソテーですね、わたしの大好物ですよ!」 「小麦粉をまぶしてカリカリになるまで、たっぷりの油で焼きました」 「確かにこれは……」 「んんぅ~~っ、私も好きな味かもしれません」 「今度、レシピをお聞きしてもいいですか?」 「もちろんですよ! わたしも、日本の料理教えて欲しいですっ」 俺の反応を見て、みんなも次々と料理へ手を付けていく。 昨日の惨事が嘘のように、どれもこれも美味だった。 もともと日本人の口に合わせて味付けすれば、充分美味しい料理だったと証明されたわけだ。 「……よかったです、みんなに美味しいって言ってもらえて、ほっとしましたよ」 「いやいや、俺達の方こそ誤解してたんだと思う」 「あの飴のせいで、先入観があったのかもしれませんね」 「あはは、あれは独特ですからね」 「ですが、作りたくても、材料がなくて作れないお料理もありましたよ」 「やっぱり、そういうのもあるんだ」 「はい、やはりトナカイのお肉は、手に入らぬようです」 「トナカイって……サンタさんのトナカイですか?」 「トナカイ、食べちゃうの?」 「そう言えば、サンタクロースの故郷も北欧でしたか?」 「はい、サンタクロースの村もありますよ? トナカイの橇にも乗れますし」 「乗れちゃうんだっ」 「その後レストランで、トナカイのステーキも食べられます」 「やっぱり食べちゃうんだ!?」 「肉も毛皮も、ツノも骨も、全部加工して使うんだってさ」 「なるほど、レナさんの国にとって、トナカイはなくてはならない動物なんですね」 「わたしの国、ベジタリアンが多いですから、食べない人も多いですけどね」 「サンタクロースの村、いつでもサンタクロースと写真撮れますよ? 郵便局から世界中にプレゼントも送れます」 「え……」 「へー夢があるなぁ」 「待ってください、さ……サンタさんと一緒に、写真が撮れるんですか?」 「はい、確か40ユーロで動画も撮ってもらえますね」 「買えばQRコードを渡されて、スマートフォンからダウンロードできますよ」 「凄いなっ、今時のサンタ!?」 「しかも、40ユーロ……だいたい、6000円くらいですか?」 「意外とがめつい聖人ですね」 「う、うーん、サンタクロースも大変なんじゃない? いろいろ」 「そうですよ、サンタさんはお忙しいんです!」 「あは、毎年世界中の子供達にプレゼントを配らなくてはいけないわけですから、そうかもしれませんねぇ」 「ええ、けどまさか……サンタクロースと会える村があるなんて、知りませんでした……」 「……朝武さん?」 まさか、未だに信じてるわけじゃないよな? 「ふふふ、いつかみんなを招待して、わたしの村でもお泊まり会ができたらいいですねぇ」 「ああ……」 それは、とてもいいアイデアに思えた。 「ええ、いつか……」 「……叶うと、いいですね」 朝武さんも、常陸さんも、ムラサメちゃんも、たぶん穂織を離れることはできない。 この土地を覆う呪いが解けない限り。 けど、いつか…… 俺達の手で呪いを終わりにできたなら? 叶う可能性は、ゼロじゃない。 「あ、あの、そのときはサンタさんの村にも寄れますか?」 「はいっ、通り道ですから、もちろん寄れますよ! わたしの村は、もっと北ですから」 「お前、まさかまだサンタなんて信じてるのか?」 「……え?」 「そ、そうじゃないけど、サンタさんには会いたいんだもんっ」 「嫌なら、廉兄だけ来なきゃいいでしょ!」 「いや、せっかく北欧まで行くなら、サンタの村は絶対外せないだろ?」 「俺もトナカイの橇が、本当に空を飛ぶのか体験してみたいしな」 「なにそれ? 絶対廉兄の方が、ガキなんだから」 「ふふふ、どうでしょうね? 飛ぶかもしれないですねぇ」 いつか呪いを終わりにして、みんなでサンタクロースの村へ行く。 本当に夢のある話だ。 その気になりさえすれば、本当に叶えられそうなところが、また希望を膨らませてくれる。 いつか、本当にいつか、叶うといいな。 「ふう、さっぱりしたな……」 ひとしきり騒いだ後、いったん温泉を使わせてもらったのだ。 廉太郎は広い風呂にありがたみを感じないらしく、さっさと出てしまった。 けど俺は、せっかくなのでのんびりさせてもらったのである。 とはいえ、少しゆっくりし過ぎたかな? 日も暮れてきて、そろそろ一般のお客さんは宴会を始める頃合いだろう。 「俺達は反対にトーンダウンしないといけないよな」 「でもあの人数で静かに遊ぶっていうのは、反対に難しい気がするけど」 朝武さんみたいに、帰ってしまう人のことも考えなくちゃいけない。 さて、どうしたものかと思っていたところだった。 「あっ、マサオミ! ここにいましたかっ」 「あれ、レナさん? どこか行くの?」 「はい? どうしてです?」 「だって、レナさん達もお風呂入ったんだよね?」 だというのに、あまり楽な格好をしていない。 「んー……えへへ、夜はまだまだこれからですからね、マサオミ」 「? そうだけど?」 「それよりですね、実は女将からDVDを借りてきたのですが」 「あ! DVD、その手があったかっ」 これなら、みんなで楽しめるし、TVの音より大きな声で騒ぐこともできない。 「ひょっとして、志那都荘でも貸し出しサービスをしていたの?」 「はい、利用してくれるお客さんは少ないですが……」 こういうところで借りられるのは、見飽きたような超定番の映画しかないもんな。 わざわざ旅先で見たいとは思えないのだろう。 けど俺達には、ちょうどいいサービスかもしれない。 「それで、どんなの借りられたの? レナさんの会だから、レナさんが決めてくれていいと思うけど」 「うーん、わたしはマサオミに相談したかったですよ」 「ひょっとして、それで俺のこと捜してたの?」 「んふふ、そんなところですね」 「と言いますか……わたしは、マサオミがいなくなると、ついどこへ行ったか捜しに行きたくなるのです」 「え? さっきまで、一緒にいたのに?」 「……そうですね、少し変なのかもしれませんね、えへへ」 「今日はいっぱい一緒にいた分……反対に、少しでも姿が見えないと、気になってしまうのかもです」 「そ、そっか」 こっちまで、なんだか照れてくる。 「そ……そうだ、DVD! なに観よう?」 「そ、そうでしたね!」 差し出された紙袋から出てきたのは『極○の《おんな》妻たち』シリーズだった。 どう見ても、ヤの付く商売の人達の映画としか思えないパッケージだ。 「いっぱい出てるみたいだけど……いったい、何年前の映画だろう?」 「わおっ、男の人みんなワボリタトゥーを入れて、女の人はみんな着物を着てますよ!」 「それに妻という字は、奥さんのことですよね?」 「きっと、日本の伝統を扱った、ファミリー向け映画ですねっ」 それは、ファミリー違いだ! 少なくとも、お子様には見せられないし、見せたくない。 それにレナさんがまた変な言葉を覚えたりしたら、問題になるかもしれないしな。 猪谷さんもなにを考えてるんだ? たぶん、間違えて入れたんだろうけど。 「マサオミっ、マサオミ! わたしが選んでもいいんでしたか?」 「え? そう言ったけど、まさか……!」 「はい! わたし、格好いい女の人、サムライブレードを構えてるこの映画が気にな……」 背中に菩薩の入れ墨を入れた貫禄たっぷりの女性が長ドスを構えたパッケージを取り出すのが見え…… 「やっぱり俺が選んでいいかな!?」 「お、おー、そうですか?」 「日本の伝統……楽しみでしたが、残念ですね……」 任侠の世界はある意味、日本の伝統だが勘違いだと教えた方がいいんだろうか? 「それに……妻と書いて、おんなと読むのも、わたしには不思議な感じですね」 「あー、宇宙と書いてソラと読む的な?」 「はい、日本語学校でも教わらない読み方ですね」 そりゃあそうだろうな。 でも、どう説明したものだろう? 「うーん……あくまでこのケースについてだけになるけど」 「昔は自分の彼女のことを、俺の女って言ってたからじゃないかな?」 「今はあんまり使わない言い方だけど、奥さんに対しても使ってたんだと思う」 「……~~~っ」 するとなぜかレナさんは、はにかむようにした。 「つまり……マサオミの女と言えば」 「マサオミの、特別な人という意味に、なりますか?」 「ん、んー、そうだけど……」 あんまり褒められた表現じゃないような…… でもちょっと嬉しいような、照れ臭いような、でもやっぱり嬉しいような、やけに甘酸っぱい感覚がした。 結局、DVDは有名なアニメ映画から選ぶことになった。 内容は、神隠しにあった女の子が神様がやってくる温泉旅館で働かされながら、成長していく物語だったはず。 「おー知ってますね! 日本のアニメ、わたしの国でもすごく人気ですからっ」 「やっぱりそうなんだ」 世界的に有名だとは知っていたけど、本当だったんだな。 とにかくこれなら、日本のみんなも、海外の人も同じように楽しめるだろう。 なんだかんだで、やっぱり凄いな……日本のアニメって。 それからの2時間は、あっという間に過ぎていった。 「はああーっ、面白かったですねー」 「……ええ、なんだか新鮮でした」 「う、うん、TVでも何度も放映されてますし、内容も知ってるはずなんですけどね」 「いつも以上に楽しかったのは、事実かと」 すでにDVDは見終わった後だ。 今は、皆で感想を述べているところである。 「わおっ、きっとみんなで一緒に観たからですね!」 「ああ、それは間違いないかな」 ただ、みんなが新鮮と言っているのは、主にレナさんのせいだろう。 「フォオオオっ! やりましたねっ、観ましたか? 観ましたか、マサオミ?」 なにかっていうと、すぐ大爆発を起こすハリウッド映画を観ているならわかる。 だが俺の記憶が確かなら、この映画に派手なアクションシーンはそう多くなかったはずだ。 「……おぉぉぉぉ~っ、今のは危ないところでしたね」 なのにレナさんは、地味で細かいシーンにも。 「あはははっ、あははははは! やっぱり……やっぱり、そうなりますね、ハハハハハッ」 いちいち大袈裟なくらい、リアクションを取っていた。 「惜しいですっ! あぁーーー、後少しでしたのに……悔しいですねぇ」 それこそ、一人で四人分、リアクションを取る勢いだ。 しかもそれが自然なのだ。 「うあ……く、臭そうです……」 そして、げんなりするシーンでもやっぱり四人分げんなりしていた。 こういうところは、やっぱり海外の人だと実感してしまう。 ただ、おかげで、見飽きたような作品でも、いつも以上に楽しめてしまったのは本当だ。 大袈裟にリアクションされると、一緒にいる俺達までテンションが上がってくる。 むしろ、作品そのものよりレナさんを見てるのが楽しかったのかも。 「……どれだけ観ても、見飽きそうにないかな」 「ふふふ、マサオミはそんなにこのアニメが好きだったんですか?」 しまった、声に出していたか。 「別にそういうわけじゃ……いや」 「今日みんなで観たおかげで、さらに好きな作品になったかも」 「私も。またTVでやってるのを観たとき、今日のことを思い出せそうです」 「あは、作品そのものだけでなく、みんなで観た思い出も楽しさに加わっていくのかもしれませんね」 「わかります! 日本のこと、みんなのこと」 「この映画を観る度に思い出せたら、素敵だと思いますよっ」 まったく、その通りだろう。 「さて、けどどうするよ? 寝るにはまだちょっと早いし、もう一本DVD観るか?」 「でもレナ先輩は、明日も朝早いんですよね?」 「確かにもう一本観たら、遅くなり過ぎるかも」 「ちょっと、中途半端な時間になってしまいましたねぇ」 まだ起きていたい。もっとみんなと一緒に過ごしたい。 もちろん大声で騒いでいい時間でもない。 そこがまた、もどかしかった。 「ああ……ずっと今日が終わらなければ、いくらでもお付き合いできるんですが」 「そうですねぇ、朝から集まって遊んでいたのに、まだ遊び足りない気がしてしまいますねぇ」 どうやら、他のみんなも同じ気持ちでいてくれたらしい。 祭りの後のような寂しさが漂ってくる。 「また、みんなで集まればいいですよ! それにもう少しくらいなら、まだなにか……」 そこへノックの後、猪谷さんが姿を現したのだ。 「皆さん、お楽しみのところ失礼いたします」 「女将! ひょっとして騒がしかったですか?」 「いいえ、そういうわけではないのですが……巫女姫様?」 「私ですか?」 「はい、実は先程からお父様がロビーでお待ちのようなので、一応お知らせした方がよろしいかと思いまして」 「えっ、お父さんが!」 まさか、なにかあったのか? 朝武さんもそう思ったらしい。 「なんだ、もうおしまいでいいのかい?」 けど、どうも安晴さんは備え付けの週刊誌を片手に、のんびりしていたらしい。 「お父さんが来てるって聞いたから見に来たの!」 「あー、それはすまなかったね。邪魔をしたかったわけじゃないんだけど」 「もう遅い時間だし、夜道は危ないかもしれないと思ってね」 「ちょうどこっちへ来る用事もあったから、芳乃の気が済むまでここで待っているつもりだったんだ」 「お父さん……」 「だから、もし途中で抜け出してきてくれたなら、僕はかまわないから」 「もう少しくらい、ゆっくりしていったらどうだい?」 安晴さんは、決して表立って動くようなタイプではない。 だがいつでも、見守ってくれる包容力のある大人だと思う。 朝武さんも、それをわかってるんだろう。 「ううん、ちょうど一段落したところだったから」 「いいのかい?」 「うん……レナさん?」 「ヨシノ……」 「今日はお呼ばれしてもらえて、本当に嬉しかったし、とっても楽しかったです」 「本当……こんなに楽しい日は初めてだったかもしれないくらい」 「だから、あの……これからも、お友達でいてくれますか?」 「当たり前です! ヨシノだって、わたしを友達と言ってくれたではありませんか」 「はい……けど私、本当はあんまりお友達がいなくて」 「なのにまさか、海外のお友達ができるなんて……私にとって夢みたいな現実なんです」 「えへへ、そう言ってもらえるのは光栄ですが」 レナさんは、朝武さんにハグをする。 「夢なんかじゃないですよ?」 「はい、そうみたいですね」 「では私はこれで。でも、みなさんはゆっくりしていってくださいね?」 安晴さんと並び、朝武さんが志那都荘の玄関を後にする。 自動ドアが閉まるまで、手を振ってくれていた。 けど扉が静かに閉まり、姿が見えなくなったとき、ああ……本当に今日が終わってしまうんだって、実感してしまう。 「……っ」 「……?」 そこへまた、レナさんの手が手のひらの中へ滑り込んできた。 俺も黙って、その手を握り返す。 「ではご主人、芳乃には吾輩がついているとしよう」 「ああ、ムラサメちゃんもあんまりかまってあげられなくてごめんね?」 ムラサメちゃんにだけ聞こえるような声で囁く。 「なに、ただ眺めているだけでも、充分楽しい会であったよ」 「んー……そういうことでしたら、ワタシも芳乃様をお送りしてきましょうか」 「まさか、マコまで帰ってしまうつもりですか!?」 「ご安心を。ワタシは送り届けたら戻ってくるつもりですから」 「そうしないと、芳乃様に怒られてしまいますからね」 「それに……」 ん? なぜか、小春と廉太郎にも目配せをしていた。 「え? なに?」 「あ、あーそうだった! 私まだ宿題してないんだったかなー」 「ちょっとだけ部屋に戻ってようかな? 廉兄も、ねえ?」 「いや、俺はそんなん……」 「いいから! こっち来て……お兄ちゃんとレナさんも、頑張ってね?」 「はい?」 「ふふふ、みんなで遊ぶのも楽しいですが、二人っきりの時間も大切でしょうから」 「マコ……気を遣いすぎですね」 「でも、ありがとうですよ!」 「では、できるだけゆっくり歩いて帰るつもりですから、有地さんもごゆっくりぃ」 意味深な言葉を残して、常陸さんまで行ってしまう。 レナさんと、二人っきりにされてしまったわけだけど。 「え、えっと……これってどういう?」 「もう、マサオミはにぶちんですね」 いや、わかってはいるつもりなのだ。 ただ確認もしないで思い込むのが、怖かったんだろう。 「ねえ、マサオミ? 実は……マサオミを連れて行きたいところがあります」 「いいけど、いったいどこへ行くの?」 「ふふふ、とっておきの秘密の場所です」 「こんなところ、入って来ていいの?」 「えへへ、女将には内緒にしてくださいね」 「それより、下を向いててくださいよ? まだ上を見てはダメですからね?」 レナさんに手を引かれながら、俺達は屋根の上を歩いていた。 下の部屋にはお客さんがいるかもしれない。できるだけ音を立てないようにしていた。 「さあ、もうこの辺でいいですよ? ほらっ」 「おおおっ」 二人並んで屋根へ腰掛け、満天の星空を眺めた。 穂織へ来て、星が綺麗だと感じたことは何度もあったけど、ここからの眺めは格別なものだった。 「どうですか? 志那都荘の従業員しか知らない、とっておきの場所ですよ」 「……うん、孫の俺も知らなかったくらいだからな」 本当に秘密の、とっておきの場所だったんだろう。 レナさんが、こちらへそっと体重を預けてくる。 俺は気付かない振りで、星空を見上げていた。 「やっぱり、日本からだと北極星の位置がだいぶ低いですね」 「そういうの、わかるんだ?」 「はい! でもその分、わたしの知らない星も見えますから」 「あっちのほうに見えてる星は、よくわからないですね」 「レナさんの国から見る星とは、やっぱり違う?」 「ふふふ、自慢ではありませんが、穂織よりもたくさんの星が見えますよ」 「嘘っ、穂織より?」 俺の地元なんか、オリオン座以外の星座はほとんど認識できないくらいなのに。 「わたしの村、穂織よりもっとなにもないですからね。流れ星も、たくさん見えますよ」 「願い事が追いつかないくらい、いっぱい、いっぱいですね」 「雪がちらついてるのと区別がつかないくらい、本当にたくさん見えますから」 「ははは、さすがに大袈裟じゃない?」 「もー信じてませんね? マサオミにはいつか、わたしの国のオーロラも見て欲しいですから」 「そのときびっくりする羽目になっても知りませんよ?」 「ああ、そのときが……楽しみだな」 ヨーロッパは、本当に遠い場所だ。 見える空さえ違って見える程、遠い。急にその距離を意識させられる。 先程みんなで、サンタクロースの村へ行くと話していたときは、その気になれば実現できそうな気がしていたのに。 突然、現実が胸へ迫ってきたのだ。 たとえ旅行者として訪れることができたとしても、もし仮に……ずっと暮らすことを考えるとしたら? それは、あまりに遠い現実だった。 「ありがとうございます、マサオミ?」 「ん?」 「マサオミがお泊まり会をしようと言ってくれたおかげで、今日はとっても楽しかったですよ」 「それに……わたしのために、計画してくれたのですよね?」 「いいよ、そんなの。俺も凄く楽しかったからさ」 「えへへ、星の見つけ方はですね? お祖父ちゃんに教わったですよ」 「お父さんもお祖父ちゃんから教わったそうです、お母さんはお父さんから聞いたと言ってましたね」 「へえ」 家族に会いたくなったと聞いて、俺は咄嗟に彼女を帰したくないと思ってしまった。 お泊まり会を開いたのは、そのためでもある。 「だから、わたしも、お祖父ちゃんも、お父さんもお母さんも」 「いつでも、同じ空を見て、同じ星をみつけることができます!」 「レナさん……」 「わたしの国と日本は確かに少しだけ遠いですし、星の見え方も少しだけ違いますけど」 「わたしの知ってる星も、たくさんたくさんありますから」 「寂しいと思うことがあっても、そんなに寂しいわけではありませんよ?」 「マサオミには心配させてしまったみたいですから、ちゃんと話しておきたかったんですよ」 「レナさんは……強いんだね」 つい、そう漏らしてしまう。 だって、俺ならきっと寂しいと思うから。 レナさんとそんなに遠く離れてしまったら、きっと寂しい。 「……マサオミ?」 「いや、俺には星の見つけ方どころか」 「どれが北極星かも、わからないくらいだから」 「だったら、わたしが教えますよ?」 「そうすれば、マサオミにもいつでも簡単にみつけられるようになります」 「……俺にも、できるかな?」 「間違いないですね」 「だって、たとえ曇っていても、雨が降っていても、星は必ず同じ場所にあるはずですから」 たぶんレナさんも、お祖父さんからそう教わったんだろう。 穂織のみんながレナさんとどれだけ親しくなれたとしても…… きっとレナさんの地元にも、レナさんを大切に思う人はたくさん、たくさんいるはずだ。 だってこんなにやさしくて、素敵な女の子なんだから。 だから、いくらこの国の人からレナさんが受け入れられたとしても……レナさんは、いつか帰ってしまうのだろう。 これ以上親しくなったら、別れたときかえって寂しくなる。 今よりも、もっと辛くなる。 だったらいっそ、だとしても…… 「レナさん、好きだ」 「……っ」 気がつくと、そう口走っていた。 たとえ困難や障害があったとしても、それが偽らざる気持ちだったから。 「いつか離れ離れにならなきゃいけないとしても、俺はレナさんと同じ星を見ていたいんだ」 「……たとえ地球の裏側にいても、星は必ず同じ場所にあるんだよね?」 「だったら俺にも教えてくれないかな? 星の見つけ方を、いつでも同じ星を見つけられるように」 「…………」 だが、レナさんはきょとんとしたまま反応がない。 あれ? ひょっとして俺、なにか勘違いしてた? それとも、意味が伝わってない? 「え、えっと、あれ? 今のはその……普通の好きとは違って」 「女の子として、好きっていうか……」 「俺の……恋人になって欲しいって、意味だったんだけど」 「ううん……」 「……え?」 握られた手に、きゅっと力が込められる。 「ちゃんと……わかってますよ? ただ、びっくりしてしまって、えへへ」 「今のは、日本のコクハクという……恋人になるための儀式ですよね?」 「儀式……ってほど大袈裟ではないはずだけど」 「ヨーロッパの国には、コクハクの文化はありません……たぶん、他の国にもありませんよ」 「日本の映像作品に出てくるの、みんな、とても不思議な感じで見てます」 「そ、そうなの? 外国では、告白しないんだ」 海外の人は積極的というイメージだったから、びっくりしてしまう。 「けど……それなら、どうやって恋人になるんだ?」 「好きな人が、自分を好きかくらい、態度でわかりますから」 あっ、積極的だからこそ、態度だけで充分伝わるというわけか。 「昨日……手を繋いでいたとき、マサオミが初めて握り返してくれましたよね?」 「そのときにはもう、気持ちは伝わってましたから」 「レナさん……」 「そ、そうだったんだ」 自分自身にさえ、はっきりさせてこなかった気持ちを。 レナさんは敏感に感じ取ってくれていたのだ。 そのことに胸が熱くなってしまう。 「ですが……」 「ん?」 「ちゃんと、わかっていたつもりでしたけど、それでも……マサオミがコクハクしてくれたとき」 「言葉が出ないくらい嬉しかった」 「もっと、世界中に広まるといいですね」 「……告白する文化が?」 「コクハクの文化が」 「こんなに嬉しくて、幸せな儀式なら、きっとみんなみんな、たくさんハッピーになれるはずですから!」 「うん、レナさん……俺も今、すごく幸せだ」 「はい、マサオミ……」 そっと、レナさんの瞳が閉じられる。 言葉だけでなく、態度でも示したかった。 今度はレナさんの国の流儀で。 俺達の気持ちは、すでに1つに重ねられているはずだから。 そこから先に起きたことは、星だけが見ていた。 今日は休日。 そして、憑代を祀ったお祝いをする日でもある。 なので―― 「有地さん、お肉は何時くらいに届きますか?」 「あ、3時くらいだって言ってたよ」 「茉子、お皿はこれでどうでしょう」 「あ、芳乃様、すみません!」 「茉子君、食材が届いたから受け取っておいたよ」 「安晴様、ありがとうございます!」 調理の主戦力たる常陸さんの稼働率は、120パーセントくらいになっていた。 「何とも茉子は忙しないのう」 「何てったって、10人分の料理の準備だからな」 それも普通の食事じゃない。 一品、一品手間のかかったご馳走だ。 一人でやろうというのが、そもそも無理だ。 「茉子、やっぱり私も――」 テンパリ気味の常陸さんを見かねて、朝武さんが調理の手伝いを―― 「いえ、芳乃様にそんなことはさせられません」 ――する前に止められた。 「でも、茉子大変そうだし」 「包丁で下ごしらえくらいなら」 「芳乃様は、今日も舞の奉納をするのですから」 「体力と精神力は、そちらに傾けてください♪」 にっこりと笑う常陸さん。 だが、その笑顔には「絶対譲りませんからね、うふふ!」という言外の意味が色濃く出ていた。 ちょっと怖い。 「茉子は頑固じゃからな」 「ああなってしまっては、絶対に芳乃には手伝わさんじゃろう」 「じゃあ、茉子君、僕が何かやろう」 「いえいえ、安晴様に炊事をさせるなんて!」 常陸さんはぶんぶんと首を横に振る。 朝武さんと同じく、安晴さんに手伝ってもらうのも、常陸さん的にはNGらしい。 「私もダメ、お父さんもダメ……」 「そうなると……」 「じー」 皆の(特に常陸さんの)視線が、俺に集まる。 まあ、そうなるよな。 「常陸さん、俺にやれることがあれば……」 「ありがとうございます、有地さん!」 強く強く手を握られる。 若干、捕獲された気分でもあった。 「魚の鱗は取れますか?」 「たぶん、それくらいなら……」 「三枚に下ろして、お刺身にするのは?」 「人様に出すってなると……正直自信がない」 自分で食べられればいいって程度だからなぁ。 「仕方ない。ここは救援を頼もう」 「え?」 「出来そうな人に、都合を聞いてみる」 俺はスマホのメッセンジャーアプリを立ち上げる。 相手は小春とレナさんだ。 何時くらいから来れそうか、調理の手伝いをお願いできるか尋ねてみた。 小春>すぐにでも、行けるよー レナ>わたしも、ダイジョーブであります 「よし、助っ人二人ゲットだっ!」 俺は思わずスマホを握りしめて、ガッツポーズする。 「ご主人、女ばかりに声をかけおって……」 「さすが思春期真っ只中の男子よのう」 ムラサメちゃんが俺の腕を肘でつつきながら、ニヤリと笑う。 「違う! あくまでも、実力を考えての人選だ!」 芦花姉はまだ店があるから、当然遠慮した。 廉太郎はそこそこ腕はあるが、常陸さんと組ますのはアレな気がするし。 「でも、お客様に手伝ってもらうのは何とも心苦しいし……」 「そうだよねえ、家人の僕達がのうのうと休んではいられない」 「茉子、やっぱり少しでもいいから何か手伝わせて」 「僕だってその気になれば、魚の鱗くらい取れるよ?」 朝武親子が、じっと常陸さんを見る。 なかなかのプレッシャーだ。 特に朝武さんの目力は半端ない。 「はぁ……。わかりました」 ついに常陸さん、陥落。 「でも、疲れない程度にしてくださいね。特に芳乃様は」 「大丈夫、私、結構体力あるもん」 「いっしょに頑張ろうね、茉子」 にっこりと笑う朝武さん。 一瞬で、リビングが華やぐ。 さすが、巫女姫様の放つオーラは違う。 「そうなると、助っ人はいなくても何とかなるのではないか、ご主人」 「そうだね、もう大丈夫って、知らせ――」 「お兄ちゃーん、来たよー!」 「マサオミ、わたし何すればいいですかー?」 玄関で二人の女子の元気な声が響く。 「間に合いませんでしたね」 「しまったなぁ、どうしよう」 「せっかく来てくれたのだ、皆で用意をすればよかろう」 「炊事は慣れた者に任せて、ご主人と安晴は力仕事担当が妥当だと思うが」 「まあ、それが無難かな」 ムラサメちゃんの提案に、全員が頷いた。 「常陸さん、力仕事で残ってることは?」 「いっぱいありますよ、リビングの掃除とか」 「お客様用の食器も、たくさん出さないといけませんし」 「じゃあ、俺と安晴さんはそっち方面で」 「わかりました。よろしくお願いします」 ようやく準備できそうな目処が立った。 「お兄ちゃーん、上がってもいいの?」 「マサオミ、いないですかー?」 あ。 いかん、小春とレナさんを待たせたままだった。 「ごめん、上がって!」 俺は慌てて、二人を迎えに玄関へ。 「ご主人、転ぶぞ、慌てるでない」 「やれやれ、今日は忙しない一日になりそうじゃな」 「忙しいのは、今日に限りませんよ」 「ですねえ、有地さんがいらしてから、ずっと忙しなくなった気がします」 「あはは、楽しいからいいじゃないか」 「芳乃も前より、明るく元気になったし」 「それはワタシも感じてました」 「わ、私は元々明るくて朗らかですっ」 「いや、前は時折ピリピリした雰囲気であったぞ?」 「特に奉納の後など、『寄らば斬る!』という雰囲気であった」 「ええっ、そんな……」 「私、そんな危険な人斬りみたいな子じゃないですぅっ」 「いや、確かにそんな雰囲気はあったよ?」 「そうですね、心の壁を感じることが時折ありましたよね」 「ううっ、皆、意地悪です、知らないっ」 「あはは、ごめんごめん」 「くすくす」 「……」 「……変わったのは、芳乃だけではない」 「茉子も、安晴も以前よりずっと明るくなった」 「そして、きっと吾輩も……」 「ご主人、ご主人はすごい力を持っておるな」 「……吾輩のご主人がご主人で本当に良かった――」 「え? 俺が何?」 一人でぶつぶつ何かを言ってるムラサメちゃんの背中に声を投げる。 「うわあっ?! もう戻っておったのかご主人?!」 「うん、小春とレナさんは奥の台所にいてもらってる」 「じゃあ、ワタシも行きますね」 「私も」 「僕もご挨拶しておかないとね」 三人がそろって、台所へと向かう。 「で、俺がどうしたの? ムラサメちゃん」 「なっ、何でもないわっ!」 「乙女の独り言を立ち聞きするでない、ご主人!」 「えー、乙女ってどこですかー?」 「幼刀なら一人いますけどー、乙女はどこですかー?」 俺はわざとらしく周囲を見渡す。 「く……、吾輩を愚弄する気かご主人!」 「ペッタンで悪かったな!」 「そこまでは言ってないよ?!」 「言いましたー、初めて会った時、硬いって言いましたー」 「まだ根に持っていたんだ?!」 「当たり前じゃ、吾輩の乙女心はいたく傷ついたぞ、ご主人」 「責任を取れ」 「えっ、それって、ムラサメちゃんを俺の嫁にしろってこと?」 「はあああああああっ?!」 ムラサメちゃんの顔が、途端に真っ赤になってしまった。 「なっ、何でそうなるのじゃ! ご主人!」 「だって、女の子の身体触った責任取るって、そういうことじゃ」 「違うっ! 何もそこまで言っておらん」 「誠意を見せるのだ、ご主人」 「一兆億円で、手を打とう!」 「誠意という名のゆすりきた、これ!」 ヤ○ザ屋さんかよ。 それに一兆億って単位変だろ……って、あ。 「よく考えたら、俺だって貴重なファーストキスを、ムラサメちゃんに無理矢理奪われたじゃん!」 「な、何?!」 「俺にも責任を追及する権利はある!」 「――なっ、何を申すか! ご主人!」 「あれは緊急措置ではないか! 超法規的措置だ!」 ムラサメちゃんが首から上を、さらに紅潮させてあたふたし始める。 「ああ、俺の可憐な唇が、あんな風に幼刀に強引かつ乱暴に奪われて……!」 「人聞きの悪い言い方をするな、ご主人!」 「それに、ご主人の唇はちょっとがさついておったわ! 可憐ではないわ!」 「しっかり感触覚えてるじゃん! ムラサメちゃんのエッチ!」 「むきー! 吾輩より絶対、ご主人の方が破廉恥じゃ!」 俺とムラサメちゃんは、互いの腕や肩に触れながら文句を言い合う。 じゃれ合いである。 「有地さん、ちょっと手を――」 「って、何でこの忙しい時に遊んでるんですか……」 常陸さんに恥ずかしいところを見られてしまった。 「すまぬ……」「すみません……」 俺とムラサメちゃんは、同時に頭を垂れるのであった。 「お邪魔するよ」 「失礼します」 準備が終わった頃、ちょうど招待客の皆さんがやって来た。 「うっす、将臣!」 「将臣、ちゃんと働いておるか? 役に立っておるか?」 「祖父ちゃん、第一声がそれなの?!」 こんな席でも、油断はできないかもだな。 あまりハメは外せない。 「あはは、玄十郎さん、将臣君はとてもよくやってくれてますよ」 奥からやってきた安晴さんが、ナイスフォローしてくれた。 「安晴様、お言葉に甘えてやってきました」 「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」 礼儀正しい二人が早速家長に挨拶を。 「こちらこそ、御忙しい中よくいらしてくれました、皆さん」 「今日は固いことは抜きにして、存分に楽しんでいってください」 安晴さんの感じのいい笑顔が、場の空気を和ませる。 「ああ、今日は私も楽しみにしてたんだ」 「医者なんてしてると、普段そのつもりがなくても張り詰めちゃってね」 「今夜くらいは、その立場を忘れさせてもらうとしよう」 駒川さんも、普段よりリラックスしてる感じだ。 「常陸さんの料理は、美味いしな。またとない機会だ」 「それにレナちゃんや巫女姫様も一緒だろ……」 「目移りしちまうぜ、なあ、将臣!」 そして、廉太郎はいつもとまったく変わってなかった。 ていうか、俺の肩を抱いて、仲間に引き入れるのはよせ。 「……廉太郎、将臣、宴の前にワシと軽く稽古するか?」 「雑念を払ってやろう」 早速、祖父ちゃんに睨まれる。 「祖父ちゃん、稽古が必要なのは廉太郎だけだから!」 「俺は毎日、清く正しく紳士的に、女性とは接している!」 俺は廉太郎の腕を振りほどいて、距離を取る。 「――なっ?! 嘘吐け、将臣」 「俺からエロ本借りたじゃねーか!」 「貸せって言ってないだろ! お前が勝手に持って来たんだろ!」 あの後ちょっと……いや、かなり大変な事になったんだぞ。 「皆さん、ようこそいらっしゃいました」 「こんばんは、さあ、お好きな席に」 「皆さん、今日のお料理はすごいですよ。大ごちそうです」 「廉兄、しゃべってばっかいないで、お料理運んで」 台所から料理を手に、女子4人がやってくる。 一気に、リビングの女性率がアップした。 「あ、アタシも手伝うよ」 「いいよ、芦花姉、たまには給仕される側になりなよ」 俺は芦花姉を制して、代わりに台所へ向かう。 「あら、まー坊、優しい」 「今のはいいですよね、ポイント高いです」 「普通な感じに気を遣ってくれるのが、いいですよね」 「マサオミは、いつも優しいですよー」 「そうだよ、廉兄ももっと見習って欲しい」 「そんなことねーよ、俺だって優しいよ! ね、レナちゃん」 「うーん、レンタロウも優しいでーす」 「でしょ!」 「でも、下心感じますです」 「ほら、ダメじゃん」 「く、何が……何が将臣と違うって言うんだ……!」 『あはは』 「向こう、もう盛り上がってるな」 台所で料理をトレイにのせつつ、背中で皆の笑い声を聞く。 「うむ、ご主人のことで盛り上がってるぞ」 「あ、今までどこにいたのムラサメちゃん」 「何となく気恥ずかしいので、ご主人の背後にへばりついておった」 背後霊っぽいだろ、それ。 言うと怖がるから、言わないが。 「で、ご主人は誰狙いなんじゃ? あの芦花という娘か?」 「年上がいいのか? それともやはり胸か?」 「胸なんて飾りなんじゃぞ? 若い男にはそれがわからんのだ」 何の話か。宇宙世紀か。 「違う、芦花姉は本当に普段たくさん働いてるから、休んでもらったの」 「それだけ、他意はない」 「……そうか」 「……ならば、良い!」 何故かムラサメちゃんはご機嫌だった。 ……女の子って、よくわからない。 普段はとても口に出来ないような山海の珍味。 贅を尽くした料理が、テーブルの上に所狭しと並べられた。 さて、ついに祝いが始まる。 のだけれど。 「じゃあ、将臣君から何か一言、言ってもらって乾杯にしようか」 えー?! いきなり安晴さんが、俺に無茶振りを。 「いやいや、俺じゃないでしょ、安晴さん」 「ここは、やっぱりずっと頑張ってきた、朝武さんとか常陸さんで」 と、二人を見ると。 「もちろんワタシは、丁重にご辞退申し上げました♪」 常陸さんは笑顔で、さらりと言う。 「わ、私もです……」 朝武さんはわざと俺から目線を逸らしていた。 ええー?! 「ひどいっ、ハメられた」 「朝武さんずるいっ! ここはフツー、朝武さんの役目だよ」 「ず、ずるくはありませんっ!」 「こういうのは殿方がやるべきなんですよっ、だから有地さんお願いします」 「俺と朝武さんじゃ、ありがたみが違うじゃん! 巫女だし!」 「挨拶に巫女も何も関係ないです」 「前みたいに、皆さん、今後ともヨロピクって感じでやってよ!」 「それは、もう忘れてくださいっっ!」 俺と巫女姫様の言い合いは続く。 「おいおい、ご主人」 ちょんちょんと背中を突かれる。 「皆が呆れておるぞ。それに早くせぬとせっかくの馳走が冷めてしまう」 「もうご主人がやってしまえ」 幼刀に嘆息されてしまった。 「く、しょうがないな……」 もう、腹をくくるか。 あ。 そうだ、それなら。 「えっと、本日は皆さん、お忙しい中集まっていただきありがとうございました」 「まー坊、堅い堅い」 「あはは、よそ行きのお兄ちゃんだね」 「嘘くせーぞ、将臣」 旧友達に茶化される。 五月蠅いよ、慣れないんだよ。 じゃあ、もうフツーでいい。 「今日は憑代を無事奉ることが出来た、お祝いなんだけど」 「ここにいる一部の人達は知らないことを、ちょっとだけ説明させてくれ」 俺の言葉に、芦花姉と小春、それに廉太郎が「ん?」という顔をする。 「祟り神っていうやっかいな……まあ、ごくごく簡単に言えば怪物っぽいのが本当にいたんだ」 「それを朝武さんと常陸さんが、今までそれこそ命を賭して祓ってくれてた」 「ええーっ?!」 「伝承は聞いて知ってるけど、実在してるなんて……」 「夜の山に出てたんだよ、真っ黒いデッカイのが」 「嘘だろ、そんなのいたらこえーよ!」 「嘘じゃない」 「前俺が怪我をしたのも、実は祟り神が原因なんだ」 「巫女姫様、本当ですか?!」 「はい」 こくん、と朝武さんは頷く。 「ですが、安心してください。もう祟り神の怒りは鎮められました」 「あんな事件は二度と起こりません」 「そ、そうなんですか」 「良かったー、マジビビった~……」 「そんな怖い神様いたら、困っちゃうもんね~」 小春に芦花姉、それに廉太郎が安堵の息を吐く。 「でも有地さん、どうして今あえてそのようなことを……」 「皆、ムラサメ様って知ってるだろう?」 「ん?」 俺の言葉に、旧友の三人に加えてムラサメちゃんが俺を見る。 「御神刀を作るために人柱になった……」 「正確には作るためじゃないけど、とにかくそのムラサメちゃん」 「お前、ヤケに気安いな」 「そのムラサメ様がどうしたの?」 「今、ここにいるから」 そう言って、俺は隣に座ってるムラサメちゃんの頭を撫でた。 『っ!?』 三人がそろって、目を見開いた。 「ムラサメちゃんは、朝武さんや常陸さんと同じように、今まで穂織の地を守ってくれてたんだ」 「ほとんどの人には見えないけど、俺はもっとたくさんの人にムラサメちゃんの存在を知って欲しい」 「だって俺達をずっと守ってくれてたんだ」 「今日はお祝いと、ムラサメちゃんの紹介をしたい」 俺は今まで苦労をともにしたムラサメちゃんを撫でながらいう。 ムラサメちゃんは、気恥ずかしそうにしながらも大人しく座っていた。 「なるほど、そういう趣向だったのかい」 「そうだね、ムラサメ様はずっと穂織の地を守ってくださった」 「もっと皆で感謝すべきだろうね」 「駒川先生は、知ってらしたんですか?」 「うん、立場上ずっと前からね」 「私だけじゃない、玄十郎さんも知ってる」 「そうなのかよ、祖父ちゃん!」 「いかにも」 祖父ちゃんが重々しく頷く。 「ちなみにわたしも知ってますよー」 「というか、わたし、ムラサメちゃん見えますし、お話もできます」 「えっ?! レナちゃんマジで?」 「マジです」 「レナさんは、有地さん同様特別な体質なようです」 「ですが、皆様をいたずらに戸惑わせないように、ごく一部の方を除いて、祟り神同様内緒にしていました」 「すみません」 「い、いえ、そんなこと」 「正しいご判断と思いますよ」 「皆に話せるのも、憑代を奉ることが出来たからこそだけどね」 「お兄ちゃん、ムラサメ様って、どんな方なの?」 「やっぱり、威厳があって神々しい感じ……?」 「へ? いやいや全然」 「全然ってことはないであろう、ご主人!」 「吾輩とて、500年生きてきた御神刀の魂としての矜持というものがあるのだぞ!」 「はいはい、わかったからまだ挨拶の途中だから、静かにね?」 「完っっ全に、吾輩を子供扱いしておるなご主人!」 ムラサメちゃんに足を何度もぽこぽこと叩かれる。 「せっかく祟り神の怒りが鎮まったのに、ムラサメちゃんが怒らないの」 俺は頭を撫でながら、幼刀の怒りを鎮めようとする。 「おい、将臣が一人で誰かと会話を始めたぞ……」 「違いますよ、レンタロウ」 「マサオミは今、ムラサメちゃんと仲良く喧嘩してるのですよ」 「じゃれ合ってますね」 「あの伝説のムラサメ様とじゃれ合いって……」 「何か、お兄ちゃんって、すごいね……」 芦花姉と小春に感心と呆れの入り混じった視線で、見られる。 「そんなわけで、姿は見えなくても今日はムラサメちゃんも出席してるから」 「話したい人は俺が間に入るから、どんどん来てくれ」 「以上! 憑代が奉られて良かったな! 穂織万歳! 乾杯!」 俺はウーロン茶の入ったグラスを高々と掲げた。 『乾杯!』 皆のグラスが触れ合い、涼しげな音を立てる。 宴の始まりだ。 「……何て雑な挨拶だ……」 「それに良いのか? ムラサメ様に馴れ馴れしすぎぬか……?」 「まあまあ、玄十郎さん」 「あれでいいんですよ、いえ、あれがいいんですよ、将臣君は」 「さあ、我々も今日は楽しみましょう、どうぞ一杯」 「これは恐縮です。安晴様もどうぞ」 「ありがとうございます」 そこからは、全員終始笑顔の絶えないどんちゃん騒ぎに突入した。 ご馳走をつまみながら、俺達は大いに話して、笑った。 「うおっ、将臣の手から肉が消えたっ?!」 「ムラサメ様が食されたのですよ」 「すごーい! 手品みたーい」 「よし、もっと見せてやるぞ、小春」 「ムラサメちゃん、次はこれを一気に!」 「こらっ、寿司をみっつも一口で食べれるかっ!」 「がじがじがじ!」 「ぐわっ、指をかじらないで!」 「まー坊が、急に痛がってるけど?!」 「怒ったムラサメちゃんに、報復されてまーす」 「有地さん、ふざけすぎですよ」 「違うよ、この幼刀が乱暴なんだ」 「誰が幼刀かっっ!」 「がじがじかじがじ!」 「ぐわっ! やめてやめて!」 「お兄ちゃん、ムラサメ様って、女の人なんだよね?」 「女の人って言うより、女の子だな」 「はっきり言って、見た目は小春とそんなに変わらない」 『か、それ以下か……』って付けると、また怒りそうだから止めておこう。 「え? そうなの?」 「外見だけでいえば、芦花姉より絶対年下に見える」 「こら、ご主人、吾輩の胸を見ながら言うでない!」 「なあ、ぶっちゃけ、美人なのか? 可愛いのか? なあ将臣!」 「お前、本当にブレないなあ」 もはや感心すらする。 「ムラサメ様は大変可愛らしい方ですよ」 「和風美少女ですねー」 「そんな美少女神様が、将臣とだけ毎日イチャイチャしてるのかよ……」 「人生はなんて不公平なんだ……!」 少し酔ったらしい廉太郎が、頭を抱えてぶんぶん横に振る。 「イチャイチャなんてしてないっ!」 「してるじゃん! さっき、指かじられたんだろう?!」 そんなんがうらやましいのかよ。 「ご主人、良かったな!」 「こんなの嬉しくない! 痛いだけだ!」 『はは』 こうして皆、終始笑顔のままで、時は過ぎていく。 「将臣、お前も少しは呑め」 「ちょっ?! 祖父ちゃん、呑めとか言われても?!」 「あははは! ご主人、観念して玄十郎に付き合ってやれ!」 ムラサメちゃんもずっと笑ってくれていた。 ――それが、俺には何よりも嬉しかった。 「……」 「……ん?」 ノドの渇きを感じて、唐突に目が覚めた。 あれ? 皆は? 俺はどうして、自分の部屋で寝て……。 ズキッ 「ぐわっ?!」 考えている内に頭が急に痛み出した。 頭痛とともに、蘇る記憶。 「ああ、あの後、酔った祖父ちゃんに、呑まされて……」 つぶれて、ここに運ばれたってわけか。 「まったく、祖父ちゃんもしょうがないな……」 あんなに嬉しそうというか、感情をまっすぐに出していた祖父ちゃんは初めてみた。 それだけ憑代が奉られたのが、嬉しかったのだろう。 「生粋の穂織の人で、事情を知ってたからな」 内心、直接祟り神の御祓いに協力できない自分を歯がゆく思っていたはずだ。 めずらしく呑みながら、俺の事を褒めてくれたし。 ズキッ 「ぐわわっ?!」 また頭痛が。 「……水飲み行こう……」 俺は布団から立ち上がると、ちょっとフラつく足取りで部屋を出た。 「はぁ、気持ちいいな」 台所で水を一杯飲んだ後、夜風に当たりたくて外に出た。 頭痛はもう大分治まった。 これなら、朝まで寝れば治っているだろう。 玉砂利の上に、存外に濃く俺の影が映る。 「今夜の月はでかいな」 俺は夜空を見上げる。 そこには、満天の星空と満月があった。 ちょっと感動するくらい、綺麗な天体ショーだ。 都会のプラネタリウムとは違う天然の星明りに、俺は見入ってしまう。 「うっ、ぐすっ……」 え? 「ぐすっ、うっ、ううっ……」 夜風の音にまぎれて、微かに聞こえる声。 女の子の泣き声。 とてもよく知っている、身近な子の―― 「ムラサメちゃん?」 俺の視線は、否応なしに、声の方へ。 そこには。 「ぐすっ、月よ、お主だけだな、変わらんのは……」 「吾輩が、人柱になる前夜も……宴があった……」 「村中の者が、吾輩に会いに来て、礼を言い……」 「あの時、吾輩は上手く笑えておったのだろうか……?」 「ふっ、もう覚えておらんわ……」 「もうあの頃、共に過ごした者は誰もいない……」 「お主の他は、皆、吾輩を残して先に逝った……」 「……」 「わかっておる。全て吾輩の決めたこと……」 「泣くのは、お主と二人きりの時だけ。そう決めておる」 「あの宴の後も、お主の前でしか泣かなかったであろう?」 「だから、今だけは許してくれ……ぐすっ……」 「あの時も、こんな夜だったの……」 「ぐすっ……」 「父上、母上……」 「吾輩を、綾を、どうか……」 ムラサメちゃんが、月を見上げて肩を震わせていた。 遠目にもわかるほど、あんなにも震えて。 真夜中、月明かりの中で、一人で泣く彼女の姿が、あまりにも痛々しい。 だから、俺は。 「どうしたの? ムラサメちゃん」 声をかけずにはいられなかった。 「――?! ご、ご主人?!」 「ちょっ、ちょっと待て! 今、近づくでない!」 「~~~~っ!」 ムラサメちゃんは、慌てて右手の甲で目じりや頬を拭う。 必死で泣いていたのを隠そうとしていた。 「よ、よし、もういいぞ、ご主人」 「近くに寄るが良い」 ムラサメちゃんは、もういつものムラサメちゃんに戻っていた。 俺は玉砂利の音を鳴らしながら、彼女のところへと急ぐ。 「こんな時間にどうしたのだ、ご主人」 「もう酔いは醒めたのか?」 「いや、俺のことよりさ、今、ムラサメちゃん――」 「もう酔いは醒めたのか?」 俺の言葉を遮るように、同じ言葉を繰り返してくる。 泣いていたことに触れて欲しくないのか。 そう思うと、俺もこれ以上追究することに躊躇してしまう。 「ああ、もう醒めたよ。水飲んで、ちょっと夜風に当たったら」 「玄十郎に随分呑まされていたからのう」 「祖父ちゃんが、あんなに嬉しそうに笑うの、俺初めてみた」 「ていうか、はしゃぎすぎだ」 いつもの気難しい祖父ちゃんが、今日だけは吹っ飛んでいた。 「ご主人達の手で、呪いが鎮まり、穂織の地に平穏が訪れた」 「玄十郎も安晴も、ようやく肩の荷が下りたといったところじゃろう」 「今夜くらいは、大目に見てやれ」 優しく微笑む。 でも、目じりには微かに涙の跡が残っていた。 俺は、それを見るとどうしようもなく、胸が痛む。 「……ムラサメちゃんは楽しかった?」 でも、直接泣いていたことには触れられない。 ――簡単にしてはいけないことのような気がしたから。 「ああ、存分に楽しんだぞ、ご主人」 「馳走も堪能したし、普段は話せない者達とも話せたしな」 「小春も芦花も、いい娘じゃ。また話したいものじゃ」 「廉太郎は?」 「あの男は、よくわからん」 「姿が見えぬ吾輩の容姿をどうして気にするのか」 「あいつ、今、絶賛彼女募集中だから」 「すまぬが吾輩の好みではないな」 「そもそも吾輩は年上が好きなのじゃ」 「それ、絶対無理じゃん!」 齢500オーバーのロリっ娘に、つり合う年上男性などいない。 「年上というか、要は頼りがいのある引っ張ってくれるような男がいいのじゃ」 「吾輩を引っ張れる男など、この世にはおらん」 「……」 気がついたら。 「あ……」 俺はムラサメちゃんの手をつかみ、少しだけ引いていた。 ほとんど無意識の行為だった。 「ご、ご主人……」 「……あ、ご、ごめん、ごめんな」 俺の声はみっともなく震えていた。 「い、いや、別に……」 「別に良い……」 ムラサメちゃんも俺の手を握り返してきた。 微かにこめられた力。 それがとても嬉しい。 「……」 「……」 しばらく、俺達は無言で手を繋いだまま、月を眺める。 そして。 「……上手く言えないんだけど」 「ん?」 「俺はこうして、ムラサメちゃんと話せるし、手も繋げる」 「一人じゃないからさ」 「あ……」 「……」 「……そうじゃな」 月明かりに照らされた、ムラサメちゃんの笑顔。 もう涙の跡は消えていた。 そうして俺たちは、キスでコミュニケーションを行うこと数日。 ようやく、週末を迎えることとなった。 「そう言えば、2人は今日はどうするんだい?」 「――ッ!? どう、する……とは?」 「折角のお休みだから、デートでもするのかな……と」 「デート、ですか?」 そう言えば……セックスの事ばっかり考えていたせいで、そこら辺をどうするか全然決めてなかった。 なるべく自制するようには心がけてるんだけど……やっぱりダメだな。 期待が大きくなりすぎてて、冷静さを保ててない。 「特に、そういった予定もありませんが……」 「そうなのかい? だったら……悪いけど、お昼頃に少し手伝ってもらえないかな?」 「一件、付き合いのある人から祈祷を頼まれていてね」 「わかりました。それぐらいなら」 「あの……ちなみになんですが、祈祷ってどれぐらい時間がかかるんですか?」 「俺、祈祷なんてしてもらったことがないので」 「それほどかからないよ。せいぜい2、30分といったところだね」 「へー、意外とかからないものなんですね」 まあ、何時間もかかってたら大変だろう。 それなら、デートをするにしても、十分間に合いそうだな。 「お2人は、本当に今日はご予定はなかったんですか?」 「え? もしかして、こっちを優先してる? もし予定があったなら、本当にそっちを優先でいいんだよ?」 「いえ、予定は特に」 ……いくら大らかな親であっても、流石に『セックスする予定です』とは言えんっ。 「お父さん、私たちのことは本当に気にしないでいいから。神社のお仕事も大切なこと」 「《うつつ》現を抜かしていると思われるのも、それはそれで問題だから」 「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて、今日はよろしく頼むよ」 「ごめんなさい、将臣さん。私、1人で決めてしまいました。話の流れもあって、つい……」 「いや、気にしないでいいよ。芳乃の言う事はもっともで、その気持ちはわかるから」 今まで巫女姫として、毅然とした態度を保っていた芳乃。 俺とデートをしまくってたら、周りの大人……特に深くまでは事情を知らない人から、堕落したと思われるかもしれない。 それは少しマズイ。 胸を張って芳乃と付き合っていきたい。そのためにも、誰かに後ろ指を指されるようなことは、なるべく避けないと。 「俺の事なら気にしないでいいから」 「それに、1時間もかからないでしょ? だったら、そこまで気にするほどじゃないよ」 「なるべく早く戻ってきますから」 「その気持ちは嬉しいけど、さすがに祈祷を焦るのはマズイよ」 「なるべくです、なるべく。それで、帰ってきたら……その……」 「約束通り……セックス……しましょう、ね?」 「うんっ」 そんな可愛らしくセックスしましょうって……こんな誘いを断れる男がいるのだろうか? 俺は即座に首肯していた。 「じゃあ、いってらっしゃい」 「……ジー……」 見送る俺を、芳乃は不満そうな目でジトっと見つめてきた。 「あ、あれ……? なにかダメだった?」 「ダメと言うわけではありませんが……」 「………あっ」 思い出した。 「いってらっしゃい。ちゅ……」 「んっ……ふふ。いってきます」 どうやら、いってらっしゃいのチューで間違いなかったらしい。 芳乃は上機嫌に笑って、神社に向かった。 「……さてと、待ってる間どうしようかな」 このまま部屋にいても、落ち着かない。 というか、妄想ばっかりしてしまって、変に暴走してしまいそうだ。 「~~~……ッ、はぁ……気分を紛らわそう」 「ということで、何か俺に手伝えることってありませんか?」 「手伝いですか……」 「何でもいいですよ」 「ですが、もう昼食も終わって、片付けも終わりましたし……」 「今からは何をするつもりだったんですか?」 「洗濯機を回して、お布団を干して、あとは掃除ですね」 「ああ、それなら俺が掃除しますよ」 「何かしてないと落ち着かないんです。だから手伝わせて下さい」 「わかりました。では、よろしくお願いします」 「さて、やりますか」 掃除、というか……家事は全般的に嫌いではない。 といっても実家では母さんが、ここでは常陸さんがしてくれるから、日常的にするほどではないけど。 とりあえず掃除機をかけて、乾拭きもするか。 「んっ、んっ……よしっ! こんなものかな」 畳や床を綺麗にして、ついでに水回りの掃除も行った。 さすがに水回りの方は、普段から丹念に行うには時間がかかり過ぎるせいか、そこそこの達成感が得られた。 「お疲れ様です、有地さん。今日は本当にありがとうございました」 「ああ、いえ。邪魔にならなかったなら、よかったです」 「邪魔だなんて、そんなはずありません。水回りまでピカピカにして頂いて、本当に助かりました」 「そう言ってもらえると嬉しいです」 とはいえ、普段はしない姿勢を取っていたせいか、腰に負担がかかってしまった。 「本当にありがとうございました」 「いや、そんな。むしろ、いつも家事をしてくれてありがとう、常陸さん」 「ワタシは家事が好きですし、これがお務めでもありますから」 「ただいま」 「あ、芳乃様。おかえりなさい」 「おかえり。どうだった、祈祷の方は?」 「滞りなく無事に終わりました。将臣さんの方こそ……どうしたんですか?」 「え? 何が?」 「汗、びっしょりです」 おでこを拭ってみると、手でハッキリと汗がわかった。 「結構熱を入れて掃除してたから……」 「もしかして、汗臭い?」 「臭うということはありませんが」 「お掃除を手伝ってもらったんです。そしたら、有地さんの中でスイッチが入ったらしくて」 「そのまま目についた些細な汚れまで一緒にやっちゃって」 「そうだったんですか」 「今日は有地さんが手伝ってくれたので、いつもより綺麗になりました」 「さてと。それではワタシは夕食の準備を始めないと」 常陸さんが買い物に出たら、2人っきり……。 『………』 思わず、俺と芳乃は目を合わせた。 その動きを常陸さんは見逃さない。 「……あっ」 「あは、な~るほど」 「ッ!?」 「それでは、ワタシは夕食の買い出しに行って参ります」 「今日はそれなりに時間がかかるかもしれませんが、どうぞお気遣いなく」 「ではでは~、失礼します」 こちらに言葉を挟む隙を与えずに、常陸さんはそそくさと出て行った。 「……もしかして、気付かれたでしょうか?」 「まず間違いなく」 「~~~ッ……でもどうして、別に怪しげな行動はしてなかったはずなのに……」 「それを本人に訊ねると『忍者ですから』って返ってきそうだね」 あと、一瞬とはいえ、あのタイミングで見つめ合ってしまったのは決定的だったかも。 「……ぅー……」 「でも……今さらですね。気付かれたものは仕方ありません」 「そうだね。気にするだけ……損かもしれないね」 再び視線が絡まり合う。 彼女の潤んだ瞳と熱を帯びた吐息が、掃除で忘れていた欲望を思い出させる。 「あっ、あの……いいですか?」 “ナニが”とはハッキリさせず、静かに身体を寄せてくる芳乃。 今さらそれを確認するまでもない。 俺としてもそれをずっと望んでいた。 今すぐにでも抱きしめて、キスをして、服を脱がして――あっ、いや、待てよ!? 「………」 咄嗟に俺は、彼女が近づいた分、後ろに下がった。 「あの……将臣さん?」 「あ、いや、違うんだ。ほら、結構汗をかいたから。先に綺麗にしたいと思って」 「汗まみれだと、ちょっと不潔だよね?」 って……なんか俺、乙女みたいだな。とはいえ冗談で言っているわけではない、 今はこう言っていても、ゼロ距離とかになると、臭いと思われるかもしれない。 その状態では芳乃も言い出せないだろうし、俺の印象も悪くなる。 「先にお風呂で汗を流したいんだ。その、待たせちゃうのは申し訳ないんだけど」 「いえ、そもそもそれは、私がお待たせしたせいですから」 「じゃあ、悪いけど、少し待ってて。すぐだから」 「でも、そういうことなら、私も先にお風呂に入っておきたい……です」 「芳乃も汗をかいたの? 祈祷って、そんなに大変なの?」 「い、いえ、祈祷自体は激しく身体を動かすようなものではありません」 「私もお父さんも、汗をかくようなことはしていないんですが……」 「………?」 「約束のことを、ずっと考えていたせいか……その、私、その、あの……」 顔を真っ赤にして、俯く芳乃。 もじもじと足をこすり合わせているのは……あっ。 「もしかして……ぬ、濡らしてる?」 「なっ、なんでもかんでもストレートに言わないで下さい! そんな、濡らすというほどではない、はずです……っ」 「で、でも……自分で思っている以上に恥ずかしい状態になっている可能性も、無きにしも非ず……」 そういうことなら、俺が風呂に入るなら、自分も綺麗にしておきたいと思うだろうなぁ。 「じゃあ、お先にどうぞ」 「い、いえ。将臣さんの方こそ、お先にどうぞ」 「私は、その……先に入ってしまうと、待っている間にまた、その……汚れてしまうかもしれませんから」 「………」 そんなに!? 女の子って、想像しただけでそんなに濡れるものなの!? あ、いや、男でも、人によっては触らなくても射精できる人もいるらしいしな。 「……もしくは……その……」 「………?」 「ウチのお風呂、結構大きいですよね」 「そうだね。結構どころか、かなり大きいね」 「ふ、2人で入っても、十分な大きさ……ですよね」 「………」 「それに、あの……その……色々と汚しちゃったりするじゃないですか」 「掃除したばかりの部屋を汚すのは、忍びない気もするじゃないですか」 「………」 「なにか、言って下さい……」 「……芳乃」 「はっ、はいっ!?」 「一緒に、お風呂に入ろう」 「ごごごごっ、ご迷惑で……ないなら……」 「確かに汗が気になるとは言ったけど……俺だって、大変なことになってるんだ」 「今も、必死で我慢してる……ほら」 「あっ……ま、また、こんなに硬くて、熱い……」 「芳乃のことを考えてたら、こうなった」 「でも、汗臭いとかで嫌がられたくないから、必死に堪えてるんだ」 「我慢なんてしなくていいです。私が……将臣さんの身体を、綺麗にします……から」 「気にせずに、しましょう……約束の、セックス……」 「ああ、する。もう我慢なんてしない」 「その代わりと言うわけではありませんが、その、あの……」 「私が恥ずかしい状態になっていることも……どうか、許して下さい……」 「むしろ、嬉しいぐらいだよ、俺は」 俺は芳乃の手を掴んで、そのまま風呂場に早足で向かった。 「んちゅ、ちゅっ、ちゅぅ……んんっ、くちゅくちゅ……んっ、んぱぁ、ああ、キス熱い……んんっ」 「んんっ、ちゅ、ちゅぅ」 キスをしながら、お互いの身体をまさぐる。 そして、抑えきれない欲望に突き動かされながら、互いの服を脱がせ合った。 「ちゅくちゅく……ちゅぅぅぅ……んんっ、脱がせづらくて、すみません。んっ、ちゅっちゅっちゅっ」 「気にしないで。その方が俺も興奮する」 「んっ、んんっ……ちゅっ、ちゅぅぅ……」 「やっぱり、ちょっと汗臭いかも……ごめんね」 「いいれす……ちゅくちゅく、わらひも……そのほうがこうふんひまふ……じゅるっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ」 汗の臭いを、自分の中に取り込もうとするかのように、芳乃は口を開けて、俺を求める。 俺は必死にキスに応えながら、手探りだけで芳乃の服を脱がしていく。 そうしてまさぐる度に、芳乃は小柄な身体をビクビクと震わせた。 それでも唇は離れない。 「んっ、んんっ!? んふぅー……んふぅー……んっ、んっ、んちゅっ、ちゅっ、ちゅくちゅく……んんっ、んんんー……ッッ」 身悶えながらも、ようやく互いの服を脱がせ終えた俺たち。 相変わらず唇は引っ付けたまま、風呂場の中に入った。 そうして―― 「ああん……んっ、んむぅ、れろ、れろ、れろん……ちゅるちゅる、れろれろ」 「ぅぁっ、よ、芳乃……」 「あっ、んん……前に言った通り、今日は私が頑張りますからね。れるん……れろん、れろれろっ」 裸になった俺たちは、羞恥心まで脱ぎ捨てたように、快楽を求めていった。 今日は自分が頑張ると言って、俺のペニスに顔を近づける芳乃。 その目はキスの頃の時点ですでに蕩けており、大した抵抗をみせることもなく舌を伸ばしたのだ。 「これも、教えてもらったの?」 「んっ、れろん、れるれろ……んんっ、はい。してもらうだけじゃなくて、私もしなきゃいけないって」 「騙されてないですよね? 私、舐めてもいいんですよね?」 「ああ、うん。芳乃に抵抗がないのなら、俺は嬉しいよ。それに、とっても気持ちいい……」 「よかったぁ……んっ。れろれろ、ちゅっちゅっ、れちゃれろ……」 「ぅあっ、本当に気持ちいい……」 「れろれろれろ、よかったれす。はむ、んむ、れるれるれる……」 「でも本当に大丈夫? その、臭くない?」 「へいきれすよ、れろん、ちゅくれちゃ、れろれろ……ちゅぷぅ、臭くはないです。でも……」 「汗とは違う……いやらしい匂い、してますね、れろ、じゅるる、れちゅ、れちゃれちゃ」 ちょっと前まで、何の知識もなかったはずなのに。 自分の性器すら弄ったことのなかった女の子が、今はこうして俺のペニスを丹念に舐めている。 「だって、こんな気持ちよくされたら……」 「ふふふ……もうトロトロ。よかった、私だけじゃないんですね、気持ちよくなると、トロトロになっちゃうのは」 「男の人でも、おち●ぽ、トロトロになるんですね」 「―――ッ」 上目遣いで、そんな言葉を芳乃が言う。 巫女姫なのに、清らかな存在だとみんなに思われてるのに。 「トロトロ、綺麗にしないと……んんぅ、ちゅぱっ、れろれろ……んっ、ちゅばちゅば、れろれろれるん」 裸になって、俺のペニスを舐めているなんて、誰が想像できるだろう? 「凄いエッチだ、芳乃って」 「んっ、んんぅ……だって、大好きなんですもん、将臣さんのこと。気持ちよさそうだから、もっと舐めたくなります」 「それとも、えっちな女の子は……嫌いですか?」 「芳乃のことは、全部大好きだよ。むしろ、もっといやらしくなってくれても、俺はオッケーだ!」 「じゃあ……もっと好きになって下さい……ちゅっ、ちゅるっ、ちゅぱっ……れるれるれる」 「はぁ、はぁ……好きになりすぎて、なんか出ちゃいそう。もう少し、抑えて」 「れるん、れろれろ、いいれふよ……らしちゃっても……ちゅっ、ちゅぶぶ……」 「え!?」 「汚してもいいように、お風呂に来たんですから。いつでもどうぞ」 「でも、顔とか……下手すると、口に出ちゃうかもしれないから」 「それで、いいれす……んんっ、んんちゅ、ちゅぱぁぁ……」 「―――ッ!? そ、それって……」 「無理はしてません。できると思いますから。それに……」 「してほしいって、思ってるんじゃないんですか? れろれろ……ちゅっ、ちゅば、ちゅば」 「………」 まるで俺を試すような、エロい瞳が俺を貫く。 そんな目で見られたら……マジでイってしまいそうだよ……。 「んー……れろれろ、今、ビクンって跳ねました……これって、して欲しいってことじゃないんですか?」 「いや、まあ……そうなんだけど……」 「本当にいいのかな? なんか罪悪感を感じるんだけど」 「恋人なんですから、これぐらいは自然……ですよね?」 「それは……まあ、そうだけど」 「それに……ですね、正直に言いますと、その……興味が、あるんです、私」 ピクン、とまた股間が反応する。 「……ぁぁぁ……わたし、本当にいやらしくなってます……で、でも本心ですから」 「だからお願いです、出して下さい。私のお口で射精、して下さい」 ビクン! と再び、今まで一番大きくペニスが跳ねた。 「あっ……すごい……」 「ほ、本当にいいんだね?」 「はい。それが、いいんです……よ。我慢なんて、しなくていいですから」 「前回の私は、横になってるだけでしたから。今日は……私が気持ちよくしてあげたいんです」 「……ゴクッ」 「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします」 「はい。頑張りますから、遠慮なく気持ちよくなって下さいね……ちゅっ、ちゅぅぅーーー」 芳乃がペニスの先端にキスをする。 それはとても愛おしそうな姿で……それだけで、背中をのけ反らせてしまう。 「んっ、んっ、んむ、ちゅるちゅる、ちゅっ、ちゅぅぅ……」 何度も何度も、キスをして、時には軽く吸い付いてくる。 先っぽから、芳乃の唇の柔らかさが伝わってくる度に、軽い痙攣を起こしたみたいに身体が震えた。 「んん、ちゅ、ちゅぅぅぅ……ぱぁ、れろれろ……れるん、んっ、じゅる、じゅるる」 そして再び、いやらしく舌を伸ばして、丹念にペニスを舐めまわす。 うわっ……くぅ……やっぱり、フェラチオって、凄い……ッ! 「ちゅっ、ちゅっ、れるれろれるれろ……んんっ、はぁぁ……はぁぁ……また、トロトロが溢れてる……じゅるんっ」 「芳乃の舌、気持ちいい……どこでこんなこと、覚えたんだ?」 「そうなんですか? よくわかりませんが……きっと、毎日キスをしてるからではないかと」 「ああー、そっか……」 ディープキスで、舌とか動かしまくってるもんな。 にしても、本当に気持ちいい……。 「私の口や舌は全部、あなたに仕込まれたんですよ……んっ、じゅる、れろれろれろ」 「っ!? そ、そんなつもりでキスしてたんじゃないんだけど」 「わらひらってそうれすよ……んむ、れるん、れちゃれちょ……れも、気持ちよくできてるなら、嬉しいです……じゅる、んじゅる」 「うっ……あっ……ああ、気持ちいいよ」 「よかった……ん、じゅる、れるれろ、じゅるる」 本当にエロくなってる、芳乃……。 一度経験するだけでこんなにエロくなるものなんだろうか? それとも、毎日キスをしてきたから? 「ちゅるちゅる……んーっ、れろんっ、れろっ、れろっ……じゅるる……」 ダメだ、そんな事を冷静に考えてる余裕がない。 「んじゅる……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……ちゅるちゅる、んじゅる、れろれろっ、じゅるる……」 必死に、でもエロい目でペニスをしゃぶる芳乃。 こんなに可愛い子が、俺のペニスをこんなに……。 「んん……はぁ、はぁ、はぁ……」 興奮が高まるにつれて、俺の中で感じていた罪悪感が薄れていく。 「んんじゅる、れちょれちょ、ちゅっ、ちゅっ、じゅるる……れろんっ」 「よ、芳乃……」 「ん、はい、なんれすか? ……れろれろっ、れるん、じゅるじゅる」 「お願いがあるんだ。咥えてみて……」 「これを、お口で咥えるんですか?」 「うん。お願いだ……咥えてみて」 「ふふっ、わかりました。それじゃあ、あーーんぅ……」 「ふぉれへ、いいれふは?」 「あ、ああ、いいよ。そのまま、動いて」 「ふぁい……んっ、んっ……んんーーっ、ちゅぽちゅぽ、んっ、じゅる、じゅるる……じゅぽじゅぽっ」 「――あッ!?」 芳乃が頭を動かした瞬間、今までとは比べ物にならない衝撃が駆け抜けた。 「んぅ、ふぁぁ……はぁ、はぁ……大丈夫、ですか?」 「あ、ああ、大丈夫」 「というよりも、すごい気持ちよかった」 「咥えた方が、感じますか?」 「どっちも気持ちいいけど。今までにない刺激だった分……結構キた」 「ふふふ。それなら、なるべく織り交ぜてみますね」 「はぁむ……んっ、おっひい……じゅぷっ、ちゅぽちゅぽ、じゅるるっ……くぽ、くぽ……ちゅっぽちゅっぽ」 「ぅあ! あっ、あっ、ぅぅっ」 「んふふ……じゅる、じゅる、じゅるるるっ、んんっ……んぽ、んぽ……じゅび、じゅび、じゅるるるっ」 思わず声を漏らす俺を見て、芳乃の動きがさらに大きくなる。 「んんーーっ、じゅるる……じゅぽ、じゅっぽ……んんっ、ぱぁ」 「ごめんなさい、なんだか下品な音をさせちゃってますね……れろ、れろ……上手く、できなくて」 「いや、気にしないでいいよ」 「そんな芳乃も、興奮するから。というか……できれば、もっとして欲しいぐらい」 「れるん、れろれろ……今日の将臣さん、ワガママですね」 「ゴメン……」 「ふふっ、いいんです。気持ちよくできてるってわかって、嬉しいですから」 「私のお口で、もっと気持ちよくなっちゃって下さい……あむ、んっ、んじゅる、じゅるる……!」 「じゅるっ、じゅるっ、じゅるるる……んっ、じゅぽじゅぽ、んぐ、んぐ……じゅぷぷ」 「んぁ、んむ、んぐぅ……はぁぁ、ひゅごい……ふぇら、ひゅごい……」 「くちのなか、えっちな匂いがひろがって……ああ……ぬるぬるが、溢れてる」 「トロトロで、ぬるぬるの、わらひのくちのなかに……ぁぁ、こぼれひゃう……じゅる、じゅぷ、じゅぷぷぷ」 音を立てながら、ペニスだけではなく、その先走りをも吸い上げる芳乃。 俺が漏らしたトロトロを吸い上げ、ゆっくりと飲み下す。 そうする度にペニスをしゃぶる芳乃の目は、ますます蕩けていった。 「ぁぁあ……わらひ、うれひい、きもちよくなってくれて、うれひい……じゅぽじゅぽ」 「本当に、いやらしい子になったんだな、芳乃は」 「あっ、ぅぅぅ……いやらひくて、ごめんらはい……ちゅぽちゅぽ」 謝る芳乃は、その動きを弱めはするものの、決してペニスを離したりはしなかった。 その光景がまたすごい……。 「いや、俺としては褒めたつもりだったんだよ? 俺は今、凄い喜んでるんだから」 「……ほんとうれすか?」 「咥えてるそれで、わかるでしょ?」 「んんっ、かたくて……あつくて……とろとろれ……ひくひくしてまふ……じゅる、ちゅぽちゅぽ」 「とってもえっちれすね、これ……じゅる、じゅるるるっ……ちゅぽちゅぽ、じゅるる」 「エッチなのはお互い様だよ」 「……ふぁい……じゅるっ、じゅるっ、じゅるる……じゅぽじゅぽ、ちゅぶぶ」 恥ずかしそうにしながらも、アッサリと認めた芳乃。 そして、抑えていた動きを再び元に戻していく。 「んじゅるっ、じゅぽじゅぽ……んっ、んんん――ッ」 「んぱぁ、はぁ……はぁ……すみません、ちょっと、息が苦しくて」 「無理はしないでいいから。今でも十分、気持ちいいし」 「それは……ふふ、そうですね。すごいトロトロになってますからね、おち●ぽ……れるん、れろ、れろ」 「そんなの、俺だけじゃない。芳乃の顔だってトロトロだ。かなりえっちな顔になってる」 「そ、そんなに……エッチな顔になってますか、私……? はしたない顔、してますか?」 「その顔を見てるだけで、興奮してくるぐらい」 ペニスの刺激だけじゃない。 表情も合わさることで、未体験の快楽が俺を襲い、逆らうこともできない……。 「れも、喜んでくれてるんれすよね? れるっ、れろれろ、れるん、ちゅぅぅぅ」 「うん、凄く嬉しいよ」 「なら気にしないことにします、んっ、んじゅ、じゅる、じゅる、れろれろ」 「っ、あっ、あっ……くっ」 「れちゃれちゃ……トロトロ、すごい溢れてる……れるんっ、れろれろ……んっ、ちゅぅぅぅ」 芳乃の舌が動き、にちゃにちゃと粘液の混ざり合う水音が響く。 「んんー……はぁ、はぁ……どんどん粘っこくなってます、れろれろ、ちゅるる」 「大丈夫? 実はマズイのを無理したりしてない?」 「別に、不味いわけではありませんが……れる、れろれろ……」 「じゃあ、美味しい?」 「………。そこは肯定した方が、喜んでもらえます?」 「えーっと……無理してないのなら、そう言ってもらえた方が、嬉しい……かも?」 「ふふ、変なの。でも、本当に無理はしてませんから……れるれろれろ……美味しい、れすよ」 「っ!?」 「おち●ぽ、とっても美味しくて……好き、れす」 「―――ッ!?」 「美味しいから……また、食べちゃいますね。はむぅ」 「んふぅ、んっ、ちゅぽ、ちゅぽ……じゅるる、じゅぷ、じゅぽじゅぽ、じゅずずずーーー……っ!」 再びペニスを深くまで咥えこむ芳乃。 ぅあっ、この、温かくて、ヌルヌルした感触、やっぱりたまらない。 オナニーでは味わうことができない気持ち良さ……っ! 「んふっ、じゅるじゅる……んんーっ、じゅぽじゅぽ、じゅるるっ」 まるで無理矢理射精をさせようとするように、一際激しくむしゃぶりつく。 「んふぅー、ふぅー……んっ、んむ、ぐっぽ、ぐっぽ……じゅるるっ、じゅずずずず……ッ」 「ちょっ、それっ、やば――」 「じゅぶぶ、じゅっぽじゅっぽ……ちゅるるる……えっひな、かお……れす……じゅる、じゅるっ」 「あ、う、くぅぅ……」 「いいれふから……ん、じゅる、ちゅぽちゅぽ……らして、いいれふから……じゅるるる」 「ほっ、本当に、ダメだ……」 いくら股間に力を入れようとしても、本能が邪魔をする。 このまま気持ちよくなりたい。我慢せずに思いっきり出したい。 そんな欲望が、俺の理性を溶かしていった。 「きもちいいの、いっぱいらしてくらはい……んじゅる、ちゅるちゅる、じゅっぽ、じゅっぽ」 「ほれとも、まら、たりませんか……? んっ、じゅるる、ちゅーうぅぅぅ……はむはむ……じゅるるるっ」 「ちがっ、本当にもう……はぁ、はぁ、はぁはぁ、んんっ」 必死に我慢し続けた俺の理性も、完全に消えてなくなる。 「あ、あ、もう、イく、イくよ、芳乃」 「んむ、んにゅる、ちゅぽちゅぽ……ふぁい、いいれすよ。このまま、いっぱいらしますか……?」 「うん。このまま、出す。だから飲んで、俺の精液、飲んで」 「ふぁい……わかりました。んっ、じゅぽじゅぽ、じゅるっ、じゅるるるっ」 躊躇うことなく受け入れた芳乃。 まるでストローでも吸うように、俺のペニスを吸い上げる。 「んっ、んんんーーー……じゅずずずずずずず……ッ!」 「うあっ、ぁぁ……ッッ!!」 「んぐっ!? んっ、んーーーーーっ……!!」 俺はそのまま、芳乃の口に全てを吐き出した。 尿道を駆けのぼる精液の勢いは凄まじく、ドクン! ドクン! と、芳乃の口の中で暴れ弾ける。 「んんん……んふぅー……んふぅー……んんっ……んぐぅ……」 「はぁ、はぁ、はぁ」 「んむ……んんっ、んぐ……んんじゅる、んっ、んぶ、じゅるる……」 苦しそうな表情を浮かべながらも、芳乃は俺がお願いした通り、口を離さない。 必死で喉を動かし、ゆっくりと俺の放出した粘液を飲み下す。 「んぅぅぅ……んぐっ、んぐぐぐ……ごくっ……ごくっ、ごきゅっ……んんっ」 「ぷぁ、はぁーっ、はぁーっ……すごい、いきおい……おおい……」 「ごめん。気持ちよすぎて、かなり出た」 「んっ、んぐぅ……なんだか、絡みついて、上手く飲めない……んっ、んくっんくっ」 「芳乃、顔に……いい? 俺の精液、顔で受け止めて欲しい……」 「んっ、んんっ、にゅちゅぬちゅ……んんーー……ぷぁっ!」 「はい。わかりました、いいですよ、ほら射精して下さい、私はいつでも大丈夫ですから」 芳乃は躊躇う素振りすら見せず、俺の願いを受け入れた。 「じゅる、れろれろ……れるん、れちゃれろ、れるれろ、れろぉぉぉ」 真っ赤に膨らんだ亀頭の正面で、裏筋をペロペロと丹念に舐める。 今までとは違う刺激に、思わず俺は身体を震わせる 「でっ、でるっ!」 「んあっ、あっ、ひゃぁんっ……!? ぅっ、ふぁっ、あっ、あああ……」 ビュル! ビュル! と、凄まじい勢いで、精液が飛び散る。 一部は勢いがよすぎて、芳乃を飛び越えてしまうぐらいだった。 「あっ、やっ、まだぴゅぴゅっ、て出てます……あっ、こんなに、いっぱい」 「はぁ、はぁ、はぁ」 「あ、はっ、はっ、はっ、はぁぁぁっ……んんっ」 収まらない射精から目をそらさずに、精液を顔で受け止め。 そして何度目かの痙攣を終え、ようやく射精は勢いを失い、最後にドロリと垂れ落ちた。 「はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ……」 「ご、ゴメン……思ったよりも出た……」 「んっ、凄い……私の顔、ドロドロになっちゃいました……はぁ、はぁ」 「こんなに出るなんて、思ってませんでした……」 「俺もだよ。自分でも、こんなに出るなんて……驚いた」 「はぁ……はぁ……将臣さんが驚くぐらい、ですか?」 「それだけ、芳乃の口が気持ちよかったってことだ」 「それなら、よかったです。頑張ったかいがありました」 「でも……精液って、すごいドロドロで、ベタベタですね……さっきよりも濃厚な匂いがしてます」 「ごめん、やっぱり無理させた?」 「平気です。本当に嬉しかったんですから。でも……ぁぁ……本当に、濃い匂い……」 以前よりも、よりハッキリと精液を感じた芳乃。 その顔は、少しポーッとしているようにも見えた。 「精液……どう? 二度と、こういうことはしたくない、とか?」 「そんなことは、ありません」 「ネチョネチョですが……この匂いも、嫌いでは……ないかも……とってもいやらしい匂い、好き……」 恥ずかしそうにしながら、芳乃がお尻を可愛らしく振る。 「………ッ」 思わず俺の股間が、再び震えてしまった。 「……ふあ……まだ、おっきぃ……」 「芳乃……いいかな? 今度は2人で」 「はい、しましょう。また、わたしとしましょう……いいですよね?」 「うん、しよう。もっとしよう」 「んっ、しょ……」 俺の上に跨る芳乃が、大きく足を広げる。 その時、ポタ……っと、キラキラした雫が滴り落ちた。 「芳乃、かなり濡れてる……?」 「~~~……ッッ」 俺の一言に、恥ずかしそうにしながら、芳乃は誤魔化すようにギュッと抱きついてきた。 普通に、温泉に濡れたのかとも思ったけど……違うらしい。 どうやら滴り落ちても不思議ではないぐらい、芳乃のおま●こはトロトロになっているようだ。 「もう、そんなに濡れてるんだ?」 「だって……舐めたり咥えたりしてたら……興奮しちゃいます」 「最後には、精液まで……あんなに出されたら……」 「そっか、それはそうだ」 「そうなんです。だから……あんまり焦らさないで、下さい……」 「その心配はいらないよ。俺にも、焦らすような余裕はない」 「さっき出したばかりなのに?」 「芳乃が可愛すぎるから」 「それに、またこうして密着してるとね……興奮しちゃうよ」 下腹部から胸の辺りまで、肌と肌を触れ合わせる。まるで全身でキスしているような感覚。 こうしてるだけでも、女の子の柔らかな感触が、十二分に伝わってくる。 「俺、こうやって密着するの、大好きだよ」 「私も、大好きです」 「でも大好き過ぎて……興奮して、我慢が出来なくなりそう、です」 芳乃がもじもじと、俺の上で身じろぎをする。 「ひゃっ、ぁっ、んっ、んんん……はっ、はぁ……はぁ……はぁ……」 そんな小さな動きでも、肌と肌が擦れ合い、新たな刺激を呼び起こした。 その刺激は、さらに心の余裕を奪っていく。 「はぁぁ、はぁぁ、んん、もう……早く……」 身悶えるようにして、芳乃の動きが大きくなる。 まるでグリグリと、俺に押し付けているようだ。 「本当にいやらしくなったね、芳乃」 「だって……本当に幸せなんです。一つに繋がるのって……そう、感じませんか?」 「勿論、俺だってそう感じてるよ」 「じゃあ……焦らす余裕はないんですよね?」 「うん、ない」 「それならしましょう……セックス、しましょう?」 俺は芳乃の身体を持ち上げるようにして、腰をずらして狙いを定める。 「あっ、んんん……あっ……そこ、じゃないです」 「じゃあ、こっち?」 「ひゃっ!? んっ、行き過ぎです、そっちは……違う穴です」 「そ、そっか。ゴメン、わざとじゃないんだよ」 抱きつくように密着しているせいで、どうにも上手く狙いが定まらないな。 俺たちは、互いを誘導しながら、その穴を探っていく。 自然と俺の先っぽが、トロトロの粘膜を刺激して、その度に芳乃が身体を震わせていた。 「ひっ、ぅぅ……んぁぁっ、はぁ……はぁ……んんっ」 「もう少し、だけ……あっ、ああ……そ、そこっ」 ようやく俺のペニスが、熱く蕩けた穴の入り口に触れる。 「そこです、んっ……はぁ、はぁ……」 「じゃあ、挿れるよ」 「あ、来る……来る……また私の中に、おち●ぽ、来る……」 「芳乃も、力を抜いて、腰を落としてみて」 「はい……こんな感じですか……?」 「んんん……ッッ」 「ひっぁぁぁああああ……ッ!?」 軽く腰を突き出しただけで、ニュルルンッと、一気に俺のペニスが呑みこまれる。 「ひっ、あっ、はぁぁ……はぁぁーーぁぁ……ああ、入ってる。私の中に、また……はぁ、はぁ」 「芳乃の中……すっごいトロトロ。しかも熱いよ」 「気持ち、いいですか?」 「芳乃の中……気持ちよすぎる。本当に凄い、これ……」 「ふふ……もうイっちゃいそうですか?」 焦れていた分なのか、粘膜がペニス全体を強く抱きしめてきた。 「いや、さすがにそれは。さっき出したばかりだから」 「それに、今度は2人で、だからね」 「はい、そうですね。でも、これ……ぅぅっ、ぁぁぁ……はぁ、はぁ……」 「なに? 苦しい? もしかして痛い?」 「いえ、そうじゃなくてはぁ……はぁ……前回よりも深くまで刺さってる気がして……あ、あ、広げられてる」 「私の中が、広がってるのわかります……きっとこれ、将臣さんの形を覚えようとしてるんですね……んんっ」 「痛くはないの?」 「はい、平気です。こうして繋がってると、とっても幸せで……気持ちいいぐらいです」 「ああ……本当に、奥まではいって、あぁあぁ……お腹の中、いっぱいになってる……」 「初めてのときよりも、幸せ?」 「はい。幸せです。きっと……こうして密着して、繋がれたからだと思います」 「前よりも、好きな人の温もりがおっきくて、私の幸せもおっきくなってるみたいです、ふふふ」 その嬉しさを証明するわけではないだろうが、芳乃のおま●こが強く吸い付いてきた。 これ、この締め付け……。 粘膜と擦れ合う快楽を思い出した俺は、我慢できずに軽く腰を揺らしてみる。 「はっ、ああぁ……はぁ、はぁ、んっ、んんンっ、はぁぁ……」 「すごい、動いてるの、わかります……出たり、入ったりして……あっ、あっ、あっあっあっ、また、奥まで……んぁっ」 ――ぬちゅ、にゅちゅ。 腰を動かすたびに、淫らな音が浴室に響く。 決して大きな音ではないけれど、温泉とは全く別の粘ついた水音……。 「あ、ああっ……んんっ、変な、音、しちゃってる……はぁ、はぁ……」 「芳乃が、すごい締め付けてるから」 「ひゃあっ、あっあっあっ……わ、私のせいですか?」 「“せい”ってことはないけど」 「こんないやらしい音、前はしてなかったのに……あっ、あっ、あぁぁぁ……でも、そうかも、知れません」 「なんだか、気持ちいいんです、お腹の中、広がって……あ、あ、すごい……これ、気持ちいい……はぁ、はぁ、はぁ」 「気持ちいいから、もっともっとって、私の身体が言っちゃってるのかもしれません」 「もっとしていい? 動いていい?」 「はい、お願いします。動いて、下さい……もっと、気持ちよくし――」 「――ああああっ!? あっ、あっ……ああーーっ、はっ、はっ、ああああんっ!」 我慢しきれず、芳乃の言葉の途中で、大きく腰を動かした。 腰を上げ、さらに奥まで差し込んで、かき回すように腰をグリグリと回していく。 「あっ、あーっ、あ、あ、あ、あーっ……お腹の中、すごぃぃ、ああぁっ」 快感に震える芳乃の爪が肌に食い込む。 結合部の水音はさらに大きくなったが、蕩けた芳乃の声がそれをかき消した。 「あ、あ、あああっ、すごっ、しゅごい……あっ、あっ、あっ、あっ、気持ちいい、気持ちよくて……あっ、ああっ」 「芳乃の中、ヒクヒクしてる」 「だって、だって……お腹の中が、本当にすごぃ……あっあっ、ひゃぁぁ……ッ!」 一際大きな声を上げて、芳乃が身体を強張らせた。 思わず腰を止めて、その顔を覗き込む。 「もしかして、痛かった?」 「……違います……」 フルフルと首を振る。 でも、さっきのは……もしかして? 「じゃあ、変な声が出るぐらい、気持ちよかった?」 「………………ちょっと、痺れちゃいました」 今度は、躊躇いがちに頷く。 そんな声を漏らすぐらいだなんて……。 「確か、ここらへんだったかな?」 芳乃の反応を見ながら、腰の位置を変えてみる。 「あ、待って待って、あっ、ダメ、んっ、んんんぅぅぅ……ぁぁぁ……っ」 「それとも、こっちの方だっけ?」 「さすがに今のは、ちょっと怖いですから……ぁっ、ぁっ、ぁっ、あひっ!?」 思わず声を押さえ込む芳乃。 だけど、もう遅い。確認しながら動いたおかげで、今度は場所を覚えたぞ。 「ココだね」 「ひゃっ!? あっ、あっ、あっ! あっ! そこっ、だめだめッ……んんひあぁぁァァ!?」 「ここ、もっと擦るね」 「そんなこっ、したらっ、私……あっ、あっ、あっあっあっあっ、んんんぅぅぅぁああ……ッ!」 身体を襲う刺激で身動きが取れないのか、俺の上で硬直する芳乃。 そんな彼女の、ちょうどお腹の裏の辺りをひたすら擦り上げる。 「ひぁぁんっ、ああぁっ……そこ、グリグリするの、ずるいですよぉ……あああっ」 「気持ちよくしていいって、言ってくれたよね」 「それはぁぁぁ……でも、こんなに痺れるなんて、しらなくてぇ」 「あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっ、お、おち●ぽ、変なところに当たって……あっあっあっ」 腰をうねらせる度、聞いたことのない声が上がる。 「あっ、ああーーっ……そこそこそこそこ……ッ、だめ! そこだめっ!」 「だめっなのにぃぃ……なんで、なんで強くするんですかぁぁぁーー……ぁぁあああっ!?」 「俺も、芳乃に気持ちよくなって欲しいんだ」 「んんっ、んぁ、んぁ、あああぁぁーーぁぁっ」 「変なところに当たってる、当たってますよぉ……ッ!」 「気持ちよそうな声だよね?」 「そこは、気持ちいいといいますか、痺れるみたいで……ぁっ、ぁっ、あああっ、本当、だめっ、なのにっ!」 「そこ、ぐりぐりされると……ぁぁぁっ、くりっ、とりすっ、みたいに、頭、まっしろになっちゃいますからっ」 「それって……イきそうってこと……?」 「わっ、わかんないっ、ですっ……ぁぁっ、クリトリスと、同じような……でも、違うようなっ、あっあっあっ」 「あっあっあっあっ、溶けちゃう……わたしのおま●こ、とけちゃいそうです……ぁぁああっ!」 「もう十分溶けちゃってるよ。芳乃の中、ドロドロになってるよ」 目で見て確認するまでもない。 下腹部にネチャネチャと、粘つく水がさっきから飛び散っている。 それだけ、芳乃が感じてくれてるってことが、俺の興奮に拍車をかけた。 「俺は、芳乃に気持ちよくなって欲しい。もっと一緒に気持ちよくなりたいんだ」 「でも私っ、こわいんです、これ、前とは違う感覚で……だから、だから……んんっ、あああああ……ッッ!」 「もっと強く抱きついて。俺の事、感じてていいから」 「んんんんっっ」 さらに腕に力を込めた芳乃は、子供みたいに俺に抱きつく。 「そのまま肌とおま●こで、俺の事を感じてて……んっ、んっ」 「感じてますっ、中っ、こしゅられるたび、痺れてっ、あっあっあっあっあっ!」 「んんぁ、ああああぁぁぁーー………身体、ふわふわして、ヘン、ヘンですっ」 「我慢しないで。そのままイって」 「あっ、ああっ、あああっ、そこだめ、そこだめぇぇ……ぁぁぁあぁああァ!」 「んんんんんんんーーーーーーー………………ぅぅぅッッッ」 落ちてしまわないように、必死にしがみつく芳乃。 ビクビクと身体を震わせるその姿は……やっぱりイったんだ。 「はっ、はひっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ああっ、すごぃ……なんだか、すごいです、これぇ……はぁ、はぁ」 絶頂を迎えた芳乃の粘膜が、擦り上げていたペニスを抱きしめながら、きゅぅぅぅ……っと引き締められる。 「ぅあっ、その締め付け、凄い」 思わず腰を動かす俺。 凄い締め付けの中では、それすらも快感となって襲ってくる。 しかも―― 「あんんっ、まだ離れちゃダメです……んんっ」 芳乃が可愛らしいお尻を振って、俺を追ってきた。 「――ッ!?」 自然と抜き差しする形になって、強烈な刺激が――!? だ、ダメだ、このままジッとしてても、イってしまう! 「よ、芳乃……このまま、出していい?」 「はぁ、はぁ……ふぁ、え?」 「また出したいんだ、我慢できないんだ」 そう言いながら、俺は軽く身体をゆすり続けていた。 これでも十分気持ちいいけど……どうせイくならいっそ、もっと芳乃の身体を貪ってしまいたい……っ! 「はい……はぁ……はぁ……また、イっちゃうんですね、いいですよ、どんどん出しちゃって下さい」 「じゃあ、動くからね」 再び、芳乃の奥まで一気に突き入れる。 そのまま、快楽を追い求めてグリグリとかき回していった。 「あっあっあっああああ……またそこっ……うああああーーっ、そこはだめですよ、ぁぁぁぁあああ!」 「あっ、あっ、そこ、すごぃ、しびれてぇ……あっ、あっ、や、やっぱりうごくのだめです……っ」 「ごめん、無理だよ。俺、もう止まれそうにないんだ」 「そんなっ……ぅぅぅぅあああっ! はぁはぁはぁ、んんん……っ!」 「俺も、もうすぐイくから、このままさせて」 「でもこのままだと、わたしっ、わたひっまたぁぁぁ……ああああぁああああ……っっ!」 「せめてっ、そこ、擦るのやめ――ぁぁぁあああアアッ! あーっ! あーっ! んっっんんんーーーーーー……ッッ!!」 また、芳乃の身体が大きく震えた。 熱く濡れた粘膜も、きゅんきゅんとペニスを締め付けてくる。 「くぅ……っ」 それでも腰の動きを止めない。というよりも―― 「こんなの、気持ちよすぎて……止められない」 「んんっ、はぁあっ、はぁ、はひっ……はひっ、はぁ、はぁ……あぁぁ!? まだっ、こすれてるぅ」 「あっ、あっ、あっ、あああぁぁあぁ……からだ、しびれ、っぱなしになっちゃいます……やだ、もうだめなんですよぉ」 「俺も、もうすぐだから」 「いじわるっ、いじわるぅぅぅ……んんっあっあっああっ、はやくイって下さい、じゃないとわたし……わたしぃぃ」 「ああああ……くる、くるくる、またくるぅぅぅ……ぅぅぅああああああ……っっ!」 絶頂で震える芳乃の中で、俺はひたすらペニスの抜き差しを続ける。 「んっ、んひぃぃっ!? あっ、あっ、んんっ、んぐぅぅぅ……ぅぅぅんんッ!」 「あああっ、あっ、あっ、あっ、あっ、は、はやくぅ……ぁぁぁあっ、はやくはやくはやくっ、んっ、んんーーー……ッ!!」 「ああ、イく、イくよ」 「だして、はやくだして、じゃないと、わたひ、また……あ、あ、あぃっ、あぃっ……ぅぅぅああっ」 「んぁあぁぁひぁあぁァァァァ……むり、むりぃ……あっあっあっ、またくる、ああああ、またくるぅぅぅぅ!」 「よ、芳乃!」 「んんっ、んんんんんんんんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………ッッ!」 「くぅぅ……っ」 震える芳乃の身体の中に、有り余る欲望を注ぎ込んでいく。 二回目の射精とは思えないソレは、脳みそがショートしそうな感覚をもたらした。 「あっ、あああっ、中に、出てる……熱いの、ででるぅ……ぅぅっ、ぁぁぁぁあ……」 それでも止まらない射精。 ――ドクン、ドクドクッッ! と、搾り取られるように、精液が芳乃の中に広がっていく。 「うっ、ぁぁ……っ」 にゅぽん、とペニスが抜け、今まで抑え込んでいた欲望が解放される。 重力に逆らって飛び散る精液が、芳乃の白い肌の上にこびりつく。 「ひぁぁっ、ぅっ、ぁぁああっ! んぐっ、んんん……っっ!」 止まらない射精。 バシャバシャと精液を何度も何度も吐き出し、芳乃の肌とペニスの先端を白い糸で結びつけた。 「んんーーーっ、んふー……んっ、んんんっ、んふぅぅぅ……」 そうして何度目かの痙攣を終えて、俺の射精はようやく鎮まった。 だが、芳乃の震えは止まらない。 「ひぃぁっ、あっ、あっ、ナニコレ、ああっ、あっ、あっ、らめ、がまん、できない……ッ」 「ごめんなさい、わたし、ごめんなさいっ、あっ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 俺の股間に、温かい液体が勢いよくかけられる。 これ……さっきまでの粘液とは違う? 温かいけれど、粘々とはしていない。むしろ、サラサラしている。それにこの量……。 「これって……」 「あ、ああぁぁぁ……ごめんなさい、ごめんなさい……みないでくださいっ、やだ、やだぁ」 必死で謝る芳乃。 その羞恥に歪む顔は、今までの比ではない。 「わたし、こんなこどもみたいに……あぁぁ……でもとまらない、おしっことまらない……んんっ」 やっぱり、これお漏らしなんだ。 顔を真っ赤にしながら、俺の上で震える芳乃。 そして最後に小さく身体を震わせた芳乃の身体から力が抜け落ちる。 そのまま体重を俺に預けきる彼女を、俺はしっかりと抱きとめた。 「はっ、はぁ、はぁ……ごめんなさい本当にごめんなさい。私、なんてこと……」 「イくぐらい、気持ちよくなってくれたんだ? 嬉しい」 「イく……はぁ……はぁ……よく、わかりません」 「頭の中、まっしろで、耳がキーンとして……はぁ……はぁ……まるで自分の身体じゃないみたいになって」 「お、お漏らしまで……ぅぅぅ……私、本当になんてこと」 「気にしないでいいから」 ここがお風呂でよかった。 「それで、身体動きそう?」 「え? あ……すみません。まだ、ちょっと無理そうです……」 「そうか。じゃあ、俺が洗ってあげる」 「え!? な、なにを……」 「だってほら、おしっこしたならちゃんと洗わないと」 「それは、そうですけど」 「わかってる。これ以上、意地悪なことはしないから」 「………。本当ですか? ……約束ですからね?」 「うん」 さすがに、ちょっとハッスルしすぎた。 俺も少し目の前がちらついているぐらいだ。 これ以上、ここでしてたら2人とも倒れてしまう。 俺は優しく芳乃の身体を持ち上げて、約束通り普通に身体を洗ってあげた。 ――風呂を上がった後は芳乃の部屋で、ゆっくりとした時間を過ごしていた。 とても濃密な時間。 初めての時も凄いと思ったけど……今回の方がより凄かった。 快楽という意味でもそうだし、幸せという意味でも。 「私、本当にお恥ずかしい姿を見せてしまって……はぁぁ……」 「可愛かったよ、そういう芳乃も」 「……そう、言ってもらえると……」 「でも、今日のはちょっと意地悪過ぎだと思います」 「そ、そうかな?」 「そうですよ。私、頭が本当におかしくなると思ったんですから」 「それは……誠に申し訳ありませんでした」 「本当にえっちなんですから」 プンスカ、といった様子で唇を尖らせる芳乃。 だが不意に、その表情が崩れて、微笑みとなる。 「でも、とっても幸せでした……」 「………」 「あっ! その、気持ちいいとか、そういう事ではなくてですね、その……なんといいますか」 「凄く、満足しました!」 「ああっ!? これだとさらに誤解を生んでしまいますよね!?」 「そんなことない。誤解なんてしてない」 「俺も同じだよ。こうして2人でいられるだけで、心が満たされるみたいなんだ」 「俺は今、凄く幸せだよ」 「……はい」 「満たされてはいるけど……やっぱりセックスもしたい、かな」 「……えっち……」 「今からまたしよう、って言ってるわけじゃないよ」 「でも、ああいうことを今後もしていきたいなーって」 「ダメかな?」 「ダメなはずありません。私も……もっと、してみたいですから……」 「でっ、でも、セックスだけだと困りますよ?」 「わかってる」 俺は芳乃の身体を引き寄せ、優しく抱きしめる。 「ふふふ……本当に幸せです。将臣さんと一緒にいられるだけで、こんなにも幸せになれる……」 「だからあんなに激しいセックスも、受け入れるんですよ?」 「………」 「好きな人と繋がるの、気持ちいいとか以上に……凄く、凄く凄く、満たされるんです」 「こんなことって……あるんですね」 「俺も、こんな気持ちに初めてなったよ」 「でも……まだ足りません。私がどれぐらい幸せか、どれぐらいアナタのことが好きなのか……伝えたい気持ちが、まだまだあるんです」 「それぐらい俺にだってあるよ」 「これからもずっと……一緒にいよう」 「はい……」 静かに抱き合う俺たち。 セックスは気持ちいいけど……こうしてるだけでも十分な幸せを感じる。 確かにこんな気持ちは初めて知った。 気持ちを通じ合わせることが、こんなに嬉しいってこと。 繋がった相手と一緒にいられるだけで、心がこんなに満たされること。 一緒にいれば、もっと新たな発見があるんだろうな。 今から楽しみだ。 そんな気持ちを込めながら、俺はしっかりと芳乃の身体を抱きしめた。 そしてどれぐらいの時間が経っただろう? 気付けば、境内には夜の闇が戻っていた。 あの無数の光は、本当に雪だったように溶けるように、消えてなくなってしまっていた。 憑代からも光の瞬きは失われて……全ては、夢か幻だったよう……。 でも……もしかしたら気のせいかもしれないが、憑代が以前よりも美しく見えた。 より透明になったのか……それとも、より美しくなったのか。 ハッキリとは分からないが……それは目を奪うほど美しいと思えた。 「鎮まりました……ね」 「うむ。憑代も、すっかり穢れが落ちておる」 「じゃあ、今度こそ本当に終わった……のか」 「そういう事だと思います」 「あの、朝武さん。この憑代なんだけど」 「わかっています。お父さんに頼んで、今後も神社で大切に祀ってもらいます」 「よろしくお願いします」 「はぁ……解決したんだな……本当に」 「はい。すみません、ワタシがワガママを言ったせいで、事態がこんなに大きくなってしまって」 「なに。大したことではない」 「ムラサメ様の言う通り。そんなことは気にしないでいいから」 「どっちにしても、被害を出すことなく事態は収まったんだから」 「うむ。終わりよければ全てよしっ」 「ということでー……吾輩たちはこの憑代を元に戻しておく」 「そうですね。ここは私とムラサメ様に任せておいて下さい」 「え? いや、ですが」 「鈍い奴じゃな。2人きりにしてやるから、好きにいちゃつけといっておるのだ」 「本当です。さっきの光の中、私とムラサメ様が、どれだけ必死に気配を押し殺していたと思うんですか」 「………」 「ワタシ……将臣さんと出会えてよかった……」 「俺も茉子と出会えたから、全身が震えるような幸せを感じてる」 「お礼を言うのはワタシです。今までの人生の中で……今が一番満たされてます」 「これからもずっと、大好きですから」 「俺だって茉子のことが大好きだ」 「ありがとうございます。ワタシ、すっごく幸せです♪」 随分と恥ずかしい会話をしてしまったものだ。 すっかり2人きりの気分に陥っていたから……。 邪魔にならないようにしてくれたのがありがたいような……気恥ずかしいような……。 いや、聞いてた2人の方が、気恥ずかしいんだろうけど。 「私は憑代を祀り、舞を奉納、そのあと戸締り確認をしてから戻りますから」 「何も起こらぬとは思うが、吾輩はそれを見届ける」 「ああそれから、帰りを待っているであろう安晴に、ココに来るように言ってくれ」 「え? いや、でも……」 「馬鹿者。変な意味ではない。憑代に祝詞を上げてもらわねばならんのだ」 「あ、ああ、なるほど」 「わかりました」 俺たちが頷くと、ムラサメちゃんと朝武さんは、本殿の方に向かって行く。 残った俺たちは、お互いに目を合わせて……はにかむような照れ笑いを浮かべた。 家に戻った俺たちは、やきもきしながら帰りを待っていた安晴さんに迎えられた。 全てが無事に解決したこと。 そして、改めて祝詞を上げて、憑代を祀って欲しいことを伝える。 「わかった。それなら任せておいてくれ!」 嬉しそうに頷いてくれた安晴さんは、服を着替えて急いで神社に向かった。 そして……俺たちは、2人きりとなる。 ……なんだか、いつも以上に感情が昂ぶっている気がする。 「なんとか……上手くいきましたね」 「うん」 茉子が最初に望んでいた状況とは違うかもしれない。 でも……あの光は本当に温もりを感じさせてくれたから。 「お疲れ様でした、将臣さん」 「お疲れ様、茉子」 今度は朗らかな笑みを浮かべて、俺たちは笑い合った。 「あっ、そうだ。お祝い、まだしてなかった」 「お祝いですか?」 「本当……お疲れ様、茉子……んっ、ちゅ……」 「んんっ、んん………ッ!?」 舞い上がった俺は、茉子の身体を引き寄せ、軽く口づけを交わす。 それはほんの一瞬、唇を合わせるだけのお祝いのキス。 「んぁ、はぁ……んっ、もう……不意打ちはズルいです」 「いつもは茉子の方が不意打ちしてる気がするんだけどな」 「それはそれ。これはこれ。このタイミングでの不意打ちは……ズルすぎです」 「ゴメン。ちょっと過剰だったかな?」 「そういう事ではなくて……その……」 「知ってますか? 危険な目に遭ったあとは……性欲が、増しちゃうんですよ?」 「それ……聞いたことある」 だから、俺もテンションが上がって、キスしてしまったのかもしれない。 と、思っていると……茉子がなにやら、もじもじし始めた。 「ぅっ……ぅぅぅ……ぁぁ、もう……ただえさえ興奮してるのに、キスまでされたら……」 「スイッチが……入っちゃうじゃないですか」 「スイッチ……って、なんの?」 「な、なんのって……ヤる気スイッチ……?」 「……ヤる気スイッチ……」 思いっ切り恥ずかしそうにそう呟く茉子。 その目は泳いでいるようだけれど……しっかりとした熱を感じさせる。 頬を赤くして、そんな目を浮かべられると……俺の身体にも、火が点くようで……。 しばらくの間、俺は『……ヤる気スイッチ……』と何度も繰り返しながら、もじもじする茉子を見つめた。 「ま、茉子!」 「はっ、はいっ!?」 「さっき……何とか無事に終わったけど、最初はすごく暴れてたじゃない?」 「そう……ですね」 「どこか怪我をしたりしなかった?」 「怪我、ですか? いえ、特にしてませんが……」 「でもほら、気付かないうちに怪我をしちゃった可能性もあると思うんだ」 「自分じゃ見えない場所とか。だから、確認させて……くれないかな?」 「茉子が怪我をしてないか、俺に確認させて欲しいんだ」 「え? 確認って……い、色んなところ、見ちゃうんですか?」 「見ちゃうし、触って確認もしちゃう」 「……な、なんだか……目が怖いです」 「いつもこんな感じだよ」 「それだと、いつもいやらしいことを考えてることになりますよ?」 「いつだって大好きな彼女のことを考えてる! それの何が悪い!」 「はぅっ……そ、そんなに素直に認められてしまうと……困ります」 「ゴメン。でも……俺もスイッチ入ってるから」 「……ヤる気スイッチ、ですか?」 「ヤる気スイッチ、です。ONです。OFFにできません」 「え、あ……ぅぅ……そんな熱い目で見られたら……心臓……ドキドキしますよ」 その茉子の身体を抱き寄せ、その耳に囁く。 「じゃあ、それも確認させて」 「――ッ!」 ビクンと身体を震わせる茉子。 「まっ、待って下さい」 「え? なに……? もしかして、嫌?」 「その……勿論、嫌ではありませんよ? でも、この服は今までお祓いの時に着ていて、神聖な物だと思っていたので……」 「なのに、このままするなんて……いけないことをしているような気がします」 「そういう部分でも、スイッチ入ってる」 「えぇぇぇ……でも、でもぉ……で、ではですね、ワタシが満足させるというので……どうでしょう?」 「満足?」 「これでも、ワタシは忍者ですので。そういう知識も持っております」 「それにですね、あの、その……いつも気持ちよくされてばっかりでしたので。それなりに……勉強もしてみたんですよ?」 「勉強って……」 「そろそろ……勉強の成果を見せることができたらな、って思うんですが、如何でしょうか?」 「い、如何でしょうって……そんなの……」 「よろしくお願いしますっ」 「わっ、もうこんなに真っ赤で……ガチガチになってます……ごくっ」 息を呑む茉子。 それでも視線は外れない。マジマジと俺のペニスを見つめたままだ。 そんな彼女の表情に……思わず俺まで息を呑んだ。 「はぁ……はぁ……これが、将臣さんのエイリアン……す、すごい……」 「だからその、エイリアンって止めて。お願いだから」 「あっ、そうでしたね。申し訳ありません」 「はぁぁ……はぁぁ……こんなに大きいのが、ワタシの中に入っていたなんて……いまだに信じられません」 「そ、そう? というか今までにも、見たことがあったよね?」 「こんな距離では初めてです。本当に目と鼻の先で……匂いまで嗅げそう……すぅーーっ」 「ちょっ!?」 「え? なにか……問題ありましたか?」 「あ、いや……問題はないけど。そういうことされると、結構恥ずかしいね」 「将臣さんはワタシに同じようなことをしてましたよ」 「えー……してたっけ……?」 「少なくとも、恥ずかしいことはたーくさんされました。忘れられるわけないじゃないですか」 「ですから今日は、今までの分をたーっぷりとお返しさせてもらいます」 「おっ、お返し……」 それってやっぱり……俺のペニスにキスしたり、舐めたり……だよな? 茉子の中はすっごい気持ちいいけど……茉子の口は一体どんな感覚なんだろう? フェラは気持ちいいって話を聞いたことあるけど……どんな風なんだろう? 「あっ……ぴくんっ、てしました」 「……だって」 「あは……やらしい目つきですねぇ。それに……おねだりしてるみたいな顔ですよ?」 今までにない、初めて茉子が主導権を取った状態だからだろうか? その目は……なんだかよりいやらしく、これからされることを期待して、思わず身体が震えてしまう。 「そんなに、舐めて欲しいですか?」 「舐めて欲しい……茉子の舌で、舐めて欲しいんだ」 「もぅ……仕方ありませんねぇ。んっ……れろぉん」 大きく伸びた舌が、俺のペニスを舐め上げる。 今までに感じたことのないような刺激が背筋を駆け上り、思わず身体を震わせてしまう。 「あんっ、またビクって……逃げちゃダメですよ」 「いや、逃げるつもりはないんだけど、つい……」 「ワタシがダメって言っても全然止めてくれなかったくせに……卑怯です」 「ワタシだって、逃がしたりしませんから……あぁぁむ」 ぱくっ……と茉子が、自分の口の中に俺のち●こを呑み込んでしまう。 「―――ッ!?!?」 うわっ、なんだこれ……。熱い……茉子の口の中、すごく熱い……。 おま●この熱もすごかったけど……こっちも凄い。 どちらの方が……とかではなく、感覚が全然違う。 「んっ、ちゅる、ちゅぅぅ……んっ、んっ、んんっ……はぁぁ、意外と、咥えられるものなんですね」 「大きいから心配でしたけど……よかった……んむ、んむぅ……れるれろ、んぅ、んん……じゅるる」 まるで味を確かめるように、茉子は呑み込んだペニスに舌を這わせて、ゆっくりとねぶる。 「んっ、ちゅぶ、ちゅるちゅる……んれる、れろれろ……んんっ、んぱぁ、はぁぁ……どうですか? 気持ちいいですか?」 「それは……」 「んふふ、その顔だけで十分です。んふふ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……はむ、んぐ、んむんちゅ……ちゅくちゅくちゅ、んー……む」 流れるような舌の動き、とまではいかない。ぎこちない動きだと思う。 だがそれでも、初めてフェラをされた俺には十分な刺激。 それに……必死で俺のために勉強してくれたんだと思うと嬉しくて……それが、快感を増大させるようだった。 「はぁ……んむっ、んぐ……んっ、んちゅ、ちゅぅぅぅ……ちゅぶちゅば、んっ、んーーーー……っ、ちゅるちゅる」 一生懸命に俺のち●こを、しゃぶる茉子。 少し動かしては俺の反応を窺うように見上げながら、舌でねぶり、唇で締め上げ、強く吸い上げる。 茉子に見上げられたまま、身体を震わせながらも俺は快感に耐えた。 「んんっ、んんーー……じゅる、じゅるる……んっ、ぷぁ、はぁ、はぁ……んっ、じゅるる」 「茉子、気持ちいい……茉子の口、凄い気持ちいいよ」 「本当ですか? 嬉しい……喜んでもらえて、嬉しいです。もっともーっと気持ちよくしますからね」 「はぁぁ……ん、ちゅ、じゅるる……れろれるれろれる……ちゅ、ちゅぅぅぅ……んんっ、じゅるるる」 「ぅっ、くぅぅ……」 「好きな人の感じてる顔……好き……もっと感じて。ワタシのお口で、気持ちよくなって下さい……んんっ、ちゅぱちゅぽ」 茉子は本当に嬉しそうな表情を浮かべながら、俺のペニスを深くまで咥え込む。 そしてそのまま、唾液をすする音を響かせながら、お口の愛撫を続ける。 「ん、ちゅばちゅぱっ、んんんっ……じゅぷ、んんっ、ちゅぱちゅば……んんっ」 「茉子、大丈夫? 苦しくない?」 「それにほら……今日は汗をかいたから、その……変な匂いとか?」 「んんんっ、全然平気です。気持ちよさそうな顔をしてもらうの……好きです」 「それに、美味しい……かも。おち●ちん……美味しい……んじゅるっ、ちゅぶちゅぶ……んんっ」 嬉しそうにしゃぶりつく茉子の目が、徐々にうっとりし始める。 そして、口の端からは飲みきることができないのか、ヨダレがツツーッ……と、顎を伝い落ちていく。 「(……茉子……エロい……)」 俺の性器を口に含みながら、そんなに嬉しそうな顔をするなんて。 その表情も、勉強した成果なんだろうか? 「んじゅるる……んっ、んんっ、んふぅー……んっ、んっ、んぁっ、はぁぁぁーーっ……」 「どうしましょう……ワタシ、おかしいです。変になってます……」 「おかしいって、なにが?」 「だって、味なんてしないはずなのに……おいしいんです、れる、れろれろ……」 「はぁぁぁ……やっぱりおいしい……れる、れろれろ………れるれろ、れろれろれろれろっ」 大きく口を開けて、懸命にペニスを舐める茉子。 それはきっと、勉強の成果なんてものじゃない。 茉子は本心から、俺のち●こを美味しいと思ってるんだ。 「そんなに……美味しいの?」 「はい……んっ、れろれろ……んん、美味しくて……ああ、自分を止められないです」 「好きな人だから……ぁぁ、きっとそうです……好きな人のだから……美味しい」 「ま、茉子……なんか、すごい」 「こんなの美味しいだなんて……まるで変態ですよね。でも、止められないんです……れる、れろれろ」 「茉子は変態じゃないよ。それに茉子が変態なら、俺だって変態だ」 「この前は、ずーっと茉子のおま●こを舐めてたんだから」 「そうでした。そうですよね、だったらいいですよね……んっ、れるんっ、れろ、れろっ……ちゅ、ちゅ、れろれろっ」 「――ッ!?」 俺の言葉に、茉子は嬉しそうな声を上げる。 そして、もっと大きく、激しく、その舌を動かし始めた。 突然強くなった刺激に、思わず俺の身体が震えてしまう。 「あっ……あは、またビクンって跳ねましたね。れろれろ……あんっ、また……もう、逃げちゃダメですよぉ」 「はぁむ……んぐっ、さっきより、おっきくなってます……んむ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅむちゅむ……んぐっ、じゅるるるっ」 再び拘束するように、俺のち●こにしゃぶりつく茉子。 下半身から伝わる茉子の口内の感触……温かくて、ドロドロで……気を抜いたら意識が蕩けてしまいそうだ。 「はぁ、はぁ、んぐっ、じゅるる……んむっ、んむっ……んんんっ、じゅぽじゅぽっ、んぅぅ……んんっ」 茉子の口と舌の動きが、どんどん大きくなっていく。 それに伴い、下半身から駆け上る快感も大きくなって……まるで全身が痺れるようだ。 「んっ、れろれろ……気持ちよさそうな顔、してますね……れろん、れるれろ」 「それはだって、本当に気持ちいいから」 「ふふ、嬉しい……このまま続けていいですか?」 「うん。お願いだ、もっとして欲しい……」 「あは、正直ですねぇ。んふふ……じゃあ~、どうして欲しいですか? どうすると気持ちいいのか、ちゃ~んと口で言って下さい」 「全部気持ちいい、けど……咥えて欲しい。咥えて、もっと吸ってみて欲しい」 「ふふ……本当に正直ですね。いいですよぉ、こんな感じですか? はぁむぅ……んっ、んぐ、んぐっ」 「ちゅっ、ちゅっ、んんーーー……ッッ! んじゅる、ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅず、じゅるる……ッ!」 「ッッ」 今までよりもいっそう強く、茉子が俺のペニスを吸い上げた瞬間、全身に電流が走ったように痺れてしまった。 それでもなんとか声を押し殺す俺だが……表情までは隠しきれない。 いや、もしかしたら口の中でビクビクとペニスが震えたのかもしれない。 茉子は嬉しそうに俺を見上げながら、吸引をさらに強くして、舌でカリや先っぽをねぶる。 「んふふ……気持ちよさそう……んじゅる、ちゅ、ちゅず、ちゅずず……んぐ、ぐぽぐぽっ、ちゅぅぅぅぅ……ずずずッ」 「ま、茉子!? ストップ、それストップ」 「んふぅ、んふふふ……んぽっ、んぽっ……んじゅるっ、じゅる……ぢゅぅぅぅぅぅーーーーれりょれりょ、じゅぽじゅっぽ」 「ちょっ、なんで、強くするの!?」 「んぶっ、んじゅるる……だって、気持ちよさそうですからぁ……んんっ、ちゅぅぅぅぅ」 「ワタシに、意地悪した分、い~っぱい気持ちよくなってもらわないと、ん、ちゅぅぅぅ……ッッ」 蕩けた瞳で、嬉しそうに俺を見上げながら、ペニスを唇で優しくしごき上げていく茉子。 その顔がとってもエロくて……さらに俺の欲望を掻き立てる。 「ま、茉子……俺、本当にイきそう……ッ」 「んふふ、しってます。だって、とってもエッチな顔になってますから。じゅるっ、じゅるるる……」 「ぅあんっ」 気持ちよすぎて、なんか変な声出た!? 「エッチな顔と声……可愛い……んじゅるっ、じゅっぽじゅっぽ、ぢゅぅぅぅぅぅぅ、れるるっ」 「茉子も、エッチな顔になってる」 「んむ? んん……エッチなワタシ、嫌いですか?」 「大好き」 「だと思いました。んん、ちゅ、ちゅ、ちゅぶちゅぶ、ぢゅるる……んんっ、もぉーっとエッチにしてあげますから」 「んじゅるっ、じゅるっ、じゅるるる……んむ、んむ……んっ、んじゅるっ、じゅるん、じゅぽじゅぽ」 「あ、あっ、それ、気持ちいい……けどっ、俺、本当に」 「んふふ……可愛い……んむっ、そんな可愛い顔されると……んむ、ぢゅるるるるっ……ぢゅぷぷっ」 俺の反応を見て、気分をよくする茉子。 徐々に躊躇いがなくなり、こうしている間にも、なんか……上手になってる……? 「んむ? んっ……んじゅる、れりゅれりょ……じゅるるっ」 「うあっ!?」 「んぶっ、ぢゅば、じゅぱ、じゅるっ……にゅぽにゅぽっ、ぢゅぶぶぶ……ん、ぢゅぅぅぅぅぅ……ッ」 茉子の舌先が、大きく膨らんだカリの敏感なところを撫でまわす。 そこ……本当に、弱い……ところっ! 「んっ、んふふ……もうイきそうですか? イっていいですよ……ちゅ、ちゅ、ぢゅるんっ、ぢゅぽぢゅぽっ、ぐぷぷ」 「茉子……茉子……ッ!」 「にゅぽんっ……んぁあっ」 堪えきれずに暴発、その一歩手前で俺は何とか茉子の口から逃れる。 が、経験の少ない俺には、目の前に迫った射精を抑えきる力はなくて―― 「ゴメン茉子出るッ!」 「んぁっ!? んぶっ……んっ、んっ、んんんんーーーーーッ」 駆け上ってきた精液が、遠慮することなく飛び出し、茉子のエッチな顔と、その黒い髪に降り注ぐ。 ――びゅっ! びゅびゅっ! 股間に力を入れても射精は止まらず、そのまま茉子をドロドロに汚していった。 「んぶっ! んんっ、んっ、んふぅーー……っ、んはぁ、はぁ、んっ、んんんんっっ!」 自分の顔にかかる粘液を、茉子は嫌がる素振りもなく、受け止め続けた。 そして精液の白い糸が俺と茉子を繋ぐ……かなりエロいな、これ。 「あっ、んんっ……はぁ、はぁ……精液、ドロドロの精液……間近で射精、見ちゃいました」 「ゴメン、汚しちゃって。そんなつもりはなかったんだけど」 「これぐらい構いません。お互い様ですよ」 そう言えば……俺も、茉子がイった時の液体を、顔中に浴びたんだっけ? 「はぁ、はぁぁ……ワタシ、いっぱい舐めちゃいましたね……」 「本当に気持ちよかった」 「あは……気持ちよさそうな顔、とっても可愛かったですよ」 そんな風に褒められると……気恥ずかしい。 照れるとかじゃなくて、ただただ単純に恥ずかしい。 「ワタシのお口……そんなに気持ちよかったですか?」 「それはもう、かなり……」 「それならいいんですが、でも……まだ、ガチガチのまま……お元気ですね」 自分でも驚いてる。 我慢しようとしたからだろうか? ペニスからは熱も硬さも、失われていない。 むしろ、精液でドロドロになった茉子の顔を見ていると……さらに、興奮してしまう。 「とりあえず……お掃除、しますね?」 「――おっ、お掃除!?」 射精した性器を掃除って……あっ、でも、ティッシュとかの可能性も……。 「れるんっ、れりょれりょ……れるれろれるれろ、じゅる……んっ……」 俺の考えを否定するように、茉子は躊躇いなくペニスに残った精液を舐めとっていく。 「れろっ、れろれろれろれろっ……んんっ、んぐっ……ゴクっ、ゴクンッ」 ドロッとした粘液を、舌ですくいとり、口の中に溜めこみ、そして一気に飲み下す。 飲む瞬間だけは、やや苦しそうな表情を浮かべる茉子だが……喉の奥へと流し込んだ後は―― 「んはぁっ、はぁぁぁ……」 ――と、どこか恍惚とした息を漏らしながら、蕩けきった目を浮かべて俺を見上げる。 「はぁー……はぁー……せいえきって、美味しい……です」 「え!? お、美味しいものなの!?」 「変な匂いもしますし、ネバネバしててとてもマズイはずなのに……美味しいんです。なんででしょう?」 「やっぱりこれも、好きな人の精液だから……でしょうか……んじゅる、れりょれりょ、れるんっ」 うっとりした瞳のまま、茉子は残った精液を舐めとっていく。 まるで精液に酔っているか……もしくは、中毒にでもなったみたいに。 そんな彼女の顔も、またエロく……さらに、俺の興奮が高まっていった。 「ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅっ……ん、んむぅ、あぁむぅ……じゅぽじゅぽっ、じゅるっ、んっ、んんーーーーーー……ッ」 「――ちゅぽんっ! んぐっ……んんっ、コク……コクコクッ……んぐ、ぷぁっ、はぁぁぁーーーっ……あは、綺麗になりました」 すっかり茉子の瞳がまどろみ、蕩けてしまっている。 それを見て、興奮しない方がどうかしてる……。 さっき射精したばかりだというのに、身体はそれを忘れてしまったように熱くなっていく。 「ぁっ……いま、またぴくんって……」 「あ、いや、その……」 「もう……素直じゃないですねぇ。もっと気持ちよくなりたいんですよねぇ?」 「……んっ……」 「それに……ワタシは何度もイかされちゃいましたから。今日はワタシが、もーっと気持ちよくしてあげますね♪」 「んぅ、れる、れろれろっ、ちゅぅぅぅ……はぁ、はぁ……あぁむっ」 「んじゅっ、じゅぽじゅぽ、ぢゅぷ……ぢゅずずずず……ッ!」 「ぅぅぁっ!?」 まるで精液を吸い出そうとするような激しい吸引。 思わず腰を引きそうになるが、今度は茉子の口が離してくれない。 しっかりとペニスを拘束し、舌を絡ませる茉子は、俺の全てを搾り取ろうとするみたいだ……。 「はぁぁ、はぁんっ、んじゅるっ、じゅる……んんっ、んじゅるるっ」 「あっ、あっ……」 「あは……ワタシ、舐めるの好きみたいです。それに、その気持ちよさそうな顔も……大好き」 「ん、れる、れろれろっ、れるんっ、ちゅ、ちゅぅぅぅぅーーーっ、ちゅ、ちゅ、れるれろ……れろんっ」 まだ精液がこびりついているかのように、茉子は丹念に、たっぷりと愛情を込めてち●こを舐める。 「れる、れろれろ……どうですか? また、残った精液、出しちゃいそうですか? れるんっ、れろれろ」 「あ、ああ……さっきよりも、なんか敏感になってるような気がして……」 「そういう部分は、ワタシと一緒なんですね。れるんっ、れりょれりょ……ちゅっ、ちゅぅぅぅ……れちゃれちゃ」 「ぅぅっ……んんっ、茉子……また……痺れそうっ」 「あは……いいですよ、いーっぱい出して。残ってる分も全部、出しちゃいましょうね、あぁむ」 「んぐ、んぐっ、んぢゅる、ぢゅるぢゅる、トロトロの精液、いっぱい……ぢゅぷぷ……っ、んっ、じゅるっ、じゅずずずずず……ッ!」 「ぅっ、ぁぁっ!? 茉子の吸い付け、本当に凄い……よ。身体、痺れる」 「んふふ……じゅる、じゅぷ、じゅぽじゅぽっ……嬉しいです、そう言ってもらえて幸せ……ぢゅぶぶぶ」 「茉子の声も顔も……本当にエロい」 「ん、れじゅ、じゅるんっ……将臣さんの感じてる声も顔も……可愛い……ん、んんーーっ、じゅるるっ」 茉子がまた、俺の弱点を責めてくる。 唇をきゅぅぅ……っと締めながら、カリの裏の辺りを舌先でくすぐるように。 茉子の動きが慣れていくほど、伝わる刺激も大きくなって……尿道口から残った精液が漏れだした。 「んぐっ、んんっ、んんーーーっ……ぷぁ、はぁ、はぁ……今、精液の味がしました。もうイっちゃったんですか?」 「いや、今のはさっきの残り……みたいなもの」 「もっと奥の方に……まだまだあるんだ」 「わかりました。じゃあ、それを全部、出してしまいましょうね」 「んっ、じゅるっ、じゅぷぷ……じゅぷじゅぽ……じゅるる……ぐぽぐぽ、ぐぷぷ、じゅるるるっ」 茉子はペニスにしゃぶりつき、その口で激しくしごき上げる。 その激しさは、もっと精液を味わいたいと、身体で語るみたいだ。 「ん、じゅるるる……んぽ、んぽ、ちゅぶちゅぶ、じゅずず……っ、んぐ、んぐぅ……」 「ぷはぁっ、はぁぁ、はぁ……んんっ……ごめんなさい、今度はワタシのヨダレで、汚しちゃいましたね」 「いや、気持ちいいから……」 「ちゃんと、綺麗にしますからね……んっ、れるれる、れろん、じゅる、ちゅ、ちゅぅぅぅ……れろれろれろれろ」 舌をくねらせ、ペニスを弄る茉子はその身体まで、もじもじとくねらせ始めていた。 それだけ、茉子も興奮してるんだろうか? 舐めるだけで、そんなに興奮するなんて……精液には俺の知らない効力でもあるんだろうか? 「はぁむ……んじゅる、じゅる、じゅぽじゅぽ、ちゅぶぶぶ……んんっ」 「茉子、とってもエッチな顔してる。それにさっきから腰がうねってるよ」 「だって……精液、欲しいですから……んぐ、じゅぽじゅぽっ……搾りたての精液、もっとぉ……んじゅる、じゅずずずず」 もう意識まで蕩けてしまったのか……茉子はいつの間にか、そんなことまで口にするようになっていた。 その口は決してペニスから離れず、俺が射精するのを期待して、快感を押し上げて来る。 そして、ち●ぽをしゃぶりながら身体をくねらせる茉子はきっと、股間を濡らしているに違いない。 そんな茉子のトロトロおま●こを思い出してしまうと……ますます興奮が加速し、二度目の射精が近づいて来る。 「んっ、んふぅーっ……ふぅーっ……んっ! また、おっきくなったぁ……ちゅ、ぢゅるっ……じゅぽじゅぽ」 「茉子……俺、また……んんっ!」 「んふふふ……んっ、んぶっ、じゅぶぶ……じゅぽぢゅぽ、ぢゅるるるるっ!」 「いや本当にダメだって、それは!」 「んむ? んぐ……じゅる、ちゅるるる……イきたく、ありませんか……?」 「いや、イきたいけど……このままだと、また茉子に」 「ぷぁあ、はぁっ、はぁっ……いいんです。ワタシが欲しいんですから」 「ですから、ワタシに精液を下さい。ドロドロの精液をワタシに、いっぱい……」 懇願するような目で見上げる茉子に俺は―― 「じゃあ、今度は口の中で出すよ」 「はい、わかりました……あぁぁぁぁむぅ……んぐ、んっ、んんっ、じゅるるるるっ」 嬉しそうにペニスを咥えこむ茉子。 早く精液を飲ませろと言わんばかりに、しゃぶり、舌を絡めてくる。 「んっ、んじゅる、じゅぷぷぷ……んぐ、んっ、んんーーーッ……じゅぽじゅっぽ、ぢゅぶぶぶ」 「ま、茉子、それヤバい」 「ぢゅぽぢゅぽっ、んぐ……だして……ワタシのおくちに、いっぱいだしてください……ちゅっぼぢゅっぽ」 「ぢゅぷぷぷっ……じゅぽ、じゅっぽ、んぐぅぅ……ん、ちゅぅぅぅぅぅーーー……んっ、んんっ、んっ、んっんっんっんんんんっ!」 「茉子、イくッ!」 「んぶぅっ!? んっ、んんーーーーーっ!?」 ドクッ! ドクドクッ! 俺のち●こが激しく震え、新たな精液が茉子の口の中を汚していく。 一度目に負けず劣らずの勢いに、茉子は目を見開きながらも、決してその口を放すことはなかった。 「んむぅ……んふっ、んふぅぅぅ…んぐっ、んぐっ……んんんっ……ゴク、ゴク……ゴキュッ」 「むぅぅ、ぷぁっ! はっ、はぁーっ、はぁーっ、けほっ、うぇっ……けほっ……」 口からボタボタと飲みきれなかった精液を零す茉子。 そんな姿も……またエロい……。 「はっ、はぁーっ……はぁーっ……すごい、いっぱい……ごめんなさい、もったいない事、しちゃいました」 「また、さっきみたいに顔で……受け止めて」 「はい、わかりました。またワタシを、ドロドロにしてくれるんですね……んんっ」 嬉しそうに言った茉子が舌を伸ばし、ぺろぺろと竿を舐めていく。 「れるん、れちゃれちょ……れるんっ、れろれろ……ちゅ、ちゅぅぅ……れろれろ」 「ぁっ、あっ……」 舌先は裏筋を登り、カリの周りをなぞり、亀頭の先っぽをグリグリと弄る。 すでに限界の一歩手前だった俺には、それだけでも十分な刺激だった。 また……自分でも抑えられない衝動が、下半身を駆け昇る。 「れる、れりょれりょ……れろれるれろれる、れろれろれろれろれろ……ッ!」 「まっ、茉子っ、イくッ!」 「んああっ!? あぅっ、んぐっ、んぶぅ……んっ、んっ、ぁあっ!? んあ、んあっ、あああっ!」 驚くような勢いで、ドロドロの粘液が飛び出す。 まるで射精の勢いを抑えきれないように、ペニスがブルブルと暴れ回る。 そうする度に、俺の精液はあちこちに飛び散り、再び茉子の顔や髪をドロドロに汚していった。 「んあっんっ、ぱぁっ……あっ! はっ、はぁぁ!? んっ、んぁぁぁぁっ……ぁぁぁ……ッ」 「はっ、はぁーー……はぁーー……また目の前で、精液が出てるところ、見ちゃいました……はぁ、はぁぁ……」 「思ったよりも出ちゃった。ゴメン」 「気にしないで下さい。ワタシが望んだことですから……はぁぁ、こんなにいっぱい精液……ありがとうございます」 「でも……射精って凄すぎます……精液で溺れちゃうかと思いました」 「ゴメン」 「いえ、こんなに出してくれて嬉しいです。今、綺麗にしますからね……はぁむ」 「―――ッ」 二度目の射精で気を抜いていたところにこの刺激。 思わず身体がビクンと震える。 「んむぅ……んっ、んっ、んじゅる……んぐぅ、んっ、んんんーーーッ」 「ぷぁっ……はぁーっ、はぁーっ……綺麗になりました♪」 と、ノリノリでフェラをしていた茉子だが……少しすると、流石に恥ずかしそうな表情を浮かべた。 「ちょっと……やりすぎました。神聖な服のままで……」 「………」 「さすがに、この格好のままでは、お出迎えもできませんから。先にお風呂に入ってきますね」 「わかった」 まあ、そうだよな。 思いっ切り顔や髪にかけちゃったもんな。 そうして茉子は、風呂場に向かっていき、リビングには俺が1人……。 「………。おかしい……」 もう二度も射精をしたはずなのに……。 「どうして、まだ満足できないんだろう?」 もしかして、さっき命の危機を感じたから? もしくは……さっきの茉子が、エロかったから? どちらにしても……まだ治まらない……。 「俺、こんなに性欲が強かったのか……?」 まさかこの短時間で2回出しても、満足できないなんて……。 このままだと、欲求不満で眠れなくなるかも。 それに……あんなに腰をくねらせてたんだ。 茉子だってきっと……というのは、都合のいい俺の妄想だろうか? 「………」 結局堪えきれず、結局俺は茉子の後を追った。 「茉子」 「はい、どうかしたんですか、将臣さん?」 扉越しに声をかけると、少し驚きながらも、茉子はすぐに返事をした。 「その……非常に恥ずかしい話なんだけど」 「はい」 「まだ……治まらないんだ」 「はい?」 「だから、その……興奮がね、全然治まらなくてさ」 「それって……あ、あれ? で、でも、もう2回も出しちゃいましたよね?」 「2回も出しちゃってます」 「それでも、ダメなんですか?」 「それでも、ダメでした」 「そ……そうなんですか……それは、また……す、すごいんですね」 「今日は特別すごいんです」 「それって……い、今すぐですか? 服を着替えてからでは……?」 「今すぐ。俺は茉子の温もりを感じたくて仕方ない」 「その服装の茉子としたいんだ。その服装でしかできないことをしたいんだ!」 「えっ、えぇぇぇ……この服装でしかできないこと……ですか?」 不意に、茉子の声に好奇心が混ざった。 今までの困った声から、何かを考えるような声に変化する。 「入るよ、茉子……」 「………」 その返事は、拒絶ではなく……どこか期待を孕んだ吐息だった。 「あ、あの……これが、この服でしかできないこと、なんですか?」 「そうだよ。今から茉子は、俺に犯されるんだから」 「ワタシ、将臣さんに犯されちゃうんですか……?」 両腕を縛られ、拘束された茉子が少し驚いたように言う。 と言っても、緊縛なんて素人だ。ましてや吊るなんて高等なテクニックは俺にはない。 だから軽く、腕の自由を奪う程度のものだけど……それでも十分破壊力があるな、この格好。 「そう。くノ一が捕まったら、拘束されて、そのままエロい事をされるのは基本だから」 「それは確かに基本かもしれませんが……そういうマンガ、よくあると思いますし……」 「犯される……好きな人に犯されちゃう……ワタシ、将臣さんに犯さちゃぅ……んんっ」 反芻するように何度も繰り返す茉子。 それだけで、徐々にその声は荒くなっていき、吐息はどんどん熱くなっていった。 「わかる? ほら……まだ、硬いままなんだよ」 「はぁ……はぁ……んんっ、ああぁ……すごい、もう2回も出したはずなのに……はぁ……はぁ……ガチガチなの、当たってます」 「茉子のココも、トロトロだ。本当にエッチだね」 「全部、将臣さんがこうしたんじゃないですか……」 「それって……犯されるところを想像して?」 「それとも俺のち●こを舐めてるときから、こんなに濡らしてたの?」 「両方……両方です……んっ、んんっ……はぁ、はぁ……」 「舐めてるときから、トロトロだったのに……こんな恥ずかしい格好で、今から犯されちゃうと思うと……ンンッ」 茉子が身を震わせると共に、先っぽをあてがった膣口から愛液が伝い落ちていく。 もうすっかり、俺も茉子も興奮しきっており、頭の中が完全にこれからの快感の事だけを考えていた。 「はぁ、はぁ……んんっ、はぁ、はぁ……ああ……恥ずかしいのに、逃げられない……んんっ」 身体をくねらせ、ワザとらしく自分が拘束されていることを確認する茉子。 ああ……なんか本当に、無理矢理っぽい。 もしかして、茉子はMなんだろうか? そう思うとなんか気分が乗ってきた。 「いい格好だ、茉子。ピンク色のおま●こが丸見えだ……」 「ひっ!? んっ、んん……そんな、無理矢理、こんな格好にしたんじゃないですか」 「確かに俺がこういう格好にしたかもしれないけど、濡らしてたのは最初からじゃないか」 「ほら……もう、音がしてる」 茉子のワレメを俺のペニスが上下になぞる。 俺の腰が動く度、ぬちゅぬちゅと粘り気のある音が響いた。 「んっ、や、やだぁ……音が、しちゃってる……んんっ」 「俺が触る前からこんなにしてるくせにさ」 「まるでお漏らしでもしたみたいに、ビショビショじゃないか」 「こ、こんな辱めを受けるくらいなら……い、いっそ殺して下さい……ッ」 「――ッ!?」 調子に乗った俺の言動に、茉子まで乗ってきたのか……まるで高潔な騎士みたいなことまで言い出した!? 思わず吹きそうになった。なかなか破壊力があるな。 くっ殺忍者とは卑怯な! 「あ、あれ? ち、違いました……か? てっきり、こういうプレイをお望みなのかと……」 「いや……そういう流れではあったんだけど、想像以上に面白かったから、ゴメンゴメン」 「ッッ、~~~~~~ッッ!」 「わっ、ワタシ、もしかして凄い恥ずかしいことをしてしまったんですか!?」 「だって、この格好でしかできないことって言うから、てっきりシチュエーションもかと思って!」 「茉子がそんなにノリノリになってくれたのは、嬉しいよ」 「その恥ずかしそうな顔も可愛い……」 「ぅぅ……本当に辱めを受けました……本当に、いっそ殺して下さい……ぅぅぅぅ……」 「殺したりしない。でも……死ぬぐらい、気持ちよくしてあげる」 「はぁ……はぁ……んっ、んんっ……あ、ああ……んんんっ、ゴクッ……」 股間を擦るペニスを見つめる茉子が瞳を潤ませながら、覚悟を決めるように息を呑んだ。 「そ、そんな……いくら気持ちよくさせられても、い、言いなりになんてなったりはしませんよ」 「そういう強がりが、いつまでもつかな?」 最初は笑ってしまったものの、俺の方も乗ってきた。 「ふふ、こんなにトロトロにしておいて、よくそんな強がりが言えるもんだ」 「あっ、はぁ、はぁ……そんな、ワタシは負けたりなんて……んんっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁ、はぁぁぁ」 「ぁぁぁ、やっぱりダメです、無理ですよ。あ、あ、じらさないで下さい……お願いします……はぁ、はぁ、んんっ、ああぁぁ」 結局、嫌がる演技を投げ捨てた茉子が、蕩けた声でおねだりをする。 「熱くなってる、トロトロのアソコに……早く、ぁぁ、早くぅ……んんっ」 「落ちるの早過ぎだってば」 「だって……だって、前もあんなに気持ちよくされちゃったんですから」 「早いもなにも、もうすっかり落ちちゃってますよ……」 「じゃあ、どうして欲しいのか、ちゃんと教えて」 「ですから、じらさないで欲しいんです……」 「じらさずに、ナニをして欲しい?」 「それは……わかってるくせに……意地悪ですよ」 ペニスの先っぽで、ぬちゅぬちゅと入り口の辺りに幾度となくキスをした。 すでに俺と茉子の性器は、透明な糸で繋がっている。 その光景を見下ろしながら……茉子は震える声を漏らした……。 「い、挿れて……下さい……はぁ、はぁ……んんっ……」 「どこに? なにを?」 「わたしの、お……おま●こに……おち●ちん、挿れて下さい……お願いします」 そんな声でおねだりされたら……俺の理性も吹き飛んでしまう。 今まで我慢していた分、勢いをつけるようにして、濡れたおま●こをペニスで貫く。 「んんんんーーーーーーーーーーーッッ!!」 その瞬間、茉子は背中を軽くのけ反らせながら、まるで絶頂を迎えた様に、身体を震わせた。 「んんっ、あっ、はぁー……はぁーーー……んんぁっ、はぁ、はぁ……挿れただけで、身体痺れちゃいました」 「茉子の中……すごい熱い。それに、締まってくる」 呆気ないほど簡単に呑み込まれたペニス。 茉子は目や声だけじゃない。中の肉ヒダまでトロトロに蕩けきっていた。 「自分でも、よくわからないんですが……精液の匂いを嗅ぐと、すごく興奮しちゃって……はぁ、はぁ……んんんっ」 「んんっ……こんなのヘンですよね……匂いだけで、こんなに濡らしちゃうなんて……」 「俺も、茉子の匂いで興奮してる」 「ええ……ワタシ、臭いますか?」 「うん。エッチな匂いがする。すぅぅーーーー……」 俺はできるだけ茉子の身体に鼻を近づけ、茉子の匂いを嗅ぐ。 「あっ、やだっ、ダメですよ、匂いを嗅がないで下さい」 ジタバタと暴れる茉子だが、両腕の自由を奪われては逃げることもできない。 俺は満足するまで、茉子の発情した汗と吐息を堪能する。 「この匂い、大好きだよ。エッチで……嗅いでるだけで、イっちゃいそうだ」 「え!? も、もうイっちゃうんですか……?」 「……なんか、残念そうな声だね」 「そっれは……その……あの……~~~ッッ」 恥ずかしそうに口を噤む茉子。 それは、明らかに不満を露わにした表情だった。 「俺、このままイっちゃってもいい?」 「ダメぇ……1人で先にイっちゃダメですよぉ……ワタシも、ワタシも身体が熱くて、どうにかなっちゃいそうなのに……」 「じゃあ、茉子はどうして欲しい?」 「動いて下さい。お願い……動いて……じらさないで下さい、はぁ、はぁぁぁ……」 「グチュグチュって、ワタシの中をいっぱいかき混ぜて、下さい……お願いします」 言葉ではなく、行動で返事をする。 茉子の身体をしっかりと支えながら、パンパンと強く腰を強く打ちつけていく。 「ああーーっ、んっ、んっ、んんんーーーーー……ッ!」 「こうして欲しかったの?」 「そう、です……っ、あっ、あっ、ああーーっ! ワタシの中、グチュグチュって……んっ、んんーーッ!」 「茉子の声、すっごくエロい……」 「だって、だってぇ……はぁ、はぁ……気持ちいいんです……あ、あ、あ、そこ、そこっ、感じちゃうぅぅ……ッッ!」 俺が奥まで突き入れる度、背中をのけ反らせながら激しい声を上げる茉子。 同時に、ペニスを咥えこむ粘膜がきゅぅぅぅぅ……っ、と強く引き締まってくる。 「はひぃ、はひぃ……んっ、んんっ、ぁっ、ぁっ、ぁぁぁあっ、なに、なにっ、これぇぇ……ンンッ!」 「なに? いつもと、違う?」 「ち、違う……違います……んっ、んんっ、あああっ! 奥ぅ、そんな、奥まで……んっ、んんんーーーーっ!」 締め付ける肉ヒダの中を、幾度となく抜き差しする。 少し浅めに腰を引いてから、そのまま強く押し込む。 「奥を突かれるの、好き?」 「すき、かも……んぁっ、んぁぁ! 奥っ、グリグリって……あっ、ああーーっ!」 「こんにゃの、はじめてぇ……あっ、あっ! そこっ、そこそこっ……ぅぅぁぁああっ!」 ――ぢゅぷっ! ぢゅぷっ! 茉子のお尻に腰をぶつける度、肉のぶつかり合うのとは明らかに違う、奇妙な水音が響き始めていた。 「あっ、やぁだぁ……変な音、しちゃってます……んっ、んんんーーーっ!」 「茉子の中がトロトロで、俺のち●こに吸い付いてるから、こんな音がするんだ」 「だって気持ちいいんです……ぁっ! ああぁっ! こひゅれてるっ、おっきぃの、こひゅれて……んぁぁぁぁああっ!」 「それに、ふかっぃぃぃぃ……そんな、深いところ、ぐりぐりしゃれたらぁぁ……」 「茉子はこういうの、好きなんだ?」 「ひゃぁぅぅんんっ! あ、あ、あっ、ひゅき……それ、ひゅきです……んっ、んっ、んんんーーー……ッ!」 俺が腰を動かすだけで、茉子の声がどんどん蕩けていく。 それぐらい、我慢してたんだろうか。 「ぁぁあっ、んっ! はぁ、はぁ……ワタシ、本当にエッチですよね……んぁ、あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁんんっ」 「ごめんなさい、えっちでごめんなさい……幻滅、しちゃいましたか?」 「前にも言ったけど、そんなことで幻滅なんてしない。むしろ好きだ。そんな茉子のことが、大好きなんだ」 「それに……エロいのは、俺も同じだよ。いや、茉子以上かも」 「茉子の感じてるところ……もっと見たい」 「え? あっ、あっ、あっあっあっ……やっ、あっ、んんっ、んんんーーーーー―ッッ!」 「やらっ、それらめっ! あっあっあっ、そんなかき混ぜちゃらめれす……アソコ溶けちゃうぅぅ!」 「アソコってどこ?」 「それは、お、おま――ぅぅああっ!? い、言えませんっ、今そんなこと言ったら、イっちゃいますから……んっ、んんーーー……ッ!」 イきそうなのを必死に耐えているのか、茉子の中が激しくうねった。 それでも俺は、中の粘膜をほじくるように腰を動かし続ける。 「あっあっあっ、らめ、イっちゃう……そんなっ、されたら、イっちゃいます……!」 「かき混ぜて欲しいってお願いしたのは、茉子だよね?」 「そうなんですけどぉ……ぁぁっ! んぁ! んぁあ! 気持ちよひゅぎますから……ぁぁあ!」 「茉子のそんな姿を見てると……興奮して、自分を止められないんだ」 「ああーーーっ! 強くしないで……ッッ! ああああっ、らめらめっ、本当にイっちゃいまひゅってばぁ」 「感じてる茉子も可愛いよ。茉子のイくところ、また見せて」 「そんな、こと、言われたらぁ……あっ、あっ、もう我慢れきな……あっあっあっあっ、あああぁぁぁああぁぁぁぁーーーーーッ!」 「ひッッ……くぅぅ……んんっ、んっ、んんんぁぁぁぁーーーー……ッッ」 茉子の白い身体が跳ね上がり、粘膜がペニスにベッタリとまとわりつく。 「ああっ、んん……はぁーーっ……はぁーーっ……はぁぁぁあぁぁぁ~~~~~ぁぁあぁぁ……」 小さな痙攣を繰り返していた茉子の身体から力が抜け、その体重が俺の腕に圧し掛かる。 「はひっ、はっ、はぁぁぁーーーっ……イっちゃいましたぁぁ……ぁぁ……」 「うん、見てた。可愛かったよ、茉子のイくところ」 「はぁっ、はぁぁぁーー……やっぱり、中をこひゅられてイくの……すごい……」 「クリトリスでイくのとは、違う感覚なの?」 「自分でも、上手く説明できないんですが……お、おち●ちんでイかされちゃう方が……気持ちいいです」 「身体の奥の方からじわーって広がって、ふわふわして、奥の奥まで気持ちよくなるみたいで……」 「それに……全身で、好きな人を感じながらイってるみたいで……」 「茉子は……どっちの方が好き?」 「ワタシは、その……中を擦られてイく方が……好きかも、です」 「そっか。それじゃあ、もう一回」 「ええぇっ!? 今のは別にそういう意味では――んんっ! あっ、あっ、あああーーーーっ!」 突き入れたままのペニスで、茉子の中を再びかき混ぜていく。 さっきまでと同様に、濡れた粘膜を擦りながら、奥の壁をグリグリと刺激する。 「あっ! あっ! あああーーーっ! そんなっ、動かしちゃ……んっ、んんんーーー……ぅぅぅッッ!」 必死に快感に耐える茉子を追い詰めるように、俺はそのまま腰を動かし続ける。 「んひぃ、ぁっ、ぁっ、あああーーー……っ! イっちゃう、またイっちゃいますってばぁぁ」 「だから俺は、茉子のイくところが見たいんだ」 「そっんなっ……あっあっあっ、ソコばっかり、ぐりぐりひゃれたら……あああああっ」 「イく……またイく、イっちゃっ……ぅぅぅぅぅぅぅんんんんんーーーー………………んんッッ!」 「んぁっ、はーーっ……はぁぁーーっ……ぁぁぁ、はひっ、はひっ、はぁぁぁぁ……」 「うん。やっぱり茉子のその顔、好きだよ」 「え? ええ!? やっ、まって、くだひゃいっ、むりです、こんなのむりぃぃッ」 ペニスに張り付くぐらい、キュウキュウに締め付けてくる粘膜。 そんな中を、俺も必死で腰を動かし続けていく。 「ぅぅぁぁああっ、まってぇぇ……いまはらめれすからぁ……ぁぁぁぁぁああっ」 「あ、あ、あ、またイっちゃう、イっちゃいますってば……はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んんんんーーーーーーーー……ッッ!!」 三度目の痙攣。 ビクンビクンと跳ねあがる茉子の身体。 その震えは、回を増すごとに大きく、激しくなっているようだった。 「はっ、はひっ……ぁっ、ぁぁぁ……もぉ、らめって言ってるのにぃ……」 「ゴメン。どうしても、茉子の可愛い顔を見たくて」 「ぁぁぁっ……からだ、もちません……力も入りませんよぉ……」 「大丈夫だよ、俺がしっかりと支えてるから」 「はぁ、はぁ……ぁぁぁ……頭がおかひくなっちゃいそう……本当に拷問されてるみたいですよ」 「俺も、おかしくなりそうだ」 「どうして将臣さんが、おかしくなるんですか?」 「だって、茉子の可愛い顔を見過ぎたから。それぐらい、身体が熱くなってる」 「それって……んっ、んんんんーーーーーッ」 軽く腰を回して奥を擦っただけで、茉子の身体がビクっと震える。 「もうだめ、イジメないで下さい……はぁ、はぁ、はぁ、んんんっ!」 「俺も、もうすぐだから……茉子に出したいんだ」 「だから、ダメかな? というか、我慢できなくて……」 「えっ、あっ、ひゃんっ! んっ、んっ、んぅぅぅぅ……はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んんんっ!」 先ほどまでに比べると、多少は力を加減しながら腰を動かしていく。 「これぐらいなら、どう?」 「はぁ、はぁ……んっ、んんっ! これぐらいでしたら……はぁ、はぁ、んんっ」 「で、でも……これぐらいでも、気持ちいいんですか?」 「気持ちいいよ、すごく……茉子の中、トロトロだから」 「それなら、いいんですが……んっ、んんっ! あっ、はぁ、はぁ……んんっ、んんっ」 「こうして、擦ってるだけでも、凄く気持ちいいよ」 「はぁっ、はぁっ……ワタシも、出たり入ったりしてるの感じて……気持ちいいです……はぁ、はぁ、はぁぁんっ」 「すごい締まってくる……っ」 その締め付けに、思わず身体が震えてしまう。 「んひっ、あっ、あっ……そこ、そこは……んんぁぁぁ……はぁ、はぁ、んんんっ」 「あれ? 奥は……触れてないよね?」 「奥には触れてませんが……あっ、あっ! んっ、んんんーーー……ッ!」 「もしかして、こっちも?」 腰の位置を低くして、中の天井を大きく擦ってみる。 「あっ、ああぁぁ……っ! そこっ……その上のところ、こひゅられると……また、頭の中、まっひろに……んんっ!」 「あ、また蕩けてきてる。茉子は、ここも弱点なんだ?」 「んっ、んんんーーっ! もぅっ、確認、しないで下さい……んっ、んっ、んんーーっっ」 「あは、はぁ、はぁ……んんっ! き、気持ちいい……気持ちいいから、だめ……あっ、あああっ!」 俺とのセックスでこんなに淫らになってくれてる。 ただでさえ気持ちいいのに、そんな茉子の姿を見せられたら……。 「あっあっあああっ! また、そうやってワタシをイジメる……んっ、んあ、んぁぁぁああああッ!」 「あ、あ、あ、でも気持ちいい……すごい気持ちいい……ぁあぁぁんッ! あひっ、あっ、あっ、あああぁ……んんっ!」 「茉子の中、すごい締まって……気持ちいいよ」 「だめ、だめぇ……ワタシ、またイっちゃいそう……本当におかしくなりますから……んぁっ、あっ、あっ、あああっ!」 「俺も、イく。イきそうなんだ、だからこのまま」 「ほ、本当ですか? それなら……ぁっ、ぁっ、んんん……ッッ……ぁぁああぁあっ」 「やっぱりらめっ、ひょこ、こひゅられると、からだ、しびれりゅ……ぅぁあっ、んんんーーーッ!」 あえぎをもらしながら、艶めかしく身体をくねらせる茉子。 快感から必死に逃げようとするが、この体勢では逃げられるはずもない。 「あひっ、はひぃぃんっ! らめ、あっあっあっ、らめぇ、おかひくなる……んんっ」 「茉子は、感じやすいんだね」 「こんなの、好きな人の前だけ……ですよっ……あっあっ、好き、好き好き、らいすきぃぃ……」 「俺も好きだ、大好きだよ、茉子!」 「んっ、んんんーーーーーーーー……ッッ!」 俺の言葉に反応したように、茉子の中が収縮を繰り返す。 それはまるで、茉子のおま●こに吸引でもされてるみたいで……俺は、本当に―― 「茉子、中に……このまま、中に出すから」 「はひっ、はひぃんっ! イってくらはい……このまま、あついのいっぱい、どぴゅーって……ぁっぁっあっあっあああ!」 「らして、ワタシの中、もっとドロドロにしてくだひゃい……んんんっ、あぁぁあああああーーーんんッ!」 「ぅぅぁああっ、茉子、イく!」 「あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっあっあっあっあっ、んんっ、んんっ」 「んんんんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………………ッッ!!」 ペニスを根元まで突っ込んだまま、俺は思いっ切り射精する。 3度目とは思えないほどの勢いで、ドロドロの精液が茉子の中を満たしていく。 「んふぅ、んっ……んんーーー……あっ、はぁぁぁぁーーー……はぁ、はぁ、んんっ」 とはいえ、やはり三回目か。 量はいつもに比べれば少ないだろう。 「んんっ」 俺がペニスを抜くと、ボタボタと精液が滴り落ちた。 前言撤回。十分凄い量かも……。 「茉子、イく、イくから! 茉子の身体、真っ白にする!」 「あっ、あっ、ああーーーっ! はっ、はやく、んんぁっ! はやく……ああっ!」 「らして、せいえき、どぴゅーっていっぱい、わたしのからだに、らしてくらはい……ぁぁぁっ! んんぁぁぁ……ッ!」 「茉子、茉子っ!」 「あひっ、んっ、んんぅぅぅぅぅ……んっ、んっ、んんぁぁぁぁっ!」 「ああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁあーーーーーッッ!!」 ギリギリのタイミングでペニスを引き抜き、宣言通りに茉子の身体を白く染める。 ドピュ! ドピュ! と、未だ衰えることのない勢いで飛び出た精液が、茉子の肌の上で弾ける。 「はひっ、あっ、あっ、んぁぁっ、あっ、また、いっぱいでてりゅ……んんっ、ぁぁ……っ」 3回目なんて感じさせない勢いと量。 言葉通り、茉子の身体がベトベトに汚れていく。 「はぁ、はぁ……んんっ、はぁぁーーー……本当に、すごい量ですね」 「こんなに出したの初めてだ……」 「きっと、茉子だから。好きな人が相手だからだよ」 「あ、あは……んんっ、そう言ってもらえると、うれしいです。はぁ、はぁ、はぁぁぁ……」 「本当にすごい……セックス……もう、全然力がはいりませんよぉ……」 「俺も。さすがにもう、出なさそう……」 「ゴメン。そのままだと辛いよね。すぐに解くから」 「あ、いえ。これぐらいなら……ちゃんと支えてて下さいね」 そういった茉子がひょいっと、腕の拘束から抜け出す。 「もしかして……いつでも抜け出せた?」 「あは……これでも忍者ですので」 「ですが、身体に力が入らないのは本当ですので……このまま、運んでもらえませんか?」 「喜んで」 そうして俺は、いつかのように茉子の身体をお姫様抱っこで抱き上げ、風呂に一緒に入った。 「……ハッスルしてしまった」 「かなりのハッスルでしたね」 お互いの身体を綺麗にしてから、一緒にお風呂に入った俺たち。 時間も経って、さすがに多少は体力を取り戻した茉子。 比べて俺は……出し過ぎたのか、そもそも直前の境内でのこともあったせいか、ドッと疲れが身体に圧し掛かってきた。 それぐらい、出したってことなんだよな。 「さすがに、もう無理だ……」 「それ、本当ですか?」 「間違いなく本当。アソコがすっからかんです」 「それなら安心ですね……あは」 笑いながら、俺にもたれかかってくる茉子。 お湯とは全然違う温もり。 それに肌の柔らかさも、言葉に出来ないぐらい気持ちいい。 「………」 とはいえ、本当にすっからかんだ。 強がりでもなんでもなく、これ以上は無理。 「はぁぁ……将臣さん、本当に激し過ぎです」 「それだけ、茉子が可愛いからいけない」 「その上、くっ殺忍者とか見せられた日にはもう……ね」 「………。笑ったくせに」 「まあまあ、細かいことはいいじゃないか」 「とにかく気持ちよかった、という事で」 「それは……ワタシも同じ気持ちですが……でもまさか、あんなにいっぱい……しかも3回も」 「やーらしー♪」 「そうさせた茉子の身体がいけないんだ」 言いながら、そのおっぱいに俺が手を伸ばす。 だが、柔らかなふくらみに触れる前に、俺の手がピシャリと叩かれてしまった。 「今日はもうダメです」 「いや、触るだけ。ちょろ~っと触るだけだから」 「もう空っぽで、変なことをする余裕なんてないから」 「そんなことを言いつつ、いつの間にか激しくなるのが将臣さんです。ワタシ、知ってますよ」 「………」 まあ、その可能性は絶対にない、とは言い切れない。 「まだアソコがジンジンしてるんですよ?」 「え? どこどこ?」 「って、触ろうとしないで下さいってば! 本当に、いやらしいんですから……もう」 「いやらしいのは……ダメかな?」 「それが困ったことに、大好きなんですよねぇ……あは」 「ならよかった」 「でも今後は、多少は手加減を覚えてくれないと困ります」 「うっ……すみません。努力します」 今日もそうだけど、前にクンニしたときも、わりと強引に感じさせちゃったしな。 「あっ、でも……多少ですよ? 多少は、手加減をして欲しいだけですから」 「じゃあ、すること自体はいいんだ?」 「全然しなくなっちゃったら……それはそれで、困ります」 「心配は無用。絶対にそんなことにはならないから」 「あは、そうですね。と~ってもいやらしい人ですからね」 「それに……本当に、嫌じゃないんですよ? そりゃあ……あんなに連続でイかされるのは困りますけど」 「……ごめんなさい」 「でも、ああして温もりを感じられるのは、とても幸せです」 「ですから慌てて一気にするんじゃなく、ゆっくりといーっぱい楽しみたいです」 「そうだね、俺たちはこれからもずっと一緒だからね」 「はいっ」 嬉しそうに、茉子が背中を俺に押し付けて来る。 やっぱり女の子の身体は全然違うんだなぁ……。 背中でも柔らかくて……気持ちいい。 「ふふ、あったかぁ~い。まさおみさ~ん、すりすり~♪」 「やわらかぁ~い」 「ワタシ、こんな風に誰かに甘えられる日が来るなんて……想像もしてませんでした」 「俺も。こんなに可愛い彼女ができるなんて、想像もしてなかった」 「本当に幸せだよ。俺にはもう、茉子のいない生活なんて考えられない」 「ワタシも……まさかこんな風になるなんて。春以前のワタシからは想像できません」 「以前の生活に不満があったわけじゃありませんが……今の方が、とっても素敵な毎日です」 「ありがとうございます、ワタシのことを好きになってくれて。ワタシを、変えてくれて」 「茉子の方こそ、俺を受け入れてくれてありがとう」 2人でいると、大変なこともある。 こんなに好きな相手でも、やっぱりすれ違いはある。 それに、些細なことで喧嘩することだってあるだろう。 それでも俺は、茉子と一緒にいたいって思った。 もし面倒事が起きた時には、2人で乗り越えたいって思った。 これからも、ちゃんと2人で笑い合えるように、生きていきたい。 「はぁぁ……ワタシ、将臣さんのこと、これ以上ないぐらい好きだと思ってました」 「思ってたって……今は違うの?」 「驚いたことに、それより上があったんです。一緒にいればいるほど、好きになっちゃって困ってます」 「そういう意味なら、俺も同じだ。毎日茉子のことを好きになっていってる」 「あは、ありがとうございます」 「幸せになろう……いや、ちょっと違うかな?」 「これからも2人で一緒に、俺たちの幸せを作り上げよう、茉子」 「はいっ! 後悔なんてしてる暇がないぐらい幸せになりましょう、2人で一緒に」 獣に取り憑かれたままではあったが、茉子が子犬になることはなかった。 おかげで、俺たちの付き合いは非常に順調だ。 お昼はいつも一緒。 文句の付けどころもない弁当を一緒に食べる。 「今日も美味しかったよ、茉子」 「喜んでもらえたなら、ワタシとしても嬉しいです」 「それで、あの……将臣さん……いいですか?」 「ん……うん、もちろん」 俺は辺りを確認しながら、茉子の言葉にしっかりと頷く。 すると待ちきれないと言わんばかりに、また茉子の方から唇を押し付けてきた 「んんっ、ちゅぅ……まさおみさん……ちゅ、ちゅぅっ」 「んっ、んん……」 こうしてキスをするのは何度目だろう? なんだかんだで、昼食の後は毎回キスをしている。 そのおかげで、流石に身体が硬直するようなことはなくなった。 たとえ不意をつかれたとしても、ちゃんとキスで応戦できるようになってきた。 「んっ、ちゅ、ちゅ……」 「んんんっ、んふぅ……んっ、んっ、ちゅぅぅ……んんっ」 「んはぁ……将臣さん……」 「……茉子」 「あは……キスって、凄いですね」 「全然飽きることがありません。むしろ……キスを重ねる度に、ドキドキしてきます」 「うん、確かに」 俺たちが行っているのは、唇を合わせるだけのキス。 それでももの凄く気持ちよくて、俺は凄まじく興奮していることが多い。 「最近……ちょっぴりわかってきた気がします」 「わかってきたって何が?」 「気持ちいい、キスのコツです」 「………ッッ」 そっと囁かれた言葉に、思わず俺は息を呑む。 「なんか、エロいね……茉子って」 「ワタシも最近になって知りました。本当はとってもやらしい女の子なんだと……」 「エッチな女の子は、お嫌いですか?」 「正直に言うと、どんな風にいやらしいのかにもよるけど……」 「俺の前でだけ、エッチな女の子は大好きです」 「もちろん、こんなの……アナタだけですよ」 「……ちゅっ」 再び、軽く重ねられる唇。 だが今度はキスの応戦は行われずに、一瞬で離れてしまった。 「すみません、我慢できなくなっちゃいました……あは」 「……も、もう一回いい?」 「そんなにしていたら……終わりがなくなって、授業に遅刻してしまいますよ」 「最後、最後にもう一回だけ」 「もぉ……本当に最後ですよ?」 俺の甘えた声にも、茉子はしっかりと応えてくれる。 学院であろうと人目を忍んでキスをかわすほど、俺たちは舞い上がっていた。 「今日は、何か食べたい物がありますか、将臣さん」 「なんでもいいよ。茉子が作ってくれるものは全部美味しいから」 「あは……そういう答えが一番困ってしまいますよ。そう言ってもらえるのはとても嬉しいのですが」 熱が冷めることはなく、まるでもうすでに結婚でもしてしまったような会話まで。 そして家では―― 「将臣さん、今は大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ。というか……実は待ってた」 「あは、よかった。失礼しますね」 はにかみながら、部屋に入ってきた茉子。 そのままストンと隣に腰を落とした。 「今は何をしてたんですか?」 「授業の復習。今日はちょっと、集中できてなかったから」 「何かあったんですか? もしかして、トレーニングが厳しいんですか?」 「トレーニングは問題ないよ。今は身体を鍛える感じじゃないから」 「では、どうして集中できなかったんですか?」 「それはもちろん、茉子のことを考えていたからだよ」 「………」 「あは、まーたそんな恥ずかしいことを言う」 「こういうの、嫌いじゃないよね?」 「恥ずかしながら……大好物です、あは」 嬉しそうに笑った茉子が、俺の左手に手を重ねる。 「将臣さん、右利きでしたよね? お邪魔はしませんから、握ったままでもいいですか?」 「えー……困ったなぁ」 「ダメですか……?」 「だって茉子の手を握ってると、ドキドキしちゃうじゃないか」 「柔らかくて、温かくて……握ってるだけで気持ちいいからさ」 「そういうことなら……ワタシもです。将臣さんの手は大きくて、しっかりしていて」 「ドキドキするんですが……力強いから安心もできて……殿方の手だなぁって」 「あは……確かにダメですね。手を繋いでいたら、ワタシも集中なんてできません」 「でしょ? だから、いったん休憩」 「よっ」 ノートを閉じ、お尻をずらして茉子に身体を寄せる。 「どうせ勉強できないなら、もっとくっついてしまおう」 「はい……くっついちゃいましょう」 頷く茉子も、お尻をずらして身体を寄せてくる。 「茉子の身体、あったかいよ」 「ふふふ……このままでいいですよね?」 「勿論。俺たちは恋人同士なんだから」 「はい、恋人です」 「大好きだよ、茉子」 「ワタシも、大好きですよ♪」 こうして過ごす2人きりの時間。 少しずつかもしれないけれど、着々と自分たちの中で積み上がる想い。 そうして俺たちの恋が、より揺るぎのないものに固まっていく。 それを実感できることが、俺にはとても嬉しくて―― 同時に、苦痛を感じていた。 「………」 布団に入ったまま、天井を見上げる。 さっきからこうして横になっているのだが……全然眠気が襲ってこない。 その理由はハッキリしている。 「身体が熱い……」 身体の左側に、まだ茉子の温もりが残ってるみたいだ。 もっと……この温もりを、感じたい。 今みたいに身体の一部じゃなく、全身で茉子のことを感じたい……。 「茉子を……抱いて、しまいたい……」 茉子とのキスは気持ちよくて、かなり興奮してしまう。 本当はキスをする度に、こんなことを考えていた。 獣姦になる恐怖があったから、今までは避けて来たけど……このまま、子犬に変わる気配がないのなら。 「はぁ……いつまで、自分をちゃんと抑えていられるか……不安だ」 「………」 「茉子は、もう寝たかな?」 「もし起きているなら……一体どんな気持ちなんだろう?」 「はぁ、はぁぁっ……んっ、あ、やだ、またこんなに蕩けちゃってます」 「ヌルヌル……指も、すぐにベトベトになっちゃう……はぁ、はぁ……」 でも止められない……。 部屋で触れ合った温もりが、ワタシの中でどんどん高まって……それが、股間から溢れちゃってる。 こんなままじゃ、絶対に眠れない。 「ああ、もぉ……芳乃様が隣にいるのに、ワタシ……んっ、んんんっ」 どうして自制できないんだろう? ダメだってわかってるのに、どうしても我慢できない。 身体の熱に突き動かされるように、手が勝手に濡れた股間を擦っちゃう……。 「んっ、んひっぃ……んっ、んんんっ……はぁーっ、はぁーっ……んんっ」 「どうして、こんな身体になっちゃったんだろ……人を好きになると、こういうこと我慢できなくなるのかな……?」 「はぁ、はぁぁぁ……んっ、んんっ!? あっ、あっ、あぁぁぁ……将臣さん、将臣さぁぁん……」 あの人の名前を呼ぶだけで、溢れる蜜の量が増えちゃう。 「あっ、はぁ、はぁ……やっぱりワタシおかしい。また、垂れてきてる……」 「こんな姿を見られたら、幻滅されちゃう……さすがに、いやらしすぎて嫌われちゃうかも……」 「でも……止められない……ワタシ、性欲強いのかな……? あっ、あんっ、ぁぁぁ……まさおみさん……んんっ」 将臣さんと一緒にいるのは好き。 手を握るのも、その身体の温もりを感じるのも。 でも……そうして温もりを感じた夜は、自分を慰めないと眠れない。 「はぁぁ……んっんんんっ……はっ、はぁーっ、はぁーっ……んんっ」 「また……クリ、剥いちゃおうかなあ……でも、刺激が強すぎる。それに大きな声が出ちゃうから、芳乃様を起こしちゃうかも」 「ああぁぁ、でも我慢できない。好き……将臣さんのことが好きだから、考えただけでも身体が熱く……っ」 「好き、大好きぃ……好きな人のことを考えたら濡れちゃうのは、仕方ありませんよね……恋って、こういうものですよね」 「あああぁぁ、もう、濡れすぎてだめ……でも、将臣さんがワタシを好きって言ってくれるから……」 「はぁ、はぁっはぁっはぁっ……んっ、んんんっ! んっ、んぁ、んぁっ、んんっ……くぅぅぅッッ」 「――ッ!! かっ、はぁーっ……はぁーっ……あ、軽く、イっちゃったぁ……」 「想像しただけで、こんな風になっちゃうなんて……こんなにエッチでいいのかな?」 「こんな、自分を抑えられないの、初めて……ああもう、ワタシ、こんなに変な子だったんですね……」 そう思ってるのに、トロトロの蜜は止まらない。 将臣さんの笑顔を、『好き』って言ってくれる声を思い出す度に、ワタシの中が動いて―― 「切なくなっちゃいます……」 まだ……満足できない……。 そう思った時には、また指が動いてた。 ビショビショに濡れた股間に指を這わせて、こねまわす。 「あっ、んっ……くぅっ……はっ、はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んんんッ」 「あひっ、あっ、あっ……んっ、んぁぁぁっ、ああっ……こっ、これなら、クリを剥かなくても……ああぁぁんっ!」 「声、声がぁ……んんんッッ! んふぅーっ……んふぅーっ……んっ、んんんーーっ」 「んふぅーっ、んぅぅ……んっ、んっ、んっ、んっんっんっんっんっ――」 「んんんぅぅぅぅぅーーーーーーーーーンン……ッッ!!」 「……んっ、はっ! はぁーっ……はぁーっ……んぁっ、はっ、はぁぁ……はぁぁ……」 「ああぁん、んぅぅ……また、お風呂に入らないと……」 「………」 「また、茉子がいやらしい声を出してた……」 ここの所、ずっとこんな感じ。 さすがに毎日ではないけれど、おそらく普通に眠った日を数えた方が早いぐらいには。 起きちゃうじゃなくて……ずっと起きてるのよ、茉子……。 あと、疑うまでもなく性欲が強いと思う……。 でもこんなこと本人に言えるわけない……実は起きてましたなんて。 かといって、このままだと私までどうにかなりそう。 「あああっ、困る……こんなのどうすればいいのよぉぉ……」 「というかもういい加減にしてよ……ッ!」 「ん? なんじゃ、どうかしたのか、芳乃?」 「む、ムラサメ様ぁぁぁ!」 「なんじゃ、もしや茉子が……ん? 茉子はどこに行ったのだ?」 「今は、お風呂に入っています……」 「風呂? やはり犬に?」 「いえ、別のことで……茉子にも、色々と事情がありまして」 「………? 芳乃は大丈夫なのか? 何やら顔が赤いぞ?」 「それは、あの……ぅぅぅぅあああ……助けて下さい、ムラサメ様ぁ~! 茉子が、茉子がぁ~~……っ」 「だからなんだと言うのだ!?」 「くちゅんっ――うー……なんでしょう、風邪ですかね……?」 「健康には気を付けているつもりでしたが……まさか股を濡らし過ぎた……なんてバカなことはありませんよね」 誰か噂でもしてるのかな? どっちにしても、温かくして早く寝てしまおう。 『お前は馬鹿なのか?』 「うっ……いきなり辛辣なお言葉。とはいえ、自分でもそんな風に思います」 「バカになったぐらい、オナニーしてますもんね……はぁ……」 『何故1人で悶えているのか理解が出来ん』 『思い人とまぐわいたいと思うのは、普通ではないか』 「最初は、行為の最中に犬になったら大変だから……という心配がありましたから」 『約定を結んだ。理由もなしに破約するような、人間のような真似はせん』 「わかっています。あくまで、一番最初の理由です」 「今は……最初に釘を刺してしまったせいか、なんとなーくお互い、その話題を避けている気がして……」 「アナタは、どう思いますか? なにかアドバイスなどを」 『人間のことなど知るか。そんな下らぬ悩みに興味もないわっ』 「バッサリですね……」 『……だが、気になることはある』 『お前がそこまで思い悩んでおるのに、相手の男が応える気配はない』 『そんな男が相手でも、気持ちは変わらぬものか? 裏切られたとは……考えないものなのか?』 「それは、まあ……向こうから誘ってくれればとか、もうちょっと強引と言いますか、野性的でもワタシは……なんて思いはします」 「でもそれが裏切りとは思いません。どちらかと言うと……欲張り、もしくは自分勝手ではないかと」 『何故、そんな風に思える?』 「自分が向けた想いの分、その全てが返って来なければ、恋人でないとは思いません」 「どれだけ相思相愛でも、想いに応えてくれないことだって、やっぱりあると思います」 「ワタシだって、将臣さんの想いの全てに応えられているとは思いませんしね」 『……それでもいいのか?』 「……そればっかりは、どうしようもないじゃないですか」 「恋をするから見返りを求めてしまうのであって、見返りを求めて恋をするのは順番が逆です」 『それの何が違う? 同じではないか』 「順番が違えば、色々と違うものですよ」 『………』 「それに、ワタシに応えようと努力してくれていることは、伝わります」 「そんな努力をしてくれるからこそ……時には自分の想像を超える物が、返ってくることもあります」 「そんな時にこそ、胸がキュンッてするんですよ、あは」 『ふんっ。やはりお前の言う事はよくわからん』 「茉子、有地さん、今日は2人でデートをして下さい」 「え?」 「どうかしたんですか……? 突然そんなこと」 「今日は学院も休みだから、恋人としての時間を過ごして欲しいの」 「ですが……」 「家事なら大丈夫。少しずつ練習してたのは、教えてくれた茉子が一番知ってるでしょ?」 「それはそうですが……」 「吾輩も、そうした方がいいと思うぞ」 「ムラサメちゃん」 「獣はまだ取り憑いたままだからな」 「同じ状態にとどまらず、色々と新しい経験をした方がいい。そう、《・》色《・》々な」 「………?」 なんか、ムラサメちゃんの言い方がひっかかったんだが……俺の気のせいだろうか? 「ほら、ムラサメ様もこう言ってるんだから。また2人でゆっくりしてきて。ね?」 「というか本当にお願いだから、そうして……ッ!」 何やら気合いの入った視線。まるで俺と茉子を睨みつけているようだ。 「ほれ、芳乃の好意を《む》無《げ》碍にするでない。ここは素直に言葉に甘えてみてはどうだ?」 「………。ですが急に言われましても……将臣さんの都合は、如何ですか?」 「俺はもちろん大丈夫だよ」 「折角だし、ここは言葉に甘えさせてもらおうよ」 「だから茉子も予定が空いてるなら、俺とデートして下さい」 「はい、よろしくお願いします」 「………」 「お待たせしました、将臣さん」 「いや、これぐらい待つのも。デートの楽しみの1つだから」 「その服、よく似合ってる。とっても可愛いよ」 「あは、ありがとうございます」 「でも……ちょっともったいないな」 「え? 何がですか?」 「いつもと雰囲気の違う茉子は特別だから、他の男にはあんまり見せたくないなって」 「え? あっ、すみません。すぐに着替えてきます」 「ああ、いや、いいよ。秘密にしておきたいけど……見せびらかしたい気持ちもあるから」 「こんな可愛い子が、俺の彼女なんだってさ」 「……将臣さん……」 「さすがにそれは、恥ずかし過ぎますよ~」 「はは……俺も思った。でも、本心だから」 「ありがとうございます……」 「恥ずかしいですけど、やっぱり嬉しいですね……ふふ」 「それじゃあ、行こうか」 手を差し出すと、茉子は笑みを浮かべ、俺の手を握りしめた。 「はいっ」 そうして俺たちは、手を繋いで家を出た。 「これで、大丈夫でしょうか?」 「さぁのぅ。じゃが、吾輩たちに出来るのは機会を設けることぐらいだ」 「よもや『茉子が手淫で自分を慰めて芳乃が困っておるからお主らちょっとまぐわってこい』とも言えんじゃろ」 「それはまあ、そうなんですが……」 「ご主人が立派な男であることを祈ろう」 「もし有地さんが、立派な男でなかったら……?」 「あー……“堪忍は一生の宝”という言葉もあってな」 「そんなぁぁぁぁ……ッ」 そうして、俺たちは2回目のデートをすることになった。 のだが―― 「………」 「……どこに行こうか?」 「ワタシは、どこでも構いませんよ」 あまりに突然のデートで、行き先なんて全然考えてなかった。 こういう時、サッと気の利いた場所へ連れて行けると格好いいんだけど。俺も人生で2度目のデートだからなぁ……。 しまったな……すっかり舞い上がってたけど、せめて頭の中でシミュレートぐらいはしとくんだった。 「……ゴメン、行き先とか全然考えてなかった」 「いえいえ、大丈夫ですよ。ワタシは、こうして将臣さんと一緒にいられるだけで、幸せですから」 「こうして手を繋いでいられるだけでも……あは」 そう言ってもらえるのは光栄だけど、ちょっと情けない。 女の子にこんなことを言わせてしまったことを挽回しなければ。 ……と言っても、いい案はないんだよな。 「おやや? マサオミとマコではありませんか」 「レナさん」 今の茉子の姿でも、前と違ってレナさんにはすぐにバレてしまった。 やっぱり、女の子同士だとすぐに気付くものなのかな? 「仕事中?」 「はい。届け物をするように、女将に言われました」 「マサオミとマコは……もしや、デートでありますか?」 「……わかりますか?」 「はい、モチはロンでありますよ! 手を繋いだ仲良しさんですので。むしろデート以外に見えません」 「ありがとうございます、レナさん。こうしていられるのは、あの時のレナさんのアドバイスがあったからです」 「わたしは思いつきを口にしただけですよ。そんなお礼を言われるようなことでは」 「でも、レナさんがいなかったら、こんな風に手を繋ぐ関係にはなれなかったかもしれないから」 「少しでもお役に立てたなら、なにより♪」 「代役ではなく本当の恋人、おめでとうございます」 「ありがとう」 「おおっと、デートの邪魔をしてしまいましたね。これは失敬」 「邪魔だなんて思ってないよ」 「その通りです。本当に感謝していますから」 「あはは、そこまで言われると照れてしまいますねー」 「とはいえ、わたしもお仕事がありますので。そろそろ戻らねばなりません」 「そっか。急ぎだったのならゴメンね」 「いえ、ヘーキでありますよ。幸せそうな2人を見られて、わたしも幸せでありました」 「いつかわたしも、好きな人ができて、手を繋いで、キスをして、そして………………」 「あわ!? あわわ、こんな往来で、なんて破廉恥なことを……っ!」 「しょっ、しょれでは失礼つかまちゅりましゅっ」 「はい。また学院で」 慌てて走り去っていくレナさん。 天下の往来で一体何を考えていたのか……わざわざ本人に確認するまでもない。 あの反応だけで十分。それに……俺も、最近ずっと同じことを考えているから。 「とりあえず歩こうか、手を繋いだまま」 「……はい」 とりあえず……ぶらぶらしながら、田心屋に向かうか。 当面の目的は、茉子と一緒に全メニューを制覇するってことで。 「いらっしゃいませー」 「2人だけど、席は空いてる?」 「お兄ちゃんに、常陸先輩。わっ、先輩その服、とっても似合ってます! 可愛いです!」 「ありがとうございます、鞍馬さん」 「もしかしてその服……勝負服ですか?」 「今までデートの時しか着ていませんから……そういう言い方も、できるかもしれませんね」 「それってつまり、2人は噂通り付き合ってるんだ……はぁ……お兄ちゃんと、先輩が……」 「そんなに意外か?」 「あ、ううん。意外とかじゃなくって、恋人ってこんな感じなんだって思って」 「ほら……廉兄って参考にならないというか、参考にしちゃダメな人だから」 「ああー……そうだな」 「だから、身近な人の恋人関係って初めて見たけど……なんか素敵だと思って。憧れちゃうかも」 「いらっしゃいませー」 「って、まー坊と常陸さん。あれ? 今日もデート?」 「はい、デートです。でも……今日は、代役ではないのですが……」 「それって……」 ジッと俺たちを見つめる芦花姉。 だがそれも一瞬のことで、すぐにその顔が笑顔になる。 「おー! なんともめでたい!」 「これも芦花姉に、あの時助けてもらったからだよ。ありがとう」 「ありがとうございます。選んでもらったこの服もみんなに褒められて、重宝してます」 「お役に立てたなら、それだけで十分」 「っと、いつまでも立たせたままで失礼しました」 「あっ、そうだった」 「それではこちらにどうぞ、お客様」 俺と茉子は、小春に案内された席に座る。 「ご注文は、如何なさいますか?」 「俺は抹茶」 「ワタシは、ほうじ茶を。あと……おすすめの《かん》甘《み》味を頂けますか?」 「プリンとわらび餅は食べたから、それ以外でなにかないかな?」 「そうですね……では、お茶のゼリーは如何でしょうか?」 「あっ、美味しそうですね! では、それでお願いします」 「畏まりました」 「ごゆっくりどうぞ」 そうして2人は、俺と茉子をチラチラと見ては、キャイキャイと笑いながら奥に戻っていった。 運ばれてきたゼリーは、その期待値に十分応えてくれるものだった。 とはいえ、運ばれてきたゼリーは一皿分。 ゼリーをすくうスプーンも1人分。 「(また謀ったな……)」 とは言え、確かに2人分と明言はしていなかった。 落ち度は俺にある。文句は言えない。 追加やスプーンを注文しようにも、芦花姉は来てくれないだろうしな。 それに―― 「将臣さん……はい、あーーん……」 思っていた以上に、茉子が積極的だった。 これを断ることなんて俺にはできない……というか、俺も嬉しくなる。 結局俺たちは、店員や他のお客さんの目を気にすることなく、2人の時間を楽しんだ。 「はぁ……やっぱりゼリーも美味しかったですね」 「うん、他では味わえないぐらい美味しかった」 「単純なお砂糖ではなく、黒蜜を使っているところがいいですね」 気付けばあっという間に2時間以上経っていた。 今回は会話が途切れることもなく、とても自然で、心地いい時間だった。 やっぱり、茉子と一緒にいられるだけで……幸せだ。 でも……足りない。 手を握ったり、“あーん”したりする度に、強烈に茉子のことを意識してしまう。 その声も、温もりも、柔らかな身体も……大好きな茉子の全てを、感じたい。俺のものにしてしまいたい。 そんな思いが、俺の心臓を加速させていく。 これって、俺が男だからなんだろうか? 女の子である茉子は……こんな風に、意識をしたりしないんだろうか? 「………」 「さて、次はどうしましょうか?」 「茉子は、何かあったりする? 買い物がしたいとか」 「いえ、特には」 「将臣さんと一緒にいられるのなら、なんでも」 「じゃあ……手を繋いだまま、散歩する? それか……」 「………」 「それか、茉子さえよければっ……2人きりになれる場所に、いかないか?」 「……え? 2人きりって……」 「……多分、そういうこと。好きだよ、茉子」 まっすぐに見つめる俺に、茉子は顔を赤くして顔を伏せる。 でも……繋いだその手が離されることはない。 いや、むしろその決意を表すように、強くギュゥッと握り締められた。 「………」 俺も当然、その手を握り返す。そして―― 「――ど、どこでなら……2人きりに、なれますか?」 「……それは――」 あっ……勢いで口にしたけど、そのことを考えてなかった。 どこかに適した場所は、あっただろうか? 考えろ、考えるんだ! えーっと……えーっと……っ! 「将臣さん……?」 「ちょ、ちょっと待って! えーっと……」 と、俺が頭を悩ませていると、不意に携帯が鳴り響いた。 「あ、ごめんなさい。ワタシです」 「電話?」 「メールです。あっ……お母さんから……」 「わざわざ連絡が来るなんて、急用?」 「いえ、車を出して街まで買い物に行くので、必要な物はないかどうか、と」 「あ、なんだ。そういうことか」 「ここから街に出て、買い物をしていたら……数時間はかかりますよね」 「うん。そうかも」 「その間……家には誰も、いませんね……」 「………」 「………」 「まっ、茉子っ。今から……茉子の部屋に、お邪魔してもいいかな?」 「……はっ、はい……っ」 「……お邪魔します」 「ど、どうぞ……」 ここに来るのは二度目だ。 まさか、彼氏としてこの部屋を訪れることがあろうとは……。 あの時の俺に教えても、信じられないだろうな。 「………」 き、緊張するな。芦花姉の店ではこんなこと、なかったのに……。 「………」 緊張しているのは俺だけではなく、茉子も同じらしい。 自分の部屋なのに、落ち着かない様子で視線を泳がせる。 「あっ、すみません。お客様にお茶も出さないで。い、淹れてきますね」 「待った! お茶はいいよ、さっき飲んだところなんだから」 「それより、茉子に話があるんだ」 「はっ……はい……」 その言葉に息を呑む茉子。 俺は軽く息を吸ってから、真っ直ぐに茉子と向き合う。 「俺、茉子が好きだ、大好きだよ」 鼓動がますます加速する。 まるで全身が、茉子に対する愛情を訴えるように。 「好きだから……茉子のことが欲しい」 「―――ッッ」 「俺は、茉子の全てが欲しいんだ。その温もりの全てが……」 「けど嫌だったら、正直に言って――」 「んっ、ちゅっ……ちゅぅ……んっ、ちゅく、ちゅく……」 グダグダ言ってる俺の口を、茉子はその唇で塞いでしまった。 これ以上は、言葉で語る必要はないと言うように。 その柔らかな唇の感触に、必死に押さえ込んでいた欲望が一気に爆発。 考えるよりも先に、口が勝手に応戦を始めていた。 「んっ、ちゅ、ちゅぅ……ちゅ……ん、ふぅ……んっ、ちゅ、ちゅ……はぁ、はぁ、ちゅ、ちゅむ、ちゅっ、ちゅっ」 俺の口撃に負けじと、さらに茉子が積極的になる。 顔中真っ赤にしながらも、茉子は決して触れ合わせた唇を離さない。 息継ぎを交えながら、必死に俺の唇を貪る。 「はぁ、はぁ、はむ……ちゅっ、んんっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……んっ、んぁ、はぁんぅ」 口を開けて空気を求める茉子。 そんな彼女に俺は、空気の代わりに舌を差し込んでみた。 「んふぅ!? んっ、んんっ!?」 「ん……ちゅ、じゅる……」 「んむっ……ん、んんっ、んろ、れろ……ちゅ、れる、れろ……ちゅ、ちゅるちゅる……」 不意を突かれた茉子は戸惑っているようだった。 けれど、嫌がる気配はなく、滑り込んだ俺の舌を優しく受け止めた。 「んじゅるっ……ちゅっ、ちゅるっ、れちょ……んじゅる、れろるれろ……」 唇だけじゃなく、唾液まみれの舌が絡まり合う。 これが……恋人のキス。 「んぅぅ、ちゅ、ちゅ……じゅるん、んむ、んむ……ましゃおみしゃん……んっ、れろれろ、ちゅっ、ちゅっ……」 「……茉子、好きだ……大好き……ちゅ、ちゅくちゅる」 「んぁ、じゅる……れろっ、れろれろ、んふぅー……らめ、らめですよ……れる、れろれろ、んんちゅぅ……きしゅ、らめ……れるん」 漏らす言葉とは裏腹に、茉子は俺に負けない勢いで舌を絡ませてくる。 今度は十分な息継ぎをする暇もなくて、口の端からヨダレが流れ落ちていく。 「はぁむ、んっ、ちゅ、れるれろ……ぁんっ、やぁぁ、らめぇ……んんっ、ちゅ、ちゅ……れるれろ、じゅるる」 さすが恋人のキス……今までとは全然違う。 今までは身体がふわふわするようだったが……このキスは、まるで身体が痺れてしまうみたいだ。 「ちゅ、ちゅ、れるれろ……はぁ、はぁ、ちゅぅぅ、んんっ……れるれろ、ん、じゅるるる……っ」 俺はひたすら、柔らかな唇と舌を貪り続けた。 当然、茉子も同じだ。 うっとりとした目で、俺の口の中をねぶり尽くそうとしている。 「ん、じゅる……ちゅ、ちゅ、じゅるじゅる……はぁぁむぅ、んんっ、んんーーーッ!」 お互い初めてのディープキス。 ぎこちないながらも、お互いにより気持ちいいキスを探り合うように、舌を動かしていく。 ……ヤバい。 ディープキスとはいえ、触れ合っているのはまだ唇だけ。 なのに、すでに暴発してしまいそうなぐらい、パンツの中で膨らんでいる。 「ん、じゅる……んっ、んぷぁあっ」 「はっ、はぁーっ……はぁーっ……んんっ……んっ、はぁぁぁ……」 「ただのキスなのに……ワタシ、いやらしくなっちゃいます……はぁ、はぁ……」 もじもじと身体を揺する茉子。 そんな小さな動きすら、まるで俺を誘惑しようとしているようだ。 「俺なんて、もうとっくにいやらしくなってる」 「え? あっ……す、すごい……またエイリアンになってるんですね」 「だからエイリアンじゃない!」 パンツとズボンをグイグイと押し上げてる、俺の性器。 痛いぐらいに膨らんで……というか実際、角度が悪くて痛いです……。 「だから、茉子……」 「あああのっ、予め確認しておきたいんですが……」 「ええええエッチな女の子も、嫌いではないって言ってましたよね?」 「俺の前だけでエッチになるのなら、むしろ大好物です」 「じゃあ、じゃあじゃあっ……決して引いたりしないで下さいね」 「……え?」 「………」 「~~~………ッッッ!!!」 「うわっ……すごい、濡れてる……」 「すみませんっ、すみませんっ、お手を汚してしまって……申し訳ありませんっ」 「いや、謝ってもらわなくてもいい……というか、こんなに濡れるものなんだって驚いただけだから……」 下着の上からでもわかるぐらい、べっとりと濡れていた。 「そ、そこに関しては……自分でも驚いています」 「まさか、指で触れることなく、キスだけでこんなにも濡らすなんて……お恥ずかしいです」 「指で触れることなく? それって……」 「あの、自分でしたことある、ってこと?」 「へばっ! それは……その……はい、そうです……すみません、申し訳ありません……」 「謝る必要はないけど。いや、女の子も本当にそういう事をするんだなぁ……と思っただけだから」 「正直に打ち明ければ、オナニーなんて俺もするから」 「それなら、いいんですが……ぁぁ……バレちゃった。ワタシがやらしい人間だって、バレちゃった」 「俺は嬉しいよ、茉子がこうして俺の事を受け入れてくれて」 恥ずかしさで身を震わせる茉子。 身体から甘い匂いが立ち昇り……俺をさらに興奮させた。 俺は貪るように、茉子の首筋に顔を埋めて、その匂いを身体いっぱいに吸い込んだ。 「すぅぅぅぅーーー……茉子、いい匂いがしてる」 そう言いながら、茉子の耳にキスをした。 「あっ、ひぃんっ……、耳、ダメですよ……やっ、あぁぁっ」 「くすぐったい?」 「それも、ありますが……んっ、んんんっ……身体、震えちゃいます……んっ、んんっ」 「大丈夫。俺がちゃんと支えるから」 「はぁ、はぁ……約束ですよ……? ちゃんと支えて下さいね……?」 「もしかして、怖い?」 「いえ。大丈夫――あ、ごめんなさい、嘘です。怖いのは怖いです」 「でもですね、心配はご無用です。ワタシも、その……セックスに関する知識ぐらいは、ちゃんと持ち合わせておりますので」 「むしろ……止めないで下さい。このまま……続けて下さい」 「もっとワタシに触ってください……お願いします」 「……うん。じゃあ、触るよ」 俺は、下着に這わせた指を動かしてみる。 濡れた部分を確認するように、ゆっくりと……下着を茉子の性器に押し付けるように。 「下着の上からでも、ぬるぬるなのがわかる」 「ひっ、ぁっ……あっ、んっ、んん……んぁ、んぁっ、あっ、あっ、んんっ、んんん……」 熱い……茉子のココ、本当に熱い……。 茉子が漏らす粘液が、俺の指を濡らしている。 「……すごいよ……茉子」 「はぁ、はぁ、はぁ……んんっ、やぁ、そんなこと言わないで下さい……んっ、んんっ、んぁぁっ、あ、あ、あっ」 「あ、いや、茉子のことではなくて……好きな女の子の、ココに触れられたことに……ちょっと感動してるんだ」 俺は今……茉子のおま●こに、触れられてるんだ。 「柔らかくて、熱くて……ぬるぬるで……本当に凄いよ、これ……」 「ああぁぁあ……やだぁ、触られてる……好きな人に、とっても恥ずかしいところ、触られてる」 「指使い、とってもエッチですね……んっ、んぁっ、んん……っ」 「そりゃエッチなことをしてるんだから当然だよ」 「どう? 気持ちいい……?」 「あ、は、はい。気持ちいいですよ……あっ、んっ、んんっ、ああぁぁんっ」 「………」 熱のこもった吐息ではあるのだが……なんか、余裕を感じる。 もしかして……これじゃあダメなんだろうか? 「茉子、無理してない?」 「無理なんてしてませんよ。ワタシも……その……セックスしたいって……思ってました、から……」 「ああいや、そういう意味じゃなくて」 「こんなことするの初めてだから……気持ちよくないんじゃないかって……」 「無理に感じようとしてない?」 「そっ、そんなことは……ありません、よ?」 嘘だ! 明らかに今嘘を吐かれた! 下手、俺は下手なのか!? そりゃ童貞で、ペッティングだって初めてさ! 最初から上手くできる自信を持ってるわけでもなかったけど……。 こうして、現実を突き付けられてしまうと、ちょっとショック……。 「やっぱりダメなんだ……」 「ああっ、違いますっ、あのっ、あのですねっ、気持ちよくないわけじゃないんですっ」 「そこを触られると、ちゃんと気持ちいいんですよ」 「でも、想像してたのとは違うんでしょ?」 「それはっ、その………………すみません、嘘を吐きました」 「ですよねー……」 「でもですね、ワタシも、セ……セックスしたいと思っていたのは本当ですっ」 「じゃあやっぱり、気持ちよくないんだ……ううっ」 「いえっ、気持ちいいです。気持ちいいんですが……その……」 「声を上げるほどじゃない?」 「そんな、感じです……」 「そっ……そっか……」 先ほどまで最高潮だったテンションが、なんか一気に下がってしまった。 未熟なのは当然で、わかっていたはずなのに……。 「………」 いやっ、ここは無理してでも前向きに考えよう。 そうしないと、テンションだけでなく色んなモノが萎えてしまいそうだから。 「茉子は……自分で触ったりするんだよね?」 「えっ、あ……は、はい……。恥ずかしながら……オナニー、しちゃってます」 「じゃあ……どうして欲しいか、どうすればもっと気持ちよくなるか、教えてくれないか?」 「えぇ!? わっ、ワタシが!? 自分で、ですか!?」 「だって、自分でするときには、その……イくんだよね?」 「ひぇ!? そ、それはまあ……イってます……イってますけどぉ~」 「ダメかな? 俺……茉子のこと気持ちよくしてあげたいんだ」 「それにこれからも、変な嘘とか無理をせずに付き合っていきたいから」 「……ぅぅ……ズルいですよ、そんな言い方ぁ……」 「いつも自分で、どうやっているか説明するなんて……どんな辱めですかっ、もぉ……」 「あ、いや、そんな嫌がらせのつもりは決して――」 「ちょくせっ……」 「え?」 「布越しじゃなくて……直接……とか」 耳の先や首筋まで真っ赤にしながら、茉子が小声で囁く。 「……うん、ありがとう」 まるで抱きしめるように、身体をさらに密着させる。 そして、茉子の肌に張り付くような布地の中に、その手を突っ込んだ。 「うわっ……」 その感触は、下着越しに感じていたのとは全く違っていた。 ムワッと広がる熱に柔らかな肉、そして……ネチョネチョの粘液。 布越しに感じていたのとは全然違う……本当に粘ついてる、これ……。 「すっごい濡れてる……」 「さっきも同じことを言いましたよ?」 「いや、直接触れると、改めてビックリしちゃって……下着の中は、こんな風になってるんだって……」 「お、お漏らししたわけじゃありませんよ!?」 「え!? 漏らしたの!?」 「嘘じゃありません……っ! これはお漏らしではなくて、これぐらいは普通なんですっ……た、多分……」 「そ、そうなんだ……?」 女の子って……中から漏れるぐらい、濡れるんだ……。 確かに指に絡まる液体はトロトロのネチョネチョ……明らかにおしっこではない。 「ここを擦ればいい?」 問い掛けながら、俺は茉子のワレメを指先で擦ってみる。 「あっ、んんっ……んぅぅっ、布越しではない分、優しく……お願いします」 「了解……」 ぷにぷにのワレメを、言われた通りに優しく撫でまわす。 俺の指が動く度に、熱い粘液が指先に絡まり、俺の興奮を高めていく。 「はぁ、はぁぁ……んっ、んんっ……うっ、ぁぁぁ……」 茉子の声には、やっぱり余裕が感じられた。 「まだ足りてないみたいだけど……もしかして痛い?」 「いえ、痛みはありませんが、その、触る場所が……」 「違う? ここら辺を擦るんじゃないの?」 「人にもよるとは思いますが、ワタシは……もっと、上の方が……」 「上の方って……ここ?」 「もうちょっと…………………」 「――んひぃっ!?」 跳ねるように身体を震わせた茉子の口から、今までに聞いたことのない声が上がる。 咄嗟に茉子は身体を強張らせて、その口を閉じる。 だが、その反応だけでも十分だった。 「今の声って……」 「あっ、いや、その……こ、声が……勝手に出てしまいまして……」 「………」 咄嗟に声を漏らした箇所を、俺はクニクニと優しく擦る。 「あ、あっ、ちょっと待って下さい、そこっ、んぁっ!? あっ、あっ、あっ!」 「いつも触ってるの、ここなんだね」 「ひぁぁぁ!? あっ、あっ、んっ、んぁぁああーーっ! 待って下さいっ、そこダメッ」 「ここを教えてくれたのは、茉子でしょ?」 「そうなんですけど……自分で、触る以上に……ひぁんっ! あっ! あっあっあっあぁぁ……」 茉子の声が、先ほどまでとはガラッと変わっている。 俺の指で、好きな子がこんな声を上げてくれる……すごく興奮する。 もっと、この声を聞きたい……もっともっと、感じて欲しい……。 「やぁっ、ああっ、んっ、んんっ……本当に、待ってっ、ヘンな声、出ちゃって……んっ、ああああっ」 「茉子の声、本当に気持ちよさそう……その声、好きだよ」 「はぁ、はぁっ、ダメ、これダメぇ……絶対ヘンですよぉ、いつもより……しびれますよぉぉ……ッッ」 「ココってそんなに感じるんだ?」 「だ、だって……そこ、ク……クリトリス、なんですから……あっ、ぁぁあっ!」 そっか……この小さな突起が、クリトリス……。 先ほどまでの演技とは全然違う。こんなにも感じるなんて……。 焦る気持ちをなんとか抑えながら、指で優しくなぞり上げ、茉子の喘ぎに浸る。 「んあぁぁっ、はぁ、はぁ……んっ、んんぅぅ……すごい、ゆびっ、すごぃぃぃ……ッッ!」 茉子の身体がカクカクと震えだす。 「あっ、あっ、あっ、ダメダメ……もうダメ、ダメですってばぁぁ」 「でも茉子の声、蕩けてる。それに……こっちもトロトロに蕩けてきてる。気持ちいいんでしょ?」 「はひぅっ、あっ、あぁぁ……気持ちが良過ぎるから、ダメなんですってばぁ……ぁぁあああッ」 優しく撫でてるだけでも、こんな風になるのなら……もっと感じさせるにはどうすればいいんだろう? 最初は小さな柔らかい突起物だったはずが……いつの間にか、しっかりとした固さを感じるようになっていた。 コリコリしたクリトリスの感触。これぐらい固さがあれば……。 撫でるのを止め、今度は指で挟むようにして、下から上に軽くしごいてみた。 その瞬間―― 「んっ、んんんーーーーッッ! あ、あ、あ……なに、今、なにを……あっ、ああああーーーッ!」 今までよりも、さらに大きな声を上げる茉子。 指が上下する度に、ビクンッ! ビクンッ! と大きく跳ねる。 「はぁーっ、はぁーっ、あっ、あっ! あひぃぃぃっ! あっ、やだ、やだやだ、挟まないでぇぇ……んっ、んんっ!」 「茉子……本当に気持ちよさそう……」 「あひっ! あああぁぁ……指、挟んじゃだめ……こ、こんなにすごいの、初めてですからぁぁ……ぁっぁっあっあああっ!」 「そこっ、本当に感じちゃいますからぁ……やだぁ、クリトリスしごかないでくださいぃぃぃ……んんんーーーーーッッ!」 茉子の反応が大きくなるだけで、俺の興奮は増していく。 パンツの中で、勃起したペニスがダラダラと我慢汁を垂らしているのがわかる。 茉子の声を聞くだけで、こんなにも興奮できるなんて思ってもみなかった。 「(もっと気持ちよくなって欲しい……もっと茉子の喘ぐ声を聴きたい……)」 「んっ、あーぁぁ……! はっ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁ、からだ、ヘンです、ほんとにヘンなんです」 「変って、どんなふうに?」 「頭の中まで蕩けてるみたい……で……あ、あっ、だめ……蕩けるっ、とろけちゃいますからぁぁぁ……」 今まで一番、大きくて激しい、だらしのない声が上がる。 そして目の前の身体が、軽く痙攣し始めた。 「あひっ、はひぃぃ……ぁぁっ、あっ、あっあっあっ、ワタシ、ほんとに……ぁぁあああぁッッ」 「だめ、だめだめだめぇ……おかしくっ、おかひくなる……あ、あ、あ、クリっトリスっ……痺れちゃうっ」 茉子の痙攣は、治まるどころかますます大きくなっていく。 「んんーーーっ! あ、あ、ひああっ! 自分でも、こんなこと、したことない……なにこれ、なにこれぇぇ……ッッ!」 必死に痙攣を押さえ込もうとする茉子を、俺がひたすら邪魔する。 「んんっ、んぁッ、んぁぁあーー! ぅぅああああ、ワタシっ、だめ……っ、むり……もうむりですっよぉ、ああッ!」 「ああっ! あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁぁあッ! イく……ごめんなさい、イきます、ああああ、イくイくイく」 「イッちゃ……ぅぅぅっ、ぁぁぁぁぁあああああああーーーーーーーーーッッ!」 ついに絶頂を迎えた茉子が、俺の目の前でその身体を大きく震わせる。 そして、蕩けきったその声と共に、まき散らかされた粘液が、下着をさらにベトベトに濡らしていた。 「んんっ……はっ! はぁーっ、はぁーっ……はひぃっ、はっ、はぁーー……んんっ!?」 「ぇぁ!? 待ってっ、待って下さい、今は触っちゃダメ! その手を止めて下さい!」 それでも、俺の指は止まらない。 茉子の固くなったクリトリスを、そのまましごき続けていく。 「んひぃぃぃっ! ワタシっ、またぁぁ……ぁぁぁああっ! またっ、イく……イっちゃいますっ」 「いやぁ……あっあっあっ、だめ、それだめっ、ああぁぁっ、だめって言ってりゅ……ぁぁぁっ、イくイく」 「あっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああーーーーーーーッッ!」 再び大きく身体を揺らす茉子。 先ほどよりも大きな揺れに、俺の指もクリトリスから外れてしまった。 「あっ、はぁーっ……はぁーっ……んっ、んぁっ、はぁぁぁーーー……ッ」 「茉子、すごいエッチで、可愛い……」 「もう、らめ……ゆるして下さい……そこは、感じ過ぎちゃって、くらくらしちゃってます……はぁーっ、はぁーっ」 痙攣させすぎたせいか、茉子の足から力が失われ、そのまま倒れそうになる。 俺は茉子の身体を受け止めながら、軽く後悔した。 「感じてる茉子……可愛かった。というか、すごく興奮した……」 「ワタシも、興奮しましたけど……もう、立っていられない、です……んんっ」 「もしかして……やり過ぎた?」 「やり過ぎに決まってます。何度もダメって言ったじゃないですか……はぁーっ、はぁーっ……」 「それって、もしかして……今日のところはギブアップな感じ?」 「です。これ以上は、無理です」 「………」 し、しまった……ちょっと、調子に乗り過ぎた。 「もう、クリトリスを弄るのはナシです」 「でもそれ以外でしたら……はっ、はぁー……はぁー……」 「……いいの? 大丈夫? って俺が言うのもなんだけど」 「あんまり大丈夫ではありませんが……このまま終わってしまっては……中途半端すぎます。むしろ、生殺しです」 「むしろ生殺しになるのは、俺の方だけどね」 絶頂する茉子を見てから、高揚が留まるところをしらない。 さっきからペニスが、早く出せと言わんばかりにビクビクと暴れまわっている。 「じゃあ、茉子……もう少し、付き合って」 「はい……今度は、将臣さんが……」 そう言って熱を帯びた目で俺を見つめる茉子の身体を、俺は優しく横たわらせた。 「あっ……すごい……真っ赤なエイリアン……」 「だからエイリアンじゃないってば!」 「その、エイリアンが……今から、ワタシの中に……んっ、ふー……ふー……」 俺のペニスを見ながら、茉子は少し息を荒くする。 「……怖い?」 「そ、そうですね。やっぱり多少は……」 「………。いくら怖くても、変わり身の術は勘弁してね?」 いくらなんでも、丸太相手に腰を振りたくない。 俺、そこまで上級者じゃありませんから。 「………」 「目をそらさないでよ。不安になるから」 「そ、そういうつもりはないんですが……すみません。なるべく、使わないようにします」 「いや、絶対! 使っちゃダメだからねっ!?」 このまま時間が経つと、本当に逃げ出してしまいそうな茉子。 俺は腰を前に出し、濡れそぼった茉子の入り口に、ペニスの先っぽをあてがう。 「あ――っ」 下半身に感じる熱に、茉子は身体を強張らせて息を呑んだ。 「今……あ、当たってますよね……?」 「ここで、いいんだよね?」 「はい、そこで、間違いありません……んっ、はぁ……はぁ……んぁぁ」 「それよりも、あの……だ、大丈夫でしょうか?」 「大丈夫って……何が?」 「ワタシのソコ……お、おかしなところはありませんか?」 「おかしなところなんてない、なんというか……ピンク色で可愛らしい」 「かっ、可愛らしいっ!?」 「……あれ? なんか変なことを言ったかな?」 「あ、いえ……変と言いますか、可愛らしいなんて褒められるとは思っていなかったもので……」 「可愛らしい……可愛らしい……嬉しいような、辱められているような……」 「辱めなんて言われたら、この格好がすでに」 大きく股を開いて、自然と穴が開いてる。 そしてそれを塞ごうとするようにあてがわれた俺のペニス。 「ッッッ、そういうこと、改めて言わないで下さい……本当に、恥ずかしいんですから」 「恥ずかし過ぎて……もう死んじゃいそうなぐらい、です」 それは非常に困る。 本番はこれからなのに……。 「はっ、はぁー……はぁー……んんっ、ぁぁ……恥ずかしいのに、えっちなのがどんどん溢れてます」 「ごめんなさい、ワタシ……こんなにえっちでごめんなさい」 「俺は嬉しいよ、茉子がエッチで」 「というか……興奮する」 「あっ……本当ですね。顔が、凄くエッチになってますよ」 「そりゃもう。茉子のこんなにエッチな姿を見せられたら……我慢なんてできるはずがないから」 以前に見たこともある茉子の性器。 それが今、大きく開かれ……しかもトロトロに濡れた状態で、勃起したペニスと触れ合っている。 ほんの少し腰を押し出すだけで……俺は茉子とひとつになれるんだ。 その喜びを、俺は必死に心の奥で抑えつける。 少しでも気を抜いたら、そのまま勢いで挿れてしまいそうだから……。 「いいよね、茉子」 「はい……来てください。そのまま、ワタシの中に……ふぅー……うふー……」 「んんんっ」 ――にゅるんっ。 「ひっ……くぅぅぅ、んん……ッ!」 軽く腰を押し出しただけ。 まだそれほど力は入れていなかったはずなのに、思ったよりもアッサリと先っぽが呑みこまれてしまう。 「うぁっ……」 まだ亀頭が呑みこまれただけ。 それでも、身を震わせてしまうような刺激が俺を襲う。 「(茉子の中、熱い……すっごく熱い……それに、トロトロだ……これがセックスなんだ)」 もっと奥まで……ペニスの全てを、茉子の中に沈めてしまいたい。 そんな欲望が奥の方から這い上がってくるが――俺の下で、茉子は息を詰まらせ必死に耐えていた。 その姿が、なんとか俺を押し留めていた。 「ひぅっ……あっ、はぁーっ……はぁーっ……んんっ」 「も、もう、入ってますよね……?」 「入ってるけど、先っぽだけ……」 「じゃあ、もっと奥まで……入るんですか?」 「うん……まだ本当に先っぽだけだから」 「はぁー……はぁー……わかりました。来て、下さい。このまま……全部、挿れちゃって下さい」 「……続けても、平気なの?」 「はい。将臣さんがワタシを欲するみたいに……ワタシだって、好きな人の全部が、欲しいですよ」 「だから……下さい。全部……ワタシの中に」 「……うん」 真っ直ぐに俺を見つめながら訴える茉子に……俺はゆっくりと腰を進ませる。 ペニスの先っぽで、軽い抵抗をするヒダを、無理矢理押し広げていく。 「(本当に、茉子の中に入っているんだ……)」 ペニスに絡みつくトロトロの愛液と、しっかりと包み込む温もり。 「(こんな感覚……他に例え様がない……)」 「あ、あ……んっ、んぁあっ……まっ、将臣さん……まさおみさん……っ!」 苦しそうな息とは反対に、茉子の肉はまるで俺を求めるように、吸いついてくる。 無理矢理こじ開けているはずなのに……止まることなく、ペニスが茉子の中に沈んでいく。 「いぎっっ……んっ、んぐっ、くぅぅぅ……ぁぁっ、ああ……ッ!」 ついに、ペニスが根元まで呑みこまれる。 「(うわ……これ、本当に凄い……茉子の中では何がどうなっているんだろう……?)」 そんな疑問を抱くぐらい、気持ちいい。 それは……ペニスを包み込む茉子のおま●このおかげでもあるし、好きな人と奥の奥まで一つになっているという幸福感でもあった。 「あっ、はぁ……はぁ……どうしましょう。そ、想像以上に、痛いです……」 「ご、ゴメン! ぬ、抜いた方がいいかな?」 「いえ! 今は動かないで下さい! それに、困っているのはもっと別のことです」 「別のこと……?」 「とても痛いんですが……それ以上に、幸せなんです。もしかしたらワタシ、マゾなんでしょうか……はぁ、はぁ……」 「……俺も、幸せだ。気持ちいいだけじゃなくって、茉子と繋がれて……本当に幸せだ」 「大好きだよ……茉子」 「ワタシも、はぁ……はぁ……将臣さんが、ワタシの中にいてくれる……ぁぁ、熱くて、おっきいの……感じて、広がってます」 「はぁぁ……はぁぁ……あの、少しずつなら、動いても大丈夫ですから」 必死に我慢していたけど……そんな許しを得たら、これ以上我慢できない。 俺は奥まで挿れたペニスを、ゆっくりと引き抜いて行く。 「あ、あ、あぁぁぁ……動いてます、お腹、動いて……ぅぅあっ、ああぁぁ……っ」 そしてまた、茉子の奥へと挿れていく。 俺のペニスがトロトロのヒダと擦れる度、美しいその背中が大きくのけ反っていった。 「ああぁ……セックス、痛いですけど、幸せで……ああ、好き、大好き……」 「無理はしないで。限界が来たら本当に言って」 「してないですよ、無理なんて……はぁ、んんっ……さっきイったから……かもしれませんね……んっ、んんぁぁっ」 「むしろ、もっと感じたい……好きな人と、セックスして、幸せを感じたいんです、だからもっと……んっ、んんっ」 俺の下で悶える茉子の姿は、今までに見たことがなくて……可愛くて……。 気を遣いながらも、俺はしっかりと抜き差しを繰り返し、煮えたぎる粘膜を擦り上げる。 「んっ、んぁあっ、あっ……んんんっ、あっ、なんだろ、んっ、んんん……っ!」 「な、なに? ゴメン、痛かったかな?」 「いえ、そうではなくて……んっ、んんっ、お腹の中で、ヒクヒクって……ん、んっ、んぁあぁっ」 「で、出たり、入ったりしてるの、わかりますっ、あ、あああ……感じる、まさおみさんが、ワタシの中で……んっ、んんんっ」 「続けても大丈夫?」 「はいっ……ああぁぁ、はい……もっと、もっとまさおみさんの温もりを、中で感じさせて、下さい……はぁ、はぁぁ……」 茉子のヒダをカリでひっかけ、引きずり出す。 ある程度腰を引いたら、今度は逆に、引きずり出したヒダをペニスで押し込んでいく。 そうして茉子の内側を何度も何度も摩擦するうちに、だんだんストロークが滑らかになってくる。 「んああぅぅっ、あっ、あっ、あっ……はぁ、はぁ、こんな感覚、初めて、……ぁぁあっ!」 苦しそうなだけでなく、熱と艶を帯び始める茉子の声。 その声に反応するように、トロトロの粘液の量が増して、ペニスを包むおま●こもどんどん熱くなっていった。 「う、動いてる、ワタシの身体の中で、グイグイって……ぁっ、ぁあっ、ああっ」 「本当に、エイリアン……に、食べられちゃってるみたい、です……んんっ」 「だからその、エイリアンって止めて……頼むから」 「ええ? でも、そうなると……お……おち●ちん……とか、ですか?」 「―――ッ」 好きな女の子が、顔を真っ赤にしながら恥じらって“おち●ちん”とか……。 思っていたよりも俺の心に深く突き刺さった。 「それ、いい。今の茉子に、結構興奮した……っ」 「じゃあ……ぁっ、ぅぅああっ、ワタシの中からおち●ちんが、出て……ぁぁっ、出ちゃう、出ちゃいます」 「んひぃぃっ! あっあっあっ、はいって……んぁぁっ! また、入ってくりゅ……ぅぅああ!」 こんな茉子……初めてだ。 さっきも俺の指で感じてくれてたけど……あの時は、顔は見えなかったから。 でも今は、ちゃんと見える。 気持ちよさそうな声を上げ、恥ずかしさと快楽で歪んだだらしない顔……。 俺が、茉子をこんなにも狂わせている……それが、嬉しくて嬉しくて……興奮が止まらない。 「あっ、あんっ、ああぁァンッ……あっ、はぁ、はぁ……身体、裂けちゃいそう……ンンッ!」 「痛いっ、のにっ、お腹の中はびりびりしびれて……んぁぁっ! しゅごい、すきな人とのせっくしゅ、しゅごいぃ……んんっ!」 「と、止めた方がいい?」 「とめないで、くだしゃい……んんっ!? もっと、もっといっぱい温もり、欲しいです……あ、あ、あ、あぁぁぁッ」 「―――ッ!?」 茉子の中が、きゅぅぅぅっと狭まった。 一際強い締め付けが俺のペニスに襲い掛かってくる。 こっ、これは、マズイ……。このまま腰を動かし続けると……すぐにイきそうかも。 このまま一気に快楽を貪りたい気持ちもあるけど……それ以上に、この温もりをもっと味わいたい。 なんとか、一秒でも長く茉子の身体を感じていたい。繋がっていたい。 そうして俺は、茉子の奥まで挿れたところで、腰の動きを切り替えた。 茉子の中をペニスでかき混ぜるように腰を回してみる。 「へ……? あ、あれ? あっ、んんあああぁっ、だめ、そんなっ、ぐりぐり、だめぇ……あ、あ、ああぁぁッ」 「こうすると、さっきよりも痛い?」 「ち、違いまひゅ……むしろ、さっきよりも……痛みが楽になって……あ、あ、あ、あっ! だめですってばぁ……!」 苦痛が和らいだせいなのか、茉子の顔がさらにだらしなく崩れていった。 ペニスを咥える茉子のおま●こから、粘ついた水音が大きく響く。 「ああぁぁっ、やだぁ……エッチな音、しちゃってます……んっ、んぁっ、んぁぁあっ、それほんとうにらめぇ……ぁぁぁあっ」 「茉子は、こっちの方が気持ちいいんだ」 「はっ、はひっ、んんっ! あ、あ、あーーーっ!! そこ、上の方こしゅられるとぉ……ぁぁっ、ああっ」 「こ、ここ?」 「ひああぁぁッッ! しゅごっ、ぃぃぃ……んぁあ、はぁ、はぁ、んっ、んぁぁああーーッ!」 膣肉を擦り上げる度に、茉子の小さな穴がギュゥっとペニスを抱き締めてくる。 「んひっ! あっ、あっ、あっ! しょこしょこ……あ、あ、んぁぁっ、き、きもちいいっ」 「ワタシ、はじめてなのに、こんなに感じて……あぁぁっ、お、おち●ちん、しゅごいです、きもちいいです……」 「ぅぁあっ、茉子の中……締め付けて、くる……っ」 「はぁ、はぁ、ワタシ、ばっかり気持ちよくなってます……ンんッ」 「俺も、気持ちいい……凄い気持ちいいよ」 「それならっ、嬉しい……ですっ、んっ、んっ……んはぁぁぁ……ッ! あっ、あっ、あっ、ああぁぁっ」 「きもち、いい……っ、オナニーとも、ぜんぜんちがう……ぁぁあああっ、声、出ちゃうぅぅぅんっ!」 快感に暴れる茉子。 俺はそんな彼女の下半身に体重をかけて押さえ込み、そのままグリグリと刺激を送り続ける。 「んッ、んぁあっ……くぅ、ぁぁあああっ、わたひ、もう、らめぇ……あたまのなか、まっしろぉ……んぁあっ」 「ぐりぐり、しゃれると……ぁぁっ、ぁぁあっ、んぁぁあああっ!」 ヨダレや愛液をふりまきながら悶える茉子。 そして俺も……身体を突き上げる興奮は、すでに自分でも制御できないぐらいになっていた。 「(イきたい……これ以上、我慢していられない……)」 「(もっと思いっ切り腰を動かして、そのまま気持ちよくなりたい……)」 そう思ってしまったら……もう抑えられない。 「茉子……また、茉子の身体を突きたい……思いっ切り突きたいんだ」 「はひっ、はひぃ……来て下さい、ぁぁ……あああ、好き、大好きぃ……んっんんっ! んんーーーーッ!」 再び腰の動きを切り替えて、俺は強く腰を打ち付ける。 ヒダをひっかき、押し込み、最奥を突く。 そうして擦れ合う度に、俺たちは一緒に快楽に中に溺れていく。 「あっ、あ、あ……また……ひぅぅううんっ! はっ、はぁ、はぁ……ぁぁ、奥、身体の奥、あちゅくなります……んんっ」 「ひっ、んんんーーーッッ! あっ、はぁっ、はぁっ、んっ、んんんーーーッ!」 「ぅぅぅっ、くぅぅ……」 「すごい……まさおみさんの顔、気持ちよさそう……はぁ、はぁ、えっちですよぉ……あっ、ああぁぁああっ!」 「茉子だって、いやらしい顔だ」 「ああっ、やだ、みないで……くだしゃい……こんなやらしい顔、みないで……ん、んーーーンンッ……」 その今にも泣きだしそうな表情が……俺の興奮をさらに高めた。 そうなると興奮は、射精の衝動へと変化する。 「くぅぅ……っ」 「あっ、んんっ……まさおみさんの我慢する顔、可愛い……ですっ、んっ、ううううぁぁッ!」 「茉子だって、その顔、可愛いよ」 「嘘、です……ぁぁっ、可愛くなんて……んぁっ、ぁあああーーッ!」 「本当に。茉子はいつだって可愛いよ。俺の好きな女の子なんだから」 「んんんーーーっ!? ぅあっ、あぁっ、今、言っちゃだめぇ……かわいいなんて言われたらぁ……はぁ、はぁ、んんっ!」 「あ、あ、あ、あ、ワタシ、またぁぁ……ああ、どうしてこんなにぃぃ……んっ、んんっ!」 早くイきたい、もっと気持ちよくなりたいと訴えるように、トロトロのおま●こが俺のち●ぽを抱きしめる。 「くっ、ぅぅあ……茉子、俺も、もう……」 「はいっ、はいっ……お願いします、来て、ああぁぁ……きてくださいっ」 「あっ、あーっ! はやく……ぁぁああっ、はやくはやく、ああ、おねがいですからぁぁぁ!」 「好きだ、大好きだよ、茉子」 「な、なにこれぇ……あっ、あっ、あっ、イ、イきそう……また、わたひっ……イきそうで……っ!」 「身体の奥から、なにか、湧き上がってぇ、あっあっあっ、もうらめ、イく……このまま、またイきまひゅ」 「俺も、イくから……ッ」 茉子において行かれないように、腰の動きを早くする。 「にゃにこれぇ……さっきのクリトリスと、ちがうぅ……んんっ、んんんーーーっ!」 「奥からぁ、身体の奥から、熱くなってまひゅ……んひっ、ひぁっ、あっ、あっ、ああぁぁ……ーーッッ!」 「茉子、茉子……俺も出したい」 「だ、だひゅって、精液……ですよね……んぅぅっ」 「うん。もう、イく、我慢できない」 「精液、ですよね、せいえきでちゃうんですね……んっ、んんっ」 「茉子っ、このまま」 「はいっ、はぃっ……だして、あっ、あっ、あっ……だしてください、おねがいしますっ」 「もうらめぇ……あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっあああああああああぁぁあーーーーーーーーーーーーーッッ!」 下半身から駆け上ってきた快感を、俺は茉子の中に全て吐き出していく。 「んんぁっ! あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁんんッッ!?」 ドクンッ、ドクンッ……俺の精液が、茉子の中に流れ込む。 ち●こが膨らみ、精液を吐き出す度、茉子はヒクヒクと身体を震わせていた。 「うっ……あぁぁっ……すごっ、いぃぃ……おなかのなかが《あちゅ》熱くて、じわ~って、広がるみたいでぇ……」 「はぁ、はぁぁ……んっ、んんっ!」 ドクン……ッ! 最後にもう一度吐き出してから、ようやく俺の射精が止まる。 「イく……イくよ、茉子」 「はい、はいぃぃ……あっ、あっ、きて、きてきてぇ、あ、ああっ、いっ、ぃぃぃい……んっ、ぁぁあっ!」 「わらっ、わらしっ、も……ぁぁぁらめらめぇ、むりぃ……んんんっんっんっんっんんーーーーーぁぁぁぁあああーーーーッッ!」 限界を迎える直前で、俺は茉子から大きく腰を引き、茉子の肌目掛けて、一気に解き放った。 「んんぁあっ、あっ! あ、あ、あああ……ッッ!」 ドピュ! ドピュ! 勢いよく弾ける精液が、茉子の肌の上に降り注ぐ。 まるで俺の精液を受けることで快感を得るみたいに、その身体がビクンビクン! と大きく震えた。 「あひっ! んっ、んぁぁあっ! あっ! あっ! あああぁぁぁっ! んんっ!」 ドチュ……! 最後の精液を吐き出し、真っ赤な肌と亀頭が白い糸で繋がれる。 「んぁぁっ、はっ、はぁーっ……はぁーっ……身体の内側と、外側……両方、あつぃれすよぉ……」 目の前がチカチカするほどの射精。 こんなに激しいのは、俺も初めてだ。 「はひっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……ドロドロ……です」 「これが……せいえき……なんですね」 自分の身体で受け止めた精液を、茉子はとろんとした目で見つめていた。 「はぁ……はぁ……ぁぁああ……んんっ」 「ありがとう、茉子。すごく、気持ちよかった」 「わ、ワタシも……です。とっても気持ちよかった……です」 「といいまひゅか、きもちよくなりすぎました……はっ、はひぃ……」 「じゃあ、今日はもうしない方がいい?」 「……えぇ……もしかして、将臣さんはまだ満足されて、ないんですか?」 「い、いや、満足はしてる。満足はしてるけど、まだできるっていうだけで……」 「そ、そうなんですか……そういえば、硬いまま……です。男の人って凄いんですね」 「将臣さんがしたいのなら、わ、ワタシは……」 「あ、けど茉子はもうしんどいんだよね」 それに初めてなんだ。 いくら茉子でも……やっぱり血が出ちゃってるんだから。 「いや、今日はもう十分だよ」 「ワタシのことなら、気にしてもらわなくても……」 「気にしないわけないよ。俺にとって茉子は大好きな女の子なんだから」 「それに、焦らなくてもいい。機会はまた、いつでもあるよ。これからも一緒にいるんだから」 「……将臣さん……」 「だから、今は……2人でゆっくりしよう」 「……はい……」 「ただ今戻りましたー」 「ただいま」 「おかえりなさい」 「おかえり、2人とも」 「なにか変ったことは?」 「安心せよ。何も起きておらん」 「それならなにより」 「それよりも、あの……そっちこそ、どうだったんですか? デートの方は……」 「はい、ありがとうございます。とても有意義な時間でした」 「それならいいんだけれど……コ、コホン。それで、あの……す、スッキリはしましたか?」 「……は?」 「すっ、スッキリ?」 「ああいえなんでもないんです! やっぱり気にしないで下さいっ!」 「………?」 「なあムラサメちゃん、やっぱり何かあったんじゃないのか? 朝武さんの様子が少し変に思うけど」 「……心配するでない。変なのは前からじゃし、芳乃のせいではない」 本当に、どういうこと? さっぱり意味が解らない。 「芳乃は芳乃で、野暮なことを訊くものではない」 「で、ですがぁぁ、私の睡眠にも大きく関わってくる問題ですから……」 「よく見よ。茉子の服が出て行った時とは違うであろう?」 「……あっ」 「それで察せよ、と言っておるのだ」 「~~~………ッッッ」「………………ッッッ」 「な、なるほど。私としたことが……」 「はぁ……それなら、今日からはゆっくり眠れそう……よかったぁ」 「というかじゃな、もう気にせずこれからは2人は同じ部屋で寝た方がよいのではないか?」 「そっ、それはダメですよ」 「恋人なのに、どうして?」 「だって、同じ部屋だと……自分を抑えられなくなるかもしれませんから……なーんちゃって、あは」 その意見には、俺も同意。 茉子が無防備に俺の隣で寝ていたりしたら……確実に襲ってしまう。 「それはそれは……なんとも幸せな悩みじゃな」 「まあ、それはいいとして……茉子よ、真面目な話なのだが」 「あ、はい。なんでしょうか?」 「身体の方は、何も変わりはないのか?」 「え!? まあ、わりと痛くて、今もジンジンしてたりしますが……でも幸せなので、身体は大丈夫です」 「誰もそんな話はしておらんわ!」 「真面目な話と言ったであろう! 茉子に憑りついておる獣の話だ!」 「そ、そのことですか……やだ、ワタシってば、恥ずかしい勘違いを……」 「まったくだ……。で、どうなのだ?」 「そこに関して、変化は特に何も。犬になることもありませんでしたよ」 「獣が満足した様子は?」 「そういう様子も……ありませんねぇ」 「でも大丈夫ですよ。仲良くやっていますから」 「仲良くって?」 「夢の中で話をしたり……あと気持ちを共有することで、恋について理解を深めてもらっています」 「………」 「………? ムラサメちゃん?」 「いや、気にするな。ちょっと考え過ぎただけだ」 「………」 「なあ、ムラサメちゃん」 「ん? なんじゃ?」 「夕食前の事なんだけど……ほら、茉子と獣が気持ちを共有してることについて、気にしてただろ?」 「あの時は誤魔化してたけど、何か問題があるのか?」 「アレか……あの時言ったように、少々心配し過ぎただけだ」 ムラサメちゃんはそう言って話を切り上げてしまった。 「………」 なんだろう? 気になることがあるんだろうか? でもそうだよな。気持ちの共有なんて言われても……むしろ気になることの方が多い。 気持ちの共有か……。 あれ? でも……“恋だけ”なんて明確な線引き……可能なんだろうか? 『わかった』 「はい? 急に、なんですか?」 『“想い”を共有することで、よく理解した』 「ほ、本当ですかっ!? それって満足してもらえたということですか!?」 『やはり私には人間の気持ちはよくわからんことが、わかった』 「……そ、そうですか……ではもうしばらく一緒なんですね」 「まあ、最近は犬にもならないので、それほど困ることもありませんから、構いませんが」 『約定は守る』 「でも、ワタシの感情って……何がそんなに難しいんですか?」 『では訊くが、あれほどの激痛を味わいながらも、何故幸せになることができる?』 「激痛って……あっ、きょ、今日の事ですか!? あんなことまで共有していたんですか……」 『当然ではないか』 「あは……お恥ずかしい限りです……」 『で、お前は痛みを与えられると興奮するのか?』 「まさか! アレは……多少の痛みも吹き飛ぶぐらい幸せだっただけですよ」 「好きな人の温もりを、全身で感じられたんですから」 『好きな人……か』 『あの男の何にそこまで惹かれる?』 「何が……何が……何がでしょうか……。ハッキリとした理由を訊ねられると、正直ワタシも困るのですが」 『……お前、本当にあの男のことが好きなのか?』 「はい。そのことだけは自信を持って言えますよ」 『何故だ?』 「完璧な人間なんていないと思います。どれだけ好きな相手でも、受け入れ難い部分もあるものです」 「その他にも、些細なすれ違いなどで喧嘩をしたり。今日みたいに、時には苦痛に思うことだってある」 「それでも……その人と一緒にいたいと思う。相手もそう思ってくれるから、側にいようと努力をしてくれる」 「多少合わない部分も許し合えて、側にいることに幸せを感じられるから……特別なんだと思います」 『………』 「ワタシにとって将臣さんは……そういった、とても特別な方なんです。なんちゃって……あは」 『……側にいたい……特別、か』 『確かにお前は、あの男といるときに心から安心しているな』 「その気持ちは……アナタもご存じなのではありませんか?」 『………』 『チッ……忘れろと言っているだろう』 「すみません。ですが、そう簡単に忘れることなんてできませんよ。あんなに素敵な想いなんですから」 『勝手に決めるな。お前の考えているような存在とは違う』 「そうですか?」 『……ふんっ』 『だが、そうだな……お前の想いを共有したことで少々昔の事を思い出した』 『喧嘩もあったが……一緒にいるだけで、楽しい日々だった』 「……あは」 『なんだ?』 「いえ。声が柔らかくなった気がしましたから。やっぱり、そういう大切な人なんですね」 『ちっ……本当に、見られたくないものを見られたものだ』 「ちなみになんですが、あの方とはどこで、どんな風に過ごしたんですか?」 『それを聞いて、どうするつもりだ?』 「思い出の場所でワタシが過ごせば、より恋がわかるようになると思います」 『しつこい奴だ』 「もし本当に違うのでしたら、そこまで気にする必要はないと思うのですが」 「そんなに否定したいということは、やはり図星だったのでは……?」 『安い挑発だな……』 『だがいいだろう、お前に笑われると無性に腹が立つ! その挑発に乗ってやる、ふんっ!』 「ほう、なるほど。確かに美味いな」 芦花姉が出したサンプルを食べた祖父ちゃんは、頷きながらそう言った。 「どうだろうか、猪谷さん」 「そうですね。この味でしたら、何も問題はないと思います」 「リヒテナウアーさんは、どうだろう?」 「んー、お煎餅、とても美味しいです!」 「芳ばしくて、とても素晴らしいお煎餅でありますよ!」 「うむ、では決まりだな」 「この品質であれば、煎餅をお茶請けとして仕入れよう。それに、必要があれば売店に置いてもいい」 「本当ですか! ありがとうございます、玄十郎さん!」 「ありがとう、お祖父ちゃん!」 「気にするな。情けや付き合いではない。ちゃんと味で決めたことだ」 「きっと他の旅館でも、喜んでもらえると思いますよ」 「ありがとうございます!」 「ちなみにね、そのお煎餅はお兄ちゃんが焼いたんだよ、凄いでしょ?」 「なんと! マサオミがこんなに美味しいお煎餅を!?」 「焼く練習もちゃんとして、おじさんにも認めてもらった物だよ」 「そうか……将臣がな」 「すっかり和菓子屋の人間だな。まあ、打ち込めるものがあるのはいいことだ」 「これからも、精進するようにな」 「わかってるよ」 「~~~♪」 「あはは。お姉ちゃん、すっごくご機嫌だね」 「そりゃもうね。今日説明しにいったところ全部で好評だったんだもん」 志那都荘を始めとした旅館に営業をかけたところ、その全てで煎餅の味を認めてもらうことができた。 とはいえ、向こうにも事情がある。 全ての旅館が仕入れてくれるわけではないが、それでも感触は上々。 これからにも十分期待できる。 「俺も頑張らないとな」 これからは、朝のトレーニングもやってる暇はない。 朝は煎餅を焼く手伝いをしないと。 祖父ちゃんにそのことを説明すると少し寂しそうにしていた。 だが、俺の新たな目標のためということで、すぐに俺の背中を押してくれた。 「今後とも、よろしくお願いします」 「こちらこそ」 「とはいえ、任せっきりにもできないし、アタシも焼き方を覚えないといけないかも」 「じゃあ私も覚える! お店のお手伝いをしたいから」 「ありがとう、小春ちゃん。でもアレ、結構難しいんだよね。アタシ、試しに一枚焼いてみたけど、全然うまくできなくて」 「そうなんだ?」 「なにかコツってあるの、まー坊?」 「コツ? コツかぁ……」 「別に煎餅に限ったことじゃないけど、喜んでくれる人の顔を思い浮かべることじゃないかな?」 「それって……まー坊も、思い浮かべてる人がいるってこと?」 「そ、そうなの、お兄ちゃん?」 「それは……」 「美味しそうに食べてくれる人の事を、よく思い浮かべてるよ」 そうして俺は、小春の顔をじっと見つめる。 「……えっ」 「……そっか……」 「負けちゃったかぁ……まあ、仕方ないよね」 一瞬、芦花姉が寂しそうな表情を浮かべたのは気のせいだろうか……? それに負けたって……なんだ? 「あっ、そうだ! アタシ、まだ少し回るところがあったんだ」 「お姉ちゃん?」 「それはお煎餅とは別件だから、アタシ1人でいい。だから気にしないで」 「あ、ああ……」 「じゃあね、あとはよろしく、小春ちゃん」 「お姉ちゃん……うんっ。ありがとう」 「ううん、こっちこそ。ありがとう」 「………?」 なんで……お礼を言い合ってるんだろうか? 俺には謎だったが、2人は完全にわかり合っていた。 その謎が解決する前に芦花姉は、立ち去り……俺は小春と2人っきりにされてしまった。 それはまるで、俺の背中を押す様にも思えた。 「……なあ、小春……さっきのお礼って、どういうこと?」 「それは……2人だけの秘密。たとえお兄ちゃんでも言えないこと」 「そ、そうなのか」 秘密にされると余計に気になるな。 「それよりも、お煎餅が上手くいってよかったね」 「ああ、そうだな。評判がよくて本当によかった、嬉しいよ」 「それだけの努力を、お兄ちゃんがしたからだよ、この結果は」 「……そうだな。俺がちゃんと努力したから、それはそうだ。でも……」 「俺が努力できたのは……美味しそうに食べてくれる人がいたからだ」 「そういえば……さっきも、言ってたね。喜んでくれる人の顔を思い浮かべるって」 「ああ。その子の笑顔があったから……俺は頑張ってこられた」 俺は改めて、小春と正面から向き合った。 「あのさ、小春」 「はっ、はいっ」 「よかったら、その……これからも、煎餅を焼く手伝いをして欲しいんだ」 「う、うん。そうだね、私も焼き方を覚えないと」 「いや、俺が言ってるのはそうじゃなくて……」 「俺の焼いた煎餅を、食べて欲しい。それで、美味しかったら……笑って欲しい。小春の笑顔を見せて欲しいんだ」 「お兄ちゃん……それって……」 「俺にとって、小春の笑顔は原動力なんだ。小春が笑ってくれるから、俺は頑張れる」 「俺は……小春のことが、好きなんだ。1人の女の子として、大好きだ」 「―――ッ!?」 「お、お兄ちゃん……それ、ほ、本当?」 「本当だ」 「本当に本当?」 「本当に本当だ」 「本当に本当で本当?」 「だー! 本当にだって! いつまで続けるんだよ!」 「だって……だって……お兄ちゃんが私のこと、好きって……」 「こんなに嬉しいことない……こんなの、夢みたい……もしかして本当に夢なんじゃ……?」 「夢じゃない。現実だよ。俺は小春のことが好きだ」 「で、でも……な、なんだか頭がくらくらしてきたよ? やっぱり夢なんじゃ……」 「頭に血が上ってるだけだって。顔、真っ赤じゃないか」 本当にふらつき始めた小春。 俺はその小さな身体を優しく抱き留めた。 「好きだ、小春。これからも俺にそばにいて、笑っていて欲しい。本気でそう思ってる」 「ふわっ、ふわっ……あわわ……」 「だから……返事を聞かせてもらえないかな、小春」 「へ、返事って……そんなの……きまってるよ」 「わ、私も、私もね、お兄ちゃんには本当のお兄ちゃんになって欲しいぐらい、好き……」 「………」 なんか、微妙な言い回しのような気がするんだが? 「それって、恋愛対象として好きだと思ってくれてるのか?」 「そ、そうだよ。好き……私は、お兄ちゃんのことが、男の人として好き、です。だ、だから――」 「ふつつか者ですがよろしくお願いします、お兄ちゃん……ッ!」 「………」 ……結局お兄ちゃんなのか。 でも、まあ……それぐらいはいいか。 呼び方よりも、気持ちが恋人同士であることの方が重要だ。 「うん、ありがとう……小春」 そのまま頭を撫でると、小春は顔を緩ませ、俺の胸に身体を預けてきた。 「お兄ちゃーん、えへ、えへへへ……お兄ちゃん、大好き」 「俺も好きだよ、小春」 「うん!」 こうして俺たちは、晴れて恋人同士になったのだった。 「喜んで欲しい、笑って欲しい人のことを考えてるよ」 そう言いながら、俺は真っ直ぐに芦花姉を見つめた いつまでも……逃げてはいられない。 小春に対して正直でいるためにも……俺は態度をはっきりさせなきゃいけないんだ。 「……ふぅー……」 軽く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。 「お兄ちゃん……?」 「……悪い、小春」 「俺、ちょっと芦花姉に話があるんだ。だから……」 「そっか………………うん、わかった」 小春はどこか寂しげに笑いながら、軽く頷いて見せた。 「本当にゴメンな」 「謝ったりしなくていいよ、お兄ちゃん」 「私はシフトじゃないから、今日はもう帰るね、お姉ちゃん」 「え? あ、でも……」 「そんなに心配しないでも、私は1人で平気だから」 「ちゃんと全力を尽くした結果だもん。だから約束通り、仲良し幼馴染のままだよ」 「……ありがとう、小春ちゃん」 「ううん、こっちこそ。頑張ってね、お姉ちゃん」 「うん」 「………?」 今の会話は……どういうことなのか? 2人は何をわかり合っているのだろうか? 俺には謎で仕方なかったが……2人の顔を見ていると、口を挟める雰囲気ではない気がした。 「芦花姉、今のって……」 「アレは……そうだなぁ……女の子だけの秘密の話だよ」 つまりは……男である俺には教えられないってことか。 「さっ、それよりもお店に戻ってグラニテの研究!」 「本格的に暑くなる前に、商品として仕上げちゃわないと。まー坊も手伝ってね」 「ああ。それはもちろん」 「少しでも美味しくしないとね。そのためには……喜んでくれる人の笑顔を、思い浮かべるんだっけ?」 「俺は、そうしてるよ」 「あのグラニテも……きっと喜んでもらえると思って、必死に考えた」 「ふ、ふーん……そっか。ちなみに、ホントちなみになんだけど――」 「そのまー坊が思い浮かべる笑顔って……だ、誰の笑顔?」 「………………は?」 「あっ、ゴメン! 待った! やっぱ今のなし! 聞かなかったことにして!」 「そうだよね、そんなこと言えないよね、ゴメンゴメン、あははは」 「いや、そうじゃなくて……それ、マジの質問?」 俺も鈍いけど、芦花姉も随分と鈍い。 いや、気付かないふりをしてるだけとか……? もしくは、気付いてはいても、ちゃんと口にしなくちゃ……ってこと? 「………」 「わかった。あのさ、実は芦花姉にお願いがあるんだ。俺は――」 「ちょっ、ちょっと待った!」 「今度はなに!?」 「いや、その……実はね、アタシもまー坊にお願いしたいことがあって」 「だからその……アタシが先に言ってもいい? レディーファ―ストってことで」 「そりゃまあ、構わないけど」 「ありがとう……。あっ、でもその前に深呼吸も。すー……はー……すぅーー……はぁーー……」 大きく肩を上下させ、芦花姉は息を整える。 それが成功したようには思えなかった。だって芦花姉の声は、震えたままだったから。 「あ、あの……ね、まー坊……アタシは、その……」 「まー坊にバイトしてもらってよかったと思ってる。店も一歩ずつ前進をしてて、売り上げも……いや言いたいのはそうじゃなくて」 「………」 「とにかくアタシは……ええと、今回のグラニテのことも感謝してるし、お煎餅のことも、それから――」 「俺は芦花姉のことが好きだよ」 「―──ッ!!」 「なっ、なんで言っちゃうかな!? レディーファーストは!?」 「だって芦花姉、回りくどいから」 「それは……恥ずかしくってズバッと言えないよ……こんなこと、今まで口にしたことないんだから」 「俺だって、誰かに伝えるのは初めてだよ。でも、言える」 「これは迷いない俺の本心だから、ちゃんと言える」 「俺は芦花姉が好きだ。彼女になって欲しいんだ。それが、俺のお願いだ」 「~~~……ッ!」 「まー坊、変なところだけ男らしいんだから。だからつい……頼っちゃう……」 「そういうギャップを見せつけるのは、卑怯だよ……ナマイキだよ」 「それで……俺のお願いは、どうかな?」 「……や、ヤだ……」 「なんでっ!?」 だって酔った時に聞いた言葉から考えると、普通はいけると思うんだが!? 「彼女で止まるのはヤだ。彼女よりも……お嫁さんの方がいい……」 「………」 それが芦花姉の精一杯の抵抗だったのかもしれない。 いや、これ抵抗なのか? むしろめっちゃ踏み込んできてる気もするが……。 「お嫁さんって……今すぐじゃないとダメ?」 「そういうわけじゃないけど……。どうせお願いされるなら、そっちの方がいい……」 どこか拗ねたように言う芦花姉。 その子供っぽい部分は、店で見せる一面とは全然違っていて……そこもまた、可愛い。 「じゃあ、言い直す」 「どうか、俺のお嫁さんになって下さい」 「………」 「嬉しい……とっても嬉しいよ、まー坊の気持ち。アタシも同じだから」 「まー坊のことが好き、幼馴染じゃない。異性として、1人の男性として好き」 「だから、アタシをお嫁さんにして下さい!」 「うんっ」 こうして俺と芦花姉は、新たな一歩を踏み出すことになったのだった。 「そんな頼みを、されました」 「まさかとは思うけど……それによってまた前みたいに力を得ようとしてる、なんてことは?」 「穢れや怨念は本能に近い。騙し討ちではなく直情的な行動を取ることが多いはず……」 「絶対にあり得ぬとまでは断言できぬが……可能性は低い」 「茉子は、その獣の言葉をどう思ってるの?」 「自分を祓って欲しいと言った理由……あの憑代が、とても大切な物だからという気持ちに偽りはないはずです」 茉子は力強くそう答えた。 そう言えば……昨日の昼にも、やけに人間臭い奴だと思った。 そこまでコミュニケーションを取っていた茉子が信じられると思ったのなら……信じてもいいのかもしれない。 「祓っても問題はないんだな?」 「獣がそれを望んでおるのであれば問題はない」 「でも……祓うと言っても、具体的にはどうやって?」 「憑代を清めることは、お父さんがすでにしてますよね?」 「アレは憑代という器を傷つけずに、中の穢れを祓っておるからな」 「憑依を解いて姿を現したところを叢雨丸で祓う。さすれば憑代に宿った穢れもなくなるはずだ」 「すぐにでも解決できるんだな?」 「うむ。まあ、行き当たりばったりにならぬよう、多少の準備はした方がよいであろうがな」 「じゃあ、獣の願いを聞き入れて……お祓いをするっていうことでいいの?」 「それなんですが……少し、考えさせてもらえませんか?」 「……この石が……あの方の形見」 「茉子は、その“あの方”を知ってるの?」 「記憶を覗き見る機会があっただけですから、知ってると言えるほどのことは何も」 「でも……大事にしていることだけは、ちゃんと伝わってきました」 「だから……獣の言葉が信じられると思ってると」 「はい、そうですね」 「それなら、だからこそ獣の気持ちがわかるんじゃないの?」 「大事な物を穢し続けたくない、っていう気持ちが」 「はい、それはわかっているんですが……でも……本当にそれでいいのかな、と……」 「獣を祓いたくないってこと?」 「あ、いえ、そういうことではないんです。ただ、獣の願いは、石から穢れを取り除くこと」 「であれば、他にも何か方法があるんじゃないかと思うんです」 「……確かに、探せば何か見つかるかも知れない」 「その可能性を探ることもなく、諦めてしまっていいのかどうか……」 「………」 「そこまで肩入れするのって……獣に同情してるから?」 「肩入れしてますか?」 「今もこうして、獣のために頭を悩ませてるじゃないか」 「それはそうですが……んー……不憫だとか、気の毒だとか、そういった憐憫の情ではないんですよね」 「ただ、他にも方法があるかもしれないのに、気になるといいますか……」 「なんだかこう……モヤモヤするといいますか……」 「復讐や怨みの事だけを考えている相手なら、ワタシもこんなに悩みはしなかったと思うんですが」 「……モヤモヤ、か……」 俺も同じような思いを抱いたことがある。 俺がお祓いを手伝うようになった時、朝武さんがもっと嫌な人間だったのなら……なんてことを。 それと似ているのかもしれない……。 穢れを祓ってあの獣を消すということは、物騒な言い方に直すと殺すということになる。 獣と意思の疎通まで行っているとなると……まあ、そう簡単に割り切れるものでもないのかもしれない。 「すみません。上手く説明できなくて」 「いや、それは別にいいよ。わかった、茉子がそういう気持ちなら、俺も手伝う」 「いいん……ですか?」 「そりゃもちろん」 「好きな女のワガママをきくのも、男の甲斐性ってやつさ!」 「………」 「……ぷっ、あは、あははははは、あり、ありがとうございます、あははは」 「そこまで笑うほど、面白い?」 「すみません。でもだってドヤ顔、あはは、すっごいドヤ顔なんですもんっ」 「………」 「あは、あは……ありがとうございます」 「いやまあ、笑ってもらえたなら幸いです」 「本当にすみません。嬉しいのは事実ですから……これはお返し」 「――ちゅっ」 「―――ッ!」 不意打ちのキス。 一瞬だけだったけど、その柔らかな感触は俺に幸せを実感させてくれる。 茉子がこの先、胸にモヤモヤを抱えたりしたらこの幸せが壊れる……とまでは言わなくても、今より減少するかも。 「うん。やる気出た」 「あは、キスでやる気だなんて、やーらしー♪」 「……男ですから」 「というか、茉子だって嫌いじゃないくせに」 「はい。実はワタシも、やらしい女の子です」 「知ってる」 「でもそんな茉子が大好きだ」 「ありがとうございます。ワタシも、将臣さんのやらしいところ……好きですよ」 ゴクリと息を呑むほど、胸が高鳴ってしまった。 そしてやる気も出てきた! 「とにかく急ごう。悩んでるだけじゃ、穢れが石に宿ったままだ」 「もたもたしてたら“頼みをきかずに憑代を放置した”ってまた怒り出すかもしれない」 「ですね。悩んでいる暇があったら、とにかく動いた方がいいですよね!」 「と言っても……具体的にはどうすればいいのか……」 「んー……こういう場合、ムラサメちゃんに相談するのがいいんだろうけど」 今は準備で忙しいだろう。 こういう話に詳しくて、相談できる相手となると―― 「それで、私のところに意見を聞きに来たわけだね」 「すみません。知恵を貸してもらえませんか?」 「それぐらいのことならいつでも」 「私に出来ることがあるのなら、労は惜しまないよ。とはいえ……力になれることがあれば、いいんだけど」 「みづはさんは、何か思いつくことはありませんか?」 「それで全てが解決する必要はないんです。それに確実性が無くても」 「とりあえず何か思いつくことがあれば」 「常陸さんの願いを叶えるためには、獣を祓わずに穢れだけを祓う必要がある」 「しかし穢れは獣の怨みそのものだ。穢れを祓うという事は、獣を祓うのと同じ……」 「そうですね」 「となるとやはり、憑代の穢れだけを祓うのは無理だと思う」 「そうですか……」 「だが……憑代から穢れを引き離すことなら、可能かもしれない」 「本当ですか? それは一体どうやって!?」 「穢れを宿す憑代を他に用意して、宿る先を変えてもらうんだ」 「穢れである獣自身の協力を得られれば、宿る先を移動するのは難しい事じゃないはず……」 「そっか……そうすれば、あの憑代は穢れから解放されて、獣を祓う必要もないんですね」 お祓いを前提に考え過ぎたのか……思考が凝り固まっていたのかも。 「だが事はそう単純ではないと思う」 「まず、獣がこちらの提案に乗ってくるか、という一点。そして――」 「新しく宿る憑代を用意できるかどうか、むしろこちらの方が問題としては大きい」 「そう簡単に用意できるものではありませんか?」 「私は難しいと思う。アレだけ強力な力を宿す石だからね」 「常陸さんの話を聞いてわかった。形見とするほど、何か特別な石なんだろう。そこらの石を拾っても同じようにはいかないはずだ」 「でも……さっきの言い方だと、可能性が全くないわけではないんですよね?」 さっき駒川さんは“難しい”と答えていた。それなら……。 「例えば、そうだな……《ひろ》神《もぎ》籬って知っているかな?」 「たしか……臨時に神を迎えるためのものですよね?」 「そう。神様を宿せるぐらいなんだから、強大な力を宿す方法は存在する」 「とはいえ神籬はあくまで一時的に、しかも“神”を宿すためのもの」 「“穢れ”を宿すとなると神のための神籬では難しいだろうが」 「つまり、強大な穢れを宿すためのなにかを見つけることができればいいんですね?」 「理屈だけで言えばそういう事になる」 「穢れを宿すというと……なんでしょう? 不吉な品……例えば呪われたアイテムとかでしょうか?」 「持ち主を不幸にする宝石とか、座った人は必ず死んでしまう椅子とか、捨てても戻ってきたり、髪の毛が伸びる人形とか?」 「まあ、そういったものの方が、穢れは宿りやすいだろうね」 なにか、あるだろうか? 呪い、呪い、呪い……。 「ちなみに、叢雨丸とか?」 「ムラサメ様が激怒しますよ」 「俺がこんなこと言ってたのは、内緒ね」 「まあ、叢雨丸も憑代としては十分ではあるけれど……神籬と同じ」 「穢れを祓うためのものに、宿らせるのは無理がある」 「まあ、そうでしょうね」 仮にできたところで、ムラサメちゃんが許してくれない気もするしな。 「今、憑代になってる石も……なにか呪われてるものなんでしょうか?」 「そういう感じは、しませんでしたが」 「石の元々の持ち主と、獣には何かしらの強い繋がりがあったんだよね?」 「その繋がりがあったからこそ、宿ることができたんじゃないかな?」 「じゃあ、呪いのアイテムの他にも、獣に繋がりの深いナニかが見つかれば、憑代にできるんですね?」 「まあ……都合よく見つかればね、可能性はあるだろう」 「あっ、いや、否定的な意見ばかりで申し訳ない」 どこか困ったように、駒川さんはそう言った。 まあ……獣が殺されたのが数百年前の話。 その所縁の品がずーっと残ってるなんて話は、都合がよすぎるよなぁ。 昔から神様として奉られたりしていたならまだしも、話を聞く限りではそんな様子はなかった。 「思いつくのはそれぐらいだ。力になれなくて申し訳ないが」 「いえ、十分参考になるご意見でした。ありがとうございます」 「………」 「みづはさん?」 「正直、これは言うべきかどうか悩むんだが……」 「やはり、ちゃんと伝えておくべきだろう」 「なにか問題がありますか?」 「常陸さん、あまり獣に同情しすぎない方がいい」 「え? いえ、その……同情、というのとは少し違うんですが……」 「だとしてもだ。獣に対して、あまり深く意識を向けない方がいい」 「駒川さんは、何を心配しているんですか?」 「常陸さんの気持ちは獣と共有してるんだよね?」 「は、はい。そう聞いています」 「もし獣を祓うとなった時に、常陸さんが深く悔やんだりすると……その影響を受ける可能性がある」 「穢れは怒り、怨み、憎しみ……そして悔恨の念からも生まれることがある」 「茉子の感情が……新たな穢れを生み出すかもしれないってことですか?」 「それは……」 俺も以前に疑問に思ったことだ。 恋という感情だけの共有はできないんじゃないか? だから、茉子の負の感情が穢れに影響を及ぼすかもしれない、という駒川さんの心配は俺も感じていた。 きっとムラサメちゃんが気になっていたのも、ココに関してだろう。 「あまり獣に深入りはしないようにした方がいいんじゃないかと思ったんだが……」 「……言うのが少々遅かったかもしれないね」 「そもそも割り切っていれば、私のところに相談しに来ることもなかっただろうしね」 「すみません……」 「ああいや、こちらこそ申し訳ない。謝る必要はないよ」 「そういう危険性があるとはいえ、獣と向き合わなければずっと取り憑かれたままだったかもしれないからね」 「私の言い方がまずかったんだ、すまない」 「もし、事が上手く運ばなかったとしても、あまり引きずらないように、って言いたかったんだ」 「アドバイスありがとうございます。そういう部分もちゃんと考えます」 「とにかく悔やまないで済むように、やりたいことがあるなら尽力するといいよ」 「他に何か手伝えることがあれば、いつでも連絡をしてくれていいから」 「一応、時間を見つけて、新しい憑代になりそうなものはないか、私も調べてみるよ」 「で、この後は憑代を探すってことでいいんだよね?」 「はい、そうですね!」 「わかった。じゃあ、探すのはいいとして……」 って言っても……あるのかな? 呪いのアイテムなんて不吉な物が。 ここ、観光地だからなぁ……いや逆だな。 観光地だからこそ、そういう目玉になりそうなものがあっても不思議ではないのか。 「少なくとも、言い伝えにある家督争いの合戦があったんだ」 「いわくつきの品が、何かあっても不思議ではないと思うけど」 「あの……不躾だとは思うけど、茉子の家にそういう品って……」 「そうですねぇ……んー……残念ながら、思い当たる物は特に」 「そうか。変なこと訊いて、本当にゴメン」 ムラサメちゃんや祟り神がいたら、わざわざ不可思議なことを調べようとはしないだろうな。 「とりあえず、そういう噂話がないかどうか、確認してみようか」 「いらっしゃいませー」 「ああ、お2人さん。今日もデートですか? 仲がおよろしいことでー」 「ちょっとこの店員さん態度悪いんですけどー」 「すみません。何度も何度もお邪魔して」 「え? ああ、いえ。申し訳ありません、悪ふざけが過ぎました」 「当店をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。勿論何度でもいらして下さい」 「お時間のないときでも、品によってはお持ち帰りできますので、何卒ご贔屓に」 「はい、もちろんです。このお店の甘味は美味しいですから」 「有難うございます」 「それはそれとして、今日はデートじゃなくて他に用事があって、ここに来たんだ」 「用事?」 「なるほど」 「いわくつきの呪われたアイテムがないか、調べてるってことだね?」 「店を開いてる芦花姉なら、噂話とかにも詳しそうな気がして」 「んー……そうだねぇ……まあ、昔から言い伝えられてる妖怪の話ぐらいなら」 「妖怪?」 「それ、具体的に教えてもらえませんか?」 「呪いのアイテムとかじゃないんだけど、山の中で変な生物の目撃証言があってね」 「真っ黒で、ずんぐりむっくりしてて……おおよそ生き物には見えないのが、山の中を這い回ってるんだって」 「たまたま夜の森の中でそれを見たって人は、まるで腐敗した動物が動いてるみたいだった……とか」 「………」 それ、確実に祟り神の事だ! 昔はこの地で暴れたって聞いた事もある。 夜の山の中で、偶然見かけられることもあったんだろうな。 「実はその妖怪は肉食で、夜中に山から下りてくるから、早く寝ない悪い子は山に連れてかれて食べられちゃう!」 「って……子供の頃にはよく脅されたもんだよ」 「残念ながら、それは探してる話とは違うかな」 「だろうねぇ。その妖怪が深く関係する品物も、聞いたことがないから」 「あっ、でも思いだした! 幽霊の話もあったよ」 「幽霊?」 「山の妖怪とは違うんですか?」 「うん。妖怪みたいに子供を脅かすものじゃなくて……ただ、その……ちょっと不敬だから、町のみんなも口にしないんだけど」 「不敬って……誰に対して?」 「実はね、“建実神社”には“幽霊”がでるって噂が、昔からずーっとあるんだよね」 「建実神社に……」 「……幽霊」 「そう。長い髪、露出の多い和装の、どこか子供っぽい幽霊」 「こう、夜に神社の境内に行くと、ふわ~……って、その姿が浮かんでるんだって」 「『今日はよい月じゃな』って声を出したりするんだって」 「………」 「(これ、絶対ムラサメちゃんだよね?)」 「(はい、間違いありません)」 「(ムラサメちゃんって、他の人にも見えることがあるの?)」 「(基本的にはないと思いますが……おそらく、何かしらの力の強い人が、ぼんやりとその姿を見たのではないかと)」 俺たちみたいに、ハッキリと見えたり会話できてるわけじゃないのか。 「確かに、それは噂にできないね」 本人が聞いたら、泣いてしまうかもしれない。 「うん。なんといっても、巫女姫様に関わっちゃうからね」 「でも……いわくつきのアイテムってなると……やっぱり叢雨丸ぐらいしか思いつかないかな」 「そっか……」 「日本茶と抹茶をお持ちいたしました」 「いらっしゃいませ、常陸先輩、お兄ちゃん」 「こんにちは、鞍馬さん」 「お姉ちゃんは仕事もしないで、何を話し込んでるの?」 「ゴメンゴメン。実はこの2人がいわくつきの呪いの品を探してるから、その相談に乗ってたところ」 「な、なにそれ……ちょっと怖い」 「そんなの調べて、どうするんですか?」 「あ、いえ、別に何をするわけでもないんですが……」 「個人的に、この町の歴史みたいなのを調べてるんだ」 「昔争いがあったのなら、何かそういう呪いの品もあるのかなーと思って」 「小春はそういう噂とか、クラスでしたりしないのか?」 「そんな怖い話なんてしないよ。私、そういう話は苦手だもん」 「あと……そういう話があるのならもっと利用してるんじゃないかな?」 「あー……結構商魂たくましいところがあるもんね、穂織の人って。何でも取り入れちゃうから」 「そっか、ありがとう、2人とも」 「ごめんね、役に立てなくて」 「いえ、大変参考になりました、ありがとうございます」 「一応、廉太郎にも話を聞きたいんだけど、今日は家にいるかな?」 「廉兄? ううん、今日はお祖父ちゃんのところの手伝いに駆り出されてるはずだよ」 「いつもみたいに、調理場だと思うけど」 「そうか、ありがとう。行ってみるよ」 どのみち、祖父ちゃんにも話を聞いておきたかったからな。 田心屋で芦花姉や小春を始めとした店員さんから情報を集めたものの、かすりもしなかった。 俺たちは注文したお茶を飲んでから、今度は祖父ちゃんのところに向かうことにした。 「廉太郎!」 「お? なんだ、2人でデートか?」 「いいなー……俺なんて、これから調理場の手伝いだぜ? 疲れるから嫌なんだよなぁ」 「バイト代は出ないのか?」 「出ないことはないけど、俺としては労働に見合ってるとは思えない」 「シゲさん、すっげー厳しいしさ」 「で……2人はなんでこんな色気のない場所でデートなんてしてるんだ?」 「まあ、ちょっとな。実は廉太郎に、聞きたいことがあるんだ」 「鞍馬君は、この土地にまつわる怖い話を聞いたことはありませんか?」 「いきなり何? その変な質問」 「ちょっとした調べ物だよ。いわくつきの呪いの品とか、そういう噂を知らないか?」 「いわくつきねぇ……うーん……」 「いわくってことなら叢雨丸だけど、アレは別に呪いのアイテムじゃないしなー」 「やっぱり、それぐらいか」 穂織で生まれ育ったみんながそう言うのなら、やっぱりなさそうだな……。 まあ……本当にそんな不吉な物があるなら、駒川さんも把握してるはずだ。 呪詛と何か関係があるかもしれないと、普通は調べているだろう。 でも、俺たちに何も言わなかったということは……思い当たる物がなかったんだろう。 「もういいか? 遅刻すると怒られるから」 「ああ、悪い。時間取らせたな」 「これぐらい別にいいけどさ。んじゃなー」 「俺たちは、祖父ちゃんにも話を聞いてみよう」 「はい、そうですね」 と言っても、この分だと―― 「残念ながら、思い当たる節はないな」 やっぱり……そういう答えだろうなぁ。 「ワシが思い当たるのは、祟り神ぐらいなものだ。すまんな」 「誰か、こういうことに詳しい人はいないかな?」 「それはやはり駒川先生だろう。話は訊いたのか?」 「一番最初に」 「穢れを移動させることを考えたのは、みづはさんです」 「ですが、具体的に憑代の代わりになりそうな物については何も仰っていませんから」 「駒川先生にも思い当たる物はないか」 「となると、あとはムラサメ様ぐらいなものだろう」 「ムラサメちゃんは、後でちゃんと話をするつもりだけど」 「ふむ、であれば……そうだな……。呪いとはあまり関係がないが、史蹟に行ってみてはどうだ?」 「史蹟って?」 「大層な物ではないのだがな。山の中に石碑がある」 「あっ……確かにありますね」 「首塚というわけでもないが……合戦で死んだ者、流行り病で死んだ者を慰霊するための石碑だ」 「霊を慰めるための物であれば、憑代の代わりにはならぬだろうが」 「石碑か……」 「一応、ワシも調べてみよう。といっても、人伝に訊くぐらいしかできんが」 「ありがとう、祖父ちゃん」 「よろしくお願いします」 「この先でいいの?」 「はい。そこを真っ直ぐ行った先で、二又に分かれていまして」 「左は行き止まりなんですが、そこには石碑があります」 「石碑を憑代に……っていうのは、無理があるよね、流石に」 「だと思います。さすがにそれはマズイと言いますか……下手すると、穢れが増してしまいそうですから」 「だよね」 本気ではないとはいえ、ちょっと適当なことを言い過ぎたかもしれない。 「ちなみに、山の中に入ってから何か変わったことはある?」 「取り憑いてる獣が何かに反応するとか、そういうことは?」 「残念ながら、特には……」 「……そうか」 「まあ、そう都合よく繋がりのある物が落ちていたりはしませんよね」 「とにかくここまで来たんですから、石碑のところに行きましょう」 そうして俺たちは石碑の前に辿り着いた。 と言っても、自然石に文字が彫ってあるもので、それほど特殊な物でもなかった。 一応その付近を探索してみたものの、やはり何か新しい発見もなかった。 以前の俺が憑代を発見したように、茉子が何か反応を示すことを期待したものの……見事に外れてしまったわけだ。 結局、俺たちはそのまま来た道を戻ることになった。 その途中―― 「んんっ……」 「茉子?」 ふらついた彼女の身体をしっかりと支える。 「あ、はい。すみません、ちょっとだけ眩暈が」 「眩暈? それってもしかして、何かの反応?」 「いえ、そうではなく……ただの寝不足ではないかと」 「昨夜はダメって言っているのに、話を聞いてくれないタフな人と一緒にいたものですから、本当にやらしい人です」 「ゴホッ、げほっ!?」 「それについては、ゴメンナサイ。ちょっと、興奮しすぎました」 「あは、冗談ですよ。身体の方はちょっぴり大変ではありましたが……愛されてると実感できて……幸せでしたから」 「俺も幸せだった」 「アレだけされちゃったんですから、幸せに思ってもらわないと困ります。本当にひぃひぃ言わされるとは思いませんでしたよ」 「ですよね、はい」 「じゃあ……少し休んでいこうか」 「それって……ご休憩ということですか? 本当にやーらしー」 「違うっ!」 「外はダメだって、昨日言われたばっかりなんだから。単純に、どっかに座ろう」 山道にはベンチもなく、休憩するにはあまり適していない。 なので、座りやすい場所という事で、俺たちは昨日も来たここで休憩を取ることにした。 適当な場所に並んで腰を下ろした俺たち。 俺が思っていた以上に、茉子は疲れていたんだろう。 「んんっ……すぅー……すぅー……」 しばらくして、茉子の寝息が聞こえてきた。 茉子がこんな風に寝るなんて珍しいというか……。 「本当に、無理をさせていたのかも……反省せねば」 でもなぁ……我慢できる自信はあんまりないんだよなぁ。 好きな女の子の身体を気遣う。 それは至極当然のことで、俺もちゃんとわかってる。 でも、いざとなると……どうしても快楽を優先させるように、軽く暴走してしまうのだ。 「なるべく気をつけよう。うん、なるべく」 肩にもたれかかる重みと温もり。 その幸せな感覚を感じながら、俺はそんなことを考えていた。 「ふぁっ、あああ~~……んむぅ……」 寝不足に陥ってる感じはしなかったけど、茉子が夜更かししたという事は、当然俺も夜更かししたということ。 なんか、俺も眠くなってきてしまった。 「………」 今日はいい天気。 朝から色々と歩き回って、山の奥にまで来たせいか、身体も軽い疲労感があった。 そのせいだろうか? まるで何かに引っ張られるように、俺の意識は深く沈んでいった。 「んっ、んん……あれ? ここは……?」 神社の本殿? いつの間に、俺はこんなところに戻ってきたんだ? 覚えている限りでは、確か……俺は茉子と一緒に山の中で休憩して……そうだ! 確か、そこで茉子が寝て、俺も居眠りをしたんだ。 「……なんで、俺は本殿に?」 というか、何か変じゃないだろうか……これ。 「将臣さん?」 「茉子?」 「ど、どうして将臣さんが、ここに?」 「どうしてって……」 「茉子は、ここがどこなのかわかってる?」 「ここは、ワタシの夢の中……だと思います」 「夢の中?」 「はい。ワタシが獣と話している夢の中は、いつもこんな感じなので」 「でも誰かがいるなんて初めて……もしかして、ワタシが作り出した夢の中の幻……?」 「いや、違う。むしろ茉子の方こそ、俺が作り出した幻なんじゃないの?」 『心配するな、どちらも本物だ』 「祟り神っ!?」 『落ち着け。今さら何もせん』 「ワタシも、いつもこの姿でお話していますから」 「それならいいけど」 かなり緊張する……。 手元に叢雨丸がないことが不安で、心臓がバクバクと跳ねているような感覚を覚えた。 「俺は……どうして、茉子の夢の中に?」 『小娘の意識を呼んだとき、すぐ隣にいたせいで、たまたま一緒に引きずられたのだろう』 『お前の魂には、石を取り込んでいた影響がまだ残っているからな』 「呼んだ……?」 「では先ほどの眠気は……」 『ここに呼ぶために、無理矢理起こしたものだ』 「そんなことができたんですか……でも、どうして?」 『問いたいのはこちらだ。お前の行動は見ていた、何故すぐにでも祓わない』 『新しく宿る憑代など見つかるわけがない』 「そうかもしれません。でも、違うかもしれません。何もしないまま諦めてしまうのは嫌です」 『……小童』 「小童って、俺のことか……?」 『お前はそれでいいのか? この小娘は、お前の思い人なのだろう?』 『すぐにでも穢れを祓いたいと思わないのか?』 「安全であることに、越したことはないとは思うけど……」 「茉子がそこまで思っているのなら、できる限り手伝うだけだ」 『お前ら……』 俺が思っていたよりも、さらに人間味に溢れてるな。 だからこそ、茉子は簡単に割り切ることもできないのかも……。 『私は祓えと言っているだろう』 「それは……何故なのか、自分でもよくわからないんです……すみません」 「でも、他に方法があるかもしれないのに、祓えと言われたから祓うというのは……嫌なんです、なんとなくですが」 『嫌だ嫌だと……まるで子供の駄々ではないか』 『それとも私に対する同情か? そんなものに意味はないぞ』 「同情ではないと思っています」 『では一体なんなんだ? 何故そこまで躊躇う?』 「俺は、茉子の気持ちがわかるかも……」 「できることがあるかもしれないのに、それをしないままでは後悔をすると思う」 『だが、それをすれば後悔しないわけではないだろう』 「でもやるべきことをやった分だけ、少しぐらいはマシだと思う」 俺だって悔いを感じたくないからこそ、お祓いを無理矢理手伝ったんだ。 そのことに関しては、手伝ってよかったと心から思っている。 「自分でも上手く説明できませんが……そうですね……きっと、そうだと思います」 「将臣さんと出会う前のワタシは、色んな物を諦めてました」 「自分よりも芳乃様のために。欲しい物も、したいことも、お務めだからと我慢して」 「幸い家事は嫌いではなかったので苦に思うこともなく、むしろ楽でした。そして、それでいいんだとも思っていました」 「でも将臣さんを好きになって、幸せを感じて……一緒にいるうちに考えるようになったんです」 「ワタシは今まで、全部芳乃様のせいにして、道具だ、機械仕掛けだと」 「それって、ただ卑屈になっていただけなんじゃないかって」 「ですから何と言いますか………………うん、これはワタシのワガママですね」 「自分を気持ちを守りたいだけなんです」 『お前の気持ち……?』 「今になってみればそう思う、程度の話なのですが……」 「卑屈になって、誰かを理由にして諦めるのは、きっと他のことを拒絶しているんです」 「自分の世界だけでバランスをとっているから楽で……楽をする分、自分の中で大切なナニかが欠けていく気がします……」 「茉子……」 「将臣さんのおかげで……ようやくそのナニかを、取り戻すことができた」 「と言っても、まだちょっぴりかもしれません。ですからここで、取り戻したソレを失いたくはないなぁ……と」 「だってワタシは今、とっても幸せですから」 「………」 最初、自分と同じだと思った。俺が負い目を感じたくないだけだと。 でも茉子にとってこれは、そんな単純な話じゃないんだ、きっと。 生き方に関わるような、もっと大きな問題。 茉子が……そんな風に考えていただなんて……。 「ですから、モヤモヤしたまま楽な答えに飛びつきたくないんです。卑屈なのは……もう嫌ですから」 『そのために、私に付き合えと言うのか』 「どこかで見切りをつける必要はあると思います。それは仕方のない事です。でも……」 「少しぐらい付き合ってくれてもいいじゃないですか」 「勝手にワタシに取り憑いたんですから。それぐらいの権利はあってしかるべきです」 「ですからもう少し、時間を下さい」 『………』 『ちっ……誤った。まさか、お前がこんなにも面倒な人間とは……』 『いや違う。いつの間にか、面倒で図太い人間に変わっていた』 『あは……すみません。でもこれも全て、ワタシが恋を知ってしまったからですよ?』 『本当に図太くなったものだ……ふんっ』 『好きにしろ。どうせお前らにその気がなければ穢れは祓えんのだから』 「あは、すみません。ありがとうございます」 茉子がお礼を言った瞬間、俺の視界が暗く、ぼんやりとかすむ。 そして、再び引っ張られるように、俺の意識は今度は引き上げられていった。 「……んっ、んん……」 目を開けると、そこは再び山の中。 そして、もたれかかるよう眠っている茉子。 「……んむっ……んっ、んん……」 「ぅぁ……おはようございます、将臣さん」 「おはよう、茉子」 「ワタシ、どれぐらい寝てましたか?」 「恥ずかしながら……俺も眠っちゃってたんだ」 「それじゃあ……夢の中で見たのはやっぱり、本物の将臣さんなんですよね」 「ってことは、俺が見たのはただの夢じゃないんだ」 つまり、さっき茉子が言っていた気持ちも……。 「そっか。夢じゃないんだ……」 「知らなかった、茉子があんな風に考えていたなんて」 「随分と恥ずかしいことを言ってしまった気がします……ぁぁぁ、本当恥ずかしい……っ」 「まあ……多少は、青臭かったかも?」 「忘れて下さいっ、さっきのことは忘れて下さいっ、お願いしますからぁー」 「いや、そう言われても……あんなに嬉しい事、忘れられないよ」 「だって、茉子が守りたいのってさ……俺とのことなんだから」 「それは、まぁ……そうですね……はい……」 「茉子がそんなに幸せに思ってくれてて嬉しいよ」 「あーもぉー……面と向かってするような話じゃないですよ、これぇ」 「そうかな? 顔を合わせて話すからこそ、意味があることだと俺は思うけど」 「それはそうかもしれませんが……なんだか、辱められてるような気分です」 拗ねるように頬を膨らませる茉子も可愛いなー。 こんなに可愛い子が俺の事を必要としてくれている。 それは途方もなく嬉しいことで……。 「俺も、これからも茉子とずっと一緒にいたい」 「よろしく、お願いします」 その後、俺たちは町中を歩き回って、新しい憑代を探し続けた。 だが……やはり、そう都合よく見つかることもない。 気付けば、もうすぐ日が沈もうとしていた。 結局、ヒントすら見つけることができなかった。 簡単に見つからないと覚悟はしていたものの……こうして丸一日空振りになると、徒労感が……。 「駒川さんが、何かを見つけてくれてるといいんだけど……」 「誰も噂すら知らないとなると……難しいでしょうね」 「まあ、そう決めつけずに、とにかく行ってみよう」 「にしても……今日は疲れたなーっ」 「気付いたら、こんな時間になるまで歩きづめでしたからね」 途中で休憩を挟んだとはいえ、数時間、山道も含めて歩いていたことになる。 「じゃーね、ばいばーい」 「うん。ばいばーい。また明日ねー!」 もうすぐ日も暮れ、各家庭で夕食が始まる時間。 子供たちも家路につき始めている。 「しまった……今日の夕食、準備してませんでした」 「それなら俺が連絡を入れておいたから、心配はしないで」 「夕食よりも、こっちの方が重要だからって、安晴さんも言ってたよ」 「はぁ……後でちゃんと謝っておかないと」 「そんな心配は必要ないと思うけどね」 「でも遅くなっても心配をかけるだろうから、駒川さんに報告をして早く戻ろう」 「ムラサメ様にも、ちゃんと説明をして、ご意見を伺わないといけませんしね」 「うん」 「ばいばーい」 「ばいばーい」 手を振る子供が、友達に別れを告げて駆け出す。 よく確認することもないまま、道路に飛び出して―― 「あっ、あぶな――待て!」 車が来ていた。 それは以前にもあったように、細い道で出すような速度ではなくて! 鳴り響くクラクションの音に、子供が身をすくませた。 「ふぇ? ――あっ!?」 「ッ」 考える前に、俺は飛び出していた。 ――が、俺よりも茉子の動きの方が速かった。 ポカンと立ち止まっている子供に、茉子が飛びつき、その小さな身体を抱きかかえる。 だがそこまでだった。子供を抱えてその場から逃げ出すよりも先に、2人に車が迫る。 「―――ッッ!」 茉子が車に背を向け、子供の身体に覆いかぶさる。 激しいスキール音をさせるが車は止まらない。 「茉子ぉぉぉぉぉ!!」 叫んでも、俺の手が届くことはない。 俺の目の前で、バン! と嫌な音がする。それは間違いなく、車に何かがぶつかった音だった。 「――ッ!?」 だがそこに、広がる光景は――俺の想像とは全く違っていた。 確かに、車はぶつかっていた。 ただしそれは、茉子の身体ではなく―― 「ガァァァァッッ!!!」 黒い塊が雄叫びを上げたその時、車にその前脚が叩き下ろされた。 大きな音と衝撃――車は軽く浮き上がり、そこに横から尾の一撃が襲い掛かる。 聞いたことのないような音と共に、そのまま車は横転してしまった。 「グルルル……」 唸りながら、横転した車をじっと見つめる祟り神。 「なっ……なんで……」 「……ど、どうして……また、祟り神が……?」 「ま、茉子! 大丈夫なのか!?」 俺と同様に呆然と祟り神を見上げる茉子と子供に駆け寄る。 「は、はい、なんとか……祟り神が、車を止めてくれたみたいで……」 どうやら一番最初、車のボンネットを凹ませたのは、この祟り神らしい。 見ると、茉子の身体からはまるで湯気のように黒い煙が立ち昇っていた。 「(この祟り神は……茉子の身体から現れた?)」 『また殺すのか……人間め……』 「――ッ!?」 あの夢の中で聞えた声と同じで……あの時よりも、激しい感情のこもった声だった。 「(マズイ……これはマズイ……)」 今は意識を車に向けているが……もし、こちらに向けられたら――? その心配が……すぐに現実となる。 『人間め……人間め……』 声を聞くだけで、祟り神の怒りが伝わる。 睨まれただけで、ドロドロの憎しみが俺の身体を縛り上げる。 恐怖で背筋が凍りつく。 「わぁ~……おっきい犬さん……」 「なっちゃん、だっ、大丈夫? どこか痛い?」 「ううん、大丈夫。どこも痛くないよ」 「犬さんが、たすけてくれたの」 「このおっきな犬さん、すごいね」 俺とは対照的に、呑気な会話をする子供たち。 マズイ……この子たちを、守ることなんてできるのか? いや、何とかしないと……! 『人間め……人間め……人間めっ』 完全に、俺と茉子。そして子供たちにも意識が向けられている。 そして声に含まれる憎しみが、増していくのがわかった。 「(――くっ……叢雨丸を持ってきてない)」 「待って下さい! 今のは事故で、違います! 落ち着いて下さい!」 『黙れ、人間め……』 「ここで穢れを暴れさせたら、あの石の穢れもひどくなってしまいます!」 『……石……』 「それに……アナタの目的は、復讐じゃなかったはずです」 「あの方の残した言葉の意味を知ることじゃなかったんですか!?」 『……姉君……』 唸り声を上げながらも、悩むような素振りを見せた。 そして意外にも、祟り神は踵を返して、そのまま山に向かって消えてしまった。 「……説得……できた?」 「それは、わかりませんが……少なくとも、元に戻ったわけではなさそうです」 「それ……まずいんじゃ……?」 アレだけ人間に対して憎しみを抱いたまま消えるなんて……。 「かもしれませんが……最後は、憎しみだけではなかったようにも思います」 最後に姉君って……。 姉君が、茉子の言ってたあの方なんだろうか? 「犬さん、いっちゃったね……」 「車、ひっくり返っちゃってる」 「そうだ! 運転手!」 このままにはできない。 とりあえず駒川さんに来てもらって、この子と運転手を見てもらおう。 あとは……警察に事故の連絡をして……。 俺たちは、祟り神を何とかしないと。 「それで、そのまま祟り神は姿を消したのだな?」 「そうだ」 「何が起こったのかわかりますか? ムラサメ様」 「大体であれば。おそらく事故の際、茉子は死を覚悟した。そして……茉子の想いを共有しておる獣に流れ込んだ」 「その恐怖で命を奪われたときを思いだし、穢れが反応し暴走したのであろう」 「暴走?」 「おそらく獣が自らの意思で起こしたものではない。穢れを抑えることができなかったのであろう」 「だから……あんな風に……」 「それだと、ますますよくないのでは? 人に対する憎しみで、暴走しているんですよね?」 「でもその割には、車が横転しただけで、シートベルトをしてた運転手も怪我はしてないみたいなんだ」 「とはいえ……それでも暴れ回ったりしたら、被害は出るだろうけど」 「それだけは避けないと……」 「事情が変わった。穢れは暴走し、獣は祟り神となって暴れようとしている」 「茉子、お主の気持ちもあるだろうが……町に被害を出さぬためには一刻を争う」 「はい……わかっています」 「でも、人に対する憎しみとなると……無作為に暴れてしまうのでは?」 「どこかで被害が起きてからでないと、祟り神の動きがわからないのか……」 「いや、最後の様子から考えると、一番最初にここに来る可能性が高い」 「ここに?」 「まずは憑代を取り戻しに来るはずだ。まだ来ておらんのは、ココが神社で、まだ日が出ているからだ」 「穢れの力が増せば、中にまで入ってくるはずだ」 「じゃあ……ここで待っていればいいのか?」 「うむ。むしろ、ここで憑代を奪われてしまうと、その後の行動は読めん」 ……被害を出さないためには、なんとしてもここでケリをつけないと。 「………」 準備を整え、叢雨丸を手にして境内に立つ。 そこには、同じように準備を整え、忍びの服を着た茉子がいた。 朝武さんとムラサメちゃんは、本殿の中で憑代を使い、祟り神を呼ぶための準備をしている。 「茉子」 「将臣さん……」 振り向き、答える茉子。 その声を聞くだけで、踏ん切りがついていないことが伝わってきた。 「迷ってる?」 「いえ、迷っているわけではないんです。町に被害を出すわけにもいきませんから」 「ただ……なんだか中途半端な結果になってしまったな、と……」 「そうかもしれないね」 「諦めずに頑張ろう、と思った矢先でしたから。とはいえ、ワタシの感情が原因ですから、責任はワタシにあるわけで……」 「そうじゃない。茉子が穢れを暴走させたわけじゃないんだ」 「茉子は、子供を助けたんだよ。そのために行動した、それだけだよ」 「あの時子供を見捨てたりしたら、その方が後悔してたと思う」 「茉子は、やるべきことをやったんだ。そんな風に責任を感じる必要はない」 「……はい……」 頷いた茉子の声は、ほんの少しだけ先ほどよりも軽くなったようにも見えた。 「それにさ、まだ被害は出てないんだ。ここで俺たちが止めればいいんだ」 「茉子は無事で、子供も助けた。そして、被害はまだ出てない」 「あ、いや……正確には車は壊されたけど……運転手は大した怪我をしてない」 「車は、細い道で速度を出し過ぎた向こうが悪いってことで。子供を撥ねるよりはマシなはずだよ」 「……そう、ですね。悲しむ必要はありませんよね」 「それに、少し時間が経てば、祟り神も落ち着きを取り戻すかもしれない」 「ここで上手くいけば、全部が丸く収まるよ」 「はい、そうですね。うん。今は後悔している場合じゃありません」 「まずは、町に被害を出さないようにしないと」 茉子がそう答えたとき、境内に冷たい風が吹いた。 ゾクリと背筋に、何かが走る。 『―――ッ!?』 茉子と同時に視線を向けると、藪をかき分け、黒い巨体が姿を現した。 「ムラサメちゃん!」 「来たか、ご主人!」 俺の呼び掛けに、別の方向を見張っていたムラサメちゃんがすぐさま飛んでくる。 それに合わせるように、俺は叢雨丸を抜き―― 「本当に祟り神が……現れたんですね」 「以前と同じなら、動きがかなり早いはずです。芳乃様は、後ろに」 「フォローをお願い」 「わ、わかりました」 俺が一歩前に出て、祟り神と対峙する。 『返せ……姉君を、返せ……』 「落ち着いて下さい、お願いですから」 『人間めっ、姉君を返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』 怒りを露わにした祟り神が、頭を低くした。 「(あの尾がくるッ)」 その動きの“起こり”はちゃんと見えていた。 そのために構えもとったはずなのに―― 「―――ッ!?」 気付けば身体が吹き飛ばされて、地面を転がる。 「まっ、将臣さん!?」 「平気だ! 怪我はしてないから!」 すぐさま身体を起こして、構えを取る。 「け、怪我はしてないけど……」 「さっきの一撃、前よりも威力が高くないか?」 『おそらく茉子の感情までを取り込んだからであろう』 「そんなことを冷静に言われてもっ」 ただでさえ素早いのに、あれ以上とか言われても! 「またワタシが……変わり身で――」 「そんな危険なことに頼るのはダメよ」 『同じ戦法が通じるとは限らん』 確かにそうだ。夢の中で話す獣は、まるで人間のようだった。 あの様子では、以前のことを学んでいたって不思議ではない。 それに、以前よりも速度や威力が上がっている。ムラサメちゃんの言う通り、単純に同じ戦法を取るのは危険だ。 「で、でも、このままでは――」 『ガアアアアッ!!』 「ッ!?」 戸惑う俺たちに、さらに追い打ちをかけるように、祟り神が境内で暴れ回った。 「将臣さんっ!」 「俺はいいから、茉子は朝武さんを!」 「きゃっ!?」 「危ないっ、芳乃様!」 「はぁ……はぁ……」 『ご主人!?』 「ま、まだ平気だ、まだ、一応」 なんとか身体が反応しているのは、おそらく距離を空けているからだろう。 とはいえ、このまま距離を取ってるだけじゃ―― ヤバい、このまま避け続ける自信がない。こうなったら―― 「ムラサメちゃん、次のタイミングで飛び込むぞ」 『大丈夫なのか?』 「やるしかないだろ」 『それはそうだが――』 言い争う暇もなく、祟り神が再び頭を低くして、尾を突き上げた。 その“起こり”に反応して、俺も叢雨丸を振り上げる。 タイミングを合わせて振った叢雨丸が、祟り神の尾を斬り飛ばす。 「今だッ!」 一瞬の隙をつき、祟り神に向かって走る。 「(このまま接近して、爪と牙に気をつければ以前のように貫ける――)」 そうして俺は叢雨丸の切っ先を祟り神に向けて―― 『いかん、ご主人! 尻尾が!』 「――ッ!?!?!?」 視界の端で、その触手のような尾が再生するのが見えた。 「(冗談だろ!? 前はこんなこと――)」 茉子に忠告をしておきながら、俺の方が油断してた!? 『ガァァァッッ!!』 「がっ!?」 横合いから俺は尻尾にぶっ叩かれた。 咄嗟に叢雨丸の刀身で受けたものの、堪え切れなかった身体が軽く吹き飛ぶ。 そしてそのまま、強く地面に身体を打ち付けてしまった。 「――かはっ!?」 背中から突き抜けた衝撃が走り、息が漏れ、肺がしびれて動けなくなる。 「(しまった!)」 倒れたままの俺に向け、まるで舌なめずりでもするように、祟り神が唸り声を上げる。 『グルルルル……ッ』 鎌首を持ち上げるようにして掲げられた尻尾。 それがまっすぐ俺に狙いを定めていた。 「将臣さんっ! 逃げて!」 「(体勢を、整えてる暇がない……っ!?)」 そのまま、尻尾が再び振り下ろされようとした、その時だった。 「止めて下さい! こんなことをしても、あの方の形見の穢れを祓うことはできません!」 『―――ッ』 その気合いに怯んだ訳ではないだろうが、祟り神がピタリと動きを止める。 俺と祟り神の間に割って入った茉子が、その双眸を睨み返す。 「茉子!」 クナイを構える茉子だが、俺を一撃で吹き飛ばすほどのソレを茉子が受けたら……。 いくらなんでもタダですむとは思えない。 「逃げろ、茉子」 「できません。そんなことは、できません」 「このまま暴れ続けたら、あの石の穢れはそのまま……いえ、よりひどくなります。石を穢すのは、望みではなかったはずです!」 『黙れ、人間め……』 「本当に、あの方の形見を穢したままでいいんですか?」 『人間がっ、知ったような口を利くなああっ!!』 「――ッ!」 ついに振り下ろされる尻尾。 俺を守る茉子がクナイで受けた次の瞬間―― 接触したクナイと尻尾の間で、放電現象のような光が広がった。 境内を照らす光は、そのまま俺たちを呑み込むぐらい大きくなり、時間が凍結した。 「ワタシなんて……ただの道具でしかない……機械仕掛けの人形」 「人間じゃない……そんなワタシが恋なんて、おこがましい……」 暗闇の向こうから響く声。 「これは……」 以前の、ワタシの感情? 一体、何がどうなってるの? ワタシは確か境内で、暴走した祟り神と戦っていて……。 『おそらく茉子の感情までを取り込んだからであろう』 もしかして、ワタシの意識まで取り込まれた? 「ワタシなんて……ワタシなんて……好きになってくれる人がいるはずない」 そんな卑屈な思いが、暗闇の向こうから響く。 ……ワタシの取り込まれた思いはきっと、この卑屈な感情だ。 穢れの力になってしまうほど、ワタシの想いは卑屈だった。 「毎日本当にありがとう、茉子」 芳乃様がそう笑いかけてくれる度……ワタシは、どんどん卑屈になっていった。 それが裏のない、本当に感謝の言葉だったから。 これが常陸家のお務め。 感謝されるなら、必要とされるなら、頑張らないと。 そんな思いで芳乃様の身の回りのお世話をしながら……自分は道具だ、機械だ、と言い聞かせて、何も考えないようにしてきた。 何も願わない。望まない。 そうしないと、苦しいから。 幸いなことに、芳乃様も安晴様もいい人だったから。さほど苦しくはなかった。 毎日が楽しかったのは間違いなかったから。 それは不思議な光景だった。 祟り神の一撃を受けた直後、茉子が動きを止めていたのだ。 そして祟り神の方も、動く気配がない。 「茉子ッ!」 俺が呼びかけても、返事はない。 「ムラサメ様……これは一体……」 『今の祟り神は、茉子の感情をも取り込んでおる』 『さらなる力を求めて、より大きな感情を取り込もうとしておるかもしれん』 「それって……茉子が危ないのでは?」 『もし綱の引き合いに負ければ……茉子の意識は完全に取り込まれてしまうやもしれん』 「なんだって!?」 『穢れに取り込まれた場合……吾輩には救う手だてが……思いつかぬ』 「今、止まっているうちに、斬ってしまえば……」 『それでは茉子の意識まで傷つきかねん』 『だが、いよいよとなれば……それしか方法がない可能性も……』 「……そんな……」 いや、弱気になるな。 茉子を取り戻す。絶対、祟り神なんかに奪わせたりしない。 「ムラサメちゃん、綱の引き合いっていうのは、具体的にはどういう状況だと思う?」 『ふむ……茉子の負の感情。それに強く共感してしまうと、意識を取り込まれる可能性が高い』 「つまり……その感情を否定することができればいいんですか?」 『理屈ではそうなる。じゃが……自分の感情に、共感するなと言うのも……』 「それは……」 「………」 「いや、茉子ならきっと……大丈夫だ」 昼間の夢の中でのことが、頭をよぎった。 そうだ……今の茉子なら、昔の自分をちゃんと否定できるはず。 俺は、そう信じている。 茉子……ちゃんと帰って来てくれ。昔の自分に引きずられたりしないでくれ。 「俺は茉子のことが好きだ。茉子のことが大好きなんだ……だから行くな、戻ってこい」 「俺と一緒にいてくれ、茉子っ」 そうして茉子の身体に手を伸ばした瞬間―― 目の前が、真っ白に染まっていた。 卑屈な毎日。不満を感じないよう、避けて逃げる、終わりのない毎日。 でも、ある時、そんな日々に変化が訪れた。 「は、初めまして。有地将臣です」 それは、どこにでもいるような男の子だった。 最初は『ああ、これからは1人分多くご飯を作らないと』なんてことを考えていただけ。 でも……そうじゃなかった。 将臣さんは、努力家で、真面目で……ちょっぴりエッチで……そして、ワタシを縛っていた呪いから解放してくれた。 子犬に変わることや、祟り神に取り憑かれたことじゃない。 卑屈になり、全てを諦めていたワタシの心を、すくい上げてくれた。 将臣さんがいてくれたから……ワタシは好きという感情を知ることができた。 それまでは知らなかった、本当の幸せを教えてくれた。 「ワタシなんて、ただの道具で……機械で……人間じゃなくて……」 ワタシはきっと、こんな風に暗闇の中でずっと1人でいたんだ。 本当は、その暗闇に光が差すこともあった。 でも暗闇に慣れたワタシには眩しく……眩しすぎるから、怖くて……逃げていた。 手を伸ばすことができなかった。 「でも……今は、違う。あの人が、ワタシを連れ出してくれたから」 「怖がらなくていいんです。確かに最初は怖いかもしれないけれど……ワタシは1人じゃないから」 ワタシは自分自身を諭すように、暗闇の向こうに語りかけた。 「暗闇から出ても大丈夫です。むしろ、光の下の方が温かくて……素敵な場所です」 「………」 「ワタシはあの人と、これからも一緒にいたい」 その時、だった。 暗い世界に光が差し込み、辺りを明るく照らしたのは。 そして、光から降り注ぐ、愛しい人の声……。 ワタシはあの人と共に、この光の下で歩き続けたい。 ――将臣さん。 「茉子ッ!」 「将臣さん!」 「ここは、また……夢の中なのか……? 俺はまた……呑み込まれた?」 『そうだ。小童と小娘の気持ちが重なった影響だ』 「お前ッ!?」 『長話をしている暇はない。私が抑えていられるのは、このひと時だけだ』 『単刀直入に言うぞ、私を祓え』 「ですが、また穢れを抑えることができれば」 『無理だ。私も穢れの一部、この暴走を抑えることは私にはできん』 『以前は憑代という目的があったが今回は違う。人間に対する憎しみで暴走したとなれば……被害が必ず出る』 「それは、わかっていますが……」 『………。それに……正直に言おう。私にはこの世界に留まる理由がもうない』 「それって――」 『あの方は……恋した人間のために、自らの命を捧げたのだ』 『自分を犠牲にしてまで人間を助けようとする気持ちがわからず……私は、恋という感情を知りたいと思った』 「その目的は、果たせたということですか?」 『人間の恋という感情はわからんままだ』 『しかし、そうだな……お前の変化を見て……あの方の気持ちが、おぼろげながらも理解できた』 『どうして自ら死に向かいながらも、最後には笑ったのか。あの笑顔の意味を……私はそれをずっと考えていた』 「その答えが……出たんですか?」 『お前は……変わったな』 「そう……ですね。はい、以前のワタシとは、全然違います」 「先ほどの自分を見て……改めて、そう思いました」 『あの方もそうだ。恋をして、自らがどう生きるのかを決めた』 『守るためにすべきことをした。だから姉君は最後に笑ったのだ……』 『穢れとなった私とは全く違う』 『小娘、お前も決めたのだろう? 自分がどう生きるのかを。暗闇から出て、歩き続けると決めたのだろう』 『ならば、改めて問うまでもあるまい。被害が出れば、必ずお前は悔いる』 『自分のために、自分で選択をしろ』 「………」 『ここで選択できないことこそ、自分で判断できない機械と変わりがない』 『自信を持て。ずっと見ていた私が保証してやる。お前は本当に変わった。自分の選択をできている』 『だから歩き続けろ。そして最後にはちゃんと、姉君のように笑え』 それは初めて聞く声だった。 今までとは少し違う……ほんの少しだけだけど、優しい声。 その声とともに、再び意識が揺らぐ。 全身の力が抜けていくような感覚と共に、水の中から浮上するような感覚を覚えた。 『――ご主人!』 「茉子っ!?」 「ッッ」 2人の声に俺の意識は覚醒する。 目の前には茉子と祟り神。 祟り神は臨戦態勢を取ってはいるものの、実際に攻撃を仕掛けてはこない。 『グルッ……グルルル……ッッ』 いや、違う……。 まるで葛藤でもするように、身体を震わせ、必死に耐えているように俺には見えた。 「(なんとか暴走を、抑えようとしているのか……?)」 「なんだかんだで……いい奴だな」 『無事か、ご主人!?』 「ああ、大丈夫だ。それよりも今のうちに」 『うむ!』 「待って下さい!」 「茉子……もう、余裕は……」 「わかっています。祓うのを待って欲しいわけではなくて――」 「ワタシにも、させて下さい」 「それって……?」 「これは、ワタシのすべきことですから。自分の責任は、自分で負いたい……」 「じゃないと……心から笑えませんから」 「………」 「わかった。一緒に……」 「ありがとうございます」 俺と茉子は身体を近づけ合い、一緒に叢雨丸を握りしめる。 そして、歯噛みするような祟り神と正面から向き合う。 「グルル……ッ」 「ワタシは、アナタがいてくれたから、自分と向き合うことの大切さを知りました」 「アナタはそんなつもりはないと言うでしょうが、キッカケをくれたのはアナタなんです」 「これからはちゃんと、自分の生き方は自分で決めて……笑っていけるように頑張ります」 「1人では難しいかもしれませんが……大切な人が、側にいてくれますから」 「うん、約束だ。ちゃんと一緒にいる」 「だから……今まで、ありがとうございました」 「茉子……」 「……将臣さん……」 『はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』 振りかざした叢雨丸を、2人で一緒に振るう。 そんな振り方では何も斬ることはできなかっただろうが、これは叢雨丸。 そして相手は祟り神。 真っ直ぐに振るうだけで、その力は発揮された。 『―――ガァァッッ』 眩い光が弧を描き、目の前の黒い身体を斬り裂いた。 苦悶の声を上げる祟り神。 だが、斬り裂かれた身体からは、その声とは真逆の……柔らかくて、温かい輝きが溢れ出した。 『こっ、これは!?』 「一体なにが!?」 驚く声が上がるが、叢雨丸を握りしめた俺と茉子に驚きはなかった。 むしろ……落ち着いた気持ちで、その輝きを見つめていた。 溢れる輝きは無数の粒子となって、境内に広がっていく。 それはまるで……光り輝く白い雪のようにも見えた……。 「朝武さん、憑代を!」 「え、ええ!? あ、はい、わかりました」 『ご主人?』 「心配はいらない。もうちゃんと全て終わったんだ」 「ムラサメちゃんも、元に戻っていいぞ」 『う、うむ……』 『確かに、この光からは嫌な気配はせぬ……むしろ、どこか心地よい……』 「憑代、持ってきましたが」 「ありがとうございます、芳乃様」 憑代を手にすると、その雪のような光が俺と茉子の周りに……いや、きっと違う。 「光が……すごい……」 手にした憑代を中心に、辺りを柔らかな光で照らしていた。 「……綺麗……」 「うん、綺麗だ」 そう呟いてしまうほど、幻想的な光景が目の前に広がっている。 俺たちの周囲を回る光る雪。 その綺麗な光景は、まるでお礼を言っているようにも思えた。 というのは、俺の思い込みかもしれないが―― 「(この光景に意味を感じたって、いいはずだ)」 「――あっ……」 茉子の声を聞いて視線を向けると……透明な石の中に小さな光が宿っている。 一瞬、周りの光が反射しているものと思ったが……どうも違うように見えた。 「その光は……」 その時、雪の光がチラチラと瞬き始めた。 憑代に対して呼びかけるように。 驚いたことにすぐに反応はあった。呼応するように手の中の憑代までもが瞬き始めた。 俺たちを包む光の瞬きが混じり合い、まるで歌でも歌っているようだ。 「憑代が、こんな反応を示すなんて……初めてです」 「喜んでくれてるのか……」 「きっと喜んでくれてるんです……ようやく再会できたんです……」 「ワタシがすべきことをして、念願を果たすことができた……そう思っても、いいですよね」 俺が答えを口にする前に、周りの光が同意するように輝いた。 それは本当に、温かな光で……心地いい……。 「それなら……何の文句もありません」 光る雪に照らされながら、微笑を浮かべる茉子。 ああ……なんて綺麗なんだろう……。 「……うん」 「将臣さん?」 「いや、茉子が笑えてるから。茉子の笑顔、可愛いよ」 「あ、あは……そんな風に言われてしまうと、照れますよぉ」 相変わらず、光は俺たちの周囲で歌い続ける。 まるで、俺たちを祝福してくれるみたいに……。 茉子の選択を、変わりゆく姿を応援するみたいに。 「俺も……頑張らないと」 「はい?」 「茉子に置いて行かれないようにしないといけないな、って」 「そんな。ワタシの方こそ、将臣さんに嫌われないようにしないと」 「茉子は魅力的だよ。最初に会ったときから魅力的だった」 「しかも最近になって、魅力が増してきた!」 「そんなに褒められると……これから先が、ちょっと不安です……」 「なんで不安?」 「だって……この恋以上に素敵なことはありませんから」 「これからも好きでいてもらえるか……そのための努力がちゃんとできるか……」 「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」 「茉子が俺と一緒にいたいと思ってくれてる。それだけで……俺はもう、涙が出そうなぐらい嬉しいから」 「足が太くても?」 「足が太くても」 「というか太くない。俺にとっては、茉子の全部がちょうどいいよ」 「ありがとうございます……ワタシも……嬉しいです。すごく嬉しい。すごくすごく嬉しいです」 「ワタシ……将臣さんと出会えてよかった……」 「俺も茉子と出会えたから、全身が震えるような幸せを感じてる」 「あは、ワタシもです♪」 笑い合い、俺たちは身体を寄せ合う。 光る雪の中、俺と茉子の世界が1つに混じり合い、温もりで満たされていくように思えた。 「ワタシをいやらしくした責任、ちゃーんと取って下さいね」 「それ、俺の責任? 元々、茉子がいやらしかったんじゃない?」 「それは……まあ、否定はしませんけど」 「でもそれを気付かせたのは、将臣さんです。その責任を問うぐらいの権利はあってしかるべきです」 「……はは、あははは。そう言われちゃ仕方ない」 いつからだろう……茉子がこんな風に自分の望みをハッキリ口にするようになったのは。 その変化が嬉しくて、気付けば胸が熱くなっていた。 「でも……責任は取らない。だって俺は、責任で茉子と一緒にいるわけじゃないから」 「じゃあ……どうして一緒にいるんですか?」 「好きだから。責任とか抜きで大好きだから」 「茉子は、そうじゃないの?」 「あは……それはなかなか卑怯で……とっても嬉しい返答です」 「だから茉子……これからもずっと、俺と一緒にいて下さい」 「責任とかじゃなく、茉子が自分で選んだ決断として、一緒にいて下さい」 「はい……います。一生、側にいます。だって好きなんですから」 「ワタシはきっと、もう恋なんてできません。胸の中が、将臣さんでいっぱいなんです」 「ずっとずっーーーと……こうして一緒にいたいです」 「ありがとう、茉子」 「お礼を言うのはワタシです。今までの人生の中で……今が一番満たされてます」 「これからもずっと、大好きですから」 「俺だって茉子のことが大好きだ」 「ありがとうございます。ワタシ、すっごく幸せです♪」 すでに大きな面倒事を乗り越えてきたからだろう、今さら喧嘩するようなこともない。 些細なすれ違いはあれど、俺たちの仲を砕くようなことはなかった。 俺たちは心を寄せ合い、それからも幸せな時間を過ごしていった。 「……ん?」 部屋の中を見渡してみるが……誰もいないな。 「どうしたのだ、ご主人?」 「ムラサメちゃん、芳乃を見なかったか?」 「いいや、見ておらんが……どうかしたのか?」 「別に用事があるわけじゃないんだけど……姿が見えないから、どうしたのかなって」 「ふむ。買い物か何かに出ておるのであろう。心配し過ぎではないか?」 「ここの所、四六時中ずっと一緒じゃろう?」 「それは……」 確かに、俺たちは暇さえあれば、2人だけの時間を過ごしていた。 そしてチャンスがあれば、セックスも。 「もう少し落ち着かねば、生活に支障をきたしてもしらんぞ?」 「………」 実はもう結構、支障をきたしてるんだよなぁ。 芳乃のことばっかり考えてるせいで、授業に身が入らないこともしばしば。 しかも以前より、日常生活がムラムラするようになってしまった。 今は付き合ってそれほど時間が経っていないから、と周りは見てくれてるけど。 こんな調子がずっと続くのは、確かにマズイ。 「と言っても……芳乃の方は、それなりに落ち着いておるようだが」 「そうなんだよなぁ……」 対して芳乃は、さすがというべきか、公私をしっかりと分けていた。 授業も真面目に受けていて、ボーっとしていた俺に教えてくれることも最近多い。 舞の奉納を怠ることはなく、必要ならば巫女の仕事もきっちり行っている。 しかし俺と2人っきりになった時には、まるで子供みたいに俺に甘えてくるのだ。 それが可愛くて可愛くて、俺はさらにダメになるという……俺だけ負のスパイラル! 「順調であるのは、非常にいいことではあるがな」 「今後はなるべく気を付けるようにするよ」 「はぁ……よかった、捨てたりしたんじゃなくて」 「いい写真が見つかってよかったですね、芳乃様」 「芳乃! 会いたかった!」 「――むぎゅっ」 すぐさま俺は、リビングに入ってきた芳乃を抱きしめる。 「ダメじゃなこれは」 ムラサメちゃんの呆れた息が聞こえてくる。 いや、だって仕方ないじゃないか! 好きなんだから! どうしても、自分を抑えられないんだから! 「あは……席を外しましょうか?」 「ちょっ、ちょっと将臣さん、今はダメです。潰れちゃいます、から……」 「え? 潰れちゃうって……?」 慌てて身体を離す。 芳乃は手の中に、四角くて薄い何かを持っている。 「それ……写真?」 「これで、よし」 そこには、綺麗な大人の女性が写っていた。 長い髪、凛とした瞳、整った顔立ちは芳乃を思わせる。 でも、その笑顔は芳乃が浮かべるものよりも、若干子供っぽい。 アンバランスさが魅力と思わせる……そんな女性だ。 「これって……」 「私のお母さんです」 「懐かしいのう」 「ワタシも小さい頃は、よくお世話になりました」 写真……あったんだ。 「初めて見た……とっても、綺麗な人だね。笑顔も可愛くて」 「そうですね。私もそう思います。といってもこんな笑顔、私は直に見たことありませんが」 「………」 「あっ、すみません。別に、暗い雰囲気にするつもりはなかったんですが」 「確かにいい笑顔だ。とても幸せそうな顔をしておる」 「これはおそらく結婚する前だな。撮ったのは安晴であろう」 「ああ。だから、こんなに素敵な笑顔を浮かべているんですね」 「じゃが、急にどうしたのだ? 秋穂の写真など出してきて」 「その理由はワタシも聞いていません」 「今朝、秋穂様の写真を探したいから手伝って欲しいと言われただけで」 「今までは、お父さんが私のことを気遣って、お母さんとの思い出を仕舞い込んでいました」 ああ……やっぱりか。 だからこの家には、写真はおろか、秋穂さんを感じさせるものが何もないんだ。 「でも……その必要は、もうありませんから」 微笑む芳乃の表情は、とても温かかった。 決して無理して笑っているのでないと、一目見て伝わってくるほどに。 「きっとお父さんは、飾りたいと思っていたんです。せめて自分の側には置いておきたいって」 「それを、今までは私のために我慢してたんだと思います。でも、そんな我慢はもう必要ありません」 「それに……お母さんも、こうした方が喜んでくれますよね?」 「うむ、それは間違いない。秋穂は1人で過ごすよりも、誰かと一緒におる方が好きだったからな」 「さっきから姿を見なかったのは、写真を探してたからなのか……」 「そんなに奥深くに仕舞われてたの?」 「いえ、写真自体はあっさり見つかったんですが、その後どの写真を飾るべきかで悩んでいまして」 「おそらく迷っている時間の方が多かったと思いますよ」 「そんなに沢山の枚数が?」 「枚数もそうなんですが、どれもいい表情をしていたので、どれを飾るべきか、考えていたんです」 「そっか」 「お母さんはあんな風に笑うんだって……初めて知りました」 「………」 複雑そうな表情を浮かべる芳乃。 俺は何も言えずに、思わず黙って彼女を見続けた。 「ところで、将臣さん」 「え? あ、なに?」 「今日はなにか予定はありますか? もしなければ、デートをして欲しいんです」 「もちろん構わないよ」 そうして俺たちは、2人で何度目かになるデートをした。 さすがに、そろそろ町の人たちも慣れつつある。 2人で並んで歩いていても、冷やかされることは少なくなった。 デートと言っても、遊ぶ場所はほとんどない。 変わったお土産の品を見て笑い合ったり、足湯に浸かったり。 そんなのんびりした時間でも、好きな人と過ごせるのなら、それはとても煌びやかなものとなる。 彼女と一緒にいる時に、俺は他では決して味わえない経験をしているんだ。 「2人ともすっかり、彼氏彼女になりましたね」 「今までは違って見えたの?」 「んー……確かに恋人は恋人だったんだけど、なんだか初々しかった」 「見ててニマニマできる感じかな?」 「じゃあ今は?」 「空気が様になってるっていうのかな……とってもお似合いで“ああ、愛し合ってるんだなぁ”って見てわかる」 「ニマニマはできない?」 「“末永く爆発して下さい、お客様”っていう感じかな?」 「爆発って……」 「なんにしろ、お似合いってことでいいの?」 「そのポジディブさに腹が立つ」 「でも、実際お似合いだと思います。巫女姫様はまー坊と交際を始めるようになってから、雰囲気も変わったって評判ですよ」 「それって、どんな風に変わったって言われているんでしょうか?」 「――あっ、申し訳ありません。噂なんてご本人に聞かせるものではないのに」 「いいえ、平気です。それとも……私は聞かない方がいいような噂なんですか?」 「いえ! 雰囲気が柔らかくなって、前よりも明るく――と言いますか、よく笑われるようになったってみんな言ってるだけです」 「実際、アタシも同じ印象を受けまして……って、別に昔は怖かったとか、そういう話でもありませんよ!?」 「大丈夫です、その通りだと自分でも思っていますから」 「将臣さんと一緒にいられると、本当に幸せなんです」 「俺も幸せだよ」 「……だから、そういうところがねぇ」 「俺は? 芳乃と恋人になって、何か変わったかな?」 「んー……おバカなところに磨きがかかったかもね」 「ひどっ!」 「ちょっとしたユーモアでございます、お客様」 「でも……否定はできないな。幸せすぎて、バカになってる気は確かにする」 「はいはい。ご馳走様でございますよー」 「店員にそんなこと言わないで欲しいなぁ……はぁ……アタシも、いつか……」 「の前に、仕事しなきゃ。ご注文は如何なさいますか、お客様?」 「ほうじ茶2つと、団子」 「畏まりました」 どこか呆れた様子で、付き合っていられないと言うように、芦花姉は裏に引っ込んだ。 「でも……本当に芦花姉の言う通りかも」 ムラサメちゃんにも今朝、忠告されたところだ。 周りから後ろ指を指されないためには、イチャイチャの事だけじゃない。 普段の生活態度もしっかりしないとな。 「やっぱり……みんなにも気付かれるぐらい、私は変わったんですね」 「確かに、以前よりはよく笑うようになったと思うよ」 「それだけ……今が幸せってことです。そう……とっても幸せ」 不意に、芳乃が頷く。 俺に対する反応ではなく、自分に気合いを入れるような……そんな頷きだった。 「将臣さん、このお店を出たら、一緒に行って欲しいところがあるんです」 「それは勿論構わないけど……どこに行くの?」 「長くかかるなら常陸さんに連絡を入れた方がいいと思うけど」 「いえ、そこまで時間はかかりません。慌ててお店を出る必要もありませんよ」 「そう? それなら……」 一息ついてから、俺たちは芦花姉の店を出た。 そのまま一旦家に戻った芳乃は何やら準備を整えていた。 バケツと、掃除用具。 それらを手にして、山に向かって歩いて行く。 学院とは別の道に入り、10分ほど歩いたところで、目的地に着いた。 「将臣さん、すみませんがバケツにお水を入れてきてもらえませんか?」 「わかった」 入り口に設置してある水道を使い、バケツに水を入れて芳乃のところに戻る。 俺が戻った時、芳乃は丹念にスポンジで汚れを落としていた。 「やっぱり手伝おうか?」 「いえ、平気です。気にしないで下さい。私が1人でしたいんです」 「………」 大人しく引き下がり、一歩下がった位置から、お墓の掃除をする芳乃を見つめる。 掃除をしているのは言うまでもなく、秋穂さんのお墓。 「私、こんな風にお墓に参るのはほとんどありませんでした」 「そうなの?」 「私なんかがお参りしても、またお母さんを悲しませるだけだと思っていたので」 「………」 「私は、これまでの分を謝らないといけません。だから今日は、1人で掃除をさせて欲しいんです」 「わかった」 「一緒に来てもらってごめんなさい」 「でもお母さんに、将臣さんのことをちゃんと伝えておきたかったんです」 「それぐらい構わないよ。俺も、挨拶をしたいと思っていたから」 「だからさ、周りの掃き掃除ぐらいは手伝ってもいいかな? っていうか、手伝わせてくれないかな?」 「ジッと見てるだけっていうのも、失礼な気がするから」 「………。わかりました、よろしくお願いします」 備え付けの箒を借りて、俺は落ち葉などを集める。 それが終われば今度は、周囲の雑草抜き。 とはいえ、普段から安晴さんたちが綺麗にしているんだろう。 さして汚れていたわけでもない。 ほどなくして、乾いたタオルで水をふき取り、掃除は無事に完了となった。 「終わりました」 「こっちも終わったよ」 集めた葉っぱや雑草を、ごみ袋にまとめ、その口を縛る。 最後に、手を綺麗に洗ってから改めてお墓の前に立った。 ロウソクに火をつけ、お供えをしてから、二礼二拍手一礼。 そして顔を上げた芳乃が、ゆっくりと口を開いた。 「お母さん、今まで疎かにしていてすみませんでした。ずっと……お母さんを悲しませると思っていたから」 「でも、そうじゃないって、最近になって知りました。お母さんがお父さんに頼んだ伝言、ちゃんと聞きましたよ」 「だから、報告したいことがあります。この人が、私の好きな人です」 「初めまして。有地将臣といいます」 「私は将臣さんのことが好きです。一緒にいるだけでとても幸せです。今日のデートも凄く楽しかった……」 「将臣さんのおかげで、お母さんが私を愛してくれてたことを……ようやく実感できるようになりました」 「それで、お母さんがどれだけ幸せだったのかも」 「この幸せを超えるのは……ちょっと大変そうです」 「でも諦めません、ちゃんとお母さんより幸せになってみせます。将臣さんと一緒に、幸せになりますから」 「どうか安心して、見ていて下さい」 「………」 深くお辞儀をする芳乃の隣で、俺もお辞儀をする。 そうして俺たちは、しばらくの間その場にとどまり続けた。 「今日は本当に、ありがとうございました」 「いや、それぐらいはなんでもないから」 「それに、挨拶をしたいって思ってたのも本心だしね」 「でも……アレってどういうこと?」 「アレ? と言いますと?」 「俺のおかげで、愛してくれてたことを実感できるようになったって、言ってたよね?」 「あー……アレはですね」 「誰かと一緒にいられるだけでも幸せになれる、というのを、私は将臣さんに教えてもらいましたから。それに……」 と辺りを見回し、人がいないことを確認してから、改めて俺の方を向く。 「それに、あの、その……セックスも、温もりを感じられて幸せなんです」 「あと気持ちいいですし……」 「それも同じ気持ちだ!」 「そこはテンションを上げるところじゃありません……っ」 「……すみません」 「とにかくセックスをして、2人で幸せを育むことで……子供は生まれてくるんです」 「私たちには、まだ子供はいませんが……将臣さんとの子供なら、想像しただけでも幸せになれます」 「だから……私も、お母さんにとって、そういう存在だったのかもしれないって……思えるようになりました」 「芳乃……」 「お父さんとお母さん、とても幸せそうじゃないですか」 「あんなに幸せなんだったら、私もちゃんと2人に望まれて生まれて来たんだなって……」 「……うん」 「今までも、頭では理解してたつもりです。でも……共感はできてなかった」 「どこかで『本当にそんなことがあるのかな?』って思っていました」 「でも今は『そんなこともある』って知ってます。だから、今なら私も、自信を持ってお母さんと向き合える気がしたんです」 「そんな重要なことに、俺をつれて行ってくれて、ありがとう」 「何言ってるんですか。お礼を言わなきゃいけないのは、私の方ですよ」 「ありがとうございます。将臣さんには、沢山教えてもらいました」 「嬉しいことも、楽しいことも、愛情も……それに、えっちなことも」 「……あー、いやまぁ……」 そう言いながらも、嫌いじゃないくせに。 って、流石にこれを口にしたら、怒られるかな? 「私に返せるのは、愛情ぐらいですけど……その分、いっぱい返しますから」 「本当に、愛していますからね」 「芳乃……」 「ありがとう……俺も愛してる。芳乃のことを、心の底から愛してる」 「~~~ッッ」 ああ! 今すぐ抱きしめて、キスをしたい! 「もどかしい! 外にいることが、凄いもどかしい!」 「はい。もどかしいです……っ」 以前から決めていたことだ。 人目のあるところでは、後ろ指を指されるようなことはしたくない。 この町には宿泊施設も多いせいか、素泊まりの旅館はあっても、ラブホテルは残念ながらない。 ……いや、たとえあっても、入ると目立つだろうしな。 「でも、一つだけ訂正しておきたいことがあるんだ」 「芳乃は他にも沢山の物を、俺にくれてるよ」 「もちろん愛情をいっぱい返してくれるのは嬉しい。でも、それだけじゃないから」 「好きな人と一緒にいられる嬉しさや楽しさを俺に教えられるのは、芳乃だけだよ」 「……本当にそうなら、嬉しいです……ふふ」 「もちろん嘘なんかじゃない。決まってるじゃないか」 「わかった。それを、今から教えてあげる」 「それって……」 「………」 俺は、決して目をそらさない。 言うまでもなくその真意に気付いていた芳乃は、軽く目を泳がせながらも、最後には―― 「……んっ、はい。教えて下さい、私の身体に」 と、頷いた。 「よしっ、帰ろう!」 繋いだ手を、キュッと握りしめる芳乃。 彼女の隣を俺は歩く。 最初は彼女の歩幅に合わせて、少しゆっくり目に。 でも、合わせていた歩調が徐々に速くなる。 俺もそれに合わせる。 さらに速くなる。 そんなことを繰り返し、軽く小走りになりながら家に帰り、そのまま部屋に向かった俺たちは―― 「ありがとう! 本当に、ありがとう、将臣君」 何故か感動している安晴さんに捕まってしまった。 「あの……一体なんのことですか?」 「もちろん芳乃の事だよ。あの子が、秋穂の写真を自ら飾ってくれるなんて……」 「これでようやく、胸を張って秋穂に報告できるよ」 「はぁ……そうですか。それは何よりです」 「芳乃も……ありがとう」 「ううん。それよりも、ごめんなさい。ずっとお母さんの気持ちを理解しようとしないままで」 「いいんだ、もういいんだよ。秋穂の伝言がちゃんと受け取ってもらえたのなら、それで」 その喜びは理解できる。 俺もその感動に付き合いたい。 でも今は、今だけは――! 「………………」 「ッ!?」 繋いだ手の力がさらに強くなる。 声を上げたりするほどではないものの……若干痛いです。 「(いや、その気持ちはわかる。俺も同じだけど……この雰囲気を壊して2人で部屋にこもるわけにもいかんでしょ!?)」 「飲もう! 今日はとことん飲もう、将臣君!」 「ええ!? お、俺も!?」 「付き合ってくれないのかい? それとも……何か用事があるのかな?」 「それは――いえ、普通に夕食を食べるぐらいで……」 「―――ッ!?」 ギリギリと手が激しく締め付けられる。 「あ、あの、芳乃……さん?」 「………」 「(だから『セックスする予定です』なんて言えないでしょ!?)」 必死に視線で訴えるものの、芳乃が納得する気配はない。 「(ちょっとだけ。ちょっと付き合えばきっと――)」 「さあ、ここにとっておきの一品があるんだ! これを開けて、今日はとことん飲もう!」 「とことんですかッ!?」 「ダメなのかい……?」 「いや、そんな可愛らしくショボンとされても……」 「もしよければ受け取って欲しい物があるんだ」 「………?」 「それに……僕には夢がある。いつか芳乃と結婚する相手と一緒に飲む。それが僕の夢なんだよ……」 「(逃げ場が塞がれていく!?)」 「その夢を……叶えさせてくれないかな?」 「え、それは……その……」 「………」 「………」 「わ、わかりました……」 「――ッッ!?」 「本当かい!? ありがとう、将臣君!」 「……い、いえ……」 あぁぁ……爪が、手の甲に爪が食い込んでるぅぅぅ……ッッ!! 「はぁぁ……」 が、その爪の痛みはすぐになくなる。 そして芳乃は呆れたような、どこか冷たいため息を吐いた。 「(いやだってこの流れは断れないでしょ、普通!)」 「(悔しいのは俺だって同じ!)」 「(――っていうかまたこのパターンなのかよぉぉぉ!)」 「ゴキュ! ゴクン!」 「お! いい飲みっぷりだ、うんうん。男の子はこうでなくっちゃ」 俺はその悔しさを忘れるように、飲んだ。 飲まずにはいられなかった。 「どうだい、美味しいだろう? さ、もっともっと」 「っと、いけない。先にコレを渡しておきたいんだが……まあ、いいか! 先に飲もう!」 「ゴク! ゴクゴク! ぷはぁー!」 そして、気付けば意識を失っていた。 「………。……はぁ……」 「お父さん、起きて。こんなところで寝ていたら風邪を引くから起きて下さい」 「んっ? んん……? ここは……ああ、そうか。僕は寝てしまったのか……」 「ああ……大丈夫、大丈夫。自分で歩けるから。それより将臣君は」 「私が運びます。お父さんはもう部屋に戻って」 「そうかい? それじゃあ、お先に……おやすみ」 「おやすみなさい」 「………。はぁぁ……本当に、もう……」 「将臣さん、起きて下さい。ほら、ちゃんと起きて」 「んんっ……にゃむにゃむ」 「にゃむにゃむではなくて。大体、私の身体に教えてくれるって話はどうなったんですか?」 確かに、お父さんにあんなこと言われたら、断れないのはわかるけど。 「私のこの気持ち……どうすればいいんですか? すっごくドキドキしてたんですよ……?」 「ちゃんと責任を取って下さいよ、うりうり」 「んっ、んんん……」 はぁ……全然起きてくれそうにない。 起きてくれないと、流石に私じゃ運ぶこともできない。 「女の子だってドキドキしたら……しちゃわないと、すまなくなっちゃうんですよ……もう、もうっ!」 「すーやー……すーやー……」 普通の起こし方では無理そう。 でも、このまま放置もできない。 となると―― 「無理矢理にでも起こすしかない……っ」 「うっ……ぅぅ……っ」 なんだろう……? 身体が、重い。 寝返りをうとうとしても、上手くいかない……。 「(まさか……また金縛りか!?)」 とも思ったけど……完全に自由が奪われているわけではなさそうだ。 「(前と違って一部は動く。あ、目蓋も開きそうだ……)」 「………」 「んっ、んじゅる……ちゅ、ちゅぅ……じゅるじゅる……んんっ、はぁ、はぁ……」 「すごい、寝ててもちゃんと反応して……はぁ、はぁ、れるんっ、れろれろれろっ」 「―――ッ!?」 こっ、これは!? とんでもない夢だぞ!? いかん! このままでは夢精をしてしまう! 起きろ、俺! 夢精は恥ずかしいぞ! 「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ――」 「れろれろ、ちゅ、ちゅぅぅぅ」 「あひんっ」 その生々しい刺激! これは夢じゃない!? 「んぁっ……んっ、れちゃれちゃ、れろれろ……ちゅ、ちゅぅぅぅ………ぅぅ?」 「芳乃!?」 「れるん、んん……やっと起きてくれたんですね」 「な、何をしてるの!?」 「何って……見て、わかりませんか?」 「それは……フェラしてるのは、わかるけど」 「だったら、わざわざ確認しないで下さい、いやらしい……」 「いや、そういうことではなくて! なんで、あれ、俺は一体何がどうなって?」 「覚えていないんですか? お父さんと飲んで、倒れたんですよ」 「あ、ああ……そう言えば」 やけ酒をあおって、そのまま意識を失ったのか。 そこまでは納得できた。 そこに関しては何も問題ないけど―― 「なにがどうしてこうなった!?」 「将臣さんが悪いんじゃないですか。あんなに、私をドキドキさせたくせに、勝手に倒れて」 「だって、あんな誘われ方したら断れないよ」 「それはわかってます。でも……なにも倒れるまで飲まなくてもいいじゃないですか」 「私……期待してたんですよ?」 「それで……こんなこと、まで……?」 「だって……仕方ないじゃないですか。あんなに期待させられたら……また、トロトロになっちゃったんです」 「……あっ」 目の前に広がる芳乃の股間。 そこを隠す薄布には、すでに大きなシミが出来ていた。 「もう……こんなに、なってたんだ……?」 「そうですよ。ずっと……トロトロなんです。いっぱいして、欲しかったのに……」 「ッ!?」 「この身体の熱、どうしろって言うんですかぁ……こんなの、我慢できるわけないのに……」 「ッッッ!?」 「だからぁ……んんっ」 「でもここ、リビングだよ?」 「だって、早くして欲しかったんですもん……」 「でも見られたら……」 「茉子はもう帰りました。お父さんは部屋に戻りました。布団に入ると起きないタイプですから……多分大丈夫です」 「―――ッッッ」 「私に教えてくれるって言う約束は……どうなったんですかぁ」 「平日からずっと我慢していたのに、ここに来てさらにおあずけなんて……」 「私をこんなにトロトロにしておいて放置なんてひどすぎます」 「……芳乃……」 「だから、将臣さん……んっ、れろ、れろれろっ、ちゅぅぅ……しちゃいましょう?」 「れるん、れろれろ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……こんなトロトロのままじゃ、眠れません」 お尻がクイックイッと、誘うように小さく跳ねる。 「よっ、芳乃っ!」 俺はまず、そのお尻を撫でまわす。 「ぁっ、んふぅ、んっ、れろれろ、ちゅぅぅ……ちゅっ、ちゅっ……れろれろ、んふぅー、んんっ、れろん」 「うっ……くうぅ……はぁ、んっ」 「はぁぁ……やっと、やっとですね……んっ、れるれるれる……ちゅ、ちゅ、じゅるる……れろれろ、れろん」 うっとりと芳乃が息を吐く。 荒くなった吐息が、ペニスをくすぐった。 「はぁぁァン……んじゅる、れるっ、れるっ、れろれろ……んっれりょ……はぁ、凄い硬くて、熱い……はぁ、はぁ」 「芳乃のココも……本当にグショグショになってる」 「それ、将臣さんのせいなんですから……ちゅっ、ちゅぅぅ……れろれろ」 「だから、責任とって下さい……トロトロにしちゃった責任……れろん、れろれろ、ちゅぅぅ」 「………ッ」 両手で触れる真っ白なお尻。 その中心に出来た淫らなシミは、こうしている間にもどんどん大きくなっている。 こんな光景は今までにも何度か見た。 でも……今日は、なんだか今までとは違った興奮を覚える。 見ている距離のせいだろうか? それとも、芳乃が1人でここまで濡らしているからだろうか? 明確な理由はわからないけど、俺はいつも以上の興奮を覚えていた。 ペニスに絡まる舌先、ゆっくりと上下する指、そして芳乃の発情した匂い……。 「はぁ……はぁ……はぁぁ……」 ゆっくりと指を伸ばし、濡れた下着に手をかけて―― 「……ッッ」 グショグショに濡れたアソコが、目の前にさらけ出された。 なんて綺麗で……魅力的な、性器だろう……。 思わず俺の視線は釘付けになってしまった。 「んっ、れろれる……んんっ、はぁ……はぁ……んっ、む、無言で凝視しないで下さい」 「綺麗だ、本当に綺麗で……魅力的だよ、芳乃のトロトロのおま●こ」 「すごく、美味しそうだよ」 「美味しそうって……ふふ、食べちゃダメですよ?」 「もちろん食べたりはしないよ。でも……んちゅっ」 自分を抑えきれず、その蜜に口をつけた。 「ひゃっ!? ああああっ、食べちゃダメって言ってるのにぃ……んんっ、んぁぁあっ」 「食べたりしない。トロトロを飲んでるだけだよ……ちゅっ、ちゅぅぅ」 「んあっ、ああっ、あっ、ああぁぁ……っ」 「芳乃のおま●こ、美味しいよ……れちゃれちゃ」 唇を使って、優しくおま●こにキスをする。 そしてさらに、ヒダや、クリトリス、そして蜜を垂れ流す穴に舌を伸ばしていった。 「んっ、んんん……ひゃぁぁっ!? あひゅっ、あひゅっ……んんっ、あっ、ああぁぁあぁぁ……」 「芳乃の声、気持ちよさそうだ……」 「はぁぁ……ァァ、どうしましょう……わたし、好きかも……んんっ!」 「ぺろぺろされるの、好きかも……しれません……はぁ、はぁぁ……ん、ん、んんっ」 「俺も好きだよ、美味しいから」 「はぁぁぁ……お願いします、もっとぺろぺろ……ぺろぺろして欲しい……んっ、ぁっ、ぁああっ」 「うん、もっとしてあげる。れろ、れろれろ……ちゅるる」 「はぁぁふぁぁぁああぁ……そこそこ……あっ、あっ、あっ、ああぁ……ぁァあッ!」 「はぁぁぁぁ……わたしも、ぺろぺろしますからね……んっ、れろ、れろ、ちゅ、ちゅぅぅ、れるんっ」 「芳乃にぺろぺろされるの、気持ちいいよ……ん、ちゅ、ちゅ、じゅるる」 俺たちは必死で下半身から昇ってくる快楽に負けないように、舌を動かした。 汗まみれになりつつある身体が、自然とくねる。 「はぁぁ、れろれろ……んんっ、わたしも、食べちゃいますからね、おち●ぽ……はぁぁむ」 「んむ、んん……くぽくぽ、じゅぶぶ……んっ、んぽ、んぽ……んんんっ」 「はぁ……トロトロおち●ぽ、美味しいです……ん、ちゅ、ちゅ……」 うっとりと蕩けきった目で、ペニスを見つめる芳乃。 だがそんな状態でも、俺が舌先で濡れた恥部をくすぐる度に、ビクビクと身体を震わせて反応を示した。 「はぁ、はぁ、んんッッ……ぷぁ、はっ、はっ、はぁぁぁむ、んぽ、んぽっ、じゅるるっ」 「れるれる、ちゅっ、ちゅぅぅ……んんっ」 「んっ、んんぅぅぅーー……っ、はああっ、はぁ、はぁ、ダメ、息が……はぁ、はぁ……」 「気持ちよすぎて、咥えていられないですよぉ……はぁ、はぁ……」 「んんっ、ぷぁ、はぁ……舐めるだけでも、気持ちいいから、無理しないでいいよ」 「ごめんなさい……でもその分、頑張ってぺろぺろしますからね」 「れろっ、れろれろ……ちゅっ、ちゅぅぅ……好き、大好き……れるれろ……っ」 「俺も大好きだ……れろれろ、じゅるっ」 「んあぁっ、はぁ、はぁ、んんっ……れろれろ、れるんっ、ちゅるるる」 「はぁぁ……一緒にぺろぺろしてると、幸せです……また新しい幸せを、見つけちゃいました」 「れるん、れろれろ……んんっ、ちゅっ、ちゅっ、れるれろ……ちゅぅぅぅぅぅ……」 グリグリとねぶりながら、先っぽをついばみ、優しく吸いつける。 お返しとばかりに、クリトリスを優しいキスで吸い上げた。 「ちゅぅぅぅ……」 「んんんんーーーーーーぁぁあッッ!? あっ、はぁ、はぁ……それ、すごっ、すごいっ」 「ひぁぁぁあああああぁぁああーーーーー……ッッ! 待って、待って下さいっ、それだめっ、ぁぁあぁあぁッッ」 「どうかした?」 「はぁ、はぁ……クリトリス、ちゅーってしちゃダメです。気持ちよすぎて、動けなくなりますから……」 「気にしないで、どんどん気持ちよくなっていいのに」 「ダメです。今日は、一緒にぺろぺろしたいから……クリトリスのちゅーはダメなんです」 「一緒に、ぺろぺろしましょう……れるれるっ、れるん……ちゅっ、ちゅっ、ちゅばちゅば」 「ん、れろれろれるれる……んんっ」 スイッチの入った芳乃は、本当に淫らだ……。 お昼はあんなに凛としていて、時に子供っぽく甘えるだけなのに。 夜になると、こんなにもいやらしくなる。そのギャップが、たまらなく俺を興奮させた。 「んっ、ちゅばっ、ちゅばっ、ちゅるる……はあぁ、少し、慣れてきました。これならまた、食べられそう……はぁむ」 「んぽっ、んぽんぽっ、じゅる……じゅるる、じゅぽ、じゅぽ、じゅっぽじゅぽ」 「ぅぅああっ」 「んふっ、ヒクヒクひてまふ……んっ、じゅるん、じゅぽじゅぽ、じゅぶぶぶぶっ」 「芳乃だって、ヒクヒクしてるよ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……」 「んひぃぃ……ッ! あっ、ああぁぁぁ……はぁ、はぁ……だって、美味しいんです……れるれろ、ちゅっ、ちゅぱちゅば」 芳乃はペニスから目を離すことなく、ひたすら舌を這わせていた。 「はぁ、はぁ、やっぱりトロトロ……もう頭の中までトロトロになってます」 「それぐらい美味しいです……はぁ、はぁ……おち●ぽ、美味しくて……いつから、こんなにいやらしくなっちゃったんだろ」 「俺はそういう芳乃が好きだよ」 「それに、俺だって美味しいと思ってるから、お互い様だ。んんっ、れろれろ」 「それなら、もう気にしないようにします……んんっ、れろれろ、じゅるっ」 「あ、あ……気持ちいい、ぅ、ぁ」 思わず腰が、舐めやすい位置に移動していく。 「んっ、れるっ、れろっ、ちゅ、ちゅる、じゅるる……んぁ、れるれろれるれろ」 その動きで察したのか、芳乃の舌の動きが激しくなる。 望んだ通りの快感が、身体中を駆け巡った。 「ぅぅぁっ、あっ、あっ……れるっ、れろれろっ、ちゅ、ちゅぅぅ……っ」 「んぁっ、あっ、はぁっ、はぁっ……んっ、れるれるっ……これが、いいんですね……れろれろっ」 「ぅっ、あっ……もう、イきそうかも」 「いいですよ、イって……れろれろ、んっ、じゅるる……また、射精しちゃっていいですからね」 喉の奥に届きそうなぐらい、芳乃は深く呑みこんでしまう。 「はぁぁむ……んむんむんむ……んふふ、おふち、いっはい……」 「んぽっ、んぽっ、じゅぷじゅぷ……じゅぶぶっ、んぽっ、ぐぽぐぽ、じゅるるっ」 ねばつく口内、芳乃の温もり、絡みつく舌と締め付ける柔らかな唇。 痺れるような快感と共に、芳乃は音をさせながら激しくペニスを吸い上げる。 「んじゅるっ、じゅぷぷ……っ、んふぅーっ、んふぅーっ、んっ、んんじゅるるるるっ!」 「ぅっ……ぁぁっ!?」 「んふっ、んぽ、んっぽっ、じゅぷじゅぷ……ぢゅっぽぢゅっぽ」 俺を追い込むように、芳乃の口の動きが激しくなる。 負けじと俺も、蕩けきったおま●こに顔を埋めて、必死に舌を擦りつける。 「んんっ、んん……ちゅっ、ちゅるちゅる、じゅるる」 「んくぅぅぅ……っ、んっ、んんん……んぽっ、んぽっ、んっ、んんんーーー……ッッ!」 身体を強張らせながらも、お互いの性器にむしゃぶりつく俺たち。 ああ、でもこのままだと俺が先にイきそうだ……。 咄嗟に俺は、唇をクリトリスに移動させた。 「んっ、んんんーーーーーッ!? んぶっ、んはぁ、はぁ、あっ、あぁぁあああぁっ! それ、だめ、だめだめ」 「ちゅぅぅぅぅぅ……」 「んにゃぁぁっ!? くりとりす、すっちゃだめぇぇ……やだやだぁ、ぁっ、ぁっ、あっあっあああっ」 「あっあっあっイっちゃうっ、それイっちゃいますからぁぁ……あっあっあっあああっ!」 「俺もイきそうだから」 「もう一回咥えて、芳乃。一緒にイこう」 「はぁ、はぁ、一緒……一緒にイく……それ、とっても素敵です……はぁむ……んっ、んぐっんぐっ」 「んじゅる、じゅる、じゅる……じゅっぽじゅっぽ、ぢゅずずず」 「はぁ、はぁ、そのまま……んんっ、ちゅぅぅぅぅぅぅぅ……っ」 「んんーーーーーーッッ! んふぅーんふぅーんっ、んぽ、ぐぽぐぽ、じゅるる」 もう考えている余裕はなかった。 目の前のおま●この蜜を舐めとることだけに集中する。 「ぢゅび、ぢゅずずず……んっ、んっ、んふぅー、んっ、んんんんーーーっ!?」 「もうむりぃれす……んぁんっんっんっ、イく……わたひイきます……じゅるじゅる、んっ、んぐぐ……ッッ」 「俺も、イく……もうイくから。芳乃もイって」 「ふぁい、イきまふ……わたひ、もうイきまふから……はやく、しゃへい、しへくらはい……じゅるじゅる、じゅずずず」 「ぢゅるっ、ぢゅぽじゅぽ、じゅっぽじゅっぽ……しゅき……んぶ、ぢゅぽぢゅぽ……らいしゅきぃ……んんぐっ、ぢゅぽぢゅぽ」 「俺も、好きだ! ああ、イく、イくよ、芳乃」 「んんっ、はやふぅ……んじゅる、ちゅぽぢゅぽ、はやふぅ……んっ、んじゅる、ぢゅるるるるっ」 「ちゅ、ちゅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーー!!」 「んんっ!? んっんっんっ、んんんんんんんーーーーーーーーーーーッッ!!」 「んんんーーー……っ、んっ、んぐぅ……! んふぅーっ! んふぅーっ! んっ、んっ、んんんん……ッッ!」 「ッッ」 俺が精液を放った直後、生温かい水が俺の顔に向かって迸る。 「んんんんっ……んっ、んっ、んんっ……んぐ……んふぅぅぅ……」 芳乃は申し訳なさそうに身悶えるが、決して水流の勢いは衰えない。 そして、勢いが衰えないのは、俺の射精も同じだった。 「んんっ、んんっ! んっ、んっ、んっ、んんん……!」 ――ドクンッ! ドクンッ! 何度も震えながら、芳乃の口の中に精液を吐き出し続ける。 そしてついに射精が終わるころになって、ようやく芳乃の漏らした水が、ちょろちょろと勢いを失っていった。 「んふぅー……ふぅ、ふぅ……んっ、んぐっ、んっんんん……ゴキュ……ゴクンッ……」 「んっ、コクッ……コクッ……ぱぁっ、はぁーっ、はぁーっ……んんっ、はぁぁぁーーー……」 精液を飲みほした芳乃が、ゆっくりとペニスを離す。 「舐めて。舐めて、芳乃。それで一緒にイこう」 「はぁ、はぁ、一緒……一緒にイく……?」 「そう。俺と一緒にイこう」 「一緒……はい、イきます……わたし、一緒にイきたいです……れろ、れろれろれるんっ」 「ぁぁぁ……早く、早く射精……あの精液、いっぱい出して下さい……れるん、ちゅっちゅっ」 「出すよ、いっぱい出すから、芳乃もイって」 目の前の性器を舐めあいながら、絶頂に向かってお互いを押し上げていく。 「れろっ、れろれろれろれろっ、じゅる、れちゃれろれろ、んんっ、んんん……っ」 「ぁはあっ、あっ、あっ、わたし、もう、ダメ、あぁぁぁあ、イく、イっちゃいます……っ」 「俺も、もうすぐだから」 「ぁぁぁ……イきましょう、一緒にイっちゃいましょう……れろれろ、れるん、早く射精……わたし、我慢、がぁぁぁぁ……ッッ」 「れろ……れろれろれろれろれろれろっっ!」 「よ、芳乃、俺――ちゅる、ちゅぅぅぅぅぅーー……!!」 「ひぁあっ!? あああああっ、だめだめ、もう、だめぇ、ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!」 「ああぁぁっ!? はっ、はぁ、はぁ……んんっ、やっ、んんっ、ぅぅぅぅ……ぁっ、ぁっ、あっ、あっ」 勢いよく飛び散る精液が、芳乃の顔に降り注ぐ。 だが芳乃は、それどころではなかったらしい。 「んんっ、んんん……ぁっ、ぁっ、だめ……わたしまた……」 「ぁぁ……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、わたし……ぁっ、ぁぁぁあああああ……っ」 「ッッ」 精液のお返しとばかりに、俺の顔に生温かい水が浴びせられる。 「やだ……わたしまた、こんな、ああ……でも止まらないんです、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」 止まらないのは俺も同じだ。 ドクッ! ドクドクッ! 何度目だろう? 長い射精を終えて、ようやく俺のペニスが大人しさを取り戻す。 その頃には、芳乃の水流も大人しくなっていた。 「はぁ、はぁ……ごめんなさい。またお漏らし……しかも今度は顔になんて」 「俺も同じようなものだから、全然気にしてない」 「それに一緒にイけて、幸せだから」 「それは……私も、幸せでした……はぁ、はぁ……」 「でも、また恥ずかしいこと……」 「恥ずかしくなんてないよ。感じてくれた証拠なんだから、俺だって同じだよ」 「同じじゃありません。精液とおしっこは……ちがうじゃないですか」 「似たようなものってことでいいよ……んっ、ちゅちゅ、ちゅるる」 「ひぁあぁっ!? だ、ダメです、今舐めたら汚いですから……んっ、んんーー……ッッ」 「こういうことができるぐらい、芳乃のことが好きだから」 「はひっ、はっ、はぁ、はぁ……ぁあああっ! んっ、んんん……っ」 「しょれなら、わたしも、気にせず舐められるぐらい、すきですから……」 「んっ、はぁぁ……すき、すき……んっ、ちゅぱちゅぱ、れる、れろれろれろれろ」 絶頂を迎えても、俺たちはお互いの性器にしゃぶりつく。 「はっ、んむ……れちょれちゃ……はぁ、はぁ、精液……すごい濃いです」 「芳乃のココの、味が濃くなってる」 「んんっ、ちゅ、ちゅぱちゅぱ……はぁ、この匂いと味……ああ、だめ……また頭がトロトロになっちゃいます」 「俺は……ずっとトロトロのままだよ」 「こんなに出したのに、まだダメなんだ。芳乃が可愛すぎるから……挿れたい……」 「はぁ……はぁ……はい」 「はい、挿れて、下さい。また、繋がりましょう?」 「芳乃っ!」 「あっ、あぁぁ……はぁ……はぁ……」 芳乃の下から抜け出した俺は、そのまま背後に回る。 そして、未だ萎えないガチガチのペニスで、芳乃の敏感な部分を擦り立てた。 「ひぁっ、あ、あ、あ……硬くて熱いまま……はぁ、はぁ……」 「芳乃のココも、トロトロのままだ。いや、どんどん熱くなってるかも」 「はぁ、はぁ……んっ、だって、興奮しちゃいますよ」 「今から、また入ってくると思うと……はぁ、はぁ……ぁぁ……んっ、んんっ」 腰を前後にゆする度、くちゅっ、くちゅっ……と、湿った音が響いた。 白い愛液が糸を引き、そのまま畳の上にポタポタと滴り落ちて行く。 「ひっ、ぁっ、んっ、んんん……ぁぁ、はぁ、はぁ……あぁっ、はぁ……はぁ……」 「優しくされるの、好きです……でも今は、ちょっと、足りないかもしれません」 「もっと強くこすって欲しいの?」 「そうじゃなくて……あっ、んっ、んんっ……」 「そんなに、焦らさなくてもいいじゃないですか……んんっ、あはぁ、はぁ、はぁ……んんっ」 「別に焦らしてるわけじゃないよ」 むしろ焦れているのは俺の方だ。 はち切れそうなくらい勃起したペニスは、今か今かと待ちわびて、ヒクヒクしっぱなしなんだから。 「もう挿れても大丈夫?」 「はい、こんなにトロトロですから……ぁぁ……んっ、んんっ」 「それに、最近はもう痛みを感じたりしませんよ」 「そうなんだ?」 「はい。全然平気です。私のココ……もうすっかり形を覚えちゃいましたから……気持ちいいばっかりですよ」 「………」 「だから……遠慮なく、どうぞ……トロトロおま●こに、おち●ぽ挿れて下さい」 「―――ッ」 わざといやらしい単語を選んで、俺を興奮させる芳乃。 それがわかっていても、逆らえない。 「ん……あぁぁあああぁぁああぁぁぁあぁあぁ……ッ!!」 ――ジュルンと、呆気ないほど簡単に、ペニスが根元まで呑みこまれた。 俺を出迎える蕩けきった肉ヒダは、呑みこんだペニスをキュウキュウと締め付ける。 「あっ、はぁ……あぁっ、はぁ、はぁ……」 「芳乃の中、凄い熱だよ……それに、締まってる……」 「あ、あぁあぁ……だって私も、したいって思ってましたから……んっ、ぁぁ、はぁ、はぁ」 「痛みは? 大丈夫?」 「ありませんよ。言ったじゃないですか、もう形を覚えちゃったって……」 「確かに……。挿れてるだけでも気持ちいい」 最初の頃の、痛いぐらいに力強く締められてる感じとは、また少し違う。 強い締め付けはそのままだが、痛みはない。 このおま●この中には、もはや気持ちよさしか存在しない。 「遠慮なんてしなくていいですから、もっとしましょう? いっぱいしましょう、……ね?」 膝立ちの芳乃が、腰を捻って、俺に視線を送る。 その蕩けきった目を見た瞬間、俺は猛るペニスを、おま●こに打ち付けていた。 「ふあっ! あっ、あっ、あっ! あああぁぁあああ……っ! んぁっ、あぁぁあっ!」 「芳乃の声、すごいエロい……気持ちいいの?」 「はぁ、はぁ……んっ、はい、気持ちいいです、はぁ、はぁ、んっ、んんぁぁぁっ!」 「そこっ、そこそこっ、ぅぅぅあああ……身体がビリビリします……はぁ、はぁ、んん……ッッ!」 にゅぽにゅぽと奥をつっつき、ときには浅く引き抜いて、入り口の辺りも刺激する。 その度に粘膜がぎゅぅぅぅ……っと、縮こまった。 「はぁ、はぁ……んんっ、ああぁ……いい、気持ちいい……はぁ、はぁ、あっあっあっあっ、あぁあぁぁッ」 芳乃が気持ちよさそうな声を漏らす度、下からも蕩けるような愛液が溢れ、漏れ出す。 そして、最初はくちゅくちゅと擦れ合う程度だったものが、気付けばぐちゅぐちゅに変化していた。 「芳乃、ますますトロトロになってきてる。ほら、音が変わってきてるよ」 「はぁ、はぁ、んんっ……ひぁあっ! あっ、あっ、あっ!」 「だって、すごいんです。はぁ、はぁ、ぁぁあああっ、すごいこすれて……あっあっあっ、おっきぃ……はぁぁあぁぁ……ッッ」 この体勢だと……お尻側の奥の辺りを擦るのが一番、いいんだろうか? 以前、密着しながら挿れた時に見つけた弱点はお腹側だから、この体勢では難しいけど、そっちなら……。 角度を調整してから芳乃の身体を突き上げる。 「ひぃぃぁぁっ!? あ、あああ、すごい声、出ちゃいました……はぁ、はぁ、んっ、んぁぁぁあっ」 「やっぱり……ここが気持ちいいんだ?」 狙い定めた場所を、にゅぽにゅぽと激しく擦る。 「あああっ!? あっ、あっ、あっ、そ、そんな……えっちな挿れ方、あ、あ、あっ、かき混ぜないでぇ……んんんっ!」 「新しい発見」 「やっ、あっ、あぁぁっ! やだ、えっち、いじわるっ、あっ、あっ、あっ、そこ、本当にダメッ」 必死に訴えかける芳乃の声には本当に余裕がない。 「あ、あーーっ! んぁ、んぁっ、あぁぁ……また、イく、イっちゃいそうですから、ダメぇ」 「え、もう? さっきの余韻が残ってたのかな?」 「ひぁあああぁっ! どうして強くするんですかぁ……! あっあっあっ、やだやだ、あっ、ああぁぁあぁーーぁッ!」 「ああああっ、そんなにっされたらぁぁ……ぁァああっ! イっちゃっ、またすぐにイっちゃっ……んんんっっ!」 「いいよ、そのままイって。俺は芳乃が気持ちよさそうにしてくれるの好きだから」 「芳乃のイくところ、また俺に見せて」 「あっ、あぁぁぁああっ……んっんんっ……イ、ちゃぅ……あぁぁ、イくイくイくイっ……んんんーーーーーッッ!」 身体を大きく伸ばす芳乃。 その白い肌をさらした背中が反り返り、小さな汗が背筋を流れ落ちる。 「んっ、ひっ、くぅぅぅぅ……んッ、んッ、んんーーーッ……」 ――ビクン! ビクン! 痙攣を繰り返し、さらに大量の汗を流す。 そしてようやく、伸びた身体がゆっくりと元に戻っていった。 「ふぁあ……はぁ、はぁ、んんっ、はぁぁぁぁ~~………ぁぁァぁ……」 「また、イっちゃいました……あっ、んんっ……ごめんなさい、1人で先に……」 「いいよ。俺は本当に芳乃の気持ちよさそうなところを見るの、好きだから」 「はぁ、はぁ……んっ、んんんっ!? あっ、あっ! あーーーっ! だめです、今は動かしちゃだめですってばぁぁ!」 また同じところを、先っぽで擦り上げる。 「そこばっかりぃ……くぅぁあっ! まってぇ……あっあっ、だめ、本当にだめですからぁ、あっあっあっあああ……ッ!」 「そんなにされたら、身体がもちませんからぁ……あっあっ、あああああっ、んんーーーッッ」 「あっ、あっ、またイっちゃう、イっちゃいますっ……んぁっ、んぁっ、あっあっあっ!」 ペニスに貫かれたまま、芳乃の身体が続けざまに激しい痙攣を起こす。 「んっ!? んんんんーーーーーー……ッッ!」 シックスナインの時から換算して、都合3度目の絶頂。 ペニスを咥えこんだ芳乃の粘膜は、今までに経験したことないぐらい大きくうねっていた。 「ぅぁ……気持ちいい……」 この絡み具合、凄い気持ちいい。 「芳乃の中、今凄いことになってる」 「はひっ、はぁ、はぁぁ……だって、こんなことされたら……はぁ、はぁ……おかしくなりますよぉ……はぁ、はぁ」 「はぁぁぁ……将臣さんは? イかないんですか?」 「実は今、かなり我慢してる」 「どうして我慢するんですか……もう。また一緒にイけたかもしれないのに……はぁ……はぁ……」 「今、凄いイきたくて仕方ない……イっても、いいかな?」 「え? あ、はぁ、はぁ……そこ、その上のところ、ぐりぐりしないならいいですよ」 「そこ、気持ちよすぎるから、禁止です」 そうして、抜き差しを再開させる。 「はぁぁ……あっ、あ……気持ちいい……」 「はぁ、はぁ……んっ、んぁ、はっ、はぁ……はぁ……んんっ」 浅い運動を繰り返す。 それでも、先ほどまでの摩擦で押し上げられている俺には、十分すぎるほどの刺激だった。 「芳乃の中、凄い締まってる……」 「それはイケないことですか?」 「逆だよ、締まってるから気持ちいいんだ」 「それじゃあ……もっと気持ちよくできるかも、しれないです。んっ、んっ、んん……ッッ」 「―――ッ!?」 芳乃が力を込めた瞬間、キュッキュッキュッ……と、断続的な締め付けがペニスを襲う。 予想外の刺激。しかもこれ、気持ちよすぎる……ッッ! 思わず俺も股間に力を入れるが――ダメだ、逆らえないッ! 「どうですか……? 気持ちいいですか……?」 「これっ、ダメだ、気持ちよすぎる……イく……!」 「出しちゃって下さい。また、射精して、どぴゅって、出しちゃってください、んっ、んんんーーッッ」 「ぁぁっ、ぁぁぁぁ……っ!」 「んあッ……ぁっ、ああっ、ああぁああ………はっ、はぁ、はぁ……」 ドクンドクンッ! と、芳乃の中に注ぎ込む精液。 粘膜で射精を感じ取ったのか、ようやく締め付けが緩む。 「くぅぅぅ……ッ!」 締め付けを逃れてペニスを引き抜いたが、我慢できずにそのまま、芳乃の可愛いお尻めがけて精液が飛び散った。 「んぁああ……っ、ああっ、あぁぁぁぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」 白い肌で精液が弾ける度に、芳乃のおしりがぷるぷると跳ねた。 「はぁ……はぁ……芳乃」 「またいっぱい、出しちゃいましたね、はぁ、はぁ……んっ、んんっ」 今度は、俺だけイってしまった。 芳乃がイくのを見るのも好きだし、射精するのは気持ちいい。 でも……一緒に絶頂を迎えることの充実感には敵わない……。 「………」 二度の射精で脱力感を覚えながらも、俺は腰を芳乃のお尻に押し付け、グリグリと円を描く。 「ひゃんっ!? えぇ、あ、んん……ま、将臣さん?」 「もう一回いいかな? 今度は、一緒にイきたいんだ。セックスで、芳乃と一緒にイきたい」 「んっ……私も、一緒にイきたいです……」 「うん、イこう、俺と一緒に」 その言葉を聞いた俺は、迷うことなく芳乃をペニスで貫いた。 「んっ、ぁぁぁぁ……また、硬いの、はいってくるぅ……んんンッ」 精液と愛液でヌルヌルになったペニスで、再び芳乃の中をかき混ぜる。 「はぁっ、ぁあっ、あっ、あっ、んっ、んぁぁ……はぁ、はぁ、んっ、んんっ!」 「奥のとこ、擦るからね」 「ひっ、ぁぁあ! そこっ、そこっ……ぁっ、ぁぁぁ……ぐりぐり、気持ちいいぃぃ……んっ、んんっ」 「わたしも、わたしもまた、気持ちよくしますからねっ……んっ、んんっ、んんんっ」 擦られる快感に震えながらも、芳乃は力を込めてペニスを締め付ける。 「ぅぁ、それ、本当に気持ちいいっ」 「あっ、あっ、んんんーッ……はぁ、でも、これ、もっと擦れちゃって、私もなんだか……あ、あ、ああ……!」 「うん。2人で一緒に、気持ちよくなろう」 「は、はい。なります……気持ちよく……ぁっ、あっ、あああっ、んんんーーっ……!」 ぐちゅぐちゅと、いやらしい音をさせながら、また俺たちの意識は蕩けていく。 「吸い付いてきてる……エッチな音、すごいしてる」 「だって、気持ちいいんですから、んっ……ぁぁあっっ! 中、擦れて気持ちいいです……あっ、あっ、あっ!」 「俺も気持ちいい……さっきから痺れっぱなしだ」 「また、イけそうですか? 射精、しちゃいそうですか?」 「もうすでに我慢してる。芳乃は? どう?」 「わっ、私は……もう少し……あっ、あっ、あっ、んんっ!」 「じゃあ……奥のところ、擦るからね」 先ほど禁止された場所に狙いをつけ、腰を突き入れる。 「ひぅぅっ!? んふぅ、ふぅ、ふぅ、んっ、んん……ぁぁぁあ! やっぱり、そこっ、すごっいぃ……ぁぁああ!」 「グリグリ、しゅごぃ……あっあっあっあああぁぁああぁァァッ!」 たまらず悲鳴のような嬌声を上げる芳乃。 腰をグルングルンと回す度、ビクッビクッと芳乃の身体が跳ねる。 「ひゃぁあっ、はぁ、はぁ、んっ、んんーー! そこ、そこそこっ、あっ、ああああーーー!」 「そこ、ぐりぐりしゃれると、頭の中、ぐちゃぐちゃになる……っ、ぁああ! わけ、わからなくなるぅ、ぅぅあッ!」 「俺も頭が溶けちゃいそうだ」 「あっ、あーっ……ああーーーっ! 頭の中を、おち●ぽで、かき混ぜられる、みたいです……ひあっ、あっ、ああああ……ッ!」 髪を振り乱しながら、芳乃が悶え乱れる。 「芳乃の中……熱くて、ドロドロで、エロ過ぎる」 「はひ、はひ……わたひ、本当にえっちになってます……ぁぁあ……でも、気持ちいいの好き……」 「将臣さんと気持ちよくなるの、大好きです……あっ、あっ、あっ、好き、好き、好き好き好きぃ」 ペニスを深くまで咥えたまま、芳乃はお尻をゆっくりと回す。 それはまるで、俺のペニスに粘膜を擦りつけるみたいに。 「ひぃっ、ひぃっ、ひぁぁあああーーっ! おま●こ、すごぃぃぃぃぃぃぃぁぁあっ、あっ、あっあっあっあっあっ」 「本当に、凄いよ、芳乃のここっ。もう脳みそ蕩けそうだ」 「わっ、わたしはもうとろけちゃってますよぉぉ」 「あああっ、そこ、そこぉ! ぐりぐりぃ……あぁあぁぁあ……ぐりぐりこしゅられたら、イっちゃう、またイきますぅ」 「俺も、イく、もうイくよ」 「ひぃあっ! あぁぁあっ! もう、だめ、わたしだめです、あっあっあっ、またくる、きちゃう、きちゃいますからぁ!」 余韻のおかげか、さほど時間をかけることなく、再びソレを迎えようとしていた。 動物のように喘ぎながら、俺たちはお互いをぶつけ合う。 「んっ、んんーーーーッ、んンーーーーーっ! はっ、はひっ、はひぁ……あぁぁ、もうむりぃ、むりですぅ……」 「俺も……無理っ!」 「あっ、はぁっ、はぁぁぁ……んんっ、んぁぁああっ、はやくぅ、はやくはやく、じゃないと、わたひまたひとりで……あああっ!」 「一緒にイこう……っ、中に出すよ」 「あっあっあっはい、はいっ、はいっ……わたしの中に、びゅーってせーえきらして、くらさい、あっあっあっ」 「わたひ、イくぅぅぅ……ぁぁぁあっ、イくイくっ、イく……んっ、んんんーーーーーーーーッッ!」 「芳乃!」 「んんんんんんんーーーーーーーーーーーーーッッ!!」 芳乃の白い背中がビクンッビクンッと痙攣を起こす。 そして俺は、思いっきり煮えたぎる欲望を、その身体の奥に吐き出した。 「んっ、んっ、んんん……んひぃ、んっ、ふぅー……ふぅぅーーーっっ……はっ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ……ぁぁああぁ……」 勢いよく出た精液だが、さすがにもう3度目だ。 そう長くかからず、俺の射精は収まった。 「はひっ、はっ、はぁぁ……はぁぁ……すごい、イっちゃいましたぁ……はぁ、はぁぁ……」 「俺もだ。まさか、こんなに連続してイくなんて……初めてだよ」 ペニスを根元まで突き入れたまま、俺たちは同時に脱力をする。 ああ……目の前がチカチカして、意識が飛びそう……。 「芳乃……抜くからね」 「はぁっ、はぁぁっ……あ、あっ……んんっ、ぁぁぁあ……おち●ぽ抜けちゃう……んぁぁ」 俺のペニスが抜けた瞬間、ぬっぽりと開いた穴から、白い精液がぼたぼたと零れ落ちた。 「あっ、はぁっ、はぁぁぁ……んんひぃぃぅ、んっ、んっ、んんんんっ……んんんーーーーっ!」 「あ、あ、イク、出すよ! 身体にかけるよ!」 「はいぃ、はいぃ……かけてぇ、熱いせーえき、わたひにいっぱいかけて、くらさい、んぁぁああっ、あああーーーッッ」 「あっあっあっイくイくっ、イっちゃぅ……イっ、イくぅぅぅぅぅーーーーーーーー……ッッ!」 「俺もイく!」 「んんんんんんんーーーーーーーーーーーーーッッ!!」 すんでのところでペニスを引き抜き、ドロドロの精液を芳乃の身体目掛けて解き放った。 「はひっ、はっ、はっ、んっ、んんーー……んぁ、あああぁぁぁ……ッ」 「せーえき……いっぱい出てます、あっ、んっ、んんぅぅぅ……」 だがさすがに3度目の射精だ。量はそこまで出ずに、すぐに射精は収まった。 最後に漏れた精液が、白い糸を引きながら、畳の上に滴り落ちた。 「はあっ、はあっ、はぁぁぁーー……ほんとうに、信じられないぐらい気持ちよかったです」 「うん……」 「なんだか、わたしのアソコ、痺れすぎて麻痺しちゃってますよぉ……」 「俺も。まだ締め付けられてるみたいで……ああ、本当に凄かった」 「――くちゅんっ」 「芳乃、寒い?」 「さすがに裸のままですから。それに、その……汗も、かなりかいてしまいましたから……」 「ああ、それは……」 2人とも、かなり興奮してたもんな。 あのまま部屋に移動して連戦。 そのせいで寝間着は、汗やら粘液やらでベトベトになってしまった。 アレを着てると、余計に風邪を引いてしまいそうだ。 「じゃあ、はいこれ」 「わっ……ぶかぶか。やっぱり大きいですね」 「でも、それなら風邪を引かないよね?」 「はい。あたたかいです……ふふふ」 俺の服を裸の上に羽織って笑う芳乃。 ……すっごい可愛い。 「今日のセックスは、本当にビックリするぐらい……激しかったですね」 「うん。それで、ビックリするぐらい、気持ちよかった」 「これも全部……将臣さんのせいなんですよ?」 「俺のせいって」 「だって将臣さんが、私の身体に、その……色んな快感を教えるから、こんな風になったんじゃないですか」 「でも……気持ちいいの、好きなんじゃないの?」 「それは、まあ……好きですが……でも別に、気持ちいいことが好きなんじゃないですよ」 「将臣さんと、一緒に気持ちよくなれるのが、好きっていう意味ですから」 「わかってるってば」 「俺だけが芳乃をそんな風にできると思うと、本当に嬉しいよ」 「気持ちいいと……お互いの気持ちを確かめ合ってるみたいに思えるんです」 「だから、また……一緒に、気持ちよくなりましょうね……?」 「もちろん」 言うまでもなく、俺としても望むところだ。 「……将臣さん」 「ん?」 「大好きですよ」 「……ありがとう。俺も大好きだよ、芳乃のこと」 「はい、ありがとうございます、ふふ」 「将臣さん」 「ん?」 「ふふふ、すみません。呼んでみただけです」 「はぁぁ……こうして名前を呼べるだけでも、心が温かくなっちゃいますから」 「そんなに焦らなくても、その機会はこれから先も沢山あるよ」 「……はい、そうですね。ずっと一緒にいるんですから」 「そういうこと」 「今後とも、末永くよろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「っと、そうだ。芳乃に渡したい物があるんだ」 「渡したい物?」 それは意識を失う前に、安晴さんから渡されていた物。 今の俺たちには丁度いい。 「それ……指輪、ですか?」 「そうなんだけど、ゴメン。俺が準備した物じゃないんだ」 「そうなんですか? でも……それなら一体……?」 「これはね、さっき安晴さんから預かったんだ」 「お父さんから……ですか? じゃあ、もしかして――」 「うん。これは、安晴さんと秋穂さん、2人が使ってた指輪なんだって」 「……お父さんと、お母さんが……」 「もしよければ使って欲しいって、俺に」 「これも秋穂さんの願いらしいよ」 「お母さんの……ですか?」 「泣いてばかりで、傷つけてしまったから。何か幸せな物を残したい。それが秋穂の願いだった」 「これまでは渡しても、重荷になったかもしれないけど、今の芳乃になら……」 「それで俺が預かったんだ。もしよければ、使って欲しい、って」 「また、俺は俺でちゃんと用意するから。今はこれを……受け取ってくれないかな?」 「お母さん……ありがとう」 指輪に手を伸ばした芳乃は、自分の薬指にソレを嵌めてみる。 もう一つの指輪を、俺も指に嵌めてみた。 「ちょっと大きいですね」 「俺の方も、ちょっと大きい」 「サイズを直してもらった方がいいかもね」 「いえ、その必要はありません。これは、このままでいいんです」 「私の分は、将臣さんからいただけるんですよね?」 「もちろん。俺は俺で、ちゃんと準備する」 「だったらそれで十分です。だから、お母さんの指輪はこのままでいいんです」 「………。わかった、そうしよう」 「ふふっ、期待して、待ってます」 「だから……一緒にいましょうね。ずっとずっと、こうして一緒にいましょうね」 「勿論!」 こんな恋が他にできるわけがない。 俺たちは、一生で一度の出会いをしたんだ。この幸せを手放したりするもんか! 「幸せに、なりましょうね」 そうしてデートの準備を整えながら日々を過ごし、ついに迎えた日曜日。 今日はデート当日だ。 「………」 やはり緊張しているのだろうか? いつも通りの時間に、スッと目が覚めた。 「こんな日に、遅刻するわけにはいかないもんな」 今日はいい天気だ。デートをするにはちょうどいい。 「お、おはようございます」 「おはよう」 デート自体はとても嬉しい事なんだけど、やっぱり緊張してしまうな、こうして顔を合わせると。 朝武さんも同じなのか、その声はやや硬い。 「大丈夫? ちゃんと寝れてる? 目の下にクマが……」 「確かに昨日は少し夜更かしをしてしまいましたが……でも平気です。前みたいに、倒れたりはしません」 「これから先も俺はずっと側にいるんだから、体調が悪いなら、無理せずまた日を改めても――」 「い、いえ! その必要はありませんっ」 「と言いますか……先延ばしにすればするほど、胸が苦しくなる気もしますから」 「あー……それは確かに」 俺もここの所、キスやら何やら考え過ぎで、緊張しっぱなしだったしな。 こんな精神状態が続くのは、確かにあまりよろしくない。 「じゃあ念のため、熱を測ってもいい?」 「え? あ………………はい。どうぞ」 恥ずかし気に目を閉じ、ちょっと顎を上げて、俺に顔を向ける朝武さん。 「………」 ……このまま唇を奪ってしまいたい。 なんて思いを抑え、俺はその額に優しく手を置いた。 「あ……」 「確かに熱はなさそうだね、よかった」 「それじゃあ、今日の、デートは……」 「もちろん、このまま決行かな。幸いにもいい天気だしね」 「はいっ。よろしくお願いします」 「い、いえ。こちらこそ、よろしくお願い致します」 彼女の温もりに触れたせいか、気付くと俺の方がより緊張し始めていた。 「そっ、それじゃあ俺は、いつものトレーニングに行ってくるよ」 「は、はい。いってらっしゃい」 俺は、朝武さんに見送られながら家を後にした。 そうしてトレーニングをこなし、朝食も終え少しだけ部屋で休む。 とはいえ、いつまでもゆっくりしているわけにはいかない。 お互い、身支度を整えて、昼前にはデートに出かけることになったのだが―― 「ん? なにやら騒がしいのう、何かあったのか?」 「えぇ!? か、髪の毛にみたらし団子を付けちゃダメなの!?」 「ダメでしょう」 「で、でも……みたらし団子を取るために、相手の人が手を回して、そのまま頭を抱くようにして、き、キス……するものなんじゃ?」 「普通に考えてみてください。タレでベトベトになった髪の毛を、わざわざ触りたいと思いますか?」 「そもそも、そんな変な人とデートしたいと思いますか?」 「そ、そうだったの……。あやうく、みたらし団子を髪の毛に付けるところだった……」 「それは危ないところでしたね。さしもの有地さんでも、それはドン引きだと思いますよ」 「そ、そう……」 「やっぱり正解は芋けんぴの方だったのね」 「それも間違いです」 「そんな……ッ!? じゃあ、何の食べ物をつけるのが正解なの!?」 「髪の毛に食べ物をつけること自体が不正解です! 落ち着いて下さい。どう考えても変ですから」 「そっ……そんな……せっかく予習したのに……全てが無駄だったなんて……」 「………」 もしかして朝武さん、今日のデートのために色々頑張ってくれたのか? じゃあ、夜更かししたのも……そのせいだったんだろうか? 「しかし、髪の毛に食べ物をくっつけるなど、聞いたことがないのう」 「ああ、常陸さんが止めてくれてよかった」 「頭にみたらし団子をつけて真顔とか……触れていいものかどうか……」 「あまりに違和感が大きすぎて、対処に困るな、それは」 「別にマンガをそのまま真似たりする必要はありません」 「あくまでアレは参考資料。あくまで心構えのため。世の中の男女はこうして愛を育むというものの、一例ですからね」 「お2人のペースで、お2人のしてみたいことをすればいいんです」 「してみたいこと……」 「純粋に憧れるシチュエーションなど、なんでもいいんですよ。好きな人に甘えちゃえばいいんです」 「……甘える」 「無理をせず、芳乃様がして欲しいことを、有地さんに言ってみればいいんです」 と、ちょうど一段落ついたところで、背後から声がかけられた。 「ん? 将臣君、まだいたのかい」 「え? あ、はい」 「なんだ、芳乃もいるのか。デート、行くんじゃないの?」 「はい、そろそろ出発しようかと思います」 「朝武さん、準備はできてる?」 「はい。準備は万全ですよ」 「どうして茉子が答えるのっ。それに……全然万全じゃない……」 「考えすぎると動けなくなりますよ。習うより慣れろ、100回のイメトレより1回の実践です」 「ということで、頑張ってみましょう、芳乃様」 軽く背中を押された朝武さん。 だが変に抵抗することなく、俺の正面に立った。 「じゃあ、行こうか」 「楽しんで来るといいよ」 「……い、いってきます」 「はい。いってらっしゃいませ」 「さすがに今日は、吾輩もついて行かんから、気兼ねなく過ごすといい」 「それじゃあ、いってきます」 「………」 相手の親御さんに見送られながらデートに向かうっていうのも……かなり恥ずかしいものだな。 とはいえ、怒られたり、反対されたりするよりは大分マシだ。 「朝武さんは、どこか行きたいところってある?」 「いえ、私は。有地さんとデートできるなら……どこでも大丈夫です……から」 顔を真っ赤にした朝武さんが、ちらりと俺を見上げる。 「とりあえず……手、繋ごうか? せっかくのデートなんだから」 「……はい。そうですね、デート……ですもんね」 「じゃあ……」 「……ん……ッ」 お互いの手がゆっくりと伸び、指先が触れた瞬間、ビクッと指が跳ねる。 それでも、お互いに手を引っ込めることはない。 俺はそのまま、その小さな手を握り締めた。 「………」 この感触、男と女の子では、手の感触からまず違うという事が、よくわかる。 その柔らかさが、自分とは違う存在ということを改めて教えてくれるみたいで……胸が本当にドキドキする。 今の俺はきっと、耳まで赤くなっているだろう。 そう自覚しながら、手を繋いだ相手を見ると……。 「………」 頬を赤らめていて、俺と同じで嬉しそうな表情をしながらも、どこか寂しそうにも見えた。 ……あれ? なんで? 「ゴメン、手を繋いだの……もしかしてマズかったかな?」 「え!? い、いえ、そんなことは全然ありませんよ」 「でも今、少し不満そうな顔をしてたように見えたから……」 「それはっ! 違うんです……手を繋ぐのは、私も嬉しいです。本当です」 「じゃあさっきの表情は、俺の勘違い?」 「……それは……あ、あの! 1つ、ワガママを言ってもいいですか……?」 「1つと言わずにいくらでも、どうぞ」 「手を繋ぐのは私も嬉しいです。本当ですよ。でも……」 「これのままだと、正式にお付き合いする前と同じですから」 「………。あっ」 そっか……恋人同士が手を繋ぐってなると、特別な繋ぎ方があるんだった。 テンパっていたせいか、すっかりそのことが頭から抜け落ちていた。 「わ、わかった。それじゃあ……」 握っていた手を少し緩める。 そして、その場で90度ほど回転。 白く細い指と指の間を押し開くように、俺の指が滑り込んだ。 そうして絡まり合った指先。手の平はまるで磁石みたいに、引っ付きあった。 いわゆる恋人繋ぎというやつである。 「………」 さっきの繋ぎ方でも十分ドキドキしてたけど、さらに鼓動が激しくなった。 激しすぎて、心臓に痛みを覚えるぐらいだ……。 こうして指を絡ませることで、よりその柔らかさや温もりが感じられる気がする。 「俺……この握り方の方が好きかも」 「よかった……嫌がられてなくて」 嫌じゃないけど……ちょっと手汗が心配だ。 緊張してる上に、朝武さんの温もりも感じられる。 だ、大丈夫かな? 実は気持ち悪いとか思われてないかな? 心配する俺だが……朝武さんの様子を見る限り、それはただの杞憂だった。 顔を真っ赤にした朝武さんの顔に、先ほどまでの寂しそうな雰囲気は消えている。 「行こう」 「は、はい……」 俺は朝武さんの手を軽く引くようにして歩き出した。 そうして手を繋いで大きな通りの方まで歩いてきた。 手を繋いで歩くのは、以前にもあったことだけど……今日のは、恋人繋ぎだ。 それだけでも特別なのに、加えて今は人通りの多い場所を歩いている。 周りには俺たちと同様に手を繋いでいる恋人たちもいるんだ。 特別恥ずかしいことをしているわけでもないし、特別目立つことをしてるわけじゃないけど……やっぱり、人の目が気になる。 自意識過剰だとは思うけど、みんなが見ているような気がして―― 「おっ、なんだ巫女姫様とデートか、やるねぇ!」 「………」 「ヒューヒューだよ」 「古すぎてわからんっ!」 「ははは。こっちにツッコミを入れてる暇があったら、ちゃんと巫女姫様をリードしろよ」 「ほっといてくれ!」 前言撤回。これ、自意識過剰じゃなかった。 巫女姫様が手を繋いで歩いてるから、町の住人はみんなこっちを見てたんだ。 「……す、すみません……」 「謝らなくていいよ。婚約者として発表してもらったときから、これぐらいは覚悟してた」 「それぐらい別に気にしてない。まあ……ジロジロ見られるのは恥ずかしいけどね」 「私もです」 「……場所、移動しようか。ここにいると、落ち着かないし」 そうして歩いてきたものの……。 「………」 「………」 「………」 町中を歩くとなると、どうしても住人の目が気になる。 「やっぱり、2人で歩く事を考えると、もっと街の方に出た方が良かったんでしょうか?」 「そうかもしれないけど、でもそんな風に逃げ回ってばっかりだったら、この町を2人で歩けないよ」 「今は物珍しいから見られてるだけだよ。すぐにみんなも慣れて気にならなくなるよ」 「そうだといいんですが……でも、ここまで衆目を集めるのは疲れますね」 「確かにそうだね」 慣れてもらう必要はあるものの……ずっとこんな調子では、デートを味わう余裕もない。 「ちょっと休憩しよう」 「それで、ここに逃げ込んできたの?」 「ちょっと休憩させて欲しいんだ。いいかな?」 「ちゃんと注文してもらえるなら」 「わかってる。俺は……和紅茶もらおうかな。朝武さんは?」 「私は、ほうじ茶ラテを」 「はい。かしこまりました」 「少々お待ち下さい」 「飲み物だけでよかったの? プリン、好きなんじゃないの?」 「確かに好きですが……私の一番好きなプリンは、誰かさんの手作りプリンですから」 「……朝武さん」 「あんまり他に美味しいプリンばっかり食べていたら、誰かさんの手作りプリンでは満足できなくなるかもしれません」 「うっ……」 「そりゃ確かに、商売で作ってる人には到底叶わないだろうけど」 「……ふふっ、ふふふ」 「冗談ですよ。ちょっと意地悪なことを言ってみたかったんです」 「せめてもう少し優しい意地悪にしておいて欲しかった……」 「すみません。私は本当に、有地さんの作ってくれるプリンが好きですから」 「特別な時に、また作ってくださいね」 「わかった。任せておいて」 「期待してます」 「でも今は、今日のことを話し合いましょう。これからどうしましょうか?」 「そうだなぁ……」 俺も男。しかもデートに誘ったのは俺だ。 一応、今日のデートのために廉太郎にも相談に乗ってもらって、デートプランを考えてはいた。 料理の美味しい店だったり、女の子が喜びそうな雑貨が置いてある店などなど。 でもそれらは全て、人通りが多い場所。 また町の人たちの視線が気になって、ゆっくりできないだろうなぁ……。 かといって、人目を避けると普通の住宅街に入るだけだ。 う~む……ちょっと困った。 「そもそも、お昼どうしよう?」 芦花姉の店はあくまで甘味処。デザート系が基本だ。 本当は廉太郎からアドバイスをもらった店に行くつもりだったんだけど……この様子じゃなぁ。 ゆっくり食事ができるとは思えない。とはいえ、抜くわけにもいかない。 「それなんですが……実は、その、お弁当を用意していまして」 「え、そうなの!? 言ってくれればいいのに」 「もし有地さんがデートの予定を決めてるなら、それを邪魔するのもいけないかと思って」 「そんなの気にしないでいいよ。俺は、朝武さんの料理を食べるの好きなんだから」 「それにこの状況だ。お店だと落ち着いて食べられないかもしれない」 「ご飯ぐらいは、ゆっくりと食べたいから」 「そ、それでは……どこか静かなところで、お弁当を食べませんか?」 「うん。2人きりで、食べよう」 「……ふ、2人きり……」 「口に出すと少し恥ずかしいですね。デートなんですからそれが当然とわかってはいるんですが……」 「まあ初めてのデートだしね。でも……すぐに慣れるよ、きっと」 「2人でいることが自然になればいいんだから」 『………』 「………。何見てんのさ? そこの店員2人」 「いえ大したことではありません。まー坊も男になったもんだねぇ、と思っただけですよ、お客様」 「お兄ちゃんがなんか恥ずかしい事言ってる……と思っただけですよ、お客様」 「~~~~~~ッッ」 「俺たちのことはいいから、仕事をして」 「こちら、ほうじ茶ラテになります」 「和紅茶です」 『ごゆっくりどうぞ~』 注文した品を置いて、2人はそそくさと立ち去っていく。 ……俺、そんなに恥ずかしい事を言ったかな? 「………」 『2人でいることが自然になればいいんだから』 うん、言ってるな。恥ずかしいというよりも、臭いセリフを言ってる。 「ッッ」 自分の口にしたことを思い返して、思わず顔を真っ赤にしてしまう。 人に指摘されたせいで、余計に恥ずかしくなってしまった! これでもし相手が廉太郎だったら、かなりからかわれていただろうな。 「ゴメン、朝武さん。なんか、俺が恥ずかしいことを言ったから巻き込んだみたいになっちゃって」 「え? 別に、そんなの気にしてませんよ。確かに、少し恥ずかしいセリフだったかも知れませんが……」 「………ッッッ!」 や、やっぱり恥ずかしいセリフと思われていたのか。 「でも私は、嬉しかった……です」 「………」 「それに私だって、恥ずかしいことを悶々と……色々と考えてしまったりします」 「恥ずかしすぎて、1人で悶えたりして……。だから、人のことを笑ったりできません」 「そ、そうなんだ……? 恥ずかしい事、考えるんだ……恥ずかしいこと……」 恥ずかしい事……女の子の言う恥ずかしい事ってなんだろう? 朝武さんって、どんな恥ずかしいことを考えるんだろう? もしかして布団の上で、切ない場所に手を伸ばして、自分を慰めていたり……とか……? 「……ハァ……ハァ……」 「何か、変な想像していませんか? 恥ずかしいと言っても、別にえっちなことじゃないですよ」 「え!? な、なにを、言ってるんです……ッッ!?」 「鼻の下が伸びてました。とてもいやらしい顔つきでした。あと、変な吐息でした」 「――ッ!?」 「……えっち……。いやらしい」 「だって、恥ずかしいことって言うからさ!」 「わ、私が考えていたのはそんなえっちな事ではなくて、その、キス……とか……ですから」 「キス、ですか」 なんか申し訳ない上に、不甲斐ない。 俺があの時、潰れたりしてなければ、朝武さんをこんな風に悩ませたりしなかったんだから。 「あっ、あのっ、キスって……えっちなことじゃありませんよね?」 「え? あ、あー……うん。少なくとも、そんな恥じる必要があるようなことじゃないと思うよ」 「俺も……キスのことは、よく考えるから」 「あ、有地さんも……キスの事、考えるんですか……」 「そりゃまあね。……まれによく、考えてます」 俺たち2人してどれだけ悶々としてるんだよ! キス、したがり過ぎじゃないか!? 同じことを考えているのか、朝武さんの顔も赤く、ほうじ茶ラテに視線を落としている。 「あっ、冷めちゃわないうちに。飲んだ方がいいですよね、あは、あはは」 照れ隠しで、少し慌ててラテに口をつける朝武さん。 「――あひゅっ!?」 「大丈夫!?」 「は、はひ……ひゅこし、くちひるをやけろしてしっまったらけれす」 「火傷って、ちょっと見せて」 身を乗り出し、朝武さんの顔に手を添えて、その唇を覗き込む。 「ひゃ……ぁ……こ、こんなところへ……ッ、~~~ッッ」 「………………。うん、多分これぐらいなら大丈夫。水ぶくれにもならないと思うよ」 「一応、氷もらった方がいいかな?」 「い、いえ……これぐらいの火傷、そこまでしなくても平気です……から……」 「そう……わかった」 「でもひどい火傷じゃなくて、よかったよ」 安堵しながら、俺は乗り出していた身体を戻し、椅子に深く腰掛ける。 「ぁっ……何もしないんですね……」 「……え?」 「いっ、いえ! 大した事ではないんですが、昨日読んだ少女漫画に似たようなシーンがありまして……」 「『治療してあげる』って……その……キスのシーンがあったりしたもので……つい、それを思い出してしまって」 「あっ……」 そうか! さっきのもキスをするチャンスだったのか!? 「今、俺が手当てしてあげるからね」 「こんなところで……沢山の人に、見られてますよ……」 「これは治療だから。恥ずかしがる必要なんてないんだよ」 「……あっ……ちゅぅ」 ………。 いや、無理だ。こんなこと俺にはできない。 何が無理って、真面目な顔でこんなこと言えない。途中で『何言ってるんだろ?』って絶対に笑う。 「流石に……こんな人が多い場所ではね」 「そ、そうですよね……す、すみません……こんな場所でキスするはずないのに……」 「本当、何考えてるんでしょう、私。頭の中、キスばっかりで……バカになっちゃってます」 「~~~……ッ!? 私、なんてことを言ってるんだろ!? 忘れて下さい! 今の恥ずかしい発言は忘れて下さい!」 ああー……なるほど。 朝武さんがさっき言ってた“恥ずかしいこと”って、こういう考えのことか……なるほど。 これは確かに恥ずかしいかもしれないけど、俺も似たようなもんだろうな。 「ほ、ほら、それよりも冷めないうちに飲んだ方がいいですよ」 「ああ、そうだね。でも朝武さん。今度は火傷しないように気を付けてね」 「わかってますよぅ……ふー、ふー……」 うーん……ラテを冷まそうとするその姿も、可愛い。 そんな彼女の姿を見ながら、俺もまだ温かい和紅茶に口をつける。 「あ、美味しい……これ」 「私、和紅茶って飲んだことないんですが、普通の紅茶とは違うんですか?」 「俺も詳しいことは知らないけど……名前からして日本で作られた紅茶なんだろうね」 「味の方は……渋みが少ない気がする。それに、砂糖を入れてなくてもほのかな甘みもあるかな?」 「ほうじ茶ラテは? どんな味がするの?」 「ミルクティーみたいな感じなんですが、ほうじ茶の香りもして、後味もスッキリしてます」 「そうなんだ? 結構甘いんだと思ってた」 「シロップを入れてませんから。そんなに甘くありませんよ。よければ、飲んでみますか?」 「あ、じゃあ、俺の和紅茶も飲む?」 そうしてお互いのカップを差し出す。 「………」 俺の手元に来たラテ。 これって……また、間接キスをすることになるのでは……? 間接キスなら前にもしたけど……いいのかな? 気にせずに口をつけちゃっても……。 なんかこういうこと、意識しながら飲む方が変態っぽいな。 これはほうじ茶ラテの味を確認するだけ。 「ゴク……っ」 ……確かにミルクティーっぽい感じだ。 でもそれ以上は……心臓がバクバクしすぎて、細かい味がよくわからない。 「どうだった? 和紅茶の味は?」 「いつもより薄味な気はしたんですが……」 「それ以上は、緊張しすぎてよくわかりませんでした。これって……間接キス、ですよね」 「そうなるね。俺も同じだ……味がよくわからなかった」 「はぁ……間接キスで、こんな風になってしまうなんて……」 「本当のキスをするには、まだまだ経験が足りないという事でしょうか」 まあ今日が初めてのデートだから。経験が足りないのは事実。 こういうことも、2人でいるのが自然な関係になれば、普通にできるんだろうな。 でも……こういうドキドキを感じるのも、不思議と悪い気はしなかった。 そうして、ゆっくりとお茶を飲みながら過ごす時間。 かなりデートっぽい雰囲気を堪能した俺たちは、弁当を食べることにした。 しかし店の中で堂々と、持ち込みの弁当を広げるわけにはいかない。 かといって、町を歩けば住人の耳目を集めてしまう。 そんな俺たちが選んだ場所は―― 「ここなら、人の目もなくゆっくりできるか……」 「でも、なんかデートって感じの場所じゃなくなかったかもしれないけど」 「そうですか? 十分デートですよ。確か都会ではこういうハイキングが流行っているんですよね?」 「山ガールでしたっけ?」 微妙に違う気が……。こんな風に整備されていない場所で、ハイキングと言っていいのだろうか? というか、情報が古い! テレビ番組だけじゃなく、こういう情報にも時差が生まれるんだろうか? 「んっ、んんーーーー……」 大きく伸びをする朝武さん。 まあ、本人がこうして気楽にしてるなら、俺はいいんだけど。 「こんな楽な気持ちで山に入ったのは初めてです」 今までは祟り神の件があったから。 昼間は大丈夫だとわかっていても、頭の隅にはどうしても残っていたんだろう。 でも今は、その心配もない。朝武さんにとってこれは、初めての経験なんだ。 「さっきまで、みんなから見られていたせいか……ちょっと気が楽です」 「俺も、そう思うよ」 芦花姉の店で休憩はできたものの……人の目がなかったわけではない。 こうして周りをまったく気にしないでいいのは、本当に気が楽だ。 「ところで、あの……朝武さん。そろそろ例のアレを」 「あ、そうですね。それでは」 そうして弁当を取り出す朝武さん。 それはいつも使わせてもらっている弁当箱ではない。 二段になっているところから見ると……一つの弁当を2人で分け合う感じだろうか? ああ……うん。なんかそういうシチュエーションってときめく! 「どうぞ。召し上がって下さい」 「ありがとう! いただきます」 手にしたお箸で、まずは肉団子を口に運ぶ。 「あむ……んぐんぐ……んん」 「ど、どうですか?」 「うん、美味しい! なんだか、いつも作ってもらってるのより美味しく感じるぐらいだ!」 「そうですか、よかった……」 「朝武さんの分も一緒に詰められてるんだよね? ほら、食べようよ」 「はい。いただきます」 そうして朝武さんも、自分のおかずを食べていく。 「作った本人の感想としてはどう? 満足のいく出来?」 「んん……でも、まだ茉子が作ってくれる方が美味しいですから」 「俺は今でも十分美味しいと思ってるけど」 から揚げや煮物。丁寧に作られたそれらに手間がかかっていることは、疑うまでもない。 本当に美味しくて、文句のつけようもないのに……これでもまだ足りないのか。 生真面目だなぁ。 「嬉しいけど、無理はしなくていいからね」 「無理なんてしていません。好きな人に喜んでもらえることが……一番嬉しいですから」 「………」 顔を赤くしながら、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。 そんな風に言われると……本当に嬉しくて、胸がキュンッとしてしまうなぁ。 「ありがとう、朝武さん。凄く嬉しいよ、その気持ち」 「本当ですか? よかった……ふふ……」 「―――ッ」 はにかむようなその微笑み。可愛すぎて心臓が止まるかと思った。 こんな子と、俺は恋人……本当の婚約者になったんだ。 ふとしたこと、些細なことで実感する幸せ。 “2人でいることが自然になれば”とは言ったけど……こんな幸せに、慣れることができるんだろうか? もしあるとしても……それはそれで怖いな。 この幸せに慣れてしまうと、もう幸せを感じることなんてできなくなりそうだ。 「嬉しいけど、ちょっと申し訳ないな。お世話になりっぱなしで」 「何言ってるんですか。私のお弁当を毎日食べたいってリクエストしたのは、有地さんの方じゃないですか」 「そうなんだけどさ。だからって感謝の気持ちを忘れちゃダメってこと」 「迷惑だとは思うけど、俺はこれからも弁当を作って欲しいと思ってる」 「でもその分、なにかお返しもしたい。俺も、朝武さんのために何かしたいんだよ」 「祟り神の件では、凄くお世話になりましたから」 「それはそれ。これはこれ。恋人って関係の中での話だよ」 「弁当を作ってもらってるお礼。なにか、させて欲しいんだ」 「朝武さん、何か俺にして欲しい事ってない?」 「して欲しいこと……?」 「そう。何かある?」 「それって……なんでも、いいんですか?」 「いいよ、俺に出来ることなら」 「ほ、本当に!? なんでもいいんですか!?」 「あ、いや……そんな風に念押しされると、ちょっと怖いんだけど……」 「もしかして、かなり難しい事?」 「いえ、とても簡単なことです。今、この場でもできますから」 「そうなんだ? いいよ、言って。教えてよ。朝武さんが何をしたいと思っているのか」 「それじゃあ……」 朝武さんは弁当にお箸を伸ばし、卵焼きを挟む。 そして、それを俺の方に向けて―― 「ど、どうぞ」 「えっ……え!?」 「もしかして、朝武さんのしたい事って」 「あ、あーん……です」 「………」 顔を真っ赤にして俯く朝武さん。 だが、その箸は揺れることもなく、まっすぐ俺に差し出されている。 「“あーん”が、したかったの……?」 「参考資料にあったんです。恋人はこういうことをするものだ、って」 「参考資料……?」 「あっ、いえ! 何でもないです!」 「とにかく“あーん”が、私のしてみたいことなんです。ダメ……ですか?」 「ダメなんてことは、全くないけどさ……」 まあ……こういう甘々なシチュエーションは、俺としても好みだ。 人目があるなら、俺も躊躇うけど……こんな山の中なら遠慮の必要はない。 「じゃあ……あ、あーん……」 「んむ、んむ……うん、美味い! 今日の卵焼きは、少し甘いんだね」 「はい。もしかしたら、町を歩き回るかもしれないと思って。疲れていたら甘い方がいいかなと」 「間違えて作ったわけではないんですが……大丈夫ですか? 甘くても」 「これぐらいほのかな甘みなら大丈夫だよ」 多分デザートぐらい甘くなっちゃうと、それはまた話が別だろうけど。 好きな子の手作りという補正を抜きにしても……これぐらいの甘さなら、普通に美味しい。 「よかった。それじゃあもう一つ、どうぞ」 「あ……あーん」 「あむ……むぐむぐ」 「うん。やっぱり美味いよ」 「よかったぁ……あ、こっちのから揚げもどうぞ」 「デカいな……一口でいけるかな……?」 「あーーーーむっ」 大きな口を開けるが、それでも一口では食べきれない。 変に頑張ったりせずに、俺は齧るようにしてから揚げを食べた。 「んむ、んむ……んっ! 凄い……冷めても美味しいね、これ」 「はい。ちゃんとお弁当用に、工夫して作ってありますから」 「具体的にはどんな工夫が?」 「先に鶏肉を茹でることで、固くならないようにしているんです」 「なんて偉そうに言っても、これも茉子に教えてもらったことなんですが……」 「そんなの気にしなくても。このから揚げにしたって、普通に作るよりも手間がかかってるんでしょう?」 「そのひと手間を加えて作ってくれたことが、純粋に嬉しいんだよ、俺は」 「それに、凄く美味しいから。ありがとう、朝武さん」 「有地さん……また恥ずかしい事言ってますね」 「え? そ、そうかな?」 言われてみると確かに、恥ずかしい事というか、くっさいセリフを言ってしまったかもしれない。 「でも、そう言ってもらえて嬉しいです……ふふっ」 そう言って笑った朝武さん。 ふとその視線が、俺が齧ったから揚げで止まる。 「もしかして、そのから揚げ食べたら、また間接キスに……とか考えてる?」 「はっ!? あ、ち、違いますっ。人の食べかけに口をつけるなんて、そんなはしたないことは考えていません。ただ……」 「初めて『あーん』をした思い出として、から揚げをコーティングして保存すべきか、防腐剤とかいるか……と考えていただけです」 「むしろそっちの方が引くよ! はしたないとか言うレベルじゃないよ!」 「そ、そうですか……?」 ……もしかして朝武さんは、実は病み気質の持ち主なんだろうか? 「あーむ」 「ああ……っ!?」 隙をついて、俺はから揚げの残りも食べてしまう。 現物がなくなれば、そんな怖いことはできないだろう。 「……折角の思い出が……」 「わざわざ食べ物を思い出にしなくても……」 「じゃあ代わりに、俺からも思い出をプレゼントしましょ~う」 「お、思い出のプレゼント……ッ!?」 今度は俺が卵焼きを箸で挟んで、朝武さんの口元へ。 「はい、口を開けて。あーん、って」 「え? え? わ、私がですか?」 「そう。恋人なんだからこれぐらいはね。俺からのお返しの思い出ってことで」 「はぁ……び、ビックリした……」 「思い出をプレゼントなんて言うから……てっきり、く、口移しでもされるのかと……あのマンガみたいに」 「………」 恋人として勉強してくれてるのはいいんだけど……。 その内容が、大分偏ってるなぁ。まさか口移しとは……。 「はい、あーん」 「……ぇ……ぅ……ぁ……」 目を泳がせ、動揺する朝武さん。 だが俺が引かないでいると、覚悟を決めたのか、口を大きく開けた。 「あ……あーん……んむ、んっ、あむあむ……」 「次はどれを食べたい?」 「その前に。今度はまた私の番です」 「どれを食べたいですか? 私が……また食べさせてあげます」 「卵焼きとから揚げで、2回食べたから……バランスを取るならまだ一回分、俺の番だと思うけど?」 「それは……か、から揚げを勝手に食べちゃった分で帳消しになりました」 「えー、それはちょっと横暴な気がするなー」 「横暴じゃありません。さあ、何を食べたいか教えてください」 「じゃあ……煮物を」 「わかりました。それじゃあ、はい、あーん」 「あーん……」 端から見るとおバカなカップルに見えたかもしれない。 ちょっと冷静になれば、自分でもそう思ったことだろう。 でも……彼女といると自然と心が高揚してしまって、冷静になることなんてできない。 それは朝武さんも同じらしい。そうして俺たちは、2人で甘ったるいぐらいの時間を堪能した。 「ごちそうさまでした」 「お粗末様でした」 「はぁ……満腹だ。もう食べられない」 「そんなに無理して食べなくても」 「残すなんてもったいない。それぐらい美味しかったよ」 「ありがとうございます……ふふ」 「こうして実際に頬を緩ませながら食べてくれる姿を見られて……本当に嬉しいです……」 「………」 俺も嬉しい。 朝武さんのその笑顔が……俺にも喜びを与えてくれる。 「それじゃあ、片付けてしまいますね」 「手伝うよ」 「いえ、大丈夫ですよ、これぐらい」 広げていた弁当箱を片付けるだけなら、むしろ1人の方が片付けやすいぐらいだろう。 そうして敷物もたたんで腰を上げたその時―― 「ひゃっ!?」 「朝武さん!?」 足を滑らせた朝武さん。その身体が大きく傾く。 考えるよりも先に身体が動いていた。 咄嗟に手を伸ばし、朝武さんの腕を掴む。 そして強引にこちらに引き寄せ、その軽い身体を胸で受け止めた。 「大丈夫!? どこか捻ったりしてない!?」 「い、いえ、平気です。ちょっと足を滑らせてしまっただけですから。怪我はしていません」 「ならよかった……」 「………」 安堵する俺の胸で、朝武さんが真っ赤な顔で俺を見上げている。 「なんか顔が真っ赤だけど……本当に大丈夫?」 「だ、だって……その……ち、近い……ですから」 「……あっ……」 俺は今、朝武さんを抱きしめているんだ。 そ、そりゃあ……赤くもなるはずだ。 「………」 俺だって意識した瞬間に、耳の先まで赤くなっていた。 そして心臓の高鳴りが激しくなる。 彼女の細い指先が、俺の胸板を優しくそっと撫でるように動く。 「見た目より……ガッシリしてるんですね」 「まあ、毎日身体は動かしてるから」 「ぁっ……有地さんの心臓……ドキドキしてます」 「そりゃあ、好きな人とこれだけ近ければ……」 「朝武さんは……ドキドキしてない?」 「し……しています」 潤んだ視線が絡まり合う。 互いの緊張が高まっているのが、触れ合う身体から伝わってきた。 こっ、ここは……キスだ。ここしかないっ! 「(これがキスをするチャンスでなくてなんだというのか!?)」 自分を鼓舞しながら、覚悟を決める。 そして、ゆっくりと顔を寄せていく。 「―――ッ!?」 そんな俺の行動に、朝武さんは大きく目を見開いた。 絡み合っていた視線が、左右に激しく泳ぎだす。 それでも俺は、諦めない。 「……ッッ……」 ついに朝武さんも覚悟を決めたのか、ゆっくりと目をつむる。 そして震える身体で俺を受け入れ―― 「んっ、ちゅ……」 唇と唇が優しく触れ合う。 ふわりと、朝武さんの香りが俺の中に広がっていった。 唇を合わせたまま、互いに固まってしまった。 「(こ、この先は……一体どうすればいいんだろう?)」 少なくとも恋人のキスって、こんなものじゃないよな? もっと……こう、動きがあったような気がする。 「ん……んんン………………んっ、んぅ」 朝武さんも同じことを思っているのか、口元をむずむずと動かしていた。 その度に、その柔らかな唇の感触が伝わって来て……。 「(こんなに柔らかいんだ……唇って……)」 「(キスって、気持ちいいかも……)」 もっとその柔らかさを堪能したくて、ぎこちなく唇を突き出し、ついばんでみる。 「んんっ、んっ……んふぅ……んちゅ、ちゅ、ちゅむ」 やがて真似をするように、朝武さんもぎこちなく俺の唇をついばみ始めた。 「ん、ん……ちゅぅ」 「ん……ちゅ、ちゅ……ちゅむ、ちゅっ、ちゅっ……」 2回、3回とついばみを繰り返すうちに、その気持ちよさからか、緊張もほぐれていく。 「ちゅ、ちゅぅ……んっ、んん……好き、大好きです……」 「んッ……俺も、好きだ……大好きだよ……ん、ん……」 言葉では説明しきれない気持ちよさ。 それと共に、胸の中がいっぱいになるぐらいの熱がこみ上げてくる。 これがキス……恋人同士の、キスなんだ……。 「はぁむ、んっ……ちゅっ、ちゅっ……んっ、んん……」 どうしよう、気持ちよすぎて止め時が見つからない。 そして何より、俺だけじゃなくて朝武さんも俺を求めてくれてる。 唇をついばむ動きは、もはや彼女の方が強いぐらいだった。 「んっ、んん……はっ、はぁ……はぁ……」 不意に彼女の唇が離れた。 でもその目が、嫌で離れたわけではないと語っている。 それぐらい彼女の眼はうっとりと、蕩けていた。 「キス……ですね」 「キス、だったね」 「これが、恋人同士のキス……で、いいんですよね」 「そのはずだけど。そう訊かれると、俺もそんなに自信はなくなるんだけど」 「でもきっと、間違いありません。だって参考資料にあった通りですから」 「キス……頭がボーっとしちゃうぐらい、気持ちよくて……もしかして私、はしたないですか?」 「どうだろ。そんなことないと思うけど……」 「俺も……気持ちいいと思ってる。キスに夢中になってる」 頬を染めて見つめ合う俺たち。 不思議と、そこに先ほどまでの気恥ずかしさはない。 むしろお互いに、もっとしたいと目が語っていた。 「私も……気持ちがよくて、だから……もう少しいいですか?」 「俺も同じこと思ってた」 「ん……ちゅ、ちゅ……ちゅむ……んっ、んんっ……」 再び重なり合う唇。 まるで彼女の体温が伝播するように、唇が熱い。 「ちゅっ、ちゅっ……はぁ、やっぱりキスってえっちなことかもしれませんね」 「だってこんなに、胸がドキドキするんですから……私も、えっちな子だったのかも」 「大丈夫。俺の方が、もっとエッチだから」 「それ、何が大丈夫なのかわかりませんよ。ん……んぅ……んんん……ちゅ、ちゅっ、ン……」 クスッと笑う彼女と、もう一度唇を重ねた。 溺れるように、キスの気持ちよさを堪能する。 「んっ、んん……んん――んぱ、はぁぁぁ……むッ……んんッ」 唇を離しても、それは息継ぎのようなもの。 再び、引き付けあうように唇がくっつく。 人目がないこともあって、何も我慢する必要はない。 俺たちは満足するまで、ひたすらキスを続けるのだった。 「まだ、胸がドキドキしています」 「まさか、キスがこんなに気持ちいいだなんて……それに、難しいものでもありませんでした」 「確かにね」 多分、気持ちいいキスを極める道はもっと長いんだろう。 でもロクな経験のない俺たちには、軽く唇を合わせるだけでも十分気持ちいいものだった。 「こんなことなら、もっと早くに経験しておけばよかったですね」 「色々と恥ずかしかったんだから、仕方ないよ」 付き合って長い期間経っているならまだしも、俺たちはこれからだ。 しかもお互いに超初心者なんだから。 「私……キスをすると、元気が出そうです」 「だから、もしプリンが用意できないときに落ち込んでいたら……キスで、励ましてもらってもいいですか?」 「んー……それは困る」 「ダッ、ダメですか?」 「だってプリンが用意できたら、キスできないってことになるから」 「プリンが用意できてもキスしたい」 「落ち込んでない時でもキスしたい」 「とりあえずキスしたい」 「………。なんだか、ちょっと軽い気がします」 「え!? そ、そう?」 「何と言いますか……まるでキスが目的みたいです」 「あー……そんなつもりじゃなかったんだけど」 「じゃあ、朝武さんとキスしたい。好きな人とキスをして、イチャイチャしたい」 「って、言い方ならどうかな? 少しは印象が変わる?」 「全然変わらないと思います」 「でも、正直に打ち明けると……私も好きな人とキスをしたいです……」 「………」 「わっ、私、なんだか恥ずかしいことを言ってますね、言ってますよねッ!?」 「別に恥ずかしい事ではないと思うけど。むしろ、俺としては……嬉しかったから」 「そ、そうですか……それならよかったです……」 「………」 頬を染める俺たち。 でもそんな雰囲気も、どこか心地いいと思えた。 「もう一回いい……?」 「……あっ、う……んっ」 言葉による明確な返事ではない。 だが彼女は静かに目を閉じて、唇を俺の方に向ける。 俺は彼女の肩をそっと掴み、もう一度顔をよせて唇を重ねる。 いや、重ねようとしたその時だった。目の前で彼女が苦悶の表情を浮かべたのは。 「んっ、くぅぅぅ……ぅっ、ぁっ……」 息を漏らしながら、その場で身体を震わせる。 「と、朝武さん!? どうしたの!?」 「やだ、こ、これ……この感覚……んんんッッ」 身悶えるようなこの反応って、どこかで……!? 「あっ、やっ、んっ、んんんッ、んぁぁッ――」 いつか見た時と同じように、限界を訴える声が漏れる。 そして次の瞬間―― 「なっ……」 「……なんで……」 呆然とする俺の前で、朝武さんは恐る恐る自分の頭に手を伸ばした。 あってはならない物が指に触れ、その表情が固まってしまう。 そして―― 「なんで耳がッッ!?」 「……んっ、んんーー」 「……ピピピ、うるさい……」 なんか、久々に目覚まし時計の音で目を覚ました気がする。 「朝武さんのところにいた時は、ムラサメちゃんが起こしてくれてたからな」 こうしてみると、電子音で起こされるより、誰かに起こされる方がいいものだな。 「……いや、それは甘えだな」 朝武さんの家を出た以上、ちゃんと自分でやっていかないと。 「というか、起きないと祖父ちゃんに叩き起こされそう……」 ここで生活するようになってからも、トレーニングは続けているんだから。 「よしっ、起きよう!」 「おはようございます」 「そんなに丁寧に挨拶しなくていいよ。俺は別に旅館の宿泊客ってわけでもないんだから」 「そうですか?」 「うん。学院とかと同じ接し方でいいから。その方が、俺としても気が楽だしさ」 「……わかりました。では改めて」 「おはようございますですよ、マサオミ」 「おはよう、レナさん」 「マサオミは早起きなのですね」 「それを言うならレナさんの方こそ。もうすっかり身支度も整えてる」 「これもお仕事でありますので」 「マサオミの方こそ、こんな時間からどうするのですか? 今日は日曜日でありますよ?」 「健康のために、朝は運動をするのが日課なんだ」 「なんと!? そのようなことを行っていたのですか」 「あと、休みでも用事があるんだ」 「実はアルバイトをすることになって」 「働くのですか? もしかして、この宿で?」 「いや、残念ながらここじゃないんだ。レナさんも、いつか行ったことのある甘味処だよ」 「おー! あの美味しいお店でありますか」 「よいですね……甘い物、食べ放題……じゅるり」 「さすがに、食べ放題は無理だよ。それに、仕事となると色々と事情が違うだろうから」 「む、それはそうですね。わたしも、志那都荘で働いてから、お宿は大変だとつくづく思いました」 「まあ、接客業だからねぇ」 「でも、毎日が楽しいのでありますよ! 日本に来て、大旦那さんのところで働けて幸せです」 「リヒテナウアーさん、こんなところでどうしたんですか?」 「女将」 「おはようございます、猪谷さん」 「おはようございます。なにか、問題でも?」 「いえ、違います。ちょっとした朝の挨拶をしてたんです」 「すぐに仕事に戻りますので、すみませんでした」 「まあ、朝の挨拶をするぐらいは問題ありませんが……その服のまま廊下での立ち話は感心できませんね」 「申し訳ないでした」 「俺もすみませんでした」 「いえ。ではリヒテナウアーさん」 「はいっ、お仕事に戻ります」 「俺も行かないと」 「はい、いってらっしゃいませですよ」 「いってらっしゃいませ」 「祖父ちゃん、おはよう」 「おはよう。では、行くか」 「よろしくお願いします」 いつもの延長線上の朝を、いつも通りに過ごした俺。 そして、いつもとは違う日常の前に俺は立った。 「………」 「……よしっ」 「おはようございます!」 「わっ、び、ビックリした……。なに? いきなり」 「いやほら、バイトだから。そこら辺のケジメをね」 「………」 「ぷっ、あははは!」 「な、なんだよ!? 笑うようなことか!?」 真面目に働こうという決意の表れなのに! 「ゴメンゴメン。そんなつもりはなかったんだけどね、いやぁ~まー坊も大人になったんだね」 「うん。職場での挨拶は大事だもんね、偉い偉い」 「子ども扱いしなくていいよ」 俺の頭を撫でようとする芦花姉の手をひょいっとかわす。 「別にバカにしてるつもりはないから。ただね、まー坊も成長してるんだなぁって」 「身体だけじゃなく、ちゃんと中身もね」 「うん。おはようございます、今日からよろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 芦花姉はニッコリ笑って、丁寧に頭を下げた。 つられて俺も頭を下げる。 「さてと、せっかく来てもらったんだから、さっそく働いてもらおうかな」 「何なりと申し付け下さい。で、本当に何をすればいいの?」 「そうだね、とりあえずはお父さんの手伝いかな?」 「でも、自分以外の人が厨房に立つの嫌いなんじゃないの?」 「味に関わることを他の人に任せたくないとは言ってるけど、力仕事も多いからね」 「まー坊はまず、そういう部分でお父さんの手伝い」 「で、厨房の方が落ち着いたら……そうだね、パフェとかの作り方を覚えてもらおうかな」 「あー、そうそう。あとメニューの品と値段も覚えてもらわないと」 「………」 単純に身体を動かせばいいかと思ってたけど……結構覚えることもあるんだな。 でも、今さら尻込みしても仕方ない! 「うっす! 頑張ります!」 「うん、いい返事。じゃあ、まずは……お父さーん、お母さーん」 「どうしたの? 大きな声を出して」 「なんだ?」 芦花姉に呼ばれて、奥から2人が現れた。 接客は芦花姉や小春とかばっかりだったから、こうして2人と顔を合わせるのは久しぶりだな。 って……正直、あんまり顔とか覚えてないけど。 「今日からお世話になります、有地将臣です。よろしくお願いします」 「有地将臣……って、もしかして、都子さんの?」 「そうです。息子です」 「久しぶりね。わー……大きくなっちゃって。昔はよく芦花と遊んでいたわね」 「この店にも、何度か来ていたな」 「はい。お久しぶりです。お世話になりました」 「昨日話した新しいアルバイト、まー坊だから」 「そうだったの? よろしくね」 「アルバイトすることも初めてなので、ご迷惑をかけるとは思いますが、何卒よろしくお願いします」 「あらやだ、しっかりしてるわね」 ……しっかりしてるとか、初めて言われたかも!? 「じゃあ、ひとまずまー坊はお父さんに任せるから」 「よろしくお願いします」 「よろしく頼む」 「素人なので、足を引っ張るとは思いますが」 「あっ! でも、簡単な料理ぐらいはできますから、何でも言って下さい」 「ああ、わかった。そう気張らなくていい」 「はい」 「おはよーございまーす」 「おはようございます」 「おはようございます」 「どうしたんですか? みなさん、集まって」 「まだ話してませんでしたね。今日から1人、新しくアルバイトを雇うことにしたんです」 「有地将臣です。よろしくお願いします」 「内藤千代です。よろしくお願いします」 「鞍馬小春です。よろしくお願いします」 「年下だけど、このお店では先輩だから、何かあればいつでも頼るように、なんちゃって……えへへ」 「いや、先輩なのは事実だから。困ったことがあれば、頼らせてもらうよ」 「何はともあれ、よろしくね、お兄ちゃん♪」 「よろしく」 「なに? 小春ちゃんと有地君は知り合いなの?」 「従兄なんです」 「へー……」 「じゃあ、早速はじめるか。こっちに来てくれ」 「はい!」 「アタシも準備しないと」 「プリン、3つお願いします。あと、和紅茶2つと抹茶1つ」 「はーい」 プリンは今朝の内に作り終えて、冷蔵庫に冷やされている。 俺はそれを3つ取り出し、お盆の上に載せる。 「プリン、ここに置いておきますね」 「ありがとう。さてと、抹茶抹茶~っと」 「こっちもプリン、お願いします」 「はーいっ」 忙しい! 思ってたよりも忙しいぞ、コレ! 基本的には、芦花姉のお母さんが飲み物担当。 お父さんの方が調理担当。 基本的な仕込みは今朝の内に終えているのだが、あまりに早くなくなりそうなら、途中に追加で作ることもある。 そういう時、お母さんが1人きりになってしまうらしい。 かといってこっちに応援に来てもらうと、接客の手が足りなくなる。 なるほど。忙しいことが重なると、かなり厳しそうだな。 「和パフェ2つ、お願いしまーす」 「は~い。ってあら、白玉団子なくなっちゃった」 「おい、白玉団子、ゆでてくれ」 「え? 俺が、ですか?」 「難しいもんじゃない。団子は俺が作るから、お湯を沸かせておいてくれ」 「はい!」 たっぷりのお湯を沸騰させてから、中火に戻す。 そして丸められた団子を入れていく。 しばらくして、団子が浮き上がってくるのを見つめながらも、触らずに数分ゆで続ける。 それから白玉団子をすくい、氷水を入れたボウルで冷やしていく。 「できました」 「ああ……いいだろう。ありがとう」 「そっち、任せるぞ」 「はいはい」 「ついでだからパフェの作り方を覚えてくれる?」 「はい、よろしくお願いします!」 「ありがとうございましたー」 「はぁ……ようやく、山は越えたね」 「お疲れ様」 「社長もお疲れ様です」 「だから、社長は止めて下さいってば。それよりも、今のうちに休憩を取っちゃいましょう」 「小春ちゃんと千代さんは、先に休憩に入っちゃって下さい」 「はーい」 「それじゃあ、休憩入ります」 「………」 「まー坊、お疲れ様」 「お疲れ様、芦花姉」 「まー坊も休憩に入っちゃっていいんじゃないかな?」 「いや、厨房のこともあるから。休憩とかなくても全然大丈夫」 「ダメです。6時間を超える労働では、休憩を取ってもらわないとウチが困るの」 「そういう法律があるんです」 「へー、そうなんだ?」 「だから、いくら大丈夫だと思ってもちゃんと休憩は取るように。お昼だってまだでしょう?」 「わかりました、社長」 「からかうのはやめなさいっての」 ペシッと軽く頭を叩く芦花姉。 そして、その手をひらひらと振って、笑いながら奥に引っ込んでしまった。 「……芦花姉……大人になったんだなぁ。ちゃんと経営者をしてるんだ」 「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」 「ここは何がオススメなんですか?」 「どれもこだわって作っていますから美味しいですよ」 「個人的な意見を申し上げますと……プリンなどは如何でしょう?」 「卵や牛乳、砂糖も厳選した材料で作ったプリンで、甘過ぎないんですが、決して薄味というわけではありません」 「夕方前に売り切れてしまう日もあります」 「へー……じゃあそれにしよ!」 「私も。プリン2つ」 「大きなお荷物、こちらでお預かりしましょうか?」 「ああ、ありがとうねぇ」 「こちらにどうぞ。もしよろしければ、クッションを用意することはできますが」 「じゃあ、頼める?」 「はい。少々お待ち下さい」 「よしよし」 「お客様」 「あ、ごめんなさい。この子ったら急にぐずり始めてしまって」 「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、もしミルクが必要でしたら、こちらで温めることもできますので、お気軽に申し付け下さい」 「本当ですか?」 「それじゃあ……お願いしてもいいですか?」 「はい、もちろんでございます」 「………」 「あ、まー坊。ちょうどいいところに」 「このミルク、お母さんに持って行ってくれる?」 「了解」 「よろしくね」 「………」 芦花姉……テキパキ働いてるのに、気遣いもちゃんとできてる。 今の俺が接客をしても、きっとマニュアル通りの対応しかできないだろうなぁ。 「そういえば……芦花姉って、昔からテキパキしてたっけ」 俺たちの間で一番年上だったという事もあり、俺たちが頼っていた部分もあると思う。 でもそれを差し引いても、計画を立てたり、小春の面倒を見てたのは芦花姉だったなぁ。 「って、いかん!」 思い出に耽っている場合じゃない。仕事だ、仕事。 「すみません」 「どうかした?」 「お客さんからミルクを頼まれまして」 「あー、そう。うん、じゃあこれはアタシに任せておいて」 「こういうことって、よくしてるんですか?」 「こういうこと?」 「赤ん坊用のミルクを温めたりとか」 「そうね。そういうことならよくしてるわね。小さい店なんだから、フットワークは軽くいかないと、ってあの子が言い出して」 「へー……」 おばさんは、お湯を淹れてミルクをよく溶かしながら思い出す様にそう言った。 「この店もね、気付くとこんなにお客さんに入ってもらえるようになって……これも、芦花のおかげね」 「その分忙しくなっちゃって、いい事ばっかりでもないんだけどね。あはは」 「芦花姉って、いつから社長をやってるんですか?」 「学院を卒業してすぐにね」 「卒業後の進路でね、あの子とあの人が揉めちゃって」 「揉めた? 芦花姉と、おじさんがですか?」 「学院を卒業したらどうするのか訊いたら、ウチで働こうか、って気軽に言うもんだから」 「『お前になんかできるか』『できますぅー』『ならやってみろ!』なんて言い合いになっちゃってね」 「売り言葉に買い言葉だったと思うんだけど、どっちも意地になっちゃって」 「それで……芦花姉が店の経営を?」 「お店の経営って楽じゃないから」 「本当にやっていくつもりなら、実際に経験するのが一番だと思ってね」 芦花姉は、押し付けられたなんて言ってたけど……なんだ。 本当は、やる気があってはじめてるんじゃないか。 でも……そうだよな。経営なんて、押し付けられて、嫌々できるものじゃないと思う。 もし仮に、本当に押しつけられたのだとしても……それで、こんなにお客は入ったりしないだろう。 「でもあの子のおかげで、お客も増えて……あの人、本当に悔しそうなのよ」 「え? おじさん、喜んでないんですか?」 「娘が店を大切に思ってくれていて嬉しさ半分、勢いで任せてみたら本当に成功させちゃって悔しさ半分」 「あ、今も喧嘩が続いてるとかじゃないから。ウチの人が勝手にそう思ってるだけだから。あんまり気にしないで」 「それにね、経営よりも、お菓子を作るだけの方が性に合ってる人だから」 「実は今ぐらいの方が、性に合ってるのよ」 「適材適所ってやつですね」 俺も……卒業後のことを、ちゃんと考えていかないとなぁ……。 わかってはいても、これがなかなか……。 「ほうじ茶と抹茶おねがいしまーす」 「はいはい。これ、芦花によろしくね」 「はい」 人肌にまで冷まされた哺乳瓶を受け取り、俺はフロアに戻る。 「芦花姉、はい、ミルク」 「ありがとう」 「お待たせしました、お客様」 「ありがとうございます」 「お邪魔しますっ」 「タイショー、やってますかー?」 「はい、いらっしゃいませ」 芦花姉は、俺から見てもわかるぐらいテキパキ働いている。 それでも間に合わないぐらい、お客さんは沢山来ていた。 「お待たせしました。こちら、和紅茶でございます」 紅茶を差し出し、頭を下げて俺は裏に戻ろうとした。 「すみませーん」 「え? あ、は、はい、なんでしょうか?」 「この抹茶パフェなんですけど、どんな物なんですか?」 「それは、ですね……あの……」 「抹茶をですね、パフェにした、大変美味しいものでして」 「それぐらいはわかりますよー」 思い出せ! 確か以前に、誰かが食べていたはずだ。 確か……確か……。 「ありがとうございましたー」 「(……こ、小春……ッ)」 「ん? や、やだもう……お兄ちゃん、そんなに見つめられたら照れるよ……」 「(ちっがーーうっ!)」 「えっと、抹茶のアイスクリームにですね、白玉団子や、えっと……」 「んん? ……あっ」 「抹茶のアイスクリームに白玉団子、きな粉のクッキーなどをトッピングした彩り豊かなパフェになっております」 「甘すぎるのが気になる方でも、抹茶のパウダーをご用意させていただきますので、お好みの味にできますよ」 「へぇー。なら、それにします」 「抹茶パフェを2つ」 「畏まりました。少々お待ちください」 「失礼いたします」 小春と一緒に、俺はそのテーブルから立ち去った。 「はぁ……悪いな、小春」 「仕方ないよ。初日だもんね。それに急に仕事をすることになったんだから、わからないことも多いよね」 「迷惑かけて、足引っ張ってるな」 「そんなの、私だって最初はそうだったよ。お姉ちゃんに迷惑かけっぱなしだったもん」 「その分は、先輩となった今こそ返すときだから。それに、お兄ちゃんに頼られるのは悪い気がしないしね」 「わからないことがあったら、何でも私に聞いてくれていいよ」 「そうだな。困ることがあったら、すぐに小春を頼らせてもらうよ」 「ふっふーん、いつでもどうぞ」 そうして胸を張る小春。 小さい身体で精一杯威張ろうとするその姿が、なんか微笑ましい。 「ありがとうな、小春」 「じょ、冗談だよ。そんな真面目に言わないでってば」 「それにね……お兄ちゃんと一緒に働けて、楽しいから」 「こんなに迷惑をかけてるのに?」 「お姉ちゃんやお兄ちゃんと一緒に働いていると、昔みたいで楽しいから」 「廉太郎はいないけどな」 「あのバカ兄はどうでもいいの。お店で働くと迷惑をかけるだけなんだから」 「小春ちゃーん、ちょっといい?」 「あ、はーい」 「それじゃあ私は、ご注文を通してくるね」 「あ、悪いな、話し込んで。ちゃんと仕事しないとな」 「さて……残りの時間も、しっかり働かないと!」 「それじゃあ、私はお先に失礼します」 「お疲れ様でーす」 「お疲れ様です」 「今日は色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」 「え? あー、別に迷惑だなんて思ってないってば」 「でも、覚えることはちゃんと覚えようね」 「はい。頑張って一日でも早く」 「それじゃあ、お疲れ様」 「お疲れ様です」 「さてと、それじゃ掃除をしてしまいますかね」 「あれ? 内藤さんは先に帰っちゃったけど?」 「内藤さんはもう結婚してるから、家の夕食を作らないといけないんだよ」 「それに、掃除だけならアタシたちだけでもなんとかなるから」 「じゃあお姉ちゃん、看板しまっちゃうね」 「うん、お願い。さてと、洗い物を片付けちゃわないとね」 そういって芦花姉は、テーブルの上のお皿やコップを一気に積み上げ始めた。 「そんなに積んだら危なくないか?」 「平気平気。これぐらいは慣れたモノだよ。――よっと」 そういって、芦花姉が積み上げた皿を持ち上げた。 「おっとっと……ッ」 「危ない、芦花姉」 「と……?」 ふらつく芦花姉の後ろから、芦花姉の身体と、その腕を支える。 「大丈夫、芦花姉?」 「こりゃ……どうも」 「やっぱり一気に持ちすぎだって。ふらついてるじゃないか」 「あはは。ごめんごめん、心配かけちゃったね」 一日中、立ちっぱなしで仕事をしたあとに掃除。 結構体力勝負なんだな、こういう店も。 「洗い物は俺がやるから」 そう言いながら、半ば強引に芦花姉の手から皿を奪ってしまう。 「っていうか、今日迷惑をかけた分、掃除は俺が1人でやるよ?」 「何言ってんの。新人にそんなこと押し付けたりするわけないでしょ」 「でも、ここはお言葉に甘えて……アタシはフロアの掃除をしちゃおうかな」 「にしても……」 「……なに? どうかした?」 「いや、まー坊も……男になったんだなぁ、と思って」 「なんだそれ? もともと男だよ」 「まあ、男の子ではあったけどね」 「………? まあいいや、とにかく洗い物は俺がしとくよ」 「うん。よろしくお願いします」 「………?」 何をそんなにニヤニヤしてるんだろう? まっ、いいや。 掃除を終えた俺は、店内でメニューを携帯で撮っていく。 「お兄ちゃん、何してるの?」 「ああ、ちょっとな」 「なに……? 盗撮……?」 「誰もいない空間を盗撮してどうするよ」 「あはは。冗談だってば。お兄ちゃんがそんな廉兄みたいなこと、するわけないもんね」 「いや、盗撮なんて犯罪行為は、廉太郎でもしないだろう」 「そうであることを切に願ってるよ、身内としては特に」 「で? お兄ちゃんは、何を撮ってたの?」 「んー……メニューを、ちょっとな」 「メニュー? ふふふ、そっか、よかった」 「ん? なんだよ?」 「お兄ちゃんがちゃんと続けるつもりになってくれて嬉しいなって」 「これからも、よろしくね、お兄ちゃん」 「こちらこそ、よろしくお願いします、先輩」 「先輩……先輩……ふふっ、いい響きだね」 「2人とも、お疲れ様~」 「お疲れ様、お姉ちゃん」 「お疲れ、芦花姉」 「特にまー坊は初日お疲れ様。本当にありがとうね」 「それで、どうだったかな? これからも働いてくれる?」 「お姉ちゃん、その心配はないよ。お兄ちゃんってばメニューを写真で撮って勉強しようとしてるんだから」 「そうなの? まー坊は真面目だね。うん、そういうところは相変わらずで、いい子だ」 「ちゃんと覚えないと、いつまでも迷惑をかけてばっかりだからさ」 「なるべく早く力になれるように努力するから、これからもよろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 そうして俺は、芦花姉のところでこれからも働く決意をするのだった。 「えーっと……わらび餅が650円……にしても、結構高いな……」 「とはいえ、見た目からして違うし、それだけの価値というか、理由があるんだろう」 それをちゃんと説明できるようにならないとな。 「なになに?」 このわらび餅は本物のわらび粉で作られている……? そういや、小春が言ってたな。 でも『本物』の内容については、知らないまま。 というか、そもそもわらび餅の作り方もしらない。 ……覚えなきゃいけないことは、名前と値段だけじゃなくて、もっと色んな知識を頭に入れていかなきゃいけないな。 「あ、マサオミ」 「うーむ……720円……980円……」 「……ぶつぶつ……」 「……マサオミ?」 山に入った俺は、手で土を掘り起こしてみる。 軽く掘ったところで、目当ての透明な石の欠片が姿を現した。 「どうですか、見つかりましたか?」 「うん。あったよ」 「よかった」 「待って。間違いないか、先に確認してみるから」 俺はポケットから、大きくなった欠片を取り出す。 最初に俺が見つけた欠片から始まり、ムラサメちゃんが見つけてくれた欠片。 加えて、レナさんが持っていた欠片。 3つの欠片を1つにしてから、3週間近く経った。 ムラサメちゃんが山を探し回って見つけてくれた欠片がもう2つ。 他にもお祓いして、祟り神の消えた場所から回収した欠片が2つ。 合計7つの欠片が、1つの憑代に戻っていた。 そしてまた、見つけたばかりの欠片を近づけると―― 欠片は光を放ちながら、吸収されるように憑代と結びつく。 そしてまた、ほんの少し大きくなる憑代。 「流石に、大きさの変化が少しずつになってきたな……」 「でも変化をちゃんと感じられるのは、嬉しいですね」 「最初はほんの小さな欠片でしたからね」 まあ、コツコツやっていくしかないのかな。 「ムラサメ様、他にはもう見当たりませんか?」 「……残念ながら。効率よく見つけられるとよいのだが……しらみつぶしに当たるしかなくてな」 「仕方ないよ。他に代案も思いつかないんだから」 「お役に立てず、申し訳ありません」 「押し付けちゃって、ゴメンな」 「少しずつでも前進しておるのだ。その役に立てるのなら、吾輩も嬉しいぞ」 「……ありがとう」 「ありがとうございます」 「そんな真面目な顔で、そんなことを言うではないっ」 「お……面はゆいではないか……ほれ! 日が沈まぬうちに山を下りるぞ」 「はいはい」 そうして欠片をポケットにしまい、俺たちは山を下りようとした時―― 「―――」 不意に俺は後ろを振り返った。 だが、特に変な物が見えるわけでもない。 「有地さん? どうかしましたか?」 「いや、なんか……呼ばれたような気がして」 「声なんて、聞こえませんでしたよ?」 「いや、俺も実際に誰かの声が聞こえたわけじゃないんだけどね」 気のせいだとは思う。 思うけど……なんか、妙に気になる。 そうして振り返った先を睨むように見つめると、一瞬足元がぐらついた。 「……ッ」 「ご主人?」 「ちょっと眩暈が……」 「体調がすぐれませんか?」 「朝のトレーニングも普通にできたし、特に熱っぽいってこともないんだけど」 「んぃっ……ぅぁっ、はっ」 首を傾げる俺の視界の隅で、突然朝武さんが身体を震わせ始めた。 「芳乃様?」 「これって、もしかして?」 ブルッと、大きく身体を震わせた朝武さん。 その頭にピョコッと、また耳が生えた。 「はっ、はぁ……はぁ……」 「大丈夫か、芳乃」 「はい……身体が変な感じになるのは、耳が出る瞬間だけですから」 「とにかく、すぐに下りた方がいい」 そうして俺たちは山を下り、夜になってから出直すことになったのだが……。 「………」 どうにも気になる……あの時の気配。 朝武さんの耳が生えたってことは、祟り神が現れる前兆なんだろうけど。 「(いつもは、俺のほうには何も反応なんてないのに……山の中に入って距離が近かったせいかな?)」 そういう可能性は十分にあるけど、なんで呼ばれたような気がしたんだろう? う~ん……なんか、妙に気になるなぁ。 「………」 「有地さん、どうかしたんですか?」 「ああ、いや」 「山が……気になるのですか?」 「授業中も山のことが気になっていたようですし」 「バレてました?」 「もちろんです。ワタシ、忍者ですから」 「ダメですよ、授業にちゃんと集中しないと」 「わかってはいるんですけどね」 「そんなに気にするなんて……まさか、何か大きな危険を感じられたのですか!?」 「いや、そういうわけじゃないです」 「別に何かがあったわけじゃなくて、気をつけないと、って考えていただけで」 「でしたら、いいんですが……」 「………」 「むしろ、常陸さんのほうこそどうしたんです? いつもより元気がないようにも見えますけど」 「そうですか? 自分では意識してないんですが……」 「やっぱり心配なんです。ワタシは怪我のせいで、今は大人しくしていることしかできませんから」 駒川さんの診断通り、常陸さんの負った怪我は結構長引いていた。 「その気持ちはわかる」 俺も最初に手伝おうとしたのは、それが理由なんだから。 「大丈夫。朝武さんのことは俺が守るから! 大船に乗ったつもりで――」 「とは、言えないかも知れないけど、俺のことを信用してもらえないかな?」 「いえ! 別に有地さんのことを信用していないわけでは」 「だったら、大人しくちゃんと養生すること。約束だよ」 「……わかりました。約束です」 そうして常陸さんが、しょうがないといった様子で笑みを浮かべたそのとき、頭上から声がした。 といっても、人の声ではない。 「にゃぁ~~」 「あれ?」 「猫……ですね?」 俺たちがそろって見上げると、木の上に子猫がいる。 そう高くもない位置、男ならジャンプすれば枝には届きそうだから、2メートル半ぐらいだろうか? 「どうやら下りられなくなってしまったみたいですね」 「このままにはできないか」 とはいえ、ジャンプして枝に飛びついたりすると危ないな。 「ワタシにお任せ下さい」 「え!? いや、でも……高所恐怖症でしょう?」 「それは確かにそうですが、でも今回は大丈夫です。さすがに2メートル程度なら、ワタシでも」 「………」 って言ってもなぁ。 確かに大したことない高さだけど、高所恐怖症の人がコレぐらいでも眩暈を起こすのも珍しくない。 「今日はお祓いも控えているんです。もし子猫が暴れて落ちたりしたら」 「ソレを言われるとなぁ」 多分大丈夫だけれど、絶対とは言い切れない。 「それにですね、有地さんは自分を信用して欲しいと言いましたよね」 「確かに言ったけど?」 「でしたらその分、ワタシのことも信用して欲しいものですよ?」 「………」 「わかった。それじゃあここは、常陸さんにお任せします」 「はい」 胸を張って答えた常陸さん。 そのまま木の幹を蹴るようにして、ササッと登ってしまう。 ……相変わらず、人間離れした登り方だ。 なんでほぼ垂直に駆け上がることができるんだろう? 疑問に思う目の前で、一瞬にして子猫の枝まで登った常陸さん。 子猫に優しく声をかける。 「いっ、いいい今、下ろしてあげますからね」 「………」 残念ながら、その声は完全に震えていた。 「た、高い……微妙に高い……」 「(やっぱりそうなるのか!?)」 とはいえ、今さら声をかける方が危険だ。 ここはすぐにフォローができるように、近くにまで移動しておこう。 普通ならコレぐらいの高さ、難なく着地できるだろうけど……今はあの様子だしな。 「大人しく、大人しくしていて下さい。るーるるるるる……るーるるるる」 「にゃあぁぁ~~」 「ひぃ!? 逃げないでぇ、動かないでぇ、揺らさないでぇ、離れないでぇ」 「………」 体勢を低くして、猫と同じ目線になって必死に手を伸ばす常陸さん。 ああ、危なっかしい! 「あと少し……もう少し……」 頼りない枝の上で、ググッと手を伸ばす常陸さん。 「にゃぁ」 「あ、やった! 子猫確保!」 「にゃぅ、にゃぅ、にゃっにゃにゃあ!」 「あ、待って! ダメ、暴れないで、お願いですから」 「あばばばば揺れる、揺れるぅ」 「あっ、きゃっ、きゃああぁっ!?」 「ッッ!?!?!?」 慌てる常陸さんの半身が、枝から外れる。 そして、そのまま重力に引かれた常陸さんと子猫が一緒に落ちて―― 「ふんぐっ!!!」 両腕を通して、足腰にまで激しい衝撃が走る。 それでもギリギリ受けきることができたのは、きっとトレーニングで身体を鍛えたおかげだな。 そして何よりも、枝の高さがそれほどでもなかったからだろう。 にしても、これぐらいの高さでこの衝撃か……。腰が逝くかと思った。 「ぐっ、くぅぅ……」 「―――ッ」 「ひ、常陸さん……無事?」 俺が声をかけると、恐怖で閉じられていた目蓋がゆっくりと開かれる。 「え? あ、あれ? ワタシは一体……」 「にゃぁ~~」 キョトンとした常陸さんの顔。 そして呑気な子猫の鳴き声。 痛みとかはなさそうだな。 「大丈夫? どこかに痛みは?」 「あ、はい……いえ、へ、平気です。痛みなんてどこにもありません」 「ならよかった」 「にゃんっ」 お礼というわけでもないだろうが、元気に鳴いてから、常陸さんの懐から飛び下りる猫。 先ほどまで木の上で震えていたのが嘘みたいに身軽な動きで、そのまま走り去っていく。 「あっ……行っちゃった」 「あんな風に動けるってことは、怪我もないってことだと思う。よかった」 「そうですね。当初の目的は果たせたんですから。でも――」 「ワタシ、枝から落ちてしまったような気がするんですが……?」 「落ちたよ、子猫と一緒に。手を滑らせて見事に、スルッとね」 「でも、痛くない……?」 不思議そうに首を傾げる常陸さん。 そしてようやく、自分の状況を見る余裕ができたのか、俺に抱きかかえられている状況に気付く。 「ッ!?!?!?」 「あのっ、あのっ、こ、こ、これっていわゆるお姫様抱っこ……というものでは?」 「まあ、そういう体勢ですね」 こうして背中から受け止めたということは、多分ロクな受け身も取れなかった可能性が高い。 移動しておいて本当によかった。 「常陸さんと子猫が枝から落ちたので、咄嗟に」 「本当によかった。受け止めることができて、誰も怪我をしなくて」 「ッッッ」 目を見開き、顔を真っ赤にする常陸さん。 おぉ……こんな風に照れる常陸さん、結構レアな気がする。 そして次の瞬間、隠すように真っ赤な顔を両手で覆ってしまった。 「すみませんっ、すみませんっ、お恥ずかしいところを」 「いや、それはいいんだけど……大丈夫?」 「は、はい。問題ありません」 「ならいいんだけど。それって、別に苦痛の顔を隠してるわけじゃないんだよね?」 「もちろん、どこか痛むという事はありませんので……」 いつもよりも弱々しい口調で、その手をのける。 その下からは、ビックリするぐらい顔を赤くして、絶対にこちらを見ようとしない常陸さんが現れた。 「力、強いんですね……」 「まあ、女の子を持ち上げるくらいなら。最近鍛えてますしね」 「というか常陸さん、軽いですから」 本当、この身体の軽さは……予想していなかった……と口にするのは失礼だな。 常陸さんは女の子で、大柄というわけでもない。 でもあの忍者としての動きを見ていると、そういうか弱い印象は受けないから。 「まさか、こんな風にお姫様抱っこされる日が来るなんて思っていませんでした」 「俺も、現実にこんな格好をすることがあるとは思ってなかったよ」 「マンガで見たことはありましたが……本当にこんな体勢に……意外と、安定しているものなんですね」 「まあ、落としちゃいけないと思ってかなり踏ん張りました」 「もしかして、マンガで見て憧れていた感じですか?」 「憧れ……というほどではありませんが、その……どんな感じなんだろうって思ってはいました」 「ちなみに実際にされてみて、どんな感じですか?」 「有地さん……思っていたより、力強い」 「……あ、ありがとうございます……?」 「あ、いや、その、今のはつい言葉を漏らしてしまっただけで」 「その……その……も、申し訳ありませんっ」 「………」 何をそんなに謝っているのか。しかもまた顔を隠してしまう。 いつもの態度とは全然違う……また、新しい一面を発見してしまった。 まあ確かに、お姫様抱っこは恥ずかしい。俺だってそう思う。 でもここまで恥ずかしがるなんて……なんというか、意外とメンタルが乙女? 「もしかして、こういうの苦手?」 「みたいです……こんな風に殿方に抱きかかえられるなんて……は、初めてで……すごくドキドキします」 「男が苦手、ってわけじゃないよね?」 「はい。特に苦手意識や嫌悪感を持っているわけではありません」 「ただっ、そのっ、なんと言えばいいのやら……と、とにかく恥ずかしくってッ」 男自体に苦手意識はなくとも、男とのコミュニケーションは恥ずかしいのかも……? ……謎だ。俺が怪我をしたときは、性器を見てもあんなに普通にしてたくせに……。 「あのっ、もう十分です! 身体に痛みもありませんから、おろして下さい」 「あ、はい。でも……大丈夫ですか? また腰が抜けたりしてません?」 「腰はおそらく大丈夫なんですが、その……緊張とドキドキで、身体が上手く動かなくて」 「わかりました。じゃあゆっくりと下ろしますからね」 「はい……よろしくお願いします」 「いつまでも抱きかかえたままで、すみませんでした」 「いえ、元はと言えば、ワタシのせいですから」 「それはまあ……。怖いのなら、これからは俺に任せて下さい」 「……はい。申し訳ありません」 「有地さんの方こそ、大丈夫でしょうか? どこか身体に異常は?」 言われて俺は、自分の身体を確かめる。 肩を回してみたり、屈伸してみたり、腰をひねってみたり。 多少の衝撃を受け止めたものの、どこか痛みを覚える箇所もない。 「大丈夫です。どこも痛めていませんから」 「そうですか、よかった……」 「お互い怪我がなくてよかったですよ」 「本当に申し訳ありませんでした。まさか、受け止めてもらうだなんて……お姫様抱っこ……~~~ッッッ」 「し、失礼しますっ」 そう言って、一瞬で逃げ去る常陸さん。 「おぉ……凄い早い……」 あの様子なら、身体を痛めたなんてことはないだろう。 それに、祟り神にやられた怪我の影響もなさそうだ。 にしても……。 「本当に軽かったな」 「あと、柔らかかった」 全体的に想像していたよりもずっと柔らかくて……ああ、やっぱり女の子なんだなと思ってしまった。 そして意外と、恥ずかしがり屋だった。 いやまぁ、お姫様抱っこなんて普通に考えてとても恥ずかしい事だとは思うけど。 「ぅぅ……今後、変な意識をしてしまいそう……」 自制心自制心。 変な奴だと思われないようにしないと。 それに、気を抜いている場合じゃない。 「夜にはお祓いに行かないといけないんだから」 「――ふっ!」 叢雨丸を素早く鋭く振り抜く。 軽い手応えと共に、祟り神の触手を断つと、斬り離されたソレは黒い霧となって消えていく。 同時に、残った本体が吠えるように大きく身体を震わせた。 「朝武さんっ!」 「はいっ!」 声に合わせて、祟り神の横合いから飛び出した。 しっかりと握った鉾鈴の先端を、祟り神に向けて相手の懐に駆け込む。 祟り神が触手を翻す。 だが、俺も棒立ちはしていない。大きく踏み込んで間合いを一気に詰める! 「このぉぉぉぉぉっ!」 今度は先端だけでなく、根元から触手を斬り飛ばした。 「やああぁっ!」 触手を失った祟り神が新たな動きを見せるよりも早く、朝武さんが鉾鈴をその身体に突き立てる。 泥のような黒い塊が震え、先ほどの触手よろしく、霧散していった。 「はぁ……はぁ……」 穢れを祓った朝武さんの頭から、ゆっくり獣の耳が消えていく。 「朝武さん、怪我はない?」 「有地さんの方こそ。その腕はまだ完治はしていないんですよね?」 「これは傷を覆うフィルムがズレないように、包帯で固定してるだけ。腕の痛み自体はもうないから」 「それならいいんですが」 お互いに安堵したとき、叢雨丸の光がすぅ……と消えていく。 代わりに、ムラサメちゃんがその場に姿を現した。 「2人とも、欠片を忘れるでないぞ? ちゃんと気配がある」 「ああ、わかってる」 「手元を照らした方がいいですか?」 「いや、なんとなくだけど……わかる」 欠片は透明だ。例え昼間でも、遠目では見づらい。 なのに俺は、落ちている欠片をなんとなく感じることができた。 以前もそうだった。 導かれるように、自然と目が一か所に引かれて―― 「うん、あった」 新たな欠片を回収。 朝武さんの耳も消えたことだし、もう大丈夫だな。 「それじゃあ帰ろうか。常陸さんが心配してるよ」 「茉子は心配しすぎなんですよ……」 「そわそわ……おろおろ……あたふた……はわはわ……」 「ただいま」 「芳乃様! 有地さん! ムラサメ様も!」 「ちゃんと無事に戻ってきてくれたんですね! よかった……よかったぁ……」 常陸さんは心底ホッとしたような息を吐く。 なんか、今にもハラハラと泣き出しそうな雰囲気だ……。 「だから心配し過ぎだってば」 「だって……どうにもこうにも落ち着かないんです。待つだけなんて……」 「有地さんやムラサメ様も一緒なんだから平気よ」 「芳乃とご主人も、ちゃんと連携が取れるようになってきたしな」 「わかってはいても、どうしても気になってしまうんです……本当、心臓に悪いです」 「怪我の具合はどうなの? まだサポーターはつけてるんだよね?」 「一応。明日の診察で取れる予定です。もう治ってるのに……」 「みづはさんの言うことは聞かなきゃダメ」 「……それはわかっているんですが……」 「いえ、そうですね。グチグチ言っても仕方ありませんね。それにもうすぐなんですから」 「それで、憑代の方はどうでしたか?」 「うん、この通り。ちゃんと見つかったよ」 「………。ちょっといいですか?」 「どうぞ」 ひょいっと摘み上げて、中を覗き込む常陸さん。 「この白い靄……少し濃くなっている気もしますね」 「そういえば、こうして憑代が集まると……気配も変わったりするものなんですか?」 「うむ。気配は強まっておる」 「以前なら間近でなければわからなかったが、今は多少距離があっても感じられる」 「でしたら、もしかして……芳乃様や有地さんも感じ方に変化があるんでしょうか?」 「どうかな……元からハッキリと感じていたわけじゃないから」 「ご主人、昼間山から下りるとき、呼ばれたような気がすると言っておったな?」 「実際に声が聞こえたわけじゃないから、あくまで“気がする”だぞ?」 「もしかすると、それは祟り神のものではないか?」 「そういえば、芳乃様の耳も同じタイミングでしたね」 「偶然と言うには、少々出来過ぎのように思うのだ」 「手元に憑代があるから……かな?」 「今ここで、改めて確認してみては如何ですか?」 常陸さんから渡してもらった憑代を、ギュッと握り込む。 とはいえ、これぐらいのことはいつもしてる。 今日はもう少し集中してみるか……。 憑代の反応を待つように、意識を傾ける。 ………。 多分、そんな俺の反応を窺っているのだろう。 朝武さんたちの声も聞こえない。 ひっそりと静かな空間。むしろ静かすぎて、空気が重く感じるほどだ。 「(何の声もしないなぁ)」 あの時も実際に声が聞こえたわけじゃないけど、そういう気配すらない。 憑代の少し冷たい感覚だけは鮮明に感じる。 でもそれ以外は、特に何もないよなぁ……。 「(そもそも……なんで反応がないんだ?)」 「(もし本当に憑代を集めたいと願っているのなら、その協力して欲しいのに)」 「(もっとこう……アピール、みたいなことをしてくれても……)」 「(………)」 やっぱりダメだな。何も感じることができない。 と、緊張を緩めたその時だった。 一瞬、不意に手の中の憑代が熱くなった。 しかしその熱も、すぐに失われて、元に戻ってしまう。 「なんか一瞬、憑代が熱くなって……不思議な光が見えた」 「――気がしないでもないような」 「煮え切らんのう」 「本当に些細な感じだったんだ」 「憑代が熱くなったのだって、単に俺が握りしめてただけな気もするしさ」 手を開いて、改めて憑代を確認する。 だが、特に変化は見当たらない。 「他に気になることは、何もないなぁ」 「では次は、芳乃様でしょうか」 「以前、憑代に触れた時はどうであった?」 「えっと、確か……安心できたと答えたように思うんですが……」 「診療所ではビリっとしてませんでしたか?」 「ぅっ。ビリッとするのは……ちょっと怖い……」 痛みというよりも、ビックリすることを恐れているのだろう。 朝武さんの顔が、なんとも微妙な表情に歪む。 「こういう度胸試しみたいなのは苦手なのですが……」 怯えながら、オズオズと指を伸ばす朝武さん。 「怖いなら、止めとく?」 「いえ、これも重要な確認ですから」 「んっ……んんんーーーーー……」 人差し指を伸ばすものの、身体は距離を保とうとするように、思いっきりそらしていた。 ……なにこれ可愛い。 そしてその指が、チョンッと軽く欠片に触れると……。 「……どう?」 「あ……普通です、特に何もありません。はぁ……よかった」 「そっか」 「むっ、なんだか残念そうじゃありませんか?」 「ああいやゴメン、今のは言い方が悪かったと思う、ごめんなさい」 「もう……本当に怖いんですからね」 ビリッとしないことに安心したのか、朝武さんはそのまま欠片を手に取った。 そして手の平に包み込みながら、祈るように静かに目を閉じる。 その様子を、俺たちも静かに観察。 多分、1分ぐらいだろう。 無言の朝武さんが、ゆっくりと目と手を開く。 「私も特には何も……」 「そうか。まあ、変化がないというのは順調の証かもしれん」 「確かにそうかもしれませんね。欠片を集めて、怒りが鎮まってきているのかも」 「有地さん。憑代はお返ししておきますね」 俺は憑代を受け取り、大切にしまい込む。 一応念のため、叢雨丸の近くに置いた方がいいだろうという判断だ。 「それじゃあ、私は着替えてきます」 「あ、でしたらお風呂に入られては如何です? 準備は整っていますよ」 「茉子も一緒にどう?」 「よろしいんですか?」 「もちろん」 「それではお言葉に甘えて」 「あ、有地さんも一緒に入りますか?」 「よろしいんですか?」 「よろしいわけありませんよ! 素で聞き返さないで下さい」 「茉子も何を言ってるのよ、もう!」 「もちろん冗談ですよ。何もそこまで必死にならなくても」 「本気にされたら困るじゃない! ほら、変なこと言ってないで行くわよ」 「はいはい。それでは、失礼しますね」 「あ、うん」 「はぁ~~……」 ゆっくりと湯に浸かり、身体の芯から温まった。 身体がぽかぽかする。 「そろそろ上がるか」 「お風呂、いただきました」 「湯冷めしないうちに、寝た方がいいですよ」 「朝武さんも、夜更かしはしない方がいいよ」 「はい。もう寝るつもりだったんですが……なんだか喉が渇いてしまって」 「じゃあ、温かい飲み物の方がいいんじゃない?」 「ホットミルクとか作ろうか?」 「いえ、そこまでして頂かなくても平気ですから」 「ん……ぷぁ、はぁ……」 朝武さんはコップに注いだお茶を、勢いよく飲み干す。 そんなに喉が渇いていたんだろうか? というか……少し頬が赤い気もする。 「はっ、ふぅぅ……」 「もしかして、熱とかある?」 「そんなことはないと思いますが……」 「ちょっといい?」 朝武さんの額に手を伸ばし、そっと触れてみる。 「―――ッ」 「確かに、熱はなさそうだ」 「………………」 「あっ、あの!」 「ん、なに?」 「こういうことも、その……友達としては普通なんでしょうか?」 「え? ……あっ、ゴメン」 「ち、違います、そういうことでは決してないんです。ただ、その……」 「こんな風に熱を測ってもらうのも、友達同士なら普通なのかなって、疑問に思っただけで……」 「その人次第って気もするかな」 「でも、普通の友達なら、異性相手にはあんまりしないかも」 「なんか、流れでつい……無遠慮過ぎたかな」 「い、いいんです。本当、嫌なわけではありませんから、気にしないで下さい」 「でも……思っていた以上に恥ずかしいですね。むしろそのせいで、熱が出てしまいそうです」 「た、確かに……」 言われると……ドンドン気になってくる。 女の子に触れてしまった……俺の方が熱が出そう……。 「………」 「………」 「……ジー……」 『――ハッ!?』 「よし、いけ、そこだ、押し倒せ、男を見せろご主人、うっひょー」 『………』 『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!』 「む、ムラサメ様、いつからそこに!?」 「ご主人と芳乃が、接吻をしておるところからだな」 「適当に鎌をかけるな! キスなんてしてないっ」 「吾輩のことならば気にするな。こうして壁の向こうに消えておるから」 『さあ、思う存分続きをするのだ』 『接吻じゃろ? ぶちゅーっとするのであろう? あんなことやそんなことまでするんじゃろう?』 「―――ッ!?」 「違う! 俺たちはそんな……く、口にできないようなことをしようとしてたわけではっ」 『ほれ、言ってみろ。自分の口で言ってみるのだ』 「そんなの言えるわけないじゃないですかぁ」 「本当にただの勘違いだ! セクハラオヤジみたいなノリは止めろ!」 「ムラサメちゃん、こういう破廉恥なのは苦手だったんじゃないのか?」 「うむ……自分で経験するのは苦手だ」 「しかし見てる分にはワクワクする!」 「性質の悪い覗きだな!」 「ともかく、今のは朝武さんの熱を測ってただけだから!」 「熱? そういえば、芳乃の顔が赤いな」 「これはムラサメ様が変なことを言って、からかうからじゃないですか」 そう言う朝武さんは、不満そうに唇を尖らせていた。 「2人は肩書きとはいえ婚約者でもある。何か進展したのかと思って、ついな」 「し、進展って……」 「まあ、友達として親しくなることも進展と言えなくもないかな……?」 「あ、はい。そうですね、そういう意味でしたら」 「芳乃もご主人に対して、随分と素直になってきておるしな」 「ま、それは最初が酷過ぎたと言えなくもないが」 「ですから、そんな昔のことは言わないで下さいぃ~、自分でも反省しているんですからぁ」 「も、もう! 私は寝ます、おやすみなさい!」 「ああ、うん。おやすみ」 逃げるようにリビングを後にする朝武さん。 俺が手を当てた時よりも顔が赤くなってるように見えたけど……大丈夫かな? 本人の言う通り、からかわれて照れてただけかもしれない。 足元はしっかりしていたし、明日の朝にまた確認しよう。 「俺も寝るか」 布団を敷き、寝る準備を整える。 「ああ、そうだ。憑代は叢雨丸と一緒に置いておかないと」 「しかし……あの時の光と熱は一体なんだったんだろう……?」 改めて、憑代を確認してみる。 「……うーん……」 しかしいくら見つめたところで、やはり変化はなかった。 「仕方ない。寝よう」 「……はぁ……」 ムラサメ様が変なことを言うから……まだ心臓がドキドキしてる。 「うぅ、寝るつもりだったのに……落ち着かなくなっちゃった」 「叫んだら、また喉が渇いちゃった。せっかくお茶を飲んだところだったのに」 「もう、ムラサメ様ったら……いい雰囲気だなんて、からかって。そんなこと……」 「……そんなこと」 なんだろう。 あの時……有地さんの手がおでこに触れた時……ちょっと変だった。 そのことを思い出すと、心が波立つ。 「なんだろ、これ……」 「……ぅ~~……」 「本当に何なんだろ、これぇ~~~」 「ね、寝よう! お布団に入ってれば眠れるはず!」 「おやすみなさいっ」 「ぅ~~ん……ぅ~~ん……眠れない」 ………。 「んん……ぅぅぅーーー……」 ………。 「んっ、んんん……んん……」 ………。 「すぅー……すぅー……」 「………」 ――ムクリ。 「………」 「……スー……スー……」 ――ドサッ。 「……ん、んん……?」 なんだ? 今、なにか……ぶつかった? 「……ぅ、う……?」 ま、何でもいっか……寝よ。 「……よしっ。こんなものかな」 炭火で焼き上げた煎餅に、タレをハケで万遍なく、丁寧に塗っていく。 ようやく完成。 炭火も結構強力で、軽く汗をかいてしまった。 とはいえ素早く何度もひっくり返さなければいけないので、気を抜けない。 最初の頃はなんとなくでできていたことも、本気で取り組むとかなり大変だ。 そうして、時間を見つけては店に通い、煎餅を焼くコツを聞いたり、実際に練習をしたり。 「……んっ……うん。焼き加減はこんなものだろう」 「最初から結構うまかったけど、これなら十分売り物にもできる」 「本当ですかっ、ありがとうございます」 ここのところずっといそしんできた煎餅の研究。 それが認められた嬉しさ。 そして―― 「うんっ、美味しい! はぁ~……しあわせ~……止まらないよ」 味見というには多すぎる量を食べる小春。 本当に美味しそうだ……。 その笑顔を見るために、俺はずっと努力をしてたんだ。 今の俺には、その表情だけでとても幸せだ。 「この芳ばしい香りがなんとも……ん~……」 「ありがとうね、まー坊。こんなに努力してくれて」 「それに、玄十郎さんにも話をしておいてくれて。おかげでスムーズだったよ」 「それぐらい大したことじゃないから」 「それよりも、重要なのは交渉の結果でしょ?」 「とりあえずサンプルは食べてもらえるから、それ次第かな」 「あとでも、玄十郎さんに色々教えてもらって、志那都荘の他の旅館も教えてもらった」 「上手くいけば、思ったよりも販路は広がりそうかも」 「おお! それは本当におめでとう」 だが芦花姉は、苦笑しながら首を左右に振る。 「まだスタートラインにも立ててないよ。売るためにはここからが肝心」 「そ、そっか……」 ちゃんと売れてこそ、成功なんだよな。 俺はまだまだ、目先の事しか見れてないんだろうな。 「で、売り上げは、まー坊の焼き上げる腕にかかってるんだから、よろしくね」 「が、頑張るよ」 「お兄ちゃんなら大丈夫だよ、だってこんなに美味しいんだもん!」 「種類も増えてるし。こっちの味噌も香りがよくて……はぁぁ~……本当に幸せぇ」 小春がこんなに喜んでくれるのなら、頑張ったかいがあるというものだ。 「しかし……醤油と味噌じゃあ、最近の客に受けるか?」 「うーん……甘めを持ってきてザラメとかも定番だよね?」 「俺はどっちかっていうと、砂糖が雪みたいにまぶしてある方が好きかな」 「ああ、和三盆で作れるな。下地には塩を使って、甘辛く調節できれば……」 「うん。美味しそう」 「味を決めるのに、時間かかる?」 「いや、そこまでかからねえよ」 「最初はまず、醤油と味噌と和三盆の3種類で話をしておいていい?」 「ああ。大丈夫だ」 「じゃあ、それで連絡はするとして……あと、味についてのアンケートも取れるといいんだけど」 「さすがにそれをお願いすると、ハードルが高くなりそうだしね。よくある紙だけ置いてもらうことぐらいならできるかな……?」 芦花姉はブツブツ呟きながら、煎餅の展開について考えているようだ。 俺はその芦花姉の努力が無駄にならないように。 そして、小春の笑顔を見るために……頑張って美味しい煎餅を焼かないと! 「和三盆かぁ……楽しみだなぁ~、本当に美味しそう」 「お兄ちゃん、早く作って」 「そんな気安く言うなよ、大変なんだぞ?」 「……でも、期待してもいいよね?」 「まあな。任せろ」 「えへへ、本当に楽しみだよ」 「おっ。やってるなー」 「廉太郎?」 「遊びにきたぞー」 「仕事の邪魔するのなら帰ってよ」 「別に邪魔するつもりはないっての。それより話には聞いてたんだけど、珈琲を始めたんだろ?」 「あれ? まだ飲んでないのか?」 「ああ。ここの所は顔出す機会もなかったから」 「つーわけで、そこの店員。珈琲を頼むわ」 「……かしこまりました、お客様」 「あっ、そうだ。ついでにこの煎餅もどうだ?」 「煎餅? そんなものまで増えたのか?」 「いや、まだだ。これから新商品になるかもしれなくて」 「ほほー。それは興味深いな。いただこう」 「でも煎餅となると、やっぱり飲み物が欲しいな。店員さん、珈琲まだー?」 「廉兄は静かに待てないの? はい、お待たせいたしました。ご注文の珈琲です」 「おっ、いい匂いだな。いただきます……ずずっ」 「へぇー、なるほど。結構イケるな」 「ふっふっふーん、どう? 降参する?」 「降参ってなんだよ。勝負なんてしてないというか、そもそもなんでお前がエラそうにしてるんだよ」 「無い胸を張っても仕方ないだろ、ペタン子」 「まっ、またペタン子って――」 「落ち着け、小春。あんまり騒ぐと、前みたいに芦花姉に注意されるから」 「ぐぬぬぬ……」 「廉太郎も絡んでないで、煎餅の感想をくれ」 「へいへい」 肩をすくめながら、廉太郎は煎餅をかみ砕いだ。 「ん、んん……うん。美味いな、これ。普通に美味い」 「そ、そうか……よかった……」 「ふっふっふーん。それ焼いたの、お兄ちゃんだよ、参ったか」 「だからなんでお前が――」 「って、え? コレを焼いたのは本当に将臣なのか?」 「ああ」 「マジか……驚いた。意外な才能だな。美味いよ」 廉太郎は俺に対して妙な気を遣ったりしない。 本当に美味いと思ってくれてるんだろう。 「自分でも驚いたよ」 「世辞でもなんでもなく美味い」 「廉太郎やおじさんにそう言われると、結構自信がついてきた」 「むぅー……お兄ちゃん、私の言葉じゃダメなの?」 「ダメってことはないさ。小春に喜んでもらえると嬉しいぞ」 「でも小春は優しいからな。俺を気遣ってるんじゃないかって思うこともあるんだ」 「お煎餅に関して、そんなことはしたりしないよ」 「お兄ちゃんはちゃんと自信を持っていいよ」 「……そっか。ありがとうな、小春」 思わず俺は、小春の頭を撫でてやった。 「あっ……えへ……えへへ……」 一瞬驚きつつも、小春はそのまま嬉しそうに笑っていた。 そうして通常の仕事と共に、煎餅を焼く練習を続けながら、今日も無事に一日が終わる。 和三盆はまだおじさんが味を調整中だけど、試作品は文句なく美味しかった。 柔らかな甘味の中に、ピリッとした塩味。醤油や味噌とは違った味わいで、いいバランスだと思う。 試作品を食べた小春の反応も悪くはない、どころじゃない。 「すっごく美味しいよ! もっと焼いて! お兄ちゃん!」 とはしゃぐぐらいで、赤字になるからと芦花姉に笑われながら釘を刺されたほどだ。 あとは、俺がもっと完璧に焼けるようになれば! 「んっ、んーー……今日も働いたな」 「うん。今日も忙しくて結構大変だったね。でも……不思議と満足感もあるんだよね」 「それは、煎餅の試作品を沢山食べられたからじゃないのか?」 「あっ、そっか……そうかも。えへへ……」 「それもこれも、そんなに美味しいお煎餅を焼いちゃうお兄ちゃんのせいなんだから」 「それは仕方ない。だって俺は、小春が嬉しそうに煎餅を食べてる姿が好きなんだから」 「すっ、好き――!?」 「だって小春は、本当に美味しそうな顔で食べてくれるからな」 「作った人間としては、そういう表情を見られるのが一番嬉しい。だから俺は小春の食べてくれてる姿を見るが好きなんだ」 「そ、そっか……好き……じゃあ、もりもり食べちゃおうかな」 「でも少しは気をつけないと、太っても知らないぞ?」 「ううっ……お兄ちゃんってば、嫌なこと言うよね……」 「ゴメンゴメン。ついな」 「でも、お兄ちゃんの言う通りかも……。どうせ付くなら、胸に付けばいいのに……はぁ……」 「……小春のコンプレックスはそこなのか?」 「廉兄もよくバカにするし。今日だってぺっ、ぺっ、すぺぺぺぺっ、ペタン子って……」 「………」 言うほどペタン子か? そりゃ大きくはないとは思うけど、平ら胸というほどはないと思う。 「これから成長する可能性もあるんじゃないか?」 「そうだといいけど……やっぱり胸がないとお兄ちゃんも損だと思うよね?」 「そんなことはないだろ。ほら、陸上選手とか水泳選手とかバレリーナとか」 「全部私に関係ないんですケド」 「……そ、そうか……そうだな、すまん」 「お、お兄ちゃんも……大きい方が好きなんだよね?」 「俺? 俺は……まあ……興味がなくはない、って感じかな?」 感触とか、揺れ具合とか、色々気になることはある。 男ならば巨乳を楽しんでみたいと思うことも普通のはずだ。 でも、だからと言って、巨乳じゃないと好きにならないわけじゃない。 現に俺は小春のことが……。 「………」 「好きになるならないっていうのは、おっぱいよりももっと大事なことがあるよ」 「お兄ちゃん……」 「ぷっ……はは、あはははは! 真面目な顔でおっぱい、おっぱいって……あははは」 「お、お前が聞いてきたんだろ!」 「ゴメンナサイ。でもお兄ちゃん、本当に真面目な顔で……」 「別に冗談で言ったわけじゃないんだけどなぁ」 「あははは、だから余計にだよ。はぁー……はぁー……面白かった」 「やっぱりお兄ちゃんと一緒だと楽しい。それに……色んな相談も、素直にできる」 「廉太郎に相談したりしないのか?」 「あのバカ兄はすぐに茶化すんだもん。相談する気にならないよ」 ふざける廉太郎の姿……容易に想像がつくな。 「ねえ、お兄ちゃん……ついでにもう一つ、教えて欲しいことがあるんだ」 「なんだ?」 「私……少しは大人になってると思う?」 「それって、どういう意味だ?」 「私はね……昔からずっと、お姉ちゃんとお兄ちゃんが……廉兄と一緒にいることが羨ましかった」 「小さいから仲間に入れなくて……ずっとね、大きくなりたいって思ってた」 「お兄ちゃんは今までにも、仲良し4人組みだって言ってくれたよね?」 「だから……少しは大人になれたのかな、って」 「心配しなくても、小春もちゃんと大人になってるよ」 「ちゃんと可愛く成長してるよ、俺が保証する」 「……そ、そっか……えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」 照れて笑う小春。 その姿に、いつかのように俺の胸がドクンッと高鳴った。 ああ……やっぱりだ。 身体は気持ちに、正直に反応している。 「(小春は成長してる)」 「(俺を惹きつけるぐらい……魅力的な女の子になったよ……)」 とはさすがに言えないよな……。 翌朝。 「そうですか、ムラサメ様がお許しに……」 「ホッとしました」 俺とムラサメちゃんは、朝食の場で皆に御神刀を奉納することを決めたと伝えた。 全員がその場で賛成してくれた。 特に―― 「いや~、良かったよ、本当に良かった!」 「これで、僕にまた可愛い娘が増えるしね!」 安晴さんの喜びようは、半端ない。 今にも小躍りしそうなくらいだ。 「な、何?! 吾輩は人に戻るとそうなってしまうのか?」 ムラサメちゃんは目を白黒させる。 「まあ戸籍上はそうしておくのが一番無難でしょう」 「もちろん人にお戻りした後も、ここで暮らすというのが前提ですが」 「うむ、しかし、人に戻ったら吾輩はもうここで世話になる理由はないのう……」 「安晴や芳乃の迷惑になるのではないか?」 「め、迷惑なんでとんでもないです」 「是非、朝武家にずっと居てください」 「ワタシも、ムラサメ様はもう家族と思っています」 「居なくなられては困ります」 「うっ、み、皆、そんなに優しいことを言うでない……」 「つい甘えてしまうではないか……」 ムラサメちゃんが、箸を持ったままもじもじしてうつむく。 可愛い。 保護欲を刺激される。 「是非、今日からでも、僕をお父さんと」 「さすがに気が早くないですか?!」 俺以上に保護欲を刺激された人がいた。 「ですが、有地さん」 朝武さんが、俺の方を見る。 今度は一転して、ちょっと不安げに。 「何?」 「御神刀の奉納の儀を行う必要があります」 「もちろんわかってる」 「手順は、ここの文献を調べればわかりますが……」 「ええ、最後はムラサメ様の宿っていない叢雨丸を、岩に深く突き刺さなくてはならない……」 「それは手順とは関係なく、剣術としての技が必要になる」 「有地さん、ムラサメ様が宿ってない叢雨丸を岩に突き刺せますか?」 「うん、そこが今回の一番の難問なんだ」 だが、絶対にやりとげなくては。 失敗したら、町おこしも、ムラサメちゃんを人に戻すことも叶わなくなる。 「叢雨丸がナマクラじゃなかったら、良かったんだけどな~」 俺はひとつ息を吐く。 「違いますぅー、ナマクラじゃないですぅー」 「あ、痛たたたっ!」 隣に座った幼刀に、耳を引っ張られてた。 自分が宿って無くても、叢雨丸を貶されるのは看過できないらしい。 「将臣君、試しにちょっと、剣先で岩を突いてみない?」 「現時点での手ごたえを確かめるのは必要だよ」 「そうですね」 俺達は朝食後、早速試してみることにする。 「さて、と」 以前、御神刀イベントを行っていた場所で、皆が待っていた。 「あ、あれ?」 岩を前にして、俺はひとつの異変に気付いた。 昔、俺が叢雨丸を引き抜いて、できたはずの―― 「前の穴が無くなってる」 「え? あ、本当ですね……」 俺の声に全員が、岩のすぐそばに駆け寄る。 「勝手にふさがった……?」 「ふむ、あり得る話ではあるな」 「元々あった穴に、叢雨丸を突き刺せばそれで良し――などという容易なことではないのだ」 「御神刀は借りるのも大変だが、返すのも同じくらい大変ということだな」 「それに、イベントとして復活させる以上、簡単に抜けてしまっては困りますからね」 やっぱり新たに、俺が穴を穿つしかないわけか。 神様というのも、なかなか頑固でいらっしゃる。 「じゃあ、ちょっと試してみようか、将臣君」 「はい。皆、危ないから離れてくれ」 俺の声に皆が数メートル程、距離をとる。 「――」 俺は唇を引き締めて、鞘から叢雨丸を抜く。 久々の感覚。 かつて祟り神を相手に共に死線をかいくぐった相棒は、以前より重く感じた。 よし。 頼むぞ、相棒。 「――っ!」 俺は軽く叢雨丸の切っ先を、元々刺さっていた箇所に狙いをつけて突いてみた。 軽く、弾かれるような感触が、刀身を伝って感じられる。 岩にはキズひとつ出来ていない。 まあ、それは本気で突いてないのだから、当然だ。 しかし。 「何か……できそう……」 俺は素直に感じたことを口にした。 「そうなのですか?」 「傍目からは、とても無理に見えましたが……」 「もちろん、今の俺じゃ無理だ」 「それは叢雨丸を持った瞬間わかった」 刀が重く感じたのは、俺の腕がナマってしまった証拠だ。 ナマクラなのは、叢雨丸でなく俺だった。 「でも、以前の俺なら、祟り神とやりあってた時の俺なら、たぶんできたはずだ」 「叢雨丸に言われた気がする」 「鍛えなおして、出直してこいって」 俺はしげしげと叢雨丸の刀身を見て、苦笑した。 「うむ、吾輩も微かに感じた」 「叢雨丸は、それ自体が意思を持っておるのだ」 「500年間黙っておって、今になってようやく口を開いたか」 「何と無口なヤツじゃ!」 ムラサメちゃんが、肩をすくめる。 「やれやれ、やっぱこうなるんだな……」 俺は息を吐きながら、叢雨丸を鞘にしまう。 「仕方なかろう、ご主人」 「叢雨丸も、吾輩達の仲間なのだ。望みを聞いてやろうではないか」 「ああ」 俺は手にした叢雨丸を見つめながら、息を吐く。 そうだな。 お前にも随分と世話になったもんな。 それに、お前が刀として扱われるきっと最後の機会だ。 いいよ、わかったよ。 無様な俺に奉納されたんじゃ、お前も納得できないだろうしな。 「祖父ちゃんの稽古をまた再開する?! マジかよ?!」 「わおっ、ホントですか、マサオミ」 「ああ、マジで、ホント」 朝武さん達と学院について、早速、俺は事の成り行きを廉太郎達に話した。 「町おこし活動も、御神刀イベントの復活という線で今後動きます」 「父を通じて、今頃、町長さんにもその案が伝わっていると思います」 「まず反対はないだろうと、父は言っていました」 「いや、まあ、御神刀イベントの復活はいいけどよ……」 ここまで話を聞いた廉太郎が、後ろ頭をかきながら口を開く。 「何で、また将臣が祖父ちゃんにシゴかれるハメになるんだ?」 「それと町おこしに何の関係があるんだよ」 「今の俺のナマクラな腕じゃ、嫌なんだってよ」 「は? 誰がそんなこと言ったんだ?」 「御神刀君が」 「いや、それ意味わからねーし……」 廉太郎が「お前大丈夫?」と言う目で、俺を見る。 「ただ単に岩に工事をして穴を開けて、御神刀を刺すだけではダメなのです」 「はい、それでは御神刀の奉納の儀式を行ったとはいえません」 「あくまで、御神刀に認められた有地さんが、やらなければならないのです」 「そうしないと、ムラサメちゃん完全には人に戻れないというわけですね」 「そういうこと」 外国人であるレナさんの方が、廉太郎より早く理解してくれた。 「で、俺が剣の腕を上げないと、御神刀君は納得して奉納されてくれないから」 「俺はまたしばらくは、祖父ちゃんのとこに通い詰めということになる」 「ふうん、ムラサメ様のためってことか」 「それなら仕方ないな」 廉太郎が両手を挙げて、やれやれと首を振る。 「まあ、お前の彼女のためなんだから、頑張ってくれ」 「じゃあ、俺は陰ながら、応援ってことで!」 お気楽顔で、廉太郎は自分の席に―― 「いや、そうはいかない」 ――つく前に、俺が肩を掴んだ。 「え? 何だよ? 俺は御神刀扱えないから、特訓はしないぞ?」 「無論、付き合う気もないっ! 絶対だ! 絶対にだ!」 目を見開いて主張する。 そんなに祖父ちゃんと稽古するのが嫌なのか。 「特訓はしなくてもいいが、町おこしの準備は今後、お前中心にやってもらう」 「な、何っ?!」 さらに廉太郎の目が見開かれる。 「俺が稽古に集中する以上、町おこしに関するその他の準備は並行して、お前達にやってもらうしかない」 「お前をサブリーダーに任命する」 「御神刀イベント復活の広報周りを、皆を仕切ってやってくれ」 「な、なんっだってー?!」 「この俺が……サブリーダー……だと……?!」 廉太郎がの身体が、一瞬、ぐらりと傾く。 「わおっ、レンタロウ、急に出世しましたね」 「おめでとうございます!」 レナさんが無邪気に祝福の言葉を。 「さすがにこんな状況では、有地さんに広報までは頼めませんから」 「それで仕方なく……いえ、頼りがいがある殿方の鞍馬君におはちが回りました」 「ねえ! 今仕方なくって言わなかった?! 言ったよね?! 常陸さんっ!」 廉太郎はすでに涙目であった。 「お、俺にそんな役目は無理だっての」 「何でだよ?」 「俺は女子からの人望はイマイチだからな!」 胸を張って言うことか。 「だったら、なおさらここで人望を回復してだな――」 「そうだよ、廉兄っ!」 いきなり小春がにょっと教室の入り口から、顔を覗かせた。 「話は全部、こっそり聞かせてもらったよ!」 「いや、フツーに教室入って来いよ」 何故隠れる。こいつもくノ一か。 「ここは男だったら、やるとこでしょ、廉兄っ!」 「嫌だよ、メンドーだし」 「いっそ、お前がやってくれ」 「妹に仕事押し付ける気?! この馬鹿兄っ!」 「そんな兄貴、修正してやるっ!」 「あっ、こらっ、痛いだろっ! やめろっ!」 兄妹ゲンカが始まった。 「はあ、サブリーダーを決めるだけで、この騒ぎですか……」 「……前途多難」 「ったく、こんなことでもめてる場合じゃないのに」 「マサオミ、大旦那さんに相談しましょう」 「どの道、剣術の特訓をするのですから、大旦那さんにはお話するのですよね?」 「うん、放課後は久し振りに《し》志《な》那《つ》都荘に集合かな……」 「妹なんだから、大人しく兄の言うことを聞け!」 「廉兄こそ、兄貴なんだから、もっと妹の言うこと聞いてよ!」 祖父ちゃんにまた面倒をかけるなあ。 俺も、こいつらも。 「行くぞ、ご主人!」 「うん」 放課後。 俺達6人はムラサメちゃんと合流して、早速旅館に向かう。 「そんなわけで、御神刀イベントを復活させる方向で動こうかと思ってます、玄十郎さん」 「そのために、俺を鍛えなおして欲しいんだ」 客間に通された俺達は、事情を説明した。 「ふむ、話はすでにあらかた聞いておる」 「午前中に、臨時の町内会議があってな、そこで安晴様から話があった」 「それで、町内会ではどんな結論になったのですか?」 「是非、その案でいこうと決まりました、巫女姫様」 「御神刀イベントの復活祭を、近日中にやりたいと」 ――え? 「近日中なのか? 玄十郎!」 俺と同じ疑問を持ったムラサメちゃんが、先に祖父ちゃんの言葉に反応する。 「はい、ワシもあまりに早急なのはどうかと思ったのですが……」 「町の財政難を一刻も早く解決したいという、住民の意向もよくわかります」 「急なことになって申し訳ありませんが、何卒ご容赦ください」 そんなに町の財政は逼迫しているのか。 「もうあまり猶予はないのですね」 「そこまで、深刻だったんだ……」 「マジかよ……。まいったぜ……」 ここにいる者達、全員の表情が自然に引き締まる。 「将臣」 「はい」 「ムラサメ様の宿らない叢雨丸は、ただの一振りの刀にすぎん」 「それを奉納の儀の際に、岩に深く突き刺さねばならん」 「機会はおそらく一度きり。失敗したら、叢雨丸が折れると思え」 「ムラサメ様が人にお戻りできるか」 「穂織の地が再び活気を取り戻すか」 「全て、お前の双肩にかかっていると心得よ!」 「はいっ!」 俺は居住まいを正し、きっぱりと返事を返した。 「……覚悟はできているようだな」 「必ずやり遂げてみせます」 「そのために、俺をまた鍛えてくれ、祖父ちゃん」 「お願いします!」 俺はその場で、深く深く、祖父に頭を下げる。 「吾輩からもお願いするのだ、玄十郎」 「お主の力を、そなたの孫と吾輩と――」 「穂織のために、貸してくれ……!」 俺の隣でムラサメちゃんも、祖父ちゃんにペコリと頭を下げた。 「ムラサメ様、もちろんです」 「この鞍馬玄十郎、命に代えても……!」 「もし失敗したら、腹を切る覚悟でやりましょう」 「祖父ちゃん、切腹はよそうよ?!」 戦国時代か。武士なのか。 「馬鹿者! それぐらいの気概がなくして、やりとげられることではないっ!」 「500年の永きに渡る伝承に、お前が終止符を打つのだぞ?」 「何としてもムラサメ様を、お救いするのだ」 「将臣、お前も命がけでやれ!」 祖父がいつになく厳しい目を俺に向ける。 俺はごくりとノドを鳴らした後、 「わかったよ……!」 首肯して、そう言い切った。 「ええーっ?! お兄ちゃん、失敗したら切腹しちゃうの?!」 「すごいです。大旦那さんもマサオミも現代のサムライです」 「グロいのは勘弁してくれよ……」 「まあ、切腹はともかく、それくらいの覚悟はいるということです」 「はい。御神刀の奉納ですから、生半可なことではないでしょう」 朝武さんの言葉には重みがある。 毎日、舞を奉納してる人の言葉だから。 「では、早速、将臣は今日から特訓に入る」 「すぐに御神刀を取って来い。真剣でやるぞ」 「はいっ!」 俺はすぐに立ち上がると、客間から駆け出した。 「では、ワシも将臣との稽古にしばらく専念します」 「この部屋は今まで通り、自由に使ってください。何かあったら女将に」 「助かります」 「私達はイベント復活の広報の準備をします」 「ビラを配ったり、宣伝のホームページを作ったりやることたくさんですよ」 「わかりました。それから、廉太郎」 「は、はいっ!」 「信じておるからな、頼んだぞ」 「――え?」 「では失礼する」 「じ、祖父ちゃん……」 「鞍馬君、玄十郎さんに信頼されてるじゃないですか」 「あ、ああ、意外だ……でも」 「でも何ですか? レンタロウ」 「俺、やる気出てきたわ、よし、やってやるぞ……!」 「鞍馬君、私も頼りにしてますから」 「うむ、吾輩もだぞ、廉太郎」 「任してくだい! 巫女姫様! ムラサメ様!」 「よし、行け、駄兄っ!」 「うるせえよ! いきなり萎える呼び方すんなっ!」 『ははは』 「はぁ、はぁ……!」 俺は神社に戻って、速攻で着替えると叢雨丸を手に旅館へとトンボ返りする。 門前にはすでに、祖父ちゃんが立っていた。 雰囲気が違う。前以上におっかない。 「来たか……」 声は静かだが、激しい闘気のようなオーラが、そこかしこに漂っていた。 「お、遅くなりました!」 「将臣、本来ならまず落ちてしまった体力を取り戻すための基礎トレーニングを行うところだが」 「お前も知っての通り、時間がない」 「ただ、お前の太刀筋を鋭く、強いモノにすることにのみ集中する」 「お前はこれから岩をも貫くほどの太刀筋を、身体に刻み付けるのだ!」 「体力不足は気力で補え。それしかあるまい」 「良いか?」 「わかってます!」 「では、場所は――」 「ちょっと、待つのだ、二人とも!」 俺と祖父ちゃんが歩き出そうとした時、後ろから声が。 振り返る。 「どうした? ムラサメちゃん」 「吾輩も、ご主人の稽古に付き合う!」 「え、でも……」 俺は躊躇してしまう。 今回は真剣の叢雨丸を振り回して、稽古をする。 今や生身となったムラサメちゃんがそばにいるのは、危なくはないか。 「ムラサメ様、今回の奉納の儀は、将臣が一人で成し遂げなければなりません」 「巫女姫様達と、町おこしの準備の方に力を注がれた方がよろしいのではありませんか?」 祖父ちゃんもやんわりと、ムラサメちゃんの申し出を断ろうとしていた。 きっと、俺と同じ考えなのだろう。 「そうはいかん!」 だが、ムラサメちゃんは譲らない。 「たとえ、叢雨丸に宿らずとも、吾輩が管理者であることに変わりはない」 「使い手であるご主人と、叢雨丸をずっと見守っていなければならん」 「最後まで、責任を果たしたいのだ!」 そこまで言うと、ムラサメちゃんは唇をきゅっと真一文字に引き結ぶ。 強い意志の力を感じた。 責任、か……。 500年間、管理者を務めた責任。 それは、俺には想像もできないくらい、重いものなのだ、きっと。 「祖父ちゃん、やっぱりムラサメちゃんも――」 俺は自分の中の不安感をあえて握りつぶして、言葉を。 「将臣、みなまで言わなくともよい」 言いかけた言葉を祖父は止めた。 「ムラサメ様、わかりました」 「ただし、稽古の間はたとえムラサメ様であろうと、一切口出しはしないでください」 「それでも、よろしいですか?」 「わかった。吾輩は管理者ではあるが、剣の使い手ではない」 「お主のやり方に口は出さん」 「ならば、結構です」 「最後まで、ご自身の責任を果たしてください」 祖父ちゃんは恭しく、ムラサメちゃんに一礼すると、踵を返す。 「山へ行くぞ、将臣」 「町中で、真剣は振り回せんからな」 「は、はいっ!」 俺は叢雨丸を強く握りしめて、祖父ちゃんの背中を追う。 ムラサメちゃんもすぐについてくる。 「ご主人……」 「何?」 「最後の最後で、またご主人に大きな負担をかけてしまったな」 「……すまん」 ムラサメちゃんが、小さな声で俺にそんなことを言う。 「いいんだ」 「ムラサメちゃんのためなら、いいんだ」 俺は彼女に笑って見せた。 きっと、成し遂げてみせる。 俺は、かつてムラサメちゃんの力と叢雨丸の力を借りて、祟り神の怒りを鎮めた。 彼らも、もう解き放たれていい頃なんだ。 「これが、お前の最後の戦だな……」 俺は右手に持つ“相棒”に向かって、そう呟いた。 「この辺りまでくれば、よいか……」 「よし、ここにしよう、将臣」 祖父ちゃんは、足を止めるとくるりと俺に向き直る。 息切れひとつしていない。 山道を何キロも早足で、歩いてきたというのに。 何て健脚か。 「すぐにでも始める。ムラサメ様は下がっていてください」 「御神刀を抜け、将臣」 「はっ、はい!」 一息入れる間もなく、特訓の開始だ。 俺はスラリと、叢雨丸を鞘から抜いた。 「ほう、さまにはなっているな」 「一応、実戦経験者だからね」 「そうであったな、だが、油断は禁物だ」 「それは真剣だ。扱いを誤れば、大怪我では済まぬかもしれん」 「細心の注意を常に怠るな」 「はい!」 「では、まずは百回、斬ってみよ」 祖父ちゃんは「素振りをしろ」とは言わなかった。 「斬れ」と言った。 その言葉の違いに、俺の緊張感は嫌でも高まってくる。 「始めっ!」 「いやあああああああああ――っ!」 叢雨丸が、真剣が、空を斬る音が響く。 特訓が始まった―― 「やあああっ!」 「腕だけで刀を扱うな!」 「はあああっ!」 「ただ振るのではない! 斬ることをイメージしろ!」 「は、はいっ!」 ここに来てから、何時間経ったのかわからない。 だが、俺の腕はもう棒のように固くなっていた。 筋肉が悲鳴を上げているのがわかる。 今までのように竹刀を使った素振りとはまるで、違う。 重いし、何より――怖い。 一度たりとも、気を抜けないという緊張感が俺をひどく疲れさせていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 肩で息をしだす。 「疲れたか?」 「いや、まだ出来ます……!」 俺は無理矢理にでも、叢雨丸を持ち上げようとする。 「く……!」 しかし、俺の身体は俺の言うことを聞いてくれない。 叢雨丸でなく、俺の腕自体が重くすら感じた。 「……」 「いったん、休め、将臣」 「や、やれます!」 「ダメだ。思った以上にお前の基礎体力は低下しているようだ」 「怪我をしては元も子もない。命令だ、休め」 「……はい」 そう言われては従わざるを得ない。 叢雨丸を鞘に収める。 俺は悔しくて、唇を噛む。 「ご主人、こっちに来て座れ!」 「ほれ、この草むらなら、そんなに汚れんぞ!」 俺の稽古をじっと黙って見ていたムラサメちゃんが、寄って来て俺の手を引いた。 「う、うん……」 俺は誘われるがまま、ムラサメちゃんに導かれ腰を下ろした。 やれやれ。 彼女に気を遣われてしまった。 ダメだなぁ、こんなことじゃ。 「悪い、ムラサメちゃん」 「ん? 何がだ、ご主人」 「俺、思った以上に腕がなまってたみたいだ」 「ナマクラなのは、俺の方だったよ」 自嘲気味に笑う。 「何じゃ、そんなことか」 「今日は初日だ。いきなり上手くいくわけないではないか」 「ご主人は、以前あの祟り神と渡り合ったのだぞ?」 「鍛えなおせばいいだけだ。自信を持て」 ぽむっとムラサメちゃんに頭を撫でられる。 普段とあべこべだ。 「でも、あの時はムラサメちゃんが、叢雨丸に乗り移ってたから」 「今回とは違うんじゃないかな」 俺は自分の手のひらを見つめながら、そんな事を言ってしまう。 あ。 右手の皮がむけて血が少し滲んでいた。 「?! ご主人、手を貸せ!」 ムラサメちゃんは俺の右手を見るとすぐに、ハンカチを取り出す。 ぐるぐると巻いて、ぎゅっと縛る。 「どうして、もっと早く言わんのだ!」 「気づかなかったんだよ、自分でも」 「この手では、上手くいくものもいかんぞ、ご主人」 「面目ない」 「そんなに重いのか、叢雨丸は」 「うん、ムラサメちゃんが宿ってた時は全然違う」 俺はムラサメちゃんがハンカチで手当てをしてくれた右手を開いたり、閉じたりしながら苦笑する。 「俺、全然強くなかったんだな……」 祟り神の怒りを鎮めたことで、俺はどうやら自惚れていたらしい。 俺は、有地将臣はまだ全然だったのだ。 朝武さんや、常陸さん、それにムラサメちゃんが居て、ようやく様になっていただけ。 反省だ。 「ご主人、そんなに落ち込むな」 「大丈夫だ、ご主人なら、きっとできる」 「吾輩が惚れた男なのだ! これくらいのことでうつむくでない!」 ぐりぐりぐり! 「ムラサメちゃん痛い痛い!」 撫でられていたのに、いつの間にかアイアンクローに変化していた。 厳しい彼女だ。 でも。 「ありがとう、ムラサメちゃん」 叢雨丸を手に立ち上がる。 「何か気合い入ったよ」 「稽古の続きをやる」 「何?! その手で続けるつもりなのか?!」 「可愛い彼女に、手当てしてもらったから、もう平気」 俺は右手をひらひらと振って笑った。 「将臣、そろそろ再開するぞ」 少し離れたところで、祖父ちゃんの声が飛ぶ。 「はいっ!」 俺はハンカチを巻いた手で、叢雨丸を握りしめたまま駆け出した。 「ご主人……」 「…………」 「穂織のために、吾輩のために、あんなに……」 「……嬉しいぞ」 「なあ、ご主人、吾輩は最近思うのだ」 「吾輩はご主人に出会うために、500年の時を越えたのではないかと……」 「もし、そうなら……」 「吾輩は――」 「た、ただいま……」 「有地さん?!」 「ど、どうしたんですか? ボロボロじゃないですか?!」 ムラサメちゃんの肩を借りて、何とか朝武家に戻った俺の姿を見て、皆が驚いていた。 「いや、祖父ちゃんの稽古、マジで半端なく厳しくてさ……」 「あ痛たた……」 ちょっと動くと身体のふしびしが、ズキズキと。 そこらじゅうの筋肉が、動かすたびに痛い。 「話は後じゃ、まずは座れ、ご主人」 「茶を淹れてやるから、まず休め!」 ムラサメちゃんは俺を座らせると、慌てて台所へ。 俺はパタンとテーブルにつっぷした。 力尽きた。 「やあ、お帰り――って、将臣君?!」 「安晴さん、こんな格好で失礼します……」 リビングに入ってきた安晴さんに、つっぷしたまま挨拶をする俺。 上半身を起す気力すらなかった。 「玄十郎さんも容赦ないなぁ……」 「まだ初日だというのに」 安晴さんは嘆息しつつ、俺の正面に腰掛けた。 「私、ここまで疲れている人を見たのは初めてです……」 「こんなことでは、本番まで有地さんがもたないんじゃないですか?」 「そうですね、肝心の御神刀の奉納の儀の時、有地さんが動けなくなってたら意味がありません」 「でも、真剣で岩を穿つくらいの技術を短期間に俺は習得しないといけない」 「多少の無理は乗り越えないと、成功しない」 「まあ、それはそうなんだけどね……」 「だからといって、将臣君をこんなに酷使するのは……」 安晴さんは腕組みをして考え出す。 「お父さん、今のところ、奉納の儀はいつ行う予定なのですか?」 「町内会では、2週間後にはってことになってるけど」 「に、2週間っ?!」 「……急すぎではありませんか?」 「そうだ、もっと先に出来ぬのか? 安晴。ほら、ご主人お茶じゃ」 「ありがとう」 俺はムラサメちゃんの淹れてくれたお茶を、飲む。 ちょうどよい温かみと渋みに、癒される。 「吾輩の見たところ、玄十郎の特訓は厳しすぎる」 「それもこれも期間が短すぎるからじゃ。あやつも内心焦っておる」 「もっとじっくりやれば、ご主人もここまでボロボロにはならんのだ」 「そうですよね」 「祟り神と戦う時の特訓より、あきらかに厳しそうです」 「お父さん、予定を延期は出来ないんですか?」 「う~ん、奉納の儀を行うという意味だけなら、可能なんだけどね」 「町おこしという観点から見ると、なかなか難しいかもしれない」 「奉納の儀の日が、御神刀イベントの復活の日でもあるからね」 「安晴様、そんなに町の財政は……」 「厳しいね。商店街の人達は特にこのイベントに期待しているみたいだ」 「馬庭さんも、この案を聞いてすごく喜んでいたよ」 「芦花姉がそんなに……」 俺の頭の中に、色々な人達の顔が浮かぶ。 初めて、穂織を訪れた日に出会った人達。 芦花姉をはじめ、皆、親切で優しかった。 ココでの暮らしも悪くないと思えるほどに。 彼らが今、困っている。 それなら。 「2週間後で、大丈夫です」 俺の口が勝手にそう言っていた。 「ご、ご主人?!」 「有地さん、無茶です!」 「身体を壊しては元も子もないんですよ?」 「大丈夫。今日は初日だから、余計キツいだけだよ」 「特訓は前にもしてたんだ。1週間もすれば、慣れるはずだ」 「それは楽観視しすぎではないのか? ご主人」 「大丈夫だよ、ムラサメちゃん」 「俺を信じて。必ず成功させるから」 俺は根性で無理矢理上体を起して、居住まいを正した。 「……ご主人」 「はぁ……忘れてました……」 「有地さんは、いったんやりだしたら絶対引かない人でしたね」 「……わかりました」 「では、奉納の手順については、私の方で確認しておきます」 「有地さんは、剣の腕を磨くことだけに注力してください」 「ありがとう、助かるよ」 正直、奉納の儀礼的なことはまるで知識がない。 そっちを朝武さんに頼れるのは、ありがたい。 「わかった。町内会のお歴々には2週間後と伝えておくよ」 「でも、もし無理そうならすぐに言ってほしい。僕が何としても説得して延期してもらうから」 「そうならないように、頑張ります」 「では、方針が固まったところで、夕食にしましょう」 「有地さんには、たくさん食べて栄養をつけていただかないと」 常陸さんが笑顔で立ち上がる。 「正直言うと、疲れすぎて食欲ないんだけどね」 「ダメだ、ご主人、無理をしてでも食べるのだ!」 「何なら吾輩が、食べさせてやっても良い」 「あーん、してやるぞ、ご主人!」 「じ、自分で食べるであります!」 レナさんっぽく断った。 皆の前で、そんな羞恥プレイは勘弁だ。 「くすくす」「ふふっ」「あははは!」 夕食後、俺は風呂に入ってすぐに布団に沈んだ。 身体がすごく重くて、もう動けない。 「ご主人、掛け布団くらいかけよ」 「風邪を引くではないか」 「う、うん」 と、返事だけして動かない。 「……まったく、しょうがないのう」 ムラサメちゃんが俺に布団をかけてくれた。 「ありがとう、ムラサメちゃん」 「これくらい別に良い」 「俺がこんな身体じゃなかったら……」 「それは言わない約束なのじゃ――って、何をやらせるか、ご主人!」 ちゃんとお約束を果たしてからツッこむムラサメちゃん。 楽しい子である。 「もう馬鹿を言ってないで休むのだ」 「電気を消すぞ」 「うん、おやすみ」 「うむ、ゆっくり休むが良い」 たちまち部屋が闇に染まる。 と、同時に睡魔が俺を襲う。 俺は目をつぶると、意識はすぐに心地良い夜の闇に溶けていった。 「すー、すー」 「もう眠ったのか、ご主人……」 吾輩はご主人の枕元に、ちょこんと正座していた。 「すー、すー、すー」 「よく眠っておるわ……」 「よっぽど、疲れたのであろう……」 「当然じゃな、いきなりあんなにしごかれては」 「でも、ご主人は弱音はひとつ吐かなんだ」 「さすが、吾輩のご主人で、彼氏じゃ……」 吾輩はそっと、ご主人の顔にかかった前髪をはらってやる。 そして、微かに頭や頬に触れた。 それだけで、どきどきする。 ああ、不思議だ。 もう何度か、あんなに激しく交わったというのに。 吾輩は、未だにご主人の顔を見るだけで、身体に触れるだけで。 「胸が張り裂けそうになる……」 「恋とはすごいのう……」 「皆、恋をするとこうなるのか……?」 「いや……」 たぶん、違う。 きっと、ご主人は特別な男なのだ。 だって、吾輩は500年もの間、多くの男を見てきた。 その中で、ご主人だけが、吾輩をこんなにも―― 「好きじゃ、ご主人……」 「お主に会えただけで、吾輩は言い切ることができる」 「人柱になったのは、間違いではなかった、と」 「ちゅっ」 吾輩は静かにご主人の唇に、唇で触れた。 ご主人が起きてしまわないように。 本当に静かに、胸を焦がしながら―― 「……ん」 外から聞こえる雀の声で、目を覚ます。 「おお、起きたか、ご主人」 枕元にはちょこんと正座をしたムラサメちゃんがいた。 俺の顔を覗き込んで、満面の笑みを浮かべる。 うわっ、可愛い。 「お、おはよう、ムラサメちゃん」 彼女の可愛すぎる笑顔に、ついどもってしまった。 昨日あんなことした後だし、余計に照れる。 「うむ、おはようだ、ご主人」 「身体の調子はどうだ? どこか痛くはないか?」 「俺は男だし平気だよ。それよりムラサメちゃんこそ平気?」 「ふむ、まだちょっとだけ、股にご主人のモノがはさまってるような感じはあるが……痛くはない」 「それ絶対錯覚だから」 そうでないと俺が困る。 「ははは、それはそうじゃのう」 「さて、そろそろ起きなきゃ」 「そうじゃな、早くせんと境内の掃除が――って、ぎゃああああっ!」 ムラサメちゃんの顔が一気に赤く染まる。 「え? どうかした?」 「ご主人! 何も着ておらん! 見えてる! 見えておるぞ!」 「ブラブラしておるぞ!」 ムラサメちゃんが、震える指先で俺の股間を指す。 あ。 そうか、昨日はあのまま二人で……。 「ああっ?! ムラサメちゃんのエッチ!」 「もうお婿に行けないっ!」 両手で顔を覆う。 ふざけてオーバーアクションをする。 「なっ、何を言うか、吾輩のせいではないっ!」 「そ、それに、婿になら、吾輩がいくらでももらってやるわ! 安心せい!」 真っ赤なまま、目を><の形にしたムラサメちゃんが、慌てていた。 「マジで? 俺また婚約者ゲットですか、ムラサメちゃん」 「え?! あっ、いや、い、今のは口が滑った!」 「そーいうことは、もっとよく考えてだな……」 「ひどい! ムラサメちゃんは俺の身体だけが目的だったんだ……!」 さめざめと泣く(フリをする)。 「ち、違うわ! どうしてわざと曲解するのだ、ご主人!」 ムラサメちゃんが俺の背中をポカポカと叩く。 「ごめんごめん、冗談だから!」 「まったく、ご主人は……」 「春とはいえ、温かくせねば、風邪を引くぞ」 そう言って、ムラサメちゃんは後ろから俺を包み込むように抱きしめてくれた。 温かくなった。 身体も、心も。 「……ずっとこうしていたいな」 「……吾輩もそうだ」 「だが、もう境内の掃除をせねばな」 「う、うん。そうだよな……」 すごく名残惜しい。 「そんなにがっかりした声を出すでない、ご主人」 「今夜また、一緒に寝ればよいではないか」 きゅっと俺を抱きながらムラサメちゃんが言う。 上ずった声が、可愛すぎる。 「うん、約束だよ」 「うむ、心得た」 差し出された細い小指に俺の小指を絡ませる。 指きりげんまん。 「さて、今日も頑張るかな」 「ああ、頑張ろうご主人!」 「――え?」 「ん?」 俺がいつものようにムラサメちゃんを伴い、箒とチリトリを手に境内に行くと。 「おはよう、将臣君」 安晴さんはともかく。 「おはようございます」 「おはようございます、有地さん、ムラサメ様」 朝武さんに常陸さんまでがいた。 「おはよう、皆早いね」 「はい……」 ん? どうしたんだ? 皆の表情が少し暗い。 「……おかしいぞ、ご主人」 俺の横でムラサメちゃんが、俺の服の袖を引く。 「うん、何だか皆、元気が――」 「いや、その原因はわかっている」 え? 「結界の力が、弱くなっておるな、芳乃」 「ええ?!」 ムラサメちゃんの言葉に、俺はついチリトリを落としてしまう。 「はい、今朝起きた時から感じてました」 「はっきりとわかるくらい、大きく結界の力が損なわれています」 「ああ、僕でもわかるほどにね」 「ワタシもそれを知らされて、たった今飛んできたんです」 「そうだったんですか」 俺は改めて、神社を振り返り見つめる。 見た目には、何も変わらない。俺には何も変わらなく見える。 でも、巫女や神主である朝武さんと安晴さんには、何か感じるものがあるらしい。 「芳乃は今でも毎日、舞の奉納は続けている」 「はい、それなのにこんな事は、初めてです」 二人の表情が目に見えて、不安げに。 その感情が俺にも伝染する。 「もしかしたら、これからヤバイことが……」 「いえ、有地さん。祟り神が鎮まった今、結界の力が弱まっても実害はたぶんありません」 「ああ、そうか、そうだよね」 常陸さんの言葉に俺は少し安堵する。 「ただ、変化があったのなら、その原因を突き止めないわけにはいかないでしょう」 「ああ、後々困ったことになるかもしれない」 「とにかく実情を把握しなければならない。僕はここの神主だからね」 「御神体に何かあったのかもしれない」 「御神体って、何ですか?」 「実は私達も知らないんです」 え? 俺は朝武さんの言葉に驚いた。 巫女の朝武さんですら、この神社で知らないことがあるのか? 「御神体は神社の奥……半ば聖域化された場所に保管されています」 「触らぬ神に祟りなし、なんですよ、有地さん」 「そんな厳重に扱われているモノがあったとは……」 何か怖そうだな。 「はい、それで実物は私達も――たぶん、私達のご先祖様も見たことはないはずです」 「今まではそれで何も問題はなかったので」 「まあ、それがいいであろうな」 「下手に手を出して、結界が完全に消えでもしたら目も当てられん」 「でもこうなった以上、確認するしかない。五百年近く誰も入ったことのない場所だけど……」 安晴さんが表情を引き締める。 「芳乃、いいかい?」 「はい」 「じゃあ、僕と芳乃は御神体の確認をしてくる」 「君達は、ここで待っていてくれ」 「わかりました」 ついて行くとも言えず、そう答えた。 場所が場所だけに、朝武家の人しか入るわけにはいかない。 二人は神社の奥へと消えていった。 「何だか、胸騒ぎがするのう……」 「や、やめてください、ムラサメ様……」 「そうだよ、怖いこと言わないでよ……」 残された俺達はそこで、二人の帰りを待った。 「まだ戻って来んのう……」 「そろそろ30分くらいにはなりますね」 「……どうしたんだろう?」 三人で顔を見合わせる。 全員、心配でたまらないといった顔だ。 「……思い切って、吾輩達も行ってみるか?」 「え? でも聖域なんだろう?」 「関係者以外、立ち入り禁止じゃないか」 「吾輩は叢雨丸の管理者、ご主人はその使い手」 「茉子は代々、朝武家に仕える家系の者」 「無関係というわけではあるまい」 「それはそうだけど、御神体とご対面というと――」 ちょっと気後れする。 俺なんて、ついこの間までただのダラけた学生だったし。 「あと10分待っても、戻ってらっしゃら――あ」 常陸さんが話しかけた時、奥から朝武さんと安晴さんが戻ってきた。 「……待たせたね」 「……」 安晴さんも朝武さんも表情は優れない。 でも、悪いというよりは、困惑しているといった感じだ。 「何があったんですか?」 そう問わずにはいられない。 「何と言うか……」 「いや、まずは実際にムラサメ様に見てもらった方がいい」 「何?! 吾輩に関係があるのか?」 ムラサメちゃんは目を丸くする。 「はい、事実をお知らせするのが正しいと私も思います」 こっくりと朝武さんも頷いた。 「な、何だか怖いのう……」 「ご主人も来てくれぬか?」 不安げな瞳で、見上げられる。 そして、手をぎゅっと握られた。 「ムラサメちゃんが、そう言うならもちろん行くよ」 俺は彼女の手を握り返す。 「いいですよね?」 俺は安晴さんと朝武さんの方を見る。 「ああ、いいと思うよ」 「有地さんは、御神刀が唯一認めた人ですからね」 朝武家の二人の了承は得られた。 「よし、行こう」 「う、うむ……!」 「では、行きましょう」 俺とムラサメちゃんは、朝武さんに先導されるように、神社の奥へと進んでいく。 今まで通ったことがない廊下を歩く。 陽の光が届かない暗い場所だった。 空気がピンと張り詰めたような緊張感が、だんだんと高まってくる。 「ここです」 「どうぞ、お入りください」 朝武さんが重い木戸を開いて、中へと俺達を即す。 「い、いい? ムラサメちゃん」 「う、うむ!」 「矢でも、鉄砲でも持ってくるが良いぞ!」 俺の手をますます強く握った、ムラサメちゃんの手が超震えていた。 「ムラサメちゃん、戦じゃないから」 幼刀をなだめつつ、俺達は中へ。 そこには―― もう一人のムラサメちゃんが、居た。 『……』 朝食を済ませた後も、俺達は学院には行かない。 今後の事を話し合うために、自主休校させていただいた。 「……」 ムラサメちゃんは、御神体を見てから一言も言葉を発しなかった。 まさか、御神体がムラサメちゃんの実体だったなんて。 本人すらも知らなかった驚愕の真実だ。 「奥は何重にも強い結界が張ってあってね」 「まさに聖域という感じだった」 「最初、お父さんと入った時はまるで、時が止まってるような錯覚を覚えました」 「いえ、本当にあの場所だけ、時が止まっていたのかもしれません」 「……そうであろうな」 ようやくムラサメちゃんが重い口を開く。 「そうでなければ、吾輩の身体が500年も無事に保存されているわけがない」 「とっくに骨になっておるはずだ」 「そうですね、今、目の前にいらっしゃるムラサメ様とまるで同じでした」 「うむ、人柱になった時の吾輩がそのまま安置されておったということじゃな」 叢雨丸の管理者となったムラサメちゃんの実体。 それが建実神社の御神体の正体だった。 そして、その御神体を元に発せられる結界の力が弱まった。 もしかして、祟り神の呪いから完全に解放されたことで、ムラサメちゃんも解放された……ということか? 他にも心当たりがあるとしたら―― 俺とムラサメちゃんが、昨夜身体を重ねたことと関係があるのかもしれない。 「ムラサメ様」 ムラサメちゃんを見えない安晴さんだが、しっかりとムラサメちゃんの方を向いていた。 いつも俺の真横にいるから、わかるのだろう。 「ん?」 「これを機に、人に戻るつもりはありませんか?」 「な、何?! 本気で言っているのか、安晴!」 安晴さんと会話できないこと知っていながら、ムラサメちゃんも安晴さんに向かって話していた。 「つまり叢雨丸の管理者をもうやめてもいいと?」 ムラサメちゃんの代わりに俺が訊く。 「ああ」 「皆も知っての通り、もう祟り神の脅威はない」 「神社の結界も、御神刀も、もうなくてもいいんだ」 「ならば、ムラサメ様に人にお戻りいただき、人としての幸せを今からでも掴んで欲しいと僕は思う」 「500年も利用しておきながら、今さら勝手な言い草かもしれないけど……」 「僕は、ムラサメ様にだって幸せになってもらいたいんだよ」 「安晴、お主そのようなことを……」 ムラサメちゃんの目の端に、小さな涙の粒が浮かぶ。 「私も賛成です」 「500年も穂織の地を守っていただいたのですから、もう充分じゃないですか」 「これからは自由に生きてください」 「はい、ワタシもそう思います」 朝武さんと常陸さんも、すぐに賛同した。 「……吾輩が、人に戻る……戻れる……」 ムラサメちゃんは目を見開き、ぎゅっと両手の拳を握る。 「もし吾輩が人に戻れば……」 チラッとムラサメちゃんは紅潮した顔を、俺に向ける。 「ご主人と本当の夫婦になれるやもしれん……」 「ムラサメちゃん、どうしたの?」 顔を覗き込む。 「なっ、何でもないっ!」 「べ、別にご主人のためじゃないのだからな……!」 真っ赤になって、顔を押し返された。 何でツンデレ気味なのか。 「し、しかし、仮に戻るとして、ひとつ問題があるであろう」 「吾輩は不治の病にかかっておる」 「戻ってもすぐに死んでしまうのではないか?」 「500年前と今とでは医療技術がまるで違います」 「治療できる可能性も高いです」 「つまり普通に健康体の人間に戻れるかもしれないってことだよね?」 「はい。もちろんお医者様に診てもらわないと断言はできませんが」 「一度診てもらってから、決めるのもありなんじゃないかな」 「う、うむ……」 ムラサメちゃんは逡巡しだした。 そして。 「……すまぬ、今はまだ踏ん切りがつかぬ」 「吾輩はあまりに永く叢雨丸の管理者として、生きてきてしまったのだ」 「良いとはわかっていても、理屈だけでは、なかなか割り切れないのだ」 無理もない。 彼女は俺には想像もつかないくらい永い時を、叢雨丸の管理者として生きてきた。 もういいよと言われたからと言って、簡単にわかったとはいかないだろう。 「わかるよ、迷って当然だと思う」 「でも、病気は治せるものなら治した方がいい」 「病気を治療する間だけでも、人に戻るのはどう?」 ムラサメちゃんの身体が病気を抱えたままというのは、何とも不安だ。 戻るにしろ、このまま御神体でいるにしろ健康体ではあって欲しい。 「……そ、そうじゃな」 「吾輩の身体を、一度診てもらうのはいいかもしれん」 こっくりとムラサメちゃんは頷いた。 「ムラサメ様、では一度戻ってみましょう」 「茉子は、みづはさんに今から連絡を入れてくれる?」 「わかりました」 「じゃあムラサメちゃん、もう一度御神体のところへ行こう」 「うむ」 「自分に会いに行くというのは、妙な気分ではあるがな……」 俺とムラサメちゃん、それに朝武さんと安晴さんで、再び御神体のところへ。 そこには、裸で目を閉じて横たわる、もう一人のムラサメちゃんがいた。 「……本当にこれで病気なのか?」 目の前のムラサメちゃんは、本当に静かにただ眠っているようだった。 「こ、こら、ご主人、あんまりジロジロ見るでない!」 「恥ずかしいではないか!」 「えー、だって、昨日は……」 「今、それを口にするな、ご主人!」 わちゃわちゃと慌てるムラサメちゃん。 「こほん、有地さん、ムラサメ様……」 「早くしましょう。チチクリ合いは後で、二人きりでお願いしますっ」 「え? 将臣君いつの間にムラサメ様とそんなことに」 朝武親子の視線が、俺に集中する。 若干尖った視線だった。 いかん、今はイチャついている場合じゃない。 「と、とにかく、早く戻ってみよう、ムラサメちゃん!」 「う、うむ」 「上手く戻れるか、若干不安だがのう……」 「――えいっ!」 気合いを入れて、ムラサメちゃんはふわりと実体に取りついた。 すると―― 「……」 「……っ?」 ゆっくりと実体の方のムラサメちゃんのまぶたが、開く。 そして、肩や四肢がぴくっと微かに動いた。 「ムラサメ様!」「ムラサメ様!」「ムラサメちゃん!」 俺達は同時に歓喜の声を上げる。 ムラサメちゃんが、今、人に戻った。 「ご主人……?」 「芳乃、安晴……?」 ムラサメちゃんは首を傾け、確かめるように自身の身体に触れる。 「この感覚は……」 「うっ、重いのう……」 「だが、しっかりとした実感が――」 だんだんとムラサメちゃんの顔に赤みが差す。 だが。 「ごほん! ごほんっ! げほっ!」 「む、胸が痛い――げほん! げほん!」 ムラサメちゃんは急に激しく咳き込み出した。 「ムラサメちゃん!」 「早く診療所に!」 俺達はタクシーを呼びムラサメちゃんを連れて、一目散に駒川さんの診療所へと向かった。 「ふぅ……」 「一気に色々やるとさすがに疲れるな……」 ムラサメちゃんの検査を開始して三時間。 ようやく駒川さんが、ムラサメちゃんを連れて奥から出てきた。 「ムラサメちゃん、気分は?」 「案ずるな、ご主人。かなり良い」 「駒川のくれた薬のせいか、もう咳も収まった」 「良かった……!」 その場にいた全員が、安堵の息を吐く。 「みづはさん、ムラサメ様の病気は何だったのですか?」 「そうですね、それがわからなければ至急、身体からは出ていただかないといけません」 「ああ、残念だがそうなるね」 「どうなんですか? 駒川さん」 駒川さんはカルテを持ったまま、軽く首を横に振る。 「安心してくれ。ちゃんと完治するから」 「レントゲンを取ったら肺が真っ白だったよ。肺炎だね」 「それに合併症も併発してる。可哀想に、苦しかったろうね」 「ムラサメ様が人柱になった時にかかっていた病というのはおそらくこれだろう」 「抗生物質を服用してしばらく安静にしていれば完治するよ。素晴らしいね、現代医学は」 「あ、ありがとうございます!」 俺はその場で、駒川さんに深々と頭を下げた。 膝に額がつく勢いで。 ちょっと涙声になってしまっていた。 「ご、ご主人……」 「よしてくれよ、有地君」 「医者は患者を治すために、全力を傾ける。それが当たり前だ」 「私はその当たり前をしたにすぎないよ。顔をあげてくれ」 俺は肩を軽く叩かれて、顔をあげる。 柔らかく笑う駒川さん。 普段の凜とした感じとは、少し違う印象を受けた。 「では、お薬をもらって、ムラサメ様はしばらくは安静にしていただきましょう」 「そうですね。お部屋は――」 「俺の部屋を使ってくれ!」 俺は常陸さんがしゃべり終わる前に話した。 「え? いや、しかしまだウチに部屋はあるよ? 将臣君」 「俺がつきっきりで、看病します!」 「ご、ご主人……!」 「だから、俺の部屋の方が都合がいいんです」 「つ、つきっきりって……」 「あ、有地さん、ムラサメ様も、お年頃の女性で――」 「い、いや、茉子、芳乃、いいのだ」 「吾輩もそれがいい。ご主人の部屋に吾輩の分の布団を用意してくれ」 「本当にいいんですか?」 「う、うむ!」 「ご主人がいてくれた方が、わ、吾輩も安心できる……」 真っ赤な顔でごにょごにょと話すムラサメちゃん。 『………』 そんなムラサメちゃんの様子を見て、朝武さんと常陸さんが、同時に俺を見る。 その視線には、「ははーん」という感じの意味合いがこめられていた。 「……まあ、医者としてはきっちり看病してくれるなら、異論はないよ」 「ただ衛生面に気を配ってくれ」 「間違っても、有地君が風邪を外でもらってきたりしないようにね」 「うがい、手洗いはきっちりとします!」 「当然だけど、運動もダメだよ?」 「激しい愛情表現は、治ってからにしてください、ムラサメ様」 「うむ、承知した――って、何言ってるおるのだっ?!」 あんまりさらっと言われたから、つい正直に答えそうになってしまったムラサメちゃん、超素直。 「ん? そういう仲なんじゃないのかい?」 「はい、そういう仲のようです」 「常陸さん、勝手に答えないで!」 「……違うんですか? 有地さん」 朝武さんにまっすぐな目を向けられる。 ていうか、ちょっと睨んでる。 うっ。 すごい目力だ。 「……そうだけどさ」 もう正直に答えるしかない。 「ご主人、二日目でもうバレてしまったのう……」 ムラサメちゃんが嘆息する。 「まあ、隠すことでもないだろう」 「そ、それもそうだが」 「せめて、もう少し心の準備をする機会が欲しかったぞ」 不器用な俺ですまん、ムラサメちゃん。 「そういうことなら、将臣君の部屋でいいよ」 「ムラサメ様の看病、頼んだよ」 「はい、ワガママを言ってすみません」 「それにしても、やっぱりこうなっちゃったか」 「めでたいけど、少し残念だよ」 「え?」 「僕はいつ芳乃と再婚約してもらうか、考えて――」 「……お父さん、ちょっとお話があります」 「あ、ちょっと、芳乃、冗談だよ、引っ張らないで――」 「いいですからっ」 安晴さんは眉根を寄せた娘に、腕を引かれて診療所を出た。 お説教の始まりのようだ。 南無。 「では、タクシーを呼びましょうか」 「ああ、それならもう手配しておいたよ」 「手回しがいいなあ」 「職業柄、先へ先へと物事を考えて行動してしまうのさ」 駒川さんは苦笑気味に笑う。 その様子に俺達も微笑する。 「ムラサメちゃん」 「ん? 何だご主人」 「早く元気になって」 「……ありがとうなのだ、ご主人」 ムラサメちゃんは、ごく自然に俺の手を握ってくれた。 初めて触れる生身のムラサメちゃんの手。 人肌の感触と、体温がしっかりと伝わってくる。 「……」 俺は彼女の手を握り返す。 泣きたいくらい、嬉しかった。 今、ここに、彼女が居てくれることが―― 「さてっと」 両手に持ったバッグは意外なくらい軽かった。 俺の荷物全部入っているというのに。 「これも祖父ちゃんの特訓の成果かな」 穂織に来てから、ずっと鍛えてもらったからな。 ナマクラな俺もちょっとはマシになったのだろう。 「……」 部屋を見渡す。 ちょっと感慨深いものがある。 短かったとはいえ、色々あった。 朝武さん達と話したり、ムラサメちゃんとふざけたり。 楽しいことが、いっぱいあった。 「……死にかけたこともあったけどな……!」 まあ、でも今はピンピンしてる。 憑代が揃い、呪いも解けた。 俺はお役御免、自由の身だ。 だけど、俺はまだ穂織の地に残ることを選択した。 なので。 「挨拶に行くか……」 俺は後ろ髪を引かれる思いを振り切るように、襖を閉めた。 「そうか、やっぱり行くのかい」 「はい、今まで本当にお世話になりました」 俺はまず安晴さんに頭を下げる。 「皆も、ありがとう」 その後、朝武さん、常陸さん、それにムラサメちゃんにも礼を言う。 皆、何故かちょっと驚いたような顔をしていた。 「有地さん、昨晩は穂織に残ると言っていましたから」 「てっきり、このままここに残ってくださるのかと思っていました」 「いや、それはさすがに無理でしょ」 もう俺と朝武さんの婚約は解消した。 となると、俺はただの他人の男だ。 「赤の他人の、しかも若い男が、巫女姫様のいるこの家に居座るのはおかしいし」 「気にしなくてもいいんだけどなぁ」 「世間の目というものがありますから」 「有地さん、変なところで真面目ですね」 「……本当ですよ」 常陸さんも朝武さんも、微妙にご立腹なような。 何で? 「ご主人、ご主人の考えはわかった」 「では、行くか。今後はどこに住むつもりだ?」 「うん、やっぱり最初の予定通り、祖父ちゃんのところに――って、ちょっと待って、ムラサメちゃん!」 「ん? 何だご主人」 俺の真横に並び、ついてくる気満々の幼刀を俺は見る。 「ムラサメちゃんも一緒に来る気?」 「当たり前であろう、叢雨丸の持ち主はご主人なのだ」 「叢雨丸あるところ、すなわち吾輩の居るべき場所ではないか」 幼刀ムラサメちゃんは、俺との同行を大前提にしていた。 だが。 「いや、叢雨丸はここに置いてくけど?」 「な、何?! 叢雨丸を手放す気かご主人」 「だって、真剣なんて旅館に持ち込めないだろ」 「たとえナマクラでも」 「違いますぅー、ナマクラじゃないですぅー」 ムラサメちゃんが唇を尖らせる。 そこは絶対譲れないらしい。 「確かに、真剣を一般家庭に持ち込むのは色々と面倒があるね」 「叢雨丸はウチで管理した方がいいだろう」 「はい、お願いします」 俺は鞘に収まった叢雨丸を、安晴さんに―― 「ご主人、ちょっと待ったー!」 「あ、ここで伝説のちょっと待ったコールですね」 「レアです」 「二人とも、古いネタ知ってるな……」 そういう俺も大概だが。 「叢雨丸は吾輩とご主人のそばに、常に置いておくべきだ!」 「そんなのは許さん!」 「絶対に認めんぞ!」 頬を膨らませて、ムラサメちゃんはおかんむりであった。 「いや、そう言っても」 「ダメだ!」 「たまには遊びに来るから」 「たまにでは、嫌じゃっ!」 幼刀は思いの外頑固だった。 ていうか、駄々っ子だった。 「吾輩と叢雨丸、それにご主人は、もはや三位一体! 離れるなどまかりならん!」 俺の右腕をがっしと抱きしめて、ムラサメちゃんは主張し続ける。 硬い胸の感触がちょっと、恥ずかしい。 ていうか、もっと女の子としての恥じらいを持って欲しいんだけど。 でも、口にすると絶対怒られるから言わない。 「そんなこと言われてもなあ……」 困ったぞ。 叢雨丸は持ち出せないし、そうなると俺も出て行けない。 「将臣君、やっぱりこのままウチに留まってくれないかい?」 「男手は僕だけだし。そうしてくれると助かるな」 安晴さんが笑顔でそんなことを言ってくれた。 ここでの生活は楽しかったし、俺もそうしたい気持ちはある。 でも……。 「婚約者じゃない俺が朝武さんの家にいると、ご迷惑がかかるんじゃ」 「そ、そんなこと……」 「大丈夫です、有地さんなら、殿方ですが安心できますからね」 「万が一ということもなさそうです」 俺が思ってた以上に、俺は信頼されているようだった。 ちょっと感動だ。 「うむ、ご主人はこう見えて、へタレだからな!」 「紳士なんだよ、ムラサメちゃん!」 感動が台無しである。 「将臣君、女の子三人に懇願されてるんじゃ、無下にはできないんじゃないかな?」 「それとも、今までの生活に何か不満があった?」 「それなら、改善させてもらうよ」 「いえ、不満なんて何もありません」 「すごく良くしていただいたと思ってます」 「なら、いいではないかご主人」 「何を遠慮しておる」 「遠慮というか、躊躇というか……」 本当に俺、ここに残ってもいいのかな。 「そもそも祖父ちゃんが何て言うか」 最初は志那都荘を手伝うのが目的だったし。 「そうだね。玄十郎さんには話しておかないとね」 「僕から話しておこう」 「あ、待ってください」 リビングを出ようとした安晴さんを止める。 「俺自身のことですし、自分で言います」 「それがスジだと思うんで」 「そうかい? わかった」 「上手く玄十郎さんと話をつけてくれることを祈ってるよ」 「正直自信ないですけどね……」 はっきり言って説得できるとは思えない。 でも、俺のことだ。俺がしっかりしないと。 「早速、祖父ちゃんのとこ行ってきます」 俺はいったん、荷物を置いて玄関へ。 「あ、ワタシも同行しましょう」 「吾輩もだ!」 朝武さんは朝の奉納の儀があるので来られないが、「頑張ってください」と声をかけてくれた。 朝武家の皆にこんなにも慕われて、俺は幸せだ。 よし、何とか頑張って祖父ちゃんを説得しよう……! 俺は固い決意を胸に、強敵(祖父ちゃん)のところへと向かう。 そして―― 「ならん」 と一言で切って捨てられた。 「おう、大旦那さんばっさりですね! これぞ一刀両断言でありますか?」 たまたまそばにいたレナさんが目を丸くする。 「婚約を解消したのに、同居を続ける理由がないではないか」 「理由がないのに、安晴様に負担をかけるわけにはいかん」 至極まっとうなことを言われる。 「だ、だよね……」 俺はすでに撤退モードに突入しつつあった。 やっぱり敵が強すぎた。 「何を納得しているのだ、ご主人!」 「もっと頑張らぬか! 男を見せてみよ!」 「無理だ、祖父ちゃんに俺が勝てるわけがない」 「吾輩と暮らしたくはないのか?!」 「あれ、微妙に目的変わってない?」 叢雨丸の保管場所が一番のポイントだったような。 「いいから、玄十郎を説得せい!」 背中に小さな手のひらの感触を感じる。 ムラサメちゃんが弱気になった俺の背中をぐいぐいと押していた。 俺は否応なしに、祖父ちゃんの方へと踏み出す形に。 「ん? 何だ? 言いたいことがあるのか、将臣」 祖父ちゃんの視線がまっすぐに、俺に。 それだけで超プレッシャーだった。 「あー、まあ、その……」 それでも、何とか言葉を搾り出す。 「俺だけの願いじゃなくて、ムラサメちゃんが」 「ムラサメ様? ここにいらっしゃるのか?」 「はい、今、有地さんの後ろにいらっしゃいます」 「マサオミの背中、一生懸命押してますよー」 「何とこれはお見苦しいところを」 「失礼致しました」 常陸さんとレナさんの言葉に、祖父ちゃんは一礼する。 見えなくとも、ムラサメちゃんの存在を知ってる祖父ちゃんは彼女に最大限の敬意を払っていた。 何といってもこの穂織の地を守った、一番の功労者なのだから。 「うむ、苦しゅうないぞ、玄十郎」 「楽にせよ、面を上げてくれ」 「玄十郎さん、ムラサメ様がお顔を上げて欲しいと」 「わかりました」 祖父ちゃんが、顔を上げて肩の力を抜く。 空気がようやく弛緩した。 「茉子、玄十郎に伝えよ」 「ご主人をこのまま建実神社に住まわすようにと」 「玄十郎さん、ムラサメ様は有地さんと今のままの生活を続けたいそうです」 「ん? それは真ですか?」 「うむ!」 こくこくと高速で首を縦に振るムラサメちゃん。 「大旦那さん、ムラサメちゃん、すっごく頷いてます」 「それは何故に……」 祖父ちゃんはめずらしく困惑顔になっていた。 「それは俺が話すよ、祖父ちゃん」 俺は今朝の朝武家でのやりとりを簡単に説明した。 「……そうか。確かに御神刀は建実神社で保管した方が良いな」 「ムラサメ様も当然、建実神社にいらした方が良い。それに――」 チラリと祖父ちゃんは俺の顔を見た。 「お前が唯一の使い手なのは確かだ」 「しかし、婚約を解消した今、若い男が、巫女姫様と同居し続けて良いものか……」 腕を組んで思案しだす。 「芳乃様もはっきりとは口にしてませんが、有地さんとの同居を望んでいます」 「何故、わかるのですか?」 「有地さんが玄十郎さんを説得することを応援してらっしゃいました」 「巫女姫様が、将臣をそこまで」 「大旦那さん、ヨシノはマサオミととっても仲良しですよ」 「マサオミと話す時は、空気やわらかな感じです」 「そうか……」 「ムラサメ様と巫女姫様が望んでおられるのなら、反対はできませんな」 ムラサメちゃん、それに常陸さんとレナさんの援護射撃もあって、祖父ちゃんもようやく折れた。 すごいぞ。 あの祖父ちゃんが、女の子との同居を認めてくれた。 「常陸さん、不肖の孫ですが改めてよろしくお願いします」 「わかりました」 「下男として、好きなようにこきつかってください」 「わかりました♪」 「えー?!」 下働き扱いなのか。 「当たり前だ。婚約者でない以上、今まで以上に働くのは当然至極」 「働かざる者、食うべからずだ」 「く……わかったよ、一生懸命働くよ」 俺は嘆息しつつ受け入れる。 まあ、いい。 どうせ神社の仕事は手伝う気だったし。 「ご主人、巫女姫の婚約者から一気に落ちぶれたな!」 ムラサメちゃんがぴょんとジャンプして、俺に抱きついた。 「ムラサメちゃん、嬉しそうに言わないでくれよ」 もしかして、ちょっとだけ早まったかなと思う俺だった。 「あ~、お昼だーっ」 「ねえ、今日は外で食べない?」 昼休み。 今朝もあの後、祖父ちゃんに稽古をつけてもらったので腹ペコだ。 「今日のオカズは何かな~」 うきうき気分で弁当を取り出す俺。 「有地さん」 ん? そんな俺のところに常陸さんが寄ってくる。 「あ、お兄ちゃん、もう食べようとしてるー」 それに学年の違う小春までもが立っていた。 「え? 小春?」 「今日は皆さんで集まって、昼食を摂る約束でしたよ」 「そうですよー」 「そうそう」 朝武さんにレナさん、それに廉太郎までもが、弁当を片手にやって来る。 「え? そうだっけ?」 まるで覚えがないぞ。 「そうだよ。ちゃんと廉兄に、伝えてって私頼んだもん!」 「そうだぞ、将臣」 「もっとも、俺がそれを伝え忘れたかもだが」 「かもじゃなくて、忘れてるだろ。お前のせいだろ!」 しれっと言うんじゃない。 「はぁ……。そんなことじゃないかと思った」 「やっぱりお兄ちゃんに直接言えば良かったよ」 「この駄兄っ」 「誰が駄兄だ、誰がっ」 またいつもの兄妹喧嘩が始まった。 いや口は悪いが、喧嘩というか、じゃれ合いだ。 いつものことなので、皆、やれやれと二人を生温かく見守っていた。 「はいはい、お前達が仲がいいのはわかったよ」 「それより、腹が減った。もう食べよう」 「ですね、机をくっつけましょうか」 「そうね」 微笑して朝武さんが、細い腕で机を移動させようとする。 「あ、朝武さん、俺がやるから」 「え? どうしてですか?」 「万一、怪我をするといけないでしょ?」 「そ、そんな気遣いは無用です」 「いいからいいから、ほら終わり」 俺はさっさと机を2つ移動させて、6人分のテーブルを用意する。 「お兄ちゃん、相変わらず巫女姫様には優しいね」 「婚約してる時と変わってないよ」 椅子に座りながら、何故か小春がちょっと頬を膨らませていた。 「いや、俺は女の子には基本、優しいぞ」 俺も着席しつつ、弁当箱を開ける。 「そうでしょうか?」 「そうですよ」 「果たして、本当に有地さんは世の女性、全員に優しくしようとしていると言い切れるのでしょうか?」 常陸さんはジト目で俺を睨んでくる。 「い、言い切れますよ」 「でしたら、どうして、ワタシが机を動かそうとした時は何も言ってくれなかったのでしょう?」 「それは常陸さんは特別強い――いや何でもありません」 「あーっ! 常陸さんの弁当今日も楽しみだな!」 俺はつい漏れてしまいそうな本音を、飲み込んだ。 「……はぁ、まあ、いいですけどね」 常陸さんは嘆息する。 「有地さんは放課後、校舎裏に来てくださいね♪」 「シメるのは勘弁してください」 ちっともいいって思ってないじゃん。 「茉子、手加減はしてあげてね」 「そこは心得ております」 「いや、そこは止めようよ、朝武さん!」 女子二人の笑顔が怖い。 「とにかく、いただきましょう」 「わたし、とても空腹であります」 レナさんの言葉に、全員が椅子に座り弁当を食べ始める。 「それにしてもお兄ちゃんが、そのまま建実神社にお世話になるって思わなかったよ」 「てっきり、ウチに来てくれるって思ってたのにな~」 「ちょっと残念」 小春がおにぎりを飲み込んだ後、ふぅと息を吐く。 「色々事情があってさ、悪いな小春」 詳細は説明できないけど。 それでも、こうして慕ってくれる従妹は可愛いものだ。 「まあ、将臣も男だしさ」 「そのうち、巫女姫様か常陸さんの着替え覗いて追い出されるだろ」 「そしたら、ウチ来ればいいんじゃね?」 「しねーよ! お前じゃあるまいし!」 そんなことしたら、穂織全体で村八分にされるじゃないか。 「そうだよ! お兄ちゃんは、廉兄とは違うのっ」 「あーあ、お兄ちゃんが、本当のお兄ちゃんなら良かったのに」 「常陸先輩、ウチの廉兄とトレードしませんか?」 「金銭トレードでしたら考えます」 「俺を勝手に売らないでください」 『あはは』 「……女子はたくましいな、将臣」 「まったくだ」 そう言いつつも、俺も廉太郎も微笑する。 昼休みの弛緩した空気の中、女の子達の楽しそうな笑い声が教室を満たしていた。 ネタにはされたが、まあ皆が楽しいなら、良しとしよう―― 「じーっ……」 「ん?」 背後から、強い視線を感じる。 振り返る。 「ささっ」 が、誰もいない。 気のせいか? 「どうした? 将臣」 「何か背後から見られてるような気がして」 「え? 誰もいないよ」 「おおっ、もしかして、ミズコの霊ですか、マサオミ」 「ヨシノにお祓いしてもらうのがいいです」 「俺にそんな厄介な霊は憑かないよ!」 人聞きの悪い。 「じじーっ……」 「――っ?!」 俺は再び背中に強いプレッシャーを感じる。 速攻でまた後ろを向く。 「さささのさっ」 が、やっぱりそこには誰もいない。 だけど。 「あの、有地さん……」 「あ、はい」 「もうだいたい俺にもわかってるんで」 「こちらにいらしてくれればいいですのに……」 「あれで案外、人見知りするタイプなんじゃないかな」 何せ超限られた人としかずっと接して来なかったし。 「え? 何? 何が起こってるの?」 「マジで何かいるの?! 幽霊か?! 学院の七不思議的な?!」 「そんなことを言うなよ」 「本人はそーいうのは、一番苦手にして――」 「じじじーっ……」 とか何とか言ってるうちに、また視線が。 もう振り返らない。 正体わかってるし。 「わおっ、マサオミ、今、すっごい観察されてまーす!」 「家政婦さんに、秘密握られてしまいますね」 「ないから。俺、秘密とかないから」 でも、落ち着いて弁当が食べられない。 「有地さん、呼んでさしあげてくれませんか?」 「そうですね、何かいたたまれません」 「捨てられた子猫のような瞳で、ずっと有地さんをご覧になってます」 それは確かにいたたまれないな……。 「ささささっ」 「もう隠れなくていいから」 「出てきてよ、ムラサメちゃん」 「む、気づいておったか……」 「吾輩の気配を気取るようになるとは……」 「成長したのう、ご主人」 扉の陰から、ようやくムラサメちゃんが顔を覗かせる。 「こっちにおいでよ」 「いっしょに、食べよう」 「いらん、たまたま通りかかったから、ご主人の顔を見に来ただけだ」 「別に吾輩も茉子の弁当を食べたいとか」 「ご主人と話がしたいとか」 「ちっとも、まったく、これっぽっちも、思うておらん!」 絶対思ってるだろ。 「意地張らないで、小春達にも紹介するから」 「……良い。吾輩はご主人達の邪魔をする気は毛頭ない」 「もう帰る。さらばだご主人」 そう言い残すと、ムラサメちゃんはふいっとその場を離れて行ってしまった。 しょうがないな。 でも、放ってはおけない。 弁当箱にフタをして、椅子から立ち上がる。 「お兄ちゃん、どうしたの?」 「メシまだ残ってるじゃねーか」 「気難しい生き神様と食べてくるよ」 「へ?」「は?」 そろって首を傾げる従兄妹達を置いて、俺は弁当箱を手に教室を出た。 「おーい、ムラサメちゃーん」 俺はきょろきょろと周囲を見渡す。 周囲の生徒達が怪訝そうな顔をしていたが、気にしない。 祟り神やら、呪いやらとさんざん関わってきた俺には、そんなことはすでに瑣末なことだった。 「おーい、出て来いよ~」 「おーい、幼刀ちゃーん」 ムラサメちゃんの姿を捜して、俺は外に出た。 「幼刀ではないっ!」 「あ痛っ」 突然、頭を軽く叩かれた。 上を見ると、ふわふわと風に漂うムラサメちゃんが。 「真上にいたのか」 「ふふ、盲点であったろう、ご主人」 「とう」 掛け声とともに、くるりと回転して、俺の前に立つ。 やっとまともに話ができそうだ。 「何で逃げるんだよ」 「別に逃げてはおらん」 「さっきも言ったはずだぞ、ご主人の学生生活の邪魔をしたくないだけだ」 「邪魔なんて思わないって」 「いっしょに昼食摂ればいいよ」 「吾輩は食べられん。ご主人も知っておるであろう」 むっと口をへの字に曲げる。 「俺が食べさせてあげれば、食べられるじゃん」 「それはそうだが……」 ムラサメちゃんは、ちょっとだけ考えて、 「いや、やっぱりダメだ」 ぶんぶんと首を横に振る。 「芳乃や茉子はともかく、他の者がご主人を奇異の目で見る」 「本来、吾輩は常人には見えない存在なのだ」 「ああ、そうか……」 自分や周囲にいる人達が、普通にムラサメちゃんと接しているから半ば忘れていた。 俺達の方が特別で、小春や廉太郎が普通なのだ。 「確かに俺の手から、何もない空間に食べ物が消えていく様子を見せるとちょっと驚くだろうな」 「ちょっとどころではない」 「いりゅーじょん扱いされるぞ、ご主人」 「あいつらなら、ちゃんと説明すれば、納得してくれそうだけど」 「良い。どのみち吾輩は選ばれた者達としか話せないのだ」 「会話が成り立たないのに、紹介されても相手も困るであろう」 ムラサメちゃんはちょっと寂しそうにうつむいた。 「……」 考えてみれば俺がここに来る前は、朝武さんと常陸さんだけがムラサメちゃんの話し相手だった。 彼女達とて、学院の勉強や仕事がある。 多くの時間を、ムラサメちゃんとの会話に費やすことはできなかっただろう。 その間、ムラサメちゃんはずっと一人でいた。 誰にも気づかれることすらなく、本当にただ一人で。 「……」 ちくり、と俺の胸が痛んだ。 だから。 「ムラサメちゃん、いっしょにこれを食べよう」 俺は彼女の手を半ば強引に取り、引っ張った。 「いいと言うのに」 「ご主人は気を遣いすぎだ、将来頭髪が薄くなるぞ」 「ならないよ! 遺伝的にウチはならない!」 そんな悪態をつく幼刀の手を引き、適当なところに腰を下ろした。 俺は弁当箱のフタを開き、まだ手をつけてないおかずを手にして、 「はい、ムラサメちゃん、あーん」 「こ、子供扱いするでないっ」 「だいたいそれはご主人の昼食ではないか」 「吾輩が食べたら、ご主人が腹を空かしてしまう」 ムラサメちゃんは、食べようとしない。 でも目線はチラチラと、俺の手にある卵焼きに。 素直じゃない。 「半分食べれば、ぎりぎり夕食まではもつって」 「それにこれ食べかけじゃないから、汚くないよ?」 「べ、別に汚いなどとは思うておらん」 「……思うておったら、あの時接吻などできるわけないではないか……」 ムラサメちゃんの頬が急に朱色に染まる。 「え? 何? 聞こえなかったんだけど」 「な、何でもない!」 「乙女の独り言を勝手に聞くでない! ご主人、無粋であるぞ!」 いきなり、くわっと目を見開いて騒ぎだす。 騒がしい生き神様だな。 本当にこれで、他の人に気づかれないのか不思議なくらいだ。 「わかったわかった、聞こえてないから」 「ほら、それより遠慮せずにぱくっと」 ムラサメちゃんの目の前に卵焼きを差し出す。 「……はぁ、吾輩のご主人は頑固者じゃな」 「それは割とお互い様だと思うよ」 「わかった、今回は吾輩が折れてやろう」 「ぱくっ」 「もぐもぐもぐ……」 卵焼きをようやく、口に入れて咀嚼した。 食べ方が可愛い。 小さな口がもくもくと、動く。 「むっ、ほんのり甘いな……」 「それにふわふわして、口の中でほろりと溶けるぞ……」 「焼き加減絶妙だから」 「うむ! 美味いな! 茉子は料理上手じゃな」 「今までは見た目しかわからんかったが、実際に食べると感動もひとしおじゃ」 「これからは、俺が食べさせてあげるからもっと色々なものが食べられるよ」 「そうか! それは楽しみじゃな――」 「――って、そんなに吾輩はご主人に甘えたりせん!」 「ごくたまにで、良い!」 「頑固な幼刀だな」 「ご主人こそ、頑固じゃ」 お互い悪態をつきつつも、笑っていた。 「次はおにぎり、はい」 「うむ、いただくが、ご主人もちゃんと食べるのだぞ」 「ぱくっ、もぐもぐもぐ……」 「ほぉれふぉ、ふふぁいふぁ!」 ムラサメちゃんは、口いっぱいにおにぎりを頬張りながら、微笑んだ。 美味しそうにごはんを食べる彼女の様子は、見ていて微笑ましい。 叢雨丸の管理者などではなく、ごく普通の女の子だった。 放課後になった。 俺は速攻で帰って、神社の中の掃き掃除を始める。 「あれ、今日は早いね、将臣君」 「授業終わって、すぐ走って帰って来ましたから」 「あ、他に何か用事があれば何でも言ってください」 今日から俺は今まで以上に働かなくてはならないのだ。 「いや、特に今はないけど」 「玄十郎さんの稽古はいいのかい?」 「むしろ祖父ちゃんに、神社でたくさん働けって言われました」 「ふっ、下男はツライのうご主人」 俺の隣でムラサメちゃんが、俺の肩の上に手を置く。 半笑いだった。 「下男って言うのは止めてくれ、ムラサメちゃん」 何だか物悲しいから。 「ははは、下男だなんて思ってないよ」 「今まで通りでいいからね、気楽にね」 神主さんが、安晴さんで良かった。 俺はしみじみそう思う。 「ただいま戻りました、あっ」 「有地さん、捜してもいないと思ったら、もう帰っていらしたんですか?」 俺より10分ほど遅れて、朝武さんと常陸さんも帰ってくる。 「ああ、早く仕事しようと思って」 「下男はツライのじゃよ、茉子」 「それはいい心がけですね」 常陸さんが口元を緩める。 今朝の祖父ちゃんとのやりとりを思い出しているのだろう。 「え? 下男って誰がですか?」 唯一、事情を知らない朝武さんが小首をかしげる。 「まあまあそれについては今度話しますから、芳乃様は舞の準備を」 「あ、そ、そうね」 「まずは役目を果たさないと」 「また後で、お話しましょう」 常陸さんといっしょに朝武さんは奥へと入っていく。 「僕も今から、町役場で会議があるんだ」 「留守を頼むよ。将臣君」 「わかりました。いってらっしゃい」 「ご主人と吾輩がいれば、大丈夫じゃ」 「熊が出ても追っ払ってやるから、安心せい」 熊って。 そんな猛獣は、さすがに管轄外としたい。 「じゃあね、行ってくるよ」 安晴さんは、いつもの柔和な笑みを浮かべて、境内を出た。 「町役場の会議って何だろう」 俺は掃き掃除を再開しつつ、ムラサメちゃんに尋ねる。 「吾輩も詳しくは知らんが……」 「穂織にはまつりごとが多いからな、神主の出番は割とある」 「それに加えて、町の財政的なことも話すと聞く」 「財政……」 「穂織の地は他所と違って、多くの部分を自前でまかなっておる」 「他所の村や町のように、ほとんど国任せとはいかない。かなり厳しい話もしておるであろうな」 「そうだな、色々な意味でここは特別だもんな」 呪いをこの地で封じ込めるために、そうならざるをえなかった。 でも、そうすることで独自の文化が生まれたとも言える。 皮肉なものだ。 「でも、俺達が呪いを解いたから、これからはその辺も変わるかもしれない」 俺がそう言うと、ムラサメちゃんは若干難しい顔をして。 「……否定はせんが、時間はかかるであろうな」 「イヌツキの土地と忌み嫌う者が、そう簡単に吾輩達を受け入れるとも思えん」 「……」 「わざわざイヌツキの土地に祭りを見に来るなんて、不心得者が増えたもんだよ、まったく……」 ここに来た日の出来事が頭の中で再生された。 「まあ、そうかな……」 これから開放的になるとしても、完全に偏見が無くなるのにはおそらく数年。 いや、甘いか。数十年か。 箒を動かしつつも、ちょっと沈む。 ここは色々と変わってるところもあるけど、いい人達が多い、いい所だ。 もっと多くの人にそれをわかってほしい。 「ご主人、どうした?」 「少し元気がないぞ?」 ムラサメちゃんが、俺の顔を覗き込む。 「いや、大したことじゃない」 「この境内丁寧に掃除してみると、結構広いなって思っただけ」 そんなことを言って、暗い気持ちを切り替える。 落ち込んだってしょうがない。 俺は、俺にやれることをやるだけだ。 「……」 視線の先で、朝武さんの舞の奉納が始まった。 優美で、だけど厳かで。 箒を動かす手が自然に止まった。彼女の動きに、視線が吸い寄せられる。 相変わらず完璧だった。 何度見ても、感心する。 「芳乃の舞は、いつ見ても惚れ惚れするのう」 「ご主人が毎回見惚れるのも無理はない」 にまにまと笑いながら、ムラサメちゃんが俺の腕を肘でつつく。 「べ、別に見惚れてなんか……」 あるけど。 「本当は婚約を白紙に戻したことを後悔しておるのだろう?」 「内緒にしてやるから、吾輩にだけは本音を申せ」 「そんなことないっ」 「強がるでない。芳乃ほどの器量よしはそうはおらんからな」 「男は何のかんのと言っても、美人が好きであろう?」 ムラサメちゃんが恋バナをしたがっている。 何とも人間くさい生き神様だ。 「そんなこと言ったら、常陸さんだって、レナさんだって美人だし」 「ムラサメちゃんだって、可愛いじゃないか」 「?! なっ、何っ――?!」 あ。 しまった、ついポロリと本音が。 「な、何ということか……」 予想通り、ムラサメちゃんは目を見開き驚愕していた。 「芳乃だけでなく、茉子や吾輩を取り込んではぁれむを作る気か、ご主人!」 「現代では大奥は作れぬぞ!」 「作るかっ」 そっち方向で驚いたのかよ。 「……」 ムラサメちゃんとそんなやりとりをしている内に、朝武さんは奉納を終えて、こっちにやって来た。 「……ふぅ」 ん? 顔色がちょっと悪いな。 「ご苦労であったな、芳乃」 「お疲れ様」 「あ、はい」 微笑んではくれたが、やっぱり表情はどこか精彩を欠く。 「もしかして、朝武さん、風邪でも引いた?」 「え? どうしてですか?」 「俺の気のせいかもしれないけど、元気がないように見える」 「うむ、吾輩もそう思った」 「舞がおかしかったですか?」 「舞の奉納はちゃんとしてたよ。でも、今の朝武さんがちょっと気になる」 「そうですか、今、私、そんな風ですか……」 「まだまだ鍛練が足りませんね」 朝武さんはまた息を吐く。 「どうかしたのか、芳乃」 「いえ、何がどうというわけではないのですが」 「奉納の時、少しだけ違和感があったのです」 「違和感?」 「あ、いえ、違和感と言っても、ほんのささいな感覚の違いです」 「ただ、こういうことは初めてだったので……」 俺にはいつもの舞と何も違いは感じられなかったけど。 朝武さんにこう言われると、ちょっと気になる。 「憑代が祀られたことによる感覚の違いでしょう」 「気にしないでください」 「では、私は着替えてきますので」 俺達に優しく微笑んだ後、朝武さんは本殿から出て行く。 「どう思う? ムラサメちゃん」 「吾輩にもわからん。吾輩はあくまでも叢雨丸の管理者にすぎん」 「長年、舞を奉納してきた芳乃がああ言うのだ」 「気に病むことはなかろう」 「そうか、ならいいけど」 「ご主人、それより今日は玄十郎の鍛練はいいのか?」 「祟り神との戦はなくなったとはいえ、玄十郎は夕方の鍛練は続けると言っておらんかったか?」 「あ、いけね!」 そろそろ陽は傾き始め、景色もオレンジ色に染まっていくような時間だ。 「行ってくる!」 遅刻したら、また祖父ちゃんに叱られてしまう。 「やれやれ、忙しないのう、吾輩のご主人は」 「……」 「祟り神は、もう静かにしておる。もはや戦はなくなった……」 「呪いが鎮まり、穂織の地に平和が訪れたのじゃ……」 「ならば、叢雨丸はもう……」 「……」 「吾輩はこれから何をすればいいのだ……? ご主人」 「ムラサメちゃんが人に戻ったでありますか?!」「ムラサメ様が人に戻ったの?!」「ムラサメ様が人に戻った?!」 昼休み。 町おこしメンバーで昼食を摂りつつ、昨日あったことを報告した。 「てことはさ、将臣っ!」 何故か一番興奮している廉太郎が、飯粒を飛ばしつつ話しかけてくる。 「何だよ、きたねーよ!」 しっしと右手であっち行けのジェスチャーをする。 「ムラサメ様を俺達でも見られるんだろう?」 「和風美少女のお姿を、俺も拝めるんだろう?!」 廉太郎は目を輝かせて、両手の拳を握って叫んでいた。 それが目当てかよ。 「ったく、廉兄、動機不純すぎだよ……」 その隣で、妹は兄をジト目で見ている。 また小春の中で、廉太郎の株価が下落した。 「マサオミ、お見舞いに行ってもいいですか?」 「う~ん、まだ治療を始めたばかりなんだよ」 「一応、もうニ三日、様子を見てからにしてくれないか?」 「りょーかいであります」 「ムラサメちゃんに、お大事にとお伝えください」 レナさんがにっこりと笑って、俺に三つアメを差し出した。 「カリンののどアメです」 「ムラサメちゃんに、あげてくださいませ」 「ありがとう、きっと喜ぶよ」 優しい心遣い。 廉太郎とは大違いだ。 「お兄ちゃん、私もレナさんとお見舞い行くね」 「ああ、廉太郎以外は是非来てくれ」 「何でだよ! 俺にも会わせてくれよ!」 「お前はムラサメちゃんをナンパするから、ダメっ」 「くっ……、まるで彼氏気取りだな!」 「気取りじゃなくて、彼氏だ」 もう隠す気もないので、堂々と言ってやった。 「な、何っ?!」 「マジかよ?! お前、彼女出来ちゃったのかよ?!」 「穂織に来て、そんなに経ってないのに!」 「くそっ、俺の彼女候補がまた一人消えた……!」 むせび泣く廉太郎。 こいつムラサメちゃん、候補に入れてたのかよ。 姿も見えなかったのに、ある意味すごいな。 「ムラサメ様が回復したら、町おこしの会議にも人のお姿で出られますよ」 「その時を楽しみにしてください」 「二人とも、それって遠まわしに俺には見舞いに来るなって、言ってるんだよね?!」 「お前にしては察しがいいな」 「くそっ、このアウェー感はいつまで続くんだよ……?」 お前の女癖の悪さが改善されるまでだ。 「楽しみだな~、早く会いたいな~」 頭を抱えて悩む兄を余所に、妹は明るくそう言って笑った。 「では、今日はここまで」 「掃除当番の人は、よろしくお願いしますね」 俺はすぐに席を立つ。 「朝武さん、常陸さん!」 帰り支度を始めている二人の背に、声を投げかける。 「ごめん、今日は俺、町おこしの会議休む」 「ムラサメちゃんが元気になるまで、悪いけどしばらく出られない。ホントごめん!」 二人に手を合わす。 「いえ、それはもうわかってましたから」 「大丈夫です。私達だけでやれるだけやってみますから」 二人は笑って快諾してくれた。 「マサオミは、早く帰ってあげてください」 「いいから、行けよ」 レナさんと廉太郎も笑顔で、そう言ってくれた。 「恩に着る! じゃあな!」 俺は4人に大きく手を振り、教室から駆け出した。 「わぉっ、マサオミ全力疾走ですね」 「歩いて帰っても10分も違わないだろうに」 「それだけ心配してるんですよ、ムラサメ様のこと」 「そうね」 「ふふっ、何だか微笑ましい」 「はい、わたしも恋したくなりますよ」 「ですね、どこかに素敵な殿方はいないでしょうか?」 「はいはいはい!」 「……どこかに素敵な殿方はいないでしょうか?」 「ちょっ、スルーはやめてよ、常陸さん!」 「はぁ、はぁ、はぁ」 俺は校門を全速で駆け抜けると、そのまま通学路を駆けていく。 早く、早くと気が焦る。 早く、ムラサメちゃんに会いたい。 俺が居たからと言って、病状が早く改善するわけではないけれど。 「あ」 途中で足を止める。 俺には病気は治せないけど―― 「目的地変更!」 くるりと身体を反転させる。 そして、再び全力で道を急ぐ。 「いらっしゃいま――、まー坊」 「はぁ、はぁ、こ、こんちは……」 息を切らしながら、芦花姉に挨拶をする。 「すっごい汗だよ、ほら、拭かないと」 ハンカチを取り出して芦花姉が、俺の額を拭いてくれる。 石鹸の匂いがした。 「で、どうしたの?」 「緊急オーダーで、パフェをひとつほしい」 「お持ち帰りで」 「あ、これからしばらくは毎日買いに来るから」 「そ、そうなんだ」 「わかった、すぐ用意するから。まー坊はそこで座って休んでて」 目をぱちくりさせながら、芦花姉はすぐ奥に引っ込んだ。 「ふ~~っ~~……」 俺は椅子に腰掛けて、ようやく呼吸を整える。 さて。 俺の彼女が喜んでくれればいいけど。 「ムラサメちゃん、ただいま」 「おお、ご主人」 布団の上に座って雑誌を読んでいたムラサメちゃんが顔をあげる。 「ヤケに早いな、町おこし会議はどうしたのだ?」 「それはしばらく休むよ」 俺はムラサメちゃんの横に腰掛けながら、言った。 「む、いいのか、ご主人」 「いいよ」 「どうせ、ムラサメちゃんが回復するまでは心配で町おこしどころじゃない」 「……っ!?」 ムラサメちゃんの顔が目に見えて、赤くなっていく。 「ちょっとムラサメちゃん、熱出てない?」 「――はうっ?!」 俺は手のひらを、彼女の額にぴたっとくっつける。 「あ、あうあうあう……」 ぴくんぴくんとムラサメちゃんが肩を揺らす。 「ごめん、ちょっと今は動かないで」 「ご、ご主人、だ、大丈夫じゃ……!」 「熱はない! 吾輩は全然平気なのだ!」 「でも、ちょっと熱くない?」 「それはご主人のせいであろう!」 えー? 何で心配してるのに、キレられるんだよ。 「とにかく熱はない」 「案ずるでない、ご主人」 「ならいいけど」 ムラサメちゃんに言われて、手をどかせる。 「まったく、吾輩のご主人は……」 「乙女心というものが、わかっておらん……」 「吾輩の気持ちは知っておろうに……!」 ぶつぶつと何かつぶやく。 何でご機嫌ナナメなのか。 女の子って難しいな。 あ、そうだ。 「ムラサメちゃん、はい、これ」 俺は芦花姉のところで買ってきたものを、差し出した。 「おおっ! もしかして、それは……!」 ムラサメちゃんの瞳が突然キラキラと輝く。 「気分がいいなら、食べて」 「気分はサイコーだ! 今、サイコーになったぞ、ご主人!」 「良かった。じゃあ、はい」 俺はムラサメちゃんにパフェを手渡した。 「いただくぞ、ご主人!」 「どうぞどうぞ」 「パクパク、はぐっ、もぐもぐっ」 「――っくん」 「美味しい?」 「うむ、やっぱりぱふぇはサイコーに美味じゃな、ご主人!」 「パクパク、はぐっ、もぐもぐっ」 頬にクリームをつけたまま、夢中でパフェを頬張るムラサメちゃん。 可愛い。 俺はつい彼女の頭を撫でてしまう。 「……ん? どうしていきなり吾輩の頭を撫でるのだ、ご主人」 「ムラサメちゃんが、可愛いからだけど」 「――っ?!」 「……くっ、また不意打ちか、ご主人……」 「もしかして、わざとなのか?!」 朱色の頬を膨らませて、ムラサメちゃんが俺を睨む。 「え? 何が?」 俺はティッシュでムラサメちゃんの頬を拭いてやりつつ、尋ね返した。 「……」 「……やはり、天然か」 「もう良い。ご主人はそのままで良い」 「吾輩はもう諦める。そのままのご主人を受け入れるしかない」 「何か引っかかる言い方だなぁ」 さっぱりわからない。 「それより、物を食べたせいか少し眠くなった」 「横になって良いか?」 「うん、じゃあ俺はリビングにいる」 「何かあったら、呼んで」 「わかった」 「ゆっくり休んで、ムラサメちゃん」 俺は立ち上がると、部屋を出た。 「……」 「……行ったか」 「はぁ~~っ……」 「ううっ、まったくご主人はさらっとああいうことを言う……」 「さっきから胸がどきどきして、止まらんではないか……」 「人の身体に戻ったせいか、前よりはっきりと鼓動がわかる……」 「ううっ……」 「肺炎より、恋わずらいの方がよっぽど重症だ……」 「どうしてくれるのじゃ、ご主人……」 「……」 「責任を取れ、ご主人……」 「じゃあ、皆また明日!」 ムラサメちゃんが、人に戻って3日後。 今日も俺は、放課後になるとすぐ教室を駆け出す。 「……こっちが挨拶するヒマもなしかよ」 「マサオミ、今日も忙しそうですね」 「ムラサメちゃんの看病、そんなに大変なのですか?」 「いえ、特には」 「もうほとんど健康と言っても良いほど、快方に向かっています」 「はい、有地さんが思ってたより心配症というか」 「甲斐甲斐しいというか」 「マサオミ、そんなに尽くすタイプの男性でしたか」 「ムラサメちゃんが、ちょっとうらやましいです」 「レナちゃん、こう見えても俺も尽くす男だよ! どう?」 「う~ん、遠慮しときますです」 「何で?!」 「廉兄の場合、計算してるからだよ」 「五月蠅い! ていうかお前いつから居たんだよ?!」 「ムラサメちゃん、ただいま!」 「ご主人、お帰り」 「というか、今日も早いな」 「日増しに早くなるではないか」 「慣れてきたからじゃないかな、はい」 俺はいつものお土産をムラサメちゃんに差し出す。 「おお、今日は抹茶ぷりんではないか!」 ムラサメちゃん、超いい笑顔。 キラキラである。 「だから、朝10時までにコーヒーを頼むとトーストとゆで卵がついてくるんだよ」 「ほう、都会の茶店では、そんなさーびすがあるのか」 「いつかは行ってみたいものだな」 ムラサメちゃんと雑談をしまくる。 俺は都会での暮らしを話し、ムラサメちゃんは500年前の生活のことを話す。 お互いがお互いの話に興味津々だ。 いくら話しても話題はつきない。 「失礼します」 「ムラサメ様、お風呂が沸きましたが、今日はお入りになりますか?」 「え? もうそんな時間?」 「有地さん、もう夕方ですよ」 常陸さんの言葉に、俺は改めて気付く。 もう部屋に射しこむ陽の光は、すっかりオレンジ色に染まっていた。 「うむ、もう入っても平気だと思う」 「一番風呂をもらってもいいのか? 茉子」 「もちろんですよ」 「何なら、ワタシがお背中でも流しましょうか?」 「……」 「チラッ」 ん? 「チラチラチラッ」 ムラサメちゃんが赤い顔をして、俺を見つめてくる。 何だ? 俺が何か? 「ああ、そういうことですか」 一方、常陸さんは妙に納得した顔をして―― 「これはこれは、ワタシとしたことが」 「恋人の有地さんを差し置いて、差し出がましいことを」 「は?」 意味がわからず、ぽかんと口を開いたままの俺。 「有地さん、では頼みましたよ」 「では、ごゆっくり♪」 にこやかに微笑んだ後、常陸さんは襖を閉めて行ってしまった。 「何を頼まれたんだ? 俺は……」 俺は未だ置いてきぼり状態のままだ。 「では行くぞ、ご主人」 ムラサメちゃんは、すっくと立ち上がり俺の手を引く。 「え? どこに?」 「き、決まっておるではないか」 「湯殿だっ」 上気した顔のまま、ムラサメちゃんがきっぱりと言う。 ええーっ?! 「な、何で?!」 いきなり、こんなことを言われて、俺はうろたえる。 同時に顔がかぁっと熱くなってきた。 「吾輩の背中を流すのだ」 「重病人で、介護が必要な吾輩を、彼氏のご主人が面倒を見るのは当然ではないかっ」 「ついさっきまで、めっちゃ談笑してたよね? ムラサメちゃんかなり元気だよね?!」 どう考えても一人で風呂に入れそうだ。 「うっ、急に身体が重くなったぞ、ご主人……」 「汗を流したいが、一人では湯当たりしないか不安だ……」 「ああっ! 誰かこんな不憫な吾輩といっしょに湯浴みをしてくれないだろうか……?!」 よよ、と泣き伏すムラサメちゃん。 めっちゃウソ泣きだけど。 「はぁ……わかったよ」 「俺がいっしょに入って、ムラサメちゃんの背中流してあげるよ」 「うむ、そうしてくれご主人」 「では、湯殿へ行くぞ」 急に、ご機嫌になるとムラサメちゃんはちゃっちゃっと歩き出す。 元気だった。そして現金だった。 「……ムラサメちゃんと、風呂に入る……」 ごくり、と唾を飲み込む。 つい、3日前の初体験のことを思い出してしまう。 ムラサメちゃんと、結ばれた日のことを。 「俺、自制できるかな……」 さすがに療養中のムラサメちゃんと、エッチなことはできないしな。 とはいえ、俺も健康な男の子であるわけで。 「まいったな……」 今だけでいいから、消えてくれ俺の煩悩。 「ご主人、何をしておる」 「早く、行くぞ」 「う、うっす!」 ぱんぱんと自分の頬を叩く。 気合いを入れて、俺はムラサメちゃんと風呂に向かう。 「おお……」 「おおおっ……!」 全裸になったムラサメちゃんは、湯船に腕をつっこみ歓声を上げていた。 小さなお尻が、ふりふりと揺れている。 目のやり場に困る。 俺は腰に巻いたタオルの下が、暴れださないように必死に素数を数えていた。 「お湯の感覚じゃ……」 「熱いのう……でも、いい気持ちじゃ!」 小さな子供のようにはしゃいでいる。 無邪気だ。 年頃の男女が裸でいるというのに。 やっぱりその辺の感覚は、普通の子とはズレてるのかもしれないな。 そんな天真爛漫なムラサメちゃんの様子を見て、俺も何とか落ち着いてきた。 今は彼女を温めて綺麗にしてあげることだけを考えるのだ。 「ムラサメちゃん、早く湯船につかって」 「その後、背中流してあげるから」 「うむ!」 ムラサメちゃんは一気に全身を湯船に沈めた。 お湯が飛び散りまくる。 「もっと静かに入って!」 「あはははは! 温い! 温いのう!」 聞いちゃいねぇ。 まあ、彼女にとっては500年ぶりの風呂だ。 堪能させてやろう。 「では、頼んだぞ、ご主人!」 「お、おう……」 ムラサメちゃんと一緒に湯につかった後、ついにメインイベントがやってくる。 細い少女の身体の線と、きめの細かい肌を目の当たりにする。 一度は抱き合った少女の身体。 でも、前はこんな明るい場所では、見ていなかった。 「……」 いかん、邪な考えが! 素数だ! 素数を数えるんだ将臣! 「? ご主人……?」 「どうしたのだ?」 ムラサメちゃんが、タオルを持ったまま突っ立っている俺を振り返る。 無垢な瞳をしていた。 「な、なんでもないよ!」 「ちょっと317の次の素数を思い出していただけ」 「331だ。でも、何ゆえ、今素数なのだ」 「いいから、洗うね、ムラサメちゃん」 俺は理性で必死に自分を抑えつつ、ムラサメちゃんの小さな背中を流す。 「おおっ、これは気持ち良い……」 「思えば、親の背中を流すことはあっても、流されたことはなかった」 「初体験じゃ」 「ムラサメちゃん、今だけは初体験とかその手の言葉はやめてほしい」 わざと? わざとやってるの? もしかして、俺、今弄ばれているのか。 「ご主人、もっと力を入れてもいいぞ」 「こ、こう?」 ちょっとだけ強めに擦ってみる。 タオルを通してもわかる少女の肌の感覚に、どきどきする。 いかん、素数、素数! 「……んっ」 「……あっ、んっ、いい、いいぞ、ご主人……」 「……気持ちいい……んっ!」 ムラサメちゃんの声がだんだん艶っぽくなってくる。 俺の心臓がばくばく言い出す。 もう腰に巻いたタオルの下は、とてもお見せできない状態だ。 「はぁ、はぁ、ご主人……」 「あっ、ん、あ……」 「もっと強くして欲しいぞ……」 「こ、これくらい?」 もう俺は言われるがままだ。 性欲に抗うために、理性は精一杯。 他のことを考える余裕が―― 「あ」 「あ……!」 石鹸で滑った俺の手が、ムラサメちゃんの胸に触れてしまう。 指の先端に、感じた。 小さいけど、確かに勃起した乳首を。 「あっ、んっ、あっ!」 「ご、ご主人……」 「ご、ごめん!」 慌てふためく。 「わ、わざとじゃないんだ」 「わ、わかっておる……」 「それに、吾輩は別に――」 ――え? 「あの、お二人とも大丈夫ですか?」 「随分、長湯のようですが、のぼせたり……」 急に思考に割り込んできた声に我に返る。 見ると、曇りガラスの向こうに常陸さんのシルエットがあった。 「い、今すぐ出るよ!」 「ふ、二人とも何ともないから、き、気にしないで常陸さん!」 俺は努めて明るく健全な声をシルエットにぶつけた。 「わかりました」 「ご夕食の準備、もう出来てますから」 常陸さんはそう言い残して、脱衣所を出たようだった。 ホッとする。 「もう出ようか、ムラサメちゃん」 「う、うむ」 「俺、先出てるから、なるべく早く上がって!」 俺は元気になりすぎた股間を見られたくなくて、速攻で風呂を後にした。 「……ご主人」 「……吾輩が、こんなに積極的にあぷろーちしてるというのに……」 「まあ、吾輩の身体を気遣ってくれたとは思うが……」 「……はぁ~~っ……」 「……元気になったら、また抱いてくれるかのう……」 「次はご主人から、抱いて欲しいものだ……」 「く、くく……」 「ぷっ、くすくす、くっ……」 「どうしたの? 茉子」 「何か楽しいことがあったのかい?」 「くすくす、えっ、ええ……」 「今、お風呂場でムラサメ様と有地さんに声をかけたのですが」 「有地さんの狼狽ぶりがおかしくて……ぷっ、くく……」 「おいおい……」 「え? ま、まさか有地さんとムラサメ様が――」 「く、口では言えないような淫らな行為をお風呂場で?!」 「いえいえ、有地さんは間違っても、病気の女性にそういうことはしませんよ」 「でも、やっぱり殿方ですからね~」 「きっと、素数でも数えながら耐えていたんじゃないでしょうか♪」 「茉子君、あんまり将臣君をイジメないでやってくれよ」 「あの年頃の男の子はね、すごくナイーブなんだ」 「これでも気を利かせたつもりなんですよ」 「お二人がより仲良くなれるように」 「有地さんとの恋が成就すれば、ムラサメ様も人に戻ってくれるじゃないですか」 「それはそうだけどね」 「茉子のやり方はちょっと過激かも……」 「すー、すー」 「……」 俺は安らかな寝息を立てているムラサメちゃんの顔を覗き込む。 「すー、すー」 とても気持ち良さそうに眠っている。 その寝顔を見てるだけで、俺まで安らかな気持ちになっていく。 「うっ、ぐすっ……」 「ぐすっ、うっ、ううっ……」 「ぐすっ……」 「父上、母上……」 「吾輩を、綾を、どうか……」 あの夜、一人でこの子は泣いていた。 今でも忘れることが出来ない。 月明かりの中で、肩を落としただ泣いていたムラサメちゃん。 いや、俺は、あの時―― 「……」 「……もう泣かないで」 そのためなら。 俺はきっと何でもできるから。 「すー、すー」 「俺がずっとそばにいるから」 「……ムラサメちゃん、一人で全部背負わなくていいからさ」 俺はそっと彼女の顔にかかった前髪を避けてやった。 そして、額に微かに唇を触れさせた。 これくらいなら、いいよね? 「いい夢を見て」 「お休み、ムラサメちゃん」 俺は自分の布団にもぐりこむ。 すぐに睡魔はやってきた。 「……」 「ご主人は……本当に優しいのう……」 「ちゅっ……」 微かに俺の唇に何かが触れた。 甘くて柔らかい何かが―― 「早朝の境内は、やっぱ気持ちいいな……」 日曜の朝。 俺は箒でゴミを集めながら、朝陽を見上げる。 「ご主人、向こうの方はもう終わったぞ」 とてて、と箒を片手にムラサメちゃんが、駆けてくる。 「ありがとう、あ、チリトリ頼める?」 「もちろんじゃ」 「――え? 将臣君」 「有地さん……」 「もう、起きたんですか?」 「あ、おはようございます」 掃き掃除をしながら、朝の挨拶をする。 「特訓の間は掃き掃除は、ワタシがしますのに」 「そうだよ、朝食まで休んでていいんだから」 「無理をしないでください、有地さん」 3人が3人とも、渋面に。 「もう1週間経ちますし、慣れました」 「だから、今日から、下男復帰ということで」 俺はその場で、大きく伸びをして、屈伸運動もしてみせた。 身体もう大丈夫ですよ、アピール。 「――ということだ、皆」 「吾輩も最初は心配したが、本当に平気らしい」 「ならば、ご主人の好きにさせようと思う」 ゴミを集めたムラサメちゃんが、肩をすくめる。 「いえ、元々下男ではないですからっ」 朝武さんが、ぶんぶん首を横に振る。 「でも、それだと俺がここに置いてもらってる意味が」 「客人ですっ!」 「そんな偉そうな立場は、却って落ち着かないよ」 「落ち着かなくても、客人です! そこは譲れません!」 「いや、祖父ちゃんにも、前、言われたし」 「私がお掃除しますから、有地さんは部屋に戻ってください」 「いや、俺が」 「いいえ、私が」 朝武さんと箒を奪い合う。 「はいはい、お二人とも抑えて抑えて」 常陸さんが俺達の間に割って入る。 「有地さんは、有地さんです」 「下男でも客人でも、もはや名目上の立場など、どうでもいいじゃないですか」 「で、でも、それではケジメというものが」 「ははは、芳乃は相変わらず固いなあ」 「お父さんが、緩すぎるんですっ」 「朝食の後で、お話がありますから、私の部屋に来てくださいっ」 俺と朝武さんの子競り合いが、親子の確執を招いてしまった。 「いやいや、可愛い娘と話はしたいけど、今日は無理なんじゃないかい?」 「町おこしの準備、ウチでやるんだろう」 「ああ、そうじゃった。こんなことはしておれん」 そう、今日はメンバーと町内会の人達がここに集まって準備をする。 御神刀イベントまで、あと1週間なのだから。 「皆が来る前に、掃除をして、朝食を食べねば!」 「よし、さっさと掃除するぞ!」 「いえ、私が――」 「いや、だから、俺が――」 「……茉子、この二人を何とかせい」 「……二人とも頑固ですね……」 「うっす、来たぜ、将臣」 「巫女姫様、常陸先輩、おはようございます!」 「ムラサメちゃんとマサオミも、おはようございますです」 メンバー達が、そろってやって来る。 俺とムラサメちゃんも午前中は、こっちに参加。 祖父ちゃんとの特訓は午後からだ。 「じゃあ、僕は町内会で業者の方と会議があるから」 「皆、よろしく頼むよ」 安晴さんは俺達に、そう言い残してすぐにリビングを後にした。 「さて、お茶を飲みながら、これまでの確認をしましょう」 常陸さんが全員分の湯のみを置いて、その場を仕切りだす。 あれ? 「サブリーダーは、確か廉太郎を指名したんだけど……」 俺は右隣の従兄をチラリと横目で見る。 「……」 「なあ、将臣……」 「何だ?」 「俺と常陸さん、どっちが頼りになると思う……?」 廉太郎は俺から視線を外して、ふっと寂しそうにつぶやく。 「常陸さん」 即答した。 「まあ、そういうことだ……」 俺の従兄は、目を伏せる。 ちょっと哀愁が漂っていた。 「……わかったよ」 それ以上、何も言えない。 いや、何も言うまい。 「あーあ、廉兄、汚名返上できなかったね~」 だが、さくっと妹が兄の傷口に塩を塗りたくる。 「うっせーよ! 元々、汚名なんてねーよ!」 「廉兄にはがっかりだ!」 「くそっ、相手が常陸さんじゃ、たいていの男は敵わねーよ!」 「ふーんだ、言い訳ばっかり!」 「何だよ!」 「そっちこそ、何よ!」 睨み合う鞍馬兄妹。 「わかったわかった、廉太郎お前はよくやったよ」 「小春ももう責めてやるな」 兄妹ゲンカの間に入る。 話を脱線させてるヒマはない。 「常陸さん、続けて」 「はい、では」 常陸さんはぺらりとノートを開く。 「まず、御神刀イベントの奉納の儀――対外的には御神刀復活祭と呼ぶのですが」 「来週の日曜日、つまりぴったり一週間後、《たけ》建《み》実神社で行います」 「ここまでは、皆さん宜しいですね?」 常陸さんの言葉に、全員が首肯した。 それを確認して、常陸さんは話を続ける。 「当日は奉納の儀を芳乃様と、有地さんに行ってもらいます」 「あれ? 俺だけじゃないの?」 「はい、お父さんと色々と残った文献を調べたのですが」 「御神刀の奉納も、舞の奉納と大きな違いはありませんでした」 「巫女である私が舞を終えた後、有地さんが御神刀を奉納――鞘岩に戻してくれれば良いのです」 「そうか、よかった」 どうやら俺は儀礼的な手順を踏まなくてもいいらしい。 その辺は全部、朝武さんがやってくれる。 「とは言っても、一応最低限の形は踏襲してください」 「それって、難しそう?」 「難しくはありません。東西南北の四方向に、御神刀を振ってください」 「四神に祈り、感謝の意を示す意味があります」 「あっ、それ知ってますよ」 「白虎、玄武、朱雀、青龍ですね」 「レナちゃん、すげー、俺、全然知らなかった!」 「お兄ちゃん、出来そう?」 「叢雨丸を振るだけなら、まあ……」 「いや、ご主人、四神はちゃんとご主人を見ておるぞ」 「ただ振るのではなく、神力を返すという気持ちをこめよ」 「お、おう……」 神に見られてるとか言われると、急に緊張するなあ。 「細かい手順は、後で実際に境内でお教えします」 「心配しないでください」 「ごめん、そこは頼らせてもらうよ」 思わず朝武さんを拝む俺であった。 「次は事前告知についてですが、すでにかなりの反響があります」 「特に海外からの声が多いようです」 「わたしの友達のブロガーにめいっぱい宣伝してもらいましたよ!」 「本人も来るってメールもらいました!」 「それは嬉しいな」 目的のひとつの町おこしの方は、上手くいきそうな気配だ。 「マサオミが奉納した後、御神刀を抜くのが楽しみだと書いてありました」 「せっかくだが、奉納後は誰も抜けぬと思うがな」 「管理者である吾輩も引退するのだし」 「もうこの世の誰も、叢雨丸は抜けぬであろう」 「ふーん、そんなもんなんだ」 「じゃあ、もうずっと御神刀イベントは続くってことだね!」 「続いてもらわないと、町おこしにならないからな」 「お姉ちゃんも、御神刀パフェ作ったし、これでまた名物が増えたよ!」 「あー、あれ、もう出来たのか」 「うん、昨日、試食させてもらったけど、とっても美味しかったよ!」 「スコーンがね、刀の形しててそれが抹茶アイスに刺さってるの」 「じゅるり、御神刀ぱふぇ……すごく気になるのう……」 ムラサメちゃんが身を乗り出して、小春の話に聞き入っていた。 「ムラサメちゃん、一週間後食べられるよ」 「ですね」 「奉納の後で、皆で食べに行きましょう」 「うむ! 約束なのだ!」 「ムラサメちゃん、指きりするのです」 ムラサメちゃんとレナさんが、笑顔で小指を絡ませた。 見てて、何だかほっこりする光景だ。 「さて、イベントの手順と事前告知については、問題なしと確認できました」 「あとは――」 ちらり、と常陸さんが俺を見る。 「……」 続いて朝武さん。 そして、レナさん、小春、廉太郎も。 「俺の準備の方は、順調だ」 全員の視線を受け止めつつ、俺は答えた。 「本当か? ぶっちゃけお前が失敗したら全部がおじゃんだぞ」 「ていうか、もし御神刀ポッキリ折ったりしてみろ」 「復活祭どころか、さよなら御神刀パーティになっちまう」 「ややっ、さすがにさよならはマズイであります」 「それでは集客どころか、却ってマイナスですしね……」 「ほ、穂織の未来が……」 空気が一気にどんよりとして、重くなった。 「準備前に、雰囲気悪くしてどうするのよ、この馬鹿兄っ!」 「お兄ちゃんが、失敗するわけないでしょ!」 「そんなことあるはず、まったくちっとも絶っっ対にありえないよっ!」 「ね? お兄ちゃん♪」 「お、おう……」 小春が全力で俺を擁護してくれた。 でも、却ってプレッシャーになってるぞ。 「ご主人はよくやっておる。それは見ている吾輩が知っておる」 「日増しに叢雨丸の扱いに長けてきているのは明白」 「ただ……」 ムラサメちゃんは考え出す。 「え? 何か不安あるの?」 「無いといえば、嘘になる。が、それは仕方ない」 「奉納の儀は一発勝負なのだ。どんな剣の達人とて、失敗はあろう」 「たとえ玄十郎が、叢雨丸の使い手であったとしても、“絶対”はないのじゃ」 「それは……まあ、そうですね」 「人は機械ではないですから、ムラサメちゃんの言いたいことはわかります」 「え、ええ……」 皆の表情が少し曇る。 だから、俺は。 「“絶対”は無理でも、それに近づけることはできるよ」 立ち上がり、そんな言葉を口にした。 「あと一週間、俺は最善を尽くすから」 「皆も、皆の最善を尽くして欲しい。朝武さん」 「は、はい」 「祖父ちゃんの特訓の前に、奉納の手順を知っておきたい。教えてくれる?」 「わかりました」 「境内に行きましょう、少しでも本番に近い形で教えます」 「ありがとう」 「それが私の最善ですから」 朝武さんが、にっこりと笑う。 「では、ワタシ達は町内会の方達のところに行きましょう」 「事前に業者の方のお話を聞いておけば、当日の失敗も軽減できますからね」 「はい、それがわたし達の最善ですね」 「んじゃま、あと1週間、頑張るか!」 「うん、廉兄もやっとやる気になったね!」 「俺は最初からやる気はあるっつーの!」 『ははは』 皆がようやく笑顔になる。 それが嬉しくて、俺も笑った。 「――今のが奉納の儀の手順です」 ムラサメちゃんと朝武さんに俺の3人で、境内に来た。 例の岩の前で、1週間後の段取りを確認する。 「何か質問はありますか?」 「ないよ。思ったよりずっとシンプルだった」 「芳乃の舞の後、ご主人が四神に、叢雨丸の神力を返すことを伝えるため、東西南北に御神刀を振る」 「そして、最後に――」 ムラサメちゃんの視線は、以前叢雨丸が突き刺さっていた岩へと注がれる。 自然に、俺と朝武さんも岩を見ていた。 「一度、流れにそってやってみますか?」 「もちろん、御神刀は使えませんから、木刀で代用ですが」 「うん、そうしてみようか」 「ほれ、ご主人」 気を利かせて木刀を持ってきてくれたムラサメちゃんから、それを受け取る。 俺は頷き、代わりに叢雨丸をムラサメちゃんに預けた。 「では、まずは私が舞いを」 朝武さんが、舞を始める。 一気に空気がピンと張り詰めた。 俺の練習のためだが、手を抜く気はないようだ。 いつもと違わぬ、優美な所作。 「ご主人、芳乃が舞を終え、下がったら叢雨丸をたずさえ、三歩前に出よ」 「そして、心の中で四神に話しかけながら、剣を振るのだ」 「わかったよ」 「……」 ムラサメちゃんと話をしている間に、朝武さんの舞が静かに終わる。 彼女はすっと数歩、後ろに下がる。 俺の番だ。 代わりの木刀を持ったまま、言われた通りに三歩前に出る。 朝武さんと入れ替わり、岩の前に立つ。 そして。 「やああああっ!」 「はああああっ!」 白虎、玄武。 「ああああっ!」 「いやああああっ!」 青龍、朱雀。 四つの神を心にイメージしながら、木刀を気持ちをこめて振った。 腕が羽のように軽い。 ここ1週間、ずっと真剣を扱ってきた俺には、容易いことだった。 「――」 四回の素振りの後、一瞬の間――残心。 そして、俺は木刀を逆手に握りなおし、 「はああああああああああっ!」 木刀を岩に向かって突き刺す――寸前で手を止めた。 数センチの間を開けて、木刀の先端がピタリと制止する。 「うむ! 上出来じゃ!」 「お見事です、有地さん」 奉納の儀のシミュレーションを終えた俺に、二人が駆け寄ってきた。 嬉しそうに破顔していた。 「思っていたよりも、ずっと様になっておったぞ」 「はい、私は剣は素人ですが、それでも有地さんの気迫は感じました」 「そ、そう。それは良かったよ」 一応、カッコはついていたようだ。 手順的には、これで問題ないみたいだ。 「あとは、実際に叢雨丸で、できるかだ」 「そうですね、本番は真剣ですし」 「しかも、当日はいっぱい人がいるんだよな。緊張しないようにしないと……」 いつも舞の奉納をしている朝武さんと違って、俺は場慣れしてないからな。 「残り1週間、めいっぱい練習して自信をつけるしかないかな」 「緊張する必要ないくらい、叢雨丸を使いこなせるようにする」 俺はムラサメちゃんの手にする叢雨丸を見る。 柄に埋め込まれた金属製の目貫が、陽光を浴びて鈍く輝いていた。 まるで、俺に「その通りだ」と語りかけてくるように。 「俺、そろそろ祖父ちゃんのところに行くよ」 「そうじゃな、そろそろ頃合じゃ」 「行くか、ご主人。叢雨丸とともに」 ムラサメちゃんが、俺に叢雨丸を差し出す。 俺は微笑して、叢雨丸の鞘を掴んだ。 「朝武さん、悪いけど後はよろしく」 「あ、これ部屋に戻しておいてくれる?」 「わかりました」 「行ってらっしゃい、ムラサメ様、有地さん」 俺から使い終わった木刀を受け取り、朝武さんが目を細めた。 「行ってきます!」 「芳乃も身体を壊さぬ程度に、頑張るのじゃぞ!」 「はい、お気をつけて」 「はあああっ!」 「いやあああっ!」 山中に鋭い祖父ちゃんの声が響き渡る。 俺達より先に、到着した祖父ちゃんはすでにウォームアップを始めていた。 「今来ました!」 「精が出るのう、玄十郎」 俺達の声に、祖父ちゃんは手を止めて振り返る。 「ああ、ムラサメ様、こんにちは」 「将臣、今日は元気そうだな」 額の汗を手ぬぐいでぬぐいながら、祖父ちゃんは俺をまっすぐに見据えた。 「うん、1週間経って、身体と勘が戻ってきた気がするんだ」 「もう筋肉痛になんかはならないよ」 「そうか。それならばちょうど良かった」 「本日から、本格的にやろうと思っていたからな」 「は?!」 祖父の言葉に俺は一瞬、凍りつく。 今日から本格的にやる? 前は「今日から本気」と言っていたのに、まだ手加減してたってことなのか?! 「どうした、急に顔色が悪くなったようだが」 「ご主人、膝が震えてないか?」 「え? い、いや、何でもないよ!」 「武者震いだよ、気持ちが高ぶって、興奮してるだけだよ!」 くそ、こんなことでビビってられるか。 あと1週間しかないんだ。 本当の本気の稽古、上等! 「よし、まずは今まで通り御神刀で百回斬ってみろ」 「本当に勘が戻ったか、ワシが見てやろう」 「はい! お願いします!」 俺は鞘から叢雨丸を抜く。 今日も頼むぞ、相棒。 「はじめっ!」 「やああっ!」 「よし、止め!」 「はいっ!」 俺は祖父ちゃんの言葉に、腕をピタリと止めた。 「ふむ、確かに勘を取り戻したようだな」 「無駄な力が入ってない。だから、まだ体力に余裕があるだろう?」 「はい、まだ割りと平気です」 「いったん休憩にする。その後はいよいよ、奉納の儀の型の練習に入る」 「本番では、“斬る”じゃなくて“突く”だからね」 「そういうことだ。では、ワシは川原に行く。戻るまで休んでおれ」 祖父ちゃんは手ぬぐいを片手に、歩いていった。 俺は叢雨丸を鞘にしまうと、ホッと息をひとつ吐く。 「ご主人、何をしておる」 「早く身体を休めんか! こっちへ来い!」 気がつくと、俺の真横にムラサメちゃんがいた。 上着の袖をぐいと引かれる。 「うわっ、全然気づかなかった」 「ふっ、吾輩は気配を消すのが得意だからのう」 「それだけは、くノ一の茉子にも負けん自信がある」 「彼氏に近づくのに、気配消すのはやめようよ」 変な技を持っているな。 さすが齢500歳オーバーか。 「ほら、来い、ご主人」 「水分を摂って、力を抜き筋肉の緊張をほぐすのだ」 手を掴んで引っ張られる。 「う、うん」 俺は彼女の言われるがまま、ついていく。 「気持ち良いか? ご主人」 「うん、すごく安らぐ……」 ムラサメちゃんの持ってきた水筒のお茶を飲んだ後、また膝枕をしてもらった。 最初の時はすごく緊張したが、今回は違う。 心の底から安堵する。 やわらかなムラサメちゃんの腿の感触と、微かに感じる甘い髪の匂い。 俺は今、部屋で眠っているように、リラックスしている。 「ご主人、少し髪が伸びたな」 頭を撫でながら、ムラサメちゃんが微笑する。 「そういえば、最近髪切ってなかったな」 町おこしの準備とか、特訓とかでそれどころではなかった。 「奉納の儀の前に、吾輩が切ってやろう」 「え? ムラサメちゃんが散髪するの?」 「できるぞ。昔は両親のも、近所の子供達の髪も吾輩が切ってやったのだ」 光景が目に浮かぶ。 きっと、ムラサメちゃんは近所の子供達にも慕われていたのだろう。 「ふうん、じゃあお願いしようかな」 「ああ、せっかくの晴れ舞台なのだ」 「吾輩の男前な彼氏を、皆に見せ付けるっ!」 ぐっと拳を握りしめるムラサメちゃん。 「いや、俺、そんなイケメンじゃないし」 「何を言うか、ご主人」 「ご主人は穂織で一番のいけめんではないか」 真面目な顔をしていた。 本気でそう思っているのか。 「ないない、それはない」 笑って否定する。 身びいきも甚だしい。 「ご主人は自己評価が低いのう……」 「それとも謙遜か?」 「過度な謙遜は却って、嫌味になるのだぞ、ご主人」 俺の頬をすべすべの手で撫でつつ、ムラサメちゃんが諭すような口調で言った。 「謙遜してないし、別に自虐的になってもいないよ」 「たぶん、ムラサメちゃんの評価が甘すぎるんだ」 「むう、そんなことはないと思うが」 「現に芦花や茉子、それに芳乃もご主人に好感を持っておる」 「吾輩はいつも気が気ではないのだぞ、ご主人」 「ご主人が、吾輩のいないところで、他の女とちちくりあってはいないかと……!」 「く……、想像しただけで、腹が立ってきたぞ!」 「乙女の怒りをくらえ、ご主人」 みょーん、と唇を指でつねって引っ張られた。 「ひゃいひゃい! むりゃひゃめひゃんひゃめてっ!」 痛い痛い! ムラサメちゃんやめて! と不自由な口のままで訴える。 「吾輩に永遠の愛を誓うなら、やめてやるのだっ!」 と、無邪気に笑って言うムラサメちゃん。 「ひゃう! ひゃうっ!」 誓う! 誓う! とムラサメちゃんの手を握って言う。 「?! 今、何と言ったのだ、ご主人!」 「男はもっとはっきりモノを言わんか!」 「ひゅひ! ひゅひふぁふぁひて!」 指! 指放して! とムラサメちゃんの手をぽんぽんと叩いて伝えた。 「ああ、そうか」 「すまん、つい驚いてしまって……」 ようやく彼女の手から、俺の唇がリリースされた。 やれやれだ。 「こ、こほん、そ、それでだな、ご主人」 膝の上の俺の頭を、撫でつつムラサメちゃんは咳払いをする。 「う、うん」 「今、吾輩に永遠の愛を誓えと言ったら、ご主人はだな……」 見上げる彼女の顔がどんどん朱色に染まっていく。 「それはつまり、吾輩と将来――」 「うん、俺は将来――」 君と。 「よし! 稽古を再開するぞ、将臣!」 『――っ?!』 いきなりの祖父ちゃんの声に、俺とムラサメちゃんは同時に言いかけた言葉を飲み込む。 何て間の悪い人なんだ……。 「くぅ~~~~っ!」 「こらぁぁぁぁぁ、玄十郎!」 顔を真っ赤にしたムラサメちゃんが、噛み付かんばかりの勢いで祖父ちゃんに向かって叫ぶ。 「な、何ですかな? ムラサメ様」 ムラサメちゃんに、いきなり怒鳴られて祖父ちゃんは目を白黒させる。 「どうしてあと1分、いや30秒遅く来れんかったのじゃ~~っ!」 「しかも、一度ならず二度までも!」 「わざとか? わざとやっておるのだな、お主!」 「馬に蹴られて、死んでも知らんぞ! いや、吾輩が引導を渡すのだっ!」 「ていていていっ!」 「なっ?! ムラサメ様、お戯れを!」 「まったく訳がわかりませんぞ!」 ムラサメちゃんにポカポカと叩かれて、祖父ちゃんは慌てて逃げ出した。 「待つのだ、このけーわいな爺めっ!」 だが、興奮したムラサメちゃんはまだ祖父ちゃんを追いかけ続ける。 「ムラサメちゃん、KYってもう死語だよ」 俺は二人の追いかけっこを眺めながら、そんなことを言う。 「将臣、暢気に見とらんで、ムラサメ様を何とかしてくれっ!」 「五月蠅い! 待たんか、玄十郎!」 二人は俺の目の前で、ぐるぐると駆け回る。 俺はあえて何もせずその様子を見守っていた。 二人が楽しそうにみえたから。 まるで祖父が孫とはしゃいで遊んでるかのように―― 陽が落ちて、俺とムラサメちゃんは朝武さんの家に帰宅する。 「お帰り、今日も大変だったね」 「お疲れ様でした」 「お風呂ちょうど沸きましたよ、有地さん」 皆、夕食も摂らずに俺達を待っていてくれた。 5分で風呂で汗をながして、俺達もすぐに食卓につく。 全員で手を合わせて、「いただきます」と食べ始める。 「そうそう、イベントの打ち合わせで話題になったんだけどね」 安晴さんが箸で、漬物をつまみながら話しだす。 「イベントの前後、旅館の予約がもういっぱいなんだって」 「え? そんなことになってるんですか?」 「海外のニュースサイトで、かなり大きく取り上げられたそうです」 「何でも、穂織に現代の侍が現れるとか」 「は? 誰だよそれ」 「誰だよって……本気で言ってるんですか?」 と、朝武さんが半ば呆れ顔で、俺に視線を投げかける。 ジト目であった。 「誰って、そんなのご主人に決まっておるではないか」 「ええーっ?!」 俺はメシ茶碗を落としそうになる。 俺が侍?! 「当日は侍の衣装も借りてきたから、よろしくね」 「そんなの着るんですか、俺?!」 袴とか履くのかよ。 嫌だなあ、絶対、次の日クラスメイトにからかわれる。 「しかし、衣装だけでは不十分であろう」 「そうだ、ご主人、髷を結え!」 「絶対に嫌だっ!」 イベントが終わった後の俺の日常生活が、めちゃめちゃになってしまう。 「しかし、髪型まできちんとせんといけないのではないか?」 「細部にまでこだわるのが、正しいこすぷれらしいぞ?」 「俺はコスプレしたいんじゃない! 御神刀を奉納して、穂織を盛り上げたいだけだ!」 「そもそもコスプレは、朝武さんが巫女装束でやってるから」 「わ、私のはコスプレではありませんっ!」 「まあ、海外の方の半分くらいはコスプレと思ってるらしいですけどね……」 「な、何ですってっ?!」 今度は朝武さんが、茶碗を落としそうになる。 「今までまるで気づきませんでした……」 「ワタシもそうですが、今回海外のサイトをチェックしたら、判明しました」 「芳乃様は、海外ではちょっとしたコスプレアイドルと認識されてるようで……」 「……くっ、そんな……」 「何だか巫女を引退したくなりました……」 しょんぼりとうなだれる朝武さん。 「い、いや、そんなことで引退されると僕が困るんだけど」 「ま、まあ、いいじゃないか、芳乃は可愛いからそう思われるんだよ」 「そ、そうですよ! 前向きに捉えましょう、芳乃様!」 「普通の女の子に戻りたい……」 時代がかった台詞であった。 「ふむ、何はともあれ、町おこしの滑り出しとしては、順調のようだな」 「はい、町内会の人達も目に見えて、活気を取り戻したように思います」 「このまま、町おこしが成功すれば、万々歳ですね」 御神刀イベントの復活は思った以上の効果を見せていた。 あとは―― 「俺次第か……」 ちょっと緊張する。 「ご主人、重圧をかけるつもりは毛頭ないが……」 隣に座るムラサメちゃんが、俺の肩をぽむっと叩く。 「失敗したら、その場で切腹じゃぞ……?」 目がすわっていた。 「これ以上ないくらいのプレッシャーキター!」 俺は幼刀の迫力に怯える。 「わはは、冗談じゃ!」 「半分くらいは!」 半分は本気なのかよ?! 「介錯は吾輩がするから、安心せい」 「いらない、介錯いらない!」 だから、マジな顔で冗談を言うのはやめてくれ。 「あと1週間ですか……」 「少し不安ですが、楽しみでもありますね」 「ああ」 「そうですね」 朝武家の夕食タイムは、今日も楽しく過ぎていく。 だけど、もし町おこしに失敗したら、こんな時間も無くなってしまうかもしれない。 どんな事にも、『絶対』なんてないけれども。 俺は『絶対』に町おこしを成功させたいと思った。 それからの毎日は、加速度を増して過ぎていく。 「当日はイベントをメインにしたツアーもやるらしいですよ」 「は? ガイドに俺達も協力すんの?」 「うっ、きっと英語だよね……」 仲間達と毎日話し合い、準備を進め、 「もっと気合いを入れろ、将臣っ!」 「はいっ!」 夕方には祖父ちゃんに、稽古をつけてもらう。 毎日、分刻みでスケジュールをこなしていく。 大変だった。 でも、充実していた。 もちろん、失敗してしまったらという不安感は常にある。 でも、俺には実感があった。 前に進んでいるという実感が。 ――必要とされ、それに答えようとしている俺が、ここの、穂織の俺だった。 「どうしたのだ? ご主人」 上から声。 俺は目線を自然に、彼女の方へ。 俺に膝枕をしてくれているムラサメちゃんへ向けた。 「別にどうもしないけど」 「そうか? でも、笑っておったぞ」 「何か良いことでも、あったか?」 柔和な微笑みを浮かべて、彼女は俺の髪を梳く。 もう毎日こうして、ムラサメちゃんに膝枕をしてもらってる。 優しくしてもらってる。 俺はそんな日々に、心から感謝した。 「良いことはいっぱいあったよ」 「本当にいっぱいあった」 俺の口から自然に、言葉が紡がれる。 「ほう、何が良かったのだ?」 「うーん、いっぱいありすぎて一言では言えないけど」 「一番は、ムラサメちゃんに会えたことかな、やっぱり」 「……」 「そ、そうか……」 赤面しだした彼女が可愛い。 そばに祖父ちゃんがいなかったら、きっと抱きしめてキスしてただろう。 「わ、吾輩もご主人に会えて良かったぞ」 「ありがとう」 「最初は、何と失礼なヤツかと思ったがな」 「え? 俺、何か変なことしたっけ?」 「初対面で、いきなり吾輩の胸を揉んだではないか」 「えー? でも、あれはムラサメちゃんが触ってみろって」 「うっ、確かにそうだが……」 「いや、待て。問題はその後じゃ、ご主人は硬いとか言ったではないか!」 「あれは許せんぞ」 「乙女に対して、失礼千万だ」 赤いままの頬をぷくっと膨らませる。 「えっと、ごめん……」 素直に謝罪した。 「ま、まあ、良い」 「最近は前より、柔らかくなったしな……」 「そうなの?」 「人の身体に憑依したからだろうな、多少は成長しておるのだ」 「それにご主人がたまに揉むから……」 「……エッチする時は、そうなるでしょ」 可愛い彼女のおっぱいを触らないわけにはいかない。 「いったい、何度ご主人に揉まれたことか……」 「たぶん300回は越えておるな。のうご主人」 「ごめん、さすがに数えてないから」 俺はまだエッチに関しては初心者マーク付きなのだ。 「そう言えば、最近はご主人と――」 「……」 「……ん?」 「――な、何? え?」 「まさか、吾輩がそんな……」 ムラサメちゃんが急にもじもじしだす。 彼女の太ももとシンクロして、俺の後頭部も揺れる。 「どうしたの?」 俺は起き上がって、ムラサメちゃんの顔を覗き込む。 「なっ、なんでもない!」 「本当に何でもないのだっ!」 紅潮した顔をぶんぶん横に振るムラサメちゃん。 「でも、何か様子が」 「おかしくはないっ!」 先手を打たれて、否定された。 「ほ、ほれ、玄十郎が戻ってきたぞ、ご主人」 「稽古してまいれ!」 ムラサメちゃんは、叢雨丸を俺に差し出す。 ぐいぐいと押し付けるように、差し出してきた。 「わ、わかったよ」 俺は首をひねりつつも、叢雨丸を手に祖父ちゃんのところへと駆け出した。 「……」 「……はぅ」 「……び、びっくりしたのだ……」 「……まさか、思い出しただけで、ぬ、濡れるとは……」 「く……、吾輩としたことが何たることだ……」 「だが、ご主人もご主人じゃ。毎日いっしょの布団で寝ておるというのに……」 「……最近、せまってこんのは何故だ?」 「淡白なのか? ご主人、その若さで……」 「い、いや、する時は激しいくらい求めてくるし違うはず……」 「い、いかん、思い出したら、頭と顔が火照ってきたぞ……!」 「川で顔でも洗って、冷ますのじゃ……」 「はあっ!」 「いいぞ! その調子だ!」 「はいっ! やああっ!」 俺は手の皮を何枚もむき、マメをつぶして叢雨丸を振り、突き、稽古を続ける。 最近は、稽古を辛いとは感じなくなった。 叢雨丸が俺の身体の一部のように錯覚するまでになっていた。 「やあああああっ!」 「うむ……!」 いつしか祖父ちゃんは何も言わなくなった。 ただ満足げに、静かに笑っている。 俺は成長している。 目尻に優しい皺を寄せた祖父の顔を見て、俺はそう思った。 こうして、俺は俺の最善を尽くし続けて。 仲間達も、最善を尽くして。 そして―― 「ごめんくださいませー」 「やあ。こんな早朝からどうかしたのかな?」 「どうかしたではありません!」 「昨日の夜、連絡が来なくてとても心配したのです!」 「ああ、そうか。それは心配をかけただろうね」 「でも大丈夫。ちゃんとみんな無事だよ。帰ってきたとき、時間も遅かったから」 「きっと遠慮したんじゃないかな」 「たとえそうでも、メールぐらいは残して欲しかったのであります」 「まあ、そうだろうね」 「それで、マサオミたちはまだ寝ているのでありますか?」 「それがねぇ……」 「……はぁ……」 ちゃぶ台の上に置かれた憑代。 それは手の平サイズの球体で、その中心には白い靄がかかっている。 石の価値は俺には分からないが、それはとても綺麗な物だった。 だがそれも、今はため息しか出ないけど……。 「どうしたのでありますか、マサオミ? ため息なんて吐いて」 「昨日のお祓いは、上手くいったと聞いたのですが……?」 「ああ、うん。確かにお祓いは上手くいったんだ」 「でも――」 目の前の水晶を、俺はクルリと回す。 するとそこには割れ目があった。 欠片ちょうど一つ分ぐらいの割れ目が。 「まだ欠けているようですね」 「そうなんだよ……」 昨日、俺たちも欠片は全て集まったと思った。 だが実際に合わせてみると、一つだけ足りないのだ。 「もちろん、これまでを考えると、比較にならないほど前進してる」 「欠片を集めるっていう目的も、本当にあと一歩って思えるぐらい近づいた」 「でも、なんか拍子抜けしちゃって……」 昨日のアレは、完全に全部揃った流れだった。 なのに、まさかまだ終わっていなかったなんて……。 しかも一番気になるのは、足りないのは『一つだけ』ということだ。 一度にアレだけの祟り神が発生したのに、何かの偶然で一つだけ祟り神にならなかったとは考えにくい。 足りないのには、おそらく何かしらの理由がある。 祟り神になれない、特殊な理由があったのか……? もしくはレナさんの時のように、何かが原因で他の土地に移動してしまったのか……? なんにしろ、そう簡単には見つからない気がする。 「まあ、ため息を吐くようなことじゃないとは思うんだけどね」 「この欠け具合だと……多分、あと一つぐらいだろうし、前進はしてるんだから」 「そうであります。残りはあと一つなんですよ」 「………」 「うん、そうだ! あと一つ見つければいいんだ!」 落ち込んでる暇はない。 頑張って探さなきゃ、この大きな憑代から祟り神が発生してしまうかも。 昨日のアレより強力とか……次はもう無理だな。 「そうだ! 今さらだけど、レナさんの耳鳴りはどう!?」 「本当に今さらでありますねー」 「今日はヘーキですよ。順調快調絶好調であります」 「そっか、よかった」 「ちなみにこれは、もう昨日のように点滅したりしないのですか?」 「それもよくわからないんだ」 憑代は強力になり、欠片は足りてない。 となれば、また信号とか何かしらの反応があっても不思議はない。 だが、憑代は大人しいままだ。 その無反応が、俺の不安を煽る要因でもある。 「昨日のは、呼びかけでしたよね?」 「そうだね」 「では『呼びかける必要がないほど近くにある』ということではありませんか?」 「そうなのかな?」 そうであれば助かるのだが……。 「ところで、ヨシノやマコはいないのですか?」 「ん? そういえば……姿を見てないな」 「ムラサメちゃんの姿も見えないような?」 「ご主人ー……おお、おったのか」 「おはようございますですよ、ムラサメちゃん!」 「おはよう」 「なんだご主人、また憑代を見てため息を吐いておったのか?」 「さっきまではな」 「でも、もうやめた。あと一つなんだから、前向きに頑張って最後の欠片を探す事にする!」 「うむ。それがよい。では行くとするか」 「行くって……どこに?」 「最後の欠片を回収しに、だ」 「な!? どこにあるのか、知ってるのか!?」 「おそらくだがな。ほれ、行くぞ」 「ムラサメ様、準備は整っています」 「準備?」 「そもそも、神社で一体何をするつもりなんだ?」 「言ったであろう? 欠片の回収だと」 そう言ったムラサメちゃんが、俺の正面に立つ。 「そもそも吾輩はずっと不思議だったのだ」 「何故吾輩に触れることができるのか。何故ご主人まで欠片に意識が引き寄せられるのか」 「それに、憑代が信号を発した理由もな」 「……俺が理由って言いたいのか?」 確かに。信号を発したあの日、俺は憑代に呼びかけていた。 何か反応を示すように求めたから、憑代は信号を出した……? いや、まさかそんな……。 「ご主人の呼びかけに憑代が応えた。普通ではありえぬ話だ」 「だが、そうなった……」 「つまり、どういうこと?」 「鈍いのう、ご主人。ここまで言えば普通は察するじゃろ」 「つまり、最後の欠片はご主人の中にあるのだ」 「は……? 俺の中って……なんで、そんなことに?」 「ご主人、欠片を食べたりしなかったか?」 「食べるわけないだろ、石なんて」 「意識せず、身体に取り込んだ可能性もないか? アレだけ小さな欠片だぞ?」 「え? まあ……山で転んだりしたこともあるから、何かのキッカケでってことも……」 なんせ、ここに遊びに来てたのは子供の頃だ。 記憶があやふやなことだってある。 「そういえば……以前、川で溺れて水を飲んだと言っていませんでしたか?」 「……ああ、うん……」 本当に死ぬんじゃないかと混乱して、暴れまわった拍子に水と一緒に色々飲み込んだ。 その時に……欠片が口の中に入っていたとしても、不思議ではない。 最後の欠片は、本当に俺の中に……? 「でもそんなの、どうやって回収するんだ? 手術……とは言わないよな?」 「欠片は肉体ではなく、魂に取り込まれておる」 「とはいえ異質な存在だ。完全に融合しておるわけではない」 「ここまで揃った憑代があれば、ご主人が語りかければ勝手に剥がれるであろうよ」 「語りかけるって……元に戻れって思うだけでいいのか?」 「うむ。強く気持ちをぶつければよい。そのための準備も整えておるしな」 「そういえばさっき、朝武さんが準備は整っているって言ってたね」 「はい。ムラサメ様に言われて、舞を奉納したんです」 「この部屋は今、穢れが祓われ、吾輩の力で神力を濃くし、より剥がれやすくしておる」 「それでは、有地さん」 「頑張って下さい、マサオミ」 「あ、ああ、うん」 常陸さんから渡される憑代。 一か所だけまだ足りていない。それが、俺の中に……? 半信半疑ながらも、俺はムラサメちゃんの言葉に従う。 目を閉じ、手の中の憑代に意識を集中させる。 「(………)」 本当に、俺の中に憑代があるのか……確証はない。 でも、あって欲しいと願っている。 呪いから、解放してあげたい。 それは自分のためだけの話じゃない。 この呪詛に関わる全ての人のために。 そしてなにより……この憑代に宿っている犬神となった獣のためにも。 夢で見た首を刎ねられる記憶。 そして昨日感じた、憎しみと悲しみの感情の波。 何百年もあんな調子で、何かを怨み続ける、それが一番苦しい気がする。 そんな犬神の思いに感化されたのか、それとも同情なのか、それは自分でもわからない。 ただ……あのままというのは、とても悲しいことに思えた。 「(……楽にしてやりたい)」 「(あと……ありがとう)」 「(ここで、みんなと出会わさせてくれて。集めるのは大変だったけど、そこは本当に感謝している)」 そんな気持ちが胸の中に渦巻いたその時、手の中の憑代が急激に熱くなった。 「――熱ッ!?」 驚き、目を開けると、手の中の憑代が白く光っていた。 黒くなったわけでもなく、赤い光でもない。 初めて見る反応だが、危険な感じは全くしない。 むしろ、どこか温もりをすら感じられるようだ。 そして何より……。 「本当に……埋まってる」 小さな水晶玉のような憑代を、手の中で転がしてみる。 どこにも割れ目はなく、完全な球体となっていた。 「本当に、憑代が全部……」 「揃ったんですよ、芳乃様!」 「おめでとうございます!」 「これで……呪詛は解けたのか……?」 「絶対とは言えん。憑代を集めれば、というのは吾輩の推論だからな」 「まだしばらくは様子を見る必要があるであろうが……おそらくは大丈夫だ」 その安堵した表情は、気休めで言っているわけではないことが伝わってきた。 「あとは、この憑代を安晴に言って祀ってもらえればよい」 「さすれば、呪詛として使われていた力も、加護として使われるであろう」 「わ、私、お父さんを呼んできますね!」 「これで、祈祷はおしまいだ」 「これから毎日、祈祷を行うから安心して欲しい」 「よろしくお願いします」 「これも神主の仕事だ。それよりなにより……今まで何の役にも立てなかったんだ」 「本当に、巻き込んで申し訳なかったね」 「いえ、別に巻き込まれただなんて思っていませんよ」 「っていうか……ムラサメちゃんの言う通りだったな」 「選ばれるのは偶然ではなく必然。ご主人はそういう運命だったということだ」 「ご主人は気まぐれで選ばれたわけではない。やれることがあるから選ばれたのだ」 あの時の言葉が蘇る。 俺の中には憑代の欠片があった。 それはつまり、俺がいなければ憑代が揃うことはなかったのだ。 だから、きっと……。 「本当に、運命だったのかもしれないって」 「そうだな。ご主人だけではなく、ここにいる全員がこうして出会えたのは、運命だったのだ」 「それは、わたしもでありますか?」 「無論だ。レナが欠片を持って来てくれねば、憑代が揃うこともなかったのだから」 「そう言ってもらえるのは大変嬉しいですね、ふふふ」 「わたしも、皆さんと出会えて嬉しいです! これからも、よろしくお願い致しますね」 「はい、こちらこそ」 「今後とも、よろしくお願い致します」 「うんうん」 「な……なに、お父さん。妙に生暖かい目で……どうかしたの?」 「いやなに、嬉しいだけだよ。あの芳乃に……こんなに親しい友達ができて」 「今後とも、どうか娘をよろしくお願いします!」 「お、お父さん! 恥ずかしいことしないでよ、もうっ!」 「い、いや、親として当然の挨拶をしたまでで――」 「それが恥ずかしいって言ってるの!」 「えー……そうかな……?」 「何にしろ、本当によかった……よかったよ、芳乃……」 「お、お父さん……だから、そういう姿が恥ずかしいって……」 「すまない。でも嬉しくてね……本当に、よかった」 「………」 今にも泣き出しそうなほど感動している安晴さん。 きっと、そんな表情をしてしまうぐらいの苦労があって、俺には想像できないような想いを抱えて来たんだろう。 それを思うと、俺は何も言わずに見守ることしかできなかった。 「ああ、そうだ。今後と言えば、将臣君」 「はい? なんですか?」 「将臣君は、今後どうするのかな?」 「元々呪詛のせいで穂織に留まってもらっていたわけだから、もうここに縛られる理由はなくなる」 「あ……」 「そう、なんですね。有地さんは、戻ることができるんですよね」 「………? 戻るとはどういうことでありましょうか?」 「将臣君は、穂織の人間ではないんだ。暮らしていた家は、もっと都会にあるんだよ」 「そうなのですか、マサオミ?」 「あ、ああ……うん。一応」 「では、マサオミは穂織から去ってしまうのでありますか?」 「若い子には都会の方が暮らしやすいだろうしね。それに、将臣君が生まれ育った場所だ」 「それはとても寂しいのでありますよ~……」 「それは……えっと……」 「………」 「まあ、それは今話しても仕方なかろう」 「確かにその通りですね。今すぐ決断しなければいけないわけではありませんから」 「先走ってしまって申し訳ない。ウチの事なら気にしないで。遠慮なく居てくれていいからね」 「ありがとうございます」 そうか……。 呪いが解ければ、俺がここにいなくちゃいけない理由はなくなるんだなぁ。 別に、戻ってもいいんだ……。 「………」 「どうしたのだ、ご主人。さっきからボーっとして」 「あ、いや……色々考え事をな」 「あのさ、今さらなんだけど気になることがあるんだ」 「なんだ?」 「俺の中にはもう欠片がないってことは……ムラサメちゃんが見えなくなったりするのか?」 「俺は欠片があったから、ムラサメちゃんの姿が見えて、触れることもできたんだよな?」 「今こうして会話できているということは、今すぐ変化は現れまい」 「欠片の影響が消えるとしても、先の話であろうよ」 「そうか……レナさんと同じなんだな。なら、よかった」 「今さらムラサメちゃんとの関係が変わるなんて悲しいからな」 「ふむ。しかしご主人、見えなくなるだけではなく、吾輩が務めから解放される可能性もあるのだぞ?」 「それって……っ」 呪いが解けたなら、もう刀の管理者としての役目は終わりだ。 「ムラサメちゃん、もしかして……いなくなるのか?」 「さてな。吾輩は神の使いとしてこの世に留まっておる」 「もしかしたら、普通の人間としての死を迎えるかもしれんし、他の役目を与えられるかもしれん」 「……それは」 「そう寂しそうな顔をするでない。ご主人たちとはすでに浅からぬ縁がある」 「ちゃんと幸せになれるかどうかぐらいは見守ってやるとも」 「神とて、それぐらいの望みは許してくれるであろうよ。じゃからなご主人、早く吾輩を安心させてくれ」 「ムラサメちゃんがいなくなるかもしれないなら、むしろ幸せになれないじゃないか」 「わはは。嬉しいこと言ってくれるが、吾輩を言い訳にするな」 「わかってるよ」 「にしても、欠片を取り込んでおいて、よく無事だったな、俺」 「下手したら、俺が祟り神になる……なんて可能性も……?」 「あったかもしれんな。ご主人が負の感情に取り憑かれれば、ご主人の魂も穢れた可能性はある」 「つまり、心の底から憎しみを抱くようなことはなく、幸せに周りに育てられたということだな」 「周りに……か」 「………」 「小難しい顔をしておるのう、ご主人。気分を変えるためにも夜風に当たって頭を冷やしてみてはどうだ?」 ………。 「………」 なんでだろうな……。 別に、嫌々ここにいたわけじゃない。 でもだからって、そこまで愛着を持ってたわけでもない。 朝武さんや常陸さんを始めとして、みんなと一緒にいるのは楽しい。 ここの生活は嫌いではないけど……街の方がずっと便利だ。 だからきっと、呪いを解いたらまた元に戻ると思ってた。 でも実際に帰れるってなると、思っていた以上に躊躇いが生まれた。 自分でもびっくりするほどだ。 「最初……迷子のお母さんの時もそうだったな」 穂織をイヌツキだって言われて、腹が立った。 アレは本当に驚いた。 それから数か月……愛着はあの時よりも、大きくなっている気がする。 「やっぱり、楽しかったからかな……?」 向こうの暮らしが、つまらなかったわけじゃない。 でもこっちの暮らしは、本当に色々あった。 痛い思いや苦しいこともあったけど……こうして全てが終わると、いい思い出として受け入れられる。 そんな非日常のような日々を送ってきたからこそ、今もこうして悩んでる。 俺はきっと、この先ここでの日々を忘れることはできないだろう。 呪いが解けてしまえば、あんなことはもうないと思う。 でも、それはそれで楽しいことが待っているんじゃないか? そんな期待が、胸の中にあるんだ。 「だから、俺はここに居たいと思っている……」 「………」 「なんだ、悩むことなんてないじゃないか。俺は、残りたいと思ってるんだ」 それに『向こうの暮らし』だ。 もう俺にとって、街は『向こう』なんだ。 俺の心は完全に穂織に根付いている。 「……よし、決めた!」 もしかしたら、俺が期待しているような日々は、今後ないかもしれない。 でもそれも思い出だ。 俺はここで、得難い友人が出来た。それを大事にしていきたい。 「さすがに、婚約は解消だろうけど……」 まあ仕方ない。 新しく、作り直すさ。それも楽しそうだ。 「あれ? 将臣、こんなところでこんな時間に何してるんだ?」 「廉太郎か。ちょっと散歩だ。考え事があってさ」 「考え事?」 「珍しいな。ま、ここで会ったのも何かの縁だ。話ぐらいなら聞いてやろうか?」 「いや、いいよ。もう解決したから」 「な、なんだよ……妙にスッキリした顔して。ちょっと不気味だぞ?」 「気にするな!」 「それより芦花姉のところに行こうぜ」 「はぁ? もう閉まってるよ」 「なら廉太郎の部屋でもいいや。今日は遊びたい気分なんだよ」 「遊びたいって……まあいいけどさ」 「これからもよろしくな、廉太郎」 「今日のお前、本当に不気味だぞ……?」 「だから細かい事は気にすんなって!」 そうして、俺の新しい日々は幕を開けたのだった。 ――俺たちの幸せな日々は続いた。 数日は数週間、数週間は数ヵ月、さらに数年と続き、気付けば俺たちは学院を卒業した。 もちろん俺たちの気持ちは変わらないまま。 学院を卒業したのちは、互いに結婚を“いつか”ではなく“いつにするか?”と考えるようになっていた。 そして俺は、一旦穂織の地を離れることにした。 それはもちろん、これから先も一緒にいるためだ。 必要なのは神主としての資格。そのために俺は、町の外に出た。 神主の勉強をしている間は、俺が穂織に戻ったり、芳乃の方から会いに来てくれたり。 初めて穂織の外に出た芳乃。 「ここが……穂織の外……なんですね」 ぽつりとそう呟いたことを……俺はきっと生涯忘れないだろう。 数日とはいえ、穂織を出たのはいい機会だと思い、芳乃のことはその時に親に紹介をした。 反応は、拍子抜けするほどあっさりしていた。 これなら嫁姑のバトルに巻き込まれないですむだろう。 というか―― 「こんな可愛い子が、娘になってくれるなんて!」 「実はこんな可愛げのない息子じゃなくて、ずっと娘が欲しかったの!」 なんて衝撃発言をされて、実はちょっぴり傷ついたのは内緒だ。 とはいえ、それからが大変だった。 離れ離れの生活は寂しいもので、電話やメールだけで満足できるものではなかった。 しかしながら、勉強を疎かにするわけにもいかない。 もし試験に失敗したら、会えなくなる期間が長くなる。 おそらくこの時、人生で一番勉学に励んだ気がする。 その甲斐もあって、無事に試験に合格。資格を手にした俺はすぐさま芳乃の元に戻った。 そしてついに俺と芳乃は、念願の結婚を果たした。 結婚してからも、俺たちに変わりはない。 俺たちの思いが褪せることはなく、幸せな日々はあの頃からずっと変わらなかった。 あ、いや、違う。 俺たちの幸せには、大きな変化が現れていた。 一緒にいるのが2人ではなく、3人になったこと。 それはつまり、子供が産まれたということ。 言うまでもなく俺の子供だ。 「こんな感じでしょ?」 「違います。そんな抱き方をしてたら泣いてしまいます」 「え!? ちょ、泣かれるのは困る!」 「もう……こうですよ」 「ちゃんと首を支えないと。まだ首がすわってないんですから」 「ぅぅ……確かに楽そうだ」 「それに、幸せそうな顔してる……やっぱり母親に抱かれる方がいいのかな?」 「そんな情けない事、言わないで下さい。将臣さんは、れっきとした父親なんですから」 「わ、わかってる。父親の威厳を持たねば……」 「にしても……《かず》和《ひと》人は芳乃に似てるな」 「そうですか? 私は将臣さんに似てると思いますけど?」 「えー、そうかな?」 「そうですよ。鼻筋や、眉の辺りが」 「目元は芳乃に似てる気がする」 「そうですか? 自分ではよくわかりませんが……」 「なんにせよ、健康に育ってくれれば、それで十分です」 「うん、それはそうだ」 ――和人。 それが、芳乃の胸に抱かれている赤ん坊の名前だ。 産まれたのは3週間ほど前。 名前からわかるように、もちろん男の子だ。 今は幸せそうに眠っているが、一旦泣き出すとなかなか泣き止んでくれない、困ったヤツだ。 ……もしかしたら、将来は結構頑固になってしまうかもしれない。 まあ、俺と芳乃の子供だもんなぁ。 「なんにしろ、和人が泣き出す前に写真を撮っておこうか」 「またですか? 産まれてから毎日50枚は撮ってますよ?」 「それだけ赤ん坊の成長は早いってことだ」 「このままだと、とんでもない親バカになりそうですね……」 「親にとって子供が可愛いのは当然!」 「さあ! 写真を撮るから笑って!」 「もう……」 照れ笑いを浮かべる芳乃と、すやすやと眠る和人をファインダーに収める。 「いい画が撮れた!」 「それも毎日言ってます」 「それぐらい、素敵な写真だ。これからも毎日、家族で一緒に写真を撮っていくぞ!」 「……はい、そうですね……」 「にしても、本当に幸せそうに眠ってるなぁ」 「ふふふ。きっと、私の幸せな気持ちが伝わっているんですよ」 「まさか本当に、自分の子供……しかも男の子です。私、男の子を産んだんですよ……? だから、だから私……」 「はいはい、泣かない、泣かない」 「芳乃が泣いたら、和人が起きちゃうから」 「だって……だってぇ……」 朝武の一族に、数百年間産まれなかった男の子。 でも芳乃は産んだんだ。 「男の子、産めました……この子、苦しむことはないってことですよ」 「そう。それはとっても喜ばしいことなんだ」 「だからほら、笑って笑って。俺は、笑った顔を撮りたいんだから」 「はい……はい……」 「将臣さん、ありがとうございます……本当にありがとう……」 「こうして男の子を抱けるのは全部、将臣さんのおかげです」 「違うよ。そもそもは、芳乃がそれだけ努力してたからだよ」 「って、これも何度も言ってる」 「それはわかってます……でも、でも……」 「じゃあ、今度お礼をしてくれる?」 「お礼……というと? なにかえっちなことですか? 相も変わらずいやらしい……」 「芳乃だって嫌いじゃないくせに」 「かっ、和人の前で止めて下さい。そんなこと言うのは!」 「……コホン」 「そ、それで……なんですか? そのえっちなことは……?」 「子供を作ろう」 「……子供……和人の他にも、ですか?」 「そう。もっと家族を増やそう」 「それで、みんなで幸せになろう。幸せになって、みんなで笑おう。笑顔の写真を増やそう」 「それは……とっても大変そうですね」 「だからいっぱいセックスをしよう!」 「その言葉はサイテーだと思います」 「ごめんなさい、調子に乗り過ぎました」 「でも……家族が増えるのは、とても素敵です。この子に、兄弟を作ってあげたい」 「私、頑張ります」 「俺も頑張る!」 「頑張るって……将臣さんは、一体何を頑張るんです?」 「芳乃を気持ちよくできるように!」 「だから、そういうことは和人の前では止めて下さいっ」 「2人っきりのときなら、いいんだよね?」 「それは……」 「……はい。むしろ、そこは頑張ってもらわないと、困りますから」 「うん、任せて!」 「そういうところだけは妙なやる気をだすんですから……もう」 「それだけ、芳乃のことが好きなんだよ、俺は」 「はい。私も、大好きです」 『お客さん』 「………」 『お客さん』 「……ぁ?」 「お客さんってば」 「あっ、はい。なんですか?」 飛び起きた俺は、前に座っている運転手に返事をする。 「そろそろ着きますけど、どこで止めますか?」 「え? あ、そうでしたね」 電車を降りて、駅前でタクシーを捕まえたものの、いつの間にかうたたねしていたらしい。 まだ大雑把な目的地しか伝えていなかったのを思い出した。 「《し》志《な》那《つ》都荘まで行って欲しいんですけど」 「あー……すみません。アタシはここいらに詳しくないんですよ」 「ですからね……奥まで行くのは勘弁してもらえませんか?」 「(サービスの悪い運転手だ……)」 それが顔に出ていたのか、運転手が愛想笑いを浮かべながら言葉を続ける。 「本当にすみませんね」 「……わかりました。じゃあ、ここでいいです」 「ありがとうございます」 タクシーが止まり、俺は精算を済ませて、タクシーを降りる。 「わざわざイヌツキの土地に祭りを見に来るなんて、不心得者が増えたもんだよ、まったく……」 「………」 降りる間際に聞こえてきた呟き。 無視して、そのまま外に出た。 「まだ距離があるけど……ま、いっか。久しぶりだし歩こう」 息を吐き、両手を腰に当てて、大きく背をのけ反らせる。 ずっと座っていたせいか、腰の辺りでポキポキと骨が鳴った。 「んーーー! つっかれたぁぁぁーーーー!」 家を出て、電車を乗り継ぎ約2時間。 そしてタクシーを使って約30分。 青々とした木々ばかりの面白味のない風景の峠道を抜け、ようやく辿り着いた《ほお》穂《り》織の町。 「相変わらず不便だな、ここは」 電車も走っておらず、公共機関といえば路線バスが1時間に一本。 バスだと1時間弱になってしまう上に、早朝や日が暮れる頃になると走っていない。 他にここを訪れるためには、自分たちで車を用意しなければならない。 徒歩で移動できる範囲は大自然ばかりという、山間にある田舎。 ――のはずだが、その悪条件のわりには中々賑わいがある町だ。 理由の一つは、この街並み。 小京都とも呼ばれる、整備された街並みは、いい意味で【和】の雰囲気を色濃く残している。 あの面白味のない山の風景からは想像できない、綺麗な街並みとなっている。 そしてなにより、穂織の町は温泉が知られている。その主な理由は効能だ。 どんな病気でも治るし、入浴すれば肌もツルツル、信じられないほど様々な効能がある万能薬、とまで言われることがある。 なので療養・湯治に来る人が昔から結構いる温泉地だ。 近年では口コミやネットで噂が広まり、外国人観光客も増えたらしく、今も日本語以外の会話がたくさん聞こえる。 「……行くか」 観光に来たわけじゃないんだから、立ち尽くしてても仕方ない。 「………」 「……んー……あの」 「あ、はい?」 「人違いならごめんなさい。もしかして、まー坊?」 「芦花姉?」 「やっぱりまー坊だ! よかった、人違いじゃなくって」 「やーやー、随分とお久しぶりだね」 明るい笑顔を浮かべながら手を振っているこの人は、《ま》馬《にわ》庭《ろ》芦《か》花。 確か……俺より2、3歳年上だった気がする。 俺が子供の頃、母さんに連れられて穂織に帰ってきたとき、よく一緒に遊んでもらっていた。 「元気してた?」 「うん、元気元気~。まー坊の方こそどうしてたの? あれ? 何年ぶりだっけ?」 「ここに来たのは多分……4年ぶりじゃないかな? 俺も問題ないよ。健康そのもの」 「そっか、もうそんなになるのか……随分おっきくなったね、まー坊」 「まさか、まー坊を見上げなきゃいけない日が来ようとは。アタシに無断でこんなに背を伸ばすなんて生意気な」 「去年ぐらいかな? ぐいぐい背が伸びたんだよ。膝が痛くなるぐらいに」 「そっか……4年もあれば、大学だって卒業できるもんね。大きくもなるか……」 「芦花姉もちゃんと成長……縮むのも成長っていうのかな?」 「おやまあっ。本当に小生意気に育っちゃって、この」 俺の頭をペシッと叩く芦花姉。 「頭を叩くのも結構ギリギリかぁ……身体もがっしりしてきたし、本当に男らしくなったもんだね」 「おかげさまで」 「で? 1人?」 「そう。今回は俺だけ。しかも宿の手伝いのためにね」 「将臣、アンタお祖父ちゃんのところに行ってきなさい」 「は? いきなりなんだよ?」 「お祖父ちゃんが経営してる旅館、春や夏、正月なんかは繁忙期なのは知ってるでしょ?」 「ああ……《し》志《な》那《つ》都荘だっけ?」 「また宿の手伝いに来て欲しいんだって」 「いってらっしゃい。お土産は気にしなくていいから」 「息子が鳥頭で母さん悲しいわぁ……」 「なんで俺なんだ? そういう時はいつも母さんが手伝いに行ってたじゃないか」 「今年はダメなの」 「お父さんと旅行する予定をもう入れちゃったの。ヨーロッパに1週間ちょっと」 「それにアンタ、もう何年もお祖父ちゃんに会ってないでしょ? 挨拶もかねて行ってきなさい」 「………」 「行けばバイト代も出るわよ。もちろん交通費も渡す」 「手伝いに行かないなら、旅行中のアンタの食費とかは自腹でよろしく」 「汚っ! それは汚いだろ!」 「汚くない大人がいると思ってんの?」 「それ真顔で言う?」 「親だからこそ子供に真実を教えてるんでしょう。それが世の中ってもんよ」 「いいから行きなさい。もう何年挨拶してないと思ってんの」 「子供の頃からお世話になってたんだから。一度ぐらいは手伝いをしてきなさい」 「俺みたいな素人が手伝いに行っても迷惑かけるだけだろ」 「あんたみたいな素人をお客の前に出すわけないでしょうが」 「草刈り、お風呂掃除、ゴミ捨て、皿洗い、裏方の仕事もたんまりあるわよ」 「春休みもずっと家にこもってゴロゴロしてるだけでしょうが。いいから行ってきなさい!」 「みたいな感じでさ。子供にそういう脅しを使うのは卑怯だと思わない?」 「ちょっとね」 「でも全然顔を見せに来なかった、まー坊も悪い。よってドロー」 「まあ……確かにご無沙汰だったとは思うけどさ」 「このまま志那都荘に行くの?」 「そのつもり」 「アタシも一緒に行こっかな。久しぶりだから、もうちょっと話そうよ」 「俺はもちろん構わないよ。けど芦花姉は、時間大丈夫なの?」 「平気平気。それじゃあ行こ」 「………」 「……なんだかまー坊、さっきからアタシをジッと見てる気がする?」 「そんなに見つめられると、お姉さん照れちゃうよー。なになに? もしかして見惚れちゃってる?」 「それとも、顔に何かついてるかな?」 「正直、見惚れてた」 「―――ッ!?」 「えっと……えっと……あ、あはは、ありがとう」 芦花姉は冗談に思っているかもしれないけど……ウソじゃない。 美人になったと思う。 「目の下にゴミが――」 「これはホクロ!」 「冗談だって、冗談」 「人の身体的特徴で冗談を言うのはよくない」 「もしかして気にしてた? ゴメン。久々に会えて調子に乗った」 「ただの照れ隠しだったんだよ。大丈夫、本当は可愛いと思ってるから」 「もう……今さら、そんなので照れるような仲じゃないでしょうに」 以前と変わらない、にこやかに笑顔を向けてくれるけど、そういうわけにもいかない。 だって芦花姉……かなりの美人だから。 子供の頃は女を感じるようなことはなかったけど、この歳になると……ちょっとドキドキする。 さすがに口にはしないけど。 「で、本当のところは? 何か気になることがある?」 「大したことじゃないんだけど」 「そういやそういう服を着てたなー、と思ってただけ」 「ん? どこか変? そりゃ、他の人たちみたいなフリフリした服じゃないとは思うけど……」 芦花姉の表情は本当に不思議そうで、その服に疑問を抱いている様子はない。 これは芦花姉の変わった趣味とかではなく、穂織で生まれ育った人間なら全員だ。 いわゆる民族衣装の一種みたいなもの。 とはいえ、日常的に着ている土地は少ないだろうけど。 外の世界を忘れさせてくれる特別感があって、この服も人気の要因の一つらしい。 「よく似合ってるよ。本当に他意はないから」 「ならいいけど。やっぱり外を知らないと色々不安なこともあるんだよね」 「芦花姉ってもう学生じゃなかったよね? 外で就職しようとか思わなかったの?」 「このご時世、就職先がなかなかなくてね」 「じゃあ今は何してるの?」 「アタシの家がお店やってたこと、覚えてる?」 「喫茶店だっけ?」 「甘味処。まあ、似たようなものだけどね。今は実家の手伝い……というか、経営に携わってるの」 「それって、おじさんやおばさんになにか……」 「あー、違う違う。健康そのもの。裏方としてバリバリ働いてる」 「ただ最近は外国からのお客さんも増えてね。昔のままじゃ問題もあるんだよ」 「で、よくわからないことも増えて『お前に任せる』って押し付けられちゃったわけ」 「へー……でもそれなら、こんなところで俺と一緒にのんびりしてていいの?」 「身分を隠して街を歩いてお客さんの本音を聴く。これもお仕事」 「スケルスマーケティングってやつだよ!」 「ステルスだよ」 「まあ俺も話し相手がいてくれる方が楽しいからいいけど」 「ところでさ、芦花姉。春休みにしても観光客が多くない?」 道には人が溢れていて、大きな荷物もあるので自分のペースで歩くことはできそうにない。 「昔からこんなもんだった? もう少し少なかった気がするんだけど……」 俺がここを訪れてた頃よりも観光客が多い気がする。 さっきのタクシーの運転手のように、付近で育った人間はあまり寄りつかないはずだけど……。 「全体的にお客さんが増えてるのは事実だよ。ネットで気軽に色んな噂が広まるからね」 「穴場の温泉地として、外国のサイトに載って、口コミが広まってるんだって」 「あとは、今日は“春祭り”だから。それが目的の人たちが多いんじゃないかな?」 「ああ、春祭り! そっか、春祭りか……俺、初めてかも」 「あれ? そうだっけ?」 「こっちに来るのは繁忙期を微妙にずらしてたから」 「春祭りってそんなに人気なの?」 「んー……そこそこ? 割合的には、欧米のお客さんが増えるね」 「春祭りってね、男の人が甲冑を身につけて、馬に跨って街中を練り歩くから」 「確か……戦国時代の戦が、祭りの始まりなんだっけ?」 「コホン。遡ること数百年前、野望を抱く者たちが乱立する戦乱の世に、とある怪しげな女がおりました」 なんか突然、芦花姉劇場が始まった。 「その女はなんと、権力者にすり寄り、寵愛を得て、男を狂わせ、乱を起こす妖怪だったのです」 「妖怪にそそのかされてしまったのが、穂織の隣国の大名。野望のために穂織の土地に攻め込んでくるではありませんか!」 「妖術を使う相手に大苦戦! 落城寸前で諦めにも似た思いで祈祷を行うと、あら不思議」 「なんと妖怪に対抗する刀“《むら》叢《さめ》雨《まる》丸”を授かったのです」 「その刀で妖怪を退治すると、隣国の兵たちは敗走。こうして穂織の土地に平和が訪れましたとさ」 「ちゃんちゃん♪」 「その勝利を祝ったのが春祭りの元。戦に勝利して戻ってきた兵たちを模して、甲冑武者の練り歩きが行われてるの」 「で、最後に神社で巫女姫様が舞を奉納するんだよ」 「あーそうそう。ちなみに、妖怪との戦いの余波で大地が割れて、温泉が湧き出したとも言われてるね」 「流石にそれは盛りすぎじゃない?」 「あはは、まーね。確かにこの話を信じてる人なんていないだろうね」 「でも、こういうわかりやすい話って重要だったりするんだよ? 特に海外の人には」 「神秘の国オリエンタル日本」 「そういうもの?」 「世の中、人気のある観光地なんて沢山あるからね」 「どれだけしょっぱい武器だとしても、ないよりマシでしょ?」 「そりゃそうだけど……地元の人がしょっぱいって言っちゃダメでしょう」 「重要なのはその引っ掛かりをどう活かすか。アイディアでカバー」 「性能の違いが戦力の決定的差ではない、って昔の偉人も言ってた」 「それは二次元の偉人だね」 「とにかくね、外から人を呼び込むことが重要ってことだよ」 「やっぱり……ここら辺の人間は寄り付かない?」 俺の質問に、芦花姉は苦笑いを浮かべて、首を振った。 「寄り付かないどころか、目的地を言うとタクシーで嫌な対応をされるって不満も上がるぐらい」 「路線バスの本数も全然増えないしね」 「色々と申請はしてるんだけど……相変わらずの対応ばっかりだよ」 「………」 「わざわざイヌツキの土地に祭りを見に来るなんて、不心得者が増えたもんだよ、まったく……」 あの言葉が蘇る。 偏見が残っている穂織の土地は、周りから敬遠されていたりする。 迷信深かった昔なんてさらにひどく、爪弾きされていたらしい。 それは主に、芦花姉がさっき説明した妖怪の伝承が理由だ。 妖怪の怨みが残っている。下手に近づけば災いに巻き込まれて命を落とすぞ! なんて、先祖代々言い伝えられているわけだ。 今でこそ、それを逆手にとって宣伝に利用しているわけだが。 あの『イヌツキ』は“犬憑き”という意味。ここいらに対する嫌悪の言葉。 どうしてこんなに不便なままなのか? まるで時代から取り残されたような土地なのか? 全ては、周りから力を借りるどころかロクな交流もできず、自主独立で生きるしかなかったからだろう。 効能のおかげで、昔から湯治客が絶えないとはいえ、当時のお客は顔を隠して温泉に来ていたとか。 イヌツキのお湯に浸かったことがバレると、都合の悪いこともあったらしい。 そういう印象も徐々に薄れてはいるのだが……ここいらで生まれ育った地元民は別の話だ。 「まあまあ、久々に会ったんだからそんな寂しい話は無しで」 「せっかくだから、まー坊も練り歩きを見てく?」 「うーん……いいや。まずは祖父ちゃんに挨拶しておく」 それに、今日から仕事を始める可能性だってあるんだから。 まず顔を見せておくべきだ。 そうして芦花姉と雑談をしながら歩くこと約15分。 「懐かしいなぁ……ここも全然変わってない」 「結構人気なんだよ、玄十郎さんのお宿。接客も丁寧で、ご飯も美味しくて」 「建物も古風な感じで、外国人のお客さんにも大人気」 「………」 祖父ちゃんに挨拶か……。 普通にしてるだけでも威圧感がある人で、子供の頃はかなり怖かった。 その印象のせいか、苦手だったりするんだよな。 「こんにちはー」 「はい、ただ今まいります」 「お待たせいたしました。ご予約のお客様でしょうか?」 「すみません、客じゃないんです。《くら》鞍《ま》馬《 げんじ 》玄《 ゅう》十《 ろう》郎はいますか?」 「失礼ですが……」 「祖父に挨拶をしておきたいんですが」 「大旦那さんのお孫さんですか、話は聞いております。遠いところ、ご足労いただき誠にありがとうございます」 「大旦那さんは今、《たけ》建《み》実神社のはずですよ。実行委員ですから」 「あ、そっか。玄十郎さん、春祭りの実行委員になってたんだ」 「予定通りでしたら……練り歩きがそろそろ神社に到着している頃ですね」 「それじゃあ、神社から離れることはできないかな」 「そうですか」 「あの、今すぐ俺が手伝うことは何かありますか?」 「お気遣いありがとうございます」 「今のところは大丈夫ですから、是非今日は春祭りを楽しんで下さい」 「ありがとうございます」 「お荷物、預かりましょうか?」 「じゃあお言葉に甘えて。よろしくお願いします」 「芦花姉、祖父ちゃんって今も変わらず元気?」 「そりゃもう。風邪も引かない、背筋もシャンとしてて、足腰バッチリ」 「竹刀の素振りも毎日欠かしてないみたいだよ」 「そっか……元気か……いや、元気なのはいいことなんだけどさ」 「まー坊は? 元気に剣道してる?」 「もうやめたよ。竹刀も2年近く握ってもない」 「あれま、どうして?」 「言われて始めたことだから。祖父ちゃんが健康のためにやれって」 「でもなんか続ける理由を失って……勉強やら何やらで、竹刀を握らなくなってそのまま」 「なんか自然消滅する男女みたいだね」 「まさしく、ソレ」 「そんなわけで、祖父ちゃんと顔を合わせづらくて……」 「流石にとって食われたりはしないよ」 過度に怖がる必要はないのはわかってる。優しさも持ってる人だということも知っている。 でも子供の頃に埋め込まれた恐怖心がなぁ……。 『中途半端にしよってからにっ!』って怒られるかも知れない。 境内は人で溢れかえっていた。 肘と肘をぶつけ合わせながら、神楽殿に視線を向ける人たち。 中にはカメラやスマホを掲げている人もいる。 「お、ちょうど今、巫女姫様が舞を奉納してるみたいだね」 「えーっと、祖父ちゃんは裏かな?」 「まー坊、まー坊。そんな興味なさげにしてないで、ちょっとぐらい舞を見てみない?」 「巫女姫様の舞は結構凄いんだよー」 「観光のお客さんにも評判でね。お祭りの見どころの一つになってるの」 「ほらほら、ここからでもまー坊の背丈なら見えるでしょ」 言われて俺も、みんなが見つめる先に視線をやる。 すると―― 「………」 目を奪われた。 舞っている巫女さんは、俺と同じぐらいの歳だろう。 綺麗な姿勢と、優雅な手の振り。 ふわりと広がる髪、翻る袖、それら全てに美しさを感じてしまう。 見惚れているのは、俺だけではないのか、周りから音がどんどん引いていくようだ。 観客の声も、玉砂利を踏む音さえも。 舞台の鈴の音が妙に響き渡るみたいで、徐々にエコーがかかったかのような感覚に陥る。 それほど、彼女の舞は美しく、ひと時たりとも目が離せない。 まるで舞に支配されているようだ。 本当に、不思議な力を宿しているみたい……。 「(これは……確かに、見る価値があるかも……)」 優雅に舞うその姿は、まるで天女のようにも見え―― 「!?!?」 な、なんだ……? て、天女の頭に、耳が……? 「あ……あれ?」 さっきは確かに獣のような耳が生えたような気がしたんだけど……今は、見えない。 目をゴシゴシ擦って、改めて確認する。 が、やはり耳なんて生えていない。 「………? ………???」 「まー坊?」 「いや、何でもない」 俺の見間違い……疲れてるのかな? そ、そうだよな。乗り継ぎも含めると、電車に2時間近く乗ってたんだ。 だから多分疲れているんだろう。 他の観光客は、誰も反応もしていない。 「やっぱ……俺の見間違いだよな」 人間の頭に、あんな耳が生えるわけない。 「どうだった? 巫女姫様の舞は」 「凄い綺麗だったと思う。最初から見てなかったことを、ちょっと後悔したよ」 「巫女姫様の舞は春祭りだけじゃなくて、祭祀でも披露されるから、機会はいくらでもあるよ」 「さてと、それじゃあ玄十郎さんのところに行く?」 「そうだった……挨拶しに来たんだった」 「まだここにいると思うんだけど……あっ!」 「廉太郎ー! 小春ちゃーん!」 「うん? なんだ、芦花姉」 「どうしたの、お姉ちゃん」 芦花姉の声を聞いた2人が、こちらを振り返る。 「って……あれ? お前、将臣か?」 「あ、本当だ! お兄ちゃん!」 俺を見て、驚いているのは《くら》鞍《ま》馬《れん》廉《た》太《ろう》郎。その妹の《くら》鞍《ま》馬《こ》小《はる》春。 2人も祖父ちゃんの孫、つまり俺の従兄妹だ。 嫁入りして外に出た母さんの兄が2人の父親、俺の伯父にあたる人だ。 ちなみに伯父は、長男だが宿を継がずに他で働いているらしい。 「久しぶりだな、2人とも」 「本当に久しぶりだな! 珍しいじゃないか、最近は全然顔を見てなかったのに。どうした?」 「祖父ちゃんの宿が人手不足で、その手伝いに」 「お兄ちゃんが? てっきり、いつもみたいに叔母さんが来るんだと思ってた」 「随分とこっちに来てなかったから。顔ぐらい見せて来いって、無理矢理な」 「本当に久しぶりだもんね。全然帰って来ないんだもん」 「すっごく背が伸びてるから、最初誰かわからなかった」 「小春だって、昔と比べたらちゃんと成長したじゃないか」 「ほ、本当? えへ……えへ……そう言ってもらえると嬉しいな」 「お世辞に決まってるだろ。その胸のどこに成長があるんだよ」 「あっ、あるもん! きょ、去年と比べて0.2ミリも育ってるもん!」 「んなもん誤差だ、誤差」 「廉兄、うるさい! ちょっと黙っててよ」 「廉太郎は毎日顔を合わせてるから、気付かないだけだろ」 「お兄ちゃん、優しい……なんていい人……!」 「こんなバカ兄じゃなく、お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんだったらどれだけよかったか」 「こんな小憎たらしい妹じゃなく、キュートでプリチーな妹だったらどれだけよかったことか」 「なにさ!」 「なんだよ?」 「バーカバーカ」 「ブースブース」 「はい、ヤメヤメー。兄妹のじゃれ合いはそこらへんで」 「そういうところは変わらないな、お前ら……」 本当、仲が良いままだ。 「それよりも玄十郎さんはどこにいるのかな?」 「祖父ちゃんなら今は中にいるよ」 「ほら、例のイベントが行われてるから」 「あー、アレねー」 「??? 例のイベントって?」 「伝説の勇者イベント」 「何だそりゃ?」 「この建実神社の御神刀だよ。話ぐらいは聞いたことあるんじゃない?」 「御神刀……あー、アレか……話は知ってるけど、実物は見たことないんだよな」 建実神社には、ちょっと特別な刀が奉納されている。 他ではお目にかかることはできなくて、それを利用したイベントが今行われているらしい。 「中に入れるのは抽選で選ばれた人だけじゃなかったっけ?」 「そりゃ無関係な観光客はな」 「イベントとは関係なく、祖父ちゃんに挨拶するだけなら大丈夫だろ」 「じゃあ、行ってみるか」 まず目に入ったのは、列を成す観光客の人たち。 30人ほどで形成された列は半数以上が男性だけど、女性が7、8人ほど混じってる。 そしてなによりも外国の人が多い。 列を成す観光客の先には、《ひと》一《ふり》口の刀。 「本当に、突き刺さってるんだ……」 室内だというのに大きな岩が鎮座しており、その中心には日本刀が突き刺さっている。 岩から突き出たような刀身は美しく、見るものを引き込むような銀色の光を放っていた。 このアーサー王物語を再現したような刀こそ、この神社の御神刀。 そして行われているイベントは、『この刀を引き抜ける者はいるか!?』というものだ。 「神社に来るの、初めてだったか?」 「正月に参ったことはあったと思うけど……それぐらいだな」 「中にまで入ったのは初めてだ」 「あの御神刀こそ、伝承にある妖怪を退治した刀『叢雨丸』なんだよ」 「実際、抜けないもんなの?」 「抜けない抜けない。どれだけ力を入れても、1ミリたりとも動かないんだよ、あれ」 「俺もやったことあるけど無理だったな。押しても引いても全く動かない」 「なんか腹が立ったから、横方向に力を入れてみたんだけど、それでもビクともしやしない」 「無茶すんなよ、折れたらどうするんだ」 「その程度で折れるぐらいなら、今までのチャレンジですでに折れてるって、絶対」 「そりゃそうかもしれないが……」 これは結構昔から行われており、最初は制限なく挑戦することができたらしい。 だが観光客も増え、対応しきれなくなったので、今は事前抽選で挑戦者を決めているそうだ。 これが外国人の観光客……特に欧米圏の人たちから大人気。 無邪気な笑顔を浮かべたごつい男たちを始めとして、顔を赤くするぐらい力を込めていく。 「フッ、ンンンンンンーーーーーーーーッッ!」 「ンィィィィィーーーーーーーッッ! フンガッフッフッ!」 「フッ、ンンンーーーー! ゥワッショォォォォォォォォォイッ!」 しかし誰も抜けない。 二の腕が、俺の太ももぐらいありそうなマッチョがチャレンジしても、微動だにしない。 「疑う気持ちはわかるが、あの必死のマッチョマンたちが、イカサマしてると思うか?」 「アタシたちでも、イカサマなんて話は聞いたことないよ。それに、バカにしたら親に叱られちゃうしね」 「それにお祖父ちゃん、そういうインチキとか嫌いだと思うな」 「そりゃそうだ」 町のために真実を黙っているとしても、直接イベントに協力することはないだろう。 とすると……このイベントは本当に………………。 「ま、いっか」 どっちにしろ、俺には関係のない話だ。 それよりも―― 「――あ、いた」 「………」 祖父ちゃんはいつもの厳しい視線で、チャレンジイベントを眺めている。 俺はそんな祖父ちゃんにゆっくりと近づいた。 「お久しぶりです。将臣です」 「む」 「………」 やっぱり威圧感があるな……。 「宿の手伝いにきました。迷惑をかけると思いますが、しばらくの間よろしくお願いします」 「わざわざすまんな。こちらこそよろしく頼む。手伝いは明日からで構わん。今日はゆっくり休め」 「はい」 「それで、元気にしていたか?」 「身体は? 体調は崩してはいないか?」 「はい、大丈夫です」 「剣道は辞めたらしいな」 「それは……はい」 「壮健に暮らしているのならいい。元々は健康のためにさせていたことだ」 「ともかく、よろしく頼む。何かあったら遠慮なく言え。無理だけはせんようにな」 「ありがとうございます」 ……ふぅ。ひとまず挨拶はできた。 もう古希も迎えているはずなのに、その気迫に衰えが見えないとは……恐ろしい。 「………」 「あの、話は変わるんだけど……あれって本当に岩に刺さってるの?」 「お前は伝承を知らないか?」 「それは知ってるけど……刀、だよね?」 「神から託された特別な刀だからな」 「………」 「お前が疑う気持ちはわからんでもないが、ペテンではない」 「なら、本当に抜くこともできるの? そんな気配は全然ないけど」 「単純な力では抜くことはできん」 「じゃあ、コツ?」 「……コツではないが……資格がな」 「………?」 どういう意味なんだろう? 「そういえば……将臣は、参加したことはあったか?」 「見るのも初めてだけど」 「そうか……」 「ではいい機会だ。将臣も一度やってみるといい」 「え? 俺が? 事前に応募とかしてないのに」 「問題ない。ワシが話をつけてくる。少し待っていろ」 俺が了承する前に、祖父ちゃんは神主らしき人物の元に向かい、何かを話している。 本当に、俺にもチャレンジさせるんだろうか? 「なんだ? どうかしたのか?」 「いきなり、アレにチャレンジしてみろってさ」 「どういうつもりなんだろ……抜けなかったら、怒られたりするのか……?」 「さすがにそれはないよ。もっと気を楽にしていいんじゃない?」 「私や廉兄もお祖父ちゃんに言われたから、深い意味はないと思うよ?」 「そういやそうだったな」 「俺も気構えなくていいと思うぞ。俺や小春が失敗したときも、何も言われなかったから」 「お祖父ちゃんを怖がり過ぎだってば、お兄ちゃん」 「たまにしか会わないと、昔の印象が全然更新されなくて」 「まー、気持ちはわかるけどな。さんざん怒られたもんな……」 「バカなことばっかりしてるからでしょ。私はそんなに怒られた覚えはないもん」 「まーねー……廉太郎はかなりヤンチャだもんね。子供の頃だけじゃなく、今でも……むふふ」 「どうせ今日だって、祭りに来てたお客さんをナンパとかしてたんでしょう?」 「――うっ!?」 「あ、図星だー。それで? 結果はどうだった?」 「……全部空振り」 「何打数?」 「13打数?」 「打数多いな! しかも全部空振りって!」 「それが廉兄の実力ってことだよね」 「舐めんな! 俺を舐めんな! 打率は悪くとも、ホームランだって結構あるんだぞ!」 「廉太郎がナンパねぇ……昔はもっと芋臭かったくせに」 「その頃の反動かもな」 「玄十郎さんに何度も怒られてるのに、懲りないよねー」 「祖父ちゃんが厳しすぎるんだよ。今時これぐらい普通だろ」 「出会いは求めていかないと。代わり映えしない顔ばっかなんだから」 「………」 今までの口ぶりからすると……結構女遊びをしていたんだろうか? なんだろう……この敗北感。 「しかし、廉太郎がナンパ……」 昔は俺と一緒に、真面目に剣道とかしてたのに……。 本当に時間の流れを感じる。 「将臣!」 「あ、はいっ」 「いいぞ、こっちにこい」 いつの間にか、並んでいた人たちのチャレンジは終わっていた。 部屋の中には俺たちと祖父ちゃん。それに神主らしき男性だけ。 その全員が俺に視線を向けている。そんなに見られると、緊張するんですけど……。 とっとと終わらせよう。 それが一番てっとり早く、この注目から逃れる方法だ。 「何か作法とかあるの?」 「そうだな……特にしきたりはないが、まあ挨拶ぐらいはしておけ」 岩に突き刺さった刀の前に立ち、軽くお辞儀。 そして両手を伸ばして、柄をしっかりと握りしめたその瞬間―― ビリッと、電流のようなものが、指先から全身を駆け巡った。 静電気……? 日本刀で? 触れた部分も柄なのに……? 「どうかしたか?」 「あ、いや、何でもない」 改めて、その刀に向き直る。 「それじゃあ、まあ……」 ちゃっちゃとやってしまおう。 手が滑らないように、柄をしっかり握りしめた。 お……思ったより硬い。 ま、多少は力を入れて真面目にしておかないと、祖父ちゃんに怒られるかもしれないしな。 「――ふんっ」 『わっ』 「マジかっ」 「……はて……?」 先ほどまでの固さはどこへやら。 予想外なほど呆気なく、その刀が岩から離れた。 ただし、切っ先が岩に突き刺さったままで。 「………………」 「……は?」 ……折れた? 一応、元の位置に戻してみるけど、元に戻ることは……まあ、ないよな。 「あ、あ、あ、あ、あ……ははははは」 「あはははははは、笑える、なにこれ、あははははは、うけるー」 「ほら廉太郎、見てみろよ。ほら、持ってみろって!」 「ちょっ、お前っ、俺に押し付けようとすんな! こっちくんな! 俺は関係ない!」 「いやいやいや! 言ったじゃないか! 固くてビクともしやしないって言ったじゃないかっ!」 「確かに言ったけど! だからって折るか!? 普通折るか!?」 「折るつもりなんてなかったというかそもそも力を込めたわけじゃないんだ!」 「言い分はどうあれ、現実がその手の中にある。諦めろ」 「ドッキリだろ? これ、ドッキリだろ? 俺を嵌めやがったな!?」 「知らん知らん。俺は何も知らん!」 「頼むからドッキリだって言ってくれよぉぉっ」 「だから知らねえって! 俺を巻き込もうとするんじゃねぇぇぇ!」 刀身が綺麗に、ポッキリと折れて短くなった刀。 それでもしっかりとした重みもあって……これが現実……夢や幻じゃない。 「あー……そろそろ晩飯の時間かなー」 「あー……アタシ、そろそろ戻らないとー……お仕事しなくちゃねー」 「あー……私も、宿題が……」 「待って置いてかないで! 1人にしないで!」 「………」 「ひっ」 「………………」 「ひぃぃぃぃぃっっ!!!」 「………」 「俺……これからどうなるんだ……?」 右往左往する俺に、祖父ちゃんはここで待つように告げて、どこかに引っ込んでしまった。 芦花姉たちはすでに帰って……というか、祖父ちゃんに帰るように言われて、今この場には俺1人きり。 「………」 「不安だ……凄い不安だ……」 あの後『まさかこんなことが……』とか『よもや本当に現れるとは……』などと呟く声が聞こえた。 こういう事態は完全に想定外だったらしい。 それもそうだ。穂織のお客を集めるための重要なイベントの一つ……。 それを俺が台無しにしてしまった。 「あああああああああっ! まずい! これは非常にまずい!」 刀を折ってしまった責任とか取らされてしまうんだろうか!? そうなったら損害賠償? 刀の賠償だけでなく、イベントまでダメにしたってなると……かなりの高額になるはず。 何千万? いや、何億とかになる可能性だって? もしかしたらそれ以上も……。 「そんな金……払えるわけない」 とすると……。 「お兄さん、金は返してもらわなきゃ困るんですよねえ」 「高額だから払えない? そんなもんは、我々には関係ないんですよねえ」 「それに、こうなったのもご自分のせいでしょう?」 「だったら払ってもらわないことにはねえ。それが責任ってものでしょう?」 「ですが……無い袖は振れないのも道理ですね」 「そんなアナタのために、そんなアナタのために! 職場を紹介致しましょう!」 「地下にちょっとした施設を作る仕事でして、そこで働けばなんと金利はチャラ!」 「しかも飯寝床付きで、外に出る必要もなく仕事に集中できるんです! とはいえ賭博という娯楽もありますよ!」 「さあ、行きましょうか、有地将臣さん!」 「さあ! さあさあ!」 「ペリカは嫌だぁぁぁーーーッッ!」 もう逃げてしまおうか……? いや、祖父ちゃんがいるんだからそれは無意味だ。大人しく沙汰を待つしかないか。 あまりに申し訳なくて、自然と正座で待ってしまう。 「……はぁ……」 「もう怒られるのは仕方ない。せめて早く決めて欲しい」 静かな部屋の中、俺は静かに祖父ちゃんが戻ってくるのを待った。 そんなときだった、声が聞こえたのは。 「ふむ。お主が、吾輩のご主人か?」 「……ん?」 声が……聞こえる。 でも部屋の中には俺しか……いないよな? 「こっちだ、こっち」 その声が聞こえてきたのは頭上から―― 「うっ、うおっ!?」 「お? その驚き様、ちゃんと見えておるし、聞こえておるな」 見上げた視線の先には、少女がいた。 足が完全に浮いていて……ふわふわと、まるで漂うようにしながら、俺を見下ろしている。 「う、浮いて……ひっ! ゆ、幽霊……ッ!?」 「違うっ! 吾輩は断じて幽霊などではない!」 「でも、お前は……なんで、浮いて……」 「吾輩の名前はムラサメ。『叢雨丸』の管理者……まあ、『叢雨丸』の魂のようなモノだな」 「もしかして、か、刀を折った俺に、復讐するのか……?」 「だから吾輩は、幽霊ではないと言っておるであろう!」 「大体、折れた程度で復讐する必要などない。叢雨丸ならばこの程度すぐに元に戻る」 「いや、でも……こんなにポッキリ折れてるのに?」 「百聞は一見にしかずとも言う。先に証明した方がよかろう」 そう言った少女が目を閉じた。 すると、折れた叢雨丸が淡い光を放ちながら、ゆっくりと持ち上がる。 足元から胸元へ。頭を超えて、宙に浮いている少女の高さにまで。 その光景に気圧された俺は、口を開くこともなく無言で、少女を見つめた次の瞬間―― 「うわ……っ!?」 目を焼くんじゃないかと思えるほどの眩しい光。真っ白で何も見えない。 なのに、刺々しい感じはしない。柔らかくて、温もりを感じるような……。 それは徐々に収まり、視界が元に戻ってきた。 「ほれこの通りだ」 「まさか……本当に……?」 先ほどまで確かに折れていた刀が、完全に元に戻っている。 見間違いでもなんでもない。 「………」 宙に浮く少女、折れた刀が元に戻る。 なんかもう驚き過ぎて、逆に少し冷静さが戻ってきた。 「ほ、本当に直ってる……」 「これで少しは落ち着いて話を聞く気になったか?」 言いながら、ゆっくりと頭上から少女が下りてきた。 「――よっと」 「吾輩の名はムラサメ。この『叢雨丸』の管理者であり、《しん》神《りき》力を司る者である」 「神力……?」 「よろしく頼むぞ、ご主人」 「いや、ご主人とか言われても……」 「どうした? 盗人を捕らえれば我が子だったような顔をして」 「この事態をどう受け入れればいいのか、頭の中が混乱してて」 「とりあえず……その『ご主人』ってなんだ?」 「ご主人はご主人だ。叢雨丸を抜いたのであろう?」 「抜いたっていうか、折ったっていうか」 「どちらでも構わぬ。ともかく、あの岩から離したのはご主人であろう?」 「あ、ああ、そうだ」 「それは決して、誰でもできることではないのだ」 「使えぬ人間がどれだけ力を込めたところで、叢雨丸はこゆるぎもせぬ」 「だがご主人はどうだ? そこまで力を込めていたのか?」 「いや、全然。軽く引っ張っただけで、アッサリ折れた」 発泡スチロールの薄い板を割るぐらい簡単だった気がする。 「それこそが、叢雨丸を使える人間の証なのだ」 「そう言われてもな……」 「何が気になるのだ、ご主人?」 「何がって………………」 「よしわかった」 いや、細かいことはまだ理解してないけど。 「とにかく俺は選ばれたってことでいいんだな?」 「今はその理解でよかろう」 「じゃあ次の質問。折れた刀が一瞬で元に戻ったのは?」 「叢雨丸は神刀、穂織の土地神様より授かった特別な刀だ」 「錆びようが欠けようが折れようが、神力を借りれば万全の状態に戻すことができる」 「で……それができるのは、刀の管理者である、お前ってこと?」 「お前ではない、ムラサメ。自己紹介は二度もしたではないか」 「ムラサメ……か」 「いきなり呼び捨てか、ご主人」 「じゃあ……ムラサメちゃん?」 「それはそれで威厳がないが……まっ、よかろう。吾輩のご主人であるしな。それで、なんだ?」 「さっき言ってた、神力を司るとか、魂とかの部分をもう少し詳しく聞きたい」 「ふむ、よいか? 叢雨丸は神力を宿らせ、妖力に対抗する刀だ」 「だが、ただの鉄に宿すのは難しい。そこで必要となったのが“人の魂”だ」 「神力を魂に、魂を刀に宿らせ、神刀と成すのが叢雨丸。そして、その魂こそが吾輩なのであ~る」 「であ~る、って……ちょっと待て」 「それだとムラサメちゃんは、叢雨丸のために人柱になったってことになるぞ?」 「うむ。その認識で間違いはない」 「じゃあムラサメちゃんは、やっぱり……ゆ、幽霊……ッ!?」 「幽霊ではない! 全然違う! 一緒にするな!」 「吾輩は叢雨丸の管理者! 神の使い、いわば神使なのだ!」 「幽霊などと、そっ、そそそそそそんな根拠のない存在と一緒にするなっ」 「こんな見事なブーメラン初めて見た!」 「さっきから夢物語的な話しかしてないが……とにかく、神様の使いとして魂だけの存在になったんだな?」 「まあ、そういう認識で問題ない」 どう考えても幽霊だと思うがなぁ……。 「それ故、《うつ》現《しよ》世に干渉ができん。吾輩では使い手にはなれんのだ」 「そこで必要となるのが叢雨丸の使い手、つまり、吾輩のご主人だ」 「つまり、俺か」 「叢雨丸は選ばれた者だけが使うことができる」 「そして吾輩も見えるようになり、会話もできるようになるというわけだ」 「他の人間に、ムラサメちゃんの姿は見えないし、声も聞こえないのか?」 「うむ。といっても例外はあるがな」 「ついでに言うと、いくらご主人でも吾輩に触れることはできん」 「そうなのか? こんなにハッキリ見えてるのに?」 「触れようとしてもすり抜ける。こんな風にな」 ムラサメちゃんが叢雨丸の柄に手を伸ばす。 だが、その小さな手は何も掴めないどころか、本当にすり抜けてしまった。 「なんならご主人も試してみるか? ほれ、どこからかかってきても構わんぞ」 そう言って胸を張るムラサメちゃん。 「いいのか? 本当にいいのか? 本当に試すぞ?」 「構わぬと言っておる」 こんなにハッキリ見えてるのに、すり抜けるって一体どんな感覚なんだろう? 何も感じないのか……それともさっきの光みたいに、かすかな温もりとか感じるのか……? 腕を伸ばす俺。 そして、ムラサメちゃんの身体を素通りした時に感じたのは―― 「………」 「………」 「……あれ?」 なんか……つまった? 俺の手の平からはしっかりとした温もりと感触を伝えてくる。 それは決して幻ではない。 「……こ、これは……」 この感触は―― 「硬い……っ!?」 そう、硬いのだ! なんかゴリっとしてて、一向にすり抜ける気配がない。 「ひっ……ひっ……ひぁっ……ご、ごしゅっ、ごしゅっ、しゅしゅしゅ」 「これって、どういう――」 「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!!」 「――うわっ! てぇぇッ!」 突き飛ばされた俺は、思いっきり尻もちをついた。 「あ、あれ……突き飛ばせた。や、やっぱり、すり抜けない……?」 「いきなり何をする!?」 「ごごごごごご主人が吾輩の胸を触るからではないか!」 「――なっ!? 胸!? さっきのが胸!? は、初めて女の子の胸に触ってしまった……」 「なんか思ってたのと違う……硬い……」 「ぬぁっ、なにおぅっ!? わわわわわわ吾輩を愚弄するかっ」 「あっ、いや、今のは口がすべって本音が――」 「キシャーーーー!!」 「うわ!? ごめんなさい! 俺が悪かった!」 「ロリっ娘万歳! ペッタンサイコー! まな板イェーイッ!」 「謝るふりをして喧嘩を売っておるのだな! 表に出ろぉ、ご主人!」 「だ、大体硬いのは骨だ! ご、ご主人は吾輩の胸の上から骨をゴリゴリしておったのだ!」 そっ、そうだったのか……? 「触られた……触られてしまった……ぐっ……ぐぬぬぬぬぬ」 「すみません。本当にごめんなさい。乙女の胸を触って申し訳ありませんでした」 「でも、言い訳させて欲しいんだが、話が違う。すり抜けるはずだろ?」 「も、もちろんだ! だからこそ吾輩も触ってみるかと言ったわけで……」 「それに、吾輩が突き飛ばせたのもおかしい」 そう言って、再び叢雨丸の柄に手を伸ばすが、やはりスッとすり抜けた。 「これも叢雨丸に選ばれた影響じゃないのか?」 「いや、そんなはずはないのだが……うーむ……」 「ダメだ。むむ胸を揉まれたせいで、考えがまとまらん」 正直、揉んだというほどの感触でもなかったが……。 「ごぉしゅぅぅじぃぃぃんっ!!」 「―――ッ!? な、なんだよ、何も言ってないだろ」 「言ってましたー目が言ってましたー『揉んだというほどの感触でもなかった』とか考えてる顔でしたー」 「……そんなに出てた?」 「やはりかー!」 「あっ、くそ、嵌めやがったな!?」 「何を騒いでいる」 「じっ、祖父ちゃん!」 「………? 誰かと会話をしていたように思ったが……お前1人か?」 「………」 あの祖父ちゃんが、真面目な顔で問いかけてくる。 「ほれ、吾輩の言った通りであろう? なのにどうして、ご主人は……」 ブツブツと色々考え始めるムラサメちゃん。 くだらないドッキリに付き合うとも思えないから……さっきのは本当にイレギュラーなことなのか。 「将臣?」 「あ、いや、その……何でもありません。気にしないで下さい」 「それで、あの、俺が折ってしまった刀のことなんですが……」 「ああ、そのことか……む!? 刀身が……」 折れていたはずの叢雨丸。その切っ先を見て、祖父ちゃんは目を見開いた。 「これは、どうした?」 「いや、その、なんて説明すればいいか……」 「刀の精霊が、も、元に戻してくれた……なんてふざけたことを言っても、怒らない?」 「それはムラサメ様のことか?」 「へ? 知ってるの?」 「ワシは話だけだがな。見える方から話だけは聞いている」 「……見える人が他にもいるんだ?」 「例外はあると、説明をしたはずだぞ」 そういえば言ってたな。 「それでだ、叢雨丸の件だが……担い手になった以上、お前には責任を取ってもらうことになった」 「せきっ……任……」 刀身は元に戻ったとはいえ、このままじゃイベントはできない。 細工とかすれば再開することは可能だろうけど……。 「お前を、ウチで預かることはできなくなった」 「まさか、け、刑務所!?」 「そういう責任ではない」 「じゃ、じゃあやっぱり損害賠償? 強制労働で地下行き!?」 「落ち着け。まずは話を聞け」 「お前に紹介したい方がいる」 「初めまして、有地将臣君。僕は朝武安晴、建実神社の神主です」 「気軽に安晴と呼んでくれていいから。僕も将臣君と呼ばせてもらうよ」 そういって挨拶をしてきたのは、先ほど祖父ちゃんと話をしていた神主姿の男性だった。 「あ、はい、初めまして。この度はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」 「いや、むしろ、こちらこそ申し訳ない。将臣君には、これから迷惑をかけてしまうと思うんだ」 「それは……俺がしたことですから。できる限りのことはさせていただきます」 「で、具体的には何をすればいいんでしょう?」 「それなんだけどね、将臣君」 「はい」 「芳乃、入って来なさい」 扉が開き、奥から出てきたのは―― 「あ……れ? さっきの……巫女さん……?」 「初めまして、朝武芳乃です」 「初めまして、有地将臣です」 「あの、叢雨丸を抜いたっていうのは、本当なんですか?」 「あ、うん。抜いたというか……折ったんだけど」 「間違いないんですか?」 「………?」 俺ではなく、明後日の方向に問いかける。 他の人には誰もいない場所に見えたかもしれないが、そこには悩み続けるムラサメちゃんがいた。 「本当なんですか、ムラサメ様」 「ん? 間違いないぞ。目の前の者が、吾輩のご主人だ」 「朝武さんも、ムラサメちゃんが見えるの?」 「ムラサメ……ちゃん?」 「吾輩のご主人だからな。まあ、それぐらいは許したのだ」 「やっぱり。会話してるし、見えてるんだよね?」 「芳乃は吾輩と会話できる人間の1人だ。ご主人のように叢雨丸に選ばれたわけではないがな」 「それって、巫女さんだから? それなら神主の安晴さんも?」 「いや、僕には見えないよ。入り婿だからね。あくまで直系の者じゃないと――」 「お父さんっ、そういうことは言わなくていいです」 「ムラサメ様も」 「そうは言うがな……吾輩のご主人になった以上は――」 「大丈夫です。私が何とかしますから」 「はぁ……やれやれ」 「……強情じゃのう」 「あの、何の話ですか?」 「有地さんには関係のない話ですから気にしないで下さい」 突き放すように、彼女は冷たくそう言った。 でも、そういう態度の方が気になるんだけど……? 「とにかく、これが僕の娘。芳乃だよ」 「それで、こちらが叢雨丸を抜いた、有地将臣君」 「よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「でだ、ここからが本題。叢雨丸を抜いてしまった以上、将臣君をこのまま帰すわけにはいかない」 「それは、芳乃も理解しているね?」 「はい……わかります」 「将臣君も、責任を取ってくれるんだよね?」 「は、はいっ。俺に出来ることなら」 「理解が得られて嬉しいよ。じゃあ叢雨丸を抜いた責任として――」 「結婚してもらいたい」 「……結婚って、誰とですか?」 「僕の娘と」 「……んん? お父さんの娘?」 「そう」 「結婚、ですか」 「………」 「……」 「…」 「けっこんんんんんんんんんんんんッッ!?」 「け、結婚って――」 「男の権利は半分になるのに義務は2倍になるという、あの結婚ですか!?」 「ひどく偏った結婚観だな……ご主人」 「都子の家は、そんなに不仲だったのか……?」 「権利と義務については知らないけど……多分、その結婚じゃないかな?」 「お、お父さん? 一体何を……ど、どういうことなの?」 「芳乃もついさっき、将臣君をこのまま帰すわけにはいかないことに、理解を示してくれたじゃないか」 「それは、確かにそうだけど……でもだからって」 「必要なことだと思うんだよ。特に今の芳乃には」 「意味が解らないっ」 「親の心子知らずってやつかな」 「全然違いますっ」 「とにかく将臣君、そういうことでよろしくお願いできるかな?」 「ちょっと待って、お父さん!」 「………………え?」 「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 「んっ、んーーーー……」 授業も全て終わり、椅子に座ったまま俺は大きく伸びをする。 「さてと……」 「今日はバイトか? それともペタン子とデートか?」 「だから、いちいちそういう事を言うんじゃない」 「なんで小春を怒らせようとするんだ?」 「それが兄妹ってやつだからな」 「兄妹のコミュニケーションって、そういうものなのか?」 「そういうもんだよ。ベッタベタするのもおかしいだろ」 だからって、わざわざ喧嘩売るような真似をしなくてもいいと思うのだが……そういうものなんだろうか? でも、この調子でずっとやってきてるんだろうしな。 今さら、仲睦まじい兄妹っていうのも、想像がつかないのは確かだ。 「で? バイトか?」 「そうだよ。だから悪いけど、あんまりゆっくりしている時間はないんだ」 「ああ、いいよ。俺の事は気にしないで。なんとなく訊いてみただけだしな」 「ちなみに、お前は今日はどうするんだ?」 「俺か?」 「おい、鞍馬。早くしろよ」 「俺ら、先に行くけど、遅れるなよ」 「おーう。わかってる」 「みんなとどこかに行くのか?」 「おう。街の方まで足を延ばして、ちょっとばかし新しい出会いをな」 「ああ……ナンパか」 道理で俺は誘われなかったわけだ。 なにせ、小春という可愛い最高の彼女がいるからな。 「街まで遠征するなんて珍しいな」 「あの2人に頼まれてさ。ナンパの仕方を見てみたいって」 「でもほら、初心者が地元でナンパって結構いろいろリスクが高いから」 「あー……」 そのリスクの回避を怠った実物が、目の前にいるもんな。 「で、街まで行くことにした」 「けど、今から行って大丈夫か?」 「折角だから買い物とかもしようってことで泊りがけなんだよ」 「そうなのか?」 「ナンパは興味ないけど……泊りがけっていうのは、面白そうだな」 「まっ、別の機会に誘ってやるよ」 「ああ。楽しみにしてる」 「じゃあなー」 「頑張ってこいよー」 っと……呑気に廉太郎を見送ってる場合じゃなかった。 「お兄ちゃん、今日シフトだよね? 早く行こうよ」 「ああ、わかってるよ」 「ありがとうございましたー」 何の問題もなく、その日のバイトも終了。 さすがになれたもので、結構役に立ててると自負している。 「さてと、片付けをしてしまうか」 「それじゃあ私は、お掃除を」 「お疲れ様ー」 「そうだ、小春ちゃん。さっき携帯が鳴ってたよ」 「え? もしかして、マナーモードにし忘れてた?」 「まあ、フロアーの方までは聞こえてなかったみたいけど……でも、結構鳴ってたから電話じゃないかな?」 「ここはいいから確認しておいで」 「うん。ありがとう、お姉ちゃん」 パタパタと奥に向かう小春。 「………」 電話……誰だろう……? 「男じゃないからそんな心配しない。小春ちゃんは、そんな子じゃないよ」 「え!? もしかして……顔に出てた?」 「思いっ切りね」 「別に疑ってるわけじゃないけどさ……やっぱ気になるものは気になるというか……」 「そういう気持ちもわかるけどね。っと、帰ってきたね」 「誰だったんだ?」 「お母さんからだった。なんでも、お世話になってた人が亡くなったみたいで、お通夜とお葬式に行くんだって」 「……あれ? でも確か、今日は廉太郎も泊りがけで遊びに行ってるんじゃなかったか?」 「うん」 「それじゃあ今日は小春ちゃん1人? ちょっと心配……それに、食事はどうするの?」 「一応、お祖父ちゃんに話してあるから、大丈夫なんだけど……」 「……チラッ……」 「………?」 「今日は満室でな、部屋に余裕がない。だから小春は、将臣の部屋で寝てくれるか」 「………」 「………」 「なんだ? 問題があるか?」 「あ、いや。問題はないよ、勿論ない、全然ない」 「うむ。ではよろしく」 「………」 「………」 「………」 「な、なんか……予想外に、2人きりになっちゃったな」 「う……うん、そうだね」 急に2人きりになると……いまだにちょっと緊張する。 それに……今日はここで、2人で一緒に寝るんだ。 そのことを思うと……。 「なあ……小春」 「な、なに? お兄ちゃん?」 「その……今日はここに泊まって、2人きりで過ごすだろ?」 「そうだね……」 「予め確認しておきたいんだけど……俺は、その……ハッスル? 的なことを……しても、いいんだろうか?」 「はっ、ハッスルって……まさか、そんなこと、訊かれるとは思ってなかったよ」 「そうなのか? もしかして……先走り過ぎたか、俺?」 「というよりも……先走り過ぎたのは、わ、私……かも」 「それって、どういう意味だ?」 「だから、その……そんな質問で確認するまでもなく……ハッスル的なことをしちゃうと、思ってたから」 「………」 「ぅぅぅ~~……ッ! 全部お兄ちゃんのせいだよ?」 「お兄ちゃんが、その……私のことをエッチにしちゃったから……」 「……でも……嫌じゃないんだよな……?」 「それは……う、うん……」 「小春!」 感極まった俺は、ガバッと力強く小春のことを抱きしめる。 「そんな小春も大好きだ!」 「変な質問をして悪かった。その分も含めて、ちゃんと……お詫びするからな」 「お詫び?」 「うん。今日は頑張って、俺が小春を気持ちよくするからな」 「お、お兄ちゃん……」 「小春……」 「え、えへへ……よ、よろしくお願いします……」 「うん」 「ちょっ! ちょっと待って、お兄ちゃん!?」 「無理。もう待てないよ、小春」 「そんな……っ、んっ、んっ、あぁああぁッ……!? あん、あん、あぁぁーーーんッ!」 ピンク色のトロトロおま●こに唇をつけ、優しく粘液を舐めとっていく。 「んぁ! んぁぁぁああッッ! お、お兄ちゃん、こんな、こんな恥ずかしい事……んんんっ!」 「そんなに恥ずかしがらなくても。今までにも経験してることなんだから」 「でも、こんな恥ずかしい恰好まではしたことないもんっ」 「恥ずかしくなんてない。とっても可愛いよ、小春」 「そんなっ、んっ、んぁぁああっ! はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んんっ!」 口の中に広がる小春の味。ほんの少し甘酸っぱくて、舐めてても全然苦にならない。 むしろ……もっともっと舐めていたいぐらいだ。 「……小春……ココ、広げていい?」 「え? 広げ……あっ、ちょっと、お兄ちゃん……!?」 「中、トロッとしてる……それに綺麗なピンク色で、可愛いよ」 「わ、私、了承してないのに、勝手に広げてるし!」 「すまん、小春。でも……そんなに可愛いおま●こ見てたら、我慢なんてできなくて」 「あっ、お兄ちゃ――ああああーっ! あっ、あっ、あっ、あんっ、ぁぁぁああんっ!」 むにぃ……と広げたおま●こ。 俺は舌をねじ込むようにして、中の粘液を舐めとっていく。 「んじゅるっ、ちゅるっ、ちゅるっ……んじゅる、ちゅぅぅぅぅ……」 「やぁぁぁっ、中、中まで舐めちゃだめぇ……んっ、んんっっ! はぁ、はぁ、はぁ、んんーーーっ!」 「でも小春の顔、蕩けてきてる」 「それはっ、だって……んんっ! こんな、こんなことされたら……はぁ、はぁ、んっ、んっ、んんひぃぃぃぃぃんっ!?」 小春にもっと感じて欲しくて、俺は大きく舌を動かした。 その舌先が、とある部分に触れた時、今までにも見たことが無いような反応を示す小春。 「はひっ、はひっ、んっ、んんんーーーーっ! お、お兄ちゃん……んっ、んんーーーっ!」 「どうかしたか……ん、れろれろ」 「あ、あ、あーっ……やっ、そこっ、ダメ……んんっ!? そこは、すごく痺れるのっ……んぁああぁぁ……ッ!」 「そこって……もしかして、ここか?」 小春の身体が大きく跳ねた箇所を、確かめるように舌先でねぶってみる。 「んーーっ!? だめ、あっ、あっ、あっ……ダメっていってるのにっ…… あーっ! あーっ! そこっ、舐めちゃダメぇぇ!」 「あっ、あーーーっ! そこダメ、そこダメぇ! はっ、はひっ、はひっ、んっ、んんんーーーーーーーっ!」 ヤバい……今までよりも感じ方が大きい……。 悶える小春の姿が、本当に可愛くて……俺はその敏感なところを丹念に舐め続ける。 「あっ、あっ、はぁ、はぁ、はぁ……んんっ!? お、お兄ちゃん……ぅぅぅあああ……ッ!」 「ここ……そんなに気持ちいいんだ……れろれろれろれろれろ」 「んひぃぃぃぃぃぃぃ……!! んぁっ! あ、あ、あーーーーーっ! だめ、だめだめっ、そこ、そこ、あ、あ、あーーぁぁあっ」 ドロドロに湿り、今も粘液をじゅわっと溢れさせる小春の粘膜。そのちょっと上。 俺は包皮に隠された、小さな蕾を舌先でくすぐり続けた。 トロッと湿った先輩の粘膜の上、包皮に覆われた小さな肉の粒に舌をつける。 「お、おにいちゃっ、待って……ぅぅぅあああっ、まって、あ、あ、あ、しっ、痺れる……んんんーーっ」 「んっ、れろれろ……ちゅぅぅぅ」 「あああーーーーぁぁぁっ! すっちゃ……んんっ! そこっ、吸っちゃダメなのぉぉ……あああっ!」 今までに聞いたこともないような小春の声。 まるで喉まで痺れたみたいに、その声は震えていた。 でも、そんな小春も―― 「可愛いよ、小春……れろれろ、ちゅぅぅぅぅ……れろれろ」 「はぁぁあーーーーーーーぁぁ……あああ! はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、ああああああーーーーーッ!!」 「もっと、気持ちよくなっていいから。今日は俺が、小春を気持ちよくするって決めたから」 「ひぁぁっ! あっあっあっあぁぁあんっ、そんなのっ、勝手に決めないでよぉぉ……んぁぁぁっ!」 「いつもは小春がいっぱいしてくれるから、今日ぐらいは俺がな」 「ひっ、ひぃぃぃっ! ひぁっ、はっ、はひっ、はひっ……もうやめ……んっ、んんーーっ、吸うのやだぁ……んぅっ、んんんーーっ!」 「ぷぁっ、はぁ、はぁ……もしかして痛いか?」 敏感な場所だから、歯を立てたりしない。 舌と唇を使って、柔らかいところだけで愛撫をしているはずだけど……。 「違うの、痛くは……ないよ。でも、でもね……はぁ、はぁ……んんっ、気持ちよすぎて、頭が変になりそう……かも」 「いいよ、変になってくれて」 「いや、今日は俺の愛撫で変にさせて見せるから……れろ、れろ……れるる」 「そんなっ、んああぁぁぁっ! あ、あ……だめ……ぇぇ……とけちゃう、わたしっ、とろけちゃう……んんッ」 「溶けていいってば。小春だって……こうなること、期待してたんだろう?」 「それは……んっ、う、うん……そうだけど、そうなんだけど……んぁぁっ!? んっ、ひぅぅぅぅうううーーーッッ!」 「俺、小春の期待に応えられるように、頑張るから」 「ひぃぃん! んぁ、んぁっ! あっ、あーーーっ、お、お兄ちゃん……ぺろぺろしてる……んんっ!」 「小春のためなら、ずっと舐めていられるよ」 「そんな、ずっとなんて……あ、ああっ、そんなことされたら、私死んじゃうよぉ……」 「それぐらい愛しいんだ、小春のココが、ちゅっ、ちゅぅ、ちゅぱちゅぱ」 「んぃっ! んぃぃっ! あっ、あっ、す、吸って……ちゅぱちゅぱ、吸われて……んんん……ッ」 「んぁああぁーーぁぁ……んんっ、んぁぁーーーぁぁぁ……はぁ、はぁ、はぁぁぁーーーーぁぁぁああぁぁ……ッ」 だらしないぐらい、蕩けきった声を上げる小春。 俺の目の前で、その小さなか身体がガクガクと、軽く痙攣を始めていた。 そして……小春のピンク色の性器は、まるで熟れた果実のように真っ赤になっている。 「小春も、気持ちいいのが、好きだろ?」 「そっ、それは……んんっ……んぁ、はぁーっ、はぁーっ……んんんっ、ぁぁぁあああぁ……んんんッ」 質問には答えず、喘ぎ声だけを漏らしながら快感に震える小春。 俺はそのまま小春のクリトリスを舐め続け―― 「んひっ、ひぃぃんっ! んぁっ、んぁっ、あっあっあっあっ、おにいちゃっ、んんんっ!」 「れろれろ……んっ……」 小春の震えがさらに大きくなりそうになったところで、俺は小春の性器から口を離した。 「んぁ……はぁ、はぁ、はぁ……ふぇれ? お、お兄ちゃん?」 「俺は、小春が望んでくれてると思ってたから舐めてたんだけど……もしかして、嫌なのかな? 気持ちよくなりたくはないのかな?」 「それは……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「れろれろ、んっ、ちゅぅぅぅ」 「ひぃぃぃっ! お、おにいちゃ――んんんんんーーーっ」 「ぷぁ……」 「は、はぁ、はぁ……お兄ちゃん?」 再び、小春の震えが大きくなる直前に、唇を放す。 「小春が本気で嫌がってるなら、無理はさせたくないから。だから、小春の気持ちを聞かせて欲しいんだ」 「れろれろ」 「あっあっあっ、それって……んっ、ンんーーーッ! お、お兄ちゃん、わかってるくせに……んっ、んっ、んんーーーぁぁぁああ!」 「俺は鈍感だから、ちゃんと言ってくれないとわからないんだ」 「はぁ、はぁ、はぁ……んぅ……んっ、んっんっ」 小春は切なそうに腰を動かす。 それは、おねだりしているようにも見えて、胸の中の興奮が溢れんばかりに暴れ出す。 だがそれでも、自分をグッと抑えて、軽い動きだけで小春の性器をくすぐり、反応が大きくなると口を離して様子を見た。 「ひっ……んんっ! あっ、はぁ、はぁ、んっ、んんーーーーっ! んぁっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 繰り返される、微妙な快感。 俺が口を放す度に、小春は焦れながら寂しそうな表情を浮かべている。 「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……お、お兄ちゃん……もう、やだぁ……わたし……わたしは……んんっ」 「………」 「き、気持ちよく、なりたいの……お兄ちゃんに舐められて、もっと気持ちよくなりたい」 「だから、だからね、おま●こ、もっと舐めて……私のおま●こ、ぺろぺろして……んんっ、ああああ……はぁ、はぁ……」 「い、言っちゃった……私、こんなエッチなおねだりしちゃった……あぁぁぁ」 「エッチなおねだりする小春も、とっても可愛いよ、んっ、れろっ、れろんっ」 「んっ、んぁぁぁあああーーー……! そこ、そこそこっ、ぁぁぁああっ! そこそこそこ……あ、あ、あ、あーーーっ」 「気持ちいいか、小春?」 「気持ちいい……お兄ちゃんにね、おま●こぺろぺろされると、気持ちいい……あー……あー……」 「もっと、するからな。どんどん気持ちよくなっていいから」 「うん、お願い……あっ、あああっ! もっと、ぺろぺろして、私のおま●こ舐めて……はぁ、はぁ、はぁ、んんんんーーーーッッ!」 敏感な突起を舌先でつっつき、時にはくるくると転がしていく。 今まで焦らしていた分を取り返す様に、ねっとりと小春のクリトリスを責める。 「あ、あ、あ、あーーーぁぁあぁ……それ、しゅごっ……んっ、んーーーっ! からだっ、からだっしびれっ、んんっ!」 溜め込んでいたのは小春も同じなのか、その声のトーンが一気に上がった。 「あ、あーーっ! しびれっ、んんっ! しんじゃうっ、しびれしゅぎて、しんしゃぅ……あっあっあっあーーぁぁああぁぁ……ッ!」 「小春、今度は止めたりしないから。そのまま……いいよ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ」 「ひっ……ぃぃぃぃッ! んっ、んぁぁあああーっ! 吸うの、しゅごっ……ぃぃぃぃぃ……んんっ!!」 「ちゅぅぅ……んんっ、れろれろれろ、れろぉぉぉ」 大きく震える小春の反応を見ながら、俺は今度は逆に、クリトリスを舌先で押し込んだ。 その瞬間―― 「くひぃぃぃ……んんぁあぁ! あぁあああああぁあぁああぁぁーーーーーぁぁ!!!」 まるでクリトリスでスイッチを入れられたみたいに、小春の全身が痙攣を起こす。 そして小春の両足がピンッ! と突っ張った。 伸びた足が、ビクビクッと震える様子が……さらにいやらしい姿に、俺には見えた。 「んぃぃっ! ひぃぃっ! んっ、んっんっんぁぁぁああああぁあぁ……ッッ!」 「はひっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ……はひぃん……んっ、んんんっ……んっ、んんんっ!?」 震える小春の身体を押さえ込むようにしながら、俺はさらに舌先でクリトリスをなぞる。 「ひぃぃぇぇぁぁああっ、ああーぁぁぁ……いまっ、だめっ……気持ちいぃぃ、気持ちいいの、だめぇ……あ、あ、あーーっ」 そして今度は、おま●こを左右から引っ張り、中の粘膜を舌先でこじ開けて行く。 「ぃぃぃっ! 今は、本当に……ぁっぁっあっあっあっあっ、だめだめだめだめっ、んっ、んぁぁぁぁあああぁぁぁ……ッ!」 「んんんぅぅぅぅぅぁあああああああーーーーーーーーーーッッ!」 「あああっ……ぅぅ……くぁっ、はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……んんっ、ぷぁ、はぁぁぁぁ……」 「んっ、ちゅる、ちゅぅぅぅ」 「お兄ちゃんっ、もう、さすがにぃ……んっ、んんんーーーっ!」 「あっ、あっ、あっ、だめぇ……もう、気持ちいいの許してぇ……おかしくなるっ、気持ちいいの、おかしくなる……あっあっあっ」 粘膜から直接、その蜜を吸い上げる俺。 そして指の腹で優しくクリトリスにも触れて―― 「やだぁ、もうやだぁ、やめてぇ……あ、あーーーっ、あーーーーーっ! きもちっ……ぃぃ……ッ!」 「気持ちいいの、好きって……」 「こっ、これは、きもちよすぎてっ……んんっ! ずるいっ、こんなのずるいっ、あっ、あっ、ああああーーっ!」 「小春が感じてる顔……本当に大好きだから。もっと見せて。イくところを、もっと見せて」 「んぃぃぃ!? んぁっ、あっあっあっあっ……だめ……だめぇ……あっ! あああぁぁああぁぁぁ……んっ!」 「イくぅ……わたっ、し、またイく……あっあっあっイくイくイくっ、イっちゃうっ、イっちゃうーーぅぅぅんんッッ!」 「んんぁぁああぁああぁぁぁぁーーーーーーーッ!」 「んんーーーっ……ぷぁっ、はぁ、はひっ、はっ、はぁ、はぁ……もうむり、むりだよぉ……あぁぁぁ……」 小春はその表情だけでなく、声までだらしなくなっていた。 「もう、イった、イったから……たくさん、イっちゃったの……はぁーーっ、はぁーーっ、イった、イったよ……はぁぁーー……っっ」 ぐったりした様子で、うわごとのようにイったということを繰り返す小春。 いくらおねだりされてたとはいえ……ちょっと、調子に乗ってやり過ぎたんだろうか? まさか本当に溶けてしまったわけではないだろうけど……。 「頭の中、キーンってしてる……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……んっ」 「気持ちよくなったかな?」 「もうメロメロだよぉ……メロメロ過ぎ、気持ちよくし過ぎだよぉ……ここまでは、頼んでないのに……はぁ、はぁ……んっ」 「こんなことするお兄ちゃんには……もう任せておけない。今度は何されるか、わからないんだから」 「それじゃあ……」 「今度は……私の番だから」 「はぁ、はぁ……今度はお返しに、私がお兄ちゃんのこと……メロメロにしちゃうから」 俺に跨った小春は、蕩けた表情のままでそんなことを言う。 「………」 いつもの小春とは少し違う、その表情に見下ろされた俺の心臓がドクンと高鳴った。 「ふふっ、それじゃあ……早速挿れちゃうからね」 腰を上げ、反り立ったペニスに狙いを定める。 「あっ……んっ、もう硬い……」 「そりゃ、あんな小春の姿を見せられたらな」 「小春だって……もうぐっしょりじゃないか……」 こうしてあてがってるだけで、俺のペニスをトロトロの粘液が伝い落ちて行くのがわかる。 「それは、だって……んんっ……お兄ちゃんが、あんなに気持ちよくさせるからだもん」 「だから今度はお返しをするから……どうして欲しいか、ちゃんと言わないとダメだよ?」 「それは……気持ちよくして欲しい……小春の中で、気持ちよくなりたい」 「よく言えました、えへへ……それじゃあ……んっ、んんっ」 狙いを定めたペニスに向かって、小春はゆっくりと腰を下ろしていく。 グジュグジュに蕩けたおま●こは、苦も無く俺のペニスを呑み込んでいき―― 「んんんんーーーーーーーーーーーッッ!」 一気に根元まで呑み込む小春。 俺の腰の上に座り込んだ小春が、ビクンビクンと身体を震わせる。 しかもペニスを咥えこんだ粘膜が、身体の痙攣に合わせるように、うねうねと収縮を繰り返す。 「んんんーっ、んぁっ! はっ、はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……」 「………」 「小春……もしかして、挿れただけでイった?」 「そ、そんなことないもんっ! さ、散々アレだけイったんだから……い、今さら、これぐらいでイったりしないもん」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 その割には……妙に息も荒くなっている。 「ど、どう? お兄ちゃんの希望通り……わ、私のおま●こ、だよ……気持ちいい?」 「ああ、それはもう……文句なく気持ちいい」 「はぁ、はぁぁ……あのね、お兄ちゃんが入ってるの、わかる。私の中、ずぶずぶーって……」 「そうやって広げられると気持ちよくて……はぁ、はぁぁ……メロメロ……お兄ちゃんのおち●ちんに、メロメロだよ、えへへ」 「俺だって、小春にメロメロになってる」 「そ、そっか……よかった。えへへ……じゃ、じゃあ私がリードして、もっとしてあげるね」 そう言いながら、小春はゆっくりと腰を上げ始めた。 「んっ、んんっ……んっぁぁっ、あああぁぁ……」 息を漏らしながら、ペニスをある程度まで抜き、そのまま再び腰を下ろす。 やはり息を漏らしながらだが……その息は、抜く時よりも若干楽そうだ。 と思っていた瞬間―― 「んんんーーー……んっ、んぁあぁぁぁっ!?」 「こ、小春? 大丈夫か?」 「ひぁっ、はぁーっ……はぁーっ……んっ、へ、平気……今、奥の方が擦れて、ビックリしちゃって……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 「はぁ、はぁ、はぁ……んっ、すごぃ……やっぱりお兄ちゃんのおち●ちん、すごいよ……」 「小春……俺、もっと気持ちよくなりたい……」 「うっ、うんっ……そうだね。私、頑張るね……んっ、んっ……ぅぁぁぁっ、はぁ、はぁ、はぁ、んんっ!」 ペニスを擦るように腰を上げ、もう一度おま●この中に沈める小春。 「はっ、はぁぁぁ……んっ」 小春の中は本当に熱くて、気持ちよくて……小春が動くごとに、思わず俺は声を漏らしてしまう。 だが、それは……小春も同じだった。 「あっ……はぁぁああぁぁああぁっ! んっ、んんーーっ……はぁーっ、はぁーっ、んっ、んんんっ!」 というか俺よりも、むしろ小春の方が激しい声を漏らしている。 「はぁ、はぁ、んっ! んんーーー! お兄ちゃんのおち●ちん、すごい……あっあっ、すごいよぉ……んんっ」 俺のペニスを使って自分の身体を刺し貫く小春。 悩ましげな悲鳴を上げながら、いやらしく腰を上下に振り続ける。 「はひっ! はっ、はっ、はっ、んんんーーーっ! んぁ、はぁ、はぁ……あっ、ヨダレ出ちゃう……んじゅるっ」 「………」 「はっ、はっ、はぁぁぁーーっ……んんっ……んぁ、んぁ……はぁ、はぁ、はぁ……んんっ!」 ヨダレをすする小春の目は、どんどんまどろんでいく。 それでも、腰の動きを止めることはない。 「はぁ、はぁはぁはぁ……あーーっ、んんっ! はっ、はひぅ、はひぅ……んぅぅぅあっ」 「やっぱり小春、イきそうだろ?」 「だからぁ、そんなことないってばぁ……はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んーーーっ!?」 そんなまどろんだ瞳で言われても、全然説得力がない。 「小春……俺も、動いていいか?」 「え? だ、ダメだよ……今は私が動くんだから……はぁ、はぁ……」 「なに? 物足りないの? もう……しょうがないなぁ、お兄ちゃんは……じゃ、じゃあ、ちょっと速くするからね」 「んんっんっんっ、んんんーーーーーっ! んぁ、んぁ、はぁはぁはぁ……んんっ、あああーーーーっ!」 宣言通り、腰の速度を上げる小春。 だがそれに伴って、小春の反応もさらに大きくなっていく。 「あっ、んっ! はぁ、はぁ、これ、ダメかも……あっあっあっ、お、おま●こ、しびれちゃう……」 「で、でも……今度は私がしなくちゃ……はぁ、はぁ、はぁ、んんんっ! んっ、あっあっあっ、ああぁぁっ!」 「小春の中……吸い付いてきて、気持ちいい……んんっ」 「私も……はぁ、はぁ……私も気持ちいい……カチカチが擦れて、奥の方をグーっって……あ、あ、あ、あーーーっ!」 「ま、またっ、当たっちゃう……んっ、んぁぁああっ! あ、あ、きもちいいところ、擦れて……んっ、んんっ! んああーー……ッッ!」 軽く震えながら、小春がペタンと俺の上に座り込んでしまった。 「ひぃぃぅぅっ!? んぁっ!」 「小春、大丈夫か?」 「はひっ、はっ、はぁーっ……はぁーっ……へ、平気、平気、えへへ……」 「………」 「なあ、小春――」 「い、イってないよ! 全然、イったりしてないからね、はぁ、はぁ……んんっ」 「ちゃ、ちゃんと続けるからね……んっ、んっ、んんっ」 必死に否定しながら、時間を空けることなく、小春が腰の動きを再開される。 「あっ! あ、あ、あ、あ……んぁぁあぁ……はぁ、はぁ……や、やっぱり、休憩なしは……んんっ!」 「………」 「あ、あ、あ、ああああっ……さっきより、感じるっ……んっ、んんーーーっ!」 「んんぃぃぃぃいいぃぃぃッッ! あっあっあっ、なんで、なんでぇぇ……お兄ちゃんのおち●ちん、どんどん大きくなってない?」 「俺じゃなくて、小春の中が狭くなってるんじゃないか?」 「そ、そうなのかな? はぁ、はぁ……んっ! でも確かに、さっきよりも強く擦れてる……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……」 「奥にも、届きやすくなってるような……んっ、んんっ! んんあ! あぁぁッ……あっ、はぁっ、はぁっ、あぁぁ……ッッ!」 俺は最初から、これ以上ないほど勃起している。 となると、もしかしてこれって……小春の子宮が下りてきてる、ってやつなんじゃ……? 「はひっ、はっ、はぁー……はぁー……あ、あ、あ、あああぁぁあーーっ!」 「おち●ちん、ヌポヌポして……奥を擦られると……私、本当に……あ、あ、あっ、あっ、んぁあ! んぁぁああぁーーっ!」 一心不乱に腰を振る小春。 まるで……俺のち●ぽの虜になったみたいだ。 「はぁ、はぁ、んぁぁぁ……っ、はぁぁ、頭がおかしくなっちゃう……ん、んぁぁあっ」 「お兄ちゃんのばかぁ~……お兄ちゃんのおち●ちん、どうしてこんなに気持ちいいのぉ……」 「小春が感じやすくなりすぎてるだけだと思うけど」 「んっ! んぁ、んぁぁぁぁ……うん、私ね、なんだか感じやすくなってるみたい……んんんっ」 「小春はエッチだな」 「私をエッチにしたのはお兄ちゃんだもん……あ、あ、あっ、だから、こんなに感じるようになって……はぁ、はぁ」 「だって俺は、エッチな小春も好きだから」 「はぁ、はぁ、はぁ、んんっ! わ、私もね……エッチな自分、嫌いじゃない……かも」 「だって気持ちいいんだもん。お兄ちゃんのことを感じて……幸せで……気持よくて……はぁ、はぁ、ひぃぅっ!? んんっ!」 「あっあっあっ、また、また私……んっ、んーっ、んぁぁあーーっ! あああぁぁぁぁーーーっ!」 「んぁ、はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……」 また絶頂を迎えたのだろう。 小春はペタンと俺の上に座って、まるで全身で息をするように大きく身体を上下させていた。 本人は否定したけど、おそらく何度も絶頂を迎えているんだろう。 その瞳は完全にまどろみ、表情はぐちゃぐちゃに崩れ、口はだらしなく開かれヨダレをこぼしている。 そのくせペニスを咥えこむ粘膜は、キュウキュウと激しく締め上げてきて……まるで、小春の全身が俺を求めているようだ。 「………」 そんな風に思ってしまうと……俺はもう、自分を抑えることができなかった。 「やっぱりダメだ。俺は、小春のことが欲しい……小春のこと、もっと感じたいから」 「はぁーっ……はぁーっ……え?」 「小春……ッ!」 俺は、小春の腰を掴み、強く突き上げていく。 「あああーーーーーぁぁぁああぁっ! お、お兄ちゃんっ、ダメ、今度は私、なのにっ」 「小春が可愛いからっ、可愛すぎるから」 「ひぃぃっ……んっ……んひっ、ひっ、ひぁっ、あっあっあっあっ………………んんんんぐーーーーーーッッ!」 「小春の、イってるところ、好きだよ」 「はぁ、はぁ、はぁ、ちがうの、イってないの……今は、お兄ちゃんを気持ちよく、するんだから、イってないの」 「そっか、イってないならもう少し続けるな」 「ふぇぁ!? あっあっあっあああーーーーーっ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛だめぇぇ……ふかいぃのだめぇぇ……」 「そんなに、擦られたら……あ、あ、あ、あ、あ、んっ、んんんんっ」 「イきそうか?」 「イ……イかないっ、絶対にイかないもんっ……あ、あ、あ、んぐっ、んっ、んんーーーーーー……っっ!」 「じゃあ、続けていいんだな?」 「ああん! あっ、あっ、あっ、しびっ、れるぅ……おま●こ、奥、だめぇ、だめだめだめだめっ、んんんーーーーっ!!」 「んぐぅ……ぷぁっ! はっ、はぁ……はぁ、まだ、まだイッてないもん……イッてないからね……あぁぁ……んんっ」 「小春は頑固だな」 気付けば俺も意地になっていた。 小春を苛めるように、ぎゅぅぅ! と締め上げる小春の粘膜を、俺はひたすら擦り続ける。 「んんッ、んぁあぁああぁぁーーーー……ッ!」 「イったって認めないのか?」 「んぐっ、んんっ……お兄ちゃんの方こそ、イかないの……? んっ、んーーーっ!」 反撃とばかりに、小春は俺のペニスを折ってしまいそうなぐらい、締め付けてきた。 「くぅぅ……っ、これは……っ」 本当なら、痛みを覚えるぐらいなのかもしれないが……小春のドロドロに濡れた粘膜は、摩擦の快感を与えるだけだ。 「あっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、お兄ちゃんの顔……可愛い……んっ、んんんーーーっ!」 「ぅぅぁっ、こ、小春だって……んっ!」 腰をお尻をぶつけ合う刺激に、ついにペニスが悲鳴を上げる。 「くぅぅ……」 もう……意識が、飛んでしまいそうだ……ッ。 「小春っ……んっ!」 「ひぁぁっ!? お、お兄ちゃん……んんっ」 「くぅぅぅ……」 2人して快楽を必死に我慢して、苦悶の表情を浮かべながら、絡まり合うようにそのまま落ちて行く。 「んんっ!? んぁっ、んぁーっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あーーーーっ!」 「こっ、小春……俺、もうイく……っ」 「うんっ、きて……あっあっあっあっ! きてぇ、お兄ちゃん」 「だから小春も、一緒に……くぅぅっ!」 「う、うん……あっ、あーっ! ああぁぁああぁーーーーーーッ! はやく、はやくぅぅ……んんあぁぁあああーーッ」 「ひゃぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ………………んんんッ!!」 ――ドクンッ! ドクドクッ! 「んひぃっ! はっ、はぁぁぁ……っ! んっ、んっ……はぁ、はぁ、はぁぁぁぁぁーーー……」 ──ドクッ! ドクッ! ドクッ! 何度も何度も、繰り返し小春の中を真っ白に染める俺の精液。 「ひぁ……んぁぁはぁぁぁぁぁぁあぁぁ……んんっ」 「小春っ……もうっダメだ!」 「ひぁぁんっ!?」 咄嗟に掴んでいた腰を持ち上げるようにして、小春の中からペニスを引き抜く。 トロトロの愛液まみれのペニスが外に出た瞬間、俺の我慢は決壊した! 「んぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁーーーーー………………ぁぁぁッッ!」 腰を大きく動かしたからだろうか? 俺のペニスが抜けると同時に、小春も絶頂を迎えたらしい。 「はぁぁぁぁんっ! んぁ! あっ、あっ、んっ、んんんーーーーーぁぁぁ!」 ――ビュル! ビュルルル! 震える小春の身体に、俺の精液がバシャバシャと飛び散っていく。 「はひっ、はっ、はっ……んんんっ……はっ、はぁ、はぁぁあぁあ……ッ」 それを避けることもなく、むしろ受けいれるみたいに、小春は自らの身体でドロドロの奔流を受け止め続ける。 そして、繰り返される射精の間、小春もビクンビクン! と何度も何度も身体を痙攣させていた。 「はっ、はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「いっぱいでたぁ……はぁ、はぁ……お兄ちゃんをイかせることが、できたんだね……あっ、はぁぁぁ」 「小春も……イってたよな?」 「い……イってないもん。お、お兄ちゃんみたいに、びゅびゅーって出してないでしょう?」 でも絶対にイったと思うぐらい、中の粘膜はペニスを締め付けてきている。 それを指摘しても……認めないだろうな。 「じゃあ……この後も勝負するか?」 「望むところだよ、お兄ちゃん」 そうして俺たちは、その夜は互いの勝敗をかけて、一晩中勝負に挑むのだった。 「んっ……んん」 「ふぁっ、ああぁぁ~~……もう朝か……」 部屋の中は大分明るくなってきている。 時間はそれほど変わらないから、それだけ夏が近づいているという事だろう。 「起きないと……」 「おはよう、ご主人」 「おはよう、ムラサメちゃん」 「まだ眠そうじゃのう」 「寝たのはいつも通りなんだけどな」 「昨日は慣れないことしたから、自分でも気付かないうちに疲れてたのかも。ふぁっ、ああああ~~……」 「そう言えば、茉子の代わりに色々しておったな」 「いつもお世話になってばっかりだから、たまにはな」 しかし慣れないと家事も大変だな。 一晩経ってから気付いたけど、中腰になることが多かったせいか、少し腰が痛い。 「とりあえず、これからも手伝えることは手伝って、まず家事をちゃんと覚えていかないと」 けどその前に、まずは朝のトレーニングだ。 服を着替えてリビングに向かったのだが……変だな。 「茉子の姿がないな」 「まだお風呂場の掃除をしてるのかな?」 「ごしゅじーん、こっちにもおらんから入っても大丈夫じゃぞ~」 ムラサメちゃんに様子を見てもらってから、風呂場に足を踏み入れる。 「この様子じゃと掃除もまだのようだな。今日は来ておらんのではないか?」 「それは珍しい……。俺が来てからは初めてだろ?」 「それどころか、遅刻自体が初めてだ」 「常陸さんってそういう部分はしっかりしてそうだもんな」 「常陸家の者は代々生真面目に朝武家に仕えておる者ばかりじゃよ」 「………」 「常陸家って、呪いを残した長男の子孫なんだってな」 「本人から聞いたのか?」 「一応確認しておきたいんだが……血筋のことで常陸家が理不尽な目に遭ってることは……本当にないのか?」 「その心配は無用だぞ。知っておるのは当事者の常陸家、朝武家を除いても片手で数えられる程度」 「芳乃が茉子に嫌がらせをしておると思うか?」 「じゃあ、ほとんどの人はそのことを知らないのか」 「大抵の者は、あの例の言い伝えの事実も知らんしな」 「とはいえ、正直に言えば……色々と苦労しておる時期もあった」 「だが昔のことだ。朝武家に対する献身の甲斐あって、その話は禁句になり、町の記憶からも薄れていった」 「そうか……」 「常陸さんにもムラサメちゃんが見えているのも、子孫なのが理由なのか?」 「おそらくな。茉子だけでなく、代々常陸家の者には吾輩の姿が見えておった」 「もうよそう、ご主人。全ては終わった話だ」 「ああ、わかった。変なこと聞いてすまなかった」 この話題は、常陸さんにとって面白いものではないだろう。 それに、もう昔に解決しているのなら、調べても詮無きことだ。 「………」 リビングに戻っても、そこに常陸さんの姿はなかった。 「本当、どうしたんだろう?」 「ぐっすり眠っておるのではないか?」 「家事をせぬ日などなかったからな。身体が今までの疲れを取ろうとしておるのかもしれん」 「それならいいんだけど」 ちょっと気になる。 とはいえ、時間が時間だ。さすがにこんな早朝から電話するのも迷惑だろう。 それに、寝てるなら、そのままにしてあげたい。 「とりあえず、トレーニングに行くか」 もし戻ってきても姿が見えなかったら、その時は携帯か家に連絡を入れてみよう。 「よしっ、今日はこれまで」 「ありがとうございました」 「あー……腹減った。早く戻ろう」 「食事はよく噛むようにな」 「そこまで子どもじゃないってば」 と、笑いながら家に戻ろうとしたときだった。 「むっ……将臣っ!」 「……え?」 突如として、藪から何かが飛び出してきた! 黒い影がそのまま真っ直ぐ俺に襲い掛かってくる! 思わず身構えるが、もう間に合わず―― 「わん! わんっ、わわん、わんわん!」 「……こ、子犬?」 飛びかかってきたのは、想像していたよりもずっと可愛い生き物だった。 俺は反射的に、その子犬を抱きかかえる。 山の中を走り回っていたのだろう。黒い影だと見間違えたぐらいドロドロに汚れている。 「あーあ……俺の服までドロドロに……」 「犬とは珍しい」 「そういや、あんまり見ないね。ペットとして飼ってる人も」 「飼うことが禁じられているわけではないがな」 「逃げたり捨てたりで野犬化すると、観光地としては色々と困る。それに祟り神の問題もあった」 「祟り神に加えて、野犬にでも襲われたりしてみろ。たまったものではないぞ」 そりゃそうだ。 あんな化け物を相手にしながら、同時に野犬も相手にするなんて……絶対に死ぬ。 「しかし……」 「わるっふ! わんっ! わーーーーーんっ!」 「随分となついておるのう。少なくとも野犬ではなさそうだ」 「ああ、もう! ちょっと落ち着けって」 バタバタと暴れ、吠えまくる子犬。 だがそれは、俺の手から逃げたがっている様には見えない。 むしろ俺の胸にしがみつくように、前脚で軽くひっかいて来る。 「だからそんなことされたら服が――って、もう手遅れか……」 すでに俺のTシャツは泥と土で黒く汚れてしまっている。 「まいったな……祖父ちゃん、どうすればいいかな?」 「さすがに放っておくわけにもいかんだろう」 「町の者にしろ観光客にしろ、飼い主に返した方がいいに決まっている」 「警察につれて行けばいい?」 「いや、ペットも泊まれる宿を中心に、ワシが訊いてみよう。おそらくその方が早い」 「じゃあ見つかるまでの間は?」 「どれ……ワシの方で預かるとするか」 「わん! わんっ! わんわん! わっふぅ!」 祖父ちゃんが手を伸ばすと、子犬は拒絶するように暴れまわった。 「ほう、随分とご主人になついておるのう」 「ワシにはなつきそうにないな」 「……加齢臭、というやつか……? 寂しいものだ……」 「この暴れっぷり。どうやらご主人が預かるのが、一番よさそうじゃな」 「けど、連れて帰っても大丈夫かな?」 「安晴と芳乃であれば、まあ大丈夫であろう」 「少なくとも、動物嫌いという話は聞いたことがない」 「ひとまず俺が連れて帰るよ。安晴さんと朝武さんには俺から説明しておく」 「ムラサメちゃんも、多分大丈夫だろうって言ってくれてるから」 「わかった。もし問題があればすぐにワシのところに預けにこい」 「なに、狭い町だ、すぐに見つかる」 「そっちはよろしく」 「仕方ないとはいえ……困ったなぁ。まさか犬を拾うことになるとは……」 まず戻って安晴さんと朝武さんに許可をもらわないと。 「……わふ……」 「(ああ……有地さんにもムラサメ様にも気付いてもらえない)」 「(やっぱりダメですかぁ……まさか犬になったなんて、想像できませんよね)」 「(ワタシ自身、未だに信じられていませんし……悪い夢であって欲しい)」 「(これ、獣の呪いなんでしょうか? ワタシ、ちゃんと元に戻れるのかな……?)」 「おはよう、将臣君」 「おはようございます」 「おや、その犬は……どうしたんだい?」 「山の方で拾いました。理由はさっぱりわからないんですが、なつかれたみたいで」 「首輪をしていないから野良犬……にしては、人に慣れてるね」 「祖父ちゃんに今飼い主を捜してもらっていますから、ここで面倒をみてもいいですか?」 「いいんじゃないかな? 芳乃も犬が苦手という事もないだろうしね」 「ありがとうございます」 「おはようございます」 「朝武さん、おはよう」 「??? どうしたんですか、その子犬」 「トレーニングに行った時に拾ったんだ」 「(芳乃様! 無事でよかった……ああ、でも今度はワタシが無事ではないんです!)」 「(ワタシです、気付いて下さい! 芳乃様!)」 「ふふ、とっても元気で可愛らしいですね」 「(やっぱりダメですよねぇ……)」 「あっ……元気がなくなってしまいました」 「拾ったときは、かなり元気だったのだがな」 「疲れたんでしょうか……?」 「吾輩にはションボリしておるようにも見えるがのう」 「(わかってくれますか、ムラサメ様ッ!? もしかして、強く願えば、ムラサメ様にはワタシの思いが届くかも!)」 「(きこえますか……ムラサメ様……常陸茉子です……今……ムラサメ様に直接呼びかけています……)」 「(気付いて下さい、常陸茉子です……常陸茉子なんです……)」 「……なんかさっきから、ムラサメちゃんのことをジッと見てるな」 「もしかして、ムラサメ様のことが見えるんでしょうか?」 「動物はその手の気配に鋭いとも聞く。見えておっても不思議ではないかもしれぬ」 「しかし、こやつもしや……ジー……」 「(届きましたか、ムラサメ様!?)」 「腹を空かせておるのではないか?」 「(そうですよね……はい、無理だってわかってましたよ……)」 「子犬って……何を食べるんだろ?」 「やっぱり犬専用の物をあげた方がいいんじゃないかな? もしかしたら、アレルギーとか持ってるかもしれないしね」 そういう犬には魚ベースのドッグフードがいいって、テレビで言ってた気がする。 しかし、この町で手に入るんだろうか? 「とにかく、まずは身体を洗った方がいいかな」 「そうですね。少し、臭うかも……」 「このままで食事をするのは、俺としてもはばかるよ」 「そういえば、茉子はどうしたんですか?」 「え? 僕は見ていないけど……」 「まだ来ておらんのか?」 「もしかして朝からずっと、来てないんですか?」 「………」 「(ココにいます、いるんですよぉ)」 「芳乃か将臣君に、何か連絡は?」 「私のところには、特に何も」 「俺のところにも連絡なんてありませんでしたよ」 「まあ、休むなら休むでいいんだけど……こんなことは、初めてだよね」 「しかも何の連絡もないというのが、気になります」 「一度、連絡を入れてみた方がいいかもしれないね。あと朝食の準備もしないと」 「でも今からご飯を炊いていては、遅くなりますね」 「俺も、こんなに汚れたままで準備するわけにもいかないから……」 「なら僕が買いに行ってこよう。その子犬の食事も用意しないといけないかもしれないからね」 「すみません。よろしくお願いします」 「たまにはそういうのもいいものだ」 「それじゃあ芳乃、連絡の方は任せたよ」 「わかった」 「それじゃあ俺は、その間に風呂に入るよ」 「ほら、お前もこっちに来い。綺麗に汚れを落としてやるから」 「(え!? お、お風呂って……それは確かに、今は犬の身体ですから問題はないような、いやでも裸には違いないような)」 「ああこら、逃げるな! そんなドロドロのままで走り回るなー!」 「ふむ……湯浴みが嫌いなのかのう?」 「動物って、本当に雰囲気でこちらの意図を察するんですね」 「やはり野犬ではなさそうじゃな」 「とりあえず私は茉子に連絡を入れないと」 「ふぅー。やっと捕まえた」 「(まっ、待って下さいっ! 落ち着きましょう、一旦落ち着いて、冷静になりましょう!)」 「あー。うるさいうるさい、暴れるな。すぐにすむからジッとしてろ」 逃げ出そうとするワタシを器用に押さえながら、服を脱いでいく有地さん。 あっ、ひゃ……お、男の人の裸……裸が……。 「最後にパンツを脱いで」 「(わにゃーーーーーーーーッッ!?!?)」 「(な、なんで……こんなことに……)」 「お? なんか急に大人しくなったな」 おかしい。有地さんの裸は以前にも見たことがあるのに。 怪我をしたとき、着替えさせたのはワタシで、その時にも見たのに……。 どうしてこんなに、ドキドキするんでしょうか……。 「大丈夫大丈夫。別に取って食いやしないから」 有地さんはワタシ……というか、子犬を安心させようと、にこやかな笑顔を浮かべる。 ――裸のまま。ぶらぶらさせたままで。 「(ああ……まるで覗いてるような、いけないことをしている気分です)」 「確か、眉間とか耳の後ろの辺りを撫でると喜ぶんだよな」 「よーしよしよし」 「(あっ、やぁ……んっ、んん……これ、気持ちいい……ああ、身体が逆らえない……)」 「あ、ついてない。お前メスだったのかー」 「(な!? どこを見てるんですかぁぁ!?)」 「道理で可愛いと思った。美人さんだな、お前は」 「(ま、また可愛いって……ううん、違う。ワタシじゃなくて犬のことですよね)」 「よーしよしよし。いい子だいい子」 「(また……あっ、指……気持ちいい……あっ、あぁぁ……ワタシ、本当に犬になってるみたい)」 「わふぅ……わふぅ……はっ、んんっ」 「本当に、ここら辺を撫でると気持ちいいんだな」 「あとは……どこだっけ? ああ、そうそう、お尻だ。尻尾の付け根辺りがいいって聞いたことがある」 「(さっ、さすがにお尻はいけませんよ!?)」 「おお!? また怒られた……結構気難しいな、お前」 「まあいいや。とにかく洗ってしまおう」 「すぐに終わるからジッとしてろよ~」 「(あっ、今度は身体全体に……あっ、やっ、んんっ……その指使い、ちょっぴり、やらしい)」 「いい子だなぁ。よしよし、そのままもうちょっとだけ我慢してくれよ」 「にしても……常陸さんはどうしたんだろ? 単なる寝坊なら、それでいいんだけど」 「(……はぁ……ワタシなら、本当にここにいるんですが……)」 「そういえば、目標はもう決まったのかな……?」 「あの時は、恋をしたいって言ってたけど……本当に恋をするのかな?」 「常陸さんが本気になれば、恋人を作るなんてすぐだろうなぁ。アレだけ可愛いんだから……」 「相手は……誰になるんだろ……?」 「(あ、有地さん……実はワタシが犬になっていることに気付いているんじゃありませんか?)」 「(だからまた、褒め殺しにしようとしているんじゃ……?)」 「(でも……もし気付いていないなら、これって有地さんが本当に思ってることに……?)」 「気になる。非常に気になる。ああ、気になるぅぅぅ~~~」 そんな不安をかき消そうとするように、有地さんがワシャワシャと身体をまさぐってくる。 「(ひゃっ、んっ! ぁっ、ぅっ……ぁぁぁ、そっ、そんなところまで指で、ああぁぁ……ッ)」 「っと、身体の泥は大体落とせたな。後は股の辺りを――」 「(はっ!? やだ、そこはっ! い、いくら犬の身体であってもソコはいけませんっ!)」 「ああ!? また暴れ出した!? ダメだって! こら、大人しくしろってば」 逃がすまいとワタシの身体を掴みあげる有地さん。 「(ああ!? ですからその体勢は色々と丸見えになりますから――!?)」 「どうしたんだよ、急に暴れて。俺の洗い方が悪かったのか……?」 「悪かった。謝るから、落ちついてくれ。頼むよー」 「って、なっ……なんだ……?」 「わふ?」 有地さんの声に違和感を覚えたワタシが辺りを見回すと、何かが光っている……? 「(いえ、違いますね。光ってるのはワタシの身体……!?)」 「えっ!? ちょっ、一体これは――」 「(今度は一体何が!?)」 わけのわからないまま、その輝きは増していって―― 「うわぁぁっ!?」 目の前が真っ白になるほどの光。 と同時に、まるで輝きが質量を持ったみたいに、俺の身体が押し潰されるように、床に倒された。 「ごっ!?」 「いっ、てぇぇぇ……」 後頭部を軽く打ってしまったらしい。 ちょっとズキズキする。 そして身体には、むにゅりと何か柔らかい物が押し付けられていた。 多分、さっきの子犬だろうな……って、あれ? ……あれ? それにしては体毛が少ないような……そして、重い。 決して軽々と持ち上げられる重さではないぞ? 「というか、さっきの光は一体……なんなんだ?」 目を開けると、すでに光は治まっていた。 あと、俺の身体に乗っているのも子犬ではなかった。 さっきまでのふさふさだった体毛がない。なんか柔らかくて、心地いい温もりがある。 そして……なんだろう、この見たことない物体は。 「………」 割れている……。何かの割れ目が俺の目の前にある。 これは一体、何なんだろうか? というか……何が一体どうなった? さっきの光は? 子犬はどこに行った? 出入り口を確認するが、扉はしっかりと閉められている。 子犬が出入りした様子はない。なら一体、どこに行ったんだ? そして―― この謎のワレメは一体なんなんだろうか? やけに生々しい感じがするんだけど……。 綺麗な立て筋に、ほんのりと奥がピンク色。 なんとなーく、心当たりがあるような……? でもよくわからないような……? 「………」 俺は指を伸ばして、そのワレメにそっと触れてみた。 その瞬間―― 「ひゃっ!?」 と、声が上がる。 しかも、俺の下半身の方から。 その声に合わせて、目の前のワレメもヒクッ……と、謎の動きを見せた。 「一体、何がどうなって……あれ? しゃ、喋れます!」 「……その声、もしかして……常陸さん?」 「え? あ、はい、そうですが、一体何がどうなっ……てぇ――ッ」 「………」 「………」 状況を把握して、お互いに凍りつく。 俺の上に乗っているのは常陸さん。 しかもこの肌色率と、全身の温もり……全裸……? 俺は今、裸の常陸さんと密着をしている……? とするならば、コレは太ももで……この筋って、まっままっままままままさか!? 「……ゴキュっ……」 見てはいけないものだと思いつつも……俺はその筋から目が離せない。 あまりに目の前のモノに集中してしまったあまり……俺は視界にない部分のことを忘れていたのだ。 常陸さんが俺に対して股間をさらすように乗っているということは……。 俺の股間は常陸さんに対して晒されているということで―― 「ぶらぶらが目の前に……こっ、これが男性のぶらぶら……あわっ、あばばばば……」 「んふぅぅ……っ!?」 常陸さんの漏らす吐息が俺の息子を軽く撫で、思わず変な声が出てしまった。 そうなると、意思とは関係なく反応してしまうもので―― 「ひっ!? び、ビクンって動いた……はっ!? む、むくむくって……むくむくって、別の生き物みたいに――」 「え、エイリアン!?」 「エイリアンじゃないよ!」 「で、ですが、ですがぁっ、ぶらぶらが、むくむくでっ、ひぃぅっ」 「有地さんの将臣君が、将臣さんに……なんだか思っていたよりも凄い……」 「その表現もどうなの!?」 「というか、そんなに凝視しないで……こうなると、自分じゃ止めることができなくて」 「もっ、申し訳ありません、つい――ってぇ、ワタシなんという格好……っ!?」 「ああああ有地さんの方こそ、そんなところを凝視しないで下さいよぉ!」 「ごめん! けど常陸さんがどいてくれないと、俺も動けなくて!」 「大変申し訳ありませんっ、す、すぐに――」 常陸さんが慌てて俺の上からどこうとしたとき、ダダダダと誰かの走る足音が響いた。 「あ、有地さん、大変です! 茉子が、茉子が昨日から家に戻っていないって――」 『――あっ』 「………………は?」 「ほう、これはまた……真昼間からやるもんじゃのう」 扉を開けて、目の前の光景に固まる朝武さん。 そりゃそうだろう……。 なんせ全裸の男女がお互いの性器を見せ合うような体勢を取っているんだから。 「な、な、な……」 「何をしてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー……っ!」 「確かに、茉子が言っていた場所に服が置いてあったわ」 「すみません。お手数をおかけして」 ひとまず忍び装束に着替えた常陸さんが、申し訳なさそうに頭を下げる。 「申し訳ありません」 つられて、何故か俺まで頭を下げてしまった。 俺が朝武さんに謝らなければいけない理由はないと思うのだが……気まずいから、つい。 さすがにアレはなぁ……。 性の知識がおぼつかない子供であっても『見てはいけないものを見てしまったのではないか?』と思ってしまうだろう。 それぐらいの体勢だったから。 「それで、一体何がどうなっておるのだ?」 「何が起きたのかは俺にもさっぱり……」 「例の子犬を洗っていたら、裸の常陸さんが突然、どこからともなく現れて、俺とぶつかって」 「……はーん……?」 「いや本当だってば! これが嘘なら、誤魔化し方が下手過ぎるって!」 「本当にどうなってるの、常陸さん!?」 「まさか……これも“忍者だから”なんて言わないよね!?」 「それが、にわかには信じられないと思うのですが……あの子犬は、実はワタシなんです」 「その時祟り神が現れ、ワタシに襲い掛かってきて……そのまま意識を失いました」 「おそらく、まだ残っていた穢れであろうな……」 以前にムラサメちゃんが気にしていた穢れが、まさかこんな形で……。 「目を覚ましたら、やけに視点が低くなっていて、喋ろうとすると『わん』としか言えなくなっていて」 「何が何だかわからなかったんですが、とにかく芳乃様の安全を確認しなければ! と思って服を隠して、なんとか本殿を出ました」 そこは服を隠すんだ……? と思ったけど、混乱してるときって、そういう無意味な行動をとることもあるよな。 「それでなんで、学院にいたの?」 「それが……犬になったせいか感覚が変で、迷ってしまったんです」 「一晩中あちこち走り回りまして……」 「俺を見つけて飛びかかってきた、と」 「はい。その後のことは……ご承知の通りです」 「身体を洗われておる最中に、人間の姿に戻ったというわけじゃな」 「お湯をかけたら、元の身体に戻る」 「犬が溺れたという悲劇的な伝説のある泉で、溺れたりしたんですか?」 「そんな古いマンガの設定を持ち出されても……」 「いや、ゴメン。疑うわけではないんだけど……どうしても、まだ信じ切れてなくて」 「仕方ありません。ワタシだって、夢でも見てるんじゃないかと、まだ疑っていますから」 「そんなこと、あり得るんでしょうか? 憑代の怨みは、治まったんですよね?」 「それなのだが……」 「すまん! 芳乃と茉子には隠していることがあったのだ」 そうしてムラサメちゃんは、憑代に封じられた怨みが残っていることを2人に説明して聞かせた。 「では呪いが、再び……?」 「いや、再びと言うよりも……新たに起きたと考えるべきであろう」 「耳が生えることはあっても、身体ごと犬になったのは初めてのことじゃからな」 「でも、憑代の力を使役できる術者は死んでるんだろ? なのになんで、新しい呪いが?」 「それは……人を呪わば穴二つというものかもしれぬな」 「憑代に封印された怨みは、首を斬り落とされた怨みだ。それを呪術で制御しておった」 「しかし、その制御をする者がおらぬとなれば……怨みはその血を引き継ぐ、常陸家の者を襲う」 「常陸さん自身は、誰かを呪ったりする人じゃないのに?」 「呪いとは……そういうものなのだ」 「そうか……だからあの時『見つけた』『その血に間違いない』と」 「叢雨丸を使えば、呪いを解くことが出来たりするのか?」 「祟り神を祓うようにはいかん」 「それができれば、芳乃様の呪いも有地さんが現れた時点で解けていますよ」 「………」 この状況を、楽観視しているわけではあるまい。 こちらに気を遣わせまいとするように、常陸さんは努めて明るく振る舞っていた。 それがハッキリとわかるからこそ……俺はそれが、悔しくて仕方なかった。 「獣と接触した時に、何か思念を感じなかったか? 呪いを解く手がかりになるような、何かを」 「そう言ったことは特に……」 「となると……うーむ。すまん、吾輩ではよくわからぬ」 「呪いに関してなら、駒川さんにも相談しておいた方がいいかも」 「そうですね、すぐに連絡をしてみましょう!」 「なんてことだ……まさか、今回は常陸さんが呪われるなんて……」 「どう思いますか? どうすれば、呪いは解けると思いますか?」 「それはやっぱり……憑代の願いを叶えるしかないと思う」 「祟り神も憑代を集めるためのものだったわけだから。今回も何かしらの意図があるんじゃないかと思うんだが」 「意図……ですか……?」 「常陸家に対する復讐で呪っているのなら、その目的は……」 常陸さんの命……? 「………」 同じ考えに至ったのだろう。 常陸さんが静かに息を呑む気配が伝わってきた。 「いや、獣の目的は常陸家への復讐ではないはずだ」 「――えっ!?」 「なんじゃと?」 「すみません、それは一体どういう意味ですか?」 「ムラサメちゃんの意見とは違っているみたいなんですが」 「ムラサメ様はなんて仰ってるの?」 「人を呪わば穴二つって……」 「なるほど。確かにそれは、ムラサメ様が正しい」 「呪いには呪詛返しと言うものが存在する。文字通り呪った本人に呪詛が跳ね返ることなんだけどね」 「ムラサメ様の見解はそれに基づいたものだけど、呪詛返しは呪詛を破った時点で相手に返るものだ」 「それはつまり、憑代を揃えたあの瞬間に呪詛が返っているべきってことですか」 「だが今回のソレは、常陸さんが接触しなければ発生しなかったかもしれない」 「呪詛返しはただの法則、行き場を失った力がもたらす反動だ」 「けれど今回の呪いはそうじゃない気がする……」 「たんなる常陸家への復讐ではないと思うよ」 「他に何かしらの意図がある、と?」 「だから、命を奪うものではないと?」 「そ、そうなのか……すまん……吾輩、少々先走ってしまったようだ」 「い、いえ、そんな。みづはさんに相談していなければ、ワタシだって同じことを考えたと思いますから」 「とにかく重要なのは、獣の目的ですね」 「祟り神と接触した時のことを、もう一度しっかりと思い出して欲しい」 「何かヒントになるようなことはなかったかな?」 「と言われましても、すぐに意識を失ってしまいましたから……」 「なら……その時、普段と違うことをしてなかった? ああ、別に行動じゃなくて、考えた内容でもいい」 「え゛っ!? そっ、それは……その……考えた内容なんて、関係あります……か?」 「常陸家への復讐でないとすれば、常陸茉子という個人を襲った理由があるはずなんだ」 「それに、今までにも何度か接触があったにも関わらず、何故今回だけ反応したのか、ということも」 「もし普段と違うことがあったのならば、それがキッカケだった可能性がある」 「それは……そうかもしれませんが……でも、あの、だからって、その、あの」 「何か特別なことがあるんだね?」 「ですからそれは……」 「常陸さん、これはとても大事なことなんだよ」 「………」 『茉子』 「ぅっ………………こぃ……です」 「なんだって?」 「今、なんて言ったの?」 「ですからっ……こぃ……と」 「ハッキリ答えぬか!」 「ぁぁぁ……もぉ!」 「恋ですっ! 恋っ! 恋について色々と考えていたんですっ!」 『………』 「恋って……あの恋? 恋愛?」 「……はぃ……」 「恋……茉子が恋……」 「恋について考えておると、祟り神が反応……するものなのか?」 「よくわかりませんが……でも、思い出しました」 「獣が現れる直前に」 『……恋をしたい……好きになりたい……』 「という意思を感じたような気がします」 「獣が……誰かを好きになりたいと、伝えてきたのか?」 「あ、いえ、実はそれは……ワタシが口にした言葉なんです」 「ワタシの言葉を反復するように『恋がしたい』『好きになりたい』という意思が頭の中に……」 「あああ……まさかこんな恥ずかしいことを人前で公表しなければならないとは……恥ずかしすぎます」 「……茉子、誰か気になる人がいるの?」 「そ、そうではありません! 具体的な相手がいるわけではなくて、ただ、その……」 「芳乃様が“ご自分の周りのことぐらいはできるように”と目標を持たれたみたいに、ワタシも何か目標をと考えた時に……」 「恋をしてみたい、と思ったの?」 「……はぃ……申し訳ありません」 「謝る必要はないでしょう。ただちょっと意外だっただけ……そうなんだ、恋を……」 「……お恥ずかしい限りです」 「恋愛感情を恥じる必要はないよ、常陸さん。話してくれてありがとう」 「でも……こんなことでもヒントになるんでしょうか?」 「恋……恋か……獣が恋ねぇ……」 「獣には好きな相手がいて、思いを遂げることなく討たれ、その無念が……とか……?」 「ムラサメちゃんはどう思う?」 「吾輩の予想はすでに外れておるからのう」 「そういうことはあまり考えなくていいから。とりあえず、意見を聞かせて欲しい」 「……わかった」 「だがその前に一つ確認をしておきたいのだ、茉子」 「あ、はい、なんでしょうか?」 「獣の意思は“恋をしたい”、“好きになりたい”と言っておったのだな?」 「はい、そのはずです。もともと、ワタシが言ったことですが」 「であれば、獣が反応したのは恋の感情ではなく“誰かを好きになりたい”という欲求に対してではないか?」 「獣が恋をしておったのならば、茉子が感じた“好きになりたい”という意思はいささか妙だ」 「そうか……」 「細かい事情までは分からぬが、獣は恋というものを知りたいと思っておる」 「そして折り悪く“恋をしたい”と願う茉子が現れる」 「じゃあ……この呪いの目的は、恋を知ること?」 「呪いというよりは……“取り憑かれた”と言うべきかもしれぬな」 「普通なら、憑依されてもこんなことにはならぬが、獣の力が強すぎる。ゆえに――」 「常陸さんは、子犬の姿になった……?」 「あー……申し訳ないんだけれど、私にもムラサメ様のご意見を教えてもらえないだろうか?」 「ああ、すみません」 俺は手早く、ムラサメちゃんの意見をそのまま駒川さんに伝える。 「なるほど、そう考えるのが一番妥当かもしれない……」 「取り憑かれたということは……以前の呪いとは違うんですよね? お祓いってできるんでしょうか?」 「獣の力を考えると、無理矢理祓うのは難しいだろうね」 「それじゃあ……どうすれば……?」 「そこは変わらない。最初に言った通り、一番確実なのは獣の望みを叶えることだろう」 「それって、つまり……」 「獣に恋という感情を教えてあげればいい」 「でも教えるなんて、一体どうやって……?」 「そこについては問題ない。取り憑かれるということは、茉子の魂と獣の魂が繋がっておるということだ」 「ま、待って下さい、ムラサメ様……その言い方は、も……もしや……?」 「茉子が恋をすれば、自然と獣も恋を知ることになる。つまり――」 「その欲求に従って、恋をすればよいのだ!」 「そっ、そんな……」 「そんなこと言われましてもぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~」 「それで、でーとの方はどうだったのだ?」 「一度子犬になったけど、それ以外は問題なく」 「呪いの方は……?」 「特に大きな変化はありません」 「ふむ……では、まだ解けていないと考えておく方がよさそうだな」 「解けた時には、何かそれとわかる方法ってあるのかな?」 「取り憑かれたときは、獣の姿を見たのであろう?」 「はい。例の祟り神の姿ではありましたが」 「では、満足したならば何かしらの反応を示しても不思議はないと思うのだが……」 「代役で変化がないのだとしたら……やっぱり本当の恋をしてみるしかありませんね」 『………』 「(どうしよう? やっぱり報告は、しておくべきだよね?)」 「(はい。ちょっと恥ずかしい事ではありますが……報告は必要なことだと思います)」 「なんじゃ? 2人で見つめあって、どうかしたのか?」 「何か隠し事? もしかして、今日のデートの事?」 「隠し事と言いますか……報告していないことが、一つありまして」 「重要なこと?」 「ある意味では、かなり」 「なんなのだ? 一体何があったのだ?」 「えー……その……コホン」 「実は、代役ではなく、俺は常陸さんの恋人になることになりました」 「代役ではなく……恋人だと?」 「うん」 「それってつまり……茉子が、本気で恋をした……ってこと?」 「……はい……そうです」 「ワタシは、有地さんのことが……す、好きなんです……」 「俺も常陸さんのことが好きだ。それで、俺から告白をして」 「ワタシが、受け入れて……恋人に、なりました……」 「……茉子と、有地さんが……恋人……」 「おめでとう!」 「え、あ、はい……あ、ありがとうございます……」 「有地さんも、おめでとうございます」 「ありがとう、朝武さん」 「ほほう、まさかご主人と茉子がのう。これは意外……というほどでもないか」 「むしろ似合いの2人じゃな」 本当に喜ばしいことだと、朝武さんとムラサメちゃんが喜んでくれた。 その表情や声には一点の曇りもなく、心から俺たちを祝福してくれていた。 「2人が恋人になったことは、めでたい事だと思うのですが……」 「となると、茉子は本気で恋をして、実らせたことになる」 「現状で憑依が解けておらぬのならば……」 「そもそも、恋を知る方法が間違っていたんでしょうか?」 「何とも言えぬな」 「茉子よ、その気持ちを疑うつもりはないが、今まではご主人のことをどう思っておったのだ?」 「どう……と言われましても、いい人だなーと」 「異性として、今までずっとドキドキしておったのか?」 「い、いえ。肩書きとはいえ、元々芳乃様の婚約者でいらしたわけですから、そんなことは」 「私のことなら、気にしなくていいから」 「気を遣っているなんてことはありません。優しくていい人だとは思っていましたが、異性として見ていたわけでは……」 「………」 知りたくなかったその事実! 何気に傷つくなぁ……。 無自覚だからこそなのか、なかなか切れ味鋭かった。 「ですが、いつの頃からか……有地さんの優しさに、胸がキュンっとするようになって……」 「そう思うようになったのは、ここ最近と考えてよいのだな?」 「あ、はい、そうですね。最近の話です」 「それに……好き、だなんて思わないようにしていましたから」 「ふむ。であれば、恋を知るのは今からではないのか?」 「今から?」 「自分の気持ちを認めて、ご主人と恋人になった。そしてこのまま恋を楽しむ」 「それでようやく、恋を知ったことになるということですか」 「うむ。ゆえに恋人としての積み重ねをしてみてから、ようやく判断ができると吾輩は思うぞ」 「つまり……細かいことは気にせず、イチャイチャしろ、という事でしょうか?」 「まっ、そういうことじゃな」 『………』 ……そう大っぴらに認められると、嬉しい反面、すっごい気恥ずかしいな、これ! 「何はともあれ、おめでとう茉子、有地さん」 「あ、ありがとうございます」 「すみません、芳乃様。もうしばらくお世話になることになってしまって」 「そんなの気にしないで。私は茉子と一緒にいられて楽しいから」 「あと……あの……有地さんの事も」 「え? ああ、もしかして、元婚約者ってことを気にしてる? それなら私に気を遣う必要なんてない」 「有地さんはいい人だと思う。でも……こうなってみてわかった。やっぱり私のは恋じゃない」 「だって私は、心から茉子と有地さんのことを応援してるから」 「もし恋だったら、嫉妬するものでしょう? でも、そんな気持ちにはならない」 「……芳乃様……」 「だから、おめでとう、茉子」 「……はい……ありがとうございます、芳乃様」 「変な遠慮なんてせずに、思う存分イチャイチャしていいんだからね」 「お、思う存分……」 「そうだ。ならいっそ、今日から私の部屋じゃなくて、有地さんと一緒に寝泊まりする?」 「そっ、それは……っ!? 魅力的な提案ではありますが……流石にそれは……」 「そう? 私のことは気にしなくていいのに」 「とにかく、今日は茉子に恋人ができた日なんだから。暗い顔してないで、気分を変えてお風呂にでも入ってきたら?」 「はぁ……」 ……芳乃様は、いつも通り普通だった。 もしかして本当は……? なんて考えていたけど、そんなことはなさそう。 ワタシと有地さんのことを、本当に応援してくれてる。 「じゃあ本当に、遠慮はしなくていいのかな……?」 「ワタシは有地さんと遠慮なく……イチャイチャ……」 でも、イチャイチャってどういうことをするんだろ? 少女漫画だとデートして、一緒の時間を楽しんで、キスをして……そのまま朝チュン。 「それはつまり、セックスをするということで……有地さんと、セックス……」 「~~~………ッッッ」 「そ、想像してしまった……あ、あのエイリアンが、真っ赤なエイリアンが、ワタシの中に……」 もちろん恋人なのですから、いずれそういう事を経験するのも普通。 そういう意味では、有地さんと同じ部屋で、一緒に寝泊まりすることも……興味はある。 でも……今は状況がマズイ。 そんな風になったら、ワタシは自分を抑えきれないかもしれない。 有地さんが強引に求めてきたとき……そのまま勢いに流されてしまうかもしれない。 でも、最中に子犬になってしまったら、想像したくもない悲劇が……。 流石にそれは、有地さんにも申し訳なさすぎます。 しかも……キスだけで、身体があんなに熱くなるなんて。 「セックスまでしてしまったら、一体どうなるのか……」 不安であると共に……それを知りたいとも思っている。 キスだけじゃなくて、セックス……。 「ワタシ、自分で思っている以上に、やらしいのかもしれません」 「でも……あんなエイリアン、本当に入るものなんですかね? ふ、不安です……」 「それじゃあ、寝ましょうか。電気消すわね」 ………。 灯りの消えた部屋の中で、静かに目を閉じる。 「………」 「……はぁ……」 やっぱりダメです。眠れそうにない……。 頭をよぎるのは、壁ドンで迫る有地さんの顔。 私のことを『好き』と言ってくれる声。 そして……キスで感じた唇の、温もり……。 「思い出すだけで……奥の方が、熱くなる」 こんなに熱いままでは、眠ることなんてできない。 明日も早く起きなきゃいけないのに。 胸も頭も、身体全体が熱くて……目を閉じていても、全然眠気が襲ってこない。 むしろ身体の火照りをよりハッキリと感じてしまって……胸が、トクントクンって……。 「(これが恋……自分ではどうしようもできない感情……)」 ああ、やっぱりワタシは自分で思っていた以上にいやらしいのかもしれない……。 それに、我慢弱いのかも。 「(ここは芳乃様の部屋。それに、隣には芳乃様が寝てる。変なことをせずに、大人しく眠るべき……)」 そうわかっているのに……この火照りをどうしてもなんとかしたくて、手が勝手に―― 「んっ!? んっ……んン、ふぅー……ふぅー……んんっ」 こんな風に自分の身体を触るなんて、初めてで……。 予想外の刺激に思わず上げそうな声を、なんとか必死に押し殺す。 その分、息が激しくなってしまった……。 「ふぅー……ふぅー……はぁぁ……」 芳乃様は、起きてない。一度眠りにつくと深いから、多少息が激しくなっても気付かれないはず。 でも念のため、ただの寝息となるように……。 「はぁ、はぁぁ……はっ、はっ、はっ、はっ……はぁぁ、んっ、ん……んんっ」 寝息……なんとか寝息……。 「んッ、んッ、んん……ッ、んはっ、はぁ、はぁ、ンッ……ンンッ」 ああ、ダメ。どうしても、息が途切れ途切れになって、声が荒くなる。 「(それはわかっているのに……ああ、ダメぇ……手、止められない)」 溜め込んだ熱が、くちゅくちゅと音に変換される。 今までに経験したことないぐらい熱を帯びた粘液が、指に絡みつく。 「うぁ……ドロドロ、こんなの初めて……はぁっ、はぁぁ……んっ、んっ、んッ……んんーーーーンンッ」 「(ああ、すごい。トロトロの蜜……止まらない。こんな感覚、初めてで……ああっ)」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……んぁ、んっ、んんん……ッッ、声、でちゃぅ……んふぅっ」 ああ、火照りを治めるためにしてるのに……全然ダメ。 むしろ、指で擦れば擦るほど……どんどん身体が熱くなる。 「ん……んふぅン……んっ、んんっっ、んんーーーーー……ッ」 「(こんなの……眠れるはずない。頭、おかしくなりそう……っ)」 「はぁ、あっ、あっ、あっ……んっ、んぁ、んんッッ……んッ、ンン……ッ!」 頭がボーっとするぐらい、身体熱い……。 「(擦っても全然、治まらない……違いますね。擦れば擦るほど、身体が熱くなってる……っ)」 「はぁ、はぁ、はぁ……はぁぁぁ……んっ、ンンーーーーッ」 「(ああ……もうダメ、指を止められない。こうなったら、いっそ……)」 擦る指の速度を上げる。 いっそ満足してしまうまで、擦ってしまえば。 「んふぅーっ、んふぅーっ、……んんンン……んぁッ、んッ、んんんッ……ふぅぅぁぁ……あっ、あぁぁ……」 指先で優しく、丹念になぞるように。 そして、一番敏感なクリトリスをグリグリって―― 「ひっ! ぁぁんっ! んっ、んんーーーー……ッッ! んぁあっ、はぁ、はぁ……ンンッ」 「(あは、今のすごい……また、声が出そうになっちゃった)」 「はぁ、はぁ……あ、有地さん……ンんッ! んひぃんっ!」 有地さんのことを思いながら触ると、もっと凄い。 ああ……トロトロなの止められない。お漏らししたみたいに、次から次に溢れてくる。 「はひっ、ぁっ、ぁっ、ぁぁあっ……んんッ、んんぁー……ッ」 「声が……声がぁ……んッ、あ……ああぁぁ……ッ、声、出ちゃう……芳乃様に、聞えちゃぅ……んんっ、起きてない、ですよね」 「………」 必死に声を殺して快感に耐える。 でもその意思に反して、指が止まることはない。 すでにベトベトに汚れた下着をさらに汚そうとするように、ワタシは一心不乱に擦り続ける。 我慢できずに下着を脱いで……ああ、でも、そんなことしたら、シーツも汚れてしまっているかも……。 「(シーツを汚すなんてことダメ……でも、でも……あぁ、指止められない。気持ちよすぎます、これ……)」 「んんっ、やぁぁ……はぁ、はぁ……んっ、んんっ……我慢、しなきゃ、我慢、我慢……んっ、んんっ……!」 「(ワタシ、いやらしくて破廉恥……芳乃様がいるのに、こんなこと……)」 我慢できない自分が恥ずかしくて、もし見つかったらって思うと胸がドキドキして……。 どうしよう……想像したら、もっとトロトロになってきた。 ああ、まるで中にあったはずの栓が外れちゃったみたい……。 こんなの……我慢なんて……。 「んふぅーっ……んふぅーっ……んっ、んっ、んんっ……んぁっ、ぁぁんっ、ぅぅぅぅぅ……ッッ」 「ぅぁっ、はぁ、はぁ……早く、早くイっちゃわないと……んんっ」 熱くなりすぎて、さっきからグチュグチュって凄い音がしちゃってる。 こんな音を芳乃様に聞かれたりしたら……ああ、でも止められない。 「(ああ、もっと……もっと……欲しい。もっと気持ちよく……ごめんなさい、ワタシいやらしくてごめんなさい)」 クニクニと弄っていたクリトリス。 指を添えて、優しく広げてみると……プニュッとクリトリスの本体が露出する。 「あっ、はぁ、はぁ……クリ、剥いちゃった……これなら、もっと早くイ、イけますよね」 「はぁ、はぁ、はぁはぁはぁ、んっ……んんぁぁぁーーーーーー………ッッ!」 「これダメ、しゅごい……しゅごしゅぎて……意識が、はぁ、はぁ、はぁぁ……んんっ」 知識を頼りに、初めて剥いてみたクリトリス。 ちょっと触ってみただけなのに、ビックリするぐらい身体が痺れちゃった……。 敏感すぎて変に触ると……擦れすぎて、痛くなりそう……かも。 「はぁ、はぁ……ま、まず、優しく触れて……ふぅー……ふぅー……んっ、んんん……ッッ」 指を置く。 それだけの事でも電流が走って身体が震え、まるで膣肉から搾り出されたみたいにピュッと粘液が飛ぶ。 「はひっ、はっ、はぁ……はぁ……あ、これなら、なんとか……はぁ、はぁ……」 「(あとはあんまり動かさないように、軽く指で触れるぐらいで――)」 「ひっ、ぁっ! ぁっ! ぁぁぁっ、んんっ、んんんーーーーー……ッ! んふぅ、ふぅ、ふぅ、ンっ、んんッッ」 ダメ、これ……身体が本当に痺れちゃう。 「(これ、ひゅごぃ……ぁぁぁ、こんなの癖になったら困るぅ……でも、これなら、我慢も……)」 「あっ、あっ、あひっ! んっ、んぁぁぁ……はぁっはぁっはぁっ……ぁぁぁぁあああ………ンンッ!」 クニクニ……クニクニ……。 クリトリスに振動を送る度に、耐えがたい快感に襲われる。 身体に、力が入らなくなって……ああっ、声を我慢できなくなってしまう。 でも、でもぉ……こんなところでは、止められるわけが……。 「あぁぁぁぁ、早く……早く、イっちゃわないと……はぁ、はぁ……んっ、んんんんーーーーーー……ッッ!」 「んふぅーッ……んっ、んっ……んんぁぁっ、はぁ、はぁ、もうちょっと……あぁぁぁ、ん、んンッ」 もう自分の身体じゃないぐらいに変になってる。 頭の中が溶けてなくなったんじゃないかって思うぐらい……。 「んぁぁ、はぁ、はぁ……ああ、すごい……クリ、ただでさえ痺れるのに、剥くとこんなに……ぁぁぁんっ!」 「んんー……ッ、はっ、はぁ、はぁ……ぁっ、ぁっ、ああ、ワタシのからだがぁ、えっち、えっちになっちゃぅ……ッ」 「あっ、あぁっ、あんっ、んんぁぁっ……だめ、ああっ、もうだめ、奥からくる……」 指の振動がクリトリスを経て、身体中に電流となって駆け巡る。 ワタシはもう、クリトリスの快感以外には何も考えることができず、一心不乱に指を震わせながら―― 「あっ、あっ、あっ、くるくるっ、きちゃう……ッ、んんッッッ、んんーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」 目の前が真っ白になるぐらい、身体中にナニかが走った。 足や腰がガクガクッと震え、身体が宙に浮いたみたいにフワッとする。 「んぁ、はぁーっ、はぁーっ……はぁぁぁ……んんっ」 ふわふわとした感覚が、ワタシの身体を包み込む。 これが……絶頂……? ワタシ、イったのかな……? そんな心地よさと共に、胸の奥から湧き上がる自己嫌悪。 「(やっ、やっちゃったぁぁぁ……芳乃様の部屋で、芳乃様の隣で……)」 「(最初はちょっと触れば満足できると思ってたのに……最後までやってしまった)」 しかも、人様に借りている布団の上で。 「芳乃様は……寝てる。よかった……あっ、んんっ」 さっきまではあんなに熱かったはずなのに、冷たくなっちゃってる。 はぁぁ……しかも下着も濡れちゃった……。 身体は落ち着いたけれど、こんなままじゃさっきとは違う意味で、眠れそうにない……かも。 「はぁ……ついでだから、お風呂をもう一度使わせてもらおう」 そうしてワタシは着替えを持って、部屋を出た。 ……… …… … 「……ま、茉子が……」 「茉子が、なにか変な声を出してた……っ」 「見てはいけない気がして背中を向けてたけど……もしかして今のが、お、オナニー……? しかも――」 「栗を剥くって……一体、何をどうしたんだろう、何かの比喩? それとも……私の知らないことを茉子が……」 「茉子が、いやらしくなっちゃったーー!」 「……ん? 今なんだか、芳乃様の声が聞こえたような……?」 「いや、気のせいですよね、気のせい」 だってあんなにぐっすり寝ていたんですから。 大きな声を出すわけがありませんよね。 それに、もし本当にそんなことになったら―― 「わ、ワタシのオナニーに、気付かれていたことに……そんな、まさかまさか、あは、あは……」 ほ、本当に大丈夫ですよね? 今さらながらに、とっても不安になってきた。 「どうしてこんな風に、取り返しがつかなくなってから不安になるんだろ」 「はぁぁ……オナニーなんてするんじゃなかったオナニーなんてするんじゃなかったオナニーなんてするんじゃなかったぁぁぁ……」 布団の中でちゃんと自制できていれば、こんなに苦しむことはなかったのに。 でももう、戻れない……。やってしまった以上、芳乃様には気付かれていないことを願うだけ……。 「でもまさか、あんな大胆なことをしてしまうなんて、自分でも驚き……」 これが……恋……。 マンガで読んだものよりも、ずっとエッチな恋かもしれないけど。 でもこれが……ワタシの初恋……。 「恋……初恋……ふふふ……ワタシは今、恋をしてるんだ、あは」 今までずっと我慢してきたからかな? 胸のときめきを感じられることが、とても嬉しい。 そしてなによりも、好きな人がいる。その好きな人もワタシを好きといってくれている。 それだけで、今までに感じたことのない幸福感を感じる。 「ワタシは間違いなく、恋をしてる」 ただ、そんな幸せな中に刺さる、小さな棘。 「もしこれでダメだとしたら……どうすれば、満足するんでしょう?」 その不安だけは、忘れることができなかった。 そして、不安を抱いたまま、ワタシは改めて布団に入った。 「んっ、んぅぅ……ぁ、もう朝……?」 「二度寝したら、寝坊しちゃう……起きて、着替えて……お風呂掃除に行かないと」 「……はれ? どうしてワタシ、本殿に?」 昨日は確か、オナニーをしてしまって……その後お風呂に入ってから、芳乃様の部屋で寝たはず。 なのに……どうして? なにかが変……。 事態を理解できずに首を傾げたその時、不気味な気配を感じて構えを取る。 でも―― 「(――しまった、クナイがないッ)」 何も握っていない手に不安を抱くワタシの前に、ソレは現れた。 「祟り神……」 以前の山の中で、無数の祟り神が一つになったときと同じ姿。 でも、以前と違うのは……それが襲い掛かってくる気配はないという事。 ジッと、ワタシを値踏みするように見つめてくる。 「(どうして今さら祟り神が……?)」 『コレが――』 「――ッ!?」 それは声じゃない。 もっと別、まるで頭の中に直接語りかけてくるような―― この感覚、ワタシに憑りついた時と同じ感覚。 『コレが、人を好きになるという気持ちか』 「………」 やっぱりこの獣は、恋という感情を知りたいと思っている……? 「そ、そうです。これが、誰かを好きになるという感情です」 『これほどまでに、温かい感情を持ちながらも……貴様らは……』 「どういうことですか?」 『貴様を呪い殺す』 「何故……ワタシなんですか?」 『決まっている、あの非道な男の血を引いているからだ』 『あの男は許さぬ。してはならぬことをしたのだ』 「ですが……それでは、人を好きになる気持ちを失うことになりますよ」 『私には関係のない話だ』 「アナタがワタシに取り憑いたのは、ワタシを呪い殺すためじゃない」 もし本当にそのつもりなら、すでに死んでいてもおかしくはないのだから。 『………』 「それに、ワタシに取り憑いたとき“恋がしたい”という感情に反応をしていました」 「知りたい理由があったということですよね?」 『何が言いたい?』 「例えワタシの命を奪っても、アナタは満足できないと思います」 「それならいっそ、目的を果たした方がいいと思いませんか?」 『そんな話に乗るとでも?』 「わかりませんが、少なくとも意思の疎通ができています」 「てっきり見境がなくて、こんな風に意思の疎通はできないと思っていましたから……」 『………』 『貴様の方こそ、あの非道な男の子孫にしては理性的だ』 「そうでもありません。さっきから必死ですよ」 「ワタシは、死ぬわけにはいきませんから」 『やはり、自分の身が大事か』 「もちろんです。だって……有地さんが言ってくれましたから“一緒にいて欲しい”って」 「好きな人にはいつでも笑っていて欲しい。好きな人の笑顔は、ワタシの心まで幸せにしてくれるものなんですよ」 『………』 「ですから、好きな人に笑っていてもらうために、ワタシは死ぬわけにはいきません」 自分の欲望のために首を落とされ、その後も無理矢理従わされて……。 確かに、一族ごと恨まれても仕方ないかもしれません。 でも、それでもワタシは……もう諦められない。自分の本心を知ってしまったから。 『……お前は本当に、あの男とは違うのだな』 「ワタシの祖先は……どんな人だったんですか?」 『奴は、醜く、自分の事しか考えず、恩を仇で返す……いや、恩を恩とも思わぬ恥知らずで卑俗な男だった』 『だがお前は“好きな者のため”と口にする』 『私は、その感情を知りたい』 『あの方が残してくれた言葉の意味を……知りたいのだ。だが、この身ではもう……それは叶わぬ』 「あの方……?」 突然、視界にノイズが走った。 『やめてください……人間など、人間などどうなってもよいではありませんか!』 『しかも、あの男は姉君を裏切ったのですッ』 「なのに姉君が……姉君がそこまでするなど、私はっ! 私にはもう、理解できません……」 『貴方もいつか誰かを好きになったら、きっとわかるわ』 これは……? もしかして、獣の記憶? “恋をしたい”“好きになりたい”と思った理由……なんでしょうか? 『その口車に乗ってやる。その代わり、命の代わりを差し出してもらおう』 『差し出すのならば、犬の姿にならぬようにもしよう』 「ほっ、本当ですか!? それは大変ありがたいです」 「不安で不安で心臓に悪くて……それに、好きな人とイチャイチャもしづらかったので」 「それで、ワタシは何を差し出せばいいんでしょうか?」 『それは、お前の“想い”だ』 「なんだか……とても不思議な夢でしたね……」 「ぅっ……まさか、そんな……いやらしいこと……ダメ、ダメよ、茉子ぉぉ……」 「………。一体何の夢を見てるんでしょう……? 謎ですね」 「いやそれよりも、ワタシが見た夢……あれってただの夢……だったんでしょうか?」 まるでその言葉を否定するように、心臓が大きく跳ねた。 「違う、ワタシは……獣と本当に会話をしたんですよね」 つまり、夢の中での言葉。 『それは、お前の“想い”だ』 獣との約束。ワタシは、獣が満足するまで“想い”を差し出すことになる。 「でも……想いを差し出すって、一体どういう事なんでしょう?」 「………」 いつもよりも気持ちよく目覚めることができた。 「昨日のことは……夢じゃないよな」 俺は常陸さんとデートをして、キスをして……晴れて恋人同士となった。 そのことを思うと、まだ胸がドキッとする。 そのせいか興奮して眠りが浅かった。 でも、そんな疲れを吹き飛ばすほどの活力が身体中に漲っていた。 「はい、有地さん。ご飯のお替りは半分でいいんですよね?」 「ありがとう、常陸さん」 差し出した俺の手の平に茶碗が乗せられる。 その手を外側から、常陸さんの手が包み込んだ。 「落とさないように、しっかり持って下さいね」 「あ、うん、ありがとう……」 「どういたしまして、あは」 そうして俺たちは、お互いに顔を緩ませていた。 今までにもご飯をよそってもらったことはあったけど、友達と恋人では全然違うものだなぁ。 ……ついに俺にも、常陸さんのような可愛い彼女ができたんだ……。 それがもう嬉しくて嬉しくて……。 「……じー……」 「………? どうかしましたか? 芳乃様?」 「いいいいえ別に! なんでも! こ、こういう雰囲気は初めてと思っただけ」 「すみません、ご迷惑でしょうか?」 「ううん。そういうつもりで言ったわけじゃないから」 「僕としては懐かしいね。僕も秋穂とこういう時期があったものだよ」 「そ、そう……。ちなみにそれって……それって……~~~ッッッ」 「なんだい、芳乃?」 「なっ! なんでもない! 気にしないで! とてもじゃないけど、親に聞けることじゃなかった……」 「まあ、なんにせよ、幸せなのはいいことだよ」 「はい、ありがとうございます」 「……有地さんを見るとちゃんとドキドキする……感情そのものが、なくなったわけじゃない」 「なに? もしかして……今さら告白の確認してる?」 「いえ、そうではありません。気にしないで下さい」 「ふぁっ、あぁぁぁ~~……」 「何とも大きな欠伸じゃな」 「寝不足?」 「ちょっと……色々ありまして……」 「そうなんですか? でも、眠りに着いたのはいつも通りでしたよね?」 「その後、寝付けなくて……」 「――えっ!? もしかして……ねねねねねね寝ていなかったんですかっ!?」 「ねねねねねねね寝てたわよ! ちゃんと寝てたから大丈夫! でも変な夢を見て、夜中に起きちゃっただけだから」 「寝つけなかったのは、それ以降の話。うん、だから安心して」 「そっ、そうですか。でしたらいいんですが……あれ? 安心?」 「さっ、さーっ! 授業中に眠らないように、気合いを入れないと」 「……芳乃様、まさか……いや、でもそんなはずない……うん、ないですよね」 「大丈夫、私は寝てた。ぐっすりすやすや、何も聞いてない」 「ふむ……この2人は一体何を慌てておるのだ?」 「さあ……? 俺に訊かれても……」 なんか顔が赤いけど……本当に、何があったんだろ? 「それはともかくとして……本当に大丈夫なのかな? 常陸さん」 「……本人があそこまで自信を持って言っておるからのう」 「実は、夢の中で獣と話をしたんです」 「なんじゃと!?」 「獣は……なんて言ってた? まさか先祖の怨みを晴らすために……?」 「いえ、ワタシの命を奪うことに拘泥はしていませんでした」 「それは憑代を集めて、穢れを祓ったおかげです」 「それじゃあ……獣の目的は……」 「やっぱり恋で正しかった?」 「じゃが、茉子はすでにご主人と恋をしておるのであろう?」 「恋そのものではなく、恋という感情を通じて知りたいことがあるみたいです」 「今はまだ、その答えを得るに足りておらん、ということか」 「それって……このまま恋人でいれば、いずれ獣が満足するってことでいいの?」 「おそらくは、その認識で大丈夫だと思います」 「正直なところ、こればっかりは本人にしかわからぬよ」 「最悪の場合、本当にただの夢だった可能性もあるが……ご主人も以前に、獣の意思に触れたであろう?」 「あ、ああー……アレか」 意思に触れたっていうより、記憶を見せられたってだけだったけど。 「それを考えれば、今回の事もただの夢と決めつけるのはよくあるまい」 「……まあな」 「茉子があそこまで自信を持っておるのだ。夢の中とはいえ、感じるものがあったのであろう」 「ご主人は茉子を信じ、茉子を泣かさぬ事だけを考えればよい」 「もちろんだ。獣の事なんて関係なく、泣かすつもりなんてない」 そうだな、ムラサメちゃんの言う通りだ。 俺が考えることは、1つだけでいい。 常陸さんを大切にすること。俺に出来ることは、それだけだろう。 「常陸さん」 「はい、なんでしょうか?」 「今日のお昼、一緒に食べない?」 「え? で、でも……」 「嫌かな?」 「まさか! むしろ嬉しいです。ですが……皆さんにバレてしまいませんか?」 「みんなに言い触らしたいわけではないけど、ことさら隠し立てする必要はないかなって」 「昨日は授業をサボってたから、バレるのはまずかったけど」 「でもまあ、常陸さんが隠しておきたいのなら」 「いえ! そんなことはありません。有地さんと一緒にいられる時間が増えるのは嬉しいです」 「……好きな人と一緒にお弁当……ちょっぴり憧れていましたから」 「それって、マンガを見て?」 「そうですね。有地さんと一緒にいると……ワタシは、ヒロインになったみたいです」 「何言ってんの、俺にとってのメインヒロインは常陸さんただ1人だよ」 「………」 「………」 「ぷっ……あは、あはははは。すみません、でも、でも……あははは」 「……だよね、自分でも何言ってるんだろって思ったよ。……軽く後悔してる」 「でも女の子としては、ちょっぴり恥ずかしいぐらいの方が嬉しいです……なんちゃって、あは」 「あ、でも、無理はしなくていいです」 「好きな人と一緒にいられるだけで、十分幸せですよ」 「常陸さん……」 「何と言っても、たった1人のメインヒロインなんですからね」 「止めて! ゴメン、謝るから、メインヒロインって繰り返さないで!」 「あは、何を恥ずかしがることがあるんですか。ワタシは本当に嬉しいんですよぉ?」 「嘘だ!! その微笑みは、うろたえる俺を見て喜んでるだけじゃないか!」 「いえいえ喜ぶだなんてそんなこと……ほんのちょっぴりだけです♪」 「やっぱり楽しんでるじゃないか!」 「ふふ、いつもの仕返しですよ。すぐにワタシをおだて死にさせようとするんですから」 「別にそんなつもりはないんだけどなぁ……」 「でも本当に、見栄を張ったりしなくていいですからね」 「ワタシが好きになったのは、そのままの有地さんですよ」 「………。ありがとう」 確かに俺は、なんか焦ってたかも。 初めての恋人ができたことも理由の一つ。 そして、常陸さんには獣が取り憑いていることも、ちょっと気にし過ぎてたのかもしれない。 「でも多少は無理をさせて欲しい。少しぐらいは好きな人の前で見栄を張りたいんだ」 「……わかりました、ありがとうございます」 「好きだから……常陸さん」 「……はい」 とはいえ、空回りしないように気を付けないと。 「で、一応確認しておきたいんだけど……少女漫画が好きってことは――」 「『お前の処女膜、予約したから』ぐらいまで言って欲しいものなの?」 「いえ、それは流石に。いくら好きな人が相手でも、軽く引くかもしれません」 「あ、やっぱりそういうものなんだ?」 そういう方が喜ばれるとしたら、俺にはハードルが高すぎる。 やっぱりマンガを鵜呑みにしちゃいかんのだな。 ひとまず、何の問題も起きないまま、午前の授業が終了する。 そして約束の昼休み。 「それでは芳乃様、誠に申し訳ないのですが」 「私の事なら気にしないでいいから。2人で楽しんで」 「ありがとうございます」 「それじゃあ、常陸さん。どうしよう? ここで食べる?」 「何を言ってるんですか、こういう時は2人っきりと相場が決まっています」 「……質問。なんで2人っきりで食べるの?」 「え? あー……それはだなー……」 誤魔化すつもりはなかったものの、改めてこうして聞かれると恥ずかしいな。 「有地さん、大丈夫です。私が上手く説明しておきますから、2人はもう行って下さい」 「え? いや、でも……」 「まごまごしていると、お弁当を食べる時間が無くなりますよ」 「じゃあ……ゴメン、悪いけどここはよろしく」 「行こう、常陸さん」 「あっ……はい」 そうして昨日とは反対に、俺が常陸さんの手を握りしめて、教室を出た。 「おいおい……なんか手まで握ってたぞ?」 「どういうことなんですか、巫女姫様?」 「みなさん、落ち着いて下さい。かっ、勘違いしないで下さい、あの2人は別に付き合っているわけではありませんからね!」 『………』 「付き合ってるぅぅ!?」 「い、いえ、ですから付き合ってはいないと――」 「おー! おめでとうございますですよ~♪」 「話を聞いて下さぁ~~いっ!」 教室の中から聞こえるどよめきに、俺と常陸さんは同時に苦笑を浮かべた。 やっぱり朝武さんってポンコツ――あ、いや、嘘が吐けない人だな。 ま、バレてもいいと決めてたから、別にいいんだけど。 それに、周りの目を変に気にする必要もなくなったことはいいことかもしれない。 とはいえ食堂もなければ、中庭もない、元は剣術道場だ。 わざわざ離れた場所まで行くのは面倒なので、俺たちは適当な段差に腰かけて、食事をとることにした。 さすがに地べたに座らせるのも気が引けたので、ハンカチを常陸さんのお尻の下に。 「どうぞ」 「ふふ、なかなか紳士的なんですね、ありがとうございます」 「これは別に、無理してるわけじゃないからね」 「はい」 「にしても、今日がいい天気でよかった」 「でもすぐに暑いくらいになります。そうなるとこんな風に食事できないかもしれませんね」 「そうなったらそうなったで、何か考えよう」 「それよりも、弁当開けていい?」 「もちろんです」 蓋を開けると、そこにはいつも通り美味しそうな弁当。 「から揚げ! 常陸さんのから揚げは美味しいから大好きだ!」 「いただきます!」 「はい、どうぞ」 「うん、美味い! すっごく美味い!」 「ありがとうございます。でも、味つけはいつもと変わりませんよ?」 「じゃあアレだな。いつもよりも愛情が詰まってるんだ」 「って、また恥ずかしい事を言ってしまった……舞い上がってんのかな、俺」 「ふふっ、愛情でしたらしっかり詰めてあると胸を張って言えますよ」 誤魔化すように、おかずを口の中に放り込む。 と言っても、ちゃんと味も確かめながら。うん、やっぱり美味い。 「ワタシもいただきます。あむ……んむ……」 「どう? 自分が作った物でも、味がいつもと違って感じない?」 「……ふふ、本当ですね。美味しい……」 「でしょ?」 「でも自分で作ったものですからね。愛情ではないと思います。きっと有地さんと一緒だからです」 「好きな人がワタシの料理で喜んでくれる、笑顔になってくれるから……ワタシも、美味しいんです」 「空腹は最高のスパイスって言いますけど……それだけじゃないですね」 「最愛の人こそが、最高のスパイスかもしれません」 「………」 「………」 「な、なんちゃってー。あは……ダメですね、ワタシもかなり舞い上がってるみたいです」 「そう言ってもらえることは、俺も嬉しいよ」 「さてと、そろそろチャイムもなるかな」 「そうですね」 教室の中は、大変な騒ぎになってるだろうな。 帰ったとたんに質問攻めかも。 「ところで、念のために聞いておきたいんだけど、身体の調子は本当に大丈夫?」 「はい。問題ありません」 「………」 前は一瞬目を離したすきに、突然子犬になってるから驚いた。 このまま恋の気持ちを獣に与え続けることで、本当に獣が満足してくれるといいんだけど……。 「恋……恋人か……」 「はい? なんですか?」 「ん? いや、何でもない」 「教室に戻ろうか、茉子」 「はい、そうで――……ッッッ」 名前で呼ばれた常陸さんの顔が、みるみる真っ赤になっていく。 と言っても、俺の顔も真っ赤だろう。 女の子を名前で呼ぶなんて初めてだ。 たったそれだけのことなのに、経験したことのない緊張が俺を襲う。 「あの、今……ワタシの事……」 「いいよね、茉子」 「……はい……もちろんです、有地さん」 「あー……その、俺の名前は……」 「ちゃんと覚えています、将臣さん」 将臣さん……将臣さん……。 なんてことのない呼び方だけど、茉子の声で呼ばれるだけで、胸が高鳴った。 「間違えていませんよね、将臣さん」 「うん。これからはそれで、茉子」 「はい」 茉子の笑顔を見た瞬間、今度は顔ではなく身体全体が熱くなった気がした。 先ほどの緊張とは全然違う。むしろ心地よさで、胸が満たされたみたい。 それは、きっと彼女が笑ってくれるから。 これこそがきっと……恋なんだろうな……。 「ダメですねぇ。名前を呼ばれただけなのに、口元が緩んでしまいますよ」 「芳乃様やムラサメ様に呼ばれるのとは、全然違います……あは」 ……よかった。思い切って名前を呼んでみて。 やっぱりなしくずしではなく、こういう区切りって結構重要なんだな。 「じゃあ行こうか」 そうして、教室に戻ろうと歩き出す。 「………」 不意に、クイッと……と、シャツの裾が引っ張られた。 「ん? どうかした?」 「ちゅ……」 「!?」 昨日と同じ香りが、俺の鼻先をくすぐった 振り返った唇に、温もりが触れる。 不意打ちのキス。 思わず身体を強張らせながらも、そのキスに応えようとするが……それよりも先に、茉子の唇は離れてしまった。 「さすがに場所が場所ですから、今はこれだけ……初めて名前を呼んだ、記念です」 それだけ言って、俺を追い越し先に教室に戻る茉子。 俺と言えば、不意打ちのキスで身体が硬直したまま、チャイムが鳴るまで立ち尽くしていた。 「………………」 「~~~………ッッッ」 「将臣さんが、茉子って呼んでくれた。それがこんなに嬉しいなんて……」 ワタシたち……本当に、恋人になったんだ……。 犬になることもありませんでしたし……はぁ、今日はとってもいい日でした。 「明日もいい日になるといいな」 そのためにもまず、頑張ってお弁当を作って、喜んでもらわないと。 だから夜更かしは厳禁だけど……ちゃんと眠れるかな? 名前を呼ばれたこと……思い出すだけでも、まだドキドキする。それに、ワタシも将臣さんって……。 「将臣さん、将臣さん……まさおみさん? マサオミさん。ましゃおみさん……」 「ふふっ……ふふふふっ」 やっぱりダメかも、さっきから顔がニヤついて仕方ない。 「ちゃんと身体を温めて、早く寝ちゃわないといけないのに……困ったものですねぇ、あは」 その声が全然困っていないことは、自分でもわかってる。 「わかっていてもどうしようもない……本当、弱っちゃいます」 『なにが弱っているのだ』 ワタシの夢に現れるなり、獣はそう言った。 「なっ……なんですか、いきなり……?」 『“想い”だ。差し出すと約定を結んだだろう』 「それはわかっていますが……」 「あの、ワタシはどうすれば想いを差し出したことになるんですか?」 『今は、お前と繋がっている』 『湧き上がったお前の想いは、自然と私にも流れ込み、感じることができる』 「では、実際にワタシの気持ちが奪われるわけではないんですか?」 『それではお前の魂までやせ細ってしまう。意味がない』 「ではワタシの想いはすでに……」 『これほど喜びを感じているくせに、何を弱っている』 「あ、あは……お恥ずかしい限りです」 『……まるで理解できん。名前を呼び合うことの何がそんなに嬉しい?』 「そうですね……申し訳ありません。自分でも、よくわかりません」 「名前で呼び合い、笑顔を向けてもらって、一緒に過ごすだけ。言葉にすると、それだけなんですけどね」 「相手が将臣さんというだけで、他にはないほど心が満たされるんですよ」 『……そのためなら……命を捧げても構わぬほどにか?』 「え……?」 不意に獣が黙り込んだ瞬間、ノイズに襲われる。 これ、前にも……。 『……ふふっ』 聞いたこともないその声は可愛らしくて、とても綺麗な人だった。 なんだろう……? 見たこともない女の人なのに……笑顔を見ていると、心が安らぐ。 ワタシが将臣さんに感じているトキメキとは違うけれど、この安らぎも他では得られない特別な気持ち……。 これ……もしかして獣の……? 「あの、これって……」 『……お前には関係のないことだ』 『さきほどの言葉も忘れろ。お前に問いかけたわけではない』 「………」 大人しくワタシは従い、言葉を呑みこんだ。 今さらワタシが口にしなくても、本当は気付いている……そんな気がした。 「何にしろ、ありがとうございました」 『なにがだ?』 「犬にならずに済みましたから」 『取り決めは守る。お前は安心して過ごせばいい』 着替え終えたワタシは、改めて夢のことを考える。 「安心して過ごせばいい、というのはきっと、まだ足りてないってことですよね」 「まだワタシに取り憑いたまま……なんですね」 でも子犬にならないだけ、マシですよね。 いつ犬になってしまうのか、って心配しないで済むだけでも。 「こうして会話できているんですから、ワタシが偶然見た夢じゃない」 つまり……あの時、ワタシに流れ込んできた気持ちも……。 『……ふふっ』 ……あの女性と、一緒にいるだけで心の奥までほぐれるような、特別な安らぎを覚えていた。 あれって―― 「本当は、アナタも恋をしていたんじゃないですか……?」 でも、あの人は他の人を好きになった。 その恋のために、自分の身を捧げてしまった。 『貴方もいつか誰かを好きになったら、きっとわかるわ』 「本当に知りたいのは、あの方の気持ち……なんでしょうか……?」 当然、ワタシの言葉に返事はない。 その代り、ズキンと胸に小さな痛みが走った。 それはまるで―― 『忘れろと言ったはずだっ!』 と、怒られたみたいに。 「ふふっ、そうですね。ワタシが気にしても仕方ありません」 「将臣さんに笑ってもらえるように、今日も頑張らないと」 「……はぁ……」 「どうした、ご主人? 起きるなりため息とは景気が悪いのう」 「いや、昨日はちょっと色々失敗してしまって、そのことをずっと悔やんでた」 まさか嘔吐でキスを台無しにしてしまうとは……。 朝武さんの方も……というか、むしろ朝武さんの方が流れを作ってくれたのに。 「男として……情けない……」 あれでは幻滅されたとしても、文句は言えない。 「なんじゃ? 興奮しすぎて暴走でもしてしまったのか?」 「いや、そういうわけじゃない」 「むしろ暴走すらできず、脱線事故を起こしてしまったような……」 「脱線? よくわからぬが……謝るなら早目に謝った方がよいと思うぞ?」 「………」 謝るってことでもないんだよなぁ。 もし謝ったら、逆に変な雰囲気になるかも。 でも……ムラサメちゃんのいう事も一理ある。 昨日の失態をリカバーするなら早い方がいい。 この失敗が尾を引かないように、ちょっと考えないと。 「有地さん、ご飯のお代わりしますか?」 「ありがとう、お願い」 差し出した茶碗を受け取り、ご飯をよそう朝武さん。 その表情は普通だ。昨日の失敗を気にしてる様子はない。 とはいえ……昨日は本当に情けない姿をさらしちゃったなぁ。 「どうぞ」 戻ってきた茶碗には、1/2ほどのご飯。 俺にとってちょうどいい量のお代わり。 こうして何も言わずにわかりあえてるっていうのは……嬉しいな。 「他に何かありますか?」 「いや、大丈夫だよ。ありがとう」 『………』 「うんうん。もうすっかり夫婦の貫禄だね」 「以前よりも板についている感じですよね」 「はぁ……孫の顔が楽しみだな」 「だから気がはやぁぁいッ!!」 「あと、朝食の席でそういう話をするのはやめて下さい……ッッ」 「純粋に楽しみなんだけどなぁ」 「そこら辺はご本人たちのペースもありますから」 「あんまり外野がガチャガチャと口を出さない方がいいと思いますよ」 「そっか……確かにそういうものだね。僕も周りにからかわれると変に意識する時期があったよ」 「あの頃は若かったなぁ……僕も秋穂も」 天井を見上げて、懐かしそうな顔をする安晴さん。 幼馴染って言ってたし、色んな思い出があるんだろう。 俺も朝武さんと一緒に、楽しい思い出を作っていけるようになりたい……。 「もう……本当に止めて下さい。朝から変なこと言うのは……」 「………」 「ねえ、朝武さん。よかったら、今度の日曜日に俺とデートしない?」 「……デート?」 「そう。デート」 「……デート……」 「デート……ッ!?」 「あらまぁ……大胆なお誘いですね」 「父親の目の前でデートに誘うだなんて大胆だねー、将臣君は」 「ちょっと有地さん!」 「もしかしてデートは嫌?」 「決して嫌ではありませんが……で、でもそういうことは、せめて2人だけのときに……」 「俺もそう思ったんだけど」 「多分、俺たち2人が一緒の時間にいなくなったら気付かれるよ」 「勘ぐられて、探りを入れられるぐらいなら、いっそ最初からそう言った方がいいんじゃないかと思ったんだ」 「それは……まあ、そうかもしれませんが」 「ということで、どうかな?」 「……で、デート……デート……」 「真っ赤ですねぇ」 「もし都合が悪ければ……また別の機会にってことでも構わないけど」 「いえ、大丈夫です。舞の奉納の他には、特に用事もありませんので」 「本当? それじゃあ、デートってことでいいのかな?」 「は、はいっ。よろしく……お願い致します」 「こちらこそよろしくお願いします」 「デート……デート……デート……?」 そうして俺たちは、次の日曜日にデートをすることになった。 のだが……。 実際のデートに行く前に、俺には確認しておかなければいけないことが……ある。 「初デートって、どこまで行っていいんだろうか?」 「あん? なんだよ、いきなり?」 「だから、初デートってどこまでいっていいの? キスまで? おっぱい揉んでもいいの?」 「童貞乙!」 「童貞とか関係なく、おっぱいは揉みたいだろうっ」 「そりゃもちろん!」 「というか、なんなんだ? 飯時に下ネタはやめろって言ってたのはお前だろ?」 「こちとらネタじゃないんだよ!」 「お、おう……わかった。わかったから、身を乗り出すな。近い近い……」 ちょっとのめり込み過ぎていたか……。 俺は一旦心を落ち着けて、椅子に座り直す。 「改めて言うまでもないけど、朝武さんと付き合い始めたんだ」 「あのあと、色々あったんだけど……ミスばっかりでさ。男として不甲斐なくて、もう後がないんだ」 「そこまで?」 「かなりの大失敗……。で、名誉挽回のためにも改めてデートをすることになったんだ」 「初デートかぁ……」 「初デートだ。正直に打ち明けるなら、俺の人生で初デート」 常陸さんとの奴は……やっぱりデートとは違う気がする。 俺に気を使ってくれただけだろうしな、あれは。 「マジかよ……都会で暮らしてたらエビデイパーリィーじゃねぇのかよ?」 「お前は都会にどんなイメージを持ってるんだよ……」 「まあ、そういう人もいるかもしれないけどさ、俺はいたって地味で慎ましやかな生活だ」 「正直、ナンパしてるお前の方が経験は上だと思う」 「で……初デートでどこまでいっていいのか……?」 「実際どうなんだ、そういうのって?」 「う~ん……どうだろうなぁ。ぶっちゃけナンパは次の機会があるかどうかもあやしいことが多い」 「多少強引にでも、イケるとこまでイクのが鉄則だからな……」 「……強引ってなに? まさか捕まるようなことは、してないだろうな?」 「するかよ! 『どうしよう?』って悩んでる時に、多少強引にいくだけ」 「本気で嫌がってたら、ちゃんと距離は保つからな」 「ならいい。安心した」 「まー、俺はナンパがベースだけど、やっぱり巫女姫様でも、同じようなもんじゃないの?」 「重要なのはその場の雰囲気」 「強引すぎることはしない。でも、卑屈になって距離を取り過ぎることもしない」 「ふむふむ」 「あとは、そうだな……実際問題、お前はどこまで持って行きたいんだよ?」 「どこまでって……」 「目標があるなら、逆算でどうすればその目標を達成できるのかを考えた方がいいんじゃねーの?」 「おお、なるほどな!」 「で? お前は、実際どこまで持って行きたいんだ? 確か……抱きしめてはいるんだよな?」 「まあ一応。あと、手を繋いだこともある」 「だから今回は……キス、かな」 「おっぱいはいいのか?」 「揉めるもんなら揉みたい!」 「でも、あんまりそこに拘ると……変な暴走をしそうだから。ひとまず、キスが目標で」 「それはいい判断だ」 「で、キスに至るためのデートってどうすればいいんだ?」 「どうって……恋人としてデートしてりゃ、キスぐらい普通に1度や2度、タイミングが来ると思うが……」 「キスしてもいい? とか童貞臭い確認はするなよ?」 「えぇ!? ダメなの!? でも無理矢理するわけにもいかんだろう!」 「そういうのは、言葉じゃなくて雰囲気で確認するもんだよ」 「雰囲気で確認って……俺でもできるのか?」 「そんなもん、目を合わせてゆっくり顔を近づけるだけだよ。嫌なら拒否するだろうし、嫌じゃなければ向こうも受け入れる」 「言葉で確認するとYESかNOで答えを出せと迫るってことだ。そういうのが答え辛いときもあるだろ?」 「たっ、確かにな」 「でも雰囲気で確認すれば『まっいっか……』みたいな感じで押し切れることもある」 「おお!」 「女の子に恥をかかせるもんじゃない。配慮ってやつだな」 「老師……」 「なんだよ、老師って」 「エロ老師」 「嬉しくねぇな……その呼び名。バカにしてんのか」 「最大限の敬意は払ってるつもりなんだけどな」 相手は従兄。しかも同い年だ。 ナンパとかもする軽い奴だと思っていたけど……思わず、そう呼ばずにはいられなかった。 前から多分そんな匂いはしてたけど、こいつ童貞じゃねぇな。 「まあいいや。とにかく余裕を持つこと……って言っても初デートじゃな」 「緊張は仕方ないかもしれないけど、変に焦らないようにすればいいんじゃないの?」 「適当だな」 「そんなもん人それぞれだろ?」 「深いアドバイスをしたって正解かどうかわかりゃしないんだから。適当なぐらいで丁度いいんだよ」 「キスしたい! おっぱい揉みたい! とか考えすぎて、空回りの先走りする方が問題なんだから」 「それは……そうかも」 そういう下心全開が、一番まずいのかも。 「………」 そう思って、心を落ち着けようとするものの―― 朝武さんの姿を見る度に、俺の身体は熱くなる。 ああ……やっぱり好きなんだなぁ、と実感する。 ……とにかく嘔吐みたいな失敗だけはしない! デートではこれを目標にしよう! 「……はぁ……」 「芳乃様? もしかして、お弁当が口にあいませんでしたか?」 「え? あ、違う。いつも通りちゃんと美味しい」 「それならいいんですが……」 「ため息を吐いたりして、なにかあったのでありますか?」 「もしかして、有地さんとのデートのことですか?」 「わお! デート!?」 「しっ、しー! しー! そ、そんな大きな声で言わないで下さい! 大事にされると困りますから」 「大変申し訳ないでした。つい……」 「で? 悩み事はそのデートでありますか?」 「……私は、つい最近まで友達と遊びに行ったこともなかったんです」 「そんな私がデートだなんて……どっ、どうすればいいのか……正装とかした方がいい? 礼服を着た方がいいの?」 「いえ、デートするだけでそんな服を着る必要はありませんよ」 「でもせめて、新しい服ぐらいは用意した方が――」 「確かに新しい服でしたら、そう不思議ではありませんが……大丈夫ですか?」 「着なれない服ですと、何か失敗したりしませんか?」 「うっ……それは、そうかもしれません」 「ですが……おろし立ての下着は、必要になるかもしれませんねぇ、あは」 「おろし立ての下着、それは……それはよもや……ぷっ、ぷひゅぅぅぅ~~~……!」 「茉子ってば、面白がってない?」 「いえいえ、面白がっているわけではありませんよ」 「あんまり考えすぎず、いつも通りが一番だと、ワタシは思います。以前皆さんと遊びに行った時と同じ自然体です」 「わたしもお力になりたいのはやまやまなのですが、こういう事には慣れていませんので」 「イメージですが、外国だと男女の仲も進んでいそうだったんですが」 「人それぞれでありますよ。確かに周りには……その、男女の仲を深め合った友達もいました」 「ですがわたしは、そういうことが少し苦手でありまして」 「茉子も、特に経験があるわけじゃないわよね?」 「そうですね。恥ずかしながら、書物で得た知識ばかりです」 「……ぅぅ……誰かにアドバイスをして欲しい。でも、話が広がって大きくなるのも困ります……」 「誰か相談ができそうな人ですか……。あ、では経験豊かな年上の女性はどうでしょう?」 「ほほぅ~。それでアタシに? なるほどなるほどふっふっふ。さすがお目が高い」 「おぉー!」 「レナさん、お仕事の方はいいんですか?」 「問題ありません。ちゃんと連絡を入れて、今日は遅れることを連絡してありますゆえ!」 「わたしも、その……初デートの心得に興味があるますっ!」 「身近な年上の女性となると、みづはさんなのですが、この時間に診療所に押し掛けるのはさすがに迷惑かと思いまして」 「それで、このお店に?」 「申し訳ありません。こちらでしたら迷惑でないと思ったわけではないのですが……」 「構いませんよ。恋は不治の病とも言いますけれど、病気の人がいる中、優先してもらうわけにもいきませんしね」 「今はちょうど、他のお客さんもいませんから。アタシにお任せ下さい」 「おぉー!」 「………? でもお姉ちゃん、彼氏がいたことなんてあったっけ?」 「ピシ……ッ!」 「そんな話は……聞いたことがないような?」 「………」 「そうなのですか? では、さきほどの自信満々な態度は一体……?」 「………」 「……」 「…」 「お姉ちゃん?」 「ごめんなさい、わたくし見栄を張りました。頼られたことが嬉しくてちょっと年上ぶってみたかったんです……ただの出来心だったんです」 「では、デートをしたことは?」 「……ありません。申し訳ありません」 「い、いえ。謝ってもらう必要はありませんが……」 「ですがそれでも年上には違いありません。お任せください。多少なりともアドバイスはできると思います」 「でも意外ですね。そんなに美人でいらっしゃるのに」 「何故かそういうことに縁遠くて」 「お客さんに声をかけられることもあるのでは?」 「たまにあっても、遊んでそうな人はちょっと……」 「それに、お客さんをそういう目で見たりもしないから」 「日中はずっとお店。お店閉めたら帳簿つけたり、仕入れの連絡したり。毎日忙しそうだもんね、お姉ちゃん」 「お休みはないんですか?」 「ここは観光地ですから。うちの父が、できる限り休むな! と言っておりまして」 「……もしかして、わざとじゃないの? この前『嫁になんて行かなくていい……』とか言ってたし……」 「そう言うのって本当に言われるものなんだ?」 「アタシもビックリした! というか、吹き出しそうになっちゃった。こんなマンガみたいなこと言う人いるんだって」 「でもいつか『誰かいい相手はいないのか?』ってしんみりしちゃうようになって」 「――ってアタシの話はいいの! それより巫女姫様の相談!」 「あっ! そうだった!」 「お兄ちゃんとデートするんですよね」 「はい、そうなんです。ですから、デートの作法が知りたいんです。あと、できれば、その……」 「できれば、その……?」 「キス……っ、の作法もあるんでしたら」 『きゃー!』 「キキキキス、キス……はわはわっ」 「まさか芳乃様がキスまで、考えていらっしゃったとは……大人になったんですねぇ、うんうん」 「でもそうですよね! 女の子だって好きな人とはそういう妄想をしちゃいますよね!」 「ですが私はそういったことにとても疎くて……どうなんでしょう? キスに作法はあるんでしょうか?」 「そうですね……歯がガチガチ当たったり、ヨダレがベチャベチャするのは……ちょっと下品かもしれませんね」 「歯がガチガチ……ヨダレベチャベチャ……はぷんっ」 「逆に上手いキスは、唇を合わせるだけで、幸せな感情が広がって、全身から力が抜けちゃったりしちゃうらしいですよ」 「ふぉぉぉぁぁぁぁぁ……」 「そうなんですか」 「どうして、そんなこと知ってるの、お姉ちゃん?」 「ふふふ。戦いは情報。情報集めには余念がないからね」 「それはいわゆる……耳年増というものでは――」 「――あぅッ!? 小春ちゃん、今日はなんだか厳しくない……?」 「そ、そうですか? ごめんなさい、思ったことがつい口から出てしまって……」 「それは追い打ちだよぅ……グスンッ」 「とにかく、重要なのはやっぱり口臭対策。口の中を綺麗にすることではないでしょうか」 「ここで気をつけたいのは体調。口の中を清潔にしてても、体調不良で臭いが……ってこともあるそうです」 「そうなんですか!?」 「ですから、キスをするためには健康管理も大事です」 「重要なのは緊張しすぎないことではないでしょうか? リラックスですよ、リラックス」 「緊張しすぎると、デートの段階で色々失敗するでしょうから。気楽にすることが一番です」 「き、気楽に……気楽に……気楽って、なに……っ!?」 「緊張が全くほぐれていませんね」 「どうすればって考えちゃう時点で、ダメなんですよねぇ、そういうのって」 「あ! では、免疫をつけられては如何でしょう?」 「キスの免疫……そっ、それはまさかっ、女の子同士で慣れる……百合でありますか!?」 「えっ、えぇぇ!? お、女の子同士とはいえ、キ、キスだなんて……」 「違う違う。そこまで実践的な事じゃなくて、もっと知識の部分」 「お尋ねしますが、巫女姫様は今までにこういった恋愛に関する知識を入手したことはありますか?」 「いえ、恥ずかしながら……デートやキスという単語ぐらいは知っているのですが……具体的なことは何も」 「まず知識を手に入れましょう。そうすればきっと、デートに対する緊張も少しは和らぐのでは?」 「た、確かにそうかもしれませんね」 「というわけで! デートの勉強をしましょう」 「ですが勉強と言っても、どうすれば?」 「経験者がおりませんので」 「そこで活躍するのが、マンガです。少女マンガ」 「おー! マンガですか!」 「でもマンガって、いわゆる創作物ですよね? 勉強になりますか?」 「それでも、情報がないよりはマシだと思います」 「創作物だからこそ、実体験が元になっていたり、理想が詰め込まれているものですよ」 「それをわかりやすく伝えてくれますから、知識としては役に立つと思いますよ」 「というわけで、デートシーンのよさげなマンガを選んできます」 「ありがとうございます。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」 「いえいえ、迷惑なんてことは。巫女姫様からの相談ですし、まー坊は幼馴染ですから」 「友達の悩みはわたしの悩みでもありますよ。と言っても……全然役に立てておりませんが」 「……とも、だち」 「………」 「ありがとうございます」 「??? 何故わたしはお礼を言われたのでありましょう?」 「気になさらないで下さい。芳乃様も、友達と一緒にいられて嬉しいということです」 「はい、わたしも日本で友達ができて、とても嬉しいですよ」 「馬庭さんも、鞍馬さんもありがとうございます」 「ひゃっ、いえ! 私も特に役に立てたわけではありませんから」 「お気になさらないで下さい。これぐらいなんでもありません」 「小春ちゃん、すぐに戻ってくるけど、お客さんが来たらよろしくね」 「はい。大丈夫です」 「では、少々お待ち下さい。すぐにお持ちしますので」 「お待たせいたしましたー。こちらが参考資料のマンガでございます」 「ほほーう、これはなかなかのラインナップですね」 「常陸先輩、少女漫画を読んだりするんですか?」 「え? ええ……まあ、それなりには」 「そうなんだ……茉子も読んだりするんだ」 「嗜み程度には。ワタシ、忍者ですので」 「忍者も読む……そっか、本当に役に立つんだ……」 「忍者って……関係あるのかな?」 「んー……色仕掛けの参考になる、のかなぁ……?」 「わたしも日本のマンガが読みたいです!」 「よいしょっ……と」 借りてきたマンガを床に置く。 これだけ資料があればきっと役に立つはず。 デートまでにしっかり読み込まないと。 夕食までに少し読んでみようかな……? 「それじゃあ……とりあえず、一番上にあるものから読んでみればいいかな」 「そういえば……マンガなんて読むの、いつ以来だろう?」 こういったものには、10年以上触れてこなかったから。 読むだけでも、少し緊張するかも。 「ふむ。ふむ……ふんむ?」 「……ん? むぅ……? 『髪にみたらし団子がついてる』?」 あんなにベタベタしたものが髪についていて気持ち悪そう。 それに、髪についてたお団子を食べるなんて……ちょっと不潔では? しかも勘違いしたことを恥ずかしがってる。 いやいや、そこは恥ずかしがるよりも、先に色々と考えなければいけないことがある気もする。 「……読みなれてないからかな。勉強として読む前に、色々と疑問が湧いちゃう」 でも、みんな参考になるって言ってたから。きっとこれを読みこめば、私も恋愛玄人になれるはず。 勉強勉強。そうだ、勉強はやっぱりノートを取った方がいいかも。 髪の毛に、みたらし団子をつけて、相手にとってもらう……っと。 「そう言えばお姉ちゃん」 「ん? なにかな?」 「巫女姫様の反応は、マンガなんてあんまり読んだことなさそうだったけど……」 「マンガだから多少表現がオーバーになってること、巫女姫様に伝えたっけ?」 「……え?」 「最近はほら、髪にみたらし団子つけたり、一晩でお寺作ったり……ちょっとエッチな物も多いじゃない?」 「もし……そこら辺まで真面目に受け取られたら……」 「さすがにそれは大丈夫じゃないかな?」 「現実的に考えて、あり得ないってわかるよ。だって髪にみたらし団子だよ?」 「気が付かない人なんているわけないじゃない」 「まー、そうだよねー」 「そうそう」 『あはははは』 「さ、そんなことよりお片付け。お片付け」 「はーい」 そうして、あれから数日が経った。 怨念が消えたあの夜以来、朝武さんの頭の耳は消えたまま。 祟り神も当然現れることはない。 俺たちの日常は以前の通りに、戻りつつあった。 「あ、おはようございます、有地さん」 「おはよう、朝武さん」 俺の弁当を作り始めて、それなりの日にちが経過している。 生活リズムの変化にも慣れてきたのか、最近では寝ぼけている様子もない。 「今からトレーニングですか? 怪我はしないようにして下さいね」 「わかってる」 「身体を鈍らせず、健康のために続けているのに、怪我をしたら元も子もないからね」 「それで朝武さん。身体の調子はどう?」 「大丈夫です。問題ありません」 「嘘なんて吐いていませんから、安心して下さい。あれ以来、呪いを感じることはありません」 「そっか、ならいいんだ」 「毎朝確認していますね」 「そりゃ、心配だから。でも何もないならいいんだ」 怨念は消えた。憑代も一つに戻った。もう本当に……呪いはなくなった。 憑代の時は、他にも怨念は残っていたけど、今回は違う。 朝武家にかけられた呪いは、全て解かれたんだ。 だから、もう二度とあんなことは起きない。キスをしても耳だって生えないんだから。 「………」 そう思ってはいても……一抹の不安はまだ心の隅に残っていた。 「それじゃあ、行ってきます」 「……あっ」 リビングを出ようとした俺の服の裾が、クイッと引っ張られる。 「……? どうかした?」 「あのですね……何か、忘れていませんか?」 「忘れ物なんてしてるかな?」 「そうではなくて、お祝いの、ちゅ、チュー……です」 「いや……でも……」 お祝いのチュー。呪いが解けたことをお祝いしてのチュー。 確かに、お祝いのチューを仕切り直すという約束はしたのだが……。 「今日で何回目だっけ?」 怨念が消えてからすでに数日が経っている。 俺がキスをする機会を逃すわけもなく、翌日にはお祝いのチューをやり直したのだが。 その翌日も、さらにその翌日も、お祝いのチューを繰り返した。 そして今日も、朝武さんはおねだりをしてくる。 「お、お祝いですよ。喜ばしいことですから、何回したっていいと思うんですっ」 「だっておめでたいことなんですからっ」 「めでたいことは何度祝ってもいいよね」 思わず納得してしまった。 キスを求められるのは、俺も嬉しい。文句なんてない。 朝武さんの唇はふっくら柔らかくて、合わせた瞬間に甘い香りが俺の中いっぱいに広がって……気持ちいい。 「では……んんっ」 「その前に、ちょっと確認」 「………? はい?」 水を差されたように不満げな表情を浮かべて、俺の顔を見上げる。 「一応訊いておきたいんだけど、俺に気を遣って無理してない?」 「……無理というと?」 「だからさ、俺に合わせて無理してキスを求めてる……なんてことはないかな、と心配になって」 「何言ってるんです。気を遣ってキスなんて、するわけないじゃないですか」 「私が、好きな人とキスをしたいから……」 「~~~ッ! なんだかとっても恥ずかしいことを言わされていませんか、私!?」 「そんなつもりじゃないから」 「それに、正直な気持ちを聞けて凄い嬉しかった」 「……ぅー……。わざと言わせて面白がってません?」 「そんな意地悪もしてないしてない」 「………。あやしい……有地さんは意地悪なところがありますから」 「自分ではそんなつもりないんだけどなぁ……」 さっきの不満げな表情から考えると、確かに無用な心配かもしれない。 「機嫌を損ねてキスできなくなると困るから。そんなことはしない」 「……いやらしい……」 「でも妙な説得力がありますね、その言葉には」 「だからほら、こっち向いて……」 彼女の顔に手を添えるようにして、顔を俺の方に向けさせる。 緊張で強張った身体に、ほんのりと赤みの差した頬、潤んだ瞳。そして艶やかな唇。 その全てが愛おしくて、可愛い……。そんな彼女がゆっくりと目を閉じる。 「……ん……」 無言の求めに応じて、俺はそっと抱き寄せて、その唇の感触を味わった。 訂正。 今までよりも、ずっと甘い日常だ。 「有地さん。これ、今日のお弁当です、どうぞ」 「ありがとう! 朝武さん」 渡された弁当箱は適度に重く、それだけで俺に期待を抱かせた。 今日のおかずはなんだろな~♪ 「ご主人、顔がゆるゆるじゃな」 「それはもう」 「そんなに期待されても困るのですが……。手を抜いたわけではありませんが、中身はいつも通りですよ?」 「飽きが来ないように色々気をつけてはいるつもりなのですが、なにぶん経験が浅いので」 「それがいいんだよ」 「朝武さんが努力してくれてることは、ちゃんとわかってる。食べてればちゃんと伝わってくるからね」 「俺のために頑張ってくれてるんだなぁ~、って感じられることが嬉しいんだ」 「その気持ちを感じる度に、弁当がより美味しく感じられる。本当にありがとうね、朝武さん」 「いえ、喜んでもらえたのなら……私にとって、それが一番嬉しいですから」 「勿論嬉しいに決まってる」 見つめ合う俺たち。その顔には、照れながらも隠しきれない笑みが零れていた。 その笑みは、やっぱり心が楽になったからだろう。 呪いから解放されたということであれば、以前もそうだった。 でも今回特に違うのは、その確信を得られたことだ。特に、朝武さん。 あの時、怨念に呪詛を流し込まれた彼女に、何があったのかはわからない。 ただ、何かが吹っ切れたような朝武さんと、安堵する安晴さんの表情が印象的ではあった。 そのことを訊いてみたのだが、彼女は教えてくれなかった。 「内緒です」 と可愛らしく笑って、誤魔化された。 気にならないと言えば嘘になる。 でも、今の彼女の明るい顔を見ていると、それだけで十分だと思った。 「あー、あついあつい」 「今年は夏の始まりが早いですねぇ」 「………」 「なんだが2人とも大胆、というか正直になってきたね」 「最近は、お昼には2人きりでお弁当を食べているんですよ」 「それは大胆じゃのう」 「誰のせいですか、誰の」 「私が有地さんと普通にしてると、皆してイチャイチャしないのかって、からかうからです」 「だから下手に隠すのを止めたんじゃないですか、もう」 「そうだったね。いやー、2人が隠そうとしているのに意識してもじもじしているのが、妙に笑えてね」 「お、お父さん……ッ」 「いや、面白がってるわけじゃないんだよ」 「僕と秋穂も、周りから見るとこんな感じだったのかな、って思ったんだ。僕も散々からかわれたりしたもんだからさ」 「2人を見ていて思ったよ。確かに、下手に隠そうとすると周りはやきもきするもんだ」 「どうせイチャイチャするなら、変に恥ずかしがらず堂々としているのが一番だよ」 「堂々と、イチャイチャ……」 「と言っても、いくら何でも常識的な配慮は必要だよ」 「人の目があるところで口づけとかしてたら、流石にねぇ。周りにいろいろ言われるだろうしね」 「確かにそうですね。閉鎖的なところもまだまだありますから」 「閉鎖的じゃなくても、人前でそんなことする勇気はありませんよ」 「ははは。でも、人前でなければ僕は何も言わないよ。なんせ2人は恋人、婚約者なんだから」 「変な声が聞こえてきても、襖を開けたりはしないから」 「変な声? 変な声……変な声……変な声……。……………」 「……まっ、まさかそれって……ッ!」 「吾輩もちゃんと席を外すからな。気にするな」 「~~~ッッ、やっぱりからかってる~~~~~~ッッ!」 「もう、お父さんは……」 「まあ祝福してくれてるってことだから」 「変に反対されて、話がややこしくなるよりはいいじゃないか」 とはいえ、下ネタは反応に困るけど。 特に安晴さんは親御さんだから余計に。あまりに大らかな《しゅうと》舅というのも考えものだな。 ありがたいはありがたいんだけどさ。 「――ご馳走様でした!」 「はい。お粗末様でした」 青空の下で、俺は弁当の蓋を閉める。 隣の朝武さんも、手を合わせてから、食べ終えた弁当をしまう。 2人きりの昼食の時間。 「今日の弁当も凄い美味しかったよ。あのハンバーグとか、特に!」 「って……ゴメン。いつもいつも『美味しい』としか言えなくて」 「でもそれは、俺のボキャブラリーが貧困なだけで、適当に言ってるわけじゃないから」 「大丈夫です。それぐらい、わかっています」 「本当? それならいいけど」 「昔なら疑っていたかもしれませんが、今は違います」 「それって、恋人になれたから?」 「それもありますが……実際に表情を見ていると、感想なんて必要がないくらいです」 「そんなに顔に出てた?」 「それはもう。私でもわかるぐらいには」 朝にキスをしたり、昼にはこうして2人きりでご飯を食べる。 そうして、以前には知らなかった一面を知っていく。 ゆっくりとではあるが、着実に2人で一緒に前に進めている気がしていた。 同時に、俺たちの距離がより近づいていることも。 心が近づいたから、以前よりもはっきりと朝武さんの気持ちが伝わってくる。 「……ん……」 俺は手をずらして、朝武さんの手に重ねる。 一瞬、ビクッとして顔を赤く染めながらも、その手を払うことはない。 「………っ」 むしろ手の平を返して、指と指をしっかりと絡ませ合っていった。 「これぐらいは……誰かに見られても、怒られたりしませんよね?」 「そのはず」 「でも……これ以上は、誰かに見られるとマズイですよね」 「確かにキスはマズイ気がする。先生たちの耳に入ったら、流石に忠告せざるを得ないだろうし」 「……はい。でも……――んっ」 「……ッッ」 「こうして、身体をくっつけるくらいは……問題ありません……よね? 恋人同士なんですから……」 「そっ、そうだね」 手だけでなく、腕が密着している。 彼女と触れ合う半身から、熱が広がっていくみたいに、身体が熱くなる。 その熱は、思わず言葉に詰まってしまうほどだ。 「……あったかい」 「うん……」 もはやそんな簡素な返事しか返せない。 それで十分だった。 お互いの気持ちは、繋がった手の平と、触れ合う体温が教えてくれるから。 「………」 無言ではあるものの、決して重苦しくはない。 幸せに浸りながら、2人だけの時間をゆったりと過ごした。 そんな2人の時間は、お昼だけにはとどまらない。 「もうこんな時間か」 「よし。今日はもう終わりにしておこう」 「ありがとうございました」 「では、また明日だ」 「はい」 そうして祖父ちゃんと別れた俺は、辺りをキョロキョロと見回す。 そして―― 「あ、いた」 「有地さん、お疲れ様です」 「待たせちゃってゴメン」 「いえ。それほどでもありませんから」 「じゃあ行こう」 夕暮れの中、2人で歩く時間。 手には柔らかで、温かい感触がある。 「もうすぐ、家に着いちゃいますね」 「……もう少し遠回りしてみる?」 「さすがにそこまでしなくても。回り道しようにも、山の中に入っちゃいますから」 「そうか」 ここら辺は、ほとんど一本道だ。 違う道に入っても、どこからか折り返してこなければならない。 もしくは、山を経由してぐるりと一周するように帰ってくるかだ。 「それに……もう、いつだって手を繋ぐことはできるんですから」 「そうだね」 「俺、朝武さんと手を繋ぐのは好きだよ」 「私も好きです。有地さんの手の感触……」 「トレーニングしてるからボロボロでしょ? やっと少しは豆が硬くなってきたけど」 「私はそれが好きなんです。硬くて、大きくて、力強くて……」 「好きな人と繋がってるんだ……って、感じられます」 「………」 言う人が違えば、完全に下ネタだな、これ。 妙にエロい感想で、思わずドキッとしてしまった。 いや、手を繋いでいる段階で、ドキドキしっぱなしなんだけど。 「朝武さんの手は柔らかいね」 「そう……ですか? そんなこと初めて言われました」 「と言っても、頻繁に手を繋ぐことなんてなかったので……初めてなのは当然かもしれませんね」 「俺も。頻繁に手を繋ぐなんて、朝武さんが初めてだよ」 「こうして今までにない経験をする度に……本当にお付き合いしてるんだなぁ、って実感がわきます」 「手を繋いで一緒に帰ることも、一緒にお昼を食べることも。それに……キス、も」 「………」 「沈黙は止めて下さい……っ。なんだか余計に恥ずかしくなるじゃないですか」 「ゴメンゴメン。そこは無言の同意として受け取ってもらえるかな、って」 「同意なら、ちゃんと言って下さい。不安になります」 「俺も同じ気持ち」 「朝武さんと、こうして知らなかったことを知れることが、もの凄く嬉しいよ」 「……はい」 そうして、昼休みの時のような無言が訪れる。 でもやはり、重苦しいと感じることはない。むしろこのドキドキが、妙に心地よくすらあった。 こんな風に、今までにない経験をする嬉しさ。 それはきっと、俺たち2人で積み重ねた物を実感できるからだ。 実感する度に、心がより近づいているような気がして、幸せを感じると同時に―― 胸を締め付けられるような思いに苦しめられていた。 「ぐッ、ううっ……ッ」 目を覚ます寸前。 身体に、猛烈な違和感を覚えた気がする。 なんだろう……あれ? 動けない? けどもちろん、金縛りとかそういうのじゃない。 剣道の特訓を再開したばかりの頃に似て…… 「…………い゛ッ」 いたたたッ、痛い! 痛くて、身体が動かない。 筋肉痛の酷いヤツに似ていたけど、違う。そういうレベルじゃない! 「な、なんで? 昨日まではなんとも……あっ」 痛むのは、昨夜打ち身があるのをみつけた場所だ。 ひょっとして、遅れて痛みが来たってことか? 交通事故なんかでむち打ちになると、数日後に痛みが来るって知識としては知っていたけど。 こういう感じなのか。 でも、それなら憑代を吸収した影響とか、穢れを浴びたせいってわけじゃないよな? 「ふぅーーー……ふぅーーー……」 しばらく布団の上で丸まったまま、何度か長い息を吐き出してみる。 うん、だんだん楽になって……動けないってほどじゃ、なくなってきたかな? 「よかった……昨日、頑張るって決めたばかりだもんな」 さすがに、いきなり挫折するのは恥ずかしい。 せっかくレナさんも応援に来てくれるって言ってたのに、また余計な心配をさせてしまうだろう。 それに、怪我したからって祟り神が待ってくれるわけじゃない。 「おーい、ご主人? そろそろ起きねば……なんだ、目覚めておったか」 「うん、今、準備しようと思ってたところ」 さあ、行こう。 なんとかなるだろう……たぶん。 「マサオミーーーっ! こっちですよぉーーっ!!」 「れ、レナさん、おはよう」 「はい! おはようございますっ」 アップがてらジョギングで向かうと、レナさんと祖父ちゃんに出迎えられた。 ただし、レナさんはジャンプしながら、両手をブンブン振り回している。しかも、けっこう遠くから! オーバーリアクション過ぎて、さすがにちょっと恥ずかしい。 でも歓迎されてるようで、やっぱり嬉しいかな? 「来たようだな。怪我をしたと聞いてるが、大丈夫なのか?」 「あーうん、でもあんまり激しい筋トレはなしにしてもらえると助かるかな」 「マサオミ、やっぱりまだどこか痛むんですか!」 「いや、大丈夫だとは思うんだけどね、念のため様子を見ようかなって」 別に嘘はついてない。 実際、ジョギングして身体を動かしてるうちに、痛みはだいぶ引いていた。 ……マヒしてるんじゃなければだけど。 「わかった。走るのは、問題ないんだな?」 「それは平気」 「レナさんも、わざわざありがとう。でもその格好、旅館の仕事はいいの?」 「はい! 女将にも許可をいただいておりますゆえ」 まあ、祖父ちゃんが一緒なんだから当然か。 「そのために、急いで朝のお仕事を終わらせてきたのですよっ」 「え!」 「どうしても、今日はマサオミのマネージャーさんをしたかったですから」 「トレーニングの間は、なんでもわたしに言い付けて欲しいですね!」 そこまで……? いや、リアクションが大きいみたいに、表現がオーバーなだけかも。 「スポーツドリンクも凍らせて持って来てるのです」 「おー、助かる! 運動した後にキーンとしていいよね、凍ったスポドリっ」 「マサオミもやりますか? 昨夜、思いついて用意しました」 「他にも汗拭き用の冷やしタオルや、いざというときのお供えでコールドスプレーやテーピング、傷薬なんかも用意してますよ」 「おー……!」 お供えは、備えて、の間違いなんだろうな。そのくせ“しょうやく”って……。 けど、そんなのは些細なことだ。 「レナさん、ありがとう」 「なんか……ここまでしてくれてると思ってなかったから嬉しい、です」 「マサオミは、わたしを守ってくれましたからね」 「だから、わたしもマサオミをいっぱい応援したくなったのでありますよ!」 ああ、多少無理してでも来てよかった。 女の子から応援してもらえるのって、思った以上に嬉しいものなんだなぁ。 とはいえ、急にレナさんが応援に来てくれた状況を、祖父ちゃんはどう思ってるんだろう? 特にコメントしてこないのが、逆に気になった。 「ふむ。せっかくだ、リヒテナウアーさんにタイムを計ってもらうか」 「え? う……うん、今日は走るんだっけ? どれくらい走ればいい」 「30周でいい」 「えっと……多分、1周300M以上はあるだろうから」 9~10kmくらい? 「スピードも全力の80%くらいでいい。ただし、ペースは落とすな」 「お、おう、朝からけっこうハードなトレーニングですね」 「え? 今日はいつもより、楽なはずだけど?」 「そうなのですか!?」 「うんまあ……」 どうやら、いつの間にか俺の感覚が狂ってたみたいだ。 確かに以前なら、朝から10kmも走るなんて考えられなかった。 「とにかく、レナさんはタイムよろしくね? ペース落ちてきたら教えてください」 「はい! お任せあれですよっ」 せっかく応援してもらってるのに、情けないところは見せられない。 俺は軽く気合いを入れて、スターティングポジションをいつもより低めに取ってみた。 「……ッ」 やばっ、身体を屈めた瞬間、痛みが走った。 おかげで、変な汗が湧いてくる。 「どうかしたのか、将臣?」 「う、ううん、平気」 「ならいいが……?」 ここまで来たときも走ってきたんだから、走るだけなら大丈夫なはずだ。 実際、痛みは一瞬強くなっただけで、徐々に引いてきている。 本当にやばくなったら、休めばいいだけだ。ひとまず、やれるところまでやってみよう。 「ではマサオミ、準備はいいですか? よーい……スタートですっ」 「よしっ」 俺は地を蹴って、早朝から学院の周りを駆け始めた。 やっぱり、怪我のことは杞憂だったらしい。 ランニングを終える頃には、むしろ快調を取り戻していたくらいだ。 今はそのまま、レナさんを旅館まで送ってきたところだ。 祖父ちゃんは友達と囲碁をする約束があるとかで、商店街のほうへ行ってしまった。 「わざわざ送ってくれて、ありがとうですね! この後、学院もありますのに」 「これくらいは当然だよ、凍ったスポドリまでもらっちゃったしね」 憑代のこともあるし、できるだけレナさんの様子を見ておかないと。 「けどせっかく見学へ来てくれたのに、ずっと走ってるだけなんて退屈じゃなかった?」 「そんなことないですよ! マサオミを応援するのは、とっても楽しかったですので」 確かに、レナさんはずっと飛んだり跳ねたりしながら、応援してくれていた。 こっちもつい、いいとこ見せようと頑張ってしまった。 「それに、走ってる背中も……じっくり見れましたからね」 「そ、そうなの? でもレナさんは、剣道に興味があったんだよね?」 「ん? ……おー、そうでしたね」 「確かに、今日のはあんまりサムライっぽくはありませんでしたが」 あ、やっぱりそういう系か。 外国の人は好きだよな、サムライとかニンジャ。 「けどマサオミが頑張ってるところは、見てても飽きたりしませんよっ」 「……そうなんだ」 レナさんの感情表現はストレートで、やっぱり少し照れてしまう。 「とにかく剣道らしい練習するのは、放課後だけなんだ」 「おー、ひょっとして放課後もあんなにハードなトレーニングをしているのですか?」 「うん、だから今さらだけど、どうせ見学してもらうなら、放課後の方がよかったかもって……あっ!」 「も、もちろん応援に来てくれたのは、すごく嬉しかったんだけどさ」 なにをしどろもどろになってるんだろ? これじゃ、デートにでも誘ってるみたいだ。 「えへへ、マサオミが喜んでくれたなら、わたしもすっごく嬉しいですよ!」 「ですが、放課後は……さすがに、お仕事を抜けられそうにないですね」 「……そうか、そうだよね」 あれ? なんか、俺ちょっとがっかりしてる? 俺はレナさんが放課後も来てくれるかもって、期待してたのか? 「むむむ、マサオミが剣道するところも見てみたかったですが、残念です……」 「いや! 無理してまで、見に来てくれるほどのものじゃないから」 「俺、実はまだ祖父ちゃんから一本も取ったことないんだ」 「おー、大旦那さんは、そんなに強いのですか?」 「強いなんてものじゃないかな、たぶん素人が見ても高齢者の動きじゃないってわかるレベル?」 「まあ、俺が弱いっていうのもあるんだけど」 「とにかく、一方的に俺がボコボコにされてるだけだから、とてもお見せできないっていうか」 「負けてるなら、わたしは余計に応援したくなりますけどねぇ」 「それにマサオミは、弱くないと思うのですよ! あんなに頑張ってるんですから」 「う、うん、ありがとう」 そう言ってくれるのは、嬉しいんだけどさ。 問題はボコボコにされるというのが、謙遜でもなんでもないってところなんだ。 「リヒテナウアーさん、今戻ってきたんですか?」 「女将! お掃除、手伝いますよ」 「お願いいたします。ですが、ほどほどで学院へ行く準備もして下さいね」 「かしこまりましてござります!」 「リヒテナウアーさん、私にはかしこまりましたで充分ですよ? ござりました、もございましたでお願いします」 「お、おー、日本の敬語は難しいですね……」 レナさんはさっそく門前の掃除を始めてしまう。 「常陸さんも来てたんだ」 「ええ、有地さんこそ、レナさんの様子を見るのはワタシの役目だったかと」 「あー、実はレナさん、剣道に興味があるらしくて、見学に来てくれたんだよ」 「そのついでに送ってきたんだけど」 「剣道に、興味がですか?」 「ん? 外国の人なら、普通じゃない?」 「あは、興味があるのは、本当に剣道なのかと思ったものですから」 「……どういう意味?」 「いえいえ、大した意味は」 「マサオミーーー! マコ? また後で、学院で会いましょう」 「あ、ああうん」 常陸さんの態度も気になったけど、俺も帰って学院へ行く準備をしないとな。 「じゃあまた後で! レナさんも忘れ物しないように気をつけてね?」 「おー、お供えあれば、幽霊なしですね!」 「……は?」 「それって、備えあれば憂い無し?」 「あ! きっと、それですね! 備えあれば憂い無しですねっ」 「そうそう」 「……」 「よく、咄嗟にわかりましたね」 「そうかな?」 「使い方も微妙に間違っていましたからねぇ」 まあ、俺はお供えと備えて、を間違えて覚えてるっぽいことは知ってたからな。 そのまま志那都荘を後にしようとしたところだった―― 「すみません、将臣さん! 少しお待ちいただけませんか?」 「えっ、はい?」 猪谷さんが俺を呼び止めるなんて、珍しいな。 「実は、折り入って頼みたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」 「俺にですか?」 これは、二重にびっくりだ。 「おー、マサオミは女将にも頼りにされてるですね!」 「いや、頼み事されるのは初めてだと思うけど、あの……なんでしょう?」 「俺にお手伝いできることがあるならってところですけど」 「はい。実は、リヒテナウアーさんのことなのです」 「わたしのことですか?」 「なるほど、そういうことですか」 「ひょっとして常陸さんは、心当たりがあるの?」 「いえいえ、ここは猪谷さんのお話を聞かれた方がよろしいかと」 それもそうだ。 「将臣さんと常陸さんは、クラスメイトでもいらっしゃるはずですね?」 「そこでリヒテナウアーさんに、なんと言いますか……日本の常識を教えてあげて欲しいんです」 「ホアッ!? お……女将、わたし、な、なにかまたソソウをしましたか?」 「確かにリヒテナウアーさんは飲み込みがいいほうではありませんが」 「根気よく直そうとする姿勢はいいところだと思っていますよ?」 「そ、そうですか? 少し照れてしまいますね……ありがとうございます、女将!」 「ただし、まだ続きがあります」 「リヒテナウアーさんは1つ教えて直っても、またすぐどこかで間違った言葉を覚えてくるでしょう?」 「しかも……なぜか、旅館にふさわしくない不謹慎な言葉であることが多いんです」 「さっきのお供えあれば幽霊なしも、確かにまずかったかもしれませんねぇ」 「古い旅館って、なんとなく出そうなイメージあるもんな」 「お、おー、申し訳ごじゃりませぬ」 レナさんは、しゅんとしてしまう。 「けど、俺も日本の常識なんて言われても、ちゃんと教えられるかどうか自信ありませんよ?」 「いえ、学院で普段から気をつけてくれるだけでもいいんです」 「なにより、どうやら将臣さんが言ってくれた方が、効果があるようですから」 「え? そうなんですか?」 「先程も一度注意しただけで、リヒテナウアーさんがきちんと覚え直していたでしょう?」 「私なら何度も言い聞かせねばならないところでした」 そう言えば、前にそんな光景を見た気がする。 「けど、たまたまじゃないのかな?」 「ど、どうでしょう? たまたまのような……たまたまではないような……」 「いえ! きっとたまたまではないですねっ」 「そうなの?」 「はいっ、きっとマサオミだから……覚えやすかったと、私も思いますね!」 あんまり実感無いけどな、まあいいか。 「わかりました、気がついた範囲でいいなら」 「いいんですか?」 「はい、レナさんには剣道の練習も手伝ってもらいましたから」 その間、仕事を抜けてもらってたんだから、志那都荘にも恩はあるだろう。 それに、これくらいはお安いご用だ。 「そういうことでしたら、こちらも遠慮無くお願いできますね」 「えへへ、ではマサオミ? 学院でも、よろしくですね」 「こちらこそよろしくね、レナさん!」 約束を交わし、今度こそ志那都荘を後にする。 「あは、ずいぶんと安請け合いをされてしまいましたねぇ」 「そう? なんとかなるんじゃない?」 「まだ具体的にどうすればいいかは、考えてないけどな」 「それはつまり、有地さんのほうに他意はなかったと思ってよろしいんですか?」 「他意? ……一応、お礼のつもりだってのはあるかな」 「あら、これは本当にお気づきになってないのか」 「それとも気がつかない振りをされているのか、レナさんもなかなか大変ですねぇ」 「あの、常陸さんこそ、なにか誤解してない?」 「ふふふ、いずれにせよ。有地さんは大変なことを引き受けてしまったんですよ」 「脅かさないでよ」 「それとも、常陸さんはなにか知ってるのか?」 「あは、まずはそこを実感してもらう必要がありそうですね」 「せっかくですから、ここは皆さんにも協力してもらうことにしませんか?」 「う……うん、別にいいけど?」 でもどうせ、ちょっと大袈裟に言ってるだけだろう。 こんなことで、大変もなにもあるわけがない。 「皆さん、お集まりいただけたようですね?」 「いただけましたですね!」 お昼を食べた後、いつものメンバーにそのまま残ってもらったのだ。 残念ながら、小野さんと柳生さんは用事があったらしいけど。 「ええ、レナさんのことで、お話があるということだったので」 「ひょっとして、なにか問題が起きたんですか?」 「問題と言われれば、問題かもしれませんねぇ」 「あ、あの、もしかして難しい話? だったら、私もいていいのかな?」 「別にいいんじゃないの? 俺だって、帰れとは言われてないし」 「……確かに。廉兄がいてもいいなら、私もいいのかな?」 「もちろんですよ! できるだけ参加してもらえたほうが、わたしは助かりますねっ」 「それで、常陸さん? みんなに協力してもらうって話だったけど」 「いったいなにを始める気なんだ?」 「はい、それではこれより――」 常陸さんがもったいぶって、机を叩く。 「第1回いかにレナ・リヒテナウアーが日本を勘違いしてるか会議、を始めたいと思います」 「はい、よろしくお願いしますね!」 「……」 い、いいのかなぁ? そのネーミング。 まあ、本人が気にしてないようなので、突っ込まないでおく。 「一応、主旨の方は有地さんから説明していただけますか?」 「え? ああ……もともと俺が頼まれたことだからね」 「実は志那都荘の女将さん、猪谷さんからレナさんに日本の常識を教えてあげて欲しいって言われたんだ」 「あー、なるほどなぁ」 「うん。会議を考えたのは常陸さんだけど……確かに俺1人じゃ、本当にそれが常識かどうか判断できないし」 「みんなの意見も参考にできるなら、そのほうが助かるかな?」 人数がいたほうがなにを常識とするか決めやすくなるのは、事実だろう。 「はい、私も皆さんに協力してもらえると助かります! どうでありましょうか?」 「もちろん、それはかまいません、けど、じょ……常識ですか? だ、大丈夫かな」 「あは、突然ヨロピクお願いしますなんて言わない限りは、大丈夫ですよ?」 「あははは、今時そんなこと言う人なんていないよね」 「え、ええ……わかってますよ、もちろん……もう知ってますけど、うう」 「私も勉強させてもらうつもりで頑張ります」 「ん? ……はいっ、頑張りましょうね、ヨシノ!」 「でも常識って言われても、大雑把すぎてどこから教えればいいか……」 「そこは、ワタシにお任せ下さい」 なぜか常陸さんの方がやる気まんまんだ。 なんと、あらかじめフリップまで用意していたのである。 「では記念すべき、第1回のテーマはこちらですっ」 そこには、『おすもう』と書かれていた。 「おー! おすもう、わたしも大好きです!」 「あ、知ってるんだ」 「そりゃそうなんじゃね? 相撲って海外でも有名なんだろ?」 「はい! ウチは一族郎党、みんなお相撲が大好きですねっ」 「茉子? これはテーマを選び間違えたんじゃない?」 「そうですか? ではレナさん、お相撲がなにか皆さんに説明していただけませんか?」 「はい! お相撲とは、ぽっちゃりヌードのすもうレスラーがクレイジーファイトを繰り広げる日本独自のスポーツですねっ」 「……っ?」 「んーーっと……」 なんだろう? コメントしづらい。 「だいたい合ってるのに、なにかが間違ってる気がするのは俺だけかな?」 「奇遇だな。実は俺も、そう思ってたところだ」 「やっぱり……外国の人には、クレイジーに見えるってことなのかな?」 「確かに向こうの人はぽっちゃりなのも、男がお尻を出すのも、よくないみたいなイメージ持ってそうだよな」 「相撲は、もともと神事の一種が変化したものですから……だとしたら、少しショックかもしれません」 「そうなんすか! 言われてみれば、儀式っぽいとこありますね」 「廉兄知らなかったの?」 ……俺も知らなかった。 「おー、シンジというと……お相撲には宗教的な意味があったんですか!? 勉強になりました」 「う、うん、ところでレナさん?」 「どうしてクレイジーなの? ファイトしてるのは、確かだけど」 日本人としては、一応、確かめておきたかったのだ。 「あははは、ひょっとしてマサオミ? 日本の人なのに、知らないですか?」 「お相撲取る前、日本の人、必ずクレイジーと言うでありますよ」 「え?」 思わずみんなを振り返る。だが朝武さんは首を傾げて考え込み、廉太郎と小春は顔を見合わせていた。 常陸さんだけは、無表情で成り行きを見守っている。 「ん? お相撲って、こういうのではなかったですか?」 レナさんは、行司のようなポーズを取ってみせた。 合ってる、と思う。 「審判の人が、こんな感じで……」 「ハッキョウーーーっ、オーコッター、オーコッター……オーコッター、オーコッター!」 レナさんは行司の動きまで再現してるつもりなのか? 左右に反復横跳びをしながら、繰り返す。 「オーコッター、オーコッター……!」 「……っ」 「……オーコッター、オーコッター!」 「~~~っ」 『(これは酷いッ)』 行司、煽り過ぎッ!! まさか、相撲レスラーは発狂した怒りのパワーで戦ってると思っていたのか? 「えーちなみに、発狂ではなく、ハッケヨイ。怒ったではなく、ノコッタが正しいですね」 常陸さんは、この状況にも関わらず淡々と解説してみせる。 「ハッケヨイですか? おー、知らない言葉でしたね、なにか意味があるのですか、マサオミ?」 「俺? ……いや、ただの掛け声じゃないのかな」 「もちろんちゃんと意味がある言葉です、ねえ茉子?」 「はい、ハッケヨイは《はっ》発《き》揮《よう》揚《よう》揚が変化したもので、気力を高めて全力で戦おう」 「今風に言えば、テンション上げ上げで行こうといった意味です」 「残った残ったは、まだ勝負はついてない、双方頑張れという意味ですね」 「へー、日本人でも案外知らないもんだなぁ」 「うん、発揮揚揚なんて日本語、俺も初めて聞いたかも」 「むしろ私達の方が勉強になったかもしれないね」 「あはは、わたしだけではなくて、ほっとしました」 「お相撲はTVで何度も観ましたけど、どうして発狂する必要があるのか、ずっと疑問だったですよ」 「そこは気付いてたんだ」 「はい、でもわたしの国でいうバーサーカーと、同じ意味だと勝手に思っていました」 あー、バーサーカーも北欧なのか? 「とにかく、レナさんの誤解が解けてよかったよ」 「はい! わたしも前よりお相撲のこと詳しくなれて嬉しいですねっ」 確かに勉強にはなった、けど…… 明日になったら、誰も“発狂怒った”の部分しか覚えてなさそうな気がするのは、考え過ぎだろうか? 「ありがとうございます、マサオミ! 今日は勉強になりました」 「いや、俺はなにもしてないよ」 学院が終わって、今度はレナさんを志那都荘まで送ることにした。 今のところ悪影響があるようには見えないけど、レナさんは憑代の欠片を大量に吸収している。 念のため、側にいるに越したことはないだろう。 「それよりも、レナさん? 身体に変化はない?」 「駒川さんからも、ちょっとでも変化があったら知らせるように言われてたでしょ」 「わたしは平気ですね、そういう変化は起きないのかもしれないですよ」 「そうか、でも油断はしないでね?」 「はい、なにかあったらすぐに知らせますね! マサオミこそ、大丈夫なのですか?」 「えっ、怪我のこと? それなら、たぶん……」 「もちろんそれも心配ですが、マサオミの中にも欠片が吸収されているのですよね?」 「あーそうか……んー、俺の場合、吸収したのは少しだろうし、ずいぶん前の事みたいだから」 「変化があったとしても、もう慣れちゃってるかもな」 「量は少なくても、わたしよりずっと長く身体の中に入っていたんですよね?」 「でしたら、マサオミの方が強い影響を受けていることも考えられませんか」 「言われてみれば、そうかな?」 「でも俺の場合、本当に実感ないから」 「わたしも似たようなものですね……けど」 なぜか、レナさんが少しはにかむようにした。 「マサオミは……万一のことがあるかもしれないと、心配してくれているんですよね?」 「え? う……うん、まあ、レナさんにもしものことがあったら、志那都荘も困るだろうし」 「せっかく外国から来てくれたのに、悪い思い出を作って欲しくないっていうか」 あれ? どうして俺、こんな言い訳がましいことを言ってるんだろう? 「とにかく、なにもないに越したことはないわけだしさ」 「えへへ……ありがとうございます、マサオミ」 「ですが、わたしのことは本当に心配ないですよ! むしろ……ちょっと、嬉しいところもありますから」 「嬉しい? 欠片を吸収しちゃったことが?」 「もともとレナさんはお守りにしてたから、そう思うのかもしれないけど」 「それもあるかもしれないですが……マサオミが、たくさん心配してくれますし」 ……え? 「マサオミの中にも欠片があるなら、わたし達……一緒ですよね?」 「そうなるけど……え? ひょっとして、それが嬉しいの?」 「……はい、少し変かもですが……マサオミと一緒なのは、嬉しいですよ?」 状況がわかってないと注意するべきだろうか? けど……これって、少なくともレナさんから嫌われてるわけじゃないってことだよな? だとしたら、俺も嬉しいと思ってしまったのだ。 「も、もう、レナさん? だからって、体調にはちゃんと注意してね?」 「マサオミこそ、ちゃんと注意して欲しいですね。マサオミに万一のことがあったら……困りますから」 「それはわかってるつもり」 でも俺って、みんなから同じ様なこと言われてる気がするな。 「むー、なんだか信用できないですね」 「ええ!? いや、どっちにしろ俺はいいんだって、心配なのはレナさんだから」 「いいえ、マサオミの自分のことを後回しにしようとするところが、信用できません」 まさか、レナさんからそこまで言われてしまうとはな。 「ですから……」 「え?」 急にレナさんの手が、手のひらの中へ滑り込んできたのだ。 「こ……こうしておけば、安心ですね?」 「もし……急に体調が悪くなったとしても、すぐ気づけるはずですから」 「あ、うん、なるほど……え?」 俺は混乱して、馬鹿みたいにドギマギしていた。 お、落ち着け。 外国の人はタッチが平気なはずだし、俺からも手を握り返すべき? でないと失礼かも…………え? 「……~~~~~っ」 レナさんは、真っ赤になって俯いていた。 そう言えば、彼女は裸を見るだけで固まってしまうくらいの恥ずかしがり屋だった。 なのに……あれ? 本当に、手を握り返していいのかな? もしそんなことをしたら、特別な意味が生まれてしまいそうで、つい躊躇ったのだ。 「えへへ、い……行きましょう、マサオミ?」 「う、うん」 長いようで短い時間の後、志那都荘へついてしまう。 「も……もう、ついてしまいましたか」 「そうみたい」 この間、会話で盛り上がったというわけでもなく、普段とそう変わらなかったように思う。 にも関わらず、2人の間に以前より親密な空気が流れていた。 ただ今度はいつ手を離せばいいのか、タイミングがわからなくなっていた。 てか、自分から離していいものなのかな? 「あ……あの、マサオミ? わたしは、お仕事がありますから」 「あ、ああっ、そうだよね! 俺も、これから練習だし」 結局、慌てて手を離す羽目になった。 だが―― 「では、マサオミ……」 「えッ!?」 いきなりレナさんが両手を広げて、迫ってきたのだ。 うそッ、抱きつかれる!? 「お……おう? ……そうでした、日本では挨拶のハグをしてはいけないのでしたね」 「あ、ああ、挨拶? そっか、びっくりした」 俺は、反射的に後ろへ仰け反っていたのだ。 どうやら、レナさんは寸前でそれに気付いたらしい。 「はい、わたしの国では親しい人同士ではハグをします」 「つい忘れて、癖が出てしまうところでしたよ、驚かせて申し訳ないです」 「い、いや、こっちこそごめん! 悪気はないんだ」 俺の態度は、非常に不味かった気がする。 不味いとわかっていたけど、もともと日本の常識を教える約束だったのだから、これでいいのか? レナさんもハグはしないようにしてたみたいだし。 でも挨拶なら、気にすることも……いや! 気になるに決まっている。だって…… あんなの押しつけられたら、俺はまともでいられない自信があるッ!!(迫真) 「とにかく、レナさんとハグするのが嫌で、避けたわけじゃないから! それは信じて欲しい」 「で……では、マサオミは……わたしと、ハグしてくれますか?」 「へ? ま、ま、待って、レナさん!?」 「それとも……やっぱりわたしとハグするのは、嫌でしたか?」 「そ、そうじゃなくて! 少し考える時間が欲しいっていうかっ」 どっちかと言ったら、俺もハグしてみたいです! してみたいけど、俺には男の欲望を滅しきれないというか、クラスでの扱いも廉太郎以下の最低ランクになりかね…… 「おや、将臣さんとリヒテナウアーさんでしたか?」 「わああッ!? い、猪谷さんっ」 いいところで邪魔を……いや! いやっ、これでよかったんだ。 助かった。 「お、女将! ただいま、戻りましてございます」 「おかえりなさい。お二人とも、学院はどうでしたか?」 「え、ええ、今日はみんなで相撲について話したんですよ」 「…………え?」 「そうでしたか……」 あれ? 今一瞬、猪谷さんの目が死んでるように見えたのは、気のせいか? そのとき、旅館の中からドッと笑いが起こるのが聞こえてきた。 どうも、社員旅行かなにかでやってきた団体のお客さんが、ロビーに備え付けられたTVを観てるらしい。 音を聞く限り、これは……相撲中継かな? なのに、なぜ笑いが? 「も、もうダメだっ! 発狂ーー怒った、にしか聞こえないわ!」 「き……昨日の仲居さんのせいで、これから相撲見る度に思い出しそうっすよ!」 「……」 おそらく常陸さんがあのネタを仕入れたのは、昨日旅館で監視をしていたときなんだろう。 「……手遅れ、でしたか」 「いえ、苦情があったわけではありませんから、かまいません」 「リヒテナウアーさんも、これからは気をつけて下さいね」 「はい! お相撲はクレイジーではなく、発揮揚揚だと伝えていくつもりですっ」 「では、お仕事の準備にかかってください」 「将臣さんも、大旦那さんがお待ちのはずですよ」 「はい、じゃあ俺はこれで、レナさんも」 一礼して、いったん背を向ける。 「マサオミ! ひょっとしたらですけど、ケンドウの練習終わった頃なら、少し顔出せるかもしれません」 「え? お仕事あるんじゃないの?」 「それまでには、一段落するはずです」 「そうなんだ。でも、あんまり無理しなくていいよ?」 「大丈夫です、マサオミこそ無理しないでくださいね」 「……うん」 今朝起きたときには感じた痛みも、身体を動かしているうちにいつの間か消えている。 これならたぶん、なんとかなるかな? レナさんなんて、あの戦いの後も休まず働いてるくらいなんだから。 俺だって、まだまだ頑張れるはずだ。 だが、どうも見込みが甘かったらしい。 いつも通り、祖父ちゃんと掛かり稽古へ入ったところだった。 「わッ……え? グッ!!?」 軽く受け太刀しただけだったのに、体幹を捻った拍子にまたも激痛が走ったのだ。 そのため踏ん張りが利かず、背中向けにドーンと倒れてしまう。 「なに!? 将臣っ……おい、将臣!」 いや、祖父ちゃんのせいじゃないから。 ただちゃんと受け身が取れなかった上、剣道の防具は後頭部を守っていない。 よくない頭の打ち方をしたな、と思っていたら、案の定…… ……そのまま…………気を失ってしまったのだ…… 「ん? んん…………ん?」 駒川さんの、診療所か? だが、それにしては違和感がある。 母親の胎内で羊水に包まれているような、柔らかく心地よい感触が…… ぼよんっ、ぼよよんっ そう、このぼよよんとした感触! これはいったい!? 「マサオミ? ひょっとして目が覚めたですか、マサオミ!?」 天国かッ!!? まさか俺は診療所じゃなくて、天国にいるのか!? 「と、ということは……俺は、死んだ?」 「なにを言ってるんですか、マサオミ? しっかりしてください、ちゃんと生きてるんですよ、マサオミ!」 天使がなにか言っている。 いや、大きくて柔らかいものに視界を遮られていて、顔は見えないが…………あれ? 「ひょっとして、レナさん? えッ!?」 「ひゃん!?」 慌てて起き上がろうとして、鼻先を下乳にぶつけてしまう。 「ご、ごめんなさいっ」 すぐに頭の位置を戻すと、今度は後頭部に太股の感触が……本当に天国じゃないのが不思議だ! って、なにを考えてるんだ? 落ち着け! 「いいですから、マサオミ? ちゃんと大人しくしててください」 「頭を打って、ここへ運び込まれたんですよ?」 「そう言えば……そんな記憶があるかな? 祖父ちゃんと駒川さんは?」 「駒川先生は往診へ出てたみたいです、大旦那さんが捜しに行ってくれましたので」 「その間、マサオミを見てるよう頼まれたですね」 「なるほど、けどだからって膝枕までしてくれなくても……もう起きられるから、レナさん?」 「動いちゃダメですよ、マサオミっ」 くしゃりと、髪を撫でられる。 「……心配、したんですからね?」 「あっ…………ごめん」 涙目になられると、どうも弱かった。 ただ…… 「わたし、無理はしないで欲しいとお願いしましたよ?」 「う、うん、その通りだ……」 ただ、俺の視界からはドでかい山脈越しに会話してるようなものなのだ。 そのせいか、いまいち緊張感を持てずにいた。 おまけにレナさんが少し前屈みになるだけで、胸に《そび》聳える柔らか山脈が顔面を圧迫してくるのである。 まったく、なんてデカさだよ!? マンガやアニメに出てくるキャラクターを見て、あんな大きさは非現実的だと思っていたけど違った。 俺は今、これが世界の広さだと痛感している。 「マサオミ? ちゃんと聞いてるでありますか!」 「う、うぶっ、しょれは……はれ?」 柔らか山脈に口を塞がれ、うまくしゃべれない? 「マサオミ、顔が真っ赤になってますよ? さては……」 まずい、バレたか? 不可抗力とはいえ、さすがに怒られそうだ。 「膝枕されるのが、恥ずかしいんですね!」 惜しい! 正確には、太股とおっぱいでサンドイッチされてるのが恥ずかしくて、嬉しい。 けど抜け出すなら、今しかないだろう。 このままじゃ、俺の理性がもたない。 「じ……実はそうなんだ、だからせめてベッドに寝かせて欲しいんだけど」 「んー、ダメですね」 「え? ど、どうして? レナさんは、恥ずかしくないのか?」 「むむむ、しょれは……そうですが、やっぱりダメですねっ」 「マサオミがちゃんと約束してくれるまで、離してあげません!」 「約束?」 「今度こそ、もう無理しないって約束して欲しいです」 「あっ……」 「大旦那さん言ってました、今日はときどき動きがおかしいのに気付いてたそうです」 「マサオミはたぶん、後から出てきた痛みを甘く見たのではないかと」 さすが祖父ちゃんだ。すっかり見抜かれている。 けどそれなら、少しは手加減して欲しかった。 「だとしたら、わたしのせいですから……」 「え?」 「祟り神と戦ったときの怪我のせいですよね?」 「なのに、応援なんかしたから……かえって無理をさせたのではありませんか?」 「いや! 違うよ、それは違うからね、レナさん?」 まさか、責任を感じて膝枕してくれてたのか? 「応援されたのは凄く嬉しかったよ?」 「これは本当に俺が馬鹿なだけで自業自得っていうか、変な体勢になると痛むだけだから平気だと思っちゃったんだ」 「それに……レナさんの方が、俺よりずっと頑張ってるじゃない?」 「わたしが、マサオミよりですか?」 「うん、なんか負けてられないって思っただけで、いや! もちろん、レナさんのせいって言うわけじゃなくて」 「要するに、その……いいとこ見せようとしちゃったんだ、馬鹿でしょ?」 「……」 ひょっとして、あきれさせたのだろうか? レナさんが黙り込んでしまう。 「えっと、レナさん?」 「マサオミはなにか勘違いしてますね? わたしは、そんなに頑張ってないですよ」 「女将には叱られてばかりですし、しょっちゅう失敗ばかりしてますね」 「旅館のお仕事は大変ですが、だからこそみんな、隙を見つけてはこっそり休んでたりするのですよ」 「そう、なの?」 「自慢ではありませんがここだけの話、わたしはこっそり力を抜くのが上手いんです」 「だいたい、わたしがそんなにしっかりしてたらですね」 「マサオミも常識を教えて欲しいなどと頼まれないですよ」 「う、うーん、どうなんだろ」 なんとなく、わざとそう言ってるように感じてしまう。 だってもし本当に手を抜いてたら、猪谷さんが気付かないはずはないからだ。 「とにかくわたしのほうが全然ダメダメなのに、マサオミばっかり頑張ってはダメですよ?」 「ダメダメかどうかはわからないけど」 「レナさんに看病ばっかりさせてちゃいけないよな」 「うーん……それは別にいいですけどね、ちょっぴり……役得でありますから」 「マサオミの寝顔を、じっくり見れますからね」 また、レナさんに優しく頭を撫でられてしまう。 なんだか、妙にくすぐったい。 「とにかくもう、無理はしないで欲しいです」 「うん、そのつもり……さすがにもう反省したから」 「あー……お二人さん、そろそろいいだろうか?」 「こ、駒川さん!?」 「きゃん!?」 慌てて起き上がろうとして、またレナさんの下乳にぶつかる。 そしてバウンドしながら、太股へ戻された。 痛……くない、柔らかい。 「も、もうなにしてるですか、マサオミ?」 「ハグはしてくれないのに……大胆すぎますよぉ~」 「ご……ごめん、そういうつもりじゃっ」 「有地君が頭を打ったと聞いて、急いで戻ってきたんだがね」 「君達はコントをしているのか?」 うっ、思いっきりあきれられてるな。 「あれ? そう言えば、祖父ちゃんは? 確か駒川さんを呼びに行ってくれたはずじゃ」 「玄十郎さんなら、部屋の様子を見て先程帰ってしまった」 「…………え?」 まさか、見られてた? 女の子に膝枕されてるところを、身内に見られてたなんて……や、やばい、顔から火が出そうだ。 「そう言えば、伝言を預かってるんだった、有地君に一言」 「許せ、と」 「なにを!? 怪我のことなら気にしてないから、戻ってきて!」 「祖父ちゃんッ!! 祖父ちゃーーーーんっ!!?」 なにかとんでもない誤解をされてる気がするっ、絶対されてる!! 「それだけ元気なら大丈夫そうだが、一応、診察しておこうか」 「念のため、リヒテナウアーさんもね」 「はい! 欠片のことを調べるんですね」 診察の結果、幸い怪我自体は大したことないとわかった。 レナさんの方も、ひとまず医学的には問題なしということで、ほっとしたものの……。 明日から祖父ちゃんに、どんな顔をして会えばいいんだろう? どっちにしろ、練習は休みになりそうだから、なんとかその間に忘れてくれないだろうか……。 「おかえりなさいませ、有地さん」 「ただいま……ひょっとして、練習中にぶっ倒れたこと聞いちゃった?」 「あは、どうやらご無事のようでなによりでした」 「ごめん、心配かけて」 「いえいえ、しかし今日は一日中レナさんとご一緒だったようですね」 「ひょっとして、レナさんから連絡あった感じ?」 「ええ、診療所にも付き添われたとかで、なんだか急にべったりになられましたねぇ」 「うーん……レナさん、俺が怪我したことで責任感じてるみたいなんだ」 「まあ有地さんは、練習を見に行かれたりしたのも、責任を感じてるせいだとお考えで?」 「え? わからないけど……そういうことじゃないのかな?」 ひょっとしたら、もっと別の思いがあるのかもと、考えなくはない。 けど少なくとも、人に話せるほどの確信は持っていなかった。 「そうですかぁ、それはそれで有地さんらしいかもしれませんねぇ」 「常陸さん、なにか知ってるの?」 「あは、それをお尋ねになるのは相手をお間違えになっているのでは?」 「……レナさんに、直接聞けってこと?」 ニッコリ笑った常陸さんは、その質問には答えない。 「芳乃様もご心配されてるようですからねぇ」 「……っ」 そのとき、廊下の方から物音がした。 ひょっとして朝武さん、俺を迎えに来ようとしてくれていたのか? 「俺って、みんなに心配かけてたんだな」 「あは、ようやくお気づきでしたか?」 「うん……」 どうも状況がすぐに悪くなることはなさそうだし、今はちゃんと無理を控えよう。 差し当たって、しばらくは大人しく療養だな。 「とはいえ、せっかくレナさんが応援へ来てくれるようになったのにな」 って、俺はなにを残念がってるんだ? そのレナさんにも、心配をかけてしまったばかりだろう。 「やっぱり俺、レナさんのことが気になってるのかな?」 それがどういった意味なのか? まだ、俺の中でもはっきり形になっていなかった。 とにかく、今日のところはさっさと寝よう。 身体を休めて少しでも早く復帰を目指すのが、今できる一番前向きな方法だろうから。 これは……どうも、またあの夢を見ているらしい…… しかも今度は、あのリヒテナウアー氏の娘さん、レナさんのお祖父ちゃんのお祖母ちゃんの《そば》側から始まったのだ。 どうも少女は、1人でいるらしい。 彼女は穂織へ来てから、ほとんどの時間を1人で過ごしていた。 父親は先日知り合った日本の青年を助手に、あちこちで講演をして回っており、母もその手伝いをしていたのだ。 蒸気機関がいかに凄く、安全なのか、地域の人に知ってもらおうというのである。 ……そんなことも、頭の中へ湧き出るように情報を取り出すことができた。 ムラサメちゃんの言っていた欠片の記憶が再生されている、という説にも真実味が出てきた。 少女はここへ来てから、ときどき森を振り返ることがあった。 そこになにか怖いものが潜んでいるような、呼ばれているような、不思議な感覚がしていたのだ。 『怖がらなくていいのよ? 森にいるのなら、きっとトロルね』 『私の国に住んでるイタズラ好きの精霊なの』 ……トロル? ひょっとして、お母さんが北欧の人だったのか? 『トロルが見えるのは幸運の証なんだから、貴女はきっと誰より幸せになれるわ、ふふふ』 こう言ってよく、母親は少女を慰めていた。 少女はもともと、おかしなものを見ることができる霊感体質だった。 「(なんだって?)」 「(ホアッ!? わたしも初耳です)」 あ、やっぱりレナさんも今、同じ夢を見てるのか? 「(と……とにかく、続きを見てみよう)」 「(は、はい)」 けど性格が内気だったこともあり、少女はなかなか日本の子供達と馴染めずにいた。 異人を知らない彼らにしても、声をかけようとはしなかった。 結果的に遠くからみんなが遊ぶのを眺めるだけで、仲間外れにされるような格好になっていた。 「(お祖父ちゃんのお祖母ちゃん、可哀想ですね……)」 「(うーん、でもしょうがなかったのかも)」 「(だって当時の日本人は金髪碧眼の女の子なんて、見たことも聞いたこともなかったはずだからな)」 「(で、ですが)」 なにより、少女自身も日本の男が怖かったのだ。 いつでもむっつりしていてあまり笑わない。 特に父親についている青年などは典型的な日本男児で、婦女子の前で笑顔を見せるなど軟弱者のやることと言わんばかりであった。 「あの人はきっと、わたしのことが嫌いなんだわ」 「なのにお父さんは、どうしてあんな人を気に入ったりするのかしら」 「(へ? ……ど、どどどッ、どういうことですか、マサオミ!?)」 「(お祖父ちゃんのお祖母ちゃんとお祖父ちゃんのお祖母ちゃんが結ばれないと、わ、わたしも生まれてきませんよ!?)」 「(落ち着いて! 混乱しすぎだから!)」」 「(とにかく続きを見てみないことには、まだわからないんじゃない?)」 「(ですが、お祖父ちゃんは2人を仲良し夫婦だと言ってたはずなのに……)」 「今帰ると、まだあの人がいる……もう少し、外にいよう」 「あの人といるくらいなら、1人の方がマシだもの」 ま……マジか? すんごい嫌われてるな、レナさんのお祖父ちゃんのお祖父ちゃん。 これはレナさんでなくても、心配になる。 「早く……国へ帰りたい」 「どうして私だけ、こんな遠い国まで来なくちゃいけないの?」 「本当は友達だってたくさんいたのに、どうして私だけ……」 だがそのとき、またも森へ呼ばれる声が聞こえた気がしたのだ。 「……え?」 気付くと、森の方へ足を踏み出していた。 なぜかあっちに友達がいるような気がしてしまったのだ。 でも、そんなはずはない。 寸前でおかしな衝動を抑え込んだ――はずだった。 「おいっ、こら!」 「!!?」 驚きのあまり、思わず駆け出していた。 すると、なんとあの怖ろしい青年がなにか叫びながら、必死に追いかけてきたのである。 少女はもうがむしゃらに森の中を逃げ回った。 「……ッ!?」 背後で小さな悲鳴のようなものを聞いた気がした。 けど、それがなにを意味するのか考える余裕さえ失っていた。 そして―― 「あっ……ここ、どこ?」 森で迷子になってしまったのだ。 なんとか町へ出ようと、少女はさまよい歩いた。気付くと、少女は泣きべそをかいていた。 帰りたい、帰りたい…………1つに戻りたい。 「(ん?)」 少女の思考に、雑音が混じった気がしたのだ。 「帰りたい……どこに? 私の国、みんなのところ……」 「みんな1つのところに……1つに戻りたいっ」 茂みの奥で、何かが動いた。 夜の闇に紛れて、姿ははっきりしない。だが、それは忘れたくても忘れられない。 俺達もよく知る気配だった。 「(た、祟り神ですねっ!)」 「……トロル?」 なんと、少女は祟り神へ向かって手を伸ばしてしまったのだ。 「(あ、危なッ…………え?)」 祟り神は少女を襲うどころか、好きに身体を触らせていたのだ。 1つに戻りたい……1つに戻りたい…… 「そうなんだ、あなたも……」 「(お祖父ちゃんの、お祖母ちゃん!?)」 瞳から光が消えていく。 まさか、祟り神から操られそうになってる!? だがその寸前! 突然、見慣れた鉾鈴が祟り神の身体を貫いたのだ。 彼女が身に包む巫女服にも、見覚えがあった。 まさか、朝武さん!? いや、そんなはずはないから、当時の巫女姫様か? 付き従っているのは壮年の男性だったが、こちらは常陸さんと似た格好をしていた。 「SAH,MOU SHINPAI ARIMASENYO」 「? ……あ、ああ」 ……さあ、もう心配ありませんよ? 俺達には意味が伝わっていたけど、ひょっとしてこの子は日本語がわからなかったのか? 少女はそのまま、巫女姫様の腕の中で気を失ったらしい。 志那都荘へ戻ってくると、そこには村中の人が集まっていた。 「YOKATTA,FOO...HOTTOSHITAYO」 「AH、SINPAI SHITETANDAYO?」 「……?」 皆、笑顔を浮かべていて、少女は誰にも叱られないのが不思議だった。 実は穂織の人達も、言葉が通じないことで気後れをしていただけで、本当は異国から来た家族を気づかってくれていたのである。 そのことを少女は初めて知ることになった。 そこへあの、いつもむっつりしている青年が姿を現した。 だが彼はやけにボロボロになっている上、添え木をした足を引きずっていたのだ。 「すまない……驚かせるつもりじゃなかったのに、よかった……本当によかった」 「僕はただ、森へ近づくのは危ないと伝えたかっただけなんだ、すまなかった」 「……~っ」 彼は、追いかける途中で斜面を滑り落ちたのだ。 骨折した足でほとんど這うようにして村へ戻り、助けを呼んでくれたのである。 泣きながら謝る姿を見て、少女もようやく気付けた。 本当はいい人だったんだと。 「ごめんなさい、私こそ…………え?」 手を開くと、いつの間にかそこに欠片が握られていた。 「(憑代の欠片だ!)」 「(わたしの家に伝わってたのと同じですね)」 きっとトロルからの贈り物だ。なら、幸運をもたらす物に違いない。 自分が周りの人と打ち解けるきっかけをもらえたのも、トロルのおかげなのだと。 少なくとも、少女はそう信じた。 「あ、あの、これ……差し上げます」 「……え?」 「拾った物ですけど、きっと……お守りですから」 「誰より幸せになれるお守り、です」 青年は、欠片を月明かりにかざしてみせる。 呪いを産み出す元凶とは思えぬほど、それは美しく輝いていた。 「確かに、そうに違いない」 「……うん」 奥手な2人は、このとき生まれて初めて異性と微笑みを交わし合ったのである。 「(……)」 「(……)」 さて、鉄道延伸計画は結局、頓挫してしまった。 トロルが住むこの森を破壊したくない。穂織の地を、このままにしておきたい。 そう願うようになった少女が、父を説得したのである。 リヒテナウアー氏は、やはり紳士だったらしい。 愛娘のワガママにも、ご自慢のヒゲをピンと摘み、実は私もそうしたいと思っていたのだと答えたのだとか。 こうして穂織は、今も陸の孤島をやっているというわけだ…… 「むぅ~、まさかレナの先祖が穂織とそこまで深い関わりがあったとはな」 長い話を聞き終え、ムラサメちゃんは腕組みをして唸り声を上げる。 「当時、蒸気機関車が来てくれれば、今も電車が通っていたんでしょうか?」 「夢のある話だけど、森を開くのはやはり無理ね」 「私は開通しなくてよかったと思う」 「もちろんその通りですが、地元民としては複雑な気分がいたしますねぇ」 「……う、うん」 朝武さんと常陸さんも、うんうんと頷き合っている。 その隣で、俺は1人正座させられていた。 「すぴ~……すぅ~、よかったですねぇ……お祖父ちゃんの、お祖父ちゃんも、お祖父ちゃんの……お祖母ちゃんも」 さらに後ろでは、レナさんがまだ爆睡していた。 その魅惑のボディもダイナミックなら、その寝相もダイナミックだ。 「さて、有地さん? 昨夜と同じではありますが、まだなにがあるか予想できない状況ですからね」 「念のため後をつけさせていただきました」 「う、うん」 「もちろん、有地さんに責任のないことだというのはわかっていますけど」 「毎晩というのは、いくらなんでもレナさんに迷惑ではないですか?」 「女の子には、その……男の子に見られたくない姿というのも、あるはずですから」 「まったく、その通りだと思う」 「すぴ~……ふひゅひゅ~……すぅ~……ふふふふふ」 レナさんは気にしないようなことを言ってくれていたけど、さすがにこの姿を見られたがってるとは思えないもんな。 「有地さん! なにをじっくり観察しているんですか?」 「い……いや、そういうつもりじゃ!」 「やっぱり眠るとき、俺を柱か何かに縛り付けてもらったほうがいいのかな」 「そうはいくまい、吾輩達も有用な情報を得られなくなる可能性があるから」 「ワタシ達にも大目に見ろと言うわけですか?」 「というより、レナのことならあまり気にしなくてよいと思うぞ?」 「ムラサメ様、それはいったい……」 「ふひゅひゅ……あーマサオミだぁ~、えいっ」 「わっ、とと! れ……レナさん!?」 いきなり、背中から抱きつかれたのだ。 姿は見えないが、ビッグバン級のインパクトが背中へ押し当てられていた。 「だ、だだ、ダメだよ、レナさん? あた、あたっ当たって……!」 「んぅ~、ハグは……ただの挨拶、ふにゅにゅ…………すぴ~」 「れ、レナさん? ちょっと寝ないでっ、このまま寝ないで、レナさん? レナさん!?」 「ふひゅー…………ふひゅひゅひゅ~」 ダメだ、引っ付いたまま再び眠りへ付いたらしい。 「まあ、こういうことだ」 「こういうことって?」 「あは、邪魔者はワタシ達の方だったということですかぁ?」 「ん、んんぅ~……だとしても、あまりいいこととは思えないけど」 「そう思うんだったら、朝武さん? レナさんを引き剥がしてくれないかな?」 「俺1人では上手くできないっていうか」 「いえ、それはそれで恨みを買いそうですから、やめておきます」 「え? ちょ、ちょっと!?」 朝武さんと常陸さんは、さっさと部屋を出ていこうとする。 「ま、待ってよ? まさか、助けてくれないつもり?」 「助けが必要なようには見えませんから、ではごゆっくり」 本当に帰ってしまった…… まあ、レナさんに抱きつかれて、ちょっと嬉しかったのは……いや、かなり嬉しかったんだけどさ。 それに……やっぱり、みんなから見ても、レナさんは……? 「それより、ご主人よ」 「あ、ムラサメちゃんは残ってくれたんだ?」 しかも助けてくれるつもりなのか、レナさんの背後へ周り込み…… 「おおおおっ、柔らかい! 温かいぞ、ご主人!?」 「ふにゃふにゃ……んんぅ~、ぽかぽかですねぇ」 「ちょ、ちょっとムラサメちゃんまで、どうしてレナさんの背中に張り付くの?」 俺は2人分の体重を支えている格好だ。 「いや、同じおなごの身体に触れられるというのは、やはり落ち着くと思っての」 「ああ……」 新たにレナさんもムラサメちゃんに触れられるようになったんだよな。 なのに、俺のときみたいに甘えていなかったのは遠慮もあったんだろう。 「けどだからって、寝ぼけてるときにやらなくても」 「ご主人に言われたくはないぞ」 「いや、これはだって……ムラサメちゃんこそ、レナさんが起きてるときにお願いしてみたら?」 「レナさんなら、嫌とは言わないと思うよ」 「むむむ、だが吾輩には、御神刀の管理者としての威厳もあるからな」 ムラサメちゃんは姿勢を正して、レナさんから離れてしまう。 「それよりご主人よ? 今回の夢には、重要な意味が含まれていたであろう」 「ひょっとして、さっきもそれを言おうとしてたのか?」 抱きつく前も、何か言おうとしてたもんな。 たぶん、途中でレナさんの無防備な背中を見て、誘惑に負けたのだろう。 「ええい、茶化すでない! ご主人が報告したのだぞ?」 「レナの先祖も、祟り神に操られそうになっていたと」 「ああっ」 「つまり欠片に共鳴してしまったのは、レナが初めてではないということだ」 「確かに、あのときのレナさんと状態が似ていたと思う」 「けど、当時ムラサメちゃんはどうしてたんだ? 巫女姫様はいたのに、姿がなかったような」 「……その娘は、芳乃によく似ていたのだったな?」 「なら、おそらく7代前の巫女姫であろう」 「ん、7代も前なのか?」 「時代もちょうど同じくらいのはずだからな」 レナさんのお祖父ちゃんのお祖父ちゃんは4代前のはずだから……その倍近くも、世代交代が早い。 朝武の巫女姫が短命であることを、不意に意識させられてしまう。 「だとすれば、叢雨丸の使用者がいなかった時期とも被る」 「なら遭難者の捜索には、参加しなかったかもしれん」 「仮にみつけられても知らせる相手を捜すのが、また手間だからな」 「そうか、俺の居場所がわかるのも、叢雨丸に選ばれたからだもんな」 「加えて言葉が通じなかったのなら、ろくな聴取はできなかったろう」 「せっかくの情報も手に入れようがなかったわけか……」 だが夢のおかげで、拾い直すことができた。 「もっとも、当時は話を聞けたとしても、情報を生かすことができたかわからぬがな」 「確かに、欠片のことも、最近わかったばかりだもんね」 「うむ、それでその欠片だがな、ご主人?」 「レナの先祖は、長年欠片を持っていたというわけではなく、そのとき初めて手に入れた」 「だというのに、共鳴を起こした」 「あっ、じゃあまさか! レナさんが操られたのは、欠片とは関係ないってこと?」 「元にいた場所に帰りたい、仲間のところへ帰りたい……1つに戻りたい」 「その気持ちが共鳴の原因だとしたら?」 「ひょっとしてレナも……同じ事を考えていたのではないか?」 「……っ」 一瞬、目の前が暗くなった。 「レナを穂織から離れさせることも、考えねばならぬかもしれんな」 「……………………」 ムラサメちゃんがレナさんへ手を伸ばす。その指先が寂しげだった。 けど、寸前で手を引っ込めてしまう。 触れたくても、触れるべきではない。そう言ってるようだった。 俺は……なにも言えなくなっていた。 つまり、レナさんを地元へ帰すべきと言っているのか? じゃあ、俺も……レナさんと会えなくなる? 「ふにゃふにゃ…………おやぁ~、マサオミがいますねぇ?」 「れ、レナさん、起きたの?」 俺は後ろを振り返らないようにした。 《・》当《・》た《・》っ《・》て《・》る感触からして乱れた寝間着は、ほとんど半裸になってるはずだからだ。 「はいー……お祖父ちゃんのお祖父ちゃんは、お祖父ちゃんのお祖母ちゃんのお父さんの正式な弟子になってですねぇ」 「ドイツで暮らすうちに……ラブラブに、なっていったですねぇ、えへへへ」 「そ、そうなんだ……」 「おやぁ、マサオミはどうして? わたしのほうを見な…………ふぇああッ!?」 ようやく、自分の状態に気付いたらしい。 「お、俺は外に出てるから! じゃ、じゃあっ」 「ま、待って欲しいです、マサオミ!」 おおおおっ、せ、背中にぼいんって来た! 立ち上がろうとしたところで、レナさんが腕に力を込めてきたのだ。 「なっ、なっなっ、なに? レナさん?」 「か……帰らないで、欲しいですよ」 ええええッ!? 半裸で背中に抱きつきながら帰らないでって……あ、朝からそんな!? いつの間にか、ムラサメちゃんも姿を消していた。 「きょ、今日もまた、マサオミと一緒に学校へ行きたいので」 「だから……帰らないで、待ってて欲しいです」 「あ、ああ、そういうこと?」 そりゃあ、そうだ。なにを考えてたんだ、俺は? 「だったら、外で待ってるよ? また驚かせてごめんな」 「えへへ、わたしこそ、ちょっと寝ぼけてましたね」 服を着替え、大人しく廊下で待つ。 「ふう、焦ったな……」 おかげでムラサメちゃんと話してたことも、曖昧になってしまった。 レナさんを……地元へ帰すか。 レナさんにとって、その方が安全なのは間違いないだろう。それは、わかっている。 ふと、レナさんのお祖父さんのお祖父さんのことが頭をよぎる。 「そうか、俺が外国へ行くっていう手も……」 って、いやいやいや! なんでそんなことを考えるんだ? 自分で自分がわからない。 「お待たせしました、マサオミ!」 「あ、ああ、レナさん? 早かったね」 「はい、これからお仕事ですから、またしばらく待たせてしまいますが……」 「それよりマサオミ? まだ言ってなかったですね」 「ん、なんだろ?」 「おはようございます、マサオミ?」 「ああ……おはよう、レナさん」 挨拶を交わしただけなのに、やたら照れ臭くなる。 そのくせ、視線が絡み合ったまま、離れなくなってしまう。 「……」 「…………」 「……~~っ」 「…………っ」 「そ、そう言えば」 「ん?」 「ゆ、夢のこと……みんなに相談しなくていいですか?」 「ああ、そ、それは大丈夫……レナさんが起きる前に、話しちゃったから」 「そうだったのですか……」 「……う、うん」 「……」 「……」 またも、視線が絡み合う。 「も、もう、行かないとですね」 「う……うん、頑張ってね、レナさん」 「……はい、ではまた後でっ」 名残惜しさを断ち切るように、レナさんが駆け出してしまう。 少し離れたところで振り返ると、ブンブンと大きく手を振ってくれた。 俺もそれに手を振り返す。 やがて、レナさんの姿が廊下の角へ消えてしまう。 一瞬、寂しさの風が胸を吹き抜けたのは、直前まで彼女がいなくなる未来を想像していたせいだろうか? 「まったく、いつの間に……?」 いつの間に、俺の中でレナさんの存在がこんなに大きくなっていたんだろう? 「それでは皆さん!」 「第137回いかにレナ・リヒテナウアーが日本を勘違いしてるか会議を始めたいと思います」 「始めたいと思います!」 「一気に回数が飛んだな」 「……そんなにたくさんやったかな?」 「私も、間の135回ほど欠席していたことになってしまいますが」 「だいたい、前から思ってたけど、そのネーミングってレナさんに失礼じゃない?」 「はい? わたしは気になりませんけどねぇ?」 「むしろ、日本のこといろいろ教えてもらって、とても助かってますよ」 「でも常識を教えるなんて言いながら、むしろ俺達のほうがよくわかってないことも多かったからさ」 「それは、そういうものではないですか?」 「わたしも自分の国のこと、ちゃんと説明できない気がしますね」 「かもしれないけど、なんとなく悔しいっていうか」 「今回で、なんとか汚名返上したいところですね」 「お、おー、マサオミもヨシノも、そんなにお固くならなくて大丈夫ですよ?」 「でも、それならちょうどよかったかもしれませんよ、レナさん?」 「そうかもしれませんね、マコ」 2人が目配せし合う。 レナさんと常陸さんって仲がいいよな。 レナさんって誰に対しても国境がないというか、みんなと仲がいい気がする。 「今回は、わたしから質問があります」 「あ、そういうこと?」 「はい! ですが女将に聞くのは、なんとなく失礼ではないかという気がしていて」 「ひょっとして、志那都荘に関係あることなのかな?」 「いいえ、最初は女将だけと思ってましたが、どうも違うようでして」 「志那都荘の中の人も、外の人も、同じことをします」 「それで? いったい、なんのことですか?」 朝武さんは本気で汚名返上する気なのか、前のめりになる。 「はい、日本の人は……」 「どうして携帯電話で話しながら、お辞儀をするのですか?」 「……っ」 「え?」 「してる、気がする。相手が年上とか、偉い人だと」 「私もですねぇ」 「…………恥ずかしながら、私もしてるかもしれません」 「え、えっと……私はどうだろ? してない、気がするけど」 「なに言ってんだ? お前もしてるぞ」 「嘘だー、廉兄が言うなら嘘! 私はしてないもん」 「ごめん小春、俺も見たことある」 「お、お兄ちゃんまで!?」 「ほーら見ろ、1人だけ格好付けるからだぞ?」 「な、なによ、廉兄なんて、電話に向かって土下座してた癖に! どうせ、相手は女の子だったんだよね?」 「そ……それは言わないでくれぇ! 人の黒歴史を掘り返して楽しいのか?」 「まあまあ、2人とも落ち着いて下さい」 「うう~、でもどうしてなんだろ? 私の場合、完全に無意識かも」 「改めて聞かれると困るよな? 朝武さんはわかる?」 「え! ど、どうして私に聞くんですか?」 「いや、汚名返上したいんじゃなかったっけ?」 「そうですけど…………え~~っと、わかりました」 「お辞儀は、礼儀だからです……たぶん」 「相手が見えていないのにですかぁ?」 「全然伝わってないと思いますけど、それでも礼儀を尽くすということでしょうか?」 「え? えっと、それは……」 「いや、ただの癖なんじゃないすか?」 「普段話すときの癖が、そのまま電話で話すときも出るんじゃねえかな」 「おー、それだ! 日本人は、お辞儀すること自体が癖になってる気がする」 「そっか、私達には普通のことだもんね? でもその分、外国の人には変に見えちゃうのかも」 「……~っ」 「鞍馬君、1ポイントです」 「マジで!?」 「あは、おめでとうございます」 「なるほどです、確かに電話以外でも、日本の人はよく……」 「おー、申し訳ないですね! わたしの携帯です」 レナさんが自分の携帯を取り出すとき、他のみんなも一斉に自分の携帯へ手を伸ばしていた。 これも、あるあるな癖だよなぁ。 だが次の瞬間、そんなやくたいもない思考は吹っ飛んでいた。 「あ! 女将でありますかっ、はいっ、はいっ……わおっ、そうでありますか!」 「…………」 ……あれ? 「それはお手間を取らせましてっ、いえ! とんでもないです、はいっ、はいっ、ありがとうございますっ」 「はいっ! はいー、それでは、いえいえっ……失礼いたしますっ」 レナさんは携帯で話しながら、会津若松の赤ベコのようにお辞儀を連発していた。 きっと、そこらのサラリーマンも顔負けだろう。 「わたしの実家から国際便が届いたようで、女将から連絡がありました」 「へ、へー」 「そうなんだぁ、中身はなんだろうなぁ」 「それはわかりませんが、楽しみですね! それよりお話の途中で、申し訳ないです」 「日本の人はお辞儀が癖になってるのですね? 癖なら気付かないうちにやっていても、仕方ないかもしれません」 「……うんまあ」 「え、ええ、日本の人は」 日本人はお辞儀が癖になっている……日本の人? 「癖というのは、人から人に《う》伝《つ》染るものですからね」 「なるほど、周りの人がみんなやってると知らず知らずに自分もってこと?」 「ん? 2人とも、なんの話です?」 「いや……レナさんはもう、すっかり日本の文化に馴染んでると思って」 「むしろもう、ワタシ達に教えられることはないかもしれません」 「わおっ! ひょっとして、免許皆伝ですか!?」 「ええ……私もレナさんには、敵いそうにありませんから」 「えへへへ、そんなことないですよ? ヨシノにも、まだまだたくさん教えて欲しいですねっ」 朝武さんには、気にしなくていいと言ってあげたい。 だって、敵わないってことなら、レナさんには誰1人敵わないはずだから。 放課後、俺はレナさんと一緒に、診療所へ向かっていた。 「駒川先生、わたし達になんのご用でしょうか?」 「今朝見た夢の話が耳に入ったみたいでさ、俺達から直接聞いてみたいんだって」 「それに、軽く報告もあるみたい」 「わお、なにかわかったのでしょうか?」 「たぶんね」 駒川さんも裏できっちり仕事をしてくれていたわけだ。 そういう専門的な調査は手伝いようがないとはいえ、俺達の身体のことなのに任せっきりだもんな。 欠片が安全に取り出せるなら、レナさんにも……穂織を離れてもらう必要はないはずだ。 「ん? どうしたですか、マサオミ?」 「いや、なんでもないよ」 「そんなことないです、一瞬ちょっと寂しそうな顔してましたよ」 「……えっ、嘘? そんな顔してたかな?」 むしろ、顔には出さないようにしてたつもりだ。 「えへへ、わたしはマサオミのこと、いつもちゃんと見てるからわかるのですよ?」 「……レナさん?」 「つまり、こういうことですね」 また、レナさんが手を繋いでくる。 「今日はわたしと手を繋いでないから、寂しくなったのですね?」 「あ、ああ……あはは、よくわかったね」 「ふふふふ、もちろんです……えへへ」 もちろん正解ではない。けど、まったくの間違いとも言えなかった。 だって俺は、だんだんレナさんを離したくないと……思い始めていたから。 「おや? いつの間にか、ずいぶん仲良くなったみたいだね」 「あ、ああっ、これは!」 しまった、診療所へ入ってからも手を繋いだままだったのだ。 レナさんは真っ赤になって俯いてしまう。 「……~~~っ、えへへ、そう見えますか?」 「いいや、親しい友達くらいに見えるかな」 さすがというか、見事に言い当てられるのは年の功だろうか? けどレナさんは少し不満げだった。 「もっとも、時間の問題で変わっていくかもしれないがな」 「は、はあ?」 「お、おー……なら頑張りますのでっ」 ……なにを? と聞いてしまうのは、無粋だろうか? 「さあ、それより君達の夢の話だ」 「二日連続で見たんだろう? そこから話してもらえないかな」 「はい」 「わかりました!」 レナさんの高祖父と高祖母の出会いと憑代の欠片を手に入れた経緯を、2人で補い合いながらできるだけ詳細に話してみた。 駒川さんは、俺達の話が終わるまで静かに聞いていた。 「合体した巨大な祟り神が現れたときにリヒテナウアーさんが見た夢と、ずいぶん内容が違うようだ」 「確かに、レナさんのご先祖に関わる内容がほとんどでしたね」 「前に見た夢と関係ありそうな部分は、どこかなかったのかい?」 「うむむ、申し訳ありませんが……たぶんそういうところはなかったと思いますね」 「いや、なら別にかまわない」 「ただね、今日君達に報告したかったのは、最初に見た夢に関する部分なんだ」 「あーなるほど」 「リヒテナウアーさんには、白い犬が出てきたはずだね?」 「はい、その通りです」 「生け贄にされた犬じゃないかって話でしたよね?」 「でも言葉を話してましたよ? 普通の犬ではなさそうでした」 「ああ、私もそのことが気になっていた」 「古来、日本では白い動物というのは、神の使いとされてきたんだ」 「まさしく、神の使いだった可能性があるってことですか?」 「そんな聖獣を生け贄に使ったなら、呪いの強さも納得だろう?」 「もっともたかが人間に捕まって生け贄にされるくらいだ、それほど凄い神ではなかったのかもしれないがね」 「ともかく、これを見てくれないかな?」 写真? そこには、古い絵巻らしいものが写っていた。 けど、これは! いったい、どういうことだ!? 「白い犬と女の人が描かれてますね、ですが……マサオミ? この人の……」 「う、うん……最近描かれたものってわけじゃないですよね?」 「正確なところは、大学の研究室にでも持ち込まない限りわからないだろうね」 「ただ、本物は今も朝武家の倉に眠っているはずだ」 「空気に触れさせるのもまずいレベルの古い代物なのは、まず間違いない」 「その写真が撮られたこと自体、私が生まれるよりずっと昔の話でね」 「箱から出した瞬間、巻物からあっという間に色が抜けていったと聞いているから、見た目通りかどうもわからない」 「ちなみに、写真そのものもやはり貴重な物で、私はそれを画像データとしてPCに取り込み」 「さらにプリントアウトした物を君に見てもらっているというわけだ」 「とんでもなく古い物だって言いたいわけですよね? だったら、余計に変ですよ!」 「だ、だって、この女の人の髪は……」 「金髪の、美人さんです」 そんな昔の日本に、金髪の女性がいたというのか? 少なくとも俺は、黒髪以外の人物が描かれた絵巻など見たことがない! 「だから、先程も言ったように色が抜けただけかもしれない」 「古すぎて文字資料もほとんど残っていなくてね、これがどこの誰なのかも正確なところはわからない」 「で、でも、夢の中で白い犬は……私をお姉ちゃんと言ってました」 「ああ、その証言がなければ、気にも留めなかったろうね」 「私も有地君と同じく、そんな昔に金髪の女性がいたとは考えられなかったはずだ」 「だが、うっすらと……後光らしいものも描かれているから、この女性は神の《ひと》一《はしら》柱なのかもしれない」 金髪の女神、その御使いだか弟だかが、この白い犬? 「まさか、レナさんと髪の色が同じだから間違えられたと?」 「で、ですが、金髪というだけなら、海外のお客様もときどきいらっしゃいますし」 「夜の山に入った人までは、なかなかいないんじゃないかな?」 「あとは欠片と共鳴しやすい精神状態にあったとか」 「……精神状態、ですか?」 あ、今のは不用意な発言だったかな? ムラサメちゃんは、レナさんにも、帰りたい、1つに戻りたいという気持ちがあるのではないかと言っていた。 そんなことは本人しかわからないはずだけど、もしそうだとしたら、俺は……? 「すまないが、憶測だけで話を進めるべきではないだろうね、もう少し調べさせてもらえないかな?」 「え、ええ」 「もちろん、それはいいですが」 「ありがとう。ただ、あまり期待はし過ぎないで欲しい」 「昔は大事なことほど口伝だったし、途中戦乱もあったからね」 「探したところで、最初から資料が残ってない可能性もあるって事ですか?」 「そういうことだ」 「だが穂織の地を呪うのに、わざわざこの白い犬を使ったのだとしたら?」 「当時はまだ由来が伝わっていたのかもしれない、探してみる価値はあると思っている」 確かにその通りだ。 けどこれはもう、駒川さんに任せるしかない部分だろう。 「ご苦労おかけしますが、よろしくお願いいたします」 「お願いいたします」 「よしてくれ、君達に頭を下げられると変な気分がする」 「むしろ私は、今の状況に気持ちが《はや》逸るのを感じているんだからね」 「そうなんですか?」 「ああ、必死に押さえつけなきゃいけないくらいさ」 「けど……そうだね、あまりプレッシャーをかけたくはないが、立場やらなにやらで口にできない者もいるだろうから」 「はい、どういうことでしょう?」 「私達はね、ずっと綱渡りをしてきたんだ」 「綱渡り、ですか?」 「ああ、今の人達には想像しづらいことだろうけど、この呪いが始まった当時はまだ医学というものが充分に発達していなかった」 「言われてみれば、確かに」 「本当に想像できているのかい?」 「昔の女性は、10人に1人は不妊に悩まされていたし、10人に1人は出産時の事故で亡くなっていた」 「そ、そんなにでありますか……」 単純計算なら、20%弱? 実際には、もう少し低いはずだけど、それでも充分過ぎるだろう。 なにせ、朝武家の人達は…… 「だというのに、朝武家には女性しか生まれず、しかも――」 「あっ!」 「……祟り神に命を狙われるわけですね?」 もちろん、それもある。 けど駒川さんがあえて口にしなったのは、朝武の女性が短命だということだろう。 それは普通の倍近い速度で世代交代しなくてはいけないほど、過酷なものだ。 そして交代する度、その20%の確率へ入らないことを祈り続けなくてはいけなかった。 もしそういう人が1人でも現れれば、朝武の家系は断絶していたことだろう。 それを、400年以上も? 考えてみれば、途方もないことだ。 「奇跡、ですね」 「奇跡か……私には、ただ終わりのない綱渡りを強要されてきたように感じるがね」 「もっとも、綱渡りは綱渡りだからこそ続けられたのかもしれない」 死と隣り合わせだからこそ、緊張感を維持できたというわけか。 でもそれは、幸福とほど遠いものだったろう。 「だが、最近になってようやく崖の向こう側が見えてきた」 「終わりがないと思っていた綱渡りにも、ゴールが用意されていたのかもしれない」 「欠片や……わたし達の夢で、ですか?」 それまでは綱から滑り落ち、朝武家が断絶するしか終わりがないと……まさか、みんなはそう思ってきたとでも? 「陳腐に聞こえるかもしれないが、希望というやつだね」 「おそらく私のように気持ちが逸るのを押さえつけている者は、君達が想像する以上にたくさんいるはずだ」 「……」 「……」 とんでもないものを背負わされた気がする。 けど教えてもらえてよかった。 知らずにいていいこととも思えなかったから。 「もちろん、最初に言ったようにプレッシャーをかけたいわけじゃない」 「気楽でいてくれた方がいいはずだからね」 「……はい」 「さて、もし話しそびれていることや補足があるなら、今のうちに頼む」 「少しでも情報が欲しいのは、事実だからね」 「そうですね、俺は別に…………ん、レナさん?」 「…………」 レナさんには珍しく、俯いたまま黙り込んでいたのだ。 「秘密にしていたわけではないですが、実は最初に見た夢で……」 「あまり関係ないと思ってしまって、話してない部分があるのです」 「最初の夢ということは、祟り神に操られていたときに見たものと思っていいのかい?」 「はい……実は、わたしが志那都荘でお料理を食べさせられそうになったとき」 「家族が一緒に出てきたんですよ、お祖父ちゃんだけじゃなくて……お父さんとお母さんも」 「!?」 「みんなはお料理を勧めながら、わたしが本当は寂しかったんじゃないか」 「家族は、1つであるべきだって」 レナさんがする家族の話には、お父さんとお母さんが出て来ない。 そのことは以前から気になっていた。 なにより、レナさんは……やっぱり帰りたがっているのか? そのことに言い知れぬ焦りが込み上げてくる。 「立ち入ったことを聞くようだけど、リヒテナウアーさんのご両親というのは?」 「わたしの家族は、みんなバラバラの場所に住んでます」 「出稼ぎへ行って、そこで仕事を評価されてスカウトを受けたり、ステップアップのために転職したり」 「たぶん、わたしがお祖父ちゃん子だったのもありますが」 「お父さんとお母さんは、家族でもお互いの可能性まで縛るべきではないという考えで、同じとこには住んでないですよ」 たとえ家族であっても、1人1人の幸福も同時に追求する。 いかにも海外の人らしい考え方という気もしたし、同時に海外の人には日本人より家族を大事にするイメージもあって、 まとまりようのない複雑な思いが胸に渦巻いた。 「けどわたしも、お父さんとお母さんのことは応援したい気持ちで」 「その分、ときどき会えるときは凄く嬉しかったですし、みんな一緒に暮らしてないのが不思議なくらい仲が良くて」 「なのに、夢の中で家族は1つであるべきだって言われたとき」 「なにも言い返せなかったんです……」 「……レナさん」 「プライベートなことだと思ってしまいまして、あのときはそこまで話せなかったですよ」 「申し訳ないです……」 「いや、そう思うのが当然だろう」 「だが隠された気持ちまで掘り起こす力があるとしたら、やはりただの白い犬ではないな」 「女神の弟だという点からしても、御使いではなく、彼自身も神の一柱なのかもしれん」 駒川さんはプライベートには踏み込まず、あえて冷静に分析しようと努めているらしい。 けど……いつも明るいレナさんが、人知れずそんな寂しさを抱えていたというのか? まるで、自分のことのように胸が痛かった。 もっとも、すぐにレナさんを家族の元へ送り出すわけにはいかないだろう。 身体に取り込まれた欠片をなんとかしなくちゃいけないし、俺達は穂織の呪いにとって希望になっている。 ただ、いったいなにが正解なのか? あと、どれくらい時間が掛かってしまうのか? どうしても考えずにいられなかった。 レナさんを志那都荘まで送ってくる。 空はすでに夕暮れに染まり、間もなく藍色へ変わっていくだろう。 「わざわざ送ってくれて、ありがとうございますね! マサオミ?」 「ううん、気にしないで。こっちこそ遅くまでつき合わせてるんだから」 「ふふふ、変なマサオミですね」 「欠片のことは、わたしのことでもあるのですから気にしなくていいですよ」 「……うん、そうだった」 ちょっと、考え過ぎてるのかな。 俺達はレナさんを巻き込んでしまってるだけではないかと。 「おーそうです! 少し待っていて下さい」 「え? ああ、いいけど?」 レナさんはいったん志那都荘の中へ入ってしまう。 いったいなんだろう? 5分もしないうちに戻ってくると、小さな箱を手渡された。 「これ、マサオミにあげますね?」 「いいの? 見たことない箱だけど、ひょっとして……お菓子かなにか?」 「はい! 私の国のお菓子ですね、中身は飴だと思いますよ」 「へー箱の裏も外国語で書いてある」 「けど、これって昼に電話で話してたヤツだよね? 実家から送られてきたんだったら」 「本当に俺がもらっちゃっていいの?」 「いつも、日本のことを教えてくれるお礼ですね」 「あはは、それこそ気にしなくていいのに、大して役に立ててる実感もないしさ」 「そんなことないですよ? それに…………」 「ん?」 「……マサオミには、わたしの国のことも知って欲しいですから」 「あ、あー……そうなんだ」 俺も、知ってみたい。レナさんの国のことなら。 素直にそう思ってしまう。 それにお礼ってことなら、断るのも悪い。みんなで分けるとしよう。 「そういうことなら、遠慮なくいただいていくね」 「はい、いただいてください!」 「まだわたしの分はたくさんありますし、1人では食べきれないですから」 「あはは、貴重なお菓子をありがとう。それじゃまた」 「また明日ですね、マサオミ!」 「暗くなり始めてからは、あっという間だな」 早足に神社へ向かいながらも、俺はまだ答えのない疑問に頭を悩ませていた。 そこへ道の先から、小さな影が近づいてくるのが見えた。 「そろそろ戻る頃と思っていたぞ、ご主人? 駒川の者とも話してきたのであろう」 「……ムラサメちゃん」 ちょうどよかったかもしれない。 「今朝、レナさんを地元へ帰すことも考えるべきって言ってたけど、本気?」 「さあな、それはレナの意思次第であろう」 「それとも、駒川の者になにか言われたか?」 「そういうわけじゃないけど……」 ムラサメちゃんも、呪いについての情報を欲しがっていた。 けどレナさんがいなくなれば、少なくとも夢から情報を得ることはできなくなる。 それでふと、発言の意図がわからなくなったのだ。 かといって、直接疑問をぶつけるほどでもないだろう。 けどムラサメちゃんは俺の様子から、何事かを察したらしい。 「ご主人よ、レナの安全だけを考えるならな」 「なんとかして欠片をレナから取り出し、その上で穂織を離れさせる、それが一番よい」 「吾輩も、それはわかっておるのだ」 「ムラサメちゃんは、本当に心が読めたりしないんだよな?」 「ご主人がわかりやすいのだ」 「だがな、ご主人? レナから上手く欠片を取り出せるかどうか、今試しても成功する保証はない」 「それはわかるけど」 「なにより吾輩には、レナの安全だけを考えてやることは難しそうなのだ」 「ご主人とレナがもたらす情報から、呪いを解くきっかけくらいは掴めぬか、ついそう考えてしまうのだよ」 やっぱりムラサメちゃんも、駒川さんと同じなのか。 「だがなぁ、レナを危険にさらすことになるかもしれん」 「そう思うと、気が咎めるのだ。やはり、安全を一番に考えてやるべきではないかとな」 「うん……」 「ご主人にレナを帰すことも考えるべきと言ってしまったのは、迷いが口をついたのだろう」 「結局、なにが正解かはフタを開けて見ぬことにはわからんのだ」 「そうだよな、数学のテストみたいに明確な答えがあるとも思えないし」 「それに……いや、これはいいかな」 「なんだ? なにか気になることでもあるのか?」 「うーん、でも」 「言うだけ言ってみてはどうだ?」 「吾輩は、ご主人の心まで見通せるわけではないからの」 「あはは、そうだね」 「でも俺が眠ってる間に、レナさんの部屋へ行ってしまうのは、欠片が引かれ合うせいなんだよな?」 「だったら、これもその影響かもしれないと思って」 「なんだ、重要そうな話ではないか」 「うん、なんていうか俺……レナさんがいなくなると思ったら、胸が痛むんだ」 すぐには、答えが返ってこなかった。 でもムラサメちゃんは、笑うわけでも、呆れているわけでもないらしい。 「ご主人……それは、ご主人が自分で自分の気持ちに気付かない振りをしているだけだ」 「欠片は関係ない」 「……そう、なのかな」 だとしたら、俺は酷いワガママ男だ。 欠片を安全に取り出すためでも、呪いを解く希望になるためでもなく、ただレナさんに側にいて欲しい。 もし、そんな気持ちを認めてしまったら? 重要な判断にも影響を与えてしまいそうで、怖かったのだ。 「考えるのはよいことだがな、考えすぎて後ろ向きになることはよくないことだぞ、ご主人?」 「うん、自分でもそれはわかってるつもり」 やめだやめ、どうせ答えはないとわかってるんだから。 俺は迷いを断ち切るように、レナさんにもらった飴を2、3個まとめて口へ放り込んだ。 「……ん?」 「どうした、ご主人? 変な顔をして」 「いや、なんか予想と違う味がして……ん、ングッ!?」 突然、命の危機さえ感じる猛烈な不快感が胃袋を直撃したのだ。 たちまち膝が震え出す。 えっ、嘘だろう? 飴を食べただけなのに、立っていられない!? 「な、なんじゃこ……オオオオェェェェッ!!?」 俺は絶叫しながら、地べたへ倒れ伏した。 「お疲れ様でしたー」 「お疲れ様、小春ちゃん」 「じゃあ、俺たちも先に戻る」 「あの子に戸締りだけはしっかりするように伝えておいてね」 「はい。わかりました」 小春も帰り、おじさんやおばさんも、店を後にする。 そして店はいつものように、俺と芦花姉だけになった。 と言っても、今日はいちゃつくために残っているわけじゃない。 「お待たせー、まー坊。はい、スイカのグラニテだよ」 「スイカかぁ……夏本番って感じだね」 「さあさあ、どうぞ食べてみて下さいな」 「いただきます」 出された赤い氷菓を、スプーンですくって食べてみる。 スイカのほのかな甘み。そこに独特な青臭さが消えて、風味がグッとよくなっている。 「うん、美味い。美味いけど……」 「他に食べた後のデザートとかならいいんだけど、単品で食べるとなると……俺は物足りないかな」 「口当たりが爽やか過ぎるのかな?」 「前に作ってくれた、メロンの方が好きだったかな」 「あー、メロンね。うん、アレはなかなかの自信作だった」 「でもなぁ……流石メロンと言うべきか、原価が……でも美味しいんだよねぇ」 「芦花姉も、おじさんの気持ちがわかってきたんじゃない? 材料にこだわりたいっていう」 「うっ……確かに。アレを使えば美味しい物ができるってわかってると……どうしてもね」 「でもダメ。そこは、ちゃんと経営者の視点で考えないと」 「となると……やっぱり桃とリンゴあたりが、一番現実的かな?」 「桃は好きだけど、高いんじゃないの?」 「まあ、ギリギリ儲けが多少でるかなって感じ。赤じゃないから、評判になるのなら……かな?」 「客寄せ用の商品か」 「メニューも増えて来たし、中にはそういう商品があってもいいかなって、思ってる」 「でもさすがにそこら辺は、お父さんとお母さんの意見も取り入れるつもりだけどね」 「そっか」 「よし決めた! 桃とリンゴで勝負する。お父さんにもそう話そう」 「いいと思うよ」 「うん、ありがとう」 「それじゃあ、そろそろ帰る?」 「あ、おばさんが戸締りはキッチリとって」 「わかってるわかってる。それじゃあ着替えてくるね」 芦花姉は暖簾の奥に向かう。 ……俺も、帰る前にチェックしておこう。 えーっと……片付け忘れた物はないな。 ガスも電気も大丈夫。戸締りも……全部、OK。 「お待たせー」 「芦花姉、厨房の方はチェックしといたよ」 「うん、ありがとう。じゃあ、あとは正面の戸締りだけだね」 そう言って、芦花姉は鍵を取り出そうとして―― 「あ、あれ?」 「芦花姉?」 「鍵が……ない……? うそ、なんで!?」 「え? もしかして、落としたの?」 「わ、わかんない」 「さすがに開けっ放しにはできないよね。おじさんかおばさんに戻ってきてもらう?」 「それとも、俺が取りに行こうか?」 「あ、違うの。お店の鍵はね、ちゃんとあるんだよ」 「それじゃあ落としたのって……」 「アタシの家の鍵……」 そして、改めて掃除するぐらい店の中を探し回ったものの、芦花姉の鍵は出てこなかった。 芦花姉の家はオートロックではないので、外で落としたことは間違いない。 町の交番には届け出もない。 本来なら、大家さんに頼むべきなんだろうが……芦花姉の借りているところの大家さんはとても高齢らしい。 なので、すでにご就寝だとか。 というわけで、芦花姉は自分の家に入ることができなくなって―― 「おじゃましまーす……」 俺の部屋で、一晩を明かすことになった。 「ゴメンね、アタシがドジなばっかりに」 「俺は別に構わないけど……芦花姉の方こそ、大丈夫? どこで落としたかもわからないと、不安じゃない?」 「うん、そうだよね。明日、すぐにでも鍵を変えてもらわないと……」 「そうしてくれた方が、俺としても安心できるよ」 知らない誰かが芦花姉の部屋の鍵をもっているかもしれないなんて、気が気じゃない。 「いくらぐらいだろ? 安くはないだろうし……はぁ……急な出費は痛いなぁ」 「まあ、必要なら俺も出すよ?」 「あはは、まさかそこまで困窮してないよ。これでも立派な社会人ですから」 「でもこう……影響の大きさとかは関係なく、単純に凹んじゃうんだよねぇ」 「その気持ちはわかる」 些細なことでも『やってしまったー……』ってなると、無意味に凹んじゃうことってあるよな。 「芦花姉って……意外と繊細? こういうの、わりと気にしちゃう方?」 「むっ、“意外と”っていうのはどういう意味?」 「言葉の綾だよ、言葉の綾」 「……ものすっごくストレートな言い方だった気もするけど」 「まあいつまでも引きずったりはしないけど……ふと思い出して1人で悶えることもあるかな?」 「そうなんだ?」 アレだな、きっと『家の鍵、閉めたっけ!?』って何度も確認するタイプだ。 そのくせ窓は開けっぱなしとかにして、忘れちゃったりとか。 「まあまあ、俺が慰めてあげるから」 「うん……ありがとう、まー坊」 俺が手を広げると、芦花姉は胸によりかかるようにして体重を預けてきた。 その身体をギュッと抱きしめると、芦花姉は心地よさそうに深い息を吐いた。 「ん~……はぁぁ……あったまるぅ~」 「なにそれ?」 「まー坊にぎゅーって抱きしめられると、冷え切った心があったまるんだよ」 「まあ、役に立てたならいいんだけどさ」 「芦花姉の身体はすごく抱き心地がいいよ」 「それって……太ってるって意味?」 「丁度いいって意味だからちょっと落ち着いて」 なんて威圧感のある笑顔か。 薄氷を踏む思いとは、まさにこんな感じなんだろう。 「ならいっか。でも今後は太らないように気をつけないと……」 「スタイルいいんだから、そんなの気にする必要はないと思うんだけどなぁ」 「止めてよー。そう気の緩みが、いつの間にか……ってことになるんだから」 そういうものか……。 でもそうか。剣道の鍛練とかでも、一度サボってしまうと、そのままズルズルと……ってことはよくある話だ。 「そういや芦花姉って、志那都荘に泊まったことってあるの?」 「ないよ。ここ、安くはないんだから」 「そっか。ならいい機会だから、ゆっくりするといいよ。今日も一日疲れたでしょ? 温泉でも入ってきたら?」 「あれ? ここって部屋風呂は付いてないの?」 「一応あるけど? 部屋風呂の準備しようか?」 「そうだねぇ……まー坊も、一緒に入る?」 「そうしたいのは山々だけど、先に芦花姉の布団をもらってこないと」 この部屋は、元々何かあった時のための予備の部屋。 余計な物を置いたりして、物置代わりに使われることもない。 むしろ、普通の客室よりも閑散としているぐらいだ。 「……ねぇ、まー坊……一緒の布団じゃダメ?」 「………」 一緒の布団って……。 「俺は全然構わないけど……多分、自分を抑えられなくなるよ、俺」 というか……すでに抑えられてない。 芦花姉を抱きしめ、その温もりを間近に感じているせいで、さっきから俺の股間がジタバタと暴れまくっている。 「野暮なことはいうもんじゃないよ、まー坊」 「芦花姉……」 「鍵を落としてショックなの……もっと慰めて欲しいなぁ」 「今日はなんか、甘えてくるんだな」 「お姉さんもたまには甘えたくなるの。それとも……甘えてくる年上は嫌いかな?」 「甘えてくる芦花姉も可愛いから、大好物だ!」 「んっ、んじゅる……ちゅっ、ちゅぅ……ん、んん、ンンッ……!」 「んじゅる、ちゅ、ちゅっ……んんっ! ちゅるちゅる……ちゅぅぅぅぅ……ンンッ!」 布団の上に芦花姉を押し倒すようにして、キスをする。 そして同時に、俺の指は芦花姉のおっぱいに沈んでいた。 そう、まさしく沈んでいる。芦花姉のおっぱい……本当に凄いな。 「ちゅ、ちゅるちゅる、ちゅっ、ちゅっ……んっ、んぐっ、んっ、んっ!」 「ぱっ、はぁ、はぁ、はぁ! んっ……あ、痛くしないでね」 「痛くするつもりはないけど……暴走しちゃったらゴメン」 「芦花姉のおっぱいが……気持ちいいから……」 「はっ、んっ、んんっ……んぁ、はぁ、はぁ……もう、本当におっぱいが大好きなんだから。そういうところは子供だねぇ」 「芦花姉のココは……子供の頃とは、全然違う……」 俺が力を入れると、確かな弾力が返ってくる。 けれど大きすぎるせいか、その形を維持することもできずに 俺の手の中でムニュムニュとその形が大きく変わっていった。 「はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ! あっ、はぁ……はぁ……」 「………」 「ちょ、ちょっと、そんな無言で揉まないでよ。なんか……怖い……」 「ゴメンゴメン。でも、そうやって夢中になるぐらい芦花姉のおっぱいが気持ちいいから」 「もう……仕方ないなぁ」 「芦花姉……」 「んっ、ちゅっ、ちゅっ……んむぅ、ちゅるちゅる、ちゅぅぅぅぅぅ……っ!」 「ちゅ……ん、レロ」 「――ッ!?」 俺が舌を差し込むと、芦花姉は身体をぴくっ! と震わせた。 けれど拒絶することはない。 むしろ、すぐに芦花姉も舌を絡めてきた。 「んちゅぅぅ……んんっ、んんっ……れろ、れろれろ……れるんっ、れちゃれちゃ」 「れろれろ、あー……うまく、舌を動かせない……んっ、れりょれりょ」 「だいじょうぶ、ちゃんとキスできてるよ、れろん」 「よかった……んじゅる、れろれろ……んっ、んっ、ちゅぅぅぅ……れろれろっ」 「芦花姉、もっと舌を出して……」 「んっ、こう? んろぉぉ……」 「んっ、ちゅぅぅぅぅぅ……」 「んんっ!? んんんんんーーーーーーーー……ッ!」 大きく伸びた芦花姉の舌を吸い付けながら、手の中のふくらみを優しく揉み解す。 「んふーっ、ふーっ! んっ、んっ、んっ、んっ、んんんーーーーーッ!」 「ぷぁっ! は、はぁ、はぁ、はぁ……や、んんっ……ま、待って……んんっ!」 「芦花姉の声……気持ちよさそうだ」 「それに……わかる? ほら、芦花姉の乳首、プクッて立ってきてる……」 「んっ、だって……はぁ、はぁ、んっ、んんんっっ! そんなにされたら……はぁ、はぁ、はぁ……んんっ」 硬く尖ったそれに、俺の指が軽くチョンと触れる。 それだけで、芦花姉の身体はビクンッと硬直をしていた。 「待って、ねえ、アタシ、んんっ!?」 「んっ、ちゅぅ……」 「んっ、んふぅ……んっ、んっ、んじゅる、ちゅるちゅる、ちゅぅぅぅ……ッ」 芦花姉の文句を、俺は自分の唇で塞いでしまう。 そして激しく舌を絡ませて、胸と口の両方に刺激を送り続けて行く。 「んむぅ、んっ……ちゅ、ちゅる……れろれろ……じゅる、ちゅぶぶぶ」 芦花姉が負けじと舌を絡ませ、激しく動かし、反撃に出た。 「んじゅる、ちゅっ、ちゅっ……んぐ、んじゅる、ちゅぅぅぅ……んちゅ、ちゅっ、ちゅっ!」 「んっ、んんん!?」 「んふふふ……んじゅるっ、ちゅ、ちゅっ、じゅるじゅる……ちゅくちゅく、ちゅぅぅぅぅぅ……ッ!」 俺が思っていた以上に芦花姉の舌づかいは……上手い。 もしかしたら俺のを舐めたりしているときに、何かコツを掴んでいたのだろうか? 上機嫌に、少し余裕の笑みを浮かべるようにして、芦花姉がさらに俺の唇に吸い付いてくる。 「……んっ、んんっ……」 芦花姉のキスに蕩けてしまいそうだ……。 キスは俺の方が不利……でも……。 「んふ、ちゅるん……じゅるっ、れるっ、れろれろ……んっ、んんんーーーーーーッ!?」 硬くなった乳首を指で挟んだ瞬間、芦花姉の舌が止まる。 そして、身体がピクピクと震えだした。 「ぷぁっ、はぁはぁはぁはぁ……っ! そこは……っ、んっ、ひぃぅぅっ!!」 「芦花姉、こうされるの好きだよね?」 「べつにっ、好きじゃ……あっ、あっ……そこ、つねっちゃダメぇ……ん! んんぃぃぃ……ッ!」 「でもほら……反応も声も、大きくなってる」 「芦花姉の顔、すっごく可愛いよ」 「はぁ、はぁ、そんな……んっ、んんーっ! ひぁ! ぁっ! あっ! あっ!」 一瞬にして芦花姉の顔から余裕はなくなり、むしろ表情が蕩け始めていた。 「んぁ、んあぁぁあ……ひぃぁ……んっ、ひぃぃっ、くぅぅ……ッ」 「やっぱり好きなんでしょう?」 「好きじゃない……好きじゃない、けど……あああああ……気持ちいいの、はぁ、はぁ……んんっ」 「はぁ、はぁ、はぁ、おっぱいをね、つままれると……はぁ、はぁ、身体がぎゅーって、熱くなって、はぁ、はぁっ、んんんっ」 瞳を潤ませた芦花姉が、まるで期待でもするように俺を見つめてくる。 「気持ちよさそうにしてる芦花姉も、大好きだから」 「んっ……れろ、れろれろ……ねえ、キス……もう一回キスしよう? ね? ね?」 芦花姉が熱い吐息を漏らしながら、大きく舌を伸ばして俺にせがむ。 「んっ……ちゅ、ちゅ……」 「あぁぁ……れるれる……ちゅちゅちゅ……んぁ、はぁ、はぁ、んむ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅ……れろれろ……じゅるっ」 「はぁ、はぁぁ……おいひぃ、まーぼうの、舌……おいひぃ……んっ、ちゅぽちゅぽ……んっ、んんっ」 「舌が、美味しい? 気持ちいいじゃなくて?」 「なんかね、まー坊の匂いが、アタシの中に広がるの。だから、美味しい……んっ、ちゅぽちゅる」 「キスって言うか、それって唾液じゃないの?」 「ひょうなのかな? よく、わかんない……でも、キス、好き……」 「試してみようか……んっ、んんっ」 俺は芦花姉の唇と深く繋がりながら、口の中の唾液を流し込んでいった。 「んむぅぅ!? んっ、んっ、んーーーっ……コク……コク……」 驚きつつも、芦花姉は唇を密着させたまま、喉を鳴らして唾液を呑み込んでいく。 フェラしてくれたときもそうだけど……俺の体液を嬉しそうに飲む芦花姉の姿を見ていると、凄くドキドキする。 緊張とかではなく“俺は今芦花姉を征服しているんだ……”そんな満足感が湧きあがってくるんだ。 「んっ、んじゅる……ちゅぽちゅぽ、じゅるるっ! んっ、んーっ! ちゅぽちゅっぽ……ゴク……ゴクンッ」 芦花姉もそれに抵抗はないのか……むしろ嬉しそうに、喉を鳴らしていた。 いつの間にか、芦花姉の中で完全にスイッチが入ってしまったらしい。 むしろ、もっと唾液を飲ませてと、おねだりするようなキスを繰り返す。 「んっ、んっ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅるんっ、ちゅぽっ、ちゅぽちゅぽ……ん、んじゅるじゅる」 「芦花姉……んじゅる、じゅる、れろぉぉぉ」 「んーーーーーーーッ♪ んじゅる、ちゅ、ちゅ、れるれるれる……ちゅ、ちゅ、ちゅぷぷ」 「ぷぁ! はぁ、はぁ、はぁ……本当だ。舌じゃなくて、唾液だったみたい……んっ、んんっ……ねぇ、もっと飲ませて」 「うん……ちゅっ、れりょれりょ」 「ちゅぅぅぅぅぅ……れちょれちょ……コク……コク……ん、ちゅ、ちゅ、れるれる、ちゅぽちゅぽ……んん~~~……ッ、ゴクンっ」 嬉しそうに喉を鳴らす芦花姉。 もはやキスのことで俺の頭の中はいっぱいだ……。 いやでもそれだけじゃなくて、こっちも―― 「んんん!? んふーっ、んふーっ、んっ、んんんんーーーーーーーーーッッ!」 乳首の方も忘れずに弄る。 ピンピンになったソレをこね回す様にしたり、つねったり、引っ張ったり。 俺の指の刺激に、芦花姉は敏感に反応を示してくれる。 「んんっんぁ! はぁ、はぁぁーーぁぁ……あっあっあっ、おっぱい……おっぱいぃぃ……あああっ!」 「はぁぁ、嘘みたいに痺れちゃうの……あっ、あっ、あっ、あっ……はぁああぁぁ……あっ、あーっ! あああぁぁーーぁぁっ!」 俺に乳首を弄ばれる芦花姉だが、それを痛がる様子はない。 とろんとまどろんだ瞳の中には、もはや快感しかないらしい。 「はぁっ! んっ、やっ、アタシ……おかしくなる……ん、んぁぁっ」 「え? も、もう? キスとおっぱいを触ってるだけなのに」 「はぁ、はぁ、わ、わかんないっ。でも、でもね……んっ、ダメなの、もうおかしくなってるのかも……はぁ、はぁ……んっ!」 「このままじゃダメ……はぁ、はぁ、……キス……もういっかい、ちゅーってして……れろ、れろぉぉ」 「んちゅっ」 大きく舌を伸ばす芦花姉に、すぐさま俺はキスを返す。 唇が触れた瞬間。激しく絡まる舌。嬉しそうと言うよりも……余裕がないような……? 「んじゅるっ! じゅる! じゅる! ちゅっ、ちゅぅぅ……っ! んっ、んっ、んぁぁぁ……ッ!」 「んはぁ、はぁ、はぁぁ……あっあっあっ、ダメ……はぁ、やっぱりもう、キスじゃダメ」 「キスじゃダメって……どういうこと?」 「あのね……もうダメなの。はぁ、はぁ……したく、なっちゃってるの……」 「したくなってるって……」 「ほ、欲しいの……欲しくなっちゃってるの……」 「―――ッ」 「キスして、おっぱい摘ままれて……もう、待てないの。キスじゃ抑えきれなくなっちゃってるの……」 蕩けきった表情で俺を見上げながら、以前と同じように懇願してくる芦花姉。 その表情は……今までの中で、一番エッチだ……。 「おっぱいもね、こんなに尖ってる……ぁぁぁ、もう我慢できない……はぁ、はぁ……ねえ、おま●こ、しよ」 「ろ、芦花姉……っ」 「したいの……乳首や……キスじゃもう足りないから、おま●こ、しよ?」 「ッ!!」 「きゃっ!」 芦花姉の身体を起こし、俺は後ろから抱きつく。 そして、痛いぐらいに勃起したペニスを……芦花姉の秘部に押し当てる。 「はぁ、はぁ……芦花姉のココ……トロトロで熱くなってる」 ペニスの先っぽで、芦花姉の具合を確かめようとしたのだが……そんな心配は必要なかった。 見るまでもなく、性器の熱を、粘液を通して感じることができる。 ぬるぬるのドロドロ……これならきっと……苦も無く、俺のペニスを呑み込むことができるだろう。 「………」 その蕩け具合を想像しただけで、思わず俺は息を呑んでしまう。 「はぁ……はぁ……ねえ、焦らしちゃいやだよぉ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」 芦花姉は、自分で挿れてしまおうとするように、お尻をゆらゆらと揺らす。 そんなにお尻を動かされると、俺としても狙いが定まらず、先っぽが濡れた花弁と触れ合い―― にゅちゅにゅちゅ、と粘液のこねる音が部屋の中に響く。 「はぁ、はぁ、んっ、んんっ! あっ、はぁ、はぁ、擦られてるだけじゃ……やだぁ、中に……おま●この中ぁ」 「わかってるから、お尻をそんなに振らないで」 耳元で囁くと、ようやく芦花姉が腰の動きを止めた。 そして俺は、ガチガチに硬直したペニスの先っぽで様子を窺うようにしながら、蜜を垂れ流す源泉を探し当て―― 「あっ……そこ……はぁー、はぁー、はぁー……はいってきちゃう……ぁっ、ぁっ、くる、くる、くる……」 「んんんっ! んんんぁぁぁあああぁーーーーーーーーーーーーーーー………ッッ!」 芦花姉の期待を裏切ることなく、俺が腰を突き込むと、芦花姉は背中を大きくのけ反らしてビクビクと悶えた。 まるで、挿れただけでイってしまったような反応。 「ろ、芦花姉、声が大きいって!」 「んんっ!? んっ、んんーー……んんんぅぅぅぅ……んんっ」 慌てて俺は、芦花姉の口を塞ぐ。 そして、ジッと外の様子に耳を傾けるが……誰かが来そうな気配はない。 「んんんっ、んぁ、はぁーっ、はぁーっ、はひっ、はっ、はぁーっ……はぁーっ……はぁぁぁーーー……ッ」 「芦花姉、もしかしてイった?」 「んっ、ううん、まだ……イってないよ。まだ痺れてないから」 そう言えば……粘膜が締め付けが、以前のときのようにベッタリときつく締め上げるものとは違っている。 「でも……きっと……ちょっとだけ、イきかけちゃったかも……はぁ、はぁ……」 「挿れただけで?」 「だ、だってまー坊が焦らすからぁ……はぁ、はぁ……んっ、んんっ」 「あとね、アタシのココ……おち●ぽのことを、覚えたのかも……だから、こんなに気持ちいいのかも」 「そ、そっか。だから、俺も……こんなに気持ちいいのかも」 まるで俺のペニスを、優しく抱き包むような……芦花姉のおま●こ。 ぎゅぅぅぅぅ、っと締め付けられるのも気持ちいいけど……包まれる感じも、これはこれで。 「はっ、はぁ……はぁ……ちょっ、ちょっと待って。あ、あのね、挿れられた刺激がすごくて」 「ちょっとだけ、休憩させて。はぁ……はぁ……腰を、ズンズンしないで欲しいの……はぁ、はぁ、声が出ちゃうから」 「でも、抜かないんだよね?」 「うん……挿れたままで。このまま、感じてたいから……」 それならいっか。 「じゃあ、腰は動かさない」 腰は動かさず、再び芦花姉のおっぱいを弄んでいく。 「ひぃぃんっ!? んぁっ! ちょ、ちょっと、休憩っ、休憩だってばぁ……んっ、んんーーーーーー……ッッ!」 「うん。だから腰は動かしてないよね?」 「そうだけどっ、そうなんだけど……でもまた、おっぱいは……ぁっ、ぁっ、ぁっ、ああああーー!!」 「芦花姉はやっぱり乳首が弱点なんだな」 指で挟んで、キュッキュッとその感触を楽しむ。 指に力を入れる度、芦花姉の身体がビクビクと震える。 「はっ! あっ! んっ、んんーー……んぁ! はぁ、はぁ、はぁ……そんなにされたら、あっ、あっ、あっ!」 「芦花姉、声を抑えて。本当に、誰か来ちゃうから」 「そんなっ、ことっ、言われても……んふーっ、んふーっ、んんんーーー……っ」 芦花姉は必死で声を殺そうと、唇をきつく結んでいるらしい。 「んっ、んんっ、んぅぅぅぅ……っッ! んーっ! んーっ! んぁぁ……声が出ちゃうぅぅ……んんッッ」 「おっぱいを弄ったら、気がまぎれるんじゃないかと思ったんだけど?」 「ぜんっぜん……まぎれない……はぁ、はぁ……むしろ、身体の痺れが治まらない……はぁ、はぁ、はぁ、んんんっ!」 「本当だ……乳首を弄ると、芦花姉の中がキュッキュッて動いてるのわかる」 「はぁ、はぁ、んっ、んんーーーっ! もぅ……これじゃあ全然休憩にならないじゃない……はぁ、はぁ……」 「芦花姉が、それだけ魅力的なんだよ」 「だから……おっぱいをいじりながら言わないでよ、もぅ……んっ、んんっ」 「芦花姉のおっぱい、本当に触ってるだけで気持ちいいんだ」 「知ってる……んっ、んんっ……だって、アタシの中でおち●ぽが、ビクンって震えてるから……んっ、んんっ」 そうしてペニスが震える度に、芦花姉の粘膜と軽く触れて……軽い快感を生み出す。 その物足りなさが……俺の欲望を激しく掻き立てる。 「(このままでも気持ちいいけど……もっと欲しい)」 「(芦花姉の温もりを……ち●ぽで貪りたい……)」 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……んんっ、んぁぁっ! あひっ、はっ、はぁーっ……はぁーっ……」 「まー坊、中でビクビクさせ過ぎだよぉ……んんっ! さっきから擦られてる……んんっ、もうちょっと我慢できない?」 「無理だよ。芦花姉の中、気持ちよすぎて、勝手に震えるんだから」 「はぁ、はぁ、はぁ……持ち主と同じで、困った子なんだからぁ……はぁ、はぁ……んっ、んんっ!?」 どうしても堪えきれず、俺は軽く腰を動かして、粘膜を押し込んでみる。 「(うわっ……やっぱり気持ちいい……)」 「こ、こらぁ、今腰を動かしたでしょう?」 「我慢できないよ、芦花姉。いいだろ? 腰を動かして、芦花姉の中を感じてもさ」 「んっ、んー……もう、しょうがないなぁ~……」 言葉ではそう言いながらも、芦花姉の声はどこか嬉しそうにも思えた。 「でも、声は抑えなきゃいけないんだから……ちょっとずつだよ?」 「わかってるっ!」 芦花姉の同意をもらった俺は、力強く腰を突き込む。 「んぅ! んぅっ! んっ、んーっ! んーっ! んんんーーー……ッッ!」 必死に唇を結ぶ芦花姉。しかし身体を抑えきることはできない。 粘膜を押し込む度に、おま●こからは透明な雫が吹き零れる。 「はぁ、はぁ……んっ、気持ちいい……」 「んんっ、んんっ、んぁっ、はぁはぁ、はぁーっ……アタシもね、あっあっ、いい……気持ちいいよ」 「もう少し強くしても平気?」 「んっ、うん。頑張ってみる……んふぅーっ、んふぅーっ、んんんんんーーーーッ!?」 俺は、芦花姉のお尻に腰を密着させ、そこからグイッ! グイッ! と強く付き込み続ける。 「んぃ! んぃぃぃ! んっ、んぁぁっ、はーっ、はーっ……そこっ、あああああ……そこっ、そこぉっ」 「そっか、芦花姉はこの奥なんだ」 後ろから挿れるのなんて初めてだったけど……だんだん調子が掴めてきたかも。 どこを責めればいいのかも、なんとなくわかったかも。 軽い自信が湧いてきた俺は、色んな角度を試してみたくなっていた。 「ああぁぁっ、んっ、んんーーー……ぁぁぁっ……やっぱり、むりぃ……声、我慢できない……ひぃぁぁぁッ!?」 芦花姉が驚き混じりの喘ぎ声を上げて、背中をのけ反らせる。 その反応に驚きつつも……腰の角度だけは、しっかり固定。 「ここかな……ここを集中的にこすってみたら……」 「あっ、あっ、あっ……ま、待って、お願い待って、そこは本当に……あっ、あっ、んひぃぃぁぁぁんんっッ!」 「あーーっ、あーーっ……変なトコロに、当たってるぅぅ……あっ、あっ、すごぃ、おち●ぽ、すごぃ……んんっ!」 「ああっ、この動き……俺も気持ちいい……」 「んひぃぃっ、あっあっあっ、声、おっきくなっちゃぅ……んぁぁぁ!」 「あっあっあっあっ、だめっ、そこはほんとに、だめだってばぁ……ッ!」 「でも、芦花姉も気持ちいいんだよね?」 「あっ、んっ! うん、気持ちいい……はぁ、はぁ、そこっ、そこそこ……ぅぅぅ、ぁぁあぁああ……!」 粘膜をうねらせながら、芦花姉が激しく喘ぐ。 その乱れっぷりは、今まで見てきた中で一番大きい気がしていた。 「芦花姉、声が大きくなってきてる」 「だれのせいだと……んんんっ! お、おち●ぽ、押し付けてくるから……あぁぁっ、んんっ! んんんんーーーーッッ!」 慌てて口を閉じる芦花姉だが、ペニスが奥の壁をぐりぐりと擦り上げると、すぐに元の開いた口に戻った。 「んぁぁっ! あっ、あーー……っ! んはぁ、んはぁ、あああっ、溶けちゃう、また溶けぢゃぅぅぅ……ッ!」 「本当に、中が、溶けてるみたいにドロドロだ……」 「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……あっ、また、声、でちゃう……んんっ、んぅぅぅぁぁぁっ!」 「ぅあっ、芦花姉……締め付けて来る……んんっ」 「んっ、んーーー! んぁ、はぁーっはぁーっ……ああっ、待って待ってっ! 本当に待って、おねがいぃ……ッ!」 その余裕のなさに、さすがに俺も腰を止めて、芦花姉の様子を窺う。 「はぁ、はぁ……芦花姉……?」 「そこ、気持ちよすぎて声が漏れるの……だから、ちょっとだけ待って……はぁ、はぁ……」 「ちょっとって……どれぐらい? 正直……芦花姉の粘膜に包まれたままジッとするのって辛い」 「もっと気持ちよくなりたいって、思っちゃうからさ……はぁ、はぁ……」 「ちょっとだけ……はぁ、はぁ……んんっ、はぁ、はぁはぁ……声を我慢できるように、覚悟をね、決めるから……」 「はぁー……はぁー……んんっ、もう……なんでこんなに、気持ちいいんだろ……」 「それだけ、お互いのことを思い合ってるってことじゃないかな?」 「またそんな……嬉しくなることを言うんだから……はぁーっ、はぁーっ……んんっ」 大きく息をしながら、芦花姉は身体に力を入れた。 その様子が、繋がった性器からハッキリとわかる。 「ぁぁ、でも、無理……やっぱりこんなの、我慢できそうにない……」 「ねえ、まー坊……またアタシの口、塞いでくれない?」 「塞ぐって……俺の手で?」 「うん。だって、こんなに気持ちいいの……アタシ1人じゃ無理だよぉ……だからね、アタシのお口を塞いで」 「それで、また、おち●ぽ動かして……ね? ね?」 芦花姉もすでにスイッチは戻らないらしい。 「じゃあ、再開するからね、芦花姉」 「んー」 俺は芦花姉の口を手で塞ぎ、宣言してから腰を再び突きこむ。 「んっ! んっ……んっ……んぐっ!? んっ、んふーっ、んーっ! んんーーーーーーッッ!」 俺の手だけではなく、芦花姉も全身に力を込めて、喘ぎ声を必死にかみ殺しているらしい。 「芦花姉……気持ちいいよ、ああ、すごい……」 「んぐっ! んっ、んぃぃーーっ! んふぅーっ、ふぅーっ、んっ! んっっっ、ぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーー……ッッ!」 奥深いところで腰を回し、グリグリと粘膜をほじり、その敏感な箇所を擦りながら、グイグイと押し込み続ける。 「ひぐっ! んっ、んぐぅぅぅっ! んぅっ! ンっ! んんっ! んんんーーーーッ!」 芦花姉のシーツを掴む手に力が入り、その太ももがカクカクと震え始めていた。 それでも芦花姉は、約束通りに声を我慢する。 「はぁ、はぁ、はぁ、んっ! んーっ! んんんんんーーーーーぅぅ……んっ、んんーーーーーんッ!」 快楽の喘ぎはどんどん激しくなり、芦花姉の白い肌が真っ赤になっていく。 そして中の粘膜が、俺のを強く絞り上げた。 「んぁっ! 締まる……」 「んっ、んーー……ッッ、んぷ! はぁ、はぁ、んぁっんぁっんぁっ……んんぐーーーッ!」 「俺、イきそうかも……芦花姉……んっ、ぅぅぁあっ」 腰を押し込むだけで、じゅぷ! じゅぷ! と、音が漏れる。 それほどの強い締め付けがもたらす快感に、俺はすでに脳みそまで痺れてしまったように、腰を振ることしか考えられない。 俺はそのまま、快感を貪るように芦花姉のおま●こを、擦り続けた。 「んーーーっ! んーーーーーっ! んひぃぃ……ふぅーっ、ふぅーっ……んっ、んんんーーーーー!」 今にもジタバタと暴れ出しそうな芦花姉を、しっかりと抱きかかえて、口を塞ぐ手にも力を入れ直す。 「んふぅーっ……んーっ、んーっ、んっんっんっ……んんっ!」 芦花姉の喘ぎ声が、徐々に悲痛な声に変わっていく。 それはまるで、俺に“早く早く”と催促をするみたいだ……。 「んぐぅーっ……んんんっ……んんんーーーッ! んーーっ! んーーーっ!!!」 さらに激しく身悶える芦花姉、アソコがキュゥーッ……と締め上げてくる。 「うぁっ、すごい、しめつけ……っ」 これ、以前にも感じたことがある。 確か……イくときに、こんな風に締め付けてたような……? 「んんぁ……んっ、んっ、んっ……んくっ、んくんくんくっ……んッッ……ぐぅぅぅぅぅぅぅーーーーー……ッッ!」 芦花姉は、のたうつように暴れながら激しい絶頂を迎える。 全身をガクガクさせ、その背中を大きくのけ反らせながら、俺の手の下から大きな息を漏らしていた。 「んひぃっ、ふぅーっ、ふぅーっ……んっ、んっ、んぃぃぃぃぃ!?」 俺は腰の動きを止めず、芦花姉の奥深い壁を、何度も何度も擦り上げた。 「んーっ! んーっ! んんんんんんーーーーーっ!!」 芦花姉は大きく身体を揺らそうとするが、力が入らないのか、上手くいかないらしい。 俺の腰の動きにされるがままだ。 「んぅぅぅーーっ! んっんっんっんっんっ、んぐぅーっ! んぐぅーっ!」 「芦花姉……我慢して。俺ももうすぐイくから」 「ンっ……んぅぅ………………ッッ……んっ、んーー……んんぅぅぅぅ、んんんーーーーーっ!」 暴れるのを止めた芦花姉。 今度は俺を絶頂へ押し上げようと、ギュッ! ギュッ! と粘膜を収縮させてくる。 すでに限界間近だった俺は、その締め付けで一気に限界を突破して―― 「芦花姉、中に出すからね」 「んぐ! んぁっ! んんぁぁっ! んくぅっ、んんっ、んくーーーーぅ、んっ、んんんんーーーッ!!」 大きく首を立てに振る芦花姉だが、それが肯定なのか? それとも再び痙攣が始まっているからなのか? その判断は付かなかったし、それを考える余裕も今の俺にはない。 「んーっ! んーっ! んんっ! んっんっんっんっんっんっ――」 「んんんんんんんーーーーーーーーーーーーーッッ!!」 芦花姉の身体が、二度目の激しい痙攣を迎える。 同時に俺も、芦花姉の中にその緊張を解き放った。 「んんぐぐぐぅぅぅぅ……ッッ!! んぐっ、くぅぅ……んひぃ、ひぃ……んっ、ふぅぅーー……んふーーーーぅぅ……ッ!!」 ――ビュル! ビュルル! 今まで我慢していた分なのか、勢いよくペニスを駆け上る精液の勢いは治まらない。 「んっ! んっ! んんん……んひぃ、ふぅー……ふぅぅーーーっっ……んんっ、んんっ! んんーーーーーー……」 幾度となく精液を吐き出すペニス。 俺の心臓はバクバクして、平衡感覚が崩れて、身体が一瞬ふらついてしまった。 それほどの長い射精をようやく終え、俺はゆっくりと芦花姉の中からペニスを引き抜く。 「んふっ、んんんっ……んーっ……ぅぅぅぅ……んんっ」 出したばかりの精液が、まるで逆流でもしているかのように、芦花姉の股間からドプドプと流れ落ちる。 「芦花姉、出す……俺、イくよ」 「ん、んんっ……んん……んんっ!? んっんっんっんっんんんんーーーーーーっ!」 最後のキスとばかりに、芦花姉の奥にペニスをくっつけて、ぐりぐりと腰を回す。 何度も何度も、ねぶるように粘膜を擦り上げていった。 そのおまけのおかげで、俺にも抗いきれないうねりが訪れる。 「んぐぅぅぅぅぅぅっ! んーーっ! んーーーっ! んぅぅぅぅーーーー……ぅぅぅ!」 「ああっ、芦花姉……い、イく!!」 「んひっ……んぁ、んぁ、んんんんぁーーーッ! んく、んくんくんくッッ……んんんーーーーー………ッッ!」 絶頂し、うねる芦花姉の中。 俺が慌ててペニスを中から引き抜くと同時に、熱が駆け上って―― 「んんん!? んひっ……んぁ、んっ、んっ、んっ……んふーっ、んふーっ!」 荒い息をする芦花姉の肌に、ドロッドロの精液がこびりついていく。 何度も何度も、止まることなく射ち出される俺の精液。 その勢いと量は、軽く眩暈を覚える程だった。 そして何度目かの痙攣の後……ようやく俺の射精は終わりを告げた。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 そうしてゆっくりと、芦花姉の口を塞いでいた手を離す。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……はぁーっ、はぁーっ……」 貪るように息をする芦花姉は、しばらくの間全く動かないでいた。 というか……動けなかったのか……? 「はぁ……はぁ……は、激し過ぎるよ……はぁぁ……身体、ドロドロだし……」 「アタシの声が聞こえないからって……好き勝手して……んんんっ」 「可愛かったよ、芦花姉」 「あっ、んんっ……身体に力、はいらないの。ねえ、ちゃんと支えて……んっ」 「わかってる」 「はぁ、はぁ……こんなにドロドロにされたら、このまま眠るわけにはいかないよね」 「もう少ししたら……お風呂にお湯を張っておくよ」 さすがに、これで温泉に行く勇気はない。 「うん……はぁー……なんか、これからが心配だなぁ」 「え?」 「一緒に暮らし始めたら……毎晩こんなにされちゃうのかな?」 「あー……」 「その時は、防音がしっかりしているところにしよう」 「やる気まんまんなんだから……もう……バカ」 そう言った芦花姉だが……その声は、とても嬉しそうだった。 「わらび餅、650円。本わらび粉を使ったわらび餅。よくあるのはタピオカやジャガイモのデンプン」 「抹茶パフェ、850円。抹茶のアイスクリームに白玉団子、きな粉のクッキーなどをトッピング」 「抹茶のパウダーで甘さの調整などを、自分でできる」 「プリンは450円。卵に牛乳、砂糖や生クリームもこだわっていて……ぶつぶつ……」 ………。 「……どうしたんですか? 有地さん」 「スマホを見て、ブツブツと……」 「わたしにもよくわからないのですが、この前からずっとあの調子で」 「よく値段がどうとか口にしていますし……も、もしかしたら、出会い系にハマってしまったのではないでしょうか!?」 「出会い系?」 「それは……無いと思いますよ」 「どうしてでありますか?」 「だってこの町で出会い系をしたところで……」 「出会える人がいないと思いますから。田舎とは、そういうものです」 「それに、有地さんはそういう方ではないと思います」 「それは……わたしも、そう思いますが……では一体なんなんでしょう?」 「お茶のゼリーは700円……」 「こんにちは」 「いらっしゃいませ……って、あれ? まー坊」 「どうしたの? 今日はシフトの日じゃないよね?」 「少しでも早く仕事を覚えられるように、店の雰囲気になれたくて」 「………」 「ふふっ、まー坊は本当に真面目だねぇ。まー坊にお願いしてよかったよ」 「そう言ってもらえると嬉しいよ」 「わかった。じゃあゆっくりしていって」 「ありがとう、俺の事は気にしなくていいから。芦花姉はいつも通りで」 「あ、あとほうじ茶もらえるかな?」 「はい。かしこまりました」 「………」 店の中を見渡すと、お客さんは日本人も外国人も半々ぐらい。 メニューは英語や中国語でも書かれてある。 俺もせめて、英語で対応できるぐらいにはなっておいた方がいいんだろうか? 「………」 そこまで使いこなすためには、どれぐらいかかるだろう? 自信ないなぁ。英語の成績は普通だけど、リスニングはそんなに得意じゃないから。 しかし……うーむ……。 こうして席に座って周りを見てると……色々と発見があるものだ。 ショーケースにべったりと触れながら、商品を選ぶ人。 わらび餅の食べ方に悩んでいる人。 あと、苦みがあるはずの抹茶を、意外と美味しそうに飲んでいること。 ……日本茶は苦くて苦手って聞いたこともあるけど……そうでもないのかな? いや、日本に来たのだから、日本の抹茶を堪能してこそ! とか思ってるのかもしれない。 ふむ……とりあえず、ショーケースのガラス拭きはきっちりしておいた方がいいな。 あと、食べ方に悩みそうなものは、How toとか書いておいた方がいいのかも。 「お? いたいた」 「お兄ちゃん」 「廉太郎に小春? どうした?」 「いや、お前がここでバイトを始めたって、小春に聞いて」 「今日はただのお客だよ」 「……つまんねぇ。せっかく冷やかしに来たのに」 「だから今日はシフトじゃないって言ったのに」 「あと冷やかしとかはお店に迷惑だから止めて」 「あれ? 廉太郎に小春ちゃん?」 「お姉ちゃん、ごめんね。邪魔するつもりはないんだけど……ウチの兄がバカなことしないか心配で」 「気にしないでいいよ。ゆっくりしていって」 「いらっしゃいませお客様。ご注文はお決まりでしょうか?」 「和紅茶よろしく」 「私も和紅茶で」 「畏まりました」 「真似すんなよ」 「真似したわけじゃないもん」 「お前ら、本当に仲がいいな」 『どこが!?』 「だからそうやってシンクロするところ」 「ぐぬぬ……」「むぅぅ……」 笑いながら指摘すると、2人とも不満そうな声を上げた。 「で? もう祖父ちゃんとのトレーニングはやめたのか?」 「止めたつもりはないけど、放課後はしばらく休むかな」 「先に仕事を覚えてしまいたいから」 「へー……結構本気なんだな」 「そりゃな。芦花姉の店なんだから、働くと決めた以上は手を抜くわけにもいかないだろ」 「そっか……。なら俺もここで働いちゃおうかなぁー?」 「えぇー、止めてよ! 私ヤだよ、廉兄と一緒に働くなんて」 「なにおう、小生意気なっ」 「もしかして、小春に対する嫌がらせか?」 「嫌がらせのためだけに働くなんて無駄なことするわけないだろ」 「だったらなんで、いきなり働こうかなんて言い出すんだ?」 「だって……なんか懐かしいじゃん? 芦花姉がいて、お前がいて、3人で一緒に遊んでた頃が」 「あー……懐かしいなぁ」 「ぶぅー……」 「なにむくれてるんだ? 可愛くない顔が、余計に可愛くなくなるぞ」 「余計なお世話ですーっ! 廉兄は昔から意地悪で、すぐに私のことをのけ者にするんだから」 「のけ者にはしてないだろ。お前の足が遅くて追いつけないのが悪いんだよ」 「あー……そういえば、泣きながら追いかけてきてたっけ?」 「そういう時、大抵将臣が慰めに行ってたよな」 「むしろ、泣いてる妹を放置できるお前がおかしいと思う」 「そうか?」 「あの頃からお兄ちゃんは優しくて、廉兄は意地悪だったよね」 「お兄様を敬うのなら、少しは優しくしてやってもよいぞ?」 「どこか一か所でも敬えるところを作ってから仰っていただけますか、お兄様」 「本当に可愛げのない、ペタン子め」 「ぺ、ペタ――ッ!」 「バーカバーカ」 「ブースブース」 「はーい、ストップストップ。店の中で揉め事はおやめ下さい、お客様」 「こちら、和紅茶とほうじ茶でございます。お待たせいたしました」 「というかだね……いい歳なんだから、廉太郎はもう少し大人になりなさい」 「やーい、怒られてやんのー」 「小春ちゃんも。変に突っかからない」 「うっ……ごめんなさい……」 「そうだ。お前、調子に乗ってるんじゃないよ」 「廉太郎はおバカなんだから、小春ちゃんが大人にならないとしょうがないでしょう?」 「え……それって……結局俺がけなされてるだけなんじゃ……?」 「……ぷっ、あはは!」 「笑ってんじゃねーよ!」 「いや、なんか昔に戻ったみたいだなって思って」 廉太郎と小春が喧嘩をして、芦花姉がそれを諌め、渋々ながらも2人が矛を収める。 本当に子供の頃のまま、って感じだな。 「くすくす……確かに。廉太郎は成長しないねぇ」 「……なんか俺ばっかり責められてない?」 「だから、そういうところも昔のままだって」 「……子供の頃から理不尽な目に遭ってたんだな、俺」 「理不尽じゃないと思う。むしろ自業自得だよ」 「お前は子供の頃から小生意気な奴だよ」 「はいはい、だからやめー。お店の中で喧嘩しなーい」 「まー坊も笑ってないで2人を止めなさい」 「懐かしくって、つい」 「すみませーん」 「はーい、少々お待ち下さい」 「行かないと。2人とも喧嘩しない。雰囲気悪くなったらまー坊が止める。わかった?」 「了解」 「任せたからね」 そう言って、芦花姉はお客さんのところに向かった。 「あんまり芦花姉を困らせるなよ」 「2人とも喧嘩は止めて、とにかく大人しくお茶を飲もう」 「はーい」「へーい」 「さてと、それじゃあ俺は、そろそろ帰るわ」 「俺はもう少し残るよ」 「じゃあ私も、もう少し」 「んじゃ、また明日な」 「おう、また明日」 自分の会計を済ませた廉太郎はそのまま店を出て行った。 「あいつ、本当に冷やかしに来ただけだったのか」 「んー……なんだかんだで、お兄ちゃんがこっちに残ったことが嬉しいんじゃないかな?」 「俺?」 「多分だけどね。バカな分というかなんというか、寂しがり屋だったりするから」 「あー……確かにそういうところはあるな」 遊びに行ける行けないは別としても、とりあえず声だけはかけて欲しいタイプ、とでも言うんだろうか? 「しっかし――」 「なに?」 「なんだかんだ言いつつも、ちゃんと理解してるんじゃないか」 「そりゃね……不本意ながらも兄妹だから、少しぐらいはね」 「まあ……迷惑がられてないのはありがたいよ」 「ちなみに、小春は?」 「え? 私?」 「俺が残って迷惑とか思ってないか?」 「そんなの思ってるわけないってば! むしろ……嬉しいぐらいだよ」 「そりゃよかった」 「でも、また置いて行ったら許さないけど」 「お兄ちゃんも優しかったけど……結局私を置いて遊びに行ってたもんね」 「まあ……あの頃はなぁ」 俺だって遊びたい年頃だったし、女の子と遊ぶのを気にする年頃でもあったし。 廉太郎が言った通り、小春は足が遅かったからなぁ……。 「大変、申し訳ありませんでした」 「……反省してる?」 「してるから謝ってる」 「それなら、許してしんぜよう」 「ははーっ、ありがとうございます」 『………』 『あはははは』 2人して同時に笑い合う。 「今なら置いてくことなんてない」 「昔は俺と廉太郎と芦花姉の3人組だったかもしれないけど……今は小春も加わって、4人組って感じだな」 「……お兄ちゃん……えへ、えへへ……そう言われると、なんか背中がむずむずしちゃうね」 「あっ! でも、廉兄は含めなくていいから。お兄ちゃんとお姉ちゃんと、私の3人組でいいよ」 「そう言うなってば。廉太郎も含めてやろうぜ」 「その3人組は、アルバイトの時だけで」 「お兄ちゃんがそう言うのなら……まあ、仕方ないか」 「でもね、お兄ちゃんが残ってくれて、一緒にアルバイトできて本当に嬉しいよ」 「俺も。まさか小春と一緒に、アルバイトする日が来るなんてなぁ」 「子供だ子供だと思ってたのにな」 「アルバイトに関しては、私の方が先輩なんだから」 「困った時には、お力添えを何卒よろしくお願い致します」 「うむ。よきにはからえ」 「それは使い方が違うだろ?」 「え!? そ、そうなの!?」 「良いように処理しておけってことだろ? むしろ、真逆の使い方じゃないか?」 「ぅぅっ……しまったぁ、間違えちゃうなんて……恥ずかしい……」 「いいドヤ顔だったぞ」 「やめて言わないで辱めないでぇぇ!」 「あははは」 「笑わないでよ、もう! お兄ちゃん、ちょっと見ない間に意地悪になってない?」 「そうか? そんなつもりはないけど……」 「小春はちょっと見ない間に、可愛くなったな」 「……意地悪されたあとだと、からかうために言ってる気がしちゃう」 「そう思うのに……嬉しいと思っちゃうんだから……我ながら単純だよね、あはは、えへ、えへへ」 「からかってないから安心しろ」 「う、うん……ありがとう、お兄ちゃん。えへ、えへへ」 照れ笑う小春は本当に可愛いと思う。 従妹で、ずっと年下の子供だと思ってたけど……ちょっと見ない間に、成長したものだな。 「で、話は変わるんだが、バイトの先輩に一つ頼みがあります」 「うん? なんでしょう?」 「メニューの名前と値段は家でも覚えられるんだけど、味の説明とかする時のために、自分でも食べておきたいんだ」 「でも一気に全部、味の確認なんてできないだろ? だから、人気メニューを教えて欲しいんだ」 「ほうほう、なるほど。お兄ちゃんって本当に真面目だね」 「芦花姉からお金をもらうんだから、ちゃんと仕事をしないとな」 「でもそういうことなら、お姉ちゃんに話せばタダで味見をさせてもらえるんじゃないかな?」 「いや、芦花姉にはそのことは秘密にしておいて欲しいんだ」 「え? どうして?」 「多分、本当にタダにされちゃうと思うから。でも自腹で食べた方が、ちゃんとお客さんの目線になれると思うんだ」 「お兄ちゃん……なんか凄いね」 「別に凄くはないだろう、仕事として当然の事なんだから」 「うーん……身近な比較対象が、どうしても廉兄になっちゃうからかな……?」 「小春は廉太郎の評価が厳しすぎるんじゃないか?」 「まっ、それはいいや。とにかく、人気メニューを教えてくれないか?」 「人気メニューかぁ……そこまで人気が偏ってるわけじゃないんだよね」 「そうなのか?」 「このお店の客層はね、日本の人と外国の人が大体半々なの。だから人気もばらけちゃって」 「ああ、なるほど。そういうもんか」 「でも……そうだね。とりあえず、ベーシックなのはあんみつじゃないかな?」 「餡子に白玉、ゼリーと簡単な果物なんだけど、白玉やゼリーは、他の商品にも使われてるでしょ?」 「確かに。餡子をクリーム系に変えたら、そのままパフェになりそうだな」 パフェやプリンは、前に味わったこともあるから……ちょうどいいかも。 「餡子もね、とっても美味しいんだよ」 「へー……じゃあ、頼んでみるか」 「すみませーん」 「はーい」 「お待たせ致しました。ご注文でしょうか?」 「あんみつ、もらえるかな?」 「あんみつがお1つですね、かしこまりました。少々お待ち下さい」 「お待たせしました、あんみつでございます」 「ありがとう」 「それと……こちら、サービスでございます」 そう言って差し出されたのは、よく見かける和菓子。 練り切りと呼ばれる生菓子だ。 「どうしたの、これ? もらいものか何か?」 「違う違う、新メニューの開発の試作品」 「こういう『ザ・和風』みたいなメニューを増やすと、外国からのお客さんには受けがいいんじゃないかと思って」 「食べて、感想を聞かせてもらえるかな?」 「そういうことなら」 「うん。喜んで協力させてもらうね、ありがとうお姉ちゃん」 「それじゃあよろしく、お2人さん」 「おじさん、こんな生菓子も作れるんだ?」 「私も話で聞いただけだけど……若い頃はむしろ、そっちの方で修行してたらしいよ?」 「へー……」 それは興味深い。練り切りなんて食べるの、久々だな。 甘いものを食べるってなると、コンビニでも売ってるようなお菓子の方が多かったから。 「でも先に、まずはあんみつだ。いただきます」 そうして俺は、スプーンでみつ豆と餡子をすくって口に運ぶ。 「んっ! 美味い……なんか、結構サラッとしてて食べやすい」 甘い物がそこまで好きでなくても、これならきっと美味しく食べられるだろう。 そして甘い物が好きな人には、上品な甘さだと思ってもらえる。 そういう絶妙な味で……絶品だ。 「おじさんの作るお菓子って……すごいな」 「でしょう? でしょう? 実は、この美味しい甘味の側で働けることも……アルバイトを始めたキッカケだったりして」 「気をつけないと、太るぞ?」 「お兄ちゃん、女の子に体重の話題を振らないで!」 「うっ……ごめん……」 「お詫びに、あんみつを食べるか? ほら」 「………」 そうして俺がスプーンを差し出すと、小春はキョトンとしてから―― 「―――ッ」 まるで頭の中で爆発したように、いきなり顔を真っ赤にしてしまった。 「おっ、おおおおっ、お兄ちゃん、そ、それは、ダメだよ」 「ダメって……?」 「だってほら……そのスプーン……お兄ちゃんが、く、口をつけた物じゃない」 「あっ、ああ、そっか。ゴメンゴメン、そうだよな、気になるよな」 「俺はそういうの、あんまり気にしない方だから、ゴメンな」 「じゃあ、新しいスプーンをもらうか?」 「いいよいいよ。ほら、練り切りもあるしね」 「お兄ちゃんの言う通り……気をつけないと、すぐにプニプニになっちゃうから」 「一口食べた程度じゃ変わらないんじゃないか?」 「変わるの、全然変わるの。そんなに美味しいあんみつを食べちゃったら、止まらなくなっちゃうから!」 「あははは、そういう問題なのか」 「うー……廉兄にも、よくバカにされるんだよね。食い意地が張ってるって……」 「いっぱい食べる方が健康的でいいと思うけどな」 まあだからって、無理に食べさせることもないだろう。 結局あんみつは俺が全部食べてしまった。 ……最近俺、食べてばっかりだな。 気をつけないと俺の方こそ太ってしまいそうだ。 とはいえ、今さら練り切りを残すのも忍びない。 という言い訳を自分にしながら、俺は練り切りに手を伸ばした。 「これ、花の形なのかな?」 「みたいだね」 「なんか意味とかあるのかな?」 「意味?」 「花言葉とかじゃないけど、何かしらの想いが込められてるのかな、って」 「ちょっと調べてみよう」 食べるのをいったん止めて、俺はまた写真を撮ったり、ネットで意味を調べたりする。 「うーん……」 「なにか意味があるの?」 「いや、特にはなさそう……かな? 大抵は季節を感じさせるものを作るんだって」 「それより興味深いのは、白餡のつなぎが関東と関西で違うんだってさ」 「関東だと求肥を使うことが多くて、関西だと小麦粉や山芋とかなんだってさ」 「へー……これは、どっちだろう?」 「普通に考えたら求肥じゃないか? 白玉粉からでも作れるだろうし」 「私……今までそういうこと、全然気にしてなかった」 「まあ、調べたからってどうってこともないと思うけどな」 「これはあくまで、俺が気になってるだけだから」 「あと……白小豆を用いるといいらしいけど、白小豆は希少だとか……」 「驚いた、白い小豆とかあるんだな……へー……となるとさすがにこれは、普通の小豆かな?」 「いくらかは知らないけど、高級な物だとまた芦花姉が困るだろうし……とりあえず、味を……」 「……はぁー……」 気付くと、小春が練り切りを手にしたまま、呆けた表情で俺をポケーッと見つめていた。 「なんだよ? どうかしたのか、小春?」 「へ? あ、ううん、何でもないよ。本当に真面目だなーって。そんなに真剣なお兄ちゃん、なんだか久々に見たから」 「そうか?」 「自分で言うのもアレだけど……俺、小春の前でそんな真剣になることあったか?」 「あったよ。ほら、お祖父ちゃんに剣道の練習をつけてもらってたときとか」 「あー……アレは特別だろ」 気を抜いたら滅茶苦茶怒られる……というか、怪我をしかねないんだから。 「なんか……いいね。お兄ちゃん」 「いいねって、なにが?」 「そういう真剣な表情……なんかね、いいと思う。えへへ……」 「……そ、そうか……あ、ありがとう……」 従妹とはいえ、年頃の女子に褒められるとドキッとするな。 そういうこと、言われ慣れてないから。 しかし……褒めた小春の方が、照れているのは何故だろう? 「それよりも、練り切りの味だな」 情報を調べるだけじゃなく、本物の味を確かめないと。 「いただきます」 そうして俺は、小春と一緒に和菓子を楽しみながら、気付けば結構時間が経っていた。 「あれ? お母さんから電話だ……」 「もしもし? え? あ、ううん、今日はアルバイトじゃないよ。今はお兄ちゃんと一緒」 「え? 廉兄じゃないよ。……うん、そう、お兄ちゃん」 「ええ!? お父さんが怒ってる? 帰る帰る、すぐに帰るよ」 慌てた様子で、小春が帰る準備を始める。 「ごめんねお兄ちゃん、遅くなったからってお父さんが怒ってるみたいで」 「俺の事は気にしないでいいから」 そうだな。俺もそろそろ帰らないと。 さすがに店の中には人もおらず、あと20分もすれば閉店作業が始まるような時間だ。 連絡を入れておかないと、祖父ちゃんが心配してるかも……。 「というか、送って行くよ。俺もいた方が、伯父さんも怒らないかもしれないしさ」 「大丈夫だよ。怒ってるって言っても、ちょっと不機嫌になってるぐらいだから。すぐに帰れば大丈夫」 「そうか……?」 「それにほら、お姉ちゃんから感想を求められてたでしょ?」 「ああ、そうだった」 「だから、あの練り切りとっても美味しかったって伝えておいてね」 「わかった」 「それじゃあお兄ちゃん、バイバイ」 「ああ、じゃあな」 軽く手を振りながら、小春を見送る。 「あれ? 小春ちゃんは帰っちゃったんだ」 「伯父さんが怒ってるんだってさ。練り切りとっても美味しかった、って伝言を預かってる」 「そっか、美味しかったのか」 「アレ、正式なメニューになるの?」 「んー……どうだろ? 正直、コスパが悪いんだよね。作っちゃうと日持ちもしないし」 「それに練り切りは本当にお父さんしかできないでしょ? 負担ばっかり増えてくから」 「あー……」 ただでさえ、負担が今集中している。 これ以上負担が増えたら、もし何かあった時に……いや、今の段階でも何かあったら出せないものが多いのかも。 「限定一日10個とか、20個とかにしてみれば?」 「限定かぁ……それもありと言えばありかな」 「でもなぁ、儲けは低いだろうなぁ……。限定とかにしたら、めちゃくちゃこだわって作りそう……」 「想像しただけで、胃がキリキリしてくるよ……はぁぁ……」 「いっそ、人を集める話題商品として、思いっきりこだわってみるのは?」 「考え方としてはアリだと思う。でもねぇ、練り切りって珍しくはないから」 「こだわりはお客さんの満足度を上げることにはなるけど、人を集めるのとはちょっと違うかな」 「そっか……なかなか難しいんだな……」 「うん……難しい……アタシもね、学生の頃はずっと思ってたんだ」 「『こだわって作れば人も集まるのに』とか『メニューを変えればもっと若い子が集まるのに』とか」 「でもね、実はそんなに簡単じゃなかった」 「人を集めることだけじゃない。お店を維持するだけでも……すっごい大変だって実感してる」 「……芦花姉……」 「まさかこの店の経営……そんなにヤバいの……?」 「……あー……あはは、そりゃ楽ではないけどね。借金で首が回らないとかじゃないよ」 「ごめんね、まー坊にまで心配かけちゃって。ちゃんとお給料は払いますので、ご安心を」 「そんな心配してるんじゃない」 「……え……」 気付くと俺の声は、いつもよりも多少きつくなっていた。 「あ、いや、ゴメン。責めるとかじゃないんだ」 「俺が心配してるのは、芦花姉が少し焦ってるみたいに思ったから……」 「いやいや、今のはアタシが悪い。まー坊は真剣に心配してくれたのに、茶化しちゃったね」 「なんか情けないな、アタシ……」 「情けないとは思わないけど……水臭い気はするかも」 「愚痴ぐらいなら聞くよ? 多分、ご両親には言えないようなこともあるだろうしさ」 「幼馴染なんだ。困ってることがあるなら、俺も力になるよ」 「………」 「って……この前戻ってきた俺には言えないことかもしれないけど」 「……ぷっ、あはは。確かにね、まー坊は偉そうに言えないかも」 「でも……ありがとう、まー坊」 「あーあ。アタシ本当に情けないなぁ。まさかまー坊に諭されるなーんて」 「俺のこと、バカにしてない?」 「してないしてない。でも……もう情けない姿は見せちゃったし……今さら見栄を張っても仕方ないか」 「じゃあ……ちょっとだけ、話を聞いてもらってもいい?」 「――ッ、お、おぅ……」 なんだろう……うまく言えないけど、今の一瞬、芦花姉がすごく色っぽく見えた。 これが大人の色気なんだろうか? 俺が成長した分、芦花姉も俺の知らない大人になってるんだな……。 「といっても、そんなに大した話でもないけどね」 「ちゃんとお店の役に立ってるのかなー……なんてね、最近考えるの」 「??? 立ってるでしょ? 経営をして、メニューも増やして」 「実はね……本当は、もっと色んなアイディアを出したんだけど、お父さんにダメだって言われて」 「それは……でも……」 「勘違いしないで。ダメだって言われたことが悔しいんじゃないんだよ」 「味とか、手に入る原料とか、色々な兼ね合いがあっての結論だから。それはいいんだ」 「ただ……結局、試作品を作ったり、味を決めたり、全部お父さんの手腕なんだよね」 「アイディアを出すのも、重要なことなんじゃないの?」 「芦花姉が経営に携わるようになってから、変わったこともあるんでしょ?」 「でも……お父さんもそれぐらいのことは考えてたと思う。きっと踏ん切りがつかなかっただけで」 「だからアタシは、自分の力で、新たな収益を上げたいって思ってるんだけど……これがなかなか」 「そっか……」 遊びでやってるんじゃないってことを、証明したいと思っているのか? 店を手伝うようになって数年が経ってる。 おじさんもおばさんも、もはや遊び半分だなんて思っていないだろう。 おじさんが芦花姉の意見に耳を傾けているのが、いい証拠だ。 俺はそんな風に思うけど……本人としては、納得がいかないのかもしれない。 前も磯部焼き餅とかあったし……色々と試してるんだろうな。 「……焦っても仕方ないとは思ってるんだけどね」 「ねぇ、まー坊。まー坊は、このお店のメニューってどう思う?」 「そうだな……」 甘味に関しては文句の付けどころがない。 あるとすれば多少高いところだけど……その分、味が他とは違う。って、納得できる人も多いだろう。 まあ安いに越したことはないが……それだと、店の経営を圧迫してしまう。 それぐらいのことは言うまでもないはずだ。となると―― 「別に今のメニューに不満があるわけじゃないけど、飲み物が……少ない気がしないでもないかな」 「飲み物かぁ……」 「日本茶系は十分あるけど……ジュースとか、炭酸系があってもいいかなって」 「ほら、付き合いで飲み物だけ欲しい人もいると思うんだ。持ち帰りで飲み物を買う人のためにも」 「炭酸……でも、お店の雰囲気と違わない?」 「そんなことないよ。世の中には、抹茶ソーダとかあるぐらいなんだから」 「抹茶ソーダ……それなら、雰囲気は壊れないかも……夏にはいいかも」 「あと前から気になってたんだけど、普通の紅茶とか、珈琲はないの?」 「珈琲は餡子と合うって話、聞いたことあるよ」 「その話ならアタシも知ってる。実際、置いてあるお店もあるからね」 「ただ昔に『合わないことはないが、いまいちだ。邪道な感じもする』って、お父さんがね。却下されちゃったんだ」 「邪道かぁ……」 まあ、和菓子に珈琲だもんな。 和菓子に傾倒してきた人なら、邪道だと思ってしまう気持ちもわかる。 ……でも……邪道っていうのなら、和菓子にクリームを乗せたりするパフェの時点でそう思うんじゃないだろうか? 「その提案したときって、具体的に珈琲の味を確かめたりした?」 「その時は確か……インスタントコーヒーと一緒に」 「だからじゃないかな?」 「……え?」 「インスタントコーヒーとレギュラーコーヒーって全然違うものだよ」 「そうなの? ウチ、あんまり珈琲って飲まないから知らないんだけど……そんなに違うもの?」 「香りとか、味とか全然違うらしいよ。俺もそこまで詳しくはないけど」 「それに珈琲の豆には色々種類があるから」 「このお店の甘味に合わせた珈琲を探して、おじさんを説得してみたら?」 「………」 「前だって『合わないことはない』って言ってたんでしょう?」 「だったら『ちゃんと合う』珈琲で、もう一度チャレンジしてみればいいと思うよ」 「珈琲だと手間はかかるかもしれないけど、豆は日持ちもするしさ」 「よくは知らないけど……原価率もいいんじゃないの?」 「……ウチに合わせた珈琲……」 「素人の浅知恵だとは思うけど……とりあえず、飲み物の方面から攻めてみたら?」 「でも……アタシにできるかな? 珈琲の味なんて、よくわからないから」 「珈琲の味はわからなくても、この店の味はよく知ってるでしょ?」 「なんせ生まれ育った店なんだから」 「むしろ芦花姉にしかできないことだと思うよ、俺は」 「そっか……うん……うん……」 「うんっ! ありがとう、まー坊。そのアイディアいただき!」 「あ、でも、本当に思いつきで言ったことだから」 「いいのいいの、まー坊は気にしないで。ダメでも責任を押し付けようなんて思ってないよ」 「それに……具体的な目標を持てたことが、今は一番嬉しい」 「……うん。ならよかった」 「もし俺にも手伝えることがあるなら――」 「ううん。ここから先は、アタシが努力すべきこと。これ以上頼ってたら、結局役立たずのままだよ」 「そっか。まあ、味の確認とかあったらいつでも協力するから」 「うん、そういう時には遠慮なく頼らせてもらおっかな」 「というか……早速だけど、一つお願いがあるんだけど」 ジレンマを感じる日々は解消されることなく続く。 「んっ……ちゅっ、ちゅっ……んんん、はぁ、はぁ……」 「………」 「………? どうか、しましたか?」 「いや、なんでもない」 「ただ朝武さんの顔、キスでうっとりしてるなぁって思ってさ」 「え!? そ、そんな顔をしてました……?」 「可愛くて、色っぽい表情だよ」 「そんなの褒められても嬉しくありませんよ。むしろ恥ずかしいだけです……ぅぅ……」 「はは。可愛いと思ったのは俺の本心だよ」 「それじゃあ俺は、そろそろ行くよ」 「あ、待って下さい」 「――ちゅっ……」 今度は、唇を合わせただけの、小鳥のような可愛いキスだった。 とはいえ、不意を突かれた俺の心臓は、その可愛らしさにドクンと反応していた。 「……いってらっしゃいのチューです」 「あ、ありがとう……」 「じゃあ、いってきます」 「………」 「どうした、ご主人。何やら浮かない顔をしておるな」 「芳乃と何かあったのか?」 「何かあったってわけじゃない」 「おかげさまで、幸せな毎日だよ」 「それは結構なことだ」 「しかしならば何故、浮かない顔をしておるのだ?」 好きな人とキスできるのは嬉しい。 それになによりも、あの唇の感触。気持ちがよくて興奮してしまう。 でも……。 朝武さんは、ああしてイチャイチャすることに対して、どう考えてるんだろ? 「怖くはないのかな、って……いや、何でもない」 「さて! 元気出して行くぞ!」 「あ! こらご主人、吾輩を置いて行くな!」 「はぁ……また、朝からキスをしちゃった」 「キス……今までに経験したことのない感触で、胸の中がギュッて温まって、好き……」 「あ、いけない。浸ってる場合じゃない。鏡、鏡」 「んー……うー……耳は生えてない、よね」 あの日以来、耳はもう消えたまま。 欠片は一つに戻した。そして、あの怨念も消えた。 それはわかっている。だから、耳が出る理由は当然ないのだけれど……。 「どうしても不安になる……。だから、キスで確認したくなる」 キスって、こんな利用する気持ちでするようなものじゃないのに……。 「芳乃様?」 「茉子……おはよう」 「はい、おはようございます」 「どうしたんですか、ボーっとして」 「ううん、なんでもない。さ、今日もお弁当を作らないと」 「じゃあ俺は、トイレに行ってから戻るよ」 「はい。それじゃあ私は、先に教室に戻っていますね」 朝武さんと別れて、角を曲がる。 そして彼女の視線が届かなくなってから、俺は足を止めて自分の手を見つめた。 今日も一緒に弁当。そして、幸せをかみしめるように、手を握り合う。 「………」 先ほどまで、繋いでいた手の平。今も、その感触を如実に思い出すことができる。 「すっごい柔らかかったなぁ」 あの柔らかさを、もっと堪能したい……。 もっと触れたい! 手だけじゃなく、彼女の身体に触れたい! 具体的にはおっぱい揉んだり、セックスをしたい! 胸を締め付ける苦しみ、ジレンマの原因は、ズバリ俺の欲望だ! ここ最近、こんなことで悩みまくっている。ぅぅ……このストレス、どうしたものか……。 「毎日キスしたり、手を繋いだりするようになったから余計に……」 「………」 「うぐぐぐぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 「なにを身悶えてるんだ、お前?」 「廉太郎か」 「いやまあ、ちょっと悩み事が……」 「あんなに幸せそうな時間を過ごしておいて、何が不満なんだ?」 「不満はない。この上なく幸せな時間だ」 「なのに悩み事? なんか心配だ……」 「将臣と巫女姫様、見てると不安になるんだよな」 「そんなに、危うく見えるか?」 「喧々諤々ではないけどさ……なんかもどかしいっていうか、距離感が変っていうか……」 「え? 手を繋いだりするの、ダメなのか?」 「いや、それは大いに結構。キスでもセックスでもすればいいさ」 「問題は、それぐらい仲がいいのに、未だに苗字で呼び合ってるところだ」 「それは……」 「お互いを本当に想い合うほど心は通い合ってるのに、どこかで遠慮し合ってる気がする」 「ぐっ……」 思わず言葉に詰まる。 今言われたことは、確かに思い当たる節がある。 確かに俺の心はバランスを失っているのかもしれない。 「最近の雰囲気を見て、ようやく童貞捨てたか!? と思ってたんだけど……」 「よくよく見ると、まだギクシャクしてる部分もある。だから変だと思ったんだよ」 「それは……まあ、そうかもな」 「何というか……」 きっと朝武さんは、俺が望めば受け入れてくれる。 それだけの気持ちが、彼女と一緒にいると伝わってくる。 だからこそ、俺は踏み出せないでいた。 俺と同じように“また耳が生えるかも……”なんて不安を抱いていたら? その不安をひた隠しにして、俺の欲望に応えるために無理をさせたら……恋人として失格ではないだろうか? もっと時間を置いて、不安が解消されてからの方がいいのではないか? 理性ではそう考えているのに、本能を完全には抑えきれない。 一緒にいると、どうしても欲望が溢れてくる。 廉太郎の言うギクシャクって、そういう部分だろうなぁ。 あの夜、不意打ちでキスしたことも……部屋に戻ってから後悔した。 その後悔を、今でもこうして引きずってしまっている……。 「多分俺は、失敗するのが怖いんだと思う」 「先走って、取り返しのつかない事態になって、彼女を失うのが怖いんだ」 「あー……あるある。童貞だもんなぁ、失敗したらどうしようって悩むよなー」 「………」 なんか勝手に勘違いしてるけど……まあ、訂正しないでもいいか。 深く追及されても説明に困るしな。 「悩める将臣に一つアドバイスを授けよう」 「……なんだ?」 「AVを信用するな。あれはいい感じに作ってあるだけで、マジで真似たら引かれるから」 「いや、そのアドバイスは俺の悩みにはちっとも役に立たないんだが――」 「え? そうなの? 真似ちゃダメなの?」 「ダメダメ。いくらマイルドな作りであったとしても、アレはある程度知識と経験のある人たち用」 「全くの初心者が真似ていいものじゃないんだよ」 「マジか……AV真似ちゃダメなら、俺は一体どうすればいいんだ……」 「そういうのは、お互いのペースでやるもんだよ」 「相手の反応を見て、して欲しい事して欲しくない事、弱点に、ベストな力加減を見つけていく」 「そうやって、相性を合わせていくもんなの。初心者同士ならなおさらな」 「おお………………エロ老師」 「だからその呼び方止めいっ」 「とにかく俺が言いたいのは、独りよがりになるのが一番マズイわけよ。わかる?」 「重要なのはコミュニケーションってことだな?」 「そう! それ! 相手のことを知ろうって気持ちが大事」 「確かに童貞はコンプレックスかもしれない。けど相手はそこまで気にしてないかもしれない」 「勝手にコンプレックスを抱えて距離を取る。すると相手は嫌われたんじゃないかと心配になる」 「そんなすれ違いで別れるなんて、悲しいっていうか虚しいだろ?」 「それが心配なの、俺は」 「………」 なんか……思ったよりもちゃんとしてた。 廉太郎は多分、俺が童貞コンプレックスを抱えていると勘違いしてるようだが、今の話はセックスに限った話じゃない。 今の俺の不安に、まんま当てはまる問題だ。 「(このまま1人で悶々としてても、朝武さんに不安を与えるだけ)」 今朝の通学途中も、なんか不審な態度を取ってしまったしなぁ。 「うん……思ったより参考になった。ありがとう、廉太郎」 「思ったよりって……。まあ、少しでも力になれたならいいけど」 「もうちょっとちゃんとコミュニケーションを取ってみるよ」 「おかえりなさい、芳乃様」 「あ、うん……はぁ……」 「何やら浮かない顔ですね。どうかしましたか?」 「マサオミと一緒にお昼を食べて、幸せいっぱいだと思ったのですが」 「なにか、よくないことがありましたか?」 「もしかして、有地君が迫ったとか?」 「嫌がる巫女姫様を無理矢理……!?」 「いっ、いえ、そんなことはありません。有地さんはそんなことする人ではありませんから」 「そうなんですか?」 「それならいいんですけど……」 「もし、何かお悩みがありましたら、いつでも言って下さいませ」 「わたしは、本当にヨシノの力になりたいと思っておりますので」 「レナさん……」 「タタミ神の時には、わたしは力になれませんでした……」 「でも今回は、タタミとは関係ありません! であれば、わたしでも……」 「畳神ってなに?」 「さ、さあ? 畳の神様……かな?」 「あわわ! い、いえ、その、タタミのことは気にしないで下さい」 「とにもかくにもヨシノは日本でできた友達です。わたしは、大切な友達の力になりたいのです!」 「あ、私もー」 「前にもいいましたけど、愚痴でもなんでも聞きますからね」 「もちろん、ワタシもいますからね」 「……。ありがとうございます」 「おっと、チャイムでありますね。席に戻りませんと」 「レ、レナさん。放課後、お時間はありますか?」 「はい?」 「すみません、お呼び立てしてしまって」 「いえ、お気になさらず。仕事も女将に許可をいただいておりますので、心配ご無用」 「ありがとうございます」 「それで……これは一体何の集まりなのだ?」 「実は学院で、芳乃様が浮かない表情をしてまして」 「有地さんと一緒に昼食を食べた直後のことだったので、何かあったんじゃないかと」 「つまり、学院では口にはできぬ話題なのか?」 「もしや、呪いのことで何か気になることが――」 「違います。身体にそういう変化があるわけではないんです」 「では一体どうしたのでありますか?」 「……その……最近、有地さんと一緒にいられて幸せなんです」 「確かにそうですね。よく幸せそうにキスをしていらっしゃいますね」 「なっ、なんでそれを……!?」 「なんでもなにも……朝からリビングでちゅっちゅっされているので……」 「しかも毎日な」 「む、ムラサメ様まで!?」 「毎朝チュッチュッ……」 「おおう、ヨシノは大人なのですね、立派な《レデ》淑《ィ》女なのですね」 「淑女はそんな所構わずちゅっちゅっしないと思いますが……?」 「べっ、別に所構わずじゃないもんっ、外ではしないし、2人きりの時だけだもんっ」 「茉子とムラサメ様には、見られてたみたいだけど……ぁぁ~~っ! あんな甘えてる姿を見られていたなんて……迂闊でしたっ」 「幸せなのはいいことだが、であれば何に悩む? もしや、まぐわいのことか?」 「マグワイ?」 「まぐわいは、なんと言いますか……」 「性行為、セックス。make loveで通じますか?」 「おー、承知しました。そちらの意味でのセックスですね。なるほど、セックスが――セックチュッ!?」 「ヨシノとマサオミがセックチュ……うごごごご……」 「そう言えばレナは、そういう話が苦手であったな」 「ぅぅ……は、はい。取り乱して申し訳ないでした」 「そうですよね、お2人は恋人同士。キスの次に進むのも自然の摂理」 「大丈夫です。その気持ちは、ちゃんと理解しておりますので……つ、続きをどうぞ」 「で、どうなのだ、芳乃? ご主人とのことに恐怖を抱いておるのか?」 「恐怖とは、ちょっと違う気がします。そうじゃなくて、私は……自分が嫌いになりそうなんです」 「それはまた、穏やかではありませんね。何があったのですか?」 「私……毎朝、キスをするんです。そして、キスした後は鏡を見るんです」 「また、耳が生えてないかどうか、って」 「それは……」 「………」 「私は有地さんのことが好きです。本当に好きなんです。でも……それだけじゃない……」 「もしかしたら、呪詛の反応を調べるためにキスをしているのかもしれない」 「キスの先も……自分が安心するために、好きな人を利用してるのかもしれない」 「そう思うと……申し訳なくて」 「なるほど。それで身動きが取れずに悩んでおるというわけか……」 「ふむ……うむ……むむぅ……――ぷっ」 「ぷははは! やはりダメじゃ、我慢できん。わははは!」 「なっ、私は真剣なんです……っ!」 「そうです、ムラサメちゃん。笑うなんてヨシノに失礼でありますよ」 「すまんすまん、芳乃を馬鹿にしたつもりはないのだ」 「ワタシ、なんとなくわかる気がします。ムラサメ様が笑った理由」 「お主、接吻しておる時に耳が生えるかどうか不安に思っておるのか?」 「それは……」 「思っておらんはずだ。表情を見ておればわかる」 「赤みを差した頬にうっとりとした目。ご主人に身を任せてちゅっちゅっぶちゅーと濃厚に唇を貪り合う2人」 「あわあわあわあわ……濃厚……」 「嘘です、嘘! そんなに激しいキスはまだしていませんっ」 「まあ、多少誇張はしたかもしれんが、丸きり嘘というわけでもない」 「確かに。キスしている芳乃様はうっとりして、幸せそうですよ」 「あんなに幸せそうな顔を見せられたら、ワタシもキスをしてみたくなるぐらいです」 「~~~ッッ」 「そして接吻の余韻に浸ってから、その不安を抱く」 「つまりだな、芳乃が今感じておる不安は、自分への言い訳だ」 「言い訳……でありますか?」 「うむ。ズバリ、芳乃はご主人と接吻をしたいのだ。そして、まぐわいたいとも思っておるのだ!」 「―――ッ!?」 「芳乃はそんな自分の劣情を恥じた。その劣情に理由をつけた。それが、呪いの反応という訳だ」 「本当に不安に思っておるなら、あんな頻繁に接吻したりせぬよ」 「ワタシもそう思います」 「だって芳乃様は、本当に幸せそうですから」 「では、ヨシノの本当の悩みは……」 「ご主人への想いを持て余しておるのだ」 「お主意外とアレだな。あー……そうそう、むっつりすけべぇというやつじゃな」 「むっ、むっつりっ!? ~~~……っっ」 「おー……むっつりでありますか」 「わっ、わたっ、わたしはっ、べつに……っ」 「隠さずともよいのでは? ヨシノはそれだけ、マサオミを愛しているという事なのでありますよね?」 「ワタシもそう思います。女の子にだって情欲ぐらいありますよ」 「恋愛は、本気であるほど自分を制御できなくなるものです」 「おお、とてもよい言葉だと思います」 「と、好きなマンガに書いてありました」 「経験談ではないのだな……」 「恥ずかしながら……経験がありませんので」 「ともかく! 恥じる必要はないぞ、芳乃。それにご主人はその程度で、芳乃への気持ちを変えたりせぬ」 「そう、なんでしょうか……?」 「でも、そんな気配は今までにありませんでしたから」 「マサオミは奥の手なのかもしれませんね」 「奥手のことですか? そこまで奥手には見えませんでしたが……」 「そう言えば……ご主人はご主人で浮かない表情をしておったな」 「なにか悩み事でしょうか?」 「んー……もしかすると、芳乃の気持ちに気付いておるのかもしれんぞ」 「だが言い訳とまでは見抜けず、芳乃の不安に配慮しておるのかもしれん」 「なるほど。それは確かにあり得ますね」 「強引なようでヘタレという、面倒なヤツじゃからな、ご主人は」 「このままでは勝手に身を引いてしまうかもしれんな。自分といては不幸になる、と」 「そっ、そんな! 絶対に嫌です……っ!」 「では手遅れになる前に、芳乃の本心を伝えねばならん」 「親密になることに不安を抱いてはいない。むしろ望んでいると、ご主人にわからせるのだ」 「つまり……芳乃様がリードするこということですか?」 「私がリードだなんて……絶対に無理……っ」 「経験がないのはもちろん……その……何も知らないんだから」 「何も、とは?」 「セックスという単語ぐらいは知っています。でも……具体的に何をどうするのかまでは」 「そういうことは、授業で習うのではないのか?」 「妊娠のメカニズムは習いましたが、性行為についてなんて……」 「確かにそうですね。授業でそんな具体的なことを教えてたら問題になりますね」 「これはいわゆる大ピンチというやつでありますね……このまま破局も……」 「っ!? 私、どうすれば……」 「ハッ!? 茉子はセックスの知識を持っているんじゃ?」 「本の知識だけでしたら、多少は。くノ一ですから」 「どうか教えて」 「わ、わたしも興味がありますので、是非」 「わかりました。では、そうですね……まずは、単語についてお教えしましょう――」 「単語って? セックスぐらいなら、さすがに私も」 「いえいえ、そうではなくて」 「おっ、おま――っ!?」 ~5分後。 「くっ、くぱぁ……っ!?」 ~10分後。 「舐める!? 咥える!? 胸で挟む!?」 ~15分後。 「そんなカエルみたいな格好を!?」 ~20分後。 「おおおおおおおしりぃ~~~っ!?」 「あわ、あわわっ、お、おちりだなんて……おちりちりちりちりぬるをわか……」 「……無理……私には、そんな恥ずかしい事いくらなんでも無理です……っ」 「わ、わたしも頭が、クラクラしてきました。ぷひゅぅ~……」 「まあまあ。あくまで本の知識ですから」 「有地さんがあんなことやそんなことまで望むとは限りません」 「まあ、純粋無垢だと思っていた相手にそこまでされると、さすがのご主人も引くかもしれんしな」 「ぅぅ~……セックスって、難しいものなんですね……」 「そこら辺の加減は、お2人で探り合うのが一番いいのではないかと」 「そうじゃな。具体的な内容は、ご主人に任せればよい」 「芳乃はまず、ご主人とのことを望んでおると伝えねばならん」 「でも、どうやって……」 「では今度は、吾輩が初夜という儀式の行い方を伝授しよう」 「ただいまー」 「おっ、おかえりなさいっ、有地さん!」 「は、はい。ただいま……」 家に戻った俺を出迎えてくれる朝武さん。 異様なまでに緊張し、声も震えているのはなぜだろう? 「もうすぐ、夕食ですから」 「……わかった。ありがとう」 「それであの……夕食の後、寝る前に部屋に行ってもいいですか?」 「俺の部屋? それはもちろんいいけど……今じゃダメなの?」 「ダメなんです」 「それなら……わかった、部屋で待ってればいい?」 「は、はいっ。私の方から行きますから、待っていて下さい」 「わ、わかりました」 俺の返事を聞いて、朝武さんはまるで逃げるようにリビングを出て行った。 「………? なんだったんだ?」 まあ、俺も話があるからいいんだけど。 しかし、さっきの妙な態度は一体なんなんだ? 「謎だ」 朝武さんの態度を疑問に思いつつも、俺はそれ以上は口にしなかった。 そして夕食を食べ、風呂に入り、部屋に戻った俺は朝武さんが来るのを静かに待った。 「………」 いつもなら、そろそろ寝ようかという時間。 それでも彼女は、まだ現れなかった。 「思ったより遅いな……」 「とはいえ、忘れてるってことはないだろう」 あと10分ぐらい待っても来なければ、部屋を訪ねてみようかな? そう思ったとき、外から声がかけられた。 「あっ、あの! 有地さん、いますか?」 「はい、どうぞ」 「すみません。思ったよりも遅くなってしまって……」 「気にしないでいいよ、それぐらい」 「お詫びというわけではないんですが、お茶を淹れてきました」 「ああ、うん。ありがとう」 差し出された湯のみを受け取り、口をつける。 朝武さんの方は用意したお茶に口をつける様子がない。 やっぱり、かなり緊張してるみたいだ。 「ところで……」 「なんで、巫女服?」 「これが私の正装だからです」 「は、はぁ……」 「安心して下さい、ちゃんと下着も正装です。新しいです」 「ああ、新しいなら安心だね」 え!? なに!? どういうこと!? 真面目な顔して下着も新しいって言ったのか!? い、いや……まさかな。多分、俺の聞き違いだろう。 「それで、あの……」 「あ、はい。実は有地さんに、お話がありまして」 「俺も、朝武さんに話があるんだ」 「そうなんですか?」 「ちょっと情けない話かもしれないんだけど……聞いて欲しい」 「………。わかりました。では、有地さんの方からどうぞ」 「俺が先でいいの?」 「はい。私の用件は、その時間がかかる……と言いますか」 「もしかすると、そのまま話し合う余裕がなくなるかもしれませんから……」 「………? よくわからないけど……それならお言葉に甘えて」 「――コホン」 わざとらしい咳をして、一旦心と息を整える。 そして背筋を伸ばし、朝武さんを真っ直ぐに見つめた。 「朝武さん、俺は朝武さんのことが好きです」 「―――ッ。私も、有地さんのことが、好きです」 「その気持ちは痛いぐらい感じてる。ありがとう」 「本当に好きで、大切に思ってる。でも俺は、女の子と付き合うのは初めてだから」 「どう距離を詰めて行けばいいのかよくわからなくて。失敗して、嫌われるのが怖いんだ」 「それに……少し、不安でもあった」 「不安ですか……?」 「前にキスした時、あの耳が生えたから。そのことを朝武さんが気にしてないか?」 「もしかして、俺を気遣って、無理してイチャイチャしてないか? そういう不安があるんだ」 「そっ、そんな! 無理してるなんてことはありませんっ」 「私は有地さんといられて幸せで、キスだって、その……私が、望んでることなんですから……」 「ゴメン。本当はちゃんとわかってるんだ」 「キスしたり、手を繋いだりするとき、朝武さんは決して嫌がったりしてない」 「その気持ちを俺は十分感じてる」 「だから、きっとこれは……自分への言い訳なんだと思う。勇気を出せないことを正当化するための」 「……言い訳……」 「本当にゴメン! もし最近、俺の態度を変だと思うことがあったら、これが理由だから」 「そ、そうだったんですか……」 「やっぱり俺、何か変な態度を取ってたかな?」 「いえ、そんなことはありません。そうじゃなくて……私も、同じなんです」 「え?」 「私も自分に言い訳してました。勇気を出せないことを正当化しようとしてました」 「でも……そんな風に逃げてはダメですよね」 「俺もそう思う」 って言っても、廉太郎に言われたからだけど。 「だから、正直に言うよ。聞いて欲しい」 「はい」 「俺は、朝武さんとずっと一緒にいたい。一緒にいて、何かあった時には支えたい。そして、イチャイチャもしたい」 「大好きだから。俺は、朝武さん……よっ、芳乃さんのことが、本当に大好きだから」 「―――ッ」 「これからは、芳乃さんって呼んでも……いいかな?」 「ダメです」 「“さん”はつけなくていいです。以前に呼んだ時には“さん”は付いていませんでしたよね?」 「え?」 「私が怨念に呑み込まれそうになった時です。あの時『芳乃』って呼び捨てにしてましたよね?」 「き、聞こえてたんだ」 「はい。ちゃんと届いていましたよ、有地さんの想いは。あのおかげで、私は助かりました」 「ですから……『芳乃』でお願いします」 「芳乃………………さん」 「………。もう一回」 「よっ、芳乃……」 「詰まらず、滑らかにお願いします」 「………」 軽く息を吸い、心を落ち着けてから、今度こそハッキリと彼女の名を呼ぶ。 「芳乃」 「~~~……ッッ」 その言葉に、芳乃はその場でバタバタと身悶えた。 「じゃあ、芳乃って呼ばせてもらいます」 「はいっ」 「それで……これからは芳乃も俺の事を、名前で呼んで欲しいんだ」 「……ま、将臣さん」 「芳乃は“さん”をつけるの?」 「まっ、将臣……」 「――さん」 「ごめんなさい。私は、こっちで許してもらえませんか?」 「まあ、しょうがないね……」 さん付けでも十分な破壊力! 好きな人に名前を呼ばれただけなのに、ドキッと心臓が大きく跳ねた。 でもその一言に込められた愛情や、恥ずかしさ、照れ、色んな温かい感情を感じられたから。 「思った以上に、照れてしまいますね」 「そうだね」 「でも……嬉しい」 「俺もだ、あははは」 照れ笑いを浮かべながら、俺はお茶を飲む。 芳乃がお茶を用意してくれてよかった。お茶のおかげで、少し心が落ち着く。 「これからは言い訳せずに、自分の気持ちをちゃんと伝えようと思うんだ」 「だから、芳乃も何かあれば、いつでも言って欲しい」 「……はい、わかりました」 「ふぅ~……ちゃんと言えたぁ」 「これが俺の伝えたかったこと。話はこれで終了」 「じゃあ、今度は芳乃の話を」 「―――ッ」 一瞬、身体を強張らせる芳乃。 そ、そんなに重大な話なんだろうか……? 「そ、そうですね。今度は私の番……」 「基本的には、将臣さんと同じです。私も自分に言い訳をして……逃げようとしていました」 「でも、それではダメだと思ったんです。それで、もう少し自分に正直になろうと……こうしてお邪魔させてもらいました」 「うん」 背筋を伸ばした芳乃。 そのまま畳に手を付け、俺を見つめてくる。 「(また土下座……ッ!?)」 かと思ったけど……どうにも雰囲気が以前の謝罪とは違う。 「まっ、将臣さん……っ」 「は、はいっ」 「将臣さんが、そんな不安を抱いた理由は……きっと、私にあったと思うんです」 「私が中途半端な態度を取ってしまったから、将臣さんを不安にさせてしまったんです」 「いやそれは、俺が勇気を出せなかっただけだから」 「……将臣さんだけが悪いなんてことはありません。私も態度をハッキリとさせていませんでしたから」 「今度は私の気持ちを……聞いて下さい」 「………。はい」 静かに頷いて、次の言葉を促す。 「私は将臣さんのことが好きです、本当に大好きですから……お願いがあります」 「………」 「私、私の……」 「私の処女をもらって下さいっ……!」 「………………」 「………」 「え?」 なんか一瞬、ハンマーでぶん殴られたみたいに、意識が飛んだ。 頭の中が真っ白だ。 え? 今なんて言った? しょ、しょじょ? い、いやいや、そんなまさか。 賞状? でも、そんな褒め称えられること、したっけか? もしくは猩々? いや書状? 「あー……えーっと……」 芳乃は頭を下げたままだ。 ただし、その耳は尋常ではないぐらい赤く染まっている。 それだけで、顔がどれだけ赤くなっているかも予想ができた。 そして彼女は、もう一度、半ばやけくそ気味に叫ぶ。 「私のっ、処女をっ、もらって下さいっ」 再びゴーンと、頭がぶん殴られる。 今度の衝撃は意識を飛ばすのではなく、頭の回路を再度繋げていった。 「ちょっ、まっ、えっ、えぇ……!?」 「処女って、いやでもまさかその……えええええええッッ!?」 「いや、その……ゴメン。話が見えるようで見えないんだけど……」 「すす好きな人と一緒にいると触れ合いたいと思う気持ちは当然のことで手を繋ぐのもキスも気持ちよくて」 「そうなるとその先へステップアップを期待することも普通のことだと思うんですよたとえ女の子でもそういう事があると思うんです」 「でも今まで私は素直にその気持ちを認められなくて誤解を与えるような態度を取ってしまったこともあったので」 「そうではないと証明するためにはこうして私自身が望んでいることをわかってもらうしかないんじゃないかという結論になりまして」 早口で一気にまくしたてる芳乃。 ……だからって、処女をもらってくれとか……しかも座礼までして。 やばい、ちょっと……いや、すっごい興奮する! が、いや、ちょっと待て。一旦落ち着こう。 俺は改めて、お茶に口をつける。 「わっ、私の処女を――」 「落ち着けぇ! それはもうわかったから!」 休む暇を与えず、たたみかけてくるな!? 「とりあえず話し合おう。芳乃の本気は伝わったから、ちゃんと話し合おう。お願いだから」 その顔は当然真っ赤だ。こちらが心配になるぐらい真っ赤っ赤。 そしてあまりに恥ずかしいからか、決して俺と目を合わせようとしない。 「えーっと……予め言っておくけど、芳乃をいじめるつもりはない」 「でも、事が事だけに、ちゃんと確認をしておきたいんだ」 「……は、はい」 「処女をもらうっていうのは……どういうことか、ちゃんとわかってる?」 「セックス……するんですよね」 「セックスって何をするか、ちゃんとわかって言ってる?」 「添い寝することがセックスじゃないんだよ?」 「子供じゃありません。もちろんわかってます」 「服を脱いで、裸になって色んなところを見せて……触られて……舐めて咥えてくぱぁして、そのままおおおおおおち●ぽで――」 「その知識を与えたのは誰だあっ!!」 「それは……茉子から」 「常陸さん……アナタって人は……」 いや、性の知識をつけるのは俺としてもありがたいと思うよ? けどもう少し言い方ってものを考えようよ。 「じゃあ、もしかして……その服装も?」 「これはムラサメ様が……」 「初夜という儀式には正装で挑まねばならぬ」 「下着はなるべく新しく、気合い入れて! 清らかな白が望ましい!」 「なければ薄い桃色など淡い色を選ぶのだ。だが茶色はいかんぞ! 絶対に茶色だけは避けるべし!」 「そして挨拶は座礼が基本。それから『処女をもらって下さい』とお願いをする!」 「これが正しい初夜だ!!!」 「あのナマクラ幽霊……」 一体何を教え込んでいるんだ……。個人的には嬉しいけど。 知識のない相手にそれはダメだろ! 個人的にはグッと来たけど! 「も、もしかして……アレもコレも全部、嘘なんですか……?」 「いや、嘘っていうか……なんというか……」 「わ、私……私、もしかして……い、いえ! もしかしなくても、とんでもなく恥ずかしい事を――!?」 「だっ、大丈夫! 大丈夫だから落ち着いて、芳乃!」 「――くちゅんっ」 「ムラサメ様がくしゃみだなんて、珍しいですね」 「風邪はないから、誰かが噂しておるのかもしれんな」 「しかしムラサメ様、さすがに初夜の儀式はやり過ぎなのでは?」 「別にからかったわけではない」 「芳乃のような知識のない者に“その場の流れ”や“空気を読め”と言っても、逆に竦んでしまうのがオチだ」 「むしろ“こうするのだ!”と手引きを与えた方がよい」 「その理屈はわかるんですが……」 「ちなみに下着の色については?」 「ご主人はおそらく、清楚な色合いの方が好みじゃよ。なんせ童貞じゃしな」 「今頃、お2人はどうなっているんでしょうね?」 「問題ない。ご主人ならば、あれでグッときておる。間違いない。なんせ童貞じゃしな」 「今頃は組んず解れつしっぽりな夜を過ごしておるに決まっておるとも」 「だといいんですが……」 「それにだなぁ……吾輩からすれば、お主の知識の方が問題があると思うぞ?」 「え? ワタシですか?」 「あのまぐわいの知識だ。処女があのようなことを口にするのは如何なものか?」 「何をおっしゃいますのやら。処女が口にするからこそ、いいんじゃありませんか」 「そういうものかのう……?」 「……騙された、騙された、騙された……」 芳乃は部屋の隅でめっちゃ落ち込んでいた。 なんかさっきまでの雰囲気が吹き飛んでしまったな。 「いや、多少大げさな部分はあったかもしれないけど、騙されたって言うほどじゃないよ」 「本当ですか?」 「うん」 「じゃあ……茉子が言ってた舐めるとか咥えるとか挟み込むとか、あれも大げさな部分なんですか?」 「え!? いや、それは……」 「現代日本においては、わりとポピュラーなことかも」 「そっ、そうなんですか……」 「………。そんな勉強、したんだ?」 「それは、だって……将臣さんに負い目を感じさせたのは、私だと思ったので」 「今度は私の方からちゃんと踏み込まないとって」 「……嬉しいよ、芳乃の気持ち」 「そこまで俺に本気になってくれてるんだってわかって、本当に嬉しい」 「俺も、芳乃が欲しい」 「―――ッ!?」 「芳乃のこと、全身で感じたい。芳乃の全部が欲しい」 「俺も芳乃とセックスがしたい」 「わ、私も……セックス、したい……です」 「改めまして。よ……よろしくお願いたします」 「い、いえいえ。こちらこそ、よろしくお願い致します」 つられるように、俺も慌てて膝を折って頭を下げた。 2人で座礼をしあうって……周りから見たら、きっと変に見えてるだろうな。 というか、こんな挨拶を交わし合う初体験も珍しいんじゃないだろうか? 童貞の俺には判断もつかないけど。 俺は頭を上げる。 そんな俺を察知してか、芳乃も再び顔を上げた。 「あ、あはは……」 「ははは」 うーむ……かなり緊張する。あと、恥ずかしい。 でも、それだけじゃない。 愛しさ、嬉しさ。そして……期待。 ドキドキして、今にも心臓が張り裂けそうだ。 「……芳乃」 「はい……」 俺が顔をよせると、芳乃は自然と目を閉じた。 「あっ、んん……ちゅ、ちゅむ……ん、ん……んん……ッ」 「ん……ちゅ、ちゅっ……」 ああ……やっぱりキスは気持ちいい。 すでに興奮が最高潮に達しているせいか、なんだかいつもより気持ちいい……。 「はぁ、む……んっ、んちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ……」 芳乃も同じ気持ちなのか、いつもよりも唇が熱い。 そしてむずむずと唇を動かし、こちらに刺激を送ってきた。 そのお返しとばかりに、舌先を芳乃の唇の隙間に滑り込ませる。 「ちゅ……ん、んん……じゅる」 「んんっ! ん、んんっ……んぅぅ、れろ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅ……れろ、れろ……んじゅる」 芳乃の唇や口の中を、俺の舌が舐めまわす。 そうして多少強引に、芳乃の唇をさらにこじ開けていた。 「んぁ、んっ、んじゅる……ちゅ、ちゅ、れろ……らめ、しょんなに……んっ、れるる」 その言葉に対し、芳乃の舌は全く反対の行動を取る。 俺の舌を受け入れるどころか、ぎこちないながらも自ら舌を伸ばして絡ませてきた。 「んぅ、じゅる、れろ……ちゅ、ちゅ、んむぅ……はぁ、らめ、らめらめ……んぁん」 「ちゅ、んちゅ……キス、ダメなの? ちゅ、ちゅ……」 「ちが――んっ、ちゅ、れろ……くひ、おおひふあへはら、よはれ……んっ、じゅる、ぁぁ、らめ……れろ」 ああ、ダメってそういうことか。 触れ合う舌と舌の上で、俺たちの唾液が混ざり合って、口角から零れ落ちていく。 それはさながら、愛撫に濡れているようにも思えた。 「んっ、んんっ」 「ああっ……らめっていっへ……んぐ、じゅる、ちゅ、ちゅ……んむ、んぅ、れろ、れろれろ……」 興奮に突き動かされるように、さらに舌の動きを強める。 大きく舌が動くたびに、零れるヨダレの量が増えていった。 「ちゅ、ちゅぱ、ちゅぱ……れる、れろれろ……はぁ、んっ、んぅぅ……はぁ、はぁむ、んんーー……れろれろ」 ああー……今までとは全然違う。 恋人同士の深いキスは、気持ちだけじゃない。性的な意味で気持ちいい……。 「あんッ、んむ……ちゅ、ちゅ……んむ、ちゅぅ……」 「はむ、んん、じゅる……芳乃、俺は芳乃が欲しい……んじゅる」 「ふぁい……んじゅる、ちゅ、ちゅ……ぁぁむ……わらひも……ちゅ、ちゅ」 「……うん」 衣擦れの音が聞こえる。 そしてパタっと畳の上に、布が落ちる音。 そうして一枚一枚、落ちる音がする度に、鼓動が激しくなった。 もはや衣擦れの音よりも、俺の心音の方が大きいんじゃないだろうか? 「………」 ドキドキする俺の後ろで、また何かの布が、畳の上に落ちる音。 そしてついに、衣擦れの音が止まる。 「もう……こっちを向いても、いいですよ」 その声にゆっくりと振り返ると―― 「………っ」 「――ッ!?」 白い肌をさらけ出した芳乃。 普段は見ることのない、お腹や太もも。それにおっぱいと、股間……。 それは完全な裸じゃない。下着姿に千早を羽織っている。 でもそんな不完全さが、恥ずかしそうな彼女の表情と相まって―― 「綺麗だ……すごく綺麗だ……それに、エロい」 その身体から目が離せない。 千早で少し身体のラインが透けているのが、また……。 「どうですか? ガッカリしていませんか?」 「ガッカリ? なんで、ガッカリするの?」 「その……どこか理想と違っていたり……」 「そんなこと思うわけない。とっても魅力的だよ、芳乃の身体は」 「肌は白くて、こんなにも綺麗……文句なんてつけようもないよ」 「……あ……」 彼女の肌をマジマジと見つめ、顔を寄せる。 芳乃は緊張したように、身体をビクンッと震わせた。 でも……決して拒否はしない。 「近寄るといい匂いもする……」 「ちゃ、ちゃんとお風呂で身体も洗いましたよ」 「臭いわけじゃない。とってもいい匂いだ……凄く凄くいい匂い……」 その匂いを嗅ぐたびに、熱に浮かされたように頭がくらくらしてくる。 きっと、それだけ興奮しているってことだろう。 そしてそれは、嗅がれている芳乃も同じだ。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 徐々に息が荒くなっている。 胸が上下して、近づいた俺の鼻先で、ブラジャーが行ったり来たりを繰り返す。 「んっ、んん……顔、近いです……」 「だって近くで見たいから」 「……ぅぅぅ……。はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」 顔を真っ赤にした芳乃の息が、ますます荒くなる。 「芳乃も……興奮してる?」 「当たり前じゃないですか……。好きな人に恥ずかしいところを見られてると、ドキドキしますよ……はぁ……はぁ……」 「俺もドキドキしてる」 「……下着、取ってもいいかな?」 「……はぁ、はぁ……んっ……はぁ、はぁ……」 黙って頷く彼女を見て、俺は指を伸ばして、下着に手をかける。 柔らかい肌触り。男の物とは全然違うスベスベのそれをめくり上げた。 「あっ……んん……」 ブラジャーから解放されたおっぱいが、プルンと大きく弾む。 そして真っ白な山の中央に、綺麗な桜色の突起物。 間近で見るソレは、本当に綺麗なピンク色だった。 「触るからね」 今度は返事を待たない。そんな余裕はなかった。 もはやピンクのでっぱりしか見えていない。 他には目もくれずにゆっくりと指を近づけていく。 「はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ……」 俺の頭上で、芳乃は吐息をさらに荒くしていた。 彼女が胸を上下する度、乳首も軽く上下する。 「はぁぁぁ……はぁぁぁ……はぁぁぁ……ああっっ!?」 俺は、乳首の運動を押さえ込むように、指で軽くつっついた。 瞬間、ビクンと身体を硬直させる芳乃。 彼女はおそるおそるといった様子で、自分の胸を見下ろした。 「……さ、触られてる」 「私のおっぱい……指で、触られてる……」 「おっぱい、柔らかい。でもここは、クニクニしてる」 「あ、あ、あ……んっ、んんんっ……はぁ、はぁ、はぁ」 その感触を確かめるように、乳首の上を指の腹でこすってみた。 「ひっ、あっ、んっ……んん……っ、はぁ……はぁ……あぁっ」 優しく撫でる度に、その吐息に艶が混じっていく。 そして……少し硬くなってきてる……? 「はぁ……はぁ……んっ、んんっ、や、はぁぁ……」 今度は指で乳首を押し込んでみた。 おっぱいは柔らかいながらも確かな弾力を持ち、押し返そうと俺の指を包み込む。 「おっぱい……温かい……」 「ま、将臣さん……そこは……あっ、んっ、んん……はぁ、はぁ、はぁぁ……んんっ!」 「ゴメン」 思わず、おっぱいを堪能してしまった。 自由になった乳首が、元の位置に戻る。 だがその乳首は、先ほどよりも膨らんでいるのが見て分かった。 「芳乃の乳首、ツンってなってる。おっきくなってる」 「そっ、それは――」 「とっても可愛いよ、この乳首」 「あ、あ、ああっ! んっ、んんっ……ひっ、ぅぁあ! やぁ!」 「乳首、摘んだら……ダメ……んっ、んぁ、んぁっ、あっ、あっ、あっ、あっ、ああぁっ!」 硬くなった乳首を俺は、指で弄り回す。 親指と人差し指で挟み、こねくり回し、軽く弾いていく。 「それに敏感だ」 「ああぁっ、はぁ、はぁ、はぁ……んっ、身体、痺れちゃう……っ」 必死に刺激に耐える芳乃。 だがその両足は、カクカクと震えだし、今にも崩れそうになっていた。 「んひっ! あ、あ、あっ、ダメ……乳首、ダメぇぇぇぇ……っ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁ、ひぅぅ……っ!」 口ではそう言いながらも、決して俺の手を払ったりはしない。 むしろ、潤んだその瞳は、次に何をされるのかをじっと観察するようにも見えた。 「はぁ、はぁ、はぁ、ひぃんっ、乳首、乳首はもう……あ、あ、あ……」 「じゃあ、今度はおっぱいで」 乳首を離して、今度はおっぱいを手の平で包み込むように優しく触れてみた。 「柔らかい……すごく柔らかいよ、おっぱい」 「はぁ……はぁ……んっ、んんっ……別に、説明しなくてもいいですから」 「でも……この柔らかさは凄い。まるで手の平に吸い付いてくるみたいで、気持ちいい」 「触ってるだけでも、凄く気持ちいいよ」 「あっ! んっ、ンン……んんはぁ……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 芳乃は相変わらず、無防備におっぱいをさらして、俺にされるがままになっている。 心なしか、潤んだ瞳がさらに、うっとりと蕩け始めているようにも見えた。 「将臣さん……おっぱいに集中し過ぎですよ」 「だって、芳乃が可愛いから」 「濡れた吐息も、潤んだ目も、赤く染まった肌も。それに……この硬くなった乳首も」 「ひぃぃんっ……あっ、また、もう、そんな……あ、あ、あっ」 「やっぱり揉むよりも、乳首の方が気持ちよさそうだね」 「それは……あ、あ、んっ、んんん……ッッ!」 不意を衝くように乳首をキュッと摘み上げる。 「ひっ、ひぁぁ……んんっ! あっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、んんぅぁぁああ……ッ!」 「やっぱり気持ちよさそう。声も、顔も……」 「そんな……んっ、んぁ、んぁぁっ、あああっ、見ないで……見ないで下さいっ」 「大丈夫、とっても可愛いよ」 「ひぃあっ、はぁ、はぁ、ダメ、ダメ……おっぱいつままないで……ひぃぃぁぁぁァァッ!」 指を捻る度、芳乃は踊るように声を震わせ、淫らな声を上げる。 「あっ、あっ、あああぁぁぁ……だめだめ、本当にだめぇ……はぁ、はひっ、んんん」 「待って、お願い待ってぇ」 「もしかして、苦しい?」 「違います。そうじゃなくて……私、知らなかったんです」 「おっぱい弄られることが、こんなに……気持ちいいなんて……」 「いいじゃないか。そのまま気持ちよくなっちゃっても」 「ダメですよ。だって……セックスは、おっぱいを弄ることじゃなくって……」 「もっと先が……ありますよね?」 「――ッッ」 「わ、私の処女……もらってくれるって……」 「……ゴクッ……」 思わず息を呑む俺の指は、徐々に動きが鈍くなる。 「だから、あんまり変にさせないで下さい……はぁ、はぁ……」 「……そ、そっか。うん、そうかも……ね」 「そうです。だ、大体、こんなに乳首ばっかり弄って、変になったらどうするんですか……」 「ゴメン。もしかして痛かった?」 「痛いというほどではありませんが……ほんの少し、ぴりって」 「じゃあ……舐めて治してあげる」 「え? あ、ちょっと――」 指を離した俺は、今度は舌を這わせた。 今度は優しく、労わるように、乳首と乳輪を舐めまわす。 「あ、あ、あっ……んんぅ……はっ、はぁ、はぁ、んんんっ」 「ダメって、言ってるのに……んんぁ! もう、全然わかってない……んひっ、あっ、あっ、んんぁァ……!」 「芳乃のおっぱい、美味しい」 「味なんて、するわけ……んっ、んんぁあっ! はぁ、はぁ、んん……っ」 「でも本当に美味しいから。れる、れろれろれろ……」 「あっ、あっ、あっ……んんっ、ひぁ、ぁぁぁァァぁぁ……はぁ、はぁ、はぁ、んんんんっ」 「あああっ、はぁ、はぁ、はぁ……んんっ、ひぃぃぃんっ!」 口の中で転がしながら、歯で軽く乳首を挟んでみた瞬間、芳乃の身体がまた大きく跳ねる。 もしかして芳乃って……。 「強めにされる方が好き?」 「そっ、そんなこと……言えませんよ」 「からかうつもりじゃなくて、正直に教えて欲しいんだ」 「俺たちはこれからも恋人として一緒にいるんだから。芳乃の気持ちいいことをちゃんと知っておきたい」 「だから……教えてくれないかな」 ツンと立った乳首を、俺は舌先でねぶってみる。 「ひぅ、あっ、あっ、んっ、んぁ……はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ」 熱い吐息を漏らす芳乃。 だがその顔には、どこか一息ついているような余裕が感じられた。 「ちゅ、ちゅぅ……れろ、れろ………………コリッ」 乳首をねぶる途中で、突然歯で挟む動きに切り替える。 「ひぁぁあっ! あっ、あっ、あっ! や、やぁ、噛んじゃダメです……あっ、あっ、それ、ダメぇ」 「やっぱり強めにされる方が好きなんでしょ?」 「それっは……んっ、んんん……っ、そんなことはありません……はぁはぁはぁ、んんん……ッ」 「コリッ……コリッ……」 「あっ、あっ、あああっ、変にさせないで、まだセックス、してないから、変にさせないで、あああああ……ッ!」 すでにカタカタと震えるのは、足だけではなく身体全体になっている。 「い、言います、言いますからぁ……っ、それ本当にダメぇ!」 「れろ、ちゅ、ちゅ……」 「んんっ、私は……はぁ……はぁ……優しくされる方が、好きです」 「コリッ、コリッ」 「ああぁぁぁァああっ、違うんです、嘘じゃなくてぇ……! 強くされる方が、きもちっ……気持ちいい、です……ひぁあっ!」 「でも好きなのは、優しくされる方でぇぇぇっ、はぁ、はぁ、はぁ、あぁぁぁァァ……ッ」 その言葉を聞いて、俺はようやく乳首の拘束を解いた。 「はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ……んっ、んんっ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「やっぱり意地悪ですよ。何度もダメって言ってるのに、全然止めてくれない」 「ご、ゴメン……俺も初めてだから。余裕がなくって」 「………。その割には、私のおっぱいで楽しそうに遊んでましたね。私をいじめて楽しそうに……」 「あー……いや、いじめるつもりはないんだけどさ」 「気持ちよくなってくれてるって思ったら嬉しくて。興奮が冷めないんだ」 「今だって、俺は……」 「……あっ……」 俺の股間を見た芳乃が、パッと顔を染める。 そこには、ガチガチに勃起したペニスが見事なテントを張っていた。 それどころか、正直に言えば、下着の中ではすでに先走り汁でちょっとベトベトにもなっている。 「自分で自分が止められそうにないんだ」 「だから、いいかな? セックス……いいかな?」 「それは……はぁ……はぁ……それはもちろん……。最初からそのつもりなんですから」 「うん……」 「で、でもその前に、ちょっとだけいいですか?」 「え? な、なに?」 「下着を……変えたいんです」 「下着?」 「せっかく新しい下着にしたのに、その……あの……ちょっと、汚してっ……しまいまして」 そう、恥ずかしそうに呟く芳乃は、もじもじと足をこすり合わせていた。 「………」 これって、もしかして……? 「だから、新しい下着に……」 「すぐです。すぐに戻ってきますから」 「ダメ、もう手遅れ。俺、待てないよ」 逃がさないというように、俺は芳乃を抱きしめた。 身体が密着して、俺のペニスが芳乃の身体を軽く押す。 「ぁっ、硬い……それに、熱い……」 「この熱を、早く何とかしたい。我慢できそうにない」 「芳乃が……欲しい……」 「……ンッ」 身体を強張らせるが、決して腕から逃れようとはしない。 そのまま俺は、優しく彼女の身体を押し倒した。 「………ッッ」 目の前の光景に、頭が真っ白になった。 大好きな女の子。 俺の望むままに足を大きく広げ、秘密の場所をさらしている。 「ああ……本当にこんな、カエルみたいに……」 まだショーツに覆われているとはいえ……なんという衝撃。 そして何よりも……本当に下着が濡れている。 「……ゴクン……ッ」 思わず、唾を飲み下す。 こんなにハッキリと見てわかるぐらい、おっぱいで感じてくれたんだな……。 その驚きに反応して、俺のペニスもビクンと震える。 「………」 「~~~……ッッ」 芳乃がさらに顔を赤く染める。 それでも動かない俺の視線を受けて、我慢の限界に達したのか、慌てて足を閉じようとする芳乃。 だがその足を俺の手が押さえて阻む。 「隠さないで」 「でも、でも……こんなに汚れて……まるで、お、おしっこを漏らしたみたいじゃないですか……?」 「そんな風には思ってないよ。漏らした、ってほどの量でもないから。それに……」 「感じてくれて、俺は嬉しいと思ってるよ」 「……ぅぅ……」 「どうしても気になるのなら……脱ぐ、とか?」 「―――ッ!? ぬ、脱いだら、丸見えに……っ!」 「気持ちはわかるけど……いずれは、脱いでもらわないと、できないから」 「そっ、そうですね。ちゃんと、わかっているんですが……」 困った顔を浮かべ、思い悩む芳乃だが……ついには神妙な顔を浮かべて、ゆっくりと頷く。 「今さら、逃げ出すことなんて、できない。それに……ここで逃げたら、いつまで経っても、セックスできない」 「……すぅー……」 「あの挨拶をしたときに、覚悟はもう決めていますから」 そりゃそうか。 処女をもらって欲しいなんて口にするのも、かなり度胸がいるもんな。 「……で、では……」 目を閉じ、そっと腰を上げる。 そしてショーツの端を掴んで、ゆっくりと下ろしていく。 俺はその光景を、顔を近づけて、食い入るように見つめていた。 「そ、そこまで凝視しないで下さい。本当に恥ずかしいですから」 「あ、ゴメン。意地悪をしてるつもりはないんだけど……」 こんなの、目を離せるはずもない。 ゆっくりとショーツは下ろされるが、塗れた股間部は、ピッタリと張り付いている。 下着が裏返り、それでも張り付いたままの股間が、無理矢理引き剥がされたその時、ようやくそのワレメが現れた。 「―――ッ」 芳乃のワレメは、とても綺麗だった。 あられもなく足を大きく開いているのに、そのワレメはまるで芸術品でも見ているようだ。 「………」 「あっ、ダメ……! そんなに顔を近づけたら……っ!」 「とっても綺麗だよ、芳乃のココ。気にするような変なところなんてない」 「そうではなくて、下着を汚してしまったから、その……匂い、ですとか……」 「気にし過ぎだよ。そんなことない」 「試しに嗅いでもいいぐらいだよ?」 「そんなことまでしなくていいですっ」 「ですよね」 威圧するように言われてしまった。 もし勝手に嗅いだりしたら、ガチで怒られたかも……。 でも……本当に綺麗だ。 そしてなによりも、ますます興奮が……。さっきからペニスがジタバタと暴れまくっている。 同じように芳乃も―― 「……はぁ……はぁ……」 キラキラと光る雫が、ワレメからツーッと滴り落ちる。 「――ッ、あっ! こっ、これは、その、あの――」 「本当に綺麗だよ、芳乃のここ。それに……エッチでもある」 「~~~ッ」 「でも、俺もエッチだから。芳乃もエッチな方が、嬉しいよ」 「んっ……はぁ、はぁ……本当ですね。将臣さん、とってもいやらしい顔をしてます……はぁ、はぁ……」 「だって、こんないやらしい姿を見てたら、そうなるに決まってる」 「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「もっと、見たい……ですか? お、おおおお、奥まで見たいですか……?」 「お、奥までって……そりゃ、見たいは見たいけど」 「知ってますよ。茉子から、教えてもらいましたから」 「こっ、こうして……くぱぁ、ってするんですよね……」 「―――ッ!?」 頭がクラクラしそうだった。 大きく開いた足に手を添えて、芳乃がグッとアソコの肉を広げる。 綺麗に閉じられていた秘密の唇が割れて、少し赤い粘膜が目の前で丸見えになった。 「んっ、ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅ……」 な、何を教えたんだ、常陸さんっ!? まさか、こんな……こんな格好で、奥の奥まで、見えるなんて……。 うわっ……マジでエロい……。 「茉子から聞きました。こんな風に、お互いを見せ合って……興奮を高めて、セックスってするんですよね……?」 「それは、まあ、そうなんだけど」 「セックス……したいのは、私も同じです。はぁ……はぁ……もっと、興奮して下さい」 「どうですか? わ、わたしの……お……お……おま●こ……ッ、興奮しますか?」 「―――ッ!?!?!?」 「そ、その単語も……教えてもらったの?」 「は、はい。そういう方が、男の方はグッと来るって……」 「グッと、来ましたか?」 「興奮しすぎて、気絶するかと思った」 初めて目にした女の子の性器。 綺麗だけど、ヌルヌルで……中からじんわりと、半透明の粘液が溢れてきていた。 入り口の内側には、まるでフリルのような、ひだひだがついている。 これが……おま●こなんだ……。 処女膜って……どれだろう? よくわからないな……。 クリトリスは……本に書かれてあったのは確か、あの上の辺りかな? 「触っても……いいよね?」 「は、はい……はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁ……んんんっ」 溢れる粘液を指で拭うようにしながら、俺はそのプニプニした唇を優しくなぞる。 「あっあっあっ……んっ、んんっ、はぁ、はぁ、はぁ……んっ」 「凄い……熱い粘液が、どんどん溢れてくる……」 「そうなんですか? はぁ、はぁ……もう自分ではわからなくて。ジンジンして、痺れて……んっ、んん……ッ!」 ビクビクと芳乃を震わせる俺の指。 なぞってるだけでこれって……もし、クリトリスを弄ったらどうなるんだろう? 女の子にとって、敏感な場所……話だけはよく聞くけど。 「………」 俺はそっと、指を上の方まで伸ばしていく。 そして、包まれた蕾を上から優しく撫でた瞬間―― 「ひゃぁん!? あ、あ、あっ、なにこれ、なにこれ……ぅぅうああっ! そこ、そこ……あっ、あっ、あっ」 「とっても気持ちよさそうな声……」 「撫でないで……! あああんっ、ダメ、ダメダメ、さっきまでと全然違うぅぅ……」 「なっ、なんですか、私に何をしたんですか……? あっ、ああぁぁっ、痺れ、るぅ……」 「特別なことはしてない」 「でも、でも……ぅぅっ、ああっ、んあっ、あっ、あっ……はぁぁああっ、ビリビリって、すごぃ……っ」 「多分、ここがクリトリスなんだと思う」 「くりっ、とりっ、すっ……ぁぁぁぁぁぁああっ」 ガクガクと震えだす芳乃。 その声も大きく、激しくなっていく。 「ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁっ、くぅぅぅ……はぁ、はぁ……」 「さっきより、声がいやらしくなってる」 「だって、なんだかすごくて……身体がビリビリってして……あああああ……っ」 「芳乃、気持ちいい? 興奮してる?」 「ああああ……し、してます。き……気持ちいい、ですっ。こんなの初めてで……ぁぁあっ、ああっ」 「初めてなんだ? 自分でも、触ったことない?」 「あ、当たり前ですっ、じ、自分で弄るなんて、そんな、そんなのぉ……ぅぅぁぁぁああああん……ッ」 「気持ちいいなら、続けるからね」 何度も何度も、その膨張したクリトリスを撫でる。 「んんッ! んッ! んあッ! あっ、あっ、あっ、はぁァああア!」 撫でてるだけなのに……芳乃の反応は、ますます大きくなる。 演技じゃない。凄く感じてくれてる。 そのことが嬉しくて、もっと感じて欲しくて……。 感じ、悶える芳乃を見下ろしながら、俺はクリトリスを弄り回す。 上下に擦り、円を描くように撫で、たまに乳首にしたように指で挟む。 何度も何度も繰り返し、しつこいぐらいに指を動かしていく。 「ひぁぁぁああっ! だっ、だめぇ、私そんなのっ……ぁぁぁぁ、ビリビリがすごくて、あ、あ、あっ、んんんーーッッ!」 芳乃は苦しそうに、でも気持ちよさそうな嬌声を上げながら、必死で耐えていた。 そんな彼女に、ひたすら刺激を送る。 飽きることなんてない。まるで小さな子供みたいにクリトリスを弄び続けた。 「あひぃっ、はひっ、はっ、はひっ……も、もうだめ、もうむりぃ……こんなの、だめだめだめぇ」 「あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっあっ、ああああぁぁあああぁぁんんんんーーーー………ッッッ!」 ついに芳乃の口から悲鳴のような声が上がり、足のつま先までピンッと硬直した。 「あひぅ……あっ! んっ……んっ……んぁっ! あっ! はっ、はぁ、はぁ、ぁぁぁっ!」 布団の上で硬直したまま、ビクビクッと痙攣を起こす芳乃。 「んんッ! んひっ、んあっ……んっ……んんッ、んはぁ……はぁ……はぁ……ぁぁ……」 数度の痙攣のあと、ようやく身体の硬直は解け、ぐったりと力なく身体をさらす。 今のって……イった? クリトリスで、イったのか? 「はぁ、はぁぁ……はぁ、はぁ、はぁ……ああ、ビリビリが、全身に……んっ、んぁ」 「ダメって、無理って言ってるのに……全然止めてくれない……はぁ、はぁ……」 「ご、ゴメン。俺も興奮しすぎて。芳乃が凄く可愛くて、エッチだから」 「だって……く、クリトリス……凄いんです」 「……みたい、だね」 本当に敏感なところなんだろうな。芳乃の姿と声で、それは十分伝わってきた。 そして、反応は姿と声だけじゃない。 「さっきよりも濡れてるよ、ココ。凄い量だ」 「え? あっ! 本当にお漏らししたみたいになってる……っ」 「ち、違うんですよ、これは本当におしっこではなくって! これは、その……」 「男の人を、受け入れるために……おま●こが、ヌルヌルになるんです……だと、思います」 「じゃあ……こんなにトロトロになってるのは、早く受け入れたいってこと?」 「………………」 無言の芳乃。 それでも、自ら秘部をさらす手は足に添えたままだ。 「そう……かもしれません」 「いえ。嘘です。その通りです。私……セックスしたい」 「これ以上クリトリスを触られたら、頭が変になります。だから私が変になっちゃう前に……おま●こ、しましょう?」 「私の処女を、早く、もらって……下さい……」 「……ゴクッ……」 これで何度目だろう? 唾を飲みこむのは。 荒い息とうっとりした目で、彼女は俺を見上げている。 俺の脳みそを溶かしてしまうような甘くて、心臓をドキドキさせる匂い。 それはまるで、芳乃の身体中から立ち昇っているようだ。 ドロドロになった、芳乃のおま●こ。 この中にペニスを挿れるって……一体どんな感覚なんだ? 気になる、知りたい、早く知りたい。 そう思っているのは頭だけじゃない。ペニスも、我慢の限界とばかりにさっきから暴れまわっている。 「………っ!」 突き上げる感情に任せて俺は、芳乃の身体に覆いかぶさる。 そして、痛みを覚えるぐらい硬く反り立ったペニスの先端が、芳乃の粘膜をとらえた。 「えっ……」 「ここで、いいよね……?」 「た、多分、そこでいいはずですけど……」 こうして先っぽを当てただけでもハッキリわかる。 熱くて、ヌルヌルで……気持ちいいことは、すぐに分かった。 でもその気持ちよさはきっと、俺の想像を遥かに超えるものなんだ……。 「ソレを、挿れるんですか? 本当に? 普通に無理だと思うんですが……」 「……意外と、入るんじゃないかな? だってこれがセックスのはずだから」 「そ、そうなんですか? 入るものなんですか?」 「多分。間違ってはいないはず。だから芳乃、いくよ」 「わ、わかりました……はぁ……はぁ……はい、どうぞ」 「――ん」 「ひっ……ぅあ、はぁ……はぁ……」 先っぽが芳乃のおま●こにぴったりとはまる。 ドロドロの粘膜の感触が、俺の敏感なところから伝わってくる。 腰を落とせば、俺のペニスが芳乃の中に―― 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ、んッ! んんんン……ッッ!」 荒い息を吐いていた芳乃が、唇をかみしめるようにして、口を閉じた。 俺はゆっくりと腰を落としていくが……穴が、小さいのかな……? 先端に抵抗を感じる。 「あ、あ、あ……んぐっ、むっ、むり、むりむりっ……んんんっ」 「芳乃? やっぱり、キツイ?」 「は、はい。あ、いえ、でも……いいです、これがセックスなら最後まで……ずっと奥まで、そのまま……んんぃぃ……ッ」 中は見た目以上にドロドロで、奥に行けば行くほど熱い……。 柔らかな何かが、俺のペニスを包み、吸い付いてくる感覚。 他には形容しがたくて……ただただ、気持ちいい……。 ペニスに抵抗を感じながらも、俺は芳乃の奥にまでペニスを押し込んでいく。 「ひっっ……んっ、くぅぅぅ……はっ、ぁぁぁっ、んんん……ッ」 痛みに耐えようと、芳乃は身体に力を入れる。 それはおま●こも例外ではない。 熱く滾るドロドロの粘膜が、俺の敏感なところをギュゥゥゥゥゥ……っと力強く締め付ける。 でも、俺に痛みはない。 むしろ強い締め付けはさらなる快感を生み出していた。 き、気を抜くとヤバい……もっていかれる……っ! 「くぅぅ……」 「い、痛いですか?」 「いや、全然。俺の方は痛みなんてないよ。むしろ……本当に気持ちいい」 「そうですか、よかった……はぁ、はぁ……」 ペニスを通して感じる芳乃の体内。 奥まで挿れたことで触れ合う下腹部から伝わる温もり。 初めての感覚は、言葉にはできないぐらいの幸せを与えてくれた。 「芳乃の方こそ、痛いよね?」 「そうですね……でも大丈夫です、これぐらい。はぁ……はぁ……ああ、すごい、こんな感覚、初めてです」 「私の中に、お、おち●ぽが全部入っちゃってる。入るものなんですね、本当に」 「芳乃の中、熱くて、ドロドロで……なんか凄いよ」 「はぁ……はぁ……私のお腹に、感じる……おち●ぽ、感じます」 「本当に?」 「痛みもあるので、ハッキリとではありませんが」 「熱くて、硬いのが、私の中で……ひゃっ、んっ! あ、ああ……今、動きました?」 「芳乃の中が気持ちよくて。震えちゃった」 「わかります……これが、セックス……私たち、セックスしてるんですね」 「うん。これがセックスだよ」 その言葉に、嬉しそうな息を吐いて、芳乃は答えた。 ……ちょっとだけ、締め付けが緩んだかな? これなら俺も、多少は……。 「軽く、動いてみるからね」 密着させた下腹部をゆっくりと離していく。 「はぁ、はぁぁぁ……んんっ、中で、動いてっ……あっ、あっ、あっ……引っ張られちゃう……ぅぅっ」 ある程度抜いたところで、再び腰を戻していった。 「ああっ……また、来る……あ、あ、あぁぁ……んっ、んんんっ」 濡れた粘膜を、ペニスが力強くかき分けて進むにつれて、芳乃は背中をのけ反らせていった。 「ん、んんーーー……っ、んく、んっ、んんんーーー……っ」 「ああっ……芳乃の中、気持ちよすぎる」 「はぁ……はぁ……とっても、いやらしい事を言われてるはずなのに……」 「私、嬉しい……とっても嬉しい、それ……私、もしかして変になってる?」 「かもしれないね」 「でも俺は、そんな芳乃も好きだよ、本当に大好きだから」 「はい、はい……私も好き、大好きです」 「だからもっと感じさせて下さい。好きな人の温もりを、もっと……」 ドロドロに煮えた粘液に満たされた中を、俺の棒がぐちゅぐちゅとかき混ぜる。 「ひっ、くっ……ぅぅぅ……あっ! はっ! あっ! んっ、んぅぅぅ……んんっ!」 腰を大きく前後に動かしてみたり、小さく動かしてみたり。 グリグリと先っぽで壁をこすってみたり。 他にも円運動するように腰を動かしてみたりと、思いつく限りで、今の俺にも可能な運動を繰り返す。 芳乃の粘膜を摩擦し、こねまわし、そのトロトロの蜜をかきだしていく。 「ん、んんーーっ! んぁっ、はぁ、はぁ……はああっ! んっ、んぁあぅぅ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……」 その度に芳乃は色んな息を漏らした。 苦しそうな息、辛そうな息、何かを堪える息。 同時に、嬉しそうな息も、幸せそうな息も、そして気持ちよさそうな息も。 俺は芳乃の息を記憶して、気持ちいい反応を示したところを重点的に責めていく。 「ひっ、あっ、あっ、あああっ! んっ、はひっ、くぅぅ……はぁ、はぁ、んんぁぁ……っ!」 その気持ちよさそうな息は、ハッキリとした声になり、艶めかしさを帯びていく。 それが嬉しくて……。 ああ、相性を合わせてくって、こういうことなのか……。こんな幸せ、初めて知った。 「ひゃっ! くぅぅ……あっ、あっ、あっ、あっ! あっ、んん……そ、それ、好き、かも……」 「ん? どれ?」 「あ、あの……お、お腹をこすり合わせてるぐらい、密着してるやつ……」 「こうかな?」 下腹部をくっつけ合い、それが離れないように腰をズリズリと動かす。 「あんっ! あっ、あっ、あっ! それ好きですっ……あっあっあっ!」 その言葉に応えるように、お腹の下の辺りで、ぐちゅっ、ぐちゅっ、と淫らな水音が響く。 「あ、あんっ、ああァんッ、いや、えっちな音、してる……あ、あ、あはぁぁ、んっ、んんーー……っ!」 「それだけ、気持ちいいってことだから……やっぱり俺は嬉しいよ」 「あ、あ、あ、あ、あっ、それ、それそれ……んぅ、痛いのに、痛いのに、ビリビリって痺れて、好き……」 「痛いの平気? 少し休む?」 「ああ……でも、ゴメン。止められないかも」 「だいっ、じょうぶ……ですっ。痛いけど、苦しくないから……。私、幸せで……あっ、あっあっあっ」 「このまま、いいです。あああ……グリグリ、グリグリがぁ……ひぅぅっ!」 離さないと言うように、ギュゥゥゥゥ――……っと締め付けが、また強くなる。 押し寄せる快楽の波。 芳乃の粘膜は、俺の脳みそを蕩けさせるぐらい気持ちよくて、身体中が痺れてしまう。 「はぁ、はぁ……本当に、気持ちいい……」 「私も……気持ちいい……ああ、すごい、すごい……はぁぁぁ……こんなの知らないっ」 「ぅぁっ! 芳乃、ちょっと締めすぎ……」 「ごっ、ごめんなさい。でも、でも……ああっ! はぁ、はぁ、はぁぁぁ……だめぇ、自分でもわかんないです」 「身体が、自分のじゃないみたいに、痺れてぇ……あ、あ、あ、ああああぁァァあああぁぁぁアッッ」 「ああっ! そんなに、されたら、もっと痺れちゃぅ……ぅぅぁああ! あっあっあっ!」 「ゴメン。気持ちよすぎて……腰を、止められない」 「はぁぁァ……ッ、私も、もうだめですぅ……えっちな声、でちゃう、頭がまっしろで、身体も、おま●こも痺れてぇ……んっ、ぅぁあっ」 「あっ、あっ、あっ、あああ! はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんん……んっ、んんーーーーっ!!」 理性が本能に負け、お互いに自分を止められなくなる。 もう、こみ上げる射精の衝動を抑え込むのは限界だ……! 「ひぃぅぅうんっっ! はぁっ! はぁ、はぁ、はぁ……そこ、そこっ……んんひぃーーーッッ!」 「はぁ、はぁ、わたし、もう、むり、はぁっ、はぁっ……くらくらしてます、んっ、んんーーー……ッ!」 「俺も……もう無理だ。イきそう……ッ」 「射精、ですよね。知ってますよ……あっあっあっ、はぁぁあ!」 「んっ……はぁ、はぁ……いいですよ、射精……はぁ、はぁ、しちゃいましょう、射精」 「―――ッ」 そんなこと言われたら、もう我慢なんてできない。 俺は抵抗するのを諦めて、快楽に身を任せてしまう。 「射精するよ。本当にイくよ」 「はい。射精、お願いします……あ、あぃ、あぃ……んっ、んんぁぁあっ」 「あっ、あっ、あっ、あっ……んっ、んんんーーーー……ッッ」 「中に、芳乃の中に射精していいよね?」 「はい、構いません。はぁ、はぁ……私の中に射精、お願いします」 「あああ、もうだめだ、イく、イくイく……」 「はい、はい……来て、早く来て、私のおま●こに来て下さい……んぁ、はっ、はっ、はぁああぁぁ……ッッ!」 「あひっ、あぃっ、あぃっ……あっあっあああああああああーーーーー」 「ひああっ! んっ、んぁっ、あっ、あっ、ああぁぁぁあああぁぁ……ッッ!」 ドクッ、ドクドクッ……! 芳乃の奥深くで、俺はついに果てる。 ペニスを駆け上る奔流が、とんでもない勢いで、芳乃の粘膜を叩いた。 「ひっ、ぅぅっ……あっ、あぁ…………すごっ、いぃ……ああ、これが、射精……んんんッ」 ドクッ、ドクッ……と、まだ止まらない精液。 自分でも信じられないぐらい出た精液が、芳乃の小さなおま●こを満たしていく。 「はぅっ、あぅっ、あっ、ぁぁ……出てる、出てます……ぁぁああっ」 「出てるよ。芳乃の中に、出てる」 「はぁぁ……すごい、ビクビクってして……ああ、温かいのがいっぱい……んっ、んぁあぁ……」 ようやく出し切ったペニスをゆっくりと引き抜く。 「んっ、んんん……んぁ、はっ、はぁぁぁぁ……」 やはりというか、受けきれなかった精液が、血と混じり合って垂れ落ちる。 「出すよ、芳乃」 「はい……はっ、んん……早く、射精、早く……んんッ」 「あああ、イく、イくよ」 「はい、お願いっ、します……来て、下さい……来て、来て……はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁはぁ」 「あっ、あああぁっ! あああああああーーーーー」 「ああああっ、ひゃっ、あっ! あっ、あぁぁあーーーー!」 びゅる! びゅるるる! 自分でも驚くような量と勢いで、精液が芳乃の身体中に飛び散る。 「あっ、ひゃっ、んんっ……ああああ……ッ!」 びゅるるる! 透き通るような白い肌の上で、濁った精液が弾けていく。 芳乃はそれを、どこか呆然とした目で見つめていた。 「あっ、はぁぁぁ……はぁぁぁ……はぁぁぁ……射精、すごい……」 「熱くて、ドロドロしてて……ああ、これが射精なんですね……はぁぁぁ……ッ」 目の前がチカチカしてしまうほどの激しい射精。 オナニーしてるときには、こんなことなかった。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 弓なりだった芳乃の身体が、布団の上に落ちる。 ぐったりとした芳乃は茫然と、自分の身体と、俺のペニスを見つめている。 「セックス……できたんですよね」 「ああ、できたよ」 「はぁ……はぁ……よかった、ちゃんとできて……」 「凄く気持ちよかった」 「私も、です。痛かったですけど……嬉しくて、気持ちよくて……幸せでした」 「俺も幸せだよ」 「好き……本当に大好きです」 「俺もだよ」 俺はそのまま芳乃の身体を抱きしめて、顔を寄せる。 「芳乃……」 「あっ、んっ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……じゅる、れる、れろれろ」 そうして布団の上で抱き合いながら、時間を忘れるぐらいキスを繰り返した。 「んっ、んん~~……」 目を開けると、すでに外は明るくなっていた。 時刻もいつも通り。となると、ちゃんと起きないと。 「祖父ちゃんを待たせるとマズイ……」 「んん……」 部屋の中を見渡すと……あれ? 「ムラサメちゃんがいない……」 俺が起きる時間には、大抵ムラサメちゃんがいるんだけど……。 「おお、ご主人。もう起きておったか、おはよう」 「おはよう」 「今日はどうしたんだ? 何か用事でもあったのか?」 「ちょっと芳乃の様子を確認しにな」 「朝武さんの? 茉子じゃなくて?」 「朝武さんの身に、何か起きたのか!?」 「いや、そういうことではない。あまり気にするでない」 「でも……ちなみに、どんな様子だったんだ?」 「すやすやと心地よさそうに眠っておったぞ。昨日は穏やかな夜を迎えたらしい」 「……う、うん……?」 「それって普通にいいことだよな?」 「無論だ。じゃから細かいことは気にするな、ご主人」 「……問題がないならそれでいいんだけど」 「~~~♪」 「おはよう、茉子」 「おはようございます、将臣さん」 いつものように明るい笑顔を見せてくれる茉子。 「よく眠れた? ほら、あの……体調の方は……どうなの?」 「あっ、あの……痛みのことなら平気ですよ。今はもう、痛くありませんから」 「むしろ嬉しくて、ここ数日の間では一番眠れたぐらいと言いますか……」 「そうなの? なにか、不安に思っていたことでも?」 「ああっ!? いえ、なんでもありません、なんでもありませんよ」 「無理してない?」 「はい、全く。と言いますか、その……痛かったのは本当に最初の頃だけです」 「ワタシの中に全部入ってからは、気持ちよかった……ですよ。アレ、演技とかじゃないです……あは」 「そっ、そうなんだ」 演技じゃない……。 その一言が、無性に俺を嬉しくさせていた。 「ちなみに、男の人は……大丈夫なんですか? なにか身体に変化などは?」 「身体に変化は……特にないかな」 「でも、心がなんか違う。茉子の顔を見ると、以前とは違った嬉しさがこみ上げてくるみたいだ」 「あ、その気持ちは、ワタシも感じます。昨日のあの時間が、夢じゃなかったってわかって……とっても嬉しいです」 「でもその分、ちょっぴり恥ずかしくもありますが……」 「俺も、そんな感じだ」 「そうですよね、昨日のことは……夢じゃないんですね……ふふ、うふふふ……あは♪」 「っとと、いけない。気を緩め過ぎては、料理を失敗してしまいますね」 「あ、俺も、トレーニングに行かないと」 「はい、いってらっしゃい」 「おはよう、有地」 「おはようさん」 「おはよう……フフッ」 「なんだよ? その微笑みは」 「意味あり気で、余裕を感じさせるその微笑み……無性に腹が立つんだけど?」 「そうか? すまない、2人とも」 「謝られると余計にムカつくんだが」 「とりあえずその微笑みを止めろ。話はそれからだ」 「そんなに笑ってるか? 自分では普通のつもりだったんだけど」 別に童貞を捨てたことを誇っているわけではない。 ただ、相思相愛の人と結ばれる満足感のせいで、思わず顔が緩んでしまうだけだ。 「本当、そんなつもりじゃないんだ」 「……まあ、それだけ幸せな付き合いが続いてるってことなのか」 「いいなー……俺も常陸さんみたいな、可愛い彼女が欲しい……」 「ちなみにさー、彼女ってどうやったら作れるんだ?」 「どうやったらと訊かれても……少なくとも、自分から動いて頑張るとしか」 「つまり……有地も自分から動いたのか?」 「それはもう。かなり頑張ったとも」 恋人の代役に立候補したり、ちょっと強引にキスを迫ってみたり。 キスが失敗しても、そこから一歩引くんじゃなく、さらに踏み込んでアタックしてみたり。 「今思い出しただけでも、心臓がバクバクしてくる」 「そ、そうか……やっぱり待ってるだけじゃダメなんだ」 「しかし……まさか本当に付き合ってるとは。最初はかつがれてると思ってたからなぁ」 「俺たちの応援なんて必要ないかもしれないが、頑張れよ。俺たち、応援してるからな」 「ありがとう」 「でもムカつくものはムカつくから、いちゃつくならどっか行け。いいな?」 「嫌がらせみたいに見せつけてきたら、男子全員でボコるからな?」 「お、おう……そんなことするつもりはないけど、気を付けるわ」 幸せな気持ちのまま、問題なく午前の授業が終了。 そして、いつものように2人だけのランチタイムを迎えることになった。 のだが―― 「今日は、気分を変えて違う場所で食べてみませんか?」 「場所を変えるのはいいけど……でも、一体どこで?」 「学院の裏です」 「裏って……完全に山だよ?」 「はい。ですから、山の中で昼食を摂りたいんです」 「………」 山の中……人目もなくて2人っきり。 こ、これって……。 これってもしかして誘われてるっ!? そんな、昨日の今日で……しかも外だなんて! だ、大胆だな、茉子は……。 「将臣さん? ダメでしょうか?」 「祟り神の心配もないから、俺は大丈夫だよ。全然構わない」 勿論俺は、その提案を受け入れた。 女の子に恥をかかせたりするものではない。 それに……当然嫌ではないから……。 「では行きましょうか」 「は、はいっ」 そうして山に入った俺たち。 茉子は目的地でもあるように、奥へ奥へと進んでいく。 「(というか、本当にどこか目的地があるのかな?)」 「茉子、どこまで行くの?」 「あ、はい。そうですね、あんまり奥に行っても帰りが大変ですね」 「それじゃあ、ここでお弁当を食べましょうか」 「う、うん……」 なんとも明るい様子で、そこに怪しげな雰囲気は全く感じられない。 「………」 あれ? もしかしてコレ、俺の勘違い……か? 「どうかしましたか、将臣さん?」 「……もしかして、本当に弁当を食べに来ただけ?」 「だけ……と言いますと?」 「あ、いや、その……な、何でもない。全然、何でもないよ」 「……んー? なんでもないのに、どうして目をそらすんですか?」 「そらしてないよ」 「そらしてますよね?」 「全然そらしてないってば」 「いや、絶対にそらしてますってば」 「………。このやり取り、前にもしなかった?」 「しましたね。と言っても、目をそらしていたのはワタシの方ですが」 「それで……今回目をそらした将臣さんは、一体何を考えていたんですか?」 「それは、その……だって……ほら」 「人気のない山の中にわざわざ入るから、なんか……昼食以外にも、目的があるんじゃないかなぁ……と」 「昼食以外と言いますと………………あは、なるほどなるほど」 「なにか、やらしいことを考えていたんですね」 「……まあ、そういうことです」 ニヤニヤと笑う茉子の表情を見る限り、茉子にそのつもりは全くなかったらしい。 くぅ、恥ずかしい……セックスの事しか考えていなかった自分が恥ずかしい。 「残念ながら、そういうつもりでここに来たわけではありませんね」 「ですが、わざわざ山に入ったことにも意味がないというわけではありません」 「………? それって……」 「とりあえず、お弁当にしましょう。このままでは食べる時間も無くなってしまいますから」 「それじゃあ、少しでも獣が満足できるように?」 「と言っても時代が違いますから、完全に昔のままというわけにはいきません」 「それでも……少しでも雰囲気を味わえれば、違う気がしまして」 「……そんなにハッキリと意思の疎通ができるんだ?」 「そうですね。夢の中で会話をする程度ですが」 「随分と仲がよさそうだ」 「どうでしょう? ツンケンとした態度ですし、仲が良くなったと言うほどではないと思いますが」 「でも、こうして昔の思い出を話す程度にはなってるんでしょう?」 「んー……意地っ張りなところを利用して、ようやく教えてもらっただけですから」 「意地っ張り?」 「はい、それはもう」 「それはなんというか……思っていたよりも、人間みたいだね」 「言われてみれば。最初はそこまでではなかったんですが……人間味が増している気がしますね」 「こんなことを言うと、きっと怒られてしまいますが」 「怒らせて大丈夫なの? 呪いの力が強まったりするんじゃないの?」 「これぐらいのことはよくあります。激怒というわけでもありませんから、穢れを強める心配はないと思いますよ」 「それならいいけど……」 「………? なにか……不満が、ありますか?」 「別にそんなつもりはないけど……」 「なんか……茉子はあの獣のことを、信用してるんだなーと思って」 「……それってもしかして……妬いてます?」 「ッ!? 嫉妬ではない嫉妬ではないよ。相手は人間じゃないんだから、そんな相手に嫉妬なんて……ははは、まさか」 「ただ俺の知らない間にそんなに仲良くなるなんて一体何があったのかなと気になってるだけの好奇心ですから」 「あは」 軽く唇を尖らせるような俺を見て、茉子はニヤリと笑みを浮かべた。 「人はそれを、嫉妬と呼ぶんじゃないでしょうか?」 「………」 「まさか将臣さんにそんな不安を与えていただなんて……もしかしてワタシ、信用ありません?」 「茉子のことは信用してるに決まってる。大体、相手は男どころか人間でもないんだから。心配する必要なんてない」 「ってのは……頭ではわかってるんだけどね」 「ふふ、ご心配をおかけしてしまって、大変申し訳ありません。これは、お詫びが……必要ですよね」 「……え?」 「ちゅっ……」 「―――ッ!?」 茉子の顔が目の前にあった。 そしてまた、俺と茉子の唇が触れ合う。 「い、いきなりなに?」 「嫉妬してくれていることが嬉しくなって、つい……我慢できなくなっちゃいました」 「申し訳ありません……あは」 「あ、いや、キスしてもらえたことは、とっても嬉しかったから」 「とにかく、将臣さんに心配をかけるようなことはしていませんので、安心して下さい」 「あんなことを言ったけど……本当に疑ってるわけじゃないんだ」 「ただ、なんか茉子が獣に対して、感情移入してるように見えたから」 「そうですか? そんなつもりはないんですが……」 「でも確かに、最初の頃とは違っているかもしれませんね」 「それ、どういう意味?」 「最初は、自分が犬になるのを何とかしたいと思っていました」 「もちろん今もその気持ちはありますが、それだけではなくて……わかってもらいたいんです」 「誰かを好きになるってことを?」 「さっき、人間味が増してる気がするって言ったじゃないですか」 「それって、少しずつでも伝わってる証拠なんじゃないかと思うんです」 「それに……本当は誰かを好きになる気持ちを知ってるはずなんですよね。ただ気付いていないだけで……」 「だから気付いてもらうために、獣の思い出の場所に?」 「こうして2人きりの幸せをワタシが感じれば、きっと気付いてくれるんじゃないかなって」 「だから“もう止めろ”と嫌がられるぐらい、この気持ちを送り続けようと思うんです」 「そしたらきっと、嫌でも気付いてくれるはずです!」 「あ、でも、2人っきりで素敵な時間を過ごしたいからというのも、大きな理由ですよ、ふふ」 そう言いながら、茉子は体重を預けるように、俺の胸にもたれかかってきた。 「恋って……とっても素敵で幸せなことだって、思うんです」 「ワタシはそれを、将臣さんに教えてもらいました」 そんな大層なことをした覚えはないのだが……。 でも、俺も茉子と付き合うようになって、新たな気持ちを沢山教えてもらった気がする。 「本当は知っているのに気付かないのは、とても寂しい事だと思います」 「だから、ワタシはそのことを伝えたいんです」 「そんな風に考えてたんだ……」 「自分が恥ずかしい……なんか、下世話な想像ばっかりしてて」 「そんなことはありませんよ。これは、同情や感情移入ではなくて……あくまでワタシのワガママです」 「ちゃんと気付いて欲しい、気付いてもらえるとワタシが嬉しい、というだけですから」 「……そっか」 茉子のワガママ……。 俺が告白した時には“自分は機械だから”なんてことを言ってた茉子。 でも今はワガママを、ちゃんと自分の望みをアピールするようになっている。 その変化が、俺にはとても嬉しいものだった。 「……わかった。俺に手伝えることがあるのなら、何でも手伝うよ」 「ありがとうございます」 「で、具体的には何をすればいいかな?」 「そうですね……とりあえずは、このままゆっくり過ごしましょう」 「こんな風に何もせずにゆっくりと過ごすことが多かったみたいですから」 「わかった」 「――というか、2人で過ごす時間は俺も好きだから」 「ワタシも……恋を伝える伝えない以前に、好きな人と……いちゃつきたいなー……なんちゃって」 「そんなの、望むところだよ」 「じゃあ……甘えちゃっても、いいですか?」 「いくらでも存分に」 「ありがとうございます、あは」 「えいっ!」 「将臣さ~ん……ふふ、ふふふ……あは、将臣さ~ん、すりすり~♪」 まるで犬か猫のように、俺の胸にスリスリと頬ずりする茉子。 「はぁー……これです、これ。この温もりが大好きなんです……ワタシ」 「俺も、茉子の温もりが大好き……それにいい匂いもするから」 「やんっ、匂いをかがれると、恥ずかしいですよぉ」 「恥ずかしがることなんてない。いい匂いだよ、本当に大好きだ」 「そう言ってもらえると、嬉しいです。実は、いつ密着しても大丈夫なようにシャンプーを変えてみたんです」 「本当は特別な時だけに使っていたシャンプーなんですが……」 「大好きな人が出来たら、毎日が特別になっちゃいましたから……な、なーんちゃって、あは」 「ワタシ、やっぱりダメですねぇ……好きな人と一緒にいると、のぼせ上ってしまいます」 「確かに、こんな風に甘えてくる茉子の姿なんて、滅多に見られないもんね」 「……ダメでしょうか?」 「いや、全然。甘えてくれる茉子も好きだよ」 「だってこんな姿を見せるの、家族以外では俺だけでしょ? それが嬉しくないわけないじゃないか」 「そうですね……ワタシが甘えるのは、アナタだけです、すりす~り♪」 「将臣さんも、甘えちゃっていいですからね?」 「言われなくても、もうすでに甘えっぱなしだからなぁ、俺」 「でも気をつけないと。茉子に甘えてると、エッチな気持ちになっちゃうからなー」 その言葉とは逆に、胸にしなだれる茉子の身体を強く抱きしめる。 「あっ、んふふ……ぎゅーってされると気持ちいいです。もっと強く抱きしめて下さい」 「了解」 「んっ、んん……はぁぁ……ましゃおみしゃ~ん……ふふふ♪」 強く抱きしめれば抱きしめるほど、茉子を感じられる。 温かくて、柔らかい身体……体温が高まったせいか、首筋からは甘い匂いが立ち昇る。 「将臣さんの身体、温かぁい……」 「茉子の身体は柔らかぁい」 「あっ、なんだかえっちですね、その感想」 「それは仕方ない。ただでさえ茉子は俺をエッチな気分にさせるのに、こんなに密着してるんだから」 「やーらしー♪」 「じゃあ訊くけど……茉子は、いやらしい気持ちにはならないの?」 「それは……まあ、ワタシもえっちになっちゃいますけど……」 「………」 「じゃあ、いい?」 「でもダメです」 「なんでぇ?」 「だって……そんなことしてたら、授業に遅刻しちゃいますよ」 「お昼休みに2人で姿を消したままなんて……教室に戻れなくなります」 「……それはまあ……」 「それに……制服が汚れてしまうと、後の授業にも影響が出ますから」 「………」 「ダメだ。反論が思いつかない」 「だから、今はこれだけです」 「ちゅっ……ちゅっ、んんっ、ちゅぅぅ……」 腕の中の茉子が、身体を伸ばしてキスをする。 勿論それを拒否する理由もない。すぐさまキスを返した。 「んんちゅ、ちゅぅぅ、ちゅぱ……ちゅ、ちゅ、ちゅっ……ん、んーーーっ……ちゅくちゅく」 「ちゅ、ちゅぅぅぅ……じゅる……」 「んじゅる……ん、んぐ、んぐ……じゅるる……ん、ん、んふぅぅーーー……ッ」 まるで拘束するように茉子の身体を抱きしめながら、口の中を舌でねぶりまわす。 「んっ、んふーっ……ん、んんーーっ、んんっ、らめ……ヨダレが、こぼれちゃいますから、んんっ」 「じゃあ俺が綺麗にしてあげる」 「ふぇ、あっ、うそ、やら、そんなの、んぅ、んじゅるる……ちゅ、じゅるる……んふぅ、んんっ、んーーーっ」 「んじゅる……じゅる、じゅるるる」 必死にこらえようとする茉子の唇を押し割り、舌をねじ込む。 そして貪るように、茉子の匂いがする甘い粘液を……俺は自分の口に吸い上げる。 「んんん、んじゅる……ヨダレを飲むなんて、こんなのヘンですよぉ、らめらめ……んじゅ、んんっ」 「たしかに、凄い事してるかも……」 「んふぅー……ふぅー……ワタシも、欲しい……好きな人のヨダレ……くらさい、ワタシにも」 「んっ……」 「ちゅぅぅ……んっ、じゅるっ……んんっ、ゴクっ、コクコク……ん、ふぅぅ……んじゅるるる」 「はぁ、ワタシも飲んじゃってます……すごいヘンなことしてます……ん、じゅる、じゅるるる」 互いの唾液を交換し合う俺たち。 ヨダレを飲み下す度に、身体が熱くなる。興奮で鼓動が早くなる。 「ああ、んんっ……全部、吸われちゃいました……。ヨダレを溜めないと、んっ、んんーー……」 「んっ、じゅる、じゅるる……もっと、していい?」 「ふぁい……下さい、もっと飲ませて……お願いします……んっ、ちゅ、ちゅぅぅぅぅぅ……」 「んんっ、んふぅーっ、んんっ、じゅるっ、じゅるるる……んっ、んんっ」 少し息苦しそうにしながらも、必死に飲み下す茉子……。 これは、ヤバい……。変態っぽいのはわかってるが、だからこそ興奮してしまう。 「んちゅぅ、ちゅちゅちゅ……んぁ、んんーーーんっ! く、くるひぃ……っ」 「ゴメン……!」 興奮しすぎたのか、気付かない間に茉子の身体を強く抱きしめすぎていたらしい。 慌てて腕の力を緩めて、再び優しく抱き留める。 「痛かったかな?」 「いえ、痛いわけでは……あっ、いえ、やっぱり痛かったです! とっても痛かったです!」 「ですから、ちゃんと手当てして下さい」 「手当てって……こんな感じでいいの?」 確かめるように、茉子の身体を優しく、しっかりと抱きしめる。 それで正解だったのだろう。 茉子は嬉しそうに顔を緩めた。 「はい、そのままお願いします。ふふ、あぁ~癒されますねぇ~」 「俺も癒されてる」 「やっぱり、好きな人と一緒にいられると幸せです……あは」 「大好きですよ……」 「俺だって大好きだ」 「……ありがとうございます」 今までにも、何回も聞いた言葉。 でも、何度聞いても色褪せることもない。 “好きだ”と言われる度に胸が高鳴ってしまう。 そんな嬉しい気持ちを込めて、優しく茉子の頭を撫で、髪を梳く。 「え? あ……髪……あは、ふふふ……」 「茉子の髪って、サラサラで綺麗だ。しかもしっとりとして、触り心地も良くて……髪の毛まで好きかも」 「ワタシも……撫でられるの好きみたいです。嬉しい……あは」 「頭を撫でられるたびに“好きだ”って言われてるみたいですよ」 「おお、凄い。それ大正解だよ」 「本当ですか? やったぁ、ふふ。わかります、愛情を感じますよ」 「……うん。なんかさ、茉子に対する気持ちが自然と溢れるんだ」 「本当に溢れて溢れて仕方ないんだ……」 愛おしくて、もっと笑顔を見せて欲しくて、声を聞かせて欲しくて……。 「……だ、だから……やっぱりダメかな?」 「え……それって……」 「茉子のことをもっと感じさせて欲しい。それに、俺の気持ちももっと感じて欲しい」 「だから、その……また、セックス……しない?」 「え、えぇ……ダメですよ。さっきも言ったじゃないですか」 「時間もありませんし、服も……ベトベトになると、色々困ります」 「それに、その……今日は、そのつもりはなかったので、下着、とか……」 「どうせ脱いじゃうのに?」 「脱ぐ前には、やっぱり見られてしまいますから」 「あと、その言い方はちょっと無神経ではないかと……」 「………。ゴメン、確かにデリカシーに欠けてた。ちょっと先走りすぎた」 「あの、ちなみになんだけど……実は、セックスが好きになれなくて……困ってる?」 「え、っと……それは……正直に、言ってもいいんでしょうか?」 「それはもちろん。今後の俺たちの付き合いに大きく関わることだから」 「その答えで茉子のことを嫌いになったりはしないから、何かあるなら正直に教えて欲しい」 と、落ち着いて答えているものの……ドキドキが止まらない。 もしセックスは2度としたくないとか言われたらどうしよう……? 茉子を好きなのは身体目的ではないとはいえ、やっぱり重要なファクターではある。 「で、では、その……コホン」 「セックスって……身体の内側でまで好きな人を感じられて、お互いに他の事なんて考える余裕がないぐらい没頭しちゃいますから」 「あんなにお互いの気持ちを感じられる行為はないなぁって……だから、あれほど幸せなことは、ないと思っちゃってます」 「それって……嫌いになったというよりも、むしろ気に入ったってこと……?」 「………………」 よかった。ホッとした。 痛いからもう嫌だとか言われなくて。 「だって……ちょっぴり痛みもありましたが、それ以上に……気持ちよかったので……」 「初めてでも感じてしまう事って、本当にあるんですね。あ、いえ……ワタシが、やらしいだけかもしれませんが」 「だから、ワタシもまたしてみたいなぁ……なんて、思ってますよ? 胸がドキドキしっぱなしで……」 「本当……ワタシってば、いやらしくてすみません」 「そんなの俺は気にならない。むしろ、いやらしくて一向に構わない!」 茉子がセックス自体を嫌がってるんじゃなくて良かった。 「とはいえ、外はさすがに……気になります」 「ですから……2人きりになれる夜にまた改めて……では、ダメですか?」 「………」 「……わかった、我慢する」 2人きり……か。 安心して2人きりになれる夜は、いつ来るのだろうか? それまでちゃんと我慢できるかな……? 「すみません……」 「いや、急に外っていうのも……躊躇するよね」 「はい。興味はありますが、やっぱり外はもう少し慣れてからでお願いします」 「……そ、そうなんだ……」 外ですること自体は、そこまで嫌じゃないんだ? なかなかのチャレンジャー……。 茉子は本当に、俺が思っている以上にいやらしいのかもしれない……。 「でもまあ十分イチャイチャすることはできたね?」 「はい。それだけでも、ここに来てよかったと思いますが……もう一回だけ、甘えてもいいですか?」 「もちろん」 両手を軽く広げると、茉子は嬉しそうに俺の胸に飛び込んできた。 「ふふ、ましゃおみしゃ~ん……スリスリ……あは♪」 「本当、茉子の髪はサラサラで、いい匂いだなぁ」 「将臣さんの胸も、腕も……男の人っ! って感じがして……素敵です……」 「……あれ? なにか聞こえない?」 「なにかって……あ、チャイムの音でしょうか」 「これって、もしかして……予鈴?」 「ですね……って、しまった!」 「うわっ! 早く戻らないと遅刻する! 急いで戻らないと!」 でも結局間に合わず、午後の授業に少し遅刻して先生からはお説教。 当然、クラスメイトからは冷やかされてしまった。 それでも後悔なんてしてないし、俺の中の幸せが揺らぐことはなかった。 そしてそれは茉子も同じらしい。 「………」 隣ではにかむ笑顔を見て、思わず俺も顔を綻ばせてしまう。 「ちょっと2人とも、何を笑っているんですかっ」 「先生は怒っているんですよ! 話を聞いていますか!?」 『も、申し訳ありません……!』 同時に謝る俺たち。 その偶然に、思わずまた笑みがこぼれてしまう。 「だから2人とも笑っていないで、ちゃんと反省をしなさいっ!」 「そういえば聞いたよ、授業に遅刻して怒られたんだってね?」 「あ、はい……」 「昼休みが終わっても戻ってこないから心配した」 「ご心配をおかけして、申し訳ありません。ですが問題が起きたわけではありません」 「ちょっとゆっくりしすぎただけ。犬になったとかじゃないから」 「それならいいんだけど……」 「どうせ時間を忘れるぐらい惚気ておったんじゃろ? 心配するだけ損と言うものじゃ」 「心配ないなら、それでいいんだ」 「さてと、それじゃあ僕はそろそろ寝るよ」 「はい、おやすみなさい」 「私も、そろそろ寝ますね。茉子は?」 「あ、申し訳ありません。ワタシはまだお風呂に入っていませんから。どうぞ先にお休みになってください」 「そう? それじゃあ……先に寝てるから」 「はい、おやすみなさいませ」 「おやすみ、朝武さん」 「そ、それでは、将臣さん……ワタシは、お風呂に入ってきますね」 「うん。ゆっくり身体を温めて」 ほんのりと頬を赤くしながらリビングを出て行く茉子。 ……なんで、頬を赤らめてたんだろう? 「で、ご主人。茉子は本当に大丈夫なのか?」 「ああ。気になるようなことは今のところは特にないよ」 「遅刻の件は、さっきムラサメちゃんが言った通り。恥ずかしながら……時間を忘れるぐらいいちゃついてただけ」 「ならばよいのだ」 「気になることがあったら、すぐに相談するから」 「さて、俺もそろそろ寝ようかな……ムラサメちゃんは?」 「念のため、憑代の様子を確認して……ちょっとぶらつく。今宵は月が綺麗じゃからな」 「そうか。じゃあ、おやすみ」 「お待たせ……しました、将臣さん」 「………」 「あ、あれ? 将臣さん……? どこに、行っちゃったんですか?」 「もしかして……寝た?」 「すぅ~……すぅ~……」 「お邪魔します」 「んん……すー……すー……」 「……あは、可愛い寝顔」 「ではなくて、本当に寝ちゃってる……えぇぇぇぇ……」 「ちょっとどういうことなんですか、先に1人で寝ちゃうだなんて……起きて下さい、起きて下さいよ」 「んぅ……? ん、すぅぅぅぅ……」 「起きないと襲っちゃいますよ?」 「ん、んん……すぅぅ……すぅぅぅ」 「あ、そうですか。そういう態度ですか。では遠慮なく」 「ん……む?」 「んっ、ちゅぅ……ちゅぅぅ」 「んー……んー……んっ、んん……っっ」 「はむ、んむ、ちゅ、ちゅぷ……ちゅる、んちゅ、ちゅぅぅぅぅ……」 「んぐっ、んっ、んっ、んんん……っ?」 「ぷぁ、はぁ、はぁ、はぁぁむ、んむ……んむぅ、んっ、ちゅる、ちゅるる」 「ん……んっ……んんっ、んんぅぅぅうっ、ぶはぁ!?」 「かはっ、ごほっ……けほっ、けほっ……な、なんだ!? い、一体何が!?」 「やっと起きてくれたんですね、将臣さん」 「ま、茉子……? 一体なにがどうなってるの? 一瞬死ぬかと思ったんだけど……」 「もしかして、さっきまでキスしてた?」 「はい、していましたが、それがなにか?」 「いや、それがなにかって……」 危うくキスで窒息死するところだった。 好きな人とキスをしながら迎える死……。 言葉にするとなかなかロマンチックに聞こえなくもないけど、さすがにそれは嫌だなぁ……。 「………」 俺は身体を起こして、部屋の明かりをつける。 「それで、一体どうしたの?」 「………。本当に、わからないんですか?」 唇と尖らせる茉子は、確認するまでもなく不機嫌だった。 拗ねる彼女も可愛いんだけど……そういう冗談を言える雰囲気ではなさそうだ。 そんなに怒らせるようなこと、何かしたっけ? 「なにかあった?」 「なにも、ありませんでした……何もないから、こうして怒ってるんじゃないですか」 「……ぇぇぇぇぇぇ……」 意味がわからない。 「ゴメン。申し訳ないんだけど、もう少し説明をしてもらえないでしょうか?」 「……先に寝ちゃうなんて……どうして、1人で寝ちゃうんですか? 約束したのに」 「どうしてと言われても……というか、え? 約束?」 茉子と約束をしてたっけ? なにか約束してたら……俺だって楽しみにしてるんだから、忘れるはずがないのに。 「やっぱり忘れてる……お昼に約束したじゃないですか」 「昼に……約束?」 「ワタシ、言いましたよね、2人きりになれる夜にまた改めてって」 「……えっ!? ちょっと待った!」 「それ今夜の事だったの!? 2人きりになれる“いつかの夜”に改めて、ってことじゃなくて!?」 「当たり前じゃないですかっ、そんなに待てると思ってるんですかっ」 「そ、そうなの? 待てないぐらい……なの?」 「待てるはず……ないじゃないですか……」 じゃあ……俺も我慢しなくていいということなのか? 「ワタシ、キスでヨダレを飲んだ時から、ずーっとドキドキしっぱなしなんです。身体が熱くて……火照って仕方ないんです」 「これ以上、我慢なんてできるわけありません。このままじゃあ眠ることだって……」 潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。 お風呂から上がったばかりの肌はほんのりと赤く、その赤みがまるで発情でもしているみたいに見えた。 「……ゴクッ……」 思わず喉が鳴る。 「だから……夜這い……」 「よ、夜這い……であらせられますか?」 「あらせられます。こんなに身体を火照らせた責任……ちゃんと、とって下さい」 責任を、とる――!? 寝起きだった頭と下半身が、その言葉で一気に覚醒する。 「茉子って……俺が思っている以上に、いやらしいんだな」 「あんな激しいキスをして、はしたなくヨダレを飲んだりしたら……いやらしくもなっちゃいます」 「でも、いやらしくてもいいって、言ってくれましたよね?」 「勿論。俺だって、いやらしいことをしたいんだから」 「じゃあしましょう。やらしいこといっぱいしましょう……じゃないと、ワタシ頭がおかしくなりそうです」 「ずっと我慢してしたんですよ? 授業中も、夕食のときも……夜まで待てばって思って……」 「なのに1人で寝ちゃうなんて……そんなひどい話がありますか?」 「ゴメン。今日だとは思わなくて」 「ちゃんとお詫びをするから。茉子は……どうして欲しい?」 「えっちなこと……されたいです」 「どんな風にエッチなこと、されたい?」 「その、あの……ワタシの身体、たくさん弄って……いっぱい気持ちよくして欲しいです」 もじもじしながら俺に囁く茉子。 その声は恥ずかしそうでありながらも……どこか期待しているように聞こえた。 こうしているだけで……茉子の吐息は、どんどん荒くなっていく。 「はぁ……はぁ……んっ、んんっ」 そして時折、その身を小さく震わせている。 「………」 「もしかして茉子……もう、濡らしてる?」 「ぁっ、ぅぅ……はぃ……もう、濡れちゃってます……」 「はぁ……はぁ……せっかく、下着もちゃんと準備したのに……ぁぁ、もうベトベトになっちゃってる」 「それ、見せて。俺に確認させて」 「濡れたいやらしい茉子のおま●こ、ちゃんと見せて……」 「………………はぃ」 恥ずかしそうにしながらも、しっかりと頷いた茉子。 「ぅあっ……んんっ……み、見せるって、こんな格好でないと、ダメなんですか……?」 「今日は、近くで見たいんだ、茉子のおま●こ」 茉子の身体をしっかりと抱えるようにして、俺は目の前の性器を眺める。 以前にも、犬から戻ったときにも見た茉子の性器。 すでに一度、俺のを呑み込んだはずだけど……それでも茉子のココは綺麗なまま。 でも以前と大きく違うところもある。 期待でヒクヒクと蠢く性器が、流れた愛液で艶々に輝いているところが……。 「本当だ……すごい濡れてる。まだ俺は何もしてないのに……こんなにトロトロだ」 「あっ、はぁー……はぁー……んんっ、自分でも嫌なんですけど、でもどうしても止まらないんです」 「んんっ、はぁ、はぁ……今から、しちゃうんだって思うと、ぐじゅぐじゅになっちゃって……ぁぁ、ごめんなさい」 「俺は大好きだよ、茉子の濡れやすい性器」 「プニプニしてて、すぐにドロドロになるぐらい感じやすくて、中に挿れると気持ちいい……大好きだよ、茉子のココ」 「ぁっ……んっ、本当に、そんな風に思ってくれてますか……?」 「もちろん本当だ。正直、たまらない……」 触らなくてもわかるぬめり。 そして目の前のワレメは、今にも湯気が立ち昇りそうな熱を放ち……茉子の香りが俺の鼻孔をくすぐる。 もはや、俺の頭の中は茉子のま●こでいっぱいだ。 「このまま、食べちゃいたい……」 「食べるって……んぁっ、んっ、んひぃぃ……っ!?」 我慢できずに、俺は茉子の性器に口をつけた。 舌を這わせて愛液を舌先で舐めとり、ヒダや膣口にキスするように唇で愛撫する。 「ひゃっ! あっ、んっ、くぅぅ……はぁ、はぁ……んっんんっ」 「んじゅる……ちゅるちゅる……」 「んんっ、えっち、です、すごいえっち……ぁぁ、食べられちゃう……んんんっ」 「美味しい、茉子のおま●こ……ジューシーだ……はむはむ、じゅるる」 「あっ、んんっ、音……ぁぁ、なんだかすごい音しちゃってます……んぁ! んぁぁああっ!」 「可愛いよ……茉子」 「やっ、やだぁ……見ないで、ワタシのこんな顔、見ないで下さい……っ」 「本当に可愛いよ、茉子……茉子の感じてる顔、大好きだ」 「ひぁぁあっ……ダメですよぉ、変な顔になっちゃいますから……あああんっ、んんぁ、んぁあ」 アソコを舐めながら、俺は茉子の顔を見下ろし続ける。 性器を舐められ、快感に悶える茉子の顔が、どんどん緩んでいく。 そんな風に蕩ける茉子の姿に興奮を覚えた俺は、本能のままに性器に激しくむしゃぶりついた。 「はぁむ……んぐっ、んじゅる、んむ、はむはむ……んぐ、じゅるるるるるる」 「あぁぁあっ、なにこれあっあっあっ、舌……舌がすごくて、ああ、指と全然違う……んんっ!」 「あっあっあっ、な、なにが、どうなってるんですかぁ……ぁっ、あっあっあああぁっ」 「茉子のおま●こ……本当に美味しい……もっと気持ちよくなって、もっとトロトロになって」 性器を丸ごと口を含むようにして、俺は舌先でくるくると膣口をなぞり、ときには舌先をねじ込んで愛液を啜りあげていく。 「んあっ、あっ、あっ、あっ! たべっ、られちゃう……本当に、ワタシのいやらしいところ、食べられちゃぅ……んんぁぁああっ」 「ココだけじゃないよ……」 膣口をなぞっていた舌先を、今度はクリトリスに運ぶ。 すでにクニクニとした硬さを持ち始め、勃起しているクリトリス。 こんなに感じているのに……こっちまで舐めたらどうなるんだろう? 「はぁ……はぁ……ふぇっ、ぇぇ……あっ、やっ、待って! 待って下さいっ、そっちまで舐められたら――」 意図に気付いた茉子がバタバタと暴れるが、この体勢では大きな抵抗もできない。 そのまま舌先に、ぷっくりと膨らんだ赤い蕾が触れた。 「んひぃぃっ!?」 その瞬間、茉子の下半身がビクビクと震える。 「(この真っ赤な突起が……茉子のクリトリスなんだ……)」 そう確認した俺は、そのまま突起を優しく吸い上げていった。 「んぁあぁぁぁぁぁぁあぁ……ッ! クリ……トリス、だめぇ……あっあっあっあーーーっ!」 「でも茉子の声は、気持ちよさそう……んじゅるっ……ちゅ、ちゅ……れるれろ……ちゅぅぅぅぅ」 「うあっ! ひっ、ひぁっ! あっ、あっ、あっ、んぁぁああーーっ……はぁ、はぁ、はぁ……あっ、はぁぁああぁぁ……ッッ!」 より一層、声が大きくなった。 そして充血したクリトリスの感触も、どんどん硬く、確かなものになっていく。 俺はその反応を楽しむように、膨らんだ蕾を舌で転がし、ついばみ、吸い付ける。 「ああんっ、ん、ん、んんっ……そこばっかり、だめぇ……あっあっあっ、すごぃ……クリトリス、すごぃぃぃぃ……ッッッ!」 「どんどん溢れてくる……トロトロで、ジューシーで……本当に美味しいよ、茉子のおま●こ」 「はぁ、はぁ、んっ、んんんぅぅぅ……ッ! ぁっぁっあっあっ、んっ、んんんーーーーっ!」 グニグニと舌先でおま●こを広げるように舐め、そのままクリトリスをなぞり上げる。 それだけで、腕の中の茉子がビクンビクンと身体を大きく弾ませた。 「あひっ、はっ、はぁ、はぁっ、はぁぁぁーーっ……」 「気持ちいい? 茉子のこと、気持ちよくできているかな?」 「はぃ……気持ちいいです、はぁ、はぁ……舐められるの、気持ちいい……んんっ、あっあっあっ、んぁぁぁああっ!」 「茉子……顔も声も、どんどん蕩けてきてる……じゅる、ちゅ、ちゅ」 「将臣さんも……やらしい顔、です。ワタシの股間に、顔を埋めて……はぁ、はぁ、えっちですよぉ……」 「だって茉子のおま●こが可愛いから……キスを止められないんだ……じゅるっ、ちゅぅ……ちゅっ、ちゅっ、んじゅるぅ」 俺はおま●こに舌を這わせたまま、今度はその真っ赤な突起に指を伸ばした。 茉子の愛液を舐めとり、性器を吸い上げながら、クリトリスを指の腹でクニクニと弄る。 「ひぁぁ!? あっ! あああーーっ! だめっ、だめぇ、一緒に弄っちゃだめですっ、ああああああっ!」 まるで、俺の指と舌から電流でも流れているみたいに、茉子の身体がガクガクと震える。 「痛かったら言って」 「痛くは、ないです……っ、でも、でもぉ……んぁ!? ひっ、ひっ、あっ、ああああーーーーー……ッッ!」 「一緒に弄られると……ああぁっ、ああああっ! すごいっ、すごぃぃぃ……んっ、んんんーーーーッッ!」 快感に震える茉子は、息もままならないほど、激しいよがり声を上げる。 それでも俺は責める口も指も緩めない。 おま●こを舌でねぶりながら、クリトリスに這わせた指を、素早く左右に揺らしてみる。 「んっ、ひぃぃ!? あっ、あああぁぁぁぁぁぁぁァァァ………ぁぁあああぁッッ!」 だらしない声を上げる茉子。 いや、だらしないのは声だけじゃない。 愛液をダラダラと垂れ流す性器も、ヨダレを垂らすその表情もだらしなくて……可愛らしくて、愛おしい。 「ああっ、ああーーっ! それ、らめぇ、はぁ、はぁ……おかひくっ、おかひくなるぅ……んぁ、ああーーーっ!」 「れも、それ、きもちいいぃ……あ、あ、あ、あ、しょこ、しょこもっとぉ……んっ、んんンッ!」 ダメと言いつつも、茉子は俺を誘うようにお尻を揺らす。 そして、まるでおねだりするように腰をグイグイ上げ、俺の口に性器を押し付ける。 「んぐっ……んっ、んんっ、んむぅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……じゅるる」 そのおねだりに応えるように、俺も必死でおま●こを舐め、クリトリスを弄り回す。 「あああっ、らめっ、らめぇ……そんなにされたら……ぁぁあっ、おま●こ、溶けちゃいますよぉ、んひぃぃぃ……ッ!」 「もう溶けてるよ。こんなにもドロドロで、ぐちゃぐちゃになってるんだから……」 「んんーーーぁぁあっ! すごいっですっ……いっしょに、いじられるのすごぃぃぃ……あ、あ、あ、あーーーーッッ」 そういえば……クリトリスって、剥けるんだっけ? どうすればいいんだろう? こう……左右に、横剥きの圧力を加えると……。 あっ、プリッって……これが剥けてるってことか。 舌先で性器を執拗なまでに責めながら、露出したクリトリスを指で撫でてみる。 「ぅぅああああんっ!? そっ、それ……ぁぁああっ、クリ、剥いちゃっ、らめっ……あっあっあっ!!」 「これが好きなんだよね、茉子は」 「んんっ!? んんんーーーーっ!! んふぅーっ、ふぅーー……ッ、んっ、んんん……ッッ」 切羽詰ったように、激しい息を漏らす茉子。 今までの快感に耐える息よりも、さらにひっ迫した吐息。 何かを必死で我慢する茉子を邪魔するように、舌と指で茉子の股間を責め続ける。 「んむぅ……ちゅ、ちゅっ、じゅるるる……ッ」 「んっ、んっ、ンんーーッッ! んぁぁっ! らめっ、らめぇっ、そんなに強くされたら……うぁっ、あっあっあーーー……ッ!」 「出ちゃうっ、出ちゃいますっ……んんっ、あああーーーっ! しょんなに、されたら……おしっこ出ちゃいますからぁぁ!」 「出していいよ。我慢しないで……俺がちゃんと見てるから……ちゅぅぅぅぅ」 「ぅぅぅぁぁーーーーっ! ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁぁぁぁっ、でるぅ、でちゃぅ……んっ、んんぅぅぅ……ッッ!」 「ああああああぁぁぁあぁぁぁ……あぁぁぁぁ………………ぁぁ」 堪えきれないと言うように、茉子の声から力が失われる。 そして先ほどまでとは違う様子で、下半身がブルっと震える。 と、同時に生暖かい液体が俺の顔に向かってあふれ出した。 「んっ、んふぅ……んぐっ、んぐっ……んじゅる、じゅるる……ッ」 「へ……ぁっ……やっ、やだ、飲んじゃらめです、汚いですから……ぁぁぁっ、ん、んぅぅぅぅ……ッ」 「んぐ、んじゅる……んんんっ」 「ぁっ、ぁっ、ぁぁーーー……ッッ! らめっ……舌を、動かしちゃ……あ、あ、ああっ! んンッ!!」 「んんっ、ぷぁっ……はぁ、はぁ……これ、おしっことは違う気がするけど。んんっ……れろれろ……ちゅぅぅぅ」 ジュクジュクに蕩けたおま●こを、俺はさらに舌で弄る。 そうして、溢れた愛液をどんどん飲み込んでいく。 「ひぃぁぁあッ……あ、あ、あ、どうして止めてくれないんですかぁぁぁ……あ、あ、あ、あ、んんんぁぁぁぁあっ!」 「だって……美味しいから。んん、ちゅぅぅぅぅっ」 「んぃぃぃ……ッ!? あっあっあっあーーーーーッ! また、クる、クるクる……んんぅぅぅ!」 「らめぇ……らめぇぇ……あっ! あぁぁあぁーっ! イくイくイくッ、イっちゃ――……んんんんーーーーッッ!」 「んああっ、はひっ、はっ、はぁー……はぁー……んんっッ……イ、イっちゃいまひたぁ……ぁぁ……」 ビクンビクンと身体を震わせる茉子。 その奥からは生暖かく、ドロッとした粘液が今も溢れて、俺の口をベトベトに濡らしていく。 「まだ……出てる……れろん、ちゅ、ちゅる……」 「ぁぁぁぁ……もうらめ、なめちゃらめですよぉ……もうイきましたからぁぁぁぁぁっ、んっ、んぁ、んぁぁぁっ!」 「別に一回じゃなくていいよ」 「ワタシは、むり……もうむりですぅ……ぁぁーっ、ぁっ、あっ、らめらめ、また、クる、そんなにされたらきちゃいまひゅっ」 「茉子が蕩けるところ……俺に見せて」 「ぅぁっ! ぁあああっ! もうらめなのにぃ……んぁああっ! そんなに、舐めたらまたぁ……っっ!」 「本当に美味しくて、ずっと舐めていられる」 「はっ、はひっ……はひっ……んっ、んんんーーー……ッ!」 「我慢なんて、しなくていいのに」 「んぁぁあああー……! またっ、クリトリスにぃぃぃ……それ、らめ、かんじすぎちゃいまひゅからぁぁぁ!」 「必死な茉子も、可愛い……んじゅるっ、じゅるじゅる」 「んひぃっ! ぁっ、ぁああっ、いじわるやだぁ……ぁぁっっ、むりぃ、ワタシほんとうに、もう……ンンッ」 「ちゅぅぅぅぅ」 「んッ!? んんんんんーーーーーーーーーーーーーーッッ!」 痙攣するように、茉子の身体が大きく震える。 同時に再び、俺の顔に迸る生暖かい水流。 「あっ、ああーー……はぁーーっ、あぁぁぁぁ……」 「んじゅるっ、んく……んく……」 「ぁぁ、ぁっ、あっ、んひぃぃ……まだ舐められてる、ぁぁぁ……舌をうごかさないでぇ、のんじゃらめぇぇ」 今にも泣き出しそうな顔で茉子は懇願する。 だが、今ここで俺が口を離したら、部屋の中が大変なことになる。 であれば、俺が……。これは仕方ない、こと。 そう自分に言い聞かせながら、俺は茉子の股間に顔を埋め、生暖かいトロトロを飲み続ける。 「あっあっあっ、らめまたイく……んぁぁあぁっ! わたひ、またイっちゃいますからぁ……んんんんんんッッ!」 これで何度目だろう? ――ビクン! ビクン! と茉子のお尻がバウンドするように跳ねる。 それに合わせて水流の勢いも増すが、それでも口を離さない。 「あひっ、あっ、ああーー……とまらないっ、どうしてぇ……どうしてとまらないのぉ……」 「んぅっ、んぁぁぁああああ……っ! はぁ、あッ……アッ、んんん……ッッ」 つま先まで硬直する茉子の股間に顔を埋めたまま、本当にその全てを飲み干してしまった。 「ぷぁぁ……はぁーっ……はぁーっ……んんっ」 「はぁ、はぁぁ……んっ、ぁぁ……ああ、やっと、止まりまひたぁ……はぁ、はぁぁ……」 「はひっ、ぁっ、ぁぁぁ……身体、力が入らなくて……頭もキーンって……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 「茉子の顔、とっても気持ちよさそうだった」 「気持ちはよかったですがぁ……何度もダメって言ってるのに、もぉ……んんっ」 「だって茉子が可愛すぎるから、つい……」 「さすがにもうダメです、舐めちゃダメ……これ以上舐められたら、ワタシ死んじゃいます」 「イき過ぎて死んじゃいますから……はひっ、はぁー……はぁー……」 「でも……茉子のココはヒクヒクしてる……」 「嘘です、嘘っ、もう無理ですからぁ!」 嘘ではないんだけど……。 俺の唾液と溢れに溢れた茉子自身の蜜で、もはやぐじゅぐじゅに溶けてしまったようなおま●こ。 余韻なのかなんなのか、未だにヒクヒクと痙攣している。 「………」 「また、えっちな目を浮かべてます。……本当に、もう舐めちゃダメですからね?」 「それってさ……今日はもうお終い? これ以上は……何もなし?」 「それは……んんっ……あ、あんまりクリトリスをいじらないなら……いいですよ? 剥くなんて、もってのほかです……はぁ、はぁ」 「それなら……舐めるのはいい?」 「舐めるのもダメです! 舐められると、気持ちよすぎますから」 「それにですね、その……もっと、温もりを感じさせて欲しいです……」 「それって――」 「はぁー……はぁー……奥で……ワタシの身体の奥で、その温もりを感じさせて下さい……」 「うんっ」 俺が拘束を解き、その身体を寝かせる。 ぐったりとしたまま、身体を起こす気配もない。 「えーっと……茉子、本当に大丈夫?」 「はい、平気なんですが……身体にまだ力が入らなくて……」 「これも全部、死んじゃいそうなぐらいイかせるからですよ……はぁ……はぁ……」 「今、身体を起こしますから……もう少しだけ待ってもらえますか……?」 「……いや、いいよ。茉子は寝たままで」 「ひっ、ぁ……え? こ、このまま、ですか?」 うつ伏せの茉子のお尻の上に跨り、そのまま濡れた性器にペニスをあてがう。 「ダメかな?」 「感じてる茉子の姿に興奮しすぎて……俺、我慢が……」 「わかりました。顔が見えないことはちょっぴり不安ですけど……このまま挿れてもらっても、大丈夫です……よ?」 「じゃあ……」 「はぁー、はぁー……んっ、んん……あっ、ああぁぁ……っ!?」 腰を動かし、あてがったペニスでワレメやクリトリスを、先っぽで丹念に擦っていく。 すぐに俺のペニスも、ヌルヌルの愛液まみれになる。 これだけ濡れてれば……十分だよな。 「んぁぁああ……ッ、んっ、んん……やっぱり待って下さい」 「え?」 「い、今……ちょっと擦られただけで、身体が……んんっ」 「はぁ……はぁ……まださっきの余韻が残ってますから……今挿れたら、また痺れちゃいます」 そう言って、茉子は逃げるようにお尻をくねらせた。 とはいえ力が入らないのに加えて、俺が上に跨っているからか、その動きはまるで俺を誘うよう。 「……痺れるの、嫌?」 「い、いえ。嫌ではないのですが、気持ちがよすぎますか――らぁぁぁぁぁぁぁあぁぁッッ!」 嫌ではないことだけ確認した俺は、茉子の言葉の途中でそのまま、一気に奥まで刺し貫く。 「んっ、んんんんんんーーーーーーーー……ッッ!」 ペニスの先っぽが、茉子の膣肉を押し上げた瞬間、俺の下でその身体がビクビクと小さく震えた。 「んぁっ、はっ、はぁっ、はぁっ……あ、あーーー……なんだか、前よりも……んんっ!」 「うぁ……茉子の中、トロトロで……気持ちいいよ」 「はっ、はぁ……はぁ……んんっ、広がってる、んんっ、あそこが、広がってるの、わかります……っ」 「痛みは? 大丈夫?」 「それは、平気ですけど……むしろ、刺激が強すぎて……んんっ、ぁっ……はぁ……はぁ……」 「茉子の綺麗な裸を見てたら……我慢なんてできないよ」 腰をお尻に密着させた俺は、軽く上下に身体を揺する。 そんな小さな動きだけで、ぬちゅ……ぬちゅ……と淫らな音が響いていた。 「ん……んんっ……あっ、はぁ、はぁ……んんっ、んん……」 茉子の様子を探りながら、お尻とすり合わせるように腰を優しく動かし続ける。 「このまま、動かし続けてもいい?」 「ぁっ、はいっ、いいですよ。で、でも、激しくはしないで、欲しいです……」 「……わかった」 頷く茉子を見て、俺はゆっくりと小刻みに抜き差しを繰り返していく。 「はぁ、はぁ、んっ、んん……ぅぁっ! んっ、んん……んぁ、んぁ……んんっ」 「んっ、んん……前より、スムーズに動けてるかな……?」 「そうですね……ワタシも、ぁっ、んんっ……前より、楽かも……しれません」 「この体勢だからなのかな? それとも……も、もう、おち●ちんの形、覚えてしまったのかも……?」 「茉子の中、熱くて、ドロドロで……締め付けが気持ちいい……」 「はっ、んんっ……よかったぁ、んっ、んんっ……そう言ってもらえると、嬉しいです」 茉子の奥をペニスでノックしながら、同時に茉子のお尻の柔らかさを腰で堪能する。 スベスベでモチモチのお尻と、トロトロのおま●こ。 その2つの感触が混ざり合う気持ちよさと言ったら、下半身が溶けてしまいそうなぐらいだ 「はぁ、はぁ……んっ、んんっ……んぁ、あ、あ、あっ……んんんっ」 「茉子の声、またエッチになってきてる」 「だって……はぁ、はぁ……んんっ、この体勢、なんだか前とも違っていて……んっ」 まずい……。前より気持ちいいかも。 このままだと、今みたいな浅い動きだけでも、すぐにイってしまうかも。 流石にちょっと早すぎる。もうちょっとこの感触を味わいたい……。 俺は一旦腰を止め、茉子の奥をノックするだけの動きに切り替えた。 のだが―― 「はぁ、はぁぁ……んっ、んんっ、ぁぁぁっ、ヘンなところに、擦れて……んんっ」 グイグイとペニスを押し込むたび、密着したお尻の肉までも、中の粘膜と一緒にペニスを締め付けてくる。 これ、密着度が上がって……もしかして、さっきよりもヤバい? ぁぁ……でも、これも気持ちいい……。ダメだ、自分を止められない……。 気持ちよさを味わいつつも、一番我慢しやすい位置を探して、俺は腰の位置を色々と動かしてみた。 「あ、あ、あんっ……はぁ、はぁ……はぁ……んっ、ひぃんっ! んっ、ぁぁぁ……ぅぅあぁっ、ひんっ」 腰の位置を動かすたびに、茉子の吐息も変化していく。 俺の方は、粘膜の熱と締め付け次第だけど……茉子の場合は、擦る場所で結構変わるものなのかな? 確認するように、俺は茉子の吐息に耳を傾けながら、そのトロトロのおま●こを突き続ける。 「はぁ、はぁ……んっ、んんぃっ……ふぅー……ふぅー……ン、んんッ!? んんっ、んーっ! んーっ!」 腰の位置を高くしたとき、突如として茉子の声に変化が現れた。 一段と上擦らせながら、必死に何かを堪えるような吐息。 「(ここ……かな?)」 確認するように、ペニスでお腹側の粘膜を強く擦り上げる。 「んひぃっ!? んーーーっ! んっ、んんーーー……ッ!」 茉子は必死に押し殺しているけれど、さっきまでと違うのは間違いない。 粘膜を擦る度、茉子の膣肉がきゅぅぅぅ……っと縮こまり、痛いぐらいに締め上げてくる。 そして……ぬぽっ、ぬぽっ……と、いやらしい音が響いていた。 「んーッ! んーーっッ! んっ……んんんはぁぁぁあぁぁ……あっ、あっ、あっ、声、出ちゃいますっ……んんんっ」 「そんなに、気持ちいい?」 「はぁ、はぁ……はぃ、感じちゃいます、あっあっあっ、そこ……そこそこっ、ぅぅぁぁあ! しびれますよぉ……ッ!」 ペニスでヒダの壁を擦り上げる度、全身に力をこめて刺激に耐える茉子。 それは当然内側も例外じゃない。 茉子のおま●こが俺のち●こを締め上げ……とんでもない快感を生み出していく。 「うぁっ……茉子の、中……吸い付いてくるみたいだ……んんッッ」 「だって、気持ちいいですから……はぁ、はぁ……気持ちよ過ぎて、身体が勝手に……んっ、んんーーーーっ!」 「茉子の身体、すごいエッチだ……」 「はぃ、はぃ……ワタシの身体、えっちです……んっ、んんーーっ、はっ、はぁぁぁ……気持ちいいの、好きです」 「ワタシ、セックス、好きみたいで……ぁぁ、自分でも嫌になるぐらい、やらしい……んぁあぁあっ」 「俺も、茉子とセックスするの好きだよ」 「そ、そうですよね、恋人ならいいですよね。好きな人とのセックス……好きでいいんですよね」 「ああ、それでいいんだ」 茉子の震える部分を、俺はひたすら擦り続ける。 そうしている間にも溢れる粘液の量は増していき、淫らな音が“にゅぽにゅぽ”と、より粘つき始める。 「はぁ、はぁ……んんっ、あっ、あぁぁっ……やだぁ、変な音、しちゃって……んぁ、んっ、ぁぁあああッ!」 「茉子の、粘膜が……俺のち●こに吸い付いてるから……んんっ」 それを証明するように、にゅぽっにゅぽっ、といういやらしい音が鳴る。 「あっ、あああっ! かたぁい……んんっ、かたいの、こすれて……あ、あっあっあっ、ん、んんんーーーっ!」 「ここが、いいんだよね?」 「んんっ、んぁぁ! そこそこぉ……っ! ぅあ! あっ、あーー……! すごい、そこ、すごぃ……ぁあぁあぁああ……ッ!」 「はぁ、はぁ、んっ、んんーー……ッ! ぅぁっ、ワタシ、本当にえっち……ぁっ、ぁっ」 「茉子、そろそろ大きく動くよ」 大きく腰を引いてから、一気に茉子のお尻に腰を打ち付け、ペニスを押し込む。 ドロドロの粘膜をペニスが貫く度、茉子のお尻と俺の腰に、生暖かい粘液が飛び散っていった。 「あぁっ、あっあっあっ、あぁぁぁぁぁ……かき混ぜられてるぅ……んっ、んんーーーーーっ!」 「気持ちいい……本当に気持ちいいよ、茉子」 「あ、ああーーーっ……んぁ、んぁぁ! そこっ、んぁ、あっあっ、らめ、らめ……また、アソコが溶けちゃいますぅ……んんっ!」 いつの間にか、茉子の声はひっ迫したものになっていた。 その声と同じように、茉子の粘膜が俺の性器を強く締め上げてくる。 「くうぅ……んんっ」 それでも俺は、緩めることなく、強く腰をそのお尻に打ち付け続けていく。 「んっ、んぁ、ぁっ、ぁぁああーーーッ! そこ……ぁぁ、そこ、そんなにこひゅったら……また、イっちゃいます……ッ」 「え? また?」 「ぁぁぁああっ! どうして強く――ぅぅぅあああ! らめっ、らめっ! イっちゃうっ、本当にイっちゃ――うぅぅぅぅんんッ!」 「ひぃんッ……ぅぅぅ……ぁぁッッ! はっ、はひっ、はひっ、んんんーーーー……ッッ!」 ググーッと背中が反り返る茉子。 伸びきった身体が、ビクビクッ……と、小さく震える。 白い背中が痙攣する様は……今までとは違う感じで、エロくて、とってもきれいだ……。 「はひっ、はっ、はぁー……はぁぁーー……っっ」 糸が切れた人形のように、伸びた身体が布団の上にぐったりと倒れ込んだ。 まるで全身で息をするように、茉子はその身体を上下させる。 「はぁぁーっ……はぁぁーっ……また、イっちゃいましたぁ……はぁーっ、はぁーっ」 「まだ余韻が残ってた?」 「そういうわけでは……ああっ! んっ!? んんんんんーーーッ!」 「ぁぁぁぁぁ……うごいちゃ、らめぇっ! こすれて……イくイく、また、イっちゃう、ぁっぁっあっあっあっあああああ!」 ペニスを粘膜で挟み込んだまま、立て続けに迎える絶頂。 俺の身体の下で、茉子は立て続けに痙攣を起こしていた。 「んっ、んんんーーッッ! んぁ、んぁっ、あっ、あああ……んっ、んんぅぅぅーーー……っ」 「うっ、くぅぅ……茉子の中、うねってる……んんっ」 「はひっ、はっ、はぁっ、はぁっ……んっ、んぁぁ……はぁーっ……動いちゃダメって、言ったじゃないですかぁ」 「ゴメン。つい、身体が……」 「はぁぁ……んんっ、こんなにイかされたら、ほんとにおかしくなりますよぉ……はぁぁ、はぁぁ……」 ぐったりしたまま、声を震わせる茉子。 さすがに……やり過ぎたかな……? 「はぁ、はぁぁ……どうしてワタシばっかり……将臣さんは? ワタシのココ、気持ちよくないんですか?」 「そんなわけない。さっきから必死で我慢してるんだから」 「どうして我慢するんですか? ワタシだって、気持ちよくなって欲しいのに……んっ、んんっ」 そう言って、茉子は身体を力ませて、俺のペニスをきつく締め付ける。 「ぅぅあっ……それ、くぅぅ……茉子、その締め付け、気持ちいい」 「んんーーっ、あっ、はぁ、はぁ……はい、もっと気持ちよくなって下さい。んっ、んんっ!」 「う、動くよ、茉子……」 再び抜き差しを再開させ、ぺちんぺちんと茉子のお尻とぶつかり合う。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……はぁぁぁーーーぁぁ……気持ちいい。ワタシ、ほんとに気持ちいいです……んんっ」 「俺も。気持ちいいよ、茉子の中が締め付けてきて」 「はぁ、はぁーーぁぁ……んっ、んんぅぅぅ……ぁっ! はぁ、あっ、あっ、あっ……」 蕩けきった声の茉子の粘膜が、凶悪なほどに吸い付いてくる。 まるでペニスを放さないと言うようで……少し抜き差しするだけでも、激しい摩擦を生み出す。 「茉子の中、熱くて、トロトロなのに、きつくて、本当に気持ちいい」 「わたっしもっ……んんっ! 硬いの、こしゅれて……ひゅごぃ、ぁぁぁっ、ひゅごいれすよぉぉ……!!」 「ほら、わかる? 茉子のおま●この音。さっきから、すごいエッチな音してる」 「わかっりますっ、ワタシのアソコ……気持ちよくて、好きな人とセックスするの、好きって……ぁぁーっ! あーっ! あぁぁーーっっ!」 本当に好きだと喋るみたいに、じゅぽっじゅぽっ……と、エッチな音が響く。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……んんっ! ぁぁ、すきぃ、すきです……んっ、んんっ! んんーっ!」 「好きって、どっち? 俺のこと? それとも……セックス?」 その身体に問い掛けるように、俺はペニスで茉子の弱点を強く擦る。 「んひぃ!? んっ、んぁっ、ぁぁあーー! そんなの、きまってますぅぅ……ぅぅぁあああっ!」 「まさおみさんがっ……だいすき……あ、あ、あ、ひゅき……らいひゅきぃぃ」 「あっ、あっ、あっ……そんな、こすられたら……また、またイっちゃうぅ……んんっ!?」 艶めかしい喘ぎを漏らす茉子が、お尻を回して快感から逃げようとする。 けれど、跨った俺がそれを許さない。 ペニスを深くまで貫くために、茉子のお尻に腰を強く叩き付けていく。 「んんんーーーッ! んぁっ! はっ、はひっ、はぁーっ、はぁーっ、んぁぁぁぁぁ……」 「茉子の中、エロ過ぎ……気持ちよすぎる……んっ」 「ワタシ、えっち……ぁぁぁ……こすられるのすき、みたいです……ぁぁあああっ!」 「ここ、擦るとキュッて締まって、トロトロになって……本当にエロい」 「んあっ、あっ、あーーーっ! そこ、擦られると、からだ、熱くなるっ……んんっ!」 「あっあっあっ、また、奥の方から……く、くりゅ……あっあっあっ、またくりゅ、きちゃいまひゅよぉ……ひぁぁぁんッ!」 「俺も……もうイくから」 射精に向けて、ひたすら腰を動かし、そのトロトロ粘膜にペニスを擦りつけていく。 「あーっ! ああーーッッ!! はやくぅ……ぁぁぁっ、はやくイって、らして、熱いのいっぱい、どぴゅーってぇ……ッ!」 「あっあっあっ、もうらめ、わたひ……またきちゃいますっ、もうやだぁ……あああっ、はやく、はやく、はやく……んんっ!」 必死に身体に力を入れる茉子だが、それでも抑えきれないのだろう。 熱いおま●この中は、さっきから激しく収縮を繰り返していた。 巻き込まれたペニスから全身に、激しい快感が駆け巡る。 「んっ、んっ! 茉子、もう、出すから」 「はいっ、はいっ、だしましょう、せいえき、ぴゅーってだしちゃいましょう、ああ、はやくぅ……あっあっあっッ」 「茉子、茉子……大好きだ」 「ワタシも、すき、らいすきぃ……んひっ、ひぁぁっ! あっあっあっ、もうらめぇぇぇぇ……!」 「茉子、イくよ……もう出すから」 「せいえき、せいえき、ワタシの中にぃ……んんっ! あっあっあっ、おねがいします、ワタシの中にらしてぇぇ……」 「わかった、このまま中で……んんっ」 「あっ、あああーーーっ! わたひも、イく……あっあっあぁぁあぁぁっ、あっあっあっ、わたひっ、イきまひゅ……」 「ぅぅぅあああ、もうらめ、イくイくイくイくっ、イっちゃ――ぅぅぅ……んんんんんーーーーーーーーーーーーッッ!」 駆けあがる衝動をこれ以上我慢することができず、ダムが決壊したように茉子の中に精液を吐き出す。 「ひぃぃぃんんっ!! んっ、んぁっ、ああっ、ああああああーーーー……ぁぁっ!」 茉子の白い背中が、再び大きくグイーッと反り返る。 そんな彼女の粘膜に包まれたまま、俺のち●こがビクビクと震えながら、精液を吐き出し続ける。 「はっ、はぁぁぁーっ……ドクドクって、でてりゅ……んっ、んんんっ」 ――ドクンッ! ドク……、ドク……ッ。 そして何度目かの痙攣と共に、ようやく俺は溜まっていた精液を全て茉子の中に流し込み終えた。 「茉子、俺もイく……ッ!」 「イってぇ……らして、ワタシのからだに、せいえき、らしてぇぇ……んんっ」 「ぁぁぁ……でるっ、出すよ茉子!」 「おねがいしまひゅ……らして、ああっ! あっあっあっあっ、イくイくイく、わたひ、イく……ンンッ!」 「あっあっあっあっイくイくイく、イきますっ、わたひ、イく……んんぁぁぁあああーーーーーーー……ッッ!」 茉子のお尻の圧迫から逃れた瞬間、全てを茉子の身体に向かって放つ。 「んぁっ、ぁっ! んっ、んんっ! んぁぁぁっ、ぁぁぁぁぁ……ッッ」 再びググーッと背中を反らす茉子。 その白い背中に、俺は自分の精液をバシャバシャひっかける。 「ひっ、あっ、んんっ……んぁ、んぁっ……せなか、あちゅいれす……んんっ!」 ――ドクンッ……と、最後に大きく震えながら零れる精液が、茉子のお尻の上に落ちる。 「はぁ、はぁ……んんっ、はぁぁ……茉子、凄かった……はぁ、はぁ……」 「んんっ、んぁっ、はぁー……はぁー……すごい、せいえき、あつくて……んっ、ぁぁぁ……」 ブルルッ……とお尻を震わせる茉子。 射精したせいか、疲労感に襲われながらも、俺は茉子の背中を見下ろし続けた。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ、ありがとう、ございまひゅ……いっぱい、だしてくれて……んんっ、んん……ぁぁ……ドロドロ、ですね」 「うん。なんか、頭の中までドロドロになったみたいだ……」 「ワタシも……頭の中がまっしろになってぇ……んっ、んんっ……あっ、だめぇ……」 「身体、力、もう入らなぃぃぃ……んんっ……ぁぁぁ……」 「じゃあ、俺が綺麗にしてあげる」 「え? あっ、やっ、今は敏感になってまひゅから……んんっ! そんな触り方しちゃらめぇぇ……んぁぁ……ッッ!」 「もう……うごけませんよぉ……」 「俺も、さすがにもう無理」 アレからどれぐらい時間が経っただろう? 茉子も俺も、数えられないぐらいの絶頂を迎え……もはや、身体を動かすのも億劫なほどだ。 「本当に、もう無理なんですか?」 「……え? そ、それは……色々すっからかんだから無理だけど……」 「茉子が、まだって言うのなら頑張ってみようか?」 「頑張らなくていいですっ、もういいですっ! これ以上は本当に無理ですからぁ!」 「じゃあ、今の質問は一体、どういう意味で?」 「それはですねぇ」 笑みを浮かべながら、俺に身を寄せてくる。 ついさっきまでの愛撫とは違う、お互いを確認するように、優しく抱きついてくる。 「あは、ん~……温かい……。もしよければ、ぎゅーってしてもらえませんか?」 「それはもちろん」 茉子の身体を優しく、でもしっかりと抱きしめる。 はぁ~……柔らかくて温かくて、なんて素敵な感覚。 とはいえ、さっきも言った通り、もうすっからかんなので、下半身が反応することもない。 「抱きつくだけなら、さっきの質問は別になくてもいいんじゃないの?」 「だって……抱きついて、またえっちなことをされたら、ワタシ本当に死んじゃいますから」 「だからもしまだそのつもりなら……戻ろうかと思ったんですが、そうじゃないなら」 「ぎゅぅぅぅ~~~……んふふ」 茉子は嬉しそうに、俺の胸に頬を寄せる。 「今日は、このまま一緒に寝ても……いいですよね?」 「勿論。というか、こちらこそよろしくお願いします」 「あは、ありがとうございます」 「ふふ……ふふふ……はぁ、温かぁ~い……」 「やわらかぁ~い」 「またそんなやらしいことを言う……今日はもう、本当にダメですからね?」 「だから俺も空っぽだってば」 その言葉に偽りはなく、精力も体力も空っぽ。 それは茉子も同様だったのか、いつの間にかすぐ近くから穏やかな寝息が聞こえてきた。 「んっ、すぅー……すぅー……」 「こんなすぐに寝るなんて……本当に、やり過ぎたのかな……?」 でも……この気怠さと、茉子の重みがどこか心地いい……。 その心地よさに身をまかせる俺の意識も徐々に薄れて―― いつの間にか、目蓋の重みに逆らえなくなっていた。 『言っておくが――』 『お前らのようにバカみたいな時間を過ごしたことなどないからな』 「今日のお昼の事ですか?」 『あんな幼子のように甘えるような真似、したこともされたこともない』 「でも、2人で一緒に川や木々を眺めたりしていたんじゃないんですか?」 『お前、川も木々も見ていなかっただろう』 『あの男と延々とイチャついていただけではないか』 「そんなことは……ありませんよ……?」 『ふんっ……だがまあ、懐かしい気持ちを味わえたのも事実だ』 「それなりに、意味があったという事でしょうか?」 『そうだな……お前のおかげで、あの方との日々を……大切なことを思い出した』 『それだけでも、お前に取り憑いただけの価値はあったかもしれんな』 「そんな風に思ってもらえたなら、なによりです」 『………。お前は本当におかしなやつだ。取り憑かれて迷惑しておっただろうに』 「最初の頃以外は犬にもなっていませんから、迷惑というほどのことはありませんよ」 「それに……こうして幸せになれたのは、取り憑かれたおかげと言えなくもありません」 『そんなつもりはなかったとはいえ、まさか人間を喜ばせるようなことをしてしまうとはな……ふんっ』 『ここら辺が引き際だろう……お前に1つ、頼みがある』 「え……? それは構いませんが、ちょっと驚きました……一体、何でしょう?」 『私を祓え』 「は、祓えって……」 『穢れである私を消せと言っている』 「そんな……ちょっと待って下さいっ!」 『勘違いするな。お前のためではない。誰が人間のためにそんなことを思うものかっ』 「では……一体どうして?」 『先ほども言っただろう……大切なことを思い出したとな』 『恋というものは未だわからぬが……大事に思う気持ちには覚えがある』 『私にとってあの方は……特別な方だった……』 『なのに……私は今、あの方を穢してしまっている』 「それって、どういう意味でしょうか?」 『私を封じているあの石だ。アレは……あの方が残した特別な物だ』 「それじゃあ……砕かれて怒っていたのには、そんな理由も……」 『あれほど大切に思っていた、あの方の形見とも呼べるものを、穢してしまっている』 『それでは、あの憎んでいた男……あの方を身勝手に利用した卑俗な男と同じではないか……』 「いや、でもだからと言って、それは極端ではないかと……」 『私はすでに死んだ身。これ以上あの方を穢したくはない』 『だから祓え、それが最後の頼みだ』 「んん……」 「こ、ここは……」 見慣れない部屋。でも、知らない部屋じゃない。 「もう……朝……か?」 部屋の中が明るい……………あれ? そもそも俺はいつ寝たんだ? 歯を磨いたっけ? 風呂に入ったっけ? そんな記憶……ないな。 「しまった……変な匂いがする、身体が臭い……」 「んぃぃっ!?」 一瞬、息が詰まるほどの鋭い痛みが突き抜けた。 右肩が焼けるようにジンジンと………………右肩? 「右肩ッ!」 そうだ! 俺は昨日、迷子を捜している途中で、変な黒い塊に襲われて、山を転がり落ちたんだ! それで―― それで……? 「あれ? 転がり落ちた後、どうなったんだ?」 「……ん?」 「……すー……すー……」 すぐ側で眠っている朝武さん。 何かの途中で力尽きたように、掛布団の上で眠っている。 「朝武さん? 風邪、引くよ?」 「今は寝かせておいてやれ。徹夜でご主人の看病をしておったのだ」 「徹夜で看病……?」 「吾輩が看ると言ったのだがな。本当に頑固な奴だ」 とりあえず俺が使っていた掛布団をかけておこう。 「俺、どれぐらい寝てた?」 「意識を失ったのは昨日の夜。今は昼を過ぎたところだ」 「身体はどうだ? 医者は、意識が戻れば問題ないと言っておったが」 「大丈夫だと思う。右肩がちょっと痛むけど、動かないこともないしな」 「しっかし……包帯だらけのズタボロ……よくこれで生きてたな、俺」 「擦り傷切り傷、多少の裂傷と打撲はあるが、骨折はしておらんそうだ」 「それでも……みんな心配しておったのだぞ」 「有地様……」 「おはようございます……って、昼も過ぎてるからそんな時間じゃないか」 「有地様!」 「え? あ、はい。有地ですけど、なんですか……?」 部屋に入ってきた常陸さんは、驚いた表情を浮かべて俺を見ていた。 「いえ……随分のんびりされていらっしゃるので、拍子抜けといいますか……」 「大丈夫ですか? 怪我の痛みはどうですか?」 「ちょっとズキズキするけど、心配はいらないかな」 「診察はちゃんと受けて下さい。先生も、何かあればすぐに連絡を、と仰っていましたから」 「ありがとうございます。気になることがあればちゃんと言います」 「でも本当に良かった、意識を取り戻されて……ムラサメ様も一安心できたのではありませんか?」 「まあな。血だらけのご主人を見つけた時には、肝を冷やしたぞ」 「あれ? 常陸さんも……ムラサメちゃんが見えてる……?」 「もしかして、ムラサメちゃんが見える人って意外と多いのか?」 「そんなことはない。ご主人を除けば芳乃と茉子だけだ」 「昨日も大変だったのだぞ。吾輩ではご主人を運ぶ力はないし、芳乃と茉子でなければ伝えられんし」 「結局、昨日はどうなったんだ? 龍成君は?」 「安心して下さい。警察が見つけて、ちゃんとお母さんの元に」 「ご主人にも感謝をしておったぞ」 「というか、あの時伝えたはずだが……覚えておらんのか?」 「言われたような気がしないでもないけど、意識が朦朧としてたから……夢かと思ってた」 「ボロボロのご主人を見つけた時、夢だと思いたかったのは吾輩の方だ」 改めて自分の身体を見る。 ガーゼが当てられていたり、包帯が巻かれていたりで、見た目はかなり重傷だ。 「ん? そういえば……俺、着替えてる?」 今着ているのは素肌に、浴衣のような寝間着だけ。いつもの服じゃない。 まあ身体がこの様子なら、服がダメになるのも仕方ない。 治療を受けたのなら裸になることも……って、ちょっと待て! 上だけじゃなくてズボンも脱いでる? しかも穿いてない? 「あのー……誰が着替えさせてくれたんでしょう?」 「あ、それはワタシが」 「なんか下の方がスースーしているんですが……? どうやって着替えさせたんです?」 「どうやってって……そんな恥ずかしいこと言えませんよぉ~」 「恥ずかしいことしたんですか!?」 「っていうか、見ました? 俺の……その……見ました?」 「大丈夫です、安心して下さい。ご心配されているようなことはありません」 「ほ……本当に?」 「勿論です。医療行為ですから。見せられたとセクハラで訴えたりしません、ご安心を」 「むしろ見られたと訴えたい!」 「というか、常陸さんは普通ですね。俺なんて、かなり恥ずかしいのに……」 というか、どうして常陸さんはそんなに普通なんだろう? ま、まさか……!? 「小さくて、細くて、大変可愛らしいと思いましたね……あは♪」 とか、笑っちゃうぐらいの余裕があったのか!? そこまで小さい? いや、そんなバカにされる程度では……一応、平均ぐらいはあるはず。え? あるよな? でも意識もなかったから縮こまっていた可能性も……もし、そうだとしたら……。 「……うぐぐぐ……」 「……何を自分の股間を見つめて唸っておるのだ、ご主人」 「いや、可愛らしいとか思われてたら……ちょっと悔しいからリベンジをする方がいいか? って考えてる」 「………………阿呆か? そこに何の意味があるのだ、ご主人」 「男の股間に関わる問題だ」 「言い間違えか本気なのか、わかり辛いボケはやめろ」 「有地様がどうしてもと仰るのでしたら……拝見致しましょうか?」 常陸さんは特に気にした様子もなく、いつも通りの声で言う。 あまりにも普通な常陸さん……もし見せて―― 「これで本気ですか? 随分と可愛らしい本気ですね……あは」 などと笑われた日には……多分、二度と立ち直れなくなる。 「な~んて言ってみましたが、冗談です。玄十郎さんがいらして、有地様を着替えさせただけですから、ご安心ください」 「な、なんだ……よかった」 「驚かせて申し訳ありませんでした。でもよかった……こうして冗談を言うことができて……」 「俺もよかったと思ってるよ。大きな怪我もなくて本当に助かった」 「ムラサメちゃんにも迷惑をかけた。悪かった、ゴメンな」 「……それなのだが……ご主人……」 「ムラサメちゃん?」 「すまぬ! 迷惑をかけたのは吾輩の方なのだ!」 「吾輩がちゃんと『山に入るな』と、先に忠告しておくべきだった……」 「別にムラサメちゃんが謝る必要はないと思うけど……」 ムラサメちゃんは、あの黒い塊のことを知っていた? いや、ムラサメちゃんだけじゃない。 「もしかして……あの黒い塊のこと、みんな知ってる?」 「……それなのだが」 「ん、んん……んぅ……」 「ん……?」 「んむぅ……ぅぅー……お、おはよう、ございます……」 「おはよう、朝武さん」 「……ぁーー………………有地さん……?」 「有地さん!?」 「はっ、はい!?」 「起きて大丈夫なんですか? 怪我はどうですか? ガーゼ替えますか? 包帯緩んでませんか? 傷口が開いたりは?」 詰め寄るように、もの凄い勢いでまくしたててくる朝武さん。 思わず身体をのけ反らせる。 「――つッ!?」 あ、変な体勢になったから、また右肩が……っ。 「右肩、痛むんですか!? ちょ、ちょっと見せて下さい!」 「あ、いや、今のは体勢のせいもあってというか、見せても特に変わらないから――」 気恥ずかしさで距離を保とうとする俺。 だが朝武さんは、さらに詰め寄ってくる。 そして俺の肩が、無理矢理掴まれた瞬間―― ピョコンという擬音が聞こえてきそうな、変化が起きた。 「………………ん?」 「……? どうかしましたか?」 「どうかしたっていうか……」 俺……疲れてんのかな? いや、もしかして転がり落ちた時に、頭を強く打ったせいかな? おかしなものが見える。 目を閉じ、頬をパンパンと叩いてから、もう一度確認。 しかしやはり……見える。 欲望が具現化したんだろうか? いや、俺に獣耳属性はないはずなのだが。 「有地さん? 大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないかも」 「頭を、強く打った……かも? あり得ない物が見える……」 失礼だとは思いつつも、俺は朝武さんを指差す。 正確にはその頭から生えた、可愛らしいソレを。 人間には決してない、奇妙な質感の大きな耳。 「あり得ない物?」 「………」 俺の指の先を視線で追う。 その目が、自分の頭上に向いたところで、朝武さんの目が見開かれる。 「―――ッ!?!?」 慌ててソレを押さえつける。 だがそれでも、その大きな耳を隠しきることはできず、手から大きくはみ出していた。 「こっ、ここここれは、違います。違うんです! 有地さんの見間違いです! き、きっと頭を打ってしまって幻覚が見えているだけで――」 「……じゃあなんで頭を押さえてるの?」 「あっ!? ぅぅぅ……っ、は、嵌められた……」 自爆だと思うがなぁ……。 「おそらく、ご主人の身体に触れたことが原因であろう。右肩は祟り神の穢れに触れた部分だからな」 「祟り神……穢れ……それに、その獣耳は……」 「やはりご主人にも見えるか」 「みんなにだって見えてるんだろ?」 「ここにおる者はな。吾輩が見える人間ならば、この耳も見ることができる」 「つまり……普通の人には見えない?」 「今はまだ、な。だが、このまま放置し続けておると、誰でも見えるようになる」 「………」 「よくわからないけど……とりあえず、その耳とあの黒いのは関係がある」 「それに叢雨丸も無関係ではないと?」 「………」 「芳乃様、やはりちゃんと説明をされるべきではないでしょうか?」 「僕もそう思うよ」 「お父さん……でも……」 「将臣君にも影響があることは、今回のことでハッキリした」 「少なくとも、将臣君に関わることぐらいは説明が必要だよ、芳乃」 「……わかりました。でも、必要なことだけですから。約束して下さい」 「わかったよ、約束しよう」 「まず始めに。今回のことは事態を甘く見ていた僕たちの油断だ。本当に申し訳ない」 「いやまあ……いきなり山には化け物がいるとか言われても、絶対に信じてなかったと思いますから」 「それでもせめて忠告ぐらいはしておくべきだった」 「日が暮れたら、山には絶対に立ち入らないように、と」 「アレは……何なんですか? まさか山の動物とは言いませんよね?」 「その前に、将臣君は穂織の土地に伝わる伝承を知ってるかな?」 「妖怪にそそのかされた大名が攻め込んできて、返り討ちになったという話ですよね?」 「そう。そして妖を退治したのが将臣君が抜いた叢雨丸。アレは本物の特別な刀なんだ。わかるかな?」 「それはまあ。ムラサメちゃんなんていう存在も見えますから」 「叢雨丸が本物ということは、妖に関しても本当に存在した、ということだよ」 「あっ……」 どうして今まで考えなかったんだろう? 確かにそうだ。ムラサメちゃん……叢雨丸が本物なら、退治された妖怪だっていても不思議はない。 「つまり伝承は、全部本当なんですか?」 「事実と違う部分はあるんだけど……今は、その認識で構わないだろう」 「とにかく叢雨丸の力で妖に打ち勝った。だけど今際の際に妖は呪詛を残した」 「呪詛……。それが、あの黒い塊ですか?」 「そう。僕らはアレを祟り神と呼んでいる」 「そんなの危ないじゃないですか。ここは観光地なのに」 「無差別に襲い掛かって来るわけではないんだ」 「襲われるのは妖に強く憎まれている者が対象となる」 「芳乃の不可思議な耳は、妖に憎まれている者に対する呪詛の現れだと言われてるんだ」 「この耳が生えている者は、祟り神に襲われる」 「じゃあ……?」 「……はい……」 「朝武の家はね、伝承にある戦に勝利した家の直系なんだよ」 だから、恨まれているということか。 「でもそれなら、関係のない俺は……」 言いかけたところで気付いた。 「俺が襲われたのは、叢雨丸の使い手に選ばれたから?」 「おそらくね」 「俺にも、耳が生えたりするんですか?」 に、似合わねぇ! 「いや、流石にそれはないはず。耳は朝武の直系だけだよ」 「そ、そうですか」 よかった……ちょっと安心した。 でも……。 「祟り神……呪詛……獣の耳……」 「これってつまり、イヌツキって呼ばれる原因は本当にあったってことですか?」 「そういうことになるね」 「まず始めに、当時の朝武の姫に耳が生えた。最初は吾輩ぐらいにしか見えなかった」 「だが、時間が経つと誰にでも見えるようになり、噂が広まったのだ」 「朝武の姫は獣の耳が生える、呪われた姫だとな」 「それが、イヌツキの原因?」 「それだけではない」 「耳が誰にでも見えるようになるように、祟り神も放置しておると、穢れを溜めこんで強力になってしまう」 「そうして強力になった祟り神が、穂織の地で暴れまわったこともある」 「山が崩れ、大きな被害を生み、死者も大勢出た。それが祟りだという噂が広まってな」 「呪われた姫を奉る呪われた土地、そんな噂がイヌツキという呼称を生んだのだ」 「……呪われた姫……」 「その様子だと、ムラサメ様から説明があったのかな?」 「安晴さんは、ムラサメちゃんが」 「見えない。僕は入り婿だからね。だから呪詛の影響は受けていない」 「受けているのは……芳乃だけだ」 「………」 「基本的には、山に入らなければ襲ってこない。それも、夜の間だけだ」 「昼なら山に入ることもできるよ」 「だけど、放置して強力になってしまうと、その限りではない」 「だから祟り神が穢れを溜めこむ前に、代々朝武の姫が穢れを祓っているんだよ」 「それじゃあ、今は朝武さんが?」 「芳乃の神楽舞を見たことはない?」 「この前の祭りの時に見ました」 「あれは穢れ祓いの儀式なんだよ。舞を奉納することで、土地の穢れを祓っている」 「でもね、舞の奉納だけでは、全てを祓うことはできないんだ」 「その場合は、直接穢れを祓って対処する必要がある」 「直接って……戦うってこと? あれと……直接……」 ………。 「有地さんは気にしないで下さい。これは朝武の……いえ、私の問題です」 「お父さんが言った通り、山に入ったりしなければ、有地さんにまで危険が及ぶことはないはずです」 「祟りは私が何とかしますから」 「いや、何とかって……」 「今すぐ解決、とはいかないかもしれません。しばらく不自由を強いることになってしまい、申し訳ないと思います」 「ですが、絶対に何とかしますから。私に任せて下さい」 「………………」 「って言われてもなぁ……」 『じゃあ頼んだ!』と言えるはずもない。 俺の生活にも大きく関わることだ。 それに何もできないならまだしも、俺にもできることがあるのだ。 “叢雨丸” 妖を退治したという、あの刀を用いれば、当然穢れを祓うことができるらしい。 「………」 あの穢れ、黒い泥のような塊を……朝武さんが……。 不意に、打たれた肩の痛みが増したような気がした。 「……アレを祓うなんて、決して楽ではないよな」 「………」 「有地様?」 「ああ、常陸さん」 「ムラサメ様は……どうしたんですか?」 「色々考えるなら1人の方がいいだろうって、『山には入るな』とだけ釘を刺してどこかに」 「そうですか。それで……どうして境内の掃除を?」 「ジッとしていられなくて。掃除というか……適当に箒を動かしてるだけ」 「わかります。ワタシもストレスが溜まったりすると、ついつい掃除や料理をしてしまいますから」 「そんな感じ。だから、お願い。このまま掃除をさせてくれないかな?」 「わかりましたが……でも、無理はいけませんよ、有地様」 「わかってる、約束するよ。ところで……」 「その『様』付けは止めてもらえないかな? なんかむず痒くって」 「もう少しフランクな感じの方がいいな」 「ですが、有地様は芳乃様の婚約者なわけですから」 「朝武さんは『正式に認めたわけじゃありませんっ』って言ってる」 「あー……その光景は目に浮かびますねぇ」 「それに、婚約者の関係は公表してるわけじゃない」 「そこかしこで『様』付けをされたら、聞いた人が何事かと思うよ」 「婚約の話が広がるのは、朝武さんにとっても良くないと思う。だから、もっと普通でお願いできないかな?」 「……わかりました。では、有地さんとお呼びしますね」 「お願いします。それで、あの……」 「はい? なんでしょう?」 「あ、いや……」 「やっぱり、何でもないです」 「………」 「突然ですが有地さん、気分転換にワタシとデートしませんか?」 「はい?」 「おっ、茉子ちゃん。いらっしゃい。夕食の買い物かい?」 「はい。今日のお勧めはありますか?」 「ウチのは全部お勧めだよ。知ってるだろ? けど、そうだなー……今日は豚肉なんてどうだい?」 「巫女姫様もお疲れが残っているんじゃないか? 疲労回復には豚肉がいいって言うしな」 「豚肉ですかー。いいかもしれませんね。それじゃあロースをいただけますか?」 「あいよ。いつもの量でいいよな?」 「いえ、今日はもう1人分多めでもらえますか?」 「お? なんだ? 巫女姫様はそんなにお疲れかい? 本当に大丈夫か? 心配だな……」 「よし、コロッケをおまけにつけよう! ウチのコロッケを食べて、一日でも早く元気になってくれるようにな!」 「芳乃様はお元気ですよ。お客様がいるんです」 「なんだ、そうだったのか。でもま、男が一度言ったことだ。コロッケは持って帰って食べてくれ」 「いいんですか? ありがとうございます」 「巫女姫様によろしくな」 「なんだ。デートって買い物ですか」 「もしかして、買い物に付き合うような気分ではありませんでしたか?」 「そんなことはないですけどね」 デートって言うから少しドキドキしてたけど、ビビって損した。 でも……1人で考え込むより、少しは気分転換した方がいいかも知れない。 常陸さんも、そう思って誘ってくれたのかな……? 「でも……婚約者がいる身でありながら、気軽にデートするなんて、いけないことですよ?」 「婚約って言っても(仮)ですからね」 「もし仮に浮気とかしても、朝武さんの方が『お好きにどうぞ』とか言い出しそう」 「あー……かもしれませんねぇ」 「よう、茉子ちゃん! 夕食の買い物かい? 春キャベツ、どうだい?」 「あ、はい、いいですね。今日はトンカツにしようかと思っていたところです」 「あとオレンジも付けるから、是非食べてくれ」 「いいんですか?」 「ああ。祭りでの巫女姫様の舞、今年も美しかったからな。来年も楽しみにしてるって伝えておいてくれ」 新たな袋を手にした常陸さんが、こちらに戻ってくる。 「荷物、持ちますよ」 「いえいえ。大丈夫ですよ」 「手持ち無沙汰もなんですから、これぐらいは」 「それじゃあ……お願いします」 「と言いたいところですが、流石に怪我をしている有地さんにお任せするわけにはいきません」 「それにこの程度、大したことありません。ちゃんと鍛えてるんですよ、ワタシ。なにせ忍者ですから」 ……随分と自己主張の激しい忍者もいたものだ。 「忍んでこその忍者だと思うんですが」 「仰る通りかもしれませんが、本職は護衛ですから」 「……護衛……」 「それってやっぱり、祟り神からですか?」 「今はそうですね。昔は諜報なども行っていたそうですが。さすがに時代が違います」 「常陸さんは……」 「……常陸さんは怖くないんですか? それに、朝武さんも……」 「さっき言いかけた質問は、それですか?」 「………」 「一族の務めですから」 「逃げたとしても、呪詛が解けるわけではありません。むしろ、被害が甚大になるだけです」 「確かにそうだけど」 「ここに暮らす人、ここを訪れる人、ここが故郷の人……その影響は計り知れません」 「………」 「さっきの人たちも朝武さんのことを気にしてた。随分慕われてるんだね」 「朝武は元々穂織を治めていた御家ですから、今でも土地の代表者のような立場です」 「それに、なんのかんの言っても田舎です。病院や神社などは、他とは比べられないぐらい大事にされるんですよ」 「特にこの穂織の住人ですと……近くの町に頼っても、上手くいかないことが多いですからね」 「……そっか」 「あ、もちろん芳乃様や、安晴様のお人柄があってのことですよ?」 「芳乃様が可愛いらしくて、優しい女の子であることを、みなさんご存じなんです」 「有地さんの前ではそういった面は見せていないかもしれませんが、あれはかなり無理をして作っているんですよ?」 「それはなんとなくわかる。責任感が強い、何でも1人で抱え込むタイプでしょ?」 「そうなんですよねぇ。そこも可愛いといえば可愛いんですが……安晴様もよく心配をされています」 「………………」 「さ、買い物も終わりましたし、戻りましょうか」 「………」 「常陸さん、朝武さんと少し話をしたいんだけど、どこにいるかな?」 「ワタシが家を出る前は、仮眠を取って……起きたら舞の練習をすると仰っていたような?」 「なので、神社にいらっしゃると思いますよ」 「わかった。ありがとう」 「………」 常陸さんが教えてくれたように、舞の練習をしている朝武さん。 俺が部屋に入っても、途切れることなく滑らかに動き続ける。 ……本当に、綺麗だ。 指先の一つ一つまでしっかりと伸ばして……祭りで見た時と同じ美しさ。 練習だからって、気を抜いている様子は全くない。 呼び止めるのはあまりにも無粋というか、見入っていた俺には、声をかけるという選択肢すらなかった。 その場でジッと、練習が終わるのを待つことにした。 そうして待ったのは、5分程度だろうか。 一区切りついたらしく、朝武さんの方から俺の方に近づいてきた。 「横になっていなくて平気なんですか?」 「大丈夫。小さい怪我ばっかりだから」 「それならいいんですが……」 「今ので、穢れは祓えたの?」 「いえ、今のはただの練習です。奉納ではありません」 「舞の練習って毎日してるの?」 「もちろんです。舞の奉納は大切なお役目ですから」 だからこそ、あんなに綺麗に舞えるんだろうな……。 「あっ、それよりも、お渡ししたい物があるんです」 「俺に?」 朝武さんは部屋の隅に向かい、そこに置いてあった何かを俺に持ってきた。 「あっ、俺の服……てっきり、捨てられたものかと」 「できる範囲で直しておきました」 おお、凄い……ちゃんと補修されてる。 適当に表から縫ったりするんじゃなく、裏から細かく、なるべく縫い目が目立たないような処理をされている。 「大きな傷もなくて、一応形ぐらいは元に戻せました」 「素人なので、拙くて申し訳ないんですが……」 「そんなことない。凄く丁寧に補修されてる、ありがとう! これ、結構気に入ってたんだ!」 幸いにも致命的な破れ方はしていなかったのか、これなら外で着てても大丈夫だ。 汚れもちゃんと落ちてる……。 けど、俺の看病もしてくれてたんだよな? 一体、いつの間に……。 「うわ、本当に凄いよ、これ」 「そ、そうですか……ありがとうございます」 「これぐらいは、いつもしていることですから気にしないで下さい」 「いつも?」 「山に入ってお祓いをしていると、こういった傷はよくありますから。直せる物は直して使っています」 「普段の家事は茉子に世話になりっぱなしですが、これだけは私の方が上手なんです」 どこか自慢げにそういう朝武さん。確かにこの丁寧な補修は、自慢していいと思う。 というか……それぐらい、何度も何度も補修をするほど……穢れを祓ってきたのか。 「朝武さんは、ずっと穢れを祓ってきたの?」 「私のことは心配しないで下さい。呪詛のことは気にせず、ちゃんと身体を治して下さい」 「俺にも関係あることだから、気にしないってわけにも」 「大丈夫です。祟りは私が何とかします」 ……すぐにこの調子だもんな。 「……どうしたの、その格好?」 「忍び装束です。ワタシの正装なんですよ、これ」 「忍ぶどころか、逆に目立つと思うけど……」 そんな怪しげな服を着てる時点で、他の人に怪しまれると思う。 「そうですか? でもこれ、先祖伝来の由緒正しき服装なんですが」 「とはいえ、さすがに新しく作り直したりはしてますが」 「儀礼的な意味もあったりするの?」 「はい。清められているので、霊的な加護もあるんです」 「そういうものなんだ……」 朝武さんも巫女服をちゃんと着ているしな。 「それでは、行ってきます」 「うん、いってらっしゃい。気を付けて」 「行ってまいります」 「申し訳ないけど、芳乃のことをよろしく……」 特に気負ったような様子はなく、自然に出て行ってしまった。 2人にとっては本当に、自然なことなのかもしれない。 アレを退治……。 正直思い出しただけでも、背中に嫌な汗をかいてしまう。 「本当なら……」 「え?」 「本当なら娘を見送るのではなく、僕が何とかすべきことなんだろうけどね」 「普段の舞は芳乃に任せ、祟り神は僕が。と思ったこともあったんだよ」 「でもそのための力が僕にはなかった」 「………」 「失敗どころか、無茶をして、全治二か月の怪我。あの時は余計な心配をかけてしまった」 「一緒に行った常陸さんには、そういう力があるんですか?」 「芳乃よりは弱いらしいけど、僕よりはあるそうだよ」 「………」 「……あ、あのっ」 「ん? なんだい?」 「俺を婚約者にしたのって……やっぱり、その……」 「叢雨丸を使って穢れを祓う手伝いをして欲しいってことなんですか?」 もしかしたら祖父ちゃんは、それを期待していたのかもしれない。 「………」 「そうか……確かにそう思われても仕方ないか」 「勘違いをさせて本当に申し訳ない。僕は決して、そういうつもりで結婚のお願いをしたわけではないんだ」 「僕自身大怪我をして、祟り神の危険は知っている」 「将臣君を巻き込もうとは決して思っていなかった」 「でも……それならどうして俺みたいなのを……」 「祟り神が穂織以外に現れない、という保証はない」 「もし万が一そうなったとき、誰も事情を知らない、誰も祓えないでは被害が大きくなる」 「だとしても、結婚まで持ち出す必要がどこに?」 「それは、なんと言うか……」 「芳乃は昔からしっかりした子でね。自分の状況をしっかり理解していたんだと思う」 「芳乃が無邪気に遊んだり、笑っている姿を見たのは……本当に幼い頃だけなんだ」 「あの子の母からお務めを引き継いでからは、特に余裕がなくなった」 「………」 「そうなる前になんとかできればよかったんだけどね……僕ではもうダメなんだよ」 「あの子に必要なのは、同年代の友人との触れ合いだと思う」 「そのために、わざわざ俺を?」 「叢雨丸の使い手は、祟り神に狙われる。ここにいてもらう必要はさっき言った通りだ」 「でも普通に紹介したんじゃ、そんな関係は作れない」 「呪詛のせいで芳乃は、人を寄せ付けないから」 「強引でもなんでも、無理矢理新しい関係が築ければと……期待をしたんだ」 「将臣君は素性もはっきりしていた。玄十郎さんも信頼できる子だと言ってくれたからね」 「祖父ちゃんが、そんな風に……?」 「でも……さすがにちょっと、見通しが甘かったかな」 「甘いというか……」 「婚約者という慣れない関係が、さらに距離を作ってしまったのでは?」 「やっぱりそう思うかい? 流石に婚約者はちょっとやりすぎかもと、思ってはいるよ」 「でもなぁ、放っておいたらずっとあの調子だから……これぐらいの劇薬じゃないと意味がないから……」 「常陸さんではダメなんですか?」 「茉子君はとてもいい子だよ、とてもよくしてくれている」 「お務めだけの付き合いだけではないと、僕でもわかる。だけどね……」 「対等の友人とは言い難いんだ」 「それは……そうかもしれませんね」 「朝武の家は穂織では特別視されている、他の人たちも芳乃を“巫女姫様”と呼ぶ。年代を問わず、みんながね」 「そうして慕われる度にあの子は“この土地を任されている”と背負っているんじゃないかと思うんだ」 「だからこそ、土地の関わりが薄い、将臣君に頼みたかった」 「………」 「無茶で勝手なお願いをして、申し訳ない」 「でも本当に。将臣君に具体的にこうして欲しい、というようなことはないんだ」 「いや、できれば仲良くして欲しいとは思っているけど。それぐらいだよ」 「押し付けて申し訳ないが……何卒、娘をよろしくお願いします」 「あっ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」 安晴さんはああ言ってたけど……我が娘のことだ。 口にしないだけで、少しは期待している部分もあるんじゃないだろうか? 「………」 「ムラサメちゃんはさ。人柱に……されたんだよな?」 「それは少し違う。吾輩は自らの意志で叢雨丸の管理者になったのだ」 「な、なんで? 必要だったからか!?」 「それもあるが、吾輩は流行り病にかかっておったのだ」 「同じ病で何人も死んでおった。吾輩も早晩死んでおったであろうな」 「吾輩の命で皆が救われるなら……と、望んで管理者になった。ゆえにご主人と吾輩では状況が全然違う」 「……自分で……」 「あのさ……真剣なんて握るのは初めて。竹刀も2年近く触れてない」 「そんな俺でも、役に立てることはあるのかな?」 「何とも言えんな。祟り神が危険なのは、ご主人も身に染みておろう」 「及び腰や二の足を踏むぐらいならば、行かぬ方がよいと思うが……」 「……………」 やっぱりそうだ。邪魔になってしまうかもしれない。 それに……朝武さんも、山には入るなと言っていた。 「………」 不意に、修繕してもらった服に目が行く。 とても丁寧に直してあるその仕事ぶりからは、朝武さんの本当の姿が伝わってくる。 相手が嫌な子だったなら、俺も嫌いになれたんだろうか……? 「あーもう! やっぱダメだ!」 頭を振って、勢いよく立ち上がる。 「行くのか?」 「行くよ。行くしかないだろ、この状況」 痛いのは嫌だし、怖いけど……みっともないのも嫌だ! 朝武さんや常陸さんは女の子で、俺は男なんだから。 古臭いって言われるかもしれないけど、ここで行かなきゃ……。 「つまりは見栄だな?」 「そうだな、見栄だな。わかってるよ、見栄なんてのはくだらないことだって」 だけど、それがわかっていても、部屋で大人しく待っていられるほど豪胆じゃない。 言われたままに部屋で大人しくしているのは、男どころか人としてダメな気がする。 「男の動機としては十分だ。見栄が大事なこともあるものだぞ、ご主人」 どこか上機嫌に、ムラサメちゃんはそう言った。 2人の後を追って山に入った俺とムラサメちゃん。 暗い山道を歩く。 もし月が出てなかったら、本当に真っ暗なんだろうな、これ。 藪の奥は月明かりも枝葉に遮られていて、さらに暗い。 もしかしたら、祟り神が飛び出してくるんじゃないかと、不安に駆られる。 ただでさえ、夜の山の中なんだ。あまりにも不気味で怖い。 「………」 それでも俺が落ち着いていられるのには理由がある。 「ごごごごご主人、な、なぜそんなに黙っておるのだ? なななな何か話をせんか」 「………」 すぐそばに、もっと怖がっている存在がいるから。 「こっ、こらぁ、ご主人、なぜ無視をするのだぁ!」 俺の服を掴みながら、声と身体を震わせているムラサメちゃん。 こういう時、本当に冷静になれるもんなんだなぁ。 「怖いのか?」 「な、なななななにを言うのだ、ご主人。こっこっ怖いわけがない、わはは」 「そうか」 「そうだとも」 「………」 「………」 「わっ!」 「ぴゃーーっ!?」 「やっぱり怖いんじゃないか」 「ば、バカを言うでない。吾輩は普通だ。歌を歌ってしまうぐらい普通だぞ」 「歌う時点で怖いと思っているんじゃ――」 「かぁごめ、かごめ。かーごのなかの鳥はー。いーついーつでやる。夜あけのばんにー」 「なんでそのチョイスにした!? 怖いからやめろ!」 「ご主人も怖いのか?」 「そりゃ怖いだろう。幽霊とかお化けとか今にも出てきそうで」 「ぴゃ!? 幽霊!? お化け!?」 「いや、出てきそうってだけだから」 「そ、そうか……な、ならいいのだ」 そっか……幽霊やお化けが苦手なのか。 俺からすれば、ムラサメちゃんも幽霊とかお化けと似たようなもんだけどなぁ。 「最初から素直に言えばいいのに」 「だって……言ったらどうせ、『幽霊が幽霊を怖がってる』などとバカにするであろう?」 「………」 「まあ、怖いもんは怖いよな。仕方ないさ」 「話をごまかした……やっぱりご主人もそう思っておったのだな」 「気のせいだって。気のせい」 「それよりも、このまま真っ直ぐ進んでいいのか?」 「うむ、大丈夫だ」 「そうか……」 「緊張しておるか?」 「さすがに、昨日襲われたところだしな」 「心配するな、吾輩がついておる。それにご主人は叢雨丸に選ばれたのだ」 「神から授かった特別な刀に選ばれたのだぞ。もっと自分を信じろ」 「自分ほど信用できない存在はいないものだぞ!!」 「なぜご主人は、そんなに悲観的な考えなのか……」 母親の教育の賜物だろう。 「選ばれたって言われても、適当にやったら、アッサリ折れただけだしな」 「叢雨丸を抜こうとした者は、千や二千ではないのだぞ」 「そんなに?」 いや、でもそれぐらいの人数でも不思議はないかもな……。 「あのイベントって、やっぱり使い手を探すためのものなんだよな?」 「そういう側面がないわけでもないが……アレは吾輩の力を維持するためのものだな」 「それってどういうことだ?」 「吾輩に睡眠や食事は必要ないのだが、精神的な活力というか生気というか……そういった力は必要になる」 「ご主人にもわかりやすく言うならば、強い意志や感情……が意味合い的には一番近いかのう」 「それがないと、ムラサメちゃんは消えるのか?」 「吾輩自体は消えはせんが、力が弱くなる。そうすると叢雨丸の神力も弱まってしまう」 「力を維持するための催事であり、叢雨丸の使い手はな、別に探す必要はないのだ」 「なんで? 挑戦しなきゃわかんないだろ」 「選ばれるのは偶然ではなく必然。ご主人はそういう運命だったということだ」 「ご主人は気まぐれで選ばれたわけではない。やれることがあるから選ばれたのだ」 「………」 「だから吾輩は、ご主人がこうして行動を起こしたことに賛成するし、意味があると思っておるぞ」 「……ありがとうな」 「あ、有地さん?」 「来てしまわれたんですか……」 俺がその場所に現れたとき、2人とも凄く驚いた表情を浮かべて俺を見ていた。 「ど……どうしているんですか! 山には入らないようにって言ったのに」 「だってこれは、俺も深く関わってる問題だから」 「戻って下さい! それが有地さんのためです!」 「それを言われて帰るようなら、そもそも来ないってば」 「……ぐぅぅ……」 睨みつけるように、鋭い視線を向けてくる朝武さん。 だが俺も、今さら引くつもりもない。真正面からその視線と対峙する。 「芳乃様、こうなってしまった以上、仕方ないと思います」 「有地さんはもう来てしまいました。帰る途中に祟り神に襲われる危険もあるとは思いませんか?」 「そ、れは……ぅっ、にゅぅぅぅ……」 変な唸り声を上げ、拗ねるように俺を睨む朝武さん。 「叢雨丸に選ばれたのは、決して偶然ではない。選ばれた意味があるはずだ」 「だからご主人もおった方がいいと、吾輩は思うのだ」 「もう知りません、勝手にすればいいです」 「でも、絶対に大人しくしていて下さい!!」 勝手にしていいのか、大人しくしているべきなのか。 ま、無駄に揚げ足を取ることもないか。 「ではご主人、叢雨丸を抜け」 「ああ」 布を解き、鞘から抜き放つ。 月明かりの中でも、美しい刃。 ……思ったよりも重いな。竹刀とは全然違う……。 「そのままだぞ」 俺の正面に立ったムラサメちゃんが目を閉じた。 あの時と同様の淡い光が、ムラサメちゃんの身体を包んでいく。 光はますます強くなり、爆発するように一瞬だけ辺りを照らした。 「―――ッ」 閃光の眩さに、目をしばたたかせる。 その状態で数秒過ごすと、辺りは薄闇に戻っていた。 気付くと、目の前にいたはずのムラサメちゃんの姿がなく、代わりに美しい刃の存在感が増しているように思えた。 「(まるで、不可思議なオーラが立ち昇ってるみたいだ……)」 「これが……神力を宿した状態」 『そういうことだ』 刀に宿ったムラサメちゃんの姿はないが、声はちゃんと聞こえる。 なんかもう、これぐらい普通のことのように思えてきた。 『神力を宿した叢雨丸は、霊的な存在を斬る。祟り神もそれにあたる』 『そこに技術は必要ない。安心しろ。と言っても、さすがに峰打ちでは無理だがな』 『むしろ重要なのはご主人の気合いだと思え。臆するな』 「わ、わかった」 「ここに来てしまったものは仕方ありません。ですが有地さん――」 「―――ッ」 その時、背筋が凍るような、嫌な感じがした。 「祟り神の穢れは私が祓いま――すにゃぁっ!?」 咄嗟に身体が動いて、俺は朝武さんの身体を押しのける。 直後、前に突き出した叢雨丸に、衝撃が襲い掛かった。 「ッ!」 それは細長い触手だった。その先には、泥のような黒い塊。 改めて目の前にしても、恐怖心で胸がザワつく。 「(い、いや! さっき言われたばかりじゃないか、臆するなって!)」 「こ、この――」 俺が叫ぶよりも一瞬早く、黒い塊が動いた! 「(間に合わな――)」 「っ!?」 斜め後ろから、ドスンと衝撃。 だがこれは、祟り神の攻撃じゃない。 「(朝武さんっ!?)」 危ういところで、髪の毛をかすめながら触手が通り過ぎる。 風を切るその音に、背筋から汗が噴き出した。 「あ、あっぶなっ!?」 「下がって下さい! ここは私が!」 「待った! 危ない!」 入れ替わるようにして、立ち塞がろうとする朝武さん。 巫女服の袖を咄嗟に掴み、無理矢理引き倒してその場に伏せた。 「にゃっぷっ!?」 再び頭上を通り過ぎる触手。 その一撃は、枝葉を引き裂き、木の幹を削り取るほど強烈だ。 「っ!」 すぐさま俺は身体を起こす。 「ダメですっ!」 「くっ!?」 朝武さんに飛びつかれ、2人で地面を転がった。 だが、おぞましい触手は執拗なまでに迫り続ける。 「(――ヤバッ)」 ついに俺たちの身体に届く!? そう覚悟した時、影が飛び込んだ。 唸る触手に臆することもなく、鋭い動きでクナイが振るわれる。 極端にリーチの短い武器を見事に使いこなし、常陸さんは触手を弾き返す。 「(す、凄い……)」 幾度触手が迫ろうとも、危なげなく弾き返す常陸さん。 「今のうちに下がって!」 我に返った俺と朝武さんは、慌てて身体を起こして距離を取る。 それを確認した常陸さんも、打ち合いを止めてすぐさま後ろに下がった。 同時に、叫び声が重なる。 『何をするんですか!?』 「なっ、それは私の台詞ですっ。怪我をしていたかもしれないんですよ」 「危なかったのは朝武さんも! あんな真っ直ぐ突っ込んだりして!」 「あそこからヒラリとかわす予定だったんです!」 「それを言うなら、俺の方だって!」 「お2人とも」 「仲良くじゃれ合うのは、時と場合を選んでいただけないでしょうか?」 『でも――』 「なんですか? まだ何かありますか?」 「い、いえ、ないです。ごめんなさい」 「そ、そうね。茉子が正しいと思う」 「わかっていただけたのならいいんです」 「とにかく、目の前の祟り神に集中して下さい」 「わ、わかってる。一刻も早く、お祓いを完了しないと……っ」 「来るっ!」 会話を遮り、凄まじい一撃が俺たちの脳天目掛けて振り下ろされた。 それすら受け流す常陸さん。 俺にはその時、隙が生まれたように見えた。 「今ならっ!」 「ダメです、芳乃様! 正面からでは――」 飛び出した朝武さんに、常陸さんが声を張り上げる! だが、朝武さんは止まらない。 祟り神に向かってそのまま突っ込んでいく。 「鉾鈴さえ突き立てることができればっ」 だが想像よりも早く、祟り神は体勢を立て直している。 もたげる触手が、突進する朝武さんを迎え撃った。 「危ない!」 俺は足を緩めず、そのまま祟り神に向かって突進。 剣道の動きを思い出す余裕もない。 何も考えず、無我夢中で刀を振り下ろす。 俺の滅茶苦茶な動きであっても、叢雨丸は容易く祟り神の身体を斬り裂いた。 切り口から黒いもやを立ち昇らせながら、祟り神はうめきを上げるように悶えていたが―― 『浅いっ!』 傷を負いながらも、祟り神の動きは衰えない。 奥の藪に逃げ込もうとする。 「(間に合わないっ!?)」 だがそこに、朝武さんが立ち塞がった。 「このぉぉぉぉっ!」 鉾鈴が振り下ろされ、その身体に突き立てられた。 小さな一撃だったが、祟り神はその場に縫いつけられるように動きが止まった。 「――っ!」 俺はもう一度叢雨丸を振るうと、先ほどとは違う軽い手応え。 祟り神の身体は、文字通り真っ二つとなった。 2つに分かれた泥は霧散するように消え、黒い霧の向こうに朝武さんの姿も見える。 「今ので、終わった……のか?」 呆然とする俺は、その不思議な光景を前に立ち尽くす。 『ああ、そうだ。安心しろ、ご主人』 「そうか。はぁぁ……何とかなったぁ」 尻餅をつくように、俺はその場にへたりこんだ。 正直……本当に怖かった。 最後のアレだって、タイミングを外したら俺は怪我をしていただろう。 一発勝負のちょっとした賭けだったけど、上手くいってよかった。自分を褒めてやってもいいんじゃないだろうか? 「だ、大丈夫ですか? どこか、怪我をしたんですか?」 「いや、怪我はしてない。気が抜けた……というか、腰が抜けただけ」 「あ……耳が……」 「はい。穢れを祓えたので」 「そっか、よかった。は、はは……ははは……」 自然と乾いた笑みが漏れた。 「よっと。ご苦労だったな、ご主人」 「ムラサメちゃんも」 「でも本当に凄いですね、叢雨丸って」 「あんなに簡単に祟り神を斬れるだなんて……」 「俺も驚いた……まさか、あんな無茶苦茶な動きでも斬れるなんて……」 「霊的な存在を斬るための刀じゃからな」 「それよりも芳乃、大丈夫か?」 「え? あ、はい。怪我はしていません」 「怪我もそうだが、ご主人が叢雨丸を振ったとき、近くにおったであろう?」 「え!? も、もしかして、当たった!?」 「いえ、大丈夫です。当たっていませんよ」 「いや、そうではない。さっきも言ったが、叢雨丸は霊的な存在を斬ることに特化しておる」 「ゆえにな、もしかしたら何かしらの影響があるのではないかと――」 ムラサメちゃんがそこまで言ったとき、ハラリと何かが俺の顔に落ちてきた。 ん? なんだこれ? 「赤い……布?」 「……え?」 そこには……はだけた朝武さんがいた。 巫女服が着崩れているわけではない。 肩の辺りはちゃんとしているのに、緋袴が完全にストンと落ちてしまっている。 白い足が、俺の目の前で艶めかしく光っているように見えた。 なんで……生足が? そのまま視線を上げていくと……なんか、不思議な物が見えた。 これはいわゆる……おパンツ様、ではなかろうか? 白いお腹に、可愛らしいおへそ。 さらにその上には、柔らかそうな丸みがあって……谷間があって……。 「………」 想像以上に谷が深い。 小柄だけど、結構あるな……柔らかそうなおっぱい。 そのまま、白い肌を登っていくと、自分の身体を見下ろして固まる朝武さんの顔があった。 「………………」 どうやら朝武さんの服が、さっきの祟り神よろしく、真っ二つに斬られている。 だから、袴も落ちてしまったわけで――いっ、いかん! 「と、朝武さん!」 「はい!? な、なんですか!?」 「身体は大丈夫!? 怪我してない!? 俺、朝武さんまで斬ったみたいで!」 「い、いえ、怪我は特にありません」 「そっか……よかった。白くて綺麗な肌に傷がつかなくて」 「そうですね、怪我がなくて本当よかった」 「わけありますかぁぁーー!」 我に戻った朝武さんが必死に身体を隠そうとする。 そうして身をよじった瞬間、上着がふわりと浮いて……あっ、見えそう……!? 「なななななんてことをするんですかぁ!? 叢雨丸を使ってこんなことっ、いやらしい、ヘンタイ、最低ですっ」 「違うって! これは決して俺の意思じゃない!」 「有地さん、貴方という方は……」 「あ、いや、ちょっと待った! これはわざとじゃなくて!」 「凄いですね! 芳乃様には傷一つつけず、布だけを一刀両断できるだなんて!」 「ワタシ、その腕前に感動しました!」 「いや、これは別に俺の《わざ》業ではなくて、偶然で――」 「妙に冷静に会話しないで下さい――ッ!」 山を下りて服を着替えた朝武さんが、不機嫌そうに俺の目の前に立っていた。 「それで?」 「えーっと……?」 「ですから、どうしてこんな無茶をしたんですか。『来ないで』と言ったはずなのに」 「それは……悩んだよ。言われた通り、行かない方がいいんじゃないかとも思った」 「だったら――」 「でも、できなかったんだ」 「……どうしてですか?」 「それは……この際、穂織に留まるのはいいよ。ここが嫌いってわけじゃないから」 「転入するのもやむをえない。事情が事情だし、そこまでこだわりがあるわけじゃないから」 「祟り神は怖いけど……こうなった以上、どうしようもない」 「不満を感じることもあるけど、俺のためでもあるんだ。我慢するのも仕方ない」 「でも、それでもさ、恥知らずにはなりたくないんだ」 「……恥知らず、ですか?」 「危険なことを全部押し付けて、安全なところから応援して、祟りが治まるのを待つなんて……俺は、したくない」 「同じ屋根の下で一緒に暮らすんだ。顔を合わせる度に負い目を感じるなんてのは、ゴメンだよ」 「………」 「だから手伝う。手伝わせて欲しいんだ」 何も気にせず堂々としていられるような図々しさも持ち合わせてない。 「そんなこと言って……また私の服を斬って、下着を見ようとしてませんよね?」 「その件に関しては、本当に申し訳ありませんでした!」 土下座でもしそうな勢いで、俺はすぐさま謝る。 そこに関しては、言い訳のしようもない! いやまあ、見れるものなら見たいけど……。 「まあ……その事故については仕方ありません」 「でもやっぱり今後は家で大人しくしているべきです、危険です」 「いや、手伝う。危険だとわかっていることを、押し付けるわけにはいかないから」 「……強情な人ですね。頭、固すぎです」 「朝武さんには負けるよ」 「そっ、そんなことはありません! どう考えても、有地さんのほうが強情です、石頭ですよ」 「いいや、頑固なのは朝武さんだよ。普通今の流れは『しょうがないですね』って折れるところだよ。意地っ張りだなぁ」 「なぁ、なんですかその失礼な言い方! 意地を張ってるのは有地さんです! さっきの理由だって、結局は意地ってことですよね!」 「やっぱり有地さんは家で大人しくして下さいっ」 「お断りします。ぜーったいに手伝いますー」 「子供ですか!?」 「どっちが!」 「やれやれ……どっちも子供だのう」 「仲いいのは素晴らしいことですよ。とはいえ……」 「お祓いの最中、祟り神を前にしてじゃれ合うのは止めていただきたいのですが」 「あ……はい……すみませんでした」 「わ、わたしも……ごめんなさい」 「わかっていただければいいんです」 「にしても、久々の憑依でちょっと疲れた」 「ムラサメちゃんでも疲れるのか?」 「氣力を消費するというか……なんかこう、精神的に疲れるのだ」 「俺がした方がいいことはあるか?」 「いや、この程度ならば平気だ。休めば朝にはいつも通りになっておる」 「前に、眠る必要はないって言ってなかったか?」 「普通にしておればとも言ったはずだぞ? 今回のような場合には、流石に吾輩も休む」 「まあ、何か用事があったら吾輩のことを強く念じろ。そうすれば吾輩に届く」 「わかった。と言っても、流石に今日は何もないと思うけど」 「ではな、ご主人、芳乃」 その言葉と共に、ムラサメちゃんの姿が消える。 「さてと。では他に用件が無ければ、ワタシも戻ろうと思うのですが」 「あ、うん。ありがとう、もう大丈夫だから、おやすみなさい」 「おやすみ」 「はい、おやすみなさいませ。それでは」 「………」 このまま挨拶だけして部屋に帰るというのも、なんだかなぁ……。 山中での言い合いの後、お説教を受けてここまで帰ってきた。 そのせいか、喧嘩してるみたいになってしまう。 「あの、朝武さん」 「はい……っ」 「さっきの山中でのこと……ごめんなさい」 「アレは……わかっているんです。事故ですから……恥ずかしいですが、仕方ありません」 「で、できれば見なかったことにして下さい……本当に、恥ずかしいんです」 「あんな風に、男の方に下着や肌を見られるだなんて……~~~~~~ッッ」 「う、うん……それに関しても、ゴメン」 「でもそうじゃなくて、勝手にお祓いについて行ったこと」 「俺なりに頑張ったつもりだけど、邪魔をしたり逆に危険を招いたかもしれないから」 「では、今度からは大人しくしていてくれますか?」 「邪魔にならないように頑張るよ!」 「………。はぁ……もういいです。結局、私が諦めるしかないじゃないですか……」 「それと、先ほどはありがとうございました。助けて頂いて」 「え? あ、ああー……」 祟り神の最初の攻撃から、助けたんだっけ? 「お礼が遅れてすみません。タイミングを逃してしまって……」 「いや、それを言うなら、俺を守ってくれてありがとう」 「いえ……あの、その、えっと……」 「ど、どう……いたしまして?」 「なんで疑問形?」 「いえ、その……あまりこういうことに慣れていなくて……どう返答すればいいのか、自信がなくて……」 「………ぷっ、あはは」 「な、なんで笑うんですか? やっぱり間違えていましたか?」 「いや、ゴメン。合ってる、ちゃんと合ってるよ」 「ではどうして笑ってるんですか……?」 「だって、お礼の返答で悩む人なんて初めて見たからさ。そんな事で悩まなくても。生真面目だなぁ」 「~~~」 「ゴメン、バカにしてるつもりじゃないんだ。でもなんか、ツボに入っちゃって」 「傷つけたなら謝る。本当にごめんなさい」 「……別に。傷ついたというほどではありませんが……」 「でもやっぱり失礼な人ですね、有地さんって」 「ゴメンってば」 うん、やっぱりいい子だよな、朝武さんって。 「とりあえず、そういうことで。今後とも、よろしくお願いします」 「は、はい。よろしくお願いしま――」 ぐぅ~~~~……と、言葉を遮るように、俺の腹が空腹を訴えた。 「あー……ゴメン、お恥ずかしい限りです」 「お腹、空いているんですか?」 「さっきかなり身体を動かしたから」 「居候の身でこういうことを言うのも申し訳ないんだけど……なにかあるかな?」 「どうでしょう? 家事は、茉子に任せっきりですから……」 「えーっと……冷蔵庫の中には卵。他には何もないですね。あと、こっちの棚に日持ちするものを保存してたはずだけど……」 色々探してくれてるけど、インスタントな物や夕食の残りなどはなさそうだ。 「多分、使っても問題ないのは……と言うよりも、見つけられたのは卵とネギぐらいです」 「もらっていい?」 「それは大丈夫だと思いますが、でも卵とネギだけですよ?」 「食べていいなら、卵焼きでも作ろうかと」 「作れるんですか?」 「それぐらいなら。他にもカレーとかオムライスとか炒飯とか簡単な煮物とか、手間のかからない物なら作れるよ?」 「ちょっと意外……。あっ、ごめんなさい、失礼なことを」 「家の中で暇そうにしてると母さんが文句を言うんだ。それで家事を手伝ってるうちに、基本的なことだけは」 「そうだったんですか」 「じゃあ、ありがたく使わせてもらうね」 「あ、はい。構わない……はずです」 「朝武さんは? 食べなくて平気?」 「私は――」 くぅ~~……と、俺よりも幾分可愛らしい音で、空腹が訴えられる。 「………」 「あー……」 「とりあえず作るから。もしよければ、味見とかしてもらえると助かる」 「今までは自分で食べるばっかりで、誰かに味を確認してもらったことないから興味があるんだ」 「……はい、ありがとうございます」 「それじゃあ作るか」 塩と……出汁が欲しいけど、今から取るのは面倒だな。 あ、めんつゆ発見。こっちでいいや。 「……ジー……」 「ん?」 「あ、いえ。私は料理ができないので……興味がありまして」 「料理しないの? 全然?」 「包丁を持つのは危ない、それは自分の仕事だって、茉子が全部やってしまうので」 「興味があるなら、むしろ作ってみる?」 「いいんですか!?」 うぉ!? なんか思いっきり食いつかれた。 今までに俺の前では見せたことのないぐらい、目をキラキラさせてるし! 「お言葉に甘えさせて下さい。ご指導、よろしくお願いします」 「そんな仰々しく言わなくていいってば」 「それじゃあ始めようか」 「まずは、ネギを小口に切るんだけど……これは、俺がやっておくよ」 「朝武さんは、卵の方に集中して」 「わかりました」 「じゃあまずは、卵を割ってボールに入れる」 「こう、角にぶつけるんですよね」 「きゃっ!? 殻が中に入って……失敗ですね。強く叩きすぎました……」 「あ、やだ、白身がどろっとしてる……手がベトベト」 「………」 「お、オホン。殻は、後で取り出せばいいから、とにかくボールの中に」 「あと、割る時は平らな部分で叩いて、ヒビを入れた方がいいよ」 「そうなんですか?」 「あ、本当……こっちだと、殻が混ざりませんね」 「ヒビが入ったら、両手の親指で左右に広げるように」 「こういう感じですね」 「あ……また白身が、指にドロって……ヌルヌルしてます……」 「(妙にエロいなぁ)」 「……よし。できましたっ」 胸を張ってドヤ顔とかするんだ……。 まるで子供みたい……実はそういう性格だったのか。 「で、卵を割り終えたら、めんつゆに……塩ひとつまみ。あと、俺が切ったネギを入れる」 「で、泡立てないよう切るようにして混ぜる」 「なぜ……めんつゆを?」 「みりんと酒、醤油に出汁で調節されてるものだからね。便利な調味料……みたいなものかな?」 「時間のないときは特に」 「そういうものなんですか」 「常陸さんは手間を惜しまないだろうし、めんつゆを調味料としては使わないだろうけどね」 「そうだ、かき混ぜるのは軽くでいいよ」 「これぐらいで大丈夫ですか?」 「丁度いいと思うよ」 「それで、次はどうすればいいんですか?」 嬉しそうに笑う朝武さん。 ……本当に楽しそうだ。 「あとは焼くだけだから。まずはフライパンを火にかけて、油を馴染ませる」 「え? もう焼くんですか?」 「うん。材料はもう全部混ぜ合わせたしね」 「でも……砂糖がまだです。忘れていますよ」 「……え? 使わないけど?」 「……え? 砂糖ですよ?」 「砂糖なんて入れないでしょ?」 「いえ、普通は入れますよね?」 「………」 「………」 「あっはっは、ご冗談を仰られる」 「またまたー。冗談を言っているのは有地さんの方じゃないですか」 「………」 「………」 「砂糖なんて入れない」 「砂糖は入れます」 「入れないっ」 「入れますっ」 「ないっ!」 「ますっ!」 「砂糖を入れないなんて邪道ですっ」 「邪道はむしろそっち!」 「ぐぬぬ……」 「むっ、ぅぅぅ」 「結婚なんてぜぇーーったい認めませんからぁっ!」 「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「いづッッッ!?」 振り下ろした切っ先は祟り神を掠めるが、祓うまでには至らず、代わりに鈍い衝撃が伝わってきた。 近くの樹の幹を打ってしまったのか、手首に痛みが走る。 「(しま――ッ)」 「危ないっ」 迫る一撃を常陸さんが弾き、その隙に回り込んだ朝武さんが飛び込む。 「やああぁぁぁっ!」 鉾鈴を突き立てられ、泥のような身体が崩れて消えた。 あれから一週間ちょっと。俺にとっては二度目のお祓い。 喧嘩することもなく終わったんだから、今日のお祓いはスムーズな方だろう。 「(常陸さんがいなかったら、怪我をしていただろうな、俺は)」 「お疲れ様です、芳乃様」 「茉子も、お疲れ様」 「有地さんも……お疲れ様でした」 「あ、ああ、うん。お疲れ様」 「………」 多分、さっきの変な打ち込みのせいだろう。 少し手首がズキズキしていた。 「はぁぁ……」 部屋に戻った俺は、手首の感覚を確かめてみる。 大きく曲げると、少し痛みがあるな。でもこれぐらいなら日常生活には問題なさそうだ。 「手首は大丈夫か?」 「気付いてたのか」 「振り方が悪いから、そうなるのだ」 「斬るのに技術は必要なくても、前後の動きに関してはご主人が何とかするしかない」 「叢雨丸がもっと何でもスパスパ斬れれば、こんなことにならないのに」 朝武さんの服を斬ったのは、あくまで霊的な影響があるからだ。 現実の物に対しては、そこまで切れ味がよくない。 「……もしかしてナマクラなのか?」 「違いますぅー、ナマクラじゃないですぅー。叢雨丸の責任にしないで下さーい」 まあ技術のない俺が、スパスパ斬れる物を振り回しちゃ危ないだろうから、その方がいいかもしれないけど。 「でも、最初は岩に刺さってただろ?」 「アレは物理的に刺さっていたのとは違う」 「なにより叢雨丸はこの世ならざるモノを斬るための神刀! 現世の切れ味など関係ないのだ!」 「“神刀”っていうより“妖刀”の類にしか思えないけどな」 「ななっ失礼な! どこが“妖刀”だというのだ!」 「持ち主になったら、変なのに取り憑かれちゃったしなぁ……」 「吾輩は妖怪でも、ましてや幽霊でもない! そのような言い方は誠に遺憾である!」 「じゃあ“幼刀”っていうのはどうだろう? あ、“幼刀”ってピッタリじゃない?」 「屈辱っ! 屈辱だぞ、ご主人!」 だってゴリッとしてたしなぁ……。 「今、とても不快なことを考えたであろう」 「………」 「目をそらした~」 「と、とにかくだ。俺の技量不足っていうのは痛感してる」 まずはお祓いを無事にこなせるようにならないといけない。 でないと呪詛を解く前に、死ぬ……まではなくても、大怪我をしてしまうだろう。 「朝武さんは祟りを自分が何とかするって言ってるけど、具体的な方法はあるのか?」 「そうじゃな……正直に打ち明けるのと誤魔化すのと、どちらがよい?」 「その返答で大体わかった」 穢れを祓うというのは、いわば場当たり的な対応だ。 根本的な解決方法が見つかっているなら、それを行っているはず。 「今、吾輩たちが把握しておることは、祟り神が朝武の血筋を襲うということ」 「祟り神の穢れを祓うことはできるが、いくら祓っても再び発生する」 「この数百年間、ずっと?」 「呪詛って、そんなに延々と残る物なのか?」 「モノによる。深い怨みや未練は恐ろしく強く残る」 「たとえ術者が死んでも……いや、制御する者がいなくなったからこそ呪詛が暴走する場合もある」 「そういうものか」 「だがさすがに、いくらなんでも数百年は長すぎる」 「そもそも穂織の地に湧く温泉は穢れを落とす。そのために土地の神から与えられた湯である」 「呪詛が衰えない理由がある、ってことか」 「理由があるということは、呪詛を解く方法もあるはずだ」 「ただ、今のところはその先はお手上げでな。理由を探そうにも、雲をつかむような話で……」 「それって………………」 「いや、なんでもない」 退治した者に対する怨みなら、朝武の一族が存続する限り狙われる可能性も……? そう思ったものの、その場合は手の打ちようがない。 だがみんな、違う可能性を信じているからこそ模索しているんだ。 今さら俺が口を挟む必要はないだろう。 それに、呪詛を解く方法があると信じたい。というか、ないと困る。 「とにかく、まずは自分の命を守らないと」 「なにか考えないとマズイな。でも今日は――」 「ぁっ、ふああああ~~~……ねむっ」 緊張が解けて、疲れが一気に来たからだろうか? 眠くなってきた。 「待て、ご主人。ちゃんと湯浴みをしてから寝るのだ」 「そうだな、ちゃんと入らないと臭いよな。汗もかいちゃったから」 「それもあるが、祟り神と接触したからな。ご主人の中にも穢れが溜まっておる」 「穂織のお湯は穢れを落とす。身体を清める力があるのだ」 「奇跡のお湯ってフレーズがあったな」 「効能が凄いのは、その副産物みたいなものじゃな」 「そっか……。じゃあ寝落ちしないように、気を付けないとな」 そうして俺は、風呂に入ってから寝ることにしたのだが…… 「はぁ……気持ちいい……」 本当にデカいな、ここの風呂は。ちょっとした旅館並みだ。 シャワーが2つある風呂なんて、商売しているところ以外で初めて見た。 常陸家の人とかも一緒に入れるようにだろうか? 「穢れを落とすためには、それに見合った施設が必要だ――」 「という名目で、随分前の風呂好きの巫女が無理矢理こんな風にしたのだ」 それが理由でここまでになるとは……。 しかも個人宅に温泉が引かれるって、本当に特別なんだろうな。 こんな贅沢なお風呂は気持ちよくて何度も入りたくなるけど……そうすると洗濯物が増えてしまう。 「タオルとかはまだしも、俺の洗濯物を増やすのには抵抗があるな……」 こうして風呂に入るとき、俺はいつも洗濯物を自分で洗濯をしている。 風呂に入るときに、一緒に洗うこともあるし、後日まとめてという場合もある。 だから、洗濯物が増えると俺も面倒だ。 「どのみち、しばらくはここで過ごすことになるだろうしな」 「入る機会なら、今後いくらでもあるだろう」 それよりも今は―― 「もう少し、打ち解けられるといいんだけどなぁ」 最初に比べると、少しはマシになった……ような気がする。 卵焼きの一件も、尾を引くようなことはなかった。 まあ、わかりあえてはいないけど。 親しいとは言えなくても、ちょっとした知人レベルにはなれたはずだ。 「できればもう少し……せめて普通の友達ぐらいにはなりたいよなぁ」 「うーん……」 そんなことを考えつつ、頭と身体を洗う。 と、不意に脱衣所の方から物音が。 気のせいだろうか? いや、でも確かに人の気配が……ッ! 「あ、将臣君。入っていたんだね、気付かなくて申し訳ない」 「きゃー! 安晴さんのエッチー!」 「って俺が望むのはそっちじゃなーーーいっ!」 「……んっ、んん……」 「んっ、ふぁぁ~~~~……」 布団の上で目を開ける。 俺がこの部屋で暮らすようになってから、もう一週間以上経つ。 さすがに、疲れが取れる程度には眠れるようになってきた。 「おはよう、ご主人」 「ああ、おはよう」 のそのそと起き上がり、俺は色々と準備を整える。 俺は服を脱いで、自分の身体を見下ろす。 別にナルシーな意味ではない。怪我の具合を確認するためだ。 「まだ少し痕も残ってるけど……特に問題はなさそうだな」 「ムラサメちゃん、背中の方の怪我の具合を見てくれないか?」 「パッと見る限りでは問題はなさそうだ。他の傷と同様、まだ痕が残っているが、すぐに消えてなくなるはずだ」 「そうか……じゃあ、もう完治って言っていいだろうな」 延ばし延ばしにしてたけど、やっぱり覚悟を決めるしかないか。 「しかし貧弱な身体だのう」 「そうか?」 「昔は皆もっとガッシリしておったんだぞ。背丈はご主人の方が高いが」 「そりゃ産業革命以前と比べりゃな」 「だが俺だって、ポージングさえしっかりすれば!」 「ほら見ろ! サイドチェスト! サイドチェスト!」 「ほっそい腕だのう、ご主人」 「ダブルバイセップス! ダブルバイセップス!」 「力コブ、全然できておらんぞ?」 「くっ、くそぅ……」 「ほれ。くだらんことをしておらんで、早く準備せんか」 「ちぇ……」 敗北感を味わいながら、おろし立ての新しい制服に手を伸ばした。 「よく似合っているよ、将臣君」 「ありがとうございます。でも、こういう制服を着るのは初めてなんですけど、どこか間違えていたりしませんか?」 「今までずっと学ランだったもので」 「どこも間違えていないよ。いやー懐かしいね。僕もその制服を着て通ったんだ」 「むしろ僕は学ランを着たことがなくてね」 「安晴さんは、ずっと穂織に?」 「一度、大学で外に出たよ。神主の勉強をするために」 「それって……その頃にはもう、神社を継ぐことが決まっていたんですか?」 「そうだね。秋穂……あの子の母親なんだけど、秋穂とは幼馴染だったんだ」 「中学に上がる頃には、お互いを意識していたのかな? 少なくとも僕はそうだったよ」 「朝武の家は知っての通り由緒正しい上に、事情が事情だから。血筋を残すことが肝要だと考えられているんだ」 「それはそうでしょうね」 「だから朝武の家では、芳乃ぐらいの歳になると婚約者がいて当然なんだ」 「卒業と同時に子供を産んで育てる巫女姫も少なくない」 「秋穂は20代そこそこで産んだから……慣習から言えば、大分遅めだね」 「へー……世間一般では、全然普通の年齢だと思いますけどね」 「跡を継ぐ者がいないと困ると、周りからもつつかれてはいたよ」 「芳乃にだって、すでにお見合いの話もあるんだよ、実は」 「そうなんですか?」 「とはいえ、芳乃はあの性格だ。全部断っていたんだけど、話が絶えることはなくてね」 「正直に言うと、そういう部分を利用して、婚約者にすることを納得させたんだ」 「申し訳ない」 「いえ。別に謝ってもらうようなことじゃありませんから」 元々が叢雨丸を抜いたことから始まった、欺瞞的で怪しい関係だったんだ。 打算的な面があったとしても、特に気にすることでもない。 「それだけじゃない。お祓いのことも……。本当に、ありがとう……将臣君」 「あ、いや、その……顔を上げて下さい。そんなお礼を言われるようなことじゃありませんってば」 こんなに年上の人に頭を下げられるなんて……どう対応すればいいのか困る。 「あ、あのですね、話は変わるんですが」 「呪詛について、気になることがあります」 「なんだろう?」 「説明の時、朝武さんが『不必要なことまで話さなくていい』って言ってましたよね?」 「そのことが少し気になっていて……」 「それは……うん。色々とあったんだ。祟りが始まってから、もう数百年も経つからね」 どこか困った様子で、誤魔化すように笑う安晴さん。 その複雑な笑顔を前にすると、気軽に踏み込むことが躊躇われた。 「あー……いや、いいです。なんかすみませんでした」 「こちらこそ申し訳ない」 そんな風に、気まずい空気が流れそうになったとき、廊下から足音が聞こえてきた。 「すみません、遅くなってしまいました」 「お待たせして申し訳ありません」 「………………」 「………? 有地さん? どうかしました? ボーっとされて」 「可愛い……」 「………っ」 「な、な、な、なにを……っ」 「あ、いや、変な意味じゃなくて……2人ともやっぱり雰囲気が違うなー、って」 今まで見てきたような和装の雰囲気とは全然違う。 制服は部分部分に和のテイストもあるが、全体的には洋装のイメージ。 そして朝武さんは髪を上げて、ポニーテールにしている。 グッド! 大変よろしい。 女の子の雰囲気って、それだけでも結構変わるもんだな。 常陸さんも同じ制服だが……やっぱり護衛という仕事のこともあるから、いざという時に動きやすい様にだろう。 スパッツを穿いていらっしゃる。 これはこれでグッド! スパッツも……こうして目の当たりにすると、いいものだ。 「あ、あは……もしや、うら若き乙女の制服姿にドキドキですかぁ? 意外なご趣味……」 「あ、いや、どちらかというとポニテ萌えの方かな?」 「なるほど、そちらでしたか。なかなかいいご趣味をお持ちのようで」 「なんのなんの。常陸さんの方こそ話せますね、ふっふっふ」 「それはもう、ふっふっふ」 「本人の目の前で、そんな変な話をしないで欲しいんですが……」 「………」 「な、なに……その何か言いたそうな目は」 「いいえ、何でもありません。では、そろそろ行きましょうか」 「行ってきます」 「はい。いってらっしゃい」 「い、いってきます」 家族以外に言うって、結構気恥ずかしいな、これ。 「学院ってまだ歩くんだっけ?」 「いえ、そこの坂を上ればすぐです」 「結構山に近いけど、大丈夫なのかな? 祟り神は」 「今までに問題は起きていません。夜になる前に戻れば大丈夫だと思います」 「ですから、できれば放課後はすぐに帰るようにして下さい」 「わかった。気を付けるよ」 「もし何か用事で残る必要ができた時などは、教えて下さいね」 「これが……《うが》鵜《や》茅学院……」 「あんまり学院って感じがしないね」 「元は武道館で、剣術道場が使っていたのだが、徐々に門下生もいなくなってな」 「建物自体は立派な物じゃから、内部を改装して、今の学院となったわけだ」 「へー……趣があるな」 冬場は寒そうだけど。 「よう! おはよう」 「おはよう、お兄ちゃん」 「おはよう、2人とも」 「怪我はもう大丈夫なの?」 「見た目はもうすっかり元気そうだな」 「ここのお湯の効能もあって、大体治った」 「おー、ならよかった」 「心配かけて悪かったな」 「ちゃんと気を付けないとダメだよ? 山で転がり落ちるなんて」 「ドジだよなー」 「あの時は迷子を捜すのに必死になりすぎて、不注意だったよ」 「お兄ちゃんも、廉兄と一緒に調子に乗ってバカやっちゃう子だったもんね……」 「今後はこんなことがないように気を付ける」 「本当に気をつけないとダメだよ、お兄ちゃん」 「いい加減、大人にならないと」 「お、おう……」 年下の女の子に怒られてしまった……。 俺や廉太郎の後ろをトコトコついてきてたイメージだったけど。 ちょっと見ない間に成長したもんだなぁ。 「あわっ、挨拶が遅れてごめんなさい。おはようございます、巫女姫様、常陸先輩」 「おはようございます」 「おはようございます」 「おはよう、2人とも」 「廉太郎は同じ学年だけど……小春とも知り合い?」 「玄十郎さんには普段からお世話になっていますから」 「学年のクラスは1つだけで、全学年合わせても100人もいません」 「しかも、そのクラスメイトの顔ぶれはずーっと同じ。子供の頃からの友達も多い」 「田舎だからな。みんなが顔見知りみたいなのが普通だよ」 「それよりも――」 声をひそめて肩に手を回し、顔を寄せてくる廉太郎。 「新婚の甘い同棲生活はどうよ?」 「お前、婚約のこと知ってるのか。あと、同棲じゃなくて同居だから」 「そりゃな。だってお前が巫女姫様の家でお世話になるなんて、どう考えても変じゃん」 「祖父ちゃんのところが難しければ、普通は俺らの家に来るだろ?」 「もしかして……噂として広まってたりするのか?」 「まさか。巫女姫様が婚約なんて話になったら、もっと話題になってるって」 「じゃあ知ってるのは……」 「俺と小春。あと……芦花姉も知ってるんじゃないかな? 御神刀を折ったときにその場にいたから」 「わかってると思うけど、その話は」 「口外するなって言うんだろ? 祖父ちゃんからも言われてる」 「そうは言っても、時間の問題のような気もするけどな。田舎の噂なんてアッという間に広まるから」 「それでも、わざわざ広げる必要はないだろ」 「まあな」 「で? どうなのよ? 新婚生活の方は」 「あー……色々大変だな。家族じゃない人と一緒に暮らすっていうのは」 「あと、生傷も絶えないしな……」 「生傷って……背中に爪痕? それとも肩に歯型とか? ひゅ~、やる~」 「………」 「なに? 反応鈍いな」 「いや、血縁者から下ネタ言われると、すっごい微妙な気分」 「あ、そう? でもマジで気になる!」 「何もないよ。お前が想像してるような甘い生活はない」 「もっと普通の……ぎこちない共同生活って感じだな」 「嫌われてるわけじゃないなら、よかったじゃないか」 「まあな」 拒絶されるのは、精神的にかなり辛い。 会話が成立するようになってからは随分楽になったけど。 「あ、そうだ、廉太郎に訊いておきたいことがあったんだ」 「なんだ?」 「祖父ちゃんって、最近身体の調子はどうだ? 体調を崩したりとかは?」 「芦花姉から元気だって聞いてはいるんだけど……実は足腰が弱くなってるとか?」 「どうだろうな? まあ、歳が歳だから老いはあるだろうけど……毎日元気に歩き回ってるしな」 「体調を崩しやすくなったとも聞かない。歳の割には元気。つまり特に衰えた様子はない」 「そっか。ならよかった」 「なんだ? どうしていきなり祖父ちゃんの体調なんか気にするんだ?」 「いやまあ、ちょっと思うことがあってな」 「………?」 「廉兄ー、お兄ちゃーん、いつまで内緒話してるの? ここまで来て遅刻するつもりー?」 「そうですね。有地さんはまず職員室に行かないといけませんし、早く移動した方がいいと思います」 「職員室まで案内します」 そうして中に入ろうとすると、校舎の方から誰かが歩いてくる。 「あなたが、有地将臣君ですね」 「あ、はい。そうです」 「よかった、遅いから迷ってるんじゃないかって心配になったけど、皆と話してただけだったんですね」 「初めまして! あなたの担任になる《ちゅう 》中《 じょう》条〈比奈実〉《ひなみ》です」 「よろしくお願いします」 「はい、よろしくお願いします」 「すみません、お手数をおかけして」 「大丈夫ですよ。むしろ、迷ったり事故に遭ったわけじゃなくて安心しました」 「簡単な手続きと確認もありますから、今から職員室に一緒に来て下さい」 「はい」 「今日からお世話になります、有地将臣です。ここには家の事情で引っ越してきました。以前は――」 当たり障りのない、ごくごく普通の挨拶。 「ありがとう。それじゃあ、席はあの一番後ろに。鞍馬君の後ろですね」 「わかりました」 「何か困ったことなどあれば、ちゃんと面倒を見てあげて下さい、鞍馬君」 「わかりましたー」 「さて。それじゃあ始業式です。みなさん移動しましょうか」 「あ、そうだ有地君」 「はい?」 「帰る前に、ちょっと用事がありますから少し残ってくれますか? 時間はそんなにかからないはずですので」 「は、はい……わかりました」 俺に用事って……なんだろう? 大した問題もなく式は無事に終了。 『明日からよろしくお願いします』と先生と挨拶を交わして、解散となった。 「しかし……」 俺が残らなきゃいけない理由ってなんだろう? 「先生の用件に心当たりはありますか?」 「いやー、全然。転入に関する手続きとかかな?」 朝に済ませたはずなんだけど……何か残ってたのか? 「時間はかからないって言われたから、すぐに終わると思うけど……」 「道も覚えたから、先に戻ってもらってもいいよ」 「吾輩もおるしな。心配はいらんぞ」 「急ぎの用事があるわけでもありません。それに、先生の用件も少し気になりますから」 「すみません、遅くなりました」 「待たせてしまったようで、申し訳ない」 「………?」 中条先生に連れられてきた、白衣を着た女性。 ……誰だろう? 白衣を着てるってことは……化学教師だろうか? 「みづはさん」 「有地さんに用事と言うのは、みづはさんのことだったんですか」 「初めまして、有地将臣君。私は《こま》駒《かわ》川みづは、この町で開業医を営んでいる者だ」 「有地さんが山で怪我をしたときに診察してくれたのが、みづはさんです」 「駒川先生はこの学院の嘱託医でもあるんです」 「そうだったんですか」 「その節はお世話になりました」 「有地君は、何かお医者さんにお世話になるようなことが?」 「山で転んじゃいまして」 「まあ、軽い捻挫みたいなものですから気にしないで下さい」 「そうですか。それならいいんですが」 「手間を取らせてすまなかったね。ありがとう」 「いえ。それでは、わたしはこれで」 中条先生は、そう言って教室を後にする。 「みづはさんは、挨拶のためにわざわざこちらに?」 「芳乃様の確認にもね」 「叢雨丸を抜いたことによる影響は、何かあったりしますか?」 「特には。私自身は、いつもと何も変わりません」 「良かった、安心しましたよ」 「言ってもらえれば、私の方から出向いたのに」 「診療所に来てもらうと大変です。待合室でみんなから話しかけられて、すぐに人がいっぱいになる」 「それに、丁度学院に用事がありましたから」 「ついでと言ってはなんだけど、有地君の様子を見ておこうと思って」 「有地さんに、そこまで心配するほどの傷が?」 「頭も打っていたし、祟り神に触れた部分もありましたから。あくまで念のためですよ」 「それじゃあ有地君、保健室まで一緒に来てくれるかな?」 「はい」 「2人は先に帰ってていいよ」 「ご主人には吾輩がついておこう」 「そういうことなら……」 「そうさせてもらいましょうか」 「わかっているとは思いますが、夜の山に近づかないようにお願いします」 「重々承知してる。俺だって怪我はしたくないよ」 「それならいいんです」 「じゃあ行こうか」 「随分と信頼されてるんですね」 「ん? ああ、芳乃様と常陸さん? 昔からの付き合いだから」 「そんなに?」 「私の家は代々医者なんだ、昔は朝武家のお抱えだったそうだよ」 「今でもウチから誰か1人は医者になるように親に言われて、芳乃様の主治医になる」 「それはやっぱり、穢れのことも含めてなんですよね?」 「勿論。穢れに関する知識と資料も、先祖代々受け継がれているんだ」 「それって、駒川さんも穂織で生まれ育った、ってことですよね?」 「そうだけど……?」 「みんなに比べると結構普通の服だと思って」 白衣が特殊といえば特殊だけど、それも仕事柄だろう。 「それに、中条先生も」 「中条先生は、外から来た人だからね」 「外から……わざわざここに?」 「イヌツキなんて呼び名も知らないところからだよ」 「いくらなんでもこのご時世、町の中だけで完結するのは無理だ」 「多少不便でも、遠くを頼れば力を貸してくれる人もいるってことさ」 「なるほど」 「私も大学の頃は遠くに行っていてね。さすがに大学であんな服を着ていたら浮いてしまうよ」 「それで、そのまま普通の服装に?」 「仕事が忙しいから、すぐに着替えられる方が楽なんだよ」 「あの手の和服は、どうしても時間がかかるからね」 「なるほど」 「さてと。さしあたってはまず、右肩の経過を見せてもらおうかな」 「これは……」 「な、なんですか? なにか、よくないことでも?」 「逆だよ。驚いたな……もうほとんど治ってる。治りが早いね」 「これが若さってやつかな」 「自分ではよくわかりませんが」 「さて、じゃあ他のところも見て行こうか」 「傷はもう治ってる。血色もいいし、穢れも変に残ったりしていないよ。大丈夫、問題ないだろう」 「手首が少し痛むということだが……腫れもない。すぐに引くはずだ」 「それなら……運動をしても大丈夫ですよね?」 「……運動?」 「常識の範疇なら問題はないと思うけど」 「どこか、気になるような痛みがある?」 「いえ、一応念のために確認をしてみただけですから」 「ならいいんだけど。そもそも手首はどうして痛めたんだい?」 「昨日、お祓いがあったんですが、その時にちょっと……」 「ああ……お祓いか。アレに関しては、こちらの都合はお構いなしだからね」 「とにかく身体には気を付けることだ。同じ部分に負担をかけていると、それだけで怪我をしやすくなるから」 「わかりました、気をつけます」 「何か違和感があれば報告するように。どんな些細なことでもね」 「はい、わかりました」 「それじゃあ失礼します」 「うん。じゃあね」 「ご主人、運動とはどういうことだ?」 「ちょっとな、考えてることがあって」 「戻ったぞ」 「た、ただいま……」 「はい、おかえりなさい」 なんか気恥ずかしいな、『ただいま』も。 家では普通にいえるのに、少し状況が違うだけで、こんなに恥ずかしくなるとは……。 「身体の方はどうでしたか?」 「問題ないって言ってもらえた」 「それは何よりです」 「芳乃は……舞の練習か?」 「朝武さんは……休むことなく毎日練習してるんだよね?」 「さすがに病気の時などは休まれますが……体調管理には気を付けていらっしゃいますから、滅多にあることではありませんね」 「……辛いとか、そんな風に思うことは――」 「ないんだろうな……きっと」 「芳乃はそういう性格ではないな」 「ですねぇ。有地さんもご承知の通り、とっても意地っ張りですから」 「………」 「あっ、今の一言はどうか御内密に。怒られてしまいます」 「告げ口したりしないよ」 「それよりも、ちょっと出かけてきます。夕食までには戻るつもりです」 「どこに行くのだ、ご主人?」 「祖父ちゃんに用事があってな」 「すみませーん」 「はい。今、まいります」 俺の呼びかけに応じて、以前と同じように女性が出てきてくれる。 「お待たせ致しました……あら? 確か……大旦那さんの?」 「はい。孫の、有地将臣です」 「すみません。本当なら、宿の手伝いをするはずだったのに」 「いえ、大丈夫ですよ。もう春祭りも終わりましたしね」 「本当、力になれず申し訳ありませんでした」 「もうすぐ新しい従業員も入ってくる予定ですから、心配なさらず」 「それよりも、大旦那さんですよね?」 「あ、はい。呼んでもらえますか?」 「はい。かしこまりました」 女性は建物の中に戻っていく。 軽く深呼吸をして、心を落ち着かせたとき、祖父ちゃんが中から現れた。 「急にどうした? わざわざお前の方から来るとは……」 「何か問題でも起きたか?」 「いや、問題というか……その……」 「………?」 「どうした、言いたいことがあるならハッキリ言わんか」 「俺……祖父ちゃんに頼みがある。俺……俺は……」 「俺は、男になりたい! 頼みます、俺を男にして下さい!」 「………」 「将臣、お前……何を言っているんだ……?」 「このままじゃ、俺は……ダメなんだ。ちゃんと鍛えてもらわないと、大失敗すると思う」 「た、確かに……経験がなければ失敗をするかもしれんが……だからと言ってワシに……男に……男に、だと……っ!?」 「それはワシに、頼むようなことなのか? もっと適切な人間がいるのではないか?」 「こんなこと、祖父ちゃんにしか頼めない!」 「ワシにしかって……お前……」 「……本気、なのか、将臣……」 「本気です、お願いします!」 何故、そんなに躊躇うんだろう? しかも珍しく動揺までして、頬なんか赤いぞ? 「ワシの知り合いとなれば、確かに経験は豊かかもしれんが……」 「知り合い?」 「いや、祖父ちゃんに頼みたいんだけど?」 「わ、ワシにだとっ!?」 「ッ!?!?!?」 「そうだけど……問題ある?」 「問題と言うか……そもそもだな、巫女姫様ともうそこまでの仲になったのか?」 「いや、仲を深めるのはいいことではあるが……いくら経験のためとはいえ、お前のソレは不貞行為になるのではないか?」 「そういう裏切りは見逃せんぞ、将臣」 「………………ん?」 仲? 不貞? 「大体だな……いくらなんでも、それは少々マニアックすぎやしないだろうか?」 「マニアックって……何の話?」 「高年、同性、近親相姦……マニアックにもほどがあるぞ!」 「よもやご主人に、男色の趣味があろうとは……驚愕の事実だ」 「誰がそんな話をしたか!?」 「『男になりたい』と言ったのはお前だろう!!」 「どういう勘違いしてんだ!?」 「武家の人間ならば衆道も普通……」 「つまりまずは自分の内面から武道を嗜む人間になろうというのだな、その心意気や良し」 「いいわけあるかぁぁ!」 白い狛犬を追って、山道を早足で歩いていた。 歩いているはずなのに、走って逃げる白狛へ徐々に距離を詰めていくのが奇妙だった。 おそらくまた、憑代の記憶を夢で見ているのだろう。 「(けど、これは……?)」 「(はい……以前、祟り神に操られたときに見たのと、同じですね)」 近くにレナさんの気配を感じた。 俺とレナさんの身体に残った憑代の欠片が共鳴することで、夢の中でも会話ができてしまうのだ。 他者との境界から、自分自身の存在を意識するや、するりと俯瞰する位置へ移動していた。 やはりこれは、いつもの夢らしい。 だが……これには、さすがに驚かされた。 「(あっ! 絵巻で見た金髪の女神様!?)」 先程まで、俺は彼女の視点に立っていたらしい。 なによりそのクリームがかった淡い色の金髪は、レナさんにそっくりだったのだ。 「(……おや? おおーっ)」 え!? そう考えた途端、いきなり女神がレナさんの姿に変わってしまう。 「(もしや、この女神様は、わたしだったということでしょうか?)」 「(いや、わからない……まさか、俺が似てるって考えちゃったせい?)」 「(そう言えば、以前も夢の中でなにを言ってるのか知りたいと思ったら、急に言葉がわかるようになったことがありますよ)」 「(……なるほど、夢の中なら起こりそうなことだけど)」 あるいは、危険なことを起こす可能性もある。 今後は気をつけないと。 そこへ先程の白狛が茂みの隙間を素早く駆け抜けていくのが見えた。 「(わっとと、どうやら追いかけるみたいですよ?)」 「(見た目がレナさんになっただけじゃなくて、レナさんは女神様の中に入ったままなのか?)」 「(は、はいー、なんかそうみたいで……わわわっ、すごい早さですよー)」 まずい、置いてかれないようにしないと。 もし夢の中で道に迷ったら、どうなるかわからないしな。 「コマ!」 え? 夢の中だけあって、それまでは心の中で通じ合ってる感じだったのに、レナさんがはっきり言葉を発したのだ。 追われていた白狛も、女神様に一喝されてビクリとその場に立ち止まってしまう。 「(今のは、女神様が言ったみたいですね)」 「(それもレナさんの意思じゃないってことか)」 なんとなく、祟り神に操られてしまう原理も見えてきた気がする。 「人を無闇に憎んではいけないと教えたはずでしょう?」 「またお小言ですか?」 「口答えしない! お姉ちゃんの言うことが聞けないっていうんですかっ」 だがここでもやはり、奇妙なことが起こっていた。 実際には、女神様も白狛も、もっと古文で習った漢文の書き下し文のような難解な言葉で話しているのだ。 けど心には、俺にもわかる意味で響いてくるのである。 「(おー、なんだか、二人の言葉が……わたしの国の言葉で伝わってきますね)」 「(外国の言葉で? レナさんにはそう感じるってこと?)」 「(はい、けど本当はもっと偉そうな感じの、命令調で話してる感じではないですか?)」 「(確かに)」 レナさんの姿だから、多少はその影響を受けているのか? 実際の雰囲気ともズレがあるらしく、いよいよ奇妙な印象を受ける。 「そうは申されましても、姉君」 「同じ穂織の山より生じたとはいえ、姉君は玉石より、私は獣より生じた神でありますれば」 「それがお姉ちゃんの言うことが聞けない理由になるって言うんですか、コマ!」 「なりますとも」 「姉君は人より愛でられる存在なれば、人に寛容なるも必然でしょう」 「しかしながら、獣は人に狩られる存在」 「先日も複数の人間が、野犬に的をかけ、馬に乗って追い回しながら弓矢で射るのを見ますれば」 「それは《いぬ》犬《おう》追《もの》物のことでしょう?」 「ご存じであるなら、私の憤激も察していただきたい」 「それにいつまでも私を幼名でお呼びになるのも、おやめくださいませ」 「いいこと、コマ?」 女神様は噛んで含めるように、名前を呼ぶ。 レナさんの姿からは想像できない威圧感だった。 「人には人の営みがあるのです」 「肉を《は》食む獣は、草を食む獣を食べるでしょう? 草を食む獣も、《か》果《か》菓を食べるではありませんか」 「ならば、人もまた自然の一部に過ぎません」 「だいたい私とて、人の子達が山肌を削って玉石を持ち出すことに痛痒を感じぬわけではありませんよ?」 「ただ、必要以上に憎みも、加護もしないというだけです」 「だというのに、あなたときたら……」 「わかりましたっ、わかりましたから! もうお小言はおやめくださいませっ」 「いいえ、いけません! 近頃あなたは生意気ですっ」 「もしや、ご機嫌が悪いのはそれが原因で……」 「いいから、そこにお座りなさい! お座りっ」 「……なッ!?」 白狛は反射的に、ぺたんとお尻を地面へつけてしまう。 あの怖ろしい祟り神の元になったとは思えない、情けない姿だった。 だが白狛は、昔からこの姉に弱かったらしい。 少々気が強いものの、その見目麗しい姿は彼にとっても密かな自慢だったのだ。 なにせ、この女神様は玉石より生じた神の一柱。 肌は《しろ》白《ひし》菱《せき》石より、骨は鉄より、肉は石灰、《めの》瑪《う》瑙より、瞳は《てん》天《らん》藍《せき》石より生じ―― なにより、その髪は金色の《おう》黄《ひす》翡《い》翠。 蛍石に似て輝く様は、神としても異相であったものの誰よりも美しいと信じていた。 そして、オスに生まれた以上、たとえ実の姉であっても美しいものには逆らえないのだ。 白狛は、そう自分に言い聞かせていたらしい。 「……聞いているの、コマ! ちゃんと返事をなさいっ」 「わかりましたよ、姉君……」 「私は、姉君には敵いませんから」 すると、女神様は途端に花が咲くように頬をほころばせた。 「わかればよろしい」 「あなたにとっても、そのほうがいいはずなんですからね? 人に恨まれる荒神になってしまうよりは」 しかし祟り神をあっさり説得してしまうとは。 もしやこの女神様なら、穂織の呪いも……? 「(……)」 「(……)」 おそらく今、目配せしてくれたのはレナさんの方だろう。 みんなに報告しないと。 そう思いながら、ふわりと身体が浮き上がり覚醒していくのを感じていた…… ――あのお泊まり会から、すでに数日が過ぎていた。 ちなみにみんながレナさんの部屋へ戻ってきたところで、俺達がつきあい始めたことは報告させてもらっている。 ただみんなにとっては予想通りの展開だったらしく、半ばあきれ気味に祝福してくれた。 朝武さんには、常陸さんから話してくれたらしい。 その夜は結局、みんな一緒の部屋で寝ようということになったわけだが、そのとき先程の夢を見たのだ。 「とはいえ、その後はまた夢を見れなくなったんだけどな」 竹刀袋を背負い直し、つい嘆息してしまう。 てっきり祟り神関連にも新たな展開が……と期待したのだが、肩透かしを食らった格好だ。 それでも俺は、剣道の練習を再開させていた。 いざというとき、俺がレナさんを守らなくてはいけない。 より深い内容の夢を見せられたということは、危険度も増した可能性がある。 もっとも合体した祟り神と戦ってから、通常の祟り神は発生していない。 けどだからこそ、最後の決戦が待っているのではないかと予感していたのだ。 「悪い予感は外れてくれるに越したことはないんだけど……おっ!」 「レナさん!」 「マサオミっ」 レナさんをみつけて、つい側へ駆け寄ってしまう。 「ごめん、まだ仕事中だった?」 「マサオミも剣道の特訓、お疲れ様です」 最近は練習の後、浴場を借りて、そのままレナさんの部屋へ行くのが日課になっていた。 今日は少し早めに着いてしまったようだ。 「こっちももう少しで交代ですから、先に部屋で待ってて欲しいです」 「わかった。けどすごいね? そんなにたくさん重ねて運べるなんて」 「けっこう重たいんじゃないの?」 「はい、最初は大変でしたけど慣れましたね」 話しながらも、レナさんは足を止めていない。 勝手に不器用そうなイメージを持ってたけど、充分大したものだと思う。 「私などマダマダですが、女将の仕込みがいいのでありますよ?」 そう言いながらも、レナさんは少し得意そうだ。 「それでもレナさんが頑張ったからだよね? だったら」 「はい? ……あっ」 きっとレナさんの積極的なところが伝染したのだろう。 ほっぺたへ軽く唇を当てていた。 「……れ、レナに……ご褒美をあげようと思って」 でもダメだ。言ってて自分で照れてくる。 その上女の子を名前で呼ぶなんて……。 「え、えへへへへ」 もっともそんな拙い愛情表現にも、レナはとろけるほど幸せそうな笑顔を見せてくれる。 ……多少、締まりが悪いくらいだ。 「す……すぐ終わらせますから、少しだけ待ってて欲しいですね?」 「すぐ終わらせますからー」 「え? れ、レナ、そんなに慌てなくても……」 五段重ねの膳を担いだまま、レナが加速する。 ほとんど駆け足するような速度で、あっさり置き去りにされてしまう。 さすがというか、それでも膳を傾けることなく器用に進んでいく。 「すぐ終わらせますからー、すぐー」 「……えへへへへへ、ヒャッホ♪」 ただ、廊下の角へ消えた後も、まだ一人でなにか言ってるのは気になった。 たぶん一人で飛び跳ねたっぽい。 「ちょっと心配だけど、まあ大丈夫かな?」 言葉通り、一足先にレナの部屋で待たせてもらうことにした。 竹刀を壁へ立てかけ、勝手にお茶を飲んでくつろいでしまう。 それでも罪悪感を覚えないくらい、早くも俺は2人の関係に慣れつつあった。 「けどこうやって1人になると、ついあのことを考えちゃうな」 それはもちろん、先日見た夢のこと。 短い内容だったのにも関わらず、やはりみんなに衝撃を与えてしまったらしい。 「まさか……!」 「つまり、人間の味方をする神様もいたということですか?」 「そうですよ! 夢の中では、お姉さんの方が立場も上のようでしたし」 「あの女神様を見つけ出せば、祟りをやめてもらうよう頼めるかもしれないですねっ」 「俺も呪いを解く鍵になるかもしれないと思ったんだけど」 「…………」 「ヨシノ?」 けど朝武さんは、冷静だった。 いっそ、冷淡と取れるくらいに。 「皆さんは、どう思いますか?」 「そうですねぇ、ワタシは少し慎重になってしまいますねぇ」 「えっ、常陸さん? どうして!」 「その白狛ですが、もともと人間に憎しみを持っていたというのも見逃せない部分では?」 「ええ、積極的に自分から呪詛に協力した可能性もありますよね」 「それは……そうかもしれませんが」 「調べてみるだけの価値はあるのではないですか?」 それでも、朝武さんの表情は固いままだった。 昨日のお泊まり会で距離が縮んだと思っていたのに、いきなり深い溝が刻まれたように感じてしまう。 「僕は、希望を持ちたい派だけどね」 「……お父さん」 「ただ、どうだろう? ムラサメ様は、どう言ってるんだい?」 「悪いが、吾輩も慎重派ということになろうな」 「そんな、ムラサメちゃんまでですか!」 「前は呪いを解くきっかけが欲しいって言ってたよね?」 「もちろん今も、そう思っておるよご主人」 「だがたとえば、叢雨丸は穂織の土地神様より授けられた刀と伝わっているだろう?」 「うん、確かそういう話だったけど」 「でしたら、土地神様も頼めば手助けしてくれるのではないですか?」 「いや、おそらくそういうわけにはいかんだろう」 「叢雨丸とて、なにも天から降って湧いたわけではないのだ」 「そのように伝わる御神刀が新たにみつかったことを、授けられたと解釈してきたに過ぎん」 「吾輩も、土地神様に直接会ったことがあるわけではないのだよ」 「そんな……でも、叢雨丸も、ムラサメちゃんも、明らかに普通の存在じゃないっていうか」 「もちろん、加護があったことは間違いないと信じておる」 「だが今さら、新たに助力をしてもらえるとは……感覚的に、どうもな」 「ごめんなさい、実は私も同じ意見だったんです」 「おそらく叢雨丸を授けるところまでが、土地神様としても助力の限界だったのではないでしょうか?」 「そこから先は人の手に委ねられている、そういう気がします」 「そ、それは、わからないではないですか?」 「ええ……ですが実際、500年以上もの間、この呪いが解けることはありませんでした……」 「……~っ!!」 朝武の家系は、終わりのない綱渡りを続けてきた。 病気や事故はもちろん、妊娠出産に関わるトラブルを避けながら、なんとかここまで繋いできたのだ。 不意にそのことを意識させられる。 「今さら、急に神様が出てきて助けてくれるなんて……」 「感覚的にも、納得しがたいと言いますか」 「そんなことができるなら、どうして……もっと早く、そうすればっ」 「朝武さん?」 「……いえ、少し頭を冷やしてきます」 朝武さんは、早足に本殿から立ち去ってしまった。 「正直、ワタシも芳乃様のお気持ちはよくわかります」 「……複雑な気持ちがあるのは想像できるけど」 「芳乃様はやさしい御方ですから、きっと助からなかった人達のことも考えてしまうのでしょう」 「なにせ、母親も祖母も、その前から続く先祖も皆、呪いで……」 「ううっ、それは…………はい……」 「申し訳ございません。もし朝武家をいつでも助けられるほど、強い神様がいたなら」 「今までずっと見て見ぬ振りをして、ワタシ達は見殺しにされてきたことになってしまいます」 「簡単に信用したくないという気持ちも、わかってあげてくださいね?」 「巫女姫様も、なんだかんだでまだ学生だ」 「冷たく感じたとしたら、努めて冷静でいようとし過ぎていたせいだろう」 「おそらく、そうでなくては冷静でいられなかったんだ」 「……っ」 夢の内容が、みんなを驚かせるだろうことはわかっていた。 けど俺達が想像していた以上に強い衝撃を与えてしまったのだと、自覚させられる。 「ただ、希望があるのなら調べてみるべきかと」 「そこはたぶん、芳乃様も同じ意見だと思いますよ? では」 おそらく朝武さんを追っていったのだろう。 常陸さんも出て行ってしまう。 襖の閉まる音が、やけに高く響いた。誰も言葉を発しない。 そこで再び安晴さんが顔を上げる。 「みづはさんは、なにか気付いたことがあるのではありませんか?」 「まだ、なにもご意見をおっしゃらないようだから」 「まあ、なくはありません」 「え! 駒川さん、本当ですか?」 「だったら、ヨシノ達にも聞いてもらった方がいいのではないですか?」 「いや、それほど自信があるわけじゃないんでね」 「だったらあまり、希望を持たせるべきじゃないと思ったんだ」 「それで、お気づきになったこととは?」 「その女神は、玉石から生じたということですが」 「具体的には、大理石のことではないかと」 「だ……大理石って、どうして?」 「夢の中では難しい石の名前がたくさん出てきましたが、ダイリセキという言葉はなかった気がしますよ」 「大理石というのは、さまざまな鉱物が混じり合ってできているんだ」 「ちなみに成分の大半は、石灰石だ。それが白い部分で」 「黒い部分は、瑪瑙なんだよ」 あっ! 肉は、石灰・瑪瑙から生じたんだっけ。 「皮膚を作った白菱石というのは今の言葉じゃなさそうだけど、おそらく方解石のことだろう」 「これも大理石には欠かせない成分だ」 「ならひょっとして! その女神が生じた場所というのは」 珍しく、安晴さんが興奮気味に声を上げた。 「まさか、心当たりがあるんですか?」 「ああ! 穂織からは少し離れているが、山脈としては同じ場所になる」 「そこに今でも、大理石の採石をしてる場所があったはずだ」 「しかも、石質としても珍しい……黄色い大理石だったのではありませんか?」 「そのはずです」 「私もそこまで詳しいわけではありませんが、それも黄翡翠とやらを含むせいだとしたら?」 「女神様が金髪なのも、そのせいでしたよね?」 「でしたら、や、やっぱり!」 「いや、だが、だからなんだと言われたらそれまでだろう?」 「さっき言わなかったのも、そのためだ」 「そ、それは……そうかもしれませんけど」 「みづはさんは、賭けてみる価値があると思っているんですね?」 「はい、穂織には伝わっていなくとも、採石場の近くにはまだ多少なりとも伝承が残されている可能性は」 「ゼロではないと思っています」 そうか、もはや伝承の類を頼らなくてはいけないのか。 しかも今でもちゃんと伝わっているかどうかさえ、わからない。 それほど古く、神秘的な話なのだ。 確かにこれじゃ、希望を持たせるべきじゃないというのも頷ける。 「ともかく、私は現地へ飛んでみるつもりだ」 「診療所の方は代わりの者を呼ばなくてはいけなくなるが……行くだけ行ってみよう」 「なにもしないよりは、マシかもしれないからね」 「はい、よろしくお願いします」 というわけで期待したほどの成果はなく、現在は駒川さんの報告待ちということになる。 ただ、よほど山の中を歩き回っているのか。 たびたび連絡が途絶えるばかりでなく、どうやら進捗のほうも芳しくないようだ。 報告できるほどのことはないと、届いてくるのはそんな報告ばかりだった。 「あのとき、あえてみんなの前で話さなかった判断はやっぱり正しかったのかも」 「さすが駒川さんは、大人だなぁ」 俺なら少しでも気付いたことがあれば、すぐ口走ってしまいそうだ。 ん? そこで聞き覚えのある足音が近づいてくるのに、気付いた。 「お待たせしましたっ、マサオミ!」 「おおっ、レナ!」 俺は彼女を見るなり、わざわざ立ち上がって大きく両手を広げていた。 「マサオミ、愛してますよ……ちゅっ♪」 「俺も愛してるよ、レナ」 出会い頭にハグして、ちゅ~。 しかも、愛してるよ、のおまけ付きだ。 少し前の俺なら、到底考えられない姿だろう。 「ふふふ、本当ですかぁ?」 「疑ってるの?」 「そうじゃないですけど、だったらぁ……もっと態度で表して欲しいです」 「よ……よーし、じゃあもう一度、目を閉じて?」 たぶん、レナが携帯の前でお辞儀を連発していたのと同じ事なんだろう。 俺も彼女の影響で、だんだん普段のリアクションまで大きくなってきた気がする。 「うむっ、ちゅっ……んんっ、ちゅっ……ちゅぱっあむ、ちゅっ♪」 「……ふふふ、では……今度はわたしからも、態度で表してみますね?」 「う、うん……~ッ」 「マサオミ、んむっ……ちゅっ、ちゅっ、んむっ……んんぅ~」 ただレナの柔らかマウンテンを押しつけられながらのディープキスは、とことん男の理性を追い詰めてくる。 俺は……いったい、いつまで紳士でいられるだろうか? 「ふぅ~……えへへ、これくらいにしないと離れたくなくなっちゃいますね」 「あ、ああ、そうだな」 「それとも、マサオミも……わたしと離れたくない気持ちでしたか?」 「さあ……どうかな?」 もちろん、離れたくないに決まっている。 けど焦らしたつもりはなかった。 ただ、こんなに浮かれていていいのかな? 心の片隅で、抵抗があったのだ。 「ん? ……ひょっとしてマサオミ、なにか考え事でしたか?」 「えっ、ど、どうしてそう思うの?」 「今、ちょっと目を逸らしましたね? なんとなく、迷ってる感じがしましたから」 「……すごいな、レナは」 「ふふふ、大好きな人のことはなんでもわかってしまうのですよ」 「さあさあ、悩みがあるなら白状してください」 「恋人同士、秘密があるのはよくないことですからね?」 確かに、一度吐き出しておくべきか。 俺もあまり、レナに秘密は作りたくない。 「ほら、俺達が見る夢のこと」 「結局みんなを振り回してるだけじゃないかって気がしてさ」 「……駒川先生、まだ帰って来ないんでしたね」 「朝武さんや常陸さんにも、余計な期待をさせただけなら、もうちょっと慎重でもよかったんじゃないかな?」 「所詮、不思議な夢は不思議な夢ってだけで、現実とは違うって可能性も」 「完全に消えたわけじゃないでしょ?」 「うーん、みんながみんな慎重では、なにも進展しなくなりませんか?」 「あー、それはそうだけど」 そういう考え方は、やっぱり海外の人って気がするな。 「わたし達は、外から来たからこそ考えすぎずに済むところがあると思いますよ」 「勘違いや失敗はあっても、恥じゃないですね」 「うん……」 「つまり、ヨシノやマコにできないことも、わたし達にはできるかもしれないですよ」 意外にちゃんと考えてるんだな。 いやあれ以来、レナも呪いのことをずっと考えていたのかもしれない。 だからこそ、迷わずにそう言えるんだろう。 「それに、わたしはあの夢は本当のことだと思いますね!」 「自信あるっぽいけど、根拠があったりする?」 「マサオミと2人で見ることですから、意味があるに決まっていますよっ」 「……え?」 いい笑顔で言い切られてしまう。 「人間が嫌いというコマも、わたしにはそんなに悪い子とは思えません」 「うん……確かに、本気で誰かを滅ぼしてやろうって感じはしなかったよな」 「2人のやり取りも単なる姉弟ゲンカって雰囲気だったし」 「はい! 仲直りできるケンカは、仲良しの証拠です」 だが、呪いや祟り神が実在するのも本当だ。 そこにギャップがあって、どうとでも取れてしまうのが悩みの原因なんだろう。 「うん、そうだな! やっぱり、今は考えるだけ無駄かも」 「まだ結論を出すにはピースが足りない、これじゃどっちにしろ憶測しかできないもんな」 「そうですよ、下手の考えヤスデに似たりです」 「あはは、休むじゃない? 下手の考え休むに似たり」 「休む……休む……はいっ、覚えましたね」 頭をぽんぽん撫でると、レナは嬉しそうに身体をくねくねさせた。 「えへへへ、もっとやって欲しいです」 「いいよ」 「うふふふふふ、頭ぽふぽふは、いっぱい甘えたくなっちゃいますねー」 レナは、ますますご機嫌になる。 「とにかく、また夢の続きが見られたらな」 「新しい情報がどんどん入ってくるなら、悩んだり考えたりしなくても済むんだけど」 「……そうですねぇ」 「最後に夢を見たのは、お泊まり会のときですよね?」 「そうそう、みんなが一緒だったけど、あのときは最初から一緒に寝て……ん?」 夢を見るのは、決まってレナの部屋に来たときだけだ。 お泊まり会のとき以外は、欠片のせいで夜中に引き寄せられたせいだったけど…… 「ひょっとして欠片の共鳴を待たずに、ただ一緒に寝るだけでOKだったりする?」 「さ……さあ、そ、それは試してみないとわからないですが」 なぜかレナは真っ赤になって、身体の前で手をもじもじさせていた。 「けど、試す価値はありそうじゃない?」 「…………は、はい、ですが」 「どうしたの? さっき慎重なだけじゃ進展しないって言ったのは、レナじゃない」 「そ、そうですが…………」 「だって、その」 「今度は……みんなは、いないですよね?」 「わたしとマサオミの、二人っきりで……お泊まり会することになりますよ?」 「……」 「…………」 「……」 「……マサオミ?」 「へ……変なことしないから、一緒に寝よう!」 思いっきり、じと目で睨まれてしまう。 「ち、違うって! 今のは言い方が悪かっただけで、その」 「わかってます……マサオミが、そういうことあんまり積極的じゃないこと、知ってます」 「……いや、そんなことは、ないつもりだけど」 俺としては、今でもかなり頑張って積極的に振る舞ってるつもりなのだ。 けど外国の人からすれば、まだまだ奥手だってことになるのだろう。 だからって、文化の違いで片付けるのも違う気がする。 「自分で言うのもなんだけど、俺はレナのこと大切にしたいと思ってるから」 「欲望に忠実にならないよう気をつけてるっていうか」 「むぅーー」 「え……えっと、レナさん?」 「……むぅーーーーっ」 ぷくっと膨らませたほっぺたを指で突ついてみる。 「むっ……むぅ、もうマサオミ! わたし、怒ってる顔のつもりですよ?」 「だってそれ、ちょっと嬉しいの隠すために、わざと怒った顔してるでしょ?」 怒っている癖に、口許と目許が微妙に緩んでいたのだ。 こういうとき、リアクションが大きい子は助かる。 「だってそれは……マサオミが、わたしのこと大切にしたいなんて言うからです」 「けど、本心だから」 「……むぅーーっ、だからそういうことではないのですが」 「だったら、どうしたら許してくれるかな?」 「……っ」 今度は首をぶんっと振って、まっすぐ俺の顔を見た。 レナは、本当にわかりやすいな。 「それって、なんでもしてくれるって意味ですか?」 「……まあ、うんいいよ」 「だったら……」 「デートして、欲しいですね」 え? 確かに、まだ一度もデートしてないけど。 「…………それなら、一緒に寝てあげてもいいですよ」 「そ、それは……」 「嫌でしたか?」 「そうじゃなくて……そんなのでいいの? はっきり言って、俺得なんだけど」 「……はい」 「マサオミになら、いきなり押し倒されるのも……いいかもしれませぬが」 「わたしは、その……初めてですから、ちゃ、ちゃんと段取りを踏んで……優しく、して欲しいですね」 「ちょ、ちょっと待って? 一緒に寝るって言っても俺は……え!?」 「もう、これ以上、女の子に言わせるなんて、さすがにデリカシーがないですよ?」 「……マサオミは大切にするって言いますけど」 「もう、コクハクまでしてくれて……恋人同士になったのですから、そういう遠慮をする段階では、ないです」 「そ、そうなのかな……?」 「そうなのです! 女の子だって、だ……大好きな人には、遠慮して欲しくないものですよ?」 もちろん、なにが普通かは俺にもわからない。 けど少なくとも、レナは本心からこう言ってくれてるんだろう。 ただ今までできるだけ変な目で見ないようにしてきただけに、切り替えが難しいな。 「それとも……ひょっとして、マサオミは迷惑でしたか?」 「ま、まさか! 嬉しいに決まってるじゃないっ、ただ…………あーうん」 「そうだな、素直に喜べばいいんだよな?」 レナなら嬉しいときは、全身で嬉しさを表現してくれるに違いない。 「嬉しいよ、凄く! まだ先だと思ってたけど、迷惑なはずないよ」 「マサオミ……本当ですか?」 「もちろん、だから改めて、俺から誘わせてもらうね?」 「レナ、俺とデートへ行かないか!」 「はい! 是非、ヨロコンデっ」 二人、快活な笑顔でハグし合う。やっぱり、このほうが健康的だったのだ。 とはいえ、こういうとき穂織には不便なところがあった。 「けど女の子とデートへ行けるような場所、どこかあったかな?」 「デートスポット調べるところから始めなきゃな」 「……ふふふ、そこまでは期待してませんよ?」 「ただ、ちょっと二人っきりの気分が味わえれば、それで充分ですから」 「本当に? そんなのでいいの?」 「はい、お休みは、この間、使ったばかりですしね」 「旅館のお仕事はどうしてもお休みが不定期になりますから」 そう言えば、そうだったな。 旅館で働くって、改めて大変な仕事だと思う。 「けどだったら、反対にやれることは限られてくるよな」 「その中からやれることを考えてみようか」 「はいっ……ふふふ、もう楽しみになってきましたね♪」 「うん、俺もだ」 しかも、ただデートをするだけではない。 その後、俺達は……って、もう期待で胸がいっぱいになってるらしい。 俺にはもともと、紳士は無理があったのかもしれない。 「マサオミ!」 再びレナが、飛びつくようにハグしてくる。 「はは、今日は激しいな……デートの日まで取っておかなくていいの?」 「いいのですよっ、これは挨拶のハグではなくて……大好きの、ハグですから」 「大好きのハグは、何回したっていいんですよ?」 「マサオミ……」 「……レナ」 瞳が閉じられ、キスを交わす。 「ちゅっ、んぅ……」 「こ……これも、挨拶のキスじゃないからね?」 「今のは大好きのキスだよ、レナ」 「ふっ、ふふふ……本当はちょっと無理してるのではないですか、マサオミ?」 「うっ、けど本当の気持ちだから」 「わかってます! ……頑張って、わたしに合わせようとしてくれてるの、ちゃんとわかってます」 「それが、嬉しいのですよ?」 「……マサオミ、大好き♪」 またしても、唇が押しつけられてくる。 俺達は期せずして、穂織の地を覆う呪いの中心になってしまった。 けどだからって、他にできることがあるわけじゃない。 だったら、今というときをこの大切な人との時間に使ったっていいのではないか。 そのほうがくよくよするよりは、きっとずっと、健康的なはずだから。 「わらび餅とパフェ、上がったぞ」 「はーい」 「うん、美味しそうに出来てる。さすがお兄ちゃん」 「そりゃ美味しそうに作らないと、店の信用に関わるからな」 「でも本当に美味しそう。私もパフェ、食べたいなぁ~」 「店を閉めた後でなら、俺が作ってやるよ」 「本当!? わぁ~いっ、ありがとう、お兄ちゃん!」 「それよりほら、お客さんを待たせるなよ」 「はーい♪」 お盆に商品を乗せて、小春は嬉しそうにテーブルに向かう。 「さてと、俺も仕事を頑張らないと」 「……ジー……」 「な……なんだよ、芦花姉?」 「いやねー、2人とも仲がいいなー、と」 「そ、そうか? 前からこんなものじゃない?」 「仲がいいのは前からだけど……なーんか雰囲気が違ってる気がするんだよね」 「ほ、ほほう?」 「……まー坊……やったでしょ?」 「―――ッッ!?!?」 「………」 「………」 「や、やったって……何を?」 「え? 言っちゃって……いいの?」 「ごめんなさい、やっぱり勘弁して下さい」 「で、でも……なんでわかったの?」 「だから雰囲気。言葉では上手く言えないんだけど……2人の雰囲気が以前より親しくなってる気がする」 「それって……見ててわかるレベル?」 「うーん……以前から見てて、事情を知ってれば、っていうレベルかな?」 「そこまで露骨ではないと思うけど」 「そうか」 まあ身近な存在なんだから仕方ない。 とはいえもう少し、ポーカーフェイスを鍛えないと。 「でもよかったよ、2人の仲が順調みたいで。そのまま幸せになってね、まー坊」 「芦花姉……ありがとう」 「うん」 幸せに……か。 その前には1つ、乗り越えないといけないことがあるんだよな。 「いただきまーす」 「はむはむ……はぁぁ……パフェ美味しぃ~……」 「小春って好きなのは煎餅だけじゃないんだな」 「ん? うん、やっぱり甘い物も好きだよ」 「でもね、こんなに好きなのはきっと……お兄ちゃんが作ってくれたからだよ、えへへ」 「………」 こうして小春の笑顔が見られることが……本当に幸せだ。 「うん? どうかした?」 「いや、小春の笑顔は可愛いなと思って」 「え、えへへ……やだなぁ、そんな褒めても何も出ないよ?」 「そんなつもりじゃないんだけどさ」 この笑顔を守るためにも……俺がすべきこと……。 「なあ小春」 「んー? なに?」 「祖父ちゃんに俺たちのことを話そうと思うんだ」 「……え?」 「俺たち従兄妹だろ? だから……もしかしたら、あんまりいい顔はされないかもしれない」 「ん、うん……」 「でも俺は、これから先も、ずっとずっと小春と一緒にいたいんだ」 「だからそのためにも、まずは祖父ちゃんを説得しようと思う」 「……わかった、そうだね」 「うん、私も頑張る!」 「いや、これは男の俺が何とかするから」 「違うよ、お兄ちゃん。これは私たち2人の問題だもん。何かするなら、2人で一緒に頑張ろう」 「その方がきっと、力も出ると思う」 「……そうだな。ああ、わかった。そうしよう」 「うん!」 「とはいえ……もし祖父ちゃんが本気で怒ったりしたら……想像もしたくないことになりそうだな」 「そっ、そうだね……木刀とか持ち出されたら、どうしよう?」 「さすがに孫相手にそこまでしないとは思うけど……」 「でも……お祖父ちゃんが本気で怒ったところなんて……見たことある?」 「いや、ない」 それを考えると、確かに不安だな。 祖父ちゃんって普段からあんな感じで、恋愛ごとについてどう思ってるのかわからないから。 廉太郎の件は、全くの別だろうしな。 「とりあえず、機嫌のよさそうな日を見つけるか……?」 「う、うん。それがいいと思うよ、お兄ちゃん」 とにかく、この壁は絶対に越えなきゃいけない壁だ。 そして、これは自分たちだけの力で乗り越えなければならない。 祖父ちゃんという一番大きな壁に比べれば、これから先、どんな障害が来ても乗り越えられる気がする。 だからこそまず、最大の障害となりそうな相手を越えておきたい!! そうして俺と小春は、覚悟を決めて祖父ちゃんのところに向かった。 どんな反応されるんだろう……本当に、怖いなぁ。 けど、小春とのことはいつまでも隠し通せない。 というよりも、俺自身はそんな隠さなければいけないことだと思っていない。 だから、変に逃げ回ったりせずに、正々堂々とぶつかろう。 そして……大手を振って、2人で町を歩きたい。 従兄妹ではなく、ちゃんとした恋人として。 「お兄ちゃん」 「小春、おはよう」 「う、うん……おはよう」 さすがに小春も緊張した様子を隠せない……。 まあ、仕方ない。これから祖父ちゃんにとんでもないことを認めてもらうんだから。 「お祖父ちゃんは?」 「話があるって伝えて、部屋で待ってもらってる」 「そ、そっか……ちなみに、今日の機嫌は?」 「可もなく不可もなく。少なくとも、不機嫌ではないよ」 「でもさ、よくよく考えてみると、上機嫌な祖父ちゃんとか見たことないしさ」 「んー……それはそうかも」 「笑わないわけじゃないけど……ニコニコしてることなんて見たことないもんね」 「俺もだ。だから、上機嫌な日は諦めよう。でも今日は、不機嫌じゃないことだけは確かだから」 「うん、そうだね。それじゃあ……行こうか」 「ああ」 「失礼します」 「うむ」 「お待たせしました」 「お、おはよう、お祖父ちゃん」 「ああ、おはよう。小春も一緒なのか?」 「うん。これは、私の未来にも大きく関わることだから……」 「そうか」 深く訊ねる前に、祖父ちゃんは姿勢を正す。 俺と小春は、祖父ちゃんの正面に腰を下ろして、しっかりと背筋を伸ばした。 「で? 用件は何だ? 二人揃って神妙な顔で」 「実は……その……」 「祖父ちゃんに、真面目な話があるんだ」 「………」 無言でその先を促してくる。 俺は軽く息を吸い、覚悟を決めてから改めて祖父ちゃんを真っ直ぐに見据えた。 そして―― 「俺は、小春のことが好きだ」 「………」 ピクリと眉を上げた祖父ちゃん。 だが、まだ何も言わずに俺と小春を真っ直ぐに見つめる。 「私も、お兄ちゃんの事が好きなの。ひ、1人の男の人として……真剣に、好き、です」 「俺たちは今、恋人として付き合ってる」 「遊び半分のつもりはない。もしこのままいけば……俺はきっと、小春と結婚をする」 「少なくとも結婚をしたいと、真面目に考えている」 「私もお兄ちゃんと同じ気持ちだよ。ちゃんと真面目に考えた上で、いずれは結婚したいと思ってる」 「………。……で?」 「祖父ちゃんには、そのことをちゃんと認めて欲しいんだ」 「何故ワシに言う? 結婚の話ならば、互いの両親にすべきだろう」 「もちろん、伯父さんと伯母さんにも挨拶は行くよ。でも、まずは祖父ちゃんに話をしておきたかったんだ」 「俺と小春は従兄妹だ。そんな2人が真面目に付き合うってなったら……」 「この町で暮らしている伯父さんや伯母さん、そして祖父ちゃんに迷惑をかけるかもしれない」 小さい町だ。噂なんてすぐに広まるだろう。 それが従兄妹となると、根も葉もない尾ひれがつく可能性だって高い。 そういうとき、当事者である俺たちもそうだが、周りにも色々と被害を及ぼすかもしれない。 だからこそ、ちゃんと話しておかなきゃいけないんだ。 「まあ、色々と思うことがあるが……ワシのところに来た以上、2人とも覚悟はしているんだな」 『うんっ』 「では将臣、ちょっと場所を変えるか」 「え?」 「男同士の語らいに言葉などいらぬ」 「きえぇぇぇぇ!」 祖父ちゃんが雄叫びと共に、俺の頭に面を打ち込む。 「どうした将臣。覚悟はしているんだろう?」 「本気だというのならば、ワシから一本ぐらいは取ってみせんか。それともお前の本気とは、その程度なのか?」 「ま、まだまだ!」 「こいっ」 「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!」 「甘いっ!」 「お、お兄ちゃん……」 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「はぁーっ……はぁーっ」 「ど、どうした、息がっ、ごほっごほっ、息が、上がっているぞ」 「俺より祖父ちゃんの方が……はぁ、はぁ……」 「それとも、もうお終いか?」 「ま、まだまだ……はぁ、はぁ……」 もう何時間ぐらい、祖父ちゃんと向き合ってるんだろう? 腕がだるい。足が痛い。打ち込まれすぎて、なんか頭がクラクラしてきたかも。 くそっ……体力は俺の方があるはずなのに……。 多少の打ち込みはできても、綺麗な一本はまだ取れていない。 ……なんでこの歳で、そんなに動けるんだ? 「すぅー………………んんっ!」 「よしっ、こいっ!」 祖父ちゃんも再び竹刀を構えた。 けど、もはや俺には余裕なんてない。 「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 嗄れた声で叫びながら、上段から真っ直ぐに祖父ちゃんに向かって振り下ろす。 祖父ちゃんは俺の竹刀の軌道を見据えながらも……動かない。 ついに俺の一打が、防具の上から祖父ちゃんの頭に届く。 「……はぁ……はぁ……じ、祖父ちゃん?」 「ワシの負けだ」 「さすがにもう、手足がまともに動かん。ワシの根負けだ」 「じゃ、じゃあ……」 「好きにするといい。とはいえ、両親への挨拶は自分たちでするようにな」 「あ、ありがとう、祖父ちゃん!」 「ありがとうございます」 「小春……」 「……お兄ちゃん……」 「ありがとう、いっぱい、いーっぱい頑張ってくれて」 「いや、別に。俺のためでもあるんだからさ」 「けど疲れたよ……マジで」 「うん。見てた、ちゃんと見てたよ」 そう言って、小春が俺の身体にギュッと抱きついてくる。 俺もその小さな身体を抱きしめ返して―― 「ぅっ……お兄ちゃん、防具臭い……」 「しっ、仕方ないだろ! 防具が臭いのは剣道の宿命なんだから」 「それに俺の腕前じゃ、これぐらいしないと祖父ちゃんに勝つことだってできないんだから!」 「それはわかってるよ。ちゃんと見てたし、お兄ちゃんの努力は、私も嬉しかったから……」 「でもさすがに、この匂いは……」 「……生意気な! ええいっ、もっと抱きしめてやる!」 「え!? あっ、ちょっとお兄ちゃん、臭い臭い! 臭いってばー」 「元々、反対するつもりはなかった」 「え?」 風呂に入り、汗を洗い流してから、お茶をもらって一息ついていたとき、祖父ちゃんはそう口にした。 「ただお前の本気の覚悟を試したかっただけだ」 「でも……本当に大丈夫なの?」 「なにか、色々言われたりとか……」 「大丈夫だろう。なにせ、ここは“穂織”だからな」 「それって……どういう意味?」 「他の土地から忌み嫌われておる。嫁入りも婿入りも、他から来ることはほとんどない」 「もし例外があるとすれば、巫女姫様ぐらいなものだ」 「それじゃあ……」 「さすがに兄妹での結婚となると法律的にも、町の目も厳しくなるが……」 「従兄妹同士であれば、この町ではよくあった話だ。特に、時代を遡れば遡るほどにな」 「………」 言われてみると……確かにそうかも。 よっぽど遠くからとかを除くと、近辺の住人がここに来ることはないのかも。 「とはいえ、絶対に何もないとまでは言えん。だから将臣、もし何かあった時はお前が小春を守ってやるんだぞ」 「うん」 「そう決めたのなら、しっかりと貫くようにな」 「わかってる」 「ならばいい」 「さてと……今日はかなり遅くなっちゃったな」 「お父さんとお母さんに言うのは、日を改めた方がよさそうだね」 「そうしよう」 思ったよりも遅くなった。 あと……疲れた……。 「お? 揃ってこんなところでどうしたんだ?」 「廉兄」 「今日は手伝いか?」 「ああ。ようやく終わって帰るところだけど……お前らは?」 「祖父ちゃんと話をしててな。小春と付き合ってることを報告してた」 「あと、いずれは結婚するかもしれないって」 「ほっほーぅ。まさかそこまで本気だとは……」 「で、祖父ちゃんはなんて?」 「自分の決めたことは貫け。何かあったらしっかりと小春を守れって」 「祖父ちゃんらしいな」 「で、覚悟を見せろって数時間ずーっと試合をさせられた」 「あー……それも祖父ちゃんらしいな」 「でも、お祖父ちゃんと戦うお兄ちゃん……すごく格好良かったよ」 「ありがとう。そう言ってもらえたなら嬉しいよ」 「やだなー……結婚の挨拶とかしに行ったら、俺もそんなことをさせられるのかなー」 「そういう心配は、まず相手を見つけてからにしたら?」 「なんだと、このペタン子」 「………ふんっ」 「お?」 意外にも、小春はどこか余裕の笑みを浮かべて、鼻で笑って見せた。 「なんだ、その余裕は」 「そういうのが好きな人だっているんだもんね」 「……ふっ。将臣は優しいからな。ただ、お前のことを慮ってるだけだよ」 「別にそういうわけでは……」 「お前、本当にいいのか? こんな奴と結婚とか言っちゃって」 「可愛げもないし、ペタン子だし」 「小春は可愛いし、胸の方は小春ぐらいあるなら俺としては十分だよ」 「あと結婚したら、お前は俺の事を“お義兄さん”と呼ぶんだぞ?」 「………」 「……それは嫌だな」 「そこまで真顔で嫌だとか言われたら、俺の方が傷つくわ」 「ちょっと、お兄ちゃん!?」 「冗談だよ、冗談」 いや、半分は本気だけど。 廉太郎のことを“お義兄さん”とか……多分こいつ、その度にニヤニヤと笑うだろうな。 軽くぶっとばしてしまいそうだ。 「廉太郎、そんなに心配しなくてもいいよ」 「責任もって、幸せにするからな」 「え…………」 「………」 「バーカ、それ本人に言えよ」 「え?」 「あ、私そういうの言われたことない」 「しまった!」 「悪かったな、将臣のプロポーズは俺が先にゲットだ」 「やだ、返してー! ていうかお兄ちゃんにくっつかないでー!」 「あっはっはっは。さてと、将臣に押し倒されないうちに、俺は帰る!」 「お前らはどうせアレだろ? 祖父ちゃんに認めてもらえて嬉しいから、もう少しゆっくりしてから帰るんだろ?」 「……それは……」 「俺は先に帰る。母さんには……まあ、適当に言っといてやるよ。じゃあな」 手をひらひらと振って、廉太郎はそのまま立ち去って行く。 ……気の遣い方が慣れてて、なんか腹立つな。 「なあ小春、本当は心配してくれてるんだと思うぞ?」 「それは……まあ……わかってるよ」 「でもいっつもいっつも余計なことばっかり言うんだもん」 「確かに」 「さっきだって……」 「お兄ちゃんはさ……その、あの……ほ、本当に……好き? 私みたいなちっちゃいおっぱい」 「好きだぞ」 「というか、そこまで貧乳でもないだろ。ペタンコじゃないし、絶壁でもないし、まな板でも、洗濯板でも――」 「………」 「って、どうした?」 「そんなに並べられると……凹んじゃうよ」 胸が? と、廉太郎のように茶化す勇気は、俺にはなかった。 「だから、小春はそういうのじゃないって言ってるだけだろ?」 「俺は本当に、小春のことが好きだ……大好きだよ」 「それは決して、小春のおっぱいにつられてとか、そういうことじゃない」 「鞍馬小春っていう女の子が、好きなんだ」 「お兄ちゃん……」 「だから、そんな小さなことは気にしなくていい」 「やっぱり小さいと思ってるんだぁ……」 「胸の話じゃなくて、問題の大きさの話だ」 「………」 「まだ何か、不安なのか?」 「実は私……大変な事実に気づいたんだよ、お兄ちゃん」 「大変な事実?」 「私たちは、その……性行為はしたけど……き、キスはまだ……だよ?」 「………」 「……あっ」 そう言えばそうだった。 前はこう、練習ということで……性器を露出させて、そのまま致してしまったから……。 入り口に戻ることはなかったな。 「もしかして……不安にさせたか?」 「うっ、ううん。不安って言うほどのことはないよ」 「でも、その……恋人って言うと、やっぱりキスっていう印象があるでしょ?」 「でもそれが無いってことは……お兄ちゃんはやっぱり、私の身体には興味がないのかなって……」 「何を言ってるんだ、小春の身体に興奮してないとか!」 「興奮してなきゃ、あんなに出したりするわけないだろ!」 「そ、それは……うん。すっごい出してたね」 「………」 「わかった。じゃあ、俺がどれだけ小春の魅力にはまってるか……証明する」 「え? え? お、お兄ちゃん?」 俺は小春の手を掴み、そのまま人気のないところへと引きずり込んだ。 周りから見れば、俺が強引に引っ張っているように見えたかもしれない。 でも、小春だって嫌がる素振りはない。 むしろ小春も俺の手を離すものかとばかりにしっかりと握りしめている。 そしてそのまま人気のないところへ……。 「んんーーーっ! んちゅる……んっ、んっ、んんん……ッッ」 「ん、ちゅ……んんっ」 「ん、ん……ん……んん……ンンッ……んんーーーッ」 目の前で小春の息が熱く、激しくなっていく。 「んはぁっ、はぁ……はぁ……んんっ、はぁぁ……」 「はぁ、はぁ……キス……気持ちいいな」 「キス……熱くて、頭の中までドロドロになるみたい……んんっ」 「はぁ……はぁ……本当だ。小春の顔……凄く可愛くなってる」 「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん……キス、もっとキスしよう?」 「ああ。しよう、いっぱいしよう」 「んちゅ、ちゅぅ……ちゅっ、ちゅっ……んくっ、んくっ……」 何度も何度も、俺と小春は口づけを交わしていく。 なんか……いい匂いがする。 小春の甘い香りが、俺の中いっぱいに広がり……ダメだ。さらに興奮してきた。 「ん、んんっ、ちゅ、ちゅ……んんっ」 「ぷぁっ、はぁー……はぁー……」 「小春……俺、もう我慢できない……」 「はぁー……はぁー……う、うん……来て、お兄ちゃん」 興奮を抑えきれず、俺は小春の足を抱え込んだ。 「小春……」 露わになったペニスが外の空気に触れる。 「あっ……すごい……もう、そんなになってる」 「小春だって同じだろ?」 小春の股間はすでにドロドロになっており、溢れる愛液が小春の足を伝い落ちていく。 「もうこんなに零れてる……」 「だって、キス……気持ちいいから……んっ、んんっ」 俺がソコにペニスをあてがうと、にちゅ……と、すでに湿った感触が伝わってくる。 「小春……もう、挿れるからな。我慢できないんだ」 「うん、いいよ……ううんっ、違うね」 「挿れて欲しい……はぁ、はぁ、はぁ、私もね、挿れて欲しいと、思ってるの」 お互いに求めあうのは、こんなに嬉しい事だったんだ。 こんな嬉しさを感じながらだと……俺はきっと、以前よりも気持ちよくなってしまうだろうな。 そしてそれは、小春も同じだろう……。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 快楽への期待が鼓動を早くして、息を荒くしていく。 もちろん、俺の心臓もバクバクと早鐘を打っている。 「(ああ……小春の温もりを感じたい……早く、小春の中に挿れたい……)」 そんな俺の想いを汲み取ったように、小春はうっとりとした目で俺を見つめてきた。 「お兄ちゃん……お願い……」 小春のおねだりを聞いて……今さら我慢できるはずもない。 俺はそのまま腰を前に進めて行った。 「んっ、ンんん……ッッ」 「小春……もっとゆっくりの方がいいか?」 「う、ううん……平気だよ、気にしないでこのまま来て……お兄ちゃん」 確かに、小春のアソコはヌルヌルで、受け入れ体制は万全らしい。 一秒でも早く小春を貪りたい俺は、言葉に甘えてそのまま一気に小春の中を貫いた。 大した力を入れることもなく、にゅるる……! と、一気に小春の中に呑み込まれてしまう。 「ふッ……んんんーーーーーーーーーーーーーー……ッ」 小春が痛がる様子はない。 むしろ、挿れただけなのに、すでにうっとりと蕩けた表情を浮かべているように見える。 そしてその中の肉は、まるでペニスの侵入を歓迎するように、うねうねと強く抱きしめてきた。 「小春、全部入ってる……俺は今、小春の中に全部入ってるよ」 「あっ、はぁ……はぁ……んっ、嬉しい……お兄ちゃんが、私の中に……んんっ」 「小春のおま●こ、すっごい吸い付いてきてる」 「だってね、嬉しいんだもん……はぁ、はぁ……また、こんな風にしてくれて、本当に嬉しいの……」 「俺も嬉しいよ。小春が、俺の事をそんなに望んでくれて」 「はぁ、はぁ……んんっ、うん……私、お兄ちゃんが欲しい……ずっとね、欲しいと思ってた」 「あっ、んっ……私、エッチな子だね。ごめんね、お兄ちゃん……幻滅した?」 「するわけないだろ。それに……小春をエッチにしたのは俺だから」 「あはは、それはそうかも……んっ」 「だからちゃんと、責任を取るよ、小春……」 「うん、責任とって。私をこんなにエッチな子にした責任を取って……はぁ、はぁ……んっ」 「ちゃんと今日も、気持ちよくしてね?」 「テクニックを持ってるとか、自信があるわけじゃないけど……できる限りの努力はするから」 「うん……お願いします……」 そうして俺は、ゆっくりと腰を前後に振る。 以前と比べてスムーズに、抜き差しが行われていく。 こんなに締め付けてくるのに、邪魔にならないなんて……そこまで濡れてるんだ……。 小春のおま●この蕩け具合を改めて知った俺は、感触を堪能するようにグリグリと腰を回す。 「あぁぁぁあっ……んっ、んっ、んんーーーっ! はっ、はぁーっ……はぁーっ……んっ、あっあっあっ」 「痛くはないか?」 「全然痛くないよ。むしろ、私の中はお兄ちゃんで満たされて……はぁ、はぁ……んんっ、しあわせぇ……はぁ、はぁ……」 小春の反応を窺いながら、徐々に腰の速度を上げていく。 「はぁ……はぁぁぁあぁ……すごぃ……お兄ちゃんのおち●ちん、気持ちいいよぉ……」 「小春のおま●こも、気持ちいいぞ……はぁ、はぁ……んっ」 「あっ、お兄ちゃんの声……ちょっと、苦しそう」 「それだけ小春の中が、気持ちいいから」 「ひぅ……んんんっ……あっ、あーーーっ……はぁぁ……あ、あ、あっあっあっんんっ!」 腰を回すたび、敏感に反応を示す小春。 「はぁ、はぁ、はぁ、ひぅんっ! んんんっ! お、お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ」 「な、なんだ?」 「キス……しよ? 繋がったまま、もう一回キスしたいの……はぁ、はぁ……ねぇ、いいでしょ? んろ、んろ」 キスをねだる小春が舌を出し、れろれろと動かす。 それは下品で、卑猥な行為。 でも小春がそれをすると……それでも可愛くなるから不思議なものだ。 「今日の小春は、すごい積極的だな」 「だって、想像できないんだもん。お兄ちゃんは気にならない?」 「キスだけでもあんなに気持ちいいのに……おま●ことおち●ちんが繋がったままキスをしたら……きっともっと気持ちいい」 「……ゴクンッ……」 「お兄ちゃんはしてみたいと思わない?」 「してみたい。気になるよ、セックスしながらキスすると、どれぐらい気持ちよくなるのか」 「うん。だからね、しよう? キスしよう? ほら、お兄ちゃん……んろ、んろぉ……」 切なそうな小春の口に、俺は自分の口を重ねる。 「んむ、んちゅる……んっ、んんーーーっ……ちゅっ、ちゅぅぅぅ……はっ、はぁ、はぁぁ……ちゅるっ、ちゅぅぅ」 「んんっ、小春……んっ、じゅるっ」 「んぅぅんっ!? んっ、んんっ……れる、れろれろ……れるんっ、れる、れるれる……んんーーーーっ……」 何の断りもなく、俺は小春の口の中に舌を差し込む。 最初は驚き、身体を硬直させたものの……すぐさま小春は自分を切り替えたらしい。 俺が驚くほど積極的に、その舌を絡ませて来る。 「んじゅるっ……んっ、んっ……じゅるっ、じゅるる……れろれろ……れるん……れるん……れるん……んんぅぅーーっ……」 「小春のキス、激しい……んじゅる」 「だって、気持ちいい……キス、素敵……んっ、んじゅる、ちゅるちゅる」 「確かにこれは、さっきの比じゃないかも」 「これがディープキス……なんだね……んっ、じゅるじゅる、れるれるれる……ちゅ、れる……」 「そうだぞ。本当の恋人しかしないようなキスだ……」 「嬉しい……もっと、もっと、お兄ちゃんの舌……味あわせて……んふン……れるん、れるれるれる……ちゅぅぅぅ」 小春が望むように、俺は小春の口の中、奥深くまで舌をねじ込んでいく。 少し苦しそうな息を吐きながらも、小春は俺を受け入れ、さらに舌を絡ませる。 「ちゅ、ちゅ……んっ、ちゅるちゅる……んんーー……れじゅぷ、れろれろ……ちゅ、ちゅ、はむ……れるんっ」 「はぁっ、はぁ……はぁぁむ……んふぅ、ふぅーーー……んじゅる、ちゅぶちゅぶ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅーーーっ」 気付けば俺と小春はすっかりキスに夢中になっていた。 そのせいで、腰を動かすのを忘れてしまっていたので……俺は、グッと腰を突き出し、腰の動きを再開させる。 「んっ!? んっ、んんーーーーーーッ!! んふぅーっ! んっ、んっ、んっ!」 「んじゅる、じゅるじゅる……んんっ」 キスしながら腰を動かすって、結構難しいな。 今までに経験したことのない動き。 キスに集中すれば腰が疎かになり、腰に集中すればキスが疎かになる。 それでも俺は、初心者なりにぎこちないながらも必死に、舌とペニスで小春の中をこね回していった。 「んーっ! んーーっっ! んじゅる、ちゅっ、ちゅっ……れる、れるん、あむ、ちゅちゅ、れるれる……んふぅーっ、んふぅーっ」 初めて経験するからだろう。 小春は予想以上の反応を示してくれた。 「んんぁっ! ぷぁぁあっ! はぁーっ、はぁーっ! んっ、んんんーーっ!」 「んぷぁ! はぁ、はぁ、はぁ、あっあっあっ! お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」 「気持ちいい、凄く気持ちいいよ、小春のココ」 「私もっ、私も気持ちいい……おち●ちんも、キスも……気持ちいいよぉ……あ、あ、ああぁぁぁあぁっ」 「あっあっあっ、すごぃっ、お兄ちゃんのおち●ちんと、舌で、頭の中までかき混ぜられるみたいに……んんっ」 快感でぐちゃぐちゃになってしまった小春の顔。 そんな小春も、可愛くて仕方ない。 そして、もっと……小春の表情を、俺のペニスでぐちゃぐちゃにしてやりたい。 「んぁ、んぁ! あーーーーっ! お、お兄ちゃん……あ、あ、あ、あ、あーーーっ!」 唇が離れたおかげで、腰の動きに専念できる。 そうして俺は、しつこいぐらいに小春の中をかき混ぜ続けた。 「うぁ! うぁぁぁあぁっ! ドロドロっ……んっ、んんーーー!」 「私のアソコ、おかっ、おかしくなっちゃうぅ……んぁぁああぁぁぁーーーぁぁあぁぁ……ッ!」 激しく乱れ喘ぐ小春。 「はぁ、はぁ、はぁっ、んんっ、お、お兄ちゃん……キス……キスしてぇ」 「んっ……」 「んっ、んんーーー! んふぅー……ちゅ、ちゅ、れるれる……ん、じゅるるる……ンンッ!」 腰を打ち付けながら、小春の唇と舌を貪る俺。 小春の方は、少しでも下半身の快感を誤魔化そうとするように、必死で舌を絡ませてきた。 「はぁ、はぁ、お兄ちゃん……じゅる、ちゅ、ちゅ……れるれろ……お兄ちゃん、お兄ちゃん……んじゅる、じゅるっ、んんーーっ!」 これは、ヤバいかも。 こんなに積極的で、キスで喘ぎを誤魔化す小春の姿が……可愛すぎる。 乱れた小春の姿が好き過ぎる……。 「んんっ、んはぁぁ、はぁ、はぁ……小春の匂い、どんどん濃くなってる」 「え!? わ、私、変な匂いがしてるの?」 「変な匂いじゃない……とっても甘くて、エロい……とってもいい匂いだ」 「匂いなんて、恥ずかしいよ……はぁぁ、んっ、はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んぁぁああぁぁぁーーーー……ッッ!」 艶やかな叫びを上げる度に、発情した小春の匂いが濃くなっていく。 「俺は、この匂い、好きだよ。身体の内側からも小春のことを感じられるみたいで」 「はぁ、はぁ、んっ、んんーーっ! じゃ、じゃあ……もっと、匂いをさせる……それで、お兄ちゃんに、私の匂いをつけちゃう」 「そうしてくれ。俺の身体に、小春の匂いを……沢山くれ」 「うんっ、はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ! んぁぁーっ! あっあっあっあああぁぁーーーーーーーっ!」 「小春……好きだ、好きだよ……」 「私も好きぃ……お兄ちゃん大好きぃ……んろ、んろ……」 再び舌を伸ばしてキスをねだってきた。 俺は素直に、その求めに応じて、唇を重ねる。 「はぁ、んちゅ……ちゅっ、ちゅっ、れろれろ……んんっ、んっ、んんーーっ! ちゅ、ちゅぅぅ……れるれるれるれる」 「んんっ、ちゅぅぅ」 「じゅるっ、じゅるっ……んんちゅぅぅ……ちゅぽちゅぽっ、ちゅっ、ちゅぅぅーーーー……ッ」 互いに強く舌を吸い合いながら、俺は腰の動きを続けた。 小春も少しなれて来たのか、きゅぅぅ……ッ! と、さらにおま●こを締め上げた。 ペニスに絡みつく刺激が、快感となり、そのまま俺の脳みそを大きく揺さぶる。 キスの気持よさと、俺の中いっぱいに広がる小春の香り、そして脳みそを痺れさせるような快感……。 全身が小春に塗りつぶされたみたいで……欲望が一気に俺の中で膨れ上がる。 「んぁっ! んっ、んんーーっ! ん、ちゅぅぅ……お兄ちゃん、んじゅる、じゅるるる……んっ、んんーーっ」 「こ、小春……俺はもう……っ」 もう抑え込んでいられない。 出したい……このまま、小春を強く感じたまま出してしまいたい。 「小春、もうダメだ……イく……もう、イくから」 「うんっ、お願いお兄ちゃん……イって、早く、早く……ぁぁああぁっ!」 快楽に歪む顔、喘ぎ乱れる声、強く締め上げる粘膜、いつでも受け入れてくれる舌。 小春の全てが愛おしくて、その気持ちが俺の中で欲望と混じり合って……俺の中でのたうちまわる。 「好きだ……本当に好きだぞ、小春!」 「うんっ、うんっ……私も、好き、大好き、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!」 「あっ! あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっあっあっあっあっあああああぁぁぁぁーーーーーーッ!」 小春の身体が激しく打ち震え、同時に目の前が真っ白に染まる。 「んぁぁ!? あっ、あっ……んっ、んんっ、んんんーーーぁぁぁぁ……ッ」 大量の精液が小春の中になだれ込む。 その全てを、小春はその小さな身体で受け止め続けた。 「んっ、んはぁっ! はぁ、はぁ、はぁぁぁ……んっ、んんっ……あっ、はぁぁーーー……ッ」 「全部出たよ、小春……」 「う、うん……私の中……熱くなっちゃってる……んんっ、はぁぁ……すごい……」 射精を終えた俺は、ゆっくりとペニスを引き抜いた。 ――ずる……ずるる…… 再びペニスが外気に触れたとき、今まで咥えこんでいた穴から新鮮な白濁液が溢れ、愛液と同様に太ももを伝い落ちていった。 「小春……イくからな」 「うんっ、きてぇ……はぁ、はぁ……んんっ、お願いお兄ちゃん、早くきてぇぇ……んぁぁあっ!」 快楽に歪んだ顔のまま、俺を求めて来る小春。 そんな姿も可愛くて……こみ上げてくる射精感に逆らえない。 「小春っ、今度は小春に、俺の匂いをつけるから」 「うんっ、お願い……私に、お兄ちゃんの匂い、頂戴。うんっと濃いのを、いっぱい……あっあっあっ」 「お兄ちゃん! あっあっあーっ! あーっ! んぁっ、んぁんぁんぁっ! おっ、お兄ちゃんんんんんーーーーーーーッッ!」 痙攣したように打ち震える小春の中からペニスを引き抜き、こみ上げてくる欲望の全てを小春の身体にぶっかけていった。 「んぁっ……あっ、あっあっあっ……んふぅ、んっ、んんんーーーー……ぁぁぁぁ……ッ」 ――びゅ! びゅびゅ! 幾度となく震えるペニスが、大量の精液を吐き出す。 ねっとりとした精液が、小春の身体をドロドロに汚していく。 そんな光景を小春は、どこか嬉しそうに眺めてみた。 「ぁっ、やぁ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……んんっ、精液の匂い、濃い……ああ、すごい……」 「ほら、こんなにいっぱい出てるだろ? 好きじゃないと……小春が相手じゃないと、こんなことにならないよ」 「いや、他に経験なんてないから、多分だけどな」 「そっか……よかった……えへへ」 「だから変な心配なんてするな」 「うん……ありがとう、お兄ちゃん……んっ」 目を閉じる小春。 それが何を意味するのかがわからないほど、流石に俺も鈍くはない。 「んちゅ……ちゅぅ」 「んっ、んーーーー……ちゅっちゅっ、ちゅるちゅる、んじゅる、ちゅぅぅぅぅ……」 先ほどのキスに比べれば、激しさはないけれど……とても温かいキス。 それは身体だけでなく、心まで温まるみたいだった。 「俺は、小春のことが好きです、いずれは結婚したいと思っています!」 「だから、俺たちのことを認めて頂けないでしょうか!」 小春の両親、俺にとっては伯父と伯母に、俺は頭を下げて叫んだ。 祖父ちゃんは乗り越えたとはいえ、当然この2人にも許可をもらわないことにはいけない。 そう意気込んで、俺は2人に話したのだが―― 「いいんじゃないかしら?」 「うん。いいと思うよ」 「………」 俺の意気込みが無駄だったと思わせるぐらい、一瞬で全てが解決してしまった。 「あのー……こう言っちゃなんですけど……軽いですね」 「まあ、事情は大体察してたから」 「アレだけ家で『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と言われればね」 「うっ……~~~~~~……ッッ!」 「じゃあ……本当に、いいんですね?」 「従兄妹なら結婚もできるし、特にいう事はないわよ」 「小春を幸せにしてやってくれ」 「はいっ、ありがとうございますっ!」 「なんか……拍子抜けだな」 「そうだね。まさか……こんなにもアッサリ認めてもらえるなんて」 「でもよかったよ。祖父ちゃんの時みたいにならなくて」 また、覚悟を見せろとか言われたら……正直、泣いてしまいそうだ。 「じゃあ後は……お兄ちゃんの、叔父さんと叔母さんに挨拶に行かないと」 「そうなんだけど……多分、ウチも一瞬だろうなぁ」 「俺は男だし、小春が相手ならきっと、喜んで受け入れてもらえる」 「そうかな?」 「そうだよ。小春みたいに可愛い女の子なら、大歓迎になるよ」 「むしろ俺にはもったいないって言われるかもな」 「そ、そうかな……えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」 「絶対に、幸せにするからな、小春」 「お兄ちゃんのことは、私が絶対に幸せにして見せるからね」 「……ありがとう、小春」 「えへへ」 照れ笑いを浮かべる小春。 そんな小春の顔を見ているだけで、俺の胸には幸せが溢れてくる。 好きな人と一緒にいられるって……こんなにも、満たされるんだなぁ……。 「小春……」 「ん? なぁに?」 「一緒に幸せになろう。それで、ずっとずーっと、幸せのままで過ごそうな」 「……うんっ」 「気配、感じるか?」 「うむ。昨日吾輩が見つけた場所から全く動いておらん」 「そうか、よかった」 しかし代わり映えしない景色。 ムラサメちゃんが言うような気配を、俺は全く感じられないけど―― 「――ッ」 直前の考えを否定するかのように、心臓が大きく跳ねた。 それは、軽い痛みを覚えるほどの激しさ。 こんなのは初めて―― いや、違うか……以前にも感じたことがある。 欠片を拾ったあの夜も、こんな風に心臓が反応していた。 「ご主人?」 「俺も、欠片を感じたかも」 「それは真か?」 その理由はわからないけど、ムラサメちゃんの案内がなくても、欠片がどこにあるかわかる。 あの夜を再現するように、視線が引かれる。 導かれるように俺はその場所にしゃがみこみ、落ち葉をのけると―― 「やっぱりあった」 「ご主人も気配を感じるのか?」 「どうかな? こうして手に取ってしまうと、何も感じないんだ」 「ただ、なんて言うか……見つけて欲しいって声が聞こえるような……」 「声?」 「いや、実際に声が聞こえるわけじゃないんだ。あくまで、そういう感覚」 「ムラサメちゃんの感覚が、俺にも関係してるのかな?」 「いや、吾輩の感覚がご主人にまで影響を及ぼしておるとは考えにくい」 「……そうか」 「この欠片も駒川の者に預けるのであろう? その際に伝えておいた方がよい」 「だな」 『おはよう、有地君』 「朝早くからすみません」 『それは構わないんだけどね』 『わざわざこんな時間に連絡をくれるなんて、なにか問題が?』 「問題ではなく、欠片が新しく見つかりました」 『それは……またお祓いをして?』 「今回はムラサメちゃんが見つけてくれました」 『そっか。じゃあ……他にも欠片が散らばっていても不思議はないということだ』 『前回と比べて何か気になることは?』 「違いではないんですが、一つ思い出したことがあって」 山の中で感じたことを詳細に報告する。 といっても、軽い動悸が起きた程度だけど。 『それは、今回だけじゃなく前回も起きていたのは、間違いないんだね?』 「はい。すみません、あの時は全然気にしていなかったので」 『それは構わない。それで、特には前回と変わったことはない、と?』 「はい」 『そうか……わかった。報告ありがとう』 「今日、そちらに行ってもいいですか? 欠片を渡したいので」 『来るのはもちろん構わない』 『ただし申し訳ないが、夕方以降にお願いできるかな?』 『日曜日は往診をしているんだ。だから診療所にはいなくてね』 「どこかで待ち合わせしても、俺は構いませんが」 『欠片の受け渡しだけなら、それで構わないんだけどね』 『有地君や芳乃様に報告しておきたいこともある。少し話が長引くと思うから』 「なにか、わかったんですか!?」 『ああいや、申し訳ない。報告と言ったのは少し大げさだった』 『先に言っておくけれど、大きな進展はないよ』 『ただ、普通の石とは明らかに違う事象を発見した。まあ。途中経過の様なものだと思って欲しい』 「そうですか……」 「わかりました。それじゃ、お邪魔させていただきます」 『よろしく。また後で』 通話は終了したものの、俺はその場で足を止めて考えてみた。 途中経過って、なんだろう? 駒川さんは期待するなと言ったけど、どんな話をされるのか気になるな。 「少し遅かったですね、いつものトレーニングと違ったんですか?」 「トレーニングは、いつもと同じだったんだよ。他に用事があって……って、別に隠す必要はないか」 言いながら、俺は欠片を取り出してテーブルの上に置く。 「これって!?」 「あの欠片ですよね!?」 「同じ欠片ではないぞ。1つだけだが、新しく見つけることができたのだ」 「トレーニングの後、これを取りに行ってたから遅くなっちゃって」 「本当にあったんですか……」 「このこと、みづはさんには?」 「もう連絡してる」 「この前渡した欠片のことで話があるから、夕方以降に来て欲しいって」 「何かわかったんでしょうか?」 「本人は期待しないでって言ってたよ。あくまで途中経過だってさ」 「どんなお話なのか、気になりますね」 「ちょっと予想もつかないな……」 「直接聞くしかあるまい。ここで考えても仕方ないぞ」 とにかく、すべきことをしよう。 今日は早めに、トレーニングを終わらせないとな。 祖父ちゃんに頼んで、早めに行ったトレーニングは、いつも通り問題なかった。 いやいつもとは少しだけ違うか。『気が散漫だ』と怒られてしまった。 確かに俺は、報告のことが気になっていまいち集中できていない。 何をしようとしても身が入らない俺は、自分のことをするのを諦めた。 そしてなんとなく、朝武さんの行う舞の奉納を、俺は静かに眺めていた。 「………」 相変わらず綺麗だな。 長年、手を抜くこともなく続けられている舞。 事情を知ってから見ると、美しいだけではなく、努力が伝わってくるようだった。 「……はぁ……」 一息吐く朝武さんに、俺はタオルを差し出す。 「はい」 「ありがとうございます」 「とても綺麗な舞だよね」 「子供の頃からずっと練習していますから。これぐらいは」 「でも、どうしたんです? わざわざ舞の奉納を見るなんて。面白い物でもないでしょう?」 「実は駒川さんの報告のことが気になって、集中できなくて。それで、ここに」 「その気持ちはわかります」 「そう? さっきの舞にそんな素振りは全くみえなかったけど」 「さすがに上の空では奉納を失敗してしまうかもしれません」 「大切なお務めを疎かにはできませんよ」 「奉納に失敗とかあるの?」 「もちろんです。順序正しく舞う儀式なんですから」 「そっか」 舞はゆっくりした動きなので、覚えるのはそう難しくないとは思う。 けど、ゆっくりであるからこそ、体力は使うはずだ。 最後まで綺麗に踊れる朝武さんには、見た目以上に体力があるんだろうな。 「有地さんは、もう用事は済ませたんですか?」 「今日すべきことは一応」 「それでは、そろそろ診療所に行きましょうか」 「そうだね」 日も傾いてきてる、いい頃合いだろう。 「――あっ」 「なに? どうかした?」 「い、いえ、その……んっ、んんんッ――」 この反応、もしかして……? 「あっ、やっ、んんっ、あああぁぁっ!」 必死に耐えようとする朝武さんだが、我慢の限界と言った声が零れる。 そして、巫女服に包んだ身体が大きく震えて―― 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「大丈夫?」 「はい……いつものですから。問題はありません」 また、お祓いに行かないと。 でもそれは、夕食の後でいい。 まずは駒川さんの診療所で話を聞こう。 そうして俺たちは、診療所に向かっているのだが……。 「ダメだ。出てくれない」 俺はゆっくりと首を横に振る。 さっきから駒川さんに電話をしているのだが、全く反応がない。 留守電に切り替わるばかりだ。 「どうしたんだろう?」 「まだ往診の途中なのかも」 「ここまで来たんだ。とにかく行ってみよう」 「そうですね」 「おや? マサオミ?」 診療所に向かう途中、仲居姿のレナさんと遭遇した。 「ヨシノとマコも一緒で、どこかにお出かけですか?」 「ちょっとね」 「レナさんはどうしたんですか?」 「届け物を終わらせまして、今から帰るところなのでありますよ」 「ご主人たちの知り合いか?」 そっか。ムラサメちゃんは初めて会うか。 「(レナ・リヒテナウアーさん)」 「(ほら、俺が案内を頼まれてた、祖父ちゃんのところで新しく働き始めた子だよ)」 「おお、そうか。そう言えば異人であったな」 「ところでヨシノ……わたしも質問よろしいでしょうか?」 「はい、なんですか?」 「どうして、ケモミミを頭に付けているんですか?」 「………………」 「……え?」 「その耳です。どうしてそんな物をつけて、出歩いているのでしょうか?」 「――な、なんでッ!?!?!?」 「レ、レナさん、もしかして見えてる?」 「??? ヨシノが付けている耳のことでありますか?」 「もちろん見えておりますよー。全然隠れていないじゃないですかー」 「そ、そんな……まさか、もう誰でも見えるほど強力に?」 「そんなっ、それじゃあ私は……今まで、他の人に見える状態で歩き回って……?」 「いや、それはおかしい。耳が生えたのは夕方であろう? いくらなんでも早過ぎる」 「ここまで何人もすれ違ったけど、そんな視線を送ってた人は誰もいなかった」 周りから“イヌツキ”と呼ばれるような土地で、ケモミミをつけて歩いて視線を集めないはずがない。 それが巫女姫様ともなればなおさら。 だから、普通の人には見えていないはずなのに……どういうことなんだ? 「あと、その子はどちら様でしょうか? どなたかの妹さんですか?」 「とても可愛らしい少女でありますね」 「………」 「………」 「シカトされてしまうと、ちょっと傷ついてしまいますですよ~……」 「妹とは……もしや、吾輩のことか?」 「わたし、レナ・リヒテナウアーと申します。初めまして」 自己紹介するレナさんの視線は、完全にムラサメちゃんに向けられていた。 まさか……いやでも間違いない。 「よろしければ、お名前を教えてもらえませんか?」 「ム……ムラサメ、だ」 「ムラサメ? わお! 素敵なお名前でありますね!」 「う、うむ……ありがとう。れな・りひてにゃうわーも、いい名前だと思うぞ」 「ありがとうございます。でもリヒテナウアーです。猫ではありませんよ」 「りひてなうあー?」 「はい。でも、気軽にレナと呼んで下さいね」 「う、うむ………………うん? お主……」 「はい? なんでありましょう?」 「あ、いや、なんでもない」 「……完璧に、会話してるよね……?」 「は……はい」 「こ、これは一体……どういうことでしょう?」 「ムラサメ様が見えていることは、間違いありませんね。理由はさっぱりわかりませんが……」 「今までにこんなことはあったのかな?」 「聞いたことがありません」 「ムラサメ様の驚き様から考えても、初めてのことだと思いますが」 「もし理由があるんだとしたら、朝武さんの耳が見えてたのも同じなんじゃないかな?」 「他の人には見えていない……」 「多分。ムラサメちゃんの姿が見えてることを考えると……そっちの方が自然じゃないかな?」 「……よかった」 「でも問題は、レナさんが見てしまったことですね」 「このまま帰すわけにはいかないよね」 見える原因を探さないといけない。駒川さんに伝えておいた方がいい。 それに朝武さんの耳や、ムラサメちゃんのことを他の人に言われても困る。 『………』 「な、なんでしょうか? そんなに見つめられると、困るのですが」 「レナさん、誠に恐縮なのですが、このままワタシたちと一緒に来て下さい」 「はい? キョウシュクとは一体……」 「申し訳ありませんが、お付き合い下さい」 「え? え? なんですか? 神隠しでありますか? わたし、仕事に戻らねばならないのでありますが――」 「祖父ちゃんには電話しておくから」 「ちょ、ちょっとお待ちを~~~」 レナさんは、朝武さんと常陸さんに拘束され、半ば強引に診療所に向かうことになった。 その途中、俺は隣を歩くムラサメちゃんに、そっと声をかける。 「今の、どういうことかわかるか?」 「いや……吾輩にも何が何やら。ただ、あの者からは妙な気配を感じる」 「妙な気配って?」 「例の欠片の気配に、どこか似ておる……不思議な気配なのだ」 「あの欠片に?」 どういうことなんだろう……? 「ここは?」 「私がよくお世話になっている、お医者様の診療所です」 「はぁ……本当にどうしてこんなところに?」 「そのお医者様に相談があるのですが、レナさんにも一緒にいて欲しいんです」 「申し訳ないとは思うけど、お願いします。祖父ちゃんには連絡を入れて許可をもらっているから」 「………」 「わかりました。みなさん面白半分ではなさそうですので」 「ありがとうございます」 「それじゃあ」 診療所にたどり着いた俺は、試しに扉に手をかけてみた。 「あれ? 鍵が開いてる」 「出かけているわけではないようですね」 「田舎は鍵をかけないとか?」 「昔はそうだったかもしれませんが、さすがに不用心ですよ」 「観光客も増えましたからね、鍵をかけるのが普通です」 そう言えば、駒川さんは医者になるために、外に出てたんだよな。 医者である以上、診療所には大切な物も置いてあるはず。なら鍵をかけるのが普通だ。 「ごめんくださーい」 扉を開けて呼びかける。 だが返事はない。 診療所の中は静かなもので、もう一度声をかけようと口を大きく開く。 だが、声は出なかった。 開いた扉から、まるで冷気でも漏れ出ているように背筋がヒヤリとする。嫌な気配に冷や汗が吹き出す。 「………」 「あ、あの……有地さん。なにか、変です」 「芳乃様?」 「さっきから耳が……頭の耳が、ピリピリして……」 「……んっ……」 「レナさん、どうかしたんですか?」 「いえ、たいしたことではないのですが……少し頭痛が……」 「頭痛?」 俺だけじゃない。朝武さんも何かを感じている。そしてレナさんまで……。 「――まさかっ」 その瞬間、弾けるように飛び出し、土足のまま診療所の奥に向かった。 「あっ、ご主人!」 緊迫した、厳しい声。 だからこそ、予感が正しいことを確信する。 「――なっ!?」 部屋はひどい惨状だった。 本棚が壊され、本が散らばり、壁も床も傷だらけ。 「不用意に中に入るでない、ご主――にゃっぷっ!?」 その有様に呆然と立ち尽くす俺の背中に、ムラサメちゃんがぶつかる。 背中を押されて倒れ掛かった俺の頭上を―― 黒い塊が通り過ぎた。 「なんで……」 「なんでこんなところにいる!?」 「山を下りてきたのか……そんな、バカな……」 咄嗟に手に力を入れるが、手の平には爪が食い込むのみ……。 「(叢雨丸は部屋に……ッ)」 背筋が凍り、恐怖で身体が硬直する。 目前に迫る触手に何もできずに―― 「――ッ!」 素早く割って入った常陸さんが、触手を弾き返す。 「怪我はありませんか!?」 「ゴメン、常陸さん! 大丈夫だから!」 「……なっ、なんでありますか、アレは……い、生き物?」 「近寄っては危険です」 「皆さん、下がって」 「ここは退くのだ! 叢雨丸か神具を取りに戻るしかない」 「でも祟り神をこのままにしておくわけには」 「だが、ここにいても祓えぬであろう!」 「それはそうですが……」 「ここはワタシが時間を――ッ!」 再び迫る触手を、常陸さんは正確に弾き返す。 だが、そこでいつもとは違う、予想外のことが起きた。 弾かれた触手は狭い室内で激しく暴れまわり、壁や天井、本棚を始めとした家具を叩き壊していったのだ。 「―――ッ!?」 本棚が倒れ、天井の一部が崩れ落ち、部屋の中に埃が舞い上がった。 「視界が――ッ!?」 焦りの混じった常陸さんの声が上がると同時に、その埃が斬り裂かれた。 「常陸さん!?」 「――あぐッ!?」 吹き飛ばされた常陸さんが壁に叩きつけられ、部屋を揺らす。 受け身も取れずに崩れ落ちる常陸さんに、立ち上がる気配がない。 「……ぅっ……げほっ、げほっ」 息はあるようだが、意識は失ってしまったらしい。 「茉子! しっかりして、茉子!」 「茉子をつれて一旦退くしかない」 「けど! 祟り神が外に出て、暴れるかもしれない! ここで何とかしないと!」 「と、とにかくレナさんだけでもここから逃げて!」 「ふぇぁ!? な、なにがなにやら――」 先に動いたのは祟り神だ。 翻った触手、その先には―― 「ひゃっ!?」 「――なッ!?」 なんで俺や朝武さんじゃなく、レナさんに!? 「くそっ!」 レナさんを庇うように立ちはだかる! 構わずに振るわれた触手によって、俺の身体が床に叩き付けられた。 「か……はッッ!?」 マズイ、逃げないと……でも、目の前がクラクラして身体が―― 「有地さんっ」 動けない俺に朝武さんが飛びつき、祟り神から引き離す。 目の前で床板が叩き割られる。こんなの頭にくらってたら……。 想像しただけで肌が粟立つ。 「あ、ありがとう……朝武さん」 「それより!」 朝武さんの視線の先、鎌首をもたげるように触手がうねっていた。 だがその狙いは倒れた俺ではなく―― 「あわわっ!?」 「レナさん!」 「全員目を閉じるのだっ!」 パンッ! と手を打ちつけると同時に、ムラサメちゃんが強い光を放った。 視界を奪うほどの光に、さすがの祟り神もたじろいだのか、距離を取ってこちらの様子を窺っている。 その隙に、俺たちは後ろに下がって距離を取った。 「今のは?」 「吾輩に宿る神力を無理矢理散らしたのだ」 「アレが何かはわかりませぬが、逃げた方がいいです。危ないですよ!」 「この状況で、背中を見せると逆に危ない気がする……」 「朝武さん、レナさんと一緒に常陸さんをつれて逃げて」 「そんな! 有地さんを1人残していくなんてっ」 「けど、このまま祟り神を外に出すわけにはいかないよ!」 「ムラサメ様のさっきの力では、祓うことはできないんですか?」 「すまんが、目くらましが精一杯だ」 「何かに神力を宿らせることはできないか?」 「茉子のクナイならありますが」 足元を見回しても、クナイと似たような長さの木片しかない。 刀の代わりに出来そうにない。 「ただの物に神力は宿らぬ」 「ほんの一瞬、強引に宿らせることもできないのか?」 「無理矢理流し込むとしても、せめて吾輩と繋がりがないと!」 「じゃあ俺は!?」 「俺の身体に神力を宿せないか? 鉄じゃないし、ムラサメちゃんと繋がりもあるだろ?」 「いや、それは……」 「できるんだな? だったら!」 「し、しかしだな――」 「――ッ!?」 回避! 間に合わ―― 「ぐぅ……――ッ!?」 「ご主人!?」 左腕に走る灼熱のような痛み。 こんなの、そう何度も何度も耐えていられない! 「ムラサメちゃん!」 「聞け! 人の肉体に神力を宿すなど負担が大き過ぎる! だから吾輩もこうなっておるのだ!」 「他に現状を打開できるアイディアがあるか!?」 「ぐっ……だ、だがそれにしたって多少時間が……」 「わっ、私でも少しぐらいなら――」 「やああぁぁぁっ!」 落ちていた木材を拾い、朝武さんは祟り神に投げつけた。 「え? え? あ、えぇぇいっ!」 わけがわからぬままレナさんも、真似をするように一緒になって木材を投げつけている。 相手からすれば大したことはないだろう。 それでも反射的な動きで、その全てを弾き返していく。 「えぇい、痛むからな! 覚悟しろ、ご主人!」 この隙を無駄にすることなく、ムラサメちゃんが俺の顔を引っ掴んだ。 そして―― 「――ッ!?」 「んっ、んん……」 予想外の出来事に、一瞬頭が真っ白になった。 柔らかで温かい感触……女の子は、唇まで柔らかいのか……。 そんな場合じゃないとわかってはいても、やはり感想が頭に浮かんでしまう。 何故いきなりこんなことを……? 「――ッ!?」 不意に、触れ合う唇から熱が流れ込んできた。 いや……これはそんなもんじゃすまない。 熱湯でも流し込まれたみたいに、身体の奥が熱くなる! このままじゃ、火傷しそうだ……ッ! 思わず身悶えるが、ムラサメちゃんの力は思ったより強く、決して離さない。 熱は苦痛に変わり、身体全体に広がって、まるで全身が火傷でもしたような感覚が襲う。 特に右腕がひどい。 骨が熱した鉄の棒に入れ替わったんじゃないかと思えるような激痛――ッ! 「んっ、んんっ! んんんーーっ!」 「んんっ……ぷぁ!」 ついにムラサメちゃんの唇が、俺から離れた。 「――きゃあっ!?」 「ヨシノ!?」 朝武さんがその場に尻もちをつく。 その隙をついて、祟り神はレナさんに向かって―― 「――ひっ!?」 「待てっ、このっ」 突進する祟り神の横合いから、思いっきり蹴りをぶちかますっ! 一瞬、黒い塊が宙に浮き、勢いよく床に倒れた。 だが動揺するような相手でもなければ、普通の生き物でもない。 横倒れになった身体が泥のように広がったかと思えば、今度はせり上がって元の形に戻る。 「(なんつー不気味な起き上がり方……っ!?)」 しかしその程度では、俺も今さら怯みはしない! 起き上がった祟り神が触手を振るう。 「――ッ!?」 咄嗟にそれをかわす。 なんか、反射速度も今までより速い気がする! というか、痛みがあるにも関わらず、驚くほど身体が軽い。 「(これなら――ッ!!)」 「このぉぉぉぉぉおおおっ」 たたみかけるように、今度は右拳で、思いっきり殴りつけた。 その拳が、本当に泥でも殴りつけたように、ドプンッとその身体の中に沈む。 ――祟り神が苦しみ悶えるように、のたうちまわった。 もしコレに口があったのなら、絶叫していたことだろう。 『きゃっ!?』『あわっ!?』 「大人しくしろぉッ!」 無理矢理抑え込むように、俺は右腕をさらに奥まで押し込む。 まるで断末魔を上げるように、大きく震える祟り神。 そしてついに泥の塊が、俺の目の前で黒い霧のように四散していった。 「……はぁ……はぁ……はぁ……」 肩で息をしながら、辺りを見回す。 部屋の荒れ具合は増したものの、泥のような塊はない。部屋の中は、静寂が支配している。 「………」 「やった……のか?」 「本当に……祓えたんですね……」 「ご主人! すぐに神力を剥がさねば!」 慌てて飛んできたムラサメちゃんに、再び口づけをされる。 今度の口づけは、流し込まれるものじゃない。 むしろ、身体の熱が吸い出されるような感覚。 身体中に広がっていた、火傷のような感覚が一気に引いていく。 だが、痛みは引かない。 熱が吸い出されるのに比例するように、痛みはどんどん増している。 「んんぅぅぅぅぅ……ぷぁっ」 唇が離れた瞬間、右腕に鋭い痛みが走る。 そちらに目を向けると……俺の右腕は真っ黒だった。 まるで祟り神の泥がまとわりついているように。そして、泥が突然動いた! 「――なッ!?」 俺の腕を駆けのぼり、そのまま泥が顔面に纏わりつく。 「うわぁぁっ!?」 「どうしたのだご主人!? 身体が痛むのか!?」 「有地さん! しっかりして下さい、有地さん!」 「マサオミ!? 衛生兵、衛生兵はどこですかー!?」 3人の声に、返事すらできないまま、俺の意識は泥の闇に引きずり込まれた。 ……… …… … 「いよいよ明日か……」 「ああ、ついに来ちゃったな」 イベント前日の昼下がり。 俺達は明日の段取りの最終確認するために集合した。 ここにこうして皆で集まるのも、これで最後だ。 「あ、明日、私、ガイドやんなくちゃだよ!」 「え、英語自信なーい!」 「ううっ、アイ、キャン、ノー、イングリッシュなのにっ!」 小春が常陸さんの作ったイベントの進行表を見つつ、頭を抱えていた。 ていうか、文法がすでにおかしいぞ。 「コハル、わたしも一緒ですから心配ないですよ」 「それに、穂織にいらっしゃる外国の方、たいてい日本語達者です」 「そういや、俺が前、ムラサメちゃんと話しかけた人、皆、日本語できてたな」 「うむ、確かにそうであったな」 「皆、気さくで良い者ばかりであったぞ」 「ほ、本当?! 私、安心していい?」 「ああ、だから、そんなに嘆くな」 「わたしに任せて、コハルは笑顔で愛嬌ふりまいてくださーい」 「ええ、それで充分です」 「鞍馬さんは、可愛らしいですからね」 「それで、お客様は充分喜んでくれるでしょう」 「えーっ?! こいつ愛嬌なんかないっすよ」 「そんなことないもん!」 「私は廉兄以外には、いつも優しくしようって心がけてるもん!」 「何で、俺だけ外すんだよ?!」 「それは廉兄が――廉兄だからだよっ!」 「意味わかんねぇよ!」 また兄妹が仲良くケンカをし始めた。 もはや恒例行事である。 なので、皆、生温かく二人を眺めていた。 で。 「では、そろそろ明日の確認をしましょう」 常陸さんがノートをめくりながら、そう告げる。 自然に全員がぴたりとおしゃべりを止めて居住まいを正す。 「事前の告知活動が、予想以上の効果を生んだようです」 「穂織にある旅館の予約は全て完売」 「周辺の町のホテル等も、同じです」 「きっと、明日は今までで最大規模のお客様が、この地に訪れると思います」 「おおーっ!」 「すげーな、町おこし大成功じゃん!」 「頑張ったかいがありました!」 常陸さんの話に皆が、笑顔を咲かした。 俺も自然に表情がほころぶ。 穂織復活の芽がはっきりと見えてきた。 「はい、これは大変喜ばしいニュースですが」 「同時に、それだけの注目を集めてしまったということも意味します」 「御神刀の奉納――これを万一失敗してしまったら……」 「その事実も広く伝わってしまう」 「はい」 こくり、と常陸さんは頷く。 「御神刀イベント復活が、無くなったって広まったら……」 「多くの者を失望させてしまうな」 「うっ、そうしたら、もしかしてまたお客さん減っちゃうとか?」 「はい、その可能性は高いです」 「マサオミの準備は、どうなのですか?」 「大旦那さんに訊いても、『大丈夫だ。心配ない』しか言ってくれないので」 言いつつ、レナさんが俺を見る。 ムラサメちゃん以外の皆も、ほぼ同時に視線を俺へ。 「大丈夫だ。心配ない」 俺は淡々とそう答えた。 「わおっ! マサオミも大旦那さんと同じです!」 「何の参考にもなりません!」 「でも、何か安心しましたので、良いです!」 レナさんは笑顔で、そう言ってくれた。 「そうですね、今の有地さんの態度にはそこはかとなく自信を感じます」 「達人のオーラというか」 「はい、まるで迷いがないように見えます」 「私も、レナさんと同じです。安心しました」 「ご主人は、この2週間、本当に稽古に打ち込んでおったからのう」 「だからこそ、ああ言い切れるのだ」 「どうだ! すごいであろう、吾輩のご主人はっ!」 「ドヤッ……!」 「ムラサメちゃん、口でドヤって言わなくていいよ」 ぽんぽんと頭を撫でながら、教えてあげる。 「さて、イベントの話に戻りますが」 「御神刀の奉納は、明日の午後1時に開始です」 「芳乃様と有地さん、それにムラサメ様は、それまでは神社で待機」 「鞍馬さんとレナさんは、神社の前で穂織の歴史を絡めながら、建実神社の成り立ちをビラを配りつつご説明ください」 「頑張りますですよ!」 「に、日本語でなら、何とか!」 「そんで、残った俺と常陸さんは列整理だな」 「はい、イベントの時間直前は大変混雑も予想されます」 「町内会の方達と協力して、奉納が始まるまで騒動などが起きないようにします」 「危険物の持ち込みや、盗撮めいた行為がないよう常に目を光らせてください」 「もし不審者を発見したら、警備員かワタシにすぐにご連絡を」 「警備員はわかるけど、常陸さんでもいいの?」 「はい」 「速やかに無力化させますから」 にっこりと笑う。 でも、その笑顔がちょっと怖い。 「くれぐれも穏便に……」 クナイとか投げそうなので、ちょっと釘を刺しておく。 「以上ですが、何かご質問はありますか? 大丈夫とは思いますが……」 常陸さんが顔を上げて、皆を見渡す。 全員、大丈夫だと、頷いた。 「では、これで解散です。明日はよろしくお願いしますね」 「はーい!」 「よろしくなのですよ」 常陸さんの声に、皆が立ち上がる。 「いよいよだな、ご主人」 「ああ、長いようなあっという間のような、2週間だったよ」 思えば穂織に来てから、ずっとそんな感じだ。 都会で暮らしていた頃が、ひどく昔に思える。 「お兄ちゃん、明日は頑張ってね!」 「わたし達も、応援してます!」 「一発決めろよ!」 「ああ、任せてくれ」 廉太郎や小春とハイタッチする。 さて、泣いても笑っても明日だ。 「有地さんは、今日も今から稽古なのですか?」 「うん、ちょっとだけね、勘が鈍らない程度に」 「明日のために、体力は温存するよ」 「それがいいでしょうね」 「夜には、手順の最終確認をしましょう」 「ああ、それがいいね。お願いするよ。今日は夕方には戻るから」 「では、玄十郎のところへ行くか、ご主人」 「うん。皆、明日はよろしく」 俺は持参した叢雨丸を手に、ムラサメちゃんと外へ。 「……」 「有地さん、全然緊張していませんでしたね」 「実は少し意外でした」 「ですね、穂織に来た頃の有地さんより何というか……」 「男らしい感じです。頼りになります」 「元々、責任感は強い人でしたけど、それに自信が加わったのでしょう」 「あの大旦那さんに毎日、シゴかれていますから、自信がつくのは当然でありますよ」 「く、将臣の株が女子の間で急上昇かよ……」 「くそっ、俺と何が違うってんだよ!」 「何がって、全部違うじゃん」 「だから、廉兄もお祖父ちゃんに稽古つけてもらえばいいんだよ!」 「それは俺には絶対に無理だな」 「自信を持って言える!」 「おおっ、レンタロウも自信を持っているのでありますか?」 「悪い意味だけどね……」 「いやあああっ!」 「はああああっ!」 俺とムラサメちゃんは祖父ちゃんのところに駆けつけ、最後の稽古をつけてもらう。 「……」 祖父ちゃんは、ほとんど黙って叢雨丸を振る俺を見ていただけだった。 「よし、やめ……!」 「稽古は全て、終わりだ。将臣」 ちょうど、百本目の素振りが終わった時、祖父ちゃんは静かにそう告げる。 「ありがとうございました!」 俺は叢雨丸を鞘に収めると、祖父に頭を下げた。 「よくぞ、ここまで耐えた」 「明日の結果はどうあれ、お前は今日までのお前を誇っても良い」 「……ワシにとっても、お前は自慢の孫だ」 「え?」 祖父ちゃんから出た急な賛辞に俺は戸惑う。 「ワシは戻る。お前も風邪など引かぬようにな」 「ムラサメ様、失礼します」 「うむ、お主も大儀であった」 「今まで、ありがとうなのだ」 「もったいないお言葉です。では」 祖父ちゃんは、ムラサメちゃんに一礼し、その場を早足で去っていく。 「あやつ、ご主人を褒める時、かなり照れておったな」 「え? そう?」 「ご主人覚えておけ、玄十郎はつんでれ属性なのだ」 「いや、俺にデレられても困るんだけど」 別にいらない情報であった。 「ふっ、あやつはいつまで経っても不器用なヤツじゃ……」 山道を下りていく、祖父ちゃんの背を眺めながら、ムラサメちゃんが目を細める。 「ありがとう、祖父ちゃん……」 俺はだんだんと小さくなっていく祖父の背に、もう一度頭を下げた。 「結構です」 「手順に間違いはありませんでした」 夕方の本殿。 俺は明日のリハーサルを、朝武さんとしていた。 そばでムラサメちゃんと安晴さんも、それを見ている。 「そうか、良かった」 10回やって、10回正しく振舞うことが出来た。 これなら明日、ケアレスミスもしないだろう。 「いや、格好良かったよ、将臣君」 「本当に侍みたいだ」 「ど、どうも」 拍手までされるとさすがに照れる。 「何なら、御神刀イベントの終わった後も、たまにイベントやってみない?」 「芳乃の舞の他にも、売りが出来ていいよね」 「ふむ、それはいいな!」 「採用だっ!」 「勝手に決めないで、ムラサメちゃん!」 「ふふ、でも、本当にそうなったらいいかもしれませんね」 「茉子もきっと賛成するでしょう」 「有地さんは現代のサムライですから」 「朝武さんまで……勘弁して」 恥ずかしくて、頬をかく。 「ははは! まずは明日のことだけ考えよう」 「将臣君も、芳乃も今夜はゆっくり休んで明日に備えてくれ」 「はい」 「わかりました」 「よし、二人とも今日は吾輩が湯殿で背中を流してやるぞ」 「今夜は特別じゃ」 「まずは、芳乃から……」 ムラサメちゃんがキラリーンと目を光らせる。 絶対面白がってる。 「は? いえ、私はそんな、恐れ多いこと――」 朝武さんが狼狽する。 「お風呂、沸きましたよ」 そこに超タイミング良く常陸さんがやってくる。 いや、朝武さんにとっては超悪いのか。 「よし! 吾輩がすみずみまで身体を清めてやるぞ!」 「湯殿へごー! なのだ!」 ムラサメちゃんが芳乃さんの背中を押して行く。 「え? あっ、ちょっ、ちょっとムラサメ様、私はあの――」 「いいですからっ、恥ずかしいですからっ!」 「女同士で何が恥ずかしいのじゃ」 「ふふ、裸の付き合いも良いものだぞ、芳乃」 「わ、私は、ちょっ、あ、有地さん、笑ってないで助けてください!」 「俺は女同士の友情に水はささないよ」 俺は右手をひらひら振って、微笑する。 「有地さん、ひどい私を見捨て――あっ、ムラサメ様、押さないでくだ――」 「うわあーんっ!」 こうして嫌がる朝武さんをムラサメちゃんが、強引に風呂へと連れて行く。 まあ、女の子同士、仲良くやってくれ。 「良いではないか、良いではないか!」 「あ~れ~!」 リビングまで、入浴中の二人の声が聞こえてくる。 「どんな洗い方をしてるんだよ……」 悪代官が町娘をかどわかしているようだ。 「まあ仲良くていいじゃないか」 「ですね♪」 でも、父親とお供の人は、嬉しそうに笑っていた。 俺も苦笑ぎみに、笑った。 ホッとする。 その時、俺は感じた。 もう、ここは俺の家なのだ、と。 「……」 「……ん?」 夜中、ふいに目が覚めた。 何か違和感がある。 「いったい、どうして……あ」 いない。 いつも俺の隣で、すやすやと眠ってるはずのムラサメちゃんが。 「トイレかな?」 俺は寝返りを打ち、天井を眺めつつつぶやく。 睡魔はなかなか訪れない。 やっぱり俺も緊張しているのか。 イベントはいよいよ明日――いや、もう今日だからな。 だが、俺は最善を尽くした。 もう何も憂いはない。 「……」 「……ムラサメちゃん、遅いな」 気になるのは、なかなか戻ってこない同居人の方だ。 「……どうしたのかな」 もう一度、寝返りを打つと窓から差し込む、月明かりが目に入る。 「今日は満月か……」 俺は以前のことを思い出してしまう。 もしかして、と思ってしまう。 俺は布団から起きだすと、部屋を出た。 「おお、ご主人」 「ムラサメちゃん」 そこにはやはりいた。 私服姿で、一人立っているムラサメちゃんが。 「どうしてわざわざ着替えてる?」 「うむ、今夜は友と長話をしようと思うてな」 「さすがに寝巻きでは寒いからな」 「友達?」 「あやつだ」 ムラサメちゃんは、俺達を見下ろす大きな満月を指差した。 「あやつだけだったのじゃ」 「500年、変わらず吾輩と居てくれた者はな」 「……ムラサメちゃん」 彼女のその言葉に俺は何か言いたかった。 「……」 が、やめた。 俺が軽々しく触れていいとも思えなかったから。 たとえ親子でも、彼女でも、決して触れてはいけないこともあるだろう。 俺はただ沈黙して、彼女と同じ月夜の下に立つ。 「御神刀の奉納が終われば、吾輩はただの人に還るであろう?」 「だから、今まで付きおうてもらった礼を言っておったのじゃ」 「……そう」 俺はムラサメちゃんの隣で、そんなありきたりな言葉を返す。 「のう、ご主人」 「何?」 「何を今さらと思うかもしれんが、実はまだ少し迷うておるのだ」 「……吾輩は」 「吾輩は、人に戻っても良いのだろうか?」 「親不孝の罰は、もう許されたのだろうか?」 「もういない親達には、尋ねることすらできぬ……」 ムラサメちゃんの肩が震えだした。 「すまん、ご主人、こんなことをご主人に聞いても――」 「戻ってくれ」 言葉を遮って、俺は彼女を抱きしめた。 「俺はムラサメちゃんみたいに、500年も生きてはきてない」 「だから、その重みも本当の意味ではきっとわかってないだろう」 「俺はまだまだ未熟者だ」 「でも、それでも、君が幸せになることを、君のご両親が願わないとは思えない」 「だけど、それだけじゃ足りないというのなら」 「君のためでなく、俺のために戻ってくれ」 「わがままなのは承知で言う」 「俺はムラサメちゃんが、好きなんだ」 「どうか、人に戻って、俺に君を――」 「幸せにさせてくれ……!」 ムラサメちゃんの身体をキツく抱いて俺は声を震わせた。 懇願した。 生き神様とも称えられる彼女に、ただの未熟者の俺が。 ただ、ひたすらお願いした。 「ご主人……」 そっとムラサメちゃんは、俺の背中に腕を回す。 「本当にご主人は、不思議な男だ……」 「ずっと凍てついておった……」 「芳乃や茉子と笑って話をしておっても、心の奥底は冷たく冷えておったのだ……」 「それが、ご主人といるだけで、溶けていく……」 「心の芯が温まるのだ……」 ぎゅっと彼女の抱く力が強くなる。 「俺なんかで力になれて嬉しいよ」 俺も強く彼女を抱き返す。 「……初めて会った時のことを覚えておるか?」 「ああ、覚えてる……」 目が覚めたら、この子は空中に浮いていた。 あんなインパクトのある出会い方もない。 「あの時、ご主人は吾輩をムラサメちゃんと呼んだ……」 「あれは効いたぞ」 「え?」 「皆は、ムラサメ様などと呼ぶが……」 「本当はムラサメちゃんと、親しげに呼ばれて吾輩は……」 「本当に嬉しかったのだ……!」 「ムラサメちゃん……」 彼女が俺の胸に顔をうずめて、身体を震わせる。 愛おしさで、胸がつぶれそうになった。 「好きだよ」 「ずっと好きだ、ムラサメちゃん」 「ああ、吾輩もだ……」 「ご主人、んっ、ちゅっ……」 「んっ、ちゅっ、んっ、んんっ、ちゅっ、んっ……」 甘えるように、唇をムラサメちゃんの方から重ねてきた。 俺はもちろん、それを優しく受け止める。 「はぁ、はぁ、ご主人、ご主人……」 「あっ、だ、ダメじゃっ、んっ、あっ……」 「そんなに激しく、んっ、ちゅっ、んんっ……!」 「ああ、か、感じてしまう……」 「ご主人に、抱かれて、接吻をしておるだけで……!」 「そうなのか?」 俺は彼女を抱きながら、そっと下半身に手を。 「ああっ! さ、触ったらダメっ……!」 「それだけで、すごく感じてしまっ、んっ、くぅんっ……!」 「はぁんっ!」 俺は大胆に彼女のスカートの中に、手をつっこむ。 下着の上からでもわかる。 彼女は、濡れていた。 「すごい、もうこんなになって……」 「見せてみて」 「あっ、恥ずかしいから、ご主人……」 言葉とは裏腹に、ムラサメちゃんは何の抵抗もしない。 それどころか、まるで待っていたかのように自ら、スカートを持ち上げた。 月明かりの中、濡れた下着に包まれた彼女の陰部が、白く浮かび上がる。 いやらしい光景に、唾を飲む。 「ちゅっ」 下着の上から、ムラサメちゃんの花弁にキスをした。 「ああっ! んっ、あっ、はぁんっ!」 「そ、そんなところに、接吻など……」 ぴくん、と反応する彼女の身体。 「可愛いよ、ムラサメちゃん……」 俺は彼女の股座に顔をはさみ、ちゅっちゅっと陰部にキスを続ける。 愛液を舐めとるように、丁寧に。 「ああ、ご主人!」 「んっ、あっ、はぁ、はぁ、んっ、あっ……!」 「くっ、んっ、あっ、はぁ、んっ、んんんっ……!」 「ああっ、ご主人、んっ、そんなに、イヤらしいことを……」 「はぁっ、んっ、あっ、息が、かかる、んっ、はぁんっ!」 「あっ、は、鼻があたるっ、んっ! ああっ!」 ムラサメちゃんの膣からさらに透明な液が溢れ出す。 下着がぴったりと、幼い性器に張り付く。 形がくっきりとわかるほどに。 「ムラサメちゃん、ムラサメちゃん……」 俺は夢中になって、彼女の股間を唇と舌で愛撫する。 「んっ、あっ、あっ、はぁっ、ん……!」 「やっ、あっ、ご、ご主人、やっ、あっ、ん……」 「ああっ、だ、ダメじゃ、ダメなのに、こんなにいやらしいことは……」 「外で、オマ●コを舐めるなど破廉恥極まりないのだ……!」 「な、なのに、身体の奥の方が、熱くなって……!」 「くぅんっ、あっ、はぁんっ!」 愛液はとめどもなく流れ、ムラサメちゃんの腿を伝う。 はぁはぁ、という彼女の荒い息遣いに興奮する。 俺は止まれない。 こんな光景を前に、もう自制なんてできない。 「ムラサメちゃん、ずっと紐パンなんだ」 「紐パンが好き?」 指の腹で下着越しに、花弁を擦りながら尋ねた。 「はぁ、はぁ、す、好きというか……」 「ほ、他のぴったりしたのは、き、窮屈で好きでないのだ……」 感じながらも、律儀に答えてくれる。 「ムラサメちゃんが生まれた時代には、パンツなんてなかったしね」 「ああ、たぶん、そのせいじゃろうな……あっ、んっ!」 「そこは、いかん、あっ、はぁんっ!」 俺の指先が、濡れそぼったパンツの下にある、彼女の一番敏感な場所を探し当てた。 微かに膨らんでいるのがわかる。 クリトリス。 「やっぱり、ここがいいんだよね?」 「そ、そんなこと聞くでない……あっ! こ、こら! ご主人!」 俺は彼女の紐パンのリボンをするりと解いた。 ムラサメちゃんの性器があらわになる。 膣口は少しだけ開き、パンツとの間で愛液が糸を引く。 まだ数回しか交わっていない少女の性器は、まだ幼く初々しい。 可愛かった。 俺は彼女の陰裂に、直接唇を。 「はぁんっ! んんっ!」 「あっ、んっ、ご、ご主人、んっ、あっ、あああっ!」 「そ、そこは本来、舐めるところでは……あんっ、んんっ!」 「あっ、はぁんっ、だ、ダメじゃ、広げるな……」 「ああっ、そんなにじっと吾輩のオマ●コ見て、あっ、こ、こら、匂いを嗅ぐでないっ!」 「はぁんっ! んっ、あっ、あっ、はぁんっ、んんっ!」 「ああっ! そこは……くりくりするな、ダメダメ……」 「ああんっ! ご主人! はぁんっ!」 興奮したムラサメちゃんの太ももで、顔を強く押さえつけられる。 すべすべでつるつるの少女の白い腿の感触に、俺はどんどん高まってくる。 腕でそれを撫でながら、舌先で膣口を舐め回す。 クリトリスに唇で触れる。 「あああああっ!」 「んっ! あっ! はぁんっ!」 ぴくんぴくん! とムラサメちゃんの身体が大きく揺れた。 痛いほどに顔が太ももに挟まれる。 それでも、俺は執拗に彼女の弱点を責め続けた。 膣内に舌先を差し入れる。 「ご、ご主人の、舌が、んっ、あっ、はぁんっ!」 「吾輩の、ち、膣の中に、んっ、あっ、んっ、ああんっ!」 「ああっ、身体がどんどん火照る……ご主人が、吾輩の身体に火をつけたのだ……」 「はぁ、はぁ、も、もう止められん、あっ、はぁ、はぁ、んっ、ああっ!」 「ううっ、ご主人のせいだぞ……」 「は、はしたない娘になってしまった……!」 「はぁ、はぁ、んっ、せ、責任を取れ……!」 荒い息をあげてながら、愛液をどんどんしたたらせる。 「いいよ、ムラサメちゃん……」 「責任、取るよ……」 「はあっ! あんっ!」 俺の愛撫は止まらない。 俺は彼女のクレバスに、舌を這わせていく。 やがて、再びクリトリスに舌と唇が触れる。 「あああああっ!」 「ご、ご主人っ、んくっ、ご主人っ!」 「あっ、はぁんっ! くっ、んんっ!」 「そ、そこっ、そこが、い、一番、か、感じるのだ……」 「すごいっ、んっ、あっ、はぁん……!」 「膣が……オマ●コがじんじんする……!」 「身体の奥が、熱い……!」 「あっ、はぁ、も、もっと、欲しい……! 欲しいのだ……!」 顔を上げて、彼女の顔を見る。 月明かりの下でもわかる紅潮した頬と首筋。 唇からはたらたらと唾液が。 蕩けた表情で、快楽に酔っていた。 「ムラサメちゃん、もういきそう?」 「はぁ、はぁ、う、うむ……」 「もうすぐ、きっと……」 「すごく気持ち良さそうな顔してるよ、今のムラサメちゃん」 「な、生身の身体になったから、感じやすくなったのかもしれん……」 「前はこんなには……」 「前って、ムラサメちゃん、俺以外の人には触れなかったんじゃ」 「うっ、そ、そうじゃ……」 「だから、それは……」 急にもじもじしだす。 「ムラサメちゃん、どうしたの?」 「ご、ご主人が、吾輩に恥ずかしいことを言わそうとしたからじゃ!」 「へ?」 「だから、吾輩がおなにぃをして――って、なんでもないっ!」 「ああ、そういうことか……」 ようやく合点がいった。 「くっ、吾輩のとっぷしーくれっとを……」 「ご主人が無理矢理言わせるなんて!」 「何という恥辱ぷれいなのだ……!」 「ムラサメちゃんが、勝手にしゃべったんだろ」 強要はしていない。 「ううっ、軽蔑したか? ご主人……?」 「しないよ、そんなの」 「年頃の女の子なら、普通だよ。ただ……」 「ただ、何じゃ?」 「これからは、俺がずっと相手をしてあげるから」 「もう一人でしないで」 俺はそう言うと、クンニを再開した。 ぺろぺろと陰裂を舐め上げ、ぷっくりふくらんだクリトリスを甘噛みした。 「あっ、はぁんっ!」 「んっ、あっ、はぁんっ、んっ、ああっ!」 「くっ、あっ、はぁっ、んっ、ああああっ!」 「ムラサメちゃんムラサメちゃん……!」 俺は夢中になって、彼女の性器を責め続ける。 股間は痛いほどに膨張している。 性的興奮に、俺の身体もすっかり火照っていた。 「あっ、ああああっ!」 「ご主人、あっ、い、イくっ、イくっ……!」 「はぁ、はぁ、も、もう、吾輩は、あっ、んっ、あっ、ああっ!」 「ああああああああああああんっ!」 境内にムラサメちゃんの叫び声が響く。 俺の彼女が絶頂に達した瞬間だった。 可愛い花弁からは大量の蜜がとろとろとあふれ出す。 俺はまだ唇を彼女の股間に押し付けて、彼女の愛液を舐めとっていた。 「あっ、はぁっ、あっ、ああ……」 「んっ、あっ、あっ、だ、ダメだ、ご主人……」 ぴくん! と震えたムラサメちゃんに頭を押さえられる。 「た、達した後は、敏感になりすぎておるから……」 「も、もうオマ●コを舐められると……ああんっ!」 可愛い声であえぎながら、ムラサメちゃんが俺を制した。 「ムラサメちゃん、一休みしたい?」 「し、したい気もするが……」 「ご主人は、もう我慢できぬだろう?」 肩で息をしながら、ムラサメちゃんの目がチラリと俺の股間を見る。 「バレてた?」 「バレるも何も、吾輩とこんなことをしておるのだ」 「勃起していなかったら、それはそれで問題ではないか」 「女の子が、勃起とかって言っちゃダメっ!」 何だか恥ずかしくなってきた。 「おなにぃは良くて、勃起はダメなのか……」 「基準がわからん」 「まあ、俺と二人きりの時だけならいいけど」 「ふふ、安心せい、ご主人」 「こんな話、ご主人としかせんわ」 微笑する。 その笑顔を見て、俺はふいに胸が苦しくなる。 切なくなる。 ああ、俺はこの子を本当に好きなんだ。 そう実感した。 この子を抱きたいという衝動が、もう抑えられない。 「ご主人、落ち着いてきたぞ……」 「もう良いぞ……」 「吾輩と繋がるのだ」 まるで俺の心情を見透かしたように、ムラサメちゃんが俺にお尻を向けてくる。 「う、うん、いくよ」 俺はとっくに準備のできていたペニスを取り出す。 濡れた花弁に先端を触れさせる。 「ああ……」 「あ、温かいぞ、ご主人……」 膣口に亀頭が触れただけで、ムラサメちゃんは甘い声を出す。 「ああ、ご主人のが、もうすぐ……」 「待ち焦がれていた……」 「ムラサメちゃん……」 ムラサメちゃんの言葉に、胸がぎゅっと掴まれたようになる。 「毎晩でも、抱いてほしかったのだ……」 「ぎゅっと抱いて、接吻をして、ひとつになりたかったのだ……」 「でも、恥ずかしくて言えなんだ。ご主人は疲れておったしな」 「だが、本音はご主人から、求められるのをずっと待っておったのだ……」 「早う、挿入てくれ……」 ふりふりとお尻を揺らすムラサメちゃん。 愛液はまだ溢れ続けている。 「そっか、気がつかなくてごめんね」 「これからは、毎晩しよう」 俺はぐっとペニスの先端を、彼女の膣内に挿入し始める。 「あっ、はっ、んっ、あああっ!」 「入ってくる、んっ、あっ! ご、ご主人のがっ、オチ●チンがっ! あああっ!」 「はあっ! んっ、あっ、あああっ!」 ムラサメちゃんが背筋をそらした。 その時、膣内がぎゅっとしまり、心地良い圧迫感が伝わってくる。 「くぅっ……!」 俺は快楽に震えながら、彼女の腰をしっかりと抱き、挿入を続ける。 もっと、この子と深く繋がりたくて。 固くなったペニスで、ヒダを掻き分けてさらに前へと。 「はぁっ、んっ、あっ、くうん、んっ、んんっ!」 「ご、ご主人っ、ご主人っ!」 「あっ、はぁんっ、あ、熱いのじゃ……」 「ご主人の熱くて、太いオチン●ンが、吾輩の奥に……ああっ!」 「あっ、はぁっ、ま、まるで火箸を差し込まれてるようだ……!」 「あっ、はぁんっ!」 ムラサメちゃんは自ら腰を振り出した。 亀頭が膣壁でしぼられるように、刺激される。 ヒダヒダが絡み付いてくる。 「ム、ムラサメちゃん……!」 「激しいよ、んっ、くっ…!」 「そんなにされたら、俺……!」 すぐにでも暴発してしまう。 俺だって、しばらくしてなかったのだ。 溜まっていた精液が、すぐにでも出てしまう。 「あああっ! ダメじゃ、我慢など無理じゃ!」 「か、勝手に、腰が、震えて、動いてしまうのだ!」 「はぁんっ、んっ、あああんっ!」 「あっ、あっ、あああっ!」 「んっ、あっ! ご、ご主人! もっと、もっと突いてほしいっ!」 「吾輩のオマ●コを、もっと、激しく……!」 彼女の言葉に俺はせりあがってくる射精感を必死でこらえる。 腰を何度も、前後させる。 大量の愛液が潤滑油になり、滑りがいい。 速く、何度も彼女の中で、ペニスを擦らせる。 痺れるような快感と、彼女の体温に、俺は身体を震わせる。 「あんっ、んっ! はぁんっ!」 「はぁ、はぁ、はぁ、ご主人、ご主人っ!」 「吾輩のご主人……!」 「ずっとずっと待っておったのだ……!」 「吾輩は、きっと、ご主人と出会うために……!」 「う、生まれてきたのだ……!」 「ああああああっ!」 「ム、ムラサメちゃんっ!」 「あっ、くっ、ううっ!」 彼女の言葉に、胸が熱くなる。 俺達はパンパン! と二人が交じり合う音を境内に響かせた。 男の性器と女の性器が、激しくぶつかり合う音。 男女のまぐわう、愛し合う音が、神聖な神社の境内で響く。 「はぁ、はぁ、あっ、んっ、あっ、あっ、ああっ……!」 「ご主人っ、ご主人っ!」 「愛してるっ! 愛してるのだっ……!」 「お、俺もだよ!」 「俺もムラサメちゃんを愛してる!」 「だから、俺といっしょに人として生きてほしいっ!」 「もう自分を責めないで、幸せになってほしい!」 俺は彼女とセックスをしながら、彼女に気持ちを伝えた。 ああ……。 やっと言えた気がする。 本当に言わなければいけない言葉を。 「ああんっ! んっ、あっ、はぁんっ、ご、ご主人っ!」 「はぁはぁ、う、嬉しいっ、嬉しいのだっ!」 「わ、わかった……!」 「吾輩は、人になる……!」 「人として、ご主人と生きるぞっ……!」 「だ、だからっ、んっ、あっ、はぁんっ!」 「わ、吾輩と、ずっといっしょに、居てくれっ!」 「もう帰れなどと、強がりは言わん!」 「んっぁっ、やっ、はぁん、ご主人、ご主人……!」 「吾輩といっしょに歳を重ねて、末永く二人で……」 「もちろんだっ!」 俺達はひとつになったまま、約束する。 二人で生きていくことを。 「ああんっ! はぁはぁ、あっ、くっ、あっ、ご、ご主人のが……」 「どんどん、熱く固く……!」 「あんあんあんっ! も、もう限界じゃっ、んっ!」 「か、身体の芯が熱くなって……!」 「あっ、ああ……!」 ぷるぷるとムラサメちゃんが、震えだした。 俺の身体も信じられないくらい、震えていた。 愛する少女と、心と身体を重ねている喜びに打ち震えていた。 「ム、ムラサメちゃん……!」 「お、俺……!」 睾丸が俺にもう耐え切れないと、伝えてきた。 射精を我慢しきれない。 「はぁ、はぁ、い、いいぞっ、ご主人っ!」 「んっ、あっ、はぁ、はぁ、ああっ!」 「わ、吾輩も、もう達して――あっ!」 「くうっ!」 俺は根元まで、ペニスを彼女の膣に突き刺した。 ムラサメちゃんの膣壁が俺の亀頭や、サオをぎゅうっと抱きしめた。 「あっ、で、出るっ!」 俺は―― 「ああああああああああっ!」 どっくん、と脈を打つ俺の睾丸。 俺は尿道を通して、ムラサメちゃんの中に思い切り精を放つ。 「あっ、はぁん、んっ、あっ……」 「んっ、あっ、で、出てる、はぁ、はぁ……」 「ご主人の温かいのが、たくさん吾輩のオマ●コに……」 「はぁはぁ、き、気持ち良い……」 ぴくぴくと身体を震わせるムラサメちゃん。 膣からは、収まり切らなかった精子がどろりと溢れ、地面に落ちた。 「くうっ!」 「あっ、あああああああっ!」 俺は射精の瞬間、ペニスを彼女の膣から引き抜き精子で彼女の身体を、白く染めた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「んっ、あ……、はぁっ、ご主人……」 「ご主人の、匂いで充満しておる……」 「愛おしい愛おしいご主人の匂いじゃ……」 ムラサメちゃんは、俺を見てうっとりとした口調で言った。 俺も感じてる。 俺の精液と彼女の愛液が混じりあった匂いだ。 二人で愛し合った余韻に浸る。 月明かりの下、半裸のままで抱き合った。 そして、しばらくしてから、身なりを整えて立ち上がる。 「明日もあるし、そろそろ戻ろうかムラサメちゃん」 「そうじゃな」 「しかし、まさかこんな場所でいたしてしまうとは……」 「大胆すぎたかもしれんな、反省だ」 「……」 俺はそんなことを言うムラサメちゃんに。 微笑して、彼女の頭を撫でながら言った。 「大丈夫だよ」 「今夜のことは、俺とムラサメちゃんと――あいつしか知らない」 俺は月を見上げる。 「……」 「……そうじゃな」 「今夜はよく眠れそうじゃ……」 ムラサメちゃんも、俺と同じ月を見つめながら微笑した。 俺に寄り添う少女の感触を感じながら、思った。 いよいよだ。 ずっとムラサメちゃんを見守ってきた、月よ。 お前も良ければ彼女のために、祈ってくれ―― 『おじゃましま~す』 「どうぞ。っていっても、俺の部屋じゃないけど」 「ゴメンね、こんな時間にお邪魔して」 「店があるから仕方ないよ。まあ適当にして」 「綺麗にしてるんだね。やっぱり旅館の人が掃除してくれてるの?」 「いや、食事以外は全部自分でするようにしてる」 「さすがにこれ以上迷惑はかけられないから」 「ほほぅ……意外としっかりしてるんだね。子供の頃は甘ったれだったくせに」 「そっ! そういう子供の頃の話はいいだろ!」 「それよりも本題だよ、本題」 「そうだったそうだった。準備してきたよ」 そう言いながら、芦花姉はテーブルの上に沢山の珈琲豆を挽いた物を並べていく。 「これ、お姉ちゃんが味を決めたの?」 「お店の人と相談して豆の種類や比率を変えてみながらね」 俺が珈琲の案を提示してから一週間ほどが経っていた。 芦花姉の行動は思っていたよりも早く、すぐに仕入れ業者に相談。 いくつかのブレンドを提案してもらい、芦花姉が確認。 そして選んだ物を、みんなで味わってみて欲しいと頼まれたのだ。 「しかし、芦花姉のフットワークは軽いな」 「まあね。大規模でやってるわけでもなし、すぐにできそうなことはすぐにやる方がいいから」 「でも、なんでお兄ちゃんの部屋? どうせなら、お店でやった方がいいんじゃないの?」 「お父さんに見られたくない」 「こういうことって、途中でなにか言われるのが一番ムカッとするからね」 「ああー……その気持ちはわかる」 「だから、最初から答えを提示して、是非を問いたいの」 「それはいいんだけど……私、役に立てるかな?」 「アタシはいろいろ考えちゃうから。直感的に味の感想を言える人が欲しいんだよ」 「まあ、そういうことなら」 「だから、よろしくお願いします」 「ううん、アルバイトしてるんだもん。もちろん協力させていただきます」 「俺も。焚き付けた責任ぐらいは取るよ」 「ありがとう、2人とも。それじゃあ早速、淹れてみようか」 「最初に蒸らすのが大切なんだって」 少しお湯を注いだだけでも、珈琲のいい香りが漂い始めた。 「ん~……結構いい匂いがする」 「インスタントでは味わえない楽しみ方だよな、これは」 「お父さんがインスタントコーヒーを飲んでたりするけど、こんなにいい匂いはしてなかったよ?」 「そこら辺はインスタントとレギュラーの大きな差かもね」 「ちゃんと淹れ方も教えてもらったんだよ」 「こうして丁寧にお湯を注いでー、雑味が出ないように気を付けてー……」 「お店で取り入れることになったら、私も覚えないとね」 「結構難しいんだよねー、意外と。同じ豆を使っているはずなのに、同じ味に出来なかったりして」 「そうなんだ? それは確かに難しそうだ」 「で、できるかな……ちょっと自信なくなっちゃいそう」 「ちゃんと練習すれば大丈夫だよ」 「まっ、実際に店で出すかどうかはまだわからないしな」 「ちょっとまー坊、そんな言い方は止めてもらえないかな」 「アタシはこれを主力選手にするつもりで頑張ってるんだから」 「ゴメン、そうだね。失礼しました」 「わかってくれれば、よろしい。って、こんなものかな」 そうして俺の前に差し出されるカップは3つ。 小春の前にも、同様に3つのカップが差し出される。 「さぁ、どうぞ。と言いますか、左端から味の確認よろしくお願いします」 『いただきま~す』 俺と小春は、その珈琲に口をつける。 最初に軽い苦み。それと酸味が口の中に広がった。 インスタントコーヒーとは全然違う。インスタントコーヒーはなんていうか……味がよくわからなかった気がする。 苦いのか、酸味があるのか、薄いのか、濃いのか……まあ淹れ方の問題や、選んだ種類に問題もあったのかもしれないが。 でもこの珈琲は苦味や酸味が感じられて、ちゃんと味というものがわかる。 「どうでしょう?」 「――うっ……う、うん。美味しいんじゃ……ないかな……あと、香りはいい!」 「………」 「香りはいいけど、ちょっと苦味が濃すぎない?」 「甘い物に合わせてってことなら、ブラックで飲む人も多いんじゃないの?」 言いながら、準備されていた団子も食べてみる。 「あっ、でも団子の甘さとは合うな」 「え? 本当? 私もお団子いただきま~す、あむ……もぐもぐ」 「はぁぁ、お団子美味しい~……」 「………」 「そっか。ちょっと濃いかもしれないか」 「じゃあ真ん中のはどうかな?」 「こっちは……コクコク……あ、単体で飲むには、これぐらいのバランスの方が好きかも」 「団子とも……うん、合ってると思う。最後に味の余韻があるんだけど、それがまた団子と合ってると思う」 「こうして団子を食べると、んんっ、団子と珈琲の両方にほんの少し味の変化もあってさ」 「ふむふむ、なるほど。小春ちゃんは?」 「あ……こっちの方が飲みやすいかも。お団子は……」 「んん~、お団子美味しい~……」 「2人とも真ん中の方が好み、ってことだね」 「さて、最後は……んっ……んん!? なにこれ、うめぇ!」 「え!? じゃあ私も……ずず……」 「あっ! 本当だ、味もしっかりあるのに飲みやすくて……あっ、あれ? お砂糖入れてないのに……甘味もある?」 「すごいよ、芦花姉! この珈琲、今までに飲んだことないぐらい美味しい!」 「あ、でも……団子に合うかどうかってなると……んん」 「合わないことはないけど……団子を含めてなら、真ん中の方が好きだな」 「私は……んーっと……真ん中か右端のどちらかなら、って感じかな」 「そっか。真ん中か右端か……」 「何か問題ある?」 「そういうんじゃないけどね、単純に……右端のヤツ、結構お高い豆なんだよね」 「へー、やっぱり違うものだなぁ」 「うん。確かに、他のとは味が違ってたよ」 「そっかぁ……高いには高いなりの理由がちゃんとあるんだねぇ」 「真ん中のは? こっちも高いの?」 「そっちは普通。価格を考えると、現実的なブレンドかな」 「ちなみにお姉ちゃんは、どれがいいと思ってるの?」 「アタシ? 実は……なんかねー、色々飲み過ぎて自分ではわけわかんなくなっちゃって……この3つの中なら……って感じで」 「でも、2人の意見を聞いて、真ん中で勝負しようかなーって気にはなってるかな」 「俺はいいと思うよ」 「うん、私もそれでいいと思う」 「それでも心配なら……祖父ちゃんとかにも意見をもらってみたら?」 「そっか! ここなら、人が沢山いるもんね! ちょ、ちょっと行ってくるよ」 「それはいいけど、仕事中の人には――」 「それぐらいのことはわかってるから。2人は珈琲とお団子を楽しんでて」 そう言って、豆を挽いた粉を手にして芦花姉は駆けて行く。 「……さてと、それじゃあ……俺、ちょっと厨房に行ってくるから、小春は少し待っててくれ」 「え? あ、うん……でも、なんで厨房?」 「ほい。お待たせ」 そう言いながら、テーブルの上に牛乳と砂糖を置く。 「ただの牛乳だけど、ないよりはいいだろ?」 「お兄ちゃん?」 「小春、実は珈琲の味、ほとんどわかってなかっただろう?」 「うっ……それは、その……はい」 「ブラックが苦手なんて別に普通なんだから、正直に言えばいいのに」 「だって、そういうことしてたら、お姉ちゃんの役に立てない気がして」 「お客さんの中にだって、砂糖やミルクを入れる人は多いんだから、小春はそういう視点でよかったんだよ」 「というか……気付いてたんだ?」 「そりゃなぁ……アレだけ眉をしかめて、団子を美味しそうに食べてればなぁ」 「……ごめんなさぁい」 「謝る必要はないから」 「それよりほら、ミルクや砂糖を入れて、小春の感想をちゃんと芦花姉に伝えてあげた方がいい」 「うん。ありがとう、お兄ちゃん」 ニッコリ笑った小春が、ミルクと砂糖を珈琲に加えていく。 「お兄ちゃん、よくあんなに苦い物を飲めるね、苦いの美味しいの?」 「別に苦いのが美味しいとは思ってないけど……苦味がなくなるぐらいドバドバ砂糖を入れたのも苦手だから」 「それに今回みたいな珈琲だったら、結構ブラックでも美味しく感じたな」 「あっ、それは私も。苦かったけど……でも、他にも味がちゃんとしたから」 「最初からそう言えばいいのに。成長したと思ったけど、そういうところは成長してないな、はは」 「うー……それもこれも、お兄ちゃんや廉兄が私をイジメたからだよ」 「悪かったって。でもな……俺だって子供の頃のままじゃないんだ。昔みたいに置いてったりしないから」 「無理に背伸びしなくていいんだ。今はさ、ちゃんと4人組なんだから」 そうして俺は、小春の頭を優しく撫でてやる。 「……うん……ありがとう、お兄ちゃん」 小春は嫌がることもなく、珈琲をスプーンでかき混ぜていた。 「えへ……えへへ……なんか、こうしてると……本当に昔を思い出すかも」 「……ん?」 「昔も、私が泣いたときにはお兄ちゃんがこうして慰めてくれた気がするから」 「そうだったか?」 「でも……あの頃とは、全然違うね。お兄ちゃんの手、すっごくおっきくなってる」 「まあ子供の頃と比べるとな」 「おっきくて、ごつごつしてて……男の人って感じがする……えへへ」 「小春は……なんだか昔よりも小さくなったな」 「お、お兄ちゃんがおっきくなりすぎてるんだよ!」 「冗談だよ、冗談。女の子らしくなったと思ってるよ」 「本当に? ウチのバカ兄にはよく『可愛げがない』って言われるけど」 「まあ、兄妹だからな。俺は最初見た時、本当にびっくりしたぞ。小春が女の子っぽくなってて」 「お、お兄ちゃんってば、そんな褒めても何も出ないよ、えへへへ」 嬉しそうにそう言いながら、ミルクと砂糖を入れた珈琲を飲む小春。 「あっ……美味しい……。インスタントとは全然違うね、これ」 「そうだな。インスタントじゃ出せない味だな」 「美味しいって、よくわかるよ。すごいなー、こんなに違うんだ……これなら私も、お店で珈琲を頼んじゃうかも」 「その感想、芦花姉に伝えてやれよ」 「うんっ!」 その後、色んな人に感想をもらってきた芦花姉にはもう迷いは見えなかった。 自信を持ったというよりは、真ん中の珈琲で挑戦する覚悟を決めたらしい。 「よしっ、頑張るよ。お父さんが何か言っても、そう簡単に引き下がらない」 「邪道とかそういう印象の話じゃなくて、味で決めてもらうようにする」 「俺は本当に美味しいと思ったから」 「私も! 甘い物にちゃんと合うと思うよ」 「ありがとう、2人とも」 「今日はこんな時間までごめんね」 「送っていくよ」 「いいって。アタシはもう、れっきとした大人ですので。小春ちゃんもアタシが送って行くから」 「でも俺、男だしさ」 「気持ちはありがたいけど、帰りはまー坊が一人になるじゃない」 「いくら男でも学生なんだから。夜遅くに出歩くんじゃありません」 うーん……学生であることを持ち出されると、反論できない。 「じゃあね、まー坊。今日は本当にありがとう」 「役に立てたならよかったよ」 「バイバイ、お兄ちゃん」 「おー、またなー」 そうして俺は、2人の背中を見送ったのだった。 「はぁ~~~……」 「よかったね、お姉ちゃん。珈琲が決まって」 「ありがとう、小春ちゃん。でも……本番はこれからだよ」 「そうだったね、ちょっと気が早かったかも」 「でも旅館で色んな感想を聞けて、少しは自信が出てきたよ。はぁ……これもまー坊のおかげだね」 「よかったね、お兄ちゃんをアルバイトに誘って」 「うん、本当に。あとは……お店の戦力になってくれる日を待つだけかな」 「まだダメなの?」 「覚えが悪いとか、足を引っ張ってるわけじゃないんだけどね。もうちょっと……自分で仕事の流れを読めるように」 「っていうのは、欲張り過ぎだね。初めてのバイトだって言ってたし、むしろ十分過ぎるかも」 「そうだよ、お兄ちゃんは凄く頑張ってるよ。一日でも早く戦力になれるようにって!」 「お皿を割ったりしたわけでもないし、掃除やおじさんの手伝いはそつなくこなしてるみたいだし」 「そりゃ確かに、接客は不慣れかもしれないけど……でもね! でもね! 凄く頑張ってるんだよ!」 「すっごく真面目に勉強してるんだから! きっとすぐにお店の戦力になれるはずだよ! だからお姉ちゃんも信じてあげて欲しい――」 「……ふぅ~ん」 「なっ……なに?」 「小春ちゃん、まー坊のことをよく見てるなぁ~、と思って」 「え? そうかな? たまたまその時、一緒にいたから」 「頑張ってるんだから、ちゃんとそのことは認めてあげて欲しいだけだよ」 「だから、別に認めてないわけじゃないってば。むしろ優秀だからこそ、欲が出ちゃっただけ」 「本当に感謝してるよ、色々とね」 「色々……」 「しかし、まー坊ってば本当に成長したもんだね……ちょっと驚いちゃった」 「私も驚いちゃったよ。お兄ちゃんは優しいけど、廉兄と一緒に騒いでた印象ばっかりだったのに……」 「真面目な顔つきはすっかり大人になってて……身体も成長してて……実は、ちょっとドキッとすることがあったりなんかしたり」 「へぇ~……ドキッとするんだ?」 「うぇ!? ちょ、ちょっとだけだよ?」 「ちょっとでもなんでも、ドキッとしたんでしょう?」 「そっ、そりゃ、したのは本当だけど……でもちょっと! 本当にちょっとだけだから!」 「……ふふ~ん? 小春ちゃんがそんな風にドキッとするなんて、初めてなんじゃないのかな?」 「もしかしてぇ……まー坊のこと、好き?」 「――しゅきっ!?」 「おっと、顔が赤くなったねぇ~」 「それはお姉ちゃんが変なこと訊くからぁ!」 「そりゃ……お兄ちゃんのことは嫌いじゃないよ。優しいし、真面目だし…その、格好もいいし……」 「でも、別にお姉ちゃんが思ってるようなことじゃないから! そういうのは邪推って言うんだよ!」 「えー、そんな照れなくても。ほら、何か困ったことがあったら、お姉ちゃん相談に乗っちゃうよ~?」 「で? で? どうなの、小春ちゃん♪」 「だからそういうのじゃ――もう! 知らない! 私帰るから!」 「ごめんごめん、怒らないで。っていうか、置いていかないでー」 「………」 「………」 土曜日の朝、真剣な顔で対峙する親子。 そんなピリピリする雰囲気の中、俺は存在感を消しながらジッと2人を見つめる。 「これを、お店の新しい飲み物として展開していきたいの」 「お父さん、何も言わずにこれを飲んでみて下さい」 「この珈琲はそれだけで飲んでも美味しいし、ウチの味も邪魔しないと思うんだよね。だから……どうかな?」 差し出されるカップ。 一瞬渋い表情をしながらも、おじさんはそれを手に取った。 「ふんっ……珈琲なんて、ずずっ」 「……んっ、ほぉぅ……」 これは……なかなかいい反応じゃないか? 一瞬、おじさんの顔が驚きつつも、感嘆するような息を漏らした。 「……やっぱり邪道だな」 「えぇ!? なんかさっき『なかなかやるじゃねぇか』みたいな息だったのに!?」 「そっ、そんな息、出してねぇよ、バカ言うな」 「………」 なんかツンデレっぽいな、この人。 「お母さんはどう思う?」 「アタシは珈琲苦手。それよりも、抹茶ソーダの研究してるから気にしないでー」 「………」 そしてこっちは軽いなぁー……。 「邪道とかそういう気持ちは別にして、味で判断して欲しいの」 「お父さんも味にプライドを持ってるのなら、この珈琲も味でちゃんと正直に答えて」 「……味は……悪くはないな。以前の苦いだけのものとは違う」 「インスタントとは全然違うもんだな」 やっぱりツンデレだ、この人! しかも結構チョロイ! 「そ、それじゃあ……いいの?」 「……社長はお前だ、好きにしろ」 「じゃあ、好きさせてもらうから。試しに出して、お客さんの反応を見てみるからね」 「反応が悪かったら、すぐに止めろよ」 「わかってるよ。他の商品の邪魔をするぐらいなら、すぐにやめるから」 「それがわかってるなら、やってみればいいんじゃないか」 「うん!」 「ただし、味についてはもう少し考えてみたいが」 「えー……何が気に入らないの?」 「全体的に濃くないか? もう少し薄味の方が、甘味を邪魔しないんじゃないかと思うんだが」 「でもそうするとコクがなくなっちゃうかもしれないから……」 「………」 2人は珈琲について、前向きに話し合っている。 「活き活きしちゃって」 「これも、有地君のおかげね」 「いや、俺は別に何もしてませんから」 「でも珈琲も抹茶ソーダも、有地君のアイディアなんでしょ?」 「アイディアって言うほどでもないですよ」 「それに珈琲の味を決めて、おじさんを納得させたのは芦花姉自身の努力です」 「やった……やった、ふふふっ」 芦花姉、本当に嬉しそうだ。 これで少しは、コンプレックスが解消されたかな? 「ほら、浮かれてないで、とっとと店を開ける準備をしろ」 「はーい♪」 まるで少女のように……って言うと本人は怒るだろうけど。 それでも芦花姉は無邪気なまでに、嬉しそうに笑っていた。 学院を卒業して、もう働いたりして、大人だと思ってたけど……中身はまだ、意外と子供っぽいのかな? 「まー坊、まー坊! お父さん、認めてくれたよ。アタシの決めた珈琲を」 「芦花姉、少しは落ち着こう。このままだとはしゃぎ過ぎて、なんか失敗しそうだから」 「そ、そうだね。いけないいけない。でも、つい嬉しくって~」 嬉しそうな芦花姉。 その笑顔は今までに浮かべていた笑顔とは違う……無邪気で、どこか子供の頃を思い出させる笑顔だった。 そんな顔を見せられたら、思わず俺の顔まで綻んでしまう。 気付けばニッコリ笑いながら、俺は芦花姉を祝福していた。 「おめでとう、芦花姉」 「うん! ありがとう、まー坊!」 「今日から珈琲を出すの?」 「流石に準備が整ってないから、今日は無理かな」 「でも、お父さんの気が変わらないうちに出しちゃうつもりだから」 「その時はまー坊も、ちゃんと淹れ方を覚えてね」 「もちろん。美味しい珈琲が淹れられるように頑張るよ」 「うん、よろしくね♪」 「おはようございまーす」 「おはようございます」 「あっ、小春ちゃんに内藤さん。今日も一日、よろしくお願いしますね」 「は、はい……頑張ります」 「………? お姉ちゃん、なんだか今日はご機嫌だね」 「例の珈琲、おじさんに認められたんだよ。それが嬉しくって仕方ないみたいだ」 「そっか、だからあんなに喜んで――って、おおおおお兄ちゃん……ッ!」 「おはよう、小春」 「おおおお、おはっ、おはよう、ございます」 「おはよう、有地君」 「はい、おはようございます」 「さっ、開店準備をするか」 「そっ、そうだね、準備しないと。だから……だから……私着替えて来るっ!」 「………?」 小春はそのまま、騒々しいぐらいにバタバタと奥に駆け込んでいった。 「小春ちゃーん、ちょっと待ってー」 「……もしかして今……避けられた?」 「あ、あの、抹茶パフェと……プリンの用意、お願いします」 「ああ、了解だ」 「じゃ、じゃあ、よろしくねっ」 「………」 「小春ー、ちょっといいか?」 「なっ、なに!? お兄ちゃん」 「タイマーの電池が切れちゃったんだけど、新しい電池の場所って知ってるか?」 「で、電池なら……白玉粉や小麦粉を保管してる隣の棚の引き出しにあるはずだから」 「あっ、お、お客さんが呼んでるから行かなくっちゃ!」 「あ、ああ……ありがとう」 「……チラっ」 「………」 「……チラっ、チラっ」 「………」 「あの……」 「なっ、なに!?」 「俺に何か、言いたいことでもあるのか?」 「ないです! そんなのない! だって従兄だもんっ、そ、そんなの……あるはずないよ」 「お、おぅ……」 話の繋がりがおかしい気がするんだけど……。 「わ、私っ、休憩に入らせてもらうね!」 「ああ……お疲れ……」 まるで俺から逃げ出す様に、小春はバタバタと走り去っていく。 どうでもいいけど、店の中で走るのはやめた方がいいぞ、小春。 「あっ、有地君。表の掃除、頼んでもいい?」 「はい。わかりました」 「ぁぁぁ~~~……ぅぅぅ~~~……」 「お姉ちゃんが変なこと言ったりするから……お兄ちゃんの顔、真っ直ぐ見れない……」 「そりゃドキッとすることはあったし……お兄ちゃんは格好いいと思うけど……でも従兄なんだから」 「好きだなんて、そんなことないもん。そんなこと……」 「………」 「ぁぁぁ~~~……ぅぅぅ~~~……」 「もっと普通にしなきゃ、こんなんじゃ変に思われちゃうよぉぉぉ~~~~……っ!」 「……しかし、今日の小春はなんか変だな」 「ふふふ、気になる?」 「芦花姉」 「小春ちゃんのこと、気になる?」 「そりゃ気になるよ。なんか変だもん。でも風邪ってわけでもなさそうだし……」 「もしかして――」 「もしかして!?」 「怒ってんのかな?」 「……はぁ? 怒る? どうして?」 「だってほら、バイトは小春が先輩だろ?」 「その先輩を差し置いて、店のメニューのことに口を出したりしたから」 「………」 「なにその顔。なんかすっごい腹立つんだけど」 「なんでもない。ちょっとまー坊の鈍さにげんなりしただけ」 「じゃあ……もしかして、俺が役立たずだから? イライラしてるとか?」 「……まー坊……」 「なに? これも違うの?」 「はぁぁ……もういい。とりあえず、怒ってるわけではないと思うよ」 「そ、そうなのか……」 「それじゃあね、まー坊」 「あれ? どっか行くの?」 「仕入れ業者さんとの打ち合わせにね。珈琲の味の調整についても、相談しなくちゃいけないから」 「そういうわけで、お店は任せた」 「了解。いってらっしゃいませ、社長!」 「だから社長はやめなさいってば」 軽く俺を小突いて、芦花姉はそのまま行ってしまった。 その足取りは、どこか軽そうに見えた。 完全に納得させられたわけではないけど……それでも嬉しかったんだろうな。 珈琲を認めてもらえて。 「……うん」 あの時の悩み、苦しんでいる雰囲気はなくなったみたいで、本当によかった。 「さてと……掃除はこれでいいかな」 「お疲れ様、有地君」 「お疲れ様です。掃除、終わりました」 「ありがとう。じゃあ、今のうちに休憩取っちゃって」 「はい。あっ、そうだ!」 「ちょっと買い物に行きたいんですけど、外に出てもいいですか?」 「時間内に戻ってくれれば、何の問題もないよ」 「ありがとうございます」 「ん~……終わったぁ~……」 「お疲れ様、まー坊」 「お疲れ様です。お先に失礼しますね」 「あ、はい。お疲れ様です」 「さてと、ちゃっちゃと片付けちゃわないとね」 芦花姉は手早く、テーブルを片付けて行く。 そして以前のように、皿やグラスを積み上げて―― 「ストップ。力仕事は俺の仕事だから」 その積み上げられた皿を、俺は奪うように持って行く。 「……まー坊ってば、ナマイキ」 そう言った芦花姉だが、その顔は不満げではなかった。 むしろ……なんか、嬉し恥ずかしって感じだろうか? 「芦花姉は他の仕事、よろしく」 「はーい」 そうして、店の片付けをする中で気になったのはやはり―― 「ぅぅ……ぅぅ……」 と、何故かキョドっている小春。 今日はなんか変だったけど……大丈夫かな? 「小春」 「はっ、はいっ」 「大丈夫か? なんか今日は少し変だったけど」 「う、うん……ごめんね、心配をかけちゃって。でも平気だから」 「今はちょっと変かもしれないけど、すぐにいつも通りに戻る! あ、あんまり気にしないで、えへへ」 「それならいいけど……」 まあ、本人が誤魔化そうとしていることを、深くまでほじくるのもよくないか。 「なにか困ったことがあったら、いつでも相談しろよ。小春の力になるから」 「まっ、俺なんかじゃ頼りないかもしれないけどな」 「そんなことないよ! お兄ちゃんは、優しくて、頼りがいもあるよ!」 「………」 「………。~~~ッ!?」 「ご、ごめんなさい……急に大きな声を出したりして。やっぱり私、ダメかも……」 「いや、そう言ってもらえて嬉しかったよ」 そう言いながら、俺は小春の頭を撫でる。 「ッッ!?」 その瞬間、小春が弾けたように身体を震わせた。 「あ、悪い……」 「あ、ちがっ、ちょっとビックリしただけだから。嫌じゃないよ! 嫌じゃない!」 「むしろお兄ちゃんに撫でてもらえると嬉しくて……疲れも吹き飛んじゃうぐらい」 「そうか。じゃあ、今日も一日お疲れ様ってことで、撫でてやろう」 「うん。えへ……えへへ……」 その髪をワシャワシャと、冗談っぽく撫でてやる。 俺の手に撫でられ、嬉しそうに笑う小春は、いつもと変わりないように思えた。 「今日は……なんかごめんね、避けるみたいなことして」 「明日からはまた、いつも通りに戻ってるから」 「そっか。なら安心だ」 「でも本当に、困ってることがあるなら相談してくれていいからな」 「うん……ありがとう、お兄ちゃん。えへへ……」 「さすがにもういいよ、おかげで疲れも吹き飛んだから」 「そうか」 「それじゃあ、お先に失礼します」 「送って行くよ。もう少しだけ待っててくれないか?」 「いいよいいよ、気にしないで。ちょっと1人で歩きたい気分なんだ」 「顔を冷ましてから帰らないと……廉兄にバカにされちゃう」 「確かに顔が真っ赤だ……どうした?」 「なんでもない、あは、ははは」 「とにかく今日は本当にごめんね。あと……ありがとう、お兄ちゃん。それじゃあまた!」 「ああ、またな」 多少、ぎこちないところもあったけど……昼間ほど変と言うわけではない。 「別に小春を怒らせたわけでもなさそうだった」 この分ならきっと、明日からはまたいつも通りに戻れるだろう。 「……ジー……」 「なに? 芦花姉」 「もしかして芦花姉も頭を撫でて欲しい? 撫でてやろうか?」 「まー坊ってば、本当にナマイキ。そんなことしてもらわなくても結構です」 「今のは邪魔しちゃいけないと見てただけ」 「邪魔?」 「それはまあいいから、まー坊、この後ちょっとだけいい?」 「なに? 残業?」 「新しい珈琲豆のブレンドのサンプルを作ってもらったから、味わってみない?」 「んっ……あ、こっちの方がいいかも」 芦花姉が準備してきた新しいブレンド。 こちらの方が余韻が心地いい。それに、香りもこっちの方が好きだな。 「やっぱりそう思う?」 「やっぱりってことは……芦花姉も?」 「悔しいけど、認めざるを得ないんだよね。お父さんのアドバイスを聞き入れた方が、美味しいって」 「そこら辺は経験の差ってやつなのかな……?」 「でも珈琲を納得させたのは、芦花姉の努力の成果だと思うよ」 「だから、落ち込んだりはしなくていいと思うよ」 「あ~あっ、年下に慰めてもらうなんて情けない」 「仕方ないんじゃないか? この環境だと、愚痴れる相手には限りがあるだろうしさ」 「さてと、じゃあ俺はそろそろ帰るよ」 「あ、うん、ごめんね、珈琲飲んでくれてありがとう」 「いや、それは別にいいよ」 「おっとそうだ! 忘れるところだった、芦花姉に渡す物があったんだ。ちょっとゴメン」 「んん?」 俺は厨房の冷蔵庫から、冷やしていた生菓子と、見つからないように隠しておいた花を取り出す。 そして芦花姉の元に戻り―― 「お疲れ様。それから、おめでとう」 そう言って俺はシュークリームと、花束を差し出した。 「………」 「なに、これ……どうしたの?」 「ガーベラ。珈琲を認めてもらえた記念。ま、シュークリームはコンビニなんだけどね」 「あと……俺の小遣いじゃ“花束”とまではいかなくて、申し訳ないんだけど」 花って……思ってたよりも高いんだな。 花束に出来るほどの余裕がなくて、少しだけになってしまった。 「よく考えたらさ、卒業の祝いとか、就職の祝いとかも今までしてこなかっただろ?」 「だからまあ、そういうの全部まとめちゃって悪いけど。良ければ、どうぞ」 「あ、うん……あ、ありがとう……まー坊」 不意打ちを食らったように、芦花姉は軽く呆然としながら、俺の花を受け取る。 「綺麗……アタシ、花なんてもらったの、初めてかも」 「俺も花なんて贈ったのは初めてだよ」 「まさか、まー坊がこんな気の利かせ方をするなんて……」 「キザっぽーい。ナマイキー」 「芦花姉の中の俺の評価、低すぎないか?」 「だってしょうがないじゃない。子供の頃しか知らないんだから」 「にしたって……はぁ……まあいいや」 「邪魔になるようなら捨ててくれてもいいよ」 「そんなことしない、するわけないでしょう。レジにでも飾らせてもらうよ」 「うん。じゃあ、俺は帰るから」 「お疲れ様」 「さてと、今日のご飯はなーにっかなー」 ………。 「花……もらっちゃった……」 「………」 「あー……マズイなー……この不意打ちはちょっとマズイよ、まー坊……」 「まさかこんな辱めを受けてしまうなんて……」 「なんか想像以上に嬉しい……」 「でもマズイ……これはマズイってば……」 「では、レントゲンを撮らせてもらえますか、ムラサメ様」 「わかった」 数日後。 俺は再びムラサメちゃんを伴い、駒川さんの診療所に訪れた。 ムラサメちゃんの経過を見てもらうためだ。 俺は一人、丸椅子に座って二人が出てくるのを待つ。 「……」 待つ。 「…………」 とても待つ。 「………………」 超待つ。 「…………ちょっと遅くない?」 もしかしたら、全然治ってないとか……。 いや、でもだったらムラサメちゃんはもっとツラそうなはずだし……。 いやいや、だけどもし新たな問題が見つかったとか……!? 「ううっ、ツライ……!」 一人で待っていることに耐え切れない。 レントゲン写真を撮るのに、こんなに時間がかかるわけがないぞ。 いかん、何かショッキングな事実が、ムラサメちゃんに直接告知されてたら……! いてもたってもいられなくなる。 「お、俺も中で話を――」 聞かねば、と思って立ち上がった時。 「ん? 有地君、君……」 「どうした、ご主人顔色が悪いぞ」 ようやく二人が出てきた。 「駒川さん!」 「何だい?」 「ムラサメちゃんは助かるんですか?」 「はっ?」 「もし移植手術とかが必要なら、俺の――」 「待て待て、何を慌てているご主人」 「吾輩がどうして、手術をするのだ!」 「もう病は完治したのに、縁起でもないことを言うな」 「へ? 完治したの?」 「ああ、もう完全にムラサメ様は健康体だ」 「肺も綺麗だし、心音も血圧もまったく問題なし」 「一応、血液検査のために血は採らせてもらったが、まず大丈夫だろう」 「というか、ムラサメ様の顔色を見れば、君にもわかるだろう?」 駒川さんが呆れ顔になる。 「い、いえ、だって二人があんまり奥から出て来ないから」 「俺、心配で心配で」 「ご主人、まだ十分も経っておらんぞ……」 ムラサメちゃんまで呆れ顔に。 「え?」 思わず腕時計を見る。 確かに、ここに着いてからまだ七分ほどしか経過してなかった。 「……本当だ」 心配してると時間は長く感じられるんだな。 「そんなことじゃ、将来奥さんの出産に立ち会う時困るよ」 「少しは祖父の玄十郎さんを見習って、どんと構えて欲しいものだね」 「俺に祖父ちゃんの真似なんてさすがにまだ無理ですよ」 年季が違いすぎる。 俺はついこの間まで、都会暮らしの普通の学生だったのだから。 「血液検査は、外部に頼みますから、一週間ほど待ってください」 「そんなにかかるものなのか?」 「ここでできればいいんですけど、設備がなくて。すみません」 「良い。どこも苦しくも痛くもない。どこも悪かろうはずもない」 「世話になったのう」 ムラサメちゃんが、駒川さんにペコリと頭を下げる。 「とんでもありません」 「ムラサメ様に世話になったのは、むしろ私達、穂織の人間、皆ですから」 「本当にありがとうございました」 駒川さんも、ムラサメちゃんに負けないくらい深く頭を下げた。 「それはもういいのだ」 ムラサメちゃんの眉が八の字を描く。 「礼ならさんざん皆から言ってもらった」 「それに、吾輩は本当は――」 え? ムラサメちゃんの表情が微かに陰る。 「ムラサメちゃん、どうした――」 「ム、ムラサメ様っ!」 俺が問いかけた瞬間、息を切らした祖父ちゃんが駆け込んできた。 「おおっ、玄十郎」 「お主と直接、会話するのは初めてじゃな」 「はいっ! 御身体はもう大丈夫だと聞き、飛んで参りました……!」 「鞍馬玄十郎でございます! お目にかかれて光栄です!」 あの祖父ちゃんが、すごく興奮していた。 それ以上に緊張している。 やはり穂織の人にとって、ムラサメちゃんは神様みたいな存在なんだ。 「堅苦しい挨拶はよい」 「それより、玄十郎、お主も色々と穂織のために骨を折ってくれておるな」 「吾輩は嬉しいぞ。これからもよろしく頼む」 「もっ、もったいないお言葉……!」 祖父ちゃんの声が震えていた。 まさかこんな祖父ちゃんの姿が見られるとは。 俺はムラサメちゃんのすごさを再認識するのだった。 駒川さんと話があるという祖父ちゃんを置いて、俺とムラサメちゃんは家路を辿る。 「ふぅ、玄十郎はおおげさじゃな……」 「ちょっと涙目になってたよね、祖父ちゃん」 「あやつは、実は涙もろいところもあるのだぞ、ご主人」 「え? あの祖父ちゃんが?」 「昔はあにめーしょんの名作劇場を観ては、隠れて泣いておった」 「マジで?!」 「パ○○ッシュ、疲れたろう、僕も疲れたんだ、何だかとても眠いんだ……」 「ああ、それは俺でも泣くかな……」 心に突き刺さる名作だからな。 「ははは! そうか、やはり血は争えぬな」 明るく笑うムラサメちゃん。 でも。 「礼ならさんざん皆から言ってもらった」 「それに、吾輩は本当は――」 あの時の、ムラサメちゃんの表情。 あれが俺の頭から離れない。 「ん? どうしたのだ、ご主人」 あ。 ムラサメちゃんが、くいっと俺の上着の袖口を引っ張っていた。 俺は思考を現実に切り替える。 「何か心配事でもあるのか、ご主人」 「あるなら、彼女の吾輩に相談せい」 「たちどころにずばっと斬ってやるぞ」 「解決じゃなくて、斬っちゃうのか?!」 やはり未だに幼刀か。 「町おこしのことなら、これから頑張れば良いではないか」 「あ、ああ、うん」 そっちも気にはしてるけど。 今はずっと、ムラサメちゃんのあの表情が気になる。 ムラサメちゃんは普段はとても明るい女の子だけど。 実際には、とんでもなく重い責任を背負い込んできたのだ。 こんな小さな身体で、ずっと何百年も。 ツラくなかったはずがない。 「泣くのは、お主と二人きりの時だけ。そう決めておる」 「あの宴の後も、お主の前でしか泣かなかったであろう?」 「だから、今だけは許してくれ……ぐすっ……」 あの時、月に向かって彼女は心情の一端を吐露していた。 いつか、俺にも話してくれるだろうか。 「……」 「あのさ、ムラサメちゃん」 「何だ、ご主人」 「ムラサメちゃんは、もう人に戻る決心はついた?」 それなら、もう彼女はもう何も背負わない。 俺達と同じ、この時代に生きて―― 「……わからん」 「正直、戻るべきではないのではないかと思っておる」 だが、彼女の口から漏れた言葉は意外なモノだった。 「ど、どうして?」 「もう神社の結界も、叢雨丸の力も無くてもよくなったじゃないか」 「だったら、もう叢雨丸の管理者をやめてもいいんだろう?」 「……」 「……確かに、役割としてはそうじゃな」 ムラサメちゃんは口の端をふっと緩める。 いつもとは違う笑み。 どこか寂しげな微笑をする。 「役割が終わったのなら、もう……」 やめてたっていいんじゃないのか? たとえ今からでも、ムラサメちゃんが人としての幸せを取り戻したって。 「……すまん、吾輩はまだ人の身体が見つかったばかりだ」 「まさか、こんな機会が訪れるとは夢にも思うてなかった」 「ご主人、一時、吾輩に考える時間をくれ」 「頼む」 じっと見つめられる。 憂いを帯びた瞳をしていた。 「……わかったよ」 俺はもうそれ以上は何も言えなかった。 「……」 「……」 ムラサメちゃんと俺の部屋に戻ってきた。 でも、会話がない。 帰り道で、ちょっと気まずくなった空気をまだ引きずっている。 ああ、ダメだ。 こんな時は彼氏の俺が、いいかんじにリードして明るい雰囲気に―― 「ご主人」 「穂織の来る前のご主人のことを、教えてくれぬか?」 ムラサメちゃんがそんな話題を振ってきてくれた。 先にリードされてしまった。 「俺のこと? 今までも結構話したと思うけど」 「ていうか、ここに来る前の俺って超フツーだよ?」 「そのフツーの話が聞きたいのじゃ」 「毎日、何をしておった? どんな生活をしていた?」 ムラサメちゃんはずいっと顔を近づけて、俺に尋ねる。 「えっと、朝、無理矢理起きて、あっちの学園行って、授業受けて」 「その後、あっちの友達とゲーセン行ったり、コンビ二行ったり」 「こんびには知っておるが、げぇせんとはなんじゃ、ご主人」 「あー、穂織にはないからな」 俺は簡単にゲーセンについて説明した。 アーケードゲームとか、ぬいぐるみキャッチャーとか。 ムラサメちゃんは、ふんふんと熱心に聞いていた。 外の世界に、とても興味があるらしい。 「そうやって、友達とダベってる間に時間が過ぎて」 「あとは家で、親と夕食食べて、風呂入って、眠くなるまでスマホをイジってたかな」 「たいてい友達の誰かからメッセが来てたし」 「……そうか」 「ご主人は、穂織に来る前はそういう生活を送っていたのか」 「ああ、今とは比べ物にならないくらい怠惰な生活を満喫してたよ」 「朝武さんや常陸さんから見たら、めちゃくちゃ呆れたろうな」 非生産的なことこの上なかった。 でも、あれはあれで楽しくはあった。 もうとても遠い昔のことのように感じられるが。 「……怠惰でも良いではではないか」 「それは、何より平和であったことの証だ」 「友が居て、両親がいて……何もいう事はないではないか」 「そうか……」 ムラサメちゃんは目を伏せて何かを思案していた。 どうしたんだろう? すると。 「失礼します」 「ムラサメ様、有地さん、お風呂が沸きました」 常陸さんがひょこっと顔を覗かせる。 「ああ、わざわざありがとう」 「すぐ入る。茉子、すまんな」 「とんでもありません。では」 そして、すっと襖を閉めて常陸さんは静かに去っていく。 足音もしない。 さすがくノ一さんだ。 「では、湯殿へ行くか、ご主人」 すっくとムラサメちゃんが立ち上がり、微笑んだ。 「うん、俺下着出すからちょっと待って――って、おおい!」 俺はタンスの方に一瞬、向かいかけて、ムラサメちゃんを振り返る。 「また俺も一緒?!」 「う、うむ、そうだっ」 「ムラサメちゃん、もう元気だろ? 一人で洗えるだろ?!」 以前、一緒に入った時のことを思い出す。 あの時は、必死に理性で自分を制御していた。 こんな可愛い子と入浴しつつ、エッチなことはなしなんて、ヘビの生殺し状態だ。 何とか避けねば。 「何故、そんなに嫌がるのだっ」 でも、ムラサメちゃんはぷくっと頬を膨らませる。 「ご、ご主人は吾輩の恋人ではなかったのか?!」 「それはそうだけど」 「吾輩に夜這いをしたではないか! アレは遊びだったのかっ?!」 「遊びじゃないよ! ていうか、夜這いしてきたのムラサメちゃんの方からだよ!」 色々と訂正する。 「だったら、良いではないか」 「吾輩は……もう一度、ご主人に直接触れられたい」 「温めて欲しいのだ……!」 「お風呂に入れば、一人でも温かいよ?」 「ええい! そんなわざとらしいボケで逃げられると思うな!」 「ほれ、キリキリと準備せい!」 ムラサメちゃんは勝手に俺のタンスを開けると、俺の下着を取り出し始めた。 「ちょっ! ムラサメちゃんのエッチ! やめて!」 「これぐらいで騒ぐなご主人! 腰履きはこの黒いのが良いか?」 平気で俺のパンツを吟味するムラサメちゃん。 男前な彼女だった。 ていうか、男女があべこべな気がする……。 「おお~~っ、温い温い!」 「くっ、結局押し切られてしまった……」 ムラサメちゃんの全裸を目の当たりにして、俺は前かがみにならざるをえない。 カッコ悪いなあ。 「ご、ご主人、何をもじもじしておる」 「そんな風にされては、吾輩まで恥ずかしくなってくるではないか……!」 「だったら、別々に入れば……」 「わかった、吾輩の背中を流すのだ、ご主人」 「俺の話全然聞いてないし!」 わがままな彼女だ。 「気持ちいい!」 でも、可愛いから逆らえない俺。 完全にペースを握られていた。 俺はなるべく彼女の肌に直接触れないように、背中を流す。 「あっ、んっ、あっ……」 「はぁ、はぁ、んっ、あ……」 「くっ……」 ムラサメちゃんの声が甘く、切なげになってくる。 ああ、そんな声を聞かされたら。 また、俺の股間が勝手に膨らんで……! 「ど、どうした、ご主人……」 「手が止まっておるぞ……」 「もっと、吾輩に近づいて――」 「あっ、ちょっと待っ――」 突然ムラサメちゃんに腕を取って、引っ張られた。 油断した俺は、ついそそり立った性器をタオル越しに、彼女の背中に押し付けてしまう。 「ご、ご主人……」 ムラサメちゃんの首筋がみるみる真っ赤になる。 理由は決して風呂に入っているからじゃない。 「節操なくてごめん……」 「な、何を言っておる、ご主人」 「吾輩は安心したぞ」 「へ?」 「前に一緒に湯浴みをした時、てっきりご主人に求められるかと思っておったのに」 「ご主人は何もしてこなかったではないか」 「わ、吾輩は待っておったのにっ!」 肩をちょっとイカらせて怒るマイ彼女。 「で、でも、あの時は、まだムラサメちゃんは完治してなかったろ?」 「いくら彼女だからって、あんな時にエッチはできないよ」 「……では聞くが、あの時、ご主人は吾輩にムラムラしていたのか?」 「ムラムラって……」 「あの時、ご主人は吾輩に欲情していたのか?」 「言い直さなくてもいい!」 表現がストレートになってしまった。 「なってたよ。すごいなってた」 「だけど、ムラサメちゃんの身体を考えて我慢してたんだよ」 「俺にとって一番大事なのは、俺の欲望を満たすことじゃない」 「ムラサメちゃんの身体と心だよ」 俺は濡れた手で、彼女の肩をそっと撫でた。 「あ……」 ムラサメちゃんの身体がぴくっと震えた。 「い、今の言葉と肩を撫でられた感触……」 「そ、それだけで、吾輩……」 「ううっ……、吾輩はご主人を見くびっておった……」 「てくにしゃんだな、ご主人は……!」 「そんなの使ってないんだけど……」 俺だって、ついこの間まで未経験ボーイだったんですよ。 ムラサメちゃんが、初めての相手なんだから。 「あ」 「!?」 ムラサメちゃんの背中に接していた俺の性器が、勝手に硬度を増す。 この間の性交のことを思い出したせいだ。 「……ご主人、吾輩はもう完治した……」 「う、うん」 「だ、だから、もう良いのだぞ……?」 震える声で、彼女が言った。 可愛かった。 今すぐに、この子を抱きしめたい。 俺は唾を飲み込む。 もう、歯止めは効かない。 「……ムラサメちゃん」 「あっ……!」 俺は彼女を背中から抱きしめて、首筋に口づけを。 「あっ、んっ、ご、ご主人……」 「ご主人の息が、かかって……あっ、んっ!」 「ムラサメちゃんの肌、綺麗だ」 もう恥ずかしげもなく、俺は勃起したペニスを彼女の身体に押し付けつつ、ぎゅっと抱く。 ちゅっちゅっと首筋や頬にキスをしまくる。 「あっ、んっ、ご、ご主人のが……」 「固くて、熱いのが吾輩の尻に……」 「あっ、ダメだ、そんなに擦りつけるな、ご主人……」 「無理だよ、もう止まらない」 「ムラサメちゃんが可愛すぎるから……」 「あっ、んっ、はぁん、んっ!」 「んっ、耳はダメじゃ、あんっ、んっ、はぁんっ!」 「ああっ、ダメだ、ご主人、吾輩どんどん溢れて……」 「んっ、あっ、ご主人に触られているだけで、イキそうじゃ……」 ぴくぴくと小刻みに身体を震わせるムラサメちゃんが、たまらなく愛おしい。 俺のペニスは痛いくらいに膨らんでいた。 暴発してしまいそうだ。 「ムラサメちゃん、もうこのままエッチしちゃう?」 「はぁはぁ……、そ、それもいいが……」 「吾輩は、ご主人のをもっと近くで見たい」 「え? でも前見たよ?」 「あの時は、暗くて緊張してよく見えなかった」 「ああ、夜這いだったしね」 「俺もちゃんとムラサメちゃんの見てないな。俺も見たい」 「――なっ?! 吾輩のせ、性器を見たいだと?!」 「ご主人の変態めっ!」 「自分だって、同じこと言ったくせに?!」 「お、女はいいのじゃ! 可愛いではないか!」 「男が言うのはダメじゃ、変態なのだ」 「男女差別反対っ!」 俺はわざとぐりぐりとペニスをムラサメちゃんのお尻のワレメに押し付けた。 「あ、こら、何て破廉恥なことを……!」 「ムラサメちゃんのも見せるっていうまでやめない」 さらにお尻にペニスをぐりぐりと。 「あっ、はぁんっ、あっ、こ、こら、ご主人……」 「んっ、あっ、はぁっ、だ、ダメじゃ、それはあぶのーまるだぞっ」 「エッチに偏見はないの」 勃起したペニスで、ムラサメちゃんのワレメを擦る。 「わ、わかった! わ、吾輩も見せる!」 「んっ、あっ、だ、だから、それは、もう、やめる――んっ!」 「俺の説得が通じて何よりだよ」 「あ、あれは説得ではないっ!」 「ううっ、ご主人はえっちをする時は、変態になってしまうのだな……」 ひどい言われようだった。 ともあれ。 俺達は互いに互いの性器を見せ合う。 いわゆるシックスナインの体勢だ。 目の前に広がる、少女の愛液で濡れた膣口。 生唾モノの光景だった。 「……これが男のモノなのか……」 「ご主人のオチン●ン……ごくり……」 ムラサメちゃんも俺のペニスを軽く握りながら、しげしげと観察していた。 細い指がサオや、亀頭に触れる。 そのたびに、軽い快楽が俺の背筋に走った。 「!? い、今、ぴくっとなったぞ、ご主人」 「痛かったか?」 「痛くはないよ。その逆」 「気持ち良かったんだ」 「そ、そうか、良かった……」 ホッと息を吐くムラサメちゃん。 その吐息がかかっただけでも、俺は反応してしまいそうになる。 「もっと色々触っても良いかご主人」 「うん、いいよ」 「その代わり、俺もムラサメちゃんの触るから」 「うっ、そう言われると恥ずかしいぞ……」 「ムラサメちゃんのオマ●コって、ぴったりと閉じてて綺麗だよ。幼い感じ?」 「そ、そういうことは言わなくて良い!」 「恥ずかしいではないかっ」 ぎゅっとペニスを握られる。 亀頭を指の腹でこすこすと。 「あっ、ちょっと!」 急に強い刺激が! 「むっ、ここをこうすると良いのだな」 「よし、色々試してみよう」 「吾輩がご主人を開発するのだ……ちゅっ」 「ぐわっ」 亀頭にキスをされた。 そんなの不意打ちすぎる。 「んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、んん……」 「ちゅっ、ちゅっ、んっ、ちゅっぱっ、ん……」 「んッ、チュッ、ぺろっ、んっ、んっ、ちゅっ、んん……」 ムラサメちゃんは何の躊躇も無く、唇をひらき、俺の性器をくわえこんだ。 生温かい感触が、亀頭全体を包む。 先日の膣内とはちがった、快感。 時折、舌が尿道に触れて、俺はのけぞりそうになる。 「あっ、くっ……!」 「ムラサメちゃん、くぅっ!」 「んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「はぁはぁ、ご主人、気持ち良さそうじゃな……」 「ここはどうだ?」 「っ!」 彼女は睾丸を優しく撫で回してきた。 今までに味わったことのない、快感に俺は翻弄される。 幼刀に振り回されている。 気がついたら、俺は肩で息をしていた。 「ふむ、ここもいいのだな、ご主人」 「触りながら、咥えてやろう」 「え? それは刺激が強すぎるから、ちょっと……」 「ちゅっ、ぺろっ!」 俺の制止をスルーして、ムラサメちゃんは愛撫を再開した。 玉袋を揉みながら、亀頭を咥えて唇で刺激をどんどん送り込んでくる。 「んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、ちゅっ、んっ、ぺろっ、ん……」 「ちゅっ、んっ、ぺろっ、んっ、んんんっ……」 「んっ、ちゅっ、んっ、ぺろっ、ちゅぱっ、んっ、んっ、ちゅっ……」 「はぁ、はぁ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、どうじゃ、ご主人……」 「オチン●ンの先っぽから、汁が出てきたぞ……気持ち良いのか?」 睾丸を撫で回し、唾液で俺のペニスをベトベトにしたムラサメちゃんが、尋ねてくる。 俺は返事を返す余裕すらない。 気を抜いたら、いつ射精してしまうかわからない。 「ふっ、声も出せぬほど良いのだな? 可愛いのう、ご主人は……」 「もう、ご主人は吾輩に篭絡されたな」 俺の性器のサオの部分をしごきながら、ムラサメちゃんが、得意げに笑った。 「くっ、ま、まだまだ……!」 「今度はこっちの番だ!」 俺は目の前のムラサメちゃんの花弁を指先でくぱぁっと開いた。 「ひゃんっ?!」 ムラサメちゃんの腰が、ぴくっと揺れた。 薄いピンク色の膣の中から、愛液がそれだけで垂れる。 「こっ、こらっ、広げるなご主人」 「み、見るだけのはずではなかったのか?!」 「だから、中を見てるんだけど」 俺はムラサメちゃんの膣内をじっと見つめる。 息がかかるほどの距離で凝視した。 「ううっ、女の性器の中をそんなにじっくり観察するなど……」 「やっぱり、ご主人は変態じゃ……」 「自分だって、俺のあんなにイジったくせに」 「女はいいのだっ!」 「男だって、いいんだよ、ちゅっ」 「あああっ?!」 ムラサメちゃんの太ももを押さえながら、膣口にキスをした。 むわっと一気に女の匂いが鼻につく。 頭が一瞬で、理性を失うような刺激だ。 あふれる愛液を舐め取るように、舌で膣口とその中に、丹念に口づけを。 「あっ、はぁっ、んっ、あっ、はぁっ、んっ!」 「んっ、あっ、はぁん、んっ、ダ、ダメじゃ、そんなにオマ●コに……」 「んっ、あっ、はぁんっ、んっ、んんっ! あっ、やっ、んんっ!」 「ご、ご主人、そんなに、わ、吾輩のオマ●コを舐めるな……あっ、あっ、あああっ……!」 「やっ、あっ、んっ、んんんっ! はぁはぁ、ああ……」 「吾輩の性器を、ご主人が……」 「は、恥ずかしいっ……オマ●コの中を全部、見られて……」 「あっ、はぁんっ、こんな明るい場所で、そんなイヤらしいことは、ダメなのだ……!」 「ああああんっ!」 「感じてるムラサメちゃん、可愛い……」 いやいやと腰を振るムラサメちゃん。 その様子が可愛くて、俺はさらに興奮してしまう。 勃起したペニスがさらにそり返るほどに。 「あっ、ご主人のが動いたぞ……」 「ほ、本当に興奮しておるのだな……」 「わ、吾輩も反撃だ……」 「ちゅっ、んっ、ん……!」 「あっ、くっ!」 ムラサメちゃんもフェラチオを再開する。 唾液を潤滑油にして、俺のペニスをしごきながら亀頭をくわえる。 カリの部分に舌先が、何度も当たった。 「くっ、んっ!」 股間に送り込まれる刺激に、耐えつつ俺もクンニを続ける。 両手の指で押し開いた、ムラサメちゃんの膣に顔を押し付けて、キスしたり舐めたり。 「あっ! んッ、チュッ、くっ、あっ、んんんっ、あっ、ちゅぱっ、ん!」 「はぁ、はぁ、んっ、ちゅっ、んっ、くっ、あっ、ちゅっ、んっ、ぺろっ、ちゅっ!」 「んっ、ちゅぱっ、んっ、んんんっ! あっ、やっ、ご主人、んっ、あっ、ああん!」 「はぁ、はぁ、んっ、ちゅっ、ぺろっ、あっ、ああっ、くっ、んんっ!」 ムラサメちゃんも時折、快楽に身を震わせながらも、フェラチオを続ける。 お互いにもう遠慮なしに、快楽をむさぼっていた。 可愛らしいお尻が、ふるふると揺れている。 俺はクンニをしながら―― 「!? あっ!?」 「そ、そこは……!」 彼女の菊座に人差し指で、触れた。 マッサージするように、優しく擦る。 「あっ、ご主人、そこは違う……んっ、あっ!」 「そこは性器ではな……あっ、はぁ、はぁ、あっ、こ、こらっ!」 「そこまで開いて、見るでない、あっ、ダメだっ!」 「でも、ここも可愛いよ」 「ちっちゃくて、ひくひくしてる」 「び、描写はせんでいい! とにかくそこはダメなのだっ! ああんっ!」 ダメと言っても、アナルでも彼女は感じていた。 俺は膣壁を舌先で刺激しつつ、ムラサメちゃんのアナルに人差し指の第一関節を沈める。 「あっ、はぁっ、んっ、ああああっ!」 「やっ、あっ、ダメっ、そんなっ、肛門は……」 「ううっ、ご主人がどんどん、ケダモノに……!」 「はぁ、はぁ、な、ならば、吾輩も、も、もう、容赦はせぬぞ……!」 「うりゃっ!」 「あっ、ちょっ?!」 ムラサメちゃんもフェラをしながら、俺の肛門をイジリだした。 くにくにと細い指先を小刻みに、出し入れする。 くすぐったいような、気持ちいいような未知の感覚が俺を襲う。 「ぜ、前立腺まっさーじ、なのだ!」 「ご主人、どうだ?」 「どこで、そんな技を?!」 「500年も生きておれば、色々と見てきておる」 「代々朝武家の秘め事も、吾輩は全部……」 「もしかして、ずっと覗き見してたの?!」 朝武さんが知ったら、卒倒しそうな事実である。 「娯楽が少なかった昔は、男女は今よりもよくまぐわったのだ」 「だから、子供が多かったのだぞ」 「納得はしたけど、覗き見はダメだろ?」 「もうせん」 「ご主人とこうして、交わることができたのだ」 「もう、うらやましくはないからせん」 「ムラサメちゃん……」 「人肌は温い……。ご主人は温いのう……」 「愛おしい……。吾輩はご主人が愛おしくてたまらん……」 「んっ、ちゅっ、んん……」 ムラサメちゃんは丁寧に、俺のペニスを再び舐め始めた。 あくまでも優しいてつきで、可愛がってくれる。 その様子を見て、思う。 彼女はずっとこうして、人と肌を重ねたかったのだと。 人と触れ合いたかったのだと。 そんな当たり前の欲求すら、封じて彼女はずっと一人でいたのだ。 穂織の人達のために、犠牲になったのだ。 そう思うと、俺は彼女を愛さずにはいられない。 「ムラサメちゃん、俺が500年分可愛がってあげる」 「今までを取り戻すくらい、すごくすごく可愛がってあげるから」 「ん……」 俺は彼女のとろとろになった花弁を優しく舐め回す。 同時に愛液に濡れた指先で、彼女の一番感じる部分に。 大きくなったクリトリスに触れる。 「あっ!?」 「はぁんっ、んんんっ!」 ぴくん! とムラサメちゃんの全身が揺れた。 やっぱりここが女の子は一番弱いみたいだ。 「はぁ、はぁ、んっ、ちゅっ、あっ、ちゅっぱっ、んっ、んん……!」 それでも彼女は快楽を受け止めながらも、俺への愛撫はやめない。 それどころか、刺激はより強くなってくる。 このままでは先にイかされてしまう。 俺は射精感を抑え付け、彼女の下腹部を責め続けた。 「んっ、ちゅっ、あっ、はぁん、あっ、んっ、ちゅっ、んんっ!」 「はぁ、はぁ、んっ、ぺろっ、んっ、ちゅっ、んっ、んっ、んっ!」 「ぺろっ、んっ、ちゅっ、んっ、んんんっ!」 唾液でベットリとした俺のペニスを細い指で、しごき、玉袋を揉む。 亀頭を甘噛みしながら、尿道に舌先をちろちろと当てる。 ぐわっ。 どんどん射精感が高まってくる。 俺の中で、猛獣のように早く出したいという気持ちが暴れまわる。 「あっ、くっ、ム、ムラサメちゃん……!」 俺はいったん、クンニを止めて彼女に向かって声をあげる。 「お、俺、たぶん、もうすぐ出る……!」 「はぁ、はぁ、いいぞ、ご主人……」 「わ、吾輩も、ずっとガマンしていたところだ……」 「んっ、あっ、い、いっしょに、イくのだ……!」 「んっ、ちゅっ、んっ、ぺろっ、んっ、ちゅっ、んっ、んん……!」 「ぺろっ、んっ、ちゅっ、んっ、んんんっ、あっ、んんっ!」 ラストスパートとばかりに、ムラサメちゃんは激しく首を上下に動かし俺の性器を擦りあげる。 裏スジに舌が這い回るたびに、俺は腰を浮かすほど感じてしまう。 ああ、もう限界だ。 睾丸がどくんどくんと脈を打ちはじめた。 「ムラサメちゃん、イくよ……!」 俺の背筋から、股間へと電流のような感覚が駆け抜ける。 精子が尿道を通って、押し出されるのがわかった。 俺は―― 「んっ?! んっ、んんんっ……!」 俺はムラサメちゃんの口の中に、大量の白濁液を放出した。 「んっ、んっ、んんっ、んんんっ、ん……!」 「んっ、――っくん」 彼女は俺の精液を飲んだ。 それでも、小さな口に収まり切らなかった、精液がまだ溢れ出る。 「はぁ、はぁ、んっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ、ちゅっ……」 「これが、ご主人の味か……ぺろっ、ちゅっ……」 彼女は嫌がるどころか、丹念に俺のペニスについた精液を舐め取る。 「あっ、ムラサメちゃん、ちょっと……」 射精した直後のぺろぺろ攻撃は、すごくくすぐったい。 でも、彼女は一向にやめようとしない。 「……苦いぞ、ご主人」 「だったら、舐めなくてもいいから」 「嫌じゃもったいない」 「これは、全部吾輩のものだ……」 「ご主人の味を知っているのは、吾輩だけ……」 「ふふっ、そう思うだけで、吾輩はとても嬉しい……」 「あっ……!」 どくん! と飛び出した俺の精子がムラサメちゃんの顔を汚した。 「ああああああああああっ!」 と、同時にムラサメちゃんも、全身をぶるっと震わせて声を張り上げる。 彼女も絶頂に達したようだった。 「はぁ、はぁ……」 「すごい雄の匂いじゃ……」 「そ、そう?」 「人に戻ったせいか、五感が敏感になったのかもしれんな」 「顔汚しちゃったね、ごめんよ」 気持ち良過ぎて、我慢できなかった。 「気にするでない」 「吾輩はご主人になら、どんなに汚されても構わん」 「いや、むしろ汚してほしいくらいだ……」 「ムラサメちゃん……」 くそっ、可愛いな。 こんなに女の子を可愛いって思ったことなんてない。 ムラサメちゃん、俺はもっと君が欲しい。 「む、ご主人……」 「また固くなってきたぞ……」 「ムラサメちゃんがあんまり可愛いこと言うからだよ」 「……か、可愛いのか……?」 「ご主人から見て、吾輩はどれくらい可愛いのだ?」 「誰よりも、だよ」 俺は起き上がると、ぎゅっとムラサメちゃんを抱きしめた。 この間とは微妙に感覚が違う。 実体のムラサメちゃんの身体は、よりしっかりと存在しているような気がする。 「あ……」 「嬉しいぞ……ご主人……」 「こんなに、誰かを近くに感じたのは初めてじゃ……」 「俺もそうだよ」 もっと近づきたい。 もっともっとこの子のそばに。 「ムラサメちゃんと、ひとつになりたい」 ごく自然にそんな言葉がこぼれた。 「……吾輩もだ」 「ふふ、ご主人とは二度目の初めてじゃな……」 「くっ、んっ、んん……!」 「んっ、あっ、はぁっ、ん……!」 寝転んだ俺の上に、ムラサメちゃんが馬乗りになる。 そして、自ら俺の勃起したペニスを膣口にあてがい、挿入しようとする。 「ムラサメちゃん、大丈夫?」 俺は彼女の様子を見て、心配になる。 前回、一度性交はしたが、実体に戻ったムラサメちゃんとは初めてだ。 彼女は再び破瓜の痛みに耐えることになってしまった。 「くっ、な、何のこれ……しき……」 「好いた男に、二度も処女を捧げられるのだ……」 「女として、これ以上の幸せはないぞ、ご主人……んっ、くっ!」 「無理はしなくていいんだよ?」 「へ、平気じゃ、一度経験したことだからなっ!」 「そ、それに、だんだん良くなって……くぅんっ!」 じゅぷっとムラサメちゃんの花弁から愛液がしたたれる。 彼女も少しずつ感じてきているんだ。 俺は優しく彼女の太ももを撫でながら、ゆっくりとペニスの先端で膣壁を擦る。 「あああっ!」 じゅぷぷっ! 彼女の膣が一気に俺の亀頭を飲み込んだ。 俺は思わず腰が震えた。 とんでもない快感が、脳髄に響いた。 愛液が、俺の股間にまで垂れてくる。 小さなムラサメちゃんの性器が、俺の性器を強く強く抱きしめていた。 「くっ、すごい……!」 痛いほどのしめつけだ。 でも、それ以上に気持ちいい。 温かくて、まるで全身を彼女の中に沈めたような感覚がした。 「はぁ、はぁ、んっ、あっ、熱いぞ……、ご主人……」 「それに、こんなに吾輩のオマ●コの中で蠢いておる……」 「ご主人が、感じてるのが手にとるようにわかるぞ……」 「切なげな顔をしておるな……」 「可愛いのう、ご主人……」 「その顔を見たら、痛みなどどうでも良いわ……」 「ご主人、もっと吾輩で気持ち良くなるのじゃ」 「はぁ、はぁ、ご主人、ご主人……!」 「くっ、ちょっ……うわっ!」 ムラサメちゃんは自ら腰をさらに沈めたり、浮かしたりして俺の性器に刺激を送り込んできた。 からみつく彼女のヒダ。 亀頭やカリに、ねっとりとした生暖かな感覚がする。 それに呼応するように、俺のペニスも勝手にぴくんぴくんと痙攣したように震えた。 俺の意思とは関係なく、性器が快感を求めてムラサメちゃんの膣に触れまくる。 「あっ、はぁっ、んっ、あっ、ああっ!」 「んっ、くっ、あっ、あっ、はぁ、はぁ、んっ、あっ、んんっ!」 「ご、ご主人のが、熱いのが、吾輩の中で、暴れて……はぁんっ!」 「あっ、やっ、んっ、あっ、はぁ、んっ、あっ、あああっ!」 「そ、そんなにごりごりと、オマ●コをオチン●ンで擦ったら、あっ、んっ、くぅん!」 俺の上でよがるムラサメちゃんの声がどんどん艶っぽくなる。 小さな胸の上の可愛い乳首がピン! と勃起していた。 俺は彼女とつながったまま、腕をのばしてその乳首をつまんだ。 「すごい、こりこりしてるよ、ムラサメちゃん」 「エッチなおっぱいだね」 「あっ、はぁっ、んっ、あっ、当たり前じゃっ!」 「吾輩達は、今まぐわっておるのだぞ、ご主人!」 「ち、乳首が勃っても、仕方な――ひゃん!」 乳首をつよめにきゅっとつまんだら、ムラサメちゃんが背筋をのけぞらせる。 同時にまた花園から、透明な液があふれてくる。 ここも弱点なんだ。 俺はムラサメちゃんの乳首をくりくりとイジりながら、腰を動かし続ける。 「あっ、んっ、あっ、はぁん!」 「おっ、おっぱいばかり、そんなに責めるなご主人――ああんっ!」 「俺、ムラサメちゃんのおっぱい可愛いから好きだよ」 「だから、もっと触らせて」 「はぁ、はぁ、ま、前は硬いと馬鹿にしておったくせに!」 「あっ、んっ、男というのは、現金なものだな……あっ、くぅん!」 「あの時のこと、まだ気にしてたの?」 「あ、当たり前じゃ!」 「あ、あの時、吾輩の乙女はぁとは、と、とても傷ついたのだぞ、ご主人っ!」 「ごめんよ、あの時はちょっと触っただけだったから」 「こうして、ちゃんと触ると、やっぱり女の子だなって感じる」 「どきどきする」 「……もっと、どきどきさせてやるぞ、ご主人」 「吾輩の魅力を、思い知るがいい……くぅんっ!」 ムラサメちゃんは、腰を左右に捻り始めた。 さらに強く膣壁に、俺の性器が密着する。 すごい一体感。 女の子とひとつになっているという感触に、俺は嬉しくて打ち震える。 身も心もひとつになったような、多幸感に泣き出したくなるほどだ。 好きな異性とのセックスとは、こんなにすごいことなのか。 「ムラサメちゃん、ムラサメちゃん!」 俺は彼女の腰をしっかりとつかんで、彼女の動きに合わせて下半身を動かす。 亀頭が何度も彼女の膣を、強く擦る。 「あっ、ああんっ、ご主人、ご主人っ!」 「んっ、くっ、あっ、はぁっ、あっ、ああっ……!」 「す、すごいっ、あっ、こんなに奥まで、あっ、んんんっ……!」 「ご、ご主人のが、吾輩の中に、どんどん来る……!」 「ああっ! んっ、あっ、はぁんっ!」 「はぁ、はぁ、き、気持ちいい……んっ……!」 「ご、ご主人、もっとじゃっ、もっと、吾輩を――!」 「あっ、はぁっ、んんんんっ、ああああっ!」 ムラサメちゃんの俺を見る目がとろんとしてきた。 蕩けるような表情。 唇からは、少しヨダレが垂れて。 彼女は、すっかり快楽の虜になっていた。 「くっ、あ……!」 俺もムラサメちゃんから叩き込まれる快感に、酔いしれる。 さっき出したばかりなのに、もう睾丸が脈を打ち始めた。 出したい。 だが、耐える。 もっとこの子と繋がっていたいから。 「ムラサメちゃん、ムラサメちゃん……!」 射精感を無理矢理抑えつつ、彼女を突き上げる。 ぐちゅっ、とイヤらしい音が風呂で響く。 俺のペニスが、まだ幼さの残るムラサメちゃんの性器を激しく犯していた。 「んっ、あっ、はぁ、はぁ、んっ、ああっ!」 「ご、ご主人、んっ、あっ、はぁんっ、んんっ!」 「せ、せりあがってくる……!」 「わ、吾輩の中で、えっちな感じが、どんどん湧き上がってくるのじゃ……!」 「あっ、んっ、はぁんっ、こ、怖いっ……」 「ま、前よりずっと、すごい快感が……はぁ、はぁ、あっ、あああっ!」 「あああっ、もう、気を失いそうじゃ……!」 「んっ、あっ、い、意識が、と、飛んでしまう……!」 「ご主人っ、ご主人……!」 ムラサメちゃんの膣圧が、さらに増す。 俺の男根が、食いちぎられそうなくらいぎゅうぎゅうと締め付けられる。 彼女のヒダが俺の亀頭や、裏スジを抱きしめる。 もう、どこまでが俺でどこまでが彼女の肉体なのかわからなくなってくる。 ああ……! 今、俺達は本当にひとつに、なった。 歓喜で胸が震えた。 と、同時に背筋に電流のような、快感が流れた。 「ムラサメちゃん、俺、もう、出るよ!」 彼女の細い腰を支えながら、俺は叫んだ。 「わ、吾輩も、もう限界だ……!」 「んっ、くっ、あっ、ふあっ、んっ、あっ、ああああっ!」 「いっ、イくっ!」 「ご、ご主人、吾輩も、イくうっ!」 「き、きてくれっ、ご主人っ!」 俺の上で腰を振る彼女も、ぶるっと全身を振るわせる。 お互いもう限界だ。 「ムラサメちゃん、イくよ!」 「あああ……!」 俺は―― 「うっ!!」 どっくん! と俺はムラサメちゃんの膣内に、一気に精を放った。 「あああああああああああっ!」 ムラサメちゃんも、同時に声を上げて、達した。 俺の精子が注がれる間、何度もぴくんぴくんと小さな身体を震わせている。 「あっ、あっ、ああああ……」 「ご、ご主人のが、吾輩の中に……」 「はぁ、はぁ、感じるぞ、ご主人の熱が、どんどん注がれておる……」 ムラサメちゃんは、半ば放心したような表情で、俺を見下ろしていた。 可愛らしい唇には、ヨダレが糸を引く。 性器からは、愛液と精子の混じった液が、どろりと溢れた。 淫靡な光景。 でも、ムラサメちゃんの幼い顔立ちは、やっぱりまだ少女のままで。 少女と女の入り混じった、魅力的なコントラストを作り出していた。 「くうっ!」 射精する寸前で、ペニスを彼女の花弁から強引に引き抜く。 「くぅんっ!」 その瞬間、刺激でムラサメちゃんが、背筋を伸ばしてのけぞる。 俺のペニスも強い摩擦を受ける。 睾丸から放出された精子が、尿道を一気に駆け抜けた。 どっくん! と俺はムラサメちゃんの白い肌を白い液で、汚す。 「あああああああああああっ!」 ぴくんぴくん! ムラサメちゃんは、俺の上で身体を俺の精液で汚しながら、痙攣していた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「すごく出たな、ご主人……」 「さっきあんなに出したばかりなのに……」 「……吾輩の身体をこんなにしおって……」 ムラサメちゃんが、身体に付着した俺の精液を手につけて、じっと眺めた。 細い指と指の中で、俺の精液が垂れて、落ちる。 淫靡な光景。 でも、ムラサメちゃんの幼い顔立ちは、やっぱりまだ少女のままで。 少女と女の入り混じった、魅力的なコントラストを作り出していた。 「ムラサメちゃん、平気? どこか痛くない?」 俺は少しずつ冷めていく興奮を名残惜しいと思いつつも、彼女の身体を気遣わずにはいられない。 「……ああ、平気じゃ」 「後になって、少しは痛むかもしれんが……」 「それでも、これでいい」 「生身で、好いた男に初めてを捧げられた……」 「もう、これで、吾輩はこの先何があっても悔いはない……」 ――え? 「ムラサメちゃん、それってどういう意味?」 「……」 ムラサメちゃんは、俺の顔をじっとしばらく見つめて。 「洗い流さねばな、ご主人」 微笑んで、答えてはくれなかった。 「お休み、ご主人」 「うん、お休み、ムラサメちゃん」 挨拶をして、すぐに電気を消した。 二度目とは言っても、性交した後で二人とも疲れていた。 風呂の後、夕食を摂ってすぐに就寝することにする。 「すー、すー……」 ムラサメちゃんの寝息はすぐに聞こえてきた。 「……」 でも、俺は眠れない。 身体はくたくただったが、意識はばっちり覚醒したまま。 気になることがあったから。 「ムラサメちゃんは、もう人に戻る決心はついた?」 「……わからん」 「正直、戻るべきではないのではないかと思っておる」 「生身で、好いた男に初めてを捧げられた……」 「もう、これで、もう吾輩はこの先何があっても悔いはない……」 「……ムラサメちゃん」 あの時の言葉が気になって仕方ない。 俺は寝返りを打ち、隣で眠る彼女の方を見る。 彼女は俺に背を向けたまま。 「ご主人、眠れぬのか?」 「起きてたの?」 「今、目が覚めたのだ」 「ご主人からの視線を感じたせいかのう」 「これでも、叢雨丸の管理者だからな、人の気配や視線には敏感なのだ」 「そう、でも俺はムラサメちゃんに何もしないから」 「ゆっくり休んで」 「嘘じゃ、えっちぃことをするつもりであったのであろう」 「ふっ、吾輩にはお見通しだぞ、ご主人」 俺に背を向けたまま、くすくすと笑っていた。 肩が震えている。 「いくら彼女でも勝手にそんなことしないよ」 そこまで無節操じゃない。 「冗談じゃ」 「吾輩のご主人は、優しいからのう……」 「そ、そうでもない」 急に褒められて、照れる。 「謙遜しなくともよい」 「ご主人が、優しい男であったからこそ、叢雨丸は本来の力を発揮し祟り神の怒りは鎮まったのだ」 「吾輩や芳乃や、茉子を守ってくれた」 「命の危険すらあったのに、守ってくれた……」 「そこには、何の打算もなかったであろう」 「それだけで、吾輩は、ご主人を尊敬できるのだ」 「ムラサメちゃん……」 突然どうしてこんなことを言うのだろう。 俺は不安を感じる。 ムラサメちゃんは何を思い、考えているのだろう。 「ご主人」 背を向けたまま、呼ばれる。 「何?」 「……ご主人の両親は健在なのか?」 「――え? う、うん、まあ」 どうして俺の親のことを? 俺は戸惑う。 「町おこしが一段落したら、帰るが良いご主人」 「……え」 「穂織は知っての通り、やはり特殊な場所なのだ」 「それに不便じゃ。財政も苦しいしのう」 「長い目で見れば、ここにご主人が留まることは、良いことではないのだ」 「それは、そうだけど、でも」 俺はもう穂織が好きだった。 いや、ここに居る人達が好きだった。 それに、ここにはムラサメちゃんが―― 「何より」 俺が口を開こうとしたら、ムラサメちゃんが言葉を続ける。 「ここには、ご主人の家族がおらん」 「家族……」 「吾輩にはわかるのだ、ご主人、これは吾輩からの心からの忠告だ」 「家族を大切にせよ」 「よく言うではないか」 「孝行したい時に、親はなしじゃ……」 「ムラサメちゃん……」 俺はムラサメちゃんの声はあくまでも静かで。 でも、異論を挟むことができない、強い意志が感じられた。 俺は言おうとした言葉を、胸の内に留めるしかない。 「お休み、ご主人」 ムラサメちゃんは、そのまま黙り込んだ。 俺は散々迷った末、結局何も言わず自分も目をつぶった。 彼女は人柱となった時、多くの人と、いや全ての人と別れたのだ。 その中には当然、家族もいただろう。 「……ただ人に戻ればいいってもんじゃないんだ」 俺は彼女の抱えるモノの大きさに、ようやく気づく。 俺は馬鹿だ。 彼女の本当の苦しみも悲しみにも、思い至らず。 だけど。 だけど、俺は―― 「すー、すー……」 どうか、いい夢を。 彼女の微かな寝息を聞きながら、俺はそう祈った。 「んっ………」 見たことのない天井だった。 「ここは……」 首をめぐらせると、台にかけられた一口の日本刀。 そして、俺の顔を覗き込む1人の少女。 「起きたか、ご主人。おはよう」 「……おはよう」 「やっぱり夢じゃないんだよな、昨日のことは」 俺が叢雨丸を抜いた(折った)ことも。 突然、朝武芳乃さんと結婚することになったことも。 「もちろん今すぐ結婚しろってことじゃないよ」 「お互いを知り合ってから結論を出してくれて構わない」 「ただ、そういうことも視野に含めて、しばらく一緒に暮らしてもらえないかな?」 「は、はあ……しばらく一緒に……」 「“婚約者”もしくは“許嫁”になって欲しいと言った方が正しいのかもしれないね」 「そう言われても、俺は宿の手伝いに来ただけで、すぐに帰ることになるんですが」 「その話だが、将臣。お前には転校してもらいたい」 「はぁっ!? 転校って、流石にそれは――」 「だがお前は、責任を取ると言ったはずだ」 「そりゃ……言ったけど」 「もしかして将臣君には彼女がいるのかな?」 「悲しいかな、いませんけど」 「では、好いている《おな》女《ご》子がいるのか?」 「そっちも悲しいかな、いないけど」 「本当に悲しいのう、ご主人」 「(うるさいよっ)」 「引っ越すことがそこまで嫌か? 恋人はいないのだろう?」 「恋人はいなくても、と、友達ならいるし!」 「なぜどもる? 本当に友がおるのか?」 「(いるよ! いちいち茶々を入れるんじゃない!)」 「携帯で連絡を取るではダメなのか?」 「いや、でも……でもさ」 「将臣!」 「なっ、なんですか……っ!?」 「無理を言っているのは先刻承知。だがそれでも、了承してはもらえぬか。頼む」 「………」 祖父ちゃんが俺に頭を下げた。 俺にとってそれは、ものすごく衝撃的なものだ。 むしろ―― 「お前は一度口にしたくせに、責任から逃れるつもりかぁぁぁぁぁぁっ!」 そんな怒声を浴びるかと覚悟していたのに。まさか頭を下げるなんて……。 でも……祖父ちゃんがこんな理不尽なことを言うなんて、初めてのような気がする。 「………」 真剣な雰囲気で、申し訳なさそうな声。 こんなことされると、拒絶もできなくて……。 今に至るというわけだ。 熟睡できなかったのは、悩みもあるけど、慣れない部屋だったからなのかも。 「ムラサメちゃんは、寝起きはいい方なのか? ……というか、寝るのか?」 「吾輩は現世の身体に縛られておらんからな。普通にしておれば、睡眠も必要ない」 「なんか便利そうだな」 「場合によりけりじゃな。壁をすり抜けるのが便利なこともあれば、物に触れられないのが不便なこともある」 「あれ? でも、今は普通に立ってるじゃないか」 「これは畳に立っておるわけではない。実は微妙に浮いておるのだ」 「そうなのか?」 「ゆえに、履き物が汚れたりすることもない」 幽霊どころか、未来の世界の猫型ロボットみたいなやつだった。 「昔の感覚が抜けんのだ。身体を意識した動きの方が動きやすい」 「そういうものか」 こうしてると、普通の女の子にしか見えないんだけどな。 頭を撫でてみると、普通に触れるし。 「なんだ? 突然撫でたりして……どうかしたか?」 「いや、別に何でもない」 「さて、さってと、朝の挨拶でもしに行くか」 頭から手を離して、廊下の方に向かう。 「あ……」 「ん? なんだ? どうした?」 「ん……い、いや。なんでもない」 「………?」 まあ、いいか。 そうして襖に手をかけて――悩んだ。 「やはり、着替えてから部屋を出るべきなんだろうな」 家ではどんな格好でも母さんに文句を言われる程度だった。 だがここでは、そういうわけにはいかない。 「パンツ一丁でうろつく自由は失ったか……」 「おはようございま……す……?」 挨拶をしながらリビングに入るが、返事はない。 今は7時過ぎ。誰かいると思ったんだけど……朝の時間の使い方は、各家庭でかなり違うだろうしなぁ。 「まだ寝てるのかな?」 「安晴ならば、すでに朝の仕事をしておるぞ」 「こんな時間から?」 「神主の朝は早い。掃除や祝詞の奏上、やるべきことは色々あるからな」 「手伝いをしに行った方がいいかな……?」 「今から行っても、気を遣わせるだけであろうよ」 なんの知識もない俺が行っても、邪魔になるかもしれない。 「………」 部屋にいても落ち着かない。かといって、ここでもすべきことがなくて、やはり落ち着かない。 せめて朝食の準備とも思ったけど、勝手に台所の物を使うわけにもいかない。 「手持ち無沙汰だ」 「ふあ……おあ~よ~……」 昨日の挨拶とは別人のような緩い雰囲気で朝武さんが現れた。 「どうも。おはよう、ございます……」 「あっ……」 「………」 「あの……朝武さん?」 「――ンッ!」 いきなり、自分の頬を気合いを入れるように両手で叩いた。 「ぅっ……く……《ひは》痛《い》い……」 「だ……大丈夫?」 「……大丈夫、です……これぐらい」 「ちょっと涙目になっておるではないか」 「何もそこまで本気で叩かなくても」 「これは……さ、さっき欠伸をしたからです。別に泣いてるわけじゃ、ないですよ」 「それよりも――ゴホンッ!」 「おはようございます」 「ああ、うん。おはようございます」 「今さら取り繕ったところで手遅れだと、吾輩は思うぞ?」 「取り繕っているわけじゃありません、これが普通ですから。変なことを言わないで下さい、ムラサメ様」 「吾輩は事実を口にしただけなのだがな」 「大体、芳乃とご主人は婚約者、結婚するのであろう? 朝が苦手なことも、知り合っておくべきではないか?」 「婚約者ではありません」 「ふむ、許嫁か?」 「言い方の問題でもありません! ワザと私をバカにしていませんか?」 「芳乃は律儀に反応してくれるのう、わはは」 「~~~……とにかく、結婚なんてしませんから。お父さんが勝手に言っているだけですから」 「有地さん」 「え、あ、はい」 「さっきはちょっと気を抜いていて、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいましたが……違いますから」 「さっきのは本当に違いますからね! なんかこう……変な期待とか、しないで下さいねっ」 「私はお父さんに言われて。有地さんは玄十郎さんに言われて。お互い押し付けられただけなんですから、上手くやり過ごしましょう」 「は、はぁ……」 「寝間着のまま、頬は真っ赤の腑抜けた姿でキリッとしても、しまらんなぁ」 「~~~ッ」 「もう! ムラサメ様! 少し話がありますので一緒に来ていただけますでしょうか!?」 「なにもそこまで怖い顔をせんでも……」 「わかったわかった。ちゃんと行く」 「それから有地さん、体調の方は大丈夫ですか? 何かいつもと違う、違和感はありませんか?」 「特に変わったことはないけど」 「心配するな。吾輩のご主人になっても、身体に影響はない」 「え!? なにその不穏な言葉!?」 「ムラサメ様のことを疑っているわけではなくて、慣れない生活ですから、体調を崩すこともあると思っただけです」 「何もないならいいんです。それでは失礼します」 「あ、はい」 「いい子、なんだろうけどなぁ。俺を心配してくれてるんだから」 寝起きの緩い雰囲気や、一応ながらも心配してくれる姿。 俺を拒絶しようと取り繕ってはいても、本来の性格が見え隠れしている。 今まで周りにはいなかった感じで、ちょっと面白い。 「………」 「それはそれとして、また手持ち無沙汰……どうしよう?」 ムラサメちゃんもいなくなって1人になってしまったし……。 「そうだ、昨日の服があったんだ」 居候の身で、勝手に洗濯物を出すのもまずいのではないか? それに、下着を出すのはまずいというか、恥ずかしいというか……年頃の女の子がいるわけだし。 なので、昨日の洗濯物は部屋に持ち帰ってそのままだ。 「洗濯するか」 さすがに手洗いなら、特に何も言われたりしないだろう。 一旦部屋に戻った俺は、洗濯物を引っ張り出す。 そのまま洗面所に向かい、その扉を開けると―― 「―――ッ!?」 俺が扉を開けた瞬間、――ゴトンッと、ナニかが床に落ちる音がした。 というか今一瞬、人がいたような……? けど、部屋の中には誰もいない。 「あれ? 俺の……気のせい、か?」 「というか……なんで、丸太がこんなところに……?」 床に転がっている謎の丸太。 さっきのゴトンという音は、丸太が落ちた音なんだろうけど……なんで脱衣所に丸太? 状況がさっぱり掴めない。 そんな呆然とする俺だったが、不意に背後に人の気配を覚えた。 だが振り返るよりも早く、鋭い物が突き付けられる。 「動かないで下さい」 鋭い声と押し当てられる圧力に、頭の中が真っ白になる。 手の平よりも少し大きいぐらいの刃物……これって、クナイ? それが首筋に突き付けられている。まるで強盗に襲われたような状況。 だが、俺が気にしている圧力は首ではなく、背中―― 「(や、柔らかい何かが、背中に押し付けられている……)」 「(これってもしかして……おっぱい?)」 衝撃が脳天を突き抜けた。 『これは誰?』とか『なぜクナイ?』とか『俺、殺される?』とか。 そんなことはどうでもいい。 疑問よりも先に、まず『おっぱい』という言葉が脳裏をよぎった。 「動くと刺します」 「あ、いやちょっと待って。すでに刺さってる。背中にどえらいもんが突き刺さって――」 「ワタシの質問だけに、答えて下さい」 無駄口を叩くなと言わんばかりに、クナイの圧力が強まる。 「……はい……」 鋭い痛みより、背中の柔らかな感触の方が気になって仕方ない。 むにゅって! むにゅぅって! これが……おっぱい……。昨日とは全然違う。俺が夢抱いていたのはこういう感触だ。 本人が聞いたらまたキレそうだな……いやでも仕方ない。嘘は吐けない。 おっぱいは、やわらかいものだ。 「なんの目的で侵入をしたんです? 窃盗ですか?」 「洗濯を……」 「……バカにしていますか?」 「そうじゃなくて。少し長くなるんだけど……いいですか?」 「………」 無言のまま促されたので、俺はできるだけ落ち着いて話していく。 「俺は無断でこの家に侵入したわけではなくて、昨日からこの家でお世話になっています」 「脱衣所に来たのは、さっきも言ったように昨日着ていた服を洗濯をするため」 「ノックしなかったのは、安晴さんは神社で仕事」 「朝武さんは自室のはずだから、まさか脱衣所に人がいるとは思ってなかったから」 「口だけで証明することはできないんですが……安晴さんか朝武さんに確認してもらえれば、わかってもらえるかと……」 「昨日から、この家に?」 「はい。神社の御神刀を抜いてしまったと言うか、折ってしまったと言うか……」 「その責任を取って結婚……実際にするかどうかはともかく、しばらくここでお世話になるようにって」 「そ、それってもしかして……お名前を、お聞かせ願えますか?」 「有地将臣です」 「あ、有地将臣様っ、も、申し訳ありません! 知らぬ事とはいえ、大変なご無礼をっ」 慌てた様子で、ようやくクナイが首から離れた。 「その、御神刀を抜かれた方と噂では聞いていたんですが、ここに住んでいらっしゃるとまでは聞いていなくて」 「ああ、いや、俺もこの家に他の人がいるとは聞いていなくて――」 相手に視線を向けようと、俺が首を回すと―― 「あっ、ちょっと待って下さいっ」 「――ぉぉぉッ!?」 なんじゃこりゃあ!? 柔らかい感触がさらに強く、背中にむにぃって! 「こちらを見ずに、そのまま聞いてください」 「ふぁい……」 「まずワタシは、この家でお世話になっているわけではないんです」 「あっ! 申し遅れました。ワタシは《ひた》常《ち》陸《ま》茉《こ》子と申します」 「は、初めまして。有地将臣です」 「ワタシは昔から、朝武の家にお仕えしている者です」 「お仕え?」 「はい、朝武の家はその昔、穂織の土地を治める御家だったんです」 「ワタシの家は、朝武の家に先祖代々お仕えしているんです。普段は、家事などを」 「なるほど」 昔ながらのしきたりか。 まー、田舎だしな。そういう慣習も色濃く残っていても不思議はない。 「朝はまずお風呂場の掃除をしているのですが……ワタシ、お風呂が好きなんです」 「安晴様のご厚意で、掃除の際にはお湯をお借りすることも……」 あー、なるほど。今も、お風呂に入ってたってことか。 だから、さっきから洗い立てのいい香りが……。 「で、あの……いつまでこの体勢?」 「誠に申し訳ありません。本来なら、ちゃんと顔を合わせるべきだと思いますが……今は、非常にまずい状態でして」 「………」 「それってやっぱりお風呂上がりだから……?」 「……はい、その通りです」 「つまり……《ら》裸?」 「……《ら》裸です……」 やっぱり生なのか、この感触! 俺は今、裸の女性の胸を……おっぱいを背負っているのかッ! 「ですから……振り返らないで下さい。お願いします」 「ただ、あのですね、さっきも言おうと思ったんだけど……背中に当たってます」 「それは……しっ……仕方ありません。裸を見られるよりは多少マシかと」 「いいんだ!?」 驚きのあまり、思わず振り返りそうになった! 「んひゃぁ!? やんっ!」 「なっ、なに!?」 「ダメぇ! 擦れちゃいますからっ、動かないで下さいッ」 「は、はいっ」 「はぁ……変な動きはしちゃダメですよ? 不可解な動きをしたら……おわかりでしょうか?」 「わかりましたので、クナイをしまって欲しいです」 しかし、どうするの、これ? 「いつまでもこのままというわけにも……」 「それは仰る通りですが、下手に背中から離れると見えてしまいます。流石にそれは、ちょっと……」 「う~ん……」 「あっ! ではこうしましょう」 「なんですか?」 「まず、肩から力を抜いて下さい」 「はい」 「次に少し俯いて、首筋をよく見えるようにして下さい」 「はい」 「では、いきますね」 「どこに?」 「あて身ッ」 「――ごっ!?」 何やら首筋を軽く叩かれると同時に、視界が真っ暗になる。 そして背中に柔らかな感触を感じながら、そのまま意識が落ちて行った。 「申し訳ありません、申し訳ありません! ほんとーうに、申し訳ありませんでした!」 「い、いや、大丈夫。全然気にしてない。特に痛いところもないから」 首が痛むこともなく、頭が重いこともない。当て身の影響は何もない。 むしろ背中の感触で得した気分だ。 「むしろ……ありがとうございました?」 「あ、あは……そういうことでお礼を言われるのってちょっぴり微妙ですね」 「親に『ちゃんとお礼を言える人間になれ』と言われて育ってきたので」 「それは何か意味が違うような……」 「将臣君は早起きだったんだね。申し訳ない、もう少し寝ていると思っていたから」 「とりあえず、改めて僕から紹介するよ」 「こちら、叢雨丸を抜いた有地将臣君。昨日からこの家で暮らしてもらっているんだ」 「有地将臣です。よろしくお願いします」 「こちら、常陸茉子さん。芳乃と同じ年齢の幼馴染でね、昔から仲良くしてもらっているんだ」 「常陸茉子です。よろしくお願いします」 「妻に先立たれて、本来なら僕が何とかすべきなんだろうけど、家事は苦手で。いや、情けない」 「我が家はもはや、茉子君がいないと成り立たないんだ」 「お気になさらないで下さい。楽しんでやっていますから」 「茉子君の家は、ずっと朝武家に仕えてくれているんだ。もっとも、本来は家事の手伝いではなく護衛なんだけどね」 「護衛、ですか……?」 「常陸家は代々、忍として影から巫女姫様をお守りしてきたんです」 「とはいえ、常日頃から護衛が必要というような危ない世の中でもありません。ですから、普段は家事を」 「だからクナイを、なるほど」 「……なるほど?」 一瞬納得しかけたけど、やっぱりおかしいだろ。 忍って……。 「そういえば、扉を開けた時に丸太が転がってたけど、もしかしてアレも?」 「変わり身の術ですね。ワタシ、忍者ですから」 「……忍者……」 「花蝶扇って知ってます?」 「残念ながら、扇子を隠し持てるほどのおっぱいではありませんので」 「忍者というのは冗談や嘘で言っているわけではありません。ワタシの家は、そういう家なんです」 「いや、嘘だと思ってるわけじゃないですけど」 忍者か……まあ、そういうこともあるのかもしれない。 ムラサメちゃんの存在に比べたら、大概のことは軽い気がしてきた。 それにしても……。 伝説の刀を抜いたり、幽霊みたいな子が見えたり、婚約したり、果ては現代に生きる忍者か。 「俺の人生、たった1日で随分とユーモラスになったもんだなあ……」 そして迎える、みんなでの朝食。 「………」 「………」 ……空気重っ! 俺の前に座る朝武さんは、もう寝間着ではない。 今朝の緩んだ雰囲気や、走り去った時の妙に慌てた雰囲気もない。 その代わり、ピリピリと張りつめているような気がする。 「あの、朝武さん」 「……なんですか?」 「ムラサメちゃんは?」 「散歩だそうです」 「そうか」 今朝、食事できないって言ってたしな。 「………」 「………」 「あの、朝武さん」 「……なんですか?」 「巫女の仕事って、どんなことをするの?」 「掃除や事務作業など色々です」 「……そっか」 ……会話にならないというか、明らかに会話を拒絶している。 「私はお父さんに言われて。有地さんは玄十郎さんに言われて。お互い押し付けられただけなんですから、上手くやり過ごしましょう」 今朝の言葉を態度で語るように。 「……あの、有地様は何か芳乃様に嫌われるようなことを?」 「いや、そんなことをした覚えはない。あくまで身に覚えがないだけだけど」 「将臣君には問題がないと思うよ」 「芳乃が一方的に、認めないと言い張ってるからね」 「芳乃様らしいといえば、芳乃様らしいですね」 「……はぁ……」 安晴さんのため息が聞こえてくる。 「あ、あの……」 「御馳走様でした」 俺の言葉を遮って、立ち上がる朝武さん。 そして、食器を流し場に運び―― 「私は、舞の練習をしていますので何かあれば呼んで下さい」 それだけ言い残して、出て行ってしまった。 相手がこの態度じゃあ……俺にはどうしようもない。 なんというか居心地が悪いな。 「……頑なですねぇ」 「あの頑固さ、一体誰に似たのやら……」 「………」 「うーん……帰りたい」 境内を箒で掃除しながら、思わずため息を吐く俺。 「寝起きの時よりも、さらにやつれたように見えるな、ご主人」 「もしそうなら、精神的な疲れのせいかもな」 朝食だけじゃない。昼食も、ピリピリした雰囲気の中で食べることになった。 頑張って話しかけてはみるものの、ずーっとあの調子でキャッチボールしてくれない。 どうすりゃいいのか……お手上げだ。 「芳乃も悪い奴ではないのだが、少々頑固だからのう」 「ご主人に対する嫌悪ではないのだ。あまり気を悪くするな」 「あそこまで邪険にされると、さすがにな」 「まだ一日であろう? 『帰りたい』などと言わず、せめてもう少し様子を見てやって欲しい」 「ん? ああ、さっきのため息? あれは別物だ。全然違う話」 「俺が悲しんでいるのはテレビのチャンネル数が少ないこと」 映るチャンネルでも、なぜか半年遅れぐらいで放送されている番組ばかり。 なんか独自のローカル番組まで放送してる。 こうして境内の掃除をしているのも、特に見たい番組もないからだ。 本来、宿の手伝いで来たんだけど―― 「こちらのことは気にするな」 って、追い返されてしまったのだ。 結局、安晴さんにお願いして境内の掃除をさせてもらっている。 新作アニメのチェックもできないだろうな。 どうして田舎はこうも不毛地帯なのか。 まあ最近は、ネットで見られる物も増えてるから、あとで調べておかないと。 「なんだ……呆れたぞ。真面目に心配した吾輩がバカみたいではないか」 「勘違いさせるつもりはなかったんだ」 「朝武さんとのことは悩んでるけど……まだ会ったばかりだから」 「冷静に考えて喜ぶ方が変だろ」 自分で言うのも少し悲しいが、俺はイケメンではなく普通の顔だ。 ……普通……だよな? せめて普通だと思いたい。まあ、その程度だ。 「家が裕福ってわけでもない。昔から家同士の関係があったわけでもない」 「初めて会った見ず知らずの人間。そんな男といきなり結婚しろって言われて喜ぶ方が変だよ」 「むしろ、結婚詐欺じゃないかと疑う」 正直、今でも結構疑ってる。 「ご主人は嫌ではないのか?」 「別に彼女がいるわけでもないから。頑なに拒否するほどの理由は見当たらない」 むしろ俺からすれば、かなりの好条件と言っても過言ではないだろう。 それに祖父ちゃんに頭を下げられては……。少なくとも、頭から拒絶することはない。 でも、朝武さんの方はそうではない。 それは親である安晴さんだってわかっていたはずなのに……なんで俺なんかと? 「………」 「なあ、一つ教えてくれないか? 『叢雨丸』って、なんだ?」 「『なんだ』とはどういう意味だ?」 「どう考えても変だろ。いきなり結婚の話を持ちかけられるなんて」 「しかもここで一緒に暮らすように、って」 「ムラサメちゃんなんて不可思議な存在まで見える」 「これは全部『叢雨丸』を抜いたことがきっかけだろ?」 「……それは」 「ムラサメちゃんはきっと事情を全部知ってる」 「その秘密を教えてくれ」 「すまぬ。吾輩はご主人に、ちゃんと説明をすべきだと思っているのだがな」 「やっぱりダメか」 「芳乃が反対をしておる。今朝もその件で釘を刺されたところだ」 「そういう雰囲気だな」 「安晴も説得をしておるはずだ。もう少し、時間をくれぬか?」 「……なら仕方ない」 「意外とあっさり引くのだな」 「気にならないわけじゃないけど、待つしかないのなら――」 「あの、すみません」 「はっ! はい!」 いつの間にか、背後に女性が立っていた。しかも、とても不安そうな表情を浮かべて。 「今、誰かと話をしていましたよね?」 「でも……誰もいない?」 しまった! ムラサメちゃんの姿は他の人には見えないんだ! つまり今の俺は、ブツブツ独り言をいってる危ない人間!? 「あっ、いやっ、今のは……」 「たまに電波が届いて妙な幻覚が見える、持病でして」 「じ、持病……ですか?」 「ええ。まあ……幽霊みたいなものが見えたりするんです。あまり気にしないで下さい」 「吾輩は幻覚ではないし、幽霊でもないぞ、ご主人!」 「(それはわかってるけど、今はそういうことじゃなくて)」 「あの! その幽霊は、どんな霊ですか!?」 うおっ!? なんか食いつかれた!? 「……えっと、な、長い髪の女の子ですね。両サイドの髪を赤い紐でくくった……」 「そ、そうですか……よかった、違う……そうよ、そんなことあるはずないのに」 「………?」 「あの! 5歳の男の子を見ませんでしたか!? 髪は短めで、青いTシャツを着ているはずなんですが」 「男の子?」 考える素振りをしながら、ちらりとムラサメちゃんに視線を送る。 「吾輩も見ておらんな」 「お昼過ぎから境内にいますが、見ていませんね」 「そうですか……ああ、やっぱりお義母さんの言う通りだったのかも」 「きっとこれは祟りです。あの子はきっと祟りのせいで……ッ」 「ちょっと落ち着いて下さい」 「何があったんですか? 手伝えることなら俺も手伝いますから」 「す、すみません。子供がいなくなって……ずっと捜しているんですが」 「この付近でいなくなったんですか?」 「ここに来る途中に1人で走り出してしまって……」 「もちろん私も追いかけたんですっ。でも、見つからなくて……1人で先にこっちに来たのかとも思ったんですが」 「少なくとも境内では見ていません」 「やっぱり……イヌツキになんて連れてくるんじゃなかった……」 「………」 「落ち着いて下さい。祟りなんてありませんから、ただ迷子になっているだけですよ」 「でも捜したんです! ちゃんと捜したんですよ!?」 「お子さんが道に迷ったりしてる可能性もあります。特徴をもう少し教えて下さい。俺も手伝いますから」 「いいんですか?」 「もちろんです。遅くなる前に見つけてあげましょう」 「警察には?」 「いえ、すぐに見つかると思っていたので……で、でも、そうですね、連絡した方がいいですよね」 「すぐに連絡しましょう。俺は俺で捜してみますから」 「名前は、〈りゅうせい〉《1》龍成君。年齢は5歳で、髪は結構短め。青いTシャツとハーフパンツか」 一応、写メも送ってもらったけど、やっぱり見ていない。 「こういう場合、警察に任せた方がいいのではないか?」 「あくまで個人でできる範囲で捜してみるだけだ。この境内の中をくまなくとか、限定された場所を探してみる」 「ムラサメちゃんも手伝ってくれるだろ?」 「それはまあ手伝うが、吾輩が見つけても、ご主人に報告することしかできんぞ?」 「わかってる。それで構わない」 「ムラサメちゃんには、身体の小さい子供が入り込みそうな、俺だと探し辛いところを探して欲しい」 「親を驚かせようと、どこかに隠れた可能性だってあるから」 「もし見つけたら、もう一度ここで合流。もしくは大声を出してもらうってことで、大丈夫か?」 「合流に関しては気にしなくてもよい。ご主人は叢雨丸の使い手。ご主人の魂を探れば、大体の居場所はわかる」 「もしかして……監視されてるのか?」 「安心しろ。あくまで吾輩が“自分の意思で探れば”、“大体の居場所は”だ」 「とにかく、すれ違いの心配はしなくてもいいぞ」 「そうか。なら、合流する方法は任せる、よろしく頼む。俺はこの神社を中心に捜してみるから」 「うむ。承知した」 その場からスーッと消えていくムラサメちゃん。 「……本当に、現実離れした存在なんだな」 「……いないな」 境内は隅から隅まで見て回った。 だがやはり、龍成君らしき男の子はいなかった。 「神社にはいない。となると……ここに来るまでの道か?」 ちょっと捜索範囲を広げるか。 ムラサメちゃんは、俺の居場所が大体わかるって言ってたから、別の場所に移動しても大丈夫だろう。 「やっぱり見つからない……」 もしかして、神社に来ようとして道を間違えたとか? いや待てよ? 男の子ならもしかして、ちょっとした冒険気分で山に入ったという可能性があるかも? 建実神社は山に近く、他より少し高いところに位置している。 少し歩けば、簡単に山中に入ることができるし、山に続いている小道もある。 「もうすぐ日も暮れそうだな」 「何とか見つけてあげないと……」 それはもちろん、迷子を放置するわけにはいかないと思っているから。 でもその他にも…… 「きっとこれは祟りです。あの子はきっと祟りのせいで……ッ」 「やっぱりイヌツキになんて連れてくるんじゃなかった……」 ………。 なんだろうな。自分でも意外だけど……ちょっと腹が立った。 不便だ不便だと俺も思ってはいたけど、あんなこと言われるのは腹が立つ。 自分を棚上げしていることはわかっているが……それでも、腹が立って仕方ない。 「とりあえず日が落ちる前に、行けるところまで行ってみるか」 「龍成くーんっ!」 「………」 「……返事はない、か」 さすがに考えすぎだったかな? いくら子供でも、こういう場所に1人では来ないか。 しかも夕方だしな。もし道を間違えたとしても、引き返しているだろう。 「というか、この暗さはまずいな……」 思った以上に暗い。 道はあっても外灯がないので、数メートル先もよく見えない。 今日は晴れで、月明かりがあるからまだマシだけど、曇りだと真っ暗だろうな。 「龍成くーーーーんっ!!」 「………」 限界まで大声を出して、耳を澄ませてみる。 風の音、枝葉が擦れ合う音……他には何も聞こえない。 人気が全くない。 「戻ろうか……」 これ以上は意味がないだろうし、この先は道も細く、獣道になっていく。 この暗さでは、たとえ地元民でも危ない。 引き返そうとしたその時、背後からガサッと物音がした。 「龍成君?」 ………。 返事はない。だが着実に、ガサ……ガサ……と物音が近づいてくる。 「……龍成君、じゃない……のか?」 「誰だ!?」 やはり返事がない。 人じゃない? だったら動物? 静かな夜の山で、不気味な物音。 得体の知れない恐怖に心臓が大きく跳ねて、ゆっくりと後ずさる。 「(一気に走って逃げるか?)」 だが暗い山道だ。急な坂道もあるし、道を外れれば急斜面。 もし転んだら、大怪我の可能性だって―― 「――ッ!?」 物音が間近にまで近づいていた。 ひときわ大きな物音に、思わず身体が震える。 そして、藪をかき分け出てきたのは……黒い塊。 「――ッ!?」 生き物と言っていいのだろうか? まるで泥の塊のようだ。 着実に、俺の方に近づいて来るから意思はあるのかもしれないが……とても生き物には見えない。 「………」 恐怖ですくみそうになる足を必死で、ゆっくり、ゆっくり、下がらせる。 靴を通して何かを踏む感触。身体は止まらず、パキッと枝を踏み折る音が響く。 瞬間、ヒュッと風を切るような音と共に、眼前を何かが通り過ぎる。 「―――ッ」 背中から冷や汗が湧き出て、理性が恐怖で吹き飛んだ。 「うおぁっ!?」 夜の山道とか言ってる場合じゃない! やばい! これはやばい! すぐにでも逃げなきゃ! ――再び、ヒュッ! と風を切る音がっ!? 反射的に身体が動き、前に跳ぶ。 視界が揺れる中、地面を叩く激しい音が響いた。 「(あっぶねぇぇぇぇぇぇ!)」 本能から来る恐怖が、俺の身体を縛り付ける。 息が、苦しい……心臓が、痛いぐらい早鐘を打つ……胃が、押し潰されそうだ…… 「はぁ……はぁ……はぁ……」 逃げなきゃ、逃げなきゃ……。 下り坂とか、足元が見えないとか、そんなことを言ってる場合じゃない。 それ以上の恐怖が目の前にある。 「ッ!」 身を翻して、一気に坂を駆け下りた。 落ち葉を蹴り上げ、土で足が滑りながらも、全力で走った! だが、それでもソレからは逃れられない。 背後からの襲い掛かった一撃が、右肩をかすめた。 「ぐあっ!!」 焼けるような熱と、予想以上の激しい痛みに、反射的に目を閉じる。 「――しまっ」 バランスを崩した身体から上下の感覚が失われて、代わりに宙に浮いたとき特有の感覚。 直後、全身を襲う衝撃。 「あっ! ちょっ! がっ!」 地面と、樹に何度もぶつかりながら、急角度の坂を転がり落ちた。 視界がぐるぐる回り、ぶつかる度に脳が大きく揺れる。 そんな中、一際大きな衝撃が俺を襲い―― 「あがっ!?」 意識がなくなった。 ……… …… … 「ご主人! ご主人! 吾輩の声が聞こえるか! しっかりせんか、ご主人!」 「ムラサメ……ちゃん……? あれ…? 俺は……? 龍成君は?」 「迷子はすでに警察が見つけておる! 安心しろ!」 「そっか……それはよかった……」 「ああこら、やはり安心するな! 気を緩めてはいかん! しっかり意識を持て! 迷子よりもご主人が危ないぐらいだ!」 「もうすでに助けは呼んでおる! それまでちゃんと意識を保て、ご主人!」 「ああ……わかった、よ……」 必死に呼びかけるムラサメちゃんの声。 だがその声も徐々に遠く、小さくなって、再び俺の意識はなくなった。 ――男と娘の間に新たな命が育まれるのに、そう時は掛からなかった。 少しずつ膨らんでいくおなかに、二人もいっぱいの幸せを感じる日々を送っていた。 男はまるですっかり女神様のことなど、忘れてしまったかのようだった。 けど、女神様もそれを遠くから見守るだけで、満足するようになっていた。 「それでは、あまりに無欲というものです」 「不思議なものでね、もう手に入らないとわかると……欲はなくなるの」 「欲が消えると、意地を張る必要もなくなって」 「むしろ、一緒にいない今の方が……素直に愛しく思えるのだから、本当に不思議ね」 「だから愛する人の幸せな姿を見られれば、私はもうそれだけで充分」 「左様でございますか……」 どうも白狛は、女神様の言葉をただの痩せ我慢と受け取ってる節があった。 でも女神様は、もうそれすら気にならなくなっていたのだろう。 だが、穏やかな日々はそう長く続かなかった。 ついに陣痛が起こったものの、大変な難産となってしまったのだ。 「なに、まだ産まれぬのか!? いったいどうなっている!」 「それが……御子が母の胎から出たがらぬのでございます」 「なんと……!」 やがて夜が明け、 再び夜が来ても、赤子は母親の胎から顔を出そうとしなかったのだ。 現代なら、帝王切開することもできるだろう。 だが、この時代、女性のうち10人に1人は不妊に悩み、 10人に1人は……出産時の事故で亡くなっていたのである。 二日にわたって激しい陣痛に苦しみ続ける母親も、もはや限界だった。 赤子は言うまでもない。 このままでは、母子共に危険なのは明らかだ。 「二日経っても産まれて来ぬとは、これは助かりますまい」 「おそらく御子は、《すだ》魑《ま》魅《みず》魍《は》魎の類に魂を引かれておるのでしょう」 「……やはり、そうなのね」 この国では七五三に表されるように、幼子は皆、7才を迎えるまでは神様のものだとされる。 だが中には黄泉の国に棲まう悪しき神もあり、気に入った子を自分達の世界へ引きずり込んでしまうのだ。 今も彼らの子が、生の世界へ去ることを拒み、死の世界へ引き留めようとしているのだろう。 「黄泉の世界へ留め置こうとする鎖を断ち切れば、子は産まれてくるはずです」 「夢枕へ立ち、その方法を知らせてあげれば助けられるかもしれない」 「なッ、姉君!? 冗談はやめてくださいっ」 白狛は、ほとんど悲鳴のような声を上げていた。 「未だ生を授からぬ子は、黄泉の国に棲まう神の持ち物なのです!」 「しかも死の神は我らよりも高位であり、もし手を出せば罰を受けるのは姉君の方なのですよ!?」 「ありがとう、コマ……」 姉神はやさしい笑みで、白狛の頭を撫でていた。 それはもう、覚悟を決めた者の顔だった。 「姉君……な、なりません! それだけは、本当になりませんっ」 「神である我々が、神々の《ことわり》理を侵せば、もう……」 「わかっているわ」 「貴方には心配ばかりかけてしまったわね」 「やめてください……人間など、人間などどうなってもよいではありませんか!」 「しかも、あの男は姉君を裏切ったのですッ」 「なのに姉君が……姉君がそこまでするなど、私はっ! 私にはもう、理解できません……」 「《しら》白《やま》山《こま》狛《のお》男《がみ》神」 それは白狛の、正式な神名だった。 今まで彼を幼名で呼び、半人前として扱ってきた姉は、このとき初めてそう呼んだのである。 貴方はもう一人前だ。 1人でも、充分やっていけると。 「貴方もいつか誰かを好きになったら、きっとわかるわ」 「産まれた……? 産まれたのか!?」 夢に現れた女神様の助言に従い、祈祷を行ったところ。 あっさり赤ん坊は産まれてきたのである。 さすがに母親はぐったりしていたものの、命に別状はなかった。 「よかった……叢雲殿のおかげだ……」 「だが、まさか叢雲殿が人ならざる者であられたとは……」 このことで、侍もようやく彼女が神の一柱だったと気付いたらしい。 「あの方は、我が妻と我が子の守り神となってくださった」 「やはり、叢雨はお返しするべきか……いや!」 「この地に棲まうすべての母と子の守り神として、手厚くお祀りするべきであろう」 こうして叢雨は、御神刀として奉納されることになった。 妊娠・出産を担う――安産の神として。 だがその女神様は、もはや球形に磨かれただけの単なる石くれと化していた。 他の神の持ち物を奪い、あまつさえ死の運命を歪めた――神の世界の理に触れ、罰せられてしまったのである。 玉石から産まれた女神は、玉石へ還ったのだ。 「おいたわしや、姉君……」 「しかし、たとえ姿が変わり、力を失ったとて、姉君は私の姉君であられる」 白狛は――白山狛男神は、大切そうにそれを口に咥える。 この石に、俺達は見覚えがあった。 そう、憑代の欠片と、そっくり同じ物だったのだ。 つまり、祟り神を産み出す憑代と、それを祓う叢雨丸が、同じ神から生じた遺物だったことになる。 「姉君ができなくなってしまったことも、私が名代として遂行いたしましょう」 「貴女が救った者の血脈を守る、守護者となるのです」 「さすればいずれ……そこから、貴女の生まれ変わりとなるような者が現れることも考えられますからな」 後年、このときの赤ん坊は、立派に成長することになる。 長じて後、人望厚き剛の者として、名を知られる存在になっていたのだ。 実はあれから、男の主君は遠征中に討ち死にしており、留守居役がそのまま跡を継ぐ形になっていたものの。 中央から認められた役職は持てずにいたのである。 だが、この子の代でカマクラから、穂織の地頭として正式に任じられることになった。 そのとき、『朝武』という姓まで賜ったのだ。 「(俺に似てるっていうから、てっきり鞍馬家の先祖じゃないかって疑ってたけど)」 「(あの侍は、朝武家の始祖だったのか!?)」 「(ヨシノの家は、呪いで女の子しか生まれないですよね?)」 「(ひょっとしたら、コマの願いも影響していたのでしょうか?)」 ……生まれ変わりが出てくれるのを待っていたと? 「(それに……ヨシノの家は、出産で亡くなった人はいないのですよね?)」 「(……うん、何百年もの間、1人もいなかったはずだ)」 叢雲さんの加護は、今も生きているのかもしれない。 穂織は呪いを受けてきただけではなかった。 それだけでなく、人々に忘れ去られた後でさえ、ずっと、ずっと……守り続けてくれる存在があったんだ…… 「……と、だいたいこんな感じです」 「はい、わたしも付け加えるところはないです」 夢の内容を話し終えたとき、室内はすっかり静まりかえっていた。 俺とレナでは視点が違うので、みんなに伝わるよう話を組み立て直した部分はあった。 けど大事な情報に、抜けはないはずだ。 「……確かに、朝武の家でお産のトラブルがあったという話は聞いたことがない」 「だが、まさか…………今日まで、まるで気がつかなかったなんて……」 「私もずっと……我々は、終わりのない綱渡りをさせられているのだと思ってきました」 「今日まで続けて来られたのは、奇跡なのだと」 「守られていたのだ」 「守られていたから、奇跡を続けることができたのだ」 「……~~っ」 「え! ヨシノ!?」 突然、朝武さんが席を立って廊下へ出てしまったのだ。 「いったいどうし……っ!?」 「…………っ……~っ」 だが隣で常陸さんまで、声もなくさめざめと泣いているのに気付いて、絶句してしまう。 いつも飄々としてる常陸さんが……! 「……茉子? 大丈夫ですか、茉子?」 「はい……ただ、無駄ではなかったのだと……」 「無駄?」 「ワタシの一族は……呪いから、朝武の巫女姫をお守りするのが、使命です」 「父も母も……祖父も、曾祖父も、もっと、もっと前から……ずっと……先祖代々受け継いできました」 「ですが、最後はいつも……そんな努力は無駄だと、嘲笑うように」 「呪いは……巫女に短命であることを義務づけます……」 「どれだけ守っても、守っても……守りきれない」 「この呪いは、本当はワタシの一族へ科せられた罰ではないかと思う夜もありました」 「それなら、芳乃様や朝武家の人達ではなく、ワタシ達を憎めばいいのにとっ」 「なに言ってるの! 私は、茉子には感謝しかしてないっ」 朝武さんも涙声になっていた。 「わかっています……わかっていますが、それでも……」 「本当は、生きることを願ってくれていたんですよね?」 「ワタシ達が、みんなで償ってきたことは……やはり、無駄ではなかったのだと……」 「みんな……みんなが戦って、守ってきたことは、無駄な努力などでは、決してッ」 それ以上はもう、言葉にならないようだった。 常陸さんがそこまで思い詰めていたとは。 けど、おそらく人生の大半を忍びの技を磨くのに使ってきたであろう彼女が、密かに溜め込んでいた不安と恐れは、 初めて聞いたという気がしなかった。 この場にいる誰もが、心のどこかで感じていたことなのだ。 呪いはただ怪物を産み出し、朝武の巫女姫を襲うだけではなかった。 穂織に暮らす人達の心にこそはびこり、蝕んできたんだ。 「……~っ」 そのときレナが、強く手を握ってきた。 言葉はなくとも、彼女の思いは伝わってくる。 ……ああ、俺もそう思う。 「こんな呪いは終わりにしなくちゃいけない」 皆が、黙って頷いてくれた。 「ですが守り神になってくれたコマが、どうして祟り神に変わってしまったのでしょう?」 「そうか、レナにはまだ説明してなかったっけ?」 この先はもう、他のみんなにとっては周知のことだった。 「朝武家で、お家騒動があったんだよ」 「よりによって、叢雲の遺体である玉石を憑代に、白狛を生け贄にして呪詛をかけてしまった」 「自分達の守り神を使って、自分達を呪ってしまったわけか……」 「感謝の欠片もない、愚行そのものだ」 守護者が感じた怒りと悲しみは、もはや想像に難くないだろう。 コマが祟り神になったのは、当然だ。 「……すみません」 「少し、落ち着く時間をいただけませんか?」 「もちろん」 戻ってきた朝武さんに、優しく返事をした。 「そうしてください、そのほうがいいですよ」 「ありがとうございます」 「今後のことは、それから話し合うことにさせてください」 こうして、この場はいったん解散することになった。 「んむむむむぅ~~~……」 部屋へ戻ってからずっと、レナは古文書のような物を開いて頭を抱えていた。 昨日、駒川さんと相談していたときに借りたものだ。 「やっぱり難しいんじゃない? その本、日本人の俺にもほとんどわからないくらいだしな」 「けど、ようやく叢雲さんのことも、祟り神が怒ってる理由もわかりましたから」 「わたしもやっと神様になにを伝えたいか、はっきりしました」 レナが考えていたこととは、やはり神様と話し合いをすることだった。 問題は、伝え方だろう。 要はなにをどうやって伝えるかなのだが、これはもうレナに任せるしかないと思っている。 まさか、本当にネットを使うわけにはいかないもんな。 「きっと、真面目で優し過ぎたせいです……」 「いい加減で、もっと楽をしようとする神様なら、こうはならなかった気がしますよ」 「そうだね……」 たぶんレナみたいに、リラックスしながらも前向きになれるのが一番なんだろう。 けど日本人だけでなく、日本の神様にもそういうのは難しいのかもしれない。 それでもレナが伝えてくれるなら、意味もある気がした。 「夢の中で、レナが叢雲さんになっているのも強みだろうしね」 「レナは楽をしようとはしないけど、前向きなのが自然体だもんな」 「そういうレナの言葉なら、上手く伝わるかもしれない」 「……んむむむぅ~、今のところ問題はそれ以前の部分ですからね」 「もっと勉強しなくては」 「頑張って。けど、きっと大丈夫だよ」 「レナの心が伝われば、きっとなんとかなるさ」 軽く頭を撫でて、励ましてやる。 「ありがとうございます、マサオミ」 「マサオミは、やさしいのが自然体ですね」 「あはは、それはわからないけど」 側にあった竹刀を取る。 「邪魔しないように、少し出てるよ」 「はい、マサオミも頑張って下さいね」 「ふっ……ふっ……!」 庭へ出て、素振りをする。 レナの前ではあまり見せなかったつもりだけど、俺も気持ちが逸るのを押さえていたのだ。 まだ、みんながどういう対策を打つつもりなのかはわからない。 ただ、剣での決着はもう違うような気がしている。 だから、これはあくまで気構えを作るためのものだったと割り切るべきだろう。 それでも、今はただ身体を動かしていたかったのだ。 朝武さんから声が掛かったのは、ようやく日が暮れてからのことだった。 「皆さん、揃ったようですね」 「では最初に、私から少しお話をさせてもらってもよろしいでしょうか?」 皆ももう、余計な口は挟もうとはしなかった。 「祟り神と戦うことは、朝武の巫女姫として自らの使命と心得てきたつもりです」 「でもどこかで呪いなんかなければと、恨む気持ちがあったのは否定できないと思います」 「……まさか、同じ相手から守られてきたことに、ずっと気付かずにいたなんて」 「相手にすれば、逆恨みと感じたかもしれません」 「神様が怒るのも当然だったのかもしれません」 「けどだからといって、誰か個人が悪かったようにも言いたくありません!」 「……芳乃様」 「跡目争いなんて、人の世界にはありがちなことです」 「いつか誰かが同じ過ちを犯したとしても、不思議はなかったんだから」 「この呪いは、人の罪だったんだと思います」 「ならやはり、人の手で解決するべきなんでしょう!」 「土地神様が直接的な助力をせず、あくまで人の手に委ねてきたのも、おそらくは同じ理由だったのであろう」 人の手で。 俺達の手で、解決する。そうするべきだと、誰もが納得していた。 「呪いがなくなれば、春祭りの意味合いも変わってくるはずですね」 「これからは穢れを祓うためというだけでなく、感謝を伝えるものに変えていくべきだと思うんです」 「それは、僕に任せてもらえないだろうか?」 「将臣君が叢雨丸を抜いてくれたおかげで、どちらにせよ今まで通りというわけにはいかないはずだしね」 「氏子の皆さんにも理解してもらえるよう、僕に努力させて欲しいんだ」 「もちろん、お父さん以外に頼める人なんていないよ」 「それから、みづはさんも」 「なんだろう?」 「これからは、私達が神様に……どれだけ深く感謝しているのか」 「それを伝える方法も、研究してもらえないでしょうか?」 「なるほど、いいね……来年の春に間に合わせるとなれば、なかなか忙しくなりそうだけど」 「そんな研究なら、今すぐにでも始めてみたいくらいだ」 「ありがとうございます」 「これから……私達が呪いを終わりにできたとしても、今さらお祭りをなくすわけにはいきませんから」 「けどだからといって、形だけ続けるようにはしたくありません」 「それは、人間側の事情ですから」 ただ、これはまだ未来の話。 そうなっていくには、まだやらねばならないことが残っている。 「さて、レナさん?」 「はい、ヨシノ」 「今のはあくまで、私の希望です。でもなんとしても実現したいと願っています」 「荒御霊を鎮め、呪いを終わらせるため、レナさんにも力を貸して欲しいんです」 「わかってますよ、ヨシノ? わたしもそうして欲しいと言うつもりでしたから」 「……ひょっとして、レナ?」 「はい、マサオミの欠片を取り出して、それもわたしの身体に入れて欲しいです」 「そうすれば、憑代は完全な形になるはずですよね?」 「そうなれば祟り神の力は、より強力になるであろう」 「今まではそれを恐れ、ご主人からも、レナからも欠片を出すことはしなかった」 もちろん、なにが起こるか予想できない事態になる恐れもあるだろう。 けど確かに、そうだ。 「コマとお話をするには、コマにもお話ができる姿になってもらう必要がありますので」 「それには、この方法しか思いつきません」 ただ話をするだけでは、呪詛を鎮めることはできないだろう。 けどコマが神としての理性を取り戻してくれた後なら、まったく変わってくるはずなのだ。 そのためにあえて、憑代を1つに戻そうというわけだ。 「まさか先に言われてしまうとは思いませんでしたが、いいんですか?」 「わたし達は友達ですよ、ヨシノ」 「わたしは友達に頼ってもらえれば、嬉しいです!」 「……そうでした」 「ありがとう、レナ! 少しでも危険がなくなるよう、私達も全力でサポートしますからねっ」 「はい、信じてます、ヨシノ!」 「あっ、ごめん! ちょっと待って?」 「まさか、マサオミは反対だったですか?」 「いや、今さら危険がどうこう言うつもりはないんだけど、もし俺から欠片を取り出したら」 「もうレナと同じ夢へ入れなくなるんじゃない?」 「お……おー、言われてみれば、そうかもしれませんね」 「心配いらんよ、ご主人。吾輩がいるであろう?」 「ムラサメちゃん? ひょっとして、なにか方法を知ってるのか?」 「忘れたのか、ご主人? 祟り神の憑代と、叢雨丸は同じ神から生じた遺物であると」 「もちろん覚えてるけど…………あっ、そうか!」 「おそらく察しの通りであるぞ」 「ご主人なら叢雨丸を介せば、レナの夢にも入れるはずだ」 「ああッ!? そう言えば、そうでしたね!」 「最初に操られたときも、突然、夢の中へ叢雨丸が現れて目が覚めました!?」 「じゃあ、あのときレナを目覚めさせることができたのも、叢雨丸の力?」 今まで不思議な力のおかげと曖昧に理解していたことにも、ちゃんと理由があったのか! なにかもう……偶然では片付けられないものまで感じてしまう。 何者かの大きな意思によって操られていたのではないかと、疑いたくなるくらいだった。 「もちろん、叢雨丸の力にばかり頼るつもりはありません」 「他にも手を考えてるってこと?」 「君達が夢から帰って来られなくなった場合に備えて、対策をすると言っていただろう?」 「確か、命綱のようなものを用意してくれるのでしたか?」 「いざというときは、それで引っ張り上げてもらえるわけですね!」 「そういうことだ」 「ただ、どうしてもまだ、準備にもう一日くらいはかかってしまいそうでね」 「ワタシと芳乃様も、準備を手伝うつもりです」 「そうなんだ、だったら俺達も……」 「いいえ、有地さんとレナはダメです」 「ど……どうしてでありますか!?」 「あは、お二人には最後の最後まで身体を張ってもらうことになるからですよ?」 「準備はワタシ達に任せ、気力を高めておいていただければと」 「ええ、だからお二人には自由に過ごしてて欲しいんです」 思わず、レナと顔を見合わせてしまう。 さすがにこの状況じゃ、イチャイチャって気分にもなれないよな? 「本当にいいの?」 「遠慮しなくても大丈夫でありますよ?」 「あのですね、二人とも? 今の時点でも、充分過ぎるくらい無茶なお願いをしてるつもりなんです」 「なのに、これ以上は頼りすぎになると思う」 「ワタシ達にも友達のために努力させて欲しいということですよ、ねえ、芳乃様?」 「そういうこと」 「だからここは、私達に任せて!」 「ヨシノ、マコ……」 まったく、これ以上の殺し文句はなかったろう。 「はい……ではみんな、よろしくお願いしますね!」 「忘れ物は……ないな」 ようやく慣れてきたこの部屋とも、今日でお別れか……。 「準備できたのか、ご主人」 「ああ。そろそろ行くよ」 「ムラサメちゃんは、これからどうすんだ?」 「吾輩? まあ、これまで通りじゃな。祟り神もいなくなって、ようやくゆっくりできそうじゃよ」 「それって……もしかして、消えるってことか?」 「ん? なんじゃ寂しいのか?」 「そりゃそうだろ。短いとはいえ、ずっと一緒にいたんだから」 「その言葉は嬉しいのだがな、そんな深い意味ではない。文字通り、気楽に過ごせるというだけじゃよ」 「そうか。それならいいんだけど」 「吾輩の事なら気にするな。ご主人もな、これからは気楽に過ごせばいい」 「そうか。今までありがとうな、ムラサメちゃん」 「今生の別れみたいに言うでない。会おうと思えばこれからも会えるのだから」 「そっか。そうだったな、うん」 「じゃあ、またな。ムラサメちゃん」 「うむ。またな、ご主人」 「今まで、本当にお世話になりました」 「いや、お世話になったのはこちらの方だよ。ありがとう」 「しかし、本当にウチのことは気にしなくていいんだよ?」 「このままウチで過ごしてくれてもいいんだよ?」 「いえ、そういうわけにはいきませんよ。これぐらいのケジメはつけておかないと」 「祖父ちゃんにも言われてますしね」 「そうか……」 「それに、この町にはとどまりますから。何かあればいつでも駆けつけます」 「そういう心配をしているわけではないよ」 「でもそうか。この町で暮らすなら、玄十郎さんのところの方が気安いかもしれないね」 「ここでの暮らしも、楽しかったです。よくしてもらって、感謝しています」 「何かあれば……いや、何もなくても、いつでも来てくれていいからね」 「ありがとうございます」 「芳乃も、何かないのかい?」 「本当に、お世話になりました。ありがとうございます、有地さん」 「……それだけ?」 「感謝していますよ、本当に。あと……最初の頃は、色々とワガママを言って申し訳ありませんでした」 「いや、そんなの気にしないでいいよ」 「朝武さんとはこれからも学院で顔を合わせるんだから。そんなに取り繕わなくてもいいって」 「そうですね。それじゃあ……また、月曜日に」 「うん。月曜日に」 呪いの件が一段落つき、俺は朝武家を出ることにした。 とはいえ、街に戻るわけじゃない。 とりあえず、学院を卒業するまでは、こちらで暮らすことに決めた。 だがさすがに、朝武さんとの婚約は解消した。 お互いのことが嫌いなわけではないとはいえ、この婚約を続けるわけにはいかない。 そのことを祖父ちゃんにも伝え、俺は朝武家から、志那都荘に移動することになった。 「おー、マサオミ。お待ちしておりましたよ」 「レナさん。わざわざ表で待っててくれたの?」 「大旦那さんから、部屋に案内するようにと言われておりますので」 「部屋? いつもの部屋じゃないの?」 「今は従業員用の部屋はいっぱいですので」 「え? じゃあ、もしかして客室?」 「はい。そう聞いておりますよ」 「そうなんだ……」 客室を使わせてもらうなんて……なんか、悪い事したな。 いつまでも朝武さんの家にお世話になるわけにはいかないとはいえ……廉太郎の家に頼んだ方がよかったかも? 「そうそう、気にしなくていいと、大旦那さんから伺っておりますよ」 「元々、何かあった時の予備の部屋で、使っていなかったので影響はない、とのことです」 「あ、そうなんだ」 それなら多少は罪悪感が薄れるかな。 「その分、毎日の部屋の掃除などは自分でするように、とのことです」 「ああ、それぐらいはもちろん。というか、そうさせてもらえる方がありがたい」 「ではこちらにどうぞ」 「ここが、マサオミのお部屋です」 「ありがとう、レナさん」 案内された部屋は、志那都荘の中では小さめの部屋だった。 と言っても、俺が1人で過ごす分には十分すぎる広さがある。 自分で掃除するように、って言われたけど……十分綺麗に片付いているな。 「掃除道具の場所や、お風呂についてですが」 「そこら辺は心配ないよ。今までにも、ここに来たことはあるから」 「わかりました」 「それより、レナさんは自分の仕事に戻らなくても大丈夫?」 「そうでありました。では、わたしはこれで。なにかあれば、いつでも声をかけて下さいね」 「ありがとう、レナさん」 ニッコリ笑ったレナさんが、部屋から出て行った。 かと思ったけど、すぐにこちらに戻ってきた。 「あれ? なにか、忘れ物?」 「これからも、よろしくお願いしますね、マサオミ」 「こちらこそよろしく、レナさん」 そうして、俺の新しい生活は幕を開けた。 「……よしっ、こんなものかな」 畳を拭き終え、やりきった俺は満足感に浸る。 ちゃんと維持されていたとはいえ、これからお世話になる部屋だ。 初日ぐらいは徹底的に掃除しようと思ったんだけど……。 「ちょっとやり過ぎたかな? あー……疲れたぁ……」 綺麗にした畳の上に横になったとき、タイミングよく外から声がかけられた。 「将臣、よいか?」 「祖父ちゃん? うん、大丈夫だけど」 「掃除をしていたのか」 「ちょうど今終わったところだよ」 「それで、どうかした? あ、いやその前に」 「今日から、よろしくお願いします」 「うむ。こちらこそよろしく頼む」 「それで俺は何を手伝えばいいかな?」 「手伝う?」 「旅館の仕事だよ。お世話になるんだから、俺も手伝えることは手伝いたい」 「いや、それには及ばん」 「お前にはこれまで苦労を掛けた。むしろ感謝している」 「これからは、自分のために時間を使えばいい。こちらのことは気にするな」 「そ、そう?」 てっきり……仕事をするように言われると思ってたんだけど。 「リヒテナウアーさんが来てくれて、最低限ながらもちゃんと回っている」 「不測の事態には将臣の力も借りたいが、基本的には気にするな」 「わ、わかった……」 「あっ、でもこの部屋のこととかは全部自分でするから。食事だけは頼みたいけど」 「ああ、わかっている」 「ゆっくり過ごすといい」 「ありがとう、祖父ちゃん」 「………」 掃除を終わらせてしまうと……暇だな。 とはいえ、このままゴロゴロするのもなぁ……。 「散歩でもしようかな」 「将臣さん、どうかしましたか?」 「いえ、特に問題があるわけではありません」 「ちょっと散歩に行こうかと思って」 「そうですか。なにか困ったことがあれば仰って下さい」 「ありがとうございます」 「それでは、いってきます」 「はい。いってらっしゃいませ」 「………」 「んっ、んんーーーー……ッ! はぁ……肩がこりそうだ」 特に不満があるわけではないんだけど、お客さん扱いされてしまうとなぁ。 「まあ、慣れればもう少しマシにはなっていくだろうけど」 これからどうしようかな? どこかでゆっくりしたいけど……まさか、朝武さんの家に戻るわけにもいかない。 「ゆっくりできるところ……どっかあったかな?」 「あ、お兄ちゃん」 「ん? ああ、小春か」 「何してるの? こんなところで」 「散歩だよ。小春の方こそ、その服のままでどうした?」 「お遣いの帰り」 「でも本当に珍しいね、お兄ちゃんとこんなところで会うなんて」 「実は今日から引っ越すことになってな」 「え? それって……街に戻っちゃうってこと?」 「違う違う。そうじゃない。引っ越しって言っても、この町の中の話だ」 「朝武さんの家を出て、祖父ちゃんの旅館で暮らすことになったんだ」 「……へ? そうなの?」 「あれ? でも叢雨丸の責任で、その……婚約とか……してたんじゃないの?」 周りに人がいるからだろう。 婚約の部分は、他の人には聞かれないようにしながら、小春が尋ねてきた。 「その話なら、解決したんだ。婚約も解消……って言っても、最初から肩書きだけだったから」 「そこら辺のことに決着がついたんだ」 「そっか。でも、戻ったりしないんだね」 「さすがに何度も転校するのは面倒だしな。しばらくは、このまま祖父ちゃんのところで暮らすと思う」 「それに……いや、なんでもない」 「えー! 言いかけて止めるのは卑怯だよ、お兄ちゃん!」 「そういう事されると余計に気になっちゃう」 「別に大した話じゃないって。ここで暮らすのも、悪くないと思っただけ」 「小春と別れるのも、寂しいしな」 「……子ども扱いしてるでしょ?」 「そんなんじゃないって、ははは」 「……むぅぅ~~~……」 気恥ずかしくて誤魔化したものの、それは俺の本心だ。 ここで作った縁、それを全部投げ捨てて、街に戻るという選択をすることは……俺にはできなかった。 これからも、ここで過ごしていきたいと思った。 そう思えるほどの、いい出会いをしてきたと思っている。 なんて口にできるはずない。恥ずかしすぎる! 「まあいいけど。それで? 今は志那都荘でお手伝い?」 「俺もそう思ってたんだけどな」 「自分の身の回りのことを自分でするなら、旅館の手伝いは必要ないってさ」 「そうなの?」 「レナさんが来て、手は足りてるんだってさ」 「で、ゆっくりしてたんだけど、なんか落ち着かなくて……というか、正直ちょっと所在が無くてな」 「それで散歩してたの?」 「まー、そういうことだ。どこかでゆっくり休めればいいんだけど」 「ふーん……ゆっくり休める場所……」 「あっ、じゃあお店で休んだら?」 「芦花姉の店か……そうだな、そうしよう」 このまま適当にぶらついてても、仕方ないしな。 「ただ今戻りました」 「おかえり、小春ちゃん」 「あと、お客様もつれてきたよ」 「ん? あ、まー坊」 「1人だけど、いいかな?」 「何言ってんの、変な遠慮なんてしなくていいに決まってるでしょ」 「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ」 芦花姉に案内され、そのまま席に着く。 「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい」 それだけ告げて、芦花姉はそのまま仕事に戻ってしまった。 「………」 話ができなかったのは、ちょっと寂しいけど……それも仕方ない。 今日は休日で、しかも午後の丁度いい時間帯。 店の中はかなり賑わっていて……俺が座った席が最後だったみたいだ。 「2人なんですが、入れますか?」 「大変申し訳ありません。ただ今満席でして。お持ち帰りでしたら、用意できる物もあるのですが」 「そっか……じゃあいいです」 「大変申し訳ありません」 「………」 もしかして俺、かなり邪魔? 「ご注文、お決まりになりましたか、お兄ちゃん」 「いや、悪い。俺やっぱり出てくよ」 「え? なんでなんで? どうしたの?」 「だってほら、かなり混んでるしさ。1人でテーブル支配しちゃうのも悪いから」 「なにをバカなこと言ってるの、まー坊」 「芦花姉?」 「何人でもお客様はお客様。折角来てくれたお客様をお断りするのは申し訳ないけど、それでまー坊を追い出したりはしません」 「気にせずゆっくりしていって」 「……ありがとう、芦花姉。じゃあその分いろいろ頼むよ」 「ありがとうございますぅ~♪」 「すみませーん!」 「はい。すぐ参ります」 「芦花姉、行って。俺はまだ注文決めてないから」 「では、決まりましたら、いつでもお呼び下さい」 「すみませーん!」 「はーい」 お客に呼ばれて、忙しそうに動き回っている。 ……本当、大変そうだな。 あんまり手間にならないように、頼む物は一気に頼んでしまおう。 「さてと……今日は何を食べようかな」 「……けぷっ」 「食ったぁ……」 わらび餅にプリン、パフェ。 ……腹がパンパンと言うよりは、甘いものはもういいって感じだ。 「熱いお茶かなにかいる?」 「じゃあ、ほうじ茶。あと、しょっぱい物ない? 煎餅とか」 「しょっぱいもの? んー……あっ、メニューには載せてないけど、今なら磯部焼き餅があるよ」 「甘さ控えめで焼こうか?」 「じゃあそれも一緒に」 「でも大丈夫? 無理して食べなくてもいいんだよ?」 「無理はしてないから。むしろ、しょっぱい物を食べたいんだよ」 「畏まりました。では少々お待ち下さい」 そうして芦花姉は奥に戻っていく。 その足取りは、先ほどまでとは違って穏やかな物だった。 俺がゆっくり、色々食べている間に、忙しい時間は過ぎてしまったらしい。 「ありがとうございましたー」 会計を済ませ、お客を見送った小春が疲れた様子でこちらに戻ってくる。 「はぁ~~~……疲れたぁ~~……」 もう俺の他には客がいないからか、そんな愚痴をこぼしながら。 「お疲れ」 「あ、うん、ありがとう」 「かなり忙しそうだったな、毎日こんな感じなのか?」 「んーん。さすがに毎日こんな感じだったら死んじゃうよ」 「でも、毎週こんな感じかな? 休日はやっぱりお客さんも多いから」 「繁盛してるんだな」 「働いてる私が言うのもなんだけど、美味しいからね。このお店の甘味」 「確かに。さっき食べたわらび餅なんて、初めて食べる味だった」 「あー、アレ! 結構評判なんだよ」 「本わらび粉で作ったわらび餅だって!」 「………? わらび餅なんだから、普通はわらび粉を使ってるんじゃないのか?」 「なんか違うんだって。って言っても、私も詳しいことは知らないんだけどね、あはは」 「でも本当に美味い」 美味いからこそ、こんなに沢山食べられたんだ。 「おじさんが聞いたら喜ぶと思うよ」 「そういえば……この店の裏方って、芦花姉のお父さんだけなの?」 「パフェとかわらび餅とか、簡単に作れるものなら、おばさんや私たちも作ることがあるよ」 「って言っても、基本的には盛り付けとかだけだけどね」 「仕込みや下拵えとか、全部おじさん1人かな、多分?」 「それかなり大変じゃないのか?」 「うん。かなり大変だと思う」 「裏方の人手は増やさないの?」 「どうなんだろ? それを私に訊かれても……」 「ああ、そりゃそっか」 「増やさないと思うよ」 「お姉ちゃん」 「磯部焼き餅とほうじ茶、お待たせしました」 「おおー! いただきます」 さっそく箸で餅を挟んで口に運ぶ。 「うん、美味い! 餅はフワッとしてるけど外はパリッとしてて、海苔と醤油もよくあってる!」 甘いものはもういいやって思ってたのに、まだまだ食べられそうだ。 「こんなに美味しいのに、正式にメニューには載せないの?」 「んー……値段がねぇ……。磯部焼き餅、2個で600円ってどう思う?」 「2個で600円か……微妙に、ちょっと高いかなぁ」 「いや、美味しければ出す金額ではあるんだけど……これ、わりとサイズも小さめだし……」 「そうだよね、やっぱり高いよね」 「原価、かかってるの?」 「お餅は仕方ないにしても……お醤油や砂糖もね、結構こだわってるから」 「そっか」 「そういうこだわりがあるからこそ、こんなに美味しいのか」 「美味しさも重要だけど、値段も重要ってことを理解してくれないかなぁ……はぁ……」 「そんなにこだわるの?」 「まさに、ザ・職人! って感じだよ」 「そんな格好いいものじゃないってば。ただの頑固親父なんだから」 「大体、裏方の人を増やさないのだって、自分以外の人間が店の味に触れるのが嫌だ、っていうワガママなんだから」 「だから人を増やさないんだ」 「いや、一番の理由はコストだけどね。恥ずかしながら……」 「この店って、今何人いるの?」 「私は学院もあって平日はあんまり入れないから、アルバイトしてる人が、あと2人いるよ」 「平日はそれで十分手が回ってるんだけど、休日とか連休とか旅行のシーズンとかがねぇ」 「そういうスポット的な人手は欲しいけど、そんな時だけ都合よく手伝ってもらうわけにはいかないから」 「そっか……」 「……んー……」 「ねえ、お姉ちゃん。お兄ちゃんはどうかな?」 「廉太郎?」 「あのバカ兄が働き始めたら、店員がナンパしてくるって評判がた落ちだよ」 「じゃあ、お兄ちゃんって?」 「だから……お兄ちゃん」 「………」 「………………」 2人の視線が、何やら俺に集中している。 「って、え!? もしかして俺?」 「うん」 「まー坊が、ウチで? そりゃ、やってくれるなら助かるけど……」 「いや、でも俺なんて、今まで接客業のバイトもしたことないよ?」 「そこら辺は、常識的な対応をしてくれれば。細かいことは後々覚えてくれればいいよ」 「ここに、頼りになる先輩もいるからね、えっへん!」 「………」 今日の感じだと、これから結構時間の使い方に困りそうな気はする。 だからバイトも……いいかもしれない。休日とかだけで済むのなら特に。 「それにね、まー坊が来てくれると助かるかも」 「どういう意味で?」 「こんな小さなお店でもね、使う材料は結構多いんだよ。それに、接客だけが仕事じゃないからね」 「開店閉店時には力仕事も結構あるから、接客と裏方の両方できる人の方がより助かる」 「そう言われると……なんか本気になりそうなんだけど」 「でも、コストがどうとか言ってたよね?」 「んー……さすがにいいお給料は出せないかな」 「でもさすがに時給250円なんてブラックなことは言わないから」 「お兄ちゃんがいてくれたら私も嬉しい!」 「まー坊さえよければ、真面目に考えてみてもらえないかな?」 「……わかった。ちょっと考えてみるよ」 「ありがとう! よろしくね」 「あっ、でも嫌だったら嫌って言ってくれていいから」 「わかってるよ。今さら芦花姉にそんな遠慮すると思う?」 「なんだとぉ! 生意気な~!」 「あははは」 「あっ、お客様だ。いらっしゃいませー!」 「決めたら返事聞かせてね。本当に、嫌なら言ってくれていいから」 「うん。わかってる」 「……バイトか」 バイトなんてしたことない。 そんな俺が働くと、迷惑をかけてしまうのはわかってる。 でも―― 「まー坊が、ウチで? そりゃ、やってくれるなら助かるけど……」 「お兄ちゃんがいてくれたら私も嬉しい!」 楽しそうだな、バイト。芦花姉がいて、小春もいて……。 芦花姉も冗談で言ってるわけではなさそうだった。 もし……本当に俺なんかで役に立てるとしたら……。 「………」 叢雨丸に認められたことが運命だとしたら……ここで芦花姉や小春に必要とされるのも、運命なのかもしれない。 なんて考えるのは、さすがにちょっと重いな。 とはいえ、あの店で働いてみたいという気持ちに変わりはない。 「よしっ」 「なに? アルバイト?」 「うん。芦花姉の店でさ、可能なら人手が欲しいらしくて」 「話の流れでバイトをしないかって、誘われて」 「ふむ。アルバイトか。お前は、やってみたいのか?」 「興味はある。芦花姉の店なら、楽しそうだとも思うから」 「知り合いの店であろうと、対価をもらう以上、真面目に労働をせねばいかん」 「それはわかってる」 「適当に手伝おうって思ってるわけじゃないから。ちゃんと真面目に働くつもりだ」 「だから、もしかすると休日の午後の鍛練は休むことになるかもしれないけど……」 「………」 「ダメかな? 自分の小遣いぐらいは自分で稼ぎたいしさ」 「いいだろう。お前がやりたいのなら、それで構わない」 「最近のお前は鍛練もきっちり行って、信用できるからな」 「ありがとう、祖父ちゃん」 「自分で稼ぐというのは、いい経験になるだろうしな」 「だが、客商売とは難しいものだ。お前1人の失敗が店全体の失敗として見られることを忘れるな」 「わかってる」 「では好きにするといい」 「ありがとう! 俺、頑張るから」 「それはワシではなく、芦花君に言うべき意気込みだ」 「そうだった」 俺はすぐさま携帯で、芦花姉に電話をかける。 『はい、もしもし』 「あ、芦花姉」 『どうしたの、まー坊。わざわざ電話してくるなんて珍しい』 「昼間の話なんだけど」 『昼間というと……アルバイトの話?』 「そう。一応確認するけど、あれって本気なんだよな?」 『うん。手も足りてないから、まー坊さえよければ、本当に働いて欲しいと思ってるよ』 「それなら……」 「芦花姉が本当にいいなら、よろしくお願いします」 『ホントに!? ありがとう、まー坊! 助かるよ~!』 「でも言っとくけど、俺はバイトするのも初めてだからね?」 『わかってるってば。まー坊に、そんな大きな期待はしてないから』 「言われても仕方ないけど……」 「そうハッキリ言われると、それはそれでムカっとするな」 『あはは、ごめん。冗談だよ、冗談。本当に助かる、ありがとうね、まー坊』 「………」 そうやってまっすぐにお礼を言われると……それはそれで、恥ずかしいな。 『細かい話は後日。条件とか詰めておくね』 「うん、よろしくお願いします」 『こちらこそ、よろしくお願いします』 そうして、俺の新しい日々が始まるのだった。 早朝のトレーニングを終えてから、通学路の途中でレナと合流することになっていた。 「マサオミぃーーっ! おはようございますよっ」 約束の場所に着くと、レナは両手をブンブン振りながら飛び跳ねていた。 こちらも小走りに駆け寄って、思い切りハグしてやる。 「おはよう、レナ」 「むふふっ、今日も愛してます、マサオミ?」 「俺も愛してるよ」 それからキスをするところまでが、朝の挨拶のワンセットだ。 相変わらずハリウッド映画の登場人物のような振る舞いだが、俺の彼女はハリウッド女優も顔負けな女の子なので仕方ない。 「ちゅっ……んふふっ、今日はとっても楽しみにしてました」 「それは俺もだけど、本当にこれでよかったの?」 昨夜、あれから2人でデートについて話し合ったのだ。 その結果、今日はデートのつもりで待ち合わせして、そのまま一日デートのつもりで過ごそうということになったのである。 「放課後はお仕事もありますし、マサオミも剣道の練習がありますよね?」 「うん、おまけに今日は平日だし、普通に学院へ行くだけにならないかな」 「……普通では、ありませんよ?」 「わたしにとっては、マサオミと二人一緒なら……いつも通りでも、当たり前ではなくて」 「特別な一日になりますから」 ああ、俺はこんなにもこの子から愛されているのか? 嬉しいような、分不相応のような後ろめたさを感じながらも、もっとレナを大切にしてあげなくてはという気持ちが湧いてくる。 だって…… 「俺もレナと親しくなってからは、毎日が特別な一日だった気がする」 「ふふふ、本当ですか? 最初の頃は、女の子として見られてなかったと思いますよ」 「そんなことなかったはずだけど、ただ今思い返すとさ」 「1つ1つの思い出が、全部特別な意味があったんじゃないかって気がしてくるんだ」 いきなり坂道でぶつかるなんて、ベタベタのラブコメみたいな出会い方さえ。 運命……なんて、もっとベタベタな言葉に置き換えられそうな気がしてしまう。 「マサオミ……そうかもしれませんね、いえ! そうに決まってますよ」 「こんなに大好きの気持ちになれるなんて、特別な意味があったに違いありません」 「あはは、でしょ?」 「じゃあ、そろそろ行こうか」 いつも通り、手を繋ごうとするものの……あれ? 寸前でレナにかわされてしまったのだ。 代わりに、するりと腕を絡めてくる。 「もう、恋人同士なのですから……手を繋ぐだけでは足りません」 「で、でも、ここは田舎だし、学院へ行くには目立ち過ぎないかな?」 「むー、マサオミ? 今日はデートのつもりで、一日過ごす約束ですよ?」 「……そうだった」 さすがにちょっと恥ずかしかったが、正直まんざらでもない気分だった。 なにより……今夜は、レナさんと結ばれるかもしれないんだよな? 想像すると嬉しいやら恥ずかしいやらで、おかしなテンションになりそうだ。 だって、現に今、肘にぷにぷに当たっている感触は…… ああ、お母さん俺を産んでくれてありがとうってくらい、世の中のすべてに感謝したくなるくらい幸せだった。 「そうそう、今日はマサオミにお弁当を作ってきたのです!」 「本当っ!? レナの手作りの?」 「もちろんです」 女の子の手作り弁当に、ありがとう! 「ん? そう言えば常陸さん、今朝はお弁当が作れなかったって言ってたけど、ひょっとして?」 「……はい、あらかじめ相談してました」 ありがとう! 「板長だけでなく、みんなにも相談して、日本のお料理」 「お弁当の作り方も、こっそり勉強してました……いつか、マサオミに食べてもらえるように」 「そうだったんだ!」 ありがとうッ、みんな! 誰より、レナへ。 俺の彼女になってくれて、ありがとう! そんな気分でいっぱいだった。 「ねえ、マサオミ……?」 「マサオミは、どれくらい……わたしのこと好きですか?」 校舎が見えてきたところで、いきなりド定番の質問を繰り出されてしまう。 だが今日の俺はひと味違った。 「もちろん、地球で一番愛してる!」 「ふふふ、だったらわたしは……太陽系で一番愛してますねっ」 「だったら、俺は銀河系一かな?」 普段ならギャグでも言わなかったろう。 だが俺は、割とマジな目をしていたはずだ。 「わたしは宇宙一愛してますよ!」 「んー……宇宙かぁ、じゃあ俺は……えっと、宇宙より広大なものなんてあったかな?」 「ふふふ、降参ですか? マサオミ」 ……これは勝負だったのか? 心の中で冷静な俺が突っ込みを入れていた。だがもちろん、今は理性より本能がはるかに勝っていた。 「悔しいな、俺も負けてないつもりなのに」 「でしたら、マサオミも宇宙一にしてあげてもいいですよ?」 「えっ、俺も?」 「はい、それなら……二人一緒ですね? 二人とも宇宙一です!」 「そうか、二人とも宇宙一か!」 「マサオミのこと……宇宙一愛してますよ」 「俺も、レナのこと宇宙一愛して……」 「…………っ」 あれ? 今、知っている人が顔を背けながら、すれ違っていったような……? 「祖父ちゃん! まだ学院に残ってたのか!?」 「お、大旦那さん!?」 「い……いや、お前の練習を見た後、先生方に捕まってしまってな」 「先程まで、碁を打っていたのだが」 「……ひょっとして、さっきの見たり、聞いたりしてた?」 「落ち着け、大丈夫だ」 「なにが大丈夫なの!?」 「若いうちには色々あるものだからな」 ……死にたい。 「んんッ、とにかく将臣」 「その……お前も男なら、責任を取るか、責任を取れないようなことだけはするんじゃないぞ」 「……」 「……っ」 正直、祖父ちゃんの目を見れなかった。 「将臣、お前まさかッ」 「し、してない! まだしてないからっ」 「ま……マサオミ? も、もう、それでは余計に怪しいですよ?」 最悪なのは、ある意味それ以上に恥ずかしい姿を、すでに見られてるってことだろう。 手遅れなのは、変わらない気がする。 まさか祖父ちゃんに見られるなんて、本当、取り返しがつかない。 「言いたいことはあるが……まあいい」 「若い者の恋愛に年寄りが口を出すべきではないだろうからな」 どうやら、大目に見てくれたってことかな? けど、責任を取るか、責任を取れないようなことだけはするな、か。 実にごもっともだと思ってしまう。 すでに、責任が取れない事態になってる気がするけどもっ。 飛び出しから手痛いカウンターパンチを喰らったものの、午前中は無事に過ぎていった。 ようやくそのダメージから立ち直った頃に、ちょうど昼休みを迎えた。 「マサオミーっ! お弁当の時間ですねっ」 「ああっ、一緒に食べよう」 正直このときを待っていた! 今朝、手作り弁当を用意してると聞いてから、実は無茶苦茶楽しみにしてたんだよな。 「お、なんだ? 今日は一緒に食べねえの?」 「すまん、言ってなかったっけ?」 「はい、今日は……マサオミと一日、デートの気分で過ごす約束なのですよ」 「変わったことしてるなあ」 「ひょっとして、いつの間にか女子がいないのもそのせいか?」 本当だ。もう朝武さんと常陸さんの姿がない。 気を利かせて、余所でお昼をとってくれるつもりなのかな? 「しかし、これからはお前と一緒に飯食う機会も減っちまうのかな?」 「なんか悪いな」 「ふふふ、レンタロウはマサオミがいないと寂しいのですね?」 「でも、たとえシンユーでもマサオミは渡しませんよっ」 レナが思い切り腕を絡めてくる。 「ははは、まさか! 野郎の友達なんていくらでもくれてやりますって」 「まあ、それは俺も同じだけど」 「ただなあ、ああ……将臣がいないと、女子と一緒に昼飯が食えないからな」 なんて欲望に忠実なヤツなん……ん? 「なんだよ? どうかし……グエッ!?」 「え、えっと……あはは、ごゆっくりぃ」 「お、おいっ、小春! 首の後ろを掴むなって、苦しいだろ?」 「もー恥ずかしいこと言って、お兄ちゃん達の邪魔しないのっ」 小春に引き摺られるまま、廉太郎は教室の外まで連行されていった。 そのときドアの隙間から、常陸さんと朝武さんが慌てて顔を引っ込めるのが見えた。 ……ひょっとして、観察されていたのかな? 「えへへ、せっかくですから、見てもらいましょう?」 「わたし達が仲良ししてるところ、みんなにも見て欲しいです」 「ええっ?」 「……そういうの、マサオミは嫌でしたか?」 「嫌では、ないけど」 これも文化の違いなのか? いちゃいちゃするところを見てもらうって感覚がよくわからない。 けどそう言えば…… レナは祖父ちゃんに見られたときも驚いてはいたみたいだけど、嫌がってはいなかったような? 「では、早速お弁当を広げてですね……」 「おー! 今回はなんか、いかにも日本のお弁当って感じだね」 「はいっ、みんなに教わった通りのレシピで作りました」 おにぎりにミートボール、だし巻きに焼き鮭は定番として、これはピーマンにジャコをまぶして金平にしているのかな? おまけに、底にはサニーレタスが敷かれ、彩りにプチトマトまで添えられていた。 たまに文化の違いでとんでもない物が出てくるだけで、基本的にレナは料理が上手い。 冒険せずレシピ通り作ってくるところからも、それが窺える。 料理が下手な人ほど、無駄なアレンジを加えるのだ。 「普通に日本のお母さんが作ってくれそうなお弁当だから、びっくりしたよ」 「えへへ……マサオミのお母さんに敵うかどうかはわかりませんが」 「負けないように一生懸命作りました」 「いや! もうその時点で、充分感動してるからっ」 「でも日本のお弁当は、おかずの種類も、見た目も、凝っていますから」 「なかなかのプレッシャーでしたよ」 「あー、外国の人はあんまりお弁当作らないんだっけ?」 「はい……すべてが初挑戦でしたね」 「お弁当箱の中で味が混じらないよう、お料理も水分が少なくなるように調整してますよ」 「ミートボールもソースを絡めるのではなく、最初からお肉に練り込んでから焼いてますねっ」 「へえ、なるほどなぁ」 俺もお弁当まで作ったことはないから、そんな気遣いがあるとは知らなかった。 母さんもそこまで考えてお弁当を作ってくれていたんだろうか? 「じゃあ、さっそく食べてもいい?」 「はい、では……」 レナが箸を出してくる。 受け取ろうと手を伸ばすが…… 「あ、あーん」 はいッ!!? 「……どうしました、マサオミ?」 「日本の伝統では……お弁当は、女の子があ~んして食べさせるのですよね?」 「誰のどこ情報なの!?」 ハッとして振り返ると、教室中のみんなが一斉に視線を逸らした。 代わりにドアの隙間から覗いていた常陸さんと目が合った。 『あは、ワタシの援護射撃はお気に召しませんでしたかぁ?』 常陸さんの目が、そう言ってる!? 「ヘンでありましたか? ですが……」 「わたしも、周りのみんなに二人の関係を……ちゃんと示したかったのですよ」 「あ、ああ、そういうこと?」 なるほど、周囲にも態度で二人の関係を表すものなのか。 確かに向こうの人は、あまり恋人のことを隠さないイメージだ。 だ、だが、これは…… 「どうしました、マサオミ? ……こういうの、マサオミは嬉しくありませんか?」 「いや! 嬉しいよ? 嬉しいけど……嬉しいんだけど」 「恥ずかしいっていうかさ」 「ぷっ、ふふふ……マサオミは、可愛いですね♪」 これって、俺のほうが子供っぽいのか? けど、うん……そうだな。 「レナは、みんなの前で……いちゃいちゃできると嬉しいのか?」 「……わたしも、恥ずかしいですよ?」 「恥ずかしいですけど、それ以上に嬉しいです」 「マサオミとだったら……こういうことも、いっぱいしてみたくなります」 「レナ……」 よ、よし。 「わかった……じゃあ、やってみようか」 「えへへ、ではマサオミは、なにが食べたいですか?」 「そうだな、ミートボールにしようかな? レナの国の家庭料理なんだよね?」 「わおっ! 味付けは日本風になりますが、わたしの一番の自信作ですよっ」 「へえ、それは期待できそうだな」 「えへへ……では、マサオミ?」 「あーん、ですよっ」 「あ、あーんっ」 ミートボールが口へ運ばれてくる。 途端に教室で軽いどよめきが起きてしまう。 けど、不思議とあまり気にならなくなっていた。 「美味しいですか、マサオミ?」 「うん……」 レナのはにかむような笑顔を前にすれば、他はすべて些細なことに思えてくる。 やっぱり俺は、どうかしていた。 「すっごい美味しいよ、レナ!」 「わおっ、本当ですか? 一生懸命作った甲斐がありましたねっ」 「では、次は……」 「待って、レナ? 俺ばっかり食べちゃ申し訳ないからさ」 レナの手を両手で握り、そっと箸を取り上げてしまう。 「あっ……マサオミ」 「今度は、俺が食べさせてあげるよ」 再び、教室でどよめきが起きる。 だが今度はもう、まったく気にならなかった。 「え? で、ですが……マサオミを喜ばせたくて作ったお弁当ですから」 「俺もレナに喜んで欲しいんだ、それとも嫌かな?」 「そ……そんなことはないですよっ! でも、やっぱりちょっと……恥ずかしいですね」 「さっきはレナだってやってくれたじゃない? ほら、あーんして」 「……で、ですが、マサオミにあーんしてもらったりしたら」 「遠慮しない、ほらレナ……あーん」 「う、ううっ……あ、あーん」 さっきは強気だったレナが、今度はもじもじしながら遠慮がちに口を開ける。 そこへそっと出汁焼きを頬張らせてあげた。 「どう? 自分の料理の味は」 「むぅー、恥ずかしすぎて……味がよくわかりません」 「……ですが」 「その分、マサオミの愛を、いっぱい感じてしまいましたよ♪」 「う、うん」 今度はまた、俺の方が照れさせられる。 「やっぱり、レナは可愛いな」 「ふふふ、マサオミこそ……赤くなって可愛いですよ」 いつの間にか、二人とも机の上に両肘を乗せ、身を乗り出すようになっていた。 互いに少しでも近づこうとするように。 ああ、俺はレナが好きなんだな。 けど同時に、祖父ちゃんの言葉が蘇ってくる。 『責任を取るか、責任を取れないようなことだけはするな』 ……正直つき合う前までは、悩んだこともある。 いつかレナは、地元へ帰らなくてはいけなくなるかもしれないから。 ムラサメちゃんにも、レナの安全を一番に考えるなら、 呪いの秘密を探るより欠片を無事に取り出せる方法だけを調べ、穂織から離れさせる方がいいと言われた。 夢を見て深入りすれば、危険が増す可能性もあるから。 だが俺は、彼女が好きだという気持ちに逆らえなかった。 責任の取れないことをしてるんじゃないかという気持ちが、まだ心の底のほうに残っていたらしい。 「どうかしましたか、マサオミ?」 「ううん……次はなにを食べさせてもらおうかと思ってさ」 「ふふっ、だったらですね、マサオミには野菜をたくさん取って欲しいですから……」 やっぱり、今はまだ欲望のまま行動するのはよくないよな。 好きだからこそ、もう少し慎重でもいい気がする。 彼女のことが宇宙一大切だと言ったのも、あながち大袈裟なんかじゃなかったから。 放課後はいったん別れ、それぞれ仕事と練習をこなして、再び志那都荘で合流する手はずになっていた。 「……祖父ちゃん、今朝のことなんにも触れなかったな」 どうやら色恋に口出しする気がないと言っていたのも、本気らしい。 ただし、いつも以上にしごきが激しかった気がする。 もっとも、それで身体が動かなくなるほど、きついということもなくなっていた。 慣れとは怖ろしいものだ。 「とはいえ、おかげでこの後どうするか。アイデアが浮かんだわけだけど」 「マサオミー! 会いたかったですよっ」 「レナっ」 志那都荘へ入るなり、待ち構えていたレナと早速ハグを交わす。 「ちゅっ♪ えへへ、3時間も会えなくて寂しかったですよ?」 「あはは……けど、俺も会いたかったよ」 「それで? マサオミは、もう特訓はいいですか?」 「うん、レナこそ仕事はもう終わった?」 「はい……マサオミとデートしたくて、急いで終わらせたんですよ?」 「さすが、レナ……」 もう一度、軽くキスをしてやる。 「ちゅっ、んぅ……んふふ、それで? これからどうしますか?」 「そうだな、まずは温泉で汗を流したいかな?」 「あっ……マサオミ、そんな早速だなんて……」 「い、いや! 練習で汗かいたからさっ、レナも仕事でかいた汗を流してきたら?」 「それから、もう一度ここに集合ってことにしない?」 「いいですけど、わたしの部屋でなくていいのですか?」 「実はちょっと考えてることがあってさ」 「せっかく、今日はデートってことになってるんだから、普段やらないこともやってみない?」 「……はい、いいですけど?」 「とりゃあっ! ちぇすとーーーっ!?」 「おわっ!」 いきなりレナが豪快なスマッシュを放つ。 白いピンポン玉が、ギリギリでラケットをかすめていった。 「やりましたねっ、またわたしの得点ですよ?」 「いや……びっくりした、レナもけっこう上手いんだな」 温泉宿ではお約束の遊技。 志那都荘にも、卓球台が置かれている。 ……スポーツをして汗をかき、煩悩を退散させようという作戦だ。 「ふっふっふ、ピンポンはわたしの国にもありましたから」 「ですが、日本の温泉にはどこでもピンポン台があるそうですが、何故でしょうか?」 「さあ、屋内でできてスペースを取らないからとか?」 「ビリヤード台なんかもけっこう定番だと思うし」 「わおっ、志那都荘にもありますよ? 今度、わたしと勝負してみますか?」 「いいね、けど今日は卓球勝負だ!」 「もちろんですねっ、行きますよ! うりゃっ!?」 レナが鋭角にサーブを放つ。 ちなみに俺達は浴衣に着替えていた。 風呂上がりというのと、仕事着だと従業員が遊んでるように見えてイメージダウンになるから、なんだけど…… 「はッ!」 「……うりゃ!」 ばいんぼい~ん 「くっ……!」 「ほっと!」 ばいんぼいい~~ん♪ ダメだ! ピンポン球に集中しきれないっ。 レナが激しい動きをする度、それはもう、こんなの見たことないってレベルでダイナミックに揺れるのだ。 「どうしました、マサオミ! 最初のキレがありませんよ?」 「く、くそッ!」 腰が引けて、前屈みになりそうだ。 まさかスポーツをしてて、こんな精神攻撃を受けるとは! これじゃ煩悩を退散させるどころか…… 「……あっ!」 しまった。ボールが浮いた!? 「チャンスですね! スマーーーッシュッ!!」 ばいばいんぼいいぃ~~んっ♪ 今世紀最大の乳揺れが、俺を襲う! 「なにくそ!」 「おおっ、やりますね! マサオミっ」 ギリギリでラケットが届く。 けどまたしても、ボールを浮かせてしまい…… 「ですが、無駄なあがきでしたねっ」 ばいばいん、ぼい~ん♪ 「おッ……おぉおおおおぉぉーーーッ!!?」 それは気合の雄叫びか? 歓喜の悲鳴か? ともかくラリーが終わったら、もう乳揺れが見れな……いや! 負けたら煩悩を退散させられないっ。 「なんと! 今のも拾うとは、わたしも負けられませんねっ」 「どりゃああっ!!」 「あははは、楽しいですねー、マサオミー」 勝負はあらゆる意味で白熱し、夜は更けていった。 それで結局、勝負の後でまた温泉に入り直さなくてはいけなくなった。 「ふう、でもこれだけ汗をかけば、おかしな気分になることも……」 いや、そんなことないな。 さっきの卓球勝負をちょっと思い出しそうになるだけで、もーダメだ。 やっぱりレナの爆乳は規格外過ぎる。 むしろ今日まで一度も鷲掴みにしなかった自分を自分で褒めてあげたいくらいだ。 男は単純で、欲望に忠実。 けどだからこそ、紳士であらねばならぬはずなのだ。 ただ、レナも俺との関係を進めたいと願ってるようだし……こういう場合は例外になるんじゃ? いやいや、そういうときこそ男のほうが理性的になるべきでは? 「ん? ……は、はい」 レナの部屋だけど、返事してよかったのかな? けど入ってきたのは、他でもない。 「……マサオミ、お待たせしました」 「レナ! なに? 自分の部屋なのに、ノックしたりして?」 「それに、その格好は……?」 明らかに部屋着ではない。 前に屋根の上で一緒に星を見たときも、こんな感じだったけど…… 確かあのときは、夜はこれからみたいなことを言っていて、え? 「と……隣、座ってもいいですか?」 「うん、もちろんいいけど」 「……はい」 わざわざ断りまで入れて、ちょこんと腰を下ろす。 しかもいつもみたいにベタベタするわけでもなく、肩を小さくすぼめているのだ。 あ、あれ? このまま肩を抱かなきゃいけないような? いつもよりお淑やかになっているのに、すごくエッチな雰囲気になってない? 「えへへ、なんだか……緊張してしまいますね?」 「あ、ああ、うん」 まずいな、俺まで緊張してきた。 「そ……そう言えば、最近どう?」 「はい?」 「あ、ああ、家族の人と会いたくなったりしてない?」 「ちゃんと連絡取れてるのかなって」 「ふふふ、大丈夫ですよ?」 「マサオミがいれば、ホームシックなんてなりたくてもなれないですから♪」 「……う、うん、そっか」 「そう言うマサオミはどうですか?」 「俺?」 「マサオミこそ、あんまり家族と連絡してるところを見ませんね」 「だって、俺は国内にいるし……でも、確かにあんまり意識して連絡してないかも」 「ふふふ、自分もしてないのに心配したりして、変なマサオミですね」 「あ、あはは、そうだな。俺の方が、ちゃんとしてないよな」 「日本の言葉で、ブサタはブジの証拠と言いますけどね」 無沙汰は無事の便り、かな? ……使い方はだいたい合ってるみたいだ。 「ねえ、マサオミ……」 「ん?」 「……~~っ」 思い切ってという風に、レナの頭が肩に乗せられてくる。 「わたし、日本の言葉……いろいろ勉強しました」 「こういうとき、つ、月がキレイですねって……言えばいいのですよね?」 「……ま、窓はちゃんと閉まってるはずだけど?」 「それでも……月が、キレイなのですよ?」 確か、夏目漱石が『I LOVE YOU』を日本語に訳した言葉だっけ? なら、『もう死んでもいい』と返すのが正解だった気がする。 「そ、そ、そう言えば、こないだ、学院で……」 「……はい?」 「えっと、なにがあったんだったかな? えっと」 「…………」 あっ、思いっきりじと目で睨まれてる。 「マーサーオーミッ、それでは台無しです!」 「い、いや、ごめん! そうじゃないんだけど、やっぱりその」 「……俺達には、まだ早いんじゃないかな?」 「ひょっとして、マサオミの家はクリスチャンの厳しいところなのですか?」 「え? ……たぶん、普通に仏教だと思うけど?」 「仏教の人も結婚するまで……月はキレイになってはいけない感じでしたか?」 「い、いや、聞いたことないかな」 たぶん、そういう意味で言ってるんだよな? 「むーっ」 「だ……だって、祖父ちゃんに言われたでしょう?」 「……大旦那さんですか?」 「そう、責任取るか、責任取れないようなことはするなってさ」 「まさかっ……マサオミは、責任取るほうを選ばないつもりですか!」 「このウワキモノ!?」 「いたたっ、だ……だから違うって、いたたたたっ!」 ぽかぽか、だだっ子のように殴られてしまう。 「レナにも、家族がいるでしょう?」 「……それが、なんだと言うのですか?」 「だったら……やっぱり、ずっと離れ離れってわけにはいかないんじゃない?」 いつかは、自分の国へ帰らなくちゃいけない。 手を出して、その後も責任を取れるかどうかは、慎重に判断するべきじゃないか? 「……二人で一緒に寝て、夢を見るかどうか……試さなくて、いいのですか?」 「ごめん……実は、それもムラサメちゃんと話したことがあるんだ」 情報より、欠片を取り出すことを優先し、レナを穂織から離れさせる。 レナの身を守ることを一番に考えれば、それがベストなはずだと説明してしまった。 「夢で情報を集めても、それが役に立つかはわからないわけだし、だったら……」 「……なんですか、それは?」 「ごめん、今まで話さなくて。レナに自分で考えてもらうべきだったかも……」 「だから、なんなのですかそれは!?」 「マサオミは、わたしが自分の国へ帰ればいいと思ってるんですか!」 「そうじゃないけど……ただの、我がままだったかもしれないと思って」 レナに帰って欲しくなかったのも、呪いを解きたいと願ったのも。 俺の我がままを押しつけただけではないか? まだ自分自身への疑惑を残したままになっていた。それが、土壇場で俺を躊躇わせているのだろう。 「俺にもまだ、なにがベストかはわからないけど」 「確定できない以上……俺に責任が取れるかって聞かれたら、やっぱり」 「マーサーオーミっ!」 「……ひぐっ!?」 いきなり、ほっぺたを両側から引っ張られる。 「わたしの安全? わたしだけ安全なんて、全然ベストじゃないですよっ」 「トモダチが苦しんでるとき置き去りにして、自分だけ逃げるのがベストのはずありません!!」 「……ッ!!」 「ヨシノ達の呪いを解いて、わたしも、マサオミも無事、それがベストではないですか?」 「そ、それは……」 「わたしは最初から、そのつもりでしたよ」 「マサオミは違うのですか?」 ……違わない。 違わないけど、迷っていたかもしれない。 「だいたい、責任責任って、マサオミの言う責任っていったいなんのことですか?」 「え?」 「2人のことなのに、マサオミにだけ責任があるみたいに思ってるのが、凄く変! とても変ですよっ」 「それともわたしのこと、一人でなにも決められない子供だと思ってますか!」 「いや、だって……え?」 「わたしがどうするかは、わたしが自分の責任で決めることですっ」 「わたしの気持ちを無視して、わたしに帰れなんて言う権利、誰にもありません!」 ああ…… 思わず、レナを抱き締めていた。 「ひゃっ……あ? ま、マサオミ?」 「ごめん、俺が間違ってた」 「レナが穂織からいなくなるなんて、絶対嫌だった……だから話せなかっただけなんだ」 「マサオミ……」 「そのくせ、今さらこんなこと言うなんて、俺がどうかしてた」 レナの腕も、俺の背中へ回されてくる。 「……ううん、大切にしてくれようとしてるのは、わかってましたよ?」 「ですが、大切にされるばっかりでは嫌ですよ」 「わたしもみんなを……誰より、マサオミを大切にしたいと思っているのですから」 「本当にいいの?」 いったん理性の枷を外してしまったら、きっと俺はもう止まれなくなる。 レナのすべてを欲してしまうに違いない。 「……レナが帰りたくなっても、俺がレナを帰したくなくなるかも」 「マサオミは、おバカさんですね」 「星の見つけ方を教えると、約束したではないですか」 「いつでも、同じ星を見られるように?」 「はい、だから大丈夫ですよ……なにも、心配ありませんから」 「マサオミ……」 そっとレナの瞳が閉じられる。 俺ももう、躊躇いはしなかった。 求め合うように互いの身体をまさぐるうち、気付くと下半身の前に取りつかれていた。 「マサオミ……マサオミ……んんっ、も、もう……こんなに、固くなってます……」 「ううっ、あっ……わたしの、おっぱいで……隠しちゃいますね?」 「れ、レナ……こんなの、どこで?」 なんと、ペニスを乳房で左右から挟まれてしまったのだ。 「……んっ、前に……マサオミの部屋にあった、エッチな本に……出てましたね? ふあっ」 「あ……あったね、そう言えば」 あれは、俺の本じゃなかったんだけど。 「でも確か、そのときレナはエロ本を見て気絶してたよな」 「そ、それが、なんなのですか?」 「……案外、しっかり見てた?」 「ま、マサオミっ、しょれは……んんっ、だって……はあ、はあ……あんな……エッチな本なんて、んっ」 「生まれて……初めて、見ましたし……あっ、んふっ、あのときは……こんなことして……はあっ、あふっ」 「恥ずかしく……ないのか考えてしまいました、けど……んぁっ……んっ、んっ!」 ビッグバストにペニスを挟んだまま、軽く前後に身体を揺すってくる。 むにむに柔らかい感触がカリ首に引っかかり、思わず乳房の間でピクンと反応させてしまう。 「はあ……はあ……マサオミの、可愛いですね、んっ……えへへ、見るのは……あんなに恥ずかしかった、ですが」 「今も、恥ずかしいですが……嬉しいです、んっ……マサオミが……わたしで、気持ち……よさそうに、あっ!」 「……マサオミ、またピクンとしましたね? ふふふっ……んっ、んっ」 「とっても……んあっ、愛しい、感じですね……はあ、はあっ……ああっ、マサオミ……マサオミっ」 レナがバストの圧迫を強め、いっそうペニスを包む柔らかな感触が強くなる。 ……通常、パイズリは縦に挟むんだと思う。 けど、垂直に挟んでも根本まで包み込む規格外のバストサイズだからこそなのか? 「はあっ、あふっ……んっ、んっ……マサオミ……マサオミ……はあっ、はあっ」 「ま、待って……レナ! あんまり激しく動かれるとっ」 あっという間に射精させられそうになっていた。 パイズリって実はそんなに気持ちよくないなんて聞いたことあるけど、あんなの絶対嘘だ。 「あっ、んん……申し訳ないですね、んふっ……ひょっとして、痛かったですか?」 「ゆっくりなら、平気ですか? ……マサオミ、あっ……あっ」 ゆ~っくり、白く柔らかいお餅で、ゆ~っくりペニスをこね回してくる。 やっぱり触れてる面積が違うからなのか? これだけでも、無茶苦茶気持ちいい。 「あ! んんっ、マサオミのがっ、震えながら……あっ、ちょびっと透明な液が……出てきましたよ? これは?」 「う、うん、気持ちよかったからね……我慢汁って、わかるわけないか」 「えっと……カウパーって言えばわかる?」 「か、かうぱー……でありますか、んっ……んぅ、あっ」 レナは最初きょとんとしていたが、やがて気付いてみるみる顔を赤くさせる。 「お、おー……痛かったわけでは、なかったんですね?」 「当たり前じゃ、ないか……っ」 「ゆっくりされるだけでも無茶苦茶気持ちよくて、困ってるくらいだよ」 「えへへ、だったら……んっ……んっ、しばらくゆっくりしますね? はあっ、あふっ」 「マサオミには……んんっ、いっぱい……気持ちよく、なって欲しいですから」 しかし、よく見るととんでもなくエッチな光景だよな。 ゴリゴリに固くなったペニスが、ふわふわの乳房の間を出たり入ったりする。 それも、レナのおっぱいに……俺のが…… 「ね……ねえ、マサオミ? はあっ……はあっ、んっ、マサオミの……これ、なんて呼べばいいですか?」 「……え? これって、性器のこと?」 「はい……んっ、んっ……そういう、言葉は……学校でも教えて、くれませんから」 「……どうすれば、マサオミが……気持ちいいか、んんっ、もっと……勉強するにも、言葉がわからないと、はあ、はあ」 「レナ……けど、そうだな」 「ペニスとか、ヴァギナじゃダメなの?」 「ま、マシャオミ! ……ダメですよ、そんなの直接的……過ぎますね、あっ、んふっ」 「え?」 「できれば……日本の、言葉にしてほしいです、はあっ、あふっ……それじゃ、恥ずかしいですから」 「俺にとっては、そっちのほうが生々しいんだけどな」 まあ、俺も英語じゃ、亀頭とか裏筋とか、細かい部位までは説明できないか。 「うううっ、わ……わたしにとって、恥ずかしくない方でお願いします、あふっ」 「じゃ、じゃあ、男の性器は……おち●ちんとかかなぁ?」 「おー、性器にも……日本の言葉、頭に“お”をつけるのですね、んっ……んっ、んふっ」 「それと……女の人のは、おま●こです」 「……おま●こですか、はあ……んふっ……んんぅ、おま●こ……覚えましたね!」 レナの唇から、無邪気なくらいあっさり卑猥な言葉が紡ぎ出される。 途端にどくんと心臓が跳ねた。 「あンッ! ……ふふふ、マサオミのおち●ちん、はあ……はあ……今、ぴくぴくってしましたね?」 「んっ、んっ……ゆっくりしか、動いて……ないですのに、あふっ……そんなに、気持ちよかったのですか?」 「う、うん、もう出そうかも」 いや、本当は少しでも速く腰を動かせば、いつでも射精できた。 「えへへ……では、言葉を教えてくれた、お礼に……んっ、んっ、マサオミのおち●ちん……さっそく気持ちよく、しちゃいますね?」 むにゅっと強く乳房が押しつけられ、レナの動きが速くなる。 だからもう、それだけでダメだった。 「はあっ、はあっ……マサオミっ、マサオミ! んっ、んっ……どうですか? 痛く、ないですか? んんっ」 「ああっ、根本まで……呑み込まれて、くっ! レナのおっぱい、本当に大きいよね」 「あんっ! マサオミこそ……んっ、んっ、おっぱいの中で、まだ……大きくなって、ああっ!」 レナのおっぱいが、ごしごしとペニスに擦りつけられる。 その度にたゆんたゆんと揺れるのだ。 「んっ、んッ! マサオミっ、マサオミから……はあ、はあっ、すごくエッチな匂いが、してきて、んんッ!」 ダメだ、ダメだ! これだけで、俺はもうっ! 「……うんっ、もう出るよ! レナっ、出るから」 「は……はいっ、では……このまま! はあっ、あふっ……マサオミの、マサオミの……おち●ちんから、あっ、あ!」 「……スペルマ、たくさんっ……たくさんっ、出して欲しいですね? マサオミっ、マサオミ!」 「あっ、あっあッ! はうっ……きゃ!?」 乳房に包まれたまま、ビクンビクンとペニスを跳ね回らせてしまう。 「あっ……んっ、あわわっ、マサオミのおち●ちんが……暴れて、んんっ! びゅ~っ、びゅ~ってあったかいのが」 「たくさん……出てきます、あっ……ああっ、これが……んぅ~」 レナの谷間から、湧き水のようにごぽごぽと精液が溢れ出してくる。 ああ、俺にとって……初めて、女の子の手で射精させられたのが、レナのパイズリになったんだ。 この感触は、たぶん一生忘れられない。 「はあ……はあ……すごい、ですね、これが……マサオミの、赤ちゃんの素、なんですよね? あふっ」 「……これは、んぅ? なんて言うんですか?」 「精液……それを出すことを、射精って言うんだけど」 言いながら、レナの頭を撫でてやる。 「すごく、気持ちよかったよ、レナ」 「えへへ……わたしも、たくさん出してくれて……嬉しかったですよ? それに、んぅ」 「……マサオミ、まだカチコチのままで……んっ、んっ……気持ちよかったんだって、わかり、ますから、あっ」 「うん……そうみたいだ、レナ……レナ」 思わず、手を伸ばしてレナの乳房を揉んでしまう。 両手でも、とても納まりきらない重量感と他に例えようのない柔らかさに、ビリビリと神経が昂ぶるのを感じた。 「あっ、あん……おさわりはいけませんよ、マサオミ? んふっ」 「うん、けど……今までできるだけ見たり、エッチな気分になっちゃいけないと思ってたから」 「レナに堂々と触れられるのが嬉しくて」 「もう……そんなこと、んぅ……マサオミなら、マサオミだけが……いつでも、オーケーなんですからね、んっ!」 俺は知らず知らずの内に、乳房の中でピストンを始めていた。 レナもそれに合わせて、ゆるゆると身体を前後に揺すり始める。 「あっ、あっ! ……んんぅ、さっきよりぬるぬるして……あふっ、わたしまで、エッチな……気分に、なっちゃいますっ」 「お、俺も……さっきより、気持ちいいなんて」 ただ乳房を擦りつけられるだけでも気持ちよかったのに、今は精液が潤滑油になっている。 柔らかな肉の谷間をペニスがぬるぬると動き回り、もうそれだけで堪らなかった。 「はあっ、ああっ……んっ、あンッ! マサオミ……自分でもっ、腰振るから、ああっ!」 「突き、込まれる度、ああ! ……ち、乳首も、おなかに当たって、あっ……あっ!」 「ぐちゅぐちゅって……あん、掻き混ぜ、られる音……立てながら、ふあ! パンパンってぶつかる音、してますよぉ、はうう!」 少し乱暴だろうか? わかっている。 わかっていても、もう歯止めが利かなかった。 「ま、マサオミ? お……落ち着いて、くださいね? ああッ、まだ……まだ、この後……んんっ」 「……まだ、おま●こが残ってますよ? ふあっ、あっ……おっぱいだけで、終わっちゃ……嫌ですからね、あん!」 「それは、た、たぶん大丈夫だから……このまま、このままもう一回だけっ」 「えへへ……んっ、んぅ! もう、仕方ない……マサオミですね、はあっ、あん! あっ!」 正直、今夜は何度でも射精できそうなくらい昂ぶっていた。 早くも射精衝動に襲われながら、 レナとなら、何度でも! 何度でも、交わりたいと願っていた。 「んっ、んッ……あ、あん! マサオミっ、マサオミ……だったら遠慮はっ、我慢は……しなくて、いいですからね?」 「たくさん……たくさん、気持ちよくなって、マサオミ……マサオミ、ふああっ!?」 お、俺は…… 「あっ、あん! マサオミっ……あっ、あっ、そんなにっ、激しく腰を振っては、ああッ!」 俺は、先程の快感が忘れられなかった。 もう一度、もう一度、同じ快感の海に沈みたかった。 「んっ、んんぅ! あっ、あふっ……わ、わたしもっ、乳首……いっぱい、擦れて、ああっ! だんだん、気持ちよくっ」 「本当? レナも、気持ちいいのか? レナっ、レナ!」 「はい……わたしもっ、わたしも気持ちいいですよ! マサオミっ、マサオミ! んっ、あう! ふあッ」 気持ちいい、気持ちいい! 荒い呼気が重なり合い、二人でっ、気持ちよくなっていく! 「あっ、あっ、あん! ふあっ、マサオミっ、マサオミ! ま……また、おっぱいの中で太くっ、なって、んああッ!」 「ああっ、出る! 出るからっ、また出るから、受け止めて? レナ! レナ!」 「はいっ、はい……マサオミの、赤ちゃんの素っ……セイエキ、受け止めますから、あっ、あん!」 「たくさん……またっ、たくさん! 出して欲しいです、マサオミ! マサオミっ、あっ、ふああッ!?」 俺は、レナの乳房の谷間へぐにゅりとペニスを押し込んだ! 「ひゃっ、あ! ふああっ……マサオミの、マサオミの……おち●ちんがっ、また……あっ、あっ」 「いっぱい……いっぱい、射精してますね、はっ、あうう……」 谷間の中でペニスがビクンビクンと激しく暴れ回る。 その度、まるでレナのおっぱいが射精してるように、下乳からドボドボと白濁の塊が糸を引いて垂れ落ちていった。 「はあ……はあ……二回目、でもっ、こんなに……出るものですか?」 「いや、俺も……びっくりしてるかも、だってほら」 「ふあっ、あん! ……え? マサオミの、まだ……こんなに?」 未だ硬度を保ったペニスを、一度だけおっぱいに擦りつけてやったのである。 「あっ、あん! マサオミ……そんなっ、深く、んんぅ! 突き込んではっ、ああ! さ……先っぽが、顔を出して、あうう!」 腰の奥で、じーんと痺れが大きくなっている。 止めたくても、止められなかったのだ。 「はあっ、ああっ……マサオミ、マサオミのが……んん! こんなにっ、大きくなって、ふあっ」 「くっ、う! レナ……そんなにっ、顔近づけたら!?」 「だって……はあっ、ふあ! おち●ちんが……おっぱいの中で、すごく気持ちよさそうに……震えて、ふぁん!」 快感が、快感が熱いほどの高温を伴って、マグマのように噴き上がろうとしている。 もう止められない! 止めようがないっ!! 「わたしも……わたしもっ、どんどん! どんどんっ、エッチな気分……強くなって、あっ、ふあ! あぁん!」 「……レナも? くっ、俺も……俺はっ、もう出る! 射精するから、レナ!」 「はい……はあっ、はあ! わかり、ますよ? マサオミ……マサオミが、たくさん……たくさんっ」 「気持ちよく、なってくれれば……わたしも、わたしもっ、あっ、あん! あっ、ふああ!」 「ふえ? ……きゃあ! あっ、ふああッ!?」 勢い余って、レナの顔へ向かって射精してしまったのだ。 「んんっ、んっ……んんっ!」 熱い衝動がペニスの中を駆け抜けていく度、レナの顔を白濁の塊が汚していく。 我ながら二回目とは思えない濃さと量だった。 「はあ、はあ……これが、日本の……BUKKAKEですか?」 「ごめん、レナ! やっぱり、嫌だったよな?」 「い……いえ、それが……はあ……はあ……意外と、悪くないと……言いますか」 「好きな、人の……精液だと、嬉しいかも、しれないですね」 「レナ……じゃあ、たぶん俺もだな」 未だ硬度を保ったペニスを、軽く眼前へ突きつけてやったのだ。 「やっぱり、まだ全然治まらないみたい」 「……わお、マサオミの……おち●ちんは、元気いっぱい過ぎますね」 「レナが相手だからだよ」 前屈みになって、おでこへ軽くキスをする。 それが合図になってしまう。 レナが体勢を入れ替えようとしてきたのだ。 「マサオミ……マサオミ……そこへ、横になって欲しいです」 「え? うん」 「はあ……ああッ、マサオミの、すごく……大きいですね、それがわたしに当たって……んっ、んんぅ」 布団の上へ寝かされると、レナが俺に跨ってきたのである。 確か、レナも初めてだったはずだよな? 「ま、まさか……レナが上になって? いいの?」 「……はい、自分で……したほうが、痛くないと言いますし、んぅ、それに……」 「えへへ、わたしが……マサオミに、してあげたいですから」 「してもらい過ぎな気がするけど?」 「いいですから……んっ、んぅ、マサオミも……初めてですよね? でしたら……」 「……マサオミの、ドウテイはわたしが、奪ってみたいですね」 肉食だ。 恥ずかしがり屋の癖に、レナは肉食系なんだと実感する。 ならここは、流されてみた方がいいのかもしれない。 「じゃあ……焦らなくていいから、もう入れられそう?」 「はい、んん……おっぱいで、してるうちに……わたしも感じてたみたいですから、あっ!」 レナの指が、冷たく俺の性器へ触れてきたのだ。 「ふふふ、マサオミ……すっごく熱くなってますよ?」 「……うん、レナに早く入りたがってるみたいだ」 今さら、自分の欲望を隠しても仕方がない。 まさしく文字通り、俺はレナの手のひらのうちだったのだから。 「で、では……行きますよ? ふあッ!?」 「ああっ、う!」 亀頭が柔らかく濡れたものに触れる。 そこは俺と変わらず、熱くなっていた。 「ま、マサオミの……んんっ、すごく太くて、はあ、あふっ……わたしのより、明らかに大きい、ような」 「大丈夫? 無理そうなら、やめてもいいんだよ?」 「い、いいえ! それは……絶対嫌です、せっかく……せっかく、マサオミと、んんっ」 わずかに腰が沈められる。 亀頭の先だけが、レナの中へ呑み込まれた。 「……~ッ」 たったそれだけで一瞬、呼吸ができないほどの得も言われぬ快感が襲ってきた。 嘘だろ? ちょっと触れてるだけで、これなのか? 「はあ、あ? 大丈夫、ちゃんと……広がりながら、受け入れられるみたいですね、んふっ」 「……う、うんっ」 それだけ答えるのが、やっとだった。 これが今からペニス全体に? 「はあ……はあ……あっ、マサオミ?」 レナが頬を染めて、こちらを振り返る。 「愛してますよ、マサオミ」 「あ……ああ」 「俺も、愛してるよレナ」 次の瞬間、ペニスが一気に挿入されていた。 「はっ……あくぅううううう~~~ッ!!?」 「……~~~ッ」 ブツリと柔軟性のあるゴムかなにかが破ける感触と共に、亀頭がレナの一番奥の壁を叩いていた。 俺は気遣う余裕もなく、またも息ができなくなってしまう。 先に二回出していなかったら、絶対に今のだけで射精していた! 「んッ、んんぅ~……いたッ、痛いです、で、でも……ああ、これで、ん!」 「マサオミと……マサオミと、1つになれましたねっ」 「あ、ああ……俺もレナのこと、す……すごく感じてるよ」 痛々しく破瓜の血が垂れ落ちてくる。 だというのに俺は、勝手に腰が浮き上がるのを堪えきれないほどだった。 「あっ、あん! ま……マサオミ? まだ、動かないで……欲しいですよ、はうっ、ふああッ」 「い、いや、でもこれ……!」 どうも、レナのヴァギナに吸い上げられてるらしい。 襞の一枚一枚までがペニスに密着してきて、奥へ奥へ引っ張り込むように締め付けてくるのだ。 「レナの中、す……凄い締め付けなんだけど、こ、これって普通なの?」 「え? そ……そんなの、わたしも知りませんよっ、し……知りません、けど……はあっ、あふっ」 「……まだ痛いのに、んっ、んふっ……マサオミのこと、身体の……奥で、感じて、はあ、はあ」 「なんだか、じーんとして……とっても、あったかい感じ……んんっ」 レナが、わずかに腰を揺すり始める。 俺もそのペースに合わせ、ゆっくりピストンを開始していた。 「はあっ、ふあっ……んくっ、あん! やっぱり……やっぱり、痛いのにっ、気持ちいいですよ? マサオミっ、マサオミ!」 無理してるようには、見えない。 だから俺も背中からレナの乳房へ手を伸ばした。 「あっ、あぁ~ん! それっ……なんだか、すっごくエッチですよ、あっ、あっ! ふああっ」 「ううッ、レナこそ……これ以上、締め付けたらっ」 「え? うふふ……ひょっとして、わたしのおま●こ……そんなに、気持ちいいですか? はあっ、ふあっ!」 「すぐにっ、射精したくなるくらい……あん! ああッ、感じて……ますか? マサオミっ……マサオミ?」 なんと、レナが腰を加速させてしまう。 俺は快感を堪えるため、ほとんど乳房にしがみつくようになる。 「ふああッ! マサオミ……我慢しないでっ? たくさん、出してくれたほうがっ、嬉しいですから、あっ、あん!」 「それに……ちょっとくらいっ、早い方が、あっ、あ! ドウテイさんを……もらえた感じ、しますから、ふああッ!」 だからって、もう2回も出しているのに、こんなすぐは嫌だった。 だから耐える。耐える、耐えようとするのに…… どれだけ固い意志も、どろどろに溶かしてしまうほど熱い快感で塗り潰されていく。 「はあっ、あん! んくッ、んっ……ああっ! マサオミがっ、中でっ、まだ太くなって……これは? はううっ」 「お……おねがっ、やすませっ」 そうすれば、まだもつ! まだもつのにっ。 「ダメですよ? 我慢しないで、あっああ! いっぱいっ、いっぱい出してくださいね、マサオミ? あふっ」 ああ、我慢してる! 我慢してるのにっ。 こんなの、我慢しきれない! 「んっ、んっんッ、んくっ! ふああッ……わたしも、んん! わたしも、どんどん……じーんとするの、強くなって、ああ!」 「くっ、で……出る、出るよレナ! 離れて? くッ、うう!」 「はあっ、あう! 大丈夫、ですっ……大丈夫な日を、ちゃんと選んでますから、あん、あん! ふああッ」 「だ……だから、マサオミも、んん! 中で……わたしの、おま●この中で射精して、欲しいですよ、あん!」 「中にいて? ずっと、中にいるまま……気持ちよくなって、マサオミ! マサオミ! んくっ」 「あくっ、んあッ!? ふあああッ……あ?」 快感に抗えず、レナの子宮に亀頭を押しつけたまま、思うさま射精していた。 「んんッ、な……中でびくんびくんって……あっ、やっぱり……出てますよね? ああっ」 「おま●この中に……マサオミの赤ちゃんの素、んんっ……たくさん、たくさん……出てますよ、ふああ……」 つい先程まで処女だった膣内をオスの体液で溢れるほど満たしてしまう。 純潔の証さえ、白濁に押し流されていく。 だというのにレナは、どこか愛しげに下腹部を撫でていた。 「はあ……はあ……えへへ、マサオミの……初めて、全部……わたしの中に入ってきてます」 「すごく……すごく、嬉しいですよ……マサオミのは全部、わたしのものですからね?」 「うん、けど……レナは、まだイッてないでしょ?」 「……イク? オーガズムのことですか?」 「俺も……レナの全部、俺のものにしたいんだっ」 今度は、俺が下からレナを突き上げていた。 自分でも驚いたが、俺自身はまだ充分な硬度を保っていたのだ。 「ふあっ、ふあっ! あんッ……え? マサオミ……あんなに、いっぱいしたのに、ま、まだ……こんなっ、ふああ!」 「ああ、だから今度は……レナもオーガズムさせるからっ」 「ま、マサオミっ、わたし……わたしはっ! あっ、あん! ふああっ、そんな……乱暴にっ、ふえ? あンッ」 後ろから腕を掴み、少し乱暴に突き上げてやる。 けど初めてにも関わらず、レナがもう痛みを訴えてくることはなかった。 「ふあ! あっ? ……気持ち、いい? んんっ、ああ! さっきよりっ、さっきよりっ、全然、ふああ!?」 レナが背中を仰け反らせて、高い声を上げた。それに合わせて大きな乳房が、ぶるんと揺れた。 俺が、レナを感じさせている! 「はんっ、あん! あっあッ……マサオミっ、マサオミ! 気持ちいいっ、わたしもっ気持ちいいです、あぁ~ん!」 「わかるよ? レナがッ……たくさん締め付けてくるから」 「んんぅ~! だって、マサオミこそっ……こんなにっ、こんなにいっぱいしたのに、ああっ!」 「さっきよりっ、さっきより……固いくらいで、ふああッ! あっ、あぁ~ん!?」 やっぱり、レナの中は良すぎる。 やっぱり何回でも、何回でもできてしまいそうだ。 「マサオミっ、マサオミ! さっきより、深くて、ああ! 子宮がっ、押し上げられてますよっ、あうう!」 「……レナの、子宮が下がってきてるんじゃないの?」 「感じてくると、そうなるって聞いたことない?」 「はあっ、ふあっ、で、では……わたしの子宮が? あっ、あん! マサオミを……んんっ」 「……マサオミの精液を、迎えに行ってますか? はうっ、ふあっ……あぁん!」 再び射精衝動が高まってくる。 こんなに締め付けられて、長くはもたない! 「あんっ、あん! んっ、あああッ、だんだんっ……どんどんっ、じーんと……じーんとするのがっ、強くなって、あうう!」 「身体がっ、身体が勝手に……あっ、ふあ! あんっ、浮き上がっ、浮き上がって、あうう!?」 「だ……大丈夫、レナも俺の腕を掴んで? 一緒に、一緒にイこう!」 「はいっ、はい……マサオミ! マサオミっ、わたしも……わたしもっ、初めてのオーガズム、あっ、あん!」 「マサオミと……マサオミで、迎えてみたいですっ、あっ、あん! マサオミっ、マサオミ!」 俺は…… 「マサオミ! マサオミっ、そんなにっ、深く……ああっ! 子宮にっ、いっぱいキスされてますっ、あうう!」 俺も本能には、抗えない。抗う必要もない。 レナに、大好きな人の子宮に、精液を注ぎ込みたい! 「はあっ、ああッ! んっ、あっ……はあっ、あぁ~ん! なにかっ、本当に……なにか、キそうで、はぁうッ!?」 「もうちょっと、もうちょっとみたいだから、レナ! レナっ、好きだレナ!」 「マサオミ? マサオミっ、わたしも……わたしも、大好きですよ、好きっ、好き好き好き、ふああッ!?」 同じ気持ちのまま、固く、固く手を握り合う。 もう、なにも考えられない! レナのことしか、考えられない! 「あんっ、あん! あっ、はああッ!? ほ……本当に、本当に身体が浮いてっ、イク? イキそっ、イクッ、イッてしまいますよぉ」 「俺もっ、俺もまた! レナっ、レナ!」 「はあっ、ああ! わたしも……わたしも、マサオミ! マサオミでっ、マサオミでっ、あああっ!?」 「……初めての、初めてのオーガズム、あううッ!? あんっ、ふああ!」 「マサオミで、イッちゃいます! マサオミっ、マサオミっ、あっ、はううううッ!?」 「ふぁああぁああぁあぁぁぁああぁぁぁ~~~ッ!!!」 レナが弓なりになって、限界まで背中を反り返らせる。 ほとんど同時に俺はレナの膣内で、最後の精液を爆ぜさせた。 「ふあっ、あっ……あああ、出て……また出てるのです、よね? あふっ、ああ……マサオミ、マサオミの……精液、あああ……」 子宮の入り口に密着させたまま、レナの胎内でペニスをビクンビクンと跳ねさせた。 レナもまた貪欲に締め付けてきて、最後の一滴まで搾り取られてしまう。 「んっ、んふっ……はあ……あふっ、あああ……えへへ、今の……そうなのですよね?」 「マサオミに中へ出されながら、んんっ……初めて、イッてしまいましたよ」 「ああ……レナの中も凄く締め付けてきて、すごく気持ちよかったよ?」 「えへへ……わたしも、いっしょ……いっしょですね、マサオミ……んんぅ~」 「ふあっ、ああ! 気持ちいいっ、気持ちいいですよ、マサオミ! マサオミのこと、いっぱい感じてます」 再び腰の奥が熱くなり、暴れ狂うような衝動が強くなる。 しかもレナまで、俺と同じ衝動に熱くなってくれている。 「はっ、あっ、あん! あっ……わたし、わたしも……イク! イキそうですよっ、マサオミ! マサオミ!」 「俺ももうすぐだから! レナっ、レナ!」 「一緒に……いっしょにイキましょうね、マサオミ? わたしもっ、わたしの全部、マサオミのものに……して欲しいですから、ふああ!」 レナだけで、レナだけで、俺の中が満たされていく。 俺もこのまま、このままレナのすべてを、自分のものにしてみたい! 「はあっ、ああ! 好きですよ、マサオミ? 好きっ、好き好き好き……大好きですよっ、はっ、ああ!」 「俺もっ、俺もだよ、レナ! レナっ、出すよっ、今度は身体にかけるから!」 「あ、ああっ、はい……わたしに、んっんっ、マサオミのものという、証拠、あっ、あん!」 「……いっぱい、いっぱい、マーキングして欲しいです、マサオミっ、マサオミ!」 「あっ、あっ、ふあっ! あっ、あん、ふああっ、はうっ……んくっ、あううッ!?」 「んあああぁあああぁぁぁぁ~~~ッ!!!」 レナが激しく身を打ち震わせる。 直後にオレはペニスを抜き放ち、彼女に向かって精液を吐きかけていた。 「あっ、あっ……たくさんっ、こんなに……噴き上がってきて、あっ、あふ! マサオミ……すごい、すごいです、あああ……」 元気よく飛び出したペニスは、レナの下腹部へ打ち付けるようにびくんびくんと震えながら、白濁を撒き散らしていく。 そのままレナの身体をすっかり俺色に染めてしまう。 「はあ……はあ……んふっ、すごく……気持ちよかったですよ、マサオミ?」 「本当に、わたしの全部……マサオミのものに、されちゃいましたね……はあ、んふっ」 「俺も、すっかり全部レナのものだよ?」 「えへへ……では、二人はお互いに……二人の、ものですねぇ、あふっ」 そのとき、レナが力尽きたように倒れ込んできた。 俺はレナを背中から受け止めながら、言い知れぬ満足感に浸っていた。 この世に、俺を受け入れてくれる女の子がいる。 ちょっと大袈裟かもしれないけど、それは俺に生きていることを強く実感させた。 ……こんなことで、そこまで思えるのは俺が単純すぎるせいだろうか? けどそのとき、レナがきゅっと強く手を握ってきたのだ。 「愛してますよ、マサオミ」 「ああ……」 このときなぜか、レナも同じ気持ちだとわかってしまう。 間違いないと思えるくらいに。 「俺も愛してるよ、レナ」 「……ちゅっ、えへへ♪ 知ってますよ」 だからキスを交わし、固く抱き合ったまま。 俺達は、深い眠りについたのだ。 「今日も巫女姫様のお弁当は美味しそうですね」 「茉子がいつも手を抜かずに頑張ってくれてますから」 「では“美味しそう”は違いますね。“美味しい”に決まっておりますよ」 「そっか! レナちゃんの言う通りだね!」 「マコは料理が上手でありますからね」 「ありがとうございます」 「毎日本当にありがとう、茉子」 「好きでやっていることです。美味しいと言ってもらえるだけで、ワタシは十分ですよ」 ニッコリと笑う常陸さんは、いつものようにみんなと一緒に弁当を食べていた。 「………」 「………? どうした、女子の方を見つめたりして」 「いや、ちょっと気になることが」 「なになに? もしかして、下着が見えたりする?」 「うわっ。サイテーだな、お前。引くわー……」 「あっ、ホントに見えてる」 「マジかよ!? どこだよ!? どの角度!?」 「お前、人のこと言えないだろ!」 「あっ、くそっ、謀ったな!?」 「賑やかだなぁ。もうちょっと声を落とさないと、女子にまで聞こえるぞ?」 「お前は意外と反応しないんだな」 「あー……教室内での立場がわりとギリギリだから」 「それにまあ、下着に興味がないわけじゃないけど……やっぱり布より身体の方がいいな、俺は」 前から予想はしてたんだけど、こいつ経験がありやがるな。 「………」 なんだろう……この敗北感。 俺なんて、彼女も作ったことないのに。 「くっ……これだから鞍馬は」 「手癖は悪い癖に、妙に大人ぶってるところがありやがるからな」 あっ、この2人はなんか俺と同じ匂いがする! これはきっと童貞の匂いだ! 「仲間よ!」 「お、おう? ……なんだ?」 「急にどうした?」 「いや、深くは気にするな」 「で? なんで見てたんだ?」 「常陸さんの事なんだけど……どう思う?」 「おっと……こいつは、いきなりだな」 「有地がそんなことを話題にするなんて珍しい」 「おやおや? もしかして好きになったのか?」 「そういう事じゃなくて」 「常陸さんって、世間一般的に見て可愛いよな」 「そんじょそこらにはいないぐらいに可愛いな」 「だなー」 「巫女姫様に、常陸さん。レナさんもそうだし……考えてみると随分レベル高いな、この空間」 「もうちょっと吸っておこう。すーーーー……」 「お前……意外に気持ち悪いな……」 「この前、ちょっと恋愛について話すことがあったんだけど……告白されたことがないっていうから」 「どうも俺には、常陸さんがモテない理由がわからない。可愛いって認めてるのに」 「あー……それか」 「朝武さんの場合は、立場もあるから理解できるけど。常陸さんの場合はなんでだ?」 「そりゃ可愛いとは思うし、性格も悪いと思ったことはないけど――」 「常陸さんって、いつも巫女姫様のお世話をしてるだろ? 朝昼晩、平日休日関係なくな」 「そうだな」 「考えてみろ。告白して、もし仮にOKしてもらえたとしてもだ、デートしてる暇もなさそうだと思わないか?」 「しかも相手は巫女姫様だ。そんなの止めてこっちを優先に! とも言えんだろ」 「昔は何度か遊びに誘ったこともあったんだけどな。一度も乗ってきたことがない」 「まあ、それは巫女姫様も同じなんだけど」 「子供の頃からずっとそういう姿を見てきてるから……みんな自然と諦めてるんだ」 「気取ってるとか思ってるわけじゃないけどな、やっぱり距離があるんだよ」 確かに。実際、早朝から夜までずっと朝武家の手伝いをしてるもんな。 その忙しさについては、恩恵にあずかっている俺の方がよく知っている。 「(それに……)」 すぐそばに、真面目に呪いを解こうと頑張る朝武さんがいるんだ。 彼女を放り出して、恋に現を抜かすこともできなかったはずだ。 朝武さん中心に考えて、それ以外は二の次。 突き放しているわけではないけれど、相手が距離を感じたとしても仕方ないというわけか。 「そっか……なるほどな」 本人も知らぬ間に、相手を振っていたということだったのか……。 「大変だよな、常陸家も。代々、巫女姫様のところにお務めしてるんだろ?」 「でもなんで、あそこだけ、そんな風習がずっと残ってるんだ?」 「巫女姫様と言えども、今は普通の神社の娘だろ?」 「常陸家は重臣で、昔の慣例が残ってるんじゃないのか?」 「それは違うと思うぞ? 俺、小学校の頃に調べたから」 「ほら“自分たちの町の歴史を知ろう”って、班に分かれて調べるやつ、昔やっただろ?」 「あー、あったあった。築城について調べてたわ」 「俺の班は自分たちの先祖、家系について調べたんだよ」 「重臣は鞍馬家とか田宮家で、調べる限り常陸家のことは載ってなかった」 「え!? 田宮って俺ん家!? 昔は重臣だったのか……初めて知った……」 「鞍馬家ってうちか。まあ祖父ちゃんを見てると納得かもな」 「でも、常陸家って忍びの家系だろ?」 「簡単に調べられる資料に載ってないだけで、実際には当時から重臣扱いだったんじゃないのか?」 「そういう可能性も、確かにあるな」 「………」 そういうことは、全然考えたことなかったな。 常陸さんが朝武さんに仕えてる理由か…… いくら忍びでも、重臣扱いだったら多少なりとも資料が残っていても不思議じゃない。 他にも気になるのは、常陸さんの家。 場所や周りの環境的にも、重臣の扱いとしてはややおざなりではないだろうか? 「あは、それはさすがに大げさですよ」 「そんなことはありません。わたしは常々思っていたのです」 「マコはよいお嫁さんになります。むしろ、わたしの嫁に欲しいぐらいです」 「確かに茉子は家事も完璧で、いいお嫁さんになれると思います」 「そんなに言われると、照れてしまいますねぇ、あはは」 「………」 明るく笑う常陸さん。 俺……常陸さんのこと、何も知らないんだな。 「やっぱり常陸さんはモテるよ」 常陸さんを送る道すがら。 ふと、昼間のことを思い出して、彼女にそう告げてみた。 「……はい? なんでしょうか?」 「あっ、ごめんなさい。お願いですからクナイを構えないで、刺殺は嫌だぁ!」 前に“可愛い”と褒めたことで警戒しているのか、即座に鋭い視線を向けられてしまった。 「……で、なんです?」 「いや、昼に廉太郎たちと話したんだ。俺は可愛いと思ってるのに、どうしてモテないのか、って」 「………」 「ほ、ほら! もしみんながそう思っていないなら、自分の美的感覚がおかしいってことになるでしょ?」 「人と違うかどうかって、結構気になるからさ」 「それはまあ……。確かに、気になるものですね」 「理解してもらえてよかった……」 なんとか刺殺は免れたっぽいぞ。 「で、訊いてみたら、朝武さんのことで忙しそうで、迷惑になるだろうから、だってさ」 「みんな遠慮してるみたいだった」 「でも俺と同じで、可愛いって、魅力的だって言ってたよ」 「……はぁ……そう、だったんですか……」 「疑うまでもなく可愛いとは思ってたんだけど、みんなも同じで安心できた。あー、スッキリした」 「なら、そこで止めておいて下さい。教えられても困ります」 「わざわざ伝えるなんて……やっぱりワタシの事、からかおうとしてるんじゃないですか」 「確かに、ちょっとしつこかったかもしれない。それは謝るよ」 「でも俺の言葉を適当なお世辞だとは思って欲しくなくて」 「もし本当に恋がしたいと思ってるのなら、そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかと思ったんだ」 「……ありがとうございます。ワタシの戯言を、こんなにも真面目に考えて下さって」 「でも、やっぱりワタシはダメですよ」 「ダメって……なんで?」 「皆さんの言われる通り、ワタシは芳乃様のお世話を優先させると思います」 「呪いはもうないんだから、もう少し自分のために時間を使ってもいいんじゃないの?」 お世話になってる俺が言うのもアレなのだが……。 俺の知る限り、常陸さんの生活には、自由な時間がほとんどない。 「自分のために使う時間、ですか……」 そう言った常陸さんがゆっくりと視線を空に向けて、ちょっと考え込む。 「なんだかピンときませんね。芳乃様のお世話をさせていただく方がしっくりきます」 「まあ……そういうものかもしれないけど」 こっちに来た当初は俺も、自分がこんなにここの生活に馴染めるとは思っていなかった。 経験したことのないことを、リアルに考えるなんて普通は難しい。 それに比べて、常陸さんの幸せな日常は、リアルに思い描くことができる。 朝から晩まで炊事洗濯。それを休むことなく毎日。 彼女にとってはすべきことのある、穏やかな日々。 新しい料理にチャレンジすることを楽しむ。 たまには隅々まで掃除して、取れた埃を見て達成感を得る。 洗濯物の干し方がとても綺麗で、バランスがとれていて満足する。 そして一日の疲れをお風呂で落として、布団に入り、翌日の家事に備えてぐっすり眠る。 そんな穏やかな日々を繰り返して―― 「いや、ダメだろそれ!」 「わっ!? び、ビックリした……」 「急にどうしたんです? ダメって、一体何が」 「常陸さんのことだよ!」 安心できる日々と言えば聞こえはいいが、そんな日々ではダメだ! 常陸さんの感じる幸せは、全て彼女の満足や達成感であり、1人で完結してしまっている。 いや、家事をすることや、変わり映えしないのがいけないわけじゃない。 選んでそうしているのなら、それでもいいと思う。 でも常陸さんの場合は、そもそも知らないんだ。 子供の頃から訓練や家事の練習で、友達と遊びに行くこともなかった。 常陸さんは、家事では得られない楽しみや、自分だけで完結しない幸せをまず知るべきだ。 「もっと、いろいろ楽しもうよ!」 「はい。そうですね」 「では明日はちょっと、新しい料理に挑戦してみたいと――」 「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ! そういう事じゃなくって!」 「は、はあ……」 「料理や掃除で得る満足感じゃなくて、もっと今までとは違う楽しみ方をしようよ!」 「そ、そんなことを突然言われましても――」 「ほら、明日は学院も休みなんだから、たまにはゆっくりしてもいいと思うんだ」 「ですが急に休んだりしたら、芳乃様にも安晴様にも迷惑をおかけしてしまいます」 「………。わかった」 「わかってもらえましたか」 「じゃあ、朝武さんと安晴さんは俺が説得する!」 「全然わかってくれてない!?」 「大丈夫、ここは俺に任せておいて!」 「こういう時の有地さんって、結構強引ですよね……はぁ……」 「わかりました。どうせ、きっと芳乃様も安晴様も、同意されないと思いますから」 「それはとてもいい考えですね!」 「うん。将臣君の言う通りだ。茉子君にも自分の時間が必要だ」 「そんな……っ!?」 「ごめんなさい、茉子。私、全然そういうことを考えていなくて」 「いえ、ワタシとしては、むしろ毎日働いていたいのですが……」 「ダメよ、そんなの。今までずっと茉子に頼ってばっかりで、そのことを気にする余裕もなくて……」 「その気持ちだけで、ワタシには十分ですから」 「ダメだよ、ちゃんと休まないと」 「有地さんの言う通りです。ずっと甘えてきた私が言える立場でないことは承知しているけれど……」 「ワタシのことは、どうぞお気になさらず」 「でも、このままじゃダメだと思う。それは茉子の事もそうだし、私自身の事も」 「私も多少なりとも、身の回りのことぐらいできるようにならないといけないと思う」 「……うん、そうだね」 「芳乃も将来に向けて基本的なことぐらいはできるようになった方がいいと思うからね」 「なんて、家事ができない僕が言うのもアレだけどね、ははは」 「呪いは解けたんだから。これからは、もっと将来に目を向けるべきだよ」 「そのための一歩だ。だから、これは茉子君のためでもあるし、芳乃のためでもある」 「お父さんの言う通りだと思う」 「だから茉子、今日はゆっくり休んで欲しい」 「急には無理かもしれないけど、少しずつでも変えていかなくちゃね」 「………」 「今日は私が夕食を作るから。それをみんなで一緒に食べましょう」 「と言っても、料理はしたことがないから不安に思うかもしれないけれど」 「い、いえ、そんなことは!」 「そこまで言われてしまうと……わかりましたと、返事をするしかないじゃないですか」 「それでいいの」 「それでは……お言葉に甘えて、ゆっくりさせていただきます」 こうして、常陸さんの休日がプレゼントされた。 のだが―― 「少しの洗剤でこんなに沢山のお皿が洗えるんですね」 「洗ったら貸して。俺が拭くから」 「はい、よろしくお願いします」 「あわあわ……そわそわ……はわはわ……おろおろ……」 「だ、大丈夫ですか? もし落としたりしたら、割れて怪我をするかも――」 「大丈夫だから休んでて」 「んっ、んっ……ここの汚れがなかなか頑固」 「はらはら……転んでしまいますよ、芳乃様。そこはワタシが後日綺麗にしておきますから」 「いいから休んでて」 「それじゃあ次は洗濯を――」 「おろおろ……洗剤の場所はご存知ですか? 何でしたらワタシが――」 「あーもう、心配し過ぎ! さすがに洗濯機で怪我なんてするわけないでしょう」 「そんなことはありません! まだ回っている中に手を入れて、指や腕を怪我する事例もありますっ」 「そこまで子供じゃないから!」 「大体、こっちのことは気にせず、ゆっくりしてって言ってるでしょ」 「そう言われても……落ち着けるはずありませんよぉ」 「………」 まあ、その気持ちは理解できる。 普段している仕事を、目の前で他の人がやってたら、そりゃ気になるよな。 「はぁ……わかった。もう茉子は外に出てて」 「夕食の準備が整ったら連絡を入れるから。それまで茉子は外に出てること」 「いえっ、特に用事もありませんから」 「ならどこかに遊びに行くとか……せめて、自分の家で休むだけでもいいから」 「とにかく、こっちは気にせずにリフレッシュすること。いい? わかった?」 「………」 「わかった?」 「わ、わかりました……」 朝武さんに気圧されて、常陸さんは不承不承ながらも、ゆっくりと頷く。 「それでは……失礼致します」 「………」 ションボリした様子で肩を落とし、リビングを去る常陸さん。 なんか、追い出したみたいでちょっと心が痛む。 とはいえ、ここにいても、全然休めていないのだから仕方ない。 「あの調子で大丈夫かな?」 「自分の部屋でゆっくりしてれば自然と心も身体も慣れるはずです」 「……そうだといいんだけど」 「ん? 妙な気配がすると思えば、茉子ではないか、天井裏で何をしておるのだ?」 「む、ムラサメ様……!? しー、しー! どうかお静かに……っ」 「まぁ~こぉ~……っ!」 「ひっ! す、すみませ~ん……」 置いてあった箒で天井を打ち叩く朝武さん。 ああ、これが正しい壁ドン、というか天井ドンだな。 高所恐怖症でも天井には登れるんだな。まあ、板もあるからか。 「なんじゃ? 一体どうしたのだ?」 「気にするな。大したことじゃないから」 「おーい、こっちの掃除は大体終わったよー」 「ありがとうございます」 「それじゃあ、リビングは俺が掃除しておきますから、安晴さんは神社の方に行って下さい」 「すまないね、じゃあ後のことはよろしくお願いするよ」 とにかく、今の俺たちに出来ることは、なるべく常陸さんに心配をかけないことだ。 「……ただいまー」 「あら? どうしたの、こんな時間に」 「帰ってゆっくり休むように言われた」 「風邪? それともアナタ……巫女姫様に何か失礼なことでもしたの?」 「そういうのとは違う。今日は一日、お休みもらったの」 「……はぁ……急に、お休みになってしまった……」 まさか本当にこんなことになるなんて。 今日はどうしよう? どうやって、時間を過ごせばいいんだろう? 「ワタシ、自分のために時間を使うことなんてなかったかも……」 全くなかったわけではない。 早朝や寝る前なんかは、ワタシの時間。 でも、こんな時間からお務めがないなんて……本当に子どもの頃以来。 ずっと訓練と、家事の練習をしてきたせいか、どうやって時間を過ごせばいいのかよくわからない。 どこかに遊びに行こうかとも思ったけど、特に、何も思いつかないし……。 「……無趣味だ」 「お務めをしてる方が楽ですね」 と、今さら愚痴ったところで仕方ない。 これは芳乃様や安晴様の希望でもあるのだから。 「………」 「……本当に暇です……」 「とりあえずマンガでも読んでようかな」 ワタシの時間の使い方なんて、それぐらいしか思いつかない。 そういえば……この前届いた新刊をまだ読んでなかったっけ? 「……はぁ……この先、一体どうなるのか……吸血鬼と人間の禁断の恋」 「……吸血鬼として苦労を重ねてきたところに、初めて吸血鬼ではなく内面を見てくれたのがヒロイン……」 「そしてついに、強引に唇を奪われるヒロイン……はぁ、キュンキュンします」 「これは今後も目が離せない。文句なく面白い……のに……」 今はそれを楽しめない。 集中できずに、内容の半分は頭の中から零れ落ちていく。 「はぁ……大丈夫かなぁ、芳乃様。怪我とかしてなければいいんですけど」 子供じゃないんですから、大丈夫だとは思いますけど。 それに有地さんもいるんですから、滅多なことにはなっていないはず。 気になる。気になるけど、電話をかけるのも邪魔になる……。 「やっぱりゆっくりなんてできるわけありませんよ……はぁぁ」 「マンガにも集中できないし、このままだと落ち着かないし」 「……お風呂入ろ」 そしたら、少しは気持ちの切り替えができるかも。 「あれ? 何だろ……?」 掃除機を止め、ちゃぶ台の影に落ちていたソレは―― 「財布か」 俺のじゃない。どうも女物っぽいな。 「朝武さーん!」 「はい、なんですか?」 「財布が落ちてたんだけど、朝武さんの?」 「いえ、私ではありません。これは……多分、茉子のお財布だと思います」 帰るときに落としていったのかな? 「教えてあげた方がいいよね」 「そうですね。探しているかもしれません。ちょっと電話してみます」 携帯を取り出し、番号を呼び出す朝武さん。 しかし、反応はなさそうだ。 「出ませんね……。とりあえずメールはしておきます」 「俺、届けてくるよ」 「どのみち夕飯の買い物に行くところだったから」 「わかりました。すみませんが、よろしくお願いします」 「ついでに、ちゃんとリフレッシュしてるかどうかも確認してくる」 「もしリフレッシュしてなかったら、ベッドに括り付けてあげて下さい」 「了解」 そうして俺は、掃除を再開。 隈なく綺麗にしてから、夕食の買い物に出た。 「確か、ここの角だったよな」 記憶を頼りに角を曲がり、奥の奥まで進んでいく。 そして、突き当たりにある端っこの家が、常陸さんの家。 早速俺は、家のブザーを鳴らした。 「はーい」 「お待たせしました。どちら様でしょうか?」 出てきたのは、おそらく常陸さんのお母さんだろう。 面立ちがどことなく似てる……そして、かなりの美人だ。 「初めまして。俺――じゃなくて私は、有地将臣と言います。常陸茉子さんは、いらっしゃいますか?」 「茉子……ですか? もしかして、お友達……ですか?」 「あ、いえ、そもそも有地さんってもしかして、叢雨丸の……?」 「あ、はい。そうです」 「まあ! まあまあ! わざわざこんなところに足をお運びいただいて、ありがとうございます」 「いや、そんな、こちらこそいつもお世話になっております」 あまりに仰々しい態度で、思わず俺も頭を下げてしまった。 「あの、それよりも、茉子さんは……?」 「あの子は、今はちょっと取り込み中でして」 「そうですか」 取り込み中ってことは……何か作業をしてるってことだ。 それなら、ちゃんとリフレッシュしてくれてるのかも。 「ですが、すぐに済みますから。是非上がって待っていて下さい」 「大した用件じゃないんです。忘れ物を届けに来ただけですから」 「そう仰らずに。ここまで来てもらっておいて、何のお構いもできなかったら怒られてしまいます」 「よろしければ、部屋でお待ち下さい」 「………」 「それとも……何か火急の用件がおありですか?」 「……そこまで急ぎのものはありませんが」 「でしたら是非」 祖父ちゃんの時もそうだけど、大人に下手でこられると、基本的に断り辛いなぁ。 まあ、夕食まで時間はある。1時間ぐらいなら遅くなっても何とかなるだろう 「それじゃあ……少しだけお邪魔します」 「はい、ありがとうございます」 「こちらでお待ちください。茉子もすぐに参りますので」 「あ、はい」 「では、失礼致します」 「………」 通されたのは、常陸さんの部屋。 俺はてっきりリビングとかで待つんだと思ってたのに。 「ここが……常陸さんの部屋か」 女の子の部屋って、かなり緊張するな。 家の人に案内されたとはいえ、本人の許可はもらっていない。 あんまりジロジロと観察するのはよろしくないだろう。 「……と、思いつつも、やっぱり見ちゃうよなぁ」 思ったよりも女の子っぽい部屋だ。 常陸さんの部屋に比べると、朝武さんの部屋は大分簡素に見える。 「結構普通だな」 忍び道具が飾られていたり、“忍道”なんて掛け軸もない。 普段の常陸さんとは違う……年相応の女の子っていう雰囲気だ。 ……つまり、タンスの引き出しを開けたら下着とか、普通に入ってるってこと……かな? 「………」 「失礼致します」 「うぁっほい!」 「お茶をお持ちしました。さあ、どうぞ」 手にしたコップに、注がれるお茶。まるで接待を受けているようだ……。 「ここまでしてもらわなくて大丈夫です。どうぞお構いなく」 「わかりました。それでは、もし何かありましたら、いつでもお呼び下さい」 「どうぞ、ごゆっくり」 「………」 「……はぁ……」 1人になって、緊張がほんの少しだけ和らぐ。 できれば放置してくれた方が、俺としても気楽なんだけどなぁ。 「ずず……あっ、美味しいお茶だ」 香りがいいのはもちろんの事、ほんのりとした甘みもある。 実家で飲んでたお茶とは全然違うなぁ。 「失礼致します」 「あ! はい!」 「申し訳ありません、お茶請けを忘れておりました」 「そんな、すぐに退散しますから」 「そんなこと仰らず、ゆっくりしていって下さい」 「はい、あーん」 「………」 「自分で食べられますから」 「甘いものが苦手でしたら、すぐに塩気のあるお茶請けも用意致しますが?」 「結構ですってば! 平気です、甘いので平気ですから!」 「本当にどうかお気遣いなく!」 「申し訳ありません。茉子の友人が来るなんて初めてのことですから、つい」 「もし何かありましたら、いつでもお呼び下さい」 「………」 「……はぁ……」 再び息を吐いた瞬間、襖がほんの少しだけ開き、常陸さんのお母さんがそっと隙間から覗き込む。 「なにかお困りごとは……?」 「本当に大丈夫ですから!」 「そうですか。ごゆっくり」 「………」 世話焼きな人だなぁ……。 「にしても……本が多いな」 と言っても大半は少女漫画だけど。 「少女漫画が好きなんだな」 ああ、そっか。 だから朝武さんへのアドバイスが、そっち方面に偏っていたのか。 そういえば、お姫様抱っこに顔を真っ赤にしてたのも、そういう理由なんだろうか? 中身を確認しようと、手を伸ばそうとして……やっぱりその場に座り直した。 「マンガとはいえ、人の物に勝手に手を触れちゃダメだよな」 うーむ……落ち着かない。 早く帰って来ないかな、常陸さん。 俺がそわそわし出した時、向こうの方から物音が聞こえてきた。 「また!?」 「おかーさーん。ワタシのアイス知らなーい?」 「あのアイスなら箱を捨てたから、トレーの上に移動させたはずだけどー」 「あ、あったあった」 「………」 誰だこれ!? 確かに声は常陸さんだけど……この部屋同様、普通の女の子っていう会話だ。 これは、本当に俺の知ってる常陸さんなんだろうか? 「家を間違えた……なんてことはないよな?」 そんなことはあり得ないと思いつつも、先ほどのゆるんだ声を聴いてしまうと……。 トタトタと足音が近づいてくる。 「それから茉子。さっきお客様がお見えになったから」 「お客様? ウチに誰か来るなんて珍しいね」 「ウチじゃなくてアナタによ」 「……え? ワタシ?」 「部屋にお通ししたからね。ちゃんとなさい」 「……部屋にお通し?」 疑問の声とともに、部屋の襖が開けられる。 現れたのは、間違いなく俺の知ってる常陸さんだった。 でも、ホッと安堵することはできなかった。 「………」 俺を呆然と見つめる常陸さん。 その格好は……なんというか、ほぼ全裸だった。 お風呂上りなんだろうか? ちゃんと身につけているのはパンツだけ。 しっとりと濡れた髪を拭くためか、首にはタオルがかけられている。 そんなだらしない格好のまま、アイスを舐める彼女の姿は……普段からは想像できないぐらい気の抜けた姿だ。 普段の朝武さんと一緒にいるときには絶対に見られない子供っぽさ。 そして、その子供らしさを否定するような身体は、実に蠱惑的だった。 白い滑らかな肌と、美しくて可愛らしいパンツ。 まだしっとりした髪に、風呂上りでほんのりと赤みの差した肌。 そして何よりも、その胸。 普段の服の時からもわかってたけど……やっぱり結構あるんだな、常陸さんって。 ギャップというか、アンバランスさというか……。 しかしちょっと待て。そもそも俺は、このまま硬直してていいんだろうか? もし襖を開けたのが俺で、目の前にこの光景があったら、すぐに襖を閉めた――と、思う、多分。 だがまさかの不意打ちのせいで、俺の思考回路も身体も完全に硬直してしまっていた。 あと、出入り口を塞ぐように常陸さんが立っているので、逃げ場もない。 「……あ、あの……どうも、お邪魔してます」 思わず何もなかったように、普通の挨拶を交わしてみる。 「………」 「ひ……常陸さん?」 だが、常陸さんの反応はない。 沈黙のまま、彼女は静かに襖を閉じた。 「お母さん、メガネが欲しい」 「どうしたの急に」 「なんか幻覚が見える……部屋に有地さんがいるっていう幻覚が……」 「幻覚が見えたらもはやメガネではどうにもならないと思うけど? お薬の出番じゃない?」 「じゃあお薬頂戴」 「いくら忍びの家系でも、ウチにそんな怪しい薬はありませんっ」 「というか、またそんな格好のままで。ちゃんと服を着なさい。有地さんに失礼でしょう」 「……お母さんまで幻覚を見てる?」 「何をわけのわからないことを。幻覚じゃない。本物の有地将臣さんです」 「ほら、早くちゃんと服を着て、おもてなしをしなさい」 「………。幻覚じゃない……幻覚じゃない……」 「幻覚じゃないぃぃぃぃぃぃッ!?」 「――ッ!?」 「あっ……あっ……あっ……ああああああああああ……」 「あわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!?」 「なんで戻ってきたぁぁぁっ!?」 「見られた……見られた……ああ、見られてしまいました……」 「………」 目をそらすこともしなかったのは事実。それは俺に非がある部分だ。 いくら事故とはいえ非常に眼福でした。 いや違う。非常に申し訳ない事をした。 「ごめん、常陸さん! そんなつもりじゃなかった……っていうのは言い訳にしかならないけど」 「いくら家の中とはいえ、だらしない格好をしていたのはワタシですから」 「それに気が動転してしまって……ワタシ、とても恥ずかしい格好を……ほ、本当に申し訳ありませんでしたっ」 「別に常陸さんが謝ることではないと思う……」 「そっそれで、あの……有地さんはどうしてワタシの家に?」 「あ! そうだった、目的を忘れるところだった!」 俺はポケットから、例の財布を取り出す。 「あ、ワタシのお財布」 「リビングに落ちてたから」 「わざわざ届けに来てくれたんですか。ありがとうございます」 「丁度買い物に行くところだったから。そのついでに」 「あと、ちゃんと休んでくれてるかどうか、確認しに来たんだけど……」 「あの様子だと心配はいらないみたいだね」 「~~~………ッッッ」 「あっ、ゴメン……からかうつもりとかじゃなくって!」 「いえ……有地さんの言う通りだと思います」 「あぅもぉ……本当に間抜けですよね、ワタシ」 「別に間抜けだとは思わなかったけど」 「家だと全然違うんだね。まさか、そんな風だとは思ってなかった」 「お恥ずかしい……」 「家にいるんだから、あれぐらいは普通だよ。俺だって風呂上りにパンツ一丁でうろつくこともあったから」 といっても、朝武さんの家ではさすがにしたことないけど。 「(……しかし……)」 家では常陸さんも年相応なんだな。 まさかあそこまで気の緩んだ姿だとは……今日はいい物を見たのかもしれない。 いや、別に下ネタではない! でも、こうして普段の姿に驚くっていうのは……まだまだ壁のある関係ってことだよな。 「とにかく、リフレッシュできてるならよかった」 「……確かに、お風呂に入って多少はできたかもしれませんが……やっぱりワタシは、お務めの方が気楽です」 「1人だと時間を持て余してしまって」 「常陸さん、お風呂に入る以外には何もしてないの?」 「まだ読んでいなかったマンガの新刊は読みました」 「でも芳乃様のことが気になって、内容が頭をすり抜けてしまうんです」 「朝武さんのことなら安心していいよ。今のところは問題ない」 「料理の時は、ちゃんと俺が側について、危ないことはさせないから」 「よろしくお願いしますね」 「わかってる。大丈夫だから、常陸さんはゆっくり休んでて」 「そうしたいのは山々なんですが……」 「休むって……どうすればいいんでしょう?」 「どこかに遊びに行くとかは?」 「ワタシは誰かと遊びに行ったこともありません」 「いきなり1人でと言われても……どんな風に過ごせばいいのやら」 「あー……そっか」 特に穂織には、遊ぶようなところも少ない。 どこかに行って時間を潰せと言われたら、俺だって困るかも。 多分、廉太郎か小春か……芦花姉に会いに行くぐらいしか思いつかない。 今まで誰かと遊びに行くことがなかった常陸さんの場合、他の人と一緒の方が安らがない可能性も高いしな。 そう言えば……。 「ゴメン、話を変えるんだけど、一つ質問してもいいかな?」 「はい? なんでしょうか?」 「常陸さんは、どうして朝武さんの家に仕えてるの?」 「どうして、と言われましてもそれが御家のお務めですから」 「いくら血筋って言っても、主従関係を維持してるのは常陸家だけでしょう?」 「そこら辺、何か理由ってあるのかな?」 「それは……まあ、なんと言いますか……」 やっぱり、何かあるんだな。 「もしかして、俺には言えないような重要なことだったりする?」 「あ、いえ、別に隠すようなことでは……」 「そうですね、意味深に隠すと、あらぬ誤解を与えるかもしれません」 「ワタシの家が、芳乃様の家にずっとお仕えしているのは、呪いの原因が常陸家にあるからです」 「常陸さんの家に、原因が……?」 何故? 呪いはその昔、跡目争いのときに生まれたもののはず。 それがどうして、常陸家が原因になるんだ……? 「そんなにもったいぶる話でもありませんから、単刀直入に言いますね」 「常陸家は、朝武家の分家に当たる家柄なんです。そして家が分かれたのは、例の跡目争いの際」 「それはつまり……常陸家の祖先って――」 「はい。家督を継げず、逆恨みをして争いを起こした、長男の血筋です」 「―――」 驚いた……。 常陸さんの家には、そんな秘密があったのか……。 「本来なら撫で斬りにされてもおかしくなかったところを、朝武家に許されました」 「その恩義もあって、分家としてお仕えしているんです」 「そしてあるとき……祟り神によって、呪いが残っていることが判明しました。しかもその原因は先祖にある」 「となれば、呪いに苦しむ朝武家を傍目に、のほほんと過ごすわけにはいきません」 「………」 「なので、朝武家が肩書きを返上したあとも、常陸家はずっとお仕えしているんです」 「子供の頃からずっと……そのための訓練も」 「はい。そういうことですね」 そうだったのか……。 「あっ、そのことを恨んだりはしていませんよ?」 「それはもちろん。常陸さんの普段の態度を見てればわかる」 ……そっか、そんな理由があったのか。 呪いに縛られていたのは、朝武家だけじゃない。 常陸家もまた、縛り付けられていたんだ……。 「………」 ……俺は、常陸さんのことを本当に何も知らなかったんだ。 友達だと思っていたけど……いや、実際に友達だとは思ってくれているとは思う。 でも、全然親しくなかった。 彼女の事情も……普段の姿も、全然知らなかった。 俺が知っているのはあくまで、“朝武家に仕える常陸さん”であって、常陸茉子という少女の事はなにも知らないんだな……。 「でも……なんで忍びに……?」 「おそらくですが……周りに対する配慮ではないかと」 「なにせ恩赦で許されていただけですから。普通に家臣として迎え入れれば反発もあります」 「これでも、おそらく当時は大分反発もあったと思いますよ」 「ほら、この家、流石に建て替えなどは行っていますが、場所自体は移動していないらしいです」 「……え? それって……」 「今はある程度道も整備されていますが、当時は完全に山の中だったと思います」 家臣団の資料に残されていなかったのも、そういう理由なのか。 それで……こんなに端に追いやられて暮らしてる……? 「………」 いや待て。それはおかしい。絶対におかしいだろ。 いくらなんでも、現代になってまで数百年も昔のことを持ち出して、その責任を負わせるなんて。 ふと、先ほどの言葉が脳裏をよぎる。 「申し訳ありません。茉子の友人が来るなんて初めてのことですから、つい」 「お客様? ウチに誰か来るなんて珍しいね」 アレも……もしかして、そこら辺が理由なんだろうか? それってつまり、町の中で……孤立してる? 「有地さん、なんだか怖い顔をしていますよ? もしかして……何か怒ってますか?」 「そりゃそうでしょう」 「あの、的外れだったら申し訳ないんですが……常陸家が今も不当な扱いを受けていると、勘違いされていませんか?」 「………え?」 「やっぱり……」 「あ、あれ……? 違うの……?」 「違いますよ、そんなことはされていません」 「けど、ここから移動することが出来ないんだよね?」 「そうではなく、する必要がないだけです」 「事情が事情ですから、常陸家に分かれた当時は色々苦労もあったと思います」 「ですが昔の事です。今でも村八分にされている、なんてことは決してありません」 「でもさ――」 「確かにここは町の外れです。ですが、ちょっと中心部から遠いというだけです」 「訓練のことを考えれば、むしろ中心部よりもここら辺の方が色々と都合がいいぐらいですよ」 「引っ越しをしないのは、あくまでワタシたちの意思ですから」 「………」 「それに、道だって整備されているじゃないですか」 「常陸家が村八分にされているなら、完全にのけ者扱いで、ワタシも学院でそんな風に見られていますよ」 「それは……そうかも」 学院でも、みんな普通に接している。 常陸さんの話題を振っても、気まずそうにしている人もいない。 それだけじゃない。 町で買い物をしてるときだって、変な目で見てる人はいなかった。 「じゃあ、俺の怒りは……」 「完全な勇み足です」 「………」 ……家が端っこにあることや、家臣団の資料に残っていなかったことを疑問に思っていたからだろうか? ちょっと、強い思い込みに捉われていたらしい。 思わず俯いた俺の顔が、どんどん熱くなる。 きっと、耳の先まで赤くなっていることだろう……。 「……ゴメン。勝手に勘違いして」 「というか、俺の方が、常陸さんを色眼鏡で見たみたいで……本当に申し訳ないです」 「いえいえ。ワタシは気にしていませんから」 「それに……嬉しかったです」 「早とちりでもなんでも、ワタシのために怒ってくれているのがわかりましたから」 「………」 「ありがとうございます。その気持ちだけで、十分嬉しいです」 「でもよかった……。有地さんの勘違いにすぐに気付くことができて」 「確かに。常陸さんが気付いてくれなかったら、1人で祖父ちゃんのところに怒鳴り込んでたよ」 「しかもそれが空回りっていう……最悪の展開」 「あは……それはそれで、意外と面白そうな展開かもしれませんね」 「いや! マジでそれは勘弁!」 想像しただけでも身悶えそうなぐらい恥ずかしい! 「冗談ですよ。あ、でも……嬉しかったのは本当です」 「なんだか、マンガのヒーローみたいでした」 「そう言えば……常陸さんの部屋ってマンガ多いよね」 「あっ……すみません。突然のことで、人を出迎える準備ができていない部屋で」 「全然散らかってない、綺麗に整頓されてると思うよ」 「マンガ、好きなの?」 「好きと言いますか……唯一の趣味と言いますか」 「ワタシは、自分の時間を持てるのが、早朝か日が暮れてからだったので」 「それだと確かに、本かゲームぐらいしかないかも」 ここら辺は映るテレビのチャンネルが少ない。 ゲームを買ってもらえなかったら、そうなるのも自然だと思う。 「小説なんかも読んではいたんですが……ワタシはマンガの方が好きで」 「子供の頃からだもんね。やっぱり少女漫画が好きなの?」 「はい、そうですね。熱血マンガなんかも面白いとは思うんですが、恋愛ものが一番好きです」 「じゃあ“恋をしてみたい”っていう常陸さんの秘密って、もしかして?」 「その話を今ここで持ち出しますか!?」 「あれ? 違うの?」 「あ、いえ……違わないんですが」 「マンガのキャラを自分に置き換えて……なんてことをしていたら、そんな恥ずかしいことを考えるように」 「別に恥ずかしい事ではないと思うけど」 経験のないことをマンガで知って、そこから憧れを持つことは普通にあると思う。 「常陸さん、気になる男とか本当にいないの?」 「ですからいませんってばー」 「しつこく問い詰めたいわけじゃないんだ」 「ただ常陸さんが、お務めの他に考えてることって、今のところ“恋”だけのような気がしたから」 「まず興味がある部分から、変えてみるといいんじゃないかな?」 「興味があること……ですか」 「恋じゃなくてもいいんだけど、何か“目標”を設定してみるのがいいと思うんだ」 「もし好きな人がいるなら手伝うし、力になりたいと思って」 「こういうことになったのは、元々俺が言い出したことだから。それぐらいはね」 「……ありがとうございます。そうですね、有地さんが応援してくれるなら……」 「ちょっと頑張ってみよう……かな」 そう言って、どこか恥ずかしそうに笑う常陸さんの笑顔は、いつもよりも少し幼く見えた。 「………」 何故だろう……? 俺から言い出したことなのに、少し胸がギュッと掴まれたみたいに痛んだ。 「もしかして……本当は気になってる相手がいる?」 「いえ。まずは、相手を見つけないといけません」 「そっか」 「ちなみに、常陸さんの好きなタイプって、どんな人?」 「好きなタイプですか? あまりそういうことも、考えたことがありませんねぇ」 「月並みに、優しい人がいいとは思いますが……」 「現実じゃなくても。ほら、少女漫画のキャラとかでもいいから」 「そうですねぇ……よくヒロインが好きになるキャラでしたら――」 「普段からしっかりしてて、自分を持っていて、優しくて、決めるべきところはちゃんと決めてくれる」 「あー……みんなから好かれてる、クラスの中心タイプだ。あるある」 「他にも、クールでニヒルな感じで、一見女の子が嫌い? と思うようなぶっきらぼう。でもなぜかヒロインには優しい」 「あー……女子のファンクラブとかあるけど、全然興味がないタイプだ。あるある」 確かに、それもよくあるな。 だた後者の方は本当に格好いいんだろうか? 男からすると『顔だけじゃないのか?』という疑問があるのだが……。 「ですがあくまでマンガはマンガ。恋人同士のキュンキュンする絡みを読んでいるだけですから」 「じゃあ、現実でキュンキュンってすることはないの?」 「現実でキュンキュンですか? そうですねぇ……んー……」 「あっ」 「なにかあった?」 「さっき有地さんがワタシのために怒ってくれたとき、実はちょっぴりキュンってきましたよ」 「………」 その笑顔に……思わずドキッとしてしまった。 「な、なんちゃって~……あ、あは」 「昨日からかわれたお返しです」 「とか言うわりには、顔が真っ赤だよ。結構自爆してない?」 「そっ、そんなことはありませんっ」 「それに顔が赤いのは有地さんも同じです」 「………」 確かに顔が熱い。 冗談にしろなんにしろ、女の子にそんなこと言われたのは初めてだ……。 「でも……そうですね。有地さんの言う通りかもしれません」 「芳乃様は“身の回りのことは自分でできるようになる”って目標を定めたんですから」 「……ワタシも置いて行かれないように、考えてみることにします」 「何かあったらいつでも声をかけて。俺に出来ることなら手伝うから」 「ありがとうございます。では……早速なんですが、一ついいですか?」 「ん? なに?」 「参考までに訊いてみたいのですが、有地さんの好みの女性って、どんな方なんです?」 「……俺?」 「芳乃様が好みではないだなんて……もしかして有地さんの理想は、とっても高いんですか?」 「朝武さんの場合は好みとか関係なく、恋愛感情を飛び越えたっていうのかな?」 「戦友……って言うと、大げさだけど。なんかこう、そういう恋愛とは違う感じなんだ」 「では、有地さんは具体的にはどのような方が?」 「そうだな……優しくて、明るくて、一緒にいて楽しい人がいいかな」 「……なんか、月並みな答えで申し訳ないけど」 「いえ、それが普通だと思います。では、性格以外はどうですか?」 「パッと思いつくのは、料理上手だと嬉しい」 「女の子らしい方が好きなんですか?」 「深窓の令嬢とか、お嬢様然とした人が好みってわけじゃないよ」 「でもたまーに、乙女な一面が見られると……可愛いと思うかな」 「ギャップと言うやつですね」 「あとは……何があるだろ?」 「おっぱいはやはり、大きい方の方がお好みですかぁ?」 「好きになった人の胸が好みですよ、HAHAHA」 「あからさまに怪しい即答。予め考えていましたね?」 「まあ、訊かれる気がしたんで」 ――って、これだと巨乳好きを隠してるみたいだな。 「正直に言えば、大きい胸に興味はあるよ」 「あは、やっぱり~。誤魔化そうとするなんて、逆にやらしーですよ?」 「好奇心として巨乳に興味はあるのは確かだよ」 「でも、好きなタイプを考えた時に、胸のことを気にしないのは本当」 「では、髪型などにもこだわりはないんですか?」 「似合ってればいいと思う」 「わりと寛容なんですね」 「んーー……好きなタイプとか訊かれても現実感が持てないから」 「単純にフワッとしたイメージしかない気がしてきた」 「というか、いい加減止めない? さすがにそろそろ恥ずかしくなってきた」 「あっ! では最後に一つ」 「有地さんの理想に一番近い人って、身近な人で例えるならどなたになりますか?」 「身近な人……?」 「そうですね、例えば……クラスメイトとか」 「……クラスメイト」 こっちに越してきてから、そういうことを考えてる暇はあんまりなかった。 けど……そんな子いたかな? クラスの女子と話さないわけじゃないけど、一緒にいて楽しいと思うほど親交を深めているわけでもない。 親交があって、一緒にいて楽しいってことなら―― 「………」 「………?」 小首をかしげる常陸さんを、俺はジッと見つめていた。 明るい、料理もできる、それに可愛い。 身近な存在の中で1人挙げるなら、常陸さんが一番しっくりくるような―― 「なんです?」 「ひ、常陸さんが、一番好みに近いかな、って」 「………」 「あっ、あは……二番煎じはいただけませんねぇ。さっきの仕返しのつもりですか?」 「ふふ、ワタシはそんな手には引っかかりまひぇんにょ」 「噛んでる噛んでる、十分引っかかってる」 「だからそれは有地さんも同じですっ。顔を真っ赤にして自爆しちゃってますよ」 冗談で、軽い仕返しのつもりだったのに……。 思った以上に緊張して、言葉が詰まって、軽く裏返ってしまった。 「この話、お互いにダメージを負う気がするから止めよう」 「そうですね……」 「さっ、さてと! 長居してゴメン。そろそろ買い物に戻らないと」 「あっ……もう行くんですか」 「………」 どこか寂しそうなその瞳。 さっきとは違うけれど、また胸がトクッと鳴った気がした……。 「そろそろ材料を買って戻らないと」 「あの……それ、ワタシも一緒に行っていいですか?」 「俺は別に……いや、でも今日はゆっくりリフレッシュしてもらわないと」 「ですから、リフレッシュのためですよ」 「1人でいるよりも、有地さんとお話している方が気が休まるんです」 「………。そういう事なら、一緒に行く?」 「はい、ありがとうございます」 「もうお帰りですか?」 「はい。お邪魔しました」 「お母さんは出てこなくていいから」 「何言ってるの。有地さんには茉子も日頃からお世話になってるんだから」 「親として、挨拶ぐらいはしておかないと失礼になるでしょう」 「それは、そうかも知れないけど……」 「それに若い男の子と話す機会なんて滅多にないんだもの」 「お、お母さんっ、有地さんの前で恥ずかしいことを言わないで……っ」 「有地さん、こんな子ですが、今後ともなにとぞよろしくお願い致します」 「普段からお世話になっているのはこちらですから」 「こちらこそ、よろしくお願い致します」 「ほら、挨拶は済んだでしょう。ほら、行きましょう、有地さん」 「あ、ああ、うん。それでは失礼します」 ……やっぱり常陸さんも家族の前では普通の女の子なんだなぁ。 こんな風に慌ててる常陸さんは珍しくて、とても可愛らしく思えた。 「すみません、母が失礼なことを」 「失礼だなんて思わないけど、明るいお母さんだね」 「~~~……お恥ずかしい限りです。昔から世話好きな母なんです」 「ワタシの知り合いが家に来るなんて初めてですから。はしゃいでいたみたいで……」 「大丈夫だよ、お茶もお菓子も美味しかったから」 「そう言っていただけると……」 「は、話を変えましょう! 今日は何を作るんですか?」 「朝武さんも料理に慣れてるわけじゃないから、とりあえず煮物でいこうかと」 「煮物なら慌てずゆっくり作れるから」 「中身はこれからなんだけど……常陸さん、好き嫌いってあるんだっけ?」 「いえ、ワタシは特に。ですから、なんでも大丈夫ですよ」 「そっか」 じゃあ……鶏肉と大根の照り煮にしようかな。 あとそれに玉子を加えてみるのもいいかも……。 「よし、決めた」 「楽しみですねー。ワタシ、誰かの手料理を食べさせてもらうのは、お母さんを除けば初めてです」 「あ、いや……そんな、期待されると怖いんだけど」 「リフレッシュを締めくくる夕食ですからね。期待させていただきますよ~♪」 「……わざとプレッシャーをかけてきてるでしょう?」 「はてさて、なんのことやら~? ふふ」 俺の隣を歩く常陸さんが、楽しげな笑みを浮かべる。 食事の時にも、こんな風に笑ってもらえる物を作らないとな。 これはちゃんと気合いを入れないとっ! その時、背後でクラクションが鳴る。 「――あッ」 振り返ると、ワゴン車がかなりのスピードで道を走っていて―― 咄嗟に道路側を歩いていた常陸さんの腕を取り、そのままこちらに引き寄せた。 「きゃっ」 トン……と軽く、常陸さんの肩が俺の胸元にぶつかる。 「申し訳ありません……」 「いや、急に引っ張ったのは俺だから」 ここら辺は飛び出しも多くて地元の人なら、まず速度を出さない。おそらく旅行者だろうな。 とはいえ、接触しそうな距離ではなかった。 思わず常陸さんの腕を引っ張ってしまったけど……そんな慌てる距離でもなかったかもな。 「無理矢理ゴメン。怪我しなかった?」 「は……はいっ。車には当たってませんよ」 「そっちもだけど、急に引っ張ったから。どこか痛めてない?」 「はい、問題ありません」 「ならよかった。変に慌てたりして、申し訳ない」 「けど危ないな、こんな場所であんなに速度を出すなんて」 「最近、たまにいるんです、乱暴な運転をする人が」 「そうなんだ?」 「少し行けば、山道で峠なんかもありますから。温泉のついでに乱暴な運転を試す人もいて」 「未だにそういう人っているんだ……?」 「多くはありませんが、中には。他だと対策を取られている地域も多いですから」 「ああー……そっか」 そういうこともあるなら、俺が車道側を歩けばよかった。 「有地さんって……やっぱり殿方なんですね」 「え?」 「お姫様抱っこされたときもそうですが……単純な力では敵いそうになくて、当たり前のことですが」 「力強くて、温かくて……マンガでよく、ドキッと描写がありますが、その理由がわかった気がします」 「それって……もしかして、常陸さんもドキッとしたってこと?」 「まあ、ちょっぴり……」 胸元ではにかむ常陸さんを見て、むしろ俺の胸がドキッと跳ねた。 だめだ……なんか常陸さんの笑顔から目が離せない。 「な、なんちゃって、なーんちゃって、あは。ワタシ、ビックリしすぎて変なこと言ってますね、すみません」 「変なことではないと思うけど」 「それじゃあ行きましょうか」 「ああ……うん」 俺の胸から離れて再び歩き出した常陸さん。 俺はそんな彼女を守るように、今度は車道側を歩く。 「……あっ……」 「なんです?」 「ふふ……いーえー。別に何でもありませんよ」 「そう言うわりには、めっちゃ怪しい微笑みだけどね」 「どうぞお気になさらず」 「さあさあ。早く買い物を終わらせてしまわないと、芳乃様が待ちくたびれているかもしれませんよ」 そうして迎えた、夕食の時間―― 「んー! この煮物、とってもいい味ですね」 「ほ、本当に……? 無理してるわけじゃない?」 「勿論です。特にこの大根、味も染みていて……うん、美味しいです」 「よ、よかったぁ……」 「ですが大丈夫でしたか? 大根の皮剥きで、指を怪我したりは……?」 「……そこは……有地さんが」 「へー。将臣君は、よく料理を作るのかな?」 「いえ、するというほどでは」 「でも子供の頃は母に手伝わされてましたから、一応知識だけは多少。あと、リンゴの皮剥きとかなら」 「なるほどね」 「悔しい……結局、有地さんに全部教えてもらうことになってしまった」 「私が作るって、言い出したことなのに……」 「まあまあ、これからですよ。これから勉強すればいいんです」 「……うん、そうね」 「口を出したし手伝いもしたけど、ほとんど朝武さんが作ったんじゃないか」 「だから気にしなくていいんだよ」 「あ……ありがとう、ございます……」 「すみません。こういう時にどう応えればいいのか、よくわからなくって……」 朝武さんも常陸さんも、褒められたりすることに慣れていないんだな。 「本当に、初めてとは思えないぐらい美味しいですよ」 「そ、そう。そう言ってもらえると」 「今度は茉子の料理を教えて。一緒に作りましょう」 「はい、わかりました」 「はぁ……本当に美味しかった」 「常陸さんの食べる量を見て、朝武さんも嬉しそうにしてたよ」 「だって止まらなくて、つい……」 「ぅぅっ、調子に乗っていると、太ってしまいます」 「そんなの気にするような体型じゃないでしょ?」 「ダメですよ。気を緩めると、すぐに大変なことになるんですから」 「ただでさえ、足が太いのに」 「そうかなぁ……?」 「そうなんです。芳乃様なんて、細くてすらっとしてて、肌も綺麗で……うらやましい限りです」 気にする必要がある太さではないと思うけど……。 常陸さんの方が多少背が高くて、筋肉もついてるだろうから、その影響があるだけじゃないのか? 「男からすると、常陸さんは十分細いと思うけどね」 「というか、それ以上細くなったらちょっと心配になるレベルだよ」 普段から身体を動かしているせいか、特に余計なお肉が付いているようには見えない。 引っ込むところは引っ込んでいるし、出るところはちゃんと出てる。 それは服の上からだけでなく、昼間に見た姿のときにも思ったことだ。 今、こうして思い出しただけでも、ドキドキしてくる。 それぐらい……魅力的な身体だった。 おっぱいも大きくて、男にはないくびれから、腰の丸みがすごくいやらしく見えた。 そして可愛らしくもあり、どこか大人っぽさもあるショーツ……。 今も、あのショーツを穿いてるのかな? 「………」 いかんいかん! 何を考えてるんだ、俺は!? 「どうかしたんですか?」 「いや別に! なんでもないよ!」 「………?」 慌てて誤魔化す俺を、常陸さんは小首を傾げて見上げてきた。 「(………)」 思わず胸がトクンと跳ねる。 なんだろう、この反応……。 今までにも2人っきりになることはあったけど、心臓がこんな風になることはなかった。 でも今は、こんなにも反応してる。 そしてさっきからずっと―― 「(可愛い……)」 という単語が、頭の中をぐるぐると駆けまわっていた。 以前に力説したように、常陸さんのことは文句なく可愛い。 その気持ちは変わっていないけど……昔と今の“可愛い”は、ちょっと違っている気がした。 常陸さん……より女の子っぽくなった? いや、違うかも……。 俺が、常陸さんを以前よりも女の子だと意識しているのかもしれない。 裸を見てしまったから。 いや、恋に悩む普通の女の子だと知ったから。 俺自身、呪いのプレッシャーから解放されたから……。 それとも……気付いていなかっただけで、もしかしたらもっと以前から……? 「有地さん?」 「あっ、いや、その……」 気付けば、常陸さんが俺の顔を覗き込んでいた。 しかも、一歩前に踏み出すだけで、顔が触れてしまいそうな距離で。 「大丈夫ですか?」 「ひぇっ、平気平気。なんでもないから気にしないで」 「もしかして、今日の家事で疲れてしまったのではありませんか?」 「いや、分担してやったから、疲れたなんてほどじゃないよ」 「今日はもう、ゆっくり休んで下さい。お見送りはここで結構ですから」 「そういうわけにはいかないよ!」 「それに今日は1人で歩いて帰りたいんです」 「考えたいことも、色々ありますからね」 「………」 きっと……例の目標の事だろう。 1人で考えたいとか言われてしまうと……『いやそれでも!』とは言い出し辛い。 「わかった。じゃあ、俺はここで帰るよ」 「はい。それでは失礼します」 「また明日」 「はい、また明日」 そうして俺は常陸さんと別れて、家に戻ることにした。 「……さてと」 有地さんと別れたワタシは、家とは別の方向に向かって歩き出す。 夜の境内を通り、安晴さんから借りていた鍵を使って本殿の中へ。 静まり返った空間の奥には、鎮座している獣の憑代があった。 「ワタシのご先祖が残した呪い……」 「それがもう……解けたんですよね」 もう芳乃様も自由になって、新たな目標に向かって歩き出してる。 だったら……いいのかな? 常陸であるワタシが『自分のために』って考えても……いいのかな? 「………」 芳乃様も安晴様も優しい。 もしワタシだけが変わらず、このまま呪いに縛り付けられたままならきっと……2人を悲しませてしまう。 だから、ワタシも新しい目標を見つけなきゃ……。 「なんて考えるのは、自分への言い訳ですかね……?」 ……言い訳……。 それはつまり、ワタシは……新しい目標を見つけたいと思っている。 「……違う。それもやっぱり言い訳」 ワタシの中には、もう“願い”がある。 昔から……子供の頃からずっと願いがあった。 でも叶わないから、奥底にしまいこんでいた気持ち。 今ならその願いと……向き合えるのかもしれない。 「ワタシは……」 「ワタシは、生きたい。人間になって……ちゃんと生きたい」 巫女姫様の道具としての人生じゃなく……一人の人間として。 芳乃様のことを嫌いだと思ったことは一度もない。 だから家事や、身の回りのこと、そして祟り神の護衛をすることを不満だと思っていたわけじゃない。 でもそこに……ワタシの意思は、ない……。 マンガの中のヒロインの方がよっぽど人間らしい。 恋をして、悩んで……そこにちゃんと自分の意志を持っている。 「それに比べたらまるで……」 でも、お務めを放り出すことなんてできない。 だからワタシは、ずっと考えないようにしてた。 自分には無理だって。これは全て向こう側の話なんだ、って。 でも……ずっと、ずっと思ってた。 「恋がしたい。ちゃんと、好きになりたい……」 人として、自分の意志で。 男の子を好きになって、デートをして、マンガの中にあるような―― ううん、マンガみたいな理想的じゃなくてもいい。 「ただの普通の女の子として……普通に」 「例えば、今日みたいに……」 有地さんが、車からワタシを守ってくれた。 それに車道側を歩いたりして……ワタシのことを、ちゃんと女の子扱いしてくれた。 「ふふ……ふふふ」 思い出すと、笑みが漏れる。 有地さんにすれば些細なことかもしれないけれど、ワタシにとっては胸が高鳴るようなこと。 「今日はまるでワタシがヒロインみたいだった……あは」 そんな時、不意に本殿の空気が冷たくなった気がした。 「………? 風が……どこか開いてる?」 でも、戸締りはちゃんとしてる。 それに……この風、ちょっと冷たい……? 『……恋がしたい……好きになりたい……』 「――誰ですかッ!?」 咄嗟に辺りを見回すものの、本殿の中には誰もいない。 でも確かに何かが聞こえたような……。 『見つけた……』 「(――また!?)」 聞こえてくる声……ううん、これは声じゃない。 耳を通してではなくて、まるで頭の中に直接響いて―― 『見つけた……その血、間違いない……』 「コレって――!?」 ハッと気付いて、すぐさま憑代を確認する。 すると、憑代は怪しげに光り、瞬いている。 その瞬きは、まるで心臓の鼓動のようにも見え――いつかのように泥が溢れ、獣の形を取っていく。 『お前なら――ッ』 「まさか!?」 咄嗟にクナイを構えるものの、ワタシにできるのはそこまで。 「きゃぁぁッッ!?」 芳乃様や有地さんのように、穢れを祓う力を持たないワタシは、そのまま穢れの中に取り込まれて―― そのまま暗闇の中で意識を失ってしまった。 「(んっ、んぅぅ……)」 目を開けると、そこは本殿の中。 先ほど現れた祟り神の姿はない。 「(………? どういうこと? アレは幻覚ではなかったはず……何もしなかった?)」 「(もしかしたらワタシを無視して、芳乃様のところへ!? 急がないと!)」 「わんっ!」 ………。 ……あれ? 今、変な声がしたような……? それに……足元に服が落ちてる。 これって、私が着てた服……? 何が一体どうなってるの……? 「わふ?」 「わん……」 「わふぉぉぉっ!?」 「そうか。それじゃあ2人は正式に婚約者になったという事なんだね」 「おめでとうございます」 「うむ、めでたいのう。しかし……」 「吾輩はこれから、しっかり気を遣わねば、どえらい場面に遭遇するかもしれんのう」 「朝っぱらから下ネタはやめて下さい」 「だが事実ではないか」 「………」 確かに。 かといって、これから部屋に入ってくるな、とか言うのも恥ずかし過ぎる! って……キスもまだの俺たちでは、その日がいつになることやら……。 「(そう……キスもまだなんだよなぁ……)」 声を出して泣く朝武さんを、俺はしっかりと抱きしめた。 そうしてどれほど時間が経ったんだろう? 体感では30分ぐらいな気もしたのだが……そんなに長時間泣き続けるのも難しい。 実際は10分にも満たない時間だったのかもしれない。 なにせあの時は、勢い任せで朝武さんを抱きしめたもんだから、俺もかなりテンパっていた。 とりあえず、大人ぶってカッコつけて、子供をあやすようにして。 そうして泣き止んだ後は、泣き疲れたように、再び眠ってしまった。 無理矢理起こすわけにもいかず、俺は自分の部屋に戻ったのだが―― 「しまった!」 「あれって普通にキスできる流れだったのではっ!?」 と、大声を上げるほど後悔をした。 童貞という経験のなさをかなり後悔した。数日たった今でも、忘れられないぐらいに……。 とはいえ、どれほど後悔しても時間は戻らない。 それに―― 「………」 時間は戻らないけど、俺たちには“これから”がある。 焦らなくてもきっと……キスぐらいすぐできるさ。 ……できるといいなぁ……。あと……その……む、胸とかも触ってみたい。 ………。 って、中学生じゃないんだから、ちょっと落ち着かないと! 「それで、式は神社? 教会? ああでも調べたら最近は神社でウェディングドレスというのもあるらしくて――」 「だから気がはやぁいっ!」 「結婚の話はしていませんっ。あくまで、その……お付き合いをすることになったというだけです」 「その付き合いが上手く続けば、いずれは結婚するんだよね?」 「それは……そういう事も、可能性としては十分あり得ますが」 「でも、まだ学生で……結婚と言われても現実感がなくて……」 「そうか。まあ、まだ先の話だよね」 「そうですっ。先の話ですよ」 「でも本当によかったよ。ありがとう、将臣君」 「いえ、お礼を言われるようなことじゃありませんよ」 「お父さん、その……これまで、色々心配をかけてごめんなさい」 「心配なんてしてないよ。僕の事なんて気にしないでいいから」 「それよりも、2人に確認しておかなきゃいけないことがあるんだ」 「え?」 「何でしょうか?」 「2人の付き合いの事だよ。どうする? 婚約者のことを正式に公表する?」 「今までは、婚約者(仮)ということで、内輪の人だけに伝えてたけど」 「それは……」 「どう、しましょう……?」 朝武さんの立場を考えると、公表してしまった方がいいんだろうか? 「ちなみに、公表するとどうなるんですか?」 「どうなるってほどの大きなことはないけど、みんなに知られることになるから」 「僕と秋穂の時も、色々からかわれたりしたかなぁ……学院じゃなくて、街全体で」 「あー……なるほど」 「それと、お見合いの話を正式に断ることができる。そうすれば、もう持ち込まれることもないだろうしね」 「今ってそんなに申し出が多いんですか?」 「そうだね……まあ、最低でも月に1人は新しい相手が見つかる、かな?」 「それは外から持ち込まれる話だけじゃないんだ」 「代々続く巫女姫の血筋を心配する……いわゆる、お節介な人たちも多いんだよ」 「そういうのって、断ったりするのって面倒?」 「面倒というより、申し訳ない気持ちでしたね。最初から受けるつもりはないのに……」 「……ふむ……」 「じゃあ、公表しようか」 「え!? す、するんですか……?」 「公表するのは嫌?」 「嫌というわけではありませんが……やっぱり恥ずかしいじゃないですか」 「俺も恥ずかしいけど……それ以上に恋人に結婚の話を持って来られるのは、嫌だから」 絶対に断るのだとしても、面白い話ではない。 必要以上に嫉妬しそうだから。それならいっそ公表した方が俺の心は楽だ。 「……わ、わかりました。そういう事でしたら、私も……異存はありません」 「じゃあ、正式に婚約者として公表しておくよ」 「これからは、お見合いの話はないようにしてもらう」 「よろしくお願いします」 これから、恋人としての付き合いが始まるんだなぁ。 『……あははは』 「なんか、こうして改めると照れるね……」 顔を見合いながら2人でもじもじしている。 我ながら初々しい! 「まるで見せつけられておるようじゃのう」 「いいんじゃないんですか、青春っぽくて。こういう初々しいの、ワタシ好きですよ」 「さて、それじゃあ朝食にしようか」 「と……そうだ。安晴さんに、聞きたいことがあるんです」 「うん? なんだろう?」 「でも、あの……ちょっとこの場では。後で、少し時間をもらえますか?」 「………?」 「それで、僕に聞きたいことと言うのは?」 「朝武さんのお母さんの事です」 「秋穂?」 「お母さんは、本当に朝武さんのことを傷つけていたんですか?」 「ん? それは……もしかして、芳乃が言ったのかな?」 「はい。ずっと、お母さんのことを傷つけた、と」 「やっぱり……あの子はそんな風に思っているのか」 「ということは……やっぱり、違うんですか?」 「勿論違うとも。むしろ、傷つけていたのは秋穂の方だろうね」 「芳乃がそんな風に思ってしまうように、追い込んでしまった」 「……朝武さん、そのことを気にしています」 「その、秋穂さんの気持ちを、教えてあげないんですか?」 「それは……」 俺の言葉に、安晴さんは本当に苦しそうな表情を浮かべた。 「勿論、説明しようと思ったことはあった。実際、僕は秋穂から伝言を預かっているんだ。芳乃に伝えて欲しいって」 「だったら――」 「でも……将臣君も、以前の芳乃の態度を知っているだろう?」 「あの様子では、いくら違うと言っても届くとは思えなかった」 「僕が気を遣って言っていると思われるのがオチだったよ」 「そんなことは――」 「ある、かもしれませんね……」 「それにね、呪いに縛られてきた2人の関係は、口だけで解消されるようなすれ違いではなかったんだ」 「こういう言い方は卑怯だとは思うけど」 「いえ、すみません。なんか、知ったような口をきいて」 「いや、いいんだ。それも当然のことだと思っているから」 「それに……あの子は変わった。今も、変わりつつある」 「近いうちに、秋穂の伝言を伝えられる日が来ると……僕は思っているよ」 「だから……将臣君。申し訳ないが、芳乃のことを、よろしくお願いします」 「あ、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」 「さて、そろそろ行った方がいいんじゃないかな? 遅刻するよ?」 「それに、芳乃と茉子君を待たせているんだろう?」 「あっ! はい、そうですね。すみません、それじゃあ失礼します」 「いってらっしゃい」 「あっ、そうだ。お父さんに報告してて、忘れてました」 「これ……今日の分の、お弁当です」 「ありがとう」 その重みが、俺の心をくすぐる。 今日もお昼が楽しみだなぁ……。 「でも、すみません」 「え? な、なにが……?」 「今までも手を抜いていたわけではないので……多分、そこまで変わり映えしていないと思います」 「ですから、その……恋人のお弁当と期待されてしまうと、ガッカリしてしまうかも」 「むしろ嬉しいよ。今までも、そこまで気合いを入れて作ってくれてたことが」 「それに、たとえ変わり映えしないものでも、お礼じゃなくて恋人が作ってくれたって思えば全然違うよ」 「そういうものでしょうか?」 「だって、こうして弁当を受け取っただけでも、以前より嬉しいからね」 「わ、私も……お弁当を作っているとき、前よりも楽しかったです」 『………』 そしてまた、2人で見つめ合い―― 「よし、いけ、そこだ、お礼のちゅーをするのだ」 「だからそのオッサンのノリやめろ!」 「大丈夫です、今でしたら周りに人の気配はありません」 「そういう問題ではなくて」 「ご主人、男ならば大胆にならねばならん時もあるのだ」 「たとえそうでも、こんな往来でキスするような大胆さは必要ないっ」 「ちぇー。つまらんのう」 「面白がるんじゃない」 「じゃがご主人、女子もそういう行為を望むもんじゃぞ?」 「え? そうなの?」 「下心を表に出すと嫌われると思ってたけど……違うのか?」 「むしろ女子の方が――」 「ムラサメ様ぁ! 変なことを吹き込まないで下さい!」 「わはは。ではな」 逃げるように消え去るムラサメちゃん。 おい! 変な爆弾だけ残して逃げるな! 「もう……ムラサメ様ったら、面白がって……」 「なるほど。安晴さんが言ってたのはこういうことか」 「これから、こういうことが増えるんでしょうか?」 「かもしれないね」 「……やっぱり、公表しない方がよかったかな?」 「違うんです。後悔をしてるわけじゃないんですが……やっぱり恥ずかしいな、って」 「まあ……からかわれるのは、俺も恥ずかしいね」 「でも――嬉しいかな。恋人になれたことが実感できて」 「………」 「………」 「あの、キスします? ワタシ、先に行っていましょうか?」 「そんな変な気遣いしなくていいから!」 「………」 いかんな……。ちょっとのぼせてるのかも。 心を落ち着けないと……。 なんて思ったその時、俺の携帯が鳴り響いた。 ポケットから取り出すと、画面に表示されている名前は……小春? 「こんな時間から一体なんだろ?」 「はい、もしもし?」 『お、お兄ちゃん!? 大変だよ、えらいことになってるよ!』 「えらいことって……」 『とにかく教室に来て! 急いで!』 いつになく慌てた様子の小春。 こんなに慌てるなんて、一体何が……ま、まさか! 祟り神の影響残ってたとか!? 「どうかしたんですか?」 「俺にもわからない。でも、学院でなにかあったらしい」 「学院で?」 「とにかく急ごう!」 「お兄ちゃん、それに巫女姫様も!」 「来たか!」 「い、一体何があったんですか?」 「えらいことって!?」 「いいから早く、こっちに!」 「巫女姫様も!」 「ちょっ、ちょっと待て! 何があったのか先に説明を――」 だが説明はなく、俺と朝武さんはそのまま教室の中に放り込まれた。 「それでは、当事者のお2人が揃ったところで、始めさせていただきます」 パシャパシャと瞬くカメラのフラッシュ。 なんでカメラなんて持ってきてるんだ……。 「まず、質問のある方、挙手をお願いできますか?」 と、廉太郎が口にした瞬間、目の前の学生がババッと一斉に手を上げた。 「えー……では、そちらのアナタ」 「2年の柳生成美です。この度は結婚、おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「プロポーズはどちらから? 一体どのような言葉だったのか、教えていただけますか?」 「俺の方から。単純に『好き』だと伝えました」 「1年の鞍馬小春です。具体的に、どのようなところを『好き』になったのでしょうか?」 「そうですね。可愛いところ……見た目だけではなくて、もちろん内面もですね」 「ひたむきに努力している姿が、とても可愛らしくて……気付いたら好きになっていました」 再びフラッシュの嵐。 「今の気持ちを教えていただけますか? まずは、ヨシノから」 「………」 「おー、なるほど。言葉もないぐらい嬉しいという事なのですね! すばらしい!」 「ではマサオミは如何でありますか?」 「そうですね、この茶番は何なんだろう……? というのが正直な気持ちです」 「というか本当になんなの、これ!? なんで俺はこんなところで記者会見してるんだよ!?」 「しかも小春まで一緒になって!」 お前は元々事情を知ってる側だろう! 「えへへ……いや、ついね~」 「からかうつもりはないんだけど、やっぱり気になっちゃって」 「そう言うお兄ちゃんだって、今までノリノリだったくせに」 「一応空気を読んだだけで、ノリノリじゃないっ」 「でも、マジでなんでいきなりこんなことになってるんだ?」 「そりゃお前、巫女姫様と結婚するなんてことになったら、町の人間に説明ぐらい必要だろう」 「というか……巫女姫様は大丈夫なのか? さっきから呆然としてるけど」 「――ハッ!? あまりに突然のことで」 「突然だったのは、むしろ結婚報告の方だったんだけどねー」 「ちょっ、ちょっと待って下さいっ! わ、私はまだ結婚なんてしていませんっ」 「でもお見合いはもうしないんですよね?」 「うっ、ぐぅ……はい、そうです……」 「それは有地将臣さんが結婚相手の最有力候補ということですよね?」 「確かに……そうかもしれませんが」 「つまり巫女姫様は、有地将臣さんのことが好きということで間違いないんですよね」 「えっ、あ、それは……その……」 「………………はい」 フラッシュが眩しい。 「そのノリ止めてもらえませんか……?」 「でもなんでその話知ってるんだ?」 「正式に公表するって決めたのは、ついさっき。今朝のことだぞ?」 「俺も人伝に聞いただけだけど、何でも安晴さんが嬉しそうに言いまくってるんだって」 「『ついに娘にも好きな人が出来た』って……大はしゃぎらしい」 「くっ、お父さんってば……ッッ」 「『その話に間違いはないのか!? 本人がそう言ったのか!?』って、親から連絡が来たんだよ」 「ずっとお見合いに興味がなかった分、大人連中が湧きあがっちゃって」 「それで、この騒ぎなのか……まるで芸能人だな」 「著名人であることには違いない。ま、この町限定ではあるけど」 「あと……角のタバコ屋の婆ちゃんが、夕方巫女姫様が男と手を繋いで歩いてた、なんて話もあってな」 「み、見られてたのか!?」 「でもあの婆ちゃん、確か……100歳前後だからさ」 「ついに呆けたか、とか。目が悪くて見間違いだろう、みたいに笑ってたんだけど」 「実は他にも噂があって、常陸さんの買い物がここの所、いつもより1人分多いんじゃないか? ってな」 「………」 「その謎がついに解けたってことで、今町中で大騒ぎだ」 「でもだからって、わざわざこんな場を作らなくたって」 「あ、言っとくけど、別に俺が企画したわけじゃないぞ?」 「親からの連絡がみんなにきて、大騒ぎになったんだ」 「それなら、会見形式にしてまとめた方がいいんじゃないかってことになってさ」 「あくまで俺は司会進行を任されただけ。ま、実際こうするのが一番手っ取り早いとも思ってさ」 「それで、この騒動ってわけか……」 「そういうこと。てなわけで――」 「では会見を再開させて頂きます。では……そちらのアナタ」 「はい! 2年の小野典子です!」 「いつからお付き合いされているんですか?」 「えー……正確に付き合うことになったのは、ついこの前……」 「というかぶっちゃけ、二日前です」 「おお! 新婚ホヤホヤだぁ~!」 「ですから、まだ新婚ではないと……ッッ!」 「普段、お2人はどんな風に呼び合っているんですか?」 「ふ、普通に……有地さん、と」 「俺も朝武さんって呼んでるなぁ」 「名前で呼び合ったりはしないんですか?」 「さっきも言ったけど、付き合うことになってそう時間は経ってないから。これから……かな」 「まだ、愛を育み中ということですね?」 「そういう感じです」 君らは写真を撮って、どうするつもりなんだ? 「具体的にはどこまで進んでるんでしょうか?」 「お付き合いを始めたばかりです。結婚式ですとか……今後どうするかなどは、まだ全然。もちろん視野には入れて――」 「ああ、いえ、そちらではなくて。いや、そういうことも気になるんですが、それよりも……」 「キスはされたんですか? それとも、もっと先まで進んでいるんでしょうか?」 「まままま茉子まで一緒になって何を言ってるの!?」 「すみません。でも気になってしまいまして……あは」 「我々が気になっているのはまさにそちらです!」 「どうなんですか!? どっ、どどどどどこまでいってるんですか!?」 「付き合ってるんですから、やっぱりキスぐらいはもうしちゃってるんですよね、きゃーー♪」 「………」 キス……。その単語を耳にすると、タイミングを逃したことを思い出して……。 ああ! やっぱり悔やまれるな! 「そ、そんなこと言えるわけないじゃないですかっ」 「それってもしかして……もう言えない、隠すようなことまで――っ!?」 『きゃー! おっとなー!』 「お、大人な関係っ!? それは、つ、つまり……ぷしゅぅぅぅぅ~~~……破廉恥でござりましゅるっ」 「違いますっ! 抱きしめられたことしかぐらいしかありませんっ! 破廉恥なことなんて全然していませんっ」 「うん、朝武さんちょっと落ち着こうか」 「言ってるから、自分の口で言っちゃってるから」 「~~~ッッ」 「キスもまだなんだ……?」 「いがーい。有地君って都会から来たから、もっと手が速いんだと思ってた」 「男としてどうなんだー?」 「女の子に恥をかかせるなー! もしかして童貞かー」 「どどどど童貞ちゃうわ!」 「えっ……」 「……あっ」 慌てた俺に向けられる朝武さんからの不安そうな視線。 い、いかん……つい見栄を張ってしまった。 というか朝武さんも、童貞って単語知ってるのか……。 純粋培養で、そういうネタは知らないと、どこかで思ってた。 「………」 「………」 「皆さん何してるんですか? もう始業の時間ですよ」 「せっ、先生!」 ナイスタイミング! さすがにこれ以上オモチャにされるのは勘弁だな。 ここから先は、俺と朝武さんの2人の問題だ。 ……というか、正直これ以上踏み込んだ質問をされても、特に何もない。 「なあ廉太郎、さすがにもう十分だろ? 時間も時間なんだから」 「そうだな。あの話が本当であることはもう確認できた」 「というわけで、本日の会見はこれにて終了とさせていただきます」 「もう終わり?」 「付き合ってまだ2日目なんだから、これ以上つついたってなにも出やしないって」 「あ、じゃあ最後に!」 「離婚会見はいつやる予定ですか?」 「嫌なこと言うなぁ! そんなのする予定はない!」 「そっ、そうですよっ」 『あははは』 「はいはーい。オチもついたところで、会見は本当に終了」 「というわけで、みなさん。それでは最後に盛大な拍手をお願いします」 『おめでとうございます』 そうして送られる温かい拍手。 「……散々オモチャにされた後で拍手されても、素直に喜ぶこともできないなぁ」 「ですよねぇ」 「まあ、そう言わずに」 「おめでとうございます、お似合いだと思いますよ」 「あ……ありがとうございます」 「ありがとう……ございます」 「話がすんだのなら解散。みんな席について下さい」 「鞍馬さんは別の学年でしょう。早く自分の教室に戻らないとダメですよ」 「あわっ、すみませーん」 「それからそっちの――って、先生方まで何を黙ってみているんですか!」 「いや、我々としても巫女姫様のことは気になることで」 「私たちは穂織で生まれ育ったので……」 「授業をするので出て行って下さいっ」 「まさか、ここまで一瞬で広がるとは……」 「……私も侮っていました」 「………」 「でもこれで、宣言したわけだから。朝武さんに変なちょっかいかける奴もいなくなるでしょう!」 「それを思えば、俺は気にならない」 「そう……ですね。お付き合いをするってなると、いずれは……こういうことになってましたよね」 「なら隠さない方が、変な遠慮もする必要がなくて。これでよかったのかもしれません」 「そうだね。別に取り繕う必要もないしね」 付き合ってるのを完璧に隠そうとすれば、お互いの好きな気持ちも誤魔化す必要が生まれることもあるだろう。 朝武さんの経緯を考えると、あんまりそういう事はしたくない。 「それで……あの……」 「……ん?」 「ど、童貞……ではないということは……以前にも、恋人がいたことが?」 「………」 「童貞じゃ、ないんですよね……?」 「すみません。あの場では見栄を張りました」 「では、童貞なんですか?」 「恥ずかしながら、わたくし童貞であります」 ……なんだこれは。 なんで俺は学院の廊下で童貞を宣言しているんだろうか……? なんかちょっと情けなくなってきた。 「では、今までに恋人がいたことは?」 「……ありません。人生で初めての彼女が、朝武さんです」 「変な嘘で不安にさせてゴメンね」 「いえ、別に不安になったというほどではありませんが……少しだけ、気になってしまって……」 「あ、あの、私も……初めての恋人が、有地さんですから」 「ああ、うん」 それは疑うまでもなく知ってる。 「……恋人か……」 「……ちょっと抱きしめてもいい?」 「こっ、困りますっ! 何ですか、急に!?」 「今朝、みんなに質問攻めにされたとき、思ったんだ」 「付き合ったはいいけど、言葉以外にそういう実感がまだわかなくて……」 「朝武さんと恋人になれるだなんて……未だに夢を見てるみたいで」 「次に起きたら、実は夢でした……なんてこともあるんじゃないかって思うんだよね」 「だから言葉以外に、何か実感できることが欲しいということですか?」 「まあ……そんな感じです」 「イチャイチャしたら……そういう実感もわくかな、って」 「い、イチャイチャ……」 「………」 「それって、いわゆる……キ、キ、キ、キスッッ……ですか?」 「まあ……そういう事も含めて」 俺の言葉を受けて、恥ずかしそうに俯く朝武さん。 だがその視線はゆっくりと上に戻ってくる。 「あの、私はこういうことに全然慣れていなくて、よくわからないんですが……」 「キスというものは、恋人になったら……そんなにすぐにするものなんでしょうか?」 「人にもよると思うけど……」 「おかしいってことはないんじゃないかな?」 「そ、そうですか……そういうものですか」 「いや、俺も童貞だからそこら辺はよくわからないけど……多分?」 「……わかりました」 「え? いいの?」 「私が変わりたいと言ったこと、覚えてくれていますか?」 「それはもちろん」 「今までずっと……本心が届かないことが怖くて、自分の本心を口にしないようにしてきました」 「だからまず、変わるためには自分の正直な気持ちを打ち明けていかなくちゃと思うんです」 「……うん。聞かせて欲しい、朝武さんの気持ちを」 「本当は少し不安でした、付き合い始めた時から……いえ、違いますね」 「お弁当に気付いてもらえた時から、《タガ》箍が外れたみたいに嬉しくて……ポワポワしてます」 「……俺も、同じような感じだ」 「で、ですから、その……これが現実だって教えてもらえるのなら、わ、私も……」 「お、女でも、こういう気持ちになるのは……普通のこと、ですよね?」 「た、多分普通」 それが……朝武さんの気持ち。 俺と同じなんだ……。 「………」 「………」 『………』 「……ドキドキ……ドキドキ……」 「……わくわく……わくわく……」 「こらぁ! そこの2人ぃ!」 「ひゃぁ!? 見つかってしまいました!」 「ごっ、ごめんなさいっ」 「ふ、2人ともどうして……ッ!?」 「どうしてと言われましても……ここは、学院の廊下でありますよ?」 「ちょっと、お花を摘みに」 「そしたら2人が見つめ合ってたから。すぐに隠れて観察――じゃなかった」 「邪魔をしてはいけないと思ったんだよ」 「本当にお2人の監視をしていたわけではありません。ただの偶然でありますので」 「あ、いや……怒鳴ったりしてゴメン。むしろ悪いのは、俺たちの方だった」 「そ、そうですね……不注意でしたね」 「照れ隠しということはわかっていますから」 「それぐらいは気にしていません。さっ、わたしたちのことは気にせず、どうぞき、き、キスの続きを」 「し、しませんよっ、そんなことぉっ!」 ……本当に浮かれきっている。ダメだなぁ、ちゃんと落ち着かなきゃ。 でも、そう思えば思うほど、俺の集中力は削られていった。 そうして集中力を失ったまま迎えた放課後。 俺は朝武さんと向き合う。 と言っても、さすがに学院内で変なことはできないけど。 「……じゃあ俺は、いつものトレーニングに行くから」 「あっ、あの――」 「え? なに?」 「私は夕方頃から舞の奉納をすると思います」 「そうなんだ?」 「その時には多分、周りに人もいないと思いますから……その……」 「~~~ッ、しっ、失礼しますっ」 素早く頭を下げて、走り去っていく朝武さん。 それって……。それって……。 「それってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 「………」 「将臣」 「………」 「将臣っ!」 「うぇっあ!? は、はい!?」 「なにをボーっとしている。今日は、おかしいぞ」 「え?」 「鍛練でも集中力を欠いていた。ときおり呆けたように天井を見上げて……」 「熱でもあるのか? もしそうならちゃんと休め。変に無理をすると大怪我に繋がる」 「あ、いや、病気とかじゃないから。平気平気」 でも確かに、熱に浮かされているような状態かもしれない。 祖父ちゃんの言う通り、集中しなきゃいけないときは集中しないと。 怪我をしたら、朝武さんにも心配をかけてしまう。 「今後はこんなことが無いようにする」 「気を付けるようにな」 「じゃあ祖父ちゃん。今日はもう帰るから」 「うむ」 「では、また後でな」 「……んん?」 あとで……? どういう意味なんだ? ………。 まあいいか、それよりも今は神社に行かないと! 「………」 はぁ……ドキドキする。すごくドキドキしてる。 走ってきたから、だけじゃない。 心臓が口から飛び出そうなほど、緊張もしている。 「その時には多分、周りに人もいないと思いますから……その……」 あの言葉の意味。 考えるまでもなく、ここでならキスできる……ってことだよな? 「………」 キス……好きな女の子とのキス。 はぁぁぁ……緊張する。 「……キスして……そのままおっぱいを触ってもいいんだろうか……?」 「いや、さすがにそれはまだ早いか……?」 「う~~む……まあ、考えたところで仕方ないか」 そういうのは雰囲気と流れだってよく聞くし! 「……よしっ」 拳を握りしめて、俺は中へと足を踏み入れる。 この先に行けば、扉の中に入れば、キスが―― 「わはははは! いやー、めでたいですなー! 今日ほど酒が美味いと思えた日はありませんよ」 「まったくですな! わはははは!」 「………」 なんだこの空間は。 なんで頬を赤らめた朝武さんではなく、酔っぱらって顔を真っ赤にしたオッサンたちばかりが。しかもこんなに沢山。 「もうワシの生きているうちには、巫女姫様は結婚せぬのかと悲しい思いだったが……」 「まさか突然恋人をおつくりになさるとは……めでたい!」 「これはもう巫女姫様の花嫁姿を見るまで、死ぬわけにはいかんな」 「なにを仰いますか、病気一つしないじゃありませんか」 「そうだそうだ! あんたは殺されても死ぬような人間じゃねえよ」 「んなことよりも、飲め飲めぇ! なははは!」 「茉子ちゃーん、お銚子お代わり~」 「はぁーい、ただいま~」 このドンちゃん騒ぎは一体……? 「お! 婿殿だ! 主役のお目見えだ!」 「いよ! だいとーりょー! わはははは!」 「いやー将臣君、お帰り……ひっくっ」 「なんと彼が婿殿ですか!」 「思ったよりも普通だな。もっと格好いい男なのかと思ったが、どこにでもいそうだ」 ……すみませんね、どこにでもいそうな男で。 「こんな男の何がよかったんだろうな?」 「これなら俺の方がいい男なんじゃないのか? 立候補した方がよかったか?」 「何言ってんだ、お前が立候補するぐらいなら俺だろ! わっははは!」 「………」 「あっ、有地さんっ」 「朝武さん。これは一体……?」 「なんだ。お前、今日のことを聞いていなかったのか?」 「祖父ちゃん!?」 「今日はな、巫女姫様の婚約を祝う席が設けられているんだ」 「初耳ですけど!? 俺も主賓っぽいのに初耳だよ!?」 「そうだったみたいなんです……すみません」 さっき祖父ちゃんが『後で』って言ってたのはそういうことかっ。 「おめでとう、将臣」 「あ、ありがとう……祖父ちゃん」 「………」 祝福してもらえるのは嬉しい。 嬉しいけれども―― 『……はぁぁぁぁぁぁ……』 2人で一緒に盛大なため息を吐く。 緊張していた分、一気に疲れが襲ってきた……なんなんだよ、もう……。 「おーい、2人とも何しとる。そんなところに立ってないで、こっちに座って話を聞かせてくれ」 「そうそう! 2人のなれ初めとか!」 「それから今後の話! 式の日取りはいつにするんです?」 「いやいやそれより子供でしょう! 子供はいつですかな!?」 「こっ、子供って……ッ、お酒を飲み過ぎですよっ」 「何をおっしゃる! 重要なことですよ!」 「いやー楽しみだなぁー……初孫かぁ」 「だから気がはやぁいっ!」 「そこら辺、婿殿の方はどう考えているのですかな?」 「え? いや、俺は――」 「ハッキリしないな。なんだ、それでも玉はついてるのか?」 「いやいや、きっと婿殿は緊張しているんですよ」 「緊張をほぐすためにもジュースを飲むといいですよ。ほらほら、コップを持って持って」 「ああ……これはどうも」 未だショックから立ち直れないままの俺は、言われるがままにコップを手にする。 そして並々と注がれる透明なジュースを呑んで―― 「――んんっ!?」 「おお! いい呑みっぷり! なんだ、イケる口じゃないか!」 「げほっ! ごほっ、ごほっ……な、何ですか、これ!?」 「だからジュースですよ、お米のジュース」 「お米って――ッッ」 「ささ! もう一杯グイッとグイッと」 「ちょっ、まっ……んぐぐぐ」 「ぷぁっ、はー!」 「おお! さすが婿殿! どんどん行きましょう! 麦のジュースもありますよ」 「この酔っぱらいどもがーーー!!!」 結局俺は、性質の悪い大人たちの絡み酒から逃れることはできず、そのまま宴会に引きずり込まれてしまった……。 もー! 何なんだよ、俺のキスがーーーーーー! 「…」 「……」 「………」 ……ん? んん? 何か……聞こえる……? それは聞き覚えのない人の声……? いや、これは声なんだろうか? 違うかも。何かもっと別の―― 俺がゆっくりと目蓋を開けると、そこは神社の中だった。 あれ? タオルケットが……? どうやら俺は、板張りのひんやりとした床の上で眠っていたらしい。 「俺は……」 ああ、そうか。宴会だ、あの宴会に巻き込まれて、そのまま眠ってしまったのか。 「全く……あのおっさんども……」 もう全てきれいさっぱり片付けられていた。 軽く見回しても、宴会の余韻は残っていない。倒れていた俺以外は。 あんなにベロベロに酔っていたくせに、酔い潰れた人はいないらしい……。 「アレだけ好き勝手にやっておいて、俺1人を放置して帰るのか……」 と、身体を起こそうとして、気付いた。 俺は別に1人放置されたわけじゃない。 むしろ2人っきりにされているんだ。 「………」 首を巡らせた先では。朝武さんが舞を舞っていた。 倒れた俺とは違い、いつもの真剣な眼差しで。流れるような綺麗な動きで。 「(やっぱり綺麗だな……)」 床に倒れたまま、静かにその舞を眺め続ける。 今、下手に動いたら、彼女の邪魔をしてしまうかもしれない。 それにもうすぐ終わる。それまでは静かに眺めていよう。 そうしてぼんやりしながら舞を眺め続けていると……また、徐々に目蓋が重くなってきた。 「………」 「――んんっ!?」 「ひゃっ!? び、ビックリした……」 跳ねるように、その場で飛び起きる。 そんな突然動き出した俺を、朝武さんは目を見開いて凝視していた。 「目が覚めたんですね。よかった」 「起きてくれなかったらどうやって部屋まで運ぼうか、って考えていたんです。お父さんもお酒を飲んでしまいましたから」 「………」 今、一瞬……違和感を覚えたような……? なにか気になる物を見た気がしたけど……辺りを見回しても、変な物はない。 何かを見たはずなんだけど……俺は一体、何が気になったんだろう? ダメだ、意識を失う直前だったせいか、思い出せない。 「でも突然でしたね。どうしたんです? 何か悪い夢でも見ました?」 「あ、いや……別に悪い夢じゃないんだけど」 「朝武さん、今さっき舞を奉納してたよね?」 「はい、少し前に。夕方に奉納しようとしたときは、宴会が始まったので……」 「そう言えば、あの宴会は?」 「もう皆さん帰られました。とはいっても、場所を変えてどんちゃん騒ぎを続けてると思いますが」 「ここの片付けも終わって、どう運んだものか考えていたところで、突然有地さんが起き上がったんです」 朝武さんの言い方だと、舞も直前というわけではなさそうだ。 やっぱ完全に寝てて、変な夢を見ただけか。 「大丈夫ですか?」 朝武さんが俺の顔を覗き込む。 そして、その手が優しく俺の頬に触れた。 「顔色は、そんなに悪くはないみたいですが……水、飲みますか?」 差し出されたペットボトルを受け取り、中の水をゴクゴクと飲み干す。 乾いた身体に染みわたるような感覚がある……。 「ぷぁ、はぁ……」 「少しは落ち着きましたか?」 「………」 俺に微笑みかける朝武さんに、変わった様子はない。 ……耳のことに本人が気付いていたら、こんな普通のままでいられるとは思えない。 「(やっぱ、寝ぼけてただけかな……?)」 俺は軽く首を振って、ペットボトルのふたを閉める。 「ところでこの水、開いてたけど……朝武さんが開けたの?」 「はい。舞の奉納が終わってから一口……あっ」 「よく考えたらこれ……かか間接キス……なのでは?」 「『あっ』って、気付いてなかったの?」 「全然気にしてませんでした……間接キス……してしまいました」 「すっ、すみません! 嫌じゃなかったですか!?」 「嫌だなんて思ってないよ。俺は別にそういうの、気にしない方だから」 「気にしない……」 「ああいや! なんていうの? その……潔癖症とかじゃないっていう意味で!」 「で、できればもっと沢山間接キスしたいぐらいだよ!」 「有地さん……」 「間接キスを沢山したいというのは……変態っぽくて軽く引きます……」 「……あー……ゴメン。言ってから『今の発言はどうなんだ?』って俺も気付いた」 いっぱい間接キスしたいとか……リコーダーをペロペロ舐めまわす姿を想像してしまった。 さすがにそれは、男の俺でも引く。 「それにですね、あの……か、間接にこだわらなくても……いいんじゃないでしょうか……ッ」 「そっ、それって……」 それはつまり、直接でもいいんじゃないかという事……? 言葉で確認するまでもない。 俺を見上げる潤んだ瞳が、十分すぎるほどにそれを語っていたから。 「………」 俺も真っ直ぐに、彼女の瞳に視線を返す。 なんだか身体が熱くなった。 心臓がドキドキする。胸が熱くなって、奥の方から何かが込み上がってくる。 「有地さん……」 「……朝武さん。ゴメン」 「……え? あの……」 「本当にゴメンっ、でも今はダメみたいだ」 「――うっぷっ」 俺は咄嗟に口を押える。 どうやら気持ちだけではなく、物理的な物まで上がってきたらしい! これはマズイ! 今はマズイ! 「本当にゴメン!」 叫びながら、俺はトイレまで一直線に走った。 「エレエレエレエレ~」 俺のバカ! 俺のバカ! 雰囲気も良かったのに! なんでここで、吐いちゃうかな!? さすがに吐きそうなままキスをするわけにもいかない。 そして、吐いた後の口でキスするのも……なんか微妙だ。 俺たちにとって初めてのキスなんだから。 「またの機会、かな……はぁ……うっぷっ」 どうやら嫌われた、ということではないみたい。 トイレの中から聞こえる、苦しそうな声。 その理由はすぐに分かった。宴会だ。 「もう……バカ」 今日は肩すかしばっかりだった。 「できたことと言えば、間接キスだけ……」 ………。 「……間接キス……」 トイレの中からは、まだ苦しそうな声が続いている。 とはいえ、倒れている様子はないから……心配はいらなさそうかも。 今なら……大丈夫。見られない。 私はペットボトルの蓋を外して、さっき有地さんが唇をつけて水を飲んでいた縁に―― 「――チュッ……」 「これで私も……間接キスしちゃった……ふふ……」 「何やってるんだろ、何やってるんだろぉぉぉぉ……ッッ!?」 「自然な流れで間接キスをするならまだしも、わざわざペットボトルの縁にキスして間接キスとか……」 「~~~……うごごッッ!」 「よもや……自分の行動に、ここまで傷つけられるなんて……ぅぅぅ……こんなの下手したら変態」 でも……してしまったものは仕方ない。 それにあの時は、どうしても自分を止めることができなかった……。 「はぁぁ……間接キスをしただけでこれだなんて……こんな調子だと、本当にキスをしたらどうなってしまうんだろ……?」 「~~~……ッッ! 私、また夢見がちな発言を……ッ」 このままだと、もっと変なことを考えてしまいそうっ! もう寝よう! 自分に致命傷を与える前に寝ちゃおう……! 「ご主人~」 「――ごぶっ」 「もう朝だぞ、ほれ。太陽もすっかり昇っておる」 「お、おお……起こしてくれてありがとう」 「でももう少し優しく頼む……」 久々に食らう寝起きの衝撃。 内臓に響くなぁ……これ。 「久々にご主人を起こしたな」 「そうだな。久々に内臓が押し潰されるかと思ったよ」 「どうした? 祟り神のことに一区切りついて、気が緩んだか?」 「まあ、それもあるんだけど……昨日はちょっと寝つきが悪くて、布団の中でずっとゴロゴロしてたから」 「ふむ……昨日の夜は特に何もなかったと思うが、どうかしたのか? もしや……」 「いや、呪いとは何の関係もないことだ。心配はいらない」 「そうか。ならばよいのだが」 「よっ」 ムラサメちゃんが飛び退いたので、俺はゆっくりと身体を起こした。 「しかしどうした? 鍛練しておるせいか、いつものご主人なら布団に入ればすぐ寝てしまうであろう?」 「まあ、そうなんだけどな」 「昨日はちょっと特別で」 「ほほう……特別とな?」 いや、特別なのは今日か……? まさか弁当が楽しみ過ぎて眠れなくなるとは……でも楽しみなのだから、仕方ない。 一体どんな弁当だろ? 昨日の段階でも美味しかったのに、気合いを入れて作るってなると今度はどんな風になるのか……。 そんなことばかり考えていたせいで、この有様だ。 ……早くお昼にならないかな。 「顔が緩んでおるぞ、ご主人」 「おっと」 「そのいやらしい顔つき……さては女子の事じゃな?」 「……内緒だ」 「それは肯定しているのと同義だぞ」 「まあよい。それよりもご主人、早く準備をせねば玄十郎にどやされるぞ」 「おっと、そうだった」 慌てて服を着替える。 「ご主人、吾輩は先に出ておる。すぐに合流するから気にするな」 「なんだ? どこかに行くのか?」 「ちょっとな。憑代の様子を確認しに行くのだ。ではな」 「憑代の様子って……」 「ちょっ! ちょっと待て! 俺も行く!」 そうして俺は、ムラサメちゃんと共に、祀ってある憑代を確認する。 「……特に、変わりなさそうだな」 見た目もそうだが、こうして意識を集中させても以前のような不気味な気配は感じられない。 「だから言ったであろう。念のために確認しておるだけで、変化があったわけではないと」 「疑ってたわけじゃないけど、あんな風に言われたら気になってさ」 「安晴がちゃんと祝詞をあげておる」 「芳乃も舞の奉納を続けておるのだから、滅多なことにはならんはずだ」 「なあ、祀ってあるといっても、中に封じられた犬神の魂が消えたわけじゃない……」 「それってつまり……怒らせたら、また以前と同じ状態になるのか?」 「例えば、事故があって安晴さんが祝詞をあげられなかったりしたら……」 「そうじゃな……一日休んだ程度で同じ状況になるとは思わん」 「が、放置しておればそういう危険もあるであろうな」 「やっぱり」 「とはいえ、これは未来永劫ではない。今は穢れを少しずつ祓っておるのだ」 「それが終えれば、犬神はこの土地の神の使いになることができる」 「そうなったら、呪いは起きたりしないのか?」 「怒りを買うような真似をすれば、今度はバチが当たることはあるだろうがな。呪いとは別物じゃよ」 「以前のように祟り神を発生させるようなことにはなるまい」 呪いとバチ……ねぇ。 大した差はないような気もするけど、ムラサメちゃんがそう言うからには明確な差があるんだろう。 「しかも、思ったよりも早い。何十年もかかる話ではないぞ」 「そうなのか? なら、いいんだけど」 「それじゃあ、有地さん。その……今日のお弁当です」 「あ、ありがとう……」 差し出された弁当箱を、ギクシャクした動きで受け取る。 朝武さんの手作り弁当……緊張するな。 「今日こそは、ちゃんと甘くない卵焼きにしていますから」 「自信ある?」 「あ、ありますとも」 「だ、大丈夫……のはず……ちゃんと作れたはず……作れてるわよね、茉子」 「安心して下さい。問題は何もありませんから」 「ほう、今日も芳乃の手作りか」 「昨日のお弁当では、芳乃様自身が不満だったみたいです」 「出来が悪かったのか?」 「いや、十分美味しい弁当だったよ」 「美味しさ以前の問題です。お礼として作った物で妥協なんてできません」 「ですから気を遣わずに、忌憚ない感想をよろしくお願いします」 「しっかり味わわせてもらいます」 「芳乃がご主人のために料理か……ふむ……」 「まるで花嫁修業じゃな。ヒューヒュー」 「違います」 ムラサメちゃんの冷やかしに、慌てることなく答える朝武さん。 自分の気持ちに気付いてしまったせいか、朝武さんの胸中が気になる。 即答で拒絶しなくなったとはいえ、結婚のこと……どう考えてるんだろ? 「………」 あ……そういえば朝武さんって、お見合いを断り続けてたんだったな。 もしかして、実は結婚をしたくないとか? そういう気持ちもあるのか……? 「実際のところ、どうなんだろ?」 その日の午前の授業のことは、ほとんど覚えていない。 機械的に授業内容をノートに書いているだけで、内容についてはさっぱりだ。 それぐらい楽しみにしている、朝武さんの手作り弁当。 ついに、それを味わう時が来た。 「おおー……」 蓋を開くと、そこには彩り豊かなおかずが敷き詰められていた。 今日も丁寧に作られていて――いやむしろ、昨日よりも気合いが入っている気がする。 弁当箱だって違うし……掛け値なしに美味しそうだ。 「それじゃあ早速、いただきますっ」 まず鶏のから揚げを一口。 「……うん、美味い」 「次は……こっちは金平。んっ、シャキシャキで、丁度いいピリ辛具合」 「小松菜も、ごま油の香りが引き立ってて……美味い」 「あ、こっちのサヤエンドウはさっぱりした味付けで、口直し的な感じかな?」 濃くないけど、決して薄くもない。しっかりと味を感じられる。 野菜だけでなく、肉もちゃんと使ってあり、男の俺でも満足できる内容。 常陸さんの弁当に不満があったわけではないけれど、食べるときのテンションにどうしても差が生まれてしまうな。 手間のかかった、俺のための弁当。 しかも味にも問題ないとなれば、文句のつけようもない。 そのせいか、満足度が非常に高い。はぁ……幸せだぁ。 そうして幸せに浸る俺だが、不意に気配を感じて顔を上げる。 「ぁっ……ぅ……」 弁当の出来具合が気になるのか、こちらを見つめていた朝武さん。 俺と目が合うと、慌てた様子で昨日と同じように、視線をそらすた。 「ちゃんと味を確認しないと」 それはわかっているけど……どうしても、幸せで胸がいっぱいになってしまう。 「さて……本命の卵焼きを」 綺麗な黄金色の卵焼き。箸で掴んで確認してみるが、焦げ目はない。 まあ、もし焦がしてたら作り直してるだろうしな。 「では……あむ……」 食べた瞬間、口の中に広がるフワっとした食感。 昨日のべチャっとしていたのは、しっかりと修正されている。 そして何よりも出汁の味がしっかりと感じられるこの味は、とても俺の好みだ。 「……これは困った」 「美味いっていう感想しか出てこない……」 こんな感想で信じてもらえるだろうか? 「もっと俺に食レポの才能があれば、納得させることができるのに……っ、くぅ……っ」 こんなに美味しい弁当となれば、お礼としては十分だ。 でもそうなると……このお礼も終わりになるんだろうか? 「……もっと食べたい。できれば毎日とか」 無理矢理にでも文句をつければ、また弁当を作ってもらえるだろうか? 「(いや……だからと言って無理矢理難癖をつけるわけにも……)」 「………………」 「……ん? なんだよ?」 「さっきからどうしたんだ? 変だぞ、お前」 「変って……何が?」 「真剣な顔で弁当を食べたかと思えば、いきなり頬を緩ませてバカ面に、かと思えば真剣な顔に戻る」 「見てて不気味なんだけど。怪しい薬でも入ってるのか? その弁当」 「失礼なことを言うな、そんなわけないだろ」 「ほーう、なら顔が緩むほど美味いのか? どれ、俺も試しに」 と、伸ばされる廉太郎のお箸。 その腕を掴んで、しっかりとブロックする。 「ダメだ」 「あ、じゃあこっちの小松菜を……」 「だからダメだって」 「ぶーぶー」 「男が拗ねても可愛くない。いくら見つめてきてもダメだぞ。やらないからな」 「はぁ……わかったわかった。なら肉団子とトレードでいこうじゃないか」 「拒否権を発動する。タダではやらないとか言ってるわけじゃない」 これが朝武さんの手作りってわかったら、全部を交換させられかねない。 また作ってもらえばいいだろー、とか言って。 それに手作り弁当の機会はこれで終わってしまうかもしれない……となれば、味わい尽くさねば! 「それよりも……廉太郎に訊きたいことがある」 「質問一つにつき、おかず一品」 「じゃあいいや。諦める」 「躊躇ないな! わかった。条件は付けたりしない」 「で、なんだよ?」 「朝武さんのことだ。以前から見合いの話があったことは、知ってるよな?」 「そりゃ聞いたことぐらいならな。全部じゃないけど、多少は具体的な内容も耳にしたことがある」 「今まではどんな人が見合い候補になってたんだ? 巫女姫様の相手ってなると、やっぱ大物?」 「まさか。そりゃ地元民の俺たちからすれば“巫女姫様”ってのは特別だけどさ」 「一歩外に出れば、普通の神社の1人娘だぜ? いくら由緒正しい血筋とはいえ」 「お前が想像してるようなのとは違うって」 「大体、巫女姫様にも恋愛の自由はあるんだぞ?」 そう言えば、安晴さんは幼馴染で、普通に恋愛してたっぽいもんな。 「過度なしがらみを生むような相手とは、見合いの話を組んだりしないはずだ」 「そういうもんか」 「でもまあ、大物ってことなら……どこぞの議員の息子とかって噂を聞いたことあるな」 「あと、どっかの不動産だか建築関係だかの会社の御曹司とか?」 「それ、結構凄くないか?」 「肩書きだけはな。議員は地盤固め、御曹司はここいらの開発に関わりたいだけ」 「そんな見え見えの下心のある相手は、巫女姫様の耳に届く前に弾かれる」 「ま、諦めきれずに、巫女姫様に直接写真を渡そうとする輩もいるらしいけど」 「本人に持って行ったところで、にべもなく一蹴だってさ」 「どんな相手との見合いなら、朝武さんの耳に届くんだ?」 「基本的には町の顔役の親類縁者とか。変な下心のない、信頼のおける人ばっかりだってさ」 「祖父ちゃんも関わってるんじゃないかな? なんだかんだで顔役の1人だから」 「じゃあ、もしかして廉太郎も――」 「いや、お前はないか。祖父ちゃんの評価を考えると」 「おい、事実だからって何でも言っていいと思うな」 「いつか声がかかるかなーって思ってたのに、全然声がかからなかった俺の寂しさを少しは《おもんぱか》慮れ」 身から出た錆としか言いようがない。 「そんなんだから、細かいことまでは俺も知らないけど……断ったのはかなりの数だぞ」 「なんせ断り過ぎて『男嫌いで結婚する気がないんじゃないか?』って噂されるぐらいだからな」 そこまでなのか……。想像してた以上かも。 中には当然、俺よりも格好いいヤツとか、人間性の優れてるヤツもいたはずだろうに。 「だから叢雨丸を抜いたとはいえ、お前が婚約者になれたことには驚いた」 「見合いを断り続ける理由、何か知ってるか?」 「いや全く。相手の条件問わず。写真すら見ずに断ってたらしいぞ」 「だから男嫌いなんて噂が立ったんだよ。教室で話す分には普通だから俺たちは信じてなかったけど」 「『男は恋愛対象じゃないのかも?』なんて話も……ああ、もちろん冗談半分で誰も本気じゃないからな」 そこまで頑なに断るのは……祟り神の件があったからだろうか? 確かにそれは大きな要因だと思う。朝武さんの生真面目な性格を考えれば、特に。 でも、それだけなんだろうか? 知りたい……。朝武さんのこともっと知りたい……。 「で? 今更どうした? そんなこと気にするなんて」 「え? いや、別に……?」 「なにその中途半端な反応」 「なんだ? 巫女姫様のことが本気で好きにでもなったか?」 「ッッッ!?」 「おっおっおおおおおお前ッッッ!?」 俺は慌てて辺りを見回す。 すぐ近くにクラスメイトはおらず、こちらに耳を傾けている奴もいなさそうだ。 「誰も聞いちゃいないって」 「そ、それよりも、お前、なっ、なんでそれ、知って、バレて……っ」 「なんでも何も……隠してるつもりだったの?」 「そんなもん、見てれば雰囲気で普通にわかるもんだよ。おわかり、ボクちゃん?」 「~~~ッッ」 「むしろ、今さらなにを悩んでる? って感じだけどな」 「これだからお子ちゃまは……やれやれ」 「うっ、うるさい。今まではそんなの考えてる余裕がなかったんだよ」 「で、ようやく考える余裕ができて、自分の気持ちを持て余してるのか」 「持て余してるっていうか、こう……この気持ちを、どう扱おうか考えてるっていうか」 「それを持て余してるっていうんだろうが」 「まあ……そうかもな」 「もしかして仲悪いのか?」 「いい友好関係を築けてるとは思う」 「ほー。そいつは興味深い」 「巫女姫様って話しかければ返事はしてくれても、それ以上は拒絶……っていうのかな? 壁を感じさせるんだよ」 「そんなことは――」 あるかもしれない。 確かに最初の頃は壁を感じさせられたな。 「俺たちだって、ずっと同じ教室で学んできたんだぞ? でも……友達とすら呼べない気がする」 そっか。人数が少ないからクラス変更もないんだ。 単純な時間だけなら、俺なんか比べ物にならないな。 「だからな、いつかの休みのときは本当に驚いた」 「巫女姫様が誰かと遊ぶなんて話、初めてだったから。しかも、あんなに楽しそうにして」 「あー……あの時な」 「お前があの鉄壁を攻略するとはなぁ……」 「鉄壁ねぇ……」 自ら崩壊するぐらいボロッボロの壁だった気がしないでもない。 「いや……もしかしたらお前だからこそ、壁を超えられたのかもな」 「俺だからって……どういう意味だ?」 「純粋無垢ってことだよ。よかったなー、今までしっかり童貞守り続けてきて」 「大声でとんでもないことを言うんじゃない!」 「あと、全然嬉しくないから、それ!」 「褒めてないからな」 「ちなみに……まさかとは思うけど、初恋じゃないよな?」 「さすがに今までにも好きになった子はいた」 「って思ってたけど……ここまで本気になったのは初めてな気がしてる」 「もしかして、本気で結婚する覚悟なの?」 「それは……まだよくわからん」 「まず結婚って行為に現実感が持てない」 「そうだなー……俺たちはまだ学生で、親のすねをかじって暮らしてるもんなー……」 “いずれは……”と漠然と思ったりはするけど、せめて自分で稼げるようにならないと。 「でもとりあえず、プロポーズの前に告白だろ?」 「それはそうなんだけど……」 「告白って……してもいいのかな?」 「言わなきゃ伝わんないだろ」 「そりゃそうだけど。やっぱ振られたときの不安とかあるだろ」 「そん時はそん時だよ。大体告白は一回限りってわけでもないだろ。恋愛はポジティブに考えた方がいいぞ」 「重要なのはタイミングだな。タイミングを外すと、本来ならOKされたはずが……って可能性もある」 「ここだ、と思ったら逃げないこと」 「そういうもんか?」 「まあ、何事にも例外はあるけど。わかりやすく言えばイケメンな、イケメン」 「人が必死に外堀埋めてるところにいきなりイケメンが現れてかっさらわれたことが何度あったか……ッッ」 「イケメンならナンパも素敵! 下ネタだって好意的! イケメンだと表現の自由で、なんで俺だとセクハラなんだよ! 死ね!」 「お前の下ネタはゲスいからじゃないのか?」 ……でも、そうだな。言わなきゃ伝わらないよな。 「……告白……か」 婚約者の事もある。 あの家に暮らし続けるかどうか、俺の生活にも大きく関わる。 いつまでも様子見、惰性の日常……ってわけにもいかないよなぁ。 だからまず、俺が今すべきことは―― 「弁当の感想だな」 一応、美味い以外の感想も考えてみたものの、なにも思いつかなかった。 そして気付けば、放課後を迎えていた。 「それでは、みなさん気を付けて帰って下さいね」 先生の言葉と共にHRが終わる。 それでも俺は席に座ったまま、腕を組んで唸っていた。 「………」 ……決めた。正直に、真っ直ぐに感想を伝えよう。 慣れない俺が下手に取り繕うと、嘘くさくなりそうだし。 「よし」 腹を据えた俺は、勢いよく椅子から立ち上がって、朝武さんの元に向かう。 「話があるんだけど、少しいいかな?」 「そ、そうですよね……でも、ここではまだ人目も多いですから」 恥ずかしそうに、周りに視線を向ける朝武さん。 教室には、まだクラスメイト達が残っている。 そんな中で手作り弁当の感想を伝えるのは、少々マズイか。 「有地さんは今日もトレーニングですよね?」 「うん。そのつもりだけど」 「でしたら、そちらを優先させて下さい。話はその後で大丈夫ですから」 「俺は構わないけど……」 落ち着いた様子の朝武さん。思った以上に冷静だ。 やっぱ、気持ちを持て余してるのは俺だけなのかな? そんな時、ひょいっと常陸さんが朝武さんの後ろから現れた。 「いろいろ理由はありましたが、本当はまだ感想を聞く覚悟が決まっていないだけなんですよ」 「まっ茉子ぉ!? そういう事は言わないでいいからっ!」 「申し訳ありません」 顔を真っ赤にしながら、アタフタする朝武さん。 そんなに不安になるなんて……もしかしたら? そんな淡い期待というか、妄想にも似た幻想が、頭をよぎった。 「ですから、お気になさらず」 「わかった。そういう事なら、そうした方がいいかもね」 「もしかしたら、話が長くなるかもしれないし……」 「え!? 話が長くなる!? は、話が長くなるほど大きな失敗がありましたか……?」 「ゴメンゴメン、別に脅すつもりはない。あくまで“もしかしたら”だから。深い意味はないよ」 もし『美味しい』の一言で納得してくれなかった場合、時間がかかるかもしれない程度の話だ。 「じゃあ、その話はまた。俺は祖父ちゃんのところに行くから」 俺は軽く手を上げ、そのまま教室を後にする。 「え、あ、ちょっと、有地さん……っ!?」 「行ってしまわれましたね」 「な、なんだろう……長くなるかもしれない話って……」 「や、やっぱり甘くない卵焼きなんて初めて作ったから、なにかミスをした!?」 「いえ、そんなことはないはずです。味見はワタシもしているんですから」 「有地さんの好みを完璧に把握しているわけではありませんが、失敗と呼ぶほどのことはないはずです、安心して下さい」 「でも……それなら長くなるかもしれない話ってなに?」 「……なんでしょう? さすがにそれは、本人から直接聞いてみるしかありませんね」 「きーにーなーるー」 「今日はここまで!」 「ありがとうございました」 「では将臣、また明日だな」 「よろしくお願いします」 「うむ」 力強く頷いて、祖父ちゃんは旅館の中に戻っていく。 その背中を見送りながら、大きく身体を伸ばした。 「んっ、んんーー……終わったぁ……」 「鍛練が終わっても疲労困憊といったことが少なくなってきたな」 「それだけ体力が付いたということかのう。ま、昨日みたいなのは例外として」 「体力の事もあるけど、最近は身体を追い込むようなトレーニングじゃないから」 「それでも楽にこなせたりはしないけど、以前と比べればな。ほら、終わる時間だって以前よりも早いだろ?」 「そうだな。前は完全に日が暮れることも多かったな」 あと……今日はお昼の弁当のおかげか、身体が充実していたような気がする。 もしかしたら、そういう精神面の効果があるのかもしれないな。 「………」 「まーた顔が緩んでおるぞ、ご主人」 「おっと」 「気をつけた方がよいぞ。他の者から見れば1人でニヤニヤしておるのじゃから」 ムラサメちゃんの言う通りだ。 ニヤケ顔のまま歩いてたら、不審者情報として流れてしまうかもしれない。 顔が緩まないように、気を引き締める。 「さてと、じゃあ帰るかな」 「マサオミー」 「レナさん」 「今から帰るところですか?」 「うん。レナさんは? 今は休憩中?」 「これから夕食や布団の準備で大忙しになりますので。力を溜めているところでありますよ」 「そう言えば、レナさんって布団を敷くのが上手かったね」 「はい。女将にも褒めてもらえる必殺の床上手ですよ」 「床上手に必殺をつけちゃダメだ!」 さらに誤解させやすくなってしまった! 性質の悪いお客に聞かれたら大変なことになる。 「それよりも! 俺に何か用事がある?」 「おう、そうでした」 「用事があるのは私ではないのです。少々、ここでお待ちを」 「………? わかった」 俺が答えると、レナさんは旅館の中に駆け戻った。 だがすぐに戻ってきた。 そしてその後ろには―― 「あれ?」 「……お疲れ様です……」 「朝武さん、こんなところで何してるの? しかも制服姿のままで……」 「マサオミのことを、ここでずっと待っていたのでありますよ」 「その姿を見た女将が、待つなら中でどうぞ、と案内を」 「すれ違いにならなくてよかったですね」 「ありがとうございました。猪谷さんにもお伝えください」 「了解でありますよ」 「わたしは仕事がありますので、これにて失礼。また明日学院で。それでは~」 「俺に何か急ぎの用事?」 「もちろんです」 そう言って、不機嫌そうに唇を尖らせる朝武さん。 不満の矛先は……俺? 「あんな意味あり気な言い方をされて、気にならないはずありませんよっ」 「もしかして弁当の事? それで、ずっと待ってたの? 少しでも早く聞くために?」 「はい」 「それは申し訳ないことを……そういうつもりじゃなかったんだけど」 「何の話だ?」 「ああ、今朝作ってもらったお昼の弁当の話。どんな感想なのかを気にしてるんだ」 「話が長くなるかもしれないなんて言われたら、普通は気になります」 「本当に、そんな大した話じゃなかったんだけど」 「ならば今日も先に戻るか」 「若い2人の邪魔をしてもアレじゃからのう……ふふふ」 「……そうやっていちいち茶々を入れなくていいから」 「ではな、ご主人、芳乃」 「………」 そうして、昨日のように2人きり。 「それじゃあ、帰りながら話そうか」 そうして昨日と同じように、2人で夕暮れの道を歩く。 自分の気持ちをハッキリと認識してしまったせいか、昨日よりも動悸が激しいかも。 「ゴホン。それでは、弁当の感想なわけですが……覚悟はいい?」 「……はい……」 「実は――」 「あっ、ストップ! やっぱりちょっと待って下さいっ」 「……やっぱ止めとく?」 「いえ、少し待ってもらえれば。すぅーっ、はぁーっ……すぅーっ、はぁーっ……」 立ち止まり、軽く深呼吸を行う朝武さん。 そうして何度目かの息が吐かれたとき、再び俺に視線が戻された。 「ど、どうぞ。よろしくお願い致します」 「では改めて――」 「今日もとっても美味しかったよ。文句ない味付けだった」 「甘くない卵焼きも、本当に美味しかったよ。昨日の問題点が全部修正されてた」 「今日も美味しい弁当をありがとう」 「………………で?」 「続きはないよ? 『とにかく美味しかった』。それだけだけど?」 「でもさっきは話が長くなるかもって言ったじゃないですか」 「美味しいっていう以外の感想が思い浮かばないんだよ」 「もし朝武さんに『もっとちゃんと感想を言って下さい!』なんて言われたら困るぐらいに」 「言いたいことが多いからじゃない。むしろ少な過ぎて逆に、話が長くなるかもってことだったんだ」 「そ、そう……だったんですか……」 「意味あり気なこと言ってゴメン」 「ご馳走様、堪能させてもらいました」 「お、お粗末様でした……」 「あっ、で、でも、あれはまだ完璧というわけではなくて味見はどうしても熱いうちにしますが冷めてからだと味が変わってしまいその差を考慮した味付けがまだできなくて」 「そうなの?」 「ですが適当に妥協した味付けなわけではなくて、今の私に出来る精一杯でちゃんと作っていますから」 「わかってるよ。適当な気持ちで作られたものじゃないって」 「昨日よりも丁寧に作りこんであったんだから」 「そ……そうですか……喜んでもらえたのなら、何よりです」 赤くした顔がそらされる。 ただ、その声には羞恥だけではなく、嬉しさというか……どこか満足そうなニュアンスも混じっているようにも思えた。 「これでようやく安心ができました」 「ゴメン。不安を煽るような言い方をしちゃって」 「まったくです。これからは言い方に注意を払って下さい」 「……これから……」 「巫女姫様って話しかければ返事はしてくれても、それ以上は拒絶……っていうのかな? 壁を感じさせるんだよ」 「巫女姫様が誰かと遊ぶなんて話、初めてだったから。しかも、あんなに楽しそうにして」 廉太郎の言葉を信じるのなら、きっと彼女の笑顔を見られるのは限られた人間だけ。 自分がその中の1人であること。 そしてなにより……好きな人の笑顔が見られて、幸せを感じないわけがない。 「………」 「……なんですか?」 「いや、別になんでも」 「嘘です。さっきの視線は絶対に何か意味があったはずです」 「それは……」 「さっきの“これから”って言葉」 「それがなにか?」 「俺は“これから”も……期待してもいいのかな?」 「また弁当を、作ってもらえるって思っていいのかな?」 「そっ、それはもちろん、お礼……ですから」 「今日の弁当は昨日と違ってミスもなかった。味だって申し分ない」 「お礼として十分なものだと思う」 「そ、そうですか……」 「そうだよ」 「……でも」 「でも俺は、これからも――」 「――あのう、申し訳ありません」 「ッ!?!?」 俺と朝武さんの進路をふさぐように、見知らぬスーツ姿の男が現れた。 歳は俺たちよりも大分上、4、50歳前後に見える。 完全に話の腰を折られてしまった……。なんなんだ、この人は。 「な、なんでしょうか?」 「あ、いえ、アナタではなくて……そちらの御嬢様に」 「私、ですか?」 「はい。もし人違いでしたら申し訳ありませんが……朝武芳乃様でいらっしゃいますよね? 巫女姫の」 「はい。そうですが……どちら様でしょうか? 失礼ですが、以前に面識が……」 「いえいえ初対面ですからお気になさらずに。ああ! 自己紹介もせず、誠に申し訳ありません」 「わたくし、こういうものでして」 腰を低くしたまま、男は名刺を差し出した。 躊躇いつつも受け取る朝武さんの表情が、スッと冷たくなっていく。 「むしろ、突然声をかけたりして失礼致しました」 「しかし……こんな道端ではなんですから、どこかお店に入りませんか?」 「誠に申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。予定もありますので」 「そうですか……」 「いや、そうですね。巫女姫様ともなれば、ご予定もありますよね」 「それでは失礼します」 「ああいや、もう少しだけお待ち下さい。もう店でとは言いません」 「お渡ししたい物がありまして。すぐにすみますから。それをお受け取りいただければ、すぐにでも退散いたしますので」 そう言いながら、その人は鞄を開いて中から四角いノートのような物を取り出す。 立派な装丁のソレは……写真の台紙か? それってまさか、見合い写真……? 「こちらをご覧いただけますか? 何卒、何卒よろしくお願い致します」 「……はぁ……わかりました。一応受け取りは致しますが、ご期待には応えかねると思います」 「まあまあ、そう今すぐ決めなくても。やはり一度会ってみないことには解らないことも多いと思いますから」 「どうかそう仰らずに。とてもいい人なんです。見た目や家柄はもちろん、性格にも問題ありません」 「細かいプロフィールは中に記載していますが、私が保証致しますよ」 「はぁ……」 再び、あからさまなため息を吐く朝武さん。 だがそれでも目の前の男は引き下がらない。 なんとか“わかった”という一言を引き出そうとしていることは、俺にでも感じることができた。 そんな男の態度に、朝武さんが困り果てていることも。 「お話の途中、大変申し訳ありません。俺たち本当に急いでますから」 突然話に加わった俺に、その人は思いっきり眉をひそめて『邪魔をするな』みたいな表情を浮かべた。 まあ、それも当然だとは思う。 けど引き下がることもできない。というか、朝武さんの態度がこんな感じなら、失礼なのはむしろ相手の方だ。 「すみません。邪魔をするのは心苦しいんですが、本当にこの後も予定がありまして」 「とにかく写真は受け取りました。ご用件は、それだけで十分把握しております」 「………」 「わかりました。巫女姫様がそうおっしゃるのでしたら」 「連絡先は中に記してありますので、何卒よろしくお願い致します」 「それでは失礼します」 「失礼します」 「本当によろしくお願いします! 連絡をお待ちしておりますので!」 「お待ちしておりますのでーーー!!」 その場から立ち去る俺たち……というか、朝武さんに必死で声をかけてくる。 だが朝武さんは振り返ることもなく、スタスタと歩いて行く。 そんな彼女に遅れないように、俺も早歩きでその場から立ち去った。 スタスタと無言で歩き続ける。 その男性の姿が影も形も見えなくなったとき、ようやく朝武さんがピタリと足を止めた。そして―― 「……はぁぁぁぁぁぁぁ……」 出てきたため息は、今までに聞いたことないぐらい深いため息だった。 「すみません、有地さんを巻き込んでしまって」 「そんな大層な話じゃないって」 しかし、廉太郎が言ってたけど、本当に直接持ってくる人がいるんだな。 しかもこんな往来で。 「こういうことってよくあるの?」 「よく、と言うほどの頻度ではありませんが、まあたまに」 「逃げたりしても諦めてくれずにずっと待たれてしまうので。受け取るのが一番手っ取り早いんです」 「まあ、多分あの人も上司とかに言われて来てるんだろうしね」 「でもそれ……受け取ってどうするの?」 「お父さんに渡します。然るべき経路から断りの連絡を入れてもらいます」 「今後、ああいう迷惑なことをされると困ると、釘を刺す必要もありますから」 「中は見ないの?」 「見るだけ無駄です。どうせ断るんですから」 「それに、そんな風に少しでも興味がある素振りを見せてしまうと、相手もしつこくなってしまいますから」 「………」 「質問」 「はい?」 「少し失礼かもしれないけど、その……確認しておきたいことがあるんだ」 「なんでしょうか?」 「朝武さんって……男じゃなくて女の子が好きなの?」 「……はい?」 「勿論、恋愛対象としての話だよ?」 「……有地さん……」 「はい」 「人をグーで殴るかパーで引っ叩くかで悩むなんて初めてです、私」 「顔は止めよう、顔は」 「一体何なんですか、急に」 「いや、朝武さんがお見合いを断り続ける理由が気になって」 「そんなのは言うまでもなく、呪いの件があったからに決まっているじゃないですか」 「勿論それはわかってる。でも……理由はそれだけなのか、気になってるんだ」 「今は呪いの件も事情が変わってるでしょ? 頑なに断るのは、他に何か理由があるのかな? って……」 「だから……同性愛ですか? さすがにそれは発想が突飛すぎますよ」 と、心底呆れたような声を漏らす朝武さん。 ……その話は俺が言い出したわけじゃないんだけどな。 「確かに今は、多少余裕はできたかもしれません」 「でも『それじゃあすぐにお見合いを!』なんて、気持ちが切り替わったりしませんよ」 「それじゃあ……恋愛に興味はあるの? 男との恋愛に」 「そっ、れは……その……もちろん、興味ぐらいはありますとも……」 「恥ずかしい事、言わせないで下さいっ! なんなんですか、もうっ」 「興味はあっても、お見合いは受けないんだ?」 「本当になんなんですか? 急に、私のお見合いのことを気にするなんて」 「いや、急にじゃなくて……前から気になってはいたんだ」 「朝武さんの恋愛観は、俺にとっても無関係じゃない。むしろ大きく関わる、とても重要なことだから」 「………? それって……あっ、お父さんが押し付けた婚約に関わるってことですね」 「それも関係しているような……いや、それが無くても同じだったような……」 「………」 「朝武さん、俺がさっき言いかけた言葉の続きを聞いてもらえる?」 「続きというと……お弁当の事ですか?」 「うん。できれば俺は……これからも朝武さんの手作りの弁当を食べたい」 「そ、そうなんですか? そんな風に言ってもらえるのは嬉しいです……ふふ………………あれ?」 「でもさっき、これ以上は過剰すぎるって言いましたよね?」 「だから……今後の弁当は、お礼じゃない方が嬉しい」 「お礼じゃない方が、とは……」 「それは……だから」 緊張で息が詰まる。口の中の水分がなくなってしまったようだ。 それでも諦めずに息を吸い直し、改めてその言葉を口にする。 「俺が、好きな人の手料理を食べたいから」 「……はあ?」 「好きな人の手料理を、食べたいんだ」 「……はあ……」 「だから……好きなんだ」 鈍い反応に業を煮やしながらも“好き”という単語を繰り返す。 「朝武さんのことが、好きなんだ」 「――はあ!?」 「結婚については、自分でもまだよくわからない」 「でも俺は、今の暮らしが好きだ。朝武さんと一緒の時間が楽しいんだ」 「今日作ってもらった弁当も食べてて凄く幸せだった、これからも毎日食べたいと思った」 「そしてできれば……その弁当が、お礼とは違う理由で作ってもらえたなら……もっと嬉しい」 「あ、いえ、その……そ、そういうの……困りますよ」 「だ、大体っ、私なんかのどこが――」 「全部が好きだ。意地っ張りなところとか、頑固なところとか」 「……絶対バカにしてますよね?」 「そんなことない」 「生真面目なところも好きだ。でもちょっとドジでどこか不器用なところも。はしゃぐと子供っぽいところも」 「なんだかんだで優しいところ。誰かのために頑張れるところ。ひたむきに努力できるところ。それから――」 「わー! わー! いいです、もういいです! そんな列挙はもうしなくていいですからぁ!」 「そう? まあ、とにかく朝武さんの全部が好きだよ」 他の人なら気になる部分も、朝武さんが相手だと可愛く見えてしまうから不思議だ。 「……もしかして、私の反応を見て面白がってません?」 「まさか。冗談で告白なんてしない」 「本気で好きだから」 「そんなに何度も何度も言わなくていいです! わかりました、わかりましたから!」 「その、お気持ちはわかりました。嬉しいとも思います……。でも、私は……」 「………」 「それって、見合いを断り続けてるのと同じ理由?」 「そりゃ、俺のことが生理的に無理とかなら仕方ないけど……」 「もし今も朝武さんを苦しめていることがあるのなら、俺は力になりたい」 「………」 「俺なんかじゃ力になれないかもしれないけど……」 「それでも好きな人が困っているなら、少しでも力になりたいって思うから」 「嘘吐き……」 「え? 嘘って、なにが……」 「私の知ってる有地さんは、そんな人じゃありませんよ」 「理由がなくても、勝手に首を突っ込んじゃうお節介な人じゃないですか」 「そんなことは――」 「じゃあ一番最初、無理矢理お祓いについてきた時、私のことが好きだから助けてくれたんですか?」 「あの時はまだ、恋愛感情はなかったかも……」 「ほら。それでも有地さんは、私を助けてくれたんじゃないですか」 「好きとか、そういうことは関係なくお節介を焼いちゃう人なんですよ、有地さんは」 そんな自覚は全くなかったけど……。 確かに、押し付けてた部分もある。 「もしかして……迷惑だった?」 「それはもう」 「うっ……」 すまし顔でアッサリと答えられると、グサリと突き刺さる……。 「なんかすみませんでした、今さらですが」 「本当に今さらです」 「でも……有地さんが、お節介を焼いてくれたからこそ、私はこうしていられる。感謝しかありませんよ」 そこには感謝“しか”ないんだろうか? 問いかけるように、俺は朝武さんの顔を真っ直ぐに見つめる。 不意に朝武さんの顔に、諦めにも似た笑顔が浮かんだ。 「そうですね。ダメって言っても、お節介な有地さんは諦めてくれない人でした……」 そう言った朝武さんが、改めて俺と向き合う。 「私は、今まで沢山の人を傷つけてきました」 「茉子も、お父さんも、お母さんも……自分の近くにいてくれる人ほど傷つけてます」 寂しそうな声で語られる言葉は、初めて見せる朝武さんの本心だった。 被害者であると同時に、加害者であると思っている。 呪いの中心にいたのが自分なのだから、そんな風に考えてしまうのも……仕方ないのかもしれない。 「だから私は……本当はずっと疎ましいと思っていたんです、巫女姫という肩書きを」 「お見合いの話は……そんな巫女姫に持って来られるものです」 「そんなもの、受けるつもりにはなれません。この肩書きに振り回されるのは……コリゴリです」 いつもよりも優しい笑顔だった。 いつもよりも優しい声だった。 その優しさが……俺を拒絶したことを感じさせた。 「――……ッ」 それがわかっているのに、言葉が思い浮かばない。 その傷は、俺には想像できない。きっと、いくら想像したって足りやしない。 「いつかの有地さんの言葉を借りるなら……」 「顔を合わせる度に負い目を感じるなんてのはゴメン、ということです」 ああ、そうか……。彼女は、俺が嫌だと言った“負い目”を俺以上に知っている。 だからお祓いに、俺が関わることを認めてくれたのだ……。 「かといって、私の勝手で肩書きを捨てることもできません。この地に根付いていますから」 「だから……こんな私は、このままずっと1人でいるのが一番いいのかもしれませんね」 そのどこか自嘲めいた笑みを見た瞬間、直感した。 彼女はきっと自分のことが嫌いなのだ。それが理解できてしまった。 でも……納得はできなかった。 「それでも俺は、好きだ」 これで何度目だろう? ありきたりで陳腐な言葉。 でもそれ以外には表現できない気持ちを陳腐な言葉で、繰り返した。 「巫女姫と婚約したから……俺との婚約は受け入れられないってこと?」 「それはつまり、朝武さんの中で俺は、さっきの見合い相手と同列ってこと?」 「そっ、それは違いますっ」 「じゃあ、純粋に俺の事が嫌いってこと?」 「それっ、は……」 「俺は……そうじゃない気がしてた。自惚れかもしれないけど……」 「あの弁当、見た瞬間に丁寧に作られて、気持ちが込められてることが分かった」 「だから、嬉しかった。そして、全部美味しいと思った」 「これから先も、食べたいって思ったんだ」 「………」 「アレは全部俺の勘違いというか……何の意味もないことだったのかな?」 「……違う……そんな……」 「そんなバカなことあるはずないじゃないですか、バカッ!」 「感謝してたから。あんなお弁当なんかじゃ伝えきれないぐらい感謝しているんです」 「他の人と同じだなんて思えるはずありませんっ」 「それなのに……なんてことを言うんです! どこまで失礼なんですかっ、信じられませんっ!」 「えええぇぇぇ!?」 なんか逆ギレで罵られた!? 「あっ………………す、すみません。一番失礼なのは、私ですね……」 「いや、嬉しかった……」 それは……生身の言葉だったから。朝武さんの血の通った、感情をむき出しにした本心だったから……。 「え!? 罵ってしまったのに……? もしかしてそういう趣味なんですか……?」 「違うっ! そうじゃなくて――」 「俺の勘違いじゃなくて、嬉しいってこと……」 「俺には、朝武さんが何にそこまで恐怖しているのかわからない」 「教えて欲しい。もし苦しんでいるなら、支えになりたい」 「だから……」 「あとほんの少しだけでいいから、俺の事を信用してくれないかな?」 俺の言葉を受けた朝武さんは、ゆっくりと顔をそらした。 そして、そのまま俯き……ポツリと呟いた。 「そんなの、無理ですよ……」 「………」 消え入るような声なのに……何故かそれは、ハッキリと俺の耳に届いた。 その言葉をかみしめるように、俺は一度空を仰ぎ見る。 色々思うことはあるけど……俺は強引に全てを飲み下す。 いや、飲み下そうとした。だが届かなかった悔しさが、苦みとなって口の中に残る。 それでも、それ以上は何も口にはしない。 「………………そっか」 俺はなんとか心を落ち着け、その一言を返す。 思った以上に、声は震えることもなく普通に出た。 「うん。正直に言ってくれてありがとう」 それが朝武さんの本心なら、仕方ない。 ゆっくりと視線を前方に戻した。 「……帰ろう、か」 出来る限り平静を装いながら、一歩踏み出したその時だった。 俺の手を、心地よい圧迫が包み込んだのは。 驚き、目をやると、朝武さんが手を握っている。 緊張しているのか、柔らかな手は意外なほど冷たく、かすかに震えているように思えた。 その震えを押さえ込もうとするように、強く俺の手を握り締める。 「……無理です……これ以上信じるなんて、できません」 「今さら疑ったりなんてしていないんです。なのに、どうやって今以上に信じればいいんですか……」 「………」 思わず息を呑んだ。 手は冷たいくせに、顔は真っ赤で。俺の手を必死に握り締めている。 この必死な様子が答えでなくてなんだというのか。 「私が信じられないのは……むしろ自分です。こんなの、初めてなんですから」 「色々戸惑うことも多くて、なんだか喩えようもない不安が胸の中にあって……」 呟いた声が、ギリギリ俺の耳に届く。 俺はその声が完全に消える前に、柔らかな手をしっかりと握り返した。 冷たい手を温めるように。その緊張が少しは解けるように。 より強く繋がる手は、とても柔らかくて、細くて、思っていた以上に小さくて……。 こんな小さな手で今までずっと頑張っていたんだな。 「もう……傷つけたくないんです……」 「大切な人を傷つけることは……悔しくて、辛いんです……」 「……朝武さん……」 「大丈夫、俺って結構鈍いらしいから。そんな容易く傷ついたりしない」 「むしろこのまま振られるのが一番傷つくかも」 「その言い方はあまりにも卑怯です……」 「あー……確かに卑怯だった。ゴメン」 「でもこれだけはわかって欲しい」 「朝武さんは自分に近い人ほど傷つけるって言ったけど、俺は一緒に居られるだけで楽しいよ」 「お弁当……作っているとき、楽しいって思ったんです」 「美味しいって褒められると嬉しくて……だから今朝も、頑張れました」 「こんな風に、楽しい日が続けばいいかなって……思いました」 「うん……」 「だから私……ッ……っ……でも、でも………………」 朝武さんの口から出かけた一言は、言葉にならないまま消えていく。 「……ごめんなさい。私はやっぱり……ダメです」 「………」 俺がその言葉に反論できなかったのは、それを口にする本人が一番悔しそうな顔をしていたからだ。 まるで胸が痛むように胸元を握りしめ、苦しそうな息と共にその悔しさを吐露する。 「でも私……変わりたい……って、最近になって思うようになりました」 「………」 「もう少しだけ……一緒にいてもらえませんか……?」 「自分勝手で、卑怯だなって、わかってはいるんです。これが、とても不誠実なお願いであることも」 「でも、もう少しだけ……時間が欲しいんです。とても大切な答えですから、私も……ちゃんと答えたい……」 まるで親にすがる子供のように、彼女は俺の手を強く握りしめた。 爪が白くなるほどに力が込められた、その手は震えたまま。 ……一体なにが、彼女をそんな風にしてしまったんだろう。 「……わかった。待つよ」 「今はそう言ってもらえるだけでも充分嬉しいから」 「大丈夫、俺の気持ちはちょっとやそっとで変わったりしない。本気の気持ちっていうのは、そういうもんだよ」 「……ありがとうございます」 「うん」 「とにかく今日は帰ろうか」 「……はい……」 「恥ずかしいことを……言ってしまった……」 「でも私……変わりたい……って、最近になって思うようになりました」 「何言ってるんだろ、何言ってるんだろぉぉぉ……ッッ!?」 「恥ずかしいっ、青臭いっ、メルヘンっ! 私は本当になんてことを口走ってるの!?」 布団の上でバフン! バフン! と埃を立てて暴れ回った。 自分で言った言葉が、恥ずかしすぎて心にグサグサと突き刺さる。 早く寝ないといけないのに。 明日も早起きしなくちゃいけないのに。 不思議な熱が全く治まらない。ずっと、私を苦しめる……。 「こんなに悩んじゃうなんて……大体、あの手が悪いんですよ」 あの手の温もりが……私を包んでくれる。 その熱が今も胸に残ってて、私の胸を焦がしてるみたい……。 「~~~……おふぅッ! ぅぅぅぅぅぅぁぁぁあああっ、胸を焦がすとか、なんというポエム……っ!」 「もうやだ! こんな恥ずかしい事ばっかり考えたくない!」 死のう! もう死んでしまおう! 違う! 寝よう! もう寝てしまおう! 目を閉じ、大人しくしてればすぐに眠ることができるはず。 「……こうして目を閉じれば」 「今さら疑ったりなんてしていないんです。なのに、どうやって今以上に信じればいいんですか……」 「どうしようっ、目を閉じたらまた恥ずかしい事を思い出しちゃう……っ」 目を閉じる度にこんな思いをしてたら……目が冴えて仕方ない。 でもちゃんと寝ないと。明日もお弁当を作らないといけないんだから。 よし、今度こそ。 「………」 「~~~……くはッッ!? やっぱり、まだ無理そう……」 「ダメだなぁ、私……《タガ》箍が外れちゃいそうなぐらい、浮かれてるんだ」 浮かれてるってことは、あの言葉が嬉しかったってこと。 それはつまり……私は、有地さんのことが……。 今さら考えるまでもないのに……どうしても、最後の一歩を踏み出す勇気が出てこない。 「ぅぅ……リフレッシュしよう」 ゆっくりとお湯に浸かって、少しだけ……ほんの少しだけ頭がスッキリした。 「恥ずかしいのは、未だに変わらないけれど」 それでも、布団の上でバタバタと暴れまわっているよりは、落ち着いて考えられるかも。 「……気付いてくれたんだ」 作ったのが私だって。丁寧に作られてあるって。 私の気持ちが……ちゃんと届いた。 「ありがとうって言ってくれた。それに……」 「……好きって……言われた」 周りにもっといい人がいるのに、わざわざ私? ……もし自分だったら絶対に選ばない、オススメもしない、不良物件。 呪いもあったんだから、もはや事故物件と呼ぶべきかも? そんな私に……。 やっぱり私はからかわれているんじゃないだろうか……? ………。 「……私って本当に最低だ……そんなことを考えるなんて」 そんな人じゃないことはよくわかってる。あの言葉が本心であることも。 私は今、逃げ出す自分をなんとか正当化しようとしてるだけ。 相手に逃げだされること……自分の気持ちが届かない悔しさは、私が一番知ってるはずなのに……。 「ここで逃げたら、私は一生変われない……」 それがわかっていても……怖い。 私の気持ちに応えてくれることが、どれ程意味があるか……それはずっと、欲しかった……。 ………。 「あっ、熱いっ、このままじゃのぼせちゃいそう、ちょっと休憩!」 再び襲い来る、身体の奥に宿る熱と羞恥。 それが治まれば、再び激しく自己嫌悪。 そのローテーションをひたすら繰り返すという無為な時間を過ごした私は、ようやく少し心の折り合いがついた。 はぁ……そろそろ布団に戻ろう。今なら少し、眠れそう……。 「――くちゅんっ!!」 ぅぅー……少し身体が冷えたかな? ……… 「んー……んぅぅー……」 「あっ、あれ……もう、朝……?」 結局、ほとんど眠れなかった。 目を閉じると、再び自己嫌悪が襲って来たり。 やっと眠れたと思ったら、恥ずかしい夢で目を覚ましたり。 気付けば、外は明るくなりつつあった……。 「はぁ……起きないと。それでお弁当を作らないと」 「あんな不誠実な返事をしたんだから、返せるところではちゃんと返していかないと」 それに―― 「俺が、好きな人の手料理を食べたいから」 って、言ってくれたから。 「ダメ……全然マシになってない……」 きっと睡眠不足で思考回路が鈍ってただけだ……。 「芳乃様? 今日もお弁当を作るのでしたら、そろそろ起きる時間ですが……」 「失礼しますね。って……何を悶えているんですか?」 「え? ううん、別に何でもない」 「……そうですか?」 「それで、今日のお弁当なのですがどうされますか?」 「うん、ちゃんと作る」 ここでボーっとしてても苦しいだけだから。 「――くちゅんッ」 「よろしくお願いします」 芦花姉が出したグラニテのデザート。 おじさんはそれをスプーンですくって口に運ぶ。 「んっ……」 厳しい顔つきのまま目をつむり、その味をシッカリと確認する。 「ど……どうですか?」 「シャーベットよりもカキ氷に近いんだな」 「そうなの。口当たりも爽やかでしょう?」 「少し甘めの桃に……この余韻は梅か」 「梅の主張は控えめで、桃との甘さもバランスもいい。ほのかに甘く、梅のいい香りが余韻としてあるな」 アレからもずっと芦花姉はグラニテの研究を続けて、ようやくおじさんに出せるものを作り上げた。 少し果肉を味わえるように果物のピューレをベースにしつつ、後味がしつこくならないように梅で調節したもの。 俺も試作品を食べさせてもらったが、文句のつけようもない。 といっても、それは素人の舌だ。 ずっと甘味を作り続けてきたおじさんを相手に、どこまで通用するか。 「果物は桃だけか?」 「ううん。あとはスイカとかも考えてる。数もある程度絞って、店内でしか食べられない限定商品にするつもり」 「持ち帰りや限定をしない商品としては、珈琲と抹茶のグラニテを作る」 「っていうので……どうかな?」 「………」 「まあ……いいだろう。これからの季節には、こういうサッパリしたものが喜ばれるからな」 「試してみてもいいんじゃないか?」 「ほ、本当に? いいの?」 「とりあえずな。夏に出してみて、お客さんの反応を見ればいい」 「正式採用するか、通年商品にするかは……まあ、その反応次第だろう」 「それで……味の方は、どうかな?」 「……まあ、悪くはない」 「味の細かい調整は?」 「リンゴ……」 「え?」 「リンゴとか……いいかもな」 「桃みたいな甘いやつとのバランスもいいが、リンゴで爽やかにした方が夏場はスッキリするかもしれない」 「わ、わかった……って、もしかしてそれ、アタシがやるの?」 「ここまでやったんだ。このグラニテに関しては、最後までお前がやってみろ」 「………」 どこかぶっきらぼうに、おじさんはそう言った。 アドバイスをしなかったわけじゃない。 それでも、リンゴを採用するかどうか、その味に関することを含め、全部芦花姉に任せた。 それは……その成長をちゃんと認めたという事。 今までにはなかったことだ。 「うんっ!」 頷く芦花姉は、まるで子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべていた。 「~~~♪」 「抹茶パフェ2つ、お願いします」 「わかった」 「~~~♪」 「………」 「お姉ちゃん、なんだかご機嫌だね。何かあったの?」 「ちょっと、いいことがあったんだ」 「なに? もしかして……お兄ちゃんが何かプレゼントでもしてくれたとか?」 「残念ながら、そういうわけじゃない」 「むしろ最近は、会う時間も減ってたぐらいだ」 「そうなの? もうマンネリ?」 「そういうんじゃなくて。仕事のことが忙しくてさ」 色々仕入れの相談をしたり、グラニテの研究をしたり。 さすがに仕事の邪魔をするわけにはいかず、最近はあまりイチャイチャできていなかった。 でもその甲斐あって―― 「俺じゃなくて、おじさんに認めてもらえたんだよ」 「へー、そうなんだ?」 「実際に商品として出すのは、もう少し先だろうけど」 「そうしておじさんに認めてもらえたことが……嬉しいんだと思う」 「でも珈琲のときだって、認めてもらえたんじゃないの?」 「あの時は、最終的にはおじさんが味の調整をしてたから」 「でも今回は、そこら辺も芦花姉に一任されたんだ」 今までよりも、さらに店の戦力として認めてもらえたということだ。 自分の力のなさを感じていた芦花姉としては、これ以上の喜びはないだろう。 「だから、今までの新商品の時とは違うものなんだよ」 「……なんだか気になるかも。お願いしたら作ってくれるかな?」 「これからも色々試していくだろうし、頼んでおけば大丈夫じゃないか?」 「ちょっと2人とも。ちゃんと仕事をして頂戴」 『はいっ、すみません!』 その日はずっと鼻歌交じりの上機嫌で、仕事を続けていた芦花姉。 その様子は夜になっても、店を閉めても、変わらなかった。 閉店後の店内で、2人きりの俺たち。 芦花姉は気分よく三味線の練習を続けている。 俺はその光景をぼんやりと眺めながら、芦花姉の三味線の音に聞き入る。 「………」 芦花姉の気分が乗っているように、今夜の三味線の音が楽しそうに聞こえたのは……俺の気のせいだろうか? 「………」 何にせよ芦花姉が嬉しそうで、グラニテが認めてもらえて本当によかった。 「……まー坊? 何を笑ってるの?」 「芦花姉が幸せそうで、よかったと思ってるだけだよ」 「ふふふ、ありがとう。これも全部、まー坊のおかげだよ」 「芦花姉の努力が実っただけだよ」 「これ以上ないぐらい、嬉しいでしょう? おじさんに認めてもらえて」 「んー……そうかもしれないけど……そうでもないかも」 「あれ? そうなの?」 「もちろん嬉しいよ。でも……これ以上ないぐらい、っていうのは違うかも」 「他にも嬉しいことは……ちゃんとあるよ」 「例えば?」 「おやまあ、それを訊いちゃいますか? ホント、ニブチンだねぇ、まー坊は」 「……むっ」 「ほら、こっちおいで。三味線、教えたげるから」 俺が三味線を持つと、背中に重みが……。 でもそれはとても柔らかで、温かい重み。 密着していると、心がほぐれていくみたいだ。 「お父さんに認めてもらえるのは嬉しい。でもね、まー坊」 「好きな相手と恋人になれて、こうして密着していられるのは……とっても幸せなことだよ」 「まー坊、大好き……ふふ」 「俺も、芦花姉が大好きだよ」 「ここのところ忙しくてゴメンね、寂しかった?」 「寂しかった。でもいいよ、芦花姉の努力が実ったのは、俺としても嬉しいから」 「……ありがとう……」 そうして芦花姉の重みが増して、背中に圧し掛かる。 そうなると当然……背中に当たるおっぱいの感触も、より鮮明になるわけで。 「………」 「……芦花姉……当たってるんだけど?」 「当ててるんだよ……わかってるくせに」 「それって……」 「我慢してたのは……まー坊だけじゃない、ってこと」 「アタシだって寂しかったんだよ……でもね、これ以上甘えちゃうとそのまま流されちゃいそうだったから、ずっと我慢して」 「でも解禁?」 「今日ぐらいはいいでしょう? 認めてもらえて、嬉しかったんだから……」 「我慢するだけじゃなくて、たまにはご褒美というか……リフレッシュは大事だよ。これからのやる気にも繋がるしね♪」 「まー坊だってそうでしょう? 今までのお詫び、して欲しいと思わない?」 色っぽい声。 きっと目はハートマークみたいになってるんだろう。 そんなのを耳元で聞かされたら……。 俺の中の興奮が、もたげ始める。 「思うよ、もちろん思うっ」 「……リフレッシュ、しちゃおっか?」 「………」 「戸締り、ちゃんとしたよね?」 「大丈夫。もう誰も入ってきたりしないから」 「ねえ……今日は、どんなふうにしたい?」 「芦花姉のおっぱいの感触を、楽しみたい」 「ふふ、正直でよろしい……」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んっ、んんっ。んはぁぁ……入ったね」 「おち●ぽ、すっごく熱くなってる……」 芦花姉の谷間に突き入れた俺のペニス。 その先っぽだけが、芦花姉の眼前にさらされている。 「ふふ……もう、お汁がトロトロ~って漏れてきちゃってるよ?」 「それだけ俺も我慢してたってこと」 「あと、芦花姉のおっぱいがそれだけ気持ちいいってことでもある」 「んふふ……我慢汁、舐めてあげるね……んっ、んれろ」 芦花姉は頭を上げ、舌を伸ばして先っぽの透明な汁を舐めとってしまう。 「んぁ……今日も塩味だ」 「そういう感想は別にいいから」 「それより芦花姉……動いてもいいかな?」 「あ、待って。まー坊は動かなくてもいいよ。アタシのおっぱいで、おち●ぽをしごいてあげるね」 「―――ッ!?」 「んっ、んんっ……んん……こんな感じで、どうかな?」 おっぱいを左右から挟み込み、ペニスを圧迫する芦花姉。 そしてその胸をゆらして、ペニスに刺激を与えていく。 「んっ、ぅぁ……くっ……んんっ」 ペニスとおっぱいが絡まり合い、俺の知らない刺激を生み出す。 そうして、股間でおっぱいの柔らかな感触を楽しんで行くうちに、我慢汁がどんどん溢れ、流れ出る。 「あっ、んっ……んんっ……まー坊の我慢汁が、おっぱいの中でヌチャヌチャ言ってるね」 「こんなに出しちゃって、もう……おっぱいが、ベトベトになっちゃったじゃない」 文句を言いながらも、芦花姉はどこか嬉しそうだった。 むしろ面白がるようにおっぱいを揉みしだき、大きな音を奏でていく。 ――ヌチョヌチョ。 おっぱいとペニスの隙間から漏れる水音。 そうされる度に、さらなる快感が俺を襲い……快感が加速度的に増していく。 「んっ、ぁぁっ……あっ、なんだか動きが滑らかになってきたかも」 「ろ、芦花姉のおっぱい、すっごい気持ちいい」 「あ、本当だ。また可愛い顔になってる。そんなに感じてるんだ~、ふふふ」 悪戯っぽく笑う芦花姉は、さらにおっぱいの動きを大きくする。 もはや芦花姉のおっぱいの隙間は、俺の粘液でトロトロになっていた。 「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……ああ、なんだろ……おち●ぽ、おっぱいで擦ってるだけなのに……なんだかアタシまで……んんっ」 「芦花姉も、気持ちいい?」 「んっ、わ、わかんない……気持ちいいのかな、これ? 快感ってわけじゃないんだよね」 「でもこうしておっぱいをこねくりまわして、おち●ぽを擦ってると……段々、身体が熱くなってきて」 「あー……自分でもわからなくなってきちゃった……でも、嫌いじゃないよ、これ……」 「まー坊も可愛い顔してくれてるしね」 俺の方は……芦花姉が上機嫌になるぐらい、顔に出てしまっているらしい。 でも、それぐらい気持ちいいんだから仕方ない。 最初はおっぱいに包まれて『心地いいなー』とか思ってるぐらいだった。 だけど、我慢汁を潤滑油にしてからはどうだ。お口やおま●ことは違う感触と温もりで……これはこれで、素晴らしい。 「はぁ、はぁ、はぁ……ほらほら、アタシのおっぱいに抱きしめられて、おち●ぽが真っ赤に膨らんでる」 「本当に可愛いんだからぁ、ん……れろ、れるん、れちゅ、れろれろれろれろ……」 頭を撫でる代わりというように、芦花姉は舌で先っぽを舐める。 我慢汁に芦花姉の唾液が混じり……おっぱいの隙間を満たす粘液が、さらにドロドロになっていく。 「れるれろれろれろれろ……んっ、ふふふ、顔だけじゃないね。こっちもビクビクしちゃってる」 「っっ……それは、芦花姉だって一緒じゃないか」 言いながら、俺は芦花姉のブラのホックを外す。 自由になったおっぱいが俺の下で、プルンと揺れる。 そしてその先っぽのピンク色の乳首が、まるで自分を主張するようにビンビンに勃っている。 「ほら、芦花姉の乳首だってこんなになってるじゃないか。可愛いよ、芦花姉」 言いながら、俺はその尖った乳首を指で摘まむ。 「ひぃぃぃぃぃんんんん……ッッ!?」 今まで楽しそうに笑っていた芦花姉の顔が、快感に歪む。 「や、やぁっ、んっ、んぁぁっ! ち、乳首、いじっちゃダメぇ……ぁ、ぁ、ぁっ!」 「ほら芦花姉、手が止まっちゃってるよ? ほら、もっと動かして」 「んっ、んんっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ん、ん、んんんッ!?」 おっぱいでペニスを擦ろうと動かす度に、俺に指に固定された乳首が引っ張られる。 かなり感じているのだろうか? 芦花姉の動きが先ほどよりも緩慢になる。 「あっ、あっ、あっ、ひぃぃぅぅっ! んんっ、ンぁ! んぁ! それだめっ、乳首だめぇ」 「やっ、んんっ……つねられたら、上手く動けないから……んっ、んんーーっ!」 「じゃあ……俺が動くから、芦花姉はそのままおっぱいを固定してて」 乳首を摘まんだまま、俺はゆっくりと確かめるように腰を前後に振る。 にゅちゅっ、にゅちゅっ、という水音。 十分すぎるぐらいに粘液で満たされているらしく、おっぱいとペニスの摩擦には何の問題もない。 「はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんんーーッ……ぅあっ! はぁ、はぁ、はぁ、ひゃぁぁ……んんっ!」 芦花姉も痛くなさそうだ。 むしろ……おっぱいを擦られながら、乳首を引っ張られ、気持ちよさそうな声を漏らしている。 これなら、もっと強く動いても大丈夫そうだ。 「んっ……んっ……んっ、んんんっ」 「あっ、やっ! んっ、んっ、んぃぃぃ……くぅぅぅ……あっ、はぁ! はぁ! はぁ! はぁ! あああぁぁぁっ!」 「お、おち●ぽ、おっぱいを出たり入ったり……はぁ、はぁ、まるでおっぱいが犯されてる、みたい……んぁ、んぁ、ああっ」 「芦花姉……芦花姉のおっぱい、気持ちいいよっ」 「はぁ、はぁ、んっ、んんっ! あ、アタシも……おっぱい、犯されると……んぃっ! ぅぁっ! あっ! あっ! ああっ!」 「乳首、ダメだってばぁ……はなして、はなしてぇ……やだやだ、乳首やだぁ」 「これは芦花姉のご褒美でもあるんだから、芦花姉にもちゃんと気持ちよくなってもらわないとね」 「はひっ、はひっ……んっ、んんんんーーーーーーぁぁぁぁああああ……ッッ!」 俺が腰を振る度に、芦花姉は敏感な反応を示す。 ああ、もう……本当に可愛いな、芦花姉は。 そんな姿を見せられたら、腰が止まるはずない。 「はぁ、はぁ、んっ……んんっ」 俺はひたすら腰を振り続ける。 ――ぬっちゃ! ぬっちゃ! 腰を動かせば動かすほど、水音が大きく響く。 痛みなんてなくて……俺を襲う快感も増していく一方だ。 腰の動きが激しくなるにつれ、おっぱいの揺れも大きくなり、芦花姉の乳首がより強く引っ張られていく。 「ひぃぃんっ! んぁっ、んぁっ! あっあっあっあっ! はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んんんっ」 「ろ、芦花姉……き、気持ちいいよ……」 「んっ、んぁっ! ほ、本当だぁ……おち●ぽ、ヒクヒクしてて……気持ちよさそう……」 「芦花姉の乳首も、こりこりで本当に気持ちよさそうだよ」 「う、うんっ、うんっ……乳首をね、コリコリされると、気持ちよくて……はぁ、はぁ、んっんんんっ!」 「はぁ、はぁ、はぁ、あ、アタシも、頑張るね。頑張って気持ちよくするからね、んんっ、んんっ! んれろぉぉぉ……」 快感で表情を歪めながら、芦花姉は大きく舌を伸ばして、俺の先っぽを舌先でくすぐってくる。 「あっ、んっ……れろ、れろ……んっ、んぁぁっ! れろ、れろんっ」 「んー……れりょれりょ……もう、そんなに動かれたら、上手く舐められないよ……んぁ、んぁぁっ」 「ゴメン芦花姉。でも、もう止まらない……芦花姉のおっぱいをもっと感じたくて」 「んんっ、いいよぉ……はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ! アタシのおっぱい、犯して……気が済むまで、犯し尽くして」 「はっ、んっ、んんっ! んぁ! はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ!」 「芦花姉……芦花姉……っ」 「んぃぃぃぃっ!? ひぃっ! ひぃっ! んっ、んぁぁぁぁぁ……や、やっぱり、ダメぇ……ぁぁぁっ」 「乳首、痺れちゃうぅぅぅ……んんんんっ! ビリビリ、するの、乳首がビリビリって……ぁっぁっぁっああーーーッッ!」 悲鳴のような喘ぎを上げながらも、芦花姉は自分のおっぱいを圧迫したまま。 シッカリと俺のペニスをおっぱいで抱きしめている。 「芦花姉、い、イきそう……」 「んっ、んんっ、うん……いいよぉ、頂戴。アタシの頑張ったご褒美にドロドロの精液いっぱい……んっ、んっ、んぁぁっ!」 「ぅぅぅっ、くぅぅ……ッ!」 芦花姉はしっかりとペニスを抱きしめたまま、大きく口を開け、俺の射精を今か今かと待ち構える。 「ほら、ね? いいよ、出しちゃお、頑張っていっぱい出しちゃお。アタシが受け止めてあげるから」 「芦花姉、イく……出すから!」 「ああ、出して……精液いっぱい、遠慮なんてしなくていいよ……はぁ、はぁ、はぁ、んんっ」 「―――ッ!!」 「ひゃっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああんんッ!」 「んぶっ!? んぁっ、んぁぁっ! んっ、んぶ……んぁっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 おっぱいの隙間から、俺の精液が勢いよく飛び散っていく。 ビクビクと震えながら射精した精液は、芦花姉の口だけではなく、顔や髪の毛までもドロドロに汚していった。 「んあぁっ、んんっ……まだでてる……すごぃ……んぁ、んっ、んんんっ」 そして何度痙攣をしたんだろう? 数分も精液を吐き出していたんじゃないかと錯覚を起こすぐらいの激しい射精。 全てを出し終えたとき、肩で大きく息をしていた。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「はっ、はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……んんっ、ぁぁ、精液、いっぱいだね……んっ……顔、ドロドロになっちゃった」 「芦花姉のおっぱい……気持ちよすぎる……」 「精液は、濃すぎるよ……ぁぁ、ベトベトして、匂いも濃くて……ああ、頭の中が精液いっぱいになっちゃう……はぁ、はぁ」 「んっ、んんっ……あっ、はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……んんっ、んんっ!?」 乳首をつねったままだったことを思い出すように、俺は再び指の中で弄ぶ。 「あっ! やっ! だめ、それだめだってば……っ!」 「でも、イったのは俺だから。芦花姉にも気持ちよくなって欲しいんだ」 「それは、でも……んっ、んんっ、ぁぁあああっ……乳首じゃダメなのぉ……はぁ、はぁ、はぁ、んんっ!」 「じゃあ、どうしたい? 芦花姉は、どうして欲しいの?」 「それは、だから……あの、あのね……はぁ、はぁ、はぁ……欲しいの、お、おち●ぽ……」 「っ!」 「乳首じゃなくて、したいの……だからね、いいでしょ? おち●ぽ、ちょうだい」 本当に頭の中まで精液でいっぱいになったみたいに、蕩けきった表情で芦花姉が俺に懇願する。 そんな顔を見せられたら、俺の欲望が萎えるはずもなかった。 即座に俺は、身体を起こした。 「……ろ、芦花姉……」 「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……まだガッチガチだね……元気なんだから」 「芦花姉がそれだけ魅力的だってことだよ」 「それに、芦花姉だって……相変わらず、ココは本当に濡れやすいんだ」 「ん、うん……だって、あんなに熱い精液を浴びたから……アタシも、興奮しちゃう」 「だからね、早く挿れちゃお。アタシの中、もうドロドロになっちゃってるから」 「ああ、わかってる。俺ももう我慢できない……挿れるから」 トロトロの愛液を流すそこに狙いをつけて、俺はググッと腰を押し上げた。 柔肉を力強く広げ、にゅるっ! とペニスが芦花姉の身体に侵入する。 「んっ、んんんーーーーーーー……ッッ!! んぁっ! はっ、はぁーっ、はぁーっ……はいったぁ」 「芦花姉、まだ全部じゃないから。もっと奥まで……」 「え? あっ、あっ、あっ……ほ、本当だっ、奥まで、くるぅ……んんっ!」 必死に口を開けて、空気を貪る芦花姉。 そんな彼女の姿を見下ろしながら、そのまま先っぽが膣奥に食い込むぐらい、ペニスを奥までねじ込んだ。 「ぅあっ! はっ、はぁっ、はぁっ、はぁぁーーーーーっ、あぁぁぁ……奥、奥にきてるぅ……んんっ」 「芦花姉のおま●こ、トロトロで熱くて、気持ちいいよ……」 「あ、あ、アタシも……気持ちいい……アソコがね、おち●ぽに広げられて……ぁぁ、んっ、んんっ! 中で擦れてる」 「芦花姉のは、吸いついてくる……はぁ、はぁ……」 きつく締め付けてくる芦花姉の膣肉。 あまりにもキュウキュウと締め付けてきて、このまま動かすとまたすぐにイくかも……。 「はぁ、はぁ、はぁ……んんんっ、おっきぃ……ねえ、今日は特におっきくなってない?」 「そんなことはないと思うけど……」 「いつでも俺は、芦花姉に対しては全開のはずだ」 「そうなの? でも……んっ、んんひぃぃぃっ! あっ、あっ、あつ……んんっ!」 「も、もしかして……ちょっと会えない間に、狭くなっちゃったのかな? 忘れちゃったのかな?」 「そんなことはないと思うけど……」 「ねえ……お願い、アタシのココに……ちゃんと覚えさせて」 「大好きな人の感覚、二度と忘れないように、アタシのおま●こに教え込んで欲しい……」 「―――ッッ!!」 あーもう! なんでこんなに可愛いことを言うのかな!? そんなこと言われたら……自分を抑えきれない……ッ。 「んっ、んあああぁっ!? あっ、あっ、あっ、あああーーーっ、はぁ、はぁ、はぁ……あああっ!」 我慢しきれずに俺が腰を動かすと、にゅぽっ、にゅぽっ……と、奇妙な摩擦音が聞こえてきた。 こんな音がするぐらい、芦花姉の粘膜は俺を締め付けてきているんだ……。 抜き差しをする度に、トロトロの粘膜と粘液が俺のペニスに絡みついてくる。 「んんっ……芦花姉の中、締め付けキツイ……んっ」 「い、痛いかな……? はぁ、はぁ……んっ」 「いや……むしろ気持ちいい。芦花姉の中、前よりも……気持ちいい」 「本当? よかった……はぁ、はぁ……も、もっとね、気持ちよくなっていいからね……はぁ、はぁ、んんっ」 「アタシも気持ちいいから、遠慮しないでいいよ……んっ、んぁ、はぁ、はぁはぁ……」 芦花姉が肩で息をする度に、芦花姉の肉の隘路が広がったり狭まったりを繰り返す。 その動きはまるで、もっと気持ちよくなりたいとおねだりをしているようだ。 「……んっ、くぅぅ……っ」 このままじゃあ、またイってしまう。 ……俺は腰を大きく動かすのを止めて、グッと奥まで差し込み直す。 そして、自分の一番楽な角度で、素早く小刻みなピストンに切り替えた。 「んああぁっ!? あ、あ、あーーーっ! はぁぁ……あっあっあっ、なにこれ、知らない……こんなの、しらないぃぃぃ……ああっ!」 一瞬にして、芦花姉の声が蕩けていく。 今までも十分反応がいいと思ってたけど……これは、これまで以上だ。 「んんんんぅぅぅぅぅううう……ッ! あっあっあっ、はぁぁ……はぁぁ、はぁぁぁぁーーー……ッッ!」 蕩ける芦花姉の顔をもっと見ていたくて、俺はそのまま素早いピストンを続けていく。 にゅぽにゅぽと抜き差しを繰り返す度に、芦花姉の中が先ほどよりも激しい収縮を繰り返す。 「んぃ! んぃ! んぃぃぃぃっ! あ、あ、あ、あっ、そんなに早くしちゃダメ、痺れて……わかんなくなるっ」 「それだけ、気持ちよくなってるってことだよね?」 「それは……んっ、んっ、んんんーーーーッ……んぁっ! はっ、はぁーっ、はぁーっ……んんっ!」 「芦花姉は、どっちが好き? こうして普通に擦られるのと」 「んん、あ、あ、あ、あ、ああーーーーッ」 「もっと深いところを擦られるの――」 「んっ!? ひぃぃぃっ! んぁ、んぁっ! あっあっあっあーーーーーーッ!」 この反応で答えはわかったようなものだが……それでも俺は腰を止め、改めて芦花姉に問いかける。 「どっちの方が好き?」 そのおっぱいを大きく上下させながら、芦花姉は恨めしそうな目で俺を見上げてきた。 「はひっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……はっ、はぁっ、はぁっ……知ってるくせに。言わなきゃダメ?」 「うん、言わなきゃダメ」 「んんっ……んんん……ふ、普通に、擦られる方……?」 「嘘吐き」 「んぃぃぃぃぃぃ!? あっ、あーっ! あーっ! それ違う、違うよっ、深いところを擦ってるぅぅ……んんぁぁぁっ!!」 「芦花姉が嘘を吐くからだよ」 「あっ、あーっ! あーっ! ご、ゴメンナサイ、嘘吐いてゴメンナサイっ」 「本当は、深いところの方が好き……深い方が気持ちよくて……んっ、んぁぁ! ああああっ!」 「な、なんでぇ!? なんでまた強くしちゃうのぉ!? あっあっあっあっ深いの、ダメだってばっ!」 「正直に言ってくれたご褒美」 「ああああっ……どっちにしても、深いの、するんじゃない……ばかばかぁっ、ああぁぁあっ!」 ピストンを繰り返していくうちに、グチュグチュと中から溢れる粘液の量が増していく。 「あーっ! あーっ! ずぼずぼってされたら、痺れちゃうよぉ……ああああっ!」 「芦花姉の中、凄いことになってる」 「はひっ、はひっ! ああああ、だめだめ、こんなに痺れたら、おち●ぽ覚えられないっ」 「覚えるまで、何度でもやってあげるから」 「ああんっ、そんなことされたら……アタシ、おかしくなっちゃうっ」 「おかしくなっていいよ。俺なんて、もうとっくにおかしくなってる。だから芦花姉もおかしくなって――」 「いや、俺がおかしくさせる。芦花姉のこと、おかしくさせるから」 「んんああぁぁぁぁッ! あっ、あっ、だめ、深いのだめぇ、気持ちいいのやだぁ……」 「あっ、あーっ! あーっ! 変なの、身体の奥の方が変で、あっあっあっあっああぁぁああぁぁッッ!」 「んんんん! んぐ……ッ、ひぐっ、んぁ……はッ、はぁ、はぁ、はぁ、はうぅぅ……ぅんっ」 何度も何度も、ビクンビクンッと激しく身体を痙攣させる芦花姉。 同時に、中の粘膜がキューーーッと痛いぐらいにベッタリと締め付けて来る。 今までに経験したことのない締め付けに、思わず俺は動きを止めてしまう。 「んっ……んッ……んんんーーーー……ぷぁ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ……」 「ろ、芦花姉……大丈夫?」 「だ……大丈夫じゃない……全然大丈夫じゃないよ、はぁ、はぁ……ずぽずぽするから、お腹が変になっちゃったじゃない」 「変って、どんな風に?」 「なんか、奥の方から熱くなって……全身に痺れが広がるみたいで……はぁ、はぁ…」 「もうね、なんかおま●こ、溶けちゃったみたいなの……はぁ、はぁ……本当に、溶けちゃってないよね?」 「溶けてないよ」 むしろ逆だ。今までにないぐらい。締め付けてくれてるんだから。 改めて、芦花姉のソコを確認すると……白く濁った粘液が溢れていた。 芦花姉が今まで出していた透明な粘液とは違う、まるで俺の精液みたいだ……。 でも、俺はまだイっていないから……これを出したのは、芦花姉という事になる。 「芦花姉……もしかして、これってイったんじゃないの?」 「え……? アタシ……イっちゃったの?」 「わかんないけど……今までとは全然違うんでしょ?」 「そんなに違うのなら、イったってことなんじゃ……?」 「はぁ……はぁ……んっ、んぁぁ……はぁ……はぁ……」 「芦花姉……もう一回、試してみようか?」 「試すって……今の、もう一回……するの? はぁ、はぁ……んっ、ちょっと怖いかも」 「ちゃんと俺が支えててあげる」 「それとも、もう二度と味わいたくない?」 「そんな、ことは……ないけど……はぁ、はぁ……」 「でも今までに経験したことないぐらい気持ちよくて……頭が真っ白になっちゃって……はぁ、はぁ、怖いぐらい」 「そ、そんなに?」 「でも、気持ちよくて……ああ、どうしよう……そう言われたら試したくなってきちゃう、はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」 芦花の荒い息に、どこか期待するような熱が混じり始める。 「じゃあ、また動くよ?」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……んっ……うん……」 芦花姉は、潤んだ瞳を浮かべて、ゆっくりと頷いて答えた。 「………まー坊も、このままじゃ治まりつかないもんね……動いて、いいよ」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……んんっ! んんっ! んんんんーーーーーー……ッッ!!」 芦花姉の腰に自分の腰を押し付ける。 そして、さらにそこから奥の粘膜を押し上げるように、グイグイと腰を常に押し出していく。 今まで動いてきた中で、少しわかった……ピストンみたいに激しく腰を引き抜かない方が、射精は我慢できる。 俺はより長く、芦花姉の温もりを味わうために、ピストンではなく、おま●こを揺さぶるように刺激を与えていく。 「んぃ! んぃっ! んっ! んんっ! あっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「どう、芦花姉? 痛くない?」 「んっ……へいき……いたくなんて……はぁ、はぁ、はぁ……んっ、んーーーっ」 少しは落ち着き始めていた芦花姉が、再び乱れていく。 このまま続けて……大丈夫っぽいな。 そうして俺は、少しずつ速度を上げていく。 「ああっ、はぁっ、はぁっ……へぁぁ、あはぁ、はぁ、へぁぁぁ……んんっ」 おま●こを揺らされる度に、芦花姉の声から力が失われていく。 肌は紅く染まり、その瞳からは意思の光が失われていくみたいに、蕩け出していた。 「芦花姉……気持ちよさそうだ……」 「ん、うん……気持ちいいの……あ、はぁ、はぁ……それ、いいの……」 「ここ? ここら辺が、気持ちいい?」 「あっあっああーーっ! そこ、そこそこっ……んぁっ、はぁ、はぁ、あひぃっ……はぁぁぁぁ……」 絡みつく粘膜をさらに押し込むように、腰をズンズンと押し込み続ける。 「んぃ! んぃぃ! それ、あっ、あッ……ズンズンって、ぁぁぁ……それ、すきかもぉ」 「知ってる。だって芦花姉の顔、蕩けて、ますます可愛くなってるから」 「んぁ、はひっ、はひぃ……ぁぁぁぁ……ズンズンくるの、ぎもぢぃぃぃぃ……ッッ。そこ、もっと……んんっ」 「わかってるよ、芦花姉」 「ああああああッ! それ、それぇ……はぁぁ、はひっ、はひぃ……んぃぃぃ……ッ!」 「アタシ、えっちだよね。おねだりするなんて、いやらしいよね……ごめんね、えっちでごめんね」 「でも、して欲しいの……ズンズンってして欲しい……ぁぁぁっ、もうやだぁ……」 「何言ってるんだよ。エッチなお姉さんは、大好きだよ。だからもっと乱れていいぐらいだ」 「んひっ、はぁ、はぁ……じゃあもっと、あああ、もっとズポズポって……んっ、んぁぁぁあっ!」 リクエストに応えて、芦花姉の奥を強く揺らし続ける。 「んぐっ、んんんっ……ぅあっ、はぁ、はぁ、はぁ……あ、ああ、どうしよう……これ、とんでもないよぉ」 「あっ、やっぱりダメっ……ほんと、だめっ……あっ、あっ、あっ! んっ、んんぃぃぃぃっっ!!」 顔の蕩け具合に比例するように、快感から逃げるようにジタバタと暴れ始める芦花姉。 俺は腰に体重をかけて芦花姉の動きを封じてしまう。 「んっ、んんーーーーッ! んぁ、んぁぁぁ! あっあっあっ! また、まっしろになっちゃぅぅ……んんっ!」 「はぁ、はぁ……んっ、芦花姉、吸い付いてきてる……っ」 「あっ、あぁぁあーー……っ、わかんないっ、わかんないの……あたまの中まで、ドロドロ……おち●ぽでドロドロになっちゃってる」 身体は快感から逃げるように暴れる芦花姉だが、中の粘膜は様子が違う。 『もっともっと』とねだるように、キュゥッ……と締め上げてきている。 「ろっ、芦花姉……キツっ……」 そんなに締められると、ピストン運動しなくても気持ちよすぎて……出そうになる。 だが、芦花姉は俺以上に、余裕がないらしい。 「んっ、んんんーーーッッ! ああんっ、だめ、だめーーぇ……また、力がはいらなくなってぇ……あ、あっ、あーっ」 「きちゃう、さっきのまたきちゃうぅ……あ、あ、あ、あ……っ」 「い、いいよ、芦花姉……このまま」 「あ、あ、また、奥のほうが、熱くなってる、あっあっあっあっ、あぃっ、あぃッ、んんぁぁぁーーー……ッ!」 びくびくっ! と、俺のペニスを深く咥えこんだまま、芦花姉の身体が痙攣を起こした。 「はひっ、はっ、はぁーっ……はーっ……んっ、んんん……ッッ!」 同時にまた中の粘膜が激しく収縮をして、俺のペニスを搾り上げる。 そうして、わずかに遅れながらも、限界が俺にも押し寄せてきた──。 「ぅぅぁあ……もう、無理だっ」 「んんんぁあぁ!? ま、まって、まって! いまはむり、だめ、おかしくなっちゃうからっ」 「芦花姉、俺も出そうなんだ。だから……だから……」 「そんなっ、でも……ぅぅぅああっ、あーっ! あーっ!」 「芦花姉、中で、このまま中で」 「あ、あ、あっ……また、おっきくなって……んっ、んぃ! あっあっあっあっああああああ――」 「ああぁあああああぁあぁああッッ!!!」 ドクンッ、ドクッ……ドクッ……! 芦花姉の中に、ありったけの精液を流し込む。 「んぁ、あっ、あっ、あぁぁぁ……あづぃ……あづぃの、いっぱいでてる……んんんっ」 ドクドク……ッ! 止まらない射精。幾度となく芦花姉の中に打ち出されていく。 「芦花姉……でる、また出るから」 「んんっ、んぁ! んぁ! あっあっあっ、またくる、くるくりゅっ、んっ、んぁぁあぁああ――」 「ぁぁぁぁぁぁああああああーーーーーーーーー……ッッ!!」 ビュルッ! ビュルルル! 絶頂の直前、芦花姉の中から引き抜き、その真っ赤に火照った肌を白く染めていく。 「んあっ……あっ、あっ……んぅっ、んぁ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 痙攣する芦花姉の身体に向かって迸る大量の白濁液が、その身体をまだらに染めていった。 「はひっ、はっ、はぁーっ……はぁーっ……もうだめ、頭の中、ぐちゃぐちゃだよぉ……はぁぁぁあ……」 「芦花姉……」 「はぁ、はぁ、はぁ……でも、ぐちゃぐちゃにされても、好き……大好きなの」 「俺も大好きだよ、芦花姉……」 「はぁ……もう死んじゃうかと思った……」 「まー坊、激し過ぎ……本当、今度からはもうちょっと加減してよ?」 「また、今度があるんだ?」 「え? そりゃあるでしょう」 「いや、もしかしたらやり過ぎたかなって……」 「やり過ぎなのは間違いない。でも……それで嫌いになるなんてことはないよ、絶対に」 「そ、そっか……ならよかった」 「だって、今日また新しい発見をしたんだから」 「新しい発見?」 「あれがきっと絶頂……イくってことだよ」 「身体が痺れて大変なんだけど……すっごく幸せなんだよ、アレ。だから……また、イかせて欲しい」 「が、頑張る」 「その分、アタシも頑張る。なんかねー……ちょっとコツがつかめてきたかも」 「………」 芦花姉って……なかなかエロに積極的だな。 いや、その方が俺も嬉しいからそれでいいんだけど。 「ねえ、まー坊。今度、一緒にお出かけしない?」 「それはもちろんいいけど、どこに行くの?」 「果物を探しにね」 「それって、グラニテの?」 「うん。まー坊の意見を聞かせて欲しいの」 「それはもちろんいいんだけど……俺なんて素人だよ?」 「いいのいいの。お客さんだって、専門家じゃないんだから」 「そういう意見の方が重要ってこともあるの。それにね……まー坊はアタシにとって、幸運の神様みたいなものだから」 「幸運の……神様?」 「アタシはずっと悩んでた。でもまー坊と出会えてから、急に世界が開けたみたいになったの」 それはきっと……珈琲やグラニテの事だろう。 「まー坊がいてくれたら、何でも上手くいくとは思ってないよ」 「でもね、まー坊が側にいてくれたら……アタシ、頑張れるんだよね。身体に活力がみなぎる感じ」 「特に大したことをした覚えはないけどね」 「側で支えてくれるのが、重要なんだよ」 「……俺にとっても、芦花姉は重要な存在だよ。芦花姉の喜ぶ顔を見るためなら、頑張れる」 「アタシも……まー坊の笑う顔が好きだから。まー坊がね、一緒に喜んでくれるから、頑張れるんだよ」 「うん……」 「好きだよ……大好き。愛してる」 「俺だってそうさ。芦花姉のことが大好きだ」 好きな人と一緒にいられるって……こんなにも幸せなことだったんだな。 叢雨丸のおかげで、俺は本当にいろんな経験ができた。 この町には感謝してもしきれないな。 「芦花姉ってさ、完全に休日の日ってあるの?」 「え? お店は基本的には無休だけど……お正月とかなら?」 「正月か……まだまだ先だなぁ」 「それならいっそ、ウチの両親を呼び寄せる方が早いかも」 「なに? 何か用事でもある?」 「結婚の約束をした相手ができたこと、ちゃんと紹介しないとさ」 「……あっ……もう、まー坊ってば、アタシを喜ばせるの、上手過ぎだよ」 「俺が上手いというよりは、芦花姉が単純なだけなんじゃ――」 「なんだとぉ!? そういうところばっかりナマイキに育っちゃって!」 「でも好きだよ」 「あはは、なんだそりゃ」 芦花姉といると、本当に楽しくて、心が安らぐ。 そして……力が湧いてくる。 これから俺は社会に出て、色々苦労することもあると思う。 でも側に芦花姉がいてくれるのなら……どんな障害だって乗り越えられる。 それだけの自信を与えてもらえる。 「とりあえず、果物探しを一緒に頑張ろうか」 「うんっ! 2人で一緒にね♪」 「すぅー……すぅー……」 「将臣さん、朝ですよ。まーさーおーみーさーーーーん」 「んぅ? んっ、んんん……」 「またトレーニングに行くんですよね? それに、今日は月曜日で学院もあるんですよー?」 「……あれ?」 俺が目を覚ますと、そこは旅館の一室だった。 「(まだ少し慣れないな)」 朝武家には数か月お世話になっていただけなのに……。 あちらの生活がすっかり慣れてしまったらしい。 この部屋にはまだ慣れない。ここの所、目を覚ます度に少し驚いてしまう。 あの光る雪に祝われた夜から、それなりの日が経った。 となれば当然変化もある。 まず、茉子が元通り自分の家に戻ったこと。 憑依されなくなった以上、朝武家に泊まる必要もなくなり、毎日通う日々に戻った。 そして俺も、朝武家を出た。 もはや朝武さんの許嫁ではなく、呪いもなくなれば、俺もあの家に残ることはできない。 勿論、朝武さんも安晴さんも、別に構わないと言ってくれた。 でもそういうわけにもいかない。 祖父ちゃんにも言われていたし、俺には立派な恋人がいるんだ。 だから俺はあの家を出た。今は祖父ちゃんの旅館の一室を間借りして、ここから学院に通っている。 そして、何より一番違うのは―― 「おはようございます、将臣さん」 こうして、茉子が俺を起こしに来てくれることだろう。 「おはよう、茉子」 「はい。今日もいい天気ですよ」 「毎日ありがとう。わざわざ起こしに来てくれて」 「朝武さんの家に行く前にこっちに来るのも、結構面倒でしょう?」 「平気です。というよりも……起こしに来たいんです」 「だからご迷惑でないなら、起こしに来させて下さい」 「それはもちろん。朝、最初に目に入るのが好きな人っていうのは、とっても嬉しいからね」 「茉子がそう言ってくれるなら、是非ともこれからも起こして欲しい」 「はい。お任せ下さい」 何にしろ、俺たちの幸せな日々は、そのまま続いていた。 暮らす場所は違ってしまったが、それで俺たちの関係は薄れたりしない。 いやむしろ、2人でいられる時間が以前より限られるようになったからだろうか? 2人っきりになれる機会は逃すことなく、より濃厚な時間を過ごす様になっていた。 「あ、チャイムですか。ではここまで」 そう言って先生が教室から出て行くなり、俺は勢いよく椅子から立ち上がる。 「おーおー……気合い入ってるなぁ」 「そりゃな。茉子の手料理を食べられる機会が減ったから」 「そっか……お前、祖父ちゃんのところに世話になってるんだっけ」 「そうだよ」 朝食と夕食は、祖父ちゃんのところで食事を用意してもらっている。 といっても、従業員の賄い料理だけど。 いや、それでもプロが作ったものなんだから、当然美味い。 美味いけど……俺にとって一番は、やっぱり茉子の手料理だ。 「しかし、まさか常陸さんとお前がとは。一応聞くけど、順調なんだよな?」 「それはもちろん」 「常陸さんって……なんつーか健康美溢れる感じでいいよな」 「……おいっ」 「いや、変な意味はない。ちょっかいを出そうと思ってるわけでもない」 「あくまで一般的な話としてだよ。綺麗な子、可愛い子っていうのはいても、健康美ってなるとなかなか」 「それは、まあな」 確かにそこは、茉子の大きな魅力だ。 運動もしてるせいか、しなやかというかなんというか……確かに健康美という言い方はピッタリかもしれない。 特に、茉子自身は太いとコンプレックスを露わにするけど、あの足はとてもいい。 そういえば、最初に制服姿を見せてもらったとき……スパッツ姿に衝撃を受けたものだ。 「お待たせしました、将臣さん。それでは行きましょうか」 「あっ、うん。早く行こう」 そうして弁当を手にして、俺たちは2人っきりになれる場所に向かう。 「遅刻せずに帰ってこいよ~」 「いってらっしゃいませ~」 そうして俺たちが向かうのは、いつもの場所。 すっかりここでいちゃつくのが、定番になってしまった。 「ご馳走様でした!」 「お粗末様でした」 「うん、いつも通り美味かったよ、ありがとう」 「いえいえ。ワタシも楽しんで作っていますから」 「食べてくれる人の表情を思い浮かべながら作って……実際に喜んでもらえたら、それだけで十分です」 「あっ、決して強がっているわけじゃありませんよ?」 「わかってる。別に疑ったりしてないよ」 「それに、ご褒美もありますしね。今日も、いいですか?」 「おいで」 俺が両腕を広げると、茉子が嬉しそうに飛び込んでくる。 「将臣さ~ん……すりすり~♪」 上機嫌な様子で、茉子が頬ずりしてくる。 俺はそれを優しく受け止め、デザート代わりにその身体の温もりを楽しんだ。 「あは……やっぱり素敵です、将臣さんの温もり」 「俺からすれば、茉子の温もりの方が素敵だよ」 最近、茉子はチャンスをみつけては、こうして俺に力いっぱい甘えてくる。 それだけ俺に心を開いてくれているという証拠だろう。 茉子の気持ちを実感できるのが、嬉しくて仕方ない。 「今日のお弁当、どうでしたか?」 「もちろん美味しかったよ、文句なく」 「いつも本当にありがとう、茉子」 「その言葉も嬉しいんですが……今は、もっとぎゅーってしてくれますか?」 「はいはい、もちろん構わないよ」 「ふふ……ありがとうございます、あは♪」 「はぁ~……茉子は本当にいい匂いがするなぁ~」 「またそうやって変なことをするんですから」 「変なことじゃない。茉子は本当にいい匂いだよ」 「すぅぅ~~~……ほら、いい匂いだ。いい匂い過ぎて、嗅ぐだけで興奮しちゃうよ」 「本当にやらしいんですから、もぉー……」 「けど、そんな俺も好きでいてくれるんでしょう?」 「それはもちろん。といいますか――ワタシもやらしいですから……人のことを言えませんね」 「……今も、えっちになってる?」 「はい……なっちゃってます。こうして……優しく抱かれていると……えっちになっちゃうにきまってるじゃないですか」 「ここのところ、お互いに忙しくて……そういう機会も少なかったじゃないですか。だから、余計に……えっちになります」 「……それって……」 俺の胸から顔を上げた茉子。 潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに見つめていた。 「もうそろそろ……新しいことにチャレンジしても、いいと思うんです」 「……ゴクッ」 「あ、いや、でも……その意見には大賛成だよ。だけど、着替えの問題もあるんじゃなかったっけ?」 「実は、あの……今日は、着替えを持ってきていたり……するんですよ?」 「……ゴクンッ」 やっぱり俺より、茉子の方がエッチな気がする。 そんなことを思いつつも、身体は勝手に動く。 「んちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅ……んんっ、じゅるっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……んんっ」 そうしてキスをしてしまったら最後。 入ってしまったスイッチを戻せないぐらい、俺の股間が硬くなっていた。 「じゅるっ、ちゅ、ちゅぅぅ……んむ、じゅるじゅる……んんっ、ぷぁ」 「はぁ、はぁ……んんっ、将臣、さん……」 「茉子……ちょっと待った」 「え? どうして……ですか?」 切なそうな声を漏らす茉子。 その潤んだ瞳は、もうすでにスイッチが入っているように見える。 そんな彼女を目の前にしては、俺も止まれるはずもない。 というよりも、自分の中の熱が滾って―― 「その……1つ、リクエストがあるんだけど、いいかな?」 「……はい?」 「前からスパッツというものに、並々ならぬ興味がありましてですね……実は――」 「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 「お、お待たせしました……」 「おお!」 「ちゃんと……脱ぎました、よ……?」 「おおおお! ありがとう、茉子!」 「それじゃあ……」 「は、はい……」 「~~~………ッッッ」 俺の身体の上で、これ以上ないぐらい恥ずかしそうに、顔を歪めていた。 「はぁ……はぁ……んんっ……んんーーー……」 「そんなに恥ずかしい?」 「もちろん、恥ずかしいに決まってます」 「下着もなしにスパッツを穿くだなんて……なんだか、スースーします」 「スースー? スパッツを穿いてるのに?」 「スパッツを穿いてても……そんな風な違和感があるんです」 「それに……なんだか、股間の形が強調されてるみたいですから」 「うん。すっごい強調されてる。見てるだけで伝わってくるよ、茉子のおま●こがぷにぷにで柔らかそうなのが」 「ありがとう、茉子……俺のリクエストを聞いてくれて」 「はぁ……はぁ……そんなにまじまじと見られると……はぁ、はぁ……んんっ」 俺の上で、小さく身体を震わせる茉子。 まだ見えないけれど……もしかしたら、スパッツの中は濡れているのかもしれない。 「それに股間だけじゃなく……太い足まで見つめられたら……」 「何度も言うけど、茉子は素敵だよ」 「顔だけの話じゃないよ。声も仕草も、内面も。そうして足を気にするところも……それに、そのぷにぷになアソコも」 「……将臣さん、本当に楽しそうですね」 「楽しいっていうより、嬉しいって感じかな」 「茉子が俺のリクエストを叶えてくれたから」 素肌に直接スパッツを穿いた茉子。 俺の目の前で、茉子のワレメは強調され、柔らかそうなおま●こ。 そしてむちっとした健康的な太ももが目の前に……。 うん、やっぱり茉子は素晴らしい。文句などあるわけもない。 「本当にありがとう、茉子」 「こんな、やらしいことでお礼を言われても困ると言いますか、恥ずかしいと言いますか……ぁぅぅ……」 「でも……お礼を言われるのは嬉しくて、胸がドキドキして……はぁ……はぁ……ん、んんんーー……ッ」 「このまま、見てていい?」 「それは……んんっ……ど、どうぞ……」 恥ずかしそうにしながらも、茉子は隠そうとしない。 肉が寄り、ぷにっと盛り上がり、より鮮明となるワレメ。 それを見て興奮しない男がいるだろうか? 否、いない。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「あっ、んん……将臣さんの息、荒くなってます……はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ」 「荒くなってるのは、茉子だって同じじゃないか。というか――」 「茉子のぷにぷにおま●こ、濡れてるんじゃない? シミができてるよ」 「それは、だって……そんなにまじまじと見つめられたら……」 「見られただけで、そんなに濡らすなんて……茉子はエッチだなぁ」 「ノーパンでスパッツを穿かせるような人に言われたくありません」 「確かに、そうかも」 「はぁ……はぁ……そんな、やらしい人なのに、見てるだけでいいんですか?」 「見てるだけで、満足できるんですか? はぁ……はぁぁ……はぁぁぁ……」 「じゃあ……今度は、俺のち●こを、そのぷにぷにのワレメで挟んでくれないかな?」 「わかりました……はぁ、はぁ……」 頷きながら腰を上げようとした茉子。 「あっ、もちろんスパッツは穿いたままでね」 「え、ええ……そんな変なこと、するんですか?」 「もしかしてスパッツの替えは準備してない?」 「いえ、準備してますけど……はぁぁ……もう、マニアックですよぉ」 と言いながらも、茉子は俺のベルトに手を伸ばした。 「はぁ……はぁ……はぁ……んんっ、はっ、はぁ……はぁ……」 抑えきれない荒い息を吐きながら、カチャカチャとベルトを外していく。 そしてボタンを外し、ファスナーを開いて、ガチガチに硬直したペニスを、茉子の柔らかな手が取り出した。 外の空気に触れたのも一瞬。 そのまま俺のペニスは、茉子のワレメにがっちりと挟まれた。 「ぅわっ……んんっ」 想像以上の柔らかさだ……。 熱く滾った茉子のアソコはやはり濡れているらしく、ペニスの裏側から湿り気が伝わってくる。 そしてなによりも、スパッツの滑りの良さだろう。 「あっ、あぁあ……本当に、挟めちゃいました……」 「気持ちいいよ、茉子のそこ」 「そうなんですか? それは……中に挿れるよりもですか?」 「感触が違うから、単純に比較はできないかな。とにかく、どっちも気持ちいい」 「なら……よかった。んっ、んっ……んんんっ……」 身体を揺すりながら、茉子は挟み込んだペニスをしごこうとする。 だが、そこまでズッポリと咥えこんでいるわけではない。 流石にそれは無理だった。 「あれ? あっ、んっ……ダメです、上手く、擦れない……あんっ、あっ、外れちゃう、んんんーーっ」 ペニスが外れそうになった瞬間、茉子が太ももに力を入れてしっかりと挟みなおす。 「んんっ……」 むちむちの感触……やっぱり言葉では表せないぐらい気持ちいい。 茉子はペニスをしっかりと挟み込んで、しごこうと身体を揺すり続ける。 「あっ、んっ……んふぅー、んっ、んんーーー……ッ」 「はぁ、はぁ……やっぱり、上手く擦れない……ぁぁ、どうしてぇ……んんっ!」 茉子が身体を揺らす度に、俺のペニスではなく、むしろ茉子のクリトリスが亀頭で擦れているんじゃないだろうか? 俺のそんな予想を証明するように、茉子の声がどんどん熱を帯びていく。 「んひっ、んっ、んん……ふーっ、ふーっ……はぁ、はぁ、んっ、んんっ!」 「茉子……エッチな顔になってきてるよ」 「だって……こうしていると、く、クリトリス……擦れちゃって……んぁあっ! あっ、はぁーっ、はぁーっ……ひぃんっ!」 「もしかして……クリトリス、剥けてたりする?」 「む、剥けてないですよっ、む、剥けてたら……こんなものじゃすまないぐらい、気持ちいいですから……はぁ、はぁ、んっ」 クリトリスってすごいんだな……。 「あっ……あっ……あっ……それでも……ワタシばっかり、気持ちよくなってますね」 「そんなことないよ。俺も気持ちいい。それに、茉子の気持ちよさそうな顔を見るの、好きだから」 「それならワタシも……将臣さんの気持ちよさそうなところを見たいです。どうすればいいですか?」 「どうすれば、もっと気持ちよくすることができますか?」 「じゃあ……そのまま太ももで挟んで、締め付けて」 「それで、そのまま擦って欲しい」 「えっと……こんな感じですか? あ、真っ赤なの……ちょっと可愛いですね」 閉じた太ももの隙間から、ぴょこんと飛び出した亀頭。 茉子はそれを見ながら、再び身体を揺すり始める。 「うぁあっ!?」 茉子の太ももが上下に動き、ペニスを擦り上げた瞬間、勝手に声が出た。 滑らかなスパッツの感触、そしてむちむちの太ももの締め付け。 しかし、押し付けられる茉子のワレメの肉は柔らかくて……いくつもの感触が複雑に混じり合い、快感が駆け巡る。 「あ、あの……ワタシ、何か間違えましたか?」 「いや、違うよ。今のは、その……気持ちよすぎて、思わず声が」 「そうですか。でしたらいいんですが……では、もっとしますね」 「んっ、んっ……んんっ、はっ、はぁぁ……はぁぁ……んっ、んんんっ」 「はっ、はぁぁ……ぅぅっ、くぅ……やっぱり茉子の太ももは素敵だ。気持ちいいよ」 「気持ちよさそうな顔……可愛いです……んんーーッ! あっ、あぁっ!? んんっ……はぁ、はぁ、はぁ……んんっ!」 「茉子も、気持ちよさそうな顔だ」 「は、はい……さっきよりもクリトリスがっ、ぁっ! あっ! ああっ!」 茉子は、まるで一人遊びに没頭するように身体を揺らし、太ももでペニスをしごく。 「あっ、はぁーっ、はぁーっ……んんっ! あっ、あっ……擦ると、ワタシも気持ちいいんです」 「茉子、ぎゅーってして。太ももで、もっとぎゅーっと」 「わかりました。んっ、んんー……ッッ、あっ、あっ、あっ……はぁ、はぁ……んんっ! んぁぁああっ!」 「ぎゅーってすると、クリトリスも強く擦れて……これ好きかも、知れません……んぁ、んぁ、ぁぁあっ……んんッ」 「俺もだ。これ、結構好きかも」 「あ、あは……本当ですね。先っぽが膨らんで……まっかっか……はぁ、はぁ……ぁぁ、すごい」 俺のペニスを見つめながら、茉子がうっとりした表情を浮かべる。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んんっ、ごくっ……ん、んっ……はぁぁーーぁぁ、はぁーっ、はぁーっ」 茉子の息がどんどん熱く、蕩けだす。 ペニスを挟み込んだおま●この方は……すでにトロトロに、蕩けきっていた。 スパッツ越しでもわかるぐらいに。 「茉子の太もも……本当に気持ちいいよ」 「本当ですか? よかった……もっと、もっとしますからね。ん、んんーーっ……んぁ、はぁ、はぁ……んっ、んんっ!」 「はぁ、はぁ……ぁぁっ、ま、茉子……もっと、もっと強く、太ももで挟んで」 「こうですよね、んっ、んーーーーっ! んぁ、はぁ、はぁ……んっ、んぅぅっ、ぁぁっ、はぁ、はぁ、はぁ、あああぁぁあッ」 太ももに力を籠め、必死に身体を揺する茉子。 だが、俺を気持ちよくさせようとするだけではない。 むしろそれは、クリトリスにペニスを押し当て、擦ろうとしているみたいだ。 「いいよ、茉子……そのまま、そのまま……」 「あは、将臣さんの声……可愛い。それにその顔も……はぁ、はぁ……もっと気持ちよくしてあげますからね、んんーーっ」 「茉っ、子……ぅぅあっ」 「ふふっ、震えてます。気持ちいいんですよね、こうして擦られるのが」 「気持ちいい……気持ちよすぎて、もう……」 「ピクピクしてます。出ちゃいそうなら、出しちゃっていいんですよ、はぁ、んっ、んんっ」 「このまま精液、ぴゅーって出しちゃいましょう、ね? ね? ワタシの身体で、射精して下さい」 「全部、将臣さんの物ですから。太ももも、おっぱいも、おま●こも、好きなようにしてくれていいんです」 「あ、ああ……もう出る、精液を出すよ、茉子」 「はい……出して下さい、いっぱい、ドロドロの精液、びゅびゅーって……はぁ、はぁ……」 茉子は一切力を抜かず、それどころか動きをさらに激しくした。 カクカクと腰を動かし、スパッツで激しく何度も擦り上げてくる。 そんなに、大きく動かれると――っ!? 「ま、茉子……すごいよ、もうイきそう……ッッ」 「あは……嬉しいです。気持ちよくなって下さい。ワタシの身体で、もっともっと気持ちよく……んんぅっ」 「茉子っ、激しすぎ……んんっ、ぁぁぁっ! あ、イ、イく……で、出るっ」 ――ビュル! ビュルルルッ! 「んぁっ!? あっ、あっ、精液、びゅっ! びゅっ! って……あ、あ、あ、いっぱいでてる、すごぃ……んんっ」 ――ビュルッ! ビュルッ! 「まだ止まらない……ふふふっ、全部出してしまいましょうねぇ~♪」 笑いながら、茉子が身体を揺すり続ける。 「ぅぅああっ!?」 搾り取るような茉子の動きに逆らえず、太ももからはみ出た真っ赤な亀頭から精液が幾度となく飛び散った。 相変わらず、茉子に気持ちよくしてもらうと凄い量が出る。 黒いスパッツに白いシミができ、茉子の下半身はすっかりドロドロに汚れてしまった。 「あは……はぁ、はぁ……い~っぱい出しちゃいましたね」 「はぁ……はぁ……すごい、気持ちよかった……はぁ、はぁ……」 「ベトベトになっちゃいましたね。今、綺麗にしてあげますからね」 ねばねばの精液で汚れたペニスを、茉子は相変わらずのうっとりした目で見つめていた。 茉子のその表情を見ていると……のぼせ上がったペニスの熱が、治まるはずもない。 「あは……すごい匂いですねぇ。こんなにねとねとさせて……」 と言いながら、茉子が俺のペニスを舐め上げる。 「んっ、ちゅ……れるれろれるれろ……んはぁぁ、搾りたての精液、おいし♪ んっ、れちょれちょ、れるる」 「はぁ、はぁ……んっ」 「まだ硬いまま。いつもいつも本当に元気なんですから……ん、ちゅ、ちゅ、れるれろ……れろれろっ、れるんっ」 「これは念入りに、お掃除しないといけませんねぇ……んちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……れちゃれちゃ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ」 「ぅあっ、ま……茉子……ますます上手になってる」 「ありがとうございます。お掃除は得意ですから、お任せください♪」 「もう、こんなにいっぱい汚しちゃって、いけない子なんですから……はぁぁむ……んぐ、ちゅっ、じゅるじゅる……じゅるるる……ッ」 「はぁ、はぁ……んんっ、茉子の口、本当に気持ちいい」 「ありがとうございます。んじゅる、じゅるっ、じゅぷぷっ……んぐっ、ぐぽぐぽっ、ぢゅちゅぅぅぅーーーー」 ペニスに付着していた精液を舐めとった茉子は、そのまま尿道に残った精液までも吸い上げる。 「うっ、ぁぁぁっ……」 思わず身体が震えるほどの刺激に、俺は歯を食いしばって耐える。 「んっ、んんーー……じゅるじゅる、ぢゅぷっ、ぢゅぽぢゅぽっ、んぢゅっ、んぢゅっ……ぢゅるるる……ッッ!」 「あっ、あっ、あっ……ま、茉子、吸い過ぎ……」 「んむ? 嫌いですか? 吸われるのは。もしかして……痛いですか?」 「痛くない、もちろん気持ちいい。けど、気持ちよすぎるから」 「よかったです……んーーーーー……じゅるじゅる、じゅぷぷぷぷ……んっ、ちゅっ、ぢゅぅぅぅーーー……」 「んぷぁ、はぁ、はぁ……んんっ、れろれろれろれろれろれろ……んんっ、ふふ、綺麗になりましたね」 口元のヨダレを拭いながら、茉子が嬉しそうな微笑みを浮かべる。 確かに精液は茉子に飲み干され、ペニスはすっかり綺麗になった。 でも舐められていた分、俺の昂りは高まっていて……こんな中途半端な状態じゃ、満足できるわけない。 「茉子……」 「はい? なんですかぁ?」 まるで茉子は、俺を試すように見上げてくる。 その視線に逆らうことなんて……今の俺に、できるはずがない。 「もっと、舐めて……俺のを、もっと舐めて欲しい。お願いだ……」 「あは……やーらしー♪」 満足げな微笑みを浮かべた茉子は、下品なぐらいに口を開け、そのまま再び舌を伸ばし始めた。 「ん、ちゅ、ちゅ……ぴちゃれちゃ、ちゅるちゅる、ちゅっ、ちゅっ……んっ、んっ……ちゅぅぅぅ」 「あ、あっ、あっ、茉子……そこ……」 「ここですか? れる、れろれろ……ちゅぅーーーーーっ、ちゅっ、ちゅっ、れるれるれろれろ」 まるで性器の味を確認するように、茉子の舌がねっとりとした動きで這い回る。 その動きには、本当に愛が込められているみたいで……その愛が、ち●こから伝わってくるみたいだ。 「はぁぁむっ……んっ、んっ、ちゅぽっ、ぢゅぽっ、ぢゅるっ、ぢゅぷぷ……んっ、んっ……ぢゅるるる……っ」 「ま、茉子……それ、そんなに吸われたら、痺れる」 「んんっ……ぢゅるる……精液の味、します……まだ中に残ってましたね、んっんっ……おいしぃ、じゅるる」 「全部、出しちゃいましょうね………んっ、ちゅぽちゅぽっ……じゅるっ、ちゅぶぶっ……んんっ」 精液を求めて、ち●こにしゃぶりつく女の子。 マジでエロ過ぎ……茉子、まさかここまでエロくなるなんて。 「んむ? んんっ、ちゅるんっ、ぱぁ……はぁ、はぁ……どうか、しましたか?」 「いや、茉子がエッチな顔でち●こにしゃぶりついてるのを見てると、心臓がドキドキする」 「……そんなにえっちでした?」 「思わず見とれるぐらいには」 「そうですか……それもこれも全部、おち●ちんが美味しいからいけないんですよぉ、ん……れるれる、ちゅぅぅぅ」 「美味しいから、どんどんやらしい気持ちになるんです……れるれるれろれろ、ちゅっ、ちゅぅぅーーーぅぅっ」 「俺も、やらしい気持ちになってる」 ……舐められてるだけじゃない。 茉子はその表情でも、俺に刺激を与える。 そんなエロい顔を見せられたら、また限界を迎えてしまいそうだ。 「はぁ、はぁ……んんっ、ま、茉子……」 「あ……やらしい顔してます。そんなに喜んでもらえると、ワタシもっとえっちになっちゃう……あぁぁむっ」 「んじゅるっ、じゅるっ、じゅるっ……んぐっ、ぐぽっ、ぐぽっ……ぢゅぱぢゅぽっ、ぢゅぶぶぶっ」 スパッツに包まれたお尻を振りながら、茉子がペニスにむしゃぶりつく。 「はぁぁ、はぁぁ、んぶ、ぢゅるっ、ぢゅるぅぅぅぅ……んぐぅ、んんっ、おっきぃ……じゅるっ、ぢゅぷぢゅぷっ」 いやらしく揺れるお尻から、目が離せない。 茉子はどこまで俺を興奮させれば気がすむのか……。 「あっ、くぅぅ……ま、茉子……そんなにされると、また俺、イきそうかも」 「ん、んんーー? いいですよ、イって。ううん、イかせてあげますからね……ちゅぅぅぅぅっ、じゅぽじゅぽ」 「ぅあっ!? け、けど……このままだと茉子が……ぅぁっ」 「きっと、2回でも満足できませんよね? きっと3回目もありますよね?」 「だから今度は、ワタシの口で、思いっきりイっちゃって下さい……んちゅ、んちゅ、んぢゅるるる」 「ぅぁっ!?」 「んふふ、また精液……じゃないのかな? ん、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅ……ゴクンッ」 「んんー……やっぱり違う。さっきからおつゆ、出てるの……精液とは違うんですか?」 「多分、それは我慢汁とか、先走り汁って呼ばれるものじゃないかな」 「これが……んちゅ、コクっ……ゴクゴクッ……んんっ、でも、これはこれで」 茉子は、俺の先走りと自分の唾液を口の中でミックスさせて、ゆっくりと喉に流し込む。 まるでワインか何か、テイスティングしてるみたいだ。 「茉子……もっと、もっとしゃぶって」 「んんーっ……んじゅるっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……じゅぽじゅぽっ、んんーーーっ」 「そ、それ……いいよ、茉子、それいい……っ」 「んー……粘っこくて、えっちなおつゆ……おいし……ちゅ、ちゅぅぅ、じゅるる……コクっ、コクっ」 茉子が喉を鳴らす度、その身体をぶるっと震わせる。 まるで先走りを飲むことで、軽い絶頂を迎えているみたいだ……。 「ぷぁっ、はぁーっ……はぁーっ……おち●ちんってすごい……可愛くて、美味しくて」 「中に挿れると、凶暴で……はぁ、はぁ……ああもぉ、見てるだけでドキドキして……気持ちいいの、思い出しちゃいます」 「好き、大好き……はぁ、はぁ……れる、れろれろ……ちゅるっ、ちゅぅぅぅぅ……んっ」 「茉子……俺も、茉子のおま●こ、大好きだよ」 「きっと、もうトロトロになってるんだよね?」 「れるんっ、ちゅ、ちゅぅ……はい、トロトロですよ。舐めてるだけで、トロトロになっちゃってます」 「挿れたい……そのトロトロおま●こに、挿れたい」 「あぁむ……じゅるっ、じゅぽっ、じゅぽっ……じゅるるるっ」 俺の意思を無視するように、再びペニスにしゃぶりつく茉子。 「ぅっ、ぁぁぁっ、まっ、茉子!?」 「ダメですよ……ふふ……んじゅるっ、じゅぷぷぷ……まず、お口でイってから♪ ちゅ、ぢゅぅぅぅぅぅ……っ」 「くぅぅぅ……っ」 「んふふ……ぢゅるる、我慢しなくていいですよ? じゅるっ、ぐちゅぐちゅ、ぐぽぐぽっ」 必死で我慢し、快感に苦しむ俺を見つめながら、茉子はペースを速めていく。 「そっ、そんなにされたら……ぅぁあっ」 「ちゅ、ちゅ、じゅぷじゅぽっ、ほら出しちゃいましょう……じゅるっ、ぢゅるるっ」 「ぅぅくぅぅ……」 うわぁっ、茉子の中に挿れる前に、またイきそうだ……ッ。 「このまま、気持ちいいのをいっぱい出しましょうね。またい~っぱい出しちゃいましょうね」 「けどっ」 「出しても、またしますから、大丈夫です……ん、ぢゅっ、ぢゅるっ、ぢゅぽぢゅるっ」 「ぱっ、はぁーっ、はぁーっ……んっ、ワタシだって、このまま終わったら、お預け状態ですから……」 そう言っている間も、茉子はペニスをしごく手を止めない。 その手の中では、にちゅっにちゅっと、粘液の淫らな音が奏でられる。 「早くイって下さい……この熱いの、ワタシの中に早く……んっ」 俺を見上げる茉子の顔は、本当に蕩けきっている。 そうしている間も、手のペースはどんどん速くなってきて……。 なんだかもう、全身を茉子にしごき上げられてるみたいだ。 「……んっ、んんっ」 「ほら、もうイっちゃいそうな顔してますよ。我慢しないでイっちゃいましょう」 「また精液ぴゅーって出して下さい。ちゃんとワタシが見ててあげますからね」 「くぅぅ……も、もう無理だ。イきそう」 「このまま出しますか? それとも……ワタシのお口に出しますか?」 「の、飲んでくれ……俺の精液、飲んで」 「はい、もちろんいいですよ。はぁむ……っ、んぐっ、んっんっんーーーーーーッッ」 再び茉子の口に、ペニスが咥えこまれる。 ネチョネチョと絡みつく唾液と、茉子の舌の刺激に、限界が迫った今の俺に抵抗なんてできるはずもない。 「れるっ、れろれろ、れろれろれろれろ………んむっ、んじゅるっ、じゅるるるるるる……ンンッ!」 「あ、あ……茉子、もう出るッ」 「んっ、んんっ、じゅるっ、じゅぽじゅぽっ、じゅぷぷ……んぐっ、ぢゅぽぢゅぽ、ちゅっ、ちゅぅぅぅーーーーッ」 「ぅぅぅあああっ、ま、茉子!」 「んっ、んんんんんーーーーーーーーーッッ」 絶頂を迎えた俺のペニスから、茉子の口の中いっぱいに精液が放たれる。 「んぐっ、んっ、んむぅ……んっ、んふぅーっ、んふぅーっ……んんぐっ、ゴク……ゴク……ゴクンッ」 「んんんっ。ぷぁ! はっ、けほっ、けほっ……はぁー……はぁー……やっぱり精液は、一味違います……んんっ」 「違うって、どんなふうに?」 「ネバネバの具合や、濃さが全然違います……んんっ、はぁーっ……はぁーっ……」 「茉子は、どっちの方が好きなの?」 「それはもちろん濃い精液の方が好きです、美味しいですし……はぁ、はぁ……お口、しあわせ……はぁぁぁ」 「ワタシの口にいっぱい出してくれて、ありがとうございます」 「顔で受けてくれ。俺の精液を、茉子の顔で」 「わかりました。精液いっぱい出して下さい……はぁ、はぁ……」 俺の願いを聞いた茉子が嬉しそうに、ペニスをしごく。 自分の顔の前に亀頭を持ってきて、俺の言葉通りに顔で受け止めようとしてくれる。 「いつでもいいですよ、ワタシの顔に精液を好きなだけ、かけて下さい……」 「ま、茉子、イく、イくよ」 「はい、きて……はやくきて……ワタシの顔、精液でドロドロにしちゃって下さい」 「出るっ!」 「んぶっ、んっ、んっ、んんーーーーー……ッ」 ビュッ! ビュルルッ! と、精液が糸を引きながら飛び、茉子の顔に降り注いだ。 「っん、んむ、んむ……んんんーー……っは、はぁ、はぁ……あつくて、ドロドロ……それに匂いも」 目も開けられないんじゃ、と心配になるぐらい、茉子の顔がドロドロになる。 「はっ、んんっ……精液に、頭の中までドロドロにされちゃいそうです……んんっ」 「はぁ……はぁ……茉子、ゴメン……やっぱりダメだ」 「茉子を感じたい。トロトロおま●こを、俺のち●こで感じたいんだ」 「もう茉子に挿れないと、このガチガチが治まらないから」 「は、はい……ワタシも、欲しい……挿れて欲しいです……」 「んしょ……と」 スパッツをずり下ろした茉子が、再び俺の上に腰を下ろす。 「茉子のアソコ……本当にトロトロになってる……すごいよ」 「そんな、将臣さんだって。もう2回も出してるのに……はぁ……はぁ……んんっ、おっきぃまま……」 「そりゃ、茉子のそんな姿を見せられたら……萎えてる暇なんてないよ」 「茉子だって、そうでしょ?」 勃起の治まらないペニスで、今度は直接茉子のワレメを擦り上げる。 「あっ!? やっ、んっ、んんん……ッ、はぁ、はぁ、んっ、んぅぅ……あっ、あつぅい……んっ、んんっ」 熱い粘液がペニスに絡みつき、上下に揺する度にぬちゅぬちゅと粘ついた水音が響く。 性器同士で奏でる音を楽しみつつ、小刻みにペニスの位置をずらしながら、茉子の膣口を刺激する。 「あっ、はぁ、はぁ、さっきから擦ってばっかり……んんんっ……ほら、ココですよ、ココ」 茉子は自ら腰を揺らして、濡れたおま●こで反り立ったち●こに狙いを定める。 だが、俺が腰をずらすせいか、なかなか呑み込むことが出来ずにいた。 「あっ、あぁぁんっ……上手く入りません、ああ、早く挿れて欲しいのに……んんんっ」 「茉子……」 「ぁっ、ぅぅ……焦らさないで下さい。はぁ、はぁ、はぁ……ぁぁんっ……早く、ぁぁ、早くぅ……んっ」 切なそうに身体をくねらせる茉子。 ああ……ダメだ。俺も、これ以上は我慢できない。 2回出しても治まらないなんて……茉子とのセックスだと、俺は本当に性欲の塊みたいになるな。 「はぁ……はぁ……んんっ」 熱く濡れた茉子の入り口に、自分のペニスをあてがった。 「ひぃんっ、あっ……はぁー……はぁー……んんっ」 「茉子……」 「はぁ、はぁ……ああ、来ちゃうんですね……ワタシの中に……はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」 期待で息を荒くする茉子。 そしてついに、茉子の中の濡れた肉を、俺のペニスが押しひろげて―― 「んっ、んんんんぁぁああああぁぁぁぁあぁぁッッ……!!」 大した抵抗もなく、一気にペニスが呑み込まれてしまった。 「あっ、はっ、はぁーっ……はぁーっ……入ってきたぁ、えっちなの……あは、おっきぃ……んんっ」 待ち構えていたかのように茉子の粘膜が、キュッ、キュッ、と俺を締め上げてくる。 「はぁ、はぁぁ……今日も吸い付いてくるよ、茉子のおま●こ」 「だって、挿れて欲しかったんです……ぁぁっ、んっ、んんっ……太ももで挟んでるときから、ずっと……」 「ぁっ、んんっ……でも、おっきぃ……はぁ、はぁ、んんっ! 前より、大きくなってませんか?」 「そうかな? 俺のがというより……茉子の中が、いつもより狭い気がする」 錯覚かもしれないが、そう思ってしまうぐらい粘膜が強く抱きしめてくる。 「茉子が全身で、欲しい欲しいって言ってるみたいだ」 「それは……んんっ、欲しいと思ってましたから。早く、中で感じたいって……はぁ、はぁ……」 「あぁぁ、んんっ……ワタシ、いつからこんなにえっちになっちゃったんでしょうか……恥ずかしいことってわかってるのに」 「でも……どうしても止められなくて……んんっ、ぁっ、ぁっ、んんっ、んんぅぅぅ……んんっ」 そう言って、茉子は自ら身体を揺り、ペニスの抜き差しを始めた。 「ぁっ、ぁっ……んんっ、んんっ……はぁーっ、はぁーっ……んんっ、んんん……ッッ!」 荒い呼吸と共に茉子の腰が上下に動く度、いやらしい音が響く。 そんな水音が響くぐらい、茉子のおま●この締め付けがいつもよりもキツイ……。 「はぁ、はぁ、んっ、んんーーっ! あっ、はぁ、はぁ……すごい……これ、気持ちいい……んんっ」 「茉子の中も、気持ちいいよ……。いつもより吸い付いてくるみたい……」 「ワタシも、なんだか、いつもより……んっ、んんーーっ! ぁっぁっぁっ、なにこれぇ……ぁぁあっ!」 「そんなに?」 「はい、んっ、んんっ! んぁ、はぁ、はぁ……なんだか、いつもと違うところが、こすれて……んぁっ、んんーーーーっ!」 「例えば、こんな感じ?」 「んひぃぃッ!? んっ、んぁっんぁっ、やっ、やぁぁんッ、んんん……ッッ!」 試しに腰の角度を変えてみると、たちまち茉子の声が蕩けだす。 「んんんんぅぅぅぅーーーぅぅ……っ! あっ、はぁぁ……はぁぁーーーー……んんんッッ」 「あ、気持ちよさそう」 「あっ、あっ、あっ、擦れてるっ、お腹の裏、こすれて……るっ、んんんぅぅぅぅーーーんっ!」 「ここかな? ここを、集中的に」 狙いを定め、激しく茉子を突き上げる。 「あっ、あっ、あっあっあっそんな、まって、待って下さい……早くしちゃダメ……あ、あ、んんひぃぃあああぁぁっ!?」 膨らんだ先っぽが熱く潤った粘膜を擦り、茉子は大きく悦びの声を上げる。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……んんっ!? ひゅごぃ……変なトコロに、当たってまひゅ……あーっ、あーっ、ああぁぁーーっ!」 「茉子の声、気持ちよさそう」 「ひゃんっ! んぁっ、ああーー……そこっ、そこそこっ、ひょこ、ひゅごぃ、しびれる……んぅぅぅぅっ!」 腰を動かしながら身悶え、激しく喘ぐ茉子。 その姿は、信じられないぐらいに、艶めかしかった。 「あっ、あっ、あっ、あっ! ひょんなにされたら、とけちゃいますよぉ……んぁっ! んんっ、んんーーーッ!」 必死に快感に耐える茉子が、全身をキューッと縮める。 と同時に、その動きに合わせたように、キュゥゥゥッ……と、ち●こが強く抱きしめられた。 「くぅぅぅ……」 これは、ヤバい……俺の方が不利かも……っ。 さすが健康美とでもいうべきか、想像の範疇を超えた快感が俺を襲う。 こんな締め付けで、ペニスをしごかれたら……そう考えた瞬間、逃げるように腰を引いていた。 「んんぁぁあっ!? あっ、きゃぁんっ! ぁっぁっぁっ、ひぃぃあああんっ!?」 その時、今までのなかでも一際大きな声が上がる。 「ま、茉子? どうかした?」 「はっ、はぁーっ……はぁーっ……んっ、今の、すごい……んんっ」 「さっき、お腹の中を引きずり出されるみたいになって……はぁ、はぁ……今、何をしたんですか?」 「俺は腰を引いただけだけど……」 「でも、いつもと全然違いました。こんなの、初めてで……んっ、ぁっ、はぁー……はぁー……」 「いつもより、中がキツイからかな……?」 試しに俺が、茉子の中からギリギリまでペニスを抜いてみると―― 「ああぁぁっ、んんぁぁあああぁぁ……っ、それ、それそれ……んんぁぁぁっ!」 「ひゅごっ……抜くとき、気持ちいいぃぃぃ……んんぁぁぁぁあああっ! あっ、あっ、ああーーーっ!」 抜ける一歩手前まで引き抜いてから、今度は再び奥まで差し込んでいく。 「んひっ、あっあっあっあっ……く、くるぅ、中、こひゅれながら、奥にくる……んっ、んんんーーっ!」 「あっ、あっ、ああーーっ! でも、抜くときの方が……すきかも……んんっ、んんっ」 真っ赤に充血したクリトリスが、見てわかるぐらいに勃起していた。 ペニスを咥えこんだ穴からは、ダラダラと粘液が垂れ流しになっている。 「このまま続けるからね、茉子」 「はい、お願いします……ぅぅぁっ! あっあっあっあっ、ひっ、ひぃん……ッ、んんんーーーーーッ……!!」 痛いぐらいに締め付けてくる粘膜の快感に耐えながら、俺は必死で腰を動かした。 ドロドロの白く濁った愛液をかきだしては、再びペニスを奥まで差し込む。 「あ、あーーーっ……それっ、それぇ! だめそこっ、だめだめ……ぅぅぅあああーーーっ!」 「あっ、あっ、あっ、イっちゃうっ! それ、イっちゃいますからっ、あっあっあっあっあぁぁぁーーーー……ッ!」 「イっていいよ。俺はもう2回もイってるから、今度は茉子の番」 「そんなっ、でもっ……んぁっ、んんんぁぁぁーーーっ! あっ、ああーっ……らめぇ、わたし、おかしくなってる……んんっ!」 「こんな、すぐにイっちゃうなんて……おかしい……欲求不満みたい、はぁ、はぁ……いっぱいしてるのに……んぁっ、ああーーっ!」 「いっぱいしてるからだよ。俺の身体を、覚えてくれてるんだよ」 「でもっ……こんな簡単に……んんぁぁ……はぁーっ、はぁーっ……んんっ! だめだめ、んっ、んんーーー……ッ!」 「また、茉子のイくところ、見せて」 「んんーー……ぅぅああっ! いやぁ、だめっ……こんな、すぐにイくの、恥ずかしいですから……んっ、んぁあっ!」 「俺は、茉子のイくところが見たいな」 ヌポヌポと激しく腰を動かし、茉子をさらに追い込んでいく。 「そんなっ、やぁぁぁ……ッ! ああっ、ああっ、やです、やですよぁ……イかない、イったりしなぃぃぃ……ぃぃぃんんっ!!!」 必死に絶頂を堪えようとする茉子だが、抑えようとしてどうにかなるものでもない。 「んぐっ、んんーーーーーー……ッッ!!」 無理矢理絶頂を迎えさせられた茉子が、俺の上でビクビクと身体を震わせる。 「んぷぁっ、はぁーっ……はぁーっ……はひっ、はっ、はっ、はぁぁぁー……」 「茉子、イった?」 「い……イってません……よ? イったりなんて……してませんから、はぁーっ、はぁーっ……」 どう言い繕っても、茉子のアソコはさっきからギュゥゥゥー……と、ペニスにベッタリ張り付いている。 これ……茉子がイったときにある反応だ。でも、まだイってないって本人が言うのなら……。 「そっか、まだイってないんだ?」 「は、はい。そんな、いくらワタシでもそこまで簡単にイったりなんて……はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁんっ!?」 「じゃあ、もっといっぱい擦ってあげるから」 「んひぃぃ!? あっあっあっ、らめ、らめっ、こひゅっちゃらめ……ぁっあっあっあっああんんっ!」 「んんんぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーー………………ッッ!」 「んんん……ひぁっ! はっ、はひっ、はっ、はひぁぁぁーー……はっ、はぁ、はぁ……」 「茉子、イった?」 「い、イってにゃんて……にゃいでひゅよ……はひっ、んぁぁぁ……はぁ、はぁ……」 「そっか。じゃあ、続けるね」 「ひにゃ!? あっ、あーっ、あーっ! らめっ、らめぇ! 今っ、こひゅっちゃ……はぁ、はぁっ、んっ、んんーーッ!」 「なんで擦っちゃダメなの?」 「ひょれは、らって……ああっ、んっ、んんーーッ……びんきゃんっ、でひゅからぁ、あっあっあっ!」 「なんでそんなに敏感なのかな?」 「ぅっ、ぁっ、ぁぁぁぁあっ……んんっ、んっ、んんーーッ! イジワル、イジワルぅぅぅーーーっ!!」 「ぅぅぁあっ、はっ、はぁーっ……はぁーっ……はぁぁぁぁーーーーー……ッ」 立て続けに身体を痙攣させた茉子。 すっかり蕩けきった顔で、だらしなく口を開き、虚ろな目を浮かべる。 「はひっ、はひっ、んっ、んんんーーーー……っ! あっ、ひゅごい……もう、らめ、らめぇぇ…」 「でも、イってないんでしょう?」 「ごめんなひゃい、ごめんなひゃい、イきました、もうイっちゃってまひゅからぁぁ」 「認めちゃうんだ?」 「らって、これ以上はもう……はひっ、はっ、はぁぁぁ……ああ、すごぃ……んっ、あっ、ああぁぁ……」 「でも……将臣さんはまだイってないですよね……はぁ、はぁ……」 「俺は茉子のイく姿を見るだけでも、十分気持ちいいんだよ」 それに……俺にも余裕があるわけでもない。 茉子が絶頂を迎える度に、俺のペニスを締め付けてくるんだ。 これ以上動いたら、俺もすぐに限界を迎えてしまいそうだ。 「満足しないと……やめられないですよね? こんなにガチガチのままなんですから……はぁ、はぁ……んっ、んんっ、んんんっ」 「ぅあっ!? まっ、茉子……ッ!」 俺が限界間近なのに気付いているのかいないのか、茉子はキュッキュッと中を締めながら、上下に動いていく。 イったばかりで力が入らないのだろう。 動きはぎこちないものだが……今の俺には、それでも十分な刺激だった。 「あひっ! んっ、んんーーッ! んぁっ、ぁぁぁっ! やっぱりらめぇ、わたひ、また……またイっちゃう……んっ、んんーーっ」 「あっ、くぅ……茉子、俺もイきそう……」 「んぁ、んぁぁ……よかった、イきましょう、ワタシと一緒に、きもちよくなって……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、んんんぁぁぁあああ!」 「ぅあっ!? 茉子――」 「茉子……このまま、茉子の中に出したい……くぅぅ」 「はいっ、はいっ……ぁっ、ぁぁぁああっ! あっあっあっあっ、あああっ、ああああーーーーー……ッッ!」 「ぅぁあっ! 茉子、で、出る」 「はひっ、らして、ワタシの中に、どぴゅどぴゅって……んっ、んっ、んんーーーーーーーーーーーーッ!!」 俺の中に溜まっていた情欲が、茉子の中に放出されていく。 「んんんんーーー……ぃぃぃ……んぁっ、はぁーっ、はぁーっ……んっ、んんぁっ、はぁぁぁ……」 ――ドクンッ! ドクドクッ! 精液が出る度に茉子は身体が震わせながらも、そのまま精液をおま●こで受け止め続けた。 「はぁぁーーっ、はぁぁーーっ……はっ、はぁ、はぁ……んんっ、中で跳ねてるっ……気持ちいぃ……はぁ、はぁ」 「はぁ、はぁ……ま、茉子……はぁぁ……」 「お腹の中、いっぱいに……んんっ! はぁーっ、はぁーっ……ぁぁ、中で出してもらえて、幸せぇ……」 「茉子、出したい……茉子の身体にかけたいんだ」 「んっ、んぁぁ、はい。かけて……いーっぱい、熱いのワタシに、かけて……はぁ、はぁ、はぁ」 「イくよ、茉子!」 「はいっ、かけて下さい。ワタシにドロドロの精液、どぴゅーって……はぁ、はぁ、はぁ、んんんーーーーーー……ッッ!」 にゅぽん、とペニスが抜けた瞬間に、俺の精液が飛び散る。 「んひっ、んっ、んぁっ……あっ、あっ、あっ……んっ、んんっ……んぁぁぁっ」 ――ドピュ! ドピュ! 衰えることのない精液が、茉子の身体をベトベトに染め上げていく。 「はひっ、んっんんんーーっ……んぁっ、はぁーっ、はぁーっ……精液、いっぱい……」 「茉子……」 「ワタシの身体、精液でドロドロにされちゃいました……はぁ、はぁ……んんんっ」 「すごいイった……また全部、出しちゃったよ」 「ワタシも……はぁ、はぁ……またイきました……すごいイって……気持ちよかったぁ……はぁ、はぁ……んんっ」 「んっ、ワタシ……もう動けません」 「俺もだよ。だから、もう少しこのままでいようか」 「はい、そうさせて下さい……んんっ」 どこかでチャイムが鳴っていた。 それでも俺たちは動かずに、2人で折り重なるようにして、しばらくその場で過ごしていた。 「あっ、チャイムだ」 「はぁ~……あの2人は」 「まあまあ。幸せなのはよいことでありますよ」 「かといって、授業をサボるのはなぁ……幸せすぎて、もはや幸せボケっていうんじゃないかな?」 「まぁぁぁぁぁぁたあの二人ですかぁ~~~~~~~っっ!!」 次の日。 「行ってきます」 「行ってきます、安晴様、ムラサメ様」 爽やかな朝、朝武さんと常陸さんのこれまた爽やかな声が、春の清涼な空気を震わせた。 「行って――あ痛たたたっ!」 それに俺のちっとも爽やかでない声が続く。 ザ・筋肉痛。 一夜明けたら、当然のように悪化していた。 身体が勝手に、左右に揺れる。 「あ、有地さん、しっかり!」 「ワタシと芳乃様が支えますから!」 「面目ない……」 女子二人が、俺を真ん中にはさんで肩をかしてくれた。 俺はよろよろと、足を運ぶ。 超カッコ悪い。 「ご主人、まるで老人のようじゃのう……」 「やっぱり延期したほうがいいのかな……」 「おはようございます」 「おはようございます」 「お、おはよう」 結局、二人に支えられたまま、教室に到着。 「おはようございますです」 「やや、マサオミ、どうして朝からそんなにぐったりしてるのですか?!」 顔を合わせたレナさんに、早々に驚かれてしまった。 「いや、これは――」 説明しかけた、その時。 「おーっす、将臣――って、お前、何、巫女姫様と常陸さんと朝からくっついてるんだよ?!」 「イチャラヴか?! 朝から主人公補正全開か?! ああっ?!」 「お前には、ムラサメ様がいるだろうが! この女好きがっ!」 「お前にだけは言われたくない!」 心の底からそう思う。 あと主人公補正言うな。 「有地さんは、今、極度の筋肉痛なんです」 「完全に千鳥足でしたからね。あれでは車に轢かれてしまいます」 「はい、有地さん、何はともあれ座ってください」 「常陸さん、ホントすみません……」 常陸さんにサポートされつつ自席につく。 まことに申し訳ない。 人の情けが身にしみる。 「マサオミ、どうしてこんなことになってるのですか?」 「はい、昨日から玄十郎さんの特訓が始まったのですが……」 「それで、有地さんが予想以上に酷使されてしまったみたいで」 「なっ?! マジかよ……」 「お前、ちょっと前まで祟り神と戦うために、祖父ちゃんとトレーニングしてたじゃないか」 「そのお前が……?」 廉太郎が目を見開いて驚いていた。 「あの時の特訓より、ずっとハードだ」 「御神刀の奉納の儀は、一発勝負で絶対しくじれないし、今回はムラサメちゃんの宿ってないただの真剣を使うんだよ」 「祖父ちゃんも、かなり気合い入ってる。マジでピリピリしてる」 「うわ~。俺だったら、ぜってーできないわ」 「主人公じゃなくて、良かったぜ……」 「お前はまだそれを言うか」 廉太郎は危険な男だった。 あ。 「そうだ。町おこしの他の準備はどうなってる?」 安晴さんの言では、2週間後には「御神刀の復活祭」をやる。 会場のセッティングや、事前のPR活動なども必須なはず。 「それについては、わたしから説明します」 そう言うと、レナさんが手帳を取り出した。 「まず場所は《たけ》建《み》実神社です」 「そりゃそうだな」 「あの岩の前に、飾りつけをして派手にします」 「そのあたりは、町内会の人達が業者さんに頼むので問題ないです」 「素人がやっても、ちゃっちくなるだけだしな」 「集客のためにやるんだから、なるべく派手にするつもりだ」 「まあ、そうだよな」 豪華なセレモニー感は、欲しいところだ。 「あと、招待客も呼ぶんですよ」 「有名な人が来れば、それだけでマスコミが話題にしてくれます――」 「――とマコが言ってました」 「常陸さんのアイデアか」 「はい」 微笑して頷く。 「せっかく御神刀イベントを復活させても、周知されなければ意味がありませんから」 「今、有名な方を人選中です♪」 「そんな方が来てくれるか、ちょっと不安ですけど……」 「たとえば、どんな人を候補にしてるの?」 「メジャーリーグで活躍してるイ○ロー選手とか」 「それ絶対に無理だから!」 その人に払うギャランティだけで、町が復興できそうであった。 「まあ、今のは冗談だとしても、それなりに有名なタレントさんやスポーツ選手に来ていただければと思ってます」 「あんまり無理しすぎない線でお願いします……」 常陸さんも、思いつめると無茶するからなあ。 初対面で当身を食らわされた苦い過去を思い出す。 「PRは主にインターネットと、新聞広告にしようと思います」 「ああ、ネットを使うのはいいよね」 今やテレビよりもネットの時代だ。 「○ーグルのトップページに表示してもらいましょう♪」 「いきなりそんな世界的企業に依頼しないでください!」 いったいいくらかかるのか、検討もつかない。 「まあ、それも冗談なんですが」 「真面目に頼みますよ、ホント」 「まずは役場のホームページに、イベントの特集ページを作ってもらいます」 「あとは、元々穂織に興味を持っていたブロガーさんにリンクを張ってもらえるか頼んでみます」 「海外のブロガーさんには、わたしが頼んでみますよ」 「朝武さんとレナさんがいて、ホントに良かったです」 町おこしメンバーの良心であった。 「あとは、神社でグッズとかも売るといいかもな」 「御神刀スマホケースとか」 「2週間じゃさすがに作れないだろ、そんなの」 「でも、関連グッズはいいかもしれませんね」 「直接的な売り上げとなって、町が潤います」 「馬庭さんのお店で、何か作ってもらえるといいかもしれませんね」 「え? 御神刀パフェとか?」 どんなパフェになるのか想像もできないけど。 「具体的なものは馬庭さんに考えていただければいいと思います」 「芦花姉は器用だし、大喜びで作りそうだな」 「新しい名物の誕生の予感がしますね」 「わたしも、板長に御神刀料理、考えてもらいますよ」 「ああ、祖父ちゃんの旅館もそれで流行ってくれるといいな」 1つ根っことなるものが決まると連鎖的に、色々なアイデアが出る。 いい傾向だ。 やはり御神刀イベントの復活は、穂織にとっても良いことになりそうな予感がすごくしてきた。 「とにかく、イベントのPRや設営なんかは、俺達が町内会の人達と協力してやる」 「だから将臣、お前は当日、無事御神刀を奉納することだけ考えろ」 「わかったよ、頼んだぞ」 男同士、拳を軽くぶつけ合う。 めずらしく廉太郎が頼もしく見えた。 俺も頑張らなければ。 「筋肉痛なんて言ってられないよな……!」 俺は席を立つと、腕や脚を思いっきり伸ばす。 ストレッチをして、少しでも筋肉をほぐす。 「ぐわっ、痛たたたっ!」 痛みに耐えながらも続ける。 「マサオミ、顔が引きつっているようですが……」 「よっぽど痛いんですね……」 「あと2週間で、本当に大丈夫なんでしょうか……」 「俺、御神刀に選ばれなくて、マジ良かったわ……」 「ご主人」 「あ、ムラサメちゃん」 放課後、表に出るとムラサメちゃんが待っていてくれた。 手には叢雨丸を持って。 「どうだ、まだ身体は痛いか?」 「ちょっとは痛いけど、授業中は座ってるだけだから、大分マシになったよ」 「右手の怪我はどうだ?」 「もう痛くない」 俺は絆創膏の貼ってある手のひらを見せる。 昨夜、ムラサメちゃんが張ってくれた。 「そうか、では参るか」 「玄十郎はすでに山におる。ご主人を待っておる」 「え? そうなの?」 「今日は朝から、自ら山に篭り、吾輩の貸した叢雨丸を振っておったぞ」 「ご主人に教える以上、自身も真剣の勘を取り戻さねばならんと申しておった」 「鬼気迫る形相で、汗まみれで、何百回もな」 「ご主人、お主の祖父は立派だ」 「ご主人を鍛えるために、あの歳で自らも鍛え直しておるとはな」 「祖父ちゃんが、そこまで……」 俺は胸が熱くなるのを感じた。 ツライのは稽古をする俺だけではない。 稽古をつけてくれる祖父ちゃんも、同じくらいツライのだ。 「行こう」 「祖父ちゃんを待たせたら、悪い」 「うむ、そうじゃな」 「あ、まー坊、それにムラサメ様!」 「芦花姉」 「おお、芦花、店の外で会うのはめずらしいな」 山に行く途中で、ばったりと芦花姉に出会う。 両手には、食材と思しき荷物を持っている。 「聞いたよ、御神刀イベントの復活のこと」 「玄十郎さんに、またシゴかれてるんだって?」 芦花姉の目が、自然に俺の手の中にある叢雨丸に。 「ああ、フルピッチで鍛えなおしてるよ」 「時間がないしね」 「うむ、今の玄十郎はまるで鬼神のようじゃ」 「祟り神より、怖いぞ」 「うん、確かにそうかも」 「あはは、それだけ真剣ってことなんだよ」 「それより、悪いね」 「え? 何が?」 「祟り神のことといい、今回の町おこしといい」 「アタシ達、まー坊に頼りきりだよ」 「町内会でも、話題になってた」 「穂織の救世主だねって」 「大げさだよ、皆」 俺もこの土地が、穂織が好きなだけ。 それに―― ムラサメちゃんに人としての幸せを取り戻して欲しいだけ。 「俺も、俺がやりたいから、やってるんだ」 「誰かに強制されたわけじゃない。だから、気にしないで欲しい」 「……」 「……へぇ」 「へぇって、何だよ」 「感心しただけ」 「すっかり、男らしくなっちゃって」 「ちょっと前までは、芦花姉ちゃん、芦花姉ちゃんってアタシについてきた可愛い弟みたいだったのに」 「何だか、ちょっと寂しいな。もう甘えてもらえないね」 「俺、そんなに甘えてたっけ?」 「甘えてたよ、すぐ抱きついてきた」 「――なっ?! こら、ご主人!」 「吾輩という者がありながら、何と不埒な!」 「痛い痛い、ムラサメちゃん痛い!」 ムラサメちゃんに、耳を思い切り引っ張られる。 「やかましい、天罰なのだっ!」 「その時は、まだムラサメちゃんと付き合ってないし、第一、俺はまだ子供だったよ?!」 「それでも、イラっとするのだっ!」 「浮気は断じて、許さん!」 「浮気じゃないよ! 理不尽反対!」 耳を引っ張られながら、反論する。 「あはは、仲いいんだね」 「笑ってないで、助けてよ、芦花姉!」 女の子って可愛いけど、たまにひどい。 「じゃあ、アタシはお店でイベント用の試作品を作るから、そろそろ行くね」 「よいしょっと」 と、芦花姉は重そうな荷物を抱えなおす。 「あ、それ、俺が運んであげるから」 たとえ筋肉痛でも、芦花姉よりは腕力はある。 俺は手を伸ばし、荷物を持つ芦花姉の手に触れた。 「え? いいよいいよ、すぐそばだし」 「忙しいんでしょ? まー坊」 「5分もかからないよ、それくらいなら大丈夫」 「うーん、でも……」 「悩んでるうちに、運んだ方が速いよ」 「はい、貸して。ムラサメちゃん、叢雨丸を頼める?」 「心得た」 俺は叢雨丸をムラサメちゃんに渡し、芦花姉の荷物を持って歩き出す。 「ほら、もう到着」 俺は運んできた大量の食材を、店内のテーブルに置いた。 「ごめんね、助かったよ」 「お茶くらい、飲んでく?」 「ありがとう、でも祖父ちゃんを待たしてるから!」 「新作、期待しておるぞ、芦花!」 俺とムラサメちゃんは、すぐに出口から駆け出した。 「……」 「……さっきのまー坊の手、大きかった……」 「ホントにたくましくなっちゃったんだね……」 「……」 「あ、いけないいけない」 「ぼーっとしてたらいけないね、アタシも頑張らないと」 「ふむ、来たか」 「はぁ、はぁ、お、遅くなりました!」 「玄十郎、待たせたな」 駆け足で山道を走り、祖父の待つところへ着く。 「身体はすでに温まっておるようだな」 「ひどい筋肉痛だと、ムラサメ様から聞いておるが、そっちはどうだ?」 「学院では座ってだけだから、割と回復したよ」 「そうか。なら、今日からは本気でいくぞ」 「――はっ?!」 祖父ちゃんの言葉に驚く。 昨日のはまだ本気出してなかったのか?! 「今日は午前中に、ワシも御神刀をムラサメ様からお借りして勘を取り戻した」 「昨日よりも、実践的な指示が出せよう」 「な、なるほど……」 祖父ちゃんの不敵な笑顔がちょっと怖い。 「まずは昨日と同じく、百回、御神刀で斬ってみよ」 「祟り神を斬るつもりで、気を抜かずな」 「わかりました!」 俺は鞘から、叢雨丸を――相棒を抜く。 「はじめっ!」 「いやああああああっ!」 気合いとともに、叢雨丸で架空の敵を斬る。 特訓、二日目の始まりだ。 「やああっ!」 「はああっ!」 百回で1セットの素振り。 俺はそれの7セット目をこなしていた。 腕が、重い。 というか、感覚がなくなってきている。 自分の腕と叢雨丸の境が、わからなくなってきた。 「よし、いったん、やめっ!」 「御神刀を鞘に納めよ、休憩だ」 「はっ、はいっ!」 俺は震える手で、何とか叢雨丸を鞘に収めた。 その瞬間、がくん、と膝が折れた。 「ご、ご主人!」 すぐにムラサメちゃんが、俺のそばに駆け寄ってくる。 「ほら、手ぬぐいでまず汗を拭くのだ、風邪を引く!」 「それから、水分を摂るのだ! あっちに水筒が用意してある」 「はぁー、はぁー……」 「あ、ありがとう……」 ムラサメちゃんに肩を貸してもらいつつ、移動する。 そのまま、木陰にゆっくりと腰を下ろした。 「ほら、番茶じゃ、ご主人」 「少し熱いから、気をつけろ」 水筒から注いだお茶を差し出される。 「う、うん」 受け取って飲んだ。 確かに熱い。 でも、美味い。 内臓に染み渡る美味しさだ。 「祖父ちゃんも、こっちで休んで。お茶飲んでよ」 「ワシは自分で用意しておる。気にするでない」 「無粋なことはせん、ワシは少し向こうで休んでおる」 「ムラサメ様、孫を頼みましたぞ」 そう言うと、祖父ちゃんはニヤリと笑って、川の方へと歩いていった。 「……祖父ちゃん、顔に似合わず、気を遣いすぎだ……」 遠ざかる祖父の背を見て、俺はつぶやく。 「何を言うか、玄十郎は若い頃、ご主人に似ておったのだぞ」 「え? マジで?」 「だから、ご主人も将来は玄十郎のような頑固爺になるであろう」 「えー」 まるで想像がつかない。 こんな俺が祖父ちゃんみたいになるのか? 「それより、ご主人もっとちゃんと休め」 「ほれ、もっと近う寄れ」 あ。 ムラサメちゃんに頭を、ちょっと強引に。 俺の後頭部は、ふんわりとした感触に包まれた。 「うわっ……」 膝枕された。 すごい、初めてだ。 どきどきする。 「ムラサメちゃん、あの……」 「こら、動くでない」 「休んでおれ、ゆっくりとな」 いや、かえってゆっくりできないんですが。 彼女の初膝枕とか、超緊張だ。 「うう……」 ついうめく。 「どうした、ご主人」 「嬉しいけど、恥ずかしい……」 「今日はもうこのへんで……」 「だ、だめじゃ、何を言っておるか」 「ご主人は、もっと吾輩に甘えよ。疲れた身体と心を吾輩で癒すのだ」 「彼女の役割を吾輩は果たす。良い彼女を持って、幸せだなご主人」 ドヤ顔だった。 「何もそんなに、気張らなくても」 「むっ、芦花には甘えたのであろう?!」 「だったら、吾輩には、もっと甘えていいはずだぞ」 「それ、まだ気にしてたの?」 張り合ってたのか。 何かおかしい。 つい口元が緩んでしまう。 「あの頃、芦花姉に甘えてたのは、異性としてじゃないよ」 「だから、気にしないで」 「わ、わかっておる」 「わかっておるが、やっぱり悔しいのだ」 「吾輩の知らん、ご主人を知ってる芦花がうらやましいぞ」 「俺の昔の事が知りたいの?」 「……そうだな、知りたい」 「ご主人のことなら、何でも知りたい……」 優しく髪と頭を撫でられる。 くすぐったいような、感触が心地良い。 ムラサメちゃんの、甘い匂いも微かに感じる。 身体の力が抜ける。 俺は今、確かに癒されていた。 「……話すよ」 「御神刀イベントが終わって、落ち着いたら」 愛しい彼女の顔を見上げながら、言う。 「ムラサメちゃんと会う前の俺の事、全部」 「カッコいい話はほとんどないけど」 「それでも全部話すから、聞いて欲しい」 「……うむ」 「楽しみにしておるぞ」 彼女の手はあくまでも、優しい。 泣きたくなるほどに、幸せを感じていた。 「だから、ムラサメちゃんも、いつか話してほしい」 「俺に会う前のこと」 「良いが、とても長くなるぞ」 「何と言っても、500年分だからな」 「一生かかっても、いいよ」 「だって、ずっと、これからは……」 「え? ご主人それは――」 「うおっほん! おほん!」 『!?』 祖父ちゃんの声に、俺は飛び跳ねるように起き上がる。 ムラサメちゃんも、真っ赤な顔して背筋がピン! と伸びていた。 「玄十郎、何故ここに?!」 「いや、ワシと将臣の稽古の途中のはずですぞ、ムラサメ様」 「うぐっ、そ、そうであったな……」 「しかし、口惜しい……」 「あと、お主が1分待ってくれれば、明確な言質を取れていたものを……!」 むきーっと、ムラサメちゃんは両腕を振り回す。 「激おこじゃ、激おこなのじゃっ!」 「玄十郎は良い男だが、昔から空気を読めんヤツだった!」 「お主が初めて恋文を好いた女に出した時も――」 「ま、孫の前では勘弁してください、ムラサメ様!」 「というか、あの時見ておったのですか?!」 「お主は面白い男だったからのう、割と観察しておった」 「く……!」 祖父ちゃんが、額に手を当てて困り果てていた。 さすがの鞍馬玄十郎も、ムラサメちゃんの前では形無しだ。 「け、稽古を再開するぞ、将臣っ!」 誤魔化すように(というか誤魔化してる)祖父ちゃんが、声を上げる。 「は、はい、お願いします!」 「ムラサメ様にからかわれた分、厳しくする」 「え?! それは何かおかしくない?!」 無体な話であった。 「五月蠅い、剣一筋に生きよ、将臣」 「それが穂織の男というもの」 「自分とて、女に恋文を……」 「と、とにかく、はじめっ!」 「は、はい!」 俺は再び叢雨丸を鞘から抜く。 ムラサメちゃんに癒されたせいだろうか。 手の中の叢雨丸が、さっきよりも軽くなったように感じた。 「た、ただいま、戻りました……」 「ただいまなのだ」 祖父ちゃんに猛烈にシゴかれた俺は、またもムラサメちゃんに肩を借りつつ帰宅した。 「おかえり、今日もかなり疲れてるね」 「だ、大丈夫ですか?」 「玄十郎さん、相変わらず厳しいようですね」 3人がボロボロの俺を見て、はぁと息を吐く。 不安にさせてしまったようだ。 「いや、これでも昨日よりは大分マシだよ」 「叢雨丸も手に馴染んできた感じだし」 俺は座りながら、無理にでも笑って見せた。 「そうかい? それならいいんだけど」 「くれぐれも身体を壊したりはしないようにね」 「はい、ありがとうございます」 「擦り傷が結構ありますね……」 「私、薬箱取ってきます」 朝武さんが、慌て気味にリビングを出る。 「あ、ごめんね、朝武さん」 優しい子だな。 やはり皆に慕われるだけのことはある。 「……ご主人、何をにやにやしておるのだっ」 「芳乃をえっちぃ目で見るな、この不埒者っ」 隣のムラサメちゃんに、腿の肉を強くつままれた。 「痛い痛い! そんな目で見てない!」 ひどい冤罪だ。 「有地さん、今日は先にお風呂になさいますか? それともお食事ですか?」 「皆といっしょにご飯をいただきます」 「わかりました。すぐ準備しますね」 笑顔で常陸さんは台所へ。 「ご主人! 今の茉子との会話は何だっ?!」 「まるで、新婚の夫婦ではないか!?」 「吾輩という彼女がありながら、よくもいけしゃあしゃあと!」 「乙女の怒りをくらうがよいっ!」 今度は両手で、指が食い込むほど腹を。 ストマッククロー。 「ぐわわわっ! ムラサメちゃん、今のはただの会話でしょ! 日常会話!」 「嘘じゃ嘘じゃ! 桃色な雰囲気が出まくっておったではないかっ!」 「芦花や芳乃だけでは飽き足らず、茉子までも手当たり次第っ!」 「吾輩はそんな子にご主人を育てた覚えはないのだっ!」 「育てられた覚えは俺もないよ!」 かーちゃんかよ。 どたんばたん、とお茶の間で騒ぐ俺とムラサメちゃん。 「ははは、いや二人が居て、ホント我が家は明るくなったなあ」 でも、家長はのんびりとお茶をすすりながら、嬉しそうだった。 「ていていていっ!」 「笑ってないで、この幼刀を何とかしてくださいよ!」 俺は馬乗りになったムラサメちゃんにポカポカ背中を叩かれていた。 「持ってきました――って、有地さん、ムラサメ様、何を……」 「ふふ、お二人がいらして、本当にウチが賑やかになりましたね」 薬箱をもった朝武さんも、同じことを言われてしまう。 さすが父と娘であった。 「ふぅ……」 夕食後、風呂に入り部屋に戻る。 と、そこには。 「待っておったぞ、ご主人」 すでに俺の布団を敷いて、そこに正座しているムラサメちゃんがいた。 「わざわざ敷いてくれたの?」 「うむ、筋肉痛のご主人を労わろうと思うてな」 「夕食前、俺に馬乗りになって叩いた子の台詞とは思えない……」 「あ、あれはちょっとした勘違いしてしまっただけのだ」 「吾輩なりの愛情表現だ、気にするでない」 と、ちょっと視線を泳がせるムラサメちゃん。 あからさまにごまかそうとしていた。 「なので、侘びとしてご主人に今から按摩をしてやる」 「横になれ、ご主人」 ぽんぽんと布団を叩く。 「え? でも、ムラサメちゃんも疲れてるだろ?」 「何か悪いし、いいよ」 「案ずるな、ご主人、吾輩は少しも疲れておらん」 「全て、吾輩に委ねよ。さすれば桃源郷の心地良さを味わわせてやるぞ」 「こう見えても、吾輩は床上手なのだ」 「ムラサメちゃん、たぶん床上手の意味誤解してる」 こんなところも可愛いのだけれど。 「良いから、早く寝るのだ、ご主人」 「筋肉痛など、吾輩が今晩で治してやる」 ふふん、と得意げな顔。 もしかして、500年の間にすごい技とか習得したのか。 「じゃあ、お言葉に甘えて」 言われるがまま、布団にうつ伏せになる。 「うむ、どこが一番痛いのだ、ご主人」 「全身だけど、一番は肩と腰かなぁ、やっぱり」 「肩と腰かよし!」 ムラサメちゃんの小さな手が、俺の肩に触れる。 もみもみと揉まれる。 でも、やっぱり握力がないのか、ちょっと弱い感じ。 「ど、どうじゃ?」 「もっと強くてもいいけど、できる?」 「やってみよう」 ぎゅっぎゅっと力が入る。 「おおっ!」 今度は効いた。気持ちいい。 「今度はどうじゃ?」 「気持ちいい。ムラサメちゃん、ぐっじょぶ」 思わず親指を立てる。 「ふっ、吾輩の技にご主人もメロメロじゃな……」 「やはり身体は正直なのだ!」 「ムラサメちゃん、それ何か違う」 何故か俺が陵辱されてる感じに。 「よし、もっとやってやるからな!」 「疲れなど、吾輩が吹飛ばしてやるのだ!」 ムラサメちゃんは、嬉しそうな声をあげるとさらに俺の身体に身を寄せて、ぎゅっぎゅっと肩や背中をマッサージしてくれる。 「おおおっ!」 筋肉がほぐれていくのがわかる。 「ほれほれほれ!」 「おおおおっ!」 どんどん疲れが癒され―― って、あれ? 「えいえいえいっ!」 俺をマッサージするのに夢中なムラサメちゃんが、どんどん身体を俺にくっつけてくる。 太ももとか。 「ふおおおっ!」 「?! ご主人、今の声は何だか今まで違うようだが」 「痛かったか?」 心配そうに、俺の顔を覗き込む。 「え? いや、平気だよ!」 「すごく気持ちいい。ありがとう」 「それはよかったのだ!」 ぱああっ! という擬音が出るほど、明るく無邪気に微笑む。 邪念などカケラもない、天使の笑顔だった。 いや、ムラサメちゃんの場合、天女様とでも言うべきか。 いかん、彼女は今、俺のために一生懸命なのに。 こんな時にエロいことを考えるなど……俺の馬鹿! 俺は心の中で、天女様に詫びた。 「おお、ご主人の背中は広いのう」 「ぎゅっ」 「ふおっ?!」 いきなり背後から、抱きつかれる。 ふにゅん、と今はっきりと感触が! 小さいけど、確かな女の子の胸がっ! せっかく封印した邪念がまた、起き上がる。 と、同時に下半身の愚息も、勝手に起き上がる。 「ご主人の背中の温もり……」 「これはいい、極楽極楽……」 「吾輩が逆に癒される……」 華奢な身体を押し付けながら、俺の肩を揉み続ける。 俺にも彼女の体温が、伝わってくる。 心臓がどきどきしだす。 彼女を抱きたいと思ってしまう。 「い、いかん、耐えろ、俺……」 今はエッチしたいとかそういうタイミングではないのだ。 俺は理性を総動員して、股間に今は大人しくしろと言い聞かせる。 「ああ、いかんな、吾輩が癒されては……」 「吾輩がご主人を癒すのであった、よし、ご主人」 「次は腰を揉んでやろう」 えー?! それは、マズイ! 今、腰周りをムラサメちゃんに触れられたらさすがに耐え切れない。 「ム、ムラサメちゃん、もうマッサージはいいから」 「ん? 遠慮は無用だ、ご主人」 「床上手の吾輩に任せてくれれば良いのだ……」 そう言って、ムラサメちゃんは身体を俺に密着させたままずりずりと下がっていく。 彼女の身体の感触が、背中から腰へと。 「ふおおおおおっ!」 そんなに身体を押し付けないで! いかん、うつ伏せになってるのすら、ツラくなってきた。 ゴマかしきれなくなる! 止めねば! 「ム、ムラサメちゃん、もう本当に……」 上体を起して彼女を振り返る。 え? 「すー、すー」 ムラサメちゃんは俺の腰に抱きついたまま、安らかな寝息を立てていた。 「ムラサメちゃん……」 やっぱり自分も疲れていたんじゃないか。 それなのに、無理して……。 「馬鹿だな、もう……」 俺の性的興奮は、彼女の寝顔を見てすっかり霧散した。 胸に残るのは、ただ愛しさだけ。 俺は彼女を起さないようにそっと立ち上がると、布団をかけてやる。 「ムラサメちゃん、俺頑張るよ」 「お休み、ムラサメちゃん」 俺は電気を消すと、彼女の隣に寝転んだ。 「すー、すー……」 「ご主人……」 「好きなのじゃ……」 「俺もだよ」 「君が居てくれて、良かった……」 寝言に返事を返す。 俺達は本当なら、出会うはずのない二人だった。 運命が彼女を翻弄し、その結果、奇跡的に出会い、恋に落ちたのだ。 「500年、君が辛かった分」 「これからは、俺が幸せにしたい――いや、する」 そっと彼女の頭を撫でた。 「ふふ……」 笑ってくれた。 いい夢を見て欲しい。 そう祈りながら、俺も目をつぶった。 「……っ」 耳障りな目覚ましの音に、無理矢理覚醒させられる。 デジタル表示を見ると、未だ明け方の5時。 「ふわっ……」 「起きねば……」 俺はまだ布団に包まっていたいという身体にムチを打ち、起き上がる。 「おはよう、ご主人」 俺の前にふわり、とムラサメちゃんが降りてくる。 「ああ、おはよう、ムラサメちゃん」 「あふぁっ……」 挨拶の後、ついあくびが漏れてしまう俺。 「本当にこの時間に起きるのか」 「玄十郎と朝の鍛練をしていた時より、早いではないか」 「だって、これくらいに起きないと、安晴さんが掃除とか先にやっちゃうだろう?」 「世話になる以上、労働しないと」 「殊勝な心がけじゃな、ご主人」 「今風に言うと、バカ真面目というヤツじゃ」 「自分、不器用ですから」 ちょっと気取って言ってみる。 「その台詞は、もっと吾輩好みの渋い男になってから言え」 「少なくとも吾輩より、30は年上でないとな」 「ムラサメちゃん、いくつだっけ?」 「正確には覚えておらんが……500は軽く越えておる」 「ここに絶対に越えられない壁があるっ!」 見た目はこんな幼刀なのに。 「それより、ご主人、早く仕事をせんといかんぞ」 「安晴もそろそろ起きる頃合いだ」 「先手必勝が戦の基本であろう」 「うん、わかった」 俺はすぐに布団を畳み、着替えをする。 そして、ムラサメちゃんといっしょに慌しく境内に。 が。 「やあ、おはよう、将臣君」 「今朝は早いね」 もうそこには爽やかな笑みを浮かべた神社の主がいた。 「おはようございます、安晴さんこそ早いですね……」 「うん、今日はいつもより早く目が覚めてね」 「そうですか……」 ちょっと敗北感。 「それで、将臣君はどうしてこんなに早いんだい?」 「朝の掃除をしようと思って」 「ご主人は、下男の身じゃからな!」 「だからムラサメちゃん、下男って言うのはやめてくれよ」 俺は右隣を向いて、ムラサメちゃんの頬を人差し指でつついた。 ぷにぷにだった。 「おおっ!」 気持ちいいので、続ける。 「こら、ご主人、吾輩の顔で遊ぶでない!」 「しかえしだっ」 ムラサメちゃんはふわりと浮いて、俺の耳を引っ張る。 「あ痛たたたっ!」 神罰? を食らってしまった。 「あ、ムラサメ様もいらっしゃるのかい?」 「おはようございます」 安晴さんは俺の右隣に、深々と頭を下げた。 「うむ、おはよう安晴、朝から大儀であるな」 「――と、吾輩が申していたと伝えてくれ、ご主人」 「安晴さん、ムラサメちゃんも、おはようと言ってます」 「それと、ご苦労様ですって」 「ありがたいお言葉だね」 耳を引っ張られたまま、通訳をする。 安晴さんは目を細めて、本当に嬉しそうに笑った。 「掃除はまだですよね?」 「ああ、これから僕がやるよ」 「掃除は俺に任せて、安晴さんは部屋で休んでいてください」 「これからは毎朝、俺がやりますから」 「え? いや、しかし玄十郎さんのお孫さんをそんな風にこき使うわけにはいかないよ」 「いえ、むしろそうしろって、祖父ちゃんに言われたんですよ」 「剣道の稽古も、夕方だけにしました。学院の授業と稽古以外の時間は働きます」 「でも、それじゃあ却って申し訳ないな」 「もう朝武さんの婚約者じゃないですから、気にしないでください」 「う~ん、しかし……あ、そうだ」 「芳乃ともう一回婚約するというのはどうだい?」 巫女姫様の父親が、朝からとんでもない提案をしてきた。 「いやいやいや! そんなの恐れ多いですよ」 「第一、朝武さんに悪いですから」 俺は右手の手のひらを、安晴さんに向けてぶんぶん振った。 「そんなことないと思うんだけどな」 「まあ、気が変わったら、いつでも相談してよ」 「僕は前向きに検討するからね」 「は、はい」 とりあえず、そう返事するしかない。 もし、この場に朝武さんがいたら―― 「な、何をそんなに大事なことを、勝手に決めちゃってるんですか?!」 「二人とも、そこに座ってください」 「違います、正座です」 ――きっと、こんな感じに説教されるんだろうな。 ここで正座したら、痛そうだ。 「こら、ご主人、何をボンヤリしておるかっ」 「まさか芳乃の婚約者に戻って、あんなことやこんなことをする妄想か?!」 「朝から不謹慎であるぞっ」 「痛い痛い! ムラサメちゃん、痛い、やめろってば!」 さっきより強く今度は両耳を引っ張られた。 「あはは、本当に仲がいいな、君達は」 「これじゃあ、将臣君を跡取りにするのは難しそうだ」 「柄じゃないですよ」 ついこの間まで、都会で暮らしてきた俺に神主さんなんて無理すぎる。 「では、今朝はお言葉に甘えて、他の雑務を片付けさせてもらうよ」 「また後でね。ムラサメ様、失礼します」 安晴さんはもう一度、ムラサメちゃんがいる(と思われる)方に向き直りお辞儀をしてから立ち去る。 「安晴さんは、本当にムラサメちゃんに敬意を払ってるな」 「安晴だけではない、穂織で吾輩のことを知っている者は皆そうじゃ」 「初対面で、ムラサメちゃんなどと呼んだのはご主人だけじゃ」 「あ、いや、レナもそうじゃな。しかしあやつは吾輩を特別だとは思っておらんかったじゃろうしな」 「そういう意味では、やはりご主人だけか……」 「だって、どう見ても俺より年下の子に見えたし。多分レナさんも同じだったと思うけど……」 「もしかして、嫌だったりした?」 「は? い、嫌ではないぞ!」 ヤケに強く主張するムラサメちゃん。 「そうは言わん。今さら、ご主人にムラサメ様などと呼ばれる方が落ち着かん」 「ムラサメちゃんのままで良い。特別に許す」 「俺、特別なんだ」 「まあ、吾輩のご主人だからな」 「たとえ、朝から卑猥な妄想に耽っていたとしても」 「誤解まだ解けてなかったんだ?!」 身近な女の子にそんな失礼なことするわけないだろう。 「わははは! 冗談だ」 「もしご主人がそんな輩だったら、とっくに茉子のクナイで串刺しにされておるわ」 「ああ、常陸さん、その辺容赦ないよね」 初対面の時、ノド元にクナイを突き付けられ、最後は当て身をくらった。 常陸さんがいる限り、朝武さんのガードは完璧だ。 「さて、そろそろ掃除始めるか」 俺は木に立てかけてあった箒を手にする。 「ふむ、頑張ってくれ、ご主人」 「本当は手伝いたいのだが、吾輩は箒もチリトリも持てん。すまん」 「いてくれるだけでいいよ」 俺は箒を動かしながら、ムラサメちゃんに言った。 「ムラサメちゃんがいてくれるだけで、俺、楽しいよ」 「……」 「……そうか」 俺は境内を丁寧に掃除する。 その間、ムラサメちゃんは、ずっと俺のそばにいてくれていた。 「あー、思ったより時間がかかったよ……」 「ご苦労であったな、ご主人」 掃除を終えた俺は、ムラサメちゃんとリビングに。 「あ、おはようございます」 「お疲れ様、おかげで助かったよ」 「朝食の用意、もうすぐできますから」 リビングには、すでに朝武さん達がいた。 「おはよう、ああ、腹減った~」 俺は挨拶をしながら、いつもの定位置に座る。 「労働の後の食事は、きっと美味いぞ、ご主人」 ムラサメちゃんも、ちょこんと俺の隣に腰掛ける。 「労働? 有地さん、今朝も稽古に行ったんですか?」 「確か、放課後だけにしたと聞いていましたが」 朝武さんと常陸さんが首を傾げる。 「ああ、稽古はしてないけど、境内の掃除をしてた」 「何しろ下男じゃからな、ご主人は」 「これから朝武家のために、馬車馬のように働くらしいぞ」 えー?! さすがに馬車馬は勘弁して欲しい。 「げ、下男? 昨日の話は有地さんのことだったんですか?」 朝武さんが大きな瞳をぱちくりさせて驚いていた。 「まさか、玄十郎さんが言ったことを真に受けるなんて……」 「お父さん、有地さんは今まで文字通り命がけで、私や茉子を守ってくれました」 「いえ、この穂織の地を守ってくれたと言っても過言ではありません」 「そんな方を下男扱いは……」 娘が父親にジト目を向ける。 「い、いやいや、芳乃、僕だって、そんなつもりは全然ないよ」 一人娘に睨まれた安晴さんが、めずらしく狼狽していた。 「でも、将臣君が意外に頑固でね」 「だからといって、このまま有地さんを酷使するのはおかしいです」 朝武さんはぴしゃりと言う。 本気で少し怒ってるようだった。 「朝武さん、でも俺はもう君の婚約者じゃないから」 「何もせずに、のうのうとここで暮らしていくわけにはいかないだろう?」 安晴さんが可哀想なので、助け船を出す。 「そんなこと気にしないでください」 巫女姫様は唇をへの字に曲げて、今度は俺を睨んでくる。 「そこまで厚顔無恥じゃないから、俺」 「客人として、滞在してくれればいいんです」 「そんな偉そうなことしてたら、即刻祖父ちゃんに拉致られるよ」 「それはいかんぞ、吾輩とご主人、それに叢雨丸は常に一緒じゃ」 ムラサメちゃんが俺の左腕をぎゅっと抱く。 相変わらずの薄い――いや可愛らしい胸の感触がした。 ちょっとどきどきするが、頑張って平静を装う。 「うーん、やっぱり色々と難しいね」 「やっぱりまた芳乃と婚約しなおすのが一番いいかな」 「は?」 またさらっとこの人は何を言うんだ。 「ああ、それなら文字通り、元通りですね」 「なるほど――また私と有地さんが婚約をすれば――」 「――って、えっ?! えええええっ?!」 朝武さんの顔が一瞬で、沸騰した。 「お、お父さん、何でそうなるんですかぁっ」 「いや、芳乃、将臣君のことすごく気遣ってるし」 「好きなのかなって」 「す、好きでも、色々な好きがあるじゃないですかっ」 「有地さんとは、男女の仲というより仲間です」 「あえて言うなら、戦友とでも申しましょうか」 「共に何度も死線をくぐってきましたからね、わかります」 「ワタシも有地さんのこと好きですよ」 「常陸さんも、戦友としてですか?」 「もちろんです」 「ですよねー」 可愛い女の子二人に好かれるのは素直に嬉しい。 でも、戦友扱いなのが、俺のイマイチ残念なところである。 「とにかく、ウチでは将臣君を下男扱いとかはしないから」 「将臣君、あんまり気張らずにね」 「そうですね、今までよりちょっぴり多めに家事を手伝うくらいの気持ちでいいかと」 「そ、そう?」 本当にその程度でいいのかな。 「はい。有地さんはまだ学生です」 「今後の人生のためにも、労働よりも勉学に比重を置いた生活を心がけてください」 と、同じ学生の朝武さんに言われてしまった。 思えば、彼女はもうこの建実神社で、巫女と生きることを決めている。 常陸さんも、ずっとそんな朝武さんを支え続けるのだろう。 この中で、何も決まっていないのは俺だけだ。 いや、決めていないのは、か。 「そうだ、いいこと思いつきました」 ぽん、と常陸さんが手を叩く。 俺はその音に、思考を中断する。 「お祝いをしましょう」 「憑代が祀られ、穂織にもようやく平穏な日々が戻ってきました」 「もしよろしければ、皆でそのお祝いを」 にこにこ顔で常陸さんが、そんな提案をしてくる。 「ああ、それはいいね」 「玄十郎さんや将臣君には本当にお世話になったからね」 「予算のことは僕が何とかするから、うんと豪勢にやって欲しいよ」 「芳乃様はどうですか?」 「もちろん賛成」 「今までお世話になった皆様のご苦労を労うためにも、是非」 「有地さんは?」 「うん、いいんじゃないかな」 反対する理由など何も無い。 むしろ、俺が労ってあげたいくらいだ。 今まで一番頑張ってきたのは朝武さんと常陸さん、それに―― 「ムラサメちゃんも、食べたいものとかあったらリクエストして」 この子なのだから。 「何? 吾輩も参加するのか?」 「当然だろ、一番の功労者じゃないか」 「ムラサメちゃんがいなかったら、叢雨丸は役に立たなかったろ?」 「吾輩は叢雨丸に宿っただけだ、実際に祟り神と対峙したのはご主人ではないか」 「大したことはしておらん。吾輩はただ存在していただけだ」 「そんなことはありません!」 「そうですよ、ムラサメ様がいなかったら、ワタシ達はとっくに挫けていたと思います」 朝武さんと常陸さんの顔は真剣そのものだった。 「ムラサメちゃん、皆も、こういってるんだし。いっしょにお祝いしよう」 「いい子だから、ね?」 俺は幼刀の頭を撫でて、説得する。 「こ、子供扱いするでない、ご主人」 「え、嫌だった?」 「……む、嫌ではない」 「むしろ、ちょっと心地いい」 「じゃあ、いいじゃん」 「……大人扱いする感じで、撫でてくれご主人」 それ、ちょっと難しいな。 「だが、せっかく馳走を用意してもらっても、吾輩は食べられぬし……」 「俺が食べさせてあげるって」 「それでは、ご主人が充分に宴を楽しめんではないか」 「やはり、ここは空気を読んで吾輩は欠席に……」 「いやいや、それ全然空気読んでないって、ムラサメちゃん」 「そうですよ、ムラサメ様」 「はい、ムラサメ様抜きというのはありえません」 「どうしてもというなら、宴は中止にするしかありません」 「ああっ! ムラサメちゃんが出席してくれたら! きっと高級霜降り肉のステーキが食べられたのに!」 俺はわざとらしく頭を抱える。 「伊勢海老のお刺身も、考えていました」 「伊勢海老カムバック!」 ごろごろと頭を抱えたまま、床を転がる。 「ご主人、吾輩を責めるでない!」 「お主は子供かっ」 ムラサメちゃんは床を転がる俺の腕を掴んで止めると、嘆息した。 「はぁ……わかったわかった、吾輩も出席しよう」 「これで良いのであろう? ご主人」 「ありがとう! 一緒に美味しいもの食べよう!」 「やれやれ、吾輩のご主人は……」 眉で八の字を描きながらも、ムラサメちゃんは笑ってくれた。 これでいい。 駄々っ子を演じたかいがあったというものだ。 「だか、ご主人、吾輩が出席するとなると1つ問題がある」 「え? 何が問題なんだ?」 「祝いの席には、吾輩を知らぬ者も来るのではないか?」 「そんな中で、ご主人が吾輩にモノを食べさせてみよ」 「皆、引くであろう、間違いなく」 「引くというか、ちょっとしたミラクルですね」 「有地さんの手から、食べ物が何もない空間に消えてるように見えますからね」 「玄十郎や駒川の者は良いが、他の者に何と説明するのだ」 「かくし芸として、俺がイリュージョンしてるってことで納得してもらうってのは」 「それは無理がありすぎるだろう、ご主人」 「やっぱ、そうかな」 俺達は考え込む。 「ん? どうしたの、皆?」 「ムラサメ様が何か仰っているのかい?」 あ。 そうか、安晴さんには今までの成り行きが伝わってない。 俺は簡単に説明した。 「それなら、ムラサメ様の存在を出席した皆さんには説明すればいいんじゃないかな」 「え? それっていいんですか?」 「別に隠さなきゃいけないことじゃないよ」 「単に信じていただけるかどうか、その方々の問題だと僕は思う」 「それなら、きっと大丈夫でしょう」 「ええ、ワタシ達に近しい方ばかりですから」 「少なくとも、奇異の目を向けられたりはしないでしょう」 「ムラサメちゃんを知らない人で、呼ぶのって誰になるのかな?」 「逆に将臣君は、誰にムラサメ様を紹介したいんだい?」 「そうですね……」 やっぱり親しい人達には知って欲しい。 たとえ、姿は見えなくても、この子がいるって。 「小春とか廉太郎、あと芦花姉とかですね」 「いいんじゃないでしょうか」 「女子率高めですけど」 「ご主人、もしや吾輩をダシにして意中の女を宴に誘おうと目論んでおったか」 「有地さん……」 何故か女子達の視線が冷ややかに。 「偶然だよ、他意はないから!」 「隠すでない、ご主人」 「婚約者がいなくなって、寂しいのはわかるぞ」 「思春期だからな、ご主人も」 ムラサメちゃんは頷きながら、俺の肩をぽんぽん叩く。 「だから、他意は本当にない!」 勝手に曲解して、勝手に慰めないでくれ。 「将臣君、さっきも言ったけど、それなら僕に相談してくれれば」 「お父さん、私がいない時に、何を有地さんに言ったんですか……?」 父親を再び、娘がジト目で見ていた。 「いやあ、まあ、今後のことを色々とね」 安晴さんは娘の視線を受け流して、ごまかしていた。 「あ、もう朝食にしましょう」 「学院に遅れてしまいます」 「そうだね、そうしよう」 「お父さん、帰ったらお話がありますからっ」 「あはは、できればお手柔らかに頼むよ」 「有地さん、早速ですけど配膳を手伝ってもらってもいいですか?」 「ああ、気がつかなくてごめん」 「私も手伝うから」 三人で台所へ。 「ご主人、こぼさぬように気をつけるのだぞ」 いや、四人だった。 俺のすぐ後ろをムラサメちゃんがついてくる。 「わかってるって」 ムラサメちゃんを祝いの席で、皆に紹介か。 うん、それはいい。 今から、楽しみだ。 「うむ、今日も来たか」 「そりゃ、来るよ」 放課後、いつものように祖父ちゃんの稽古を受けに来た。 「ちなみに、今日はムラサメちゃんもついて来てるから、ほらここに」 俺は右横にいるムラサメちゃんを指差した。 「こら、それを早く言わんか」 「いつも、孫がお世話になっております。ムラサメ様」 あの威風堂々を体現したかのような祖父ちゃんが、ムラサメちゃんに深々と頭を下げた。 「玄十郎、そなたとは直接、話はできぬが古くからの付き合いだ」 「もっと、気安くて良いのだぞ」 「――と、伝えてはくれぬか、ご主人」 ムラサメちゃんは俺を見上げて袖を引っ張って、そんな事を言う。 「祖父ちゃん、ムラサメちゃん、もっとフランクでいいってさ」 「うむ、玄十郎も安晴も吾輩を買いかぶりすぎなのじゃ」 「たまたま吾輩は流行り病になったから、人柱を志願したにすぎん」 「別に大して、尊いことをしたわけでもない」 「いや、しかし、ムラサメ様がいてこそ今の穂織があるのも事実……」 「そのムラサメ様と気安くするなど……」 祖父ちゃんは、随分恐縮して態度を変えようとはしない。 姿が見えないから、余計そうなってしまうのかもしれない。 実際のムラサメちゃんを見れば、きっとまた違うんだろうな。 孫娘くらいの女の子なんだから。 「やれやれ、玄十郎はやっぱり頑固者よのう」 「なら、好きにせい」 ムラサメちゃんが苦笑して、肩をすくめた。 「祖父ちゃん、ムラサメちゃん、もう好きにしていいってさ」 「申しわけありません」 またお辞儀をする祖父ちゃん。 本当にムラサメちゃんに対しては、腰が低い。 「ところで、祖父ちゃん、明々後日の稽古はなしにしてほしい」 「ん? どうかしたのか?」 「うん、今朝、朝武さん達と話したんだけど」 俺は今朝のことを説明した。 憑代が奉られ、無事祟り神の怒りを鎮めることが出来た祝いの席を設けることになった、と。 「祝いか……」 「うん、だからその日の夕方、祖父ちゃんも、朝武さんの家に来てほしい」 「ワシは直接、祟り神と対峙したことはなかった」 「大して役には立っておらんが、安晴様がそうおっしゃるのなら、喜んで参加しよう」 「出来れば、レナさんもいいかな?」 「ムラサメちゃんと直接会話できるし、彼女のおかげで憑代の欠片が全部そろったんだ」 「もちろんだ。仕事の都合をつけるとしよう」 祖父ちゃんは笑って快諾してくれた。 「玄十郎、明々後日は、何か隠し芸をするのじゃぞ?」 「吾輩を思いっきり、笑わせよ」 「祖父ちゃん、ムラサメちゃんが何か面白い隠し芸してくれって言ってる」 「――なっ?! それは真か?」 「く、それはムラサメ様もご無体なことを……」 祖父ちゃんが本気で困っていた。 すげーレアな光景だ。 「あはは、案ずるでない、冗談じゃ」 「ただ参加してくれれば良い。それで充分だ」 「祖父ちゃん、ムラサメちゃん、冗談だってさ」 「ムラサメ様も、お人が悪い……」 祖父ちゃんは心底、ホッとしたような顔をしていた。 「ご主人、玄十郎は実はからかうと面白い男なのだ」 「たまには、ご主人もやってみるといいぞ」 「俺がやったら、その分しごきがキツくなるよ」 絶対にやらない。いややれない。 「よし、そろそろ稽古に入るとしよう」 「身体は温まっているか?」 「神社から、ここまで一応走ってきたよ」 「では、公民館に移動した後、素振り100本だ」 「一本ずつ気合いを入れて、振るのだぞ」 「今日もよろしくお願いします!」 「気合いを入れすぎて、怪我をするなよ、ご主人」 「いやああああああっ!」 「声はもっと腹から出さぬか!」 「は、はいっ!」 今日も祖父ちゃんとの厳しい特訓が始まった。 俺が叢雨丸で、祟り神を祓うことはもうない。 けど、俺は稽古をやめようとは思わなかった。 「はい。有地さんはまだ学生です」 「今後の人生のためにも、労働よりも勉学に比重を置いた生活を心がけてください」 今朝の朝武さんの言葉が、頭をかすめる。 勉学ではないけど、祖父ちゃんとの稽古は心身の鍛練になる。 きっと、俺の今後の役に立つ。 まだ、何も決まっていない俺だけど。 いつかは、きっと―― 「なあ、将臣」 「ん?」 一時間目終了とほぼ同時に、廉太郎が俺の所までやって来る。 「明後日の――えっと、何だっけ? 巫女姫様の家でやる宴会のことなんだけどさ」 「憑代を祀ったお祝い、な」 宴会って言うと何か軽すぎる気がする。 まあ、こいつや小春は直接関わってないから仕方ないか。 「お前と巫女姫様、それに常陸さんと安晴さんは当然として」 「あと、誰が参加するんだ? そんでお終いか?」 「ああ、その辺は完全確定してから伝えようかと思ってたんだけど」 「まず祖父ちゃんは来る」 「うわっ、いきなり厳しい人来たな……」 「俺、遠慮しとこうかな……」 廉太郎のテンションはいきなり超ダウンした。 「どうしてそこまで、嫌がるんだよ」 「だって酔った祖父ちゃんに、皆の前で説教くらうとかマジ勘弁だぞ」 「めでたい席だし、それはないだろ」 所構わず怒鳴ったりする人じゃない。 むしろ、女性率が高いから、こいつが粗相をしないかの方が心配だ。 「はーい、わたしも出るでありますよー」 ひょこっと現れたレナさんが、手を上げつつこっちに。 「あ、急な誘いだったけど、大丈夫だった?」 「はい、女将もりょーかいしてくれました」 「マサオミ、レンタロウが誘われたということは、コハルもですか?」 「ああ、参加するって言ってたよ」 「え? レナちゃんも来るのか?!」 「はい、今から楽しみですよ」 「よし、俺も参加するぞ、将臣!」 廉太郎は簡単に復活した。 現金なヤツめ。 「それと、みづはさんもOKだそうですよ」 「皆さんの都合がついて、良かったです」 俺達が明後日の事を話してると知ってか、朝武さんと常陸さんも会話の輪に加わる。 「そう、これでだいたい全員OKかな」 「だいたい、ということはまだわからない方が?」 「うん、芦花姉だけまだ保留なんだよ」 メールで聞いてみたら、ちょっと待ってと返事が来たし。 「小春と同じ店で働いてるからなあ」 「小春がOKってことは、無理なんじゃね?」 「その可能性は高いな」 でも、明後日はムラサメちゃんのご紹介デーでもあるわけだし。 できれば、芦花姉にも、参加して欲しい。 と、考えてる間に二時間目の予鈴が鳴った。 「やべ、次の英語俺、たぶん当てられるんだよ! じゃあな!」 「では、また後で」 「お昼休みにまた」 「マサオミ、お昼、ご一緒しましょー」 皆、軽く手を振り、それぞれの席に戻る。 俺も次の授業の準備だ。 英語の教科書とノートを取り出す。 その時。 「――ん?」 俺は偶然、見てしまった。 教室の窓の向こう。 「……」 ふわふわと廊下を漂うムラサメちゃんを。 「……」 「……?」 ムラサメちゃんは、俺からの視線に気づいてくれた。 「……」 ムラサメちゃんは微かに笑って、俺に手を振る。 俺も振り返す。 「……」 ムラサメちゃんは小さく頷くと、また微笑する。 「……」 何でだろう。 胸の奥が、痛んだ。 この間と同じ痛み。 理由はわからない。 でも、彼女の笑顔どこか。 どこか、俺には―― 「はーい、授業始めますよー」 「皆、急いで席についてついて! ハリー、ハリー、ハリーアップ!」 「おっと」 英語担当教諭のご登場に、俺は一瞬、教壇を見る。 「今日2のつく日だから、まず出席番号2番、12番、22番、32番!」 「やっぱ、そうなるんすか!」 案の定、出席番号12番の廉太郎が当てられてしまった。 「ちょっ、このスペルなんて読むんだ?!」 廉太郎はあたふたと辞書をめくっていた。 俺は息を吐き、再び窓越しに廊下の方を見る。 ムラサメちゃんの姿はもうなかった。 放課後。 「ムラサメちゃーん!」 「ちょっと用事あるんだけどー!」 急いで外に出た俺は、きっと学院内にいるであろうムラサメちゃんを呼ぶ。 「幼刀、カムヒア!」 声高らかに、生き神様にこっち来てアピール。 「幼刀と言うでないっ!」 唇を尖らせつつも、ムラサメちゃんは姿を見せてくれた。 「で、何の用じゃ、ご主人」 「明後日の祝いの席で使う食材を買っておきたいんだよ」 「ムラサメちゃん、手伝って」 「は? 気は確かかご主人」 ムラサメちゃんが背伸びをして、俺の額に手のひらを当てる。 「平熱じゃな」 「熱はないよ、気は確かだっての」 「いや、吾輩を買い物に付き合わせるという発想がそもそも変だ」 「吾輩は何も持てぬ。何の役にも立たないではないか」 「茉子か芳乃に頼むのが、普通であろう」 「でも、常陸さんや朝武さんじゃ、ムラサメちゃんの食べたい物がわからないだろう?」 「は?」 「普段、ムラサメちゃんはほとんど食べたりしないから、好物がイマイチわからない」 「いっしょに、買い物しながら教えて欲しい」 「いや、それはおかしいぞ、ご主人」 「明後日は多くの者が来るのだぞ」 「吾輩の好物だけというわけにはいくまい」 「もちろん常陸さんに頼んで、もうだいたいの食材はリストアップしてるよ、ほら」 俺は常陸さんに作ってもらった買い物メモを取り出した。 そこには和牛やら、アワビやらの高級食材が記されている。 そして、一番下の欄に。 「……何じゃこのムラサメちゃん枠というのは」 「俺が頼んで作ってもらった」 「全品は無理だけど、三品はムラサメちゃんの希望のものにする」 「あと、デザートもムラサメちゃん枠だから。都合四品はムラサメちゃんで決めていいよ」 「……ご主人」 「何故、そこまで吾輩のために……」 「ん? 何故って言われても……」 ムラサメちゃんに喜んでもらいたかったから。 目の前にいるこの子に「美味しい」って笑って欲しかったから。 ただそれだけだ。 「ま、まあムラサメちゃんは、今回の一番の功労者だし!」 そんな風にごまかす。 直接、言葉にするのは憚れた。 「吾輩はただ叢雨丸に乗り移っていただけだと言ったであろう」 「一番の功労者はどう見ても、ご主人だ」 「そうかな、俺、結構、皆の足引っ張ってなかった?」 「穂織の者でないのに、命をかけて祟り神を鎮めたのだぞ?」 「普通の者なら、とっくに尻尾を巻いて逃げ出しておったわ」 「逃げるって選択はなかったなあ」 女の子達ばっかりがあんなに危険な目に遭っているのを見過ごせない。 男の俺が、逃げるとかありえない。 「ご主人は勇敢じゃな」 「そ、そう?」 急に褒められて、ちょっと照れる。 「ただ無謀なだけだったかもしれんが」 「上げて、すぐ落とすのやめてくれよ、ムラサメちゃん」 しょんぼりと肩を落とす。 「何にせよ、ご主人も頑張ったのはまぎれもない事実」 「四枠のうち、二枠はご主人に譲る」 「ご主人の好物も買うが良い」 「ムラサメちゃんが、そうしたいならそれでもいいけど」 生真面目な神様だな。 「ただし、でざあと枠は吾輩にくれぬか、ご主人」 でざあと? ああ、デザートか。 「あのぱふぇがもう一度食べたい」 「ご主人が初めて食べさせてくれた、あの味が忘れられぬ」 「そっか、じゃあ、出来立てをもらえるように、予約しとこう」 「うむ!」 ムラサメちゃん、超ご機嫌。 笑顔がきらきらと輝いていた。 「行こうか」 「心得た!」 俺達は二人で並んで、坂を下った。 「じゃあ、明後日の三時くらいにお願いします」 「あいよ! 一番、新鮮でいいのを届けるよ!」 常陸さんのメモを見ながら、食材の注文をする。 ムラサメちゃんと二人で買い物だ。 調理するのは明後日だから、生鮮食品は注文するだけで、明後日届けてもらう。 日持ちのする物だけ買って、持参したエコバッグにつめる。 「肉や魚は買わなくとも結構な量じゃな」 「重くはないか、ご主人」 「いや、全然平気だけど」 「祖父ちゃんの稽古が、買い物でも役に立ってるよ」 「なら、良いが……」 「……」 ムラサメちゃんは急に黙り込む。 「どうしたの?」 気になって、顔を覗き込む。 「ご主人、吾輩は思うのだが、もう鍛練はしなくとも良いのではないか?」 「え? どうして?」 「ご主人や芳乃のおかげで、この穂織の地に平穏が訪れた」 「叢雨丸をご主人が抜く機会はもうない」 「ならば、もう玄十郎にシゴかれる必要もないではないか」 ムラサメちゃんが俺に向けて、微笑する。 笑ってるのに、それはどこか寂しそうで。 あの時の、教室で見た笑顔と重なって。 そうか、ムラサメちゃんは―― 「俺、鍛練は続けるよ、ムラサメちゃん」 俺は努めて明るい声で、きっぱりと言った。 「何故じゃ、ご主人」 「上手く言えないけど、俺、何も目標なくこれまで生きてきた」 「昔は、無理矢理祖父ちゃんに鍛えられてたけど……いつの間にか剣道もやめたし」 「ただ毎日を、だらだらと無目的に過ごしてきた」 「それだけ平和であったということであろう、ご主人」 「だからさ、ここで朝武さんや常陸さんやムラサメちゃんと会って」 「俺と同世代の女の子達が、こんなに真剣に生きてるんだって知って」 「何か、そんな自分が恥ずかしくなった」 「ご主人……」 「まだ目的も目標もないけど、いつかは俺もそういうのを持って生きたい」 「その日のために、備えておきたいんだよ」 「祖父ちゃんに鍛えてもらうことは、きっと将来役に立つ」 「つまり、単に剣の腕だけではなく、精神の鍛練をするというのか、ご主人」 「そういうこと」 「それに叢雨丸はまだ存在してるんだ。絶対に使う機会がないとは限らない」 「その時、俺の腕がなまってたら困るだろう?」 「……」 「そうか、まだ叢雨丸は必要かもしれぬか……」 「そうだよ」 「そんなことにはならぬに越したことはないのだがな」 ムラサメちゃんは苦笑気味に、笑った。 まだちょっと元気がない。 よし。 「甘味処行こうか、ムラサメちゃん」 「あと、何なら店で、今日何か奢るよ? パフェ以外のものも美味しいんだ」 「何?! あれと同じくらいに美味い菓子があるのか? ご主人!」 ムラサメちゃんはすぐに食いついてきた。 「お団子、あんみつ、白玉ぜんざい……朝武さんはどれも好きそうだったな」 「あ、プリンがかなり気に入ってた」 「どれも、名前だけですでに魅惑的じゃ……」 「よし、すぐ行くぞ、ご主人!」 手をぐいぐいを引っ張られる。 幼い妹に何かをせがまれるような感覚。 幼かった頃の小春が、ちょうどこんな感じだったか。 「甘味処は逃げないから、落ち着いて」 「早う! 早う! ご主人!」 俺ははしゃぐムラサメちゃんに、手を引かれつつ急ぎ足で歩く。 良かった。 ムラサメちゃんが元気になって。 「いらっしゃいませ。あ、まー坊」 「こんにちは、芦花姉」 「一人でなんて、めずらしいね」 「いや、一人じゃ――」 「ご主人、吾輩は普通の者には見えぬぞ」 くいっと手をムラサメちゃんに引かれた。 あ、そっか。 俺にとっては、しっかりと実在してるから、その辺の感覚がおかしくなってる。 「? どうかした?」 目の前で芦花姉が小首を傾げた。 「あ、えっと、その辺は明後日に……って、そうだ、芦花姉は参加できそうなの?」 まだ返事をもらってなかったことを思い出した。 「うん、参加させてもらうよ」 「その日は小春ちゃんも参加だし、店も早めに閉めていくつもり」 「え? それだと却って迷惑になっちゃった?」 この店の定休日に、セッティングすれば良かった。 しまったなぁ……。 「そんなに気にしないで、まー坊」 「どの道、最近、夕方頃はお客様減っちゃって……」 「そうなの?」 「ああ、ごめん、いけないよね、お客様に愚痴なんて」 「さあ、お好きな席にどうぞ」 言われて俺とムラサメちゃんは一番そばの席につく。 俺達以外には、客はいない。 どうしたんだろう? もっと流行ってたはずなんだけどな。 「何にするか決まってる?」 「えっと、まずは明後日のお祝いのデザートの予約がしたいんだ」 「パフェを10人前」 「ありがとうございます!」 「腕によりをかけた、最高のを作って持っていくね」 芦花姉、超嬉しそう。 「さ、最高のぱふぇ……じゅるり……」 そして、俺の正面に座るムラサメちゃんは、もっと嬉しそうだった。 「で、今日は――」 俺はさりげなくテーブルのメニューを開き、ムラサメちゃんに見せる。 「吾輩も芳乃の気に入ったぷりんを食したいぞ、ご主人」 ムラサメちゃんは、人差し指で『プリン』の文字をビシッ! と指差した。 「まー坊、メニュー逆向きだけど?」 「今は気にしないで、プリンと抹茶をお願い」 「? 今日のまー坊、ちょっと変だよ」 「全ての謎は、明後日わかるから」 「いいけど……、ちょっと待っててね」 芦花姉は終始、首を捻りつつ店の奥へと引っ込んだ。 「ご主人、吾輩と二人だけで店に入るというのは、やはりちょっと無理があったな」 「あの馬庭の娘、かなり戸惑っておったぞ」 「だから、明後日、皆に紹介するんじゃん」 「それはそうだが、たとえ紹介されても吾輩が見えんのは変わらん」 「あまり意味はない」 「……そんな寂しいこと言うなよ」 こっちまで何だか気持ちが沈む。 そんな風に、自分に価値がないみたいに思わないで欲しい。 「はい、プリンと抹茶お待たせしました」 芦花姉が俺とムラサメちゃんの前に、オーダー品を置く。 それに、お冷とおしぼりも。 「おおっ! これがぷりんというものなのか!」 落ち込んでたムラサメちゃんのテンションが、急激に上がった。 プリン、すげー。 「チョット、イイデスカー」 「オウ、オリエンタルナ、オミセデスネー」 「はい、ただいままいります」 「まー坊、ごめん、ゆっくりしてってね」 「うん、こっちは勝手にやってるから、気にしないで」 忙しなく外国人旅行客の方へと向かう芦花姉。 さて、今の内だ。 俺はおしぼりで、丁寧に手を拭き、 「ほい、あーん」 プリンを指先ですくって、ムラサメちゃんの口元へ。 「ぱくっ!」 早速、俺の指先を口の中に。 「んっ、ぺろっ、んっ、あまっ、ぺろっ」 「ちゅっ、ぺろっ、ちゅっ、ごくん!」 ムラサメちゃんは、俺の手の上にのったプリンをすっかり飲み込んだ。 「どう?」 「甘美味いぞ、ご主人!」 「ぱふぇとはまた違った趣があるな!」 「どっちが好き?」 「どっちもじゃ!」 迷うことなく両方を選んできた。 ムラサメちゃんも、やっぱり女の子だ。甘いものには目がない。 何となくおかしくなって、俺の口元は緩む。 というか、嬉しい。 「何をニヤケておる?」 「何でもない、はい、次」 俺はさっきよりも多めにプリンを手に乗せて、また差出す。 「ぱくっ!」 でも、ムラサメちゃんは大きく口を開いて、一口でそれを口内に入れる。 「ちゅっ、ぺろっ、ちゅっ、ぺろっ、ちゅっ!」 そして、プリンを堪能する。 「ぺろっぺろっぺろっぺろっ!」 「ちゅっ、甘っ、美味いっ!」 堪能しまくる。 「がじがじがじ!」 「ちょっ! ムラサメちゃん、俺の指は食べないで!」 「はっ?! すまん、ご主人」 「ぷりんの美味さに、つい我を失ってしまった……!」 そんなにかよ。 かじられた指はちょっと痛いが、憎めない。 ていうか、可愛い。 「ほい、お代わり。落ち着いて食べればいいから」 俺は残り全部を手にのっけた。 「うむ、今度はゆっくり味わうとしよう」 「ご主人に感謝しながらな」 俺に両手を合わせてから、ムラサメちゃんはゆっくりとプリンを口にする。 「……」 俺はそんな彼女を、抹茶を飲むのも忘れて見つめていた。 「ありがとうございました~」 「まー坊、またね」 「うん、明後日はよろしく」 「馳走になったな。待っておるぞ」 聞こえないと知りつつも、芦花姉に挨拶をするムラサメちゃん。 「いい子だな、ムラサメちゃんは」 つい頭を撫でてしまう。 「む、子供扱いするでない」 「まあまあ」 「何がまあまあじゃ」 「吾輩の方が、はるかに年上であるのに……」 「まったく、吾輩のご主人は変わり者じゃな」 そんなことを言いながらも、ムラサメちゃんは俺に頭を撫でられるままでいた。 二人で並んで歩く。 月や電灯が一人分の影を、俺だけの影を道に描く。 ムラサメちゃんの影は、ない。 「……」 それが、少し寂しかった。 すぐさまデートを切り上げた俺たちは神社に駆け込んで、憑代の様子を確認した。 しかし、見た限りではやはり特別な変化は見当たらない。 「むぅ……これは間違いなく、あの耳じゃな」 「そんなっ、どうして今さら……? だって憑代はちゃんと集めたじゃないですか」 「憑代の方には、相変わらず変化はないんだよな?」 「うむ。祀られることで確実に穢れは弱まっておるのだ。なのに、何故……?」 「何か他に……理由があるんでしょうか?」 「原因もなく呪いが続くわけがないが……問題はその原因だ」 「祀ってあるそこの憑代に欠落はない。そして大人しくしてるってことは……」 「他にも憑代が存在する、ってことになるのか?」 「……まだ何とも言えん。とにかく今は起こり《う》得る事態について考えよう」 「以前と同じなら……今夜にでも祟り神が現れるはずだな」 「そうなりますね」 折角終わったと思っていたのに……。まだこんなことが残っていたなんて、思ってもみなかった。 でも……そのことで一番傷ついているのは当然俺ではない。 「………」 複雑そうな表情を浮かべる朝武さん。 そんな彼女に、なんて言葉をかけていいのか迷った挙句……結局何も思いつかなかった。 恋人として支えなければいけないと思っている。 でも一体どんな言葉をかければ、彼女を追い込まずに励ますことができるんだろう? 「………」 いや! 何を言ってるんだ、俺は! こんな時に俺の方が暗くなってどうする! 俺が気にして暗くなったら、それこそ朝武さんを苦しめてしまうんじゃないか。 「……うんっ、そうだ」 「有地さん?」 「大丈夫。この程度すぐに解決できる。というかしてみせる」 「じゃないと、安心して続きができないしさ」 「つっ、続きって……なんだか、いやらしい雰囲気がします」 「正直な気持ちだよ。あんな中途半端な状態のままじゃあ生殺しみたいだから」 「安心して続きをするためにも、解決させてみせる。だから、また一緒に頑張ろう」 「前だってなんだかんだで解決できたんだ。今回だって大丈夫だよ。ちゃんと俺がついてるから」 「……はい」 『………』 「続きって……お2人は一体どこまで進まれたんですか~?」 「よもやあーんなことやこーんなことまで?」 俺に合わせるようにして、明るい声を出す常陸さん。 「えぇぇッッ!?」 「いきなり青空の下でとは……やるのう、お主ら」 俺たちの意図を察してか、ムラサメちゃんもいつもの雰囲気に戻してくれる。 「芳乃様自身が、いやらしい雰囲気と仰いましたからね。一体、どこまでナニをされたのやら……あは」 「ちっ、違うっ! そんな破廉恥なことはしてない、してないもんっ」 「またまた~。隠さなくってもいいんですよ?」 「そうじゃぞ。吾輩、もう数百年生きておるゆえ、それぐらいのことは知っておる」 「べっ、別に隠してるわけじゃありませんっ。本当に破廉恥なことなんてしてませんから」 「では何をしたのじゃ?」 「そっ、れは……」 「やはり人には言えぬような破廉恥なことを」 「人には言えない破廉恥なことではありませんっ! ただちょっと……お互いの唇を合わせただけです」 「といっても軽くですから! 軽くチュッとしただけですから。はっ、破廉恥なことなんて何もありませんよ」 「チョロいよ、朝武さん、自白がチョロすぎる……」 「とにかく、今晩山に入ってみよう」 「もし祟り神が出て、憑代の欠片を回収することができれば、欠片は他にもあるってことになる」 「その時はまた集めればいいだけだよ」 問題は祟り神が現れなかった場合だ。 もしそうだとしたら、ますます謎が深まる……。 とにかく今は、夜を待つしかない。 まずはお祓いに向けて、ちゃんと身体を休めよう。 そうして落ち着かない時間を過ごし、夕食も取り終えてから夜の山に入る。 俺の手には当然叢雨丸が握られていた。 山の中は静かだった。 時折虫の鳴き声が聞こえ、不自然なことは何もない。 俺たちは無言で、辺りの気配を探る。 「………」 でも、何かがこちらに近づいて来るような気配は全くなかった。 そんな静かな時間が1時間ほど過ぎた。 俺がお祓いに加わってからは、こんなに時間がかかることはなかった。 以前なら長くとも20分もあれば、俺たちの前に祟り神は現れていた。 「こんなに現れないことって、以前にもあった?」 「いえ……残念ながらと言いますか……今までにはありません」 「……そうか……」 となると……以前のように、憑代が散らばっているわけではなさそうだ。 憑代は、おそらく神社に祀られている物が一つだけ。 ではなぜ、彼女に耳が生えたのか……? ムラサメちゃんの話では、怨みの念は鎮まりつつあるのに……。 「それで祟り神の方は?」 「残念ながら……」 静かに首を振って答える。 「そうか……。となると他の要因があるんだろう……だがしかし……」 「……そんなこと、前例がない……」 そもそも憑代を集めたこと自体が初めてなのだから、わからないのも仕方ないことだ。 「とにかく今日はもう休んだ方がいい。疲れただろう?」 「安晴の言う通りじゃな。特に芳乃、湯浴みでしっかりと穢れを流した方がよい」 「はい。そうさせてもらいます」 「………」 「茉子君、申し訳ないが」 「はい。わかりました」 暗く落ち込んでいるわけではないが、気にしていないはずはない。 今の朝武さんには誰かが付いていた方がいい。 本来なら俺の役目なのかもしれないが……さすがにお風呂に俺がついて行くわけにはいかない。 「俺も、部屋に戻ります」 「わかった。ゆっくり休んで」 「ありがとうございます」 「………」 「………」 しかし、こうなってくると……本格的に不可解だ。 「どうして今さら、呪いの念が向けられているんだろう?」 「ご主人、耳が生えた時の状況を詳しく説明してくれぬか?」 「詳しくって言われても……」 「朝武さんと一緒に歩いてると耳目を集めるから、人目を気にしないで済む山の中に入ったんだよ」 「で、弁当を食べてキスをした」 「………」 「恥ずかしいから隠してるわけじゃない。本当に、他に説明できるようなことは何もないんだ」 「山に入ったときに違和感を覚えたり、妙な気配を感じることもなかったのだな?」 恋人と一緒で浮かれてたから何も気付かなかった、という可能性もなくはない。 でも……一緒にいた朝武さんも耳が生えるまで、何も変わった様子はなかった。 「なかった、と思う」 「ムラサメちゃんの方も、心当たりは何もないか?」 「……すまん」 目をそむけながら、ムラサメちゃんは静かに謝った。 「とにかく、今晩吾輩は夜通し憑代を見張ってみよう。今までは、朝と夕方に確認しておっただけだからな」 「だったら俺も一緒に」 「その必要はない。吾輩は夜を明かしたところで負担にはならぬ」 「けど……」 「もし何かあればすぐさまご主人に報告すると約束する」 「大体、吾輩だけではどうしようもないしな」 「………。わかった。悪いけど、よろしく頼む」 「うむ、頼まれた」 大きく頷いたムラサメちゃんは、早速部屋を出て行った。 ……今は言葉に甘えて、憑代の方はムラサメちゃんに任せておこう。 「それにしても……」 「呪いは……まだ解けていなかった……」 元々、こうすれば呪いが解けると言い伝えがあったわけじゃない。 俺が憑代の欠片を見つけたことで、そういう可能性が高いと思われただけだ。 でも実際には、呪いは残った……。 「でも祟り神は現れなかった。朝武さんたちも、こんなことは初めてだと言ってた」 つまり呪いに変化はあった。少なくとも無意味ではなかった。 ただ、それだけでは足りない……。 怒りを鎮めるためには、まだ何か必要な物があるのか……? 「………」 「もっと呪いについて知らなきゃいけない」 「かといって……もうこんな時間だしな。さすがに、駒川さんに連絡するのは気が引ける」 「あっ、そうだ。あの資料、まだ返してなかったんだ」 以前に借りた、呪いについてまとめられたノート。 確か、ここにしまって、ずっと借りたままになってたはずだけど……。 「ああ、あったあった」 一度読んだ資料ではあるが、今読めば違う発見があるかもしれない。 とにかく、今できることをしていこう。 「………」 「(……んぅ……? もう朝か……?)」 いや、部屋の中はまだ暗い。 起きるにはまだ早い。 「(寝直そう)」 そうして目をつむろうとしたのだが……。 「(………? 目を閉じられない?)」 それだけではなかった。どこも動かすことができない。 まるで自分の身体じゃないみたいに、動かない。 「(これってもしかして……金縛り?)」 初めて経験する。本当に動かせないんだな……。 参ったな……。再び眠ろうにも、目を閉じることができないなんて。 ため息を吐きたい気分になったが、それすら叶わないとは……。 「(大人しくしていればそのうち眠くなるか……)」 「(んん……?)」 なんか……嫌な予感がする。 部屋の隅から、ただならない気配を感じる。 「(な、なんだこの気配……?)」 言い知れない圧力が、まるで俺の身体を縛っているようだ。 絶対何かいる。でも動かない身体では、それを確認することもできなくて―― 「(―――ッ!?)」 その時、その気配が動いた。 「(しかも、こっちに近づいて来て……ッ!?)」 「(なっ!? なんでここに、祟り神が!?)」 「――ぅあッ!?」 身体を起こして、慌てて部屋の中を見回してみるが、そこに祟り神の姿はなかった。 「……あ、身体が動く」 普段と違うものがあるとすれば、開いたままになっているノート。 「そっか……俺は資料を読みながら、寝ちゃったのか……」 「さっきのは……夢だったんだよな……」 それにしては、妙にリアリティがあった。 あの圧力には特に。 「あれが金縛りか。なんか、本当に不思議な感覚だったな……」 変な体勢で寝ていたのだろうか? 首や肩の辺りがちょっと痛い。 改めて、ゆっくりと部屋の中を見回すが、当然祟り神の姿なんてない。 「………」 いつもより早い時間だけど、二度寝する気にもなれない。 起きよう。 「おはよう、朝武さん」 「おはようございます」 そう言って挨拶をする朝武さんの頭には、昨日と同様に耳が生えていた。 その姿を見て、少し落胆をしていることに気が付いた。 どうやら俺は心のどこかで、一晩経てばまた消えるんじゃないか? と考えていたらしい。 「残念ながら、変わりはありませんでした」 「そうか」 「でも……落ち込んでも仕方ありません。落ち込んでいても、何も事態は変わりません」 「といっても、まだ何が出来るかわかりませんが……とにかく、1人で暗く落ち込むのはやめようと思います」 「また安心して、その……また、キスもしたいですから。私だって……触れ合いたいんですから……頑張りますっ」 「……うん、そうだね」 「頑張ろう。一緒に」 そうだ。落胆なんてしてる暇はない。 それよりも、前を見て、少しでも呪いを解くヒントがないか探すんだ。 「じゃあ俺は、いつものトレーニングに行ってきます」 「いってらっしゃい」 「あ、その前に――」 「おはよう」 「おはよう、ご主人」 「憑代の様子はどうだった?」 「怪しげな反応はなかった」 「その場合どうなんだろう? あの耳と憑代は無関係って考えてもいいのか?」 「それは……判断が難しいところじゃな」 「あの耳からは以前の呪いと同じ気配がしておる。少なくとも同種の力が働いておるのは間違いないのだが……」 「………」 「とにかく憑代の監視を続けてみよう。昼の間に変化が起きるとは思わぬが」 「よろしく頼む」 「夜になれば、昨日から丸一日か。それで何も変化がなかったら、改めて相談しよう」 「それで……芳乃の様子はどうじゃ?」 「今のところは笑ってくれてるよ」 今は無理をしたような笑顔だとしても、すぐ前みたいな無邪気な笑顔を取り戻してみせる。 「そうか……。………………」 「ムラサメちゃん?」 「いや、何でもない」 「………?」 「そうか……まだ、呪いは解けていなかったのか」 「でも以前みたいに祟り神が発生するわけじゃないんだ」 「その理由は、俺たちにもまだ見当もつかない」 「………」 「だから、もし何か少しでも変だと思うようなことがあったら、教えて欲しいんだ」 「何が要因になっているのか、まずそれを把握する必要があるから」 「うむ。しかし……」 「………? しかし……なに?」 「いや、何でもない。話は分かった。もし何か気付くことがあれば、すぐに報告を入れよう」 「よろしく頼む」 「そうでありますか。ゆえにヨシノはまた獣耳を生やしているわけですね」 「この耳に関しては、触れないようにして欲しいんだ」 「他の人は見えていないんだ。変に話を振られると、色々困るから」 「よろしくお願いします」 「承知いたしました。知らぬ存ぜぬほっかむりしておきます」 「でも、呪いは耳だけなのですか? 他に何か影響があったりするのでは?」 「それについては、まだ俺たちも良くわかっていないんだ」 「どうやら以前の影響とは違っているみたいなんだ」 「あのモンスターが現れるわけではないのですか」 「そうなんだ。だから、どうすれば耳が消えるのかもよくわかっていなくて……」 「うー……なんだか不思議な話ですね」 「願いを叶えたはずなのに、呪いが残ってしまうとは……」 「……はい」 「今までは、モンスターを倒す以外に消す方法はなかったのですか?」 「以前はお湯で穢れを落とすことで、一時的に消すことはできたのですが……今回はそれも難しいようです」 「それは……一時的にも消すことができないぐらい力が強まっているという事でしょうか?」 「あっ……申し訳ないです。つい……」 「いえ、気にしないで下さい。確かにそういう事なんだと思います」 「何か呪いの力が強まる原因があるはずですね」 「わかりました。わたしも何か気付くことがあれば、すぐに報告致します」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 「………」 「それは……一時的にも消すことができないぐらい力が強まっているという事でしょうか?」 呪いが強まっている……。確かに、他に理由は考えられない。 問題は、どうして呪いが強まったのか。呪いは他に影響を及ぼさないのか? 「そうして、鎌倉幕府による統治が行われていくわけですね」 「………」 そうして呪いの事ばっかり考えてしまい、授業の内容がまったく頭に入って来ない。 ……このまま教科書を開いてても、この状況は変わらないだろう。 「(すみませんっ、中条先生)」 心の中で謝りながら、俺は昨日の夜にも読みふけった資料を取り出し、改めて目を通していった。 とはいえ、内容は以前と変わらない。 この地で起こった跡目争いについて。呪詛がもたらした災厄の数々。そして叢雨丸と、争いの決着。 相手の大将は戦死、長男も戦場で次男に討たれた。 その後、祟り神が発生するようになり、一族の姫様が獣耳という呪いだけが残った……。 基本的にはその流れが詳細に書かれているだけだ。 「(呪いについて知るためには、駒川さんに別の資料を貸してもらった方がいいかも……)」 この資料には、呪いに関する記述が少なく、俺も知っていること以外は書かれていない。 獣の耳が生える、祟り神を発生させる。そして祟り神の原因は、憑代を元に戻せと求めていたこと。 それぐらいしか……。 「………」 「(いや、それだけじゃないな。あの時、俺は朝武さんから教えてもらったことがある)」 朝武の家に男は生まれないこと。少なくとも、ここ数百年は1人も。 そして、若死にの家系であることも。 それらは目に見えずとも、朝武の一族を縛り付けてきた呪い……。 「………」 ……ん? 何かが……ひっかかる。 今、自分で考えた事に、もの凄い違和感を覚えた。 でも、それは違和感でしかなくて、自分でも上手く言葉にできない。 一瞬、何かがおかしいと感じたんだけど……。 「(……モヤモヤする。何だ? 俺は何が気になったんだ……?)」 獣の耳、祟り神、女系、若死に……若死にの呪い……ッ!? 「――ああっ!?」 「どうしました、有地君。何かわからないことがありますか?」 「いっ、いえ、すみません。何でもありませんから、気にしないで下さい」 「……わかりました。でも、授業はちゃんと聞いておいて下さいね」 「はい、すみませんでした」 「では、続けますね」 違和感の正体はまだわからないけど、もっと重要なことに気付いた。 そうだ……なんで俺は今まで忘れていたんだ。 呪いは祟り神に襲われるだけじゃない。 もし今、耳が消えないぐらい呪いが強まっていて……それが若死にに対するものだとしたら……? 「………」 俺が気付くぐらいなんだ。 当然、朝武さん自身も……。 「朝武さん!」 「は、はい!? なんです……?」 「身体の調子はどう? 熱とか、眩暈とか……なにか自覚症状は?」 「んー? なになにどうしたの?」 「何かあったの? 喧嘩?」 「あ、いや……」 「ちょっと、場所を変えよう」 有無を言わさず、俺は朝武さんの手を取って教室を出た。 「え? ちょ、ちょっと2人とも?」 「追いかけてはいけません。きっと2人の邪魔をしてしまいます」 「でも……なんだかちょっと、変な雰囲気じゃなかった?」 「問題ありません。喧嘩ではありませんから」 「……まあ、常陸さんがそう言うのなら、そうなんだろうけど」 「何があったんだろうね?」 「本当に体調は大丈夫なの?」 「……どうして急に、そこまで気にするんですか?」 「……それは……」 「例の呪いのことで……一つ、確認しておきたいことがあるんだ」 俺の雰囲気を察したのか、朝武さんは静かに息を呑む。 「何でしょうか?」 「朝武さんは……もしかして、獣の耳が消えなくなった人について心当たりがあるんじゃない?」 「……と、言いますと?」 「今までに亡くなった巫女姫たちにも、耳が出たままになる事があるんじゃないかってこと」 ムラサメちゃんも、どこか反応がおかしかった。 「……そんなこと、前例がない……」 そして安晴さんが漏らした“前例がない”という言葉。 アレは耳が出たままになったことではなく、“この年頃での”前例はない、という事ではなかっただろうか? 俺の問いかけに対して、朝武さんは目をそらしたまま、重苦しい息を吐いた。 「そうですね……まあ、気付いてしまいますよね。できれば……心配はかけたくなかったんですが」 「……やっぱり……」 「以前にも、この耳が出たままになった人はいます」 「いえ、むしろそうならなかった人はいませんね」 「なら、このままだと……そんな……」 朝武さんも、これまでの巫女姫と同じように、若くして死ぬ……なんてことになるのか? 自分で予想したこととはいえ、改めて本人の口から聞かされると、動揺を隠しきれない。 できることなら『そんなわけありませんよ』って、笑い飛ばして欲しかった……。 「みんな、同じなんです。耳が消えなくなって、体調を崩して……原因不明の高熱に襲われる」 「そして徐々に衰弱をして……息を引き取ります」 「でも、子供を産む前に亡くなった人はいないって言ってたよね?」 「資料にある限りでは。私ぐらいの年で症状が現れたのは、初めてではないかと」 「………」 「朝武さんには持病があるとか、そんなことはないんだよね?」 「これは単純な身体の状態とは別です。みづはさんの話では、呪詛に対する抵抗力の違いが作用しているんじゃないかと」 「実際、病弱でも長生きした人はいますよ。と言っても……50代ですが」 一体、何が理由で……どうして突然、耳が消えなくなるぐらい呪詛が強力に……? 「………」 呪詛が……強力……? 「まさか、それって……俺が憑代を集めたから?」 憑代を集めることで、力を強めたのか……? あの時、祟り神が合体したように。 「いえ、そうではないと思います」 「一つに戻すことは憑代の望みでした。実際、祟り神は現れなくなったんですから」 「け、けど!」 「この耳は、別の要因があるのかも……その可能性は十分にあります」 「決めつけるにはまだ早過ぎますから、そんな悲しそうな顔をしないで下さい」 「………」 ……支えるって約束したのに、心配をかけてるのはむしろ俺の方じゃないか。 一瞬、諦めそうになってしまうなんて。 「ゴメ――」 「待って下さい。その件で、その言葉は……有地さんの口から聞きたくありません」 「私は本当に感謝しているんです。憑代を集めて、有地さんと恋人になって、その……キスも、して……」 「とても幸せです。だから……そんな風には、言わないで下さい……」 「………っ」 そうだった……。 朝武さんはずっと、お母さんに謝罪をされたことで悔しい思いをしてきたんだ。 なのに、俺が今それを繰り返すわけにはいかない……。 何をしてるんだ、俺は……。解決させてみせるって、大見得切ったばかりなのに……ッ。 そんな自己嫌悪に陥る俺の気持ちを汲み取ったのか、朝武さんは軽く笑って見せた。 「きっと他に理由がある筈なんです。それを、解決すればいいんですよ」 「そしたらこれからも、ずっと有地さんと……ずっと好きな人と一緒にいられます」 「………」 「本当に、体調に変わりはないんだね?」 「今さら嘘は言いません」 「だとしても、駒川さんのところに行って診てもらおう。お願いだから、そうして欲しい」 「……わかりました。と言いますか、元々そのつもりでしたから」 「そ、そっか。口うるさくてゴメン」 「いえ、それだけ真剣に思ってもらえるのは嬉しい事です」 「なんて、心配をかけている私が口にすべきことじゃないとは思いますが」 「とにかく今は教室に戻りましょう。変な雰囲気で教室を出てしまったから、みんな不審がっていますよ、きっと」 「あ、帰ってきた」 「おい将臣、どうしたんだよ? 何か問題でもあったのか?」 「いや、大丈夫。問題とか、揉め事じゃないから気にするな」 「そうか? それなら……まあ、いいけど」 「巫女姫様、本当に大丈夫でした?」 「はい、もちろんです」 「それならいいんですけど。なんだか有地君の雰囲気が怖い気がしたので……」 「有地君、巫女姫様をイジメるようなことしたら許さないからね」 「そんなことする奴がいたら、むしろ俺が許さない」 「そ、そうですよ。有地さんは、そんなことは………………」 「しないことも、ないかもしれませんね」 「突然の手の平返し!?」 「だって有地さん、意地悪なところがありますから。そこに関しては否定できません」 「そうかなぁ……? そんなことはないと思うんだけど」 「結局、いちゃついてるだけだもんなぁ」 「ですから心配は必要ないと言ったじゃありませんか」 「そうですよ。2人は恋人、仲良しさんですからね」 「うーん……確かに今回は、心配いらなかったかもしれないけど……」 「巫女姫様、何か困ったことがあればいつでもアタシたちに相談して下さい」 「有地君に一緒に追い込みをかけますからね」 「……追い込みって……」 「女子の団結力……怖いっ」 「なんかその言葉は真に迫るものがあるな」 「ちょっと昔のことを思い出したから……」 ああ、一日で乗り換えたあの話か。 「ありがとうございます。もしその時が来たら、よろしくお願いします」 「はい」 「他にも何か困りごとがあったら、いつでも話して下さい!」 「私たちじゃ力になれることは少ないかもしれませんけど……でも、でも……えっと……あ、そうだ!」 「気分転換に、一緒に遊びに行くぐらいはできますから!」 「いや、アタシたちって……勝手に一括りにしないで欲しいんだけど?」 「えー、そんな厳しい事言わないでよー。それに実際、それ以外に出来ることってある?」 「私ら、彼氏もいないから恋愛ごとの相談は無理でしょ? 勉強だって巫女姫様には敵わないしさー」 「うっ……そ、それはそうだ。まともなアドバイスなんてできそうにないかも……」 「アタシらに出来ることって……話を聞いて、気分転換に付き合うだけかも」 「でしょー?」 「すみません、巫女姫様。アタシら、全然お役に立てそうになくて」 「相談できる相手がいるというだけでも十分嬉しい事です、気が楽になりますよ」 「そ、そうですか? そう言ってもらえると、嬉しいですけど」 「まさか巫女姫様にそんな風に言ってもらえるなんて……ちょっとビックリ」 「えへへ……なんだか嬉しいね」 「悩みでも愚痴でも何でも、話を聞くぐらいならいつでも付き合いますから」 「私もー」 「そういう事でしたら、わたしもお付き合い致しますよ。何かありましたら、いつでもどうぞ」 「あ、そうだ! じゃあ今度、女子だけで一緒に遊びに行こー!」 「そうだね、それもいいかもね。巫女姫様さえよければ……ですけど」 「………」 「ヨシノ?」 「あー……やっぱり、気が進みませんか?」 「い、いえ! そんなことはありません。むしろ、興味があります」 「え? そうなんですか」 「女子だけ……そ、それはいわゆる、女子会というものですよね」 「ジョシカイ?」 「なんと説明すればわかりやすいか……殿方を抜きにして、女性だけで秘密の話をする宴会みたいなものですね」 「そのような文化があるのですか……」 「話には聞いたことがありまして、以前より興味がありました」 「そうだったんですか? 言ってもらえれば、愚痴ぐらい聞きましたのに」 「ただ話を聞いて欲しいわけじゃなくて、みんなで楽しく言い合うことに興味があるの」 「女子会……って言っていいのかな? なんか、働いてる人がやってるイメージだけど」 「愚痴とか話すのなら、女子会って呼んでもいいんじゃないのー?」 「まあ、そっか。じゃあ今度、女子会を開きましょう」 「はい、よろしくお願い致します」 「………」 楽しそうにしてくれている。 笑って、いつもよりも明るい声で。 それは本当に女子会が楽しみというのも理由だろう。 でも……それだけじゃない。 「(何とかしないと……朝武さんが、自分を支えきれなくなる前に)」 「もう入ってきても平気だよ」 「失礼します」 声をかけてから、俺は部屋の中に入る。 駒川さんの診察を受けていた朝武さんだが、すでに制服は整えられていた。 恋人とはいえ、まだキスをしただけ。さすがに診察に付き添うわけにはいかない。 「それで、どうなんですか? 朝武さんの体調は?」 「その前に確認しておきたいんだけど……有地君は、その……」 「有地さんも全部知っています。私が説明しましたから」 「……そうですか」 「では隠す必要はないか。わかった、全て正直に答えよう」 「と言っても、今のところは隠すほどのこともなさそうだけれど」 「体温もいつもに比べると少し高いが、37度にも届いていない。特に問題はなさそうだよ」 「そうですか、よかった」 疑っていたわけじゃないよ。でもやっぱり、専門家に言ってもらえると安心できる。 「特に薬を出す必要もなさそうです。とにかく今は、ちゃんと休んで下さい」 「呪詛の抵抗力と健康状態は、別問題だとは思いますが……念のためです」 「寝不足などになったりしないように。身体をしっかり休めて、一日の疲れをちゃんと取るようにして下さい」 「わかりました」 「それで……みづはさん。呪いについてはどうでしょう?」 「何か具体的に思い当たることはありませんか?」 「それについては今のところ、おかしな話になったとしか……」 「単純に考えれば、呪詛が残っているとしか思えないんだけれど」 「ムラサメ様の見解は? なにか仰ってた?」 「あの耳からは以前と同種の呪いの気配がしているらしいんですが、詳しいことはまだ何も」 「誰かが、憑代の力だけを利用している、という可能性も……いや、それは難しいか」 「今は、ムラサメちゃんが一日中監視していますけど、不審な人物に関する報告はありませんでした」 「それに……憑代の力を利用するなんて、そんなことできる人がいるでしょうか?」 「自分で言いながら、同じことを思ったよ。呪詛の知識を正しく使える人間なんて、現代にいるのかどうか……」 「しかも呪詛を巫女姫様に向ける意味は? 憑代を利用できると知っているのは何故?」 「憑代には不思議な力が宿っていると知っている人間は限られているのに」 「あ……そうですね。利用するにはまず、憑代の存在を知っていないといけませんね」 「でも、そのことを知っている人間なんて、芳乃様、常陸さんに、有地君、安晴様に玄十郎さん。そして、私……」 「ああ、ムラサメ様もですね。ですがこの中に、芳乃様を呪うような人間がいるとは思えません」 「そうですね。そんなことをする意味がありません」 「だが、呪いは事実として発生している。しかも、以前よりもさらに強力になって」 「どうにも腑に落ちないね……」 憑代には何の反応もないところがさらに疑問だ。 「そうだ、駒川さんにお願いがあるんです」 「なに?」 「呪詛について、もう少し資料を貸してもらえませんか?」 「できれば、以前に借りた資料よりも詳しい物を貸して欲しいんですが」 「呪詛について書かれた資料は、残念ながら他にはないんだ」 「そうですか……」 「なにせ確証を得ることのできない問題だからね」 「一応、呪詛について考察を重ねた資料もあるけれど、それらは全て推論でしかないよ」 「間違いもあるだろうし、資料とは呼べないが……」 「それで構いません。どうか貸して下さい」 「わかった。少し待って」 推論であろうと、呪詛に関して考察をされたものなら、あの違和感の謎が解けるかもしれない。 「ああ、あった、これだ」 「待たせたね。このノートにまとめてあるよ」 「ただ、さっきも言ったけれど、ここに書かれてあることでも間違いはあると思うから」 「わかりました。ありがとうございます」 「私の方でも引き続き、資料を漁ってみるよ」 「それと芳乃様、体調に変化があれば、いつでも連絡を下さい」 そうして夜になり、今日も俺たちは山の中に入った。 もしかしたら、昨日は何かの理由があってたまたま祟り神が出てこなかっただけかもしれない。 今日なら祟り神が現れて、お祓いをすれば、耳が消えるかもしれない。 そんな一縷の希望に縋るように、夜の山の中で待つが……やはり、祟り神は現れなかった。 「……今日もいない、か」 「そう……だな」 「となるとやはり、この耳と祟り神は無関係なんでしょうね」 「………」 それはつまり、解決方法が見当もつかないということだ……。 「どうだった?」 「昨日と同じだった。やっぱり、祟り神は関係ないみたい」 「……そうか」 そう呟くように口にした安晴さんの口調はとても重々しいものだった。 だがそれに対して、朝武さんはとても明るい声で言葉を返した。 「つまり、憑代を集めたことは間違いではなかったってこと」 「これで可能性は一つ潰せたから。また新しい可能性を潰していけば、いつかは解決できる」 「これも、一つの前進でしょう?」 「………」 「そうだね。確かに芳乃の言う通り、前進だ」 「うん。それじゃあ私、お風呂に入ってくるから」 「わかった」 「お背中をお流しします、芳乃様」 そうして2人はリビングを出て、風呂場に向かっていく。 「………」 「やはり……無理をさせているんだろうね……」 「じゃが、それこそが芳乃の意志だ。笑おうと、前向きに頑張っておるのだ」 「ならばそれを支えてやるのが、吾輩たちのすべきことじゃよ」 「……うん。わかってる」 「え? 将臣君……?」 「ムラサメちゃんが、朝武さんは前向きに頑張ろうとしてるんだから、それを支えてあげるのが一番重要なんじゃないかって」 「そうだね、周りが暗くなっていたら、あの子も笑えなくなるね」 「ありがとうございます、ムラサメ様。僕も、あの子に心配をかけないように頑張ろうと思います」 「ご主人、吾輩は様子を見てくる」 「憑代の?」 「それも含めて、色々だ。何か見落としがないか……山の方も確認してみよう」 「悪いけど、よろしく頼む」 そうして1人で部屋に戻った俺は、駒川さんから借りた資料を取り出した。 とはいえ昨日みたいなこともある。 まだ寝るつもりはないけど、意識を失うかもしれないから、ある程度、ちゃんと寝る準備を整えておこう。 そこに書かれていた物をまとめると、呪詛には2種類あるということ。 1つ目は、祟り神による襲撃。 2つ目は、呪詛によって身体が蝕まれる。 獣の耳に関しては、呪詛の影響を受けたことが色濃く表れた結果であり、それ自体は身体に悪影響を及ぼすことはないらしい。 だから、この中には含まれていない。 影響を及ぼすのは耳だけではなく、出産や子供に関しても関係があるのではないか? とのことだった。 そして、祟り神はもう存在しない。 つまり……。 「耳が現れている以上……衰弱が始まる可能性が高い、のか」 なんとか……衰弱が始まる前に何とかしないと。 「これで可能性は一つ潰せたから。また新しい可能性を潰していけば、いつかは解決できる」 「これも、一つの前進でしょう?」 彼女の笑顔を守るためにも。 「有地さん」 「はい、どうぞ」 「お風呂、空きましたからどうぞ」 「ありがとう、いただくよ」 「あ、お布団……もしかして寝るところでしたか?」 「いや、先に寝る準備を整えただけだよ」 「………」 「ん? どうかした?」 「あ、いえ……何でもありません」 「そう……?」 「もし何かあるなら、いつでも言ってくれていいから」 「これでも俺、恋人なんだよ? 好きな人を少しでも支えたい。いつでも甘えてくれていいから」 「……はい。ありがとうございます」 大きな湯船にゆっくりと浸かる。 その間もずっと、呪いに関することが頭から離れない。 3種類の呪詛……。 資料では、それらは全て朝武の一族を滅ぼそうとした呪詛だと、考えられていた。 だが実際にはそうじゃなかった。 少なくとも1つ目に関しては、散らばった憑代を集めるための物だった。 2つ目に関しては、直接的に命を奪おうとしている。 そして3つ目も、戦国時代から続く呪いという事なら、家全体の呪いとして成り立つ。 「………」 まただ……違和感を覚える。 もう少し、あと少しでこの違和感の正体がハッキリと掴めそうなんだけど……。 「………………んっ? ……ぅーん……」 「まずい……ちょっと湯に浸かり過ぎたかも。目の前がクラクラしてきた」 「倒れる前に上がろう」 考えはまだまとまっていないけど、これ以上はのぼせてしまいそうだ。 「う……」 なんか、ふらつきが治まらない。 早めに休んだ方がいいのかな……? 「お、おかえりなさい」 「……え? あ、はい。た、ただいま……」 部屋に戻ると、朝武さんが俺を待ち構えていた。 「どうしたの? もしかしてずっと待ってた?」 「はい。すみません。ちょっと……お願いがありまして」 「お願い? 俺に出来ることなら何でも」 「こ、今夜は……一緒に寝ても、いいでしょうか……っ!?」 「………」 「いいいいい一緒に寝るぅぅぅっ!?」 「……はい。もしよろしければ、なんですが……」 こっ、これってまさか……誘われてるのか? ……っ!? 予想外の展開と、色っぽい表情に、ダイレクトで脳が揺さぶられる。 ただでさえ湯疲れしていたところに、この一撃。視界が完全にグラグラしてきた。 「問題はありますか?」 「問題というか、その……」 「それって、なんで? まさかとは思うけど、思い出作りなんてつもりじゃないよね?」 「思い出作り……ですか?」 「呪いがあるから、最後の思い出作りとか……」 「先に言っておくよ。俺は、そんな気持ちで、初めてを経験したくないから」 「愛情のあるイチャイチャした雰囲気で初めてを経験したい」 「これから先、ずっと2人で一緒にいるんだ。だから……だからそんな気持ち、俺は認められない……ッ」 「あ、あの……一体何の話ですか?」 「……え?」 「初めてを経験って……何のことですか?」 「いや、それはだから……俺と寝たいって」 「はい……今日は一緒に寝たいと、お願い申し上げましたが……」 「だからそれって……セックス、の事じゃないの?」 「せ、セック――……ッ!?」 「何言ってるんですか、もう! わ、私はただ一緒に寝たいと言っただけで、そんなえっちな話はしてませんっ!」 「そうだったの? お、俺はてっきり……」 「……いやらしい」 「いやだって……一緒に寝るって言うから……」 このタイミングで言われたから……てっきり……。 とはいえ、ホッとした。 「うっ……」 大声を出したせいか、気を抜いた瞬間、視界の揺れが激しくなった。 「………? あ、有地さん?」 「ちょ、ちょっとゴメン、俺……」 身体がフワッと宙に浮いたような感覚。 完全に平衡感覚を失ってしまう。 そのせいか、足から力が抜けて―― 「え!? あっ、ちょっ、わっ、きゃぁっ!?」 軽い衝撃。気付くと俺は、布団に倒れ込んでいた。 朝武さんの身体に覆いかぶさり、押し倒すような体勢で。 「――ひゃっ!? あああああの有地さん!? きゅきゅ急になんですか……っ!?」 「さっきも言いましたが、私はそんなつもりではないと言いますか、準備がまだできていないと言いますか――でも……その……」 「ち、違うんだ……ゴメン。ちょっと眩暈がして……」 「え!? ね、熱ですか? もしかして風邪を?」 「…お風呂で考えごとしてたら、ちょっと湯疲れしちゃっただけだから」 「水分は取りましたか? なんでしたら、お水を入れてきますが?」 「いや、戻ってくる前にちゃんと水分は取ったよ」 「でしたら後は、横になって休むのが一番ですね。ちょうどよかった……」 「じゃあ、少しゆっくり過ごしましょうか。丁度一緒に寝るところなんですから」 「よいしょ、っと……」 俺の身体の下から這い出た朝武さんは、添い寝でもするように並んで横になった。 いつかの忍び込んできた時のように、腕を首に回して来る。 しかし、あの時と違うのは朝武さんが起きているという事。 おかげで、この近距離で見つめ合う緊張感。 湯疲れしたときって、火照った身体の熱を下げた方がいいはずだけど。 こんな距離で、見詰め合ったら、火照りが鎮まるはずがない。 緊張と興奮でさらに身体が熱くなった。 「や、やっぱり緊張しますね……こんなに緊張してたら本当に眠れるのか、心配になります」 「俺も似たような心配をしてる」 「でも……今日だけ、今だけでいいんです。このままでいさせてもらえますか……?」 「俺は今だけじゃなくてもいいぐらいだ」 「ありがとうございます」 「とはいえ、えっちなことはナシですから。いやらしいことをしたら怒りますよ」 「わかりました」 「そういう事には、色々と準備が必要なんです、失敗しないためにも」 「事前にある程度の予習ぐらいはしておかないといけません……私、そういうことは全然勉強してこなかったので」 「だから早とちりしてゴメンってば」 「本当、反省して下さい。猛省して下さい」 「……はい……」 ………。 「ふふっ……ふふふ」 「あ、あはは」 近距離で見つめ合う俺たちは、同時に照れ笑いを浮かべる。 やっぱり、この距離は緊張するな。 にしても……一緒に寝るか……。 こんな風に、お礼や感謝のしるしと言った言い訳を用意せず、ストレートに甘えられるなんて初めての気がする。 どんなに可愛い笑顔を浮かべていても、どれだけ明るい声だとしても、不安を感じないはずがないんだよな。 「ねえ、抱きしめてもいいかな?」 「それはダメです」 「別にいやらしいことをしたいってことじゃないよ」 「わかっています。でも、ダメです」 「だって抱きしめられたら幸せになっちゃうじゃないですか。私、泣いちゃいますよ」 「泣いたら胸の中の気持ちが抑えられなくなるじゃないですか。そしたら、明日から笑えなくなるかもしれません」 「みんなに心配をかけてしまうかもしれません。だから、ダメです」 「………」 「でも、こうして俺を頼ってくれるようになっただけでも、昔とは違うことだ」 「それだけでも十分、俺は嬉しい。でも……もう少し、力を抜いても大丈夫だよ」 「その分は俺が支えるから。少しぐらいは、俺に寄りかかってもいいから」 「忘れないで。一緒に頑張るって言ったこと」 「ありがとうございます。本当に……アナタを好きになってよかった……」 「私は……」 そこで言葉は途切れた。 続けるか、言葉を呑み込むか、視線をそらして逡巡する。 けれどそれも一瞬。彼女はもう一度、真っ直ぐに俺を見つめてきた。 首に回された手の力が、ほんの少し強くなった。 「私は、自分でも変わってきたと思います。以前は、ずっと目先のことだけを見てきました」 「お母さんを苦しめたことが悔しくて、巫女姫という肩書きが疎ましくなって、将来の事なんて考えたこともありませんでした」 「また巫女姫の呪いのせいで誰かを悲しませてしまうかもしれない。それを思うと、とても悔しい……」 「でもそれ以上に……怖いです。そんなこと、初めて思いました」 「……うん」 「私は今が楽しくて、嬉しくて……こんなに幸せな毎日があるなんて思ってもみませんでした」 「それは全部、有地さんが教えてくれたんです。私に色んな物を、与えてくれたのに……失ってしまうかもしれなくて……」 「………」 「私、失いたくない……生きたいです、これからもずっと」 「みんなで女子会したいです。一緒に遊んでみたいです。美味しいプリンやケーキを食べたいです」 「そして、有地さんと一緒にいたい。もっと沢山、2人でしたいことがあります」 「最初は気持ちを伝えられたら十分だと思っていたはずでした。でも……いつの間にか、それでは満足できなくなってました」 「だから、全然足りません。まだまだです。ずっと……ずっと先まで一緒にいたいです」 「………。そうだね、俺も同じだ」 「好きです、大好きです、愛しています……」 「俺も好きだ。大好きだ、愛してる」 「これからも一緒にいよう。2人で歳を重ねていこう。幸せな家族を作って、子供を育てて」 「お祖父ちゃんやお婆ちゃんになっても、ずっと」 「それは……とても、素敵なことですね」 「他にも沢山、楽しいことはあるよ」 「一緒に探して、見つけよう。2人でやりたいことを」 「……はい、凄く楽しみです」 彼女は決して、涙を流さなかった。声を震わせたりすることもなかった。 落ち着いた声でゆっくりと、優しく語ってみせた。 だから俺も、2人の未来について優しく返す。 そうして俺たちは、夜が更けるのも構わず語り合った。互いの存在を確認するように、身体を寄せたままで……。 「(……ん……ぅぅ……)」 「(あれ……なんだ? 俺、どうしたんだっけ?)」 眠りにつく直前のことが、思い出せない。 いつも通りに寝たんだっけ? ふと身体を起こそうとしたが、全く動かない。 「(これ……もしかして、また金縛りか?)」 二日続けてなんて……どういう事なんだろう? 不思議に思ったその時、背筋に冷たいものが走った。 昨日と同じだ。部屋の隅の方に、やはり妙な気配を感じる。 「(この気配は、まさか昨日と同じ――ッ!?)」 「(やっぱり祟り神!?)」 『憎い……憎い……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……』 『許さない……許さない……許さない……』 『祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる……祟ってやる、祟ってやる、祟ってやる――』 「(――くっ、このっ)」 以前と同じ、憎しみの“声”が俺を押し潰そうとするように、流れ込んできた。 咄嗟に前回と同じように、押し返そうとしても、手元に叢雨丸はない。 そして、身体も動かない。 なすすべもなく、俺はそのどす黒い怨みに呑みこまれて―― 「――っぁッ!? ……はっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 勢いよく身体を起こし、慌てて部屋の中を見回す。 だがやはり、そこに祟り神の姿はない。 隣で朝武さんが寝息を立てながら、静かに眠っているだけだった。 「やっぱり夢か……でも、なんであんな夢を二日も続けて……」 こんな偶然があるだろうか? 「もし……これがただの偶然じゃないなら」 「この夢に意味があるんだとしたら……やっぱり犬神の怨みが深く残ってるんだ」 「じゃないと、あんな夢を見るなんておかしい……」 やっぱり憑代のせいだ。 憑代のせいで、朝武さんは苦しんでいる。 それを思うと、悔しさと憎しみが俺の胸にこみ上げてきた。 「んっ……はぁ……はぁ……んんっ、すぅ……」 改めて朝武さんの様子を見ると、その寝息はどこか苦しそうに思えた。 「まさかっ!?」 そっとおでこに手を当てると、少し熱い。 「熱が……」 もしかしてこれ……衰弱の始まりなんじゃ……? 「憑代を一つに戻さなければ」 「憑代が強力にならなければ、朝武さんをこんなに苦しめることはなかった……」 「あの憑代さえ、なければ……」 そんな憎しみにも似た思いが、俺の心を塗り潰すように渦巻いた。 「ご主人、起きたのだな」 「………」 「どうした、ご主人? 服も着替えぬままで。しかも……」 ムラサメちゃんの視線が、右手に握り締めた叢雨丸で留まる。 警戒するように、その目がスッと細められた。 「なにやら剣呑な雰囲気じゃな。叢雨丸まで持ち出したりして一体どうした?」 「ムラサメちゃんに協力して欲しいことがある」 「事と次第によるな」 「叢雨丸に宿って欲しい。力を使いたい」 「一体何をするつもりなのだ、ご主人?」 俺の雰囲気に何かを感じたのか、ムラサメちゃんの声が厳しくなっていく。 だが俺も、怖気づいたりはしない。 そんな余裕はないんだ。 「憑代をもう一度砕く」 真っ直ぐにムラサメちゃんを見据えながら、俺はハッキリとそう告げた。 「寝言は寝て言え、ご主人」 「夢を見た」 「祟り神の夢だ。でも、あの気配と存在感は、夢の一言で片付けられるものじゃなかった」 「呪いは……やっぱりまだ終わっていなかったんだ」 「このまま放置して、衰弱が始まったら手遅れになる」 「だから、憑代をもう一度砕くと言うのか?」 「自分がどれだけバカなことを言っておるか、ちゃんと理解しろ、ご主人」 「してるよ」 「いいや、わかっておらん。憑代を砕いたりすれば、今度はご主人まで巫女姫と同様の呪詛で祟られるのだぞ」 「俺はそれでもかまわない!」 「ご主人さえよければすむという話ではない! 意味がないと何故わからぬのだ!」 「意味はちゃんとある! 少なくとも、呪いが軽くなれば彼女は生きていられる」 朝武さんは言ったんだ……生きたいって。俺と一緒に生きたいって言った。そのためなら……。 「……それは……その気持ちはわかる。確かに、何ものにも代え難い時間であろう」 「じゃがな、ご主人! そんな方法で手に入れた時間では芳乃をより苦しめるだけだ!」 「自分のせいでご主人が呪われたことに、責任を感じぬと思うてか!?」 「そんなこと言わなければいい」 「憑代を砕いて気付かれぬはずがなかろうが!」 引き下がることなく、ムラサメちゃんが俺に詰め寄ってきた。 だが俺も怯まない。真正面からムラサメちゃんと対峙する。 「芳乃は『ご主人と一緒に生きたい』と言ったのであろう」 「その時間を芳乃に重荷を背負わせるためだけに使うつもりか?」 「――だとしても! もうあの耳は消えなくなっているんだぞ!」 「さらに厄介なことになるぞ! 短慮を起こすでない!」 「やってみなけりゃわからない!」 「このっ……たわけがっ! いい加減にせぬか!」 ムラサメちゃんは、俺の胸ぐらに掴みかかるように手を伸ばしてきた。 その瞬間―― 『―――ッ!?』 バチンッ! と、電流でも流れたように、何かが弾けた。 「いっ、今のはっ!?」 「な……何をした、ご主人」 「俺だってわからないっ、こんなこと初めてなのは、ムラサメちゃんだってわかってるだろ」 「それに俺には呪術的な知識は全くない! 変な力なんて使えない」 「それは確かにそうじゃが。何もなければあのような反応が起きるはずが……」 「しかも今の反応、穢れに近い……――まさか!?」 「な、なんなんだ?」 「動くな!」 俺が返事をするよりも早く、ムラサメちゃんが両手を大きく広げた次の瞬間―― まるで猫だましのように、目の前で柏手が打たれる。 「――ッ!?!??」 目蓋を閉じても、視界を焼くような眩しい光が俺を襲った。 「(これは、ムラサメちゃんの神力!? でもなんで、いきなりこんなことを――)」 その行動に戸惑う。 だが、同時に不思議なことがおきた。 まるで憑き物でも落ちたように、スー……と頭の熱が引いていく。 代わりに湧き上がってくるのは、自己嫌悪の思い。 「俺は……なんで……」 「なんで憑代を砕くことしか考えなかったんだろう……?」 ムラサメちゃんの言う通りだ。 悠長に構えている余裕はないとしても……俺がしようとしたことが、どれだけ愚かしい事か。 その短絡的な行動が、事態を余計ややこしくしかねないのに……。 「……どうやら元に戻ったようじゃな、よかった」 「本当、なんであんな風に考えたのか……ちょっと自分を追い込んでたのかもしれない」 「それもあるかもしれんがな、それだけではない」 「………?」 「今、原因が分かった」 「全てはご主人に取り憑いた怨念が原因だ」 ムラサメちゃんが、学院に通いだして最初の日曜日が来る。 俺は午後、彼女を誘って祖父ちゃんの旅館へと向かう。 「何故、玄十郎のところに行くのだ、ご主人」 「もう剣の稽古はいらぬのに」 「いいからいいから」 俺は彼女と繋いだ手をぶらぶらとゆらしつつ、のんびり歩く。 「散歩気分で付き合ってよ」 何度も繋いだ手にちよっと力をこめて、俺は笑顔を彼女に向ける。 「それはかまわんが……」 「あの旅館は散々行ったがのう。まあいい」 ちょっと肩をすくめるような仕草をしつつも、ムラサメちゃんは付いて来てくれた。 旅館に到着。 「車があるな、お客のかのう」 「客というか……まあ、もうすぐわかるよ」 「は? どういう意味じゃ」 俺の言葉にムラサメちゃんがぽかんとした表情になる。 「いいから、皆が待ってる。行こう」 俺はそう言って、見知った車の前を横切り門の中へ。 「今日のご主人は、ちょっと不可解じゃ……」 ムラサメちゃんも首をひねりつつも、俺と手を繋いだまま玄関へと向かった。 「失礼します」 「玄十郎、元気か――ん?」 客間に居た人物を見て、ムラサメちゃんは、目を丸くする。 そこには3人の人物がいた。 一人は当然のごとく、祖父ちゃん。 「いやあ、初めまして、有地幸弘、将臣の父です」 「私は母の有地都子です。いつも息子がお世話になってます」 「――なっ?!」 「ご、ご主人の父上と母上となっ?!」 ムラサメちゃんが瞳を見開き、驚いていた。 「うん、今日、来てくれって俺が頼んだんだ」 「そ、そーいうことは先に言わんか!」 「吾輩にも、心の準備というものがだな……」 「いやいや、そんなにかまえなくてもいいですよ」 「気楽にしてください」 「それにしても、本当に可愛らしいお嬢さんね」 「まるで日本人形みたいだわ」 「い、いや母上殿、わ、吾輩など、そんな……!」 突然褒められて、ムラサメちゃんは焦りまくっていた。 あわあわとその場で、両手で顔を覆い、赤面する。 「さて、将臣、これで全員そろったわけだ」 「言いたいことがあるのだろう? 言うがよい」 祖父ちゃんが俺を見る。 俺はこっくりと頷くと、すぐその場に正座をして居住まいを正した。 そして―― 「父さん、母さん、それから祖父ちゃん」 「俺、この子と結婚して、ずっと穂織で暮らしたい」 「どうか、それを認めてください」 俺は3人に頭を下げて、宣言した。 この地に留まること。 そして、ムラサメちゃんと添い遂げたいと。 「な、何?! 夫婦になるのか?!」 「ご主人、吾輩はまだ何も聞いておらんぞ?!」 俺の隣で、ムラサメちゃんが紅潮した顔をさらに赤く染めて慌てていた。 「君を幸せにするってことはそういうことだと思う」 「だから、きちんと約束したい。スジを通したい」 俺はムラサメちゃんの方を見て、微笑して。 「ムラサメちゃん、俺と結婚してくれ」 「夫婦になって、ここで暮らしてほしい」 「有地将臣、一生のお願いだ」 呆然とする彼女に、俺は両親と祖父の目の前でプロポーズをした。 「ご、ご主人……」 「ぐすっ、ご主人……!」 ムラサメちゃんの目じりに涙が溜まる。 でも、彼女は笑っていた。 今までで、一番嬉しそうに。 幸せそうに。 「まったく、この子はまだ本人にも言ってなかったの?」 「ムラサメさん、こんな馬鹿な息子だが、いいかい?」 俺の両親はすでに承諾したような口ぶりだった。 苦笑ぎみだが、笑っていた。 「い、いい……」 「いや、ご主人――将臣でなければ、嫌なのだ」 「よろしくお願いするのだ……」 今度はムラサメちゃんが、その場に正座して大人達に向かいペコリと頭を下げる。 そこにはムラサメ様はもういない。 一人の普通の少女、ムラサメちゃんがいるだけだ。 「私は、お義母さんと呼んでね、ムラサメちゃん」 「なら、僕はお義父さんだね」 「では、ワシは祖父ということですな」 父も母も、そして祖父も満面の笑顔で、そんなことを言ってくれた。 「ありがとう……!」 家族に祝福された喜びに、俺は打ち震えた。 嬉しい。 皆が、ムラサメちゃんを受け入れてくれたことが。 「ご主人!」 「うわっ?!」 俺はいきなり、抱きついてきたムラサメちゃんに押し倒されようにして抱きつかれた。 「500年、一人だった吾輩に、こんなにも家族が……!」 「ご主人は吾輩にたくさんのものをくれたな……!」 「吾輩にとっては、ご主人こそが生き神様だ……!」 俺の胸に顔うずめて、泣くムラサメちゃん。 俺はこみあげてくる愛おしさをかみしめながら、そっと彼女を――嫁を抱き返した。 そして、笑いながら言った。 「これからは別の意味でご主人だな、俺」 「わはは、そうだな、ご主人……!」 俺達の会話を聞いて、周囲の皆も笑い出した。 俺は今日という日を忘れない。 都会でくすぶっていた俺はもういない。 この地で、愛する少女とともに生きる覚悟を胸に深く刻んだ俺が、俺は誇らしい。 ありがとう。 ありがとう、ムラサメちゃん。 500年の時を越えて、俺と出会ってくれて―― 「ああっ、すごい! オーロラですっ、オーロラが見えますよ!?」 「口の中から、オーロラのように味が広がって……あれ? どんどん、空が近づいてきて……?」 「しっかり! しっかりしてくださいっ、芳乃様!?」 「しゅ……しゅご、しゅごぃ~……きれいで、ぶくぶく」 「だからそれは幻です! しっかりしてくださいっ」 朝武さんは、なにやら瞳をキラキラさせながら、しゅごいしゅごいと連呼している。 だが、実際にはなんとか正気に戻そうとする常陸さんから、往復ビンタを喰らってる真っ最中なのだ。 実は、昨日もらったお菓子のことをみんなに話したところ―― 『有地さん? せっかくくださった物に対して、失礼にも程があります!』 『あは、いくらなんでも大袈裟過ぎますねぇ』 『だいたい、あのレナさんがそんな変な物を渡すなんて、信じろと言う方が無理です』 と、まったく取り合ってくれなかったのだ。 それで仕方なく、実食してもらったところ……ご覧の惨劇を引き起こしてしまったのである。 「あ……あれ、オーロラは? おかしいな、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、いったいどこに?」 「ほ、本気でおっしゃってるんですかぁ?」 「これではおーろらというより、三途のおーろらだな」 ただの飴に生死を彷徨わせる力があるとは、これは本当に食べていい物なのか? 「それで、改めてみんなに相談していいかな?」 「実はお礼としてこの飴を渡されたんだけど、いったいどういう意味だと思う?」 「……飴? あれは、飴だったんですか?」 「たぶん? とにかく常識を教えるとか言って、毎日変な会議に参加させられたり、毎朝寝床へ潜り込まれたり」 「本当は嫌だっていう、無言のメッセージってことはないかな?」 「吾輩にはレナがそんなことを考えるとは思えんがの」 「少し待って下さい、そう言えば聞いたことがありますね……」 常陸さんはスマートフォンを取り出して、なにか検索し始めた。 文明の利器だな。 「ありました……レナさんに渡されたのと同じパッケージですよね?」 「うっ、世界一不味い飴? サルミアッキ?」 「世界……? なるほど、キャッチフレーズに偽り無しかと、うっぷ」 朝武さんは、まだ気分が悪そうだ。 「まさか、本当に嫌がらせとか?」 「いえ、レナさんの国は、他にも世界一不味いグミや世界一臭い缶詰など」 「マイナス方向での世界ランキングを席巻しているようですねぇ」 「ま……まさか、レナさんの国では、あれが普通だと?」 「……悪気がなくて、これだっていうのか!?」 「サイトによると現地の子供は普通に食べているそうですから、おそらくは」 その事実に、正直震えた。 「ぜ、絶対に嘘です! 子供に食べさせたら、泣き出すに決まっています!」 「うーむ、そこまで不味い不味いと言われたら、反対に食べてみたくなるのぅ」 「……正気か、ムラサメちゃん?」 「あは、二名の尊い犠牲を前にしても恐れを知らないとは、さすがはムラサメ様ですねぇ」 「…………」 「……」 「おやぁ、どうされましたか?」 「そう言えば茉子も、有地さんの言うことを大袈裟だと決めつけてたわよね?」 「せっかくお礼でもらったのに、1人だけ食べないのは失礼じゃないかなぁって」 「な、なにをおっしゃってるんですか? ワタシはそんな……ちょっ、ちょっと芳乃様、なにを!?」 なんと、朝武さんが常陸さんを後ろから羽交い締めにしたのだ。 「観念しなさい! たまには茉子も、恥ずかしい失敗をすればいいんだもんっ」 「ま、待って下さい、それとこれとはなんの関係もないのでは?」 「羨ましいのう、茉子……羨ましいのう」 「ムラサメ様まで、ご冗談をっ」 「さっきはムラサメ様の勇気を褒めてたじゃない? さあ有地さんっ、今です!」 「……わかった」 飴を一粒摘み、常陸さんににじり寄ってみる。 すると、珍しく露骨に狼狽え始めたのだ。 「お、おおおお、落ち着いてください、有地さんっ」 「実は今日に限って、身代わりの術を用意していなくて……」 「へえ、そうなんだ」 「そ、それに有地さんが、そんなことするはずがないと信じ……信じてっ、んむむッ!?」 つい唇の間へ飴を押し込んでしまう。 だって常陸さん、本気でビビッてるんだもん。 「どうだ、茉子? どんな味なのだ? どうなのだ!」 「…………」 「どうした? 黙っていては、なにも伝わらぬぞっ、しっかりせんか!」 「どうやら、これで茉子にも、私と有地さんの苦しみが伝わっ…………茉子?」 「…………」 「……………………」 「…………」 「あ……あれ、常陸さん? まさか、ノーリアクション?」 「…………………………………………」 いや、1人だけ時が止まったように、常陸さんは微動だにしない。 まさか死んだか!? そう疑い始めたとき、常陸さんは無言のままよろよろと椅子を引き、倒れ込むようにお尻を落とした。 「………………………………………………………ぅぇっぷ」 「大丈夫、茉子!? ごめんなさいっ、リアクション取れないほど、不味かったのね?」 「俺も悪ふざけが過ぎたよ、ほら、水! 水飲んで?」 「……うっ……うっ、すみません、涙が」 「泣かないでっ、大丈夫! ちゃんと生きてるから、茉子はちゃんと生きてるからね?」 あの、常陸さんでさえ? 「そう言えばムラサメ様……どんな味か、お尋ねになりましたよね?」 「お、おお……」 「口へ入れた瞬間は甘みがなく、やけにしょっぱいなくらいしか感じません」 「ところが、充分口の中へ広がったところで、突然、ハッカかミントのような清涼感と共に」 「魚の内臓が腐ったような臭いが、鼻の中を爽やかに吹き抜けていくのです」 「的確に表現されると……私まで味を思い出して、ううっ」 「ひ、常陸さん、もういいよ! 俺達が悪かったから、もうやめて!」 「はあ……はあ……特に、後味が最悪で……自分の舌が腐ったかと思うほど、腐った内臓の味がいつまでも消えず」 「その不快な味は全身で感じるほどで……ふ、ふふふ」 「味を全身で感じるなんて、これは実際に味わった人でなければ決して……」 「だからもういい! もういいんだ、常陸さんっ」 「す……すまなかった、吾輩も興味本位で煽ったりしてすまなかったのだ」 そのまま常陸さんは復活できず、グロッキーになってしまった。 今も座ったまま天井を仰ぎ、目の上に濡れタオルを乗せている。 「これまで日本のことをいろいろ教えてきたけど、レナさんの地元ってけっこう謎のままだよね?」 「ええ……向こうでいったいどんな食生活をされていたのか……」 「せめて日本にいる間だけでも、美味しい物をたくさん食べさせてあげるべきなんでしょうか?」 聞きようによっては失礼に聞こえるかもしれない。 でも、朝武さんは本気で心配してるんだろう。それほど、あの飴は最悪……いや、災厄の味だった。 災害レベル鬼に認定されても、たぶん驚かない。 「うぅむ、人の味覚はそれぞれであるからなぁ」 「そんなレベルじゃないんです!」 「い……いや、本人に聞いてみぬことには、わかるまい?」 「確かにそうだよな」 「よしっ、今日は反対にレナさんの国のことを聞いてみようか?」 「おはよう、みんな……おや? 声が聞こえてくるから、てっきり朝食の時間かと思ったんだけどな」 「お父さん! ごめんなさい、朝食は……あっ」 調理担当の常陸さんは、まだグロッキーのままだった。 「だ、大丈夫です、急いで準備を……うっぷ」 「いいから茉子は休んでて! ……え、えっと」 「じゃあ、俺が! 簡単な朝食くらいなら、できると思うし」 「わ……私も手伝います」 「ひょっとしてなにかあったのかい? よくわからないけど、ゆっくりでいいよ」 「飴でも舐めながら、待つことにするから」 ……飴? 「ん? 変わった味の飴だね」 「お、お父さん!? ダメっ、すぐに吐き出してッ!!」 「あはは、ごめんごめん。ご飯の前にお菓子を食べるなんてよくなっ…………ウグッ!?」 「お父さぁーーーーーんッ!!!?」 この飴が怖ろしいのは、不味さが遅れてやってくる点だ。 体温で溶け出したエキスが口の中へ充分広がってから、一気に襲いかかってくるのである。 遅効性の毒物と同じ理屈だ。 「もはや、食べ物ではなく凶器だ……」 「あはははっ、あはははははは! マコもっ、ヨシノのお父さんまで……あはははははっ!」 今朝の顛末を教えたところ、レナさんは机をバンバン叩いて爆笑し始めた。 この反応を見るに、やはり他意はなかったようだ。 「も……もう笑い事ではありませんよ」 「ご、ごめんなさい、でも……あはははははっ! そこまでになると、思わなかったですよっ」 「ところで、レナさんの国では普通のお菓子だって聞いたけど、本当なの?」 「まさかっ、普通ではないですよ?」 「おや、そうなのですかぁ?」 「ちょっと変な味のお菓子くらいの感じですね?」 「あれで……ちょっと?」 「でも日本の人にはすごく変な味かもしれないと、わたしもマサオミに渡してから気が付きましたよ」 「えっ、気付いてたの!」 だったら、そのときに言って欲しかった。 「荷物の中で一番取り出しやすいところに入ってたのを適当に持って来てしまいまして」 「けど不味かったら、マサオミから連絡してくれると思ったですよ?」 「確かに一番最初に食べた有地さんがすぐ確認してくれれば、惨劇はそこで食い止められたはずですねぇ」 「うっ……ごめん」 「てかこれ、そんなに不味いのか?」 「うっ……臭いがすでに危険な感じがする」 世界一不味い飴・サルミアッキは、学院まで持って来ていた。 安晴さんの事件もあり、家に置いておくのは危険だと判断したのだ。 「先輩方も食べる前に気付きましょうよ」 「なんていうか、これ……言葉にして説明したくないような臭いが」 「なんでも、工業的に精製された塩化アンモニウムが混ぜられているそうです」 「なんのために!?」 腐敗臭の原因は、それか! 「本当に食べても平気だったんですか?」 「みんな食べてるから、それは平気だと思いますね」 「へー、だったら俺も1個食べてみようかな」 「冗談じゃない! 自殺願望でもあるのか!?」 「せめて、遺書を書かれてからにするべきです」 「あははは、いくらなんでも死ぬわけないだろ?」 こいつ、話を聞いてなかったのか? 「むしろ、どれくらい不味いか気になってな」 「あの、本当に考え直した方が」 「オチが見えてるボケほど寒いものはないぞ? 犬死にだ!」 「あはは、無駄無駄。必死に止められると、逆に気になってくるだろ?」 「廉兄なら別に死んでもいいから、私は止めないけど」 「うっせ! どれどれ……ん??」 「なんだ、全然大したことないぞ? みんな大袈裟過ぎたんじゃねえの?」 全員が、いたたまれない目で廉太郎を見ていた。 「なんだ、そうなの?」 「ああ、飴なのにしょっぱくて苦いけど、楽勝で許容はん、あ? …………グゲョォッ!!?」 「廉兄ぃー! 廉兄ぃぃーーーっ!!?」 廉太郎が椅子ごと床へ転がるものの、慌てているのは小春だけだった。 誰もがもう、慣れきっていたのだ。 「うーん……やっぱり日本の人の口には合わないみたいですね」 「そんなレベルじゃないよ!」 「お、オーロラが……きれいな、オーロラが、しゅごぃ~……あれぇ?」 「祖母ちゃん……それに、ひい祖父ちゃんと……ひい祖母ちゃんも、お~い……待ってくれよぉ~」 「廉兄、しっかり! 目を覚まして! 廉兄がっ、廉兄が死んじゃうぅ~!!」 美しい兄妹愛を見せつけられるものの、正直、まったく感動しなかった。 「けど、どうしてオーロラが見えるんでしょうか?」 「レナさんの国は、オーロラの国なんだっけ?」 「はい……ただ、わたしの国では、オーロラの向こうには死者の世界があるという迷信があります」 「本当に三途のオーロラだったのか!?」 「やっぱり、人が食べていい物じゃないよ!」 「そんなことないはずですけどね……」 「そもそも、なんのためにこんな物を食べるんですか?」 「そう言われましても、わたしの国の古いお菓子は、砂糖ではなくリコリスを使ってますね」 「ですから風味は独特ですが、昔から普通に食べられてますよ」 「待って、リコリスってなに?」 「甘い味がする草ですね。アジアの国々でも、カンポウに使われるそうですが?」 「確かに、言われてみれば薬っぽい味もしていましたね」 「あ、ああ……正○丸と魚の内臓を磨り潰して混ぜ合わせたような味とハーブのような清涼感が同居していた」 廉太郎はようやく復活したのか、机にしがみつくようにして這い上がってくる。 「そういうことだったんですね! つまり、身体にいい食べ物だったんですよ」 「そっか、良薬口に苦しって言うもんね」 「健康食品なら、むしろ凄い効果が期待できそうですねぇ」 「なんだ、俺達は健康になっていたのか! 無駄に死にかけたわけじゃなかったんだな?」 「ああ! そういうことだよね、レナさん?」 「……………………うーーん」 「……レナさん?」 「はい! きっとそうですねっ」 嘘だ! そんなの聞いたことないって顔だった。 「ま、まあ、それより今日は他にも実家から届いたお菓子を持ってきてますので!」 「…………え?」「…………っ」 途端に朝武さんの顔は青くなり、常陸さんは膝から下をぷるぷる震えさせた。 「もー大丈夫ですよ? ジンジャークッキーは外国の人も美味しいと言ってくれますから」 「へ、へー、生姜入りのクッキーなのかな? じゃあ、1つもらいますね」 「お前、勇気あるな」 「だってクッキーだし、他に変なのが出る前におなかいっぱいになったほうがいいかなって」 「策士か! ずるいぞ、小春っ」 その手があったか! 「みんな警戒し過ぎですよ? ほら、クッキーは美味しいです……ほら」 レナさんは自分でも食べてみせる。 だが誰も信用してないのは、明らかだった。 「策士、策に溺れなければいいんですけどねぇ」 「だ……大丈夫、クッキーなんだから大丈夫ですよ」 小春は自分に言い聞かせるようにしながら……サクッ。 「あ! 食べられるっ、ちゃんと食べられるよ、これ!」 「ちょっとぱさぱさして喉が渇く感じがするけど、ちゃんと食べられるよ!」 「はい、わたしの国ではコーヒーと一緒に食べますね」 「確かに、合いそうですね!」 「どうやら、本当に大丈夫そうだな」 ただ小春が、一言も美味しいと言わないのは気になった。 「こっちの、ブルーベリーっぽいのは? ……ジャムにしては、さらさらしてるけど」 「それはベリーソースですね」 「お菓子ではないですが、お料理にかけて使いますよ」 「よしっ、それは俺がもらった!」 横からビンをひったくられる。 「今日はちょうどパンだし、ブルーベリーなら外れはないだろ?」 「ずるいぞ、廉太郎!」 「もたもたしてるほうが悪いんだよ、どれどれ……ん?」 「んー……」 「おや? どうかしましたか?」 「いや、不味いとかじゃなくて、なんか想像してた味と違う」 「どういうこと?」 「甘いと思ったら、しょっぱい」 「チキンステーキによくかけられてるトマト系のソースのトマトを、ブルーベリーにしたような味って言えば伝わるか?」 それは……微妙そうだな。 「そうですね、ベリーソースはお肉やお魚にかけることが多いです」 「わたしの国、ベリーが豊富で毎日食べますから」 「日本のお米ほどではないですが、いろんなものに使いますよ」 「なるほど、食べ慣れると美味しいって感じなのかな?」 ソースを少し指に垂らして味見させてもらうが、これくらいなら好みの範囲で許されるだろう。 なぜ、あの飴だけ衝撃的に不味いのか、不思議なくらいだ。 ただ日本人の俺には、甘い物は甘い物、しょっぱい物はしょっぱい物で分けて欲しい気がする。 「あと毎日食べるもので、日本の人に馴染みがありそうなのはパンケーキですかね?」 「ぴゃ、ぴゃンケーキ!?」 「レナさんの国では、毎日ぴゃンケーキが食べられるんですか!?」 小春も朝武さんも声が裏返ってるんですけど! 「はい、他にもパンはありますが、一番多く食べるパンですね」 「お皿の上にたくさん重ねて、みんな自分が食べたい分だけ取って食べます」 「……住みたいかも、北欧」 「落ち着いてください、あの飴の味をもう忘れたんですか?」 「女子ってやけにパンケーキが好きだよな? 巫女姫様でさえ、そうだったとは」 「俺にはホットケーキとの違いさえわからないけど」 「パンケーキには、サーモンの燻製や鹿肉を挟んで食べますね」 「……へ?」 「え? えっと、ベリーが豊富だったのでは、ないんですか?」 「はい、でもパンケーキにはサーモンではないですか?」 「そこはジャムとか、クリームじゃないんだ……」 やっぱり、しょっぱい物と一緒に食べるのか! これはもう、そういう文化と思うしかなさそうだ。 「しかし飯マズはイギリスのイメージだったけどな」 「なにをおっしゃってるんですかぁ?」 「イギリスには美味しい物がないだけで、不味いわけではありませんよ」 「みんな、滅茶苦茶言うなあ」 「つか、将来苦労するのはお前だろ?」 「ど……どうして?」 「飯マズは地味にきついぞ? なにせ、毎日のことだからな」 「だ、だから、どうして俺が……」 「マサオミ? メシマズとは、いったいなんのことですか?」 「い、いや! レナさんは気にしないで?」 「美味しさの基準は国や文化によって違うんだから」 俺達の味覚に合わせた発言は、好みの押しつけでしかないだろう。 「そんなことないと思いますよ?」 「わたしの国では最近、日本食が大流行してますからっ」 やっぱり飯マズなだけじゃないのか!? 俺のフォローを台無しにしないで欲しい。外国で日本食が受けているのは、ちょっと嬉しいけどさ。 「おや? みんな、どうしましたか?」 「い、いや、そうなんだなと思って」 「日本食が、そうですか」 「やっぱり……レナさんには、もっと美味しいものを……」 おそらく実家のお母さんのような心境なんだろう。 朝武さんに至っては、すでに涙目になっている。 「ん? ところで、さっきからレナさんが食べてるのはなに?」 「ああ、これはお菓子ではありませんよ? ただのジャガイモパンです」 「ジャガイモでパンが焼けるの!?」 手のひら大の平べったい形で、見た目はクッキーに似ているけど、確かに質感はパンっぽい。 「地元の食べ物いろいろ送ってもらって、懐かしくなって厨房を借りて焼かせてもらったんです」 「小麦が貴重だった頃のパンで、わたしは好きですけどただの貧乏料理ですよ」 「へー、わざわざ自分で焼いたんだ」 そこまでするなんて、レナさんにとってお気に入りの一品なのかもしれない。 「どんな味なんだろ? 一口もらってもいい?」 「別にそれはいいのですが、素朴というか、すごく美味しい感じではありませんから、お奨めはしないですよ?」 「でもレナさんは好きなんだよね?」 「んーですが……本当に、本当に期待しないで欲しいです」 「日本でいうところの駄菓子とか、そういうものですから」 「大丈夫。むしろ、駄菓子大好き」 半ば無理矢理、端っこを千切らせてもらう。 「どうも、わたしの国のお料理は日本の人に評判がよくないようですから心配ですよ」 「メシマズの意味も、なんとなく想像できてしまいましたし」 「あっ……でも、これはまだわからないから」 やっぱり、気付かれてたか。 でも美味しい物をみつけられれば、この空気をなんとかできるはず! 「いただきまーす……ん? んんっ」 「あ、ああ、マサオミ! 無理しなくていいですからね?」 「うううっ……やっぱりマサオミも、メシマズな女の子は……」 「いや、美味しいよ、これ!」 「へ?」 「お兄ちゃん……本当のこと言うなら、今のうちだと思うよ?」 「まさか俺達を騙して、地獄へ引きずり込もうとしてるってわけじゃないよな?」 「別に信じてくれなくてもいいよ、好みによるかもしれないから」 「……マサオミ? 本当ですか、本当の、本当に美味しいと思いますか?」 「うん、確かにすごく美味しいってわけじゃないけど、癖になる味っていうか」 「もう一口もらってもいい? ……いや、それじゃレナさんの分がなくなっちゃうかな」 さすがに図々しいよな。 伸ばしかけた手を引っ込める。 「い、いえ! マサオミに食べて欲しいですっ」 「えっ、でも」 「わたしはいつでも自分で焼けますし……わたしの、焼いたパンをマサオミが気に入ってくれたなら」 「すごく、すごく嬉しいですよっ」 「だから……マサオミに食べて欲しいですね!」 「そ、そう? だったら、遠慮無く」 なんだか、やけに照れてくる。 ジャガイモパンは本当に素朴な味で、牛乳が欲しくなるような味だった。 けど俺には、レナさんの味という気がした。 「えへへ、少し……不思議な感じがします」 「どういうこと?」 「わたしの国でも好みが分かれる味なのに、それをマサオミが気に入ってくれるなんて」 「なんだか、ふふふ……えへへへへ」 「……上手く言えませんね」 「う、うん」 やっぱりこれは、レナさんの味だ。 いつの間にか、周りの空気もあきれたような、それでいて受け入れられているようなものに変わっていた。 「気に入ってくれたなら、今度また、焼いてきますね?」 「本当に? いいの?」 「はい……わたしも、マサオミにはわたしの焼いたパンを、食べて欲しいです」 もそもそしてるはずのパンが、なんだか甘く感じられた。 「だったら、頼んでもいいかな?」 「はい!」 帰りはまた、レナさんと2人になっていた。 どうも周りのみんなからも、そうなれるよう気遣われている雰囲気があるのだ。 けど俺自身、もうそれをただの誤解と言い切れなくなり始めていた。 「今日はたくさん笑って、楽しかったですねぇ」 「あはは、その分、大変ではあったけどね」 またレナさんが手を握ってくる。 俺も、それを待っていた気がするのだ。 「おー、わたしは自分の国のこともお話しできて、それも楽しかったのですが」 「みんなはわたしの国の食べ物、口に合わないみたいでしたからね」 「いやいや、そこは俺も楽しんでたから」 サルミアッキとかいう飴は、もう食べたくないけど。 「レナさんのこと知れたような気がして、ちょっと嬉しかったかな」 「……マサオミ、そう言ってくれるとわたしも嬉しいですね」 「そうだ! そう言えば、レナさんに聞きたいと思ってたんだ」 「はい? なんでありましょう?」 「実はレナさんの国のこと、もっといろいろ知りたいと思ってたんだ」 「聞かせてもらってもいいかな」 「もちろんいいですよ! でも、たとえばどんなことを知りたいですか?」 「なんでもいいんだけど……そうだなあ、レナさんの地元ってどんな場所?」 「わたしの国でも北の方……ラップランド、北極圏にありますよ?」 「うん、前にも聞いたやつだよね」 「はい、だから一日中太陽が出ていたり、沈んだままだったりしますね」 「日本語だと、《びゃ》白《くや》夜と《きょ》極《くや》夜っていうのかな?」 「ビャクヤとキョクヤ? ビャクヤとキョクヤ……覚えました」 「それから冬は、オーロラ観光が盛んですね」 「オーロラの国だ」 「はい、夏は森と湖が綺麗で、あと誰かが住んでる場所以外に生えているベリーは自由に摘んでいいんです」 「法律で、自由にベリーを摘む権利が認められてますから」 「へえ、なんか凄いな」 「ヨーロッパでも珍しいかもですね」 「でもわたしの国、ベリーはそこら中に生えてますから、みんな勝手に摘んでいきますよ」 「国民が毎日食べてもなくならないくらい、たくさん生えてるってこと? そこら中に?」 「とんでもなく、自然が豊かなんだな」 穂織も充分田舎だけど、日本人の俺にはまったく想像できない。 「自然と言えば、フィヨルドを見に来る人も多いですね」 「フィヨルドって?」 「んー……わたしには説明が難しいのですが、昔々には国中が氷に覆われてた時代がありまして」 「昔々って、氷河期のことかな?」 「ヒョウガキ……そう言うのですか? そのとき、大陸を覆うほど大きな大きな氷が、山と海を削ったんです」 「そうしてできた土地、場所がフィヨルドですよ」 「へえ、想像できないくらい……とにかく、なんか凄そうだ」 「わたしにとっては当たり前の景色でしたが、離れてみると懐かしい感じですね」 「いつか、マサオミにも見せたいですよ」 「あはは、オーロラも見なくちゃいけないし、なかなか忙しいな」 「あとは……そうですね、わたしの村ではトナカイをたくさん飼ってますよ」 「鉢植えの植物を外へ出してると、たまにトナカイが食べちゃうこともありますね」 「へー、そんなに身近なんだ? 俺にはトナカイって、サンタクロースの《そり》橇を引いてるイメージしかないけど」 「あははは、トナカイは力強いですけど、歩くのは遅いです」 「サンタクロースの旅は、きっとのんびりしたものでしょうねぇ」 すごく、のどかな村を想像する。頭の中で、そのイメージを膨らませてみた。 するといかにも、レナさんが住んでそうな村ができあがっていった。 「すごく、そこへ行ってみたい気がしてきた」 「もちろん! オーロラを見るには、わたしの村はぴったりだと思いますよ」 一面の雪景色の中、レナさんと2人並んで腰掛け夜空を見上げる。 つい、そんな想像をしてしまう。 「わたしの国では、トナカイはとても大事な生き物ですね」 「ツノや毛皮はもちろん、骨も残さず道具に加工されますし、どこのお肉も美味しくいただきます」 俺は、伝統工芸的な品物を想像した。 「日本食が流行ってからはカツオ節を真似て、トナカイでシカ節まで作ったくらいです」 「すごっ! 自分達の味覚に合わせて、新しい食材まで産み出すなんて」 「てか、食べてみたい! どんな味か、すごく気になるっ」 「ふふふ、わたしの国でも珍しい食べ物ですけどね」 しかし骨も残さず使い切る精神といい。 意外に日本と似たところも、たくさんあるんだな。 だとすれば、小麦の代わりにジャガイモを混ぜたパンや不思議な味のリコリス菓子も理解できるような気がした。 たぶん、北国ゆえに食材が豊富というわけじゃなかったんだ。 限られた材料を駆使する中で産み出されたのが、北欧の料理なのだろう。 知恵を使い、貧しさを豊かさへ変えてきた。 日本もかつてはそうだったはずで、それはどの国も変わらないのかもしれない。 「あーなんだかひさしぶりに、お祖父ちゃんや、お父さんとお母さんにも会いたくなりましたね」 「……っ」 レナさんにとっては何気ない、素直な気持ちに過ぎなかったんだろう。 そしてたぶん俺にとっては、せっかく近づいてきたものが、急に遠くへ行ってしまいそうな焦りだったのかもしれない。 「……え?」 「え、えっと」 思わず、レナさんの手を握り返していた。 行かないで欲しいとばかりに、ぎゅっと力を込めてしまったのだ。 俺は恥ずかしさと照れで、レナさんの顔をまともに見られなかった。 でもそれはレナさんも同じだったらしい。 「は……初めてですね、マサオミが……わ、わたしの手を、握り返してくれたのは?」 「そ、そうだっけ?」 「はい……今までは、嫌がらないだけで……握り返してくれることは、なかったですよ?」 言われてみれば、そうだったかも。 「……~~~~っ」 「~っ」 だがせっかく手を繋いでるのに、二人して俯いたままになってしまう。 それでつい、この場を取り繕おうとしてしまったのだ。 「そ、そうだっ、お泊まり会をしてみない?」 「へ? ま、ま、マサオミ!? そ、それはッ」 「い、いや! みんなでっ、友達みんなでさ、志那都荘に泊めてもらうんだ」 「昔よく、廉太郎や小春の友達も呼んで、やったんだけど」 「……むぅ~~~っ」 なぜか、不満そうにされてしまう。 けど俺もまったくの考えなしに言ったわけじゃなかった。 「だって、ほら? しばらくはまだ、穂織から離れるわけにはいかないわけだしさ」 「それまでは会いたくても、家族には会いに行けないでしょ?」 「え?」 「俺達じゃ、レナさんの家族の代わりってわけにはいかないかもしれないけど」 「……いや、そうじゃないな」 「思いっきり楽しんで、レナさんに穂織のことをもっと好きになって欲しいんだ!」 1つに戻りたい。 祟り神に操られてしまう原因が、ホームシックのような精神状態にあるのなら。 今いるこの場所が一番楽しいと思ってもらえれば、それを防げるんじゃないか? レナさんにとって、穂織はそういう土地であって欲しい。 「ふふふ、マサオミったら、そんなの、もう大好きに決まってます!」 「あ、ああ、そうか」 「ですが、みんなでお泊まり会は大賛成ですよ!」 「わたしは志那都荘でお世話になってますから、お友達は呼べないと思ってました」 「だからもし、みんなとたくさん遊べるなら、きっととっても楽しいですね!」 「うん! じゃあ早速、みんなにも相談してみよう」 それには誰よりまず、女将である猪谷さんの許可がいる。 レナさんを送るついでに、早速、本人に当たってみたのだが、 「ええ、深夜まで騒がないと約束してくださるなら」 「それくらい別にかまいませんよ」 意外にも、あっさり許可が下りてしまった。 この間、夜這いの疑いをかけられたはずだけど、祖父ちゃんが上手く誤魔化してくれたんだろうか? 「本当にいいんですか?」 「今の時期はまだお客さんが少ないですし、従業員の方にも順番にお休みを取っていただいてるところなんです」 「リヒテナウアーさんは住み込みで働いてもらっていますし」 「これくらいのことでもないと、リフレッシュできないでしょう」 なるほど、従業員の福利厚生も兼ねてるのかな。 「ありがとうございます、女将!」 「ええ、ただ今回は特別だと思ってくださいね?」 「将臣さんと親しくするようになって、リヒテナウアーさんは以前に増してお仕事にも熱が入るようになりましたから」 「えっ、そうなんですか?」 「お、おっ、女将! しょ、しょれはその、あんまり余計なことは言わないで欲しいですねっ」 「ふふふ、それは失礼を。でももし反対にお仕事へ身が入らないようになるようでしたら」 「許可は出さないでしょうから、そこは心得ておいてくださいね」 「うっ、こ……心得た、であります」 ともかくお泊まり会は無事、レナさんの部屋で開けることになった。 「よかったですね、マサオミ! これでみんなを招待できますよっ」 「わっ、と!? れ、レナさん?」 なんと、いきなりハグされてしまったのである。 なにがどうとは言わないが、もんのすごい威力だった! 「お、おう、日本の人はハグ慣れてないのでしたね」 「ごめん、びっくりしちゃって」 「んー……でも、マサオミには……もっと、慣れて欲しいです」 「ハグは、挨拶なんですから」 慣れろと言われても、正直自信ないなぁ。 だからって日本の文化にばかり合わせてもらうのも、気が引けるか。 「わかった、努力してみるよ」 「はい……えへへ、わたし達、いっぱいハグできるといいですね?」 「う、うん」 なんだかレナさんは、前よりさらに積極的になった気がする。 それだけお泊まり会が嬉しかったということだろうか? さて、場所が決まったのだから、メンバー集めもしなくちゃいけない。 ひとまず一番近場なところで、芦花姉の甘味処へやってくる。 「へえ、またみんなでお泊まり会するんだ!」 「懐かしいな、ガキの頃やったようなヤツってことか?」 「そう、そのイメージなんだけど、どうかな?」 「せっかく、お兄ちゃんが誘ってくれたんだもん! 明日はバイトも休みだし、絶対行くよっ」 「もちろん俺も参加ってことで」 「ありがと! じゃあ明日、2人とも志那都荘でな」 「てか廉太郎が甘味処にいるなんて珍しいな」 「たまには、妹の働きぶりでも観察してやろうと思ってな」 「嘘ばっかり」 「女の子だけじゃなくて、お兄ちゃんまで最近相手してくれないからヒマなんだよ、きっと」 「あはは、それで芦花姉はどうかな?」 「ごめんね、せっかくだけどアタシはお仕事があるから」 「あー、そりゃそうか」 「社会人はいろいろ大変なんだよー」 「でもせっかくだし、なにか差し入れくらいはしてあげてもいいかな?」 「いいの?」 「もちろん。レナちゃんには、こないだのパフェのお礼もあるから」 「おーーっ、マジで!」 「お姉ちゃん、ありがとう!」 「俺も期待させてもらうよ」 「ふふふ、期待してくれていいよ」 これは思った以上に楽しくなりそうだ。 「でも志那都荘は自分の家みたいなものだし、寝るときは自分の部屋へ戻った方がいいかな?」 「え? みんな一緒に寝れば、よくね?」 「それはダメっ、廉兄がいるから絶対ダメ!」 「女の子のいる部屋に、廉兄を泊まらせるわけにはいかないもん」 「ははは……」 俺も寝るときは、廉太郎の部屋へ行ったほうがいいかもな。 「――というわけでさ、祟り神対策も兼ねてってことで」 「志那都荘でお泊まり会をやろうと思うんだけど、みんなの都合はどうかな?」 「…………~っ」 次に朝武さんの家で、いつもの3人にも声をかけてみる。 「よい考えだと思うぞ、ご主人」 「帰りたいという気持ちが強すぎては、万一、また祟り神に操られそうになったとき」 「制御不能になる恐れもあるからな」 「なるほど、一理ありそうですね」 「ですが、有地さんにとって一番の目的は他にあるのではないですかぁ?」 「は、ははは、単純にみんなで楽しく過ごしたいっていうか」 「レナさんとも、もっと親しくなってみたいと思ってるのは本当かな」 「ほー」 「ははあ、ずいぶん素直になられましたね」 「い、いや、本当、みんなで楽しく過ごそうっていうほうが、メインだからね?」 まあ、そう言ってみたところで説得力はないんだろうな。 「ええ、わかっていますよ」 「ワタシももっとレナさんと親しくしてみたいと思っていましたから」 「じゃあ、常陸さんは参加ってことでいいよね?」 「朝武さんは、どうかな? ……朝武さん?」 「……~~っ、……~っ」 朝武さんは腕を上げたり下げたり、右を見たり左を見たり、挙げ句突然、背後を振り返ったりと、不思議なダンスを踊っていた。 まさか、不審者のモノマネだろうか? だがやがて、呆然とした顔のまま、おずおずと自分を指差した。 「ひょ、ひょっとして……わた、私を誘ってくださっているんですか?」 「レナさんがそう言ってくださっているんですか!?」 「友達みんなって言ってたから、当然入ってると思うけど?」 「……~~~~っ」 朝武さんはなぜか感極まったように、涙ぐむ。 「嬉しい、です……」 「わ、私、生まれて初めてっ、おと、お友達から……お友達からっ、お泊まり会に誘われました!」 「あ、ああ、そうなんだ」 「よかったですね、芳乃様。夢が叶って」 「うん……うん、ありがとう、茉子」 「私、実はお友達からお泊まり会に誘ってもらうのが夢だったんです」 「けど、この歳ではもう、永遠に叶わないだろうと諦めていたのに……」 「そんな大袈裟に考えなくても、普通で大丈夫だから」 「だって、私にとっては…………ハッ!?」 だが今度は突然、顔面を蒼白にさせる。 「あ、あの、私……本当に、すごく、すごく行きたいんですけど……」 「うん、それは伝わってるけど、都合悪かった?」 「……………………はい」 「朝武の巫女姫としてのお務めまで、休むわけにはいきませんから」 あっ、朝武さんはただの気楽な学生とは違うんだった。 けど普段より何倍も小さく見えて、ついなんとかしてあげられないかと考えてしまう。 「いいんじゃないか? たまには行ってきても」 「安晴さん!」 「お、お父さん、そういうわけにはいかないの! 志那都荘に泊まったら、朝のお務めには間に合わなくなるし」 「確かに泊まるのは難しいだろうけどね、夜まで一緒に過ごすだけでもいいじゃないか」 「その日は多少遅くなってもかまわないから」 「で、でも……」 「いいじゃない、たまには! 安晴さんもこう言ってくれてるんだから、ね?」 「そうですよ、芳乃様。せっかくお誘いいただいたのに、お断りするのは失礼かもしれませんよ?」 「そ……そっか、それはそれでよくないかもしれませんね?」 「……そうだ、なにか美味しい物を持っていきましょう!」 「私、レナさんには、美味しい物をたくさん食べて欲しいんですっ」 「いいと思うけど」 「あー、でも芦花姉からも差し入れあるらしいよ?」 「馬庭さんから? ……だったら、私は遠慮した方が……で、でも」 「私もっ、なにかお礼の品をご用意したいんですが、なにを持っていけばいいでしょうか?」 「この際、被ってもいいのではないですか?」 「お菓子を持ち寄るのも、お泊まり会の醍醐味ですから」 「み、みんなでお菓子を持ち寄って……~~~~っ、そうよね!」 「それって、すっごくいいと思う!」 「早速、なにかないか探して……あっ、それとも買い物へ行った方が!」 朝武さんのはしゃぎっぷりは、見ていて心地いいくらいだ。 「俺からも、ありがとうございます。おかげで、楽しい会になりそうです」 「ははは、僕も人並みには娘を喜ばせてやりたいと思っているだけだよ」 「でも芳乃様が途中でお帰りになるなら、そのときワタシも引き上げた方がよさそうですねぇ」 「なに言ってるの、茉子! それじゃ、失礼だって言ったのは茉子じゃない」 「最後まで参加してあげて? その代わり、私が帰った後はなにがあったか、たくさんお話聞かせてね」 「はい、それはもちろん」 朝武さん、本当は自分も最後までいたいんだろうな。 「そうだ、ムラサメちゃんは? ちゃんと聞いてなかったけど」 「吾輩の姿が見えぬ者もいるようだからな、出突っ張りというわけにはいくまいが」 「軽く顔を出させてもらうつもりでおるぞ」 「じゃあ、一応、全員参加ってことで、レナさんにも報告しておくよ」 そして夜、レナさんのお仕事が終わった辺りで連絡を入れてみる。 『わおっ! では、みんな来てくれるのですね?』 『ふふふ、まさかヨシノがそこまで喜んでくれるとは思わなかったですが』 「あはは、最後までいてもらえないのが残念なくらいだよ」 『だったらわたしも、腕によりをかけてたくさんお料理しないといけませんねっ』 そのとき一瞬、携帯越しに世界が凍り付いた。 「…………え?」 『マーサーオーミっ、さては信用してませんね?』 「いや、でも……本当に大丈夫?」 『板長とも相談して、日本の人の口に合う物を選んでますから心配ありませんよ?』 『それに……マサオミには、わたしのお料理で、たくさん美味しいと言って欲しいですから』 「う……うん、そうか」 「じゃあ、楽しみにしてるね!」 『はいっ、わたしも楽しみにしてますね!』 「おやすみ、レナさん」 『おやすみ、マサオミ……ちゅっ♪』 通話が切れる間際、ひょっとして投げキスされた? やっぱり海外の人は違うな。 つい、携帯を眺めながらにやにやしてしまう。早く明日が来て欲しい。 「少しよいかの、ご主人」 「わあっ、ムラサメちゃん!? ……ひょっとして、聞いてた?」 「話が終わるのを見計らって出てきたつもりだがな」 「まさか、電話が切れた後もご主人が1人でにやにやしているとは思わなかっただけだ」 変なところを見られたな。 「まあ、吾輩はのっくするというわけにもいかんからな、許せ」 「別にいいけど、それで? なにか話があったんじゃないの」 「ふむ、念のため確認しておこうと思ってな」 「ご主人、今朝はちゃんとこの部屋で目が覚めたはずであろう?」 「うん、でも特別なにかしたってわけじゃないから」 「毎日引かれるわけじゃないってだけかも……けど、そうか」 「俺が夢遊病者みたいに歩き回るところを、みんなに見られる可能性もあるんだ」 俺自身は眠ったままだから、あまり自覚はないけど。 「まあ、憑代の記憶を見られるのは、レナと関係が深い部分だけなのかもしれん」 「つまりあれで終わりだったという可能性もあるからの」 「なるほど、確かにそれはありそうだね」 ちょっと残念なような、レナさんを深入りさせずに済んでほっとしたような。 今はまだ、なんとも言えないところだ。 「もう少し様子を見ぬことにはなんとも言えんが」 「念のため、吾輩も近くで寝ずの番をするつもりでいるからな、問題はないだろう」 「うん、ありがとう。なんか悪いね?」 「なに、いつものことだ」 微笑を残し、ムラサメちゃんが消えていく。 そうか、いつものことなのか。 だから俺がレナさんの部屋へ引っ張られても、みんなすぐに追ってこられたのだろう。 ……迷惑を掛けている分も、みんなに楽しんでもらえる会にしたいな。 密かにそう、誓いを立てていた。 「お……おはよう、ございます……」 「う、うん。……おはよう」 「………? おはようございます」 「………。おはよう」 俺が挨拶をすると、朝武さんは必死に髪を撫でつける。 そしてパタパタと服の裾などを正していった。 羞恥心からか、その頬はほのかに赤い。 「こんな格好のままで、すみません」 「ああ、いや、別に恥ずかしいなんてことはない――」 「――こともないかも」 寝間着姿を初めて見たわけじゃない。 露出も激しいわけでもない。 でもなんだろう……? 好きだとハッキリ認めてしまったせいか、同じ姿でも結構ドキドキする。 鎖骨とか胸元が特に……。 「………」 似たようなことを朝武さんも思っているのか、恥ずかしそうに胸元を隠しながら、もじもじしている。 「は、早いんだね」 「はい。お弁当を作るためには、これぐらいに起きないと」 「今日はその……お詫びとして作りますから。食べてもらえると嬉しいです……」 「お詫び?」 「その、昨日の対応はとても不誠実でしたから……そのお詫びに」 「……今は、これで精一杯です」 「………」 「わかった。今日も弁当、楽しみにしてる」 「……はい」 『……ジー……』 「昨日?」 「不誠実?」 「――ハッ!? ま、茉子にムラサメ様っ、いつからそこに!?」 「いつからもなにも、最初からいたじゃありませんか」 「朝の挨拶もしたばかりであろうが」 「そ、そうでした……失礼しました」 「いや……なんというか、吾輩の方こそすまぬ。邪魔をしてしまったようで」 「言ってくれれば、2人っきりにしますよ?」 「そ、そんなことしなくていいから……っ! 朝の挨拶をしてただけ!」 「さ、さあ、早くお弁当を作らないと」 「俺もトレーニングに向かわないと」 「あ、あの……っ」 「ん?」 「い……いってらっしゃい」 振り返った俺の目の前で、どこか恥ずかしそうに、胸の前で小さく手を振る朝武さん。 戸惑い混じりのその言葉に、俺はしっかりと答えた。 「いってきます」 「~~~……はぽんっ!?」 「よ、芳乃様? 大丈夫ですか? そんなに暴れてどうしたんですか?」 「将臣君は、納豆は大丈夫なんだっけ?」 「別に嫌いじゃありませんよ」 「そうか。実は僕は苦手でね、あの匂いがどうにも……」 「そうだったんですか。そう言えば、ここの食卓で見たことありませんね」 「僕のワガママなんだよ。出さないで欲しいって」 「もし好物だったのなら、申し訳ない」 「いえ、嫌いじゃないってだけで、好物じゃありませんから。気にしないで下さい」 「他に嫌いな物ってあるんですか?」 「ヌルヌルねちょねちょしたものは、全般的に苦手かな」 「常陸さんは?」 「ワタシですか? 特に嫌いな食材などはありません」 「昔から、サバイバルなどで困らないように、好き嫌いはダメだと親に言われてきましたから」 「……理由が切ないですね」 「まあ、忍者ですから」 ふふふ、と笑っているものの、俺の想像以上の教育をされてきたんじゃないだろうか? 「それじゃあ朝武さんは?」 「………」 「………?」 呼びかけに返事はなく、朝武さんは箸と茶碗を手にしながらボーっとしている。 「芳乃? どうかしたの?」 「え……えっと、どうかした?」 「好き嫌いの話だよ。聞いてなかった?」 「すっ――好きっ!?」 「う、うん……好き嫌い」 「食べ物の話ですよ、芳乃様。食べ物に、好き嫌いがあるかどうかです」 「あ、ああ……うん。そういうこと」 「………」 今、思いっきり“好き”って単語に反応したな。 昨日の俺の言葉が、朝武さんを悩ませているんだろうか? 「芳乃様は、特に好き嫌いはなかったですよね」 「う、うん。食べたことがないだけという事も多いけど」 「では今度、新しい料理に挑戦してみましょうか」 「茉子君ならきっと、美味しい料理にしてくれるだろうね」 「ありがとうございます」 俺の言葉で悩ませているとしたら、申し訳ない。 それにちょっと心配でもある。あんなにボーっとするなんて。 「あくぅ……っ」 「朝武さん?」 「いえ、ちょっと太陽が眩しかっただけで……平気です、平気」 そう答える朝武さんだけど、本当にそれだけだろうか? なんだか顔色もいつもに比べて悪い気がする。 足取りは、一応しっかりしているけれど……。 「やっぱりいつもと違う」 舞を舞ったり、突然お祓いを行う必要もあったりで、体調管理には毎日気を遣っていたはず。 少なくとも、俺と一緒に暮らし始めてからはこんなのは初めてだ。 「………」 告白自体は後悔していないけど……あの告白のせいだとしたら、心苦しくはある。 「それに、本当に睡眠不足が理由なのかも……気になります」 「芳乃が嘘を吐いておるのか?」 「いえ、嘘はないと思います。あの寝起きは今までにないものですから」 「ですが寝起きの時と比べて、今の方が不調になっている気がしてきまして……」 「芳乃様、ちょっと待って下さい」 「え? な、なに?」 立ち止まった朝武さんの額に、有無を言わさずに常陸さんは手を当てた。 「ぁっ……」 「ワタシとしたことが……。せめて家を出る前には気付くべきでした」 「今日は学院を休んでください、芳乃様」 「別にそこまで大げさにするほどのことじゃ――」 「ダメです」 まるでその言葉に威圧されるように、朝武さんの身体がふらつく。 「――ッ」 咄嗟に手を伸ばして、肩を支えた。 その身体は、なんとも弱々しかった。 「大丈夫? って……大丈夫なわけないか」 ふらつくぐらいなんだから。 「そんな調子じゃ無理だ。家で大人しくしておいた方がいい」 「……平気です。授業に集中すれば、すぐにいつも通りに戻るから」 「ダメです。寝不足だけではなくて、熱まであるんですから」 「でも……きっと、部屋で大人しくしててもゆっくり休めないと思う」 「もしそうだとしても、授業を受けるより、布団の上で横になっている方がマシです」 「それ以上ごねるなら、俺は朝武さんをお姫様抱っこしてでも無理矢理連れて帰る」 「……そっ、そんなことされたら……ッ」 「わかりました帰ります」 「………」 「なんだったらおんぶで――」 「歩いて帰りますっ」 食い気味の即答だった。 せめて最後まで言わせるぐらいはさせてくれてもいいのに……。 まあ、恥ずかしいから嫌だと言うのも普通だろうけど。 「無理せずご主人を頼った方がいいのではないか?」 「そんなこと、できませんよ……」 「(有地さんに背負われるなんて……余計に熱が上がっちゃう。ましてやお姫様抱っこなんて……)」 「ちゃんと家に戻る。それで、いいんでしょう?」 「……わかりました。そうしていただけるなら」 「………」 「なにか嫌われるようなことでもしたのか、ご主人?」 「嫌われるようなことをしたつもりはない」 「でも避けられるようなことはしたかもな……」 「まっ、ギスギスとした嫌悪ではなさそうだし、深くは聞かぬ」 「助かるよ」 「それはそれとして、駒川の者に連絡を入れておいた方が良いのではないか?」 「ああ、そうだった」 携帯を取り出し、駒川さんの番号を呼び出しながら家に戻った。 「寝不足による疲労で身体が弱ったところに、風邪を引いたんでしょうね」 「ちゃんと睡眠をとって、温かくしていればすぐに治ると思います」 「そうか、よかった……。いや、病気自体はよくないけど」 「芳乃が風邪を引くなんて珍しいことだから、もしかしたら呪いの影響が残ってて……なんてことも考えてしまったよ」 「今のところ、その心配は必要ないと思います」 「本人にも風邪を引いた理由に心当たりがあるみたいでしたから」 「ならよかった。あ、いや、別によくはないね、病気なんだから」 「しかし……本当に珍しい。あの子がそんなミスをするとは」 「私も電話をもらった時は驚きました」 「そこまでなんですか?」 「小さい頃ならともかく、お務めを継いでからは……初めてじゃないかな?」 「そんなに……」 「とにかく、そういうことらしいです。ああ、症状はひどくないので、薬は必要ありません」 「もし悪化して、どうしても辛い場合があれば改めて連絡を下さい」 「わかった」 「それでは私はこれで」 「わざわざ足を運んでもらって申し訳なかったね」 「いえ、これぐらいどうということもありません」 「ありがとう」 「では、失礼します」 「あ、見送りを」 「そこまでしてもらわなくても結構だ。ここで十分だよ、それじゃあね」 「ありがとうございました」 軽く手を上げて出て行く駒川さん。 入れ替わるようにして、常陸さんがリビングに入ってきた。 「芳乃の様子はどうかな?」 「今はぐっすり眠られてます。どうやら昨日は、ほとんど完徹みたいだったようですね」 「そんなになるまで、何をしてたんだろう?」 「ワタシもハッキリと教えてもらったわけではありませんが……何か考え事をしていらしたみたいですよ」 「考え事?」 「………………」 やっぱ、俺の告白が関係しているだろうな……。 「芳乃様がお休みの間に、ワタシは先に買い物に行ってきますね」 「わかった。申し訳ないが、よろしくね」 「はい」 「では茉子がおらぬ間、吾輩が芳乃の様子を見ておくか」 そうして常陸さんとムラサメちゃんがリビングを後にして、部屋は安晴さんと2人っきり。 「………」 ここはちゃんと言っておいた方がいいか。 「しかしあの子が体調不良を起こすほどに考え事ねぇ……」 「あのっ!」 「……ん? なんだい?」 「その……安晴さんに謝っておかなければいけないことがあって」 「すみません! 朝武さんが風邪を引いてしまったのは多分、俺のせいです!」 「な、なに? 急にどうしたの? 一体どういうこと……?」 「昨日、ちょっとありまして。多分そのことが原因で、朝武さんが睡眠不足になったんだと思います」 確かなことは本人に聞かないとわからないけど、無関係ってことはないはずだ。 俺は静かに頭を下げ続けた。 「………」 いつも温厚な安晴さん。 だが今は、その沈黙が怖かった。 頭を下げる俺をジッと無言で見つめるその姿からは言いようのないプレッシャーを感じる。 「正直なところ、何が起こっているのかわからないんだけど……もし、本当に将臣君のせいだとしたら――」 「謝らないで欲しい」 「将臣君は、僕の願いを叶えてくれただけだ。むしろ感謝しているよ」 「ありがとう。本当にありがとう!」 「……え? はい?」 思わず顔を上げた俺は、きっと間抜けな顔をしていただろう。 俺の手を握ってお礼を口にする安晴さんは、本当に嬉しそうな表情を浮かべている。 でも、なんでこの流れでお礼……? 娘に風邪を引かせた原因かもしれないのに。 「将臣君がここで暮らし始めた頃に話をしたんだけど……覚えてないかな?」 「ほら、婚約者にした理由を尋ねたことがあったよね?」 「あ……はい」 叢雨丸の力でお祓いに参加して欲しいから婚約者にしたのでは? そんなことを確かに俺は、問い掛けた。 あの時は、確か―― 「あの子に必要なのは、同年代の友人との触れ合いだと思う」 「強引でもなんでも、無理矢理新しい関係が築ければと……期待をしたんだ」 そんな返答をしてもらったように思う。 「以前のままの芳乃だったら、こんな風に悩んだりすることはなかったよ」 「何よりもお務め優先。そのことしか頭になかった」 「でも今は……他のことにも目を向けようとしている」 「きっと、閉じこもっていた殻を破ろうとしているんだ。親として嬉しくないわけがないよ」 「まあ、風邪は心配だけどね」 「………」 「……安晴さん」 「なんだい?」 「朝武さんがそんな風に殻にこもってしまったのは……どうしてなんですか?」 俺は……勘違いをしていた。 最初、巫女姫という肩書きでしか自分を見られないことが嫌なのか? 程度に考えていたけど、そうじゃなかった。 昨日の朝武さんは、何かに怯えていた。 「何か理由があるんですか?」 「それは……」 「………」 「いや、僕の口からは告げるのは止めておこう」 「本人の口からそれを確認したことは、僕もない。あくまで予想なんだ。勘違いという可能性も十分ある」 「そうなんですか?」 「あの子が殻にこもったのには、僕にも責任がある」 「そんな僕が、のほほんと理由を訊ねるなんてことは、どうしてもできなかったんだよ……」 安晴さんはそれをよほど悔いているのか、唇を固く噛みしめていた。 だがそれも一瞬のことで、俺の顔を見てフッと軽く息を吐いた。 「将臣君と一緒に過ごす芳乃を見ていると、あの子の幼い頃を思い出す」 「今みたいにいつも険しい顔ではなく、無邪気に笑っていた頃を」 「僕は単純にそれが嬉しいんだ。だから、ありがとう、将臣君」 「………」 「でも私……変わりたい……って、最近になって思うようになりました」 「きっと、閉じこもっていた殻を破ろうとしているんだ。親として嬉しくないわけがないよ」 2人の言葉が重なる。 「待つとは言ったものの……見てることしかできないのか?」 こうして心配するぐらいしか、できないんだろうか? 無理に殻を破ろうとして、傷ついたりしないだろうか? もしそんなことになった時、俺は彼女の傷に気付けるだろうか? 「………」 「ただ今戻りました」 「あ、おかえり、常陸さん」 「芳乃様はどうでしょう?」 「あー……ゴメン。ムラサメちゃんに任せっきりにしてた」 「部屋から出てくる気配もないから、寝たままなんだとは思うけど」 「そうですか。わかりました」 「それじゃあ、今のうちに下拵えを……」 「常陸さん、ちょっと外に出てきてもいいですか?」 「はい。それは大丈夫ですが……どちらに?」 「ちょっと。考えたいことがあるんです」 「励ますのなら、やっぱりプレゼント……が、安牌かな?」 「でも――」 「俺って、朝武さんの趣味や……誕生日や血液型すら、知らないんだな」 「あれ?」 「芦花姉」 「まー坊ってばこんな時間に何してるの? サボり?」 「別にサボってるわけ――でもないか。俺は健康なんだから」 心配だから俺も休んだけど、常陸さんもいるんだ。 本来なら俺まで休む必要はなかった。なんか流れで休んでしまったけど。 「でも、まー坊が理由もなしにそんなことするとは思えないしね……なにかあったの?」 「俺じゃなくて、朝武さんが体調不良なんだ」 「それって巫女姫様? それとも安晴さん?」 「巫女姫様の方。で、心配だから、なんか俺もついでに休んだ」 「病気?」 「疲労と風邪だって」 「そうなんだ……それは心配だね」 「でも本当に軽いものらしいから。駒川さんにはもう診てもらってる」 「そっか。で? まー坊は看病もせずに、こんなところで何してるの?」 「うん……ちょっと探し物」 「探し物? 手伝おうか?」 「ありがとう。でも気にしないでいいから」 「そう? 遠慮なんてしないでいいよ」 「遠慮とかじゃなくて……なんていうのかな……」 「自分で、見つけたいんだ」 そうしなきゃいけない、ってわけじゃないけど……これは意地のような物だ。 「……へー……ほー……ふーん」 そんな俺を見て、芦花姉はなにやらニヤニヤと口元を歪めていた。 「……なにさ、その笑みは」 「いやさー、まー坊もいつの間にか男の顔をするようになったんだなぁーって」 「生まれてからずっと男だよ」 「ぷぷっ、照れてる照れてる、そういう意味じゃないってわかってるくせに。顔が赤いよー?」 「うっ、うるさいなー」 「俺より芦花姉の方こそ何してるんだよ、店をサボってていいの?」 「サボりじゃないよ。買出しの途中なんだから、ちゃんとお仕事中です」 「でも巫女姫様が風邪か……。何かお見舞いを用意した方がいいかな?」 「そこまで気にしないでもいいんじゃないかな」 「まあ、どうしてもって言うなら、俺が届けてもいいけど?」 「んー……巫女姫様に気を遣わせるのも、それはそれで申し訳ないしねぇ」 「本当に軽い風邪なんだね?」 「薬も処方されていない。寝てれば治るって駒川さんが言ってたよ」 「なら《おお》大《ごと》事にはしない方がいいかな……あっ、そうだ。いいのがあった」 「悪いけど、お見舞い半分、おすそ分け半分で、果物を持って帰ってもらえる?」 「それぐらいは構わないけど……おすそ分け?」 「お店の仕入れをお願いしているところがね、サービスで質のいいさくらんぼを格安にしてくれたの」 「それはありがたい話だったんだけど……調子に乗ったお父さんが、多めに注文しちゃってね」 「そういうドンブリ勘定が経営を圧迫するって言っても聞きやしない……ぅぅ……胃が痛いぃ」 「芦花姉も大変そうだなぁ……」 「俺でよければ、愚痴を聞くから」 「ありがとう、まー坊……」 「で、腐らせても仕方ないから。美味しいうちに食べた方が果物も嬉しいだろうしね」 「そんなわけで、持って帰ってもらえる?」 「わかった」 「ありがとう。じゃあ悪いけど、お店までついてきて」 「わかった」 「芦花姉はさ……」 「んー? なに?」 「誰かに贈り物をするときって、何を考えて物を選ぶ?」 「どうしたー? 何やら興味をそそられる質問だねー。なーんでそんな質問をするのかな?」 「……ちょっと、まあ、気になって」 「も・し・か・し・て、贈り物の相手って女の子? 恋の相談だったりする?」 「いやーん、お姉さん大好物だよ、そういうの」 「……本当に活き活きしてんね」 「田舎には娯楽が少ないんだよぅ」 「で? で? どうなのどうなの? まー坊ってば恋なの? 恋にゃの~?」 「うっぜぇ……」 「巫女姫様が風邪。まー坊も学院を休んでる。突然贈り物の話。あ、さっき『自分で見つけたい』とも言ってた」 「もはや誤魔化すのは無理じゃない?」 「状況証拠だけでは有罪にはなりません」 「それ犯人の台詞」 「あ、顔が赤い。状況証拠がまた増えたよ。ぷぷぷ、初心なんだから~」 「………」 「わかったわかった。あんまりイジメるものよくないしね。今日はコレぐらいにしておいてあげましょう」 「で、なんだっけ? あ、そうそう、女の子への贈り物だっけ?」 「俺の質問は別に女の子って限定してないけどね」 「はいはい。そうだねー。贈り物には、やっぱり相手が欲しがってるものをあげるのが一番だけど……」 「病で臥せてる人が相手なら、性別は関係ないんじゃないかな?」 「人間として何をされると嬉しいかを考えるべきだよ」 「俺、別に相手が病気だとも言ってないけどね」 「はいはい。そういう時に重要なのは気持ちだよ」 人の話を聞きやしない。 しかも当たっているから、否定もできやしない。 「気持ちと言ってもね、曖昧なことじゃないよ。たとえば……」 「いくら高級なお肉だとしても、風邪で身体が弱ってる人に焼肉やステーキは辛いでしょう?」 「それはそうかも」 「気持ちを込めるって言うのは、自己満足じゃなく、相手のことを《おもんぱか》慮るってこと」 「ほら、料理は愛情って言うじゃない」 「あれもね『美味しくな~れ、萌え萌えキュン』なんて、よくわかんないおまじないをするんじゃなくて」 「食べてくれる人のことを想って丁寧に、面倒なことでも省かず、ちゃんと調理するってことだと思うの」 「……芦花姉……」 「さすがに『萌え萌えキュン』とか言っていい歳じゃないとおも――いははははっ!?」 「女の子に向かって歳の話をするのはこの口か、この口かぁっ」 いきなり頬を捻りあげられてしまった。 冗談半分のつもりが、芦花姉にとっては逆鱗だったらしい。 というかさりげなく自分を女の子のカテゴリーに入れたな!? 「冗談だって、冗談」 「言っていい冗談と悪い冗談があるでしょうがッ」 「いや違うって。芦花姉はまだ若い、ぴっちぴち! だからこそ冗談で済むと思ったんだよ」 「本気でそんな風に思ってるような相手なら、冗談では済まないから言ったりしないってば!」 「むっ……言い訳が上手になったね、まー坊」 「言い訳じゃないよ、本心だよ」 「視線をそらしながら言うんじゃありません」 「まあとにかく、重要なのは自己満足にならないこと。わかった?」 「言わんとすることは、大体。アドバイスありがとう」 「いーえ。どういたしまして」 相手の気持ちを慮る、か……。 確かに俺は、朝武さんの誕生日を知らない。 でも性格は知ってる。生真面目で、なんに対しても一生懸命。でもどこか抜けていて、可愛いところが沢山ある女の子だ。 彼女の血液型も知らない。 でも、食べ物の好みは知ってる。甘い物が好きで、玉子は半熟が好きで、ソース派。 過ごした時間は短いかもしれない。せいぜい数か月だ。 でも、それは決して薄っぺらい関係ではなかった。 「………」 俺は……朝武さんには笑っていて欲しい。 出会った最初の頃の厳しい顔じゃなく、みんなで遊びに行ったときみたいな笑顔でいて欲しい。 「さてと。じゃあ、適当に座って待ってて。すぐに持ってくるから」 「わかった」 「………」 平日の昼前。 中途半端な時間帯にも関わらず、店の中にはそこそこお客が入っていた。 みんな美味しそうに、パフェやプリン、他にもベーシックなお団子を美味しそうに食べている。 「朝武さんも、あの時はあんな顔だったな」 「………」 「お待たせー。はいこれ、さくらんぼ」 「芦花姉に一つお願いがある」 「ん? 改まってなんだろ……?」 「俺にプリンの作り方を教えてもらえないでしょうか」 「プリン?」 「あと、できれば厨房も貸してもらえると、ありがたいです」 「プリン……厨房……」 「あっ、あー、あー。そういうことか。なるほどね」 「んー……協力してあげたいと思ってるけど、作ってるのはお父さんだから……」 「断る」 ……即座に一蹴。 俺に視線をやることもなく一言で断られてしまった。 「そんな冷たい事言わなくても。まー坊にとって重要なことなんだよ、これは」 「店の仕事だって重要だ」 「そりゃまあそうだけど……」 「とにかく教えるつもりはない。仕事が詰まってんだ」 「今から午後用にプリンを追加で作らなきゃいけねえんだ。素人に優しく料理教室を開いてる暇はない」 「……ああ、なんだそういうことか。素直じゃないんだから。面倒くさい親だなぁ……」 「親に向かってなんだその口の利き方はっ」 「ということで、別にいいみたいだよ、まー坊」 「え? いや、でも暇じゃないって」 「手取り足取り教えたりしないけど、今から作るから見て盗めって言ってるんだよ」 「そういうことなの?」 「そういうことなの。捻くれ者なの、お父さんって」 「無駄口叩いてないでお前も働け。ほら、パフェの注文が来てるぞ」 「はいはい。わかってますよ」 「じゃあまー坊、こっちきて。厨房で作業するなら、服を着替えて消毒もしてもらわないと」 「あ、うん」 「ありがとうございます!」 「厨房で、でかい声を出すな」 「すみません」 「まっ、こんなもんだろ」 「ありがとうございました」 「用が終わったならさっさと出てけ」 「はい。今日はお世話になりました」 「意外と時間かかっちゃったね。出来栄えの方はどう?」 「一応、おじさんからOKをもらえる程度には」 「そっか。それなら安心していいよ」 「捻くれてるけど、自分の作る物にはとことん真っ直ぐだから」 「今日はありがとう、芦花姉」 「ううん。アタシが何かしたわけじゃないから。それに気を抜くにはまだ早い」 「本番はここからでしょ?」 そう言った芦花姉の視線が、俺の手にした箱に向けられる。 「ほら、せっかくの出来立てのプリンなんだから。早く帰った帰った」 「あ、さくらんぼも忘れないようにね」 そうして俺は、芦花姉に見送られながら家に戻った。 「ただいま」 「お帰りなさい、有地さん」 「随分遅かったですね、どこに行っていたんですか?」 「まあ、ちょっと色々あって」 「朝武さんは、その後どう?」 「お昼に一度起きて、昼食を食べてからまた眠られました」 「食欲はあるようですので、それほど心配はいらないと思います」 「そっか。様子を見に行っても大丈夫かな?」 「それは大丈夫だと思いますが……その箱は、なんですか?」 「こっちはさくらんぼのおすそ分け」 「こっちは……ちょっとしたお返しですよ」 「………?」 朝武さんの部屋の前に立つと、中で軽い物音がして、人の気配が感じられた。 「朝武さん? 起きてる? 入ってもいいかな?」 「はい、どうぞ」 「寝てなくて大丈夫? というか……もしかして俺が起こした?」 「いえ、少し前から目が覚めていましたから。ちゃんと寝ていましたよ」 「そっか」 声や顔色の印象を今朝と比べると、大分いい。 「今日は本当にすみませんでした。私のせいで、有地さんまで学院を休ませてしまって」 「学院を休んだのは俺が決めたことだよ。行っても多分、授業に集中できなかっただろうしね」 「顔色は大分よさそうに見えるけど、熱は下がった?」 「さっき測ったときは7度4分でした」 「そっか。お昼もしっかり食べたそうだし、治まってきてるね」 「でもよかった、食欲があるみたいで。ちなみに、まだお腹に余裕はある?」 「え? お腹が空いているわけではありませんが……少しぐらいなら」 「実は差し入れのプリンがあるんだけど」 「――プリンッ」 その瞬間、朝武さんの目が輝いた。 「今、プリンって言いましたか……っ」 「ぉぉ……」 もの凄い勢いだったので、軽くのけ反ってしまった。 「食べられそう? 無理なら、夕食のときや明日にでも――」 「食べる、食べます、食べられます!」 「それじゃあ……これ」 「はい、ありがとうございます!」 取り出したプリンを、嬉しそうに受け取る朝武さん。 まるで子供みたいにスプーンを手にする。 「んーーー……おいひぃ……」 「本当に?」 「はい」 「本当に美味しい?」 「もちろんです。どうして疑うんです?」 「あ、いや……別に深い意味はないけど」 よかった……美味しいって言ってもらえて。 そして何よりも―― 「はぁ……しぁわせぇです」 言葉通り、幸せそうに顔をほころばせる朝武さん。 こんな風に笑ってもらえて……。 俺が作ったプリンでこんな表情になってくれたことが、嬉しくて胸が熱くなるみたいだ。 「………? どうして有地さんが嬉しそうなんですか?」 「久々に、朝武さんの笑顔を見られたから」 「……私、そんなに難しい顔をしていましたか?」 「難しいっていうのとは違ってたけど……笑顔ではなかったかな」 「それって……やっぱり俺の告白が原因だった?」 「それは違いますっ。悩んだり体調を崩したのは私の問題です。私は……有地さんの言葉が、本当に嬉しかったんです」 「だから……そんな言い方、しないで下さい」 「………。ゴメン。不安にさせちゃったみたいだね」 「俺は、あの告白を謝ったり、なかったことにしたいわけじゃない」 「あの時『でも私……変わりたいっ』って言ってくれて、俺は凄く嬉しかったよ」 「――ごはッッ」 突然顔を真っ赤にして、その場でむせ始めた。 「朝武さん!? どうしたの!?」 「す、すみません……改めて聞かされると、非常に恥ずかしい言葉だったもので」 「そ、そう? 俺は本当に嬉しかったんだけどな、『でも私……変わりたいっ』って――」 「いやぁぁぁ、もう止めて繰り返さないでぇぇぇぇぇ! なんの嫌がらせですかぁ!」 「嫌がらせなんてするつもりはないよ!」 俺は本当に嬉しかったと言いたかっただけなんだが……。 「それにさっきも言ったけど、謝罪がしたいわけでもないからね」 「俺は朝武さんに元気でいてもらいたいんだ。元気に笑っていて欲しい」 「そのために俺ができることは、側にいることぐらいかもしれない。それでも、少しぐらいは支えになりたい」 「……有地さん……」 「恥ずかしながら……そのプリン、俺が作ったんだ」 「え……ええっ!? こんなに美味しいプリンを……有地さんが?」 「と言っても、田心屋に材料も分けてもらって、作り方まで教えてもらったから、美味しいのは当然なんだろうけど」 「でも、作り方はちゃんと覚えたから」 「今後もし落ち込みそうになったときは何かあったら言って。プリンぐらいだったら、いつでも用意するから」 「たまには、俺に寄りかかってくれてもいいんだよ」 「でも次はもう田心屋の材料じゃないだろうから、味が落ちちゃうかもしれないけどね」 朝武さんは、俯き、ゆっくりとプリンをもう一口食べる。 「……本当に美味しいです、このプリン」 「少しぐらい材料が変わっても……きっと美味しいままですよ」 「うん、そうなるように頑張るよ」 「………」 「少しは元気が出たかな?」 「元気と……勇気が出ました」 「ならよかった」 「………」 「有地さん。少し、話を聞いてもらってもいいでしょうか?」 「俺でいいのなら」 「とてもつまらなくて、ただの言い訳だと思います。それでも、聞いてもらえますか?」 「是非聞かせて欲しい」 一度目を閉じて、息を整える。 そしてゆっくり目蓋を開いた彼女は、自分の過去について語り始めた。 「私は生まれた時から、巫女姫になることが決まっていました」 「正直なところ、そこに疑問を抱いたことはありません」 「母の姿を見て育ったからだと思います。巫女姫の務めは自分が継ぐものだと普通に思っていました」 「物心ついた頃には、母の見よう見まねで舞を舞っていたそうです」 「朝武さんのお母さん……」 そう言えば、写真も飾ってあるのを見たことないな。 それどころか、何の気配も感じない。 亡くなって時間が経っているとはいえ……ここまで消えてしまうものなんだろうか? どんな人だったんだろう……? 朝武さんのお母さんなら、とっても綺麗な人だったのは間違いないだろう。 「私の母親は明るい人なんだそうです。笑顔を絶やさず、明るく元気で優しくて」 「いい大人のはずなのに、いつまでも少女のような人だったらしいです」 「ちょっと待った。なんでそんな、伝え聞いた言い方をしてるの?」 「私の前では、そんな風に屈託なく笑ったりはしなかったからです」 「母の笑みは、いつもどこか悲しそうでした。少女のような人だと思ったことはありません」 淡々と語るその胸中はいかほどか……。 今の彼女からは、読み取ることはできなかった。 「私にとって母は……よく泣く人でした。あと、謝罪もよくされました」 「私が巫女姫としての努力を重ねる度に『ゴメンね』と」 「上手く舞えたと報告しても、純粋に『おめでとう』と褒めてくれることはなかったと思います」 「先ほども言った通り、私は巫女姫として生きることに疑問を持っていませんでした」 「そのことが余計にお母さんを苦しめていたんだと思います……」 「そんなお母さんを見て、お父さんも悲しそうな表情を浮かべていました」 「………」 「愛情がなかったとか、そういう事ではありません。優しい母で、私はちゃんと愛情を感じていました」 「だからその分……苦しんだんだと思います」 「小さい頃の私には、それが理解できませんでした」 「理由はわからないけれど、私という存在がお母さんを傷つける。わかるのはそれだけ……」 淡々としていたはずの彼女の吐息に、一瞬苦しみが加わった。 口にすることで、具体的な何かを思い出したのかもしれない。 だけど口は挟まずに、朝武さんの言葉に耳を傾け続けた。 「私がその日あったこと、楽しかったことを報告をする度に、母は悲しそうに笑いました」 「きっと私の巫女姫としての努力が足りないから。だからもっと頑張らないといけない」 「そう思って頑張れば頑張るほど、母の謝罪も増えたんです」 「どうして私は母を謝らせてしまうのか……もしかして私は生まれて来ない方がよかったんじゃないか……?」 「そんなこと……っ」 「当時の話ですから。今でもそう思っているわけじゃありません」 そう告げる彼女の微笑みが悲しそうに見えたのは、決して俺の気のせいではないだろう。 「その考えが変わったのは、巫女姫を取り巻く事情を正しく理解し始めた頃です」 「朝武の娘には巫女姫になる以外の選択肢がない……その時ようやくわかりました」 「お母さんはきっと『巫女姫になる未来しか与えられないから』という理由で泣き、謝罪していたんだって」 「だから私は言いました。『謝らなくていいから。お母さんの責任じゃないから。私は悲観なんてしてないから』と」 「そしたら、また泣かせてしまいました」 「……幼い子供にそんなことを言わせたという現実が、さらに傷つけてしまったみたいです」 「………」 「芳乃は昔からしっかりした子でね。自分の状況をしっかり理解していたんだと思う」 以前に安晴さんはそんな言葉を口にしていた。 だが、本人の口から聞かされた言葉は俺が思っていた以上に理解していた。理解しすぎていた。 それがわかっているのに何もできない、親としてどれほどの思いだったのか……。 「それは私の本心だったんです。お母さんを恨むことはもちろん、将来を悲観してもいませんでした」 「本心だったからこそ……私は悔しかった。この気持ちが全く届かないことが……」 「でも呪いを解くことができれば……その時には、私の気持ちがお母さんの心に届くかもしれない」 「そう決めてからは母を苦しめないように過ごしたつもりですが……謝罪が減った気もしませんでしたね」 「巫女姫の肩書きが疎ましく思えたのは……この頃です。そして……」 「………」 ふっと目をそらしながら、一瞬彼女の言葉が途切れる。 それはきっと……そのままお母さんと別れてしまったからだろう。 最後まで朝武さんの本心が届くことはなく……。 「巫女姫を正式に継いでからも、呪いを何とかしようと頑張りました」 「舞を奉納して、お祓いをして……でも何一つ進展させることはできなくて」 「茉子に迷惑をかけたり……お父さんに大怪我をさせたり……」 ああ……安晴さんが自分にも責任があると思っているのはこれか。 安晴さんの行動が、朝武さんを追い込んでしまったんだ。 「生まれてからずっと誰かを傷つけてばかりで……怖かった……」 「そうして傷つける度に、私も悔しくて、辛くて……逃げたんです」 そうしなければ、きっと彼女は自分を守れなかったんだろう。 だから……相手の懐に踏み込むことを躊躇った。 「私は最初、有地さんからも逃げました。でもそれは……あの時のお母さんと同じです」 「あんなに悔しかったのに、自分がその思いをさせる人間になっていたんです」 「そしてそれを自覚しながらも、保留にすることしかできなかった……」 「本当に、私は最低です……」 「………」 「生まれてきて……誰も喜ばなかったわけじゃない。朝武さんがいることで、嬉しいと感じた人がいる」 「安晴さんも、常陸さんも。きっと、朝武さんのお母さんも。悲しみしかなかった、なんてことはないよ」 「もちろん俺だって。朝武さんを好きになったんだから」 「何かあったら、俺も含めてみんな朝武さんの力になってくれる。支えてくれる」 「………」 「それに、ちゃんと変わろうとしてる。自分を変えようって勇気を持てたのは凄いことだと思う」 「そうやって努力できる人だから、俺は君のことを好きになったんだ」 「朝武さんが自分のことを好きになれなくても、俺は好きだよ」 「……それは……ちょっと違います」 「そう思えたのは、アナタのおかげです……」 その不安げな視線とは裏腹に、その言葉は真っ直ぐに俺に向けられていた。 「アナタがいてくれたから、変わりたいって思えました……」 「私に気付いてくれたから、私の気持ちでもちゃんと届くって教えてくれたから」 「……だから……だから、私……私はっ」 「私……」 「わったし、も……すき……」 「―――」 絞り出すような、か細い声。 溶けて消えてしまいそうなぐらい、小さなものだった。 けれどもその一言だけは聞き逃すことはない。 驚くほどはっきりと俺の耳に届いていた。 「好き、です……」 彼女は小さく身体を震わせながら、必死に“好き”という言葉を繰り返す。 「好き……好き……好きです……好――」 その声を遮るように、俺の身体が反射的に動いていた。 手を伸ばし、その小さな身体を抱きしめる。 「好きだ。俺も好きだよ」 「言えた……ようやく、ちゃんと言えました……」 「うん。聞こえた、ちゃんと届いた」 「どれだけ勇気を振り絞ってくれたか、今どれだけ不安に思っているのか、わかるよ」 「変わらなきゃって……。ちゃんと答えなきゃって……っ」 「有地さんと出会ったおかげです。有地さんが気付いてくれたから、変われるかもって……だから――」 「好き……です」 「俺も大好きだ」 「好き、好き、好き」 強く朝武さんの身体を抱きしめる。 気付けば予想以上の力が入り、細くて柔らかい身体を締め付けていた。 それでも、朝武さんは俺の抱擁を拒否しない。 「もっと……もっと強く抱きしめて下さい」 「温かいです……有地さんの身体。もっと感じたいです……しっかり感じたい」 「………」 言われるままに、俺はさらに力を込めた。 手ではなく、腕全体に。 密着した身体が、さらにくっつくように。 互いの体温を、もっとハッキリと感じられるように。 「お弁当を美味しいって、これからも食べたいって言ってもらえた時……本当に嬉しかった」 「死んじゃうぐらい嬉しかったんです……」 「死なれるのはちょっと困るなぁ」 「……そうですね。せっかく踏み出せたのに……死んじゃったら意味がありませんよね」 「そうだよ。だから死ぬのはダメだ。ずっと一緒にいてもらわないと」 「……やっぱり強引な人です。それに頑固で意地っ張りで……私に従ってくれません」 「そんなことないってば。ほら、今だって要望通り、強く抱きしめてるでしょう?」 「揚げ足ばっかりとる、意地悪な人です。面倒な人です」 「褒められてる気がしないなぁ」 「はい、褒めてませんから」 「……手厳しい」 「でも……約束は守ってくれる人です」 「一緒にいるよ。約束する」 「プリン……また、作って欲しいです」 「いつでも作るよ。時間は、ちょっとかかるけどね」 「はい……ありがとうございます。私……私……わたっ」 「大丈夫だよ。ちゃんと側にいるから」 ほんの少しだけ力を緩め、子供をあやす様に彼女の背中を優しく撫でた。 そうして撫で続けている内に、抱きしめる朝武さんの身体の震えが大きくなる。 そしてついに、彼女は決壊した。 「届く……私の言葉は、ちゃんと届くんですよね……」 「届くよ。伝わってくる、朝武さんの気持ち」 涙をポロポロとこぼしながら、声を上げて泣きじゃくる。 それは何年分の涙か、下手すれば初めて流す涙だったのかもしれない。 「……ぅっ……ぅぅぁあああ……」 どれだけであろうと構わない。 俺が受け止めるから。涙が止まらない間は、こうして抱きしめてあげるから。 それを口にすべきか一瞬悩んだものの、結局言葉を呑みこんだ。 その代わり、抱きしめる腕は緩めない。 俺は黙って、朝武さんの涙が止まるまで、身体を抱きしめ続けた。 「おーマサオミ、ムラサメちゃん! ヨシノのところへ行っていたのですか?」 「あれ、レナさん? 帰ったんじゃなかったっけ?」 志那都荘で仕事があると、昼間いったん戻ってしまったはずなのだ。 「はい! でも今晩が勝負と聞いて、気になっていたのですよ」 「それでわざわざ来てくれたんだ」 「友達なのですから、当然です! ヨシノは大丈夫なのですか?」 「今のところはね。常陸さんが見てくれてるはずだし」 「だがレナよ、お主も耳鳴りがするのであろう? 憑代から離れている方が、多少はマシになるはずだぞ」 「んー……確かに、こっちへ来てちょっと強くなった感じはありますが」 「え? だったら無理しない方がいいんじゃない」 巻き込む人は、少ない方がいい。 「大丈夫です! もうだいぶ慣れましたから」 「それにマサオミこそ、今朝は体調が悪そうでしたよ? 今も顔が少し赤いです」 「熱があるのではないですか?」 「どうだろう? 夕方頃、測ったときは微熱だったけど」 「でしたら、もう一度測った方がいいでありますよ! ほら、ちょうどここに」 レナさんが出しっぱなしになっていた救急箱へ手を伸ばす。 「あ、あー大丈夫だよ! 身体に違和感はないから」 「いや、吾輩もそのほうがよいと思うぞ、ご主人。自分の体調を自分で把握しておくのは大事なことだからな」 「……しかし」 「どうかしましたか、ムラサメちゃん?」 俺に体温計を差し出しながら、レナさんが振り返る。 「いや、実際に身体を操られてしまった芳乃はともかくとして」 「ご主人は眩暈と微熱、レナは耳鳴りか」 「眩暈でありますか! マサオミこそ、無理してないですか!?」 「あれは最初だけだったから」 「それよりムラサメちゃん? なにか気になるの?」 「いや、2人で症状が違うであろう?」 「同じように憑代の影響を受けているとすれば、なぜそんな差が出るのかと思ってな」 思わず、レナさんと顔を見合わせる。 「言われてみれば、そうでありますが……んー、わたしはよくわかりません」 「たまたまとか、個人差とか?」 「まあ、大した意味はないのかもしれん」 ムラサメちゃんにわからないなら、俺が考えても仕方ないか。 「……~っ!」 「おっと、体温計だ。もう計り終わったみたい」 最近の体温計は計測までにかかる時間が本当に早い…… 「……あっ」 「どうした、ご主人?」 ここで隠したら、かえって心配させるか。 「いや、さっき計ったときと一緒。37.4度だって」 「でも本当に身体は平気だから……レナさん?」 レナさんは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえていたのだ。 「ん? んー……そうでありますか、でも無理は禁物ですよ?」 「もちろんそのつもりだけど、レナさんこそ本当に耳鳴りは平気なの?」 「……はい、もうヘーキですので」 「あまり時間をかけぬ方がよいかもしれんな」 「いえ! 本当にもうヘーキでありますよ? 一瞬だけ、強くなっただけでありますので」 レナさんは握り拳を作って、元気をアピールする。 心配は心配だけど、こちらも微熱があるので強くは言いづらかった。 「そういえば、朝武さんは欠片の信号を受けて、無意識のうちに身体が勝手に動いたんだよな?」 「うむ。それがどうかしたか、ご主人?」 「だったら、欠片を抱き締めてたっていうならわかるんだ。けど、ほら……どうして、俺だったんだろ?」 今朝の状況は、レナさんの前では説明しづらい。 なにも余計なことを言って、自ら墓穴を掘ることはないだろう。 「そこに関しては、吾輩も少し考えておったのだ」 「最悪、1人で山の中へ入ってしまった可能性もあった」 「それは危険ですね。祟り神というのがいなくても、夜の山は危ないですから」 「うむ、だが実際にはご主人の部屋へ現れた」 「ほ、ほら! 俺の部屋には憑代や叢雨丸があったからじゃない?」 別にやましいこともないのに、つい慌ててしまう。 「いや、念のために訊くがご主人? 実は、レナのように欠片を所持していたということはないか?」 「無論、隠していると疑っているわけではないぞ」 「それと気付かず、知らず知らずに持っていたという可能性について聞いておる」 「今さら、そんなこと言われてもな」 「だったらたとえば、いつも持ち歩いてる物はないですか?」 「マサオミも、わたしみたいにトロルのお守りと思ってただけかもしれませんよ」 トロル? ゲームや漫画に出てくるでっかい巨人の化け物を思い浮かべる。 レナさんの国では、そっちのほうが祟り神のイメージに近いんだろうか? 「うーん、そもそも普段から意識して持ち歩いてる物がない」 「ムラサメちゃんは、俺がレナさんみたいに欠片を持ち続けてたせいで影響を受けやすくなったと思ってるのか?」 「いや、さっきも言ったように、ご主人とレナでは症状が違うであろう」 「もしかすると……それこそが、ご主人が特別な理由なのかも知れぬ、と思ってな」 「え?」 「ご主人は叢雨丸に選ばれたというだけでなく、吾輩の身体にも触れられるであろう?」 「吾輩にとっては、それがずっと不思議であった」 「ひょっとしたら、同じ理由によるのかもしれん……ひょっとしたら、だがな」 実際、確信がないせいだろう。 ムラサメちゃんも、それ以上話してくれる気はないようだ。 「とにかく、その話は覚えておくよ」 「よろしく頼むぞ、ご主人」 「……しかし遅いな」 「朝武さんのこと? 確かに、もう眠っててもおかしくないはずだよな」 「うむ、吾輩は少し様子を見てこよう。2人はここで待っていてくれ」 そのまま、朝武さんの部屋の方へ消えてしまう。 なにかあれば常陸さんが知らせてくれるはずだけど、さっきレナさんの耳鳴りが強くなったのも気になるもんな。 「そう言えば、レナさん? さっき言ってたトロルのお守りって?」 「はい、わたしのウチではそう信じておりましたから」 「それってやっぱり、祟り神のこと?」 「この前はそういう言い方してなかったから、気になって」 「……どうでしょう?」 「日本には、妖怪、モノノケ、ゆるキャラ、ヤオヨロズ、いろんなフェアリーがおりますけど」 驚愕ッッ!! ゆるキャラは、《 フェア 》妖《 リー》精だったのか! 「わたしの国では、フェアリーと言えばトロルのことでありますね」 「そうなの!?」 「そんなに驚くことですか?」 「だって、失礼かもしれないけど、トロルって……妖精っていうよりも、モンスターってイメージが」 「あははは! ゲームや映画、日本のコミックでは、巨人に描かれますが」 「わたしの国では、ただのイタズラ好きの森の妖精ですね」 「ゲームや映画だと、ホビット族に近い小人のイメージでありますよ」 知らなかった。 「それがどうして巨人になっちゃったんだろ?」 「おそらくですが、エッダ……こっちの人がいう北欧神話に出てくるタイターンと一緒に思われてしまったのですね」 「あ、レナさんって北の方の人なの?」 「はい! ……あれ? 言ってませんでしたか?」 日本人の俺からすると、ヨーロッパ人はみんなヨーロッパの人だからな。 正直あまり気にしていなかった。 「トロルの話は、よくお祖父ちゃんに聞かせてもらいました」 「お祖父ちゃんは、お祖父ちゃんのお祖母ちゃんに聞いたそうであります」 「へー……?」 確かお祖父ちゃんのお祖父ちゃんが、日本人だったそうだから、その奥さんかな? けど、なんだろう? ふと、違和感を覚えてしまったのだ。 「欠片のこともトロルの贈り物と思って、先祖代々、大事にしてたのでありますよ」 「トロルは、幸福を運んでくれる妖精ですから!」 「え? そうなんだ?」 穂織の祟り神とは、ずいぶん違ったイメージで伝わってるんだな。 けど、俺が違和感を覚えたのはそこじゃなかった。 どう言えばいいんだろう? 要するに、これって……いわゆるおとぎ話だよな? なんとなく、そういうのは母親から聞かされるイメージがあった。 でも……そこまで変じゃないよな? なぜ、引っかかったんだろう? たぶんそう―― レナさんって、お祖父さんの話はするのに、お父さんやお母さんの話はしないから。 「あれ、変でありましたか?」 「いや、そうじゃないんだけど……」 聞いていいのかな? なんだか立ち入ったことを聞くようで、遠慮してしまう。 「……~っ」 「有地さん? ようやく、芳乃様がおやすみになりました」 「わかった、すぐ行く」 「お願いします。ただすぐに動き出すわけではなさそ……レナさん?」 振り返ると、またレナさんがこめかみを押さえていたのだ。 「だ、大丈夫? また耳鳴りが?」 「へ……ヘーキでありますよ! ただ、大きい音を聞くと、ちょっとだけ……耳鳴りが強くなるみたいですね」 「申し訳ございません、静かに襖を開ければよかったですね」 「いえ、とんでもないです」 「こ、こんなの、へっちゃらでありますからっ」 レナさんは笑顔を振りまくものの、わずかに涙を溜めていた。 本当は我慢してるんじゃないか? 「やっぱり志那都荘へ帰ってもらった方がいいんじゃない?」 「今からお一人でですか? それは却って危険かと」 「それもそうだね」 「い、いえ! 本当に大丈夫ですので、ご迷惑をおかけするわけには参りません」 「そうおっしゃらず、空いている客室がありますから休んでいってください」 「ですが……」 「無理しないでそうしたほうがいいよ、レナさん」 さすがに迷う素振りを見せるものの、どうも耳鳴りが強くなってきたらしい。 先程より強くこめかみを押さえているのだ。 「ううっ、勝手に様子を見に来たばっかりに、かえってご迷惑を……面目ないです」 「いいえ、お気持ちはありがたく。芳乃様もきっとお喜びになりますよ」 「こっちこそ、一緒にいたのに気付かなくてゴメン」 「あはは……それこそ、気にしないで下さい。強くなったのは、ついさっきでありますから」 もうまともに立ってられないのか、常陸さんに肩を支えられている。 本当に大丈夫なのかな? 「ではレナさんは私に任せていただいて、有地さんは」 「……うん、そうだな」 ここは女の子に任せた方がいいだろう。 「わかった、お願いするね? 俺は先に、朝武さんのところへ行ってくるよ」 だが、部屋へ着いてみると―― 「あ、有地さんですか」 「あれ、朝武さん? もう眠ったはずじゃ?」 「それが……一瞬眠れたみたいなんですけど、すぐ目が覚めてしまって」 朝武さんは、さすがに気まずそうにしている。 「こればかりは、仕方あるまい」 「じゃあまた、朝武さんの寝待ちかな?」 「申し訳ありません」 「気にすることないよ」 けど、それならちょうどよかった。 レナさんの様子が心配だったし、場合によっては宿へ送った方がいいかもしれない。 それまで寝るのを待ってもらえば安全だろう、よし。 「それならさ、朝武さん、ムラサメちゃん、ちょっと相談が……」 そこへ大慌てで廊下を駆けてくる音が聞こえてきた。 「芳乃様、お目覚めでしたか!」 「ええ。それより茉子、そんなに慌ててどうしたの?」 「待って、レナさんを休ませに行ってくれたはずだよね?」 「はい、それが……」 「どうやら、レナさんのほうが先に引き寄せられてしまったようなんです」 「それってどういう……え?」 朝武さんが手元の憑代へ目をやる。 いったいいつから? 赤く点滅する速度が、明らかに激しくなっていた。 朝武さんが目覚めているから、油断していた。 「これって、まさかレナさんが操られてるってことじゃ! えっ、嘘だよね?」 「残念ながら、そういうことです」 「信じられない! どうして、私じゃなくてレナさんが!?」 「え、ええい、議論しても始まらん! とにかく急いで追うのだっ」 「…………」 幸い、レナさんはすぐにみつかった。 だがふらふらと山道を歩く姿は、まるで糸の切れた凧のように頼りない。 「そんな! 呪いに直接関係のないレナさんが、欠片に引き寄せられるなんて……ありえるんですか?」 「吾輩も油断していた」 「しかも吾輩達が持っている憑代ではなく、山の方へ引かれておる」 朝武さんのときとは、様子が違うというわけか。 「すぐにレナさんを起こさないと!」 「いや待て、これはチャンスかもしれん」 「どうして? 朝武さんの耳も出突っ張りだし、もし祟り神が現れても感知できないんじゃ?」 「昨日祓ったばかりだから、可能性は低いかもしれないけど」 「いや、過去には立て続けに発生したこともあった」 「だからこそっ、余計に起こしてあげるべきです! また私達の戦いに巻き込んでしまうかもしれないのに」 「ええ……でも当初の予定通り、ではありますね」 「茉子!?」 「うむ。仮に祟り神が発生したとしても、芳乃を戦力として使える分、むしろ好都合かもしれん」 「待って下さい! まさか、ムラサメ様はレナさんを囮にするつもりなんですか!?」 「だからまだ、祟り神が現れると決まったわけではない」 「それに芳乃、お前をれーだーにしたとしても危険なのは同じであろう?」 「多かれ少なかれ、レナにはもう影響を与えている」 「今中止したところで、今度はまた吾輩達の知らぬところで操られてしまう可能性もあるのだぞ?」 「それは……そうかもしれませんけど、レナさんは……本当に、呪いとは無関係で」 「もちろんそんなことはわかっておる。だが、もう後へは退けん」 「芳乃、腹をくくれ! 万一のときは、吾輩達で守ってやるのだ」 感情的には、俺も朝武さんに同意だった。 外国から来たレナさんを、わざわざ巻き込むような手は使いたくない。 けど、どちらが合理的かと聞かれたら、それはムラサメちゃんだと答えざるを得なかった。 「あーーーもうっ…………わかりました」 「けどレナさんのことも必ず守りきって見せます! いいですね?」 「もちろん」 大一番だ。ここまで来たら、やるしかない。 俺は、叢雨丸を握る手に力を込めていた。 そのまま山中を行軍することになった。 「いったい、どこへ向かっているんでしょうか?」 「予定通りなら、欠片を次々とみつけだせる……はずですよね?」 だが憑代は俺達の手にある。なのにレナさんは、こちらに反応していない。 けど一方で、憑代の反応がどんどん強くなっているのも事実だった。 「ムラサメちゃん、近くに欠片があるか感知できない?」 「すまぬ……憑代の放つ信号が強くて、他の気配が拾えぬ」 「それよりご主人と芳乃は、体調に変化はないのか?」 「俺は平気だけど」 「私もです……でも」 「なんだ、まだレナをれーだーにすることをためらっておるのか?」 「いえ、もちろんそれもありますけど」 「ますます、どうしてレナさんなのか、わからなくなってしまう気がしませんか?」 「むう」 「俺達は身体が熱くなったりするのに対して、レナさんのは耳鳴りだったよね?」 「ひょっとして、声、だったんじゃないかな? なにかに呼ばれてたとか」 「まさか! 欠片がレナさんを呼んでいるというんですか?」 「いや、単なる憶測だから、確証はないんだけど」 「皆さん、議論はそこまでに」 「どうやら、動きがありそうですよ」 どうやら、レナさんが立ち止まったらしい。 あの下に欠片が落ちているのか? 身を乗り出そうとしたときだ―― 「ぐわッ!?」 「な、なんです、今のは? 物凄い耳鳴りがッ!」 「レナさんから聞こえたようですが、ムラサメ様!?」 「わからぬ、わからぬが、これは……」 なにか起こる。 それも思いっきり、よくないことが起こる前兆の気がしてならない。 「ムラサメちゃん!」 「うむ、ご主人、油断するな」 叢雨丸に淡い光が宿る。 同時に3人輪になり、360°隙間なく周囲の気配を探った。 「今、あちらの藪から音が!」 すぐに黒い触手のような影が見えた。 今さら、見間違えるはずもない。 「常陸さん、援護お願い! 俺が前に出るっ」 祟り神の動きは単調だ。 すでに見慣れた動きから繰り出される触手をかいくぐり、一気に懐へ飛び込んだ。 叢雨丸なら、切らずとも触れるだけで充分だ。 俺にできる最小の動きと最小の力で、とんっと急所を突いていた。 我ながら、今日は冴えている。 今なら、祖父ちゃんからも一本取れるんじゃないか? そう自惚れたくなるくらい完璧に決まった。 瞬く間に、真っ黒い泥のような身体が霧となって消えていく。 これで、欠片をさらにもう1つ回収できたわけだ。 「ふう、意外にあっけなかったね。二人ともケガは……あれ?」 援護をお願いしたはずが、二人とも最初の場所から動いていなかった。 それどころか、俺の方を見てさえいない。 「二人とも、いったいどうし……?」 「……あ、有地さん」 滅多に聞かない。というか、初めて聞いた? 朝武さんの怯えた声だった。 その、指差した先に―― 『うむ、まずいの』 『信じられぬ、というより信じたくない』 ムラサメちゃんまで、そんなことを言い出す。 正面に1体現れたばかりだというのに、後方からさらに――もう2体現れたのだ! 「ま、待って下さい、まだ来ます! 頂の方からも、あ……あれはッ!?」 「5体いるように見えるのは、錯覚ではありませんよね?」 『いや、気配はどんどん強く、どんどん増えておる』 「どんどんってどのくらいいるの?」 『少なくとも、この倍?』 「はいぃッ!?」 聞くんじゃなかった。 『ちなみに吾輩、これでも控え目に見積もっておる』 「下手をすれば、それ以上の祟り神が……」 「このままでは、囲まれてしまうんじゃ……」 だったら、他に手はない。 「逃げよう!」 「…………っ」 意識のないレナさんへ駆け寄るなり、一気に肩へ抱え上げてしまう。 そのまま、脱兎のごとく駆け出していた。 けど日本人とは骨格が違うらしく、がっしりしていて見た目以上に重たかった。 そこへ触手の束が、無数に襲いかかってきたのだ。 「のわっ!? うぉっと!」 立て続けに、地面が抉られる。背中に土の塊を浴びながら、とにかく走った。 一発でも当たれば、骨をへし折られかねない。 文字通り、死に物狂いで駆けていた。 これだけ数に差があっては、多少調子が良かろうと、戦闘要員が予定より一人多かろうと関係ない。 勝負にならないという意味では同じだ。 おまけに女の子を抱えていては、差を広げることさえできなかった。 むしろ、じりじり追いつかれている。 『ご主人っ、危ない!』 「うわっ!?」 横合いから、さらに2体! 無理矢理に身体を捻って、なんとか避ける。 直後に先程まで立っていた場所を触手が薙いでいく。 「よしっ! …………あっ」 だが避けた先に、もう1体現れたのだ。 ダメだ、体勢が整ってない。 レナさんを傷つけないためには、俺の身体で受けるしか―― 「はあッ!! 有地さんっ、走ってください」 「朝武さん? た、助かった!」 寸前で、朝武さんの鉾鈴が触手を切り落としてくれたのだ。 「叢雨丸はワタシが!」 「お願い!」 この状況じゃ、刀で応戦する余裕はない。 ムラサメちゃんも同じ考えなのか、同化を解いてしまう。 「ご主人っ、もっと急げ!」 「わ、わかってるけど……レナさん! 起きてっ、レナさん?」 「……んぅ~……どうして……みんな?」 やった、起きてくれたか! 1人で走るなら、なんとか…… 「わああ……すごい、ごちそうで……ありますよぉ、むにゃむにゃ」 「起きてない!?」 さっきレナさんを担いだまま、地面を転がったのに? さすがに異常だ。 「ムラサメちゃん!」 「むぅ、芳乃よ。憑代の様子はどうだ?」 「え? 相変わらず、激しく反応してますけど」 「やはりおかしい」 「先程も憑代を持つ芳乃ではなく、レナを抱えるご主人を狙ってきた」 「まさか! 祟り神の狙いは、レナさんだっていうのか?」 「ありえません! 今までずっと、私だけを狙ってきたはずです」 「だがレナの発した耳鳴りで、こやつらは集まってきた」 「ふみゅ~……そうですよぉ、みんな……しなつそうの、いたちょうが……うでに、よりをかけて、ふみゅむにゃ」 狙われてる本人だけは緊張感のない、にへらとした笑みを浮かべている。 「試しに憑代をレナへ近づけてみよ」 「いいですけど……わッ!」 「は、反応がさらに強く……ええ!?」 レナさんへ引っ付けると、憑代がほとんど光り輝かんばかりになったのだ。 「やはり」 「はあ……はあッ、どういうことなんだ、ムラサメちゃん?」 さすがに息が切れてくる。 後ろでは常陸さんがクナイを投げて牽制してくれているが、焼け石に水だろう。 このままじゃ、いずれ追いつかれる! 「理由はわからん」 「だが欠片が集まり、憑代に意思のようなものが宿り始めたのは確かであろう」 「私が操られたのも、そのためでしたよね?」 「うむ。だが、それとは少し違うようだ」 「憑代自身の意思でレナを欲しておるように感じる」 「レナさんを? まさか、レナの身体が乗っ取られそうになってるってことは……」 「えー……ダメ、ですよぉ……ふふふ、わたしは……なかいさん、ですから……え? ちょっとだけでありますか、ふみゃふみゃ」 「……ないですよね?」 なにせ、ご馳走でも前にしてるようにヨダレを垂らしているのだ。 だがムラサメちゃんは、苦い顔になっていた。 「…………もしや」 「はあッ、はあッ、なに? ムラサメちゃん!」 「うむ、神や呪いがなんでもできるわけではない」 「仮に生きた肉体を乗っ取るとすれば、ある程度、手順を経る必要があろうな」 「だったら、眠ってる間は……大丈夫だよね? はあっ、ふうっ」 「いや、聞いたことはないか、ご主人?」 「たとえば、黄泉の国の食物を口にすると戻って来れぬとか、神隠しに遭った先で食べ物を口にしてはいかんとか」 「……はい?」 「あ、あー、やっぱりわたしも……わたしのぶんも、残して……むにゃむにゃ」 まさか。 「それって夢の中でも、OK?」 「わからぬ」 「だが、考えが甘かったかもしれん。正直、そこまでは想定しておらんかったからな」 「そ、そんな! 有地さんっ、なんとかレナさんを起こして下さい!」 「俺もそうしたいけど……」 「えふふふふっ……どれもおいしそうで、なにから……たべるか、まよっちゃいますね……ふひゅひゅ」 「わあああっ! それ絶対食べちゃダメだからっ、レナさん? レナさぁーーーん!!」 「すみません皆さんっ、もう抑え切れません!!」 悲鳴のような声に振り返る。 「うそ、だろ……」 「祟り神が、7分……山が3分?」 倍どころじゃない。 もう山全体が、祟り神になったみたいじゃないか! 「こ、こここ、こんなのどうやって!」 「そうだ! ムラサメちゃん、まっ、前みたいに神力でめ、目くらまし! 目くらましを!」 「承知した!」 白い光が闇を切り裂く。 その隙に滑り落ちるように斜面を下る。いや、実際に滑り落ちていた。 「わっとと!?」 咄嗟にレナさんの頭を抱えるようにして、砂利の上を転がった。 そのとき柔らかい物が2つ、ぼよんぼよんと押しつけられ、こんなときだっていうのに俺は生きてると実感させられる。 あと、凄くいい匂いがしました! 「では……そろそろ、おはしのおてほんを……うにゅうにゅ」 寝てる間に、なんかごめんなさい! 「ぜぇーはぁー……ぜぇーはぁー……でも、せめて今ので起きて欲しかったッ」 それで起きてくれるなら、ビンタされても文句言いませんから。 「有地さん! 早く起きてくださいっ」 「そうだぞ、ご主人! 今はとにかく祟り神から一寸でも遠く離れるしかない」 「この数、下手すると全ての欠片が祟り神となっておることも考えられる」 「はあ……はあっ、全ての欠片が?」 なら今追ってきてる祟り神を全て倒せば、欠片は全て集まることになる。 レナさんは、今にも料理を口にしてしまいそうだ。 時間がない。 なにより、これ以上はもう走れそうになかった。 「常陸さん……やっぱり、叢雨丸はこっちへ……はあ……はあっ」 「代わりにレナさんをお願い」 「それはかまいませんが、どうされるおつもりです?」 「戦おう、俺が前へ出る」 「無茶だぞ、ご主人!」 「数で勝る相手に正面から決戦するなんて、いくらなんでも無謀過ぎます」 「それじゃ、ただの破れかぶれじゃないですか」 「だったら、俺は追いながら、2人は逃げながら戦うっていうのは?」 「そうすればヘイトが分散して、上手く立ち回れるかもしれない」 「むぅ、それは……」 「もちろん、他にいい手があるなら従うけど」 「ですが、それではあまりに、有地さんの、負担、が…………え?」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~っ!!!?」 もう祟り神が追いついてきたのか? だが、今さらそこまで驚くことなどないだろう。 ほら、姿を現したのは、たったの1体だけ、で…………はい? 1体なのは、確かに1体だった。 ただし、一回り大きくなっている上に、姿形がちゃんとある……? 先ほどまでの、泥の塊ではなく―― 「姿は、犬に似ていますけど……」 「尻尾も祟り神の触手に似ているようですね」 「……ひょっとして、合体した?」 「欠片が合体して1つになるなら、祟り神も合体して1つになれるというわけか」 「ムラサメ様、感心している場合ではありません!」 「わかっておるっ、この凄まじい力の波動! もう吾輩の目くらましも通用しそうにない」 ますます、やるしかなくなった! しかもこんな化け物相手に! 正直、泣いてもいいなら泣き出したいくらいだ。 けど俺にも、男のプライドというものがあったらしい。 「ムラサメちゃん、頼むっ」 「むむむ、酷い博打だがご主人の武運に賭ける他なさそうだ」 再び、叢雨丸に淡い光が宿る。 「だから待って下さいっ、ここはいったん引いて作戦を練り直すべきです!」 『いや、的が1つに絞れる分、合体してくれたのはむしろ好都合かもしれん』 「そういうこと! それに狙いがレナさんなのも変わらないはずでしょう?」 「2人はいったん距離を取って、それくらいの時間は稼げるつもりだ」 「もう、すぐに無茶しようとするんですからっ」 「芳乃様! ここはお二人のおっしゃる通りです」 「わかってる! わかってるけどっ……もう! わかりましたよ」 「その代わり、必ず無事に合流すると約束して下さい」 「もちろん、俺もまだ死にたくないしね」 これで方針は固まった。 朝武さんと常陸さんは、レナさんを連れていったん下がる。 ある程度間合いを確保するまでは、俺が1人で相手せねばならない。 目の前で祟り神が、犬のように前足を屈めて唸り声を上げていた。 と言っても、大きさは犬の比ではないのだが……。 は、はは……こんな大きな生き物に刀一本で立ち向かおうなんて、我ながら笑えない光景だ。 昔やり込んだモン狩りというゲームを思い出す。 ゲームなら3回まで死んでもOKだが、俺は1回死んだらおしまいだ。 加えてこちらの鎧は初期装備のまま、相手はG級モンスターといったところか? そもそもこんな怪獣と戦うなら、俺みたいにひ弱な男子学生ではなく、ウル○ラマンか自衛隊を呼ぶべきだ。 いや、やめよう。現実逃避終わり。 「ムラサメちゃんも、つき合わせてゴメンな」 『なに、吾輩と叢雨丸が消える心配はないからの』 『だいいち、勝つための作戦なのであろう?』 「そうだった」 これが女の子を守るための戦いだというのが、救いだな。 「よしっ、機先を制する! この重量差で防戦に回ったら、一気にやられかねない」 『守るも攻めるも賭けには違いない』 『ならばご主人に任せる! 征くがよいっ』 だが、そんな覚悟を嘲笑うように―― 「……へ?」 躍りかかろうとする俺を躱して、瞬く間に俺の横を駆け抜ける。 「あの巨体で、なんて速さだよ!?」 『いかん! やはりレナを狙っておるのだ』 すぐさま常陸さんが、朝武さんとレナさんを突き飛ばして応戦する。 だが、ほんのわずかに怯ませただけだ。 今度は、朝武さんがレナさんを突き飛ばす。 さすが! 鉾鈴で前足に斬りつける。 けど、華奢な身体は衝撃に耐えきれず、吹っ飛ばされるのが見えた。 「あの野郎ッ!!」 追いすがり、必死に駆けた。 朝武さんも常陸さんも、まだ武器を手放していない。戦おうとしている。 だが祟り神の振り回す触手に、手も足も出ないらしい。 制止をもろともせず、ゆっくりとレナさんへ近づいていく。 未だ眠ったままのレナさんへ、あの馬鹿デカい前足を叩きつけようとしているのかッ!? 俺は呼吸が切れていたことも、体力が限界だったことも忘れて疾走していた。 足が千切れてもいいっ、間に合ってくれ! 「うぉおおおぉおぉおおーーーーッ!!!」 「あれ? ここはどこでありましょう?」 ――レナは一瞬、自分がどこにいるのか見失っていた。 確か……そう! マサオミが出て行き、マコと二人になった直後、急に耳鳴りが酷くなったのだ。 その耳鳴りも今は止んでいる。 代わりに今度は、耳が痛いほどの静寂に包まれていた。 「そうでした、マサオミは……マコは?」 「みんなー、どこへ行ったでありますかー?」 何度か訪れたことがあるはずなのに、なぜか知らない場所へ放り出されたような心細さを感じてしまう。 なにより、この静けさ。 虫の音はもちろん、木々の葉が擦れ合う風の音さえ聞こえてこないのだ。 「あー! あー! ちゃんと、自分の声は聞こえますね?」 なら、耳がおかしくなったわけではなさそうだ。 「でも変な感じですね……おや?」 視界の端をなにか白い物が通り過ぎていったのだ。 動き方は生き物のようだったが、うっすらと透けているようにも感じられる不思議な存在だった。 「ひょっとして…………トロル、ですか?」 つい、後を追って山道へ迷い込んでしまう。 「そう言えば、あまり山へ入るなと言われたんでした!」 「……でも、どうせこれは夢の中ですからね」 ここは、夢の中。目が覚める前からそう気付いているのは、奇妙なことだったろう。 でもレナはなぜか疑問に感じることさえなく、受け入れていたのである。 「おー!」 再び、白いものが目の前を駆けていった。 今度は先程より、はっきり姿が見えた。白い狛犬のようだった。 「あの子、初めて見たはずですよね? なのに、どうしてでしょうか」 「とっても、とっても懐かしい感じがするのですよ」 自然と足取りは速くなっていた。 飛ぶように一瞬だったようにも、とても長い道のりだったようにも感じられる。 ようやく、白狛に追いついたのだ。 「――っ!」 「(……あれ? ひょっとしてわたし、今あの子の名前を呼びましたか?)」 知らないはずの名前を、知らないはずの言葉で呼んでいた。 だからレナ自身には、認識さえできなかった。 でもこれは夢だから、そういうこともあるのだろう。 そこへ呼ばれた白狛が、しゅんとしてレナの前へ姿を現した。 「――――――――――」 またレナの口から、レナの知らない言葉がこぼれ出してきた。 どうやら、なにごとか叱責しているらしい。 「(けど、なんだかずいぶんと偉そうなしゃべり方に感じますね?)」 「(まるで女王様か、貴族のご令嬢みたいですよ)」 そう、他人事のように思ってしまう。 「――っ」 「――! ――――ッ――っっ」 どうやら、なにか口答えをされたのか、口論になってるらしい。 しかも自分の口から出ている言葉なのに、相変わらずなにを言い争ってるのかさえわからないのだ。 「(いったいなにを言ってるんでしょう?)」 もっと、知りたい。 つい、そう思ってしまったのだ。 「そうは申されましても、姉君」 「アネギミ? ……おー、お姉ちゃんのことですね!」 「…………」 急に白狛の目の色が変わった。 純白の毛皮にはふさわしくない、おどろおどろしく黒い泥が渦を巻くような瞳に。 「え、えっと……ひょっとして、わたし変なこと言いましたか?」 「貴様、姉君ではないな」 突然、山が震え出した。 「な、なにごとでありますか!?」 音の無かった世界で、ざわざわと激しく木々が揺れ出す。 まるで、森全体が迫ってくるような異様な雰囲気に包まれていた。 「いったいこれは……はわッ!」 今度は、いきなり見えない誰かの肩へ担ぎ上げられる感覚がした。 そのままなにかから逃げるような必死さで猛然と駆け出すのだが、レナにその姿は見えていなかった。 まるで透明人間に連れ去られていくような気分だった。 「はわっ? ひゃわわッ!? い……いったい、誰でありますか!?」 「え? …………男の人の、汗の匂い?」 そのとき、透明人間の中から、先程の白狛がぬるりと顔を出した。 ヨダレにまみれた牙を剥き出しに、喉笛へ飛びついてくる! 「ふわわっ!? ちょっと待って欲しいのですよーーーーっ!!?」 「死ぬ前にせめて、ミートボールのベリーソースかけとニシンのソテー山盛り食べ放題へ行きたかっ……」 「って、はれ? ここは……し、志那都荘でありますか?」 顔を覆っていた手をゆっくり開く。 いつの間にか、志那都荘の客室へ移動していたらしい。 「おっと! なら急いでお仕事しなくてはっ、また女将に叱られてしまいます!」 「なにを言っているんだい、レナ?」 突然、やさしく声をかけられた。 「へっ、お祖父ちゃん? お祖父ちゃんが、どうして志那都荘に!」 「お祖父ちゃんだけじゃないぞ、レナ」 「そうよ、お母さんもお仕事休んで来ちゃったわ」 「お父さんと……お母さんまでですか!? どうして、みんないるのでありましょうか?」 「あははは、忘れたのか? レナ」 「私達、家族旅行へ来たんじゃない」 「お前がこの旅館がいいと自慢するから、どうしても一度来てみたくなったんだ」 「お祖父ちゃん……? 確かに……前から、そう思ってましたけど」 「前から、そう思ってたんだろう?」 「そうですね……そうでした! 日本も、穂織の町も、志那都荘も、とってもいいところでありますよ!」 「わたしもみんなを招待したかったんですっ」 「ふふふふ、ありがとうレナ」 「けど早く食べないと、お料理が冷めてしまうぞ」 「……お料理でありますか?」 見ると、先程までなにも載っていなかったはずのテーブルにいっぱいの料理が並べられていた。 先程レナが食べたいと願ったミートボールとニシンのソテーなどの伝統的な北欧料理だけでなく、 おすしや焼きそばなど、日本で食べた美味しいものが節操なく並べられている。 しかも、いつも旅館で運ぶお膳ではない。 レナの地元で見られるスモーガス・ボードというヴァイキング形式で、料理は大皿に盛られているのだ。 「わああっ! すごいご馳走ですよ!?」 「でも、板長が作ってくれたのでしょうか?」 「このソテー……日本のニシンじゃなくて、北海のヴァルティックニシンにそっくりですね」 「だって、レナの大好きなものを集めたのだから当たり前でしょう?」 「……わたしの、大好きなお料理を? みんな、覚えててくれたんですか?」 「当たり前じゃないか、レナ」 ひさしぶりに両親から挟まれ、レナはつい涙ぐんでしまう。 祖父もそれを温かな目で見守ってくれていた。 レナの国では仕事で実績を積めばステップアップのため、よりよい会社へ転職するのが当然と考えられている。 だから、日本のように100年以上の歴史を持つ旅館など考えられない。 そのため、若いうちに結婚した両親も職場を変え、それぞれ地元を離れてしまったのだ。 なのでレナは祖父に育てられた。 けど出稼ぎの多い彼女の地元では、こういった家庭も特に珍しいものではなかった。 「愛してるよ、レナ」 「愛してるわよ、レナ」 「はい! わたしも愛してますよ、お父さんっ、お母さん!」 「愛してるから、なかなか会えなくても、離れて暮らしていても、私は寂しくないです」 「一人で遠い国へ来たって、心が繋がってることはいつも感じられますからっ」 「本当に?」 「……え?」 「本当にそうかい?」 「本当に寂しくないのかい、レナ?」 「ど、どうしたんです、みんな?」 「なに、レナは優しい子だから、我慢することに慣れてしまっただけじゃないかと心配になったんだよ」 「本来、家族は1つであるべきなんだから」 「ええ、そうね」 『1つであるべきなんだから』 「……っ」 レナはなんだか不安に駆られてしまう。 なんだかみんな、様子がおかしい。 いつもの家族と違う。まるで、紛い物のように感じてしまうのだ。 でも……普段離れているせいで、そう感じてしまうだけかもしれない。 「さあ、早くいただきましょう。どのお料理も、とっても美味しそうよ」 「え、ええ……そうですよ! 志那都荘の板長が腕によりをかけて作ったお料理なんですからっ」 「ほら、レナも早く食べなさい」 「ですが……」 どうしたわけか、あんなに食べたかったはずなのに抵抗を覚えてしまう。 「やっぱりダメですよ、わたしは仲居さんですから、みんなのお世話がしたいです!」 「それがお仕事でありますよ」 「でも、せっかく家族が揃ったんだ。ちょっとくらい食べたっていいじゃないか」 「え? ……ちょっとだけでありますか」 「ええ、ちょっとだけ」 「いらないなら、お父さんが全部食べてしまうぞ」 「ま、待って下さい! わたしも……さすがに少しは、わたしの分も残して欲しいのですが……」 「だったら素直になればいいじゃないか」 「そうだ、仲居さんにお箸の使い方を教えて欲しいわ」 「……え? お箸でありますか?」 みんな日本食は好きなはずだが、こちらへ来てからレナはいっそう箸の使い方が上達していた。 今なら、一番上手いのはレナだろう。 実は前から、それを家族に披露したい気持ちを持っていたのだ。 「ほら、見せてご覧、レナ? お前の好きな料理を選んでいいんだから」 「えへへ、そう言われても……どれも美味しそうで、なにから食べるか迷っちゃいますね」 そのとき、どこか遠くから必死にレナを止める声が聞こえた気がする。 「今のは……誰の声でしたか?」 「どうしたの、早く見たいわ?」 「あ、はい。ではそろそろ、お箸のお手本を…………おや?」 一瞬、妙な匂いがした。 思わずお料理へ鼻を近づけてしまう。 「男の人の、汗と……血の臭い? でも、このお料理からしてるわけじゃなさそうですね」 「……そもそも、このお料理、なにも匂いがしないです」 「どうしたの、レナ」 「いえ……そ、そうです! 私、さっきトロルを見た気がして」 「トロルだと? そんなもの、どうだっていいじゃないか!」 「で、でも! その後、なぜか志那都荘へ戻ってきてて……あれ? その前は……えっと、ヨシノのウチで」 「マサオミと話してて……そうです、マサオミの匂い」 「マサオミ? マサオミが、近くにいるでありますか!?」 「いい加減にしなさいっ、レナ!」 「だ、だって、みんな! みんななにか変ですよっ」 「……ふえ?」 いつの間にか、両親と祖父が黒い泥のような塊に変わっていた。 「た、タタリガミ!? お祖父ちゃんは? お父さんとお母さんは、どこでありますか?」 「レェェェェナァァァァァッ!!?」 「ヒョェェ!? や、やっぱりお祖父ちゃんじゃありませんッ」 3体の祟り神が、狭い室内でびゅんびゅんとムチのように触手を振るう。 たまらず、レナは尻餅をついていた。 他に避けようがなかった。もっとも、それはわずかに寿命を延ばしたに過ぎない。 「だ……誰か、助けて! 助けて欲しいでありますよぉーーーっ!!?」 思わず、交差した腕で顔を覆う。 直後に――すべての触手が、弾き飛ばされていた。 「えっ……こ、これは!?」 空中に、一振りの刀が浮かび上がっている。 柄を握る男の子の腕も。 だが障気で焼かれるように黒い煙を上げながら、その腕に火傷のような跡が刻まれていく。 「ま、マサオミッ!?」 「レナさんから離れろ! この犬畜生ッッ!!」 ――間に合った!? 俺はギリギリでレナさんを庇い、化け物の前へ滑り込んでいた。 そのまま踏みつけようとする前足に向かい、叢雨丸を突き刺してやったのだ。 「グガアアアアアアアアア!?」 傷口からまるで血を再現するように、泥のような穢れが大量に噴き出してきた。 もっとも、こちらもただでは済まなかった。 「ぐ……ぐえッ!? つ、潰れる、死ぬかも……く、くそッ」 『なんという無茶をするのだ、ご主人!』 『叢雨丸の神力がなければ、ぺしゃんこに潰されておるところだぞ』 だがここで剣を引いたら、もう俺にチャンスは来ない。 潰されながら、腕ごと祟り神の中へ叢雨丸を押し込んでやる。 「うぉぉおおぉおおおお~~~ッ!!!」 「グオオオオオオオオッ」 途端に、先程以上の穢れが溢れ出す。 溺れそうなほど穢れを浴びせられ、それだけでもどうにかしてしまいそうだ。 叢雨丸の浄化さえ、追いつかない。 『憎い……憎い……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……』 『許さない……許さない……許さない……』 くそっ、なんだそれは? 圧倒されるほどの怒りと憎しみが、怒濤の勢いで浸食してくる。 俺の心まで、負の感情で塗り潰されそうになっていた。 おまけに皮膚からおかしな煙が上がり、無数の針で突き刺されるような痛みに襲われていたのだ。 障気で腕を焼かれているらしい。 『気をしっかり持て、ご主人! あと一息だ』 「……っ」 ムラサメちゃんの声、かすかにレナさんの息づかいも聞こえた。 ここで俺が折れるわけにはいかない! こんなのは所詮、女の子の前で格好付けたいという、ささやかなプライドに過ぎなかったろう。 それでも、男が身体を張る理由としては充分過ぎた。 「レナさんから離れろ! この犬畜生ッッ!!」 「ま……マサオミ? マサオミッ!?」 ……え? 目を覚ましてくれたのか? だが、それだけに留まらなかった。 レナさんは跳ね起きる勢いのまま俺の背中へ飛びつくと、一緒に叢雨丸の柄へ手を添えてきたのだ。 「あたたたたたっ!? な、なんですこれ、すごい痛いですっ」 「れ……レナさんは腕を引っ込めて!」 「だ、大丈夫です! だって、マサオミがわたしを助けてくれたのでしょう?」 「だったら、わたしにも手伝わせてくださいっ」 「よくはわかりませんが、このおっきいヤツを倒せばOKなんですよねっ」 レナさんに叢雨丸が扱えるわけじゃない。 それでも、俺と同じ痛みに耐えながら、重ねた手に力を込めてくる。 「……レナさん?」 『ご主人! このまま押し込むしかないぞっ』 「くっ、わかってる! こっちも負けてられない」 「やああぁぁぁあぁああぁーーーッ!!!」「おぉおおおぉおぉぉぉぉ~~~っ!!!」 さらに深く、叢雨丸を押し込んでいく。 どうやら朝武さんと常陸さんも、他の部位へ攻撃してくれてるらしい。 祟り神の抵抗は散漫になっている。 早く……早くっ、まだ浄化できないのかよ!? そのまま、どれだけ時間が経ったのか。 「ォオオオオオオ~……」 断末魔のような声を上げ、ついに祟り神が崩れ落ちる。 「や、やったか? ……って、ええッ!?」 よりによって、巨体が俺に向かってまっすぐ倒れ込んできたのだ。 よく考えたら、そりゃこうなるよな。 完全に消滅してしまう前の最後っぺみたいなものだろう。 けど、ま、まずい……逃げる力が残って…… 「マサオミッ!!」 なっ!? なんと、レナさんが俺の上へ覆い被さってきたのだ。 突き飛ばしてでも逃がさないと……けど、もうそれだけの力さえ……残っていなかった。 「有地さん! レナさん!? 嘘ですよね、二人とも返事をして下さいっ」 「有地さーんっ!! レナさぁーーーーん!!?」 「…………」 「…………」 「………」 ムラサメちゃんの言葉に従い、夜風に当たることにした。 と言っても、あてのない夜の散歩というわけではない。 「――フッ」 竹刀を真っ直ぐ振りおろしながら、左足を引き付ける。 ピタリと止めた竹刀。また、真っ直ぐに振り上げ、引きつけた左足を後ろに下げた。 「――フッ」 そして再び竹刀を振り下ろすのと同時に、今度は右足を下げる。 こうして正面素振りを続けながらも、頭の中はずっと考え事をしたままだ。 「帰るっ……帰らないっ……帰るっ……帰らないっ」 竹刀を振り下ろす度に、そんなことを口にする。 とはいえ花占いじゃないんだから、きっちりした終わりがあるわけでもない。 それを思うと、自然と腕の動きがゆっくりになっていった。 「……ふぅー……」 別に、頭を悩ませるほどの事じゃない。 「結局、俺がどうしたいか、それだけなんだよな」 住みやすい街に戻りたいなら戻ればいい。 二度と戻って来れないわけでもない。祖父ちゃんや、廉太郎たちもいる。 来たいと思えば、すぐにまた来られる。 逆に、もう少しここにいたいのなら、それも言えばいいだけだ。 旅館や、廉太郎の家にお世話になることもできるだろう。 そんな嫌な顔はされないはずだ……多分。 だから、答えを出してさえしまえば……。 「こんな風に悩むってことは……残りたいって思ってるってことだろうけど」 胸がスッキリしないのはなんでだろう? 何かがひっかかって、どうしようもなく気持ち悪い……。 「残るって言い切れないのは、それが一番の理由かな……?」 「それがわかっただけでも竹刀を振った価値があるかな」 いい運動になったし、そろそろ部屋に戻ろうか。 「……っていうか、まだ奥に灯りが」 そんなことにも気付かないぐらい、視野が狭まっていたのかもしれない。 「誰かいるのかな?」 中に入ってみると、そこには意外な姿があった。 真剣な表情で、舞を踊る朝武さんの姿。 舞の奉納などで何度も見た姿ではあるけれど、こんな時間に見るのは初めてだな。 大抵は日が沈む前に終わらせてしまう。 おそらく、今までは山でのお祓いを考慮してだったんだろう。 「………」 俺の事に気付いていないのか、凛とした雰囲気を崩すことなく舞い続ける朝武さん。 相変わらず凄い集中力だよなぁ。 乱れることのないその動きは、もはや身体にしみついた動き。 一つ一つの動きを確認してる俺の素振りとは全然違う。 その美しさに目を奪われるというか……見惚れてしまう。 「(……こうして見惚れるの、何度目だろう?)」 「(今までに何度も見たことある舞。なのに、今もこうして見惚れてしまう)」 「(………)」 そうして俺は、朝武さんの舞が終わるまで、静かに眺め続けていた。 「……はぁ……」 「お疲れ様、朝武さん」 「え、あ、有地さん、何してるんですか? 竹刀まで持って……」 「不審者でもいましたか?」 「違う違う。ちょっと素振りをしてたんだ。勝手に境内を借りて」 「それは構わないと思いますが……こんな時間から? 下手したら有地さんが不審者にされますよ?」 「……確かにそうかも」 「まあ、夜に参る人なんてそういないとは思いますが……」 「朝武さんこそ。どうしてこんな時間から舞を?」 「それが……お父さんや茉子からは今日ぐらいは休んでいいんじゃないかと言われて」 「その言葉に従って休んではみたものの……どうにもこうにも落ち着かなくて」 それだけ長い間、欠かさずに毎日続けてたってことなんだろう。 俺のトレーニングは、そこまで身体に馴染んだりはしてない。 悩んでなかったら、多分喜んで休んでいただろう。 「部屋にいてもモヤモヤする一方で……これならいつも通りにした方がスッキリすると思って」 「こんな時間にとは思ったんですが……結局やっちゃいました」 「それに……」 不意に、朝武さんの視線が、祀ったばかりの憑代に向けられる。 「本当にこれで終わったんだという実感がどうしても湧かなくてつい見に来てしまうんです……」 「……そっか」 「あんなに呪いを解こうと頑張っていたのに、いざ解けたら戸惑うなんて……」 「なんだか変な感じです」 「確かにそうかも」 「って、まだ完全に解けたかどうかはわからないんですよね」 「なんだかすっかり気が緩んでしまってますね……私……」 「仕方ないよ。少なくとも一区切りはついたんだから」 「それに、ムラサメちゃんもそれほど深刻には見てない。本当に言葉通り『念のため』ってことなんだと思う」 「………。有地さん」 「ん? なに?」 「憑代のこと……その……ありがとうございます。有地さんには、沢山お世話になりました」 「それと、失礼なこともいっぱい言いました。本当にすみません」 「それも仕方ない。言われるだけの理由があったことだから」 「でもですね、今回のことは有地さんがいなければ――」 「はい、ストップ」 手の平を突き出して、朝武さんの言葉を遮った。 「それは俺だけじゃない。常陸さんがいなくてもダメだったよ」 「ムラサメちゃんやレナさん、祖父ちゃんや安晴さん、駒川さんだって」 「誰か1人でもいなかったら、こんな風にはならなかったと思う」 「それはもちろん、他の方にしても感謝しています」 「それに、そこには朝武さんも含まれてる」 「え? いや、私が含まれると言いますか、むしろ私が迷惑の中心と言いますか……」 「とにかくお礼を言われる立場ではないと思います」 「んー……」 ここで『ありがとう』と言うのは『呪いになってくれてありがとう』みたいになるか。 だったら……なんて言えばいいんだろう? 上手く言葉が見つからない。 にしても―― 「……本当、真面目だよね」 まあ、そこが朝武さんのいいところでもあるんだろうけど。 というか、別に気を遣って言ったわけじゃないんだけどな。 「たまには、軽く受け流してもいいんじゃないかな?」 「そういう態度は相手に失礼だと思います」 「それはもちろん、常にそんな態度なら問題があるだろうけどさ」 「朝武さんにだって、気を抜いて話をしたいときぐらいあるんじゃない? 他愛ない愚痴とかさ」 「………」 「何かあるなら話を聞くよ、俺でよければだけど」 「どうして、私に何かあると思ったんですか?」 「まー、話しててなんとなく? いつもと少し違う気がしたから」 「……むぅ……なんか……見透かされてるみたいで悔しいです」 「あはは、なにそれ」 「とにかく、愚痴でもなんでも話ぐらいなら俺が聞くよ?」 「有地さん……」 「それはアレですか? 社交辞令的な感じで、軽く受け流した方がいいんでしょうか?」 「このタイミングではないよ!」 「あはは、冗談です。あまりに悔しかったから、せめてもの意趣返しです」 「………」 まさか、朝武さんが冗談を言うなんて……。 本人は戸惑ってるって言ってたけど、実は浮かれてるんじゃないだろうか? さっきの笑顔もいつもの雰囲気とは違っていた。 いつもの凛とした雰囲気もいいけど……こういう無邪気な感じも可愛いな。 「でも、そうですね。じゃあ……頼らせてもらってもいいですか?」 「お、俺で力になれるなら」 今までよりも魅力的に見える彼女の表情に、思わず一瞬息を呑んでしまった。 境内の階段に2人で腰かける。 ……流れとはいえ、女の子と2人っきり。 もうすっかり夜で、周りには誰もいない。 なんか胸がドキドキというか……緊張してきてしまうな。 「それで、愚痴って?」 祟り神の件が一段落して、むしろ落ち着いてもいいぐらいなのに? 「正確には愚痴ではないんですが……」 「呪いのこと、実感がわかなくて、気持ちの切り替えができていないのは、さっき言った通りです」 「うん」 何年も……いや、数百年続く一族の呪いだ。 きっと幼い頃から、朝武さんを縛っていたんだろう。 解放されたと言葉で聞かされても、実感なんて湧くわけがない。 「もう少し時間が経てば、自然と受け入れるようになるんじゃない?」 「そうだとは思うんですが……その……」 「私が困っているのは、茉子やお父さんたちの方が嬉しそうにしていることなんです」 「………」 「あっ! 勘違いしないで下さいね、私だって嬉しいと思ってはいるんですよ」 「ただ……私より周りの方が盛り上がっているようで……ですから、えっと……なんて言えばいいんだろう……」 「温度差みたいなものを感じてるってこと?」 「そうっ! それです! そのせいで余計に戸惑ってしまって」 「それに、この欠片のことがもっと早くにわかっていたら、もしかしたらお母さんにも……」 「………」 「考えても仕方ないことだとはわかっているんです。でもやっぱり、素直に喜べない部分もあったりして……」 「ですから、えっと、その……すみません。だからどうとも言えない、取り留めのない話ですね」 「でもこんな話を茉子やお父さんにすると……要らぬ不安を煽ってしまいそうで」 「確かに」 これは、一緒にいた期間の少ない俺にだからこそ言える愚痴だろうな。 「そのせいで、モヤモヤが倍増してるような気がします」 温度差か……。 「そうだなぁ……んー……」 「朝武さんはさ、やりたいことはないの?」 「やりたいことですか?」 「街に出て買い物をしたい、とか」 「別にこの町でも買い物は十分できていますよ?」 「いや、たとえば。買い物じゃなくてもいいんだ」 「些細なことでもいいからさ、これから先の事に期待を持てれば、今感じてるような温度差はなくなるかもしれない」 「安晴さんや常陸さんは、呪いから解放された朝武さんが自由になることに期待をしてるんじゃないかな?」 「でも私は、気持ちの切り替えができなくて、先の事を考えられてない」 「だから、置いてけぼりのように感じるのかも。ってのが、俺の勝手な予想」 「言われてみると思い当たる節が……あるかもしれません」 「やりたいこと……やりたいこと、ですかぁ……いつの間にか、呪いを解くことが第一になっていましたから」 「そっか……」 「まあ、アレだ。少し考える時間を取ってみるといいよ」 「……そうかもしれませんね」 不意に、顔を上げて夜空を見上げる朝武さん。 その表情は考え込むというよりも、思いを馳せているようだった。 「漠然としててもいいし、些細なことでもいい」 「とにかく、朝武さんが望むことを、してみるのがいいんじゃないかな」 「今日はもう休んだら? こういう時は、お風呂に入って疲れをとるのが一番だよ」 「ちなみに参考までに、有地さんはやりたいことってあるんですか?」 「俺?」 「やっぱり、色々ありますよね」 「穂織に縛られる理由がなくなったんですから。都会に戻って楽しみたいこととか」 「それは……」 ちょうどそのことに悩んで、竹刀を振っていたんだ。 どう返事をするかな……。 「せっかく転校までしたんだから、卒業まではここにいようかなって思ってる」 ………。 あれ? 頭では悩んでいたはずなのに……口から自然に、するっと言葉が出ていた。 「何度も転校するのは面倒だから」 「それに今の生活も好きだよ、俺は」 「そうですか……よかった。ちょっと安心しました」 「え? 安心って、何を……?」 「有地さんがいなくなったら寂しいですから。だって有地さんは、私にとって――」 「……とって?」 「――初めてできた友達ですから」 知ってた。そこら辺で落ち着くだろうと思ってた。 とはいえ、柔らかな笑みを浮かべる朝武さんを見ていると……思わず俺も笑みをこぼしていた。 なによりもホッとした。 こんな表情をしているということは、ここに残っていいと受け入れてもらえたんだ。 「俺としては嬉しいけど、常陸さんが悲しむんじゃないの? 俺が初めての友達だと」 「別に茉子のことを軽視するわけじゃありません。でも子供の頃からずっと一緒に居ましたから」 「茉子は友達というよりも……もっと近い存在……世話焼きな妹みたいな感じです」 「……世話焼きな姉じゃなく?」 「どういう意味ですか、私の方が子供っぽいって言いたいんですか?」 「んー……」 俺からすると正直なところ、そっちの方がしっくりくる。 でもこれを口にすると、怒らせてしまいそうだな。 「そうだね。子供の頃からずっと一緒なら、姉妹みたいに感じるものかもね」 「今、誤魔化しましたね? 話をそらそうとしてますよね?」 「気のせい気のせい」 「……ジー……」 「………」 「まあ、いいですけどっ」 「とにかく男の人とこんなに仲良くなるなんて初めてですから。有地さんは大切な友達ですよ」 「有地さんには感謝してもしきれませんね。いつも助けてもらっています」 「もし、叢雨丸に選ばれたのが有地さんじゃなかったら……私はまだ、こんなこと考えていなかったと思います」 「………」 「ぷっ、あはは」 「な、なんで笑うんです? 何かおかしなこと言いました?」 「いや、ゴメン。でも、なんか仰々しかったから、つい」 「俺なんて行き当たりばったりで、必死にもがいてただけ」 「たまたま偶然、こういう結果になっただけだよ。大した事はしてないのに、大げさすぎる」 「それでも私は……本当に、感謝してるんですっ」 「あー、笑っちゃってゴメン。決してバカにしたつもりはないんだよ、本当に」 「なんか俺になんて不釣り合いだと思ってさ」 「………」 「それに、俺に言わせればそれは、朝武さんが頑張った証だよ。負けずに頑張ったからこそ手に入ったんだよ」 「俺がここで叢雨丸を抜いたのは運命だったのかもしれない」 「でもそれを引き寄せたのは、朝武さんの頑張りだったんじゃないかな。だから……」 「――ああ、そうか。こう言えばよかったんだ」 「今まで頑張ったね。お疲れ様、朝武さん」 「………」 「………」 俺の言葉に、朝武さんは固まってしまった。 なんか……あまり嬉しそうじゃない。 「あー……ゴメン。やっぱりそぐわないか、今のは」 「うぇ? あ、いや、その……ッッ」 「しかも上から目線で、何様って感じで……そんなつもりはなかったんだけど」 「い、いえっ、そうじゃないんです。嬉しくないということではなくて、あの……ですね」 「そんなことを言われると思っていなかったので……返答に困ると言いますか反応に困ると言いますかリアクションに困ると言いますか」 「と、とりあえず、ありがとうございます……?」 「また疑問形だ」 「だ、だって……だって……ぁーぅー……ッッ」 「そこまで困らなくてもいいのに」 「変な返答をしたら、申し訳ないじゃないですか。わざわざ気遣ってもらっているのに……」 「気遣って言ったわけじゃなくて、俺の本心なんだけどな」 「それを言うなら、私だって本心ですよ」 「うん、ありがとう。そう言ってもらえて、俺も嬉しいよ」 「………」 「……わかってない……全然わかってません」 「朝武さん?」 「本当、有地さんは失礼です」 「何故だ……普通にお礼を言っただけなのに……」 「……もういいです。とにかく今日は話を聞いてくれてありがとうございました。少しスッキリしました」 そう言って、朝武さんは歩き出した。 「……はぁぁ……気持ちいい……」 やっぱり身体を動かした後のお風呂は気持ちいい。 それにやっぱり、祟り神という漠然とした不安も消えたからかもしれない。 「やりたいこと……」 今までに考えたことがなかったわけじゃない。 でも、具体的なことは何も考えてなかった。 「やりたいこと、かぁ……」 子供の頃の私にはしたいことがあった。 お母さんに伝えたいことがあった。 でも、お母さんはもういない……。それは悔いていても仕方ない。 今の私の、やりたいこと……。 考えたことがなかった。 呪いを解くこと、呪いさえ解ければ。 ずっとそんなことを考えていたけど、その先の事は全く。 「今なら、伝えることができたのかな……? お母さん……」 お母さんには、もう伝えることはできないけれど。 「……ううん、やっぱり伝えることは、私にはまだできないかも」 だって、私の嬉しさは全然伝わっていなかった。 有地さんには、軽く受け流されてしまった。 私はこんなにも感謝をしているというのに……。 「……悔しい……」 私が今感じているこの気持ちを、どうすれば伝えられるんだろう? なんて言葉を口にすれば、伝わるんだろう……この嬉しさが……。 少しでも、この嬉しさを伝えたいのに……私にはその術がない。 それが歯がゆくて……悔しくて……。 どうしても、お母さんのことを思い出してしまう。 やっぱり……私には、無理なのかな……? 「……でも、私だけの問題? 大体、人が真面目に本心を打ち明けたのに、笑うなんて失礼です」 「本当……失礼な人……」 でも……初めて言われた気がした。 “可哀想”とか“気の毒”とか、そんな同情じゃない。 “頑張ったね”って……認めてくれるような言葉。 驚くぐらい、スッと胸に染み込んで……。 「なにか……なんでもいいから、ほんの一欠片だけでも伝えられれば」 そうしたら、何かが変わるかもしれない。 この嬉しさを伝えたい……。それが、今私が一番やりたいこと……。 「………」 「もしもし、茉子?」 『こんな時間にどうされたんですか、芳乃様?』 「ちょっと……お願いがあるの」 『珍しいですね。わざわざ電話までして。一体何でしょう?』 「んん……」 いつもの時間になり、いつも通りに目覚めた俺。 そうして、いつも通りに着替えてから、部屋を出た。 「あっ、おはようございます、有地さん」 「おはよう、常陸さん」 これもいつも通りの挨拶。 でも……常陸さんの様子が、いつもと少し違っているように見えた。 「大丈夫? ちゃんと眠れた?」 「それが、その……ぐっすり熟睡とまではいかなくて」 「疲れてるなら、無理はしない方がいいんじゃない?」 「いえ、全然眠れなかったわけではありませんから。これぐらいは平気です」 ジッと常陸さんを見る。 声はいつも通りで、顔色が悪いわけでもない。 確かに、今のところは体調に問題があるわけではなさそうだ。 「ちなみに熟睡できなかった理由って、子犬のことが心配で?」 「それもありますが……芳乃様の部屋で一緒に眠ることに、多少緊張をしてしまいまして」 「まあ、寝る環境って結構大事だもんね」 そう。昨日から常陸さんは、朝武さんの家で寝泊まりをしている。 あの後も話し合いは続き、常陸さんはしばらく朝武家で暮らすことになった。 もし何かあった時には、温泉の力ですぐに身体を洗えるように。 そして事情を知る人間が側にいた方が安全だろうという配慮だ。 常陸さんのご両親にも、ある程度事情の説明を行っている。 そう、全てではない。 本人の希望で、取り憑かれたことは伏せられ、漠然と『呪いの後始末のため』という説明で納得してもらった。 いつかは話さなければいけないとしても、もう少し様子を見たいのだろう。 できれば、何事もなく事態が収拾することを期待して……。 「それで……身体の方はどう?」 「今のところは、特に何も」 「本当に取り憑かれてるんでしょうか、ワタシ……?」 「出来れば勘違いであって欲しいとは思うけどね」 「ワタシもです……」 「よもや恋をしなければいけないだなんて」 「………」 恋について悩む彼女を見ていると、なんだか心がざわついて仕方ない。 「でも……常陸さんは元々、恋をしたいと思ってたんだよね?」 「そういう気持ちがあったから取り憑かれたって」 「あと、俺にもそんなこと言ってたしさ」 「それはそうなんですが……そうなんですがぁ~」 「ほんのちょっぴり『頑張ってみようかなぁ』程度に漠然と考えていただけで」 「半ば強制のように重要度を上げられてしまうと困りますよ」 「まあ……それはそうか」 これじゃあ恋が目的ではなく、ただの手段だもんな。 「恋なんて、自分でコントロールできるものでもないしね」 「はぁ……恋ってどこかに売ってたりしませんかねぇ?」 「売ってたら俺も買うんだけどねー」 「なんて、愚痴を言っても仕方ありませんね」 「俺も手伝う。何かあったら俺が常陸さんを守るから」 「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いしますね」 「それではワタシは食事の準備をしないと! 美味しい朝食を作りますからね」 「……うん」 実際、子犬になってしまったのはあの時限りだ。 取り憑かれた時だけで、実はもう子犬になることはないのかもしれない。 今は変に不安になり過ぎないのが一番いい気がする。 「じゃあ俺は、いつものトレーニングに行ってくるから」 「わぉん!」 元気のいい鳴き声に背中を押されるように俺はリビングを出てトレーニングに―― 「鳴き声?」 「………」 視線を下げると、そこには可愛らしい子犬の姿。 そして、その周りには先ほどまで常陸さんが身につけていた服。 「………」 「くぅ~ん……」 おそらく『申し訳ありません』と言っているのだろう。 見ているだけでも十分伝わってくる落ち込みっぷりだ。 それはそうだろう……。これでよくないことが証明されてしまった。 子犬になるのはあの時限りではない、という事だ。 これからもこんなことがあるのかもしれないのか……。 「俺に謝らなくていいから。それよりも、早くお風呂に入った方がいいよ」 「……わん」 返事をして、トコトコと歩いていく常陸さん。 俺はどこか扉が閉まっていたら開けてあげようと、その後ろをついて歩くのだが……。 犬の身体であっても、何とも器用に扉を開ける常陸さん。 そんな彼女が風呂場に入るのを確認してから、その扉を閉める。 「それじゃあ俺は、トレーニングに行くから」 「――ぷぁっ。あ、はい、いってらっしゃい、有地さん」 「あっ! でもその前に一つお願いが……」 「ん、なに?」 「大変申し訳ないのですが……服を、持ってきてもらえないでしょうか?」 「………。あっ……」 畳の上に広がった服の前にしゃがみ込む。 そして、拾い集めながら―― 「ッッ!?」 その時、服の中からとある布がふわりと畳の上に落ちる。 もちろんそれは……常陸さんの下着なわけで。 「そっ、そうだよな、服がこうなるなら下着だって当然そうなるよな……」 常陸さんの魅力を引き立てるのに十分な、魅惑的な下着。 服が特殊だからって……さすがに下着まで特殊ってことはないんだ。 そこら辺は、外も穂織も同じか。 なんて場違いなことを考えながら、俺はそのブラジャーに手を伸ばした。 「むっ、柔らかい……これが女性の下着というものか」 なんか変な感動を覚えてしまった。 これで俺は、女性の下着の感触を知っている男になったんだなぁ……。 「………」 「なーにをしておるのだ、ご主人」 「――ハッ!?」 「ぶらじゃーを手にして感慨深そうに……吾輩、正直引いておるぞ」 「いやこれは違うんだ! そういうことでは決してなくて!」 「………」 「と、朝武……さん……」 「……へぇ……」 「その素っ気ない一言が一番突き刺さるなぁ……」 「まだでしょうか……有地さ~ん」 「そうか、また犬になってしまったか」 「大丈夫だった?」 「はい……温泉で穢れを落とせば、すぐ元に戻りましたから」 「だから俺は本当に、やましい気持ちではなかったんだよ!」 「わ、わかっています。有地さんはそんな人ではないと、わかっていましたよ」 そのわりには、すっごい冷たい目をされたけどね。 「……吾輩は、正直ご主人が変態でも驚かぬがな」 「むしろ、さもありなん?」 「失礼なことを言うな!」 「ワタシのせいでお騒がせしてしまったみたいで、大変申し訳ありません」 「いや、俺が不用心だったから」 「ご主人が変態かどうかはおいておくとして」 「否定しろ、否定!」 「子犬になることがわかってしまった以上、茉子は大人しくしておる方がよいのではないか?」 「子犬になる予兆みたいなものはないの?」 「私の耳が出るときには、身体をくすぐられるみたいにくすぐったかったんだけど」 ああ……そうだったのか……。 何を身悶えてるんだろうって思ってたけど、アレはくすぐったかったのか。 今までずっと、感じているのかと思ってた。 「思い当たるようなことは……何もありませんでしたね」 「だったら、やっぱり休んだ方がいいんじゃない?」 「いつ鎮まるのかもわかりません。それまで延々と休み続けるわけにもいきませんから」 「まあ、引きこもっておっては、恋ができぬのも事実だ」 「そうです。この事態を解決させるためにも、外を恐れてはいられませんっ」 「それは理解できるんだけど……朝武さんの耳の時とは違って、普通の人にも見えちゃうからなぁ」 本当に大丈夫なんだろうか……? 「今日はもうすでに変身していますから大丈夫です、きっと。一日に一度きりです、多分」 「……それは、どういう根拠で言っておるのだ?」 「マンガでよくあるお約束というやつですね!」 「そうかなぁ……そんなお約束はあまり見たことないけど」 「でも確かに昨日は一度きりでしたね」 「ふむ……人を犬の姿にするなど、いくら獣が強力な力を有していても簡単ではないはず」 「加えて憑代は清められ、その力も以前より弱まっておる」 「となれば……一日に一度きりというのも、あり得ない話ではないかもしれんな」 「力を溜める必要があるってことか?」 「それにだな、そんなに頻繁に犬になっておっては恋など出来ぬ」 「自分の望みの妨げになるようなことは、頻繁に行ったりしないという事ですね」 「まあ全て“かもしれぬ”だがな」 「ともかく吾輩は、念のために憑代を監視してみよう。もしかすると、何か反応を示すかもしれんからな」 「よろしくお願い致します」 確かにずっと引きこもってもいられない。 解決するためにも常陸さんは他の人と接触する必要があるんだから。 そのためには教室という閉鎖空間はうってつけの場所――あれ? 「………」 ってことは、常陸さんがクラスメイトの誰かに恋をするってこと……に、なるのか? 「有地さん? どうかしましたか?」 「あ、いや……なんでもない」 常陸さんが誰かを好きになる。 それこそが目的だとちゃんとわかってる。でも―― 「……本当に大丈夫か、ご主人?」 「あ、ああ。大丈夫だ」 胸が、モヤモヤする。 むぅ……この中の誰かに、常陸さんが恋をするのかもしれないのか。 「………………」 「どうした? 難しい顔しちゃって」 「廉太郎……」 「お前だけはダメだ」 「なんか知らんが失礼だな、お前」 廉太郎はダメだ。 常陸さんが廉太郎を好きだとか言い出した日には、俺は立ち直れないことになるかもしれない。 クラスの中で常陸さんが恋をしたとき、俺が応援できそうなのは―― 「………」 「いない……かも」 もし本当に常陸さんが好きだと言ったのなら、仕方ないとは思うだろう。 でも心の底から喜んで、応援するという事はできそうにない。 「お前本当に大丈夫か?」 「いや、ダメかもしんない……心が、折れそう」 「相談なら乗ってやるぞ?」 「それはいいや。あんまり人には言いづらいプライベートなことだから」 「そうか? まあ、言えないのなら仕方ない……」 『常陸さんが恋をしたいと悩んでる』なんて教えたら、ノリノリで余計なことをしそうだ。 とはいえ実際に子犬になってしまう以上、何とかしなければ……。 「そう言えば、巫女姫様。またお見合いを断ったらしいですね」 「え? あ、はい……確かにお断りしましたが、どうしてそれを?」 「巫女姫様の結婚ともなると、親がよく話をしてますから」 「わりとすぐに、住人の間では噂になってますよ」 「そっ、そうなんですか……っ!? まさか、断ったことすら噂になるなんて……」 「巫女姫様は、お見合いが嫌いなんですか? もっと普通の出会い方がしたいとか?」 「それともー、理想に合う相手がいないだけですか?」 「好き嫌いではなく、今はまだ自分のことで精一杯なんです」 「相手を探すよりも、まず未熟な自分をなんとかしないと……」 「ですから、選り好みしてるわけでもありません。写真すら見たりしませんから」 「そうなんですか……でも確かに、まだ学生ですもんね」 「でもわたしなら、とりあえず会ってはみるかなー……そこから先は相手の条件次第」 「そっ、そうなんですか……? 小野さん、大人なんですね」 「おー、知ってますよ、打算的、と言うのでありますよね」 「……そう言われると、なんか印象悪い気がする」 「この子、適当に言ってるだけですから、本気にしないで下さい」 「こんなこと言ってますけど、誰かと付き合った経験があるわけじゃないんですよ」 「あー、ばらさないでよ! 女子力低いのがばれちゃうじゃない!」 「だから何度も言ってるけど……処女捨てた年齢で女子力が決まるわけじゃないから」 「ジョシリョク……とは何でありますか?」 「何って訊かれると、アタシも詳しいことは知らないけど」 「身につけられる女としての魅力……って言えばいいのかな?」 「流行に敏感とか、化粧が上手とか……あと、料理なんかの家事全般ができると、女子力高いイメージがあるけど」 「つまり、女子力の高い女性とは、マコのような人を言うのでありますね」 「……はい? ワタシ、ですか?」 「いえ、お化粧なんてしませんし、流行りも全く知りませんよ」 「………」 午前の授業は全て終わり、昼休み。 天気もよくて、空は綺麗な青色。 「平和だ」 心配をしていたけど、常陸さんが再び子犬になることはなかった。 運がよければ朝に変身。 その後は何の影響もなく過ごす……なんてことも、可能なのかもしれない。 できれば、そうなるといいんだけど―― 「まー、この町で暮らしてると、都会の流行なんて追えないよね」 「でも料理もできるし、部屋も綺麗にしてそうだし、確かに女子力かなり高いかも……」 「なにせわたしの嫁に欲しいぐらいでありますからね、えっへん」 「どうしてレナちゃんが胸を張るの……」 「というか……本当、相変わらずすっごい胸」 「……ですね……」 「な……なんでありますか? 胸を見ないで欲しいのですが……」 と、後ずさりするレナさん。 朝武さんはその巨乳を凝視し続け、柳生さんと小野さんは、逃がすまいとジリジリとレナさんを追い詰め―― 「……あれ?」 常陸さんがいない? 俺が視線を外した間に、どこかに行ったんだろうか? 「ありゃりゃ? 何故こんなところに子犬がいるのでありましょう?」 「ぶぅぅぅーーーー!?」 気を抜いた一瞬の間に、レナさんが常陸さん(子犬)を抱き上げてる!? 「あ、本当だ。いつの間に入ってきたんだろう?」 「あわ……わわわ……」 「わ、わふ……くぅ~ん、くぅ~ん」 不安そうな声で鳴きながら、泣きそうな目で俺に視線を送ってくる常陸さん。 だが事情を知らない人には、それがとてもかわいらしい仕草に映ったらしい。 「おっほぅ、可愛いのでありますね~」 「よーしよしよし」 「いいないいな~。レナちゃんって犬派? 猫派? わたし犬派!」 「どちらも可愛くて好きでありますよ」 「可愛いけど……この子、いつの間に入ってきたんだろう?」 「さぁ……? 気付いたら足元におりましたので……」 「巫女姫様と常陸さんは――って、あれ? 常陸さんは?」 マズイ、何とかしなければ! 「(――朝武さん!)」 「(はい、わかっています!)」 一瞬のアイコンタクト。 常陸さんの救出は朝武さんに任せて、俺は温泉のお湯で穢れを祓う準備をしないと。 「常陸さんがいないみたいだけど」 「本当でありますね」 「あれー? でもさっきまでそこにいたよね?」 「み、みなさん、落ち着いて下さい……っ! その子犬は――」 「決して茉子が変身してしまった姿ではありません……っ!」 『………』 「……ぽ……」 ポンコツかーーーーーッッ! 「何を言っているのですか、ヨシノ~。わかっておりますよ、そんなこと」 「い、いえ、冗談ではなくてですね、その犬は茉子ではありませんよ!」 「一度落ち着きましょう。落ち着いて、茉子を……あ! いえ、子犬を逃がしてあげましょう!」 「(朝武さんが落ち着いてくれ!)」 「あははー。巫女姫様も冗談を言われるんですねー。ちょっと意外で、おもしろーい」 いくらなんでもその誤魔化し方はないだろ!? しかも今完全に“茉子”って口にしかけてたぞ! まあ、確かに朝武さんは人に冗談を言ったり、嘘を吐くことには慣れていないだろう。 だから、上手く誤魔化せないのも仕方ないかもしれないが、それにしたって……ッ!? 「くぅ~ん……」 「あの、えっと、ですから……チラッ……チラチラッ……ぁぅぁぅ……」 助けを求める目が増えたぁ……。 さっきの自信満々の表情は何だったんだよ!? 「………」 軽く頭を抱えたい気分にもなったけど、早く何とかしないと。 「もしかして、お腹空いてたりするのかな?」 「なにか、お昼の残りとかあったかな?」 「あー、それは止めておいた方がいいと思う」 「人の味付けって、犬にとってはあんまりよくないらしいから」 「へぇ、そうなんだ?」 「それに、もしかしたらアレルギーとか持ってるかもしれない」 「犬にもアレルギーってあるんだ?」 「なんか詳しいね。昔飼ってたとか?」 「飼ってたわけじゃないけど、多少の知識ぐらいは」 「おおー、そうでありましたか」 「では、この子はどうすればよいのでしょうか? もうすぐ授業も始まってしまいますので」 「そうだね……じゃあ、俺が預かるよ」 「マサオミが?」 「祖父ちゃんに連絡して、飼い主を捜してもらうよ」 昨日の時点で、祖父ちゃんにも多少誤魔化しつつも事情を伝えてある。 一言頼んでおけば、話を合わせてくれるはずだ。 「あと、授業が始まったらこのままってわけにもいかないから、ついでに預けてくる」 「そっ、そうですね、それがいいと思います、はい」 「今からか? 昼休み終わっちまうぞ」 「ま、まあ、全力で走れば何とかなるだろう」 「いや無理だろ、あと10分ないんだぞ?」 「走っても、15分はかかりますね」 「でもこのまま学院の外に放り出すのもまずいから。ほら野犬になるかもしれないしさ」 「そうですね。それは確かに困りますね。もう預けちゃうしかないと思いますよ、はいっ」 「わかった。先生には俺から言っといてやるよ」 「ほれ、1分でも早く戻ってこれるように、とっとと行ってこい」 「ああ、悪いな。それじゃあレナさん、その子犬を」 「はい。それではよろしくお願いしますね、マサオミ」 レナさんの手から、子犬を受け取る。 「わふぅ……」 「(もう大丈夫だから)」 彼女を安心させるように、耳の根元や眉間を揉んであげる。 「おおー、気持ちよさそうな声でありますね」 「じゃあ、行ってきます」 「は、はい。よろしくお願いします」 俺は常陸さんを抱えたまま、早足で教室を出た。 「……ふぅ……なんとかなった」 「ここで人に戻すわけにもいかないから、もう少しだけ我慢して」 「わんっ」 「にしても、常陸さんはどこかに行ったままだね」 「――ぎぎぎぎくッ」 「そっ、それはですね、い、犬じゃありませんよ? さっきの犬は無関係ですよ、無関係ですからねっ」 「それはわかってますけど……なんで巫女姫様、そんなに必死なんです?」 「必死じゃありませんよっ!」 「………」 ワザとやってんのか!? 頼むから、もう火に油を注がないでくれ……。 「朝武さんはあの様子だし、なるべく早く戻った方がいいね」 「わんっ」 お昼休みももうすぐ終わる。 こんな時間に、誰かが来ることはないだろう。 町の中では端の方にあるので、用がない人は基本的に訪れることもないしな。 念のために当たりを見回してみるが………………よしっ、誰もいない。 「じゃあ、戻すからね」 「わっ!? わふっ! わんわんっ」 急かすように声を上げる常陸さん(子犬)。 「じゃあ戻すからね」 「きゃんっ!?」 ムラサメちゃんに言われて、大容量の水筒に入れてきた温泉のお湯をジャバジャバとかける。 そして、子犬の身体が淡い光を放ち、大きな姿に戻り―― 「ひゃぁぁ!?」 「―――ッ!?」 そこには全裸の常陸さんがいた。 「はわわっ!? ごごご、ゴメン!」 「だから今は戻さないで下さいって言ったのにぃ!?」 そうか! さっきやたらと吠えていたのは、急かしてたわけじゃなくて、今は止めろと言ってたのか!? 「と言いますか、みみ、見ないで欲しいです……」 「はっ、はい! すみません!」 「本当にゴメン、今朝失敗したばっかりだったのに、同じ失敗をしちゃって……」 「い、いえ。助けて頂いたことには感謝しています」 「それに、服があってもなくても、結局裸で元に戻ることには変わりませんから……見ないでいただければ、それで」 「すぐに服を回収してくるから、それまでこれを着てて」 とりあえず制服の上着を脱いで、常陸さんに差し出す。 「はい……ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」 「すぐに戻ってくる。それまでどこかに隠れてて――」 と、言いかけたところで、人影に気付いた。 「しまった!」 常陸さんが人の姿に戻るところを見られたか!? 「え? あっ、だ、誰ですか!?」 常陸さんの誰何の声に応えて、姿を現したのは……。 「………」 「れ、レナさん……?」 「やはりわたしも一緒にと思ったのでありますが……」 「ま、マコ……まさか、そんな……マコが、マコが」 「お、落ち着いてくれ、これは、その……違うんだ。色々事情が――」 「マコが露出プレイをしているだなんて――!?」 「違いますっ! これはそういう趣味ではありません! 犬になってしまったせいで――」 「メス犬になってしまった!?」 「どこからメスなんて単語が出てきたんですか!? いやまあ、確かに分類上はメスで間違っていませんが!」 「とにかく、ワタシは露出プレイをしたわけではありません! 違うんです」 「マコに露出プレイの趣味は……ないのですか?」 「全くありません。これは……事故のような物なんです」 「………な、なるほど」 「わかってもらえましたか」 「……はい」 「ちゅっ、ちゅまり露出はマサオミの趣味なのですね……ッ!?」 「全然わかってないね!」 「なんという……っ。マサオミは、タイヘン鬼畜ですっ」 「とんだ風評被害だ!」 「あ……申し訳ないです。日本語を間違いました」 「ヘンタイ鬼畜でありますっ」 「むしろひどくなってる!?」 「い、いくら合意の上でありましても、学院で裸になって調教するなど……調教……調教……なんというエロ同人……」 「お2人が過激すぎて、なんだか目の前がグラグラして……ひゅぱぁぁぁ……」 「だっ、誰か人を――ああ、この格好ではマズイですね!?」 「レ、レナさん!? しっかりして、レナさん!」 「な……なるほど。大体の事情は分かりました」 「荒唐無稽な話だと思われるかもしれませんが……」 「確かになんとも不思議な話ではありますが、タタミ神のことはわたしも実際に目にしました」 「ですので、信じておりますよ」 あの後、服を回収した朝武さんが追いついてきて、その場は何とか収まった。 とはいえ、眩暈を起こしたレナさんに放置するわけにはいかない。 結局レナさんは、体調不良を理由に学院を早退。 俺と常陸さんがいろいろ理由をつけて早退することにした。 一日一回のお約束は崩壊。温泉のお湯も手元にないのだから、このまま授業を受け続けるのは危険。 とはいえ、ちゃんと説明をしておかないと、勘違いされたままでは俺たちも困る。 なので、こうして旅館にまで付き添い、ようやく誤解を解くことができた。 「ちょっと安心しました。マコやマサオミに特殊な趣味があったわけではなくて」 「ワタシも誤解が解けたようで、安心しました」 「しかし、取り憑かれてしまうだなんて……」 「本当に大丈夫なのですか? 犬になる以外に、何か困ったことは?」 「それに関しては今のところ、他には何もありませんから問題ありません」 「あ、いえ、犬になる時点でかなり問題ではあるのですが……」 「こうなった以上、今後は学院に通うのも難しくなるね」 「そうなりますね」 「ずっと、このままなのですか?」 「いえ、それが……これもすぐには信じられないかもしれませんが」 「ワタシが恋をすると、解決する可能性がありまして」 「恋? 恋とはいわゆる……ラヴでありますか?」 「おそらくラブで問題ないかと」 「おお、王子様のキスが起こす奇蹟でありますね! 愛の奇蹟ですね!」 「そういうことではなくて……」 「取り憑かれた理由は、獣が“恋”を知りたいから」 「つまり常陸さんの感情を通して“恋”を教えれば、解決できるかもってことなんだ」 「なるほど。それは……なかなか大変な話でありますね」 「はい……」 「その上、意思と関係なく子犬になってしまう……非常に困った状況だから」 「恥ずかしながら、わたしも恋をしたことはありませぬゆえ、よくわからないのでありますが――」 「“恋をする”とは具体的に何か線引きがあるのでしょうか?」 「線引き……?」 確かに……恋と言っても色々ある。 片思いだけでいいのか、ちゃんと気持ちを通じ合わせる必要があるのか。 それとも……キスとか恋人としてすることをしなければいけないのか? 「そういったことは、あまり考えていませんでしたね」 「ムラサメちゃんや駒川さんに訊いても、細かいことはわからないだろうしね」 「でしたら……例えばなのですが、恋をしたふりで欺くことは不可能なのでしょうか?」 「恋をしたふり……?」 「……欺く?」 「恋人を作ったふりをして、獣を騙す……ああ、そっか」 「獣に恋を教えるために、無理に常陸さんが恋をしなくてもいいのかもしれない」 「『恋とはこういうものだ!』とわからせるだけなら、レナさんのアイディアでいける……かもしれない」 「それはつまり、代役を立てるということですか?」 「そういうことでありますね」 「今すぐ恋をするのも難しいと思いまして。そう言ったことを試してみるのも良いのではないかと――」 それはつまり……真似事とはいえ、常陸さんが誰かを恋人にするという事。 誰かとデートをしたり、もしかしたら手を繋いだり……。 「………」 やっぱりダメだ……。 教室で考えていた時と同じだ。 それを想像するだけで、胸の中がザワザワしてしまう。 「………」 「思いつきで言っただけなのですが……」 「あ、いえ、そんなことはありません。参考にさせていただきます、ありがとうございます」 「恋の代役……ですか……」 「失礼いたします」 「女将、どうかしましたか?」 「リヒテナウアーさん、体調不良で早退したんです。ちゃんと身体を休めて下さい」 「申し訳ないです。ですが、もうへっちゃらですので」 「ちゃんと夜のお仕事、頑張りますよ」 「何を言っているんです。大人しく寝ていなければいけませんよ」 「もしかしたら風邪かもしれないと思って卵酒を作りましたから」 「さあ、これを飲んでゆっくりと休んでください」 「たまごのお酒……エッグノッグみたいなものでしょうか?」 「風邪の引き始めはこれが一番です。無理をすると長引きますからね」 「本当にもう問題ないのでありますが……」 「ここの所ずっと頑張ってくれていました。突発ではありますが今日はお休みにしましょう」 「これを飲んでゆっくり休んで下さい」 「……はい。ありがとうございます、女将。ではいただきます」 「んく……んっ、んん! ふわふわ! これは大変美味しい飲み物でありますね!」 「口に合ったようでよかった。では、私はこれで。いいですね、大人しくしていて下さい」 「はい、承知しました」 「それでは、私は失礼いたします。ですが……あの……」 「はい。体調が悪いのに、長居するのはよくないですね」 「すぐにお暇致しますので」 「申し訳ございません。出過ぎたことを」 「いえ。気にしないで下さい、猪谷さんの言う通りですから」 「ありがとうございます。では、失礼いたします」 「レナさん、俺たちも今日はこれで。ゆっくり休んで」 「非常に申し訳ないです。そう言った理由で眩暈を起こしていたわけではないのですが……」 「でも眩暈には違いないから、休めるなら休むに越したことはないと思う」 「猪谷さんもああ言ってくれてるんだから、今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張ればいいと思うよ」 「はい。そうですね。では今日は女将のお言葉に甘えます」 「んっ……はぁ、卵酒おいしぃ……クピクピ」 「こちらこそ、アドバイスありがとうございました」 「それじゃあ失礼します」 「はい、お2人ともまた明日」 いつまた子犬になるかもわからないので、学院に戻るわけにはいかない。 俺たちは朝武家へ向かって、2人で並んで帰る。 以前のこともちゃんと踏まえて、俺が車道側を歩きながら。 「今日は助けて頂いて、本当にありがとうございました、有地さん」 「ああ、いや。今まで助けてもらってたのは俺の方だから」 「せめてこれぐらいはね」 「やはり帰ってきておったのか」 「ムラサメちゃん」 「ご主人の気配が移動したことに気付いてな」 「もしや何かが起きたのかと思い、駆け付けたのだ」 「学院で常陸さんがまた、犬になった」 「大体、1時間から1時間半前のことです」 「憑代の様子はどうだった?」 「その頃であれば、間違いなく本殿で憑代の監視を行っておった」 「だが残念ながら、反応は何もなかった」 「そうですか……」 「現状ではやはり、呪いを解く手がかりは“恋”であろうな」 「……そのことで、レナさんから一つ提案されたんだけど、“代役とデート”ってどうなんだろう?」 「ふむ……試してみる価値はあると思うぞ」 「代役であろうと、茉子の楽しむ気持ちが伝わればあるいは……。淡い期待ではあるが、無意味とは思わぬ」 「そうか」 「一度、試しにでーとをしてみてはどうなのだ、茉子よ?」 「え? ですが、それは……」 「なんじゃ? 気が向かぬのか?」 「あまり……。恋人の代役なんて、相手に失礼だと思います」 「その気持ちは理解できるが、別に弄べと言っておるわけではない」 「それは……わかっています」 「………」 「ンン……コホンッ」 「それにだな、もし本当に好きな者ができた時はどうするのだ」 「その男を利用するために好きになったのかもしれないと、自分を責めていては告白もできまい」 「………」 「そうなれば、一生このままかもしれんのだぞ?」 「確かにこのままというのは困りますが……」 「ンンッ、ゴホンゴホン――ッ」 「……もしかして風邪ですか? あっ、卵酒を作りましょうか?」 「いや、風邪じゃないんだ。風邪ではないんだけど……オホンオホンッ」 「………?」 ワザとらしい咳に、小さく首を傾げる常陸さん。 ああ……ダメだな、この程度のアピールでは常陸さんには全然届かないらしい。 なけなしの勇気を振り絞るしかないみたいだ。 「あっあの! 常陸さん!」 「はい」 「俺じゃダメかな?」 「……はい?」 「あ、いや、ほらさ、俺なら事情も知ってるし、常陸さんの力になりたいし、その方が色々と都合がいいんじゃないかなって思ったりなんかして――」 ずっと考えていた。 やはり俺には、常陸さんと誰かの恋を応援することはできそうにない。 「だから……その代役、俺じゃあダメかな?」 「……え?」 好きだから。 俺は常陸さんのことが、好きなんだ。 だから、他の男と常陸さんが一緒に歩いているところなんて見たくもない。 もし、どうしても代役が必要なんだとしたら、それは―― 「俺が常陸さんの恋人になるんじゃ、ダメだろうか?」 「………」 ついに口にした言葉。 俺の気持ちを語っているのと同じようなものだ。 まっすぐに見つめながら伝えた俺の気持ちに対し、顔を真っ赤にした常陸さんは―― 「ダッ、ダメです!」 慌てて両腕を交差させ、大きなバツ印を作った常陸さんがハッキリと拒絶を示した。 「………」 「ここまでハッキリ拒絶されるとは……」 「一体何をしたのだ、変態よ。ああいや、ご主人よ」 「どんな間違い方してるんだよ!?」 「俺は、変態呼ばわりされることはしていないっ」 そりゃあ、事故でお風呂上りの気の抜けた裸をちょっとばかし見たことはあるさ。 でもそれだけだ。 他にも、子犬から戻った常陸さんの全裸を見てしまったり。 挙句、局部を文字通りの眼前で眺めてしまったりなんてこともあったかもしれない。 でもそれだけ、それだけさ……。 「………」 盛大に結構なことをやらかしてるな、俺。 避けられても仕方ない気がしてきた……。 「やはり心当たりがあるのではないか、顔に出ておるぞ」 「ぜ、全部事故だから」 「加害者が事故と言い張ってものう」 「そこを突かれると辛い……」 「とはいえ真面目な話、悪い案ではないと思うぞ、吾輩」 「事情を知っておるご主人が相手であれば気兼ねの必要はないであろう」 「それは……そうかもしれませんが……」 「ふむ……」 「もしや、本気でご主人のことを嫌っておるのか? 2人で出かけるのも嫌なほどに」 「まさか! 決してそのようなことはありません」 「ではやはり問題はないな」 「確かに問題はないような……いえでも、大きな問題を孕んでいるような……」 「とにかく、嫌でないなら、でーとをしてみるのだ! よいな?」 「え、ええーーーっ!? そんな強引なっ!?」 「ご主人とのでーとに苦痛を感じるのならば、そう言えばよい」 「それぐらい嫌いであれば、でーとをしても意味がないであろうからな」 「苦痛に感じるなんてことは、決してありませんが」 「では決まりだ!」 「………」 こうして、多少強引なムラサメちゃんの言葉によって、明日の予定が決まったのだった。 とはいえ―― 「なんか常陸さん、わりと嫌がってたな……」 一番最初なんて身体全体でダメって表してたぐらいだ。 「やっぱりアレ……俺に対する返答、だったのかな?」 『ダメです!』と常陸さんに言われた時……もちろんショックを受けた。 「俺は……失恋をしたんだろうか?」 「いや、別に“好き”って伝えたわけじゃないよな」 「あの時は“恋人の代役”を拒絶されただけだった。うん、そうだ」 淡い期待に縋るように、前向きに考える。 それぐらい、胸の中で未練がモヤモヤと渦巻いていた。 「………」 いや、一旦そのことは置いておこう。 まずは常陸さんの取り憑かれた状況を、何とかしなければならない。 フラれたとか、傷ついて微妙な雰囲気を作ったりせず、純粋に常陸さんの力になりたい。 「そのためにもまずは、明日デートをしなければ」 「――たっ」 「大変なことになってしまったぁぁ……」 芳乃様の部屋に入った瞬間、ワタシはため息を添えて嘆いていた。 「まさか有地さんとデートすることになるなんて」 「俺が常陸さんの恋人になるんじゃ、ダメだろうか?」 思い出しただけでも、心臓が痛くなりそうなぐらいドキドキする。 「本当に告白されたみたい……」 「――ッ――ッ」 「いけない、しっかりしないとっ」 いくら有地さんが優しいからと言って、甘え過ぎてはいけない。 利用するような真似は、非礼にもほどがある。 それに―― 「アレは代役のことアレは代役のことアレは代役のことアレは代役のことアレは代役のこと」 ちゃんとそう自分に言い聞かせる。 そう、有地さんは代役を買って出てくれただけ。勘違いをしてはダメ。 「そうですよ、ワタシになんて、告白するわけありませんよ」 「そんなマンガみたいなこと、あるわけ……ないです……」 そうわかっているのに、胸が……ドキドキする。 「有地さんと一緒にいると、本当にワタシが少女漫画のヒロインになったみたい……」 「………」 「……あぁ……困ります、本当に困りますよ、こんなの」 こんなマンガみたいな展開で、男の人とデート。 有地さんと一緒にいると……キラキラしてる。 いつの間にか、胸が……変になっちゃってる……。 「これ以上、キュンキュンしたら……そんなの困る」 「ああぁぁ……恨みますよ、ムラサメ様ぁ……っ」 「うめー! 常陸さんの卵焼き超うめーっ!」 「お前、勝手に俺のおかず取るんじゃねーよ!」 「もう、廉兄は恥ずかしいなぁ……」 数日後の昼休み。 いつものメンバーで弁当を食べていると。 「ん?」 半開きになっていた教室の扉から見えた。 ふわふわと廊下を漂うムラサメちゃんの姿が。 「あっ、おーい、ムラサメちゃーん!」 すぐに呼びかける。 「……」 ムラサメちゃんは、一瞬立ち止まり、チラリと俺を見る。 が、すぐにふいっと、踵を返して行ってしまう。 「え? お兄ちゃん、今、ムラサメ様いたの?」 「いらっしゃいましたね、ワタシも見えました」 「わたしも見ましたですよ」 「どうして、こちらに来てくれないんでしょう?」 「きっと廉太郎がいるからだ」 「何でだよ!」 「あー」 「小春も納得するなよ! くそっ、何か俺最近アウェーすぎるっ!」 廉太郎が弁当箱を持って、かきこみだす。 ヤケ食いか。 「冗談はともかく、俺ちょっと様子見てくる」 俺はまたもや食べかけの弁当を手に、席を立つ。 「そうですね、寂しそうでしたし気になります」 「有地さん、お願いします」 「ああ、出来ればここに連れて来るよ」 そう言い残して、俺は教室を出る。 「……茉子、最近ムラサメ様、少し元気がないように見えない?」 「そうですね。ワタシもそう感じてました」 「憑代を祀ったお祝いをした次の日あたりから……」 「はい、その時期ですね」 「わおっ、もしかしてわたし達が、粗相をしちゃったかもってことですか?」 「それはたぶんないと思いますが……」 「あ、でも、廉兄が美人かどうかって聞いてたりしてたし」 「ありましたねー」 「え? マジ? マジで俺のせいなの?!」 「廉兄、近いうちに御神刀で真っ二つにされたり……」 「やめろ! リアル神様に嫌われたくねー!」 「いえ、ムラサメ様も、とても楽しんでいらしたのでそれはないと思います」 「ワタシもお祝いの席自体には問題はなかったと考えています」 「では、どうしてムラサメちゃん、元気がないのですか?」 「わたし、ムラサメちゃん好きなので元気になって欲しいですよ」 「私にも原因はわかりません」 「ムラサメ様は、あまりご自身のことは語られないので」 「やっぱり特別なお方ですから。ワタシ達もあまり立ち入ったことは聞けません」 「お兄ちゃんは、かなり好き勝手に話してるみたいですけど?」 「有地さんは、特別なんですよ」 「何せ、ムラサメ様のご主人らしいしな」 「いえ、そういう意味だけではなく、有地さんは特別です」 「有地さんのパーソナルな部分が、ムラサメ様の琴線に触れたのではないかと」 「皆、マサオミに期待しましょう」 「今はそれしかないですね……」 「おーい! ムラサメちゃーん!」 後姿を追いかけたものの、途中で姿を見失ってしまった。 「近くにいるんだろー! 出てこいよー!」 周囲の学生達が、何だこいつという顔で俺を見るが、気にしない。 俺もいいかげんに耐性がついてきたのだ。 さらに呼びかける。 「ムラサメちゃーん! 幼刀ちゃーん!」 幼刀扱いでもダメか。 「前はこれで、幼刀ではない! って、出てきたのにな」 敵も学習しているようだ。 それなら。 「おーい! ムラサメちゃーん!」 「ぺったん子ちゃーん!」 俺はムラサメちゃんに、新しいあだ名をつけた。 「ご主人、天誅っ!」 「ごふっ?!」 脳天に鈍痛が走った。 「誰がぺったん子ちゃんか、ご主人!」 「無礼にもほどがあるぞ!」 俺の頭にチョップをかましてくれたムラサメちゃんが、しゅたっと眼前に立つ。 「だって、ムラサメちゃんが隠れてちっとも出てこないから」 「だからといって、女の身体的欠点を言うでない」 「大丈夫だよ、貧乳は希少価値でステータスだって一部の人達は言ってるし」 「それはあまり嬉しくないぞ、ご主人……」 ムラサメちゃんはとても嫌そうな顔になる。 顔に縦線が入っていた。 「ごめんごめん、もうぺったん子ちゃんは言わない」 「当然だ。言ったら、また天誅じゃ」 ムラサメちゃんは頬を膨らませて、まだぷりぷり怒っていた。 悪いけど、その様子がちょっと可愛らしいと思ってしまう。 「そんなに気にしてるなら、直せばいいじゃん」 「どうやって直せと」 「俺も詳しくないけど、毎日牛乳飲むとか?」 「吾輩はご主人を介さぬと、食物は摂取できんではないか」 「固形物なら手で良いが、水分は無理がある」 「手のひらにすくって、飲んでもらえばいけそうだけど」 「良い。きっと牛乳を飲んでも吾輩に体型の変化はない」 「そうなの?」 「吾輩のこの身体は、実体ではないからな」 「いくら養分を摂っても、成長せん。何も変わらない」 「……そうか」 その言葉を聞いて、俺の声のトーンはちょっと暗くなる。 ムラサメちゃんは、俺達とは違う。 そんな事実をつきつけられたようで。 「こらご主人、そんな顔をするでない」 「その代わり、老いることもない、病気もせん」 「いいところもあるであろう?」 と、ムラサメちゃんは笑う。 でも、その笑顔は、ちょっと無理してるように俺には見えた。 「ところで、吾輩に何の用じゃご主人」 「何か困ったことでもあったのか?」 「あ、うん」 ムラサメちゃんの言葉に、俺は頭を切り替える。 俺が落ち込んだからといって、何もいいことはない。 「一緒にお昼どうかなって思ってさ」 「ん?」 「廉太郎や小春にももう紹介したし、いいだろ?」 「……」 俺の言葉にムラサメちゃんは、少しだけ考えて。 「茉子の料理は美味しいし、なかなか魅力的な提案ではあるが」 「遠慮しておこう」 「え? どうして?」 「前にも言ったであろう」 「吾輩はご主人の学生生活を邪魔したくはないのだ」 「俺も前にも言ったけど、全然邪魔なんて思ってない」 「ご主人、ご主人はわかっておらぬ」 「ご主人は、今、貴重な時期におるのだ。それをもっと自覚せよ」 「青春を謳歌するのだ、ご主人」 「青春っすか」 急にそんな言葉が出てきて、戸惑う俺。 「そうだ、もう穂織の地は平穏を取り戻した」 「次はご主人達が取り戻す番なのだ」 「俺達の番?」 「ご主人、芳乃、茉子、皆、若者らしいことをせぬまま大人になるとこじゃった」 「そういうのはいかんのだ。歪んだ大人になってしまう」 「為すべき時に、為すべきことをせぬと後で後悔するぞ、ご主人」 「俺の為すべきことが、青春するってこと?」 「同世代の友と、大いに語り、楽しむのだ」 「そういう当たり前を経験せぬまま、生き続けるのはツライぞ、ご主人」 「ムラサメちゃん……」 俺は今の言葉に感じた。 ムラサメちゃんの隠された本音を。 「吾輩のことはいいから、もう戻れ」 とん、と軽くムラサメちゃんに背中を押される。 俺の足は自然に、数歩校舎の方へ。 「だけど、俺、ムラサメちゃ――」 俺はすぐ振り返り、ムラサメちゃんの方を―― 見れなかった。 彼女はもうその場から、姿を消していた。 「……ちぇっ」 自分だけ言いたいこと言って、いなくなるなんてズルイよ。 「はぁっ……」 俺はため息を吐きながら、空を見上げる。 「為すべき時に、為すべきことをせぬと後で後悔するぞ、ご主人」 「同世代の友と、大いに語り、楽しむのだ」 「そういう当たり前を経験せぬまま、生き続けるのはツライぞ、ご主人」 「そんなことを言ったら……」 ムラサメちゃんはどうなるんだ。 穂織の地を守るために、大切な人達と別れ人柱になった少女。 彼女は絶対「当たり前を経験」なんかできなかったろう。 できないまま、500年も過ごした。 じゃあ、彼女は今、どんな思いを抱えて日々を過ごしているのか。 「俺達が取り戻してもいいなら」 「ムラサメちゃんだって、取り戻してもいいんじゃないのか?」 俺は誰もいない空に向かって、問う。 もちろん、答えは返ってこなかった。 授業が終わり、陽が傾きかける。 「はぁっ、はぁっ……!」 境内の掃除を終えた俺は、ランニングしつつ旅館へと急いだ。 「今日も時間通りだな」 「はい、今日もよろしくお願いします」 「ところで、今日はムラサメ様はいらしておるのか?」 「いや、今日はいないよ」 昼間、学院で別れて以来、今日は会っていない。 「そうか、ではいつも通り公民館に移動して、まずは素振りだ」 「はい」 「始めっ」 「いやああああああああっ!」 目の前に祟り神がいるつもりで、竹刀で斬る。 太刀筋を意識して、一本一本、考えながらも、無心で斬る。 以前は、一回振るたびに、祖父ちゃんに「違う!」と叱られた。 今では、ほとんど止められず百本まで続けられる。 こんな俺でも、成長はしているらしい。 「ふむ、いいだろう」 「今日はここまで」 「ありがとうございました!」 竹刀を下ろして、祖父ちゃんに一礼した。 「では、帰るとするか」 俺は俺と祖父ちゃんの竹刀を手にして、旅館へと続く小道を辿る。 稽古をつけてもらっているんだから、道具の運搬くらいしなければ。 「やあ、精が出るね」 「こんばんは、まだ稽古を続けていたのかい。有地君は真面目だな」 「まー坊、ご苦労様」 ちょうど旅館の前にさしかかった頃。 ぞろぞろと知り合いの皆さんが現れた。 「あ、こんばんは」 俺は慌てて、皆の方にも頭を下げた。 「汗をかいたろう? 早く戻って風呂に入るといい」 「は、はい、あの、安晴さん達はどうして……」 「ここでちょっとした会合があってね」 安晴さんでなく、駒川さんが答えてくれた。 「今後の穂織のことで、ちょっと相談ってとこ」 「今後の穂織のことで相談……?」 何だろう。 祟り神の怒りは静まり、町は平和になったはずなのに。 「ああ将臣君、祟り神のことではないから安心してね」 俺の心配を見透かしたのか、安晴さんが微笑して話してくれた。 「ああ、もっと実質的なことさ」 「は、はあ」 イマイチというか、まったく何のことかわからない。 「将臣は気にせずとも良い」 「風邪を引かぬうちに、早く帰って汗を流せ」 「う、うん、じゃあ、また明日」 俺は仕方なく帰ることにする。 皆のどことなく深刻な表情が、気になった。 「……お父さん、遅いね」 「そうですね、八時にはお戻りになると仰っていたのに」 「会合とやらが長引いておるのかのう」 夕食前の朝武家。 もうきっちりと夕餉の支度はできていた。 だが、全員、空腹を抱えたまま主の帰りを待っている。 「ご主人、旅館で安晴に会うたのであろう」 「うん、駒川さんと芦花姉にも会ったよ」 「何の会合かは聞いたか?」 「うん、俺、最初はまた呪い絡みかなって思ってたんだけど」 「そういうことじゃないらしい」 「もっと実質的なことだって」 「実質的……?」 「さしあたっては、何も思い浮かびませんね」 「抽象的すぎるからのう」 「よくわかんないけど、皆、ちょっと深刻っぽかった」 「気になりますね……」 「安晴が帰ったら、聞いてみねばな」 「ただいま」 と、話している間に、件の人が戻ってきた。 「あれ? 食べずに待っていてくれたのかい?」 「気にしなくても良かったのに」 安晴さんは相変わらずの優しい微笑を浮かべて、そんなことを言う。 でも、ほんの少し疲れているような。 「お父さん、顔色が良くないです」 「もしかして、お風邪でも」 「あ、いや、身体は何ともないよ」 「もしかして、会合で何かありました?」 「う~ん、君達には話さないつもりでいたんだけど……」 安晴さんは困り顔で思案しだす。 「ご主人、吾輩も気になるぞ」 「安晴に、話せと伝えてくれ」 「安晴さん、ムラサメちゃんも気にしてます」 「とりあえず、何があったかだけでも」 俺の言葉に、朝武さんと常陸さんも頷いた。 「……ムラサメ様にそう言われては仕方ないかな」 「わかったよ。夕食を摂りながら簡単に話そう」 夕食を終えて、俺は自室に戻る。 「はあ~~っ……」 早々にため息を吐く。 「ご主人、あまりため息を吐くでない」 「幸せが逃げるというではないか」 「そうは言ってもさ……」 「まさか俺のせいで、あんなことになってるなんて……」 「穂織の町の財政が苦しい……?」 「そうだったのですか?」 「うん、まだ深刻な状況というほどではないけどね」 「統計のグラフを見ると、あきらかに観光客の数が緩やかに右肩下がりになっているんだ」 「そういや、芦花姉の店も、お客さん減ったって言ってたな……」 「原因は何でしょう? 特に何も環境に変化は……」 「いいえ、あります」 「建実神社での御神刀イベントが無くなりました」 「あ……」 「俺が叢雨丸を抜いたせいで、穂織が財政難なんて……」 あのイベントを目当てにしてた外国人観光客がいなくなったのが、財政難の一因らしい。 まいったな。 どうすれば、いいんだ? 「こら、ご主人、自分を責めるでない」 「そもそも、御神刀の催しは、叢雨丸の神力を維持するのが真の目的だったのだ」 「確かにあの催し目的で、穂織を訪れていた観光客もいたであろうが、あくまでも副次的な要素にすぎん」 「叢雨丸はいずれ、誰かの手によって抜かれねばならなかった」 「責任などない」 ムラサメちゃんは、俺を見上げながら熱弁を奮う。 彼女の言ってることは、たぶん正しいのだろう。 それに叢雨丸が抜けなければ、欠片を集めて憑代を奉ることもできなかった。 いつかは、誰かが抜かなければならなかったのは、確かだ。 でも。 「でも、穂織を守るつもりで、俺は叢雨丸を使って頑張ったのに」 「まさか、それがこんな形で穂織に災いするなんて……はあ……」 俺はまた息を吐く。 「皮肉なものじゃな」 「じゃが、叢雨丸は本来、客寄せの道具ではない」 「今までがおかしかったのだ。仕方があるまい」 「でも……」 理屈はそうでも、俺は割り切れない。 叢雨丸を抜いたのは俺なのだから。 「誰もご主人を責めはせん」 「もしそのような馬鹿者がいたら、吾輩が成敗してくれる」 「だから、元気を出すのだ、ご主人」 ムラサメちゃんがふわりと浮かんで、俺の頭を撫でてくれた。 いつもと反対だ。 でも、嬉しい。 やっぱり、いい子だな、ムラサメちゃんって。 「ムラサメちゃん」 俺はムラサメちゃんの小さな手の感触を感じながら、声を出す。 「何だ?」 「ムラサメちゃんの言葉で、大分気持ちは楽になったよ」 「ありがとう」 「そうか、それは何よりだ」 「でも、俺はやっぱり、何かしなきゃって思ってる」 この土地の人は皆、温かく俺を迎えてくれた。 朝武さんも、常陸さんも。 廉太郎も、小春も、芦花姉も。 そして、もちろん、目の前のこの子も。 「俺はまだ穂織に来て間もない余所者だけど、とてもここが大好きになったよ」 数え切れないほどの人達が、俺を当たり前のように受け入れてくれたのだ。 「不心得者」なんて、言う人は一人もいない。 だから、俺は最後まで御祓いを出来たんだと思う。 俺はいつの間にか、ここが、穂織が本当に好きになっていたのだ。 「そうか……」 「ご主人がそこまで言ってくれるのは、吾輩も嬉しい」 「礼を言うぞ、ご主人」 ムラサメちゃんが、目を細める。 まだ俺の頭を撫で続けてくれていた。 「何か手伝いたい。でも、俺はまだ穂織のことに詳しくはない」 「だから、ムラサメちゃん、手を貸してくれないか?」 俺はムラサメちゃんの肩に手を置いて、彼女を引き寄せた。 「……か、顔が近いぞ」 ムラサメちゃんの顔が一気に朱色に染まる。 「あ、ご、ごめん」 慌てて手を離す。 いかん、ちょっとどきどきした。 ダメだ、この子やっぱり可愛い。 「あ、謝らずとも良い」 「ご主人なら、許す……」 「あ、ありがとう」 声がちょっと震えてしまった。 「こ、こほん、ご主人の気持ちはわかった」 「吾輩も穂織が好きなのは同じだ。協力しよう」 「この町で最古参である、吾輩に任せるが良いぞ」 「あざます! ムラサメ先輩!」 「何で急に体育会系なのだ?!」 「だって穂織の大先輩だから」 「ぷっ、くくく……」 『あはははは!』 ムラサメちゃんと二人で笑いあう。 よし、頑張ろう。 そして、何とかまた穂織を盛り立てよう。 それが出来た時、俺はようやく、余所者から穂織の人になれるような気がした。 ……ん? えッ、ええええええッ!!? いきなり目の前へ、真っ黒い煙を吐き出しながら、長大な鉄の塊が滑り込んできたのだ。 もちろん、それがなにかは知っている。 蒸気機関車! SLってやつか? すごいな、実物は初めて見た。 いや、現実のはずはないから、きっと夢なんだろう。 でも石炭の燃えるものだろう、どこかねっとりした甘く焦げた匂いといい、汗を浮かせた運転士の煤に汚れた顔といい。 よくできた映画みたいにリアルだった。 ただ、鉄道が止まっているのにホームらしきものはなく、乗客は直接、線路の脇へ降りてくるのだ。 「リヒテナウアー技師! リヒテナウアー技師はいらっしゃいませんか!?」 えっ、リヒテナウアー? だが、青年の前へ進み出たのは、ヒゲを蓄えた紳士だった。 紳士と青年は、がっしりと握手を交わす。 「はるばるドイツからの長旅ご苦労様です、リヒテナウアー技師」 しかも、ドイツの人? 北欧じゃないのか? 髪もレナさんと違って、赤茶けた色をしている。 夢だとしたら、ずいぶんとっちらかった夢だ。 「……ッ」 だがそのとき、紳士の背後から現れた人物へ視線を奪われる。 奥さんと娘さんらしい。 こちらは金髪碧眼な上に、どことなくレナさんに似ていた。 そう言えば、レナさんのお祖父さんのお祖父さんは日本人なんだっけ? 時代背景も、なんとなく合いそうな気がした。 「実は少々問題が起きているのですが、ともかくお車を用意していますのでこちらへ」 なんと、車というのは人力車だったのだ。 しかも山道へ入ったところで、今度は馬車へ乗り換えていた。 他の旅行者には、時代劇で見るような駕籠に乗っている人までいる。 機関車が走る隣で、そんなものが混在しながら、堂々と往来を行き来しているとは、とんでもない時代があったもんだ。 「ところで、先程申し上げた問題についてですが、実は……」 「穂織への鉄道延伸計画について、地元の古老達を中心に抗議活動が盛んになっているのです」 え? 穂織に、鉄道延伸? 未だに路線バスさえほとんど通っていないのに、そんな計画があったとは思えない。 だが、青年は大まじめらしい。 線路を敷くには森を開かねばならず、それに対して地元民が座り込みを行ったり、 果ては工事夫まで穂織の森へ入るのを恐れ、次々と逃げ出しているのだとか。 「呪いなどまったく馬鹿馬鹿しいことですが、この辺りでは未だに深く信じられているのです」 「おかげで工事の目度がまるで立っておらず……」 「リヒテナウアー技師にはご迷惑をおかけしてしまいますが、宿をご用意しておりますので」 「しばらく、そちらへご滞在いただけないでしょうか?」 紳士はまったく、見た目通りの紳士だったらしい。 ヒゲの先をぴんと摘み、致し方ないでしょうと言っただけだった。 その後も青年は、鉄道網の形成は小さな島国が欧米列強へ抗するには、絶対必須の急務であると熱く語り、 自分もいつか外国でリヒテナウアー技師のような人に師事して、技術を学びたいのだとまで言い出した。 どうやら、彼が紳士の案内役を買って出たのは、その一念からだったらしい。 それを奥さんと年頃らしい娘さんも聞いている。 娘さんは内気な性格らしく、奥さんの影に隠れるようにしたまま、どこか怯えたように森を眺めていた。 やがて、馬車が宿に辿り着いた。 「は、ははは、やっぱりこれは夢だ!」 なんと、青年と紳士がやってきたのは志那都荘だったのだ。 なんだか門構えが今より新しい気がするけど、いくらなんでも出来過ぎだろう。 「おー、やっぱり夢でしたか?」 「そりゃそうでしょう? 志那都荘は江戸時代からあったはずだから、不自然ではないかもしれないけど」 「最後の最後に俺達の知ってる場所が出てくるなんて……え?」 「レナさん!? どうしてここに?」 「マサオミこそ、けど……ここは夢で志那都荘なのですから、当然かもしれないですね」 「そうか、じゃあこのレナさんも俺の夢なんだ?」 「え? マサオミが、わたしの夢ではありませんか?」 「?」 「……?」 「んー、まあいいですね! えへへ、つまりわたしは……夢の中でも、マサオミに会えたというわけですね」 「う、うん、そうなるかな」 「俺も、レナさんのこと夢で見るほど…………あ、あれ?」 急に身体がふわっと浮き上がったのだ。 夢の中で、こうなるってことは…… 「あっ、待って下さい! マサオミっ、マサオミィー!?」 「……ふがっ?」 誰かの足が、ほっぺたにめり込んでいた。 なんで? ていうか、俺の部屋じゃない!? 「いったい、ここはどこ……」 「……だ?」 「すぴー……ふひゅひゅ~……」 ぷつぷつと冷や汗が湧いてくるのを感じる。 ひょっとしなくても、ここはレナさんの部屋……なのか? 「で、ででもっ、な、なな、なんで!? なんで、俺がレナさんの部屋に?」 「……う、うぅ~ん、マサオミぃ」 「え? あ、ああ、ただの寝言……んんんッ!?」 いきなり、レナさんが軽く寝返りを打ったのだ。 その拍子に、寝間着がめくれ…… 「わあああっ!?」 慌てて着衣を直してあげる。 犯 罪 だ! もし、この現場を誰かに押さえられたら、犯罪者として扱われる。 だいたい、どうしてこんなことに……はッ!? 「そうだ、夢だ! これは夢の続きなんだ」 「あれぇ……お祖父ちゃんのお祖父ちゃんと……お祖父ちゃんのお祖母ちゃん、写真で……見たのと一緒、むにゃむにゃ」 「……え?」 ふと、先程の夢を思い出す。 ドイツ人鉄道技師のリヒテナウアー氏が、妻子を伴って志那都荘へやってくるというものだ。 そして彼に弟子入りしようとしていた日本の青年。 さらに夢の中のレナさんと交わした奇妙な会話……考え過ぎか? まさか、レナさんは同じ夢の続きを見てるんじゃ? 「そうだ、立場は逆だけど、前に朝武さんが俺の布団へ潜り込んできたことがあった」 俺とレナさんの身体に欠片が取り込まれているというなら、眠っている間に引き寄せられてしまう可能性はある。 ひょっとして、そういう感じのこと? 「これは、後で検証してみる価値が……」 「…………ふあ?」 あっ。 「あれぇ……マサオミがいますね~、夢の中では急にいなくなったから……心配、したでありますよぉ」 「う、うん、おはようレナさん」 「はいぃ……おはようございますぅ」 「…………」 「………………………………」 「…………………………………………………………ふぇ?」 「ま、マサオミ!?」 「ふぇやおぁあああぁあぁぁあぁあぁ~~ッ!!!?」 「リヒテナウアーさん? 幸いここは客室から離れていますが」 「もしあんな悲鳴をお客様に聞かれたら、志那都荘がいったいどんな宿だと思われてしまうか」 「想像力を働かせることはできないのですか」 「ひょえ~ッ、申し訳ごじゃりませぬ! 申し訳ごじゃりませぬ!」 俺達は悲鳴を聞きつけた猪谷さんから、お説教を喰らう羽目になった。 これが女将の貫禄というものか、淡々と話しながらもビリビリと威圧感が伝わってくる。 レナさんのビビり方も尋常ではなく、俺も思わず正座になっていた。 「ふふふ、それから将臣さん?」 「は、はいぃ」 情けないことに思わず声が高くなった。 「確かに、私から日本の常識を教えてあげて欲しいとお願いいたしました」 「ですがまさか、リヒテナウアーさんに夜這いが日本の常識だと教えるつもりだったんですか?」 「ち、違いますっ、け……決してそんなつもりは」 「そうです、女将! マサオミは今朝起きたら、いつの間にか、わたしの部屋にいただけで」 「ヨバイ……というのがなにかは、まだ教わってないです! 本当です」 「れ、レナさん、火に油を注がないで?」 なにせ騒ぎを聞きつけ、祖父ちゃんだけでなく、廉太郎や小春まで大集合していたのだから。 ま、まずい、家族会議されちゃうレベルでやらかしたかも。 眠ってるうちに、いつの間にかレナさんの部屋へ来てたなんて話、信用してもらえるだろうか? 「将臣、お前……!」 「れ、廉太郎」 なぜだろう? 親友と目を合わせられない。 「昔はよく、俺んちでお泊まり会したよな? お前だけじゃなくて、友達たくさん呼んで」 「え? ああ、そういうこともあったな」 「だがそのときは、小春と母さん以外、全員男だった!」 「え?」 「なのに人んちで海外の女の子と……しかも二人っきりでお泊まり会を開くとは、このやろう!」 「聞いてくれ、廉太郎? 俺とレナさんは別に……」 「いや、いいんだいいんだ……グッジョブだ!」 「祝福させてもらうぜ」 しかも、なぜか最後はサムズアップされてしまう。 「だ、だから聞いてくれ!」 「そうだよ! やめて、廉兄ッ」 小春は、涙を流していた。 「うっ……うっ、信じてるからね、お兄ちゃん? お兄ちゃんは廉兄みたいなことしないって!」 「え? ちょっと待って、いった……」 「大丈夫! 信じてるからっ」 「廉兄みたいにエッチなことが目的で、女の子の部屋へ忍び込んだりしないって」 全員が一斉に廉太郎を見た。 躾のなってないペットを見る目だった。 「ち、違うって! ねつ造だっ!!」 「おい、小春! 俺に前科があるみたいだろう? とんでもない飛び火させるんじゃねえよ」 「だって廉兄ならやりかねないけど、お兄ちゃんはしないもん!」 「そうだよね、お兄ちゃん? 信じてるからね……大丈夫、私は信じてるから!」 「小春……」 それ、絶対信じてくれてないヤツだよね? 正直、胸が痛かった。 「んー……ひょっとして、ヨバイというのはお泊まり会のことだったんですか?」 「でしたら、昨夜、わたしとマサオミはヨバイしたことに……」 「いや! 違うからっ、レナさんも誤解しないで?」 「ですが……わたしとマサオミが、一晩中一緒だったのは……事実ですよね?」 「あっ、う……でも、それは……」 「突然、夜に部屋へ来るなんて、大胆過ぎてびっくり仰天でしたが……」 「わたしは、マサオミとなら……お泊まり会してみても……」 「れ、れれれレナさん?」 周りの視線がとんでもない勢いで、冷たくなっていく。 うん、そうだよね? わかるよ、せめて責任取る態度を見せろよとか、そういう空気感だよね? でも俺の場合は、本当に誤解なんだ! 「まあ、とにかくみんな落ち着きなさい」 「祖父ちゃん!」 そうだ、祖父ちゃんなら、祟り神周りの事情にも明るい。 俺とレナさんの身体に憑代が吸収されてることも聞いてるはずだ。 なら、俺が朝武さんみたいに、欠片へ引っ張り寄せられただけだと気付…… 「若い者同士がすることに、周りがとやかく言うべきではないだろう」 「…………はい?」 「若い者同士がすることに、周りがとやかく言うべきではない」 「どうして、2回言ったの?」 だがどうも祖父ちゃんは、落ち着き払っているようで、実は普段通り振る舞おうと努力してるように見えた。 そう言えば診療所で昨日、レナさんと膝枕してるのを見られたときも黙って帰っちゃったんだ。 「騒ぎすぎては、返って自然な気持ちの成り行きを阻害してしまう可能性もある」 「悪いが女将、ここはワシに預からせてもらえんか?」 「大旦那さんがそうおっしゃるなら」 「ちょっと待って、祖父ちゃん! ひょっとして、この中で一番俺を疑ってる?」 「これは、家庭内の問題でもあるようだからなッ」 や……やっぱり、こういう展開になるのか? 「こ、こえぇ~」 「お兄ちゃんの命が、風前の灯火にっ」 俺もひさしぶりに祖父ちゃんが怖かった頃のことを思い出していた。 ああ、この場に俺の味方はいなかったか……。 「ほう、つまりリヒテナウアーさんには指一本触れていないというのだな?」 「マサオミは指一本触れていなかったのですか!」 祖父ちゃんとレナさんを残して、みんなが引き上げた後。 ひとまず、昨夜やましいことはなにもしてないと説明したつもりだったのだが……。 「どうして、レナさんまで怒るの?」 「え? そ、それは……だって指一本触れなかったんですよね! 寝込みを襲っておきながら」 「ちょ……ちょっとくらい触ってみたいとも、思わなかったですか?」 「い、いや! たぶん俺、ここへ来たときは意識がなくて、ほら」 「憑代の欠片同士が引かれ合う? みたいな、そんな感じの、夢遊病みたいなものだったから」 我ながら酷い説明だが、ニュアンスは伝わったらしい。 「まずは、その辺りのことをはっきりさせたほうがよさそうだな」 「お前の身の潔白を証明するためにも」 「やっぱり、まだ疑われてるんだ……」 「いいから、そこにムラサメ様はいないのか?」 「ムラサメちゃんが……あっ、そうか!」 「憑代の共鳴が関係あるなら、ムラサメちゃんは俺の変化に気付いたかもしれないんだ!」 「そろそろ声をかけてもらえる頃と思っておったぞ、ご主人」 「わっ、む……ムラサメちゃん!?」 いきなり天井から、少女の顔がぬっと飛び出してきたのだ。 「ムラサメちゃん、ひょっとしてずっといたのですか?」 「うむ、昨夜、ご主人が夢遊病者のように部屋を抜け出したときから、ずっとつけてきたのだ」 「ちなみに芳乃と茉子も知っておる」 「……まさか、みんなにも俺が夜這いへ来たと思われたわけじゃないよな?」 「お、おう、か……かくなる上は、責任を取ってマサオミをわたしの嫁に……」 「いや、以前、レナが操られていたときと様子が似ておったからな」 「どこへ引き寄せられているか確かめようと、後をつけたのだ」 「じゃあ、俺の無実は証明してもらえるってこと?」 「なんだ、それならもっと早く声をかけてくれればよかったのに」 「吾輩があの場で声をかけても、かえって混乱させただけであろう?」 「もっと早くにご主人を起こそうという案も出たのだが、吾輩の判断で様子を見ることにさせてもらった」 「以前のように声をかけても起きないようなら無駄であろうし」 「ご主人ならば、吾輩の力で引き戻せるかもしれん」 「なるほど、俺なら好都合だったというわけか」 「すまぬな、ご主人」 「正直、賭けではあったが、少しでも情報が欲しいと思ってしまったのだ」 「いや、それはしょうがないよ」 そう言えば、以前ももしレナさんが夢の中で食べ物を口にしていたら、戻れなくなった可能性もあったんだっけ。 だとしたら、確かに危険な賭けではあったんだろう。 「あ、夢だ! そう言えば、おかしな夢を見たんだっけ」 「わたしも今、同じ事を言おうとしてました」 「なに! まさか、また祟り神に夢を見せられておったのか?」 「いや、そういうのとは違ったと思うんだけど――」 俺は、蒸気機関車の線路が穂織まで伸ばされる計画があったことや、 そのためにドイツから来たリヒテナウアーという技師さんが、志那都荘に滞在していたことなどを話した。 「ま、マサオミ……それって、わたしが見てた夢とまったく同じですよ!」 「あっ、じゃあひょっとして俺とレナさん、夢の中で話したりした?」 「はい! マサオミは、こんなの夢に決まってると言ってましたね」 「……やっぱり」 まさかとは思っていたけど、本当に二人で同じ夢を見ていたんだ。 しかも、その中に二人の意識がちゃんと存在していたことになってしまう。 「なんだか、二人で同じ映画を観たのに近い感覚なのかな?」 「おー、わたしもたぶん同じ感覚です。マサオミに言われて、同じだと思いました」 「なるほど、やはり欠片を取り込んだ影響であろうな」 「そうなのですか!」 「おそらくだが、なにかのきっかけで欠片の中に残っていた記憶が再生されたのであろう」 「レナの先祖が出てきたなら、お主の家に伝わっていた欠片の中に残っていたのかもしれん」 「どうだ? なにか思い当たるところはないか?」 「あります! ありますっ、写真で見たお祖父ちゃんのお祖父ちゃんの若い頃にそっくりの人が出てきました」 「お祖父ちゃんのお祖母ちゃんもですっ」 そう言えば、寝言でそんなことを言ってたっけ。 「けど、知ってたことなら夢で見ても不思議はないかもしれないよ?」 「それにレナさんって北欧の人なんだよね? 夢に出てきたリヒテナウアーさんはドイツ人だったような」 「確かにそうですが……実は今の国に移住してきたのは、お祖父ちゃんのお祖父ちゃんの代だったんです」 「え! じゃあ、その前はドイツにいたってこと?」 「んー、実はそこまで聞いてなかったのですが……ドイツなら、わたしは納得かもしれませんね」 「どういうことだ?」 「リヒテナウアーは、ドイツっぽい名字なのですよ」 「なるほど……だったら、ムラサメちゃんの説は信憑性が高そうだけど」 「どうした、ご主人?」 「祟り神から意図的に見せられたって可能性も、まだ否定できないんじゃない?」 そもそも、俺とレナさんが同じ夢を見ていたこと自体、不思議な現象なんだ。 なにが起きても、不自然じゃない。 けど、以前レナさんが操られたときは、意図的に夢を見せられていたはずなんだ。 「祖父ちゃんは聞いたことない? 穂織に蒸気機関車が来る計画があったこととか」 「ドイツの人が志那都荘に滞在してた話とか」 「うーむ、リヒテナウアーさんの高祖父が若い頃の話なんだろう?」 「なら当然、ワシもまだ生まれておらん」 あーそう考えると、すっごい昔の話なんだな。 「ただ穂織にも、もっと交通を整備しようという計画は何度かあったはずだ」 「機関車の話は不自然ではないだろう」 「だが……その時代に外国の方が滞在していたという話まで、聞いたことがあったかどうか」 「吾輩の記憶も似たようなものかもしれん」 「おー、ムラサメちゃんも昔からいたのでしたね!」 「うむ。穂織の森を開発しようという愚か者は、ときどきおった」 「だがその度に、土地の者が反対をして頓挫しておる」 「機関車のことで反対してたことまでは、覚えてない感じ?」 「覚えておらんというより、自信がない。人の世のことは、お役目の範疇を越えておるからな」 「吾輩は、あまり関わらんようにしていた」 穂織や志那都荘なんて、よく知った場所が舞台になってるはずなのに、けっこうわからないものなんだな。 「うーん……たった100年ちょっと前のことでも、意外に伝わってないものなんだね」 まったく、途方もない話だ。 「吾輩の記憶だけでは埋められぬことも多かったのだが……ひょっとしたら、光明が見えたかもしれん」 「どういうことですか?」 「もしレナとご主人が憑代の記憶を再生できるのなら」 「今まで謎だったことも解明できる可能性が出てきたと思わぬか?」 「あっ、確かに!」 「ただ、欠片が集まって力が強くなったせいでもあるはずだからな」 「そこは気をつけねばならんぞ」 「うん……」 憑代の欠片は、俺とレナさんの身体に分けて取り込まれている。 それは果たして運がよかったのか、悪かったのか? 憑代が1つになっていれば、もっと多くの記憶を引き出せる可能性が高まったろう。 ただその分、危険度も増したはずなのだ。 「ともかく、その“えすえる”とやらの話が史実かどうか、はっきりさせたほうがいいであろうな」 「そうだな、曖昧な情報に踊らされるのは危険だろうから」 祖父ちゃんにもそのことを話して、協力を頼んでみる。 「そういうことなら、こちらでも調べてみるが……」 「結局、リヒテナウアーさんとは、本当になんでもなかったということでいいんだな?」 「ああ、そっか。それについては、ムラサメちゃんが証明してくれ――って、祖父ちゃんには見えないんだった」 「いや、話の流れでわかってはいる」 「だが欠片の共鳴とやらが原因なら、また夜這い紛いのことをしてしまう可能性があるわけだろう?」 「それも含め、宿の者にどう説明したものかと思ってな……」 一見くだらないことのようだけど、確かにそうだ。 男の俺はともかく、レナさんにとってはいい迷惑でしかないだろう。 「ごめんレナさん、俺のせいで変な噂になるかもしれないよね?」 「なんだったら俺、寝るとき柱かなにかに縛り付けてもらうようにして……」 「い、いいえ! マサオミにそこまでさせては悪いですよっ」 「わたしが大声を上げたせいでバレたんですから、来るとわかっていればそんなに驚かなかったです」 「だけど……」 「そ、それに、夢でもっといろんなことがわかるかもしれないですよね?」 「だったら大切なことですし、マサオミが来てくれたことは、そんなに……嫌ではなかったですから」 「今夜も、へ……部屋の鍵は、開けておきますね?」 「レナさん…………うん、わかった」 「ありがとう」 「えへへ、ではわたしは仕事へ行きますけど、学校には一緒に行きましょうね?」 「そうだね、じゃあ待ってるよ」 「はい! 朝ご飯、先に食べてて下さいねー」 ドアのところから顔を出して手を振ると、廊下を小走りに駆けていく音が聞こえてきた。 結局、レナさんの優しさに甘えることになってしまったか。 「レナさんって本当にいい人だよな」 「……む?」 「なに?」 「だからって甘えすぎてもいけないだろうし、間違いだけは絶対に犯さないようにしないとな」 けどあの爆乳悩殺ボディに欲情するなというのは、なかなか厳しいものが……ん? 「……」 「……」 「どうしたの、二人してあきれた目をして?」 「ひょっとして俺って、そんなに信用ないかな?」 「いや、気付いていないなら気付いていないで……そのほうがいいのかもしれんな」 祖父ちゃんは腕組みをしたまま、退散してしまう。 「いったい、なんのこと言ってたんだろう?」 「そうであるなあ、吾輩に言えるのは」 「間違いを犯すことが、間違いでない場合もあるということかのう」 やけに哲学的な言葉を残し、ムラサメちゃんまで壁の向こうへ消えてしまう。 「はあ?」 みんな、俺がレナさんの部屋へ来てしまったことを怒ってたんじゃないのか? なのにこれじゃ、あべこべになにかあったほうが、よかったみたいじゃないか…… 「マサオミ~っ、早く早くですよ!」 「あっ、ちょっと待って! レナさん」 小走りに彼女を追って、隣へ並ぶ。 あの後、約束通りレナさんと二人っきりで登校することになったのだ。 ちなみに朝食は、志那都荘で従業員の方と一緒にまかないをいただいてしまった。 廉太郎と小春には、祖父ちゃんから事情を話してくれたらしい。 ただ、どういう説明をしたのか? 二人は遠慮がちに、邪魔をしちゃ悪いと先に学院へ行ってしまったのである。 「いやあ、今朝は本当に驚かせてごめんね?」 「もういいですよ? わたしこそ驚き過ぎましたし、マサオミが悪いわけでもないですから」 「これもわたし達の中に、欠片が残ってるせいですよね?」 「うん、たぶん。普段はあんまり実感できないけど」 正直、ちょっとした爆弾を抱えてる気分だ。 もし自爆装置を取り付けられたアンドロイドに電気羊の夢を見ることができたなら、俺と同じ気持ちになるんだろうか? 「レナさんは、不安にならない?」 「んー、呪いのことを知ったのが最近ということもあるのでしょうが」 「わたしには、憑代の欠片があんまり悪いものと思えないのですよ」 「前から、そんな感じのこと言ってたけど」 夢という形ではあるものの、ついに明らかな変化が起きたのだ。 それでも今までと変わらないと言うんだろうか? 「もともと、わたしにとってお守りだったというのもありますが」 「おかげでお祖父ちゃんのお祖父ちゃんのこと、夢で知ることもできましたしね!」 「びっくりしましたけど、嬉しいことでしたよ」 「前向きだなぁ」 「あはは、マサオミ? くよくよしてもなにもいいことありませんよ!」 「日本語でも、過保護は寝て待て、と言いますので」 「それって、果報は寝て待てじゃない?」 「お、おー……カホゴ……カホー……カホウ! 覚えました」 これでまた1つ、常識を教えられたみたいだ。 「ですが、欠片を取り込んだのはやっぱり悪いことばかりじゃないですよね?」 「確かにそのおかげで新しい出会いがあって、俺は今こうしているんだから」 「そのことは俺としても満足してるよ。でも……」 「憑代の欠片って、俺には祟り神を生み出す負のイメージも強いから、心配なんだ」 「それに、俺たちは憑代について知らないことが多すぎると思うんだ」 「ほえー、マサオミはいろいろ考えてるんですね? 凄いです!」 「いや、俺はレナさんの前向きさが羨ましいけどな」 「そうなのですか?」 「俺は考えてるだけで、知識や知恵があるわけじゃないでしょ?」 「答えへ辿り着くのは、結局、周りの人に頼らなくちゃいけないから」 だったらレナさんみたいにニコニコしててくれたほうが、周りも気が楽なんじゃないだろうか? 特に俺は、心配をかけてしまうタイプみたいだから。 「要するに本当はこういうとき、どんと構えてる方がいいんだ」 「レナさんみたいにさ、そのほうがこっちも安心できるから」 「んー、えへへ……だったらわたしのこと、もっと見習うといいですよ、マサオミ?」 さりげなく、レナさんがまた手を繋いでくる。 それだけで心拍数が跳ね上がる。 けど昨日は、ついハグを避けようとしたせいでおかしな空気になってしまった。 だから今度は、素直に受け入れておく。 「そう言えば、レナさんの国ってどんなところなの?」 「はい? わたしの国ですか?」 「うん、お祖父さんのお祖父さんの話とか出てきたから、なんとなく気になってさ」 「日本人なのにドイツへ行って、最後は北欧へ住み着いちゃったんだよね?」 「あー、どうしてですかね? わたしにも、そこまではわからないですが」 「だったら、きっと凄くいいところなんじゃない?」 「つい住み着きたくなるようなさ」 「あははは、冬はマイナス30℃以下になりますけどね」 「ま、マイナしゅ、さんじゅう!?」 マジか? バナナで釘が打てちゃう気温じゃないか? 北欧舐めてたかも。 「わたしの村は、ラップランド……日本の言葉で、北極圏でしたかね? かなり北の方にありますから」 「へー凄いな、凄すぎて想像できないかも」 「わたしも日本の一年中、毎日、太陽が沈んだり昇ったりするの、想像できなかったです」 「そうか、北極圏だもんな」 ますます想像を超えている。 「はい、だからわたしの国、一言で表すとしたら……そうですね……」 「オーロラの国ですよ」 「あっ、それは想像できるかも!」 それだけで一気に身近になった気がしたけど、もちろん錯覚に過ぎないだろう。 「夏は、森と湖とベリーがいいです」 「けどわたしにとっては、冬に見えるオーロラが一番ですよ!」 「へー、俺もいつか見てみたいな」 「わたしもいつか、マサオミと見てみたいですね」 「わたしの国のオーロラを……」 「あっ」 学院へ着いたところで、ちょうど朝武さんと常陸さんの背中をみつけた。 さすがにそろそろ離れた方が……え? 繋いだ手から力を抜こうとしたところで、反対にレナさんからぎゅっと強く握られたのだ。 「むー」 あれ、怒ってる? さっきまで、むしろ機嫌が良かったのに? だが次の瞬間、レナさんからぱっと手を離してしまう。 「ヨシノ! マコー、おはようございます!」 「レナさん? ……有地さんも、おはようございます」 「お二人は志那都荘からご出勤ですか?」 「ムラサメ様から報告を受けましたが、また夢をご覧になったとか?」 「あ、うん、二人にも話しておかないとね……」 ちらりとレナさんの様子を窺ってしまう。 けどもう、いつものレナさんに戻っていた。 怒ってるように見えたのは、気のせいだったのかな? わたしとマサオミが初めて出会ったのは―― 「はわーーーーーー! ど、どいて下さーーーーーーーい!」 「うわああああああぁぁっ!?」 いろいろな意味で、衝撃的な瞬間でした。 坂道で止まれなくなったわたしが、思い切りぶつかったですね。 でもマサオミは、まったく怒る様子なかったです。 反対に、ごめんとか、ありがとうと言ってくれました。 ……本当は、たった1人で日本へ来て、期待と同じくらい、不安もありました。 ですが、一番最初に出会った人が、びっくりするくらいやさしい人で、すごく安心できたのです。 マサオミは第一印象の通り、誰にでもやさしい人でした。 わたしも、お友達になれてすごく嬉しかったですね。 そうですね……このときはまだ、友達以上には思っていませんでした。 ですが―― 「と、とにかくレナさんだけでもここから逃げて!」 「ふぇぁ!? な、なにがなにやら――」 「ひゃっ!?」 初めて祟り神に襲われたとき、足がすくんだわたしをマサオミが助けてくれました。 しかも、たった1人で怪物に立ち向かおうと、普段の優しさからは想像できない勇敢な姿を見せてくれたのです。 実はマサオミが、ケンドウのタツジン(?)だと知って、すごく驚きましたね。 わたしの国には、いないタイプの男の子です。 みんな、タフぶったり、タフであることを女の子にアピールしようとします。 マサオミは、絶対にそんなことしないです。 むしろ、自分はまだまだだとケンソンします。 日本のオクユカシサ……頼り甲斐があって、すごく格好いいと思ったですね。 ……そう言えば。 あのときも、祟り神はわたしを狙ってきました。 欠片を持ってるせいと思ってましたが、それだけではなかったでしょうか? だって、その後も祟り神はわたしを狙ってきたのですから。 でも、このときもやっぱりマサオミが来てくれた。 「レナさんから離れろ! この犬畜生ッッ!!」 「ま……マサオミ? マサオミッ!?」 圧倒的なまでに巨大な祟り神を前にしても怖がらず、わたしを庇いながら、刀を突き立てる背中を見たとき―― わたしも手助けせねばと思ったのです。 「あたたたたたっ!? な、なんですこれ、すごい痛いですっ」 「れ……レナさんは腕を引っ込めて!」 こんな痛い思いをしながら、悲鳴も上げず、恩に着せようともせず。 マサオミは、ただ助けようとしてくれていたのです。 ケンドウ、タツジン、メッシボウコウ……一生懸命、マサオミはきっとサムライです。 少なくとも、わたしにとってはそうなのです。 わたしの、サムライ……。 ただ、困ったことにこのサムライは誰にでも優しいのです。 いえ! もちろん、そこがマサオミのいいところだと知っています。 そういうところが、その……いいなと思ったのですから。 なのに今は、わたしにだけ優しければいいのに……そう思ってしまうのです。 「ちょ、ちょっとだけマサオミを借りてもいいでしょうか?」 「なんだろ……えッ!?」 だからあのとき、思い切って手を握りましたね。 初めて握ったマサオミの手……本当は、膝が震えそうなほど緊張して、とてもとても恥ずかしかったです。 けど、わたしにとっては精一杯勇気を振り絞った行動でした。 こうでもしなくては、きっと外国人のわたしはステージにもあげてもらえない…… 実際、この頃よく一緒にいてくれるのも、きっとわたしのことを心配してるだけなのです。 だって、マサオミは振り払いこそしないものの、決してわたしの手を握り返してくれないですから。 さっきヨシノとマコの背中が見えたときも、すぐ手を離そうとしました。 他の女の子が気になるからでも、わたしが嫌いだからでもないとわかってるつもりですね。 マサオミは多分、わたしが誤解を受けないよう気を遣ったのです。 「(誤解じゃないですのに!)」 「(ヨバイしておきながら、指一本触れなかったりッ!!)」 「(こういうとき、マサオミのことが……少し、嫌いになりますね)」 「(……ですが、本当は……そうではなくて)」 憑代の欠片を身体に取り込んでしまったこと。 実はわたしも、ちょっとは心配してるのですよ。 もちろん嘘をついたわけではなくて、悪い物に思えないのも本当です。 マサオミの目に、明るく前向きに見えるとしたら、 それはきっとわたしが、ちょっぴりラッキーだと思ってるせいですね。 だって、この問題が解決するまでの間、たぶんマサオミはわたしの側にいてくれるつもりだから。 マサオミは、そういう人だと知ってますから…… わたしは少し、ずるいのかもしれないですね。 けど、ずるくてもいいから、マサオミの側にいたい…… ああ……どうすればもっと、女の子として見てもらえるようになるでしょうか? 「…………はあ~」 「?」 「それでは皆さん――」 「第2回いかにレナ・リヒテナウアーが日本を勘違いしてるか会議を始めたいと思います」 「またまた、よろしくお願いしますね!」 「あ、これまだ続くんだ?」 「あは、常識というのは一朝一夕で身につくものではありませんよ?」 「はい! 警察は力なりですよ、マサオミ?」 「けい? ……継続は力なりかな?」 「お、おー、けいぞく? ……けいぞくですね、覚えましたっ」 確かに、これはまだまだ続ける必要がありそうだ。 「猪谷さんに頼まれたというのに、お相撲の話だけでおしまいというわけにもいかないでしょうから」 「あははは! 確かに昨日の、発狂怒っただっけ? それで終わりってわけにいかない」 「もう廉兄、どうせそこだけしか覚えてないんでしょ?」 「いや、他にも話してた気がするけど……なんだっけ?」 「だからハッケヨイ、ノコッターはアレ、アレの変化した言葉で…………あれ?」 昨日心配していた通り、2人とも発狂怒ったしか覚えてないようだ。 ちなみに俺も思い出せない。 「《はっ》発《き》揮《よう》揚《よう》揚ですね」 「あ! そうそう、思い出しました」 「確か相撲は神事に関わってるから、朝武さんも詳しいんだっけ?」 「さすがは巫女姫さまですね、ヨシノ!」 「え……ええ、ふふふっ、これくらいは常識ですから」 「そ、それで巫女姫さま? それってどういう意味でしたっけ」 「はい、発揮揚揚というのはですね、相撲を取る前に……………………えっと、え?」 「どうしたの?」 「いいえ、ちゃ、ちゃんと知ってるんですよ? ただ、少しど忘れしたみたいで」 「レナさんの発狂怒ったが頭をよぎった瞬間、他のことがなにも思い出せなくなって……なんだったかな?」 知ってたはずのことまで忘れさせるとは、恐るべし発狂怒った。 「テンション上げてガンバロウ、ではなかったですか?」 「あー確かそんな感じ!」 「まったく、教える側のワタシ達がレナさんに教えられてどうするんです?」 「特に芳乃様。ドヤ顔で、これくらい常識ですから、とおっしゃっていたのはなんだったんですかぁ?」 「うううっ、ごめんなさぁい、調子に乗ってましたぁ……恥ずかしすぎて、穴があったら入りたいですっ」 「まあまあ、ヨシノ? 誰にでも失敗はありますから」 「ありがとうございます、レナさん……」 朝武さんが両手で顔を覆うのを、レナさんが頭を撫でて慰めていた。 ウチの女子はみんな仲がいいなぁ。 「さて、おさらいが済んだところで、本日のお題です」 「それも毎回用意してる感じなんだ?」 「はい、今回は猪谷さんから直接頼まれたことでもありますので」 常陸さんが用意していたフリップをめくった。 『頭に“お”を付ける言葉』 「……お?」 「日本語は何でも、頭に“お”を付けると丁寧な表現になりますよね?」 「あー、お菓子とか、おまんじゅうとか、お砂糖とか?」 「……全部甘いものだな」 「べ、別にパッと思いついただけだもんっ」 「まあまあ、でもさすがは女将ですよ? 確かにこれは、わたしにとって不思議の言葉ですね」 「そう言えば、外国の言葉には敬語表現がないんでしたっけ?」 「それもありますが……たとえば“お尻”という言葉は、最初びっくりしましたね」 「え? どうしてだろ?」 「わたしの国だけではないですが、たぶんヨーロッパの国では、尻という言葉にあまりいい意味はありません」 「あーそういや、ハリウッド映画で、お前の尻を嫌というほど蹴っ飛ばしてやるとかあるよな?」 「ああ、キックアスだっけ? 確かに罵り言葉でよく出てくるイメージあるかな?」 「はい! なのに日本の人は、お尻と丁寧に表現します」 「そこに、日本のワビサビ、オクユカシイの心、感じました!」 そういう捉え方もあるのかと、逆に感心してしまう。 「でも言われてみれば、お手洗いとか、おトイレとか」 「あんまり綺麗とは言えないものや外来語にまで、おをつけて丁寧に呼ぶよな?」 「おバカとか、お下品とかも、本来の意味より柔らかい表現になるよね?」 「けど、おを付けると変になる言葉もありませんか?」 「お野菜はいいのに、おにんじんやおほうれん草とは言いませんよね」 「でも、おネギは割とありな気がしませんか?」 「確かに……てか、おを付けていい基準ってなんなんだ?」 みんなで腕組みをして考え込んでしまう。 「うーーん、日本人でもわからないってことは」 「ひょっとして、外国の人にはかなり難しい表現なんじゃないかな?」 「普段何気なく使ってる言葉でも、意外とわかってないものなんだね」 「わたしの行ってた日本語学校では、おまんじゅうとまんじゅう、おネギやネギは」 「別の言葉として覚えるよう指導されました」 「あ、やっぱりそういう扱いなんだ」 1個1個覚えるしかないってことか? これはなかなか大変そうだ。 「というわけで猪谷さんから、放課後レナさんに買い物へ行って欲しいと頼まれているんです」 「お買い物でありますね!」 「待って? どうして、買い物なの?」 「それにレナさんは、ちゃんと“お”の付く言葉を使えてるみたいだけど」 「とにかく、言付けを頼まれていたことですので」 「お二人で行ってきてもらえませんか?」 「え、俺も?」 「えへへ、マサオミとお二人様でですねっ」 まあ、もともと常識を教えて欲しいと頼まれていたのは俺だからな。 レナさんも嬉しそうだし…… それくらい、つき合ってもいいかな? 学院が終わってから、さっそく二人で町へ出てくる。 目の前を小さな子が駆けていき、持っていた空き缶をわざわざ背伸びしながら、ゴミ箱へ入れていた。 それを見て、レナさんが頬をほころばせる。 「日本はエコのお心も素晴らしいです」 「そうかな? あんまり意識したことないけど」 「ほら、ゴミ箱にも、缶・ビン・ペットボトルを分けて入れられるようになってますね」 「これって当たり前じゃないの?」 「はい、ゴミ箱があってもゴミ箱入れない人多いです」 「なのに日本はわざわざ鞄へ入れてお持ち帰りする人も多いのはびっくりしましたよ」 「旅館のゴミ箱に捨てないで、お持ち帰りされるお客様までいるくらいです」 「あー、最近はそこまでしない人が増えたっていうけどね」 そういう人は、ゴミを他人に始末させるのが申し訳ないと思ってしまうんだろうな。 俺はゴミ箱があったら遠慮無く捨てるけど、ポイ捨ては抵抗があってできない。 「それにお買い物のときも、エコバッグを持ってる人すごく多いですね」 「へー最近はそうなんだ?」 「日本の過剰包装は、外国から叩かれてるってイメージがあるけどな」 「お断りすればいいですよ、お店でどっちも選べる感じじゃないですか?」 「あー、エコバッグを持ってれば、そうできるんだ?」 「はい! だからわたしもエコバッグを持ち歩くようにしてます」 「へ……へー、さすが」 自分は日本人だけど、エコバッグなんか持ってない。 俺も持ち歩くようにした方がいいんだろうか? 「あ、ここのお店ですね! では悪いですがマサオミ、少し待っててもらえますか?」 「手伝わなくていいの? 荷物持ちするつもりでいたんだけど」 「はい、では終わってからお願いしますね! すぐ済ませてきますので」 「うん、いってらっしゃい」 レナさんは手を大きくブンブン振りながら、商店の中へ消えていく。 けど俺は首を傾げずにいられなかった。 「結局、頭に“お”を付ける話はなんだったんだ?」 「これじゃ、普通に買い物へ来ただけだよな」 まあ、レナさんと話すのは楽しいから、文句があるわけじゃないんだけど……おっと。 もう商品を選び終えたのか、レナさんがレジに並ぶのが見えた。 「あ、お袋はけっこうです」 「……ッ、かしこまりました」 間違っているッ!! 「お、おうふ、い……今まで毎回言ってましたのに、どうしてどの店員さんも教えてくれなかったですか?」 「“お”を付けると意味の変わる言葉まであるなんて」 「毎日毎日、店員さんへ向かって、お母さんはいらないと言ってたなんて……失礼すぎでしたよ」 「ま、まあ、日本語はなんとなくでも伝わっちゃうから」 お店を出てから、レナさんに間違いを指摘するとあからさまに落ち込んでしまった。 そのせいか荷物は俺が持つつもりでいたのに、レナさんは半分持つと言って譲らず、1つの袋を左右から二人で掴んでいる状態だ。 最初と言ってる事が違うけど、これはこれで……まあ、少し恥ずかしくはあったけど。 「こういうとき、日本の人はちょっと優しすぎます」 「間違ってるときは、ちゃんと注意して欲しいですよ」 「あはは、日本だと注意するのは失礼って考えてる人が多いから、あと単純に苦手なのかも」 たぶん猪谷さんでさえ、目の前でやったわけでもないことは注意しづらかったんだろう。 俺に頼んできたのは、こういう目的もあったんじゃないかな? 「やーやー、これはまー坊! しかもレナちゃんまで、これぞ天の采配だね!」 「どうしたの、芦花姉……えっ? ちょ、ちょっと?」 「お、おー、何事ですか?」 芦花姉のお店の前へ通りかかったところで、いきなり袖を掴まれてしまう。 「いいから二人とも! こっち来て、アタシのパフェを食べていってよー」 「で……ですが、わたしは買い出しの途中で、お仕事がありますので……」 「お仕事って志那都荘ですよね? それなら、お姉さんから連絡しとくから、ね? ね? お願い!」 「あっ! もしもし、ひょっとして猪谷さんですか? いつもお世話になってますー」 「いえいえ、実はそれがですね?」 芦花姉、本当に志那都荘へ電話してるよ。 「い、いったい、なにが始まるのでしょうか?」 「さあ、今日の芦花姉、いつもと様子が違うみたいだけど」 「あはは。ごめんね、お兄ちゃん、レナ先輩……」 「小春、なにか知ってるのか?」 「うん、実はね……お姉ちゃん、お姉ちゃんのお父さんとケンカしたみたいなんだ」 「おじさんと?」 「それでぎゃふんと言わせてやるって言いながら、さっきまで新作パフェを作ってたんだけどね」 「さっきもそんなこと言ってましたね? 試食すればいいのでしょうか?」 「う、うーん、それが……」 「さあ、許可は取れたよ! レナちゃんも安心してね?」 「は、はい、本当にいいのでしょうか?」 「それは大丈夫だと思うけど」 さっき、小春はなにを言いかけたんだろう? 「じゃあ、小春ちゃん? 例のパフェを二人に運んで来て」 「で、でも、本当にいいの?」 「大丈夫大丈夫、アタシを信じなさい」 安心、大丈夫、信じろって言葉を連呼されると、なぜこんなに不安になるんだろう? やがてしぶしぶ小春が運んできたのは、和風のパフェだった。 「緑色をしてますが……抹茶とは違うようですね」 「うん、でもこの独特のツンとした薫りは……まさか!?」 「お客様、こちら新作の『わさびパフェ』でございます」 「……」 「……」 正気? 「まだ誰にも出してない試作品だよ! まー坊とレナちゃんは、ラッキーだったね」 「あ、ああ、そうなんだ……でも俺、今はあんまりおなか空いてないから」 「わたしもやっぱり、志那都荘が心配ですから」 「大丈夫だから、大丈夫だから一口も食べないで帰ろうとしないで!」 「本当に美味しく作ったから、本当に本当だからっ」 「離して芦花姉! いくらなんでも怪しすぎるって!」 「せめてまー坊だけでも食べていって、感想を聞かせてよー!」 俺に犠牲になれと? だいたい、芦花姉ってこんなとんでも料理を出してくるタイプだったかな? 「いい加減にしろ、芦花」 「あ、おじさん」 芦花姉のお父さんだ。 滅多に厨房から顔を出さないのに、今日は珍しいな。 「そんなもの、物珍しさで1度注文してもらえたって、2度注文する客はいない」 「だから、これは観光のお客さん向け! それなら、思わず注文したくなるインパクトも大事だよね?」 「1回注文してもらえれば充分だって、言ってるのに」 「とにかくオレは、そんなもの作るのはお断りだ」 「なッ、また? お父さんこそ、アタシにお店を任せてくれるんじゃなかったの!」 「なんでもやるという意味じゃない。お断りと言ったら、お断りだ!」 「もーっ、この頑固者! 頑固者! 頑固者ぉーっ!!」 なるほど、それで親子ゲンカをしていたのか。 けど俺には、どっちの言い分もわかる気がした。 「お姉ちゃん、いつもは上手くなだめすかして言うこと聞いてもらえるまで粘るんだけどね」 「どっちもお店のこと考えて言ってるから、今回は正面から衝突しちゃって……」 「うーん、前から愚痴っぽいことは言ってたもんな」 芦花姉としては、鬱憤がたまっていたのだろう。 だとしたら、しょうがない。 「あの、とにかく試食してみますから! それによっても、結論は変わってきますよね?」 「そうです! わたしも食べてみますから、ケンカはやめてほしいですね」 「えっ、いいんだよ? レナさんまで無理につき合わなくても」 「いいえ、実はわたしも、どんな味かちょっとだけ興味があったのですよ」 「まー坊、レナちゃん……ありがとう!」 さあ、食べると決めたのはいいけど、このうっすら緑色をしたソフトクリームといい。 粉わさびをふりかけられたらしい白玉団子といい……ミスマッチ感が半端じゃない。 いっそスイーツじゃなくて、魚介類が盛られていた方が、いくらかマシだろう。 あー今、猛烈にお刺身か、お寿司が食べたい。 きっとこのツンと鼻へ抜けていくような匂いが、スイーツじゃなくて、お寿司の気分にさせるんだろう。 「で、では、マサオミ? 2人一緒に口へ入れませんか?」 「ああ、そ、そうだね」 レナさんもやっぱり無理してるんだろうな。 「よしっ、じゃあ……せーの!」 「あむっ」 「……むぐッ!?」 嘘だろう!? こ、これは…… 「美味しい?」 「えええええッ!!?」 「ほーらね! 自信作なんだから、小春ちゃんは驚きすぎ!」 「だ、だって……大丈夫、お兄ちゃん? あまりのショックに舌がおかしくなったわけじゃないよね?」 「いや、意外なんだけど……わさびの辛みが、ツンとした刺激と一緒にスイーツの甘さを引き立ててさ」 「一気に食べるのは無理そうだけど、これはなかなか……いや!」 「むしろ悪くないんじゃないかな? ねえ、レナさ……」 「うっ……ううっ、は、はい、マサオミの言う通り、とっても美味し、ぐすっ」 隣でレナさんが、ぽろぽろと涙を流していたのだ。 「い、いえ、これは目から……心の汗が、うううっ」 「美味しいのは、本当に……美味しいと、しゅ……しゅみましぇん、ずずずっ」 「む、無理しなくていいから! ほら、鼻拭いて?」 「しゅみましぇん……じゅじゅじゅ、しゅみしぇん、じゅじゅッ」 そう言えば、レナさんはわさびが苦手だった。 「も、もっとわさびの量を減らせばいいんじゃないかな?」 「ううん……わさびが入ってるかどうかわからないくらいの刺激じゃ、わさびパフェの意味がない……」 「だけど、わさびに慣れてない海外の人には……刺激が強すぎるってことだから」 「う、うん」 穂織へ来る観光客は、欧米人の割合がけっこう高い。 「……失敗、だったかな」 「あ、あの、わたしが慣れてないだけで、本当に美味しいと思いましたよ」 「いや、いい。レナちゃんだっけ?」 「失敗は失敗だ、芦花が一番わかってる」 「うっ……ご、ごめんなさい」 「バカ野郎」 なんと、おじさんは落ち込む芦花姉の頭を撫でていたのである。 「だが、ちょっとばかり意地になりすぎた、すまん」 「……お父さん?」 「こういうのは、他の店も試したところがいくらでもある」 「だが色物系の名物は、地域全体であちこちの店の看板に出てるくらいじゃないと上手くいかない」 「え? どのお店でも同じメニューを出すってことですか?」 「それじゃ、お客さんが分散しちゃうんじゃ」 「いや、一度看板を見て気になっても、美味いかどうかわからない物にはなかなか金を出しづらいだろう?」 「だが2度3度、同じ看板が出てるのを見たら、ひょっとしたら美味いのかって気になってくる」 「それでようやく金を落としてくれるものなんだ」 「おー、なるほどです」 言われてみれば観光地にある変なメニューを注文するときって、そういうパターンが多い気がする。 「だから、ウチの店だけでやっても大して売れたりしないもんなんだよ」 「わ、わかってたんだったら、最初から教えてくれればいいのに」 「それじゃ試行錯誤しないうちに、やめちまったんじゃないのか?」 「失敗は失敗でもなにがいけなかったのか、なんで反対されてるのか」 「自分で経験して考えなきゃ、身につかないもんなんだ」 「もう、何時代の職人さんなんですかねー? 今時そういうの流行らないと思う」 「バカ野郎、だから最近の若いヤツはダメなんだよ!」 「オレが修行してた頃は、技を盗もうと師匠の手元ばっかり見てたら、ぶん殴られたもんだよ」 「これだから嫌だねー、昔の人は?」 「今時そんなことしたら、DVかパワハラで訴えられるよ?」 「ふふふふ」 「……え?」 隣を見ると、なにやらレナさんはニコニコ笑っていた。 「ロカとロカのお父さんは仲良しですね!」 「……なに?」 「ないない、本当にケンカばっかりなんだよ?」 「でも仲直りできるケンカは、いいケンカです!」 「それは仲良しの証拠ですよっ」 レナさんの影のない笑みに、おじさんと芦花姉は思わず顔を見合わせたらしい。 すぐにそっぽを向け合ったものの、矛を収める空気になっていた。 ふと、レナさんが両親の話をほとんどしないのを思い出す。 なにかあるのかって勘繰っていたけど、彼女の笑みを見る限り、どうやら取り越し苦労だったかな? 「そうだ、思い出した!」 「ん? どうしたの?」 「いや、芦花姉でも、おじさんでもいいんだけど、誰か昔の穂織に詳しい人って知らないかな?」 「たぶん100年くらい前になるけど、穂織にSLが来る計画があったらしくてさ」 「そうでした! 調べた方がいいと話してましたねっ」 祖父ちゃんにも頼んであるけど、任せっぱなしというわけにはいかないだろう。 「ほう、SLか! そんな話をされたのは、ひさしぶりだな」 「はい、誰かそういう人、知りませんか?」 「いや、誰かもなにも、この人だよ」 芦花姉が指差したのは、なんとおじさんだった。 「鉄オタ? SLオタ? どっちにしろ、この人には聞かない方がいいかも」 「なにを言ってる? 向こうから聞いてくれたんじゃないか」 「ほら、もう話したくてうずうずしてるみたい」 「これは長くなるかもねー」 「あ、あはは、それで? 実際にあったんですか、そんな計画が」 「もちろんだ! 線路だってすぐ近くまで来てたくらいだからな、間違いない」 えっ、いきなり間違いないとまで断言する人が現れるとは。 「それも国鉄が走らせていた旧式のイギリス製ではなく、ぴっかぴかのドイツ製だったんだぞ!」 「ドイツ製なのですか! それも、間違いないですか?」 「ああ、国鉄がイギリス製だったのは、蒸気機関車のコピー生産を許してくれたのがイギリスだけだったからだ」 「夢の国産SLを産み出すため、必死に製造技術を学ぼうとしていた時期だからな」 「だが地方の私鉄には関係ない」 「ドイツ製は、小型で馬力が強く、しかも安かった」 「だから当時の私鉄はほとんどがドイツ製だ、間違いないだろう」 「へ、へー……レナさん、知ってた?」 「まさか、もちろん初めて聞きました……」 つまり、やはり俺達は知らないことを夢で見ていたことになる。 「けど、どうして急にSLのことなんて聞こうと思ったの?」 「実は……レナさんの先祖が、蒸気機関車の計画に関わってたかもしれないんだ」 「はい、お祖父ちゃんのお祖父ちゃんのお父さんなんですよ」 「その間、穂織に滞在してたかもしれないのですが、なにか知らないですか?」 「へー、凄いじゃないか! だが、さすがにそこまではわからんな」 「でも、そういうこともあったかもな」 「いや、きっとあったろう! 当時、鉄道を通すというのは、最先端の技術を結集した大変な事業だった」 「外国から人を招くくらいしなくては、日本人だけではとても成し得なかったはずだ」 「そうですか……」 夢の中でも、レナさんの高祖父らしき青年がそんなことを言っていた。 かなり確信に近い情報じゃないか? けど、それでもはっきり確定できないところがもどかしくもあった。 もっとも、新たな情報はすぐにもたらされた。 「おー戻ってきたか! リヒテナウアーさん、これを見てくれんか?」 門の前で待ち構えていた祖父ちゃんが、いきなりぼろぼろの宿帳を出してきたのだ。 珍しく興奮気味に詰め寄ってくる。 「ほら、同じ姓が3つ並んでいるところだ。英語でさえないようだが、アルファベットとほとんど同じだろう?」 「これはリヒテナウアーと読むのではないか、どうだ?」 「お、大旦那さん……この、一番下の名前! お祖父ちゃんのお祖母ちゃんと同じ名前ですっ」 「おおっ、上2つは技師本人と奥方だろうから、娘さんのほうだろうな」 「たぶん、明治とかそれくらいの時代だよね? そんな古い宿帳、よく残ってたな」 「ひょっとしたらあるかもしれんと思ってな」 「倉の中を漁ってみたのだが、先程ようやく発掘したところだ」 もう、これで間違いない。 「昨夜の夢は、事実だったんだ」 「はい……お祖父ちゃんのお祖父ちゃんが、穂織の人だとは知っていましたが」 「全部、知ってたわけではないですから……」 レナさんも感慨深く、宿帳の名前を指先で撫でている。 「《えにし》縁だな」 「エニシ、ですか?」 「うむ、かつて先祖が泊まった宿で、その子孫であるリヒテナウアーさんが働いている」 「そのことを誰も知らんかったというのにだ」 「これはもう、縁としか言い様があるまい」 「確かに」 この情報自体は、大きな進展を示すわけではないだろう。 けど穂織の地と、レナさんの間には間違いなく―― ――不思議な縁があったのだ。 「さてと、それじゃあ行ってきます」 「行ってまいります」 「いってらっしゃいませ」 「気を付けてな」 「おはよう、お兄ちゃん!」 「小春?」 祖父ちゃんと猪谷さんに見送られて旅館を出た俺たちの前に、小春が嬉しそうに駆け寄ってくる。 「コハル、おはようございますですよー」 「はい。レナ先輩もおはようございます」 「おはよう……って、今日はどうしたんだ?」 「お兄ちゃんと一緒に、学院に行きたいなって」 「なにか、用事があるのか?」 「ううん、そういうわけじゃないよ」 「ただ、一緒に行きたいなって……迷惑だった……かな?」 「そんなことはないけど……こんなこと、初めてだよな?」 「う、うん。でも本当に深い意味はないんだよ。たまには一緒にって思っただけで」 「………………」 「おう、なるほど。マサオミ、わたしは先に行っておりますね」 「え?」 「小用があるのを忘れておりました。ではでは~、むふふ」 「あっ、うん。またあとで……」 なんか最後の方、変な笑い方をしてたような? もしかして、気を遣わせたのかも……。 「なんか変な勘違いをさせちゃったんじゃないか?」 「べ、別に……いいんじゃないかな。その……か、勘違いじゃない……かも、だから……」 「……え?」 「~~~……ッッ、なっ、なんでもにゃい! にゃんでもにゃいから、気にしないで!」 「それよりも遅刻しないうちに早く行こう、お兄ちゃん!」 「あ、ああ……」 「……ふふ♪」 「今日はなんだかご機嫌だな」 「そうかな?」 「ああ。その……こういうこと、訊くのは失礼になるかもしれないけど……」 「なに?」 「昨日言ってた、その……お、女の子の悩みっていうのは……ちゃんと解決したのか?」 「あ、うん。それならもう大丈夫。お姉ちゃんに相談して、解決したから」 「そっか。それならよかった」 「心配させてごめんね。あと……ありがとう、えへへ」 「………」 「なんかお前、明るく……っていうか、楽しそうだな」 「そ、そう……かな?」 「以前が暗かったってわけでもないけど、なんかそんな気がする」 「……うん。お姉ちゃんに相談して、吹っ切れたからかも」 「そっか」 「まあ、良い方向に転がったならよかった」 「うんっ」 嬉しそうな笑顔を、俺に向けてくる小春。 それは見ているこちらまで嬉しくなるほど、とても朗らかな笑顔だった。 「じゃあ行くか」 そうして歩く俺の後ろを歩く小春。 少し歩いては、パタパタと小走りで俺に追いついて来る。 「悪い。歩くのちょっと速かったか? すまん」 「ううん、歩くのが遅いのは私だから。お兄ちゃんは気にしないでいいよ」 「小春の方こそ気にしなくていいよ」 「昔とは違うんだから。ちゃんと小春に合わせられるぞ、俺だって」 「じゃあ……こうさせてもらっても、いいかな?」 「……え?」 不意に、服の袖が引っ張られた。 見ると、小春が俺の服の袖をキュッと摘まんでいる。 「は、離れないように……。これなら、お兄ちゃんもわかりやすいんじゃないかな、って……思うんだけど」 「い、嫌なら嫌って、ちゃんと言ってね!?」 「別に嫌ではないけど……なんか、気恥ずかしいな……あはは」 「で、でもね、こうしてる方が、離れないと思うから」 「それに、いくらなんでも、てっ、てっ、手を、握るのは……無理だから。心臓、爆発しちゃう……」 「………」 真っ赤な顔で俯きながら、袖を掴んでいる小春を見た瞬間……心臓がドクンッと跳ねた。 とても可愛らしい姿だと思う。 今までにも可愛いと思うことはあったけど……俺の中で、これまでのソレとは一線を画している様に思えた。 「じゃ、じゃあ……行くか」 「う、うん……早く行かないと、遅刻しちゃうもんね」 「………」 「………」 「こうしてると……昔を思い出すな」 「え?」 「泣いてるの慰めて、泣き止んだ小春と歩くときは……手を引いて歩いたじゃないか」 「そ、そうだっけ?」 「そうだよ。また置いて行かれると思ったのかはしらないけど、俺の手をぎゅーって握ってた」 「そんなことあったっけ? ぜ、全然覚えてない……」 「まー、あの頃は小春も小さかったからな」 「1つしか違わないくせに」 「ははは。でも嘘は言ってないぞ。昔は本当にそうだった」 「そうだったかなぁー……うーん……」 きまり悪そうに、そして恥ずかしそうに唸る小春。 その表情は、泣いてるだけの子供の頃にはなかったものだ。 「………」 昔のことを思えば、袖を摘ままれるぐらい何でもない。 なのに、なんでだろう? 俺の心臓がドキドキと高鳴っているのは……。 「ほら、早く行くぞ。このペースだと本当に遅刻しそうだ」 「あっ、うん」 俺たちは一緒に歩く。 ぎこちないながらも、互いの腕を繋げたままで。 「えへ……えへへ……ふふふ」 「ん?」 「なんでもなぁ~い。えへへ」 「………」 「さてと、行くか」 「今日もバイトか?」 「いや、今日は祖父ちゃんの鍛練」 「お前もよく、あんなの続けられるよな」 「さすがに慣れた。最近は、鍛練を抑えてもらってるしな」 「それに頑張って筋肉を鍛えたから。それをむざむざと脂肪にしちゃうのもな」 「あー……それはあるかもな」 「いきなり止めたりしたら、太りそうだし」 「ま、そういうわけで俺は行くわ。お前もどうだ?」 「ぜってー嫌だ」 「はは。もし気が変わったら、教えてくれ。じゃあな」 「ああ、じゃあな」 そうして今日も始まる、祖父ちゃんの鍛練。 竹刀を使っての素振りから始まり、切り返しや掛かり稽古。 メニューの内容自体はそこまで変わらないが、時間が全然違う。 ちょっと前までは、本当に身体を酷使してたもんな。 「よし、今日はこれぐらいにしておくか」 「ありがとうございました」 「それで、バイトの方はどうだ?」 「ああ、順調だよ。少なくとも足は引っ張ってない……と、思う」 「芦花君の店だな。噂では、かなり賑わっているそうだな」 「芦花姉が色々頑張ってるみたいだから」 「祖父ちゃんも何か食べるなら、お土産を買ってこようか?」 「そうだな。たまには団子ぐらいは食べてもいいかもしれんな」 「だがその場合、従業員全員分でないとな」 「ああ、そうだった」 結構な量になりそうだけど……予め言っておけば、準備してもらえるかな。 「お前、今日はもう真っ直ぐ戻るのか?」 「用事は特にないんだけど……」 「ちょっと芦花姉の店に行ってくる。仕事じゃないけど、身体を動かして疲れたから、糖分を補給してくる」 「わかった。芦花君にはよろしく言っておいてくれ」 「あと、あんまり遅くならんようにな」 「わかってるって」 「こんばんはー」 俺が店の中に入ると、何やら聞き慣れない音が響いていた。 でも知らない音じゃない。 これって……三味線か? 「ん……あれ? まー坊、いらっしゃい」 「……今の三味線、芦花姉が?」 「ああ、これ? ちょっと前から練習してるの」 「そうだったんだ?」 「まだまだ未熟で、人に聞かせられるレベルじゃないから隠してたんだけどね」 「へー、そんな練習してたのか……」 「お客さんがいない時だけね。あ、あと、小春ちゃんやまー坊もいないとき」 「練習途中なのを聞かれるのは恥ずかしいからね……」 「そう? 結構上手だったと思うけど」 「まだダメだよ。怒られてばっかりなんだから」 「怒られるって誰に? というか、三味線なんて誰に習ってるの?」 「旅館で働いてる人の中にね、昔芸者をやってる人がいて。その人からちょこっとね」 「へー……芸者とかいるんだ?」 「その人はたまたまだよ。芸者から旅館に転職して、この町で働くことになったんだって」 「で、アタシも上手く弾けるようになれば、店のお客さんも増えるかもしれないと思ってね」 「でもこれがなかなか……はぁ……」 「いやでも凄いと思うよ、芦花姉。なんか、三味線を弾く芦花姉は格好良かった」 「ありがとう。でも格好いいか……できれば可愛い方が嬉しいなぁ、はぁ……」 「そう言えば、学院の方はどう? なにか、変わったこととかない? 例えば、その……こ、小春ちゃんのこととか」 「小春のこと? いや特に心配はいらないと思う」 「芦花姉に相談できてスッキリしたって、明るく笑ってた」 「今朝も俺を迎えに来て、一緒に登校したんだけど、無理してる雰囲気じゃなかったよ」 「そ、そっか、2人で一緒に登校……小春ちゃんってば意外と大胆な。ちょっと侮ってた……」 「というか、社会人と学生の差っておっきぃなぁ……仕事ほっぽりだすわけにもいかないし……普通に負けちゃいそう」 「………?」 「いやいや。ここ諦めてちゃダメ。約束したんだから、頑張らないと……よしっ」 「何の話?」 「なんでもな~い」 「それよりも、何か飲む?」 「あ、うん。せっかくだからあの珈琲とプリンをもらおうかな」 「畏まりました。少々お待ちください」 「あと……追加で、BGMに三味線を一つ」 「え、ええー……それは困るよ。まだまだ、聞かせられるレベルじゃないんだから」 「けどそういうのって、人に聞いてもらった方が成長もしやすいんじゃないの?」 「それは、まあ……そうかもしれないけど……」 「聞かせて欲しいんだ、芦花姉の三味線」 「ちょっと、そんな真面目な顔しないでよ……そんな目で見られたら……断れないじゃない」 「やった!」 「その前に、珈琲とプリンを用意してくるから、ちょっと待ってて」 まだ慣れていないんだろう。 ぎこちない動きながらも、芦花姉は止まることなく三味線を弾く。 やっぱり格好いいな……。それに、店の雰囲気にもよくあっている気がする。 本当に、芦花姉が店で三味線を披露するようになったら……絶対に人気が出る。 そしたら……芦花姉自身の人気も出そうだな。 「……ふぅ~……」 「以上、ありがとうございました」 芦花姉の挨拶に、俺は惜しみない拍手を送る。 「凄いよ、芦花姉! ちゃんと弾けてた……って言ったら、失礼か……」 「とにかく、その……よかったよ、芦花姉」 「あは、あはは……ありがとう」 「俺が触れたことのある楽器なんて……リコーダーとかピアニカぐらいだから」 「すっごい格好良かった!」 「……あ、あはは……やっぱり格好いいなんだ」 「まあ褒められてるだけマシか。それに……褒めてもらえるのは、嬉しいから」 「楽器ができるの、憧れるよ」 「そ、そう? アタシ、憧れの対象なんだ……?」 「そりゃそうだ。楽器だけじゃなくて、この店の事とか」 「呑気に学生をしてる俺からすれば、芦花姉は凄いと思うよ」 「……そ、それはさすがに、褒め過ぎだと思うけど……」 「ありがとう、嬉しい」 「そこまで思うのなら、憧れるだけじゃなくて、まー坊も三味線弾いてみる?」 「いや、やったことないし」 「アタシが教えてあげる。って、そんな大層な腕前じゃないんだけどね」 「でも試しに少しだけ。ほら、こっちにおいで」 「まずは、小指と薬指でお尻の方をしっかり握って、親指をここら辺にあてる」 「……う……うん……」 「それから、ギターなんかとは違って、三味線は指のお腹を使うんじゃないの。もっと指を立てて」 「………」 芦花姉の温かい手が、俺の手を包み込む。 その手は柔らかくて温かい……のだが、それ以上に俺の意識を奪うのは、背中に当たる柔らかな感触。 以前にも感じたことのある感触。 アレはたしか、常陸さんに不審者と間違われた時。 あの時は生で、今回は布越し。 であっても、その感触に間違いはない。しかも芦花姉のおっぱいは―― 「(デカい……)」 常陸さんのときよりも、その柔らかな温もりがデカい気がするのだ。 服の上からは全然わからなかったけど……。 「(芦花姉って、もしかして着やせするタイプ!?)」 「(ゆったりとした服のせいか、全然気付かなかったけど……まさか本当に巨乳なのか……ハァ……ハァ……)」 「まー坊……まー坊ってば、ちょっと聞いてる?」 「え? な、なに? 芦花姉」 「なにをボーっとしてるの。せっかく手ほどきしてあげてるのに」 「いや、だって……こ、この状況は……」 も、もしかして気付いてないのか? 「誰もいないんだから。初心者でも練習しやすいでしょ?」 「そういう事じゃなくって――」 「それで、こうして、手首を回すようにして叩く」 「(さらに押し付けられた!?)」 「基本はこんな感じ。叩く糸によってちょっとずつ角度を変えて叩く」 「(あっ、当たる角度まで変わってる!?)」 「ね? 基本はそこまでむずかしくないでしょ?」 「ところが、ちゃんとした曲をやろうとすると、途端に難しくなるんだよねぇ」 「………」 「……? まー坊? ねえ、ちゃんと話聞いてる」 「ゴメン……全然話を聞けてない」 「こーら、ちゃんと話をきかないとダメでしょ」 「それはわかってるんだけど、集中できなくて……」 「どうして?」 「そりゃだって……ずっと、背中に当たってる、から」 「背中に、当たってる……?」 「………」 「………」 「―――ッ!?」 ようやく気付いた芦花姉が、その身体をビクっと震わせた。 「ああああ、あの、これは、別に、そういうつもりじゃなくてね、全然色仕掛けとかじゃなくて、変な意味は皆無で――」 「わかってる。ちゃんとわかってるから」 「っていうか、あああああ当たってるのって服の上からでもわかっちゃうとは思ってなくて」 「いや、わかるよ、全然わかる」 「芦花姉の胸……結構、デカい、よね……?」 「ままままー坊ってば変なこと言わないでよー!」 「いやだって、わかっちゃうものはしょうがない――」 「――っていうか、ずっと押し付けられたままなんですけど?」 「そっそうだった、ごめんね、変なの押し付けちゃってごめんね!」 「うっ、ぅぅぅ……辱められた、まー坊に辱められたぁぁぁ……」 「ちょっ! ちょっと待った! 今のは俺の責任なのか!?」 「言い訳臭いかもしれないけど、全部芦花姉の方から!」 「気付いた時点で教えてくれればいいじゃない。背中でおっぱいを楽しみ続けるなんて……卑怯だよぉ、辱めだよぉ」 「………」 まあ……確かに、言わずにいたのは卑怯だったかもしれない。 けどしょうがないよ! だって若い男なんだもの! 「……まー坊のすけべ」 「………」 「すけべで悪いか」 「あー、開き直った!」 「だ、大体だな、うら若き女性が男に抱きつくみたいに密着する方が悪いんだっ」 「あ、あんなことされたら、ドキドキして頭の中が真っ白になるっつーの!」 「ドキドキ……したんだ?」 「そりゃするだろ……おっぱいの感触なんて、なれてないんだから……」 「そ、そっか……」 「……ちなみに……どうだった? アタシのおっぱいの感触……気持ちよかった?」 「芦花姉、何聞いてるんだよ!?」 そんなの気持ちいいに決まってるじゃないか! とは……いくらなんでも本人に告げる勇気を、俺は持ち合わせていなかった。 「~~~ッ、そそっ、そうだよね、アタシってば何を聞いてるんだろっ」 「ドキドキして、頭の中が真っ白になってたから……感触とか、よくわからなかった……」 結局、逃げるように俺はそんな感想を漏らした。 まあ、嘘ではない。 「そ、そっか。でも……それぐらいドキドキさせたのなら、よかった……かも」 「………」 「………」 「……ジー……」 「お母さん!?」 「うわっ!? び、ビックリした……」 「な、何してるの!?」 「なんだかいい雰囲気っぽかったから……邪魔しちゃ悪いかと思ったんだけど」 「そ、そんなんじゃないから、変な気は回さなくていいの!」 「さっ、さー、そろそろお店の片付けを始めちゃわないとね、あは、あははは」 「お、俺も……そろそろ帰らないと……」 「じゃあまたね、まー坊」 「うん、また……」 そうして俺は、逃げ出す様に店を出た。 「まさか、あんなことが起きるとは……」 これからしばらくの間……思わず芦花姉の胸に意識が集中してしまうかも……。 あの感触、一体どれぐらいの大きさなんだろうか? 忘れなきゃと思いつつも……絶対に忘れられない予感がしていた。 「あっ、お兄ちゃん」 「おはよう、小春」 「おはよう!」 「じゃあ行くか」 「うんっ!」 数日が経った。 あれから小春は、学院がある日は毎朝、こうして俺を待つようになっていた。 俺を迎えに来たあの日から、なんとなく感じてはいたんだけど、これって―― 「なあ、廉太郎」 「なんだ?」 「小春の事で、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」 「小春~?」 「前に俺の事を鈍いって言ってただろ? あれって、小春はもしかして俺のこと――」 「ストーップ」 「お前の言いたいことは予想がついた。けどな、そういうことは俺の口からは言えない」 「………」 「前にも言ったろ、俺が口にするのはフェアじゃないって。だから、多分その質問には答えない」 「……そうだな。すまん、忘れてくれ」 もし確認したいなら、小春本人に俺が直接確認すべきだ。 廉太郎を通すのは、卑怯だな。 「しっかし……ようやく気付いたのか」 「いやだって、小春だぞ? 子供の頃から知ってるせいか、妹って感じがしてさ」 「昔みたいに慕ってくれてるもんだと思ってたから……そんなことあり得ないと、思い込んでた」 けど、最近の小春は今までの小春とは少し違って見える。 今朝のことだってそうだ。 さすがにここまでされたら、俺でも気付く。 「俺はすぐにわかったけどな」 「さすがは兄妹」 「わかりやすいんだよ、あのペタン子」 「でもそれって、それなりに見てるって事だろ?」 「まあ、あんなペタン子でも妹は妹だからな」 「というかお前、そうやって怒らせるようなことをいちいち言うなって」 「まあいいや。そこら辺は俺が口を出しても仕方ないしな」 「とりあえず、フるのは仕方ないとしても……ヤり捨てとかはするなよ?」 「するわけないだろ!」 「ならいいや。後は当人同士の問題だしな、俺が首を突っ込む話じゃない」 「………」 こうなった以上、逃げてないで真面目に考えないとな。 「おはようございまーす」 「あっ、まー坊! ちょうどいいところに!」 土曜日になり、朝からバイトのシフトに入った俺に、芦花姉が駆け寄ってきた。 「な、なに? どうしたの?」 「お煎餅の営業方法を思いついたの」 「へぇ、どんな?」 「旅館のお茶請け!」 「それって……最初に部屋に入った時に出す、あのお菓子?」 「そう。アレに出してもらったり、旅館のショップに置いてもらったり」 「あー……この店で売るよりはいいかもね」 まず、味を知ってもらうことが大事だ。 あのお茶請けは食べる人も多い。 最初はマイナスになるかもしれないけど、取り返すチャンスはあると思う。 「いきなり量産するのもリスクが高いから」 「まずはそうやって、知ってもらうことが重要だと思うの」 「うん。いい案だと思うよ」 「ありがとう。それで、まずは……玄十郎さんに話をしに行こうかと思うんだけど」 「いいと思うよ。今、志那都荘で出してるお茶請けは確か……饅頭だったから」 「煎餅なら一緒に置いても、組み合わせもおかしくないだろうしさ」 「多分、前向きに話を聞いてくれると思うよ」 「そっか、よかった」 「じゃあ、まずはアポを取って……」 「でも……経営に関わることになるから、俺は口を出せないと思うけど」 「わかってる。短いとはいえ、お店の経営に携わってきたんだから」 「でも、話だけは祖父ちゃんにしておくよ。その方が、後々楽でしょ?」 「本当? ありがとう、まー坊、助かる」 「それはいいかも。前に、海外の人にもお煎餅は人気あるって見たことあるよ」 「そうなのか、へー」 「それに……お煎餅があると、私も嬉しい♪」 「はは~ん、小春の狙いはそこだな?」 「えへへ……食い意地張っててごめんなさい」 「祖父ちゃんに、いい土産話ができたよ」 「おじさんの作るお煎餅なら、好評間違いなしだよね」 「俺もそう思う」 「それで、人気が出たらもっと沢山味の種類を増やしたりして~」 「それ、小春が食べたいだけじゃないのか?」 「えっへっへ……バレちゃった?」 「そりゃな。今にもヨダレを垂らしそうな顔してるから」 「そっ、そこまでいやしくないもんっ」 「あははは。冗談だって」 「でも、新しい味となると……おじさんの負担がさらに増えそうだな」 「確かに、そうかも」 「そこは悩みどころなんだよねぇ……」 「芦花姉」 「小春ちゃん、いくらなんでもお仕事中はダメだよ~?」 「何言ってるの、お姉ちゃん。このお店の商品について喋ってただけだよ~?」 「ふふふふふ」 「えへへへへ」 「………」 な、何だろう……2人のこの雰囲気。 2人の間に、ピリピリとした不穏な空気が流れている。 まるでその後ろに、カワウソと子猫の幻影が見えるみたいだ。 ……なんか規模が小さいというか、むしろ可愛らしい気がしてきたな。 「あ、あの、芦花姉、悩みどころって?」 「このお店の味を決めるのはお父さんでしょ? 歳だから、そういうことも含めて身体を大切にして欲しいんだけどね」 「今はお父さんに負担が集中しちゃってて」 「それは確かにそうかも……」 「だから、今後はお父さんに頼らなくてもいいメニューも増やしていきたいと思ってるの」 珈琲を増やしたのも、そこら辺が大きな理由なのかもしれない。 「じゃあ、お兄ちゃんがお菓子作りを覚えるのは?」 「俺?」 まあ……俺以外のバイトは全員フロアー。 芦花姉は社長業を兼ねてて、おばさんは基本的には厨房。 飲み物や、簡単に準備できるパフェやわらび餅なども作っているから、すでに割と手一杯だろう。 そう考えると、一番自由に動かしやすいのは……俺になるのか。 「俺は学院もあるから、そこまで手伝えるわけでもないからなぁ」 「でも……何か覚えてくれるなら、嬉しいかも」 「って言われてもなぁ……修行もしたことのない素人なのに」 「でもまあ、誰にでも最初はあるものだから。とりあえず……何かやってみない?」 「覚えてくれたら、技能給も考えるよ」 別にお金に惹かれたわけではないけれど……まあ、付くならとても嬉しいことか。 2人にそこまで言われると、チャレンジしてみようかという気にもなってくる。 「じゃあ……とりあえず、試しにやってみようかな?」 「本当? ありがとう、まー坊」 「でも何をするのか……」 「お煎餅! お煎餅を焼こうよ、お兄ちゃん」 「お前、自分が食べたいから言ってるんじゃないか?」 「違うよ、そんなのちょっとしか思ってないよ」 「思ってるんじゃない」 「でも本当に少しだけ。私がお煎餅っていったのは、それが今から新しく始めるものだからだよ」 「あー……なるほど。確かに、その考え方はありかも」 おじさんがすでに作り上げた味じゃなく、これから作り上げる味。 であれば、既存の商品よりいいかも。 「とりあえず、お父さんに話してみよっか」 「煎餅を焼きたい?」 「簡単そうだって思ってるわけじゃないですよ」 「働く以上、俺もこの店のちゃんとした戦力になりたいんですっ」 「……まっ、いいだろう。タネもあるしな」 「ありゃ……案外、アッサリと認めるんだね」 「商品展開を考えるなら、醤油だけじゃなく味のバリエーションが必要だからな」 「若い奴の知識は必要だ。それに……伝統を引き継がせるのも悪くないもんだ」 「よろしくお願いしますっ」 そうして、突発的に俺の煎餅を焼く特訓が始まったのだった。 「凄い! お兄ちゃんの焼いたお煎餅、とっても美味しいよ!」 「そ、そうか? お世辞を言って、おだてようとしてないか?」 「お世辞じゃないってば!」 「うん、アタシも美味しいと思うよ、まー坊」 「そ、そう? べた褒めされると……照れるな」 でも、まだ2人の意見だ。 プロの意見はもっと厳しいはずっ! 「これは、なかなかいい出来だな」 ……案外軽かった。 「ほらほら、やっぱり美味しいんだよ!」 「ま、まあ、味付けはおじさんがしてくれたから」 「それを差し引いても、初めてにしちゃ上出来だ」 「へぇー。お父さんがこんなに褒めるとは。やるねぇ、まー坊」 自分でもビックリ……というか、かつがれてるんじゃないかと疑ってしまう。 「バリエーションを増やすときには期待できそうだな」 「お兄ちゃんなら、新しい味を増やしていけるよ」 「困ったことがあれば、私も手伝うからね」 「ああ、ありがとう、小春」 「これは本当に技能給を考えないといけないかも……でも、まー坊が力になってくれるのはとってもありがたいよ」 「あとは、新しいメニューも考えていかないとね」 「………」 「………」 「凄い! お兄ちゃんの焼いたお煎餅、とっても美味しいよ!」 「うん、アタシも美味しいと思うよ、まー坊」 「これは、なかなかいい出来だな」 まさかあんなにべた褒めされるとは……。 「結構、嬉しいもんだな」 これからも頑張ろうってやる気が出てくる。 それに…… 「凄い! お兄ちゃんの焼いたお煎餅、とっても美味しいよ!」 小春の笑顔は、とっても可愛らしくて……愛おしい。 でも……煎餅だと、おじさんのチェックが必要だ。 芦花姉としては、おじさんの力を借りないメニューが欲しい。 もしそれを見つけることができたなら―― 「今回の事、まー坊のおかげだと思うから。本当にありがとうね」 また、芦花姉のあんな笑顔を見られるのかもしれない。 どちらの笑顔も大事だけど……俺がより見たい笑顔は―― 「やっぱり、小春の笑顔が見たい……」 頭に浮かんだのは、やはり小春の顔だった。 小春の喜ぶ顔を見たい。 そのためにも、俺が考えるべきは煎餅についてだ。 「……よしっ」 「祖父ちゃん」 「将臣、なんだ?」 「実は祖父ちゃんに話……というか、頼みがあるんだ」 「頼み? お前がか?」 「いや、正確には俺じゃなくて芦花姉……というか、田心屋からの頼みなんだけど」 「芦花姉の笑顔が、見たい」 またあんな風に笑って欲しい。 普段も明るく過ごしてはいる。 だがやはり……昔とは違う。店の事もあるだろうし、それが大人になるという事なのかもしれない。 それでも、あの時だけは……。 珈琲を認めてもらえたときの無邪気な笑顔。 俺が……芦花姉の笑顔を作ることができたなら……。 「……よしっ」 「シゲさん」 「ん? どうしたかね?」 俺は知恵を借りるために、この旅館で板長を務めるシゲさんを呼び止めた。 「実は、ちょっと相談があるんだ」 「ワシにかね?」 「シゲさんじゃないとダメなんだ」 「是非、シゲさんの知恵を貸して欲しい」 「知恵と言われてもなぁ……ワシなんて、ずっと厨房にこもっていたから料理の事しか……」 「俺が貸して欲しいのはその料理の事なんだよ!」